【完結】熱血キンジと冷静アリア (ふぁもにか)
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第一章 熱血キンジと武偵殺し
1.熱血キンジとチャリジャック



 どうも。ふぁもにかです。これジハという名のオリジナル小説の執筆意欲がこれでもかってくらいに減衰してしまったので気分転換の二次創作です。例によってまた原作を持っていないので一発ネタのつもりですが気が向いたらオリジナル小説放り投げてこっちに鞍替えするかもしれません。ホントはオリ主系をやってみたかったけど他の作家さんと被る&原作蹂躙の自信があったのでここは性格改変モノでいこうと思います。緋弾のアリアの登場人物全員の性格改変に取り組んでみたいと思います。熱血なキンジがいたっていいじゃないか! ええ! どこまでいけるか分かったものではありませんがよろしくお願いします。


 

 拝啓 天国の兄さんへ

 

 天国の暮らしはどうですか? 快適ですか? 天蓋ベッドはありますか? 兄さんのカナバージョンをただの女装として見下さない人と仲良くやれていますか? いい人は見つけられましたか? 敬愛する兄さんが天国にいると信じてやまない弟の俺は今日もRランクを目指して頑張っております。Rランクの道は険しいなんて言葉では表せないほどに厳しいものであり、ヒステリアモードを駆使しても手が届きそうにない状況ですが日々の精進がいつの日か身を結ぶと信じて突き進む所存です。天国ライフをエンジョイしつつチラッと俺の勇姿を見届けていてくれるとありがたいです。さて。そんな俺ですが今現在命の危機に晒されております。まだ高校二年生でありながら早くも兄さんの元にたどり着いてしまいそうです。もしも兄さんが天から俺を見守っているのならば俺に何らかのご利益を授けてくれると凄くありがたいです。……正直に言います。ヘルプミイイイイイイイ、兄さあああああああん!!

 

 

 ◇◇◇

 

 

 遠山キンジは窮地に追いやられていた。ゼェゼェと荒い息を吐きながら、汗をダラダラと流しながらもキンジは自転車のペダルを踏む足に力を込める。ハンドルを握る両手に力を込める。赤信号などお構いなしにただ前へ前へと全速力で突き進む。ちなみに何かに追われているわけでも武偵高に遅刻寸前だから急いでいるわけでもない。だったらスピード落とせよと思うかもしれない。事故ったら洒落にならないぞと思うかもしれない。その考えは尤もだとキンジは心から同意する。キンジだって好きでこれだけ速いスピードで自転車を漕いでいるわけではない。死角から車や歩行者が飛び出してきたらと思うと背筋が凍る思いだし体力だってもはや限界に差し掛かっている。

 だけど。今ここにおいてキンジが自転車から降りることもとい自転車のスピードを緩めることは許されていないのだ。理由は単純明快。何たって――

 

『あ、あー、マイクテスマイクテス……。ゴホン。えー、この自転車には爆弾がついてますデス。えっと、ちゃんと聞こえてマス?』で『速度を落としたら爆発しますデス。……ホントですからネ! ホントにホントなんですからネ!』なのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ハァ、ハァ……」

 どうしてこうなった。キンジは両手で頭を抱えてその場にうずくまりたい衝動に駆られる。まぁ両手を離せば自転車がコントロール不可になりかねないので一瞬だって手を離すつもりなどないが。普段のキンジは徒歩で武偵高に通っている。両手首、両足首に重りを装着して体に負荷をかけた上での登校は体力作りに持って来いだからだ。世界最強の武偵になるためのキンジの日課だ。こういうコツコツとした努力の積み重ねが大事だとキンジは常々考えている。世界最強に近道など存在しないのだ。それに徒歩で歩いているとほぼ毎日現在武偵ランクSのキンジを打ち取って名を知らしめようと襲撃者がキンジに襲い掛かってくる。時たま超能力をも使える超偵が紛れ込んでいることもあり彼らとの戦闘は良い訓練になるのだ。

 

 だから普段のキンジは武偵高への通学手段に徒歩を選んでいるのだが遅刻一歩手前の時は話が別だ。寮の時計が狂っていることに気づいたキンジは神速とも言える早業で制服に着替えバックを持って武器を携帯して寮から飛び出し自転車で通学路へと飛び出すこととなった。その際、自転車に何か黒い物が取り付けられていたのだがまた武藤が気まぐれで俺の自転車を改造したのだろうとキンジは気に留めなかった。それが今回の、後にチャリジャックと称される事件の発端となってしまったのだ。

 

「……ゼヒュ、ヒュー……」

(武藤の奴、後で覚えてろ――)

 キンジは荒い息を吐きながら寡黙でマイペースな友人――武藤剛気――の姿を脳裏に浮かべる。あいつのせいだ。あいつが常日頃から俺の持ち物を改造しまくるからいけないんだ。あいつが全ての元凶だとその名前とは裏腹に全然ガサツでない友人に責任をなすり付ける。所詮現実逃避だ。坂道に差し掛かりスピードが減衰し始めている事実からの現実逃避である。さっきから『あなたに恨みはありませんけどここで死んでもらいますデス。運が悪かったとでも思って諦めてくださいデス。ご、ごごごめんなさああああああい! 祟らないでえええええええええ!』とヒステリック気味に全力で謝る機械音声に怒りをぶつけようと思えないのも武藤にキンジの怒りの矛先が向かった理由だ。尤も、キンジの自転車に4台ものセグウェイで追随しキンジが不審な行動を取らないように機関銃を向けている張本人に謝られても困るだけなのだが。

 

 しかし。このままではマズい。急勾配の坂道のせいで自転車の速度は徐々に落ち始めている。いつ犯人が自転車を爆発させるか分かったものではない。現に『こ、これ以上速度を落としたら本気で爆発させますですヨ! 本気ですヨ! 爆破なんてスイッチ一つで簡単なんですからネ! ポチッとな、なんですからネ! ……えっと聞こえてますカ? できたら返事してくれたら嬉しいなぁーって思うんですケド』とのどこか真剣みの欠けた最後通牒が機械音声を通してキンジに届けられている。もはや猶予はない。だが。いくら疲労困憊の体にムチ打つよう脳が命令を下しても足が言うことを聞いてくれない。爆弾搭載済みの自転車の速度は緩やかに落ちる一方だ。

 

 

「……ゼィ、ゼィ……」

(俺は、このまま死ぬのか?)

『あ、はい。確実に死にますネ。臨時収入が入ったのでお金によりをかけて強力な小型爆弾いっぱい搭載しましたですシ。ちょっと調子に乗っちゃってましたネ。少しくらい貯蓄に回せばよかったデス。反省してマス』

 

 キンジは木っ端微塵に粉砕する自身の未来像を想起してブルリと体を震わせる。犯人の言葉から判断するに実際に爆発してしまえばきっと痛みとか感じる間もなく死ねるのだろうがそんな焼死体も残らなさそうな無様で悲惨な最期はゴメンだ。犯人が何故かキンジの心の声を正確に汲み取って来た件については華麗にスルーすることにしてキンジはギリリと歯噛みする。一瞬心の奥底で生まれた痛みを感じずに死ねるのならそれはそれでアリなんじゃないかとの考えをねじ伏せるために。余談だがさっきから犯人が色々と場違いな事を口走っていることにキンジは気づいていなかったりする。

 

 ――こんな。こんな所で終われるか。終わってたまるものか。

 まだ兄さんの汚名を晴らしてないんだ。兄さんの偉大さを世間に知らしめてないんだ。マスコミ各社の幹部共に誠意ある土下座をさせてないんだ。世界の偉人100人に兄さんの名前を載せてないんだ。ここで死んでたまるものか。俺には世界最強の武偵になって兄さんが命を賭して為した偉業を全世界に認知させるという使命があるんだ。俺が死んだら誰が兄さんの無念を晴らすんだ。誰が兄さんの行いに正当な評価を与えるよう奔走してくれるんだ。俺しかいない。俺しかいないだろ。だったらここで、終わるわけにはいかない。

 

 

「いいいいのおおおおおちいいいいいいいをおおおおおお燃おおおおおやああああああああせええええええええええええええええええええッ!!」

『ひぅ!?』

 

 体力が既に限界? ペダルが重い? だからどうした。そんなの速度を緩める理由にはならない。今日の分の体力がないなら明日の分を持ってくればいい。明日の分だけで足りないのなら明後日の分も、明々後日の分もくれてやる。己の全てを両足に込めろ。何のために毎日毎日鍛えてきたと思ってるんだ。今日のような事態を乗り越えるために決まってるだろ。人間に限界なんてない。越えられない壁なんてない。どこぞで俺を観察しているであろう殺人未遂容疑者に見せつけてやろうじゃないか! 遠山家次男の意地を! 覚悟を! 不屈の魂を! 諦めの悪さを!

 

「おおおおおおおおおおおおお――」

『あ、あのッ、ちょっ、お、おお落ち着いてくれると嬉し――』

「おおおおおおおおおおおおおおお!!」

『ひぃぃいいいい!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめ――』

 キンジは雄叫びとともにペダルを漕ぐ足に力を込める。キンジの思いが存分に込もった咆哮の影響か、坂道にも関わらず自転車の速度は爆発的に上昇する。キンジはただ足に力を集中させる。その後のことなど考えていない。生き残る。それのみを目標に掲げたキンジの姿はさながら本能むき出しの肉食獣のように見える。キンジの様子を別室から監視しているであろう犯人がキンジの気迫に怯えまくっているのにも無理はない。

 

「ッ!?」

 と。ここで地獄の上り坂は終わり下り坂に差し掛かる。どうやら脳内でキンジの敬愛する兄たる遠山金一にご利益を要請したのが功を奏したようだ。持つべきものは天国の家族である。坂道が継続すると思い込んでいたキンジは急に下り坂に切り替わったことで危うく自転車のコントロールを失いかけるがどうにか持ち直す。さすがはSランク武偵といった所だろうか。自転車のバランスを上手くとったキンジはニヤリと口角を吊り上げる。下り坂ならば速度が落ちる心配はない。それはキンジが一旦漕ぐのを中断して現状をいかに打破するかを考える時間的猶予を手に入れたことを意味している。

 

 さて。どうしたものか。キンジがSランク武偵並の頭脳を働かせて起死回生の一手を練っていると前方に人影が立ち塞がる。桃髪。ツインテール。幼児体型。女子。東京武偵高校のコスプレ。主だった特徴はこのくらいだろうか。両手で食べかけの何かを持っている桃髪少女。アレは確かももまんだったか? アレそんなに好きじゃないんだよなぁ。まぁ俺の場合は甘い物全般があんまり好きじゃないんだけど――って、そうじゃなくて!

 

「おい!? 何してんだお前!? 早く避けろッ!!」

 キンジは視界に映る小柄の少女に切迫した声を上げる。しかし。キンジの声が聞こえていないのか、はたまた無視しているのか、少女はただももまんをパクパク食べるだけで一向に自転車の進行経路から逃げる気配はない。どこかの公園で見かければ何とも微笑ましい光景になっただろうが今の状況では悪夢にしか見えない。このままでは少女と人身事故を起こしてしまう。今キンジの漕ぐ自転車は下り坂の助力もあって時速100キロを軽く超えている。少女と接触してしまえばキンジはまだしも少女の死は確実と言っても決して過言ではない。かといって今の速度で方向転換など行えばどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

 容易に想像できる最悪の未来にキンジは頭をフル回転させ必死に打開策を構築する。しかし。その全てがキンジの死または少女の死を導いてしまう。もうどうしようもないってのか? キンジが現状打破に絶望しかかっている中、眼前から超特急で迫りくる自転車を前に平気でももまんを平らげた少女の視線がキンジの漆黒の瞳を貫く。私に任せなさい。何となく少女の真紅の瞳がそう語ってるようにキンジには感じられる。

 

「なぜ避ける必要があるのですか?」

 そして。少女の印象的な高音ボイスがキンジの鼓膜を打った時。突如頭部に鈍器で殴られたかのような強く鈍い衝撃を受けたキンジであった――

 




キンジ→熱血キャラ。
アリア→ですます口調。
武藤→寡黙キャラ。気まぐれでキンジの自転車や携帯を改造したりする。
理子→ビビり。超ビビり。

……うん。ちょっとやり過ぎたかもしれませんね。色々な意味で。


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2.熱血キンジとももまん中毒者


Q.『熱血キンジと冷静アリア』執筆のきっかけは何ですか?
A.キンジに「命を燃やせ!!!!」を言わせたかった。それだけ。

 はい。というわけで……どうも。ふぁもにかです。上記の理由で熱血キンジくんをハーメルンに投入してみた所、予想外に皆さんの反応が良かったのでしばらく連載続けてみます。この熱血キンジと冷静アリアは原作の出来事をなるべく踏襲しつつ(オリジナル話とか作れない)細かい会話内容等を大いに変化させたり笑える要素をねじ込んだりするように努めております。更新は不定期ですが何とぞよろしくお願いします。



 

 その日、神崎・H・アリアは松本屋のももまんを求めて松本屋東京武偵高校店に足を運んでいた。ももまんとは松本屋の看板商品であり(※あくまでアリア視点の見解である)アリアが愛してやまない食べ物である。依頼の報酬としてももまんギフトセット20個入りを依頼人に求めた時期もあるくらいにアリアはももまんが大好きなのだ。ももまんを食べない日など存在しないアリアはもはやももまん中毒と言っていい。常にももまんを携帯していないと不安で仕方なくなるアリアにとって東京武偵高校転入初日にも関わらず松本屋に向かうのは当然の帰結と言えた。勿論、事前に学校側には到着が遅れることを連絡しているので何の心配もない。

 

 ついこの前、ももまんが好きすぎるあまりいっそ自分でももまんを作ればいいじゃないと鑑識科(レピア)の知り合いにSランク武偵の権力を存分に行使してももまんの成分分析を依頼。思惑通りにももまんのレシピを入手したアリアだったが、実際に調理した結果ももまんとは程遠い未知の物質もとい毒物を生み出してしまってからはきちんと松本屋でももまんを手に入れるようにしている。一応記しておくが決して鑑識科の武偵が手を抜いてテキトーに依頼をこなしたわけではない。単にアリアの調理スキルがゼロどころかマイナスを記録しているだけだ。

 

「~~~♪」

(この甘み、生地とのバランス、最高ですね。95点です)

 さて。そんなわけで午前8時から開業する松本屋でももまんを購入したアリアはももまんにかぶりつき鼻歌を歌いながら武偵高へと歩を進めていた。全世界に数えきれないほど沢山の店舗を持つ松本屋のももまんと出会ってから早3年。アリアは様々な松本屋のももまんを食してきた。そのため同じ松本屋でありながら微妙に異なるももまんの味を判別できるようになっていたアリアにとって武偵高店のももまんは想定を良い意味で凌駕する素晴らしい出来であった。頬がだらしなく緩むのも無理はない。

 

 大好物のももまんを前に今にもスキップしてしまいそうになるが子供じゃあるまいしとアリアは自重する。ただでさえアリアの体は小学生並みの体型なのだ。スキップなどすれば行動まで子供っぽいと舐められてしまう。別に相手が自分を格下だと見下してくれること自体は何も問題ない。むしろその方が色々とやりやすくなるため本来なら大歓迎する所なのだが、アリアにとっては屈辱以外の何物でもない。晴れて高2になったのだからいい加減高2として評価してもらいたいものだ。

 

(っとと。思考が脱線してしまいましたね)

 アリアは中学生に迷子扱いされた過去を振り払うようにして首を振り前方を見据える。アリアの視線の先には全力で自転車を漕ぐ黒髪の武偵の姿。そのあまりの自転車の速度にタイヤが悲鳴をあげているのが傍目でもよく分かる。

 

 自転車を酷使している当の本人は「おい!? 何してんだお前!? 早く避けろッ!!」などと叫んでいるがその警告を聞く気は微塵もなかった。現在進行形で武偵殺しの事件に巻き込まれている哀れな武偵を見捨てるのは主義に反するしいかなる危機的事態が迫っていようとももまんを食するという至福の時を中断したくなかったからだ。尤も、目の前の武偵を助ける際に武偵殺しの真犯人を尻尾を捕まえられたらとの打算がアリアをその場に留めさせる一番の理由となっているのだが。

 

「なぜ避ける必要があるのですか?」

 剛速球の自転車との激突前にももまんを平らげたアリアはコテンと首を傾げて問いかける。現状は既に大方把握している。アリアはどこかフラフラとしたぎこちない軌道で武偵の乗る自転車に追随するセグウェイ4台のタイヤを二丁拳銃で撃ちぬきパンクさせて瞬く間に無力化すると自転車に跨る運転手に飛び蹴りを放った。「ガハッ!?」との声とともに自転車のハンドルから手を離す武偵に飛びついてその体を抱き寄せる。アリアの飛び蹴りをモロに頭部に喰らった武偵が受身も取れずにアスファルトに頭から激突しないための、折角助けた武偵が打ち所が悪くて脳に障害が残ってしまいましたなんて結末を導かないための処置だ。

 

 とはいえ今回の武偵殺しの被害者――遠山キンジ――は正真正銘のSランク武偵。本来ならアリアがこのようなことをするまでもなくちゃんと受身を取れるだけの実力を持っている。だが。数瞬見ただけでキンジの実力を正確に把握しろなんていうのはいくらアリアが優秀なSランク武偵だといっても無茶な話である。仕方あるまい。

 

「「ッ!?」」

 そして。犯人曰く、臨時収入が入ったのでお金によりをかけて搭載した強力な小型爆弾付きのキンジの自転車(¥23,000(税込み))が盛大に爆発。かくしてその爆風をまともに喰らったアリアと吹っ飛んできた自転車のハンドル部分を頭部に喰らったキンジの体は地面に激突する前に空高く舞い上がる。その後。アリアとキンジは自転車爆発現場から遠く離れた工場跡地まで吹っ飛ばされる形で地面と激突。為す術もなく二人仲良く意識を失う羽目となるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ッつう……どこだ、ここ……」

 キンジはズキズキする頭を押さえつつ地面に手を当てて体を起こす。どこかの工場跡地だろうか。何とも廃工場らしい殺風景な場所だ。鉄パイプだったり錆びついた機械だったりが無造作に放置されている。辺りを一瞥していると眼下から人の気配を感じる。視線を下へと向けたキンジが見たのは桃髪ツインテールで武偵高のコスプレをしたあどけない顔つきの少女だった。

 

(えっと、この子が俺を助けてくれたんだよな)

 セグウェイ四台を二丁拳銃で無効化し俺に強烈な飛び蹴りを放って俺を自転車から引きはがす。一言で表してみたがこの少女がやったことはもはや超人の域に達していると言っていい。俺もヒステリアモードでなければ再現なんてできないだろう。ノーマルモードじゃ精々セグウェイ無効化で手一杯だ。

 

「私を食い入るように見つめるのは構いませんが、いい加減さっさと手を離してもらえませんか?」

「へ? 手? ――あ」

 この子は一体何者なんだろう。キンジが頭に疑問符を浮かべつつ少女を眺めているとその少女から見た目相応の幼い声が響く。どうやら少女は既に意識を取り戻しており今はただ目を瞑っているだけのようだ。キンジは少女の言葉に視界をさらに下へと向ける。その先にはしっかりと少女の胸を掴んでいるキンジの手があった。地面だと思っていたものが実は少女の胸だった。現状を正しく理解したキンジは思わず少女から飛びのいた。

 

「人が折角助けたというのに早速胸を掴みにかかるとは……人間の風上にもおけませんね。このヘンタイ」

 少女は起き上がって身だしなみを整えると人間のクズを見るような眼差しをキンジに向ける。確かに少女から見れば俺はヘンタイだ。偶然とはいえついさっきまでの俺の体勢はまさしく少女に馬乗りになり胸を鷲掴みにしているものだったのだから。否定の余地はどこにもない。この際、一体どのように爆発の余波を喰らったらあんな体勢になるのかや悲しいことに鷲掴みできるだけの胸を少女が持っていなかったことには目を瞑るとして。

 

(さて。どう説得したものか)

 キンジは僅かに赤面して胸を両手で覆い隠す少女へと向き直る。さて。俺は今からこの子の誤解を解く必要がある。放っておけばこの子は俺を性犯罪者だと吹聴するかもしれない。あどけない少女と高校男児。人々が少女の言葉を信じ俺の言い分に聞く耳を持たない可能性は十分に考えられる。そうなってしまうといよいよマズい。世界最強の武偵を目指している俺が強制わいせつ罪で捕まるなんてことになれば兄さんの雪辱を晴らす機会は下手すれば永遠に訪れなくなってしまう。

 

「待て待て。君の言い分だとまるで俺が君に欲情して婦女暴行に至ったように聞こえるんだけど」

「私はそう言ったつもりですが? 人の服を脱がしておいて何をいっているのやら、理解に苦しみますね……ふぅ。どうやら頭がわいているだけじゃなく耳までどうかしているようですね。警察に突き出す前に耳鼻科に連れていくべきでしょうか? それとも精神科でしょうか?」

「言わせておけば失敬な。さっきのは誤解だ。不慮の事故だ。そもそも俺はC~Dカップの純情お姉さんキャラが好みなんだ。決してロリコンでも紳士でもロリコン紳士でもペドフィリアでもない。君みたいな絶壁小学生に欲情なんてするわけないじゃないか。武藤じゃあるまいし。だから君を襲うなんてあり得ない。安心してくれ」

 

 さらに言うなら俺は武藤が「……読め」と差し出してきた『とある魔術のry)』のオルソラさんのような人が大好きだ。さすがにカナバージョンの兄さんには敵わないが。というか二次元の女子相手に魅力で勝つ兄さんは一体何者なのだろうか? まぁそれはともかく。彼女のあの体つきと純粋さは破壊力抜群だ。彼女の裸をしっかりと視界に収めたツンツン頭の主人公はすぐさま爆発してしまえばいいのに。爆発してしまえばいいのに。鈍感にも程があるだろあの主人公。……今度髪固めてみようかな。

 

 っとと。思考が脱線した。ダメだな。最近どうも武藤の趣味に毒されている気がする。手遅れになる前に一刻も早く武藤の魔の手から逃れる必要がありそうだ。ところでどうしてこの少女はさっきから俯いたままわなわなと肩を震わせているのだろうか。さっきの爆発でどこか怪我でもしているのだろうか。

 

「……よっぽど死にたいみたいですね」

「ッ!?」

 少女がどこか怪我をしていないか。少女を心配そうに見つめるキンジに少女はハイライトの消えた瞳を向けてくる。刹那。第六感で身の危険を感じたキンジは瞬時に後ろへ飛びのく。するとさっきまでキンジの立っていた場所に複数もの銃痕が刻まれる。

 

「気が変わりました。警察に突き出すだけで済ますつもりでしたが予定変更です。まずは貴方を半殺しにすることにします。……いえ。この際ですから9割ほど殺してしまいましょうか」

 どうやら俺は彼女の説得どころか彼女の地雷を踏み抜いてしまったようだ。拳銃を両手に構え常人であれば思わず腰を抜かしてしまうほどの殺気を放つ桃髪少女。俺を逃がす気は毛頭ないらしい。ならば今この場において俺がすべきことはただ一つ。眼前の少女を無力化して誤解を解く。それだけだ。

 

「(この小学生、ただ者じゃないな)」

 キンジは少女の放つ殺気を受け流しつつ拳銃を構える。と、そこで。武偵として積み上げてきた実戦経験が眼前の桃髪少女を舐めるなと警鐘を鳴らしてくる。ともすれば俺よりも格上だぞと警鐘をガンガン鳴らしてくる。見た感じではただのか弱い少女なのだがこの警鐘は概してよく当たる。キンジは気を引き締めて少女を見据える。正直言って勝率は低い。眼前の少女がただ者でない上にキンジはついさっきまで自転車を漕ぎまくっていたのだ。体の、とりわけ足の疲れが半端ではない。この状態ではあとどれだけ戦えたものか分かったものではない。

 

 でも。ヒステリアモードは使わない。使えば負けることはないだろうが勝つこともない。全ての女子に優しくなりキザ極まりない言動を行うヒステリアモードを目の前の少女相手に使った所で少女を上手くあしらい「僕の負けだよ」とか決め顔で口走り勝ちを譲って颯爽と去っていくであろうことは容易に想定できる。

 

 だからこそ。今の状況下でヒステリアモードは使いたくない。どんな形であれ折角戦うのなら勝利を収めたい。勝ちを譲りたくなんてない。世界最強を目指す武偵がそう簡単に勝利を譲ってなるものか。足がパンパンだ? 体が疲れ切っているだ? だからなんだ。その程度、目の前の女の子に負けていい理由にはならない。常に相手と同じ条件で戦えるとは限らない。常に最高のコンディションで戦えるとは限らない。どんな状況であっても勝利する。それが俺の目指す世界最強の武偵だ! だったら。どんなに不利な状況でも勝利をもぎ取って見せろ! 遠山キンジ!

 

「貴方なんて助けるべきではありませんでした。強制わいせつ犯が爆滅するチャンスを逃すとは……不覚ですね」

「だから誤解だと言ってるだろ? ま、今はいいや。ネオ武偵憲章第八十二条、やられたら数十倍にしてやり返せ。……俺を撃ってきたからには覚悟はできてるんだろうな? ハイスペック小学生」

「そんなふざけた武偵憲章、聞いたことありませんが……上等です。風穴の時間です!」

 

 キンジを強制わいせつ犯として逮捕したい桃髪ツインテール少女。己の掲げる目標達成のため少女に捕まるわけにはいかないキンジ。かくして。今ここにおいてSランクとSランクとの激しいなんて言葉が霞むほどの意地のぶつかり合いが幕を開けた。

 

「あと私は高2です!」

「え――」

「隙ありッ!!」

「うおッ!?」

 

 桃髪少女の不意打ちの銃弾を契機として。

 

 

 ……ちなみに。二人の織りなす人外染みた銃撃戦に遅れて乱入してきたセグウェイ群がもれなく全機大破したことをここに記しておく。『あ、あああ!? ぼ、ボクのセグウェイコレクションがああああああああああッ!?』との悲痛の叫びが機械音声を通して工場跡地に響き渡るも戦闘中のSランク武偵二人の耳に届くことはなかった。哀れ武偵殺し。哀れチャリジャック犯。

 




キンジ→年上のお姉さん好き。オタクに片足突っ込んでいる。
アリア→ももまん中毒者。毒舌な面も。本人曰く、「ももまんとは結婚しましたが何か?」。決め台詞は「風穴の時間です」
武藤→ムッツリ。オタク。キンジをオタク仲間に引きずり込もうと様々な策を日々水面下で行使している。
理子→ボクっ娘。イージーモードで楽々操作できるセグウェイにひどく愛着を持っている。

 それにしてもビビり理子の使いやすさに自分でもビックリ。ビビりこりん投入すると途端に物語に笑い要素が生まれるから凄くありがたい。冷静アリア(というより毒舌アリア?)は熱血キンジ(笑)と違ってギャグ生成に向かないからなぁー。シリアス生成には持ってこいなんだけど。

※ネオ武偵憲章→キンジと武藤が深夜のテンションで一夜にして作り上げた武偵裏憲章。全部で第182条まである。前述の通り深夜のテンションで作り上げたためまともな内容がない。ネオ武偵憲章の製作者たるキンジは自身の気に入った何個かしか覚えていない。一方武藤は未だに全部暗記している。暗唱も可能。


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3.熱血キンジとスルースキル


Q.熱血キンジくんは普段どのような時にヒステリアモードになるのですか?
A.シューティングゲーム。

 はい。というわけで……どうも、ふぁもにかです。当初の予定だとあと3、4話でさらっと第一巻の話が終了するはずだったのですが、この分だと後10話はかかるかもしれません。さて。どうしてこうなった。あと今回は文字数少ないです。ごめんなさい。



 

「それでは神崎さん、入ってきてくたさーい」

 2年A組教室前で待機していた神崎・H・アリアは 担任の高天原先生の間延びした声を聞くと教室へと向き直る。これからアリアを待ち受けているのは自己紹介だ。そこでいかに上手く事を運べるか。それでクラスメイトたちとの今後の関係が定まるといっても過言ではない。これから一年間を共にする同士たち。できることなら悪い印象を持たれたくはない。アリアはゴクリと唾を呑むと教室へと歩を進める。

 

「神崎・H・アリアです。よろしくお願いします」

 アリアは教卓の前までテクテクと歩くと自己紹介とともに頭を下げる。平静を装ってはいるものの、緊張で自分の歩き方が変にカクカクとしていなかったか、声が上ずっていなかったか等のことが気になって仕方ない。アリアの背中を冷や汗が伝っていったような気がした。

 

「えー。それでは今から質問タイムに入りまーす。神崎さんに聞きたいことがある人は手を上げてねー。あ、その前に自分の名前を言うように」

「武藤剛気……専攻科目、ランク……何?」

強襲科(アサルト)のSランクです」

 

 高天原先生が全てを言い終える前に真っ先に手を上げたのは武藤剛気。彼の問いにアリアが簡素に答えると途端に教室がざわめきに包まれる。当然だろう。Sランク武偵はRランク武偵ほどではないが、それでもかなりレアだ。私が事前に調べあげた所、東京武偵高校で確認されているSランクがたった3人しかいないことからもそれが伺えるというものだ。一人目は狙撃科(スナイプ)Sランク武偵のレキ。RBR、ロボットバトルジャンキーレキと名高い緑髪の少女だ。二人目は尋問科(ダギュラ)Sランク武偵の中空知美咲。彼女にかかればどんな犯罪容疑者からでも情報を引き出せるのだそうだ。そして最後は強襲科Sランク武偵の遠山キンジ……もといヘンタイ。命の恩人たる私のふ、服を脱がしてむ、むむむむ胸を掴んできた――

 

「神崎さん、大丈夫ですか? 何だか顔が赤いですよー?」

「気のせいです!」

「? ならいいですけど」

 

 アリアは今朝の出来事を脳内から振り払うように首を左右にブンブンと振る。高天原先生を初めとして眼前のクラスメイトたちが怪訝な表情を浮かべてこちらを見ているが気にしないことにする。それから。アリアは趣味や出身、好きな食べ物等の質問に淡々と答えていく。その際、2年A組クラスメイト陣がゲンナリとしていたのは決して私がももまんがいかに素晴らしいかを熱弁したからではないだろう。うん。

 

「それでは、次の質問で最後にしようと思いますー。誰かいませんかー?」

「あ、じゃあ俺で」

 

 アリアが粗方クラスメイトたちの質問の嵐に対応し終えた頃を見計らった担任の先生の言葉に一人の男子生徒が気だるそうに手をあげる。両手を頭の後ろで組み両足を机の上に乗せている様はいかにも不良っぽい。見目だけは麗しいだけに何とも残念だ。

 

「不知火亮。で、神崎さんは彼氏とかいるんスかー?」

「かッ彼氏!?」

 

 何を聞かれるのだろうか。人知れず身構えたアリアを襲ったのはアリアの想定の埒外のものだった。まさかの恋愛方面の質問にアリアの体はビシリと硬直する。と、その時。アリアの脳内を埋め尽くしたのは黒髪に意思の強さを漆黒の瞳に宿した――

 

(な、なんでここであのヘンタイの顔が浮かび上がるのですかッ!? これじゃあまるで私があのヘンタイに恋心を抱いてるみたいじゃないですかッ!?)

「お、その反応。いるんスねー? 意外ッスねー。じゃあ是非ともその彼氏さんとの馴れ初めを教えてほしいんスけどー?」

 

 アリアが再び顔を赤くして固まっていることを良いことに調子に乗った不知火がさらに質問を畳みかける。ニヤニヤとした笑みが憎らしいことこの上ない。その時。ハッと我に返ったアリアの視界から色が消え去った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はぁ、さすがに疲れた……」

 遠山キンジは疲れ切った体を酷使して2年A組へと歩みを進める。チャリジャックの一件で体力を消耗し桃髪ツインテール少女とのバトルで残り少ない体力をまた消耗した今のキンジでは階段一つ上るのにも一苦労である。今現在、教室では既にホームルームが始まっている時間帯であり本来ならダッシュで教室に駆け込まないといけない立場のキンジであったがもはや走る気力すら残っていなかった。

 

(それにしても、今朝のはいい経験になったなぁ)

 キンジはつい先ほど繰り広げたあの自称高校二年生(実際は高く見積もっても精々中学生が関の山だろう)との戦闘を思い出して意図せず頬を緩ませる。先の桃髪少女との戦闘はキンジの勝利で終幕となった。必要最低限の動きで少女の繰り出す弾丸&小太刀をかわしたり銃弾で逸らしたりしつつ少女の足元にこっそり空弾薬を転がし少女がそれに足を滑らした時に一気に距離を詰めて頭に拳銃を突きつける。この作戦が面白いくらいに上手くいったのだ。結果、桃髪少女に拳銃を突きつけた状態で説得を再開。しぶしぶながらも少女の納得を勝ち取って今に至る。

 

 そういえばあの子の名前を聞いてなかったな。またどこかで会えるだろうか。キンジは桃髪ツインテールの少女に思いをはせる。次に会った時はまた戦ってくれるだろうか。実はちょっと試したい新技があるんだよな。そんなことを考えながら2年A組の教室の扉を開けたキンジの頬を一発の銃弾が掠めていった。

 

「……へ?」

「恋愛なんてくだらないですね。そんなことを言うおバカさんは――、っと。すみません。少々熱くなってしまいました。今のは忘れてください」

 

 眼前には二丁拳銃を両手で構え所構わず撃ちまくったらしい桃髪ツインテール少女の姿。どうやらさっきの弾丸は流れ弾だったようだ。あ、危なッ!? と背筋の凍る思いを感じているキンジをよそに少女はあくまで澄ました顔で言葉を紡ぐ。ただでさえ見た目相応のあどけない高音ボイスがシンとした教室内によく響く。

 

「あ、そうですね。皆さん、夜道には気をつけてくださいね。最近は物騒ですので」

 

 アリアは拳銃をしまうと何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべる。言葉だけならクラスメイトの身を案ずる聖女のごとき慈愛の精神の持ち主と言えなくもないが今は状況が状況だ。この場合、アリアの発言は「私の前でもう一度恋愛のことについて喋ってみろ。その時が貴様の最期だ」といった風に解釈するのが正解だ。ニッコリと笑みを浮かべるアリア。アリアに対して恋愛関連でからかってはいけないとクラスメイト全員が悟った瞬間であった。尤も、不意の銃声に思わず気絶してしまった理子はそのようなことすら悟れなかったのだが。哀れ理子。

 

 背後にゴゴゴゴゴと効果音の付きそうな修羅を纏った桃髪少女。少女の気迫に怯えおののく2年A組クラスメイト陣。うち腰を抜かし椅子から崩れおちた者7名(ちなみに全員男子。その中に不知火がいたのは意外だった)。うち気絶者1名(理子だった。まぁ理子だし仕方ない)。Sランク武偵の実力は気迫にも表れるものだ。

 

 キンジはゆっくりと扉を閉めた。決してアリアに気づかれないよう慎重に扉を閉めたキンジは今見た光景を全て綺麗さっぱり忘れることにした。かくしてキンジは歩き出す。世界最強の武偵は後ろなど振り向かない。己のために犠牲となった者たちの意思を汲み、前を見据えてただただ突き進むだけだ。遥か高みの存在への到達を目指すキンジが後ろを見やることはついぞなかった。

 

(あの子、あの体型で本当に高2だったのか……いるもんなんだな。三次元の世界にも)

 どこか的外れなことを考えつつキンジは2年A組教室を後にしたのであった。悲鳴なんて聞こえない。聞こえないったら聞こえない。

 




キンジ→空気の読める熱血キャラ。軽度のバトルジャンキー。スルースキル保有者。
アリア→怒り心頭時の決め台詞「夜道には気をつけてください」。
不知火→不良。チャラ男。高1の2学期に夏休みデビューを果たした。根はいい人。それを知ってるキンジたちは聖母のごとき眼差しで彼を見守っている。
理子→ビビり。超ビビり。不意の銃声で気絶するレベルのビビり。過去に後ろから目を塞がれて「だーれだ?」をやられただけで気絶した経験あり。
レキ→ロボットバトルジャンキーレキ。詳しいことは後々明かされる……はず。
中空知→尋問科(ダギュラ)Sランク武偵。綴先生のお墨付きを貰っている。
高天原先生→綴先生とともに尋問科の教諭をしているという裏設定があるだけ。他は変化なし。一人くらいはまともな人がいないと話が進まないと思った。

 今回、文字数が少ないながら性格改変された登場人物たちがチラッと地の文に現れてきましたね。彼女たちの出番はいつになることやら……


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4.熱血キンジと頼みごと


 どうも。ふぁもにかです。本日、緋弾のアリアの原作買いました。むしろ今まで原作持ってなかったんかい! よくそんな状態で二次創作書こうと思ったな!? ええ!? ……みたいなツッコミは遠慮してくれると助かります。尤も、ふぁもにかは大人買いが出来るほどの財政力など持ち合わせていない(伝説の勇者の伝説&ウィザーズ・ブレイン関連にお金を掛け過ぎたともいう)のであくまで数冊だけですが。


 

 夕暮れ時。キンジは男子寮へと歩を進めていた。今日のキンジは強襲科(アサルト)での戦闘訓練を行っていない。要はサボりだ。今朝体験した激動の時間によって蓄積された疲労はたかだか数時間机に突っ伏して夢の国へと旅立った程度では癒せない。キンジ的には明日や明後日の分の体力をも使い切った気分でいるのでとても訓練をしたいと思えないのだ。それに今日一日くらいサボった所で何も言われないだろう。今日俺がチャリジャックに巻き込まれたことは既に周知の事実となっているのだから。

 

 さて。戦闘訓練をサボったことで早めに帰れるはずのキンジ。心身共に疲労しているキンジがなぜ今まさに夕日が地平線に隠れようとしている時間まで外にいたのかというと一重に新たな自転車を手に入れるためだ。あの時。武偵殺しの模倣犯により木っ端微塵に爆散したキンジの自転車(¥23,000(税込み))。爆発による故障は保障に含まれるのかを店の従業員に尋ねた所、自転車一台分の値段を丸々保障してくれるとのことだった。この時。初めて自転車保険に入っていて良かったと心から感じるキンジであった。キンジに説明してくれた従業員がなぜか頬を引きつらせていた点については華麗にスルーすることにして。

 

(問題はあの武偵殺しの模倣犯が誰で、どうして俺を狙ったかってことだよな……)

 

 実質タダで手に入れた新しい自転車に乗りながらキンジは思考の渦にその身を投げ出す。あの時。キンジはSランク武偵らしい見事な手際でチャリジャック犯に悟られないよう制服にあらかじめ仕込んでいた盗聴器で録音をしていた。その機械音声は今現在武藤の元で解析されている。武藤は車輌科(ロジ)所属でありながら人工浮島内のどこかに存在する武藤専用の秘密基地にて自前の高性能情報解析機器を所有している。そのためそこらの鑑識科(レピア)に頼むより遥かに早く情報を解析してくれる。しかも武藤が報酬として要求するのはライトノベルの類いがほとんどであり安上がりなのだ。キンジが武藤を頼りにするのも当然の帰結と言えよう。

 

 果たして武偵殺しの模倣犯は俺に個人的な恨みがあるのか、それとも先のチャリジャックは武偵なら誰でも良かったのか。キンジはさらに思考を掘り下げようとして首を振る。その辺りの推測はいくら時間をかけた所で所詮雲を掴むようなものだ。武藤の情報解析が終わるまでは考えても無駄だろう。キンジはペダルへ込める足の力を強くした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ん。ようやく帰ってきましたね。待ちくたびれましたよ、遠山キンジさん」

 

 新しい自転車で風を駆る感覚を楽しみつつ家路についたキンジを迎えたのは聞き覚えのある幼い声だった。声の主、神崎・H・アリアは他人の寮でソファーに深々と座り悠然とコーヒーを飲んでいた。何様だよお前とキンジは声を大にして言いたい衝動に駆られる。とても待ちくたびれた人間の言動とは思えない。

 

「ッ!? お前!? なんでッ!?」

「お前ではありません。神崎・H・アリアです。気軽にアリアとでも呼んでください。私もキンジと呼ばせてもらいますので」

「……あー、そっか。同じクラスにもう一人神崎さんがいるもんな」

「そういうことです。ちなみに鍵は持ち前のアンロック技術で開けましたのであしからず」

 

 どうしてここにいるのか。どうやって部屋に入ったのか。多種多様な疑問がキンジの頭をグルグルと回る中、アリアは平然と言葉を返す。いかにも貴族が使ってそうな装飾で縁取られた食器に乗せられたももまんをフォークで食べるアリアの姿は何とも滑稽だ。あまりのアリアのマイペースっぷりを前にキンジの漆黒の瞳が半眼となるのも仕方あるまい。余談だが、アリアの言うアンロック技術とはドア破壊→業者さん呼び出し→スピード修理といったものである。やろうと思えば誰でもできるお手軽方法だ。

 

「そうか。じゃあアリア。お前はどうしてここに? 俺に用事か?」

「はい。その通りです。単刀直入に言います。……私のパートナーとなってくれませんか、キンジ?」

「……とりあえず満面の笑みでももまんを食べながら人に頼みごとをするのは止めようか、アリア?」

「ッ!? す、すみません! ついうっかり」

「ついうっかりね。まぁいいけどさ……」

 

 いそいそとももまんを食べるアリアにキンジはジト目をお見舞いする。無意識に松本屋の袋からももまんを取り出し高価そうな食器に乗せてフォークを突き刺していただくなんてあり得ないだろとの思いを込めて。こいつどんだけももまん好きなんだよ。確か俺がチャリジャックに遭ってた時も食べてたよな? 今朝の一幕を思い出したキンジはただただアリアのももまん好きに呆れるのみであった。

 

「で、どうして俺をパートナーにしたいんだ? アリアからすれば俺は強制わいせつ犯みたいなもんだろ?」

「みたいではありません。強制わいせつ犯そのものです。強制わいせつ犯の権化です。ですが、今朝のことは目を瞑ります。キンジとの勝負には負けましたし。キンジをパートナーに求める理由は貴方の並外れた強さにあります。より正確に言うなら今朝のキンジとの戦闘で貴方の実力の一端を垣間見たからです」

 

 アリアがももまんを完食した頃合いを見計らってキンジが疑問を投げかける。コホンと咳払いをして話し始めたアリアによると俺のSランク武偵としての力がアリアのお眼鏡にかなったらしい。俺自身を高く評価されるのは素直に嬉しい。ましてや俺と同レベルもしくは俺よりも強いであろうアリアからの評価なら尚更だ。だが。俺が聞きたいのはそこじゃない。

 

「えーと。じゃあ質問を変えるぞ? お前の目的は何だ? お前は俺をパートナーにして何がしたいんだ?」

「ッ!? そ、それは……」

「言えないような理由なのか? だったらこの話は拒否するぞ。俺は武偵を止めるわけにはいかないからな」

 

 俺の質問にアリアは口ごもった。言いよどんだ。それが意味することが何かはわからないが、俺としては犯罪の片棒を担がされるなんて事態はゴメンだ。アリアだからそれはないとは思うが、万が一がないとは断言できないからな。

 

 キンジとアリア。Sランク武偵同士の視線が交錯する。バチバチと火花が散るようなものではない。しかし。ジリジリといった、針を突き刺すような、一瞬でも気を抜けば射殺されてしまうような綿密な視線の交錯は壮絶なんて言葉が生ぬるいほどの睨み合いの様相を呈していた。その辺りはさすがはSランク武偵といった所だろうか。

 

「……わかりました。明日、明日に理由を話します」

「わかった。それじゃあその理由次第でアリアのパートナー申請を受けるかどうか決める。それでいいな?」

「……わかりました」

 

 結局。折れたのはアリアだった。気まずそうに視線を逸らし消え入りそうな声で妥協案を提示してくる。アリアが目的を話してくれるのなら何ら問題ない以上、キンジがアリアの提案を断る理由はない。キンジは妥協案を間髪入れずに受け入れる。対するアリアは意気消沈といった雰囲気で松本屋のももまんを食器に出す。尤も、ももまんを口に入れればすぐさま可愛らしい笑みを浮かべるのだが。

 

 この日。アリアは計13個ものももまんを輝かしいばかりの笑みで頂いた。あの小学生相当の小柄な体のどこにあれだけのももまんが入るスペースがあるのだろうか。アリアの体の仕組みが一体どうなっているのか、不思議でならないキンジであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おっ起きたかアリア」

「はい。おはようございますキンジ。昨日はお見苦しい所をお見せしました」

 

 翌日。朝4時に起床し一通り自身の定めた門外不出の訓練メニューをこなしたキンジが寮に戻ると相変わらずアリアがソファーを占拠し優雅にコーヒーを啜っていた。どうやらアリアも見た目にそぐわず朝型のようだ。他人の寮内だというのに馴染み方が半端じゃないなとキンジは思わずにはいられない。

 

 ちなみに。実は昨日、アリアはキンジの寮で一夜を明かした。アリアの名誉のために記しておくが決してアリアが進んでキンジの部屋に泊まったわけではない。ももまん中毒重篤患者たるアリアが食した松本屋のももまんの中になぜかウィスキーボンボンまんという明らかに邪道極まりない食べ物(毒物?)が紛れ込んでいたのだ。あくまでウィスキーボンボンまんの擬態を見破れずにそれを頬張ったアリアがすぐさま顔を紅潮させ目を回して気絶した結果である。アリアはアルコールへの耐性が全く備わっていなかったらしい。

 

 その後。朝食だしということでキンジはご飯に味噌汁にハムエッグといったありきたりなものを作り、二人で食べることとなった。簡素な朝食だったのでどことなく高貴な雰囲気漂うアリアの口に合うか非常に不安だったのだが、その辺の心配は杞憂だったようだ。「……これが和食というものですか。優しい味わいですね」とアリアはおいしそうに食べてくれた。ただし箸を上手いこと扱えなかったのでフォークを使ったのだが。

 

(……元々、兄さんに褒められたい一心で磨いてきた料理スキルだけど、こんな所でも役に立つとはな。世の中わからないもんだ)

 一足早く朝食を食べ終えたキンジは喜色満面で朝食を食べるアリアをしり目に食器を台所に運ぶ。兄さんが亡くなり今や料理を振るう相手が一人しかいないキンジにとって逐一「おいしいです」と言いながら朝食を食べてくれる二人目――アリア――の存在は素直に嬉しいものだ。無意識のうちに頬が緩んでしまうのも当然と言えよう。

 

 と、そこで。キンジは今の今まですっかり忘れていたある日課を思い出す。昨日はトチ狂った時計のせいで遅刻の危機に追いやられたためにすっかり頭の中から抜け落ちていた日課。決して放置してはならない用事を今更ながらに思い出したキンジはハッと我に返った。

 

「ッ! そうだすっかり忘れてた! アリア、俺今からちょっと用事あるから出かけてくる。先に学校行っててくれ!」

「はぁ。それは構いませんが、どちらへ行かれるのですか?」

「どちらへって、女子寮だけど?」

「えっ?」

「ん?」

 

 急いで身支度を終えてすぐさま用事を済ませに外へ繰り出そうとするキンジに背後から声がかかる。朝食をきちんと完食し、食後のももまんを緩みきった頬張るアリアの問いにキンジは何の気なしに答える。その時。アリアが目を丸くした。その手から食べかけのももまんが離れてボトリとテーブルに落ちる。何をそんなに驚いているんだとキンジは首を傾げて、そこで今自分が何を口走ったのかを理解した。ちょうどその時。キンジの言葉の意味をアリアが咀嚼し終えた時。比喩でも何でもなく、空気が凍りついた。

 

「「……」」

 痛いくらいの沈黙が二人を包む。季節は春のはずなのに秋特有の乾いた風が吹き数羽のカラスが空気を読まずに「お前バカだろ」と言わんばかりに鳴いたように思えたのはきっと幻聴の類いではないだろう。

 

「キンジ? 女子寮に何の用事があるのですか? あの場所は確か男子禁制だったはずですが」

「あ、いや! ちょっ待っ、これは誤解だ、アリア!」

「……どうやらこのヘンタイはここでしっかり教育しなければいけないようですね。さらなる強制わいせつの被害者を出さないためにも」

「待て待て! 銃を取り出すな! 弾を装填するな! 頼むから俺の言い分を聞いてくれッ!!」

「問答無用! 風穴の時間ですッ!!」

 

 キンジはアリアを落ち着かせるため必死に声を張り上げる。だが。キンジの努力もむなしく、ヘンタイを撲滅するという使命を心に宿したアリアはキンジの顔面目がけて容赦なく発砲。自ら墓穴を掘ってしまったキンジは銃を両手にそれぞれ装備しゴゴゴゴゴと威圧感を放つ修羅を纏った桃髪ツインテール少女に命を狙われる羽目となったのであった。口は災いの元とはまさにこのことである。

 

 ちなみに。キンジの部屋は家具に始まりスリッパに至るまであらゆるモノが防弾&防刃仕様となっているため、キンジの部屋が怒れるアリアの影響でメチャクチャになることはなかった。備えあれば患いなし。

 




キンジ→料理上手な熱血キャラ。料理スキルAランク。朝練は欠かさない。女子寮に向かうのが日課の模様。その目的はいかに……?
アリア→ももまん中毒重篤患者。ももまん中毒Rランク。ふと我に返ったらももまん食べてましたなんてことは日常茶飯事。箸を使えない。ただ突き刺すのみ。
武藤→割と万能。自前の高性能情報解析機器を有している。寮内に置くわけにはいかないため、人工浮島内にある武藤専用の秘密基地で保管している。情報解析技術Sランク。鑑識科(レピア)も涙目な実力保有者。

 以下、おまけ(突発的に浮かんだネタ ※本編とは関係ありません)

アリア「私には嫌いな言葉が3つあります」
キンジ「? どうしたんだ、いきなり?」
アリア「『友情』、『努力』、『勝利』。この3つは人間を無駄に調子づかせる、よくない言葉です」
キンジ「え?」
アリア「ですので、私の前では二度と言わないでください」
キンジ「……お前、今凄いこと言ったな」


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5.熱血キンジとダメ人間


??「私のターンッ!」

 ……というわけで、どうも。ふぁもにかです。割と文字数多めな今回はついにあの子が登場します。料理のできる熱血キンジくんがほぼ毎日女子寮に通ってるって時点で勘のいい方々はある程度予想がつくとは思いますが。そこまで勘のよくない方々も本編1行目で大体気づくことでしょう。ええ。そうです。あの子です。あの子のターンです。



 

「おーい、ユッキィー。生きてるかぁー?」

 

 あれから。逃げの一手から反旗をひるがえし、多大な労力を使って(前回使った空薬莢を転がしてアリアを転ばせる方法が通じなかった分、Sランク武偵たるアリアの無力化に苦労したことは言うまでもない)どうにかアリアを宥めたキンジはアリアとともに女子寮の一室の前へとたどり着いていた。別にアリアまでついてくる必要はないのだが、アリア曰く、俺は何をしでかすかわかったものではないヘンタイだからいざという時に他の女子に被害が降りかからないよう俺を撃退するのが俺に同行を申請してきた目的だそうだ。酷い言いがかりである。不慮の事故とはいえアリアの胸を触った俺が考えるのはどうかと思うが、そんなに信用ないだろうか。

 

「……出てくる気配がありませんね。留守でしょうか?」

「おかしいなぁ。あいつ、普段はずっと寮にいるのに」

 

 何度インターホンを押し声をあげて中の住人に来客たる自分たちの存在をアピールしても一向にこの部屋に住む少女が反応をみせないことにキンジとアリアは互いを見合わせて首を傾げる。すると突如としてキンジの携帯電話の着信音が鳴り響く。着信音はJ●M projectだ。キンジが携帯の画面を見やるとそこにはいくらインターホンを押しても応答してこなかった中の住人の名前が表示されてあった。

 

「もしもし、ユッキー。どうした? つーか、いるならドア開けてくれ」

『助けて、キンちゃん。私、もうダメ……』

「ッ!? ユッキー!?」

 

 ユッキーなる少女に何かしらの緊急事態が発生したと判断したキンジは持ち前のアンロック技術(決してアリアが使った方法ではない)で鍵を開けると扉を蹴破って部屋の中へと侵入する。部屋の配置をここの住人以上によく理解しているキンジはすぐさまこの部屋の住人がよく生息しているリビングへと駆ける。事は一刻の猶予も残されていないかもしれない。キンジははやる気持ちのままリビングの扉に手を掛けた。

 

「大丈夫、か……?」

 

 部屋の主たる少女の安否を確かめるためリビングに足を踏み入れたキンジの視線の先には荷物の山があった。洋服やら本やら家具やら刀やらが上へ上へと積まれている。天井にも届く勢いだ。そして。その重量感漂う荷物の山の一角から誰かの右手のみが助けを求めるように突き出ていた。その右手が時折ワキャワキャとうごめくことから、どうやらユッキーなる少女はこの荷物の山に埋まっているらしい。

 

 一体何をどうしたら右手以外の体全体が生き埋めになるのだろうか。一昨日来た時にちゃんと部屋を整理整頓したはずなのに。キンジは疑問符を頭に浮かべつつ荷物の山に生き埋めにされた少女を助けるために少しずつ荷物をどかしていく。ちなみにキンジに追随してきたアリアは荷物の山が放つ異様な重圧を前に言葉を失い呆然と立ち尽くしている。その後。キンジは数分かけてようやく荷物の山から少女を引きずり出すことに成功した。

 

「……大丈夫か? ユッキー」

「あ、ありがとキンちゃん。死ぬかと思ったよ……」

 

 やれやれと言わんばかりの口調でキンジが尋ねると晴れて積み重ねられた荷物の山から救出された黒髪少女がケホケホと咳をしながら弱々しくキンジにお礼を告げる。寮内にも関わらず白と赤を基調とした巫女装束を身に纏った、大和撫子の権化のような見た目をした少女。彼女こそがユッキーこと星伽白雪である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「おおお~! おいしそう! さっすがキンちゃん! キンちゃん様~!」

「はいはい。崇めなくていいから、冷めないうちに食べろよ」

「あい! いっただっきまーす! んー! おいしい!」

 

 つい先ほど荷物の山から生還した白雪は椅子の上に正座で座り、テーブルに並べられたキンジの手作り料理陣に文字通り目を輝かせていた。ちなみにキンジが白雪のために用意した料理はアリアに振舞ったものと同じでかなり簡素なものなのだが、白雪はあたかも高級料理フルコースを目の当たりにしたかのような反応を見せる。あまりどころか全然手間をかけていないお手軽極まりない朝食を食べつつ「おいしいおいしい」を連呼する白雪。白雪を眺めているうちにキンジは不意に昨日一日白雪を放置していたことに対して非常に申し訳ない気持ちに駆られた。ちなみに男子禁制であるはずの女子寮にキンジが平然とやって来れるのはキンジが白雪の世話係としてすっかり女子生徒陣に認知されているからに他ならない。日頃の行いの賜物である。

 

「あー。悪かったな、ユッキー。昨日は来れなくて」

「ううん。キンちゃんが気にすることじゃないよ。謝らないで」

「そうか? ならいいけど……、で。なんで荷物の山に埋もれてたんだ、ユッキー?」

「えっとねキンちゃん。私は一応緋巫女(ひみこ)だし偶には禁制鬼道の練習した方がいいかなーって思ってね、それでここで色金殺女(イロカネアヤメ)を使って素振りしてみたんだけど……ついクローゼットとか本棚とか切り裂いちゃったの。そしたら色々と積み上げてた荷物が雪崩れ込んできて――」

「いやいや、使っちゃダメだろ。ダメだから禁制扱いされてんだろ? 練習とかすんなよ。するならするで部屋の中で使うな。せめて外でやれ」

「だって寮から出たくなかったんだもん! 面倒だし!」

「ったく、お前って奴は……」

 

 さも自分の行いが誇らしいことだと言わんばかりに白雪はエッヘンと胸を反らす。何とも清々しい白雪の姿にキンジは「そこで禁制鬼道を誰かに見られないためって言わない辺りがお前らしいよ」とため息を零す。白雪を前にため息を吐いたのはこれでかれこれ何回目だろうか。少なくともとっくの昔に三ケタは超えていることだろう。下手すれば四ケタにも突入しているかもしれない。

 

 星伽白雪は極度のめんどくさがり屋である。ダメ人間とも言う。巫女装束を標準装備とする白雪は何事も面倒だと、やる気がしないと積極的に行動しようとせず、誰かに強制的に連れ出されなければ寮の外にすら足を運ぼうとしないのだ。キンジがこうして毎日通い詰めていなければ食べるのすらめんどくさいと食事を抜き始めることは必至であろう。キンジが白雪を餓死させまいと毎日のように女子寮に通って手作り料理を提供する理由がここにある。

 

「これが俗に言う引きこもりという奴ですか。初めて見ました」

「いや。引きこもりとは少し違うだろ。ユッキーの場合はただめんどくさがりをこじらせただけと思うぞ?」

「どっちにしろダメ人間の典型には変わりありません。救いようがありませんね」

 

 テーブルを挟んで白雪の対面に座るアリアは呆れ混じりの言葉を漏らす。無論、ももまんを食べながら。アリアの白雪への評価に少々毒が入っているように思えるのは気のせいだろうか。少なくともさっきからアリアが白雪の極めて女性的な魅力を放つ胸に嫉妬混じりの熱烈な視線を送っていることとは無関係ではないだろう。一方白雪はアリアが白雪の胸を凝視していることに全く気づいていない。鼻歌混じりに朝食を頂いている。

 

(絶壁がゆえの嫉妬、か。……醜いものだな)

 キンジがあたかもこんなはずじゃなかった世界を嘆くかのように内心でそんなことを思っているとアリアが真紅の瞳をギョロリと向けてきた。俺をヘンタイ認定して襲いかかってきた時よりもはるかに凄みを利かせて睨みつけてくる。今のアリアなら視線だけで人を殺せそうだ。おそらくアリアは俺が今考えたことを本能で理解したのであろう。アリアは何か直感でも備えているのだろうか。何と厄介極まりない。キンジは内心で冷や汗を流さずにはいられない。

 

「そ、そうかな? えへへ。褒められちゃった」

「ユッキー。アリアは今お前をバカにしたんだぞ。それくらい気づけ」

 

 キンジはアリアの放つプレッシャーから逃れることとツッコミを兼ねて、照れくさそうな笑みを浮かべる白雪に軽くチョップをお見舞いする。「あう」との悲鳴が何とも可愛らしい。こういう所が『ダメダメユッキーを愛でる会』という名の白雪ファンクラブを生んだ要因なんだろうな。きっと。自身のファンクラブが今も暗躍していることを全くもって知らない当の本人はニコニコ笑顔で朝食をパクパク食べていたが、不意に「んー」と人差し指を頬にあてて暫し考えると箸を食器の上に置いた。

 

「? どうしたユッキー? 食欲ないのか?」

「……食べさせて、キンちゃん」

「お前、まさかまた箸を持つのもめんどくさくなったとかいうつもりじゃないだろうな?」

「……てへッ♪」

「図星かい」

 

 可愛らしく舌を出す白雪にキンジは呆れ混じりにチョップをかます。本日二度目だ。相変わらず「あう」との可愛らしい悲鳴をあげる白雪を前にキンジは「全く、お前は……」とため息を零す。白雪は存外頑固な性格をしている。一度俺に食べさしてほしいと思えば決して自分から箸を持とうとはしないだろう。星伽白雪とはそういう人間だ。

 

「んあー」

「はいはい。あーん」

「あーん」

 

 白雪は可愛らしく口を開けるとキンジが食べさせてくれる瞬間を今か今かと待ち続ける。一瞬、まだ熱さの残る味噌汁を注ぎ込んでやろうかとキンジは考えたが悲惨な結果になりかねないとのことでちゃんとご飯を与えることにした。ムグムグとご飯を咀嚼し終えると再び口を開ける白雪。手慣れた手つきで白雪に食べさせるキンジ。すっかり蚊帳の外の気分なアリアは二人の姿から親鳥がヒナにエサを与える光景を幻視した。

 

「何と言いますか、星伽さんって、その……大物ですね」

「ああ。そうだな。ある意味こいつは大物だ。何たってこのダメダメさで生徒会長に選ばれたんだからな」

「え゛!?」

 

 正確には武偵高内で常に机に突っ伏して「あー」とか「うー」とか言いながら夢の国に旅立っているダメ人間白雪をクラスメイトの女子生徒が冗談半分で生徒会長に推薦。そんなこととはつゆ知らない白雪はもちろん選挙活動をロクに行わない。いつもの如くダラダラしているだけだ。そんな中。他の生徒会長に立候補した者同士があの手この手で相手陣営に卑劣な妨害工作を仕掛けまくった事実が明るみになったことで両陣営ともに立候補者のイメージダウンによる同士討ちとなったのだ。

 

 結果、堕落した高校生活を送っていながら生徒会長に推薦された白雪が前述の『ダメダメユッキーを愛でる会』なる謎の秘密結社の組織票により生徒会長に選ばれたのだ。かくして半ば奇跡的に史上初のダメダメ生徒会長:星伽白雪が生まれたのである。漁夫の利とはまさにこのことと言えよう。尤も、当の漁夫たる白雪は生徒会長の座など取るつもりは毛頭なかったのだが。ちなみに。非常にどうでもいいことだが、武藤も『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員に属している。会員ナンバーは003。割と初期のメンバーだったりする。

 

「えと、星伽さんが生徒会長? ……大丈夫なんでしょうか?」

「ま、生徒会メンバーが人一倍頑張ってるそうだからな。ユッキーはただ机に突っ伏していればいいんだそうだ」

「ですが、その体たらくじゃあ、不満を言ってくる人はいないのですか?」

「生徒会じゃユッキーはマスコット扱いにされてるらしいから、その辺の心配はいらないんじゃないか?」

「うんうん。皆優しいからねぇ。私のことよしよしって撫でてくれるし。あっ私のことはユッキーでいいよアリアちゃん。キンちゃんもそう呼んでるし」

「へ? ゆ、ゆゆ、ユッキーですか?」

「そそ。私も今からアリアちゃんのことアーちゃんって呼ぶことにするから」

「アーちゃん!?」

 

 白雪からいきなりあだ名をつけられたアリアは思わずといった様相で驚愕の声をあげる。白雪作の愛称がよほど恥ずかしかったのだろう。アリアは顔を赤く染めて「アーちゃんはちょっと……」と白雪命名のあだ名の変更を求めるも根が頑固な白雪は一切妥協しない。アーちゃん一択で他の愛称を考えようとすらしない。結局折れたのはまたしてもアリアの方だった。

 

「こ、これがあだ名というモノですか。……何だか物凄くこそばゆいですね」

「ん? 今まであだ名とかつけられたことなかったのか、アーちゃん?」

「……私には仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいませんでしたから。Sランクの私は敬遠されていたんですよ。この国の言葉で言うなら出る杭は打たれるといった所でしょうか。あとアーちゃん言うの止めてください、キンジ」

「えー。アーちゃんでいいじゃねえか。結構似合ってるぞ。なぁユッキー?」

「ねーキンちゃん」

 

 ふとアリアを弄ってみたい願望に駆られたキンジはダメっ子ユッキーを味方につけ言葉を駆使してアリアを追い詰めにかかる。白雪は重度のめんどくさがり屋だが、こういうことに関しては快く協力してくれるのでこの場合においてはありがたい。

 

「――な、なら! 私もキンジのことキ、キキキ、キンちゃんって呼びますよ! 公衆の面前で高らかにキンちゃんと叫びますよ! いいんですかッ!?」

「いいよ別に。じゃんじゃん呼んでくれアーちゃん。キンちゃん呼ばわりはもうユッキーで慣れてるし。なぁユッキー?」

「ねーキンちゃん」

「うううううぅぅぅぅ――」

 

 窮地に追いやられたアリアは何とかして一矢報いようとするもキンジには全然通じない。結果、二対一の舌戦に敗れたアリアは顔を真っ赤にさせてテーブルへと勢いよく突っ伏しピクリとも動かなくなった。返事がない。ただの屍のようなアリアの頭からボフッと大量の湯気が出ているように感じて仕方がないキンジと白雪なのであった。

 

「……ちょっとからかい過ぎたか?」

「みたいだね。アーちゃん可愛い」

 

 キンジは少々バツが悪そうに悶死したアリアをただ見つめる。一方白雪はアリアの反応がないことを良いことにアリアの頬をツンツンとつついてその感触を楽しんでいる。かくして、キンジたち3人の朝の一時は過ぎていくのであった。

 




キンジ→ダメ人間ユッキーを放置できず何かと手を焼いている熱血キャラ。キンジ曰く、白雪は「相当手のかかる妹みたいなもの」。学校では白雪、プライベートではユッキーと呼び分けている。言葉の駆け引きをそつなくこなせる。
アリア→友達といえる存在がいなかったためにあだ名に対する耐性皆無。そもそもいじられるのが苦手。言葉の駆け引きは不得意分野。
白雪→ダメ人間。退廃的。めんどくさがり屋Sランク。ヒッキー(引きこもり)一歩手前。キンジがいなければ完全にヒッキー。かごのとり(笑)。まるで堕落した乙女略してマダオ。最近は息をするのも面倒だと感じている模様。キンジに恋慕の念は抱いていない。白雪曰く、キンジは「私の自慢の大好きなカッコいいお兄ちゃん!」。いい人だと判断した人には誰彼構わずユッキーと呼ばせようとする(※キンジの連れてくる人=いい人)。ヤンデレの要素は欠片も存在しない。

 原作じゃあキンジくんの元に足しげく通っていた白雪さんですが、ここでは白雪さんを餓死させないよう熱血キンジくんが足しげく白雪さんの元に通っています。何という逆転現象。こんなダメダメユッキーで原作2巻のイベントは果たして発生するのか。……どうなんでしょうね?

 というか、当初は白雪さんからヤンデレ要素等を抜いてアリアと最初から仲良くさせる心算でいただけだというのに……いつの間にやら白雪さんがダメ人間になってました。うん。声を大にして言いたい。どうしてこうなった!?


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6.熱血キンジと神崎かなえ


 どうも。ふぁもにかです。今回の話は笑い要素皆無です。ゼロです。どこ探したってありません。ガチのシリアスです。純度100%のシリアスです。ですので、この作品に笑い要素を求めて読みにやってくる方々、特に「『熱血キンジと冷静アリア』から笑いを取ったら何が残るってんだよぉぉぉぉおおおおおおおおおお!?」と発狂する自信のある方々は今回と次回の話はスルーした方がいいかもしれません。サブタイトルからもわかるとは思いますが、さすがにこの辺の話は改変はできてもギャグ風味にはできたものではありませんよ。ええ……。

P.S.ここの所、熱血キンジと冷静アリアが日間ランキング&ルーキー日間にランクインしてて凄く嬉しいです。わーい、ヤター。(←狂喜乱舞中)



 

 放課後。強襲科(アサルト)での戦闘訓練を終えたキンジは淡いピンクを基調とした私服を身に纏ったアリアに連れられ新宿のとある建物の入り口へと足を運んでいた。アリアが言うには、ここにアリアが俺をパートナーにしたい理由があるらしい。らしいのだが、ここはどう見ても――

 

「なぁ、アリア。ここって――」

「そう。警察署ですよ。ここに私のお母さんがいます。とにかく、ついてきてください」

 

 そう。まさかの警察署だ。全くの想定外の目的地に少々動揺の色を見せるキンジをよそにアリアは迷いのない足取りで淡々と歩を進めていく。桃髪ツインテールを揺らしながらスタスタとキンジの前方を歩いていく。

 

「母親、か……」

 思ったより厄介な事情がありそうだな。警察署へと入っていくアリアの後ろ姿を追いながらキンジはふと呟きを漏らす。大抵の人を陰鬱にさせる重苦しい曇天の空がキンジの推測が的を得ていることを物語っているように見えて仕方なかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 果たして、キンジの予測は的中した。アリアに追随してたどり着いたのは、面会室。先のアリアの発言を考慮するにアリアの母親――神崎かなえというらしい――とはここで会える人物なのだろう。それはつまり、アリアの母親が現在身柄を拘束されていることを意味する。

 

「「……」」

 沈黙が重い。キンジは場の空気に内心で気まずさを感じていた。今現在。面会室にいるのはパイプ椅子に腰を落とし俯いたまま何も語らないアリアと手持ちぶさたでアリアの背後に佇む俺の二人だけだ。俺の分のパイプ椅子も用意されてはいるのだが、とても座る気にはなれなかった。

 

 誰かこの雰囲気を何とかしてくれ。キンジはおもむろに目を瞑り天を拝む。キンジの思考が天国の兄さんへと飛ぼうとしかけた時、キンジの切実な願いが通じたのか、アクリル板の向こうの扉がガチャリと開かれた。扉が開け放たれる音にアリアはハッと顔をあげる。その視線の先に濃い茶色の髪を背中まで伸ばしたアリアの母親――神崎かなえ――を捉えると、アリアの表情は瞬く間に喜色満面の笑みへと変化した。

 

「お母さん!」

「よぉアリア。久しぶりだな。元気そうで何よりだ。ところで後ろの男は彼氏か?」

「なッ!?」

「ふぇっ!?」

「さて。初めましてだな、少年。私はそこのアリアの母親をやっている、神崎かなえだ。いや、それにしても娘がまさか彼氏を連れてきてくれるとはな……フフッ、お母さん嬉しいよ。この分だと孫の顔が見られる日も近そうだ」

「おおおお母さんッ!?」

 

 いかにも生真面目そうな男性警官2名を伴って面会室に姿を現した神崎かなえがキンジを一瞥した後、男勝りな物言いで開口一番に言ったのはキンジとアリアの関係を勘ぐる発言だった。あまりに不意打ち極まりない神崎かなえの発言にキンジ&アリアが驚き思考停止したことを良いことに、神崎かなえは顔を綻ばせつつキンジとアリアを彼氏彼女の関係と決めつけた上で話をさらに飛躍させていく。

 

「ち、ちちち違うからお母さん! キンジとはただの知り合い! 同じSランク武偵のよしみで一緒に行動してるだけですから! お母さんが想像してるような関係じゃないですからね!」

 

 このままお母さんを暴走させるのはマズい。完全に勘違いされてしまう。キンジよりも数瞬早く我に返り、顔を真っ赤に染めたアリアはバンと机を両手で叩いてキンジ×アリアでドンドン妄想を膨らませていく自分の母親にキンジとの関係を大声で否定する。その妄想をぶち殺すと言わんばかりに半ば悲鳴染みた声をあげる。ブンブンを通り越してブオンブオンと聞こえてきそうなスピードで首を左右に何度も振って否定する。ちなみに。先の主張の際にアリアの声が裏返っていたことに当の本人は気づいていない。

 

 対するブラウンの瞳をしたアリアの母親は「はいはいわかってるから。いやはや、ホンット青春ってのはいいねぇ。初々しくて。まるで若かりし頃の私を見ているみたいだよ」とアクリル板の向こうでケタケタと笑う。どうやらアリアの主張は神崎かなえの脳内で繰り広げられるキンジ×アリアのカップリングの破壊に至らなかったようだ。神崎かなえは頬杖をついた状態でアリアを見つめて笑い声をあげる。そのあり様は何とも男らしい。見た目だけの第一印象なら神崎かなえは間違いなくお淑やかな大人の女性の部類なのだが、彼女のこれまでの言動から神崎かなえの性格はイタズラ好きな好青年に近いようにキンジには思えた。

 

 それはさておき。キンジは純粋に驚いていた。いつものですます口調こそ変わっていないものの、アリアが実に感情豊かに母親と話していることに。別に普段のアリアがレキみたいに基本無表情で武藤みたいに基本寡黙だと言っているわけではない。実際、白雪からアーちゃん呼ばわりされて悶絶するような一面も持ち合わせているのだし。

 

 けれど。俺はアリアのこれまでの言動からアリアに対してどこか排他的で他人行儀だとの印象を抱いていた。俺にパートナーを要請しておきながらその理由を話すのを躊躇ったことからもそのことの一端が伺えるというものだ。尤も、俺がアリアにそのような印象を抱いたのはアリアの感情表現、もとい喜怒哀楽が総じてどこか冷めたような、薄い感情のように感じられたからだ。尤も、アリアがももまんを食べている時は別だけど。だが。今のアリアに感情の希薄さは感じられない。母親を前にどこまでも等身大の、傍から見れば微笑ましいことこの上ない反応を見せている。

 

 アリアは仮面を被っていたってことか。今ここで表情をコロコロ変えながら母親と話してるアリアが素なんだろうな。きっと。気づいた時、キンジは現在進行形で神崎かなえの手の平でいいように転がされているアリアの後ろ姿を新鮮なものを見るかのような眼差しで眺めていた。

 

 一方でキンジは母娘の微笑ましいやり取りを前に再び気まずさを感じ始めていた。俺がここにいるのは場違いなのではないか。神崎親子に気づかれないよう今のうちに退出した方がいいのではないか。そんなことを考えていると、ふと面会室に漂う雰囲気が一変した。

 

「――ッ。今は時間を無為に潰してる場合ではありませんでした」

「無為にって酷いなぁ。せっかくの母娘のスキンシップなのに――」

「お母さん。今、私武偵殺しの真犯人を追ってるんです。もし捕まえられたらお母さんがイ・ウーに着せられた冤罪を晴らす契機にきっとなります。だから、待っていてください。絶対に武偵殺しを捕まえてお母さんの無罪を勝ち取ってみせますから。お母さんに着せられた864年分の罪を晴らしてみせますから」

 

 ついさっきまで母親の思うがままに遊ばれていたアリアだが、限られた面会時間のことを思い起こしたのだろう。アリアは本題に話を移すと真剣な表情で神崎かなえに宣言する。アクリル板に貼りつかんばかりに顔を神崎かなえに近づけると自分に言い聞かせるかのように力強く決意を顕わにする。しかし。なぜだろうか。キンジはアリアのあり方に脆さと危うさを感じ取っていた。

 

「そっか。フフッ。そいつは心強いな。では、その日が来るのを気長に待つとするよ。……ところで、アリア。パートナーは見つかったのか?」

「うッ。そ、それはまだ。一応候補はいるんですけど」

 

 神崎かなえはさっきまでの朗らかな口調から一転して声色を真剣なものへと移す。彼女の問いにアリアは一瞬言葉に詰まるも正直に現状を告白する。ちなみに。候補とは言うまでもなく遠山キンジである。

 

「そうか。候補すらいないわけじゃないんだな。一歩前進したようで何よりだ。だが、焦るなよアリア。パートナーは下手すりゃ一生モノだ。慎重に選ぶに越したことはない」

「……わかっています。ですが、そんな悠長なことしてたら時間が――」

「アリア。私のことは気にしなくていい。例えアリアの証拠集めが間に合わなかったとしても自分を責める必要はない。私がアリアを恨んでるんじゃないかとか考える必要もない」

「え?」

 

 神崎かなえの放った言葉がよほど意外だったのだろう。アリアは思わずといった風に驚きの声を漏らす。真紅の瞳をパチクリとさせている。擬態語で表すならキョトンとしているといった所か。

 

「お、お母さん? 何を言って――」

「そうだな。もしも判決が下って、もう二度と会えなくなったとしたら……そん時は来世でまた会えばいいだけの話だ。何も問題ない」

「そんなこと言わないでください! お母さん! 私が絶対にお母さんの無実を証明してみせますから! イ・ウーの奴らに目にもの見せてやりますから! だから、だからッ――」

「アリア。私のこともいいが、あまり自分の幸せを疎かにするなよ。高校生なんてあっという間に終わっちまうんだ。今のうちに思い出をたくさん作っておけ。その一つ一つが後のアリアの力になってくれる。大切なことは一見無駄に思えるようなことの中にあるって相場が決まってんだからさ、な?」

「お母、さん……」

 

 もう二度と会えなくなるなんて例え仮定の話でもそんなこと言わないでほしい。自分の努力が実を結ばないことを前提に話を進める神崎かなえに悲哀に満ちた表情を見せるアリアとは対照的に、アリアのお母さんはあたかも野山を駆け巡る少年のようにニシシッと笑う。アクリル板さえなければ今頃神崎かなえはアリアの頭を乱暴に撫でていたことだろう。

 

 とても濡れ衣を着せられた被害者とは思えない。とても無実の罪で身柄を拘束されたらしい人とは思えない。それほどまでにアクリル板の向こうに座るアリアの母親は心に輝きを持っていた。ブラウンの瞳は輝きを失ってはいなかった。

 

「神崎、時間だ」

「ん? 何だ、もうそんな時間か。まぁ言いたいことは言ったし、良しとするか」

「待ってください、お母さん! 私、私――ッ!」

「またな、アリア。達者でな」

「~~~ッ!!」

 

 生真面目そうな警官の1人の宣告に神崎かなえは未練はないと言わんばかりにその場を後にする。離れていく母親の後ろ姿にアリアは絶望に満ちた表情を顔に張り付けたままバッと立ち上がる。まるで捨てられた子犬のようだ。言いたいことがあるのに上手く言葉に表せないのだろう、アリアは体をフルフルと震わせて下を向くだけだ。だが。時間はアリアを置き去りにして無情にも過ぎていく。そうこうしている内にもアリアの母親は後ろ手をヒラヒラと振りながら面会室から立ち去っていく。アリアは何も言えない。頭の中で噴水のように湧き出る多種多様の感情を纏めることができずに、アリアはただただ立ち尽くす。

 

(生真面目そうな奴らだと思っていたけど……案外そういうわけじゃなかったんだな、あの警官2人)

 

 一方、ふと違和感を感じ取ったキンジは携帯で時間を確認し、へぇと言葉を漏らす。アリアと神崎かなえとの間に設けられた面会時間はたったの3分。2人に会話させる気はあるのかと思わずにいられないほどに短い時間だ。しかし。実際、時間を見てみると既に母娘の再会から10分は経過している。しきりに腕時計を確認していた以上、あの警官2人は面会時間がとっくに過ぎていることに気づいていたはずだ。母娘の微笑ましいやり取りに無慈悲にも水を差す真似ができなかっただけなのか。それとも最初からキリのいい所まで2人に話をさせるつもりだったのか。真意のほどは不明だが、悪い気はしなかった。

 

「ん?」

 と、その時。前方から視線を感じたキンジは顔をあげる。すると面会室からの去り際にキンジへと顔だけを向けた神崎かなえが意味深な笑みを浮かべて口を動かしている姿が見えた。口パクで何かを伝えようとしていることに気づいたキンジは既に独学で習得している読唇術を駆使して神崎かなえの唇の動きからメッセージを受け取ることに成功した。キンジはアリアの母親に一度だけ強く頷いてみせる。無事にキンジに言葉が届いたことに安堵したのか、神崎かなえはフフッと勝気な笑みを浮かべて、扉の向こうへと姿を消した。かくして時間にして約10分の面会は幕を閉じたのであった。

 

 

――キンジと言ったか? 私の愛娘は難儀な性格をしていてな。色々と誤解することもあるだろうが、まぁなんだ。テキトーに付き合ってやってくれ。

 

 そして。キンジはこの時、神崎かなえからの母親としての愛情あふれるメッセージを確かに受け取った。

 




キンジ→今回、ほとんど会話に参加せず地の文に徹していた熱血キャラ。読唇術Aランク。
アリア→いじられキャラ。
神崎かなえ→男勝り。キリッとした瞳の持ち主。イタズラ好き。アリアいじりが趣味。名言製造キャラ。イメージは女勇者。
警官2名→若干優しさ補正が掛かっている。

 うん。やっぱりかなえさん関連の話には笑い要素ねじ込めませんね。どうあがいてもシリアスです。ええ。
 まぁ、それはともかく。最近、『熱血キンジと冷静アリア』とタイトル化するほどここのキンジが熱血でここのアリアが冷静だと思えなくなってきた件について。……熱血ってなんでしたっけ? 冷静ってなんでしたっけ?

 ~おまけ(NGシーン)~
警官A「神崎、時間だ」
神崎かなえ「ん? 何だ、もうそんな時間か。まぁ言いたいことは言ったし、良しとするか」
アリア「待ってください、お母さん! 私、私――ッ!」
警官B「ポチッとな」
神崎かなえ「またな、アリア(カパッ ←突如かなえさんの床が二つに割れる音)」
神崎かなえ「達者で、なぁぁぁぁぁ――(←椅子ごと落下するかなえさん)」
アリア「お、お母さんッ!?」
キンジ「(まさかのボッシュート退場!?)」


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7.熱血キンジとパートナー


 どうも。ふぁもにかです。今回の話まではシリアス……のはず。とりあえず、シリアスだと信じることにします。でもって今回は今までの中で一番文字数多いです。特に地の文が跳梁跋扈しています。その文字数、なんと8200字超えです。……少々気合い入れすぎましたね。GWだからでしょうか。どこかで2話に分割した方が良かったかもしれません。まぁ今更ですが。



 

 雨が降っている。バケツをひっくり返したかのような激しい雨だ。記録的な豪雨と言っても決して過言ではないだろう。新宿の空は灰色模様となっており、降りしきる雨は警察署を後にしたキンジとアリアに容赦なく降り注ぐ。傘を持たないキンジとアリアの体を容赦なく打ちつける。

 

「……アリア」

 

 キンジの前方をフラフラとおぼつかない足取りで歩くアリア。あまりにいたたまれなくなったキンジがアリアの小さな背中に声を掛けると、アリアはその歩みをピタリと止める。アリアはゆっくりとキンジの方へと体を向けてくる。

 

 アリアの名前を呼んだもののアリアに何て言葉をかければいいのかわからない。今アリアがどんな言葉を求めているのかわからない。あるいは何を言ったとしてもアリアの精神状態をいたずらに悪化させてしまうだけかもしれない。いや、そうとしか思えない。神崎かなえの冤罪のこと、イ・ウーのこと、武偵殺しの真犯人のこと。聞きたいことはたくさんある。けれど。今のアリアにはそれらのことをとても尋ねられそうにない。でも。無言のままでいるのはそれ以上に悪手にしか思えなかった。

 

「キンジ。……どうしてでしょうか?」

「ん? というと?」

「……どうして、どうしてお母さんはいつもいつもあんなに平気そうに笑っていられるのでしょうか。罪を被せられているのに。864年もの懲役判決を受けているのに。……もう最高裁まで時間がないのに」

 

 どんな話題を振ったものか。キンジが頭を捻っているとアリアの疑問の声が届く。雨が容赦なく地面を打ち付けているにも関わらず、アリアの今にも消え入りそうなか細い声はキンジの耳によく響いた。「どうして」と繰り返す今のアリアは小学生相当の小柄な体以上にとても小さく見えた。

 

 ヒステリアモードになった俺なら上手くアリアを慰めることができるかもしれない。ふと思いついたアイディアを俺は首を左右に振って否定する。ヒステリアモードになること自体は簡単だ。兄さんが女装を通してヒステリアモード――カナ――に移行するように、俺も俺独自のヒステリアモード移行方法を既に編み出しているのだから。

 

 しかし。ヒステリアモード時の俺は女性を何よりも第一に考える影響でたいそうキザな言動を取ってしまう。後で通常モードに戻った時に頭を抱えてもんどりうちたくなるほどに恥ずかしいセリフを平気で口にしてしまう。現状でヒステリアモードを行使すれば、アリアを慰めること自体は可能だろう。ヒステリアモードの俺は確実にアリアを立ち直らせる幾通りもの言葉を持っているであろうから。

 

 だが。そうすればアリアが俺のキザ極まりない言動に不必要に翻弄されることは確実だ。下手すればアリアの恋心をも掴んでしまうかもしれない。今ヒステリアモードを使うのは、まるでアリアの弱った心に付け込んで俺に惚れさせようとしているみたいで、酷く嫌だった。

 

「もしかしたら。お母さんは冤罪などではなく……本当に罪を犯したのかもしれません。だから。もう諦めがついているから、あんなに平然と笑っていられるのかもしれません」

「……は?」

 

 ヒステリアモードなしにアリアをどうにかしようとキンジが心に決めた時、アリアはキンジの度肝を抜く言葉を放った。キンジは思わず耳を疑った。今、こいつは何て言った? 全く予期せぬアリアの発言にキンジはアリアを見やって、さらに驚愕に目を見開いた。アリアの透き通るような真紅の瞳が虚ろになっている。濁りに濁っている。この目をキンジはよく知っている。これはあの時の、俺が兄さんの死を現実だと認識した時の、鏡に映った俺の目と同じだ。

 

「私とお母さんは家族ですけど、いつも一緒にいたわけではありません。思考を共有できるわけではありません。隠しごとの1つや2つ、あります。さすがに全部の事件にお母さんが関与しているとは思えませんし、お母さんが進んでいくつもの事件の主犯者になったとも思えませんが……それでも、お母さんにも何か事情があって、それでいくつかの事件を起こした可能性は完全には否定できません」

「アリア。お前何を言って――」

「もしかしたらお母さんを利用しようと企んだイ・ウーの連中が私を人質にしてお母さんを脅して、それでお母さんが犯罪に手を染めたのかも――」

「アリアッ!!」

 

 キンジはアリアを叱咤するように叫ぶとアリアの私服の胸元を掴んで引き寄せそのまま渾身の頭突きを放つ。神崎かなえが実際に罪を犯したのではないかと疑い始めたアリアの思考を中断するための強烈な一撃だ。ゴッという鈍い音が辺り一帯に響くもすぐさま雨にかき消されて地面に吸い込まれるようにして消えていく。

 

「頭は冷えたか、アリア?」

「ッ……頭なら雨のおかげでとっくに冷えていますよ。わざわざ頭突きする必要があったのですか?」

「ああ。頭突きじゃなけりゃアリアにグーで殴りかかってたかもしれないからな。それともそっちの方がよかったか?」

「嫌ですよ、そんなの……キンジこそ、頭を冷やさなければいけないのではないですか?」

「だろうな。けど、今は頭が煮えたぎってる方が都合がいい」

「何ですかそれ……」

 

 キンジ渾身の頭突きがよほど痛かったのか。頭突きの衝撃で数歩後ずさったアリアは『神崎かなえ犯罪者説』を取り下げると額に両手をあてて抗議する。全てをかき消してしまうのではないかと錯覚してしまうほどの豪雨なのだが、それでもアリアが涙目になっているのがよくわかる。

 

 だが。そんなことはどうでもいい。アリアが涙目だろうと関係ない。そう思えるほどにキンジはアリアに怒りの感情を抱いていた。怒りに血が燃えたぎっていた。ヒステリアモードに移行する時とはまた違う、全身の血が沸騰するかのような感覚に身を任せていた。もはや今のキンジにアリアを気遣う心は消え失せている。

 

「アリア。一つ聞く。神崎かなえはお前の何だ?」

「何って、そんなの急に言われてましても――」

「いいから答えろ。お前によって神崎かなえは何だ?」

「……お母さんですよ。私の大好きなお母さんです。私を生んで育ててくれた大切なお母さんです。それがどうしたというのですか?」

「そうだな。神崎かなえはお前の親だ。たった一人の母親だ。大切なんだろ? 大好きなんだろ? 失いたくないんだろ? だったら。母親のことくらい信じてやれよ! お前が母親信じなかったら誰があの人を信じるんだよ!? お前が母親諦めたら誰があの人を助けるんだよ!? くだらないこと考えてる暇があったら、どうやってイ・ウーとかいう奴らを捕まえて母親の冤罪を晴らすか、考えてみたらどうだッ!?」

「――ッ!?」

 

 キンジは再びアリアの胸ぐらを掴んで引き寄せると怒りに任せて怒声をあげる。降りしきる豪雨にも負けないくらいの声でアリアを怒鳴りつける。周囲から遠巻きに野次馬特有の視線を感じるが、今のキンジには気にもならなかった。キンジに至近距離で睨まれたアリアはハッと真紅の瞳を見開く。アリアの死んだ魚のような目にスッと光が戻る。

 

「……キンジ。貴方は、信じてくれるのですか? お母さんが冤罪だって。誰も信じてくれなかったのに?」

 

 アリアは見開かれたままの真紅の瞳を涙で滲ませた状態でキンジを見上げてくる。掠れた高音ボイスで、あたかも一縷の希望にすがりつくかのように尋ねてくる。アリアの涙声が全てを物語っている。誰も信じてくれなかった。それがアリアに自分の母親が実は本当に犯罪者なんじゃないのかなどと疑念を抱かせた理由なのだろう。

 

 人間、皆から似たような否定の言葉を言われると存外堪えるものだ。皆から「それは青だ」と言われ続ければ、実際は黒い物でも青だと思い込んでしまうものだ。黒にしか思えない自分がおかしいと感じてしまうものだ。俺も兄さんのことを酷く報道された時は正直堪えた。身が裂ける思いだった。それだけ、数の力は強大だ。

 

 おそらく。過去にいくら母親の無実を訴えても周囲から否定し続けられたアリアはいつの間にか母親の無実を信じて疑わないはずの心に疑念を宿してしまったのだろう。時間が経つにつれてその疑念の闇は膨らみ、知らず知らずのうちにアリアの心をじわじわと侵食していったのだろう。そして今、この場においてそれが表面化した、そんな所か。

 

 尤も。俺がここにいる以上、これ以上アリアの心に潜むアリアの負の感情の好き勝手にはさせないけどな。ここで『神崎かなえ犯罪者説』を持ち出してくるような疑念の闇には消え去ってもらおう。

 

「当然だ。というか普通に考えておかしいだろ。864年の懲役だっけか? どんだけ精力的に悪事働けばそんだけ刑期が長くなるってんだよ。そんな刑期与えられるの、よっぽど頭のネジの飛んだ狂人くらいだぞ。俺は今までSランク武偵として色んな犯罪者と対峙してきた。だからわかるんだよ。お前の母親は人殺しのカテゴリーに入るような奴じゃないって。あの目は狂人の類いがする目じゃないって。他の奴がどう考えてるかなんて関係ない。俺にはどうしても神崎かなえが濡れ衣着せられた被害者にしか見えない、それだけだ」

「キンジッ……」

 

 だから。キンジはアリアの襟首から手を放すとアリアに肯定の意を伝える。否定され続けたアリアを救済するために肯定の言葉を重ねる。もちろん、キンジ目線の根拠をつけることも忘れない。キンジに母親の無実を信じてもらえたことがよほど嬉しかったのか。アリアのキンジを呼ぶ声に歓喜の念がこめられていることがよくわかる。

 

 そもそも。俺個人に向けて『キンジと言ったか? 私の愛娘は難儀な性格をしていてな。色々と誤解することもあるだろうが、まぁなんだ。テキトーに付き合ってやってくれ』などと初対面の男に自分の愛娘を託すメッセージを残すような真似をする神崎かなえが、1人の母親としてアリアの行く先を案じている神崎かなえが、自ら進んでアリアを悲しませることをするわけがない。

 

 と、そこで。キンジはふと考える。神崎かなえの一件は警察組織が何らかの形で介入しているのではないかと。懲役864年分の罪。それは確実に複数の凶悪犯罪を犯した者に送られる刑罰だ。その犯罪の数は少なくとも10は超えていることだろう。果たして、警察はその全ての犯罪において神崎かなえにたどり着く決定的証拠を見つけたのか。全てのケースで神崎かなえにアリバイはなかったのか。アリアが母親の無実を主張する以上、神崎かなえが現行犯で捕まったとは考えられない。なら、それなりに証拠を集めてからきちんと手続きに則って神崎かなえを逮捕したのだろう。その証拠の信憑性は別にして。

 

 仮に。神崎かなえが実際に犯罪を犯しまくる凶悪犯罪者だったとして。その証拠を残してしまっていたとして。だとすると、警察側の対応は酷く不自然だ。何せ、罪を犯すたびにうかつにも犯罪行為の痕跡を残すような神崎かなえの罪が懲役864年分に膨らむまで、警察サイドは彼女を捕まえられなかった、あるいは放置していたということになるのだから。

 

 スケープゴート。キンジの脳裏にスッとそのような言葉が浮かぶ。あくまで無意識のうちに浮かんだだけの言葉なのだが、妙に的を得ているような気がしてならない。キンジは内心で苦虫を何匹も噛み潰したかのような気持ちに駆られた。

 

「キンジ。改めてお願いします。私のパートナーとなってください! お母さんの冤罪を晴らすために協力してください! もう時間がないんです! お願いしますッ!!」

 

 一方。アリアは不意にあふれ出た嬉し涙を零すまいと雨に濡れた服で乱暴に涙を拭うと、キンジに向き直り頭を下げる。これがアリアの理由。アリアが遠山キンジという人間をパートナーにしたい理由。強襲科(アサルト)Sランク武偵、遠山キンジを戦力に引き入れたい理由。断る理由などどこにもなかった。

 

「そんなの、頭を下げられるまでもない」

「ッ! それじゃあ――」

「あぁ。そういうことだ。よかったな、アリア」

 

 キンジはニッと口角を吊り上げてアリアとパートナーとなることに了承の意を伝える。アリアが最も望んだであろう展開。事実、バッと顔を上げたアリアの顔はすぐさま歓喜で満たされる。だが。不意にアリアは表情を不安そうなものに切り替えると視線を虚空に彷徨わせる。

 

「? どうした、アリア?」

「……いいんですね? 私のお母さんは今現在864年分の罪を着せられています。濡れ衣を着せた相手はイ・ウー。軍事国家も手出しできないレベルの犯罪組織です。私に協力するということは彼らと敵対するということです。正直言って、命がいくつあっても足りないことでしょう。今の発言、撤回するなら今のうちですよ?」

「何だそんなことか。誰が撤回なんてするか。男に二言はない。それに相手がどれだけ強大かなんて関係ない。俺はただ突き進むだけだ」

 

 何たって、俺はいずれ世界最強の武偵になる男だからな。キンジは心の中で一言付け加える。アリアは恐らく俺と共同戦線を組む中で俺が死ぬ、あるいは生活に支障をきたすレベルの障害を負う未来を想起してしまったのだろう。だから。アリアは自身に向かって差し伸べられた手を掴むことを躊躇している。時間が残されていない以上、本当は俺だけじゃなく足でまといにならない程度の実力者なら手当たり次第に助力を求めたいはずなのに、実際はたった1人ですら巻き込むのを躊躇っている。母親が冤罪だと信じてくれないかもしれないなどと理由をつけて協力者集めに向かう心を押しとどめようとしている。ホントに難儀な性格してるな、こいつ。キンジは内心でため息を吐いた。

 

「それに、真っ当な人生を歩んできた人間に凶悪犯罪者のレッテルが貼られるなんて理不尽な展開は個人的に大嫌いでな。そういう劣悪な評価は問答無用でぶち壊したくなるんだよ、俺って奴はさ。つーか、人に協力を申し出た張本人が脅してきてどうすんだよ」

「そ、それもそうですね……」

 

 キンジがアリアをたしなめるように言葉を紡ぐと、アリアは今思い至ったと言わんばかりに目を丸くしてキンジに同意してくる。

 

 ――そう。兄さんの時もそうだった。あの時、兄さんはアンベリール号沈没事故に巻き込まれた際に兄さん以外に誰一人犠牲者を出さなかった。兄さん自身の命を投げ出す形で乗客全員の命をしっかりと守り抜いた。それなのに。いざそのことがニュースで報道されるとやれどうしてプロの武偵のくせに事件を未然に防げなかったのかだ、やれ無能極まりない武偵だとマスコミ各社は口々に兄さんの功績に劣悪な評価を下し始めたのだ。まるで口裏でも合わせていたかのように。

 

 武偵はあくまで武偵だ。未来予知者じゃない。あの事故を未然に防ぐことを武偵に求めるのはお門違いだ。そんなに未然に防いでほしいのなら自称凄腕の占い師にでも頼めばいい。星占いでもタロットカード占いでもやってもらえばいい。武偵にできるのは発生してしまった事件をいかに被害を最小にして収束させるかだ。その点において兄さんはほとんど最高と言っていい結果を残した。確かに兄さん自身が犠牲になったことはマイナスポイントだが、だからといってここまで非難されるいわれはないはずだ。

 

 だというのに。マスコミ連中は兄さんを非難しまくるだけでは飽きたらず、挙句の果てには兄さんの葬式にまで突入してきて傷心の俺にカメラにマイクを突き出し兄さんを糾弾し、俺の返答を待つ始末。あの時、お前らには人の心が備わってないのかと思わず絶句したものだ。冷え切った思考でついカメラを拳銃で撃ち抜き呆然として固まるマスコミ連中に「コロスゾ?」と殺気をぶつけたことは今でも鮮明に覚えている。俺のSランク武偵相応の気迫にマスコミ連中が怯え、その中の2割程度が腰を抜かす様をただジッと見下していたことも記憶に新しい。

 

 その後。俺の言動に過剰反応したマスコミ各社はますます俺や兄さん、ひいては武偵自体に非難の嵐をぶつけまくったのだが、さすがにこれ以上好きにさせるのはマズいと考えた東京武偵高校が俺を擁護する内容の抗議声明を発表したことで事態は沈静化した。抗議声明発表を契機に家族を失った遺族の元に無粋にも乗り込んできたマスコミの行動の方が問題ではないのかと世間がマスコミ各社に批判的な目を向けたことが決定打となったのだ。

 

 結果。マスコミ各社は謝罪した。とはいえ、実際の所はただホームページの隅っこに謝罪文を載せただけだ。ついに俺に頭を下げる人は現れなかったし兄さんへの評価を上方修正することもなかった。

 

 そんなことがあったせいだろうか。俺はアリアの母親が置かれた現状を他人事だと思えない。濡れ衣を着せられた神崎かなえに命を賭して乗客全員を救ったにも関わらず一切正当な評価を与えられなかった遠山金一。俺はこの二人を同一視している。だから。真っ当に生きてきたであろう神崎かなえにそれ相応の評価が与えられていない現状が、やってもいない犯罪で捕まっている現実が、酷く我慢ならない。

 

 きっと。神崎かなえを取り巻く状況を知った以上、例えアリアが俺に協力を求めなくとも、俺は単独で神崎かなえの無実を証明しようと奔走していたことだろう。俺は、遠山キンジとは、理不尽を許せないような奴なのだから。

 

「だけど、一つだけ条件がある」

「えッ?」

「ま・さ・か、俺が何の見返りもなくお前に惜しみなく協力すると思ったのか? 武偵にパートナーになるよう頼むんだからWin-Winの関係になれなきゃ話にならないと思わないか?」

 

 俺はお前限定のヒーローじゃないんだぞ? と言葉を加えるとアリアは視線をキンジから離して思案気な顔を浮かべる。そして。アリアは再びキンジを見やると「ああ、そういうことですか」といった表情でポンと手を打った。

 

「……いくらですか? こう見えて私、結構持ってますよ?」

「金じゃない。というか俺がこの状況で金を要求するような奴に見えたのかよ。ちょっとショックだぞ。……はぁ。まぁいいや。俺にはさ、遠山金一っつう兄さんがいてな。それで――」

 

 俺は話した。俺よりも遥かに強くて、カッコよくて、己の定めた正義に忠実に従って第一線で活躍してきた一流の武偵(兄さん)のことを。その兄さんが死んだこと。でもって兄さんがマスコミ各社にこれでもかと貶められたこと。俺が兄さんの名誉挽回のために高みを、世界最強の武偵を目指していること。話がややこしくなりかねないのでカナ関連のこと含め色々と伏せた所もあるのたが、話せることは全部話した。正直、世界最強の武偵のくだりで笑われると思っていたのだが、アリアは決して笑わなかった。アリア曰く、人の目標を笑うのは趣味じゃないのだそうだ。そのことが意外で、凄く嬉しかった。

 

 ところで。どうして俺がアリアに俺の目的を話したのか。それは単純な話、アリアとパートナーとなる上で、アリアの抱える事情を知っておいて俺自身のことを隠しておくなんて真似をしたくなかったからだ。要するに、気持ちの問題だ。

 

「お前の母親の件が終わってからでいい。兄さんの汚名返上に協力してくれないか? アリア」

「お安いご用です。私もお母さんのことを散々に非難したマスコミ各社には思う所があります。私たちの力を全世界に見せつけて、奴らに目に物見せてやりましょう。キンジ」

「言ったな? これからお前は世界最強の武偵になる男のパートナーになるんだからな。途中でへばるようなら承知しないからな」

「わかっています。キンジこそ途中で挫折なんてしないでくださいね。みっともないですから。……それにしても、今まで純粋に頂点を追い求めてみたことはありませんでしたが、どうしてでしょうね。何だか少しワクワクしてきました」

 

 あたかも事前に示し合わせていたかのように、キンジとアリアは互いの瞳を見つめて「フフフッ」と勝気な笑みを浮かべる。今の二人にはいかなる手段を行使しても決して絶望の淵に陥れることはかなわないだろう。そう思わせる何かが、二人にはあった。

 

「これからよろしくな、アリア」

「こちらこそ。よろしくお願いします、キンジ」

 

 いつの間にか雨脚が弱まっている中、キンジとアリアはどちらからともなく差し出された手を握る。相変わらず両者とも不敵な笑みを浮かべたまま、二人は固い握手を交わす。

 

 かくして。遠山金四郎景元の血を受け継ぐ遠山キンジはシャーロック・ホームズの血を受け継ぐ神崎・H・アリアとパートナーとなるのであった。

 

 

――後に歴史は雄弁に語る。この時、後にも先にも類を見ない伝説のコンビが誕生したのだと。

 




キンジ→説教もできる熱血キャラ。
アリア→原作アリアより少々メンタルが弱い。熱血キンジの影響でほんの少しだけ熱血化している。

キンジ&アリアの共通見解
「「首を洗って待っていろ(いてください)、マスコミ連中」」

 マスコミの皆さん逃げて。超逃げて。国外逃亡して。地の果てまで逃げて。宇宙空間に逃げて。虚数空間に逃げて。時空間転移して。でないと……大変なことになりますよ?

 さて。次回からはそれなりに笑い要素を含んだいつもの内容に切り替わることでしょう。シリアス展開とはしばらくお別れです。ええ。さらば、シリアス。


 ~おまけ(NGシーン)~

キンジ「アリア。お前何を言って――」
アリア「もしかしたらお母さんを利用しようと企んだイ・ウーの連中が私を人質にしてお母さんを脅して、それでお母さんが犯罪に手を染めたのかも――」
キンジ「アリアッ!!(ズガン! ←渾身の頭突きの衝突音)」
アリア「――ッ!?(パサッ ←アリアの頭から桃色の何かが落ちた音)」
キンジ&アリア「……(←桃色の何かを凝視しつつ)」
キンジ「アリア、お前……カツラだったのか」
ハゲアリア「……………何か、すみません」
キンジ「いや、俺も……何か、ごめん」


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8.熱血キンジとバトルジャンキー

 どうも。ふぁもにかです。正直、今回と次回の話は省略しようかどうか割と真剣に悩みました。けれど。この2話を省略するとあの子の出番が遥か遠くに配置されてしまうではないかッ!? というか、出番自体なくなってしまうかもしれないじゃないかッ!? ……とのことで今回の話が出来上がりました。よって。いつもと比べるとクオリティが低くなってるかもしれません。ごめんなさい。ですが、すべてはあの子のためなのです。それはわかってやってください。


 

 数日後。いつも通り朝4時に起床。日が昇る前にキンジ特製のマル秘特訓メニューをこなしたキンジはゆったりとした足取りで東京武偵高へと向かっていた。天気は快晴。この前の土砂降りの雨が嘘だと思えてしまうような晴れっぷりだ。

 

(まぁ、肩慣らしにはなったか)

 キンジは武偵高へと歩を進めつつ手慣れた動作で拳銃をしまう。キンジの背後にはアスファルトに倒れ伏す二人の男子生徒の無残な姿があった。どうやら今日のキンジは下剋上を狙う同級生を二人返り討ちにしたようだ。Cランク武偵だと言っていた割には中々の実力だったな。この分だとBランクになるのもそう遠くない話だろう。キンジは後ろを振り返ることなく前を向く。

 

 さて。先日、雨の降りしきる中でパートナーとなったアリアのことだが、結局アリアとはキンジの部屋で同居することとなった。アリア曰く、「私とキンジはパートナーとなったのですから寝食を共にするのは当然のことです」とのことらしい。だが、その際にアリアがボソリと「……それにキンジの料理は美味しいですから」と呟いていたことを聞き逃すキンジではない。先日与えた質素極まりない朝食でいつの間にやらアリアの胃袋をガッチリ掴んでいた事実にキンジは驚くばかりであったことは記憶に新しい。

 

 ちなみに。アリアは今日は朝早くから出かけている。なんでも、今日は松本屋の創業感謝祭のセールがあるんだそうだ。きっと、今日のうちにももまんをこれでもかと買い占めるつもりなのだろう。以前お金には困っていないと言っておきながらこういうセールを逃さない辺り、アリアにもしっかり節約志向が備わっているようだ。

 

(何だろうな。アリアがいる限り、松本屋が一生安泰な気がしてきたな)

 

 ももまんを販売停止にするなんて愚行さえ冒さなければアリアが松本屋の味方であり続けることは想像にたやすい。例え松本屋に経営難の波が押し寄せてきたとしても無償で多額の寄付金を送るなりライバル会社をこっそり潰すなりしそうだ。つーか、絶対やるだろうな。アリアなら。

 

「――キンジッ!」

 

 頼むぞ、アリア。世界最強の武偵になる男のパートナーたる者がももまんなんかで犯罪に走ったりしてくれるなよ。捕まってくれるなよ。そんなことをつらつらと考えていたからだろうか。噂をすれば何とやら、前方からアリアが桃髪ツインテールを揺らして走ってくる。しかし。なぜかその両手にももまんギフトセット20個入りは抱えられていない。

 

「ん? アリア? どうした――」

「キンジ! 事件です! 武偵殺しが現れました! 今度はバスジャックです!」

「ッ、バスジャック!?」

「はい! 狙われたのは通学バス、G3号車! 武偵校域で男子寮の前を7時58分に停留したバスです!」

「なッ!?」

 

 キンジはアリアの切羽詰まった声に驚愕を顕わにする。男子寮の前を7時58分に停留するバスと言えば武藤や不知火がいつも使っているバスだ。時々理子や白雪も使ったりすることもあるバスだ。あいつらが危ない。キンジはサァーと血の気が引く思いに駆られた。

 

「わかった! 急いでバスを追うぞ!」

「――って、え!? 待ってください! どこにいくつもりですか!?」

「どこって、あそこのバイク使ってバスに向かうんだよ! 心配するな! バスの行き先くらい大体予想がつく!」

「ちょっ、武偵が自ら泥棒やってどうするんですか!?」

「泥棒じゃない! 少しレンタルするだけだ! 後で返すし、ここバイク駐輪禁止だから問題な――」

「問題アリです! 落ち着いてください、キンジ! 心配せずとも足なら私が既に手配しています! ついてきてください!」

「――って、アリアッ!?」

 

 キンジはアリアの腕を掴んですぐさまバイクの元へと駆けようとするも、アリアの引っ張る力は存外強く、逆にキンジが引っ張られてしまう。ジャックされたバスへ向かう手段を既に確保しているらしいアリアが指し示す方向は特に何の変哲もなさそうなビル。なるほど、ヘリか。即座に移動手段を予測したキンジは一直線にビルへと駆けるアリアの背中を追った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 陸上選手も真っ青なスピードでアリアは階段を駆け上る。残像みたいなものを残して走っているように見えてならないアリアを見失わないようにキンジは追随する。二人がたどり着いたのはビルの屋上だった。キンジ&アリアが屋上に到着してまもなくヘリポートに上空から一機のヘリコプターが降下してくる。だが。ヘリコプターの着地を待たずしてヘリコプターから人影が飛び降りてくる。緑髪。琥珀色の瞳。武偵高女子生徒の制服。アリアほどではないがそれでも小柄な部類の体型。背中に背負ったドラグノフ。能面のような顔。

 

(あぁ。レキか……)

 キンジは眼前の人物に見覚えがあった。悲しいことに、キンジができることなら会いたくない人物の特徴と合致していた。今すぐにでも逃げ出したい感情に駆られるキンジ。だが、眼前の少女と相対した以上、もう手遅れなのは明らかだった。

 

「――フッ!」

「ッ!?」

 

 シュタッという擬音とともに屋上に着地した緑髪の少女――レキ――は一瞬でキンジとの間合いを詰めると、背中から取り出したドラグノフ狙撃銃(銃剣装着済み)を一切の躊躇なしに突き出してくる。狙いはキンジの首。刺されば確実に死に至るだろう。生き残る余地などありはしない。キンジは咄嗟に取り出した拳銃で銃剣の軌道をずらすことでどうにか事なきを得た。

 

「ご無沙汰してます、キンジさん。一週間ぶりですね。会いたかったですよ。相変わらずの実力のようで何よりです」

 

 自身の攻撃が防がれたことを認識したレキはスッとドラグノフ(銃剣装着済み)を背負い直すと無表情のまま挨拶に移る。あたかも先の攻防がなかったかのごとく。レキの無機質な声はとても会いたかった相手に放つものとは思えない。

 

「ああ、そうだな。俺はできることなら会いたくなかったけどな、レキ」

「……なるほど。永遠のライバルたる私とは不必要に顔を合わせる必要はない。そんなことをしている暇があるなら互いを意識して己を研磨しろ、そういうことですね?」

「いや、そういう意味で言ったんじゃ――」

「さすがは私のライバルです、キンジさん。心構えから立派ですね」

「……あぁ。もういいや、それで」

 

 キンジはレキから視線を外し、レキを突き放すように言葉を放つ。だが。当のレキはキンジの言葉を無意識のうちに自分の都合のいいように独自解釈していく。レキから誤解を解くのがどれだけ困難なのかを身を以て知っているキンジは「はぁ……」と陰鬱なため息を吐いた。

 

「? 二人は知り合いなのですか?(というか、どうしてレキさんはキンジに攻撃を? 二人の間では恒例なのでしょうか?)」

「あ、あぁ。同じSランクのよしみでな」

「はい。私とキンジさんは互いの実力を認め合った永遠のライバルですから。よく模擬戦闘を行う仲です。キンジさんにはいつもお世話になっています」

「ライバル認定なんてした覚えはないけどな」

 

 二人の様子を傍から見ていたアリアの問いにほぼ同時にキンジとレキは返答する。嫌そうに少々顔を歪めつつよそよそしい言葉を返すキンジ。ほんの少しだけ嬉しそうにキンジとの関係を説明するレキ。二人の反応の温度差に「ん?」とアリアは首をコテンと傾げた。

 

 先のやり取りで一目瞭然なのだが、キンジはレキを苦手としている。決して嫌いなわけではない。だが、少なくとも自ら進んで会いたい人物だとは思っていない。それは別にレキが事あるごとに話に『風』を持ち出してくるからではない。別にレキが常に無表情でいるからではない。レキの謎発言や鉄仮面程度のことでレキに苦手意識を持つほどキンジは狭量ではない。でなければキンジが武藤や白雪といった個性の強すぎるメンバーと平然と仲良くやっていけるわけがない。理由は他の所にある。

 

 ロボットバトルジャンキーレキ、略してRBR。それが強襲科(アサルト)でまことしやかに囁かれているレキのあだ名だ。そう。レキはバトルジャンキーなのだ。それも死ね死ね団と名高い強襲科の面々が思わず引くレベルの重度のバトルジャンキーだ。感情を表情に出さないものの、戦闘が大好きで大好きで仕方がないような奴なのだ。

 

 その性格ゆえか、レキは東京武偵高入学当初から突発的に強襲科のメンバーに攻撃を仕掛けてきた。誰彼構わず一方的に勝負を仕掛けるレキの標的が自身と同じSランク武偵――遠山キンジ――に向けられるまで、そう時間は掛からなかった。

 

 レキの強襲に遭った当初。キンジは辛くもレキを返り討ちにすることができた。レキ相手に勝利する。思えばそれがキンジにとっての悪手だったのだろう。初めて同年代の武偵相手に敗北を喫したレキはその日以降、武器を片手に度々キンジを襲うようになった。

 

 ただ。それもキンジがレキを苦手とする理由にはなり得ない。世界最強の武偵を目指すキンジにとって暇さえあれば襲撃してくるSランク武偵のレキは本来なら己の技量を向上させることに貢献してくれるありがたい相手となるからだ。それにレキはキンジが寝入っている時に遥か遠くからドラグノフで狙撃、といった形での狙撃科(スナイプ)らしい襲撃は行っていない。あくまで白兵戦。あくまで近接戦闘で挑んでくるレキと対峙することはキンジにレキへの苦手意識を芽生えさせる要因にはならないはずなのだ。

 

 では、何がダメなのか。何が、キンジがレキを避ける要因となっているのか。答えは単純明快、レキとの戦いに終わりという概念がないということに帰結する。キンジはレキとの対戦において苦戦を強いられるものの負けたことはない。しかし。いくらキンジがレキを倒しても数秒後にはさも当然のごとく起き上がって再戦へと移行するレキがいるのだ。無尽蔵にしか思えない体力を持ち、なおかつ負けず嫌いな一面をも持つレキは何度キンジが倒してもムクリと起き上がって襲撃してくる。もはや軽くホラーだ。レキが不死身に思えてならないのも宜なるかなであろう。

 

 さらにレキが狙ってくるのは総じて防弾制服の範囲外。特に首より上の部分。一撃必殺と言わんばかりにそこしか狙わない。つまり、殺す気満々。レキ曰く、相手が避けられるギリギリの所を狙っているから何も心配ないんだそうだが、命の危機に晒され続けているキンジの身からしたらたまったものではない。「いざとなったらきちんと寸止めしますので安心してください。……少しは当たるかもしれませんが」などと、無表情かつあふれんばかりの殺気を纏った状態で言われても何一つ安心できない。

 

 そのため、レキの襲撃から始まるキンジVS.レキのバトルは最終的にいつもキンジの逃亡によって幕を下ろすのだ。視力が凄まじいほどによく、『風』とやらを味方につけている負けず嫌いなレキを撒くことがどれだけの苦労を費やすものなのかは想像にたやすいだろう。

 

 命がいくつあっても足りない。それこそがキンジが戦闘大大大大好きっ子、レキに苦手意識を抱く理由である。何せ、今レキとこうして話している間にも彼女が戦闘モードに移行する可能性だってないとは言い切れない。以前にも武偵高でのレキとの何気ない会話からいきなり奇襲を仕掛けられた前例だってあるのだから。

 

「……キンジ? どうかしましたか? 様子が変ですが?」

「だ、大丈夫だ。気にするな。それより状況はどうなってる?」

「現時点ではこれといった被害は出ていません。怪我人もいません。とりあえずヘリに乗ってください。バスを追いましょう」

 

 キング・オブ・バトルジャンキー、レキの一挙手一投足に最大限注意を払うキンジ。どこか緊迫した雰囲気を纏うキンジを怪訝そうに眺めるアリア。二人をよそにレキは背後のヘリにスタスタと向かっていく。どうやら今のレキに戦意はないようだ。

 

 さすがに警戒し過ぎだったか? まぁさすがのレキも今の緊急事態で空気を読まずに――レキ風にいうなら『風』を読まずに――襲撃なんてしないか。遠ざかっていくレキの背中をアリアと追いつつ、キンジは人知れず肩の緊張を抜いた。

 

「私たち3人の愛と勇気と実力を持ってすれば、卑劣なバスジャック犯など相手になりません。見せつけてやりましょう。この世の理はいつだって、『友情』『努力』『勝利』で構成されているということを」

 

 と、そこで。レキはクルリとキンジとアリアの方へと向き直り、相変わらずの無表情のままで緩く拳を握りガッツポーズを見せる。この時。あくまで無機質でいかなる感情も見せないことでお馴染みのレキの瞳が熱く燃えたぎる炎を宿しているようにキンジとアリアには見えて仕方なかった。かくして。強襲学科(アサルト)Sランク武偵3人はバスジャック現場へと空から急行するのであった。

 




キンジ→レキに苦手意識を抱く熱血キャラ。悪夢でうなされる時に見る夢はほとんどレキ関連。
アリア→割と節約志向。キンジとレキとの関係がイマイチ掴めていない。
レキ→ロボットバトルジャンキーレキ、略してRBR。バトル大好きっ娘。熱血キャラ2号。無表情ながら心に闘志の炎を灯している。負けず嫌い。色んな武器を使える。ご都合解釈能力Sランク。無感情ではない。座右の銘は『友情』『努力』『勝利』。寮内に達筆で飾られている。以前キンジに敗れてからはキンジを永遠のライバル視している。また常に少年誌を携帯している。レキ曰く、「少年誌は心のバイブルです。風が読めと教えてくれました」

 ということで、皆さんお察しの通り、あの子=レキです。彼女は見事に危ない子にクラスチェンジしてしまいました。ホント、どうしてこうなった!?


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9.切迫するバスジャック事情


 どうも。ふぁもにかです。今回は久しぶりに最近登場してなかった性格改変キャラたちが出てきます。でもって、今回の話はまさかの熱血キンジくん不在という緊急事態回です。よって、サブタイトルから熱血キンジの文字が消失しております。バスジャックの話が思いのほか長くなりそうだったのでどこかキリのいい所で2話に分割しようと考えてたらこうなりました。声を大にして言わせてもらいましょう。どうしてこうなった!?

※私のうっかり属性が発動したせいで5月8日に『熱血キンジと神崎かなえ』が投稿されてしまいましたことをここに私に代わってりこりんが全力でお詫び申し上げます。今回の話の文字数が少ないことも兼ねて謝罪します。

理子「ご、ごごごごごめんなさぁぁぁあああああああああいッ!!」←土下座ッ!



 

 今現在。武偵が利用する通学バス――G3号車――の車内は緊迫していた。理由は簡単、このG3号車がバスジャック犯の標的にされたからだ。あらかじめとある女子武偵の携帯を自身のものとすり替えていたバスジャック犯が無機質な機械音声でバスに爆弾を仕掛けたことを宣言したのが数分前。個人差はあれどこれまで幾度となく現状のような緊迫した空気を味わってきた2,3年生は比較的冷静だが、武偵高付属中学校を卒業したばかりの新入生の中には青ざめている者も多い。パニックに陥らないだけでも及第点だろう。

 

 余談だが、バスジャック犯が用意した携帯(今は武藤が持っている)はこれでもかと取り付けられたありとあらゆるマスコットキャラのキーホルダーが携帯本体以上に重さを主張する、ピンクのデコレーション携帯である。決して携帯をすり替えられた女子武偵が元々持っていた類いのものではない。装飾過多な携帯は犯人の個人的な趣味嗜好のようだ。

 

『スピードを下げやがると爆発し、やがりマス。……あらかじめ言っておきますけど、フリじゃないですからネ。スピード下げるな=スピード下げろって意味じゃないですからネ! そこんとこ勘違いしないでくださいネ! お願いしマス!』

 

 曲がり角にぶつかりバスの運転手がわずかに速度を下げて右折すると、すかさず機械音声が流暢な口調で警告を飛ばしてくる。その警告は後半に差し掛かるとどこか気の抜けた懇願に変わっていったのだが、それでバス車内を覆う切迫した雰囲気が揺らぐことは一ミリたりともなかった。

 

 ちなみに。装飾過多極まりない桃色携帯から放たれる機械音声を誰かの質の悪いイタズラだと推測する武偵は誰一人いない。武偵たるもの、悲観論で考え楽観論で行動するのは基本中の基本だ。爆弾が仕掛けられてるはずがないと根拠もなしに都合のいいように思い込み、バスの速度を下げた結果爆発しました、なんてことになったら目も当てられない。それに何より、この場にいる誰もが2日前にチャリジャックに遭った運の悪いSランク武偵の話をよく知っているからだ。

 

「ほ、ホントにこれ、バスジャックなんですかぁ!?」

「……おそらく、間違いありません。先日、似たような事件に巻き込まれた哀れな武偵がいましたので……。とにかく。命が惜しければ……今はスピードの維持を頼みます……」

「は、はぃぃぃいいいい!!」

 

 本当にバスジャックされたのか。誰かの質の悪いイタズラじゃないのか。武偵殺しの模倣犯による犯行自体をただ一人疑う壮年のバスの運転手の元に背後から武藤が忍び寄り、ボソッと脅し混じりの言葉をプレゼントする。間違っても運転手がバスジャック犯の脅迫電話をデマと思い込み、バスの速度を下げることがないように。武藤の低音ボイスがよっぽど怖かったのか。中年のバス運転手は裏返った声で悲鳴に似た返事の声をあげる。後にバス運転手は声を震わせながら語る。バスジャック犯よりも這いよる武藤剛気の方が遥かに怖かったと。

 

「……不知火。爆弾は……?」

「あったぜ、武藤。今見つけただけでもう36個目だ。この分だとまだあるぞ」

「くそッ。バスジャック犯の奴、どんだけ爆弾仕掛けてんだよ!?」

「舐めやがって……」

 

 これでひとまずバスの運転手が速度を下げることはないだろう。許容量オーバーの恐怖でヒーヒー言っている涙目の運転手をしり目に武藤は内心で安堵の息を吐く。そして。そのまま武藤はバスの後方で爆弾探しをしている不知火に現状を問う。てっきり爆弾は1,2個だと思っていたのだが、現実は甘くないらしい。これだけ大量の爆弾を犯人はどうやって仕掛けたのだろうか。お金とか大丈夫だったのだろうか。打開策の見えない状況に悪態をつく強襲科(アサルト)の武偵たちをよそに武藤は少々的外れなことへと思考を飛ばしつつ、スタスタと不知火の元へと歩み寄る。

 

「……不知火。爆弾、貸して……」

「あぁ。そういや武藤、爆弾処理とか得意なんだっけか」

「……あくまで、趣味の範囲内……」

『余計な真似はし、やがるなデス。武偵は大人しくし、やがれデス』

「そうか。ならちょうどいい。おーい! てめえら! 爆弾見つけたら武藤に回せ! 後は武藤に――」

『警告は、ちゃんと守り、やがれ――』

「うるせえええええええええ!! 今俺が喋ってんだァ! 武偵殺しの模倣していい気になってる三下ごときがァ、人が喋ってる時に割り込んでくるんじゃねえ! 八つ裂きにすんぞ、ああ゛!?」

『ひぅ!? ご、ごごごごっごごごごごごごめんなさあああああああああいッ!! ボクがいけませんでしたああああああああ!! 許してくださああああああああああい!!』

 

 空気を読まずに指図をしてくるバスジャック犯に完全にブチ切れた不知火は武藤が持っていたバスジャック犯との通信手段たる携帯をふんだくると憤怒の感情を一ミリも隠すことなくぶつけに掛かる。不知火の怒りようが相当怖かったのか、携帯からは悲鳴とも思えるような謝罪の絶叫が機械の無機質な音声を通して伝えられる。

 

 だが。その全力の謝罪とは裏腹に、バスジャック犯は通学バスの背後に待機させていた無人の黄色のオープンカーを遠隔操作してバスと並走させる。そして。あらかじめオープンカーに備え付けていた機関銃をギュインと隣のバスへと向けた。

 

「ッ! てめえら伏せろッ!!」

 

 いち早く機関銃を向ける無人車両の存在に気づいた不知火の言葉と機関銃が火を放ったのはほぼ同時のことだった。機関銃から放たれた銃弾の弾幕はバスの窓ガラスを容易に粉砕し、武偵たちに襲い掛かる。武偵たちが不知火の警告に咄嗟に反応しすぐさま身を伏せたことにより、幸いにも頭を撃ち抜かれて即死する武偵は現れなかった。無論、バスの運転手も無事である。しかし。途切れることのない銃弾の嵐はバスの運転手や一部の武偵たちを恐慌状態へと移行させ、悲鳴を上げさせるには十分過ぎるものだった。

 

 だが。無人オープンカーの無差別攻撃もそこまでだった。突如、オープンカーは木っ端微塵に爆散する。不知火が割れた窓からオープンカーへとこっそり放り投げていた小型爆弾が火を噴いたのだ。ちなみに。不知火はバス内にこれでもかと仕掛けられていた小型爆弾の山の中からちゃっかり拝借したものを使用している。まさかバスジャック犯も自身がバス内に仕掛けまくった小型爆弾で機関銃つきオープンカーが撃破されるとは予想だにしなかったことだろう。ざまあみろと不知火は口角をニィと吊り上げた。

 

 けれども。今の銃撃でバスの窓ガラスは大破。ガラスの破片を頭から被ったことでバス車内の約半数の武偵が手傷を負うこととなった。その中には運の悪いことにガラスの破片が頭部に突き刺さった状態で地に伏す武藤の姿もある。返事がない。ただの屍のようだ。

 

 模倣犯の奴を刺激し過ぎたな。不知火はうめき声を上げる負傷した武偵たちを前に苛立ちを思いっきり舌打ちにぶつける。怒りの矛先は頭に血が上ってしまった過去の自分だ。爆弾処理を一手に引き受ける役割をかって出た武藤が気絶したことで状況は一気に厳しいものへと変貌してしまった。今、この場において、武藤以外に爆弾処理のできる人材はいない。どうする。何か打開策はないのか。不知火は頭をフルに回転させて起死回生の策を探る。しかし。バスジャック犯優位の現状を逆転させる案は一向に浮かびそうになかった。

 

 ちなみに。武藤が「……おのれ、不知火……」と怨嵯の声を上げつつ、ささやかな仕返しを込めて血に濡れた指で書き残した『犯人は不知火』というダイイングメッセージなんて見ていない。見ていないったら見ていない。

 




武藤→爆弾処理も趣味の範囲内でこなせる車輌科(ロジ)専攻の男。何という万能。
不知火→話を遮ると大抵ブチ切れる不良さん。以前から自分に対して怯えに怯えてくれる理子の存在にちょっといい気になっている。
理子→用意周到。爆弾をこれでもかと仕掛けまくっている。爆弾の無駄遣い。この一件で不知火を完全に恐怖対象として認識したビビりさん。今回のバスジャックに多額のお金を投じている。イージーモードで楽々操作できるオープンカーにひどく愛着を持っている。
バスの運転手さん→さすがに変化なし。昔F1に出場してたって設定でもよかったんだけど、それだとスピード下げるな→ヒャッハー、血が騒ぐぜええええええええ!!→バスのスピード超絶アップ ――ってなりそうで何か嫌でした。それにあんまりスピード上げられると色々と面倒なことになりそうですし。

 ということで、今回は久々にビビりこりんやら魔改造武藤やら不良不知火やら出せて楽しかったです。尤も、理子は音声だけの出演ですし、主人公キンジくんに至っては出番すらありませんが。それにしても、話が全然進まねぇ……。原作一巻クライマックスまでの道のりはまだまだ遠そうですね。はい。


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10.熱血キンジとバスジャック


 熱血キンジと冷静アリア 10話突破記念突発的企画

~前回までのあらすじ(HOTD風)~

「お前の目的は何だ?」「お、その反応。いるんスねー?」
「助けて、キンちゃん」「さて。初めましてだな、少年」
「風穴の時間です!」「あ、あー、マイクテスマイクテス……」
「……おのれ、不知火……」「ネオ武偵憲章第八十二条、やられたら数十倍にしてやり返せ」
「こう見えて私、結構持ってますよ?」「さすがは私のライバルです」
「神崎、時間だ」「俺はただ突き進むだけだ」

――第一章 熱血キンジと武偵殺し(前半戦)――

……うん。つい衝動的にこんなの作ってみたけど全然前回までのあらすじになってませんね。むしろカオス具合が凄まじいことになってますね。ええ。



 

 一方その頃。切迫するバスジャック事情の一部始終を上空高く飛ぶヘリコプターから見下ろす、強襲学部(アサルト)が誇るSランク武偵3人の少年少女の姿があった。

 

「派手にやってますね、色々と……」

「どうやら不知火さんの機転で当面の危機は乗り切ったようですが、今の銃撃で多くの武偵が怪我を負った模様です」

「まっ、バスジャック犯をいたずらに刺激したのも不知火だけどな」

 

 上からの発言順に、片手で双眼鏡を持ち、もう片方で悠然とももまんを頂くアリア。カロリーメイト(チーズ味)を両手に持ってリスのごとくポリポリ食べつつ、双眼鏡に頼らずに肉眼(ジト目)でバス内の状況を正確に把握するレキ。菓子パンをパクパク食べつつ、双眼鏡と読唇術を駆使して現状をしっかり把握するキンジである。3人の性格ゆえか、眼前に繰り広げられる光景に対する感想は三者三様にきっちりとわかれている。

 

 ちなみに。なぜSランク武偵3人がそれぞれ甘いものを食べているのかというと、突如ももまんを無性に食べたくなったアリアが『糖分を補給すれば集中力がアップします。集中力がアップすればバスジャック事件の解決率がさらに上がります。さあ! 皆さん、今すぐ甘いものを食べましょう! もはや一刻の猶予もありません! 勝負の火蓋は切って落とされたのです! レッツお菓子タイム!』などとキンジとレキに熱烈に演説したことに起因する。さすがのアリアも現在の緊迫した状況下で1人だけ平然とももまんを食べることには抵抗を覚えたのだろう。ゆえにキンジとレキを巻き込んだというわけだ。

 

「さて。これからどうしますか、神崎さん?」

「そうですね……」

 

 カロリーメイト3本を食べ終えたレキはあむあむと小動物のごとくももまんを口に運んでいるアリアに判断を仰ぐ。キンジも何か飲み物が欲しいな、できれば甘くない奴がいいかな、などと思いつつアリアの返答を無言で待つ。どうやらこの三人の中で作戦を立案する立ち位置の人間は自然とアリアに決まったようだ。

 

 レキから問いを向けられたアリアは双眼鏡から目を離し、「んー」と虚空を見つめて考えを巡らせる。そして。糖分補給という大義名分を元にモグモグ食べていた4つ目のももまんの最後の一口をしっかりと噛みしめて完食するとキンジとレキへと向き直る。

 

「レキさん。貴女はバス車外の爆弾を見つけ次第、上手く狙撃して撃ち落してください。私とキンジは車内の爆弾をどうにか処理しますので。先ほどのオープンカーみたくバスジャック犯が追い撃ちを仕掛けてきた場合は各自、臨機応変に対処しましょう」

「わかりました」

「まっ、それが妥当だろうな。あとほっぺにアンコついてるぞ、アリア」

 

 アリアの指示にキンジとレキは即座に了承の意を伝える。その際。キンジはアリアの頬を指さしてさらりとアンコが付いていることを伝えると、「ふぇっ!?」と可愛らしい反応を見せるアリアをしり目にパラグライダーの準備を整え始める。

 

 バスに爆弾が仕掛けられている。それだけでバスジャック犯が自らジャックしたバス内に潜んでいる可能性は著しく減少する。その上、さっき機関銃が派手にバスを撃ちまくったことを考えると、バスジャック犯がバス内に潜んでいる可能性はないと言っていい。事件解決のためにひとまずバス内に向かうのは何ら問題のない選択と言えよう。

 

「さて。行くか、アリア」

「はい! 行きましょう、キンジ!」

 

 準備を終えたキンジが開け放たれたヘリの扉へと向かうと無地の水色ハンカチでしっかりと口元を拭ったアリアが後に続く。眼下の景色を見下ろし、そして互いに視線を交差させるキンジとアリア。二人はヘリとバスとの距離や風向きを見計らい、キンジが先行する形で刹那の躊躇もなくヘリから飛び降りた。「……くれぐれも気をつけてください」とのレキの言葉を背中に受けて。

 

 ある程度重力の為すがまま降下した二人はパラグライダーを危なげなく駆使して何事もなくバスに着地する。ちなみに。今回使ったパラグライダーは一度限りの使い捨てだ。もったいない気もするが仕方あるまい。二人は互いに目を合わせて双方の無事を確認して頷き合うと、割れた窓から進入する形でバス内部へと突入した。

 

「――なッ!? キンジに神崎さん!? どうしてここに!?」

「バスジャックされたって聞いてな。助けにきた。大丈夫か、不知火?」

「あァ、俺はな。だが、他の奴は半分はやられた。もうロクに動けねえんじゃねえか?」

 

 バス内に乗り込んだキンジとアリアを迎えたのは驚愕に満ちた不知火の声だった。キンジが自分たちの事情を手短に話すと不知火は負傷した武偵たちを一瞥しつつキンジとアリアにバス車内を取り巻く現状を伝える。その際、不知火はちゃっかり武藤のダイイングメッセージ――『犯人は不知火』――が二人の目に留まらないよう細心の注意を払っていたりもする。二人に見られでもしたら『不知火亮=武偵殺しの模倣犯』だと誤解されかねない以上、当の不知火は必死である。

 

 さて。余談だが、夏休みデビューを果たし不良スタイルを貫いているはずの不知火がどうしてアリアを名字にさん付けで呼んでいるのか。これについての答えは簡単、初対面でアリアを舐めてかかったせいでアリア主催の恐怖体験を経験したからである。身に刻まれた恐怖はアリアへの絶対服従を誓っているというわけだ。

 

「そうか。わかった。アリア。手分けして爆弾探すぞ」

「わかりました。では、私は座席の方を探しますのでキンジは――ッ!? 避けてください! キンジッ!」

「ッ!?」

 

 アリアは素早く拳銃を取り出すとキンジの胸に向けて一切の躊躇なしに発砲する。アリアの声に反応し、持ち前の反射神経でサッと半身になりギリギリでアリアの銃弾を避けたキンジ。その視界の端にキンジへと銃口を向ける機関銃の姿があった。事態を即座に把握したキンジは振り向きざまに拳銃を取り出し背後のオープンカーのタイヤに向けて発砲。パンクさせることでオープンカーを失速させ、車に備え付けられた機関銃の無力化に持ち込んだ。

 

「いきなり発砲してすみませんでした、キンジ」

「いや、いい。危ない所だったしな。ったく、やっぱオープンカーはあれ一台じゃないってことか。この分だとあと何台来るかわかったもんじゃないな」

 

 危うく背後から撃ち殺されかけていたキンジは背筋にうすら寒いものを感じつつ、「やれやれ」と陰鬱なため息を吐く。と、そこに。続けざまにまた別の黒のオープンカーがバスと並走してくる。今度は機関銃を向けずに代わりにロボットアームで小型爆弾を投げてこようとしてくる。

 

「ちぃっ!」

 

 間一髪。爆弾が投げつけられる前にキンジは咄嗟にロボットアームの関節に銃弾を当てて投げる方向をずらしに掛かる。銃弾を受けてバランスを失ったロボットアームは手に持っていた爆弾をオープンカーの座席にポロリと落とす。別の爆弾を投げられる前にそのままキンジがタイヤを撃ち抜こうとした所で、いきなりオープンカーは何とも派手に爆発した。どうやらレキの狙撃がオープンカー内の爆弾を撃ち抜き、爆弾を山積みにしていたオープンカーを自爆へと導いたようだ。

 

「助かったよ、レキ。この調子で頼む」

『窮地のライバルを助けるのは当然のことです。外の不審車両はなるべく私が片付けますので、二人は車内の爆弾の方を』

「わかった」

「わかりました」

 

 インカムのマイクに向かってレキへと礼を告げるとバスジャック犯の機械音声と似たような無機質な声が返ってくる。だが。そのレキの声がどこか誇らしげに聞こえた気がして、キンジは「ん?」と首を傾げた。

 

 それから。バスに近づく不審&無人車両の捜索及び撃破をレキに任せたキンジとアリアは爆弾探しに集中する。しかし。さすがのレキも全てのオープンカーを破壊できないのだろう。時折、レキの狙撃網を突破してやってくるオープンカーをキンジはアリアと協力して撃退する。そして。暫くして、バス車内に仕掛けられていた小型爆弾を全て一か所に収集し終えた所で新たな問題が浮上した。ズバリ、この大量に積み上げられた爆弾の山:計59個の爆弾をどう片づけるかだ。

 

「えーと。どうしよっか、これ……」

「私は一応爆弾処理はできますが、専門ではありません。正直言って、これだけたくさんあるとどうしても時間がかかってしまいます」

「武藤がやられてるのが痛いな。あいつならこの程度5分そこらで片づけられるってのに」

 

 今現在。趣味の範囲内で神業レベルの爆弾処理をやってのける武藤がばたんきゅ~状態となっている以上、この場に爆弾処理のできる人間はアリアのみだ。だが。アリアによる爆弾処理はアリア主観でどうしても時間が掛かってしまうらしい。時間をじっくりとかけていたら手遅れになりかねない。何か。何かないのか。バスがレインボーブリッジを突っ走る中、キンジは必死に考えを巡らせる。

 

 頭を捻るキンジをよそに「ダメ元ですが、一つ一つ地道に爆弾を解除するしか方法がなさそうですね。キンジは外からの攻撃の警戒をお願いします」とアリアが爆弾の山と向き直った時、『キンジさん、アリアさん』とレキの声が二人のインカムに響いた。

 

「レキか、どうした?」

『その大量の爆弾の処理についてですが』

「ッ!? 何か名案でも浮かんだのですか!?」

『それ、海に投げ捨ててはいかがでしょうか? 今、海に船は通っていませんが?』

「「あ……」」

 

 レキの提案にキンジとアリアは奇しくも同じタイミングで小さく声を上げる。全くの盲点だった。何も爆弾処理の方法は爆弾解除しかないわけではない。周囲の安全が確認されていれば敢えて爆発させる方法だってあるのだ。そのことがすっかり頭から抜けていた事実を知った二人は思わず沈黙する。思考停止に陥る。

 

『? どうしましたか、二人とも?』

「「――それだッ(ですッ)!」」

 

 レキの問いかけでハッと我に返ったキンジとアリアは即刻行動に移した。レキの狙撃の嵐を切り抜けてしきりに追いすがってくる多種多様な色のスポーツカーのタイヤをパンクさせつつ、不知火を始めとしたまだ動ける武偵たちとともに次々に小型爆弾を東京湾へと投げ込んでいく。海から連続して爆発音が響き渡り水しぶきがここまで飛んでくるのもお構いなしにどんどん爆弾を海に捨てていく。

 

「……ふぅ。どうにかなったか」

「そうですね」

 

 爆弾を全て捨て終えたことで減速を許されたバス車内にて、キンジとアリアはため息とともに自身に張った緊張の糸を解く。かくして。バスジャック犯による一連の騒動は怪我人こそ発生したものの、強襲学部Sランク武偵3名の途中参加によりどうにか死者を出すことなく収束したのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少しさかのぼる。

 

「……行きましたか」

 

 キンジとアリアが無駄のない軽やかな動きでバスへと降り立つ様をジィーと無機質な瞳で見届けたレキは自身の仕事をこなすため即座に狙撃体勢に入る。その一連の動きに一切の無駄が存在しない辺りがロボットバトルジャンキーレキとのあだ名をつけられる理由の一端なのだろう。

 

(私は一発の銃弾。弾は穿つもの。闇も、絶望も、運命さえも。貫けないものなど存在しない。いかなる概念も、銃弾たる私を前に総じて無力と化す)

 

 レキはドラグノフのスコープに目を当てて、内心で詠うように言葉を紡ぐ。いつも通りの精神統一の言葉だ。この精神統一の有無で狙撃成功率が著しく変化するというわけではない。精々微々たる差異だ。これはあくまでレキの癖のようなものだ。

 

 レキは機関銃を携えた無人のオープンカーの群れへと狙いを定めると、遥か遠くに離れた標的へと次々と正確無比の弾丸を放ちオープンカーのタイヤを一台一台パンクさせていく。爆弾を備えたオープンカーに対してはその爆弾を撃ち抜くことで車を自爆させる。つい先ほどキンジとアリアに不審車両の一切を自分に任せるよう提言した手前、中途半端な仕事は許されない。目指すは自身の狙撃での不審&無人車両の全滅である。

 

 だが。オープンカーの数があまりに多いため、何台かはジャックされたバスへの接近を許してしまう。しかし。あの二人なら何ら問題ないだろうとレキは一ミリたりとも同様の色を見せずに己の責務を淡々と全うする。

 

「……ん」

 

 あらかた機関銃や爆弾を携えたオープンカーを駆逐し終えた頃。ふとドラグノフのスコープ越しの目線をバス内部に向けると、爆弾の山を前に頭を悩ますキンジとアリアの姿が見えた。アリアが「やるしかありませんね」と言わんばかりの表情で爆弾処理に専念しようと爆弾の山を見据えた辺りで、レキはヘッドホンに取り付けたインカムのマイクに向けて言葉を放つ。レキの脳内では現状を打開する1つのアイディアが浮かんでいた。

 

「キンジさん。アリアさん」

『レキか、どうした?』

「その大量の爆弾の処理についてですが」

『ッ!? 何か名案でも浮かんだのですか!?』

「それ、海に投げ捨ててはいかがでしょうか? 今、海に船は通っていませんが?」

『『あ……』』

「? どうしましたか、二人とも?」

『『――それだッ(ですッ)!』』

 

 放心状態からハッと我に返ったらしいキンジとアリアがバス内の武偵たちとともに爆弾をポイポイ東京湾に捨て始める様子をレキはただジィーと見つめつつ、レキは次なる標的としてバス下に括りつけられたプラスチック爆弾に標準を合わせて引き金を引く。爆弾の留め具に銃弾が命中したことでバス下につけられていた爆弾はアスファルトを数度バウンドして東京湾に落下。そのまま水中で爆発した爆弾は凄まじい爆音を轟かせてみせた。どうやら今の爆弾がバスジャック犯が用意した爆弾の中で最も強力なものだったらしい。勿論、東京湾に人や船がないのは事前に確認済みだ。抜かりはない。

 

(私は一発の銃弾。理不尽を撃ち砕き、未来を切り開く、疾風の嚆矢。風を纏った弾丸。……撃ち抜け。さすれば、道は開かれん――)

 

 レキは再び精神統一の言葉を心の中で詠い、相変わらずの精度で黒のオープンカーのタイヤを撃ち抜く。その際、バスが徐々に減速する様子がレキの瞳に映った。どうやら無事にバス内の全ての爆弾を東京湾に捨て終えたようだ。

 

「任務完了ですね」

 

 何事もなく止まったバスを狙う存在が何一つないことをこの目でしかと確認したレキはスコープから目を離して狙撃体勢からおもむろに立ち上がる。レキの視線の先にはホッと安堵の表情を浮かべるキンジとアリアの姿が鮮明に映し出されていた。

 

「あ、新連載の漫画がありますね……。――ッ。らんらん先生原作、平賀あやや先生作画のハイスペック学園バトルコメディですか。なるほど。あの大先生方が共同戦線を組みましたか。しかも武偵二人を中心にしたダブル主人公モノのようですし……これは楽しみですね」

 

 二人から視線を外したレキはドラグノフを背中に背負い直し完全に武装解除する。そして。レキは制服の中からおもむろに少年誌を取り出し、座席に腰を下ろしてページをめくり始めた。風が読めと言っている以上、レキに読まないなどという選択肢は存在しないのだ。レキは自身の敬愛する二大漫画家:らんらん先生と平賀あやや先生の新連載に多大な期待を胸に抱きつつ、少年誌の世界にその身を投げ出したのであった。

 

 ちなみに。レキは自身が『風』を都合よく解釈しているという事実に微塵も気づいていない。無意識とは恐ろしいものである。

 




キンジ→さすがに爆弾処理はできない熱血キャラ。甘いものはそれほど好みではない。
アリア→某ライナくんの如くももまん帝国建国を目論んでいるももまん中毒末期患者。医者も「ダメだこいつ」と匙を明後日の方向に投げ飛ばすレベル。武藤ほどではないが爆弾処理はできる。
不知火→アリアに絶対服従を誓った不良さん。アリアを『様』付けで呼んでもいいと思っている。
レキ→カロリーメイト大好きっ娘。カロリーメイトを人類の偉大な発明品の1つとして位置付けている。狙撃前の自己暗示らしき言葉の内容が色々と変化している。漫画家:らんらん先生、平賀あやや先生を大先生と慕っている。
らんらん先生→突如漫画に目覚めた例のあの人。漫画家タイプは福田真太。
平賀あやや先生→ペンネームで本名を隠す気のない例のあの人。漫画家タイプは新妻エイジ。

理子「ボ、ボクのルノーコレクションが、全滅……うぅ(涙)」

 というわけで、レキに出番を与えんがために勃発したバスジャックの件はどうにか終結しました。まさか3話に渡って続くとは思いませんでしたが。それにしても……うん。今回の展開、何だかご都合主義感が凄まじかったですね。ええ。

※爆弾のポイ捨ては大変危険な行為です。なるべくポイ捨ては行わないでください。爆弾のポイ捨てを行う際は周囲に人気がないことを十分に確認した上で行ってください。皆様のご協力をお願いいたします。


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11.熱血キンジと解析結果


??「私のターンだね、フフッ」

 ……というわけで、どうも。ふぁもにかです。今回は例のあの人がちょっとだけ登場します。今まで地の文にちょこっとしか登場してなかったあの人がついにチラッと登場してしまいます。本来登場させるつもりのなかったあの人がなぜかキャラが勝手に動く理論で本編に現れてしまっています。さてさて。誰でしょうかね。

P.S.少々魔が差してしまった私はつい衝動的にネギま!の刹那さん主体のクロスオーバーモノの連載をちゃっかり始めちゃってます。まぁあちらの方は4,5話で終わる短編モノ&あくまで本命は『熱血キンジと冷静アリア』なので、この作品の更新ペースに影響は及ばない……と信じてます。ええ。



 

 バスジャック騒動が終結した数日後の放課後。

 

「……キンジ……」

「ん? どうした武藤? 何かオススメのライトノベルでもあったのか?」

 

 2年A組教室にて。キンジは自身の肩に手を乗せて呼び止めてきた武藤の方へと振り返る。そして。頭に包帯が巻かれている武藤へと軽く疑問の声を投げかける。

 

 武藤は大体週に一回のペースで俺に新しいライトノベルや漫画を貸してくれる。どこからか武藤が発掘してくる作品はどれも俺の好みを真芯で捉えたものばかり。そのため、俺は気晴らしとして武藤の提供するオススメシリーズをそれなりに楽しみにしているのだ。

 

 そんなんだから最近武藤の趣味に侵されてきてるんだよなぁとキンジが心の中で一つため息を吐いていると、武藤は「……否……」と首を左右にフルフルと振ってくる。どうやら今回は別件で俺を呼び止めたらしい。

 

「……キンジのくれた機械音声の解析、完了した……」

「ッ!? 本当か!? さっすが武藤! 仕事が早くて助かるぜ! で、どうだった? 何か有力な手がかりはあったか!?」

「……キンジの部屋で話す。あまり他人に聞かれたい話じゃない……」

「そ、それもそうだな」

 

 武藤はまばらにクラスメイトの残っている教室をサッと見渡すと、有無を言わさぬ口調でそうキンジに言い残してテクテクと男子寮へと歩を進めていく。行き先はもちろん、キンジの部屋である。実はちょっとだけ武藤の秘密基地に行きたいなぁなどと兼ねてから思っていたキンジだったが、好奇心猫を殺す。下手に首を突っ込むと色んな意味で取り返しのつかない事態になりかねない。ということで、キンジは自身の知りたい願望にしっかりと蓋をしてから武藤の後を追うのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ただいま、アリア」

「ん。おかえりなさい、キンジ」

 

 キンジの部屋のドアを開けたキンジと武藤を出迎えたのはオーソドックスな割烹着姿で掃除機のホース部分を手に持つアリアだった。どうやら今のアリアはこだわりのツインテールからポニーテールへと髪型を変えているようだ。基本的に武偵高に通ったり外に出かけたりする時のアリアはツインテール一筋なのだが、部屋にいる時のアリアは大抵髪型を弄っている。アリア曰く、家ではその日の気分でサイドテールに結んでみたり、オールバックにして額を丸出しにしてみたり、桃髪をストレートに下ろしてみたりと、色々な髪型に精力的に挑戦しているんだそうだ。バリエーションが実に豊かそうでなによりだ。よって。本日のアリアはポニーテールの気分、というわけなのだろう。

 

 アリアのポニーテール姿は初めてだが、こうして見てみるとポニーテールも中々似合っている。割烹着姿も相重なってか、母親に褒められたい一心で母親の家事の手伝いを密かに行う子供そのものに見えて仕方がない。キンジはおぼつかない様子で家事を頑張るアリア(幼女時代)とそれをこっそりと見守る男前の神崎かなえを想起して、内心でうんうんと頷く。

 

 尤も、これ以上考えているとアリアの鋭い直感が俺の思考を正確に読みかねないので割烹着アリアに対する思考はここらで打ち切っておくことにするのだが。アリアに修羅をその身に召喚されると厄介極まりないからな。

 

 アリアは俺の部屋に住み着くようになってから、部屋の掃除全般を一手に引き受けるようになった。何でも、料理関連の全てを俺に任せているからこれくらいは自分でやりたいんだそうだ。二人暮らしの際には家事の分担が必須、無用な口論を避けるために必要不可欠だとも言っていたが。

 

 アリアの申し出を聞いた時、俺は素直にありがたい気持ちに駆られた。何せ、この部屋は元々4人部屋だ。1人で過ごすには無駄に広いこの部屋を掃除するのは中々に骨の折れる作業だったのだ。それに。時々アリアから発せられるどことなく高貴な雰囲気が関係しているのか、アリアは結構真面目な性格な上に綺麗好きの一面も持ち合わせているので、部屋をかなり清潔に保ってくれる。凄腕家政婦的存在(ただし料理は除く)としてキンジがアリアを重宝するようになるのに大して時間は掛からなかった。

 

「……お邪魔します……」

「あ、はい。えーと……武藤剛気さんで合ってますよね?」

「……ん? 名前を知ってる……?」

「転入初日までに2年A組メンバー全員の顔と名前を覚えましたから。それに私の自己紹介の時に自分から名乗っていたではありませんか」

「……そういえば、そうだった……」

 

 アリアは武藤の存在に気づくとポニーテールを揺らして首をコテンと傾ける。すると。武藤の方もふと頭をよぎった疑問に首をコテンと傾けたが、アリアの指摘に「なるほど」と言わんばかりに1つ頷いた。

 

 疑問がすぐに解けてスッキリしたのか、武藤は迷いのない足取りでスタスタとリビングに足を運ぶと椅子にドカッと座る。その椅子のある場所は武藤の定位置だ。勝手知ったるキンジの部屋ということもあり武藤の動作に全く遠慮というものが見当たらない。

 

「……キンジ。神崎さんと同棲してるの?」

「同棲じゃない、同居だ。成り行きでな。なぁなぁでいったらいつの間にやらそうなったんだ」

「……リア充爆発しろ……」

「? 何か言ったか?」

「……空耳……」

「そうか。ならいいけど」

 

 アリアの掃除のおかげで綺麗さを保っている部屋をキョロキョロ見渡した後、どこか剣呑な雰囲気を身に纏った武藤がキンジに問いかけるも、対するキンジは一切動じることなくテキトーに返答する。『ダメダメユッキーを愛でる会』に所属する武藤の怨念の籠った言葉も聞こえなかったのか、完全にどこ吹く風だ。ちなみに。キンジに武藤の捨て台詞はしっかり聞こえている。それでもキンジがとぼけていられるのは一重に今まで鍛え上げてきたスルースキルの賜物だ。

 

 武藤は「……キンジの奴。ユッキーという人がいながら……」と言わんばかりにため息を吐くと、気持ちを切り替えて手早く黒のノートパソコンをテーブルに設置して操作を始める。卓逸したブラインドタッチで次々とウィンドウを表示させて準備を整えにかかる。

 

「……準備完了。これより解析結果の報告を始める……」

「あぁ。それで? どうだった? 犯人は俺たちの知ってる奴なのか?」

「……俺が話すより、直接機械音声を聞いた方が早い……」

 

 キンジは早く機械音声の解析結果を知りたい思いで武藤の返答を急かす。だが。キンジの思いを知ってか知らずか、武藤はノートパソコンに視線を向けたままだ。どうやらさっさと解析結果を伝える気は微塵もないようだ。

 

「何の話ですか、キンジ?」

「あぁ。アリアには言ってなかったな。実はな、この前のチャリジャックの件の機械音声の解析を武藤に頼んでてさ。解析結果次第じゃ今回のチャリジャックにバスジャックの犯人がわかるかもしれない」

「ッ!? 本当ですか!?」

 

 一通り掃除を終えたのか、掃除機を片づけてきたアリアに事情を伝えると、アリアは真紅の瞳を大きく見開いた。驚愕を顕わにするアリアにキンジは「あくまで『かもしれない』、だがな」と保険の一言を付け加えておく。内心で今のは失言だったなと舌打ちしながら。

 

 武藤からもたらされる情報に多大な期待を寄せた所で、その期待に見合うだけの大した収穫は得られないかもしれない。それではアリアにただぬか喜びをさせてしまうことになる。今のうちに少しでもアリアの興奮を冷まさせようと目論んだ結果が先の保険の言葉なのだが、その程度ではアリアの高ぶる気持ちを抑えることはできなかったらしい。アリアの瞳は見る見るうちに爛々と輝いていく。これはアリア抜きで武藤の報告を聞くことはできなさそうだな。キンジはアリアから武藤へと視線を移すとアリアにも話を聞かせてもいいか尋ねることにした。

 

「武藤、アリアにも聞かせていいか? アリアもこの件を追ってるからさ。どんな些細な情報でも知りたいみたいなんだよ。この様子を見ればわかるだろ?」

「……構わない。ただし、他言無用……」

「わかっています」

「……ん……」

 

 アリアは武藤の示した条件に間髪入れずに力強く頷く。すると。武藤は「うむ。良い返事だ」とでも言うように満足げに頷くと再びノートパソコンのスクリーンへと向き直った。

 

「……じゃあ、始める……」

 

 自身のノートパソコンに色々と設定を施した武藤は少々得意げにノートパソコンの再生ボタンを押す。武藤が例の機械音声の解析結果をもったいづけていることからも有力な情報が期待できそうだ。キンジとアリアはゴクリと唾を呑んだ。が――

 

『す、すみませんでしたあああああああ!! 中空知さまァ!!』

『聞こえないよ、不知火くん。うん、全然聞こえない。ねぇ、もっと私に聞こえるように声を張り上げて言ってよ。はい、ワンモアプリーズ?』

『ぎゃぁっぁぁあああああああああああああ!!』

『はぁ。何とも名状しがたい耳障りな叫び声とか出さないでほしいなぁ。あんまりにもうるさいと頭がガンガンするだけで全然聞き取れないんだよね。もっと美しく鳴けないのかなぁ、不知火くん? はい、ワンモアプリーズ?』

『も、もう止めッ――ぐぎゃあ■ぁぁ◆あ%あ×あぁ☆あ◇あ▼あ#$●ああ!!』

「「……」」

 

 しかし。キンジの部屋に響き渡ったのはキンジのよく知る男の無残な懺悔の絶叫だった。今から約半年前に不良ルートを突き進み始めた不知火亮、その人である。「ぎゃあああああ!」というより「GYAAAAAAAAAAAA!!」と表現した方がよさそうな不知火の断末魔の叫びの合間に挟まれる、人の心臓をガシッと鷲掴みにするような底冷えた声を放つ女性の言葉にキンジとアリアは思わず頬を引きつらせる。言葉を失う。

 

「……あ、違った。間違えて別の流しちゃった……」

「――って、武藤!? ちょっ、これ不知火の声じゃねえか!? 何!? 何がどうなってんのこれ!?」

「……何って、この前の件のささやかな仕返しだけど……? ……ちょっと中空知さんに依頼して色々と仕返ししてもらってるだけ。中空知さんも色々と新しい尋問方法を実践するための実験台が欲しいって物欲しそうに言ってたし……」

「いやいやいや! これのどの辺がささやかだ!? 思いっきりハードだろ! 不知火痛めつけまくってるだろ! しかも右上に『LIVE』って書かれてるし! 現在進行形で不知火が痛めつけられてるってことじゃねえか! しかも中空知さんって、あの中空知さんだろ!? ヤバいなんてレベルの話じゃねえよ! このままじゃ不知火が生きて帰って来れないぞ!?」

「……大丈夫だ、問題ない……」

「問題大アリだ!!」

 

 今こうしてキンジが武藤の両肩をガシリと掴んで声を荒らげている間にも不知火の断末魔が盛大に反響する。もう人間が出せる音域でない感がするのは気のせいだと思いたい。スクリーンには何も映っていないため聞こえてくるのは音声のみなのだが、サウンドオンリーなのが逆に恐怖をそそっている気がしてならない。映像がなくとも、なぜだか不知火が尋問科(ダギュラ)Sランク武偵:中空知美咲の魔の手によって血涙を流している様が容易に想起できた。

 

(つーか、待て。ちょっと待て。そういえば不知火の奴、今日欠席してたよな? まさか……朝からずっとか!? ずっとこの状況なのか!?)

 

 既に不知火を襲う惨状が半日ほど続いているかもしれない。明確に否定できない可能性に思い至ったキンジの背中にゾゾゾッと戦慄が走る。

 

 武藤がこのような仕打ちを不知火に仕掛けたのは間違いなくこの前のバスジャックの一件が原因だろう。というか、そうとしか考えられない。ネオ武偵憲章第八十二条、やられたら数十倍にしてやり返せ。武藤はこれを不知火相手にしっかり実行に移しているのだ。バスジャック犯を不知火が刺激したことで頭にガラス片が刺さるという結果を被った武藤の恨みが今、こうして炸裂しているのだ。

 

「あ、あの、武藤さん。人間、誰しも失敗することぐらいあります。今回の所はこの辺でもう許してあげてはいかがですか?」

「……むぅ。神崎さんがそう言うなら……」

 

 一刻も早く現在進行形で不知火を襲う惨劇を止めなければならない。だが。いかに怒れる武藤を説得したものか。キンジが頭を悩ませていると、アリアが先行して武藤の説得に取り掛かる。武藤は諭すようなアリアの提案(※上目遣い付き)に少々不満そうにしつつも不知火へのささやかな仕返し(?)を止めることを了承してくれた。

 

 そのまま武藤は中空知へと新たな尋問方法の実践の中止を要請する。対する中空知ももう十分に実践し終えたのか、「ん。いいよ」とあっさり矛を収めてくれた。彼女の説得が一番の難関だと思っていただけに何だか拍子抜けなキンジだった。

 

 よかった。これ以上、不知火があの中空知さんの脅威にさらされ続けるなんてことはなさそうだ。これで明日武偵高にやってきた不知火の目が死んでいるなんて事態は避けられそうだ。キンジとアリアは心の底からホッと胸を撫で下ろした。

 

「……で、話を戻すけど……いい?」

「あぁ、そうだな。よろしく頼む」

「……じゃあ、まず、これがボイスチェンジャーで偽装した犯人の機械音声……」

『あ、あああ!? ぼ、ボクのセグウェイコレクションがああああああああああッ!?』

 

 武藤が別の音声ファイルの再生ボタンを押すと、再びキンジの部屋に悲鳴染みた絶叫が響き渡る。だが。今度は不知火の断末魔などではなく、れっきとしたチャリジャック犯の機械音声での叫びだった。機械音声なのに涙声に聞こえて仕方ないのは気のせいだろうか。

 

「な、何というか……改めて聞くと、何とも悲痛な叫びですね……機械音声なのに、悲痛の念がヒシヒシと伝わってきているように感じます」

「なぁ武藤。これ、もっと他にマシな音声なかったのか?」

「……否。けど、これが一番いいと思って。色んな意味で……」

「本気でそう思ったんなら俺、お前との付き合い方変えるぞ?」

「……冗談……」

 

 どこか勝ち誇ったかのような笑みでわざわざ悲鳴に似た機械音声の絶叫を例示として選んだ理由を話す武藤。キンジが武藤の感性に思わず懸念を抱いていると、対する武藤は「フッ。やれやれ、この程度の冗談を真に受けちゃって」と言わんばかりに口角を少し吊り上げてみせた。しかし。この程度のことでイラッとなるキンジではない。キンジの磨き上げてきたスルースキルはダテではないのだ。

 

「……そしてこれが、正真正銘の犯人の声……」

「あ、あああ!? ぼ、ボクのセグウェイコレクションがああああああああああッ!?」

「なッ!? この声、理子!?」

「え、と。理子というと、確か峰さんのことですよね?」

 

 キンジは武藤が次に流した音声に己の耳を疑った。その声は普段の武偵高生活でよく聞いている理子の声だったのだ。理子の声はアリアのアニメでよく出てくるチビ属性のヒロインのような声と同様に中々特徴的なのですぐにわかる。だけど。この機械音声が理子のものだということは。それはすなわち、理子がチャリジャック及びバスジャックの犯人ということになる。それはつまり――理子が武偵殺しの真犯人で、アリアの母親の神崎かなえに罪をなすりつけた張本人だということに他ならない。

 

「ま、待て。待てよ、武藤。これ、どういうことだ? 何の冗談だ?」

「……俺もにわかには信じがたい。……が、これが結果。あの機械音声は峰さんのもので、ファイナルアンサー……」

「ウソ、だろ……!?」

 

 武藤の示した解析結果にキンジは声を震わせる。一筋の不快な汗がキンジの頬を伝う。信じられない。いや、信じたくないといった方が正解か。理子が、大抵のことに怯えて震えて「ひぅ!?」などと悲鳴を上げていた理子が、戦場において一般人以上に役に立たなさそうなあの理子が、神崎かなえに濡れ衣を着せたということが信じられない。人を、それも帯銃が当たり前の武偵を殺したことが信じられない。そもそも、人に凶器を向けるような真似をしたこと自体が信じられない。

 

 でも。よくよく考えてみれば。チャリジャックの一件を思い返してみれば。

 

――あ、あー、マイクテスマイクテス……。ゴホン。えー、この自転車には爆弾がついてますデス。えっと、ちゃんと聞こえてマス?

 

――速度を落としたら爆発しますデス。……ホントですからネ! ホントにホントなんですからネ!

 

――あなたに恨みはありませんけどここで死んでもらいますデス。運が悪かったとでも思って諦めてくださいデス。ご、ごごごめんなさああああああい! 祟らないでえええええええええ!

 

 自分が主導権を握っている状況下でのあの念の押しようは、怯えようは、ビビりようは、機械音声で声色が変えられていてもまさしく理子の反応そのものだった。むしろ今までどうして気づかなかったのかと過去の自分自身を問いただしたくなるレベルに理子らしい反応を見せていた。でも、それでも――

 

 いや、本当は気付いていたのかもしれない。それなのに。理子が機械音声の主だという考えに至らなかったのはきっと、俺と理子とが何だかんだである程度の親交があったからだろう。そのことが俺が『理子=武偵殺しの真犯人説』から目を逸らす大きな要因となってしまったのだろう。

 

「まだ武偵殺しの真犯人が峰さんに決まったわけではありませんよ、キンジ。黒幕が峰さんに罪をなすりつけようとしている可能性もまだ十分に考えられます。濡れ衣を着せるのは奴ら(イ・ウー)の得意技の1つみたいですし」

「……だけど、理子のあの性格が全くの偽物だって可能性もある。そうだろ?」

「はい。その通りです」

 

 アリアは「まぁ、もしそうだとしたら峰さんの演技は大したものですね。敵ながら天晴のレベルです」と言葉を続ける。シリアスムードの中、アリアの手がももまん入りの松本屋の袋へと伸びているのは例に漏れず無意識のことなのだろう。

 

「……とにかく、一度理子と接触する必要がありそうだな」

「……その峰さんのことだけど。今夜7時、ロンドン武偵高の依頼を受けに羽田発のチャーター便でロンドンに渡る模様。その依頼もつい3時間前に受けているみたい……」

「ッ!? 随分と急だな……」

「ただの偶然とは思えませんね。先ほどは峰さんが濡れ衣を着せられている可能性を示唆してみましたが、実の所その可能性はあまり高くはありません。峰さんが武偵殺し本人なのか、多かれ少なかれ武偵殺しの一件に関与している関係者なのかは定かではありませんが、全くの無関係ということはさすがにないでしょう」

「……そうか」

 

 キンジは武藤の調べあげた情報を元に淡々と現時点で推測できる事柄を述べるアリアから視線を放し、ベランダの方へと歩を進める。夕日が差し込むベランダの元へとゆっくりと歩き出す。キンジの脳裏をよぎるのは武偵高入学当初に同じクラスとなった理子の姿。

 

『ボ、ボボボボボクは峰理子とい、言います。よ、よろしくお願いしましゅ! ……あ、あああの、えと、その、ぅぅうううあああああ! 生まれてきてごめんなさあああああああい!』

 

 一年前。東京武偵高校入学後の自己紹介の際、どうにか自己紹介を済ませようとしたものの思いっきり噛んでしまい、さらにクラスメイトの好奇の視線に耐えきれずに全速力で逃亡した理子。武偵高入学当初から異様にビビりだった理子は様々な場面でその怯え具合を奈何なく発揮してきた。特に対人関係においてそのビビり具合は常軌を逸したものがあった。尤も、当の本人はそんな特性を発揮したくてしてきたわけではないのだろうが。そんな理子と俺とがある程度とはいえ仲良くなれたのは今にして思えば奇跡にしか思えない。

 

 でも。それが、全部ウソだっていうのか? 今まで見てきた理子は全て理子の取りつけた頑丈な仮面だったっていうのか? 本当の理子はビビりなんかじゃない、全く別の性格をしているというのか?

 

「……理子。お前が本当に武偵殺しなのか?」

 

 キンジは虚空を見つめながら誰に尋ねるでもなく問いかける。信じたくないものを無理に信じようとしているのが窓に薄く映った苦悶の表情からよくわかる。キンジの後ろ姿をアリアは複雑そうに、武藤はただ無言で見つめていた。

 




キンジ→原作以上に理子との親交がある熱血キャラ。
アリア→割と綺麗好き。何事もまず型から入ろうとするタイプ。家では大抵髪型をツインテールから変えている。今回の件で武藤からちょっと距離を置こうと決心した子。
武藤→キンジに解析を依頼された機械音声を3日で解析し終えるレベルのスペックを持っている。怒らせると後が恐い人。中空知さんとは割と仲良し。
不知火→武藤の謀略で中空知さんの実験台とされた憐れな不良さん。強く生きてほしい。
中空知→尋問科(ダギュラ)Sランク武偵。男性に対する苦手意識を色々とこじらせたのが『中空知さん・改』誕生の発端。しかし武藤とは割と仲良し。声を発するだけで人を怯えさせる術を知っている。尋問の際、「はい、ワンモアプリーズ?」を多用する。何をワンモアするかは禁則事項。知らない方が身のためなのは確実。

 というわけで、今回は『ビビりこりん、正体を暴かれる!? の巻』でした。そして。舞台は原作一巻クライマックス、飛行機上へと移行する……かもしれません。

 でもって今回、ついに尋問科Sランク武偵の中空知さんが音声のみで登場してしまいました。音声だけのはずなのに自分で書いてて「何この子? マジ怖い」って思ってしまいましたね。ええ(ガクガクブルブル)。


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12.怖がり理子と電話相手


??「我のターンだ」

 ……というわけで、どうも。ふぁもにかです。前回、あとがきにて『次回は飛行機上に舞台が移るよ!』的なことを書きましたが……あれ嘘です。ごめんなさい。飛行機へと場面が移るのは今回の話を含めて2話後のことになりそうです。

 でもって、今回はサブタイトルからわかる通り、主人公キンジくん不在の緊急事態回です。ビビりこりん主体です。あれ? 前にもこんなのなかった? といった疑問は華麗にスルーしてくれると助かります。『熱血キンジと冷静アリア』連載一か月記念とでも思っててくれると非常に助かります。そして。今回は原作一巻で登場しないはずの性格改変キャラが思いっきり登場します。個人的にこの作品内の改変キャラの中で屈指のお気に入りキャラですね、この子。書いててすっごく楽しいですし。



 

 一応車輌科(ロジ)所属の武藤による機械音声の解析から『理子=武偵殺しの真犯人説』がキンジたちの間で持ち上がっていた、まさに同時刻。

 

「――ひぅッ!?」

『ん?』

 

 とある西日の差し込む高級ホテルの一室にて。ふかふかベッドにペタンと腰を下ろしていた下着姿の理子は突如体中を駆け巡る悪寒にブルリと体を震わせる。理子は背筋に氷を差し込まれたような感覚に思わず文字通り飛び上がる。すると。ふかふかベッドは思いっきり飛び上がった理子の体を着地の際にトランポリンの如く跳ね上げ、ベッドの有効範囲外にポーンと跳ね飛ばした。

 

 「へ?」とふかふかベッドの思わぬ反動に空中で情けない声を上げた理子はそのまま部屋の床に敷かれたカーペットに顔面から見事に激突。思わず「へぶッ!?」と乙女らしからぬ声を盛大に上げた。続いて、理子の頭に追い打ちと言わんばかりに携帯ストラップを大量に取りつけたデコレーション過多の水色携帯が確かな重量を伴ってグサッと突き刺さった。泣きっ面に蜂とはこのことか。

 

「~~~ッ!!」

『い、いきなりどうしたのだリコリーヌ!? 何があった!? 敵襲か!? 敵襲なのか!? 敵襲なんだな!? 大丈夫か!? 怪我はないか!?』

 

 いきなり理子が押し殺したかのような悲鳴を上げたことで電話先の相手は理子の身に緊急事態が発生したと判断したのか、理子の安否をしきりに尋ねてくる。口調から慌てふためいている様子がよくわかる。それだけ理子のことを大切に思っているのだろう。尤も、その人物はなぜか理子のことを『リコリーヌ』と巻き舌を駆使して呼んでいるのだが。

 

『くそぅ、誰だ!? 誰がリコリーヌを襲うような小癪な真似を!? まさか機関のエージェントか!? ちぃっ。奴らめ……こうなれば我の聖剣、デュナミス・ライド・アフェンボロス・クライダ・ヴォルテール、略してデュランダルの錆に――』

「あ、い、いや、違うよ! 敵襲になんて遭ってないから! 今なんか少し悪寒がしてね。ちょっと顔から床に落ちただけたから。大丈夫、大丈夫……多分きっとおそらくメイビー」

『……それは大丈夫と言えるのか?』

「う、うん。そんなに痛くないし。きっと大丈夫。うん。心配しないで。いつものことだから」

『……なら構わないが』

 

 理子は顔面から床に激突したことによる激痛にたまらず顔に両手を当てて転げまわる。傍から見たら「目がぁ、目がぁぁあああ!」と悶絶しているように見える体勢で理子が床に倒れている間にも、電話先の人物は理子が敵襲に遭ったと断定しドンドンと誤解を加速させていく。ガシャリと電話先の相手が西洋剣――本人曰く、聖剣:デュナミス・ライド・アフェン(以下略)――を握った音でハッと我に返った理子は床に転がる装飾だらけの携帯に飛びつき、電話先の相手の抱いた誤解を解きにかかった。

 

 理子の釈明に電話先の相手は怪訝そうな声を上げるも理子がもう一度肯定するとあっさりと一歩引いた。どうやら電話相手は深く理子を追及しない方針に切り替えたようだ。理子は相手の心遣いに内心で感謝の気持ちを存分に顕わにした。

 

「え、えっとさ、ジャンヌちゃん……私、大丈夫かなぁ? ヘマとかしちゃってないよね? 遠山くんたちに正体バレたりとかしてないよね? 私上手くやれてるよね!?」

『案ずるなリコリーヌ。貴様は我が認めた盟友、リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドだ。貴様の実力ならば遠山麓公キンジルバーナードや神崎ヶ原・H・アリアドゥーネはもとより、平和な島国で育った武偵高の有象無象など造作もあるまい。もっと胸を張って自信を持つといい、リコリーヌ。貴様に足りないのは己の卓逸した能力を正当に評価する心持ちなのだからな』

「そ、そうだね。そうだよね」

 

 理子は携帯を肩と耳で挟みつつ、常備している救急セットから絆創膏を取り出し擦りむいた鼻に貼りつける。一連の動作が手慣れていることから、今回のようなことは理子にとって別段珍しいことではないらしい。もちろん、絆創膏の前の消毒液も忘れていない。

 

 顔面を強打した痛みが相重なってか、弱気になって訪ねてくる理子にジャンヌと呼ばれた電話先の少女は理子の不安を払拭しようと言葉を重ねる。理子が反論を挟むことのできない、しかしそれでいて理子が聞き取りやすい速さで理子を勇気づける言葉を紡ぐ。

 

 理子はジャンヌの放つ一言一言が確かな温かみとともに胸にストンと収まっていく感覚を感じていた。自身の弱々しい心と徐々に調和していく感覚を味わっていた。いくら自分で自身の力を信じようとしても不安は消えるどころか無駄に膨れ上がってしまう。信じ込めば信じ込むほど不安が加速度的に膨張してしまう。

 

 でも。ジャンヌから自身の実力に対してお墨付きをもらうと、なぜだかそれが紛れもない事実に思えて心底安心できるのだ。これから自らの人生を大きく左右する正念場を控える理子にとって、ジャンヌの激励はどんなお守りを持っているよりも心強かった。今の自分なら何でもできるような気さえしてきた。

 

 理子は心から「ありがとね、ジャンヌちゃん」とお礼の言葉を口にする。眼前にジャンヌがいないにも関わらず無意識に頭をペコペコと下げながら。もはや条件反射のレベルである。しかし。ジャンヌはどういう心算か、理子の感謝の気持ちにただ沈黙を返してきた。

 

「ジャ、ジャンヌちゃん?」

『……はぁ。やれやれ、リコリーヌ。貴様は何度言えばわかるのだ?』

「へ? え?」

 

 「全く、貴様という奴は……」と言わんばかりのジャンヌの呆れ混じりの嘆息に理子は困惑する。何かジャンヌにため息を吐かせるような言葉を言ってしまったのだろうか。何かジャンヌの地雷を踏むような真似をしてしまっただろうか。ジャンヌに嫌われたくない一心で自身の発言内容を振り返ってみるも、理子には何がジャンヌの気に障ったのか全く見当もつかなかった。

 

『我はジャンヌなどという名ではない。我の真名は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)。ジャンヌ・ダルク30世は所詮世を忍ぶ仮の名だ。前世より魂で繋がりし我とリコリーヌとの間柄でそのような偽名を使う必要はあるまい』

「う、うん。そうだね、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん(そうだった。ジャンヌちゃんのことは銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃんって呼ばないといけないんだった。というか、そろそろボクのことリコリーヌって呼ぶの止めてほしんだけど、でもジャンヌちゃんだからなぁ。絶対理子って呼んでくれないんだろうなぁ。はぁ……)」

 

 どうやらジャンヌは理子に真名で呼んでもらえなかったことがお気に召さなかったらしい。若干悦に浸った流暢な声色で自身を銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)と呼ぶよう主張してくる。言葉の一つ一つがやけに芝居がかっているジャンヌを前に理子は内心で深く深くため息を吐いた。余談だが、ジャンヌは『峰理子リュパン4世』の名は理子が語る仮の名で真名は『リコリーヌ・ヴィ・ガルランディ(以下省略)』だと信じて疑っていない。

 

「ところでさ、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん?」

『うぬ? 何だリコリーヌ? 何かこの世の理から外れたものでも察知したか?』

「ええと、そうじゃないんだけど……(ジャンヌ・ダルク30世って名前、世を忍ぶどころか逆に凄く目立ってるように感じるのはボクの気のせいなのかな?)」

『リコリーヌ?』

「……ううん。何でもない」

 

 理子は喉まで出かかった疑問の声をどうにか呑みこんで首を振る。なぜだか不明だが、そのことをジャンヌに指摘してはいけないと理子のビビりな本能がしきりに警鐘を鳴らしてきたのだ。今までこの方、自身の直感に従って失敗したことは一度もない。理子は己の感覚を従い疑問を墓場まで持っていくことにした。

 

「えっと。それじゃあね、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん」

『ああ。武運を祈る。我もあの方のお告げ通りになるよう手はずを整えておく。豪華客船、アルザイル・フェンボルス・ベラルージュ・リーザス・ルキオス号、略してアンベリール号に乗った気分でいるといい』

「その豪華客船、ボク沈没させちゃったんだけど……」

「む? そうだったか?」

「うん。でも、手伝ってくれてありがと。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん。ホントに助かるよ」

『礼には及ばんよ。ではな、リコリーヌ。貴様に女神の祝福があらんことを願っている』

 

 ジャンヌのその言葉を最後に二人の携帯越しの会話は終わった。理子はジャンヌによってブツリと切られた携帯をジッと見つめる。ジャンヌ・ダルク30世。一風変わった、けれどとても頼りになる友達の激励&助力を得た理子は胸の前で両手でギュッと拳を握る。

 

「……よし。ボクも頑張らないとね」

 

 理子はうんと一つ頷くと、トテトテとホテルのクローゼットへと向かい両手で取っ手を掴んでおもむろに開け放つ。そして。中から黒を基調にした洋服を取り出す。理子の手には自身が独自ルートで入手したキャビンアテンダントの制服一式が握られていた。

 

 ちなみに。クローゼットを開ける際、キィィと扉が少々音を立てたことにビクリと反応し「ひゃう!?」などと声を上げてしまったことは理子だけの秘密だ。

 




理子→ジャンヌに依存傾向のあるビビりさん。一応ジャンヌが名付けてくれた『リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッド』の名前を覚えている。名乗ろうと思えばきちんと名乗れる。
ジャンヌ→中二病重篤患者。中二病Sランク。やけに長い名前をつけたがる。ラ行入りの言葉には巻き舌を使う。理子の実力を存分に評価している。また、理子相手ならレズになってもいいと思えるほどに理子に好意を抱いている。

 というわけで、中二病なジャンヌさんが登場しました。早く中二病ジャンヌさんとダメダメユッキーとを戦わせてみたいですね。……けど、ユッキー、全然戦ってくれない気がしますね。むしろジャンヌさんの一撃で死んだふりとかしそうです。


 ~おまけ 次回予告(緋弾のアリア・アニメ版風)~

アリア「ここまで長い道のりでしたね、キンジ」
キンジ「アリア? どうしたんだ、いきなり? そんな畏まって」
アリア「チャリジャックに始まりバスジャック、バイクジャックにカージャック、フェリージャックにタクシージャック、トレインジャックにハウスジャック、トラックジャックに観覧車ジャック、ゴンドラジャックにヘリジャック、一輪車ジャックにお馬さんジャック、ベビーカージャックにジェットコースタージャック、ブタさんジャックに牛さんジャック、ウサギさんジャックにカメさんジャック。三輪車ジャックにレオぽんジャック。幾多の困難な道のりを互いを信頼して共に乗り越えてきた私たち二人はついに、ついに! 武偵殺しの真犯人へと繋がる重要人物:峰さんと接触するために動き始めます!」
キンジ「んなたくさん乗り越えてきたか? つーか、途中からジャックする対象おかしくなってる気が……」
アリア「次回、『熱血キンジと宣戦布告』。見ないと風穴開けますよ?」

 ……せめておまけだけでもキンジくん&アリアさんを出してあげたかった。ただそれだけ。


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13.熱血キンジと宣戦布告


 どうも。ふぁもにかです。前回の次回予告でりこりんと接触しに羽田空港に行くぜ的な感じの宣言をアリアさんにさせましたが、まだ動き出しません。飛行機上に舞台が移るのは次回のことです。あと今回は文字数ちょっとだけ少ないです。その代わりと言っては何ですがあとがきの文字量が結構多いです。あとがきの方に色々とネタが詰まっています。あとがき1400字もあります。……何かごめんなさい。

 それはそうと。ここ、ハーメルンについに挿絵機能が付きましたね。やりましたね。これで画才と文才を兼ね備えた天に二物を与えられし素晴らしい作家さんたちの活躍が期待できますね。これからのハーメルンライフが非常に楽しみです。……まっ、棒人間レベルの絵しか描けない私には関係のない話ですけど。



 

 武藤から『理子=武偵殺しの真犯人説』を有力なものとする機械音声の解析結果を得たキンジとアリア。羽田空港の午後7時のロンドン行き飛行機――ANA600便――の離陸まであまり時間がないことから二人が急いで準備を始めようとした時、まるでタイミングを見計らっていたかのようにアリアの携帯に電話がかかってきた。アリアの赤色携帯が初期設定そのままの無機質な着信音を淡々と奏でる。

 

「ッ。非通知、ですか……」

「非通知?」

「はい。とりあえず、出てみます」

 

 非通知からの電話。タイミングがタイミングなだけに自然とアリアは警戒心を募らせる。しかし。何か重要な連絡である可能性が捨てきれない以上、アリアに電話に出ないという選択肢はない。アリアは一つ息を吐くと不審そうな視線を向けるキンジと武藤をよそに携帯を耳にあてがった。

 

「……もしもし」

『神崎ヶ原・H・アリアド――って違う違う。えー、ゴホン。神崎・H・アリアで、やがりますカ?』

「ッ! この声、武偵殺し!?」

「なッ!?」「――ッ!?」

『ご名答、でやがりマス。神崎・H・アリア』

 

 電話越しに聞こえてきた機械音声にアリアは驚愕を声に出す。まさか武偵殺しの真犯人の方から電話が掛かるとはつゆにも思っていなかったキンジ、アリア、武藤の3人は驚きを隠せない。対する電話先の相手は何とも得意げな機械音声を返してきた。今にも携帯電話片手にニタァと口角を吊り上げていそうな機械音声だった。

 

「わざわざ私に連絡を取ってくるとは……一体何のつもりですか?」

『簡単な話で、やがりマス。今夜7時、ロンドン行きANA600便は我……じゃない。私の手によってハイジャックされ、やがりマス。もし貴様がANA600便に乗り、やがれば特別に相手して、やがりまショウ』

「「「ッ!?」」」

『パートナーがい、やがるのであれば同行を許可し、やがりマス。パートナーがいなくとも同行者は一人までなら以下同文で、やがりマス。ただし仲間を二人以上連れて来、やがれば別の旅客機を即座に爆破し、やがりマス。賢明な判断を心より期待し、やがりマス』

「「「……」」」

 

 三人は電話先の相手の言葉を一言一句漏らさないよう声を殺して耳を傾ける。アリアへの犯行予告及び挑戦状を決して聞き漏らすことのないように声を殺す。

 

『では。これにて失礼し、やがり――』

「待ってください、武偵殺し! 1つ、聞きたいことが――」

『拒否し、やがりマス。私は何一つ答える気はあり、やがりまセン。聞きたいことがあ、りやがるのであればANA600便、午後7時発、ロンドン行きのチャーター便にずべこべ言わずにとっとと乗り、やがれデス』

 

 伝えたいことだけを一方的に伝えて電話を切ろうとする武偵殺しにアリアは咄嗟に待ったの声を上げる。聞きたいことはもちろん、武偵殺しと理子との関係性だ。しかし。電話先の機械音声はアリアの問いに取り合うつもりは微塵もないらしい。アリアの言葉を早々に打ち切り、有無も言わさず言葉を重ねてくる。

 

『あァ。もちろん、尻尾巻いて逃げだし、やがるのもアリで、やがりマス。敵地に乗り込まず、戦略的撤退を選ぶことは恥ではあり、やがりまセン。彼我の圧倒的な実力差を前に涙を呑んで戦闘を回避し、やがることもまた勇気で、やがりマス。……で、神崎・H・アリア。貴様の答えは何で、やがりマスカ? 無理を承知で私に挑んで命を散らし、やがりマスカ? 命を惜しんで泣き寝入りし、やがりマスカ?』

「……上等です」

『?』

「私に直々に宣戦布告したこと、死ぬほど後悔させてみせやがりますヨ。首を洗って待ちやがなサイ! 武偵殺しッ!!」

 

 嘲笑の念を存分に含んだ挑発的な機械音声を前に、アリアはフッと電話先の相手を見下すように鼻を鳴らすと強気の姿勢に打って出る。怒りの感情を隠すことなく通話口に向けて声を荒らげる。口調が武偵殺しのものへとしっかり移ってしまっている辺り、アリアは相当ご立腹のようだ。

 

 ただでさえ自分の母親に濡れ衣を着せてきたにっくき武偵殺し相手にコケにされたのが許せなかったのだろう。格下だと見られていることに我慢ならなかったのだろう。むしろ今まで怒りに我を失わなかっただけよく頑張ったと言えよう。

 

『クククッ。良い返事でやがりますネェ。威勢がいいのは結構なことで、やがりマス。楽しみにして、やがりマスヨ』

 

 現在進行形で沸々と怒りゲージが溜まっているアリアの答えに満足したのか、武偵殺しは愉快そうに言葉を紡ぐ。電話先の武偵殺しが悦に入っているであろう様子が目に浮かぶようだ。かくして。武偵殺しの喜色混じりの声を最後にブツリと電話が切られた。

 

「キンジ。私は――」

「一人で行くなんて言うなよ。俺も行くぞ。何たって俺はアリアのパートナーだからな。それに敵も一人で相手してやるとは言っていないし、そもそも武偵殺しが単独犯とは限らない。何より今の機械音声には理子のキョドキョドした感じがなかった」

 

 沈黙がキンジの部屋を包む中。キンジは今にも単独で武偵殺しに挑む覚悟を決めてしまいそうなアリアの肩を掴んで一旦動きを止める。真紅の瞳に憤怒の炎をメラメラと燃やすアリアが怒りの赴くままに独断専行でANA600便に乗り込むことのないように言葉を畳みかける。

 

 キンジには武偵殺しのあのあらかさまな物言いはアリアが単独でANA600便に乗り込むよう仕向けているように思えて仕方なかった。武偵殺しにとって神崎・H・アリアは自身が罪を着せた神崎かなえの娘であり、同時にチャリジャックにバスジャックと二度も自身の犯行を妨害してきたSランク武偵だ。そろそろアリアを邪魔だと思っても何ら不思議じゃない。そもそもそういった理由でもないと武偵殺しがわざわざアリアに犯行予告の電話を掛けてくる思惑がわからない。

 

「……確かに。言われてみればそうですね。失念していました。では、キンジ。一緒に行きましょう。行き先は羽田空港。午後7時にロンドンへ向けて飛び立つANA600便です」

「あぁ。二人で武偵殺しを逮捕するぞ」

 

 キンジの意見を受けて考え直したのか、アリアはフルフルと怒りの念を振り払うように首を振りフゥーと大きく息を吐く。それでも沸々と煮えたぎる怒りが収まらないのか、赤色携帯を握りつぶさん限りにギュッと握りしめているが、怒りで判断力を失うほどではない。これでひとまずアリアは大丈夫そうだな。キンジは武偵殺しの思うつぼとならなかったことに安堵の息を吐いた。

 

「……キンジ。峰さんのことは……?」

「今は黙っててくれないか、武藤? まだ理子が完全に武偵殺しだって決まったわけじゃないからな。変に混乱させるのはマズいだろ」

「……ん。わかった……」

 

 バスジャックの件みたいにそこまで深刻な被害なしに解決できればいいんだがな。キンジがどこか遠い目でそんなことを考えていると、武藤がキンジに判断を仰いできた。つい先ほど機械音声の解析結果を話す際に他言無用だとキンジとアリアに前置きしていた武藤だったが、大方さすがに状況が急転したことで自身の持つ情報を公開すべきか否か迷っている。そんな所か。

 

 しかし。武偵殺しの正体がまさかの武偵、それも白雪ほどではないがそれなりに武偵高内で人気の高い理子だったとなれば、事実を知った者たちの衝撃は計り知れないものとなるのは確実だ。それに。まだ理子が武偵殺しの起こした一連の事件の主犯だと現時点では断定できていない。世の中には知らぬが仏という言葉がある。無闇に『理子=武偵殺しの真犯人説』を広める必要はないだろう。

 

「……キンジ、神崎さん……」

「どうした、武藤?」

「……二人とも、気をつけて……」

 

 拳銃にバタフライナイフといったお馴染みの武器一式を装備したキンジ。双剣双銃(カドラ)としての装備一式を整えたアリア。いざ行かん、羽田空港へといった感じで玄関へと向かう二人を武藤が背後から呼び止めてくる。心配そうに二人を見つめる武藤の言葉に二人はピッタリ同じタイミングで一つ頷いた。そして。二人は外へと駆け出した。決戦の時は、近い。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「クククッ。上手く乗ってくれたようだな。まぁ、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たる我にかかればこの程度、造作もない」

 

 某所にて。アリアとの電話での接触を終えたジャンヌは心底愉快そうな声を漏らす。あらかじめキンジの部屋に小型カメラを仕掛けていたジャンヌはキンジとアリアが部屋を飛び出し自分の望んだ通りに羽田空港に向かっていったことにニヤリと笑みを深くする。

 

「さて。お膳立てはしたぞ、リコリーヌ。後はお前次第だ。我はこれから星伽ノ浜(ほとぎのはま)白雪奈(しらゆきな)をイ・ウーに誘か……歓迎する準備をしなければならないから協力はできないが……存分に暴れるといい。リコリーヌの力をしかと見せつけるといい。何せ、勝利の女神は我らに微笑んでいるのだからな。フフフッ、ハァーハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

 ジャンヌはこの場にいない理子へ向けて言葉を連ねる。そして。愉悦に満ちた気持ちを抑えきれなかったのか、某所――静かな雰囲気が売りの東京のとあるネットカフェ――に銀髪の眼鏡美少女:ジャンヌの高笑いが響き渡った。

 

「申し訳ございません、お客様。他のお客様のご迷惑となられますので当店で電話をお掛けになったり大声を出されたりするのはちょっと――」

「ん? あぁ。すまない。つい隔離結界を張り忘れていた。我としたことが、少々配慮が足らなかったな。以後気をつける(バカな!? いつの間に我の背後に――!? まさか、こいつ……超能力者(ステルス)か!?)

 

 ――が。高笑いしていた場所がネットカフェ内だったこともあり、すぐさま店員に注意されて内心で驚愕を顕わにする策士の一族、ジャンヌであった。何とも締まらないイ・ウー構成員である。

 

 ちなみに。キンジたちが既に『理子=武偵殺しの真犯人説』に辿り着いており、特にジャンヌが理子に代わって武偵殺しになりすまして挑発行為を行わなくてもキンジとアリアがANA600便に向かっていたであろうことをジャンヌは知らない。

 




キンジ→ついに武偵殺しの待ち受ける飛行機に乗り込むこととなった熱血キャラ。
アリア→ジャンヌ扮する武偵殺しの挑戦状にやる気と怒りを沸々と煮えたぎらせている子。
武藤→武偵殺しに関する事態が急変したことに内心でちょっとだけ動揺している男。
ジャンヌ→ハイジャック準備に専念する理子の代わりにノリノリで武偵殺しを演じていた中二病重篤患者。ネットカフェ(主にフラット席)に入り浸っている。

 ~おまけ(その1)~
ふぁもにか「次回。怒り狂った『修羅・サヴァン・シンドローム』通称SSSを発現させたアリアさんが勢いあまってビビりこりん殺戮!? キンジ、ビビりこりんをこっそり埋葬するの巻(キリッ)」
理子「…………え? ちょっ、待っ、エッ、ボボボボク死ぬの!? 死んじゃうの!? ねえ!? 答えてよ、ねえッ!?(←ふぁもにかの胸ぐら掴んでガンガン揺らすビビりこりん)」
キンジ「落ち着け理子。お前が死ぬようなことはないさ(←ポンと理子の肩に手を置きつつ)」
理子「ホ、ホホ、ホントに?(ウルウル)」
キンジ「……多分きっとおそらくメイビー(←目を逸らすキンジ)」
理子「うわああああああああああああん!!(理子は逃げ出した!)」
アリア「見つけましたよ? 武偵殺し? さっきはよくも散々コケにしてくれましたね?(残念! 修羅を纏いしアリアからは逃げられない!)」
理子「うぁ、ぁ……(ブルブル)」
アリア「さぁ。風穴の時間ですよ。峰さん(ニタァ)」
――この後の展開は皆さんの類まれなる妄想力にお任せします。とりあえず……強く生きろ、ビビりこりん。

 ~おまけ(その2:没ネタ)~
店員「申し訳ございません、お客様。他のお客様のご迷惑となられますので当店で電話をお掛けになったり大声を出されたりするのはちょっと――」
ジャンヌ「ん? あぁ。すまない。つい隔離結界を張り忘れていた。我としたことが、少々配慮が足らなかったな。以後気をつける(バカな!? いつの間に我の背後に――!? まさか、こいつ……超能力者(ステルス)か!?)」
店員(?)「……クククッ。良い表情(かお)だ。なぜこのオレがテメエの背後(バック)を取れたのか不思議(ストレンジ)で仕方がない、って顔(フェイス)をしてるなぁ」
ジャンヌ「ッ!? 貴様、何者だ!?」
店員(?)「おいおい、忘れたのかぁ? オレだよオレ(ビリビリィ! ←顔のマスクを破く音)」
ジャンヌ「なッ!? 貴様はあの時の!? なぜ生きている!? 貴様は確かに我が聖剣、デュナミス・ライド・アフェンボロス・クライダ・ヴォルテール、略してデュランダルで息の根を止めたはず――」
店員(?)「あれは偽者(フェイク)だ。オレの超能力(ステルス)はテメエもよく知ってるだろう?」
ジャンヌ「ちッ、万物創造(クリエーション)か」
店員(?)「そういうことだ。さて、『銀氷(ダイヤモンドダスト)の魔女(ウィッチ)』。テメエは今オレに背後(バック)を取られている。この意味(ミーニング)、わかるよな?(ニタァ)」
ジャンヌ「……何が目的だ?(苦々しげに)」
店員(?)「何、取引(トレード)がしたいだけさ。テメエにとってもこれは悪い話じゃねえはずだ(ニヤニヤ)」
ジャンヌ「――。――」
店員(?)「――。――、――」
ジャンヌ「――!? ――」
他の客&店員((((いつまでやってんだこいつら……))))

 ……何でしょう。何かおまけの方が本編より遥かに盛り上がってる気がしますね。ええ。
 結論:中二病重篤患者同士を出会わせること勿れ。中二病重篤患者は極力孤立させるべし。


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14.熱血キンジと鉢合わせ


 どうも。ふぁもにかです。ついに今回から飛行機回ですね。ようやく原作一巻クライマックスへと突入します。ええ。ようやくです。ちなみに。熱血キンジと冷静アリア12話の『怖がり理子と電話相手』の『神崎ヶ原・H・アリアドーネ』を『神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ』にちゃっかり変更しました。うん。何てどうでもいい修正報告。この修正報告の裏に『カツ・ドゥーン』の存在がチラついているとは誰も思うまい。

 さて。ここで皆さんにとっても私にとっても非常に残念極まりないお知らせなのですが、ここ最近私のリアルの生活(主に大学の課題関連)の方が加速度的に忙しくなってきたので、ここしばらく何だかんだで続けてきた『3日に1話更新』ができなくなりそうです。真の意味で不定期更新になりそうです。ごめんなさい。まぁ、エタる気は全くないのでその辺は安心していてください。豪華客船、アルザイル・フェンボルス・ベラルージュ・リーザス・ルキオス号、略してアンベリール号にでも乗った気分で待ってやってください。



 

「アリア。気をつけろよ。ここはもう武偵殺しの腹の中なんだからな」

「キンジこそ。わかっているとは思いますが、くれぐれも警戒を怠らないようにしてください」

 

 途中、幾度か立ち塞がった航空関係者に武偵証を見せつけてどうにか時間ギリギリでANA600便に乗り込んだキンジとアリア。飛行機が飛び立つを止めることができず、離陸の間、空いている部屋の座席でシートベルトを締めて待機していた二人は今現在、理子を捜しに機内を慎重に探索している。もちろん、通行路にはまばらながら一般人の目があるので公然と拳銃を構えるような真似はしない。無意味に乗客たちに不安や恐怖を与える必要もメリットもないからだ。 

 

「――ひぅ!?」

 

 キンジとアリアは理子を捜索する。乗客として理子に割り当てられた客室には既にいなかった理子の行方を捜す。と、その時。ANA600便の周辺で雷鳴が轟いた。一瞬稲光が飛行機内を白く照らし、直後に大気をつんざく鋭い爆音が響き渡る。すると。アリアはキンジの前方で何とも可愛らしい悲鳴とともにビクリと体を震わせた。

 

「……アリア。お前、もしかして雷が怖いのか?」

 

 キンジは体をプルプルと小刻みに震わせているアリアに問いかける。別にわざわざ問いかけなくともアリアが雷嫌いなのは今の反応から一目瞭然だ。それでもキンジがアリアに尋ねるのは単にイタズラ心だ。以前、アリアをアーちゃん呼ばわりした時の心境によく似ている。尤も、未だに先の武偵殺しの物言いに対して怒りの矛を収めきれておらず、殺気立っているアリアの感情を本格的に鎮めようとする意図もあるのだが。アリアが冷静さを欠いたままで武偵殺しとの戦闘に突入すれば、どうなるかなんてわかったものではないのだから。

 

「な、何の話ですか、キンジ? 言いがかりは止め――きゃう!?」

 

 対するアリアは顔を青くしながらも上ずった震え声でどうにか雷嫌いを誤魔化そうとする。しかし。続けて轟いた雷鳴二連続に今度は弾かれたようにしゃがみ込んだ。アリアはそのまま両腕で自身の小柄な体を抱きしめるとガクガクブルブルといった擬態語が似合いそうな感じで震え始めた。今まさに捜している理子を彷彿とさせる怖がりっぷりだ。身を丸めてガタガタ震えるアリア。ジィーとアリアを見下ろすキンジ。二人の間を何とも言えない沈黙が支配する。

 

「アリア」

「……皆まで言わないでください、キンジ。自分で自分が情けなく感じられてしまうので」

 

 もう言い逃れはできないと悟ったのだろう、両手に両膝をつきうなだれるアリアの声は明らかに沈んでいた。これから武偵殺しと戦う可能性が非常に高い状況下にも関わらず、ズーンといった効果音を伴った負のオーラを纏っていた。orz状態になっていた。

 

「ま、まぁ、何だ。誰だって苦手なモノの1つや2つぐらいあるって。俺も実は蜘蛛とか苦手なんだよ。だから、さ。気に病むことじゃないさ、アリア」

「……そう言ってくれると凄く助かります」

 

 今のアリアは例え武偵殺しを前にしても怒りに我を失うことはないだろう。だが。これはこれで戦闘に支障が発生する。キンジが慌ててアリアにフォローの言葉を掛けると、暗い雰囲気を幾分か払拭したアリアがおもむろに立ち上がる。どうやらキンジにも苦手なものがあると知ったことでどうにか立ち直ることができたようだ。尤も、キンジが苦手なのは蜘蛛は蜘蛛でもモ●ハン4の『ネルスキュラ』、別名『影蜘蛛(かげぐも)』なのだが。物は言いようとはまさにこのことか。

 

 アリアは「うぅぅ。こればっかりは昔からどうしてもダメなんですよね。どうしてなのでしょうか。雷が直撃するわけなんてないってわかってるのに……」とブツブツ呟きながらキンジの前方を歩く。顔が真っ赤に染まっていることから、よほど雷が怖いことがバレ、さらにキンジに励まされたのが今になって急に恥ずかしくなったのだろう。ついさっきまで怒りを感じていたかと思えば膝をついて落ち込み、今度は赤面する。忙しい奴だなぁと内心でアリアへの純粋な感想を抱きつつ、キンジはアリアの背中を追った。

 

「で、次はどこに向かおうか?」

「そうですね。ひとまずコックピットに向かいましょう。武偵殺しの犯行予告があったことを機長たちに伝えておいた方が後々何かと都合がいいでしょう。それに。武偵殺しも本気でこの便をハイジャックする気ならまず真っ先に狙うのはコックピットでしょうし。理子が割り当てられた客室にいなかったことを考慮しても、これが最善の選択だと思います」

「確かに、それもそうだな。じゃあそれで行くか。コックピットの場所はわかるのか?」

「大丈夫です。これでもこのようなタイプの飛行機には何度か乗ったことがありますので。ついてきてください」

 

 Sランク武偵:神崎・H・アリアの見た目相応の弱点を目の当たりにした所でキンジが問いかけると、完全とはいかないものの平静を取り戻したアリアは周囲に最大限警戒を払いつつ、操縦室行きを提案してきた。このいかにもセレブ御用達感の漂う飛行機への搭乗経験があることや、以前のアリアの「……いくらですか? こう見えて私、結構持ってますよ?」発言からしてアリアの家は裕福なのかもしれない。そんなことを想起しつつ、キンジはアリアの提案に即座に了承の意を伝えた。

 

 キンジは主に自身の背後に目を配りながら、アリア先導の元でコックピットへと向かう。役割分担としてはアリアが前方、キンジが後方を警戒するといった具合だ。その他の想定外の襲撃に関しては臨機応変に対応することになっている。

 

 数分後。コックピットまであと扉一枚といった所まで到着した所で、キンジとアリアは拳銃に手を当てる。ここまで来ればさすがに乗客はいない。コックピットに用事のある乗客なんて余程のことがない限りはいないと言っていい。二人はコックピットで武偵殺しが待ち受けている可能性を加味して拳銃を取り出す。今の二人を第三者目線から見れば今まさにハイジャックを目論む危ない二人組に見えたことだろう。偶然にも周辺にキャビンアテンダントの姿がないことに二人は内心で感謝しつつ、扉へと慎重に進んでいった。

 

 そして。キンジはコックピットへ繋がる扉へと手を掛けてアリアと視線を交わす。二人はともに一度うなずくと、キンジは扉をゆっくりと開けた。その先に、キンジとアリアの視界に見覚えのある金髪の人物の姿がはっきりと映った。

 

「「あ」」

「う?」

「「「……」」」

 

 キンジとアリアの視線の先。そこには機長と副機長らしき中年男性二名の首根っこを掴んでズルズルと重そうに引きずってコックピットの外へと持っていこうとするキャビンアテンダント姿の理子がいた。大の大人二人を移動させるのは中々骨の折れる作業なのか、今の理子は息切れ状態だ。理子が力を入れるのと連動して金髪ツインテールがゆらゆらとあちこちに揺れている。

 

 キンジとアリアは別の意味で想定外極まりない光景に無意識のうちに声を漏らす。二人の出した声に反応して顔を二人の方へと向けた理子もどこか呆けたような声を出す。まさかの状況での鉢合わせにキンジとアリアは思わず思考停止した。理子にとってもここで二人と会うのは予想の埒外だったのか、石像の如く見事に硬直している。痛いぐらいの沈黙がその場を包みこんでいく。世界からあらゆる色が失われたような、そんな錯覚さえ三人には感じられた。

 

「……決まりですね。大人しく投降しなさい! 武偵殺し、峰理子!」

「――わわッ!? ちょっ、神崎さん!? 待ッ――機長バリア!」

 

 どれだけ時間が経った後だろうか。ハッと我を取り戻し、『理子=武偵殺しの真犯人』だと断定したアリアは即座に二丁のガバメントを理子に向ける。いきなり銃を向けられた理子はビクッと肩を震わせつつも咄嗟に右手に持っていた機長を盾にする。一体理子に何をされたのか、白目を剥いている機長は全く動く気配がない。うめき声すら上げていない。返事がない。ただの屍のようだ。機長を人質とされたことでアリアはうかつに理子へと発砲できなくなってしまった。

 

「理子ッ!」

「ッ!? 副機長シールド!」

 

 アリアに一歩遅れてキンジも拳銃を向けるも理子はすかさず左手に持っていた副機長をも盾にしてくる。照明の光を反射することで現在進行形で頭が照り輝いている副機長も全く動く気配がない。呼吸をしているのか疑いたくなるほどにピクリともしない。返事がない。ただの屍のようだ。副機長をも人質にされたことでキンジも容易に理子を撃てなくなってしまった。

 

 様々な機械が所狭しと設置されているコックピットにて。それぞれ理子に拳銃を向けるキンジとアリア。操縦席を背に絶賛気絶中のパイロット二名を盾にする理子。何とシュール極まりない光景であろうか。

 

「え、えっとさ。遠山くん。神崎さん。とりあえず場所移さない? さすがに操縦室(ここ)で暴れるわけにはいかないでしょ?」

「……それもそうですね。どこかいい場所はありますか?」

「二階の客室でいいと思うよ? あそこ解放的だし。それに満室じゃないみたいだよ?」

「……はぁ。そんじゃあ、そこ行くか」

「……ですね」

 

 夢の世界へと旅立っている機長と副機長の顔の間からおっかなびっくりといった風にひょっこり顔を出した理子が依然として銃を理子に向けたままのキンジとアリアに提案を持ち掛けてくる。

 

 確かに理子とこの場で交戦してしまえば、流れ弾が操縦室の機材をぶち抜いてしまう可能性は大いにあり得る。例えここで機長&副機長を気絶させた理子を上手いこと捕らえることができたとしても、結果としてANA600便が墜落したのでは話にならない。理子の方もANA600便が墜落するなんて事態は避けたいのだろう。だったら。この理子からの提案を素直に受け入れることは双方にとって悪い話ではない。キンジは拳銃を下ろすと、ため息混じりに理子の提案に応じる旨を伝えた。アリアも同意見だったのか、キンジの言葉に同調した。

 

 かくして。どこか気の抜けた雰囲気の中、キンジ&アリアと理子との会合は二階の空いている客室にて仕切り直しとなった。

 




キンジ→蜘蛛(ネルスキュラ)に苦手意識を抱く熱血キャラ。モ●ハン(武藤から紹介されたものの一つ)はボチボチやっている。
アリア→原作通りの雷嫌い。一刻も早く克服しようと敢えて雷雨の日に外に出かけたりして頑張ってはいるものの、結局ダメなものはダメな子。キンジが蜘蛛(通常サイズ)嫌いだとしっかり誤解している。
理子→機長と副機長を盾として使用する辺り、意外と鬼畜なビビりさん。

 ビビりこりんがいると大抵のシリアスシーンは無効化されますね。笑いに変換されますね。ホント、ありがたい限りです。ええ。


 ~おまけ りこりんの装備(一部公開)~

・機長(属性:盾、短髪、ダンディ)
 重さは結構あるが、あらゆる攻撃から使用者を守ってくれる中々ありがたい盾1号。襟首を持つと比較的使いやすい。無属性。ただし使用回数制限アリ。何度か使うと血飛沫が舞うことも。使い切ったら死ぬ。消耗品。定期的に手入れをする必要がある。どこをとは言わない。

・副機長(属性:盾、ハゲ、ちょびヒゲ)
 重さは結構あるが、あらゆる攻撃から使用者を守ってくれる中々ありがたい盾2号。襟首を持つと比較的使いやすい。光属性。たまに相手の目潰しをかって出てくれることも。ただし使用回数制限アリ。何度か使うと血飛沫が舞うことも。使い切ったら死ぬ。消耗品。定期的に手入れをする必要がある。どこをとは言わない。


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15.熱血キンジと理子の思惑


 どうも。ふぁもにかです。今回の話は若干笑い要素控えめです。さらにあとがきが素晴らしくカオスなことになっています。深夜のテンションで執筆した影響で凄まじいことになっています。そろそろ私の頭をどっかで本格的に調べた方がいいような気がしてきましたよ。はい。

 とりあえず、今回は原作1巻との矛盾があまりにも酷くならないように頑張ってみましたが……さて、どうなることやら。登場人物たちの性格が既に矛盾じゃね? といった疑問は華麗にスルーしてくれると助かります。



 

「で、理子。お前が武偵殺しで間違いないんだな?」

「え、えと……うん。間違ってはいない」

 

 ANA600便内の客室にて。キンジとアリアが理子との邂逅を仕切り直した後、キンジが理子に確認を取ると、鼻に絆創膏をしている理子は曖昧に肯定した。キンジとアリアは拳銃をしっかりと握って黒を基調としたキャビンアテンダント姿の理子の一挙手一投足に注意を向けているのだが、ついさっきコックピットで繰り広げられた鉢合わせの影響で場を包む雰囲気はどこか緊張感に欠けている。どこかほわほわしている。武偵と犯罪者が向かい合っているにも関わらず、どこかほんわかとした緩やかな空気が流れている。

 

 ちなみに。先ほど理子が盾として使用した機長&副機長は理子の手によって隣の空いている客室のベッドにしっかりと寝かせてある。良い夢を見ていてほしいものだ。何を思ったのか、理子が機長と副機長を同じベッドに寝かしたように見えたのは気のせいだろう。というか、気のせいだ。気のせいに違いない。そう思い込まないと精神的にやってられない。薔薇の花を咲かす機長と副機長の姿を脳裏に浮かべてしまったキンジはブンブンと頭を左右に振って脳内映像(ボイス付き)を振り払った。

 

「……何とも気になる言い回しですね。それはどういう意味ですか?」

「ボクは人殺しなんて一度もやったことないよ。なのに噂が勝手に一人歩きしちゃったんだよね。人殺しなんて相手に祟られそうなこと進んでするワケないじゃん」

「デタラメ言うのは止めてくれませんか、峰さん? 実際に以前峰さんが仕掛けたバイクジャックとカージャックで死者は何人も出ていますよ?」

「ホ、ホントだって! 神崎さん! ボクがやったのはあくまで人材の引き抜きだよ。あの人のお眼鏡に叶った、将来思いっきり化けそうな、ポテンシャルを秘めてる武偵をイ・ウーに勧誘するのがボクの仕事なんだよ。だから、武偵殺しって言うよりは武偵攫いって言った方が正解かな? それともヘッドハンティング☆理子りん? あ、でも別に経営者を引き抜いてるワケじゃないから武偵ハンティング☆理子りん? 青田買い☆理子りん? んぅ~。……まぁ、その武偵を引き抜く際にその人を死んだことにしてるから武偵殺しって言われてもあながち間違いじゃないんだけどね」

 

 アリアが疑念を存分にこめた視線をぶつけると、理子はワタワタと両手を駆使したジェスチャーを多用しながら弁明の言葉を重ねる。アリアの人を射殺さんばかりの鋭い視線は武偵殺し:峰理子から情報を吐かせるのに効果テキメンだったようだ。アリアに向けて釈明をしていた理子は途中で武偵殺しに代わる、自身のことを正確に表現する言葉を探し始める。目を瞑り、腕を組み、首を傾げ、眉を潜めて、ブツブツとアイディアを次々と口に出していく。

 

 今なら簡単に理子を捕らえられるような気がしたキンジだったが、寸での所で踏みとどまることに成功した。理由としては武偵殺し:峰理子の実力を未だ把握しきれていない所にある。キンジには今の理子が一見隙だらけに見えて隙がないように感じられて仕方がないのだ。いや、敢えて自分から隙を作って誘い込もうとしているように思えるといった方が正解か。

 

 今は理子の意図を知る方が先決だ。理子が躊躇いなく色々と話しているうちにできるだけ多くの情報を入手した方が賢明だろう。今仕掛けるのは時期尚早だ。そう結論づけたキンジは慎重に言葉を選んで理子へと疑問を投げかけることにした。

 

「じゃあ理子。なんでわざわざアリアにハイジャックの予告なんかしたんだ? 挑戦状を突きつけるような真似したんだ?」

「それはね。ボクがボクだからだよ。ボクが本当の意味でボクになるために必要なことだからだよ、遠山くん」

「「?」」

「ボ、ボクの名前はね、峰理子リュピャいッ!?」

 

 理子は胸に手を当ててキンジとアリアにあたかも子供に言い聞かせるように動機を告げるも、理子の抽象的な言い回しに二人は揃って首を傾げる。理子は頭に疑問符を浮かべるキンジ&アリアを見やると、一度深呼吸をして核心に迫る一言を告げようとして――思いっきり舌を噛んだ。

 

「うぅ~。舌かんだぁ」

「あー。とりあえず落ち着け、理子。言いたいことがあるならゆっくりと言え」

「う、うん。ありがと、遠山くん」

 

 ただでさえほわほわしている場の空気がさらに何とも言えないゆるゆるしたものに変化する中、見ていられなくなったキンジが頬を掻きつつ理子に気遣いの言葉を掛けると、理子は弾かれたようにキンジにペコペコと頭を下げる。よほど舌を噛んだのが痛かったのだろう、理子は涙目になっている。とてもSランク武偵と武偵殺し間とのやり取りだとは思えない。実際、キンジと理子とのやり取りを前にアリアは「こんなのが武偵殺しだなんて……」と頭を抱えてうめいている。

 

「……コホン。ボクの名は峰理子リュパン四世。世紀の大怪盗、アリュセーリュ・リュピャンの正真正銘のひ孫だよ」

「……は?」

「……え?」

 

 目じりに滲んだ涙を指で拭った理子は仕切り直しだと言わんばかりに一つ咳払いをした後、キリッとした瞳で自身の秘密を暴露する。理子が告げたまさかの真実にキンジとアリアは今度こそ驚愕に固まった。第三者から見れば、今のキンジとアリアの目が点になっている様子が如実にわかったことだろう。そのせいか、理子が自身の祖先の名前を上手く言えなかったことに気づいた者はいなかった。

 

「こ、ここまで言えば後は大体わかるよね? ボクの狙いは最初から君だよ。神崎さん。いいや、オリュメスさん」

「ッ!? ……正直言って、貴女がそれを知っているとは思いませんでしたよ」

 

 オリュメス。理子にそう呼ばれたアリアの真紅の瞳が見開かれる。キンジはアリアの様子をしり目に『双剣双銃(カドラ)のアリア』みたく『オリュメスのアリア』とも呼ばれているのだろうか、そもそもオリュメスって何を表す言葉なのだろうかと考えを巡らせる。もちろん、アリアと理子との会話に耳を傾けることも忘れない。

 

「というか、私はオリュメスではなくオルメスなのですが――」

「百年前。ボクのひいお爺ちゃんとオリュメスさんのひいお爺ちゃん&彼の優秀なパートナーとの対決は引き分けに終わった。だから。アリュセーリュ・リュピャンのひ孫のボクが初代オリュメスさんのひ孫とそのパートナーを倒せば、ボクはひいお爺ちゃんを超えたと証明できる。ボクは有能だって証明できる」

 

 アリアは理子にオルメスと呼ぶよう要求するも、理子はアリアの言葉を遮って話を進める。どうやらオリュメスではなくオルメスらしいのだが、理子はオリュメス呼びを止める気はないらしい。理子の平然とした様子から、ただオルメスの『ル』の部分が上手く言えないだけ&理子自身はちゃんと言えてると信じて疑っていないということも考えられるが。

 

「……なるほど。つまり貴方の目的はオルメスの血を継ぐ者とそのパートナーとの戦いに勝利すること、要は私とキンジと戦って勝利することですか。あと私はオルメスです。ちゃんと発音してください」

「う、うん。そういうことだよ。オリュメスさん」

「だから私はオルメスです!」

「うん。オリュメスさんだよね?」

「オ・ル・メ・スです!」

「え、えと……オリュメスさん?」

「~~~ッ!!」

 

 理子にどうしてもオルメスと言わせたいアリア。自分はちゃんとオルメスと言えていると思っているのだろう、どうしてアリアがオルメスという言葉を強調するのかわからないとでも言いたげに首をコテンと傾ける理子。

 

 アリアはあくまで自身のことをオリュメスと呼ぶ理子を半眼で見つめつつ、「……はぁ。もういいです」と陰鬱なため息を吐いた。アリアの脳裏で自身を『オリュメス』と呼び続ける理子の姿が自身を『アーちゃん』と呼び続ける白雪とダブって見えた瞬間だった。

 

「ま、待てよ、理子。お前がチャリジャックにバスジャックを仕掛けたんだよな? だったら。あれは何が目的だったんだ? 別に俺はイ・ウーに引き抜かれてないし、バスジャックに遭った連中も誰一人死んだことになんかなってないぞ? それに。俺たちと戦いたいのならわざわざハイジャック何て真似する必要ないだろ? 普通に武偵高で戦えばいい。誰かに見られるのが嫌なら場所を移せばいいだけの話だ。なのに、どうして――」

「えっと。あれはね、遠山くん。実を言うとあんまり意味はないんだ。チャリジャックはともかく、特にバスジャックの方はね。だって、チャリジャックの一件を終えた時点で君たち二人は上手いことくっついてくれたもん。そんなに意味がないのに殺そうとしちゃってごめんね。でも、あの人のお告げは色んな意味で絶対だから。意味がなくともやらないといけないこともあるってこと。――でも、今回のハイジャックの件は別だよ」

 

 理子の目的を知ったキンジが情報の整理を兼ねて理子に問いかけると、理子はキンジの疑問に嫌な顔一つせず丁寧に答えてくれた。だが。次の瞬間、普段のオドオドした理子からは想像もつかないような鋭い視線が二人に向けられる。言葉で表現するのならキッと二人を睨みつけたといった所だろう。いつものアタフタしていて人に敵意を全く見せない普段の理子とのあまりのギャップに二人は思わず後ずさりする。

 

「あの人のお告げのことを差し引いてもこれだけはどうしても実行する必要があったんだ。だって、そうしないと二人とも本気でボクと戦ってくれないでしょ? 半ば殺す気で、全力で戦ってくれないでしょ? ちゃんと本気だしてよね、二人とも。ボクに負けてから、あとであれは本気じゃなかったなんてふざけた言い訳は止めてよね。じゃないと、この飛行機――どこに落とすかわからないよ?」

「「――ッ!?」」

 

 先までとは打って変わって酷く底冷えするような理子の言葉にキンジとアリアは戦慄を覚えた。背筋に氷の柱を突っ込まれたかのようなゾワリとした感覚を感じていた。もはやこの場に先のふわふわした雰囲気など存在しない。

 

 理子の言い分を全面的に信じるとすれば理子は今までに殺人を犯していない。だが、今の豹変した理子は本気だ。俺とアリアが、いや、特に俺が知り合いだからという理由で理子相手に手加減して、そして理子に敗れるようなことがあれば、理子は躊躇いなくこの飛行機を墜落させるだろう。理子のハイライトの消え去った瞳からは、理子がともすれば市街地にANA600便を墜落させる可能性をも示唆していた。

 

「……やるしかなさそうだな」

「え、えと。やっと戦う気になってくれたみたいだね、遠山くん」

「あぁ。こっちは乗客全員の命を背負ってるみたいだからな。正直理子相手に戦うってのは気が引けるけど、安心しろ。じゃんけんから戦闘まで。俺は相手が誰だろうと勝負事で勝ちを譲るような真似はしない。どんな手段を使ってでも全力で勝ちをもぎ取る主義だ」

「そっか。そういえば遠山くんって勝利にこだわる人だったね。それなら大丈夫かな。神崎さんはともかく遠山くんは本気を出して戦ってくれないんじゃないかって心配してたけど、杞憂だったみたいだね」

 

 キンジは明確な敵意を漆黒の瞳に宿して、理子へと拳銃を向ける。キンジが自身への交戦の意思を明確に示したことに満足したのか、理子はホッと安堵のため息をつき「うんうん」と何度かうなずく。その声色は先までの人を本能的に畏怖させるものからいつもの特徴的なものへと変化していた。まるでさっきまでの理子が嘘みたいだ。

 

「ボクは今から君たちを倒す。一人で本気の君たちを倒す。そして。二人を倒して、ひいお爺ちゃんを超えて、ボクはボクになる! 自由になる! 幸せになる! リコリーヌ・ヴィ・ガルランディ……じゃなくて! 峰理子になる! 人間になるんだ! いや、なってみせる! ついでに君たちが壊したボクのセグウェイ計38台、オープンカー26台、全額50億円強の恨みを晴らしてやる! お金の恨みは怖ろしいってことを思い知らせてやる! 弔い合戦だぁぁぁあああああああああ!!」

 

 理子は光の戻った瞳でしっかりとキンジとアリアを見据える。そして。スッと前に出した右手を握りしめて高らかに宣言すると、アリアと同じく二丁の拳銃を取り出し雄叫びを上げながら二人へと襲いかかった。チャリジャック、バイクジャックを経て臨時収入の8割を喪失した理子の場違い極まりない魂の叫びは客室によく響いた。

 

 舞台はANA600便。現時刻は午後7時30分。今ここにおいて、強襲科(アサルト)Sランク武偵二名とイ・ウー構成員が一人:武偵殺しとの戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

 




キンジ→ビビ理子と裏ビビ理子とのギャップに内心で「えぇぇ」となった熱血キャラ。
アリア→ちゃんとオルメスって呼ばれたいのに理子にオリュメスと言われ続けることに内心で「うがああああああああ!!」ってなってる子。
理子→ジャンヌの厨二チックなネーミングセンスの影響を少々受けている子。自身のご先祖様の名前が上手く言えない。時たま『ラ行(人名)』が上手く言えなくなる(自覚なし)。大枚はたいて買ったセグウェイ&ルノーコレクションを全滅させられたことにご立腹だったりする。八つ当たりなのはご愛嬌。
裏理子→理子のハッタリ人格。所詮、演技。卓逸した変声技術で中空知さんの尋問時の声を模倣して言葉を放つ。また、優れた変装技術の一環で瞳からハイライトを消し、俗に言うレイプ目を意識的に再現している。元々、理子が痴漢男を恐れおののかせ撃退するためにジャンヌが考案した人格だったりする。理子に手を出そうとした不埒者を恐怖で腰を抜かせて確実に警察行きにさせるのがジャンヌの目的。尤も、普段の性格がビビりなので裏理子になること自体がかなりのレアケース&裏理子状態でいる時間が非常に短い。

 というか、ちょっと待って。裏ビビりこりん怖い。演技だって設定あってもマジで怖いんですけど!? 今までのビビりこりんとのギャップが凄まじいんですけど!? いや、当初は裏ビビりこりんはただ強がってるだけのかわいい女の子に見えるように描写しようと思っていたのに、どうしてこうなったッ!?

~おまけ(突発的ネタ ※カオス注意)~

 一方その頃。女子寮にて。

白雪「……(ジィー)」
テレビ『わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー』
白雪「……か、かわいい(震え声)」
テレビ『わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー』
白雪「わ、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわん――(小声で口ずさむ)」

 星伽白雪は今週から放送開始となったとある犬アニメにハマっていた。ちなみに今テレビから流れているのは登場キャラである犬たちが歌う洗脳系オープニングだったりする。


 ふぁもにか恒例(?)、荒ぶるおまけ。性格改変の影響で原作2巻まで全然出番がないであろうユッキーが登場してきました。ユッキーは犬派なのです。ええ。

※『わんわんおー』→今期から放送開始の犬アニメ。主人公:チワワッフルと個性豊かで愉快な犬たちによる心温まるストーリー。犬好きにはたまらないアニメ。


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16.熱血キンジと血濡れのアリア


 どうも。ふぁもにかです。今回のサブタイトルを見ればわかると思いますが……不吉ですね。不吉すぎますね。ええ。アリアさんがヤバいことになる感がヒシヒシとしますね。キンジが「アリアァァ――!!」って叫ぶ感が半端ないですね。あ、でも別に血濡れの血がアリアさんのものだとは誰も言っていませんね……えぇぇ。(←ガクガクブルブル)

 あと、今回の話に笑い所はほとんどありません。久しぶりのシリアス警報発令です。といっても、ほんのちょこっとは笑える箇所もあるんですけど。申し訳程度には存在するんですけど。あとがきは相変わらずカオスまっしぐらですけど。さすがにバトル回に笑い要素の挿入は難しいですね。いくらビビりこりんが己の力量(※ただしギャグ方面に限る)を十全に発揮した所で、この辺の笑い要素のねじ込みは結構苦労しますね。

 というか、せっかくの戦闘回なのに地の文の量が半端じゃない件について。文字数が8000字超えちゃってる件について。いや、戦闘回だからこそか。戦闘回になると途端に地の文過多になるのはきっと私の悪い癖ですね。まぁ、そんなわけですので、今回の話はサラッと見てやってください。


 

 ANA600便。二階のとある客室にて。ズガンズガンと断続的に銃声が響き渡っていた。神崎・H・アリアと峰理子リュパン四世。世界に名だたる偉人のひ孫同士がそれぞれの二丁拳銃を駆使した近接拳銃戦(アル=カタ)を繰り広げる。

 

 武偵の着用する制服は概して防弾仕様だ。ゆえに、武偵高の制服を着用した者同士の戦いにおいて、拳銃による一撃は一撃必殺の凶器にはなり得ない。もちろん、頭を撃たれたらほぼ即死だが。しかし。致命傷にはならなくとも勝敗を決める決定打にはなり得る。そのため、近接拳銃戦(アル=カタ)においてモノを言うのは、いかに相手の銃弾をかわしながら相手に銃撃を与えるかといった戦闘技術をどれだけ磨き上げているかだ。

 

 今の理子が着ているキャビンアテンダントの服装は一般的に防弾仕様ではないが、中に防弾制服を着こんでいる、もしくは理子が事前にキャビンアテンダントの制服一式に防弾加工を施していることは確実だ。というか、理子が防弾仕様のない服で近接拳銃戦(アル=カタ)に突入しているのならば、それはもはや正気の沙汰じゃない。『理子=極度の怖がり』という認識を修正するどころの話じゃない。

 

 理子がアリアに切迫し、アリアの顔面に拳銃を向ける。アリアが理子の手首を掴んで銃口をズラし、同時に理子に足払いを仕掛ける。理子は膝を曲げてグッと力を込めると「とうッ!」とヒーローショーの主役が登場する際によく使いそうな声とともに思いっきりジャンプする。その動作で理子はアリアの足払いを華麗に避けつつ、空中で体を捻ってアリアの背後に着地する。

 

 そのまま「背中がお留守だよ、オリュメスさん!」とアリアの背中に銃口を向ける理子の腕目がけて、アリアは「だから私はオルメスです!」と自身の腰を捻って威力を跳ね上げた回し蹴りをお見舞いする。対する理子はアリアの繰り出す強力な蹴り(※相変わらずオリュメス呼ばわりされていることへの苛立ちが存分に込められている)を「ッ!? 危なッ!?」と声を上げつつ一歩後ろに退くことによりギリギリでかわす。

 

 そうして。再び一定の距離を保ったままで対峙したアリアと理子は互いに勝利をもぎ取らんと、あたかも示し合わせたかのように同じタイミングで足を踏み出して激突する。

 

 アリアと理子はお互い桃色と金色の長髪を揺らして激しいなんて言葉が生易しいレベルの高度な戦闘を繰り広げる。縦横無尽に乱舞する。銃声が響き銃弾が断続的に客室の壁や天井に穴を開けていく中、あたかも重力なんて存在しないかのように暴れまわる。もはや一種の芸術の域と言っても決して過言ではないだろう。そんな二人の高次元の戦闘風景を視界に捉えているキンジは現状に対して悔しそうにギリリと歯噛みした。

 

(……やられたな)

 

 今現在。キンジは攻めあぐねていた。アリアと理子との激しいぶつかり合いに乱入できないでいた。武偵殺したる峰理子リュパン四世との決戦の火蓋が上がった時、理子がまず第一に拳銃の照準を向けたのはキンジだった。「喰らえッ!」という言葉とともにキンジの膝を撃ち抜かんと発砲された理子の初撃の銃弾をキンジはバックステップを取ることで難なくかわした。理子に体を向けたまま足を後ろに運ぶことで銃弾をかわした。

 

 だが。その時、ふとキンジは何か糸のようなものを踏んだかのような違和感を覚えた。キンジは思わずその場に立ち止まり、気のせいか? と頭に疑問符を浮かべる。すると。突如としてキンジの視界の端から何の前触れもなく酸素ボンベが真横から飛んできたのだ。

 

「なッ!?」

 

 間一髪、これでもかと高速で回転しながら迫りくる酸素ボンベをキンジは横っ飛びで避け、事なきを得ることができた。床を転がっていく酸素ボンベを呆然と見つめた後、ハッと我に返ったキンジはすぐさま立ち上がり、早くアリアの元へ加勢しに行かないとと目を向けた。しかし。時すでに遅し。キンジがアリアと理子の方に視線を向けた時にはすでに二人の戦闘は激化しており、うかつに助太刀できない状況が生成されていたのだ。

 

 確かに理子は俺とアリアを倒すと言った。だが。別に俺とアリアを『同時に』倒すとは一言も言っていない。理子は最初から俺とアリアを上手いこと分断し、一人一人確実に倒す心算だったのだろう。どうやら理子が事前に糸のようなものと酸素ボンベを使ったトラップを仕掛けていたこの客室に入った時点で俺とアリアは二人して理子の策にまんまとハメられてしまっていたようだ。

 

 本音を言えば一刻も早くアリアに加勢したい所だ。折角二人で武偵殺しの待ち受けるANA600便に乗り込んだというのに、理子の望むとおりに一対一で決着をつけなければいけないなんてバカげている。理子を確実に無力化するには二対一に持ち込むのがベストだ。

 

 しかし。理子とアリアとの戦闘は見る見るうちに苛烈さを増している。下手に介入すれば理子を追い詰めるどころかアリアを傷つけてしまう可能性が高い。というより、理子が俺たちの自爆を狙ってアリアの位置を誘導する可能性も捨てきれない。アリアと今も対等にやり合っている時点で理子の実力は証明されたようなものなのだから。

 

 キンジは理子の視界から外れるようにしてスッと物陰に身を潜める。今にも飛び出してアリアの元へと駆け出していきたい感情に蓋をして、努めて気配を絶つ。かくして。キンジはそう遠くない未来に絶対に訪れるであろう好機を待つことにした。さながら獲物が自身の射程に入るまで草むらにジッと身を潜めて目を光らせる蛇のように。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(当たらない、ですね……)

 

 一方。理子の仕掛けた罠により一対一の戦闘を強いられているアリアは真紅の瞳に闘志の炎を宿して理子を見据える裏側で、困惑を隠しきれずにいた。アリアは理子の繰り出す銃撃や蹴撃を最低限の動作でかわしつつ、内心で戸惑いの念を抱く。

 

 そう。理子に全く攻撃が当たらないのである。アリアの銃撃や蹴撃の1つ1つを「うわッ!?」とか「ふぇええ!?」とか「ちょっ、待ッ!?」とか言いながら思いっきりのけぞったりジャンプしたりと無駄に大きな動作で避けている以上、理子に付け入る隙は確実にあるはずだ。それなのに。あと一歩、紙一重といった所で理子が突然不自然な動きを見せる。不自然極まりない動きで、それでも結果的にアリアの攻撃をかわして、さらにはアリアに反撃してみせる。アリアは無意識のうちに理子の見せる不可解な動きに焦りを徐々に募らせていた。今までの理子との攻防で一度銃弾を腹部に受けてしまっていることも焦る要因の一つだ。

 

 さて。どうして理子に攻撃が当たらないのか。それは理子の性格が大きく関わっている。峰理子リュパン四世は所詮、かなり重度のビビりだ。ちょっとしたことで一々ビクッと肩を震わせ、不意打ちの大きな音を前によく気絶し、相手の一挙手一投足に過剰反応するレベルのビビりだ。日常生活に多大な支障をきたすレベルの小心者だ。Sの嗜好を持つ方々には堪らないタイプの人間、それが理子だ。どうしてそうなったのかはここでは割愛するが、生まれつきのものではないとだけここでは言っておこう。

 

 しかし。ビビり、もとい何らかの脅威に対して怯えるまたは警戒することは何も百害あって一利なしのことではない。とりわけ今の状況では理子のビビりはそのまま危機察知&回避能力と合致する。理子の逃げ方面に特化した本能がアリアの攻撃箇所を示してくれる。もはや我流条理予知(コグニス)と言っても過言ではない理子の本能が、どこにどう逃げればアリアの攻撃に当たらないで済むかを教えてくれる。道が示されるのなら、あとはそれに速やかに従うだけでいい。その際に反撃に打って出られたら尚更いい。それこそがアリアの攻撃が理子にかすりもしない大きな理由である。

 

 他に理由を挙げるとすれば、アリアの事情が上げられる。アリアはその小学生並みに小柄な体型から武偵生活において人並み以上に苦労を強いられてきた。無理もない。アリアの周囲にいた武偵や犯罪者はそのほとんどが幼児体型のアリアよりは遥かに大柄で体力に有り余っているような連中ばかり。そういった自身よりも大きい相手を前に、アリアはいつだって自身が小柄であることを最大限に生かして戦闘経験を積んでいった。自分の体格に合った戦い方で実績を積んで強襲科(アサルト)Sランク武偵にまで上り詰めていった。

 

 言ってしまえば、いつも短期決戦で勝利を収めてきたアリアは持久戦の経験に乏しいのだ。さらに付け加えるなら、理子のような自身と同程度の体格をした相手と戦った経験もあまりない。小柄故のすばしっこさで全く翻弄できない相手と戦った経験なんて片手で数える程度だ。

 

(これでは埒が明きませんね。……仕掛けますか)

 

 このままでは理子相手に二対一に持ち込めないまま長期戦へと突入してしまう。ともすれば、ようやく見つけることのできた優秀なパートナー:キンジと共闘できないまま負けてしまうかもしれない。ただでさえアリアは変則的な動きを見せる理子に一撃も攻撃を与えられていない。この現状下で理子との一対一が長引いてしまえば、不利になるのは確実にアリアの方だ。

 

 アリアはバックステップで理子から大きく距離をとる。すると。理子がチャンスとばかりに「そこッ!」と間髪入れずに発砲してくる。狙いはアリアの胸部。いくら防弾仕様の制服を着ていても当たればタダでは済まない箇所だ。

 

 だが。アリアは避けなかった。敢えて避けなかった。避けないどころか無防備にもスッと持っていた両手の拳銃を下ろし目まで瞑るという暴挙に打って出た。いくら武偵高の防弾制服のおかげで銃弾が当たっても致命傷になり得ないとはいえ当たればそれなりに痛いし体の動きも鈍る。どうしても隙が生まれる。当然だ。防弾制服の上から銃弾を喰らうことは言わば大の大人の渾身の蹴り技をモロに喰らうようなものなのだから。

 

 それ故に。アリアがまるで自身の敗北を悟ったかのように、自身の勝利を投げ出したかのようにその場に佇む様は理子目線ではさぞかし奇怪に映ったことだろう。実際、理子はワケがわからないといった表情を隠しきれない様子で「へ?」と情けない声を上げている。

 

 だが。しかし。アリアに理子の銃弾を喰らうつもりなど毛頭ない。戦闘を放棄するなどもっての他だ。ならば、アリアの意図はどこにあるのというのか。答えは単純明快。一つはアリア自身が突拍子もつかないような行動をすることで理子を一瞬でも思考停止に追い込むこと。もう一つは自身の立つこの位置が最も危険極まりない場所に見えて最も安全な場所、そう心から信じているからだ。

 

「キンジッ! 選手交代ッ!」

「あぁ!」

 

 アリアが声を張り上げるより数瞬前のタイミングで身を潜めていた物陰から飛び出したキンジは正確な銃撃――銃弾撃ち(ビリヤード)――で理子の放った弾丸をあらぬ方向に弾き飛ばすと、体を理子に向けたままさらに距離を取るアリアと立ち位置を交代する。キンジはアリアとの入れ替わりで理子の前に躍り出る。

 

 本音を言うなら、ここは鏡撃ち(ミラー)で銃弾を理子の拳銃の銃口に弾き返して拳銃一つを破壊したかった所なのだが、通常モードでの鏡撃ち(ミラー)の成功率はまだ38%。本番で使うには少々危ない橋を渡らなければならなくなる。一方、銃弾撃ち(ビリヤード)の成功率は通常モードのキンジでも99.2%を誇る。使わない手などどこにもなかった。

 

「俺が相手だ、理子!」

「くッ!?」

 

 しまった。二人の選手交代を許してしまったと理子は顔を歪めつつ、自身に迫りくるキンジに向けて牽制を目的に発砲する。それを再び銃弾撃ち(ビリヤード)で自身の影響のない方向へ弾き飛ばしたキンジは、すぐさま理子の持つ拳銃の銃口に向けて発砲する。理子が反応するよりもわずかに早くキンジが引き金を引いたことで、キンジが放った銃弾は吸い込まれるように理子の拳銃の銃口へと突入し、拳銃を完全に破壊した。「えッ!?」と理子の驚愕の念の存分に籠った視線が使い物にならなくなった自身の拳銃に向けられる。その一瞬を狙って、キンジは一息に理子との距離を詰めにかかった。

 

「そこまでだ、理子!」

「そこまでです、峰さん!」

 

 キンジは拳銃を理子の胸に、心臓部分に突きつける。理子がキンジに注意を向けている間に理子の後ろに回ったアリアも両手に構えた二丁のガバメントを後ろから理子の背中に突きつけている。これにより、理子が少しでも身動きをすれば、いつでもキンジとアリアのどちらかが理子を撃つことのできる状況が確立された。未だに理子の左手には拳銃が握られてはいるものの、この状態で形勢逆転を狙うのはどう考えても不可能だ。これでチェックメイト。どうにか武偵殺しの無力化に成功した。キンジとアリアは心の奥底でホッと安堵の息を吐いた。

 

「え、えっとさ。遠山くん、オリュメスさん。二人とも、まさかこれで本気で終わったとか思ってるの?」

「当然です。貴女にはもう現状打破の手段がありません。無駄な抵抗は止めて大人しく捕まってください。あと私はオルメスです」

「撃たれて痛い思いをしたくないんなら、下手に動こうとするなよ、理子」

「……」

 

 きょとんとした顔で首をコテンと傾けてキンジとアリアに問いかける理子に、二人は脅しをかける。まだ勝負はついていないと言いたげな理子の物言いに対して、二人は理子がいかに詰んでいるかを理子自身に認識させようと声を上げる。対する理子は二人の言葉に返答することなく、ただうつむくのみだった。

 

「ね、ねぇ……二人とも。あんまり、さ。ボクを舐めないでよね」

 

 沈黙を貫く理子を前に、理子は戦意を喪失したと判断したキンジとアリアだったが、当の本人たる理子はおもむろに顔を上げるとキッと二人を睨む。理子にしては非常に珍しい、怒りの感情を静かに顕わにする。すると。理子の怒りに連動して理子の金髪があたかも意思を持っているかのようにわなわなとうごめき始める。

 

(な、なんだ、あれ――って、まさか!? 理子は超能力者(ステルス)なのか!?)

 

 あまりに非現実的な光景につい思考停止に陥りそうになったキンジだったが、すぐに理子が超偵なのではないかとの考えに至る。アリアも同じことに思い至ったのか、理子が余計なことをする前に戦闘不能にしようと引き金に掛けた人差し指に力を込める。

 

「ボクだって。ボクだって! やればできる子だってジャン、じゃなくて銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃんが言ってたんだぁぁぁあああああああ!」

「「ッ!」」

 

 だが。アリアの行動よりも先に、理子はわなわなと自在に動く金髪を駆使して背中に隠していた二本の漆黒のナイフを取り出すと、それぞれキンジとアリアに向けて切りかかってきた。

 

 その時。理子にとっては非常に運の良いことに、アリアにとっては非常に運の悪いことに、ANA600便周辺に雷鳴が轟いた。雷の白光が客室を一瞬だけ白一色に照らす中、「ひぅ!?」と体を硬直させるアリア。何ともタイミングの悪いことに、アリアの弱点の1つである雷嫌いがここで発動してしまった。理子との戦闘中ということもあってアリアはすぐに戦闘態勢を取り戻すも、ビクッと体を震わせたことはアリアの隙となった。それは一瞬に満たない、隙と言っていいのか判断に困るものだったが、それがここでは決定打となった。

 

 キンジはとっさに後方に退くとともに拳銃を盾代わりにし、理子の繰り出すナイフの軌道をずらしたことで間一髪でかわしたものの、アリアの方は回避がわずかに間に合わず、アリアの首筋を理子のナイフが容赦なく切り裂いた。

 

「くうッ!?」

「ッ!? アリアッ!?」

 

 アリアの血が理子のナイフを伝って床や壁に飛び散っていく中、アリアの制服を血色に染めていく中、アリアが首を起点とする痛みに押し殺したような声とともに表情を歪める。理子の凶刃を受けたアリアがキンジの前方でガクリとあたかも糸の切れた人形のように倒れようとする。

 

「ッ、ぅああああああ!!」

「がふッ!?」

 

 その時。当の首を斬られたアリアは床に倒れ伏す前に足を強く踏みしめて自身の体が無防備に倒れるのを防ぐと、雄叫びとともに理子の腹部にガバメントを押し当てて発砲する。おそらく叫び声をあげているのは首筋を走る激痛を雄叫びによる高揚感によってかき消す目的あってのことだろう。さすがに首を斬られたアリアが即座に反撃に転じるとは思っていなかったのか、先ほどまでアリアの繰り出す銃撃を奇妙な動きでかわしてきた理子がここでアリアの銃弾を初めて喰らうこととなった。

 

 これを好機と見たアリアは続いてガバメントを無造作にしまうと背中から二本の小太刀を取り出し、銃弾をモロに喰らい苦悶の表情を隠せない理子の首目がけてさっきのお返しだと言わんばかりに刺突を放つ。理子が避けなければ確実に首を貫き理子を死に追いやるであろう刺突を一切の容赦もなく放つ。

 

 本格的に命の危機を察した理子は逃げ道を示してくれる本能に従って回避行動に移る。「ひぃ!?」と情けない声を上げながら。しかし。動作がアリアの迅速の突きに完全には間に合わなかったのか、理子の頬にスッと切り傷が刻まれる。

 

「そこッ!」

「しまッ!? ナイフが!?」

 

 首から血を滴らせつつ、ギンと肉食動物を彷彿とさせる獰猛な瞳を向けるアリアの雰囲気に圧倒され、アリアに釘づけになっている理子。自身への注意が疎かになっている隙にキンジは理子が金髪で掴んでいるナイフの一つに狙いを定めて発砲し、理子のナイフを虚空に弾き飛ばす。

 

 理子に飛びかかるようにして怒涛の連撃を仕掛けるアリア。アリアの怪我を心配しつつ、理子の隙を狙って理子の武器を銃弾で破壊もしくは弾き飛ばそうとするキンジ。己の切り札である髪を自在に動かす力を解禁したにも関わらず、拳銃一丁にナイフ一本を失い、徐々に雲行きが怪しくなっている理子。

 

 流れがキンジとアリアに傾き始めたその時。何の因果か、不意にANA600便の機体が右傾したことで三人は大きくバランスを崩す。その際、キンジは客室の壁に背中からぶつかったことで、つい右手に持っていた拳銃に、懐に閉まっていたバタフライナイフまで床に落としてしまう。しかし。この場にいる誰よりも早く体勢を取り戻したキンジはまだ体勢を立て直していない理子へと徒手空拳のままで一息に距離を詰める。同時に「キンジッ!」と後方のアリアから投げ飛ばされた一本の小太刀を後ろを見ずに掴みとると、それを上空から振り下ろし、もう一本のナイフを持った理子の金糸のようなテールの片側を切り落とした。

 

「アリア! 今だ!」

「えッ!?」

 

 キンジが理子の背後に視線を向けて叫ぶと、手持ちの武器が拳銃一丁のみとなった理子がバッと後ろを振り向く。しかし。その先にアリアはいない。マズい。今のはハッタリだったかと理子はキンジの方へと向き直ろうとして――

 

「下ですよ」

「わッ!?」

 

 そんなアリアの声とともに、理子は文字通り足元をすくわれた。理子の視界に入らないように床ギリギリまで体を屈めた状態で理子に接近したアリアが床につけた右手を基軸にして理子の足元に渾身の襲撃を放ったのだ。理子の本能はアリアの蹴りが届く前に確かに逃走経路を示していたのだが、キンジのハッタリに惑わされたことによって本人の反応が遅れたのが裏目に出てしまった。理子は足元をすくわれ盛大に尻餅をついた際に最後の拳銃をも手放してしまう。

 

「峰理子リュパン四世」

「貴女を殺人未遂容疑の現行犯で逮捕します。大人しく捕まって裁きを受けなさい」

 

 キンジは理子の手放した拳銃を遠くに蹴飛ばすと、小太刀を理子の首に添える。おもむろに立ち上がったアリアも理子を見下ろしてその頭にガバメントを突きつける。今度こそ、チェックメイトだった。

 

 かくして。強襲科Sランク武偵二名と武偵殺しとの戦闘、あるいはオルメスのひ孫&そのパートナーとアルセーヌ・リュパンのひ孫との対決は武偵殺したる峰理子リュパン四世の無力化もとい敗北によって幕を閉じたのであった。

 




キンジ→アリアとの連携がすでに神がかっている熱血キャラ。
アリア→キンジとの連携がすでに神がかっている子。ぶっちゃけアリアを雷嫌いにしたのはここで理子相手に怪我を負ってもらうためだったりする。何という裏事情。一度は諦めたものの、やっぱりちゃんとオルメスと呼んでほしい模様。
理子→割と回避チート。ビビりの本能が回避ルートをしっかり教えてくれる。尤も、それに理子自身が反応できなければ意味はなかったりするのだが。


 ~おまけ(三人の内心事情 ※キャラ粉砕注意)~

・キンジver.
前半:あれ? 俺ハブられてね? 主人公なのに空気になってね? ……ヤバいな。どうにかしてあのチビッ子二人(アリア&理子)のバトルに介入しないと俺の存在意義がなくなってしまうッ!(←冷や汗ダラダラ)
後半:ふぅ。どうにか活躍できたか。これで最悪の事態(キンジ空気化orキンジ不要論発生)は免れたはずだ。うん。よくやった、俺(←安堵)

・アリアver.
前半:ちょぉぉおおお!? ちょっ、待っ、うぇぇえええええ!? 峰さんがこんなに強いなんて聞いてないですよッ!?(←冷や汗ダラダラ)
後半:私だけ思いっきり出血してるってのにキンジは無傷で峰さんはあんまり怪我してないとか、何これ理不尽。酷くないですか、これ?(←orz)

・理子ver.
前半:回避チートに髪を自由に動かせる能力……これで勝つる! ボクTUEEEEEEEEEEEEEE!!(ドヤァ)
後半:すいませんでした調子乗ってました天狗になってました図に乗ってました付け上がってました思い上がってました驕り高ぶってましたいい気になってました自惚れてました許してくださいボクがバカでしたごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――(ガクガクブルブル)←土下座ッ!

※上記の三人の心情は本編とは全く関係ありませんので、あしからず。
※キャラ粉砕→二次創作において、すでに一度キャラ崩壊させた原作キャラの性格を再び崩壊させる蛮行を意味する。カオスという言葉とセットになることが多い。


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17.熱血キンジとアリアの答え


理子「このままじゃあ、終われないッ!」

 というわけで、どうも。ふぁもにかです。前回はどうにか機内戦闘回もとい『りこりんちゃんと戦えたね! 良かったね!』回もとい地の文過多回が無事に終了したので、今回はその反動ゆえに会話文多めです。でもって、もうしばらくは笑い要素の存在しないシリアス展開が続きます。さらに、今回の話は文字数の関係上非常にキリの悪い所で一話が終了しています。もしかしたら次話の更新を待ってから後で一気読みした方がいいかもしれません。

 閑話休題。皆さんは今私が執筆している原作1巻クライマックス(あと8話くらいは続く気がする)を連載し終えたらさっさと原作2巻の話に飛んでいってほしいですか? それとも何話か外伝話を挟んでほしいですか? 実を言うと、今の時点で外伝の話が枠組みだけなら5話ほど溜まっているんですけど……これ、どうしたものでしょうね?



 

「峰理子リュパン四世」

「貴女を殺人未遂容疑の現行犯で逮捕します。大人しく捕まって裁きを受けなさい」

 

 ANA600便。二階のとある客室にて。キンジは小太刀を、アリアはガバメントをそれぞれ理子の体に突きつける。二人に武器を向けられたキャビンアテンダント姿の理子は「はぅ!?」という裏返った声とともにビクッと体を震わせると、すぐさま両手を頭上に上げて降参の意を示した。もはや条件反射の領域である。大方、自身の金髪を自在に動かす力が未だ健在とはいえ、手持ちの武器を全て失い尻餅をついた今の万事休すな状態ではどう足掻いた所で勝算がないと判断したのだろう。

 

「アリア。首の怪我、大丈夫か?」

「平気です。この程度、何ともありません。かすり傷です」

「どこがかすり傷だよ。思いっきり血ぃ出てるじゃねえか」

「こんなの見た目だけですよ。実際はそこらの軽い切り傷と大差ありません。本当に何ともありませんから、あまり気にしないでください」

 

 理子の動きを封じたことでようやくアリアの方に意識を向けることのできたキンジが隣のアリアに心配そうに目を向けて尋ねると、アリアは平然と答える。どこからか取り出したタオルをもう片方の手で持ち、斬られた首筋を強く押さえつけて傷口を圧迫しながら、普段と何ら変わらない声色で言葉を返す。タオルに描かれていた、いかにも女の子受けしそうな可愛らしいキャラクターたるレオぽん(白)が徐々に血色に染まっていく姿は何ともいたたまれない。心なしか、レオぽんのチャームポイントの一つ:キリッとした漆黒の双眸がわずかに垂れ下がっているような気がする。

 

 まぁ、それはともかく。先ほど理子に首を斬られたというのに、あくまでアリアは通常運行だ。少し肩を上下させて荒い呼吸を繰り返してはいるが、特に顔色が悪かったり焦点が定まってなかったりといった症状は見られない。おそらくアリアの息切れはあくまで先までの激しい戦闘によるものだろう。どうやらアリアが言っている通り、一口に首を斬られたといっても血に塗れた見た目よりかは酷い怪我ではないようだ。少なくとも一刻も早く病院に駆け込まないとアリアの命が危ういレベルの怪我じゃないことにキンジはホッと安堵した。

 

「ね、ねねねえ。オ、オリュメスさん。ボクと取引しようよ?」

「「……取引(ですか)?」」

「う、うん。オリュメスさん。ボクと一緒にイ・ウーに来ない? 歓迎するよ?」

「は?」

「え?」

 

 アリアが対超能力者(ステルス)用の銀の手錠を理子に嵌めることを目的に、尻餅をついたままの理子と視線を合わせるためにしゃがみ込もうとした時、理子が切羽詰まった口調で取引を持ち掛けてきた。理子の意図がわからず首を傾げるSランク武偵二名に対して理子は一度うなずくと、アリアを見上げてアリアをイ・ウーへと勧誘してきた。客室の証明を反射する形で鈍く光る小太刀&ガバメントの脅威に怯え顔を青くする理子がアリアに告げた想定外極まりない提案に、キンジとアリアは「何言ってんだこいつ?」と言わんばかりの声を上げる。

 

「……正直言って、貴女が何を言っているのか理解に苦しみますね、峰さん。私のお母さんは峰さんを始めとしたイ・ウーのメンバーに重い罪を着せられました。よって、私のイ・ウーへの憎しみは雲仙普賢岳よりも高く地中海よりも深いと自覚しています。その私がそのようなふざけた取引に応じるとでも思っているのですか? イ・ウーへの招待を受けるとでも思っているのですか? 自分が逃げおおせるためだけの苦し紛れの提案は醜いだけですよ。寝言は寝てから言ってください。今言っても洒落になりませんよ」

「そ、それはどうかな、オリュメスさん。オリュメスさんがイ・ウーに入って実力を示せばオリュメスさんはイ・ウーの皆と仲良くなれる。友達になれる。上手くいけば、オリュメスさんと親密になった人がオリュメスさんの事情に同情してオリュメスさんのママの無実を証言してくれるかもしれないよ? イ・ウーの人たちって全員とは言わないけど結構いい人もいるしね」

「「ッ!?」」

 

 アリアは呆れたような視線を惜しみなく理子に注ぎつつ、掃いて捨てるように理子の勧誘を一蹴した。だが。理子はそこで引かなかった。理子にしては珍しい、不敵な笑みとともに続けて放たれた言葉によってアリアの真紅の瞳はこれでもかと大きく見開かれた。この時。場の流れが大きく変わったのをキンジは肌で感じた。

 

「それに。そんな人の良心を利用するような方法じゃなくてもオリュメスさんの実力ならオリュメスさんのママに濡れ衣着せた犯罪者、もれなく全員一網打尽にできるかもしれないよ?」

「……ッ」

「今ここでボクを捕まえて100年程度オリュメスさんのママの刑期を縮めるか。ボクの招待でイ・ウーに入って、オリュメスさんのママに罪を着せた人全員を捕まえてオリュメスさんのママの冤罪を完全に晴らすか。確かもう時間がないんだよね? だったらどっちを選んだ方がいいか、稀代の名探偵の血を継ぐオリュメスさんならわかるんじゃないかな? まだイ・ウーの本拠地もわかってないみたいだし」

「……」

 

 理子はキンジの向ける小太刀をスッとさりげなく横にずらしておもむろに立ち上がると、いつになく饒舌に言葉を重ねる。ここぞとばかりにアリアの意思をぐらつかせる言葉を被せてくる。どうやらアリアに揺さぶりを掛けることで自身の方に傾いてくれた流れを手元に引き寄せようと必死のようだ。

 

 理子が言葉を畳みかけるにつれて、今まで言葉を詰まらせていたアリアはおもむろにガバメントを下ろす。マズい。今のアリアは理子の誘惑に乗せられている。心が完全に揺さぶられている。アリアの気持ちが理子の提案を受け入れる方向に傾いている。理子との取引に応じる方向に向かっている。このままだとアリアが理子側についてしまう。そうなれば俺は状況次第で理子とアリアの二人を相手取らないといけなくなるだろう。アリアはまがりなきにもSランク武偵の実力者だ。アリアが敵に回ったら、いくら首を斬られているといっても、厄介極まりないことに変わりはない。

 

 

――キンジと言ったか? 私の愛娘は難儀な性格をしていてな。色々と誤解することもあるだろうが、まぁなんだ。テキトーに付き合ってやってくれ。

 

 と、その時。キンジの脳裏に神崎かなえの残したメッセージがよぎった。もう二度と自身が外の世界に解放されなくなるかもしれないという絶望的な状況下において、純粋にアリアの明るい未来を望む一人の母親の言葉が蘇った。

 

 ダメだ。アリアをイ・ウーに行かせるわけにはいかない。かなえさんに頼まれたんだ。いや、かなえさんに頼まれるまでもない。アリアは俺のパートナーだ。将来的に世界最強の武偵のパートナーになる奴だ。そのアリアに、俺の大切なパートナーに、俺の目の前でむざむざ犯罪者の道を歩ませてたまるものか!

 

「わ、わたし、は――」

「アリアッ!」

 

 アリアが声を上げる。詰まったような声を上げる。普段のはっきりとしたですます口調からは程遠い、いつになく弱々しい声を上げる。心なしか声色が震えているような気がする。そして。アリアはおもむろに目を閉じる。キンジはアリアの言葉を遮ろうと制止の声を上げるも当のアリアには全く届いていないようだ。いや、目を瞑ることでキンジの声を始めとするあらゆるものを拒絶しようとしているようにキンジには見えた。

 

 声が届かないのならすぐさまアリアの両肩を掴んで前後にガンガン揺らしでもしてアリアの意識を自身に向けたい所だ。しかし。アリアが理子にガバメントを向けて牽制していない今、キンジまでもが理子に突きつけている小太刀を手放すワケにはいかなかった。理子の動きを封じるために、キンジが理子に意識を裂かないワケにはいかなかった。理子を牽制したままでうかつに動けないキンジの隣で、アリアは一度口を閉じて深く呼吸をした後、理子の提案に返答するために言葉を紡いだ。

 

「――峰さん。貴女の取引には応じません」

「え?」

「……へ?」

 

 アリアは真紅の瞳をしっかりと開けると、確かな声音で、簡潔な言葉で、イ・ウーに入らないことを宣言した。てっきりアリアが武偵の身分を投げ捨てて理子(イ・ウー)側に寝返ると思っていたキンジはきょとんと目を丸くする。驚いたのは理子も同様のようで目をパチクリとさせて情けない声をあげる。そんな二人をしり目にアリアはガバメントの弾倉を慣れた手つきで入れ替えると再びそれを理子に向けた。どうやらガバメントを理子に突きつけてから自身の構えるガバメントが弾切れであることに気づいたのだろう。何と紛らわしい。紛らわしいにも程がある。キンジはアリアを横目で見やりつつ、内心で深く深くため息をついた。

 

「確かに。私がイ・ウーに行けば峰さんの言う通り、お母さんに濡れ衣を着せて今ものうのうと生きている犯罪者共を一網打尽にできるかもしれません。そうすれば手遅れになる前にお母さんの無罪を証明できるかもしれません。でも。お母さんは私にこう言いました」

 

 

――アリア。私のことは気にしなくていい。例えアリアの証拠集めが間に合わなかったとしても自分を責める必要はない。私がアリアを恨んでるんじゃないかとか考える必要もない。

 

――そうだな。もしも判決が下って、もう二度と会えなくなったとしたら……そん時は来世でまた会えばいいだけの話だ。何も問題ない。

 

――アリア。私のこともいいが、あまり自分の幸せを疎かにするなよ。高校生なんてあっという間に終わっちまうんだ。今のうちに思い出をたくさん作っておけ。その一つ一つが後のアリアの力になってくれる。大切なことは一見無駄に思えるようなことの中にあるって相場が決まってんだからさ、な?

 

 

「確かに峰さんの提案は私にとって魅力的です。少なくともこの状況下で取引と称するに足るだけの価値はあります。でも。イ・ウーに入るということは私が他でもない自分の意思で犯罪を犯すということを意味します。……本音を言ってしまえば、私は一秒でも早くお母さんを助けたいです。どんな手を使ってでもお母さんの無実を証明したいです。ですが、同時に私はお母さんを悲しませるような真似はしたくありません。罪悪感を抱えたまま、後ろめたい気持ちを抱えたまま、お母さんと会いたくはありません。抱きつきたくはありません。例えどれだけ時間がかかったとしても、公判までに間に合わなかったとしても、私は武偵らしく一人ずつ確実にイ・ウーの連中を捕まえることにします。焦らず堅実に前に進むことにします。早く走る人は概して転ぶものですからね。それに。何より、今の私には頼れるパートナーもいますしね」

「あ、あぁ」

 

 アリアから満面の笑みを向けられたキンジはふと抱いたこそばゆい思いから逃れるようにアリアから視線をそらす。小学生と遜色ない童顔でありながらどこか妖艶に笑みを浮かべるアリアを直視できずに曖昧な返事とともに視線を虚空に向ける。

 

 おかしいな。俺は年上の純情系のお姉さんタイプが好みのはず。少なくともアリアはそのカテゴリーには入らない。だというのに、どうして俺はアリアから顔を逸らしてるんだ? これじゃあまるで俺がアリアをそういう対象として意識している真正のロリコンみたいじゃないか。いくら中身が高2だからといっても見た目は小学生そのものなアリアを好きになってしまうなんてことになればさすがに言い訳できないぞ。

 

「それが、オリュメスさんの答えなの?」

「はい。というわけですので……取引は不成立です。大人しく捕まりなさい、峰さん」

 

 先までキンジに花が咲いたような華やかな笑顔を浮かべてキンジを見上げていたアリアはおずおずと言った風にアリアに尋ねてくる理子に淡々と言葉を綴る。そして。真紅の瞳をキッときつくして理子を見やるのであった。

 




キンジ→原作ほどじゃないけどアリアを意識し始めた熱血キャラ。
アリア→母親の言葉をしっかりと心に留めている子。
理子→アリアを揺さぶって自分の味方につけようと必死な子。

 というわけで、今回かなえさんの名言がようやく活用されました。これからも何度か活用すると思います。そのための名言製造キャラ:かなえさんですし。それにしても最近、上記の原作キャラの改変箇所を記すコーナーに書きこむ内容が乏しくなってきましたね。いっそのこと、これからは不定期開催にでもしましょうかねぇ。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

理子「今ここでボクを捕まえて100年程度オリュメスさんのママの刑期を縮めるか。ボクの招待でイ・ウーに入って、オリュメスさんのママに罪を着せた人全員を捕まえてオリュメスさんのママの冤罪を完全に晴らすか。どっちを選んだ方がいいか、名探偵の血を継ぐオリュメスさんならわかるんじゃないかな?」
アリア「わ、わたし、は――」
キンジ「アリアッ!」
アリア「――峰さん。貴女の取引には応じま――」
理子「あ、言い忘れてたけど、今イ・ウーに入ったら先着100名様にもれなく松本屋のももまん一年分のチケットをプレゼントするって教授(プロフェシオン)さんがキャンペーンを打ち出し――」
アリア「――取引成立です。これからよろしくお願いします、理子(キリッ)」
理子「うん! よろしくね、オリュメスさん!(ニッコリ)」
キンジ「おいッ!?(心変わり早ッ!?)」
アリア「峰さん。これから私たちは同じ組織の一員となるのですからオルメスなんて他人行儀な呼び方は止めて、これからはアリアと呼んでくれませんか?」
理子「ふぇ!? で、でででも、いいの?」
アリア「はい。私も今からは理子と呼ばせてもらいますので」
理子「う、うん。わかった。えと……ア、アリアさん」
アリア「別にさん付けじゃなくてもいいんですけどね。まぁ今はそれでいいでしょう。では早速理想郷(イ・ウー)への案内をよろしくお願いします、理子」
理子「うん! ボクに任せて!(←胸に手をあてつつ)」
キンジ「(しかも凄く仲良くなってるッ!?)」


 ~おまけ(その2 NGシーン)~

アリア「確かに。私がイ・ウーに行けば峰さんの言う通り、お母さんに濡れ衣を着せて今ものうのうと生きている犯罪者共を一網打尽にできるかもしれません。でも。お母さんは私にこう言いました」

かなえ『アリア。金魚すくいってのはなぁ、店選びが物を言うんだ。ここを怠るかどうかで勝敗が決まる(←ニィッとアリアに笑いかけつつ)』
かなえ『参ったな。私の知り合いがもれなく全員きのこ派の連中に侵食されてしまった。どうにかしてたけのこ派の戦力を結集して対抗しないと――(ブツブツ)』
かなえ『アリア。私のようなTSUT●YAのDVDを期限までに返し忘れて延滞料金を支払うような女にはなるなよ(←ポンとアリアの頭に手を置きつつ)』

キンジ&アリア&理子「……(気まずい沈黙)」
アリア「た、確かに峰さんの提案は私にとって魅力的です。少なくともこの状況下で取引と称するに足るだけの価値は――」
理子「(あ、話進めようとしてる)」
キンジ「(アリアの奴、かなえさんの名言が全然思いつかなかったの、なかったことにする気だな)」


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18.熱血キンジと焼き土下座


 どうも。ふぁもにかです。ヤッバい。サブタイトルが恐ろしいことになってる。今までのサブタイトルの中で『血濡れのアリア』と一二を争うレベルの恐ろしさになってますね。ええ。ちなみに。今回のあとがきは約1500字もあります。うん。どうしてこうなった!?



 

 遥か上空を飛行するANA600便。その二階の客室にて。自身の心情を吐露したアリアは真剣な眼差しでキャビンアテンダント姿の理子を鋭く見据える。理子に向けてガバメントを突きつける。アリアに睨まれた理子は「うぅ、上手くいくと思ったのにぃ……」とあたかもこんなはずじゃなかった世界を嘆くかのような悲壮に満ちた涙声を上げる。よほどアリアの眼力に気圧されたのか、蛇に睨まれた蛙状態の理子の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。尤も、涙のダムはしっかりと機能しているようだが。 

 

「じゃ、じゃあさ遠山くん。オリュメスさんは行かないみたいだけど、遠山くんはどうかな? イ・ウーに来る気はない?」

「んなもん、わざわざ聞くまでもないだろ?」

「ダヨネー、アハハハ」

 

 アリアにはっきりと拒絶の意思を示された理子は今度はイ・ウーへの勧誘の矛先をキンジへと向ける。人差し指と人差し指とをツンツンとしながら、キンジの漆黒の瞳から目を逸らしつつキンジのイ・ウー入りを提案する。何とも可愛らしい仕草を見せる理子だが、そこにアリアをイ・ウーに誘った時のような饒舌さや言葉の巧みさは欠片もない。当の本人も心のどこかでアリアはともかくキンジをイ・ウー側に迎えることは無理があると思っていたのだろう、キンジの示した拒絶の意思に「やっぱりかぁ」と言わんばかりの表情で乾いた笑い声を上げた。

 

「あ! で、でも! イ・ウーには遠山くんのお兄さんもいるよ?」

「……は?」

 

 それでも理子はキンジの勧誘を諦めきれず、とっさに思いついた言葉を口に出す。どうにかしてキンジをイ・ウーサイドに引き込んで窮地を脱しようと試みる。その理子の発言にキンジは凍りついた。理子の放った一言に目をこれでもかと見開き、その場に硬直する。

 

「峰さん。何を言っているのですか? キンジのお兄さんはアンベリール号沈没事故で死ん――」

「遠山くんのお兄さんは死んでなんかいないよ? 今日もちゃんと元気に女装してるよ?  だって、そもそもこのボクがアンベリーリュ号沈没事故に見せかけて遠山くんのお兄さんをイ・ウーに引き抜いたんだから。つまり。あの事件はただの豪華客船の沈没事故なんかじゃない。将来有望な武偵:遠山金一をイ・ウーに勧誘するためにボクが起こしたシージャックなんだよ」

「「ッ!?」」

 

 キンジの思わぬ反応に勝機を見出した理子はアリアの言葉を早々に遮ってキンジの兄、遠山金一についての話に踏み込んでいく。先までとは一転して得意げに言葉を紡ぐ理子の様子からは遠山金一の存在をエサにすることがキンジを自身の方に引き込む重要なファクターだと一ミリも疑っていないことが伺える。

 

 しかし。理子は気づいていない。どうにかしてキンジを味方につけようとして放った言葉が全くの逆効果を生み出したことに。キンジの地雷ヶ原を平気で踏み荒らす行為をしでかしてしまったことに。さらに。追い打ちと言わんばかりのキンジの地雷原の上で華麗にタップダンスを披露してしまったことに。現時点で自身の墓穴を最新機械を使って急ピッチで掘り進めてしまっていることに。

 

「だから。表向きには遠山くんのお兄さんはあの時に死んだってことになってるけど、今はイ・ウーの一員として立派に職務を全うして――」

「理子。そろそろ黙ってくれないか? 兄さんはもう死んだんだ。確かに遺体は見つからなかったけど、ちゃんと葬式だって上げたんだ。もう兄さんはこの世にいない」

「ひぅ!?」

 

 理子はキンジから容赦なく放たれた殺気にブルリと身を震わす。口調こそ穏やかだが、背後にゴゴゴゴゴッと効果音がつきそうなほどの威圧感を纏ったキンジに対して恐れおののく。この時、理子はキンジの地雷を盛大に踏み抜いてしまったことを悟った。

 

「で、でででもッ――」

「仮に」

「?」

 

 しかし。アリアの勧誘に失敗した理子にとって、キンジを味方につけられないことはそのまま為す術もなく身柄を拘束されることに繋がる。ゆえに。理子は声を上げる。どうにかして現状を打破したい理子は必死に怒れるキンジを宥めてイ・ウーに勧誘しようと身振り手振り付きで言葉を重ねようとするも、キンジが不意に発した一言に首をコテンと傾ける。どうやら上手くキンジの言葉が聞き取れなかったようだ。

 

「仮に兄さんが理子の言う通り生きていたとしても、あの兄さんがイ・ウー(凶悪極まりない犯罪組織)なんかに入るわけがない。どこまでも己の義に忠実な兄さんがアリアの母さんに平気で濡れ衣着せるような腐った組織の一員になんかなるわけがない。あまり俺の兄さんを侮辱しないでくれないか、理子? これ以上兄さんのことを悪く言われると、俺はお前を土下座させて前言撤回させるだけじゃ気が済まなくなるかもしれない」

「……え、えーと。参考までに聞かせてほしいんだけど、どんなことをするつもりなのかな?」

「そうだな。『焼き土下座』辺りが妥当かもな」

「焼き、土下座? な、なな何それ?」

「謝らせたい相手を鉄板の上で頭をこすりつけさせて土下座させた状態で体を固定して下から火あぶりにするんだよ。漫画で見ただけだからまだやったことないけど……理子が実験台ってのも案外いいかもな。マスコミ各社の幹部共に試す前にいいデータが取れそうだ。いい感じの悲鳴も聞かせてくれそうだし。フフフフフッ」

「ひぃぃぃいいいいいい!?」

 

 キンジが淡々と理子に説明を施した後に、スッと目を細めてニタァと心底愉快そうに笑ってみせると理子は自身の体をギュゥウウと強く抱きしめて高音ボイスの悲鳴を上げる。大方、自身が無理やり焼き土下座をさせられる光景を想像してしまったのだろう。理子はこれでもかってくらいにガクガクブルブルと体を震わせる。恐怖にグルグルと目を回し、歯をカチカチと鳴らす。その際、目じりに溜まっていた涙がボロボロとあふれ出す。涙のダムが決壊した瞬間だった。とても武偵殺しとは思えない理子のあまりに哀れな姿にキンジは自身の溜飲が下がっていく感覚を感じていた。

 

「え、えっと! そういう痛そうなのはボクの趣味じゃない! っというか。えと、その、あの……え、えええ遠慮させていただきましゅ! ごごごごごめんなさぁぁぁあああああああああいッ!!」

「「ッ!?」」

 

 アリアが思わず理子の容体を心配してしまうほどの怯えっぷりを見せた当の理子は、焼き土下座の刑から逃れるため、金髪の中にあらかじめ仕込んでいたコントローラーでANA600便の機体を揺らしにかかる。キンジ主催の焼き土下座の刑に怯えた末に、不意の揺れにキンジとアリアがバランスを崩した隙に客室の外に逃げるという最後の賭けに打って出た理子。しかし。理子の想定以上に揺れが大きかったことが災いしたのか、キンジやアリアだけでなく肝心の理子までもがバランスを崩して「わぷッ!?」と盛大に床に突っ伏してしまった。

 

 前に機体が右傾したときと同様にいち早く体勢を取り戻したキンジは客室を一瞥していきなり自身の視界から消えた理子を捜す。そして。顔を床に思いっきりぶつけて「~~~ッ!!」と悶絶している理子に目を向けたとき、気づいた。理子の胸ポケットから一個の銃弾が宙を舞う形で出てきたことに。その銃弾が白いことに。

 

「なッ――!?」

 

 キンジはこれを知っている。知ってるがゆえになおさら驚いた。過去にカナモードの兄さんから一度だけみせてもらったことがあるのだ。銃弾職人(バレティスタ)にしか作れないために高価で希少。そして。超一流の武偵にしか手にすることのできない、一発一発に多種多様な特殊機能を秘めたレアものの武偵弾。その一つに分類される、閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)を――。

 

 刹那。宙を舞っていた閃光拳銃弾が床に接触した衝撃により、閃光拳銃弾がその効果を十全に発揮。客室が攻撃的な閃光に包まれることとなった。

 

「くッ!?」

 

 閃光拳銃弾が放つあまりに毒々しい光にキンジは目を瞑る。偶然にも事前に閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)を知っていたキンジは閃光弾発動の一瞬前にどうにか目を閉じる動作に移行することができた。しかし。それでも完璧に光をシャットダウンするまでには至らなかったため、キンジは小太刀を持っていない方の手で目を押さえながら数歩後ずさる。アリアは閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)の攻撃的極まりない白光をモロに見てしまったのか、「うッ!?」といううめき声とともにグラッと膝をつき、固くつぶった目を片手で押さえている。

 

「……あれ? なんで二人とも目押さえてるの? ――って! えっと、これって何気に逃げるチャンスだったりする!?」

 

 しかし。何とも運のいいことに、床に顔面から盛大に転んだ理子は奇跡的に閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)の破壊的な光を直視することはなかった。怪我の功名とはまさにこのことか。「痛たた……」と鼻をさすりながら顔を上げた理子は固く閉ざした目を押さえるというキンジとアリアの謎の行動を前にコテンと首を傾ける。だが。すぐに今が二人から逃げる最後のビッグチャンスだと悟った理子は興奮染みた声を上げた。

 

 ちなみに。どうして理子が貴重で希少な武偵弾を持っていたのかというと、人知れずジャンヌが万一のためにと理子のキャビンアテンダントの制服の中に武偵弾を忍ばせていたからである。いかなる汚い手でも平気で使ってくる機関のエージェントが理子を標的とした時のためにと独自ルートで用意していたものがよもやここで役に立つとはジャンヌとて夢にも思わなかったことだろう。

 

「え、えっと、それじゃあボクはこの辺で失礼するね! お、おおお疲れさまッ! アディオス!」

「ま、待て! 理子!」

 

 図らずも自身の元に転がりこんできた折角のチャンスを逃すワケにはいかないと、弾かれたかのように立ち上がった理子はキンジとアリアへと一度ペコリと頭を下げると、バヒューン! という擬態語を伴いつつ一目散に出入り口の方へと駆け出した。キンジは理子を取り逃がすわけにはいかないと理子の気配のする方向へと手を伸ばしたが、結局その手は空を掴むのみだった。どうやら理子のビビりの本能がキンジの手から逃れるように作用したことにより、理子はキンジの魔の手をかわすことに見事成功したようだ。

 

「……逃げられた」

「キンジ! 視力が回復したのなら早く理子を追ってください! 私はまだしばらく動けそうにありません!」

「ッ! あぁ! わかった!」

 

 次にキンジが目を開けた時、すでに理子の姿はどこにもなかった。あれだけ追い詰めていたのに。あと一歩だったのに。理子を逃した自身の詰めの甘さを悔やむ気持ちが徐々に迫り上がってきた時、閃光を直視し、一時的とはいえ視力を失ったアリアが叫ぶ。アリアの声にハッと我に返ったキンジはアリアに返事をしつつ、すぐさまこの場から逃走した理子を捜しに客室から飛び出した。無論、先ほど落とした拳銃とバタフライナイフの回収も忘れていない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(理子の奴、どこに行った?)

 

 キンジは通路を駆ける。乗客の姿が全く見えない中、行方知れずとなった理子を捜索する。さっきから一向に乗客の姿が見えないのは、おそらく理子との戦闘の際に鳴り響いた銃声が大いに関係していることだろう。

 

 俺とアリアは武偵殺しの宣戦布告を受けてANA600便を完全にハイジャックし終える前の理子を発見した。それは、理子がANA600便を乗っ取った旨をいつもの機械音声で機内の乗客に向けて高らかに宣言する前に俺たちが理子と接触したことを意味する。ANA600便がハイジャックされていることを知らない乗客にとって、断続的に響き渡る銃声は得体の知れない不安と恐怖を呼び起こすには十分すぎるモノだったのだろう。通路に出ずに部屋に閉じこもってしまうのも当然の自衛行為と言える。

 

(……この狭い飛行機の中、どこに逃げようってんだ、理子?)

 

 理子捜索の最中、ふとした疑問がキンジの頭をもたげるが、その間もキンジが足を止めることはない。理子がどこに行ったのか全く見当がつかず、まだそれほど遠くには逃げていないだろうとの推測を元にキンジが二階の客室をしらみつぶしに探そうとした時、突如としてドドドドドォンという連続した爆発音が轟く。その破壊音と連動して床が弱めの地震の時のように左右に小刻みに揺れる。

 

(下か!)

 

 キンジは爆発による揺れが収まったのを見計らって、爆発音のした方向へと走り出す。確実に理子がいるであろう下層へと急行する。そうして。一階のセレブ御用達の娯楽設備の数々を駆け抜けてキンジがたどり着いたのはバーだった。橙色の薄暗い照明がバー特有ながらどこか高貴な雰囲気を醸し出し、棚に並べられた多種多様かつ高級感漂うワインだったりがこの場の雰囲気づくりに一役買っている。もちろん、ここにも乗客はいない。

 

 いかにも富裕層が気に入りそうなバーへと到着したキンジは吹きすさぶ冷たい風を肌で感じつつ、ハァとため息を吐いた。キンジの視線の先には爆弾で開けられたであろう穴があった。その近くの壁には赤のスプレーでデカデカと『ごめんなさい』と書かれている。無駄に達筆な『ごめんなさい』の言葉の下には、ご丁寧にも工事中の看板によく描かれていそうな頭を下げる人(理子バージョン)の姿までしっかりと描写されている。

 

「遅かった、か……」

(まさか飛行機から飛び降りて逃げるとはな。まぁ、あの怪盗リュパンの血を継いでるんならやってのけても別におかしくはないのかもしれないけど……そんな真似できたんだな、理子)

 

 キンジは人一人が裕に通り抜けられるであろう穴から外を覗き込んでみるも、さっき爆発音が響いた時点ですでに理子は飛び降りたらしく、理子の姿は影も形も見当たらない。遥か上空から何のためらいもなしに飛び降りる。普段の性格からは想像だにできない大胆な行為を理子がやってのけたことにキンジはどこか場違いな感想を抱かずにはいられなかった。

 

「ん?」

 

 と、その時。キンジは理子の『ごめんなさい』メッセージの他にも赤文字で小さく何かが書かれていることに気づいた。『P.S.何かイ・ウーからプレゼントがあるみたいだよ? 詳しくは聞いてないんだけど……なんだろうね? 食べ物かな?』と、これまた無駄に達筆でメッセージが残されていることに気づいた。

 

「プレゼント?」

 

 理子の書き残した意味深な追記にキンジは首を傾げつつ、ふと外に目を向ける。特に何かを意図した上で行った行為ではなかったのだが、偶然にもその視線が何かを捉えた。外を眺めていたキンジは何かが二つ、ANA600便に向かって飛んでくるのがはっきりと見えた。

 

「――ミサイルッ!?」

 

 キンジが飛来してくるモノの正体に思い至ったのと同時に、二発のミサイルは飛行機に命中し衝撃が飛行機を襲う。それに伴って、ミサイル攻撃を喰らったANA600便がガクンと高度を低下させ始めた。どこにミサイルが命中したのかは全くもってわからないが、事態がキンジの都合の悪い方向に急速に舵を切り始めていることは容易に理解できた。

 

「ちぃっ! 何つうプレゼントだよ!?」

 

 キンジは存分に焦りのこもった言葉を口に出すと、急いでバーを後にする。目的地はアリアを残している二階の客室だ。

 

「アリア!」

「キンジ! 峰さんはどうなりましたか!? それにさっきの揺れは一体――」

「悪い。理子には逃げられた。んなことより、この飛行機がミサイルで狙撃された! イ・ウーからのプレゼントだとよ! とにかくコックピットに向かうぞ!」

「ッ!? で、ですが私はまだ視力が戻っていな――って、えッ!? ちょっ!?」

 

 キンジはバンと客室のドアを開けると未だ膝をついたままのアリアの姿を捉える。キンジは事態を把握し切れていないアリアの問いに簡潔に答えると、まだ視力の回復しきっていないアリアを背負って操縦室へ向けて走り出した。視界が奪われたままの状態でいきなりキンジの背中に自身の体を預けることとなり、慌てた様子を見せるアリアを無視してキンジは一目散に操縦室へと向かう。もしこれがヒステリアモードのキンジなら間違いなくアリアをお姫さま抱っこにしていたことだろう。

 

 とにかく。理子のしでかした事態の収束はまだまだ先のことになりそうだ。キンジは先が思いやられることに内心で陰鬱極まりないため息を吐いた。

 




キンジ→いつかマスコミ各社の幹部共に焼き土下座をさせようと武藤に将来的な焼き土下座用の設備に関する依頼を取り付けていたりする熱血キャラ。
アリア→今回影が薄かった子。大丈夫、きっと次話で輝ける……はず。
理子→意外と画才がある。字が異様に上手い。割とラッキーガール。赤のスプレーを使って『ごめんなさい』メッセージを残す際に髪を自在に操る能力を使用していたりする。何という能力の無駄遣い。

 ビビりこりん、逃走成功。キンジくん主催の焼き土下座の刑から逃げられて本当に良かったですね。それはともかく。りこりんの出番もきっとここらでしばらく打ち止めでしょうね。さらばだ、りこりん! 原作3巻でまた会いましょう!


 ~おまけ(その1 NGシーン ※りこりん大好きっ子は閲覧注意)~

理子「え、えっと! そういう痛そうなのはボクの趣味じゃない! っというか。えと、その、あの……え、えええ遠慮させていただきましゅ! ごごごごごめんなさぁぁぁあああああああああいッ!!(←機体を遠隔操作)」
キンジ&アリア「「ッ!?(←グラリとバランスを崩す二人)」」
理子「わぷッ!?(ドサッ! ←理子が盛大に床に突っ伏した音)」
理子「へぶッ!?(グサッ! ←床に突っ伏した際にポケットから飛び出した、携帯ストラップを大量に取りつけたデコレーション過多の水色携帯が確かな重量を伴って理子の頭に突き刺さった音)」
理子「あぶッ!?(ズガン! ←床に倒れた際に罠用に張り巡らせていた糸をプツリと切ってしまったことで、天井から酸素ボンベが重力を味方につけながら理子の頭目がけて降下&衝突した音)」
理子「みぎゃああああ!?(ギュイイイン! ←酸素ボンベの罠と連動してまたさらに別の罠が発動。シュルリとワイヤーが理子の足首に巻きつき理子を吊し上げた際の機械音)」
理子「がふッ!?(ドォン! ←そのまま吊り上げられた理子が勢いよく機械に引っ張られ、壁に貼りつけられていたテレビと顔面からぶつかった音)」
理子「おぶッ!?(ドサッ! ←テレビと衝突したことで足首のワイヤーが外れ、宙に投げ出された理子が為すすべなく床に顔面から激突した音)」
理子「……(←白目りこりん)」
キンジ&アリア「「……(←絶句)」」
アリア「……み、峰さん?」
キンジ「お、おーい。理子。お前、大丈夫か? 生きてるか?」
理子「……(←返事がない。ただの屍のようだ)」
アリア「とりあえず、治療しましょうか」
キンジ「あぁ。そうだな」


 ~おまけ(その2 NGシーン)~

アリア「キンジ」
キンジ「ん? どうした、アリア?(←アリアを背負って走りつつ)」
アリア「機長と副機長はまだ眠ったままなのですか? 二人がこの飛行機を操縦してくれたなら私たちが操縦するより着陸成功の可能性はかなり変わってきますよ?」
キンジ「あ、そういやあの人たちのことすっかり忘れてた。確かにプロの人たちにやってもらった方がいいよなぁ。この飛行機、二発もミサイル喰らってるワケだし。とりあえず様子を見に行くか(ガチャ←扉を開ける音)」

 機長と副機長はベッドの上で互いを抱きしめるようにして深い眠りに入っている! 心なしか、服も乱れている!

キンジ「……(←絶句)」
アリア「彼らの様子はどうですか、キンジ?」
キンジ「……ダメだ。これはしばらく起きそうにない。きっと、そうなるように理子がしっかり眠らせたんだろうな(←虚ろな目で)」
アリア「……そうですか。結局は私たちだけで何とかしなければならない、ということですね」
キンジ「そういうことになるな。とにかく、二人はこのままそっとしておこう。今はコックピットに急ぐぞ(アリア。お前、ちょうど視力失っててホントに良かったな)」


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19.切迫するハイジャック事情


 どうも。ふぁもにかです。今回はサブタイトルに熱血キンジの文字がないので、主人公キンジくんの出番はない……と見せかけといて、キンジくんがちゃっかり登場しちゃってる回です。何て紛らわしい。そして。今回はここ何話か原作1巻クライマックスの展開の関係上、地の文ですら登場することができなかったあの方々が久々に登場します。でもって、今回のあとがきは1800字オーバーです。うん。もう何も言うまい。



 

 東京武偵高校。2年A組の教室にて。キンジとアリアがANA600便に乗り込んでいる最中、2年A組所属の十数名の武偵が一堂に会していた。そこで。集まった武偵たちの中の大半がノートパソコンと向き合いカタカタとキーボードを鳴らしている。残りの武偵たちのほとんどもそれぞれ役割を分担して己にできることを着々とこなしている。

 

「くそッ。何がどうなってやがんだよ……」

 

 教室が緊迫した空気に包まれる中、特に何をするでもなくただ佇む少数派の一人である不知火が苛立ちを小さく口にする。この場に集結した武偵たちの中でただ一人強襲科(アサルト)を専攻している不知火はこの場においてあまり役に立たない。それなりにパソコン技術も持ち合わせている不知火だが、今回のような、防衛省による妨害工作を突破してANA600便の状況に関する情報を手に入れるという目的においてはさすがに実力不足だった。

 

 高度のパソコン技術を習得していなくとも情報収集はできるのだが、そうして集められる情報など今の状況下では高が知れている。実際、自身にやれることはあらかたやりきってしまったがゆえに不知火は手持ち無沙汰となっていた。精々、今も一生懸命に作業に取り組んでいるクラスメイト達の手助けをする程度しかできなかった。その事実が不知火の心をより荒れ果てたものにさせる。

 

 それを言うなら車輌科(ロジ)専攻の武藤も条件は不知火と大して変わらないはずなのだが、当の武藤はさも当然のごとくノートパソコンを駆使している。日々情報処理機器を取り扱っている情報科(インフォルマ)よりも遥かに早いスピードでキーボードを叩いている。カタカタなんてレベルじゃない。カタタタでも生温い。効果音をつけるとするならズダダダダッといった所だ。平然と他者との次元の違いを見せつける武藤の存在が情報科の高ランク武偵の心を密かに折ってしまっていることを当の本人は知らない。

 

 さて。ところで、彼らはなぜ教室に集合し、こうして張りつめたような雰囲気の中で己の役目を最大限に全うしているのか。

 

 事の発端は、武藤が気まぐれに制作した魔改造コンピュータを使ってプログラミングのアルバイト(本人曰く、修行)をそつなくこなしていた諜報科(レザド)の忍者少女、風魔陽菜が偶然無線を傍受し、その旨を直ちに武藤に伝えたことにさかのぼる。

 

 この連絡を受けた武藤がネットを存分に使って情報を拡散したことにより、峰理子が乗ったANA600便が武偵殺しによってハイジャックされたことを知ったクラスメイトたちが自然と2年A組の教室に集まったのだ。武藤が集合場所を定めていなかったにも関わらず、皆が集まりそうな場所を推測してこうして集結することができる辺りはさすがは武偵といった所である。

 

 さらに。ノートパソコン等の情報機器を駆使して詳細を調べていくうちに、機内で断続的に銃声が聞こえていることやANA600便が離陸する前に男女二人組の武偵が乗り込んでいたこと、また600便の高度が急に下がり始めたことといった追加情報を入手することに成功した。その際、キンジの依頼により峰理子が武偵殺しだと疑うに足る証拠をすでに手に入れている武藤がポツリと「……キンジと神崎さんか……」と今にも消え入りそうな声で男女二人組の武偵の名を呟いていたのだが、その声を拾う者はいなかった。

 

 しかし。目下ハイジャックされているANA600便を取り巻く現状について彼らが調べられたのはここまでだった。突如、何者かによって暗号コードを変えられたことでアクセスが遮断されたのだ。しかも、航空無線に膨大なスクランブルが掛けられてしまったことでANA600便の把握ができなくなってしまったのだ。その犯人はまさかの防衛省。国家機関が率先して自分たちの妨害を行っているということに、普段からそれなりに場数を踏んできている武藤たちもさすがに困惑を隠せなかった。

 

 何がどうなっているのか。なぜ防衛省が自分たちに妨害工作を仕掛けてくるのか。何のためにANA600便を徹底的に孤立させようとしているのか。

 

 なぜかANA600便が武偵殺しによってハイジャックされたという大事件がどのニュースでも取り上げられさえもしない中、2年A組所属の武偵たちは当惑の渦に追いやられていく。そんな彼らが一連の答えを知ったのは、彼らの元に一つの通信が繋がった時であった。

 

『こちら、尋問科(ダギュラ)の中空知美咲。とある親切な防衛省幹部との誠意ある【お話】により機密情報の入手に成功したよ』

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 不意に武藤たちのいる教室に尋問科Sランク武偵:中空知からの通信が届く。中空知の発言に武藤たちは現状を把握する希望を見出した。尋問科Sランク武偵たる中空知美咲の【お話】もとい言葉責めの威力は色々と尾ひれが付きまくって東京武偵高中に広がっている。武藤たちの耳にもしっかりと届いている。中空知が【お話】を行使して手に入れた機密情報なら信憑性を疑うまでもない。武藤たちは自分たちが今回の一件の核心に迫っていることにゴクリと唾を呑んだ。

 

 その際、不知火が非常に聞き覚えのある声に「ひぃぃッ!?」と不良らしくない情けない悲鳴を上げたのはご愛嬌である。彼女の声が不知火にとってのトラウマと化している以上、彼が理子ばりの悲鳴を漏らしてしまうのも仕方ない。

 

「……中空知さん。それ、本当……?」

『うん。で、彼の情報によると、政府の見解は――墜落、あるいは着地の失敗によるリスクを考慮し、ANA600便の羽田・成田への着陸は認めず、関東近海の太平洋上に不時着させる方針を取り、もしANA600便が従わない場合、洋上で容赦なく撃墜する、だってさ』

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 中空知によってもたらされた政府の見解に一同は絶句する。ANA600便にはセレブ御用達のチャーター便ゆえにあまり多くはないものの乗客はいる。それを知らない政府ではない。それを知った上で、政府はもしANA600便が従わなければ即座に撃墜するという形で実質的にANA600便を見捨てる方針を取ったのだ。それは政府が乗客を積極的に殺す決断を下したことに他ならない。武藤たちが驚きに声を失うのも無理はなかった。

 

『全く、ふざけた見解だよねぇ。ホント、お上は何を考えてるんだろうね』

 

 誰もが想定外極まりない政府の判断に言葉を失い、自身の作業を止める。中空知のトーンを落とした吐き捨てるような声が、シンとした教室によく響いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一方その頃。キンジとアリアの二人はそれぞれANA600便の操縦席に腰を下ろしていた。二人ともセレブ御用達の大型ジェット機の操縦経験などなく、精々アリアの小型機の操縦経験しかない。理子に眠らされた機長と副機長が全くもって起きる気配がなかったのと乗客の中に操縦経験者がいなかったことが、大型ジェット機操縦素人な二人がANA600便の操縦を担う事態に発展している大きな要因だ。

 

 アリアを背負った状態でコックピットにたどり着いたキンジはまずアリアを操縦席に座らせると、理子があらかじめ取りつけていたと思われる遠隔操縦用のユニットらしき機械を拳銃を使って乱暴に取り外し、操縦桿を操作を通してどうにか高度が下がりっぱなしだった機体を安定させることに成功した。この頃なってようやく視力を取り戻したアリアに機体の安定を任せつつ、キンジが羽田空港の管制塔へと連絡を取ろうとしたのだが、キンジの呼びかけに応じたのはなぜか管制塔の人ではなく、航空自衛隊に所属する者だった。

 

 どこかドスの利いた、物々しい口調で語る通信相手曰く、現時点においてANA600便は航空自衛隊の関東方面指令部の管制下に入っているのだそうだ。また。羽田・成田滑走路は何とも運の悪いことにトラブルが発生したことにより使えない(封鎖されている)ので、現在地より右方向に旋回し、太平洋上へと進路を取れとのこと。その際、飛行機を無事に不時着できる場所に自衛隊機で誘導する、そう通信相手は有無を言わさぬ強い口調で主張しているのだが――

 

「アリア」

「わかっています。海の上に安全確実に不時着できる場所なんてありません。何が狙いか知りませんが……彼の指示にとてつもなく悪意を感じますね」

「あぁ。全くだ」

 

 キンジとアリアは互いに目配せをすると、全く同じタイミングで一つうなずく。キンジもアリアもそれぞれ事前知識として飛行機による海上での着水における危険度を正しく認識していた。そのため、二人は通信相手の指令に疑心を抱く。通信相手が航空自衛隊の関東方面司令部の名を騙った全くの別人なのではないかとの疑念を胸に抱える。

 

『その通り! よくわかってますね、神崎さん!』

「ッ!? この声、不知火か!?」

『あぁ! というか、ANA600便に乗り込んだ二人組の武偵ってお前らのことだったんだな!』

『なッ!? 貴様、どうやって割り込んで――』

『うるせえ! 武藤印の魔改造コンピュータのスペック舐めんなよ!』

 

 と、その時。普段から聞きなれた声がキンジ&アリアと航空自衛隊の男との通信に介入してきた。まさかここで不知火の声を聞くことになると思わなかったキンジは驚きを顕わにするも、不知火が得意げに放った言葉に「あぁなるほど」納得する。武藤は気まぐれで様々なモノを改造する習性がある。その武藤により改造を施されたパソコンは概して既存のスペックを遥かに凌駕する化け物仕様に様変わりするのだ。そんな武藤の魔改造コンピュータに普段から情報機器等を使って技術を磨いている武偵の力が合わされば、通信に介入し航空自衛隊の男を通信から排除することぐらい何ともないということか。

 

『……うるさい、不知火。オレの名前出すな。……変なのに目をつけられたらどうする? それとも、また中空知さんの実験台に――』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさぁぁああああい!』

『……わかればいい……』

 

 と。そんなことを考えているキンジの耳に武藤が不知火に苦言を呈しているのが聞こえてきた。相変わらずのあまり抑揚を感じられない武藤の声だが、ある程度親密な関係を築いているキンジには武藤が焦燥の念に駆られていることを理解した。無理もない。不知火のあの物言いでは武藤が航空自衛隊の関東方面指令部からの通信に割り込んだ立役者だと暴露するようなものだ。国家権力を有するものに名前を知られれば将来面倒なことになるかもしれない。それを考えたら、武藤が中空知の名前を出してまでして不知火の発言を咎めたのもある意味当然の反応と言えよう。

 

『……キンジ、神崎さん。時間がないから手短に伝える。政府も自衛隊も600便を見捨てている。600便が関東方面司令部の言うことを聞かない場合、直ちに撃墜するらしい……』

「は?」

「え?」

 

 精神的に不知火を轟沈させた後、武藤が率直に伝えた言葉にキンジとアリアは二人して情けない声を上げた。武藤の言葉を素直に受け入れられずに目をパチクリとさせる。

 

「いやいや! ちょっと待て、武藤! この飛行機には乗客が乗ってんだぞ!? いくらなんでもそんな真似――」

『……キンジ。これは政府の見解だ。中空知さんが関係者と【お話】して無理やり吐かせて手に入れた情報だから、信憑性は高い……』

『それに。600便がハイジャックされたことはどの報道機関でも全く報道されてねぇ。政府も自衛隊も600便の乗客全員とっくに見捨ててんだよ』

「マジかよ……」

 

 そのまま意識を遥か地平線の彼方まで飛ばしかけた所でどうにか我を取り戻したキンジが声を張り上げるも、武藤はキンジの声を遮って言葉を畳みかけてくる。すると。武藤に引き続いて何気に復活した不知火も言葉を重ねてくる。とても先まで震え声でごめんなさいを連呼していた張本人とは思えないぐらいに真剣みを帯びた声で、現状がいかに深刻かを伝えてくる。どうやら武藤たちの言葉が信じられないなどと言ってられる状況ではないようだ。

 

 キンジはギリリと歯噛みした。海上に安全に着陸できる場所など存在しない以上、戦闘機の誘導に従ってはならない。従えば俺とアリアの命はもちろん、乗客の命の保障はできない。というか、死者が発生する可能性は陸上に緊急着陸した時よりも遥かに跳ね上がる。しかし。だからといって指示に従わなければ、この場において問答無用で撃墜されるかもしれない。

 

「……キンジ。ここは従いましょう。下手に指示に従わない素振りを見せてここで撃墜されるよりかは幾らかマシなはずです」

「……」

 

 アリアが苦虫を噛み潰したような苦い表情で苦渋の提案を示してくる。しかし。キンジはアリアの提案に了承できずにただただ操縦桿をきつく握りしめていると、キンジはふと視界の端に違和感を捉えた。キンジは違和感の正体を知ろうとANA600便に並走するにっくき戦闘機に目を向けて、そのまま「ん?」と頭にクエスチョンマークを浮かべた。

 

「? どうしましたか? キンジ?」

『……どうした? キンジ……』

「あ、いや、なんか戦闘機が600便から離れていくんだが」

「『え?』」

 

 キンジの視線をアリアが追うと、確かに徐々に高度を低下させながらANA600便から離れていく戦闘機の姿があった。ANA600便の動きを監視し、航空自衛隊サイドの命令に従わない場合は容赦なく撃ち落す任務を背負っているはずの戦闘機が少しずつANA600便から距離を取っていく光景がそこにはあった。それだけに留まらず、戦闘機は急な角度で乱高下したり無意味にツイスト回転したりと意味の分からない行動を取っている。航空自衛隊員が操縦しているにしてはあまりに不可解な動きにキンジとアリアは「うん?」とそろって首を傾げた。

 




キンジ→初めての航空機操縦にしてはメチャクチャ落ち着いている熱血キャラ。
アリア→理子との戦闘以来、雷が鳴っていないことに内心で安堵している子。
武藤→相変わらずのハイスペック。もはや存在自体がオーバーテクノロジー。
不知火→仲間の危機において自身の無力さに苛立つくらいには根が優しい不良。 
風魔→修行と称してプログラミングのアルバイトをしている忍者娘。
中空知→尋問科(ダギュラ)Sランク武偵。電話越しの【お話】もとい言葉責めの脅迫だけで防衛省幹部からしっかりと情報を入手できるだけの実力をもつ。ちなみに。後日談だが彼女の【お話】の被害にあったとある防衛省幹部はその後、一時期幼児退行してしまったらしい。ご愁傷さまである。

 謎の飛行を繰り広げる戦闘機、その謎は次回に持ち越しなのです。


~おまけ(その1 ネトゲ世界のとある日のこと)~

ボス「GOAAAAAAAAAAAAAAAA!!(←刃渡り5メートルの野太刀を容赦なく振り下ろす全長10メートル級の魔人系ボス)」
剣士アグル「くそッ!? このボス、マジつええ!?(野太刀を大剣で受け止めつつ)」
魔導士ヴァン「あの子はまだ来ないのですか!?(←アセアセ)」
騎士ヘルメス「何だよこいつ、理不尽にも程が――グハッ!?(←魔人の蹴りがクリーンヒット)」
剣士アグル「ヤベェ!? ヘルメスの野郎、モロに攻撃喰らったぞ!?」
魔導士ヴァン「カノッサさん! ヘルメスさんのHPゲージが赤色に――」
僧侶カノッサ「わかっています! あと5秒だけ持ちこたえてください!(←治癒魔法の詠唱に入りつつ)」
剣士アグル「5秒だな! わかっ――って、マズい。あの構えは――『空跳ぶ破壊者(ジャンピング・クラッシャー)』!?」
魔導士ヴァン「逃げてください、ヘルメスさん!」
騎士ヘルメス「か、体が動かな――」
ボス「BOAAAAAAAAAAAAAAA!!(ズウウウウン ←ボスが空高く跳び上がり、重力を味方につけて騎士ヘルメスのいた場所を踏み潰した音)」
剣士アグル「ヘ、ヘルメスゥゥゥウウウウウウ!!」
魔導士ヴァン「そんな、ヘルメスさんが……」
僧侶カノッサ「……今回ばかりは本気でマズいですね。全滅の危機です」
剣士アグル「くっそう!? あいつはまだ来ないのかよ!?」
???「来てるでござるよ、ニンニン」
一同『ッ!?』
???「危機一髪でござったな、ヘルメス殿(←ボスに踏み潰される寸前のヘルメスをお姫さま抱っこで助けていた???がヘルメスを下ろしつつ)」
騎士ヘルメス「あ、あぁ。助かった。ありがとな、フー」
忍者フー「いえいえ。困った時はお互いさまにござる。それより、遅くなってすまないでござる。風魔陽菜、只今参上つかまつった」
僧侶カノッサ「フーさん。この世界で本名名乗るのはご法度ですよ。全く、何回言えばわかるんですか、貴女は……(←呆れつつ)」
忍者フー「め、面目ない……」
魔導士ヴァン「まぁまぁ。いいではないですか」
騎士ヘルメス「そうだぜ、カノッサ。んなことより、やっと5人全員そろったんだ。これで勝つる!」
僧侶カノッサ「貴方たちはホントにフーに優しいですよね。まぁいいですけど」
剣士アグル「さて。それじゃあ始めるか。フォーメーションγ!」
一同『おう!』


 ~おまけ(その2 航空自衛隊関東方面指令部の裏側)~

航空自衛隊の男「繰り返す。現在地より右方向に旋回し、太平洋上に進路を取れ。自衛隊機が安全確実に不時着できる場所まで誘導する」
航空自衛隊の男「(フッ、世の麗しき女性たちを魅了させるこのバリトンボイスで簡潔的確に武偵に指示を伝える俺マジかっけぇ。確か遠山武偵の他に神崎・H・アリアという女性の武偵もいたんだったか。俺の楽器のようなバリトンボイスに聞き惚れて使い物にならなくなってなければいいが。フッ。つくづく思うが、俺は本当に罪な男だな。ただ声を発しただけで女性の心を次々と鷲掴みにしてしまうなんて、な)」
部下A「……(あー。また髪掻き上げてるよ、あの人。ファサってやってるよ。気持ちわりぃ)」
部下B「……(今年で46じゃなかったか? いい年してホントに何やってんだよ)」
部下C「……(あのおっさん。今がどんな状況かわかってんのか?)」
部下D「……(その辺の中年男性と大差ないあの平均的な顔でナルシストこじらせてるとか、引くわー。マジ引くわー)」
部下E「……(なんであんなのが俺たちの上司なんだか。理解に苦しむぜ)」
部下F「……(さすがは航空自衛隊キモイ男ランキング10年連続覇者。揺るぎないな)」


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20.ハイジャック裏事情


 どうも。ふぁもにかです。今回は久々の主人公キンジくんの出番ゼロの緊急事態回です。でもって、ついに! この作品の感想が100件突破しました! イェーイ! ヤター! ワキャー!(←とりあえず手放しで喜んでみる)――と、喜んではみましたが、感想が100件超えたからって何か特別企画を用意してるってワケじゃないんですけどね。ええ。こんな私ふぁもにかですが、これからもよろしくしてやってくれるとありがたいです。



 

 時は少しさかのぼる。キンジとアリアが武藤や不知火からANA600便を取り巻くあまりよろしくない現状を知らされている、ちょうどその頃。

 

「えーと、ここはこうしてっと。それで――」

 

 ANA600便内のとある客室にて。理子はカタカタとノートパソコンを操作していた。その指さばきは常人の目には残像が残って見えるほどのとんでもないレベルであり、さらに超能力(ステルス)を使用して金髪を自在に操り他のノートパソコンのキーボードに宛がっている現在の理子は、計6台ものパソコンを同時に操作するという半ば人間離れした実力を惜しみなく発揮していた。尤も、これほどまでに常軌を逸した技量を持つ理子も武藤の卓逸したパソコン技術にはまだまだ及ばないのだが。

 

 実を言うと、理子はANA600便から脱出などしていなかった。持ち前の爆弾で一階のバーを爆発させ人一人が余裕で通れる大きさの風穴を作ったのはあくまでキンジとアリアを騙すためのカモフラージュ。理子が今もANA600便内に潜んでいるなどと思わせないためのギミック。いや、本当ならさっさとANA600便からおさらばするつもりだったのだが、土壇場になって急にANA600便の外に身を投げ出すのが怖くなり、足が竦んでしまったといった方が正解か。

 

 つまり。元々の重度の怖がりな性格の上に高所恐怖症を発症している理子に、パラシュートを使って高度何千メートルもの上空から漆黒の闇へと飛び降りるなんて真似はできなかったのだ。いくら最悪の事態を想定し、事前にジャンヌを伴って何度もスカイダイビングを通して練習を重ねてきたとはいえ怖いものは怖い。できないものはできない。ジャンヌのように「フハハハハハハッ! 天は我の手中にありいいいいいいぃぃぃぃ――」などと高らかに叫びながら遥か眼下の世界に喜び勇んでダイブすることなど無理難題もいい所なのだ。

 

 そもそも理子がスカイダイビングの練習をした時、時刻は昼間だったのだ。安全面を考慮すれば、当然のことながら夜の真っ暗闇の中でのスカイダイビングの練習などできるはずがない。よって、今回のANA600便からの飛び降りは理子にとって実質的なぶっつけ本番。理子の足がANA600便に縛りつけられるのも当然の結実と言えよう。

 

 そして。あまりの恐怖に飛行機からの飛び降りを断念した理子は即座にバーカウンターに忍ばせていた爆弾を持ち出しバーに風穴を開けた。それにより見事にキンジの目を欺いた理子は乗客の一人に眠ってもらい、彼が無駄に持っていた6台ものノートパソコンを恐るべき速さで駆使しているというワケである。平然と複数のノートパソコンを操作する辺り、探偵科(インケスタ)Aランクの肩書きはダテではない。さて。ところで、どうして理子がこんなことをしているのかというと――

 

(今600便を撃墜されると凄く困るんだよね。遠山くんとオリュメスさんに負け越したまま二人に死なれるのは嫌だし……それにボク、そもそもここ(600便)から脱出してないし。撃墜されたらボクまで死んじゃうし)

 

 つまりはそういうことである。飛行機から飛び降りるだけの度量のなかった理子はもはやANA600便と運命共同体。ANA600便と一蓮托生の関係を構築してしまっている。もしもANA600便が落とされるなんてことになれば、それはすなわち峰理子リュパン四世の人生終了のお知らせを意味してしまう。なので。さっきからANA600便の真横をチョロチョロと飛んでいるいけ好かない戦闘機ごときに600便を撃墜されるわけにはいかないのだ。

 

 それゆえに。あらかじめ操縦室に盗聴器を仕掛けていたことで操縦室でのキンジたちの会話をちゃっかりと把握し、さらに航空自衛隊の関東方面司令部の人間が出張ってきた時点でビビりの本能により嫌な予感をヒシヒシと感じていた理子はいざという時に備えるために上記の通りにノートパソコンを入手した。そして。段々とANA600便撃墜が現実味を帯びてきた今、現状を打破しようと必死になって己にできることを全うしているということだ。

 

「よし。上手くいった。後は――」

 

 峰理子リュパン四世。ある時は計38台ものセグウェイコレクションを意のままに操り、またある時は26台ものルノーコレクションを自在に遠隔操作した実力はダテではない。先ほどからあることを狙ってノートパソコンを駆使していた理子は自身の目的が上手く達成できそうな状況に事態が傾いてきたことに喜色を存分に含んだ笑みを浮かべた。パァァと花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――。――。わかった。任務を遂行する」

「……どうでしたか?」

「たった今、司令部から600便を撃墜せよとの命令が下った。さっさとやるぞ」

 

 時同じくして、航空自衛隊関東方面司令部との通信を終えた一人の航空自衛隊員はフゥと陰鬱なため息を吐く。もう一人の部下の航空自衛隊員がタイミングを見計らって尋ねると、上司の男から返ってきたのは無情にもANA600便撃墜を決定づける言葉だった。

 

「わかりました。……ハァ、なんで一般の乗客が乗ってる飛行機を撃ち落とさなきゃいけないんでしょうね。私はこんなことをするためにここまで頑張ってきたわけではないのですが――」

「言うな。仕方あるまい。大方、上は武偵ごときに航空機の着陸などできないと思っているのだろう。実際、着陸の難易度が高いのは周知の事実だからな。それに。これは上からの命令だ。例え我々が逆らった所で上は我々を切り捨てるだけだ。上からすれば代わりなどいくらでもいるのだからな。我々にできることは精々乗客の冥福を祈るのみだ」

「……それもそうですね。それでは、撃ち落しましょうか」

「あぁ」

 

 前部座席の部下の男がこの世の無常を嘆くかのように本音を漏らすと後部座席の上司の男もそれに同調する。二人の表情からは民間人の乗っているANA600便を他でもない自分たちの手で撃墜なんてしたくないという心からの思いがありありと伺えた。しかし。自分たちが所詮組織の中の歯車の一つに過ぎないことは、いくらでも替えの利く駒の一つでしかないことは重々承知している。上に逆らうなどという選択肢は端から用意されていない。ANA600便撃墜命令に従うより他はなかった。

 

「……アレ?」

「どうした?」

「き、機体をコントロールできません! どうして!? さっきまでこんな不具合なかったのに!?」

「何だと!?」

 

 部下の男がANA600便撃墜へ向けて機体をコントロールしようとして、首を傾げた。いくら力を込めても操縦桿が部下の男の意のままに動かないのだ。突如としてうんともすんともいわなくなった操縦桿。不測の事態に部下の男は無意識のうちに焦りに駆られた声を上げる。上司の男もまさかそのような事態に陥るとは思いもよらなかったのだろう、部下の男の放った言葉に驚愕を顕わにする。

 

「何が一体どうなって――」

『あ、あー。マイクテスマイクテス……コホン。えー。只今、この戦闘機はハイジャックされ、やがりまシタ』

「「なッ!?」」

 

 まさかの事態を前に上司の男が顔を強張らせつつ、原因把握に努めようと冷静に考えを巡らせようとした時、唐突に二人の戦闘機パイロットの耳に機械音声が響き渡った。不意打ちと言わんばかりに二人の鼓膜を打ってくる機械音声。二人は驚愕のあまり目を見開き、思わずといった風に驚きの声を漏らした。遥か上空を飛ぶこの戦闘機に何らかの手段を使って接触してきたことや機械音声のハイジャック宣言もそうだが、二人を最も驚かせたのはその機械音声そのものだった。

 

 二人はプライベートにおいてそれぞれ武偵の知り合いを持っている。それゆえに武偵の天敵とも言える存在である武偵殺しの模倣犯の犯行のやり口を、犯行の際に使われる特徴的な機械音声を知っていたのだ。何かと『やがる』という助動詞を語尾に使っているにも関わらず、時々やけに下手に出る機械音声についての情報を偶然手に入れていたのだ。

 

「……この機械音声、まさかあの武偵殺しの模倣犯!? それに今ハイジャックしたって言いましたよね!?」

「バカな!? この戦闘機の制御権を奪われたというのか!?」

『はい。制御権は奪われ、やがりまシタ。操縦桿が動かないのもボクの仕業で、やがりマス。無駄な抵抗はし、やがるなデス。誰かと通信を繋ごうとしやがれば即刻墜落させ、やがりマス。嗚呼。大人しくしやがっていても結局は墜落させ、やがりマスガ』

 

 機械音声の正体を最近巷を騒がせている武偵殺しの模倣犯と断定し驚きのままに声を荒くする二人に、機械音声は何でもないことのように戦闘機墜落宣言を口にする。あまりに淡々と言葉を続ける機械音声を前に二人は背中に氷塊をすべり込まされたかのようなゾワリとした感覚を感じていた。これが武偵殺しの模倣犯なのかと二人は戦慄を隠せなかった。

 

「――ッ!? くそ、なぜだ!? なぜ武偵殺しの模倣犯がこんな真似をする!? 武偵しか殺そうとしないんじゃなかったのか!? そもそもこんなことをして何の利益があるというのだ!?」

『その辺に関しては全てノーコメントで、やがりマス。……ごめんなサイ。不甲斐ないボクをどうか許してくだサイ。本当に答えられ、やがれないんデス。答えたらボクの命が色々と危なくなり、やがりそうデスシ。ごめんなサイ』

 

 武偵殺しの模倣犯の目的の見当がつかずに疑問をそのまま叫ぶ上司の男に対して、疑問をぶつけられた当の本人は謝罪の言葉を最後に通信を一方的に断ち切った。その後まもなく、戦闘機は部下の男の操作なしに急な角度で乱高下したり無意味にツイスト回転したりと危ないことこの上ない動きを見せる。いつ空中分解してもおかしくないレベルの危険度MAXな飛行を繰り広げる。それは機械音声の主が戦闘機の制御権を完全に奪いとっていることの何よりの証明だった。

 

「くそッ!? 高度を低下させられている! このままでは海に墜落してしまう!!」

「うわあああああああああああ!!」

 

 武偵殺しの模倣犯の遠隔操作により、戦闘機が海に向かって急降下させられていることに本格的に命の危機を感じた二人の航空自衛隊員はたまらず緊急脱出装置を作動して戦闘機から脱出する。かくして。戦闘機のもたらす脅威がANA600便に及ぶことはなくなったのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……祟らないでくれると、ボク嬉しいナ」

 

 一方。複数台のノートパソコンを使うことで戦闘機の遠隔操作に成功し、ボイスチェンジャーの代わりに持ち前の変声技術を駆使していつもの機械音声を再現してみせた当の理子(本物の武偵殺し)は戦闘機のパイロット二人が緊急脱出装置を利用して脱出したことをしかと確認した。その際、フルフルと体を小刻みに震わせながら、「あの二人死んだりしないよね? 大丈夫だよね?」と二人の安否を案じる独り言を漏らす辺りが何とも理子らしい。さすがに緊急脱出装置まで使えなくするほど理子は鬼畜ではないのである。

 

「さて。遠山くん。オリュメスさん。ボクはひとまず君たちのサポートに回ることにするよ。たとえこれからどれだけ多くの戦闘機がやってきたとしてもしっかり制御権をジャックする。たとえこれからどのような妨害工作が仕掛けられたとしても、絶対にANA600便の撃墜なんてさせないように陰ながらサポートする。だから、さ。機長と副機長をしっかりと眠らせちゃったせいで起こし方が全然わからないボクがこんなこと言うのはおこがましいと自分でも思うけど――ちゃんと着陸成功させてよね。ここで死ぬのなんて、ボクはゴメンだよ?」

 

 理子は首を振って航空自衛隊員二人を意識の外に追いやることで気持ちを切り替えると、操縦室にいるであろうキンジとアリアに向けて言葉を紡ぐ。その発言内容とは裏腹に、今の理子は二人がANA600便の着陸に失敗するなどとは全く思っていないように見える。

 

 二人がどれだけの逸材なのかを理子はよく理解している。二人との戦闘を通してその身に思い知らされることとなった以上、今の理子は二人の凄さを重々承知している。

 

 遠山キンジと神崎・H・アリア。二人は武偵ランクでは表せない何かを持っている。そのことを理子は今回の戦闘を経て漠然とだが認識した。そもそも。二人がただの強襲科(アサルト)Sランク武偵なら、以前成り行きでSランク武偵のみで構成された実力者チームと相対し、結果として複数対1を制したことのある理子が二人相手に負けることはなかっただろう。

 

 それはともかく。前に理子が二人の個人情報を事細かに調べた際、二人に目ぼしい航空機の操縦経験は見当たらなかった。精々、アリアの小型機の操縦経験があるくらいだ。普通に考えれば、ロクに大型航空機を操縦したことのない武偵二人がANA600便を無事に着陸させられるとは誰も思わないだろう。着陸のリスクを考えた政府やら防衛省やらがANA600便を撃ち落とす旨の判断をするのもわからない話ではない。あくまでANA600便に乗り合わせた乗客の命を完全に無視すればだが。

 

 だけど。先に述べた通り、理子はキンジとアリアには他の人が持ちえない特別な何かがあるとの直感にも似た思いを抱いていた。そのことが理子に二人なら無事にANA600便を着陸させることができるといった、一見根拠のない確信を抱かせるのだ。

 

「あ、そういえばボク、今日の12星座占いで最下位だったような……だ、大丈夫だよね。今日のラッキーカラー黒だしね。キャビンアテンダントの制服も黒だし、うん。きっと大丈夫……だよね?」

 

 理子は今朝テレビ番組で見た12星座占いのことをふと思い出したことで唐突に何とも言いようもない不安感に駆られてしまう。先まで心底で抱いていた確信がいとも簡単に揺らいでしまう。じわじわと胸の奥からこみ上げてくる不安に怯えつつ、武偵ランクなどでは測れないキンジとアリアのポテンシャルに望みを託す理子であった。

 




理子→高所恐怖症なビビりさん。武藤には及ばないがそれでも十分機械チート。戦闘機だってジャックできる。12星座占いを割と信じている。
航空自衛隊員二名→いい人補正が入っている。

 りこりん復活。陰でちゃっかり活躍するの巻。確かにりこりんは逃走に成功しました。だが。しかし。ANA600便から逃走したとは一言も言ってません。敢えてそれっぽく描写しただけです。意図されたミスリーディングって奴です。『りこりんの出番もきっとここらでしばらく打ち止めでしょうね』と前々回のあとがきで記しましたが、決して断定はしていません。つまり、ここでりこりんを出しても何ら問題はないというワケなのですよ。かかったなポッター! フッフッフッ、ハァーハッハッハッハッハ!! ……はい。調子乗りました。ごめんなさい。

 余談ですが、実はこの第一章『熱血キンジと武偵殺し』で一番書きたかったシーン(カオス部門)堂々の第一位はこの辺だったりするんですよね。ようやく執筆できてホントに良かったですよ。ええ。


 ~おまけ(その1 19.5話:NGシーン ※りこりん大好きっ子は閲覧注意)~

理子「うぅ。誰かパソコン持ってる人いないかなぁ。何だか嫌な予感がするんだよなぁ(←アセアセ)」
理子「ここの人はどうかな?(←ガチャ)」
20代の男「ふぉっ!?(ビクリッ)」
理子「……(あ、この人ノートパソコン6台も持ってる。てことは、この人を眠らせれば万事解決――)」
20代の男「――き」
理子「き?」
20代の男「キタァァァァアアアアアアアアアアア!!」
理子「ひぅッ!?(ビクッ)」
20代の男「キター! 可愛い子キター! キタコレ! マジでキタコレ! 確かにミクたんみたいな可愛い子が三次元に出てきてくれたらって考えたけどまさかこんなに可愛い子が僕に会いに来てくれるなんて思わなかったお!」
理子「え、えっと……(←オロオロ)」
20代の男「ね、ねぇ。君の名前、何て言うの?(←爛々とした瞳で)」
理子「え、っと……み、峰理子です(あれ? なんでボク、真面目に答えてるんだろ?)」
20代の男「そっか。理子たんか。理子たん可愛いよ理子たん。あぁ。何て可愛いんだ理子たん! 理子たんをprprしたいお! ハフハフしたいお! クンカクンカしたいお! で、でも、その前に。まずは理子たんを僕なしじゃ生きていけない体にしないとね。大丈夫。痛いのは最初だけだから――(←理子ににじり寄りながら)」
理子「ひ、ひぃぃいいいいい!?(ゾワリッ ←涙目りこりん)」
20代の男「理子たぁぁぁんぅぅううわあああああああああああああああん!!(←理子に急接近)」
理子「こ、来ないでぇ!!(ズガン! ←理子が傍にあった酸素ボンベで男を頭から殴りつけた音)」
20代の男「……ご、ご褒美、ありがとうございま――グフッ(←気絶)」
理子「あ……(やり過ぎちゃったけど、死んでないよね? ちゃんと生きてるよね? それにしても……何だったんだろ、今の人……って、考えるのは後! とにかく今はこの人からパソコンを借りないと――)」


 ~おまけ(その2 ネタ:もしもりこりんがきちんとANA600便から飛び降りていたら)~

若手操縦士「……それもそうですね。それでは、撃ち落しましょうか」
ベテラン操縦士「あぁ」
??『――させませんよ』
若手操縦士「えッ!?」
ベテラン操縦士「なッ!?(今の声は一体!? というか、そもそもどうやって我々に接触を――)」
レキ「私は一発の地対空ミサイル。ミサイルは破滅を導くもの。闇も、絶望も、運命さえも。打ち砕けないものなど存在しない。いかなる概念も、ミサイルたる私を前に総じて無力と化す。……撃ち抜け。さすれば、道は開かれん――(←ミサイル発射)」
ベテラン操縦士「くそッ! 地上から攻撃された! このままでは海に墜落してしまう!!」
若手操縦士「うわあああああああああああ!!(←緊急脱出装置発動)」
レキ「キンジさんを倒すのはこの私です。他の誰でもありません。抜け駆けは許しませんよ?(←カロリーメイト(チーズ味)をポリポリ食べつつ)」

 ……どうやってパイロット二名に接触したのかとか地対空ミサイルで戦闘機落とせるのかとかいった細かいツッコミはなしでお願いします。それでも納得いかない方々はウルスパワーすげー、マジすげーとでも思っていてください。


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21.熱血キンジとHSS


キンジ「これが俺の全力全開ッ! 響け、ヒステリア・サヴァン・シンドローム!」

 というわけで、どうも。ふぁもにかです。サブタイトルと上記のキンジくんのネタセリフからもわかる通り、ついにキンジくんが本領を発揮するようです。非オリ主モノ(キンジ主人公モノ)の緋弾のアリア二次創作なのに21話にもなるまでキンジくんが覚醒しなかった作品はきっとこれが初めてでしょうね。でもって、今回は割と地雷回。人によってはキンジくんの印象が下方修正されるかもしれない回ですしね。その辺は心して読んでくれるとありがたいです。

 あと、今回は私が色々と調子に乗った結果、あとがきのおまけがその3まであったりします。というか、本編でまだまだ出てくる予定のないキャラをあとがきのネタするのは正直な所、どうなんでしょうね。

P.S.『熱血キンジと神崎かなえ』のあとがきにふと思いついたおまけを投下しておきました。良かったら覗いてやってくださいませ。



 

 ANA600便。それは、突如武偵殺しにハイジャックされ、続いてイ・ウーからの贈り物らしいミサイル二発をモロに喰らうこととなり、さらに航空自衛隊員が操縦する戦闘機による撃墜の可能性をチラつかせられた、立て続けに不幸な目に遭っている何とも不憫なセレブ御用達のチャーター便。

 

「……本当に離れていきますね。どうなっているのでしょうか」

「わからない。ただ一つだけ言えるのは、俺たちは今ついているということだ」

 

 そのコックピットにて。キンジは不思議そうに首を傾げるアリアを横目に戦闘機の方を指さす。キンジが指し示す方向には急降下とともにキンジとアリアの視界から消えていく戦闘機の姿があった。どうやら彼ら航空自衛隊員にとっては何とも運の悪いことに、キンジたち武偵にとっては素晴らしく運の良いことに戦闘機に何らかの不具合が発生したようだ。もちろん、戦闘機がおかしな動きを見せる原因は理子の戦闘機ジャックによるものなのだが、その事実をキンジたちが知る由もない。彼らにわかることは、何はともあれこれで戦闘機によるANA600便撃墜の可能性に神経を尖らせる必要がなくなったということぐらいだ。

 

『……でも。羽田空港や成田空港への着陸が、できないことには変わりない……』

『武藤の言う通りだ。あの辺の空港は今もうざってぇ自衛隊どもが封鎖してる。で、実際のとこ、どうすんだ、キンジ? 羽田成田がダメならどこか近場の地方空港にでも着陸するか?』

「あー、それはちょっとできそうにないかもしれない」

『……どういうこと……?』

「言い忘れてたんだけど、この飛行機……さっきミサイル喰らったんだよね。それも二発。どこに当たったかはよくわからなかったんだけどさ。この飛行機、もうあんまり持たない気がする。正直言って勘だけど」

 

 キンジはバツが悪そうに頬をポリポリと掻きつつ、ANA600便が先ほどミサイル攻撃に遭ったことを通信を通して武藤たちに手短に話した。ミサイルを二発も喰らっておいてANA600便に何も不具合がないとはさすがに思えない。ミサイル二発がANA600便のどこかに命中したことが確実である以上、この飛行機が長時間飛行を続けられるなどといった希望的観測を抱くことはあまりにも無理があった。少なくとも、キンジにはこの状況下で楽観的になどなれそうにもない。

 

 もちろん、話の際にイ・ウーのことは伏せておいたが。現状においてわざわざイ・ウーの名前を出す必要はないし、口にすれば色々とややこしくなりかねないからだ。

 

 

『はァ!? そういう大事なことはもっと早く言いやがれ、キンジ!』

「悪い。すっかり忘れてた」

『……キンジ。操縦室で何か警告音が鳴ったり、エラーメッセージが出たりしてる……?』

「いや。特にそういったものは出てないが?」

 

 キンジは寝耳に水極まりない情報に声を荒らげる不知火に軽く謝罪の言葉を告げる。続いて、キンジは武藤からの問いを受けてアリアへと確認の意を込めた目を向ける。基本的に武藤たちとの応対はキンジに一任する形になってはいるが、それは別にアリアに武藤たちの声が届いていないというワケではないのだ。キンジはアリアが首をフルフルと静かに振るのを見てから武藤に返答する。

 

『……じゃあ、キンジ。燃料計は読める……?』

「ええと。前に表示されてる数字で合ってるよな」

『……うん。それ……』

 

 しばしの沈黙の後、武藤は別の角度から質問を投げかけてくる。キンジは武藤に示された通りに燃料計へと視線を向けてみると、燃料計の数値が徐々に減っているのがわかった。秒単位で減っていく数字にキンジはどことなく不安感を抱きつつ「えっと、今240だ。235、233……まだまだ減ってるぞ」とキンジは素直に返事を返す。その内容に武藤が息を呑んだことに、キンジは気づいた。

 

『……マズい。燃料が漏れてる。ミサイルでエンジンがやられたのかも……』

「えッ!?」

「ッ!? 武藤、あとどれくらいもちそうだ?」

『……もって10分……』

 

 武藤の口から告げられた、ANA600便のタイムリミットのあまりの短さにキンジは「マジかよ……」と思わずため息を吐く。燃料切れまでの残り時間にもう少し余裕があれば先に不知火が言ったように少しばかり遠くの地方空港に着陸することも一つの選択肢となり得た。だが。今現在東京湾上空を飛んでいるANA600便にタイムリミットが10分しか残されていない以上、着陸先の候補となり得る場所は羽田空港しか存在しない。だが。その唯一の着陸場所は自衛隊によってしっかりと封鎖されている。無理に着陸しようとすればそれこそいい的だ。撃墜されるのは目に見えている。

 

(この状況、思ったよりヤッバいな……)

 

 キンジは改めて現状がいかに絶望的なのかを認識する。着陸できる場所は羽田空港のみ。しかし。その羽田空港は使えない。他に何か手はないのかとキンジは必死に考えを巡らせる。と、そこで。ふとキンジの脳裏に一つのアイディアが浮かんだ。

 

「なぁ武藤。この飛行機が着陸するのに必要な距離を教えてくれ」

『……正確な数値は出せない。風向き次第でかなりの誤差が生じるから……』

「大体で構わない。何メートル必要だ?」

『……最低でも2千メートル以上は必要……』

(ギリギリだな……)

 

 キンジは武藤の発言から今しがた閃いた考えが中々に賭けであるという事実を否応なしに突きつけられたことで、表情を厳しいものへと変える。だが。今こうして他の方法を模索しているうちにも、ANA600便のタイムリミットは刻一刻と迫ってきている。もはや悠長に考える猶予など残されてはいなかった。

 

「そうか。わかった。なら話は早い」

「? 何か思いついたのですか?」

「あぁ」

 

 どこか不安そうな眼差しを向けてくるアリアにキンジは力強く頷くとおもむろに目を閉ざす。目的は遠山家の切り札、ヒステリア・サヴァン・シンドロームの発現だ。ヒステリアモードは性的興奮を感じβエンドルフィンが一定以上分泌されることで発生する遠山家の一族が持つ特異体質だ。ほんの些細な操縦ミスも許されないこの現状において、航空機の操縦に関する知識が心もとない上に操縦経験に至っては全くのゼロと言っていいキンジにとって、思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上するヒステリアモードは非常においしい。むしろ利点しかない。

 

 問題はこの危機的状況でいかにしてヒステリアモードになるかということなのだが、その点は既に解決済みだ。ヒステリアモード発動の条件が性的興奮もとい異性に対する興奮ではなくβエンドルフィンの過剰分泌だと気づいたのは、何らかの形で性的興奮を感じさえすればヒステリアモードに切り替わることができると気づいたのは、果たしていつのことだったか。

 

 その事実を悟った俺は女子と能動的あるいはなし崩し的に接触する以外のやり方でいつでもヒステリアモードになれる方法を模索した。ヒステリアモードが必要となる時、つまりノーマルモードの俺で対処できない抜き差しならない事態が迫っている時に場違いにも女子と過剰な接触ができるはずがないからだ。ラブラブの恋人関係を築いている相手が偶然にも傍にいるのならともかく。

 

 ゆえに俺は探した。一瞬でヒステリアモードに切り替わる方法を。やろうと思えばいつでもどこでもヒステリアモードに移行できる手段を。そして。数えきれないほどの試行錯誤の末。俺はついに一つの方法にたどり着いた。その方法とは――

 

『カナ姉カナ姉! 俺、今日学校のテストで100点取ったよ!』

『あら! おめでとうキンジ! 凄いわねぇ』

『えへへ~♪ 凄いでしょ!』

『うんうん。凄い凄い。さっすが私のキンジ』

『わぷッ!? カナ姉!?』

『よしよし。キンジ、貴方は私の誇りよ』

 

 ――兄さんもといカナに褒められ頭を優しく撫でられ抱き止められたあの頃の思い出を掘り起こすこと。何かとスキンシップの多かった兄さんまたはカナとのかつての日々を脳裏に呼び起こすこと。ちなみに。この時、兄さんを想起するよりかはカナモードの兄さんを想起した方が遥かにヒステリアモードになりやすい傾向があるのは、やはりカナモードの兄さんが女装を通り越して一つの美を大成しているように思えてならないからだろう。カナはそこらの女性よりも女性らしいのだから。

 

 さて。思い出せ、遠山キンジ。カナの手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを。不思議と安心できる匂いを。とても鍛えてるとは思えないほどの体の柔らかさを。温かな体温を。トクントクンと一定のリズムを刻む心音を。思い出せ。兄さんの全てを。カナの全てを。隅々まで。髪の毛一本まで。記憶が曖昧な所は都合のいいように補填しろ。ネオ武偵憲章第百二条、考えるな、感じろ――

 

(……よし。なったな)

 

 キンジは身体の芯に沸騰しきった血液が徐々に集まっていくような感覚から無事に自身がヒステリアモードに切り替わったことを確信する。目を瞑ったままだというのに操縦室の機材の配置や隣に座るアリアの様子が手に取るようにわかるのが良い証拠だ。

 

 キンジはヒステリアモードを必要とする時、毎度のごとく兄(というかカナ)とともに過ごした幼少期に思いをはせる。兄を、そしてカナを崇拝しているといっても過言ではないキンジだからこそのヒステリアモードへの移行方法である。幼少期における兄との思い出に触れるだけでヒステリアモードに移行できるようになったキンジ。ブラコン(シスコン?)もここまで極めればもはや称賛されてしかるべきではないだろうか。

 

「今からANA600便を学園島のメガフロートに着陸させる」

 

 かくして。久しぶりに奥の手:ヒステリアモードを解禁したキンジはクワッと目を開けて漆黒の瞳をキリッと細めると、不敵な笑みとともに自身の策を口にしたのであった。

 




キンジ→兄との思い出を想起するだけでヒスれる熱血キャラ。ブラコン(シスコン?)をこじらせまくっている。
アリア→今回、影が薄い(セリフがほとんどない)子。
武藤→寡黙キャラという初期設定にしてはわりと長文を喋ってるチートスペック男。
不知火→今回のリアクション担当。
カナ→???(まだ秘密)

 今回は割と原作沿いになりましたね。というか、この辺は早々原作ブレイクなんてできませんからね。第三者の手による羽田空港封鎖中の自衛隊を殲滅→羽田空港着陸とかも考えはしたんですけど、それはさすがに無茶が過ぎますしね。後始末も非常に面倒なことになりそうですし。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

幼少キンジ『えへへ~♪ 凄いでしょ!』
カナ『うんうん。凄い凄い。さっすが私のキンジ。……絶対に誰にも渡さないわ(ボソッ←キンジを抱き寄せつつ)』
幼少キンジ『わぷッ!? カナ姉!?』
カナ『(キンジは私だけのキンジだもの。キンジの笑顔も困った顔も寝顔も怒った顔も泣き顔も悲しそうな顔もぜーんぶ私だけのもの。他の泥棒猫(男女問わず)なんかには絶対に渡さないわ。……そうね。今のうちにキンジに悪い虫がつかないようにしっかりと手配しないといけないわね。安心して、私の愛しいキンジ。私が貴方を守るから。フフフフフフフ――)』
幼少キンジ『カ、カナ姉? どうしたの? 何か怖いよ?』
カナ『ッ! 何でもないわ。よしよし。キンジ、貴方は私の誇りよ』


 ~おまけ(その2 NGシーン テイク2)~

幼少キンジ『えへへ~♪ 凄いでしょ!』
カナ『うんうん。凄い凄い。さっすが私のキンジ(←キンジを抱き寄せつつ)』
幼少キンジ『わぷッ!? カナ姉!?』
カナ『(あぁ。可愛い。貴方は何て可愛いの、キンジ。貴方はまるで天使ね。遥か天の彼方から舞い降りてきた天使。だって、貴方は純白の天使の羽と後光を幻視してしまうほどに可愛くて純粋なんだもの。あぁ。ダメ。ダメよキンジ。そんな透き通った小動物のような黒い瞳で私を見ないで。これ以上貴方のクリクリとしたつぶらな瞳で見つめられたら私、私ッ――)』
幼少キンジ『カ、カナ姉? どうしたの? 何か変だよ?』
カナ『ッ! 何でもないわ。よしよし。キンジ、貴方は私の誇りよ(いけないいけない。危うく理性をすっ飛ばしてとんでもないことをやらかしてしまう所だったわ。さすがに近親相姦は色々とマズいものね。よく耐えたわ、私)』


 ~おまけ(その3 次回予告、アニメ風)~

アリア「キンジ! やりました! ついにやりましたよ、私!」
ヒスったキンジ「どうしたんだい、アリア。急にそんなに嬉しそうな声を出して。それより、今飛行機を着陸させようとしているから少しだけ落ち着いてくれるとありがた――」
アリア「今ちょうどメールが来たのですが、どうやら懸賞が当たったみたいなんです! 二泊三日のイタリア旅行です! 応募した覚えは全然ないのですが、やっぱり日頃の行いの賜物ですね! ということでキンジ、今から向かいますよ!」
ヒスったキンジ「アリア。それって迷惑メールじゃ、って、ちょっ、アリア、何を――って、本気で今からこの飛行機で行く気かいッ!? 燃料漏れしてるってさっき武藤が――」
アリア「折角のイタリア旅行ですし、とりあえず世界遺産を巡ってみましょうか! あ、現地に着いたらまずは食事ですね! 本場のイタリア料理、楽しみです!(←ワクテカ)」
ヒスったキンジ「――って、聞いてない!?」
アリア「次回、『熱血キンジと眠り姫』。見ないと風穴開けますよ?」
ヒスったキンジ「やれやれ。アリア。君って子は――」


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22.熱血キンジと眠り姫


 どうも。ふぁもにかです。前回ようやくキンジくんがヒスったのですが……うん。ヒスったキンジくんの口調が合ってるかどうかが凄く不安ですね。イケメンキザキャラなんて今まで書いたことのない領域ですからね。これといった違和感がなければいいのですが。というか、ここの所ヒステリアモードのキンジくんがかの保坂先輩とダブってきた点について。どうしよう。もう保坂先輩にしか見えない。いっそのこと、カレーのうたでも歌わせてみましょうかね?



 

 あれから。キンジはヒステリア・サヴァン・シンドロームのスペックを余すことなく存分に使用することで、何とか学園島のメガフロートの空き地島への着陸に成功した。アリアのサポートに加えて光源の全くない学園島のメガフロートに無断で色々と明かりを持ち出し空き地島の輪郭を照らしてくれた武藤たちの協力のおかげでどうにかANA600便の不時着に成功した。尤も、一言に不時着できたといっても、実際は空き地島に偶然あった風力発電用の風車にぶつかったおかげでどうにかギリギリ止まってくれた形なのだが。もしも風車がなければどうなっていたのかは考えるまでもないだろう。

 

 ちなみに。風車と派手にぶつかった衝撃でANA600便の機体はひしゃげてしまっている。この分ではもうANA600便が空を飛翔する日は二度と訪れないことだろう。哀れANA600便。哀れセレブ御用達のチャーター便。

 

 とにかく、なぜか不自然極まりない動きでANA600便から離れていった戦闘機といい、ちょうどいい場所に置かれてあった風車といい、俺とアリアは色々と運に恵まれていたようだ。天国の兄さんが最大級のご利益をくれたのだろうか。

 

「ふぅ。何とかなったな。大丈夫か、アリア?」

「はい。おかげさまで。ですが、全くもって生きた心地がしませんでしたよ。こんな思いは二度とゴメンですね」

「そうか。アリアに怖い思いをさせてしまったみたいだね。悪かった」

 

 ANA600便着陸終了からしばしの間、操縦席の背もたれに思いっきりもたれかかることで極度の緊張により精神的に疲労した体の疲れを気休め程度に癒していたキンジは、無駄のない動作でスッと立ち上がるとアリアへと問いかける。対するアリアが一つため息をつきつつキンジを見上げて本音を隠すことなく吐露すると、キンジは心底すまなそうに眉を寄せて謝ってきた。

 

「……」

(何でしょう。さっきからキンジの言動を変に感じるのは気のせいでしょうか?)

 

 アリアはキンジの謝罪に沈黙で返す。キンジに対して内心でちょっとした違和感を抱えていたからだ。ANA600便が着陸態勢に移行する最中、キンジとアリアはいくつか会話を交わしていた。二人にはまだまだやるべきことがある。アリアは母たる神崎かなえの冤罪を晴らすこと。キンジは兄たる遠山金一の名誉を取り戻すこと。だからここで二人とも死ぬわけにはいかない。ここで死ぬわけがない。ANA600便の不時着に失敗するわけがない。

 

 ――と、上記のような言葉を互いに交わしていたのだが、その時点からアリアはキンジの発言内容にそこはかとなく違和感を抱いていた。理由は単純明快。キンジの一言一言の発言もその言い方も、どれも普段のキンジと比べるとどこか不自然なものがあったからだ。あたかも遠山キンジの皮を被った別人が話しているかのように思えて仕方がなかったからだ。声色がどこか色っぽいこともアリアに違和を抱かせる一因となっていた。

 

「アリア? どうかしたのかい?」

「……いえ。何でもありません」

 

 精神的におかしくなっているのだろうか、しばらく命の危機に晒されていたせいで色々と壊れてしまったのだろうか。眼前のキンジに対して随分と失礼な推測を次々と立てていたアリアはその当の本人の心配そうな眼差しでふと我に返ると、軽く首を振って自身の考えを振り払う。キンジの変化。その詳細が気にならないといったらウソになるがわざわざ今指摘するまでもない。アリアは己の直感が訴える違和感をひとまずスルーすることにした。

 

「さて。これから色々と事後処理を済ませなければいけませんね、キンジ。全く、まだまだ先は長そうですね。家に帰れるのはいつになることやら……」

「アリア。そのことなんだが、後のことは全部俺に任せて休んでいてくれないか?」

「お断りします。キンジ一人に丸投げするのは個人的にどうかと思いますので――」

「アリア。無理はいけないよ。そもそも、もう立つこともままならないんだろう?」

「……そ、そんなことありませんよ。私は、ちゃん、と――?」

「アリア!」

 

 ふとキンジから示された提案に物申そうとしたアリアだったが、キンジはアリアの主張を最後まで聞くことなくアリアの頬に手を当ててたしなめるように言葉を重ねてくる。あたかも自身の体調を見透かしたかのような、どこまでも我がままを突き通そうとする駄々っ子を宥めようとするかのようなキンジの物言いにアリアはムッと眉を潜めると、キンジの言葉を否定しつつ勢いをつけて操縦席から立ち上がる。

 

 と、その時。アリアの視界が大きく揺れた。突如、グルングルンと回り始める視界に上下感覚を失い思わずバランスを崩したアリア。そのままであればアリアはコックピットの各種機材に頭から激突する所だったのだが、キンジがヒステリアモードの反射速度でとっさにアリアを支えたことでどうにかそのような事態は回避された。尤も、目下ヒステリアモードであり女性を最優先事項に据えているキンジは当然と言わんばかりにアリアの膝裏と背中に手を回す形でアリアを抱えているのだが。俗に言う、お姫さま抱っこである。横抱きとも言う。

 

(お、おおお姫さま抱っこですかッ!? まさかのお姫さま抱っこですか!? なんでですか!? 何がどうしてこうなっているのですかッ!?)

「全く、無理はしないでくれ。心臓に悪い」

「――ッ!?」

 

 パートナーにお姫さま抱っこをされたことで現在進行形で頭がパニック状態に陥っているアリアの頭上から声が掛かる。アリアが混乱のままに声のした方向へと顔を向けると、キンジとバッチリ目が合った。至近距離でキンジのキリッとした漆黒の瞳を捉えた瞬間、アリアの思考は真っ白に染まった。

 

 遠山キンジという人間は見た目だけで女性を虜にするほどの見目麗しい外見を持ち合わせてはいないものの、それなりに顔立ちはいい。アリアは普段からそのようにキンジを認識していた。それが、今こうして相手の息遣いが容易にわかるほどに近い距離でキンジを見つめたことにより、アリアはその事実を今一度はっきりと認識することとなった。結果、キンジに全体重を預けている今の状況も相重なってアリアの顔は茹ダコみたいに真っ赤に染まっていった。

 

 さて。ところで、どうしてキンジがアリアの体の不調に気づいたのか。アリアがもはや立ち上がるだけの体力をも残していないことに気づいたのか。それはひとえにヒステリアモードにより研ぎ澄まされた分析力のおかげだ。

 

 ヒステリアモードにより跳ね上がった己のスペックを存分に駆使して無事にANA600便を不時着させた後、キンジはアリアに労いの言葉をかけようと視線を向けて、その時初めてアリアが体力の面で弱りきっていることに気づいた。今のアリアが普段の万全のアリアとはほど遠いことに気づいた。そして。決してそのことを自身に悟られないようにとアリアが平気なフリをしていることに気づいた。

 

 思い返せばアリアの首の切り傷は致命的ではないものの、だからといって決して軽いものではなかった。理子の斬撃によって首に負った切り傷がアリアに貧血をもたらしていても何らおかしくはない。傷口にタオルを押しつけて止血するまでにアリアはそれなりに血を流していたのだから。それに加えて、さっきまでANA600便の不時着に伴う急激な気圧の変化が怪我を負ったばかりのアリアに追い打ちをかけていたのだ。そのような状況下で、アリアの体調が悪化しないわけがない。

 

 だというのに。あまりにアリアが平常運行だったせいで、キンジはヒステリアモードでアリアを様子を注視するまでアリアの不調に全く気づけなかった。今のアリアがもはや意識を保っているだけで精一杯なことに全然気づけなかった。

 

「アリア」

「……何ですか?」

「もう意識を保っているだけでも辛いんじゃないのか?」

「まぁ、そうですね。最初はそうでもなかったのですが、どうやら結構血を失っていたようです」

「どうしてそのことを俺に言ってくれなかったんだ? こんなに弱るまで何も言わないなんて……」

 

 キンジは眉を潜めてアリアに問いを投げかける。返事をするのも辛そうなアリアに問いかけるのはどうかと思ったのだが、それでも疑問の言葉は止まらなかった。首の傷がそれなりに深かった以上、アリアは体感した苦痛は並大抵のものではなかったはずだ。それを俺に悟られることのないように我慢して今の今まで平静を装っていたのなら尚更だ。

 

 どうして自身の容体が悪くなっていることを隠すような真似をしたのか。アリアのパートナーたる俺をもっと頼ってくれて良かったのに。そのような思いがキンジの頭を駆け巡る。ヒステリアモードにより段違いに回転の早くなった頭脳をもってしても、キンジにはアリアの動機がわからなかった。

 

「……キンジ。前に言いましたよね。私には仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいなかったと。……私は武偵として数々の事件を大抵一人で解決してきました。だから、私は知っています。一人がどれだけ融通が利いて、自由で、背負うものがなくて、心細くて、辛いか、それを身をもって知っています。だから。いくらキンジがとても優秀なSランク武偵でも、たった一人で人命の重さを抱え込むことは容易ではないと考えました。キンジ一人にこのANA600便に乗る全ての乗客の命の重さを背負わせるのは、キンジのパートナーたるこの私がANA600便の命運をキンジ一人に任せて早々にドロップアウトするのはあまりに酷だと判断しました。

……隣に危機的状況を共有してくれる誰かがいるかいないか。これだけで精神的な余裕に差が生まれてしまいます。一人か二人か。それだけでいつもできることができなくなってしまう可能性は十分に考えられます。けれど。いつもと何ら変わらない私が何事もなくキンジの傍にいれば、キンジは無意識のうちに人命の重圧を私と共有してくれます。私と分かち合ってくれます。キンジが無理に気負うようなことはなくなります。キンジの精神状態が安定していてくれたら、それだけでANA600便の不時着の成功率は段違いに上がります。もしかしたらいつものキンジなら絶対にできないようなことも奇跡的にできるようになるかもしれません。だから。少々無茶をすることにしました」

 

 キンジに自身の容体がバレたからか、アリアは先までとは打って変わって弱々しい声でおもむろに話す。一言一言に荒い息遣いを交えながら、お姫さま抱っこの恥ずかしさも忘れて、ゆっくりとゆっくりと、しかし確実にキンジへと語りかける。

 

「……確かに。いつもと変わらないアリアが隣にいてくれたおかげでとても心強かったよ。ありがとう、アリア」

「べ、別にお礼を言われるようなことは何もしていません。私はキンジのパートナーとして当然のことをしたまでです」

「それでもだよ、アリア。ありがとう。アリアのような心づかいがあって、頼りになる、可愛い女の子のパートナーでいられるなんて――俺は幸せ者だ」

 

 アリアが自分のために無茶をしていたという真相を知ったキンジはアリアに無茶をさせたことへの後悔とアリアにそこまで思われていたことへの嬉しさをない交ぜにした、何とも表現しづらい苦笑を浮かべる。それから。キンジは一度目を瞑ってアリアの途切れ途切れの言葉をしっかりと心に刻み込む。そして。再びキリッと開眼すると今度はフフッと頬を緩ませ、HSS補正のかかった感謝の言葉をアリアに伝える。

 

「~~~ッ!?」

 

 キンジの感謝の言葉の中に散りばめられたキザ極まりないセリフにアリアは文字通り顔を真っ赤にさせ、「うぅ……」と言葉にならないうめき声を上げる。キンジに抱き上げられたまま借りてきた猫のように大人しくなってしまっている辺り、おそらくアリアはこういったストレートな褒め言葉に耐性がないのだろう。

 

「さ。後のことは俺に任せて、もう疲れただろう? 眠ってもいいんだよ? お姫さま」

「おッ、姫、さッ!? な、なななななな何を――!?」

 

 キンジは直球の褒め言葉を前に思考もままならなくなっているアリアの耳元に顔を近づけてそっと囁くようにして言葉を紡ぐ。そんなキンジの『お姫さま』発言にアリアは今度こそ甲高い声で動揺を顕わにした。と、その時。キンジの言葉をきっかけにアリアは自身がキンジの両腕に抱かれていることを思い出した。結果、お姫さま抱っこの恥ずかしさが急速に再燃したことで、アリアの頭は否応なしにショート寸前にまで追いやられていく。

 

「……そういうわけにはいきませんよ、キンジ。まだ事件は終わっていません。家に帰るまでがハイジャック事件です。ここで脱落するつもりはありません。心配しなくても、私はまだ大丈夫です。手伝いますから、とりあえず下ろしてください」

「それはできないな」

 

 しかし。アリアはブンブンと残像が残りそうなほどの速さで何度も首を左右に振ってどうにか落ち着きを取り戻すと、コホンと一つ咳をして自身の意見を述べる。アリアの真紅の瞳からは一歩も引きませんよとの強固な意志が容易に読み取れる。しかし。キンジとしてもアリアの意見を受け入れるワケにはいかなかった。いくらヒステリアモードに切り替わっていて女性を最優先とするようになっていたとしても、いや女性を何よりも大事にしているからこそ、今の時点で弱りきっているアリアを休ませないという選択肢は存在していなかった。

 

「キンジッ――」

「アリア、頼む。ここから先は俺に任せてくれ。これ以上アリアに無茶をさせて、アリアに何かあったらと思うと、凄く怖いんだ。それに。今の今までアリアに頑張ってもらってたんだ。精神的にアリアに支えてもらっていたんだ。だから、ここからは俺が頑張る番だ。何たって、俺はアリアのパートナーだからな」

 

 キンジはアリアの真紅の瞳を見据えて真摯に頼みこみ、一通り自分の言いたいことを言い切った後にフッと笑みを浮かべた。アリアに安心させるために浮かべたキンジの笑み。HSS補正のかかった、あらゆる女子を問答無用でときめかせることができるのではないかと思えるほどに破壊力抜群な笑み。その威力は計り知れないものがある。そして。それはさっきからキンジの言葉に心をグラグラと揺さぶられているアリアも例外ではなかった。

 

「……わ、わかりました。後のことは頼みます」

「ああ。おやすみ、アリア。いい夢を」

 

 キンジの笑顔を影響をモロに受けたアリアは赤みの残る顔をキンジから逸らしつつ、キンジの厚意に甘えることした。後始末の全てをキンジに任せたアリアは重い瞼を持ち上げることを止めてスッと瞳を閉ざした。

 

 アリアに微笑みを向けていたキンジはアリアが何事もなく平穏無事な夢の世界に羽ばたけるようにと桃色の髪をそっと撫でる。よほど疲れていたのだろう。お姫さま抱っこされたアリアはおもむろに目を閉じるたかと思えば次の瞬間には何とも安らかな寝息を立て始めた。

 

「さて。まずはアリアの手当をしてもらわないとな。衛生科(メディカ)の人がいたらいいんだけど」

 

 キンジは自身の腕の中で死んだように深い眠りに就くアリアを優しく抱きなおすと、携帯を取り出して電話を掛ける。あて先は武藤だ。外にはキンジとアリア、そしてANA600便の乗客のために無断で照明の類いを色々と持ち出してきてくれた武藤たちがいる。その中に衛生科所属の武偵がいることを期待しつつ、キンジは電話が武藤に繋がる時を待つ。

 

『……もしもし……』

「あぁ。武藤か、実は――」

 

 かくして。キンジはヒステリアモードのハイスペック状態を保ったまま、事態の収束を図るために動き出すのであった。

 

 のちに、キンジにお姫さま抱っこされていたことをクラスメイトからネタにされたアリアは文字通り顔を真っ赤にさせて机に撃沈し、キンジは「これだからヒステリアモードは……」と頭を抱えることになるのだが、これはまた別の話。それにしても、以前アリアに恋愛関連でからかったらどうなるかを思い知ったばかりだというのに、とんだ猛者もいたものである。

 

 

 ――余談だが、その後、彼らの行方を知る者は誰もいなかったそうだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その後。理子はキンジたち武偵の指示に従いつつ、乗客に紛れる形でANA600便を後にしていた。ちなみに今の理子は長身痩躯で黒髪赤目の若手女性実業家の姿をしている。変装&変声のスペシャリストたる理子だからこそできる芸当である。パラシュートを使って高度何千メートルもの上空から飛び降りるなんて真似のできなかった高所恐怖症の理子がこうして別人に成りすましてANA600便からの脱出を目論むのは当然の選択肢と言えよう。例えヒステリアモードに切り替わっていても、とっくに理子はANA600便から逃亡していると思い込んでいるキンジの目を誤魔化すのは理子にとってそれほど難しいことではなかった。

 

「負けちゃった、なぁ……」

 

 初代リュパンが成し遂げられなかったこと。初代オルメスとその優秀なパートナー:J・H・ワトソン相手に勝利すること。それをアルセーヌ・リュパンのひ孫たるボクがオルメスのひ孫たる神崎・H・アリアとその優秀なパートナー:遠山キンジ相手に成し遂げて見せれば初代リュパンを超えた何よりの証になる。あの男のボクに対する認識を変えさせるだけの証明になり得る。そして。何よりあの男の手がボクに及ぶことは金輪際なくなる。もうあの狭い世界に閉じ込められることはなくなる。

 

 だからこそ。ボクはあの二人と戦った。二人が、特に遠山くんが手加減などできないようにわざわざANA600便をハイジャックまでして戦いの舞台を整えて。二人に乗客の命を背負わせて。そして。ボク自身の全てを賭けて二人と戦った。

 

 でも。ボクは所詮リュパン家の出来損ないだった。リュパンとしての才能を全く受け継いでいない失敗作に違いなかった。あの男の言う通りの、優秀なリュパン5世を生み出すことにしか価値のない役立たずだった。遺伝子的にどこまでも無能だった。結局はそういうことだったのだ。だから。ボクは負けた。遠山くんがヒステリア・サヴァン・シンドロームになるまでもなく、ボクは二人に敗れた。

 

 けれど。ボクの存在価値云々を無視してボクの存在そのものを愛してくれた人たちがいた。幼いボクにまさしく無償の愛を捧げてくれた優しい人たちがいた。

 

「会いたいよぉ、ママ。パパ……」

 

 ふと理子の口から意図せず両親の愛を求める声が漏れた。どう足掻いたってもう二度と会えない両親を求める声が漏れ出た。理子の脳裏を幼き日の思い出がよぎる。ママがいて、パパがいて、そしてボクがいて。周りの人たちのボクを見る目はとても心地いいようなものではなかったけれど、そんなものは全然気にならなかった。パパとママがいるだけでボクは幸せだった。ずっとパパとママと一緒の日々が続くと信じて疑わなかった過去の自分。あの頃に戻れるものなら戻りたいと叫びたい気持ちをグッと押さえつけて理子は歩みを進めていく。

 

 ジャンヌちゃんやカナさんともこれからは会うことは難しくなるだろう。イ・ウーは基本的に弱い者には容赦がない。ボクが平和な島国のSランク武偵二人に敗れた時点でイ・ウーを退学させられるのは明白だった。

 

 理子は歩く。長身痩躯で黒髪赤目の若手女性実業家の姿をしたままスタスタと歩いていく。頬を伝う一筋の涙は闇に紛れて消えていった。峰理子リュパン四世。彼女に救いの手が差し伸べられるのはまだ先のことである。

 

 かくして。ANA600便で繰り広げられたハイジャックの一件は様々な立場の人間の思惑を孕みつつ、確実に収束へと向かうのであった。

 




キンジ→HSS時は原作と相違ない熱血キャラ。
アリア→前回全然出番がなかったのを取り戻すかのようにたくさん話している子。前回で言葉数が少なかったのは話すだけでも結構辛かったからだったりする。
理子→りこりん鬱モード。

 とりあえず、今回までで原作1巻クライマックス、飛行機回は終了です。まさか9話にも渡って飛行機回をやることになるとは思いませんでしたよ……。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

ヒスったキンジ「アリア。無理はいけないよ。そもそも、もう立つこともままならないんだろう?」
アリア「……そ、そんなことありませんよ。私は、ちゃん、と――?(←バランスを崩す)」
ヒスったキンジ「アリア!(←アリアの体を支えるために駆け寄ろうとしつつ)」
アリア「ッ!?(パカッ ←突如アリアの真下の床が二つに割れる音)」
アリア「え、ちょっ――ひゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?(スゥ ←アリアをボッシュートした後に何事もなかったかのように床が元に戻る擬態語)」
ヒスったキンジ「アリアッ!?」
ヒスったキンジ「……(←思考停止)」
ヒスったキンジ「……理子、だろうな、きっと。全く、まさかこんな所にもトラップを仕掛けているとは……」


 ~おまけ(その2 もしもりこりんがアホの子属性(重症)を持ち合わせていたら)~

理子「よし。これで変装は完璧!(←姿見の前でクルリと回ってガッツポーズ)」
理子「……抜き足、差し足、忍び足。フッ、隠密のりこりんとはボクのことよ(←不自然に見られないように細心の注意を払いつつ乗客に紛れてANA600便から降りようとする理子。ちょっと調子に乗っている模様)」
乗客A「……なに……あれ……(ヒソヒソ)」
乗客B「………怪し……警察………(ヒソヒソ)」
三つ子の子供「「「ママー。あそこに変な人が――(←指を差しつつ)」」」
乗客C「しっ、見ちゃいけません!(←三つ子を抱えて逃走)」
理子「(あ、あれ? 何か、異様に注目されてる気がする。気のせいかな? ……気のせい、だよね?)」
ヒスったキンジ「おい。そこの虹色に光り輝く謎の素材で作られたバラクラバを被った超怪しい奴、止まれ(←背後から拳銃を突きつけつつ)」
理子「ひぅ!?(バ、バレた!? なんで!?)」


 ~おまけ(その3 ※カオス注意)~

機長「こ、ここは……(←ベッドから体を起こす機長)」
副機長「Zzz(←機長の腕にしがみつきつつ)」
機長「……(←石像のごとく硬直する機長)」

 ――目が覚めたら、隣に同年代の中年男性が眠っていると思うか?――

 ――まっ、映画や漫画なら中々斬新で素晴らしい導入かもな。インパクト的に――

 ――さらにそれが知り合いだったら、衝撃は計り知れないだろうな――

 ――それは、不思議で特別なことが起こるプロローグ――

 ――主人公は新しい扉でも開いて、その中年男性と一緒に大冒険が始まる――

 ――だけど、本気でそれを望むのは浅はかってもんだ――

 ――だってそんな中年男性、普通なワケがない――

 ――普通じゃない世界に連れこまれ、新しい性癖にでも目覚めさせられて――

 ――現実ではそれは危険で、面倒なことに決まってるんだ――

 ――だから私、■■■■には、隣に中年男性が眠ってなくていい――

機長「ハッ!? あ、あまりのショックに思わず意識を飛ばしてしまっていた」
機長「……それにしても、おかしいな? 私は機長としてANA600便のコックピットにいたはず。それなのにどうして私は副機長たる彼と一緒のベッドで寝ていたのだ? いくら何でもこれは不自然――そうか! これは夢だ! そうに違いない! 全く、何て悪夢を見てしまったんだ。私にはそっちのケなどないというのに――(←頬を思いっきりつねってみる)」
機長「~~~ッ!?(←悶絶) い、痛い……ということは、これは現実なのかッ!? まさかの現実なのかッ!? 一体何がどうなっている!?」
??「あッ!(←ガタッ)」
機長「――ッ!? き、君は確か――」
新人キャビンアテンダント「あ、え、う、い、え、いや、だ、大丈夫です! わ、私、何も見てません! 見てませんからぁぁぁあああああ!(←全力逃走)」
機長「ま、待ってくれ! これは誤解だ! 私はノーマルだ! 信じてくれぇぇええええええええ!!(←副機長の腕を振り払いつつ追走)」
新人キャビンアテンダント「いやぁぁああああ!? こ、こここっち来ないでくださぁぁぁああああああい!!(←速度アップ)」
副機長「Zzz(←ニヘラ)」

 ……何だか機長と副機長をモブで終わらせるのが惜しくなってきましたね。ええ。


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23.熱血キンジとエンカウント


??「久しぶりの出番ですね」

 というわけで、どうも。ふぁもにかです。原作1巻クライマックスのハイジャックの一件が前回までで終了したので、ここからは事後処理関連の話です。第一章『熱血キンジと武偵殺し』が終わるまであと3,4話はかかることでしょう。ええ。そして。今回はあの子の出番です。ここの所登場する機会のなかったあの子の出番です。この辺で出しとかないと出番ゼロになりかねませんからね、あの子。

P.S.今回、『熱血キンジとパートナー』の方におまけを一つ追加しておきました。よかったら見てやってくださいませ。



 

 その日。雲一つない快晴の空の下。キンジはとある事情により一人、外出していた。目的地は新宿である。ちなみに。今のキンジが着ているのはいつもの武偵高の制服でなく私服であり、黒と白を基調としたモノトーン調のデザインとなっている。あまり派手派手な服を好まないキンジらしい選択と言えよう。尤も、そう遠くない未来にキンジはこの選択を激しく後悔することになるのだが。

 

 昼前に新宿に到着する予定の元、おもむろに歩を進めるキンジ。だが。その行く手を遮る者が路地裏の方から現れた。

 

「おはようございます、キンジさん」

「ゲッ、レキ」

「話は聞きましたよ。例の武偵殺しの模倣犯を撃退したそうですね。さすがは私の永遠のライバルです」

「……まぁ、結局逃げられたけどな。つーかお前、相変わらず俺をライバル認定してるんだな」

「はい。キンジさんは私の越えるべき巨壁ですから」

 

 キンジは緑髪琥珀眼の無表情少女:RBR(ロボットバトルジャンキーレキ)を視界に捉えると思わずげんなりとした表情を浮かべた。レキとのエンカウントの約8割がロクなことにならない以上、レキの登場に対するキンジのこの反応は仕方ないだろう。一方、レキはキンジの反応を気にも留めずに淡々と言葉を紡いでいく。

 

 レキの称賛はあまり抑揚の感じられないものなのだが、それでも素直に嬉しい。同じSランクの少女が俺の実力をかってくれていることは純粋に誇らしい。前にも述べただろうが、キンジはレキが嫌いなわけではない。むしろ。以前のバスジャックの時のように命懸けの戦闘が発生しない限りは割と話しやすい相手だと思っているぐらいなのだから。

 

「そっか。だったら俺もこれから一層精進してレキに簡単に抜かれないようにしないとな。越えるべき巨壁があっさり攻略されるのは俺にとってもレキにとってもよろしくないだろうし。それじゃあな、レキ。俺、今から急用があるから――」

 

 キンジは空を見上げてうんうんと一人うなずくと、話を早々に切り上げてレキからの穏便な退散を試みる。今日のレキはいつものように出会い頭に攻撃するようなバトルジャンキー気質あふれる真似をしていない。心なしか、レキの醸し出す雰囲気も珍しく穏やかに感じられる。もしかしたら今日のレキに戦意はないのではないかとのほのかな期待にすがりつつ、キンジはレキに背を向けてその場を離れようとする。

 

「逃がしませんよ」

「――ッ!?」

 

 しかし。そうは問屋が卸さなかった。世界はいつだってこんなことじゃなかったことばかりとはよく言ったものである。レキはいつの間にやらその手に装備したドラグノフ(銃剣装着済み)でキンジに風を纏った強烈な刺突を放ってきた。閃光のごとくキンジに迫る刺突はとてもレキの細腕から繰り出した攻撃とは思えない。キンジは自身の顔面に向けて放たれた一撃を間一髪、顔を後ろにそらすことで避けることに成功した。あとほんの一瞬でも反応が遅れていれば今頃キンジの右目が容赦なく貫かれていたことだろう。

 

「……(今のは本気で危なかった! 死ぬかと思ったぞ!?)」

「この攻撃も当たりませんか。今のは6割方本気の一撃だったのですが……」

「な、なぁレキ。今日はこの辺で矛を収めてくれないか? 俺、今日は外せない用事があるんだよ。模擬戦ならまたの機会に存分に相手するからさ、な?」

「その提案は拒否します。折角こうして会ったんです。ライバル同士、互いに切磋琢磨するのは当然の流れでしょう、キンジさん? さぁ、始めますよ」

 

 キンジが無意識のうちに自身の目が貫かれ「目がァ! 目がァァアア!!」とのたうち回る姿を想起してしまい、無言のままゾワリと体を震わせていると、レキはひとまずバックステップでキンジと距離を取ってからどうすればキンジを倒せるかといった思索に入る。その姿は無表情ながらどこか思案顔のようにも見える。キンジはレキの攻撃の手が止んだその隙に、先までとは打って変わって殺気ダダ漏れのレキの説得を敢行するもあえなく失敗。レキとの戦闘を回避するどころか、レキの殺気が爆発的に膨れ上がったことから、レキの戦意を無駄に駆り立てる結果になってしまったようだ。

 

「ちょっ、待て、レキ! 待ってくれ! 俺今武器持ってないんだけど――ッ!?」

 

 殺す気満々になっているレキを前に焦ったキンジは必死に声を上げる。その声が裏返っていることに本人が気づいていない辺り、いかにキンジが焦っているかがわかるというものだ。

 

 先に述べたように今のキンジは私服である。もちろん、防弾仕様ではない。敢えて言うならいかなる銃弾も簡単に通す貫通仕様だ。さらにキンジの向かう目的地での用事が用事だったため、今のキンジは武装らしい武装を何一つしていない。つまり。今のキンジは丸腰である。防弾制服も武器もなしにレキと戦うことを何としてでも避けたい一心でキンジは説得の言葉を重ねようとするもレキはキンジの主張を聞き入れることなく一直線に突貫してきた。

 

 ただの細身少女の突貫と侮ってはいけない。レキほどの実力者が全体重を込めて放つドラグノフの刺突はもはや一撃必殺の域に達しているといっても過言ではない。モロに喰らおうものなら防弾制服を着ていない今のキンジなど一たまりもない。この場に一つの地に伏す屍ができることは想像に難くない。キンジは体を回転させて半身になることでドラグノフの刺突をかわし、そのままの勢いで足に力を込めて後方に退きレキから数歩分の距離を取る。

 

(――やるしかないか)

 

 この時、もはや言葉でのレキの説得は不可能だと悟ったキンジは生き残るためにレキの連撃をかわすことに全神経を注ぎ込みつつ反撃の機会をうかがうことにした。その瞳にはメラメラと闘志の炎が宿っている。

 

 武器がないから何だ? 防弾制服がないから何だ? そんなの、俺が負けていい理由にはならない。俺は遠山キンジ。世界最強の武偵を目指す男だ。いずれRランク武偵の称号を手に入れ、武偵の頂点に君臨する人間だ。だったら。いかなる状況であってもレキの一人や二人、軽く倒せなくてどうする!? これは試練だ。俺が一段階先へと成長するための試練。ならば。窮地を切り開いてみせろ! 乗り越えてみせろ! 遠山キンジ――!

 

 キンジは己を奮い立たせるために自身に語りかける。ひたすら己を鼓舞する。ヒステリアモードに移行する時とは全く質の違った血液の沸騰をその身に感じつつ、能面のようなレキの表情を鋭く見据えて――

 

(うん、やっぱ無理)

 

 ――あっけなく心が折れた。バッキバキに戦意が折られた。荒れ狂う殺気を身に纏うレキを前にキンジの血液は瞬時に冷却された。この瞬間、キンジは己の全てを回避&逃亡に注ぎ込むことに決めた。

 

 レキはドラグノフを手に攻撃は最大の防御という言葉を体現するかのように暴風雨のごとき猛攻を繰り出してくる。対するキンジはレキから一瞬たりとも視線を逸らさずにレキの数秒先の行動を先読みすることによりどうにかレキの怒涛の攻撃を一度も喰らわずに済んでいた。

 

 しかし。体力の問題上、いつまでもレキの攻撃を避け続けることはできない。どうしたものか。キンジは一つの判断ミスが死に繋がりかねない現状において起死回生の策を思いつこうと必死に頭を回転させる。その最中。キンジがレキの強烈極まりない突きの一撃を横っ飛びで避けた時、キンジはふと地面に落ちている、キラリと太陽光を反射する何かを視界に捉えた。

 

(――あれはッ!?)

 

 奇跡的に思わぬものを発見したキンジは光を反射する物体:果物ナイフに文字通り飛びつくと弾かれたかのように立ち上がり、今にもキンジの心臓を貫かんと迫るドラグノフの銃剣部分に果物ナイフを宛がうことで軌道をずらす。

 

(やっぱ、武器があるのとないのとじゃ全然違うな)

 

 偶然にも果物ナイフを手に入れたことで少しだけ精神的に余裕を取り戻したキンジは思わず笑みを零す。この果物ナイフがあるだけで、丸腰の時のようにレキの攻撃を屈んだりのけ反ったりといった割と体力をすり減らす回避方法を使う回数を減らすことができるからだ。

 

 武器を拾ったことで幾分か考える余裕ができたキンジがレキに悟られないように目線で逃走ルートを探っていると、眼前のレキの攻撃パターンが突如として変貌した。レキがいきなりドラグノフを上空高くに投げ飛ばしたかと思うと、背中から拳銃二丁を取り出し間髪入れずにキンジへとズガガガガン! と発砲してきたのだ。

 

「――なッ!?」

 

 これにはキンジも驚きの声を隠せなかった。これまでのレキとの戦闘において、レキは何だかんだでドラグノフのみを使用してきた。そのため、レキとの幾度もの戦闘を経るにつれてキンジはそれが近接戦におけるレキのこだわりなのだと思っていた。思い込んでいた。そのレキが今回ドラグノフ以外の新たな武器を戦闘に導入してきたことに、バトルジャンキーが色々と進化を遂げていることに、キンジは驚愕した。

 

 しかし。予想外の事態が起こった程度で動きを止めるキンジではない。キンジは迫りくる銃弾の弾幕をたぐいまれなる反射速度でかわし、避けきれないものは銃弾切り(スプリット)で弾丸を斬ってどうにか無傷のまま弾幕をやり過ごす。

 

 弾幕を張っていた張本人たるレキは弾切れになった拳銃二丁を何ら躊躇なくポイ捨てすると、ちょうどいいタイミングでレキの手元へと落ちてきたドラグノフを再び装備する。そこから再び始まったレキのドラグノフを使った有無を言わせぬ猛撃をキンジは果物ナイフを駆使して寸での所でいなし続けていく。

 

 どこまでも攻撃に比重を置くレキにどこまでも防御に比重を置かざるを得ないキンジ。戦闘における二人の関係性は覆ることなくただ時間だけが過ぎていく。そして。二人の攻防が始まってから数分が経った頃。レキはスッと胸ポケットに手を滑り込ませ、そこから取り出した銃弾をピンと親指で弾いた。それは初めて見る銃弾だったが、キンジは直感的に気づいた。今クルクルと宙を舞う銃弾は以前理子が意図せず使用した閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)と同質のものだと。

 

 瞬間、周囲一帯を何とも形容しがたい爆音が襲った。

 

「~~~ッ!?」

 

 キンジは鼓膜を容赦なく打ちつける爆音に思わず耳を塞ぐ。あまりの爆音に声にならない悲鳴を上げ、ガンガンと痛む頭を抱えて膝をつく。その際、キンジの手からスルリと果物ナイフが滑り落ちていったのだが、そのことに気づく余裕など今のキンジにはなかった。ちなみに。地面に倒れ伏さなかったのは単にキンジの意地の問題だ。

 

 音響弾(カノン)。それはとてつもなく大きな音で相手の戦意を喪失させる武偵弾だ。その威力は絶大で、音響弾発動前に何らかの形で耳を塞いでいないと相手に致命的な隙を晒してしまうことは確実だ。

 

 イ・ウーという巨大犯罪組織に所属している理子はともかく狙撃科(スナイプ)Sランクとはいえ一武偵高生徒にすぎないレキはどうやって武偵弾を入手したのか。しかもそれを俺との模擬戦のためだけに使うなんて一体どういう神経をしているのか。脳裏にレキに関する疑問が次々と湧き上がるがズキズキと響く頭痛がそれらをことごとく打ち消していく。キンジの思考を妨害してくる。

 

 膝をつき果物ナイフを手放したキンジへとレキは駆ける。平然としていることからレキはきちんと音響弾対策を施していたのだろう。レキのヘッドホンは遮音効果をも兼ねていて、先までの会話は読唇術の助けを借りて行っていたといった所か。何せレキも読唇術を極めている一人だったりするのだから。

 

「――ッ」

(あ、俺、死んだかも――)

 

 顔面を貫かんと迫るドラグノフ(銃剣モード)を前にキンジはふと己の死期を悟る。音響弾の影響をモロに受けたばかりでまともに回避行動に移ることすら叶わない今のキンジではレキの攻撃を避ける術がない。あったとしてもその悉くが実行できない。それゆえの死期悟りだ。

 

 最後の望みとしてはレキが寸止めで攻撃を止めてくれることがあるのだが、その可能性は限りなく低いだろう。レキは以前、いざとなったらきちんと寸止めしますので安心してください的なことを言っていたが、同時にレキは俺の実力を高くかっている。もしも俺がこの攻撃も難なく避けられるものとレキが思い込んでいたらもうどうしようもないのだ。

 

(走馬灯って、実際には浮かばないもんなんだな……)

 

 キンジはふとした感想を抱きつつ、目を瞑ることだけはしまいと死刑執行人レキをしっかりと見据える。と、その時。二人の元に何とも心地よい風がフワリと舞った。

 

 

 ――余談だが、同刻。白雪が常日頃から愛用していたガラス製のコップに突如ピキリとヒビが入ったそうだ。

 




キンジ→ただいま絶体絶命な熱血キャラ。心が折られることもある。
レキ→進化するバトルジャンキー。久々の出番のため、色々とはっちゃけている模様。読唇術を極めている。

 はい。というわけで、事後処理話の1話目がこれにて終了です。あれ? おかしいな。今回の話はいわば原作1巻のエピローグ的な話のはずなのに早速キンジくんの死亡フラグが発生してる件について。むしろ原作1巻クライマックス以上にキンジくんがピンチになってる件について。レキさん怖い。マジ怖い。

 ちなみに。熱血化しようとしていたキンジくんがレキさんを前にまともな戦闘を諦めた時の心情は巨人に立ち向かおうとして当の巨人にニッコリと微笑まれたハンネスさんの気持ちを考えたらよくわかると思います。

 ~おまけ(その1 NGシーン:パロネタ)~

キンジ「な、なぁレキ。今日はこの辺で矛を収めてくれないか? 俺、今日は外せない用事があるんだよ。模擬戦ならまたの機会に存分に相手するからさ、な?」
レキ「その提案は拒否します。折角こうして会ったんです。ライバル同士、互いに切磋琢磨するのは当然の流れでしょう、キンジさん? さぁ、始めますよ」
キンジ「……レキ。何だか、今日は風が騒がしいな(←遠い目で)」
レキ「キンジさん?」
キンジ「どうやら風が、街に良くないものを運んできちまったみたいだな……(←ポケットに手を突っ込みつつ)」
レキ「……でも少し、この風……泣いています」
キンジ「急ごう。風が止む前に……(←レキの隣を通り過ぎてその場を離脱しようとするキンジ)」
レキ「逃がしませんよ?(←ドラグノフを突きつけつつ)」
キンジ「クッ……(これでもダメか……)」

 ざんねん! ばとる じゃんきー から は にげられない!


 ~おまけ(その2 NGシーン)~

レキ「――ッ(←銃剣付きドラグノフでキンジの顔面を狙うレキ)」
キンジ「……(あ、俺、死んだかも――)」
レキ「……うむ(←キンジの頬をかすめるようにドラグノフの一撃を放った後、何事もなかったかのように装備を解くレキ)」
キンジ「……あれ? 死んでない?(頬にスッと入った切り傷を指で確認しつつ)」
レキ「キンジさん。右頬に蚊がついていましたよ?(←銃剣の先端に刺さった蚊の死骸(自身が吸った血をまき散らしている)を指で示しつつ)」
キンジ「え、あ、あぁ(……ちょっと待て。レキが襲ってきたのって、まさか俺の頬についてた蚊を殺すため!? え、何それ。何なのそれ。紛らわしいにも程があるんだけど!?)」


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24.熱血キンジと愉快な子


??「……キリッ」

 というわけで、どうも。ふぁもにかです。今回、ついにあのキャラが満を持して登場します。上記のセリフ(?)だけで誰なのかわかった人には素直に賞賛を送りたい所ですね。でもって前回、事後処理回にも関わらず問答無用で窮地に追いやられた哀れな主人公キンジくんの命運やいかに!?



 

 武偵弾の一つ、音響弾(カノン)の影響でロクに動くことの叶わない体。眼前に迫るレキのドラグノフ(銃剣付き)の一撃。万事休すの言葉がピッタリ当てはまる状況下にて、キンジは割と本気で死を覚悟した。しかし。レキの放った一撃がキンジを死に至らしめることはなかった。

 

「「ッ!?」」

 

 ふとキンジとレキの元にフワリと心地よい風が舞う。それと同時に、どこからともかく現れた人影がスッと二人の間に入ると、直後にガキン! と金属と金属とが派手に衝突した音が響いた。どうやら何者かが二人の戦いもといレキの一方的な攻撃に介入し、キンジを絶命へと導くであろうレキのドラグノフを止めたようだ。つまり。キンジは眼前の闖入者に命を助けられたことになる。尤も、その認識はレキが寸止めでキンジへの攻撃を止める気のないことが前提となるのだが。

 

 長く伸ばした艶のある黒髪ポニーテールに長いマフラーみたいな赤布。籠手に武偵高の防弾制服。レキの繰り出すドラグノフの銃剣部分に宛がわれたクナイ。それらの特徴をあわせ持つ人物にキンジは心当たりがあった。

 

「危ない所でござったな、師匠」

 

 レキの強烈な刺突をクナイ一本で食い止めてみせた少女は体をレキの方に向けたまま、視線だけをキンジに向けてニッと口角を吊り上げてくる。その際、陽菜の混じりけのない漆黒の瞳が一瞬だけキラーンと光ったようにキンジの目には映った。

 

 風魔陽菜。キンジやレキと同じ東京武偵高に通い諜報科(レザド)を専攻する高校1年生である。ランクはAとかなり優秀だ。なぜか常に忍者風の出で立ちをしており忍者スタイルをこよなく愛する変わり者武偵としてある意味で武偵高で有名な存在となっている。一部ではとある高名な忍者の末裔だとまことしやかに囁かれているものの、当の本人がその件について上手いことはぐらかしているために真相は謎だったりする。

 

 キンジと陽菜との関係は先輩武偵と戦姉妹(アミカ)の関係である。陽菜がキンジを敬愛と親愛の念を込めて師匠と呼んでいるので、師弟関係といってもいいだろう。詳しい話は割愛するが、キンジは中学生の時にとある出来事により陽菜に一目置かれるようになった。当初は陽菜の性格がアレなこともあり、扱いに困りきっていたキンジだったが、戦闘技術や家事スキルばかり磨いていたせいで情報収集がそこまで得意でないキンジが色々と陽菜を重宝するようになるのに時間はかからなかった。

 

 尤も、今では大抵のことはどんなことでも平然とやり遂げてしまう万能男:武藤剛気の存在があるため、陽菜の利用頻度は半減しているのだが。

 

「――陽菜!」

 

 キンジは颯爽と登場し己の窮地を救ってくれた陽菜に意図せず歓声を上げる。第三者の介入のおかげで自身の生き残りの可能性が大幅に上昇したのだから当然の反応といえよう。レキは基本的に一対一の戦闘を好み多数対一を避ける嫌いがある。おそらくレキの大好きな少年漫画にしっかりと毒されたからだろうが、第三者の介入が入った場合、大抵レキは興ざめしてその場を退いてくれるのだ。介入してきた第三者に対してブチ切れてしまったなら話は別だが。

 

 それゆえ、陽菜の乱入でレキが戦意喪失してくれるのならキンジにとってこれほど幸運なことはない。実際、陽菜が乱入してからというもの、俺と陽菜から一定の距離をとってこちらの様子を伺っているレキには先までの圧倒的な殺気が見られない。この分なら、完全にブチ切れたレキがバトルジャンキーの血の騒ぐままに戦闘再開にもちこんでくることはなさそうだ。

 

「何やら師匠の身に危険が迫っていたようだったゆえ、助太刀に来たでござる」

「あぁ。正直言って凄く助かった。命拾いしたよ。ありがとな、陽菜。まっ、欲を言うならもうちょっとだけ早く来てほしかったけど」

「その辺はすまないでござる、師匠。ヒーローは遅れて登場するもの、仲間が窮地に追いやられているのならばなおよしとこの『初心者でもなれる! ヒーロー入門! ~これで君も人気者~』というマニュアル本に書かれてあったゆえ、敢えて師匠が窮地に陥るまでそこのファミレスでスタンバッていたでござる。むろん、事の成り行きは周囲一帯にあらかじめ仕掛けておいた盗聴器と監視カメラで把握済みゆえ、心配無用にござる」

「……は?」

 

 キンジが若干本音を呟きつつ陽菜に感謝の言葉を述べると、陽菜は何とも晴れやかな笑みとともにどこからか取り出したマニュアル本をキンジに見せつつ近場のファミレスを指差して事情を説明する。その笑みは『守りたいこの笑顔』と無意識のうちに他人に思わせてしまいそうなほどに晴れ晴れとしている。一方、キンジは陽菜のまさかの返答に思わず思考停止に追いやられる。一瞬聞き間違いなのではないかと己の耳を疑ったキンジは陽菜の発言を脳裏に復元する作業に入り、そして己の耳が確かだったことを確認した。

 

 一方。当の本人は「いやはや、それにしてもあのアイスは美味だったでござるなぁ。ファミレスだからといって侮るなかれということにござるか」などと言って悦に浸っている。よほど陽菜の味覚とマッチする味わいだったのだろう。今の陽菜のご機嫌具合はそのことを如実に示しているものと思われる。

 

「……陽菜。ちなみに聞くけど、いつからスタンバッたんだ?」

「はて? 『ゲッ、レキ』と師匠が仰った時からにござるが?」

「最初からスタンバッてたのかよ!? だったらもっと早く助太刀に来いよ! 盗聴器に監視カメラを仕掛けてたんなら今の俺が丸腰でレキと戦う意思がないの知ってたろ!?」

「ハッハッハッ。ジョークでござるよ、師匠。拙者がピンチの師匠を放ってファミレスのアイスの美味しさ、まろやかさに身も心もとろけているような愚かな真似などしないのは師匠がよく知ってるでござろう? そんなに声を荒らげないでほしいでござる。実際は『……まぁ、結局逃げられたけどな。つーかお前、相変わらず俺をライバル認定してるんだな』の所からスタンバッていたでござるが」

「結局ほぼ最初からスタンバッてたんじゃねえか!? つーかアイス食べてたな!? 絶対俺のピンチ放っといてアイスにうつつ抜かしてたな!?」

 

 キンジが感情のままに声を張り上げるも陽菜はどこ吹く風と言わんばかりに「はてさて。何のことやら」と言葉を返す。その際、口笛を吹きつつ視線をキンジから逸らしているので誤魔化しているのが丸わかりである。しかし。そのようなあざとい誤魔化し方を敢えて選択しているために、陽菜が実際にファミレスでアイスにうつつを抜かしていたか否かが判断できない辺りが陽菜の何とも厄介な所である。 

 

「陽菜。そんなんで俺を本気で誤魔化せると思ってんのか?」

「ハッハッハッ。むろん、思っていないでござる。所詮、今のもジョークにござるよ。拙者はシリアスムードは嫌いにござるからな。定期的にジョークを挟まないとやっていけないのでござる。だからそんなにピリピリしないでほしいでござる、師匠。本当の所は拙者が受けた依頼の関係で二日前にここら一帯に盗聴器と監視カメラを仕掛けていたら、何やらヒーヒー仰っている師匠の声が聞こえてきたゆえ、こうして参上した次第にござるよ」

「……へぇー」

「師匠。その目、まさか拙者のことを信じてないでござるな?」

「当然だ」

「ぅくッ!? し、師匠に信頼されない戦姉妹というものがここまで精神的に深いダメージを与えるものとは……ヨヨヨ」

 

 陽菜との短い会話の中で二度も冗談を挟まれたキンジが陽菜に疑念の眼差しを向けていると、陽菜は誰もが「こいつ絶対泣いてないだろ」と確信できるほどにわざとらしい泣き真似を見せてきた。ツッコム気にもなれなくなったキンジは陽菜にジト目を向けたまま頭を抱えて陰鬱なため息を吐いた。そのままキンジは陽菜に「信じてほしいんなら何かとウソつくの止めてくれ……」と呻くように頼むも、対する陽菜はキリッとした瞳で「すまないでござる、師匠。こればっかりはいくら師匠の頼みであってもやめられないとまらないでござる」と即座に却下してくる。「あと、ウソじゃなくてジョークにござる」と訂正を入れることも忘れない。どうやらこの辺の認識に陽菜はこだわりを見せているようだ。

 

(そうだ。陽菜ってこんな感じだったな、そういえば……)

 

 風魔陽菜という人間はとにかく冗談好きで他人をからかうのが楽しくて楽しくてたまらないタイプの人間だ。そのため、自身の気に入った相手をとことんからかう習性を持っている。それは戦姉妹契約を結んだ関係性でも全く変わらない。陽菜は事あるごとに冗談を口にするため、どこまでが冗談でどこからが本当かを判別するのは至難の業だったりする。要するに、陽菜はレキとは別ベクトルで厄介極まりない少女なのだ。また、熱心なマニュアル本コレクターでもあるため、陽菜は常に何冊か将来全く役に立たなさそうなマニュアル本を携帯している。女子寮には陽菜の購入したマニュアル本が本棚を我が物顔で完全支配しているらしい。

 

 暫く陽菜と会っていなかった影響で陽菜の性格を今の今まですっかり忘れていたキンジはため息さえも吐く気になれずにガクリとうなだれる。第三者がみれば今のキンジが遠い目になっていることが容易にわかったことだろう。こうも短時間で強襲科(アサルト)Sランク武偵たるキンジを精神的に疲弊させた陽菜。ある意味恐ろしい娘である。

 

 ある程度師匠たるキンジの反応を楽しんだ当の陽菜は「まぁ、その辺の話はゴミ処理施設やゴミ屋敷にでも捨て置くでござる」とあっさり先までのコントに近い雑談を切り上げると、スッと前方に視線を移した。

 

「聞くところによると、師匠には大事な任務があるとのこと。ならば、師匠の戦姉妹たる拙者が全身全霊をもってこの者を足止めしておくでござるので、その隙に師匠は任務を完遂するでござる。師匠、立てるでござるか?」

「あ、あぁ。もう大丈夫だ」

 

 陽菜は鋭い眼差しでレキを見据えつつキンジに提案の言葉を投げかける。声のトーンが今までとは明らかに変わったことで陽菜がシリアスモードに切り替えたことを察知したキンジは差し出された陽菜の手を借りて立ち上がる。先までの陽菜とのやり取りを経る中で、キンジは音響弾(カノン)の影響から多少は回復していたのだ。

 

 性格が少々厄介なものの、現状において陽菜の登場はキンジにとって凄くありがたい。眼前でこちら側のやり取りをジッと見つめていたレキの戦意が陽菜の「足止め」の言葉を機に再燃し、再び殺気をその身に纏った以上、丸腰のキンジがレキから逃走するためには陽菜の協力が不可欠だ。無表情ながらブチ切れてしまったレキの存在を前に、キンジには陽菜の提案が大層魅力的に感じられた。

 

「貴女は私とキンジさんとの切磋琢磨を邪魔するつもりですか? いい度胸ですね。誰かは知りませんが、容赦はしませんよ?」

「はて。おかしいでござるな。拙者の目には貴女が徒手空拳の師匠を一方的に窮地に追いやっていたようにしか見えなかったでござるが?」

「貴女の目は節穴ですか? キンジさんは武器を出すまでもないと言わんばかりに余裕綽々で私の攻撃をかわしていたではありませんか。尤も、途中からは果物ナイフを駆使していましたが」

「やれやれ。話にならんでござるな。まさか狙撃科(スナイプ)の頂点に君臨する人間がここまで話の通じない盲目極まりないうつけ者だとは夢にも思わなかったでござる。このような者が数少ない選ばれしSランク武偵の一人とは世も末でござるな。同じSランクでも師匠とは格が違うでござる」

「……」

「……」

 

 レキと陽菜。初対面の二人が互いに言葉を交わしていくうちに、二人の間に険悪な空気が流れ始める。最初こそ互いに言葉の応酬を繰り広げていた二人だったが、最後には無言で互いを睨みつけるのみとなっていた。陽菜とレキの武偵高生徒のレベルを軽く逸脱した鋭い視線が激しくぶつかり合い、バチバチといった火花を散らしているように感じられる。まさに一触即発といった具合だ。

 

 レキと陽菜との完全な正面衝突。それだけは何としてでも避けたいとキンジは考えている。レキは紛れもなくSランク武偵の実力を有している。いくらレキが遠距離での狙撃が本分で陽菜が卓逸した忍者属性を持ち合わせているとはいえ、諜報科Aランクの陽菜とレキとをただぶつけてしまえば陽菜の分が悪いことは明白だった。下手すれば瞬殺される可能性も捨てきれない。そうなってしまえば俺が逃げ切るまでもなく、陽菜共々レキの餌食になってしまうのは想像に難くない。

 

「陽菜」

「ん? 何にござるか、師匠?」

「1分でいい。1分だけ時間稼ぎをしてくれ。それだけあれば十分逃げ切れるから」

「1分だけでいいでござるか? 拙者、師匠のためなら2分でも3分でもいけるでござるよ? 何ならあの相手を倒すことも――」

「いや。そこまではしなくていい。それに、今の陽菜じゃレキには勝てないからな」

「御意」

 

 ゆえにキンジは一旦陽菜の注意をレキから逸らすために声をかけ、陽菜の提案を受け入れる代わりに制限時間を設定する。時間無制限なら風魔陽菜デットエンドルートがほぼ確定してしまうだろうが、短めの時間制限があるのなら話は別だ。

 

 それに。キンジが話しかけたことで陽菜はレキとの際限ない視線のぶつけ合いからの離脱に成功している。これなら陽菜がわざわざレキに正面から挑むような真似はしないだろう。陽菜のトリッキーな戦い方をもって、そうやすやすとレキの土俵に足を踏み入れることなく自分の土俵で戦ってくれるはずだ。

 

「陽菜。無茶だけはするなよ」

「心配無用にござる、師匠。拙者、ちょうど先日、『忍者でもできる! 効率的なバトルジャンキーのあしらい方:上級編(熊にも応用できるよ!)』を読み込んだばかりにござるからな。この知識をもってすれば大概のことはなんとかなるでござる。もちろん、暗唱も可能にござる」

「あぁ。そう」

 

 キンジが念を押す意味で陽菜に声を掛けると、陽菜から自信に満ちあふれた、しかしピントのズレた返答が返ってくる。どうやら陽菜のシリアスモードはものの数分で終了したようだ。得意げに笑顔を見せる陽菜。その自信が油断に繋がらなければいいけどとキンジが内心で呟いていると、ふと陽菜が思い出したかのように口を開いた。

 

「師匠。今まで機会がなかったため伝えていなかったことがあるゆえ、この際話しておくでござる」

「? どうした、いきなり?」

「拙者にはかれこれ10年以上もの年月を共に歩んできた幼なじみの男の子がいるでござるが、つい5日前、その者に『結婚を前提に付き合ってほしい』と告白されたでござる。拙者としても長年一緒に過ごしてきた相手と恋仲になるのは喜ばしいことだったでござる。しかし。その場で即答するのは何とも恥ずかしく、つい返事を保留してしまったでござる。けれどいつまでも答えを保留にして相手を悶々とさせるわけにもいかないゆえ、この足止めを終えたらOKの返事をしようかとついさっき決めたでござる。いい機会にござるし。師匠、こんな拙者を応援してくれるでござるか?」

「おい!? ちょっ陽菜!? 幼なじみがいるとか初耳だぞ!? つーか何急ピッチで死亡フラグ建設してんだよ!? 洒落にならないぞ!? まぁ応援はするけどさ!」

「ハッハッハッ。ほんの軽いジョークにござるよ。確かに幼なじみはいるでござるが、あいにくそこまで深い関係にはいたってないでござる。それに、その辺の死亡フラグなど華麗に打ち破ってこそ真のSHINOBIにござる」

「いやいや、意味わかんないから!?」

 

 うんうんとうなずきつつ言葉を紡ぐ陽菜にキンジは首をブンブンと振って声を張り上げる。陽菜のペースにすっかり呑み込まれたキンジは自身の精神ゲージが一気にレッドゾーンに突入したかのような疲労感を感じずにはいられなかった。

 

「あーもう! とにかく頼んだぞ、陽菜!」

「委細承知! 豪華客船タイタニック号に乗ったつもりで安心して逃げてほしいでござる! さァ! ここは拙者に任せて先へ行くでござる! なァに、心配無用にござる。すぐに合流するでござるからな。キリッ」

「安心できるか!? タイタニック号って沈没した奴じゃねぇか!? それにさっきから矢継ぎ早に死亡フラグ建設してんじゃねえよ!? つーか何だよ、キリッて!?」

「気分の問題にござる。キラーン」

 

 キンジは相変わらずの陽菜の物言いにガシガシと雑に頭を掻くと、陽菜に時間稼ぎを任せてバトルジャンキー:レキから退却したのであった。その際、最後の最後まで死亡フラグを積み重ねる陽菜にキンジが全力でツッコんだのはご愛嬌である。

 




キンジ→陽菜にいいように遊ばれてる熱血キャラ。陽菜の前ではほぼツッコミ担当。
レキ→揺るぎない戦闘大好きっ子。ただいまブチ切れモード……の割にはキンジと陽菜との会話の最中に戦闘再開しないぐらいには空気を読んでいたりする。
風魔陽菜→何だか愉快なことになってる子。冗談好き。マニュアル本コレクター。キンジの前ではほぼボケ担当。原作より精神年齢が高め。時々『キリッ』などといった擬態語を敢えて口にする。

 というわけで、満を持して登場したのは陽菜さんでした。中々愉快な性格に仕上がってますね。ボケの陽菜さんにツッコミキンジくん。二人のコントは書いてて中々に楽しかったです。ええ。
 でもって、現時点で何気にアリアさんが行方不明。……うん。きっとそのうち登場してくれるはず。私は信じています。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

レキ「――ッ(←銃剣付きドラグノフでキンジの顔面を狙うレキ)」
キンジ「……(あ、俺、死んだかも――)」

――突如周囲一帯に大音量で流れる某仕事人BGMとよく似た曲調のBGM。

キンジ「え?(何これ? どういう状況!?)」
レキ「……何奴、ですか?(←油断なく周囲を見渡しつつ)」
陽菜「抹殺仕事人、プログラミングの陽菜、ただいま参上にござる(←赤布で顔の下半分を隠した陽菜颯爽登場。その左手には大音量を響かせるラジカセを持っている)」
キンジ「陽菜!?(助けに来てくれたのか? てか、抹殺仕事人ってあれか!? あれのパクリか!? つーか、ラジカセで大音量流すなよ!? これ完全に騒音レベルだぞ!?)」
レキ「曲者め……(←ドラグノフの標準を陽菜に定めつつ)」
キンジ「……え?(あれ? レキも何かノリノリ!?)」


 ~おまけ(その2 足止めの実際)~

陽菜「……行ったでござるな、師匠」
陽菜「それでは……拙者、風魔陽菜。師匠:遠山キンジ殿の戦姉妹(アミカ)として貴女の足止めに入らせてもらうでござる。いざ、推して参る!(←戦闘に移行しようとしつつ)」
レキ「ん? 風魔陽菜、ですか……?(←殺意を霧散させつつ)」
陽菜「むむッ? もしや拙者のことを知っているでござるか?(←コテンと首を傾げつつ)」
レキ「もしかして、忍者フーですか?」
陽菜「なッ!? な、ななななぜ拙者の裏の名を知っているでござるか!? これはまだ誰にも話してないトップシークレット情報だというのに――(←動揺しつつ)」
レキ「魔導士ヴァン。この名に聞き覚えはありますか?」
陽菜「も、勿論にござる。ヴァン殿は拙者と苦楽を共にしてきた同志の一人――ッ!? ま、まさか、貴女がヴァン殿にござるか!?」
レキ「はい。そのまさかです。こうしてリアルで会うことになるとは思いませんでした」
陽菜「全くでござる。いやはや、世界とは狭いものでござるなァ!(←嬉しそうに)」
レキ「どうです? そこのファミレスで休憩がてら話でもしませんか?(←指で指し示しつつ)」
陽菜「奢るでござるよ、ヴァン殿。いや、ここではレキ殿と言った方がいいでござるか?」
レキ「好きにしてください。どちらの呼び名も好みですから。しかし、ここは割り勘の方がいいのでは? 私は陽菜さんに奢られるほど困窮していませんよ?」
陽菜「そういう意味ではないでござる。実は拙者、こう見えてお金の使い道には少々困っているゆえ、こういう機会は逃したくないのでござる」
レキ「そういうことですか。それならここは陽菜さんに甘えることにしましょう」
陽菜「あそこのファミレスのアイスは絶品にござる。ぜひレキ殿も食べてほしいでござる。確実に虜になるでござるよ」
レキ「それは楽しみですね」


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25.突発的番外編:熱血キンジとフリートーーーク


 本編が投稿されていると思いましたか? 残念だったな、今回は突発的番外編だ! かかったな、ポッター! ……はい、調子乗りました。ごめんなさい。許してください。

P.S.『熱血キンジとエンカウント』のあとがきにおまけを一つ追加しておきました。よかったら覗いてやってくださいませ。



 

 ――ふぁもにかさんがログインしました。

 

 

ふぁもにか「はい。というわけで、始まりました! 突発的番外編、熱血キンジとフリートーーーク! この回ではキンジくんとアリアさんがただひたすら話していく方針となってるよ! ノルマは最低5000字! それさえ守れば後は何でもござれ! メタるのももちろんOK! さぁ! ご都合主義で地の文が全くないまっさらな世界で好き放題に語ってくれたまえ! 少年少女よ!」

 

 

 ――キンジくんがログインしました。

 ――アリアさんがログインしました。

 

 

キンジ「……と、言われてもなぁ。特に話すことなんてないぞ?」

アリア「ええ。全くですね。これといって話すことなんてないのですけど」

 

キンジ「ふぁもにかの無茶ぶりも困ったもんだよ。大体、なんでいきなりこんなどうでもいい企画なんかやろうと思ったんだ? 読者はこんなふざけた番外企画なんかより本編の方を望んでると思うんだが? いい加減出し惜しみしてないで性格改変済みのブラドなりパトラなり出せって思ってんじゃねえのか?」

アリア「まぁそうなのでしょうが、こればっかりは致し方ありませんね。最近ふぁもにかさん執筆意欲が落ちているようですし。本編放り投げて番外編ばかり執筆してますし。ふぁもにかさんが自他ともに認める暑がりだから今の季節は何気にきついのでしょうか?」

 

キンジ「どうだかなぁ。最近は『熱血キンジと冷静アリア』のキャラ陣使って逃走中やらせてみたり、理子をいきなり氷河期時代にタイムスリップさせたり、ユッキーを未開の少数部族の元に転移させたり、レキをいきなり雪山に遭難させたり、ANA600便の不時着に失敗した俺が死んでそのままリリカルなのはstsのティアナって人に憑依して大暴れする二次創作作ったりしてるもんなぁ」

アリア「他にも色々手ぇ出してますよね? オリキャラを使って原作主要キャラを輝かせることを目的としたフェアリーテイルの二次創作だったり、ハイスクールD×Dとこれはゾンビですか?とのクロスオーバーで一誠っていう人が堕天使に殺されて悪魔化してまた堕天使に殺された所をユークリウッド・ヘルサイズっていう人の力によって助けられたことで悪魔かつゾンビとなっちゃう話だったり、リリカルなのはのキャラをネギまキャラに置き換えてやってみる二次創作だったり、エヴァンジェリンって人が突如精神的に幼児化したことで茶々丸って人が母性の塊としてエヴァンジェリンさんに迫る害悪から全力で彼女を守るほのぼの系二次創作だったり」

キンジ「あとは上条当麻って人の不幸指数を理不尽なレベルにまで跳ね上げてみる二次創作だったり、リボーンの山本って人をこれでもかってくらいに魔改造してみる二次創作だったり、巨人を駆逐するために奔走する死んだ世界戦線の人たちの日々を描く進撃の巨人とAngel Beats!とのクロスオーバーだったり、ゼロのルイズって子が平行世界のポジティブルイズを召喚しちゃう二次創作だったり、リリカルなのはのキャロって子がグランディーネやらオーフィスやらアクノロギアまで召喚しちゃって為されるがままに魔改造されちゃう二次創作だったり、色々多方面に中途半端に執筆しちゃってるしなぁ」

 

アリア「書くなら書くできっちり投稿できるだけの量をちゃっちゃと書いちゃえばいいんですけどね」

キンジ「全くだ。遅筆なのも考えものだな」

 

アリア「……」

キンジ「……」

アリア「今何字くらいいきました?」

キンジ「大体1300字ぐらいだな」

 

アリア「もうネタなくなりましたよ。まだノルマの文字数の5分の1をちょっと超えた程度ですよ。これホントにどうしましょうか? 何か文字数を稼げる恰好のネタとかありますか、キンジ?」

キンジ「……そうだな。この際、原子力発電所再稼働の是非について討論してみるか?」

アリア「ちょっ、いきなり何て話題出してるんですか!? 少なくとも娯楽目的の二次創作で語られるような話題じゃないですよ!?」

キンジ「じゃあ、3秒に1人、貧困のために子供が死んでいる件について――」

アリア「だからそういう深刻な話題からは離れてください! 大体、こういうやけに重い話題だったり賛成反対が分かれる話題だったりを二次元のキャラに語らせたら読者の非難の嵐が待ってますよ! キャラ崩壊やキャラ粉砕のタグじゃカバーできませんよ!? やるならやるで精々きのこの山脈とたけのこの里村のどっちがいいかの話題程度に留めてくださいよ、お願いですから……」

 

キンジ「わかった。わかったからそんな泣きそうな顔するなって。う~ん、そうだな……こうなったら誰かゲストを招いてみるか?」

アリア「ゲストですか? それは構いませんが、今ここには私とキンジしかいませんよ?」

 

キンジ「大丈夫だって、俺が召喚すればいいだけの話だ」

アリア「キンジ、貴方にそんな超常の力とかありましたっけ?」

キンジ「ない。けど、ふぁもにかが言うにはこの空間はご都合主義らしいからな。やろうと思えば何とかなるんじゃないか? それじゃあ、行くぞ――ゲスト・召喚(サモン)!」

 

ニセパンダ『ピ……ギュラー?』

アクノロギア『グオッ?』

ラオシャンロン『グオッ?』

ヒソカ『何だか不思議な場所だね、ここ♢』

衛門左衛門『ここは……?』

スカエリッティ『ふむ。ここはどこだろうか?』

イッセー『おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい――ん? あれ? ここどこだ? 部長は?』

我妻由乃『ユッキーユッキー ユッキーユッキーユッキーユッキーユッキーユッキーユッキー ユッキーユッキーユッキーユッキーユッキーユッキー――ん? あれ? ここどこ? ユッキーは?』

マギ『あれ? アリババくんとモルさんがいない?』

キリト『ここが、ソードアート・オンラインなのか? 何かβテストの時の雰囲気と全然違うんだけど……』

50メートル級巨人『――?』

ミカエル『スピキュゥゥゥウウウウウウウウウウウウルッ!?(あれ? ここどこだ? つーかこいつらに攻撃ぶつけていいのか?)』

ダオス『ここは、どこだ? 私は確か封印されたはず……』

エクスカリバー『エクスキャリバー♪ エクスキャリバー♪♪』

ビュティ『ここ、どこだろ……?』

宗像形『ここがどこだかわからない。だから殺す』

夜王鳳仙『ん? ここはどこだ……?』

セルティ・ストゥルルソン『……』

リオン・マグナス『フッ。そうか、ここが死後の世界か……』

白蘭『ランランランラン♪ ランラン♪ ランランラーン♪ ビャクラン♪』

ひよこ陛下『ここは、どこなのだ?』

青雉(クザン)『Zzz』

ミッドナイト『Zzz』

ライナ・リュート『Zzz』

プレシア・テスタロッサ『ここが、アルハザード?』

神代フラウ『デュフフ。異世界召喚キタコレ!』

キンブリー『……ここは一体、どこなんですかね?』

月島仁兵衛『ここは一体、どこにござるか?』

新妻エイジ『シュピーン! ギュィィィイイイイイイイン! ギャギャギャギュィィィイイイイイイイン!!』

鳳凰院凶真『ついに私は世界を超えた! フゥーハハハ!!』

保坂『あはは! あはは! あはははは!! そうだ! 今日はカレーにしよう!』

富樫勇太『闇の炎に抱かれて消えろッ!』

天野雪輝『ここ、どこ……?』

未来のキンジ『どうやら厄介事に巻き込まれたみたいだな……』

エヴァンジェリン『闇の福音たる私を召喚するとは……どこのどいつかは知らないが、いい度胸だな』

 

アリア「何か色々来たぁぁぁああああああああああ!?」

キンジ「よし、話聞きにいくか。色々と面白そうなネタ持ってそうだし」

 

アリア「ちょっ、キンジ!? 待ってください!? 何召喚してくれてるんですか!?」

キンジ「何って、ゲストに決まってんだろ? 何言ってんだ、アリア?」

アリア「送還してください! 今すぐ送還してください!! 大体こういうのって普通『熱血キンジと冷静アリア』のキャラを一人か二人程度召喚する所でしょう!? そういう流れだったでしょう!? 何他作品のキャラ大量に召喚しちゃってるんですか!? しかも第一声からヤバそうなのがチラホラいますし!? そもそも人間じゃないのもいますし!?」

キンジ「わかった。わかったからそんなに肩揺らすな、気持ち悪くなるから。じゃあ、送還――」

 

ミカエル「うおおおおおおおお! あっちいいいいいいいい!!」

キンジ&アリア「「――ッ!?」」

 

 

 ――キンジがゲスト送還する前にミカエルのスピキュール発動。キンジとアリアに255のダメージ。こうかはばつぐんだ。二人は気絶した。

 

 

 ~30分後(復活の時)~

 

アリア「……死ぬかと思いました」

キンジ「全くだ。あんな化け物染みた技を放つ奴が他作品にはいるんだな。ホント、世の中ってのは広いなぁ」

 

アリア「で、これからどうしますか? 今大体3200字超えた所ですが?」

キンジ「何だかんだでノルマの5分の3はこなしたわけだったりするんだな。じゃあ、次は……そうだな、こんなのでどうだ? ふぁもにかへの質問コーナー。ドンドンドンパフパフパフ」

ふぁもにか「ファッ!?」

 

キンジ「このコーナーでは『熱血キンジと冷静アリア』の作者たるふぁもにかに色々と質問ぶつけて文字数稼ぎに入ろうぜをコンセプトにやっていこうかなって思ってるんだけど、どうだ?」

アリア「まぁ、今回は突発的番外編のフリートーーークですし、作者たるふぁもにかさんと絡んでも何ら問題ありませんね。少なくともさっきのヤバそうなゲスト大量召喚よりかは幾分かマシそうですし」

 

キンジ「じゃあ早速始めるか。それでは質問1。実際、改変した緋弾のアリアキャラを出す時に読者の反応が怖かったのはどのキャラだったんだ?」

ふぁもにか「あ、うん、それはもちろんレキさんだね。重度のバトルジャンキーでキンジくんを問答無用に追い詰めるキャラだからキンジくん擁護派からレキさんへの非難があるんじゃないかって内心ビクビクしてたからね。あとレキさん大好きっ子の方々からレキさんを改悪するんじゃねえよぶっ殺されたいのか的な批判がくるんじゃないかとも思ってたし」

 

アリア「そんなに反応に怯えていたんですか、何か意外ですね。では質問2です。改変した緋弾のアリアキャラの中で一番読者の反応が想定外だったのはどのキャラでしたか?」

ふぁもにか「それはもうりこりんだね。まさかあんなにビビりのりこりんが人気になるとは思わなかったよ。感想欄でもりこりん可愛い的な感想が割と投稿されてきたし、りこりんがANA600便から飛び降りて逃げなかった回を投稿した時は感想数がいつもよりもかなり増えてたし、さらにはりこりん至上主義のりこりん紳士までもが現れたからね。まさかここまで反響があるとは思いもしなかったよ」

 

キンジ「確かに。あれは原作理子とのギャップと理子自身の魅力の為せる業なのかもな。じゃあ質問3。ハーメルンで執筆する中でこれだけは心がけているってことは何かあったりするのか?」

ふぁもにか「う~ん、やっぱり感想返しは24時間以内にするってことかな? 実際は守られてないことが多いんだけどね。あとは折角の二次創作なんだから原作を貶めないよう注意しつつ原作崩壊を目論むことは常日頃から取り組んでるよ。だからこそ『熱血キンジと冷静アリア』があんなにカオスまっしぐらな作品になっちゃったんだと思うけど。特にあとがき部分はもはやどうしようもない有様だしね」

 

アリア「確かにそれは言えてますね。ところでキンジ、今何字くらいいきましたか?」

キンジ「大体4300字くらいだぞ」

 

アリア「ということは、ノルマの約9割は達成したということですか。やろうと思えば案外いけるものですね。この企画が始まった当初はどうなることかと思っていたのですが」

キンジ「同感。あとは読者の反応次第で第二弾があるか否かが決まるんだろうな、きっと」

 

アリア「あと、この際言っておきますけど、先に述べたふぁもにかさんが中途半端に執筆中の二次創作のアイディアは使って大丈夫ですよ。むしろ使ってやってください、お願いします。ふぁもにかさんの遅筆具合だとほとんどの執筆中の作品が確実に日の目を見ない哀れなことになるでしょうし」

ふぁもにか「私からもよろしくお願いします」

 

キンジ「じゃあ、そろそろ文字数が4800字辺りになってきたことだし、最後にふぁもにかの執筆意欲が出るような呪文でも唱えておくか」

アリア「そうですね。エタらないエタらないとは言ってますけど全然信用ありませんし。7月末の単位を賭けた試験対策のために一時ハーメルンから姿を消した後、そのまま試験が終わっても姿を現さなさそうですし」

 

ふぁもにか「そんなに私って信用ないのかな……?」

キンジ「ないな」

アリア「今更だと思いますが?」

ふぁもにか「えー」

 

キンジ「じゃあいくか。ふぁもにかに送る、何かと元気の出る呪文。せーの!」

キンジ&アリア「「アバダ・ケダブラ!」」

 

ふぁもにか「え!? ちょっ、それ死の呪い――ぐぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 ――ふぁもにかさんがログアウトしました。

 ――ふぁもにかさんが人生からログアウトしました。

 

 

 ~おわり~

 

 




 今回は色々とやり過ぎましたね(特にゲスト大量召喚の辺り)。でも書いてて何気にすっごく楽しかったんですけど。偶にはこういうのもアリなのかもしれませんね。ええ。


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26.熱血キンジと面会所トーク


??「まさか私に再び出番が与えられるとはな。一度きりの出番だと思っていたんだが……」

 というわけで、どうも。ふぁもにかです。当初の事後処理回の目的は今回の話を描写するためのものだったのですが、レキさんに陽菜さんが登場もとい乱入してきた影響でここまでたどり着くのに存外時間が掛かってしまいましたね。ええ。でもって、今回何気にあとがきが2200字超えちゃったりしてます。

 ……ん? 7月末の単位を賭けた試験勉強はどうしたのかって? 私が何時間も机にしがみついてガリガリ勉強できるだけの忍耐力を備えた猛者なワケないでしょう? つまりはそういうことですよ。エッヘン。



 

「……」

 

 忍者スタイルを地で行く少女:風魔陽菜の力を借りてどうにかロボットバトルジャンキーレキ(略してRBR)から逃げきった強襲科(アサルト)Sランク武偵、遠山キンジは近場のファーストフード店でしばしの休憩をとっていた。

 

 いくら陽菜が絶体絶命の所を助けに来てくれたとはいえ、それまでの数分間、防弾制服なしの状態で殺気みなぎるレキ相手に命懸けの攻防、というか防戦を繰り広げたことには変わりない。レキの容赦ない攻撃&陽菜との言葉のキャッチボールにより心身ともに疲れきっていたキンジが一時休憩の選択肢を選ぶのは当然の帰結といえよう。

 

(……今度、陽菜に何かお礼をしないとな。折角だし、少し高めのレストランにでも連れて行ってみるか? あいつ割とグルメだし、そういうの喜びそうだよなぁ)

 

 キンジはどこぞの白雪を彷彿とさせるだらけっぷりでカウンターに突っ伏しつつ、今頃狙撃科(スナイプ)Sランク武偵たるレキの足止めのために獅子奮迅と言わんばかりの素晴らしい活躍を見せているだろう陽菜の姿を脳裏に思い浮かべる。

 

 人をからかうことを至上の喜びと位置づけている陽菜の手のひらでいいように踊らされたとはいえ、その陽菜に絶体絶命の窮地を救ってもらったのは紛れもない事実。なので、キンジは何らかの形で陽菜にお返しをする必要があるのだ。もちろん、これは別に義務ではない。単にキンジの気持ちの問題だ。

 

 それに。数少ないSランク武偵の一人として様々な依頼をそつなくこなしているキンジには武器にあまりお金を使っていない(使う機会があまりない)ことも相重なってか、ある程度お金に余裕があるのだ。少しばかり羽振りよくお金を使っても何ら問題ないだろう。キンジは心の中でうんうんとうなずいた。

 

 キンジは知らない。日々プログラミングのバイトを継続している陽菜もまた、レキの食事代を奢るくらいにはお金に余裕があることを。レキと陽菜がネットゲーム上での同志であり、今現在二人がファミレスでアイスをパクつきつつ互いに親睦を深めていることを。陽菜がレキとの談笑という名の足止めに取りかかっていることに。陽菜がレキの足止めの際に微塵も苦労していないことに。

 

(体力も回復してきたし、そろそろ動くか……ハァ)

 

 キンジは己の考えとは裏腹に気乗りしない表情を浮かべる。確かにこの場所で休憩をとったことで体力は回復した。これから動くにあたって特に支障をきたすことはないだろう。しかし。レキ&陽菜の二名の影響によるキンジの精神の疲弊具合はこの程度の休息で回復するような軽度のものではない。精神的には少しも回復した気がしないのだが、だからといっていつまでもここで時間を潰すワケにはいかない。己のこなすべき用事を蔑ろにするワケにはいかない。

 

 キンジはため息を吐いて一度背伸びをすると、おもむろにファーストフード店を後にした。用事を済ますことなく放り出して、そのまま家に帰って眠りたい衝動を堪えつつ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キンジの外せない用事。それは簡潔に言うならとある場所に足を踏み入れることだ。そこは以前、キンジがアリアに連れられる形で訪れた場所。アリアがキンジをパートナーとして必要とする理由を知ることとなったきっかけの場所。新宿の警察署だ。

 

「それで? アリアの様子はどうだ?」

「武偵殺しの真犯人に首を切られはしましたが、命に別状はありませんよ。感染症への警戒もあったので、大事をとって3日ほど入院するって話でしたから。明日には退院するはずです。首の傷も残らないって話ですし」

「そうか。それは良かった。女の子の傷痕が赤の他人に与える印象はあまりよろしくないものばかりだからな」

 

 警察署内の面会室にて。キンジがアリアを取りまく現状を軽く伝えた所、キンジの眼前の濃い茶色の髪を背中まで伸ばした女性、神崎かなえはニシシと少年のごとく笑う。頬杖をついた状態で安心したように笑みを零す。どこまでも大人の女性らしい外見とイタズラ好きの少年のような言動。違和感があって当然のはずなのに、そのようなミスマッチさを一切感じさせない何かが彼女にはあった。

 

(相変わらず……何というか、不思議な魅力のある人だよな……)

「それにしても、わざわざ済まないな。私のために時間を割いてもらって」

「いえ。気にしないでください。これは俺の勝手ですから。これでも俺は目の前の理不尽は見過ごせない主義なんですよ。かなえさんの事情を知った以上は、放っておけません」

「フフッ。随分と正義漢なんだな。今時の若者にしては何とも珍しい」

「そんな大したものじゃありませんよ。俺はただ感情のままに動いているだけですし」

「フフッ。少年。謙遜は日本人の美徳だが、褒め言葉くらいは素直に受け取っておけ。それが相手に対する最大級の礼儀ってもんだ」

 

 パイプ椅子に座る神崎かなえは実に楽しそうに笑う。痛快な笑みを見せつつ、キンジに自身の言葉を素直に受け止めるよう要求する。彼女の純粋な笑みと全てを見透かすようなブラウンの瞳を前にキンジは一瞬何を言うべきかがわからなくなり、「……えと。じゃあそうさせてもらいます」との言葉とともにペコリと頭を下げた。完全に神崎かなえに話のペースを取られているキンジだったが、不思議と陽菜と会話している時のような精神的な疲労は欠片も感じなかった。おそらく人をからかって遊ぼうとする意志の有無がキンジの精神への負荷に多大な影響を与えているのだろう。

 

 さて。キンジが今こうしてアリアを差し置いて神崎かなえに接触している目的なのだが、それは彼女の公判が延びたことを自分の口で神崎かなえ本人に報告するためだ。要するに公判延ばしが成功したといった旨のお知らせをすることが今回の面会の目的である。

 

 神崎かなえは今現在、秘密結社イ・ウーによりありとあらゆる凶悪犯罪の濡れ衣を着せられまくっている。つい最近理子が真犯人だと発覚した武偵殺しの件もその濡れ衣の一つだ。しかし。神崎かなえが警察組織に拘束されている間に真犯人たる理子はチャリジャックにバスジャック、そしてハイジャックといった犯罪を敢行した。以前の理子がやったバイクジャックにカージャックと全く同じ手口で武偵殺しとしての犯行をやってみせた。

 

 この事実は『神崎かなえ=武偵殺し説』を否定させるにたるものだった。神崎かなえに着せられた罪のうちの一部が冤罪だと認めさせるにたるものだった。武偵殺し本人を捕まえられたワケではないが、それでも神崎かなえの冤罪を証明するのには十分だった。あとは理子の犯行が武偵殺しの模倣犯によるものだといった言い逃れをさせないように現場に残った証拠(※セグウェイの残骸等)を集めてしかるべき所に突きつければいい。

 

 この一連の行動は本来アリアが率先してやりたかったことなのは容易に想像できる。しかし。理子との戦闘で首に怪我を負ったことで、今のアリアは自由に動けず入院生活を余儀なくされている。本当なら今すぐにでも証拠集めに奔走したいのに、一度武偵病院からの脱走に失敗したことで上手いこと病院から出られないでいるアリア。アリアの代わりをアリアのパートナーたるキンジが務めるのは当然の流れだった。

 

 そして。数日かけて集めた様々な証拠をしかるべき所に突きつけ、頭の固い連中を完膚なきまでに論破したことでキンジは『神崎かなえ=武偵殺し説』を見事に否定してみせた。さらに彼女の公判を延ばすことに成功したキンジはその成果を伝えにここに足を運んできたというワケである。ちなみに。あまりに短い面会時間のこともあり、キンジは開口一番に本題を告げ終えたので今は残り時間を神崎かなえとの雑談に使っている。

 

「で、少年。話は180度変わるが、私の愛娘を本格的に嫁にする気はないか?」

「――ッ!?」

 

 ふと明日の天気を尋ねるような気楽さで愛娘を進めてきた神崎かなえにキンジは驚愕に目を丸くする。もしもこの時何か飲み物でも飲んでいれば盛大に噴き出しゴホゴホとむせていただろうことは想像に難くない。尤も、面会室に飲み物の持ち込みは禁止であり、例え持ち込みがOKだったとしてもキンジと神崎かなえとの間にはアクリル板が存在するので、キンジの噴き出した飲み物が彼女に顔にかかるといった事態はまず発生しないのだが。

 

「ず、随分と直球ですね。もっとこう、オブラートに包んだりしないんですか?」

「私も一応貴族様の元に嫁いだ身だからやろうと思えばできないことはないんだが……あいにく、まどろっこしい言い回しは嫌いな性分だからな。で、どうなんだ?」

「……残念ながらアリアと結婚する気はありませんね。俺はどちらかと言うと年上のお姉さんタイプが好みで――って、別にアリアに魅力がないとかそういうこと言ってるワケじゃないですからね! アリアはアリアでそれはもう凄く魅力的だけど、俺の求めている理想の女性像とはちょっとベクトルが合わないというか、あくまで方向性の問題というか、だからその――」

「フフッ。安心しろ、少年。私は気にしてなどないぞ? それに。少年の気持ちはあくまで今の少年の気持ちだからな」

 

 キンジは爛々とした瞳を向けてくる神崎かなえに気圧される形で本音を口にする。と、そこで。キンジは自身の発言を慌てて修正する。今の自分の何気ない言葉で神崎かなえが愛娘たるアリアを否定されたと解釈するのではないかと思い至ったからだ。

 

 うかつに自身の好みを漏らした過去の自分を思いっきり殴り飛ばしたい衝動に駆られつつ、キンジはしどろもどろになりながらもどうにかして現状打破の言葉を探していると、微笑ましそうな視線を向けてくる神崎かなえの姿に気づいた。キンジが彼女と目を合わせると彼女はニカッと朗らかに笑みを見せてきた。自身の発言を何とも思っていない神崎かなえの様子にキンジはホッと安堵のため息を吐いた。どうやら先の考えは杞憂だったようだ。と、その時。安堵した拍子に『今の少年の気持ち』の部分を強調した神崎かなえに対してふと疑問が芽生えた。

 

「……えーと、もしかしてかなえさんは将来的に俺の好みが年上のお姉さんタイプからアリアみたいな同い年の小柄女子タイプに変わると思ってるんですか?」

「まぁな。実際、誰かと行動を共にしていればそれだけで好みの一つや二つ、変わることなどよくあることだからな。例えば……そうだな。そろそろももまんが好きで好きでたまらなくなったりはしてはいないか、少年? ちなみに、私もアリアがももまん好きになった影響であの食べ物に魅入られた口なんだ」

「……確かに、前にアリアに無理やり食べさせられた時は思っていたよりはまぁまぁいい味だなとは思いましたけど、でもさすがに中毒にはなってないですね。というか、そもそも俺、甘いもの自体があんまり好きじゃないですし。でも。食べ物の好みはともかく、好きな異性のタイプってそう簡単に変わるモノですかね?」

「変わるさ。というか、好きな異性のタイプなんてそれこそ好きな食べ物以上にコロコロ変わるモノの筆頭だぞ? まぁ仮に変わらなくともその辺はあまり問題ない。好きな異性のタイプって奴は単なる理想像だからな。言ってしまえば、好きな女優やらアイドルやらがいて『この人と結婚したい!』と思ってどこまでもその芸能人を追っかけるのと何ら変わらない。現実においてそのような思いが成就することは思いの外少ない。大体の人間が大人になっていくうちにそのような理想と現実との間に線を引くことになる。その後で、精神的に大人になった人間は自身の理想の全てを兼ね備えてはいなくとも、自然と心惹かれる要素を持った相手といつの間にやら結ばれるものさ」

「……よく断言できますね。そうとも限らないかもしれないじゃないですか」

「まぁ、何にでも例外はあるから少年の言うことも尤もなのだが……今の意見は私自身の経験を元にした見解だからな。それなりに信憑性はあると思うぞ?」

 

 神崎かなえはキンジに言葉を返すと、ふと過去の日々を懐かしむかのようにスッと目を細める。無意識なのか意識的なのか、今までの明朗闊達な好青年のような様子からいきなり大人の女性特有の雰囲気を放ち始めた神崎かなえ。そのあまりのギャップにキンジは内心で驚く。いきなり眼前に神崎かなえという名の別人が姿を現したような気がして思わず「……え?」と声を漏らす。

 

「ふむ。そうだな。少し私の話でもしようか。私は夫とは高校生の時に出会ったんだが、最初に見た時はイマイチパッとしない奴だと思ったよ。見た目は割と良い方だったけど、私はそいつをその辺にいる男どもと何ら変わらない、特出した何かを持っているワケじゃない有象無象の一人だと思ってた。そういう印象を私は持っていた。そのくせ、色々あってある程度話す仲になったら私のやることなすことに一々自分の意見を押しつけてくるようになったから何だこいつイライラするなぁといった気持ちでいたんだが……いつからなんだろうな。いつの間にか、暴力沙汰を止めて、料理やら掃除やら裁縫やら、それまでロクに手をつけてこなかった類いのことを真剣に頑張ってる私がいた。私はいつからか、眼中にないはずの、その辺にいくらでも転がってる有象無象のはずの男を本気で好きになっていたんだ。まぁ実際そいつはその辺の有象無象どころか、辺り一帯を支配していた不良が束になっても勝てないくらいに強いリアル貴族様だったんだがな」

 

 神崎かなえは「いやぁー、あの時は本当にビックリしたよ。能ある鷹は爪を隠すって言葉の意味をまざまざと思い知らされた気分だった」と過去に思いを馳せる。楽しかった過去。もう戻れない過去。そのような在りし日々に思考を傾ける神崎かなえの姿がキンジにはやけに小さく見えた。眼前の彼女の姿がふと、豪雨の中で「どうして」と言葉を繰り返したあの日のアリアとダブって見えた。

 

「――っと、すまない。話が長くなってしまったな。全く、柄にもないことはするものじゃないな。……まぁ何にせよ、今の少年がアリアのことなど眼中になくとも未来のことは誰にもわからないってことさ。少年は将来アリアと結ばれるかもしれないし、少年の言うような年上のお姉さんタイプの女性と結ばれるかもしれない。はたまた、年上のお姉さんタイプの女性でもアリアでもない誰かと結ばれるかもしれない。でも、それでも私は少年とアリアがゴールインすると思っている。私のよく当たる直感がそう告げているのでな」

「そ、そうですか……」

 

 神崎かなえはおもむろに腕を組むと、確信めいた瞳でキンジとアリアがくっつく未来予想図を主張する。まるで吸い込まれるような錯覚を覚える彼女の瞳。キンジは何だか彼女の瞳を見つめ返してはいけない気がして思わず視線を逸らした。と、そこで。「神崎、時間だ」と、話が途切れるタイミングを見計らっていたらしい警官から声がかかる。どうやらキンジと神崎かなえとの会合は終わりの時を迎えていたようだ。

 

「それじゃあ、パートナーとしてアリアを頼んだぞ、少年。誰に似たんだか知らないが、アリアは必要だと思ったら平気で無茶をする子だからな。テキトーにあの子のストッパーになってやってくれ。まぁアリアの無茶に付き合ってくれてもいいんだけどな」

「了解です。アリアのことは俺に任せてください」

 

 神崎かなえは無駄のない動作でスッと立ち上がると、ひらひらと後ろ手に手を振りつつ、キンジに置き言葉を残す。しっかりとした足取りで面会室を後にする神崎かなえに向けてキンジが力強く宣言すると、彼女は背中越しに心底嬉しそうな笑みを見せて、そして面会室を去っていった。ちなみに。今回の面会時間は約13分だった。

 

(今はまだ無理だけど、いつか絶対にかなえさんの冤罪を証明してみせる。バッドエンドになんかさせるもんか!)

 

 キンジは彼女の後ろ姿をしかと目に焼きつけて、両手をグッと力強く握る。血が滲むのではないかと思えるほどに固く拳を握りしめつつ、心の中に覚悟の炎を宿した。4月のとある日のことだった。

 




キンジ→改めて神崎かなえ救済の決意を固めた熱血キャラ。ちょっとかなえさんを意識してる?
神崎かなえ→キンジ×アリアを期待している男勝りな母親。

 というわけで、キンジくんとかなえさんとの2人きりの会話を描写したい一心で生まれた事後処理回ですが、やっぱりかなえさんいい性格してますね。機会があったらもっと登場させたいなぁ。男勝りな女の人とかまさにふぁもにかのストライクゾーンですし。

 それにしても、地の文に『かなえ』って書こうとしたらなぜか違和感が凄まじかったせいで結局『神崎かなえ』で書いた件について。でも、かといって何回も『神崎かなえ』って書くのもそれはそれでしつこい気がするということで今回はひとまず地の文に『神崎かなえ』と『彼女』の二つを織り交ぜた形になりましたが……これ、どうなんでしょうね。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

キンジ「……残念ながらアリアと結婚する気はありませんね。俺はどちらかと言うと年上のお姉さんタイプが好みで――って、別にアリアに魅力がないとかそういうこと言ってるワケじゃ――」
神崎かなえ「と、年上のお姉さんタイプ……そ、それはつまり私も少年のストライクゾーンに入っているということか!? しかし私には心に決めたあの人が……でも少年もなかなか魅力的だぞ? 特にあのキリッとした意思の強さを感じさせる漆黒の瞳とか――いやいやいや! 何を考えている、神崎かなえ○○歳!? アリアから少年を奪うような行為は母親としてご法度だぞッ!!(←頬を染めてワタワタとしつつ)」
キンジ「……かなえさん? どうかしましたか?(あれ? 何か盛大に勘違いしてないか、かなえさん?)」
神崎かなえ「ッ!? な、ななな何でもないぞ、少年! さぁ! 話を続けようか!! にしても、ここは少しばかり暑いなぁ!(←手でパタパタと扇ぎつつ)」
キンジ「ここ、思いっきり冷房かかってますけど?」


 ~おまけ(その2 NGシーン)~

やけに身長の高い警官A「神崎、時間だ」
神崎かなえ「それじゃあ、パートナーとしてアリアを頼んだぞ、少年。誰に似たんだか知らないが、アリアは必要だと思ったら平気で無茶をする子だからな。テキトーにあの子のストッパーになってやってくれ。まぁアリアの無茶に付き合ってくれてもいいんだけどな」
キンジ「了解です。アリアのことは俺に任せてください」
やけに身長の高い警官A「おい、そっち持て(←かなえさんの右手を掴みつつ)」
やけに身長の高い警官B「わかった(←かなえさんの左手を掴みつつ)」
神崎かなえ「ではな。機会があったらまた会おう、少年(←警官二名に手を引かれつつ退出)」
キンジ「……(←呆然)」
キンジ「……え? 何今の? なんで捕獲した宇宙人を連行するみたいな感じでかなえさん連れていったの、あの二人?」


 ~おまけ(その3 二人の出会い:パロネタ)~

ホームズ3世「(僕は稲村学園に通う一高校生。かの有名なシャーロック・ホームズの孫なんだけど……『条理予知(コグニス)』や『直感』は受け継いだもののいずれも不完全。でもって虚弱な所があるから親戚等に疎まれていたりする。というか、優秀なホームズ4世を世に誕生させるための一部品としてしかみられてなかったりする)」
ホームズ3世「(まぁ関係ないけどね。僕は僕の生きたいように生きるだけだし。周りの目なんて気にしてたら人生やってられないしね。全く、貴族ってのも考えものだよ)」
ホームズ3世「ん? 雨か……(←ビニール傘を広げつつ)」
??「――ぅ。――」
ホームズ3世「あれ? あっちの路地裏から声が聞こえたような?(←路地裏に足を運びつつ)」
神崎かなえ「おー。よしよし。こんな所に捨てられてるなんてお前も災難だったなぁ」
白猫「にゃ(←あんたはわかってくれるかと言わんばかりに)」
神崎かなえ「全く、捨てた奴はどこのどいつだってんだ。飼い主責任放棄しやがって。一発ぐらい殴り飛ばしてやらんと気が済まないな(←白猫を抱き寄せつつ)」
白猫「にゃう(←神崎かなえを諭すように軽く猫パンチをしつつ)」
神崎かなえ「ん? 暴力じゃ何も解決しないって? どこの平和主義者だよ、お前。まっ、お前がそう言うならお前に免じて見逃してやるか。捨てられた本人が別にいいって言ってるのに他人が勝手にボコるのも何かアレだしな(←うんうんとうなずきつつ)」
白猫「にー(←期待に満ちたキラキラとした眼差しを向けつつ)」
神崎かなえ「わりぃな。私の住んでるとこはペット厳禁なんだ。まぁでも、その代わりといっちゃあ何だがこれからは毎日お前の面倒見てやるよ。適当にエサでも持ってくるからさ。時間になったらここに来い」
白猫「にゃー(←神崎かなえの頬をペロペロ舐めつつ)」
神崎かなえ「おーおー。可愛い奴め。うりうりぃ――(←蕩けたような顔で)」
ホームズ3世「(あの人、確か不良の神崎かなえさんだよな? 猫好きだったのか? 普段は凄く怖いのに、何というか、普通の女の子らしい可愛い一面もあったんだなぁ……)」
神崎かなえ「うりうりうりうり――あッ(ヤバッ。見られた。つーかあいつ誰だ?)」
ホームズ3世「あッ(ヤバッ。見てたのバレた)」
ホームズ3世&神崎かなえ「「……(←気まずい沈黙)」」
ホームズ3世「先手必勝!(←ホームズ3世は逃げるを選択した!)」
神崎かなえ「あ――ちょっ、待てやテメェ!!(←何気に猫を抱きかかえたまま追走)」
白猫「にゃん(←面白いことになってきたと言わんばかりに)」

 これが二人の出会いなのでした。
 神崎さんの純愛ロード、始まりませんよ?


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27.熱血キンジと病室トーク


 どうも、ふぁもにかです。第一章『熱血キンジと武偵殺し』も今回含めて残すところ後2話です。ようやくここまで来たと思うとどこか感慨深いものがありますね。ええ。……だというのに。単位取得のための試験がいい加減すぐそこまで差し迫ってきたせいでキリのいい次話の投稿までに割と時間が空くと思われます。せめて試験前に第一章終わらせたかったんだけどなぁ……。あと、今回はかなり文字数少ないです。3000字をギリギリ超えた程度です。ごめんなさい。



 

 神崎かなえとの面会を終え、新宿の警察署を後にしたキンジはその足で武偵病院を訪れていた。目的はVIP用の個室にいるアリアのお見舞いだ。アルセーヌ・リュパンのひ孫かつ武偵殺しである理子に首を斬られ、多量に出血していたアリアは当然というべきか入院することとなった。怪我自体はそこまで酷くはなかったのだが感染症等を警戒して大事を取った形だ。

 

 ちなみに。アリアのお見舞いに行くにあたって、キンジは松本屋のももまんギフトセット20個入りの入ったバスケットとその辺のコンビニでテキトーに選んで購入した雑誌類の入った紙袋を見舞い品として持っていくことにした。普通なら見舞い品に果物入りのバスケットを届けるのが定石なのだろうが、アリアにはそんなものよりももまんを届けた方がいいと思ったがゆえの決断だ。わざわざももまんギフトセット20個入りをバスケットに入れて運んでいるのは単なるノリと気分の問題だ。深い意味はない。

 

「よぉ、アリア。お見舞いに来たぞ――って、アリア!? どうした!?」

 

 アリアの病室にたどり着いたキンジはコンコンとノックをする。しかし、肝心のアリアの反応がない。もう一度コンコンとノックをしても扉の向こうにいるはずのアリアは無反応のままだ。どこか病室の外に出かけているのだろうかなどとアリアの動向を推測しつつキンジが病室の扉を開けると、キンジの視線の先には床にうつぶせ状態で倒れているアリアがいた。全くの想定外な光景にキンジの持ってきた見舞い品がスルリと本人の手から滑り落ちる。

 

 その後。ハッと我に返ったキンジはヒステリアモードに匹敵するスピードでアリアに駆け寄り、膝をついてアリアの体を起こす。その動作でキンジの存在に気づいたアリアは「き、キンジィ……」と今にも消え入りそうな声を漏らす。覗き見たアリアの顔色は明らかに悪かった。特徴的な高音ボイスもいつになく弱々しい。

 

「待ってろ、アリア! 今ナースコールで――」

 

 アリアの体をお姫さま抱っこで持ち上げ丁重にベッドの上に寝かし、そのままナースコールを押そうとしたキンジの袖をアリアがクイクイと引っ張ってくる。キンジがアリアに視線を移すと、アリアはフルフルと首を振る。どうやら病院関係者を呼んでほしくはないらしい。しかし。事は一刻を争う事態かもしれない以上、アリアの意思を受け入れるワケにはいかない。キンジがアリアの意思表示を無視してナースコールのボタンを押そうとした時、アリアがキンジに何かを伝えようと言葉を発してきた。

 

「も――」

「も?」

「……ももまん、プリーズ、です。もう、限界……あぁ、一面にお花畑が……あぅ」

 

 キンジが耳を傾けると、アリアは蚊の鳴くような声でキンジにももまんを要求した。そして。残る力を振り絞ってプルプル震える手の平をキンジに向けたのを最後に、ガクッと力尽きた。ピクリとも動かなくなった。

 

「あ、アリア!? アリアァァアア――ッ!!」

 

 『返事がない。まるで屍のようだ』の表現がよく似合うアリアを前にキンジの絶叫が響き渡った。ももまんを食べることのできない環境下に置かれ続けたことで衰弱しきったアリアとここ数日でアリアの容体が悪くなったと勘違いしたキンジ。何とも平和な昼の一時のことであった。ちなみに。この武偵病院は無駄に高性能な防音設備を施していたので、キンジの絶叫が他の患者の迷惑となることはなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふぅ。生き返りました。ありがとうございました、キンジ」

「ももまんを見舞い品に選んで正解だったな、マジで……」

 

 あれから。キンジの見舞い品たるももまんを9個食べてようやく生き返ったアリアは悠々とペットボトルの紅茶を飲んでいる。とてもさっきまで死人のごとくグッタリしていた人間と同一人物とは思えない。それほどまでに今のアリアには生気がみなぎっている。対するキンジは呆れ顔だ。

 

 ちなみに。今のアリアはツインテールではなく桃色の長髪をまっすぐ背中に下ろしているため、いつもよりは幾分か大人の雰囲気が感じられる。それでも所詮、小学生が中学生に見える程度のものなのだが。さらにペットボトルを小さい両手で掴んで紅茶を飲んでいるので、やっぱり小学生のようにしか見えなかった。哀れ神崎・H・アリア。

 

「あ、そうだ。アリア。かなえさんの件だが、何とかなったぞ。武偵殺しの一件については冤罪だって証明できたからとりあえず122年分の刑期がなくなった。あと、ひとまず公判が延びることになった。良かったな、アリア。あとは742年分の冤罪を証明すればいいだけだ」

「はい。本当に、何から何までありがとうございます。キンジ」

「気にすんなよ。これは俺が勝手にやってることだしな。それに、困ってるパートナーのために行動するのは当然のことだろ? だからとりあえず顔上げてくれ」

「キンジ……」

 

 キンジは深々と頭を下げて感謝の意を表明してくるアリアに対して、神崎かなえに言ったことと似たようなことを告げて頭を上げさせる。その際、キンジの発言を受けてアリアの真紅の瞳がほんの少しだけ見開かれた。

 

「……いいものですね。仲間がいるというのは」

 

 アリアはキンジの言葉を反芻するようにスッと目を瞑ると、しみじみといった風に呟いた。その時、開け放たれた窓の外からそよ風がアリアの髪をさらさらと撫でていく。病室の白と外の青、そしてアリアのピンク。何とも絵になる光景だ。

 

「アリア?」

「あ、いえ。今までも何度かこうして武偵病院のお世話になったことはありますが、ここまで安心して入院できたのは初めてですので……何だか、こう、新鮮ですね」

「……まぁ、今までアリアは一人で頑張ってきたんだろうけどさ。でも、まだアリアは高2だ。これからの人生で十分取り戻せるだろ。仲間くらいどうとでもなるだろ。何かあったら、パートナーとして俺も全面的にアリアに協力するからさ」

「……」

 

 キンジはアリアの様子が変わったことに内心で首を傾げつつ、アリアの名前を呼ぶ。自身の呟きがキンジに聞こえているとは思わなかったのか、アリアは少々恥ずかしそうに言葉を綴る。キンジはそんなに病院のお世話になるような目に遭ってきたのかよお前との言葉を口に出してしまいそうな感情を抑えてアリアに笑いかけるも、なぜかアリアは何も語らずに顔を俯かせた。

 

 

 ――キンジ。前に言いましたよね。私には仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいなかったと。……私は武偵として数々の事件を大抵一人で解決してきました。だから、私は知っています。一人がどれだけ融通が利いて、自由で、背負うものがなくて、心細くて、辛いか、それを身をもって知っています。

 

 と、その時。アリアの言葉がキンジの脳裏をよぎる。あの日。ANA600便の中で。いつ意識を手放してもおかしくないほどに衰弱しきったアリアは自身の気持ちを一言一言吐露していった。今のアリアの様子はあの時のアリアとどこか酷似していた。

 

「ありがとう、ございます、キンジ。貴方と会えて本当に良かったです……」

「なに満足しきった顔してんだよ。さっきも言ったけど、これからだろ? もう悔いはないとでも言いたげな顔すんな。死亡フラグみたいで嫌だから」

「そう、そうですね。確かに、その通りですね」

 

 キンジはつい衝動に駆られて、笑みを浮かべるアリアの頭を優しく撫でつつ言葉を紡ぐ。その言葉が契機となったのか、うんうんとうなずくアリアの頬を涙が伝った。どうやら孤独というものは俺の思っていた以上にアリアの心を深く侵していたらしい。堰を切ったかのようにボロボロと涙を零す女の子の顔を凝視するのはどうかと思ったキンジは視線をアリアから窓の外へと向ける。空は雲一つない快晴だった。

 




キンジ→無意識のうちにアリア攻略に乗り出しちゃってる熱血キャラ。
アリア→何日かももまんが食べられない状況下に置かれるとどうかなっちゃう子。
 
 というわけで、ここの所出番のなかったアリアさんがようやく登場しました。突発的番外編の『熱血キンジとフリートーーーク』を入れなかったら実に3話ごしの登場になりますね。ええ。


 ~おまけ(ネタ:もしもキンジくんがナースコールを押していたら)~

キンジ「待ってろ、アリア! 今ナースコールで看護師の人呼ぶから!」

 ――10秒後。

目のあたりに傷痕のあるムキムキの男「どうしたッ!?(ゴシャン! ←病室の扉を思いっきり開けたことで扉がひしゃげる形で破壊された音)」
全身ムキムキの2メートル強の男「神崎さんの容体が急変したのか!?(←アリアの元にダッシュで駆け寄りつつ)」
なぜか上半身裸のムキムキの男「今すぐ治療室に運ぶぞ!(←アリアを脇に抱えつつ)」
三人「「「おう!」」」
キンジ「……(ちょっ、何か世紀末の住人っぽい人たちが来たんだけど!? しかも皆してピンクのナース服着てたんだけど!? ナース服からはち切れんばかりに筋肉がはみ出てたんだけど!? ……ついアリア渡しちゃったけど、大丈夫か? 大丈夫なのか!?)」


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28.熱血キンジと第一章エピローグ


 どうも、ふぁもにかです。お久しぶりです。サブタイトルからわかる通り、今回で第一章『熱血キンジと武偵殺し』は晴れて終幕です。まさか原作一巻の話を終わらせるのに28話(※フリートーーークを抜かせば27話)もかかるとは思ってもみませんでしたよ。当初の予定は10〜15話程度のつもりでしたしね。ええ。全く、私の想定の外れ具合といったらもう……。

P.S.単位を賭けた試験が何だッ! 私を止めるものなど何もないッ! 私は私の好きに生きるんだッ!! 私の、好きにッ……うわあああああああああああああああああああん!!



 

「あ、そうそう。アリアに聞きたいことがあったんだけど」

「? 何ですか?」

 

 武偵病院内のVIP個室にて。ひとしきりアリアが泣き止んだ後、かねてからタイミングを見計らっていたキンジは病室に漂うシリアスな雰囲気を払拭するために話題を変えようと声を上げる。雰囲気を変えたかったのはアリアも同じらしく、少々充血した真紅の瞳をキンジに向けて疑問の声を上げる。

 

「あの時、理子がお前をオリュメスって――」

「オ・ル・メ・ス、ですが?」

「——そ、そう、それ。オルメス。理子にオルメスって言われてたけど、その呼び名も双剣双銃(カドラ)みたいに何か意味があるのかなぁーって、少し気になってな」

 

 話題を変えようとする際、ついうっかり理子の発言を思い出し、そのままアリアのことをオリュメスと言ってしまったキンジ。その瞬間、アリアの体から禍々しいことこの上ない邪気と殺気とがブワリと噴き出してきたので、気配を察したキンジは即座にオルメス呼びに修正する。キンジの声が若干上ずっていたのはご愛嬌だ。いくら強襲科(アサルト)Sランク武偵といえど、怖いものは怖いのだ。

 

 のちにキンジは如実に語る。あの時のアリアに、桃髪を自在にうねらせるメデューサの姿を幻視したと。

 

「……キンジ? もしかしてオルメスの意味に気づいてなかったのですか?」

「……悪かったな、知らなくて。で、どういう意味なんだ?」

「オルメスは私のミドルネームですよ。神崎・H・アリアの『H』の部分です。……私は神崎・ホームズ・アリア。かの伝説の名探偵、シャーロック・ホームズの4世、要するにひ孫です。オルメスというのはホームズをフランス語読みしたものです」

「へ?」

 

 キンジはアリアの口から放たれたまさかの事実に絶句する。「私をオルメスと呼んだということは峰さんはフランス育ちだったのでしょうか?」と、ふと思いついた疑問を口にするアリアをよそにキンジは放心する。

 

 自分のような有名人の子孫が他にもいたのか。というか、こんなに近くにいたのか。いや、理子もあの大怪盗:アルセーヌ・リュパンの子孫だったし、案外有名人の子孫ってありふれた存在なのか? もしかして武藤や陽菜やレキ辺りも何気に過去の偉人の子孫だったりするのか?

 

「……疑ってますね? 本物ですよ?」

 

 キンジが衝撃の事実に言葉を失ったまま、そのような気持ちをそのままぶつけるようにアリアを凝視していると、アリアからジト目が返ってくる。お互いの目を見つめ合う少年少女。言葉だけなら思春期特有の甘い空間が構成されているように誤解すること必至だろうが、実際はジト目と凝視とのぶつかり合いだ。ほんわか空間なんて欠片もない。このまま何も語らないでいるのは色々とマズい。雰囲気的にも。パートナーたるアリアとの信頼関係的にも。

 

「いや、別にアリアを信じてないわけじゃないぞ? アリアが無意味なウソをつくような奴じゃないってのはよくわかってるつもりだし。……ただ何つーか、そもそもシャーロック・ホームズに子孫がいたってのも初耳だし、シャーロック・ホームズって長身痩躯の男性紳士のイメージがあまりにも強くてあんまりアリアと印象が合わないから、ちょっと驚いただけだ」

「……そう、ですか」

 

 キンジはアリアの疑いの目から解放されるために弁明の言葉を放つ。ちょっとした手振りを駆使することも忘れない。結果、アリアからの疑いの眼差しはなくなったものの、アリアはどこかシュンとした様子で返事を口にした。

 

「それにしても、こんな身近に有名人の子孫がいるとはな。事実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ」

「……まぁ、私自身、ホームズ家らしくない人間だとは思いますけどね。推理も人並みにしかできませんし。結局の所、私は直感頼りの欠陥品ですからね」

「欠陥品って、それはさすがに自分を卑下し過ぎじゃないのか? 強襲科Sランクの欠陥品武偵がいてたまるかよ」

「……」

 

 キンジは頭を掻きつつ、自虐思考に陥るアリアに物申すも、当のアリアはキンジの意見に言葉を返さずに押し黙る。会話が途切れ何とも言えない気まずい沈黙が病室を支配していく中、アリアは何かを思い出したのか、ポンと手を叩くとキンジに視線を向けた。

 

「そういえば、私もキンジに聞きたいことがあったんでした。今まですっかり忘れていましたけど、少々気になることがありましたので」

「ん? 何だ?」

「キンジのお兄さん、確か遠山金一さんでしたね? 彼は、その……俗に言うコスプレイヤーなんですよね?」

「……は?」

 

 キンジはアリアの問いに別の意味で言葉を失う。真顔で尋ねてきたアリアを前に頭が真っ白に染まっていく。しかし。いつまでも固まっているわけにはいかない。沈黙は肯定と取られてしまいかねない。ゆえに。キンジの思考回路はすぐに再起動することとなった。

 

「え、待って。ちょっと待て、アリア。なんでアリアの中で兄さんがコスプレイヤー認定されてんだ? しかもなぜか疑問形でクエスチョンマークがしっかりついてるはずなのにすでに断定しちゃってるような口ぶりだし」

「いえ。あの時、峰さんがキンジのお兄さんが女装しているといった旨の発言をしていましたので」

「……あ。あー。あれかぁ」

 

 持ち前の割と優れた記憶力でANA600便での理子の発言を思い出したキンジは「理子の奴、余計なこと言いやがって……」と頭を抱える。兄さんの名誉のためにも、兄さんが女装趣味を持っている変態だとアリアに認識されることだけは何としてでも避けたい。しかし。だからといって、自ら進んでヒステリア・サヴァン・シンドロームの存在を明かしたくはない。いずれは話さなければならない時が来るのだろうが、何も今すべてを暴露する必要はない。

 

 アリアの怪訝な眼差しがキンジの体に突き刺さる中、アリアの遠山金一への認識の修正のためのキンジの戦いが幕を上げた。

 

「えーとな。アリア。兄さんの場合は普通のコスプレイヤーとは事情が違ってな? その辺のコスプレイヤーと違って、女装した自分の姿を前に悦に浸ったり女の子気分を味わったりとかいった類いの趣味を持ち合わせているワケじゃないんだ」

「? それはつまり、キンジのお兄さんは性同一性障害だということですか?」

「ん、んー。そうじゃなくて……あー、ああいうのってどう説明すればいいんだろうなぁ」

「?」

 

 それから。キンジは色々と言葉を変えてアリアに説明するものの、肝心のヒステリアモードの存在に触れていない以上、キンジの説明はどうしてもどこかふわふわした曖昧で釈然としないものとなり、それはアリアを納得させるに至らない。アリアの頭上にハテナマークが乱立するのも仕方ない。 

 

「……まぁ、キンジのお兄さんが何だかややこしいことになっているということだけはよくわかりました」

「うん。もうそれでいいや」

 

 キンジがアリアの納得を引き出す説明ができずに困り果てていると、何を思ったのか、アリアが追及の手を止める。アリアの中ではおそらく『遠山金一=性同一性障害っぽい何か』といった術式が形成されていることだろうが、とりあえず『遠山金一=女装癖を持つ救いようのない変態』といった術式構築は回避できているようなので、キンジはひとまず妥協することにした。ここで下手に言葉を重ねたら、今以上に兄さんに対する認識が酷くなりかねないとの考えあっての判断だ。

 

「ところで。私の話し相手になってくれるのは非常にありがたいのですが……いいんですか、キンジ?」

「ん? 何がだ?」

「ユッキーさんのことですよ。放置していたらマズいのではないですか?」

「……あ」

 

 アリアはチラッと病室に備えつけられた掛け時計を見た後にキンジに心配そうな眼差しを向ける。アリアの指摘にキンジは思わず青ざめた表情を浮かべた。

 

 ここ数日。キンジはアリアの代わりに神崎かなえの冤罪の証拠集めに奔走していたせいで白雪のことをすっかり忘れていた。女子寮を訪れ白雪の世話係としての役目をこなすことをすっかり放棄していた。ふとキンジの脳裏に『……キン、ちゃん』とやつれた顔と掠れた声でうめく白雪の姿がよぎった。嫌な予感しかしなかった。

 

「――やっば!? ユッキーのことすっかり忘れてた!! 悪いなアリア! また明日見舞いに来るから!」

「ではその時の見舞い品は松本屋のももまんギフトセット20個入りを5セットお願いします。くれぐれも看護師の方々にバレないように。この前こっそり通販サイトで頼んだ時は没収されましたし」

「了解! じゃあなアリア!」

「はい。また明日」

 

 「全く、ちゃんとお金払ったのに没収とか……理不尽です」と看護師に対して口を尖らせている アリアをしり目にキンジは文字通り病室から飛び出す。ユッキーは以前、俺が一週間放置していた時も何だかんだで生き延びていたが、だからといってここ数日放置していても大丈夫だという保証にはなり得ない。

 

(頼むから生きててくれよ、ユッキー!)

 

 キンジは看護師の廊下を走るなといった注意を無視して一直線に女子寮へ向けて駆けていく。その後、キンジは「ユ、ユッキー!? ユッキィィイイ――ッ!!」とアリアの病室を訪れた時のように絶叫することとなるのだが、それはまた別の話。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ふぅ。どうにか平静を保っていられましたね。よくやりました。やればできるものですね。グッジョブです、私」

 

 キンジが慌てて病室から飛び出していく様をしかと見届けたアリアは安堵のため息とともにポフッと布団に顔をうずめる。そして。心の中で小さくガッツポーズをする。

 

 

――おやすみ、アリア。いい夢を。

 

 

「~~~ッ!?」

 

 と、そこで。あの時、ANA600便のコックピットで聞いたキンジの妙に色っぽい声が不意に脳内再生された。その瞬間、アリアは悶絶した。声にならない悲鳴を上げた。第三者が見ればボフッとアリアの頭から白い煙が噴出したように見えたことだろう。尤も、今のアリアの顔は布団に隠れているので赤面したアリアを拝めることはないのだが。

 

「な、なぜ私はこんなにも動揺しているのでしょうか?」

 

 アリアは布団を両手で思いっきり掴んだ状態で胸に抱いた疑問を声に出してみる。しかし、答えは一向にわからない。考えれば考えるほどに自分の気持ちがわからなくなっていく。

 

 そもそも。あの時のキンジの言動は一体なんだったのだろうか? 今にして思えば、あまりに普段のキンジからかけ離れている。キンジは二重人格なのか? それともあの生死のかかった状況下で単に精神がおかしくなっただけなのか?

 

 しばしアリアは考えを巡らせるも、結局は何もわからない。それならとアリアは思考を自身が現在進行形で抱いている気持ちの正体へと切り替える。しかし。こちらの方も相変わらずわからない。いや、本当はわかっている。アリアはとっくに気づいている。だけど、まだ認めたくないのだ。これが、世間一般に言う、恋心だと――。

 

「こ、こここれは気の迷いです! 吊り橋効果です! でなければ、私があんな初対面の女子の胸を触るような相手をす、すすすすすす好きになるなんてあり得ません! ……ここ最近の武偵殺しの件で疲れてるんでしょうね、私。明日には正気になることでしょう、ええ」

 

 アリアは紅潮した顔のまま、誰に言うでもなく言い訳の声を上げる。そして。咄嗟に導き出した自論にアリアはうんうんと何度も頷き、「お休みなさい!」と布団を頭から被って寝る体勢に入った。そこからアリアはギュッと目を瞑る。しかし。ここ数日、一日のほとんどをベッドの上で過ごしていたアリアが真っ昼間から熟睡できるわけがなく、アリアの意識は闇に落ちるどころかどんどん覚醒していく。

 

 

――全く、無理はしないでくれ。心臓に悪い。

 

――ありがとう。アリアのような心づかいがあって、頼りになる、可愛い女の子のパートナーでいられるなんて――俺は幸せ者だ。

 

――さ。後のことは俺に任せて、もう疲れただろう? 眠ってもいいんだよ? お姫さま。

 

――確かに。いつもと変わらないアリアが隣にいてくれたおかげでとても心強かったよ。ありがとう、アリア。

 

――ここから先は俺に任せてくれ。これ以上アリアに無茶をさせて、アリアに何かあったらと思うと、凄く怖いんだ。それに。今の今までアリアに頑張ってもらってたんだ。精神的にアリアに支えてもらっていたんだ。だから、ここからは俺が頑張る番だ。何たって、俺はアリアのパートナーだからな。

 

 

「ひゃう!? わ、わわわッ、私は――」

 

 目を閉じたアリアの脳内で次々と再生されるキンジの声。そしてキンジの色んな表情。アリアは思わず裏返った声を上げる。誰に言うわけでもないのに、混乱した頭で言い訳の言葉を必死に捜索する。アリアが平静を取り戻すのに多大な時間を要したのは言うまでもない。

 

 

 第一章 熱血キンジと武偵殺し 完

 

 




キンジ→危うくアリアの地雷を踏みかけた熱血キャラ。アリアの攻略に成功している(無自覚)。
アリア→ヒスったキンジの発言を思い出し、ワタワタしている子。『オリュメス』は禁句。絶対に言ってはならない。

 はい。ということで、今回で原作1巻の話が無事に集結しました。カオス展開まっしぐらなのに最後はそれなりにまとまってくれたのが自分でも信じられませんね。……そうか。これが歴史の修正力か(←違う)。そして。可愛いアリアとハチャメチャな原作キャラ達(性格改変済み)の姿を描く第一章はこれにて終了しましたので、次は可愛いユッキーの姿を描く第二章ですね。アリアに独走なんてさせませんよ。ええ。


 ~おまけ(その1 ネタ:一方その頃 S○SUKEネタ)~

ナレーション『今回、緑山の地に50人もの挑戦者が挑み、新たに生まれ変わった1stステージで48人が緑山の地に沈んでいきました。さーあ! 3人目の1stステージクリアとなるか!? 背番号51番! S○SUKE新世代1人目は――東京武偵高校2年、強襲科(アサルト)Aランク武偵、不知火亮!』
不知火『――ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!(←雄叫び)』

 不知火亮はS○SUKEに名乗りを上げていた。


 ~おまけ(その2 ネタ:これがホントのエピローグ(後日談) 奇跡経験!?アンビリーバブルにて)~

ナレーション「まずはこちらの写真をご覧いただこう」
ナレーション「見るも無残な姿となっているのがお分かりだろう」
ナレーション「2009年4月。この写真はレインボーブリッジ南方に浮かぶ人工浮島(メガフロート)、通称:空き地島にANA600便が緊急着陸をした際の写真である」
ナレーション「一体ANA600便に何が起こったというのか」
ナレーション「我々取材班が当時の関係者に接触した所、信じがたい事実が発覚した」
ナレーション「その日。ANA600便は武偵殺しの手によってハイジャックされていたというのだ」
キンジ(インタビュー映像)「私はパートナーとともに武偵殺しを倒しましたが、私が不甲斐ないばかりに最後の最後で逃げられてしまいました。しかし。事態はこれで終わりではなかったのです(←身振り手振りを使って取材に応答する形で)」
キンジ(再現VTR)『――ミサイルッ!? ちぃっ! 何つうプレゼントだよ!?』
アリア(再現VTR)『……キンジ。ここは従いましょう。下手に指示に従わない素振りを見せてここで撃墜されるよりかは幾らかマシなはずです』
キンジ(再現VTR)『今からANA600便を学園島のメガフロートに着陸させる』
ナレーション「これは、残されていた貴重な映像と関係者への取材とで明らかとなった、ANA600便ハイジャック事件の記録である!」

キンジ&アリア&白雪「「「……」」」
白雪「え、っと……いつの間に取材なんて受けてたの? キンちゃん?」
キンジ「割とつい最近だな。最初はお引き取り願おうと思ったんだが、案外しつこくてさ」
アリア「それにしても、再現VTRの人たち、私たちと全然似てませんね。私、そもそもあんなに長身ではありませんし。あんなにボンキュッボンじゃありませんし」
キンジ「だな。俺もあんなに外人っぽい顔してないし。あんなに筋肉ムキムキじゃないし」
キンジ&アリア「「やれやれ。これだからマスコミは……」」

 ――一方その頃。

理子「あれ? あれッ!? なんでハイジャックの件が特集されてるの!? なに!? どういうこと!? なにがどうなってるのォ――!?」

 峰理子リュパン四世は慌てふためいていた。


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間章 外伝
29.熱血キンジと過去編 前編



 どうも。ふぁもにかです。第二章でのユッキーの活躍を今か今かと期待している方々には申し訳ありませんが、ここで外伝に入ろうと思います。いい区切りですし、第二章とも関係する話もありますしね。で、記念すべき外伝第一話の内容はサブタイトルから丸わかりですが、過去編です。原作の設定とはかけ離れた捏造過去回です。ガチのシリアスでも構わないと胸を張って高らかに言える方は――どうぞ。見てやってください。

 でもって、今回の過去編はキンジくん主観の一人称で構成されています。言うならば『Side:遠山キンジ』って所です。まぁ、外伝ですし、いいですよね? チャレンジ心って大事ですしね?



 

 2008年12月24日。その日のことは詳しく覚えていない。ただ凍てつくような寒い日だったことは印象に残っている。その日。俺はいつも通りエプロンを装着して夕飯の調理に取りかかっていた。しかし。その日の俺は素晴らしく気合いが入っていたため、その影響でキッチンを包む緊張感が明らかに違っていた。あたかも一流の硬派な料理人の元に弟子入りした未熟者がどれだけ料理スキルが上達しているのかを師匠監修の元で披露する時並みの張りつめたような緊張感がそこにはあった。

 

 それだけ俺が真剣に夕食作りに専念しているのには理由があった。今日は俺の大好きな兄さんが帰ってくる日なのだ。12月24日のクリスマスイブ。この日だけは毎年必ず兄さんは俺の元に帰って来てくれた。プロの武偵としての仕事はハード極まりないはずなのに、いつもは不定期でしか帰ってこれないのに、それでもこの日だけは兄さんは必ず帰って来てくれた。そして。それは普段は遠山金一(orカナ)として義を貫き敵味方構わず助けてきた正義の味方が俺だけを見てくれることを意味していた。

 

 だから。キンジは腕によりをかけて通常よりもはるかに豪華な料理陣を用意する。今年も去年までと変わらずに兄さんが帰ってくると信じて疑わずに。今まで俺は武偵としての腕を磨く傍ら、料理などの家事にも力を入れてきた。当初、俺が料理を始めたのは武偵として激務をこなしている兄さんになるべく負担をかけるワケにはいかないといった強固な思いからだったのだが、今では兄さんをビックリさせるぐらいに上手い料理を作るため、といった動機にシフトチェンジしている。

 

 俺は様々な料理に手を出した。大抵の料理番組には一通り目を通したし、購入した料理本も数知れない。時には試行錯誤して自力でレシピを考案してみたりもした。今日は兄さんの下す評価によってその努力の結晶が実るか否かの審判が下される日となる。……そのはずだった。

 

 けれど。結局、兄さんは帰ってこなかった。代わりに届いたのは一本の連絡。それはアンベリール号沈没事故に巻き込まれた兄さんが殉職したことのみを淡々と伝えるものだった。

 

 頭が真っ白になる。何も考えられなくなる。時が止まったように感じられる。夢だと思えて仕方なくなる。まるで無重力空間にでも放り投げられたかのような感覚。生まれて初めて感じた未知の感覚。群れをなして一斉に襲い掛かってくる混沌とした感情の波に俺はただ溺れることしかできなかった。その後のことはよく覚えていないが、きっと呆然と立ち尽くしていたことだろう。

 

 

――暗転。

 

 

「今回のアンベリール号沈没事故の件についてどう思いますか!?」

「事件を未然に防げなかったことについてどう思っていますか!?」

「遠山金一さんの弟として何か言いたいことはありますか!?」

「黙ったままでは何もわかりませんよ!?」

「何か謝罪の言葉はないんですか!?」

「貴方のお兄さんのせいで多くの乗客の命が失われたかもしれないんですよ!?」

 

 兄さんの遺影を抱えた俺を待っていたのはやけに新品そうなカメラやマイク、手帳等を持った沢山の人たちだった。彼らは俺の姿を捉えると待ってましたと言わんばかりに詰め寄ってきて俺を囲い込み、大音量で質問をぶつけてくる。爛々と輝いた瞳で俺に質問という名の責任追及を行ってくる。

 

(何なんだ、こいつら)

 

 この時。俺が彼ら報道陣に抱いた第一印象は、ハイエナ。死肉を貪る、醜いハイエナ。いや、ハイエナは生き残るために死肉を喰らう分だけマシだが、目の前のこいつらは仕事、いや娯楽のためにこうして俺の前に立っている。兄さんの死をあくまでネタの一つとしてしか見ていない。

 

 質の悪さの次元が違う。気持ち悪さの次元が違う。一応報道関連の仕事をやっているのだからそれなりにレベルの高い教育を受けてきたそれなりに頭のいい連中のはずなのに、どうしてこうも俺に不快感を与えてくるのか。その辺の気配りもできないのか。

 

 そういったことを考えているうちにもマスコミ各社の質問の雪崩はそのスピードを緩めることはなかった。それどころか、無言の俺に対してさらにまくし立てている。どうやら俺にどうしても何か言わせたいらしい。

 

「……うるせぇよ」

「はい?」

「うるせえって言ったんだよ。何なんだよお前ら。葬儀場に乗り込んできたと思ったらギャーギャーギャーギャー好き勝手騒ぎやがって。人が一人死んだんだぞ。お悔やみの言葉一つも言えねえのかよ。頭おかしいんじゃねえのか」

 

 俺はつい本音を口に出してしまった。眼前のマスコミ各社(野次馬)相手に取り合うつもりなんて欠片もなかったのに、気づけばポロッと言葉を零してしまっていた。俺が何か喋ったのに目ざとく気づいた一人が疑問の声とともに俺にマイクを突きつけてくる中、俺は堰を切ったかのように言葉があふれてきた。

 

 目の前の連中が自身の行いを正しいことだと信じて疑ってないようにみえて。兄さんの死をスクープとして扱えない連中が兄さんと同じように正義の言葉を振りかざしているようにみえて。そんな薄っぺらい偽善を掲げる連中に、酷く苛立ちを感じて仕方なかった。

 

「お前らの顔なんて見たくない。さっさと消えろ。二度と俺の前にやってくんな」

 

 意図的なのか無意識なのか。相変わらず俺の行く手を遮ったままその場を動こうとせずに質問の嵐をぶつけようとする記者連中に俺は言葉を続ける。生中継されていることはわかっていた。俺が強い口調で話せば話すほど、俺や兄さん、そして武偵全体の印象が悪くなってしまうことはよくわかっていた。だけど。もう、限界だった。

 

 お前らが兄さんの何を知っている? ふざけんなよ。兄さんがどんな武偵だったかロクに知らないくせに。兄さんがどれだけの人を救ってきたかも知らないくせに。調べようとすらしないくせに。テキトーなこと言うんじゃねえよ。好き勝手言うんじゃねえよ。兄さんを、俺の兄さんを、否定するな。

 

「質問に答えてください!」

「逃げるんですか!?」

「……あー」

 

 もう一秒だってこの場にいたくない。俺が取り囲むマスコミ関係者どもを掻き分けるようにして帰ろうとした所、背後から俺の行動を責める声が届く。それが契機だった。

 

 気づけば俺は拳銃を取り出し、発砲していた。俺の放った銃弾がマスコミ各社の持ち寄っていた新品のカメラを全て撃ち抜いていた。いくら俺が武偵高の生徒だとはいえ、さすがに俺が葬儀場にまで銃を携帯してさらに発砲してくるとは思っていなかったのか、報道記者たちの動きはあたかも彫像のごとく完全に静止する。その内、二割ほどの記者が思わずといった風に腰を抜かしていたのがいい気味だった。

 

「――聞こえなかったのか? 消えろっつってんだよ。いい加減にしねえと……コロスゾ?」

 

 俺は怒りを始めとした収集のつかない鬱屈とした感情の塊を殺気に乗せてマスコミ連中に容赦なくぶつける。心の奥に押しとどめられなくなった混沌とした感情を殺意に変換して外に吐き出す。我ながら何て酷く底冷えのする声だと思った。それが引き金となったのか、火の粉を散らすようにして退散する記者連中。その逃げ足の速さだけは素直に賞賛したい気持ちに駆られた。

 

 

――暗転。

 

 

 気づいたとき、俺は遺影を優しく抱えたままリビングに突っ立っていた。いつ帰って来ていたのかなんてわからない。気づけばここに立っていた、それだけだ。

 

「……」

 

 俺はふと遺影の中の兄さんを覗き込んでみる。ふと遺影に映る兄さんの彫刻のように整ったとても男とは思えない端整な顔を眺めてみる。

 

 いつか。いつかこんな日が来るんじゃないか。俺は何となくそう思っていた。少なくとも兄さんにまともな死は訪れないだろうとは思っていた。敵味方構わずに助ける。手を差し伸べる。誰一人死なせずに事を終わらせる。それは簡単にできることじゃない。むしろ不可能に近い。だから人は自分の身の安全を守るためにどこかで妥協するのだ。線引きをするのだ。適当に言い訳を考えて。あるいは眼前の光景から目を逸らして。

 

 けれど。兄さんは決して線引きをしなかった。誰であろうと助ける正義のヒーローであり続けた。現場に向かう数だけ無茶を続けてきた。だから。己の義を一心に貫き続ける兄さんはいつ死んだって何らおかしくはなかったのだ。

 

「……」

 

 でも。同時に、そんな日が来るのはもっと先だとも思っていた。俺が武偵高を卒業して、現役として前線で活躍して、経験と実績を積んで強くなって、憧れの兄さんと肩を並べて共闘して、いい人を見つけた兄さんをからかってみたりして。そんな遥か遠くの未来の果てであっさりと殉職する。そういうものだと思っていた。何の確証もないのに。武偵なんて危険過ぎて命がいくつあっても足りないのに。いつ死んだって何ら不思議じゃないはずなのに。ただ漠然とそう思っていた。思い込んでいた。信じて疑わなかった。

 

「……兄さん」

 

 俺は掠れきった声とともに遺影を頭上に掲げる。今度は両手でしっかりと持ってみる。そのまま兄さんの澄んだ翠色の瞳をじっと見つめてみる。

 

『キンジ』

 

 すると。写真の中の兄さんが俺を優しく呼んでくれたような気がした。果たして、その声は兄さんのものか、それともカナのものか。ともかく俺が幻聴を耳にした時、脳内に兄さんとの様々な思い出がフラッシュバックされた。笑ってる兄さん。怒ってる兄さん。悩んでる兄さん。顔立ちが人間のものとは思えないほどに実に整っているのでどの兄さんも凄く絵になっていた。けれど。俺はもう、どの兄さんにも二度と会えないのか。

 

「兄さん……ッ!」

 

 俺の頬を一筋の涙が伝う。一度涙が零れたことで俺の目からボロボロと涙があふれ出てくる。この時。初めて。俺は号泣した。兄さんの死をしかと認識したからであろう。とにかく俺は、泣いて泣いて、涙で顔がグチャグチャになるのも構わずに無様に泣き続けた。

 




キンジ→過去に少々やらかしてしまっている熱血キャラ。

 はい。というわけで、シリアスチックな過去編前編はこれにて終了。次話はシリアス(?)な過去編後半へとTO BE CONTINUEDとなります。このままじゃ終わりませんよ。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

記者A「今回のアンベリール号沈没事故の件についてどう思いますか!?」
記者A「事件を未然に防げなかったことについてどう思っていますか!?」
記者A「遠山金一さんの弟として何か言いたいことはありますか!?」
記者A「黙ったままでは何もわかりませんよ!?」
記者A「何か謝罪の言葉はないんですか!?」
記者A「貴方のお兄さんのせいで多くの乗客の命が失われたかもしれないんですよ!?」
キンジ「……(記者が一人しか来てないんだが。つーかこいつ一人だけなのによくやってるよなぁ。←しみじみといった眼差し)」
記者A「そ、そんな生暖かい眼差しで僕を見るなぁぁぁぁああああああああああああ!! うわああああああああああああああああん!!(←退散)」


 ~おまけ(その2 NGシーン テイク2)~

記者A「j;aptjamp;asgj;aptw03t;bm;ge:tka:p?」
記者B「◇◎◆▼%#@*=<▲☆+¥■×&%?」
記者C「شكتشلشخثلخكىلكخلاحسشلاةسييسبةوثكنقشكثلكثلكئحثيثذ?」
記者D「(✧≖‿ゝ≖)(  ・ิω・ิ) |ω・`)チラ(☆Д☆) (;゚Д゚)(゚Д゚ლ(◉◞⊖◟◉`ლ)?」
記者E「くぁwせdrftgyふじこlp?」
記者F「\\\\\\$\\\\\\\\\\\\\\\?」
記者G「→←Ⓐ↑↑←Ⓑ↓→Ⓐ→↑?」
記者H「室召坪是胥泅昶炭峙汁汞;址寸仍泅伋永昌?」
記者I「3920174053098320740790305702470397402492742?」
キンジ「……(日本人記者が一人もいないッ!? つーか何語!? 何語喋ってるの、この人たち!?)」


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30.熱血キンジと過去編 中編


――シリアスさんがログアウトしました。
――(`・ω・´)さんがログインしました。

 どうも。ふぁもにかです。今回でこの『熱血キンジと冷静アリア』も30話目となります。……うん、飽きっぽい性質の私がここまで連載してるのって何気に凄いことだと思うんだ。(←自画自賛)

 さて。それはともかく。前回、次回は過去編後半へとTO BE CONTINUED的なことを書きましたが……あれ嘘です。ごめんなさい。今回は過去編中盤。過去編は全3話構成へと変更されました。それでは、文字数少なめかつシリアス(?)な本編をどうぞ!



 

 兄さんの葬式が執り行われてから1週間の時が流れた。俺は民間人たるマスコミ連中に発砲したことで東京武偵高から3週間の謹慎処分を言い渡されていた。そう。たったの3週間だ。この通知を聞いた時、自分に対する処分の軽さに驚いたことは記憶に新しい。まぁ、どうでもいいことなのだが。

 

 2009年1月1日。寒さの残る部屋の中。俺は布団を被って横になっている。時刻は12時半。普段ならこんな時間に寝転がるようなことはないのだが、今は何もする気になれなかった。

 

 ふと鏡を見れば、死んだ魚のように濁った瞳。完全に据わりきっている漆黒の瞳。兄さんの弟とは思えないほどに酷い顔が見える。何の感慨も湧かず、視線をずらす。その視線の先にあるのは、兄さんの写真だ。正確には、兄さんと、兄さんの同僚の人と、俺との三人で成り行きで撮った写真。俺はただ見つめる。やはり何の感慨も湧かなかった。精々、感じるのは虚無感くらいだ。

 

(……寝るか)

 

 俺は目を瞑る。眠れば、もしかしたら夢の中で兄さんと会えるかもしれない。今までは会えていないけど、今日こそは会えるかもしれない。現実世界でもう二度と会えないのなら、せめて夢の世界で会いたい。話したいことはいっぱいある。伝えたいこともいっぱいある。なのに。それらを伝える前にいなくなってしまった兄さんと、もう一度会って、話がしたい。俺は淡い希望を胸に眠ろうとする。

 

 と、その時。インターホンの軽快な音が鳴り響く。誰とも会う気がおきず、居留守の使用を速攻で決定した俺をよそに客人の来訪を告げるインターホンの音は鳴り続ける。数分経ってもインターホンを鳴らし続けている所から、どうやら新聞の勧誘だったり宅配便だったりではないようだ。彼らはそこまでしつこくはない。

 

 となれば、知人の来訪か。俺の知り合いなら、俺が今謹慎中だと知っているだろう。ゆえに。俺がしっかりと居留守を使っているのもお見通しということか。

 

(ったく、誰だよ……)

 

 誰だか知らないが適当にあしらってお引き取り願おう。相手はひたすらインターホンを連打しまくるようなマナーの欠如した奴だ。居留守を使ったことで文句を言われても知ったことではない。

 

「誰だ――」

 

 俺は鉛のように重い体を引きずるようにして玄関に向かい、ドアを乱暴に開け放つ。瞬間、「あうッ!?」との痛みを訴える可愛らしい悲鳴が下から響いた。

 

「……って、ユッキー?」

 

 俺は視線を下におろす。その先にいたのは、白と赤を基調にした巫女装束を纏った俺の幼なじみ、星伽白雪ことユッキーだった。どうやら俺が苛立ちに任せてドアを勢いよく開けた際に強く頭をぶつけてしまったらしく、額に両手を当ててうずくまっている。

 

「うぅ。キンちゃん、痛いよー」

「わ、悪い、ユッキー。それよりどうしたんだ? お前がここに来るなんて珍し――ッ!?」

 

 よほど痛かったのだろう。俺を見上げて抗議してくるユッキー。怒っても全然迫力がないユッキーだが、上目遣い&涙目の抗議に俺はつい罪悪感に駆られて謝った。なぜかユッキーを直視できなくなり、俺は視線を横に逸らす。そして。武偵高に通う時以外は滅多に女子寮から出てくることのないユッキーがわざわざここまで訪ねてきた理由を聞こうとして、遮られた。目の前のユッキーが不意にフラフラし始めたかと思うと、そのまま俺の方へと倒れてきたのだ。

 

「お、おい!? どうした、ユッキー!?」

「……お腹すいた」

「え?」

「お腹すいた。何でもいいから何か食べ物プリーズ。私、もう限界……」

 

 俺はユッキーの両肩を掴む形で彼女の体を支える。俺がそのままユッキーの容体を尋ねると、ユッキーが何事か呟く。よく聞き取れなかったので、ユッキーの顔色を伺いつつもう一度言うように促そうとした所で、ユッキーはきゅるるるるとお腹を鳴らしながら弱々しい声で食事を要求してきた。

 

「……」

 

 まさかの食事の要求。意外過ぎるユッキーの言葉に俺は思わず絶句する。その時。俺はふと気づいた。ここ一週間、俺が一度も女子寮に足を運んでいないことに。ユッキーの世話を放棄し続けていたことに。

 

 もしかして。こいつは一週間もの間、動くのめんどくさい、食べるのめんどくさいと食事を抜き続けてきたのだろうか。水だけの生活を続けていたのだろうか。

 

(よく生きてたな、ユッキー。これも星伽の武装巫女の力だったりするのか……?)

 

 俺は内心で、ユッキーの生命力の高さを心から称賛した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇねぇキンちゃん。私、折角だからボンゴレ・ビアンコ食べたい。作って」

「は?」

 

 とりあえず腹ペコ巫女:ユッキーを家へと迎え入れた後。俺はユッキーに料理を振舞うために、エプロンを付けて台所に立つ。その時。へにゃ~とテーブルに頬をつけているユッキーがゴロンと顔だけを俺に向けてきたかと思うと、ボンゴレ・ビアンコの提供を求めてきた。

 

「……ユッキー。お前、さっき何でもいいって言わなかったか?」

「あれ? そうだっけ? まぁいいじゃん。私ことユッキーはボンゴレ・ビアンコを所望するよ、キンちゃん!」

 

 俺の問いに、一度コテンと首を傾げてから、目をキリッとさせて胸に手を当ててはっきりとした声でイタリア料理を求めるユッキー。顔文字で表すなら『(`・ω・´)キリッ』といった所だろうか。

 

 それにしても。ユッキーが何か特定の食事を要求してくるなんて珍しい。いや、初めてだ。今までは俺の出す料理は何であれ「おいしい」などと絶賛しつつ、残さず完食していたユッキー。そのユッキーによる食べたい料理の指定。ここまでわざわざ足を運んできたことといい、何か意図でもあるのだろうか?

 

 まぁ、それはともかく。根が大層頑固なユッキーは決して自身の要求を曲げたりはしないだろう。こうなった以上、ボンゴレ・ビアンコしか食べようとしないだろう。実際、俺のジト目を平然と受け流してるくらいだし。まぁ、ユッキーのことだから、俺の呆れ混じりの眼差しの意味する所を理解していないだけかもしれないが。

 

「はいはい。わかったよ」

 

 俺は一度ため息を吐いて、それから冷蔵庫の扉を開ける。ユッキーには悪いが、今の俺に普段のクオリティの料理を期待するなよ、などと考えつつ。

 

「あ」

 

 だが。冷蔵庫にはパスタどころか何も入っていなかった。と、そこで。キンジは昨日から何も食べていなかったことを思い出した。特に食欲が湧かなかったことで今まで気づかなかったのだ。

 

「悪い、ユッキー。そういや冷蔵庫の中、空だった」

「ん? そうなの? じゃあ、食材買ってきてよ。今」

「……いやいや、ユッキー。俺、今思いっきり謹慎中なんだけど――」

「大丈夫大丈夫。……バレなきゃ大丈夫。それに、いざとなったら私のこのあふれ出んばかりの威厳たっぷりの生徒会長オーラで何とかするから、ね? お願い、キンちゃん。私、待ってるから」

 

 ユッキーは威厳たっぷりの生徒会長オーラには程遠い、ふんわりのほほんとした平和的な雰囲気を醸しだしつつ、俺の食料の買い出しを促してくる。両手を合わせてお願いしてくるユッキーの姿は何とも小動物チックで可愛らしい。

 

 ほんわかとした生徒会長オーラはともかく、ユッキーの生徒会長権限があれば、例え俺の外出がバレても何とかなるだろう。そう信じないとやってられない。精神的に。というか、いくらマスコット的立ち位置とはいえ仮にも生徒会長なんだから、謹慎中の生徒の外出なんか許しちゃダメだろ。何やってんだよ、生徒会長。

 

「おいおい……」

 

 俺はため息とともに内心の気持ちにきちんと蓋をしてから、外出するための準備に取り掛かるのだった。

 




キンジ→精神的に結構参っちゃっている熱血キャラ。
白雪→傷心のキンジくんの元に食事をたかりにやってきた怠惰少女。

 いやぁー。久しぶりに武装怠惰巫女少女:ユッキーが登場しましたね。おまけや地の文をカウントしなければ実に24話越しの登場ですよ。……うん、今までロクに出番与えなくてごめんなさい。


 ~おまけ(ネタ:マルチルート もしもキンジくんの元を訪れたのがユッキー以外だったら)~

 ケース1.レキ(戦闘狂)

――ガチャ ←キンジがドアを開ける音
キンジ「レキ……?」
レキ「キンジさん。話は風から聞きました。ここは一度外で私と遊んで、ストレス発散しませんか? いい気分転換になりますよ?」
キンジ「いや、いい。そういう気分じゃないんだ。それに俺、今謹慎中だし(つーか、『遊ぶ』って何だ? 嫌な予感しかしないんだが)」
レキ「まぁそう言わずに。さあ、私と殺り合いましょう。今すぐ殺り合いましょう」
キンジ「ひッ!?(←思わずドアを閉めようとするキンジ)」
レキ「逃がしませんよ?(←ドアの側面を手で掴んで無理やり開くレキ)」
キンジ「ひぃぃぃッ!?(←レキの眼光に怯えるキンジ)」


 ケース2.峰理子リュパン四世(怪盗ビビりこりん)

――ガチャ ←キンジがドアを開ける音
キンジ「理子……?」
理子「と、とと遠山くん。話は聞いたよ。えっと、その……災難、だったね(うわぁ、思ったより酷い顔してるなぁ。遠山くんのお兄さんが死んだってことになってるの、ボクが原因みたいなものだし、罪悪感が凄いなぁ……)」
キンジ「そうだな……」
理子「あの、その……きょ、今日はいい天気だね!(ここはボクの話術でひとまず遠山くんに元気になってもらおう!)」
キンジ「……思いっきり曇ってるけど? むしろ今から雨降るんじゃないか?」
理子「ッ!? そ、そうだね……(わァー!? やっちゃったよ、ボク!?)」
キンジ「……」
理子「……」
キンジ「……」
理子「…………はぅ(か、会話が続かないッ! 気まずい、凄く気まずいよ! 誰か助けて! 何でもするから! ヘルプミィィィイイイイイイイイイイイイイイ――!!)」
キンジ「……(もう部屋に戻ってもいいんだろうか?)」


 ケース3.風魔陽菜(忍者)

――ガチャ ←キンジがドアを開ける音
キンジ「陽菜……?」
陽菜「師匠。話は聞いたでござる。こういう時は気晴らしをするのが一番でござるよ。ということで、とりあえずブックオンで『To Loveる』に『魔法先生ネギま!』、『ゼロの使い魔』、『いちばんうしろの大魔王』など色々と師匠が好きそうなのを安値で買ってきたのでパラパラっと読んでみてはどうでござるか?」
キンジ「俺が好きそうなのって……陽菜。お前の中で俺の印象はどうなってんだ?」
陽菜「それは内緒にござる。あ、そうそう。ついでにTSUTIYAで『デットコースター』シリーズを借りてきたゆえ、一緒に見るのはどうでござるか? あぁ。それとも『NieR Replicant』に『ドラッグオンドラグーン』の中古モノも手に入れておいたゆえ、一緒にプレイしてみるでござるか?」
キンジ「……(ラブコメ系の漫画&小説にホラー映画に鬱ゲー勧めてくるとか、陽菜は俺に何を求めてるんだ?)」


 ケース4.不知火亮(不良)

――ガチャ ←キンジがドアを開ける音
キンジ「不知火……?」
不知火「オラァ、キンジ! いつまで寮に閉じこもってるつもりだァ!?」
キンジ「いつまでって、今俺謹慎中――」
不知火「知るか、んなもん! 傷心のお前には一人でいる時間が必要だと思ったからしばらく放置していたが、いつまでも引きこもるなんてお前らしくないぞ! オラ、いい加減後ろばかり向いてないで、立ち上がれ! 前を向け! それが今のお前にできることだ! 違うか!? ァア゛!?(←拳を強く握りつつ)」
キンジ「……お前、そんなキャラだったっけ?(うぜぇ……)」


 ケース5.???

――ガチャ ←キンジがドアを開ける音
キンジ「……」
???「……」
キンジ「……え、誰?」
???「やあ! 僕、ەۆونۆگۆزژۆزەتژ؛ان؛گگەنلکاووحق`だよ!(←某ネズミキャラ風に)」
キンジ「いやいやいや! 誰だよお前!? 福笑いみたいな顔した知り合いなんて俺にはいねぇぞ!?」
???「……俺だ……(←ビリビリと顔の皮をはぎ取りつつ)」
キンジ「何だ。武藤だったのか。気付かなかった」
武藤「……」
キンジ「……」
武藤「……暇を持て余した……」
キンジ「武偵たちの」
武藤&キンジ「――遊び」
キンジ「……(何やってんだろ、俺……)」

 ヤバい。どのルートも書いててすっごく楽しい。特にりこりんと武藤の辺り。


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31.熱血キンジと過去編 後編


 アッーヒャヒャヒャヒャャヒャヒャヒャヒャヒャ――!! やっとテスト終わったァー! キャッホォォォオオオオオオ――イ!! ∠( ゚Д゚)/イェェェェェェェガァァァァァアアアアアアアア!!(←ふぁもにか心の叫び)

 ……はい。どうも、ふぁもにかです。私の妙なハイテンションとは裏腹に本編はシリアス風味です。また、今回で過去編は収束します。病み気味のキンジくんも今回で見納めです。淋しくなりますね。

 でもって、テストが終わったからって更新速度が劇的に上がるとかそういう展開はありません。8月は中旬から3週間ほど無人島一歩手前の島に滞在しないといけないという理不尽な展開が待ち受けていますし……私に安寧の日々は訪れないんですね、わかります。



 

 今現在。マスコミに対して容赦なく発砲した遠山キンジという人間は悪い意味で最も世間に認知されているであろう有名人だ。

 

 生放送にも関わらず容赦なくカメラに向けて発砲し、銃弾による破壊を逃れたカメラが残っているにもかかわらず、強襲科(アサルト)Sランク級の殺気とともに『コロスゾ』宣言をした俺の姿はほとんどのお茶の間の視聴者を震え上がらせ、純粋な子供たちをトラウマに陥れたらしい。

 

 そのため、テレビのニュース番組やらワイドショーやらでは連日、俺の行動を散々に非難し、それだけには飽き足らず武偵そのものをも否定しまくっている。非難の矛先が俺からマスコミへと向かわないようにある程度のフォローを挟みつつ。おそらく俺のマスコミへと敵対行為に対する仕返しのつもりなのだろう。尤も、マスコミの思惑なんて全くもって興味ないが。

 

 ネット上では他のメディアと違って、『一般人に向けて発砲するとか、遠山キンジマジキチガイ』といったそもそも武偵自体が嫌いなアンチキンジ派と『よくやった遠山キンジ。もっとマスゴミ痛めつけろ』といったそもそもマスコミ自体が嫌いなキンジ擁護派に分かれて日々辛辣な言葉の応酬を繰り広げていて、もはや無法地帯と化している。

 

 そういったテレビ事情やネット事情をそれなりに把握している以上、今の俺が何の変装もなく外に出歩いてはいけないことは十分理解している。俺が遠山キンジだとバレたら確実に騒ぎになるだろう。下手したら騒ぎどころかパニックになってしまいかねない。一般人目線から見た俺は、いつ発砲してくるかわからない超危険人物なのだから。

 

 ゆえに。俺はまず髪型をオールバックに変え、以前依頼関係で使ったダテ眼鏡をして変装する。さらに中々使う機会のなかったカラーコンタクトで瞳の色を青にする。それから私服に着替え、コートを羽織って外へと歩を進める。新年の寒空に震えつつ、食材調達に向かう。もちろん、帯銃なんてしない。

 

 かくして。色々と念を入れたおかげか。何事もなく無事にスーパーで買い物を終えた俺は帰宅後、早速ユッキーのオーダーしたボンゴレ・ビアンコの製作に取りかかる。

 

 当のユッキーは俺が帰宅した時には既にテーブルに頬をくっつけてグッタリとしていた。その姿にはユッキー特有ののほほ~んとした雰囲気は欠片も感じられない。そろそろ体力的に限界なのだろう。一週間もの間ロクに何も食べていなかったからか、着々と料理を進める俺の姿をジトーと半開きの眼で見つめるユッキーの姿は凄くホラーだった。その辺の心霊現象よりも遥かに怖かった。夢に出てきそうだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そうして。どれだけ食べるかわからないということから大量にボンゴレ・ビアンコを作った後、俺はその内の二人前ほどの量を食べ、ユッキーは三人前ものボンゴレ・ビアンコを平らげた。

 

「で、どうしてユッキーはここに来たんだ? 腹減ったってだけじゃないんだろ?」

 

 そして。俺はコップの水を飲みほして、ユッキーに問いかける。ある程度の確信を持って。いくらユッキーが空腹に喘いでいたとしても、わざわざ俺の住む男子寮にやってくる必要はない。男子寮までの道のりの中にはコンビニなりファミレスなりがあったはずだ。それなのに。それらの店舗の誘惑を振りきってまで俺の元にやって来た理由は何なのか。

 

「う~ん。今は内緒」

「……」

 

 ユッキーは俺の問いに首を捻り、それからすぐにテヘッと笑ってごまかす。どうやら話す気はないらしい。まぁ、どうでもいいか。特に気になるわけでもないし。そう思っていると。

 

「あ、あと私今日からしばらくここに泊まるから。よろしくね、キンちゃん」

 

 ユッキーがいきなり爆弾を投下してきた。

 

「……ハァ!?」

「そうそう。荷物とか全然持ってきてないから、キンちゃんの洋服借りさせてもらうね♪」

「ちょっ、待っ、ユッキー!?」

「あ、今日の夕食は満漢全席がいいな♪」

 

 ユッキーはニコニコ顔で次々と言葉を続けていく。俺の驚きなど知ったことかと言わんばかりだ。どうやらユッキーの中では、ユッキーが俺の部屋に泊まることは決定事項らしい。男子寮に女子の生徒会長が泊まるなんて明らかに問題じゃなかろうか。

 

「……太るぞ?」

「だいじょーぶ。私はいくら食べても太らない都合のいい体質だから。星伽巫女補正の賜物だね」

 

 とはいえ、根が頑固なユッキーがここに居座ると決めた以上、俺がどうあがいても梃子でも動かない気なのだろう。俺はいつになく強引なユッキーに対してせめてもの抵抗のつもりで問いかけるも、まるで効果がなかった。というか凄いな、星伽巫女補正。それを知ったら世の女性が羨むぞ、絶対。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ユッキーが俺の部屋に泊まるといった旨の宣言をした日から。ユッキーは何が食べたいだのあのゲーム買ってきてなど色々と要望を口にして俺をこれでもかとこき使ってきた。さながら横柄なご主人様だ。結果。俺はそんなユッキー様の我がままに近いお願いと頑固さに振り回される一週間を過ごすこととなった。

 

 そうした忙しい生活の中で。俺はいつの間にか、兄さんが死んだ事実を忘れていた。ふとそのことに気づいた時、俺は驚愕した。あんなに俺の中を占めていた兄さんの存在がこうも簡単に薄れていっていた事実に。兄さんのいない世界に早くも順応し始めていた事実に。

 

「なぁ、そろそろいいだろ? 何が目的でここに来たんだ、ユッキー?」

 

 そして。2009年1月7日。ユッキーに彼女の望む夕食を提供した後、俺はテーブルを挟んでユッキーと向かい合う。ここまでの日々でユッキーの意図は何となく理解していたが、やっぱりそういうのは本人の口から聞きたい。俺が勘違いをしている可能性もあるからな。

 

「えっとね、キンちゃん。私が前に見てたアニメで主人公のライバルポジションの人が言ってたんだよね。『辛いことから逃げるのは悪いことじゃない。戦略的撤退を選び、時間の経過に身を任せるのもまた立派な選択だ』って。だから。キンちゃんのお兄ちゃんがいなくなって傷ついてるキンちゃんにはしばらく私のことしか考えられないようになってもらおうかなって思ったの。そしたらキンちゃんは少しでもお兄ちゃんのこと、考えないでいられるでしょ? 後は時間に解決してもらえばいいかなってね。えっと、ごめんね、キンちゃん。今まで色々我がまま言っちゃって」

 

 ユッキーは居住まいを正してから言葉を慎重に選ぶようにして話すと、バツが悪そうに眉を八の字に下げつつ謝ってくる。

 

 つまり、ユッキーのここ一週間の一連の我がまま極まりない言動は、俺の予測した通り、全てユッキーなりの俺への気遣いだったということか。ユッキーが自らのダメダメっぷりをいつも以上に俺に見せつけて、呆れさせて、働かせて、それで少しの間でも兄さんが死んだことを忘れてもらう。あとは時間に任せて俺の精神状態を少しでもマシなものにする。それがユッキーの意図、もとい作戦。

 

 ユッキーの心遣いは非常にありがたい。変に同情してきたり、「いつまでもうじうじするな! 前を向け!」などと叱咤されるよりかは遥かにありがたい。だけど。俺はもう――。

 

「……ユッキー。俺さ、もう武偵を止めようと思ってる」

「え、キンちゃん?」

「兄さんが死んで、思ったんだよ。武偵は何て割に合わない、理不尽な仕事なんだなってさ。別に名声が欲しいから、大金を稼ぎたいから、一流の武偵を目指して生きてたワケじゃない。けど、けどさ。いつもいつもあんなに頑張ってた兄さんがあんな理不尽な扱いにされるなんて、あんまりだろ。散々けなされるなんて酷過ぎるだろ。武偵は凶悪化する事件に対応するために作られた役割だ。武偵の力を必要とする人たちのために一生懸命頑張る仕事だ。でも。俺はもう、兄さんを貶めたような奴らを、兄さんを無能だとか認識してるような奴らを、誰一人だって助けたくないんだよ。もう、うんざりなんだよ」

 

 俺は内心に溜め込んでいた気持ちを吐き出す。今の今まで抱え込んでいた思いは、一度口に出すと面白いほどにスラスラと言葉となって出ていく。ユッキーはちょっとだけ悲しそうな顔で、それでも真剣に俺の考えを聞いてくれた。

 

「ユッキーはさ。俺が武偵を止めたら、どう思う?」

「……」

 

 俺の問いに、ユッキーは答えない。もう武偵として立ち直る気のない俺に、ユッキーはどんな感情を抱いているのだろうか? こんな俺に失望でもしただろうか。

 

「……えっとね、私はキンちゃんは何をやっててもキンちゃんだと思うよ。だから、キンちゃんが武偵を止めても、それに関して言うことはないかな。……でも。できたら、ずっと……悪い人をバッサバッサってやっつけるカッコいいキンちゃんでいてくれたら、私はとっても嬉しいな。だから――私のために、武偵を止めないでほしい」

「ッ!?」

 

 ユッキーはニッコリと微笑みながら言い切った。遠山家は正義の味方の家系だとか今まで積み上げてきたものを無為にするのはもったいないとかそういう理由なしに、ただ純粋に、実直に、ユッキー自身の素直な気持ちを伝えてきた。その正直な言葉は、俺の心によく響いた。

 

「……俺に、まだ頑張れっていうのかよ、ユッキー?」

 

 俺の声は思った以上に震えていた。ユッキーの言葉に酷く心を揺さぶられたからだろう。実際、俺は迷っている。ついさっきまで何を言われても武偵を止めるつもりだったのに、今は武偵を止めるか続けるかの瀬戸際をさまよっている。

 

「無理にとは言わないよ。だって今のキンちゃん、凄く苦しそうだもん。でも、でもね。私は夢を見ていたいんだ」

「夢?」

「うん。キンちゃんがね、キンちゃんパワーでドンドン悪人をやっつけて、困ってる人をドンドン助けるの。それでね。いつか皆から英雄だとか勇者だとか救世主だとかヒーローだとか色々と称賛される、そんなキンちゃんの夢。だって、キンちゃんが活躍する夢は見ていてとっても楽しいもん。だから、キンちゃんにはまだまだ武偵でいてほしい。私にもっと夢を見させてほしい」

 

 「自分勝手なお願いだとは思うんだけどね」と言葉を残してユッキーは目を瞑る。これ以上、何かを言うつもりはないらしい。後は俺の判断に任せるということか。

 

「……そっか」

 

 俺はため息混じりに声を漏らす。ユッキーのどこまでも飾らない言葉は不思議と俺の心を軽くしていた。例え俺がここで武偵を止める選択肢を選んでも、ユッキーはそれを責めることはないだろう。ほんの少しだって俺への接し方を変えることはないだろう。

 

 だけど。ユッキーに、俺の実の妹みたいな存在にここまで期待されてるんだ。その妹が夢を見たいと言っている。武偵のままでいてほしいと言っている。だったら。もう一度、もう一度だけ頑張ってみよう。立ち上がってみよう。前を見据えてみよう。ユッキーが少しでも長く夢を見続けていられるように。どうせ武偵を止めるのだとしても、もう一度だけ全力を出した後でも遅くはないだろう。

 

 折角だ。もう一度頑張るのなら、遥か高みを、頂点を目指してやる。世界最強の武偵を目指してやる。確かRランク武偵は日本に1人しかいなかったはず。だったら。まずは俺が2人目のRランク武偵になってみせる。世界最強の称号を手に入れるのはその後だ。

 

(あ、そうだ……!)

 

 もしも。いつか世界最強の武偵になって。皆から英雄だとか勇者だとか救世主だとかヒーローだとか称される存在になって。その時に俺が兄さんのことを『非常に素晴らしい武偵の鏡だ』とか言って絶賛すれば、どうだろう。

 

 兄さんを侮辱したマスコミ各社に目にもの見せることができるのではないか? 一般民衆を味方につけた俺の発言に彼らは立てつくことなどできなくなるのではないか? にっくきマスコミ各社によって貶められた兄さんの名誉を取り戻すことができるのではないか?

 

 とっさに思いついたにしては、中々に素晴らしい案だと心から思った。

 

(……なら、もう少しだけ、頑張ってみようかな)

 

 世界最強の武偵なんて普通なら非現実もいい所だけど。俺にはヒステリア・サヴァン・シンドロームがある。あの兄さんと同じ血が流れている。やり方次第では、決して夢物語ではないだろう。

 

「ユッキー」

「……決まったの、キンちゃん?」

「あぁ。武偵、続けることにした。割に合わない理不尽な仕事だけど……まぁ、俺なりにあがいてみるよ」

「……うん。そっか」

 

 目を瞑ったまま微動だにしないユッキーに向けて、俺は自身の選んだ選択肢を伝える。すると。俺の答えを聞いたユッキーはゆっくりと目を開ける。そして。何がおかしいのか、ユッキーは二ヘラと笑った。

 

「何笑ってんだよ、ユッキー?」

「えへへ。だっていつものキンちゃんがやっと戻って来てくれたから。今まで心ここにあらずって感じだったからちょっとだけ心配したんだよ?」

「あー、まぁそれは否定しないけど。さっきまで思いっきり現実逃避してたし。つーか、ちょっとしか心配しなかったのかよ」

「あい!」

「そこで自信満々に返事するなよ、全く……」

 

 エッヘンと胸を反らして元気に返事をするユッキーに俺は呆れ混じりの視線を送る。が、ユッキーにはこの手の視線が全くもって通用しないようだ。いつもならここらでスキンシップを兼ねてチョップを放つ所なのだが、ユッキーへの恩に免じて今日は止めておくことにした。

 

「悪かったな、心配かけて」

「うん。おかえり、キンちゃん」

「あぁ、ただいま」

 

 俺の目の前でニコニコと笑顔を見せるユッキー。俺に当面の道標をくれた彼女に、俺は万感の思いを込めて言葉を返した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(さて。そうと決まれば、早速試してみたい技があるんだよなぁ……)

 

 夕食に使った食器を片づけた後、俺は武偵制服に着替えていた。今現在。頭の中で考案だけはしているものの、未だ実践に移せていない技なんて沢山ある。その大半は今まで一度も試すことなく無理だなと早々に諦めていた技なのだが、世界最強の武偵を目指すと決めた以上、これからはそうやって諦めるワケにはいかないだろう。身につけられる技は一つでも多く身につけておいた方がいい。そのための努力はいくらしてもし足りないことだろう。

 

「それじゃあ、ちょっと体動かしに行ってくる。留守は任せたぞ、ユッキー」

「あいあい。いってらっしゃーい、キンちゃん!」

 

 ソファーにゴロンと寝転がり、明らかに脱力しきっている右手をプラプラと振ってくれるユッキーを背に、俺は外へと向かう。当然ながら、バタフライナイフと拳銃を持っていくことも忘れない。ここ2週間ロクに訓練をしなかったせいでなまってしまった体を動かして己の感覚を取り戻すことが今回の外出の目的だ。ちなみに。この時。自分がただいま絶賛謹慎中であることなど頭の中からすっかり抜け落ちていたりする。

 

 かくして。今まで兄さん(orカナ)に追いつきたい一心で武偵としての技量を磨いてきた俺は目標を切り替え、遥か高みを目指すこととなった。世界最強の武偵を目指してひたすら突き進むこととなるのだった。

 

 

 余談だが。ユッキーはこの日からさらに1週間もの間、つまり計2週間もの間、俺の寮内で散々ダメダメっぷりを見せつけた後、女子寮(自身の住処)に帰還した。尤も、『自分で歩いて帰るのめんどくさい。キンちゃん運んで。それか私を段ボールに詰めて宅配便で送ってよ。あッ、ちゃんと割れ物注意のシール貼ってね♪』とのユッキーの発言により、結局俺はユッキーをおんぶして女子寮まで送り届けることとなったのだが、それはまた別の話。

 




キンジ→ユッキーのおかげである程度立ち直った熱血キャラ。
白雪→ユッキー流のやり方でキンジくんの精神回復に貢献した怠惰少女。

 というわけで、ユッキーのおかげで世界最強の武偵を目指す熱血キンジくんが誕生したよって感じの話でした。当初は別パターンを考えていたのですが、キャラが勝手に動く理論でいつの間にかそういう展開になってました。うん。とりあえず一言だけ。よくやった、ユッキー。さっすがユッキー。というか、「おかえり」「ただいま」のやり取りがどう見ても夫婦間のそれにしか見えませんね。ええ。

 でもって、キンジくん主観の一人称は今回で終了です。次回からはいつもの三人称(?)に戻ることにします。


 ~おまけ(ネタ:マルチルート もしもキンジくんの元を訪れたのがレキ、理子、陽菜、不知火、武藤の5人だったら【雪風冬人 弐式さんリクエストのネタ】)~

 リビングに設置されたこたつにて。

理子「ろ、6」
陽菜「7」
武藤「8」
理子「……(←冷や汗を流しつつ)」
理子「きゅ、9!(←目が泳いでいる模様)」
武藤「……ダウト……」
陽菜「ダウトにござる」
理子「ひぅッ!? な、ななななんでわかったのッ!?」
武藤「……バレバレ……(ニヤリ)」
陽菜「バレバレにござる。理子殿は本当にわかりやすいでござるからなぁ(ニッコリ)」
理子「うぅ……(←涙目)」

 ダウトを楽しむ3人。

レキ「……」

 こたつにみかんのセットの魅力に憑りつかれ、眼前のダウトを観戦しながら黙々とみかんを食するレキ。ただいま6個目。

不知火「おーい。キンジの部屋漁ってたらスマブラXが出てきたから皆でやらねぇか?」
陽菜「おお! それは名案にござるな! 亮殿!」
理子「だ、大乱闘ならボク得意だよ! ネスマスターのりこりんとはボクのことだ!」
レキ「私も得意ですよ。伝説のスネーク使いと称された私に負けなどあり得ません」
武藤「……ほう。面白い……」
不知火「じゃあ4位の奴が交代ってことでいいな?」
武藤&理子&陽菜&レキ「「「「ウィ!」」」」
キンジ「……お前ら、何しにここに来たんだよ?(←ジト目で)」
レキ「暇つぶしです」
陽菜「暇つぶしにござる(キリッ)」
武藤「……暇つぶし……(キリッ)」
不知火「あぁ? 暇つぶし以外の何があるってんだよ?」
理子「あれ? ボク、そういえば何しに来たんだっけ?」
キンジ「……そっか(もう何も言うまい)」

 その後。5人はしっかりとキンジを巻き込んだ上で闇鍋を存分に楽しみ、それぞれ帰宅したそうだ。


 ~おまけ(その2 NGシーン:もしもキンジがユッキーの女子寮への召還に宅配便を使っていたら)~

外人男性「It’s time for the company which I work.(そろそろ会社の時間か)」
外人男性「I must go to it soon.(早く会社に行かないと)」
宅配便の人「Delivery service comes here!(宅配便でーす!)」
外人男性「Oh!? Delivery service!?(宅配便? ここ最近はネットショッピングで何かを頼んだ覚えはないぞ? 誰かが何か送ってきたのか? アザゼルか? ←印鑑を押しつつ)」
外人男性「……(何が入ってるんだ、これ? つーか結構重いな。 ←段ボール箱を開けつつ)」
白雪「……スゥ、スゥ(←安眠中)」
外人男性「What!?(えッ!? 何事ッ!?)」

 ユッキー、手違いで外国へ誤送されるの巻。


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第二章 熱血キンジと魔剣(デュランダル)
32.熱血キンジと何気ない日常



 どうも。ふぁもにかです。ようやく今回から原作2巻の話に突入します。おそらく第一章ほど話数を使うことはないでしょうが、それでもある程度は話数がかさむことでしょう。少なくとも何だかんだで20話は使うでしょうね、おそらく。
 ……いやぁー、それにしても長かった。ここまで連載するのにすっごく時間かかった。やっとダメっ娘ユッキーや厨二ジャンヌが跳梁跋扈するカオス展開を執筆できますよ。

 でもって、私ふぁもにかはこの『熱血キンジと冷静アリア』でオリキャラは一切出さないつもりでしたが(おまけは除く)、今回少しだけ登場します。まぁ、物語に深く関わるわけではありませんし、というか今回ぐらいしか出番がありませんし……いいですよね?



 

 拝啓 天国の兄さんへ

 

 天国の暮らしはどうですか? 快適ですか? ふと思ったのですが、天国には何か変わった食習慣とかあるのでしょうか? 何か天国特有のスポーツがあったりするのでしょうか? 天国に向かった善人でも魔が差したってことで何かしらの犯罪を犯すこともあったりするのでしょうか? その場合は天国でも牢屋に放り込まれるのでしょうか? 兄さんに天使の翼が生えてたり輪っかが頭の上に浮いてたりしてるのでしょうか? ここの所、何かと天国のシステムが気になって仕方がない弟の俺は今日もRランク武偵を目指して日々鍛錬に努めています。

 

 それはそうと。最近俺にパートナーができました。神崎・H・アリアという小柄な女の子です。ですが、侮るなかれ。油断すれば俺の方が負けてしまいます。それくらいアリアは強いです。

 

 そんなアリアに出会ってからというもの、バスジャック事件の解決のために全力を尽くしたり、ハイジャック事件でイ・ウー所属の『武偵殺し』と対決したりと、中々に波乱万丈で将来武勇伝にできそうな日々を送っています。そして。この平穏とは程遠い生活は、アリアとこれからも関わる以上、アリアの母親:かなえさんの冤罪を証明する協力を惜しまない以上、続くことでしょう。ゆえに。これからも俺は、アリアとともにイ・ウー所属の犯罪者相手に熾烈な逮捕劇を繰り広げることとなるのでしょう。

 

 そんな状況下に置かれている俺ですが、俺の勇姿を時々でいいので覗き見してくれるとありがたいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 四月下旬のとある日。午前4時にきっかり起床したキンジはアリアを起こさないようにこっそり身支度を整える。もはや日課となっている朝のマル秘特訓メニュー(キンジ考案)をしっかりとこなすためだ。物音一つ立てず、アリアに気配を察知させずに一連の動作を済ませて外に出る辺り、さすがは強襲科(アサルト)Sランク武偵といった所か。

 

 そうして。いつもの訓練場所を訪れたキンジは早速特訓を開始する。一日でも早くRランク武偵に、ひいては世界最強の武偵にクラスチェンジしたいキンジ。その逸る気持ちが、キンジの早朝訓練にキレを生む。

 

 午前6時。一通りマル秘特訓メニューをこなし、男子寮に帰還したキンジは早速シャワーを浴びて汗を流し、それから朝食作りに取りかかる。その手際の良さは既に料理好きの女子をうならせ、彼女たちを自己嫌悪に陥れるほどのレベルに達している。しかし。何とももったいないことに、キンジは現在同居中のアリアと東京武偵高の生徒会長たる白雪にしか料理の腕を振るっていないため、自身の料理スキルが今現在どの領域にあるのかを知らない。宝の持ち腐れとはこのことか。

 

「おはようございます、キンジ」

「あぁ、おはよう。アリア。もうすぐできるから、テキトーに待っててくれ」

「わかりました」

 

 ある程度朝食が出来上がってくる頃合いに、目を覚ましたアリアが目をゴシゴシとこすりつつ、台所のキンジへと声を掛けてくる。アリアが起きるのは決まってこの時間帯だ。アリア曰く、朝食のいい匂いが目覚まし代わりになっているのだそうだ。

 

 そして。午前6時半。二人は「いただきます」と両手を合わせて、朝食にありつく。今日の朝食は和食中心の献立となっている。一月前まで朝食は和食一筋だったキンジだが、今は和食と洋食とを交互に作っている。キンジが朝食に洋食を取り入れたのは偏にイギリスからはるばる日本へとやって来たアリアへの配慮だ。尤も、箸の使い方をすぐさまマスターしたアリアは今では体の一部のように箸を使いこなしているため、そのような配慮はもはや必要ないのだろうが。

 

 ともかく。キンジにとって、アリアとの同居生活はもはや何気ない日常の一部へと切り替わっていたのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 東京武偵高2年A組教室。朝のホームルーム。話の内容は、武偵高のビックイベント:アドシアードについてだ。現在、武偵高の教師にしては比較的大人しいことに定評のある2年A組担任の高天原先生が来週に迫るアドシアードについてわかりやすく説明している。

 

 アドシアードとは年に一度の武偵高の国際競技会である。言うなれば、オリンピックの武偵バージョンみたいなものだ。アドシアードは世界の数か所で開催され、東京武偵高もその開催場所の一つに選ばれている。尤も、武偵版オリンピックと言っても、活躍するのは強襲科や狙撃科(スナイプ)の連中に限定されている。他の学科にも活躍の機会があってもいいのではないかとキンジ自身は考えるのだが、その辺はおそらく見栄え上の問題なのだろう。

 

「そうか。もうアドシアードの季節なのか……」

 

 いつものごとく登校中に下剋上を仕掛けてきた複数人の襲撃者を軽く撃退して武偵高にやって来たキンジは頬杖をつきつつ、黒板に無駄に達筆で書かれたどこぞの巨匠レベルのアドシアードの文字を眺めながら、担任教師の話を軽く聞き流す。アドシアードは去年も経験しているため、わざわざ説明を真剣に聞く必要はなかったりするのだ。

 

(そういや、去年は理子の奴が珍しく勇気を振り絞って、アドシアード閉会式のチアガールをやろうとして、クラスの皆に大々的に宣言して、でも土壇場で逃げ出してたよなぁ)

 

 結局、あの時逃走した理子を誰も発見できないままに閉会式が執り行われたことをキンジは今でも鮮明に覚えている。今にして思えば、あの時の理子は世紀の大怪盗:アルセーヌ・リュパンの逃げの才能を存分に行使していたのかもしれない。それだったら理子があの武偵包囲網を前に見事に逃走しきったのもうなずける。まぁ、才能の無駄遣いもいい所だけど。

 

 そんなことをぼんやりと考えつつ、キンジは前を見る。しかし。白雪のとはまた違う温和な雰囲気が特徴的な高天原先生は既にいなくなっていた。どうやらホームルームの時間はいつの間にやら終わっていたらしい。全然気づかなかった。思った以上に思考にふけっていたようだ。

 

「キンジ。貴方は何をやるのですか?」

 

 と、そこに。キンジの隣に座るアリアが早速といった感じで尋ねてくる。元々キンジの隣には武藤が座っていたのだが、アリアが転入した当初に武藤が無駄に気を利かせたために今ではアリアの席となっている。

 

 しかし。高校生の身分でありながら小学生並みの未熟体型であるアリアは当然のことながら座高も低い。ゆえに。武藤の座っていた一番後ろの席だと結構黒板が見づらかったりする。そのことをアリアが寮でボヤいていたのを聞いてからはキンジはアリアに積極的にノートを見せることにしている。もちろん、武藤にバレないように慎重を期しているが。善意は時として当人の意図しない方向へと舵を切るものである。

 

 ちなみに。今まで窓際の席に居を構えていた理子の姿はない。表向きにはロンドン武偵高で探偵科(インケスタ)Aランク武偵の実力を奈何なく発揮していることになっているらしい理子なのだが、実際はどこで何をしているのやら。

 

(――と、いうか。あいつ、あんな場所から飛び降りて大丈夫だったんだろうか?)

 

 あの何にでも異様に怯える理子が遥か上空から飛び降りた際に空中で気絶してしまったのではないかといった懸念を現在進行形で抱くキンジだが、一番の心配事は別の所にある。

 

 あの時。理子が飛び降りた時、ANA600便は東京湾上空を飛んでいた。つまり。あの場でANA600便から脱出した理子はそのまま東京湾のど真ん中にダイブしたことになる。4月の海は意外と寒い。それも時刻が夜なら尚更だ。それなりに冷たい海に少しでも浸かっていれば、即座に体温を奪われてしまう。そうなれば、あっという間に身動きが取れなくなってしまうだろう。その後にどうなってしまうかなんて想像に難くない。

 

(さすがに溺死してるなんてことは……ないよな?)

 

 キンジはふと脳裏に浮かんだ理子の水死体をフルフルと首を振って振り払う。確かに理子はイ・ウーの一員で、さらに兄さんが死ぬ原因となったアンベリール号沈没事故に関わってる可能性のある人物だ。だが。約一年もの間、理子とある程度の交友関係を築いてきたこともあってか、キンジは素直に理子を敵認定できていない。だから。理子の死なんてものを想像して、気分がよくなるはずがないのだ。尤も、アリアの母親のことを考えると一刻も早く捕まってほしい所なのだが。

 

 キンジはひとまず、どっかの漁船だったりイ・ウーの仲間だったりがきちんと理子を助け出していることに期待する形で理子に関する思考を切り上げることにした。

 

「……キンジ? 聞いてますか?」

「あ、あぁ。俺か? 俺はとりあえず、競技には参加しないで色々と見て回るつもりだ。アドシアードって見てる分にも結構楽しいしさ。だから、やるのはイベント手伝いくらいだな」

 

 実の所、拳銃射撃競技(ガンシューティング)の代表に選ばれていたキンジだったが、キンジはその話を聞いた時点で速攻で辞退している。去年拳銃射撃競技(ガンシューティング)に参加したというのも一つの理由だが、一番の理由はキンジがマスコミに向けて発砲した例の一件からまだ半年も経っていないことが挙げられる。記者連中が訪れるアドシアードに、彼らに第一級危険人物及び凶悪武偵とのレッテルを貼られている遠山キンジが平然と姿を現すワケにはいかないのだ。折角のアドシアードを台無しにしないためにも。

 

「そういうアリアは何をする気なんだ?」

「私は……を、いえ。まだ内緒です。アドシアード当日になってからのお楽しみ、とだけ言っておきましょう」

 

 アリアは何事かを口にした後、フルフルと首を振って、それからニィと口角を吊り上げる。どうやらとっさの思いつきでギリギリまで自身の選んだ選択肢をキンジに隠し続けることにしたらしい。しかし。キンジは持ち前の読唇術でアリアの口が『チアガール』と動いたことに目ざとく気づいていた。

 

「なるほど。チアガールか」

「ふぇっ!? ちょっ、どうしてわかったのですか!?」

「俺の読唇術をなめるなよ。これくらい余裕だ。ちなみに武藤もできるぞ」

 

 少々得意げにキンジが笑みを浮かべると、アリアは少々悔しそうな表情で「……読唇術、私も本気で習得してみましょうか」と真剣に悩み始める。読唇術のせいでアリアの目論み通りに事が運ばなかったことに思うところがあったのだろう。

 

「それにしても、アリアがチアガールか……」

「……キンジ。何ですか、その物言いは? 暗に『私のような幼児体型の女子にチアガールなんて似合わないから今の内に止めておけ』とでも言いたいんですか? そうですか、そうですか。キンジがその気なら私にも考えが――」

「ちょっ、アリア!? そんなこと一ミリたりとも思ってないって! ただ、ちょっとアリアにしては意外だなって思ってさ。だからとりあえずそのガバメントはしまってくれ!」

 

 キンジがポツリと呟くと、その言葉を思いっきり変な方向に解釈したアリアがスッとガバメントを取り出しつつ、ハイライトの消えた真紅の瞳でキンジを見つめてくる。そんな威圧感たっぷりのアリアを前に本格的に命の危機を察したキンジは慌ててアリアの誤解を解きにかかる。その必死さが伝わったのか、「……そういうことにしておきます」とアリアはガバメントをしまってくれた。かくして、キンジはアリアの情状酌量によって天国行きを免れた。

 

「で、どういう風の吹き回しなんだ?」

「そう大したことではありませんよ。ただ以前、お母さんが高校生活を楽しめといった趣旨のことを言っていたのを今日お母さんの夢を見た際に思い出したので、私なりに折角の機会(アドシアード)を楽しもうかと思いまして」

 

 アリアは少し遠い目を虚空に向けて、いつになく優しげな微笑みを浮かべる。きっとその母親:神崎かなえとの夢のことを思い出しているのだろう。そんなアリアの可愛らしい姿を前に、キンジは気まずさに眉を潜める。

 

 以前。キンジは一度、単独で神崎かなえと会っている。それはつまりアリアと神崎かなえとの親子の再会の機会を一回分奪ったことを意味する。その時は神崎かなえの冤罪の証明が関わっていたこともあり、アリアは気にしなくていいと言ってくれたが、こればかりは気にしない方が無理な話だ。アリアの一秒でも多く母親と一緒にいたいという気持ちをパートナーたるキンジはよく理解しているから。たまにアリアが寝言で「……お母さん」と呼んで、その際に涙を流していることを知っているから。

 

「それで選んだのがチアガール、か」

「はい。アドシアードの作業の中で一番普通の女の子らしくて、アドシアードを純粋に楽しめるものといえばコレだと思いましたので。それに、前々からこういう衣装には興味がありましたから」

 

 キンジは気まずさを紛らすように言葉を続けると、アリアは自身がチアガールを選んだ理由について語り始める。ちなみに。チアガールとは正確にはアル=カタのことで、ナイフや拳銃による演武をチアリーディング風のダンスと組み合わせてパレード化したものだ。そのため、当然のように銃弾をばら撒く仕様となっているので、アドシアードでのチアガールが普通の女の子らしいかといえば明らかに否なのだが。

 

「まぁ、いいのかもな。そういうのも」

 

 膨らみ続ける風船は空気を抜かなければいずれ破裂してしまう。それは人間の精神においても同じことが言える。アリアにもちょうど息抜きが必要な時期だったのだろう。急いては事をし損じるということわざもあるくらいだし、アドシアードの期間中くらいは好きに羽を伸ばしても罰は当たらないだろう。

 

「……キンジ……」

 

 そんなことを考えていると、キンジの肩を武藤がポンポンと叩いてくる。

 

「ん? どうした武藤?」

「……もしも競技に出るつもりがないなら、受付やってほしい……」

「ん? まぁそれはいいけど。元々イベント手伝いをするつもりだったし。武藤と一緒に受付やるってことか?」

「……否。これは神崎さんじゃない方の神崎から頼まれた……」

「アリアじゃない方って……あぁ。あいつか」

 

 キンジが心当たりのある人物の方へと視線を向けると、キンジたちの様子を遠目でうかがっていたらしい黒髪黒目の男がペコリと頭を下げてきた。

 

 神崎千秋。2年A組に属するもう一人の神崎姓を持つ男だ。もちろん、アリアと血縁関係ではない。単に名字が一緒なだけの赤の他人だ。同じ神崎姓を持つアリアの転入により、元々影が薄かったというのにさらに影が薄くなってしまった哀れな男であり、運の悪さに定評がある男であり、また将来的に武偵を止めて一般人になりたがっている男でもある。

 

「でも、なんで俺なんだ? 不知火辺りでも良くないか? あいつ、確かガンシューティングの補欠だろ? 実質出番ないようなもんだし、案外暇してるんじゃないのか?」

「……無理。あれに接客関係の仕事は務まらない。それに、不知火だと神崎さんじゃない方の神崎が怯える……」

「あ、そっか。まぁ、グレる前の不知火なら適任だったんだろうけどなぁ。……ホント、惜しい奴を亡くしたもんだ」

「……同意……」

 

 キンジが両手で顔を覆ってさも悲しそうに言葉を紡ぐと武藤がうんうんと頷いてくる。あの爽やかフェイスに物腰の柔らかさ、そして誰にでも分け隔てなく接する非の打ち所のないイケメンの象徴と言えるかつての不知火だったなら、受付として最適だっただろう。アリアじゃないの神崎も安心して不知火とともにイベント手伝いをこなしたことだろう。

 

 だが。非常に残念なことに、今の不知火は絶賛反抗期である。何かと逆らうことにカッコよさを見出しているお年頃である。ゆえに。受付としては完全に不適格だ。不良の不知火にはとても受付の仕事を任せられない。

 

 不知火が夏休みデビューを果たし、不良化してから約半年。悪ぶっている不知火を生暖かい眼差しで見守ることを決めたキンジと武藤だったが、そろそろあの綺麗だった頃の不知火を拝みたいとの考えは二人の共通認識のようだ。

 

「わかった。じゃあ俺が受付やるよ。そう神崎に伝えといてくれ」

「……了解……」

 

 ひとしきりお通夜ムードを醸しだすキンジと武藤。しかし。ここで「いや、死んでねぇから!」とツッコむはずの不知火が何ともタイミングの悪いことに教室にいないことに気づいた二人は早々にふざけるのを止め、話を切り上げるのだった。

 




キンジ→アリアが男子寮で生活していることに欠片も違和感を感じなくなっている熱血キャラ。
アリア→キンジの料理を食べ続けた影響で舌が肥えてきつつある子。たまに物事を変な風に解釈する傾向がある。
武藤→在りし日の不知火の帰還をキンジとともに待ちわびる万能男。
高天原先生→実は習字が上手かったりする。達人一歩前のレベル。
神崎千秋→所詮、影の薄い地味なオリキャラ。というか、モブに名前を付けてみただけと言った方が正しい。今は神崎(アリア)じゃない方としての不遇の扱いを受けている。ある意味で原作キンジくんに近い性格・境遇かもしれない。実はちゃっかり4話の地の文でその存在が示唆されていたりする。

 私ふぁもにかは、不遇で不幸で救われない、そんな千秋くんを全力で応援します。頑張れ、千秋くん! ……もう出番与えてられそうにないですけど。


 ~おまけ(ネタ:キンジの登校中の出来事 ディスガイアネタ)~

キンジ「……(ん? この辺に襲撃者がいるっぽいな。今日は3人か。いい訓練になればいいけど)」
赤タイツ(防弾仕様)に覆面をした男「待っていたぞ、遠山キンジ!」
青タイツ(防弾仕様)に覆面をした男「邪悪な闇が迫るとき、呼ばれてないのに現れる!」
黄タイツ(防弾仕様)に覆面をした男「使命に萌える三つの光が勇気と希望で世界を救う!」
赤タイツ男「オレたち! 三人そろって――」
青タイツ男「虹色戦隊!」
黄タイツ男「ニジレンジャー!」

――それぞれカッコよさげな決めポーズを決める3人。

キンジ「……俺にどう反応しろと。『カ、カッコいい!』とでも言えばいいのか? つーか、ニジレンジャーのくせに三人しかいないってどうなんだ? 全然、虹色じゃないんだけど。ここは七人そろえて登場すべきなんじゃないのか? これじゃただの信号機じゃねぇか(←ちょっと引きつつ)」
赤タイツ男「こ、この未熟者! オレたちには友達が少ないのだ! それくらい察しろ! それでも選ばれし強襲科(アサルト)Sランク武偵か!?」
キンジ「いや、お前らの事情を察するのにランクは関係ないだろ」
青タイツ男「ヒーローとは孤独なものなのだ! わかったか!?」
キンジ「いやいや、友達が少ないのは別の理由だろ。どう考えても。少しは自分の胸に手を当てて、よーく考えてみたらどうだ? というか、なんでお前らは俺に下剋上なんか仕掛けてるんだ? ヒーローなら他にやることあるんじゃないのか? ほら、困ってる人に手を差し伸べるとか」
赤タイツ男「むろん、友達が欲しいからだ! Sランク武偵の貴様を倒した肩書きがあれば、友達いっぱい! 真のニジレンジャーを完成させることも夢ではなくなるからだ!」

――再度、カッコよさげな決めポーズを決める3人。

キンジ「うわぁ……(←可哀想なものを見る目をしつつ)」
赤タイツ男「いくぞッ! ブルー! イエロー! へんし――」
キンジ「……(今のうちに倒しておくか。面倒だし)」←発砲。
青タイツ男「あべし!?(←撃沈)」
黄タイツ男「ひでぶ!?(←轟沈)」
赤タイツ男「ブルゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ!? イエロォォォォオオオオオオオオオオオ!?(←絶叫)」
赤タイツ男「な、何ということだ! 青木貞夫(あおきさだお)と黄菊正雄(きぎくまさお)がァ!? ……じゃなかった。ブルーとイエローが撃たれてしまった……! これでは変身できない! おのれェェ! 変身前に発砲するとは、何と非常識な! 貴様、それでも人間か!?」
キンジ「いや、知るかよ。つーか、それを言うなら初めから変身してから出てこいよ(それより、その全身タイツ姿は変身した後の姿なんじゃないのか? それが変身前の姿とか……何か嫌な予感しかしないんだけど)」←発砲。
赤タイツ男「ザオリクッ!? む、無念……。だが、ここでオレたちがやられても第二第三のニジレンジャーが必ず貴様を倒しに……ぅ……」
キンジ「……えー(こんなふざけた連中がまだいるのかよ……)」


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33.熱血キンジと呼び出し


 どうも、ふぁもにかです。今回はちょっと早めの更新です。でもって、今回の話が例の無人島一歩手前の島に行く前の最後の更新だったりします。もしかしたら何らかの手段を行使することで島にいる間も更新できるかもしれませんが、その辺のことはあまり期待しないでくださいませ。あと、今回は文字数少ないです。



 

 昼休み。ガヤガヤと賑わいをみせる学食にて、キンジはハンバーグ定食を頂いている。料理スキルのすこぶる高いキンジだが、昼は大概学食のお世話になっている。学食の料理は安くておいしいということもあるが、一番の理由は一日に三食も作ることがさすがに手間だと感じるからだ。キンジにとって学業と料理との完全な両立は容易ではないのである。

 

 一方、キンジの対面に座るアリアは相変わらず松本屋の袋からももまんを取り出しパクパクと頬張っている。現時点で4個目のももまんだ。今の調子だと少なくとも後6個は確実にアリアの胃の中に収まることだろう。アリアとともに過ごす日々の中でももまん関連でアリアにツッコんではいけないということを既に学んでいるキンジは「それだけたくさんももまん食べてるのによく太らないよな」といった感想を胸の内にしまっておくことにした。白雪の星伽巫女補正然り、アリアにも何かしらの補正が掛かっているだろうとテキトーに結論付けつつ。

 

 それはそうと。ここ最近、松本屋側で松本屋・武偵高店のマスコットキャラとして、松本屋の常連の中の常連と化しているアリアをモデルにしたゆるキャラを作る動きがあるらしい。いくつか挙げられた名前の案の中で、現時点では『モモンちゃん』が最有力候補らしく、そのモモンちゃんとやらは桃の胴体に人間の手足に桃髪ツインテールをリボンで結わえた二等身のキャラなのだそうだ。ちなみにこれらの情報源は全てアリアからだったりする。どうやら松本屋側はゆるキャラ作りの進捗状況を逐一アリアに報告しているようだ。

 

 まぁ、アリアの松本屋の売り上げへの貢献度から考えれば、松本屋の一連の動きはある意味で当然の帰結と言えるかもしれない。もしかしなくても神崎・H・アリアという金づるをずっと手元に置いておきたいという魂胆あっての行動だろう。松本屋のゆるキャラ作りの動機に関して納得のいく答えを導き出せたキンジは満足げに一つうなずく。

 

「……」

 

 その後。目の前でこの世の幸せを謳歌するかのようにももまんをはむはむと食べ続けるモモンちゃんもといアリアをしり目に、昼食を終えたキンジはふと思考の海に意識を沈ませる。考える内容は先のハイジャック事件の際の理子の発言だ。

 

 

――遠山くんのお兄さんは死んでなんかいないよ? 今日もちゃんと元気に女装してるよ? だって、そもそもこのボクがアンベリーリュ号沈没事故に見せかけて遠山くんのお兄さんをイ・ウーに引き抜いたんだから。つまり。あの事件はただの豪華客船の沈没事故なんかじゃない。将来有望な武偵:遠山金一をイ・ウーに勧誘するためにボクが起こしたシージャックなんだよ。

 

――だから。表向きには遠山くんのお兄さんはあの時に死んだってことになってるけど、今はイ・ウーの一員として立派に職務を全うして――。

 

 

 理子はあの時、兄さんの生存を確かに俺とアリアの二人に語った。だけど。俺の知っている峰理子という人間は平然とウソをつけるような人間じゃない。異常なまでにあらゆるものに怯えを見せる理子にウソをつくなどという高等技術が備わっていないことは理子とそれなりに親交のあった俺がよく知っている。仮に理子がウソをついた所で、目に見えてしどろもどろになったり目がバタフライ並にバシャバシャと泳いだりするであろうことは火を見るよりも明らかだ。もしも俺が理子相手に手加減をしたらANA600便を墜落させると言い放った時の理子ならともかく、兄さんが生きてることを盾に俺をイ・ウーへ招待することで窮地を切り抜けようとしたあの時の理子がさらっとウソをつけるとはとても思えない。

 

 でも。だからといって、兄さんが実は生きていて、しかもイ・ウーの構成員として日々犯罪を犯しているだなんて荒唐無稽な話を信じるワケにはいかない。受け入れるワケにはいかない。あの正義漢の象徴とも言える兄さんがかなえさんに容赦なく罪を着せまくった典型的な悪の権化みたいなイ・ウーで活動しているなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 だけど。俺は信じてもいいのだろうか。兄さんが実はアンベリール号沈没事故で死んでいないと。今もどこかで己の義を貫いてしっかりと生きていると。いつか、いつか……どこかで兄さんとまた会える日が来ると。俺は兄さんの生存に希望を抱いていいのだろうか。兄さんの生存を願う気持ちはいつまで経っても過去をズルズルと引きずる将来の俺を生み出すことにはならないだろうか。俺の世界最強の武偵を目指す道のりの妨げにはならないだろうか。俺は、俺は――どうすればいい? 何を信じればいい?

 

「――キンジ?」

「うおッ!?」

 

 と、その時。いつの間にか、アリアが互いの鼻先が触れそうなほどに近くから自身の顔を覗き込んでいたことに気づいたキンジは驚きに目を見開き、思わず弾かれたかのようにのけ反った。その動作によりキンジは否応がなく自身の今までの思考を中断させられることとなった。この時、キンジが椅子から転げ落ちて腰や背中を強打する展開にならなかったのは幸運と言えよう。

 

「ちょっ!? おまッ、いきなり何を!?」

「いえ。いくら私が呼びかけても猫だましをしても頬をつねって引っ張り回してもまるで反応がなかったのでちょっと至近距離で顔色を伺おうとしただけですけど? ……それより、どうしたのですか、キンジ? 珍しくボーっとしているようでしたが」

「い、いや。ちょっとした考え事だ。大したことじゃない」

「……そうですか」

 

 キンジがアリアから目を逸らして言葉を濁すと、アリアがムッと眉を潜める。納得がいかないと言わんばかりの表情を浮かべる。おそらくアリアは持ち前の直感で俺の考え事が割と大したことだと的確に察知したのだろう。それゆえに、その考え事についてパートナーたる自分に話してくれないことに不満を抱いているといった所か。それでもアリアがその件について追及してこないことは素直にありがたいとキンジは内心で感謝した。

 

『2年B組の平賀さん。平賀文さーん。ちょーっと教務科(マスターズ)の蘭豹先生の所に至急行ってくれへんかなぁ? 何でも急ぎの用事があるんやって。ほな、頼んだよ~』

 

 と、そこに。キンジとアリアとの間で会話が途切れた瞬間を埋めるようにして武偵高中に生徒呼び出しの放送が響き渡る。その内容は装備科(アムド)の平賀文の教務科への召喚だ。

 

 ところで。このどこか間延びしたエセ関西弁の声は確実に綴先生のものだろう。武偵高の教師にしては珍しくほのぼのとした性格の持ち主である綴先生は、高天原先生と並んで東京武偵高の数少ない平和好きの生徒たちにとっての精神安定剤の役目をしっかりと果たしてくれている存在なのだ。おそらくは綴先生の人妻特有の柔らかな雰囲気や物腰が殺伐とした武偵高生活を営む生徒たちに一定の安らぎを与えているのだろう。

 

「……平賀文って人、大丈夫なのでしょうか? ここの所、やけに蘭豹先生に呼ばれてますよね?」

「そういやあいつ、3日に1回は呼ばれてるよな。何か蘭豹先生に目をつけられるようなことでもしでかしたのか?」

「……ご愁傷さまですね」

「全くだ。強く生きろ、平賀」

 

 キンジとアリアは各々の脳裏に粗暴さと凶悪さに定評のある蘭豹先生のことを浮かべつつ、同時にここにはいない平賀に向けて憐みの念を存分に込めた言葉を口にする。

 

 強襲科(アサルト)を専攻しているキンジとアリアは強襲科の教諭を務めている蘭豹先生の恐ろしさを、そして理不尽さをよく知っている。そんな蘭豹先生に睨まれ何度も呼び出されてしまうなんて、平賀は一体何をやらかしてしまったのだろうか? 先生の地雷をどれだけ踏み抜いてしまったのだろうか?

 

「この際、探偵科(インケスタ)の人にでも頼んで、調べてもらうか?」

「……そうですね。こうも頻繁に呼び出しされてると、さすがに事情が気になりますし」

 

 一旦、ここにはいない平賀へと二人で黙祷を捧げた後。キンジとアリアは平賀と蘭豹先生との関係性についての調査の依頼を誰かにやってもらうことに決める。報酬を少々高めに用意しておけば、いくら下手したら蘭豹先生の逆鱗に触れかねない依頼でも進んで引き受けてくれる人(猛者)は現れることだろう。そのような考えの元、二人が報酬金額はいくらぐらいにしようかといった話をしようとした所で、二人の言葉を遮るようにしてピーンポーンパーンポーンと呼び出し音が鳴った。何か伝え忘れたことでもあったのだろうか?

 

『せやせや! あと、2年A組の遠山キンジくん、神崎・H・アリアさん。二人はちょっと教務科のうちの元に来てくれへんかなぁ? こっちは別に急ぎの用事やあらへんけど、できるだけ早く来てくれたらすっごく嬉しいなぁ。あったかい紅茶淹れて待っとるよ~』

「「……えッ?」」

 

 なぜか綴先生から呼び出しをくらったキンジとアリアは互いを見合わせて、それぞれ目をパチクリとさせるのであった。

 




キンジ→遠山金一の死に早くも疑問を抱き始めている熱血キャラ。
アリア→松本屋・武偵高店のゆるキャラ:モモンちゃんのモデルとなった子。『ホームズ補正』、『Sランク武偵補正』、『メインヒロイン補正』、『ぅゎょぅι゛ょっょぃ補正』が掛かっている。
綴先生→エセ関西弁の教師。紅茶好き。ほのぼのとしているが、一応社会人のため、白雪よりはしっかりとしている。某八神家のはやてちゃんっぽい性格だと思ってくれたらわかりやすいかも。何気に二児の母(親バカ)で学生結婚経験者。不定期開催で夫と熱い夜を過ごしている。

 ……さて。ようやく原型を留めていない綴先生を登場させられましたよ。この人に関しては随分前にどう性格改変するかを決めてましたから、出したくて出したくて仕方なかったんですよね。まぁ今回は声だけの出演ですけど。

Q.なぜ平賀さんは蘭豹先生に頻繁に呼び出されてるのですか?
A.蘭豹先生と編集者との三人で新連載の漫画の打ち合わせをするためです。彼女たちの打ち合わせ場所は大概武偵高の教務科(マスターズ)ですので。次点でファミレス。


 ~おまけ(ふと思いついたネタ:原作りこりんの「来な。りっこりこにしてやんよ」のノリの言葉を他のキャラに言わせてみるテスト)~

キンジ「来いよ。キッンキンにしてやるよ」
アリア「それでは早速、リッアリアにしましょうか」
武藤「……来い。ゴッウゴウにさせてやる……」
レキ「来てください。レッキレキにしますので」
白雪「んー? ユッキユキにするー?」
陽菜「いざ尋常に。ヒッナヒナにするでござる」
不知火「かかって来いよ。ヌッイヌイにしてやるぜ」
理子「こっちにおいでよ。りっこりこにしてあげる」
中空知「うん。ミッサミサにしてあげる♪」
ジャンヌ「来るがいい。ダッルダルにしてやろう」

 キンジくんたちがそれぞれどのようなことをするつもりなのかは皆さんのご想像にお任せします。きっと○○で××で『見せられないよ!』なことをするんでしょうね。ええ。


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34.熱血キンジと護衛依頼


 どうも。ふぁもにかです。『何らかの手段→予約投稿』ということで、こうして予約投稿の力で見事に更新することができました。ホント、予約投稿様様ですね。ありがとうございます、予約投稿さん。全く、予約投稿は最高だぜ! 予約投稿先輩マジパネェッス! さすがは予約投稿お姉さまですわ!



 

「それで、どうして俺たちを呼び出したんですか、綴先生?」

 

 昼休み。突如綴先生に呼び出しをされ、教務科(マスターズ)へと赴くこととなったキンジとアリア。二人は今現在、綴先生の個室でテーブルを挟んで彼女と向かい合う形で椅子に座っている。綴先生の個室は整然としていて、しかしそれでいて殺風景とはまた違う、何とも不思議な印象だ。

 

「そんなん、あんたらが一番わかっとるやろ?」

「「へ?」」

「胸に手を当てて、よ~く考えてみぃ?」

 

 綴先生はキンジとアリアに「はい」と紅茶の入ったティーカップとソーサーを渡すと、ニコニコ笑顔と全てを優しく包みこむような声色で二人に語りかけてくる。しかし。当のキンジとアリアにはその柔和な笑みが般若の笑みに思えて仕方なかった。

 

「(お、俺たち、綴先生を怒らせるようなことしたか!? 何か綴先生の地雷ヶ原を平気で駆け抜けるような真似とかしたか!?)」

「(知りませんよそんなこと! 私には心当たりなんて全くありません! キンジ……貴方、一体綴先生に何をしでかしたんですか!?)」

「(ちょっと待てッ! なんで俺!? なんで俺が綴先生怒らせたって断定してんだよ!? それはさすがに納得いかねぇぞ!?)」

「(私はついこの間ここ(東京武偵高校)に転入してきたばかりですし、そもそも綴先生とは今まで一度しか会っていません。だったら一年生の頃からここにいたキンジが何かしでかしたと考えた方が自然でしょう。というか、そうとしか考えられません。さあ、今すぐ綴先生に土下座してください! 今ならきっとまだ間に合うはずです! 優しい綴先生なら寛大な心でキンジに慈悲を与えてくれるはずです!)」

「(誰が土下座なんかするか! 身に覚えのないことで頭下げてたまるかよ! つーか綴先生、アリアに怒ってんじゃねぇのか? 転入初日から教室で思いっきり銃弾ぶちまけた問題児にいい加減怒り心頭になったんじゃないのか!? 綴先生って、どちらかと言ったら平和主義者だしさ!)」

「(ッ!? な、なんでキンジがそのこと知ってるんですか!? あの時キンジいなかったじゃないですか!? というか、それを言うならキンジの私へのヘンタイ行為に関して、女性として憤っているんじゃ――)」

「(あれは誤解だ! 不慮の事故だ!)」

「(ヘンタイ行為に至った人は皆そう言います!)」

 

 お互いに目配せだけで上記の感情表現豊かなやり取りをやってのけるキンジとアリア。眼前に差し迫った恐怖があるために、二人とも冷や汗やら何やらをダラダラと流している。二人はそれぞれ自身が綴先生の怒りの鉄槌から逃れるために、いかにしてパートナーを綴先生の生贄に差し出すかの戦略を練りつつ無言のままで言葉の応酬を繰り広げる。

 

 綴先生は平和を好む温和な人だが、同時に尋問科(ダギュラ)の顧問でもある。そんな綴先生に怒りの矛先を向けられてしまうのは何としてでも避けたいのだ。ゆえに。二人は自身が綴先生の魔の手から逃れるためならパートナーとの仲に亀裂が生じるのも辞さない覚悟の上で、言葉を発することなく熾烈な舌戦を繰り広げる。

 

 と、その時。二人は眼前の綴先生が顔を下に向けて何かを堪えるようにして肩を上下にプルプルと震わせていることに気づいた。

 

「あはははッ! 冗談やって。ちょっとふざけてみただけや」

「「……え?」」

 

 遂に堪え切れなくなったのか、吹き出すようにして笑う綴先生。心底愉快そうに笑う綴先生の姿から、キンジとアリアは自身が綴先生の手の平で遊ばれていたことを悟った。

 

「……冗談きついですよ、綴先生」

「ごめんごめん。でも、二人とも反応凄く面白かったで。こんなに爆笑したの久しぶりやわ。どうや? 二人は将来お笑い芸人として芸能界に入る気は――」

「「ありません!」」

「あははは、そかそか」

 

 アリアがため息混じりに非難の念を込めた半眼で綴先生を見つめると、対する綴先生は実にあっさりと謝ったかと思うと今度は武偵とは全然関係のない職業をSランク武偵二名に進めてくる。これ以上綴先生のペースに翻弄されまいと二人して全力で否定するも、綴先生は「二人とも息ピッタリやなぁ」とピントのずれたことに関して感心した声を上げるだけだ。キンジはそんな綴先生に人を散々からかって相手の反応を楽しむ趣味を持つ陽菜の姿を幻視した。

 

「……綴先生。先生は仮にも武偵高教師なんですからお笑い芸人なんて勧めないでくださいよ」

「わかったわかった……って、え、ちょっ、仮にもってどういう意味や、遠山くん?」

「そのままの意味ですよ、綴先生。先生が武偵高に場違いな人ランキングで堂々の二位にランクインしてること、知らないんですか?」

「な、何やそのランキング、初耳なんやけど。てか、場違いって……」

 

 アリアと同じくジト目を綴先生に向けながらキンジはため息を漏らす。そのキンジからもたらされた思わぬ情報に、綴先生は「個人的には天職やと思っとるんやけどなぁ、この仕事……」とガックリとうなだれた。自分が武偵高教師に不相応だと生徒たちに思われていたことがかなりショックだったらしい。

 

「……とまぁ、どうでもいい前置き話はこの辺にしといてと。そろそろ本題に入ろか」

「今の、前置きだったんですか……」

「せや。いい感じに緊張がほぐれたやろ?」

「……まぁ、それはそうですけど」

(納得がいかない)

(納得がいきませんね)

 

 首をコテンと傾けて問いかける綴先生を前にキンジとアリアは眉を潜める。確かに先までのやり取りで緊張はほぐれ、教師-生徒間の壁は綺麗さっぱり消え去った。しかし。二人にとって、先までからかわれていたのをからかった本人の手によって正当化されてしまうことは釈然としないのだ。納得がいかないのだ。

 

 だが。そのことに関して不満を述べた所でいたずらに昼休みの時間を浪費するだけだと判断した二人はその気持ちを口に出すことを避けることにした。

 

「綴先生。先生がこうしてSランク武偵を二人も呼んだってことは、何かそれだけ切羽詰まった事態が起こったってことですか?」

 

 キンジは半ば探るようにして今回呼び出された理由を尋ねると、綴先生は「いやいや」と首を振った。そして。キンジとアリアを少しでも安心させようと笑いかける。

 

「安心しい。そーゆーのやないんや。要件は簡単や。遠山くん、神崎さん。これからしばらくの間、星伽さんのボディーガードをやってくれへんかな?」

「え? ユッキ……じゃなかった、白雪のボディガードですか?」

「……え、っと。綴先生? 話が見えないのですが?」

 

 降って湧いたような白雪の護衛依頼。何が狙いかわからず頭上に疑問符を浮かべるキンジとアリアへと、依頼を示した張本人たる綴先生は「実はなぁ……」とどこか憂いを含んだ表情で事情を語り始めるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

――さかのぼること十数分前。綴の個室の元に白雪が訪れていた。

 

 

「全く。あんたは相変わらずやなぁ、星伽さん。いい加減この一ケタの成績、どうにかしてくれへん? さすがにここまで酷いとうちもカバーしきれへんよ? アホの生徒会長なんてもんが通用するのは二次元だけやって何度も言うとるやろ? てか、○×形式のテストでも一ケタって、あまりに酷過ぎて逆に凄く思えてくるわ」

「えへへ。それほどでも~」

「褒めてへんからな。むしろ最大限にけなしまくってるんやからな」

 

 テーブルを挟んで向き合う2年B組担任:綴とその生徒:白雪。綴は開口一番にテストの話題に触れ、ここ最近の白雪のテストをピラピラと見せつけるように振るが、肝心の白雪は照れくさそうな笑みで頬を掻くだけでまるで効果が見られない。そんな白雪の様子に綴は内心で嘆息する。

 

 それなりに直球で非難したってのに、一体どんな解釈をしたらうちの言葉を褒め言葉やと勘違いできるんやろか。星伽さんの思考回路はどんだけ独特の構造と化しとるんやろか。

 

「ったく、相変わらず呑気なもんやなぁ。今は特に魔剣(デュランダル)に狙われてるかもしれへんってのに、よくそうものほほんとしてられるもんやわ」

「え? 狙われてるんですか? 私?」

「へ?」

 

 白雪は呆れ混じりの綴の物言いにキョトンと首を傾げる。その言動に、綴は思わず一瞬硬直した。素で驚いた。ピシリと固まった。

 

「……いやいやいや、星伽さん。前にもちゃんと言うといたやろ。魔剣(デュランダル)があんたを狙う可能性が高いって話。もう忘れたんか?」

「はい! 過去は振り返らない主義なので!」

「おいおい。自信満々に言うことちゃうよ、それ」

 

 エッヘンと胸を張り晴れやかな笑みを見せる白雪を前に、綴は頭を抱えて、深々と、それはもう深々とため息をついた。その疲れ切った表情からは常日頃からダメ巫女筆頭:白雪を相手してきた担任教師の苦労が伺えるというものだ。

 

「でも、私みたいなダメ人間、誘拐してまで求める人なんかそうそういないと思いますよ?」

「……星伽さん。あんた、自分がダメ人間って自覚しとったんかい。完全に初耳やわ。つーか、わかっとるんなら改善の努力の1つくらい今のうちにしときぃ。いつまでも世話係(遠山くん)が一緒にいてくれるとは限らへんのやからな」

「あーい」

 

 綴は白雪が自身をダメ人間だと認識しているという事実に強く衝撃を受けつつ、ちゃっかり白雪に生活改善を提案する。今の一言で本当に白雪がわかってくれたかどうかはさておき、一応は返事をしてくれたということで、それで良しとした綴は「まぁ。それは置いといて」と話を元に戻す。

 

 今日、綴がわざわざ白雪を教務科に呼び出した理由は何も赤点の成績を非難したり白雪のだらけきった生活に物申したりするためではない。なので、そっち方面にあまり時間を割くわけにはいかないのだ。現状における最大の懸念事項は、あくまで白雪を狙っているかもしれない魔剣(デュランダル)なのだから。

 

「あんたの日頃のぐーたらな生活態度はともかく、能力は一級品の原石や。魔剣(デュランダル)っつうよーわからん誘拐魔がいるとすれば、超能力捜査研究科(SSR)の予言や諜報科(レザド)のレポートを抜きにしても、あんたが狙われる可能性は十分に考えられることなんよ」

 

 綴はそう前置きの言葉を入れて、一拍沈黙を挟む。ここからの説得が正念場だと心の中で言い聞かせつつ、綴は白雪の瞳を射抜くようにして見つめる。

 

「やから、これも前にも言ったけど、星伽さんは一応護衛をつけといた方がええとうちは思うんやけどな。念には念をってことで。ほら、武偵憲章7条にも『悲観論で備え、楽観論で行動せよ』って書かれとるしさ」

「で、でも護衛がいたら面倒だし、気が休まらないし、凄く面倒だし――」

「自分の身の安全のために多少面倒なことをするか、自分の身を顧みずに無防備に堕落生活を送るか。どっちを優先すべきかくらい、さすがのあんたでもわかるやろ?」

「……」

 

「あんたはうちの受け持つ大事な生徒で東京武偵高校の眠れる獅子やから、何かあったらと思うと、うちも心配なんや」と綴は目を伏せる。情に訴える作戦を駆使してどうにか白雪の了解を得ようとする綴に対して、白雪は眉を寄せて押し黙る。

 

「……だったら、私ずっと寮にいます。玄関と窓の前に荷物を積み重ねて封鎖すれば魔剣(デュランダル)もうかつにやって来れないと思いますし」

「いやいや! ちょっ待ちぃ、星伽さん! あんた仮にも生徒会長やろ!? アドシアードのことで色々と決めないといけないこととかあるから今から引きこもってもらうとすっごく困るんやけど! 職務放棄はダメやって!」

「えー」

「えー、やない!」

「うー」

「うー、やない!」

 

 しばしの沈黙の後。綴が想定していたものとはまるで異なる選択肢を選ぼうとした白雪を綴は慌てて止めようとする。すると。白雪は両手を伸ばしてテーブルにへばりつくと、顔だけを綴に向けてくる。その漆黒の瞳がうるうるとしていることから、よっぽど護衛をつけられることが嫌らしい。しかし。これは困ったことになった。綴は思わず頭を抱えた。

 

 綴としては魔剣(デュランダル)が行動を起こすであろう夜間だけでも護衛をつけてもらえたらそれで上々だと思っていた。だが。当の白雪は自身の傍に控える護衛の存在を認めるどころか、女子寮に引きこもる方向に気持ちを固めつつある。担任として白雪の頑固さを知っている綴にとっては最悪に近い展開だ。

 

 それに。仮に白雪が引きこもり、校内に彼女の姿が見えなくなれば、東京武偵高三大闇組織の一つ:『ダメダメユッキーを愛でる会』が何をしでかすかわかったものではない。武偵高を無用な混乱と混沌に陥れないためにも、綴は白雪を武偵高に通わせないワケにはいかないのだ。

 

 眼前のやる気ゼロ所かマイナスを突き進むダメダメ少女をどうしたものかと綴は頭を悩ませる。と、その時。綴は電撃が走ったような閃きに目をクワッと見開いた。

 

(――ん! そうや! 良いこと思いついた! あの二人に頼んでみよか!)

 

 綴は「綴先生?」と首をかしげる白雪をよそに、自身が導き出した名案にうんうんとうなずいた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――というわけや」

 

 ひとまず話を終えた綴先生は一息入れようと紅茶を飲む。が、しばらく話していたせいで紅茶が随分と冷たくなっていたらしく、綴先生は「冷めてる……」と眉を潜めた。

 

「つまり、綴先生は私たちにユッキ……ゴホン。星伽さんの護衛をしてほしいということですか」

「せや。神崎さんは星伽さんとある程度は親しい間柄なんやろ? でもって、遠山くんに至っては今や星伽さんの世話係として定着しとるからな。二人なら星伽さんもめんどくさいとか言わないやろうし、二人は類まれなるSランク武偵。魔剣(デュランダル)っつう正体不明の誘拐魔から一人のダメ人間を守るには持って来いや。てことで、人の出入りの激しくなるアドシアード近辺の間だけでええから、星伽さんのボディガード、やってくれへんか?」

「そういうことですか。なら――」

「もちろんです! 絶対に魔剣(デュランダル)をおびき寄せて捕まえて星伽さんの身の安全を確保してみせます!!」

 

 白雪を取り巻く事情を把握したキンジは綴先生の頼みを引き受けようと言葉を紡ぐ。だが。アリアがキンジの言葉を遮るようにしていきなりバッと勢いよく立ち上がると、拳をギュッと握りしめて意気込みをみせてきた。そんなアリアの突然の起立&宣言にキンジと綴先生は目をパチクリとさせた。

 

「えっと、うちとしては星伽さんを守ってさえくれたらそれでええから、わざわざ魔剣(デュランダル)をおびき寄せて捕まえる必要はないんやけど……ま、頑張ってや。この件はうちからの依頼ってことで、達成したら存分に単位あげるから」

「――ッ!? 本当ですか、綴先生!?」

「おお? 食いつきおったな遠山くん。せやな、1単位くらいはあげるから星伽さんの護衛はしっかり頼むで」

「はい! わかりました!」

 

 キンジは綴先生の言葉に快く了承する。1単位。これだけもらえれば、キンジは進級が約束された同然だ。夏休みの期間中にまとめて緊急任務(クエスト・ブースト)をこなして現状で不足している1.2単位分を稼ごうとしていたキンジにとって、綴先生の申し出は棚からぼた餅といえる、非常にありがたいものだった。

 

「ほな。話は纏まったで。遠山くんと神崎さんがあんたの護衛やってくれるってさ」

「え? ホント!?」

 

 綴先生が新たにティーカップに注いだ紅茶を飲みつつ背後に向けて話しかけると、突如掃除用具入れのロッカーがバーンと開かれ、そこから今回の護衛対象の白雪が登場してきた。まさかロッカーの中に白雪が待機しているとはつゆにも思わなかったキンジとアリアは「えッ!?」と目を丸くする。

 

「キンちゃんとアーちゃんが護衛ごっこやってくれるなら、すっごく楽しそう!」

「ごっこやないからな、星伽さん。全く、今こうしている間にも虎視眈々と敵に狙われてるかもしれへんってのに……お願いやから、少しくらいは警戒心を持ってほしんやけどなぁ」

「……えーと。白雪が、何かすみません」

「あー、気にせんでええよ、遠山くん。うちが星伽さんの担任になったのが運のツキとでも思っとくから」

「そ、そうですか……」

 

 何か悪いことをした子供の親のようにキンジはペコリと頭を下げると、綴先生は苦笑しながらパタパタと手を振った。かくして。キンジとアリアは期間限定で白雪の護衛をすることが決定したのであった。

 




キンジ→白雪護衛依頼の報酬の単位に目がくらんだ熱血キャラ。
アリア→口に出して言わないだけで未だにキンジのことをヘンタイだと思ってる子。
白雪→ロッカーの中でずっとスタンバッてた怠惰巫女。頭は悪いが、それはめんどくさがって勉強をしてないからあんまり知識がついてないというだけで、頭の回転自体が遅いという意味ではない。やればできる子、でもやらないだけ。
綴先生→エセ関西弁の教師。タバコらしきものは吸っていない。ラリッてもいない。純粋に綺麗な綴先生。『守りたい、この笑顔』の言葉がよく似合う。


 ~おまけ(その1 NGシーン)~

綴「そんなん、あんたらが一番わかっとるやろ?」
キンジ&アリア「「へ?」」
綴「胸に手を当てて、よ~く考えてみぃ?」
キンジ「(お、俺たち、綴先生を怒らせるようなことしたか!? 何か綴先生の地雷ヶ原を平気で駆け抜けるような真似とかしたか!?)」
アリア「知りませんよそんなこと! 私には心当たりなんて全くありません! 精々、前にここ(教務科の綴先生の個室)に侵入して情報収集をする(情報を盗む)傍らで冷蔵庫の中の高級そうなケーキをおいしく頂いただけです! キンジ……貴方、一体綴先生に何をしでかしたんですか!?」
キンジ「ちょっと待てッ! なんで俺!? なんで俺が綴先生怒らせたって断定してんだよ!? それはさすがに納得いかねぇぞ!? 俺だって精々クラスメイトの綴先生の熱狂的なファンからの依頼でここ(教務科の綴先生の個室)に監視カメラと盗聴器を仕掛けまくっただけだぞ!」
綴「……二人とも。声漏れとるよ?」
キンジ&アリア「「……えッ?」」
綴「ちょっと、うちと『OHANASHI』しよっか(←絶対零度の眼差しで)」
キンジ&アリア「「ひッ!?」」

 ……その後、彼らの姿を見た者はいない。


 ~おまけ(その2 現時点でキンジが気にしている異性(?)ランク)~

第一位:遠山金一(性別:カナ)
ふぁもさんのコメント「当然の第一位。不動の第一位。ぶっちぎりの第一位。ここのキンジくんのブラコン(あるいはシスコン)具合を舐めてはいけません」

 << 越えられない壁 >>
 << 越えられない巨壁 >>
 << 越えられない絶壁 >>
 << 越えられない断崖絶壁 >>
 << 越えられないウォール・マリア >>

第二位:神崎・H・アリア
ふぁもさんのコメント「何たってキンジくんと共同生活してますからね。いくらキンジくんの好みの逆を行く幼児体型保持者だとしても、好感度は上がりますよ」

第三位:星伽白雪
ふぁもさんのコメント「というか、このぐらいのランクにいないと、キンジくんは甲斐甲斐しくユッキーの世話(介護)なんてしないと思うんだ」

上位三位に惜しくも入らなかった人:峰理子リュパン四世
ふぁもさんのコメント「まぁ、りこりんはキンジくんの兄さんの件で彼の地雷を踏んじゃったからね。原作三巻の展開で巻き返してくれるものと信じてる、うん」

番外:綴梅子
ふぁもさんのコメント「純情っぽいお姉さんキャラにエセ関西弁のオプションもついてる中々の高物件。しかし。既婚者のため、泣く泣く除外」

番外:神崎かなえ
ふぁもさんのコメント「既婚者のため、やっぱり除外。というか、かなえさんルート選んだらアリアさんとの仲がどうかなっちゃうと思うの。アリアさんの年齢を考えるとかなえさんが見た目にそぐわず結構年ってのもあるけど」


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35.突発的番外編:熱血キンジと逃走中 前編


 どうも、ふぁもにかです。前回で綴先生(※性格改変処理済み)を登場させたことでようやくこの突発的番外編を投稿できるようになったので、本編を期待していた方々には非常に申し訳ないのですが、早速ねじ込みました。また、今回の突発的番外編は文字数があまりにも多いので、ひとまず前後編にわけることにしました。あと、今の私は無人島一歩手前の島に滞在中なので、感想返信は期待しないでください。尤も、チャンスがあれば、すかさず返信するつもりですが。

出場者:遠山キンジ、神崎・H・アリア、武藤剛気、不知火亮、星伽白雪、レキ、風魔陽菜、中空知美咲、峰理子リュパン四世、ジャンヌ・ダルク30世、綴梅子(計11名)

出場条件:熱血キンジと冷静アリアの本編で一言でもセリフがあること。あとは私ふぁもにかの気分の問題。

注意点:この番外編は台本形式です。また、地の文が全然存在しない(地の文=ナレーションと化している)ので、場面描写が皆無です。そのため文のクオリティが著しく低下しており、でもって全体的に薄っぺらい文章となり、さらに逃走中を知らない人にとってはあまり楽しめない内容となっています。その上、ここではただでさえキャラ崩壊を起こしている原作キャラ陣がさらにキャラ粉砕されている可能性があります。その辺をご了承してからご覧くださいませ。また、この『◇◇◇』が場面転換の印となりますので、目安にしてください。



 

 ゲーム前。エリア内にバラバラに散った総勢11人の逃走者。逃走劇の開始まで、あと10秒。

 

キンジ「10」

 

 ◇◇◇

 

レキ「9」

 

 ◇◇◇

 

武藤「8」

 

 ◇◇◇

 

白雪「7」

 

 ◇◇◇

 

中空知「6」

 

 ◇◇◇

 

不知火「5」

 

 ◇◇◇

 

理子「4」

 

 ◇◇◇

 

陽菜「3」

 

 ◇◇◇

 

アリア「2」

 

 ◇◇◇

 

綴「1」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「0。クククッ、ついに始まったか」

 

 4体のハンターが放出され、逃走中の幕が切って落とされた。

 

 ◇◇◇

 

アリア「本当にリアルタイムで賞金が上がっていくんですね……」

 

 ◇◇◇

 

理子「わわッ。もう2000円超えてる」

 

 ◇◇◇

 

武藤「……2600、2800、3000……」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「このタイマーにつられてハンターに捕まりました、なんて捕まり方だけはさすがにゴメンだな。カッコ悪いし」

 

 ハンターから逃げた時間に応じて、賞金を手に入れることができる。

 それが、『RUN FOR MONEY:逃走中』。

 

 ◇◇◇

 

白雪「おー。誰もいないね~」

 

 ◇◇◇

 

レキ「誰もいませんね……」

 

 ◇◇◇

 

中空知「人がいないのがまた雰囲気出てるよねぇ」

 

 ◇◇◇

 

 今回の舞台はとある無人の仮想都市。大小様々なビルが立ち並ぶ場所だ。

 制限時間は70分。1秒200円ずつ上昇し、最後まで逃げ切れれば賞金84万円を手に入れることができる。ただし、ハンターに捕まれば、ゼロ。

 

 ◇◇◇

 

綴「うわー、ストレス半端ないなぁ。このゲーム」

 

 綴梅子。今回の逃走者の中で、唯一結婚している。二児の母だ。

 

綴「どこから来るかわからないって結構怖いんやなぁ」

 

 ハンターは神出鬼没。どこから現れるかわからない。

 

 ◇◇◇

 

理子「うぅ~。怖いよぉ」

 

 挙動不審に前後を確認するのは、峰理子リュパン四世。

 

スタッフ「峰さん峰さん」

理子「――ひッ!? な、ななな何ですかッ!?」

 

 スタッフの声掛けにも、怯えをみせる。

 

 ◇◇◇

 

スタッフ「逃げきる自信はありますか?」

陽菜「もちろんにござる。拙者、足には結構自信があるでござるよ」

 

 忍者の末裔(?)は自信満々だ。

 

 ◇◇◇

 

――残り67分。

 

キンジ「お」

不知火「あ」

 

 他の逃走者と再会したようだ。

 

キンジ「そっちハンターいた?」

不知火「いや、いない。そっちはどうだ?」

キンジ「いや、こっちも大丈夫だ。……なぁ不知火?」

不知火「何だ?」

キンジ「しばらく一緒に行動しないか? 2人でいた方が色々とやりやすいだろうしさ?」

不知火「……言われてみればそうだな。じゃあ組む――ってハンター!?」

キンジ「え!? マジかよ!?」

 

 ハンターに見つかった二人。逃げ切れるか。

 

キンジ&不知火「「――ッ!」」

 

 二人は二手に分かれて逃げることにしたようだ。

 ハンターが狙いを定めたのは――キンジだ。逃げきれるか。

 

キンジ「こっちに来やがったか!?」

 

 キンジは巧みに建物を使い、ハンターの視界から上手く消えたようだ。

 

キンジ「ゼェ、ゼェ……。あいつ、足速いな。俺、一応強襲科(アサルト)Sランク武偵なのに……」

 

 上には上が、いたようだ。

 

 ◇◇◇

 

不知火「……フゥ。メールが来てないってことはキンジは逃げられたってことだよな?」

 

 キンジの安否を心配する、男。

 

 ◇◇◇

 

レキ「キンジさん。ハンターに追われていましたね。まぁキンジさんのことだから大丈夫でしょうが……それにしても、あのハンター、かなり速かったですね。上手く逃げ切れるでしょうか」

 

 少々不安になってきたようだ。

 

 ◇◇◇

 

スタッフ「84万円手に入れられたら、何に使いたいですか?」

中空知「そうだねぇ。う~ん……どうしよっか? アハハ」

 

 まだ賞金の使い道を決めていないようだ。

 

 ◇◇◇

 

アリア「んー」

スタッフ「どうしましたか?」

アリア「いえ。こうして動いた方がいいのか、それともどこかに身を潜めた方がいいのか、考え所だなぁと思いまして」

 

 動くも隠れるも、全ては逃走者次第だ。

 

 ◇◇◇

 

スタッフ「自首はするつもりですか?」

武藤「……しない。とりあえず、逃げきってみせる……」

 

 逃走者は指定の2か所の電話ボックスから自首をすることができる。

 自首をすればその時までの賞金額を手に入れることができるが、代わりにハンターが1体、エリアに追加される。自首は他の逃走者への裏切り行為だ。

 

 ◇◇◇

 

――残り65分。

 

陽菜「ん? メールにござる」

 

 ◇◇◇

 

白雪「みっしょん1。賞金単価アップのお知らせ」

 

 ◇◇◇

 

アリア「東沙ビルに賞金単価アップ装置を2つ設置した」

 

 ◇◇◇

 

武藤「……残り55分までに2か所の賞金単価アップ装置のレバーを押せば、賞金単価が400円となる……」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「その場合、逃げきれば賞金総額は――150万円!?」

 

 ◇◇◇

 

理子「え、えと……何か凄いことになっちゃってる?」

 

 ◇◇◇

 

 

【Mission1 賞金単価をアップせよ!】

 

 東沙ビルの2か所にそれぞれ賞金単価アップ装置が設置された。

 残り55分までに2か所の賞金単価アップ装置のレバーを押せば、賞金単価が1秒400円となり、賞金総額は150万円になる。

 ただし、動けばハンターに見つかる可能性が高まってしまう。

 ミッションに参加するかは逃走者次第だ。

 

 

 ◇◇◇

 

キンジ「……パスだな。ああもハンターの脅威を見せつけられたら、うかつに動けんだろ」

 

 ◇◇◇

 

綴「賞金の額よりも逃げきる方が大事な気ぃするし、このミッションは止めとこっか」

 

 ◇◇◇

 

白雪「他の誰かがやってくれるんじゃないかな?」

 

 ◇◇◇

 

レキ「ここからは遠いですし、今回のミッションは止めておきましょう」

 

 ◇◇◇

 

武藤「……1人ぐらいはやろうとする人がいるはず。俺がわざわざ動く必要はない……」

 

 キンジ、綴、白雪、レキ、武藤の5人はミッションには参加しないようだ。

 

 ◇◇◇

 

理子「150万……で、でもハンターに見つかるの怖いし……」

 

 ◇◇◇

 

アリア「ここからは少し遠いですね。どうしましょうか」

 

 理子、アリアの2人はミッション参加を迷っている。

 

 ◇◇◇

 

不知火「……よし、行くか」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「賞金アップ。これを逃す手はあるまい」

 

 ◇◇◇

 

中空知「行ってみようかな。面白そうだし」

 

 ◇◇◇

 

陽菜「お金の誘惑には勝てないでござるよ。フフフッ」

 

 不知火、ジャンヌ、中空知、陽菜の4人はミッションに参加するようだ。

 これで賞金単価アップを目指す逃走者は4人となった。

 

 ◇◇◇

 

陽菜「むむッ」

 

 陽菜の目線。その先に、ハンター。

 

陽菜「しばらくここに待機するしかないでござるな」

 

 ハンターが近くにいるため、思うように動けない。

 

 ◇◇◇

 

アリア「とりあえず見晴らしのいい場所に行きましょう」

 

 ミッション参加を止めたアリア。

 

アリア「どこかいい場所ないですかね……」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「ここか……」

 

 最初に東沙ビルにたどり着いたのは、ジャンヌだ。

 

ジャンヌ「さて。どこに置かれているのやら……」

 

 ◇◇◇

 

――残り60分。

 

不知火「俺以外にもこのミッションに参加してる人いんのかね?」

 

 不知火も東沙ビルに到着。賞金単価アップ装置を探す。

 

 ◇◇◇

 

白雪「おおぉ~。良さそうな場所発見」

白雪「ここならハンターに見つからずに済みそう。あー、やっとゴロゴロできる」

 

 一方。白雪は草むらに身を潜めることにしたようだ。

 

白雪「土がひんやりしてて気持ちいい」

 

 絶好の隠れ場所、ここにあり。

 

 ◇◇◇

 

キンジ「ん? あれって中空知か?」

 

 キンジが見つけたのは、中空知美咲。

 

キンジ「……ミッションに向かう感じなのか、あれ?」

 

 ◇◇◇

 

中空知「んー。思ったより時間ないなぁ。この分だと間に合わないかな?」

 

 東沙ビルへの道のりは、遠い。

 

 ◇◇◇

 

――残り57分。

 

ジャンヌ「あった! これか!」

 

 ついにジャンヌが賞金単価アップ装置を見つけた。

 

ジャンヌ「ッ!? ……なるほど。そう簡単にはいかないか。クククッ、スタッフも考えるじゃないか」

 

 しかし。レバーは2人一緒に下ろさなければならない仕様。協力者が必要だ。

 

不知火「ジャンヌ! それが例の装置か!?」

 

 と、そこに。同じく賞金単価アップを目指す不知火が到着した。

 

ジャンヌ「不知火か。ちょうどいい所にきたな。このレバー、どうやら2人いないと下ろせないみたいだからな」

不知火「そうなのか!?」

ジャンヌ「あぁ。では下ろすぞ。せーの!」

 

 賞金単価アップ装置のレバーが下ろされた。これであともう一か所の賞金単価アップ装置のレバーを下ろせば、賞金単価が1秒400円となる。

 

ジャンヌ「急ぐぞ、時間がない!」

不知火「あぁ!」

 

――残り56分。

 

 制限時間まであと1分。間に合うか。

 

不知火「どこだ? どこにある?」

 

 制限時間まであと30秒。

 

ジャンヌ「上の階に行くぞ! 不知火!」

不知火「わかった!」

 

 制限時間まであと15秒。

 

ジャンヌ「あったぞ! 早く来い!」

不知火「――ッ!? マジか!?」

ジャンヌ「せーの!」

 

 ミッションクリア。

 

不知火「よっしゃあ! ミッションクリア!」

ジャンヌ「ギリギリだったが、まぁよしとしよう」

 

 ◇◇◇

 

アリア「ミッション1結果」

 

 ◇◇◇

 

綴「ジャンヌ・ダルク30世、不知火亮の活躍により賞金単価が1秒400円に上昇した」

 

 ◇◇◇

 

レキ「これより賞金総額は150万円となる」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「あの二人かぁ。何か意外な組み合わせだな」

 

 ◇◇◇

 

武藤「……計画通り……」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「それにしても、貴様がいて助かった。礼を言う」

不知火「それはこっちのセリフだ。助かったぜ、ジャンヌ」

ジャンヌ「ジャンヌじゃない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」

 

 ハイタッチをし、握手を交わす二人。仲が深まったか?

 

 ◇◇◇

 

陽菜「ジャンヌ殿に不知火殿、二人がミッションをやってくれて助かったでござる。恩に着るでござる」

 

 ◇◇◇

 

スタッフ「やりましたね、ジャンヌさん」

ジャンヌ「ジャンヌじゃない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。まぁ、この程度、我にかかれば当然の結果だな」

スタッフ「これで賞金総額が150万円になったわけですが、何に使いたいですか、ジャンヌさん?」

ジャンヌ「ジャンヌじゃない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」

 

 気難しいお年頃のようだ。

 

 ◇◇◇

 

綴「いやぁ、2人とも凄いわぁ」

 

 二人の功績を称える綴。その後ろに、ハンター。見つかった。

 

綴「2人のおかげで賞金上がったし、これは意地でも逃げきらへんと――って、ウソやろ!?」

 

 背後から迫るハンターに気づいた。逃げきれるか。

 

綴「ッ!?」

 

 綴梅子。確保。

 

綴「うわー、捕まった」

綴「ハァ、ハァ……ハンターってホンマ速いなぁ。あれだけ足速かったら、武偵としてでも十分いけるんやないか?」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「ん? メール? ミッションじゃないよな?」

 

 ◇◇◇

 

中空知「綴梅子確保。残る逃走者は10人」

 

 ◇◇◇

 

理子「つ、綴先生……」

 

 ◇◇◇

 

アリア「ついに最初の犠牲者が出てしまいましたか」

 

 ◇◇◇

 

レキ「……」

 

 見晴らしのいい場所にたたずむ少女。

 

スタッフ「あんまりそこにいると見つかっちゃいますよ?」

レキ「心配ありません。見つかる前にこちらから見つけますから」

 

 視力6.0はダテではない。

 

 ◇◇◇

 

理子「……ハンター、いないよね?」

 

 建物の陰から様子を伺う、女。

 

理子「――ひッ!?(い、いた! 今、ハンターが! そこにぃ!!)」

 

 物陰に隠れ、ハンターを上手くやり過ごせたようだ。

 

理子「も、もうヤダぁ……」

 

 ◇◇◇

 

――残り52分。

 

白雪「お、メールだ」

 

 ◇◇◇

 

不知火「また誰か捕まったのか?」

 

 ◇◇◇

 

陽菜「ミッション2。アラーム装置を停止せよ」

 

 ◇◇◇

 

アリア「現在。諸君らの右腕にはアラーム装置が取りつけられている」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「この装置は残り40分になると作動し、大きな音を鳴り響かせる」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「アラーム装置が作動すれば、ハンターから逃げ切るのは困難となる」

 

 ◇◇◇

 

武藤「……解除するには残り40分までに逃走者1人1人が持つカードキーをアラーム装置に通さなければならない……」

 

 ◇◇◇

 

中空知「ただし、自分の持っているカードキーは自身のアラーム装置には使えない」

 

 ◇◇◇

 

理子「また、カードキーは一度しか使えない」

 

 ◇◇◇

 

レキ「……なるほど。これは早めに行動した方がよさそうですね」

 

 ◇◇◇

 

 

【Mission2 アラーム装置を停止せよ】

 

 現在、逃走者の右腕にはアラーム装置が取り付けられている。

 制限時間までに解除しなければアラームが作動。大きな音を鳴らし、ハンターに位置を知らせてしまう。

 解除するには他の逃走者のカードキーが必要だ。

 

 

 ◇◇◇

 

キンジ「そういや、さっきあの辺に中空知がいたよな?」

 

 ◇◇◇

 

武藤「……誰かいるかな……?」

 

 ◇◇◇

 

白雪「動かないといけないのかぁ。面倒だな」

 

 ◇◇◇

 

不知火「あー。さっきジャンヌの奴と別れたのは失敗だったか……」

 

 ◇◇◇

 

アリア「相手を見つけてバーコードを認証しないとアラームが鳴り響くって、何て迷惑装置ですか……」

 

 動き出す逃走者たち。しかし、移動すればハンターに見つかるリスクが高まる。

 

 ◇◇◇

 

中空知「う~ん。ハンターがいるなぁ。早くどっか行ってくれたらいいのに」

 

 ハンターが近くにいるため、思うように動けない。

 

 ◇◇◇

 

理子「……ジャンヌちゃん、近くにいるかな?」

 

 理子はアラーム装置を解除するため、ジャンヌに電話をかける。

 

ジャンヌ『リコリーヌか。どうした?』

理子「あ、ジャ――銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん。今どこにいるの?」

ジャンヌ『今か? 東沙ビルの周辺だが――アラーム装置の件か?』

理子「うん。ボク、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃんの近くにいるみたいだから、ボクとアラーム装置解除しない?」

ジャンヌ『あぁ、構わない。で、どうする? 我が向かうか?』

理子「ううん。ボクが行くよ」

ジャンヌ『わかった。では、気長に待っている』

理子「うん。じゃあね」

ジャンヌ『あぁ』

理子「……よし、行こう。……怖いけど」

 

 ジャンヌの元へと動くようだ。

 

 ◇◇◇

 

武藤「……あ、いた……」

 

 アラーム装置を解除するため、他の逃走者を探す武藤。その先に、風魔陽菜。

 

武藤「……風魔……」

陽菜「おッ。武藤殿にござるか。ちょうどいい所にやって来たでござるな。アラーム装置を解除しようでござる」

武藤「……あぁ……」

 

 二人は互いのカードキーを相手のアラーム装置に差し込む。

 ミッションクリア。まだアラーム装置を解除していないのは、8人。

 

武藤「……これでよし……」

陽菜「では、武藤殿。さらば――ッ!? ハンターにござる!」

武藤「――ッ!?」

 

 ハンターに見つかった。

 二手に分かれた武藤と陽菜。ハンターが狙いを定めたのは――武藤だ。

 

武藤「……俺か……」

 

 武藤剛気。逃げきれるか。

 

武藤「……ハァ…ハァ……速い……」

 

 武藤剛気、確保。

 いくら万能男でも、足の速さでは敵わなかったようだ。

 

 ◇◇◇

 

陽菜「武藤殿は大丈夫でござろうか?」

 

ハンターから距離を取る陽菜。しかし。逃げた先に、別のハンター。

 

陽菜「なッ!?」

 

 風魔陽菜確保。

 

陽菜「……や、やられたでござる」

 

 ハンターは神出鬼没。どこから現れるか、わからない。

 これで残る逃走者は8人となった。

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「……リコリーヌの奴、遅いな。何かあったのか? ――と、メールか」

 

 ◇◇◇

 

レキ「武藤剛気、および風魔陽菜確保。残る逃走者は8人」

 

 ◇◇◇

 

理子「うぅ、一気に二人も捕まっちゃったよ……ハンター怖い、ハンター怖い」

 

 ◇◇◇

 

――残り47分。

 

キンジ「……」

 

 他の逃走者を探すキンジ。その先に、地に横たわる人間。

 

キンジ「……何やってんだ、ユッキー?」

白雪「あ、キンちゃん。これはね、う~んと、死んだフリ?」

キンジ「……そうか(まぁユッキーのことだからどこかに隠れてるだろうとは思っていたが)」

白雪「キンちゃんキンちゃん。キンちゃんはさ、アラーム装置の奴もうやった?」

キンジ「いや、まだだけど。……やるか?」

白雪「うん!」

 

 二人は互いのカードキーを相手のアラーム装置に差し込む。

 ミッションクリア。まだアラーム装置を解除していないのは、6人。

 

白雪「じゃあね、キンちゃん。気をつけてね」

キンジ「ユッキーもな。隠れるのもいいが、偶には場所変えろよ? その内見つかるぞ」

白雪「りょーかい」

 

 ◇◇◇

 

レキ「いました」

 

 レキが見つけたのは――

 

アリア「あ、レキさんです」

 

 ――神崎・H・アリア。

 

アリア「レキさん。ミッションもうやりました?」

レキ「いいえ、まだです。やりましょうか」

 

 二人は互いのカードキーを相手のアラーム装置に差し込む。

 ミッションクリア。まだアラーム装置を解除していないのは、4人。

 

 ◇◇◇

 

――残り44分。

 

理子「ジャンヌちゃん!」

 

 理子は無事にジャンヌの元へとたどり着いたようだ。

 

ジャンヌ「リコリーヌ。無事だったか。遅かったからもう他の人とミッションをやったのではないかと思ったぞ」

理子「うぅ。遅くなってゴメンね、ジャンヌちゃん」

ジャンヌ「ジャンヌじゃない。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。とにかく装置の解除を済ませるぞ」

 

 二人は互いのカードキーを相手のアラーム装置に差し込む。

 ミッションクリア。まだアラーム装置を解除していないのは、2人。

 不知火亮と中空知美咲。

 

 ◇◇◇

 

中空知「ダメだ。他の逃走者の人が見当たらない……」

 

 アラーム発動まで時間がなくなり、焦っている。

 

 ◇◇◇

 

不知火「神崎さん!」

 

 未だアラーム装置を解除していない不知火。アリアを見つけたようだ。

 

アリア「あ、不知火さん」

不知火「ミッションのことなんだけど――」

アリア「えーと。すみません、不知火さん。私、もうレキさんとやってしまいましたので、他を当たってください」

不知火「そ、そうですか……」

 

 逃走者が各々持つカードキーは一度しか使えない。アラーム装置を解除したければ、未だミッションをクリアしていない逃走者を探すしかない。

 

 ◇◇◇

 

――残り42分。

 

中空知「うん。そっか。わかった」

理子『ご、ごめんね。中空知さん』

中空知「ううん、気にしないで」

 

 電話でミッションをクリアしていない逃走者を探す中空知。

 

中空知「これで峰さんにダルクさんもダメ。遠山くんに星伽さんもダメで神崎さんにレキさんもダメだったから、あとは――誰だっけ?」

 

 名前が、思い浮かばない。

 

 ◇◇◇

 

不知火「やっべーな、これ。マジでヤバい」

 

 ミッションをクリアしていない逃走者を探す不知火。その近くに――

 

中空知「あー、うーんと……誰だったかなぁ。あともう少しで思い出せそうな気がするんだけど」

 

 ――中空知。

 

不知火「中空知さん! ミッションやりました!?」

中空知「――あ! そうだ! 不知火くん!」

不知火「え? な、中空知さん?」

中空知「そうそう、不知火くん! ちょうどいい所に来てくれたね、不知火くん。まだミッションやってないでしょ? 私とやろうよ」

不知火「ホントですか!?」

 

 二人は互いのカードキーを相手のアラーム装置に差し込む。

 ミッションクリア。これですべての逃走者がアラーム装置の解除に成功した。

 

 ◇◇◇

 

キンジ「ミッション2結果」

 

 ◇◇◇

 

白雪「逃走者全員がアラーム装置の解除に成功した」

 

 ◇◇◇

 

レキ「皆さん、上手くいったようですね」

 

 ◇◇◇

 

アリア「あそこにハンターいますね」

 

 アリアが指さす先に、ハンター。

 

アリア「……今思いついたんですが、何気にハンターの後ろって安全領域ではないでしょうか? 少し試してみましょうかね」

 

 ハンターを追跡する、逃走者。

 

 ◇◇◇

 

キンジ「そういや、あれっきりハンターの姿見ないな」

 

 一度ハンターを振りきっている、男。

 

キンジ「まぁ、また見たいなんて思わないけど――って、何やってんだ、アリア?」

 

 キンジの視線が捉えたのは、ハンターを尾行するアリア。

 

 ◇◇◇

 

アリア「これって中々いいアイディア――ッ!?」

 

 振り向くハンター。

 

アリア「い、今のは危機一髪でしたね。危うく見つかる所でした。……止めましょうか、ハンターの尾行」

 

 賢明な判断だ。

 

 ◇◇◇

 

――残り38分。

 

理子「――ッ!? な、何だ、メールかぁ。脅かさないでよ」

 

 ◇◇◇

 

レキ「通達。裏切り者への誘い」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「これより諸君らの中から裏切り者を募集する」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「裏切り者は他の逃走者の位置情報をハンターに密告することで自分の賞金総額を増やすことができる」

 

 ◇◇◇

 

不知火「裏切り者になりたい者は残り35分までに以下の電話番号に連絡を入れなければならない」

 

 ◇◇◇

 

中空知「ただし裏切り者になれるのは1名のみ。早い者勝ちだ」

 

 ◇◇◇

 

白雪「……何か面倒なことになってきたね」

 

 ◇◇◇

 

 

【通達 裏切り者への誘い】

 

 これより逃走者の中から裏切り者が募集される。

 裏切り者は他の逃走者の位置情報をハンターに密告することができ、その直後に逃走者が確保されれば、通常の賞金に加え、1人につき30万円が追加で支払われる。

 ただし、裏切り者もこれまで通りハンターに追われ、捕まれば失格。賞金はゼロとなる。慎重な判断が必要だ。

 

 

 ◇◇◇

 

アリア「何て悪趣味な勧誘ですか。誰だか知りませんが、スタッフの悪意を感じますね」

 

 ◇◇◇

 

理子「で、でも誰も裏切り者にならなきゃいいんだよね?」

 

 ◇◇◇

 

中空知「何だか面白そうなことになってきたなぁ」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「……何だかんだで生まれそうだよな、裏切り者」

 

 ◇◇◇

 

不知火「これ、裏切り者が5人密告したら150万円稼げる計算になるじゃねぇか。そしたらその裏切り者、賞金総額倍になるぞ」

 

 ◇◇◇

 

――そして。残り36分。

 

??「……」

 

 1人の逃走者が裏切り者に名乗りを上げた。

 

 

 後編へ続く。

 




残る逃走者:遠山キンジ、神崎・H・アリア、不知火亮、星伽白雪、レキ、中空知美咲、峰理子リュパン四世、ジャンヌ・ダルク30世(計8名)
捕まった逃走者:綴梅子、武藤剛気、風魔陽菜(計3名)

 果たして裏切り者は誰なのか? ってなわけで、緋弾のアリア×逃走中の前編はこれにて終了です。……いつかまた、逃走中の方でも裏切り者の企画やってほしいなぁ。裏切り者のいる逃走中は緊迫感が全然違って、見ごたえが凄かったですからね。


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36.突発的番外編:熱血キンジと逃走中 後編


 どうも、ふぁもにかです。今回は緋弾のアリア×逃走中の後半戦です。果たして裏切り者は誰なのか? 果たして逃走成功者は現れるのか? 徐々に白熱する展開、その結末やいかに!?



 

ジャンヌ「通達。裏切り者が発生した」

 

 ◇◇◇

 

理子「……えー、ウソでしょ」

 

 事実だ。

 

 ◇◇◇

 

キンジ「厄介なことになってきたなぁ」

 

 裏切り者が生まれたことにより、これからは容易に他の逃走者を信用できなくなってしまった。

 

 ◇◇◇

 

アリア「最悪の展開ですね。誰ですか、お金に目がくらんだの……」

 

 頭を抱える、女。

 

 ◇◇◇

 

 牢屋DEトーク

 

陽菜「ここが牢屋でござるか。長い道のりだったでござる」

綴「お疲れやったなぁ、風魔さん。風魔さんなら逃げきれると思っとったんやけどなぁ」

陽菜「綴先生にござるか。いやはや、逃げた先にハンターがいたゆえ、どうしようもなかったでござる」

武藤「……災難だったな……」

綴「その辺はホンマ運任せやなぁ、このゲーム」

 

 ◇◇◇

 

レキ「いました。ハンターです」

 

 驚異的な視力で先にハンターの姿を捉えた、レキ。

 

レキ「今のうちに移動しましょう」

 

 ハンターに見つかる前に、距離を取る。

 

 ◇◇◇

 

――残り32分。

 

白雪「あ、ハンターだ。こっち来てる」

 

 草むらに身を潜める白雪。その近くにハンター。

 

白雪「……」

 

 やり過ごせるか。

 

白雪「フッフッフッ。かくれんぼの神とは私のことよ」

 

 上手くやり過ごしたようだ。

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「ふむ。そういえば我は今の所ハンターと出会ってないな」

 

 逃走中開始から約40分。未だハンターを見ていない、幸運な女。

 

ジャンヌ「クククッ。我に恐れをなしたか。ハンターといっても所詮は人か」

 

 ハンターはアンドロイド。人ではない。

 

 ◇◇◇

 

中空知「誰だろうね、裏切り者」

スタッフ「誰だと思いますか?」

中空知「……やっぱりミッション1の賞金単価アップに動いた人辺りが怪しいんじゃないかな。だから、不知火くんかダルクさんのどっちかだと思うよ?」

 

裏切り者「……」

 

 裏切り者が中空知の居場所をハンターに密告した。近くにいた2体のハンターが中空知の元に急行する。

 

中空知「裏切り者をさらに密告できるシステムがあったらきっともっと面白く――って、ハンター来た!?」

 

 見つかった。逃げきれるか。

 

中空知「うわ、ちょっ、待っ――」

 

 中空知美咲確保。残り7人。

 

中空知「アハハ……。せめてもう少し長く逃げていたかったなぁ……ハァ」

 

 ◇◇◇

 

アリア「メールですね」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「裏切り者の密告により、中空知美咲確保。残る逃走者は7人」

 

 ◇◇◇

 

不知火「裏切り者か……」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「早速裏切り者が暗躍してるな」

 

 ◇◇◇

 

理子「ハンターだけでも怖いのにぃ……ひぅ」

 

 ◇◇◇

 

――残り30分。

 

不知火「またメールか」

 

 ◇◇◇

 

白雪「みっしょん3 ハンター放出を阻止せよ」

 

 ◇◇◇

 

レキ「今現在、北嶺ビルの一階にハンター100体が安置されている」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「このハンター100体は残り15分になると一斉に解き放たれる」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「阻止したければ制限時間までに3人の逃走者の指紋認証が必要だ」

 

 ◇◇◇

 

 

【Mission3 ハンター放出を阻止せよ】

 

 現在、北嶺ビルの一階にハンター100体が安置されている。

このハンター100体は残り15分になると一斉に解き放たれるため、阻止したければ制限時間までに3人の逃走者がそれぞれ北嶺ビル内の3か所にある指紋認証装置を使って指紋認証をしなければならない。

 

 

 ◇◇◇

 

不知火「……北嶺ビル。こっからだと結構遠いな。しかも裏切り者がどこかにいるってのによぉ……」

 

 動くか否か、迷う男。

 

 ◇◇◇

 

アリア「北嶺ビル……近いですね。行きましょうか」

 

 ミッション参加を決めたアリア。思い立ったが吉日だ。

 

 ◇◇◇

 

白雪「んー。誰かがやってくれるでしょ。それにここならハンターが100体に増えても大丈夫な気がするし」

 

 完全に人任せな白雪。大した自信だ。

 

 ◇◇◇

 

キンジ「このミッションはやらないとマズいだろ。ハンター100体とか洒落にならん」

 

 北嶺ビルへ走るキンジ。その姿をハンターが捉えた。

 

キンジ「――ッ!? 後ろから!?」

 

 逃げきれるか。

 

キンジ「………ハァ、ハァ。ダメだ、疲れた……」

 

 建物を上手く使い、何とか撒いたようだ。

 

 ◇◇◇

 

レキ「この距離で間に合うかは微妙な所ですが、行きましょう」

 

 ミッションクリアを目指すレキ。

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「北嶺ビル、確かあっちの方向だったな」

 

 ジャンヌもミッションクリアに動き出す。

 

 ◇◇◇

 

――残り25分。

 

理子「ミ、ミッションクリアしないとハンターがいっぱいになっちゃう。で、でででも動いたら裏切り者に密告されて捕まっちゃうかもしれないし……どうしよ?」

 

 ミッション参加を迷う理子。密告を恐れ、動けない。

 

裏切り者「……」

 

 裏切り者が理子の居場所をハンターに密告した。近くにいた1体のハンターが理子の元に急行する。

 

理子「こうなったら花占いに頼ってみようかなぁ……」

 

 見つかった。

 

理子「どこかに花ないかなぁ。ちょうど10枚くらい花びらがあるの――ひゃッ!?」

 

 峰理子リュパン四世確保。残り6人。

 

理子「え……? ボク、捕まっちゃったの?」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「メール……」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「裏切り者の密告により、峰理子リュパン四世確保。残る逃走者は6人」

 

 ◇◇◇

 

アリア「ハンターが100体も放出しかねないって時に一体何をやってるんですかね、裏切り者は。あんまり頭がよろしくないのでしょうか」

 

 ◇◇◇

 

不知火「これで裏切り者は60万追加で手に入れたってワケかよ」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「ここか」

 

 まず最初に北嶺ビルにたどり着いたのは、ジャンヌだ。

 

アリア「ジャンヌさん!」

 

 アリアもたどり着いた。

 

アリア「ジャンヌさん裏切り者じゃないですよね?」

ジャンヌ「何をバカなことを。その問い、そのまま返させてもらう」

アリア「私は裏切り者じゃないですよ」

ジャンヌ「……まぁここで互いに疑心暗鬼になっても仕方あるまい。手分けして指紋認証装置を探すぞ。裏切り者もハンター放出阻止に動く我らを通報したりはしないだろうしな」

アリア「それもそうですね」

ジャンヌ「あと、我はジャンヌじゃない。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」

アリア「あー、はいはい」

 

 北嶺ビルに入った、二人。

 

アリア「こ、これは……」

ジャンヌ「……威圧感が凄まじいな」

 

 眼前に立つハンター100体に、思わず圧倒される。

 

 ◇◇◇

 

不知火「ここは体力温存だな」

 

 ミッション3を人任せにすることに決めた男。

 

不知火「まだ逃走成功まで微妙に時間が残ってるからな。ミッション4まで用意されてるかもしれないし、ここは動かないのが得策だろ。ハンター100体放出ってなればさすがに他の人が阻止に動くだろうしな」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「こうもハンターとエンカウントするなんて……俺、運悪いのかなぁ」

 

 ここまで二度ハンターを振りきった男。

 

キンジ「今見つかったら絶対捕まるな」

 

 体力の回復を急ぐ。

 

 ◇◇◇

 

――残り20分。

 

アリア「指紋認証装置……どこにあるんでしょうか」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「そう簡単に見つからないとは思っていたが……このままではマズいな」

 

 北嶺ビルにいる二人。指紋認証装置が見つからない。

 

 ◇◇◇

 

レキ「ここですね」

 

 その時、北嶺ビルに3人目の逃走者が到着した。

 

 ◇◇◇

 

白雪「だうー」

 

 隠れ場所を見つけて以降、一歩も動いていない女。

 

白雪「あうー」

 

 動く気配が、感じられない。

 

 ◇◇◇

 

――残り18分。

 

アリア「ありました!」

 

 北嶺ビル五階にて。アリアが指紋認証装置を見つけた。

 

アリア「やっとみつけましたよ……」

 

 残る指紋認証装置は二つ。

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「ここにあったか」

 

 北嶺ビル二階にて。ジャンヌも指紋認証装置を見つけた。

 

ジャンヌ「神崎ヶ原・H・アリアドゥーネがいることを考えるとあと一人。誰か来る奴はいないのか?」

 

 残る指紋認証装置は一つ。

 

 ◇◇◇

 

――残り16分。

 

レキ「風がこっちだと言っています」

 

 ハンター放出まであと1分。間に合うか。

 

――ハンター放出まで残り30秒。

 

レキ「これですね」

 

 北嶺ビル四階にて。指紋認証装置を発見した。

 

レキ「これでよし」

 

 ミッションクリア。ハンター放出が阻止された。

 

 ◇◇◇

 

白雪「メール来た」

 

 ◇◇◇

 

レキ「ミッション3結果」

 

 ◇◇◇

 

不知火「神崎・H・アリア、ジャンヌ・ダルク30世、レキの3人の活躍により、ハンター放出は阻止された」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「3人ともよくやったよ、ホント……」

 

 ◇◇◇

 

 牢獄DEトーク

 

理子「えっと、密告されちゃいました……」

中空知「こっちおいで峰さん。密告された者同士、傷の舐め合いしようよ」

理子「な、舐め合い!? ……え、えええっと、そういうプレイはちょっと――」

中空知「峰さん、何か勘違いしてないかな?」

陽菜「しかし。それにしても裏切り者は一体誰にござるか? 皆目見当がつかないでござる」

中空知「私的にはダルクさん辺りが怪しいと思うなぁ」

武藤「……不知火だと思うが……?」

綴「ここは意外とあの狙撃手(スナイパー)さんやったりして?」

陽菜「それはないでござる」

武藤「……それはないな……」

中空知「レキさんはさすがにないんじゃない?」

理子「レキさんは違うと思うよ?」

綴「まさかの全否定ッ!?」

 

 ◇◇◇

 

アリア「残り15分。ミッションも無事クリアできましたし、これなら何とかなるのではないでしょうか」

 

 残り時間が近づくにつれ、逃走成功の自信が出てきた女。

 

裏切り者「……」

 

 が、裏切り者がアリアの居場所をハンターに密告した。近くにいた2体のハンターがアリアの元に急行する。

 

アリア「――ん? ハンターいますね。逃げ――って、こっちにも!?」

 

 ハンターに挟まれたアリア。建物内に身を潜める。やり過ごせるか。

 

アリア「……」

アリア「…………あ」

 

 神崎・H・アリア確保。残り5人。

 

アリア「あー、やられましたね。これってもしかしなくても密告でしょうか?」

 

 ◇◇◇

 

レキ「メールですね」

 

 ◇◇◇

 

不知火「裏切り者の密告により、神崎・H・アリア確保。残る逃走者は5人」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「裏切り者の密告で3人が捕まったのだな……」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「誰か知らないけどさ、裏切り者頑張り過ぎだろ」

 

 裏切り者に呆れをみせる男。

 

 ◇◇◇

 

――残り12分。

 

白雪「んー。メールだ」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「嫌な予感しかしないなぁ……」

 

 ◇◇◇

 

レキ「通達2。これよりハンターヘリを投入する」

 

 ◇◇◇

 

 in牢獄

 

綴「ハンターヘリの人員は逃走者を空から監視。見つけ次第、ハンターへと通報する。気をつけたまえ」

一同「――ッ!?」

理子「え、えええええええ!?」

中空知「エグいことしてくれるなぁ」

 

 ◇◇◇

 

 

【通達2 ハンターヘリに注意せよ】

 

 これより逃走エリアにハンターヘリが放たれる。

 ハンターヘリは空から逃走者を監視し、見つけ次第ハンターへと通報する。

 位置情報を通報されれば逃げきるのは困難となる。

 残る逃走者は5人。逃げきれるか。

 

 

 ◇◇◇

 

キンジ「あれか……」

 

 ◇◇◇

 

白雪「あれみたいだね」

 

 空を飛ぶ、ハンターヘリ。

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「これはうかつに動けんな……」

 

 空を睨む、ジャンヌ。

 

 ◇◇◇

 

 その時、ハンターヘリが、白雪の姿を捉えた。

 白雪の位置情報がハンターに通達され、近くにいた2体のハンターが白雪の元へ急行する。

 

 ◇◇◇

 

――残り10分。

 

白雪「あと10分」

 

 ハンターが向かっていることを知らない女。

 

白雪「わー。もう126万超えてるよ。凄いねぇ。……ん。ハンター来た」

 

 ハンターの接近を察知し、身を潜める。やり過ごせるか。

 

白雪「あ、バレた」

 

 星伽白雪確保。残り4人。

 

白雪「あっという間だったね」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「メールだな」

 

 ◇◇◇

 

レキ「ハンターヘリの通報により、星伽白雪確保。残る逃走者は4人」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「あの場所、上からだと筒抜けっぽかったしな。捕まるのは仕方ないか。むしろ今までよく捕まらなかったな、ユッキー」

 

 ◇◇◇

 

――残り8分。

 

不知火「残り4人か。てことは、この中に裏切り者がいるってワケか。結構絞られてきたな」

 

 ハンターヘリと裏切り者に警戒心を顕わにする男。

 

不知火「キンジもレキも賞金に目がくらむとは思えないし……ジャンヌか?」

 

裏切り者「……」

 

 裏切り者が不知火の居場所をハンターに密告した。近くにいた1体のハンターが不知火の元に急行する。

 

 が、その裏切り者をハンターヘリが捉えた。

 裏切り者の位置情報がハンターに通達され、近くにいた2体のハンターが裏切り者の元へ急行する。

 近くにいる不知火と裏切り者。そこに計3体ものハンターが迫る。

 

 ◇◇◇

 

??「これで不知火も終わりだな」

 

 裏切り者は――

 

??「クククッ。ちょろいな。まっ、我にかかればこんなものよ」

 

 ――ジャンヌ・ダルク30世だ。

 

 時はさかのぼる。

 

ジャンヌ「裏切り者、か。クククッ。何て魅力的な響きだ」

ジャンヌ「ジャンヌ・ダルク30世だ。裏切り者に立候補する」

ジャンヌ「あいつは確か中空知とかいったか? まずはあいつに犠牲になってもらおうか」

ジャンヌ「許せリコリーヌ。女同士の友情は時に残酷なものなのだ」

ジャンヌ「安らかに眠るがいい。神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ」

ジャンヌ「不知火か。まぁ奴なら何ら問題あるまい」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「これで計120万円が上積みされる。最高の展開だな」

 

 ジャンヌに迫る、黒い影。

 

 ◇◇◇

 

不知火「――ッ!? ハンターいやがった!?」

 

 ハンターの姿を捉え、逃げる不知火。逃げきれるか。

 

不知火「俺を舐めるなよ!」

 

 何とかハンターを撒いたようだ。

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「チッ、捕まらなかったか。しぶとい奴め……」

 

 ◇◇◇

 

不知火「今のは結構危なかったな」

 

 ハンターを振りきった男。だが。歩く先に、別のハンター。

 

不知火「マジかよ!?」

 

 見つかった。逃げきれるか。

 

不知火「――ッ!?」

 

 不知火亮確保。残り3人。

 

不知火「あー! クソッ!! もう少しだったのにッ!!」

 

 ◇◇◇

 

ジャンヌ「クククッ。これでよし。残念だったな不知――」

 

 ジャンヌ・ダルク30世確保。残り2人。

 

ジャンヌ「……は? え? 待て。い、いつの間に我の背後に――」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「メールだ」

 

 ◇◇◇

 

 in牢獄

 

綴「裏切り者の密告により、不知火亮確保。またハンターヘリの通報により、裏切り者ジャンヌ・ダルク30世確保。残る逃走者は2人」

理子「ジャンヌちゃん!?」

アリア「裏切り者はジャンヌさんでしたか……」

陽菜「ジャンヌ殿にござったか」

 

 ◇◇◇

 

レキ「これで裏切り者のことは気にしないで済みそうですね」

 

 ◇◇◇

 

キンジ「ここからが正念場だな」

 

 残る逃走者は遠山キンジとレキの2人。対するハンターは4体。

 最後まで逃げきれるか。

 

 ◇◇◇

 

――残り5分。

 

レキ「やけに静かですね。……これが嵐の前の静けさという奴ですか」

 

 ミッション3に参加し、ハンター100体放出を阻止した女。

 

 ◇◇◇

 

キンジ「ここまで来たら、意地でも逃げきりたいな」

 

 これまで二度、ハンターを振りきっている男。

 その近くに、ハンター。

 

 ◇◇◇

 

レキ「ハンター見つけました」

 

 6.0の凄まじい視力でハンターを捉えた、レキ。

 見つかる前に距離をとる。

 

 ◇◇◇

 

――残り3分。

 

キンジ「いるいる。あそこにハンターいる」

 

 キンジの指さす先に、ハンター。やり過ごせるか。

 と、その時。ハンターヘリがキンジの姿を捉えた。

 キンジの位置情報がハンターに通報され、近くにいた2体のハンターがキンジの元へ急行する。

 

キンジ「――って、こっち来た!?」

 

 見つかった。逃げきれるか。

 

キンジ「うわッ!?」

 

 しかし。逃げた先に、別のハンター。

 遠山キンジ確保。残り1人。

 

キンジ「あー! 残り3分だったのにぃ!!」

 

 ◇◇◇

 

 in牢獄

 

綴「ハンターヘリの通報により、遠山キンジ確保。残る逃走者はレキただ1人」

理子「レキさん頑張って!」

陽菜「あともう踏ん張りにござるよ!」

不知火「いっけぇぇえええ!!」

 

 ◇◇◇

 

レキ「――聞こえました」

スタッフ「何がですか?」

レキ「皆さんが私を応援する風が。……まさか私が最後の1人になるとは思いませんでしたが、逃げきってみせましょう。応援してくれる皆さんのためにも」

 

――残り1分半。

 

レキ「あそこにハンターがいますね」

 

 ハンターの視界に入らないようハンターから逃げるレキ。

 その姿をハンターヘリが、ロックオン。

 レキの位置情報がハンターに通報され、近くにいた2体のハンターがレキの元へ急行する。

 

 ◇◇◇

 

 in牢獄

 

白雪「残り1分!」

武藤「……頑張れ、レキさん……」

アリア「これならいけますよ、レキさん!」

 

 ◇◇◇

 

――残り1分。

 

レキ「こっちに来ましたね」

 

 伝えられた位置情報を元にレキのいる方向へと向かうハンター。

 

レキ「残り50秒。……ここは賭けに出ましょうか」

 

 ハンターから逃れるため、走り出す。

 見つかった。逃げきれるか。

 

レキ「前からも来ますか」

 

 しかし。逃げた先にも、別のハンター。挟まれてしまった。

 

 ◇◇◇

 

 in牢獄

 

中空知「残り30秒!」

キンジ「レキ! お前ならやれる!」

綴「いけるでいける!」

 

 ◇◇◇

 

レキ「――ん」

 

 東沙ビルに逃げこむレキ。ハンターの挟み打ちを何とか回避した。

 そのまま階段を駆け上がり、ハンターを撒いてみせる。

 

 ◇◇◇

 

 in牢獄

 

理子「10!」

武藤「9」

白雪「8!」

アリア「7!」

中空知「6!」

綴「5!」

キンジ「4!」

不知火「3!」

ジャンヌ「2!」

陽菜「1!」

一同『0!! 逃走成功!!』

 

 ◇◇◇

 

 レキ、逃走成功。賞金150万円獲得。

 

レキ「……逃走成功ですか。やりましたね、私」

 

 ◇◇◇

 

 牢獄前

 

レキ「150万円。ゲットです」

中空知&白雪「いいなぁ、レキさん(ちゃん)」

キンジ「やったな、レキ」

レキ「これが150万円の厚みですか……」

陽菜「レキ殿はその賞金を何に使うでござるか?」

アリア「あ、それ気になりますね」

武藤「……同意……」

レキ「……そうですね。特にこれといったものはないので、皆でパァーと使いましょうか?」

一同『――ッ!』

 

 こうして。逃走中の幕が閉じた。

 




 というわけで、レキさんの逃走成功と言う形で今回の緋弾のアリア×逃走中の企画は終結することとなりました。まぁ、だってレキさんですもんね。というか、レキさんだけはどうしてもハンターに捕まる様子が想像できなかったので、こういう結果となりました。


 ~おまけ(逃走中終了後の夜のこと)~

理子「ねぇ、ジャンヌちゃん。どうして裏切り者になったの? どうしてボクの居場所をハンターに密告したの?」
ジャンヌ「リ、リコリーヌ!? こ、これはだな――」
理子「ねぇ、どうして? そんなにお金が欲しかったの?(←うるうるとした瞳で)」
ジャンヌ「……あぁ、そうだ。お金が欲しかった。買いたいモノがあったからな。ほら、くれてやる(←理子の手に何かを握らせつつ)」
理子「ッ! このイヤリング――」
ジャンヌ「前に欲しそうに見ていただろう? リコリーヌの誕生日には随分と早いが、プレゼントだ」
理子「で、でもこれ、確か200万円だったよね!? こんなに高いモノ、受け取れないよ!」
ジャンヌ「なに、気にするな。我が盟友、リコリーヌ。それは我からの感謝の印だ。素直に受け取っておけ。それに、逃走中の賞金に頼らずとも、イ・ウーで活動すれば200万なんてすぐに手に入る」
理子「そ、それはそうだけど……」
ジャンヌ「リコリーヌ。我が貴様から聞きたいのはそのような遠慮の言葉じゃないぞ?」
理子「……ありがと。ジャンヌちゃん。ボク、とっても嬉しいよ(←満面の笑みで)」
ジャンヌ「クククッ、どういたしまして。あと我はジャンヌじゃない、『銀氷(ダイヤモンドダスト)の魔女(ウィッチ)』だ」

 何だか理子×ジャンヌのフラグが立っちゃった気がしますね。ええ。


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37.熱血キンジと段ボール箱


 どうも、ふぁもにかです。ようやく無人島一歩手前の島から脱出できたので、連載再開です。お待たせしました。久しぶりの執筆なので、多少文章スタイルが変化しているかもしれませんが、その辺は生暖かい眼差しで見守ってくれたら嬉しいです。

 ……実は1週間前には既に無人島一歩手前の島から脱出し終えてたんだけど、その後にプレイした『ファイアーエムブレム 封印の剣』にメチャクチャハマってた影響で執筆意欲が全然湧かなかったんですよね、うん。

ふぁもにか「てなわけで、この場で一言言わせてください。……ティト可愛いよティト。なでなでしたいよティト」
アリア「そこはごめんなさいと謝る所でしょう? 何をやってるのですか?(←ガバメントをグリグリと突きつけつつ)」
ふぁもにか「いや、誠意を見せつつ涙目で地に頭をこすりつけて読者の皆さんに全力で謝るのはりこりんに任せようかと思いまして(←ゲス顔)」
理子「ま、またボクが土下座しないといけないの!?(※9話参照)」

 ……閑話休題。

 ところで、今回はサブタイトルが何だかカオスですね。何というか、謎の雰囲気をひしひしと感じる仕様になってますね。自分のやったことなんだけど、なんでこのサブタイトルにしちゃったんだろうか……。



 

「――ということだ、武藤」

 

 放課後。期間限定で白雪の護衛依頼をこなすこととなり、とりあえず武藤の協力を仰ぐことにしたキンジは、武藤を武偵高の屋上へと呼び出し、先までの話を余すことなく伝えた。

 

 『ダメダメユッキーを愛でる会』という名の白雪ファンクラブの一員たる武藤に白雪を取り巻く現状を伝えれば、その情報は瞬く間に『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員に拡散される。そうなれば、確実に『ダメダメユッキーを愛でる会』全員の自主的な協力が約束されることだろう。彼らは忍び寄る魔の手から白雪を守ろうと、様々な方面から全力を尽くしてくれるだろう。

 

 いくら正体不明の誘拐魔:魔剣(デュランダル)といえど、総勢何百人もの熱狂的な白雪信者のぎらついた監視の目をくぐって誘拐対象:白雪を手に入れようとするのは、例え超能力(ステルス)を最大限駆使したとしても至難の業に違いない。そう考えた上でのキンジの作戦である。

 

「……なるほどな。了解。『ダメダメユッキーを愛でる会』の古参メンバーとして、全力を尽くす……」

「そうか。そう言ってくれると心強いよ」

 

 『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー003の武藤はキンジを見つめて力強くうなずくと、キンジに背を向けて颯爽と去っていく。どうやらキンジの思惑通りに武藤は動いてくれるようだ。「……まずは監視カメラ。どれくらい調達したものか……」などとブツブツ言いながら去っていく武藤に、キンジは「頑張れー」と軽く声を掛けておいた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今回のユッキー護衛任務にあたって、ユッキーはしばらく俺とアリアの住まう男子寮に滞在することとなった。本当なら護衛される側のユッキーの部屋の方がいいのだろうが、俺もアリアもあまりユッキーの部屋の勝手を知らない上にユッキーの部屋は基本的に色々とモノが散乱している。ゆえに。ユッキーは彼女自身も勝手知ったる俺の部屋で生活することになったのである。

 

「……来ないな」

 

 午後六時。茜色の夕日が辺り一帯をオレンジ一色に照らす中、キンジは男子寮の前で、腕時計を見つつ白雪の到着を待つ。しかし。一向に当の白雪が現れる気配はない。やけに重そうな段ボール箱を両手いっぱいに抱え込み、必死に男子寮へと運んでいる若い宅配業者がキンジの隣を通り過ぎていくのをしり目に、キンジは首を傾げる。

 

 綴先生の個室に集結した俺、アリア、ユッキーの三人の解散の際、夕暮れ頃に男子寮に来るとユッキーは俺たちに言っていた。ユッキーの護衛任務を請け負う身としては、こんな所でユッキーの到着を待っているのではなく、ユッキーと行動を共にして一緒に男子寮まで向かうべきなのだろう。だが。ユッキーには何やらどうしても誰にも知られたくない用事があったらしく、俺やアリアがついてくるのを嫌がっていた。その用事が校内や女子寮内で済むものだというユッキーの主張もあり、俺は彼女の単独行動を容認したのだ。

 

「電池切れてるし……」

 

 一度白雪と連絡を取ろうとして、そこで初めて携帯の充電が切れていることに気づいたキンジは一旦、部屋に戻ることにした。ちゃんと充電しないとなぁと内心で嘆息しつつ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 部屋に戻った時、まず最初にキンジの視界に映ったのは、なぜか異様に存在感のある段ボール箱。そして、その自己主張の激しい段ボール箱をどうしたものかといった目つきで見つめている割烹着&サイドテール姿のアリアだった。その近くに掃除機が置かれている辺り、アリアは白雪が来る前に一度部屋を綺麗にしようと掃除に精を出していたようだ。それにしても、ホームズ家の貴族様にしては、実に割烹着姿が様になってるな。というか、武偵高の防弾制服以上に着こなしてるように見えるんだけど。

 

(――って、現実逃避してる場合じゃないか……)

「……アリア。それ、何だ?」

「いえ、何だと言われましても……それ、キンジがネットショッピングとかで購入したものではないのですか?」

「いやいや。誰がこんな怪しさ満載の異様なモノ買うかよ。それに、俺がそもそもあんまりネットショッピングとかしない性質だってこと、知ってるだろ?」

「まぁ、知ってますけど……」

 

 恐る恐る異彩を放つ段ボール箱を指差してキンジに疑惑の眼差しを向けてくるアリアに、キンジはブンブンと首を振って否定する。と、その時。ゴトッと、一瞬だけ段ボール箱が動いた。確かに、段ボール箱の中から何か固いものを落としたような音が響いた。

 

「……まぁ、この段ボール箱のことはしばらく置いておきましょう」

「……あぁ、そうだな。うん、それがいい」

 

 触らぬ神に祟りなしということで、速攻で眼前の段ボール箱を華麗にスルーすることに決めたキンジとアリア。この辺の意見の一致が、二人がパートナーとしてしっかりと機能している所以の一因であろう。

 

「ところで、ユッキーさんはどうしたのですか? 姿が見えませんが?」

「それが待ち合わせ場所に来なくてな。俺の携帯の充電も切れてたから、充電しつつユッキーと連絡を取ろうかと――」

 

 右手を腰に当てつつキンジの後ろを覗き込むアリアに、キンジはため息混じりの言葉を吐く。と、そこで。キンジはふと相変わらず異様な存在感を放ち続ける段ボール箱へと視線を移す。今しがた無視すると決めたばかりの怪しげなオーラを滲ませている段ボール箱へと目を向ける。目の前の怪しさ満載の段ボール箱は割と大きい。体を少し丸めれば、小柄な人の一人くらいは余裕で入れる大きさだ。もしかしたら、もしかするかもしれない。

 

「……」

「いやいや、キンジ? ちょっと待ってください。いくら救いようがないほどにめんどくさがり屋のユッキーさんでもさすがにそれはないのではないでしょうか?」

「……」

 

 アリアはキンジの沈黙から彼の思考を読み取ったのか、不用意にも異質な存在感を持つ段ボール箱へと近寄っていくキンジを止めようと声をあげる。しかし。キンジはアリアの問いかけを無視してやけに存在感を醸しだす段ボール箱のガムテープをはがす。そして。キンジはゴクリと唾を飲み込むと、意を決して段ボール箱を一息に開けた。

 

「めりぃー、くりすまーす!」

 

 すると。中から勢いよく、今回の護衛対象たる白雪が飛び出してきた。その際、白雪は複数のクラッカーを一気に鳴らし、パンパパパンと部屋に乾いた破裂音を響かせる。

 

「「……」」

 

 自身の予想の斜め上を行く白雪の言動にキンジとアリアは絶句し、その場に立ち尽くす。そんな二人の上空からカラフルな紙吹雪がヒラヒラと降り注ぐ様は、もしもこの場に第三者がいたならば、果てしなくシュール(あるいはカオス)なシーンだと感じたことだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……まさか荷物として送られてくるとは思わなかったぞ、ユッキー」

 

 ひとまず、スッと異様さの消え去った段ボール箱をアリアの小太刀で解体して中の白雪を回収した後。キンジとアリアはテーブルを挟んで白雪と相対する。二人がジトーとした目線を白雪に向けているのに対し、白雪はどこか爛々とした視線で二人を見やっている。

 

「えへへ~、びっくりした? びっくりした?」

「あぁ、驚いた」

「はい。色々な意味でびっくりしました」

「わーい、ドッキリ大成功!」

 

 段ボール箱から飛び出すタイミングを見計らっていたらしい白雪は嬉々とした表情で感想を尋ねてくる。キンジとアリアが呆れを存分に含んだ声音で白雪の問いに答えると、白雪は二人の反応に嬉しそうに目を細め、どこから取り出したのか、『大成功』と赤文字で書かれたプラカードを見せつけてくる。どうやらさっきのゴトッという音はこれを床に落とした時の音のようだ。

 

「で、一応聞くけど、ユッキーの用事って――」

「うん! 段ボール箱調達して、衣装選んで、包装して、宅配業者の人呼んでたの!」

「やっぱりそうだったか……」

「何をやってるのですか、ユッキーさん……」

 

 エッヘンと言わんばかりに胸を張る白雪を前にキンジとアリアはそろって嘆息する。いつもダラダラとした怠惰生活を営んでいる白雪が珍しく精力的に行動していたこと自体は嬉しいのだが、そのやる気をもう少しまともな方向へと向けてほしいと切に願うキンジだった。

 

「あー、うん。その衣装、似合ってるぞ。良いセンスしてるな、ユッキー」

「ッ! やっぱりそう思う!?」

「あぁ。思う思う」

「キンちゃん……!」

 

 と、そこで。どこか物欲しそうな視線を向ける白雪の様子から、白雪が今現在欲している言葉を察したキンジはとっさに白雪の衣服を褒める。キンジの褒め言葉(※棒読み)に反応してズズイと顔を近づけてきた白雪にキンジがテキトーに相槌を打つと、白雪は花が咲いたような満面な笑みを浮かべた。

 

 ちなみに。4月下旬のこの時期にも関わらず白雪がなぜかサンタクロースのコスプレをしていることに関して、キンジはサラリとスルーすることにした。

 

「……とまぁ、前置き話はこの辺にしといてと」

 

 自身の季節外れのコスプレ衣装(※本人に季節外れの自覚はない)をキンジに褒められて輝かしい笑顔を見せていた白雪だったが、ふとキリッとした表情へと顔を引き締めると、ごくごく自然な所作で椅子から立ち上がってそのまま床に正座する。もちろん、背筋をピンと伸ばすことも忘れない。

 

「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします。キンちゃん、アーちゃん」

 

 そして。どこか優雅さを感じさせる声で、物腰の柔らかさを感じさせる声で、人間としての深みを感じさせる声で、白雪はゆっくりと頭を下げた。そのどこまでも違和感のない白雪の行為に、突如白雪が作り上げた何となしに神聖な雰囲気に、キンジとアリアは思わず飲み込まれそうになる。実際に飲み込まれなかったのは、白雪の服装がいつもの白と赤を基調とした巫女装束でなく場違い極まりないサンタクロースのコスプレ衣装だったことが大きかったりする。

 

 普段はやたら怠惰っぷりを見せつけている白雪もやっぱり星伽神社の巫女の一人なんだと、キンジが再認識させられた瞬間だった。

 

「あぁ。こっちこそよろしく、ユッキー」

「私の方こそ、よろしくお願いします、ユッキーさん」

 

 床に座り直して姿勢を改め、そして未だに深々と頭を下げ続ける白雪。キンジとアリアも見ようによっては土下座をしているように見えなくもない状態の白雪と視線を合わせるために、白雪に倣って正座をして軽く頭を下げる。が、しかし。二人の言葉が言い終わらない内に、白雪は頭を下げた体勢からポフンと床に寝そべった。

 

「……えーと、何やってんだ、ユッキー?」

「んぅ? えっとね、ちょっとシリアスな雰囲気をぶち壊そうと思って。私、あんまり堅苦しいのは苦手だから」

「ユッキーさん、そんな所で寝そべらないでください。だらしないですよ」

「えー。だって床ひんやりしてて気持ちいいよ?」

「そういう問題じゃありませんよ。寝転がるならせめてソファーかベッドでしてください……」

 

 先までのどこか巫女特有の神秘さを醸しだしていた白雪と今の白雪とのギャップにキンジとアリアは内心で閉口する。白雪の本職(星伽巫女)モードと怠惰(通常)モードとの知り替えの速さに感嘆するべきか、呆れるべきかは微妙な所だ。

 

「あ、キンちゃんも一緒にやってみる?」

「悪いが、遠慮しとく。俺はあんまり日中からゴロゴロするのは好きじゃないしな。……あ、でもアリアが興味あるってさ。先達として、存分に指南してやってくれ」

「ちょっ、キンジ!?」

 

 白雪から上目遣いの期待の眼差しを受けたキンジ。大抵の男なら一つ返事で白雪の誘いに乗ってしまうだろうが、白雪そのものにある程度慣れているキンジは軽く白雪の期待をへし折りにかかる。

 

 だが。いつもならあっさり退くはずの白雪が漆黒の瞳をキラリと光らせつつキンジを自身の領域に無理にでも誘い込もうと両手をワキャワキャさせていることに気づいたキンジは、ちゃっかりアリアを白雪への生贄に捧げて台所へと逃げることにしたのだった。スケープゴートにされた当のアリアの俺を貫かんばかりの非難の眼差しなんか感じない。感じないったら感じない。

 




キンジ→強襲科(アサルト)Sランクの第六感により、段ボール箱に警戒心を抱いた熱血キャラ。何かがあるとすぐさまアリアを生贄に捧げようとする悪癖がつきつつある。
アリア→ホームズとしての直感により、段ボール箱に警戒心を抱いた少女。武偵高の制服以上に割烹着姿が馴染みつつあるが、これでも一応貴族様。
白雪→宅配される形で男子寮にやって来た怠惰巫女。たまに季節感をガン無視する。稀に変な方向にやる気を出す。一応、巫女としての所作をマスターしている。長女だしね。

 ……何というか、ここのダルダルユッキーがハイテンションの時って、何だか雰囲気的に原作りこりんと似てる気がしますね。ええ。その辺意識して書いてるわけじゃないんですけどねぇ。


 ~おまけ(ネタ:もしも段ボール箱の中に入っていたのがユッキーじゃない何者かだったら)~

キンジ「……(←段ボール箱に近づきつつ)」
アリア「いやいや、キンジ? ちょっと待ってください。いくら救いようがないほどにめんどくさがり屋のユッキーさんでもさすがにそれはないのではないでしょうか?」
キンジ「……(←段ボール箱を開けて、中身を空けるキンジ)」
キンジ「…………」
アリア「キ、キンジ? どうしたのですか? なぜ固まってるのですか?」
キンジ「……(←無駄に洗練された無駄のない動きで段ボール箱を閉めて、ガムテープを貼り付けるキンジ)」
アリア「キンジ? 何をしているのですか?(←困惑顔で)」
キンジ「……(←きびきびとした動きで段ボール箱を両手で抱えてベランダへと移動し、東京湾へと段ボール箱を投げ捨てるキンジ)」
キンジ「……これで良し(←安堵の息を吐きつつ)」
アリア「え、キンジ? なぜそれを投げ捨てて――」
??「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaa――(←やたら野太い悲鳴)」
アリア「ちょっ!? 何かこの世のモノとは思えないほどの悲鳴が聞こえてきたんですけどッ!? 何を捨てたんですか、キンジ!?」
キンジ「……アリア。聞いてくれるな。世の中にはな、絶対に知ってはいけないことがあるんだ。俺はもう手遅れだけど、頼むから、アリアだけは綺麗なままでいてくれ(←目を瞑って天を仰ぎつつ)」
アリア「何を見たのですか、キンジ!? 一体、あの段ボール箱に何が入っていたのですか!? 気になって気になってしょうがないんですけど!? このままじゃ夜眠れそうにないんですけど!?(←キンジの両肩を掴んでガクガクと揺さぶりつつ)」

 結局。いくらアリアが段ボール箱の中身について問いただそうとしても、キンジが段ボール箱の中身について話すことは終ぞなかったのだそうだ。


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38.熱血キンジとお風呂事情


修羅アリア「何か言い残すことはありますか、キンジ? まぁ、ありませんよね? あるわけないですよね?」
キンジ「(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブルガクガクガクガク」
修羅アリア「それでは早速、逝きましょうか」
キンジ「Σ≡≡≡≡≡ヘ(; >д<)ノ ワアァァ・・!!」
修羅アリア「逃がしませんよ?」
修羅レキ「逃がすとお思いですか、キンジさん?」
修羅陽菜「逃がさないでござるよ、師匠」
キンジ「何か増えてるッ!? つーか、囲まれた!?∑∑( ̄Д ̄;)」

 どうも、ふぁもにかです。今回は話の展開上、もしかしたらキンジくんにかるぅーく殺意を抱く人がいるかもしれません。イラッとくる人がいるかもしれません。そうなった方々に関しては……構うことはありません。各々の妄想の中で思う存分にキンジくんをボコってやってください。いたぶってやってください。腹パンしてやってください。ふぁもにかからのお願いです。
( ̄∇ ̄+) アハッ

 あと、今回はちょっとR-15要素もありますので、閲覧注意です。



 

「あーもう! アーちゃん可愛い、超可愛い! その割烹着姿、凄く可愛い!」

「ちょっ、ユッキーさん!? いきなり何を――って、どこ触ってるんですか!?」

「あッ! まさか、これがアニメで言ってた、『萌え』なのかな!?」

「知りませんよ、そんなこと! って、そこは触っちゃ――」

 

 キンジが白雪のお誘い(床で一緒に寝そべること)を蹴って台所へと逃亡した後。床にうつ伏せで寝転がり床のひんやりとした感触を楽しんでいたダメ人間:白雪(サンタクロースのコスプレ衣装のまま)がガバッと起き上がってまず最初にしたことは、近くにいたサイドテールのアリアに正面から抱きつき、自身の体を最大限駆使してアリアの体をガッチリとホールドすることだった。

 

 アーちゃん可愛い超可愛いと連呼しつつアリアの体の至る所をペタペタと触りまくる白雪に、普段はダラダラしている白雪のいきなりの褒め言葉の嵐とやけに俊敏な動きにどう対処すればいいのかわからないためにたじたじのアリア。白雪の奇行の影響で、一瞬にして男子寮内には場違いなほどの百合百合しい空間が形成される。

 

 一方。台所にて。エプロンを装備したキンジは、男子にとって明らかに目に毒な光景を視界に入れないように、女子二人の甲高い声を右から左に聞き流すように努めつつ、夕食作りに取りかかる。

 

(……そういや、今日のユッキーはやけに積極的だな)

 

 俺とアリアを驚かそうと段ボール箱の中から登場してきたり、普段は絶対に着ない類いの服を着ていたり、アリアと若干(?)過剰なスキンシップを取ったりと、いつもはベッドや床でグテーとしているユッキーにしては珍しく行動的だ。何が原因なのだろうかと考えつつ食材を包丁で切り刻んでいると、キンジはふと一つの結論に至った。

 

 おそらく、ユッキーは神崎・H・アリアといういじり相手を存分にいじれる機会を得られたことがよほど嬉しいのだろう。だから今のユッキーはハイテンションなのだと。

 

 ユッキーは普段、愛でられる側だ。可愛いと美しいの中間にあると言える美貌に、心の奥深くまで染みついた怠惰精神に起因する、極度に面倒事を嫌う性格。見た目の完璧さと内面のダメダメさ。そのギャップが他の生徒に愛らしさやら母性本能やらを抱かせるために、ユッキーは武偵高生活においてかいぐりかいぐりされる立場にある。

 

 だが。そんな愛でられるポジションに甘んじているユッキーにも、Sに属する気持ちはある。俺がアリアをアーちゃん呼ばわりしていじった時に便乗したのがいい例だ(※5話参照)。ゆえに。いつも愛でられる側に落ち着いているユッキーが、たまには誰かを愛でる側に回りたいと考えていても何らおかしくはないのだ。

 

(強く生きろ、アリア……)

「あー、アリア。とりあえずユッキーと一緒に風呂に入ってくれないか? その間に夕食作っとくから」

 

 白雪の手によって作られた、男子にとっては少々居心地の悪い空間を破壊するため、キンジはアリアと白雪にお風呂に入るよう提案する。白雪に変な所でも触られたのか、「うにゃー!?」といった何ともネコっぽい悲鳴を上げるアリアへの助け舟の意味合いも込めたキンジの提案だ。

 

「――ん? どうして私も一緒になのですか? 別々でいいのではないのですか? さすがにバスルームにまで魔剣(デュランダル)の手が伸びているとは思えませんし」

「あー、いや。そういう意味じゃないんだが……ユッキーはな。風呂も結構めんどくさがるんだよ」

「……え?」

 

 キンジの言葉に疑問を抱いたアリアにキンジが白雪の性向の一つを伝えると、アリアは信じられないといった眼差しをキンジに向け、それを白雪へと移し、そして「マジですか……」と言わんばかりにガクッとうなだれた。

 

「……い、いくら極度のめんどくさがり屋だからといっても一応は女の子ですし、さすがにお風呂くらいは毎日きちんと入っているものと思っていたのですが……どうやら私の認識が甘かったみたいですね。……というか、ユッキーさんって巫女さんなんですよね? 巫女さんが身を清めないとか、どういうことですか? 職務放棄じゃないんですか?」

「だって、お風呂ってすっごく面倒なんだもん☆」

「……ユッキーさん。貴女、素材は一級品なんですからもっと積極的に自分磨きしましょうよ。ここで腐らせるなんてもったいないですよ」

 

 テヘッと言わんばかりの晴れやかな表情を浮かべる白雪にアリアは一瞬絶句する。しかし。その後すぐにハッと我を取り戻したアリアは、白雪の肩をペチペチと叩きつつ、抗議の眼差しで白雪を射抜く。しかし。白雪にはまるで効果が見られない。アリアの言葉の意味がイマイチよくわからなかったのか、「うー?」と首をコテンと傾げている。

 

「アリア。その辺にしとけ」

「ですが――」

「ユッキーと付き合う上で物を言うのは諦念だぞ」

「……むぅ」

 

 風呂が面倒で面倒で仕方ない白雪と、白雪に女性として毎日風呂に入ってほしいと考えるアリア。二人の間でどのような言葉が交わされようと、頑固さに定評のある白雪がアリアの主張を受け入れることはないとわかりきっているキンジは、アリアに妥協を求める。

 

 アリアはキンジの言葉に眉を潜める形で不満を顕わにしたが、すぐに引き下がった。白雪と割と長く付き合っている先達の言葉に、とりあえずは理解を示してくれたようだ。納得は一ミリたりともしていないようだが。

 

「ところで、ユッキーさんは今までどうしていたんですか? いくらお風呂に入るのが面倒だからといっても、いくらなんでも1カ月も1年もお風呂に入っていないなんてことはないですよね?」

「ッ! ま、まぁ――」

 

 アリアは相変わらず白雪に抱きつかれたままの状態で、キンジに疑問を投げかける。その問いに、急激に危機意識を感じたキンジはすぐさま当たり障りのない返答をしてこの話題をさっさと終わらせようとした。が、しかし。キンジが話す前に白雪が爆弾を投下した。

 

「うん。だってキンちゃんがお風呂に入れてくれるから」

「……はい?」

 

 瞬間。白雪が平然と口にした言葉により、空気が凍った。白雪がサラリと言い放った厳然たる事実にこれはマズいとキンジが顔を青くして硬直していると、アリアがギギギッとブリキ人形のようにキンジへと顔を向けてきた。アリアの真紅の瞳は、淀んでいた。

 

「……キンジ。これは、どういうことですか?」

「ア、アリア! これはだな――」

「もしやとは思いますが……ユッキーさんをお風呂に入れる度にユッキーさんの裸を見てきたのですか? 拝んできたのですか? 脳内フォルダに収めてきたのですか? それとも、それだけに飽き足らずR-18なことでもしてきたのですか? とんでもないヘンタイですね。まぁ、わかりますよ? ユッキーさん、だらけきった生活してる割には凄く女性として妬まし……ゴホン。素晴らしい体型を保持してますしね。出る所は出て、締まる所は締まってますしね。お風呂場でユッキーさん相手にキャッキャウフフな不純異性交遊に励む気持ちはよーくわかりますよ。ええ。わかりますとも」

 

 アリアはキンジの言葉を遮って、マシンガンのように言葉をぶつける。据わりきった真紅の瞳でキンジを射抜きつつ、絶対零度の声色でキンジをその場に縛りつけつつ、いつの間にか取り出していた白黒ガバメントを手に、一歩一歩キンジのいる台所へと近づいていく。ゆらりゆらりと幽鬼のごとく自身の元へと歩いてくるアリアの背後に、キンジは漆黒の鎌を振りかぶってニタァと凶笑を浮かべる死神を幻視した。

 

「ま、待て! ちょっと待て、アリア! とりあえず、まずは俺の言い分を聞いてくれ!」

「……せめてもの情けです。パートナーとして、一応聞いてあげましょう。フフフッ」

 

 少々の逡巡の後。アリアはガバメント二丁をしまうと、濁りきった瞳でキンジを見上げてくる。口角を吊り上げて笑い声を漏らす様がアリアの怖さを増長している。

 

 ひとまず、目の前のアリアは俺に少々の猶予を与えてくれたらしい。ならば、ここは慎重にいかなければならない。下手をすれば最近アリアの口から聞かなかった『風穴』の言葉とともに銃弾が放たれるかもしれないのだから。

 

 アリアはホームズの血を継ぐ人間だからか、直感が鋭い。ゆえに、この場でウソをつくことだけはしてはいけない。どれだけ巧妙なウソであろうと、直感という曖昧なモノの前では意味をなさない。容易く看破されてしまう。そうなれば俺のデッドエンドは確実なものになってしまう。そのため、ここで重要性を帯びてくるのは、いかに本当のことを言わずに、事実に触れずに、アリアに弁明するかだ。

 

 キンジは頭をフル回転しながらも、言葉を紡ぎ始める。興味津々といった表情でキンジとアリアを交互に見やる観客気分の白雪を羨ましいと心から思いつつ。立ち位置変わってくれと心の中で白雪に懇願しつつ。

 

「確かに俺は風呂さえ面倒だと言って全然入ろうとしないユッキーを風呂に入れた! だけど、俺はユッキーの裸は見ていない! 風呂に入る前にタオルでしっかり目隠ししたからな! もしかしたらチラッと目に入ったこともあったかもしれないが、それで断じてヒステリアモードになったりはしていない!」

「ん? ヒステリアモード? 何ですか、それ?」

「あ、いや、それはこっちの話。とにかく! 体もちゃんとユッキー自身に洗わせたから何も問題ない!」

 

 ついうっかりヒステリアモードのことを口にしてしまったキンジは、強引に話の内容を元に戻す。ただでさえ修羅をその身に宿すアリアという名の巨大爆弾を速やかに処理しなければいけない現状において、さらにヒステリア・サヴァン・シンドロームなどという新たな爆弾が投下される展開は何としてでも避けたいのである。

 

 ちなみに。白雪をお風呂に入れる際、諸事情により2、3回ほどヒスってしまったことがあったりするのはキンジだけの秘密だ。その時の紳士なキンジと白雪とのお風呂タイムに関しては凄まじくカオスだったが辛うじて18禁な展開にはならなかったとだけ記しておこう。

 

「体を洗わせたって……まさか、それまでキンジの為すがままに任せようとしていたのですか、ユッキーさんは!?」

「そのまさかだ。そういう奴なんだよ、ユッキーは。とりあえず、こいつは妹だとか家族だとか血が繋がってるんだとか、俺はユッキーの介護者だとか保護者だとか世話係だって無理やり思い込んでユッキーを風呂に入れてるから、アリアが考えてるようなことは起こってないぞ。今じゃ単純作業として、それこそ風呂嫌いなペットを無理やり風呂に入れる感覚でユッキーを風呂に入れてるぐらいなんだからな」

 

 濁りきった真紅の瞳に呆れという名の光を取り戻したアリア。キンジはこのチャンスを逃すまいと、畳みかけるように言葉を重ねていく。今も昔も、いつだって生き残るのは好機を逃さなかった者だけなのである。

 

「……ウソをついてるようには見えませんし、まぁいいでしょう」

 

 アリアは「ふぅ」と軽く息を吐くと、禍々しいことこの上ない邪悪なオーラを取り払う。どうやら最悪の展開からは何とか逃れられたようだ。これで首の皮が繋がった。キンジは内心で安堵のため息をついた。

 

「そういうわけだから、頼んだぞアリア。いくら俺とユッキーが一緒に風呂に入った際に何も問題が起こってないとしても、年齢が年齢だし、恋人関係でもない男女が一緒に風呂に入るのはやっぱりマズいだろ。主に世間体的に。だから、今日みたいにアリアがいる内はアリアに任せたいんだ」

「わかりました。そういうことなら、引き受けましょう。これから私が毎日ユッキーさんをお風呂に入れることにします」

「よろしく頼む」

「えー」

「えー、じゃありません。この際ですし、ユッキーさんにはお風呂の魅力の虜になってもらいますよ。そうならなかったとしても、最低限、自ら進んでお風呂に入ろうと思える人間になってもらいますからね」

 

 キンジの頼み事を請け負ったアリアは白雪の両手首を掴むと、そのままズルズルと白雪を脱衣所へと引きずっていった。最悪の事態を回避するためにゴリゴリと精神をすり減らしたキンジは、アリアと白雪の姿が見えなくなると同時に夕食作りを一旦中断し、「危ない所だった……」とソファーに深く腰かけたのだった。

 




キンジ→白雪と一緒に複数回お風呂に入ったことのあるリア充。
アリア→久々にその身に修羅を宿した少女。焼きもちですね、わかります。
白雪→お風呂さえもめんどくさがる怠惰少女。お風呂の件は彼女なりのアピールなのかもしれないが、真実のほどは定かではない。

 ここのキンジくんが原作の比にならないくらいにユッキーとのおいしい展開を体験している件について。よし。キンジくん、ちょっと一回爆発してみようか? 大丈夫、痛いのは最初と途中と最後だけだから、ね?

 あと、本編を読み終えた今、もう一回前書きのセリフを読んでみたら別の意味で楽しめるかもしれません。リア充爆発しろと思っている方々にとっては特に。


 ~おまけ(その1 キンジの脳内シュミレート)~

アリア「……キンジ。これは、どういうことですか?」
アリアが今まさに修羅と化そうとしている! どうする、俺!?

 ――脳内シュミレート開始。

 全力でDO☆GE☆ZA!
 東京湾DIVEでTO☆U☆SO☆U!
 咄嗟のI☆I☆WA☆KE!
→笑ってGO☆MA☆KA☆SU!

キンジ「――テヘッ♪(←ペコちゃん風に)」
アリア「とりあえず一旦死にましょうか、キンジ。あと、その笑みは凄くムカつきます(ズガガガガガガガガン! ←風穴祭り・初夏の陣!)」

キンジ「(これはやっぱダメだよな、さすがに……)」

 全力でDO☆GE☆ZA!
→東京湾DIVEでTO☆U☆SO☆U!
 咄嗟のI☆I☆WA☆KE!

キンジ「――今だッ!(←ベランダへダッシュ)」
アリア「逃げられると思っているのですか?(ズガガガガガガガガガガン!! ←豪華絢爛・風穴フェスティバル!)」

キンジ「(アリアに背を向けて逃げられるとは思えない。となると……)」

→全力でDO☆GE☆ZA!
 咄嗟のI☆I☆WA☆KE!

キンジ「すいませんでしたぁぁぁぁぁああああああああああああああああッ!!(←土下座ッ!)」
アリア「認めましたね、このヘンタイ!(ズダダダダダダダダダダダダダダダッ!! ←絶対必中・風穴百連発!)」

キンジ「(こ、これもダメなのか!? 土下座してもアウトなのか!? じゃあもう言い訳するしか選択肢ないじゃんか!?)」

→咄嗟のI☆I☆WA☆KE!

キンジ「ま、待て! ちょっと待て、アリア! とりあえず、まずは俺の言い分を聞いてくれ!」

 ――脳内シュミレート完了。この間約0.1秒。


 ~おまけ(その2 その後の小ネタ:バカテス風)~

 翌日。放課後。

キンジ「(……ふぅ、昨日は危うくアリアに殺されかける所だった。どうにか収まってくれてホントに助かった――)」
YYY団員A「いたぞ! 遠山キンジだ!」
YYY団員B「取り押さえろ!」
YYY団員D「決して逃がすな!」
キンジ「はぁ!? ちょっ、何だよお前ら――」
YYY団員C「Behave yourself!(←キンジの鳩尾に鋭く重い拳撃を打ちこむ外人の団員)」
キンジ「――グハッ!?(←気絶)」

 ◇◇◇

キンジ「……ぅ(ここ、どこだ?)」
YYY団員A「起きたか、異端者:遠山キンジよ」
YYY団員E「ではこれより、異端審問会を始める」
キンジ「……異端、審問会? 何だ、それ?」
YYY団員F「被告、遠山キンジは聖女の生まれ変わりとして名高いユッキーこと星伽白雪様のどこまでも整った美しい裸を、どこぞの絵画や像を遥かに凌ぐ神秘的な彼女の裸を、彼女を風呂に入れるという名目の元で凝視! 視姦! 撮影! そして、己の欲望の赴くままに彼女を犯した! 被告、遠山キンジのユッキーの初めてを奪い、純潔を穢した所業の罪は果てしなく大きい!」
キンジ「なッ!? なんでお前らが風呂のこと知ってんだよ!? つーか、それは誤解だ! 俺はユッキーの裸を凝視も視姦も撮影もしてないし、ましてや犯してもいな――」
YYY団員C「Shut up! Kinzi Touyama!」
キンジ「――あ、はい、ごめんなさい(な、何なんだよ、あの英語の奴!? 色々と威圧感が凄まじいんだけど!?)」
YYY団員B「本来であれば、断罪人:A☆RI☆A様が罪深き遠山キンジに私刑を執行することで事なきを得るはずであった! それにより我らの溜飲も下がるはずであった!」
YYY団員G「が、しかァし! 断罪人:A☆RI☆A様がこの件を不問としたため、我ら、『ダメダメユッキーを愛でる会』の派生組織、『ユッキーに手を出す輩は断じて許すまじ団』が異端審問会の元、断罪人に代わって判決を下す!」
YYY団員A「裁判長! 判決を!」
YYY団裁判長「判決、死刑ッ! 『リア充爆発しろ』の刑に処す! 野郎どもォ! 殺っちまええええええええええ!!」
YYY団全員「「「「ヒャッハー!! 死ねぇぇぇええええええええええええ!! 遠山キンジぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!」」」」
キンジ「おいいいいいい! 何だよ、そのふざけた刑は――って、ぎゃぁあああああああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 ……その後。変わり果てた姿と化した遠山キンジが男子寮前で見つかったとか。


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39.熱血キンジと一つの決意


 どうも。ふぁもにかです。ここ最近は面白いように執筆意欲が湧いてきているので、その影響で更新速度が少々速くなっております。ここ一週間、執筆時のBGMにしてるセイクリッドセブンのOPの効能ですね、わかります。

 それにしても、第二章が始まってからこれで6話目なのに(突発的番外編は除く)、まだ第二章開始から時系列が1日も経っていない件について。この分だと、厨二ジャンヌちゃんとのバトル回はいつになることやら……。



 

 そして。白雪の歓迎の意を込めて普段より少々豪華な夕食を作り終えたキンジが、風呂上がりのアリア&白雪とともに夕食を食べ終えた後。季節外れ感の凄まじいサンタクロースのコスプレ衣装からいつもの白と赤を基調とした巫女装束に戻った白雪がへにゃ~とソファーに寝転がってテレビ番組を眺めている中、アリアは脚立を使って天井にせっせと監視カメラを仕掛け始めていた。キリキリ動くアリアにだらける白雪。非常にわかりやすいアリとキリギリスの構図である。

 

 普段から掃除に励んでいるために、既にキンジの家の部屋の数やら家具の配置やらを網羅しているアリアは、決して監視カメラに映らない死角を作らないよう真剣に考えてから、いくつもの監視カメラを設置している。監視カメラを一つ取りつける度に部屋をグルリと見渡し、それから次の監視カメラの取りつけ場所について時間をかけて熟考している辺り、アリアの今回のユッキー護衛依頼への真剣度が伺えるというものだ。

 

 キンジは三人分の食器を洗いつつ、グイーッと目一杯に背伸びをしてどうにか天井に監視カメラを仕掛けているアリアの姿を緊張感の欠片も感じられない温かい眼差しでただただ眺める。

 

 キンジの心境としては、子供に『はじめてのおつかい』を頼み、よちよちとした足取りながら、しっかりと買い物を済まそうとする子供を見守る母親の気分だったりする。時々、バランスを崩してそのまま脚立から落ちそうになる所が何とも危なっかしいのだ。尤も、強襲科(アサルト)Sランク武偵の一人たるアリアならば、例えバランスを崩して床に盛大に転びそうになったとしても、とっさに体勢を立て直して見事に着地してみせることだろうが。

 

――もちろんです! 絶対に魔剣(デュランダル)をおびき寄せて捕まえて星伽さんの身の安全を確保してみせます!!

 

 と、そこで。キンジはふと、白雪護衛依頼を快諾した時のアリアの言葉を想起する。キンジ自身や綴先生が若干引くほどのアリアの並々ならぬ意気込みを思い出す。

 

 そういえば、綴先生の口にした魔剣(デュランダル)の言葉にピクリと反応を示していたけど、アリアは何かあの都市伝説レベルの存在と化している正体不明の誘拐魔についての情報を独自に持っているのだろうか?

 

「……ところでさ、アリア。お前、魔剣(デュランダル)って言葉に反応してたよな? 何か因縁でもあるのか?」

「はい。大ありですよ、キンジ。魔剣(デュランダル)はお母さんに濡れ衣を着せたイ・ウーの一員です。奴を捕まえればお母さんの刑期を635年まで縮めることができますし、上手くいけば高裁への差戻審も勝ち取れるかもしれません。何せ、魔剣(デュランダル)を逮捕すれば、お母さんを捕まえる際の理由とした罪の内、武偵殺しの件と魔剣(デュランダル)の犯した107年分の罪の件でお母さんを誤認逮捕していることを証明できるわけですし。それだけの冤罪を晴らせれば、やり方次第では『もしかしたら神崎かなえの罪は全て冤罪なのではないか?』との疑いを検察サイドに持たせることさえもできるかもしれません」

 

 手早く食器洗いを終わらせたキンジは、床に無造作に置かれてあった監視カメラを拾って脚立の上に立つアリアに手渡しつつ、ふとした疑問をぶつけてみる。すると。アリアは真紅の瞳をキリッとさせながら、魔剣(デュランダル)と神崎かなえとの関係性を、そして魔剣(デュランダル)逮捕の重要性を明かしてきた。

 

「なるほどな。それでこの入れ込みよう、か」

「はい。この好機をみすみす逃すわけにはいきませんからね。峰さんは逃してしまいましたが、次こそは確実に捕まえてみせます」

 

 アリアは決意の炎を真紅の瞳に宿し、両手でギュッと力強く拳を握る。アリアは魔剣(デュランダル)の魔の手からユッキーを守り抜くと同時に、ユッキーをエサに、どうにかして魔剣(デュランダル)を引きずり出して捕まえたいと考えているのだろう。

 

 アリアの母親が関わっている以上、アリアの気持ちはよくわかる。わかるのだが、実際にいくつか派手な事件を起こした武偵殺し:峰理子リュパン四世と違って、超偵狙いの誘拐魔:魔剣(デュランダル)についての話はあまり聞かない。だからだろうか。俺にとっては、どうにも魔剣(デュランダル)の実在についての実感が湧かないでいる。

 

「……それにしても、ホントに魔剣(デュランダル)っていう、いかにも厨二病をこじらせた奴が自分から名乗り上げたみたいな痛い名前の奴がいるもんなのか?」

「います。というより、いないと私が困ります。それに、火のない所に煙は立たぬと言いますからね。いくら都市伝説レベルの存在だとしても、魔剣(デュランダル)の名前が知れ渡っている以上、実在してるものと考えて行動しておいた方がいざという時のためになると思いますよ?」

 

 魔剣(デュランダル)の実在についての疑問を正直に口にしたキンジは、アリアの意見に「それもそうか」と素直に納得した。

 

 確かに、もしも魔剣(デュランダル)が本当に実在していないデマの犯罪者ならば、そもそも名前すら広まることはないだろう。例え噂レベルであってもその存在がまことしやかに囁かれていて、さらには超能力捜査研究科(SSR)の予言や諜報科(レザド)のレポートにおいて魔剣(デュランダル)の実在が示唆されている以上、ここはアリアの言う通り、魔剣(デュランダル)が現に暗躍していることを前提に行動した方が良さそうだ。

 

「というか、そもそも厨二病をこじらせたような痛い名前なら武偵殺しも似たようなものだと思いますけど?」

「いやいや、武偵殺しはまだマシな方だろ。読み方が『ぶていごろし』のままなんだしさ。それに比べて、魔剣(デュランダル)の方は魔剣と書いてデュランダルと呼ぶって感じのフリガナついてるじゃねぇか。これって、いかにも魔剣(デュランダル)を名乗る張本人が色々と試行錯誤して、あれこれ考え抜いた末に生み出した厨二ネームだと思わないか?」

「……そう考えてみると、確かに痛いですね。憐れにさえ思えてきますよ」

 

 キンジとアリアは魔剣(デュランダル)を名乗っているであろうイ・ウーの一員の姿を想像し、そしてほぼ同じタイミングで「うわッ」と言いたげに顔を手で覆う。

 

 キンジの脳内では、漆黒の大剣を掲げて「我は魔剣(デュランダル)なり!」と高らかに叫んでいる上半身裸の筋骨隆々の身長2メートル強の強面中年男性の姿が想像されていた。一方。アリアの脳内では、「やぁ。僕は魔剣(デュランダル)だよ」と歯をキラーンと輝かせて名乗ってくる、見目は麗しいのだが全身から凄まじいほどのかませ犬臭を醸しだす無駄にメルヘン思考な青年の姿が想像されていた。

 

 もしもキンジとアリアの偏見にまみれた魔剣(デュランダル)像を当の本人が知ったならば、その精神に深刻なダメージを喰らっただろうことは想像に難くない。

 

「……つーかさ。これ、マジで本人が自分から名乗り出した名前なのか? 何か、段々信じられなくなってきたんだけど」

「んー。私はそう思ってますけど、他人に付けられた呼び名の可能性も無きにしも非ずですね。……まぁ、案外嫌がっていたら面白いかもしれませんね。もしもそうだったら、会い次第、事あるごとに魔剣(デュランダル)って連呼してやりましょうか。そして、嫌な名前で呼ばれた影響で注意力が散漫した所を狙って奇襲を仕掛けて、パパッと逮捕する……ん。これ、中々アリですね」

 

 アリアは両手を腰の部分に当てると、ニタァといかにも凶悪そうな、いじめっ子特有の笑みを浮かべる。その笑みは、とても冤罪で自由を奪われている人を母親に持つ被害者の浮かべる類いのものではない。

 

「……何か、凄く姑息な戦い方だな」

「仕方ないでしょう。何たって、相手はイ・ウー所属の犯罪者です。存在自体が疑われてるぐらいですから私の持つ魔剣(デュランダル)に関する予備知識も全然期待できませんし、それくらいのことをしなければ、返り討ちに遭いかねません。底の知れない相手に正々堂々なんてバカのやることです。より少ない労力で目的を達成できるのなら、それに越したことはないのですよ、キンジ」

「……まぁ、確かにな」

 

 アリアはキンジの率直な感想にやれやれと言わんばかりに肩をすくめると、柔らかな声音かつ上から目線でキンジを諭しにかかる。イメージとしては出来の悪い生徒に手取り足取り勉強を教える女教師といった所か。

 

 少しアリアにバカにされた気がしたキンジは少々ムッとしたが、アリアの発言は全くの正論なのでとりあえず同意することにした。尤も、「うむ。それに越したことはないのだよ、キンちゃん」と大仰な口調でアリアと同じ言葉をぶつけてくる白雪には遠慮なくチョップを放つのだが。

 

 アリアは以前、武偵殺し:峰理子リュパン四世との戦いで首に怪我を負っている。結局はほんの数日大事を取って入院する程度の怪我で済んだが、下手したら首を小太刀で貫かれて殺されていた可能性だって考えられたのだ。それゆえ、実際に殺されかけた側のアリアが魔剣(デュランダル)逮捕に関して少々過剰なまでに慎重になるのも無理はない。

 

(まっ、魔剣(デュランダル)にせよ何にせよ、ユッキーを狙ってる奴が実際にいるってんならこのままただじゃ終わらないのは確実だな。ましてや、イ・ウーが関わってるのなら尚更だ。いざ戦うって展開になったら絶対に一筋縄じゃいかないだろうし……これは気合い入れていかないとな)

 

「……やってやる」

 

 キンジはペチペチと自身の両頬を軽く叩くと、誰にも聞こえない程度の声量で覚悟を口にした。今回の白雪護衛の任務においての自身の気持ちを引き締めるために小さな声で意気込みを顕わにした。

 

 

『キャウントダウンTVをご覧の皆さん、こんばんはぁ~! ヒルちゃんでーす☆』

[え、えと、エルちゃんです]

『二人合わせて【SHINING☆STAR(シャイニング☆スター)】でーす!』

[です]

[え、えと、今回、私たちの新作が2009年4月20日にリリースされました]

『はい、拍手☆ イエーイ!(←パチパチパチと拍手しながら)』

[イ、イエーイ(←同じくパチパチパチと拍手しながら)]

『で、今回あたしたちが歌う新曲のテーマはズバリ、初恋! 年頃の女の子の揺れ動く心を歌っちゃうよ!』

[初恋がテーマですけど、爽やかな曲調なので、皆さん聞きやすいと思います]

『では、聞いてください☆ 【SHINING☆STAR】で【ギフト】!』

 

 そんな中。ふと白雪の見ているテレビから女子特有のきゃぴきゃぴした声が響く。何となくキンジがテレビ画面に視線を移すと、そこには金髪ツインテールのいかにも快活そうな少女とうなじを隠すか隠さないかといった程度の茶褐色の髪の大人しめの少女が煌びやかなステージで明るく歌う姿が放映されていた。

 

 ユッキーが「おおおおお!! ヒルちゃんエルちゃんだぁ! ま、まさかキャウントダウンTVに出てるなんて! 急いで録画しないと!」と、テレビに釘づけになりつつ、興奮した様子でリモコンを操作をしていることから、それなりに有名な歌手なのだろう。属性的にはアイドルユニットといった所か。

 

 終始活発系のヒルちゃんとやらと比較的大人しめのエルちゃんとやらの二人組は中々にバランスが取れているようにキンジには感じられた。と、そこで。キンジはアリアも白雪と同様に、テレビで歌声を披露する【SHINING☆STAR】とやらに目線を固定させていることに気づいた。

 

「アリア、どうした? そんな眉寄せて」

「いえ。大したことじゃないんですけど……あの子、確かエルちゃん、で合ってますよね? ……何だか、あの子を見た瞬間にこう、ビビッときたのですが、今のは一体――」

「ッ! アーちゃんはエルちゃん派なの!? エルちゃん可愛いよね! あ、でも私はヒルちゃんもエルちゃんも大好きだよ! 両方いけるよ! 二刀流だよ!」

 

 エルちゃんとやらを凝視して違和感に首を捻るアリアに、大好きな歌手が歌っているためにやたら興奮している白雪が喰いつくも、【SHINING☆STAR】の晴れ舞台を目に焼きつけようと、すぐに視線をテレビ画面へと戻す。

 

 結局。【SHINING☆STAR】が歌っている間、終始エルちゃんを見つめつつ、どうにかして違和感の正体を掴もうと唸り続けるアリアであった。

 




キンジ→今回の白雪護衛依頼に関して気合いを入れた熱血キャラ。
アリア→魔剣(デュランダル)確保のため、キンジの家に監視カメラを仕掛けるアリポジションの少女。直感により、エルちゃんに対して何らかの違和感を感じている。また、以前のりこりんとの戦闘で負傷した影響で、『いのちだいじに』思考に陥っている。
白雪→アイドルユニット【SHINING☆STAR】の熱狂的なファンたるキリギリスポジションの怠惰少女。
ヒルちゃん→突如、アイドルに目覚めた例のあの子。芸能界向きな性格をしている。パパには内緒で活動している。
エルちゃん→突如、アイドルに目覚めた例のあの子。大人しめの性格をしている。本業との両立にちょっと苦労している。

 とりあえず、キンジとアリアの中では魔剣(デュランダル)は痛い奴確定です。まぁ、実際にここのジャンヌちゃんは重度の厨二病患者で手に負えない痛い娘なんですけどね(笑)


 ~おまけ(ネタ:もしもアリアがSEKOMUしまくっていたら)~

キンジ「で、結局どの辺に監視カメラ仕掛けたんだ?」
アリア「えーと、まずリビングに3つ。台所に1つ。脱衣所に1つ。バスルームに1つ。玄関に2つ。廊下に1つ。各小部屋ごとに2つ、といった所でしょうか」
キンジ「全部で17個か。結構仕掛けたな。お金とか大丈夫なのか?」
アリア「はい。金銭面ではまだまだ余裕ありますしね。あ、あと、玄関とリビング前にそれぞれ2、3個ずつ地雷を仕掛けました」
キンジ「……え?(←目をパチクリ)」
アリア「他には、正確な手順を踏まずに電気をつけようとした人が致死量レベルの電撃を喰らって感電するよう電極をちょいといじりましたし、怪しげな動きで廊下を通る者を感知したら上から1.5トン相当の墓石が落ちてくるよう設計しましたし、ついでに床のスイッチを踏んだら前後左右から銃弾とナイフが放たれるよう部屋を改造しましたし、あとは……(←指折り数えつつ)」
キンジ「ちょっ、アリア!? どんだけ罠仕掛けてんだよ!? それはさすがにSEKOMUし過ぎじゃないか!? 要塞化し過ぎじゃないか!? あれか!? 俺の部屋をからくり屋敷にでもするつもりなのか!? つーか、それ下手したら俺や白雪がアリアの罠に引っかかるかもしれないじゃねぇか!? 洒落にならねぇぞ!?」
アリア「おかしなことを言いますね、キンジ。そんなことあるわけが――」
??「みぎゃああああああああああああああ!?(←轟く悲鳴)」
キンジ&アリア「「ッ!?(←悲鳴の元に駆け寄る二人)」」

 廊下に倒れる白雪を発見する二人。肝心の白雪の体からはプスプスと煙が上がっており、巫女装束もボロボロとなっている。返事がない、ただの屍のようだ。

キンジ&アリア「「……」」
キンジ「……アリア。罠を撤去しろ。今すぐに」
アリア「……了解です」

 かくして。SEKOMUは一人の犠牲を契機として解除された。


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40.熱血キンジと夜の一幕


キンジ「こ、これが機関(エージェント)の罠なのか……!?」

 はい。というわけで……どうも、ふぁもにかです。今回、前々から一度はやってみたいと思っていた『熱血キンジと冷静アリア』での連日投稿、ついにやってのけましたよ! イエーイ! やったね、私! よくやった、私! ……まぁ、更新速度早めのハイペース投稿はおそらく今日で打ち止めでしょうけどね。

 ところで。今回の話はぶっちゃけ外伝レベルの話で、本編とはほとんど関係のない類いの内容なので、見なくてもそれほど影響はありません。なので、時間にあまり余裕のない方々はスルーしてもらっても大丈夫ですよ。

 というか、今回で何気に40話目ですよね。この『熱血キンジと冷静アリア』も結構話数が増えてきましたねぇ……。



 

 遠山キンジという人間は普段、夜更かしというものを滅多にしない。朝4時きっかりに起床して日々キンジ特製のマル秘特訓メニューをこなすキンジだが、別に寝坊や二度寝と縁遠い、低血圧からかけ離れた人間ではないのだ。そのため、朝4時に確実に起床するために夜10~12時の範囲内に就寝するように努めるのは至極当然のことと言えよう。

 

 さて。そんな強襲科(アサルト)を専攻する武偵の割にはかなり規則正しい早起き生活を実践するキンジ。しかし。今日は少々事情が違っていた。

 

(どうしようか、これ……)

 

 真っ暗な部屋の中。二段ベッドの下段を使用しているキンジは布団に体を投げ出したまま腕を組む。何度か寝返りをしつつ、自身を取り巻く現状にむむむと眉を潜める。

 

 現在時刻は午前1時半。そう。今日のキンジはなぜか眠れないのである。

 なぜだか午前1時に目を覚ましてしまったキンジは、まぁこんな日もあるかと、特に深く考えずに再び目を瞑った。当初はそのままジッとしていればいつの間にか眠りに就くことだろうと高を括っていたキンジだったが、これが一向に眠れない。眠気が襲ってくるどころか、時間が経つにつれてますます意識が覚醒していく。

 

 どうしたものか。キンジは仰向けの体勢のまま、腕を組み直して思考にふける。眠気が全く襲ってこない以上、ベッドに寝転がるだけ時間の無駄だと判断していつものマル秘特訓メニューを前倒しして行うか。それとも、直に寝ることができるだろうとの期待を胸にもう少しだけ寝転がった状態で粘ってみるか。キンジはすっかり覚醒しきった思考回路を使って、どの選択肢を支持したものかと考えを巡らせる。

 

 いきなり今まで長いこと続けてきた生活リズムを崩せば、日中の生活の中のどこかで体の不調が生じるかもしれない。いつ魔剣(デュランダル)が白雪の誘拐を仕掛けてくるかわからない以上、せめて体調だけは整えておきたい。しかし。だからといって、こうして睡眠状態に移行できないにも関わらず、ただただベッドの上で無為に時間を潰すことが良策とも思えない。

 

「ん……」

 

 キンジが思案顔で考えていると、ふとアリアの動く気配を察知した。アリアはハシゴを使って二段ベッドの上段からゆっくりと床に降りると、おぼつかない足取りでトテトテと二段ベッドから離れていく。キンジもアリアも白雪も豆電球がついていないと眠れないという属性を持ち合わせてはいないために部屋は真っ暗なのだが、それでもキンジがアリアの一挙手一投足を正確に把握できる辺り、強襲科Sランク武偵の気配察知能力の高さの一端が伺えるというものだ。

 

 とりあえず、半分夢の中にいるような状態でポテポテと歩くアリアの様子から、トイレにでも行ったのだろうとキンジはテキトーに予測して、ふと上を見やる。 

 

(たまには夜空の下での特訓もいいかもな。この辺って立地の割には星が綺麗だし)

 

 結局。このまま寝転がったまま朝を迎えるくらいなら少しくらいマル秘特訓メニューを前倒しにした方がいいだろうとの結論に至ったキンジは、アリアが布団に戻って再び深い眠りに就いた時を見計らって外へと繰り出すことにして、その時をただジッと待つ。その選択が大きな間違いだったことをキンジが悟るのはちょうど一分後のことである。

 

「ん、ぅ……」

 

 トイレを済ませたらしいアリアは何とも可愛らしい仕草で目をゴシゴシとこすりながら二段ベッド内の布団に顔から飛び込み、そして潜り込む。そして。スゥと小さく息を吸うと、そのままものの数秒で深い眠りに落ちていった。――なぜか、キンジの右隣で。

 

「……へ?」

 

 キンジは硬直した。全く予想だにしない展開に思わず困惑に満ちた声が漏れた。キンジの眠るベッドにアリアがいる。キンジの右隣から小柄な女の子の確かな体温を感じる。男と女が一つのベッドを共有している。まさかの現実を少しずつ噛み砕くようにしてようやく理解したキンジはピシリと石像のごとく固まった。

 

(待て待て待てェ!? 何この状況!? 何なんだこの状況!? 何がどうしてこうなった!?)

 

 キンジは心の中で疑問を声高に叫ぶ。その場で頭を抱えたい衝動を抑えて、内心で動揺の気持ちを存分に顕わにする。

 

 大方、アリアは寝ぼけてキンジの布団の中に潜り込んだのだろう。それだけならまだしも、今のアリアはキンジを自身の愛用している抱き枕(1.5メートルサイズのレオぽん)と間違えているのか、思いっきりキンジを抱きしめている。キンジの背中に両手を回してガッチリとホールドしている。さらには時折頬ずりまでしてくる始末である。キンジの体温がアリアにとって心地いいのか、アリアの表情は徐々に安らかなものへと変わっていく。

 

(マズい。これはマズい。俺の命がマッハでヤバい)

 

 一方。キンジは内心で冷や汗タラタラだった。ダラッダラだった。その表情もアリアが浮かべているような安らかなものとはかけ離れたものとなっていた。

 

 幸い、アリアは小学生を彷彿とさせる幼児体型のため、アリアに抱きつかれた影響で、今のキンジがヒステリア・サヴァン・シンドローム(通称HSS)になる心配はない。女性を最大優先事項に据えるヒステリアモードに移行し、普段のキンジの意思に反して、隣に眠るアリアの頭を優しく撫でたり勝手に腕枕を敢行したり決め顔でアリアの寝顔を見守ったりする心配はない。

 

 だが。もしもこのままアリアに身動きを封じられた状態で朝を迎えて、アリアが目覚めればどうなるか。キンジは数時間後に自身がたどるであろう未来を想像して、青ざめる。

 

 俺のベッドに潜り込んできた時、完全に寝ぼけていたであろうアリアはよもや自分から俺のベッドにやって来たとは決して思わないだろう。公然と衆人に向けて言うことこそないものの、内心では今も俺をヘンタイ認定しているアリアのことだ。俺がアリアのベッドに潜り込んだと勘違いして、俺の言い分を聞く前に即刻風穴を開けようと襲ってくるであろうことは目に見えている。火を見るよりも明らかだ。

 

 冷静さを保ったままのアリアとの模擬戦ならまだしも、修羅を纏ったアリアとのデスマッチは、ロボットバトルジャンキーレキ(略してRBR)との異名を持つレキとの対戦(命懸けの逃走劇)を想起してしまうために、キンジにとって怒り狂った修羅アリアとの武力衝突はゴメンなのだ。

 

(考えろ、遠山キンジ! 現状を切り抜ける最良の策を! 明るい未来を迎えるための起死回生の一手を!)

 

 ゆえに。決してアリアが起きないよう、キンジは微動だにしないように心掛けつつ、どうにかして起死回生の策を閃こうと必死に脳をフル回転させる。それと並行して、キンジは視線だけを部屋の至る所に移して、何か現状を打開するために使えそうなモノを捜索する。相変わらず部屋は真っ暗なのだが、ある程度目を開け続けていたために、キンジの目はもはや暗闇特化のネコ目仕様と化している。そのため、モノの捜索くらいは容易にできる。

 

 己の生存のため、明日を掴み取るため、キンジが懸命に視線をさまよわせていると、ふとキンジの視線があるモノを射抜く。そのモノは目一杯手を伸ばせば何とか届きそうな場所に鎮座している。と、その時。普段の行いが良かったのか、スッとキンジの脳裏に天啓が舞い降りた。

 

(――これだッ!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ん? 朝ですか……」

 

 チュンチュンといった数匹の小鳥のさえずりが鼓膜を優しく揺すり、朝日がカーテンの隙間から差し込んでくる中。アリアはムクリと起き上がる。所々自己主張の激しい寝癖が見られる辺りがアリアの可愛さを補強している。

 

「6時、ですか。いつもより少し早いですが、そろそろ起きますか」

 

 ボーッとした思考の中。掛時計を見やり、現在時刻を確認したアリアはクッと大きく背伸びをすると、「……そろそろ抱き枕卒業を視野に入れた方がいいかもしれませんね」などと、ベッドをジーッと見やりながら呟き、そしてベッドから離れていく。顔を洗って自身の意識をシャキッとしたものに変えるために洗面所へと向かっていく。

 

(レ、レオぽんのマスクがあって、助かった……)

 

 そんな中。アリアが起きる瞬間まで微動だにしないという苦行を成し遂げたキンジは「ふぅ」と息を吐く形で緊張を解いた。キンジの取った作戦、それは端的に表現するならば、キンジ自身がアリアの愛用するレオぽんの抱き枕に擬態するというものだった。

 

 レオぽんの抱き枕に擬態するといっても、キンジが取った行動は精々手の届く範囲ギリギリに置かれてあったレオぽんのマスクを被るだけといういかにもお粗末なもの。それゆえに。万が一にもアリアがベッドの抱き枕を見やる動作をした時の、寝起きのアリアの判断力の低さに依存した作戦だったのだが、どうやら天はキンジの味方をしてくれたようだ。

 

 ところで、なぜレオぽんにさほど興味を示していないキンジがレオぽんのマスクを持っていたのかというと、それは去年の夏休みの出来事に起因する。

 

 当時、『ラブリーりこりん♡のビビりな性格克服プロジェクトsecond season』という名のふざけ半分の企画が1年A組の有志たちの手によって設立された際に(※キンジは巻き込まれる形で参加した)、現在進行形でキンジが被っているレオぽんのマスクがこれでもかと言わんばかりに活用されたのだ。

 

(……あのプロジェクトの始動中に成り行きで買ったレオぽんのマスクが、まさかこんな所で役に立つとはな。ホント、人生ってわからないなぁ……)

 

 今まで被っていたレオぽんのマスクを取ったキンジは、妙に達観したことを考えつつ、安堵にホッと肩を下ろした。かくして。この日、キンジはどうにか一つの危機を乗り越えたのだった。

 

 ちなみに。その後、何か魔剣(デュランダル)の手がかりが映っていないかと部屋に仕掛けていた監視カメラの映像を確認したことにより、前日の夜に自分が何をしでかしたのかを知ったアリアが顔を真っ赤にさせたのはまた別の話である。

 




キンジ→幼児体型とはいえ女子に抱きつかれて一夜を明かすという滅多にない経験をしたリア充。
アリア→未だに抱き枕がないと安眠できないという、何とも子供っぽい一面を持つ子。

 とりあえず、『ラブリーりこりん♡のビビりな性格克服プロジェクトsecond season』の内容については読者の皆さんのご想像にお任せします。今の所は細かく描写する気はありませんので。ひとまず、ハチャメチャな結果に終わったとだけ言っておきます。


 ~おまけ(その1 ネタ:もしもキンジの布団に無意識に潜り込んだのがアリアじゃなくてユッキーだったら)~

白雪「……ん、ぅ(←モゾモゾとキンジのいるベッドへと体を潜らせる白雪)」
キンジ「(待て待て待てェ!? 何この状況!? 何なんだこの状況!? 何がどうしてこうなった!?)」
キンジ「……(←落ち着きを取り戻した後、主に数時間後に起こり得る未来について思考するキンジ)」
キンジ「(……まぁ、いいか。ユッキーなら朝起きて早速俺の顔が至近距離にあっても取り乱すことはないだろうし、アリアにはユッキーが寝ぼけただけだと正直に説明すればすんなり納得しそうだしな。うん、何も問題ない)」
キンジ「ふ、ぁ……(あ、安心したら何か眠くなってきた。俺も寝るかぁ……)」

 何とも平和だった。


 ~おまけ(その2:ジャンヌの独り言ダイジェスト 副題:ジャンヌ・ダルク30世は見た!)~

 東京の某ネットカフェにて。

ジャンヌ「ふむ。これでよし、と(←パソコンで何やら操作しつつ)」
ジャンヌ「クククッ、これで星伽ノ浜白雪奈の姿は公私に関わらず常に我に捕捉され続けるというわけだ。あとは機を見て接触を持てばいい。フッ、よもや、我が既に遠山麓公キンジルバーナードの部屋に超小型監視カメラ&盗聴器を仕掛け終えているとは誰も夢にも思うまい」
ジャンヌ「我を舐めるなよ、遠山麓公キンジルバーナード、神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ。たかが強襲科(アサルト)Sランク武偵ごときが、我のイ・ウーへの勧誘対象を守り抜けると思ったら大間違いだ。何せ、貴様らの行動なんぞ、全て我に筒抜けなのだからな! フフフッ、ハァーハッハッハッハッハッハッハッ!(←勝ち誇った笑みで)」
ジャンヌ「……クククッ。まぁ、女神の祝福を受け、さらに聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・クライダ・ヴォルテール、略してデュランダルの加護を受けし我の手にかかれば、こんなものか」
ジャンヌ「それにしても、何という締まりのない顔……プッククク、アハッハハハハ――ゴホッ、ゴホッ!? わ、我を笑い殺す気か、星伽ノ浜白雪奈!? 無限を喰らう幻獣(サンクトゥス・アステロイド)とも称される我の標的(ターゲット)の分際で我を逆に殺しにかかるとは……ハッ! ま、まさか! 奴は幼少期より機関(エージェント)の教育を受けてきた精鋭だというのか!? ――って、マズい、笑いが止まらな……」

 ジャンヌさん腹筋崩壊中。しばらくお待ちください。

ジャンヌ「ハァ、ハァ……。ふぅ。ようやく収まったか。こんなに爆笑したのって何年ぶりだ? というか、今の星伽ノ浜白雪奈の寝顔をアップロードすれば100万再生くらい軽く達成できるのではないか?(←目尻の涙を拭いつつ)」
ジャンヌ「まぁいい。……さて。少し喉も渇いたことだし、選ばれし者の知的飲料(ドクターペッパー)でも調達してくるか(←少し席を外すジャンヌ)」

 数分後。

ジャンヌ「よし。監視再開だ。星伽ノ浜白雪奈の寝顔は十分見たからな。次は奴の護衛をやっているSランク武偵(笑)の二人を見るとしよう」
ジャンヌ「――って、な、ちょっ、なぜ神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが遠山麓公キンジルバーナードのベッドの中に潜り込んでいる!? しかもあんなに嬉しそうに抱きついているなんて、一体何がどうなっているのだ!?」
ジャンヌ「――ッ!? まさか!? 二人はもうデキているのか!? K点越えを達成しているのか!? 越えてはいけない一線を越えているとでもいうのかァ!?(←著しく動揺しつつ)」
ジャンヌ「な、何ということだ……確か二人は出会ってからまだ1カ月も経っていないはず。だというのにもうそのような関係に発展しているとは……いくら同居しているとはいえ、さすがにこれは早過ぎはしないか!? 二人とも節操がなさ過ぎやしないか!? それでいいのかジャパニーズ高校生!?(←ワナワナと戦慄している模様)」
ジャンヌ「それにしても、星伽ノ浜白雪奈が同じ空間で寝ているというのに、何と大胆なことを……。ふ、布団の中では『自主規制』や『禁則事項』がなされているのだろうか……?(←顔を真っ赤に染めつつ、興味津々な眼差しを画面の向こうのキンジとアリアに注ぎながら)」
ジャンヌ「バカな!? 肝心な所が映っていない、だと……!? クッ、こんな事なら、もっと監視カメラを仕掛ける場所を考えるべきだった! これでは二人の秘め事の詳細を覗けないじゃないか!? せっかく近い将来、31世を孕む時の参考にしようと思っていたというのに……!(←後悔に満ちた声色で)」

 かくして、勘違いは加速していく。


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41.熱血キンジとかごのとり


 どうも、ふぁもにかです。つい最近、感想で指摘されたことにより、物は試しとルビ振りを始めてみたのですが……ヤバい。超楽しいですね、ルビ振り。ついつい多用したくなっちゃいますね。特に使う必要のない箇所でもバンバン使いたくなっちゃいますね。ええ。なんで私が今までルビ振り機能をやたら敬遠していたのかが凄く謎ですね……。

 そして。おかげさまで『熱血キンジと冷静アリア』の感想が200件を突破しました! イエーイ! ヤター! ヒャッホーイ! ( ゚∀゚)/アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ――ゴッ!? ゴホッ!?(←落ち着け)

 ……ホント、ここまで来ると感慨もひとしおですね。私の執筆意欲もみなぎるってもんですよ。ということで、これからもカオスな展開満載の性格改変型二次創作『熱血キンジと冷静アリア』をよろしくお願いします。m(_ _)m



 

 ――それは、過去の一幕。

 

 

『ん?』

 

 黒髪の女の子が、遠くからかすかに聞こえてくる賑やかな声に首をコテンと傾ける。まだまだ幼い体躯ながら、星伽神社の巫女装束をしっかりと着こなしている女の子だ。

 

『どうした、ユッキー?』

 

 疑問の声を漏らす女の子に対して、黒髪短髪の男の子が問いかける。女の子の属する星伽神社に遊びに来た男の子だ。こちらはTシャツに短パンといった年相応の格好をしている。

 

『あ、いや、何か今日は騒がしいなって思って』

『あぁ。今日は町で花火大会があるからな! 皆はしゃいでんじゃねぇのか?』

『花火大会、かぁ……』

 

 女の子が正直に気になったことを口にすると、男の子が自身の予想を女の子に伝える。花火。それを女の子は知識で知っている。『火薬が爆発、または燃焼した時に飛び散る火の粉の色や形を楽しむ娯楽』といった、小難しい定義とともに知っている。見たい。女の子は一瞬だけそう思ったが、すぐにその気持ちに蓋をした。そうしないと、花火を見てみたいという自分の気持ちを制御できそうになかったから。

 

『せっかくだし、見に行くか、花火?』

『え?』

『いやさ、今日は金一兄ちゃんが忙しくて花火大会に来れないから、ホントは俺も行かないつもりだったんだけど……やっぱり、二人で行かないか?』

『……誘ってくれたのは嬉しいけど、私はいいや。行かない』

 

 と、そこで。男の子は女の子を花火大会に誘う。男の子の言葉が意外だったのか、目をまん丸にして驚いた女の子だったが、すぐにフルフルと、力なく首を左右に振った。

 

『? なんでだよ?』

『だって、町まで行くの、めんどくさいもん。それに、ここからでも見えないことはないからね』

『いや、つっても、ここからじゃ小さくしか見えないんじゃね? ここ、町より結構遠いぞ?』

『うん。まぁ、そうなんだけどね……』

 

 女の子はウソをつく。本当はめんどくさいなんてことはないというのに。星伽神社からは花火を見ることはできないというのに。女の子はウソをつく。平然とウソをつく。漆黒の瞳に諦めの色を宿す。そんな女の子の瞳は、男の子にとって、酷く気に入らないものだった。

 

『なぁ、行こうぜ! 花火大会!』

『いや、でも――』

『早く行かないと始まっちゃうぞ、ユッキー! ほら!』

『ちょっ、キンちゃん!?』

 

 男の子は、強引に女の子の手首を掴むと、星伽神社の階段を駆け下りる。巫女装束の女の子がつまづくことのないように気を配りつつ、階段を一気に下っていく。

 

『キンちゃん! ダメだよ! 私は外に出ちゃいけな――』

『大丈夫だって! バレなきゃ大丈夫! それに、もしユッキーが叱られそうになったら全部俺のせいにすればいいからさ!』

『そんなことできな――』

『それに、直に見る花火ってスゲーんだぜ! こう、目の前で、バーンてなってさ! 見ないと絶対損だって!』

 

 星伽神社の外に出ることをためらう女の子の主張を遮って、男の子は笑いかける。『何事も“ケーケン”が大事だって金一兄ちゃんが言ってたからな! 花火を見るのもいい“ケーケン”って奴なんじゃないか!?』などと言って、矢継ぎ早に言葉を続けていく。

 

 晴れやかな笑みを浮かべて、無邪気に前を走る男の子。男の子に引っ張られる形で後ろを走る女の子は、いつしか楽しそうな笑みを浮かべていた。何だか現状がおかしく思えて、いつしか小さく笑い声を上げていた。女の子にとって、こうして純粋に笑ったのは、随分と久しぶりのことだった。

 

 

――暗転。

 

 

「ユッキー」

「……ぅ」

「ユッキー。起きろ、朝だぞ」

「ん……、あと555時間……」

「……そこはせめてあと5分と言ってくれ。とにかく、もう起きろ。そろそろ起きないと遅刻するぞ」

「あい……」

 

 4月下旬の心地いい朝日が差し込む中。白雪は目を覚ました。キンジに3分ほど体を揺すられたことで、まどろみの中にいた白雪はようやく目覚めることに成功した。懐かしい夢だったな。のそりと体を起こした白雪は覚醒しきっていない意識のままで微笑みを浮かべる。

 

 寝ぼけたアリアが自身の眠るベッドの場所を間違えたために、キンジがアリアとベッドを共有せざるを得なかった日の朝のことだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(……ホントに何もやってないんだな、ユッキー)

 

 放課後。白雪護衛のため、所用により別行動を取っているアリアに代わって、白雪が会長を務めている『アドシアード準備委員会』に足を運んだキンジが、末席から会議の様子を見つめる中で抱いた感想がそれだった。

 

 『アドシアード準備委員会』とはその名の通り、来週に迫るアドシアードの段取りを決める委員会のことを指し、アドシアード期間中のスケジュールやらマスコミ対策やらアドシアードのしおりのレイアウトやらについて話し合い、決定を下して即座に実行に移すことを存在意義としている。尤も、『アドシアード準備委員会』はそのほとんどが生徒会メンバーによって構成されているため、実質は生徒会と何ら変わりない存在と化しているのだが。

 

 そして。会議が始まってからというもの、会長職を務めるユッキーが何をやっていたのかというと、会議がつつがなく進行する様をニコニコと眺めているだけだった。それも、副委員長の女性の膝の上で時々頭を撫でられながらである。

 

 後は、会議の終盤に、話し合いの中で製作されて差し出された書類に一瞬の躊躇もなしに印鑑を押したり会議の中で決められた方針について速攻で了解を出したりといった感じで、会長職としての最低限の職務をニッコリ笑顔でやり遂げたぐらいだ。

 

 『アドシアード準備委員会』のメンバーが真剣に話し合って決めたことに対して全責任を持つ。そのように表現すれば非常に聞こえはいいのだが、結局の所はユッキーが会議の中で決められた事項の是非について考えることすらめんどくさがって思考を放棄しただけだ。まぁ、そのおかげで会議がサクサク進んで、予定よりも遥かに早い時間に話し合いが終了することとなったけど。

 

 話には聞いていた。ユッキーはマスコット扱いされる生徒会長としてその地位を固めていると。だが。しかし。こうして実際の状況をまざまざと見せつけられると、呆れるしかないのがキンジの素直な気持ちだ。

 

 キンジですら、何もしないでただ『アドシアード準備委員会』の会議の場に居続けることに何とも言えない気まずさを感じて、会議中にいくつか意見を提示したというのに、相変わらずだらけまくってみせた白雪。その胆力は大したものだと呆れを通り越して感心したキンジだった。

 

 ただ。キンジには気になることがあった。白雪が「じゃあ、時間はまだ早いけど、これで会議を終了します。皆さん、お疲れさまでした」とペコリと頭を下げて会議の終了を宣言したことで、会議がお開きとなった時のこと。

 

 ショッピングモールに行こうだの、カラオケに行こうだのとワイワイと話しながら『アドシアード準備委員会』メンバーは解散していったのだが、そんな和気藹々とした委員会メンバーの後ろ姿を、ユッキーがどこか遠い目で眺めていたのだ。まるでいくら手を伸ばしても決して届かないものを既に手に入れている彼女らを羨むように。青空を思い思いに羽ばたく鳥たちを見つめる『かごのとり』のように。

 

 別にユッキーが一人だけハブられているわけではない。事実、ユッキー自身は遊びに誘ってくる委員会メンバーたちを「面倒だから」の一言で軽く断っていた。それだけに。羨ましそうに、淋しそうに、去っていく委員会メンバーを見つめるユッキーの様子は、何だか不自然だった。少なくとも、キンジにはそう思えた。

 

「なぁ、ユッキー」

「んぅ? どうしたの、キンちゃん?」

 

 キンジが白雪の名前を呼ぶと、それで我に返ったらしい白雪が疑問の声とともにキョトンとした漆黒の瞳をキンジへと向けてくる。その瞳には、先までのどこか羨望混じりの眼差しがわずかに残っている。

 

「せっかく誘ってくれたのに、なんで断ったんだ? ユッキー、一緒に行きたそうにしてたじゃねぇか?」

「んー? そう見えたの?」

「あぁ、何となくだけど」

「……まぁ、興味がないって言ったらウソなんだけどね。でも、いいの。今の私は護衛されてる身だし、それに、外で遊ぶのは面倒だもん。やっぱり中が一番だよ。ゆっくりゴロゴロできるからね」

「……そっか」

 

 キンジが率直に聞いてみると、白雪はいつものようにニヘラと脱力しきった笑みを浮かべて言葉を返してくる。しかし。キンジには白雪がどこか辛い思いを隠して笑みを貼りつけているように感じられた。その後。キンジはいくつか白雪と言葉を交わすも、白雪の瞳から羨望の念が消えることはなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「首尾はどうだった?」

『師匠。拙者が探した限りでは、残念ながら校内に魔剣(デュランダル)と思しき者はいなかったでござる』

 

 『アドシアード準備委員会』による会議終了後。男子寮へと帰ることとなった白雪の護衛を用事を終えたアリアに任せて武偵高に残ったキンジは、人気のない屋上で電話をかける。そして。電話相手に端的に問いを投げかけると、古風なござる口調の返答が返ってくる。その声は、キンジの戦姉妹(アミカ)であり、一部ではとある高名な忍者の末裔だとまことしやかに囁かれている忍者少女たる風魔陽菜のものだ。

 

「……そうか。となると、既に校内に魔剣(デュランダル)が潜んでいる可能性は捨てた方がよさそうだな」

 

 実は昨日、キンジは武藤と別れた後に陽菜と接触し、武偵高内に白雪に好意以外の感情を込めた異様な視線を注ぐ怪しげな者がいないかを探らせていたのだ。イ・ウーの一員たる武偵殺しの真犯人の正体が峰理子リュパン四世という、まさかの同じ武偵高に通う一生徒だったということもあり、魔剣(デュランダル)もその類いなのではないかとの疑いを抱いたキンジが陽菜にそのような極秘の依頼をするのは当然の結実と言えよう。

 

 諜報科(レザド)Aランクの陽菜の実力をもってしても魔剣(デュランダル)の尻尾を掴むことができなかった。武偵高内に魔剣(デュランダル)が存在する手がかり一つすら見つけることができなかった。その事実から、キンジは早々に『魔剣(デュランダル)=武偵高の生徒』説を切り捨てようとする。

 

『……師匠、拙者を全面的に信頼してそのように言ってくれるのは純粋に嬉しいでござる。しかし、いくら拙者が師匠よりも隠密関連において実力があるとはいえ、拙者とてまだまだ未熟な身。拙者がどこかで魔剣(デュランダル)の存在を見過ごしている可能性は否定しきれないでござる。ゆえに。今の時点で魔剣(デュランダル)が外部の人間だと決めつけるのは早計にござる』

「そうか? 陽菜の目をごまかせる奴なんて早々いないと思うんだが」

『しかし、今回拙者が見つけ出そうとしている相手は今や都市伝説の存在と化した正体不明の誘拐魔にござる。誰にも正体を知られずに超偵を誘拐するだけの卓逸した隠密能力を有している以上、拙者の目を欺くことなど朝飯前なのかもしれないでござる』

「……まぁ、確かにな」

 

 しかし。陽菜はキンジの判断に待ったをかける。脳内でキンジが作り上げている『陽菜の探査能力>魔剣(デュランダル)の潜伏能力』との構図を破壊しようとする。いつもと違って、一切キンジをからかおうとしないで、いつになく真剣な口調で物申してくる陽菜。キンジは納得はできないものの、とりあえず陽菜の示した可能性を受け入れることにした。

 

『ひとまず、拙者はもう少し、細かく調べてみるでござる。結果は明日のこの時間に伝えるでござる』

「悪いな、陽菜。いきなりこんなこと頼んで」

『いえ。謝らないでほしいでござる。拙者、師匠のお役に立てて、光栄の至りにござる』

「陽菜……」

 

 キンジの詫びの言葉に、陽菜はいかにもキンジに頼られるのが心底嬉しいといった風な声音で返事をする。いつになく忠誠心あふれる態度を見せる陽菜に、キンジの中で陽菜への好感度が急上昇すると同時に、今自分が話している相手は本物の風魔陽菜なのだろうかとの疑いが生まれる。

 

 だが。続けて陽菜がしみじみと放った、『それに。師匠よりも勝っている分野で師匠の力になれるのは、優越感が凄まじいでござるからなぁ』との発言で、キンジは「あ、こいつ本物の陽菜だ」と心から納得する。陽菜の余計な一言によって、キンジの陽菜への好感度が急下降していることは言うまでもない。

 

 と、その時。強襲科(アサルト)Sランク武偵の第六感がガンガンと警鐘を鳴らす中、キンジは突如、ゾクッと得体の知れない危機感を感じた。

 

『ところで、師匠。此度、拙者は師匠が星伽殿とともに風呂に入り、二人で一緒に大人の階段を駆け上がったとの捨て置けない耳寄りな情報を入手したでござるが、これは真にござ――』

 

 嬉々とした表情で言葉を紡いでいるであろう陽菜の発言を中断する形で、キンジは強引に電話を切った。なんで陽菜がそのこと知ってんだよと、陽菜の情報網に言いようのない怖れを抱きながら。もしもキンジが直接陽菜と会っていたら、今頃は散々陽菜の手の平で遊ばれていたことだろう。電話で助かったと、キンジは安堵のため息を吐いた。

 

『……今日は全然師匠をからかえなかったござるなぁ。不完全燃焼にござるが、仕方ないでござる。次回に持ち越しにござるな。さて、次はどうからかったものか……』

 

 結果。残念そうに眉を潜めつつも、愉悦を含んだ声を漏らす陽菜の発言をキンジが聞くことはなかった。

 




キンジ→今回の白雪護衛任務にあたって、ちゃっかり陽菜の協力をも得ていた熱血キャラ。今現在、白雪の様子に違和感を感じている模様。
白雪→今回はどこか様子がおかしかった怠惰巫女。会議中でもやっぱり働かない。
陽菜→今回は珍しいことにキンジをからかわなかった忍者少女。
ショタキンジ→この時点で既に重度のブラコンと化している男の子。といっても、この年齢でのブラコンはさほど問題ないと思うけど。
ロリ白雪→この時点で既にめんどくさがり屋と化している博識の女の子。この年齢で怠惰精神が宿ってるのは、結構ヤバいのではなかろうか。

 ……というわけで、ここらで徐々にユッキールートへと移行しようと思います。今回の話はその布石です。尤も、ユッキールートに移行しきったとしても、その影響でアリアさんの可愛いシーンが根こそぎ消え去るわけじゃないんですけどね。


 ~おまけ(突発的ネタ:輪るピングドラム風)~

白雪「せいぞぉーん、せんりゃくぅー!(←いつの間にやらレオぽんの帽子を被った白雪)」

【約1分間の導入部(トリプルHの歌)は割愛(※輪るピングドラムのアニメ参照)】

白雪「イマージーン!(←決めポーズ)」
白雪「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」
キンジ&アリア「「へ? えッ!? えぇぇえええ――!?(←ワケのわからない謎空間、手枷、足枷に順番に驚く二人)」」
白雪「ピングドラムを手に入れるのだ(←ドヤ顔で)」
キンジ「ちょっ、何言ってるんだよ、ユッキー!? それにその服!? 何のコスプレなのさ!? いつもの巫女装束はどうしたんだよ!?」
白雪「妾はユッキーではない。妾はお前たちの運命の至る場所から来た。あとこの服は仕様だ。触れてくれるな」
キンジ「ユッキー!? 何だよ、その口調!? ホントにどうしちゃったんだよ!?」
アリア「――帽子です」
キンジ「え?」
アリア「にわかには信じがたいですが、あの帽子がユッキーさんを操ってるようです」
キンジ「んなバカな!? あれはこの間アリアがちゃっかりUFOキャッチャーで取ってきたただのレオぽんの帽子じゃないか!?」
白雪「今、このユッキーとやらは妾の力で一時的に余命を伸ばしている。しかし、この世に無償のものなどない。その命の代償いただくぞ(←二人に一歩一歩近づきつつ)」
キンジ「おい、待てよ!? お前の物言いだと、まるでお前がいないとユッキーが生きられないみたいじゃねえか!?」
白雪「然り。物わかりがいいではないか。さすがは武偵といった所だな(←スタイリッシュ脱衣:その1)」
キンジ&アリア「「ッ!?」」
白雪「この者は怠惰に溺れ、普段から体を動かすことを放棄し続けた。結果、この者の体力は10代後半とは思えないほどに衰え、今では妾の力なしには生きられないほどに弱りきった状態になっているのだ。よって、代償を差し出さなければこの者は死ぬ」
アリア「ユッキーさん。貴女、どんだけ動いてなかったんですか……」
キンジ「……何が目的だ? 俺たちに何をさせようってんだ?」
白雪「先も言っただろう。ピングドラムを手に入れるのだ(←スタイリッシュ脱衣:その2)」
アリア「ピングドラム? 聞いたことがありませんね。どこに行けば手に入るとか、誰が持っているとか、そのような情報はないのですか?(←スタイリッシュ脱衣についてはスルーしつつ)」
白雪「ふむ。そうだな。魔剣(デュランダル)がピングドラムを持っている。……多分な(←キリッと)」
キンジ「なんだよ、多分って」
白雪「なんだ? 気にくわぬのか? この者がどうなってもよいのだな(←スタイリッシュ脱衣:その3)」
キンジ「喜んでやらせていただきます、レオぽん様(つーか、さっきからなんでやけにスタイリッシュに脱いでんだよ、こいつ。正直目のやり場に困るんだが……)」
白雪「うむ。その意気だ。よいか。必ずやピングドラムを見つけ出すのだ。もしそれが叶わぬ時は、この者の命はないものと思え」
キンジ「ちょっ、多分とかそんなことで責任取らせるのあんまりじゃ――」
レオぽん2号「きゅっぷい(ポチッ、パカッ ←キンジの背後に控えていたレオぽん2号が床のボタンを押したことで、キンジの真下の床が真っ二つに割れた音)」
キンジ「ねえええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――!?(←ボッシュート)」
アリア「キンジ!?」
白雪「生存戦略、しましょうか(←レオぽん1号&3号を踏み台にしつつ)」


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42.熱血キンジと仲違い


キンジ「(……フッ、計画通り)」

 どうも。ふぁもにかです。今回はサブタイトルが何だか不穏ですね。何か今後の展開的によろしくないことが起こるぞって雰囲気を存分に醸し出してますね。

 ところで。ふと気づいたんですけど……最近、アリアさんにももまんを食わせてませんね。というか、完全にアリアさんがももまん大好きっ娘って設定忘れてましたよ。ええ。



 

 陽菜と電話で連絡を取った後。夕日が今にも地平線に沈まんとしている中、アリアと白雪の待つ男子寮へと帰ったキンジは、リビングに張りつめた糸のような緊迫した空気が流れていることを直感で察知した。

 

 これはただ事ではない。瞬時にそう悟ったキンジは音をたてないようにして右手に拳銃を、左手にバタフライナイフを装備する。そして。慎重な足取りでリビングのドアへと歩み寄り、そっとドアを開けた。すると。キンジの視界に、バチバチと激しく火花を鳴らしているような錯覚を覚えるほどに睨み合うアリアと白雪の姿が映った。

 

「……え?」

「あ、おかえり。キンちゃん」

「おかえりなさい、キンジ」

 

 キンジがこっそりとドアを開けたにも関わらず、すぐにキンジの帰宅に気づいたアリアと白雪は、一瞬だけキンジの方向に顔を向けるも、またすぐに睨み合いを再開する。アリアと白雪との間には険悪極まりない雰囲気が漂っており、両者の間に飛び散る火花は目に見えて苛烈さを増していく。それに伴って、アリアは周囲に荒れ狂う吹雪を思わせる冷たいオーラを纏い始め、白雪は周囲に燃え盛る業火を思わせる熱いオーラを纏い始める。とても昨日の夜に百合百合しい雰囲気を醸しだしていた女子二人と同一人物とは思えない。

 

「あ、あぁ、ただいま。で、どうしたんだよ、二人とも?」

「いえ、何でもありません。気にしないでください、キンジ」

「ん。何でもないから気にしなくていいよ、キンちゃん」

「何でもないとか言いつつ戦闘体勢に入ってんじゃねぇよ!」

「仕方ないでしょう? 私とユッキーさんとは所詮、相容れない運命なのですから」

「うんうん。仕方ない。私とアーちゃんは遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだよ」

 

 キンジの問いには似たような答えを返しつつも、アリアは両手の白黒ガバメントの照準を白雪に定め、白雪は色金殺女(イロカネアヤメ)の切っ先をアリアへと向ける。アリアも白雪も、このまま睨み合っているだけでは埒が明かないとでも言いたげに武力行使に打って出ようとする。一触即発とはこのことか。

 

 何が原因でこうなったのかは皆目見当もつかないが、このままだとアリアとユッキーが仲違いしかねない。いや、確実に仲違いする。魔剣(デュランダル)にとって、これほど幸運な展開はないだろう。何せ、被護衛者-ボディーガード間の関係がギスギスとしたものになればなるほど、魔剣(デュランダル)がユッキーに付け入りやすくなるのだから。というか、本来ユッキーを護衛する立場のアリアがユッキーにガバメント向けるって、常識的におかしいだろ。

 

「アリアもユッキーもとりあえず落ち着け。ここでドンパチやったら夕食抜きにするぞ。それでいいのか?」

「「えッ!?」」

 

 いくらキンジの部屋が家具に始まりスリッパに至るまであらゆるモノが防弾&防刃仕様となっているとはいえ、それがリビングで思う存分暴れていい理由にはならない。今ここで強襲科(アサルト)Sランク武偵と星伽神社が誇る武装巫女との本格的な戦いが勃発すれば、キンジが退避する前に流れ弾や色金殺女(イロカネアヤメ)の被害に遭いかねないのだから。

 

 ゆえに。キンジは無駄だろうなと半ば諦めつつ、夕食を手札に、今にも衝突しそうなアリアと白雪との戦闘を防ごうとする。しかし。意外なことに、夕食の件を持ち出したことは効果テキメンだったのか、アリアと白雪はしぶしぶといった風にそれぞれの武器を収めた。類まれなる調理スキルによってアリアと白雪の胃袋をがっしりと掴んでいるキンジだからこそ成し得た仲裁方法である。

 

 キンジはここぞとばかりに夕食を盾にすることで、素直にキンジの言うことを聞くようになったアリアと白雪を椅子に座らせる。そして。現状を把握するために双方から事情聴取を開始することにした。

 

 両者の主張を簡潔に纏めると、アリアと白雪との間に亀裂が生まれたのは約1時間前のこと。ふとしたきっかけで白雪が大の犬好きであることが露見したのだが、同時にアリアが無類の猫好きであることも発覚。その後、両者がそれぞれ相手の好みの動物について否定的な意見を述べたことで両者の間に険悪ムードが発生。両者が際限なくヒートアップした頃にキンジが帰って来て、今に至るのだそうだ。

 

(くだらねぇ! 超くだらねぇんだけど……!)

 

 アリアと白雪との関係が険悪化している理由の一切を知ったキンジは、思わず天を仰いで、心の中で本音を漏らした。

 

 犬派と猫派との確執は深い。それはもう、きのこの山脈とたけのこの里村並みの確執を持っている。今に至るまで、どれだけ犬派の人と猫派の人との論争が繰り広げられてきただろうか。気持ちはわかる。自分の好きな物を相手にも好きになってもらいたい気持ちは凄くわかる。だけど。そんなくだらないことで仲違いしないでほしい。魔剣(デュランダル)を喜ばすような真似をしないでほしい。

 

「で、キンジはどっち派ですか? もちろん猫派ですよね?」

「キンちゃんは犬派だよね? 犬好きだよね?」

 

 非常にしょうもないことで仲が悪くなっているアリアと白雪に内心であきれ返っているキンジをよそに、眼前の二人はズイズイと顔を近づけてキンジに言い寄ってくる。どうやらキンジがどの派閥に属しているかを知ることで、2対1に持ち込みたいようだ。

 

 ここで俺が犬派か猫派かを答えてしまえば、アリアとユッキーとの間での軋轢が決定的なものになりかねない。しかし。だからといって、ここで俺が曖昧なことを言ってお茶を濁すことはできないだろう。はっきりとした答えを求める二人の真紅と漆黒の瞳が、そのことを如実に示している。

 

「俺はどっちかっていうと犬派なんだけど……」

 

 迷いに迷った末。キンジは正直に自分の好きな動物を打ち明けることにした。その刹那、犬派が多数派だと明らかになったことで、白雪は「どうだ!」と言わんばかりに胸を張り、ニヤリと勝者の笑みを浮かべる。一方のアリアは「ブルータス、お前もか」と言いたげな絶望しきった表情でキンジを見やると、力なく膝をつきorz状態になった。猫派筆頭:神崎・H・アリア撃沈の瞬間だった。

 

 このまま放っておいてももう大丈夫だろう。これなら万が一にもアリアとユッキーが武器を交えることはなさそうだ。この場において猫派が少数派なことに多大なショックを受けた影響で戦意をなくしたらしいアリアをしり目にそう判断したキンジは、これ以上二人に付き合うのもバカらしいということで、ソファーに腰を下ろす。

 

「……あ、そうだ」

 

 と、その時。ふと白雪に視線を向けたことで、帰ったら早速やろうと考えていたことを思い出したキンジは目の前のパソコンを起動させる。次に東京ウォーカーを検索し、そこから目的のページを探してプリンターで印刷する。

 

「えっと、なになに……5月5日、東京ウォルトランド・花火大会……一足お先に浴衣でスター・イリュージョンを見に行こう……? へぇ~、こんなのあったんだ。知らなかったよ」

 

 急に稼働を始めたプリンターの音でキンジへと注意を向けた白雪が、プリンターから吐き出された一枚の紙をひょいと拾って、読み上げる。キンジが印刷したものは、5月5日に東京ウォルトランドで開催される花火大会の広告だ。広告には白雪が読んだ文字の他に、大規模な花火と、それを見上げる浴衣姿の男女のカップルの後ろ姿が描かれている。

 

「でも、いきなりどうしたの、キンちゃん?」

「ユッキー。せっかくだし……行かないか、花火大会? あ、もちろんアリアも一緒にな」

「……え?」

 

 「はい」とキンジに向けて印刷された紙を差し出しつつ白雪が疑問を挟むと、キンジはその言葉を待ってましたと言わんばかりに白雪を花火大会に誘った。キンジのいきなりのお誘いに白雪は目を白黒とさせる。

 

 さて。どうしてキンジが突如このような提案をしたのかというと、それは今日の放課後にキンジが見た白雪の羨望混じりの眼差しに、白雪の笑みに、そして白雪の言葉に起因する。

 

――まぁ、興味がないって言ったらウソなんだけどね。でも、いいの。今の私は護衛されてる身だし、それに、外で遊ぶのは面倒だもん。やっぱり中が一番だよ。ゆっくりゴロゴロできるからね。

 

 あの時の白雪の言動はキンジの心に深く残っていた。本当に外で遊ぶのは面倒だから嫌だと思っていたのか。家でゆっくりゴロゴロしているのが一番だと心の底からそう思っていたというのなら、どうして自由気ままに遊びに行く人たちにわずかでも羨望の念を抱いたのか。『アドシアード準備委員会』メンバーに遠慮したのか。それとも他に何か理由があるのか。

 

 男子寮への帰路につく中で、キンジは白雪の真意について様々な方面から考えを巡らせるも、結局はわからずじまいだった。その代わり、キンジにとって、あの時の白雪の態度が酷く気に入らないものだということだけはよくよく理解できた。

 

 ユッキーに羨望の眼差しなんて似合わない。貼りつけた偽物の笑みなんて似合わない。ユッキーは持ち前の美貌と、女性として完璧に近い体躯と、内面に宿る怠惰精神とのギャップで、周囲の人々を散々呆れさせつつもその魅力の虜にさせてこそユッキーなのだ。無意識の内に見境なくユッキー信者を作っていく中で、二ヘラと心地良さそうに笑っていてこそユッキーなのだ。だから。そんな、俺の考える『いつものユッキー』を取り戻す。そのような強い気持ちがキンジを駆り立てた結果が、先のキンジの提案である。尤も、キンジには別の思惑もあるのだが。

 

「で、でも、ウォルトランドは人が多いから――」

「わかってる。ウォルトランドには行かない。あそこは魔剣(デュランダル)にとっては絶好の誘拐ポイントだろうしな。だから、葛西臨海公園から見るんだよ。ウォルトランドで花火やるんなら、あそこからでも結構見えるはずだ。だから、花火を見に行かないか、ユッキー?」

「だけど、花火なんて、わざわざ見に行くの面倒だし――」

 

 しかし。キンジの心情とは裏腹に、白雪はどうにかしてキンジの誘いを断ろうと、花火大会に行かない理由を口にする。だが。ここで引き下がる遠山キンジではない。キンジの思いは、中々うんと言わない白雪を前に消え去るような脆弱なものではないのだ。

 

 正攻法での誘いではいつものごとく怠惰感情を理由に断られるだけだと判断したキンジは、別の方向からアプローチすることで白雪を花火大会に行こうと思わせようと、言葉を紡ぐ。現在進行形で怠惰精神に侵されている白雪を確実に花火鑑賞に乗り気にさせることができるだろうとの確信を胸に、キンジは魔法の言葉を口にする。

 

「――何事も“ケーケン”が大事だって兄さんが言ってたからな。花火を見るのもいい“ケーケン”って奴なんじゃないか?」

「ッ!?」

 

 花火大会。そのキーワードから過去に白雪と一緒に花火を見に行った時のことをはっきりと思い出していたキンジは、その当時に自身が言っていた言葉を復唱する。過去の自分が言い放った言葉を再現して、白雪の心を揺さぶりにかかる。とはいえ、さすがに高校二年生にもなって『金一兄ちゃん』の部分まで復唱することはできなかったが。

 

 キンジの言葉を聞いた白雪は、今度こそ驚愕の表情を浮かべる。「あの時のこと、キンちゃんも覚えてるの?」とでも言いたげに口をパクパクとさせている。

 

「……うん。そうだね。“ケーケン”って大事だよね。じゃあ、行こっか。花火大会」

 

 そうして。数瞬だけ呆けていた白雪は、キンジの言葉を噛みしめるようにして目を細めると、内心の嬉しさを隠しきれないといった弾んだ声で花火鑑賞に意欲を見せた。キンジは白雪を見つめて「あぁ」とうなずく一方、心の奥底で計画通りとほくそ笑んだ。

 

(ふぅ。これで、ユッキーの説得という最初で最大の難関は突破できた。魔法の言葉がちゃんと効くかどうかほんのちょっとだけ不安だったけど、杞憂に終わって何よりだ。てことで……あとは、アリアの説得だな)

「ちょっ!? 待ってください、キンジ! 何を考えているのですか!? 今のユッキーさんの立場をわかっているのですか!?」

 

 すっかり花火鑑賞に乗り気になった白雪とは対照的に、orz状態からようやく復活したアリアはキンジの提案に待ったの声を上げる。真紅の瞳に抗議の色を灯しながら、キンジを睨みつける。

 

「当然、そんなことはわかってる。でも、Sランク武偵の俺たちが一緒にいれば、大抵のことは何とかなる。違うか?」

「ですが――」

「それに。これは魔剣(デュランダル)を釣るチャンスでもある」

「ッ!?」

 

 異を唱えて詰め寄ってくるアリアの耳元に口を寄せて、キンジは囁く。白雪に聞こえないように細心の注意を払ってキンジが発した一言に、アリアは目を見開いた。その後。アリアが何も言わずに静聴モードに入ったことから、アリアが暗に話の続きを促していることを察したキンジは言葉を続ける。白雪には明かすつもりなど更々なかったもう一つの思惑を口にする。

 

「綴先生はユッキーの護衛はアドシアード近辺まででいいって言ったし、魔剣(デュランダル)をおびき寄せて捕まえる必要はないとも言ったけど、俺としてもやっぱり早い内に魔剣(デュランダル)を捕まえたいんだよ。アドシアード期間中まで何事もなく切り抜けられたからといって、それで魔剣(デュランダル)の魔の手がパッタリなくなるとは限らないからな。魔剣(デュランダル)にとっては、アドシアード期間中が最も容易にユッキーを誘拐できるってだけで、別に誘拐するだけならいつ実行したって構わないんだしさ」

「……そう言われれば、確かにそうですね。失念していました」

「だから。この機会にユッキーを囮にして、魔剣(デュランダル)をおびき寄せて捕まえる。例え捕まえられなくても、魔剣(デュランダル)に繋がる証拠を手に入れる。俺たちがユッキーの護衛として、ずっとユッキーの傍に控えていられる今の内に。それなりにリスクはあるだろうが、やってみて損はないと思うぞ?」

「……少し、考えさせてください」

「あぁ。わかった」

 

 キンジの思惑を聞き終えたアリアは、眉を寄せた思案顔を浮かべつつ、キンジに考える時間を要求する。アリアに言われるまでもなく最初からそのつもりだったキンジは、後はアリアの判断に委ねることにした。キンジの了解を得たアリアは目を瞑って、どの選択肢を選ぶべきかを思索する。なまじ白雪の身柄や自分の母親の冤罪の証明が関わってくるだけに、真剣に、じっくりと考える。そして、数分後。考えが纏まったのか、アリアはスッと目を開ける。

 

「キンジ。三人で一緒に行きましょうか、花火大会。いい機会ですしね」

 

 そして。考えるだけ考えたアリアの出した答えは是だった。アリアはうんと一つうなずくと、キンジと白雪に笑いかける。かくして。キンジ、アリア、白雪の三人は花火を見に外出することとなったのであった。

 




キンジ→持ち前の話術が冴えわたっている熱血キャラ。魔剣(デュランダル)一本釣り計画の立案者でもある。
アリア→猫派筆頭の少女。キンジにしっかりと餌付けされている。
白雪→犬派筆頭の怠惰巫女。キンジにガッシリと胃袋を掴まれている。

・原作でのアリアさんとユッキーとの不仲化の原因――好きな異性が一緒。
・ここでのアリアさんとユッキーとの不仲化の原因――好きな動物が違う。

 ……こうして見ると、原作とここでの仲違いの原因の落差が凄まじいですね。どうしてこうなった。余談ですが、私は猫好きです。ニャンコ可愛いよニャンコ。


 ~おまけ(その1 未公開会話:アリアと白雪の間の確執はいかにして生まれたのか)~

 帰り道。

白雪「おお! チワワッフルのぬいぐるみだぁ! こんな所で売ってるなんて!(←本能の赴くままにぬいぐるみを購入するユッキー)」
白雪「えへへ、可愛いなぁ、チワワッフル(←ぬいぐるみに頬をスリスリしつつ)」
アリア「えと、ユッキーさん。そのキャラクターは有名なのですか?」
白雪「うん! 『わんわんおー』っていう、犬好きの人必見の犬アニメの主人公のチワワッフルだよ! このつぶらな瞳とか、可愛いと思わない?」
アリア「……ん、私にはよくわかりませんね(←冷めた目で)」
白雪「え、アーちゃん?(←信じられないといった眼差し)」
アリア「まぁ、仕方ないですね。私は生粋の猫派ですので、犬の魅力はよく理解できないのでしょう」
白雪「えぇー。アーちゃん猫好きなの? 犬の方が絶対いいよ~(←非難の眼差しを向けつつ)」
アリア「……犬はハァハァハァハァ言いながらやたらとすり寄ってくるのでうざったいです。それに。隙あらば顔を舐めてこようとしますしね。どこのヘンタイかと問いただしたくなりますよ、全く(←吐き捨てるように)」
白雪「……猫は忠誠心の欠片も持ってないから嫌い。発情期になるとミャーミャーミャーミャーうるさいし(←猫に対する嫌悪感を顕わにしつつ)」
アリア「犬だってうるさいじゃないですか。ワンワンワンワン無駄に遠吠えするのが趣味みたいですし(←蔑むような声で)」
白雪「猫だって、所構わず爪で引っ掻き回して家具や家を見境なく傷つけるのが趣味でしょ?(←見下すような声で)」
アリア&白雪「「……(←睨み合う両者)」」
アリア「ニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコニャンコ――」
白雪「ワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコワンコ――」
アリア「ヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコヌコ――」
白雪「ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン――」

 かくして。二人の間に確執が生まれた。


 ~おまけ(その2 次回予告:ガオガイガー風)~

アリア「君たちに最新情報を公開しよう(←キリッとした瞳で)」
アリア「ついに始まる東京ウォルトランド主催の花火大会」
アリア「それぞれの思惑を胸に、葛西臨海公園から花火を拝もうと外出するキンジ・アリア・白雪の三人」
アリア「その行動は、事態が大幅に加速する契機と化した」
アリア「果たして、魔剣(デュランダル)一本釣り計画は成功するのか?」
アリア「熱血キンジと冷静アリア、NEXT。熱血キンジと花火大会」
アリア「次回もここハーメルンで、ファイナルフュージョン承認!」

キンジ「……あいつ、どこに向かって喋ってんだ?(←若干引きつつ)」
白雪「アーちゃん、ノリノリだねぇー」


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43.熱血キンジと動き出す歯車


アリア「君たちに最新情報を公開しよう」
アリア「前回の次回予告、あれはウソだ。無駄に期待させてしまって申し訳ない」

 というわけで……どうも、ふぁもにかです。やっちまったよ、次回予告詐欺……! 安易に次回予告なんてするものではありませんね、全く。ちなみに。前回の次回予告の内容は次話で投稿することになっていますので、あしからず。

 閑話休題。さーて。今回はあの子たちが登場しますよ。後半からの出番です。お楽しみに。



 

 時は流れ、5月5日。結局。ここまで白雪を護衛し続けていても魔剣(デュランダル)の姿が影も形も見えず、また陽菜の力をもってしても武偵高内に魔剣(デュランダル)と思しき者を見つけられなかったということもあり、キンジとアリアはついに東京ウォルトランドの花火大会を利用して魔剣(デュランダル)をおびき寄せる作戦を決行することとなった。

 

 そして。午後7時。キンジは寮の小部屋で拳銃の手入れをしていた。今日、魔剣(デュランダル)と交戦する可能性があるために、普段以上に真剣に、入念に整備する。

 

「キンジ。もういいですよ」

 

 よし、異常はなさそうだな。満足げに一つうなずいて拳銃をしまうキンジにドアの向こうからアリアの声が掛かる。アリアの許可が下りたので、キンジは「わかった」と返事を返して、リビングへと足を踏み入れる。その先に――二人の浴衣美少女がいた。

 

「とりあえず、私が着付けしてみたのですが、どうですか?」

「どう? キンちゃん? 似合う?」

 

 キンジがリビングに現れるのと同時に、浴衣姿のアリアが同じく浴衣姿の白雪の背中にスッと回って、ズイズイと白雪をキンジの前面に押し出してくる。一方の白雪はアリアに全体重を預けたまま、浴衣の裾を軽く上げて首を傾げてキンジの感想を尋ねてくる。

 

 白雪はクリーム色に近い白を基調にした浴衣で、アリアは藍色を基調にした浴衣を着ている。浴衣には所々花が咲いていて、何とも可愛らしい。今のキンジの心情としては、浴衣一つでアリアもユッキーもここまで見違えるとは……! といった感じだ。この時。キンジは改めて、眼前の女子二人が巷ではかなりの上位に分類される美少女だということを認識した。

 

「いいんじゃないか? 二人とも、凄く似合ってるぞ」

 

 ヒステリアモードの時ならともかく、今の通常モードのキンジに何の臆面もなく女子をべた褒めしまくるような真似はできない。主に精神的な問題で。ということで、キンジが普段通りの声色で高評価の意見を伝えると、アリアは「そうですか」とちょっとだけ照れた様子で吐息混じりの言葉を返し、白雪は「えへへ」と呑気に笑った。

 

 当初、アリアは魔剣(デュランダル)と戦うことを見越して浴衣姿にならないつもりだった。しかし。男のキンジがめんどくさいと浴衣姿にならないのはまだしも、女のアリアが浴衣姿で花火鑑賞をしないのは少しだけ不自然だ。ましてや、女子の防弾制服は男子のものと比べて帯銃してるか否かが基本的に一目瞭然であるため、アリアが武装していることを知られた場合、魔剣(デュランダル)が警戒心を抱く可能性がある。そうなれば、正体を隠しつつ超偵を誘拐するという慎重なスタンスを取っている魔剣(デュランダル)を釣ることができなくなるかもしれない。

 

 ゆえに。魔剣(デュランダル)にキンジとアリアの狙いを悟らせないようにするために、アリアも浴衣を着ることとなったのだ。なので、何気にアリアは浴衣の中に双剣双銃(カドラ)としての武具一式をしっかりと隠し持ってはいるけれど、着慣れない服装をしているアリアを戦力として期待することはできないだろう。できても精々自衛程度だと考えていい。となると、やっぱり魔剣(デュランダル)とメインで戦うことになるのは俺だ。ユッキーに至っては丸腰なんだし、しっかりしないとな。

 

「というか、アリアって着付けとかできたんだな」

「? どういう意味ですか?」

「いや、アリアってイギリス育ちの貴族だろ? そーゆーのと全然縁がないものと思ってたから、意外だなって」

「あぁ。私も着付けは初めてですよ。本屋にマニュアル本が売ってあったので、それを参考にさせてもらいました。キンジが違和感を感じないのなら、ある程度は大丈夫そうですね。良かったです」

 

 アリアは自分の浴衣姿を見下ろして、ホッと安堵のため息を吐く。一般に独学で習得することが難しいとされる着付けを自力でやったことが不安要素だったのだろう。

 

「じゃあ、準備もできたみたいだし、行くか」

「はい」「うん!」

 

 キンジの言葉に、アリアはゆっくりと、白雪は元気よくうなずく。かくして。まだ日本に来てから一か月程度しか経っていないために日本の地理に疎いアリアと、普段はロクに外に出回っていないためにアリア以上に地理に疎い白雪の案内人となる形で、キンジは目的地の葛西臨海公園まで、二人の浴衣美少女を引き連れて向かうこととなった。

 

(……これって今更だけど、両手に花って奴だよな?)

 

 ふと、そんなことを思いつつ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少しさかのぼる。

 

 

 5月5日。日中。東京ウォルトランド周辺のホテルのロビーにて。一人の少女が人を待っていた。氷のような銀色の髪。右目がルビー、左目がサファイアのオッドアイ&切れ長の瞳。そして縁なしの眼鏡をかけた、軽く日本人離れした容姿をした少女は、その出で立ちから、気品や知的さといった類いの少々年不相応な雰囲気を醸しだしている。

 

「ふむ。そろそろだな」

 

 柱の一つに背中を預けつつ、ラテン語でびっしりと埋め尽くされている、軽く2000ページはありそうなほどに分厚い黒表紙の本を読んでいた少女:魔剣(デュランダル)ことジャンヌ・ダルク30世はロビーの時計を見やると、パタンと本を閉じる。

 

「ジャ、ジャンヌちゃん!」

 

 すると。タイミングを見計らったかのようにジャンヌの待ち人が姿を現す。広々としたホテルをキョドキョドとした様子で見渡していた金髪ウェーブヘアに金色の瞳をした少女:峰理子リュパン四世は、ジャンヌの姿を捉えると、パァと花が咲いたような笑みを浮かべてジャンヌの元へと駆け寄っていった。その姿は周囲の人々に、大好きなご主人様の元に尻尾をブンブン振って走り寄っていく子犬を想起させた。

 

「え、えと、ひ、久しぶりだね、ジャンヌちゃん」

「あぁ。久しいな、リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッド。1カ月ぶりか? イ・ウーを退学させられたと聞いていたから心配だったのだが、思ったより元気そうで何よりだ。あと、我はジャンヌではない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」

「あッ!? ご、ごごごめんね! ジャ――じゃなくて、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん!」

「うむ。次からは気をつけろ」

 

 自身の真名(※自称)で理子から呼ばれなかったことにジャンヌがムスッと不機嫌な表情を浮かべると、理子はあわあわといった表情でペコペコと何度も頭を下げる。理子に悪気がないことはわかりきっているため、ジャンヌは肩から下げていたショルダーバッグに先の怪しげなオーラを纏う本をしまいつつ理子に注意を促すだけに留めておいた。

 

「えーと、ボクに頼みたいことがあるんだよね……?」

「あぁそうだ。まぁ、立ち話もなんだ、中に入るぞ。話はそれからだ」

 

 チラッチラッとジャンヌの様子を上目遣いで伺ってくる理子にジャンヌは「私に続け(フォロー・ミー)、リコリーヌ」と最後に言葉を残すと、理子に背を向けて悠然と歩き出す。その後ろを「う、うん。わかった」と、理子がちょこちょことついていった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ホテルの一室にて。

 

「こ、こんな感じで……どう、かな?」

「……」

 

 数十分後。一通り作業を終えた理子が道具一式をしまいながら、恐る恐るジャンヌに問いかける。鏡面台の前に座るジャンヌは、上から降ってきた理子の声で無言のままスッと目を開ける。

 

 ジャンヌの眼前に映っていたのはジャンヌの顔ではなく、黒髪ツインテールに真紅の瞳をした全く別の美少女の顔だった。ジャンヌは試しにとその顔で満面の笑みを浮かべ、次に怒り心頭といった表情を浮かべる。その後、困った顔や泣きそうな顔など、色々な表情を次々に試していく。その様子を背後で眺めている理子は、直立したままゴクリと固唾を飲む。

 

「うむ。上出来だな。これならば、連中に見破られることはないだろう」

 

 ひとしきり新たな顔の出来栄えを確認したジャンヌは、最後に良い意味で変わり果てた自身の顔をペチペチと叩きながら、満足げに一つうなずく。ジャンヌから合格点をもらった理子は「よ、良かった~」といった安堵の声とともにペタンと床に座り込んだ。

 

 ジャンヌの理子への頼み事。それはジャンヌの顔を全くの別人に変装させるというものだ。理子から既に変装術を学び終えているジャンヌが自身に変装を施しても良かったのだが、念には念をということでジャンヌは変装術の本家たる理子を呼び寄せることにしたのだ。ジャンヌは内心で、リコリーヌを呼ぶという判断は間違ってなかったみたいだな、さすが我だと自画自賛に浸る。

 

「それにしても、念のためと思ってリコリーヌに我の変装の依頼をしたが……よもや我の変装とここまで差があるとはな。やはり本家は違うな。その内、リコリーヌからもう一度変装術について習い直した方が良さそうだ」

 

 理子の手によって浴衣を着付けられたジャンヌはバサッ、ファサッと浴衣姿でカッコいいポーズ(※あくまでジャンヌ視点である)を取りつつ、理子にキリッと真剣な眼差しを向ける。まさかジャンヌがそのようなことを言うとは思っていなかったのか、ジャンヌの発言に「ぅえ!?」と理子は困惑の声を上げた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん!? 変装術を習い直したいなら、ボクなんかより他の人に教えてもらった方がいいって! もうボク以上に変装が上手くなってる人なんてたくさんいるよ!」

「やれやれ。これだけの卓逸した変装技術を持っていながらこの自信のなさか。リコリーヌでなければ嫌味だと考える所だぞ」

「えと、その……ごめんなさい」

「簡単に謝ろうとするな。悪い癖だぞ、リコリーヌ。あと、我はリコリーヌから変装術を習い直したいのだ。他の誰でもない。我はリコリーヌの教師としての技量も含めた上で、リコリーヌから教えを乞いたいのだからな。……それとも、我には教えたくな――」

「――そ、そそ、そんなことない!」

 

 ジャンヌが理子に悲しそうな眼差しを向けると、理子は咄嗟にジャンヌの言葉を遮って声を上げる。その後。理子は「え、えと、ボクでいいなら、よ、喜んで……」と、尻すぼみの声でジャンヌに再び変装術を伝授することを了承した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ジャンヌちゃん……気をつけてね」

「ん?」

 

 それから。ジャンヌが小型端末でキンジ&アリア&白雪の行動を監視しつつ準備を整えていると、理子が不意に忠告の言葉を投げかけてきた。ジャンヌが顔を上げると、いつになく真剣な眼差しをした理子がジャンヌを心配そうに見つめていた。

 

「気をつけるって、何にだ?」

「遠山くんとオリュ……神崎さんのこと、舐めてると痛い目見るよ。あの二人は元々結構強いけど、土壇場になったらもっと強くなってた気がするんだ。だから、もしも二人を相手することになったら……変に遊んだりしないで、一気に決めた方がいいと思う」

「それは二人が主人公補正を持っている、ということか? チッ、小癪な……」

「? 主人公補正?」

「いや、何でもない。気にするな」

 

 ジャンヌの発した聞きなれない単語に首をコテンと傾ける理子に、ジャンヌはフルフルと軽く首を振る。

 

「まぁ、気に留めておこう。二人との戦闘経験者の含蓄ある言葉だしな。だが、心配は無用だ。我は策士の一族の一人だ。敵対者にいかに実力を出させず、いかに自身の実力を最大限に発揮して勝利を収めるかについて思考し、最良の策を生み出し、それを忠実に実行することこそが策士の神髄。ゆえに、リコリーヌに言われるまでもなく、敵対者を前に油断せずに全力でかかるのは当然のことだ」

「……そ、っか。うん、そうだよね。それがジャンヌちゃんだもんね」

 

 ジャンヌが自信に満ちあふれた勝気な笑みを浮かべると、理子は安心したように息を吐いて、ジャンヌの笑みにつられて表情を和らげる。それから、ジャンヌが自身を銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)と呼ぶように促し、うっかりジャンヌちゃんと呼んでいた理子が慌てて謝るという、ジャンヌと理子の間ではもはやお約束と化しているやり取りが再び繰り広げられた。

 

「では、行ってくる。お待ちかねの巫女狩りの時間だ」

「うん。行ってらっしゃい。――って、ちょっ、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん!? 今回は確か、あくまで星伽さんに接触するのが目的なんだよね!? だったら狩っちゃダメだよね!?」

「クククッ、似たようなものだ」

「似てないよ!? 全然違うからね!?」

 

 その後。そろそろ葛西臨海公園へと出発しようとしたジャンヌは理子に背を向けて玄関へと向かうと、首だけを理子に向けて言葉を残す。ジャンヌがサラッと言い放った言葉を一度はスルーした理子だったが、すぐに『巫女狩り』発言に反応してジャンヌにツッコミを入れる。しかし。当のジャンヌはニタァと凶悪な笑みを浮かべるだけで、理子の言葉に取り合おうとしない。

 

「――クククッ。そうか。お前もそう思うか」

「え、えと、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん? どうしたの?」

 

 と、そこで。いきなり右手に持っているデュランダルに向けて同意するように言葉を放ったジャンヌに、理子は頭にハテナマークを浮かべつつも問いかける。

 

「なに、我の聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・クライダ・ヴォルテール、略してデュランダルが血に飢えているようでな。星伽神社の武装巫女の血を吸える巫女狩りの時が楽しみで仕方ないそうだ」

「ち、血に飢えてるって……それ、聖剣として思いっきり失格なんじゃないの!?」

「何を言うか! 最近は聖剣だって個性が求められる時代なんだ! 喋る武器としてウザキャラの代表格になったり、遥か昔に壊された影響で7つに分化していたり、そういった個性がないともはや聖剣としての存在感を保てない時代である以上、血に飢えた妖刀のような聖剣があっても良かろう! 違うか、リコリーヌ!?」

「いやいやいや! そんな個性いらないよ、絶対! それじゃあただの魔剣だよ! せっかくの聖剣なんだからもっと聖剣らしくあろうよ! そっちの方が絶対いいって! 無難だって!」

 

 超能力(ステルス)を行使して周囲に銀氷を散らせるという無駄極まりない演出付きでデュランダルを理子に見せつけるジャンヌに、理子は身振り手振りを存分に駆使してジャンヌの考えの矯正を図る。尤も、先に断言した自分の言葉が段々と信じられなくなり、後になって蚊の鳴くような声で「……多分」と付け加えたが。

 

 そのような言葉のやり取りを経て、今度こそジャンヌは一人、葛西臨海公園へと出発した。白雪をイ・ウーへと引き入れるという目的を胸に。かくして。ジャンヌが本格的に行動を始めたことで事態は大きく動き出すのだった。

 




キンジ→魔剣(デュランダル)との戦闘に備えて気持ちを引き締めている熱血キャラ。
アリア→マニュアル本からあっさり浴衣の着付けの技術を習得した子。何という天才肌気質。
白雪→今回は存在感の薄かった子。次回ではそんなことはない、はず。
理子→ジャンヌによって呼び出された子。ビビり属性は相変わらず。ジャンヌに指摘されるとしばらくは銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃんと呼ぶものの、気を抜くとすぐにジャンヌちゃんと呼ぶようになる傾向がある。また、日頃から努力しているために変装技術が日々進化している。
ジャンヌ→血に飢えた聖剣:デュランダル(笑)を装備している厨二病患者(重症)。オッドアイが最高にカッコいいと考えている。右目のルビー色の瞳はカラーコンタクトの産物。

 原作三巻までは本編にりこりんを登場させない予定だったんですけど、今回ちゃっかり出ちゃいましたね。こ、これがキャラが勝手に動く理論なのか……!?(←戦慄しつつ) それにしても、やっぱりこりん可愛い超可愛い。


 ~おまけ(クロスネタ:ジャンヌの不用意な発言が生んだ悲劇)~

理子「ち、血に飢えてるって……それ、聖剣として思いっきり失格なんじゃないの!?」
ジャンヌ「何を言うか! 最近は聖剣だって個性が求められる時代なんだ! 喋る武器としてウザキャラの代表格になったり、遥か昔に壊された影響で7つに分化していたり、そういった個性がないともはや聖剣としての存在感を保てない時代である以上、血に飢えた妖刀のような聖剣があっても良かろう! 違うか、リコリーヌ!?」
理子「いやいやいや! そんな個性いらな――」
??「呼んだかね?」
理子「ひゃうッ!?(←ビクリと肩を震わせつつ)」
ジャンヌ「ッ!? 誰だ!?(←威圧するような声で)」
??「あいさつが遅れたな。私が聖剣:エクスカリバーである」
理子&ジャンヌ「「……え!?(←驚愕の眼差しでエクスカリバーを見下ろしつつ)」」
エクスカリバー「私を呼んだのは君たちなのだろう? 何者だ?」
理子「……(な、何か可愛い?)」
ジャンヌ「……我々が何者かを尋ねたいのなら、まずは貴様の方から――」
エクスカリバー「私の伝説は12世紀から始まった!」
理子&ジャンヌ「「……(←絶句)」」
エクスカリバー「君たち、ただ者ではないな。何者だ?(←杖を向けつつ)」
ジャンヌ「聞こえなかったのか? 我々が何者かを尋ねたいのなら、まずは貴様の方から――」
エクスカリバー「君たち、ただ者ではないな。何者だ?(←杖を向けつつ)」
ジャンヌ「だからッ! 我々が何者かを尋ねたいのなら、まずは貴様の方から――」
エクスカリバー「私の朝は一杯のコーヒーから始まる」
ジャンヌ「人の話を聞けぇぇぇええええええええええええ!!」
理子「……(うっわー。可愛いのに、ウザい。超ウザい。 ←傍観者気分で)」
エクスカリバー「私の武勇伝が聞きたいか?」
ジャンヌ「&#‘$“)&#!$殺&’)#<?>WPIK!(←デュランダルで斬りかかりつつ)」
エクスカリバーA「ヴァカめ!」
エクスカリバーB「私の武勇伝が聞きたいか?」
エクスカリバーC「エークスキャリバー♪」
エクスカリバーD「エークスキャリバー♪」
エクスカリバーE「私の使用者になるにあたり、守ってもらいたい1000の項目がある」
エクスカリバーF「452番目の私の5時間に及ぶ『朗読会』にはぜひ参加願いたい」
エクスカリバーG「私の伝説は12世紀から始まった!」
エクスカリバーH「エークスキャリバー♪」
エクスカリバーI「エークスキャリバー♪」
理子「何か斬ったら一気に増えたんだけどぉぉぉおおおお!?」
ジャンヌ「くそっ!? 何なんだこいつらは!? どういう仕組みで湧いて出てきている!? チッ、リコリーヌ、ここは撤退するぞ!」
理子「う、うん!(←コクコクとうなずきつつ)」
エクスカリバーA「ヴァカめ!」
エクスカリバーB「私の武勇伝が聞きたいか?」
エクスカリバーC「逃がすと思うか?」
エクスカリバーD「エークスキャリバー♪」
エクスカリバーE「私の朝は一杯のコーヒーから始まる」
エクスカリバーF「ヴァカめ! これだから田舎者は困るのだ」
エクスカリバーG「エークスキャリバー♪」
エクスカリバーH「エークスキャリバー♪」
エクスカリバーI「私の伝説は12世紀から始まった!」
理子「……どうしよう、ジャンヌちゃん。何かボク、エクスカリバーに囲まれて杖を向けられてるんだけど」
ジャンヌ「……どうやらこいつらはリコリーヌを気に入ったみたいだな」
理子「ええええぇぇぇぇぇぇ――(←軽く現実逃避)」
ジャンヌ「ともかく、その状態ではとても逃げられそうにないな。てことで……リコリーヌ、後は任せた」
理子「ちょっ、ジャンヌちゃん!? 待って! ボクを一人にしないで! この空間に置いていかないで! お願いだから! 一生のお願いだから!」
ジャンヌ「……………すまない、リコリーヌ。裏の世界を生きる者にとって、時に犠牲は付き物なのだ。だから、頑張って耐えてくれ(←ジャンヌは全力ダッシュで逃げ始めた!)」
理子「ジャンヌちゃぁぁぁぁああああああああああああああああああん!(←涙目で)」

 哀れりこりん。


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44.熱血キンジと花火大会


白雪「ゆっきゆきにしてあげるッ!」

 どうも、ふぁもにかです。アリアとユッキーを初対面時からそれなりに仲良くさせていた(少なくとも、険悪な仲にしなかった)理由が今回の話にあったりします。要はキンジ、ユッキー、アリアの三人で花火の鑑賞を通して思い出作りに励んでもらいたかったのです。私が男女の仲に関係する修羅場をあまり好んでいないってのも理由の一つではありますが。

 ちなみに。今回はアリア視点、キンジ視点、ユッキー視点の3つが用意されています。割合としては『アリア視点:キンジ視点:ユッキー視点=1:1:4』といった感じでしょうか。ユッキーが優遇されているのは仕様ですので、あしからず。

 でもって、やっと今回の話を書けましたよ。この44話のシーンを描写したいがために第二章の執筆を頑張ってきたと言っても過言ではありませんしね。ええ。



 

 葛西臨海公園。そこは武偵高駅からモノレールで台場へ、ゆりかもめで有明へ、りんかい線で新木場へ、京葉線で葛西臨海公園駅へと乗り換えを繰り返してようやくたどり着ける場所なのだが、キンジにとって葛西臨海公園までの道のりはいつも以上に果てしなく遠く感じた。

 

 途中。浴衣を着慣れていないアリアが転びそうになったり(※ハンドスプリングを駆使して自力で立て直した)、普段から巫女装束を着ていることで浴衣タイプの服に慣れているはずの白雪が何度も転びそうになったり(※キンジがギリギリで助けた)、アリアが質の悪いチンピラ集団(※計7人ぐらい)に絡まれたり、白雪が間違った方面に向かうモノに乗ろうとしたりと、キンジの予期せぬ事態が相次いだのだ。

 

 結果。三人が葛西臨海公園へと着く頃には当初の予定よりもすっかり遅れた時刻となっていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(……な、何ですか!? この状況は!?)

 

 ちょっとした森のような葛西臨海公園を歩く中、アリアは表向きは平然とした表情を浮かべているものの、内心では焦りに満ちた声を上げていた。

 

 今現在。私たち三人はいかにも夜の公園といった風情を醸しだしている葛西臨海公園を歩いている。目的地はこのまままっすぐ歩いた先にある人工なぎさだ。キンジ曰く、人工なぎさが東京ウォルトランド主催の花火大会を鑑賞するいい穴場なのだそうだ。それはいい。それは別に問題じゃない。でも……と、アリアはこっそりとキンジと白雪を見やる。

 

 右サイドにはいつもの武偵高の制服姿をしたキンジがいて。左サイドには白を基調とした花柄の浴衣を着たユッキーさんがいて。そして、中央には藍色を基調とした花柄の浴衣を身に纏った私がいる。葛西臨海公園へと入ってからはずっとこの配置で私たちは歩いている。

 

(こ、この配置はマズいです。……これでは、まるで私がキンジとユッキーさんの子供みたいじゃないですか!? もしくは三人兄妹の次女! それかキンジかユッキーさんの親戚の子!)

 

 アリアがそのことに思い至った時にはとっくに手遅れだった。アリアたち三人の周囲を歩く人たちは既にアリアたちの存在をそういった風に認識しているらしく、時折、すれ違いざまに微笑ましいものを見つめるような優しげな眼差しをアリアへと向けてくる。

 

(こ、この扱いには納得がいきません!)

 

 アリアは自身の小学生レベルの小柄な体型に割とコンプレックスを抱いている。ゆえに。等身大の人として見なされているキンジと白雪はともかく、子供として見なされているアリアにとって、現状はたまったものではなかった。どうしてこうなった。どこで道を踏み間違えた。どこで判断を誤った。アリアは心の中で何度も問いかけるも答えは一向にわからない。いつもの冷静さをなくしたアリアが必死に思考するも答えに繋がる糸口すら見つけられない。

 

 そのため。全くもってわからないことをいつまでも考えても仕方がないということで、今度はいかにして現状を脱するかについて、アリアはひたすら脳を駆使して考えを巡らせる。今の自分が白雪を護衛する立場で、今回の花火鑑賞に魔剣(デュランダル)をおびき寄せるという重要性の高い目的があることなどとっくの昔に忘却の彼方だ。

 

「ん? どうした、アリア? 何か様子が変だぞ?」

 

 その時。アリアの様子がおかしいことにいち早く気づいたキンジが、アリアに疑問の眼差しを向ける。表面上では何ら変わった所が見られないというのにアリアの様子が普段と違うことにしっかりと気づく辺り、さすがは一か月もの間アリアと寝食を共にしてきたパートナーといった所か。と、そこで。アリアは一つの打開策を閃いた。

 

「……キンジ。ユッキーさん。少しのどが渇いていませんか?」

「へ? いや、別に――」

「ええ! そうですよね! 渇いてますよね! カラッカラですよね! 何か飲み物が欲しくてたまりませんよね!」

「いや、全然渇いてないって。なぁ、ユッ――」

「では! 私が今からその辺の売店でテキトーに飲み物を買ってきますので、二人は先に人工なぎさの方へ行っておいてください! すぐに戻ってきますので!!」

「――って、おい!? アリア!?」

 

 キンジの否定の言葉を華麗にスルーして売店で飲み物を買うという大義名分を手に入れたアリアは、すぐさまキンジと白雪の元から離脱する。キンジの呼び止める声を無視してアリアは全力疾走する。かくして。周囲からの微笑ましげな眼差しに耐え切れずに思わず戦略的撤退を選択したアリアであった。無論、すぐに戻ってくる気など欠片もない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 結局。どこかへ走り去っていってしまったアリアを捜すかどうか考えた末に、アリアの奇行を放っておくことにしたキンジは白雪とともに人工なぎさで花火大会が始まるまで待機しておくことにした。ここが東京ウォルトランドの花火大会を鑑賞する穴場だということはそれなりに知られているらしく、人工なぎさにはキンジと白雪以外にもチラホラと人影が見える。

 

「アリアの奴、遅いなぁ。何やってんだよ、あいつ。もう花火始まるってのに……」

 

 キンジは携帯で時間を確認しつつ、眉を潜める。アリアは去り際にキンジと白雪にすぐ戻ってくると言っていた。だが。もう30分は経過しているというのに、一向にアリアがキンジたちと合流してくる気配はない。

 

「大丈夫かな、アーちゃん……」

「まぁ、大丈夫だろ。アリアはSランク武偵なんだし」

 

 アリアのことが心配なのか、若干そわそわしている白雪を安心させようと、キンジは白雪に微笑みかける。その一方で、キンジは一瞬だけアリアが一人で先走る形で魔剣(デュランダル)と接触した可能性を考えたが、即座に否定する。

 

 俺は事前の打ち合わせで、魔剣(デュランダル)を見つけたことを理由に単独行動を取る際にはマバタキ信号でその旨を相手に伝えて許可をもらってから行動するよう、アリアと方針を共有している。よって。例えアリアが魔剣(デュランダル)を捕まえたい一心で独断専行に走ったにしても、その前に俺に最低限のメッセージすら残さないというのはアリアの性格上、あまり考えられない。

 

 加えて、アリアが俺たちから離れる際にとった奇妙な言動は、少なくともアリアが魔剣(デュランダル)の姿を捉えたからといった理由とは明らかに一線を画す何かが原因だ。俺の直感がそのことを高らかに主張している。

 

 また。もし仮に俺たちと別行動をしている最中にアリアが魔剣(デュランダル)と接触していたとして、それならばここからでも十分銃声の一つは聞こえるだろうし、殺気の一つくらいは感じるはずだ。そのような物騒な気配を俺が全く察知しないということは、アリアが魔剣(デュランダル)と邂逅している可能性が皆無に等しいことを意味している。

 

 尤も、アリアが魔剣(デュランダル)と接触したにしろ、していないにしろ、今の俺はユッキーの護衛であるため、何か特別な理由でもない限り、丸腰のユッキーを一人にしてアリアの加勢に向かうわけにはいかないのだが。

 

「しっかし。ユッキーとこうして花火を見に行くのって、青森の時以来だよな? 何年ぶりだったか?」

「あ、やっぱりあの時のこと、覚えていてくれてたんだ。キンちゃん」

「まぁな。あの時の花火の派手さとあとで星伽神社の人に怒られた時の恐怖は早々忘れられるようなもんじゃないからな。何かきっかけがあれば、すぐに思い出せる」

 

 キンジは未だアリアのことを心配そうにしている白雪の気を逸らそうと、話題をガラリと変える。過去のことをキンジがしっかりと覚えているという事実に白雪が嬉しそうに声を上げると、キンジは苦笑いで言葉を返す。

 

「キンちゃん、あの時泣いてたもんね」

「泣いてない。あれは涙目だ。ギリギリ耐えてたから、泣いてはいない」

「えー、泣いてたよ」

「泣いてねぇよ。あれはセーフだ」

 

 頑なに泣いていたことを認めようとしないキンジを白雪はおかしそうに見やっていたが、ついに堪えきれなくったのか、フフフッと笑いを零す。過去のことを持ち出された上に笑われたキンジは気恥ずかしい思いから逃れようと、白雪から視線を外す。

 

「「……」」

 

 その後。キンジと白雪との会話が途切れたことで、沈黙の時が訪れる。しかし。その沈黙はキンジにとっても白雪にとっても居心地の悪い類いのものではなく、むしろ心地いいくらいだった。白雪はどこか心に安らぎを与えてくれる沈黙に身を委ねつつ、ふとキンジや自分のことについて、思索にふけることにした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 星伽白雪という人間は、何も物心ついた時からめんどくさがり屋だったわけではない。怠惰な性格をこじらせていたわけではない。幼少期の白雪は、他の子供と比べて少々活発的な、それこそ、その辺にいくらでもいそうなただの女の子だった。そんな明朗闊達を絵にかいたような幼い白雪が星伽神社を十分遊びつくした時、星伽神社の外の世界に憧れたのは当然のことだったのだろう。

 

 外の世界に憧れて。しかし、外へ行くことは星伽神社によって禁じられていて。でも、やっぱり外に行きたくて。だけど、それでも規律を破る勇気がなくて。結局、最初の一歩を踏み出せなくて。外で遊ぶ子供を見つけては、皆は外で遊べていいなぁと羨んで、皆ばっかり外で遊べてズルいと妬んで、なんで私は外で遊べないんだろうと嘆いて、私も外で遊びたいと願って、外で遊べたらどんなに楽しいだろうかと想像して。

 

 やりたいことはたくさんあるのに。それこそ山のようにあるのに。もっともっと自由に生きたいのに。環境がそれを許さない。状況がそれを許さない。出自がそれを許さない。何もかもが白雪を星伽神社に縛りつける枷と化してしまう。

 

 どれだけ望んでも手に入らないのなら。どれだけ願っても掴むことができないのなら。いっそのこと諦めればいい。捨てればいい。叶わない望みはいらない。夢はいらない。だから。こう考えよう。外の世界なんて面倒だと。全然楽しくないと。こっちから願い下げだと。星伽神社に引きこもっていた方が何百倍も楽でいいと。だから私は外に行かないのだと。決して星伽神社によって禁じられてるから外に行けないのではないと。白雪がそう考え始めたのはいつのことだろうか。

 

 そうして白雪は諦めた。外の世界に触れることを諦めた。諦めて。憧れの世界を面倒極まりない世界だと、知識でしか知らないくせに勝手に決めつけて。楽しい要素であふれているであろう世界をくだらない世界だと否定して。

 

 それから。白雪は一瞬でも外の世界に行きたいなどと思わないような性格の構築に取りかかった。かくして。活発的な女の子だった白雪はめんどくさがり屋の仮面を被って生きることとなった。被った当初は薄っぺらくてすぐに外れていた仮面も、時間の経過とともに分厚くなり、容易に外れないようになり、いつしかその仮面自体が白雪の性格となった。

 

 そのような手順を踏むことで、白雪は外の世界に早々に見切りをつけてしまったのだ。手に入らないものを望んでも仕方ないと望みを投げ出してしまったのだ。あたかも『かごのとり』が、自分は空を飛べないのではなく自分から飛ばないことを選択したのだと高らかに主張するために自ら羽をもいだかのように。

 

 そんな折。外の世界をすっかり諦め、その身に怠惰精神を宿し始めた白雪に手を差し伸べたのが遠山キンジその人だった。遠山キンジは白雪を強引に外の世界へと連れ出した。白雪が一度も踏み出すことのなかった世界へと、実にあっさりと連れ出した。

 

 それから。二人は一緒に露店を回った。二人は一緒に花火を見た。花火大会が開催されるということで皆が皆それぞれ浮足立っている世界で過ごす時間は、白雪にとってただただ純粋に楽しかった。何もかもが新鮮で、視界に入ったもの全てがキラキラと思い思いに輝いているように感じて仕方なかった。

 

 そして。そんな楽しい外の世界を経験させてくれた遠山キンジは白雪にとって誰よりも特別な存在と化した。救世主や白馬の王子様、ヒーローといった言葉を当てはめようとするぐらいに、白雪はキンジを特別視した。

 

 しかし。現実を知っている白雪は自身が楽しい外の世界にずっと居続けることができないことを理解していた。ゆえに。遠山キンジが自分とは別次元の世界に生きる存在だとも感じていた。

 

 初めて過ごした外の世界での時間。それは所詮、泡沫の夢。そんなことはわかりきっていた。それでも。嬉しかった。楽しかった。外の世界はこんなにも輝いていて。瞬いていて。白雪が思い描いていた通りの風景が広がっていて。ただでさえ眩しくて輝かしい世界なのに、隣に遠山キンジがいることで外の世界はますます輝かしさを増した。遠山キンジと出会えたこと。それが当時の白雪にとっての、人生の中での一番の収穫だった。

 

 その後。時は流れ、白雪は武偵高に進学することに決めた。遠山キンジがいなくなってからというもの、全然経験してこなかった外の世界を見納め目的に拝んでおこうと、すっかり心に染み渡った怠惰感情の中でほんのちょっとだけ意欲を持ったことが主な理由だった。

 

 星伽神社は反対しなかった。白雪が強大な力を秘めているにも関わらず、怠惰の権化と化している現状に何か手を打たないといい加減マズいとでも考えた結果なのだろう。大方、白雪のだらけきった性格の矯正を目論んでいるものと思われる。

 

 そして。東京武偵高の入学試験の日。白雪は複数の自分の体目当ての男子武偵に行く手を阻まれたことで、外の世界が何一つ汚れていない素晴らしい世界ではないことを知った。多かれ少なかれ、面倒事の存在する世界だと知った。

 

『お前ら、寄ってたかって一人の女の子囲むって、武偵以前に人間としてどうかしてるんじゃねえの? 恥ずかしいとか思わないのか?』

 

 しかし。そこで。白雪に泡沫の夢を与えてくれた救世主は再び現れた。以前よりそれなりに体つきががっしりとして、背も随分と高くなって、声も低くなって、目つきも多少きつくなって、でも、あの時と全く変わらない遠山キンジが現れた。現れて、白雪を助けてくれた。

 

 そして。遠山キンジは今もこうして白雪の傍にいる。白雪の傍で、また泡沫の夢を見せようとしてくれている。白雪は、そんな優しい遠山キンジが異性として大好きだ。そんな遠山キンジに密かに恋をしている。そんな遠山キンジと結ばれたいと心から思っている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……キンちゃんって凄いよね」

 

 ひとしきりキンジや自身のことについて思い返していた白雪が吐息混じりに自身のキンジへの評価を口にすると、キンジは「ん? どうした、いきなり?」と、不思議なものを見るような眼差しを白雪に向ける。

 

「いや、キンちゃんって凄いなぁーって思って」

「そうかぁ? 俺なんてまだまだだと思うけど?」

「そんなことない。キンちゃんは凄いよ。だってキンちゃん、私の心にスッて入って来れるもん。今日だって、いつもの私なら絶対に外出しようとしないはずなのに、ちゃんと私を外に連れ出してくれてるしね」

「……まぁ、これでも少しはユッキーのこと、わかってるつもりだからな」

「そっか。……でも、またこうして、花火を見ることになるなんて思わなかった。ホント、夢みたい」

 

 白雪は感嘆の息を吐いて、幸せそうに言葉を紡ぐ。

 

 そう、夢なのだ。これも所詮は泡沫の夢。わかっている。わかりきっている。ここで今から見る花火も。キンちゃんと恋人関係になりたいという願いも。だけど。両者には違いがある。前者はキンちゃんが叶えてくれる。泡沫の夢を見せてくれる。でも、後者は不可能だ。いくら私がやる気になったとしても、おそらく私がキンちゃんと結ばれることはない。

 

 いくら結ばれたいと願ったとしても、私が抱えている事情は、星伽神社という名の枷はあまりに重すぎる。それをキンちゃんに背負わせたくはない。だから。『キンちゃん×私』を望む気持ちは妄想の中だけに留めておく。うっかり蓋が開いて、キンちゃんへの好意があふれ出てしまわないように心の奥底に厳重に封印する。叶わない夢に見切りをつけるのは、早々に何かを諦めるのは、昔から慣れているのだ。

 

「夢みたいも何も、花火を見に行くことぐらい、時間があればいつでもできるだろ。こんなの、全然特別なことじゃない」

「ううん。特別だよ。私にとっては、凄く特別」

 

 白雪の言葉に何となく違和感を感じつつ言葉を返すキンジに、白雪はフルフルと軽く首を振る。

 

「星伽の巫女は守護(まも)り巫女。いついかなる時でも、身も心も星伽を離るるべからず。だから。私はホントは星伽神社の許可なく外出しちゃいけない存在なの」

「……何だよ、それ」

 

 白雪がゆっくりと口にした言葉に、キンジは思わず絶句する。次にキンジが感じたのは怒りだった。いくらユッキーの実家だからといっても、やっていいことと悪いことがある。格式を重んじる風潮なのか知らないが、時代錯誤も甚だしいものを重要視して白雪を狭い世界に縛りつける星伽神社のやり方に、キンジは酷く怒りを覚えた。

 

「だから。ありがとう、キンちゃん」

 

 しかし。キンジの怒りがうっかり爆発することはなかった。白雪がキンジの意表を突く形で感謝の意を表したことで、キンジが拍子抜けしたからだ。

 

「……え?」

「昔も今も、こうして私を外の世界に連れだしてくれて。何もかも諦めて、だらけてばっかりの私を見捨てないでいてくれて。私に夢を見させてくれて」

 

 白雪はそこで一度言葉を切ると、トテトテと歩いて、いきなり感謝の言葉を言われて戸惑っているキンジの前面に回る。

 

「――私は今、すっごく幸せだよ」

 

 そして。白雪は満面の笑みでキンジを見上げて自身の正直な気持ちを言葉に表した。瞬間、時が止まったかのようにキンジは静止する。「ん? あれ? キンちゃん?」と白雪がキンジの目の前で手を振るもまるで反応がない。「んー?」と白雪が間延びした疑問の声とともに首をコテンと傾けていると、突如、再起動を果たしたキンジによるチョップが炸裂した。

 

「あう!?」

「……ったく、何を言うかと思えば。変にフラグを立てるのは陽菜だけにしてくれ」

 

 白雪にチョップをお見舞いしたキンジは、そのまま右手でグシャグシャと白雪の頭を乱暴に撫でる。白雪が髪が乱れるとの抗議声明を提示してきても構わずに、キンジは白雪の頭を撫でる。第三者からすれば、その光景は恋人同士がじゃれあっているように映ったことだろう。

 

 ――と、その時。人工なぎさに爆発音が響いた。

 




キンジ→白雪の満面の笑みに数瞬だけ骨抜きにされた熱血キャラ。
アリア→周囲の微笑ましいものを見るような目線に耐え切れず、逃亡した子。護衛の任務放棄とも言える。
白雪→実はキンジのことを異性として好きだと考えている子。諦め癖を持っている。

 ということで、やっと書けましたよ。実はユッキーは単なるめんどくさがり屋じゃなくて、諦め精神が心の奥底まで染みついちゃったがゆえに怠惰化した子だって話。何気に第二章のテーマは『諦め』ですしね。にしても、ユッキー可愛いよユッキー。今回は特に可愛いよユッキー。


 ~おまけ(ネタ:もしも星伽神社が商売に走っていたら)~

白雪「星伽の巫女は守護(まも)り巫女。いついかなる時でも、身も心も星伽を離るるべからず。だから。私は――星伽神社の発売するグッズを最低一つはいつでも所持してないといけないの」
キンジ「……え、グッズ?(←目を丸くしつつ)」
白雪「うん! 見て見て! この『こなちゃん人形』! すっごく可愛いでしょ!? 萌えるでしょ!?(←二等身の星伽粉雪の人形をキンジに見せつけつつ)」
白雪「あ、もちろん『かざちゃんキーホルダー』も『きりちゃんクリアファイル』も『はなちゃんナイフ』も可愛いよ! 他にも色々な種類があるけど、星伽神社でしか販売されてなくて、一日に売られる数も限られてるから、知る人ぞ知るレア商品として結構人気高いんだよ! 今や星伽神社の収入源の一つだしね!」
キンジ「な、何やってんだよ、星伽神社……(←引きつった顔で)」


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45.熱血キンジと釣られた者


アリア「レッツ、名誉挽回」

 どうも、ふぁもにかです。今回は、キンジとユッキーが何だかいい雰囲気になっている間にアリアが何をやっていたのかが明らかになります。あと、今回は『熱血キンジと冷静アリア』執筆史上初の文字数の多さです。何と、約9600字もあります。どうしてこうなった。

 あと。今回、あまりに『魔剣(デュランダル)』という単語を使ったので、見づらくないようにと魔剣(デュランダル)のルビ振りを解除しましたけど、まぁいいですよね? 皆さん、もう魔剣と書いてデュランダルと読むって理解できてることでしょうし。



 

 その時。キンジと白雪のいる人工なぎさに爆発音が響いた。周囲にチラホラ見かける人々が「花火が始まったのか?」などと言って夜空の方に目を向ける中、キンジはハッと葛西臨海公園の方へと顔を向ける。キンジには爆発音の発生源が葛西臨海公園からのもので、先の爆発音が少なくとも花火の音ではないことをわかっていた。

 

 キンジはその爆発音の正体を知っている。これは、大きな音で相手の戦意を根こそぎもぎ取る目的で使われる武偵弾、音響弾(カノン)の爆音だ。キンジは一瞬、今の音は自身の聞き間違いではないのかと己の耳を疑うも、すぐに否定する。つい最近、キンジに襲いかかってきたレキが使用してきたこともある音響弾の音だ。聞き間違えるはずがない。

 

(まさか、アリアが魔剣と接触したのか!?)

 

 アリアが動きづらい浴衣を着ているというハンデを背負った上でイ・ウーの一人:魔剣と対峙しているかもしれない。キンジがその可能性に思い至った刹那、音響弾の爆音が生じた方向から自身へ向けて刺すような鋭い殺気が放たれたことを察知した。

 

(……これは、誘ってるのか? どういうつもりだ?)

「キンちゃん。アーちゃんの所に行ってあげて」

「……え?」

 

 魔剣を釣り上げようとしているキンジを魔剣がわざわざ自分の手元に誘い込もうとしていることに、キンジが何とも言えない異様さを感じていると、白雪から一つの提案がなされた。不意打ち気味に白雪から示された提案にキンジはつい目をパチクリとさせる。

 

「いや、だけど――」

「私は大丈夫。ここで待ってるから。ここにも人はいるから、魔剣もうかつに仕掛けてこないと思うよ? それに。私も一応星伽の武装巫女だし、ある程度は自分の身を守れるから、ね?」

 

 キンジがたとえ一時であっても白雪を一人にすることを躊躇していると、白雪がキンジを安心させるようにニヘラと笑みを浮かべる。キンジの背中を押す言葉を投げかけてくる。

 

 アリアが早々負けるとは思えないが、音響弾の効果は強大だ。使うタイミングさえ間違えなければ大抵の相手を一発でダウンさせることができる危険極まりないアイテムだ。そんな切り札的存在である音響弾が使用された以上、戦闘に突入したであろうアリアと魔剣との間で勝敗を決する決定打が放たれたと考えていいだろう。そして。現状では、武偵弾の類いを持っていないアリアが一刻を争う状況下に陥っている可能性が高い。確かに、ユッキーの言う通り、アリアの元へ急がないと間に合わないかもしれない。全てが手遅れになるかもしれない。

 

「……それもそうだな。わかった。2分で戻るから、ここで待ってろ。あと、何かあったら大声で呼んでくれ。いいな?」

「あいあーい」

「返事は一回だ」

「あい」

「よし。じゃあ行ってくる」

「うん。いってらっしゃ~い」

 

 キンジが白雪と夫婦みたいなやり取りを繰り広げた後。何とも緊張感に欠ける白雪の送り出しの言葉を背に、キンジは音響弾の音が響いた方へと一目散に駆け出した。アリアの無事を祈りつつ。魔剣との対戦に向けて緊張感を高めつつ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少しさかのぼる。

 

 

「……ハァ。何をやっているのでしょうか、私は……」

 

 アリアは陰鬱なため息を吐きつつ、人工なぎさへの道のりをトボトボと歩いていた。アリアの脳裏でアリアを責めたてるようにして繰り返し何度も再生されているのは、約30分前に自身がやらかしてしまった失態の映像である。それは、周囲の人たちから実年齢よりも遥かに下だと思われるのが嫌だという他人からすれば非常にどうでもいい理由でキンジと白雪から逃げてしまった過去の愚かしい自分の映像である。

 

 強襲科(アサルト)Sランク武偵として、幾多もの凶悪犯罪者を逮捕し続けてきた実績を持つ者として、白雪の護衛任務を放棄したともとれる愚かな行動を安易に選択してしまったことが、アリアの表情を暗くさせていた。今が魔剣を釣るというそれなりにリスクの高い目的を遂行しようとしている最中なだけに、軽率な行動に走ってしまったことが、アリアに深い後悔の念を抱かせていた。

 

 結果。中々キンジ&白雪と合流する気になれずに10分ほど葛西臨海公園の周辺をフラフラとしていたアリアだったが、いつまでも放浪しているわけにはいかないと自身を奮い立たせて、ようやく人工なぎさへと足を運んでいるというのが今のアリアの状況だ。ちなみに。飲み物を買ってくることをキンジたちから逃げる大義名分とした手前、アリアの手には5つのペットボトルの入ったレジ袋が提げられている。

 

「……?」

 

 と、その時。アリアはふと違和感を感じた。それは普通の人なら絶対に感じることのない類いの違和感だった。いや、普通という括りから外れた者であってもその大抵が軽くスルーしてしまいそうなほどに希薄な違和感だった。例に漏れず、アリアも違和感を軽く無視しようとした。だが。刹那。アリアの中で何かが引っかかった。

 

(この感覚は、一体……)

 

 アリアは周囲一帯に視点をさまよわせる。自身がほんの僅かな違和感を感じている元を特定しようと視線をあちらこちらに動かす。と、そこで。アリアの視線が、とある一点で固まった。

 

 アリアの見つめる先に、悠然とした足取りで歩く一人の少女がいた。艶のある黒髪をツインテールに束ね、黒を基調として所々に赤い花が描かれている浴衣を身に纏った少女だ。

 

 それだけならアリアが注目することはなかった。自分のことをちゃっかり棚に上げて、女子が夜道を一人で歩くなんて危ないなと心配するぐらいだっただろう。だが、その少女は明らかにおかしかった。

 

 ――気配が全くないのだ。こうしてアリアが視界に収めているというのに、しっかりと少女の姿を目で追わなければ簡単に見失ってしまいそうになるほどに、少女からは気配という気配が感じられなかった。実際、少女の周囲を歩く人たちのほとんどは気配のない少女のことを気にも留めていない。その場に存在することに気づいていない。

 

 明らかに怪しい少女。絶対に見失わないように注意しつつしばらく目で追っていると、唐突にアリアの直感が告げた。あの女が、あの女こそが、魔剣だと。そこからのアリアの行動はまさに疾風のごとく俊敏だった。

 

「動かないでください。ストップです」

 

 アリアは少女に気づかれないように少女の背後を取ると、浴衣から取り出した黒のガバメントを少女の背中に突きつけながら、冷たい声音で一言命令する。もちろん、周囲を歩く人たちに銃器が見えないように、自身の体でガバメントを隠すことも忘れない。アリアにいきなり銃口を突きつけられた少女は、無言のままピタリと動きを止める。

 

「一つだけ、私の質問に答えてください。答えはYESかNOかでお願いします。拒否権は認めません。沈黙はYESとみなします。わかりましたか?」

「……YES」

「では、質問します。貴女は魔剣ですか?」

 

 アリアは既に眼前の少女が魔剣だという確信を持っているのだが、万一のことも考えて当人から確認を取ろうとする。すると。今まで全然感じられなかった少女の気配が、少女の体からブワッと噴き出すようにしてあふれ始めた。あふれ出た気配は、とても普通の少女が持っているとは思えないような、凶悪で邪悪なものへと変質する。

 

「……YES。クククッ。そうだ、我が魔剣だ。その声は神崎ヶ原・H・アリアドゥーネか? よもや、正体不明の誘拐魔として名高い我を見つけ出すとはな……クククッ、ホームズの血を継ぐ者の直感は実に侮れんな」

 

 凛とした鈴の音のような芯の通った声が、愉快そうに言葉を紡ぐ。今頃、少女は口角を吊り上げていることだろう。ビンゴだ。アリアはキッと少女の背中を睨みつけた。まさかホントに魔剣がユッキーさんを誘拐しようとこのタイミングで出向いてくるとは思わなかったと、内心でこっそりと驚きつつ。これは罠だと一瞬でも考えなかったのだろうかと、心の奥底で疑問を抱きつつ。

 

「そうですか。なら、神崎かなえの名前は知っているでしょう? 貴女が濡れ衣を着せた相手です。ですが、人に罪をなすりつけてのうのうと生活できるのは今日までです。貴女が犯した107年分の罪、きちんと償ってもらいますよ?」

 

 目の前に母親を犯罪者に陥れた憎き敵の一人がいる。それだけで理性のタガが容易に外れてしまいそうになるが、アリアは努めて平静を保つ。うっかり感情が暴発しないように細心の注意を払う。感情のままに行動することがどれほど悪手なのかは、先の失態で既に学んでいる。同じ失敗を二度繰り返す気などアリアには更々ない。

 

「クククッ、威勢がいいのはいいことだ。その威勢のよさをリコリーヌに分けてやりたいくらいだ。しかし、いいのか? こんな所で銃を持ち出して。ここには少数だが人はいる。ましてや、今は夜。暗闇で視界が良好といえない中で一度でも銃声が響けば、ここはたちまちパニックに陥るぞ? それがわからない貴様ではあるまい?」

「ッ! 動かない、で……ッ!?」

 

 何がおかしいのか。魔剣は肩を小刻みに震わせつつ、アリアに銃口を向けられているというのに、ゆっくりとアリアの方への振り返ろうとする。アリアは魔剣の動きを止めようとガバメントをグリグリと魔剣の背中に押しつけようとして――声を失った。

 

 アリアの双眸が捉えた魔剣の顔は。透き通るような真紅の瞳を持ち、小学生レベルの童顔をした魔剣の顔は。まさしく、アリアが普段鏡を通して見慣れている神崎・H・アリアの顔そのものだった。魔剣は、神崎・H・アリアの黒髪バージョンと表現すべき見目をしていた。違う所といえば、精々体格ぐらいのものだろう。

 

「――わ、私!?」

 

 まさか魔剣と相対する状況下で自身の顔を見ることになるとは思わなかったアリアは、思わず動揺の声を上げる。目に見えて動揺の色を表す。その隙を突く形で、魔剣はアリアの膝裏を蹴ってアリアに膝をつかせると、「クククッ」と嘲笑を残して身をひるがえし、その場から消え去った。

 

「……くうぅぅ! やられました!」

 

 魔剣を捕まえるどころか、魔剣に膝カックンをされ、さらには逃げられてしまった。さっきの自分そっくりの顔も魔剣の変装によるものに違いないだろう。魔剣に上手いように出し抜かれたという事実を前に、アリアはあまりの悔しさにギリリと歯噛みする。と、その時。辺り一帯に爆発音が響いた。アリアの真横の茂みの方からだ。

 

「……これは私を誘っているのでしょうか? 舐めるのも大概にしてほしいですね。ええ」

 

 ゆっくりと立ち上がったアリアは迷わず茂みの中へと突入する。自身の居場所を教えるかのように爆音を発生させた魔剣を痛い目に遭わせてやるとの殺意に似た思いを胸に。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 茂みの中は光源となるものがほとんどなく、辺りは真っ暗と言ってもいい状況だった。不規則に立ち並ぶ木々の間から差し込む月や星の光が、僅かながら提供されているくらいだ。しかし。アリアは平然と茂みの中を突き進む。この程度の視界の悪さは強襲科Sランク武偵にしてみれば何のことはないのだ。

 

「……」

 

 足元まで伸びている木の根をひょいと軽くジャンプしてかわしつつ、茂みの奥へと歩き進めていると、ガサガサとアリアの前方から誰かが近づく音が聞こえてきた。アリアは警戒レベルを最大限にまで上げて、いつでも発砲できるようにガバメントに手を掛ける。そのままアリアが待機していると、すぐに自身の元へと近づいてくる者の正体が明らかとなった。アリアの目の前にやってきたのは、魔剣ではなくキンジだった。

 

「キンジ!?」

「ッ!? アリア! 無事だったか!? ――って、ちょっ!?」

 

 目の前の茂みから現れたキンジは何一つ怪我をしていないように見えるアリアの姿を見つけて、すぐさまアリアの元へと駆け寄っていく。しかし。つい先ほど自分そっくりの顔をした魔剣に一本取られたばかりのアリアは警戒心に満ちた表情でキンジを見つめ、目の前の人物が本当に遠山キンジかどうかを手っ取り早く確かめようと発砲する。

 

 キンジは突然自身の胸元へと銃弾を放ってきたアリアに目をギョッとさせつつも、とっさに左手に持っていたバタフライナイフを迫りくる銃弾と垂直になるように移動させ、銃弾切り(スプリット)を駆使して事なきを得てみせる。銃弾を切るというとんでもない方法で危機を回避したキンジを目の当たりにしたアリアは、眼前の人物への警戒を解く。いくら魔剣といえど、今キンジがやってのけたような軽く人間離れした芸当ができるとは思えなかったからだ。

 

「いきなり何すんだよ、アリア!? 危ないだろ!?」

「……どうやら本物のキンジのようですね。確かめるような真似をしてすみませんでした」

「は? 確かめるって、何をだよ?」

「貴方が魔剣かどうかですよ。先ほど、私の顔に変装していた魔剣に一杯食わされましたので、同じ手を使って奇襲を仕掛けてきたのではないかと思ったのですよ」

「ッ! やっぱり魔剣と接触していたのか!?」

 

 アリアに詰め寄って問いかけてくるキンジに、アリアは返事代わりに一つうなずく。加えて。今どこに魔剣が潜んでいるかわからないということで、「あまり大声で話さないでください」とキンジに注意を促す。

 

「ところで、ユッキーさんはどうしたのですか? 後ろについてきているのですか?」

「いや、人工なぎさの方に置いてきた」

「置いてきたって、まさかユッキーさんを一人にしてるんですか!?」

「仕方なくな。この辺から音響弾の音と殺気を感じたから、この辺りにアリアと魔剣がいるんじゃないかと思ってきたんだけど……魔剣の方はいないみたいだな」

「キンジもあの爆発音をたどってここに来たのですか……」

「そう言うってことは、アリアもか?」

「はい。さっき接触した時は不覚にも逃げられてしまいましたので。すみませんでした、キンジ」

「別に謝らなくていい。で、率直に言って、魔剣の実力はどうだった?」

「まだ未知数です。超能力(ステルス)の有無も不明ですしね。ですが、最低でも峰さんぐらいの実力はあると思った方がいいでしょう」

「わかった」

 

 キンジとアリアは決して魔剣の耳に届かないよう、互いに顔を突き合わせて小さな声で情報交換を行う。と、刹那。キンジはあることに気づいた。

 

「……ん? ちょっと待て」

「? どうしましたか、キンジ?」

「俺もアリアも音響弾の爆音を追ってここに来た。だけど。今の所、ここに魔剣の姿は見当たらない。息を潜めてチャンスを伺ってるだけかもしれないけど……これって、もしかして俺たちの方がハメられたんじゃねぇか?」

 

 キンジは眉を潜めて、アリアとのこれまでの会話で得た情報を言葉での表現を通して整理する。すると。その結果として自然と導き出された一つの仮定に、キンジは冷や汗を流す。

 

「まさか――!?」

「あぁ、多分そのまさかだ! ここに魔剣はいない! 俺たちは魔剣を釣るどころか、二人してここに釣られたんだ! ユッキーから引き離されたんだ! 急いで戻るぞ、アリア! ユッキーが危ない!」

「わかっています!」

 

 キンジは焦りの表情を浮かべて、来た道を引き返す。ついさっきまで隣で話していた白雪が魔剣の手によって一気に手の届かない存在になりそうで。どこかに消えていってしまいそうで。そのような最悪の事態を避けるために茂みを駆け抜ける。アリアも全速力でキンジの後を追随していく。

 

 

――だから。ありがとう、キンちゃん。

 

――昔も今も、こうして私を外の世界に連れだしてくれて。何もかも諦めて、だらけてばっかりの私を見捨てないでいてくれて。私に夢を見させてくれて。

 

――私は今、すっごく幸せだよ。

 

 

 白雪の元へと全力で駆けるキンジの脳裏に先の白雪の言葉がよみがえる。ガンガンと頭の中で何度も反響する。どうしてあの時、ユッキーがあのような感謝の言葉を言ったのかはわからない。単なるユッキーの気まぐれかもしれない。けど、今になってみれば、これじゃあまるで――

 

(――ユッキーが、自分が誘拐されるって端からわかってたみたいじゃないかッ!)

 

 ユッキーは巫女占札による占いができる。その占いはユッキー曰く、抽象的な答えが提示される類いのモノらしいのだが、これが結構当たる。もしかしたら、ユッキーは一度それで自分の未来のことを占っていたのかもしれない。そこに。魔剣に誘拐される旨のことでも示されていたのかもしれない。それで、さっきユッキーは普段は言う必要のない感謝の言葉を残したのかもしれない。

 

(所詮は占いだ。外れることだってある。当たってたまるかよ!)

 

 白雪が無事であることを心から祈りつつ、キンジはさらに駆けるスピードを速めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少々さかのぼる。

 

(アーちゃん、大丈夫だといいけど……)

 

 白雪は徐々に遠くなっていくキンジの背中を心配そうに見つめる。キンジの表情からアリアに何かあったのだと解釈した白雪にとって、現時点での一番の懸案事項はアリアの安否だった。自身がこっそり計画している『キンちゃん×アーちゃん作戦』が見事成功することを期待している白雪からすれば、アリアの無事は最も望むことだった。キンジの無事に関しては言うまでもない。

 

 白雪は常々考えていた。悪人をバッサバッサとやっつけるカッコいいキンちゃんには誰かヒロインが必要だと。ヒーローには彼の行いを基本的に肯定して、全力で支えてくれる存在が必要だと。

 

 本当なら自分がそのような存在になりたいと考えている。しかし、それが無理なことはとっくの昔にわかりきっている。そのことについて白雪はとっくに諦めている。それゆえに。白雪はせめてキンジにはなるべく女難をもたらさないような女の子と、さらに欲を言うならば、ただキンジの後ろに引っついていくのではなく、共に足りない部分を支え合うような仲を築ける女の子と付き合ってほしいと考えていた。

 

 しかし。そのような条件を満たした人が簡単に見つかるわけがなく(※そもそも自分から能動的に探そうとしていないため)、どうしたものかと考えていた折、白雪はキンジと一緒にやってきた一人の少女と出会った。その子:神崎・H・アリアを一目見た時、白雪の中で「この子だ!」とビビッと来たのは記憶に新しい。

 

 そんなアリアがキンジのパートナーとなってくれたことは正直言ってありがたかった。これなら『キンちゃん×アーちゃん作戦』が成就しやすいと心から思った。異性をパートナーとして選んだ武偵は、恋愛事情を一ミリたりとも孕まないビジネスライクな関係もあるにはあるが、大抵はパートナー同士の恋愛に発展するものだから。尤も、キンジのアリアを見る目が恋愛云々ではなく親愛の念のこもった眼差し、つまりは気の置けない友達に向ける目をしている以上、そう簡単に事は運びそうにないのだが。

 

 しかし。登るのが困難な壁ほど乗り越え甲斐があるものだと、白雪はポジティブ思考の元で、アリアを異性として見ていなさそうなキンジのことを捉えていたりする。普段はやる気というやる気が欠如しまくっているくせにこういう事には惜しみなくエネルギーを注ぎ込もうとするきらいのある白雪らしい考えと言えよう。 

 

 とはいうものの、白雪は『キンちゃん×アーちゃん作戦』を成功させるために裏で暗躍、なんてことはしていない。ただ、キンちゃんとアーちゃんが恋人関係になったらいいなぁーと、のほほんと考えているだけである。

 

「ん、メール……」

 

 キンジの走り去った方向を見つめ続けていると、ふと白雪の携帯がメールの着信音を奏で始めた。白雪は携帯をパカッと開くことすらめんどくさいという怠惰感情の赴くままに、メールの存在自体を忘れ去ろうとしたが、キンちゃんやアーちゃんからの大切なメールかもしれないと思い直して、浴衣から携帯を取り出す。

 

「……無題?」

 

 メール画面を開くと、そこにはアドレス帳に登録されていない、送信者不明の無題のメールが届いていた。何だ、ただの迷惑メールか。そう判断を下した白雪だったが、一応念のためにと、ポチポチっとボタンを押して、メールの内容に目を向ける。

 

 

『星伽ノ浜白雪奈。貴様をイ・ウーへ招待してやろう。興味があるのならば、アドシアード初日に地下倉庫に一人で来い。歓迎してやろう。詳しい時間は追って連絡する。だが。我の招待を断るというのならば、遠山麓公キンジルバーナードが、神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが、そして武偵高の全生徒がどうなっても知らんぞ? 賢明な判断を期待する。

                      ―――by.銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)

 

 

 メールに書かれていたのは自身を狙う魔剣からの招待状の形をした脅迫状だった。端的に内容をまとめるなら、『星伽白雪。お前をイ・ウーへ招待する。アドシアード初日に地下倉庫に来い。従わなければ、武偵高の生徒全員を殺す』といった所だろうか。

 

「――まぁ、こんなものだよね」

 

 メールの中身をしっかり確認して内容をちゃんと記憶してからメールを削除し、携帯をしまった白雪の口からため息混じりの声が漏れる。その声に含まれていた感情は、諦念だった。

 

 白雪は知っている。幸せな日々というものは概していつまでも続かないということを。

 白雪は何となく悟っていた。イ・ウーが何なのかは知らないが、そこに行けばもう、キンジやアリア、そして武偵高の皆とともに過ごす日々が泡沫の夢と化してしまうことを。

 

 それでも。白雪は、キンジやアリアとともに過ごす日々を早々に、いつものように諦めた。武偵高でのんびりゆったりと生きる日々を、これまで通り、叶わぬ夢と切り捨てた。

 

「あー、面倒だなぁ……。でも、皆には色々とお世話になってきたからね。これ以上は迷惑かけられないよね? 皆の負担になるわけにはいかないよね?」

 

 白雪は自身にゆっくりと語りかける。胸に両手を当てて、言い聞かせる。心にじわじわと染み込ませるようにして語りかけることで、望みを心の奥に封印する。

 

「ごめんね。キンちゃん、アーちゃん」

 

 そして。本当の気持ちを無理やり心の中に押し込んだ白雪は、少しだけ切なげな表情で夜空を見上げた。花火は、まだ上がらない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ユッキー!」

「ユッキーさん!」

「ん? あ、おかえりぃ」

 

 キンジとアリアが白雪のいる人工なぎさへと戻ってきたのは白雪が夜空を仰いだ1分後のことだった。白雪の元へとたどり着いた二人は両膝に両手を置いて、肩を大きく上下させる。ペース配分を弁えずに全力でダッシュしてきたために息を切らした二人は新鮮な空気を存分に肺に取り込む作業に移行する。一方。二人に愛称を呼ばれた白雪はまず首だけを後ろに向けて、それから二人と正面から向き合うように振り返る。

 

「……って、キンちゃんもアーちゃんもどうしたの?」

「だ、大丈夫、だったか、ユッキー!?」

「デュ、魔剣に、何も、され、ません、でしたか!?」

「うん。大丈夫だよ」

「ハァ、良かっ、た……」

「ホント、ですよ、全く。生きた、心地が、しません、でしたよ」

 

 息が切れ切れのままで、それでも白雪に問いかけるSランク武偵二人に白雪はニッコリと笑いかける。すると。白雪の言葉を一切疑うことなく、キンジとアリアは心から安堵する。罪悪感からか、白雪の心がチクリと痛んだ。

 

 と、その時。ドンという音と、ひゅるるるるるという音が遠くから聞こえてくる。三人が弾かれたかのように顔を上げると、それを待ちかねていたかのようにバァンと花火が弾けた。その一つの花火を契機として、いよいよ花火大会が幕を開けた。いくつもの花火が打ちあがっては夜空をカラフルに彩っていく。三人は無言で、三者三様の気持ちでそれぞれ花火を眺めていた。

 

 キンジは「やっぱり実際にこうして生で見ると違うよなぁ」と、頭の中でテレビで見た花火と目の前の花火とを比較した上での感想を抱いていた。アリアは日本の花火を初めて見たため、ただただ花火に圧倒され、言葉をなくしていた。白雪は打ち上げられては消えていく花火を綺麗だなと感じつつも、一抹の寂しさも同時に感じていた。

 

 東京ウォルトランド主催の花火大会が終了したのは、1時間後のことだった。

 




キンジ→ジャンヌの策にまんまと釣られた者その1。通常モードのままでも銃弾切り(スプリット)ができる。
アリア→ジャンヌの策にまんまと釣られた者その2。キンジと違って二度もジャンヌに出し抜かれたため、悔しさもひとしおだったりする。
白雪→何気にウソをつくのが上手い怠惰巫女。何かと諦めの感情がついて回る模様。
ジャンヌ→策士として上手いことキンジ&アリアを出し抜いた厨二病患者。

 さーて。花火鑑賞回も無事に(?)終わったことですし、いよいよ厨二ジャンヌちゃんとの決戦の時は近いですよ。そろそろ『皆TUEEEEEE!!』のタグが本格的に活かされる頃合いでしょうかね? まぁ、お楽しみに。


 ~おまけ(その1 アリアは同志を募り始めたようです)~

アリア「動かないでください。ストップです(←銃口を突きつけつつ)」
ジャンヌ「……(←無言で静止するジャンヌ)」
アリア「一つだけ、私の質問に答えてください。答えはYESかNOかでお願いします。拒否権は認めません。沈黙はYESとみなします。わかりましたか?」
ジャンヌ「……YES」
アリア「では、質問します。貴女は犬派ですか?」
ジャンヌ「……(は? なにその質問? 我が魔剣だと奴の直感で感づかれたのではないのか? というか、我は犬も猫も等しく好きだから、犬派なのかと問われてもそう素直に答えられ――)」
アリア「聞こえませんでしたか? なら、もう一度聞きます。貴女は犬派ですか?(←絶対零度の眼差しを向けつつ)」
ジャンヌ「……(ちょっ!? なぜ我はこんなにも冷たい眼差しを向けられている!? 心なしか、神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが修羅を纏っているように見えるぞ!? これは一体どういう――ハッ! そうか! そういうことか! 我は奴の質問に沈黙で返した! この場において沈黙はYESと判断される! それで奴の雰囲気が凶悪なものに変わったということは、奴は生粋の猫派! つまり、ここで我が犬派だと宣言すれば、猫派である奴が暴走しかねない!)」
ジャンヌ「……NO。我は猫派だ」
アリア「そうですか。奇遇ですね、私も猫派なんですよ。猫が大好きな者同士、またどこかで会う機会があったらよろしくお願いしますね(←銃をしまってどこかへと去っていくアリア)」
ジャンヌ「何だったんだ、一体……(←アリアの後ろ姿を見やりつつ)」

 一分後。

アリア「動かないでください。ストップです(←別の人に銃口を突きつけつつ)」
男の人「ひッ!?(←思わず固まる一般人男性)」
アリア「一つだけ、私の質問に答えてください。答えはYESかNOかでお願いします。拒否権は認めません。沈黙はYESとみなします。わかりましたか?」
男の人「……い、いいいYES(←ガクガク震えつつ)」
アリア「では、質問します。貴方は犬派ですか?」
男の人「へ、えッ!?」
ジャンヌ「(他の奴にも同じことやってる!?)」


 ~おまけ(その2 ネタ:もしもジャンヌがギャル語使いの別の意味で痛いキャラだったら)~

白雪「ん、メール……(←携帯を取り出してメール画面を表示させつつ)」
白雪「……無題?」
メール文『ぇっとね、ュッ≠→さω★ 貴女をィ・ゥ→に招待Uょぅと思っτるωた〃★(*^^)V
た〃から★ 了├〃シ了→├〃初日に地㊦倉庫に来τ<れたら嬉Uぃな★ (*ノωノ)≠ャッ
もU来なかったら、寂U<τ遠山<ωゃ神崎さωゃ武偵高σ皆にィ勺ズラUちゃぅそ〃☆
                           ――魔女っ娘:〒〃ュラ冫勺〃儿ょり』
白雪「何これ可愛い。凄く可愛い。……けど、これ、暗号かな? 何て書いてあるんだろ?」

 ちなみに、メール原文は以下の通り。

『えっとね、ユッキーさん。貴女をイ・ウーに招待しようと思ってるんだ(*^^)V
だから。アドシアード初日に地下倉庫に来てくれたら嬉しいな。(*ノωノ)キャッ
もし来なかったら、寂しくて遠山くんや神崎さんや武偵高の皆にイタズラしちゃうぞ☆
                             ――魔剣より』


 ~おまけ(その3 葛西臨海公園駅での出来事 副題:ジャンヌはチョロい娘?)~

ジャンヌ「チッ。遠山麓公キンジルバーナードと神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが邪魔で中々星伽ノ浜白雪奈に仕掛けられないな。まぁ、奴らは我を釣ろうとしているようだからそれも当然か。さて、いかにして奴らを分断するか……(←三人を尾行しつつ)」
チャラい男A「おっ、ねぇねぇ君一人?(←ジャンヌの行く手を遮りつつ)」
チャラい男B「だったら俺たちと遊ばない?」
チャラい男C「大丈夫だって。悪いようにはしないから」
チャラい男A「むしろ気持ちよくしてあげるからさ」
チャラい男A~C「「「ヒャハハハハハハッハハハハ!!」」」
ジャンヌ「いや。すまないが、我には用事があるのでこれで失礼す――(←平然と通り過ぎようとしつつ)」
チャラい男B「おっと。そんなつれない態度取るなよ(←再びジャンヌの行く手を遮りつつ)」
チャラい男A「俺たちと楽しいことしようぜ」
チャラい男C「俺たちともっと話そうぜ。どうせ大した用事じゃないんだろ?」
ジャンヌ「……(む、面倒なのに引っかかってしまったな。何だ、こいつら? 機関のエージェントか? それとも別の組織の連中か?)」
チャラい男A「つーか、こいつ我っ娘? さっき一人称『我』だったよな?」
チャラい男C「へぇー! 珍しいじゃん! 二次元の世界にしかいないもんだと思ってたぜ!」
ジャンヌ「……(目障りだな。凍らせるか? いや、しかし、安易に超能力(ステルス)を使えば奴らに感づかれる可能性がある。……ハッ!? まさかそれがこいつらの狙い!? クッ、姑息な手を――)」
??「おーい。テメェら、俺の彼女に何やってんだ?(←ジャンヌの手を掴んでグイッと引っ張りつつ)」
ジャンヌ「へッ!?(←突如手を引っ張られて驚くジャンヌ)」
チャラい男A「ああん? テメェ誰だ?」
??「俺か? 俺はこいつの彼氏だ(←ジャンヌを自身の後ろに庇うようにしつつ)」
ジャンヌ「……(いや、違うのだが。全くの赤の他人なんだが)」
チャラい男B「ハァ? 彼氏ぃ? 彼氏ごときが俺たちの邪魔してんじゃねぇよ!」
チャラい男A「おい。とっととこのカッコつけ野郎ボコろうぜ」
チャラい男B「お、いいねぇ♪ 腕が鳴るぜ」
チャラい男C「お、おい。ちょっと待て(←青ざめた顔で)」
チャラい男A「んだよ、人がやる気になってるって時に」
チャラい男C「こ、こいつ、不知火亮だ! 間違いない!」
チャラい男B「なッ!? マジかよ!? こいつがあの制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)の不知火亮!?」
ジャンヌ「……(制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)、だと!? この男、何てカッコいい二つ名を持っているんだ! ←密かにわなわなと戦慄するジャンヌ)」
不知火「へぇ。テメェら、俺のこと知ってんだな。だが、誰が気安く俺の名前を呼んでいいと言った? そんなにいい感じのサンドバッグになりてぇのか?」
チャラい男C「ひッ――」
チャラい男A「に、逃げるぞ! こいつには敵わねぇ!」
チャラい男B「お、おう!」
チャラい男C「ちょっ、待てよ! 俺を置いてくなよォォォ――」

不知火「よし。これで一件落着だな(←逃げ去る三人の背を見つめつつ)」
不知火「テメェも気をつけろよ。夜には大抵あーゆーバカな輩が湧いて出てくるんだからな。特にテメェみたいに桁違いに可愛い奴は夜に単独行動なんかするな。いいか?(←クルリとジャンヌの方を向きつつ)」
ジャンヌ「……(い、今こいつ、我のことを可愛いって言った!? それも桁違いにって!? よ、よよよよくそんな言葉をへへへ平然といいいい言えたものだな。 ←今現在、自分が変装していることをすっかり忘れて動揺しているジャンヌ)」
不知火「おーい。大丈夫かァ? 固まってるみたいだが、そんなにさっきの連中が怖かったのか?」
ジャンヌ「――ッ。い、いや。そうじゃない。少しボーッとしていただけだ。気にするな(←顔を少々赤らめて不知火から視線を逸らしつつ)」
不知火「そうか? ま、ならいいけど。で、さっき話したこと、聞いてたか?」
ジャンヌ「う、うむ。大丈夫だ。ちゃんと聞いていた。以後気をつける」
不知火「そうしてくれ。じゃあ俺はもう行くぜ。この辺に用があるからな」
ジャンヌ「あ、あぁ」

ジャンヌ「制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)、といったか……?(調べてみるのも面白そうだな。――って、しまったな。我としたことが、礼を言うのを忘れてしまうとは……)」
不知火「……(さっきの奴、顔がまるで神崎さんとそっくりだったな。血縁だったりすんのか?)」

 フラグだよ! フラグバッキバキに立ってるよ!


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46.熱血キンジとケースD7


レキ「私の出番が、ない……!?」
神崎千秋「俺の出番が、ある……!?」

 どうも。ふぁもにかです。さて。今回から原作2巻のクライマックスへと本格的に突き進み始めるわけですが、とりあえず……レキさんファンの方々、どうか落ち着いてください。そして。まずは私の話を聞いてください。私がレキさんの出番を作らないでおきながら、もう出番がない予定だった割とどうでもいいオリキャラに出番を与えたのにはちゃんとした理由があるのです。山よりも高く海よりも深い事情というものがあるのです。だから、お願いだから私に弁明の機会をくださ――うわなにをするやめくぁwせdrftgyふじこlp。

P.S.前回の『45.熱血キンジと釣られた者』におまけを一つ追加しておきましたので、良かったら覗いてやってくださいませ。



 

 夏を先取りした花火大会も終わり、アドシアード初日。今年は競技に出ないことにしているキンジは、朝からアドシアード開会式場となる講堂のゲートで受付をこなしていた。受付と言っても、講堂は武偵高の奥に位置しているために、セキュリティーとしての役割を果たす必要はあまりない。さらに言えば、開会式前にやってくるマスコミ各社の連中が通り過ぎてしまえば滅多に人が来なくなるため、誰でもいいから人を置けばいいといった感じだ。随分と楽な仕事である。

 

 ちなみに。今現在のユッキーの護衛はアリアが担っている。約1時間前に俺が偶然アリアとユッキーを見かけた時、三度目はないですよ、とでも言いたげにアリアが周囲にキュピーンと目を光らせていた以上、魔剣もそう簡単にユッキーを誘拐することはできないだろう。武藤からの情報によると、裏では『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員たちも、ユッキー保護班と魔剣捜索班とに分かれてこっそりと厳戒態勢を取っているらしいしな。

 

「……まぁ、こんなもんか」

「遠山。飲み物、テキトーに買ってきたぞ」

 

 時刻は正午過ぎ。マスコミ連中に自身が遠山キンジだと悟られないようにするために掛けていた縁なしの伊達メガネを外し、オールバックにしていた髪型を手ぐしで元に戻して、一人パイプ椅子に座ってぼんやりと前を眺めていたキンジに向けて、黒髪黒目の男が横合いからペットボトルを投げ渡してくる。本日、キンジとともに受付業務をこなしてきた彼の名は、神崎千秋である。

 

 一緒に受付業務を始めた当初は、キンジの強襲科(アサルト)Sランク武偵の肩書きや、過去にキンジがマスコミに向けて容赦なく発砲した件を実際に生中継で見たことがあった影響で、キンジに若干怯えを見せつつ『と、遠山くん』などとよそよそしい感じで名前を呼んできていた千秋。しかし、キンジとともに作業をこなす中でキンジの人となりをある程度理解したのか、いつの間にかキンジへの呼称が『遠山』へと変化していた。結果。今ではキンジと千秋は『千秋』『遠山』と気楽に呼び合える仲へと変貌している。

 

 言うまでもないが、キンジが千秋を名前呼びするのは、千秋と同じ神崎姓を持つアリアとを明確に区別するためだったりする。アリアじゃない方の神崎としての扱いを受けている千秋へのキンジなりの配慮である。

 

「おー。悪いな、千秋」

 

 キンジは綺麗な放物線を描いて飛んでくるペットボトルを片手でキャッチしてから、軽く謝罪の言葉を投げかける。千秋がなぜか500mlのペットボトルではなく2リットルのペットボトルを投げ渡してきたことに内心で少々驚きつつ。キンジの謝罪の言葉を受けた千秋は「いや、いいって。賭けに負けた俺が悪いんだし」と苦笑いを返してくる。

 

 千秋の言う賭けとは、マスコミ関係者が何人ここを通過して講堂に入っていくかをそれぞれ予測して、より予測が外れた方が二人分の飲み物を全て自腹で買ってくるといったものだ。よって。その賭けに見事敗れた千秋がキンジによってパシられたというわけだ。運の悪さに定評のある千秋クオリティである。

 

「ってか、ホントにテキトーに買ってきたんだな、千秋……」

 

 キンジは『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』とデカデカと赤文字で書かれたペットボトルのラベルを見て、一人呟く。中身の色がなぜか虹がかった鉛色をしていたり、賞味期限が2192年に設定されていたりする全く謎の飲料水:『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』。キンジにはこの『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』が命に関わる危険極まりない要素を存分に孕んでいるように思えてならなかった。

 

「それ美味いぞ? 見た目がちょっとアレだから結構飲むの勇気いると思うけど……まぁ、騙されたと思って飲んでみろよ? 絶対ハマるから」

「え゛!?」

 

 しかし。『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』を買ってきた当の本人たる千秋には『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』の信者を増やそうという思惑があったらしい。キンジの隣のパイプ椅子に座った千秋は、右手に持っていた『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』を豪快に煽る。一升瓶を一気に飲み干す酒豪のごとく。おそらく、今のキンジの千秋を見る目は得体の知れない化け物を見るような目と同一のものと化していることだろう。

 

 キンジは眼前の『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』をジィーと半眼で見つめる。穴が開くのではないかと思えるぐらいにジト目で睨みつける。どう見ても劇物のそれとしか思えない飲料水。だが。実際に値段をつけて販売され、千秋が愛飲していることから、決して劇物ではないのだろう。これもちゃんと美味しさが追及された飲み物のはずだ。キンジは心の中で何度もこの飲み物は安全なんだと言い聞かせると、千秋と同じく『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』を一気に煽った。

 

 瞬間。キンジはのどをガスバーナーで焼き切られるかのような、おそらく後にも先にも二度と経験することのないであろう、えげつない感覚を味わうこととなった。結果。1時間後にようやくのどの痛みから解放されたキンジは、明らかに飲み物として失格なはずの『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』を平然と飲み干してのどを潤す千秋に心から畏敬の念を抱いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その後。人が誰一人やってこない受付にて。千秋は突発的に机に突っ伏すという謎の行動を取った後に、そのまま愚痴モードへと移行した。といっても、千秋はただ「武偵止めたい」といった主旨の言葉をポツリポツリと口にしているだけなので、愚痴というより泣き言と言った方がいいかもしれない。

 

 何となく気になったキンジが、武偵を止めたい理由について自然な流れで千秋に聞いてみた所、千秋はあんまりその話題に触れてほしくないと言いたげな苦々しい表情で、ただ「武偵は割に合わなさすぎるんだよ」とだけ返してきた。

 

 以前、兄を亡くした時に同じような考えを抱いていたキンジにとって、千秋の意見は至極もっともで、大いに賛同できるものだ。だが、しかし。仮にSランク武偵たるキンジが千秋の意見に同意しても、千秋はきっと額面通りにキンジの言葉を受け取ってはくれないだろう。ここ数時間で比較的気楽に話せるようになったとはいえ、千秋とはまだそこまで深い仲を築けていないのだから。

 

 何と言葉をかけたものか。キンジが頭を悩ませていると、ちょうどその時。キンジに助け船を出すかのように、千秋の携帯が高らかにメールの着信音を奏で始めた。

 

「――ッ。悪い。マナーモードにし忘れてた」

 

 ガバッと顔を上げた千秋が申し訳なさそうにキンジに謝ると、携帯を取り出す。マナーモードに切り替えるついでにメールの内容を確認しようとした千秋は、その表情を強ばらせた。

 

「? どうした、千秋?」

「……遠山。何かマズいことになってるみたいだぞ。ケースD7が起きたらしい」

 

 険しい顔つきのまま千秋が紡いだ言葉に、キンジは思わず「なッ!?」と立ち上がる。驚愕の声とともに勢いよく立ち上がった影響で、パイプ椅子が後ろに倒れて派手な音を立てた。

 

 ケースD7。それは、アドシアード期間中に武偵高で発生したとされる事件の内、現状では本当に事件なのかどうかが不明瞭なために一部の者にしか連絡が行かず、よって、みだりに騒ぎ立てずに極秘裏に解決することが生徒たちに求められる状況を示す言葉だ。

 

 キンジも自分の目で武偵高からの周知メールを確認しようと携帯のメール画面を表示させると、確かにそこにはケースD7が起こった旨が記されていた。と、そこで。キンジは周知メールの他にもアリアから一通のメールが受信されていたことに気づく。アリアが送ってきた無題のメールには、『やられました』と、たった一言だけ書かれていた。

 

 その一言で、キンジは理解した。今回のケースD7は、ユッキーが魔剣によって誘拐されたことを表すものだと。同時に、キンジはわけがわからなくなった。レーザービームでも出るんじゃないかと思えるほどに目を光らせて周囲を警戒しまくっていたアリアや『ダメダメユッキーを愛でる会』のメンバーたちがユッキーの傍に控えていた状況下で、魔剣はどのようにしてユッキーを拉致してみせたというのか。

 

(もしかして、魔剣は瞬間移動とか幻影とか、そういう類いの超能力(ステルス)でも持ってるのか!?)

 

 キンジは頭の中であり得そうな予想を立てながらも、現状を一番よく把握しているであろうアリアに電話をかける。しかし、繋がらない。何度電話をかけてもアリアに繋がる気配は一向にない。

 

 ……考えてみれば当然だ。アリアからのメールは5分前に届けられていた。となると、ユッキーが魔剣によって誘拐されたのも5分前だと考えていい。今頃、アリアは連れさらわれたユッキーを何としてでも見つけ出そうと右に左に走り回っているのだろう。そこに俺からの電話がかかってきていることに気づけるだけの余裕があるとはとても思えない。

 

 情報が欲しい。どんな些細なことでもいいから、情報が欲しい。だけど、アリアからの情報確保は見込めない。だったら、誰から情報を集めればいいというのか。白雪が誘拐されたという事実を前に焦燥に駆られるキンジは、今度は武藤に電話をかけ始めた。頼むから繋がってくれと、わらにもすがる思いを抱きつつ。

 

「武藤!」

『……キンジ。ナイスタイミング。俺も今、連絡を入れる所だった……』

 

 果たして。コール音一回ですぐに電話に出た武藤は、キンジが用件を伝える前にキンジの求める情報を提供してくれた。武藤の話によると、『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員たちが手分けして武偵高の各所に仕掛けた監視カメラの映像と盗聴器の音声を武藤が解析した所、アリアとともに歩く白雪が唐突に「さよなら、アーちゃん」と言葉を残した瞬間に白雪の姿がその場から幻のように消え失せ、後にはひらひらと宙を舞う、人型に切り抜かれた白い和紙だけが残っていたのだそうだ。

 

 キンジはふと思い出した。過去に、白雪が鬼道術を使えば思い通りに動かせる自分の分身を作れるんだと自慢げに話していたことを。これはつまり、そういうことなのだろう。魔剣はどこかでユッキーと接触していた。そして。ユッキーの鬼道術についての知識を持つ魔剣に脅しでもかけられたせいで、ユッキーは自発的に分身に本物のフリをさせて俺たちを騙す他なかったのだろう。

 

 そこまで考えて、キンジはゾッとした。ここまでの思考によって、本物の白雪が自分やアリアの元から姿を消したのが何もたった5分、10分前の出来事だとは限らないという可能性が浮上してきたからだ。

 

 もしもユッキーがついさっき魔剣に誘拐されたのなら、まだ急げば間に合うかもしれない。どうにかユッキーを見つけ出して助けることができるかもしれない。だが。もしも昨日の時点で紙人形のユッキーが本人に成り代わっていて、当のユッキーが既に魔剣の手に堕ちていたとしたら。昨日よりももっと前の時点で紙人形が本物のフリをしていて、ユッキーがとっくの昔に魔剣の軍門に下っていたとしたら。

 

 だとしたらもう、どうしようもない。時間が経過していればしているほど、消えたユッキーの元へとたどり着く手がかりを見つけることは非常に困難なものになってしまう。そうなれば、もう、俺は二度とユッキーと会えないかもしれない。

 

(――って、何考えてんだよ、俺は!?)

「武藤ッ! ユッキーの居場所について何か手がかりはないかッ!? 何でもいいから教えてくれッ!」

『……今、調査中。少し待て。あと、うるさい。落ち着け、キンジ……』

「だけどッ――!」

『……焦っても何も変わらない。むしろ状況は悪化する。焦って得られるものなどたかが知れている。最善の結果を望むなら頭を冷やせ、キンジ……!』

「ッ!?」

 

 キンジは今しがた浮かんだ自身の考えを振り払うようにして首をブンブンと振ると、電話の向こうの武藤へと声を荒らげる。際限なく心から湧き上がってくる焦燥の念をそのまま声にしてぶつけるキンジに対して、武藤は平坦で、それでいて諌めるような口調で言葉を返す。武藤からのもっともな指摘に、キンジはハッと我に返ると、「悪い……」と気まずそうに謝罪の言葉を告げた。

 

 その後。電話からはスダダダダッとでも形容すべき、武藤がキーボードを叩く音が絶え間なく響いてくる。キンジは一分一秒も無駄にしたくないという思いで今すぐにも辺り一帯を捜索したい気持ちに駆られたが、あてもなく闇雲に探し回っても結局は体力を消費するだけだと自身に言い聞かせて、はやる気持ちをどうにか押さえつける。

 

『……目撃情報検知。12分前、第9排水溝周辺で星伽さんを見た人がいる……』

「わかった! 今すぐそこに行ってみる!」

『……ん。了解……』

 

 そして、1分後。一日千秋の思いで武藤からの情報を待つキンジの元に、白雪の目撃情報が届けられた。それを聞くや否や、キンジは電話を切る。そして。受付のことやその他諸々を全て千秋に任せて、キンジは一直線に駆け出したのだった。

 




キンジ→『撃黙拳派ダグヴァンシェイン』の被害者たる熱血キャラ。焦る時は焦る。
武藤→説教もできる寡黙(?)キャラ。万能性は相変わらず。その万能性ゆえ、レキから出番を奪うことに成功した。
神崎千秋→原作キンジくんのように武偵を止めたがっているオリキャラ。探偵科Dランク武偵。32話でチラッと姿を見せた時が初登場。ゲテモノ飲料を好む傾向がある。味覚が死んでいるとも言う。また、どこか抜けてる所がある。

 ユッキーの紙人形云々は原作4巻のパトラ戦で軽く書かれていますので、気になる方は参照してくださいませ。まぁ、それはさておき。……おかしいな。当初千秋くんは純然たるツッコミキャラのつもりだったのにいつの間にやらボケキャラになってるんですけど。どうしてこうなった。


 ~おまけ(緋弾のアリアのキャラに教師をやらせてみるテスト:東進風)~

キンジ先生(政経)「マスコミの主張は信じるなよ。あいつらの話は大概誇張してるかウソ言ってるかのどっちかだからな」
アリア先生(家庭科)「今日は皆大好き:松本屋のももまんを作ってみましょうか、ね?(←首をコテンと傾けつつ)」
ユッキー先生(日本史)「今日は歴史ある星伽神社に皆で見学に行くことにしたよ。だ・か・ら。はい、男子はこれ着て女装してね。あそこは男子禁制だから(←巫女服をチラつかせながら)」
武藤先生(数学ⅢC)「……ん。数式は言葉。きちんと解読すれば、答えが見えてくる……(←目をキラーンと光らせつつ)」
不知火先生(道徳)「おし! 今から神奈川武偵高校付属中学の窓ガラスを全部粉砕しに行くぞ! 一人ノルマ10枚だから、テメェらどんどん壊していけよ!(←金属バット片手に)」
レキ先生(実技)「……始めましょうか(←意味深)」
陽菜先生(実技)「……始めるでござるよ(←意味深)」
りこりん先生(逃亡学)「に、逃げる時は後ろを振り向かず、全力でダッシュするのが一番だよ!(←拳をギュッと握りつつ)」
ジャンヌ先生(厨二学)「貴様ら。まずは己の中に眠る封印されし力をそれぞれ覚醒させろ。話はそれからだ(←腕を組みつつ)」
中空知先生(尋問学)「言葉責めは基本中の基本だよ♪(←ニコニコと笑いつつ)」
レオぽん先生(犯罪心理学)「……」


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47.突発的番外編:熱血キンジとフリートーーークⅡ


ふぁもにか「忘れた頃の、この企画!」

 どうも、ふぁもにかです。今回、久しぶりの投稿がまさかの突発的番外編なわけですが……うん。言いたいことはわかってます。だからどうか見捨てないでください。お願いします。あと、今回は最後辺りでキンジくんとアリアさんの性格が見事に崩壊しているので、要注意です。



 

 

――ふぁもにかがログインしました。

 

 

ふぁもにか「さーて、始まりました! 熱血キンジとフリートーーーク! 今回はまさかまさかの第二弾! ということで、この回ではとりあえず、皆大好きキンジくんとアリアさんがただひたすら話していく方針となってるよ! ノルマは前回と同じく最低5000字! それさえ守れば後は何でもござれ! メタるのももちろんOK! さぁ! ご都合主義で地の文が全くないまっさらな世界で好き放題に語ってくれたまえ! 青春期の少年少女よ! その間、私はちょっとその辺で寝転がってるから……」

 

 

――ふぁもにかがログアウトしました。

――キンジくんがログインしました。

――アリアさんがログインしました。

 

 

キンジ「……アリア」

アリア「……キンジ」

キンジ「ついに、この時が来てしまったな……」

アリア「ええ。私たちが前々から恐れていた事態がついに発生してしまいました」

 

キンジ「あぁ。いずれそうなるんじゃないかと薄々思ってはいたが、まさかシリアで化学兵器が使用されるとは――」

アリア「ふぇッ!? いやいや、キンジ!? そっちじゃないですよ!? 確かに私たちを取り巻く事態は深刻ですけど、シリアの方とは深刻さのレベルが違いますよ!? あっちの件は私たちの抱える件より遥か別次元の事態ですよ!?」

 

キンジ「あれ? そうだっけ? それじゃあ、改めて……消費税を上げるか保留にするかという、国家の明暗を大きく左右する決断を総理が下す時がついに来てしま――」

アリア「だ・か・ら! 前回も言いましたけど、そういうやけに重い話題だったり賛成反対が分かれる話題だったりを二次創作の場に持ち出さないでください! 現実逃避や気晴らしを目的として二次創作を閲覧している人たちに現実を見せつけるようなことをしないでくださいよ、お願いですから!」

 

キンジ「悪い悪い、冗談だって。そんなに目くじら立てるなよ、アリア」

アリア「これが怒らずにいられますか! 質の悪い冗談にも程がありますよ、キンジ! キンジが軽い気持ちで口にした冗談のせいで万が一にもこの作品が消されたりしたらどうしてくれるつもりですか!? ふぁもにかさんが約250,000字もかけて紡いできた物語が無になったら洒落になりませんよ!? それに、もしもこの作品がなくなっちゃったら、あそこでずっとスタンバッてる人たちが報われませんよ!」

 

 

某非常勤講師「……(←眼鏡の位置を直しつつ出番を待っている模様)」

某ドラキュラ伯爵「……(←ギラギラと獰猛な目を見せつつ出番を待っている模様)」

某カナちゃん「……(←体育座りで『の』の字を書きながら出番を待っている模様)」

某砂礫の魔女「……(←勝負服に身を包んで出番を待っている模様)」

某教授「……(←条理予知を駆使しつつ出番を待っている模様)」

某エルちゃん「……(←【SHINING☆STAR】の衣装で出番を待っている模様)」

某ヒルちゃん「……(←【SHINING☆STAR】の衣装で出番を待っている模様)」

某平賀あやや先生「……(←漫画を描きつつ出番を待っている模様)」

某らんらん先生「……(←漫画の原作の展開について思考しつつ出番を待っている模様)」

某コーカサスハクギンオオカミ「……(←凛々しいお姿で出番をお待ちになっておられる模様)」

某ジャッカル男「……(←直立状態で出番を待っている模様)」

某パウダースノー「……(←正座で出番を待っている状態)」

 

 

アリア「知っていますか、キンジ? あの人たち、『熱血キンジと冷静アリア』連載当初からずっとあそこでスタンバッてるんですよ? 一歩もあの場から動かずに、己の出番を今か今かと待ちわびているんですよ? アレを見てまだ同じことが言えますか、キンジ?」

キンジ「…………悪い、アリア。もう言わない。あの人たちの晴れ舞台を潰しかねないバカな真似なんてしない」

 

アリア「わかればいいんですよ、わかれば。で、話を戻しますけど……ホントにマズい状況になってきましたね」

キンジ「あぁ。以前から危惧していたことだが……まさかふぁもにかの奴が本格的にエタることを画策し始めるとはな」

アリア「ええ、全くです。ここ最近のふぁもにかさんはスランプを理由に日々ゴロゴロし続ける堕落人間と化しています。もはやユッキーさんの生活態度と遜色ありません。これは由々しき事態です。早急にどうにかしないといけません。あそこでスタンバッている彼らのためにも、できるだけ早くふぁもにかさんを復活させる必要があります」

 

キンジ「となると、まずは理由を考えないとな」

アリア「理由、ですか?」

キンジ「あぁ。どんな事象にもそこには必ず理由があるって相場が決まってるからな。で、理由さえわかれば、後は俺たちの手でちゃっちゃと対処すればいい。それで万事解決。ふぁもにかの執筆意欲も向上して、晴れて原作2巻のクライマックス部分の連載再開だ」

アリア「でも、そう簡単に理由がわかりますかね?」

 

キンジ「さぁな。とにかく、まずは本人に直接聞くのが一番手っ取り早いだろ。ここで色々推測したって時間の無駄だろうしな」

アリア「それもそうですね。それでは早速、ふぁもにかさんへの質問タイムといきましょうか」

キンジ「それじゃあ、いくぞ――ふぁもにか・召喚(サモン)!」

 

 

――ふぁもにかが強制召喚されました。

 

 

ふぁもにか「……」

キンジ「おーい、ふぁもにか。お前、なんでエタろうとか考えてんだ?」

ふぁもにか「…………………………」

アリア「えーと、ふぁもにかさん? 聞こえてますか?」

ふぁもにか「………………………い」

 

アリア「はい?」

ふぁもにか「……境界線上のホライゾンって超面白い」

キンジ&アリア「「……うん?」」

 

ふぁもにか「先生! 先生! オリオトライ先生ぃぃぃぃいいううわぁああああああああああああああああん!! あぁああああ…ああ…あッあッー! あぁああああああ!! 先生先生先生ぃぃいいぁわぁああああ!! んはぁッ! オリオトライ・真喜子先生の整った茶髪をクンカクンカしたいお! あ、間違えた! モフモフしたいお! モフモフ!  髪髪モフモフ…きゅんきゅんきゅい!! 小説1巻<上>の先生可愛かったよぅ!! アニメの先生も可愛かったよぅ! あぁぁああ…あああ…あっあぁああああ!! ふぁぁあああぎゃああああああああ!! あ…小説もアニメもよく考えたら……先・生・は・現・実・じ・ゃ・な・い!? にゃああああああああん!! うぁあああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! この! このッ! やめてやる!! 現実なんかやめ…て…えッ!? 見…てる? 挿絵の先生が私を見てる? 挿絵の先生が私を見てるぞ! 先生が私を見てるぞ! アニメの先生が私に話しかけてるぞ!! よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねッ! いやっほぉおおおおおおお!!! 私には先生がいる!! やったよ、アデーレ!! いやぁあああああああああああああああ!! あッあんああッああんああ!! 先生! 先生! 先生ッ! ううッうぅうう!! 私の想いよ、先生へ届け!! 武蔵アリアダスト教導院のオリオトライ先生へ――」

キンジ「うん。もう帰れよ。こっちから呼び出しておいてなんだけど」

 

 

――ふぁもにかが強制送還されました。

 

 

キンジ「……アリア。今のは見なかったことにしよう」

アリア「……ええ。そうですね。それがいいですね。理由も大体察しがつきましたし」

 

キンジ「要はふぁもにかが境界線上のホライゾンにハマったってことだろ? それが理由なら、ふぁもにかが境界線上のホライゾンを最新刊まですべて読み終えるまで待てばいいんじゃねえか? そしたらまた『熱血キンジと冷静アリア』の執筆の方に目を向けてくれると思うんだけど」

アリア「まぁ、本当ならそれが一番いい対処法なのでしょうが……問題は境界線上のホライゾンの一巻一巻がどれだけ分厚いかという点でしょうね。あれは一巻で緋弾のアリア三巻分の量を誇る鈍器ですし。ふぁもにかさんのゆっくりゆったりな読書スピードを考えると、全巻読み終える頃には2014年になってしまいますよ?」

 

キンジ「そこなんだよなぁ……。ま、結局は気長に説得するしかないか」

アリア「ですね。いい加減、あそこでスタンバッてる性格改変済みの人たちを登場させてあげないとこっちが気まずいですしね。何だか申し訳ない気分になってしまいますしね」

 

アリア「……さて、キンジ。今、何字ですか?」

キンジ「大体3200字って所だな。何気にノルマの5分の3は達成済みだ」

アリア「とはいえ、文字数が微妙に残ってますね。何か文字数を稼げて盛り上がるネタとかありませんか?」

キンジ「そうだなぁ……。それじゃあ、折角だしアレのお披露目でもするか?」

 

アリア「? アレって何ですか?」

キンジ「ほら、この頃ふぁもにかが妄想してるもう一つの緋弾のアリアの二次創作があるだろ? アレのあらすじをここで紹介するんだよ。いい機会だしな」

アリア「いや、そんなこと言われましても……私、初耳ですよ、それ」

キンジ「あれ? そうだったっけ?」

 

アリア「はい。初耳です。……それで、あらすじを見て執筆意欲を刺激された誰か他の作者さんにその二次創作の執筆を引き継いでもらおうってことですか?」

キンジ「そういうこと。中々いいアイディアだと思わないか?」

アリア「確かにそうですね。それに、いい文字数稼ぎにもなりそうですし、そもそもふぁもにかさんは二作品も同時に連載できるような器用な人ではありませんしね。というわけで。とりあえず、そのあらすじとやらを見てみましょうか」

キンジ「じゃあ、早速あらすじ流すぞ。3、2、1、キュー!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

原作キンジ「怪異とは、どこにでも存在するものの、気づかなければどこにも存在しない何とも曖昧なものである。誰かに認識されることで初めて怪異となるが、認識されなければだたの現象に過ぎず、それゆえに、誰かに認識され、語られ続けることで初めて存在し続けることができる。逆に言うならば、誰にも認識されず、語られることもなければ存在し続けることは不可能だ」

 

原作キンジ「そんな怪異。運命の枠から外れた存在である怪異。それは武偵を止めて普通人になりたいと思っていた俺からすれば、まず信じない存在で、絶対に信じたくない存在で、例え実在していたとしても何が何でも関わり合いになりたくないと思えるほどに普通じゃない存在だ。そもそも、怪異なんて接触しようと思って接触できるようなものじゃない。だから、接触を望まない俺が怪異なんてものに関わる機会なんて生涯ない。そのはずだった」

 

原作キンジ「けれど、あの日。高校2年生になる前の春休み。俺はどういうわけか、関わってしまった。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードという名の怪異に。鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼に。怪異の王にして最強の怪異に」

 

原作キンジ「で、まぁ、それから色々あって、ホントに色々あって……今の俺は中途半端な吸血鬼となっている。おまけに俺の影にはそのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが住まっている」

 

原作キンジ「人間もどきの吸血鬼となった当初のキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードは無口を貫いたままだったが、うっかりヒステリアモードになった時の俺が相当恥ずかしいことを言ってのけた影響で、随分とよく喋るようになった。今ではキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードはいい話し相手で、いい相談相手だ。ヒステリアモードの俺をいいように利用されないために女子との交流を極力避けてきた俺なのだが、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとはその辺のことを気にせず話せるから、実に貴重だ」

 

原作キンジ「で、中途半端な吸血鬼になったとはいえ、普通の生活をしたいという気持ちを相変わらず持っていた俺だったのだが、そんな俺の願いは高2の始業式の日をきっかけに儚くも崩れ去った。今にして思えば、俺の望んだ当たり前の日々というものはおそらく、キスショット・アセ……あー、もうKAHでいいや。そのKAHと出会った時点で崩壊していたのだろう。腐っても鯛ってことで、不完全でも吸血鬼なんて非日常な存在と化した俺にこれでもかと非日常が舞い込んでくるのは当然の帰結だったのだろう」

 

原作キンジ「俺は様々な怪異や心の傷を抱える奴と立て続けに出会った。その出会った人物によってもたらされた非日常極まりない出来事を、その人物の名前を使って小説のタイトル風に表現するならば……歌物語『アリアウルフ』、枷物語『しらゆきパラキート』、牢物語『りこオーガ』、風物語『レキパペット』、こんな感じだろうか。他にも色々な出来事があったのだが、その全てをタイトル風に表現するのは非常に大変で労力のいる作業なのでここでは割愛させてもらう。出会った人たちの中にはKAHと関わる前から知り合いだった奴もそれなりにいるのだが、そいつが怪異持ちだと知らなかったという点からすれば、どいつも似たようなものだ」

 

原作キンジ「とにかく、高校2年の春から、俺の武偵高生活は一気に様変わりしたのだ。そして、これは怪異やらイ・ウーやらの影響で、波乱と化した俺の武偵高生活を描いた物語である」

 

 

 ◇◇◇

 

 

アリア「……ん。なるほど。緋弾のアリアの世界に物語シリーズの設定を放り込んだクロスオーバータイプの二次創作ですか。これは中々面白そうですね」

キンジ「だろ? ふぁもにかとしては中途半端な吸血鬼である俺を本物のドラキュラ伯爵たるブラドと会わせて1対1で戦わせてみたいんだってさ」

 

アリア「吸血鬼同士の戦い、ですか……」

キンジ「でも、物語シリーズはアホのふぁもにかには敷居が高かったみたいでさ。怪異の設定とかあんまり理解できてないっぽいんだよ。だから代わりに誰か他の人に執筆してほしいんだろうな」

 

アリア「……いつか誰かの目に留まって、どこかで陽の目を見ることになればいいですね」

キンジ「だな。でもって、物語シリーズのファンの人が緋弾のアリア大好きっ子になってくれたら幸いだ。信者が増えれば増えた分だけ緋弾のアリアの二次創作が賑わいを見せる可能性が高くなるわけだしな。ところで、アリア。今、何字くらいだ?」

 

アリア「えーっと……あ、もうノルマ超えてますよ。約5600字です」

キンジ「おお。今回も何だかんだでノルマ達成できたみたいだな」

アリア「みたいですね。じゃあ、そろそろこのフリートーーークも終わりにしましょうか、キンジ。さすがにこれ以上は話すことなんてありませんし」

キンジ「ま、無駄に長々と話すのも何かアレだし、ここらで終了だな。で、オチはどうする?」

 

アリア「へ? オチ、ですか?」

キンジ「あぁ。ただ『はい。終わり』って終わらせるわけにはいかないだろ? てことで、アリア……何か面白いことやってくれ」

 

アリア「ちょっ、なに無茶ぶりしてくれてるんですかッ!? 私、一発芸とかできませんよ!? 持ちネタとかありませんよ!?」

キンジ「いやいや、あるじゃねえか。アリアの持ちネタ。それもとっておきの奴がさ」

アリア「いやいやいや、ないですよ! 全然ありませんよ!」

キンジ「じゃあとりあえず、猫の魅力について語ってみようか」

 

アリア「先生! 先生! ニャンコ先生ぃぃぅぅうううわぁあああああああああああああん!! あぁああああ…ああ…あッあッー! あぁああああ!! 先生先生先生ぃぅううぁわぁああああ!! あぁクンカクンカ! スーハースーハー! いい匂いですねぇ…んはぁッ! ニャンコ先生をクンカクンカしたいです! あぁあ!! あ、間違えました! モフモフしたいです! モフモフ! モフモフ! きゅんきゅんきゅい!! ニャンコ先生可愛いかったよぅ!! あぁぁああ…あああ…あッあぁああああ!! ふぁぁあああんんッ!! かわいい! 先生! かわいい! あッああぁああ! いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!? あ…コミックもアニメもよく考えたら…ニ・ャ・ン・コ・先・生・は・現・実・じ・ゃ・な・い? にゃああああああああああん!! うぁああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! この! このッ! やめる!! 現実なんかやめ…て…えッ!? 見…てる? コミックのニャンコ先生が私を見てる? コミックの先生が私を見てます! 先生が私を見てますよ! アニメの先生が私に話しかけてますよ!! よかったです…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんですねッ! いやっほぉおおおおおおお!! 私にはニャンコ先生がいる!! やりましたよひいお爺さま!! いやぁああああああああん!! あんああッああんあぁあああ!! 先生! 先生! ニャンコ先生! ううっうぅうう!! 私の想いよ、先生へ届け!!」

キンジ「……よし。オチとしては十分だな」

 




 ~おまけ(キンジにカナについて語らせてみた)~

キンジ「カナ! カナ! カナぁぁうううわぁあああああああああああああああああん! あぁああああ…ああ…あッあッー! ああぁああああ!! カナカナカナぁぁぅううぁわぁああああ!! あぁクンカクンカ! スーハースーハー! いい匂いだなぁ…んはぁッ! カナのの茶髪をクンカクンカしたいお! あぁあ!! ハッ、間違えた! モフモフしたいお! モフモフ! モフモフ! 髪髪モフモフ! きゅんきゅんきゅい!! あぁぁああ…あああ…あッあぁああああ!! かわいい! カナ! かわいい! あっああぁああ! にゃああああああああん!! ぎゃああああああああ!? あ…よく考えたら…カナはここにいない? カ・ナ・は・現・実・じ・ゃ・な・い? にゃあああああああああん!! うぁああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああ!! カナぁああああ!! この! このッ! やめてやる!! 現実なんかやめ…て…えッ!? 見…てる? 写真のカナが俺を見てる? 写真のカナが俺を見てるぞ! 人形のカナが俺を見てるぞ! 抱き枕のカナが俺に話しかけてるぞ!! よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだねッ! いやっほぉおおおおおおお!! 俺にはカナがいる!! やったぞアリア!! ああぁあああああ!! カナ! カナ! カナ! ううっうぅうう!! 俺の想いよ、カナへ届け!! 天国のカナへ届け!」


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48.熱血キンジと地下倉庫


ジャンヌ「さて。ようやく我の晴れ舞台か」

 どうも、ふぁもにかです。しばらく執筆を投げ出していましたがこれからボチボチ連載再開しようと思います。あくまでボチボチですので執筆速度は遅くなると思われますが、その辺はどうかご了承ください。現在の心境としては『ビビりこりんが再び登場する第三章まで執筆意欲が持てばいいなぁー』といった感じです。

 でもって今回はユッキー目線とキンジ目線とで場面転換しているので話が全然進んでいません。……やっぱり地の文が多すぎるのがいけないのかなぁ。



 

 白雪が自ら行使した鬼道術を解除して武偵高にいる己の分身を消失させる、少し前。

 

「……ふぅ。誰にも見られないように隠れながらここまで来るの、すっごい疲れた。ここまで疲れるのはちょっと予想外だったかな。あーもう、ダルい眠いゴロゴロしたいお腹すいたのんびりしたいアニメ見たい帰りたい寝たい」

 

 武偵高の制服ではなくいつもの巫女装束に身を包んだ白雪は泣き言を口にしつつ、第9排水溝のフタを開ける作業に取りかかる。第9排水溝と繋がっている地下倉庫(ジャンクション)で魔剣と落ち合うことを目的とした行動だ。

 

 今朝。前もって魔剣の指示を受けていた白雪は目覚まし時計の手助けなしでどうにか朝5時に起床。そのまま自身の分身となる紙人形をベッドに寝転がす形で残した上で、しばらく所定の場所(※二段ベッドの下)で身を潜めつつ鬼道術を発動。そしてキンジとアリアが鬼道術によって作られた偽りの白雪を連れて武偵高へと向かった後。白雪はこれまた魔剣から逐一示された人のいないルートをこっそりと慎重を期しつつ進んでいき、今に至るのである。

 

 そのため。目覚ましなしでの朝起きや第9排水溝までの道のりを決して誰にも見られないように進んでいくといった、多大に神経をすり減らす行為をせざるを得なかった白雪。普段からダラダラとした生活に慣れきっている白雪が呪詛のごとく泣き言を言いたくなるのも道理である。

 

「……バイバイ、キンちゃん。私がいなくても、キンちゃんならもう大丈夫だよね。前を見て歩いていけるよね。キンちゃんはキンちゃんのままでいてくれるよね」

 

 白雪はふと武偵高の方を振り返って、少しだけ寂しさのこもった声を漏らす。キンジの耳に自分の声が届くことはないとわかりきっているものの、それでも白雪は別れの言葉をポツリと呟く。

 

 あの日。2009年1月1日に白雪が見た、今にも壊れてしまいそうなほどに弱々しい遠山キンジはもうどこにもいない。大好きな兄を亡くして塞ぎ込んでいた遠山キンジはもういない。だから、きっと大丈夫。もう大丈夫。人一人の安否が他人に与える影響なんて、たかが知れている。最初こそ自分がいなくなったことにある程度は衝撃を受けるだろうけど、その後は時間が解決してくれるはずだ。何より、今の遠山キンジには神崎・H・アリアというパートナーがいるのだから。

 

「頑張ってね、キンちゃん。私……キンちゃんのこと、いつでも、どこにいても、応援してるからね」

 

 雲一つない晴天の空に視線を移して白雪が呟いた言葉は風に乗って消えていく。しばし空を見上げたままだった白雪は意を決すると、いつものような緩慢さとはかけ離れた機敏な動きで地下倉庫の奥へと降りていった。

 

 そうして。地下二階までの階段を下りた白雪は立ち入り禁止区画に続くエレベーターに乗ってパスワードを打ちこむ。そうして。あっという間に地下7階へと降り立った白雪は赤い非常灯の光源を頼りにトテトテと歩く。と、その時。白雪は自身の前方に微かに人の気配を感じ、立ち止まる。

 

「……そこに、いるんだよね?」

「……クククッ、よく気づいたな。星伽ノ浜白雪奈。だらけきった生活を営む貴様では我のほんの僅かな気配など察知できないと思っていたのだがな。……腐っても星伽の武装巫女、ということか」

 

 白雪は前方の暗闇へと問いを投げかける。目の前に魔剣がいるとの確信を持った上で白雪がそのまま10秒ほどジィーと視線を送り続けていると、白雪の元に言葉が返ってくる。男にしては高く、女にしては低い、どこか機械的で不自然な声だった。

 

「魔剣、もとい銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、颯爽登場ッ!」

 

 そして。その声の主たる魔剣は黒のマントで身を隠し、なぜかレオぽんのお面をつけた状態で悦に入ったような声とともに白雪の前に姿を現した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 武藤の手に入れた白雪の目撃情報を元に第9排水溝周辺までやって来たキンジはビンゴだと思った。第9排水溝のフタにはほんの僅かにだが、一度外されてムリに繋ぎ直されたかのような跡が見て取れたからだ。これで白雪がこの第9排水溝からどこかへと向かった可能性が一気に濃厚となった。

 

「ッ!? 地下倉庫、かよ……」

 

 この第9排水溝がどこに繋がっているのか。武偵手帳を使って手早く調べたキンジは驚愕に目を見開き、呻くようにして呟いた。

 

 地下倉庫。そこは、強襲科(アサルト)教務科(マスターズ)に並ぶ、東京武偵高の三大危険地域として名高い場所だ。さて。なぜ一見何も危険がなさそうな地下倉庫が危険区域として認定されているのか。答えは簡単。地下倉庫が火薬や爆薬といった、仮に何らかの原因で爆発でもしたら洒落にならないものがこれでもかと詰め込まれた危険極まりない火薬庫だからだ。

 

 なので。もしも地下倉庫にユッキーと魔剣がいて、ユッキーを取り返すために魔剣との戦闘に突入したとして。その時に俺が放った銃弾がその辺の爆薬にでも当たって誘爆を引き起こしたら最後、地下倉庫にいる俺やユッキーに魔剣はもとより、武偵高そのものが爆散しかねない未曽有の大惨事が発生することになるだろう。いや、確実になる。

 

 ここから先、うかつに拳銃は使えないなとキンジは眉を潜める。尤も、あくまでうかつに(・・・・)使えないだけなのでしかるべきタイミングではしっかりと使うつもりなのだが。その辺の臨機応変さあっての強襲科Sランク武偵である。

 

「……この先にユッキーがいる。だったら行くしかないだろッ!」

 

 これから向かう場所が場所だったために万が一の事態を想定してしまったキンジは死の恐怖を感じて思わず硬直する。立ちすくむ。しかし。すぐさま恐怖を心の奥底に押し込んで覚悟を決めると、キンジは迷わず第9排水溝を通して地下倉庫へと向かっていった。もちろん、アリアに地下倉庫に白雪と魔剣がいる可能性が高い旨を記したメールを送ることも忘れずに。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一分一秒が惜しいため、キンジは武偵高の地下を下へ下へとハシゴを伝って突き進んでいく。地下二階にあったエレベーターに緊急用のパスワードを入力しても全く反応しなかったことから下が怪しいと踏んだのだ。

 

 一刻を争うかもしれない状況下。最下層である地下7階に到達したキンジは赤い非常灯の中をなるべく音をたてないよう細心の注意を払いつつ周囲を探索する。ここからは魔剣の領域だ。電気が落とされ携帯が圏外となっている(※屋内基地局が破壊されたせいだと思われる)以上、どこに魔剣が潜んでいてもおかしくない。ゆえに。急がないといけないのはわかっていてもうかつに動けないキンジは焦燥の念を隠しきれずにいた。

 

(こうしている間にもユッキー救出が間に合わなくなるかもしれないってのに――!)

「一つ聞きたかったんだけどさ」

「ッ!?(この声、ユッキーの!?)」

「どうして貴方はよりによって私なんかに目をつけたの、魔剣? 確かに私は一応能力を持っている超偵だけど、あんなの全然大したものじゃないよ? それに、私はめんどくさがってその大したものじゃない能力を磨こうともしないようなダメ人間だよ?」

「……お、己がダメ人間だという自覚はあったのだな。これは少々予想外だ」

 

 近くから響いた白雪の声に思わず息を呑んだキンジはすぐさま身を低くし角の向こう側から聞こえてくる声に聞き耳を立てる。一つは散々聞きなれたユッキーの声。もう一つは少々戸惑ったような男とも女ともつかない声。この声の主が魔剣で間違いないだろう。キンジはひとまず白雪を発見できたことに安堵しつつも、白雪と魔剣が相対している状況を即席の鏡としたバタフライナイフを通して静観することにした。

 

 キンジがすぐさま魔剣と接触しなかったのにはどんな些細な情報でもなるべく手に入れておきたいという思惑とアリアがこの場にやって来るまでの時間稼ぎの意味合いが含まれている。尤も、実際に魔剣と会話をして無自覚の内にアリア到着までの時間を稼いでいるのは白雪なのだが。

 

(あれが魔剣――って、なんでレオぽんの仮面なんかしてるんだ?)

「理由は二つある。一つは貴様の超能力(ステルス)は我々イ・ウーにとっての益になるからだ。もう一つは『星伽ノ浜白雪奈という人間を、今日のこの時間に、武偵高の地下倉庫にて回収する』ようあのお方に頼まれたからだ。あのお方のお告げは絶対だ。ゆえに。我は貴様を標的に定めたというわけだ」

 

――そんなに意味がないのに殺そうとしちゃってごめんね。でも、あの人のお告げは色んな意味で絶対だから。意味がなくともやらないといけないこともあるってこと。

 

 あのお方のお告げ。魔剣の発言からキンジは理子の言葉を思い出す。あの時。ANA600便で理子も魔剣と似たようなことを言っていた。二人の言い方からして、まるで犯罪組織というより何かの宗教組織みたいだなとキンジはイ・ウーへの印象を改める。

 

我に続け(フォローミー)、星伽ノ浜白雪奈。貴様が今まで経験してこなかった全く新しい世界に我が直々に歓迎してやろう」

「う~。だから私は星伽ノ浜白雪奈なんて長ったらしい名前じゃないんだけどなぁ。気軽にユッキーって呼んでよ。ほら、友達感覚でさ。その方が魔剣も呼びやすいでしょ、ね? はい。私に続け(リピートアフターミー)、ユッキー!」

「……」

「むー。ノリ悪いなぁ。折角私がめんどくさいながらも親交を深めようとしてるのに。無言はさすがにないと思うよ、うん」

 

 白雪は腕を組んでうんうんとうなずく。それにしてもユッキーは相変わらずの平常運行だな。キンジは普段と何ら変わらない白雪の物言いに苦笑する。現に、白雪の緊張感ゼロの発言でシリアスまっしぐらだったはずの雰囲気が見事なまでにぶち壊されてしまっている。

 

「……貴様、己が何を言っているのかわかっているのか? 我は歓迎の体を取ってはいるが、実際は他人を盾にして脅して貴様を無理やりイ・ウーの一員にしようとしているのだぞ? 我に対して何か思う所があるのではないのか? なぜ友好的な態度を取る?」

「確かに。何もないって言ったらウソだけど。でも、何もかも諦めてダラダラ過ごして、ただ流れに合わせる生き方には昔から慣れてるから。キンちゃんやアーちゃんや武偵高の皆と過ごす生活は凄く楽しかったけど……何事にも始まりがあれば終わりがあるし、出会いがあれば別れがある。武偵高での楽しい生活もどうせあと2年もしない内に終わっちゃうんだし……それが偶々、貴方が私を誘拐しようとしたことで時期が早まった。それだけだよ。それに、貴方もそのイ・ウーって所の人なんでしょ? だったらこれから貴方とは長い付き合いになるかもしれないし、どうせなら仲良くした方がいいかなぁって思ってね」

「……ククックククッ! クハハハハッ! 面白い! そんなことを言われたのは初めてだ! 気に入ったぞ、星伽ノ浜白雪奈! いや、ユッキー! 貴様を客人ではなく、友としてイ・ウーに招待しよう!」

「え、いいの?」

「当然だ。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たる我に二言はない」

 

 白雪の言葉があまりに想定外だったのか、思わずといった風に絶句する魔剣。直後に再起動を果たした魔剣は哄笑すると愉悦を多分に含んだ声を白雪に向ける。どうやら先の白雪の発言は魔剣の心をガッチリ掴んだようだ。

 

(……そんな風に思ってたのかよ、ユッキー)

 

 一方。白雪の本心の一端を知ったキンジの心は酷く複雑だった。キンジは今の今まで白雪のことを重度のめんどくさがり屋で毎日毎日だらけてばかりだけど、それでも自分なりに信条を持って前向きに生きているものだと思っていた。

 

 でも違った。前向きでポジティブだと思っていた白雪は実はどこまでも後ろ向きでネガティブだった。どこまでも退廃的で諦め癖がついていた。今まで信じてきた白雪像と現実の白雪とのギャップ。そしてそれに自分が気づけなかったこと。これらの事実を前にキンジは顔を歪めた。

 

「にしても、やっぱり意外だよねぇ」

「意外、というと?」

「貴方が送ってきた脅迫メールには従わなかったらキンちゃんを殺すとか、アーちゃんを殺すとか、武偵高の皆を殺すとか物騒なニュアンスの事ばっかり書いてあったから、魔剣はもっと怖い人だと思ってたんだ。毒々しいくらいの金髪で全身に火傷痕があるムキムキの人とか、顔に大きな傷痕が残ってるムキムキの人とか、とりあえず全身ムキムキの人とかさ」

「……いや、気持ちはわからなくないがもっとマシな想像はできなかったのか? というか、なぜ貴様はそこまで『魔剣=筋肉質の男』の方式にこだわる?」

「う~ん、何となく? あ! あとは『わんわんおー』のニャルニャーク元帥みたいな人かもしれないとも思ってたよ」

「ハッ! ニャルニャークのような老害と我を一緒にするな、汚らわしい」

「あれ? 魔剣って『わんわんおー』知ってるの?」

「当然だ。以前リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドに原作の漫画を紹介されたからな。我は個人的にプルドックルトンがお気に入りキャラだな。貴様はどうだ、ユッキー?」

「私はチワワッフルとレトリバームクーヘンかな。あの二匹の軽快なやり取りがもう可愛くて可愛くて」

「確かにな。あの二匹のカップリングは王道ではあるが、それ故にいい組み合わせだ。着々とフラグを積み重ねて上手く無事にくっついてほしいものだが……と、折角『わんわんおー』好きの同志と出会えた以上、もっと色々と話をしたい気持ちはあるのだが、我の都合上いつまでもここに留まっているわけにはいかなくてな。話の続きはイ・ウーへの道すがらにでもしようか」

「うん。わかった」

 

 キンジの内心をよそに、様々な爆弾がひしめく地下倉庫に全く似つかわしくない、のほほんとした会話を繰り広げる魔剣と白雪。魔剣が話を切り白雪をイ・ウーへと連れていこうとした時、ふとレオぽんの仮面越しに魔剣の目に剣呑な光が宿った。

 

「……だが。その前に、邪魔者を排除しなければなるまいな。なぁ、遠山麓公キンジルバーナード?」

「えッ? 誰か来てるの?」

「いつまでもそんな所に隠れてないでいい加減出てきたらどうだ?」

 

 魔剣から殺意のこもった視線を向けられたキンジは歪めていた顔を引き締める。遠山麓公キンジルバーナード。まさかとは思ったがどうやら自分が呼ばれているらしい。キンジは魔剣が何か仕掛けてくる前に自ら進んで白雪と魔剣の前に姿を現すことにしたのだった。

 




キンジ→何だか最近原作キンジくんと性格が似てきているような気がしないでもない熱血キャラ。
白雪→『わんわんおー』大好きっ子。『魔剣=筋肉質の男』という偏見を持っていた。
ジャンヌ→怠惰巫女ユッキーを気に入った厨二病患者。何気にレオぽん好き。

 今回で『キンジくん VS ジャンヌちゃん』まで行きたかったのですが、何とも微妙な所で終わってしまいましたね。何という寸止め。


 ~おまけ(その1:ネタまっしぐら)~

白雪「魔剣はもっと怖い人だと思ってたんだ。毒々しいくらいの金髪で全身に火傷痕があるムキムキの人とか、顔に大きな傷痕が残ってるムキムキの人とか、とりあえず全身ムキムキの人とかさ」
逆鬼至緒「ん?」
トリコ「ん?」
ウボォーギン「あ?」
ムキムキ魔王さま「呼んだか?」
アームストロング少佐「呼んだかね?」
白雪「いや、呼んでないよ?」


 ~おまけ(その2:ちょっとした裏話)~

 ボストーク号の艦内。ジャンヌの部屋にて。

理子「ジャンヌちゃんジャンヌちゃん! ジャンヌちゃんに読んでほしい漫画があるんだけど今時間大丈夫!?(←扉を勢いよく開けつつ)」
ジャンヌ「案ずるな、心配ない。ちょうど暇を持て余していた所だ。あと我はジャンヌじゃない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。で、それはどんな漫画なんだ?」
理子「これこれ! 『わんわんおー』っていってね、すっごく可愛いワンちゃんたちがほのぼのまったりする漫画なんだ! あ、たまに猫も登場するけどね!(←両手に抱えた漫画を見せつけるようにして)」
ジャンヌ「犬、か……済まない、リコリーヌ。我は猫派――」
理子「もうこれすっごく面白いんだ! 今度アニメ化するんだって! とにかく読んでみてよ!(←漫画をジャンヌに押しつけるようにして)」
ジャンヌ「いや、しかし、犬は好きじゃな――」
理子「何言ってるのさ、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ちゃん! 犬派猫派関係なしにこれは読まないと人生損だよ! 半分は損してるよ!(←思いっきりジャンヌに顔を近づけつつ)」
ジャンヌ「わ、わかった。読む。そこまで言うのなら読ませてもらおうか(←理子の気迫に負けたジャンヌ)」
理子「ホントッ!? じゃあ全部読み終わったら感想言い合おうよ! じゃあ、またね! 私今から仕事あるから!!(←嵐のように去っていく理子)」
ジャンヌ「……いつになく押しの強いリコリーヌだったな。何とも珍しい。……ま、折角だ。暇つぶしに読んでみるか」
ジャンヌ「む、こうして見てみると犬も中々――」

 こうしてジャンヌは『わんわんおー』にハマった。


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49.熱血キンジと思いの丈


アリア「あれ? え、これ、もしかしなくても私なしで物語が進んじゃってます……?」

 どうも、ふぁもにかです。今回はついにジャンヌちゃんとの戦い、と見せかけてまさかの説教回がメインです。随分と久しぶりに熱血なキンジくんが見られることでしょうね。ええ。

 閑話休題。久しぶりに『熱血キンジと冷静アリア』の執筆してるせいか、キンジくんたちの性格のこれじゃない感が凄まじいですね。……ん、これ何気に重大案件ですよね。どうしたものか。



 

「クククッ。気配察知スキルAAA+のこの我が貴様の存在に気づかぬとでも思ったか、遠山麓公キンジルバーナード?」

「まさか。アリアを出し抜いたぐらいだしその内バレるとは思ってたよ。まぁ、もうバレたのはさすがに予想外だったけど」

 

 魔剣にとっての死角にいるにも関わらず自分がいることを見破られてしまったキンジは魔剣と白雪の前に姿を現す。どことなく違和感を感じる声で高圧的に話しかけてくる魔剣にテキトーに返答しつつ、キンジは目で軽く状況を確認する。魔剣&白雪との彼我の距離は約15メートル。遠いわけでもなく、かといって近いわけでもない。仕掛けるには何とも微妙な距離だ。

 

「あと、俺は遠山麓公何たらじゃなくて遠山キンジだ」

「ん? 何を言っている、遠山麓公キンジルバーナード?」

「いや、だから遠山キンジだって! 名前呼ぶなら変なのつけないでちゃんと呼べよ!」

「クククッ。隠さずともよい。真名を明かされて焦る気持ちはわかるが、頑なに偽名を真名だと言い張るのは呆れを通り越していっそ哀れだぞ、なぁ? 遠山麓公キンジルバーナード?」

「……あぁ。もういいや、それで」

 

 キンジは深々とため息を吐くと魔剣に向けていたジト目を横にそらす。キリッとしたレオぽんの仮面を被った魔剣から白雪と似たような頑固さを感じ取ったキンジが間違った自分の呼び名の訂正を諦めることにした瞬間である。

 

「キンちゃん!? どうしてここに!?」

「そんなの決まってんだろ。ユッキー、お前を助けに来たんだ」

「え?」

「ほんの少しだけどお前と魔剣が話してるの聞いたぞ。……何やってんだよ、ユッキー。勝手に諦めたりなんかするなよ。勝手に俺の前から消えたりなんかするなよ。寂しいだろうが。お前は俺にとって命の恩人なんだ! 一生かけたって返せるかどうかわからないぐらいの大恩人なんだ! だからさ。頼むから俺の元からいなくならないでくれ、ユッキー!」

 

 キンジは自身の正直な気持ちをそのまま白雪にぶつける。魔剣がいる手前、ふつふつと湧き上がる感情を理性でしっかりと抑えつけた上で白雪に思いを伝えようとしたものの、キンジは自分の感情が理性の制御を超えて徐々に昂ぶっていくのを感じた。

 

 兄さんが死んでからというもの、何事にもやる気を出せず無気力に過ごしていた俺の心を救ってくれたのはユッキーだった。ユッキーは空腹を理由に俺の部屋に転がりこむと俺以上に堕落した様を意図的に見せつけてきた。散々我がままを言ってきた。そんなあまりのユッキーの堕落っぷりを放置できずにユッキーの世話をしていくうちに段々と俺の心の中を占める兄さんの割合が減っていったのだ。

 

 決して風化していったのではない。今の今まで収まりのつかなかった感情がストンと心の中にハマったような感覚。ユッキー曰く、悲しい現実を乗り越えるためにはまずは一端そのことを忘れて時間の経過に身を任せることが大事とのこと。本人はアニメの受け売り的なことを言っていたが、ユッキーのその心遣いは俺の心によく響いた。 

 

 ユッキーがいなければ。きっと俺は武偵であることを止めていたかもしれない。兄さんが結果的に命を失ってまで成し遂げた偉業がああも貶められるくらいなら武偵なんてやってられないと今まで積み上げてきたものを全て捨てていたかもしれない。実際、あの時の俺は武偵を止める一歩前まで気持ちが傾いていたのだから。

 

 それどころか、下手すれば俺は兄さんがいないという喪失感に耐えきれずに突発的に自殺に走っていたかもしれない。兄さんをこれでもかと非難しまくったマスコミ関係者を殺しにかかっていたかもしれない。それだけ、あの時の俺の精神状態は危ういものだった。

 

 俺が前を向けるようになったのは。世界最強の武偵及びマスコミ各社の誠意ある焼き土下座を最終目標に今日まで突き進んでこれたのは偏にユッキーが支えてくれたおかげだ。ユッキーが無気力になった俺のことを相変わらず信じていてくれたからだ。

 

(だからってわけじゃないけど、今度は俺がユッキーの心を救う番だ!)

「……キン、ちゃん」

「ユッキー。お前言ったよな? 私のために武偵を止めないでほしいって。俺が武偵として活躍する夢をもっと見させてほしいって。あの言葉があったから今の俺がいるんだ! ユッキーがああ言ってくれたから世界最強の武偵なんてバカげた目標掲げる今の俺がいるんだ! 俺にはお前が必要なんだ! お前がいなきゃ武偵やってるカッコいい遠山キンジは成り立たないんだよ!」

「――ッ!?」

「だから! だからッ! そんな何もかも諦めきった顔してないでもっと足掻けよ、ユッキー! それで自分の力じゃどうしようもないって思ったら諦める前に迷わず助けてって言ってくれ! お前が助けを求めればそれだけで動いてくれる奴なんてたくさんいる! もちろん俺も全力でユッキーを助けてみせる! 武偵高での生活は楽しかったんだろ!? もっと皆と一緒に過ごしたいんだろ!? ここにはどこぞの星伽神社と違ってお前を縛るものなんて何一つないんだ! だから、ロクに抵抗もしないうちに全て諦めて人生棒に振るような真似すんな、ユッキー!」

「キン、ちゃ……」

 

 キンジは感情のままに思いの丈を叫ぶ。激情のままに等身大の思いを口にする。この場において一番の問題は白雪の心だった。魔剣との会話を聞いた限りでは例えキンジが白雪を助けようと手を伸ばしても白雪がその手を取らない可能性があった。諦めてばかりの白雪が、武偵高での生活を切り捨てて魔剣と落ち合った白雪が元の場所に戻ろうとしない可能性が考えられた。

 

 その可能性を潰すために、白雪の精神を揺さぶるために、キンジは本音を叫ぶ。漆黒の瞳を見開きそこからツゥと一筋の涙を流す白雪を見る限り、効果は抜群のようだ。

 

「ちょっとその辺で見てろ、ユッキー。世界はお前が思ってるほど残酷でも理不尽でもないってこと、そこの魔剣を倒して証明してやるからさ」

「……うん」

「ククッ。これは大きく出たものだな」

 

 キンジは素直に引き下がった白雪から魔剣へと視線を移す。と、同時に。今までキンジと白雪とのやり取りを腕を組んでただただ静観していた魔剣がふと小刻みに肩を上下させて笑う。

 

「茶番は済んだか、遠山麓公キンジルバーナード?」

「あぁ。わざわざ待ってもらって悪かったな、魔剣。別に奇襲を仕掛けてきてもよかったんだぞ?」

「クククッ。強襲科(アサルト)Sランク武偵の分際で我を甘く見るなよ、遠山麓公キンジルバーナード。奇襲とは格下の人間が格上の相手にさしたる苦労なしに確実に勝利するために使う手法だろう? 貴様より格上でかつ女神の祝福を受けし我がそのような手段に走る必要はない。所詮、次元が違うのだよ、次元が」

「そうかよ」

 

 魔剣は話すことはないと言わんばかりに黒マントの内側から両手の指と指の間に計8本の銃剣を取り出し、キンジもそれに応じるように右手にバタフライナイフを展開する。両者の視線が中間で激しくぶつかり合い、徐々に緊張感が高まっていく。

 

「いくぞ! 魔剣!」

「クククッ。愚かだな、貴様は。実に愚かだ。もう既に我は仕掛けているぞ?」

「は? ――なッ!? 足が!?」

 

 地下倉庫のどこかからカタンと乾いた音が鳴ったのを契機にキンジは魔剣の元へと一直線に駆けようとする。しかし、それは叶わなかった。いつの間にかキンジの足元に一本の銃剣が刺さっており、そこからキンジの両足を巻き込むようにして円状に氷が張っていたからだ。

 

「我は格下相手に奇襲を仕掛けない。だが誰が罠を仕掛けないと言った? ……これで終わりだ。ほとばしる包囲網(ピアシング☆ウェブ)!」

「くッ!?」

 

 魔剣は目に見えないほどのスピードで腕を振り両手の8本もの銃剣を時間差で次々と投擲する。そして一度手に持つ全ての銃剣を投げ終えるとすぐさま黒マントの内側からまた新たな銃剣を取り出しすぐさま投擲。不自然なほどの速さで魔剣から放たれた銃剣はあっという間にキンジの眼前で弾幕を形成する。

 

 動きを封じられたキンジは迫りくる幾重もの銃剣の弾幕をバタフライナイフで弾いていく。いや、その場から動けないためにバタフライナイフ一本で防がざるを得ない。キンジは防弾&防刃加工されている制服部分の防御を捨てて必死に銃剣を弾くも、それでも弾丸のごとく迫ってくる銃剣の全てを弾き飛ばすことはできない。ヒステリアモードの時ならいざ知らず、今のノーマルキンジにはさすがに荷が重いようだ。

 

 と、その時。弾き損ねた銃剣の内の二本がキンジの腹部に命中して衝撃を残し、残りの一本がスッとキンジの頬をかすめて切り傷を作る。キンジは現状が自身にとって不利極まりないことに舌打ちをするとともに、左手に拳銃を取り出し銃弾を放って銃剣をあらぬ方向へと弾き飛ばす。下手に跳弾して誘爆を生まないように最大限気を遣いながら、勢いよく迫ってくる銃剣を全て銃弾で撃ち落していく。

 

「……貴様、正気か? ここで銃を使うことの意味を理解していないのか?」

 

 キンジがまさか火薬や爆薬が盛りだくさんの地下倉庫で拳銃を使ってくるとは思わなかったのだろう。自分の想定を軽く超える行為を平然とやってのけたキンジに魔剣は呆然といった風に言葉を漏らす。投擲しようとその手に持っていた銃剣をポロッと落としていることからも魔剣の驚き具合がよくわかる。

 

「心配すんなよ、魔剣。俺にはまだまだやることがあるからな。下手に誘爆させて一緒に心中するつもりなんてない!」

 

 キンジは足元の氷を銃弾で砕いて体の自由を取り戻すと、驚きのあまりつい攻撃を止めている魔剣へと一気に駆ける。ここで牽制代わりに一度発砲したい所だが、魔剣の後ろに何が置かれているかわからない以上、それはあまりに危険過ぎる。そのため、拳銃を使えないキンジはまず魔剣との距離を詰めないと話にならないのだ。

 

「――って、またかよ!?」

 

 だが。キンジは魔剣によっていつの間にやら足元に投擲されていた銃剣につまずいた。キンジはすぐに体勢を立て直そうとして、そのまま前方に倒れた。床に突き刺さった銃剣を起点に発生したらしい氷が再びキンジの両足を巻き込んで展開されていたからだ。それだけに飽きたらず床を急速に凍らせていく氷は床についたキンジの両腕をも凍らせてしまう。結果、キンジは四つん這いの状態のまま動けなくなってしまった。

 

(間違いないな、こいつも超能力者(ステルス)だ。氷の超能力ってことでいいんだよな? ……てか、この状況ってかなりマズくないか!?)

「クッハハハッ! アーハッハハッハハハ! 足元がお留守にも程があるぞ、遠山麓公キンジルバーナード! 世界最強の武偵を目指す男が聞いて呆れる! ほれ、これでとどめだ。喰らえッ! ほとばしる閃光(ピアシング☆スロー)!」

 

 魔剣は自分の罠に二度も引っかかってくれたキンジを見下ろして存分に嗤う。それから。十分に嗤い終えた魔剣は仮面の裏に勝利を確信した笑みを浮かべつつ、キンジの頭蓋に穴を開けようと全力で銃剣を投げつけるのだった。

 




キンジ→どこぞの上条さんチックになってしまった熱血キャラ。地下倉庫だろうと平然と銃を使っちゃう怖ろしい子でもある。あと割と足元がおろそか。
白雪→キンジの言葉に思いっきり心を揺さぶられた怠惰巫女。
ジャンヌ→気配察知スキルAAA+(自称)の厨二病患者。パワーバランスの関係上、原作より色々と強くなってたりする。

 わー、キンジくんが絶体絶命だぁー(棒読み)
 ということで49話終了です。それにしても何だか戦闘シーンの描写が凄まじく下手になってる気がしますね。こんなクオリティで大丈夫なものでしょうかねぇ。


 ~おまけ(その1:ジャンヌの使った技説明)~

・ほとばしる閃光(ピアシング☆スロー)
→手に取った銃剣を常人には到底真似できないスピードで投擲する技。投擲された側(※実験台のりこりん)が飛来してくる銃剣を見た時に「まるで閃光のようだったよ、ジャンヌちゃん……」と震えながら感想を漏らしたことからこの技名となった。

・ほとばしる包囲網(ピアシング☆ウェブ)
→ほとばしる閃光(ピアシング☆スロー)の上位交換技。自身の持つ銃剣をただひたすら対象に向けて尋常じゃないスピードで投げ続けることで最終的に銃剣の弾幕が形成される。圧倒的手数で対象を追い詰める際に効果的な技である。


 ~おまけ(その2:かの「馬鹿な……早すぎる……!」ネタを緋弾のアリアキャラでやってみるテスト ※キャラ崩壊注意)~

アリア「まず私が天を仰いで『あぁ、あなたたち。しんでしまうとはなさけないですね』って言う」
理子「そしてボクは涙を流しながら『世界が、終わっちゃうよぉ……』って言う」
キンジ「それから俺は頭を抱えて『うぐッ!? こ、このままでは、俺の中の(ひどく)(スゲー)(スキル)が目覚めてしまう……!?』って苦しそうに言う」
神崎千秋「でもって俺は『クソッ! 何だってこんな時にッ!?』と苛立ちを顕わにしつつ荒野を駆け抜ける」
武藤「そこで俺が『……これが、神の因子の暴発か……!』と戦慄を覚える」
不知火「直後に俺は『チッ、今日はアレの販売日じゃねぇか。急がねぇと!』と舌打ちしてその場を去っていく」
レキ「一方その頃、私は憂い顔で『――儚いものですね』と公園のすべり台の上で嘆く」
綴先生「で、私はご機嫌で『クフフ。面白いことになってきたやないか♪』って言う」
陽菜「そこで拙者が歪んだ笑みを浮かべて『拙者たちの悲願が、ついに――!』って意味深な言葉を残す」
警官A「それから俺が『フッハハハッ! テメェらの時代は終わったんだよ!』って言ってデスサイズを振り下ろす」
神崎かなえ「その時私は『さて。私はどの立場に立ったものか』と檻の中で逡巡する」
ジャンヌ「我はそんな貴様らを次元の狭間から眺めて『クククッ、この程度か。是非もない』とニヤつく」

白雪「えー、とりあえず……今日も日本は平和です!」



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50.熱血キンジと集う役者


キンジ「見稽古、だと……!?」

 どうも、ふぁもにかです。この『熱血キンジと冷静アリア』もついに50話突破しました! 50話ですよ、50話! 何てキリがよくて気持ちのいい話数なんでしょうか!? ヒャッホーイ!ヾ(* ̄▽ ̄)ノ



 

「喰らえッ! ほとばしる閃光(ピアシング☆スロー)!」

 

 東京武偵高の地下倉庫最下層にて。手足を床ごと凍らされ、四つん這いの状態のまま身動きのとれないキンジに魔剣によって投擲された銃剣が襲いかかる。氷に動きを封じられたキンジはそれをかわすこともバタフライナイフで弾くこともかなわない。結果、ガンという鈍い音とともにキンジの頭が弾かれたように後ろにのけぞった。

 

「ウ、ウソ……キンちゃん? キンちゃん!?」

「フン。呆気ないものだな、遠山麓公キンジルバーナード。いくら強襲科(アサルト)Sランク武偵といえど所詮は平和ボケ国家の住人。我の障害にもなりえなかったか。二人掛かりとはいえリコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドを倒すだけの実力を備えているようだから少しは期待していたのだが、この程度で死ぬとは……実に残念だ」

 

 魔剣とキンジとの戦闘の一部始終を見ていた白雪は思わず呆然と立ち尽くすも、徐々に現状を認識できてきたのか、悲鳴に近い声を上げる。一方の魔剣はついさっき落とした銃剣を拾いながらつまらなそうに息を吐く。そして。魔剣は当初の予定通り白雪をイ・ウーへと連れていこうと彼女の手を掴んで引っ張ろうとする。――刹那。地下倉庫にカランと乾いた音が響いた。

 

「なに勝手に俺が死んだって決めつけてんだよ、二人とも」

「……は?」

「……え?」

 

 本来なら聞こえるはずのない声を聞いた魔剣と白雪は自分の耳を疑った。二人がギギギとブリキ人形のごとくぎこちなく体を動かして視線をキンジの方へ向けると、その先に相変わらず手足を凍らされた状況下にありながら全く無傷の遠山キンジがいた。

 

「キンちゃんッ!」

「バカな!? あの状況下で、どうやって……!?」

「歯で噛んで止めた。それだけだ」

 

 キンジが生きている。その事実を前に白雪は大輪の花のような希望に満ちた笑みを浮かべる。その傍ら。キリッとしたレオぽんの仮面の裏で驚愕の色を顕わにする魔剣に向けてキンジはさも当然のように言い放つと、自身の傍に転がる一本の銃剣を顎で示す。ちなみに。さっき響いたカランという音はキンジが噛んで止めた銃剣を床に落とした際に床の氷と接触した音だったりする。

 

「なッ!? 歯で食い止めた、だとォ!? そんなバカげたことができるわけ――」

「何言ってんだよ、魔剣。俺は世界最強の武偵を目指してんだぞ? たかが迫りくる銃剣一本、歯で食い止められなくてどうする。銃弾噛み(バイツ)の銃剣バージョン、舐めるなよ」

「おおお! さっすが、キンちゃん! すごーい!」

「ちょっと待てええええええ!? 何だ、そのふざけた理屈はッ!? そんな精神論ごときに我のほとばしる閃光(ピアシング☆スロー)が破られたというのかぁぁぁあああああああ!?」

 

 キンジはひとまず魔剣に精神的な揺さぶりを掛けるためにテキトーなことを言ってみる。得意げに口角をニィと吊り上げることも忘れない。そうしてキンジが口にした言葉に白雪は万歳の体勢とともに純粋に称賛の声を上げ、魔剣は頭を抱えて動揺に満ちた声を上げた。

 

(さて、魔剣の正体は女みたいだな)

 

 キンジは先までのどこか違和感を感じるものとは全く異なる声色で驚愕を顕わにする魔剣を前に眉を潜める。魔剣の狼狽が巧みな演技でないのなら、おそらくこれが魔剣の素の声なのだろう。その声色の高さから、魔剣の正体が女性、それもキンジや白雪と同年代の少女である可能性が濃厚となった。

 

(となると、ヒステリアモードを使うわけにはいかないな……)

「――ハッ!? しまった。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たるこの我が危うく冷静さを失ってしまう所だった」

 

 軽く錯乱していた状態からすぐさま我を取り戻した魔剣は「今度こそ死ぬがいい、遠山麓公キンジルバーナード。貫け、ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)!」と、元の違和感の感じる声とともにさらに三本もの銃剣を一気に投擲してくる。さすがのキンジでも三本の銃剣を全て噛んで受け止めるなんてことはできない。ましてや一本一本を微妙にタイミングをズラして投げられたら尚更だ。

 

(うッ!? これはマジでヤバいぞ!?)

 

 飛来してくる銃剣を前にキンジが本格的に命の危険を感じた、まさにその時。キンジに向けて放たれた銃剣三本は突如響いた複数の銃声とともに全てあらぬ方向へと弾き飛ばされていった。その内、弾かれた二本の銃剣はさらに響いた銃声とともにまた軌道を変えてキンジの身動きを封じる氷を割るようにして突き刺さり、もう一本の銃剣は直後に轟いた銃声とともに方向を変えて魔剣の顔面目がけて飛んでいった。

 

「なぁッ!?」

 

 自分の想定をはるかに凌駕する光景に驚愕しつつ、それでも魔剣は瞬時に顔を横にズラして自分の投げた銃剣が顔に突き刺さる形で致命傷を負うことをどうにか避ける。

 

「――先手必勝です!」

「ッ!?」

 

 何がどうしてこうなった。キンジも白雪も魔剣も状況を正確に把握できずにただただ硬直していると、スッと魔剣の背後から一つの人影が躍り出る。それは両手にそれぞれ装備した小太刀二本を使って魔剣へと上段からX斬りを放つアリアの姿だった。

 

 魔剣は間一髪といった所で身を翻しアリアの斬撃を避ける。一方。魔剣に斬撃を負わせ損ねたアリアは体操選手を彷彿とさせるアクロバットな動きで即座に魔剣から距離を取り、スタッとキンジの隣に立った。刹那、この時を待っていたと言わんばかりに天井の照明が次々と純白の光を灯していく。

 

「ハァ。今の不意打ちで少しでも手傷を負わせておきたかったのですが……さすがは魔剣。やはり一筋縄ではいきませんか」

「アリア!?」

「アーちゃん!?」

「貴様!?」

「どうやらギリギリ間に合ったみたいですね。良かったです。急いだ甲斐がありました。というか、こんな罠にかかるなんてキンジらしくないと思うのですが……」

「悪かったな、らしくなくて。ちょっと頭に血ぃ上ってたかもしれないな。でも助かったよ。ありがとう、アリア」

「こちらこそ。メールありがとうございました、キンジ。おかげでここにたどり着くことができました」

 

 アリアが魔剣の投げた銃剣を利用してキンジを床に縫い止める氷を砕いてくれたおかげで四肢の自由を取り戻せたキンジは、両手を握っては開いてと繰り返して両手の握力を確認しつつ立ち上がる。

 

「大丈夫ですか?」

「あぁ、問題なさそうだ。ま、俺の手足が直接凍らされたわけじゃないし、当然か」

 

 魔剣から視線を放さないように留意しながらもキンジをチラリと横目で見やるアリアにキンジはバタフライナイフを構えて返答する。ホッと息を漏らすアリアをよそにキンジは脳裏に先の銃剣三本の変則軌道を思い浮かべつつ、アリアに問いを投げかける。

 

「なぁ、アリア。さっき銃剣の軌道を銃弾で変えてたけど、あれって銃弾撃ち(ビリヤード)だよな? アリアも使えたのか?」

「ん? あの技は銃弾撃ち(ビリヤード)と言うのですか? ……なるほど、確かに言い得て妙ですね」

「え? 知らなかったのか?」

「はい。ついこの前の峰さんとの戦いでキンジが銃弾撃ち(ビリヤード)を使っていたのを思い出して、これなら私でもできるんじゃないかと感じたのでちょっと見よう見まねで試してみただけですし」

「……へ? 見よう見まね?」

「それにしても、実際に使ってみて思ったのですが……銃弾撃ち(ビリヤード)ってかなり便利な技ですね。使い方次第では色々と応用も効きそうですし、これからはしっかりと練習して物にしたいですね」

 

 アリアが何の気なしに口にした言葉にキンジは驚愕に固まる。対するアリアはぶつぶつと呟きつつ思案顔でうんうんとうなずく。おそらく今のアリアの脳内ではあらゆる場面で銃弾撃ち(ビリヤード)を駆使する自分の姿が思い描かれていることだろう。

 

「は!? ちょっ!? じゃあお前、ぶっつけ本番で銃弾撃ち(ビリヤード)やったのかよ!? いくらなんでも無茶が過ぎるだろ!? ここ地下倉庫だぞ、わかってるのか!?」

「そんなの百も承知ですよ。でも、こう見えて私って結構本番に強いタイプですし、だったら出たとこ勝負で大丈夫だろうと思いまして」

「おいおい……」

 

 キンジはアリアの主張に思わず天を仰ぐ。下手したら放った弾丸が火薬&爆薬の誘爆を引き起こして大爆発を起こすかもしれない状況下で一度も使ったことのない技をぶっつけ本番で使って最良の結果を残してみせる辺り、ランクなどでは測れないアリアの凄さ(デタラメさ)がわかるというものだ。

 

(いや、そのアリアの無茶に救われた俺にアリアを責める権利がないことぐらいわかってる。わかってるけどさぁ……)

「まぁ、その辺の話は置いておきましょう。今は魔剣の確保が最優先です。――魔剣! 貴女を未成年者略取未遂の容疑で逮捕します!」

 

 アリアはキンジとの会話を終わらせるとチキと小太刀を握り直して魔剣に向け、高らかに魔剣逮捕を宣言する。その後にアリアが据わった真紅の瞳と低い声色で「尤も、その前に私を散々コケにしてくれたお礼をしなければいけませんがね」と言ったことから、アリアが花火大会の時に魔剣に出し抜かれたという事実に鬱憤を募らせていたことは想像に難くない。

 

「クククッ。全く、末恐ろしいな。神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ。ホームズの血を継ぐだけのことは――」

「私は神崎ヶ原何たらではありません。神崎・H・アリアです」

「ククッ、貴様も遠山麓公キンジルバーナードと同類か。全く、どいつもこいつもどうしてこうも頑なに己の真名を隠したがるのだろうな。理解に苦しむよ。なぁ? 神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ?」

「――あ?」

「いッ!? ……あ、うむ。すまない。悪かった。だからその目で我を見るのは止めてくれ、神崎・H・アリア……さん。いや、止めてくださいお願いします。冗談抜きで怖いですから。生きた心地しませんから」

「……次はありませんよ」

「はい。以後気をつけます」

 

 キンジの時と同様にアリアの呼び方を一切変えようとしない魔剣へと、まるで地獄の底から響いたようなアリアの声が放たれた。あたかも完全に生気を抜き取りそこに憎悪をたっぷり詰め込んだかのようなアリアの濁りきった真紅の瞳を向けられた魔剣は目に見えてビクつく。傲慢な態度を取っ払ってですます口調でいつものアリアに戻るよう頼みかける魔剣を前に、いくらか気が晴れたのか、アリアの瞳に生気が戻った。尤も、ジト目で魔剣を見つめるのは相変わらずだが。

 

(そういや、理子に『オリュメスさん』って呼ばれるのも凄く嫌がってたしなぁ。……呼び名に関してアリアをいじるのはタブーだな。うん)

 

 この時。キンジはアリアの呼び名に関する地雷原に足を踏み入れないことを固く決意した。白雪と魔剣も同様である。

 

「あー、ゴホン。……しかし、こうして貴様と対峙すると、ホームズ家の連中がいかに節穴だったかがわかるというものだ。何が『できそこない』だ。何が『欠陥品』だ。これがそんな可愛げのある存在なわけがなかろうに。ま、生得の才にしか興味を持たぬ者に後天的な才に着目する脳などありはしないか。……だが、あまり調子に乗るなよ。どう足掻こうが、貴様らごときに我を捕まえることなど不可能だ」

「んなもん、やってみないとわからないだろうが」

「わかるさ。何せ貴様ら二人は武偵だ。武偵は我のような犯罪者相手に常にハンデを背負っている。武偵法9条という重いハンデだ。そのような武偵の分際で、あらゆる手を行使して本気で殺しにかかってくる我を、超能力者(ステルス)を、そう簡単に無力化できると思うなよ?」

 

 魔剣は咳払い一つでどこかゆるゆるとし始めた場の空気を引き締めると、仮面の裏からキンジとアリアをギロリと睨みつける。負けじと二人も魔剣を睨み返したことで周囲をピリピリとした雰囲気が漂い始める。まさに一触即発。三人の衝突は時間の問題だった。

 




キンジ→銃弾噛み(バイツ)で見事に飛来してくる銃剣から身を守った熱血キャラ。今回は銃弾ではなく銃剣に対して銃弾噛み(バイツ)を使ったので気絶はしていない。
アリア→ぶっつけ本番で銃弾撃ち(ビリヤード)・銃剣バージョンをやってのけた子。何気に49話の時に地下倉庫でカタンと音を鳴らしてしまった張本人でもある。
白雪→今回はまるっきり傍観者かつ空気だった怠惰巫女。まぁこればっかりはねぇ……。
ジャンヌ→ついうっかりアリアさんの地雷を踏んじゃった厨二病患者。やろうと思えばですます口調もできる。

 ……うん。話が中々進みませんね。まさに『物語は踊る、されど進まず』状態ですね。この調子だと原作2巻終了までにあと8話は使いそうですね。ええ。


 ~おまけ(その1:ジャンヌの使った技説明)~

・ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)
ほとばしる閃光(ピアシング☆スロー)の上位交換及びほとばしる包囲網(ピアシング☆ウェブ)の下位交換技。自身の放った三本の銃剣が三角形を形成することからこの名がつけられた。割と使い勝手がいいため、普段からジャンヌが多用している技の一つである。


 ~おまけ(その2 没展開:もしもここのキンジくんがよりハイスペックだったら)~

ジャンヌ「バカな!? あの状況下で、どうやって……!?」
キンジ「歯で噛んで止めた。それだけだ」
ジャンヌ「なッ!? 歯で食い止めた、だとォ!? そんなバカげたことができるわけ――」
キンジ「何言ってんだよ、魔剣。俺は世界最強の武偵を目指してんだぞ? たかが迫りくる銃剣一本、歯で食い止められなくてどうする(←噛んで止めていたナイフを首を使って真下に勢いよく落としつつ)」
キンジ「フッ!(ズガンッ! ←キンジが氷の上に軽く突き刺さったナイフの柄に向けて強烈なヘッドバットを放って氷を割った音)」
キンジ「さぁ。バトル再開といこうぜ!(←氷からの自力脱出に成功したキンジがゆらりと立ち上がりつつ)」
ジャンヌ「ク、ククッ。あまり図に乗るなよ、遠山麓公キンジルバーナード(……何この男、超怖い)」
白雪「キ、キンちゃん……(頭思いっきりぶつけてたけど、痛くないのかなぁ?)」


 ~おまけ(その3 没展開)~

ジャンヌ「クククッ。全く、末恐ろしいな。神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ」
アリア「神崎ヶ原・H・アリアドゥーネではありません、神崎・H・アリアです」
ジャンヌ「む? おかしなことを言うものだな。神崎ヶ原・H・アリアドゥーネが貴様の真名だろう?」
アリア「違います! 私の真名は神崎・H・アリアです! それ以上でもそれ以下でもありません!」
ジャンヌ「クククッ。隠さずともよい。真名がバレて焦る気持ちはわかるが、頑なに偽名を真名だと言い張るのは呆れを通り越していっそ哀れだぞ。なぁ? 神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ?」
アリア「……なん……(←体をプルプルと震わせつつ)」
ジャンヌ「?(←首を傾げつつ)」
アリア「……なんで、なんでッ、イ・ウーの連中は私の名前をちゃんと呼んでくれないのですかぁぁああああああああああああああああ!? うわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああん!!(←アリアは泣きだした!)」

 ……ビビりこりんから『オリュメスさん』と呼ばれ、ジャンヌちゃんから『神崎ヶ原・H・アリアドゥーネ』と呼ばれたアリアの末路である。


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51.熱血キンジとカナヅチ


 どうも、ふぁもにかです。あからさまなサブタイトルが示す通り、今回はあの人の自爆回です。あの人が派手に自爆してくれますよ? でもって、同時にユッキー覚醒回でもありますが。乞うご期待です。



 

「「「……」」」

 

 約10メートル程度の距離をおいて。キンジとアリアはそれぞれの得物を持って魔剣と対峙する。対する魔剣もレオぽんの仮面の裏で獲物を狩らんとする狩人のごとき眼差しを二人に向ける。もしもこの場に戦闘技能を習得していない一般人がいればあまりの息苦しさに立つこともままならなかったことだろう。それほどまでに、いつ爆発してもおかしくないほどに張り詰められた緊張感がそこにはあった。

 

 が、その時。ふと魔剣の頭が何かを思い出したかのようにピクッと動いた。同時に魔剣が威圧目的で放っていたプレッシャーも一気に霧散する。

 

「あぁ、そうだ。いかんな、我としたことが今の今まですっかり忘れていた。確か、我の調べによれば……泳げないんだったな? 神崎・H・アリア?」

「「え?」」

「ッ!? な、ななな何をバカなことを言っているのですか!? 浮き輪にビート版、アームヘルパーに救命胴衣があれば水なんて私の敵じゃありませんよ! 私が泳げない? フッ、デタラメを言って私を動揺させようたってそうはいきませんよ、魔剣!」

 

 魔剣がニィと口角を吊り上げて発した言葉にキンジと白雪は目を点にする。まさかこのタイミングで魔剣がアリアの弱点について言及してくるとは思わなかったのだ。それはアリアも同様のようで、自身が泳げないという弱点を魔剣に把握されていたことに思いっきり動揺したアリアは盛大に自爆した。

 

「「「……」」」

 

 ビシッと魔剣を指差して大声で口にしたアリアの言い分にキンジと白雪、そして魔剣は思わず沈黙する。アリアにとっての『泳げない』がそこまで深刻だと思いもしなかった三人は言葉をなくし、ただただアリアに生暖かい視線を送る。尤も、魔剣は仮面越しにだが。

 

「な、何ですか!? なんで皆してそんな可哀想なものを見るような目つきで私を見るのですかッ!?」

「アリア、お前……雷が苦手な上に泳げないって、割と致命的な弱点あり過ぎだろ。そんなんでよく強襲科(アサルト)Sランク武偵になれたな」

「う、うるさいですね! いいじゃないですか! 雷が苦手でカナヅチな強襲科Sランク武偵がいても! 天候がよくて舞台が陸上戦なら一騎当千の活躍を見せられるんですからいいじゃないですか! 何か問題ありますか!? というか、引き潮に巻き込まれて溺れかけたことのない貴方たちに私の何がわかるというのですか!? あの得体の知れない世界に引きずり込まれるようなおぞましい感覚を知らないくせに――」

 

 アリアは三人の眼差しに反抗するように声を上げたかと思うと、いきなり自身の体を両手で抱いてブルブルと震え始める。どうやらアリアがカナヅチ属性を持っているのは決して笑い話で済むようなものではなかったようだ。

 

「あー、アリア。もう言わなくていいぞ。俺が悪かったから、な?」

「うん。ごめんね、アーちゃん。まさか溺死しかけた経験があるだなんて思わなくて」

「……ん」

 

 今ここでアリアの精神状態が悪化してそのまま戦闘不能になる事態だけは何としてでも避けたいキンジはポフッとアリアの頭に手を乗せてアリアを落ち着かせるように撫で、白雪は申し訳なさそうな表情でアリアにペコリと頭を下げる。

 

 キンジによる頭なでなでと白雪の謝罪は効果テキメンだったらしく、どうにか平静を取り戻したアリアは目尻の涙を拭って魔剣を睨みつける。キンジと白雪に自分が筋金入りのカナヅチだと暴露した魔剣を親の仇を見るような目つきでキッと睨みつける。

 

 一方。アリアの泳げないことへの過剰反応に一瞬面食らっていた魔剣だったが、その当の本人の敵意のこもった眼差しを受けて「クククッ」と愉悦の声を漏らす。

 

「そうかそうか。そこまで水に苦手意識があるか。ならば、偉大なる水の力に蹂躙されるといい!」

「「「ッ!?」」」

 

 魔剣は悦に入ったように言葉を投げかけると、黒マントの内側に手を忍ばせて一つのスイッチを押す。すると。ズズンといったくぐもった音が反響するとともに地下倉庫に水が流れ込んできた。続いて、魔剣はいきなり床にある排水穴からあふれ出してきた水に驚愕するキンジたち三人を一瞥しつつ発煙筒を投げつける。そして、モクモクと湧き上がる白い煙に紛れるようにして魔剣は姿を消した。「え、ちょっ、魔剣!? 何を――ん!?」という、白雪の困惑に満ちた声を残して。

 

「ユッキー!?」

 

 キンジは即座に最後に白雪の声が聞こえた方向へ駆けようとするも、その腕をアリアがガシッと掴んでグイッと自身の手元に引っ張ってくる。キンジの腕を掴むアリアの力が相当に強かったため、今にも走り出そうとしていたキンジは体勢を崩さざるを得なかった。

 

「――って、何すんだよ、アリア!」

「か、海水……」

 

 現在進行形で白雪に危機が迫っているために苛立ち混じりにアリアに問いかけるキンジに、アリアは心底震えきった声でただ一言だけ口にする。アリアの視線はじゃばじゃばと排水穴からあふれ出てくる海水に注がれていた。

 

(この程度の水位でもダメなのかよ!? いくら過去に溺れたことがあるからって普通ここまで酷くなるか!?)

「ったく! ほら、背中に乗れ! さっさとユッキー探しに行くぞ!」

「う、ん……」

 

 キンジは海水に対して異様に怯えを見せるアリアを手早くおんぶすると魔剣によって連れさらわれた白雪の捜索に乗り出した。海水は既にキンジたちの足首を浸す程度に迫って来ていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ッ!? ユッキー!」

「キンちゃん!?」

 

 不幸中の幸いとでもいうべきか、白雪はすぐに見つかった。徐々に水位を上げてくる海水にブルブルと小動物のごとく震えているアリアを背負って辺りを闇雲に捜索していたキンジは倉庫の壁際のパイプに鎖で縛られている白雪を発見し、すぐさま駆け寄っていく。もちろん、周辺に潜んでいるかもしれない魔剣の存在を最大限に警戒した上でだが。

 

「ユッキー、これ……」

「うん。油断した隙に魔剣にやられちゃったんだ。ごめんね」

 

 白雪の元へと到着したキンジは白雪を拘束する鎖に視線を移す。白雪の行動を阻害する鋼鉄の鎖はちょっとやそっとの衝撃ではとても壊れそうにないほどに分厚い。少なくとも俺やアリアが力技で無理やり断ち切ることはできないだろう。さらに。錠前のドラム錠には3箇所もロックが施されており、傍目には容易に解除できそうにない。

 

(どういうことだ……?)

 

 キンジは内心で首を傾げる。魔剣はユッキーをイ・ウーへ連れ去ることが目的のはずだ。だから魔剣は上手く俺とアリアの隙をついてユッキーをここ地下倉庫まで誘導した。だからこそ。今の鎖で縛られて身じろぎすらも許されていないユッキーと、段々と水位が増してくる海水という状況は魔剣の目的と明らかに矛盾しているのだ。

 

 これじゃあ、まるで――俺たちもろとも、ユッキーを溺死させようとしてるみたいじゃないか。それは本末転倒じゃないのか? 魔剣は一体何を考えているんだ?

 

「……別に不思議なことではありませんよ、キンジ。私の集めた情報によれば、魔剣は基本的に1体複数の戦いや避けられる戦闘をすることを嫌います。だから敵が複数人いる時はあらゆる手を講じて敵を分断することを最優先にします。これもその一環でしょう。私たちがユッキーさんを見捨てて魔剣確保に向かおうと見捨てまいとここに留まろうと、魔剣にとっては私たちの戦力削減に繋がりますしね」

「あ、そっか。そういう魂胆か」

 

 キンジの疑問を察したアリアの震え混じりの発言にキンジは得心が行ったとうなずく。

 つまり。魔剣が思い描いた展開としては、まずユッキーを無駄に頑丈な鎖でパイプに何重にも縛りつけて完全に無力化した上で、ユッキーが身動きを取れないことをいいことにユッキーのいる階層に水を流す。俺と意外にもカナヅチのアリアが例えユッキーのいる階層が徐々に水で満たされようとユッキーを見捨てることなく鎖の鍵の開錠を試みることを見越して水を流す。

 

 そして。複雑極まりないであろう鍵の開錠が間に合わず、俺たち三人が為す術もなく水に呑まれ酸欠で意識を失った頃にユッキーだけを回収する。俺とアリアが魔剣から鎖の鍵を入手するために一時的にユッキーを見捨てて魔剣捜索へと向かった場合はユッキーが気絶した頃合いを伺ってからこっそりと回収して俺たちの前から姿を消す、といった具合だったのだろう。

 

 なるほど。確かに、この作戦は俺とアリアとの正面衝突を避けて安全確実にユッキーを回収する点において中々よくできた作戦といえる。だけど。それはあくまで俺やアリアに卓逸したアンロック技術が備わっていないことが前提だ。ゆえに。この作戦は破綻したも同然だ。何せ、俺は世界最強の武偵になるために独学でアンロック技術を磨き上げてきた人間なのだから。

 

(アリアのことはきちんと調べてたみたいだったけど……情報収集が甘かったな、魔剣)

「さて。ちゃっちゃと攻略するか」

「え、キンちゃん? これ解除できるの? 結構複雑そうだよ?」

「これくらい余裕だ。――ほら、解けたぞ」

 

 キンジは背中のアリアを器用に背負いつつ、懐から解除(バンプ)キーを取り出してドラム錠の攻略に取りかかる。そして、30秒後。類まれなる高度なアンロック技術を持つキンジはヒステリアモードの力を借りるまでもなく、いとも簡単に白雪を鎖の拘束から解放してみせた。

 

「お、とと!?」

「ちょっ!?」

 

 白雪の体から離れた鎖がドボンと音を立てて水の中に落ちる中、白雪は下から次々にあふれ出てくる水につい足を取られそうになる。この状況でユッキーとはぐれるのはマズいと、キンジは咄嗟に白雪の手を取って引き寄せる。キンジの想定以上に水の流れが強かったためにキンジも思わず流されそうになったものの、背中のアリアが壁際のパイプを掴んでくれていたおかげでどうにか事なきを得た。

 

「大丈夫か、ユッキー?」

「う、うん。おかげさまで。ありがとね、キンちゃん、アーちゃん」

「どういたしまして」

「……どうやら魔剣は上の階層に行ったみたいですね。早く追いましょう」

 

 ふぅと安堵の息をはくキンジと白雪をよそに、アリアは上階へと伝わる天井扉を真剣な表情で見やる。海水が流れ込んでくるせいで徐々に水位が上がってくるという状況に慣れてきたのか、その声に先までの震えはなく酷く落ち着いている。とはいえ、今のアリアはキンジによっておんぶ状態となっているのでキリッと上に目を向けられても何とも締まらないのだが。

 

「あぁ、そうだな」

 

 キンジは今しがた浮かんだ自身の考えが直感の鋭いアリアに読まれない内に頭を軽く振って気持ちを切り替えると、アリアと同様に天井扉を見上げた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さっきはよくも下劣な真似をしてくれましたね、魔剣。この恨みつらみ、どうしてくれましょうか。フフフッ……」

 

 ハシゴを使って天井扉を抜ける形で地下6階へと到達した三人。キンジが床の扉を閉めた結果、水の脅威から解放されたことで息を吹き返したかのように元気になったアリアはキンジの背中から降りると、魔剣への仕返し方法を脳裏に何パターンも浮かべつつ一人先行しようとする。

 

「アリア。怒りに身を任せてたら魔剣の思うつぼだぞ。頼むから今は冷静になってくれ」

「そんなの、言われなくてもわかってますよ。でも、こればっかりは――ん?」

「?」

 

 キンジはアリアの進行方向へと先回りすると諌めるような視線を向ける。しかし、魔剣への怒りが積もりに積もっているらしいアリアは怒りを沈めてくれそうにない。と、そこで。白雪がキンジとアリアの袖をクイクイと軽く引っ張ってくる。

 

「……キンちゃん、アーちゃん」

「ユッキー? どうした?」

「……いいの、かな? 私が助けなんて求めちゃって。何も諦めなくて、都合のいい未来を求めようとして」

「当然だ」

「愚問ですね」

「――ッ」

 

 白雪がわずかに震える声で口にした問いにキンジとアリアは一瞬の逡巡すら見せずに即答する。その二人の返答に白雪の肩がピクッと反応する。

 

「で、でも、私は星伽の武装巫女で――」

「ユッキー」

 

 キンジは白雪の言葉を遮るようにして白雪の両肩を掴んで引き寄せると、その漆黒の瞳を見つめる。不安と期待がない交ぜになった白雪の揺れる瞳をキンジはしっかりと見据える。

 

「今のユッキーは星加の守護(まも)り巫女のユッキーじゃない。ただの武偵高2年のユッキーだ。だったらさ、もっと自由に生きてもいいんじゃないか?」

「そうですよ、ユッキーさん。今までと違う生き方を選ぶことに不安を覚えるのはわかりますが、私たちも全面的に協力します。だから、一歩前に進んでみませんか? それだけで景色がまるで違って見えますよ?」

「……」

 

 キンジは白雪を諭すように言葉を投げかけ、それにアリアも追随する。二人の言葉を受けた白雪は何も言葉を返さない。ただ二人を交互に見やるだけだ。

 

「……ありがとう、キンちゃん、アーちゃん。でも、やっぱり私には誰かに無条件に助けを求めるなんてこと、できないよ。だって私、今までそういう生き方なんてしたことないもん」

「ユッキー、お前――」

「――だから。私もキンちゃんとアーちゃんと一緒に戦う」

 

 少々の沈黙の後。白雪はキンジから目を逸らすとポツリと呟く。その様子を見てさらに説得の言葉を被せようとしたキンジだったが、次の瞬間、白雪はキリッとした意思のある瞳でキンジの目を見つめ返して力強く宣言した。白雪の発した全く想定外の言葉に、キンジとアリアは二人そろって「……え?」と目をパチクリとさせる。

 

「一目見て確信したんだけど、魔剣はかなり強いよ。圧倒的な相手をねじ伏せるような強さじゃないんだけど、こう……何て言えばいいかな? 緻密な強さ? まぁとにかく、魔剣は強い。これは確実だよ。それに魔剣は超能力(ステルス)が使えるから、同じく超能力(ステルス)を使える私も戦力に加わった方が確実に魔剣を逮捕できると思うけど?」

「え、いや、でも、ユッキーに無理させるのはマズくないか? なぁ、アリア?」

「は、はい。そうですよ。今のユッキーさんはあくまで私たちの護衛対象なんですし、後ろから見守ってくれるだけで――」

「だいじょーぶッ! 今の私はいつになく本気モードだから。星伽の武装巫女の実力、見せてあげる!」

 

 白雪は巫女装束の懐からチラッと色金殺女(イロカネアヤメ)を見せつつ、自信満々に笑みを浮かべる。どうやら非常に珍しいことに、今のユッキーは相当にやる気のようだ。魔剣の戦闘能力を完全に把握していない現状において、これは心強い。

 

「……そうか。じゃあ、魔剣逮捕の共同戦線といこうか」

「まぁ、仕方ありませんね」

「うん!」

 

 白雪の瞳から並々ならぬ闘志の炎を感じ取ったキンジはアリアと白雪にそれぞれ目配せをする。白雪の頑固さをよく知っているキンジならではの動作である。それを受けてアリアはやれやれと言った風に、白雪は元気いっぱいにうなずく。かくして。地下倉庫にて、魔剣を逮捕するために護衛と護衛対象との即席パーティが結成されたのだった。

 




キンジ→類まれなるアンロック技術を習得している熱血キャラ。一応、第5話でもちゃっかりアンロック技術を使っていたりする。
アリア→原作アリアさんと同様に泳げない子。というか、原作アリアさん以上に水に苦手意識がある模様。浮き輪・ビート版・アームヘルパー・救命胴衣の4点セットがあれば一応泳げたりする。
白雪→紆余曲折を経て、ついにやる気を出した怠惰巫女。
ジャンヌ→戦うと見せかけて戦略的撤退を選択した厨二病患者。決して逃げたわけでも戦闘シーンを今か今かと楽しみにしている読者を焦らそうとしたわけでもない。

 ユッキー覚☆醒。いやぁー、長かった。ここまで来るのに結構時間かかりましたね。ええ。
 さーて、次回から今までダラダラしてただけのユッキーの活躍が見られる……はず。


 ~おまけ(その1 没展開:魔剣との戦闘カットバージョン)~

キンジ「あー、アリア。もう言わなくていいぞ。俺が悪かったから、な?」
白雪「うん。ごめんね、アーちゃん。まさか溺死しかけた経験があるだなんて思わなくて」
アリア「……ん」
キンジ「ほら、魔剣も謝れよ」
ジャンヌ「……は? 何を言っている? なぜ我が謝らなければならないのだ?」
白雪「意地張ってないで早くアーちゃんに謝った方がいいよ、魔剣。じゃないと仲直りできなくなっちゃうよ?」
ジャンヌ「いや、だからなんで我がわざわざ謝る必要がある? そもそも我と神崎・H・アリアとの間に友情など存在していな――」
キンジ「ほら、いつまでもそんな所に立ってグダグダ言ってないでアリアと仲直りの握手しろよ」
白雪「大丈夫。きちんと謝ったらアーちゃんも許してくれるよ。アーちゃんは優しい子だもん」
ジャンヌ「いや、誰がそんな小学生のような真似なんか――」
キンジ&白雪「……(←ジトーと、咎めるような視線をジャンヌに注ぐ二人)」
ジャンヌ「~~~ッ! わかった! 謝ればいいんだろ、謝れば! ……ったく、どうして銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たる我がこんな幼稚なことをしなければならんのだ……(←ブツブツと文句を言いつつアリアの前に立つジャンヌ)」
アリア「……(←涙目でうつむくアリア)」
ジャンヌ「あー、えーと、その、今のは我が悪かっ――(←しどろもどろに)」
キンジ「うし。魔剣確保(←ジャンヌに対超能力者用の手錠をつけつつ)」
アリア「これで一件落着ですね(←ニコリと笑うウソ泣きアリア)」
ジャンヌ「なッ!? は、謀ったなぁぁぁぁあああああああああ!!」

 第二章:熱血キンジと魔剣(デュランダル)・完!


 ~おまけ(その2 没展開:もしもユッキーが無駄にハイスペックだったら)~

キンジ「ッ!? ユッキー!」
白雪「キンちゃん!?」
キンジ「ユッキー、これ……(←白雪を拘束する鎖を見つつ)」
白雪「うん。油断した隙に魔剣にやられちゃったんだ。ごめんね(←申し訳なさそうに)」
白雪「ま、でもこれ偽物なんだけどね(←いきなり消える白雪)」
キンジ&アリア「「えッ!?」」
白雪「本物はこっちだよ?(←キンジとアリアの背後からひょこっと現れつつ)」
アリア「え゛!?」
キンジ「え、なに、どういうこと!?」
白雪「いやぁー、何か魔剣の様子が怪しいなぁって思ったから念のために分身作ってたんだよね。鬼道術を使ってね♪(←指で挟んだ紙人形をキンジとアリアに見せつつ)」
キンジ「……凄いな、鬼道術(←呆然キンジ)」
アリア「……ええ。全くです(←半眼アリア)」



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52.熱血キンジと厨二病


ジャンヌ「演出ご苦労ォ!(←ただし自演である)」

 どうも、ふぁもにかです。何だか思ったよりジャンヌ戦が早く終わるかもしれません。具体的には今回含めてあと2話でジャンヌ戦が終了の時を迎えることになるかもです。まぁ、ふぁもにかの予測は概して外れると相場が決まってますので、あんまり期待しないで参考程度に思っておいてくださいませ。あと、今回はジャンヌちゃんがいつになくはっちゃけます。




 

 地下倉庫の地下6階にて。大型コンピュータが衝立のように立ち並ぶ地下6階を三人は慎重に進んでいく。先行はアリア、殿はキンジ、その間に白雪といった具合だ。

 

 キンジたちがどこに潜んでいるかわからない魔剣を警戒しつつしばらく閉塞感漂う地下6階を探索していると、開けた空間――エレベーターホール――にたどり着いた。と、その時。ふとキンジの背後からカッという足音が響く。その音はよく耳を澄ましていなければ聞こえないほどに小さいものだったが、キンジの耳はその音を逃さなかった。

 

「そこか!?」

 

 いち早くキンジが振り向きざまに拳銃を向けるも、視線の先には誰もいない。しかし、わずかながら何者かの気配が依然として感じられるため、キンジたち三人は視線を固定したまま警戒心を最大限にまで上げていく。と、そこで。単調な足音とともにスッと物陰から見知った顔が現れた。それは緑髪に琥珀色の瞳、そして背中に背負ったドラグノフが特徴的な小柄な少女だった。

 

「ここにいましたか、キンジさん。探しましたよ」

「――って、レキ!? どうしてここに!?」

「話は全て武藤さんから聞きました。私とキンジさんは切磋琢磨を通して互いの実力を高め合う永遠のライバルです。だからこうしてキンジさんの助太刀に来たというわけです」

「いや、動機を聞いたわけじゃないんだけど――」

「怪我はありませんか?」

「あ、あぁ。見ての通り、全く問題ない」

「そうですか」

 

 キンジが拳銃を下ろす中、レキは相変わらずのスルースキルと無表情で言葉を続けてくる。その殺気の感じない佇まいから、今のレキにキンジへの攻撃の意思はないようだ。状況が状況なだけに、キンジはきちんと空気を読んでくれたレキを前に内心でホッと安堵の息を漏らす。だが。その一方で、キンジはレキの発言にはっきりと違和感を感じていた。

 

「レキさんも来てくれたんですね。心強いです。それにしても、どうしてここがわかったのですか?」

「星加さんの捜索中、第9排水溝の周辺の海水の流れに少しだけ違和感を感じました。誤差の範囲内だとも考えたのですが、念のためにと第9排水溝と繋がっている地下倉庫(ここ)を捜索していた所、キンジさんたちと遭遇したというわけです」

「……なるほどな」

「さすがはレキさんですね。そんなわずかな異変からここに辿りつけるなんて――ん? キンジ?」

 

 キンジはレキの元へと歩み寄ろうとするアリアの肩をさりげなく掴んでその場にとどまらせると、一歩前に出る。まるでレキからアリアと白雪の二人を守るかのように。キンジの行動の意図がわからず、アリアと白雪はコテンと首を傾げてキンジを見上げる。

 

「なぁ、レキ。話は180度変わるが……お前、最近の少年誌全般についてどう思う?」

「本当に180度変わりましたね」

「ま、いいから答えてくれ」

「そうですね……一言で言うなら、物足りないですね。作画技術が日々上達しているのはありがたいのですが、もう少し話のクオリティの向上にも努めてほしいものです。もちろん、らんらん先生原作、平賀あやや先生作画の『オラクルフォース』は別ですが。あれは文句の付け所がないくらいに面白いですしね」

 

 レキは一回間を置いてから、何ら表情を変えることなく淡々と少年誌に対する自分の気持ちを告白する。そのレキの言動でキンジは確信した。

 

「ところで、キンジさん。どうして今その質問をしたのですか?」

「あぁいや、確認のためだよ。お前が魔剣かどうかのな!」

「ッ!?」

 

 キンジはレキへの返事を言い終える前に銃口をレキに向けて容赦なく引き金を引いた。レキはキンジの銃弾を難なく避けるも、その顔には驚愕の念がありありと伺える。常にポーカーフェイスで表情筋が死んでいる疑惑が湧いているレキが見せるはずのない類いの表情だ。加えて。レキの浮かべた表情は決して味方にいきなり発砲されたことに驚いたものではなく、「なぜバレた?」とでも言いたげな表情だった。

 

 そんなレキの表情を見て、アリアもガバメントに手を掛ける。キンジと同様にアリアも悟ったのだろう。目の前の人物がレキではなく魔剣だと。尤も、レキと接触したことのない白雪は状況が全く理解できず、ただただ頭の中にクエスチョンマークを量産するだけだったが。

 

「……後学のためだ、一応聞いておこう。なぜわかった?」

「なぜわかったもなにも、ただお前が変装する相手を間違えただけの話だ。レキが俺に加勢する時は大抵俺の方から協力を申し出た時だけだからな。レキが俺への助力目的で自ら進んでここに来たって時点でまずおかしいんだよ」

 

 腕を組みつつレキの声で尋ねてくる魔剣に向けてキンジは毅然と言い放つ。

 そう。レキは俺から助けを求めない限り、決して自ら手を貸そうとしない。それはレキが俺を永遠のライバル認定しているために、俺の成長の機会をなるべく奪わない方針でいるからだ。だから、レキは俺から協力を申し出ない限り、俺の戦いに乱入するような真似はしない。俺に絶体絶命の危機が訪れていない状況で助太刀に来るような真似はしない。レキとはそういう人間だ。

 

「……」

「それに。大方、お前は事前に狙撃科(スナイプ)Sランク武偵のレキは常に無表情だ、なんて思ってたんだろうが……あいつは少年誌の話になると少しだけ、ほんの少しだけ表情を変えるんだよ。それこそ、ある程度レキと親交のある奴にしかわからないレベルの変化だけどな。さらに言うなら、レキは絶対に少年誌を批判しない。何せ、少年誌はレキにとっての心のバイブルらしいからな。――と、これだけ本物のレキと差異があったんだ。偽物だってわかって当然だ」

 

 キンジは魔剣に追い打ちをかけるようにして言葉を紡ぐ。安値で買える上に毎週内容が更新される心のバイブルというのは酷く不自然な気がしてならないが、その辺は気にしたら負けである。

 

「……クククッ。そうか。なるほど、そういう理由か。それは我ながらうかつだった」

 

 キンジの言葉を静聴していた魔剣は満足したように笑うと、レキの顔をこれでもかと凶悪なものへと変える。続いて、魔剣は背負っていたドラグノフを無造作に投げ捨てると、発煙筒を使って自身を包みこむようにして煙を生み出した。とはいえ、未だ魔剣の気配がその場から動いていないため、キンジとアリアは無言のまま視線を煙の方へと注ぎ続ける。

 

 そして。煙に反応したスプリンクラーが周囲に水をまき始める中、徐々に白い煙が晴れるとともにレキの変装を止めて武偵高の制服を取っ払った魔剣の姿が顕わになった。

 

 まず目を引いたのは、この世のものとは思えないほどに綺麗な銀髪。元々なのか染めたのかは定かではないが、銀色の前髪の内の一房だけが黒に染まっている。次は切れ長の瞳。右が赤眼、左が碧眼のオッドアイとなっている。そして、部分的に体を覆う奇抜な西洋の甲冑。それらの目立った特徴を兼ね備えた魔剣からは気品や知的さが感じられる。兄さんには遠く及ばないものの、美少女の域にいるのは確実だろう。兄さんには遠く及ばないけど。

 

(……というか、何かライトノベルで出てきそうなキャラの要素を手当たり次第に詰め込んだような出で立ちだな、こいつ)

「貴女が魔剣なのですか?」

「いかにも。それは我につけられた二つ名のうちの一つ。我の悪名がしかと世間に轟いているという証だ。尤も、この呼ばれ方はあまり好きではないのだがな」

 

 キンジが脳裏に以前武藤が貸してくれたライトノベルの数々を浮かべる中、アリアの問いに魔剣は腕を組んでうんうんと鷹揚に頷いてみせる。魔剣そのものの声らしい中性的な声は中々に魔剣の偉そうな態度に似合っている。

 

「ククッ、折角だ。特別に貴様らに教えてやろう。我が名はジャンヌ・ダルク30世。かつて100年戦争を制し、フランスを勝利へと導いた初代ジャンヌ・ダルクの子孫だ」

「「えッ!?」」

「……ウソですね。ジャンヌ・ダルクは10代の時に火あぶりにされて焼き殺されました。現代に子孫がいるわけありません」

「クククッ。決めつけはよくないぞ、神崎・H・アリア。常識や偏見を当てにした判断などしているようではホームズの名が泣くぞ?」

「話を逸らさないでください。ジャンヌ・ダルクは子孫を残す前に殺されました。よって、貴女がジャンヌ・ダルクの血を継ぐ人間のはずがありません」

「残念、あれは影武者だ。我らは元々策の一族だからな。火あぶりの一件はあくまで聖女として少々表の世界に出過ぎた初代ジャンヌ・ダルクが本来の魔女としての居場所に帰るための粋な演出、あるいは儀式に過ぎないのだよ。ゆえに、我が始祖は派手に火刑をでっち上げたのだ。闇に生まれて闇に死ぬことこそが我らに課せられた使命だからな」

「「「……」」」

 

 魔剣――ジャンヌ・ダルク30世――が平然と口にした歴史の真実にキンジたち三人は沈黙する。ジャンヌの言葉には何一つ証拠などない。だが、ウソだと決めつけるにはあまりに堂々としたジャンヌの物言いに、三人は今の衝撃発言が真実だと認めざるを得なかったのだ。

 

「だが。30代目ジャンヌ・ダルクは所詮世間を偽る仮の名でしかない。便宜上の問題で両親から授かった歴史上の偉人の名前を仕方なく採用しているだけだ」

「ん? そうなのか?」

「あぁ。覚えておけ、我の真名は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)! いずれ世界を混沌へと沈め、裏から全てを支配する者の名だ! どうだッ!? カッコいいだろう!? あまりの神々しさに思わず跪きたくなるような真名だろう!?」

「「「……」」」

 

 愉悦に満ちた表情で胸を張ったジャンヌがババーンと放った言葉にキンジたち三人はまたも沈黙する。しかし、今回の沈黙は先に発生したものとは明らかに毛色が違った。言うなれば、あまりに痛々しくてとても見てられない可哀想な人を目の当たりにした際の「うわー、こいつどうするよ?」とでも言いたげな沈黙だ。

 

「どうした? 我の真名に畏怖して声も出せないのか? クックックッ、まぁ仕方あるまい。所詮武偵などその程度の矮小な存在なのだ。あぁ、己の無力を卑下する必要はないぞ? 何せ、我の放つ覇気をその身に浴びておいてなお意識を保っていられるだけで大したものなのだからなァ! クッハハハハハハッ!」

 

 キンジたちが呆れを通り越した境地に達していることなどいざ知らず、ひとしきり肩を上下に震わせて哄笑したジャンヌはスッと背後から洋風の大剣(クレイモア)を取り出す。その際、幅広の剣の鍔に飾られた青い宝石がキラリと光を放つ。

 

「――改変せよ、凍てゆく世界(フリージング☆ワールド)!」

「「「ッ!?」」」

 

 ジャンヌが武器を手に取ったことで戦闘体勢を取るキンジとアリア(※白雪は自然体のままである)をよそに、ジャンヌは剣を勢いよく床に突き刺す。刹那、地下倉庫は一瞬にして白銀の世界と化した。床も、壁も、所狭しと並べられたコンピュータも、天井も、その全てに氷が張りつき、地下倉庫は氷に支配された氷穴へと様変わりする。

 

(魔剣の奴、こんな強力な超能力(ステルス)使えるのかよ!?)

「クククッ。やはり氷は素晴らしいな。あらゆるモノの時を止め、永遠へと誘う氷の力。あぁ、まさしく超能力(ステルス)の中の超能力(ステルス)だッ!」

 

 見渡す限り氷に覆われたどこか幻想的な世界にて。大規模な超能力(ステルス)を行使してみせたジャンヌにキンジが戦慄を覚える一方で、当のジャンヌは剣をあっさりと手放すと天を仰いで恍惚の声を上げる。どうやら今のジャンヌは完全に自分に酔っているようだ。敵が目の前にいる状況下でここまで酔えるのは自分への絶対の自信の表れといった所か。

 

「さーて。ここはもはや我の領域だ。我の氷は我に味方し、容赦なく貴様らの体力を奪う。この白銀の世界でどこまで貴様らが抗えるか……見ものだな。で、誰が相手だ? 遠山の血を継ぐ者か? ホームズの血を継ぐ者か? それとも星加の武装巫女か? 何なら全員でかかってくるか? 我はどのような形でも一向に構わんぞ?」

「……私が相手だよ。キンちゃんとアーちゃんにはひとまずオーディエンスになってもらう方針だからね」

 

 頭上を見上げて幸せいっぱいの表情を浮かべていたジャンヌは、コテンを首を傾ける形で視線をキンジたち三人に向けると不敵に笑う。ジャンヌの上から目線の挑発。それに応じることにした白雪はキンジ&アリアとアイコンタクトを取った後、ジャンヌの元へと数歩近づく。

 

「ほう、貴様か。まぁ、超能力者(ステルス)同士が戦うのは自然の流れか。無能力者と超能力者(ステルス)とははっきりいって格が違うからな」

「う~ん。私はそうは思わないけどなぁ。超能力(ステルス)なしでも異常に強い人なんていっぱいいるし、超能力(ステルス)持ってるくせにやけに弱い人だっているしね。ま、その話はいいや。これが私の超能力(ステルス)だよ。お披露目ターイム!」

 

 一度はジャンヌの発言に納得いかないと眉をひそめた白雪だったが、すぐに気持ちを切り替えると髪を留めていた白いリボンを解く。そして、リボンの体を為していた封じ布を取って能力を解放した白雪は懐から色金殺女(イロカネアヤメ)を取り出し、クッと刀に軽く力を込めて刀身に緋色の炎を宿す。

 

(ユッキーは炎の超能力(ステルス)なのか……)

「それにしても、なんで私って炎使いなんだろうね? 名前は一応白雪なんだし、貴女とおそろいの超能力(ステルス)の方がいいと思うんだよね、個人的に。別に戦う相手と超能力(ステルス)が被っちゃいけないルールなんてないんだし。ほら、ペアルックみたいにさ」

「ハッ、何を言うかと思えば……同じ超能力(ステルス)同士の戦いなどつまらないではないか。違う超能力(ステルス)を持った者同士が互いの相性を見極めつつ、己の力量を最大限に発揮できる策を用いて勝利を掴み取ろうとするからこそ、超能力(ステルス)同士の戦いは楽しいのだ」

「へぇー、そうなんだ」

「クククッ。そのようなこともわからないのか。まだまだ未熟だな、星伽ノ浜白雪奈」

 

 自身の手で生み出した炎を見つめて何とも緊張感に欠けることを口にする白雪にジャンヌは「わかってないな」と言いたげな視線を送る。明らかに白雪をバカにした視線だったが、当の白雪はジャンヌの視線に込められた嘲笑の意に全く気づいていないようだ。

 

「しかし、超能力(ステルス)を使っていいのか? 星伽の掟を破る……その意味を理解していない貴様ではないだろう?」

「うん。わかってる。でもさ、今この場には私と、キンちゃんと、アーちゃんと、貴女しかいないんだよね」

「? 何が言いたい?」

「それってさ、例えば……私が今から貴女に今回の戦いの記憶を忘れさせるほどのショックを与えられたら、それで万事OKなんじゃないかな? だって貴女は私との戦いが深いトラウマになったせいで、私が星伽の掟を破って貴女に勝利したことを思い出せなくなるんだから。キンちゃんとアーちゃんには後で絶対に誰にも言わないでって改めて頼めばいいわけだしね」

「……舐められたものだな。貴様は本気でそれができると思っているのか? この我を相手に?」

「うーん。それは実際にやってみないと何とも言えないんだけどね。でも、ルールは破ってこそだと思わない?」

「クククッ。とても巫女とは思えないアウトロー発言だな。しかし、確かに言えてるな」

 

 白雪はジャンヌにニコリと笑いかけ、膝を曲げてグッと足に力を込める。対するジャンヌはその場から動かずに白雪にニタァと凶悪な笑みを浮かべる。どうやらジャンヌは白雪の先制攻撃を受けて立つことにしたらしい。

 

「じゃあ、行くよ!」

「来い! 我が聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテール(略してデュランダル)の錆にしてくれよう!」

 

 白雪は攻撃宣言とともに一息にジャンヌとの距離を詰めると迅速のスピードで両手に持った刀を振り下ろす。一方のジャンヌは片腕で持った聖剣デュランダルを頭上に構えて白雪の刀を受け止める。かくして。白雪とジャンヌとの超能力(ステルス)バトルの幕が切って落とされたのだった。

 




キンジ→レキに扮するジャンヌをあっさり見破った熱血キャラ。ジャンヌの厨二っぷりに一番引いていた張本人でもある。
アリア→今回はあんまり出番のない子。こればっかりは仕方ないね、うん。
白雪→自分の名前が白雪なのに炎の超能力を持っていることに矛盾を感じている怠惰巫女。現在、いつになくやる気ゲージが溜まっている。
ジャンヌ→何かとノリノリだった厨二病患者。前髪の黒髪部分は自発的に染めてたり、カラーコンタクトを使って右目を赤くしている。その理由は言わずもがなである。


ふぁもにか「今回、久々のレキさん本編登場回だと思いましたか? 残念! ジャンヌちゃんでしたァ!」
レキ「――遺言はそれだけですか?(←ドラグノフをグリグリと突きつけつつ)」
ふぁもにか「……な、なぜここにいるのですか、レキさん?(←冷や汗をダラダラと流しながら)」
レキ「ふと邪悪な風を感じたのでやって来たまでです。で、何か言い残すことはありますか?」
ふぁもにか「あ! あんな所にキンジくんが!(←明後日の方向を指差しつつ)」
レキ「? キンジさん?」
ふぁもにか「今だ――(←ふぁもにかが逃走を開始しました)」
レキ「……(←ドラグノフ発砲)」
ふぁもにか「ガフッ!?」

 レキのヘッドショット! こうかはばつぐんだ! ふぁもにかはめのまえがまっしろになった!


 ~おまけ(その1:ジャンヌの使った技説明)~

・凍てゆく世界(フリージング☆ワールド)
→氷の超能力による大技。見渡す範囲の空気中の水分を凍らせることで氷に凍てついた幻想的な世界を創り出す。凍らせる範囲が広いために割りと精神力を消耗するのだが、見栄えがいいためにジャンヌはこの技を事あるごとに多用している。冷え性、薄着の人間には効果絶大。副次的効果として相手の戦意を削げる場合がある。


 ~おまけ(その2:話のテンポを維持するため、泣く泣くカットしたシーン)~

ジャンヌ「さーて。ここはもはや我の領域だ。我の氷は我に味方し、容赦なく貴様らの体力を奪う。この白銀の世界でどこまで貴様らが抗えるか……見ものだな(←不敵な笑み)」
キンジ「……なぁ、ジャンヌ」
ジャンヌ「ジャンヌではない。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」
キンジ「お前、寒くないのか? そんな恰好で(←西洋の甲冑を指差しつつ)」
ジャンヌ「クククッ。おかしなことを聞くのだな、遠山麓公キンジルバーナード。蛇が自分の毒で死ぬか? フグが自分の毒で死ぬか? 不死鳥が自分の炎で死ぬか? 死なないだろう? それと同じだ。我の超能力(ステルス)で作り上げたこの白銀の世界で我自身が寒さに凍えるなど――くしゅん!」
キンジ「おいおい。言った側から思いっきり寒さにやられてんじゃねえか。バカだろお前」
ジャンヌ「……我を侮辱する気か、遠山麓公キンジルバーナード? 我が自分の手で生み出したこの氷の世界に寒さを感じているわけがなかろう?(←わずかだが声が震えているジャンヌ)」
キンジ&アリア&白雪「「「……(←疑いの目)」」」
ジャンヌ「な、何だその目は!? 我の言葉を疑ってるのか!?」
キンジ&アリア&白雪「「「……(←疑いの目)」」」
ジャンヌ「……うぅ、寒ッ(←ブルリと体を震わせつつ)」
キンジ「あ、今寒いって言った」
白雪「寒いって言ったね。絶対言ったね」
アリア「寒がりだったんですね、意外です」
ジャンヌ「うがぁぁぁああああああ!!(←ガシガシと髪をかきむしるジャンヌ)」

 氷の超能力者なのに冷え性なジャンヌちゃんの巻。


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53.熱血キンジと燃える銀氷


 どうも、ふぁもにかです。今回は久々の1話丸々戦闘シーンの回だったので、いつになくハイテンションで楽しく執筆できました。にしても、戦闘回のはずなのに肝心の内容が地の文ばっかりという……うん、どうしてこうなった!?

 でもって。今回は文字数が想定よりもはるかに多くなりそうだったので(具体的には1万字超える可能性が出てきたので)ジャンヌちゃんとの戦闘シーンを前後編に分けることにしました。後編の方は、まぁ……近い内に投稿します。ハイ。




 

「ハァァアアアアア!」

「おおおおおおおお!」

 

 地下倉庫にて。星伽白雪とジャンヌ・ダルク30世との超能力者(ステルス)同士の戦いが始まってから3分。二人の戦いは苛烈を極めていた。その凄まじさは二人がそれぞれの得物をぶつける度に空気を伝って円状に波及する衝撃の強さや周囲の状況を見てみればすぐにわかる。

 

 まず二人がそれぞれの得物を使って戦う中で何度か斬撃を受けた床は氷が覆っているにもかかわらず、それはもうボロボロになっている。これ以上何かの拍子にダメージを受けるようなことがあれば、もれなく床は崩壊し、足場を失った二人が今現在海水で満たされているであろう地下7階へと落ちてしまうことは想像に難くない。

 

 次に。二人の戦いに巻き込まれ、文字通りガラクタとなってしまった憐れなコンピュータ群。元々頑丈な作りとなっている上にジャンヌの超能力(ステルス)で氷漬けにされた影響で刀や剣で早々斬れるはずがないにもかかわらず、白雪とジャンヌはまるでバターを切るかのようにコンピュータを切断していく。しかも、その所業は二人がそれぞれ相手を攻撃するついでで為されている。もしもこの場に情報科(インフォルマ)通信科(コネクト)の人がいれば、眼前の惨状に思わず現実逃避に走っていたことだろう。

 

 さて。そんな軽く人間離れした壮絶な戦いを繰り広げている二人だが、戦況はジャンヌ優勢で動いている。少なくとも、キンジの目にはそう映った。

 

「ユッキーさんの方が劣勢みたいですね」

「やっぱりそう見えるか、アリア?」

「はい。大丈夫でしょうか、ユッキーさん……」

 

 白雪の色金殺女(イロカネアヤメ)を覆う炎とジャンヌの聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテール(※以下、デュランダル)を覆う氷とが衝突の度に周囲を明るく照らす中。二人の戦いにうっかり巻き込まれないように留意しつつ、戦いを見守っていたキンジとアリアは心配そうな眼差しを白雪に向ける。

 

 少し前。ユッキーが俺たちと一緒に戦う意思を示した時。魔剣と戦うにあたって、俺たちは即席の作戦を打ち出していた。それはまず超能力者(ステルス)の魔剣を同じく超能力者(ステルス)たるユッキーと衝突させることで魔剣を消耗させて、それからユッキーの精神力が切れて超能力(ステルス)を使えなくなったタイミングでユッキーには戦闘から離脱してもらい、あとは俺とアリアで弱った魔剣を倒して逮捕するというものだ。作戦と銘打つにはかなり大雑把でテキトーな気がするが、そこは気分の問題だ。

 

 もちろん、俺とアリアがユッキーと選手交代する前にユッキーが上手く魔剣に勝利できればそれでいいし、何もユッキーが自身の精神力を使い切るまで無理して魔剣の相手をする必要はない。俺とアリアが魔剣を相手取っている最中であっても、ある程度体力が回復したのならユッキーが途中参戦してきてもいい。超能力(ステルス)なしの戦闘であってもユッキーは十分戦力になるのだから。

 

 とにかく。今回の作戦はジャンヌと俺たちとの間にそれほど実力の差がないことを前提とした、ある意味楽観的な思考の元で作られた即興の作戦なのだ。

 

 

 ――だが。今現在、魔剣ことジャンヌ・ダルク30世相手にユッキーは押されてる。一目見ただけでは互角のように見えるが、その実ユッキーは苦戦を強いられている。

 

 ユッキーはジャンヌのことを圧倒的な強さを持たないという意味で『緻密な強さ』と表現していた。しかし。今こうして眼前で縦横無尽に剣撃を繰り出すジャンヌからはとても緻密さなんて感じられない。むしろ荒々しいといった言葉が似合うぐらいだし、それにおかしい部分もある。

 

 ジャンヌの攻撃はその一つ一つのスピードに差が激しい。ある時は素人の素振りにも満たない、見てからでも余裕で避けられる速度で剣を振るったかと思えば、今度はやけに超人的な速度でユッキーに斬りかかってくる。またある時はユッキーの腰の位置くらいまで剣を勢いよく振り下ろした所で急激な方向転換とともに剣を横薙ぎに払ってユッキーの横腹をかっさばこうとしてくるし、とかく通常ではあり得ない方法での攻撃を平然とやってのけるのだ。

 

 そのため、ユッキーはジャンヌの攻撃のタイミングを上手く読むことができず、優位に立てずにいる。「これならどうだ!? 氷葬蓮華(メビウス☆ダンス)!」などと技名を叫びながら、踊るように氷を纏った剣撃を連続して放つジャンヌを前にうかつに攻めに転じることができず、追い詰められている。それに加えて、いつジャンヌに予想外の攻撃をされるかわからないことが作戦立案当初に想定した以上にユッキーを心身ともに疲弊させているようだ。

 

 直線的な動きの時だけ剣を振るうスピードをやたら速めたり、遅くしたり。ジャンヌ・ダルク30世が緩急をつけた攻撃を得意としていると考えればそれまでなのだが、どうしてもあの奇怪な動きのカラクリがジャンヌの体から自然と為されているものとは思えない。ジャンヌのどこかカクカクとした機械的な動きは、まるでどこか別の場所にいる第三者に一時的に自身の体の主導権を譲って、糸か何かで操ってもらってるみたいだ。

 

(やっぱりおかしいぞ、これ……いくらなんでもあの動きは常軌を逸してる。一体、何がどうなってんだ?)

「ほらほらどうした!? この程度か!? もう精神力を使い果たしたか!? あれだけ啖呵を切っておいて情けないな、星伽ノ浜白雪奈ッ!」

「く、ぅ――」

 

 キンジがジャンヌの不可解な戦い方に頭を悩ませている間にも、戦況はジャンヌ優位のまま進んでいく。ジャンヌは己の力量を見せつけるようにして片手で軽々と剣を振り回し、その重量をもって白雪に猛攻してくる。ここまでの戦闘で既に息の荒い白雪は防ぐだけで精一杯なのか、苦しげな表情を浮かべている。と、白雪はジャンヌの攻撃の止んだ一瞬の隙をつく形で休憩を切に求める体にムチを打って攻撃に打って出る。攻撃が最大の防御であることを心得ているが故の行動だ。

 

「ハァッ!」

 

 白雪は一歩前進してジャンヌの体を自身の刀の届く範囲内に入れると、気合いの声を上げて頭上に掲げた刀を振り下ろす。それはこれまでに周囲に立ち並ぶコンピュータ群を何度も真っ二つにしてきた強力な一閃である。ゆえに。人間が生身で喰らえばまず死は免れない。にもかかわらず、ジャンヌは棒立ちで白雪の刀を見つめたまま微塵もかわそうとしなかった。

 

「ッ!?」

 

 このままじゃジャンヌを斬り殺してしまう。白雪はとっさに刀の軌道を逸らしてジャンヌに刀が当たらないようにする。白雪渾身の一撃をその身に受けた床にビシリとヒビが入る中。白雪が無理に刀の軌道をズラした際に生じた隙を逃すまいと、ジャンヌは剣を真横に振るう。体勢が体勢だったために回避が間に合わず、横腹にジャンヌの峰打ちを喰らった白雪は声にならない悲鳴とともに真横に吹っ飛ばされていった。

 

「餞別だ。くれてやる! ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)!」

「ッ! 緋火星鶴幕(ひひほかくまく)!」

 

 ジャンヌはクルリと宙で回転して危なげなく着地した白雪に追い打ちをかけるようにビュッと凍気を纏った三本の銃剣を放つ。鉛玉のように空気を切り裂いて白雪の元へと飛翔する銃剣三本。白雪は苦悶の表情を浮かべつつも、右の白小袖を振るって五羽の折り鶴を飛ばして炎を纏わせ、銃剣と接触させる。

 

 空中で火の鳥に化けた折り鶴たちはそれぞれ銃剣三本とぶつかり、次々と爆発していく。結果。爆発の影響でその場に煙が発生したことで、双方ともに攻撃を仕掛けない膠着状態が生まれた。

 

「……クククッ。甘いな、貴様は。どこまでも甘い。我にトラウマを植え付けると豪語しておきながら、我に決して刀傷を負わせようとしない。あくまで我の聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテールを折ろうとするか、峰打ちだけで勝負を決めようとする」

「……ハァ、ハァ……」

「手加減は絶対強者にのみ許された特権だ。それを貴様ごときが行使しようとは、愚かだな。だから貴様は今こうして我に追い詰められているのだ。全く、峰打ち戦法はまだしも、貴様の刀ごときに我が聖剣が断ち切られることなど、万が一にもないというのに」

 

 視界を遮断する煙が徐々に晴れゆく中、キンジたちの視線の先にしみじみと剣を見つめて話すジャンヌのシルエットが映る。どうやらジャンヌはあの聖剣デュナミス何たらに並々ならぬ思い入れがあるようだ。

 

「……そんなの、やってみないと、わからないじゃん」

「無理だな。我が聖剣に斬れぬものはない。まして、折れることなど例え天地がひっくり返ろうともあり得ない。火を見るよりも明らかな、自明の理だ」

 

 白雪は煙が晴れて戦闘が再開される前にハァハァと肩で呼吸して荒い息をどうにか整えようとする。ジャンヌと会話を続ける形で少しでも体力回復ための時間稼ぎを試みる。だが、白雪の思惑をジャンヌがむざむざ見過ごすことはなかった。ジャンヌは自身の愛用する剣が折れる可能性をキッパリと否定すると、「さて。無駄話はここまでだ」と白雪の元へと駆ける。

 

「これで終わりだ。しばらく眠っていろ、星伽ノ浜白雪奈。あとで回収させてもらうのでな」

「わッ!?」

 

 煙が薄くなったことで大体の白雪の位置を把握したジャンヌは白雪へと一気に接敵すると、手に持った剣で上段からの一撃を放つ。重力を多大に利用した振り下ろしを白雪は横っ飛びでどうにか避ける。あとほんの少しでも反応が遅ければ、今頃白雪は確実にジャンヌの剣の餌食になっていたことだろう。

 

(ん~……そろそろ頃合いかな? これ以上は、ちょっと厳しいしね。下手に大怪我負っちゃってデットエンドコースはゴメンだし……ここらでチェンジしてもらおう。うん、そうしよう)

「行くよ、キンちゃん! アーちゃん!」

「む? 何を企んでいる?」

 

 白雪はキンジとアリアに合図を送ると、一直線にジャンヌへと突撃を決行する。それと同時に今まで白雪とジャンヌとの戦いを観戦していただけのキンジとアリアが行動を開始した様を視界の端で捉えたジャンヌは疑問に眉を潜めつつ、白雪の逆袈裟を剣で難なく受け止める。

 

「えへへ~♪ ナ・イ・ショ♪」

(あとは任せたからね。キンちゃん、アーちゃん)

 

 ジャンヌとの鍔迫り合い。白雪にとっての理想的な状況に持ちこめたことに白雪はニコーリと笑う。それはまるで何の変哲もない壺を高額で売りつけようとする悪徳詐欺師のような笑みだった。白雪は詐欺師の微笑みのままウインクをすると、巫女装束の裾からジャンヌの目の前へと黒くて丸い物体をポイッと放り投げる。

 

「なッ!?」

(スタングレネードだとォ!?)

 

 ゆっくりと放物線を描いて自身の元へと飛来してくる黒くて丸い物体。ジャンヌがその正体に気づいた刹那、目を焦がさんばかりの閃光と爆音が地下倉庫に炸裂した。

 




キンジ→傍観者Aな熱血キャラ。
アリア→傍観者Bな子。さすがにももまんを食べながら観戦する気はない模様。
白雪→せっかく覚☆醒したのに縦横無尽な活躍ができていない怠惰巫女。なぜスタングレネードを持っていたかについては次回で説明する予定。
ジャンヌ→ある程度魔改造が施されている厨二病患者。原作同様、聖剣デュランダルに絶対の自信を寄せている。技名叫びながら攻撃しないと死んじゃう病の患者でもある。

 うん。ということで、ユッキー無双回と見せかけたジャンヌちゃんTUEEEEEEEEEE!!!回が終了しました。……何だか思った以上に魔改造が為されてしまったジャンヌちゃん。果たしてキンジくん一行は彼女に打ち勝つことができるのか!?(キリッ 


 ~おまけ(その1:ジャンヌの使った技説明)~

・氷葬蓮華(メビウス☆ダンス)
→踊るように氷を纏った剣撃を連続して放つ技。その華麗さは見る者に蝶の舞いを錯覚させる、こともある。『蝶のように舞い、狂戦士(バーサーカー)のように斬り殺す』がコンセプト。状況に応じて3連撃、7連撃、10連撃、16連撃と剣を振るう回数を変更することができるため、中々に汎用性に優れている。


 ~おまけ(その2:もしもジャンヌちゃんとユッキーがチート染みた実力の持ち主だったら)~

白雪「火炎中枢(アトミックブラスト)!」
ジャンヌ「こおるせかい!」
白雪「炎熱劇場(ラジカルクーデター)!」
ジャンヌ「ぜったいれいど!」
白雪「超重炎皇斬!」
ジャンヌ「エターナルコフィン!」
白雪「紅蓮爆炎刃!」
ジャンヌ「絶対氷結(アイスドシェル)!」
白雪「獅子王炎陣大爆破!」
ジャンヌ「顕現せよ。氷の精霊、セルシウス!」
白雪「哀炎気炎!」
ジャンヌ「エターナルフォースブリザードッ!」
白雪「爆炎波動ッ!」

キンジ&アリア「「……(←呆然とした表情で戦う二人を見つめるSランク武偵コンビ)」」
キンジ「……アリア」
アリア「……はい」
キンジ「逃げるぞ。ここにいたら命がいくつあっても足りない」
アリア「……ですね。ここはもう持ちそうになさそうですしね」


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54.熱血キンジと轟く氷雷


アリア「ふ、ふふッ。ついに私の雪辱を晴らす時が――え、あれ?」

 どうも、ふぁもにかです。今回はジャンヌ戦の後編なので、前回まではただの傍観者だったキンジくんとアリアさんもようやく動き始めます。さぁ、激化する戦闘に勝利するのはどっちだッ!?

 ……それにしても。最近この二次創作のカオス成分が足りなくなってるような気がするんですけど、こんな感じで大丈夫なんでしょうかねぇ。



 

(よくやった、ユッキー! ここから先は俺たちの番だ!)

 

 白雪がジャンヌの目の前でスタングレネードを発動させるという自爆行為を行った、まさにその時。目と耳をしっかり塞いでスタングレネードの効果をやり過ごしたキンジとアリアは二手に分かれてそれぞれ戦場へと駆けていく。

 

 先ほど白雪の投げたスタングレネードはキンジたち三人が地下6階へと上がる際にちゃっかりキンジが地下7階から拝借していた代物だ。火薬爆薬何でもござれの地下倉庫の地下7階にスタングレネードの積まれた領域があったのを見つけたため、何かに使えるかもしれないとキンジは数個だけありがたく頂戴し、それをあらかじめ白雪に渡していたのだ。

 

 ちなみに。ジャンヌと同じく至近距離でスタングレネードをモロに喰らったはずの白雪はというと、ジャンヌの眼前から音もなく消失していた。その代わりに、さっきまで白雪のいた場所をヒラヒラと紙人形が宙を舞っている。白雪はジャンヌの放った銃剣に自身の折鶴を衝突させて意図的に煙を発生させた時に、自分を紙人形の偽物とすり替えていたのだ。そのため。本物の白雪は今何をしているかというと、物陰でのんびりと休憩中である。さらに言うなら、「ふぃー、疲れた……」とため息を吐きつつグイーッと背伸びをしている。

 

 一方。キンジはジャンヌの背後へと移動し、アリアはジャンヌの前方を陣取る。ジャンヌを前後で挟み込む配置へと移動したキンジとアリアはジャンヌ越しに視線を交わすと、二方向から一気にジャンヌへと接近し始めた。その途中でキンジはジャンヌに向けて発砲する。

 

「チィッ!」

 

 ギリギリの所で目を瞑ったことでスタングレネードの攻撃的な光からは逃れられたものの、耳を襲う爆音までは防ぎきれなかったジャンヌはグワングワンと揺れる頭とふらついた足取りながらどうにかキンジの銃弾を避ける。しかし。さすがに完全にはかわせなかったのか、銃弾はジャンヌの頬を掠めていった。

 

「ハッ! バカか貴様はッ!? 貴様の位置から発砲すれば、我の避けた弾丸は全て神崎・H・アリアに直撃――何ッ!?」

 

 銃弾の脅威から逃れられたジャンヌはキンジの行いを愚かと嗤う。しかし、その嘲笑の笑みはすぐさま驚愕の表情に塗り替えられた。アリアがジャンヌが避けたばかりのキンジの銃弾に自身の発砲した銃弾を当てて、自身の放った銃弾ごと再びジャンヌの元へと弾道を方向修正してきたのだ。

 

 アリアの高度な銃弾撃ち(ビリヤード)により一発から二発に増えて飛来してくる弾丸。体を無理やり捻って寸での所で避けきったジャンヌを前に、キンジも銃弾撃ち(ビリヤード)の技術を駆使して、自身へと迫りくる二発の弾丸を四発に倍増させてジャンヌへと送り返す。

 

「こ、の――小癪な真似を!」

 

 未だにフラフラとしたおぼつかない足取りのジャンヌは苛立ちを惜しみなく表情に顕わにすると、調子に乗るなと言わんばかりに剣を床にグサリと突き刺す。そして。「凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)!」と技名を叫んだ瞬間。ジャンヌを守るようにしてドーム状に氷のバリアが形成され、即座にジャンヌの体を包んでいった。よほど生成された氷が分厚いのか、氷のバリアの外からは中のジャンヌの様子が一切見えないようになっている。

 

「今ので勝負を終わらせたかったのですが……この様子だと仕切り直し、ですかね?」

「ま、そうなるだろうな。にしてもこの氷、結構固いな」

「……みたいですね。ちょっと私の小太刀でも試してみましょうか」

 

 キンジは拳銃の弾倉を変えてから試しに一度発砲する。だが。弾丸が氷にめり込みこそしたものの、ジャンヌを囲む氷の守護を破壊するには至らない。それを見たアリアが次は自身の小太刀で斬れるかどうかの確認をしようとドーム状の氷へと慎重に近づいていく。

 

「かかったなァ! 神崎・H・アリア!」

「ッ!? しまっ――うッ!?」

 

 と、その時。ドーム状の氷をバッサリと水平に切り裂く形でジャンヌがアリアに標的を定めてブオンと剣を力一杯振ってきた。凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)で形成された氷が存外頑丈で分厚かったために、実はこの氷が内側からの攻撃に滅法弱く、また内側から外側が丸見えになるよう設定されている可能性に思い至れなかったキンジとアリアの隙を狙った奇襲である。

 

 不意打ち極まりないジャンヌの攻撃に回避が間に合わないと判断したアリアは尋常じゃない速度で迫ってくる剣を交差させた小太刀2本で受け止めようとする。しかし。地についた両の足で踏ん張って剣の衝撃を殺そうとするアリアの努力もむなしく、アリアの体は実にあっけなく吹っ飛ばされた。結果。風を切る勢いで後方へと飛ばされたアリアはガラクタと化したコンピュータの山へと背中から突っ込んでいった。

 

「アリアッ!」

「チッ。あの小太刀も業物か。どいつもこいつも平然と我が聖剣の切れ味に耐えおって。ムシャクシャする」

 

 キンジがアリアの安否を確かめようと半ば無意識に声を上げるも、アリアからの返事はない。積み重なる苛立ちを舌打ちに変換するジャンヌをよそに、キンジは頭からサァァと血が引いていくのを感じた。

 

 見た所、ジャンヌによって吹っ飛ばされたアリアは全く受け身を取れていなかった。それに加えて、アリアが吹っ飛ばされた場所が場所だ。もしもガラクタと遜色ないコンピュータ群の部品がアリアの体に突き刺さるようなことがあったらどうなるか。刺さり所次第では致命傷どころの話じゃない。即死だ。

 

(今は一秒でも早くアリアの所に行きたいけど――)

「まぁいい。まずは貴様からだ、遠山麓公キンジルバーナード! ふとした拍子にヒステリア・サヴァン・シンドロームにでもなられたら面倒だからな!」

 

 アリアを容易に吹っ飛ばしたジャンヌは周囲に出現させた銀氷で剣をキラリと煌めかせつつ、近場にいたキンジへと一直線に迫ってくる。その全身を無駄なく利用した駆動から、ジャンヌが氷のドームに囲まれている間にスタングレネードによるダメージから回復したのは明らかだ。

 

(まずはこいつをどうにかしないと!)

 

 キンジはアリアが大事に至っていないこと、もしくは仮にアリアに何かあったとしても今現在姿を隠している白雪が何らかの対処を施してくれていることを期待すると、眼前のジャンヌとの1対1の戦闘に意識を集中させることにした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ジャンヌがあたかも自分の体の一部のように自在に振り回す武器はあくまでジャンヌの自称だが聖剣だ。それもこれまで周辺に置かれたコンピュータたちを大した労力もなしに簡単にガラクタに変えてきた代物であり、ジャンヌが全幅の信用を置いているであろう代物でもある。ゆえに。そこらの拳銃やバタフライナイフであの剣を受け止めるのはリスクが高すぎる。

 

 切り払い、逆袈裟、唐竹、袈裟切り、右薙ぎ、刺突。ジャンヌの剣から流れるように繰り出される多様な攻撃をキンジは後退しつつしゃがみ込んだり、軽くジャンプしたりと器用にかわす。その一方で、キンジは隙を見てバタフライナイフで斬りつけようとしたり銃弾を放ってみたりするも、ジャンヌはその身に纏う部分的な西洋甲冑を巧みに駆使してキンジの攻撃を防御してみせる。どうやらキンジの手持ちの武器ではジャンヌの防具の耐久力を超える攻撃はできないようだ。

 

(さっきは銃弾を避けてたから拳銃は有効手段だと思ってたけど、違うみたいだな。さっきの回避はあくまでスタングレネードのせいで判断能力が落ちてただけってことか?)

 

 キンジがジャンヌとの激しい攻防の中でもしっかりと頭を働かせる中、対するジャンヌは「ええい! ちょこまかと!」と苛立ちを存分に声と表情に表している。大方、自身の得意戦術である緩急をつけた剣撃がキンジに通用せず、自分の思うように事が運ばないことに怒り心頭なのだろう。

 

(一々緩急のついた攻撃してくるから目で追うのがかなり大変だけど……ま、タイミングさえわかればそこまで深刻な問題じゃないな)

 

 キンジは剣を振り回して猛攻を仕掛けてくるジャンヌを前にひとまず内心で安堵の息を吐く。白雪とジャンヌが戦っている間。何もキンジはボーッとその場に突っ立っていたわけではない。キンジは己が戦闘に参加しないでいいことを利用して、ジャンヌの一挙手一投足をきちんとその目で観察していたのだ。

 

 ジャンヌが緩急をつけた剣撃を放つタイミング。呼吸の周期。目線の動かし方。足運び。手の動き。その他各種の細かな動きを隈なく観測したキンジはある程度ジャンヌの行動パターンを先読みできるようになっていた。でなければ、キンジがこれほど長くジャンヌの変則的な攻撃をかわし続けることなどできなかったことだろう。

 

(でも、拳銃やバタフライナイフが効かないんじゃ、決定打がない。アリアの小太刀やユッキーの色金殺女(イロカネアヤメ)があればまだ何とかなったかもしれないけど、所詮はないモノねだりだしなぁ……)

「――とっとと沈め! 氷葬連鎖(アイス☆コラプション)!」

 

 キンジが自身の決定打不足に頭を悩ませる中。現状でキンジにかすり傷さえつけることのできていないジャンヌはこのままでは埒が明かないと、キンジへの接近をピタリと止める。そして。青白い凍気を纏わせた剣先をスッと下ろしたかと思うと、一気に剣を天へと振り上げた。すると。剣を包んでいた凍気が剣を振る過程で鋭く尖った先端を持つ氷の弾幕へと具現化し、キンジ目がけて一目散に突撃してきた。

 

「いッ!?」

 

 ゴウと唸りを上げて迫りくる大量の氷の矢。全ての氷の矢を撃墜することはできないと瞬時に悟ったキンジは左足を軸に右へと跳ぶ。結果。キンジは自身の想定を軽く超えたジャンヌの攻撃に若干反応が遅れたために数か所切り傷を負うこととなるも、致命傷を避けることには成功した。

 

(ヤッバい、これホントにどうやって対処すれば――あ、そうだ。強力な武器がないなら、いっそジャンヌから剣を奪えばいいんじゃないか? ジャンヌの持ってる聖剣デュナミス何とかなら、鎧の耐久力なんて余裕で超えられるんじゃないか? そうと決まれば……)

 

 ほんの少しとはいえダメージを喰らったことで本格的に焦り始めたキンジの脳裏に天啓のごとく一つのアイディアが舞い降りてくる。勝機が見えてきた。キンジは笑みを浮かべたい衝動を堪えながらも、右手のバタフライナイフをしまってフリーな状態にする。

 

(……て、あれ? あいつは!?)

「大人しく斬られていろ! 遠山麓公キンジルバーナード!」

(後ろか!)

 

 キンジの視線が氷の矢へと向いていた間にキンジの背後へと回り込んでいたジャンヌはここで一気に勝負を決めようと、高く振り上げていた剣をキンジの頭目がけて振り下ろしてくる。白雪との戦いでそれなりに精神力を消耗している影響か、その剣は氷で覆われていない。キンジにとって、まさに降って湧いたような好機だった。

 

(よし、ここだ!)

 

 キンジは振り向きざまに眼前に迫るジャンヌの剣を右手の人差し指と中指のみを使った二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ビーク)で止めようとして――

 

「――ッ!?」

 

 ――咄嗟に左手の拳銃を捨てて、両手で剣を挟む形で真剣白刃取りをする判断を下した。ジャンヌの剣の振り下ろされるスピードがグンと急激に跳ね上がったが故のキンジの選択だ。

 

 先までのジャンヌの振り下ろしの速度ならば、二本の指を使った二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ビーク)で何ら問題なかっただろう。しかし。今の速さで振り下ろされた剣を片手で止められるとはキンジにはとても思えなかった。たったの指二本であの剣のスピードを殺せるとはとても思えなかったのだ。事実、もしもキンジが先の状況下で二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ビーク)を行おうものなら、今頃は物言わぬ斬殺体と化していたことだろう。

 

「ほぅ、これを止めるか。今のは決まったと思ったのだがな。いい判断ではないか」

「そうかよ。つーか、今のもそうだけどさっきから動きがおかしいにも程があるぞ、お前。何がどうなってんだ?」

 

 ジャンヌはあくまで上から目線ながら、キンジが自身の剣を止めたことに称賛の言葉を贈る。一方。先ほどの攻防で危うく命を落とすところだったキンジは顔面すれすれまで迫っていた聖剣デュランダルを前に、心の中に浮かんだ率直な気持ちをつい口に出してしまう。その背中にタラリと冷や汗が流れていくのをキンジは感じた。

 

「ククッ。なに、簡単な話だ。我は体の随所に軽く電気を流すことで瞬間的に我の筋力を増加させた上で戦っているだけだ。そうだな、わかりやすく言うなら、ドーピングだ」

「……電気を流すって、そんなの意図的にできるわけ――」

「――できるさ。我を誰だと思っている? 銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だぞ? この程度のこともできなければそれこそ名前負けだし、偉大なる我が始祖に顔向けできなくなってしまうだろう?」

 

 ジャンヌはよほど自身の聖剣を手放したくないのか、剣を捨てて別の手段でキンジに攻撃するという選択肢を取ろうとしない。そのため。キンジはジャンヌの剣を白刃取り状態で止めたまま、ジャンヌは剣の柄を強く握りしめたまま互いに言葉を交わす。

 

「知るかよ、そんなの。とにかく、武器は封じた。お前の活躍はここまでだ、ジャンヌ。痛い目に遭いたくないんなら、さっさと投降しろ」

 

 意図せずジャンヌ本人の口からジャンヌの通常ではありえない戦闘方法に関する情報を入手できたキンジは、剣にさらに力を込めてキンジを強引に斬ろうとするジャンヌとどうにか拮抗状態を保ちつつ、剣を奪うためにジャンヌの手を蹴ろうとする。が、キンジが軽い挑発を目的に放った一言がジャンヌの怒りのボルテージを最大限にまで引き上げる結果を招いてしまった。

 

「……クククッ。面白いことを言うな、遠山麓公キンジルバーナード。実に笑えるぞ。が、あまり我を舐めるなよォ!」

「グァッ!?」

 

 ジャンヌが怒りの赴くままに声を荒らげた瞬間、キンジの体に電流が走った。比喩ではない。突如としてジャンヌの体から生まれた緑色の電流が剣を伝ってキンジへと到達し、体全身を駆け回ったのだ。不意打ち気味に走った鋭い電撃により生じる痛みにキンジは思わず悲鳴を上げる。

 

(電撃ッ!? どうなってる!? こいつは氷の超能力者(ステルス)じゃ――)

「クククッ。何を驚いている? さっきもちゃんと説明してやっただろう? 『我は体の随所に軽く電気を流すことで瞬間的に我の筋力を増加させた上で戦っているだけだ』と。我の所属するイ・ウーとは我のような天賦の才を持つ超人どもが集い、能力をコピーし合う場所。ゆえに。我がリコリーヌの変装術に変声術を習得していても不思議ではあるまい。雷の超能力(ステルス)を習得していても不思議ではあるまい。能ある不死鳥(フェニックス)は炎を隠す。能ある超能力者(ステルス)超能力(ステルス)を隠す。常識だろう?」

「……う、まさか――」

「そう、そのまさか。我は氷と雷、二つの超能力(ステルス)を扱える、選ばれし人間なのだ!」

 

 してやったりと言わんばかりにニタァと笑みを深めるジャンヌを前にキンジは驚愕に目を見開く。同時にキンジは合点がいった。おそらく、ジャンヌは今まで氷の超能力(ステルス)と並行して雷の超能力(ステルス)を使用していたのだろう。しかし。それはいつもではない。ここぞという時だけ、ジャンヌは雷を使って己の神経を刺激することで、本来のジャンヌの身体能力では実現しえない並外れた動きを実現させていたのだろう。それが、ジャンヌの緩急のついた攻撃のカラクリだったのだ。

 

「さーて。我の秘密を知った以上、もはや貴様をコンマ1秒たりとも生かすつもりはない。さぁ、消滅しろ! 遠山麓公キンジルバーナード! 幻獄雷帝(アムネジア☆リミット)!」

 

 ジャンヌはその表情を凶悪なものに変えると、ありったけの精神力を総動員して雷の超能力(ステルス)を行使する。すると。さらに威力の増した緑色の雷がバチバチと己の凶悪性を音で示すとともにキンジに容赦なく襲いかかる。

 

「~~~ッ!」

 

 キンジは雷のあまりの威力に声にならない悲鳴を上げるも、ジャンヌの剣を決して手放さそうとしなかった。いや、手放せないのだ。手放したら最後、キンジはジャンヌの剣に真っ二つにされてしまうのだから。

 

 ジャンヌの剣を手放せば即死。手放さなければ雷の超能力(ステルス)によるなぶり殺し。まさに万事休すの状況。しかし。キンジは微塵も勝利を諦めていなかった。

 

 

 耐えろ、耐えきってみせろ! 遠山キンジ! 電撃が何だ? こんなのただの静電気じゃねえか! この程度の電撃も耐えられなくて、何がRランク武偵だ! 何が世界最強の武偵だ! ふざけるのも大概にしろよ! いずれ武偵の頂点に立つ気でいるんなら、どんな窮地だろうと凌いでみせろ! 突破してみせろ!

 

 

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

「ッ!?」

 

 キンジは全身を駆け巡る激痛に負けないように腹の底から雄叫びを上げる。ギロリとジャンヌを睨みつける形でジャンヌを威圧する。キンジの咆哮に不覚にも面食らっていたジャンヌはキンジの鋭い眼差しを受けて「なッ!? 貴様、この状況でまだそんな目が……!」と動揺と困惑の入り混じった声を漏らす。

 

「ユッキィィィイイイイイイイ!!」

「あいさぁぁぁああああああああああ!!」

「って、いつの間に――!?」

 

 眼前のキンジに思わず気圧されるジャンヌ。それをチャンスと判断したキンジは白雪の名前を呼ぶ。すると。打てば響くように白雪から威勢のいい返事が返ってきたかと思うと、直後にはキンジとジャンヌとの間に抜刀の構えを取る白雪の姿があった。どうやら白雪はキンジに合図を出されるまでもなく、今が攻め時と判断して行動していたらしい。

 

「星伽候天流――緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)!」

 

 白雪は鞘に納めてある色金殺女(イロカネアヤメ)を神速と言っていい速さで抜刀する。刹那。白雪の刀から生じた緋色の閃光がジャンヌの剣をあっさりと通過し、豪快に炎の渦を巻き上げた。それだけに留まらず、刀から解き放たれた炎は荒れ狂うままに天井を穿ち、周囲に爆音を響かせる。今この瞬間、ジャンヌ・ダルク30世が信を置いていた聖剣デュランダルは根元から真っ二つに折られた。

 

「……」

「さて。貴女の自慢の剣はポッキリ折ったけど――どうかな? まだ戦う? 私としては、これ以上の戦いはあまりお勧めしないよ?」

 

 白雪の一撃必殺並みに強力な攻撃を受けて柄から分離された剣先は宙をクルクルと舞い、ザクッと床に突き刺さる。その様子をただただ呆然と見つめていたジャンヌに向けて、白雪は凛とした表情とキリッとした瞳で問いかけたのだった。

 




キンジ→久しぶりに熱血精神が復活した熱血キャラ。ヒスってもないのに二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ビーク)ができるだけの戦闘技術を持っている。
アリア→キンジとのコンビネーションが凄いことになってるものの、折角の見せ場であんまり活躍できなかった子。只今ログアウト中である。安否はいかに。
白雪→最後の最後でちゃっかりいい所を持っていった堕落巫女。アイエエエエ! ユッキー!? ユッキーナンデ!?
ジャンヌ→実は雷の超能力も使えちゃう厨二病患者。日頃から氷の超能力を使いまくっていたり自身を『銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)』と名乗っていたのは自分が雷の超能力者でもあるという最大級の切り札を隠すためのブラフの意味合いもあったりする。

 以上、実は雷の超能力も使えちゃうジャンヌちゃんの巻でした。まぁ、ここでは登場人物全員の性能がもれなくアップしてるからこういった方面からのキャラ強化くらい当然ですね!

 ……いや。最初はこの設定ってどうなのとは思いましたよ? 思いましたけど、教授なんかイ・ウーに所属していたメンバー全員の超能力使えるっぽかったですし、それなら別にジャンヌちゃんが2つ超能力使えたっていいじゃないかとの結論に至ったのでジャンヌちゃんには氷雷姫になってもらいました。反省はしています、後悔はしていません。


 ~おまけ(ジャンヌの使った技説明)~

・凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)
→人一人を覆い隠す程度のドーム状の氷のバリアを形成する技。氷の外側と内側とで自由に強度を設定できる。また、外側から内側の様子を見ることはできない。今回ジャンヌはこの技を自身を守るために行使したが、本来この技は敵を閉じ込めて外から斬撃を与えるためにジャンヌが編み出した技である。とはいえ、この技は攻防双方に使えるため、非常に使い勝手のいい技と言える。

・氷葬連鎖(アイス☆コラプション)
→凍気を纏った剣を振るうことで大量の氷の矢を放つ技。技の特性上、対象と剣をぶつけ合った際の至近距離からも放つことができるため、ジャンヌは基本的にこの技を不意打ち用に行使する傾向がある。また、この技は銃剣をただひたすら対象に向けて尋常じゃないスピードで投げ続けるほとばしる包囲網(ピアシング☆ウェブ)とよく似た系統の技でもある。

・幻獄雷帝(アムネジア☆リミット)
→自身の体で生成した緑色の雷をただそのまま相手にぶつけるだけの荒技。単純だがそれゆえに強力で、常人の意識を3秒も経たない内にブラックアウトさせるほどの威力を持っている。しかし、精神力の消耗が割と激しい上にどこか対象の身体に触れていないと技を発動できない仕様となっているため、ジャンヌはこの技をほとんど使わない。今回ジャンヌがわざわざこの技を使ったのは、キンジ相手に怒りを覚えたことで判断能力が大幅に低下したのが原因である。


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55.熱血キンジと折れた心


キンジ「こ、これはさすがに想定外だな……」

 どうも、ふぁもにかです。今回はあのキャラの真の性格が遂に顕わになります。話数かけて作り上げてきたキャラをここでまたさらに崩壊させるとも言いますがね、ふっふっふっ……

 でもって、今回の話でどうしてここのビビりこりんと厨二ジャンヌちゃんとがそれなりに仲がいいかの理由も大体察することができるかと思います。



 

「バ、バカな……」

 

 しばらく無言のまま、呆然とした瞳で柄から折れて床に突き刺さった剣先を見つめていたジャンヌがまず最初に放ったのは、剣がポッキリと折れた現実が信じられないという心情を多分に含んだ言葉だった。

 

「ハ、ハハッ……我が聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテールは、絶対に折れない、絶対に負けない、約束された勝利の剣。使用者に輝かしい未来を確約する剣。なのに、こんなこと、あるわけがない。ウソだ、こんなの――」

「この世に絶対なんてものはないよ。それがわからないんなら、貴女もまだまだだね」

 

 剣が折れたことに目に見えて狼狽し、震えた声でうわ言のように現実を否定するジャンヌに白雪が凛とした表情で言い放つ。

 

 しかし。ジャンヌに白雪の言葉は届いていないのか、ジャンヌは白雪の言葉に無反応のままゆっくりと歩き出す。ふらつく足で折れて突き刺さった剣先の元へと歩みを進める。白雪の放った『緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)』の影響で派手に破壊された天井から落ちてきた瓦礫の一つが運悪くガスッとジャンヌの頭に命中するも、ジャンヌはその歩みを止めない。頭からタラリと血を流しながらもフラフラと剣先の元へと進んでいく。その様子は、はっきり言って一種のホラー現象である。

 

「……」

 

 ジャンヌはたっぷり時間をかけて折れた剣先に手が届く位置までたどり着くとピタリと立ち止まる。そして。しばらく自身の持つ聖剣デュランダルの柄部分とあたかも勇者が引き抜くのを今か今かと待っているようにも見える剣先とを交互に見比べる。幽鬼のような表情を浮かべるジャンヌを前についジャンヌの逮捕をためらったキンジと白雪は、アイコンタクトでひとまずジャンヌの動向を静観することに決めた。

 

「わ、我の聖剣が、デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテールがぁ……う、うわぁぁぁあああああああああん!!」

「「……え?」」

 

 と、その時。ジャンヌのオッドアイの瞳がウルウルと潤んだかと思うと、いきなりガクッと膝をついて号泣し始めた。天井を見上げて涙をボロボロと流しながら慟哭の声を上げ始めた。これまでのジャンヌの言動からは微塵も想像できなかったジャンヌの号泣シーンにキンジと白雪は思わず目が点になる。

 

「……なぁ、ユッキー」

「何かな、キンちゃん?」

「あいつ、もしかして泣いてる?」

「……もしかしなくても泣いてると思うよ」

「だよなぁ。アレ、どう見ても泣いてるよなぁー」

「うんうん、マジ泣きだよねー」

 

 キンジと白雪はパチッパチッと目を瞬かせながら、まるでたわいない世間話に興じるかのように互いに言葉を交わす。先までの無駄に自信に満ちあふれていたジャンヌと眼前で幼子のようにボロボロ泣きまくるジャンヌとのあまりのギャップに二人そろって現実逃避に走っているのだ。そんな二人を現実へと引き戻したのは、背後から聞こえた一つの声だった。「何ですか、この状況?」という、アリアの困惑に満ちた一言だった。

 

「ッ! アリア! 無事だったのか!?」

「あ、はい。私はこの通り、無事です。どうやら運が良かったみたいですね」

「……そうか。よかった、アリアのこと呼んでも全然反応なかったから、酷い怪我負ったんじゃないかって心配だったんだよ」

 

 キンジは視界に捉えたアリアの姿に一瞬だけビシリと固まったものの、再起動と同時にアリアの両肩に手を置いてアリアの怪我の有無を問いかける。そうして、あれだけ派手に吹っ飛ばされていながらアリアが奇跡的に怪我をしていないという事実を知ったキンジはホッと胸を撫で下ろす。

 

 ちなみに。先までのジャンヌとの激しい戦闘と想定外極まりないジャンヌの号泣シーンを見せつけられた影響でアリアのことをすっかり忘れていたとは言えないキンジである。

 

「そうですか。心配かけてすみません、キンジ。魔剣に吹っ飛ばされた際に頭を強く打ってしまいまして、そのせいで数分ほど気絶していたんです」

「頭を打ったって……それは無事と言えるのか?」

「比較的無事な方と言えるのではないでしょうか? 体は所々痛みますが、命に別状はありませんしね。それより……これは一体、何がどうなっているのですか?」

「……いや、実はな。ユッキーがジャンヌの剣を折ったら、ああなった」

「……え? そんな理由でですか?」

「あぁ。俺もにわかには信じがたいんだが、実際にああして泣いてるしなぁ……」

 

 ジャンヌの大音量の泣き声を華麗にスルーして一通り話をしたキンジとアリアはジィーとジャンヌを見やる。ジャンヌは止めどない涙とともに声を上げて泣いている。未だに泣き止む気配は微塵も感じられない。と、泣き過ぎた影響か、「うえ、ヒグッ――ゴホッ、ゲホッ!?」とジャンヌがむせ始めた。

 

(……何か、すっごく罪悪感が湧くんだけど。何これ、なんで俺がこんな気持ち抱かないといけないんだ? 悪いのは完全にあっちだよな?)

 

 キンジはもはや気品や知性といったものが欠片も残っていない今のジャンヌを前に自身の顔が引きつっていくのを感じた。ジャンヌは中身はともかく、容姿は美少女そのものだ。そんな見目麗しいジャンヌが剣を失った悲しみに涙を流す姿を見ていると、段々と自分たちの方が悪者のように思えて仕方なくなってしまうのだ。

 

 ジャンヌとの戦闘時とは違う意味でどう対応したものか頭を悩ませるキンジ。そんなキンジをよそに、ごくごく自然な動作でテクテクとジャンヌに近寄ろうとする人物がいた。白雪である。

 

「――って! おい、ユッキー! 下手にあいつに近づくな。もしもアレが演技だったらどうすんだよ!?」

「だいじょーぶ。あれは演技なんかじゃないよ、キンちゃん。これでも私は星伽の皆のお姉ちゃんだからね。ウソ泣きかホントに泣いてるかくらいの区別はつくよ」

 

 白雪は「だからここは私に任せてよ、ね?」と首をコテンと傾けて、キンジにジャンヌに近づく許可を求めてくる。絶えず泣き続けるジャンヌの対応に困っていたキンジが一度アリアとアイコンタクトを取った後に「……わかった」としぶしぶ提案を受け入れると、白雪は迷いのない足取りでジャンヌの元へと向かう。そして。膝をついてしっかりとジャンヌと視線を合わせてから、優しくジャンヌの体を抱きしめた。

 

「ッ!? なに、を――」

「えーと、ごめんね。デュラちゃん。あの剣、確か聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテールで合ってたかな? あの剣がデュラちゃんにとってそんなに大事なものだとは思わなくて……」

「……ぐすッ、デュラちゃん、ぢゃない。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、だもん」

「悲しい思いさせちゃってホントにごめんね、デュラちゃん。剣を折るだなんて安直な方法じゃなくて、もっと他の平和的な方法を考えればよかったね」

「だ、だから、デュラちゃん、ぢゃなくで――」

「よしよし」

 

 白雪はジャンヌへと謝罪の言葉を紡ぎつつ、ジャンヌの頭を優しく撫でる。あたかも自身の愛娘にありったけの愛情を注ぐ母親のように。ジャンヌの頭の怪我を自身の治癒の力でちゃっかり治すことも忘れない。当の撫でられているジャンヌは白雪の自身に対する呼称をどうにか変えようと声を上げるも、それを白雪は無意識の内にサラッとスルーする。白雪はただただジャンヌに慈愛の念を注ぐのみである。

 

 そうこうしているうちに徐々に今の状況が心地よく思えてきたジャンヌは所在なさげな両手をゆっくりと白雪の背中に回して白雪を抱きしめ返す。そして、ジャンヌが白雪の反応を伺おうとチラッと白雪を見上げた時。ジャンヌはふと白雪の姿に今は亡き自身の母親を幻視した。瞬間、ジャンヌの中にわずかに残っていた理性は遥か彼方へと吹っ飛ばされていった。

 

「ぅ、あ――ぁぁあああああああああ!!」

 

 ジャンヌは半ば白雪にしがみつくようにして泣き声を上げる。自分を取り巻く状況をすっかり忘れて泣き続ける。その間、白雪は「よしよし」とジャンヌの背中をポンポンと優しくなでるのだった。

 

(……とりあえず、何とかなりそうだな)

(ですね)

 

 場の空気を読んで、声に出さずに目と目で会話するキンジとアリアをよそに。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「どうして、ヒグッ。あんな大技を、使えたのだ……?」

「大技? それって、もしかして……最後に私が使った緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)のこと?」

 

 十数分後。ようやく泣き止み、ある程度落ち着きを取り戻したジャンヌは膝をついた状態のままでポツリと疑問の声を漏らす。そのジャンヌの声を拾って確認を取る白雪にジャンヌは「そうだ」と首肯する。

 

「あの時、スタングレネードを使って我との戦闘から離脱した時点で、グスッ、貴様の精神力はもう枯渇寸前だったはずだ。少なくとも、あんな大技を発動できる状態にはなかった、ンクッ、はずだ。なのに、どうして、あんな強力な技が使えたのだ? たかが、ヒック、我が遠山麓公キンジルバーナードと神崎・H・アリアを相手取っていた短い間で、精神力を急激に回復させたわけでは、ないのだろう?」

「……クックックッ。図り損ねたね、デュラちゃん」

 

 眼前のジャンヌから疑問の眼差しを投げかけられた白雪はジャンヌの笑い方を真似て得意げに笑う。それから白雪はスッと微塵も違和感の感じられない滑らかな動きで腕を組むと、ジャンヌの疑問の種明かしに取りかかる。

 

「? どういう意味だ?」

「えーとね、デュラちゃん。まず、あの時の私の精神力が枯渇寸前だったっていう前提から違うんだよ。まぁ要するに、いつから私が全力を出していると錯覚していたのかな? ……ってこと」

「なッ!? あれで本気じゃなかったというのか!?」

「いや、本気で戦ったよ。今日の私はいつになくやる気だったし、手抜きなんてしてたらこっちがやられちゃいそうだったからね。だけど、全力では戦わなかった。ここだけの話なんだけど……私の力を封じる封じ布はね、皆の前でこれ見よがしに外した白の封じ布一枚だけじゃなくて、髪の中に擬態させてる黒の封じ布と二枚で一セットなんだよね。だから。さっきはその黒の封じ布を解いて私の力を完全に解放してから、緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)を放ったんだよ」

 

 白雪は巫女装束の袖口からスッと黒のリボンの体を為した封じ布を取り出すと「ほら」とジャンヌに見せる。その黒の封じ布を受け取ったジャンヌはしばしそれを見つめた後、「……なるほど」という納得の声とともに白雪に封じ布を返還した。

 

「つまり。デュラちゃんと1対1で戦っていた頃の私は中途半端にリミッターのかかったままのユッキー第二形態で、緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)を使った時はリミッターなしのユッキー第三形態だった、って所かな。こんな感じでわかる?」

「あぁ、理解した。貴様は己に二重の封印を施していた、ということだな?」

「そーゆーこと。こう見えて私は(グレード)24のハイスペック巫女さんだからねぇ。たった一つの封じ布だけじゃ力を完全に私の力を抑えきれないんだよ」

 

 白雪は目を瞑ってしみじみといった風に言葉を紡ぐ。そうして白雪が普段と何ら変わらない口調で放った言葉を受けて、ジャンヌは驚きに目を瞠った。

 

「G24、だと!? そ、そこまでGの高い超能力者(ステルス)など、聞いたことがないぞ!? それこそ、砂礫の魔女くらいしか――」

「うん? そこまで驚くことかなぁ?」

「これが驚かないでいられるか! G20越えの超能力者(ステルス)がどれだけ希少な存在だと思っているッ!?」

「確かに私のGは高いけど、さっきデュラちゃんも『能ある不死鳥(フェニックス)は炎を隠す』って言ってたよね? だったらさ、案外世界には私よりもっとGの高い超能力者(ステルス)がゴロゴロいたりしてもおかしくないんじゃないかな? ほら、世界って広いんだし」

「ぁ――」

 

 白雪は二ヘラと脱力感を誘うかのような笑みとともに「ね?」とジャンヌに同意を求める。しかし。白雪の純粋な笑みに当てられてしまったらしいジャンヌは白雪に返事を返さず、ただ呆けたように白雪を見つめるのみだった。

 

「? デュラちゃん?」

「――ッ!」

 

 と、そこで。ハッと我に返ったジャンヌはブンブンと擬音語がつきそうなほどに勢いよく首を左右に振ることで平静を取り戻すと、「……ククッ、それもそうか。これは盲点だった」と口角を吊り上げる。どうやらジャンヌは元の調子を取り戻しつつあるようだ。

 

「……えーと。そろそろいいですか、ユッキーさん?」

「ん? どうしたの、アーちゃん?」

「いえ。もう魔剣に戦意はないようですが、一応超能力(ステルス)を使えないように手錠を嵌めておきたいと思いまして」

 

 そろそろ大丈夫だろう。ジャンヌを確保するタイミングを見計らっていたアリアは白雪の元へと歩み寄り、許可を求める。前に理子と対峙した時のように、逮捕一歩手前まで追い詰めたイ・ウーの構成員を逃すような真似はもう二度としたくないとの気持ちを起因としたアリアの言動である。

 

「あ、うん。……えっと、もう大丈夫かな、デュラちゃん?」

「……我の聖剣が折られた以上、もはや我に勝ち目はない。ゆえに。敗者の我に選択権はない。好きにすればいいさ」

 

 アリアの申し出を受けて心配そうにジャンヌを見つめる白雪。ジャンヌはそんなお姉ちゃんモードの白雪から視線を逸らすと、諦念のため息を吐きつつアリアに両手を差し出した。

 

 アリアは念のためにと若干の警戒心を残しつつ、まだ目が充血しているジャンヌの手を取る。そして。アリアは「それでは……魔剣、もといジャンヌ・ダルク30世。貴女を未成年者略取の現行犯で逮捕します」との言葉とともにジャンヌに対超能力者用の手錠をかける。ガシャンという金属音が、あたかも今回の出来事に終止符を打つかのように地下倉庫に響き渡った。

 

「心しておけ、遠山麓公キンジルバーナード。神崎・H・アリア。ここで我が捕まった所ですぐに第二、第三の我が現れ貴様らを恐怖と絶望と混沌の渦に引きずり込むことだろう。それまでの間、精々仮初の平和を享受することだな。クッハハハハハハッ!」

「いや、お前みたいなのがうじゃうじゃやって来てたまるかよ」

 

 泣きはらした目でキッと睨みを利かし、涙声で捨て台詞を残すジャンヌにキンジはため息混じりに「来るなら来るで、次はもっとまともな奴に来てほしいんだがな……」と本音を零す。これまでビビり少女だったり厨二少女だったりと、当初キンジが想像していたイ・ウーのイメージを思いっきりぶち壊してくるような敵ばかり相手してきたキンジの割と切実な願いである。

 

 かくして。超偵ばかりを狙う誘拐魔:魔剣改めジャンヌ・ダルク30世は白雪の誘拐に失敗。その後。キンジたち三人を相手に敗北し、逮捕されたのだった。

 




キンジ→号泣するジャンヌの対応を完全に他人任せにした熱血キャラ。
アリア→ビビりこりんと戦った時とは違って入院するほどの怪我は負っていなかった子。防弾&防刃制服の強度様々である。
白雪→G24の怠惰巫女。第一形態(通常形態)でG(ゼロ)、第二形態でG17、第三形態でG24相当の力を発揮できる。長女ゆえか、めんどくさがり屋な割にきちんとお姉ちゃんらしい行動ができる。またジャンヌが自身の母親を幻視するレベルの母性を発揮することもできる。余談だが、ジャンヌをデュラちゃん呼ばわりすることに決定したらしい。
ジャンヌ→実は泣き虫だった厨二病患者。泣き虫を克服して精神的に強くなるために厨二病チックな性格を作り出すという手段を取った結果、色々と手遅れになった子でもある。余程の事態が起こらない限り、泣き虫な素のジャンヌが現れることはない。

 ……というわけで、今回晴れてジャンヌちゃんに萌え属性が追加されました。本当は泣き虫の美少女が厨二病を患ってるのって、何だか可愛くないですか?

 ちなみに。ここのジャンヌちゃんがビビりこりんと仲が良いのは、偏にビビりと泣き虫との共鳴反応が原因です。言うなれば、類は友を呼ぶって奴です。尤も、りこりんの方はジャンヌちゃんが泣き虫だという事実を知りませんが。

 さて。次回からは遂に第二章エピローグ回です。とりあえず、第一章エピローグよりは話数少なめで終わる予定です。精々2~3話でしょうかね、ええ。


 ~おまけ(その1 ステルスアリアさん)~

アリア「何ですか、この状況……?」
キンジ「……なぁ、ユッキー(←現実逃避のあまりアリアの存在に気づいていない)」
白雪「何かな、キンちゃん?(←現実逃避のあまりアリアの存在に気づいていない)」
アリア「キンジさん、ユッキーさん。何がどうしてこのような状況になっているのですか?(←キンジ&白雪を見上げて問いかけるアリア)」
キンジ「あいつ、もしかして泣いてる?(←現実逃避の(以下略))」
白雪「……もしかしなくても泣いてると思うよ(←現実逃避の(以下略))」
アリア「……確かに泣いてますね。それもなりふり構わずに(←自分の存在に気づいてもらうためにさりげなくキンジ&白雪の前方に移動しつつ)」
キンジ「だよなぁ。アレ、どう見ても泣いてるよなぁー(←現実逃避の(以下略))」
白雪「うんうん、マジ泣きだよねー(←現実逃避の(以下略))」
アリア「……グスン(←気づいてくれないことに少しばかり心の折れたアリア)」


 ~おまけ(その2 ノリノリアリアさん)~

ジャンヌ「心しておけ、遠山麓公キンジルバーナード。神崎・H・アリア。ここで我が捕まった所ですぐに第二、第三の我が現れ貴様らを恐怖と絶望と混沌の渦に引きずり込むことだろう。それまでの間、精々仮初の平和を享受することだな。クッハハハハハハッ!」
アリア「……ふッ、ふふッ、ふふふふふふふッ(←笑い声を抑えきれずに肩を震わせるアリア)」
ジャンヌ「な、何がおかしい!?」
アリア「いえ、すみません。私たちに捕まった分際でそんなことを言う貴女があまりに滑稽に思えてしまったのでつい、ふふふッ」
ジャンヌ「ク、ククッ。そうして余裕ぶっていられるのも今のうち――」
アリア「それはどうでしょうか? 私は双剣双銃(カドラ)のアリアですよ? 武偵の原点にして頂点たるシャーロック・ホームズの血を受け継ぐ選ばれし人間ですよ? 貴女の言うような刺客が何人来ようと、私の固有スキル:絶誓葬送風穴時間(アプゾルート☆マサーカー)の敵ではありません。皆さん、気づいた時には既に八つ裂きになっていることでしょうね。ふふッ」
ジャンヌ「――。――」
アリア「――。――、――」

キンジ「……何か、アリアに魔剣の厨二病がうつってないか?」
白雪「アーちゃん、すっごく楽しそうだねぇー」
キンジ「あぁ、かなり生き生きしてるな。案外、アリアにもそういった素質があるのかもな。うっかり覚醒させないよう気をつけないと……。つーか、心なしかアリアがレキとダブって見えるんだけど……大丈夫か? レキ2号になったりしないよな? もしそうなったら俺多分泣くぞ?」


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56.熱血キンジと第二章エピローグ(1)


ジャンヌ「何か、我の人生が本格的に詰んでる気がするのだが……?」

 どうも、ふぁもにかです。今回、前話でうっかり書き忘れていたシーンを追加した結果、終わり方が非常に中途半端な仕様となっております。どこで切ればいいのか全くわからなかったんですよ、ええ。なので、キリのいい所まで読みたいと考えている人は次回の更新まで待ってから読み始めた方がいいかと思います。

 でもって。今回は中間辺りからキンジくんの一人称によるダイジェスト風味となっております。所詮新たな試みって奴ですよ。うん。まぁエピローグ回ですし、こんな感じでも特に問題ありません……よね?

※後半の内容はちょーっと閲覧注意です。ある意味で残酷描写がありますので、見る前にある程度覚悟を決めてから覗くことをお勧めします。……忠告は、しましたよ?



 

「ほら。キビキビ歩いてください」

「む、貴様に言われるまでもないわ、神崎ヶ原・H・アリアドゥ――」

「あ?」

「……神崎・H・アリア」

 

 といったやり取りをしつつ、アリアがジャンヌを引っ張って地下倉庫を後にする中。キンジは白雪の緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)が天井に炸裂した影響で時折上から降ってくる瓦礫に注意を払いながらアリアの後ろを歩く。と、その隣をテクテクと歩く白雪が急にフラリと体をふらつかせたかと思うと、ペタンとその場に腰を落とした。

 

「あ、あれ?」

「ユッキー? どうした、立てるか?」

「あ、うん。何でもない、だいじょー、ぶ?」

「ユッキー!?」

「……ううん、やっぱり大丈夫じゃない。足がガックガクだよ。ひっさしぶりに本気出して動き回っちゃったからかな、うん」

 

 白雪は差し伸べられたキンジの手を借りて一度は自力で立ち上がったものの、両の足で体を支えることができずに再び床に座り込む、ふりをする。地下倉庫から地上まで徒歩で帰ることを面倒に感じた白雪は敢えて大丈夫じゃない風を装う。

 

「ねぇキンちゃん。おんぶしてってよ、ね?」

 

 白雪はキンジに向けて両手を広げてニコッと笑顔を浮かべる。そこらの男なら簡単に魅了できてしまいそうなほどの笑み。これを自分が楽をしたいがために意図的に浮かべている辺り、白雪の恐ろしさの一端が垣間見えるというものだ。しかし。白雪の思惑とは裏腹に、キンジの眼差しは心配そうに白雪を見つめるものから多分に呆れを含んだものへと変化した。どうやらキンジは白雪の演技を看破したようだ。

 

「……一応聞くけど、それは楽をしたいからか?」

「あい!」

「そこで誇らしげに返事するなよ、ったく……」

 

 自身の問いに開き直った返答をしてくる白雪を前にキンジはやれやれと言いたげにため息を吐く。その後。キンジはスッとしゃがみ込み、白雪が乗れるように「ほら、乗れよ」と背中を向ける。

 

「え? いいの? 言ってみただけだよ?」

「ここで遠慮するようなユッキーじゃないだろ? 今回の魔剣確保の立役者は間違いなくユッキーなんだし、少しぐらいの我がままは聞いてやらないとな。……それに。今日は珍しくやる気出して戦ったから、いつにも増して疲れたんじゃないのか? まぁ、あいつの電撃のせいで俺の制服ちょっと焦げ臭くなってるから、それでもいいならだけど」

「うん、うん! 全然OKだよ! ありがとね、キンちゃん!」

「どういたしまして」

 

 白雪をヒョイと背負ったキンジは先を行くアリアの後を追う。会話が途切れた二人は何も話さない。しかし。居心地の悪い沈黙ではない。白雪の体に負荷がかからないように気を遣いながら歩くキンジと、キンジを全面的に信頼して体重を預ける白雪。二人の間にはかつて人工なぎさで花火大会の開始を待っていた時のような穏やかな空気が流れていた。

 

「……帰るぞ、ユッキー。楽しい武偵高ライフがお待ちかねだ」

「――うん!」

 

 ふとキンジが思いついたように放った言葉に、白雪はニッコリと晴れやかな笑みを浮かべて一つうなずく。かくして。ジャンヌ・ダルク30世による星伽白雪誘拐未遂事件は幕を閉じた。そして。この一件を経て、何かにつけて諦めてばかりの人生を送ってきた少女は自らの意思を持って足掻くことの大切さを知ったのだった。

 

「ただいま、キンちゃん」

「おかえり、ユッキー」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 あれから。ジャンヌ・ダルク30世による星伽白雪誘拐事件が未遂に終わってから、2日が経過した。その間、俺や俺の周りでは色々と物事が処理されていった。折角なので、記憶の整理がてら振り返ってみようと思う。

 

 

 まずは魔剣ことジャンヌ・ダルク30世の身柄について。俺たちが協力して捕獲したジャンヌは、警視庁と東京武偵局との取り決めに従って、まず手始めに尋問科(ダギュラ)の綴先生の元に引き渡された。その際、「ククッ、我が貴様ごときに話すことなどありはしない」などと言って絶対に敵に回してはいけない人物相手に積極的に煽っていくスタイルを採用していたジャンヌと、「んー。折角やし、ついこないだ中空知さんに勧められた新しい拷問方法の実験台第一号になってもらおうかな?」とニッコリ笑顔で口にする綴先生の姿が印象的だった。

 

 尋問科顧問たる綴先生による尋問の辛辣さ及びエグさをよく知っている身としては、一度ジャンヌの号泣シーンを見てしまった身としては、これからジャンヌに襲いかかるであろう展開を推測するだけで思わず同情の念を抱いてしまう。だけど、俺にはせめてジャンヌが精神崩壊しないよう祈ることしかできない。現実は非情である。

 

 ジャンヌ・ダルク30世。とりあえず、強く生きてほしい。そして、変に意地を張らないで早めに屈服した方が身のためだと速やかに理解してほしい。世の中にはいくら抵抗しようとどうしようもないことだってあるのだから。

 

 

 次は単位について。超偵ばかり狙う誘拐魔の逮捕という形でユッキー護衛の任務を終えた俺とアリアだったが、当初綴先生が提示した報酬としての1単位をそのままもらうことは叶わなかった。一時とはいえ護衛対象を危険にさらしてしまったことで単位が減らされたのだ。

 

 まぁこれは当然の処置だ。最終的にユッキーを助けられたから良かったものの、下手したら完全に手遅れになっていたのだから。武偵高の教師という職務柄、終わり良ければ全て良し、なんて言葉で今回の一連の事態を片づけるわけにはいかなかったのだろう。

 

 それでも、俺とアリアが何とかユッキーを連れ戻せたこととジャンヌを逮捕したことを評価して0.7単位をくれただけでも非常にありがたい。何せ、これで俺は二学期突入までにあと0.5単位を取得するだけで無事に進級できるようになったのだから。別に単位のために今回の依頼を頑張ったわけではないが、これは純粋に嬉しかった。この一件で気前よく単位をくれた綴先生に対する好感度がグーンと上昇したのは言うまでもない。

 

 

 続いて、今回ジャンヌとの戦闘の舞台となった地下倉庫について。地下倉庫は俺たちの戦いに巻き込まれたせいで、地下7階に保管されていた火薬爆薬の山と地下6階に鎮座されていたコンピュータ群が一部の運良く助かったモノを除いて全滅した。さらに。白雪の放った緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)がよほどの威力だったために地下3階にまで被害が及び、その被害総額たるや相当なものになったらしい。

 

 結果。財政的に深い痛手を負った武偵高サイドはその莫大な額を全額ジャンヌに払わせることにしたそうな。まぁ、地下7階の火薬類が総じてダメになったのはジャンヌが地下7階に海水を流し込むという暴挙に打って出たのが原因だと考えると、この判断はある意味で順当といえる。その他の被害は7割方ユッキーの責任なのだが、そこは犯罪を犯した方が悪いということでジャンヌに残酷な現実を受け入れてもらう他ないだろう。ユッキーにはお金に苦労する人生なんて送ってもらいたくないしな。

 

 しかし。いくらイ・ウーの一員として裏社会に生きる人間とはいえ、はたしてジャンヌが押しつけられた負債を全額清算できるほどにお金を持っているのかは甚だ疑問である。もしもジャンヌが日頃から金使いの荒い人間で今現在手元に纏まった額のお金を残していないのだとしたら、気の遠くなるような額の借金を背負うことになるのかもしれない。……重要なことだからもう一度くらい祈っておくか。ジャンヌ・ダルク30世。とりあえず、強く生きてほしい。

 

 

 あと、ジャンヌの電撃を思いっきり喰らってしまった俺だったが、怪我は大したことなかった。何らかの行動を起こす度に体のあちこちが痛みを訴えこそしたものの、幸いにも入院を必要とするレベルではなかったらしい。加えて、ユッキーがちょくちょく能力を使って回復してくれたために怪我はすぐに完治した。ユッキーの能力様々である。ちなみに。戦闘中に頭を強く打ってしまったということでアリアも念のために病院で検査をしてもらったのだが、何かしらの障害が!? ……何てことはなかった。無事で何よりである。

 

 そして。諦めることを止めて久々にやる気を出し、ジャンヌと対等に渡り合うために本気で暴れ回ったユッキーはというと、あの戦闘の後に酷い筋肉痛を発症し、寝込むことになった。普段はダラダラ~っと生きているユッキーなだけに、これは当然の結実と言えよう。むしろ、普段のあの体たらくでよく戦闘中にあれだけ機敏に動けたものだ。あれも星伽巫女補正の賜物なのだとしたら末恐ろしい限りである。

 

 

 ……まぁ、こんな所か。で、そんなこんなでアドシアード最終日。未だ筋肉痛から解放されていないために時折「あぅぅ……」とか「ぅうぃ……」とか「ぃえぁ……」などと奇妙なうめき声を上げるユッキーを背負って俺がやって来た場所は、アドシアードの閉会式が行われる会場である。キョロキョロと視線をさまよわせてようやく席が二人分空いている場所を見つけた俺はユッキーを下ろし、その隣に腰を下ろす。と、その時。4人の男子生徒で構成されたバンドが派手に演奏を始める。今まさにアリアの晴れ舞台が始まろうとしていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 ――時は少々さかのぼる。

 

 

「なッ……!?」

 

 綴に連れられ、とある一室へとやって来たジャンヌは絶句した。いや、面食らったといった方が正しいか。その部屋は時計だらけだった。全面ガラス張りの広い部屋。上を見ても時計。下を見ても時計。右を見ても時計。左を見ても時計。時計時計時計。辺り一面時計一色。どこを見ても時計ばかりの世界。もはや驚かない方が無理な部屋だ。見た所、主に存在するのは鳩時計と掛け時計、腕時計、デジタル時計の4種類のようだ。

 

「何だ……この異質な部屋は?」

「ここはな、尋問科Sランクの中空知さん考案のおニューの尋問部屋や。中空知さん曰く『時計部屋』やってさ。……さて。今からここで貴女が持ってる情報、洗いざらい吐いてもらうから。覚悟してや、ダルクさん」

 

 形や大きさがバラバラな時計だらけの部屋を見渡し、わなわなといった風に疑問の声を漏らすジャンヌに背後から綴が軽く説明する。それから綴はジャンヌに向けてニンマリと笑みを見せる。綴をよく知る者であれば一目散に綴から逃走するであろう微笑みだ。

 

「クッ、ククッ。何を言うかと思えば……銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たるこの我が貴様の尋問に屈するとでも思っているのか?」

「お、さっきも思ったけど随分と自信満々やなぁ。ま、威勢がええのはええことや。でも、あらかじめ言っとくけど……早めにリタイアした方がええよ? これ、下手したらホンマに気が狂いかねへんから」

「む? どういう意味だ?」

「そのまんまの意味や。何せ、やたら尋問方面に特化した中空知さんが言うには、この時計部屋は『人を手っ取り早く狂わせる』をコンセプトにした部屋らしいからなぁ。かく言ううちもこの部屋の概要を聞いた時はこれからこの部屋の被害者になるだろう人たちに思わず同情したもんや」

「人を手っ取り早く狂わせる、か。……クククッ、中々面白そうではないか」

 

 ジャンヌは綴の言葉に肩をフルフルと揺らして不敵な笑みを浮かべる。しかし。綴はわずかながら震えているジャンヌの声色から、ジャンヌがこれから自分がどうなるのかについて不安を覚えていることに目ざとく気づいた。

 

(ま、その気持ちはようわかるよ、ダルクさん。人間ってのは未知のものが怖くて怖くて仕方あらへん生き物やもん。ましてや、今のダルクさんは武器も超能力(ステルス)も使えへんしなぁ……)

「そんじゃ、早速尋問……あ、あー、そういや今日は色々と大事な用事が立て込んどるんやった。うちとしたことが、すっかり忘れとったわ」

「?」

「仕方あらへん。尋問は明日に延期や。それまでの間、ダルクさんはここに待機しときぃ」

「ッ!? 待て、ちょっと待て!? こんなキチガイ染みた部屋で我を一日待たせる気か、貴様は!?」

「大丈夫大丈夫。飲食物はそこのテーブルの上にちゃんとあるし、トイレもそこの金の鳩時計の所にあるから。安心してや、ダルクさん」

「そういう問題じゃ――」

「ほな、また明日」

 

 必死さの伺えるジャンヌの制止の声を無視して綴は時計部屋を退出し、鍵を閉める。この瞬間、ジャンヌは多種多様の時計がひしめく異様極まりない部屋に一人取り残された。それから、きっかり1分後。何の前触れもなしに一つの時計が、時を刻み始める。それを契機に上下左右の全ての時計が連鎖的に時を刻み始めた。

 

「ッ!?」

 

 ジャンヌは今まで止まっていた時計の秒針が動き出したことにビクリと肩を震わせて周囲に警戒の眼差しを向けるも、何も起こらない。ただ時計の秒針が一定の速度で音を立てて動くだけだ。

 

「な、何だ。この程度か……『人を手っ取り早く狂わせる部屋』などと言うから何が起こるかと思えば、ただ時計が動くだけか。思ったより大したことないな。むしろ拍子抜けだ。この分だと、我の心配は杞憂だったようだな。クッハハハッハハハハハハッ!」

 

 しばらく警戒し続けていても何も変化が起こらないことにホッと安堵の息を零したジャンヌは心の底から哄笑する。その間も針時計の秒針がチッチッと動く音が継続的に響く。デジタル時計が一秒ごとにピッピッと機械音を上げる。それぞれの時間が微妙に合っていないのか、秒針の動く音が折り重なって不協和音を奏でる。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい……」

 

 ジャンヌの状態に変化が訪れたのは数十分後のことだった。時計の秒針が各々音を立てて動く中、ジャンヌはあまりの不快さに眉を潜めていた。ふと鳴り続ける秒針の音を煩わしく感じてからというもの、ジャンヌは秒針の音が気になって気になって仕方なくなってしまったのだ。何か思考をしようにも、秒針の音がそれを巧みに阻害する。あたかも頭の中を箸か何かでぐちゃぐちゃにかき回されているみたいで、気持ち悪かった。気味が悪かった。

 

 それからしばらくして。ジャンヌは耳障りな時計の音を止めようと手当たり次第に時計の電池を抜いて機能を停止させたり時計を投げ飛ばして壊していく。だがしかし。無限と言っていいほどに時計の存在するこの時計部屋において、ジャンヌの抵抗は焼け石に水に過ぎなかった。

 

(何もッ、考えられない。今は何時だ? あれからどれくらい時間が経った? 明日っていつだ? ……我はあと、どれだけ耐えればいいのだ? わからない。わからないッ――)

「うぅぅ――あああああああああああああああああああ!!」

 

 終わりの見えない状況に耐え切れず、ジャンヌは遂に喉から声を上げる。ギュッと目を閉じて視界から時計をシャットダウンし、両手で耳を塞いで床を転げ回る。しかし。不協和音は止まらない。それどころか徐々に音量が大きくなっているようにすら感じられる。加えて。目を閉じているにもかかわらず、ジャンヌのまぶたの裏に時計がくっついたまま離れてくれない。それら一つ一つがじわりじわりと確実にジャンヌの精神を破滅へと追い込んでいく。ジャンヌ陥落はもはや時間の問題と化していた。

 

(頼む、止まれ! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!! 何でもいいから止まってくれ! もう嫌だ! 時計の音なんか聞きたくない! 誰かッ、誰か助けてくれ! 止めてくれたら何でもするから――)

 

 ジャンヌはガンガンと脳内に響き渡る時計の不協和音を前に時計の音が止まることを切に願う。だが、そんなジャンヌをあざ笑うかのように、ジャンヌに追い打ちをかけるように、無駄に大量に置かれてある時計たちの目覚まし機能が一気に起動した。

 

「~~~ッ!?」

 

 部屋にこだまするアラーム音という名の爆音。予想だにしなかったまさかの事態にジャンヌはガッと目を見開くとともに声にならない悲鳴を上げた。

 

 

「……ホンマ、えげつなさが半端やないなぁ。さっすが、安心と信頼の中空知さんクオリティやで」

 

 そして。同時刻にて、ジャンヌが精神崩壊への道を着々と歩む様を別室のモニターから眺めていた綴は若干引きつった表情で本音を漏らすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 数時間後。綴は時計部屋から絶賛気絶中のジャンヌを回収し、尋問を開始した。その際、綴の「またあの時計部屋に放り込んでもええんよ?」との一言だけでジャンヌは己の持つ情報の隠ぺいを完全に放棄し、綴から聞かれたことに対して正直に答えていったのだとか。哀れジャンヌ。

 




キンジ→白雪と何だかいい感じになってる熱血キャラ。主人公してるとも言う。
アリア→今回、たった16文字しか話さなかった子。これでも一応メインヒロインである。
白雪→キンジにおんぶしてもらった怠惰巫女。その際、ちゃっかり「あててんのよ」を実行しているものの、キンジの卓逸したスルースキルの前では効果が見られなかった模様。
ジャンヌ→中空知さん考案の時計部屋の記念すべき犠牲者第一号。武偵高から莫大な借金を背負わされた実に哀れな子でもある。とりあえず、強く生きてほしい。
綴先生→エセ関西弁かつ既婚者な尋問科(ダギュラ)顧問。同じ尋問科(ダギュラ)のよしみで中空知さんと結構仲が良かったりする。

Q.なんで今回はおまけがないんですか?
A.ジャンヌちゃん時計部屋送りのネタが元々おまけ用だったからです。思ったより文字数が増えたということで本編に昇格させた弊害ですね、すみません。

 ということで、第二章エピローグの前半部分たる56話終了です。……それにしても、ここ最近、おまけのネタが全然浮かばないんですよねぇ。ここ7,8話のおまけのネタもあくまで随分前に思いついたのを忘れない内にとメモってた奴ですし、どこかにネタ転がってないかなぁ……。


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57.熱血キンジと第二章エピローグ(2)


 どうも、ふぁもにかです。今回は文字数少なめな感じとなっています。それにしても、文字数が少ないけれど更新速度が若干早くなるのと文字数はそれなりに多いけれど更新速度が亀のようになるの、読者が好むのってどっちなんでしょうかねぇ……。



 

 4人組の男子生徒による演奏を契機として、アドシアード閉会式に伴うアル=カタが開始された。演奏開始から少々遅れる形でステージ上に躍り出た、黒を基調としたコスチュームを着たチアガール姿の女生徒たちはそれぞれ華麗な演武を披露し始める。もちろん、その中にはポンポンを両手に装備したアリアも混ざっている。キンジと白雪の座る観客席からも、他のスタイル抜群なチアガールたちの中でチラチラとアリアの桃髪ツインテールが見え隠れしているのがよくわかる。

 

「キンちゃんキンちゃん! ちゃんとアーちゃんの勇姿、録画してる!?」

「大丈夫だ、問題ない」

「間違って別の子撮ったりなんかしてないよね!? 大丈夫だよね!? ホントに大丈夫だよね?」

「大丈夫だって言ってるだろ? つーか、誰がそんなバカな真似するかよ」

 

 チアガール姿の女子陣によるアル=カタが始まった瞬間やけにハイテンションになった白雪とあたかも我が子の晴れ舞台をきっちり録画しようとする若い夫婦のようなやり取りをしつつ、キンジはアリアの姿をビデオカメラに収める。ついさっきまで尋常じゃない筋肉痛の影響で軽くグロッキー状態になっていたのがウソのようなはしゃぎっぷりを見せる白雪をしり目に。

 

 ところで。なぜキンジがアリアのチアガール姿を録画しているのかというと、単に白雪が後でアリアの姿を鑑賞したいとの願望を持っていたからだ。決してキンジにやましい感情があったからではない。ちなみに。白雪が自力で撮ろうとせずにキンジに録画の役目を任せているのは例のごとく、面倒だからである。尤も、当のアリアは現在進行形で自身の一挙手一投足をきっちり撮られていることを知らないのだが。

 

「で、でも――」

「俺はアリアのパートナーだぞ? 万が一にも見間違いなんてあり得ない。しっかり撮ってるから安心しろ」

「……あーい」

 

 よほどアリアの晴れ舞台を動画に残しておきたいのか、白雪は何度も念を押して確認しようとする。対するキンジは不安の色を浮かべたままの白雪に若干投げやりに言葉を紡ぐ。そんなに心配なら自分で撮ればいいのにとの思いを胸の内に封印しつつ。

 

(それに、アリアは目立つからな)

 

 そう。この状況下において、アリアはよく目立つ。アリアとともに舞い踊る特徴的な桃髪ツインテールもそうだが、最もよく目立つのはアリアの体格だ。

 

 ただでさえアリアの体型は小学生並みだから武偵高の防弾制服を着ているだけでも割と目立つというのに、今回は大なり小なり己のスタイルに自信を持った上でチアガールに立候補した女性たちと混じってのチアガールなアリアである。女性として恵まれた体型を持つチアガール勢の中から幼児体型の女の子一人を見間違えずに探し出すことなんて簡単――ッ!?

 

(い、今、何かアリアに思いっきり睨まれたような……気のせいか?)

 

 うん。そうだ。気のせいだ。俺のことをおぞましいことこの上ない表情でギンと睨みつけてくるアリアなんていなかった。そうに違いない。無意識の内に自分にとって非常に都合のいい展開を真実と思い込んだキンジは背筋を走る寒気を振り払うように頭をブンブンと振ると、そのままアリアの撮影(※盗撮とも言う)を続行する。

 

「えへへ~♪ アーちゃん、可愛い。超可愛い♪」

 

 そんなキンジの様子などいざ知らず、白雪は足をパタパタと振り子のごとく振りながらだらけきった笑みを浮かべている。その緩んだ表情とは裏腹にアリアの動作を一つたりとも見逃すつもりはないらしく、白雪の瞳はアリアを追って右へ左へとしきりに動いている。

 

(楽しそうだな、アリア)

 

 キンジも白雪を倣って、全身全霊を込めて演武を披露するアリアを見やる。生き生きとした表情で洗練された無駄のない動きを見せるアリアの姿。可憐な踊り子のようで、しかしそれでいて戦士の鋭さをも内包したアリアの姿。キンジはまるでアリアの全身がキラキラと輝いているような錯覚を覚えた。

 

 

――アリア。私のこともいいが、あまり自分の幸せを疎かにするなよ。高校生なんてあっという間に終わっちまうんだ。今のうちに思い出をたくさん作っておけ。その一つ一つが後のアリアの力になってくれる。大切なことは一見無駄に思えるようなことの中にあるって相場が決まってんだからさ、な?

 

 

 と、その時。キンジはふと思い出した。アリアのこういった純粋に学校生活を楽しむ姿を自分の目で一番見ていたかったであろう人の含蓄ある言葉を。

 

「……要するに、こういうのの積み重ねが大事ってことでいいのかな?」

 

 キンジはアリアの姿を眺めながら、しみじみと呟く。と、ここで。キンジと白雪の姿を捉えたらしいアリアがこちらに向けてさりげなく手を振ってくる。合図を送ってきたアリアにキンジはフッと笑みを零すと、ビデオカメラを持ってない方の手でヒラヒラと手を振り返す。

 

 その一方。白雪は「眼福眼福♪」と微笑ましいものを見る目つきでアリアを見つめるものの、一切手を振り返そうとはしなかった。アリアへと手を振ることすら面倒なのだろう。どうやらユッキーの重度のめんどくさがり屋症候群がここでも発動したようだ。

 

「ん?」

 

 と、刹那。キンジは自身へとピンポイントで向けられた視線を感じた。そこに敵意や害意、嫌悪に憎悪といった負の感情はない。かといって、好意や慈愛に恋慕といった正の感情もない。言うなれば、ただ淡々と注がれる眼差し。しかし。単調に向けられているにしては、やけに万感の思いが込められている眼差し。そのどこか不思議な視線を、キンジはチアガールをやっている誰かから向けられたような気がした。

 

「……」

 

 キンジは一旦アリアから視線を外すとそれぞれ楽しく踊っているチアガールたち全員を俯瞰する。まんべんなく注意を向ける。しかし、もうキンジに奇妙な視線を投げかける者はいない。

 

(これも、気のせい……なのか?)

 

 キンジはほんの一瞬だけ誰かから視線を感じたことについて気のせいだとの結論を下して納得しようとするも、なぜか釈然としなかった。強襲科(アサルト)Sランクの第六感がキンジにあたかものどに小骨が引っかかったような違和感を感じさせていた。

 

「キンちゃん? どうしたの?」

「え、あぁ、いや、何でもない」

「だいじょーぶ? ボーッとしてたけど」

「あぁ、大丈夫だ」

「? そう? ならいいけど」

 

 白雪につんつんと肩をつつかれたことで我に返ったキンジは自分に視線を向けてきた人物の特定を止めることにした。いつまでもわからないことを気にしていても始まらない、今はこのアドシアードの見せ物を楽しまないと損だと、キンジは首を軽く左右に振って先ほど感じた違和感を脳裏から完全に払拭する。

 

 雲一つない晴天の空の下。キンジたち観客の視線が注がれる中。チアガールの少女たちは両手のポンポンを空高く投げ飛ばすと、ポンポンの中に隠していた銃で宙を舞うポンポンをバンバン撃っていく。いかにも武偵高らしい演出だ。

 

 と、直後。キンジの隣を弾丸が通過したかと思うと、キンジの耳元に爆裂音が響き、キンジの手に衝撃が走った。無言のまま、キンジが目だけで衝撃の元へと目を向けるとそこには見るも無残なガラクタと化したビデオカメラの姿があった。

 

(……やっぱりこうなったか。アリアならやると思った)

 

 しかし、キンジは驚かない。アリアから手を振られた時点で、アリアに自身の持つビデオカメラの存在を認知された時点で、他のチアガールたちが一斉に発砲するこのタイミングを狙ってアリアが銃弾でビデオカメラを破壊してくるだろうことを想定していたキンジに隙はないのである。 

 

「あ!? ぁぁぁああああああ!? わ、私のビデちゃんMk-Ⅱ5号機がぁぁぁああああああああ!? え、ちょっ、なんで!? どうしてこんなことに――」

 

 アリアがビデオカメラを撃ち抜いたことを知らない白雪がビデオカメラの残骸を手に悲鳴を上げる中、アドシアードの最後の締めとして、高度な演武を披露したチアガールたちへの祝福の意味合いを含めた上で、舞台にセットされていた銀紙の紙吹雪がヒラヒラと盛大に舞う。美少女ぞろいのチアガール勢と銀糸の紙吹雪。この2点セットは観客たちにどこか幻想的なものを感じさせた。

 

 ヒラリヒラリと舞い降りる紙吹雪に包まれながら。全力でチアガールを楽しんだのか、満足そうな表情でうなずくアリアを見つめて、キンジはふぅとため息をついた。それはまるでつかの間の日常を噛みしめるかのような吐息だった。この時。キンジは何気にヒステリアモードの時に似た微笑みを浮かべていたのだが、それを本人が知ることはなかった。

 

(――さて。まずはアリアにどう言い訳するかだな。事前に許可取ったならともかく、無断で撮影してたもんな。それにあのアリアなら十中八九俺が盗撮したって考えてるだろうし、どうやって切り抜けたものか……)

 

 キンジは無意識の内に異性を十分に魅了できるであろう笑みを見せる一方、半ば達観した思考で必死に考えを巡らせる。修羅を宿したアリアによってヘンタイ扱いされて風穴を開けられるという最悪の未来を回避するため、キンジはアリアの暴走を止めるにたる言い訳作りに励む。何とも平和な一時のことだった。

 




キンジ→白雪からのお願いでチアガールなアリアを撮影していた熱血キャラ。アリアの思考回路について大体理解できるようになっている模様。誰かに見られていたようだけど……?
アリア→チアガールに励みながらさりげなくビデオカメラを撃ち抜くという、まさに才能の無駄遣いをやってのけた子。
白雪→愛しのビデちゃんMk-Ⅱ5号機が破壊されたことにショックを受けた怠惰巫女。ハイテンションながらも一応筋肉痛に苛まれている。

キンジ「よし。かなえさんにアリアの撮影を頼まれたってことにしよう(←キリッ)」
修羅アリア「遺言はそれだけですか?」
キンジ「い、いつの間に……(←冷や汗ダラダラ)」
修羅アリア「己の欲望の赴くままにチアガール姿の女子を盗撮しただけに飽きたらず、お母さんを利用しようとするとは……堕ちたものですね、キンジ(←光の消えた眼差しを向けつつ)」
キンジ「――ッ(←キンジは逃げ出した!)」
修羅アリア「風穴の時間です、キンジ。楽に死ねると思わないでくださいね?(←残念! 修羅アリアからは逃げられない!)」

 というわけで、とりあえずキンジくん目線のエピローグは今回までで終了です。あとは1~2話使って他者目線のエピローグをパパッと執筆すれば、晴れて原作三巻突入です。あくまで予定ですけど。……ユッキー退場とビビりこりん入場の時が本格的に近くなってきましたね、ええ。


 ~おまけ(ネタ:ここのキンジたちにリボーン風の役割を与えてみるテスト)~

・ネオバスカービルファミリー

大空の守護者:遠山キンジ
キンジ「全てに染まりつつ全てを飲み込み包容する大空、か。……そういうの、柄じゃないんだけどなぁ(←ため息混じりに)」

嵐の守護者:レキ
レキ「荒々しく吹き荒れる疾風。常に攻撃の核となり、休むことのない怒濤の嵐。ふむ。これはつまり、強そうな相手には敵味方構わず勝負を仕掛けていいということですか?(←無表情の一方で目を爛々と輝かせながら)」

雨の守護者:神崎・H・アリア
「戦いを清算し、流れた血を洗い流す鎮魂歌(レクイエム)の雨……って、何ですかこれ?(←首を傾げつつ)」

雷の守護者:ジャンヌ・ダルク30世
「激しい一撃を秘めた雷電、か。……クククッ。我にピッタリの役割ではないか。尤も、遠山麓公キンジルバーナードがボスなのは気にくわんがな(←得意げに腕を組みつつ)」

晴の守護者:峰理子リュパン4世
「ファミリーを襲う逆境を自らの肉体で砕き、明るく照らす日輪……って、え、ぅぇええ!? ちょっ、肉体言語とか無理! ボク無理だよ!? 荷が重すぎるよッ!? 誰か他の人に代わってほしいんだけどぉぉぉおおおお!?(←涙目でわたわたしながら)」

雲の守護者:星伽白雪
「何ものにもとらわれることなく、独自の立場からファミリーを守護する孤高の浮雲……ってことは、家でゴロゴロしててもいいってことだよね!? ね!?(←名案を思いついたと言わんばかりの表情で)」

霧の守護者:風魔陽菜
「無いものを存るものとし、存るものを無いものとすることで敵を惑わし、ファミリーの実態をつかませないまやかしの幻影……なるほど。要するに拙者はSHINOBIとして、ジョークで敵を翻弄すればいいでござるな?(←晴れやかな笑みを浮かべつつ)」

 家庭教師ヒットマンらんらん、始まりませんよ?






 ……ジャンヌに雷の超能力(ステルス)を付加したのはこのネタがやりたかった(リボーンに雪の守護者いなかったし)からだったり……あ、ゲフンゲフン、いやなんでもないです。


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58.幕間:悩める彼女と揺れる心情


??「思ったより出番早かったわね。もう20~30話あとになってからだと思ってたわ」

 どうも、ふぁもにかです。今回はいつぞやのジャンヌに引き続き、あのお方のフライング出場の巻です。全体的にシリアス風味ですので、あしからず。

 にしても、ここハーメルンも随分作品数が増えましたね。もうすぐ1万作品突破とか、私がここに来たばっかりの頃は1500作品ぐらいしかなかったというのに……(←懐古中)
 元々読み専だったふぁもにかとしては嬉しい限りですよ、ホント。



 

 アドシアードの閉会式が何事もなく終了した後。東京武偵高から退出していく人々の中に、一人の女性がいた。いや、女性と見間違うほどに見目麗しい人間がいたといった方が正しいか。とにかく、まるで高名な芸術家が全力を上げて作り上げた名画から飛び出て来たかのような容姿をした人間がいた。

 

 彼女は先のアドシアードの閉会式でチアガールの役目を担った人物の一人である。しかしながら、彼女はそもそもここ、東京武偵高の生徒ではない。というか、その正体はイ・ウーの構成員である。つまり、彼女は本来チアガールをできるはずのない完全なイレギュラーであり、セキュリティの問題上真っ先に会場から排除されるであろう存在だ。

 

 そんな彼女がなぜチアガールとしてアドシアードの閉会式に参加できたのかというと、偏に彼女が事前にチアガールの一人をこっそり昏倒させてロッカーに放り込み、他のチアガールに紛れ込んでいたからだ。哀れ、ロッカーの女生徒。

 

「ふぅ、中々貴重で有意義な時間だったわ。キンジも元気そうだったし……ここに来たのは正解だったみたいね」

 

 ここの所、彼女はイ・ウーの一員として様々な任務をこなしてきた。それは間違っても表の世界の住人には言いふらせない類いの任務だ。汚れ仕事とも言う。しかも、それらは彼女の所属する組織の頂点に君臨する教授(プロフェシオン)直々の依頼だったために、彼女はそれらを無下にすることも手を抜くこともできなかったのだ。

 

 そもそも、彼女はいずれ巨大犯罪組織たるイ・ウーを内側から壊滅させるために単独でイ・ウーへと潜入した人間である。そのため、イ・ウーが自滅の道をたどる取っ掛かりを見つける時まで、しかるべき時が来るまで、彼女は少しでも教授(プロフェシオン)の信頼を勝ち取っておく必要があったのだ。一度自身に対して疑念が生まれれば内心を悟られるかもしれない以上、教授(プロフェシオン)の言葉に逆らうことはしてはいけなかったのだ。

 

 結果。彼女は依頼こそしっかり完遂するも、その心はすっかり荒れ果ててしまっていた。長い精神的な葛藤を経て、誰一人犠牲にせずにあらゆる物事を解決する『義』から最小限の犠牲で最高の結果を掴み取る『義』に方針転換こそしたものの、だからといって彼女が人殺しや拷問といった非人道的な行いを平然とできるようになったわけではないのだ。

 

 彼女が教授(プロフェシオン)の信頼を得るために非人道的な依頼をこなす度に、彼女の弟の姿が思い浮かぶ。自身を目標にして、ただひたすら無邪気に頑張っていた弟の姿が脳裏をよぎる。その度に彼女は良心の呵責に苛まれてしまうのだ。

 

 最小の犠牲をやむを得ないものと切り捨てる決意をした時点で、彼女は切り捨てられた側から恨まれてもいいと思っていた。呪ってくれて構わないと思っていた。切り捨てられた人たちの恨みつらみを一手に引き受ける覚悟をした上で彼女は己の信条を変更したのだから。

 

 だけど。弟だけは。弟だけには嫌われたくない。失望されたくない。見放されたくない。いつまでも自分を好意的な眼差しで見てほしい。そのような恐怖の感情が彼女に非人道的行いを躊躇させる最後の柱となっていた。

 

 良心の呵責に苦しみ、精神をすり減らす日々。そんな中。彼女はふと、昔のことを思い出した。様々な心情を持つ人と出会って一緒に過ごした場所――東京武偵高校――のことを。なぜかは彼女にもわからない。けれど、思い出した途端に彼女は急に恋しくなった。この目でもう一度己の母校を拝んでおきたくなった。

 

 その最中、偶然にも彼女の休暇とアドシアードの期間が被ったのだ。アドシアード期間中は人の出入りが激しいため、武偵高に侵入してもそれが発覚する確率は著しく低い。少しばかり不審な行動を取った所で不自然だとは思われないだろう。まさに降って湧いたような願ってもない好機。これを逃さない手などなかった。

 

 そうして。彼女は同じくイ・ウーの一員たる峰理子リュパン四世から教わった高度な変装術を施した上で武偵高に侵入し、武偵高の生徒たちを怪しまれない程度に観察しながら自分にもこんな時期があったなどと過去を懐かしんだ。と、そこで。ふとチアガールやりたいとの願望を抱いた彼女は感情の赴くままにチアガールの服を持った女子生徒を一人拉致ってロッカーに閉じ込め、再び変装術でロッカーの女生徒とそっくりな容貌を作り出す。そして、日頃のストレスを晴らすように純粋にチアガールを楽しみ、今に至るというわけだ。

 

 久しぶりの武偵高。久しぶりのアドシアード。それは彼女にとって非常に懐かしく、また楽しいものだった。活気に沸く武偵高の雰囲気を直接肌で感じた彼女はここしばらく縁のなかった幸せを感じることができていた。何かが満たされるような気がしていた。

 

 チアガールをやっている時に偶然にも弟:遠山キンジの姿を見つけられたことも彼女にとって僥倖だった。アンベリール号沈没事故で自分が死んだと知らせを受けてショックで立ち直れなくなっているのではないかと常々心配していた彼女なだけに、以前見た時と何ら変わらぬ雰囲気漂う弟の姿を確認できたことは今回の武偵高潜入において最大の収穫だった。

 

(……それにしても、キンジはどうしてああなってしまったの? 悪いお友達でもできたのかしら? 友達選びは慎重になってもなり過ぎることはないってあれほど言い含めておいたのに)

 

 尤も。彼女が視認した弟は、思い思いに踊るチアガールたちをいかにも高性能そうなビデオカメラで撮影するというヘンタイ行為を働いていたのだが。その衝撃的事実に彼女は何気にショックを受けたものの、年相応の男の子ならあれぐらいむしろ当たり前だと彼女は無理やり納得した。そうでもしないとやってられないのだ。

 

(機会があれば、キンジの悪いお友達をこっそり社会的に排除した方が良さそうね。キンジの害にしかならないお友達なんていらないもの)

 

 とはいえ、納得したからといって現状をそのまま黙認できる彼女ではないのか、彼女はフフフッと黒い笑みを浮かべる。彼女の弟への愛情の深さを舐めてはいけないのである。

 

 

 けれど、その一方。彼女は同時に言いようのない虚しさをも感じていた。彼ら武偵高の生徒たちは武偵法9条に従って人を殺していない。片や自分はそれなりの数の人を殺してきた立派な犯罪者。その差はあまりにも大きく果てしない。もはや取り返しのつかない、絶対的な差。今回武偵高に足を踏み入れたことで、彼女はその差をまざまざと実感させられた。

 

(もう、私はあの頃には戻れない……)

 

 義のために。己の目的を達成するために。9人を助けて1人を切り捨てる道を歩み始めた彼女には。90人を助けるために10人を殺す道を歩み始めた彼女には。900人を助けるために100人を犠牲にする道を歩み始めた彼女には。

 

 もう、後ろを振り向く資格はない。彼らの先駆者たる資格はない。彼らとともに歩む権利はない。ただ、どこまでも犯罪者らしく深淵へと堕ちていくだけだ。

 

 イ・ウーを潰すために仕方なく、なんて言い訳を彼女はできない。イ・ウーなんてものがなくても、遅かれ早かれ彼女は最小限の犠牲の存在を黙殺する考えに至っていたことだろうから。そのことを彼女はイ・ウーでの日々で否応もなく理解させられたから。

 

 そもそも無理難題だったのだ。人間にできることにはもとより限りがある。完璧超人でも神様でもない、ただほんの少し他人より優れてるってだけの人間が敵味方関係なくすべての人を救う形で事態を収束させるなんて理想を抱くこと自体がおこがましかったのだ。

 

 そのような考え方にシフトしたからだろうか。彼女の目には武偵高で過ごす生徒たちの姿がとても輝いて見えた。大なり小なり己の無限の可能性を信じて日々邁進している彼らの姿がとても羨ましく感じられた。憎たらしく見えた。

 

(けれど、私は止まらない。そう、決めたから――)

「さて。近い内に決めないといけないわね……あの子、神崎・H・アリアを殺すかどうか」

 

 彼女は今日この目に収めた武偵高生徒たちの姿を脳裏から振り払うと、ボソリと物騒極まりない言葉を口にする。今回、彼女が武偵高に潜入しチアガールとしての役割をこなしていたのはただただ気晴らしに遊ぶためだけではない。実の所、神崎・H・アリアという存在を間近で観察するという目的もあったのだ。

 

 彼女の目から見た神崎・H・アリアは凛とした日本刀のような印象だった。身のこなしには無駄がないし、キレもある。現時点でこの実力なら、磨けば相当な逸材になるだろう。だが、所詮それだけだ。いくら神崎・H・アリアが類いまれなる才を持つ非凡の身であっても、とてもイ・ウーの今後を大きく左右するキーパーソンには見えなかった。とてもイ・ウーの連中を束ねていけるとは思えなかった。

 

 けれど、彼女にとって神崎・H・アリアとはやっと見つけたイ・ウー壊滅への取っ掛かりなのだ。寿命を迎えようとしている教授(プロフェシオン)の後釜として研鑽派(ダイオ)は神崎・H・アリアに狙いを定めている。その神崎・H・アリアを教授(プロフェシオン)の死と同時期に殺してしまえばイ・ウーを継ぐ者はいなくなる。正確に表現するなら、イ・ウーを率いていける存在はいなくなる。

 

 元々、イ・ウーは教授(プロフェシオン)のカリスマがあって初めて成り立っていたような無法組織だ。教授(プロフェシオン)が死ねば、神崎・H・アリアが死ねば、イ・ウーは瓦解する。リーダーのいない空白期間を作りさえすれば、それだけでイ・ウーは崩壊する。それほどまでにイ・ウーは脆い組織なのだ。

 

「……私は、どうするべきなのかしらね」

 

 キンジに嫌われたくない。でも、近い内に神崎・H・アリアは殺すべきだ。相反する感情に板挟みされる彼女は苦しげに言葉を紡ぐ。何を優先するべきか。私情か。正義か。そもそも他に方法はないのか。神崎・H・アリアの殺害以外の第二、第三の可能性はないのか。彼女の頭の中では様々な案が浮かんでは消えてを延々と繰り返している。彼女がこのような問答をしたのはこれで何度目だろうか。

 

(ハァ、考えてたらお腹すいてきたわね。神崎・H・アリアの件はひとまず忘れて、何かおやつでも食べましょう。あの件についてはまだ猶予もあるものね。煮詰まった時は気分転換が一番よ)

 

 彼女は悩ましげに眉を潜めつつその場から去っていく。その際、彼女はなるべく大脳に負荷を掛け過ぎないように、ここで己の真面目モードを断ち切って低労力モードへと移行する。刹那。彼女の思考回路は一気に明後日の方向へと向かっていった。

 

(と、今日は何を食べようかしら。シューアイス? シューアイスかしら? さっきからシューアイスの妖精が私にもっと私の虜になれって美形ボイスで囁いてくるものね。10個ぐらい食べようかな? ……いえ、松本屋のももまんもこれが中々美味しいから捨てがたいのよね。ももまん、あのお菓子はやり方次第では世界だって獲れうる逸材だもの。なんでももまんの知名度がそこそこ止まりなのか、理解に苦しむわ。あ、でも最近開店したケーキバイキングの店で色んなケーキを物色するのもよさそうだし、こうなったら食べられるだけ全部食べちゃおうかしら? 甘い物は別腹だってよく言われてるし、お金なんてイ・ウーの活動で無駄に稼いでいるから多少浪費しても何も問題ないものね。でも、そんなことしたら体重がとんでもないことに……ハァ、いくら食べても太らない体質だったらよかったのに、悩ましい限りだわ。……私はどうするべきなのかしらね)

 

 かくして。彼女はまるで空気と一体化したかのようにスッと姿を消していった。悩ましげな表情とともに。結局。彼女はシューアイスを12個平らげることとなるのだが、それはまた別の話。

 




カナ→甘い物ならいくらでも食べられる、弟:キンジ大好きっ子。シューアイスも大好物。カナモードでもきちんとキンジを弟と認識している。カナモードにおける大脳の負担を減らし、カナモード解除時の長い睡眠時間の削減&カナモードの時のより長い期間の活動を可能とするために真面目モードと低労力モード(※キンジは勝手にアホの子モードと名付けている)を使い分けている。なので、二重人格みたくなっている。

 ちゃっかり武偵高に侵入してこっそりチアガールやってたカナさんきゃわわわ。
 というわけで、カナさんのフライング登場回でした。といっても、カナさんに関してはあんまり性格改変していません。その代わり、普段はアホの子でシリアス展開時には真面目になってもらう感じにしました。何か雰囲気的にユッキーと性格被ってる気がしないでもないですけど、その辺は気にしたら負けです。はい。


 ~おまけ(その1 とりあえず身の振り方を考えた方が良さそうな人たち)~

カナ(機会があれば、キンジの悪いお友達をこっそり社会的に排除した方が良さそうね。キンジの害にしかならないお友達なんていらないもの)
武藤「……むッ……(←キンジを自分のオタク趣味へと引きずり込もうと日々画策している人)」
不知火「な、何だ……? 今スゲー寒気したぞ?(←不良やってる人)」
レキ「今の悪寒は、一体……(←何かとキンジに攻撃を仕掛けるバトルジャンキー)」


 ~おまけ(その2 もしもカナさんの好物がちょっとアレだったら)~

カナ(と、今日は何を食べようかしら。ししゃも? ししゃもかしら? さっきからししゃもの妖精が私にもっと私の虜になれって美形ボイスで囁いてくるものね。100本ぐらい食べようかな? ……いえ、松本屋のエリンギもこれが中々美味しいから捨てがたいのよね。エリンギ、あの食材はやり方次第では世界だって獲れうる逸材だもの。なんで松本屋のエリンギの知名度がそこそこ止まりなのか、理解に苦しむわ。あ、でも最近開店したキクラゲバイキングの店で色んなキクラゲを物色するのもよさそうだし、こうなったら食べられるだけ全部食べちゃおうかしら? 自分の好物は別腹だってよく言われてるし、お金なんてイ・ウー(闇の融資)の活動で無駄に稼いでいるから多少浪費しても何も問題ないものね。でも、そんなことしたら体重がとんでもないことに……ハァ、いくら食べても太らない体質だったらよかったのに、悩ましい限りだわ。……私はどうするべきなのかしらね)


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59.幕間:第二章アナザーエピローグ


ももまん「やれやれ、久しぶりの出番だぜぃ。――待たせたな、皆(←キリッ)」

 どうも、ふぁもにかです。今回もキンジくんの出番はありません。前回がキンジくんがヘンタイになってるとカナさんに誤解される話と銘打つならば、今回はキンジくんが知らないうちに物語がうねり始める回、といった感じでしょうかね。そして。今回はある意味で重要極まりないターニングポイント回だったりもします。いやぁー。それにしても、こういう話、物書きの身としては一度は書いてみたかったんですよねぇ♪



 

 星伽白雪が危うく誘拐されかけるというハプニングこそあったものの、結局きちんと最終日を迎えることのできたアドシアード。その数日後。

 

「~♪ ~~~♪」

 

 目的地の体育館裏に向けてアリアはルンルン気分で歩いていた。松本屋の袋を片手に満面の笑みでモグモグとももまんを頬張りつつ、鼻歌混じりに歩みを進めていた。もしも第三者が今のアリアを見れば、アリアの周囲に色とりどりの花が咲いているような錯覚を覚えたことだろう。

 

(はぅ、ももまんはホントに最高ですね。ここ最近はなぜか食べる機会を逃していたせいか、いつにも増して美味しく感じられますよ。ももまんバンザイッ! ビバ、ももまん!)

 

 かれこれ3個目のももまんをパクつき終えたアリアは目的地に到着し、先客へと視線を移す。アリアの視線の先には、ダラーンしたやる気のない雰囲気とともにたたずむ白雪の姿があった。テキトーに効果音をつけるとすれば『ダラリーラ』といった雰囲気だろうか。

 

「……来たね、アーちゃん。時間ピッタリだよ」

「まぁ、約束の時間はきっちり守る主義ですので。それよりユッキーさん。大事な話とは一体何でしょうか?」

 

 今回、白雪から要件を知らされないままに呼び出されたアリアは疑問を口にする。対する白雪は相変わらずほんわかとしている。が、その中に、何か芯のようなものがあるようにアリアには感じられた。

 

「えっとね、アーちゃん。アーちゃんはさ――」

 

 白雪は一つ間を置いてから本題に入ろうとする。と、その時。グゥーと、盛大に白雪のお腹が鳴った。それはもう、アリアに誤魔化しがきかない音量でその場に響いた。

 

「……」

「……うぅ、お腹すいた」

「……」

「……ジィー」

「うッ……」

 

 白雪は弱々しく眉を下げる。と、そこで。アリアの持つ松本屋の袋の存在に気づいた白雪はただただ松本屋の袋に視線を注ぐ。キラキラとした瞳で一心に松本屋の袋を凝視する。あからさまな白雪の視線を受けて即座に白雪の意図を理解したアリアは躊躇する。自分が後でたっぷりと堪能するつもりだったももまんを白雪に分け与えることにためらいを見せる。

 

「お腹、すいたなぁ……」

「……1つ、食べますか?」

「アーちゃん……!」

 

 だが、飢えた白雪を放っておくことができなかったアリアは断腸の思いで袋からももまんを取り出し白雪に差し出す。そんなアリアの内心などいざ知らず、白雪はアリアからのお恵みをありがたく頂戴したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ごちそうさま! んー、ももまんって結構おいしいんだね。アーちゃんが病みつきになるのもわかる気がするよ」

「そうでしょうそうでしょう! 何といっても、ももまんは人類が生み出した最も偉大な食べ物ですからね! ホント、松本屋には頭が上がりませんよ! ええ!」

 

 十数分後。ももまんで無事空腹から脱した白雪はニコニコ笑顔でももまんを称賛し、そんな白雪のももまんに対する絶賛の言葉にアリアはうんうんと心地よさそうにうなずく。これまでアリアの周囲の人たちはももまんを嫌うことこそないものの、白雪ほどももまんに好意的な反応を見せることはなかった。パートナーたるキンジでさえ甘い物自体があまり好きではないためにももまん大好き人間なアリアをしばしば呆れた目で見つめる有り様だった。

 

 しかし。本日をもって、アリアはようやく同志を見つけられた。その事実を前にアリアは内心でワーイワーイとはしゃぎまくる。それが例え宿敵(犬派)の白雪であっても嬉しいことには変わりないのである。ちなみに。白雪が一個でも多くアリア(カモ)からももまんを恵んでもらおうという策略の元にももまんの味をべた褒めしていたことをアリアは知らない。余談だが、白雪は現時点で4個ものももまんを食している。

 

「それにしても、まさかユッキーがここまで話の分かる人だとは思いませんでした。灯台下暗しとはよく言ったものですね!」

「う、うん。そうだね……」

 

 ズィと擬態語がつきそうな勢いで顔を近づけてくるアリアに白雪は思わず一歩後退する。自分の独自のペースで意図的無意識的に関わらず他者を振り回すのが常な白雪にしては珍しく押され気味である。それほどまでにアリアが有頂天だということか。

 

「さぁ、ユッキーさん! ももまんを愛する者同士、ももまんの素晴らしさについて熱く、熱く語り合いま――」

「ちょっ、ストップ! ストップだよ、アーちゃん! それよりそろそろ本題に入ってもいいかな!? 私、アーちゃんにちょっと聞きたいことがあるからさ! このままじゃ気になって気になって朝も起きれなくなっちゃうよ!」

 

 このままではそこまで好みではないももまん談義に巻き込まれてしまう。そんな面倒極まりない事態はゴメンだと、白雪はアリアの両肩を掴んで前後に揺さぶることでアリアの話を強制終了させる。アリアをここ、体育館裏へと呼び出した本題へと強引に移行する。話を中断させられた当のアリアは不満を表情に表したものの、白雪が自身を呼び出した理由が気になるのか、「それよりって……まぁ、いいですけど」と妥協の意を示した。

 

「アーちゃんはさ、その……キンちゃんのこと、どう思ってるの?」

「えッ? どう、とは?」

「アーちゃんはキンちゃんのこと、異性として好き?」

「え、な、そ、そんなわけッ――」

 

 白雪からの唐突な問いにドクンとアリアの心臓が踊る。と、同時に。アリアの脳裏にあの日血を流し過ぎて弱っていた自分を優しくお姫さま抱っこしてくれた、妙にキラキラしていたキンジの姿が想起される。不意打ち極まりないイケメンキンジの登場にアリアの顔が瞬く間にカァと赤くなる。紅潮しきった顔のままでどうにか白雪からの問いを否定しようとわたわたする辺り、何ともわかりやすい反応である。白雪はあうあうとなっているアリアを見て「……そっか」と声を零した。

 

「ちょっ、納得しないでくださいよ、ユッキーさん!? 違いますよ!? 違いますからね!? 確かにキンジはパートナーですけどそういった感情は全然持ってな――」

「――私は、好きだよ。キンちゃんのこと。もちろん、異性としてね」

「え……」

 

 アリアの矢継ぎ早な言い訳をサラッと受け流した白雪の突発的な告白を前に、アリアは思わず白雪をギョッとした瞳で見やる。さっきまで妙にカッコいいキンジの姿を思い出していたことで今にも沸騰しそうだったアリアの頭は白雪の一言で一気に冷めていた。その感覚はまるで頭から冷や水をかけられたようだった。

 

「私はキンちゃんの一番になりたいって思ってる。キンちゃんと恋人関係になりたいって思ってる。キンちゃんと結婚したいって思ってる。キンちゃんと一緒に、もっと先の世界を見たいって思ってる」

 

 白雪は自然体のまま、一通り自身の心からの願望を口にする。そうして。自身の願望を並べ立てた後、白雪は胸に手を当てて「私はね、ずっと前からキンちゃんが大好きなんだ」と思いを率直に言葉に表した。

 

「だけど、ずっと諦めてた。どんなに私が手を尽くした所でどうにもならないって勝手にキンちゃんのこと諦めてた。だから、ついこの前まではキンちゃんとアーちゃんがくっつくことに期待してたんだ。だってアーちゃんは良い子だし、アーちゃんならキンちゃんと対等な立場に立ってくれると思ってたから。……でも、私はもう諦めない。これからも相変わらず私らしく(グータラに)生きていくつもりだけど、初恋は実らないってよく言うけど、それでもキンちゃんのことだけは諦めない。例えどんな結果になろうと、キンちゃんにとっての一番になるために全力で頑張る。そう決めたんだ。……やっと、そう決められたんだ」

「……」

 

 白雪は偽りのない満面の笑みで自身の本心をためらうことなく吐露する。アリアは何も言えずに、困惑した表情のまま、ただただ白雪を見つめる。白雪の言っていることは十分理解できる。だけど、理解したくない。そういった心情を多分に含んだ表情をアリアは浮かべていた。

 

「だから、これだけは言っておくね。できるだけ早い内にキンちゃんが異性として好きかどうか結論を出した方がいいよ、アーちゃん。じゃないと、私がキンちゃんの一番になっちゃうよ? 例えそうならなくても、キンちゃんはただでさえ凄く魅力的な男の子なんだからグズグズしてるとあっという間に他の女の子にキンちゃんを取られちゃうよ? というか、むしろ今までキンちゃんに彼女がいなかった方がおかしいぐらいなんだからね。キンちゃんに彼女ができてから後悔したってもう何もかも遅いんだからね」

「ッ!?」

「それだけ言っておきたかったんだ。またね、アーちゃん」

「……」

 

 恋のライバルとしての忠告を終えた白雪はすっきりとした表情とともにトテトテと歩き去っていく。対するアリアは徐々に遠ざかっていく白雪の後ろ姿に呆然とした瞳を向け続ける。結局。自身の感情をどう言い表せばいいのか皆目見当もつかなかったアリアは最後まで何も言えなかった。

 

「私は、負けないからね」

 

 そんなアリアとは対照的に、ある程度アリアから距離を取った白雪は不意にクルリと振り返ると、ニッコリ笑顔で言葉を残した。それは年相応の実に輝かしい笑みだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 白雪が去ってから幾ばくの時間が経過した後。その場に立ち尽くしたまま微動だにしないアリアの口からひゅうと乾いた音が漏れる。その音を契機に、アリアはハッと我に返る。

 

「……私も、私だって好きですよ、キンジのこと。でも、そんなの言えるわけないじゃないですか」

 

 冷静さを取り戻したアリアは苦悶に満ちた表情で、自身の本音を虚空に吐き出す。アリアの声は思いの外弱々しかった。

 

 だって、今のパートナーとしてのキンジとの関係が凄く心地いいんですから。

 うっかり私の恋心を打ち明けたら最後、キンジとの関係が大幅に変わってしまうかもしれないんですから。

 

 それに。何より、私はキンジから平穏な日常というものを完全に奪ったのだから。

 私の個人的な目的にキンジを付き合わせたせいで、何度もキンジを危険な目に遭わせているのだから。

 

「私は……ッ」

 

 先の白雪の言葉を一言一句違うことなく思い起こしたアリアの顔に徐々に影が差す。中々自分の心情を言葉に纏められず、ギュッと拳を握る。

 

 もしも。もしも私がキンジに助けを求めなければ、キンジは巨悪の根源たるイ・ウーの存在を知ることはなかっただろう。峰理子リュパン四世やジャンヌ・ダルク30世と命懸けの戦いをすることもなかっただろう。遠山金一の名誉を取り戻すために世界最強の武偵を目指しながらも、実際には武偵にしては平和な日々を過ごしていたことだろう。

 

 キンジはお母さんが無実の罪で捕まっていることを一切疑うことなく信じてくれた。

 キンジは危険を承知で私に協力してくれると言ってくれた。

 

 だけど。一歩間違えれば死ぬ。キンジをそんな死の危険に満ちている世界に誘っておきながら、どうして好きだなんて言えようか。これからもお母さんを助けるという大義名分を元にキンジを散々巻き添えにする未来がわかっている状態で、どうして私の思いを伝えることができようか。

 

 ……言えるわけがない。私は、お母さんを助けたいあまりに、自分が死にたくないあまりに、少しでも自分が死ぬ確率を下げようとキンジを道連れしている最低な人間なんだから。一人じゃダメだからってキンジを巻き込んでおきながら、実際には武偵殺しの一件でも魔剣との一件でも結局肝心な所でドロップアウトしてる足手まといな人間なんだから。

 

「ハァ、参りましたね。まさかこんな展開になるなんて、思いもしませんでしたよ」

 

 アリアの消え入りそうな声が体育館裏に消える。と、アリアはふと憂鬱の色を帯びた瞳で空を見やる。憎いほどに晴れ晴れとした青空に目を向けたアリアは沈鬱なため息を吐くのだった。

 

「どうすればいいんでしょうね、私は……」

 

 

 

 第二章 熱血キンジと魔剣(デュランダル) 完

 

 




アリア→自分と同じももまん大好き人間を見つけられたことに内心で狂喜乱舞してた子(※誤解だけど)。キンジを危険な世界に巻き込んでおきながら自分があんまり活躍できていないことに罪悪感を覚えている。
白雪→ももまんを恵んでもらうために巧みにアリアの機嫌を取っていた怠惰巫女。恋する乙女として自分なりの方法でキンジと恋人関係になるための努力をする決意を表明した模様。

白雪「ふぅ。上手くアーちゃんとのももまん談義から逃れられてよかったよ、うん」

 というわけで、こんな感じで第二章は終了です。原作二巻の内容はちゃっちゃと終わらせる気だったのに、何だかんだで25話も掛かっちゃいましたね。やっぱり地の文の多さが問題なんでしょうかねぇ、きっと。でもなぁ、地の文で思う存分遊びたいお年頃なふぁもにかとしては地の文削っちゃうのはなぁ……。やれやれ。速筆な方々が実に羨ましいですよ、全く。

 さて。次回からは第三章ですね! 章タイトル何にしよっかなぁ~?


 ~おまけ(もしも二人の会話を陰でこっそり聞いてた人がいたら)~

武藤剛気ver.
「……あのリア充め……(←体育館裏に勝手に作った地下室から)」

峰理子リュパン四世ver.
「はわッ、修羅場だよ!? 修羅場やってるよッ!? こんなの初めて生で見たよ!(←体育館裏周辺の草むらから)」

不知火亮ver.
「ハッ、二人の女をたぶらかすか。やるじゃねぇか、キンジ(←体育館裏の物陰から)」

風魔陽菜ver.
「何やら面白そうなことになってるでござるなぁ♪(体育館裏周辺の電柱の上から)」

綴梅子ver.
「おー、青春やなぁ(←体育館裏の監視カメラの映像から)」

もう一人の神崎さんver.
「うわー。何か聞いちゃいけないこと聞いちまった気がする……どうしよ、これ?(←体育館内部から)」



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第三章 熱血キンジとドラキュラ伯爵
60.熱血キンジと思わぬ再会



??「――忘れた頃にやってくるッ!」

 どうも、ふぁもにかです。今回から晴れて原作3巻突入です。ビビりこりんがヒロインとして再誕し、緋弾のアリアの原作屈指のかませ犬:イ・ウーナンバー2(笑)のブラドたんが満を持して登場する巻です。――さて。りこりん紳士の皆さま、長らくお待たせしました。



 

 拝啓 天国の兄さんへ

 

 天国の暮らしはどうですか? 兄さんのことだからそろそろ兄さんのカリスマ性と崇高な理想に惹かれた方々を率いて一大組織を築いていることだろうと思うのですが、組織運営は順調ですか? 変に派閥とか生まれてませんか? ……とまぁ、前置きはこの辺にしておいて。最近、俺には悩みがあります。それは俺の武器についてです。

 

 アリアには研ぎ澄まされた直感と双剣双銃(カドラ)としての独自の戦い方があります。

 ユッキーには色金殺女(イロカネアヤメ)と炎の超能力(ステルス)、それに星伽巫女補正があります。

 レキには類まれなる視力とドラグノフによる人間離れした狙撃能力、そして何度倒そうといつの間にか復活してるという、ある種の不死属性みたいなものがあります。

 理子には常軌を逸した回避能力に多種多様な爆発物、それに髪を自在に操る超能力(ステルス)があります。

 ジャンヌには聖剣デュナミス何たらと氷と雷の超能力(ステルス)があります。

 

 だけど、俺にはベレッタとバタフライナイフだけしかありません。いくらヒステリアモードで身体能力や思考能力を大幅に跳ね上げられるといっても、どうしても現状が心もとなく感じられてしまいます。実際、俺の武器ではジャンヌの鎧の防御力を超えることはできませんでしたし。

 

 というわけで。今俺はベレッタとバタフライナイフの他にあともう一種類ほど新しい武器を常時携帯したいと思っているのですが、兄さんなら何がいいと思いますか? 俺が武器を追加するとしたら何を勧めてくれますか? もしも何かオススメの武器があるのなら、何かしらの心霊現象を起こすなりして直接アドバイスをくれると凄く嬉しいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とある日の早朝。朝日が周囲を淡く照らし始める頃合いにて。武偵高の制服を着たキンジとアリアは互いの得物を持って激しい攻防を繰り広げていた。ちなみに。現時点で二人は既に10分以上もの間、戦い続けている。

 

「ハァ!」

「――っと」

 

 アリアはトンと軽いステップで前方に身を投げ出すと、両手に持った小太刀でキンジの胴を薙ぎ払わんと小太刀をX字に振り下ろす。キンジはアリアの小太刀の軌跡を一瞬たりとも見逃さないように細心の注意を払って目で追いつつ、サッと半身になって一方の小太刀をかわし、もう一方の小太刀は左手のバタフライナイフで軌道をズラす。そして。アリアの攻撃を上手く対処したキンジはお返しだと言わんばかりに右手の拳銃でアリアの脇腹へと発砲する。

 

 それは普段のコンディションのアリアなら容易にかわせるであろう攻撃。そのため、キンジはアリアが銃弾を切るなり避けるなりすることを前提に次なる手を行使しようとする。

 

「うッ!?」

「え?」

 

 しかし。キンジの想定に反して、アリアはキンジの放った銃弾をモロに喰らった。アリアの真紅の瞳が驚愕に見開かれていたことから敢えて弾丸をその身に受けたわけではなさそうだ。

 

(……となると、今が追撃をかけるチャンス!)

 

 キンジは地を思いっきり踏みしめて勢いよくアリアへと接敵する。ひとまず急接近してくるキンジから距離を取って体勢を立て直そうとバックステップを取るアリアだったが、数回退いた所でアリアの体は背後の壁にぶち当たってしまう。しまった、背後への注意がおろそかだったと表情を変えるアリア。その隙をついてキンジはバタフライナイフをアリアの首筋にあてがった。

 

「俺の勝ちだな」

「……そう、ですね」

 

 静寂が辺りを包む中。キンジがアリアを見つめて勝利宣言をすると、少しの沈黙の後、現状を打開しうる起死回生の策がないことを悟ったアリアがスッと目を瞑って己の敗北を認めた。

 

 ところで。なぜ朝早くからキンジとアリアが戦っていたのかというと、単に模擬戦を行ったからだ。別にキンジとアリアとの間に何かしらの亀裂が生じた末に戦っていたわけではない。パートナーとしての連携の高めるため、互いの実力を実戦を通して把握するため、二人は白雪の護衛を始めた頃からこうして模擬戦を行っているのだ。尤も、幼児体型ゆえに朝に滅法弱いアリアが何とか朝早くに起きることができた時限定の不定期開催だったりするのだが。

 

 さて。強敵アリアから見事勝利することのできたキンジだったが、その表情は冴えない。キンジは浮かない表情のままアリアの首筋からバタフライナイフを離して懐にしまう。その原因はアリアの挙動に起因する。

 

(……やっぱりおかしいな)

 

 そう。ここの所、アリアの様子がおかしいのだ。いつもと比べるとどうにも動きのキレがよくないし、とっさの判断ミスも目立つようになっている。さらには、何もない所でつまづきそうになったり、目の前の電柱に気づかないまま思いっきり頭をぶつけたり、大好物のももまんを中途半端に食べ残したり、時々俺の方にチラッチラッと不自然に視線を送ってきたり、会話の最中に何の前触れもなくいきなりボーッとなったりと、何というか、全体的にぎこちないのだ。

 

 だから。こうして。特に苦労することなくアリアに勝利できてしまう。いつものアリアなら何の問題もなく余裕で対処できていたであろう攻撃で割とあっさり決着がついてしまう。

 

(アリアならあれぐらい余裕でかわせたはずなのに……)

 

 汗一つかいていない様子から、アリアが体力的に限界を迎えていないのは火を見るよりも明らかだ。なのに。アリアは俺の銃弾をかわせなかった。そもそもアリアの脳内で俺があのタイミングで攻勢に打って出ることについて想定すらなされていなかった。その上、自身の背後にある壁の存在すら把握できていなかった。先までのぎこちなさの残る戦闘をも考慮すると、とても強襲科(アサルト)Sランク武偵の動きとは思えない。まるでランクが一つ落ちたみたいだ。

 

「で、ホントにどうしたんだ、アリア? 何かあったのか?」

「あ、いえ、大したことではありま――」

「いや、大したことだろ。一日二日ならともかく、もう一週間はこんな状態じゃねぇか。何か手に負えないような案件があるなら言ってくれ。手伝うからさ」

「……心配ありませんよ、キンジ。本当に大したことじゃないですから、安心してください」

「安心って……」

 

 できるわけないだろ、とキンジは内心で本音を吐きだす。明らかに無理して笑みを作っているアリアを見たが故の反応である。何が原因で自分のパートナーの様子がおかしなことになっているのか。その原因について全く見当をつけられていないことがキンジに得も言われぬ不安を抱かせていた。

 

 とはいえ、このまま何度も問いただしてもアリアが口を割ることはないだろう。むしろ、そんなことをしたらアリアが元の調子を取り戻すどころかアリアとの今後の関係が危うくなりかねない。ゆえに。キンジはしぶしぶながらこの一件を保留にすることにした。

 

「ハァ……まぁいいか。そろそろ時間だし、今日の模擬戦はここらで切り上げよう。ユッキーにも朝食作らないとだしな」

「ッ!? え、えぇえ! そうですねッ! 学校に間に合わなくなるかもですしね!」

 

 ユッキーとの言葉を聞いた瞬間、アリアがビクリと肩を震わせたかと思うと、どこぞの金髪ビビり少女のように目に見えて狼狽する。声が裏返ってることや目がバタフライしまくっていることからもその狼狽具合が伺えるというものだ。

 

(……なるほど、ユッキーと何かあったんだな)

 

 やっと問題解決の糸口を掴むことができた。何気なく自身が口にした言葉で思わぬ収穫を得たキンジは安堵のため息を吐いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「で、ユッキー。アリアと何かあったのか?」

 

 朝食作りに使用した調理器具を手早く洗い終えたキンジはテーブルを挟んで白雪の反対側に座り、白雪に問いかける。今現在、キンジがいるのは白雪の女子寮だ。魔剣ことジャンヌ・ダルク30世が逮捕されたことで白雪を護衛する必要がなくなったため、白雪は元の女子寮へと帰ることとなったのである。

 

「ん? あ、うん、実はちょっと犬派と猫派との第二次闘争があってね」

「はぁ? ……おいおい、まだそんなことで争ってたのかよ」

「まだ? フッ。甘いね、キンちゃん。犬派と猫派との争いは長期戦が基本。両者の確執が深い分、そう簡単に終わりが訪れることなどないのだよ」

 

 キンジから投げかけられた疑問に一瞬だけキョトンとした白雪だったが、すぐに合点がいったと言わんばかりの表情で事情を述べる。そのくだらない事情を聞いてついつい白雪に呆れた眼差しを向けるキンジに対して、白雪はご飯茶碗を片手にニィと得意げに笑みを浮かべる。ちょっとイラッと来たキンジは白雪の頭にチョップを繰り出した。

 

(てことは、アリアの様子が変だったのはその第二次闘争とやらで猫派のアリアが負けたせいってことか? ……なら、ここは不知火の出番か?)

 

 不知火は生粋の猫派だ。時折こっそり猫カフェに通っているぐらいの猫好きだ。不知火ならきっと傷ついたアリアの精神を不器用ながらも癒してくれることだろう。アリアへの当面の対応を決めたキンジは眼前で自分の作った食事をおいしそうに食べる白雪を見やる。

 

 ちなみに。今のユッキーはエプロンを装備している。話によると、ユッキーは朝早くから料理の練習をしていたそうだ。今までのユッキーなら面倒だと避けていたことに手を出し始めている。それも早起きをした上でだ。相変わらずダラッとしたやる気のない雰囲気を纏っているユッキーに徐々にだが変化が発生していることは素直に嬉しい。嬉しいのだが――

 

 とりあえず、食材を切るのに色金殺女(イロカネアヤメ)を使おうとするのは止めてほしい。食材を炒める際に自身の超能力(ステルス)を解放して炎を灯した色金殺女(イロカネアヤメ)を使おうとするのは止めてほしい。というか、玉ねぎと色金殺女(イロカネアヤメ)を持って「フッフッフッ。今から貴様を木っ端みじんに切り刻んでやろうぞ」などと悪役染みた笑みを浮かべるユッキーの姿を目撃してしまった俺の身にもなってほしい。

 

(まずユッキーには常識の何たるかについて教え込まないとな。じゃないと料理どころじゃないぞ)

「それより、キンちゃん。私、少し話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 キンジが白雪相手に常識科目の個人レッスンを開催することを心に決めていると、白雪が上目遣いで首をコテンと傾けてくる。

 

「あぁ、何だ?」

「えっとね。昨日の夜に、ちょっとした出来心でキンちゃんのこと占ってみたんだ。そしたら何か凄く変な結果が出ちゃったから、一応伝えておこうかなって」

「変な結果?」

「うん。キンちゃんは近い内に『天然記念物と、絶対に敵に回してはいけない死神と、いつになくやる気な戦闘狂と、オオカミと、魔王召喚の儀式中の凄く怪しい悪魔と、紛うことなきメガネと、やたら大きい鬼と、長髪のアホ幽霊に会う』って出たの」

「……確かに変な結果だな。色々な意味で」

 

 キンジは白雪の口にした自身の占い結果に首を傾げる。

 とりあえず、『いつになくやる気な戦闘狂』はレキで確定だろうけど、他が全く予想がつかない。特に死神と悪魔と鬼と幽霊の辺り。何だ? 俺は近々、そんな非現実的な面々と出くわすことになるのか? それともこれはただの比喩で、死神っぽい奴と悪魔っぽい奴と鬼っぽい奴と幽霊っぽい奴と会うってことになるのか? 俺の人生、えらく波乱万丈だな。

 

「……その占い、もっと詳しく分かったりしないのか? その、これから俺が会う奴の特定とか、あとは具体的な日時とか」

「ごめん。試しては見たんだけど、ダメだった。でもキンちゃんが会う順番はさっき言った通りみたいだよ」

「そっか。まぁ一応、心に留めておくよ」

 

 ユッキーの占いは概してよく当たる。注意しておいて損はないだろう。申し訳なさそうに眉を下げる白雪をよそにキンジは一つうなずくと、今の白雪の言葉を忘れてしまわないように脳内で何度も反芻することにした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふぅ。こんなもんか」

 

 武偵高へ登校する途中にて。例のごとく自身へと襲撃をかけてきた三人のBランク武偵をウォーミングアップがてら地に沈めたキンジはバタフライナイフをしまい、再び武偵高へと歩を進める。一方のアリアはももまんを購入しに松本屋へと向かったため、キンジとは別行動を取っている。様子がおかしなことになっていてもももまんの存在を忘れない辺りはさすがと言えよう。

 

(さて。まずは天然記念物、か。……全く、一体誰を指した言葉なんだか)

 

 キンジが天然記念物っぽい人物について様々な方面から想像を膨らませつつ、武偵高の門をくぐった時。キンジは思わず自分の目を疑った。

 

「……え」

 

 キンジの眼前に一人の少女が立っていた。ウェーブのかかった金髪。ツインテール。フリルのたくさんついた改造制服。そして。キョロキョロと周囲を落ち着きのない動作で見やっている挙動不審極まりない態度。その全てに見覚えがあった。

 

(……な、なんでこいつがここに!?)

「あ! ひ、久しぶりだね、遠山くん!」

 

 キンジが内心で動揺し目を見開く中。目の前の金髪少女はキンジの姿を捉えると、不安げな表情から一転、パァァと嬉しそうに笑みを零してキンジの元へと駆け寄ってくる。その姿は間違いなく峰理子リュパン四世そのものだった。

 




キンジ→自身の攻撃力不足に不安を覚えている熱血キャラ。新しい武器について思案中の模様。
アリア→白雪から呼び出しをくらって以降、色々と調子のおかしい子。本調子には程遠い。
白雪→この度、料理に手を出すことにした怠惰巫女。一般常識がごっそり抜け落ちている。
理子→無事に再登場を果たしたビビり少女。相変わらずビビりっぷりは健在。白雪の占いで天然記念物扱いされている。

理子「まだかなぁ? 遠山くん、まだかなぁ? オリュメスさんでもいいんだけど……(←キンジが来るまでそわそわしつつスタンバッていたビビりこりん)」

 というわけで、ちょこっとだけどようやく本編にりこりんが返り咲きました。本編でりこりんがキンジくんと再会したのは実に42話ぶりだったりします。更新日時で換算すると大体200日ぶりですし……そう考えるとホントに久しぶりだね、りこりん。

 そして。ユッキーの占いを出したことで妄想力豊かな方々は今後の展開が何となしに読めるようになったかと思いますので、気が向いたら是非思索にふけってみてくださいませ。


 ~おまけ(年末特別おまけ:時系列とか華麗にスルーしてそれぞれの12月31日をちょっと想像してみるテスト)~

 AM.10:00
――年末の大掃除を敢行中の少女。

ジャンヌ「これはいらな……いや、これはギュドンドンド族の秘宝とされた秘石だぞ? 捨てるには惜しい。ならこれなら……でも、これも精霊王クラースの加護が為されたご利益の見込めるマトリョーシカだ。捨てるわけには……これも太古より伝わりし伝説のバラクラバだしなぁ……むむむ(←中々モノを捨てられない厨二少女)」


 PM.1:00
――武道館の女子2人。

ヒルちゃん「今日の武道館ライブ、絶対成功させないとね☆」
エルちゃん「うん。頑張ろうね、エルちゃん」
ヒルちゃん「うん☆ 精一杯楽しもう!」


 PM.3:00
――繁華街を歩く男子生徒。

もう一人の神崎さん「ハァ、今年は何か色んな出来事があったよなぁ。……来年こそは一年間平和に過ごせますように(←空をぼんやりと見上げつつ)」


 PM.4:00
――獄中の女性。

神崎かなえ「……今日は寒いな。アリアはちゃんとあったかい服を着ているだろうか? 風邪を引いてなければいいのだが」


 PM.7:00
――京都で待機中の男子2人。

武藤「……なんで俺が京都なんかに……」
不知火「いいじゃねえか、別に。どうせ暇なんだろ。だったら一年の節目に除夜の鐘聞くのもアリなんじゃねぇのか?」
武藤「……否、寒い。時間の無駄……」
不知火「そう言うなって。こういうのもいい経験だ」
武藤「……本音は……?」
不知火「知り合いの俺への罰ゲームがこれだったんだよ。だからテメェも巻き添えだ」
武藤「……やれやれ……」


 PM.8:00
――レキの部屋で身動きしない少女2人。

レキ「……」
陽菜「……」
レキ「…………」
陽菜「…………」
レキ「……年越しそば、まだでしょうか?(←正座&割り箸装備で待機中)」
陽菜「確かに。少々遅いでござるなぁ……(←正座&割り箸装備で待機中)」
レキ「宅配業者の身に何かあったのでしょうか?(←正座&割り箸装備で待機中)」
陽菜「お腹減ったでござる……(←正座&割り箸装備で待機中)」


 PM.9:30
――らんらんハウスの2人。

らんらん先生「……ここの展開がいまひとつだな。どうにかならないか?」
平賀あやや先生「んー。大変そうだねぇ、らんらん」
らんらん先生「らんらんじゃない。らんらん先生だ」


 PM.11:30
――キンジの部屋でこたつを囲む4人。

キンジ「アリア。意地になって起きてることないぞ。見るからにもう眠くて眠くて仕方ないって感じだし、いい加減ベッドで寝たらどうだ?」
アリア「……嫌です。今回こそは、起きたままで、正月を迎え……ん(←幼児体型ゆえに夜12時まで起きるのが困難な模様)」
白雪「はふぅ。こたつにみかんってホント最高だよねぇー(←何気にキンジ&アリアと一緒に新年を迎えようとしている怠惰巫女)」
理子「うん、うん! わかるよその気持ち!(←何気にキンジ&アリアと一緒に新年を迎えようとしているビビり少女)」


 かくして。彼らの元に等しく新年が訪れる。
 Happy New Year.



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61.熱血キンジと土下座少女


理子「あ! ひ、久しぶりだね、遠山くん!」

 あ! 野生のりこりんが現れた! どうする?
【1.戦う →2.話す 3.餌付けする 4.焼き土下座させる 5.投げ飛ばす 6.逃げる】

 どうも、あけましておめでとうございます。ふぁもにかです。りこりん登場させるのかなり久しぶりだから、りこりんがちゃんとりこりんやってるか凄く不安ですね。読者の皆さんが『え、誰この子?』ってならなければいいんですけど。

 ……ところで。ここのりこりんがビビり属性持ちで原作の性格からかけ離れてるせいで「撫子だよッ!」のりこりんバージョンが実現できない件について。くッ、性格改変がこんな形で裏目に出てしまうとは……ッ!(←わなわな)



 

「あ! ひ、久しぶりだね、遠山くん!」

 

 まだ少ないながらも生徒たちが登校してくる武偵高の正門付近にて。金髪ツインテールの少女:峰理子リュパン四世は喜色満面に言葉を紡ぐ。まるで飼い主に会えて嬉しいあまりパタパタと高速で尻尾を振る飼い犬のようだ。その一方。キンジは想定の埒外の出会いに驚愕していた。

 

「なッ!? 理子!? どうしてここに!?」

 

 キンジは咄嗟に拳銃を理子に向けようとして、寸での所でどうにか堪える。今この場で理子に銃を向けるのはマズいと判断したからだ。実際、理子がアルセーヌ・リュパンのひ孫であり武偵殺しであることを知る者はごく少数である。ゆえに。いくら武偵高での発砲沙汰が日常茶飯事とはいえ、だからといって無闇やたらに武器を向けるわけにはいかない。相手がビビりの女の子(※あくまで外面的にはだが)なら尚更だ。

 

「ふぇ? いや、だってボクも武偵高の生徒だよ? 一介の学生としてここに通ったって別に不思議じゃないでしょ?」

「違う。俺が言ってるのはそういう意味じゃない。なんで武偵殺しの理子がわざわざここにいるのかを聞いてんだよ。大人しく自首しに来たってわけじゃないんだろ?」

「うん。ボクはもうこの前の一件について司法取引を済ませてる。だから、もしもボクを捕まえようとしたら、逆に遠山くんが捕まっちゃうよ?」

 

 理子は得意満面と言わんばかりの笑みを浮かべてエッヘンと胸を張る。常日頃からビクビクしている理子にしては珍しい姿だ。おそらく自身が危機に晒される可能性が万に一つも存在せず、己が優位に立っているという状況が理子の心に余裕を生んでいるのだろう。

 

 司法取引。それは、犯罪者が犯罪捜査に協力したり共犯者を告発することで自身の犯した罪を軽減させる、または帳消しにできる制度だ。本来ならこのような制度に頼らないで秩序を保つのがベストなのだが、犯罪件数が増加しまくっている現状、それはあくまで理想でしかないのである。

 

(司法取引、ね)

 

 キンジは理子が後ろ手に持つトートバッグからチラッと顔を覗かせている『初めての司法取引:初級編 ~これで貴方も一般人!~』と書かれた謎のマニュアル本を見やりつつも、思考の海に沈む。

 

 となると。理子がウソをついていない限り、俺は理子を捕まえることはできない。司法取引をしたということは、もはや理子が犯罪者ではなくなったことを意味するのだから。いくらこの場で真偽を確かめられないとはいえ、重度のビビり属性を持つ理子のウソを見破ることが容易であることや理子が司法取引に関する本を持っていること、そして何より人目につく場所で俺の前に堂々と姿を現したことを勘案すると、理子の主張がウソだとはとても思えない。

 

「……ウソは、ついていないみたいだな」

「わ、わかってくれたかな? だったらそろそろ殺気を収めて、その手に隠し持ってる拳銃をしまってくれるとボク嬉しいなぁー、なんちゃって」

「無理だな。お前はアリアを傷つけた。結果的に命に別状がなかったから良かったものの、下手したら頸動脈をバッサリ斬られて死んでいた。そこの所、わかってるよな?」

「うッ」

「それにお前は俺の兄さんを侮辱した。ANA600便の乗客を巻き込んだ。それだけのことをしておきながら俺に警戒を解いてもらうってのは普通に考えて無理な話だと思わないか?」

「ううぅ、それはそうだけどぉ……」

 

 理子がおずおずとお願いを口にするも、キンジはそれをすげなく却下する。キンジから直接鋭い視線を浴び続けたことで、さっきまで得意げだった理子が段々涙目になっていく。相変わらず喜怒哀楽の感情表現に忙しい人間である。

 

「ハァ……」

 

 キンジは小動物のごとくプルプル震える理子を見てため息を零すと、ひとまず警戒を解いた。今の理子に戦意や敵意といったものが欠片も感じられないこともあるが、いくら理子に含む所があるとはいえ理子に対して険のある態度を取り続けることが何だか凄く大人げないような気がしてきたからだ。

 

「そ、それにしても、大体一か月ぶりくらいかな? どう、元気にしてた?」

「まぁ、元気と言えば元気だったな。風邪とか特に引いてないし。とはいえ、つい最近までジャンヌ・ダルク30世とかいうイ・ウーの刺客関連で色々あったせいで大変だったけどな」

 

 どうにかキンジの機嫌を良くしようとあからさまな話題転換を目論む理子の言葉にキンジは正直に答える。すると。理子は今しがた思いついたかのように「あ、そっか。遠山くんはもうジャンヌちゃんに会ったんだっけ?」と言葉を紡ぐ。

 

「ん? あいつを知ってるのか?」

「もちろん! だって、ジャンヌちゃんはボクの大事な友達だもん! ちょっと変わってて、時々何言ってるのかよくわからなくなる時もあるけど……すっごく優しくて、頭も良くて、凄くカッコいい、ボクの自慢の友達だよ!」

 

 キンジは脳裏に傲慢に満ちた態度で高笑いをするジャンヌ・ダルク30世を浮かべながら「友達、ねぇ……」と呟く。その内心では「いやいや、あれは『ちょっと変わってる』どころじゃねぇだろ」と正直な感想を抱いているのだが。

 

(にしても、峰理子リュパン四世とジャンヌ・ダルク30世が友達、か……)

 

 正直言ってかなり意外だ。意外過ぎる。だけど、よくよく考えてみればこれは案外いい組み合わせかもしれない。厨二病の仮面を被った泣き虫女子とちょっとしたことでビクビクおどおどする女子。根が似ている者同士、馬が合うのも必然だったのだろう。類は友を呼ぶものだしな。

 

「で、何の用だ、理子? わざわざこうして俺の前に姿を現したんだ、さすがに他愛もない話をするためだけにここに来たってことはないだろ?」

「うん、その通り。……実はちょっと、遠山くんに頼みたいことがあってね」

「頼みたいこと?」

「そう。……えと。き、君を殺そうとしておいてこんなことを言うのはおこがましいってボクも思うけど――」

 

 理子は目を伏せながらも言葉を続けようとする。だが。よほど言いづらいことなのか、理子は「えっと、その……」と何度も言いよどむ。その視線はキンジに向いたり虚空を向いたりとやけにせわしない。

 

(何だ? まさかとは思うが、イ・ウーの仕事に関する頼みじゃないよな?)

「――お願い遠山くん! ボクの頼みを聞いてほしい! 君に受けてほしい依頼があるんだ! 遠山くんの言ってた焼き土下座でも何でもするから! 何ならここでやってもいいから!」

 

 キンジが理子の『頼みたいこと』に嫌な予感を感じ始めた、まさにその時。気まずそうに前置きを述べた理子が腰を落として膝から座ったかと思うと、正座の構えを取りそのまま頭を地につけた。武偵高の正門前という、公衆の面前で土下座をやってのける理子。全くもってリュパンの血を受け継ぐ者の行動とは思えない――って、そんなこと考えてる場合じゃないッ!

 

「ッ!? 理子!? ちょっ、こんな所で何してんだ!?」

「お願い遠山くん! ボクに協力してほしい! 君だけが頼りなんだ! もう、君しかいないんだ……!」

 

 誇りなんてものを地平線の彼方へと投げ捨てた理子の行動を前に思わず放心していたキンジだったが、我を取り戻ると即座に土下座体制の理子の両肩を掴んで無理やり顔を上げさせようとする。しかし。理子に土下座を止める気配はない。ただただコンクリートの地面に頭をつけて必死にキンジの協力を得ようとするだけだ。

 

「――ぇ――何あれ――」

「――――酷――――」

「―何考えて――――」

「―――先生を―――」

 

 と、そこで。遠巻きに自分と理子を見つめる複数の視線をキンジは察知した。単なる好奇の目線からキンジを避難する目線まで実に様々な視線を送ってくる武偵高の生徒たち。彼らはチラチラと二人の様子を伺いながらヒソヒソと近くの人と何事かを話している。

 

 彼らの反応や声のトーン、それにわずかに聞こえた断片的な会話から察するに、周囲の人たちは皆もれなく、理子の弱み的なものを利用した俺が理子を公衆の面前で強制的に土下座させたものとして認識しているようだ。

 

(マズい、これはマズいぞ……!?)

 

 キンジの背中をツゥと冷や汗が伝う。マズい。この誤解のされ方は色々な意味で非常にマズい。主に俺の社会的地位が本格的にマズい。早くどうにかしないと社会的に殺されてしまう。

 

 それだけじゃない。もしもこの状況が東京武偵高三大闇組織の一つ:『ビビりこりん真教』の敬虔なる信者たちの目に入ったとしたら、彼らは決して黙ってはいないだろう。いつ信者の多さを武器に、多勢に無勢と言わんばかりの襲撃を繰り広げてくるかわかったものではない。

 

「わかった! わかったから今すぐ土下座を止めてくれ! じゃないと俺の立場が本気でヤバくなる!」

「え、いいの!? ホントに!?」

「あぁ、もちろん! どんな依頼だって受けてやるさ! 何たって俺は近い将来、世界最強の武偵になる男だからな!」

 

 命の危機を感じたキンジは頼みごとの詳細を知らない状態で理子のお願いを快諾する。ガバッと顔を上げて確認してくる理子にキンジは自信満々に胸をバンと叩く。その際、何か余計なことを口走ったような気がしたキンジだったが、今のキンジにはそれを気にするほどの精神的余裕などなかった。

 

 キンジが「だから早く土下座を止めてくれ!」と懇願の声を上げようとした所で、キンジは「遠山くん。ちょっといいかな?」とポンポンと肩を叩かれた。

 

「え?」

「へ?」

 

 振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。見た目だけならいかにも生真面目そうな文学少女なのに、その中身は残虐非道な尋問科(ダギュラ)Sランクたる中空知美咲がニコニコ笑顔で立っていた。

 

 なぜ。なぜこのタイミングで接触してきた。同じような疑問を浮かべて首を傾げている理子をよそに、キンジは内心で何度も自己に問いかける。数少ないSランク武偵同士ではあるものの、キンジと中空知との間に接点はないに等しい。それだけにキンジには今の状況で中空知が話しかけてきた理由がわからなかった。

 

(ま、まさか、中空知も『ビビりこりん真教』の一員なのか……ッ!?)

 

 と、その時。キンジの脳裏に一つの可能性が思い浮かぶ。瞬間、キンジは目の前が急に真っ暗になったような錯覚を覚えた。

 

 例え怒り狂った『ビビりこりん真教』の連中が数にモノを言わせて襲撃してきた所で、実力者たるキンジならしっかり返り討ちにできるし、最悪連中に敗れたとしても多少ボロボロになる程度で済むだろう。しかし、『ビビりこりん真教』に中空知美咲が属しているなら話は別だ。連中から制裁を喰らう際に中空知考案のエゲつなさに特化した尋問道具を持ち出されでもしたら心身ともにどうなるか、想像はたやすい。

 

(悪い、アリア。俺はここまでのようだ……)

 

 キンジはフッと諦めたように笑みを浮かべるとゆっくりと目を瞑る。この時、キンジは本格的に死を覚悟した。

 

「今チラッと聞こえたんだけどさ、焼き土下座って何?」

「……え?」

「焼き土下座だよ、YA☆KI☆DO☆GE☆ZA。何だか凄く魅力的な言葉だったから、その焼き土下座とやらについて色々と詳しく聞かせてほしいんだけどなぁ――」

 

 中空知はズィとキンジへと顔を近づけると、キンジのまぶたを指で押し上げつつ矢継ぎ早に言葉を口にする。無理やりこじ開けられたキンジの目に映る至近距離での中空知美咲。彼女の瞳はいつになく爛々と輝いていた。

 

(興味津々だよ、中空知さん!? 思いっきり焼き土下座って言葉に喰いついてきたんだけど、この人!?)

「今、時間に余裕ある? あるよね、もちろんあるに決まってるよね。遠山くんは人の期待を裏切らないことに定評あるもんね。それじゃあ今から尋問科の方に行こっか。お茶でも飲みながらじっくりゆっくり【お話】しようよ」

 

 さすがは尋問科Sランク武偵、尋問方法への好奇心が半端じゃない――などとキンジが軽く現実逃避に走っていると、中空知がキンジの手を包みこむように両手で掴んでそのまま尋問科の方へズリズリと連れていこうとする。

 

「え、ちょっ、今から!? さすがにそれは急過ぎじゃ――」

「時間、あるよね?」

「いや、だから――」

「――時間、あるよね?」

(うッ!? く、何だ、このおぞましい、感覚……ッ)

 

 キンジが中空知による強引な誘いを断ろうとした時、キンジはごく自然な動作で顔を上げた中空知から瞳を覗き込まれる。瞳孔が開いてるのではないかと思えるほどに開かれた中空知の瞳をキンジが直視した刹那、キンジの体をゾゾゾッと得体の知れない感覚がほとばしる。キンジの中で中空知の提案を拒否してはダメだと第六感が声高々に叫び、警鐘がガンガンと鳴らされる。

 

「……ア、ハイ。モンダイアリマセン」

「そう。ならよかった。それじゃあ、峰さん。悪いけど、少し遠山くん借りるね」

「あ、うん? いってらっしゃい、遠山くん?」

 

 己の感覚を信じたキンジは冷や汗をダラダラ流しつつも片言で中空知のお誘いを受け入れる旨を示す。中空知の雰囲気に完全に気圧された結果である。かくして。キンジの返答に微笑みとともに満足げに一つうなずいた中空知は、状況を読み込めずに頭にクエスチョンマークを浮かべている理子に軽く許可を取ってから再びキンジの手を取って尋問科へと歩を進めていくのだった。

 

 この時。先ほどまでキンジにこれでもかと非難の眼差しを注いでいた周囲の人々が自身に向けて黙祷を捧げてくれていたことをキンジは知らない。

 




キンジ→理子の行動の影響で周囲からの印象が悪くなってしまったものの、中空知の台頭でそのイメージが見事に払拭された熱血キャラ。
理子→無自覚ながらキンジを精神的に追い込んでみせたビビり少女。司法取引に臨む際、色々と不安だったためにマニュアル本を購入した経緯を持つ。
中空知→ふと耳にした『焼き土下座』の言葉の魅力に引き寄せられる形で現れたドS少女。白雪の占いで『絶対に敵に回してはいけない死神』扱いされている。色々と危ない子筆頭である。


 ――ちゃっちゃら~! 中空知は固有スキル『尋問:焼き土下座』を覚えた。

 というわけで、61話終了です。りこりんが登場するだけで一気に本編がシリアス展開から遠ざかっていきますね。最近この作品のシリアス度がムダに増してる気がしていたので、これはホントにありがたいですよ、ええ。


 ~おまけ(ちょっとしたどうでもいい補足説明)~

・東京武偵高三大闇組織
→ここ1年で東京武偵高に突如現れた不気味極まりない闇組織(ファンクラブ)の総称を指す。今現在、『ダメダメユッキーを愛でる会』、『ビビりこりん真教』、『???(※詳細不明)』がこれに名を連ねている。組織間の協力体制は確立されていない模様。

 これら3つの組織共通の特徴としては
――規模(構成員)がやたら大きい。
――ある特定の人物を神格化し、日々それを信仰している。
――神格化されたその特定の人物に害をなすと判断された者を即刻排除する方針を掲げている。
――会員の紹介でしか組織に入ることができない。
 などが挙げられる。

 なお、教務科(マスターズ)の人たちの力をもってしても未だ東京武偵高三大闇組織の全容は解明されていない。


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62.熱血キンジと絶滅危惧種


キンジ「泣きっ面に蜂、か……」

 どうも、ふぁもにかです。連載大幅に遅れてすみません。でもって、文字数少なくてすみません。いや、ちゃんと理由はあるんですよ? リアルの方が忙しくなってきたのもあるんですけど、ついうっかり『俺ガイル』と出会ってしまったのが一番の原因です。あの小説、全体的な話がすっごく重いのになぜか妙に引き込まれちゃうんですよねぇ。読んでいく内に心がキリキリ締めつけられて苦しくなるのにそれでも読むのが止められなくなる中毒小説なんて初めて読んだでござるよ……なぁ八幡、お前いい加減幸せになってくれよ、頼むから。

P.S.この度、熱血キンジと冷静アリアの感想数がついに300の大台を突破しました! たくさんの感想ホントにありがとうございます! イェイ!




 

「はぁ、疲れた。今日はいつになく疲れた……」

 

 放課後。ようやく中空知から解放されたキンジは一度教室に寄った後、帰路についていた。ため息を吐きつつ吐き出された言葉のどんより加減からも、今のキンジが相当疲れていることが容易にわかる。

 

 日々遥か高みへと到達するために特訓を重ねているキンジが疲弊するのも無理もない。中空知の手によって尋問科(ダギュラ)へと連行されたキンジはその後、焼き土下座についてのあらゆる情報を洗いざらい吐かされることとなったのだ。焼き土下座の概要や理念、焼き土下座執行における時間の目安、鉄板の温度の目安などなど、それはもう事細かに暴露させられたのだ。その際、中空知が取った手法についてはキンジの精神的安寧のためにここでは伏せることとする。

 

(中空知さんとまともに話したのは今日が初めてだったけど……あそこまで怖いとは思わなかったぞ、さすがに)

 

 中空知の顔を脳裏に思い浮かべたキンジは思わずブルリと体を震わせる。別れ際の中空知さんの爛々と輝く瞳が忘れられない。死神のごとき笑みが忘れられない。「『謝罪の意があるならば、例え焼けた鉄板の上でも土下座できるはず』かぁ。そうそう、こういう思想の元に生まれた拷問方法ってホントにそそるよねぇ……」という愉悦混じりの発言が忘れられない。このままではついうっかり夢に出てきそうだ。

 

(悪いな、未来の犯罪者諸君。俺は無力だ。お前たちに何もしてやれない。だから……ホント、強く生きてくれ)

 

 キンジは死んだ魚のような瞳でのろのろと歩みを進める。その際、キンジはとりあえず近い将来中空知監修の元で焼き土下座式の尋問を受けることとなるであろう犯罪者たちの冥福を祈ることにした。ドS極まりない中空知に焼き土下座の知識を与えてしまったことに一抹の罪悪感を抱いてしまったが故の行動である。

 

 とにかく今日はもう何も考えたくない。寮に帰ってぐっすり眠りたい。キンジは己の欲求に従って男子寮への最短ルートを歩んでいく。しかし。キンジを取り巻く環境は決してキンジに休息を許さなかった。

 

「――で、お前は何の用だ? ……って、聞くまでもないだろうけどな」

 

 ふと背後から微かに見知った人物の気配を感じたキンジは独り言にしては大きめな声で虚空に向けて問いかける。姿を現す気配が感じられなかったので、キンジは後ろを振り向き数メートル先の電柱を凝視する。すると、その電柱の陰からスッと緑髪の少女――レキ――が現れた。

 

「よく私の気配に気づきましたね。今回はかなり本気で気配を消したつもりだったのですが……さすがは私の永遠のライバル、キンジさんです」

「まぁ、気配に関してはほとんど感じなかったな。けど、殺気は全然抑えきれてなかったからすぐにわかったぞ」

「ふむ、なるほど。私としてはかなり抑えた方だと思ったのですが……まだまだ改善の余地がありそうですね」

 

 レキは相変わらずの無表情で視線を下に落とすと、ふぅと息を吐く。その隙をついてさり気なくレキの視界から離脱しようとしたキンジだったが、キンジが行動に移す前にキンジを逃すまいとレキが顔を上げたためにレキからの逃亡は叶わなかった。

 

「ま、とにかくまずはその辺の特訓から始めてから出直してこいよ、レキ。俺との模擬戦はその後ってことで――」

「いえ。せっかくこうして出会ったことですし、今から早速始めましょう。それに。殺気を抑える特訓はいつでもどこでもできますが、キンジさんとの戦闘はいつでもできるモノではありませんので。――さあ。互いに死力を尽くして戦いましょう」

 

 レキは背後のドラグノフに銃剣を取りつけつつ、キンジに容赦なく殺気をぶつける。能面のような表情とは裏腹に、レキの琥珀色の瞳はこれからの戦いが楽しみ楽しみで仕方がないと言わんばかりにうずうずしている。目は口程に物を言うとは言うが、ここまで雄弁に語っている辺りはさすがのRBR(ロボットバトルジャンキーレキ)クオリティである。

 

(戦うしかないのか……)

 

 キンジは底知れぬ殺気を放ち続けるレキを前にゴクリと唾を呑む。今のキンジの体調は半日もの間中空知の相手をしていた影響で万全の状態とはとても言えない。しかし、それをレキに伝えた所でレキは決してキンジを逃がしはしないだろう。己の欲求の為すがままにキンジとの戦いを望むのみだろう。

 

 今回は防弾&防刃加工の為された制服を着てる分、前よりはマシだな。内心でそう思いつつ、キンジはレキを見据えて拳銃を取り出す。すると。レキはいい目ですねと言わんばかりにスゥと目を細める。両者の間で静かに鋭い視線が交錯する。シンと冷え切った空間内で緊張感だけが徐々に競り上がってくるのをキンジは感じた。二人の衝突はもはや時間の問題だった。

 

(――今ッ!)

 

 タイミングを見計らったキンジは自ら能動的にレキへと駆ける。それから一拍遅れてレキも前方へ駆ける。どうやらキンジもレキも接近戦で勝負を決める心積もりのようだ。

 

「「ッ!?」」

 

 しかし。互いに距離を縮めていた二人はなぜか踏み出した足で地を強く踏みつけると、そのままバックステップを取った。刹那。二人がそのまま前に進んでいたならば衝突していたであろう場所に上空から衝撃が襲った。よほど強力な衝撃だったのか、地面は上下に激しく揺れ、衝撃の中心地からは粉砕されたコンクリート片による煙幕が形成される。

 

 揺れが収まり、煙が晴れると、そこにキンジとレキとの間に割って入る形で二人の戦闘を妨害した命知らずの闖入者の姿があった。銀色の体毛。100キロは超えていそうな巨体。荒々しさ全開のオーラ。それらの特徴を兼ね備えた一匹の成獣が異様な雰囲気を伴ってその場に存在していた。

 

「ん?」

「なッ!?」

 

 レキが興味ありげに『それ』に視線を注ぐのをよそにキンジは驚愕の声を上げる。キンジは眼前の動物を知っている。ふとしたきっかけで眺めた動物図鑑でその姿を見たことがあるのだ。

 

 コーカサスハクギンオオカミ。確か絶滅危惧種に認定されている動物だ。少なくとも都会のコンクリート街では絶対に出くわすことのない動物のはずだ。というか、こんな街中で絶対に出くわしてはならない類いの動物だ。

 

 直前までこのオオカミの気配を察知できなかったことから鑑みるに、おそらく高い建物から飛び降りてきただろう。オオカミの真下のコンクリートに円状に大きく亀裂が入っていることからも、上空からオオカミが襲ってきたことが伺える。もしもとっさの判断で後退していなかったらと思うとゾッとする。

 

「グァァァァアアアアアアウッ!」

 

 と、煙が晴れたことで標的を視認できたオオカミは地を震わすような唸り声とともにレキに狙いを定めて飛びかかる。男の俺と女のレキ。レキの方が弱いと判断したが故の選択か。

 

(なんで動こうとしないんだよ、あいつ!?)

「レキッ!」

 

 攻撃を仕掛けようと迫るオオカミを前に微塵も動こうとしないレキに対してキンジは声を張り上げ、同時にオオカミに発砲する。しかし、オオカミはキンジの銃弾をあらかじめ予期していたかのように華麗にかわしてみせるとそのままレキに鋭い爪を振り下ろす。

 

 と、その時。レキはスッと自然体で歩を進める。まるで眼前の猛獣のことなど目に見えていないかのように。そうして前方へ動くという、普通に考えたら命知らず極まりない行動に打って出たレキ。だが。レキはあたかもオオカミの体をすり抜けるようにしてオオカミの攻撃を避けると、当然のようにオオカミの背後を取った。

 

(な、何だ今の……!?)

 

 レキの取った回避方法にキンジが思わず目を見開く中、レキは振り向きざまに両手に持ったドラグノフで発砲する。不安定な体位のまま射出したためか、レキは発砲の反動で数歩後ずさるもその瞳は勝利への確信に満ちていた。

 

 決まった。キンジとレキは心の中で同じことを呟いた。突如として目の前からレキが消えたことに困惑しているだろうオオカミに背後から自身の元へと迫る凶弾に気づく術はないと考えたからだ。だが。二人の推測とは裏腹に、レキの放った銃弾をすんでの所で察知したらしいオオカミは間一髪、身をひるがえす形で避ける。それからオオカミはこれ以上この場で戦うことは得策ではないと判断したのか、キンジとレキに背を向ける。そして。オオカミは力強く地を蹴って迅速な戦略的撤退を開始した。

 

「……」

 

 オオカミの奇襲未遂を経てその場に静けさが戻る中、あまりに非現実的な光景を見ることとなったキンジは思わず呆然と立ち尽くす。オオカミの圧倒的な存在感を思い浮かべて、まるで夢でも見ていたみたいだとの感想を抱く。

 

「―――さ―」

「……」

「――キンジさん。聞いていますか?」

「ッ! 悪い、レキ。聞いてなかった。もう一度頼む」

「わかりました。一時休戦です、キンジさん。あのオオカミを追いましょう。アレが野に放たれたままというのは色々とマズいです」

「あぁ、そうだな。見失わない内に追うぞ。どっちに行ったかわかるか?」

「はい、風が教えてくれますので。私についてきてください」

 

 レキはドラグノフを背中に担ぎ直すとキンジの返事を待たずにすぐさま走り出す。まさに疾風のように駆けていくレキの後をキンジも追随する。何気にバトルジャンキーたるレキから逃れられる千載一遇のチャンスだったのだが、あの巨躯のオオカミをレキ一人に任せて退散することはキンジのプライドが許さなかったのだ。

 

 キンジはレキの後を追う。なんでこんな街中にオオカミが出没したのか、なんでわざわざ俺とレキを標的として襲ってきたのかといった疑問に内心で首を傾げつつ。ひとまずレキと戦わずに済んで良かったと内心でホッと安堵のため息を零しつつ。そして。平坦な口調で「私についてきてください」と言ったレキの瞳が、あたかも大好きなおもちゃを見つけた幼子のようにキラキラと輝いていたことに言いようもない違和感を抱きつつ。

 




キンジ→中空知さんの相手をしたことで精神的に疲弊している熱血キャラ。オオカミの纏う雰囲気に圧倒されている。
レキ→結構久しぶりに本編に登場したポーカーフェイスなバトルジャンキー。それなりにオオカミに興味を持っている模様。

 というわけで、今回は原作にてレキの相棒としてそれなりの活躍をしてくれることに定評のあるハイマキさんの登場回です。もちろん、ハイマキさんも魔改造の対象となっているのである程度は強化されております。動物だからって仲間外れになんてしてやりませんよ。ええ。


 ~おまけ(逃げたオオカミを追っている間の一幕)~

キンジ「それにしても……さっきのアレ、凄かったな」
レキ「? 何のことですか?」
キンジ「ほら、オオカミの攻撃をかわした時のヤツだよ。まるでオオカミをすり抜けたみたいだったぞ。アレどうやったんだ?」
レキ「あぁ、アレですか。あれは流水制空圏と呼ばれるものですよ」
キンジ「流水制空圏?」
レキ「はい。体の表面薄皮1枚分に強く濃く気を張った上で、相手の動きを流れで読み取り攻撃の軌道を予測し、そして最小限の動きであらゆる攻撃をかわす技です。とある少年漫画で描かれていた絶技なだけあってコツを掴むのに非常に苦労しましたが、ここ最近ようやく習得することができました(←キリッとした瞳で)」
キンジ「えぇぇ……(何その軽く人間止めちゃってる技。今でも十分ヤバいのにこれ以上強くなったら……とてもレキに勝てる気しないな、うん)」

 レキさんの魔改造具合が凄すぎてキンジくんの命がマッハでヤバい。



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63.熱血キンジとオオカミの行く末


アリア「|ω・`)チラッ」
アリア「|ω・`)ジィー」
アリア「|ω・`)ワタシノデバン…」
アリア「|ω・`)グスッ」
アリア「|ω・`)ベツニイイモン…」

 どうも、ふぁもにかです。何だかオオカミの身に得体の知れない不安が感じられるサブタイトルとともに63話スタートです。ちなみに。戦闘回になると何かと地の文が増えるというふぁもにかの法則は健在ですので、テキトーに読み飛ばしながら楽しんでくれると幸いです。




 

「ここか……」

「はい。先ほどのオオカミなら確実にここにいます」

「それも『風』とやらが教えてくれたのか?」

「はい。ですが、肉眼でも姿を捉えたので間違いありません」

 

 突如として街中に現れそして姿を消したオオカミを追っていたキンジとレキはとある廃ビルを遠目に立ち止まる。その老朽化の進んでいるのが一目でわかる廃ビルはただいま絶賛解体作業中らしく、本来廃ビルを取り囲んでいるはずの壁はなくなっており、上階部分は鉄骨のみとなっている。

 

「で、オオカミは今どんな感じだ?」

「5階にいます。おすわりの状態のまま微動だにしていません。あの様子から察するに、おそらく私たちの到着を待っているのだと考えられます」

「じゃあ、オオカミの周辺に人はいるか? ほら、ビルの解体業者の人とか」

「大丈夫です。今あのビルは無人です」

「そっか。ラッキーだな」

 

 視力6.0という、驚異的な視力を保持しているレキの力を借りてキンジはオオカミの様子を把握する。あらかじめ想定していたよりは悪い状況に陥っていないことにキンジは安堵の息を零し、わずかに笑みを浮かべた。

 

「レキ、作戦はどうする? やっぱり俺が前衛か?」

「はい。1,2分でいいので、キンジさんはアレの注意を引きつけていてください。その隙に私が遠くから仕留めます」

「わかった。けど、倒せると思ったら俺がちゃっちゃと倒してもいいんだよな?」

「はい。構いません……と言いたい所ですが、今回のとどめは私に譲ってくれませんか? 少し考えがありますので」

「? まぁいいけど」

 

 キンジの瞳を覗き込み、頼み込むようにしてレキが問いかける。何を目論んでの発言かはわからないが、わざわざレキが企んでいることを邪魔する理由はない。キンジはレキが人にものを頼むなんて珍しいななどと思いつつ、レキの頼みごとを承諾した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『準備OKです。キンジさん、オオカミと接触してください』

「了解」

 

 インカムを通してレキの指示を受けたキンジはバタフライナイフと拳銃を手に廃ビルへと踏み込む。レキは現在、別の廃ビルの射撃ポイントで待機中だ。きっと今頃、自身に例の暗示をかけている頃だろう。

 

「グルルルルルルル――」

 

 キンジが時折軋んだ音を鳴らす階段を上って5階へと到達すると、その先についさっき対峙したばかりのオオカミが悠然と立っていた。キンジの姿を捉えたオオカミは凶悪な牙を見せて威嚇の唸り声を鳴らす。やっと来たか、待ちわびたぞとでも言いたげな唸り声。その態度にはどこか王者の気品のようなものが感じられる。

 

(レキの射撃位置はあそこか……)

『キンジさん。始めてください』

 

 キンジは自分に協力者がいることを悟られないように注意しつつ、レキの位置を確認しようとさり気なく視線をさまよわせる。そして。オオカミの背後にそびえ立つ廃ビル2号からキラリと光が反射して見えることからレキの正確な居場所を把握したキンジはレキの指示よりも早く行動に打って出た。

 

「喰らえッ!」

 

 キンジはオオカミの足を狙って数発銃弾を放つ。先の戦闘でオオカミが銃弾をかわしたのが単なる偶然かどうかを判断するための牽制の攻撃だ。対するオオカミは銃弾がしっかりと見えているのか、最小限の動作で銃弾をかわす。そのままオオカミは次はこっちの番だと言わんばかりに目にも止まらぬ速さでキンジの背後に回り込み、首に噛みつこうと飛びつく。実に肉食動物らしい攻撃方法だ。

 

「ガゥゥアアアアアアア!!」

「くッ……!」

 

 キンジはオオカミの噛みつき攻撃をバックステップで避ける。ズシンという重量感あふれる着地音とともに繰り出されたオオカミの爪撃をキンジはバタフライナイフを使っていなそうとする。だがしかし。オオカミの攻撃の衝撃に耐えかねたキンジの手は後ろと弾かれ、ついバタフライナイフを手放してしまう。

 

(チッ。やっぱこいつの攻撃凄く重いな。これは本格的にかわすしかなさそうだ)

 

 いくら防刃加工がなされている制服を着ているとはいえ、それが効果を発揮するのはあくまで刃物を持った人間相手の場合。強靭な力を秘めた野生動物相手でもしっかり防刃制服が機能してくれる、などといった楽観的な考えは抱かない方がいいだろう。

 

 野生動物らしい俊敏さと凶暴さを兼ね備えたオオカミの怒涛の攻撃を前にキンジはひとまず回避に徹する。多少無理をすればヒステリアモードになるまでもなくどうにか倒せるだろうが、今の俺は一人じゃない。レキという頼もしい味方が控えている以上、敢えて自分一人の力でオオカミ退治に走る必要はない。そのように結論を下したがゆえの行動である。

 

「この!」

 

 とはいえ、自身が囮の役目をかっていることをオオカミ側に悟られたら意味がない。そのため、キンジはオオカミの攻撃の合間を縫うように反撃している風を装いつつ、思い出したように反撃の銃弾を放つ。その際、いかにも必死そうな声を上げることも忘れない。

 

「グルルウウウウアアアアアアアアアア!!」

 

 一方のオオカミは苛立ちの咆哮とともに思いっきり跳躍し、重力を存分に味方につけてキンジに飛びかかる。全力で攻めているにもかかわらず、未だにキンジにダメージを負わせられていないという現状に対する腹立たしさが如実に態度に表れているようだ。けれど。キンジを踏み潰すはずだった前足はまたも床を力強く踏みつけるのみとなった。

 

(――って、これビルの耐久性ヤバくないか? 頼むからもうちょっとだけもってほしいんだけどな……)

 

 そうして。オオカミが巨躯を駆使して飛びかかってくる度にミシリミシリと音を鳴らす床に不安が募るキンジだったが、だからといって戦う場所を変える余裕を与えてくれるほど眼前のオオカミが気長ではないのは一目瞭然だ。

 

(これはワイヤーでも使って少しでも動きを封じた方がいいか? これ以上好き勝手に暴れられても困るしな。それかここらで新しい武器(・・・・・)を試して――)

『撃ちます』

「ッ!」

 

 キンジとオオカミの戦闘が始まってからかれこれ1分。オオカミが天井に届かんばかりに高く跳躍した時、あくまで淡々とした口調でレキから合図が送られる。今まさに新たな手札を切ろうとしていたキンジは即座にバックステップでオオカミから距離を取る。合図をしたら全力で退けとレキから事前に言われていたためだ。

 

 そして。キンジがオオカミから十分に離れたのと同時に、ターンと、レキのドラグノフが火を噴いた音が聞こえた。しかし。どうやって背後&遥か遠方からの銃弾を察知したのか、オオカミはこれすらも薄皮一枚の所で避けてしまう。今、オオカミは自在に身動きの取れない空中にいるにもかかわらず。

 

「おいおい!?」

 

 失敗した。キンジが表情を険しくする中、オオカミを襲う凶弾となりえなかった黒い銃弾はそのまま床を穿つ。刹那、銃弾を中心に床にビキリとヒビが入ったかと思うと、銃弾は鼓膜を破らんばかりの爆発音とともに辺り一帯に紅蓮の炎をまき散らした。

 

「なッ!?」

 

 キンジは巻き上がる爆風から身を守るために思わず両腕で顔を覆う。ついうっかり吹っ飛ばされることのないように両の足でしっかりと踏ん張る。その両腕に守られたキンジの両目が、モクモクと周囲を支配する煙の隙間から、為す術もなく下階へと落下していくオオカミの姿を捉えた。レキが何らかの方法――おそらく炸裂弾(グレネード)でも使ったのだろう――でオオカミが自身の着地場所と定めていた場所を跡形もなく破壊した以上、オオカミの落下は当然の結実だ。

 

 と、そこで。キンジは立ち込める煙の影響でオオカミを見失う。その直後、再びターンとレキの射撃音が微かに響く。そして。ドラグノフの発砲音の後を追うようにズーンと廃ビルを上下に揺らす重低音が反響した。

 

(オオカミは!? 倒せたのか!?)

 

 揺れが収まるまでその場で待機していたキンジはオオカミの生死を確認しようと階段を使って4階へと駆け降りる。もちろん、オオカミの落下地点から飛び降りてショートカットをするような真似はしない。

 

「何て、奴だ……」

 

 キンジは地に横たわるオオカミの姿に戦慄を覚える。果たして、オオカミは生きていた。その体から血を一滴も流していないことから鑑みるにどうやらレキの二発目もオオカミに命中しなかったようだ。オオカミのあまりの回避能力の高さにキンジは息を呑む。

 

 しかし、オオカミに外傷は見られないというのに、オオカミが俺に敵意を見せるだけで全然動こうとしないのは一体どういうことだろうか。上階から落下しただけでどこか体の内部に致命傷を負ったとはとても思えないというのに。

 

「脊椎と胸椎の中間、その上部を銃弾で掠めて瞬間的に圧迫しました。今の貴方は脊椎神経が麻痺し、そのため首から下が動かない。とはいえ、5分もすればまた元のように動けるようになっているでしょうが」

 

 脳裏に湧き上がるキンジの疑問に答えるようにして、いつの間にかオオカミの元へとやって来たレキがオオカミに語りかける。レキは二発目を外してはいなかった。それどころかオオカミの回避能力を計算に入れた上で、どこまでも正確で精密な射撃をやってのけた。レキの並外れた実力を改めて認識したキンジの背にゾゾゾッと戦慄が走る。

 

「主を変えなさい。今から、私に。そうでなければ、都会から姿を消して野生として生きなさい。その他の選択肢は認めません。妙な真似をすればここで射殺します。制限時間は3分です。さぁ、貴方はどうしますか?」

 

 自らしゃがみ込んでオオカミと視線を合わせたレキはオオカミに問いかける。白銀のオオカミはレキを凛と睨む。体の制御がきかず圧倒的不利な立場に立たされているにもかかわらず、オオカミの姿はやはり凛然としている。そこらの人間なら竦みあがっているであろうオオカミの視線をレキは当然のごとく受け止め、淡々とした視線を返す。

 

 無言のまま、微動だにせず、ただただ見つめ合う両者。それからきっかり3分後。キンジが居心地の悪さを感じ、空気を読んで廃ビルから去ろうとした頃。体の痺れから解放されたオオカミはレキに服従するかのように、レキのふくらはぎにスリスリと頬ずりをした。レキは恭順の意思を示したオオカミに応えるように頭をよしよしと優しく撫でる。

 

 視線を交わす。見つめ合う。ただそれだけでオオカミを手なずけるとは。長年連れ添ったペットと飼い主のように見える光景にキンジが内心で驚愕していると、レキの纏う雰囲気が一気に変貌した。その際。レキの琥珀色の瞳がキラーンと怪しく光った、そんな気がした。

 

「そうですか。それでは、これからは私と戦いましょう。24時間年中無休、戦って戦って戦って戦って戦いまくりましょう。お互いの力を最大限にまで高めましょう。遥か高みへ目指しましょう、私の同志。大丈夫です。急所は外しますから」

 

 レキの口から放たれた言葉に、頬ずりをしていたオオカミがビキリと固まった。石像もかくやと言わんばかりに。

 

「さぁ、さぁさぁさぁさぁ」

 

 レキは能面を思わせるような無表情のまま、それでもどこか琥珀色の瞳を爛々と輝かせつつ、ズイズイと顔を徐々にオオカミへと近づけていく。この時、オオカミは切に感じたことだろう。あ、選択肢間違えた、と。

 

「キャゥウウウウウン!!」

 

 結果、オオカミは情けない鳴き声とともに逃げ出した。途中で足をもつれされて派手に転倒するもすぐさま起き上がり、バヒューンとでも効果音が付きそうなほどの猛スピードで逃げていった。その逃げ様からはオオカミの必死の思い、もとい生存本能がひしひしと伝わってくる。

 

「……そうですか。野生に帰るのですね。自分の生き方は自分で決める。誰にも縛られるつもりはない。そういうことですか。彼のモフモフを手放すのは少々惜しいですが、まぁ……それが彼のためにも一番いいのかもしれませんね」

「いやいや。アレ、ただレキに怯えて逃げ去っただけだと思うんだが? というか、アレをこのまま放っておいたら大変なことになりそうなんだが、放置したままでいいのか?」

「大丈夫です。『風』もそう言ってます。……この世界で生きるのは大変でしょうが、彼にはどうか何事もなく天寿を全うしてもらいたいものです。彼にもきっと守るべき家族がいるのでしょうし」

「……もういいや。レキがそれでいいってんならそれで。あれだけ怖い思いをすればもう人間を襲おうなんて思わないだろうしな。……というか、レキがあのオオカミ追ったのって、まさかとは思うけど、ペットにしたかったからとかじゃないよな?」

「そのまさかですけど? それにしても、残念ですね。一応名前も考えたのですが。男ならアザゼル、女ならナイアルラトホテップと名付けるつもりだったんですけどね」

 

 夕日を見据えて純粋にたそがれている風なレキを前にキンジは「おいおい……」と半眼を向ける。夕日とレキとのセットが無駄に絵になっているのが地味にムカつくキンジであった。

 

 けれど。結局わからないままだ。なぜこんな街中にオオカミが現れたのか。わざわざ俺とレキを狙ったのか。俺だけならイ・ウーからの刺客とも考えられるのだが、それだとイ・ウーと関わりのないレキが襲われる理由がない。

 

(けど、これが多分ユッキーの言ってた『オオカミ』だと考えると、次は『魔王召喚の儀式中の凄く怪しい悪魔』ってことになるのか……)

「さて、キンジさん。オオカミの一件が無事に片付いたことですし、さっきの続きをしましょうか」

「……え? さっきの続き?」

「はい。一時休戦と言ったでしょう? では、早速始めましょう」

「え? は? ちょっ、待っ――」

「問答無用です」

 

 キンジが思索を巡らせていると、野獣のごとくギラついた眼光をしたレキがドラグノフを手に再戦宣言をする。かくして。キンジの制止の声もむなしく、レキとの苛烈極まりない戦闘が再開されるのだった。

 

 

 

 ……その後。とある解体作業中の廃ビルが跡形もなく倒壊したのはまた別の話。

 

 

 

 




キンジ→レキのあまりの実力に内心で戦々恐々としている熱血キャラ。いつの間にか『新しい武器』とやらを所持している。
レキ→武偵弾の使用をためらわないバトルジャンキー。白雪の占いで『いつになくやる気な戦闘狂』扱いされている。何気にネーミングセンスが皆無だったりする。

レキ「くにへ、かえるんだな。おまえにも、かぞくがいるだろう」
オオカミ「そうするワン」

 というわけで、63話終了です。まさかのハイマキさんがレキさんの相棒とならないという展開。まぁ、ここのレキさんはかなり魔改造されてますのでハイマキさんがいなくてもきっと何とかやっていける……はず。


 ~おまけ(突発的ネタ:こんなハイマキは嫌だ)~
※ハイマキ好きの人はくれぐれも閲覧厳禁でお願いします。

レキ『準備OKです。キンジさん、オオカミと接触してください』
キンジ「了解(←廃ビル内へと侵入するキンジ)」

オオカミ「……」
キンジ「……(こうして見ると、改めて威厳ってのが感じられるよなぁ。さすがは肉食獣だ)」
オオカミ「……(スクッ ←いきなり後ろ足二本で立ち上がったオオカミ)」
キンジ「……(え、えー。ちょっ、何かこいつ仁王立ちしてるんだけど? それにゴゴゴゴゴゴッって効果音も聞こえてくるんだけど!? え、何これ。何なのこのオーラ? 何がどうなってんの?)」
オオカミ「(´・ω・`)」
キンジ「……(何か言いたげな顔してるな。構ってほしげな顔してるな。つーか表情豊かだな、このオオカミ。人間と遜色ないんじゃないのか?)」
オオカミ「(*´・ω`)y━・~~」
キンジ「……(おい。どこからタバコとライター取り出した? もふもふか? そのもふもふの中からか? というか、最近のオオカミはタバコを吸うんだな。シラナカッタナー、うん。後でアリアにも教えておこう ←現実逃避)」
オオカミ「――待ちわびたぞ、ニンゲン(←キリッとしつつ)」
キンジ「ッ!?(喋った!? こいつ喋ったぞ!? しかも何気に福山ボイス!?)」
オオカミ「アバアアアアアアアアアアアアアルジェエエエエエエエエエエッヒ!!(←両手を広げて高らかに咆哮するオオカミ)」
キンジ「……(吠え声気持ちわるッ!? 何これ、呪いでも付加されてんのか!?)」
オオカミ「キェアアアオルアアアアヴィアアアアアアアアアアッヒ!!(←どこからか取り出したチェーンソーで襲いかかるオオカミ)」
キンジ「ちょっ、チェーンソーとか反則だろぉぉおおおおおお!?(←たまらず逃げ出す強襲科Sランク武偵。気持ちはよくわかる)」

レキ「……」
レキ「……」
レキ「……やっぱり殺しましょうか、あれ(←ペットにするのを止めた子)」

※オオカミさんは後でキンジくんとレキさんが美味しくいただきました。


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64.厨二ジャンヌと変わりゆく日々


武藤「……おのれリア充。爆発しろ……」

 どうも、ふぁもにかです。今回は主人公キンジくん不在の幕間回であり、一時はリクエストの多かった例の二人の話です。まぁそんなわけで今回の話は本編自体には全く影響を及ばさないので、見なくても全然問題なかったりします。



 

 時は少しさかのぼる。

 キンジとレキがコーカサスハクギンオオカミと出くわした、ちょうどその頃。

 

「く、屈辱だ……!」

 

 放課後の東京武偵高にて。ジャンヌ・ダルク30世は不機嫌に廊下を歩いていた。夕日に映える銀糸のような髪が歩調とともにたなびく姿はまさに絵に描いたような美少女そのものなのだが、明らかに苛立ちを見せていることがその魅力をわずかながら無効化してしまっている。

 

 さて。一時は策略を巧みに駆使して星伽白雪を誘拐しようとしていた超偵狙いの誘拐魔がどうして制服姿で武偵高にいるのかというと、簡単な話、ジャンヌがパリ武偵高からの留学生として東京武偵高に通うこととなったからだ。司法取引の果てにジャンヌに課せられた条件の一つであるため、当然ながらジャンヌに拒否権はない。

 

(クッ、なぜ我がこんな仕打ちを受けなければならないのだ!? 我は泣く子も逃げ惑う銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だぞ!? 氷と雷とのハイブリッド超能力者(ステルス)だぞ!? 通わせるなら通わせるで、せめてリコリーヌと同じクラスにするぐらいの配慮があってしかるべきではないのか!? なぜA組じゃなくてB組なんだ!? しかもB組は例のあの女が担任をしているし――)

 

「あ、ダルクさん」

「ひぅ!?」

 

 ジャンヌが頭の中で延々と負の感情をさらしていると、不意に背後から声をかけられる。その際、声をかけられた当の本人の口からつい情けない悲鳴が漏れる。後ろを振り向きたくない思いにどうにか蓋をしたジャンヌがギギギッとぎこちない動きで背後に視線を送ると、そこには噂をすれば何とやら、つい最近ジャンヌにトラウマを植え込んだ2年B組担任:綴梅子が立っていた。

 

「い、いつの間に我の背後を――!?」

「へ? ただ普通に近づいただけやけど?」

 

 動揺に満ちたジャンヌの問いかけに綴は首をコテンと傾ける。傍から見れば非常に可愛らしい動作なのだが、ナチュラルに背後を取られたジャンヌにとって綴の反応は恐怖を助長するだけでしかなかった。

 

「それより新しい環境はどうや、ダルクさん? もう馴染んだかな?」

「ハッ。どうして我がこんな所に馴染む必要がある。むしろ馴染まないといけないのは周りの方だ。何だ、あの群れるだけの低レベルな連中は? 無能にも程がある」

「まぁまぁ、未熟なのは仕方あらへんよ。皆まだ子供なんやし」

「クックックッ。子供だから何だ? そんなもの関係あるか。一般人が到底持ちえない武力を平然と行使することが許された世界で年齢など言い訳になるわけがない、違うか?」

 

 ジャンヌが綴への恐怖をごまかすように綴の甘さを非難すると、対する綴は曖昧な笑みを浮かべて腕を組み、「……う~ん。まぁ、確かに一理あるなぁ」とうなずく。教師としてはジャンヌの意見を認めるのはどうかと思うが、あくまで一個人としては同意できる、といった感じの反応だ。

 

「ま、でも折角こうしてここに通っとるんやし、皆と仲良くしてやってや。やないと――またダルクさんで実験しちゃうかもしれへんよ?」

「ッ!?」

「ほな、また明日♪」

 

 綴はジャンヌの耳元で空恐ろしい発言を残した後、後ろ手でひらひらと手を振りつつその場を去っていった。綴の一言でかつて自分が経験した時計部屋のことを思い出したジャンヌはガタガタと体を震わせる。体のコントロールが効かなくなったジャンヌは自分の体がうっかりくずおれてしまわないように廊下の壁にもたれかかるので精一杯だった。

 

 それから数分後。何とか落ち着きを取り戻したジャンヌは深く深く嘆息する。

 なぜ銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)でありイ・ウーの一員たる自分が学生生活を強いられているのか。理由なんて決まっている。考えるまでもない。

 

(所詮、我が敗者だということか……)

 

 敗者に人権はない。今まではそんな世界で生きてきたのだ。イ・ウーに関する情報を外道極まりない手段で無理やり吐かされた経緯があるとはいえ、そこから考えればこの待遇は素晴らしく優しくて、同時にぬるいものだ。不満はあるが、ここは割り切るしかないだろう。

 

(……クックックッ、覚悟しておけよ。今はあくまで雌伏の時だ、いずれ目にもの見せてやる)

 

 ジャンヌはネガティブに染まった考えを振り払うように軽く頭を左右に振ると心の中で綴への復讐を誓う。それからジャンヌはニィと笑みを浮かべた状態で再び廊下を歩き始める。その赤と青のエセオッドアイの瞳が一人の男子生徒を捉えた瞬間、ジャンヌの双眸はこれでもかと見開かれた。

 

 なぜなら。ジャンヌの視線の先で歩を進めるその男子生徒は、東京ウォルトランドにて花火大会が開催された時、葛西臨海公園駅で男衆に絡まれていたジャンヌを助けてくれた人物――不知火亮――だったからだ。

 

「貴様、あの時の――ッ!」

 

 ジャンヌは思わず不知火を指差し、驚きの声を上げる。同時に自身の容姿を褒められたことがフラッシュバックしたジャンヌは思わず顔をわずかに赤くする。一方。いきなり指を差された不知火は歩みを止めてジャンヌのいる方向へと体を向けると「ん? 誰だ、テメェ?」と胡乱げな眼差しとともに言葉を返した。

 

「なッ!? 誰だ、だと!? 貴様、忘れたとは言わせないぞ、制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)! 花火大会の時に確かに会ったではないか!?」

「いや、だから誰だよテメェ? テメェみたいな知り合いなんて俺にはいねぇぞ?」

 

 不知火の思わぬ発言にジャンヌはずかずかと不知火へと詰め寄り、襟を両手で掴んで声を荒らげる。しかし、それでも不知火の反応は一貫したままだ。

 

 本当に忘れてしまっているのか。それともただとぼけているだけなのか。桁外れに可愛いなどと平然と言っておきながらこの男は……! とジャンヌが内心でふつふつと怒りをたぎらせていると、ふとジャンヌは当時の自分が黒髪版:神崎・H・アリアの変装をしていたことを思い出した。

 

「――っと、そうか。そういえばそうだったな。それならば我のことがわからないのも無理はないな。うむ」

「おい。なに一人で勝手に納得して――って、待て。その変な喋り方どっかで聞いたような……」

 

 不知火の反応に合点のいったジャンヌは不知火の襟から手を放して得意げに腕を組む。そして。ジャンヌの変わった話し方から曖昧な記憶を引きずり出そうと奮闘する不知火にジャンヌは委細を説明した。もちろん、あの時の自分が星伽白雪の誘拐を画策していたことは伏せてだが。

 

「あー、なるほど。あの時、あの野郎どもに絡まれてた奴か」

「うむ。そうだ。で、だ。……あの時は助けてくれて、感謝する」

「? 何だ、いきなり?」

「なに、あの時は感謝の言葉を伝え忘れていたのでな。またこうして会える機会があって助かった。それもこれも女神の加護の賜物だな」

「……たかがお礼ぐらい、そんなに気にすることじゃねぇと思うけどなぁ」

 

 ジャンヌの感謝の言葉を受けた不知火は投げやり気味に言葉を吐く。ジャンヌがサラリと口にした女神の加護云々については華麗にスルーして。

 

「しっかし、お前も武偵だったのか。なんで神崎さんとそっくりの変装をしてたかは知らないけど、武偵ならわざわざ俺が助けるまでもなかったかもな。余計な手出しだったか?」

「い、いや、そんなことはない。あの時はうかつに力を振るえない状況だったからな」

「そっか。なら問題ないな」

 

 不知火はジャンヌから視線をズラし、窓を通して外の景色を見やる。ジャンヌは何の気なしに不知火の横顔を見つめる。直後。ドクンと、唐突に胸が高鳴る感覚を覚えた。

 

(な、なぜだ? なぜ我はこうもドギマギしているのだ……!?)

 

 ジャンヌは顔面に血液が集中しているような錯覚に内心で狼狽する。今まで感じたことのない未知の感覚に混乱する。まるで自分の体が自分のモノじゃなくなったみたいだ。何がどうしてこうなった。ジャンヌは自身に発生した異常事態に対処するために弾かれたように不知火の横顔から目線を離し、はやる気持ちを収めようと胸に手を当てて深呼吸をする。

 

(お、おおおお落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け餅つけ落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け餅つけ落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けぇぇえええええええええええええ――)

「つーかさ」

「――ッ!? な、何だ、制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)?」

「いや、お前って結構変わった喋り方するんだなって思ってさ。アクセントも独特だし」

「あ、いや、これはカッコいいと――」

 

 気持ちを静めている最中に不知火に声をかけられたジャンヌは裏返った声で応答する。その後、自身の口調について触れてきた不知火にジャンヌは自身の考えを率直に口にしようとして、言葉に詰まる。唐突に、目の前の男相手に己の口調を誇る類いの発言をしてはいけない気がしたからだ。

 

「――コホン。まだ、日本語に慣れなくてな」

「あー、まぁ、日本語って外人からしたら難しいって話だしな。平仮名、片仮名、漢字の三種類をマスターしないといけないってだけで異様に難易度高そうだし」

「ま、まぁな」

 

 自身の直感を信じることにしたジャンヌは咳払いをすると、即興のウソを吐く。対する不知火は「大変だな、お前」と言いたげな瞳をジャンヌへと向ける。

 

「そんじゃ、そろそろお暇させてもらうわ」

「え、あ……」

 

 と、そこで。携帯で現在時刻を確認した不知火は実にあっさりとその場を去っていく。徐々に遠ざかる不知火の姿に言い様もない寂しさを感じたジャンヌの表情に影が差す。

 

 今日は偶然、自分を助けてくれた恩人とも言える男と出会うことができた。しかし、これからも今日みたいに偶然会えるとは限らない。東京武偵高の規模が案外大きい以上、未だ名前も年齢も専攻も知らない一生徒とバッタリ再会しましたなんて状況がそう何度も発生することは期待できない。

 

 いや、顔はしっかりと覚えたのだからまた会いたいのなら探し出せばいいだけだ。探し出すこと自体はそこまで苦労しないだろう。ただ問題はその先にある。

 

 それはあの男が自身に対してあまり友好的な態度を示さなかった点だ。そうなると、今回みたいに何かしら会って話す理由(※例:お礼を直接言う)がない限り、こちらから接触を試みた所で大した成果は得られないだろう。それどころか、下手したら煩わしく思われる可能性だってある。

 

(どうしたらいい? どうしたら今日みたいに話す機会を作り出せる……?)

 

 ジャンヌは必死に頭を働かせる。どうして自分がこんなに躍起になっているのか、会ってもっと色んな事について話したいと思っているのかわからないままに、ジャンヌは己の策士の一族としてのスペックを最大限利用して考えを巡らせる。

 

 

 ――そして。策士ジャンヌは閃いた。

 

 

「ま、待て。待ってくれ」

「あ?」

「その、よかったら、にッ、日本語を教えてくれないか? その、書き言葉は大体何とかなっているのだが、話し言葉に関しては中々覚えが悪くて、苦労しているのだ。だから、手を貸してほしい」

 

 ジャンヌは急いで不知火の進行方向へと回り込むと、不知火の目を一心に見つめて頼みごとをする。もちろん、日本語に苦労している発言は真っ赤な嘘である。というのも、イ・ウーの公用語は日本語とドイツ語であり、ジャンヌはそのどちらもきちんと習得しているからだ。ゆえに、日常生活に支障をきたすレベルはとっくに脱している。

 

 外国人にとって日本語習得は難しい。その認識を相手が抱いている以上、日本語を教授してくれる、なんて展開になれば必然的に眼前の男と会う機会は多くなる。その間にある程度親密な仲にまで進展させれば万事OK。そのような魂胆の元でのジャンヌの作戦である。

 

「ハァ? なんで俺が?」

「えッ……」

「ったく、一度助けたからって何度も助けてくれるなんて思うなよ。そーゆーのはその辺のお人好しな奴にでも頼め。それに、俺から学んだって逆にややこしくなるだけだしな」

 

 我ながらとっさに考えついたにしては中々に良案なのではないか。内心で自画自賛するジャンヌの思考を遮ったのは不知火の突き放したような声だった。不知火は一息にジャンヌの提案を拒否すると、ふぅとため息を吐く。

 

 一方。提案を拒否された当の本人たるジャンヌの表情がまるで捨てられた子犬のような絶望に満ちたものへと変わる。この時。ジャンヌは聖剣デュナミス(以下省略)が折られた時と同等、いやそれ以上のショックを受けていた。が、不知火の言葉はこれで終わりではなかった。

 

「けど、そうだな。もしかしたら偶然、何の用事もない時にテメェの前を通りかかるかもしれないな。その時なら特に問題ない」

「……え?」

「ここで生活するってんなら早めに日本語マスターしといた方がいいだろうし、明日から早速取りかかるか。さすがに毎日とはいかねぇけど、とりあえず放課後でいいか?」

「あ、あぁ。それで構わない」

 

 呆然と立ち尽くすジャンヌをよそに、不知火はどこか歯切れ悪そうに言葉を紡ぐ。その遠回しな発言の意図を瞬時に察したジャンヌはあくまで表面上は冷静に返答する。しかし、心の奥底では狂喜乱舞の有り様と化していた。

 

(……わからない。なぜ我はこんなにも嬉しいなどと思っているのだ?)

「つっても、教えろって言われても何をどう教えればいいかなんて漠然としすぎてよくわかんねぇからな。あらかじめ教えてほしい場所考えとけよ」

「うむ。わかった」

「――っと、そうだ。まだお前の名前を知らなかったな。俺は不知火亮。2年A組で強襲科(アサルト)を専攻してる。お前は?」

「わ、我は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)――じゃなくて、ジャンヌ・ダルク30世だ。2年B組、情報科(インフォルマ)所属だ。よろしく頼む」

「あぁ」

 

 ジャンヌの中の冷めた部分が自分自身に疑問を呈する中、ここでようやく自己紹介をしていなかったことに気づいた不知火は改めてジャンヌへと向き直る。そして。互いに名前等を名乗った後、どちらからともなく差し出された手を握るジャンヌと不知火。この出会いを契機に、過去に一度接点があっただけの二人の日々に彩りが生じ始めることを二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 ちなみに。

 

「いやぁー、青春やなぁ……」

 

 二人の出会いから握手までの一部始終を陰からこっそり覗いていたとある女教師の存在に二人が気づくことは終ぞなかった。

 




ジャンヌ→司法取引の結果、東京武偵高に通うこととなった厨二少女。不知火の前では、厨二な言動はほとんど鳴りを潜めている(あくまで今の所だが)。割とチョロい。余談だが、時計部屋を経験して以降、時計を一切使わない生活を実践している。
不知火→高1の2学期で夏休みデビューを果たし、不良と化した子。ツンデレ疑惑発生中。何気に『熱血キンジとHSS』以来の42話ぶりの本編登場だったりする。
綴→ここ最近、ジャンヌいじりを趣味としている既婚教師。そのため、ジャンヌに対しては存分にSっ気を発揮している。

Q.ここのジャンヌちゃんはどうしてこんなにチョロい娘なんですか?
A.だってジャンヌちゃんだもの。

 というわけで、64話終了です。不知火くん主催の日本語教室でジャンヌちゃんが不良言語を身につけるフラグですね、わかります(笑)
 それにしても、ここだと不良少年と厨二少女との異色のカップリングですが、原作の二人のカップリングでも悪くないと思うのは私だけですかね?


 ~おまけ(ちょっとしたネタ)~

不知火「ったく、一度助けたからって何度も助けてくれるなんて思うなよ。そーゆーのはその辺のお人好しな奴にでも頼め。それに、俺から学んだって逆にややこしくなるだけだしな。けど、そうだな。もしかしたら偶然、何の用事もない時にテメェの前を通りかかるかもしれないな。その時なら特に問題ない」
ジャンヌ「……え?」
不知火「べ、別にあんたの為に頼みを聞いてあげようとか、そんなこと全然思ってないんだからねッ!(←裏声かつ頬を赤らめつつ)」
ジャンヌ「えぇぇ……(←ドン引き)」
不知火「ねぇ、聞いてるの!?(←ビシッと指差しつつ)」
ジャンヌ「あ、え、う、うむ(←とりあえずうなずくジャンヌ)」
綴「……(←絶句)」


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65.熱血キンジと不死鳥の宿縁


アリア「電柱の陰でずっとスタンバッてました」

 どうも。ふぁもにかです。今の私の執筆具合だと、おそらく原作5巻のVS.シャーロックの話が終了する頃には軽く120話超えてるんじゃないかと思えてしまう今日この頃です。……長い道のり極まりないですね、ええ。

 それにしても、今回のサブタイトルがいつになく意味不明な件について。これだけじゃ何のことを指した言葉かなんてまずわからないでしょうね。

P.S.
ふぁもにか「き、貴様、何者だ!? どうしてここがわかった!? ――なッ!? テスト、だと……ッ!? バカな、もう『時』が来てしまったというのか!? クッ、かくなる上は戦略的撤退を――ッ!? 貴様、何をする!? 止めろ! 放せ! 私から自由を奪わないでくれぇぇぇえええええええええええええええ!」



 

 キンジがアリアの調子がおかしいことに疑問を抱き、朝食を提供しつつ白雪から原因を聞き、不意打ち極まりない形で理子と再会し、運悪く中空知の相手をすることとなり、レキと協力してオオカミを撃退し、やる気満々なレキから逃げ延びるという、キンジにとって実に濃厚な一日を過ごしたその晩。

 

「峰さんに接触された!? どういうことですか、キンジ!?」

 

 真剣な表情をしたキンジから不意に「話がある」と切り出され、理子とバッタリ再会したことを告げられたアリアの甲高い声が部屋中に響いた。今日は武偵高に通わずに単独で簡単に済む依頼(※あくまで強襲科(アサルト)Sランク武偵目線の印象である)をちゃっちゃと終わらせていたために、今日から理子が再び武偵高に通い始めたことを知らなかったが故のアリアの反応である。

 

「まぁ落ち着け、アリア。もっとクールに行こうぜ」

「これが落ち着いていられ――むぐッ!?」

 

 キンジは声を荒らげるアリアの口にももまんをねじ込みつつソファーに座らせると、簡潔に事情説明に入る。強襲科Sランク武偵らしい、実に淀みない無駄に流麗な動きである。ももまんをねじ込まれた当のアリアは最初こそ眉で不満をありありと示していたものの、すぐに邪気のない笑顔に切り替わる。ももまん様々である。

 

 

「なるほど。司法取引、ですか……」

 

 数分後。モキュモキュとももまんを堪能しつつキンジの話を聞き終えたアリアはスッと瞳を閉じる。神妙な顔をしようと努めているのにももまん服用効果ですっかり頬が緩んでいる様は見ていて何とも微笑ましい。

 

「で、だ。今の理子を犯罪者として捕まえられない以上、アリアの母親を救うためにはどうにか理子が自主的に証言台に立つように仕向けないといけない。そのためには――」

「峰さんの依頼を引き受けて彼女に貸しを与える必要がある、ということですか」

「そういうことになる」

「その依頼の詳細は聞いていないのですか?」

「あぁ。3日後にテキトーに場所を設けて、そこで話すってさ。で、どうする?」

 

 無意識の内に見た目に違わぬ小動物っぷりを見せるアリアをよそに、キンジはアリアの意思を問う。ちなみに。キンジの口にした3日後云々の話は、中空知から解放されたキンジが教室に戻った時に机の中に置かれていた理子からのメモ書きによるものだ。いくらメモ書きの内容から『イ』と『ウ』と『ー』の文字を抜かして逆さまから読まないと決して解読できない類いの暗号が施されていたとはいえ、さすがに無用心が過ぎるのではないかと理子を心配したのは記憶に新しい。

 

「……様子見ですね。ひとまず話を聞くことにしましょうか」

「ん? いいのか? アリアのことだから、てっきり断るもんだと思ってたんだが……」

「まぁ、さすがにイ・ウーの仕事を手伝わされるのはゴメンこうむりますが、それ以外の依頼なら引き受けても大して支障はないでしょう。あまりくだらないことで時間を無駄にしたくはありませんが、それと引き換えに峰さんの証言がもらえるのなら安いものです。とにもかくにも、まずは話を聞かないことには何も始まりませんしね」

「そっか」

 

 しばしの沈黙の後。アリアは静かな声音で判断を下す。ももまん効果が消え去ったために冷静沈着さを取り戻したアリアの姿は普段の神崎・H・アリアそのものだ。少なくとも今朝までの色々と調子の狂っていたアリアはもうそこにはいない。

 

(……これは嬉しい誤算だな)

 

 アリアにとっての宿敵:峰理子リュパン四世の登場という衝撃的事実によってアリアの様子がすっかり元通りになっている。今朝まで確かに存在していた変なぎこちなさがきれいさっぱり消失したアリアを前に、キンジは内心で安堵のため息を吐いた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして、3日後。

 

 キンジとアリアは防弾制服のままで、理子が事前に指定した場所へと赴いていた。現在地は秋葉原。インドア系統の趣味を持つ人々にとっての聖地と名高い地点であり、同時に武偵たちの間では秋葉原の人口密度具合から『武偵封じの街』と称される場所である。

 

「おっかしいな、この辺だと思うんだけど……」

 

 人気のない薄暗い路地裏にて。人一人がギリギリで通り抜けられそうな程度の細い道を右へ左へと突き進んだ末に一度立ち止まったキンジは、これまた武偵高で理子から渡された手書きの地図と睨めっこをしていた。

 

 理子の地図は目印や方角の記載こそあれど、距離や縮尺に関する情報が全くもって書かれていない。加えて、その目印も『ここにピンクの服を着た面白いおじさんがいる』だったり『この辺によく吠えるチワワがいる』だったりと、辛うじて当てにできるレベルのものばかりだ。そのため、キンジが地図を凝視して頭を悩ませるという構図が出来上がっているのである。決してキンジが方向音痴というわけではないのであしからず。

 

「……キンジ。もしかしてアレじゃないですか?」

「え? あ、ホントだ。不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)って書いてある」

 

 アリアがスッと指差した方向にキンジが目を向けると、その視線の先に確かに二人の目的地があった。不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)。それが今回、理子が自身の依頼の説明の場として指定してきた店である。ちなみに。この店がどういった系統の店なのかについてキンジたちは知らされていない。

 

「……何だか、妙に雰囲気がありますね」

「あぁ。……開けるぞ」

 

 妙に邪悪なオーラを纏っているように感じられる不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)の看板。どこか空虚さと物々しさとを感じる灰色のドア。キンジとアリアは一瞬入るのを躊躇したものの、ここで引き返すわけにはいかないと、互いに視線を合わせて一つうなずく。そして。二人はいつでも拳銃を取り出せる状態を保った上で、キンジがゆっくりとドアを開けた。

 

「「……」」

 

 ギィィとどこか恐怖をそそる音とともに少しずつ開いていくドア。その隙間からこっそり中の様子を確認しようと目を近づけたキンジとアリアの視界に入ったのは三つの人影だった。短髪に黒のサングラスをかけ、そしてガタイのいい体を黒スーツに包んだ、いかにもマフィア組織に属していそうな男三人が仁王立ちで立っている姿だった。

 

「「……ぇ?」」

 

 肝心の理子の姿がないこと。代わりにサングラスで目が隠れているにもかかわらず人相の悪さが全身から滲み出ている謎の男たちの姿があること。全くの想定外な光景にキンジとアリアは思わず声を漏らす。それは注意深く耳を澄ませていなければまず聞こえない程度の音量だったが、その声を三人の男が見逃すことはなかった。三人はまるで示し合わせたかのように一斉に、ギロリと敵意に満ちた視線をキンジとアリアに向けてきた。

 

「いッ!?」

「ッ!?」

 

 いきなり男三人の鋭い眼光に晒されたキンジとアリアは命の危機を感じ、思わずドアから飛びのく。そのまま二人は一目散に不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)から逃げようとして、パタッと立ち止まる。いつの間にか、さっき自分たちを睨んできた三人に囲まれていたからだ。

 

(い、いつの間に――!?)

「テメェら、どこの組のモンだ? どうやってここの情報を仕入れた?」

「どこまで聞いた? 洗いざらい吐いてもらおうか」

 

 黒スーツの男たちはキンジ&アリア包囲網を徐々に縮めつつ、それぞれドスの利いた声で問いかけてくる。いや、ここまで来ればもはや脅しである。Sランク武偵二人をその場に硬直させるレベルの威圧のオーラを全身から放ちながら少しずつ近づいてくる男たち。それはその辺のホラー映画を軽く凌駕する怖さだ。

 

「「……」」

「……だんまりか。ならこっちにも考えがある」

 

 状況についていけないキンジとアリア。ただ石のように固まる二人の反応を、二人が生意気にも黙秘権を行使していると判断したのか、三人の男たちの中のリーダー格らしき一人が懐からスッと黒光りする拳銃を取り出す。

 

(あれ? おいおい、ちょっと待て。これ、もしかして理子の奴にハメられた!? まさかヤのつく自由業の皆さんの拠点に乗り込んじゃった!?)

 

「――ッ」

 

 男が凶器を取り出したことにより、頭の中では未だにパニックながら、どうにか応戦しようとキンジは本能的に戦闘体勢に入る。

 

「――えっと、何をやっているのかな? U-1(ウー・アインス)?」

 

 と、その時。キンジとアリア、そして男三人を取り巻く物騒極まりない雰囲気とは明らかに場違いな女声が届いた。すると、今の今まで尋常じゃないオーラを醸し出していた三人が目に見えて狼狽を始める。

 

「お、お嬢!? どうしてここにッ!?」

「そんなことどうでもいいでしょ。それよりそこの二人はボクの招いたお客さんだよ。事前に連絡したはずだけど?」

 

 慌てふためく三人を代表した男もといU-1(ウー・アインス)の問いかけに女性の責めるような声が返される。その声はキンジとアリアにとって聞き覚えのある声だったのだが、肝心の姿は黒スーツの男たちの体格がしっかりし過ぎているために一切見えていない。

 

「……ハッ! ま、まさかこの方々がお嬢の言っていた例の客人ですか!? これは失礼な真似を! 申し訳ありません! エンコ詰めるんで、それでご勘弁くださいッ!」

「「ご勘弁くださいッ!」」

 

 女性の発言を受けたU-1(ウー・アインス)はバッとキンジとアリアの方に向き直ったかと思うとすぐさま両膝をつき、それはもう深々と土下座をする。先までとは打って変わって丁寧語で口早に謝罪を述べたU-1(ウー・アインス)は次の瞬間、どこからかギラリと光を反射する日本刀を取り出す。そのU-1(ウー・アインス)の行動に追随するように残りの男二人もそれぞれシャランと日本刀を鞘から抜き去る。

 

「いやいやいや! いいって! そういうことしなくていいって! 謝ってくれただけで十分だから!」

「そうですよ! みだりに自分の体を傷つけるのはどうかと思いますよ! 貴方たちの気持ちはよくわかりましたから、とりあえず落ち着いてください!」

 

 ヤクザを彷彿とさせる外見。謝罪。エンコ。日本刀。以上の事柄からこれから自身の眼前で発生するであろう展開を予測したキンジは日本刀を掲げる男の手首を掴む形で慌てて男たちの行動の妨害に入る。それにワンテンポ遅れてアリアも男たちの暴走を食い止めにかかる。目の前で見知らぬ他人の指が切り落とされるシーンなんて欠片も見たくないため、二人の表情は必死そのものだ。

 

「「おぉぉ……!」」

「な、何と心優しい御仁たちだ……ッ!」

 

 キンジとアリアが情けをくれたと思ったらしい男たち三人は二人に感動したような眼差しを向ける。つい1分前までは敵意に満ちた眼差しだったこともあり、いきなり純粋な善意に満ちた視線を注がれるという急展開にキンジとアリアは思わずたじろぐ。世紀末の世界に出てきそうな人相をした男たちの掛け値なしのキラキラとした視線を受けた二人は居心地の悪さを感じて一歩後ずさる。

 

「ほら。わかったなら皆戻って。店前で集まってると他のお客さんの迷惑になっちゃうよ?」

「「「――了解です、お嬢!」」」

 

 と、場が沈静化しつつあるのを見計らった女性がパンパンと手を叩いて男たちの迅速な行動を急かす。そして。男たちを店内へと退散させると、女性は「はぅ……」と気の抜けたため息を吐く。

 

「ご、ごめんね、驚かせちゃって。ささ、入ってよ。遠山くん、オリュメスさん」

 

 その後、恐る恐るキンジとアリアの反応を伺うようにして店内へと誘導する女性。それは、いつものように改造制服に身を包んだ峰理子リュパン四世の姿だった。

 




キンジ→ここの所、アリアの扱いが若干雑になっている感が否めない熱血キャラ。中空知美咲、オオカミ、ヤのつく自由業をやっているっぽい男三人と、つい恐れをなしてしまう対象と最近何かと立て続けに出会っていたりする。
アリア→一応メインヒロインなのにここ4話ほど出番のなかった哀れな子。……原作3巻は実質りこりんヒロインの話だから仕方ないよね! うん!
理子→今回はビビり要素が控えめだったビビり少女。ヤのつく自由業をやっているっぽい男三人を従えている模様。さっすがりこりん!
三人のモブ男→ヤクザっぽい外見をしているキャラの濃いモブ三人衆。無駄にハイスペックなため、逃げようとするキンジとアリアの逃走ルートにナチュラルに先回りしたりする。

 というわけで、65話終了です。原作ではメイド喫茶で発生していたりこりんとの会話イベントですが、折角の二次創作なので場所を変更させてもらいました。さて、キンジくんたちがやって来た場所は果たしてどこでしょう? ま、店名でもう予測できると思うけど。


 ~おまけ(ネタ:一方その頃 注目度の高いハイマキさん)~

オオカミ「……(←任務失敗により帰る場所を失い、とりあえず体育館裏に潜伏してるオオカミさん。いつ戦闘狂(レキ)が現れるかわかったものじゃないと恐怖を抱いているためにロクに睡眠もとれず、それなりに衰弱している)」

武藤「……動物園から逃げた、のか……?(←体育館裏に勝手に作った地下室から)」
中空知「そういえば動物実験ってまだやったことなかったなぁ……(←体育館裏の物陰から)」
風魔「……捕獲したら面白そうなことになりそうでござるな。ニンニン♪(←体育館裏周辺の電柱の上から)」
白雪「あの子、誰かのペットなのかな? ……もふもふしたいなぁ。ちょっとでいいから触らせてくれないかなぁ? あ、ビクッてしてる。可愛い(←体育館裏周辺の草むらから)」
ジャンヌ「あの様子から察するにブラドから逃げたようだな。……ふむ、ちょうどいい。そろそろ銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たる我にも自由の利く下僕が必要かと思っていた所だ(←武偵高から望遠鏡を覗きつつ)」
もう一人の神崎さん「おいおいおいおい!? なんでこんな所にオオカミなんかいるんだよ!? 今は大人しくしてるからいいけど、下手したら大惨事になるぞ!?(←体育館内部から)」

オオカミ「クゥゥン……(やけに見られてる気がするワン)」

 何だかんだで体育館裏に集うことに定評のある主要メンバーたちであった。


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66.熱血キンジと喫茶トーク 前編


 どうも、ふぁもにかです。今回の66話はテストオワタ\(^o^)/な気持ちをぶつける気分で執筆しましたので普段と比べて少々会話内容と地の文がぶっ飛んでいる可能性があります。そのような箇所を見つけた時は、「やれやれ、これだからふぁもにかの奴は……」といった心情で生暖かくも慈愛に満ちた眼差しで読み進めてくれると非常にありがたいです。

 あと、今回は思ったより文字数多めとなっちゃったので二話に分割することとなりました。なので、キリが悪い所で終わっている辺りはご了承くださいませ。




 

「「――厨二病喫茶ァ(ですか)!?」」

「ひゃう!?」

 

 秋葉原の一角に存在する喫茶店もとい厨二病喫茶、不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)。それなりに賑わいを見せる店内の奥の席からキンジとアリアの呆れたような声が響く。彼らの心情を一言で表すとすれば『何じゃそりゃ!?』といった所か。他方。いきなり大きな声を出した二人に、二人と向き合うようにして座る理子がビクッと肩を震わせつつも「う、うん」とコクコクうなずく。

 

「ここは知る人ぞ知る秋葉原の厨二病喫茶:不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)。略してPF。名前の通り、ちょっと変わった人たちが集まって楽しくお話するお店、かな?」

「ちょっと変わった人たち、ね……」

 

 キンジは理子の言葉を受けて周囲の音を拾おうと少しだけ耳をすます。すると、他の席から『フゥーワハッハッハッハッハッ!』や『クッフフフフハハハハッ!』、『腐腐腐腐腐腐腐腐腐腐ッ――』などといった非常に個性的な高笑いが次々と聞こえてくる。とても少し変わってるだけの人間の笑い方とは思えない。頭のネジが5本10本欠けていなければ、決してこのような周囲に不特定多数の人々がいる環境で哄笑など上げられないことだろう。

 

「えっーと、峰さん? まさかとは思いますが、さっきのヤクザみたいな人たちも――」

「うん。ヤクザに憧れて似たような格好してるだけだから、もちろん本職の人じゃないよ?」

 

 と、ここで。先ほどのやたらガタイのいい黒スーツの連中のことに思い至ったらしいアリアの問いに理子が肯定の返事を送る。強襲科(アサルト)Sランク武偵たる自身の恐怖した相手がただコワモテなだけの一般人だということを知ったアリアは「何ですか、それ……」と敗北感にうなだれる。一方。理子は理子で「というか、もしも本物のヤクザだったらボク、怖くて話しかけられないよ……」と小声でポロッと本音を漏らす。

 

「あ、でもあの人たちの持ってた拳銃や日本刀は本物だよ? あの人たち、ああ見えて本職は公安0課の人だからね」

「ふぇッ!?」

「はッ!?」

 

 理子がサラッと口にした衝撃的事実を前に、キンジとアリアはガタッと弾かれたかのようにその場から立ち上がり、驚愕の声を上げる。

 

 公安0課。それは職務上において人を殺しても何も問題ないとされる恐るべき闇の公務員のことだ。簡単に言うなら、『殺人のライセンス』を所持している世にも恐ろしい役職のことである。その実力は日本において最強クラスであり、キンジとしても自らの命のためになるべく敵対は避けたいと心から願う存在だ。

 

(……なるほどな。道理であの三人に睨まれた時、恐怖したわけだ。全力で逃げたはずだったのにいつの間にか回り込まれてたのにも説明がつく。けど……何やってんだよ、公安0課。そんなんでいいのかよ、公安0課)

 

 そんな国内最強レベルの実力を誇る公安0課の人間が厨二病を発症し、ここ不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)でヤクザ系統のコスプレ&演技を楽しんでいるという事実を前に、キンジはつい公安0課の将来に懸念を抱くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「それにしても、なんでわざわざこんな変わった場所なんか選んだんだよ。他にもっとマシな場所くらいあったんじゃないのか?」

 

 数分後。キンジとアリアがまさかの事実からどうにか立ち直った後、キンジはふとした疑問を理子にぶつける。その言葉には何気に不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)にたどり着くまでに思ったより時間がかかって苦労したことへの腹いせの意味合いもわずかながら含まれていたりする。

 

「んー、まぁ、あるにはあるけど……でも、ここなら何を話しても大丈夫だからね。例えボクたちの話を盗み聞きされても誰も話を真に受けたりしないしね」

「まぁ。それは確かにそうだろうけど……」

 

 理子の主張にキンジは再び周囲の喧騒に耳を傾ける。すると、『忘却欠片(ルール・フラグメ)による異常現象がここの所頻繁に――』だったり、『無職……じゃなかった、無色の派閥の陰謀がまた――』だったり、『ここの所、エンテ・イスラからの干渉が――』だったり、『賢人会議に続いて今度は世界再生機構だと――』だったりと、何とも厨二チックで多彩な会話が絶え間なく聞こえてくる。

 

 確かに。非現実的な会話がそこら中で繰り広げられている環境下なら、今から俺たちが『イ・ウー』やら『リュパン』やら色々と口走ったとしても誰もそれが実際に存在するものとは夢にも思わないだろう。木を隠すなら森の中。非日常トークを隠すなら妄想トークの中。そんな所か。

 

(……何か違う気ぃするけどな)

「それで、峰さん。そろそろ貴女の依頼について教えてくれませんか?」

「あ、うん。わかった。……えっとさ。遠山くん。オリュメスさん。ボ、ボクと一緒に、ドロボーしない?」

「……え?」

「……は?」

 

 キンジが思案にふける中、隣のアリアがキリッとした眼差しで、本題に入るよう理子に求める。その結果、理子の繰り出した爆弾発言にキンジとアリアは思わずビシリと硬直した。

 

「ドロボー、ですか?」

「う、うん」

「……理子。それは何かの隠語か?」

「ううん。そのままの意味だよ。ふ、二人に盗んでもらいたいものがあるんだ。いや、ええと、取り返してほしいものがあるって言った方がいいのかな、この場合? ……でも、それはボク一人じゃまず無理そうなんだ。だから人手が欲しくてさ。報酬は弾ませるつもりだから……お願い、ボクに協力してほしい」

 

 降って湧いたような理子の『ドロボー』発言を信じようとしないキンジとアリアの心情などいざ知らず、理子は話を進めていく。そして、二人に向けて深々と頭を下げる。理子の真摯な姿勢を目の当たりにした二人は、とりあえず犯罪の共犯になってほしいとの理子の言葉を逃げずに受け入れることにした。

 

「……ちなみに、その報酬って?」

「ボクのガ●ダムコレクション一式ッ!」

「「……」」

「ふふん。ビックリしたでしょ? ここまで豪華な報酬用意してるなんて思わなかったでしょ? ……どうかな? これでボクの依頼、受ける気になって――」

「お断りします。他の人を当たってください」

「人に物を頼むならせめてもうちょっとマシな報酬持って来い」

「え、ぇぇえええええええッ!? 即答!? まさかの即答ッ!? なんでッ!?」

 

 やや自信ありげに笑みを浮かべる理子に対し、キンジとアリアは冷めきった口調で突っぱねる。どこまでも冷たい眼差しを向けてくるという二人の反応が全くの想定外だったらしい理子は困惑に満ちた声を上げた。

 

「なんで、って……理由わからないのかよ」

「いや、ちょっと待ってよ、遠山くん!? 何がダメなの!? 限定品だよ!? レアものだよ!? プレミア価格になってるモノもあるんだよ!? それこそ、ネットオークションとかで出品すればきっと一千万は軽く超える代物だよ!?」

「いやいや、ガ●ダム事情なんて知るかよ」

「むしろ私としてはどうしてそのような報酬で私とキンジが動くと思ったのかが謎なんですけど」

 

 キンジとアリアの可哀想なものを見るような視線に耐えかねたのか、理子は「あう……」と力なくうつむく。しゅん、という擬態語が今の理子にはピッタリだ。

 

「あのなぁ、理子。報酬にお前のガ●ダムコレクションなんて持ち出されてもそんなのごく一部の熱狂者にしか効果ないし、そもそも俺もアリアも金で動くような人間じゃないぞ。まぁ金しか払えない依頼者が相手ならそれでいいかもだけど、理子みたいに俺たちがいくらお金を使っても入手できない貴重な交渉材料を持ってる奴が相手なら、なおさら金で納得できるはずないだろ?」

「……えっと、じゃあ、二人は報酬として何を望むの?」

 

 キンジは理子を諭すように語りかけると、理子はコテンと首を傾けつつ、二人に自身の依頼承諾の対価について問いかける。刹那、理子を見つめるアリアの視線が一瞬にして冷たく厳しいものに変質した。

 

「それをわざわざ聞くんですね、峰さん。もう予想はつけているでしょうに」

「え、いや、まぁ確かに予想はしてるけど、でも外したら恥ずかしいし……」

「……そうですね。貴女の依頼達成の暁には、お母さんの冤罪を証言台できちんと証言してもらいましょうか。私はそれで手を打ちます。というより、それが嫌なら私は降りますよ」

「え? それでいいの? ならOKだよ」

「へ? ……ホ、ホントですか!?」

 

 理子がキョトンとした表情ながらアリアの提示した条件をあっさりと呑んだことに、アリアは思わず目を見開く。どうやらアリアは自身の申し出は拒否されるものと踏んでいたようだ。

 

 アリアはバンとテーブルを叩いて勢いよく立ち上がると、真紅の瞳を希望の光でキラキラと輝かせつつ、「ウソじゃないですよね!? ホントにホントですよね!?」と対面の理子へと身を乗り出して何度も確認を取っている。対する理子はアリアのあまりの喜びように戸惑っているようだ。

 

「じゃあ、俺からは貸し一つってことで」

「ふぇ!? ……え、ええと、その、貸し一つってのはちょっと……」

 

 その後。アリアが落ち着くまで発言を控えていたキンジが提示した条件に、理子は多分に怯えを含んだ視線をキンジに向ける。当然だろう。後にキンジからどういった類いのことを頼まれるかわからない以上、貸しという名の弱みを握られることに警戒心を抱くのは無理もない。

 

(けど、アリアと違って俺にはこれといって理子に望むモノがないんだよなぁ……。でも、だからといって無償で協力なんてしたくないし――)

「あ、そうだ! ボッ、ボクの持ってる遠山くんのお兄さんの情報、全部教えるよ! ……それじゃあ、ダメかな?」

「……おい。まだそれを引きずる気かよ、理子。いい加減にしてくれ。兄さんはアンベリール号沈没事故で死んだ。もうこの世にはいない」

「……遠山くん。そのことについてずっと気になってたんだけど、それって遠山くんのお兄さんが死んだって思い込みたいだけなんじゃ――」

「――黙れよ、理子。そろそろマジで怒るぞ?」

 

 キンジは剣呑とした口調を理子にぶつける。この時、キンジは意図せず声が1トーン低くなったのを感じていた。キンジの殺気紛いの視線をその身に受けた理子は「ひぅ!?」と小さく悲鳴を上げ、身をすくめる。

 

「ご、ごごごめんなさい! 生まれてきてごめんなさいッ!」

(……ホント、何ていうか、理子と話してると毒気抜かれるよな……)

「……ハァ。というか、そこまで言うんなら何か証拠でもあるのかよ。兄さんが今も生きてるっていうさ」

「ボクがヒステリア・サヴァン・シンドロームについて知ってる、ってのは?」

「ダメだな。兄さんのヒステリアモードのことは職場の同僚たちには周知の事実だったからな。そこから情報が漏れて、回り回って理子がその情報を手に入れたって可能性は大いにあり得るだろう?」

「うッ。むぅ……あ! だったら、遠山くんのお兄さんが全国のご当地レオぽんのぬいぐるみ全235種類をコンプリートしようと頑張ってるってのはどう!? これなら証拠になる!?」

「ちょっ、なんで理子がそのこと知って――」

「――前にも言ったけど、ボクはアンベリール沈没事故の時、遠山くんのお兄さんと接触してるんだよ。その後に少しだけど一緒に行動もしてる。その時に本人がポロッと話してくれたんだけど……どう? 信じてくれる気になったかな?」

「……」

 

 キンジは理子の問いかけに思わず押し黙る。「ん? ヒステリ、サヴァン? ヒステリアモード?」と聞きなれない単語に首を捻るアリアをよそにキンジは理子の言葉を信じるか否かについて考えを巡らせる。

 

 確かに。兄さんはご当地レオぽんのぬいぐるみの収集に執心していた。兄さんは基本的に可愛いものに目がない性質で、特にレオぽんの魅力に取りつかれていたからだ。しかし。そのことを知っているのは俺だけだ。何せ、兄さんは自身が無類のレオぽん好きだということを恥ずかしいと思って秘密にしていたのだから。

 

 いや、俺が知らないだけで他の人にも話していた可能性はあるが、果たしてあの兄さんがそのような男としての人格を疑われそうな趣向に関してそう易々と他人に話すような真似をするだろうか? だとすると、理子が兄さんのレオぽんのぬいぐるみ収集癖について知っていたのは、あくまで理子の卓越した情報収集能力の為せる技ということなのだろうか?

 

 ……わからない。兄さんは死んでいるかもしれないし、実は今もどこかで生きているかもしれない。けれど、今の俺がそれを断定する確固とした判断材料を持たない以上、理子の所持する情報を無下にすることは得策ではないだろう。少なくともそれだけは十分に理解できた。

 

「ハァ、わかった。やればいいんだろ、やれば」

 

 なら、理子の依頼を受けるしかない。理子がどこまで知っているかは不明だが、今の理子をみすみす手放すわけにはいかない。キンジは自身の中でグルグルと渦巻く思考に終止符を打つようにして、兄の情報を対価に理子の依頼に協力する旨を伝える。すると、理子は「ホントに!? ありがとう、遠山くん!」と、キンジから肯定的な返事をもらえたことにパァと花が開いたかのような華やかな笑みを浮かべる。

 

(兄さん、兄さんは今も生きているのか? もしそうだとしたら……今、どこで何をしているんだ? なんで俺に連絡一つしてくれないんだ? 理子の言う通り、イ・ウーに所属してる……なんてことはない、よな?)

 

 その一方。キンジは期待と不安のない交ぜになった心境の中でポツリと呟きを漏らすのだった。

 




キンジ→何だかんだで理子の依頼を受けることにした熱血キャラ。兄が死んだと思いたいのは兄の生存という事実によって自身の打ち立てた覚悟が跡形もなく崩壊してしまうのを恐れているため。
アリア→主人公と第三章ヒロインとの狭間であんまり目立たなかった感のあるメインヒロイン。今はきっと雌伏の時。ちなみに。描写こそないが、この第66話で4つものももまんを食している。 
理子→紆余曲折こそあれ、どうにか強襲科Sランク武偵の協力者を二人ゲットできたビビり少女。一般に流通しているモノからプレミア価格がついているモノまで幅広くグッズを収集しているぐらいにはガ●ダム好き。

理子「――計画通り(キリッ)」

 というわけで、66話終了です。果たして何人の人が厨二病喫茶で会話していた人たちの元ネタに気づいたことでしょうね。とりあえず、『賢人会議』と『世界再生機構』で元ネタに思い至った人とは個人的に割と本気で友達になれる気がしますよ。ええ。

 それはともかく、りこりんの発言により金一さんの趣向が明らかに! ここまで来たらもう大体性格は予想できることでしょうね、金一さんに関しては。ましてや、カナバージョンの性格がアレだからもう救いようがないですね、うん。


 ~おまけ(とある日の兄弟の日常茶飯事)~

 自宅にて。

金一「レオぽんが一匹、レオぽんが二匹、レオぽんが三匹……ふふふふふッ。わーい、レオぽんがいっぱーいだぁー♪(←喜色満面でレオぽんのぬいぐるみの山にダイブする見目麗しい青年)」
キンジ「……(何この光景。兄さん可愛い。超可愛い)」
金一「――ッ!? な、何だ。帰って来ていたのか、キンジ(←平静を装いつつ)」
キンジ「あ、うん、ただいま(←不自然な返答にならないように努めつつ)」
金一「あぁ。おかえり、キンジ……その(←言いよどむ金一)」
キンジ「?」
金一「今の、もしかして聞こえてたか?(←恐る恐る)」
キンジ「今のって……何か言ってたの、兄さん?(←すっとぼけ)」
金一「ッ! そうか! ならいいんだ! 変なこと聞いて悪かったな!(←ホッとした風に)」
キンジ「(今の兄さん、色んな意味で凄かったな。さっきのはしっかり脳内フォルダに保管しておかないと。あぁ、写真撮ってればよかったなぁ……)」

 ダメだこいつら、早く何とかしないと。


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67.熱血キンジと喫茶トーク 後編


理子「まだまだボクのターン、だよ!」

 どうも、ふぁもにかです。今回は全体的にシリアス風味です。それにしても、この辺の話はまだあんまりキンジくんたちとりこりんとの仲が良くないからあんまり書き進める意欲が湧きづらい部分だったりするんですよね。……ふぁもにかの執筆意欲向上のためにも、彼らには早く仲良くなってほしいものです。



 

「で、だ。色々と脱線した気もするけど、そろそろ本格的な話を聞かせてくれ。俺たちはどこの誰から何を盗めばいいんだ?」

 

 秋葉原の厨二病喫茶こと不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)にて。店員たちによって運ばれてきた飲み物、漆黒の深淵(ネガティブ・アップグルント)(※コーヒーです)を飲みつつキンジが話を促すと、理子は「あ、えっと――ちょっと待ってて」と言い残しておもむろに席を立つとそのまま店の奥へと去っていく。

 

 そして、十数秒後。パタパタといった感じの効果音がつきそうな足取りでノートパソコン片手に戻ってきた理子はテーブル上でパソコンを起動。カタカタと少しばかりキーボード操作を行ってから「ボクが盗みたいモノはここにあるんだよ」と、クルリとパソコン画面を向けてくる。

 

 そこにはとある洋館の全容を捉えた写真が映し出されていた。鬱蒼とした森に四方を囲まれた洋館。灰色と白とを基調にした色合い。禍々しい雰囲気の漂う鉄柵に、茨の茂み。ただでさえそれらの特徴だけで洋館の物々しさを助長しているというのに、写真全体の薄暗さが洋館の気味の悪さにこれでもかと拍車をかけている。

 

「何だか、その、薄気味悪そうな所ですね。いかにも怪談話に事欠かなそうな感じです」

「その印象は間違ってないと思うよ? 話によると、この辺は夜な夜な野犬の遠吠えが聞こえてくるらしいし」

「……まるで呪いの館ですね。こんな幽霊の巣窟となっていそうな屋敷が現代にも実在しているとは思いませんでしたよ」

「それで? この屋敷は?」

「これは横浜郊外にある紅鳴館、ブラドって奴が所有してる洋館だよ」

 

 ため息混じりに洋館の感想を述べるアリアをよそに、キンジの問いかけに理子は簡潔に答える。刹那。理子の発言にアリアが目を見開き、そのままピシリと固まった。

 

(……アリア?)

「――ブラド? 今ブラドって言いましたか!?」

「ふぇ!? う、うん、言ったけど――」

「その紅鳴館とやらにブラドがいるのですか!?」

「わッ、わからない。けど紅鳴館の所有者はブラドだから、偶には立ち寄ってる、かも。ほ、ほら! 日本に来た時の宿代わりにとかでさ!」

 

 アリアから鋭い口調で問われた理子はビクつきつつ、視線をしきりに左右に泳がせながらもどうにか返答する。理子の返答を受けたアリアは口元に手を当てると、「これで峰さんの依頼を受ける理由がまた一つ増えましたね……」と表情を険しくした。そのアリアの姿はかつて綴先生経由でユッキーを狙う魔剣ことジャンヌ・ダルク30世の存在を知った時のアリアと酷似していた。

 

(ってことは――)

「アリア。そのブラドって奴、もしかして――」

「ええ、キンジの予想通りですよ。無限罪のブラド。その二つ名の通り、今までに幾多の罪を犯し、その並外れた実力と残虐性からイ・ウーのナンバー2に君臨している人物です」

「イ・ウーのナンバー2、か。それはまた随分と大物だな……」

「怖じ気づきましたか?」

「いいや、まさか」

 

 アリアの挑発的な問いかけにキンジは不敵な笑みを浮かべ、そして互いにニィと笑う。例え次なる相手がイ・ウーのナンバー2であろうと自分たちの敵ではないと言わんばかりに。

 

 世界最強の武偵を志し日々研磨を欠かさないキンジにとって、自分と対等、もしくはそれ以上の相手と戦えるというのは基本的にいい機会だ(※ただしレキと怒り狂ったアリアは除く)。加えて、もしも相手の圧倒的な力を前に窮地に陥ったとしても神崎・H・アリアという名の頼れるパートナーがいる。このことがキンジに強敵と戦うことについて前向きに考えるように作用していた。

 

「え、ちょっ、待って! ……二人とも、まさかブラドと戦う気なの!?」

「あぁ、そのつもりだけど?」

「当然でしょう。ブラドも私のお母さんに99年分もの罪を擦りつけた許すまじ犯罪者です。戦わない理由がありません」

「む、むむ無理だよ、そんなの! 絶対無理! そんな無謀なことしたら、二人ともブラドに殺されちゃうよ!」

「……そんなの、やってみなければわからないでしょう? 戦う前から決めつけるのは止めてくれませんか?」

「戦わなくたってわかるよ! あ、あああああのブラドを倒すなんて無理に決まってる! あんなのに挑んで、勝てるわけがない! 生き残れるわけがない!」

「――ッ」

 

 ブラドに勝てないと強い口調で断言されたことで理子に侮られたと捉えたアリアは両手の拳をギュッと強く握りしめる。その両手がフルフルと震えていることからアリアの怒りのボルテージが頂点付近まで上昇しているのが見て取れる。キンジもアリアと似たような心境だったが、その激情はキンジが改めて理子を見据えた瞬間、一気に霧散した。

 

 なぜなら。キンジの目の前に、これでもかと縮こまってガクガクと震える理子の姿があったからだ。「無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ無理だ――」と連呼しながら、歯をカタカタと鳴らしながら、両手で頭を抱える理子の姿を目の当たりにしたからだ。

 

 店内が冷房で冷え切っているわけでもないのに、薄着で雪山に放り出されたわけでもないのに、見えない何かに怯えるようにブルブルと震える、いつも以上に弱々しい理子の姿。それはキンジの怒りを吹き飛ばし、驚きの感情に染めるのに十分すぎる光景だった。

 

(こ、こんなに怯えてる理子なんて初めて見たぞ……!?)

「峰さん。あまり私たちを見くびるのは止めてくれま――」

「――アリア、ストップだ。気持ちはわかるけど、ここは堪えてくれ」

「ッ!? キンジ!? どうして止めるんですか!?」

「……ここで俺たちがブラドに勝てる勝てないって押し問答しても無意味だろ? 時間の無駄だ。それに、理子を見てみろ」

「え? あ……」

 

 キンジに指摘されてようやく尋常じゃないほどに震えている理子の姿が目に入ったらしいアリアは衝撃的な光景を前に頭が冷えたのか、寸での所まで出かかっていた言葉を呑み込む。結果。爆発寸前だった憤怒の念の行き場をなくしたアリアは強く強く拳を握りしめることしかできなかった。

 

「理子、大丈夫か?」

「嫌だ、ぃぃいッいいいいい嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ止めて嫌だ嫌だ嫌だ痛い嫌だ嫌だ殺して嫌だ嫌だ嫌だ痛い嫌だ酷い嫌だ痛いなんで嫌だ嫌だ嫌だ苦しい嫌だ嫌だ痛い嫌だ殺して嫌だ嫌だ止めて嫌だ痛い嫌だ嫌だ助け――」

「――って、理子ッ!!」

 

 アリアが己の感情の処理に苦労する一方。理子は頭を抱えていた両手で髪を掻きむしるようにして、涙をボロボロと零しながら、絶望に染まりきった表情で、ただただ感情のままに言葉を紡ぐ。今の理子を放置するのはマズいと、キンジはすぐさま理子の腕を掴む。そして。理子を正気に戻すためにキンジは声を張り上げた。

 

 至近距離でキンジの大声を聞いた理子は一瞬だけ放心するも、すぐに「ひゃッ!?」と肩を震わせる。それから理子は「ふぇ、え? へ? え?」と何とも気の抜ける声とともに周囲をキョロキョロと見渡し始める。その姿からは、先までの異様なまでの怯えを見せる理子がすっかり消失していることが読み取れた。

 

「おい。ホントに大丈夫かよ、理子?」

「う、あ、あれ? 遠山くん。ボク、何か変なこと言った?」

「あ、いや……悪い、トラウマに触れるような真似して。今のは俺たちの落ち度だった」

「?」

「……すみません、峰さん。少し熱くなり過ぎました。以後気をつけます」

「え? いや、ボクも、その……ごめん。二人の実力を全否定するようなこと言って。二人が強いってことはよく知ってるのに」

 

 理子の腕から手を離し、心配に満ちた眼差しを向けてくるキンジに理子はコテンと可愛らしく首を傾げる。続いて。バツが悪そうに視線を逸らしながらもきちんと謝るアリアに、理子はどうして二人の態度が急に軟化したのかわからないことに不安を抱きつつもアリアの謝罪に応じる。

 

(アリア。ひとまずブラドとの戦闘に関する発言は避けるぞ。これ以上、理子のトラウマを抉るのは色々とマズい)

(わかっています。いくら峰さんに思う所があるとはいえ、私もそこまで鬼ではありません。……まして、あんな姿を見てしまいましたしね)

 

 アイコンタクトを通して理子と会話を続ける上での禁止事項を設けた二人は再び理子を見やる。「あ、あれ? なんでボク泣いてるの……?」と、今更ながら自身が涙を流していたことに気づいた理子に視線を送る。そして。若干気まずくなった雰囲気を払拭するようにしてキンジは話題転換に踏み切った。

 

「えっと、理子。とりあえず、理子の取り戻したいモノはブラドが持ってるってことでいいのか?」

「うん。それで間違いない、よ」

「そうか。それで、そのブラドから取り返してほしいモノって何なんだ? あんまり大きいモノだったらいくら俺たちでもさすがに難しいと思うぞ?」

「そ、それは大丈夫。ボクが取り戻したいのはママの形見の十字架(ロザリオ)だから」

「……お母さんの形見、ですか」

「うん、ママのたった一つの形見なんだ。ママとパパが死んじゃった時、色々あってさ。家とか写真とか、全部なくなっちゃって。……十字架(ロザリオ)まで失っちゃったらボクとママを繋ぐモノが何も無くなっちゃうんだ」

 

 理子は「アハハ……」と力なく笑った後、「だから、あの十字架(ロザリオ)だけは何が何でもブラドから取り戻したい」と、力強い口調で十字架(ロザリオ)奪還への望みを口にする。その珍しく凛とした表情からは今回の十字架(ロザリオ)奪取への理子の意気込みが伺える。

 

(まぁ、ついこの前敵対したばっかりの俺に人前で土下座してまで協力を頼んできたんだ。これだけやる気があって、むしろ当然か)

「それでね、その、まずはこれを見てほしいんだけど……」

 

 理子はノートパソコンを手元に引き寄せると手早くパソコンを操作し、キンジとアリアにディスプレイを見せてくる。画面には地下一階、地上三階建てらしい紅鳴館の詳細な見取り図からあらゆる場所に仕掛けられた無数の防犯装置についての情報、想定されるケースごとに変更された、侵入と逃走に必要と思われる各種作業に至るまで、実に様々な事柄が事細かに記載されていた。

 

「こ、これ、全部理子が調べ上げたのか!?」

(あの頼りにならないここへの地図を渡してきた張本人とは思えないんだけど!?)

「あ、うん。7割ぐらいはね。三徹すればこれぐらいは何とかなるから。……後の3割は別の人に頼んでやってもらったんだけどね」

「別の人?」

「うん。風魔陽菜さんって言う後輩の子なんだけどね、すっごくカッコいいNINJA武偵さんなんだよ! 現代のジャパニーズNINJAさんなんだよ!」

(おいおい。何やってんだよ、陽菜の奴……)

「NINJA? ……それって、あのNINJAですか!? そのような人たちが現代日本に存在しているのですかッ!?」

「うん! うん! いるんだよ、NINJA! こう、シュバッて飛んだり、ズザザッて跳ねたりしてさ! もうとにかく凄いんだよ! でね! でね! ちゃんと手裏剣もクナイも持ってるし、話し方もずっと『ござる』口調なんだよ!」

「その話もっと詳しくお願いします、峰さん! 服装はどうでしたか!? 容姿は!? 何か密命を持ってたりしませんでしたか!?」

「えっとね――」

 

 幼子のように目をキラキラとさせながら陽菜の素晴らしさを熱弁する理子。理子の提示したあまりに緻密な作戦計画を前に思わずパソコン画面に釘づけになっていた状態から、忍者の実在を知ったことで明らかに目の色を変えるアリア。

 

「……」

 

 ホームズの血を継ぐ者とリュパンの血を継ぐ者。本来なら宿敵の関係であるはずの二人が興奮状態で忍者話に花を咲かせる様子から、外国生まれの人間から見た忍者がどのような存在だと思われているのかをキンジは思い知ったのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「にしても、なんでこんなに厳重に警備してんだよ、この洋館。どう考えてもやり過ぎだろ」

「……ブ、ブラドは物欲が強いからね。一度自分のモノにしたモノを別の誰かに奪われるのを極端に嫌うんだ。だからじゃないかな?」

「……」

 

 実に白熱した忍者トークを繰り広げるアリアと理子をキンジがどうにか落ち着けた後。ふとしたキンジの疑問に対して示された理子の推察に、キンジは沈黙する。

 

 例え理子の言葉が全くの真実だとしても、これはさすがにやり過ぎだ。いくらブラドが物欲の強い人間だからといっても、これはあまりに過剰な警備だ。これじゃあまるで、紅鳴館には絶対に奪われたくない何かが、あるいは絶対に見つかってほしくない何かがあると高らかに宣言しているようなものだ。

 

(これ、多分……理子の母親の形見ってだけじゃなさそうだな)

 

 ――あくまでこれは勘だけど。きっと。もっと別の価値が十字架(ロザリオ)には内包されている。少なくとも俺とアリアの知らない重大な価値が十字架(ロザリオ)には秘められている。だからこそ、理子もブラドも十字架(ロザリオ)に執着しているのではないだろうか?

 

(けど。理子の母親の形見とはいえ、第三者からすればただの十字架(ロザリオ)。普通に考えるなら、そこまでの価値があるとは思えないんだけどな。……それともブラドは何気にヤンデレだったりするのか? 理子の大事なモノを奪う形で自分のことをずっと意識していてほしいとか考えてたりするのか? ――って、ないな。それはない。つーか、何を考えてるんだ、俺は?)

「えっと、それでね。今回、遠山くんとオリュメスさんには紅鳴館の執事さんとメイドさんになってもらおうって思ってるんだ」

 

 どこかおかしな方向へと走り出した思考回路を遮断するようにキンジがフルフルと首を振っていると、理子が今後の方針を打ち出してくる。少々遠回しな理子の発言だったが、キンジとアリアはその意味を瞬時に理解した。

 

「……なるほど、潜入か」

「うん。情報は集めるだけ集めたけど、外からの情報だけだとわからないことも結構多くて、やっぱり内部からの情報もほしいんだよ。図面を見た時と実際に中に入った時とじゃ印象もまるで違うだろうし、なるべく不確定要素を減らして確実にドロボーを成功させたいから。ちょうど紅鳴館の方も臨時のハウスキーパーを二人募集してるしね」

「何だか都合がよすぎてちょっと怖いですね……」

 

 アリアが眉を潜めて口にした警戒気味な言葉に、「ちょっ、オリュメスさん。それは言わないでよ。ボクも怖いんだから」と理子が若干裏返った声で反応する。その後、コホンと小さく咳ばらいをした理子が「紅鳴館への潜入は5日後を予定してるから、その……改めて、よろしくね」と締めくくる。かくして。不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)における三人の話し合いは終わりを迎えたのだった。

 




キンジ→一時的に『ブラド=ヤンデレ説』を思いついた熱血キャラ。今現在、思考回路が誤作動を起こしている模様。
アリア→忍者を思いっきり誤解しているメインヒロイン。忍者に興味津々なのは、かなえさんに忍者についてあることないこと吹き込まれたからだったりする。
理子→忍者を思いっきり誤解しているビビり少女。ブラドに関してトラウマスイッチが存在する。

陽菜「いやはや、師匠をからかうのも楽しいでござるが、理子殿をからかうのもまた別の面白みがあって楽しいでござるなぁ♪(←機嫌よさげに)」

 というわけで、第67話終了です。とりあえず、今回はりこりんのトラウマっぷりからここのブラドも原作同様のクズキャラだということが判明しましたね。随分前に書かれた感想で『ブラドをりこりんを溺愛するパパさんキャラにすれば面白くなりそう』的な提案があったので割と本気でその方向性を検討してみましたが、物語の展開上さすがに無理でした。

 というか、そうしないとうっかりブラドとりこりんとがタッグ組んでキンジくんたちに襲いかかるマゾゲーになりそうで怖いんですよね。それに、ブラドへの好感度が高いとりこりんが第三章の可哀想なヒロインになれませんし。まぁ、要するに。性格改変がなされたとしても、やっぱりブラドの根本はクズキャラじゃないとダメだよね……ってことです。はい。


 ~おまけ(オオカミの行く末)~

綴「今日はホンマにええ天気やなぁ。こっちの気持ちが晴れ晴れするくらいの快晴やわ(←庭に干していた洗濯物を取り込みつつ)」
??「……(ザッザザッ ←綴の近くの草むらからの草をかき分ける音)」
綴「……ん? 誰かそこにいるん?(←怪訝な眼差しを草むらに向けつつ)」
オオカミ「……クゥン(←弱々しい声を上げるオオカミ。それなりに衰弱している。また、生きることに疲れ果てたような表情をしている)」
綴「おお!? 何やこいつ!? オオカミか!? 大きいなぁー!(←興奮気味)」
オオカミ「……(←すがるような眼差し)」
綴「おいでや、オオカミさん。うちは怖くないよ?(←オオカミと目線を合わせるためにしゃがみ込み、両手を広げる綴)」
オオカミ「ワウ……(←少しの逡巡の後、トテトテと綴の元に近寄っていく)」
綴「何や、元気ないなぁ。どうしたんやろ? ……お腹すいたとか?(←オオカミの頭を優しく撫でつつ)」
オオカミ「……!(←わずかに希望を持った眼差し)」
綴「お、ビンゴみたいやな。ちょっとそこで待っててな。すぐに何か持ってくるから(←家に戻る綴)」

 十数分後。オオカミにエサを与え終えた後。

綴「にしても、なんでオオカミがこんな所におるんやろ? ここら一帯の動物園にオオカミなんていなかったはずやから逃げ出したとは考えにくいし……なら、山中からエサを求めて街中に姿を現した野生動物ってこと? やけど、熊ならともかく――(←ブツブツ)」
オオカミ「……(←おすわり状態で綴を見つめるオオカミ)」
綴「う~ん……(←考え中)」
オオカミ「……(←おすわり状態で綴を見つめるオオカミ)」
綴「……(←空を見上げてみる)」
オオカミ「……(←綴と一緒に空を見上げるオオカミ)」
綴「…………(←オオカミを見つめてみる)」
オオカミ「……(←綴を見つめ返すオオカミ)」
綴「……あー! もう可愛いなぁ! うりうりうりぃ~(←オオカミの首周りを中心に撫でる形で愛でつつ)」
綴「決めた! うち、君を飼うことにするわ! オオカミも一応犬やから武偵犬ってことで押し通せば多分問題ないやろうし、いざとなったら蘭豹さんを頼れば大抵のことはどうにかなるしな! うん!」
オオカミ「ワン!? ――ォォォオオオン!(←ようやく安住の地を確保できたことに喜びの吠え声を上げるオオカミ)」

 かくして。原作ではハイマキとしてレキのサポートを努めていたオオカミは綴梅子の元に保護され、綴家の番犬として立派に活躍するのだった。



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68.熱血キンジと優しい憎悪


 どうも、ふぁもにかです。67話の感想で早くもブラドの登場をwktkしてる人が多かったようですが、彼の登場はまだまだ先です。その前に、まずはこのイベントを消化する必要がありますしね。ちなみに。今回は久々に文字数多めです。



 

 世にも珍しい厨二病喫茶:不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)における話し合いの翌日。放課後の2年A組の教室にて。キンジが帰り支度をしていると、理子がおずおずといった様子で「と、遠山くん。これからちょっと……オリュメスさん、借りていい?」と聞いてきた。理子が言うにはアリアがいないと成立しないとても大事な用事があるらしい。

 

 その用事とやらを済ませなければ十字架(ロザリオ)を手に入れることは絶対にできないとまで断言された以上、キンジに理子のお願いを断る理由はない。ゆえに、キンジはなんでアリアじゃなくて自分に許可を求めるのだろうかと疑問を抱きつつも、理子のお願いを了承した。

 

 結果。キンジから許可をもらった理子はアリアを伴って足早にどこかへと去っていった。いや、嫌な予感を直感で感じて全力で逃げようとしたアリアを理子が捕獲。そのまま無理やりどこかへと連れ去っていったと表現した方が正しいか。

 

 

(泥棒かぁ……)

 

 一方。廊下を歩くキンジはハァとため息をつく。いくら今回の十字架(ロザリオ)奪取の相手がブラド――イ・ウーの構成員――ゆえに窃盗罪が適用されないとはいえ、泥棒は泥棒。立派な犯罪である。大抵の武偵は何かしら罪を犯しているものだが、世界最強の武偵を目指し兄の素晴らしさを世に広めたいと考えているキンジにとって、後ろ暗い過去は一つでも少なくしておきたいのが本音だ。

 

(……兄さんの汚名を返上するためにはマスコミの力は絶対不可欠だし、後になってこういったことを掴まれて俺のイメージを悪くさせられる、なんてことにならなきゃいいんだけどなぁ)

 

 いくら俺が兄さんの功績を全世界に周知させようとした所で肝心の情報発信源たる俺に対する世間の印象が悪ければそれは効果をなさない。いくら有罪判決を受けた被告が自身の無実を高らかに主張しても中々世間に受け入れられないのと一緒だ。人々が抱いた第一印象を覆すのはそれだけ困難なことなのである。

 

「ん?」

 

 キンジが己の未来について憂慮しつつも選択教科棟の周辺を歩いていると、ふとピアノの音がキンジの耳を捉えた。何となく気になったキンジはその場に立ち止まり、かすかに聞こえるピアノの音に真剣に聞いてみる。どうやら今はシューベルトの魔王が演奏されているようだ。

 

(……確か、父親は病気の息子を何とか医者に見せようと息子を乗せて馬を走らせるけど、当の息子は父親には聞こえない魔王の声に翻弄されて、結局息子は死んでしまう、とかそんな感じだったよな?)

 

 キンジはおぼろげな音楽の知識を脳裏からどうにか引っ張り出してから、再びピアノの演奏に耳を傾ける。

 

(上手いな)

 

 キンジは心の中で正直な感想を述べる。そう、上手いのだ。それもプロのピアニストを軽く凌駕するレベルに上手い。次元が違う、なんて言葉がしっくりくるような、そんな演奏にキンジには感じられた。ピアノに造詣のないキンジだったが、それでも今まさに行われている演奏が卓越した技術によるものだということはよくわかった。

 

(……けど、何だこれ?)

 

 キンジは人間離れした演奏に感嘆の息を吐きつつも、同時に首を傾げる。ピアノの演奏は素晴らしく上手い。しかし。荒ぶっていた。これでもかといった具合に荒ぶっていた。何か悪魔やら邪神やら魔神でも呼び出そうとしているかのように激しい音楽だった。あたかも一つ一つの音符がそれぞれ踊り狂っているかのようだ。

 

 その影響か、どこから湧いてきたのか、不意にキンジの前方に姿を現した怪しげな集団がそれぞれゆらゆらと揺れている。どうやらこの全身を黒のローブで包んだ謎の集団は音楽室から流れる魔の旋律に聞き惚れているらしい。一体誰がこんなキチガイ染みたピアノ演奏をしているのだろうか? ちょっとした好奇心に駆られたキンジは音楽室へと足を運び、ドアを開けた。もちろん、謎のローブ集団に見つからないように細心の注意を払いながら行動した上でだが。

 

 ピアノ椅子に座り、歌うようにピアノを弾いていたのは一人の少女だった。華奢な体躯に綺麗に整った銀色の髪、珍しい赤と青のオッドアイの瞳、そして全身から滲み出る理知的なオーラ。日本人離れした外見ながら武偵高の防弾制服をしっかりと着こなしている少女は、キンジにとって非常に見覚えのある人物だった。それもそのはず、眼前の少女はついこの前、ユッキーの誘拐を阻止するためにアリアとともに戦った相手:ジャンヌ・ダルク30世その人だったのだ。

 

(なッ!?)

「何だ。誰かと思えば遠山麓公キンジルバーナードか」

 

 思いもよらぬ人物を見つけたことで思わず硬直するキンジ。一方のジャンヌはキンジが近くにやって来たことを気配で察したのか、演奏を止めてクルリと体を向けてくる。

 

「……ジャンヌ」

「我はジャンヌではない。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。きちんと真名で呼ばないのは人間としてどうかと思うぞ、遠山麓公キンジルバーナードα?」

「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ。それを言うなら俺も遠山麓公何とかじゃない。遠山キンジだ。いい加減ちゃんとした名前で呼んでくれ。そしたら俺も銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)って呼んでやるから。つーかαまでつけんな。どんだけ俺の名前を大仰にすれば気が済むんだよ」

 

 ジャンヌから理不尽な指摘を受けたキンジは不満げな表情で言葉を紡ぐ。キンちゃんと呼ばれるくらいならどうってことはないが、さすがに遠山麓公キンジルバーナードは嫌だ。名前の長ったらしさや語感の悪さもあいまって拒絶感が凄まじいのだ。

 

 しかし。キンジの願いも虚しく、ジャンヌは「……やれやれ。未だに己の真名を受け入れられないとは、哀れだな」と憐憫に満ちた眼差しを注いでくるだけだ。ジャンヌにキンジの意見にまともに取り合う気はほんの欠片もないらしい。

 

(まぁ、それは置いといて――)

「なんでお前がこんな所にいるんだよ……って、まさかお前も司法取引か?」

「ほぅ。察しがいいな、遠山麓公キンジルバーナード。我は頭の回る奴は嫌いじゃないぞ、余計な手間が省けるからな。実に効率的だ」

「そうかよ。で、ここに通ってるのも司法取引のせいか?」

「あぁ。条件の一つとして強制されたのだ。不条理極まりないが、敗者の我に選択肢はない。ゆえに。今の我はパリ武偵高からの留学生の一人、情報科(インフォルマ)2年のジャンヌに過ぎない」

 

 ジャンヌは物憂げにため息を吐く。その後、「……全く、なぜ我がこのような仕打ちを受けなければならないのだ」とか「こうして音楽に身をやつしでもしなければやってられんぞ」などと、あたかも呪詛を唱えるかのようにブツブツと不満を顕わにしている。そのジャンヌの口にした音楽というワードから、キンジは先のピアノ演奏がジャンヌによるものだということを思い出した。

 

「にしても、ジャンヌって意外にピアノ上手いんだな。驚いたぞ」

「……音楽は荒んだ心を癒してくれる不思議で偉大な存在だ。それに精霊は澄んだ音に惹かれて集まる習性があるからな。彼らと話したいと思った時によく弾いていたら、いつの間にか上達した。それだけのことだ」

(全然澄んだ音じゃなかったけどな。むしろ、おどろおどろしかったけどな――って、え?)

「……は? 精霊?」

「む? 何を首を傾げている? ……クククッ、何だ、遠山麓公キンジルバーナード? まさか貴様、ここにいる精霊たちの姿が見えないのか? クッハハハッ! なるほど、道理で彼らの愛らしい姿を前にしておきながらこうも無反応だったわけだ!」

 

 ジャンヌは実に愉快そうにひとしきり笑うと、虚空に視線を移して何事か言葉を投げかける。ジャンヌのキンジをバカにしたような発言から察するに、どうやらジャンヌの視線の先には複数の精霊が浮かんでいるらしい。

 

(そういやこいつ、厨二病だったな)

 

 ロクに聞き取れそうにない謎の言語で楽しそうに精霊とコミュニケーションを取るジャンヌの姿を、キンジは呆れきった半眼でただ眺めるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さて。貴様は4日後に紅鳴館に潜入するのだろう?」

「なッ!?」

 

 数分後。精霊とやらとの会話から復帰したらしいジャンヌはシャキッと背筋を伸ばす。そして。人差し指でポーンと鍵盤を叩いてキンジを見やると、唐突に話題を変えてきた。『なんで俺ここにいるんだろう』と疑問を抱いたのをきっかけに音楽室から去ろうとしていたキンジだったが、本来ジャンヌが知らないはずの内容がジャンヌの口から飛び出してきたことに思わず驚きの声を上げ、その足を止める。

 

「なんで、それを――」

「リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドからの情報だ。我とリコリーヌは前世より繋がりし盟友だからな。定期的に情報交換をしていても不思議ではあるまい」

「リコリーヌ、って……まさかとは思うけど、それって理子のことか?」

「? それ以外に誰がいるというのだ?」

(いやいやいや! その疑問はおかしいって!)

 

 ジャンヌは心底不思議そうにコテンと首を傾けるも、納得のいかないキンジは内心でジャンヌにツッコミを入れる。と、ここで。キンジは目の前のジャンヌと理子との関係性を思い出した。

 

 ジャンヌは理子のことを盟友と言った。理子もジャンヌを大事な友達と言った。二人は互いが互いを認め合う関係を築いている。それなら、ジャンヌは知っているかもしれない。昨日の理子が見せた、あの異常な怯えようの源泉を知っているかもしれない。

 

「……ジャンヌ。一つ聞いていいか? 理子のことで気になることがある」

「ふむ、話してみろ」

 

 理子の話題に露骨に興味を示したジャンヌは目と言葉でキンジに話を促す。キンジは軽くうなずくと話し始めた。先日、自身とアリアが見ることとなった異様なほどに震える理子のことを。その状況が出来上がるまでの自分たちの言動の全てを。そして。一切を聞き終えたジャンヌの第一声は「リコリーヌの反応も無理はないな」というものだった。

 

「……リコリーヌはな、ああ見えてブラドに監禁され、虐げられてきた凄惨な過去を持つ」

(ああ見えてって言われてもな。理子を見てると特に意外性とか感じられないぞ? むしろそんな過去でもないとあそこまで極端な性格にはならないだろ)

「当時の話は我も断片しか聞いてないが、どうやらリコリーヌはブラドに人間として扱ってもらえなかったようだぞ? 例えるなら、実験動物か、替えの利く愛玩人形か……そんな所だろうな。ゆえに、リコリーヌの前でブラドの話を長々とすることは理子のトラウマを引きずり出すことに他ならない。おそらく、当時の記憶がフラッシュバックしたのだろうな」

「そっか……」

 

 理子を純粋に心配するようなジャンヌの言葉を受けて、キンジは顔をしかめる。

 監禁。それは日常生活を送る上ではまず縁のない言葉だ。それを過去の理子はブラドという絶対支配者の下で経験している。そして。監禁状態から解放されたはずの今でも、その時に味わった恐怖に理子は囚われている。囚われ続けている。いくら敵対関係にある理子の話であっても、聞いていて気分のいい話ではなかった。

 

「……なぁ、ジャンヌ」

「ジャンヌではない。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」

「あーはいはい。で、ブラドって結局どういう奴なんだ? まぁ、理子を監禁してたってだけで大体性格の予想はできるけど……」

 

 ひとまず理子に関する疑問が消え去ったため、キンジの次なる興味は理子にそれだけ深い心的外傷を刻み込んだ張本人へと移る。キンジはブラドについてあまり知らない。精々、イ・ウーのナンバー2に君臨する実力者だとか、無駄に物欲が強いだとか、人を監禁するような外道だということぐらいだ。そのため。今後ブラドと接触する可能性が浮上してきた以上、前もってブラドについて知っておいて損はないだろう。そう考えたが故のキンジの問いである。

 

「そうだな。一言で言うなら――世紀末の住人だ。『ヒャッハー!』って叫び声が似合いそうな雰囲気を纏っている」

「えーっと、他には何かないのか? それともブラドは謎に包まれた奴だとか――」

「それはないな。奴は悪い意味で良く目立つからな、情報なら無駄にある。……少し待て、今情報を整理する」

 

 キンジに伝えるべき情報を選別する時間を要求したジャンヌは口元に手を当てて目を瞑る。微動だにせずにピアノ椅子に腰かけるジャンヌの姿からは窓ガラスから差し込む日差しの効果もあってか、深窓の麗人のような儚さが色濃く感じられる。

 

(ホント、黙ってたら美少女なんだけどなぁ。……もちろん、兄さんには遠く及ばないけど)

「……そうだな。ブラドは無駄に筋肉質で、無駄に凶悪面で、無駄に横柄で、無駄にうるさくて、無駄に物欲が強くて、無駄に大柄と、とにかく無駄尽くしの奴だ。無駄のオンパレードと言ってもいい。その姿を一目子供が見れば、あまりの怖さに一か月はうなされ続けること間違いなしの『生きる18禁』でもあるな」

「生きる18禁って……おいおい、随分と酷い言い草だな。同じイ・ウーの仲間じゃないのか?」

「我とアレを同一視するなよ、遠山麓公キンジルバーナード。虫唾が走る。そんなに我が聖剣、デュナミス・ライド・アフェンボロス・クライダ・ヴォルテールの錆になりたいのか?」

「いや、遠慮しとく。……何つーか、お前がブラドを嫌ってるってことはよくわかったよ」

「当然だ。幼少期のリコリーヌを散々痛めつけた時点で我の奴への好感度はマイナスを振り切っている。あんな奴、虚無の世界で永遠にもがき苦しめばいい」

 

 ジャンヌは吐き捨てるようにしてブラドへの負の感情を語る。瞳に暗い光を宿し、怨念に満ちた声でブラドを語る。一見平静を保っているように見えるが、時折バチッバチッとジャンヌの周囲で小規模の電撃が発生していることから今のジャンヌが自身の雷の超能力(ステルス)を制御しきれないほどに感情的になっていることがわかる。日頃の厨二チックな言動を除けば比較的大人しい部類に入るであろうジャンヌがブラドという一個人にここまで敵意を見せていることにキンジは意外を通り越して新鮮にすら感じた。

 

「そこまで嫌ってるのかよ、ブラドのこと」

「当然だ。……奴は全ての元凶だ。奴がいなければ、奴さえいなければ、リコリーヌがあのような性格になることはなかった。あらゆる対象に異様に怯えを見せるようなことはなかった。……奴がリコリーヌの心をズタズタにしたんだ。そのせいでリコリーヌは人生を思うように楽しめなくなった。何をしようにも恐怖という名のフィルターがついて回るようになった。怯えなくていいものにまで警戒心を抱くようになった。実力があるのに、もっと誇ったっていいのに、リコリーヌは自分に自信を持てなくなった。世界の真の素晴らしさを知る機会を得ることが困難となったのだ」

「……」

 

 ジャンヌは沈鬱なため息とともに目線を下に向ける。何となく今のジャンヌに声をかけてはいけない気がしたキンジは無言のままジャンヌを見やる。

 

(人生を思うように楽しめなくなった、ね……)

 

 時折、世界が変わったなどと言う人が現れることがある。だけど、それは実際に世界が変わったというわけではない。特別な力の有無に関係なく、人一人の手で変えられるほど世界の規模は小さくないし、世界のシステムは単純じゃない。人が世界が変わったと感じる時、それはただその人の世界に対する視点や心持ちが変化しただけだ。見方を変えれば世界が変わるのは当たり前。だから、取り立てて騒ぎ立てるほどのことではない。

 

 けれど。ジャンヌ曰く、理子にはその理論が通用しない。理子の負った心の傷が、理子の世界の見方を変えることを許さないから。二度と傷つけられることのないように常に防御態勢を崩さない理子の心が世界を不変のものとしているから。だから、理子はあらゆるものに恐怖する。世界が自身を傷つける何かで満ちているのだと、理子の心が無意識の内に思い込んでいるから。

 

 そして。ジャンヌはそんな理子の現状を憂えている。いや、痛々しいと思っている。何とかしたいと考えている。少なくともキンジの目にはそう映った、

 

「我は奴を許さない。例えリコリーヌが奴を許したとしても、我は奴を許さない。例え全人類が奴を許したとしても、我だけは奴を許さない。リコリーヌに訪れるはずだった輝かしい未来を奪った奴を我は絶対に許さない。未来永劫、許さない」

「……」

「もしもどこかに奴を殺す気のある人間がいるのなら、一刻も早く実行に移してほしいぐらいだ。あんな害悪の権化みたいな奴は処分した方が世のため人のためだからな。そのために必要ならば我の全財産を報酬としてくれてやったっていい。お膳立てだって喜んで引き受けよう」

 

 下を向いた状態のままジャンヌはブラドへの憎悪の念を淡々と、思う存分外に放出する。それからジャンヌはキンジを見上げて「何なら貴様が奴を殺すか、遠山麓公キンジルバーナード?」と、ニタァと浮かべた凶悪な笑みとともに問いかけてくる。対するキンジは我ながら名案を思いついたと言わんばかりのジャンヌの表情に思わず圧倒され、何も言えなくなる。

 

「あぁ。安心しろ、遠山キンジルバーナード。奴を殺した所で武偵法9条破りにはならんよ。奴は見た目の時点でとっくに人間を止めているからな。いざとなったら鬼退治をしましたとでも主張すればいい。もしくは正当防衛か。とにかくそれで万事解決だ。鬼退治を成し遂げた貴様は桃太郎よろしくその功績を称えられ、万人にとってのハッピーエンドが訪れることだろう」

 

 ジャンヌは現在進行形でキンジを凍りつかせていた笑みを解くと、呼吸をするかのようにつらつらとブラドへの憎き思いを口にした。そして。静かながら殺気の滲んだ声色で言いたいことを全て言いきったジャンヌは背後のピアノに視線を落とす。

 

(……こういう一面もあったんだな)

 

 怨嵯に満ちた声色に負の感情を詰め込んだ凄惨極まりない笑み。これまでジャンヌの見せた一挙手一投足はキンジに強烈な印象を残していた。強襲科(アサルト)Sランク武偵を震え上がらせるほどのインパクトを与えていた。けれど。その裏には理子への優しさがある。ジャンヌの理子を大事に思う心が、理子の幸せを真に願う心がもれなくブラドへの憎しみへと変換されているだけだ。そのことを理解したキンジの口は自然と笑みを形作っていた。

 

「お前……何というか、結構いい奴だったんだな」

「――ッ。何を言うかと思えば……我は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。優しさなどといった低俗な感情とはかけ離れた孤高の存在だ。あまりバカなことを言うな。そんなに闇の氷に焼かれ死にたいのか?」

 

 キンジの率直な感想を受けて、ジャンヌは相手にしてられないとでも言わんばかりにクルリとキンジに背を向けて腕を組む。だが、キンジは見逃さなかった。ジャンヌは顔がわずかながら赤くなっていたことを。

 

「はいはい、そういうことにしとくよ」

 

 ジャンヌの反応が照れ隠しだと気づいたキンジは曖昧な笑みとともにテキトーに対応することにしたのだった。もちろん、後ろ目で訝しげな視線を送ってくるジャンヌを華麗にスルーすることも忘れない。

 




キンジ→今回の一件でジャンヌに対して好感を抱いた熱血キャラ。
ジャンヌ→ピアノの上手い厨二少女。ブラドへの憎しみが天元突破している。また、白雪の占いで『魔王召喚の儀式中の凄く怪しい悪魔』扱いされている。

 というわけで、68話終了です。この回は第三章で書きたかったシーンの一つだったりします。2013年6月頃には既に文章化していたジャンヌちゃんの長台詞をようやく表に出すことができました。……ふぅ、やっとここまで辿りつけましたよ。


 ~おまけ(その1 雰囲気破壊に定評のあるジャンヌちゃん)~

ジャンヌ「……奴は全ての元凶だ(←ピアノに向き直り、鍵盤に両手を置きつつ)」
ジャンヌ「奴がいなければ、奴さえいなければ、リコリーヌがあのような性格になることはなかった。あらゆる対象に異様に怯えを見せるようなことはなかった(←モーツァルトのレクイエムを弾きながら)」
キンジ(何か自分でBGMつけ始めたぞ、こいつ? あ、でも……これ、雰囲気合うなぁ)
ジャンヌ「……奴がリコリーヌの心をズタズタにしたんだ。そのせいでリコリーヌは人生を思うように楽しめなくなった。何をしようにも恐怖という名のフィルターがついて回るようになった(←突如、演奏曲を猫踏んじゃったに変えつつ)」
キンジ(え、ちょっ!? なんでこの状況で猫踏んじゃった!? シリアスな雰囲気が一気に台無しになったぞッ!?)
ジャンヌ「実力があるのに、もっと誇ったっていいのにリコリーヌは自分に自信を持てなくなった。世界の真の素晴らしさを知る機会を得ることが困難となったのだ(←突如、演奏曲をベートーヴェンの運命に変えつつ)」
キンジ(また変わった!? 今度はベートーヴェン!? って、ヤバッ、話聞いてなかった……)


 ~おまけ(その2 ネタ:キンジくんが音楽室にやって来た前日の出来事)~

神崎(……下手くそ。こいつも下手くそ。みーんな下手くそ)←イライラしながら選択教科棟周辺を歩くオリキャラ:神崎千秋くん
神崎(まっ、武偵高の音楽系の部活にクオリティを求めてるのがそもそも間違いなんだけどなぁ……くそッ。俺はこんな所で何をやってるんだ)
神崎(俺はホントは一般人になりたいんだ。それで音楽関係の仕事に就きたいんだ。なのに俺はどこで道を間違えたのか、武偵高なんてものに入る羽目になって……いや、ホントに何がどうしてこうなった!? この状況はさすがに理不尽すぎるだろ!?)
神崎「……ん?(←かすかに聞こえてきたピアノの音に足を止める神崎くん)」
神崎(これは、ベートーヴェンのピアノソナタの『悲愴』か。……フッ、すっげえデタラメ。これじゃあ悲惨だ)←鼻で笑いつつ
神崎(ッ!? いや、違う。デタラメだけど間違ってるんじゃない。凄い上手い。でもデタラメ。というか禍々しい。何だこれ!? 一体誰がここまで独創的な音楽を!?)←ダッシュで音楽室まで向かい勢いよく扉を開ける神崎くん

神崎「……何だ、これは(←唖然としつつ)」

 
 神崎千秋が見たのは、ピアノを弾く銀髪の少女と彼女を取り囲む、全身を黒いローブに身を包んだ明らかに怪しい謎の集団だった。……怪しさ満載の謎の集団の中で妖しく響くピアノソナタ。奏でるのは銀髪の少女。Capriccioso cantabile(カプリチオーソ・カンタービレ)。気ままに。歌うように。

 ――と、その時。フードの集団が一斉に千秋の方にギロリと目を向ける。

神崎「――いッ!?(ヤバッ!? 何か見られたぞ!? 怖えよ! 何だよ、こいつら!?)」
フードA「あ」
フードB「あ」
フードD「あ」
フードF「あ」
フードC「Oh dear!」
フードD「見られた」
フードA「見られた」
フードE「見られた」
フードF「見られた」
フードJ「見られた」
フードA「どうする?」
フードB「どうする?」
フードⅠ「どうする?」
フードG「どうする?」
フードC「What to do?」
フードB「決まってる」
フードH「アレだ」
フードM「アレだな」
フードD「アレをやろう」
フードE「そうか」
フードI「そうだな」
フードA「それはいい」
フードF「それが良さそうだ」
フードN「それにしよう」
フードC「That’s a great idea!」
フードω「あの男を呪怨悲縛衰減腐羅羅羅羅羅羅羅羅(イ゙ェァァァァァアアアアアアアアアッ!)の刑に処す」
フードA~Z「「「「「異議なし(←一斉に大鎌を構えつつ)」」」」」
フードα~ω「「「「「異議なし(←一斉にロープを取り出しつつ)」」」」」
フードC「No objection(←ムチを構えつつ)」
神崎「ひぃぃぃいいいいいいい!?(←神崎くんは逃げ出した!)」

ジャンヌ「……ん? 今誰かここに来ていたのか?(誰もいなくなった音楽室にてクエスチョンマークを浮かべつつ)」

 ――ジャンヌカンタービレ、始まりませんよ?

 実の所、このネタをやるためだけにオリキャラ:神崎くんの名前を『千秋』にしたという裏話があったりします。まぁ何だ……強く生きてくれ、一般人代表:神崎くん。



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69.熱血キンジと主人公補正


ジャンヌ「そろそろリコリーヌのターンだと思ったか? 残念、我だ」

 どうも、ふぁもにかです。ここの所、リアルのバイトが精神的苦痛の伴うものにシフトしつつあるために情緒不安定になってる感があることに定評のあるふぁもにかです。というか、この私に巧みな接客センスを求めてくる時点でどうかしてるとしか思えませんね! (`・ω・´)キリッ

 それに情緒不安定なあまり、なぜか衝動的にPS3本体(中古、1万5千円)買っちゃいましたしね。……本体だけ買って一体何がしたかったんだ、当時の私。行動が謎過ぎて自分で自分が怖いです。はい。




 

「というか、そんなにブラドが憎いならお前が倒せばいいじゃないか。誰かが倒してくれるまで律儀に待ってないでさ。お前だって、自分でブラド倒した方が憎しみも晴れるんじゃないのか?」

「不可能だ。我と奴とでは実力差があり過ぎる。ゆえに、情けないことだが他人に任せるより他はない。実際、我は一度奴に敗北したからな」

「あ、もう挑戦したのか」

「あぁ。……我の誇り、尊厳、自信。あらゆるものを完膚なきまでに叩き潰された、屈辱的な敗北だった。あの日のことは今でも鮮明に覚えている」

 

 選択教科棟の音楽室にて。ふと思いついたようにジャンヌに自力でのブラド退治を提案するキンジを前に、ピアノ椅子に腰かけているジャンヌは憎しみ混じりの暗い表情を浮かべながら、その当時のことを少しずつ話し始める。

 

 ジャンヌ曰く、理子が自力でブラドの監禁から逃れイ・ウーに落ち着いた頃、逃走した理子を追って、ブラドがイ・ウーに乗り込んできたことがあったらしい。その頃、既に理子と交友関係を持っていたジャンヌは理子をブラドの魔の手から守ろうとブラドと対面し、剣を向けた。しかし、ジャンヌは敗北した。それも戦わずして。

 

 当時のジャンヌは自信満々だった。理子の話からブラドが超能力(ステルス)を持っていないことが推測できたために、氷の超能力(ステルス)を自在に行使できる自分に負けはないと信じ切っていた。

 

 けれど。自身の前に立ち塞がるジャンヌの存在に気づいたブラドがジャンヌを見下ろした時。路傍の石ころを見るような目を向けられたジャンヌは恐怖した。恐怖のあまり、その場から動けなくなった。体の震えが止まらなくなり、持っていた剣があっさりと手から滑り落ちてしまった。ジャンヌにできたのは意識を決して手放さず、ただただブラドを見上げることだけ。

 

 結局、ジャンヌはブラドのまるでハエを払うような手を振る動作一つで派手に吹っ飛ばされて重傷を負い、負けた。身体的にはもちろん、それ以上に精神的に敗北した。

 

「格の違い、という奴だったのだろうな。……人には所詮限界というものがある。多かれ少なかれ、どう足掻こうと絶対に超えられない領域というものがある。あの時、何も知らない愚かな我はそれを身をもって知ったのだ」

「……けど、それは過去の話だろ? 今なら勝てるんじゃないか? 今のお前は雷の超能力(ステルス)も使えるし、戦闘スタイルも確立してる。ブラドのことだって知っている。過去の未熟だったお前なら無理でも、今のお前ならできるんじゃないのか?」

 

 ジャンヌがフッと過去の自分を鼻で笑う中、キンジはジャンヌに言い聞かせるようにして静かに言葉を紡ぐ。ジャンヌは強い。あの時、俺とアリアとユッキーと、三人がかりでようやく勝てたほどにジャンヌは強い。ジャンヌの攻撃で危うく死にかけた俺からすればジャンヌはかなりの脅威だ。なのに。それだけの実力を持ちながら今もなおブラド相手に自分が負けると決めつけているジャンヌが、何となく受け入れられなかった。何となく許せなかった。

 

「……」

 

 キンジの問いを受けたジャンヌは腕を組んで目を瞑り、しばし思考にふける。おそらくキンジの指摘を契機に改めて頭の中でブラドとの戦闘シミュレーションを行っているのだろう。

 

「……そうだな。もしも我が10人いれば、6人ほどの犠牲をもってようやく倒せることだろうが、一人ではまず無理だ」

「……ブラドってそこまでの奴なのかよ」

「当然だ。仮にもイ・ウーのナンバー2の大物だ、ただの一構成員の我に勝ち目などあるわけないだろう? いくら我に女神の祝福があれど、こればかりはさすがに分が悪すぎる。それに、我と奴とでは相性も最悪だ」

「相性?」

「あぁ。我は敵を策略に掛け、罠にハメて、敵が全力を出せない状態へと持ち込んでから狩る戦闘スタイルを取っている。これが我の力を最大限引き出せる手法だからだ。しかし。奴は、ブラドには小手先の戦略など意味をなさない。いくら策略に掛けようと、罠にハメようと、奴には効かない。奴は己の身体能力のみで平然と策略をぶち壊す。超能力(ステルス)なしの強行突破で罠をぶち壊す。だから。奴に勝つには、それこそ奴を凌駕するだけの純然たる力が必要なのだ」

 

 そして、数分後。ブラドとの仮想戦闘を終わらせたジャンヌは一呼吸置くと、キッパリと自身の勝利を否定する。そこには自身を卑下する要素もブラドを過剰評価する要素もなく、ジャンヌがただただ現実的な結果を口にしたことが読み取れた。

 

「なるほどな……」

(俺はちょっとブラドを甘く見過ぎてたかもな。あのジャンヌがここまで言うほどの相手だ、これはブラドの性別関係なしにヒステリアモードで戦った方が良さそうだ……)

「だが、遠山麓公キンジルバーナード。貴様は例外だ。貴様なら奴に勝つことができる」

「……やけに断言するな、ジャンヌ。俺とブラドだったら相性が良かったりするのか?」

「いや。悪いな。我よりは幾分かマシだろうが、それでも相性は最悪に近い。貴様はパワーアタッカーじゃないからな。テクニック重視の人間ではブラド攻略は不可能に近い」

「じゃあ、なんで俺なら勝てるんだ?」

「なに、簡単な話だ。貴様は近い将来、『天然記念物と、絶対に敵に回してはいけない死神と、いつになくやる気な戦闘狂と、オオカミと、魔王召喚の儀式中の凄く怪しい悪魔と、紛うことなきメガネと、やたら大きい鬼と、長髪のアホ幽霊に会う』のだろう?」

「ッ!?」

 

 キンジの素朴な問いにジャンヌは実にイイ笑顔で得意げに問いかけてくる。その自分と白雪しか知らないはずの内容にキンジはつい目を丸くした。

 

「ちょっ、待て! なんでお前がユッキーの占いのこと知ってんだ!?」

「クククッ。いつから我が以前仕掛けた監視カメラと盗聴器を撤去したものと錯覚していたのだ、遠山麓公キンジルバーナード?」

「……おい。まさかお前、まだ俺やユッキーの家に監視カメラ仕掛けたままだとか言わないよな?」

「その点については安心しろ。昨日こっそり撤去しておいた」

「いやいやいや! 全然安心できねぇよ!? むしろ昨日までのことがしっかり盗聴&盗撮されてたんじゃねぇか!? 全部もれなくお前に筒抜けだったんじゃねぇか!?」

 

 キンジはビシッとジャンヌを指差して声を荒らげる。別にキンジもアリアも第三者に見られてマズいようなことは一切していないが、だからといって他人に見られていること前提で私生活を送っていたわけではない。そのため、キンジの反応も無理はない。

 

「まぁそうカリカリするな。我に盗撮した動画をテキトーに編集して(でっち上げて)ユウチュウブに投稿する意思はない。……無論、貴様と神崎・H・アリアとの秘め事についても黙秘するから安心しろ」

「安心できるか!? つーか、何!? 秘め事って何!? 俺、そんなの全然覚えないぞ!?」

「……まぁ、そういうことにしておいてやろう。我に人のプライベートを無闇に吹聴する趣味はないからな」

 

 ジャンヌの口から飛び出した不穏な言葉に、キンジは焦りのままにジャンヌに『秘め事』の詳細を問い質そうとする。だが。対するジャンヌは何を勘違いしたのか、ふぅとため息を吐きながらまるで子供の成長を見守る母親のような瞳でキンジを見つめる。

 

「なんで妥協したみたいな感じになってんの!? ねぇ、秘め事って何のこと!? お前は一体何を誤解してるんだよ!?」

「案ずるな、遠山麓公キンジルバーナード。貴様だって人間で、ある程度の性欲を持つ男だ。聖人君子ではないのだから時には道を踏み外すこともあるだろう。彼女のあのロリ体型から鑑みるに世間から厳しい目を向けられることは避けられないだろうが……無能力者の分際で銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)たる我と真正面から渡り合った貴様ならきっと乗り越えられると信じてる」

「だ・か・ら! 優しい視線を送るな! 肩をポンポンって叩くな! さっきから何なんだよ!? 頼むから答えてくれ、ジャンヌ!」

「我はジャンヌではない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ」

 

 「もう、この子ったら……」と言った感じの視線を注いでくるジャンヌを前に一刻も早く誤解を解かないといけないと危機感を抱いたキンジはジャンヌの両肩を掴んでガクガクと前後に揺らすも、ジャンヌにはまるで効果が見られない。ジャンヌは相変わらずやけに優しい眼差しと言葉をキンジに浴びせるだけだ。

 

 ちなみに。これはもちろん、自身を今の現状に追いやった原因の一端であるキンジへのジャンヌの憂さ晴らしだったりする。また、ジャンヌの言う『秘め事』とは、アリアが寝るベットの場所を間違えたせいでキンジがアリアと同じベッドで一緒に寝ることとなったあの日(※詳しくは40話参照)のことを指している。

 

 

 結局。自身の体力の限界を無視してジャンヌを前後に揺さぶりまくる形でジャンヌの言う『秘め事』の内容を聞き出そうとするも失敗したキンジは両手を膝に置いてゼェゼェと荒い息を吐く。ジャンヌに翻弄されるだけ翻弄されたキンジをよそに、ある程度スッキリしたジャンヌは「さて、そろそろ本題に戻るか……」と真剣な表情でキンジを見据える。

 

「で、だ。その占いの結果を考えると、貴様が近い内に会う愉快な連中の内、『やたら大きい鬼』がブラドで確定だろう。奴は見た目もそうだが、実際に鬼神のような力任せの野蛮で低能な戦い方をするからな。そして。貴様は『やたら大きい鬼』と出くわした後、『長髪のアホ幽霊』と出会うことになっている。つまり。貴様はあのブラドとエンカウントしておきながら、その後もきちんと生き長らえているということだ。……あのブラドが自身との勝負に負けた奴をみすみす逃すような器の持ち主とは到底考えられない。我のような例外はあれど、基本的に奴と戦って負けることは死と同義だ。ゆえに貴様がブラドに勝つという推測が成り立つのだ」

 

 順序立ててキンジの勝利を確信している根拠を述べたジャンヌは「我だって、ブラドに吹っ飛ばされた時にバカみたいに頭から血を流していたから死んだと勘違いされただけだからな」と、さらに言葉を付け加える。しかし。ジャンヌの考えにキンジは「いやいや」と反論に出る。

 

「あれはあくまで占いだぞ? 確かにユッキーの占いはよく当たるけど、絶対じゃない。だからそれは根拠にはならないんじゃないか?」

「ふむ、一理あるな。占いは予言ではない以上、貴様の考えもわからないではない。だがしかし、それを差し引いても貴様に負けはないと我は考えている。……世の中にはな、いるんだよ。いくら実力差があっても、いくら策略を巡らせても、いくら窮地に追い込んでも、絶対に勝てない人種が。最後の最後に何だかんだで稀代の逆転劇をやってのける、ふざけた人種が。それこそ、この世に生を授かった時点で勝利を宿命づけられているような稀有な人種が。そのような勝利の運命に守られた人種は何があっても絶対に負けない。いや、じゃんけんやテレビゲームなどのくだらない戦いなら負けることもあるだろうが、少なくとも大事な何かが関わるここ一番の勝負に負けることはない。そういう人種が、絶対数は少ないながら、確実に存在する」

「それが、俺だってのか?」

「そうだ。我はこれを主人公補正と呼んでいるのだがな、貴様にはそれがあると我は確信している。ゆえに、貴様は死なない。ブラドに勝利する。尤も、もしも貴様と一緒にブラドに挑む者がいるならば、その者の命は保障しないがな」

「主人公補正、ね……」

 

 主人公補正の存在自体は認めるけど、それは自分に当てはまるようなものではないといった口ぶりで、キンジはひとまずジャンヌの言葉を受け入れるのだった。

 




キンジ→ジャンヌの手のひらでいいように転がされる熱血キャラ。ジャンヌの言う『秘め事』の詳細が気になって仕方がない様子。
ジャンヌ→キンジとアリアの関係を完璧に誤解している厨二病患者。二人の恋路に変に手出しをしないで傍観する方針らしい。

 というわけで、69話終了です。ジャンヌちゃんとの会話は今回までで終わらせるつもりだったのですが、次回まで延長確定となりました。あぁ、キンジくんとジャンヌちゃんとのやり取りを書くのが楽しすぎるせいで話が全然進まない……。


 ~おまけ(ネタ:もしもジャンヌとブラドが仲良しだったら)~

ジャンヌ「我の誇り、尊厳、自信。あらゆるものを完膚なきまでに叩き潰された、屈辱的な敗北だった。あの日のことは今でも鮮明に覚えている(←暗い表情で)」
キンジ「ジャンヌ……」
ジャンヌ「……なぜだ? なぜだッ!? なぜ奴はあんなにゲームが上手いのだッ!? 大乱闘もマリオカートもピクミン2の対戦バトルも一度だって奴に勝てたことないぞッ!? 一刻も早く奴のドヤ顔を歪ませてやりたいというのにどうして勝利の女神は奴にばかり微笑むのだぁぁぁああああああああああ!?(←軽く錯乱中)」
キンジ「――って、ゲームの話かよ!? 仲良いじゃねぇか、お前ら……(←呆れまじりに)」

 ブラドがあの巨体でコントローラーを握ってるかと思うと何だか笑えてきますね、ええ。



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70.熱血キンジとお姉さま


 どうも、ふぁもにかです。今回は久々に早めの更新です。あと、今回はもしかしたら18禁な内容に片足突っ込んじゃってるかもなので、その辺はご了承ください。

理子「よい子の皆は見ちゃダメだからね! ボクとの約束だよ! ……絶対だよッ!?」




 

「ふぅ。少々話が過ぎたな。本心は隠してこそだというのに……まぁいい。折角だ、ブラドの弱点についても話すから後で神崎・H・アリアと共有しておけ。いいな?」

 

 夕暮れが近づく選択教科棟の音楽室にて。ジャンヌはふと、上から目線な口調でキンジに一つの提案をする。

 

「弱点? そんな都合のいいものがあるのか? イ・ウーのナンバー2なのに?」

「疑問を抱くことでもないだろう、遠山麓公キンジルバーナード? 我や貴様も頭や水月は弱点だ、違うか?」

「あ、そういう認識でいいのか」

「うむ、それで構わない」

 

 ジャンヌは大仰にうなずくと、どこからか取り出した眼鏡をかけて、これまたどこからか取り出した自由帳とサインペンとを使ってサラサラとブラドの絵を描いていく。どうやらジャンヌは自作の絵を使って俺にブラドの弱点について説明してくれるらしい。絵を描くジャンヌの手際のよさから、ジャンヌが画才に恵まれた人間だということがよくわかる。

 

「ジャンヌって目が悪かったりするのか?」

「いや、我の視力は両目ともに1.5だ。これはあくまで我が魔眼:投魂現氷眼(キャプチャ・スピリッツ)の力を補助する媒体に過ぎない。これをかけることで我の絵により躍動感を生むことができるのだ」

「……さいですか」

 

 好奇心は猫をも殺す。キンジはジャンヌの言う投魂現氷眼(キャプチャ・スピリッツ)にほんの少しだけ興味を示すも、そこに触れるとブラドの話から脱線したまましばらく戻って来られないような気がしたため、気にしないことに決める。ジャンヌとの付き合い方を徐々に把握してきたキンジである。

 

「よし。こんなものでいいだろう。受け取れ」

「え、いや、いいって――」

「いいから受け取れ」

「……はいはい」

 

 そして、十数秒後。ジャンヌは今にも飛び出してきそうなやけに怖いブラドの絵の描かれたページをビリビリと自由帳から丁寧に破くと、キンジに差し出してきた。正直言って絵の中のブラドのムキムキ具合とかがリアル過ぎて逆に要らなかったのだが、ジャンヌの有無を言わせぬ物言いに対抗することができず、結局キンジはジャンヌ作の絵を受け取ることとなった。NOと言えない強襲科(アサルト)Sランク武偵の典型である。

 

(にしても――)

「ジャンヌ、お前……絵、スッゲェ上手いな。今にも飛び出てきそうだぞ。このブラド。どこぞの飛び出す絵本よりも飛び出してきてないか?」

「クククッ、これこそが魔眼:投魂現氷眼(キャプチャ・スピリッツ)の力だ。どうだ、凄いだろう? もっと我を褒め称え頭を垂れて崇め奉ってもいいのだぞ?」

「誰がするかよ、誰が」

「何だ、しないのか」

「当たり前だ」

(絵も上手いしピアノも弾ける。氷と雷と二種類も超能力(ステルス)が使える上に頭もキレる……ホントに凄いな、こいつ。ここまでくると才能の塊って言っても違和感ないな)

 

 自作の絵を称賛されたことでニヤリと笑みを浮かべて調子に乗るジャンヌをよそにキンジはジャンヌのスペックの高さを心の中で褒める。それから再び絵に視線を落としたキンジは思わず眉を潜めた。ジャンヌの絵が上手過ぎるせいで最初は気づかなかったのだが、絵の中のブラドがその顔といい体つきといい、とても人間とは思えなかったからだ。

 

「けど、これ人間か? どう見てもファンタジー世界にしかいなさそうな化け物じゃねぇか。これ、お前のブラドに対する憎しみ補正も入ってるんじゃないか?」

「クックックッ、いつ誰がブラドを人間だと言った?」

「……え? おい、ブラドって人外なのか?」

「気づいてなかったのか? さっき『やたら大きい鬼』がブラドで確定だと言っただろう?」

「……つまり、ブラドは正真正銘の鬼だと?」

「そうなるな」

(おいおい。鬼って三次元の世界にもいるのかよ――って、ちょっと待て。鬼がいるってことは俺が今までファンタジー世界の住人だと思ってたのももしかしたら実在するってことか? 天使とか悪魔とか吸血鬼とか、その辺の連中もどこかで生きてたりするってことか? ……マジか、マジかよ、マジですか!?)

 

 ジャンヌによって明かされた新たな情報にキンジの背中を冷や汗が伝う。これまでSランク武偵として様々な相手との戦闘経験を積んできたキンジだったが、さすがに人外の存在と戦ったことはない。そのため、自身が全く知らない鬼という存在にキンジはゴクリと唾を呑む。一方のジャンヌはキンジの様子を知ってか知らずか、キンジの持つ絵を指差す形で説明を開始した。

 

 ジャンヌの説明によると、ブラドには魔臓と呼ばれる小さな内臓が四つあり、体に魔臓の場所を示す目玉模様が刻まれている。その四か所の魔臓を同時に攻撃することでブラドを倒せるらしい。ジャンヌがわかっているのは右肩、左肩、右脇腹の三か所で、残りの一か所は不明とのこと。ちなみに。ブラドの弱点の場所が丸わかりになっているのはかつてヴァチカンから送り込まれた聖騎士(パラディン)の秘術を喰らったことが原因だそうだ。

 

 しかし、逆に言うなら四つの魔臓を同時に破壊することでしかブラドは倒せないのだそうだ。というのも、ブラドには並外れた再生能力が備わっており、いくら攻撃してもあっという間に怪我が治癒されるかららしい。

 

「なら、ブラドは不死身だったりするのか?」

「それはない。もしも奴が真の不死身ならば奴がイ・ウーのナンバー2に甘んじている現状に矛盾が生じるからな」

「それもそうか」

 

 ブラドは異様な再生能力を持った鬼。だけど不死身なわけではないし、バレバレな弱点も存在する。加えて、誰にも倒せない最強の存在でもない。これだけわかればいくら人外が相手でも戦いようはあるだろう。キンジはふぅと安堵の息を吐いた。

 

「ありがとな、ジャンヌ。色々教えてくれて」

「フン。我に少しでも感謝する気があるのならさっさとブラドを倒してこい」

「りょーかい」

 

 キンジはブラドに関する情報を提供してくれたジャンヌに感謝の言葉を伝えると、ジャンヌのくれた絵を折りたたんでポケットにしまう。暗い部屋でこの絵は絶対に見ないようにしよう、魂でも喰われてしまいそうでたまらない、などと内心で素直な気持ちを吐きだしつつ。

 

「ん?」

 

 と、その時。ふとキンジの視界に別の絵の描かれたジャンヌの自由帳が見えた。今度は即席で作ったものではないのか、ちゃんと色鉛筆で細かく配色がなされている。どうやらジャンヌは普段から何かしら絵を描いているようだ。

 

 厨二病を患っているジャンヌはどんな絵を描いているのだろうか。どうせ厨二らしく非現実極まりないものでも描いてるんだろうなと予測をつけつつ、自由帳を手に取ったキンジ。だが。次の瞬間、キンジは絶句した。

 

 

『キンジ』

『アリア』

 

 そこには、至近距離で見つめ合う上半身裸の男女が描かれていた。

 

『キンジ!』

『アリア!』

 

 ページをめくると、ガシッと熱い抱擁を交わす上半身裸の男女が描かれていた。

 

『キンジ!!』

『アリア!!』

 

 またさらにページをめくると、ディープキスを決める上半身裸の男女が描かれていた。

 

『キンジィ!!』

『アリアァ!!』

 

 間髪入れずにページをめくると、本能の赴くままベッドインする上半身裸の男女が――

 

 

「ちょっと待てぇぇぇえええええええええッ!? 何だこれ!? 何なんだこれェ!?」

「何ってただの暇つぶしだ。前に二人で同じベッドで寝ていた貴様らなら、もうこれぐらいには進展しているのではないかと思ってな」

 

 石像のごとく固まった状態から再起動を果たしたキンジは自由帳を思いっきり床に叩きつけると、ビシッとジャンヌを指差して声を張り上げる。対するジャンヌはキンジが床に投げつけた自由帳を拾って手で軽くほこりを払うと、「よく描けているだろう? 我の自信作だ」と自信満々な笑みとともに自由帳の中身をこれ見よがしにキンジに見せてくる。18禁展開に直行しているキンジ×アリアの絵を既に顔の真っ赤なキンジに自慢げに見せてくる。

 

「あ、あれは誤解だ! アリアが自分のベッドを間違えただけだ! ――ってか、まさかお前がさっき言ってた秘め事ってこれのことか!?」

「む、そうだが? それがどうした、遠山麓公キンジルバーナード? しかし、年上のお姉さん好きの人間もきっかけさえあれば真逆の嗜好(ロリコン)に目覚めるものなのだな」

「違う! 断じて違う! 俺はロリコンじゃねぇ! 俺はノーマルだぁぁあああああああああああ!!」

 

 キンジは頭を抱えて否定の絶叫を上げる。目を瞑った状態でジャンヌの発言を全力で否定する。そうでもしないと絵の中に描かれた年相応に成長したアリアでヒステリアモードになりかねないからだ。

 

(マズいマズいマズいマズい――!)

 

 キンジはキンジ×アリアな絵を必死に掻き消そうとブンブン頭を振る。しかし、ジャンヌの絵が今にも3D世界に具現化してきそうなほどに上手かったせいで中々キンジの頭の中から消えてくれない。それどころか、キンジの脳裏に成熟したアリアの頬を赤らめた姿が鮮明に蘇ったせいでドクドクドクと鼓動が高鳴っていく。沸騰しきった血液が身体の芯に集まっていく。

 

 そして、キンジは抵抗むなしく――

 

(これは、なったな)

 

 ――ヒステリアモードに移行した。脳裏に浮かべたカナ以外でヒステリアモードになったのは随分と久しぶりなキンジであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ところで、だ。遠山麓公キンジルバーナード。ここからが本題なのだが――」

(ん? 今までの話、全部前置きだったのか? それにしては結構長かったけど……)

「お、お姉さまが今どこにいるか、知っているか?」

「お姉さま? ……それは誰のことかな? 俺の知り合いかい?」

 

 ジャンヌはコホンと軽く咳払いをすると、珍しく緊張した面持ちで『お姉さま』の行方を尋ねてくる。しかし、ジャンヌの言う『お姉さま』とやらに全く心当たりのないキンジはそこらの女性なら一瞬で魅了できるであろう甘いボイスでジャンヌに質問を返す。

 

「……ユッキーお姉さまのことだ」

「え、白雪? でも、なんでお姉さま?」

「そんなの決まってるだろう? あの時、我を優しく包んでくれたあの温もり、あの聖母のような慈愛に満ちた表情……聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテールを失い悲しみに暮れていた我があれにどれだけ救われたことか。ゆえに、最近になって我は気づいたのだ。あのお方こそ、我の敬愛するお姉さまだとッ!」

(あのジャンヌの目がキラキラしてる。恋する女の子の目をしてる……)

「だというのに、同じ2年B組のはずなのになぜかお姉さまに全然会えなくてな。昨日監視カメラと盗聴器を回収するついでに寮で会おうと思ったが、その時もお姉さまには会えなかった。だが、貴様ならお姉さまの行方について何か知ってるのではないかと思ってな」

 

 ジャンヌは憂いを含んだため息を吐き、「……ほんの些細な手がかりでいい。何か知らないか?」とキンジに期待のこもった眼差しを向けてくる。

 

(白雪は昨日出かけてたのか? 珍しいな)

「昨日のことはわからない。けど、今日は一日中家でゴロゴロするって言ってたから、今は寮にいるんじゃないか? 送っていこう――」

「そうか! 情報提供感謝するぞ、遠山麓公キンジルバーナード! ――待っててください! 我のユッキーお姉さまぁぁぁあああああああああああ!!」

 

 女性を第一に据えるキンジはジャンヌを女子寮まで送ろうとするも、肝心のジャンヌはキンジが全てを言い終える前に全速力で音楽室を後にした。バヒューンとでも効果音がつきそうな勢いだ。

 

「……やれやれ。面白いお嬢さんだ」

 

 結果。ヒステリアモードのままで音楽室に一人取り残されたキンジはしばしの間、ジャンヌの出ていった音楽室の出入り口の方へと温かな眼差しを注ぐのだった。

 

 

 

 

 その後。キンジが白雪から『キンちゃんへ。えーと。よくわからないんだけど、何か色々あったみたいだからとりあえず星伽神社に帰ることになりました。そんなに長くならないとは思うけど、2週間ぐらいは神社の方にいるかも。今さっき出発したから今日の晩御飯はなくてOKだよ。それじゃあね。……里帰り、面倒だなぁ』といった内容のメールを受け取ったのと、女子寮で白雪と会えなかったジャンヌが「は、謀ったなぁぁぁぁあああああああああああ! 遠山麓公キンジルバーナードぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」と怨嵯の叫び声を上げたのは同時のことだった。

 




キンジ→体つきが高校生レベルまで進化したアリアの半裸絵を見てヒスった熱血キャラ。ヒステリアモードになるとユッキーのことを白雪と呼ぶようになる。
ジャンヌ→画才のある厨二病患者。軽く同人誌染みた絵も平気で描いたりする。白雪を『ユッキーお姉さま』として敬愛することに決めた模様。

 てなわけで、節目の70話終了です。22話以来、実に48話ぶりにキンジくんがヒステリアモードになりましたね。果たして読者の何人がここでキンジくんがヒスると予想できたことでしょうか。そして、緋弾のアリアの二次創作のはずなのにこのヒステリアモードの発現率の低さは一体何なんでしょうね?

 さて、それはさておき。次回はついに皆さんお待ちかね、紅鳴館に殴り込みの時間ですよ!


 ~おまけ(完全なるネタ ※閲覧超絶注意)~

武藤『キンジ』
キンジ『剛気』

 至近距離で見つめ合う上半身裸の二人。

武藤『キンジ!』
キンジ『剛気!』

 ガシッと熱い抱擁を交わす上半身裸の二人。

武藤『キンジ!!』
キンジ『剛気!!』

 ディープキスを決める上半身裸の二人。

武藤『キンジィ!!』
キンジ『剛気ィ!!』

 本能の赴くままベッドインする上半身裸の二人。そして――


不知火『帰ったぞ、キン、ジ――?(ドサッ ←買い物袋が床に落ちる音)』
武藤『……ッ!? 不知火……!?(ガバッ! ←ベッドから勢いよく起き上がる音)』
キンジ『亮!? ち、違うんだ! これはその――』
不知火『こ、こんの泥棒猫がぁぁっぁあああああああああああ!!』


編集者「――って、何ですか、これ?」
らんらん先生「平賀あやや先生の趣味だ」
平賀あやや先生「これは暇つぶしに描いたものなのだ! 割と枚数が溜まってきたから今度名前を伏せてコミケに出すつもりなのだよ!」
編集者「はぁ……」

 関係図:不知火→キンジ←武藤
 うん。つい勢いでやった。反省はしている。後悔はしていない。



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71.突発的番外編:神崎千秋の一日占い師 前編


ふぁもにか「次回は紅鳴館に殴り込みだと言ったな? あれはウソだ」

 どうも、ふぁもにかです。ここの所、何だか一般人代表:神崎千秋くんがそれなりに人気になってるみたいだったので、ちょっと彼を中心にした完全なるネタ話を作ってみました。急ピッチで作った完全なるネタ話なだけあって終始ギャグです。さらに、ただでさえ性格改変でキャラ崩壊を起こしている原作キャラたちがさらに色々と崩壊しています。なので、閲覧する際はきちんと覚悟を決めることをオススメします。

※今回は会話文と千秋くんの心の声と申し訳程度の地の文で構成されています。
※今回のお話は熱血キンジと冷静アリア本編とは全く関係ありません。その辺はご了承ください。



 

 とある占い店にて。全身を黒のローブで包んだ怪しげな男が一人座っていた。

 

千秋「ハァ、俺が占い師の代理、ねぇ……ホント、どうしてこうなった?」

千秋「いや、わかってるけどな。あのエセ占い師が日帰り旅行に行きたいからって俺に仕事押しつけてきたせいだしな。……くそっ、俺がNOと言える日本人だったら今頃こんなことにはならなかったはずなのに」

千秋「……」

千秋「……ハァ。愚痴ってても仕方ないか。今更どうしようもないんだし、やるだけやってみよう。これはあくまで一日アルバイトだし、あのエセ占い師も『テキトーなことを言ってお客さんを安心させればいい』って言ってたしな」

千秋「とりあえず、今日はお客さんが一人も来ませんように。そしたら俺も占い師の演技をしないで済むからな」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

千秋「(来たよ、来ちゃったよ。お客さんが来ないよう願った途端に一人目来ちゃったよ。なに? 俺って神様に嫌われてんの?)」

理子「……あ、あのー(←恐る恐る)」

千秋「はい、どうされましたか?(おい、あれって同じクラスの峰じゃねぇか。あのビビりの峰がなんで占い店に――って、そうか。あいつ日頃から何かと怯えまくってるもんな。そりゃあ人並み以上に悩みも抱えてるか)」

理子「ひゃ、ひゃう!?」

千秋(……声かけただけでこれかよ。ちょっと傷つくぞ)

千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください(けど、峰みたいなタイプなら簡単に安心させられそうだな。なんつーか、基本的に何でも素直に信じる感じだしな)」

理子「は、はい。お、お邪魔しま~――ッ!?」

千秋「え――(ちょっ、何にもない所でつまずいたぞこいつ!? って、マズい!? このままだと峰が――)」

 

 ズグァン! ←理子の頭が思いっきり水晶と激突した音。

 ドサッ ←気絶した理子が地に倒れた音。

 

理子「きゅう……」

千秋「……手遅れだったか。何もこんな所でドジっ子アピールなんてしなくていいってのに」

 

 ツゥ ←理子の頭から血が流れる擬態語。

 

千秋「って、おい!? 血ぃ出てるじゃねぇか!? 大丈夫かこれ!? 生きてるよな!? 死んでないよな!? と、とりあえず救急車だ! 救急車を呼ぼう!」

 

 理子は無事搬送されました。

 

千秋「ハァ、疲れた。精神的に疲れた。初っ端から流血沙汰になるとか、幸先悪いにもほどがあるだろ。ホントに大丈夫かよ、今日の仕事」

千秋「……神様お願いします、今日のお客さんは峰だけでありますように。いや、ホントお願いだから」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

千秋(……神様なんて死ねばいいのに)

アリア「お、お邪魔します(←おずおずと)」

千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください(って、また同じクラスの奴じゃねぇか。しかもよりによって神崎・H・アリア。俺こいつ苦手なんだよなぁ、名字が被ってるせいでスゲー苦労してきたし。「神崎」って呼ばれて振り返ったけど俺じゃなくてこいつに用事があったってこと、今までに何度もあったしなぁ。……止めよう、思い出したら何か悲しくなってきた)」

アリア「あの、相談があってきたのですが……」

千秋「はい、何なりと申し上げください(でも、こいつは強襲科(アサルト)専攻にしては割と大人しいし、常識人だ。言語が通じてない感が凄い他の武偵高の連中と比べれば話しやすい方だし、悪くないお客さんだな)」

アリア「はい、ありがとうございます。私、その……」

千秋「(さぁ、来い。どうせ高校生の女子らしいありふれた悩みだろうし、テキトーにアドバイスして終わらせるか)」

アリア「このパワーインフレの凄まじい熱血キンジと冷静アリアの世界をどうにかしたいんです」

千秋「……はい?(パワーインフレ? 熱血キンジと冷静アリア? 何それ? 何かいきなりワケの分からない言葉が出てきたぞ?)」

アリア「おかしいとは思いませんか? 私は強襲科Sランク武偵ですよ? Rランクに次ぐ数少ないエリート武偵ですよ? 今まで幾多の凶悪犯罪者を捕まえてきた凄腕武偵ですよ? なのにここの所、峰さんだったり魔剣(デュランダル)だったりとSランクの私以上に強い敵が当然のように出てくるし、しかも二人はあくまでイ・ウーの一構成員。つまり、イ・ウーには彼女たちより強い敵がまだまだゴロゴロいるということです。……これどう考えてもおかしいですよね? 明らかにパワーインフレ起こってますよね」

千秋「え、えーと?(何を言ってるんだ、こいつは? 電波さんか? 電波さんなのか?)」

アリア「これは由々しき事態です。このままでは私はパワーインフレの止まらない熱血キンジと冷静アリアの世界に取り残され、ぽっと出のくせにやたら強い新キャラに出番を根こそぎ奪われてしまいます。なので、速やかにパワーインフレ路線を止めて戦略を駆使した頭脳バトルに物語をシフトするようどうにか作者のふぁもにかさんに陳情しないといけないのですが、残念ながら画面の外に生息するふぁもにかさんと接触する手段を私は知りません。占い師さん。私に何か効果的な方法を伝授してくれませんか? お願いします、この通りです(←土下座ッ!)」

千秋「ちょっ、落ち着いてください! それと、その……パワーインフレ? 熱血キンジと冷静アリア? とやらについて簡潔に説明してくれませんか?(今の俺は占い師だ。いくら電波さんとはいえ、話ぐらいはきちんと聞かないとダメだしな)」

 

 アリア説明中。

 

千秋「要するに、貴女は熱血キンジと冷静アリアという二次創作のメインヒロインだということですね?(こいつ絶対頭イカれてるだろ。厨二病か?)」

アリア「はい。なので、空気キャラにならないように一刻も早くこのパワーインフレの世界を作っているふぁもにかさんに物申したいんです。何とかなりませんか?」

千秋「……その前に一つ、貴女は神崎・H・アリアさんですね?」

アリア「ッ!? どうして私の名前を!?」

千秋「私は占い師ですからね。私ほどの実力になると人の顔を見るだけで名前がわかるようになるのですよ(実際はクラスメイトだから名前を知ってただけだけどな)」

アリア「な、なるほど……」

千秋「神崎さん。いくら私と言えど画面の外のふぁもにかと接触することはできません。しかし、落胆することはありません。貴女はメインヒロインの自分が空気キャラとなってしまうことを危惧していたようですが……考えてみてください。この世界の名前は何ですか?」

アリア「……熱血キンジと冷静アリア」

千秋「では、貴女の名前は?」

アリア「神崎・H・アリ――あ!?」

千秋「気づきましたか? そうです、貴女の名前は神崎・H・アリア。そしてこの世界の名前は熱血キンジと冷静アリア。つまり、貴女の名前がそのまま世界の名前として採用されているのです。それが意味することは――作者のふぁもにかが貴女を看板タイトルとして使いたいと思うほどに貴女のことを気に入っているという証です。作者の意思決定権が物語の行く末を決定する以上、作者に懇意にされている貴女の出番がなくなり空気キャラになる、なんてことはあり得ません。……パワーインフレなんて気にすることありません。貴女はただ貴女らしく生きていけばいいのです。それが作者の望みなんですから」

アリア「……そうですね。そうですよね! 私は何を悩んでいたのでしょう! 作者に気に入られている私が物語からフェードアウトするなんてあり得ないのに! ――ありがとうございました、占い師さん! 私、これからも自分らしく頑張ってみます!」

千秋「その意気です。頑張ってくださいね」

アリア「はい!」

 

 アリアがログアウトしました。

 

千秋「……よし、何とか乗り切ったな。自分をメインヒロインに設定しちゃう哀れな厨二病相手だから上手くいくかスゲー心配だったけど、案外何とかなるもんだな」

千秋「にしても、神崎ってあんなおかしな性格してたんだな。何だよ、熱血キンジと冷静アリアの世界って。……常識人だと思ってたんだけどなぁ。俺が勝手に同族意識抱いてただけ、か」

千秋「ま、とにかく占い師の責務は最低限果たした。もう今日は誰も来なくていいぞ。何たって、今日は閑古鳥の日なんだからな」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

白雪「んーと、ここかな?」

千秋(おい、閑古鳥何サボってんだよ。働けよ。ちゃんと鳴けよ)

 

 この時。千秋の耳に「この俺様にタダ働きをさせる気か? いいご身分だなァ」と嗤う閑古鳥の声が聞こえた気がした。

 

千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください(つーか、今度は堕落生徒会長の星伽白雪のご登場か。……何だ? ここって武偵高の生徒御用達だったりすんのか?)」

白雪「はいはーい」

千秋「何かお悩みですか? 何なりと申し上げください(見た感じだと悩みとは無縁そうな奴だけどな。頭の中がお花畑な印象だし。まぁ人は見かけによらないって言うし、何か抱えるものでもあるのかな?)」

白雪「は、はい。えーと、私この世界にシエスタを導入したいんです」

千秋「シエスタ……というと、アレですか? スペインで導入されていた昼寝休憩のことですか?(なーんか嫌な予感がしてきたぞ。この生徒会長サマも神崎みたいにぶっ飛んだこと言ってくる気がしてきたぞ)」

白雪「はい、それです。……私、この世の人たちは働き過ぎだと思うんです。いつもいつも時間ばかり気にしてキビキビ動いて、でもそれだと無駄にストレスを抱え込むだけ。こんな生活を続けてたらいつか皆壊れちゃいます。だから私、誰もが一日中ゴロリと昼寝するだけでいい世界を作りたいんです。その第一歩としてシエスタを全世界に浸透させたいと思ってるのですが……やり方がわかんなくて面倒です。というか、私が一日中ダラダラしてても問題なく幸せに生きていける世界をちゃっちゃと作ってしまいたいです。占い師さん占い師さん、何とかしてくれませんか?」

千秋「……(おいおいおい!? 無茶ぶりが過ぎるだろ!? 何とんでもないこと人任せにしちゃってんの!? つーか、これ占い師に頼むようなことじゃないだろ!? ……おぃぃぃ、何なんだよこいつ。昼寝帝国でも作りたいのか? 21世紀のライナ・リュートなのか?)」

千秋「貴女はアリとキリギリスというお話を知っていますか?」

白雪「はい。普段から食べ物を蓄えていたアリは生き残って、逆に遊びほうけていたキリギリスが餓死しちゃう話ですよね?」

千秋「その通りです。しかし、それはあくまで原典の話です。日本のアリは飢えに苦しむキリギリスに食べ物を分け与えてくれます。つまり、それは堕落しきったどうしようもない存在にも何らかの形で手を差し伸べてくれるお人好しが必ずいるということです」

白雪「ッ!」

千秋「他人は他人。貴女は貴女です。周囲のことなんて構うことはありません、貴女は己の欲求のままに好きなだけだらけた生活をすればいいのです。わざわざシエスタを導入せずとも、困った時に貴女を無償で助けてくれる都合のいい働きアリが日本にはたくさん存在しているのですから」

白雪「うん、うん! そうですよね! ありがとうございました、占い師さん! 私、何だかスッキリしました! 今なら心地よくお昼寝できる気がするので早速寮で寝ようと思います!」

千秋「いい夢が見れるといいですね」

白雪「はいッ!」

 

 白雪がログアウトしました。

 

千秋「……かなり無理やりな理論だったけど上手くいったみたいだな。生徒会長サマは天然って話だし、それのおかげかな」

千秋「にしても、やるなぁ俺。よくもまぁあんな色々と無茶な要求に上手く切り返しできたよな。今日の俺は冴えてんのかね?」

千秋「さーて。もう誰も来るなよー。こっちはぶっ飛んだ悩みを抱えた女子二人の相手でもういっぱいいっぱいだ。占ってほしいなら他を当たって――」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

陽菜「ふむ。ここで合ってるでござるか?」

千秋(――他を当たってほしいとひたすら思えばお客さんが来なくなるんじゃないかと思ってた時期が俺にもありました)

 

 

 果たして、一般人代表改め占い師:神崎千秋くんは個性豊かなお客さんたちを相手に今日一日を乗り越えることができるのか!? 

 

 

 

 後編へ続く。

 

 

 

 




Q.神崎くんって一日占い師のくせにタロットカードとか水晶とか全然使ってな――
A.深く考えたら負けです。気にしないでください。

 というわけで、71話終了です。この突発的番外編は本編が既にギャグの塊(のつもり)ですので残念ながらおまけはありません。にしても、改めて中身を見てみると銀魂チックな流れになってる気がしますね、何となく……


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72.突発的番外編:神崎千秋の一日占い師 後編


 オリキャラ:神崎千秋くんが働くルシルの館に次々と現れるおかしなお客さんたち。
 一人目:峰理子リュパン四世。二人目:神崎・H・アリア。三人目:星伽白雪。
 そして。四人目:風魔陽菜。
 果たして、一般人代表改め一日占い師:神崎千秋くんは個性豊かなお客さんたちを相手に今日一日を乗り越えることができるのか!?




 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

陽菜「ふむ。ここで合ってるでござるか?」

千秋(――他を当たってほしいとひたすら思えばお客さんが来なくなるんじゃないかと思ってた時期が俺にもありました)

千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください(にしても、今度は見た目からして変わってる奴だな。防弾制服着てるからこいつも武偵高の奴なんだろうけど)」

陽菜「承知した」

陽菜「……」

千秋「何かお悩みですか? 何なりと申し上げください(もう俺は驚かないぞ。どんな突拍子もない悩みだろうと絶対に驚いてやるものか)」

陽菜「その、新しい自分に生まれ変わりたいでござる」

千秋「新しい自分、ですか?(ん? 思ったよりまともな悩みか?)」

陽菜「はい。拙者、熱血キンジと冷静アリアの世界では人をからかって遊ぶのが大好きな忍者キャラとなっているでござるが……作者のふぁもにか殿は冗談大好きキャラのセリフを考えるのが非常に苦手らしく、だったら出番自体をなくせばいいやと拙者の出番を鋭意消去中にござる。このままでは拙者の存在が本編から消されてしまうでござる。精々おまけに登場するだけの端役中の端役にしかなれないでござる。ゆえに作者が扱いやすい性格に生まれ変わろうと考えたでござるが、何か作者が気に入りそうな性格に心当たりはないでござるか?」

千秋「……少々お待ちください。水晶で占ってみますので(おい、神崎2号が来たぞ。また熱血キンジと冷静アリアとか作者のふぁもにかとかヘンテコな設定出てきたぞ? 何なの、今それ流行ってんの? つーかこいつら、占い師を何だと思ってんだよ? どこぞの猫型ロボットでも聖杯でもねぇんだぞ、俺は)」

 

 ポォォォ ←水晶が光を放つ擬態語。

 

陽菜「おぉ……!」

千秋「なるほど、わかりました。貴女の性格自体には何も問題ありません。問題なのはその『ござる』口調です(ここはテキトー言って、とっととお引き取り願うか。頭のおかしな連中といつまでも会話なんてゴメンだし、こいつも何気に猜疑心とかなさそうだしな)」

陽菜「『ござる』口調、でござるか?」

千秋「そう、それです。作者のふぁもにかは冗談大好きキャラを苦手としているのではなく、古風の話し方をするキャラに苦手意識を持っているみたいです。まずは口調を別のものに変えてみてはいかがですか? 例えば……そうですね、『ですます口調』や『ツンデレ口調』、あとは『お嬢さま口調』なんてどうでしょう?」

陽菜「……これは盲点にござる。まさかふぁもにか殿が拙者の『ござる口調』を敬遠していたとは。助言、感謝するでござ……感謝しますわ、占い師さん♡」

千秋「そうそう、そんな感じです。その調子でレッツトライです」

 

 陽菜がログアウトしました。

 

千秋「……もうやだ。もうゴメンだ。なんでどいつもこいつもふざけた悩みしか持ってねぇんだよ。普通の悩みを抱えた普通な奴はいねぇのかよ。もっとこう……好きな人との相性とか、自分の夢がかなうかどうかとか、占い師に聞きたいことなんて色々あるだろうが」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

不知火「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

武藤「……出番、欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

中空知「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

レキ「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

カナ「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

ヒルちゃん「出番が欲し(ry」

エルちゃん「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

ANA600便の機長さん「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

シャーロック「出番が欲し(ry」

 

 ◇◇◇

 

千秋「うがぁぁぁあああああああああああああああああああ!! 俺か!? 俺がおかしいのか!? 俺が熱血キンジと冷静アリアの世界の住人だって認識できてないのがおかしいのか!? そうなのか!? 違うよな!? 誰か違うと言ってくれぇ!」

千秋「くそッ。何だよ何だよ、どいつもこいつも出番出番出番出番! それしか言える言葉ねぇのかよ!? つーか、別になくていいじゃねぇか出番! 熱血キンジと冷静アリアの世界ってパワーインフレの止まらないバトルものの二次創作なんだろ!? なら出番なくていいじゃねぇか! そっちのがむしろ好都合じゃねぇか!? 出番ない方が命の危険がなくて安全なんだしさぁ!」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

キンジ「……ここでいいのか?」

千秋(あー、また出番厨か? 出番クレクレの人か? いい加減にしてくれ、そんなの作者に言えばいいだろ。なんで皆して俺に言ってくるんだよ。どう考えてもおかしいだろ、これ。一占い師に何をそんなに期待してんだよ。占い師にできることなんて高が知れてんだからさ、頼むからもっと現実見てくれよ……)

千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください(――って、誰かと思えば遠山じゃねぇか。何だ、あいつにも何か悩みあったのか。意外だな)」

キンジ「は、はい」

千秋「何かお悩みですか? 何なりと申し上げください(遠山の奴、何か元気ないな。これは本格的に悩んでるのかもな。……遠山はいい奴だし、力になってやりたいな)」

キンジ「……占い師さん。貴方は近親相姦についてどう思いますか?」

千秋「……続けてください(……前言撤回。どうしよう。こいつ、今までの中で一番ヤバい悩み持ってるかもしれない)」

キンジ「俺は兄さんが好きです。大好きです。好きで好きでたまりません。世界で一番好きです。なのに。俺はこんなにも兄さんを愛しているのに、この世界はまるで俺の思いをあざ笑うかのように兄弟同士の結婚やセックスをタブー扱いしています。だけど、正直言って俺にはその理由がよくわかりません。確かに生まれてくる子供が奇形児になる可能性があるというのはわかります。わかってるつもりです。ですが、今の世界では徐々に同性同士の愛が認められつつあります。同性愛はOKで兄弟の愛が相変わらずタブー扱いされているのは納得いきません。いいじゃないですか、兄弟同士の恋愛に近親相姦。両者の間に偽りのない真の愛があれば性別や血縁関係なんて関係ないじゃないですか。どうして俺と兄さんとの愛を世界は認めてくれないんですか。こんなの理不尽にも程があるじゃないですか。……占い師さん、貴方はどう思いますか?」

千秋(……ヤバい。これはヤバい。色々とヤバすぎて何も言えない。こいつ、ブラコンなのは何となくわかってたけど、ここまで重症だったのかよ。つーか何があったか知らないけど、とりあえずその据わりきった目で淡々と話すのは止めてくれ。怖いんだよ。今にも夢に出てきそうなんだよ。てか、男同士の性交じゃ奇形児以前に子供生まれないからな? さすがにそれぐらいはわかってるよな? そこは信じてもいいよな?)

千秋(……にしても、マズいな、これは下手に否定できないぞ。んなことしたってこいつが暴走して強硬手段に出たらアウトだ。こいつは社会的に殺される。ここは占い師の立場を使ってどうにか思いとどまらせないと……!)

千秋「……言いたいことはそれだけですか?」

キンジ「え、まだ言っていいんですか?」

千秋「言いたいことは以上ですね?(あれだけ言ってまだ言い足りなかったのかよ!? どんだけブラコン極めてんだよ、こいつ!?)」

キンジ「は、はい」

千秋「……やれやれ、貴方のお兄さんへの愛の方向性にはガッカリです。貴方は十数年もの間、ずっとお兄さんと同じ時を過ごしてきたのでしょう? なのに、貴方はお兄さんを恋愛や性的な対象としてしか見られないのですか? だとしたら、それは愛とは言いません。セフレ相手に抱く低俗な感情と似たようなものです」

キンジ「なッ!?」

千秋「誰かをどれだけ愛しているかは恋愛感情の深さや性的行為の有無で決まるものではありません。結婚やセックスが二人の愛の完成形ではありません。なぜならそれらの行為はあくまで形式的なものでしかないからです。……近親相姦の境地など軽く飛び越えて、互いが互いを信じ合い、いついかなる時であっても自然に心を重ね合わすことができる関係性を築く。この領域へ達することこそが真の愛と言えるのではないでしょうか?」

キンジ「あ……」

千秋「確かに貴方はお兄さんを愛しているのでしょう。しかしお兄さんを愛した結果が結婚や近親相姦になるようではそれは真の愛とは言えません。貴方が真にお兄さんを愛していると言うのなら、まずは二人の愛を健全な形で貫き、それから二人の愛を世界が認めざるを得ないほどに高尚なものへと昇格させるべきではないでしょうか?」

キンジ「……なるほど。そうですね、確かに貴方の言う通りです。俺は一体何を血迷っていたんでしょう? ありがとうございます、占い師さん。貴方のおかげで目が覚めました。生まれ変わった気分です。道は険しいですが、俺と兄さんとの愛の深さを全世界に思い知らせてやりますよ!」

千秋「いい顔になってきましたね。貴方はそのまま貴方の信じる道を突き進んでください。そんな貴方を私は心より応援します」

 

 キンジがログアウトしました。

 

千秋「……ふぅ。小難しい言葉を並べただけの自分でもよくわからん暴論だったけど、どうにかなったな。これで遠山が過ちを起こさなきゃいいけど。兄を愛でるだけで終わってくれればいいけど。……これから遠山との付き合い方、変えるか。じゃないと俺の心の安寧が保てなさそうだ」

千秋「ハァァァ……(頼む、閑古鳥。働いてくれ。ちゃんと鳴いてくれ。今なら千円払うから)」

 

 この時。千秋の耳に「ハッ! この俺様が千円なんてはした金で働くわけないだろうが」と嗤う閑古鳥の声が聞こえた気がした。

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

かなえ「……」

千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください(ん? あれ? この人、武偵高の生徒じゃない!? ちょっ、これ初めてじゃないか!? 初めての大人のお客さんじゃないか!?)」

 

 キンジのインパクトの強すぎる悩みのせいで前にも大人なお客さん(※カナ、機長さん、シャーロックの三人)が訪れていたことを完全に忘れちゃってる千秋くんである。

 

千秋「何かお悩みですか? 何なりと申し上げください(それにこの人落ち着いた雰囲気してるし……ついにまともな悩みを持った一般人が来てくれたのか!? 待望の!?)」

かなえ「実は、非常に話しづらいのだが、一言で言うなら……」

千秋(って、待て。この顔、どっかで見覚えが――おいおいおいおい!? まさか!? まさか、神崎かなえ!? 武偵殺しとか色々やらかしたあの凶悪犯罪者の!? いや、落ち着け俺。落ち着いてよーく考えろ。神崎かなえは今獄中のはずだ。こんな所にいるはずがない。つまり! この人は神崎かなえのそっくりさん! そうだ、そうに違いないッ! 何だよ、驚いて損したぜ)

かなえ「プリズン・ブレイク、してしまったんだ」

千秋「……詳しい話をお聞かせ願えますか?(本人でした☆ って、やべぇぇぇえええええええええええええええ! どうしよう!? マジでどうしよう!? 何だよこの状況!? こんなことになるなんて聞いてないぞ!? 逃げるか!? 逃げた方がいいか!? でもどこに逃げればいいんだ!? そもそもこの凶悪犯罪者が俺を取り逃すなんてこと、あり得るのか!?)」

かなえ「いや、私にその気はなかったんだ。本当だぞ? だが……自分で言うのも何だが、私は囚人たちに慕われていてな。何を思ったのか、彼らが『貴女はこんな所で終わっていい人じゃない!』とか『貴女はもっと多くの悩める人に正しい道を指し示すべきだ!』とかいきなり言ってきて、そのまま無理やり私をプリズン・ブレイクさせたんだ」

千秋「……よく脱獄できましたね(いや、ホントだよ。いくら囚人が結集したって脱獄できるほど牢獄は甘くないだろ、普通に考えて)」

かなえ「いやな、囚人仲間の(コウ)がレーザービームの使い手だったらしくてな。彼女が牢獄の壁という壁をそのレーザービームで破壊して、彼女を中心に日々緻密な脱走計画を練っていた囚人たちが看守をあっという間に無力化して、それでプリズン・ブレイクが達成されたわけだ。……あまりにあっさり成功してしまったからか、未だにプリズン・ブレイクしたことに現実味が湧かないのだがな」

千秋「……(来たよ、来ましたよ、非現実極まりない言葉。今度はレーザービームかよ。……俺はそろそろ常識を捨てるべきかもな。じゃないとこの世界に順応できる気がしねぇよ、もう……)」

かなえ「本当なら私はすぐに牢獄に戻るべきなのだろう。私のプリズン・ブレイクのために体を張ってくれた彼らには悪いが、こんな所で油を売っていたって罪状が増えるだけだ。それでは私のために頑張ってくれている二人に申し訳ない。……けど、一方で一度アリアに会って抱きしめてやりたいと思う私もいるんだ。……なぁ、占い師さん。私はどうすればいい? 一体何が正解だと思う?」

千秋「……その、アリアというのは?」

かなえ「私の娘だ。私の罪を晴らそうと、自分を蔑ろにしてまで頑張ってくれている健気な子だ」

千秋「……(うっわぁ。ヤッバいなこれ。脱獄云々を差し引けば今までで一番深刻な悩みじゃねぇか。さすがにここまで重いのは俺の手に余るぞ。どうする俺? 俺はこの人に何て言ってやればいい?)」

かなえ「……なんてな」

千秋「え?」

かなえ「悪かった。貴方に決断を委ねるような真似をして。……私はただ、自分の気持ちを聞いてくれる相手がほしかっただけなんだ」

千秋「……」

かなえ「私は戻るよ。娘を抱きしめるのは罪が晴れた時までお預けにする。アリアだってプリズン・ブレイクした私に抱きしめられるのは本望ではないだろう。では、失礼する」

 

 神崎かなえがログアウトしました。

 

千秋「……くそッ、なんで俺が罪悪感なんか抱かないといけないんだ。ふざけんなよあの女」

千秋(けど、凄くいい人だったな。とても極悪非道の犯罪者とは思えない。……本当にあの人は犯罪者か? 囚人から慕われてて、娘のことをちゃんと考えられるあの人が、犯罪者? 何かの間違いじゃないのか? ……触らぬ神に祟りなしなのはわかってるけど、このまま胸くそ悪いままで終わらせられるかよ。俺だって今は一応武偵だしな。……俺にできることなんて限られてるだろうけど、色々調べてみよう。まずはそこからだ)

千秋「にしても、疲れた。もう俺のライフはゼロだ。一言だって他人と話せる気がしない。だから、もう誰も来ないでくれ。……パトラッシュ、疲れたろう。俺も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ(←精神的に疲れすぎてどうかなっちゃってる千秋くん)」

 

 キィィ ←ゆっくりとドアが開く音。

 

理子「……あ、あのー(←恐る恐る)」

千秋(……無限ループって怖くね?)

 

 ◇◇◇

 

 閉店後。

 

千秋「ハァ、くっそ疲れた……(あのエセ占い師、いつもこんなふざけた連中を相手にしてきたのかぁ? だったら少し見直すぞ)」

エセ占い師「お疲れーい、千秋くん」

千秋「やっと帰ってきましたか、エセ占い師」

エセ占い師「うん、ただいま。はーい、旅行のお土産。あと本日分の給料。で、どうだった? 占い師の一日アルバイト、楽しかった?」

千秋「……今の俺の様子見てよくそんなこと言えますね」

エセ占い師「アッハハハ。その様子だと苦労したみたいだね。あ、でさ。明日私ハワイに行きたいからまたお店任せても――」

千秋「ッ!」

 

 神崎千秋は逃げ出した!

 残念、エセ占い師からは逃げられない!

 

エセ占い師「ね? もう一日だけ、いいでしょ? ……いいよね?」

千秋「うぅ、なんでこんなことに……」

 

 神崎千秋の受難は続く。

 

 

 

 おわり。

 

 




Q.どうしてジャンヌちゃんの出番がないんですか?
A.ついこの前まで散々出番あったからたまにはハブろうかと思いまして(ゲス顔

 というわけで、72話終了です。千秋くんは不憫な子。はっきりわかんだね。


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73.熱血キンジと紅鳴館


 どうも、ふぁもにかです。今回はついに紅鳴館殴り込み回です。あと、今回は前回までのカオスフルな突発的番外編と比べると比較的大人しい展開になってるかと思われます。まぁこの前はいくら番外編だからってちょっとやり過ぎ感がありましたしね、特に我らが主人公:キンジくんの辺りが。わ、私だってたまには自重しますよ。……しばらくしたらまた暴走するでしょうけど。



 

 キンジが音楽室でジャンヌと邂逅してから4日後。理子のサポートの元でキンジとアリアが紅鳴館に潜入する当日。その早朝。キンジの住む男子寮にて、キンジが見たのは変わり果てたアリアの姿だった。

 

「あはは~、蝶々が飛んでるぅ~。ヒラヒラァ~って、アハハ~。待ってよ蝶々さぁ~ん♪」

 

 穢れきった真紅の瞳と目元の隈の酷さが特徴的なアリアは終始ヘラヘラとした笑みとともにフラフラ~と謎の踊りを披露しながら、ただただ宙へと両手を伸ばしている。当然ながら、虚空に蝶々なんて舞っていない。覚せい剤でも服用したのではないかと思えるほどにおかしな言動を取るアリアの姿にキンジは思わず後ずさる。一般の感性を持つ者であれば至極当然の反応である。

 

「……り、理子。あれは何だ?」

「え? ……オリュメスさん、だけど?」

「いや、それは知ってる。そうじゃなくて、なんでアリアがあんなメンヘラ状態になってんだ?」

 

 キンジは明らかに精神に異常をきたしているアリアを指差して隣の理子に問いかける。キンジは理子がアリアを連れ去ってから4日間、一度もアリアと会っていなかった。とはいえ、定期的にメールのやり取りをしていたキンジはアリアに関して大した心配はしていなかった。その結果が眼前のメンヘラ少女アリアたん☆の爆誕である。

 

 理子から話を聞いた所、理子はアリアを連れ去った後、二人でインターネットカフェに入り浸っていたらしい。というのも、どこからかアリアがメイド関連の知識に疎いとの情報を手に入れた理子が紅鳴館潜入作戦を始める前に急ピッチでアリアに知識を叩きこもうとしたかららしい。

 

 ちなみに。俺が理子の手から逃れられたのは、普段から俺が武藤オススメのアニメやらゲームやら小説やらを楽しんでいることを知っている理子が、俺には既にある程度の執事に関する知識が備わっているものと判断したからだとか。

 

「そ、それでね。とりあえず、オリュメスさんと一緒にメイドの登場するアニメの鑑賞会をしたんだよ。72時間ぐらいずっと」

「な、72時間!?」

「うん。例え付け焼刃だとしてもオリュメスさんにはメイドのあり方について知ってもらう必要があったからね。……それにしても、オリュメスさんって強襲科(アサルト)Sランク武偵にしては案外体力なくて意外だったよ。たったの三徹でダメになるなんて思わなかったし。短期決戦型なのかな?」

「……いやいやいや、その考えはおかしい」

「? そう?」

(幼児体型ゆえに他の小学生並みの睡眠時間を必要とするアリアに72時間連続でアニメを見させるとは……理子って何気に鬼畜だな)

 

 いくら母親の形見を取り戻したいからってこれはいくらなんでも容赦がなさ過ぎるだろう。現在進行形で踊り狂うアリアの様子を平然と見やる理子の姿にキンジは戦慄する。同時に。普段からオススメの小説やアニメについて紹介してくれた武藤にキンジは心から感謝した。

 

「じゃあ、そろそろ紅鳴館に行こっか」

「あ! ご主人さまぁ~。見て見て、蝶々がいっぱいですよぉ~♪」

「……理子。少しでいい。頼むから、アリアを寝かせてやってくれ。紅鳴館に行くのはそれからでも遅くはないだろ?」

「え、でも――」

「ご主人さまぁ♡ 脱ぎ脱ぎのお時間でぇすよぉ~」

「三徹してたのは理子も一緒なんだろ? だったら理子もアリアと一緒に休んだらどうだ? 休める時に休んだ方がいいに決まってるし、万全の準備を怠ったせいで十字架(ロザリオ)取り戻すの失敗したらそれこそ目も当てられないぞ?」

 

 キンジの提案に難色を示す理子。何としてでもアリアに休息を与えたいキンジは理子を説得しようとさらに言葉を重ねていく。対する理子はキンジの失敗の言葉に反応したらしく、震える声で「失敗……」と呟く。その表情が見る見る内に青ざめていくのが手に取るようにわかった。

 

 ちなみに。先ほどから時折聞こえてくるアリアの声を気にせずに二人が会話を続けていられるのは偏に磨き抜かれたスルースキルの賜物である。尤も、理子の場合は天然も混じっていそうだが。

 

「そ、そうだね! 遠山くんの言う通りだね! じゃあ、その、お言葉に甘えて。……えっと、8時になっても起きなかったら起こしてくれない、かな?」

「ん、わかった」

「にゃーん、にゃんにゃにゃにゃんにゃんにゃーん。にゃーん、にゃんにゃにゃにゃーん。にゃんにゃん、にゃんにゃにゃにゃんにゃんにゃーん。にゃん、にゃにゃにゃにゃにゃんにゃんにゃーん♪」

 

 キンジに目覚まし時計の役目を頼んだ理子は椅子に腰かけてテーブルに突っ伏したかと思うと、すぅすぅと小さい寝息を立て始める。突っ伏して数秒で眠りに就いたことから理子も表に出さなかっただけで相当眠かったのだろう。

 

(どうせ寝るならベッドで寝ればいいのに。空いてるんだし)

 

 そんなことを考えつつキンジは視線を理子からアリアに移す。次いで、何がおかしいのか「にゃはッ、にゃははははははははははは~♪ わふぅ、風穴風穴きゃっほ~い♪」と5歳児のごとく周囲をきゃっきゃと駆け回るアリアを、キンジは「……悪い、アリア」という謝罪の言葉とともにスリーパーホールドで気絶させる。そして、安らかに眠れますようにと心の中で願いながらアリアをベッドに横たえるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 数時間後。しばしの休憩を終えたキンジたち三人はモノレール、タクシーと交通機関を利用して横浜郊外の紅鳴館にたどり着いた。尤も、移動の際に8時以降になっても全く起きる気配がなかったアリアをキンジが背負うことになったのだが。

 

 今現在、先頭を歩くのはあらかじめ大人な女性に変装した理子。キャリアウーマンらしいキビキビした動きで紅鳴館の門前まで赴く理子の後ろを歩くのがキンジと目覚めたばかりのアリア。派遣会社の人間に扮する理子が新たなハウスキーパーとしてキンジとアリアを連れてきたと思わせるための寸法だ。もちろん、今のアリアはラリっていない。

 

 そして、門前にて。理子は門の前で呼び鈴を鳴らそうとした手をふと止める。疑問に思ったキンジが理子の背中を覗いてみると、理子の体がわずかながらフルフルと震えているのが読み取れた。知らない人と話すのは俺でも少しは緊張する。ビビりの理子なら尚更なのだろう。

 

「そんなに身構えなくていいんじゃないか、理子?」

「ふぇ!? い、いや、えーと、ななな何のことかなぁー? 遠山くん?」

 

 キンジは軽い気持ちで理子に声をかける。他愛のない会話で少しでも理子の緊張を取り除くのが狙いだ。しかし。背後からの声にビクンと肩を震わせる理子の様子から鑑みるに、理子の緊張を解すというキンジの目論みは見事に逆効果となったようだ。これ以上余計なことは言わない方がいい。自身の方へと振り返ってきた理子にキンジは「あ、いや。なんでもない」と言葉を返した。

 

 その後。理子はふと目を瞑ると「大丈夫大丈夫。頑張れボク。あれだけちゃんと予行練習したんだから大丈夫――」などと自分を奮起させようと何度も自分自身に言い聞かせる。それから。意を決したのか、理子はクワッと目を見開くと同時に呼び鈴を鳴らした。

 

「はーい。今開けまーす」

 

 少しの間をおいて。堅牢な門の向こうから軽いノリの声が届く。いかにも宅配業者相手に新婚の若妻が言いそうな口調だったが、それにしては聞こえてきた声は少し低かった。例えるなら声の低い男が無理に女声を出そうとしているかのような声。言葉と声とのギャップに違和感を感じたキンジが頭にハテナマークを浮かべていると、門の向こうから徐々に人影が見えてきた。

 

「あら? 貴方たち――え゛?」

 

 軽快なステップを刻みつつやって来た紅鳴館の管理人は、キンジとアリアを見ながらコテンと可愛らしく首を傾げる。そして。管理人は首を傾げたまま、ビシリと固まった。その反応は当然だろう。何せ、俺たち三人と目の前の人物は知り合いだったのだから。

 

「は?」

「え?」

「ふぇ?」

 

 一方。キンジたち三人も姿を現した管理人の姿に思わず固まっていた。スラっとした細身の長身体躯にストレートに伸びる銀の長髪が特徴的な管理人の姿は、いくら顔に薄く化粧が施されていても、ピンクの口紅が塗られていても、爪にネイルアートが施されていても、魔女っ娘を彷彿とさせる黒のコスプレ衣装を着ていても、確かに見覚えがあったからだ。

 

(さ、小夜鳴先生!?)

 

 キンジたちを出迎えたの管理人の名は小夜鳴徹。なぜか魔女っ娘のコスプレをしている、東京武偵高の男性教師だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 小夜鳴徹(さよなきとおる)救護科(アンビュラス)の非常勤講師を努めている若き天才遺伝学者であり、武偵高の教師にしては珍しい、というか絶滅危惧種な平和主義者で礼儀正しい人でもある。また、乙女ゲーの攻略キャラの知的メガネ枠として出てきそうなほどに姿形が整っているのも特徴的だったりする。つまり、小夜鳴徹は身も心もイケメンだということだ。

 

 そのため。その美貌や人当たりのよさから男女問わず人気が高く、教師の模範と言っても過言ではない存在。それがキンジ、アリア、理子三名の小夜鳴徹に対する共通認識であり、これが早々覆されるようなことはない。そのはずだったのだが――

 

「こちらへどうぞ、お三方」

 

 ――今、キンジたち三人の目の前にいるのは三人のよく知る儚くも凛々しい小夜鳴先生像を完膚なきまでに破壊しつくす一人の魔女っ娘だった。その当の魔女っ娘小夜鳴たん☆はキンジ一行を応接室まで案内する。その歩き方もどこか女性チックだ。

 

 門前で出くわした当初は「今貴方たちが見ているものは幻です。現実ではありません」や「んん、小夜鳴徹? あぁ、それは私の弟です。私は徹の双子の姉の小夜鳴晶です」や「いやぁー、これ実は罰ゲームでしてね。あは、あはははー」などといった苦しすぎる言い訳を駆使して全力でごまかしにかかっていた小夜鳴先生だったが、自身のごまかしが俺たちに一切通じないとわかった途端にオカマ属性を遠慮なくさらけ出し始め、今やすっかり開き直っている。

 

(それなりに似合ってるのが何とも言えないんだよなぁ。イケメンは女装しても似合うとは言うけど、兄さん限定の話じゃなかったのか……)

「では改めまして。正午からで面会をご予定させていただいておりました、師堂神奈(しどうかんな)と申します。本日よりこちらで家事のお手伝いをさせていただくハウスキーパー2名を連れて参りみゃ!?」

 

 魔女っ娘衣装の小夜鳴からソファーに座るよう促され、小夜鳴とキンジ一行が向かい合うように座った後。コホンと一つ咳払いをしてから丁寧な口調でどうにか己の役割を果たそうとした理子だったが、早速噛んだ。よほど痛かったのか、自身が派遣会社の人間を演じていることを忘れて「うぅ、舌かんだ……」と涙目になっている。

 

「あらあら、もしかして新人さん?」

「は、はい。そうなんです、え、ええと……すみません」

「謝ることないわ、師堂さん。最初から仕事の上手な人なんていないもの。これから少しずつ精進していけばいいわ」

「か、管理人さん……!」

 

 小夜鳴の機嫌を悪くしたのではないかと縮こまる理子に小夜鳴はニッコリと微笑みかける。まるで子供の成長を見守る親のような慈愛に満ちた眼差しとともに優しく語りかける。魔女っ娘衣装を装備していてもなお、小夜鳴先生のイケメンオーラは健在のようだ。

 

「それにしても意外でしたよ。小夜鳴先生の性格もそうですけど……このような、その、個性的なお屋敷に住んでいたとは思いませんでした」

「性格の件は内緒でお願いね? 遠山くん、神崎さん?」

 

 理子の代わりに何か話題を作ろうと考えたキンジの言葉に小夜鳴はパチッと片目を閉じて人差し指を「シー」と唇に当てる。今にも「てへッ」と言わんばかりの表情だ。

 

(男のウインクなのにあんまり気持ち悪く思えないってどういうことだよ……イケメン補正か?)

(何でしょう、女性にしか似合わないはずの仕草のはずなのに小夜鳴先生にも微妙に合っている辺りが非常に反応に困りますね……)

「それと、ここは私の家じゃないの。私はただここのご主人に地下を研究施設として使わせてもらってるだけ。彼は私の研究に投資もしてくれるから、本当に彼には頭が上がらないわね」

「あの、そのご主人は今こちらにいらっしゃるのですか? もしいらっしゃるのであれば、事前に2人と顔合わせをした方がよろしいかと思うのですが」

「……すみません、師堂さん。彼は今遠い所に住んでいるの。それに私も彼とは直接会ったことはないから、多分遠山くんと神崎さんの雇用期間中には会えないと思うわ。ごめんなさいね」

「い、いえ。こちらこそすみません」

 

 キンジとアリアがそれぞれオカマな小夜鳴の所作に戸惑いを見せる中、二人の目の前では申し訳なさそうに眉を寄せる小夜鳴と慌ててペコペコと頭を下げる理子の構図が広がっていた。

 

(直接会ってないって……顔も知らない奴に投資してもらって、研究施設も貸してもらってるのか? ……出会い系サイトか何かでブラドと交流してるってことでいいのか?)

(多分そうでしょうね。ですが、それって……小夜鳴先生がブラドに利用されてるような気がしてならないのですが……)

(……まぁ、その辺りは俺たちが口を挟むようなことでもないし、ひとまずスルーしよう。とりあえず小夜鳴先生は俺たちを雇ってくれるみたいだし、ここは余計なことは言わない方がいいだろ)

(それもそうですね)

 

 小夜鳴の発言に引っ掛かりを覚えたキンジは小夜鳴に気づかれないようにアリアと目と目で会話し、二人そろって軽くうなずく。かくして。知人に会ったり知人の知られざる一面を知ったりという予想外の出来事こそあったものの、結局は紅鳴館で働くこととなったキンジとアリアであった。

 




キンジ→前回と比べるとかなりまともに見える熱血キャラ。安全確実に人を気絶させる方法としてスリーパーホールドを採用している。
アリア→睡眠時間不足のせいで色々とおかしなことになっていた子。ラリっていた当時の記憶は全て抜け落ちている。また、何気に最初の狂ってたシーン以外で全然声に出して喋ってなかったりする。それでいいのか、メインヒロイン。
理子→アリア相手に強制的に72時間耐久アニメ鑑賞をやらかした子。派遣会社の人間に変装したものの、理子クオリティは健在の模様。偽名として師堂神奈の名を採用している。
小夜鳴先生→実に人格者な武偵高教師に見せかけた、女装趣味を持つオカマ。魔女っ娘コスプレがマイブーム。女装はそれなりに似合ってる(気持ち悪くはないが、体格のせいで女装に違和感を感じるレベル)。白雪の占いで『紛うことなきメガネ』扱いされている。

 というわけで、73話終了です。女装癖でオカマな小夜鳴先生をようやく登場させることができました。なので、これからたくさんオカマな小夜鳴先生を登場させ――たい所ですが、この辺の紅鳴館での話はちょっとダイジェスト風味でいこうと思います。何だかそろそろ原作三巻クライマックスたるブラドとの戦闘シーンが書きたくて書きたくて仕方なくなってきましたので。脳内ではもうブラドとの戦闘をどう展開させるか確定してますしね。


 ~おまけ(いきなり次回予告:悲劇的ビフォォーアフタァァー)~

キンジ「次回、リフォームを行うのは横浜郊外にある紅鳴館。600坪もの広大な土地の内、300坪分を占める洋館です。しかし、広々としているはずの紅鳴館は鬱蒼としていて薄暗く、気味の悪い印象が拭えません。雰囲気の悪い家を開放感あふれる心地いい家に。依頼人:小夜鳴徹の要望を受けて一人の匠が立ち上がります。その名は修羅アリア。常に時代の先の先を行く斬新性と異常なまでの破壊衝動から建築業界のゾルフ・J・キンブリーと称される、常軌を逸した風穴職人であり、好きな言葉は『風穴』、座右の銘は『風穴量産』、決め台詞は『風穴の時間です』という、風穴の神に魅入られた稀代の破壊神(TA☆KU☆MI)です。果たして、新時代の匠たる彼女の手によって雰囲気の悪い紅鳴館はどのように爆滅――ゴホン、生まれ変わるのでしょうか(←ナレーション風に)」
理子「え、ええええ!? ちょっ、違うよ遠山くん!? 何か別の番組になっちゃってるよ!? これお家をリフォームする二次創作じゃないからね!?」
キンジ「ま、心配するなよ理子。あくまでアリアがやるのは改築(リフォーム)じゃなくて破壊(ディストラクション)なんだからさ、な?(キリッ)」
理子「な? じゃないよ、遠山くん!? それもっとダメだからね! 人様のお家を勝手に壊しちゃダメだってば!」
アリア「ふふふ、腕が鳴りますね。何たって今日は絶好の風穴日和ですからね(ニヤリ)」
理子「オリュメスさんもやる気にならないで、お願いだから!」

 紅鳴館の坪数に関してはテキトーですので、あしからず。



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74.熱血キンジと新たな武器


 どうも、ふぁもにかです。今回はちゃっちゃと第三巻クライマックスまで向かうためにダイジェストにしている部分があります。このペースだと、紅鳴館でのお仕事の話はあと1,2話程度で終わるかもですね、ええ。



 

 人材斡旋役の理子が一人紅鳴館から退出した後。紅鳴館のハウスキーパーとして働く時は制服を着ることが伝統になっているからまずは部屋で着替えてほしいとの要望を最後に小夜鳴はさっさと地下室へと閉じこもってしまった。

 

 とりあえず着替えのために一旦アリアと別れたキンジは部屋のクローゼットから燕尾服を取り出す。その少々古めかしい雰囲気を醸している燕尾服をパパッと着て執事スタイルとなったキンジは自身の部屋から出て、アリアの着替えが終わるのを待つ。

 

「お待たせしました、キンジ」

「あ、あぁ」

 

 その後。大して時間のかからない内にキンジの元に姿を現したメイド服姿のアリアだったが、その様子にキンジはわずかに違和感を覚えた。最初は着慣れないメイド服が恥ずかしいのかと思っていたが、それにしてはアリアの表情に恥じらいの色は見えない。どちらかと言うと、まるで何か見てはいけないものを見てしまったかのような、自身の手に余る何かを知ってしまったかのような表情をアリアは浮かべていた。

 

「アリア? どうかしたのか?」

「い、いえ……何でもありません」

「……本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。気にしないでください、キンジ」

「……そうか。ならいいけど」

 

 キンジの問いかけに対して、あからさまに目を逸らしながら若干上ずった声で返答するアリア。アリアを言動に疑問と一抹の好奇心を抱いたキンジだったが、現状で深く踏み込むのはよくないだろうとの考えの元、今はひとまずアリアを深く追求しないことにした。

 

「アリア、後で話がある」

「話、ですか?」

「あぁ、理子との定期連絡が終わったらちょっと俺の部屋に来てくれ。そこで話す」

「……」

 

 キンジの言葉にアリアはしばし沈黙しつつも、ごく自然な視線移動でキンジの背後の監視カメラを見やる。

 

「心配すんな。俺の部屋に監視カメラも盗聴器もないのは確認済みだ」

 

 アリアのさりげない視線から彼女の言わんとしていることを察したキンジはアリアの耳元でアリアの懸念を払拭する一言を囁く。すると、軽く安堵のため息を吐いたアリアは「わかりました。それでは、また後で」と後ろ手に手を振りつつ去っていく。紅鳴館の二階部分を掃除するためだ。

 

(さてと。まずは掃除と称した紅鳴館の地理把握といこうかな)

 

 アリアの姿が徐々に遠くなり、見えなくなった後。キンジは気持ちを切り替えるようにキッと前方を見据えた。かくして。キンジとアリアは紅鳴館の管理人たる小夜鳴の信頼を勝ち取るためにそれぞれ仕事に取りかかるのだった。

 

 ――全ては、十字架(ロザリオ)奪還作戦の成功率を上げるため。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 仕事は思っていたよりも簡単なものだった。キンジとアリアはまず無駄に広い紅鳴館の清掃に入ったのだが、以前のハウスキーパーたちが仕事をきちんとこなしていたためにあまり汚れていなく、思ったよりも全然苦労しなかった。あまりの楽さに二人して拍子抜けしてしまったぐらいだ。

 

 その後。キンジが小夜鳴に食事を提供する役割を担い、洗濯物を干したり食器を洗ったりといったその他の作業は二人で臨機応変に分担して行ったことで、紅鳴館での仕事1日目はつつがなく進行していった。小夜鳴から手際の良さを称賛され、ある程度は小夜鳴の信頼を勝ち取ったことを考えると、十字架(ロザリオ)奪還作戦は今の所、順調そのものだ。

 

 とはいえ、キンジたちにとって想定外なこともやはりあった。それを一言で言うなら、クレーム対応だ。不気味で鬱蒼で気味の悪い紅鳴館をどうにかしろとの近隣住民からの抗議の電話。何もアクションがなかったら強硬手段も辞さないとの役所の人からの脅しに近い電話。紅鳴館がこうも悪印象を持たれているとは思わなかった二人。ここでは対応に酷く苦労したとだけ記しておく。

 

 そして。時は流れて紅鳴館潜入1日目の深夜。携帯の三者間通話という機能を使って、紅鳴館周辺のホテルに十字架(ロザリオ)奪還作戦の拠点を構える理子と情報交換を終えた後、アリアはキンジの部屋を訪れていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なるほど……」

 

 少々薄暗い照明が部屋をぼんやりと照らす中。ベッドに腰掛けているキンジから話――キンジがジャンヌから聞いたブラドの情報――を聞いたアリアは腕を組む。その手には以前ジャンヌがキンジに渡したやたら上手いけどやけに怖いブラドの絵がある。

 

「それで、話というのはブラドと戦う際の作戦についてですか?」

「あぁ。ジャンヌの言う通りにするなら、ブラドの四つ目の魔臓を見つけるまでは深追いしないで様子見の攻撃に徹し、四つ目を見つけ次第、魔臓を一気に破壊して倒すって方針になるんだろうけど――」

「……その方針はあくまで最後の手段にした方がいいのでは?」

 

 キンジの示したブラド退治の作戦にアリアは眉を潜める形で難色を示す。アリアの反応が予想の範疇だったキンジが「やっぱりアリアもそう思うか」と言葉を零すと、アリアは「当然です」と言わんばかりの迷いのない表情で一つうなずいた。

 

「四つの魔臓を同時に破壊すればブラドは倒せる、とりあえずこの情報にウソ偽りはないと考えていいでしょう。私の直感もそう言ってますし。……ですが、そんなわかりやすい弱点を当のブラドが気にしないとは思えません。戦闘時には私たちが魔臓を破壊しようとすることを何よりも警戒するでしょうし、それ以前にそう易々と四つ目の魔臓の場所をバラすような愚かな行為はしないでしょう。仮にもイ・ウーナンバー2ですしね」

「まぁ、そう考えるのが自然だよな。それに、四つの魔臓が目玉模様の所にある保証もない。もしもブラドが臓器移植なり何なりして魔臓を模様の場所から移動させてたり、どれが本物かわからなくさせるために四か所以外にも目玉模様の刺青でもしてたら、魔臓狙いはむしろ悪手になる」

 

 キンジの意見を聞いたアリアは「……実に厄介な相手ですね」と沈鬱なため息を吐く。キンジとのやり取りでブラド討伐の難易度の高さを改めて認識したが故の反応だろう。

 

「で、さ。考えてみたんだけど……ブラドの再生能力を逆手に取ってみるってのはどうだ?」

「逆手に、ですか?」

「そ。ブラドは魔臓を壊さない限り不死身で、何度でも再生する。だからブラドを徹底的に攻撃するんだ。目や耳や首、脛や金的……後は足の指辺りを集中的に狙うのもアリかもな」

 

 一つ一つ指を立てて攻撃箇所を例示したキンジ。対するアリアはキンジの言葉をゆっくりと咀嚼した後、「……要するに、ブラドをボコるだけボコって精神的に打ち負かすってことですか?」と問いかける。

 

「そーゆーこと。ジャンヌの物言いだとブラドにも痛覚はあるみたいだし、だったらブラドが痛みに耐えられなくなるまで攻撃し続けて心を屈服させればいい。多分、イ・ウーナンバー2のとっても強い不死身のブラドくんは長時間痛みに晒され続けるなんて経験、したことないだろうからな」

「……えげつない作戦ですね。ですが、それが一番いいかもしれません。この作戦ならブラドは自身の四つの魔臓が弱点だと私たちが知らないと勘違いしてくれますし、そうすれば四つ目の魔臓の位置も探しやすくなりますしね。……となると、銃はなるべく使わない方が良さそうですね」

「ま、この作戦はまず確実に長期戦になるだろうしな。弾数はなるべく温存しておきたい」

「ですが……大丈夫ですか、キンジ? 貴方の武器はベレッタとバタフライナイフだけですよね? 銃を使わないとなると、ナイフ一本でブラドと戦うことになってしまいますよ?」

「それについては心配ない」

 

 アリアの純粋にパートナーの身を案じての言葉にキンジはニィと得意げな笑みを浮かべる。そして。キンジの反応の意味する所がわからず首を傾げるアリアをよそに、キンジは背中に両手を突っ込みそこからスッと刀を二本取り出した。

 

「ッ!? それって――」

「そ、小太刀だよ。アリアが使ってるのと同じ奴。……世界最強の武偵を目指す以上、いつまでもベレッタにバタフライナイフ、ついでに徒手空拳だけじゃあ話にならないと思ってな。三つ目の武器として密かに特訓してたんだ」

 

 キンジはしばらく小太刀をアリアに見せた後、再び背中にしまう。

 

 今までの俺が相手してきたそこらの犯罪者相手なら銃一つ、バタフライナイフ一つで十分だった。けれど、今の俺が相手しているのは銃一つじゃ決定打に欠けるようなデタラメ極まりない超人集団だ。ジャンヌとの戦いで死の一歩手前まで追い込まれた一因が手持ちの武器の不足であることを考えると、これからも拳銃とバタフライナイフだけで突き進むのはさすがに無理がある。

 

 それに。兄さんも銃を使った必殺技:不可視の弾丸(インヴィジビレ)の他にもサソリの尾(スコルピオ)という奥の手を持っていた。そのサソリの尾(スコルピオ)とやらがいかなるタイプの技なのかについては全然わかっていないが、少なくとも銃を使った類いのものではないのは確実だ。

 

 兄さんだって、神がかった銃技の他にも戦う手段を持っていた。それなら、兄さんをも超える世界最強の武偵を目指す俺も何か新しい武器を所持するべきじゃないのか。そう考えた結果がこの二本の小太刀だ。

 

 新しい武器として小太刀を選んだのは常に背中に携帯できるというのもあるが、一番の理由はやっぱり俺の身近に神崎・H・アリアというお手本がいるからだ。俺をヘンタイ扱いして襲いかかってきた時も、理子やジャンヌとの戦いの時も、アリアとの模擬戦の時も、アリアの双剣を使った戦い方はしっかりと目に焼きつけている。

 

 小太刀の振り方、体重移動の仕方、目線の向け方。それらを教材として自身とアリアとの体格差を考慮して特訓を繰り返したため、今の俺は既に小太刀を駆使した戦い方を習得済みだ。少なくとも、今ここで実戦投入しても大丈夫なレベルには様になった剣技を繰り出せるはずだ。

 

(ま、あくまで我流だけど……)

「ふふ。なら、これでお揃いですね。キンジ」

 

 自身の背中からスッと小太刀を取り出し嬉しそうに微笑むアリアに少しだけ調子に乗ったキンジは冗談半分に「フッ。いっそ双剣双銃(カドラ)のキンジと呼んでくれてもいいんだぞ?」と笑ってみる。しかし、アリアはキンジが望む反応を見せなかった。というより、キンジから少し距離を取った。

 

「……キ、キンジ。まさかとは思いますが、魔剣(デュランダル)と話したことで貴方も厨二病に感染したのですか? マズいですね、手遅れになる前にどこか実績のある精神病院に連れていかないと――」

「――ちょっ、冗談だって! 真に受けんなよ!」

「ふふッ、わかってますよ」

「お、お前なぁ……」

双剣双銃(カドラ)のキンジと呼ぶ件についてはキンジがあともう一つ銃を装備したら考えておきます。キンジはまだ銃を二つ携帯していませんしね」

「あ、そういえばそうだった」

 

 ニコリと笑みを浮かべた状態のアリアからの尤もな指摘にキンジはハッと我に返る。なんでそんな当たり前なことに気づかなかったんだ、俺!? とでも言いたげな表情だ。

 

「それはともかく。キンジも小太刀で戦うのなら弾切れの心配はありませんし、ブラドを精神的に叩きのめす方向でいきましょう。……いい機会です。私の大好きなお母さんに罪を被せた恨みを、鬱憤を、存分に晴らさせてもらいましょうか」

「やる気満々だな、アリア。ま、俺も色々と試したい戦法があるからな。折角の不死身なんだし、戦う時は実験台になってもらわないとな」

「「フフフフフフフフフフフフフフフッ」」

 

 キンジとアリアはそれぞれ肩を震わせて笑う。近い将来、不死身のブラドを二人で思う存分フルボッコにする様を脳裏に思い浮かべて愉快だと言わんばかりに笑う。悪魔のそれを軽く凌駕するほどの凶悪な笑みを浮かべる姿からは、とても母親を救おうとその身一つで奮闘する健気な少女とそのパートナーの姿には見えない。

 

 

 

(あ、あれ? おかしいな? 遠山くんとオリュメスさんの方がブラドよりもずっと怖い気がする……)

 

 ちなみに。紅鳴館周辺のホテルの一室にて。キンジとアリアにこっそり取りつけていた超小型盗聴器を通して二人の不気味な笑い声を聞いた理子が両手で自分の肩を抱きしめたまま一人ブルブルと震えていたことを当の二人は知らない。

 




キンジ→新しい武器として小太刀二本を採用した熱血キャラ。魔改造に拍車がかかっている模様。
アリア→今回はいっぱい台詞があったメインヒロイン。キンジとおそろいの武器を持っていることが嬉しい模様。
理子→うっかりキンジとアリアの恐ろしい一面を覗いてしまった子。余談だがこの日の就寝後、気味の悪い笑い声を上げるキンジとアリアにしつこく追いかけられるという悪夢を見たらしい。

 というわけで、74話終了です。それにしても、どっちが悪役かわからないですね、これ。
 とりあえず一言。――ブラド逃げて、超逃げて。


 ~おまけ(一方その頃 in 青森:温度差の素晴らしい二人)~

 星伽神社にて。

白雪「やっぱり星伽神(ここ)社は無駄に窮屈で面倒だなぁ。早く武偵高に戻りたいよ……(←グテーと寝転がりつつ)」
白雪「……ん? 何か外が騒がしい?(←ムクリと体を起こしつつ)」

 好奇心に駆られた白雪は騒ぎの発生源たる星伽神社の入り口部分へと向かう。
 そこで白雪が見たのは――倒れ伏す数人の武装巫女と、その中心に立つ銀髪オッドアイの少女。

ジャンヌ「ッ! や、やっと、やっと見つけた……我の、我だけのユッキーお姉さま! あぁ神よ、我はようやく理想郷(ユートピア)へとたどり着いたッ! クククッ、クッハハハハハハハハハハハハッ!!(←白雪の行方を探して青森までたどり着いた厨二少女)」
白雪(あれ? この子、どこかで見覚えが……えーと、誰だっけ? 何か私のこと知ってるみたいだけど……んー?)

 ジャンヌちゃん…… (´・ω・`)



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75.熱血キンジと任務成功の夜


 どうも、ふぁもにかです。おかげさまでついに9万UA突破! さらにお気に入り数800達成! 加えて感想も400件突破! もう凄いですね。相変わらず熱血キンジと冷静アリアがそれなりの人気を誇ってるようで作者としては嬉しい限りです! イェイ♪

 ま、それはさておき。今回はシリアスメインです。その分、おまけの荒ぶり具合がとんでもないことになってしまってますけどね。(。・ ω<)ゞ テヘッ



 

 時は流れ、2週間後。キンジとアリアが紅鳴館でハウスキーパーとして働く最終日。キンジたち三人は地下の金庫にある十字架(ロザリオ)を取り戻すべく、十字架(ロザリオ)奪還作戦を本格始動させた。

 

 その際、ネックになるのが日頃ずっと地下に引きこもって研究に没頭しているヒッキーこと小夜鳴の存在なのだが、そこは話し合いの結果、アリアが地下の小夜鳴を地上の薔薇園へと連れ出しなるべく時間を稼ぐこととなった。俗にいう誘き出し(ルアー・アウト)である。

 

 そのため。遊戯室の穴から地下に忍び込んで十字架(ロザリオ)を手に入れる役目を担うことになったキンジは今現在、オープンフィンガーグローブに赤外線ゴーグル、ケブラー繊維のポーチ付きベストと装備を整えた上で金庫の天井で逆さ吊り状態となっている。もちろん、遊戯室と地下金庫の天井とを繋ぐ穴は元からあったものではなく、仕事の傍らキンジとアリアの二人でせっせと掘り進めてきた人為的な穴である。

 

 ちなみに。キンジがこうまで装備を整えてからドロボーに臨んでいるのは、偏に地下の金庫のセキュリティがやたら厳重だからだ。普通の鍵に加えて磁気カードキー、指紋キー、声紋キー、網膜キー、複雑に張り巡らされた赤外線の網、おまけに感圧床。まるで泥棒が盗みに入ることを前提に見据えたかのようなセキュリティの数々が待ち構えている以上、これだけ重装備になるのも宜なるかななのである。

 

『A7、C19、C7、D5、A16、B11――』

 

 コウモリのごとく逆さ吊りの状態と化したキンジはインカム越しの理子の指示を元に、ポーチから取り出した針金のパーツを次々と繋ぎ合わせていく。キンジの丁寧かつ迅速な作業より、次々と繋がっていく針金の先端は赤外線の網を避けて徐々に十字架へと近づいていく。余談だが、この場にいない理子がなぜキンジに的確な指示を送れるのかというと、キンジのインカムに取りつけられた小型のデジタルビデオカメラを通してキンジと理子とが視界を共有しているからだ。

 

『B8、E1、A3、F6、E6、C15、A12――』

(これはヒステリアモードになるまでもなさそうだな)

 

 キンジは理子の指示通りにパーツを繋げる一方で余裕の笑みを浮かべる。これならユッキーの身動きを封じた鎖のドラム錠のピッキングの方がまだ難しかった(※51話参照)などと過去に思いを馳せつつ、着々と作業をこなしていく。

 

(にしても……)

『ところで、神崎さん。……はたして男女間に友情は成立するのか。これ、私が今研究しているテーマの一つでね。私は成立すると考えてるのだけど……貴女の意見を聞かせてくれないかしら?』

『そう、ですね。……一括りに友情というからややこしくなるのではないですか、小夜鳴先生?』

『というと?』

『ほら、友情にも色々種類があるじゃないですか。例えば、腐れ縁だとか幼なじみだとか。それらの総称である友情を男女の関係に当てはめようとするから答えが見えづらくなるのではないでしょうか?』

『……えぇーと。要するに、男女間の友情を検証する前にまずは友情そのものをあらゆるパターンごとに定義し直し、その個々のケースが男女の間で生まれるかどうかを検証した方がいいってこと?』

『はい。そういうことです。漠然とした定義からは漠然とした答えしか生まれませんから』

『なるほどねぇ。そのような考えはなかったわ。ありがとう、神崎さん。参考になったわ』

『役に立ったようで何よりです』

『神崎さん、せっかくだしもっと貴女の考えを聞かせてもらえないかしら? 貴女がどのような思想を持っているか、純粋に興味が出て来たわ』

『私で良ければ喜んで』

(さっきから何話してんだよ、あの二人。アリアも自分が時間稼いでるってこと忘れてるっぽいし……)

 

 『男女間の友情は成立するか否か』や『一夫多妻制もしくは一妻多夫制の是非』などといった話題でアリアと小夜鳴との間で徐々に議論が白熱する中。キンジは薔薇園で話す内容にしてはあまりにムードの欠片もない会話に内心でため息を吐く。それだけキンジのインカムに届く二人の声は楽しげだった。まるで厨二病を患った同類を見つけた某銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)のようだ。

 

 その後。キンジは速やかに十字架(ロザリオ)を入手し、代わりに偽物を置いて針金をもれなく全て回収する。そして。最後まで一切の無駄のない動作で地下金庫から姿を消す。かくして。十字架(ロザリオ)奪還作戦はなんの危なげもなく成功に終わるのだった。

 

 

 

 

 ちなみに。アリアと小夜鳴との語らいは3時間にも渡ったとか。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 無事に十字架(ロザリオ)奪還作戦を成功させ、戦利品を手に入れたキンジとアリアは小夜鳴に別れの挨拶を残した後、紅鳴館を後にした。それから二人は所用による寄り道をしてから横浜ランドマークタワーの屋上へと向かう。理由は単純明快、理子と合流するためだ。

 

 理子曰く、どこで誰が見ているかわからないから人気のない場所で戦利品を受け取りたい、だそうだ。理子が既に人払いを済ませている横浜ランドマークタワー内の、関係者以外立入禁止とされる屋上。加えて今は夜。確かにここでこの時間帯なら周囲の目に気を使う必要はなさそうだ。

 

「ほら、お望みのものだよ」

「わぁぁあああ!! 本物だぁー!」

 

 そして、高度296メートルに位置する横浜ランドマークタワーの屋上にて。キンジから十字架(ロザリオ)を受け取った理子はパァァと花が咲いたような笑顔を浮かべた。よほど十字架(ロザリオ)を取り戻せたのが嬉しいのか、十字架(ロザリオ)を両手で優しく包みこんだ状態でクルクル回ったりぴょんぴょんジャンプしたりしている。その姿は無邪気にはしゃぐ小学生のようで、見ていて非常に微笑ましい。

 

「あッ、ありがと! ホントにありがとう! 二人はボクの恩人だよッ!」

「どういたしまして。……で、理子。お前の要望は叶えたんだ。今度はお前が俺たちの要望を叶える番だ。約束通り、かなえさんの冤罪の証明と兄さんの情報提供をしてもらうぞ」

 

 と、理子がキンジとアリアの方へと体を向けたかと思うとペコリと頭を下げて感謝の言葉を告げる。それから再び奇声とともに狂喜乱舞する理子を前にキンジは水を差す。今の理子が落ち着くのを待っていたらまず間違いなく朝になってしまうと考えたからだ。

 

(それに、いい加減理子の持ってる兄さんの情報を知りたいしな)

 

 理子のことを全面的に信じるならば、兄さんは今もどこかで生きているのだろう。でも、例えそうだとしても兄さんが今どんな状況下に置かれているのかまでは定かではない。本当に無事なのかは明らかになっていない。あまり考えたくないが、何らかの理由で監禁されている可能性や五体満足でなくなっている可能性だってあるかもしれないのだ。ゆえに、安心はできない。

 

「う!? う、うん、わかってる。……でも、その前に――もう一つだけ、頼みがあるんだ」

「……まだあるんですか、峰さん?」

「ひぅ!? ご、ごごごごめんなさい! ちょっと調子乗ってました! だ、だから、その……あんまり睨まないでくれると嬉しいかなぁ、なんて。あははー」

 

 キンジの言葉で幸せの絶頂の最中から現実に返ってきた理子は少々押しの強い姿勢でさらに自身の要望を叶えてもらおうとする。しかし。アリアから不機嫌な口調と鋭い眼差しを向けられたことで即座に弱気&涙目になる。視線をしきりに動かしながらしどろもどろの言葉を紡ぐ。相変わらずの理子クオリティである。だけど、これじゃあ話が進まない。キンジはひとまずまるで蛇に睨まれたカエル状態の理子の救出に向かうことにした。

 

「アリア、落ち着け。話が進まなくなる」

「……むぅ」

「で、でも! これは5分もあれば済む頼みだから。ついでだと思ってよ。2週間も付き合ってくれたんだから、5分なんてすぐでしょ? ……えっと、ダメかな?」

「ハァ、仕方ないな。話してみろよ」

「……遠山くん、オリュメスさん。も、もう一度、ボクと戦ってほしい。あの時、ANA600便で戦った時のように。……命がけで」

「は?」

「え?」

 

 5分で済むと言ったからにはホントにすぐに終わる頼みなのだろう。キンジは目でアリアに許可を取ってから理子のもう一つの頼みを聞くことにして、その内容に二人して絶句した。まさか理子の口から再戦希望の言葉が飛び出るとは思わなかったがゆえの反応だ。

 

「何言ってんだ、理子。模擬戦ならともかく、命がけの戦いなんてそんなのやるわけ――」

「引き受けなかったら……ここ、爆破するよ?」

 

 再戦を望まないキンジの言葉を遮って脅しの言葉を放った理子は改造制服の胸ポケットに手を入れる。刹那。屋上がズズンと左右に揺れ、真下から窓ガラスの破砕音と爆音とが響き渡った。

 

「「ッ!?」」

 

 地震のように揺れた床の影響でバランスを崩したキンジとアリアはたたらを踏む。しかしこの時、すでに二人は状況を把握していた。研ぎ澄まされた聴覚から、下の階に仕掛けられていた爆発物が爆発したのだとすでに当たりをつけていた。そして。この爆発が自然的に発生したものとは考えられないことから、今の爆発が理子によるものだと理解していた。

 

「理子、お前……」

「ボクはこのタワー全体に罠を仕掛けてる。屋上のリモコン式の地雷もその一つ。……全部爆破させたらこのビルなんてすぐに倒壊すると思うよ? そうなったら遠山くんもオリュメスさんもタダじゃ済まないよね。それに、こんな超高層ビルが崩壊なんてしたら周辺住民にも被害が出るかもしれない。……もう一回だけ言うよ、遠山くん、オリュメスさん。ボクともう一度戦ってほしい」

「何が、頼みですか。私たちに拒否権なんてないじゃないですか……!」

 

 アリアは理子を睨みつけてギリリと歯噛みする。無関係の一般人をも巻き込もうとする理子のやり方に憤りを感じているようだ。対する理子は今度は怯えることなく悠然とたたずんでいた。その瞳からはいつの間にか光が消え去っている。それはあの時、ANA600便を墜落させると宣言した時と同様の瞳だった。

 

 そう。アリアの言う通り、理子の提案に拒否権なんてない。ここで理子の要望を突っぱねれば、理子は躊躇なく横浜ランドマークタワーを爆破するだろう。おそらくANA600便から逃げた時のように上空からの逃走手段を持っているであろう理子が、爆破をためらう理由はない。

 

 

 ――けど、わからない。何がそこまで理子を駆り立てる? ビビりの中でもトップクラスのビビりで、不意の銃声一つで気絶することすらある理子を、何が俺たちとの戦闘へと動かしている?

 

 

「……なぁ、理子」

 

 キンジは己の脳裏に漂う疑問の霧を解消しようと、いつもと何ら変わらない調子で理子の名を呼ぶ。すると。キンジとアリアを冷徹に見つめていた理子の瞳にフッとハイライトが蘇った。

 

「な、何かな、遠山くん?」

「戦う前に一つ聞かせてくれ。なんで理子は俺とアリアに勝つことにそんなにこだわるんだ? 正直言って、理子がそこまでする動機が俺には理解できない」

「そんなの、ひいお爺ちゃんを超えるため――」

「そう、それだよ。それがずっと気になってたんだけど、なんでお前はそんなに初代を超えたがる? 別に超えなくていいじゃねえか。初代は初代で、理子は理子だ。リュパンの血を引いてるからって初代を超えなきゃいけない理屈なんてないはずだ。違うか?」

「……」

 

 キンジの問いかけに理子は沈黙し、右手を口元に当てて考え込む。その様子は痛い所をつかれて言葉を失ったというよりは、上手く理由を表現するための言葉の組み立て方を探している風だった。そして、十数秒後。思案を終えた理子はキンジの疑問に答えるためにその口を開いた。

 

「……そうだね。ええと、ノルマだからだよ」

「ノルマ?」

「そう。オリュメスさんとそのパートナーの遠山くんを倒すことが、ボクにとってのノルマで、飛び越えるべきハードルで、乗り越えるべき壁だからだよ。ボクがボクであるためにクリアしないといけない条件が、君たちを倒してひいお爺ちゃんよりも実力があるって証明することなんだよ。二人を倒せなれば、ボクに明日はない。……もう時間がないんだ。いつあいつの気が変わるかわからない。手の平返しはあいつの常套手段だ。だから、今日こそボクは君たちを超える。超えてみせる!」

「あいつって、誰ですか?」

「……」

「……ブラドか?」

「ッ!」

 

 理子が怯えの含んだ声色で放った『あいつ』という言葉。アリアが疑問を正直に理子にぶつける中、キンジがふと脳裏に浮かんだ名前を投げかけてみるとビクリと理子の肩が跳ねた。どうやらキンジの予想通り、『あいつ』とはブラドのことでファイナルアンサーのようだ。

 

(図星みたいだな。……なるほど。要するに、理子はブラドの奴に俺たちと戦うことを強制されてるってわけか)

「峰さん、私からも一つ聞きますが……貴女は私たち相手に本気で勝てると思ってるんですか? 前の敗北を忘れたわけじゃないですよね?」

「……そんなの、言われなくてもわかってるよ。けど、勝てる勝てないじゃない。二人に勝つのはボクの義務だ。……前に戦った時は、正直言って二人を舐めてた。見下してた。イ・ウーという裏の世界に生きるボクと、表の世界で武偵をやってる二人。踏んできた場数も、身に宿した覚悟も、全然違うって思ってた。表の世界でのうのうと生きてきた二人にボクが負けるわけがないって高を括ってた。でも、違った。二人の実力は、覚悟は本物だった。あの時の敗北は、そのことをまざまざと思い知らされたよ。もう、ホントね。――でも。今回は違う。ボクは決して驕らないし、無傷で勝てるとも思わない。二人に勝てるなら、目でも耳でも腕でも脚でもどれを失っても構わない。全部失ったっていい。二人に勝ってボクが生き残るって未来があれば、それでいい。後は何もいらない」

 

 理子は憂いを多分に含んだ瞳で自身の心情を語ると、ゆっくりと目を瞑る。そして、敵意に満ちた瞳を開眼すると「……勝って、自由になるんだ。今度こそ――人間になってみせる」と静かな口調で宣言する。例え五体不満足になっても厭わずに、ただただ勝ちを求める。それほどの覚悟を身に宿した理子に、キンジとアリアは思わず得も知れない恐怖心を抱いた。

 

「本気で来てね、二人とも」

 

 理子は十字架(ロザリオ)を首につけていた細いチェーンにつけると、一歩一歩キンジ&アリアに近づいていく。両手に銃を持ち、どこまでも黒い夜空をバックに、理子は少しずつキンジ&アリアとの距離を詰めていく。

 

 張り詰めた雰囲気の中。ゆっくりと歩いてくる理子の凝視しつつ、キンジは銃とバタフライナイフを、アリアは白黒ガバメントを構えて臨戦態勢を取る。数秒後には訪れるであろう戦闘に備えて、いつ攻撃を仕掛けられてもいいようにわずかながら体勢を低くする。

 

 

 ――しかし。二人の予想に反して、理子との衝突は発生しなかった。

 

 

「ぁうッ!?」

 

 突如、理子がビクンと体を震わせたかと思うと床に倒れ伏す。倒れた理子につい困惑の眼差しを向けるキンジとアリアだったが、理子のいる方向からの人の気配に気づいて、顔を上げる。そして。いつの間にやら理子の背後に立っていた人物を視線に捉えた二人は目を見開いた。

 

「なッ……!?」

 

 二人の視線の先にいたのは、大型スタンガンという、何とも似つかわしくない道具を持った長身痩躯の男性。この場にいるはずのないまさかの人物の姿にキンジとアリアは驚愕の声を上げた。

 

「「小夜鳴先生!?」」

 

 二人の声は、曇天の夜空に消えていった。

 




キンジ→通常モードの段階で原作ヒスったキンジ並みのスピードで十字架を回収できるだけの実力を持っている熱血キャラ。相変わらずの魔改造っぷりである。
アリア→小夜鳴先生と幼なじみ論議を繰り広げたメインヒロイン。この一件でそれなりに小夜鳴先生に好印象を抱いてたりする。
理子→久しぶりに裏理子になったビビり少女。相変わらず裏理子モードの時間は非常に短い。
小夜鳴先生→女子高生と幼なじみ論議を繰り広げた臨時教師。あのタイミングで登場したのは陰でスタンバッてた結果。

 というわけで、75話終了です。原作3巻の紅鳴館エピソードをバッサリカットしたので紅鳴館編は3話も使うまでもなく終了しました。いやぁー、切ろうと思えばこうもバッサリ切れるものなんですね。ちょっと意外でしたよ。


 ~おまけ(その1 ネタ:もしも小夜鳴先生があの人と知り合いだったら)~

 薔薇園にて。

小夜鳴「にしても、意外だわ。神崎さんがここの薔薇園を一緒に見たい、なんて言うとは思わなかったもの。ロマンチストだったのね」
アリア「そうでしょうか? まぁ、そうですね……ここの薔薇はそこらの植物園より遥かに綺麗ですから、思い出を作っておきたくなりまして」
小夜鳴「ふふッ、褒めても何も出ないわよ。……ねぇ神崎さん。思い出を作りたいのなら、他にも見てみる? とっておきのものがあるのだけど」
アリア「え、いいんですか?(これは時間を稼ぐチャンスですね)」
小夜鳴「ええ、もちろん。ついてきて、神崎さん」

 二人移動中。そして、小夜鳴の案内の元。目的地にたどり着いたアリアは絶句していた。

「ピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチ」「ピチピチピチピチ」「ピチピチ」「ォオオッギャヴァヴァヴァヴァ!!」「ピチピチピチ」「ピチピチ」「ピチ」「ピチピチ」「ピチピチピチピチ」「ピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチピチピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチ」「ピチピチピチ」「ォオオッギャヴァヴヴァ!!」「ピチピチピチ」「ピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチ」「ピチ」「ピチピチピチ」「ピチピチピチピチ」「ピチピチ」「オオギャアアウアゥアアアア!!」「ピチピチ」「ピチピチ」「ピチピチ」「ピチピチ」「ピチ」「ピチ」「ピチピチピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチ」「ピチピチ」「ピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチピチピチ」「ピチ」「ピチピチ」「ピチピチ」「ピチピチ」「ォオオッギャヴァヴァヴァヴァ!!」「ピチピチピチ」

アリア(何か、気持ち悪いのが小刻みにぬるぬる動いてるんですけど……下半分が植物で上半分が魚なのが辺り一面に埋め尽くされてるんですけど……)
小夜鳴「ほら、凄いでしょ?」
アリア「――え、ええ。凄いですね、確かに。そ、それでこれは一体……(←若干上ずった声で)」
小夜鳴「これは金魚草って言うの。知り合いの鬼灯様から譲り受けたから物は試しにと育ててみたんだけど……もうこれが可愛くて可愛くて。神崎さんもそう思うでしょ?(←満面の笑み)」
アリア「は、はい(わ、私には小夜鳴先生の趣味が理解できそうにありません……)」

 ま、鬼灯さんもブラドも鬼ですし、関わりがあっても不思議じゃないかと(←テキトー)


 ~おまけ(その2 ネタ:例のあのシーンを熱血キンジと冷静アリア風に再現してみた)~
 【出演者:キンジ(レオポン役)、アリア(雷に怯える女の子役)、ジャンヌ(雷役)】

 遊戯室にて。

ジャンヌ「フゥーハハハッハハハハハハハハハハハ!! 我は雷! 『雷鳴の破滅者(サンダー・デストロイヤー)35世』! この世を恐怖と絶望に染め上げるために降臨した存在だ! フハハハハハハハッ! さぁ人間ども! 震えろ! 喚け! 泣き叫べ! その全てが、我の原動力となるのだからなァ!(ズドドドドドドドォォオオオオン! ←雷が連続して落ちまくった音)」
アリア「……ぁ…うぁ……(←あまりの恐怖に声すら出ない様子)」
キンジ(鼻声)「――おっすアリア。おいらレオポンくん2nd Edition ver2.61。こう見えて地上最強の猛獣だぞ。ギネスブックにも載ってるんだぞ。公式に認定されてるんだぞ。おーアリア、お前なんか怯えた顔してんなー。なにが怖えのさ、おいらに相談してみな」
アリア「……か、雷……」
キンジ(鼻声)「はっ! 任せな。そんなもん、おいらがレオポン108のスキルのうちの1つ、『吠え声の術』で追い払ってやるぜ! うおー! うおー!」
アリア「お、追い払ってくれてるのですか?」
キンジ(鼻声)「ああ。おいらの吠え声は、邪悪な雷雲を遠ざけるんだ! うおー!」
ジャンヌ「ハン! さっきから耳障りなBGMが聞こえてくるかと思えば……たかが地上最強の猛獣ごときが吠えた程度で我を、自然の猛威を追い払おうとするとは――笑止! 笑わせてくれるじゃないか! クッハハハッハハハハハハハハ!!」
アリア「……き、効いてないみたいですよ。レオポン(←弱々しい声で)」
キンジ(鼻声)「はっ! 今回の雷は中々強力みたいだな。おもしれぇ。だったらおいらの奥の手で追い払ってやるぜ! アリア。おいらが合図するまでちゃんと耳塞いでろよな」
アリア「……は、はい。わかりました」
キンジ(鼻声)「いっくぜー。……ビャアアアアアアアウヴァイイイイイイイイイ――――ッ!」
ジャンヌ「グハッ!? こ、この吠え声、まさか、『ワラキアの魔笛』!? ヴァカな、なぜ貴様がその技を!?」
キンジ(鼻声)「ヴィアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアア――――!!」
ジャンヌ「ぐぁぁぁああああああああ!? み、耳がァ! や、止め、止めろぉぉぉおおおおおおおおおお!! ……っ。貴様、覚えていろ! これで終わったと思うなよ、レオポン2nd Edition ver2.61!(←雷退散)」
アリア「……た、確かに遠ざかってます! 凄いです、レオポン!」
キンジ(鼻声)「ま、おいらにかかればザッとこんなもんさ」
アリア「ありがとうございます! ありがとうございます、レオポン! 貴方は私の救世主です!」

 ワラキアの魔笛のことをキンジが事前に知ってる&使える件についてはスルーしてください。
 ま、これネタだもんね。ネタだから多少の矛盾は仕方ないね!



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76.熱血キンジと狂気のオカマ


 どうも、ふぁもにかです。とりあえず、今回はりこりん紳士の皆さんは閲覧を控えた方がいいかもしれません。結構酷い感じになってますしね。それでも原作よりはマシかもと思える辺り、原作がどれだけエグかったかがわかるというものですね、ええ。……と、まぁそれはさておき。この辺のシリアス展開に笑い所を作るのが難しすぎる件について。さて、どうしたものか。



 

「なん、で……」

 

 キンジ、アリア、理子以外の人がいないはずの横浜ランドマークタワー屋上。そこに現れた小夜鳴徹という存在にキンジとアリアが混乱する中、スタンガンを喰らって床に倒れ伏した理子が三人の心中を代表するように疑問の声を上げる。しかし。小夜鳴は理子の問いに答えない。答えないまま、理子に近づきうつ伏せから仰向けに体位を変えさせると「これは私のものよ。返しなさい」と、十字架(ロザリオ)をチェーンごと引きちぎる形で奪い取った。

 

「ちがッ、それ、は、ボク、の……」

「へーぇ、まだ私に立てつく余裕があるのね。ちょっと意外かしら」

「みぎゃぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!」

 

 痺れの残る体で、それでも十字架(ロザリオ)を取り戻そうとただひたすら手を伸ばす理子に小夜鳴は容赦なくスタンガンの電撃を浴びせる。結果。二度もスタンガンの電撃を喰らった理子の手は十字架(ロザリオ)に届くことなく床に落ちた。

 

「なん、で……バレ……」

「なんでって、もしかしてあのお遊戯会のこと? え? 何、あんな稚拙な演技で私を騙したつもりだったの? ぷッ、あっはははははははははは! これは傑作だわ!」

「作戦、は……完、璧、だっ……た――」

「――ふふ、面白い冗談ね。完璧なわけないでしょう? 遠山くんと神崎さんは我が東京武偵高が誇る優秀なSランク武偵よ。そんな実力者が二人そろって2週間も紅鳴館でハウスキーパーをやるだなんて不自然極まりないわ。そんなの私に疑ってくれと言ってるようなものじゃない」

((た、確かに……!))

 

 したり顔な小夜鳴から今回の件がバレた根拠を突きつけられたキンジとアリアはその根拠の正論具合に何も言えなくなる。効果音をつけるとしたらガーンといった所か。

 

「かえ、し……」

「あぁもううるさいわね! いい加減黙ってちょうだい!」

「ッあ!?」

 

 一方。手に持っていたスタンガンをポイと捨てた小夜鳴はうわ言のように十字架(ロザリオ)返還を求める理子の頭を容赦なく蹴飛ばした。痺れに囚われ身動きの取れない理子に小夜鳴の蹴りを防ぐ手立てがあるはずもなく、理子は襲いかかってくる痛みに悲鳴を上げるだけだ。

 

「これは没収よ。残念だったわねぇ、峰理子リュパン四世」

「「えッ!?」」

(なんで小夜鳴先生が理子がリュパンだって知ってんだ!?)

 

 理子に見せびらかすように十字架(ロザリオ)を持つ小夜鳴の言葉にキンジ&アリアは驚愕する。というのも、理子がリュパンの血を継いでいることを知っている武偵高の関係者は、ANA600便の中で理子と対峙したキンジとアリアの二人だけのはずだからだ。

 

 だが、小夜鳴は理子が初代リュパンのひ孫だと知っている。この様子だと、理子が武偵殺しだということも知っているだろう。となると、眼前のイケメン臨時教師は――イ・ウーにも一定以上関与している裏の人間だと考えるのが普通だ。

 

(小夜鳴先生、いや小夜鳴……お前、一体何者だ?)

「う、ぅ……」

「クフッ♪ いいわねぇ。その痛みと絶望がない交ぜになったその表情。貴女みたいなリュパン家の欠陥品の心がガリガリ削られていく様は見ていてホントに快感だわ。どーぉ? 希望が粉々に打ち砕かれた感想は? アハハ! アハハハハハハハッ!!」

「う、くッ、もう、もう止め――かふ!?」

「うん? 何か言ったかしら? よく聞こえなかったわ。もう一度お願い」

「もう、止め――ぐッ!?」

「うーん。耳の調子でも悪いのかしら、全然聞こえなかったわ。もう一度お願い。今度はもっとはっきりと大きな声で」

「や……こふッ」

「ワンモアプリーズ、四世ちゃん。言ってくれなきゃお姉さんわかんないぞ?」

 

 キンジたち二人が得体の知れない小夜鳴に対して警戒心を募らせる中、二人の眼前では無抵抗の女子に対する理不尽な仕打ちが繰り広げられていた。小夜鳴は狂ったような笑みとともに頭、足、脇腹、鳩尾と、理子の体の随所を蹴りつける。理子の声に耳を傾けることなく、小夜鳴は何度も何度も理子を蹴りつけ続ける。成人男性の蹴りを何度もその身に受けた理子の体はもうボロボロだった。

 

「ぁ……」

「アハ、ごめんなさい♪ ぜぇーんぜん、聞こえなかったわ。さあ、もう一度――ッ!?」

 

 もはや悲鳴すら上げられない理子に小夜鳴はさらに追い打ちの蹴りを放とうとする。と、そこで。身の危険を察した小夜鳴はサイドステップの要領で咄嗟に右に避ける。直後、ついさっきまで小夜鳴の顔があった場所を二発の銃弾が通過した。小夜鳴が切れ長の瞳で銃弾の発生源を見やると、そこには小夜鳴に銃口を向けるキンジとアリアの姿があった。

 

「……ねぇ、二人とも。今のは何のつもりかしら? 今、この私を殺そうとしたわよね」

「いえ。違うんですよ、先生。すみません。どうやら何かの弾みで銃が暴発してしまったみたいです。……おかしいですね。小夜鳴先生の目をメガネごと撃ち抜くよう暴発したはずだったのですが、さすがに非常勤とはいえ武偵高の教師をやっているだけのことはありますね」

「……白々しいわね。貴方たち、武偵でしょ? 武偵法9条を忘れたのかしら?」

「知らないのか、小夜鳴? 武偵法なんてもはや時代遅れの悪法だぜ? ……今の時代はネオ武偵憲章の時代だ。ネオ武偵憲章46条、己の欲望に従順であれ。なぜか豹変してしまった小夜鳴先生をこれ以上見たくない。心根の醜い小夜鳴先生を一刻も早く俺の視界から排除したい。そう望んだ俺がいる以上、たまたま銃が暴発して偶然にも先生の目に向かって銃弾が放たれたとしても何ら不思議じゃないんじゃないか?」

 

 まさか自分に向けて発砲してくるとは思わなかった小夜鳴は未だ銃口を向けたままのキンジとアリアを睨みつける。一方、キンジとアリアはそれぞれ棒読みに近い口調で、『やれやれ、これだから素人は』とでも言いたげな雰囲気で即興の言い訳を披露する。そんな二人の人を小馬鹿にしたような口調に小夜鳴のこめかみに怒りマークが生まれる。

 

「そんな屁理屈が通じると本気で思っているの?」

「さてな。けど、目の前の一方的な暴力シーンをいつまでも見てられるほどSじゃねぇんだよ。俺もアリアも」

「右に同じです。それに、武偵法9条を持ち出したって無駄ですよ。今回の件で武偵法9条は適用されませんから」

「あら、面白いことを言うわね。理由を伺ってもいいかしら?」

「簡単な話ですよ、小夜鳴先生」

 

 アリアは両手を腰に当てて勝気に笑う。武偵法9条が自身にも適応されると考えている小夜鳴相手にアリアは一切余裕な笑みを崩さない。どうやらアリアは小夜鳴に武偵法9条が適用されない根拠に気づき、それに確信を抱いているようだ。

 

「キンジももう気づいてますよね?」

 

 アリアからの問いかけにキンジはつい「え?」と声を漏らす。すると。キンジの反応が予想外だったのか、アリアも「……え?」と疑問の声を口にする。横浜ランドマークタワー屋上を包んでいた緊迫感が幾分か和らぐ中、キンジを見つめるアリアのきょとんとした瞳が徐々にジト目に移り変わっていく。

 

(え、何? 今までのやりとりの中で小夜鳴に武偵法9条が適用されない根拠があったのか!? 気づいて当然の動かぬ証拠があったのか!?)

「……気づいてないんですか、キンジ?」

「え、あ、いや――ほ、ほら! あれだろ? 要は例えこの場で小夜鳴を殺しても、俺たちの心の中で小夜鳴はちゃーんと生き続けるから何も問題ない、みたいな感じだろ? それか、今の小夜鳴がとても人間とは思えないぐらい醜い顔してるから殺してもOK、みたいな?」

 

 アリアのジト目を受けて内心冷や汗ダラダラなキンジは口角を吊り上げて得意げな笑みを形作ると、武偵法9条が適用されない根拠についての解答を当てずっぽうで口にする。だが。案の定と言うべきか、自身の解答を「違います」とアリアに一蹴されたキンジは「まぁ、そうだと思ったけど」と小さくため息を吐いた。

 

「……すみません、何か無茶ぶりしちゃったみたいで」

「いや、別に謝らなくていいぞ。知ったかしてた俺が悪いんだし」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべるアリアにキンジは気にするなと手をヒラヒラと振る。アリアは「そうですか」と一つうなずくと、キンジに向けていた視線を小夜鳴へと戻した。

 

「――武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。これが武偵法9条の内容です。ですが小夜鳴先生、貴方はそもそも人間じゃありませんよね? 人間を対象に作られた法律に人外の化け物が当てはまるわけないじゃないですか。ねぇ、ドラキュラ伯爵、無限罪のブラド?」

「「「ッ!?」」」

「二重人格なのか他の何かなのかまではわかりかねますが……貴方は小夜鳴先生であり、同時に吸血鬼のブラドでもある、そうですよね?」

 

 アリアは確信に満ちた顔つきでビシッと小夜鳴を指差す。アリアが提唱したまさかの『小夜鳴徹=ブラド説』にキンジ&理子が驚きを隠せない中、当の小夜鳴は「へぇ」と顔をゆがめて凶悪な笑みを浮かべた。

 

「凄いわ。よくわかったわね、神崎さん。後学のためにも、どこで気づいたのか聞いていいかしら?」

「いえ。別に私はわかってなんていませんでしたよ、小夜鳴先生」

「? それはどういう意味かしら?」

「さっき言った小夜鳴先生がブラドだっていうのはただの直感です。貴方の醜い笑顔を見た時に閃きました。だから、少しカマをかけてみただけですよ。簡単に引っかかってくれてありがとうございます、小夜鳴先生。貴方が自白してくれたおかげで手間が省けました」

 

 アリアは慇懃無礼な態度でペコリと頭を下げる。それから頭を上げたアリアはニィといたずら好きの子供のように笑ってみせる。アリアのいかにも意地の悪そうな笑みに小夜鳴は「……やってくれたわね。貴女も不完全とはいえホームズの血を受け継いだ、そういうことね」と怒気の孕んだ独り言を漏らす。

 

「まぁ、大体合ってるわ。私はブラドの手によって生まれた人格。だから私とブラドは別々の存在だけど、依り代とする体を共有してるの。……普段の生活を送る上では私がこの体の主導権を握り、ブラドは私を隠れ蓑にしてるわ。ブラドの体じゃ表社会にはまず馴染まないもの。でも、私が興奮状態になった時にはブラドが主導権を握る。……ブラドを呼び寄せる方法は色々あるけど、一番手っ取り早いのはヒステリア・サヴァン・シンドロームを利用することかしらね」

「ヒステリア・サヴァン・シンドローム、ですか?」

「……おい。ちょっと待て、なんでお前がそれを使えるんだ? それを使えるのは遠山家の人間だけのはずだ」

「あら、知らないの? イ・ウーはね、色んな人が集まってその力を教え合う、いわば学校みたいな場所なの。だから、その内の誰かからHSSを学んでいたって不思議ではないでしょ? 尤も、私の場合は異性とのみだりな接触による性的興奮じゃなくて、自分の手で散々痛めつけたニンゲンの絶望しきった表情でHSSを発動させるんだけどね」

「……」

「なら、さっさとそのヒステリア・サヴァン・シンドロームとやらを使ってブラドを出してください。即刻逮捕して証言台に引きずり込んでやりますから」

「ふふふ。安心して、神崎さん。言われなくても端からそのつもり、よ!」

「えぅッ!?」

 

 小夜鳴はクツクツと肩を震わせて笑うと、唐突に理子の腹部に強烈な蹴りを入れる。しばらく小夜鳴からの攻撃がなかったためにすっかり油断していた理子は不意打ちの蹴りをモロに喰らい、吹っ飛ばされる。ゴロゴロと転がった先で理子は蹴られた腹部を守るように両手を腹部に当てて体を丸めると同時にゴホゴホと肺の中の息を吐き出す。

 

「さーて、四世ちゃん。今ここに貴女の大事な大事な十字架(ロザリオ)があるわけだけど……」

 

 小夜鳴は敢えてもう一度理子に見せつけるように十字架(ロザリオ)を取り出す。と、その時。小夜鳴の背後から実に泰然とした足取りで二匹の動物が姿を現す。銀色の体毛に荒々しさ全開のオーラをしたそれに見覚えのあったキンジは驚愕に目を見開く。

 

(こいつら、あの時のオオカミじゃねぇか!?)

 

 そう。小夜鳴に付き従うようにして現れたのは、以前キンジがレキと協力して撃退したコーカサスハクギンオオカミだった。しかし。二匹のオオカミはただ小夜鳴の一歩後ろで控えているだけで、襲ってくる気配はない。

 

(小夜鳴は、こいつらを従えてるってことか!? マズいな、あのオオカミ一匹倒すだけでも結構苦労したってのに……)

「はい、これ捨ててきて」

 

 小夜鳴はオオカミの一匹に十字架(ロザリオ)をくわえさせると、ビシッと自身の背後を指差す。小夜鳴の命令を受けたオオカミは「ガウッ」と返事をすると、小夜鳴の言葉を呑みこめずに「……え?」と消え入りそうな声を漏らす理子をよそにテクテクと歩いていく。横浜ランドマークタワー屋上の縁へとゆったりと歩みを進めていく。

 

「や、止め――!」

 

 小夜鳴の意図を理解した理子が叫ぶ。しかし。あくまでご主人の命令に忠実に動くのみのオオカミは首を振って十字架(ロザリオ)を放り投げた。オオカミにくわえられていた十字架(ロザリオ)は放物線を描き、屋上から遥か下方の地上へと落ちていく。

 

「……あ、ぁあ」

「ふふふ、もーぉホンット最高ねぇ、その表情。絶望しか残ってないじゃない。ついさっきまであんなにはしゃぎまわってたのにね」

「ボク、の、十字架(ロザリオ)……」

「今頃どうなってるかしらね、あの十字架(ロザリオ)? 排水溝にでも落ちちゃったかしら? それとも、その内誰かに拾われて売られちゃうかもね」

「そん、な……」

 

 絶望を映した理子の瞳からボロボロと涙があふれる。当然だろう、理子が俺に土下座してまで欲したものが二度と手に入らなくなったかもしれないのだから。運が良ければ後で見つけられるかもしれないが、あくまで運が良ければの話だ。運が悪ければ、それまでの話だ。

 

 

「おいおい。あの十字架(ロザリオ)、捨てちゃってよかったのかよ。あの無駄にセキュリティが厳重な金庫に保管するぐらい大事なものだったんだろ?」

「構わないわよ、別に」

 

 小夜鳴はキンジの問いにそっけなく返答する。その後。小夜鳴はニタァと口角を吊り上げて何事か呟いたが、その声は誰の耳にも届かなかった。

 

(どうせ別の下僕に拾わせるから、ね……。小夜鳴が従えてるのはここにいるオオカミ二匹だけじゃないってことか)

 

 とはいえ、読唇術を身につけているために小夜鳴の口の動きだけ見えていれば何を呟いているかがわかるキンジからすれば、小夜鳴の声が聞こえるか否かなんてものは大して関係ないのだが。

 

 

「ん! んんッ!」

 

 と、その時。いきなり小夜鳴がビクンと体を震わせたかと思うと、恍惚の笑みを浮かべて両手を顔に当てる。そして。夜空を見上げて「来た! 来たきたキタキタキタァ――!!」と歓喜の絶叫を上げ始める。その喜色に満ちた叫び声を上げる様子はまるで自身の崇拝する神様の降臨を心から祝福する狂信者のようだ。

 

 「キタキタキタ――!」と壊れた人形のように叫び続ける小夜鳴。その体が突然、文字通り膨張し始める。身に纏った魔女っ娘衣装をビリビリと木っ端微塵に破り捨てる形で、小夜鳴はあっという間に自身の身長を裕に超す巨体に成り果てる。その姿はまさしく化け物と形容するに足るだけの迫力を持っていた。

 

(これが、ブラドか……!)

(……これは文字通りの大物ですね)

『久しぶり、四世』

 

 生のブラドを目の当たりにしたキンジとアリアがゴクリと唾を呑む中。小夜鳴の面影の全く感じられない化け物へと変貌したブラドがギロリと理子を見つめてニタリと獰猛な笑みを浮かべる。今ここにおいて、イ・ウーナンバー2の『鬼』がその全貌を現したのだった。

 




キンジ→久々にネオ武偵憲章を持ち出してきた熱血キャラ。
アリア→直感の冴えわたるメインヒロイン。カマだってかけられる。
理子→ブラドとの戦闘前に既に肉体的にも精神的にもボロボロなビビり少女。今現在、気絶する一歩手前ぐらいには傷ついている。
小夜鳴先生→原作同様Sっ気に満ちあふれているオカマ。その口調のせいで気持ち悪さに拍車がかかっている模様。さよなきもちわるい。

 76話 まとめ
小夜鳴「ん! んんッ! 来た! 来たきたキタキタキタァ――!!」
キンジ(さよな気色悪いな)
アリア(さよなキモいですね)
理子(さよなきもちわるい……)
オオカミ二匹((さよな気味が悪いワン))

 というわけで、76話終了しました。それにしても随分と久しぶりに話題に上げた気がしますね、ネオ武偵憲章。

 ……べ、別に今の今まで忘れてたわけじゃないんだからね! このシーンで使うためにずっとずっと温存し続けてきただけなんだからね! つい最近、熱血キンジと冷静アリアの1~5話辺りを読んでネオ武偵憲章のこと思い出したわけじゃないんだからね!

 まぁそれは置いといて。今回、小夜鳴先生が登場したのに未だに全然戦闘が始まる気配がないとはこれ如何に。……やはり地の文が多いのが問題か。


 ~おまけ(その1 ネタ:もしも小夜鳴先生が『女性に虐げられることでヒステリアモードになるドMさん』だったら)~

小夜鳴「尤も、私の場合は異性とのみだりな接触による性的興奮じゃなくて、女性に痛めつけられることでヒステリアモードに移行するんだけどね」
オオカミ♀A「ガルルルル(←小夜鳴の背中に飛びかかって押し倒し、倒れた小夜鳴の上に乗って全体重を籠めるオオカミさん)」
オオカミ♀B「ガルルルルル(←小夜鳴先生の顔面に容赦なく爪を突き立てるオオカミさん)」
小夜鳴「ん! んんッ! 来た! 来たきたキタキタキタァ――!!」

キンジ「……女性って、人間じゃなくてもいいのかよ……何つう性癖持ってんだよ、あいつ」
アリア「なんであんな惨めな姿を晒しているというのにあれほど満面の笑みを浮かべていられるのでしょうか? 理解に苦しみますね。気持ち悪いです」
理子「……(あんなのに監禁されてたボクって一体……)」

 三人の心境は複雑なようです。


 ~おまけ(その2:ちょっとしたネタ)~

小夜鳴「アハ、ごめんなさい♪ ぜぇーんぜん、聞こえなかったわ。さあ、もう一度――ッ!?(←銃弾をギリギリ避けつつ)」
キンジ&アリア「「……(←小夜鳴に銃口を向ける二人)」」
小夜鳴「……ねぇ、二人とも」





小夜鳴「グルメサイトのホット○ッパーって知ってる?」
キンジ&アリア「「うん、知ってる」」
理子(え? ちょっ、なんでこのタイミングでその質問!?)



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77.熱血キンジとヘンタイ爆誕


 どうも、ふぁもにかです。もうね、サブタイトルからシリアスとは真逆のヤバげな雰囲気がひしひしと伝わってきますね。とりあえず、前回のブラドの発言で得体の知れない嫌な予感を感じている方々――その予感は的中です。おめでとうございます。……さて。心の準備はできましたか?




 

『久しぶり、四世。イ・ウー以来かしら?』

「ひッ! ブラ、ド……!」

 

 風吹きすさぶ横浜ランドマークタワー屋上にて。何人もの人間が同時に言葉を発したかのような奇妙な声で理子に問いかける小夜鳴、もといブラド。むき出しになった赤褐色の肌に雄牛のように盛り上がった筋肉、全身を覆う体毛などが特徴的な、巨躯の化け物。そんな軽く現実離れした化け物を目の当たりにしたキンジとアリアだったが、二人は割と冷静だった。

 

(ジャンヌの絵の方が怖いな……)

魔剣(デュランダル)の絵の方が100倍怖いですね……)

 

 ジャンヌのやたら怖いブラドの絵を見ていたおかげでブラドという存在にそれなりに耐性がついていたキンジ&アリアは平常心のままブラドを見上げる。だが、二人がブラドに圧倒されなかった理由は何もジャンヌの絵を事前に見ていたからだけではない。答えは簡単、ブラドの化け物染みた容姿じゃない別の所にキンジとアリアの視線が釘づけだったからである。

 

「……あいつ、なんでメイド服来てんだよ。あんな巨体のくせして、なんでちょっとだけ頭の毛ピンクのリボンで結んでるんだよ。気持ち悪さが異次元レベルなんだけど。魔女っ娘小夜鳴がマシに思えるレベルに気持ち悪いんだけど。別の意味で破壊力が凄まじいんだけど。なに? 何なのこれ? ブラドって実はメスだったのか? あのなりで?」

「わ、私に聞かないでくださいよ、キンジ。私にわかるわけないじゃないですか」

「デスヨネー」

 

 キンジがメイド服姿のブラドを前にあたかも生気を抜き取られたかのように呆然としている中、「あ」とアリアが何かを思い出したかのように声を漏らしたかと思うと「キンジ。キンジ」とキンジの袖をクイクイと引っ張ってくる。それで我に返ったキンジが「どうした?」とアリアの方を見やると、アリアがクッと背伸びをしてキンジに耳打ちをする。

 

「その、キンジには言ってなかったんですけど……私、紅鳴館で見たんですよ。メイド服に着替える時に」

「ん? 見たって、何を?」

「クローゼットの中にギッシリ詰まったビックサイズのメイド服です。それも、とても人間が着られるとは思えないぐらい大きいのを」

「……」

「今、ブラドが着ているのはその時に見たメイド服だと思われます」

「……」

 

 アリアからもたらされた衝撃の事実にキンジは思わず言葉を失う。確かに、あの時のアリアは様子がおかしかった。それが用途不明のビッグサイズのメイド服を目撃したのが理由であること、そしてそのメイド服をブラドが着用していること、それらの状況証拠が導き出す結論はただ一つ。

 

「……てことは、何だ? 小夜鳴同様、ブラドも女装趣味を持つオカマだったってことかよ」

「みたいですね」

「「……」」

 

 キンジとアリアの間に沈黙が走る。ブラドも小夜鳴も趣味の方向性は違えど、女装が大好きなオカマだと知ったキンジとアリアは一度ため息を吐くと、ある決意を心に宿す。

 

「アリア」

「わかっています。あれをさっさと駆除しましょう。あれがうっかり世に放たれてしまう前に。犠牲者が現れてしまう前に」

「異議なし」

 

 キンジとアリアはそれぞれ銃を強く握ってギンとブラドを睨みつける。二人がブラド退治により一層気合いを入れた瞬間である。

 

 無理もない。小夜鳴の魔女っ娘衣装は小夜鳴が端整な顔つきをしたイケメンであったためそれなりに似合っていたが、今二人の眼前に立っているメイド服のブラドは壊滅的に似合っていない。そのため。あんな恰好で動き回られると、はっきり言って目に毒なのだ。

 

 

『さて。檻に、貴女のお家に帰る時間よ、四世』

「は、話、が……ちがッ……」

『話? 何のことかしら? ……あぁ、もしかしてあれ? 貴女がホームズ四世とそのパートナーに勝って自分が有能だって証明できたらもう私から貴女に関与しないっていう、あれかしら? あんなの、ただの口約束じゃない。契約書も誓約書もないただの口約束にこの私がなんで従わないといけないの?』

 

 一方。ブラド退治に気合いをたぎらせるキンジ&アリアをよそに、ブラドは理子の主張を鼻で笑う。その際、メイド服のフリルが風にゆらゆらと揺れる。

 

『それに、貴女はあの二人にもう負けたじゃない。遠山キンジの本気(HSS)さえ引き出せなかった。貴女は所詮、無能で失敗作。どれだけ足掻こうと、結局は優秀な五世を作るための繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)に過ぎないのよ。……だから、無能な貴女は私の手の中で踊り続けるしかないの。私に生殺与奪を握られたまま生きるしかないの。わかったかしら?』

「う、ぅ……」

『ふふふ。ホント、泣き顔も無様ね、貴女は。泣けば救われるとでも思っているのかしら? いつだって理不尽にあふれているのが現実だっていうのにね。……全く、無能の考えることは理解できないわ』

 

 ブラドに約束を反故にされ、さらには容赦ないブラドの言葉の雨を受けて理子は悔しさに涙を流す。対するブラドは、どうしようもない現実に絶望の涙を零す理子をわけがわからないとでも言いたげに見下ろす。

 

『見苦しいものを見せちゃったわね、遠山キンジ、神崎・H・アリア。私は今からこの四世を連れ帰るつもりだけど……下僕として、貴方たちも歓迎してあげる。貴方たち二人はそこの四世と違って素敵な才能があるもの。死ぬまで私の手足としてこき使ってあげるわ。どう? 光栄でしょ?』

「断固お断りします。私には絶対に果さないといけない目的がありますので」

「右に同じ。誰がお前なんかの手足になるかよ、ブラド。俺は俺の生きたいように生きる」

『……まぁいいわ。最初は誰だって反抗的だもの。今ここでご主人様に対する下僕の正しい態度について、教えてあ・げ・る♪』

 

 下等生物を見る目で理子を見下ろしていたブラドはキンジとアリアの方に振り向くと、余裕綽々な笑みを浮かべてパチッと二人にウインクをする。巨躯の大男からのまさかのウインク。二人は「うげッ」と言いたげに顔を歪め、即座にブラドから目を逸らす。

 

「……なぁ、ブラド。戦う前に一つ聞きたいんだが、なんで理子にこだわる? お前が言うには、理子はリュパン五世を生むだけの機械なんだろ? その機械になんで執着するんだ? 人類を超越した吸血鬼が、なんで一人の人間に固執するんだ?」

『……何が言いたいの?』

「いや、無能だの失敗作だの言ってる割にはやけに理子を重宝してると思ってな。まるで恋人を我が物にしたいがために恋人を捕まえて監禁するヤンデレのようだぞ、今のお前」

 

 と、ここで。キンジはブラドのウインクという名の精神汚染攻撃に最大限の警戒を払いつつ、自身の疑問をぶつけてみる。

 

『残念。外れよ、遠山キンジ。四世はお金になる。だから手元に置いておきたい。それだけのことよ』

「お金、ですか?」

『えぇ。私はお金を稼ぐことを生きがいの一つにしているの。だってお金があれば何でも買えるもの。地位も、名誉も、人の命も自由自在。時代とともに姿形は変われど、いつだってお金はあらゆるモノを支配する絶対強者。だから私は表社会には決して出せない類いの薬を開発して闇ルートに売りさばく形で莫大なお金を稼いでいるの。で、薬の開発には人体実験が必要不可欠なの。ここまではいいかしら?』

「人体実験、ですか……」

 

 ブラドの説明にアリアの嫌悪感の含んだ声が漏れる。それは誰かに聞いてもらうことを目的にしたというよりは言葉に表すつもりのない本音がつい零れてしまったかのような声色だった。

 

『――そして、峰理子リュパン四世。アレは日頃からバカみたいにビクビク怯えてばかりだけど、意外なことに、その精神は異様に強いの。何が精神的支えになってるのかはわからないけれど、常人なら容易で発狂し壊れてしまうような実験でも、アレは何だかんだで正気を保ち続ける。常人なら1時間も持たない過酷な実験にも当たり前のように耐え抜いてみせる。実際、四世は自力で檻から脱出するまでの数年、様々な実験に耐え抜いてみせた。……四世はね、私にとってローコストハイリターンな金のなる木なの。何せ、四世は早々壊れないからそれだけ色々と実験がはかどるし、実験がはかどればはかどるほど新薬をドンドン作れるもの。そんな稀有でおいしい存在をこの私がみすみす手放すと思う?』

「「……」」

『聞きたいことはそれだけ? それじゃあ、そろそろ始めるわよ。……いい声で泣いてくれるの、期待してるわ』

 

 ブラドは話を打ち切ると、ニタリと獰猛極まりない笑顔を浮かべたまま、待ちの体勢を取る。どうやら自分から襲いかかってくるつもりはないようだ。とはいえ、待ちの体勢と見せかけて俺たちが油断した瞬間を狙ってくる可能性も否めないのだが。

 

「……キンジ。至急、峰さんをどこか安全そうな所に連れていってください。もしも大事な証人が戦闘に巻き込まれて死んじゃったら困りますので」

「わかった」

 

 ブラドとの対決姿勢を示すように一歩前に踏み出したアリアが目線で理子を指し示す。確かに、あんな所に倒れていたらブラドとの戦いの余波をモロに喰らってしまいそうだ。

 

「……素直に理子のことが心配だって言えばいいのに」

「何か言いましたか?」

「いいや、何も」

「ではお願いします。私の体格では峰さんを運べませんので、力仕事はお任せします」

 

 そう言葉を残してアリアはブラドへと一直線に駆けていく。対するブラドは好戦的な眼差しをアリアに注ぐとともにアリアの頭ほどの大きさの拳をギギッと握る。

 

 かくして。キンジとアリアの強襲科(アサルト)Sランク武偵コンビとイ・ウーナンバー2の吸血鬼(ブラド)との戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 

『おいで、ホームズ四世! 絶対的な力の差を思い知らせてあげるわ!』

「上等! 風穴の時間です!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「理子。大丈夫か?」

「遠、山、く……」

(見た感じ、命に別状はなさそうだな)

 

 アリアがブラドへと突貫していく様子をしり目に、キンジは未だスタンガンの痺れから解放されていない理子を手早くお姫さま抱っこする。そのまま理子をどこか安全な場所へと連れていこうとした時、キンジの行く手を阻むように二匹のコーカサスハクギンオオカミがキンジを取り囲む。

 

「ガルルルルル」

(ヤバッ、こいつらのことすっかり忘れてた)

 

 ジリジリと距離を縮めてくるオオカミ二匹を前にキンジは冷や汗を流す。今のキンジは理子をお姫さま抱っこしているために両手が使えない。いくらなんでも両手の塞がった状態で、理子を守りながらオオカミ二匹を相手取るのはあまりに無茶だ。

 

(どうする――ッ!?)

 

 キンジはオオカミ二匹の一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせつつも、現状打破の策を導き出そうと必死に頭を回転させる。と、そこで。天啓のようにキンジの脳裏に起死回生の策が舞い降りた。それは軽く博打に近い策だったが、今のキンジに選択の余地はなかった。

 

(これに賭けるしかないか……!)

「――レキ」

 

 キンジがレキの名前を出すと、オオカミ二匹はまるで時が止まったかのようにピタリと動きを止めた。心なしか、オオカミの目が動揺に揺れ動いているように見える。この時、キンジは自身の策が上手くいくだろうことを悟った。

 

(よし、これならいける!)

「その様子だと、お前らにも伝わってるみたいだな。レキのこと」

「「……」」

「あいつ、やっぱりお前らのこと諦めきれてないみたいだぞ。今日は趣向を変えて横浜でお前らのこと探すって言ってたし、今度会ったら絶対に逃がさないようにって首輪も買ってたしな」

「「ガウッ!?」」

「なぁ、お前ら。こんな所でのんびりしてていいのか? こんな開けた場所にいたらレキに見つかるんじゃないのか? あんまりレキの6.0の視力、舐めない方がいいぞ?」

 

 キンジが言葉を重ねていくにつれてオオカミ二匹の震えがみるみる増していく。冷や汗のダラダラ具合がドンドン増していく。そのビクビク具合はビビりの権化:理子を彷彿とさせるほどだ。ちなみに。レキに関するキンジの発言は全てもれなく根も葉もない出まかせである。

 

(よしよし、いい感じに怯えてるな。さーて。最後の仕上げだ)

「――あ、レキ」

「「ギャゥゥゥウウウウウン!?」」

 

 キンジはオオカミの背後に視線を向けてレキの名前を呼ぶ。もちろん、キンジの視線の先にレキの姿はない。しかし。オオカミ二匹は後ろを確認することなく、情けない鳴き声とともに全力で逃走を開始した。

 

(怖がられてるなぁ、レキの奴)

 

 見る見るうちに遠ざかっていくオオカミ二匹の後ろ姿をキンジは半眼でただただ眺める。そして。キンジは逃げ去っていくオオカミ二匹の姿とレキを撒こうと必死に逃げる自分の姿とを重ね合わせ、オオカミ二匹にそこはかとない親近感を抱くのだった。

 




キンジ→レキ効果を利用したとっさのウソでオオカミ二匹との戦闘を華麗に回避した熱血キャラ。ここぞという時に打開案を思いつく辺り、さすがは主人公といった所か。
アリア→一時とはいえ、単騎でブラドと戦うこととなったメインヒロイン。
理子→精神力の強さについてブラドからも一目置かれているビビり少女。何気にブラドがオカマだと前々から知ってたりする。
ブラド→小夜鳴同様、オカマな吸血鬼。お金大好き。メイド服大好き。薬学に精通している。白雪の占いで『やたら大きい鬼』と称されている。

 というわけで、77話終了です。とりあえずブラドとの戦闘が始まるのは79話からになりそうです。いや、別に引き伸ばしをしようとしているワケじゃないんですけどね。ホント、どーしてこうなるのやら……。


 ~おまけ(ネタ:嘘から出た実)~

 横浜ランドマークタワーのエレベーター内にて。

オオカミその1(や、ややややや奴が来てるなんて、じじじじじ冗談じゃないワン!)
オオカミその2(はははははは早く逃げるワン! やややややや奴に追いつかれる前に……! ややややや奴に捕まったら全てお終いだワン!)
オオカミその1(ブブブブブラドの命令なんて知らないワン! こ、ここここここで死ぬのはゴメンにござる! ――って、違う違う! ここで死ぬのはゴメンだワン!)

 チーン(←エレベーターが一階に到着した音)

オオカミその1(よよよよよよし。一階についたワン!)
オオカミその2(早く、はははははは早く外に逃げ――)
??「――ん、ホントにいましたね(←エレベーター前に立つ緑髪の少女)」
オオカミその1&2「「ワウッ!?(←ビクリと肩を震わせるオオカミ二匹)」」
レキ「今夜、横浜ランドマークタワーに行けばオオカミに会えると風が言っていたから来てみたのですが……確かに風の言う通りでしたね。さすがは風です。というわけで……さぁ、私と遊びましょう。アザゼル? ナイアルラトホテップ?(←ドラグノフを構えつつ)」
オオカミその1&2「「……(←ガクガクブルブル)」」

 その後、オオカミ二匹はレキに追い詰められるも、レキの魔の手に囚われる寸前に覚醒。自身に秘められていた始祖の力を認知&行使することでどうにかレキから命からがら逃げきったとか。


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78.熱血キンジと零れる本音


 どうも、ふぁもにかです。今回は8割方、理子視点のお話です。理子の心情吐露回かつ第三章ヒロインとしての本領発揮回なので純度100%のシリアス……だと思います、うん。

 まぁそれは置いといて。誰かメイドブラドのイラスト描いてくれな――いや、ウソですよ!? 冗談ですよ!? だから誰もくれぐれも描かないでくださいね!? そんなもの描かれたら色々と取り返しのつかない事態になりそうですし!



 

「えーと、この辺なら大丈夫そうだな」

 

 機転を利かしてオオカミ二匹を追い払ったキンジは横浜ランドマークタワー屋上を後にしていた。階段を使って数階下へと降りたキンジは近くの物陰を見つけるとそこにお姫さま抱っこ状態の理子をゆっくりと下ろす。

 

「う、く……」

「悪い、理子。ちょっとここで待っててくれ。ブラド倒したらすぐに病院に連れていくから」

「遠、山、くん……」

「安心しろ、理子。あんな奴、俺たちの敵じゃねぇからさ」

 

 急いでアリアと合流しようとするキンジの袖を理子の手が弱々しく掴む。まだ痺れの残る体で何かを口にしようとする。誰一人いない、薄暗い場所に取り残されることに不安を感じているのだろうと理子の心情を予測したキンジは、理子を安心させるように優しく言葉をかける。しかし。理子の紡いだ言葉はキンジの想定したものとは全く違っていた。

 

「……逃げ、て」

「は?」

「……ブラドは、とっても、強いんだ。強すぎる、んだ。勝てるわけ、ない。……ありがと、ね。遠山、くん。ボク、なんかの、ために、ドロボー、手伝って、くれて。でも。ボクの、ことは、もう……いいから」

「……おい。何を、言っているんだ、理子?」

「ボクは、所詮、出来損ない、だから。生きる価値、なんて、ないから。だから、二人、だけでも、逃げて。ボクが、ブラド、の……所に、行けば、きっと……ブラドは、二人を、見逃して、くれる、から。……多分」

「……」

 

 理子の発言の意味を上手く飲み込めないキンジをよそに、理子は途切れ途切れの言葉を口にする。自分を見捨ててアリアと一緒にブラドから逃げるようキンジに提言する。

 

「君たち、には、幸せに、生きていて、ほしい。……だから、お願い。逃げて。ボクの、ことは……忘れて、いいから。だから――」

 

 理子は上手く動かせない両手でキンジの手を優しく包みこむと、ニヘラと笑う。明らかに無理をした笑顔でキンジにお願いをする。その表情は、何もかもを諦めきっていた時のユッキーの笑みとよく似ていた。

 

 その笑顔を見た瞬間。キンジの中で、何かが音を立ててキレる音がした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――時は少しさかのぼる。

 

 

 キンジの腕の中に抱かれながら、理子は思う。ブラドが約束を反故にして自分を連れ帰りに来た以上、今日をもって外の世界で過ごす生活は最後なのだと。明日からはまた狭くて暗い牢獄の中に逆戻りなのだと。

 

 理子は改めて振り返ってみる。小夜鳴に何度も蹴られた痛みに意識が遠のきそうになる中、理子は中々考えが纏まらない思考回路を使って今までの生活を見つめ直す。それからふと、理子はあることを仮定してみる。理由なんてない。ただ考えてみたくなったのだ。

 

 

――もしも武偵高の皆に、2年A組の皆に、ボクがあのアルセーヌ・リュパンの四世だって言ったらどう反応するんだろうか。

 

 パパとママがまだ生きていた頃にボクの周りにいた人たちみたいに、腫物に触るように接してくるようになるのかな? リュパン四世としてしか見てくれないようになるのかな?

 

「……」

 

 スッと目を瞑り、2年A組クラスメイトを筆頭とした武偵高の生徒たちの顔を思い浮かべた理子はフルフルと力なく首を振る。

 

 

 ……ううん、それはないよね。だってあのメンバーだもん。血統をやたら重視していたあの人たちとは違って、皆今までと何も変わらずにボクに話してくれる気がする。むしろ、かえってボクがリュパンの血を受け継いでいるって信じてくれないかもしれない。

 

 逆に教師の人たちはボクがリュパンの血族だからってことで、ボクが何か窃盗行為に走らないか警戒してくるかもしれない。何たって、ひいお爺ちゃんは卓逸した窃盗行為で世界に名を轟かせた世紀の大怪盗だもんね。

 

 でも。それでも。ボクのことを才能を受け継がなかった出来損ないの四世だと、五世を生むための道具にしかなれない無能だという目で見たりはしないだろう。それに。ボクは今は退学処分になったとはいえイ・ウーに所属していたんだから、教師の人に警戒されるのなんて今更だ。陰からジッと睨みつけられたり尾行されたりするのは怖いけど、それはそこまで問題じゃない。

 

 だって。皆がボクにどんな感情を抱くのかはわからないけれど、少なくともボクを一人の人間として、峰理子リュパン四世として扱ってくれることは確実だから。誰一人ボクのことをただのDNAとして、持ちのいい実験体として見ることなんてしないってことだけはわかるから。

 

 

 ……そうだ、そうだよ。ボクをリュパン四世としてじゃなくて、ボク個人として見てくれる人たちに囲まれて、一緒に授業受けて、休み時間に色々話して、笑って、怒って、泣いて、弄られて。

 

 

――あぁ。ボクって幸せだったんだね。ボクはブラドの檻から出た時点でとっくに自由で、人間になっていたんだね。

 

 

 それなのに。ボクは無駄に怯えて、震えて、折角の人生の楽しみを自分から敬遠していた。他人が何を考えているのかわからなくて、それが無性に怖くて、いつも人の顔色ばかりうかがっていた。人の考えなんてわからないのが当たり前なのに。

 

 ボクはいつもそうだ。いつもいつも怖がってばかりで、そのせいで絶好の機会を取り逃がす。そして。今回もタイムリミットは来てしまった。ブラドがボクを捕まえに来てしまった。もうボクは武偵高にいられない。帰らないといけない。あの、狭くて、暗くて、汚い牢屋に。

 

 

 ……嫌だな。帰りたくない。もっと、もっと外にいたい。武偵高にいたい。まだやってないこと、たくさんあるんだ。これからしようと思って、でもその先の一歩を踏み出せなかったこともいっぱいある。ここで終わりたくない。戻りたくない。ボクは、もう――ただのリュパン四世に戻りたくない。

 

 でも。ダメだ。この思いを口にしたらダメだ。こんなこと、少しでも言葉に出したら遠山くんは絶対ブラドと戦おうとする。遠山くんは優しいから、何が何でもブラド相手に勝とうとする。けど、それはダメだ。ブラドは強い。強すぎる。倒すなんて、それこそ教授(プロフェシオン)ぐらいの実力者でないと無理だ。だから。いくら2対1でもブラドを倒すなんて絶対に不可能だ。

 

 だからこそ。二人をブラドと戦わせるわけにはいかない。負けたらブラドが二人に何をするかわかったものじゃない。だから、ボクは二人を逃がさないといけない。一時は二人を殺そうとしたボクに手を差し伸べてくれた二人を。いくら打算があったとはいえ、最初から十字架(ロザリオ)を取り返してくれた恩を仇で返すつもりだったボクに協力してくれた心優しい二人を。

 

 ……あぁ、なんで今更気づいちゃったんだろう? これまでの生活が充実していたってことに気づいてしまったんだろう? 最後まで気づかなければ、ボクはきっと檻に帰ることをここまで躊躇なんてしなかっただろうに。

 

 

「ボクは、所詮、出来損ない、だから。生きる価値、なんて、ないから。だから、二人、だけでも、逃げて。ボクが、ブラド、の……所に、行けば、きっと……ブラドは、二人を、見逃して、くれる、から。……多分」

「……」

 

 痺れが残ったままにしては、ボクの口はよく動く。それは今のボクにとっては好都合だった。

……ちゃんとボクは笑顔で言えているだろうか。遠山くんを安心させるような顔で言えているだろうか。肝心の遠山くんが無言のままだからよくわからない。ここはただ、上手くいっていることを願うしかない。

 

「君たち、には、幸せに、生きていて、ほしい。……だから、お願い。逃げて。ボクの、ことは……忘れて、いいから。だから――」

 

 二人には生きてほしい。幸せになってほしい。不幸になるのはボク一人だけでいいから。それが今のボクにできる二人への精一杯の恩返しで、贖罪だから。遠山くんの手を両手で包み込んで、ボクは言葉を続けようとする。だけど――

 

「――うるせえよ」

 

 ボクの言葉は遠山くんのたった一言ですげなく突っぱねられた。見上げると、遠山くんが鋭い眼差しをボクに向けてきた。これは明らかにマジギレした人の目だ。

 

「と、とと遠山、くん……?」

「……気に入らねぇんだよ、その顔。何もかも諦めきったユッキーの顔とそっくりだ。なんでだよ? なんでそう簡単に人生を諦められる!? 自分の幸せを諦められる!? たった一度の人生だぞ!? ブラドの所に帰ったらロクなことにならないって知らないわけじゃないんだろ!? だったらもっと足掻けよ! 抵抗しろよ! なに自分から犠牲になろうとしてんだよ、ふざけんじゃねぇぞ!」

「ひぅ!? ご、ごめんなさい……」

 

 どうして遠山くんが怒っているのか。その理由を尋ねようとしたボクに遠山くんが声を荒らげる。遠山くんの言い分は尤もだ。ボクだって諦めたくて人生を諦めているわけじゃない。本当ならもっと抵抗するべきなんだろう。例えその姿が他人から無様に見えたとしても。

 

 ……でも。無駄に足掻いた所で結果なんてわかりきっている。ブラドの圧倒的な強さにはどうしようもない。だから、これは仕方ないことなんだ。ボクは遠山くんとオリュメスさんから受けた恩を仇で返そうとした。飼い主の手を噛むような(ボク)に罰が当たっちゃうのは当然なんだ。

 

「……なぁ、理子。正直に答えろ。お前は、どうしたいんだ?」

「へ?」

「恥も外聞も、見栄も建前もプライドも意地も全部捨てろ。捨てた上で望みだけを答えろ。お前は何がしたい? 俺たちに何をしてもらいたい?」

「……」

 

 一度ボクに怒りをぶつけたことで冷静さを取り戻したらしい遠山くんがボクの手をギュッと掴み直して問いかけてくる。

 

 ボクが何をしたいか。遠山くんたちに何をしてほしいか。

 ……決まってる。やり直したい。武偵高での生活を。イ・ウーを退学となった以上、ボクの居場所はあそこしかない。それに、やっと自分の幸せに気づけたんだ。気づけたのなら、きっとこれから武偵高で過ごす日々は絶対今まで以上に楽しくなる。

 

 でも、ダメだ。ここで本音を言ってしまったら本当に手遅れになる。遠山くんとオリュメスさんをブラドから退かせることができなくなってしまう。今ならまだ何とかなるはずだ。まだ遠山くんにブラドとの戦いを回避してもらうことはできるはずだ。

 

「ボ――」

 

 だから、言ってはいけない。この思いを口にしてはいけない。つい本音が零れてしまいそうになるけど、ボクはありったけの理性を総動員して本音を心の奥深くに閉じ込める。

 

「ボ、クは――」

 

 ごまかすんだ。遠山くんを騙すんだ。犠牲者は一人でいい。檻に囚われるのは一人でいい。遠山くんやオリュメスさんまで巻き込むわけにはいかない。笑え、ウソをつけ、峰理子リュパン四世。それぐらい簡単なはずだ。仮にも傑人の子孫ならそれぐらいやってのけろ。

 

 そこまで考えた所で、遠山くんのまっすぐな瞳がボクを射抜いていることに気づいた。まるでボクの内心を見透かしたかのような遠山くんの目に、ボクの気持ちは容易にぐらついてしまう。

 

「ぁ……」

 

 ……あ。ダメだ。言っちゃダメなのに。体が言うことを聞いてくれない。遠山くんの眼差しは優しくて。遠山くんの手は温かくて。

 

 失いたくない。この温かさに浸っていたい。あの冷たい檻には戻りたくない。戻ったら二度と、この温かさを経験できなくなる。

 

 それは、嫌だ。凄く嫌だし、怖い。

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!

 

 ボクは! ボクは――!!

 

 

「帰りたくない! あんな檻の中なんて、もう嫌だ! 助けて! 助けてよ! 遠山くん……!」

 

 膨大な感情に飲み込まれ、気づけばボクは遠山くんに助けを求めていた。一度口にした本音は止める間もなくドンドンあふれていく。涙も堰を切ったようにあふれていく。止めようにも止まらない。ここまで言ってしまえば、さすがに撤回はできないだろう。

 

「よし。よく言った、理子。お前の口から直接本音が聞けて良かった。そんじゃ今から軽くブラドの奴をぶっ倒して全部終わらせてくるから、だからここで少し待ってろよ」

「……」

「そんな死地に向かう人を見るような目するなって。俺もアリアも死ぬつもりはない。ブラドを倒す秘策もあるし、イ・ウーナンバー2の化け物なんて軽く一捻りだ。それに、ジャンヌ曰く、俺には主人公補正があるらしいからな。主人公(ヒーロー)主人公(ヒーロー)らしく華麗に敵役(ブラド)を倒して、理子(ヒロイン)を救い出してみせるさ」

 

 ボクの本音を聞いた遠山くんは待ってましたと言わんばかりにニィと笑みを浮かべる。そして。ボクの頭をよしよしと撫でた状態で力強い言葉をくれる。

 

 普通に考えれば、遠山くんとオリュメスさんの二人がブラドに勝てるわけがない。それなのに。今の遠山くんを見ていると、遠山くんの言葉を聞いていると、どうしてもそうは思えなくなってきた。ブラドが負ける姿は想像できないというのに、遠山くんたちが負ける姿も想像できない。

 

 遠山くんとオリュメスさんなら勝てるかもしれない。ブラドを倒せるかもしれない。ボクは、それを信じてもいいのだろうか? そんな都合のいい未来を信じてもいいのだろうか。

 

「で、でも――」

「大丈夫だ。俺たちを信じろ。理子を倒した、俺たちを信じろ。俺たちの強さはお前がよく知ってるだろ?」

 

 ホント、遠山くんの言葉は不思議だ。一言一言がボクの心に沁み込んでくる。さっきまでブラドを倒せるわけがないと思っていたのに、今では遠山くんとオリュメスさんの勝利を信じられるようになっている。

 

「……う、ん」

 

 わかった。ボク、信じるよ。二人の勝利を信じる。だから。二人とも、死なないでね。せっかくブラドに勝っても、二人がいなくなっちゃったら意味ないんだからね。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 遠山くんはポンポンとボクの頭を優しく叩いてから屋上に戻ろうとしたものの、何かに気づいたのか「あ、そうだ」と立ち止まる。そして。ボクの方へとUターンすると、ポケットから何かを取り出して「ほら」とボクの手に無理やり握らせた。

 

「え、これ……!?」

 

 遠山くんから渡された者を確認しようと手を開いたボクは思わず自分の目を疑った。だって。ボクの手の中にあったのは、あの時屋上から落とされたはずのボクの十字架(ロザリオ)だったから。

 

「さっき理子に渡した奴だけど、あれ実はここに来る前に武藤に頼んで急ピッチで作らせた偽物なんだよ。だから、今理子が持ってるのが正真正銘の本物だ」

「どう、して……」

「理子が俺たちとの約束を反故にする可能性があったからな。実際に約束を反故にした理子が自分の持ってる十字架(ロザリオ)が偽物だって気づき次第、これをエサに約束を果たしてもらうつもりだったんだよ。……騙して悪かったな、理子。けど、結果オーライで良かったじゃないか。んじゃ、今度こそ行ってくる。いい加減、アリア一人にブラドの相手させるのも問題だしな」

 

 遠山くんは未だ現実味の湧かないボクを放ったまま、ボクの元から去っていく。ダッシュでブラドの元へと向かっていく。

 

「――ありがとう、遠山くん」

 

 ボクはあっという間に小さくなっていく遠山くんの背中に涙声で感謝の言葉を投げかける。すると、遠山くんはボクに後ろ手をひらひらと振ることで返してくれた。

 

「本当に、ありがとう」

 

 ボクは手元にある十字架(ロザリオ)を胸元で強く握りしめた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(ブラド、お前はタダじゃ倒さねぇ)

 

 屋上へと向かうキンジはブラドへの怒りをその身に募らせつつ全力で走る。怒りに煮えたぎる目とともに階段を駆け上がっていく。

 

 理子とはこれまで色々あった。ただのビクビクオドオドしている小動物みたいな女の子かと思えば実は犯罪組織たるイ・ウーの一員で、しかもあのアルセーヌ・リュパンのひ孫。さらには武偵殺しで、俺やアリアを殺そうとしてきたこともあった。兄さんに関することを無神経に口にしてきたせいでキレかけたこともあった。

 

 ――だけど、俺にとって峰理子リュパン四世はやっぱり友達だ。その友達が心身ともに深く傷ついている。その元凶はブラド。なら、やることは一つだ。

 

(完膚なきまでにぶっ潰す!)

 

 キンジは憎しみに満ちた形相で屋上へと急ぐ。この時、ブラドへの深い憎しみを抱えるジャンヌの気持ちがよく理解できたキンジであった。

 




キンジ→久々に主人公っぽさを全力で発揮したっぽい熱血キャラ。ちなみに、武藤は偽物の十字架を10分で製作してたりする。さすがは万能男。
理子→自らブラドの犠牲になる形でキンジ&アリアを助けようとしたビビり少女。今回はきちんとヒロインをやっている。

 というわけで、78話終了です。これは堕ちたな、りこりん。……とか言ってみましたけど、別にこれでりこりんが堕ちたわけじゃないですよ。ここのりこりんって雰囲気的に恋愛事に疎い気がしますしね。いくらキンジくんがカッコいい所を見せても恋慕じゃなくて憧れを抱いちゃう感じですしね。


 ~おまけ(その1 何にでも例外はあるものです)~

理子(だって。皆がボクにどんな感情を抱くのかはわからないけれど、少なくともボクを一人の人間として、峰理子リュパン四世として扱ってくれることは確実だから。誰一人ボクのことをただのDNAとして、持ちのいい実験体として見ることなんてしないってことだけはわかるから)

中空知「ん?」 ←例外


 ~おまけ(その2 一方その頃:アリアVS.ブラド 一部抜粋)~

 ズガン! ズガン、ズガン!

アリア「……本当に再生するみたいですね」
ブラド『ふふふ、私に鉛玉なんて通じないわよ』
アリア「――なら!(←白黒ガバメントをしまいつつ、ブラドに急接近)」

 刹那。アリアは思わず固まった。意図せず石像のごとく硬直した。その視線はある一点に集中している。

アリア(お、女物のパンツを穿いている、だと……!?)

 アリアのSAN値がガリガリ削られた瞬間であった。



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79.熱血キンジとワラキアの魔笛


前回までのあらすじ(ざっくりバージョン)
ブラド『私と契約して下僕になってよ!』
キンジ&アリア「「だが断る」」

 どうも、ふぁもにかです。今回は皆さんお待ちかね、ブラドとの戦闘回です。今まで散々焦らしまくった分(不可抗力だけどね)ブラド戦のハードルは上がってるでしょうけど……さて、どうしたものか。とりあえず、ブラド戦は3~4話ぐらいで終わるといいなといった感じです。

 ちなみに。今回からしばらくはシリアスオンリーです。とはいえ、それはあくまで本編のみで、おまけはいつでも平常運行ですけど。それでも満足できないという方はブラドがメイド服を着用しているという事実を常に意識しつつ本編を読むことをオススメします。それと今回は約9000字もあるので、あしからず。



 

「アリア!」

 

 理子を戦場から避難させたキンジは横浜ランドマークタワー屋上へと階段を駆け上がる。そして。大して息を切らすまでもなく屋上へとたどり着いたキンジは、一定の距離を開けてブラドと睨み合うアリアの姿を見つけ、声をかける。一方のアリアはブラドから目を離さないまま「遅いですよ、キンジ」と冷ややかな言葉を向ける。

 

「悪い、理子を落ち着けるのに少し手間取った」

「……そういう事情なら仕方ないですね。ところで、ブラドが連れてきていたあのオオカミ二匹がどこにいったかわかりますか? 先ほどから姿が一向に見えないのですが」

「その二匹ならさっき追っ払った。あとはブラド一人だけだ」

「了解です。仕事が早いですね、さすがはキンジ」

「さっき遅いとか言ってなかったか?」

「その辺はノーコメントでお願いします」

「了解。で、ブラドはどんな感じだ?」

「キンジの情報通りですよ。いくら攻撃してもすぐに再生します。ですが、痛みはきちんと感じているようです」

「よし、ならあの作戦はできそうだな」

 

 アリアの隣に並んだキンジは普段と何ら変わらない口調でアリアと情報交換を行う。その結果。アリアの話からブラドを散々攻撃して精神を屈服させるという作戦が有効だと判断したキンジは自身の側に勝算があることに薄く笑みを浮かべる。

 

 と、ここで。キンジはふとアリアの顔へと視線を移し、キンジは思わずギョッとした。というのも、アリアが見るも真っ青な表情で冷や汗をダラダラと流していたからだ。

 

「――って、アリア!? どうした、顔色悪いぞ!?」

「い、いえ、何でもありません。ただ、ちょっとブラドから不意打ちの攻撃を喰らってしまいまして――」

「おいおい、それ大丈夫じゃないだろ!? 大丈夫か、まだ戦えるか!?」

「大丈夫です、問題ありません」

「ホントかよ……」

「本当です」

 

 キンジは頑なに大丈夫だと主張するアリアに疑念の眼差しを向ける。ブラドは見た感じ、まず間違いなく力にものを言わせて戦うタイプだ。その一撃を小柄なアリアがまともに喰らって何も問題がないわけがない。それに。アリアには以前、深手を負っていたのにさも傷が浅い風に平静を装っていた前科がある。それがキンジのアリアへの疑いに拍車をかけていた。

 

(けど、ここはパートナーとしてアリアを信じるべきだろうな)

 

 だけど、あの時と今とでは状況が違う。あの時は飛行機を着陸さえさせればそこで終わりだったが、今はブラドとの戦いが控えている。作戦の性質上、長期戦となることがわかりきっている状況下で、無理をして戦えばどうなるかはアリア自身も十二分に理解しているはずだ。つまり、今のアリアが怪我を隠して無理をしているということはあり得ない。

 

(とはいえ、今のアリアを見るとにわかには信じがたいけどな。……俺のいない間に一体何があったんだ?)

「それと、キンジ。ブラドに攻撃する際はくれぐれもブラドの下半身、特に金的周辺の攻撃は控えてくださいね。……絶対ですよ? 絶対に絶対ですよ!? フリじゃないですからね!?」

「わかった。わかったから落ち着け、アリア」

 

 蒼白な表情のまま何度も念を押してくるアリアにキンジは思わずズズッと後ずさるも、引いていても何も始まらないということで、キンジはアリアの両肩を掴んで落ち着くように諭す。

 

「……そうですね。今は状況が状況ですしね」

 

 キンジの言葉にそれなりに効果があったのか、幾分か元の顔色を取り戻したアリアはブンブンブンと何かを振り払うように勢いよく首を左右に振ると、まるで親の仇を見るような憎しみに満ちた瞳をブラドに向けた。

 

『ふふふ、話は終わったかしら?』

「……ブラド」

『やっと来たわね、遠山キンジ。あのまま四世を連れてそのまま逃げ出したかと思ったわ』

 

 一方。アリアの殺気にあふれた視線の受け手たるブラドは仁王立ちで余裕の笑みを浮かべている。これでメイド服を着ていなければそれなりにキンジ&アリアを威圧できたのだろうが、ファンシーなメイド服が全てを見事なまでに台無しにしている。

 

(つーか、今思ったけど……ジャンヌが戦った時もブラドってこの格好だったり――いや、止めておこう。今はそんなことを考えてる場合じゃないしな)

「誰がパートナーを置いて逃げ出すかよ。つーか、なに余裕ぶってんだよ、ブラド。別に俺たちが会話してる内に突撃してきてもよかったんだぞ?」

『ふふふ、手段を選ばないのは弱者の戦い方よ。強者たるこの私が、どうしてそんな姑息な戦い方をしないといけないのかしら?』

「ハッ、ナンバー2の分際でなに偉そうにしてんだよ。ナンバー1ならともかくさ」

「ま、仕方ないですよ。所詮は銀メダルですしね。金メダルも取れないくせによくあそこまで威張れるものです。滑稽さもここまでくるといっそのこと哀れですね、フフッ」

 

 キンジは余計なことを考えようとする自身の思考回路を強制的に遮ると、アリアとの息の合った連係プレーでナチュラルにブラドを挑発する。二人の会話を受けてブラドの青筋がビキリと立ったことから鑑みるに、ブラドは順調に怒りゲージを溜めているようだ。

 

『……貴方たち、本気で死にたいみたいね』

「は、死ぬ気はないぞ? 何バカなこと言ってんだ?」

「そうですよ、勝手に勘違いしないでください。迷惑です」

「はぁーやれやれ。そんなこともわからないとか、ブラドって頭までナンバー2仕様なのか。可哀想な奴だな」

「キンジ。いくら本当のことでも言っていいことといけないことがありますよ? 今後はそういったことは心の中に留めておくように。まぁ、キンジの気持ちは凄くよくわかりますが」

『ふふ、ふふふふふふふふふふふふ――』

 

 キンジとアリアが人を小馬鹿にしたような笑みとともにブラドの神経を逆なでするような発言を繰り返していると、ブラドは突如壊れた人形のように笑い始めた。どうやらブラドは本格的にキレたようだ。

 

(よーし、上手い具合にキレてくれたな)

(沸点が低くて助かりましたね)

(あぁ全くだ)

 

 キンジとアリアは目と目で互いにコミュニケーションを取ると、内心でほくそ笑む。怒りは冷静な判断力を奪い去るため、相手に怒ってもらえば攻撃が単調になりやすいというメリットがある。もちろん、怒りに身を任せた攻撃を喰らってしまえば普段以上のダメージを免れないというリスクもある。だがしかし。ブラドは人外で、かつ軽く3メートルは超えているであろう巨体を持っている。その巨躯から繰り出される攻撃を一度でも喰らってしまえば、ブラドが怒っていようと落ち着いていようと、まず間違いなくアウトだろう。

 

 ゆえに。この事実が意味することは、ブラドを怒らせた所でリスクの度合いはそれほど変わらないということだ。むしろ、攻撃が単調になることでブラドの攻撃パターンを読みやすくなる以上、ここは怒らせた方が得なのだ。

 

(さて。今回ばかりはヒステリアモードを使わない理由はないよな)

 

 キンジはいつ攻撃を仕掛けてきてもおかしくないぐらいにブチキレているブラドを前にスッと目を瞑る。目的はもちろん、ヒステリアモードになるためだ。

 

 アリアと出会って、イ・ウーと敵対することとなって、まず最初に相対したのがアルセーヌ・リュパンのひ孫たる理子で、次に対峙したのが銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)ことジャンヌ・ダルク30世だった。しかし。理子もジャンヌも女だったため、これまでの戦いでは下手にヒステリアモードを使うわけにはいかなかった。優先順位こそあれ、敵味方関係なく全ての女性相手に紳士な対応をとってしまうヒステリアモードは女性の敵相手に使用すると不測の事態を生みかねなかったからだ。

 

 しかし。今回の相手は(ブラド)。しかも人間が相手をするには少々身に余るであろうバカでかい吸血鬼であり、加えてイ・ウーナンバー2の実力者。これらを踏まえると、ブラドは理子やジャンヌとはレベルが違うと心しておいた方がいいだろう。

 

 となると、少しでも勝率を上げるためには使えるものはすべて使う必要がある。なので、思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上するヒステリア・サヴァン・シンドロームを使わない手はない。HSSを出し惜しみにした結果、全てを失っては本末転倒なのだから。

 

 それに。ヒステリアモードはその性質上、女性を第一に考える。現状において、その特性が俺に備わるということは万が一アリアや理子に危機が迫った時にそれをいち早く察知して素早く二人の守護に回れるということだ。今の状況だとそのヒステリアモードの効果は非常にありがたい。

 

 とまぁ、色々と考えてみたが――要するに。今俺がヒステリアモードになることが現状における最善手だということだ。

 

(じゃあ、始めるか)

 

 一旦、ブラドの様子に注意を向ける役目をアリアに任せることにしたキンジは目を閉じた状態のまま、脳裏にカナを思い浮かべる。ついでに筋力や持久力も通常の30倍にまで跳ね上がってくれたら嬉しいんだけどなぁー、などと内心で決して叶うことのない理想を口にしつつ。

 

 さて。思い出せ、遠山キンジ。カナの手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。後光に包まれた体躯を。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを――(ry

 

(よし、なったな。それじゃあ――鬼退治を始めようか)

 

 例の方法(※21話参照)を使い、短時間でちゃっちゃとヒステリアモードに移行したキンジはキリッとした瞳をブラドへと向ける。

 

『ふふふふふ、ふぅ。……身の程を知らない貴方たちの心に刻みつけてあげるわ。私の恐ろしさを、ね!』

 

 ヒステリアモードを発動したキンジとアリアは一度目と目を合わせてうなずくと、それぞれ二本の小太刀を両手に構える。と、そこで。狂ったような笑い声を止めたブラドが準備万端の二人に殴りかかる。かくして。アリアとブラドとで繰り広げられていた戦いは、キンジが加わった状態で第二ラウンドに突入したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ヒステリアモードにより動きにキレが増したキンジとアリアはまず最初に迫りくるブラドの拳が命中する前に散開。そして。数秒前まで二人のいた場所に拳を叩きつける形で床に蜘蛛の巣状のヒビを形成したブラドを二人は前後で取り囲んだ。

 

 それからキンジとアリアはそれぞれ二本の小太刀を使い、連携した動きでブラドを攻撃していく。正面、側面、背後、死角、真上、そして真下から一切の容赦もなしに斬りつけていく。小太刀で顔を斬りつけ、指を切り落とし、腕に斬りかかり、胴を切り裂き、足に突き刺す形で絶え間なく斬撃を与えていく。

 

 対するブラドは途切れることのない鋭い痛みに苦悶の声を上げつつも、キンジとアリアに仕返しの攻撃を当てようとがむしゃらに腕を振り回し、蹴りを繰り出す。しかし。2対1の優位性を巧みに利用したヒット&アウェイ戦法を採用している二人はブラドが攻撃しようと思った時には既にブラドから距離を取っているために、ブラドの攻撃は全てもれなく空振りに終わる。

 

 攻撃が一向に当たらないという状況にブラドはただただ怒りを蓄積させ、キンジとアリアはブラドの怒りによって生じた隙を狙って斬撃を繰り出す。かくして。キンジ&アリアとブラドとの戦いが始まってから約10分。戦況はキンジとアリアのワンサイドゲームで進んでいた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『このッ、ちょこまかと! うざったいのよ!』

「フッ!」

 

 怒りを原動力に繰り出されるブラドの拳をアリアはひょいとジャンプしてかわす。その際にブラドの腕に乗ったアリアはそのままブラドの顔面へと駆け上がりその両目に小太刀二本を突き刺す。

 

『グギャァァアアアアア!?』

 

 アリアはブラドの顔を蹴りつける形で小太刀二本を抜き、ブラドから離れた場所にスタッと着地する。一方のブラドは既に治癒しかけている瞳で小太刀についた血を払っているアリアの姿を捉えると『か、神崎・H・アリアァァァアアアアアアアアアアアアアア!!』という雄叫びとともに、弾丸のごときスピードでアリアに突進してくる。

 

「後ろががら空きだッ!」

 

 と、そこで。突進の際に体勢を低くしたブラドの背にすかさず飛び乗ったキンジがブラドの後頭部にグサリと小太刀を突き刺す。不意に後頭部を襲った激痛にブラドが文字で表せないような絶叫を上げる中、キンジは小太刀を抜いて素早くブラドからある程度の距離を取った。

 

「これだけやっても再生するのか。……ホント、理不尽が服着て歩いてるような奴だな。まるで『鋼の錬○術師』に出てくるホムンクルスみたいだ」

「ホント、呆れるほどの再生力ですよね。私にも少し分けてほしいですよ」

「同感だ。あれほどの再生能力があれば世界最強の武偵への近道になること間違いなしだしな」

 

 ブラドが後頭部に両手を当てて痛みに悶絶している最中。キンジはブラドの驚異的な再生能力を前に側にいるアリアと一緒にため息を零す。いくら事前に情報を仕入れていたとはいえ、ただ話を耳にするのと目の前で実際に見るのとはブラドの無限再生能力に関する印象が全く違う。百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

 

 と、二人が言葉を交わしている内に、いつの間にやら目と頭の傷が塞がったらしいブラドが『ガァァァアアアアアアアアアアアアア!!』と叫び声を上げて突撃してくる。真正面から襲いかかってくるブラドはまるで暴走列車のような迫力だ。一度でもブラドの攻撃を喰らってしまえば、あっという間に致死レベルの怪我を負いかねない。でも、当たらなければどうということはない。

 

 キンジとアリアは唸りを上げて迫りくるブラドの拳をそれぞれ紙一重でかわすと、側面ががら空きのブラドの横腹に小太刀二本によるX斬りをお見舞いし、すかさずバックステップでブラドから一定の距離を取る。

 

(思ったより大したことないな、こいつ。これならまだジャンヌの方が強敵だったんじゃないか?)

 

 左右から横腹を斬られた痛みにまたも悲鳴を上げるブラドにキンジは幾分か冷めた視線を送る。一つ一つの攻撃にフェイントと本命を混ぜ込み、攻撃に緩急をつけて揺さぶりにかかるジャンヌと、ただ愚直に突っ込んでくるだけのブラド。どっちが強くて厄介かなんて考えるまでもない。

 

(なんでこんなのがイ・ウーのナンバー2なんだ? 仮にも国が手出しできないほどの犯罪組織の二番手の実力じゃないだろ、これ。……再生能力を評価されての序列か? まぁ確かに、あの再生能力は凄いけどさ)

「どうしますか、キンジ? 一向にブラドに堪えた様子が見られませんよ?」

「そうだね、確かにブラドに変化はないけど……ここはもう少しこのまま様子を見よう。作戦を切り替えて魔臓を狙うにしても、四つ目の魔臓の場所がわかってないんじゃ話にならないしな」

 

 アリアからの若干の不安の色を含んだ問いにキンジは現状の作戦のまま突き進む旨をアリアに伝える。アリアが不安を覚えるのも無理はない。これまで俺たちは幾度もブラドを攻撃したにもかかわらず、未だブラドに痛みを避けようとする兆候が見られないのだから。頂点に達したままの怒りがブラドに痛みに対する恐れの感情を麻痺させてでもいるのだろうか。

 

(この打たれ強さはちょっと計算違いだったかな……)

 

 キンジは自身が提示した、ブラドに継続的に痛みを与え続けて精神的に屈服させる作戦は失敗だったのかもしれないと眉を潜める。キンジはブラドのイ・ウーナンバー2の肩書きやジャンヌのブラドに関する評価から、ブラドは圧倒的な強さを持ち、攻撃を喰らったことが滅多にないものだと考えていた。だからこそ。ブラドが慣れていないであろう痛みを与え続ければ遅かれ早かれ心が折れるだろうと予測していた。

 

 しかし。現実ではブラドは俺たちの攻撃を一つだってかわすことができていない。そして。ブラドはやけに打たれ強く、精神的に参る素振りが欠片も見えない。それらが導き出す仮説は一つ。――それは、ブラドが痛みに屈するような性質でなく、再生能力の恩恵を元に終わりのない長期戦においてその真価を発揮するタイプではないかということだ。

 

 もしもこの仮説が正しいのなら、今すぐ作戦を変えてさっさと四つの魔臓を破壊した方が早いだろう。だが。そう判断を下すのはまだ早い。戦闘が始まってからまだ10分そこらだ。俺もアリアも全然疲れていない以上、ここは現行の作戦を変更するべきじゃない。

 

「いけるね、アリア?」

 

 キンジは何ともキザったらしい笑みとともにアリアの体調を念のために確認する。そして。アリアの「もちろんです」との力強い返答に満足したキンジは一つうなずき、そのままブラドを挟撃できるようにアリアから離れてブラドの背後に回り込んだ。

 

『いい加減にしなさいよ……』

 

 と、ここでようやくキンジ&アリアによるX斬りの傷から解放されたブラドがその場に立ち止まったまま、わなわなと肩を震わせる。その後。ブラドは怒りに震える肩をそのままに不意に体を大きく後ろに反らした。

 

『ワラキアの魔笛に酔いなさい!』

 

 ブラドは天に向かって高らかに叫ぶと、まるで地球上の空気を全て吸い尽くさん勢いで空気を吸い込み始めた。ギュオオオオオと大量の空気を取り込んでいるブラドの胸がズン、ズンと文字通り膨張していく。この時、二人は理解した。ブラドは何かとてつもないことを仕掛けるつもりだと。

 

「ッ!」

「ッ!? ダメだ、アリア! 戻れ、間に合わないッ!」

 

 瞬間、アリアは弾かれたようにブラドの元へと一直線に駆け出していた。アリアの直感がブラドの行動を一刻も早く止めるべきだとの判断を下したためだ。半ば本能に従って行動したアリアの耳にキンジの制止の声は届かない。尤も、仮に届いたとしても勢いのついた体を止めてブラドから距離を取ることは叶わなかっただろうが。

 

 

 そして。ブラドの行動をキャンセルしようとしたアリアが小太刀を振り上げてブラドを攻撃しようとするよりわずかに早く。

 

 ビャアアアアアアウヴァイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッッ!!

 

 ブラドの咆哮が辺り一面に轟いた。ブラドを起点に発生した大音量は横浜ランドマークタワーをズズズズッと振動させ、周囲にビリビリと空気を介した物理的な圧力をかける。

 

「ぐぅッ!?」

 

 全てをかき消さんばかりの爆音にキンジはたまらず両耳を塞ぐ。さらに。ブラドの咆哮で吹っ飛ばされないように両足でしっかり地を踏みしめて、音の圧力にやられてしまわないように両目をギュッと閉じる。それでも聞こえる大音量はキンジにハンマーで頭を何度も殴りつけられたかのような錯覚を抱かせた。

 

(何て、威力だ……!)

 

 ブラドの咆哮――ワラキアの魔笛――が聞こえなくなったのを確認しつつ、キンジは慎重に目を開けて両耳から手を離す。その時、キンジは気づいた。ヒステリアモードによって高揚していた精神が、たぎっていた血が、冴えわたっていた思考回路が、すっかり元に戻っていることに。

 

「ウソ、だろ!?」

(ヒステリアモードが解除されたのか!?)

 

 キンジはまさかの展開に目を見開く。ヒステリアモードの解除方法は時間の経過に身を任せるしかないと思っていたキンジにとって、ブラドの全く型破りなヒステリアモード解除方法は驚愕に値するものだった。

 

(――って、そうだ!? アリアは!?)

 

 ヒステリアモードが解除されたことに軽くショックを受けていたキンジだったが、ここでアリアのことを思い出し、アリアの方を見やる。ブラドと少々距離が離れていた自分でさえ聞こえてくるワラキアの魔笛は凄まじいものだった。なら、そのワラキアの魔笛を至近距離で聞くこととなってしまったアリアはどうなってしまったのか。ただただ嫌な予感がする中、アリアに視線を向けたキンジの顔からサァァと血の気が引いた。

 

「あ、ぁ……」

 

 アリアはブラドのすぐ近くで呆然と立ち尽くしていた。その場から動かず、その手から一本の小太刀が滑り落ちたことから察するに、爆音を間近でモロに聞いた影響でアリアは今気絶している。ふとキンジが視線を上に向けると、今にもバランスを失って倒れてしまいそうなアリアに、ブラドが嬉々とした表情で拳を叩きつけようとする光景が映った。

 

『喰らいなさい!』

「ッ! アリアッ!?」

 

 振り下ろされたブラドの拳を真正面から喰らったアリアの小さい体はいともたやすく吹っ飛ばされる。ボールのように何バウンドも跳ねながらゴロゴロと遠くへと勢いよく転がっていったアリアは頭から血を流したまま、ピクリとも動く気配がない。

 

『アッハハハハハ! 当たった、当たった! やっと当たった! キャハハハッハハハハハハハハハハッ!』

 

 しかし。ブラドはそれで満足することなく、愉悦に満ちた表情を浮かべた状態でアリアに追撃しようとする。

 

「止めろぉぉぉおおおおおおおおおおおお――ッ!」

 

 キンジは拳銃を取り出し、ブラドへと駆ける。作戦では弾数に限りのある銃は使わないことにしていたが、アリアに命の危機が迫っている今の状況下でそんな悠長なことを言っている場合ではない。戦闘前は俺たちを下僕にすると宣言していたブラドだが、今の興奮状態のブラドがアリアへの攻撃を止めるとはとても思えない。そのため。ブラドの追撃を許してしまえば、アリアの死はまず避けられないだろう。

 

 遠距離武器である銃で例えダメージは与えられなくとも、ブラドの気を引ければいい。その一心でキンジはアリアへと突進中のブラドへとまっすぐに向かいつつ、拳銃を向ける。が、そこで。キンジの目はまたも驚愕に染まった。

 

「なッ!?」

 

 地に倒れ伏したアリアにとどめを刺そうとアリアの元に全力で突進していたはずのブラドが床を力強く踏みしめたかと思うと、突然キンジの方へと進行方向を変えてきたのだ。予想外極まりない状況に衝撃を受けるキンジにブラドはニタァと口角を吊り上げると『引っかかったわねぇ♪』と、実に楽しそうに言葉を零した。

 

(フェイントかよ!?)

 

 キンジは理解した。アリアに追撃を加えようとしたのはブラドの演技で、本命はあくまで自分だと。しかし。ブラドの罠に気づいた時には時すでに遅く、急には止まれず方向転換もできないキンジに向けてブラドの拳が容赦なく振り下ろされる。

 

『これで終わりよ!』

 

 結果。キンジの腹部に回避不能のブラドの拳がズドンと突き刺さるのだった。

 




キンジ→初めてヒステリアモードで敵と戦った熱血キャラ。ただいま絶体絶命。
アリア→前回のおまけの出来事のせいで精神的に弱っていたものの、キンジと合流したことである程度回復したメインヒロイン。だが、早速戦闘不能(?)状態に。アリアさんe...
ブラド→戦闘能力は原作と相違ない、と見せかけといてワラキアの魔笛の威力が数段跳ねあがっているヘンタイ吸血鬼。

 というわけで、79話終了です。今回の話で少しでもブラドTUEEEEEEEE!!と感じてくれたなら何よりです。原作のブラドは頭が緩すぎたせいで実にあっさりとキンジくんたちに倒された感がありましたからね。せめてここではブラドのイ・ウーナンバー2の称号はダテじゃないんだなと思わせるぐらいにその強大な力を見せつけてほしいものです。

 にしても、今回の展開を書いてたらふとかつて私が執筆していたSALO(ソードアート・ルナティックオンライン)のことを思い出しちゃった件について。思えば、今回の展開は絶望展開をウリにしていたSALOを彷彿とさせますもんねぇ……


 ~おまけ(例の省略した所の全文 ※21話から抜粋&若干改変)~

キンジ(さて。思い出せ、遠山キンジ。カナの手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。後光に包まれた体躯を。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを。不思議と安心できる匂いを。とても鍛えてるとは思えないほどの体の柔らかさを。全てを投げ出して一生浸っていたくなるほどに温かく心地いい体温を。トクントクンと一定のリズムを刻む心音を。実に落ち着いた大人な息遣いを。さーぁ、思い出せ。兄さんの全てを。カナの全てを。隅々まで。髪の毛一本まで。記憶が曖昧な所は都合のいいように補填しろ。ネオ武偵憲章第百二条、考えるな、感じろ――カナッ! カナァ! んはッ!! ……よし、なったな。それじゃあ――鬼退治を始めようか)

 もうやだこの子。何なのこの子。



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80.熱血キンジと足掻く者たち


バタフライナイフ「ぼ、僕の出番……」
キンジの小太刀その1「m9(^Д^)プギャーwwwww」
キンジの小太刀その2「ねぇ今どんな気持ちぃ? 新参者の俺たちに出番根こそぎ奪われてどんな気持ちぃ?」
バタフライナイフ「うぅぅ、どうしてこんなことに……」
ベレッタ「――ほら」
バタフライナイフ「え? これ、ハンカチ?」
ベレッタ「これで涙拭けよ。お前に涙は似合わないさ」
バタフライナイフ「ベレッタ、お前……!」

 どうも、ふぁもにかです。今回もまだまだシリアスが続きます。でもって、今回はちょっとばかり残虐な描写が存在しますので、「グロいのヤダー」って人は即刻ブラウザバックを推奨します。
……にしても、こうやって執筆してると私って放っておくとシリアス展開しか書かないなぁと思いますね、ホント。私は笑い所は意識して書かないと上手く作れないタイプのようです。




 

 横浜ランドマークタワー屋上にて。

 

「ガフッ!?」

 

 ブラドの全力の拳。それを腹部にモロに喰らったキンジは後方に勢いよく吹っ飛ばされていく。まるで大型トラックにはねられたような衝撃にキンジは為す術もなく、バウンドを繰り返しながら転がっていく。今のキンジにできることは精々、バウンドの際に頭部やその他重要な器官を傷つけることがないよう体を捻って調整するぐらいだ。そして。十数メートル後方まで転がった所で、キンジの体はようやく止まった。

 

 ブラドの重すぎる拳撃を受けてしまったキンジはたまらず倒れた状態のまま殴られた腹部に両手を当て、体を丸めて肺の中の息を「ゲホッ! ゴホッゴホッ!」と吐き出す。その際、キンジの口から決して少なくない量の血が吐き出された。

 

(う、これ、肋骨何本か折れたな……)

 

 キンジは呼吸をする度に自身の胸から発生する痛みの感覚に顔をしかめる。それからキンジは激痛を訴える腹部を片手で抑えつつ、なるべく胸を動かさないよう留意しながらも速やかに立ち上がる。本当なら腹部の痛みが治まるまでずっと転がっていたい所だが、今もブラドとの戦闘は続いている以上、そんな我がままを許すわけにはいかない。

 

(マズいな、この状況。限りなくバッドエンド直行コースじゃねぇか、これ)

 

 ワラキアの魔笛。ブラドの奥の手であろうそれを契機に形勢は一気にブラドの方に傾いてしまった。ここより少々遠方に倒れているアリアはおそらく戦闘不能状態。俺も今の一撃のせいで戦闘続行がかなり厳しくなった。

 

(何か、何かないのか? 現状を打破できる、起死回生の策。……考えろ、何かあるはずだ)

 

 キンジは口元の血を手の甲で拭うと、いつブラドが襲ってきてもいいように周囲を警戒しつつ必死に頭を働かせて思考する。しかし。腹部を起点とする激痛のせいで思うように頭は回らない。冷静に物事を考えようとする思考を邪魔するようにマズいマズいマズいマズいと連呼するもう一つの思考が存在するせいで、キンジの脳裏にアイディア一つ浮かばない。

 

(つーか、ブラドはどこに――)

 

 と、ブラドが中々姿を現さないことを不審に感じたキンジは突如、ブラドの気配を背後から察知しバッと後ろを振り返る。その先に、『死になさいッ!』と今にも拳を振り下ろさんとするブラドの姿があった。

 

「なッ!?」

 

 いつの間に背後を取られたのか。なぜ気づけなかったのか。そのような疑問をすぐさま呑み込むと、キンジは上方から迫るブラドの追撃の拳を背中から取り出した二本の小太刀を使って間一髪、受け止める。避けるだけの余裕がなかったキンジはとっさに小太刀二本を頭上で交差させる形でブラドの拳を正面から受け止める。

 

「ぐッ!?」

 

 ブラドの力任せの拳の重圧にキンジはうめき声を上げる。キンジの足元の床に放射線状のヒビが入り床が数ミリ沈んだことが、ブラドの繰り出した拳がいかに強力かを如実に物語っている。

 

『キャッハハハハハハハハハッ! なに、なになに!? 人間の分際で私と力勝負!? 身の程知らずもここまでくると笑えてくるわねぇ!』

「くぅッ!?」

(まだ力が増すのかよ、こいつ!?)

 

 未だ興奮冷めやらぬブラドはキンジを潰さんと小太刀二本にせき止められている拳に惜しみなく力を注いでいく。その結果、キンジの足元の床がさらにズンと沈む。どうやら屋上の強度がブラドの拳の重圧に耐えきれなくなっているようだ。

 

 ブラドの重すぎる拳を小太刀二本で受け止めているキンジは動けない。ブラドと真っ向から力勝負を挑むことがどれだけ愚かなことか知っていても、その場から一歩も動くことができない。ブラドの拳を跳ね返すことはもちろん、拳を真横にズラして攻撃をいなすことすら叶わない。一瞬でも気を抜けばブラドの拳に潰されてしまう現状下において、今のキンジにできることはただ歯を食いしばってブラドの拳に耐え続けることだけだった。

 

(ヤッバいな、これ……)

 

 今現在、キンジは本格的に命の危機を感じていた。両腕の骨がミシミシと鳴っている。折れた肋骨のせいでブラドの拳の重みがやたら肺に響く。重圧に晒されている体全体が軋んでいるように思えて仕方がない。火事場の馬鹿力の要領で普段では出し得ないであろう力を発揮してブラドの拳の重圧に必死に抵抗しているキンジだったが、それでも体の限界は刻一刻と迫っていた。

 

(もう、ここまでか……?)

 

 一瞬。キンジの心に諦めの感情が差しかかったが、キンジは陥没中の床をさらに踏みしめることでブラドに屈しそうになった自身の心を即座に奮い立たせた。

 

 

 ふざけるな。体力が既に限界? もうブラドの拳を受け止めきれない? だからどうした。そんなの、勝利を諦めていい理由にはならない。ブラドに負けていい理由にはならない。

 

「お――」

 

 こんな所で。負けてたまるか。死んでたまるか。終わってたまるか。かなえさんの冤罪を晴らすって決めたんだ。理子を助けるって決めたんだ。世界最強の武偵になって兄さんの汚名を晴らすって決めたんだ。

 

「おお――」

 

 ブラドは力が強い? イ・ウーナンバー2の吸血鬼? だからどうした。俺は、遠山キンジは世界最強の武偵になる男だ。だったら。相手の得意分野で相手を叩きのめせなくてどうする。たかが一組織のナンバー2ごときに力で負けてどうする。

 

「おおおお――」

 

 命を燃やせ、全ての力を絞り出せ、己の全てを賭けろ、遠山キンジ。一瞬でいい。一瞬でいいんだ。あいつの力を超えてみせろ。あいつの領分を超えてみせろ。人間に限界なんてない。あるとしても、限界なんて超えるためにあるだけだ。

 

 

 ――人間を見下す人外に見せつけてやろうじゃないか! 遠山家次男の意地を! 覚悟を! 不屈の魂を! 諦めの悪さを!

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 キンジはブラドの力に負けないように咆哮を上げる。ブラドの拳を跳ねのけようと既に限界を振りきっている体に更にムチを打ち、腹の底から声を上げる。

 

 しかし。ブラドの拳を真正面から力で押し返すことに全神経を注ぐキンジは、それゆえに気づかない。ブラドが『いい加減に潰れてよね!』と、もう片方の拳を振り下ろさんとしていることに。

 

「ッ!?」

 

 突如、キンジの身にドゴンと、砲台から射出された鉄球をその身に受けたような鈍重な衝撃が襲いかかる。そのあまりに強力な一撃を最後に、キンジの意識はブラックアウトしたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

『ふふッ。下等な人間風情が、吸血鬼(この私)に歯向かうからこうなるのよ』

 

 無駄に抵抗するキンジを殴り飛ばしたブラドは倒れたまま全く動く気配のないキンジとアリアの姿を交互に見やり、『にゃはははははははははッ!』と高らかに笑う。そして。ひとしきり笑ったことですっきりしたブラドは、倒れる二人のうち自分の近くにいるアリアを見やる。刹那、ブラドの口元がニヤリと弧を描いた。

 

『起きなさい、神崎・H・アリア。誰が寝ていいと言ったかしら?』

「~~~ッ!?」

 

 ブラドは側に倒れていたアリアの胴体を掴んで1メートルほど持ち上げると勢いよく床に叩きつける。いきなり体を床に叩きつけられたことで意識を取り戻したアリアの言葉のない悲鳴が響く。

 

『おはよう、神崎・H・アリア。いい夢は見れた?』

「ブラ、ド……」

『さて。寝起きの所悪いんだけど……リュパン四世をどこにやったのかしら? さっさと答えてくれる?』

 

 ブラドはアリアを床に押しつけたまま理子の居場所を問いただす。しかし、理子を安全な場所に避難させたのはキンジである以上、理子の居場所をアリアが知っているはずがない。なのに。ブラドはアリアに脅迫染みた問いを投げかけてくる。それはつまり、ブラドが依然として冷静な思考能力を失ったままだということだ。

 

(……これは、不幸中の幸いですかね。ブラドがまだ平静を取り戻していないのなら、隙は生まれやすい。早くブラドの隙を見つけて体勢を立て直さないと――)

 

「だ、れが……」

 

 視界の端に映った倒れ伏すキンジの姿を見て現状がいかに最悪に近いものかを悟ったアリアは後ろ目でブラドをキッと睨みつける。ブラドはアリアの言葉を全て聞く前に『そう』とそっけなく答えると、アリアの頭をわし掴みにして持ち上げる。そして。もう片方の手でアリアの右足を掴むと、躊躇の欠片も見せることなくボキッと右足を折った。

 

「――――ッッ!?」

『あーあ、右足折れちゃったわね』

「うぁあぁあああああああああああああああああああ――ッ!?」

『うるさい』

「ガフッ!?」

 

 右足を脛から折られ、あまりの痛みに絶叫するアリアをブラドは再び床に叩きつける。それからもう一度ブラドはアリアの頭をわし掴みにしたまま自身の目線の高さまで持ち上げて『さぁ。リュパン四世はどこかしら? 早く答えないと、次は左足が折れちゃうわよ?』と恍惚の笑みとともに尋ねる。今まで散々攻撃された鬱憤を存分に晴らせることが嬉しくて仕方ないのだろう。

 

「く、ぅ……」

 

 満足に悲鳴一つ上げられない中。アリアはジトリと脂汗を浮かべながらも、それでも頑なに理子の居場所を言わない。テキトーな場所を言って少しでも時間を稼げばいいとわかっている。いっそ「知らない」と言い切った方が幾分かマシなのはわかっている。それでもアリアは口を噤む。それが最善の一手じゃないとわかっていながら沈黙を貫き通す。

 

『……わからないわね。どうして貴女はリュパン四世を庇うの? 貴女にとって、アレは母親に罪を着せた一人。仇といってもいいような存在よね?』

「……理不尽な境遇に置かれた知り合いを、助けようと思うのは、おかしいですか?」

 

 わずかに首を傾げるブラドにアリアはしばしの沈黙の後、荒い息とともに答える。

 アリアは理子の状況に自身を重ね合わせていた。理子に降りかかる理不尽を他人事として見られなくなっていた。

 

 

 ――私と峰さんはよく似ている。性格は違えど、境遇が似ている。

 

 一つは、ある日突然理不尽が襲いかかったという点。私のお母さんはある日突然、濡れ衣を着せられて捕まった。峰さんもきっとある日突然ブラドに目をつけられ檻に閉じ込められたのだろう。これら二つを理不尽と呼ばずに何と呼べるだろうか。もう一つは、その理不尽が何とかなるかもしれないという点。私は冤罪の証拠を集めればお母さんを助けられる。峰さんも私たちがブラドを倒せば助けられる。再び檻に閉じ込められる必要はない。

 

 私と峰さんは境遇がよく似ている。だから。峰さんを救うことで、理不尽を払いのけることができると証明したい。でないと、自身を取り巻く理不尽を払いのけられない気がしてしまうから。例え私が峰さんの居場所を知らなくたって関係ない。ここでブラドに屈して峰さんを差し出す発言をしてしまえば最後、お母さんを檻の中から救い出せない。そんな気がしてたまらない。

 

 峰さんのことはもう他人事じゃない。だから庇う。

 それがアリアの純粋な行動原理だった。

 

 

『ええ、おかしいわね。私の機嫌を損ねればどうなるかわかっててリュパン四世を庇うなんて、マゾとしか思えないわ』

「……」

『まぁいいわ。吐かないというのなら、吐くまで痛め続ければいいまでよ。貴女はどこまで持つかしらね?』

 

 しかし。ブラドはアリアの答えを鼻で笑うとアリアの左足をガシッと掴み、左足を折ろうと力を込め始める。この時、ブラドの注意は完全にアリアの左足のみに向いていた。

 

(――今ッ!)

 

 アリアは即座に腰から白黒ガバメントを取り出すと、無防備なブラドの両目に向けて発砲する。続いて、白黒ガバメントを腰に戻しつつ残っていたもう一本の小太刀を背中から取り出すと、ブラドの手首に突き刺した。正確には、尺側手根屈筋、短掌筋、長掌筋を斬るように。結果、握力を失ったことによりブラドの手からアリアは解放される。

 

(悔しいですが、ここは戦略的撤退しかないですね。ブラドの傷が治る前に、一刻も早くキンジを回収して屋上から脱出して、どこか近辺にいる峰さんも回収して逃走する。……かなりシビアな賭けですが、ここは是が非にも成功させないと――)

 

 ブラドが醜い悲鳴を上げる中、アリアは重力に従い地面へと落下するほんの少しの時の中で今後の自分の行動を素早く決定する。そして。スタッと数メートル下の床に着地したアリアは、声にならない悲鳴とともにその場にうずくまった。考え事に気を取られていたせいでアリアはつい利き足である右足から着地してしまったのだ。

 

 アリアは激痛を無視して立ち上がろうとするも、体はアリアの意思とは裏腹に、立ち上がるどころか膝をついてしまう。これまでブラドに何度も痛めつけられた体はアリアの想定より遥かにボロボロだったのだ。そんなアリアの致命的なミスをブラドが見逃すはずがない。

 

『やってくれたわね』

「ッあ!?」

 

 持ち前の再生能力で撃ち抜かれた両目と斬られた腕をすっかり元通りにしたブラドは背後からアリアの頭を掴むと力任せに床に叩きつけた。

 

(わ、私としたことが……)

『ふふふふふふふふ、もーぉ許さない。もーぉリュパン四世の居場所を吐こうが吐かまいが関係ないわ。そうねぇ。まずは左足を潰して両手の骨を折って、次は爪を一枚一枚剥いでいこうかしら。ぜーんぶ剥ぎ終わったら今度は目を潰して耳を削ぎ落して、ついでに四肢も切断しちゃおうかしらねぇ。ふっふふふふふふふふふふふふふふ――』

「ぇ、あ……」

 

 ブラドが狂気に狂喜を混ぜ合わせたような表情でアリアへの仕返し方法を聞かせたことで、身動きの取れないアリアの顔が徐々に蒼白なものへと変わっていく。実際にブラドが口にした通りの仕打ちを受けさせられる自身の末路を想像してしまったのだろう。

 

『じゃあまずは左足からね!』

「――ッ」

 

 ブラドはわずかながら震えを見せるアリアの姿に口角を吊り上げると、アリアの左足を踏み潰そうとクククッと足を上げる。アリアは数秒後には自身に襲い来るであろう激痛に恐れを抱き、思わずギュッと目を瞑るのだった。

 




キンジ→足掻く者その1。気合いでブラドと力で拮抗しちゃった熱血キャラ。ただいま本格的に命が危ない感じ。現時点で肋骨が何本か折れちゃってる。
アリア→足掻く者その2。理子の境遇を他人事と思えなくなったメインヒロイン。ここぞという時にミスっちゃったのはきっとここ最近ももまんを全然食べてないせい。現在、右足骨折中。
ブラド→現在、私TUEEEEEEEE!!を実行中のオカマな吸血鬼。今現在、ブラドの着用するメイド服はそれなりに血に染まってたりする。

 というわけで、81話終了です。前回以上に絶望臭が凄まじいですね、これ。そして今回はアリアさんが特にひどい目に遭ってますが……別にアリアさんを苛めて楽しいとかゾクゾクするとか気持ちいいとか、そんなこと欠片も思ってないですよ? 自分でも執筆してて「これはさすがに可哀想だろw」って思ってたぐらいですからねww。ふぁもにか、ウソツカナイ。
 よって、決してアリアさんを合法的に痛めつけられる貴重な展開だからって調子に乗ったわけではないので……ご、誤解しないでよね!

 さて。未だピンチの続くキンジくんたちですが、果たして彼らの命運はいかに!?


 ~おまけ(一方その頃)~

理子「遠山くん、オリュメスさん……大丈夫かな」
理子(遠山くんはボクにここで待ってろって言った。でも、本当にボクはここで待ってるだけでいいの? 二人の無事を願うなら、ボクにも何かできること、あるんじゃないの?)
理子「……」
理子(――行こう。ボクにも何か手伝えることがあるはずだ。体の痺れももうなくなってるし、あとは二人の足手まといにならないよう気をつけて行動すればきっと大丈夫……なはず、うん)

 カタン。←何か金属製のものが落ちたらしき音。

理子「ひッ!?(←ビクンと肩を震わせる)」
理子「き、きき気のせい、かな?」

 カラカラカラァー。←薬瓶が転がっているっぽい音。

理子「ひにゃ!? なに、今度は何の音!?(←ビクリと肩を震わせる)」

 バタン! ←扉が勢いよくしまった風な音。
 シュロロロロロロー。←蛇がチロチロ舌を出しながら周囲を徘徊してるような音。
 ピィィィィィィィィィ。←やかんが水が沸騰したことを声高々に知らせてるっぽい音。
 キュェェイイイイン。←黒板を爪で引っかいたような音。
 ヤラナイカァァァァ。←アッー!な人が誘ってきているみたいな音。
 イェェガァァァァァァ。←巨大な何かを駆逐している感じの音。
 マンマミーヤァァァァァァァ。←配管工なお髭のおじさんが嘆いてるらしき音。
 トーブンガタリナインダケドォォォォ。←天然パーマがブチ切れてる風な音。

理子「ひぃぃいいいいいいいい!?(←思わず腰を抜かしちゃう)」
理子(無理ぃぃぃ、無理だよぉぉぉ。ここ、何かいるよ!? 何かいっぱいいるよ!? お化けとかお化けとかお化けとか絶対いるよ!? と、とととと遠山くん! お願い、早く戻ってきてえええええええええええ!)←部屋の片隅で膝を抱えてガタガタ震えながら

 理子はポルターガイスト現象にビビっていた。



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81.突発的番外編:☆人気投票結果発表☆

 

 どうも、ふぁもにかです。今回は突発的番外編! ということで、今回は約1か月にわたって開催した熱血キンジと冷静アリアの人気投票の結果発表を行いたいと思います! ドンドンドン、パフパフパフ~!

 

 ……いや、私もこのタイミングで発表するのはどうかと思いましたよ? 今、本編の方は原作三巻のクライマックス部分に突入してますし、ブラドが私TUEEEEEE!!をやっててキンジくんたちが絶賛ピンチ中ですし、こんな突発的番外編を投稿するぐらいならさっさと本編の続きを投稿しろよって考える読者多いんじゃないかって結構考えましたよ? でも、でも! 仕方ないじゃないですか!? だって、今日はこの熱血キンジと冷静アリアの連載を始めてからちょうど一周年ですもの! だったら、ここで人気投票の結果発表をするしかないじゃない!

 

 はい。てなわけで、今から人気投票の結果発表を行いたいと思います。とはいえ、ただ淡々と結果発表するだけだとちょっとつまらないので、本編を載せなかったお詫びも兼ねて後半の方で順位の近い者同士のやり取りを載せることにしました。中には本編ではまず見られないであろう奇怪な組み合わせや、本編でまだ一言も喋っていない性格改変キャラのフライング出場もあったりするので楽しみにしていてください。

 

 ――それでは早速、順位発表始めちゃいましょうか!

 まずはベスト10に入れなかった哀れな方々の発表です!

 

 

16位 オオカミ         1ポイント 投票人数1人

(※原作におけるハイマキ)

16位 綴梅子          1ポイント 投票人数1人

16位 平賀あやや先生(平賀文) 1ポイント 投票人数1人

15位 モブ警官二名       2ポイント 投票人数1人

(※6話、26話にちょこっと登場)

14位 神崎千秋         3ポイント 投票人数2人

12位 神崎かなえ        4ポイント 投票人数2人

12位 ジャンヌ・ダルク30世  4ポイント 投票人数3人

 

 

 はい、上記のようになりました。ちなみに。ポイントとは『読者からどれだけポイントをもらったか』、投票人数とは『何人の読者からポイントを割り振ってもらったか』を現した数値です。また、今回の人気投票で1ポイントも恵んでもらえなかった非常に哀れなキャラたちについてはここでの言及は避けておきます。わざわざ彼らの心に深い傷を残す必要はありませんしね。

 

 で、この結果ですが、ふぁもにか的にはかなり意外でした。主にジャンヌちゃんの順位が結構低いことに驚きました。厨二病、オッドアイといった痛い子要素や理子のことを思いやる優しい子要素、さらには実は泣き虫というギャップ要素をも兼ね備え、割と本編に登場しているキャラなだけあって少なくとも10位以内には食い込んでいるものと思っていたのですが、まさかの12位。まさかの4ポイント。……登場回数が多い&いい性格をしているからといっても必ずしも人気を勝ち取れるわけではないということを再認識させられた結果でしたね、これは。とりあえず……涙拭こうか、ジャンヌちゃん。

 

 

 ――とまぁ、私の感想はここまでにしてと。順位発表、いっちゃいましょう!

 お次はベスト5には入れなかったけど、それなりに健闘した方々の発表です!

 

 

10位 中空知美咲  6ポイント 投票人数4人

10位 武藤剛気   6ポイント 投票人数2人

9位 不知火亮    7ポイント 投票人数3人

8位 エルちゃん   17ポイント 投票人数2人 10ポイント獲得回数1回

6位 遠山キンジ   26ポイント 投票人数10人

6位 レキ      26ポイント 投票人数8人 10ポイント獲得回数1回

 

 

 はい、こんな感じになりました。ちなみに。10ポイント獲得回数とは『10ポイント丸々捧げてくれた読者の数』を示す指標となっております。

 

 で、この結果を見たふぁもにかの感想ですが……これはホントにまさかの結果でしたね。特に8位。なんでエルちゃんことエル・ワトソンさんが思いっきりランクインしちゃってるんですか!? しかも9位の不知火と結構ポイント数に差をつけた状態で上位に食い込んじゃってるんですか!?

 

 エルちゃん出番全然なかったですよ!? 39話で【SHINING☆STAR】のグループ名でアイドル活動してた程度ですよ!? 72話で「出番が欲しい」って神崎千秋くんに懇願してた程度ですよ!? ほんのわずかな出番でここまでポイントをゲットするとは……エルちゃん人気、恐るべし。

 

 それと、我らが主人公キンジくんがベスト5にギリギリ入れなかった件についてですが、思ったよりマシな順位に落ち着いたようですね。当初の予想では緋弾のアリアヒロインズやその他諸々にあっさり負けて10位くらいになっちゃうんじゃないかと戦々恐々としてましたので、そこそこの順位を確保してくれてふぁもにか的には非常にありがたいです。何たって主人公、作品内で一番出番の多い子ですしね。

 

 

 ――さて。言いたいことは大体言ったので……ここからはベスト5の発表です!

 はたして、栄光の第1位の座に輝いたのは誰なのか!?

 

 

5位 峰理子リュパン四世  28ポイント 投票人数10人 10ポイント獲得回数1回

4位 遠山金一/カナ    29ポイント 投票人数8人 10ポイント獲得回数1回

3位 星伽白雪       30ポイント 投票人数9人

2位 ふぁもにか      31ポイント 投票人数4人 10ポイント獲得回数3回

1位 神崎・H・アリア   37ポイント 投票人数10人

 

 

 というわけで、今回の人気投票で見事にトップの座を勝ち取ったのはアリ何とかさん……じゃなくて、我らがメインヒロインこと神崎・H・アリアさんでした! おめでとうございます!

 

 いやぁー、この結果は私が一番望んだ形でしたのでふぁもにか的には大満足です。というのもアリアさんは(一応)メインヒロイン(のつもり)ですし、大枠だけで考えているこれからの展開を踏まえるとアリアさんの人気がやたら低いとちょーっとやりにくいことこの上なかったですしね。だけどアリアさんが首位を獲得したのならためらうことなく今私が妄想中の展開を推し進めても全く問題ないでしょうし、これで一安心というものです。

 

 で、このベスト5。何が意外って、私ことふぁもにかがランクインしてることですよね。そもそも私自身にポイントが入ること自体が想定外だったのに……まさかの2位という健闘ぶり。なに首位争いとかしちゃってるんですか、私!? 人気投票にランクインして、さらにある程度の順位を獲得した作者さんなんて銀魂の人とか戦勇。の人とかしか知りませんよ、私!? 私はいつの間にこんな人気者になってしまったのでしょうか。こればっかりは非常に謎ですね。……とりあえず、私より順位の低いキャラたちに告げる――本来君たちに与えられるであろうポイント奪っちゃってゴメンね、てへぺろ(・ω<)

 

 さて。というわけで、人気投票の結果発表はここで終了です。今回、人気投票に参加してくれた26名の読者の方々(内訳:作者へのメッセージ送信→1名、活動報告への返信→25名)、ご協力ありがとうございます。

 

 で、今日で無事一周年を迎えたこの作品ですが、これホントによく続いたものですねぇ。この作品を一年も執筆し続けられたのはやっぱりそれなりに見てくれる人たちがいてくれたからでしょうね、やっぱり。飽きっぽいことに定評のある私なら、感想とかUAとか全然なかったらきっと途中で作品投げ出して新しい二次創作なりオリジナル小説なりにちゃっちゃと乗り換えてたか、小説執筆とは全く関係のない新しい趣味を発掘してそこでハッスルしてたでしょうしね。というわけで、今日から連載二年目突入ですが、これからも熱血キンジと冷静アリアをよろしくお願いします。

 

 さて。形だけの真面目な挨拶も終了したことですし、ここから以下では最初に予告した通り、順位の近い者同士のやり取り(セリフのみ)をおまけとしていくつか載せてありますので、存分にお楽しみくださいませ。

 

 

※以下のおまけの内容は、本編とは何ら関わり合いを持ちません。……多分。

 

 

 ~おまけ1(路上にて)~

 

14位の神崎千秋「へぇ、俺は14位で3ポイントか」

14位の神崎千秋(よーし、順位自体は低く、だけど0ポイントでもない。とりあえず案外人気投票の順位が高いせいで本編への登場頻度が高くなる、なんて可能性はなくなり、しかも0ポイントじゃないから読者の皆さんに完全に嫌われてるわけでも忘れられてるわけでもないってことがわかったわけだ)

14位の神崎千秋「いやぁー、良かった良かった。最高の結果じゃないか。俺だけ名前のあるオリキャラだから読者の皆さんにどう思われてるか心配だったけど、これなら危険な本編から徐々にフェードアウトしていってのんびり平穏な生活を送っても問題なさそうだ。……あぁ。平和って素晴らしいだなぁ」

あっ(察し)なエセ占い師「あ、いたいた! また一日占い師任せちゃっても――」

14位の神崎千秋「――先手必勝!」

 

 14位の神崎千秋は逃げ出した!

 残念! あっ(察し)なエセ占い師からは逃げられない!

 

14位の神崎千秋「不幸だぁぁぁあああああ!」

 

 

 ~おまけ2(綴梅子の自宅にて)~

 

16位の綴「よしよし、ホンマにかわええなぁ、もう♪」

16位のオオカミ「くぅぅ~~ん♪」

16位の綴「ここか? ここがええんか? ほれほれぇ~」

16位のオオカミ「ぐるるるるるぅぅ♪」

16位の綴「あぁ、オオカミってこんなに最高やったんやなぁ。ホンマにええ拾い物したな。……今なら全国のケモナーの気持ちがようわかるわ」

16位の平賀文「わふぅ……(←オオカミのコスプレ衣装装着済み&四つん這い状態で登場)」

16位の綴「あれ? いつの間にか二匹に増えてる気が……って、平賀さん!? どうしたんや、その恰好!?」

16位の平賀文「ジィー(←何かを期待する目)」

16位の綴「え、ちょっ、まさか犬プレイを求めとる……とかじゃないよね?」

16位の平賀文「ワン!(←おすわりの体勢で)」

16位の綴「ま、まさかの正解!? ひ、平賀さんにそんな趣味があったなんて……えーと、これどうしたらええんかな?」

 

14位の神崎千秋「……俺は見てない。あの平賀さんが綴先生相手に犬プレイを求めているシーンなんて見ていない(←ふと視界に入った光景を振り払うように首を振りつつ)」

12位の神崎かなえ「ふむ。どうやら私が塀の中にいた間に斬新で面白そうな遊びが流行っていたみたいだな。では早速、私も誰かに頼んでやってみるか(←千秋くんと同じ光景を眺めつつ)」

14位の神崎千秋「え!?(←驚愕の眼差し)」

14位の神崎かなえ「む?(←なんで驚かれたのかわからないといった眼差し)」

 

 平賀文→らんらん先生と組んで漫画を描いている子。作画担当。犬派。

 ちなみに。ここではかなえさんはついさっき釈放されたという設定です。

 

 

 ~おまけ3(新宿の警察署にて)~

 

12位の神崎かなえ「というわけで、是非とも相手をしてくれないか?」

15位のモブ警官その1「……えーと、もう一度言ってもらっても?」

12位の神崎かなえ「あぁ。今、巷では犬プレイとやらが流行っているらしくてな。面白そうだから私もやってみたくなったのだが、残念ながら私の愛娘(アリア)は生粋の猫好きだから犬プレイにおけるご主人さま役はやりたがらないと思うんだ。となると、頼む相手に当てがなくてな。……頼めるか?(←その辺で購入した犬耳を装着済み)」

15位のモブ警官その2「……神崎さん、ちょっとこちらに来てもらえますか? 少々話したいことがあるので」

12位の神崎かなえ「あぁ構わないが、どうかしたのか? あぁいや。ここはどうかしたのですか、ご主人さまだワン、と言うべきか?(←小首を傾げつつ)」

 

 その後、モブ警官二名は別室で時間をたっぷり使ってかなえさんに常識を叩きこんだのだとか。

 

 

 ~おまけ4(放課後の空き教室にて)~

 

12位のジャンヌ「結局、『は』と『が』はどう使い分ければいいんだ? 違いがよくわからないのだが」

9位の不知火「まぁ気持ちはよくわかる。その辺、日本人は何となくで使い分けてるからな。で、使い分けの方法だけど……あー、何て説明すれば――」

12位のジャンヌ(ふむ。やはり制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)の思慮にふける横顔、カッコいいな――って、我は一体何を考えているのだ!? 落ち着け、これは機関のイケメントラップだッ! 冷静になるんだ、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)!)

9位の不知火「――って、おい!? なにいきなり顔を机に叩きつけてんだ!?」

 

 といった感じの二人の様子を物陰からこっそり見つめる二つの影。

 

10位の中空知「リア充(←ニコニコ笑顔)」

10位の武藤「……爆発しろ……(←絶対零度の目)」

 

 

 ~おまけ5(再び路上にて)~

 

8位のエルちゃん「あ、あの!」

6位のレキ「? 何でしょうか?」

8位のエルちゃん「レキさんですよね!? この前Sランク武偵特集に出てた、あのレキさんですよね!?」

6位のレキ「はい、そうですけど」

8位のエルちゃん「わぁぁ! 本物のレキさんだぁ! 私、レキさんのファンなんです! 握手してください!」

6位のレキ「……わかりました(←握手に応じるレキ)」

 

2位のふぁもにか「わ、私もレキさんのファンなんです! 握手してください!」

6位のレキ「……ッ(←ドラグノフ発砲)」

2位のふぁもにか「なんでッ!?(←間一髪でかわすふぁもにか)」

6位のレキ「いえ。風が貴方を殺せと言っていたので」

2位のふぁもにか「え!? ちょっ、何その物騒な風の言葉!?」

6位のレキ「ちなみに風はヘッドショットをご所望のようです」

2位のふぁもにか「一撃で確実に殺す気じゃないですか、ヤダー!」

6位のレキ「というか、いい加減さっさと私の出番増やしてください」

2位のふぁもにか「それが本音ですね! わかりますぅぅぅ――(←ふぁもにか逃走)」

 

8位のエルちゃん(わぁぁ。本物のレキさん、クールでカッコいいなぁ♡)

8位のエルちゃん「あ、そうだ! レキさん、これどうですか!?」

6位のレキ「これは――カロリーメイト?」

8位のエルちゃん「はい! 最近のマイブームなんです! これすっごく美味しいですよね! 

一日三食ずっとこれでも全然飽きないんですよ!」

6位のレキ「……貴女の名前は何ですか?」

8位のエルちゃん「え? エル・ワトソンですけど……」

6位のレキ「では、エルさん。私と友達になりませんか?」

8位のエルちゃん「えッ!? いいんですか!? でも、どうして……」

6位のレキ「カロリーメイト好きに悪い人はいませんから」

8位のエルちゃん「れ、レキさん……!」

 

エルちゃん→突如アイドルに目覚めた、エル・ワトソン。レキたん大好きっ子。もしかしたら原作ハイマキの代わりになってくれるかも?

 

 

 ~おまけ6(これまた路上にて)~

 

6位のレキ「6位ですね、キンジさん」

6位のキンジ「まぁ6位だな、レキ」

6位のレキ「おそろいですね、キンジさん」

6位のキンジ「まぁおそろいだな、レキ」

6位のレキ「これって運命感じませんか?」

6位のキンジ「いや、特に感じないな。そもそも大がかりな人気投票じゃないんだから順位が被ることもあるだろ(←嫌な予感をひしひしと感じつつ)」

6位のレキ「そうでしょうか? 下位の方々ならまだしも、私たちはそれなりに上位です。この位置で同じ順位になることはかなり稀ではないでしょうか?」

6位のキンジ「……」

6位のレキ「というわけで、戦いましょう、キンジさん」

6位のキンジ「ちょっと待て! その理屈はおかしい! いや、薄々その流れになるんじゃないかなぁとは思ってたけどさ!」

6位のレキ「何もおかしくなんてありません。私とキンジさんが同じ順位なのはどちらが真の6位なのかを争えとの読者の皆さんからのご意志。6位は二人も存在してはならない以上、武力で解決するのは当然の結実です。違いますか?」

6位のキンジ「じゃあ俺7位でいいから。レキに6位譲るから。だから戦うのはなしってことで――」

6位のレキ「――この戦いに棄権は認められません(←ドラグノフ発砲)」

6位のキンジ「ちぃッ、どう足掻いても戦うしかないのかよ!? こうなったら、理子ガァァァアアアアドッ!(←銃弾をしゃがんでかわしつつ、偶然側を歩いていた理子の襟首を掴んで盾にするキンジ)」

5位の理子「ぐぇ!?(←いきなり引っ張られ首が締まったためにとても乙女が出すとは思えない声を出すりこりん)」

6位のレキ「? これは何のつもりですか? 理子さんを盾にした所で私は止まりませんよ?」

6位のキンジ「レキ。実はな、理子はこう見えて裏の世界を生き抜く人間なんだ。だから見た目で侮ってると足元救われるぐらいには強いぞ。何たって、俺とアリアと二人ががりでも倒すの苦労したぐらいだ」

6位のレキ「……それ、本当ですか?」

5位の理子「え、え? なに、何の話?」

6位のキンジ「ここでバレバレのウソを吐くような俺だと思うか?」

6位のレキ「……」

6位のキンジ「なぁレキ。どうせなら理子と戦ってみないか? たまには違うタイプの人間と戦った方がレキも楽しいだろ」

6位のレキ「確かに一理ありますね。……理子さん。私と模擬戦しませんか?」

5位の理子「あ、あのー、レキさん? な、なななんでドラグノフを持ってジリジリ近づいてきてるの、かな? あと目がすっごく怖いんだけど、ボクの気のせいだったりする?」

6位のレキ「気のせいです」

5位の理子「ウソだ! 絶対ウソだ! って、みゃあああああああああああ!?(←レキが発砲し始めたがゆえの悲鳴)」

6位のキンジ(ありがとう、理子。お前の犠牲は忘れない!)←キンジ逃亡

 

 

 ~おまけ7(あくまで路上にて)~

 

6位のレキ「……ふむ。中々当たりませんね」

5位の理子(ひぃぃぃいいいいいいいい! ヤバい、死ぬ! このままだとレキさんに殺される!? どうしよう!? ――あ!)

5位の理子「カナさんガード!(銃弾を必死に避けつつ、偶然側を通りがかったカナの襟首を掴んで盾にするりこりん)」

4位のカナ「あれ? 理子? どうしたの?(←顔だけ理子に向けつつ)」

5位の理子「か、かかかカナさん! お願いです、助けてください!」

6位のレキ「すみません、そこの方。貴女の後ろに隠れている理子さんを差し出してくれませんか?(←カナのことを一般人だと思っていたりする)」

4位のカナ(……なるほど。そーゆーことね。大体事情は分かったわ)

4位のカナ「お断りするわ。理子は私の大事な話し相手だもの」

6位のレキ「もう一度言います。後ろの理子さんをこちらに差し出してください。私は理子さんを倒した後にキンジさんとも戦わないといけないんです。貴女に構っている暇はありません」

4位のカナ「ん? キンジさん? それって、遠山キンジのこと?」

6位のレキ「はい、そうですけど?」

4位のカナ「……へぇ。貴女、私のかわいいかわいいキンジに危害を加えるつもりなのね」

6位のレキ「危害? 何を言っているのですか? 私とキンジさんは永遠のライバルです。互いに切磋琢磨して高みを目指すのは至極当然のことでしょう?」

4位のカナ「ふふッ、面白いこと言うわね。でもね、貴女ごときに私のかわいい弟のライバルが務まるわけないでしょう? あまり私のキンジを過小評価しないでくれるかしら?」

6位のレキ「……」

4位のカナ「……」

5位の理子「きゅう~」

 

 睨み合う両者。あまりの凄みにりこりん気絶。

 

6位のレキ「…………」

4位のカナ「…………」

 

6位のキンジ「やっぱり理子を身代わりにするのは可哀想だよな……(←りこりんを見捨ててきたことに罪悪感を感じて舞い戻って来たキンジ)」

6位のキンジ「って……あれ、何か思ってた以上に大変なことになってないか、これ? つーか、なんで兄さんがここに!?(←物陰からレキとカナの様子を伺いつつ)」

 

 

 ~おまけ8(松本屋周辺のベンチにて)~

 

1位のアリア「ふふ、ふふふふふふふ! やりました! やりましたよ、私! 1位です! ナンバーワンです! もうこれで『アリ何とかさん』だとかメインヒロイン(笑)だとか言われる屈辱の日々は終わりです!」

3位の白雪「よしよし、よかったね。アーちゃん」

1位のアリア「はい! あ、ユッキーさん。これ全部私の奢りですから、好きに食べていいですよ?(←ユッキーに頭を撫でられつつ、ももまん入りの袋をプレゼントするアリア)」

3位の白雪「ん? いいの?」

1位のアリア「もちろんです! 1位たるもの、この程度でケチケチしたりしませんよ」

3位の白雪「わーい、ありがと。ん~、やっぱりももまんって結構おいしいね」

1位のアリア「そうでしょう、そうでしょう!(←有頂天なアリア)」

 

 アリアさんが幸せそうで何よりです。

 

 

 ~おまけ9(人気投票、結果一覧)~

 

1位 神崎・H・アリア       37ポイント 投票人数10人

2位 ふぁもにか          31ポイント 投票人数4人

3位 星伽白雪           30ポイント 投票人数9人

4位 遠山金一/カナ        29ポイント 投票人数8人

5位 峰理子リュパン四世      28ポイント 投票人数10人

6位 遠山キンジ          26ポイント 投票人数10人

6位 レキ             26ポイント 投票人数8人

8位 エルちゃん(エル・ワトソン) 17ポイント 投票人数2人

9位 不知火亮           7ポイント 投票人数3人

10位 中空知美咲         6ポイント 投票人数4人

10位 武藤剛気          6ポイント 投票人数2人

12位 神崎かなえ         4ポイント 投票人数2人

12位 ジャンヌ・ダルク30世   4ポイント 投票人数3人

14位 神崎千秋          3ポイント 投票人数2人

15位 モブ警官二名        2ポイント 投票人数1人

16位 オオカミ          1ポイント 投票人数1人

16位 綴梅子           1ポイント 投票人数1人

16位 平賀あやや先生(平賀文)  1ポイント 投票人数1人

 

 投票された総ポイント数:259ポイント

(※1ポイント振り忘れていた方がいましたので)

 

 

 ~おまけ10(紅鳴館の一室にて)~

 

あっ(察し)な陽菜「人気投票、終わったでござるな」

あっ(察し)なブラド『ええ、終わったわね』

あっ(察し)な陽菜「拙者たち、1ポイントも貰えなかったでござるな」

あっ(察し)なブラド『ま、私に関しては仕方ないわね。ただクズなだけの敵キャラにポイントをプレゼントしようと考える人なんていなくて当然だもの』

あっ(察し)な陽菜「拙者は別に悪者というわけではないでござるが……やはり拙者とヒルダ殿は読者の方々に忘れ去られてしまった、ということにござるか……」

あっ(察し)なヒルダ「あたしと一緒にしないでくれるかな、風魔? あんたと違って、あたしは出番がほぼゼロだからポイント貰えなかっただけだもん☆」

あっ(察し)な陽菜「しかし、同じくほぼ出番ゼロのエル殿は17ポイントもポイントを獲得してるでござるが?」

あっ(察し)なヒルダ「うッ!? そ、それは確かにそうだけど……で、でもあんなのただのまぐれよ! あたしの出番が来ればきっと人気爆発に決まってるわ☆」

あっ(察し)なブラド『……その話だけど、最近やけに序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)まで書き終わり次第、そこで連載を止めるつもりだっていう噂を耳にするわよ?(にやにや)』

あっ(察し)なヒルダ「え、ちょっ、何それ初耳なんだけど!? で、でもそんなのウソに決まってるわ。どうせふぁもにかの奴が銀魂をパクッて終わる終わる詐欺を始めただけでしょう? 全く、紛らわしいったらありゃしないわね☆」

あっ(察し)な陽菜「例え連載が続いたとしても、ヒルダ殿の出番が来るまであと何年かかるでござるかなぁ……(しみじみ)」

あっ(察し)なヒルダ「うぅ~! 二人のバカ! イジワル! もう知らない!」

 

ヒルちゃん→突如アイドルに目覚めた、ヒルダ。精神年齢が幼い雰囲気。

 



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82.熱血キンジとボッシュート


ふぁもにか「ブラドさん、ボッシュートです!」
ブラド『イ゛ェアアアアアアアアアア!!(←ひ●し君人形を失ったブラドの悲痛の叫び)』

 どうも、ふぁもにかです。今回から熱血キンジと冷静アリア連載2年目突入です。これまでシリアス一辺倒だったブラド戦ですが、今回はサブタイトルからも察しがつく通り、本編も決してシリアスオンリーではありません。……別に私がシリアス展開を書き続けるのに飽きたとか、そんなんではないですよ? 当たり前じゃないですか、ハァーッハッハッハッハッハッハッ!(;´・ω・)



 

 風すさぶ横浜ランドマークタワー屋上にて。

 

『じゃあまずは左足からね!』

「――ッ」

 

 血まみれのメイド服を纏ったブラドはアリアを床に押さえつけた状態で、アリアの左足を踏み潰そうとクククッと足を上げる。対するアリアは数秒後には自身の左足に襲いくるであろう激痛に恐れを抱き、思わずギュッと目を瞑る。

 

(キンジッ……!)

 

 しかし。アリアが想定していた激痛が襲いかかってくることはなかった。

 

『ッあ!?』

 

 パァンという、乾いた銃声。それが響いたかと思うとブラドの体がズシンと倒れる音が鳴った。ブラドの巨体が倒れたことで発生した振動がアリアの体を揺らす中、アリアは恐る恐る瞑っていた目を開ける。そして。ブラドの倒れた方向を見やると、そこには頭蓋を撃ち抜かれ真横に倒れるブラドの姿があった。

 

「え……?」

 

 なぜブラドが倒れているのか。状況が読み込めずにただただブラドに視線を向けるアリア。その当のブラドは既に再生を始めている頭に手を当ててうめき声を上げている。

 

「――なってないな、ブラド」

 

 その時。ブラドの背後から、高圧的な声が聞こえた。その声はアリアが先ほど心の奥底で無意識の内に望んだ声だった。

 

(キンジ!)

「例え相手が倒すべき敵であっても、男なら女の子はもっと丁重に扱うべきだ。異論は認めない」

 

 アリアはバッと顔を上げてブラドの背後に視線を移す。その視線の先に、ブラドを憤怒の眼差しで見下ろすキンジの姿があった。頭から大量の血を流し、そして防弾制服の大部分を血で濡らしたキンジの姿があった。

 

「ッ!?」

 

 アリアは思わず息を呑んだ。無理もない。今のキンジは確実に致死量レベルの血を流している。だから明らかに今のキンジは弱っている。死にかけている。瀕死になっている。そのはずなのに。今のキンジはまるで存在感が違う。身に纏う雰囲気はまるで別人そのもので、いつ倒れてもおかしくないはずなのにまるで死にそうには見えない。

 

 アリアが視界に捉えているのは遠山キンジに間違いない。なのに、違和感が拭えない。この感覚にアリアは覚えがあった。

 

(ANA600便の時と同じ……)

『なッ!? どういうことよ!? なんでヒステリアモードになってるのよ、遠山キンジ!?』

「知るかよ、んなもん。むしろ俺が聞きたいぐらいだ」

 

 驚愕に満ちた声色で発せられたブラドの問いにキンジはすげなく答え、頭を掻く。キンジ自身、自分に起こった現象の正体を知らなかった。わかっているのは精々、ヒステリアモードに切り替わった経緯だけだ。

 

 右足を折られたアリアの夜空をつんざく悲鳴で目を覚ましたキンジは自身の出血量と抗うことを許してくれない脱力感、朦朧とする意識から今の自分が命の危機に瀕していることを自覚した。そして。薄れゆく意識の中、兄さん一色な走馬灯を見始めたことでぼんやりと死を悟ったキンジだったのだが、その時なぜかヒステリアモードが発動したのだ。

 

 性的興奮もなしに発動したヒステリアモード。それを機にそれまで指一本動かすことさえかなわなかったはずのキンジの体は何事もなかったように動かせるようになっていた。理由はわからない。本来なら不気味に思ってしかるべきなのだろう。しかし、そんなことはキンジにとって問題ではなかった。まだ動ける。まだ戦える。それだけわかれば十分だった。

 

 ちなみに。今のキンジがヒステリアモードの派生系の一つであり、死に際(ダイイング)のヒステリアモードとも称されるヒステリア・アゴニザンテを発動させていたのだと知るのは後のことである。

 

「ま、強いて言うなら主人公補正って奴なんじゃねぇのか?」

『主人公、補正?』

「あ、そっか。そういやブラドって頭が2位クオリティの残念な奴だったな。難しい言葉使って悪かった」

『――ッ! ふッッッざけんじゃないわよぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!』

 

 相変わらずブラドをバカにして嘲笑を浮かべるキンジにいともたやすくブチ切れたブラドの拳が迫る。「キンジッ!」とアリアの悲痛に満ちた声が響く中、キンジは自然体のままブラドの方へと歩を進め、ブラドの拳をすり抜けるようにして攻撃をかわす。ブラドとすれ違う際にブラドの足を引っかけてブラドを転ばせることも忘れない。結果、ブラドは『ギャン!?』と顔面から盛大に転ぶこととなった。

 

 今、キンジは何をしたのか。答えは簡単、以前レキがオオカミ相手に使った流水制空圏を使用しただけである。一度近くで見ただけの技をぶっつけ本番でいとも簡単に成功させる辺り、ヒステリアモードの凄まじさがよくわかるというものだ。

 

「すまない、アリア。遅くなった。大丈夫か? 立てるか?」

 

 キンジは背後のブラドのことを軽くスルーしてアリアの元に歩み寄り、膝をついて全身ズタボロのアリアの両肩にポンと両手を乗せる。それからキンジは罪悪感に満ちた瞳とともにアリアに謝罪の言葉を述べる。

 

「ちょっ、謝ってる場合ですか、キンジ!? 後ろ、後ろを見てください!」

 

 一方のアリアはブラドのことを気にも留めずに自分に謝罪してくるキンジに切羽詰まった声で後ろを見るよう呼びかける。何よりもまず女性のことを優先するヒステリアモードのデメリットが早速表に出てしまっているようだ。

 

 そうこうしている内にもアリアの視線の先にいるブラドは即座に立ち上がり、ズドドドドッと効果音がつきそうなぐらいの全力ダッシュ&奇声とともに怒りのままにキンジへと拳を振るおうとする。しかし。当のキンジは「大丈夫。心配いらないよ、アリア」とアリアに優しく微笑むと、右手を床につきそれを起点としてブラドに鋭いローキックを放った。勢いよく走っていた所で脛を強く蹴られたブラドは勢いのままに前のめりの状態で宙を舞う。そして。キンジとアリアの上空を越えた先にて、背中から床に叩きつけられることになった。

 

『ガフッ!? こッの――』

「どこを見てるんだ、ブラド?」

 

 背中を襲う衝撃にブラドは肺の空気をもれなく吐き出す。その後、一秒も経たない内に無限再生能力の恩恵で背中の痛みから解放されたブラドは一刻も早く自身の激情をキンジにぶつけるためにすぐさま起き上がる。

 

 しかし。キンジはブラドがちょうど立ち上がる頃合いでブラドの背面に回り込み、膝の裏に全力の蹴りを放つ。膝カックンの要領だ。そうして。無理やり膝を床につかされることとなったブラドを前にキンジは空高く跳躍し、ブラドの頭を両足でガシッと掴む。それからキンジはブラドの頭を巻き込んだまま宙で体をねじって回転し、ブラドの頭を地に叩きつける形で着地した。

 

 グシャアといったグロテスクな擬音とともに床にめり込むブラドの頭。無理に頭を床に叩きつけられたことで確実に首の骨が折れているであろうブラド。しかし。ここで攻撃の手を緩める気などなかったキンジは背中から取り出した小太刀二本によるX斬りでブラドの首を切断した。

 

「首を斬り落としてもダメか……」

 

 ブラドの頭と体が離婚した影響でおびただしい量の血があふれ出る中。キンジは斬られたブラドの頭部が首元へと飛んでいき元通りにくっついていくという18禁不可避な光景を前に深々とため息を吐く。いくらブラドが無限再生能力を持っているとはいえ、首を斬られてもなお復活する様子を見せられてはため息を吐いてしまいたくなる心情もよくわかるというものである。

 

(さて、これからどうしたものか……)

 

 キンジはヒステリアモードのおかげで爆発的に加速する思考回路を存分に駆使して今後の方針を思案する。今の現状から考えて、当初の作戦通りにブラドの精神をへし折ることは難しいだろう。当然だ。そもそもあの作戦は俺もアリアも無傷のままでいることが絶対条件なのだ。何せ、ブラドのような強者の心を折るには俺とアリアがブラドより格上の存在だということをブラド本人に知らしめる必要があったのだから。

 

 しかし。俺もアリアもブラドの攻撃を喰らって随分とボロボロになってしまっている今、自分たちが格上だと思い知らせることはほぼ不可能だろう。となると、ブラドを倒そうと考えるなら四つの魔臓を撃ち抜けば倒せるという情報に賭けるしかないということになる。

 

(けど、四つ目の魔臓の位置がまだわからないんだよなぁ)

 

 キンジはガクッと脱力したくなるのを寸前でどうにか堪える。これまでブラドの四つ目の魔臓も他の魔臓と同様に体の表皮部分にあるものという考えを前提に四つ目の魔臓探しを敢行していたキンジだったが、魔臓の場所を示す目玉模様が未だ見つけられていないことを考えると四つ目の魔臓はブラドの体内にあると考えるべきだろう。

 

 そうなると、これ以上のブラドの魔臓探しは不毛な行いだ。というのも、もしも体内に最後の魔臓があるとしたら、例の目玉模様もまた体内に刻まれているはずで、それを見つけ出すのは非常に困難だからだ。そんなことをするぐらいならいっそブラドを軽く消滅させるほどの威力を持つ爆弾でも投げつけた方が遥かに効果的だ。尤も、ブラドが爆死してしまったら最後、ブラドにかなえさんの冤罪を証明させられなくなってしまうのだが。

 

(……仕方ない。今はとにかく戦略的撤退。作戦を考え直してまた後の機会にブラドを倒すしかないな)

 

 キンジは渋々といった表情で決断を下す。普段のキンジだったら勝利への渇望からまだブラドと戦うことを選択しただろうが、今のキンジは女性を何よりも最優先に考えるヒステリアモードを発動中だ。それゆえに。キンジは右足を折られてしまったアリアや小夜鳴に散々蹴られてボロボロの理子を病院へと連れていきたいという感情を採用したのである。

 

 とりあえずこの場から逃げるために、ブラドを屋上から突き落としてみよう。どうせ再生するのだろうが、それでも高度297メートルもの高みから命綱もなしに落とされればさすがに気絶の一つぐらいはしてくれるだろう。一瞬にも満たない時の中で考えを纏めたキンジが再生を終えたブラドを見やった時、ブラドが叫んだ。

 

『ガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッッ!!』

 

 ブラドは叫ぶ。天を仰いだ状態で怒りの感情を咆哮の形で存分に放出する。どう見ても死にかけの人間一人にいい様にされているのが我慢ならなかったのだろう。

 

「くッ!?」

 

 ワラキアの魔笛ほどではないが、それでもキンジのヒステリアモードを余裕で解除できそうなほどに強力なブラドの咆哮にキンジは咄嗟に耳を塞ぎつつ、バックステップでブラドから距離を取る。似たような技を二度も喰らうようなキンジではないのである。

 

 咆哮が止んだのを確認するとキンジは両耳を覆っていた両手を外す。と、その時。ブラドの咆哮によって脳を揺さぶられていた影響でキンジはグラッとバランス感覚を失い、ついよろめいてしまう。その一瞬が、致命的だった。

 

(あ――)

『死ねぇぇぇぇえええええええええ!』

 

 あっという間に距離を詰めたブラドがキンジに向けて拳を叩きつけようとする。既に限界を超えている体を死に際(ダイイング)のヒステリアモードで無理やり動かしている今のキンジがブラドの拳を喰らってしまえば、待っているのは逃れようのないオーバーキルだ。

 

 しかし。キンジの回避は間に合わない。キンジが攻撃をかわすよりも早く繰り出されたブラドの拳が命中しキンジの命を無慈悲に刈り取るのはもはや時間の問題だった。

 

 

 ――そのはずだった。

 

 

『グギャッ!?』

 

 突如、屋上に爆音が響いたかと思うと、どこからか飛んできた基地局の巨大なアンテナがブラドの背中に突き刺さったのだ。そして。ブラドという障害物にぶつかった程度で勢いの収まる気配のないらしい携帯基地局アンテナは、その重量をもってブラドをズドンと押し倒した。

 

(え、え? 何これ? 何なのこれ? つーか、どこから飛んできた?)

(……これは一体、どうなっているのでしょうか?)

 

 キンジとアリアは5メートルは裕にありそうなほどの長さの携帯基地局アンテナの下敷きにされたブラドを思わず困惑の眼差しで見つめる。

 

『ハァーハッハッハッハッ! ど、どこを見てやがりますか、吸血鬼!』

 

 すると。二人の背後から高慢なようで、実は幼児が強がっているだけといった感想を抱かせる感じの声が聞こえてきた。その声は、二人にとって非常に聞き覚えのある機械音声だった。かつて、理子が武偵殺しとしてセグウェイ操作時に使用していたあの機械音声だった。キンジとアリアが声の元へと視線を向けると、その先には仁王立ち状態の理子の姿があった。

 

「理子!?」

「峰さん!?」

『理子? 峰さん? それは誰で、やがりますか? ボクはただのしがない武偵殺し:リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドで、やがりますよ』

 

 どうして理子がここにいるのか。キンジとアリアは驚愕と疑問をそのままに理子にぶつける。しかし。サングラスを装着し、髪を下ろしている理子は何を思ってか、例の機械音声とともに自分は武偵殺しだと主張する。見た所、機械音声は理子の変声術の為せる業のようだ。

 

「ええと、理子? いくら何でも、サングラスだけじゃ俺もアリアもごまかせないと思うけど?」

「え? ウソ!?」

「その反応がもう峰さんそのものですしね……」

「うぐッ!? し、仕方ないじゃん! 近くにこれしか変装に使えそうなのなかったんだから!」

 

 ヒステリアモード継続中のキンジとジト目のアリアが困り気味に理子に指摘すると、対する理子はビクリと肩を震わせた後、両手を上下にバタバタしつついつもの理子音声で言葉を返す。直後。理子は「しまった」と言いたげな表情を浮かべると、『と、とにかくそういう設定なので、二人とも合わせてください! でやがります!』と機械音声で語気を強めた。どうやら理子は自身をあくまで武偵殺しのリコリーヌとして扱ってほしいようだ。

 

『四世ぃぃぃいいいいいいいいいいいい! これは何のつもりかしらァ!?』

『何のつもり? それはボクのセリフで、やがります』

『あぁ!?』

『遠山キンジ、及び神崎・H・アリアはボクこと武偵殺しの獲物で、やがります。それを貴様のような筋肉と図体しか取り柄がない分際が横取りしようなんて、いい度胸でやがりますねぇ!』

 

 ブラドの怒声の矢面に立つ理子はプルプルと体を小刻みに震わせつつも、決して恐怖に屈することなくブラドを煽る。この時、キンジは気づいた。自分がブラドに怯えて縮こまってしまわないようにするために、理子が武偵殺しとしての自分を演じているのだということに。

 

『この武偵殺したるボクを舐めたらどうなるか、思い知らせて――』

『ふふふふふふ、よっぽど死にたいみたいねぇ! 四世!』

「みゃぁぁぁぁあああああああああ!? ごめんなさい調子乗ってましたぁぁぁぁああああああああああ!」

 

 尤も、押しつぶされていた状態から復帰し、怒りの赴くままに携帯基地局アンテナを投げつけてきたブラドを前に理子の虚勢はあっけなく無に帰したのだが。

 

「し、死ぬかと思った……」

 

 理子はギュオオオと迫ってくる基地局アンテナを間一髪、横っ飛びでかわす。その後。数瞬前まで自分のいた位置に深々と突き刺さる携帯基地局アンテナを前に理子はペタンと座り込み「ブラド怖いブラド怖いブラド怖い――」と涙目でガクガクブルブルと震える。

 

『貴女には私の恐ろしさをもう一度教え込む必要がありそうね、四世!』

「ひぅ!?」

 

 ブラドは小動物のごとく震える理子を見て少しだけ溜飲を下げると、嗜虐的極まりない笑みとともに理子へと一目散に駆ける。キンジやアリアのことなど気にも留めずに理子を次なる攻撃対象に定めて襲いかかる。

 

(マズい!?)

「峰さん!」

「理子、逃げろ!」

 

 うわ言のように「ブラド怖い」を連呼する理子にキンジとアリアは警告を飛ばす。同時に理子を守るために急いで駆けるキンジだったが、このままではブラドの行動の妨害が叶わないことを悟ったことでその表情に絶望の念が浮かんだ。

 

 一方。誰にも邪魔されることなく着々と理子の元へとたどり着かんとするブラドはあと数秒で自身の拳の有効範囲内に理子を収められる所まで理子に接近する。と、その時。「こ、ここここ来ないでぇ!」と理子が恐怖のままに叫んだ途端に、ズドドドドドドドーンといった盛大な爆発音と共にブラドの床が崩れ落ちた。

 

「は!?」

「え!?」

『床がッ……!?』

 

 唐突に自身の足場が崩落し始めたことで体の支えをなくしたブラドは為す術もなく下層へと落下する。しかし。ブラドの落下は終わらない。空中で体勢を整えて下層に上手く着地しようと眼下を見下ろしたブラドが見たのは、底の見えない穴のみだった。ゆえに、ブラドはどこまでも落ちていく。ブラドの体を受け止める床がないために、宙を自在に動き回るための翼も羽もないブラドに与えられた選択肢はボッシュート一択だった。

 

 

――ボクはこのタワー全体に罠を仕掛けてる。屋上のリモコン式の地雷もその一つ。……全部爆破させたらこのビルなんてすぐに倒壊すると思うよ?

 

(そういや、そんなこと言ってたな。理子の奴)

 

 未だに散発的に響き渡る、まるで雷が落ちたような爆音と、どんどん小さくなっていくブラドの巨体。ブラドの落ちていった穴へと近づき、そこから重力に抗えずに落ちゆくブラドの様子をその目で捉えたキンジは、おそらく理子はブラドがいた周辺の位置に仕掛けていた爆弾をもれなく全て発動させたのだろうと当たりをつける。

 

(この感じだと軽く100メートルは落とされたんじゃないか?)

 

 一方。あらかじめ仕掛けていた爆弾をいくつも同時に起動させ、ブラドにボッシュートの刑をプレゼントした当の理子はブラドが落ちていった穴を呆然と見つめながら「あはは、やった……」と裏返った実に情けない声を漏らす。

 

 かくして。キンジ&アリアとブラドによる第2ラウンドは戦場に舞い戻ってきた理子の活躍によって幾ばくかの時間的猶予を得る形で終結したのだった。

 

 




キンジ→ヒステリア・アゴニザンテを発動させた熱血キャラ。死にかけなのに中々死なないのは主人公補正の賜物である。
アリア→現在右足骨折中のメインヒロイン(空気担当)。せっかくヒロインとして美味しい立ち位置にいたのにいつの間にやら理子に全部持ってかれた感がある。
理子→携帯基地局アンテナがちゃんとブラドに突き刺さるよう綿密に爆弾を配置し、爆破させる形でキンジの窮地を救ったビビり少女。武偵殺しとして行動していた時の口調を真似ることで虚勢を張るも、すぐに撃沈した。
ブラド→首を斬り落とされたり携帯基地局アンテナの下敷きにされたりボッシュートされたりと、何かもういっそ哀れなメイドさん。

 というわけで、82話終了です。今回は前半ではキンジくんが俺TUEEEEEE!!を実行し、後半ではビビりこりんが見事に返り咲きましたね。にしても、やっぱりビビりこりんは優秀なシリアスブレイカーですね。彼女はいとも簡単にシリアス特有の緊迫したシーンをふんわり仕立てのほわほわ展開に差し替えてくれますし。


 ~おまけ(没ネタ:ブラド戦を難易度ルナティックにしてみるテスト)~

理子「あはは、やった……」
ブラド1号『やった? 何が?』
キンジ「なッ!?」
理子「ど、どうして!? こんなに早く戻って来れるはずが――」
ブラド1号『ふふふ、思い込みはよくないわよ、四世』
理子「え……」
ブラド2号『私が一人だと』
ブラド3号『いつ言ったかな?』
ブラド4号『ふふふふ……』
ブラド5号『さっき落ちていったのはブラド6号よ』
キンジ&アリア&理子「「「……(←白目)」」」
キンジ「あ、あー。そういや俺、今日『わんわんおー』のアニメ録画するの忘れてたんだった。急いで帰らないと、じゃあな!」
アリア「逃がしませんよ、キンジ!」
理子「待って! ボクを置いていかないで!」

 ブラドわらわら。絵面を想像するとメチャクチャ怖いですね。


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83.熱血キンジと空前の逆転劇


キンジ「血が、血が足りねぇ……」
アリア「足が凄く痛いです……」
理子「うぅ、いっぱい内出血しちゃってるよぉ……」

 どうも、ふぁもにかです。長々と続いちゃってるブラド戦ですが、そろそろ佳境に入ります。死にかけのキンジくん(ヒステリア・アゴニザンテ発動中)と全身ズタボロのアリアさん(右足骨折中)と打撲傷だらけのりこりんの三人に果たして勝機はあるのか!? ……って、文字で纏めてみると素晴らしく絶望的ですね、これ。何て無理ゲーなんだ!

 あと、今回はちょっと新しい手法を取り入れて執筆しています。なので、もしも賛否等ありましたらドシドシ意見くださいませ。



 

 理子がスイッチ一つで横浜ランドマークタワーの床を次々と破壊したことにより、まるで奈落の底に落ちていくかのようにブラドは落下していった。

 

 そのため。今横浜ランドマークタワーの屋上にいるのは、屋上にぽっかりと空いた穴の淵から落ちゆくブラドの様子を見つめるキンジと、ブラドがボッシュートされるというまさかの展開に思考停止するアリア、ペタンと床に座り込んだままの理子の三人だけである。

 

(――って、そうだ!)

「理子? どうしてここに?」

 

 キンジの見下ろすブラドの姿がやがて点になり、見えなくなった後。ようやくハッと我に返り再起動を果たしたキンジは理子の方に歩み寄り、優しい口調で問いかける。キンジの問いで同じく我に返った理子はしばしの逡巡の後、「よ、よく、わからないんだ」と困惑に満ちた声を放った。

 

「よくわからないけど、逃げてちゃダメだって思ったんだ。このまま他人任せにしてちゃダメだって思ったんだ」

「……峰さん」

「そ、そそそれに、こんなボクでも何か二人の役に立てると思って。それで戻ってきたんだけど……や、やっぱり足手纏いだった、かな?」

「そんなことないさ。理子がいなかったら俺もアリアも危なかった。理子は俺たちの命の恩人だ。ありがとう」

「と、遠山くん……」

 

 キンジはニッと慈愛に満ちた微笑みを理子に向けると、ポンポンと頭を軽く叩く。優しく頭を撫でるキンジにされるがままの理子。と、そこで。何を思ってか、理子はキリッと真剣な面差しを浮かべてキンジを見上げると「頼みがあるんだけど、いいかな?」と話を切り出した。

 

 と、ここで。ケンケンでようやくキンジと理子の所まで到着したアリアが「……手短にお願いします」と言葉を返す。理子のおかげで時間は十分に稼げているものの、それでもいつブラドが這い上がってくるかわかったものではない。そのことを踏まえた上でのアリアの発言である。

 

「ブラドを倒して、下剋上がしたいんだ」

「「……」」

「ブラドは強い。強すぎる。だから勝てるわけがないって、ずっとそう思ってた。でも、遠山くんとオリュメスさんの力があればブラドを倒せる。三人で力を合わせて戦えばブラドを倒せる。そんな気がするんだ」

「「……」」

「ほんの気の迷いかもしれない。小夜鳴先生に頭いっぱい蹴られちゃったから、頭がおかしくなってるのかもしれない。でも、やっとブラドを倒せるかもしれないって思えたんだ。――だから。この希望は、失いたくない」

「「……」」

「……ごめん。こんなこと、ボロボロの二人に言うことじゃないのはわかってる。でも、今を逃したらもうダメな気がして、二度とブラドに立ち向かえなくなる気がして……お願い。遠山くん、オリュメスさん。ブラドを倒すの、協力してくれないかな?」

 

 キンジとアリアが無言を貫く中。理子は真剣な瞳でキンジとアリアを見上げて頼み込む。カタカタと体を小刻みに震わせながら、それでもブラドに立ち向かう意思を見せる。湧き上がる恐怖を押し殺して言葉を紡ぐ理子の姿はさながら歴戦の戦士のようだった。

 

「……そんなの、頼まれるまでもありませんね」

「あぁ。一緒にブラドを倒すぞ、理子」

 

 キンジとアリアは互いにアイコンタクトを取ると理子に笑いかける。自身の頼みを了承してくれた二人を前に理子はパァァとその表情を綻ばせ、「うん!」と大きくうなずいた。

 

「さて、アリア。あとどれくらい戦える?」

「そうですね。もって1分といった所でしょうか。あと、足を折られてるので機動力への期待はしないでください」

「理子は?」

「ボ、ボクは大丈夫だよ! 体中痛いけど、戦えないことはない……と思う」

「……となると、俺も少し血を流し過ぎてるし、もう持久戦はできないな。ブラドに勝つには短期決戦に持ち込むしかない」

「ブラドの精神を折るのは諦める、ということですか?」

「あぁ。そもそも俺たちがブラドの攻撃を喰らった時点でもうブラドの心を折るのは厳しいからな。だったらここはブラドの四つの魔臓を撃ち抜く方針に切り替えるべきだ。あとはそれでブラドを倒せると信じるしかない」

「まぁ、そうなりますね」

 

 キンジはアリアと理子の体調、そして自身の体調を鑑みた上で現状において最適と思われる判断を下す。アリアも理子もキンジの方針に神妙にうなずく辺り、異論はないようだ。

 

「で、だ。この方針でいくならブラドの四つ目の魔臓の位置をどうにかして知る必要があるんだけど……どこにあるんだろうなぁ」

 

 未だブラドの四つ目の魔臓の位置を特定できていないという現実を前にキンジが虚空を見上げて陰鬱なため息を吐いていると、突然アリアが「ふッふッふッ」と得意げに肩を揺らした。

 

「アリア?」

「大丈夫ですよ、キンジ。ブラドの四つ目の魔臓は舌にあります。この目でちゃんと確認しましたから間違いありません」

「ッ!?」

「えッ!? ホントなの、オリュメスさん!?」

「この状況でウソを吐くほど私は空気の読めない人間ではありませんよ。先ほど至近距離でブラドのあのバカでかい咆哮……ワラキアの魔笛でしたっけ? とにかくそれを喰らう直前に見つけました。無駄に大口開けていましたのでバッチリ見えましたよ」

 

 アリアは得意げな雰囲気のまま腕を組むとニッコリ笑顔でブラドの最後の魔臓の位置を伝えてくる。どうやらアリアはブラドのすぐ近くでワラキアの魔笛を喰らってしまった時にブラドの舌に描かれた目玉模様を確認していたらしい。

 

(よし、これならいけるぞ――)

 

 アリアの思わぬファインプレーのおかげでブラドの四つ目の魔臓を探すという困難極まりない行為をする必要がなくなったことにキンジはニィと笑みを浮かべる。

 

「よくやった、アリア。――それじゃあ、作戦を決めるぞ」

 

 そして。キンジはヒステリアモードの恩恵により30倍にまで向上した思考能力からブラドを確実に倒すための案をいくつか用意した後、キリッとした瞳をアリアと理子に向ける。かくして。ブラドとの最終ラウンドのための作戦会議が開催されたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 それから。しばらくして。

 

 横浜ランドマークタワー屋上にドス、ドスと地響きが鳴り響く。どうやらブラドはようやく屋上までたどり着いたらしい。少しばかり時間がかかったことを踏まえると、おそらくブラドは階段を使ってここまでやって来たのだろう。

 

(ま、エレベーターに入りきる大きさじゃないしな、あれ。下手したら重さ制限でも引っかかりそうなぐらいだし……)

 

 存分に屋上を上下に揺らす地響きとともに歩みを進めるブラドの姿を遠目に確認したキンジは階段をひたすら駆け上がるブラドの姿を想像して、何とも言えない気持ちに襲われたためについ眉を寄せた。ちなみに、キンジの生命線たるヒステリア・アゴニザンテは今も継続中である。

 

「よぉ。随分と遅かったじゃないか、ブラド」

『リュパン四世を出しなさい、遠山キンジ』

 

 すっかりボロキレと化したメイド服を纏ったブラドにキンジが好戦的な笑みとともに言葉を投げかけるも、ブラドはキンジの発言が終わるよりも先に理子を出せと要求してくる。自身の支配下に置き、散々見下していた理子にボッシュートされたことがよっぽど我慢ならないのだろう。

 

「悪いがそれは無理な相談だ。アリアと理子には無理言って逃げてもらったからな」

『ふッッッッざけんじゃないわよ! 私はリュパン四世を出せっつってんのよ! 聞こえなかったのかしら、遠山キンジィィィィイイイイイイイイイイイ!』

「だから吠えたっていないもんはいないんだからしょうがないだろ。そんなことも理解できないほどお前の頭は残念仕様なのか、ブラド?」

『~~~ッ!』

 

 ブラドの怒り狂った声に全く動じずに挑発するキンジにブラドはレーザービームのごとき鋭い眼光でキンジを凝視する。と、ここで何を思ったのか、人一人余裕で殺せそうなほどに凶悪な視線を送っていたブラドが不意に怒りを沈めてニタリと愉悦に満ちた笑みを見せた。

 

『ふふふ、ヒステリアモードも難儀なものね。何よりも女性を優先しちゃうからどうしても自分が後回しになってしまう。だから今も私に勝てないとわかっていながら、こうして私に立ち向かうことを強制される』

「勝手に俺を自殺志願者扱いするなよな。お前なんて、俺一人で十分だ」

『減らず口を。私にそれだけボロボロにされておいてよく言うわね』

「ま、それについては否定しないでおくよ」

『……まぁいいわ。リュパン四世は後で捕まえればいい。今は貴方でこのやり場のない気持ちを存分に発散させてもらうわよ、遠山キンジ』

「やってみろよ、吸血鬼。ただしその頃にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな」

 

 キンジとブラドはその場に立ち止まったまま互いにバチバチと視線をぶつけ合う。そして。硬直状態に耐え切れなくなったブラドが力強い踏み込みとともにキンジに殴りかかったことでブラド戦の最終ラウンドが幕を上げた。

 

 キンジは再び流水制空圏でブラドの拳を紙一重でかわしてブラドの懐に入り込むと、どこからか取り出した大型スタンガンもといテーザー銃から電極を射出する。そして。電極がブラドの腹部に突き刺さったタイミングでブラドに惜しみない電撃をプレゼントした。

 

『ぎゃあああああああああああああ!?』

(へぇ。凄いな、このスタンガン。吸血鬼にも利くんだな)

 

 突如全身を襲う強力な電撃にブラドが悲鳴を上げる一方、キンジは意外そうに目を細める。どうやらキンジはブラドに大型スタンガンは効果がないことを前提に行動していたようだ。

 

 

 ――ん?

 ――? どうかしたの、遠山くん?

 ――いや、あそこに何か落ちてるなって思ってさ。って、これってまさか……!?

 ――小夜鳴先生が峰さん相手に使っていたテーザー銃のようですね。

 ――そういやポイ捨てしてたもんな、あいつ。

 ――今までの戦いによく巻き込まれませんでしたね、それ。

 ――折角だし、ありがたく使わせてもらおうぜ。手数は一つでも多い方がいいからな。

 

 

(今がチャンス!)

「いっけええええええええええええええ!!」

 

 今のブラドは悲鳴を上げている。つまり、口を開けている。早速舞い降りてきた千載一遇の好機を逃すまいとキンジは懐から銃を取り出すと計四回、立て続けに発砲する。発砲の際の反動を巧みに利用した四連続の発砲により、四発の銃弾は右肩、左肩、右脇腹、舌と魔臓のある位置にそれぞれ放たれていく。

 

 しかし。右肩、左肩、右脇腹を撃ち抜いたまではよかったが、四つ目の魔臓の存在する舌に銃弾が命中する直前にスタンガンの痺れから回復したブラドが即座に開けていた口を閉じ、銃弾を歯で噛んで止めたために、舌にある魔臓の破壊はあえなく失敗に終わった。

 

「なッ!?」

 

 四つ目の魔臓の破壊に失敗したキンジは驚愕の声を上げるも、すぐに我に返ってひとまずブラドと距離を取る。その時、体中に鈍痛がほとばしると同時にキンジはゴフッと血の塊を吐いた。これまで命をとことんすり減らして戦ってきたツケが今になって回ってきてしまったのだ。

 

 先のチャンスをモノにできなかったという事実。そして、ヒステリアモードの力をもってしても立っているのがやっとという自身のコンディション。キンジはあまりに絶望的な状況に蒼白の表情を浮かべる。

 

 一方。ブラドは『きゃっははははははははははッ!』と恍惚の高笑いをあげる。キンジの表情からキンジが万策尽きてしまったのだと判断したのだろう。それ故に、ブラドは気づかなかった。キンジがほんのわずかにだが口角を吊り上げてほくそ笑んでいることに。

 

『残念だったわねぇ、遠山キンジ。やっぱり貴方たちは最初から私の魔臓狙いだったみたいね』

「……四か所の魔臓を壊せばブラドを倒せる。正直言って信憑性に欠ける情報だったからあくまで最後の手段にと思ってたんだが、その様子だと本当だったみたいだな」

『ええ、そうよ。私の無限回復能力、これを支えているのが魔臓なの。だから四つの魔臓を全部同時に破壊されれば再生能力は使えなくなるし、吸血鬼としての弱点も全て復活しちゃう。……今まで貴方たちは全然魔臓を狙ってこなかったから、もしかしてこのことを知らないのかとも思ってたけど、やっぱり警戒しておいて正解だったわねぇ、ふふッ♪』

「……」

『さーぁ、遠山キンジ。貴方はタダじゃ殺してあげないわ。一人で私を倒せるなんてほざいたこと、存分に後悔するといいわ』

 

 ブラドは拳をボキボキと鳴らしながらキンジの元へと悠々と近づいていく。自身の勝利を一ミリたりとも疑っていないブラドの姿。それが酷く滑稽に思えたキンジは思わず噴き出した。

 

「――ふッ、クククッ。ホントお前ってバカだよなぁ、ブラド」

 

 お腹を抱えて実に愉快そうに笑うキンジにブラドは『あ?』とその足を止める。ケタケタ笑うキンジにカチンときたらしく、ブラドはギロリとキンジを睥睨する。

 

「だってそうだろ? 敵の言葉を真に受けるなんて、Eランク武偵でもしないぞ? しっかも自分の弱点に関する情報をベラベラ喋っちゃってさ。もう2位クオリティですらないだろ、お前の頭」

『……これから死にゆく相手に冥土の土産のあげることの、何がいけないのよ?』

「ダメに決まってるだろう? イ・ウーナンバー2のくせに、戦いにおいて勝利を確信して油断した時が一番危ないってことすら知らないのかよ。お前本当にナンバー2か? ちゃんとイ・ウーの中で番付したのかよ?」

 

 キンジは先ほどまでの絶望しきった表情はどこへやら、呆れに満ちたジト目とともにブラドをディスりにかかる。どうやらブラドの魔臓破壊に失敗することは想定の範囲内だったようだ。

 

 

 ――まず、俺一人でブラドの魔臓を狙う。

 ――え!? ちょっ、遠山くん一人で狙うの!?

 ――私たち三人で分担して狙った方が確実にブラドを仕留められると思いますけど?

 ――いや、俺一人でブラドの魔臓を狙う。そして、わざと失敗させるんだ。

 ――失敗、ですか?

 ――あぁ。敢えて失敗して、あとは俺がショックを受けたフリでもしてればブラドは勝ったと思い込む。高笑いとかするかもな。そしてその時、ブラドは絶対に油断する。その油断を狙うんだ。

 ――言いたいことはわかりますが、わざわざ失敗させなくてもいいのでは……

 ――あー、言い方が悪かったな。失敗させるとはいったけど、俺はあくまで真剣にブラドの魔臓を狙う。要するに、失敗云々はブラドが俺の銃弾を防いだ前提の話ってこと。俺一人でブラドを倒せればそれに越したことはない。

 ――えと、つまり保険をかけるってこと、でいいのかな?

 ――そーゆーこと。さすがに一度きりのチャンスってのは怖いからな。だから、もしも俺が失敗した時は……理子。

 ――ふぇ?

 ――君が爆弾か何かでブラドを屋上からぶっ飛ばしてくれ。頼めるかい?

 ――う、うん。わかった。じゃあ、これ使えばいいかな?

 ――それ、炸裂弾(グレネード)じゃないですか!?

 ――よくそんな貴重なもの持ってたな、理子。

 ――え、えっとね。これ、ジャンヌちゃんが護身用にってくれたものなんだ。

 ――なるほどな。じゃあ、それを使ってブラドをぶっ飛ばしてくれ。もちろん、ブラドにバレないよう慎重にな。

 

 

「そんなんだから足をすくわれるんだよ、お前は。……チェックメイトだ、吸血鬼」

『言いたいことはそれだけかしら? 遠山キン――ガバッ!?』

 

 キンジはブラドの背後から炸裂弾(グレネード)を撃とうと拳銃を構える理子の姿を確認しつつ、自信ありげに笑みを深める。対するブラドは早くもキンジの言動をただの強がりと判断したらしく、再びキンジの元へと歩を進めようとする。その瞬間、突然響いた銃声にワンテンポ遅れるようにしてブラドの背後に爆発が発生した。理子の炸裂弾(グレネード)がブラドの背中を貫くか貫かないかといった所で紅蓮の炎をまき散らす形で爆発したのだ。

 

 自身の背中を強く押し出してくる強力な爆風によってブラドの体はあっさりと宙に浮く。体の制御が利かず、ただ爆風に煽られて飛ばされるのみのブラドの瞳が捉えたのは、体を屈めて吹っ飛ばされないように踏ん張るキンジの姿と、さっきまでブラドのいた位置周辺で銃を構えたまま同じくその場に踏みとどまっている理子の姿だった。

 

『よぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんせぇぇぇぇええええええええぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!!』

「四世じゃない! ボクは――理子だ!」

 

 ブラドは怒りのままに牙を剥いて理子の名前を叫ぶ。対する理子は「ひぁ!?」という悲鳴をギリギリの所で押し殺して、毅然とブラドに言い放った。が、その言葉がブラドの耳に届くよりも早くブラドの体はさらに吹っ飛ばされていく。そして。ブラドの体は為す術もなく屋上から投げ出された。この時、ブラドは仰向け状態で高度297メートル上空からの紐なしバンジーをさせられることとなった。

 

 だがしかし。このままではブラドは死なないだろう。例え屋上から突き落としたとしても、四つの魔臓さえ無事ならばブラドは何度でも即刻再生できるのだから。ゆえに、ここで攻撃の手を緩めるキンジたちではなかった。

 

(神崎・H・アリア……?)

 

 重力による落下を始めてから数秒後。いくら死なないとはいえ高所から地面に激突する痛みを味わいたくない一心でどうにか地上へのボッシュートを免れようと空中でもがいていたブラドの視界に映ったのは屋上の端から自身を見下ろすアリアの姿だった。

 

「ナイスです、峰さん」

 

 アリアは屋上の端に左足の土踏まずを乗せてククッと膝を曲げると、重力のままに体を下へと傾ける。そして。足が屋上の端から離れようとしたまさにその時。端に乗せている足に思いっきり力を込めることでアリアは躊躇なく頭から飛び降りた。重力を味方につけてさらにブーストを掛けたアリアの体は瞬く間に自然落下中のブラドまで近づいていく。

 

『なぁッ!?』

 

 アリアのまるで自身の命を顧みない行為にブラドは目を見開き驚愕の声を上げる。その際に大きく開かれたブラドの口。舌にある四つ目の魔臓が晒された瞬間を見逃すアリアではなかった。

 

 

 ――それで、ブラドを屋上から放り出した後はどうするんですか?

 ――アリアが空中でとどめを刺してくれ。空中なら自由に身動きできないから俺の時より確実に魔臓を撃ち抜けるはずだ。口を開けていないようなら事前に目でも撃って悲鳴を上げさせればそれで済む話だしな。

 ――わかりました。空中なら足のことを気にしないでいいですしね。……って、それ大丈夫なんですか? そんなことしたら私までここから地上に落下してしまいますよ?

 ――その点については心配ない。な、理子?

 ――え、何が……ッ! あ、そっか! うん、心配ないよオリュメスさん! オリュメスさんのことはボクに任せてッ!

 ――? よくわかりませんが、峰さんが何とかしてくれるんですね。了解です。

 

 

(これで終わりです、ブラド!)

「はぁぁぁあああああああああああ――ッ!!」

 

 グングンブラドとの距離を詰めていく中。アリアは即座に白黒ガバメントを取り出すとズダダダッと四発の銃弾を放つ。自由に身動きの取れない空中にいること。アリアの飛び降りという想定の埒外極まりない行為。それらの事象が合わさったことでブラドの反応はわずかに遅れてしまう。

 

 結果。アリアの放った銃弾は見事にブラドの右肩、左肩、右脇腹、舌に命中し、四つの魔臓を完膚なきまでに破壊したのだった。

 




キンジ→瀕死状態(?)の熱血キャラ。使える武器は何でも使うタイプ。前々から言いたかった「ただしその頃にはあんたは八つ裂きになっているだろうけどな」という他作品キャラの決め台詞を言えて満足している模様。
アリア→見事ブラドにとどめを刺したメインヒロイン。原作同様、高所恐怖症ではない。活躍できてよかったね!
理子→ズタボロのキンジとアリアを働かせようとする辺り、割と鬼畜なビビりさん。ジャンヌから定期的に護身用にと武偵弾をプレゼントされている。
ブラド→せっかく頑張って階段上って屋上まで戻ってきたのに結局屋上から落とされる羽目になったメイドさん。もう泣いていいと思う。

Q.アリアが活躍してる、だと……!? BA☆KA☆NA! こんなのありえナイン!
A.いやぁー、ここで活躍させないともうアリアさんの活躍場所がないかもだったので今回アリアさんには頑張ってもらいました。
アリア「……え?」

 というわけで、83話終了です。とりあえず……ブラド討伐成功! やったね、アリアさん! アリアさんはやればできる子なのですよ!

 まぁそれはともかく。とりあえず当初の想定以上に長引いてしまったブラド戦も今回までで終了です。あとは何話か使って事後処理を行った後に第四章へと突入しようかと思います。ま、その前に何話か外伝挟むかもですけどね。
アリア「ちょっ、今のどういう意味――」


 ~おまけ(ネタ:もしもブラドが屋上に戻る際にエレベーターを使っていたら)~

 キンジ&アリア&理子、待機中。

キンジ「ブラドの奴、来るの遅いな……」
アリア「もう20分は経ちましたよ。どこで油を売ってるんでしょうか?」
理子「? ねぇ、遠山くん、オリュメスさん。何か聞こえない?」
アリア「確かにビービーなってますね。何の音でしょうか?」
キンジ「……確認しに行ってみるか」

 鳴り響く音の根源まで歩を進めた結果、三人はエレベーター前までたどり着いた。

ヴィー! ヴィー! ヴィー! ヴィー!(←エレベーターの警告音)
ガシャン! ガシャン! ガシャン! ガシャン!(←エレベーターが何度も扉を閉めようとするもブラドの体に当たるせいで閉められない音)
ブラド『で、出られない……』
三人「「「……」」」

 ブラドがエレベーターに突っかかってて出られそうにない件について。

ブラド『う、くッ……!』
キンジ(しかもエレベーターがやたらと扉を閉じようとして一々ブラドの体を挟んでるのが何ともシュール極まりないな)
アリア(そもそもよくこんなキツキツの状態でエレベーターに乗ろうとしましたね)
理子(階段を使うのが嫌だった……ってことでいいのかなぁ? その気持ちはよくわかるけど)
キンジ(ま、それはさておき――)
キンジ「よし、今のうちに魔臓撃つか」
アリア&理子「「ラジャ」」
ブラド『え、ちょっ、待っ――ぎゃああああああああああああ!!』

 ブラド戦、終了。イ・ウーナンバー2の実に情けない最期であった。


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84.冷静アリアと意趣返し


??「もう、ゴールしてもいいよね……?」

 どうも、ふぁもにかです。今回は83話戦闘シーンの文字数が膨れ上がったせいで加えることのできなかったシーンを投稿していますので、舞台は未だに横浜ランドマークタワーです。まだ第三章エピローグには早いということですね、わかります。あと、今回は主人公不在回じゃないですけどほとんど空気、ということでサブタイトルから『熱血キンジ』の文字を消しておりますので、あしからず。……アリアさんじゃなくてキンジくんが空気って何か珍しいですね。

 ところで、前回の某虚刀流のセリフ然り、今回も別作品からパロッた台詞が本編に紛れ込んでおりますが、読者の皆さん的にこういうのってどうなんでしょうか? ……って、今更ですかね。タグにもパロディってちゃんと書いてありますし。



 

 横浜ランドマークタワー上空にて。

 

『がぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!』

 

 魔臓を四か所全て撃ち抜かれた痛みに耐えきれず、絶叫しながら降下していくブラド。一方のアリアは素早く白黒ガバメントをしまって宙でクルリと前転するとブラドの体に足から着地する。そして。左足一本でブラドの体を力強く踏みつけるとともにすぐさま上へと跳んだアリアは両手を天へと伸ばす。

 

 とはいえ、現状においてアリアのいる位置と横浜ランドマークタワー屋上との間には10数メートルもの高さの壁が立ちはだかっているため、アリアの手はどう足掻いても屋上まで届くことはない。しかし。それでもアリアは上へと両腕を伸ばす。理由は簡単、アリアが手を伸ばした先に現在絶体絶命中のアリアを救ってくれる救世主の姿があるからだ。

 

「峰さん!」

『オリュメスさん!』

 

 ブラドを仕留めるために飛び降りたアリアに数秒遅れて屋上から勢いよく飛び出した理子はアリアに飛びついてその小さい体をギュッと力強く抱きしめる。

 

「峰さん、やりましたよ」

「……うん」

「ブラドを倒しましたよ、これで貴女は自由です」

「……りが……」

「? 何ですか、峰さん?」

「……ありがと、オリュメスさん。こんなボクを助けてくれて」

「あ、あくまで峰さんを助けたのはブラドを倒すついでです。勘違いしないでもらえますか?」

「それでも、ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 アリアと理子は互いが互いを抱きしめたまま、唇が触れてしまいそうなほどに至近距離で微笑ましい会話を展開する。直球で感謝の言葉を述べる理子に顔を赤らめて理子から目を逸らすアリア。二人が遥か上空からの落下中でなければ仲良しこよしな小学生女子同士の会話として第三者目線からも感じられたことだろう。

 

「ところで、峰さん。そろそろパラシュートを開いてくれませんか?」

「……」

「峰さん?」

「きゅううぅぅぅ――」

「峰さん!?」

 

 と、ここで。未だに改造制服を解き放ってパラシュートを開かない理子の意図がわからずクエスチョンマークを浮かべたアリアは改めて理子の顔を正面から見据える。すると。そこには体をブルブルと震わせて目を回す理子がいた。

 

「ちょっ、峰さん!? しっかりしてください! なに気絶しようとしてるんですか!?」

「だ、だだだだだだだだだって! ボボボボボク、いいいいいい今! そそそそそそ空から落ちてぇぇぇええええええええええええ!!」

「怖がってないでさっさとパラシュート開いてください! というか、さっきまでの落ち着きっぷりはどうしたんですか!?」

「そ、そそそそそんなの、ボボボボボボクだってししししし知らないよ! さささささささっきまでは無我夢中だったし! 急にこここここ怖くなっちゃったんだから、しししししし仕方ないじゃん! それにボク、ここここここ高所恐怖症だし――」

「ハァ!?」

 

 アリアは理子が明かしたまさかの事実に目を丸くする。当然だろう。理子の発言はすなわち、世紀の大怪盗たるアルセーヌ・リュパンの代名詞とも言える『高所からの飛び降り逃走』を自分はすることができないと明言したようなものなのだから。

 

「ちょっ、リュパンの血を継いでる人間がなに言ってるんですか!? 冗談言ってる場合じゃないってわかってますか!? このままじゃあ私たち二人とも落ちて死んじゃいますよ!」

「冗談じゃ、なななななないもんッ!」

「じゃあ聞きますけど――あの時、飛行機から飛び降りて逃げたのはどう説明つけるつもりですか!? あの高さが大丈夫なくせに今回はダメだなんて言わせませんよ!」

「あああああああの時、ボク飛行機から飛び降りてないもん!」

「えッ?」

「とととととと飛び降りようとしたけど怖くなったから結局飛行機の中にいたもん!」

「ええええええええええええ!?」

 

 アリアは理子が明かしたまさかの事実その2――理子がANA600便の中で自分たちと運命を共にしていたこと――に驚愕の声を上げる。と、そうこうしている内にも地面との距離はグングン縮まっていく。理子がパラシュートを開かない限り、二人の死はまず回避不可能だ。

 

「ううぅぅぅああああああああぃいぃいいいいいいいいいい!!」

「峰さん、早くパラシュート開いてください! 私こんな所で死ぬなんてゴメンですよぉぉおおおおおお!!」

「あッ……」

「峰さん!? どうしましたか!?」

「もう、ゴールしてもいいよね……?」

「峰さぁん!? なに悟ったような顔しちゃってるんですか!? ホントお願いですからパラシュート開いてくださいぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 ハイライトの消えた瞳で「あははぁ~」と力なく笑う理子はアリアの絶叫に近い音量での頼みを平然と右から左へと受け流す。結果、アリアの悲痛に満ちた声は夜の闇に消えていく。ちなみに。何だかんだで理子がパラシュートを開き、二人がどうにか事なきを得たのは数秒後のことだった。

 

 また。この出来事を契機にアリアはこれまで大丈夫だったはずのジェットコースターやらフリーフォールやらにやたらと恐怖を抱くことになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 一方その頃。

 

「……ふぅ。あの様子だと大丈夫そうだな」

 

 一人屋上に残されたキンジは上からアリアと理子の様子を眺めていた。キンジの目には甲高い悲鳴を上げつつもどうにかパラシュートを開いたらしい二人の姿がわずかに映っている。

 

 アリアと理子。守るべき二人の女の子の安全を確認したキンジは「ハァ」と盛大に安堵のため息を吐く。その時。ブラドに勝ったという事実を受けてほんの少し気を緩めたせいか、キンジの視界がグラリと大幅に揺れた。

 

「今回ばかりはさすがに疲れた、な……」

 

 キンジはうっかり屋上から落ちてしまわないようにふらつく足取りで移動する。と、そこまでで限界だったのか、キンジは足がもつれる形で顔から転ぶ。そして。キンジの意識はそこでプツリと途切れたのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 数分後。

 

「死ぬかと思いました。今回ばかりは本気で死ぬかと思いました……」

「あう、え、えーと、その、あの……ご、ごごごめんね? オリュメスさん」

「あー、もういいですよ、峰さん。悪気がないのはわかってますし」

(むしろ悪気がないからこそ余計に性質が悪いんですけどね)

 

 無事に地面に着地した後。深々とため息を吐いてその場に座り込むアリアに涙目の理子がオドオドと挙動不審極まりない動きとともに謝ってくる。今回の恐怖体験の元凶たる理子に思う所が大いにあるアリアであったが、罪悪感を感じまくっているであろう今の理子の心を不用意に傷つけるべきではないと自身の本音をグッと飲み込むと、ピョンと片足で器用に立ち上がってけんけん状態である方向へと進んでいく。

 

 10秒ほどピョンピョンと移動した所でアリアはけんけんを止めて下を見下ろす。その視線の先に、大の字で地に倒れるブラドの姿があった。弱点の魔臓を撃ち抜かれ、無限再生能力を失った状態で高度約300メートル地点から突き落とされたというのに、即死どころかまだ気絶せずに意識を保っている辺り、さすがは人外の吸血鬼といった所か。尤も、今のブラドには指一本動かす力さえ残っていないようだが。

 

「ざまぁないですね、ブラド」

『神崎・H・アリア……』

「今回の私たちの勝利程度で貴方の凝り固まった考え方が変わることなんてないでしょうが、それでも勝った方が正義です。なので、とりあえず撤回してください。今まで散々峰さんを侮辱したこと、峰さんに謝ってください」

「え、オリュメスさん……?」

 

 アリアは息も絶え絶えといった風なブラドを侮蔑の眼差しで見下ろすとともに理子への侮辱発言の撤回を求める。ブラドはアリアの思い通りの展開にならないよう『だ、れが……』と拒否するも「まぁ、別に撤回しなくてもいいんですけどね。ただその場合、貴方が無能の峰理子リュパン四世より下等の、救いようのない何者かになるだけですし」という、続けて放たれたアリアの言葉につい『うッ』と苦悶の声を漏らした。

 

「んー、そうですね。もしも峰さんに対する侮辱の数々を撤回するというのなら、今回は特別に貴方を逮捕せずに逃がしてあげてもいいですよ?」

「オリュメスさん!?」

『何の、つもり……?』

「そんなの貴方には関係ないでしょう? さぁ、素直に峰さんのことを認めて自由を手に入れますか? それとも峰さん以下のカスと認めたままで牢獄ルートを選びますか? 私的にはどちらも面白そうなのでアリですよ?」

 

 理子が信じられないものを見るような目つきでアリアを凝視する中、アリアはブラドに二つの選択肢を突きつける。しかし。下等な人間によって自由を奪われたくないブラドにとって選択肢は一つしかないも同然だった。

 

『……わかったわ』

「それじゃあ早速言ってみましょうか」

『四世。ごめ…………。貴女は…………でも……作でも……………でもな…わ。リュ…ン………継ぐ…………しい…間よ』

「あ、すみません。全然聞こえなかったのでもう一回お願いします。今度はもっと大きな声で。あともっと誠心誠意、心を込めてお願いします」

『神崎・H・アリアァ……!』

 

 ブラドは下等な人間の言うことに従うなと叫んで止まない己のプライドを無理やり押さえつけて小さい声で理子への侮辱発言を撤回するも、アリアはブラドの言葉を軽く一蹴して復唱を求めてくる。アリアの反応にブチ切れたブラドだったが、「口答えですか? そんなに檻の中の生活に心寄せてるんですね。ちょっと意外です」と言外に脅しをかけられたことにより、ブラドは再び先と同じことを口にすることとなった。

 

『峰理子リュパン四世! ごめんなさい! 貴女は! 無能でも失敗作でも繁殖用牝犬(ブルード・ビッチ)でもないわ! リュパンの血を継ぐに相応しい人間よ! ハァ、ハァ……これで満足でしょ?』

「はい。これですっきりしました。録音もできましたしね」

『なッ!?』

 

 アリアはニッコリ笑顔で懐から携帯端末を取り出してブラドに見せつける。そして。まさか録音されているとは露にも思っていなかったブラドに向けて、アリアは「ま、どっちにしろ貴方は捕まえるんですけどね」とサラッと一言呟いた。

 

『ま、待ちなさい! 話しが違うッ……』

「話? 何のことですか? あんなの、ただの口約束でしょう? 契約書も誓約書もないただの口約束にこの私がなんで従わないといけないのですか?」

 

 アリアはニタァと意地の悪い笑顔でブラドを鼻で笑う。その言葉は前にブラドが理子に絶望を突きつけるために言い放った言葉そのままだった。

 

『貴女、いつか覚えてなさい……!』

「そう言われましても、ホームズの卓逸した推理力を受け継いでいない私に記憶力なんて期待しない方がいいと思いますよ? それとも、今日の貴方の屈辱的な姿を未来永劫私の記憶の中に留めてほしいというのならやぶさかでもありませんが」

『くぅッ……』

「さて。神奈川県警の方々も今までの騒ぎを聞きつけてやって来たみたいですし、これにて一件落着……ですね」

 

 アリアは遠目に神奈川県警のヘリやパトカーが向かってくるのを確認するとホッと安堵の息を零してその場にペタンと座り込む。

 

「……オ、オリュメスさん!? 大丈夫!?」

「……峰さん、後のことは頼んでいいですか?」

「へ?」

「今回はブラドに手酷くやられてしまいましたからね。もう意識を保ってるのもやっとなんです。なので、後のことは、お願い、します……」

 

 アリアは自身のことを心配してくれる理子に後のことを全て託す旨を伝えると、そのまま糸の切れた操り人形のようにその場に倒れる。そして。「オリュメスさん!?」と自身の体を揺さぶってくる理子に構わずにアリアはわずかに保っていた意識をあっさりと手放した。

 

 かくして。イ・ウーナンバー2たるブラドとの戦いは峰理子リュパン四世という一人の怪我人と、遠山キンジ&神崎・H・アリアという二人の重傷者を生む形で終結したのだった。

 




キンジ→今回、出番がほとんどなかった熱血キャラ。主人公補正がなかったらあのまま死んじゃってると思うの。
アリア→巧みな話術でブラドを弄ぶメインヒロイン。今回の一件で軽度の高所恐怖症を発症した。
理子→意図せずアリアにトラウマを植え付けた、高所恐怖症のビビり少女。ANA600便から飛び降りてない云々の話は20話に詳しく載ってるよ!
ブラド→アリアの手の平で弄ばれるメイドさん。彼の着ていたメイド服は局部を覆う部分を残してほとんど消失している。

 というわけで、84話終了です。今回はアリアさん無双でしたね。話術オンリーでしたけど。アリアさんのキャラが何か変わってる気がするかと思われますが、そこは今回の戦闘でブラドに顔を床に叩きつけられたり右足を折られたりしたことへの仕返しがしたかったってことで納得してくださいませ。

 さて。それではアリアさんのアリアさんによるアリアさんのための意趣返しタイムも終了したことですし、次回からは第三章エピローグですね。……しばらくシリアス続きだったから上手くネタを入れられるかどうかすっごく不安だなぁ(←棒読み)


 ~おまけ(ネタ:もしも横浜ランドマークタワー周辺で作業中の人がいたら)~

??「あうッ!?」
親方「どうした、リサ!?」
リサ「親方様! 空から十字架(ロザリオ)が落ちてきました!」
親方「なにぃ!? 後で換金するからちゃんと拾っとけ!」
リサ「はい! わかりました!」

 ――しばらくして。

リサ「お、おおおお親方様ぁ!」
親方「今度は何だ、リサ!?」
リサ「そ、空から血まみれのメイド服を着た化け物が降ってきました!」
親方「なにぃ!? 後で研究所に引き渡して報酬もらうから拘束しとけ!」
リサ「はい! わかりました!」

 ――しばらくして。

リサ「お、おおおおおおおおおお親方様ぁ!」
親方「一体今度は何なんだ、リサ!?」
リサ「そ、空から女の子が二人抱き合った状態で降ってきました!」
親方「なにぃ!? 後で警察に引き渡して身柄の安全を確保してもらうから110番通報しとけ!」
リサ「はい! わかりました!」

 リサちゃん、ゲスト出演の巻。


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85.熱血キンジと第三章エピローグ(1)


 どうも、ふぁもにかです。今回はこれまでのブラド戦と比べると文字数がやたら少ないです。しかも区切りが微妙かと思われます。すみません。

 ……し、仕方ないじゃん! リアルが忙しいのはもとより、最近は動画作成や魔界戦記ディスガイア4にも楽しみを見出しちゃったんだもん! 魚に強いと書いて『魚強(いわし)』! イワシ閣下バンザイ! ……ハァ、私だけ1日72時間くらいにならないものでしょうかねぇ。



 

 ブラドとの激戦から3日後。

 

「むむむッ……」

 

 武偵病院にて。包帯だらけの体を隠すように病院着を身に纏った一人の男――遠山キンジ――はベッドの上で頭を捻っていた。ギュインギュインと効果音がつきそうなほどに頭を回転させていた。

 

 キンジが指で掴んでいるのは一つのピース。キンジの視線の先にはテーブルの上に置かれた四角い枠と所々に置かれたピースの集合体。要するに。キンジは今現在、ジグゾーパズルに全神経を注いでいた。ちなみに。このジグゾーパズル、武藤からのお見舞い品である。これから続く長い入院生活を考えると中々に素晴らしい暇つぶし品だ。

 

 余談だが、キンジは武藤以外からもお見舞い品をもらっていたりする。不知火からは猫の写真集、陽菜からはモノポールらしき謎の物体、レキからは音響弾(カノン)、ユッキーからは『わんわんおー』の主人公ことチワワッフルの抱き枕(※星伽神社から搬送されている)といった具合に。お見舞いの品の時点でそれぞれ強烈な個性がにじみ出ている点が何とも言えないキンジであった。

 

 ついでに。キンジは知らない。ジグゾーパズルが武藤とジャンヌによる共作であることを。ジグゾーパズルを完成させた暁にはグラビアっぽいポーズをとるアリアの絵(※天使の羽根つき)が出来上がるということを。キンジへのちょっとした悪戯を企んだ万能型の武藤と卓逸した画才を持つジャンヌとの夢の共演によりこの世に生まれた無駄にクオリティの高い代物である。才能の無駄遣いとはこのことか。

 

 

「――ん。――さん」

 

 とにかく。キンジはジグゾーパズルに熱中していた。ゆえに、キンジは気づかない。一人の看護師がキンジの元に治療用具一式とともに現れたことを。何度も自分の名前を呼んでいることを。

 

 いくら名前を呼んでも無反応な患者を前に看護師は一つため息を吐くと、ゆっくりと深呼吸をしてからキンジの耳元で「――遠山さんッ!」と全力の声を上げた。結果、不意に至近距離で自分の名前を叫ばれたことでキンジは「えうッ!?」という変な悲鳴とともにビクリと肩を揺らす。その際、指からパズルのピースがベッドの下へと落下していく。

 

「――って、何かと思えば葛西さんですか。驚かせないでくださいよ」

「驚かせられたくなかったらちゃんと反応してくださいよ。もう何度も遠山さんの名前呼んだんですよ?」

 

 若干怒り気味、もといぷんすか状態の看護師こと葛西さんは床に落ちたピースを拾うとキンジに「はい」と手渡しする。一方、自分の方に全面的に非があると知ったキンジは申し訳なさそうな表情で「……すみませんでした」と謝りつつ、パーツを受け取った。

 

「ところで、今回は何の用ですか? 包帯はさっき変えましたよね?」

「はい。だから今度は神崎さんの包帯を変えるつもりだったんですけど、ここにはいなかったので、遠山さんなら神崎さんの居場所を知っているかと思いまして」

「あー、アリアならついさっき屋上の方に行きましたよ。何でも、こんなに晴れた日にただベッドに寝転がっているだけなのは性に合わない、だとか」

「……全く、またですか。しょうがない患者さんですね」

「入れ違いになったみたいですね。……すみません、葛西さん。貴女の手を煩わせるようなことをしてしまって」

「遠山さんが謝ることではありませんよ。それでは神崎さんが戻り次第、私を呼んでもらえませんか?」

「はい。わかりました」

 

 ヒラヒラと軽く手を振って病室から出ていく葛西さんにキンジはペコリと頭を軽く下げる。そして。葛西さんが病室を去ってから十数秒後。キンジは一つため息を吐くと、隣のベッドの下にありったけのジト目を注いだ。

 

「……アリア、行ったぞ」

「了解です」

 

 ジト目で隣のベッド下を見つつキンジが小さい声で言い終えた瞬間、ベッド下からそろーりといった効果音を引き連れてアリアが頭を出してきた。アリアは左右を一瞥して付近に看護師がいないことを確認するとそのままの状態でリスのごとくももまんを食べ始めた。

 

「はむッはむむッ――」

「……なぁアリア。何もベッドの下でももまん頬張ることないんじゃないか? 俺が連絡するまで葛西さんも戻ってこないみたいだしさ」

「甘いですね、キンジ。例え葛西さんが来なくとも、いつ第二第三の看護師(エネミー)が現れるかわからない以上、常に看護師(エネミー)を警戒して行動するのは当然の理です。Sランク武偵に油断などあってはならないのです」

「……とりあえず看護師のことをエネミーって言うのは止めてくれ。俺たち怪我人をきちんと手当てしてくれてるんだからさ」

 

 キンジの呆れに満ちた声色でのお願いにアリアは渋顔で「……善処します」と言葉少なに受け入れる。尤も、眉間にしわを寄せるアリアの表情もももまんを食べれば瞬く間に満面の笑みに切り替わるのだが。

 

 アリアは以前、理子との戦いでの負傷が原因で入院した際に大好物のももまんを食べられない状況にさせられている、もといももまんを看護師に取り上げられている。もはやアリアにとっての命の源といっても過言ではないももまんを容赦なく没収された過去があるためにアリアが看護師をやたら敵視している気持ちはわからなくはないが、日々仕事に忙殺されている看護師の手をさらに煩わせるのはどうかとも思うキンジである。

 

「ま、あんまり葛西さんに迷惑かけてないでさっさと包帯取り替えてもらっとけよ。怪我の治りが遅くなっても知らないぞ?」

「……手持ちのももまんを全て消化したらそうしてもらいます」

「了解。つーか、それもう何個目だよ」

「ん? 25個目ぐらいですかね?」

「おいおい、それ明らかに食い過ぎじゃねぇか。お前の胃どうなってんだよ?」

「その辺は心配いりません。ももまんは別腹ですから」

「……別腹でごまかせる量じゃないだろって思うのは俺だけか?」

「まぁいいじゃないですか。ここ最近は全然ももまんを食べてなかったせいか、私の体がももまんを欲してやまないのです。この衝動に逆らうことなんてできませんよ」

 

 二人だけが存在する病室にて。「やれやれ」とため息を吐くキンジ。キンジとの会話の最中に残るももまんを全て堪能し終えたアリア。と、ここで。会話の途切れた二人の髪を開け放たれている窓からの優しいそよ風が軽く撫でていく。

 

「……にしても、今回ばかりは本気で死ぬかと思ったな」

「ええ。さすがにイ・ウーナンバー2。ブラドがあまり頭のよろしくない上に沸点の低いタイプでしたから助かりましたけど、ブラドに知略も一人前に備わっていたらと思うとゾッとしますね」

「そうでなくても色々危なかったしな」

 

 キンジとアリアはブラドとの戦いを振り返ってブルリと身を震わせる。結果的にブラドに勝てたから良かったものの、よくよく考えてみれば綱渡りの連続だった。下手したら死んでいたかもしれない場面なんて何度もあった。

 

「ホントに運が良かったんだな、俺たち」

「……全くです」

 

 客観的に過去を見据えた後、キンジがしみじみと放ったブラド戦への感想にアリアがコクコクうなずく。と、その時。バンと、病室の扉が勢いよく開かれた。そして。松本屋の袋を引っさげた金髪少女こと理子が迷いのない足取りで病室に足を踏み入れてきた。

 

「オリュメスさん! ももまん、買ってきたよ!」

「ナイスタイミングです、峰さん!」

 

 理子がにこやかな笑みを浮かべつつ袋からももまんギフトセット20個入りを取り出して頭上に掲げた瞬間、アリアはすぐさまベッド下から這い出て理子との距離を一息に詰めると同時にももまんギフトセット20個入りを奪取する。それからアリアは軽く残像を残せるほどのスピードでベッド下へと戻ってももまんを頬張り始める。ここまでの時間はわずかに2.5秒である。ことももまんに関しては軽く人間を止めていることに定評のあるアリアだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「本当にすみません、峰さん。こんなパシリみたいな扱いをさせてしまって」

「だ、大丈夫大丈夫。オリュメスさんが気に病むことないよ! 二人はボクの大恩人だし、困ってる人は助けなきゃだしね! ほ、他にも何かしてほしいことがあったら遠慮なく言ってよ! ボクにできることなら何でもするから!」

 

 通算30個目のももまんを食べてようやくももまん食べたい衝動がある程度収まってきたらしいアリアはももまん調達のために理子をパシらせていることに申し訳なさそうな表情を浮かべるも、当の理子は嫌な顔一つせずに輝かしい笑顔でポンと胸を叩く。結果。アリアは理子の反応に感極まったらしく「峰さん……!」と喜色に満ちた声を上げる。おそらく今のアリアは理子の背後から差してくる後光を感じていることだろう。

 

「え、えと、遠山くんも何かないかな? ボクにやってほしいこと」

「いや、やってほしいことって言われても……もう色々と事後処理任せちゃってるしなぁ」

 

 キンジは真っ直ぐな視線を向けてくる理子から視線を逸らして頬をかく。どうやらキンジは理子に用事を頼むことを躊躇しているようだ。

 

 当然だ。何せ、俺とアリアが全治3週間もの大怪我を負ったせいで病室から身動きが取れないために今現在、紅鳴館での窃盗行為やブラド戦、そして戦闘の影響で色々とボロボロとなった横浜ランドマークタワーの事後処理を全てもれなく理子に任せてしまっているのだ。

 

 それだけでも十分忙しいはずなのに、理子は暇を見つけては能動的にかなえさんの弁護士と接触してかなえさんの冤罪をいかに証明するかについての作戦を練ってくれてまでいる。

 

 いくら俺たちと比べて比較的軽い怪我だったおかげで入院せずに済んだとはいえ、まだ怪我が完全に癒えていない状態の理子を右へ左へと奔走させている。当の理子は「もっとボクを頼ってくれていいのに……これじゃあ全然恩返しにならないよぉ」としょんぼりとしているが、これ以上理子に負担をかけるわけにはいかないだろう。ということで、しょんぼり理子のことは華麗にスルーすることにしたキンジだった。

 

「で、今日はどうしたんだ、理子?」

「え、どうしたって?」

「その様子だと、今日ここに来たのはアリアにももまんを渡すためだけじゃないんだろ?」

「ふぇ!? え、ええと、ど、どどどどどうしてわかったの?」

 

 図星を言われて動揺しまくる理子の問いにキンジはただ一言「Sランク武偵の勘だ」と答える。一方。何か明確な根拠の元に自分の目的を見抜かれたものと考えていた理子は「そ、そっか」と言葉を返す。内心で「えぇぇー」と声を上げつつ。

 

「遠山くん。神崎さん。えっと、二人に聞いてほしい話があるんだ。ボクのことなんだけど……いい、かな?」

 

 理子は動揺する心を落ち着かせるように深呼吸を何回か繰り返した後に、神妙な顔つきで尋ねてくる。キンジもアリアもこれといって理子の申し出を断る理由はない。そのため。キンジは作りかけのジグゾーパズルを片づける形で、アリアは今まさに食べようとしていた31個目のももまんをしまう形で居住まいを正してから理子に了承の意を返すのだった。

 




キンジ→ジグゾーパズルにハマった熱血キャラ。全治3週間の大怪我を治すために入院中。チワワッフルの抱き枕を見たせいでこれでもかと不機嫌な表情を顕わにしたアリアのご機嫌取りに神経を費やしたりしつつ入院生活をエンジョイしている。
アリア→巧みに理子をパシらせることで入院中もきちんとももまんを補給することに成功しているメインヒロイン。全治3週間の大怪我を治すために入院中。ももまんを見たら例外なく取り上げようとしてくるであろう看護師をエネミー扱いしている。
理子→キンジとアリアへの恩返しに日々勤しむ献身系ビビり少女。事後処理などに忙殺される日々を送っている。
葛西さん→神崎千秋くんのごとく、名前のあるオリキャラ。看護師稼業に勤しんでいる。とはいえ、出番はもう二度とないと思われる。葛西の名を聞いて「火火火」と笑える人とは仲良くなれると思うの。

 というわけで、85話終了です。すっかり敵対関係といった雰囲気の消え去ったキンジくんたち。ふふふ、やっぱりみんな仲良しって書いてて楽しいですね、ええ。

 にしても、ここ最近……武藤や不知火たちを地の文やおまけでしか登場させてない件について。彼らも偶には本編の方で出してあげたいけど、ネタの方が全然思い浮かばないんですよねぇ。
……やれやれ、どうしたものか。


 ~おまけ(後日談)~

 綴ハウスにて。

綴「ほな、エサの時間やでぇ~(←すっかりオオカミの虜と化している綴先生)」
綴家の番犬オオカミ「わん!」
オオカミその1「……わふぅ」
オオカミその2「わふッ」
綴「あ、あれ? えっーと、何か……三匹に増えてるんやけど。なに、どういうこと?」
綴家の番犬オオカミ「くぅぅぅーん(←期待に満ちた眼差し)」
綴「いや、けどさすがに三匹もうちで預かるのはちょっと無理やないか? 武偵犬ってごまかすのも大変やし――」
オオカミその1「くぅん……(←すがるような眼差し)」
綴「食費やってバカにならへんし――」
オオカミその2「……わふぅぅ(←母性をくすぐるような眼差し)」
綴「あぁぁぁああああああああ! もう! わかった! 一匹も三匹もそんな違いあらへんしな! 皆うちで世話したる! それでええな!?」
オオカミ三匹「「「わんッ!」」」

 かくして。レキから命からがら逃げきった二匹のオオカミも綴家の番犬という新たな居場所を確保したのだった。


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86.熱血キンジと第三章エピローグ(2)


 どうも、ふぁもにかです。ここ最近、ただでさえ遅れ気味な感想の返信が思いっきり遅れちゃってる件について。連載当初は「感想は24時間以内に返信するぜ!」とか意気込んでいたんですが……くうッ、どうしてリアルの世界での用事がこうも雪だるま式に増えていくんだッ!?



 

 ――それは、ボクがまだ小さい頃の思い出。

 

 

 その日、理子は一人で泣いていた。理由は簡単、理子が他の子供たちから散々からかわれたせいだ。理子をからかっている側は「遊んでいる」ものと考えていたり、あるいは好きだからこそちょっかいを出したりといった何とも子供らしく可愛らしい理由の元でからかっていたのだが、当の理子にはいじめられているようにしか感じなかったのである。

 

『どうしたの、理子?』

 

 からかわれていた当時のことを思い出し、庭で一人泣き続ける理子の頭上から慈愛に満ちた声がかかる。理子が弾かれたように見上げると、金髪と蜂蜜色の瞳がよく映える美人――理子の母親――が首をコテンと傾けて理子に問いかける姿があった。

 

 理子に何かあった時、理子の側にいたのはいつも母親だった。父親は仕事(ドロボー)関連で家にいることが稀な上に、両親の雇った使用人たちは理子に対してどこかよそよそしかった。幼いながらも使用人たちのそっけなさを不審に思い警戒心を抱いていた理子。そのため、理子の話し相手は自然と母親に限定された。

 

 理子は『ママッ!』と母親に抱きつく。そして。自分の気が済むまで泣き続けた後に、ポツリポツリと自分がどうして泣いていたのかを母親に聞かせ始めた。その支離滅裂で言葉として成立しているかどうかすら怪しい理子の発言を、母親は適度に相づちを打ちながらしっかりと聞いていた。

 

『皆はボクのこと、嫌いなのかな?』

『そんなことないわ。皆理子のことが大好きよ。好きだからこそ、そうやってからかってくるの。だから、理子が嫌ならちゃんとそう言えばすぐにやめてくれるわよ』

『…………本当?』

『ええ、本当よ。もしも不安だったら私と一緒にお願いしてみる?』

『……うん』

 

 理子は不安に満ちた表情で一つうなずく。母親の言葉を信じられないわけじゃない。しかし、理子にはどうしても皆が自分のことを好きだとは思えなかったのだ。

 

『理子。貴女は私に似て臆病な性格をしているから、きっとこれから苦労することは多いと思うの』

 

 そのような理子の表情を見かねたのか、母親は理子と目線を合わせるために一旦しゃがみ込んでからおもむろに理子に語りかける。理子の両肩に優しく手を乗せて。彼女は語る。

 

『でもね、そういう時こそポジティブに考えなきゃ損なのよ、理子。後ろ向きに考えてたって何もいいことないんだから』

『ママ……』

『まぁ、いきなりこんなこと言っても難しいかもしれないわね。そうね……苦労して、悩んで、辛くなった時はね。とりあえず空を見上げてみるといいわ』

『空?』

『うん。そしたらね、空は綺麗で、広くて、眩しくて……ずっと見てると段々と自分の抱えてるものがちっぽけに思えてきて「自分はまだやれる」って思えるようになってくるの、不思議とね』

 

 母親は空一面に広がる雲一つない青空を見上げて目を細める。母親の顔を見つめていた理子もまた、母親に釣られて一緒に空へと顔を向けてみる。

 

『それにね。空を見上げて生きてると、いいことにも巡り会えるものよ』

『いいこと? どんな?』

『ふふふ。私の場合はね、空を見上げてたら……パパが降ってきたの!』

『パ、パパが!?』

『そッ、パパがね。パパは凄腕の武偵から逃げてる途中だったみたいなんだけど、その時上からズドーンと降ってきたパパとバッタリ出くわしてね。それが私とパパとの出会いだったの。それで色々あって結婚して、こうして可愛い可愛い私の愛娘(理子)を愛でていられるんだから、これっていいことだと思わない?』

『――うん!』

 

 空を見上げていた母親は理子へと視線を戻すと眩いばかりの笑みを浮かべる。母親の笑顔を見て何だか嬉しくなった理子も同じようにして笑顔を母親に返す。

 

 

 ――それは、ボクがまだ小さい頃の思い出。

 

 ママはいつも笑っていて。心から笑っていて。

 死んでもなお笑みを浮かべていた。最期までママはいつものママだった。

 ボクにとても優しくて。まるで女神のようなママ。

 

 時が過ぎるとともに多少は色あせてしまった思い出。

 美化されている部分もあるかもしれない。

 だけど。それでも今もしっかりと覚えている、ボクの大切な思い出。

 

 

 ――その思い出が、ママの言葉の一つ一つが、今日もボクの心の中で確かに息づいている。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「遠山くん。神崎さん。えっと、二人に聞いてほしい話があるんだ。ボクのことなんだけど……いい、かな?」との問いかけから始まった理子の話、それは理子の身の上話だった。理子が物心ついた時から今までの、理子が辿った人生の軌跡の話だった。

 

 両親が健在で本当に幸せだった時のこと。

 両親の死を受けて悲しみに暮れていた頃に自称親戚のブラドが接触してきた時のこと。

 養子に迎え入れるとは名ばかりで、実際にはブラドに監禁され日々実験体として使われていた時のこと。

 ある時、母親の形見の十字架(ロザリオ)に宿る不思議な力に気づき、それでどうにか檻からの脱出にこぎつけた時のこと。

 逃亡先で偶然出会ったジャンヌの紹介でイ・ウーに入った時のこと。

 理子の居場所を突き止めたブラドが理子を連れ戻そうとイ・ウーに乗り込んできた時のこと。

 震えるだけの理子にブラドが「初代リュパンより優れていると証明できたら貴女を諦めてあげる」と一つの口約束をしてきた時のこと。

 初代リュパンより優れていると証明するためにホームズの子孫とそのパートナーを倒すという方法を選んだ時のこと。

 キンジとアリアを倒せなかったためにイ・ウーを退学させられ、さらに再び姿を現したブラドに十字架(ロザリオ)を奪われた時のこと。

 十字架(ロザリオ)を取り戻す方法について悩みに悩んだ結果、キンジとアリアに助けを求めた時のこと。

 

 

 ジャンヌの口から理子の過去について粗方のことを聞いていたキンジだったが、いざ本人から詳細な話を聞いてみるとそれはそれは凄惨なものだった。特に、ブラドに監禁されていた時の話は衝撃的極まりなかった。

 

 

 理子はまだ両親が生きていた頃に母親によく言われたのだそうだ。

『人生はやじろべえと似たようなものだ』と。

『どんな人間にも必ず幸せと不幸せが等量に与えられるものだ』と。

『周りからすれば不幸にしか見えない可哀想な人であっても、本人の主観からすれば幸せと不幸せとが同じだけ与えられているように感じているものだ』と。

『善人であれ、悪人であれ、報われない人はいない』と。

『だから幸せな時ほど足元を掬われないように気をつけないといけない』と。

『辛い時ほどその先にある幸せを信じて前進しないといけない』と。

『辛ければ辛いほど、その先には誰もが羨む幸せが待っているのだから』と。

 

 

 だから理子は檻の中で信じたのだ。今は苦しいし辛い。こんな思いをするぐらいならいっそ死んでしまった方が遥かにましだ。でも、けれど、今苦しんだ分だけ、未来は明るいのだと。幸せな未来が待っているのだと。理子は母親の言葉をただただ愚直に信じ続けた。それを心を支えにしてきたのだ。

 

 

 今日は辛くても、明日は幸せになれるかもしれない。

 明日がダメでも、明後日こそは幸せになれるかもしれない。

 明後日がダメでも、明々後日になれば幸せになれるかもしれない。

 終わらない不幸はなんてなくて、不幸の後には絶対に幸せがあるんだから。

 

 

 ブラドの支配下で、理子はずっとそのような確証のない希望を抱いて生きてきた。十字架(ロザリオ)の中に秘められた力に気づき、狭くて暗い檻からの脱出の糸口を見つける、その時まで。

 

 だからこそ理子は壊れなかった。ブラドからどのような仕打ちをされようと、実験体にされようと、決して壊れることがなかったのだ。

 

 

「「……」」

 

 理子が全てを話し終わり、何とも言えない重苦しい空気が病室に漂う中。キンジとアリアは思わず閉口する。理子に一体何を言ってやればいいのかがわからないまま、ただただ時間だけが経過していく。

 

 理子はその普段のオドオドした挙動から非常に弱そうに見える。けれどその実、理子は精神的に強い。何せ、精神崩壊して当然ともいうべき劣悪極まりない状況下で、それでも母親のくれた言葉を胸に、壊れることなく生きてきたのだから。いつ終わるかもわからないただ苦しみだけが続く日々をひたすら耐え抜いてきたのだから。そんなこと、普通の人間にできることじゃない。少なくとも俺にはできない。初代リュパンにだってできないだろう。これは断言できる。

 

 理子にはとても敵いそうにない。理子の過去話からそのことを深く認識させられたキンジだったが、キンジには一つだけ腑に落ちない点があった。

 

「なぁ理子。お前はどうしてこのことを俺たちに話してくれたんだ?」

「え、っと……知ってほしかったから、かな。二人はボクがリュパンの子孫だってことも、ブラドに囚われてたことも知ってるから。だったらもう、全部話しちゃっても変わらないかなって」

「ま、それもそうか」

「そ、それに……ボ、ボボボボッ、ボきゅと! と、ととと友達になってほしきゃったからッ!」

 

 

 理子は途中で一度言いよどんだり何回か噛んだりしつつも自身の過去をキンジとアリアに語った理由を声高に伝える。その後。大声で友達になってほしいと叫んだことが急に恥ずかしくなったのか、理子は両手の人差し指同士をツンツンと合わせながら「えと、これから友達になる人相手に隠し事はよくないかなって思って、その……」と小声で理由を付け加える。

 

 一方。理子の口から放たれたまさかの理由につい言葉をなくすキンジとアリア。沈黙を続ける二人の反応を拒否と捉えたのか、理子は「……やっぱりダメ、かな?」と涙で瞳をウルウルとさせた状態で問いを投げかけてくる。涙のダムが決壊寸前となっている理子を前に無言のままだったキンジたち二人はハッと我に返った。

 

「い、いや、ちょっと待て、理子。友達になってほしいも何も、俺と理子はとっくに友達だろ? でなきゃ理子の名前をこうも気安く呼び捨てになんかしないぞ?」

「へ? そうなの?」

「えッ?」

「……」

「……」

「……え、えと、あの、遠山くん?」

「少なくとも俺は友達のつもりだったんだけどなぁ……」

(おいおい。てことは、理子から見た俺はただのクラスメイトAだったってことかよ。……これ地味にショックだぞ)

 

 とっくに理子と友達になっているものと考えていたキンジは若干焦り気味に理子と友達確認をする。しかし。理子から返ってきたのは「え? 何言ってるの?」と言わんばかりのキョトンとした表情だった。キンジが精神的に軽い傷を負った瞬間である。

 

「み、峰さん? いきなり何を言うかと思えば……私たちはそれぞれ名探偵と大怪盗の血を継ぐ者同士ですよ? 宿敵やライバルならともかく、友達になんてなれるわけないでしょう?」

「……あ、うん。やっぱりそうだよね。ごめ――」

「――で、ですが! その……ま、まぁ峰さんは私のお母さんのために頑張ってくれてますし、ももまんも届けてくれますし……と、友達というのも吝かではありませんね、ええ」

「……全く。素直じゃないな、アーちゃん」

「う、うるさいですね、キンジ! 私にはこういった経験が少ないんですから仕方ないでしょう!? ……こういうのにはまだ耐性がないんですよ。あと、さらっとアーちゃんって言うのやめてください」

 

 一方のアリアは一度は理子のお願いをすげなく突き返したものの、遠回しな口調&所々裏返った声色で理子と友達になることを認める旨を伝えてくる。それから。ツンデレチックなアリアの発言を聞いたキンジからのからかいの念のこもった指摘に、アリアは赤面状態の自分の顔を隠すようにぷいっとそっぽを向く。そんな二人の反応から二人が自分の友達になってくれるとわかった理子は眩いばかりの笑みを零した。

 

「え、えっとね! ボク、峰理子リュパン四世、って言うんだ!」

「ん? 知ってるけど?」

「どうしたんですか、いきなり?」

「ママが言ってたんだ。と、友達になるには、まず互いに自分の名前を言い合って、そして握手しないといけないんだって」

「そういうもんか? 友達っていつの間にかなってるもんだと思うんだが……ま、いいか。じゃあ改めて、俺は遠山キンジ。よろしくな、理子」

「私は神崎・H・アリアです。よろしくお願いします。峰さ……いえ、理子さん」

 

 不意に自分の名前を名乗って右手を差し出してくるという謎の行動に首を傾げるキンジとアリアに理子が母親から教えられた友達のなり方を伝えてくる。その友達のなり方を心から信じ切っている風な理子を前に、二人はとりあえず理子の言ったようにそれぞれ自分の名前を名乗って順番に理子と握手を交わした。その際、これから友人関係となる理子を名字&さん付けで呼ぶのはあまりに他人行儀だと思ったアリアは理子の呼び方を変えることにした。

 

「うん。うん! よろしくね! 遠山くん! オリュメスさん!」

 

 差し出されたキンジとアリアの手をそれぞれ両手でギュッと握る形で握手を終えた理子は顔いっぱいに晴れやかな笑みを浮かべて二人の名前を呼ぶ。しかし。当の二人は理子の想定とは裏腹に少々不満げに眉を潜めるという反応を見せてきた。

 

「え、えと。二人とも、どうしたの?」

「理子。せっかく俺たち友達になったんだしさ、これからは俺のこと、名前で呼んでくれないか? 何か名字で呼ばれるとよそよそしい気がしてさ」

「では、私の方もアリアと呼んでくれませんか? 無理にとは言いませんけど」

「わ、わかった。頑張ってみるよ、き、キンジくん。オリュ、じゃなくて……アリア、さん」

 

 キンジとアリアから名前で呼んでほしいとの要請を受けた理子はぎこちないながらも二人の名前を呼ぶ。これまでの人生の中で人のことを名前で呼んだことがあまりなかったことを踏まえると、このぎこちなさにも得心がいくというものだろう。

 

 アリアは「そうそう。そんな感じです」と可愛らしい妹を見つめるような眼差しとともにうんうんとうなずき、キンジは「別に『くん』付けもいらないんだけど……まぁいいか」と本音を零しつつもすぐに妥協する。

 

 

 本来の立場を考えれば、俺はまだしもアリアは理子と友達になるべきではないのだろう。さっきアリアも自分で言ったように、アリアと理子はそれぞれシャーロック・ホームズとアルセーヌ・リュパンのひ孫だ。片や世紀の名探偵、片や世紀の大怪盗。武偵と犯罪者という立場も相まって、本来なら決して仲良くしてはいけないのは言うまでもない。

 

 けれど。出自に、立場に縛られて交友関係が制限されるのは間違っている。だから。本人たちさえ良ければ、稀代の名探偵の子孫と凄腕の大怪盗の子孫とが友達になったっていいのだ。母親の冤罪を証明するために奮闘するアリアと、アリアの母親に濡れ衣を着せた一人である理子が今みたいに仲良く話していたって何も問題ないのだ。

 

 

「? なに笑ってるんですか、キンジ?」

「ん? 笑ってたか、俺?」

「う、うん。楽しそうな顔してたよ、キンジくん」

「そっか。ま、何でもないから気にすんな」

 

 キンジは不思議そうな表情を浮かべるアリアと理子を見やると、フッと笑みを零す。二人して同じ表情を浮かべているという状況。ここからキンジはアリアと理子の二人がまるで仲睦まじい姉妹のように見えたために、たいそう微笑ましく感じられたのだ。

 

 笑みを零すキンジに同調する形でアリアと理子もニコリと笑みを浮かべる。つい先ほど友達となった三人によって形づくられた、何とも心地のいい空間がそこにはあった。

 

 

 かくして。幼少期に劣悪な環境下に晒されていたために、壊れこそしなかったものの精神的に深い傷を負った少女は一歩踏み出した。世界は恐怖に満ちているとしか考えられなくなり、人生を思うように楽しめなくなり、怯えなくていいものにまで常にビクビクと肩を震わせていた少女はとある武偵二人と友達となることで世界に対して己が抱く偏見と正面から向き合うこととなった。

 

 それがどのような結果になるのか。少女の深く傷ついた心はゆっくりと時間をかけて修復されるのか、はたまた木っ端微塵に砕かれてしまうのか。それはまだ誰にもわからない。しかし。もしも『人生はやじろべえと似たようなもの』で『どんな人間にも必ず幸せと不幸せが等量に与えられるもの』だとすれば、今まで不幸続きだった少女に早々悪いことは起こらないだろう。

 

 

 

 

 ――少女が幸せを掴み取れる瞬間、その時は案外近いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 第三章 熱血キンジとドラキュラ伯爵 完

 

 

 




キンジ→理子から友達だと思われてなかったことに地味に精神的ダメージを負った熱血キャラ。今回改めて理子と友達になった。
アリア→理子と友達となったメインヒロイン。これからはリュパンだとかイ・ウーだとかを捨て置いた上での付き合いがしたいと考えている。
理子→弱そうに見えて実は精神的にメチャクチャ強いビビり少女。ブラドの魔の手に堕ちて以降、自分から友達になってほしいと頼んだのは何気に初めてだったりする。
りこりんママ→理子の母親。オリキャラ。笑顔を絶やさない優しい性格の持ち主。ここでは峰不●子ではない。というか、仮に理子がルパン三世と峰不二子の子だとするとりこりんの髪の色が金髪なのが違和感ありますしね。隔世遺伝とでもしちゃえばいいかもなんだろうけど、個人的に気に入らなかったのでりこりんママはオリキャラと化しました。

 というわけで、86話もとい第三章終了、りこりんと友達になるエンドでした。いやぁー、やっとこの三人を友達にする展開を描くことができましたよ。りこりんに「キンジくん」「アリアさん」と呼ばせるために第三章執筆を頑張ってきたと言っても過言ではないですし、とりあえず……
( ;∀;)イイハナシダナー。

 さて。次回からはブラコンなカナさんが暴走するであろう第四章――といきたい所なんですが、ここらでちょこっと番外編を挿入したいと思います。1~3話ぐらいでちゃちゃっと終わらせるつもりなので、第四章を今か今かと楽しみにしている方々はそれまでの辛抱、よろしくお願いしま……ゴホン、よろしくお願いしまっしゅ!(←何となくふざけてみる)


 ~おまけ(ちょっとしたネタ)~

キンジ「そういうもんか? 友達っていつの間にかなってるもんだと思うんだが……ま、いいか。じゃあ改めて、俺は遠山キンジ。よろしくな、理子」
アリア「私は神崎・H・アリアです。よろしくお願いします。峰さ……いえ、理子さん」
理子「うん。うん! よろしくね! キンジお兄さま! アリアお姉さま!」
キンジ「ちょっ……!?」
アリア「そ、それは反則、です……!」
理子「え、あれ? 二人とも大丈夫!? 顔真っ赤だよ!?」
キンジ&アリア「「ガフッ!?」」
理子「え、ぇえええええええ!?(←ワタワタ)」
理子(ちょっ、なんで吐血!? まさか容体が悪化したんじゃ――)

 りこりんの破壊力が凄まじい件について。


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間章 IFストーリー
87.第三章BADENDルート



 どうも、ふぁもにかです。今回は大々的に趣向を変えて純度100%の、救いようのない鬱展開を執筆してみました。というのも、今まで本気で鬱な話を書いたことのないふぁもにかが果たして上手いこと鬱展開を書けるかどうかのテストをしたくなったのが原因だったりします。

 というわけで、今回ばかりはホントに鬱展開オンリーなので(※あくまで本編のみ)、人によっては気分を害する可能性があります。ゆえに。閲覧する場合は前もって覚悟を決めて、部屋を明るくして、背後に何かがうっすらと見えていないことを確認してから見ることを心から推奨します。



 

 IF:もしもキンジくん一行がブラドに敗北していたら

 

 具体的には、もしもブラド戦が『キンジ、アリア、りこりんが共闘→何だかんだでキンジくんがプチッとやられる→りこりん戦意喪失→アリア錯乱→アリアとりこりんがブラドに生け捕りにされる』といった感じで終了していたら。

 

 前提条件:シャーロックは徹底した傍観主義者。

 

 

 

 とある路地裏にて。彼は逃げていた。サラリとした茶髪に切れ長の瞳をした見目麗しい彼はヒューヒューと息苦しさが如実によくわかる呼吸とともに、それでも一瞬たりとも止まることなく全力で走っていた。彼はなりふり構わず走っていた。それだけ彼は追い詰められていた。

 

 逃亡中の彼は日本の強襲科(アサルト)Aランクの武偵である。上にSランクとRランクがいるものの、上記2ランクに属する軽く人間離れした超人たちの絶対数の少なさを鑑みると十分に優秀な部類に入るエリート武偵と言えよう。

 

 

 そんな彼こと不知火亮はここの所、東京武偵高にて頻発する連続武偵行方不明事件を追っていた。武偵数人が何の前触れもなく行方知れずとなるといった内容の行方不明事件だったが、当初は大して問題とされていなかった。というのも、武偵なら武偵高を介さない個人的な依頼、それも長期に渡って行われる依頼――例えば潜入調査――を引き受けることは決して珍しいものではなかったからだ。

 

 事態が一気に深刻性を増したのは、遠山キンジ、神崎・H・アリア、峰理子の三人までもが一斉に行方不明となったことがきっかけだった。何か長期に渡る依頼を受けていたわけでもないのに、先の武偵数名と同じようにして忽然と消え去った三人。何か不測の事態が起こったとしても大抵のことは乗り越えてみせるはずの優秀な武偵三人が同時に行方知れずとなったことは東京武偵高の生徒たちに確かな衝撃を与えていた。

 

 それぞれ色々な意味で影響力の凄まじい武偵三人の行方不明という事案を前に、楽観的なものから悲観的なものまで実にさまざまな憶測が飛び交う中。

 

 不知火は神崎千秋や武藤剛気、そして中空知美咲に風魔陽菜とともにキンジたちの行方を追った。キンジたち三人の他にも武偵たち――調べると、そのほとんどが過去の有名人を先祖とする者たちだった――が次々と行方不明となる状況下で、様々なルートを使って調査を続けた。尤も、少し前に発生したばかりの『武偵殺し』の模倣犯による一連の事件との関係性を警戒したために、慎重に慎重を重ねる形でしか調査はできなかったのだが。

 

 そして、調査を開始してから約1ヶ月。依然として行方知れずの武偵たちの足取りはつかめない。しかしその一方で、不知火たちは事件に一枚かんでいそうな怪しい人物を特定できた。

 

 小夜鳴徹。それは東京武偵高で救護科(アンビュラス)の非常勤講師を勤めている男だった。てっきり今回の連続武偵行方不明事件は外部の連中による犯行だと思い込んでいた不知火たち5人にとって、小夜鳴の名が浮上したことはまさに灯台下暗しだったのは想像にたやすい。

 

 そういった経緯の元。不知火と陽菜、神崎千秋の三人はそれぞれ交代しつつ小夜鳴を24時間監視し始めた。いくら小夜鳴が怪しいとはいえ、まだグレーゾーン。決定的な証拠を見つけるまではうかつに襲撃、なんて真似は出来なかったのだ。

 

 

 そして。小夜鳴の監視開始から52時間後。不知火が陽菜と監視の役目を交代しようと陽菜と合流した、まさにその時。唐突に陽菜がハッと目を見開いたかと思うといきなり不知火を左手で突き飛ばしたのだ。

 

 突き飛ばされた不知火が「何しやがる!?」と陽菜に文句を言おうとした時。不知火の目は驚愕に見開かれた。不知火の眼前、そこに薄気味の悪いウサギの仮面をした謎の人物と、その謎の人物の持つ小太刀によって左腕の二の腕から先をバッサリと斬り落とされた陽菜の姿があったからだ。

 

 その後。不知火は謎の人物の隙をついてどうにか陽菜を逃がし、それから自身も迷わず戦略的撤退を選択した。理由は簡単、突如現れた謎の人物と自分との実力差があまりにかけ離れていると直感的に悟ったからだ。しかし。格上相手を不知火は中々撒けず、今に至るというわけである。

 

 

「……」

「ッ!?」

(おいおい、マジかよ!?)

 

 逃げる不知火の進行方向。その先からスッと例の人物が現れる。どうやら相手はあらかじめ不知火の逃走ルートを推測した上で待ち伏せをしていたらしい。

 

「何なんだよ」

「……」

「何なんだよ、テメェ!?」

「……」

 

 不知火は前へ前へと踏み出していた足を止めると、声を荒らげる。心の奥に去来する恐怖を意図的に無視しながら不知火は謎の人物の正体を問い質す。

 

 眼前の謎の人物との問答で時間を稼ぎ、少しでも体力を回復させるために。おそらく連続武偵行方不明事件と関係の深そうな謎の人物から少しでも手がかりを引きずり出すために。

 

 しかし。謎の人物は不知火の問いに何も答えない。何一つ答えないまま、謎の人物は一瞬で不知火との距離を詰めるとスッと不知火の隣を通り過ぎた。

 

「は?」

 

 あまりに自然体に敵に間合いを詰められた不知火。回避行動が間に合わなかったために強力な一撃を覚悟するも、結局自身が攻撃されなかったことについ拍子抜けの声を出す。そして。謎の人物を視界の中に移そうとして振り返り――刹那、不知火の体が真横にズレた。胴体を真っ二つにされた。その事実に当の本人が気づく前に、不知火亮の命は実にあっさりと潰えた。

 

 

「……冥福を、お祈りいたします」

 

 路地裏を真っ赤に染めていく不知火の亡骸を見下ろして、小太刀で不知火の命を刈り取った張本人はここで初めて言葉を放つ。体中に不知火の返り血を浴びた謎の人物。その声は薄気味の悪いウサギの仮面から感じられるイメージとは違い、幼くそして落ち着きのある女の子の声だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 横浜郊外の紅鳴館、その地下にて。薄暗い廊下をスーツ姿の一人の少女――神崎・H・アリア――は歩く。桃色の短髪をたなびかせつつ、血まみれのスーツを着替えることなく、淡々とした足取りでアリアはある目的地へと向かっていく。

 

 無駄に長い廊下を歩き、やたら頑丈そうな扉を通過した先に一つの生体ポッドが鎮座していた。その生体ポッドは薄緑色の水で満たされており、その中には一人の少年が一糸まとわぬ姿で浮かんでいる。もちろん、一糸まとわぬ姿といっても、少年の体の至る所に様々な機器が取り付けられているので何もかもが見えているわけではない。

 

「……キンジ」

 

 アリアは生体ポッドのガラス部分にスッと手を当てると、生体ポッドを優しく撫でながらポツリと少年――遠山キンジ――の名を呼ぶ。だが。キンジからの反応はない。ただ目を瞑った状態でぷかぷか浮かんでいるだけだ。それでもアリアはキンジの名を呼ばずにはいられなかった。

 

 

 ツインテールは止めにした。ブラドの下僕として、主にブラドの逆鱗に触れた者やブラドにとって目障りな者――ブラドの周辺を嗅ぎまわる者――の身柄の拘束、あるいは殺害という汚れ仕事を日常的に請け負っている今の自分に、ホームズ家の淑女に伝わる髪型をする資格はない。だから髪はバッサリ切った。

 

 ガバメントを使うのは止めにした。銃は引き金を引くだけ、人差し指をほんの少し折り曲げるだけで実にあっさりと人の命を刈り取ることができてしまう。そのせいか、殺人行為を重ねていく内に段々と人殺しへの罪悪感や忌避感が薄れていく自分がいて、怖かった。

 

 人殺しに慣れたくない。だから銃殺を止めて、小太刀で人を殺すことにした。小太刀なら人を斬り殺した感触はしっかりと手に残る。敢えて残酷な殺し方を選び、斬殺の感触をしっかりと両手に残すことで、殺した相手の返り血をわざと浴びることで少しでも殺人に慣れてしまわないようにする。ブラドの命令に決して逆らえない私の、せめてもの抵抗だ。

 

「……キンジ」

 

 アリアはか細い声でキンジの名前を呼ぶ。その弱々しい姿からは、今しがた不知火亮の胴を真っ二つに切り裂いた者と同一人物だとはとても思えない。

 

 

 ……無謀、だったのだ。元々、国ですらその存在をひた隠しにするぐらいに強大な力を持つ犯罪組織だ。そんなイ・ウー相手にたった一人、いや私とキンジとの二人だけでどうにかできるはずがなかったのだ。多少強いからといっても、人一人にできることなんて高が知れている。そんな当然のことにあの時の私は気づかなかった。気づけなかった。お母さんを助けたい一心で、気づこうとしなかった。その結果、もはや取り返しのつかない現実が私にのしかかっている。

 

 ブラドの下僕となり、表を歩けなくなった状態でお母さんの冤罪を晴らすための活動などできるはずもなく、ついにお母さんには最高裁から死刑判決が下された。覆すことは、もうできない。

 

 私と同様にブラドに捕まった峰さんは再び狭く暗い檻の中に閉ざされた。今もきっと、およそ人とは思えない扱いを受けていることだろう。正直言って、もう生きているかどうかも怪しい。

 

 私が偉人のDNAを引き継いでいながらも峰さんと同じ扱いを受けなかったのは、ブラドにとって私が使える人材だったから。卓逸した推理能力はないが、それでも世界中に存在するブラドの下僕程度には価値があるとブラドに判断されたから。小夜鳴の人格にそれなりに気に入られていたというのも大きいだろう。

 

 

 お母さんを助け出せず、私自身もブラドから逃げ出せないという、あまりに残酷な現実。

 死。何度死のうと思ったことか。何もかも止めにして、それこそゲームのリセットボタンを押すような気持ちで何度命を投げ出そうと思ったことか。

 

 けれど。私に死ぬという選択肢はない。ブラドに条件を出されたからだ。『私と小夜鳴の命令に忠実に従っている限り、遠山キンジに最良の治療を施してあげる』と。

 

 当のキンジは未だ目覚めない。ブラド曰く、植物状態。もしかしたら今この瞬間にも目覚めるかもしれないし、もう一生目覚めないかもしれない。そんな生と死の境界線を今もキンジはさまよっている。ブラドの巨体から繰り出される渾身の一撃をまともに受けてしまったのだ。むしろ生きているのが奇跡なくらいだ。

 

 

「……」

 

 キンジがいればお母さんを救えると思った。だからキンジを巻き込んだ。

 無謀なことに付き合わせて、キンジの人生を台無しにした。

 私一人だけなら自業自得で済む話でも、キンジはそうじゃない。

 

 もしも。もしもキンジが目覚めてくれたとして。

 キンジは今の私を見たらどんな反応をするだろうか?

 

 血に染まってしまった私を軽蔑するだろうか。それとも自分を責めるだろうか。

 キンジなら、きっと後者だろう。キンジは優しいから。でも、どうか自分を責めないでほしい。悪いのは全部私だから。キンジは何も悪くない、ただの被害者なのだから。

 

 もしもキンジが起きたら、謝ろう。土下座でも何でもして謝ろう。謝って済む話じゃないけど、それでも謝らないと私の気が済まない。そして、償おう。どうにかして、台無しにしてしまったキンジの人生に見合うだけの償いをしよう。

 

 

 だから。

 だから。

 

 

「早く、起きてください、キンジ。貴方に言いたいこと、いっぱいあるんです。だから……」

 

 生体ポットの中でぷかぷか浮かぶキンジをアリアは虚ろな瞳でただただ見上げる。その頬にツゥと涙が伝うも、アリアはあくまで無表情だった。

 




アリア→精神的に随分とヤバい感じになっているメインヒロイン。
不知火→不矢/口火な不良。「あ、俺、ゾンビっス」とはならない。\(^o^)/


 というわけで、87話終了です。ね? 言ったでしょう? 今回は鬱回だから覚悟してみてねって(※ただしおまけは除く)

 で、この第三章BADENDルート。アリアさんが生きているのはいずれ目覚めるであろうキンジくんに償いをしたいからです。だけどこれ、実はもうキンジくんは死んでいるとの裏設定があったりするんですよね。アリアさんを少しでも長く使い潰せるようにキンジくんが植物状態だとうそぶくブラド……うん、外道の鏡ですね。

 で、実はこの第三章BADENDルートにはまだまだ続きがあるのですが、BADENDなだけあって鬱具合が凄まじいです。そのため、ふぁもにかの精神状態的にしばらく鬱展開は執筆できそうにない感じなので、次回は今回とは全く別の話を執筆するつもりです。ま、気が向いたら第三章BADEND(2)として投稿するかもしれませんけど。


 ~おまけ(その1 ふぁもにかの考える、原作におけるBADENDルート)~

原作1巻のBADEND:ANA600便の着陸失敗&乗客全員死亡。
原作2巻のBADEND:ユッキー(イ・ウー)堕ち&ジャンヌちゃんの影響で厨二病を発症する。
原作4巻のBADEND:ホモ方面に覚醒した金一さんが暴走&有無を言わさず近親相姦に走る。

 あれ? 何かおかしい? 気のせい気のせい。


 ~おまけ(その2 千秋くんの考え)~

 不知火くん率いる少数精鋭型調査部隊の人員および役割は以下の通りである。

・前線調査人員(外で情報収集をする人員)
強襲科(アサルト)Aランク:不知火亮、諜報科(レザド)Aランク:風魔陽菜、探偵科(インケスタ)Dランク:神崎千秋

・後方支援人員(パソコン等の情報機器を通して情報収集をする人員)
尋問科(ダギュラ)Sランク:中空知美咲、車輌科(ロジ)Aランク:武藤剛気

千秋「……」
千秋「……どう考えても俺がこのメンバーに入ってるのって場違いだろ。なんでこんな、命がいくつあっても足りなさそうな危険極まりない事件を調査する羽目になっちまったんだ……?」

 千秋くんガンバッ、超ガンバッ。


 ~おまけ(その3 第三章カオスENDルート)~
 副題:これがやりたかっただけだろ


状況:キンジ、アリア、りこりんの三人は同時にブラドの四つの魔臓を破壊するために策を講じるも、様々な要因が重なり結果は失敗。勝算が消え去ったキンジたち三人に繰り出されるはブラドの無慈悲かつ強力な拳。何だかんだで三人はブラドの力任せの一撃をモロに喰らってしまい、それぞれ重傷を負ってしまう。


 横浜ランドマークタワー屋上にて。

理子「……(←返事がない。ただ地に突っ伏して気絶しているだけのようだ)」
アリア「くッ……(←何とか立ち上がろうとするも体の痛みに耐えかねて膝をつくアリア)」
ブラド『まずは貴女からよ、神崎・H・アリアぁぁああああああああああ!!(←感情の赴くままにアリアへ向けて突撃するブラド)』
キンジ「――アリ、ア!(←気合いで立ち上がりこそしたものの、アリアを助けに行けるだけの余力がないためにそのまま倒れるキンジ)」

キンジ(このままじゃあ、アリアが殺される。ダメだ、そんなのはダメだ!)
キンジ(くそッ! 動け、動けよ俺の体!! 今動かないでいつ動くんだ!?)

 キンジの心境に合わせて、ドクリとキンジの心臓が一際大きく波打っていく。しかし。それでもキンジの体は言うことを聞いてくれない。

キンジ(このまま、アリアは殺されるのか? 今までたった一人で、母親を助けるために頑張ってきた奴が殺されるのか? 俺はまた、大切な人を失う経験をしないといけないのか?)

 キンジの脳裏に今までアリアとともに過ごしてきた日々が次々とフラッシュバックされる。
 キンジの脳裏にアンベリール号沈没事故で兄が殉職したと聞かされた当時の記憶がよみがえる。

キンジ(そんな、そんなの――許されるわけないだろ)
キンジ「……」

 沈黙の果てに、キンジは覚悟を決めた。

キンジ(もうこれで終わってもいい。だから、ありったけを――!! 貴様を殺す、ブラド!!)

 瞬間、キンジの中の血が一瞬で沸騰した。


 ◇◇◇


ブラド『死になさ――ガバッ!?』

 ブラドはアリアとの距離を詰めつつ、グググッと掲げた拳をアリアに叩きつけようとする。が、その時。横合いからの何者かによる飛び蹴りを顔面に喰らったブラドは宙を舞う形で派手にぶっ飛ばされていった。

ブラド『はッ!?』
アリア「キン――ジッ!?」

 不意打ち極まりない攻撃のせいで上手く空中で体勢を整えられずに『ぎゃん!?』と顔面から床に着地する羽目になったブラドと、容赦なく襲いかかるブラドの拳を恐れて固く目を閉じていたアリア。ブラドはガンガン痛む顔面を抑えつつ、アリアはいつまでもやって来ない痛みにハテナマークを浮かべつつ、二人はそれぞれ介入者の姿を見た。瞬間、二人の目は文字通り点となった。

キンさん【……】

 アリアとブラドの間に立つ、身長2メートル強の男はやたら筋骨隆々だった。上へどこまでも伸びている黒髪は天をも貫かんほどの長さとなっており、夜空と同化しているためにその終わりが見えない。だが。その顔つきは、まさしく遠山キンジそのものだった。ちなみに。先ほどまで着ていたはずの防弾制服は下腹部を残してもれなく破れ去っている。

ブラド『い、一体、どうなってるの……!?』
アリア「貴方は、キンジ……なのですか?(←呆然とした眼差しで)」
キンさん【……Follow me、ブラド。アリアたちを壊したくない】

 突如、姿形が思いっきり変貌した男キンジ、もといキンさんはアリアとブラドの質問に答えることなく二人に背を向けると、ブラドにだけ自分の後をついてくるように命じて歩き始める。

キンさん【This way】
ブラド(方法はわからないけど、強制的に成長したんだわ! 私を倒せる年齢(レベル)まで! そうとしか思えないわ!)
ブラド(命を圧縮する事でしか得られないであろう能力! 天賦の才を持つ者が更にその才を全て投げ出してようやく得られる程の力! 私は、遠山キンジに秘められていた力を見誤っていたというの……!?)
ブラド(……後悔はいつだってできるわ。とにかく、今は遠山キンジを殺すべきよ。アレは危険すぎる。だから、無防備にも私に背中を向けている今の内に――)

 キンジが謎の突然変異を遂げキンさんになっているという、にわかには信じがたい現象に対して素早く推測を立てたブラドは己の吸血鬼としての生存本能から、何よりも優先してキンさんを殺すべきだとの結論に至る。

 結果、ブラドは勢いよく床を踏みしめてキンさんへと一直線に駆ける。続いて、ブラドはグググッと後ろに振り絞った拳をキンさんの背中目がけて放った。しかし。ブラドの拳がキンさんの背中に命中するかしないかといった所で、不意にキンさんの姿がブラドの視界から消え失せた。

ブラド(き、消えた!? どこに――)

 渾身の拳が空振りとなってしまったブラドは四方八方を見渡してキンさんの居場所を探る。と、そこで。ボッ! とでも形容すべき擬音とともに背骨が軽く折れるレベルの、それこそ新幹線に激突したかのような強烈な衝撃がブラドの背中を襲った。

ブラド『ガッ!?』

 まるで自分の中身が全部飛び出てしまうのではないかと思えるほどの衝撃。ブラドは思わず血の塊を吐く。そうこうしている内にも、突如襲いかかってきた衝撃があまりに強すぎるためか、ブラドの体はその巨体にもかかわらずいとも簡単に上空高く打ち上げられていく。重力に逆らって上へ上へと飛んでいく中。ブラドが視界に捉えたのは右足を高く振り上げているキンさんの姿。この時、ブラドはキンさんの蹴撃を喰らったのだと知った。

ブラド(け、蹴り一つでこの威力!?)

 キンさんと自分との身体的なスペックの差に戦慄するブラド。打ち上げ花火よろしく遥か空の彼方まで飛ばされてからようやく頭から落ち始める。重力によりグングン速度が付加されていくブラドはこのまま放っておけばまず一度致死レベルのダメージを負うことだろう。だがしかし、それで攻撃の手を緩めるキンさんではなかった。

キンさん【……】

 キンさんはゆったりとした足取りでブラドの落下点に先回りをすると、大きく頭を後方に反らす。そして。あたかも隕石のごとく頭から落ちてきたブラド相手に、タイミングを見計らって頭突きを繰り出した。結果。ゴッツアッ!! と、とても頭突きで出せるとは思えないような音とともにキンさんの額がブラドの額に激突し、ブラドの体は頭から床に突き刺さった。

 代々石頭なことに定評のある遠山家の頭突き。それを避ける間もなくモロに喰らったブラドの頭が無事なワケがなく、ブラドの頭は無残にも破壊され、周囲一帯にブラドの脳漿が派手に飛び散っていった。それでもなお、無限再生能力の恩恵で壊れたブラドの頭がすぐさま修復されていく辺り、ブラドの再生能力マジチートである。

キンさん【さい、しょは、ROCK】

 キンさんは今にも再生を終えようとするブラドを前に腰をしっかりと落として右手を握りしめ、その右手を包みこむようにして左手を添える。すると、ギュッとキンさんが握りしめている右手に徐々に光が宿り始める。全てを撃ち滅ぼせるのではないかと思えるほどに攻撃的な光がキンさんの右手に収束し、見る見るうちに膨らんでいく。

キンさん【ジャン、ケン――】





キンさん【――オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!】

 キンさんは右手に凶悪性あふれる光を溜めに溜めると、仰向けに倒れるブラドの上から情け容赦なく全力の拳をぶつける。何度も何度も、しつこいぐらいに拳をブラドに叩きつけていく。

 これでもかと言わんばかりに強力極まりない拳が繰り返しぶつけられることにより屋上の床は崩壊。下層の床もドンドン破壊されていく。それでもキンさんはブラドに【オラオラオラ!】と一方的に殴りかかり続ける。ブラドと一緒に下層へと落ちつつも、キンさんは一瞬たりともブラドを殴るのをやめようとしない。

 一般人であればとっくに死んでいるであろう連撃。しかし、ブラドには無限再生能力があるために死なない。四か所の魔臓を壊されない限り、何があろうと死なずに生きたままのブラドはずっとキンさんに殴られ続ける。決してやむことがなく、雪崩のごとく襲いかかってくる激痛。今この瞬間ほど、ブラドは己の無駄にスペックの高い再生能力を恨んだ時はなかった。


 ――その後。キンさんとブラドが一緒に下階へと落下してからしばらくして。


キンさん【……】

 呆然と屋上に座り込んでいたアリアの元にブラドの首根っこを掴んだ状態のキンさんがやって来る。ズルズルとキンさんに引きずられている当のブラドは『ヤダヤダヤダヤダヤダ痛いのヤダごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して殺してヤダヤダヤダママァァァ――』とガクブルと体を震わせながら支離滅裂な言葉を放っていた。どうやらブラドの心は完全に折れ、さらには幼児退行まで発症してしまっているようだ。

アリア「……」
キンさん【……終わったぞ、アリア(←ブラドの首根っこを持ち上げつつ)】
アリア(このキンジ怖い、超怖い)
キンさん【どうした、アリア?】
アリア「こっち見ん――見ないでください、キンジ」
キンジ【……さんをつけろよデコ娘】
アリア「ひぅ!? で、デコ娘!?」
理子「……(←返事がない。ただ地に突っ伏して気絶したフリをしているだけのようだ)」

 結局。キンさんが元のキンジに戻ったのは一週間後のことだった。



※ヒステリア・キンさん:ヒステリアモードの派生形の一つ。女性に危機が迫る時に命を投げ打ってでもその女性を助けたい&女性に危害を加えようとする対象を「ボ」したいと心の底から願った時に発動する。

ふぁもにか「勝ったッ! 第三章・完!」

 というわけで……ヒステリア・キンさん、爆☆誕! やったね、キンジくん! 切り札が増えたね! これでシャーロック戦も楽勝だね!

 ……いや、ウソですよ。もちろんシャーロック戦でキンさんとかやりませんよ? やりませんからね! やらないって言ったらやらないんですからね! だからそんな期待に満ちた眼差しを向けないでください!


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88.第三章BADENDルート(2)


 どうも、ふぁもにかです。前回で『ふぁもにかの精神状態的にしばらく鬱展開は執筆できそうにない』って言いましたが、前言撤回。アニメで動きまくるゴンさんの悲哀っぷりを見てたら触発されてしまいましたので、今回も救いようのない第三章BADENDルートの話を執筆してしまいました。相変わらずの鬱展開ですので、そういうのが苦手な方はブラウザバック推奨です。

 ……やっぱり感想に書かれてあった通り、基本ギャグペースの小説を書いているとそのバランスを取らんとしてやたら鬱な話を書きたくなっちゃうものなんですかねぇ。


前提条件その1:シャーロックは徹底した傍観主義者。
前提条件その2:アリアの緋弾覚醒の時期が遅れている。
前提条件その3:シャーロックの寿命がちょい延びてる。




 

「……」

 

 この悪夢はいつまで続くのだろうか。

 もはや現実味の感じられない世界で。アリアはぼんやりと思考する。

 

 最初の頃は殺した人の名前や顔、数を覚えていた。けれど、いつの間にか覚えなくなっていた。

 いくら残酷な殺人方法を選んでも、いつしかそれが普通になっていた。

 わざと殺した相手の血を浴びても、まるで罪悪感を感じられなくなっていた。

 

 当初は初対面の相手だけだと思っていたのだが、これまたいつの間にやら顔見知りを殺しても特にこれといった感情を抱かなくなっていた。精々胸がチクリと痛むぐらいだが、それも直に感じなくなってしまうのだろう。

 

 もはや単なる作業。単なるルーチンワーク。

 ブラドに、小夜鳴に指示されるがままに、ただただ任務を全うする。

 どんな任務であろうと何も感じず、しかし完璧に完遂するのみ。

 

「……」

 

 峰さんの死は確認した。

 お母さんの死刑は執行された。

 未だにキンジは目覚めない。

 

「……」

 

 体が重い。確かに自分の体のはずなのにとても自分のものとは思えない。

 

「……」

 

 いつになったら、キンジは目覚めてくれるのか。

 いつになったら、キンジに謝る機会を得られるのか。

 

 早く、謝りたい。土下座でも何でもして、とにかく謝りたい。償いたい。とにかく謝って謝って謝って、何もかもを終わりにしたい。終わりにして――やめにしたい。

 

 

(……キンジ。貴方はこんな所で終わる人じゃないでしょう? 世界最強の武偵になって、お兄さんの汚名を晴らすんでしょう? だったら、だったら。いつまでも休んでないで、早く起きてください。私が、私でなくなる前に。――いや、もう壊れてるのかもしれませんね、私は)

 

 人間は慣れる生き物だ。どんなに劣悪な環境下でも生きることさえできるのであれば、時間とともに環境に慣れていく。ブラドの下僕という環境にすっかり慣れつつある私はもう、きっと取り返しのつかないほどに壊れてしまっているのだろう。

 

 

 そんなことをつらつらと考えつつも、私の体はあくまで機械的に動く。視界に捉えるは、目の前でヒィヒィ言いながら自分から逃げおおせようと必死に体を動かす一人の女子武偵の姿。制服から鑑みるに東京武偵高の生徒だろう。私の今回のターゲットだ。

 

 最近、ブラドや小夜鳴のことを嗅ぎまわる輩が増えた気がする。気がするとはいったが、これは確実だろう。当然だ。ここ最近のブラドの行動は派手になっていて、あまりに目に余る。偉人の優秀な血を継ぐ者の身柄――主に武偵――を片っ端からかっさらっては日々実験三昧。才能がないとわかるや否や無茶な実験を施して精神崩壊させてから殺処分。そんなことを随分と繰り返している以上、幾多にも残されているであろう手がかりを手繰ってブラドの元までたどり着かんとする者が増えても何も不思議ではない。

 

(まぁ、私には関係ないんですけどね)

 

 私はただブラドの言うがままに動くだけ。その他のことは関係ない。興味もない。

 私にとって重要なのは、キンジが目覚めること。もう一度キンジと話をする機会が得られること。その機会さえ得られるのであれば、他は何もいらない。全部くれてやる。

 

 人気のない路地裏にて。先ほど右目をえぐり取った女子武偵の逃げゆく背中を一定の距離を保ちつつ追っていると、ふと私の視界に白いものが映った。

 

(これは、雪ですか……)

 

 何となく空を見上げてみると、空を白一色に染める雲からしんしんと降ってくる雪が見える。周囲を見渡してみて、ここで初めて私は地面が軽く雪色に染まっていることに気づいた。どうやら今日はそれなりに雪が降り積もっているようだ。

 

「……」

 

 この雪はもっと降るのだろうか? もっともっと降り積もるのだろうか?

 もしもそうなら、このまま一歩も動かずに雪に埋まってしまいたい。染まってしまいたい。

 そうすれば、楽になれる。何もしなくてよくなる。それは酷く魅力的で、素晴らしいことだ。

 

 そのような願望を胸に抱く一方で、私は着々と女子武偵を追い詰めていく。当の女子武偵が失っているのは右目だけではない。私の斬撃により既に右腕をも失っている。その右腕からダラダラと零れ落ちる多量の血のせいで、既に満身創痍だ。もはやあの女子武偵に意識があるのかどうかすら怪しく、もしかしたら今逃げているのは無意識下での行動かもしれない。生存本能の為せる業と言った感じか。

 

「……」

(そろそろ終わらせますか)

 

 アリアは淡々と、何の感慨もなしに女子武偵の息の根を止めることを決めると一息に女子武偵との距離を詰める。そして。血の滴る二本の小太刀を上に振りかざして、一息に女子武偵の首を狩ろうと振り下ろす。

 

 しかし。アリアの手に伝ったのは首をバターのように斬り落とした感覚ではなく、何か固いものにガキンと弾かれたような衝撃だった。

 

(横槍、ですか……)

 

 アリアは横槍を入れてきた張本人を見据えて、その時。ウサギの仮面に隠された、覇気のない真紅の瞳が見開かれた。随分前にすっかり凍ってしまった心がほんの少しだけ解かされたような、そんな気がした。

 

 

(え)

 

 

 だって、そこにいたのは――。

 

 

「――やっと、見つけた」

 

 

 今まさに殺そうとしていた女子武偵を背に庇うようにして、私の前に現れたのは――。

 

 

「会いたかったよ、アーちゃん」

 

 

 一時は同居して、互いに親交を深めてきた、ユッキーさんだったのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ずっと、探してたんだよ。アーちゃん」

 

 ふわりふわりと雪がゆっくりと降り注ぐ中。必死に逃げ続ける女子武偵の背中がドンドン遠くなっていく中。巫女装束のユッキーさんは手に持つ一振りの刀の切っ先を下げる。色金殺女(イロカネアヤメ)でないそれの切っ先を下げて私に敵意がないことをアピールすると、ユッキーさんは私に悲愴に満ちた眼差しを向けてくる。

 

「……アーちゃん、もうやめよう。こんなこと。こんな、こんなの、アーちゃんらしくないよ」

 

 なんであんなに悲しそうな顔をしているのか。泣きそうな顔をしているのか。まるで腫れ物に触れるような様子で私に話しかけてくるのか。わからない。何もわからない。

 

 わからないけれど。これはチャンスだ。私の任務はユッキーさんのせいで仕留めそこなった女子武偵を殺すこと。任務を全うするためにも、邪魔者は殺さないといけない。今ユッキーさんは武器を構えていない。殺すなら今だ。さぁ、殺せ。アリア。

 

「……」

 

 なぜか、殺す気が失せた。なぜか邪魔者と会話をしたくなって、私は顔の仮面を取っ払い、ユッキーさんに言葉を返そうとする。だけど、一瞬言葉をどう出せばいいか迷って、言葉を失う。

 

「……貴女に、何がわかるんですか」

 

 10数秒かけて、ようやく言葉の出し方を思い出した私はユッキーさんに言葉を返す。その声は自分でも驚くくらいにかすれていた。思えばかなり久しぶりに声を発した気がする。最後に誰かと喋ったのはいつだろうか。

 

(ブラドの命令にはうなずくだけで事足りますしね)

「わかるよ。だってあらゆる捜査機関が協力して今回の連続武偵行方不明事件の捜査をしてきたんだもん。アーちゃんが何か弱みを握られてブラドに言いなりになってることも知ってる。……アーちゃん。ブラドが今いる拠点はもう包囲されている。直に武装検事の人たちがブラドを拘束する。だからもう、ブラドの言いなりになる必要なんてないんだよ」

「……え?」

 

 ブラドが捕まる。へぇ、そうなのかとユッキーさんの情報を軽く聞き流そうとした時、あることに思い至った。刹那、私の頭は真っ白に染まった。

 

「今、なんて……ブラドを拘束する?」

「うん。だからもう、こんなことはやらなくて大丈夫なんだよ。だからお願い、アーちゃん。武器を捨てて。投降して」

 

 ユッキーさんが何かを言っているようだったが、私にはもうユッキーさんの言葉など全く耳に入っていなかった。

 

 ブラドが逮捕される。それはつまり――生体ポッドで今も眠るキンジの治療を行える者がいなくなるということではないのか? あの生体ポッドは特別製で、小夜鳴にしか扱えない、非常に繊細なものらしい。ブラドが小夜鳴状態の時にそう言っていた。なのに。ブラドが捕まってしまったら、一体誰がキンジの治療をするのか?

 

 

 ……ダメだ。

 

 ダメだ、ダメだ! ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ!!

 早くブラドを助けないと! キンジが、キンジが死んじゃうッ!

 

 

「――」

「? アーちゃん?」

「どけぇぇええええええええええええ!!」

 

 私はググッと膝を落として一気に前進。咆哮に近い叫び声とともに爆発的なスピードを引き連れてユッキーさんに斬りかかった。だけど。私の渾身の斬撃はギリギリの所でユッキーさんの刀に防がれる。今ので殺すつもりだったのに……!

 

「アーちゃん、何を――!?」

「ブラド、ブラドを助けないと、助けないと!」

「アーちゃん!? 落ち着いて! 何の弱みを握られてるかは知らないけど、ブラドはもうすぐ捕まる! だから私たちは戦う必要なんてないんだよ!」

「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇ――!!」

 

 ユッキーさんがさっきから何事かわめいているけど、ユッキーさんの言葉に耳を傾けている場合じゃない。今は一分一秒だって惜しい。早くブラドの元に行かないと全てが手遅れになる。いくらブラドと言えど武装検事の前では勝機は限りなくゼロだ。

 

(マズいマズいマズいマズいマズい――)

 

 ブラドが捕まったら誰もキンジを治せない。

 このままだとキンジが死んでしまう。

 こんなにも話したいのに、こんなにも謝りたいのに。

 キンジと二度と言葉をかわせなくなってしまう。

 

 嫌だ。そんなの嫌だ。

 もうお母さんはいない。もう私にはキンジしかいない。なのにそのキンジすらいなくなってしまう。失ってしまう。そんなこと、認めてたまるものか。

 

 

「――ブッ殺ス」

 

 何が何でもキンジを死なせない。邪魔をするなら、誰だろうと容赦しない。

 

 私はがむしゃらに小太刀二本を振り回し、絶え間ない連撃をユッキーさんに浴びせる。対するユッキーさんは私の攻撃を防ぐだけだ。どうやらユッキーさんはなぜか私相手に超能力(ステルス)を使うことを躊躇しているようだ。

 

 けど、今は使わなくとも戦闘が長引けば超能力(ステルス)を使ってくるかもしれない。だから。一刻も早くユッキーさんを仕留めてブラドを助けに行かないと!

 

「ハァアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 私はヒット&アウェイの要領でユッキーさんに一太刀繰り出しては一定の距離を取る。ユッキーさんの背後から、側面から、頭上から、真下から、変則的な斬撃を繰り出し続ける。ユッキーさんは私の動きを完全に捉えきれていないのか、ユッキーさんの体に一つ、また一つと徐々に切り傷が刻まれ始める。

 

(これなら勝てる……!)

 

 もうこれ以上時間はかけられない。次の一太刀で殺す。そう決めて一歩踏み出した瞬間。タターン、と。まるでヒールで石床を軽快に叩いたような音が二回響いたかと思うと、前へ前へと進んでいたはずの私の体は前のめりに倒れた。倒れてしまった理由を探ろうと私の体を見やると、両膝を撃ち抜かれているのがわかった。

 

(ッ、これはまさか狙撃科(スナイプ)の生徒の仕業!? どいつもこいつも私の邪魔を――ッ!?)

 

 私の中で、おそらく遥か遠くの建物から私を狙撃したであろう狙撃科の生徒への怒りがこみ上げてくる。どうしてくれようかという、遠方に控えているらしい邪魔者その2をすぐさま抹殺したい感情。「早く早く早く早く!」とブラドの元へと急ぐよう急かしてくる感情。それらに板挟みになり何が何だかわからなくなりそうになった私を、なぜかユッキーさんが抱きしめてきた。

 

「お願い、アーちゃん! もうやめて! 私、今のアーちゃんの疲れ切った顔なんてもう見たくないよ! お願い、お願いだから!!」

 

 ユッキーさんが私を抱きしめて(拘束して)何かを叫んでいる。正直、うるさい。早くブラドの元に行かないといけないのに、どうしてこの女は私の邪魔ばかりしてくるのだろう? 目障りにも程がある。

 

「――黙れ」

 

 抱きしめられたまま、私はもぞもぞと体勢を変える。そうして。ユッキーさんの体を盾代わりにする形で遠方からの狙撃を不可能にした所で、私は無防備なユッキーさんの背中に小太刀二本を刺し、グリグリとかき回した。ユッキーさんは「カフッ!?」と盛大に吐血するも、それでも私を抱きしめる両手を一切緩めなかった。

 

「……離せ」

「やだ」

「離せ」

「やだ」

「離せ!」

「やだ!」

 

 ユッキーさんに強く抱きしめられた状態では腕のリーチの関係で小太刀の抜き差しはできない。そのため。私はユッキーさんに突き刺した小太刀をグリグリとかき回し続ける。それでも、ユッキーさんは私を抱きしめる両手を緩めようとしない。激痛なんて言葉が生易しいぐらいに痛いはずなのに、実際に顔には脂汗を浮かべているのに、口からは時折鮮やかな血があふれ出ているのに、ユッキーさんは頑なに私の要求を拒み続ける。

 

「……どうして」

 

 わからない。どうしてユッキーさんはここまで私のために命を張るのか。私なんかのために命を張るのか。私は敵なのに。今も、私はユッキーさんを殺す気でいるのに。

 

「私の、せいだから、ね」

「え?」

「……キンちゃんのこと、アーちゃんのこと。もっと、もっと、気を配ってたら、よかった。二人なら、何が……あっても大丈夫って、強いから、何も問題ないって、高を括ってた」

「……」

「バカな、コフッ。考え、だよね。キンちゃんも、アーちゃんも、人間なのに。何でもできる、神様じゃない、のに。だから、もっと私が……二人のこと、ちゃんと、見てたら、こんな、ことには……」

 

 ユッキーさんはポツリポツリと心境を語り始める。話す度に背中の傷が激痛を訴えているはずなのに、ユッキーさんは話すのを止めない。その瞳から零れ落ちる涙は、激痛のせいか。それとも、罪悪感に起因するものか。

 

(……何を言うかと思えば)

「何、言ってるんですか、ユッキーさん? 悪いのは全部私ですよ? 武偵殺しも魔剣(デュランダル)も次々と倒して、調子に乗って、イ・ウーナンバー2だろうとキンジと一緒なら余裕で逮捕できると思って、その結果がこのザマ……これが私のせいでないわけがないでしょう?」

 

 自分のせいで今の事態を招いてしまったと軽々しく言ってのけるユッキーさんに何だか無性にムカついて、気づいたら私は自分の心境を吐露していた。今はほんの少しの時間のロスも惜しいというのに、私の口は止まらない。

 

「だから、私はキンジに謝らないといけないんです」

「……え?」

「許されなくていい。とにかくキンジに謝って償いをしないといけないんです。だから、離せ! キンジが死んじゃったら元も子もないんですよッ! はな、せぇえええええええええ!!」

 

 私は再び小太刀を強く握ってグリグリとユッキーさんの体をえぐっていく。いい加減死んでくれと心の底から願いながら。

 

 

「アー、ちゃん? 何言って、ッ、るの? キンちゃんは、もう――死んだじゃん」

 

 しかし。私の行動は、ユッキーさんが呆然とした表情で吐いた言葉によって止められた。

 

「ぇ?」

「アーちゃん。もしかして、知らない、の?」

 

 呆然とした表情のまま、問いかけてくるユッキーさん。直感が、これ以上ユッキーさんの言葉を聞いてはいけないと高らかに警鐘を鳴らしてくる。

 

「なに、を……?」

 

 それでもユッキーさんの言葉が気になって、私はユッキーさんに続きを促す。聞きたい。でも聞きたくない。相反する感情に挟まれた私の心臓がドクドクドクドクと急に早鐘を打ち始める。体中からドッと汗が噴き出してくる。

 

「紅鳴館の、家宅捜索、で、キンちゃん……の、遺体が、見つかった、こと」

 

 一瞬。心臓が、止まったような気がした。呼吸の仕方を忘れたような気がした。

 

「……なに、それ」

「ッ!? まさか、知らされて、なかった……!?」

 

 ユッキーさんが何かに確信したかのように目を見開く中。私の頭の中ではユッキーさんの言葉がグルグルと回っていた。

 

 

 キンジの遺体? 遺体ってどういうこと? キンジは、死んだ?

 ウソだッ!! そんなわけない! キンジが死ぬわけがない! この女は、出まかせを言って私を無力化しようとしてるんだ! そうだ、そうに違いない。だって、キンジは――。

 

(――あれ?)

 

 何かが、頭をかすめた。私がよく見上げていた生体ポッドの中のキンジの姿だ。

 

 見てはいけない。思い出してはいけない。

 理性がこれでもかと私の脳裏に浮かぶ映像をシャットアウトしようとするも、ノイズ混じりの映像はあくまで私の脳裏にこびりつく。

 

 私がよく見上げていた、キンジの姿。

 薄緑色の液体に浸されていたキンジの姿。

 体の傷は既に癒えていて、それでいて未だ目覚めないキンジの姿。

 

 私は任務を終える度にそれを見上げていた。いつキンジが起きても現状を説明できるように、事あるごとに生体ポッドまで足を運んでいた。見上げて、キンジが目覚める時を待っていた。そうして私が見上げていたキンジ、その姿は――。

 

「ぁ」

 

 ……そうだ。そうだよ。生体ポッドの中のキンジは首から上がなかったじゃないか。

 そもそも、キンジの頭はあの時、ブラドの拳に潰されてグチャグチャになったじゃないか。首なんてあるわけがない。

 

 

 じゃあ、キンジはホントに死んでるの?

 じゃあ、ブラドの言葉は? あれは、私を使い潰すための巧みなウソ?

 

 

 いや。きっと、ただの稚拙なウソだ。ブラドだって、まさかそれで私を騙せるとは思わなかったはず。でも、私は騙された。それは、なぜ?

 

 

 ……認めたくなかったからだろう。信じたくなかったからだろう。

 キンジの死を否定したくて、キンジの死から目を逸らしていたくて、キンジが死んでいないことにした。

 キンジに首があると思い込んで、まだキンジは生きていると思い込んで。

 そして。キンジが生きていると思い込む際に都合の悪い記憶は全てもれなく封印した。

 

 結果、その思い込みが私に偽りで塗り固めた現実を見せていた。

 首のないキンジの体から、目を瞑ったままぷかぷか浮かぶキンジを幻視させていた。

 それが今。ユッキーさんがはっきりとキンジが死んだと言ったことで封印は解かれ、私の思い込みから生まれた都合のいい妄想は打ち砕かれた。

 

 

 

 そっか。そうだったんだ。

 

 

 

 もう、キンジは死んでいる。

 なら、私にはもう――何もないんですね。

 

 

「はは……」

 

 キンジの死を認識した途端にユッキーさんの体の温もりが感じられなくなる。降り止む気配のない雪の冷たさも感じられなくなる。私の視界から色が消え去って、耳から音が消え去って。急に世界から自分が遠ざかった気がして。奈落の底へと堕ちていく。そんな気がした。それが私の感じた、最期の感覚だった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 連続武偵行方不明事件。それは結局、169人もの死者と188人もの重軽傷者、259人もの心神喪失者を出す形で終結した。今回の事件の黒幕たる無限罪のブラドは逮捕された。死刑判決は確実だろう。ブラドはやりすぎたのだ。人類を舐めすぎたのだ。

 

 そして、ブラドの駒として幾多の犯罪を犯してきた少女――神崎・H・アリア――は今、檻の中で判決の時を待っている。アリアの瞳は死んだまま。心は死んだまま。心の壊れたアリアはただただ虚ろな瞳で虚空を見やるのみ。

 

 

 アリアの見つめる先。アリアは見据えているのは、果たして――。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして。世界は大きくうねり始める。

 

 

「あ、あー。マイクテスマイクテス。コホン。……えーとね、今日皆に集まってもらったのはね。皆にお願いがあるからなんだ」

 

 

 連続武偵行方不明事件から1か月の時が過ぎ。まだまだ連続武偵行方不明事件の深い傷痕がどんよりとした雰囲気と化して東京武偵高を包みこむ中。

 

 

「最初に言っておくね。私が今から皆にしようと思っているお願いなんだけど……この話を聞いたらもう後には引けなくなる。多分、命がいくつあっても足りなくなる」

 

 

 体育館にて。星伽白雪は生徒会長として、壇上に立っていた。その漆黒の瞳に怒りと悲しみと不安と並々ならぬ決意を宿して。

 

 

「だから、面倒事に巻き込まれたくないって思ってるなら、平穏な生活を送りたいって思ってるなら、今ここから退出して。今ならまだ大丈夫だから」

 

 

 白雪の言葉を受けて十数名の武偵が退出していったが、ほとんどの武偵はその場に残った。皆、今から白雪が話す内容の大体を察したのだろう。

 

 

「じゃあ、皆――ここに残ってるってことは、覚悟ができてるってことでいいんだよね?」

 

 

 白雪は未だたくさん残っている武偵たちを一瞥して最後の確認を取る。そして。全員がしかとうなずいたのをきちんと確認する。

 

 

「そっか。なら早速、本題に入るね」

 

 

 白雪はおもむろに目を閉じる。脳裏に浮かべるのは、頭のないキンジの死体。光の失った瞳でただただ虚空を見上げるだけのアリア。肉体的に死んでしまった大好きな幼なじみと、精神的に死んでしまった大切な友達の姿。それらを思い浮かべて、しっかりと脳裏に焼きつけて、白雪はスッと目を開ける。そして。白雪は話を切り出した。

 

 

 

 

 

「皆はさ、イ・ウーって知ってる?」

 

 

 今ここにおいて。武偵とイ・ウーとの全面戦争が始まろうとしていた。

 

 

 

 第三章BADENDルート 完

 

 




アリア→キンジの死を認めたくないあまりにキンジが死んでいないと思い込んでいたが、キンジの死をはっきりと認識してしまったことでついに心が壊れてしまったメインヒロイン。
白雪→行方不明となったキンジとアリアをずっと探していた怠惰巫女。連続武偵行方不明事件の調査が進展する中でキンジの死を知って多大なショックを受けるも、アリアがブラドの手駒になっていることを知ってすぐさまアリアの元に駆けつけた。その際、念のためにとあらかじめレキの協力を仰いでいた。この時、色金殺女は神社に没収されており、超能力を使わなかったのはアリアを無傷で無力化したかったから。キンジとアリアを失ったことによる精神的ダメージは大きく、そのためやり場のない悲しみを全てもれなくイ・ウーにぶつけることにした。

 というわけで、88話終了です。で、ここから第三章BADENDルートではユッキーを主人公に据えた上で壮大な群像劇が繰り広げられることとなります。ですが、それを全て書くほどの気力はさすがにありませんので第三章BADENDルートはここらで終了とさせてもらいます。ですので、ここから先の展開については皆さんの豊かな妄想力にお任せします。

 閑話休題。とりあえず、ここ2話は鬱展開まっしぐらだったので次回からは鬱じゃないものを投稿したい所ですね。もう少し別のIFストーリーを投稿するか第四章に移行するかはまだ決めてないけど、とりあえず読者の皆さんが気楽に見られる軽い話にしようと思っています。


 ~おまけ(ちょっとしたネタ)~

白雪「……アーちゃん、もうやめよう。こんなこと。こんな、こんなの、アーちゃんらしくないよ。……いくら犬派の人が気に入らないからって世界中からあらゆるワンちゃんを排除してぬこぬこ帝国を作ろうとするなんて!」
アリア「黙れ犬派。私はもう決めたんです。この世から犬と、犬を崇める犬派の連中を駆逐し、猫派の猫派による猫派のためのぬこぬこ帝国を作ると。そして。私はぬこぬこ帝国の神として君臨するんです!」
白雪「アーちゃん……!(←可哀想な者を見る目)」
アリア「ブラドもああ見えて熱心なぬこ信者でしたからね。ブラドは私のぬこぬこ帝国建設の野望を心から支持してくれた。だから私はその対価としてブラドの命令に忠実に従っているのです!」
白雪「アーちゃん……(←呆れを通り越して悟りを開いているような目)」
アリア「ふふふ、まさか犬派のユッキーさんが自分からのこのこ現れてくるとは思いませんでしたよ」
レキ(こいつは殺さないとダメですね。もう手遅れです)
アリア「それでは早速、ぬこぬこ帝国のためにここで消えてもらいま――ッ!?(←ヘッドショットされて倒れるアリア)」
白雪「えぇぇ(←もはや現状に対してどんな反応をすればいいのかわからなくなっている模様)」
レキ「これだから猫を崇める過激派連中は……(←犬派だった模様)」

 ま、レキさんオオカミ従えようとしてましたしね。


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第四章 熱血キンジと砂礫の魔女
89.熱血キンジと新たな住人



キンジ(よし、今の内に逃げる準備しよっかな。うん、それがいい)

 どうも、ふぁもにかです。前回までで鬱展開極まりないIFストーリーは終了、ということで今回からは晴れて第四章、原作四巻の話に突入です。つまり緋弾のアリアをアニメだけで知っている人にとってはここから先は完全に未知の世界になるわけです。といっても、今回の話は第四章というよりは第三章エピローグの方に属している気がしますけどね。

 まぁそれは置いといて。他の緋弾のアリアの二次創作をも楽しんでる人ならアニメ派でも先の展開を知ってるのでしょうが……これからは原作を知らない人でも置いてきぼりにならないように特に地の文に気を配らないとですね、ええ。



 

 

 どうしてこうなった。

 うん、ホントにどうしてこうなった。

 

 

 7月上旬のとある日。男子寮の一室にて。今現在、朝食作りに取りかかっているキンジ。傍から見ればごくごく自然体に料理をしているように見えるキンジだったが、それはただキンジが平静を装っているだけで、その脳内は「どうしてこうなった」の文字でびっしり埋め尽くされていた。

 

 その原因はキンジが台所から見据える先にある。キンジの視線の先にいるのは二人の少女の姿。その二人の少女は椅子に座ってキンジの作っている料理を今か今かと待ちわびている。

 

 ブラドとの激戦を経て負った怪我を治すための三週間。長いようで意外と短い武偵病院での入院期間を終えた今、実を言うと、俺の部屋にはアリアの他にもう一人の女の子が滞在している。

 

 あらかじめ言っておくが、ユッキーではない。魔剣(デュランダル)の件を経て幾分かマシになったとはいえ、相変わらず女子寮で自堕落生活を送っているユッキーが俺の部屋に自らの意志で来たことなど数える程度しかない。よほどの抜き差しならない事態(例:餓死の危機)が発生した時ぐらいだ。ゆえに。そんなユッキーが自らの意思でここまで赴き、そのまま住まうなんて展開はまずあり得ないだろう。というか、もしもあり得たのなら俺は槍の豪雨を警戒しないといけなくなってしまう。

 

 無論、レキでもない。俺を永遠のライバルと位置づけるレキは武偵高内や登下校中では何かと襲撃してくるものの、プライベートで俺と接触&戦闘に突入することはほとんどない(例外:23話参照)。ましてや感情を表に出さないことに定評のあるレキが椅子に座って鼻歌混じりに足を交互にぶらつかせて俺の料理を待つことなど、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

 

 ――では、果たして俺の部屋の新たな住人は誰なのか。

 

 

「へぇー! キンジくんってそんなに料理上手いんだ。な、何か意外かも」

「ええ。さすがに高級レストランのシェフほどの腕ではありませんが、腕前は中々のものです。家庭内で食べられるお手軽料理の作り手としては最高レベルではないでしょうか。キンジにその気があれば行列のできるレストランのシェフとして活躍することだって絵空事ではありません」

「そっかぁ。アリアさんがそこまで絶賛するキンジくんの料理、楽しみだなぁ。ごっはん、ごっはん♪ おいしーごっはん♪」

 

 正解は峰理子リュパン四世である。アリア目線からのキンジの料理の腕前を聞いた理子は謎の歌――『ご飯の歌』とでも命名してみるか――を口ずさみながら足をブラブラとさせている。どうやらキンジの料理への期待値がグングン上昇しているようだ。ツーサイドアップに結った金髪がヒョコヒョコ揺れる様は眺めていて実に微笑ましい。アリア同様、お前ホントに高2かよとキンジが理子に問い詰めたい気持ちに駆られるのも詮なきことであろう。

 

 

 さて。どうして理子がキンジの部屋に滞在しているのか。その理由はを語るにはキンジ&アリアが無事退院した時までさかのぼる。久しぶりのマイホームだといった感じで武偵病院から男子寮へと帰還した二人を待ち受けていたのはリビングの入り口部分にてニコニコ笑顔で立つ理子だった。

 

 なぜ理子が俺の部屋で待ち受けていたのか。理由を尋ねてみた所、理子曰く『新しく友達となった子とは近い内に一緒にお泊りして【エクストリーム・まくら投げ大会】をしないと親友になれないってお母さんが言ってた』だそうだ。理子の発言から察するに、どうやら理子の母親は頭のネジが何本か抜けたタイプの天然さんだったようだ。もしくは理子にあることないことテキトーに吹き込んで理子の反応を楽しむ悪戯(ユーモア)気質に溢れた人だったのかもしれない。

 

 どっちにしろ、己の敬愛する母親に明らかに間違ったことを吹き込まれていたらしい理子は俺たちと親友になるため、どこからか取り出した鉄製(・・)の枕を両手で抱きかかえた状態で『エクストリーム・まくら投げ大会』を開催しようと迫ってきたのだ。

 

 俺たちと親友になりたい一心でしきりに『エクストリーム・まくら投げ大会』を要求してくる理子。あまりに必死過ぎる理子の気迫に押される形で俺たちは早速その『エクストリーム・まくら投げ大会』とやらを始めることとなったのだが……詳細は語らないでおこう。とりあえず、これを入院中にやっていたら絶対傷口が開いて入院期間が長くなっていただろうな、とだけ言っておく。

 

 とにかく。色々な意味で危険極まりない遊びだった『エクストリーム・まくら投げ大会』。それに体力を使い果たした影響で糸の切れた人形のようにリビングに倒れ、そのまま一晩ここに泊まった理子。その後。親友になるための条件をクリアした理子は安心して翌日に自分の部屋に帰っていった――かと思いきや、なぜか登山家のように大量の荷物を背負った状態で再びここへと舞い戻って来た。そして。結局、なし崩し的に理子もアリアと同じくここに居を構えることとなったのだ。うん、ホントに何がどうしてこうなった。

 

 

 キンジは内心で深々とため息を吐きつつも、今しがたできあがったばかりの朝食の配膳をアリアと理子に任せる。そして。キンジたち三人はそれぞれ椅子に座り、「「「いただきます」」」との言葉とともに朝食を食べ始めた。

 

「おい、しい……!」

 

 パクッと一口目を頂いた瞬間、理子が目をパチパチと瞬かせて喜色に満ちた声を上げる。どうやらキンジの料理は理子の期待に沿える出来だったようだ。アリアのせいで期待値が跳ねあがっていただけに予想と現実とのギャップに落胆してしまわないだろうかと密かに心配していたキンジはホッと胸を撫で下ろすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「えーと、アリアさん? ずっと気になってたんだけどさ、ももまんってそんなにおいしいの?」

 

 朝食タイムが終わり。食後のデザートとして無駄に洗練された無駄に流麗な動きとともに松本屋の袋からももまんを取り出したアリア。食べる前から既に幸せの絶頂にいるかのように破顔しているアリアを前に理子は前々から感じていた疑問をぶつけてみる。

 

「当然です。……ももまんはですね、理子さん。21世紀における人類の偉大な発明品であり、人類の英知と技能――その集大成といっても過言ではないほどの食べ物です。折角ですし、気になっているのなら一つ食べてみませんか? きっと、新たな世界への扉を開くことになりますよ?」

「え!? いや、でッ、でも、それアリアさんが買った物でしょ!? お金を払ったのはアリアさんなんだし、受け取れないよ!」

「私はももまん一つに目くじらを立てるような狭量な人間ではありませんよ。それに、理子さんがももまんの魅力に気づいて虜になってくれるのならそれこそ本望ですしね」

 

 ズイズイとももまんを差し出してくるアリアに負けた理子は「そ、それじゃあ……い、いただきます」と、おずおずとももまんを両手で受け取りハムッとももまんを食べてみる。そして。理子の反応を逃すまいとレーザービームでも出てるのではないかと思ってしまうほどのアリアの眼光が理子に注がれる中、当の理子は「あ、おいしい……」と本音を零した。

 

「ッ! そうでしょうそうでしょう! ももまんは実に最高なのです! 人類の生み出した最高傑作なのです! だというのに! その実、ももまんの魅力に気づいている者はあまり多くないのです! ホント、理解に苦しみますよね全く! ねぇ、理子さん! ねぇ!」

 

 理子の反応によほど機嫌を良くしたのか、アリアはガシッと理子の両肩を掴むと前後にガクガクと揺さぶりながら、ももまんの素晴らしさについての同意を求めにかかる。半ば興奮状態になっているらしい今のアリアはいきなり肩を揺らされたことで「み、みゃうああああ!?」と目を回す理子に全く気が回っていないようだ。

 

 

(にしても、まさか理子までここに住むようになるとはな。人生ってのはホントになにが起こるかわかったものじゃないな。……ここ、一応男子寮だぞ?)

 

 理子がアリアの手によってももまん信者への道を進みつつある様子をリビングのソファから眺めていたキンジは、アリアがここに住んでいる時点で今更な事実を脳裏に上げる。

 

 いい加減、そろそろ寮の管理人さんに何か言われそうで怖い。アリアが住み着いた時は特に何も言ってこなかったが、理子まで住み着いたとなればさすがに何らかのアクションを仕掛けてくるだろう。となると。俺は部屋の主として、その時までに相手を説き伏せられる上手い言い訳を考える必要があるわけだ。……とても管理人さんを納得させられるとは思えないけど。

 

 それにしても。ホームズ四世とリュパン四世とが友達関係になるのはまだしも、同居することになるとは。こんな未来、一体誰が想像できただろうか。少なくとも二人の先祖たちはそんな日が来ることなど夢にも思わなかったことだろう。

 

 

「いっそのこと、ユッキーもここに移住させるか?」

 

 キンジはポツリと自身の考えを声に出してみる。ここまで来れば三人での生活も四人での生活も大差ないだろうし、もはや慣れているとはいえ、ユッキーの世話のために一々女子寮に足を運ぶのはやっぱり面倒だ。この部屋は元々四人部屋だということや、ユッキーが以前この部屋で過ごしていたことを鑑みても、ユッキー移住計画はそう悪いものではないだろう。

 

(というか、これ即興で考えた割には結構ナイスアイディアじゃないか?)

「ん? ユッキーさんもですか?」

「あぁ。多少改善されてるとはいえ、どうせ女子寮で堕落した生活送ってるんだ。だったら静まり返った部屋で1人寝転がるのもここで寝転がるのもそう変わらないだろ。それに、一々女子寮に向かう手間も省けるしな」

「……それもそうですね」

「え、ユ、ユッキーさん? えっと、もしかして……生徒会長の人、だよね? その人もここに住むの?」

「まだ未定ですけどね。っと、そんなに緊張する必要ありませんよ、理子さん。ユッキーさんは怠惰なことを除けば凄くいい人ですから」

 

 生徒会長の肩書きを持つ人間と一緒に住まうことになる可能性にビクビクと怯えっぷりを見せる理子。アリアは理子を安心させる目的で白雪の人間像を軽く伝え始める。いかに面倒事を嫌い、ダラダラしているかを教え始める。

 

 

 つーか。どうして今まで思いつかなかったのだろうか。ユッキー移住計画。アリアが男子寮に住み着いた時点でもう言い訳なんて通用しないというのに。

 

 とはいえ、もちろん理子がここに住まう現状を維持することやユッキー移住計画を実行するにあたっての懸念はある。管理人さんの件や東京武偵高三大闇組織(ファンクラブ)と称される『ダメダメユッキーを愛でる会』と『ビビりこりん真教』の件、あと周囲からハーレム野郎との偏見に晒されかねない件が主なのだが……まぁ、その辺は何とかなると信じよう。なるようになるはずだ。

 

(見た所、アリアも理子もユッキー移住計画に反対じゃなさそうだし、ユッキーもここに呼び寄せてみるか。あくまで本人の意思を聞いてからだけどな)

 

 アリア目線の白雪像を聞いて白雪への警戒心を解きつつある理子を見やると、キンジは白雪のいる女子寮へ向かうまでの短い休憩時間をソファに寝転がる形で過ごすことにしたのだった。

 




キンジ→着々と複数の女の子を手元に置きつつある熱血キャラ。本人にヒロイン勢を侍らせてウハウハしたいという願望はないものの、傍から見れば明らかにハーレムを築いているようにしか見えなかったりする。
アリア→新たなももまん信者を獲得するための布教活動に余念のないメインヒロイン。現在、理子を引きずり込もうとしている模様。
理子→キンジの部屋の新たな住人たるビビり少女。『エクストリーム・まくら投げ大会』なる危険な遊びをマスターしている。アリアを話を聞いたことで白雪と会うのがちょっと楽しみになっていたりする。

 というわけで、89話終了です。前回までの鬱展開から一転、友達となった三人のほのぼのライフでしたね。ええ。……さて。とりあえず、キンジくんちょっと爆発しようか。大丈夫、気づいた時には全て終わってるから。ね?

キンジ「怖ぇよ!?」

 まぁそれはさておき。第四章突入ということでカナさんの登場を期待した方も多かったかと思うのですが、カナさんとの再会はまだもうちょっと先となります。焦らしちゃってごめんね! 悪気はないんだよ! 本当だよ! ふぁもにか、ウソツカナイ! イェス!


 ~おまけ(とある夜の一幕)~

キンジ(あー、眠れないなぁ……)
理子「……ん(←眠そうに目をゴシゴシとしながらフラフラとどこかへと向かうりこりん)」
キンジ(理子? トイレにでも行ったのか?)

 1,2分後。

理子「……う(←寝ぼけてるりこりん)」
キンジ(あ、戻ってきたっぽいな)
理子「すぅ……(←キンジのベッドに潜り込み、( ˘ω˘)スヤァとなるりこりん)」
キンジ(――って、ちょっ、待て待て待てェ!? 何この状況!? 何なんだこの状況!? つーか、前にもこんなのなかったか!? なんでどいつもこいつも自分の寝るベッドの場所間違えるんだよ!?)
理子「えへへ~(←幸せそうな寝顔)」
キンジ(にしても、マズい。これはマズい。何がマズいって、さっきから胸が、胸が当たって、これヒステリアモードになるんじゃ――って、早まるな! 今この状態でヒステリアモードなんかになったらますます収集が付けられなくなるぞ! 落ち着け、落ち着くんだ、遠山キンジ! 血を沈めるんだ! じゅ、寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の新八の人生雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイ裏切りは僕の名前をしっているようでしらないのを僕はしっているグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーのぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ長久命の長助ぇぇぇええええええええええええ!!)
理子「だうー(←無駄に可愛らしい寝言)」
キンジ(――よし。落ち着いた。超落ち着いた。さて、現状を整理するか。理子が俺の腕をしっかりホールドしてるからここから逃げられそうにないし、あの様子だと理子は自分から俺のベッドに潜り込んだことに気づいてなさそうだ。となると、このまま朝を迎えると……泣く、理子なら絶対泣くな。でもって、理子を泣かせたとして修羅を纏ったアリアが襲ってくるな、絶対。……うん。ヤバいな、これ。絶体絶命だ)
理子「みぃ……(←もぞもぞりこりん)」
キンジ(考えろ、遠山キンジ! 現状を切り抜ける最良の策を! 明るい未来を迎えるための起死回生の一手を! 何か、何かないのかッ!?)

 こうして、キンジの眠れない夜は更けていくのであった。


 あい。というわけで、今回のおまけは40話のりこりんバージョンです。
 ……お、『ビビりこりん真教』の方々がアップを始めたようですね。ワクワク。



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90.熱血キンジとボヤ騒ぎ


 どうも、ふぁもにかです。今回の話、特に前半部分はふぁもにか的にはギャグのつもりですけど人によってはそうは思えない不謹慎ネタが入っています。なので、サブタイトルを見た時点で嫌な予感のする人はブラウザバック推奨です。ええ、ホント。



 

 しばしの間、ソファーで休憩していたキンジは今現在、白雪の待つ女子寮へと歩を進めていた。キンジがこうして女子寮へと向かうのは久しぶりだ。というのも、ここしばらく白雪は実家の星伽神社から召還されていたため、女子寮にいなかったからだ。その白雪がつい先日、青森の星伽神社から帰ってきた。そのことをメールを介して知っていたキンジは本日から白雪の世話を再開するべく女子寮へと向かっていた。

 

 またいつものようにゴロゴロしてるんだろうなぁと床やベッドに寝そべる白雪の姿を思い浮かべて苦笑してみたり、前みたいに荷物の山に埋まってないよなと白雪の安否に不安を抱いたりしていたキンジ。彼が女子寮の全貌を何となしに視界に収めた時、頭が真っ白になった。

 

「……ゑ?」

 

 キンジの視界の先。白雪の部屋がある位置。その窓からわずかながら黒い煙が漏れ出ていた。キンジのそれなりにいい視力はスラーといった擬態語を引き連れて漏れていく黒い煙を捉え、それ故にキンジは硬直する。キンジが想定だにしなかった展開が現在進行形で発生していることにただ立ち止まる。

 

(――って、立ち止まってる場合じゃないだろ!?)

 

 そして。キンジが固まってから数秒が経った頃。ハッと我に返ったキンジは一目散に白雪の部屋へと向かう。自分のペースを無視して女子寮の階段を駆け上がり白雪の部屋のドアへとたどり着く。すると、ドアからも黒い煙が漏れ出ていた。その光景を見て、キンジの顔からサァァと血の気が引いていく。キンジの脳裏にふと、部屋を燃やす業火の中でうつ伏せに倒れる白雪の姿が鮮明に思い浮かんだ。

 

「ッ!?」

 

 キンジは脳裏に浮かんだ最悪の事態を首を勢い良く左右に振る形で振り払うと、自身の持つアンロック技術を用いて数秒でドアを開錠。それからバタンと乱暴にドアを開けると、側にあった消火器を片手に、外へと向かう大量の煙に逆らうようにして部屋の中に踏み入った。

 

「ユッキー! 無事か!? 無事なら返事してくれ!」

 

 キンジはうっかり煙を多量に吸い込まないように体位を低く保ちつつも急いで白雪の姿を探す。もしかしたら一刻も争う状況下に追い込まれているかもしれない以上、キンジの中に急がないという選択肢はなかった。

 

 見た所、部屋はキンジの考えていた以上に酷くはなかった。煙こそ台所からモクモクと上がっているものの、リビングなど他の部屋に炎は燃え広がっていない。肝心の炎も消火器一つでどうにかできる程度の勢いであったために、即座に手持ちの消火器で鎮火することのできたキンジはひとまず安堵の息を吐いた。

 

 これならボヤ騒ぎ以上火事未満といった所だろう。それなら当初自分が考えてしまったような最悪の事態はないだろう。そんな希望がキンジの中で生まれつつあった、その時。キンジはリビングでそれを見た。

 

 洋服やら本やら家具やら刀やらが天井にも届く勢いで上へ上へと積まれた荷物の山を。その重量感漂う荷物の山の一角から突き出る線の細い左手を。時折、助けを求めるようにワキャワキャとうごめく左手を。

 

「……」

 

 いつか見た光景の再来にキンジは思わず絶句する。その耳がシリアスな雰囲気が完膚なきまでに粉砕される音を捉えたような、そんな気がしたキンジだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「「……」」

 

 とりあえず窓を開けて換気扇を付けることで部屋の煙をしっかり追い払ってから、ワキワキ動く左手を掴んで引きずり出す形で白雪を救助したキンジ。その後、キンジと白雪はテーブルを介して無言のまま向かい合っていた。

 

 

「で、ユッキー。何か言い残すことはあるか?」

「……てへッ♪」

「『てへッ♪』じゃねぇよ!」

「えへへ~」

「『えへへ~』でもない!」

 

 キンジは火事を起こしかけた白雪の相変わらずな反応についテーブルを両手でバンと叩いて声を荒らげる。とはいえ、白雪の笑顔が若干引きつっていることから白雪もそれなりに罪悪感を感じていると気づいているキンジは、ハァァァと深々と溜め息をついてどうにか怒りを沈めると、火事の原因を直接聞き出すことにした。

 

 ユッキーの所々要領の得ない言葉を要約すると、ユッキーは今日、いつも自分の世話をしてくれている俺を労うために朝食を振舞おうと考えたのだそうだ。それも俺をビックリさせるためにあくまで俺には内緒の形で。

 

 そして。シチュー作りにチャレンジしてみようと奮い立ったものの、長いこと星伽神社に帰っていた影響で包丁をどこにしまったかをすっかり忘れていたユッキーはまず、じゃがいもやニンジンなどの材料を宙に放り投げて居合切りで切り刻み、一口サイズにカットされた材料たちをあらかじめ下に配置してあった水入りの鍋へとボトボトと落としていったらしい。

 

 ここまでは順調(※あくまでユッキーの言い分)だったのだが、ここでユッキーがコンロの使い方をド忘れするという事態が発生したのだそうだ。どうすれば火を出せるのか。考えあぐねたユッキーはあろうことか、己の超能力(ステルス)を使って炎を出すことにしたのだ。コンロが使えないなら禁制鬼道を使えばいいじゃないと言わんばかりに。

 

『緋焔・焦壁!』

 

 そういった経緯の元。白の封じ布を外したユッキーは刀を真横に振るって目の前に炎の壁を出現させた。結果、火の威力が強すぎたためにあっという間に鍋から火が巻き上がり黒煙を生み出し始めたのだ。加えて台所に火の手が広がっていくという、想定だにしなかった突発的事態に慌てたユッキーが「わッ!?」と思いっきり後方へとジャンプしたのが最後。背中を背後の本棚にぶつけてしまい、その衝撃で本棚の上にやたらと積まれていた様々な荷物がユッキーへとなだれ込んでいったのだ。そして生まれたのが火事寸前の部屋と荷物の山に埋もれたユッキーとの両立という状況なわけだ。

 

(あれだけ料理に刀と禁制鬼道は使うなと言ったのに……)

 

 事の一部始終を知ったキンジは思わず手で顔を覆う。俺を労うためにユッキーが料理を振舞おうとしてくれた。おそらくここ最近ボチボチとだが料理に手を出し始めていた目的の一端はきっと俺に料理を振舞うためだったのだろう。俺自身、兄さんのために料理を頑張っていた過去があるからその恩返しの気持ちはよくわかるし、凄く嬉しい。嬉しいが、色々と常識を超えたやり方で料理を続けるユッキーをこのまま放置するわけにはいかないだろう。

 

「ユッキー」

「あい」

「とりあえず、これからしばらく一緒に住まないか? 今回はギリギリボヤ騒ぎで済んだから良かったけど、次も今日みたいに対応できるとは限らないしさ」

「……うん」

 

 キンジが簡潔に提案した『ユッキー移住計画』を前に、白雪は沈み気味にうなずく。いつになく落ち込んでいる白雪の姿に多大な違和感を感じて仕方のないキンジは、場の雰囲気が気まずいものに変わりつつある中、白雪の元気を取り戻そうと声を上げた。

 

「まぁ、何だ。料理を始めたのはつい最近なんだし、今日みたいな失敗もあるって。大事なのはその失敗から何を学ぶかだ」

「……」

「今度からは同じ失敗しないように料理頑張ろうってことでいいんじゃないか? 折角これから一緒に住むんだし、俺も教えるからさ。色々と」

「……うん」

「あと、ユッキーの気持ち、凄く嬉しかった。ありがとな」

「うん!」

 

 キンジは探り探りといった風に白雪を励ましにかかる。キンジの言葉を受けて徐々にいつもの姿を取り戻していく白雪。やっぱりこれがユッキーだよなと頭を撫でてみると、当の白雪はニヘラとだらけきった笑みを返してきた。

 

 

 かくして。白雪の起こしたボヤ騒ぎを経て、白雪の男子寮への移住が決定したのだった。

 

 

 

 

「じゃあ、今の内に引っ越し準備するぞ。まだ学校までに時間あるしな」

「あーい。お休み、キンちゃん」

「待て。さりげなく俺に全部任せて寝ようとするな。二人でやるぞ。そっちの方が早い」

「……えー」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「――ということがあったんだよ」

「それは、何というか……災難でしたね」

「あぁ、全くだ」

 

 路上にて。今朝の騒動の一部始終を聞いて、憐憫と同情の混ざった眼差しとともに背中にポンポンと手を当ててくるアリアの心遣いを受けて、キンジはふぅとため息を吐いた。

 

 あれから。ある程度白雪の荷物まとめを手伝ったキンジは武偵高へと向かい、その道中に偶然登校中のアリアと出くわしたために、今現在、二人一緒に武偵高に向かっているというわけである。

 

(よくよく考えるとアリアと二人で登校したことってあんまりなかったような……?)

「ハァ。随分と暑くなってきましたね。まだ朝だというのに、熱気にやられてしまいそうです」

 

 アリアはさんさんと降り注ぐ日光によって生まれている自分の影を見つめながら弱々しい声を吐く。時折ふらついていたり目が若干死んでいることから、アリアが割と暑さに参っていることが如実にわかるというものだ。

 

「まぁ7月だしな。けど今の時点でそんなへばってるとこれから先苦労するぞ?」

「……まだ暑くなるというのですか、キンジ?」

「あぁ、東京の暑さはここからが本番だ。むしろ今までの暑さはほんの前哨戦と言っていい」

「……どこが温帯ですか。思いっきり亜熱帯に突入してるじゃないですか、日本」

「否定はしない。実際、今の日本って温帯(笑)だからな」

 

 自身が感じている暑さが夏のピークでないことにその童顔を絶望へと染めるアリア。光の消えた瞳で日本の気候に文句を垂れるアリアにキンジは同調する。と、ここで。「……そうですね、まだ7月なんですね」とアリアがボソリと呟いたかと思うと、フフッと微笑みを零した。

 

「? どうした、アリア?」

「いえ、私がキンジと出会ってからまだ3か月程度なんだと思ったら、何だかおかしくて」

「そっか。そういや、まだ3か月なんだな」

 

 キンジとアリアはお互いの顔を見合わせて、同時に笑う。アリアの言う通り、俺とアリアが出会ったのは4月上旬。確かに、まだ3か月しか経っていない。なのに、俺はもうアリアとは1年以上の付き合いだと錯覚していた。きっと、あまりに濃かったここ最近の日々が俺にそう思わせていたのだろう。

 

「……幸先いいですよね、ホント。キンジと出会ってから、あっという間に三人もお母さんに濡れ衣を着せた犯人を見つけて倒すことができました。この調子ならお母さんの無実を証明できる時も案外すぐになるかもしれません。今まではいくら必死に犯人を捜しても尻尾一つすら捕まえられなかったんですけどね」

 

 アリアは目線を下に傾けて一瞬自嘲的な笑いを浮かべるも、すぐに和やかな笑みとともに「それもこれも、全部貴方のおかげです。ありがとうございます、キンジ。まるでキンジは幸せを運ぶ青い鳥みたいですね」と柔らかな口調でキンジにお礼を口にする。

 

「……どういたしまして。でも、あんまり気を抜くなよ、アリア。何もかも順調って時が実は何気に一番危なかったりするんだからな。勝って兜の緒を締めよ、だ」

 

 アリアの幸せそうな笑み。だけど、その笑みはどこか儚くて、今にもアリアが消えてしまいそうな気がしたキンジはアリアに気を引き締めてもらおうと言葉をかける。しかし、順調に事が進んでいる現状にどうしても気が緩み気味のアリアはキンジの前にタタタッと移動すると「わかってますよ。ダテにSランク武偵やってませんからね」と勝気な表情を見せる。

 

「ならいいけど」

 

 どうしても何かのフラグにしか聞こえないアリアの言葉を受けて、キンジは雲一つない晴れ渡った空を見上げるのだった。何か胸騒ぎがするんだよなと、内心で心情を吐露しつつ。

 




キンジ→後半でしっかりとフラグを立てた熱血キャラ。ボヤ騒ぎの件を経て、改めて白雪にしっかりと料理の常識を教えようと決意していたりする。
アリア→暑さにあまり強くないメインヒロイン。消えてしまいそうだとキンジが感じたのは存在感の問題ではないのかとか言ってはいけない。
白雪→ボヤ騒ぎを引き起こした張本人。本人も今回ばかりはさすがに反省している模様。あくまでそれなりにだけど。

 というわけで、90話終了です。ユッキーがやらかしちゃった話と着実にフラグを積み立てる話の二本立てでお送りしました。とりあえず、カナさんの登場は92話からになりそうですので「カナさんまだかなー?」とwktkしてる方々はもう少しだけ気長にお待ちくださいませ。


 ~おまけ(ネタ:早すぎるフラグ回収)~

キンジ(何か胸騒ぎがするんだよな……)

??「ぶっぽるぎゃるぴるぎゃっぽっぱぁーっ!」
??「石! 賢者の石ぃ! よこせぇぇええええッ!!」
??「さあ、イ・ウーの連中を倒して調子に乗ってる子は、どんどんしまっちゃおうねぇ」

キンジ&アリア((何か前からヤバそうなのが来たぁ!?))

 思わずヤバそうな連中に背を向けて全力ダッシュで逃げようとする強襲科Sランク武偵二人。

??「さあ、逃げようとする子は、どんどん埋めちゃおうねぇ」
??「ウッドキューブを……返せ……」
??「さて。この不快感、どうしてくれよう」

キンジ&アリア((囲まれたッ!?))

 二人の明日はどっちだ!?


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91.熱血キンジと荒ぶる少女


??「時はキタエリ! 今こそ奴を殺す時ッ!」

 どうも、ふぁもにかです。今回はもうサブタイトルの時点で「あっ…(察し)」ってなる人も多いかと思います。ええ、そうです。今回は久しぶりにあの子の登場です。ですので、あの子が荒ぶる様を生暖かい目で見守ってやってくださいませ。……結構久しぶりに登場させてるのでただでさえ崩壊しているキャラがさらにとんでもないことになってないか心配でならないですね、個人的に。



 

 久しぶりにアリアと二人で武偵高へと登校した、その日の昼休み。キンジは今現在、昼食を学食で済まそうと目的地へ歩を進めていた。

 

 ちなみに。アリアはももまんの特売の話を聞きつけて松本屋へと直行し、理子はキンジの後に続こうとするも『ビビりこりん真教』メンバーが数多く跋扈する2年A組教室から抜け出せなかったために今のキンジは一人である。理子の救出を早々に諦めて教室を後にする時、理子から救援を切に望む眼差しが向けられたためにそれなりに罪悪感に苛まれたのが記憶に新しい。

 

 先に学食に行ったらしい武藤や千秋辺りでも誘って一緒に食べるか、などとテキトーに今後の予定を立てていた、まさにその時。「クヒッ」という気味の悪い笑い声が鼓膜を打った気がして、キンジは後ろを振り向く。その視線の先に一人の少女が佇んでいた。当の少女はうつむいているせいで銀髪が顔にかかっており、そのためキンジは少女の表情を読み取ることができなかった。

 

(あれ? どこかで見たような――)

 

 今しがた聞こえた笑い声の発生源とはとても思えないほどに大人しそうな少女。その姿に見覚えを感じたキンジがスッと目を細めて少女に注意を向けた瞬間、少女がフルフルと肩を震わせたかと思うと「クッハハッハハハッハハハハッハハハ!!」と気が狂ったような哄笑を上げ始めた。

 

「見つけたぞ、遠山麓公キンジルバーナードォォオオオオオオオオオオオオ!!」

「なぁッ!?」

 

 クワッと見開いた眼でギンとキンジを睨んだ少女、もといジャンヌは瞬歩もかくやと言わんばかりのあり得ないスピードでキンジとの距離を詰めると、いつの間にかその両手に握った鈍色の光を放つ大剣――聖剣デュランダルではない――を振り下ろしてきた。いきなり大剣で襲いかかってきたジャンヌ相手にキンジはギリギリの所で両手を使った真剣白刃取りを発動。間一髪、自分が縦から真っ二つにされるという未来を回避した。

 

「ちょっ、いきなり何すんだよ、ジャンヌ!? つーか今、雷の超能力(ステルス)使ったろ!? 能ある不死鳥(フェニックス)は炎を隠すんじゃなかったのか!?」

 

 突如命の危機に晒されることとなったキンジは真剣白刃取りの状態のまま声を張り上げる。無理もない。ジャンヌは雷の超能力(ステルス)を利用して体の随所に軽く電気を流すことで瞬間的に己の筋力を増幅させる技術を確立している。しかし、ジャンヌは策略家。むやみに自身の能力を人目に晒したりはしない。そのジャンヌが今平然と雷の超能力(ステルス)を使っているということはつまり、それだけキンジを仕留めたいと思っていることに他ならないのである。

 

(俺、何かジャンヌに恨まれるようなことしたか!?)

「クッククッ、ククククッ! 遠山麓公キンジルバーナード。忘れたとは言わせないぞ、よくもこの我を罠にかけてくれたなぁ!」

「な、んの話だよ!?」

「この期に及んで白を切るつもりか! 貴様の言う通り、女子寮に行ってもユッキーお姉さまはいなかったではないか!? あの時我が感じた貴様への憤り、そしてユッキーお姉さまに会えるという期待を粉々に打ち砕かれた絶望……その全てを貴様にくれてやる! ついでに我はジャンヌではない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ! 地獄に落ちても忘れるなァァァアアアアアアアアアア!!」

「地獄に落とす気満々かよ!?」

 

 ジャンヌは半ば血走った瞳でキンジを射抜くとともに憤怒の声を上げる。キンジを真っ二つにせんと大剣にギリギリと力を込めるジャンヌと真っ二つにされてたまるかと両手に力を込めて必死に抵抗するキンジ。両者の均衡、そして睨み合いに終止符が打たれる気配は、現状ではない。

 

「かっ消えろ、幻獄雷帝(アムネジア☆リミット)!」

 

 と、ここで。いつまでもキンジをズバッと斬り伏せられないことにイライラを募らせたジャンヌは自身の雷の超能力(ステルス)を最大限に開放させる。結果、ジャンヌの体から発生した緑色の雷がバチバチバチィー! との凶悪な音とともに一斉にキンジへと襲いかかった。

 

「ガァァアアア!? ッ、ちょっ、死ぬ! 洒落に、ならないぞ!? ジャンヌ!?」

「クッハハハ! 何を言うか、遠山麓公キンジルバーナード! 主人公補正を持ち、世界最強の武偵を目指すと豪語しておきながらこの程度の電撃で殺られると言うつもりか!? ハッ、笑止にも程があるぞ! 我の気が晴れるまで、くれぐれも死んでくれるなよ! 遠山麓公キンジルバーナードォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ッ、こんの――」

 

 殺意に満ち満ちたオーラを情け容赦なくぶつけるとともに凶悪な笑みを浮かべるジャンヌ。言葉でジャンヌの戦意を喪失させることは不可能だと判断したキンジはジャンヌ無効化への一手としてまずは足払いを仕掛けようとする。

 

「あ、ダルクさん。ちょうどよかった。ちょっと話があるんやけど、時間は大丈夫?」

 

 と、その時。キンジの前方、ジャンヌの背後から落ち着いた女性の声が響いた。刹那、ジャンヌは「きゃぱう!?」と、それまでの交戦的極まりない表情を怯えに満ちたものに一変させてキンジから飛びのいた。ここでやっと声の主を見やる余裕の生まれたキンジが前方に目を向けると、寝癖一つない綺麗な黒髪を垂らした綴先生がにこやかな笑みとともに立っている姿が見えた。

 

「あ、悪霊退散悪霊退散悪霊退散――ハッ、き、貴様、一体我に何の用だ?」

「聞こえとるでー、ダルクさん。やれやれ、まさかここまで嫌われとるとはなぁ」

「な、何を言うかと思えば……あれだけのことをしておいて我が貴様を好むと本気で思っていたとは、笑い話にもならないな」

「まぁ確かにそうやけど……相変わらずダルクさんは手厳しいなぁー。あれについてはそろそろ水に流してくれてもええんやないかって思うんやけど」

(棒読みだなぁ、綴先生。絶対今の状況楽しんでるな、これは)

 

 突然の天敵の登場に最初こそ動揺しまくって「悪霊退散」を連呼していたジャンヌだが、すぐに我を取り戻すとこれまたいつの間にか大剣をどこかに収めた状態で毅然と綴先生に言葉を放つ。……と、ここだけ描写すれば聞こえはいいだろうが、今のジャンヌはキンジの背後に自身を隠した上で綴先生と会話していたりする。キンジを綴先生に対する盾にしようとキンジの背中を掴む両手がブルブル震えていることから、よほど綴先生が怖いと見える。

 

(まぁユッキー誘拐未遂事件に関して色々と情報を吐かされたみたいだし、綴先生自体がトラウマになるのも無理ないか。……にしても、何だろう。理子二号が誕生したような気がする)

「こんにちは、綴先生。ジャンヌに用ですか?」

「こんにちは、遠山くん。せや、ダルクさんと二人きりで話したいことがあるんよ。や・か・ら、後ろのダルクさん、こっちに引き渡してくれへん?」

「ッッ!?!?」

 

 先ほど自身が命の危機に晒されたせいもあってか、それとなくSっ気の感じられる笑みとともにジャンヌの引き渡しを求めてきた綴先生にキンジは躊躇なく「わかりました」と返答しようとする。と、そこで。第六感でキンジが綴先生の求めに応じることを悟ったジャンヌが一足早く「せ、せせせせ戦略的撤退だッ!」と一目散に逃げ出した。

 

「あ、ダルクさん! ちょっ、待ちぃ!」

 

 綴先生の制止の声を振り切り、ジャンヌは駆ける。さながら一陣の疾風のように。綴梅子から1ミリでも遠くへと逃げたい。そうして前方もロクに確認せずにただただ必死に駆け抜けるジャンヌは直後、前方を歩く一人の人物と真正面から衝突し、尻餅をついた。

 

「わッ!?」

「ッ!? あっぶねぇな、どこ見て歩いてんだ――って、何だ、テメェか。どうした、ジャンヌ? 急いでたみたいだが、何かあったか?」

「あ、制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)!? いや、これはそのー、だな! 何というか、その、えと――」

「??」

 

 ジャンヌはバッタリ会った不知火を見上げて何だかワタワタしている。両手を使って身振り手振りで上手く表現しようとしているが、まるで言葉になっていない。案の定、ジャンヌの言葉が通じていないようだった不知火だったが、いつまでもジャンヌを廊下に座らせるのはどうかと考え「ほら、立てよ」と手を差し伸べる。しかし。ジャンヌは一向に不知火の手を取ろうとせず、ただ不知火の手と顔とを交互に見やってボンと顔を真っ赤にさせるだけだった。

 

(え、なに、この反応? これってまさか……いや、ないない。ジャンヌに限ってそれはない)

 

 いかにも純朴な乙女っぽい反応を見せるジャンヌについジャンヌが不知火のことを異性として好いている可能性を考えたキンジだったが、普段の厨二感あふれる言動とのギャップの凄まじさから反射的に自身の予測を否定した。

 

「あぅ……」

「おい、ジャンヌ。テメェ大丈夫か? 何か様子おかしいし、熱でもあんのか?」

「ッ! だ、だだだだ大丈夫だッ、制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)! 我は無病息災、サーチ&デストロイ&デリヘル&デリバリーだからな!」

「悪ぃ。何言ってるかさっぱりわからん」

 

 ジャンヌの額に手を当てて熱を測ろうと不知火が伸ばした手をジャンヌはパシッと払いのけつつ弾かれたかのように立ち上がると、ドンと胸を叩いて自分は大丈夫だぞアピールをする。わけのわからない言動を続けるジャンヌを前に「これ、暑さで頭やられたんじゃねぇか?」と不知火が本格的にジャンヌの熱中症を疑いつつあった、その時。ジャンヌのオッドアイの瞳が偶然、いかにもダルそうにどこかへと歩く白雪の姿を捉えた。

 

「ッ! ユッ――」

「ゆ?」

「ユッキーお姉さまぁぁぁぁあああああああああああああ!!」

 

 愛しの白雪を見つけたジャンヌは脇目もふらずに白雪へと跳躍。不知火のことなどすっかり忘れてそのまま白雪に抱きついていった。当の抱きつかれた白雪は「おー、デュラちゃん。どうしたの?」と甘えん坊な妹をあやすような優しい口調でジャンヌに声をかける。

 

 憤りの為すがままに俺に襲いかかってきたかと思えば綴先生にビビって逃亡を図り、偶然出くわした不知火の前でワタワタと挙動不審っぷりを見せつけたかと思えば嬉々としてユッキーに抱きつくジャンヌ。

 

(……何というか)

「忙しい奴だなぁ、色々と」

「せやなぁ」

 

 キンジは白雪とともに瞬く間に仲睦まじい姉妹のような雰囲気を構築するジャンヌを眺めてしみじみといった調子で感想を零す。すると、いつの間にやらキンジの隣にやって来ていた綴先生もまた、キンジの零した感想にうんうんと同意するのだった。

 




キンジ→70話の一件が原因でジャンヌに襲われた熱血キャラ。似たような感想を抱いたことでちょっとだけ綴先生と仲良くなったような気がしないでもないらしい。
白雪→16文字しかセリフのなかった怠惰少女。チョイ役なユッキーは割とレアかもしれない。
ジャンヌ→怒ったり逃げ出したり赤面したり抱きついたりとやたら忙しない厨二病患者。ちなみにジャンヌがキンジに対して怒っていたのは理子と同居を始めたことも理由の一端だったりする。
不知火→かなり久々に本編に登場した不良キャラ(笑)。どこぞの鈍感主人公を彷彿とさせる言動を無意識の内に実行している。
綴先生→ビクビク震えるジャンヌの反応を見て楽しむ教師のクズ――コホン、お茶目な一面を持っているエセ関西弁の教師。決して敵に回してはいけない数少ない一人である。

 というわけで、91話終了です。今回は久しぶりにキャラをたくさん出した気がしますね。あと、今回のジャンヌちゃんの行動を執筆してたらふと日常の中村先生を思い出した件について。そして改めて考えてみると、ジャンヌちゃんって雰囲気というかノリが中村先生とそっくりなんですよね。……別に狙ったわけじゃないんですけどねぇ。偶然って怖い。

 閑話休題。さて。次回はついにカナさん登場回。ギャグにしようかシリアスにしようか迷ってましたけど、どうせなら両方を取り入れた折衷案で行こうと思います。


 ~おまけ(その1 ジャンヌの使った技説明)~

・幻獄雷帝(アムネジア☆リミット)
→自身の体で生成した緑色の雷をただそのまま相手にぶつけるだけの荒技。単純だがそれゆえに強力で、常人の意識を3秒も経たない内にブラックアウトさせるほどの威力を持っている。しかし、精神力の消耗が割と激しい上にどこか対象の身体に触れていないと技を発動できない仕様となっているため、ジャンヌはこの技をほとんど使わない。今回ジャンヌがわざわざこの技を使ったのは、キンジ相手に怒りを覚えたことで判断能力が大幅に低下したのが原因である。


 ~おまけ(その2 とある日の出来事:ディスガイアネタ)~

キンジ「……(んー、襲撃者がいるっぽいな。しかも今日はたくさんいるみたいだな。いい訓練になればいいけど)」
赤タイツに覆面をした男「邪悪な闇が迫るとき――」
青タイツに覆面をした男「呼ばれてないのに現れる!」
黄タイツに覆面をした男「使命に萌える7つの光が――」
緑タイツに覆面をした女「ゆ、ゆゆゆ勇気と希望でッ、世界を救う!」
オレンジタイツに覆面をした男「フジヤマ! ゲイシャ! ファンタスティック、ネー!」
群青タイツに覆面をした男「いや、ぼ、ぼくは、その、あれですよ……」
紫タイツに覆面をした女「我ら! 正真正銘7人そろって――」
全員『虹色戦隊! ニジレンジャー!(←各々カッコいいポーズを取りつつ)』

キンジ「……まぁ、確かに今回はきちんと7色そろってるけど。つーか、その緑と紫、理子とジャンヌか? 理子とジャンヌだよな? 何やってんだよ、二人して?」
紫タイツ「クククッ、何を言っている? 我は決してジャンヌ・ダルク30世などという名前ではない。我の真名は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)……じゃない、今の我はニジパープルだ。理解できたか、遠山麓公キンジルバーナード?」
緑タイツ「ボ、ボボボボクは峰理子リュパン四世じゃないよ! ニジグリーンだよ! 何おかしなことを言ってるのかな、キンジくん!?」
キンジ「うん。明らかに理子とジャンヌだな。お前らがしっかりと墓穴を掘ってくれたおかげで確信が持てたよ。で、そのオレンジと群青は何だ?」
オレンジタイツ「オー!? ミーガナァニカ? ユーハモンク、アルデスカー? ハラキリセップク、ネー!」
群青タイツ「いや……、ぼくは、ほら、無理やり勧誘されてこう、しゃべれって、こう、今、い、いきなり言われてるだけなんで……お金もくれるって、い、言ってたし……」
キンジ「……お前ら、誰でもいいのかよ」
赤タイツ「仕方あるまい! 他に隊員になってくれる有志がいなかったし! 言っておくが、友達が少ないわけじゃないぞ! こっちには7人もいるんだからな!」
キンジ「そ、そうか。何だか、お前らを見てるとあまりに哀れで、目頭が熱くなってきたよ。……まぁ、ちゃんと7人そろえてきた努力は認めてやってもいいけどさ」
赤タイツ「ならば、覚悟はいいな! 正義の味方の誇りと使命を取り戻すため! お前を倒してやるぞ、遠山キンジ! この熱き想い、燃え尽きるまで! ニジレンジャー、ヒィィィーーート・アァァァァァーーーーッップ!!」
キンジ「……(今のうちに逃げとくか。律儀にこいつらの相手してると精神的に凄く疲れるし。それに他の奴らはともかく、理子とジャンヌを同時に相手したら多分無傷じゃ済まないしな)」


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92.熱血キンジと再会の時


ふぁもにか「アリアさん、アリアさん。ちょっとアリアさんに話があるんだけど、いいかな?」
アリア「はい、何でしょうか?」
ふぁもにか「これからしばらく、お゛め゛ぇ゛の゛出゛番゛ね゛ぇ゛がら゛あ゛!」
アリア「ふぁッ!?」

 どうも、ふぁもにかです。ついにカナさん登場の時です。カナさんを待ちわびた方々、本当にお待たせしました。個人的にこのキンジくんとカナさんとの再会シーンは第四章の最大の見せ場だと思っているので全力で執筆したいと意気込んでいる今日この頃です。

カナ「あら、そうなの? ならパトラ戦はどうなるのかしら?」
ふぁもにか「……(←無言のままサッと目を逸らすふぁもにか)」
カナ「あっ…(察し)」



 

「ん?」

 

 荒ぶるジャンヌに殺されかけた一件から数時間が経過した、放課後のこと。一人帰路に就いていたキンジはふと自身の視界の端に見知った姿が映ったために立ち止まる。

 

「~~♪ ~~~♪」

 

 キンジが視線を向けた先。とある公園のベンチにて。理子が目を閉じて胸に当てた状態で歌を歌っていた。この公園、普段はカップル御用達スポットとしてラブラブカップルたちの巣窟と化している場所なのだが、今は偶然にも誰一人いない。人の気配がない中、一人歌う理子の姿は夕日の光を吸収&反射する金髪も相まってか、歌姫って言葉が似合うぐらいに神々しかった。

 

(これ、凄いな。理子って、こんなに歌が上手かったのか……)

 

 歌姫モードの理子の歌声に聞き惚れたキンジはその場に佇んだまま、決して理子に気配を悟られないように細心の注意を払いつつ、理子の歌を静聴する。そして、数分後。歌が一段落ついたらしい理子がスッと瞳を開けてハフゥと息を吐く。その時には既に先までの神々しさは欠片も感じられず、弱々しい雰囲気を身に纏ういつもの理子そのものとなっていた。

 

「理子」

「ッ!? ひゃわ!?」

 

 話しかけるなら今だろう。キンジはスタスタと理子の座るベンチへと近づくと理子に声をかける。対する理子はこのタイミングで誰かに話しかけられるとは露にも思ってなかったのか、目に見えてビクリと肩を震わせた。

 

「き、きききキンジくん!? え、あ、ちょっ、う、え、ええええっと! も、もしかして今の……き、聞いてた?」

「あぁ。理子って歌上手かったんだな。ビックリしたよ」

「ッ!? あ、あぁぁああああうううううううう――」

 

 キンジに自身の歌を聞かれていたことを知り、ボフンと頭から湯気を生み出すとともにあっという間に赤面し取り乱す理子。しばらくして。ひとしきり取り乱すだけ取り乱してようやく落ち着きを取り戻した理子は「この時間帯に人は通らないはずなのにぃ……」と涙目で呟いた。

 

「で、なんでこんな所で歌ってたんだ?」

「うぅ……」

「理子?」

「みゃう!? あ、うん。えーとね。ボ、ボク、たまにここで声出しの練習してるんだ」

「声出し?」

「そ、そう。変声術を極めるには日頃の努力の積み重ねが不可欠だからね」

 

 キンジに歌を歌っていた理由を伝えた理子は一旦言葉を区切ると、目を瞑ってすぅと深呼吸をする。そして。理子のいきなりの行動の意図がわからず首を傾げるキンジを前に、理子は己の練習の成果を実際に披露してみることにした。

 

『まぁ、頑張ればこれぐらいの実力はつけられるってこと』

「ッ!?」

 

 理子はキンジの声でエッヘンと胸を張る。一方、キンジは他人の口から普段から聞きなれている自分の声が飛び出してきたことに目を丸くした。

 

「おまッ、ここまで再現できるのかよ!? 凄いな、理子。ってか、もうこれ変声術じゃなくて声帯模写のレベルじゃないのか?」

『ふぇ? そう、かな? ボクなんてまだまだだと思うんだけど』

「いや、これ凄いって。凄いけど頼むから俺の声で『ボク』っていうのは止めてくれ。何か違和感が凄まじいからさ」

『う、うん。わかった』

 

 『ボク』という一人称を使う自分の声にゾゾッと悪寒のしたキンジはすかさず理子に『ボク』の使用を禁止した。本当なら自分の声で『ふぇ?』と反応したり『うん』と返事したりするのも止めてほしかったのだが、一度に色々と指図するのは友達のあり方としてどうかと思ったキンジは自身の要望を胸の内に留めることにした。

 

『けど、ちょうどよかったよ。キ、キンジくんだけに話したいことがあったからね』

「話したいこと?」

『キンジくんのお兄さん、金一さんの情報の件だよ』

「あー、あれか。それについてはあんまり期待してなかったんだがな」

 

 理子はどこか神妙な顔でキンジを見つめると、キンジの声のままでキンジの兄:遠山金一の話題を持ち出してくる。対するキンジはまるで自分自身と話してるみたいだなと現状を他人事のように感じつつ、言葉を返す。

 

 キンジとしてはブラドの一件以降、理子が一向に兄に関する話を切り出してこなかったので、てっきり十字架(ロザリオ)奪還作戦に協力した自分への報酬の件はうやむやにされたものとばかり思っていた。そのため。このタイミングで兄の話が飛び出してきたことに内心で驚いていたりする。

 

『キ、キンジくんはさ。今、金一さんの安否についてどう思ってる?』

「……正直、わからない」

 

 キンジは理子の問いにしばしの沈黙の後に返答する。理子がウソを吐いているとは到底思えないが、かといってあの義に生きる兄さんがイ・ウーにいるとも思えない。矛盾する二つの感情がせめぎ合っていてわけがわからないといった感じだろうか。

 

『明日、7月7日の午後6時。キンジくんがANA600便を不時着させた、空き地島。そこに行けば、金一さんに会えるよ』

「ッ!?」

『き、金一さんの方もキンジくんと接触したかったみたい。ボクが連絡したら二つ返事でOKしてくれたよ。よ、良かったね、キンジくん』

 

 理子の口から放たれた言葉にキンジは思わず目を見開き硬直する。純粋にキンジを思いやってか、柔らかい口調で言葉をかけて(※あくまでキンジの声のままでだが)笑みを浮かべる理子の姿がやけに印象的だった。

 

 

 その後。理子の右目に割と大きい虫がピタリと貼りついたせいで理子が「みぎゃああああ!?」とテンパり、その結果、理子を落ち着かせるのにキンジが非常に苦労したのはまた別の話。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 拝啓 敬愛なる兄さんへ

 

 お元気ですか、兄さん。突然ですが、俺は兄さんに謝らないといけないことがあります。どうやら兄さんは本当に生きているみたいですね。理子を介して兄さんとの再会の場がセッティングされた今でも未だに信じられません。兄さんが死んで、天国でのどかに過ごしているものと今まで散々思い込んでしまっていて本当にすみませんでした。

 

 どうしてアンベリール号沈没事故を利用して行方を眩ませたのか。

 どうして今まで一度も俺に接触してくれなかったのか。

 理子の言っていたことはどこまで本当なのか。

 本当にイ・ウーの一員になってしまっているのか。

 

 聞きたいことはたくさんあります。積もる話もたくさんあります。

 ですが、今は何よりも兄さんを直接この目で見たい気持ちでいっぱいです。

 兄さん、待っていてください。すぐに行きますから。

 

 

 ――イマ、アイニユキマス。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(ここに、いるんだよな?)

 

 翌日。7月7日。約束の時間の約15分前。夕日が周囲をオレンジ一色に染めていく中、キンジは空き地島へと足を運んでいた。清潔感を保とうと事前に入浴を済ませ、普段は使わないワックスを使って髪を整え終えている今のキンジは第三者の視点からはいつも以上にイケメンに見えていることだろう。ちなみに。燕尾服を着るかいつもの防弾制服を着るかでギリギリまで迷っていたのはキンジだけの秘密である。

 

「……」

 

 理子はここに兄さんがいると言った。だけど、やっぱりいないかもしれない。期待と不安がグチャグチャに混ざり合う中、キンジは兄の姿を求めて周囲に視線をさまよわせる。その視線が、前にANA600便を思いっきりぶつけてしまったせいで今やすっかり動かなくなった風力発電機のプロペラ部分で止まった。

 

 キンジの視線。その先に三つ編みにされた綺麗な茶髪にエメラルドグリーンの瞳をした傾国の美女がプロペラ部分に腰を下ろして、足をブラブラとさせていた。比喩じゃない。過大評価でもない。本当に、やろうと思えばその美貌で国一つ平然と傾けられるだけの容姿を持った人物が、カナ姉がプロペラ部分に座っていた。

 

「……ぁ」

 

 アリアにユッキー、理子も確かに可愛いが、カナ姉とはやはり次元が違う。カナ姉の前では全ての自然現象はカナ姉を美しさを際立たせるための脇役でしかなくなる。時折カナ姉の髪を優しく撫でる風も、カナ姉の後ろから差し込む夕日の温かな光も、あくまでカナ姉の引き立て役にしかなれない。そんな、まるで巨匠が渾身をもって描いた絵画から飛び出して来たかのような、とても人間とは思えないほどに整った造形を持ったカナ姉が今、俺の目線の先にいる。

 

 兄さんはヒステリアモードを意図的に発現させるために絶世の美女:カナに化けるという方法を採用している。つまり。俺の目が捉えているカナ姉は自分が男であるという認識こそなくなっているものの、兄さんこと遠山金一に違いないということだ。

 

(間違いない。兄さんだ。本物の兄さんだ。兄さんは生きてたんだ!)

「カナ姉!」

 

 キンジは喜色に満ち満ちた声を上げるとともに不時着させたANA600便の傾いた翼をあたかも坂道を上るかのように駆け上がり、一切のためらいもなしに翼端から風力発電機のプロペラに飛び移る。そして。改めて近くからカナの横顔を見た瞬間、ふとキンジの脳裏に疑念が差し込んだ。

 

 

 これは、はたして現実なのか? 今俺の目の前にカナ姉がいるという現実は、本物なのか? 俺が兄さんに会いたいと思ったせいで生まれた、都合のいい夢じゃないのか?

 

 頬をパシッと両手で挟み込むようにして叩いてみると、確かに痛い。でも、夢だからといって痛覚がないとは限らない。痛覚を感じる夢だって普通にある。

 

 兄さんが生きていることを素直に受け止めていいのか?

 これが夢じゃない保障がどこにある?

 

 兄さんが生きていることが現実だと思いたくて。だけど今兄さんと会っているという現状が夢じゃないことを証明する手段がわからなくて。頭がグルグル回っているような気がして。まるで高熱を出してしまった時のように全く考えが纏まらなくて。前後左右の感覚も、今の自分の体勢すらわからなくなってきて。

 

 

「――大丈夫」

 

 混乱の海に沈みかけた俺の頬に、ふとひんやりとした感触が沁みた。

 

「え?」

「信じられない気持ちはわかるけど、大丈夫」

 

 顔を上げると、カナ姉が俺の頬に手を当てていた。

 

「私は、ここにいるわ」

 

 全てを包みこむような瞳を向けていた。

 

「安心して、キンジ」

 

 うっすらと微笑みを浮かべて俺を見つめていた。

 

 

 カナ姉の一言一言が俺の鼓膜を震わせていく。

 カナ姉の所作が、瞳が、表情が、透き通った声が、俺の心に巣食う疑念を取り除いていく。

 

 

「カ、ナ……姉ッ!」

 

 いつの間に距離を詰められたのかはわからない。でも、そんなことどうだっていい。俺は今兄さんと会っている。そして、その都合のいい今は、間違いなく本物だ。夢なんかじゃない!

 

 兄と再会している現状を紛れもない現実だと心から認識できた瞬間、キンジの目から堰を切ったように歓喜の涙がボロボロとあふれ出した。

 

 

 まさか、またこうして、現世で会えるとは思わなかった。

 兄さんは元気で。ちゃんと五体満足で。何一つ欠けていない、ありのままの姿で。今、俺の目の前にいる。

 良かった。生きてて良かった。また会えて良かった。

 

 

「カナ、姉ッ! カナ姉!!」

 

 感極まったキンジは眼前のカナをギュッと抱きしめてボロボロと涙を零す。高2にもなって恥ずかしいとかいった感情は全く思い浮かばず、キンジはただただ幼子のように泣きじゃくる。一方のカナは「ごめんね、キンジ」との謝罪の言葉をかけつつキンジの背に両手を回すのだった。

 

 

 

 この時。キンジは気づかなかった。

 自分が現在進行形で抱きしめているカナの瞳がわずかながら陰りを見せていることに。

 カナの放った「ごめんね」という言葉に二重の意味が込められていることに。

 

 

 




キンジ→もう会えないと思っていた兄さんと会えたことで号泣しちゃった熱血キャラ。ブラコンフィルターが掛かっているため、カナの容姿への評価がとんでもないことになっている。身だしなみの整え具合からも兄さんとの再会を前に気合いが入りまくっていたことが読みとれる。ついでに原作と違い、カナ姉と呼んでいる。
理子→歌姫なビビり少女。誰もいない公園にて、たまに歌姫りこりんが降臨する模様。機械音声をも機材なしで真似できちゃう以上、キンジの声を真似るのは理子的には楽勝だったりする。なお、歌姫りこりんのイメージはゼルダの伝説のネールです。知っている人は知っている。
カナ→ただいま真面目モードなブラコンさん。アホの子モードは次回にお預け。原作と違い、キンジのことを弟と認識している。

 というわけで、92話終了です。キンちゃんマジ泣き回でした。男の号泣シーンなんて誰得だと思う人もいるかもですが、まぁ折角の兄弟の再会ってことで大目に見てやってください。……うん、そうなんですよね。これ兄弟の再会なんですよね。姉弟の再会シーンとして見ないとホモォ┌(┌ ^o^)┐としか思えない私は、きっと心がもうどうしようもないほどに穢れてしまってるのでしょうね。……嗚呼、純粋だったあの頃に戻りたいですぜぃ。


 ~おまけ(ネタ:一方その頃)~

アリア「もっもまーん♪ もっもま~ん♪」
??「陣形(フォーメーション)、玄武」
アリア「ッ!?」

 松本屋のももまんギフトセット20個入りを3セット購入し、上機嫌で寮へと帰ろうとしたアリア。しかし。アリアが歩道橋を渡る最中、一人の人物の合図を契機に突如アリアの前後に現れた大量のキザっぽい外見の人たちがザッと横一列に並びアリアに背を向けつつ隣同士で肩を組んだ。

アリア(これは、私の退路を塞いだつもりでしょうか。何て斬新な方法……)

 と、その時。あたかもモーセが手を上げて海を割ったかのように人の波が二つに割れ、断たれていた退路に道ができる。その道を悠々と歩いて登場してきたのは、黒髪の男。

??「初めまして、お嬢さん。私は滝本発展屋の経営理事が一人、桔梗と申します」
アリア「滝本発展屋? ……あぁ、最近新しく事業を始めた、あの――」
桔梗「はい。その滝本発展屋です」
アリア「で、その滝本発展屋の経営理事さんが私に何の用ですか?」
桔梗「そうですね。簡潔に申し上げますと……貴女が邪魔なんですよ」
アリア「……」
桔梗「困るんですよねぇ。貴女みたいな、松本屋に莫大なお金を惜しみなく投入するような人がいると。貴女のような存在がいる限り、松本屋を潰すのは至難の業。貴女は我々滝本発展屋にとって目の上のたんこぶなのですよ」
アリア「……」
桔梗「ですので、どうです? 折角ですし、これからは松本屋依存はやめて、我々の商品に乗り換えませんか? 貴女の気に入りそうなもも製品もたくさんあります。今なら特別に3割引にいたしますよ?」
アリア「お断りします」
桔梗「……お嬢さん、この状況わかってますか? 貴女は今、逃げ道を塞がれている。我々はいつでも実力行使に踏み切ることができるんですよ?」
アリア「二度は言いませんよ、滝本発展屋の回し者さん。正々堂々松本屋と競争しようとせず、姑息な手段を用いて松本屋を没落させようとする貴方の店の商品を買う気など欠片もありません。もっと商売に対する気持ちを入れ替えてから出直してきてください」
桔梗「……そうですか、残念です。貴女みたいな美幼女を傷物にしないといけなくなるとは。現実とはかくも残酷なものなのですね」
アリア「そうして余裕ぶっていられるのも今の内です。貴方は数の暴力を過信しているようですけど……武偵高の生徒を舐めているとどんな目に遭うか、その体に教え込んであげましょう」

 何か別の物語が始まろうとしていた。


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93.熱血キンジと譲れない想い


カナ(アホの子ver.)「このぎんがをとーかつするじょーほーとーごーしねんたいによってつくられたたいゆーきせーめーたいこんたくとよーひゅーまのいどいんたーふぇいす……それが、わたし」
キンジ(な、何か始まったっぽいぞ?)

 どうも、ふぁもにかです。今回は前回から引き続きカナさん回。シリアスとギャグを上手い具合に混ぜ合わせたつもりだけど……変に混沌となってなかったらいいですねー(遠い目)。あと、今回はキンジくんの心情描写がちょっと冗長な気がしますので気軽に読み飛ばすこと推奨です。



 

「悪い、カナ姉。その、情けない所見せて」

 

 キンジがカナに会えたという嬉しさからついカナを抱きしめ号泣しまくってからしばらくして。相変わらず足場的に少々心もとない風力発電機のプロペラの上にて。夕日が水平線にその姿を消そうとする中。キンジは自分がさっきまでやらかしていたことに関して唐突に恥ずかしさを覚え、カナから目を逸して謝った。

 

「謝ることないわ、キンジ。こうしてスキンシップを取ってくるキンジ、久しぶりだったから……昔に戻ったみたいで嬉しかったわ」

 

 謝罪に対してニコリと慈愛に満ちた聖母のごとき微笑みで返してきたカナにキンジは思わず「ウグッ!?」と胸を押さえ、数歩後ずさる。心の準備が整っていない内にカナの神秘的な笑顔を真正面から捉えることとなったために、今のキンジの思考回路は異常をきたしていた。

 

(そ、その笑顔は反則だろ、カナ姉ぇぇええええ!? お、おおおおお落ち着け、遠山キンジ! 衝動に飲み込まれるなッ! 実行するならせめてこんな開けた場所なんかじゃなくてもっとそれっぽい場所で――ってぇぇえええええ!? そうじゃないだろうがッ!?)

 

 キンジは18禁ルートへと傾きつつあった思考回路を元に正すために、ついでにドクドクと血液が体の芯に集まっていくヒステリアモードの前兆を妨害するために自分の顔を思いっきり殴る。しかし。一度殴ったぐらいでは全然修正も妨害もできそうになかったので、キンジはさらに数回顔を殴りつける。キンジの奇行を目の当たりにしてキョトンとするカナをよそに。

 

(ま、マズい。しばらくカナ姉と会ってなかったせいで、カナ姉の所作への耐性が弱くなってるんじゃないか、これ? これは早くカナ姉に慣れないと本格的にマズい。俺がヒスって暴走してしまう前にどうにかして全力でカナ姉に慣れないと!)

 

 キンジが内心で決意を固めていると、ふとカナの纏う雰囲気が変質した。これまでの凛と一本筋の通ったしたものからふにゃ~んとした脱力感の漂うものへと、ガラリと身に纏う雰囲気を変化させたカナはスタスタとキンジから幾ばくかの距離を取ると、「う~ん」と首を傾けた。

 

「あれ? そういえば私、どうしてこんな所(風力発電機のプロペラ部分)にいるのかしら? そもそも、何が目的でキンジに会いにきたんだったかな?」

「……いや。俺に聞かれてもわからないんだけど、カナ姉」

「うぅ、何だったかなぁ? 凄く大事な話をするはずだったんだけど……あ、そうだ。私、この前街中を歩いていたらスカウトの人に読者モデルやってみないかって誘われたからキンジの意見を聞きたかったんだった」

「ふぁッ!?」

「どう思う、キンジ? 私って読者モデルに向いてるかしら? あ、そうそう。あと私、今度大学生に成りすまして東大のミスコンに出場するつもりだから応援よろしくね」

「いや、いやいやいや! ちょっ、何言ってるの、カナ姉!? それ本気!? 本気で言ってる!?」

「? 本気に決まってるじゃない」

「やめて、カナ! お願いだから踏みとどまって! 読者モデルもミスコン出場もやめてくれ! カナがそれやると色んな意味で大変だから! 厄介なことになるから!」

 

 突如として、これまでの流れと全く関係のない話を持ち出してきたカナにキンジは慌てて止めに入る。カナ姉が読者モデルの道を歩み始めたらどうなるか。ミスコンに出場したらどうなるか。そんなの、言うまでもない。待っているのは混沌の未来だ。

 

(年齢と性別を詐称していておまけに死んだものとして扱われてたカナ姉がいきなりミスコンやら読者モデル業界やらに現れて人気をもれなく全てかっさらって行ったら、本業の人たちのショックが計り知れないだろうしな。それに、カナ姉の美貌はむやみに衆目に晒すものじゃなくて、俺を含むごく少数の人たちによって静かに楽しむものだ。世間の、それもあの手の平返しが大得意なマスコミ連中のネタにされてたまるかよ)

 

 キンジは私欲半分、ミスコンに出場する女性や読者モデル業界の女性の精神的安寧を保つ目的半分でカナから繰り出された突拍子もない話を突っぱねる。すると。カナは「……そう」といかにも残念そうに表情を暗くした。眉を悲しげに寄せるカナの表情に酷く罪悪感に駆られたキンジだったが、俺の方が正しいはずだと何度も言い聞かせることでどうにか平静を保つことに成功した。

 

(そうだった。忘れてた。すっかり忘れていた。カナ姉バージョンの時の兄さんには平常運行の真面目モードと、大脳への負荷を少しでも減らすために思考能力のほとんどを放棄する低労力モード、もといアホの子モードがあるんだった。この二つのモードを状況に応じて使い分けることでよりカナ姉状態でのヒステリアモードをより長く持続させてるんだった。……きっと、スカウトやらミスコンの話はアホの子モードの時に耳にしたんだろうなぁ)

 

 キンジは「ミスコン、出たかったなぁ」としょぼくれるカナを前につい半眼になる。今現在、キンジの脳内ではいつでも凛々しくカッコいい完璧超人なカナ姉像が木っ端微塵に砕け散っていた。憧れのカナ姉像が砕け消えていく感覚にキンジはついほぼ沈んでいる夕日を見やって目を細めつつ「思い出補正、か……」と一言呟くのだった。

 

 

「……何をたそがれているの、キンジ?」

「いや、何でもないよ、カナ姉。……でも、よかった」

「?」

「カナ姉が相変わらずで、安心した。何も変わってない、いつものカナ姉で安心した」

 

 キンジはカナを見やって優しく微笑む。確かに五体満足のカナ姉とこうして再会することはできたが、性格が全く変わっていないとは限らなかった。もしもカナ姉の性格が豹変していたら、俺のよく知るカナ姉とまるで違うものとなっていたら、俺はきっと正気ではいられなかっただろう。それだけに、相変わらずのカナ姉の姿に俺は心から安堵した。

 

「何も変わってない、ね……」

 

 しかし。キンジの言葉を契機に、その場の空気がわずかに変わった。ついさっきまでの和やかであまり緊張感の感じられない空気から、どこか不穏さの漂う空気へと。

 

「カナ姉?」

「……私は変わったわ、キンジ。それも多分、悪い方向に」

「え?」

「――あ。そうそう、やっと思い出した。ねえ、キンジ。私と一緒に、今から神崎・H・アリアをいい感じの崖から突き落としましょう」

 

 カナの口からサラッと飛び出てきた言葉に、キンジは言葉を失う。キンジにとっての正義の体現者であり、憧れだったカナが放ったまさかの言葉にキンジは一瞬声を失う。

 

「カ、カナ姉? 何、言って……」

「キンジ、この周辺でおあつらえの崖、あるかしら? できたら常に風が吹き荒れていて荒波がぶつかっているようないい感じの所からアリアを突き落としたいんだけど」

「……それはアリアを殺すってことか?」

「ええ。そうよ。キンジ、今から一緒にアリアを殺しましょう。緻密に綿密に作戦を練った上でアリアをいい感じの崖まで誘い込みさえすれば、彼女を突き落として殺すのは容易のはずよ」

「あくまで崖から突き落とすことにこだわるのかよ。って、そうじゃない。アリアを殺すってどういうことだよ!? なんで、よりによってカナ姉がそんなこと言うんだよ!?」

 

 キンジは平然とアリア殺害の協力を求めてくるカナを前に思わず悲痛な声を上げる。行方不明となる前のカナなら冗談でも絶対に言うことのなかった発言を繰り出してくる現状が理解できない、わけがわからないといった声色だ。

 

「キンジ。もしも私に結婚を前提に付き合っている彼氏がいるって言ったら――」

「――ブッ殺ス」

「つまりはそういうことよ、キンジ。あの子は、神崎・H・アリアはキンジをたぶらかす巨凶の因由。だから、アリアを殺すのを手伝ってほしいの。私一人でもできるけれど、キンジの協力があればより成功率が上がるから」

 

 仮定を使いつつアリア殺害の理由を語るカナにキンジは「なるほど」とポンと手を打つ。が、一度はアリア殺害の理由を納得したものの、ここでハッと正気に戻ったキンジは「って、なに言いくるめられてんだ、俺!」と頬をバシッと両手で強く叩いた。

 

「待ってくれ、カナ姉。確かにカナ姉に彼氏ができたらそいつをこの世から塵も残さず消し去りたいとは思うけど、それを実際に実行しようだなんて思わない。精々、頭の中で存分にフルボッコにするぐらいだ……多分」

「そこは断定しないのね」

「ゴ、ゴホン! それに俺はアリアにたぶらかされてなんかないし、恋人関係でもない!」

「じゃあ聞くけど、キンジ。貴方はアリアのこと、どう思ってるの?」

「どう、って?」

「アリアのこと……異性として、好き?」

「そんなの……あれ?」

 

 唐突にカナ姉から投げかけられた問いにキンジは文字通り固まった。ロリコンでもロリコン紳士でもペドフィリアでもない自分がアリアのことを異性として、そういった対象として見ているわけがない。そう否定しようとして、できなかった。

 

(どういう、ことだ? アリアは俺の好みじゃない。俺はいかにも女性的な体つきをしたお姉さんキャラが好きなはず。だからアリアは完全に対象外。そのはず、だよな? なのに、なんで俺はアリアが恋愛対象外だって思えないんだ?)

「キンジ?」

「……悪い、カナ姉。アリアが好きかどうか、ちょっとわからない」

 

 キンジはロリ体型に定評のあるアリアのことを恋愛対象外だと言えない自分自身に戸惑いつつも、その戸惑いの心情をそのままカナに明かす。今までアリア相手にそんなことを考えたことがなかったせいだろうか、などと推測を立てつつ。と、ここでキンジは推測を続ける思考回路に一旦終止符を打つと、「でも」と言葉を続けた。

 

 

「これは断言できる。アリアは俺にとって大事な人間だ。兄さんの、カナ姉の汚名返上を手伝うって言ってくれた奴だ」

 

 

――お前の母親の件が終わってからでいい。兄さんの汚名返上に協力してくれないか? アリア。

 

――お安いご用です。私もお母さんのことを散々に非難したマスコミ各社には思う所があります。私たちの力を全世界に見せつけて、奴らに目に物見せてやりましょう。キンジ。

 

 

「俺のバカバカしい目標を笑わずに、しかも付き合うって言ってくれた奴だ」

 

 

――言ったな? これからお前は世界最強の武偵になる男のパートナーになるんだからな。途中でへばるようなら承知しないからな。

 

――わかっています。キンジこそ途中で挫折なんてしないでくださいね。みっともないですから。……それにしても、今まで純粋に頂点を追い求めてみたことはありませんでしたが、どうしてでしょうね。何だか少しワクワクしてきました。

 

 

「だから。アリアを死なせるわけには、いかない。もしカナ姉が本気でアリアを殺す気なら……まずは俺を殺してからにしろ」

 

 キンジはしっかりとカナを見据えて、アリア殺害に協力しない旨を伝える。そして、キンジは己が心から敬愛するカナに拳銃を向けた。対するカナはキンジの言動がよほど想定外だったのか、美術品のようなエメラルドグリーンの瞳が動揺に揺れている。

 

 

 カナ姉は正義の体現者。間違っても誰かを殺すことで何かを解決するような人じゃなかった。

 だから、今のカナ姉がアリア殺害を目論んでいる以上、行方知れずとなっている間にカナ姉に何かがあったのだろう。

 

 でも、カナ姉のことだ。アリアを殺そうとするのにはもっとちゃんとした理由があるはずだ。

 今のカナ姉はアホの子モードだからまともな理由を言ってくれないけど、きっとアリアを殺すことが数ある選択肢の中で最も正しいものなのだろう。

 アリアを殺すことが義を全うすることとなり、世界のためにもなるのだろう。

 だからこそ。カナ姉はアリアを殺そうとしている。

 

 

 けど、ダメだ。俺は、アリアを見捨てるには、あまりにアリアと仲良くなりすぎた。

 

 

 アリアと出会ってから約三か月。パートナーとして過ごす日々の中で、同じ屋根の下で一緒に生活する中で、俺はアリアの色んな一面を知った。

 

 ――神崎・H・アリア。

 

 とても高2とは思えないほどに幼い容姿に年不相応の落ち着いた雰囲気を持っていて、かと思えば、大好物のももまんをパクつく時は見目相応な笑顔を見せる。たまに殺意の波動に目覚めて修羅を纏って襲ってくることもあるし、その一方で、俺を気遣って俺をイ・ウーとの戦いに巻き込むのを躊躇する一面もある。

 

 ホームズの血を継ぐ貴族の割には貴族にいかにもありそうな横柄な態度は見せないし、一人で孤独を抱え込んで、母親を助けるために無謀極まりない戦いに単騎で挑む無茶な所も見受けられる。強襲科(アサルト)Sランクの地位を持っていながら雷が苦手で加えて泳げないし、あだ名一つで赤面する可愛らしい部分も存在する。

 

 そんな、安定しているようで実にアンバランスな神崎・H・アリア。

 

 

 そんなアリアがたとえ近い未来に悪の化身になるのだとしても。

 誰もが恐れる犯罪者の中の犯罪者へと変貌するのだとしても。

 たとえアリアが悪堕ちしなくとも、アリアの存在自体が世界を破滅に導くのだとしても。

 カナ姉がそれを未然に防ごうとしているのだとしても。

 

 

 それでも俺は、アリアの死を許容できない。

 アリアの血でその手を汚すカナ姉を許容できない。

 

 

 私情まみれの醜い感情。義に生きる遠山家の人間として考えるなら、俺は確実に失格だろう。でも、それでも。こればかりは仕方がない。何せ、俺は理不尽な展開が許せない性質なのだ。無罪のかなえさんが投獄されている理不尽も許せなければ、まだ何もやらかしていないアリアが殺される理不尽も許せない人間なのだ。

 

 

 ……別に、俺だって巨凶の因由を放置していいだなんて思っていない。世界の破滅とアリアの死を天秤にかけて世界の破滅を選んだわけじゃない。ただ、アリアが死なないと世界が平和にならないのだとしても。それを知った世界の誰もがアリアの死を望んだとしても。誰か一人ぐらい、アリアが生きることを望み、アリアのために武器を取る人間がいなければ不公平じゃないか。

 

 それに。これからの人生でアリアが何か世界を混沌に貶めるようなことをやらかしてしまうのだとしても。その時は、パートナーとしてアリアの側にいる俺がしっかりアリアの暴走を止めればいい。それだけの話だしな。

 

 

「キンジ、本気で言っているの?」

「ああ。本気だ。大マジだ」

「キンジは私よりアリアを選ぶの?」

「選ぶ選ばないの問題じゃないだろ、こーゆーのは。アリアは俺のパートナーだ。いくつかの死線を一緒にくぐり抜けてきた大切な仲間だ。だから。パートナーを殺そうとする相手がいたら、たとえそれがカナ姉だろうと見逃すわけにはいかないし、協力なんて論外だ」

「……キンジ、わかってる? さっきも言ったけれど、アリアは巨凶の因由。巨悪を討つのは義に生きる遠山家の天命なのよ?」

「ま、そうだろうな」

 

 キンジはいつの間にやら真面目モードに戻っているらしいカナに向けていた銃口を一旦下へと逸らす。そして、スゥとごく自然に目を閉じる。

 

「でもさ、カナ姉は自ら行方を眩ませた方だからわからないだろうけど……残されるってかなり心にくるんだよ、これが。昨日まで確かに生きていたはずの存在が急にいなくなったって現実が上手く受け止められなくて、心にポッカリ穴が開くんだ。もういないって理屈じゃわかってるはずなのに、たまにうっかり名前呼んじゃったり、夢をみたり、幻覚を見たり幻聴が聞こえたりするんだよ。……俺はもう、あんな辛い思いはゴメンだ。そういった意味でも、アリアの殺害を認めるわけにはいかない」

 

 あの時はユッキーが側にいてくれたからどうにか立ち直れた。ユッキーが側にいて、いつも以上のだらけっぷりを見せつけて、全部俺に世話させて、そうして俺の頭の中から一時的に兄さんの存在を忘れさせてくれたおかげでどうにか壊れずに済んだ。

 

 だけど、もしもアリアがカナ姉に殺されて、もう一度あの感覚に襲われたら。……俺は今度こそ、きっと壊れる。だからこれは、カナ姉の持ちかけたアリア殺害の誘いを拒否し、しかもカナ姉のやろうとしていることを阻止するという俺の行動は、自衛行動でもあるというわけだ。

 

 

「もう一度言うぞ、カナ姉。もしカナ姉が本気でアリアを殺す気なら……まずは俺を殺してからにしろ」

 

 キンジはカッと見開いた目でカナを凝視する。その、キンジの目に宿る覚悟の炎を読み取ったカナの眼差しが哀れな子羊を見るようなものへと切り替わっていった。

 

「キンジ。貴方の覚悟は認めるわ。だけど、私とキンジとの戦力差は大人と子供、ううん。それ以上はある。それでも戦う気?」

「あぁ。そんなの百も承知だ。でも、お互い譲れないんだからしょうがないだろ。だったら格下の俺は格下なりのやり方で下剋上するしかない。……今回ばかりはパートナーの命がかかってるんだ。今ここでカナ姉を倒して、絶対にアリアの殺害を阻止してみせる」

 

 キンジは手に持つ拳銃を強く握りつつ、己の強固な意志を顕わにする。すると。キンジの覚悟に満ちた発言を真正面から受け止めたカナは「まさか、キンジが私の言うことにこうも逆らうなんて思わなかった。こんなに力強い目をするなんて思わなかった」と、どこか嬉しそうにスッと目を細める。その姿はまるで反抗期へと到達した子供の今後の成長を見守る母親のようだった。

 

「キンジ。私にアリアを殺してほしくない?」

「あぁ、当たり前だ」

「その選択が、どのような未来を招くとしても?」

「あぁ」

「そう。……キンジ、私は義のためにアリアを殺すのが最善と考えているわ」

「……」

「でも、もしもキンジが私を倒せたのなら、その時は考え直そうと思う」

「ッ! それって――」

「――アリアを殺されたくなかったら、私を倒しなさい。キンジ」

 

 カナはキリッと表情を引き締めてキンジを鋭く見据えた状態でそう言い放つ。カナの言葉はキンジにとって願ってもないものだった。というのも、もしもこの場でキンジが奇跡的にカナを倒せたとしても、キンジにはまだアリア殺害を考えているだけで実行に移していない人間を逮捕することはできないし、ましてアリアが殺されないよう今の内にカナを殺すこともできないからだ。そうなると。カナのアリア殺害への意思が揺るがぬ限り、アリアは常にカナの脅威にさらされ続けることになってしまう。しかし今、カナの言葉によってその可能性は消滅したため、キンジはとにかくカナに勝てさえすればよくなった。それはキンジにとって間違いなく僥倖だった。

 

「わかった」

(見せてやるよ、カナ姉。将来、世界最強の武偵になる人間の実力って奴を――)

 

 爪先をわずかに動かして無形の構えを取るカナに、キンジはせめて気持ちでカナに負けないようにとニィと口角を吊り上げて勝気な笑みを形作る。かくして。約半年ぶりに再開した兄弟(?)による、それぞれの譲れない思いを賭けた戦いが幕を開けるのだった。

 

 




キンジ→時折カナの何気ない所作でついヒスってしまいそうになっていた熱血キャラ。カナに対してある程度の独占欲を持っているため、カナが芸能界に進出することに関しては否定的。
カナ→アホの子モードと真面目モードの時の落差が激しい男の娘。ミスコンに出る許可をキンジから貰えなかったことに地味に落ち込んでいたりする。何この可愛い生き物。

 というわけで、93話終了です。原作の完全シリアスな雰囲気とは一線を画した感じになりましたね。やっぱアホの子モードのカナさんのギャグ要員としての力は凄まじいですね、ええ。そして。次回はついにカナさんとのバトル回に突入します。原作では瞬☆殺されてたキンジくんだけど……さて、ここでは何秒もつことやら。


 ついでに。

カナ「キンジ。もしも私に結婚を前提に付き合っている彼氏がいるって言ったら――」
キンジ「――ブッ殺ス」
カナ「つまりはそういうことよ」

 このやり取りが個人的に一番のお気に入りだったりします。


 ~おまけ(ネタ:アリアの殺し方)~

カナ「キンジ、今から一緒にアリアを殺しましょう」
キンジ「カナ、何、言って……」
カナ「そうね、まずは松本屋はももまんの原材料の産地偽装をしているとのうわさを流しましょう。桃の名産地:山形産と見せかけて中国産、って感じに。あとは他の商品に農薬が多量に混ざっていたってうわさもいいかもしれないわね。それで松本屋の信頼を大幅に落とした所で松本屋の近くに大手量販店を展開して松本屋の顧客を根こそぎ奪いつつ、同時に松本屋の経営陣が脱税・粉飾決算・インサイダー取引をしていたとの情報も流すの。ここまですればもう松本屋は破滅の一途を辿るのみよ。フフフッ、いい考えだと思わない?(←悪い笑み)」
キンジ「や、やめたげてよぉ! アリアからももまんを取り上げないであげて! あいつ、末期のももまん中毒だから! ももまんないと生きていけない奴だから!」

 カナ、エグい手段でアリアを殺そうとするの巻。


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94.熱血キンジと先読みの先


 どうも、ふぁもにかです。今回はカナさんとの戦闘回。でもって、今回も相変わらず『戦闘回になると無駄に地の文が増える』というふぁもにかの特性がいかんなく発揮されておりますので、前回と同じくパラパラっと読み飛ばしていくこと推奨です。……ホント、もっとスマートかつスタイリッシュに執筆できるようになれたらいいんですけどねぇ、やれやれ。

 ま、それはとにかく。キンジくんが明らかに格上なカナさん相手に何秒もつかに注目しつつ、94話を楽しんじゃってくださいませ。……え、なに? キンジくんが勝つ? 主人公補正のあるキンジくんなら誰が相手だろうと負けるわけない? (´・∀・`)ハハッ (ヾノ・∀・`)ナイナイ



 

(見せてやるよ、カナ姉。将来、世界最強の武偵になる人間の実力って奴を――)

 

 空き地島にある風力発電機のプロペラ部分にて。キンジは眼前で無形の構えを見せるカナを見据えて得意げに口角を吊り上げると同時に足場を渾身の力を込めて踏みつけ、震脚を放った勢いのままに後ろへとピョーンと跳ぶ。そして。一度も後ろを確認しないままに跳んだキンジは危なげもなくANA600便の翼端に着地した。

 

 カナはまさかキンジがいきなり退却ついでに足場を揺らしてくるとは思わなかったのか、グワングワンと大きく揺れるプロペラ部分からバランスを崩して落ちそうになっている。その表情に浮かんでいるのは100%純粋な驚愕の念。

 

 

 当然だ。最初の最初で不安定な足場を不用意に揺らすなど、下手したら自分が足を滑らして落ちてしまう可能性が十分に考えられる以上、命をまるで顧みない無謀な行為と同値なのだから。実際、プロペラから下に落ちてしまえば、待っているのは約15メートル上空からの紐なしバンジー&コンクリートの地面へ容赦なく叩きつけられる未来なのだから。

 

(けど、こうでもしないとカナ姉には絶対勝てない)

 

 キンジはカナを格上の相手だと思っている。別次元の相手だと思っている。今の自分の実力では例えヒステリアモードを巧みに駆使したとしてもまず勝利はあり得ないと思っている。それほどまでに勝機の限りなく薄い戦い。けれど、キンジは勝たないといけない。アリアが殺されないために。カナにアリア殺しをさせないために。尤も、カナの姿を脳裏に思い浮かべる形でヒステリアモードになっているキンジがその手段を使ってヒステリアモードになった所でかえってカナを傷つけられなくなり、ノーマルモードの時以上に勝機が薄くなってしまうのだが。

 

 とにかく。普通に考えればまず勝利のあり得ない戦いにおいて、されど絶対に敗北の許されない戦いにおいて、勝利をあり得るようにするにはどうすればいいか。勝機をほんの1%でも増やすにはどうすればいいか。勝利を掴み取るためにはどうすればいいか。

 

 

 答えは簡単だ。普通ならまず負けしかあり得ない状況で、それでも勝利をもぎ取りたいのなら、常識的な戦いをしてはいけない。常にカナ姉の意表を突くような、カナ姉の想定を軽く凌駕するような、突拍子のない戦い方を選ばないといけない。

 

 それでは、常にカナ姉の想定を超える戦い方をするために必要となる絶対条件とは何か。その問いにキンジが瞬時に出した答えは一つだった。

 

 

(――カナ姉の行動を全て先読みしてみせろ、俺!)

 

 

 ANA600便の翼端に着地したキンジは再び、グラグラと未だ揺れているプロペラへと躊躇なく飛び乗る。その際、またしてもプロペラの揺れが大きくなったせいで、バランスを取り戻す一歩手前だったカナは再び足を踏み外しそうになる。一方。キンジはバランスを整えることなんてどうでもいいと言わんばかりにアンバランスな体勢のままカナへと足を踏み出した。そして。低姿勢のまま風のごとく駆けるキンジはグングンとカナとの距離を詰めていく。

 

「おおおおおおおおおおおおおお――!!」

 

 気迫のこもった雄叫びを上げてカナへと駆けていく一方で、キンジは考える。今現在、カナが何を考えているのかを。足場がおぼつかない中、雄叫びとともに迫ってくる弟を前に、何をしようとしているのかを。

 

 

(できるはずだ。俺はずっとカナ姉と一緒に生きてきたんだ! カナ姉の考えることのトレースぐらい、余裕だろ!?)

 

 カナ相手に勝利するために、頭をこれでもかとフル回転させてキンジは必死に思考する。長年カナとともに過ごしてきた経験がある以上、カナの行動を予知することは可能だと信じた上で。

 

 

 ――おそらくカナ姉はこう考えているだろう。

 

 

【まさかいきなり足場を揺らしてくるなんて思わなかったわ。……これは悠長にバランスを取っている場合ではないわね。一刻も早くキンジの動きを止めないと。体勢を立て直すのはその後でも遅くはないわ】

 

 そして。俺の動きを止めるために使う手段はまず間違いなく、カナ姉の切り札の一つである不可視の銃弾(インヴィジビレ)。カナ姉の同僚曰く『いつ銃を抜いたのか、いつ狙われたのか、いつ撃たれたのかすらわからない』らしいそれをカナ姉はここで使ってくるはずだ。カナ姉の持つ2つの切り札の内、中遠距離の間合いで使えるのは不可視の銃弾だけなのだから。

 

 その銃を見ることすら叶わない神速な銃撃を避けるには二つのやり方がある。一つ目は先の踏みつけで足場を揺らした時みたいにカナ姉の想定を超える行動を選んでカナ姉の銃撃を妨害する方法。つまり、己の命を顧みない無謀な行為を選ぶ方法である。

 

 そして二つ目、それは銃の見えない銃撃を『見て』から避ける方法だ。何も銃が見えなければ銃から射出される弾丸をかわせないなんてことはない。銃自体が見えないのならば、他の場所を見てから不可視の銃弾を使ってくるタイミングを計ればいいだけの話なのだ。

 

 キンジは知っている。カナが銃を撃つ時、わずかに、ほんのわずかにだが左の眉がピクッと動くことを。大概が初対面である犯罪者やたかが何年か同じ仕事をしている同僚には見破れないほどささいな癖なのだが、カナを脳裏に思い浮かべるだけで余裕でヒスれるほどにカナ姉大好きっ子なキンジに見抜けないカナの癖などなかったのである。

 

 そのため、キンジはカナが銃を撃つタイミングを予知することができる。しかし。ここで問題となってくるのは、銃弾の放たれる場所。カナに、今からカナがどの場所を狙ってくるかが読み取れるような都合のいい癖はない。ゆえに、こればかりは癖による判別は不可能だ。

 

 でも。カナ姉の撃ってくる場所がわからないのなら俺が誘導してやればいい。誘導自体はそこまで難しくない。カナ姉にとって俺はたった一人の弟で、カナ姉はある程度は俺に対して好意を持っている。だから、いくら何でもカナ姉は俺を銃殺しようとはしないはずだ。となると、カナ姉は防弾制服に覆われた部分しか、あるいは撃たれても命に別状のない場所しか狙わないはず。言い換えれば、カナ姉は絶対に俺の頭は狙わないだろう。……あくまで希望的観測だけど。

 

 だから。後は俺が低姿勢を保ちつつカナ姉へと迫ることで、決して見ることのできないカナ姉の銃口は自然と斜め下へと向くこととなる。これが意味することは――ただ一つ。

 

 

(カナ姉の左の眉がピクリと動いたタイミングで思いっきりジャンプすれば、不可視の銃弾を避けられる!)

 

「今ッ!」

 

 キンジはカナの左の眉がほんの少しだけ動いたのを捉えると、足場のプロペラを強く踏みしめて前方高く跳躍する。直後、キンジのジャンプにワンテンポ遅れる形でキンジが今さっきまでいた場所にガンと銃弾が黒い跡を残した。

 

(よし、やった! やったぞ! 上手くいった!)

「――ッ!?」

 

 キンジは自分の先読みが上手くハマったことにハハッと笑みを零す。一方、カナはどんな宝石よりも綺麗なエメラルドグリーンの瞳をこれでもかと見開いた状態で石のように固まっていた。不可視の銃弾を初見でかわされたことがよほど衝撃的だったのだろう。

 

 その一瞬に満たない体の硬直を見逃すつもりはない、今の内に決める。と、言いたい所なのだが、相手はカナ姉だ。いくら想定の埒外の出来事を前にショックを受けた所で、すぐさま我を取り戻すはずだ。

 

(まだだ、まだ喜ぶのは早いぞ、遠山キンジ! 次だ、次にカナが打ってくる手を考えろ!)

 

 キンジはカナの切り札たる不可視の銃弾をかわしたことによって生まれた全能感に支配されそうになる思考回路を正すと、再びカナの思考のその先を予測しようと頭をフル回転させる。

 

 

 ――今現在、カナ姉はこう考えているはずだ。

 

 

【不可視の銃弾をかわされた。まさか、見切られたの? ……いえ、あり得ない。あり得ないわ。銃弾が放たれるまで36分の1しかないこの不可視の銃弾を人間がかわせるはずがない。じゃあ、どうして、どうやってキンジは不可視の銃弾をかわしたの? ヒステリア・サヴァン・シンドロームになってすらいないのに。……キンジが不可視の銃弾をかわしたカラクリがわからない以上、不可視の銃弾を使い続けるのは得策ではないわね。ここは、別の手段でキンジを倒す必要がある】

 

 こんな感じの思考を経て、カナ姉は不可視の銃弾でない別の手段――それも切り札級の手段――を用いて俺を倒そうとするはずだ。そうなれば、残るカナ姉の切り札はサソリの尾(スコルピオ)だけだ。

 

 サソリの尾。その切り札について、キンジは名前しか知らない。しかし。キンジはサソリの尾は近接武器の類いだろうと当たりをつけていた。

 

 

(カナ姉レベルの卓逸した実力者が中遠距離攻撃の切り札――不可視の銃弾――の通じない相手のことを想定しないはずがないからな)

 

 ジャンプした状態のままのキンジの前方にて。不可視の銃弾を避けられたショックから再起動を果たしたカナは絹のように滑らかな茶髪を揺らして三つ編みに結っていた布をほどくと、髪に隠してあったいくつものパーツに分かれた金属片をジャキジャキジャキと即座に組み立てていく。

 

 一瞬にも満たない間に組み立てられた結果、出来上がったのは大きな曲刃。それにカナが懐から取り出した三節棍のような金属棒を組み合わせることで完成したものは、まるで西洋の死神が携えていそうな、濃紺に染められた大鎌だった。

 

(これがサソリの尾……!)

 

 キンジはあまりに物々しい大鎌を前にゴクリと息を呑む。今すぐにでもカナの大鎌の射程外へと逃げ出したい衝動に駆られる。しかし。カナに向けてジャンプした体は止めようにも止まらない。今のキンジは飛んで火にいる夏の虫も同然だ。

 

「これを使うことになるとはね」

 

 と、ここで。カナがしみじみといった風に呟き、大鎌の柄をまるでバトンでも持つかのように軽く掴むと大鎌を真横に振るおうとする。未だ空中にいるキンジはこのままでは為す術もなく大鎌の餌食となってしまうだろう。防刃効果もある制服のおかげで胴体が真っ二つになることこそないが、大鎌を喰らった衝撃でプロペラ部分から落下→遥か下方のコンクリートにグシャリとなる流れがキンジを待ち受けていることだろう。

 

 

(――悪い、カナ姉)

 

 まさに万事休すの状況。それを打破するために、キンジはカナの大鎌による攻撃を妨害するための一手に打って出る。できればこの手段だけは使いたくなかったとでも言いたげな、苦虫を噛み潰したような表情とともにキンジはカナの顔面に銃を向けてすぐさま銃弾を放った。カナが銃弾をかわせることに全幅の信頼を寄せつつも、キンジは本気でカナを銃殺せんと引き金を引いた。

 

「え」

 

 一方。まさかキンジが自分の顔面目がけて銃弾を放ってくるとは思ってなかったカナは信じられないといった眼差しをキンジへと向けながらも咄嗟に大鎌をグルンと回して銃弾を弾き飛ばす。この時、ほんの一瞬にも満たない時間だが、カナとキンジの間を大鎌の曲刃が通り抜ける。その間の、大鎌によってカナの視界から自分の姿が消え去る瞬間を利用しないキンジではなかった。

 

 キンジは続けざまに二連続で発砲。数寸違わずカナの手元へと飛んでいった銃弾は大鎌の持ち手部分に命中し、その強い衝撃により大鎌がカナの手元から弾き飛ばされる。そうして。カナの手から零れ落ちた大鎌はそのまま下へとクルクル落ちていき、コンクリートにズガンと突き刺さった。

 

 

(よし! これでサソリの尾も封じたぞ!)

 

 キンジはあらかじめサソリの尾を近接武器の類いだろうと予測し、サソリの尾を攻略するにはカナ自身にサソリの尾を手放してもらうしかないと考えていた。ゆえに。キンジはサソリの尾とカナとを引き離すためにわざとカナの頭を狙って発砲し、カナの動揺を誘ったのだ。もしもカナがこれで動揺していなければ、自分の振るう大鎌の軌跡で一瞬でも自分の視界を遮るようなうかつ極まりない真似はしなかっただろう。というか、迫りくる銃弾を「残像だ」と言わんばかりに紙一重で避けつつキンジに大鎌の斬撃を浴びせていたことだろう。

 

 自分が先ほど、カナ姉が弟である自分の頭目がけて発砲するはずがないとの希望的観測を胸に抱いていたのと同様に、カナ姉も同じようなことを考えているはず。そんな想定の元に、カナの抱く希望的観測を敢えて打ち砕くキンジの行為はカナの心に動揺を生じさせ、迫りくる弾丸に対するカナの対処を狂わせるには十分過ぎるものだった。そして。そのカナのミスのおかげで、キンジは実にあっさりとサソリの尾をカナの手の届かない所まで弾き飛ばすことができたのである。

 

 尤も、カナのミスを誘発したキンジはキンジで、自分がカナの顔を狙って発砲したという事実に現在進行形で罪悪感を感じまくっているのだが。

 

 

(――これで終わらせる)

 

 かくして。己の心に重くのしかかってくる罪悪感を甘んじて受け入れる代わりにどうにかサソリの尾の無力化に成功したキンジはカナのすぐ目の前にトタンと着地する。続いて。キンジは間髪入れずに体をねじるようにして渾身の裏拳をカナに放つ。カナが他に何も切り札を持っていないと断定できない以上、キンジに攻撃の手を緩めるという選択肢はなかった。

 

 一連の流麗な動作とともに繰り出されるキンジの裏拳。不可視の銃弾にサソリの尾と、己が絶大な信頼を寄せる二つの切り札を初見で攻略されたことに呆然と立ち尽くしていたカナが迫りくるキンジの拳に気づいた時には時すでに遅し。キンジのスナップの利いた裏拳で頬を思いっきり殴られたカナは脳が激しく揺さぶられる感覚とともに派手に真横へと吹っ飛ばされていく。

 

 

 

 今、ここにおいて。わずか7秒にも満たない攻防はキンジの勝利という形で終結したのだった。

 

 

 




キンジ→ヒステリアモードなしでカナを倒しちゃう辺り、ついに人間をやめたっぽい熱血キャラ。カナが好きすぎるあまりにカナの癖を全て把握しており、カナ限定でなら条理予知っぽいことも出来ちゃう模様。何このヘンタイ。
カナ→愛しの弟に顔面目がけて発砲されたり顔を裏拳で殴り飛ばされたりと散々な男の娘。発砲時に左の眉がピクッと動く癖がある。ちょっぴり想定外の出来事に弱かったりする。

キンジ「当たらなければどうということはない」

 というわけで、94話終了です。ノーマルキンジくんが男女平等パンチでカナさんを倒してジャイアントキリングを達成するというまさかの展開、これをあらかじめ予測した人はいないのではないのでしょうか。あと、ブラド戦は無駄に長くしてしまったので今回はさっくり終わらせました。1話で戦闘回が終わるって素晴らしいですね。にしても……あぁ、第四章の最大の見せ場が終わってしまいましたねぇ(←え?)


 ~おまけ(その1 カナが負けた原因を端的にまとめるとこうなる)~

・戦闘開始早々、不安定な足場を思いっきり揺らされてビックリ。
・今まで攻略されたことのない不可視の銃弾をあっさり避けられてショック。
・サソリの尾を放とうとした瞬間、愛しのキンジにヘッドショットされかけて絶望。
・ついでにサソリの尾をキンジの銃弾の衝撃で手から弾き飛ばされて呆然。

 とまぁ、こんな感じです。要するにブラコンが裏目に出たということです。


 ~おまけ(その2 ネタ:自由気ままな観戦者たち)~

 風力発電機のプロペラ部分にて対峙するキンジとカナ。

レキ「……(←ドラグノフで二人を観察する戦闘狂)」
武藤「……(←自作の超高性能双眼鏡で二人を観察する万能男)」
中空知「……(←武藤の超高性能双眼鏡を借りて二人を観察するドS少女)」
風魔「……(←武藤の超高性能双眼鏡を借りて二人を観察する忍者)」
風魔「師匠の勝利に1垓ペンゲーにござる」
レキ「私の永遠のライバルの勝利に200万ジンバブエ・ドル」
武藤「……あのリア充男の勝利に100万パピエルマルク……」
中空知「う~ん、見事に遠山くんの勝ちに傾いちゃったね。これじゃあ賭けにならないよ。ま、私もあの何気に耐久性のある実験体の勝利に100万ディナールにするんだけどね」

 実に平和な連中であった。


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95.熱血キンジと自覚する心


 どうも、ふぁもにかです。今回の話には熱血キンジと冷静アリアの物語の根幹に関わるターニングポイントが存在します。なので、カナさんのアホの子モードを完全に排除した上で一層気合いを入れて執筆してみました。アホの子モードのシリアスブレイク能力の優秀さは今回に限っては邪魔にしかなりませんしね。アホの子カナちゃんは犠牲になったのだ……。



 

 もはや夕日の沈みきった空き地島にて。キンジの裏拳をモロに頬に受けたカナは真横へと吹っ飛ばされて、そのまま遥か眼下のコンクリートの地面へと落ちていく。このままだとまず死は免れないであろう状態で、しかしカナは何もしないでただただ下へ下へと落ちていく。キンジに思いっきり頬を殴られたことで脳を大きく揺さぶられたことが原因だ。

 

「カナ姉ぇッ!」

 

 このままだとカナ姉が死んでしまう。ただ重力に従って落下していくカナの様子から今のカナが軽い脳震盪を起こしていることを悟ったキンジは落ちていくカナに飛びついて空中で強く抱きしめると、即座にベルトに内蔵しているワイヤーをプロペラ部分に引っかける。結果、キンジとカナはプロペラの直下3メートル付近にぶらさがることとなった。

 

(あ、危なかった。制服着てて正解だった。もし俺がここで燕尾服なんて着てたらマジでカナ姉を殺すところだったぞ。……ワイヤー様様だな、これ)

 

 キンジは燕尾服を着用したせいで落ちゆくカナを救えない己の姿を想像してブルリと身を震わせる。その後、眼前のカナの様子を見やると、当のカナは眠そうに眼をしばしばとさせていた。しきりに目を擦っているのは自らに襲いかかる睡魔への精一杯の抵抗なのだろう。

 

(……例の睡眠期が近づいていたのか、カナ姉)

 

 ふわぁ、と緊張感の欠片もないあくびをするカナ。今現在、ワイヤーを命綱に宙ぶらりんとなっている人間の行動とはとても思えないが、これは偏にヒステリアモードのせいだ。

 

 ヒステリアモードを使うと思考力・判断力・反射神経などを通常の30倍にまで跳ね上げることができるが、代わりに神経系、特に脳髄に過大な負担を加えるという副作用がある。となると、カナ姉の状態では常時ヒステリアモードを使用し続けている兄さんの脳が背負う負担はいくらアホの子モードで軽減しているとはいえ尋常でないものであり、そのため兄さんは長期間眠り続けることで神経にかかった疲労を一気に纏めて回復する手法を取っている。だから、カナ姉はこれから寝たり起きたりと曖昧な状態を半日ほど経験した後に10日前後の睡眠期へと移行するのだろう。

 

 

「強くなったわね、キンジ」

 

 と、ここで。カナはキンジの黒髪をファサと撫でながら、子守唄を歌うような優しげな口調で言葉を掛ける。今しがた力いっぱい顔を殴ったというのに、カナ姉の芸術的容姿は欠片も損なわれていない。むしろ際立っているように感じるのは俺の錯覚だろうか。

 

(あ、これはなったな)

 

 至近距離でカナの天女のごとき微笑みを直視したことでキンジの血液は一気に身体の芯へと集結し、一挙に沸き上がる。そして。キンジが抵抗しようと考える間もなく、あっという間にキンジはヒステリアモードに移行した。それは1秒にも満たない刹那の出来事であった。

 

「まさか私が負けるとは思わなかった。……ふふ。男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものね」

「勝ってないよ、カナ姉。俺はまだまだカナ姉より弱い。きっと、足元にも及んでいない。ただ、今回は俺の運が凄く良くて、カナ姉の運が悪かっただけだ」

 

 キンジは自身の実力を心から認めてくるカナの発言に内心で歓喜しつつ、それでも表向きはカナの言葉を真正面から否定する。実際、カナ姉と戦った場所が足場の不安定な所でない平地だったならば、カナ姉が睡眠期へと差しかかる直前でなければ、俺の突拍子もない行動に冷静に対処していれば、俺の読みがどれか一つでも外れていれば、俺がカナ姉相手に善戦し、さらには勝利することなど天地がひっくり返ってもあり得なかったことだから。

 

「そんなことないわ。運も実力のうちって言うでしょう? 戦いの過程なんて関係ない。キンジ、貴方は私を超えたのよ? 幾多の犯罪者を捕まえてきたプロの武偵に勝ったのよ? もっと勝利を誇りなさい、キンジ」

「カナ、姉ぇ……」

 

 しかし。カナはキンジの言葉をさらに否定し、まるでキンジを包みこむような包容力あふれる視線とともに語りかける。カナの一言一言はストンとキンジの胸に落ち、心に瞬時に染み渡っていく。相手に疑問一つ抱かせずに自身の言葉を受け入れさせるカナの言動を前に、カナ姉の言葉はまるで魔法だとキンジは心の奥で呟いた。

 

(そっか。そうだよな。俺は確かに、カナ姉に勝った。これは事実なんだ)

「……これなら、キンジがこれだけ強くなっているのなら……第二の可能性を信じてもいいのかもしれない。一度は切り捨てた希望にもう一度縋りついてもいいのかもしれない。アリアを、あの子を、殺さなくてもいいのかもしれない。フフッ、それって何て素敵な未来なのかしらね」

「じゃ、じゃあ――」

「ええ。アリアは殺さない。キンジに第二の可能性があるとわかったから」

「そっか、良かった。……って、第二の可能性?」

 

 キンジはカナがアリアの命を狙わないとしっかりとした声色で明言したことでホッと安堵の息を吐く。続いて、カナの零した意味深な言葉につい首を傾げるキンジだったが、カナはキンジの疑問には答えずに言葉を紡いでいく。

 

「うん。私のいない間に、キンジはとっても強くなった。悔しいことだけれど、イ・ウーは外でも人を育てるのね」

「……カナ姉は、イ・ウーにいたんだよな? その、アンベリール号沈没事故の後から、ずっと」

「ええ。そうよ。巨悪の巣窟たるイ・ウーを潰すためにね。でも……イ・ウーは遠かったわ。私一人の手には余るものだったみたい」

 

 カナは再び笑みを浮かべる。疲れ切っていながら、しかしどこか安らかな笑みを浮かべる。まるで今にも目の前から消失してしまいそうなほどに弱々しい笑みを形作るカナの姿が、キンジの中でかつての、雨に打たれる中で「どうして」と連呼していたアリアの面影と重なった。

 

 カナ姉はもう限界なのか、今にもまぶたを閉じようとしている。もはや抵抗を許す気のない睡魔に身を委ねようとしている。現在進行形でまどろみの中にいるカナ姉にどこまで届くかはわからないけど……せっかくの機会だ、少し言わせてもらおう。今俺の中で形になっている言葉はきっと、ヒステリアモードになっている今でないと言えないものだろうから。

 

「カナ姉。カナ姉はさ、きっと疲れたんだよ。イ・ウーで何があったのかは知らない。何が原因で、アリアを殺すなんて結論になったのかは知らない。……けど。けどさ。俺、頑張るから。何とかして、カナ姉がアリアを殺さずに済むようにしてみせるから。次にカナ姉が目を覚ましたら、今までカナ姉が悩んでいたことが全部ただの悪い夢だったんだって思えるようにしてみせるから。だから、今は、今だけは何も考えないで、ゆっくり眠っていてくれ。後のことは全部俺に任せて、楽しい夢でも見ててくれ」

「キン、ジ……」

「おやすみ、カナ姉。いい夢を」

 

 キンジはヒステリアモード特有の優しい声音を引き連れてカナの耳元でソッと囁く。対するカナはわずかにエメラルドグリーンの瞳を開けてキンジを見やり「……ん」と小さく返事をしたのを最後に、スッと目を瞑り次の瞬間には安らかな寝息を立て始める。全てをキンジに託して眠りに就いたカナに先までの大人びた様子はなく、あたかも幼子のような無邪気な寝顔を見せている。

 

 

「……さて。頑張るか」

 

 そして。カナの無防備な寝顔を見つめて、キンジは一つの決意を胸に宿す。何があったのかわからないけれど酷く疲れてしまっているカナ姉のために、俺が憧れていた――誰よりも強く、正しく、カッコよかったカナ姉をもう一度取り戻すために全力で頑張ろう。そんなキンジの強い思いを含んだ決意の言葉は風に乗って虚空に消えていくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――夢を、見ている。

 

 

 それはまだ幼いキンジの夢。

 トテトテと私の後をついてくるだけだったキンジの夢。

 

 

 あの頃。私にとってのキンジは命に代えてでも守るべき大切な者でしかなかった。

 いえ、ついさっきまで私のキンジに対する認識は同じものだった。

 

 だけど、キンジは凄く強くなった。

 私がいなかった半年の間に何があったのかはわからないけれど。どれだけ修羅場を乗り越えてきたのかはわからないけれど。

 

 いえ、強くなってるだけじゃない。何かしら? 背丈はそんなに変わってないはずなのに、とても大きくなったような、カッコよくなったような、男らしくなったような、そんな気がする。

 

 ……これなら武偵高でモテモテだったりするかもしれないわね? だとしたら、キンジの姉としてこれほど誇り高いものもないわ。あ、でも、キンジがモテモテなら、キンジが悪い女に惑わされないように私がしっかりしないといけないわね。

 

 ふふふ。義のことも、イ・ウーのことも何も考えなくていい。自分の好きなことを、好きなだけ考えるだけでいい。こんなにも気楽な気持ちでいられるなんて、一体いつ以来だったかしら?

 

 

 

 

 ……あぁ。久しぶりにいい夢が見れそうだわ。

 ありがとう、キンジ。貴方は私の、自慢の弟よ。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 十数分後。ワイヤーを手繰り寄せて宙ぶらりん状態から抜け出したキンジは今、カナを背負って家路に就かんと歩いていた。もちろん、キンジのヒステリアモードは既に解除されている。

 

 結局。キンジはただいま絶賛睡眠中のカナを自身の住む男子寮へと連れ帰ることにした。とはいえ、ここで誤解しないでほしいのは別にキンジがカナをお持ち帰りしてあんなことやこんなことをしようとしているわけではないということだ。あくまでカナがどこを拠点にしているかをキンジが知らないがゆえの一時的な措置である。

 

(まさかこうしてカナ姉をおんぶする日が来るとはなぁ……)

 

 キンジはですぅすぅと深い眠りに就いているカナの寝顔を目だけでチラッと見つめつつ、複雑な感情に身を委ねる。まだ俺が小さい頃によくこうしてカナ姉に背負ってもらってたなぁなどと、在りし日の出来事を脳裏に思い浮かべて「立場逆転するなんて想像もしなかったよ」と一つ呟く。

 

(にしても、何か納得いかないなぁ……)

 

 キンジはテクテク歩みを進める中でおもむろに眉を潜める。キンジが今考えていることは、自分がカナ姉の提案を拒否した上にカナ姉の行動の妨害に走った理由についてである。

 

 

 さっきは『アリアを見捨てるにはあまりにアリアと仲良くなりすぎた』だとか『アリアの死もアリアの血でその手を汚すカナ姉も許容できない』だとか『まだ何もやらかしていないアリアが殺される理不尽が許せない』だとか『アリアの死で心にポッカリ穴が開く体験なんてしたくない』だとか、そういった理由でアリアを殺そうとするカナ姉を止めようとしたものだと思っていた。

 

 だけど、今改めて考えてみると、どうもこれらの理由はしっくりこない。確かにそれも理由なのだろう。けどそれはあくまで理由の一部分で、どれも理由の根幹だとは思えない。とてもカナ姉の崇高な意思に真っ向から対立するに足る根拠になり得るとは思えない。

 

 

 じゃあ、なんで俺はアリアを守ろうとしたのだろうか。カナ姉が悩みに悩んだ末に出したであろう苦渋の決断に悪の烙印を押しつけてまで、アリアの味方でいようとしたのだろうか。

 

 ……少なくとも正義感でないのは確かだ。倫理的にどうのといった心情でもない。なら、どうして。どうして遠山キンジはカナ姉よりもアリアを選んだのか。どうしてアリアに生きてほしいと、死んでほしくないと思ったのか。どうしてまだ初めて会ってから三ヶ月程度しか経っていない相手にそこまでこだわったのか。

 

 

「――あぁ、そうか」

 

 考えに考えたキンジはふと、とある答えにたどり着いた。答えは、実に簡単だった。なぜ今の今まで気づけなかったのかが不思議なくらいに単純明快なものだった。

 

「俺、アリアのこと、好きなのか」

 

 キンジは思わず立ち止まり、呆然と呟く。意味もなく中空に視線を向けたまま、キンジはその場にたたずむ。それだけ己の導き出した結論が自身にとって衝撃的だったのだ。

 

 

 いつから。一体いつから俺はアリアのことを好きになっていたのだろうか。

 初めてあった時からか? それとも雨の降りしきる中、アリアのパートナーになると決めた時か? いや、それよりもっと後からか?

 

 わからない。アリアを好きになった時期がまるでわからない。でも、実にしっくりくる。

 そうだ。俺はアリアが好きだから、一人の異性として守りたいと思ったから、だから家族に銃を向けてまでアリアを守ろうとしたんだ。たったそれだけのことだったんだ。

 

 

「……なるほどなぁ、道理で」

 

 と、ここで。アリアへの恋心をはっきりと自覚することで自身がカナに歯向かった真の理由を知ったキンジの脳裏にふと、以前神崎かなえに言われた言葉が次々とフラッシュバックしていく。

 

 

――変わるさ。というか、好きな異性のタイプなんてそれこそ好きな食べ物以上にコロコロ変わるモノの筆頭だぞ?

 

――まぁ何にせよ、今の少年がアリアのことなど眼中になくとも未来のことは誰にもわからないってことさ。

 

――でも、それでも私は少年とアリアがゴールインすると思っている。私のよく当たる直感がそう告げているのでな。

 

 

「ハァ、未来のことってホントにわからないもんだなぁ。俺、少なくともロリコンじゃなかったはずなんだけど……」

 

 キンジは神崎かなえの言葉通りの展開になりつつある現状にため息混じりの言葉を放ちながら、何となしに空に目を向けてみる。すると。己の気持ちに気づいたキンジを祝福するかのようにキラリと流れる二つの流れ星が、そこにはあった。

 




キンジ→特に意味のない所でヒステリアモードを発動させちゃう熱血キャラ。ヒステリアモードの無駄遣いに定評がある模様。年上のお姉さん好きだと思っていたのにアリアに恋心を抱いちゃってる自分自身に酷く困惑している。
カナ→久しぶりに安眠の境地へとたどり着けた男の娘。いつの間にやら頼もしくなったキンジを前に好感度急上昇中。

 というわけで、95話終了です。今回はカナさんが本格的にメインヒロインの座を牛耳ろうとする話とキンジくんがアリアさんへの恋心を自覚する話の二点セットでお送りしました。

 でもって。実を言うと、この展開に踏み切ることに決定したのは人気投票でアリアさんが見事に一位を取ってくれたのが直接的原因だったりします。……ま、要するに。あの人気投票はアリアルート・ユッキールート・りこりんルートの狭間でどれを選んだものかと悩んでいたふぁもにかによる「キンジくんの嫁は誰がいいですか?」との問いかけだったというわけなのだよ!

 (; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・ ;)


 ~おまけ(その1 ネタ:カナの考える可能性一覧)~

カナ「……これなら、キンジがこれだけ強くなっているのなら……第二の可能性を信じてもいいのかもしれない。一度は切り捨てた希望にもう一度縋りついてもいいのかもしれない」

第一の可能性:誰もが見惚れる美女なカナは突如イ・ウー壊滅の画期的なアイディアを閃く。
第二の可能性:キンジが颯爽と現れてご都合展開で全部もれなくどうにかしてくれる。
第三の可能性:どうにもならない。現実は非情である。


 ~おまけ(その2 後日ネタ)~

神崎千秋「ルシルの館をご利用ですか? でしたら、こちらにお座りください。……何かお悩みですか? 何なりと申し上げください(またか、また来やがったぞ遠山の奴。こいつの悩み、俺の心をゴリゴリ削ってくるから聞きたくないんだけどなぁ。絶対兄絡みの話だろうし)」
キンジ「……先日、俺は兄さんを殴ってしまいました」
神崎千秋「それは、兄弟喧嘩をしたということですか?(あれ? もしかして案外まともな悩み? 喧嘩して険悪になった兄との関係を元に戻したいとか、そんな感じの悩みだったりする? これ期待してよかったりする?)」
キンジ「……喧嘩、そうですね。喧嘩です。兄さんと俺とで譲れないものがあって、それで喧嘩をしてしまいました。それで、俺は兄さんの顔を殴りつけてしまったんです! いくらあの場で殴っとかないと負けそうだったからって、他にも兄さんの首を絞めて意識を刈り取ったりレオぽん人形を人質にしたりとか、後はどさくさに紛れて組み伏せたり服を剥いだりすれば兄さんに痛い思いをさせずに勝てたかもしれなかったのに! よりによって! 俺は兄さんの芸術品のように美しい顔を殴ってしまったんです! あんな強く殴ってしまって、後遺症でも残ったら、それこそ麻痺や記憶喪失が起こってしまったらもう死んで償うしか――あ、その時は食事からお風呂まで俺が兄さんの生活を手取り足取りしっかりサポートすればいいのか! フ、フェハィハ~ハェゥ。中々に名案じゃないか、冴えてるな俺……って、バカか!? 何を考えている!? 一瞬でも兄さんの後遺症を期待するなんて弟失格にも程があるぞ!? くっそ、なんて穢れてるんだ俺は。こんな穢れきった心を持つ俺に兄さんと顔を合わす資格なんてあるわけないじゃないか。や、やっぱり俺には死んで償うしか道はないというのか? ――いや、待て。SHUKKEだ。SHUKKEがあるじゃないか! そうだ、SHUKKEしよう! SHUKKEして頭も心も清らかにすればいつかまた兄さんと会う資格を取り戻せるはずだ! ……ということで、占い師さん占い師さん。SHUKKEするならどの寺院がオススメですか?」
神崎千秋「…………………まずは永平寺にでも訪れてはいかがでしょうか?」
キンジ「わかりました! それでは早速行ってみます!」

 キンジがログアウトしました。

神崎千秋「もうヤダこのアルバイト(←死んだ目をしつつ)」

 ここのキンジくんがカナさんを殴っておきながら平然としていられるわけがない!(正論)


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96.熱血キンジと性転換疑惑


 どうも、ふぁもにかです。前回まででキンジ×カナ……じゃなくてキンジ VS カナという第四章における最大の見せ場が終わってしまいましたので、どうしたものかと模索中。とりあえずパトラさんを強化&凶化&狂歌して更なる見せ場創設でもやってみましょうかねぇ。



 

 深い深い眠りについた傾国の美女ことカナ(※だが男である)を背負った状態でキンジは帰路へとつく。割と長時間カナを担いで歩いているキンジだったが、女装を通して絶世の美女になれる程度には細身である兄なためにあまり重みを感じないらしく、キンジは全然疲れていなかった。

 

 周囲にチラホラ存在する人々が現在絶賛睡眠中のカナを背負って歩くキンジを盗み見しつつ「……え……お持ち帰り……」とか「……事案……警察……」とかヒソヒソ囁いている中、キンジは頭を悩ませる。その内容は今後のアリアとの関係をどのように構築するかである。

 

(俺はアリアのことが好き。それはわかったけど……こういう場合って何をどうすればいいんだ? ちゃっちゃと告白すればいいのか? いや、でも告白して、振られたら? アリアが俺のことをそういう目で見てなかったらどうすんだ? そうなったら気まずくなるだけだぞ? あぁ。ったく、こんなことで頭を悩まされる日が来るなんて思いもしなかったぞ。…………けど、やっぱり今は俺の気持ちは後回しだ。とりあえず、告白云々は兄さんやかなえさんの件が終わるまではなしにしよう。これからもイ・ウーの連中を相手取ることになる以上、余計なことをしてアリアとの連携が悪くなるのは何としても避けたい所だしな)

 

 キンジは己の中で一定の存在感を醸しつつあるアリアへの恋心の対処方法を決める。そうして男子寮に、自分の部屋の前までたどり着いた時、キンジはビシリと硬直した。急に、実に唐突に、アリアとの接し方がわからなくなってしまったのだ。

 

(あれ? 待て、えぇーと、ちょっと待て)

 

 どうやってアリアと話せばいいのか。いつもどんな風にアリアと話していたか。どんな顔をしてアリアと話せばいいのか。それらがまるで思い出せないキンジはドアの前でゴクリと唾を呑む。さっさとドアを開けて中に入ればいいだけなのに、キンジの体は全く動かない。

 

(おいおい、何だこれ。ここ俺の部屋だよな? なんでこんなに緊張してんだよ?)

 

 キンジは自分でも全然わからない謎の感情に翻弄されてその場に立ち尽くす。とはいえ、いつまでもドアの前で立ち止まっていても何も始まらない。キンジは覚悟を決めると、プルプルと小刻みに震える手でドアノブを握る。そして。あたかも戦地に赴く戦士のごとく足を踏み出した。

 

「た、ただいま」

「あ、おかえりなさい。キンジ」

 

 キンジが若干上ずった声を上げるとリビングからトテトテとアリアが歩み寄ってくる。アリアの声しかしなかったことを鑑みるに、理子とユッキーは今どこかに出かけているようだ。理子はともかくユッキーまでもが出かけているとは、何かの天変地異の前触れでないことを祈るしかなさそうだ。ちなみに。今のアリアはツインテールからサイドテールへとクラスチェンジしている。

 

(ちょっ!? な、なんで上ずった声なんて出してんだ、俺!? すっごく恥ずかしいんだけど!? いつもの自然体な俺はどこいった!? マジでどこいった!? というか、サイドテール似合ってるな、さすがはアリア)

 

 内心で酷く混乱しているキンジの様子にアリアは頭にクエスチョンマークを浮かべつつ、キンジに視線を向ける。その視線が、キンジの背後でピタリと止まった。

 

「――キンジ?」

 

 突如として、ゴゴゴゴゴゴゴッといった重低音を背後に纏って底冷えのする声で名前を呼んでくるアリア。死んだ目といっても過言ではないほどのハイライトの消えた瞳で自身の名前を呼ばれたキンジはただでさえアリアを前に少々挙動不審になっているのも相重なって「は、はいぃぃ!?」と素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「その、後ろの人は――誰ですか?」

「あ、あぁ。カナ姉か? カナ姉はだな――」

「へぇ、カナさんと言うんですか。いい名前ですね。そして名前呼びに加えて姉のように慕っていると、ふふふ。……で、見た所……キンジはその人をここへお持ち帰りしたようですが……何が目的ですか、キンジ? ふふッ」

「あ、あああ、アリア。お、お願いだから所々で笑い声を漏らすのやめてくれないか? こ、ここ、怖さが凄まじいからさ、な?」

 

 キンジは全身にほとばしる震えを止められないまま、裏返った声でアリアに不気味な笑い声をやめるように頼むも、肝心のアリアは「最近はすっかり鳴りを潜めてるみたいでしたから安心していたんですけどねぇ。ふふふ、やはりヘンタイは即刻駆除……いえ、矯正すべきでしたか」と一人呟くだけで、キンジの要望を聞き入れる気配は欠片も感じられない。

 

「さて、知り合いの女性を自分の部屋(テリトリー)に連れこむことに定評のあるらしいキンジに一つ質問ですが……銃殺か斬殺か時計部屋、キンジはどれがいいですか?」

「え、えと……第四の選択肢はないのか?」

「なるほど、三つ全て楽しみたいと。ふふ、キンジは欲張りさんですね」

「いやいやいや、違うから! 銃殺も斬殺も時計部屋もノーセンキューだから! てか、時計部屋ってなに――ぎゃあああああああああああああああ!?」

 

 ブンブンブンとかぶりを振ってアリアの言葉をしっかりと否定するキンジ。だが、アリアがキンジの言葉を遮るようにして小太刀二本で斬りかかってきたためにキンジは己の言葉を即座に中断してアリアの攻撃を避けることとなった。情けない悲鳴を上げつつアリアの猛攻から逃げる今のキンジはとても強襲科(アサルト)Sランク武偵の姿とは思えない。

 

 普段であれば修羅モードのアリアに恐れをなしつつも、それでも反撃やアリアの無力化を積極的に試みたことだろう。しかし。アリアへの恋心を自覚して初めてアリアを前にしたことで生まれた緊張が、動揺がキンジの思考回路をこれでもかと狂わせていたせいで、キンジの頭にはアリアの攻撃をかわすことしか入っていなかった。

 

 

 結局、キンジはアリアが落ち着きを取り戻すまでアリアから繰り出される容赦のない鋭い攻撃を、背中のカナに決して被害が及ばないように細心の注意を払いつつ避け続けることとなった。とはいえ、キンジの部屋は相変わらず家具に始まりスリッパに至るまであらゆるモノが防弾&防刃仕様となっているので、修羅モードのアリアの暴れっぷりを受けても部屋の被害は軽微たるものだったのだが。備えあれば患いなしとはこのことか。

 

 ちなみに。修羅を纏ったアリアの降臨&襲撃。これによりアリアに対する緊張や動揺といった恋心を抱いた人間に特有の初々しい感情が全てもれなく吹き飛び、結果としてアリアと普通に話せるようになったために、あのタイミングでアリアが暴れてくれたことに少しだけ感謝するキンジの姿がしばらく時間が経った後に見られることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 十数分後。

 

「で、結局その人は誰なんですか、キンジ?」

 

 アリアがどうにか平静を取り戻し、キンジが背中のカナを自身の寝ている二段ベッドにそっと寝かした後。アリアはカナの顔を見つめつつキンジに問いかける。その口調がきつめなのは決して気のせいではないだろう。当然だ。今のアリアは暴走こそやめたものの、俺が見知らぬ絶世の美女を連れ込んできたようにしか思えないのだろうから。

 

「カナ姉だ。ってか、ここは俺の兄さんだって言った方がいいな。死んたはずだったんだけど……どうやら理子の言った通り、ホントに生きてたみたいだ」

「……へ?」

 

 キンジはビシリと硬直した隣のアリアをよそにカナにしっかりと布団を掛ける。『睡眠期』に突入し何日も寝続けることとなったカナを自分のベッドに寝かせた以上、これからしばらく俺はソファーで寝るかなどと考えつつ。

 

「え、えと、キンジ? これはどういうことですか? 『兄さん』って確か、私の記憶違いでなければ金一さんのことですよね? ……やはり、貴方のお兄さんは性転換をしている、ということですか」

「いや。違うんだ、アリア。そういうわけじゃなくてだな……」

 

 眼前のカナを凝視した状態で何やら間違った方向へと思考を進めようとするアリアにキンジは即座に否定する。しかし、キンジは未だアリアにヒステリアモードについて伝えることを後回しにしておきたいと考えている影響で上手く兄のことをアリアに説明できないでいた。

 

 さて。どうやってヒステリアモードの存在を巧みに伏せたまま、この美女にしか見えない兄さんのことをアリアに説明したものか。兄さんが性転換をしているとか、女装趣味を持っているといった誤解をアリアに抱かせないようにするにはどうしたものか。キンジが必死に頭を回転させてアリアを納得させうるであろう言葉を探していた、まさにその時。

 

「――んぅ。あ。キンちゃん、おかえりぃ」

 

 不意に白雪の声が上から降ってきた。キンジが上を見上げると、梯子を使って緩慢な動きで二段ベットから降りてくる白雪の姿。どうやらユッキーはどこかに出かけていたのではなく、ただ今の今まで夢の彼方へと旅立っていただけのようだ。

 

(ついさっきまであんなにアリアが暴れてたのに……よく呑気に眠ってられたな、ユッキー)

 

 今目覚めたばかりで寝ぼけ気味の白雪にキンジが内心で呆れとある種の尊敬の念を抱いていると、当の白雪はすやすやと眠っているカナの姿を捉えて「あ、キンちゃんのお兄さんだ」と当然のように口にした。

 

「ッ!? ユッキーさんはこの金一さんを知っているんですか!?」

「うん。小さい頃に何度か会ったから。それがどうしたの、アーちゃん?」

「いえ、どうしても私にはこの金一さんが男には見えなくて……」

「あ、なるほどね。その気持ちは凄くわかるよ、アーちゃん。でもね、キンちゃんのお兄さんは誰がどう見ても女の人にしか見えない顔をしてるけど、それでもれっきとした男の人なんだよ」

「そう、なんですか……」

 

「生まれてくる性別を間違えちゃったんだろうね、きっと」と冗談めいた口調で笑みを浮かべる白雪の証言を受けて、アリアはキンジの言葉だけではイマイチ拭いきれなかった『遠山金一性転換疑惑』の払拭に本格的に努めることにした。

 

「ま、何だ。どうしても兄さんが男だって思えないんなら、いっそのこと兄さんを脱がして、自分の目で確認してみたらどうだ?」

 

 それでも中々目の前の美女と男という性別が結びつかずに思わず眉を潜めるアリアにキンジはふと思いついた案をアリアにそのまま伝えてみる。すると、アリアはキンジのまさかの物言いに「ふぁッ!?」と驚愕の声を上げた。

 

「な、ななななななな何をいきなり何を言い出すのですか、キンジ!? そんな、無抵抗の人の服を脱がすなんて真似、できるわけ――」

「大丈夫だって。兄さんはその程度で怒るような器の狭い男じゃないから。それに、今ここには俺とアリアといつの間にかどこからか取り出した、いかにも高級そうな一眼レフを構えてやけにやる気をみなぎらせているユッキーの三人しかいないんだしさ」

「そうだよ、アーちゃん。だからここは自然体に、一枚一枚脱がしていこっか。大丈夫、アーちゃんが恐れてるようなことは絶対に起こらないから、ね? あ、そうそう。私はここで構えてるから、キンちゃんのお兄さんの体と自分の体が被らないように気をつけてね、アーちゃん」

 

 キンジの放った爆弾発言に顔を文字通り真っ赤にして慌てふためくアリア。その実に年相応で可愛らしい姿を前についアリアをいじりたい衝動に駆られたキンジと白雪は内心でニヤニヤしつつアリアに「大丈夫」だと言葉をかける。しかし、当のアリアは一眼レフの動作確認をしている白雪をビシッと指差して「どこが大丈夫ですか!? 完全にユッキーさんに決定的瞬間の写真撮られますよね、それ!?」と声を荒らげる。

 

「なぁユッキー。一つ聞くけど、アリアが兄さんの服を脱がす写真なんか撮ってどうするつもりだったんだ?」

「うん。ちょっとクラスの皆に見せたら面白いことになるかなって思って」

「アウトです! 完膚なきまでにアウトです! そんなことされたら私にいらぬ噂が立つじゃないですか!?」

「あぁ、そうだな。アリアに百合のケがあるんじゃないかと思われるな、確実に」

「……やっぱり金一さんは性転換してるんじゃ――」

「――だが男だ」

「わかりました。わかりましたよ。それでいいですよ、もう……」

 

 アリアは半ば強引に『遠山金一性転換疑惑』を消し去り『遠山金一男性説』を受け入れると、深々とため息を吐く。傍目から見たその姿は、アリアがロリ体型を保持しているにもかかわらず、随分と老けこんで見えた。どうやらアリアは一眼レフを装備したユッキーが虎視眈々とベストショットを狙う中で兄さんの服を脱がすという選択肢を拒否して兄さんを男と思い込むことにしたようだ。

 

(何だ、脱がさないのか。せっかく、ユッキーが撮った写真を後で俺にも譲ってもらおうと思ってたのになぁ……)

 

 精神的に疲れきっているらしいアリアを前に、キンジは今後一切手に入れる機会のないであろうアリア×カナの写真を得られないことに内心で酷く絶望する。家宝の一つとして生涯保存しようと心に誓っていただけにその絶望の程は大きい。だが。アリアいじりに一段落ついた今のうちに兄さんに関する真面目な話を二人にしておくべきだろうと心を切り替えることで実にあっさりと絶望から立ち直ると、キンジは凛とした目をアリアと白雪に向けた。

 

「……アリア。ユッキー。今のうちに言っておく。兄さんは、イ・ウーの構成員だ」

「「えッ!?」」

「半年前のアンベリール号沈没事故に紛れて行方を眩ませることで自身を死んだことにして、イ・ウーに潜入してたんだ。イ・ウーを潰すためにな。……だけど。その兄さんが今さっき、どういうわけかアリアを殺すための協力を俺に持ち掛けてきた」

「「……え?」」

「で、俺としてはそれを認めるわけにはいかないってことでとりあえず兄さんと戦って、倒して、そして、兄さんがどこを拠点に活動してるかわからないってことで、ひとまずここに連れてきたってわけだ」

 

 キンジが話を一旦区切ると、部屋に重みのある沈黙が訪れる。内容が内容なだけにアリアも白雪もキンジの言葉を咀嚼し終えるのに時間がかかっているのだろう。

 

「ね、ねぇ。キンちゃん。その、こんなこと聞くのはちょっと気が引けるんだけど……キンちゃんのお兄さんが起きたらすぐにアーちゃんを殺そうとする、なんてことはないんだよね?」

「それは大丈夫だ。ちゃんと話はつけたから。もうアリアを殺そうとはしないさ。……例え100万歩譲って兄さんが今もアリアを殺す気だとしても、今の兄さんは最低でも10日間は眠ったままだから、心配しなくていい」

「そっか」

「わかり、ました。キンジがそこまで言うのなら、そうなのでしょうしね」

 

 キンジの発言を理解した白雪がおずおずと提示した、遠山金一がアリアを殺そうとする可能性をキンジはしっかりと否定する。そのキンジの力強い断言に白雪とアリアは安堵の息を漏らした。

 

「ま、そんなわけだから……これから俺はなんで兄さんがアリアを殺そうとしたかの事情をそれとなく探ってみようと思う。二人も危なくない程度でいいからイ・ウーの裏事情とか、探ってみてくれないか?」

「うん、わかった」

「わかりました。自分の命が狙われておいて理由がわからないと言うのも何だか気持ち悪いですしね」

 

 それから。キンジからのお願いにアリアと白雪は二つ返事で快く了承する。かくして。キンジとカナがそれぞれの信条を胸に戦うこととなった7月7日の夜が過ぎゆくのだった。

 

 




キンジ→修羅アリアのおかげで、自身のドギマギとした感情を明後日方向に吹っ飛ばすことのできた熱血キャラ。アリア×カナの写真を得られなかった悲しみは山よりも高く海よりも深い模様。
アリア→『遠山金一男性説』を中々受け入れられずに苦労したメインヒロイン。面識がないために一定の警戒心を保ってはいるものの、遠山金一の存在を受け入れることにした。ちなみに、アリアが『時計部屋』について知っているのは同じSランク武偵として親交を深めておきたいとアリアが中空知と接触したため。
白雪→アリアが暴れまくる中で平然と眠っていられる怠惰少女。男子寮への引っ越しは既に完了している。ちなみに高級そうな一眼レフは理子からの借り物だったりする。また、機会こそ少なかったものの幼少期に金一とも一緒に遊んでいたりする。

理子「あれ? ボ、ボクの出番は?」
ふぁもにか「ちょっと話の展開上りこりんがいると都合が悪かったのでなかったことにしました」
理子「え、えええぇぇぇぇ……」

 というわけで、96話終了です。これでひとまずカナさん関連の話は一区切りついた形となります。なので、次話からは原作に沿いつつパトラさん登場に向けてのフラグを積み上げていく流れとなります。しばらくは戦闘シーンがないからつまらないかもだけど……ま、ご了承くださいませ。


 ~おまけ(ちょっとしたネタ)~

アリア「なるほど、三つ全て楽しみたいと。ふふ、キンジは欲張りさんですね」
キンジ「いやいやいや、違うから! 銃殺も斬殺も時計部屋もノーセンキューだから! てか、時計部屋ってなに――ぎゃあああああああああああああああ!?」





                    ⇨この辺にユッキー
                    白雪「(。-ω-)Zzz」 



    ⇩この辺にりこりん
    理子「(o_ _)ozzz」




 結局誰も出かけてなかったりする。
 二人仲良くおねんねですね、わかります。



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97.熱血キンジと天才少女


 どうも、ふぁもにかです。今回は新たな性格改変キャラが登場します。といっても、これまでのぶっ飛んだ性格改変具合から鑑みると全然性格が変化していない部類に入るかもしれませんので、あしからず。ま、誰が出てくるかはサブタイトルの時点でもう大体が察しがついているかと思いますけどね。



 

 キンジが兄を自室へと連れこんだ、その翌日。綴先生が体調を崩したペットを病院に連れて行っただとかで休講となった2時間目の後、3時間目は屋内プールにて水泳の時間となった(※もちろん男女別である)。だが、肝心の強襲科(アサルト)教師と体育教師とを兼任している蘭豹先生が「……ランキング……ネーム……」とか「……主要メンバー、テコ入れ……」などと謎の言葉を呟きながらフラフラとどこかへと去っていったために授業は自然消滅。結果として、生徒たちは3時間目を自由時間として、思い思いの時間を過ごすこととなった。

 

(蘭豹先生……目の下の隈酷かったけど、大丈夫か? あれ、最低でも三徹した奴の目だったぞ)

 

 それぞれ自由自在にプールで泳いだり、プールサイドで友達と駄弁ったりする中、キンジはまるで覇気の感じられなかった蘭豹先生の容体をほんの少しだけ気にかけつつ、平和極まりない今という一時をプールサイドのデッキチェアに腰かけた状態で享受していた。すると、キンジの隣にごく自然な所作で武藤がストンと腰かけた。

 

「ん、武藤? どうした?」

「……オススメ……読め……」

 

 水泳の授業にもかかわらず制服姿のままの武藤はキンジにスッと一冊の小説を差し出してくる。どうやら今回も武藤は自身のオススメ小説を俺に無償で貸してくれるらしい。キンジは「お、サンキューな」と武藤一押しの小説を受け取ると、せっかく時間があるんだからと早速読み始める。見た所、今回の小説は厨二道を突き進む王道型のライトノベルのようだ。奇をてらい過ぎて何かしらおかしくなっているライトノベルが氾濫する昨今においては、逆に珍しい部類のライトノベルと言えるだろう。

 

「……ん……」

 

 文字の世界に入り込んでいくキンジの様子をしばし見つめていた武藤は満足げに一つうなずくと、自身の読みかけの小説を取り出して読み始める。プールサイドにて。リラックスした様子で読書にふけるイケメン二人が現在進行形で醸し出している雰囲気はさぞ異性にとっての癒しスポットとなったことだろう。尤も、キンジ&武藤のいる場所にはほぼ男しか存在していないのだが。

 

 

 

 そして。二人が読書を始めてから約十数分が経過した頃。

 

(何か騒がしいな……)

 

 眼前のプール周辺が何やら尋常でないほどに騒がしくなってきたために、さすがに音をシャットダウンできなくなったキンジはしぶしぶ読書を中断して音の発生源を見やる。ワンテンポ遅れて隣の武藤も「……むぅ……」と不機嫌を存分に顕わにしたしかめっ面で前を見やる。

 

「さぁさぁ皆の衆! 私の最新作をさっさとプールに投入するのだ! 5秒で投入するのだ! なのだ!」

「「「「応ッ!」」」」

 

 キンジと武藤の眼前では、一人の少女――というよりアリアに匹敵するレベルのロリ体型を引っさげた幼女がビシッとプールを指差してハイテンションで声を張り上げ、その典型的なロリボイスに追随するように男衆(1メートル半ぐらいのサイズの潜水艦の模型を数人がかりで運んでいるようだ)が返事をする光景が繰り広げられていた。

 

 その間、幼女の取り巻きの男たちが「オラァ! まだ泳いでる野郎どもォォオオオオ! さっさと陸に上がりやがれェ!!」とか「姉御の姉御による姉御のためのデモンストレーションの時間だァ!!」とか「2秒で失せなァ!!」などともはや奇声に近い怒声を上げながら、プールの水を純粋に楽しんでいた少数派の武偵たちを次々とプールサイドへと実力行使で追い出している。彼ら取り巻きの顔つきはかつてキンジが恐れをなした、ヤクザ系統のコスプレをしていた公安0課の人たちに勝るとも劣らない迫力だ。

 

(あー、平賀か……)

 

 キンジは左右の一房を耳で纏めただけの短髪を引っさげた幼女、もとい現在騒音を発生させまくっている中心人物に視線を送る。

 

 平賀文。平賀源内という江戸時代の有名な発明家の子孫であり、装備科(アムド)に在籍している機械工作&発明の天才児だ。本来ならSランク級の実力を持つ人物なのだが、数々の問題作を生み出しては味方だろうと犯罪者だろうと誰彼構わず提供しまくるせいでAランク止まりとなっていたりする。要するに、平賀文は生粋のトラブルメーカーなのだ。

 

 

 そんなトラブルメーカーたる平賀は、取り巻きたちの実力行使により誰もいなくなったプールに別の取り巻きたちが潜水艦の模型を浮かべたのを確認すると、その場にペタンと座り込み「さっそく発射なのだ! いっけぇぇえええええええ!! なのだ!」と操縦プロポを両手にロリ声で勢いよく叫ぶ。すると。ぷかぷかと上半分ほどが水に浮いている潜水艦の背中から小さいハッチがたくさん開いたかと思うと、そこから大量のロケット花火が飛び出してくる。

 

 ぱしゅぱしゅぱしゅという気の抜けた音とともにハッチから姿を見せたロケット花火群はそのままグングンと上昇し、天井へと突撃する。そして。当然のごとく天井を粉々に破壊した。結果、ロケット花火による天井粉砕により生まれた無数もの瓦礫が、某暗殺一家のお爺さんが使っていた龍星群(ドラゴンダイヴ)のごとく、天から雨のように降り注ぐこととなった。

 

「ちょっ!?」

「……ッ!?」

 

 まさかの出来事に驚愕の念を隠せないキンジだったが、上空から降ってくる瓦礫の一つが数秒後には自身の足に当たると気づき、慌てて足を上げる。直後、ズガンとキンジがついさっきまで足を置いていた場所に割と大きめの瓦礫が突き刺さる。

 

(あ、危なッ!?)

 

 キンジが内心で戦慄していると、ガスッという頭部を鈍器で殴られたような音とドサッという砂をつめたサンドバッグが地面に落ちたような音が響いた。自身のすぐ隣から聞こえた音へとキンジが目を向けると、そこにはうつ伏せで倒れる武藤の姿があった。どうやら瓦礫の一つが武藤の頭に直撃してしまったようだ。とはいえ、肝心の瓦礫が小さめだったのか、ちょっとした流血程度の怪我で済んでいるのが不幸中の幸いか。

 

「武藤、大丈夫か!?」

「……大丈夫だ、問題ない……」

 

 キンジはもう自身の周囲に瓦礫が降ってこないことを確認しつつ、しゃがみ込んで武藤の容体を尋ねると、当の武藤は流血部分を痛そうに手で押さえつつも「……心配無用……」と立ち上がる。フラフラと足元がおぼつかなくなっているわけでもないので、武藤の言葉がただの強がりなんてことはないだろう。

 

 

 一方。自身の軽率な行いで怪我人(※武藤以外にもチラホラいるようだ)が発生していることなど知りもしない平賀はスババババッと操縦プロポを動かしていく。平賀が女の子座りのまま一歩も動いていない所を見ると、どうやら平賀は天井破壊による瓦礫の落下地点をもあらかじめ計算に入れた上で座る位置を決めていたらしい。

 

(ホント、Aランクに留めておくのがもったいないぐらいの天才だよな……)

「行けーい! 私のボストーク号ォ! (そら)の彼方まで飛んでけーい! なのだー!」

 

 キンジが改めて平賀の凄さを再認識する中、当の平賀は迅速な指さばきで操縦プロポにコマンドを入力しつつ高らかに叫ぶ。すると、平賀の叫びに呼応するように潜水艦の既に開かれたままのハッチからファサッと、まるで高位の天使が身に纏っていそうな純白の翼が六対現れ、それらの翼の羽ばたきによって潜水艦は華麗に宙を舞うこととなった。

 

 

 ところで。平賀が確かに口にした潜水艦の名前、その名前をキンジは知っていた。超アクラ級原子力潜水艦『ボストーク』、もといボストーク号。空前絶後の巨大原潜だったのだが、進水直後に事故で早速行方不明。本来その機能性をもって縦横無尽に活躍するはずが、不幸にもいち早く歴史から姿を消すこととなってしまった悲劇の原子力潜水艦なのだ。

 

 その名前を平賀がつけていることを鑑みるに、眼前の作品は平賀がかつてのボストーク号を模型レベルで現代に復活させた、ということなのだろう。

 

(だけど、これはやりすぎだろ……)

 

 突如として船の形からロボットへと変形するとともにグルグルときりもみ回転をしながら空中を自由自在に飛んでいく、ボストーク号とは似ても似つかない変態性能を備えた謎の物体にキンジはつい言葉を失う。しかし。キンジが驚いている間にもボストーク号(?)は『エースィー♪』という、いかにも某公益社団法人のCMで流れてそうな音を時折響かせながら水上に両足で着地すると、水上を当たり前のようにダッシュで駆け抜けていく。あたかも『右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出し、これを繰り返せば水上でも走れる!』とでも言わんばかりに。

 

 

(え、えーと……これって夢だったりする? いつの間にか眠ってました、なパターンだったりする?)

「さっすが発明界の才女、平賀様! 俺たち一般武偵にはできない発明を平然とやってのける!」

「ヒャア! 平賀様クオリティは健在だぜ!」

「21世紀史上最高の天才児はダテじゃないってことだ!」

「平賀様の科学力&画力は世界一ぃぃいいいいいいいいいいいい!!」

「超人気漫画の作画と発明の二足のわらじでこの出来栄え、他の追随を許さないとかマジ平賀様!」

 

 キンジがあまりに非現実的な動きをやってのけるボストーク号(?)を前に半ば現実逃避に走る中、変態的な動きを見せつけるボストーク号(?)を見つめてさらなる盛り上がりを見せる平賀の取り巻き勢。ところで、その取り巻き勢の中に「もうこれは科学なんて枠組みに収まるもんじゃねぇ! 神理(しんり)だ! 『(平賀様)の造り出した新たなる理』と書いて神理(しんり)と呼ぶべきじゃねぇか!?」などとまくし立てる不知火の姿が混じって見えるのはきっと気のせいだろう。そうに違いない。

 

「それはない」

「ないな」

「ねーよ」

「バカじゃねーの?」

「はぁ? 何言ってんのお前?」

「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前ん中ではな」

「あはは、何か言ってら」

「……」

 

 平賀の発明を『神理』と呼ぼうと提案した不知火が他の取り巻き勢から全否定されている所を見るに、どうやら彼ら取り巻きたちは平賀の信奉のみを目的に結集しているためか、メンバー同士が完全な一枚岩としての結束を保持しているわけではなさそうだ。

 

「ニャッハハハハハッハハハハハッ!! もっと褒めるがいい、皆の衆! その褒め言葉こそが私の次なる発明の源になるのだからなー! なのだ!」

 

 不知火が同志であるはずの連中から言葉の暴力を喰らっている中、平賀は不知火のことなど欠片も気にも留めずにエッヘンと胸を張る。というか、さっきから語尾の「なのだ」の無理やり感が否めないのは俺だけだろうか。にしても――。

 

 

「……何あのオーバーテクノロジーの塊。時代先取りにも程があるだろ……」

「フッフッフッ。知らないのかね、遠山くん。悲劇の原潜ことボストーク号はさ、実は用途に応じて様々な形に変身することができてねー。グレートありがとウサギにもなれるしガン●ムにもなれるのだよ!」

「いやいやいや! ねえよ、変身とか! あってたまるかッ!」

(てか、いつの間にここまで接近されたんだ、俺!?)

 

 誰に話すでなくポツリと呟いたキンジ。刹那、キンジの言葉を拾った平賀が得意げなウインクを送ってくる。あくまで当時のボストーク号を忠実によみがえらせた風に話す平賀にキンジは思わず声を荒らげるも、平賀の耳にキンジの言葉はまるで届いておらず、「あ、これ『オラクルフォース』のネタになるかもなのだ! 後でらんらんに言ってみよう!」などと己の考えを口に出して、その考えの名案っぷりを受けてにこやかな笑みを浮かべている。

 

「さーて、君にこのクオリティの発明ができるかね、武藤くん? なのだ!」

「……余裕……」

「にゃはは。表情や声色が全然変わってない所を見るに、ホントに余裕で作れると感じてるみたいだね。なら、これを見ても同じことが言えるのかな、なのだ!」

 

 武藤の前で両手を腰に当てて勝ち誇った笑みを浮かべていた平賀だったが、武藤の言動から武藤に負けを認めさせられていないと悟り、自身の発明品のさらなる機能を見せつけるためにプール上をダッシュで走っているボストーク号(?)を指し示す。すると、ボストーク号(?)は空高くジャンプし、またしてもその形態を大幅に変えた。

 

「って、これラピ●タじゃねぇかぁぁぁあああああああああああ!?」

 

 キンジはボストーク号(?)が天空の城ラピ●タへとその姿を変貌させたことに目をこれでもかと見開く。その隣では「知らなかったのかね、遠山くん? 実はあのラピ●タのモデルはボストーク号だったのだよ!」と平賀が腕を組んで自慢げに語り、取り巻きたちが「「「「な、なんだってー!」」」」と一斉に驚愕の声を上げる。実に息がピッタリな連中である。

 

 

「にゃはは。どうだね、武藤くん。これで私の才能を認める気に――」

「……舐めてるの?」

「にゃ?」

「……この程度で、俺を越えられるとでも……?」

「当たり前なのだ! このボストーク号は私の技術の粋を結集させた最高傑作! さすがの武藤くんでもここまでの発明はできないに決まってるのだ!」

 

 今度こそ武藤剛気に負けを認めさせられる。そう確信した平賀はどんな勝利宣言を口にしようかと考えつつ武藤の方へと振り向く。しかし、平賀の目が捉えたのは憤りの念を多分に含んだ武藤の眼差しだった。しかし、そこはさすがの平賀なだけあって、武藤から怒りの感情を向けられても一切揺るがない。

 

「……その言葉、宣戦布告と受け取った……」

 

 取り巻きたちが平賀の言葉に「そーだ、そーだ!」と援護射撃を加える中。武藤はゆらりとした足取りで平賀の元へと歩み寄る。

 

「……発明の神髄、見せてやる……。……あの程度の発明で、二度と得意げになれないように……漫画家との二足のわらじでこなせるほど、発明の世界は甘くはない……」

「面白いのだ! やれるものならやってみろ、なのだ!」

 

 互いに啖呵を切り、バチバチと激しく火花をぶつけ合う武藤と平賀。二人の身長差が激しく、また平賀が小学生を彷彿とさせるロリ体型なために、傍から見た限りだと不良高校生が金銭目的で小学生を恫喝するシーンに見えなくもない。

 

 

(武藤と平賀って、仲悪いのか?)

 

 武藤や平賀の新たな一面を知ることとなったキンジは今の二人に声をかけて下手に刺激するのはマズいなと考え、ひとまず沈黙する。どういう原理か、空中でピタリと制止しているラピ●タが異様な存在感を放つ、とある3時間目の出来事であった。

 

 




キンジ→リアクション担当と化した熱血キャラ。原作みたく、平賀を「さん」付けで呼ばない。
武藤→本編への登場はかなり久しぶりな寡黙キャラ。何かと突っかかってくる平賀のことを鬱陶しく感じている。バスジャックの時のガラス片しかり、飛来物の被害を割と被っていたりする。
不知火→平賀を信奉するエセ不良。これはジャンヌちゃん涙目ですな。
平賀→原作以上にハイテンションな天才少女。同類かつ万能男な武藤をライバル視しており、武藤を越えられるようにと日々努力を積み重ねつつ、片手間で漫画の作画も担当している。取り巻きを引き連れてふんぞり返りたいタイプ。取ってつけたような語尾の「なのだ」はキャラ作りの一環。
蘭豹→少年漫画「オラクルフォース」を連載中の教師。ペンネームはらんらん。ただいま、本業そっちのけで「オラクルフォース」の今後の展開に頭を悩ませている。

神崎千秋「俺は何も見てないぞ。荒ぶるボストーク号なんて見てないぞー」

 というわけで、97話終了です。今回は久々にはっちゃけたましたね。何がとは言いませんが、それはもう色々と。これがふぁもにかが自重という枷を外してやらかした結果だよ!


 ~おまけ(没ネタ)~

平賀「なら、これを見ても同じことが言えるのかな、なのだ!」

 ボストーク号(?)がラピ●タへと形態変化。

キンジ「って、これラピ●タじゃねぇかぁぁぁあああああああああああ!?」
キンジ(ってことは……例のあの呪文で壊れたりすんのか?)
キンジ「バルス」

 ボストーク号(?)、崩壊開始。

平賀「あぁあ!? 私のボストーク号がぁ!? じ、自爆装置起動の合言葉を唱えたのは誰なのだァァァアアアアアアアアアア!?(←絶望の表情)」
キンジ(ホントに崩壊したよ、おい……)

平賀(せ、せっかく私が4時間もの歳月をかけて作り上げた最高傑作が一瞬で粉々に……あ、でも何なのだ? 何か、深い悲しみと同時に何かゾクゾクするような感情が湧き上がって来てるのだが……何なのだ、この未知な感情は?)

 平賀さん、Mに目覚めちゃうの巻。



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98.熱血キンジと単位不足


アリア「どうしてしばらく更新しなかったんですか?(ジト目)」
ふぁもにか「どうしてって、そりゃ……ディスガイア4にドハマリしたからに決まってるでしょー? ヴァルバトーゼくぅん?」
キンジ「ヴァルバトーゼくんって誰だよ」

 どうも、ふぁもにかです。お久しぶりです。今回は久しぶりの執筆なので文章の雰囲気が変わっちゃってないか凄く心配です。あと、あとがきに長々と今後の執筆活動に関するお話を綴っていますので目を通してもらえると助かります。



 

 平賀文が己の傑出した技術力によって生み出したトンデモボストーク号を周囲の連中に見せびらかし、武藤と火花を散らした一件から数時間後。昼休みの時間帯にて。

 

 キンジは一人、とある場所へと向かっていた。目的地は一般校区の自転車置き場周辺に位置する、教務科からの連絡が貼られた掲示板である。なぜわざわざ今の、大体の武偵が昼食をとっているであろう時間帯にキンジが掲示板へと歩みを進めてるのか。答えは簡単、今ならば人がごった返していない可能性が高く、じっくり掲示板の内容を見れるからである。

 

 

(といっても、今日俺がここに来たのはちょっとした確認目的だから、敢えて人の少ない時間帯を選ぶ必要なんてないかもだけど)

 

 キンジはテクテク歩き、目的の掲示板まで到着する。そして。キンジの両眼は画鋲の代わりにサバイバルナイフで止められた『1学期・単位不足者一覧表』との張り紙に記された一部分、『2年A組 遠山金次 専門科目(強襲科(アサルト)) 0.5単位不足』の文字をきっちり捉えた。

 

 

「やっぱ不足してるよなぁ、単位」

(ま、ここの所依頼受けてなかったし当然か)

 

 綴先生から頼まれた白雪護衛任務以来、紅鳴館潜入からの3週間にわたる入院生活やカナ戦などの影響で何一つ単位絡みの任務を行っていないキンジはため息を一つ吐くも、すぐに気持ちを切り替えて視線を隣の掲示板へと移す。

 

 そこに貼られた張り紙に記されているのは『夏期休業期・緊急任務(クエスト・ブースト)』の文字。キンジのように1学期の間に2単位きっちり取得できなかったがために留年の危機に晒されている武偵たちにとっての救いの手と言えるべき存在である。尤も、武偵高では単位不足なんてよくあることなので、当の単位不足者の大抵は緊急任務の存在にそれほどありがたみを感じてないのだが。

 

 

(さて、ちゃっちゃと終わりそうな感じの依頼があればいいけど……)

 

 武偵高が単位不足者のために夏休み中に解決すべき問題を割引価格で引き受けることで生まれる緊急任務。そのありがたみをそんなに実感していない武偵の一人たるキンジは強襲科が民間から受け付けてきた依頼を中心にザッと『夏期休業期・緊急任務』の張り紙を見やる。そして、一通り張り紙に目を通したキンジはどうしたものかと内心でため息を吐いた。

 

 別に厄介な任務しかなかったわけじゃない。むしろ強襲科Sランク武偵たるキンジからすれば赤子の手をひねるレベルに簡単な任務ばかりだ。問題なのは緊急任務の報酬たる単位が1.5単位だとか1.7単位だとか、とにかく単位報酬が大盤振る舞いな依頼ばかりだという点だ。

 

 現状、確かに俺の単位は不足している。だが。あくまでそれは0.5単位。わざわざ1.5単位も1.7単位も貰える依頼を受ける必要はない。そもそも、そういう単位をたくさんゲットできるような依頼は実際にそれだけ単位が不足していて本気で進級も危うい哀れな武偵のために取っておくべきだ。といっても、実際に1.5単位も1.7単位も単位が不足しているような、何かもう色んな意味で致命的な奴なんていくら武偵高といえどいないだろうが。

 

(……いないよな?)

 

 一般的な武偵の気質を改めて鑑みた結果、己の考えに疑問を感じ始めたキンジ。と、その時。キンジは自身の側を「う~ん」と眉を寄せて唸りながら通っていく白雪の姿を捉えた。

 

 

「ユッキー?」

「んー、ホントにどうしようかなぁ……」

「おーい、ユッキー?」

「うむむむ……」

「俺が見えてるかー、ユッキー?」

「ッ!? あ、キンちゃん!? え、いつの間に!?」

「いや、いつの間にって、さっきからずっとユッキーの近くにいたぞ」

 

 声をかけても華麗にスルーしてキンジの前を通り過ぎようとする白雪。キンジが白雪の進路へ回り込み両肩にポンと手を乗せて声をかけたことでようやくキンジの姿を認知した白雪は驚愕の声を上げ、キンジはらしくない白雪の様子に首を傾げる。

 

 

「で、どうしたんだユッキー? なんか悩み事か? えらく悩んでたみたいだけど」

「あ、うん。実はね、単位が足りなくて……」

「なんだ、ユッキーも足りないのか」

「『も』ってことは、キンちゃんも?」

「あぁ、0.5単位な。ま、これぐらいすぐに回収できるから全然問題ないけど。それで? どれくらい足りないんだ? なんなら手伝うけど」

「1.9単位」

「……へ、え!? ちょっ、1.9単位ぃ!?」

 

 ポツリと1.9単位足りないことをキンジに告げ、ごまかすように「えへへぇー」と緊張感の欠片もない笑みを浮かべる白雪。一方のキンジはあまりの白雪の単位の足りなさ具合に目を瞠り、思わず声を張り上げる。そして。バッと実に俊敏な動きで『1学期・単位不足者一覧表』に目を通すと、確かに白雪の名前もリスト化されていた。

 

 

『2年B組 星伽白雪 専門科目(超能力捜査研究科(SSR)) 1.9単位不足』

 

 

(いたよ。いやがったよ、1.9単位不足の何かもう色んな意味で致命的な奴! 凄く身近にいやがった! てか、何やってんだよユッキー!? 仮にも生徒会長だろ!?)

 

 一応生徒会長の地位を持つ白雪がちゃっかり留年ルートに片足突っ込んでいるという事実にキンジは驚愕と戦慄を禁じ得ない。

 

 とはいえ、少し考えてみれば当然だ。最近は時折能動的な一面を見せてくる影響ですっかり忘れていたが、ユッキーは基本的に俺が積極的にユッキーの寮に通ってないと「面倒だ」という単純明快な理由で一歩も外に出ないで引きこもり生活を営むような、超絶的なめんどくさがり屋である。そんな怠惰の化身が自ら進んで依頼を受けて単位をゲットするなんて面倒極まりないことなんて、するわけがない。むしろ0.1単位分の依頼をこなしていた事実にビックリすべき所だろう。

 

 

(こんなことならちゃんとユッキーに依頼受けさせるべきだった……!)

 

 キンジはフラフラと白雪から数歩後退し、右手で顔を覆って空を仰ぐ。その心は悔恨の念で埋め尽くされているが、後悔後に立たずである。

 

(いや、絶望するにはまだ早いぞ遠山キンジ! 緊急任務がある! 何のための救済措置だ!? ユッキーのような何かもう色んな意味で致命的な単位不足者に手を差し伸べるための緊急任務だろう!?)

 

 と、ここで『夏期休業期・緊急任務』の張り紙の存在を思い出したキンジはまさしく目を皿にして張り紙に書かれた依頼を凝視する。それから十数秒後。はたしてキンジは砂礫盗難事件に関する依頼ばかり記されている張り紙の中から、白雪の窮地を救うに足る依頼を見つけた。

 

 

『港区 カジノ「ピラミディオン台場」私服警備(強襲科(アサルト)探偵科(インケスタ)、他学科も応相談)。1.9単位。要・帯剣もしくは帯銃。必要生徒数4名。女子を推奨。被服の支給有り。来たれ若人』

「これだ!」

 

 自身の望む依頼を見つけたキンジは顔をほころばせる。カジノ警備。それは武偵業界では『腕が鈍る仕事』とバカにされている依頼だ。世界最強の武偵を目指すキンジとしても率先して受けたい依頼ではないのだが、1.9単位も貰える依頼はこのカジノ警備だけ。何とも話が出来過ぎている気がしないでもないが、この依頼を受けるしかないだろう。何せ、地道に少ない単位を積み上げていくなんてこと、めんどくさがり屋をこじらせているユッキーにできる芸当ではないのだから。

 

 

「キ、キンちゃん?」

「ユッキー。一緒にこの依頼受けるぞ」

「えっと、どれどれ……。えぇ~、カジノ警備? そんなもう想像するだけで面倒そうな依頼なんて受けたくないよ、キンちゃん。それより私の単位不足を特別に見逃してくれるよう綴先生を説き伏せる方法を考えた方が――」

「あの綴先生を説き伏せられるわけないだろ。てか、嫌でも何でも依頼受けて単位取らないと、留年なんてしたら星伽神社に召還されかねないぞ?」

「……あ」

「受・け・る・よ・な、ユッキー?」

 

 キンジはサバイバルナイフを抜き取って依頼の書かれた張り紙を掲示板から剥がすとそれをそのまま白雪に突きつける。進級の危機だというのに面倒だからと依頼を突っぱねようとする、実に相変わらずな白雪の言動を前にキンジの態度は少々荒くなっているようだ。

 

 

「うぅ、仕方ないね……」

「よし。そうとなれば後二人、人を集めないとな」

(それもできれば女子でな)

 

 数分間に渡る長考の末。白雪は渋々といった風にキンジとともに依頼を受ける旨を口にする。一方のキンジは依頼の中の『女子を推奨』との一言を受けて、女子の協力者を二人集めることに決める。かくして。0.5単位不足のキンジと1.9単位不足の白雪の二人はカジノ「ピラミディオン台場」の警備をすることとなるのだった。

 




キンジ→0.5単位不足の熱血キャラ。ユッキー留年の危機という寝耳に水な状況に割とテンパっている模様。
白雪→1.9単位不足の何かもう色んな意味で致命的な怠惰巫女。単位取得という正攻法でなく、担任の綴先生を説き伏せて見逃してもらうという裏技で楽して単位不足の現状を解決しようとする辺り、ブレないダメダメユッキーである。

 というわけで、98話終了です。原作ではキンジくん留年の危機でカジノ警備の流れですが、ここではユッキー留年の危機からのカジノ警備の流れとなります。さすがはユッキークオリティ。揺るぎないですね。


 さて、約2か月間もの休止期間を経て連載再開したふぁもにかによる、この作品の執筆方針転換のお知らせです。

 突然ですが、ここから先、私は主にリアルのせいで執筆時間があまり確保できない状況下に否応なく晒されます。なので、更新速度は亀さんになっちゃうでしょうし、文字量も少なくなっちゃうでしょうし、今までノリノリでやってた感想返しも滅多に行えなくなることでしょう。また自重しないことに定評のあるおまけを毎話載せることも厳しくなるでしょう。

 加えて、この熱血キンジと冷静アリアをキリのいい所で「俺たちの戦いはまだまだだ!」なノリで終わらせることにしました。具体的には後2~30話先の話でしょうかね。キリのいい所のタイミングは、原作既読者の方々にはピーンと来るかと思われます。

 とはいえ、そのキリのいい所まではどうにかして執筆するつもり(最悪、ソードマスターヤマトレベルに急展開な最終話を載せる)ですので、気長にこの物語が迎える結末を待ってくれると幸いです。こんなダメダメなふぁもにかですが、これからもよろしくお願いします。

 ……ハァ。あと2,3年早く、もっと時間に余裕のあった時期にこの作品を執筆し始めてたらとの気持ちが止まりませんね、ホント。


 ~おまけ(ネタ:♂♂ ※キャラ崩壊注意)~

キンジ「よし。そうとなれば後二人、人を集めないとな」
不知火「話は聞いたぜ、キンジ。協力してやるよ」
小夜鳴「私も協力するわよ、遠山くん」
キンジ「いや、悪いけどこの依頼女子推奨みたいだからさ。さすがに男3人、女1人で依頼受けるわけにはいかないだろ。気持ちだけもらっておくよ、ありがとな不知火。てか小夜鳴、お前どっから湧いてきた? なにサラッと脱獄してんだよ?」
不知火「ハッ、男がダメなら女装すればいいだろうがッ!(←まさに正論)」
小夜鳴「ふふふ、遠山くん。この魔女っ娘コスを着こなした私の姿を見ても同じことが言えるかしら?(←魔女っ娘コスをヒラヒラとさせながら)」
キンジ「帰れ! お前らはお呼びじゃねぇんだよ!」

 不知火くんと小夜鳴先生。イケメン同士、意外に面白そうな組み合わせだと思うの。










ジャンヌ「制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)の女装、だと!? ……じゅるり。おっと、我としたことが――」





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99.熱血キンジとメンバー集め


 どうも、ふぁもにかです。ついに記念すべき100話目前ですね。感想も700件を超え、お気に入り件数も1000件を突破し、推薦された上に現状では「参考にならなかった」が多数となっておらず、実に嬉しいこと尽くしですよ。

 ま、それはさて置き。次回で100話となりますが、100話突破記念に何かぶっ飛んだ本編を載せるか、同じくやたらとぶっ飛んだ突発的番外編を載せるか、読者の皆さん的にはどっちがいいんでしょうねぇ……。



 

 白雪を深刻な単位不足による留年の危機から救うためにカジノ「ピラミディオン台場」私服警備の依頼を受けることにした、その放課後。まだまばらに生徒が残っている2年A組教室にて。

 

「カジノ警備、ですか」

「あぁ、頼めるか?」

 

 理子に向けて一方的にももまんの魅力について話しまくるアリアに協力してもらおうと、キンジはアリアに先の事情を全て話していた。対するアリアは思案顔。どうやらあまりカジノ警備に乗り気ではなさそうだ。

 

(まぁそうだよな。カジノ警備なんてイ・ウーとはまるで関係ない依頼だし)

「……キンジ。少し気になるのですが、この『被服の支給有り』というのは――」

「警備がいるって悟られないようにカジノっぽいものを支給してくれるって意味だと思うぞ? 女子だったら女性投資家らしい衣装とか、バニーガールの衣装とか、その辺のものくれるんじゃないか?」

「バニーガールですか……」

 

 バニーガール。その言葉を聞いた途端に乗り気でなかったアリアの瞳に「興味津々です」と言わんばかりの爛々とした光が宿る。アドシアードにてチアガール衣装のためにチアガールを志願した前例から考えて、アリアには通常では中々着る機会のない衣装一般に強い好奇心を持っているらしい。正当な理由の下でバニーガール衣装を着ることのできる機会を前に、もう見るからにカジノ警備へのやる気をみなぎらせていたアリアだったが、ハッと我に返ったような表情を浮かべると「……いえ、やめておきましょう」と力なく首を振った。

 

「ん? どうしてだ? 今メチャクチャやりたそうな顔してたじゃねぇか?」

「ええ。やりたいですよ、カジノ警備。ですが、ブラドにやられた足がまだ少し違和感があって気になりますし……悲しいことに、私の容姿は一見すると小学生並みですからね。見た目小学生のバニーガールなんてカジノに来るような人たちには需要ないでしょうし、仮に小学生を働かせてるなんて風評被害が広まって来客数が減ったり、警察沙汰になったりしたら経営陣の方々に非常に申し訳ないですしね」

(あぁ、言われてみれば確かに)

「なので……そうですね。私のことはあくまで後二人、人数がそろわなかった時の保険と考えておいてください」

「……わかった」

 

 目に見えて肩を落として落ち込むアリア。ズーンという効果音を引き連れてため息を吐くアリアをどうにか元気づけたいキンジだったが、特に気の利いた言葉を思い浮かべられなかったのでアリアへの対処は一旦保留とし、次のターゲットを隣の理子に定めた。

 

 

「理子はどうだ? やってみないか、カジノ警備?」

「……」

「理子?」

「ひゃい!?」

 

 キンジは理子にカジノ警備の話を振るも当の理子はまるで無反応。心なしか顔色が青くなっていることに心配したキンジがもう一度理子の名を呼びかけるとビクッと擬態語とともに小さく飛び上がり、ドギマギとした様子で「ど、どどどどどうしたの、キンジくん!?」と尋ねてくる。

 

「どうしたのって、それ俺のセリフなんだが……」

「え、えと、大丈夫、だよ! キンジくん! ボクはトラックに轢かれたりしないから! ちゃんと気をつけるから!!」

「……えーと。何言ってるんだ、理子?」

「あ、う、ええと、その……ゴ、ゴゴゴゴメン、今のは忘れて! お願い!」

 

 キンジからの疑問に満ちた視線を前に目を左右に泳がせまくっていた理子は洗練された動きで腰を90度に曲げて謝ってくる。このまま放置していると土下座しかねない勢いだったため、キンジは「あ、あぁ! わかった! わかったから頭を上げてくれ!」と即座に理子に頼み込む。以前、理子の土下座→中空知による強制連行ルートを経験してるがゆえの迅速な対処である。

 

「えと、その、それで? 何の話だったっけ?」

「……その分だと、最初から説明した方がよさそうだな」

「よ、よろしくお願いします」

「ま、簡単にいうとだな――」

 

 キンジは白雪の現状やカジノ警備の件について簡単に理子に伝える。すると、理子は神妙な表情とともに「バニーガールかぁ……」とポツリと呟いた。

 

 

「衣装に興味があるのか?」

「い、いや! べ、べべべ別に! バニーガールの服をタダで着れるからちょっとカジノ警備やってみたいなぁーなんて全然思ってないよ!? ホントだよ、キンジくん!? ね!? ね!?」

「理子ってホントわかりやすいよな」

「うぅぅ。で、でも、こういう服ってボクなんかが着ても似合わないし、やめようかな……」

「大丈夫だろ、理子なら。むしろ理子が似合わないってんなら大抵の女子は似合わないと思うぞ、バニーガール」

 

 アリアと同様、バニーガール衣装に興味を示しつつも自身を卑下する理子にキンジは理子の不安を取り除くべくすぐさま言葉を掛ける。

 

「でも、ボク……」

「理子はもっと自分の容姿に自信持った方がいいぞ。そんなに可愛いのに自分を下に見てたら相手によっては嫌味に思われるかもだしな」

「……そ、そそ、そうかな?」

「あぁ。俺を信じろ、理子。いずれ世界最強の武偵になる男の言葉だぞ?」

「……わかった。ボク、やるよ!」

 

 キンジの言葉に自信づけられた理子は両手でキュッと小さく拳を握るとカジノ警備への意気込みを見せる。これでカジノ警備への理子の参加が決まったため、後は女子一人の協力を取りつければいいだけとなった。

 

 

(さて、誰に頼んだものかな。陽菜は何か最近忙しそうだし、平賀はアリアレベルに幼児体型だからアウト。ジャンヌは現場で問題しか起こさなそうだし……いっそのこと綴先生とか高天原先生辺りに頼んでみるか? いや、でも生徒への依頼に教師を巻き込むのはさすがにダメだろ。となると、ここは無難に『ダメダメユッキーを愛でる会』か『ビビりこりん真教』に所属してるクラスメイトにでも打診――)

「何やら興味深い話をしていますね、キンジさん」

「ッ!?」

 

 と、その時。キンジの背後から実に聞き覚えのある天敵の声が響いていたため、キンジは咄嗟に後ろを振り向く。コンマにも満たない俊敏な動きで後ろを見やった先に、キンジの予想通りの緑髪に琥珀色の瞳をした小柄少女の姿があった。

 

(ゲッ、レキ!?)

「あ、レキさんですか」

「こんにちは、アリアさん。峰さん」

「こ、ここここんにちは」

「こんにちは、キンジさん。久しぶりですね」

「あぁ、そうだな! 久しぶりだな! で、俺との再会を懐かしく思ってんのなら銃剣付きのドラグノフで突き刺そうとするのやめろ!」

「お断りします。私とキンジさんは永遠のライバルですから」

「理由になってねぇよ、それ!」

 

 レキはアリアと理子にごく普通に挨拶した後、スタスタとキンジへ近づき迷うことなく銃剣つきのドラグノフ狙撃銃を突きつけようとする。どうにか二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ピーク)で凶刃を防いだキンジがレキの相変わらずのぶっ飛んだ行為に抗議の声を上げるも、レキは涼しい無表情を崩さない。

 

「珍しいですね、レキさんがここ(2年A組教室)に来るなんて。何かあったんですか?」

「はい。キンジさんにちょっとした用事がありまして」

「用事?」

「キンジさん。貴方は今度カジノ『ピラミディオン台場』の警備をする、これは間違いありませんね?」

「あぁ、そのつもりだけど」

「その依頼、私も参加してもいいですか?」

「え!?」

 

 キンジはレキのまさかの発言に一瞬思考停止に追いやられる。つい数時間前に受けると決めたばかりの依頼の件を知っていることはもとより、根っからのバトルジャンキーたるレキが己の研鑽に絶対に結びつかないと断言できる依頼を受けようとしていることがキンジにはとても信じられなかったのだ。

 

(レキに限ってバニーガールに興味があるってわけじゃないだろうし、何が目的だ?)

「……レキも単位が不足してるのか?」

「いえ」

「じゃあ、なんで?」

「キンジさん。貴方は最近連載を開始した『オラクルフォース』という人気少年漫画を知っていますか?」

「え、いや。名前ぐらいしか知らないけど」

「……そうですか。実はその最新話でライバル観の話があり、色々と考えさせられたのです」

 

 レキはキンジがらんらん先生原作、平賀あやや先生作画の少年漫画こと『オラクルフォース』についてほとんど知らないことに落胆の眼差しを浮かべながらも自身がカジノ警備へやる気を見せている理由を口にする。

 

 内容を簡単に纏めると、ライバルとは互いが互いを競争相手として強く意識し、なおかつ互いとの接触回数が多ければ多いほど真のライバルたり得る、というライバル観を『オラクルフォース』とやらで触れて深く感銘を受けたらしいレキは、今後は永遠のライバルたる俺との接触回数を増やすため、機会あらば俺と行動を共にすることを決意したらしい。それで俺がカジノ警備について話しているのを偶然耳にし、こうして積極的に参加表明したのだそうだ。

 

 

(マジか、マジかよ!? 今の頻度ですら割と精神的に辛いのにこれからレキと出くわす頻度が増えるっていうのか……!?)

 

 レキと出くわす回数≒レキに問答無用で襲撃される回数だと心得ているキンジが内心でレキの方針転換に戦慄する中、当のレキは「それに」と言葉を続ける。どうやらレキのカジノ警備参加の理由は一つだけではないようだ。

 

「それに?」

「――風を感じるのです。熱く、乾いた、喩えようもなく……邪悪な風を……」

「え……」

 

 無表情ながら真剣さ3割増しの瞳で妙に不吉なことを口にするレキ。何の前触れもなく突如立てられた悪い予感しかしないフラグを前に小さく声を漏らすキンジを見て自身の要求が受け入れられたと勝手に解釈したレキは「では、当日はよろしくお願いします」と言葉を残して2年A組教室を去っていく。

 

 かくして。カジノ「ピラミディオン台場」警備に常軌を逸したブラコンな遠山キンジ、怠惰の化身な星伽白雪、ビビり勢筆頭な峰理子リュパン四世、バトル脳なレキの四人が参加することとなるのだった。明らかに過剰戦力のはずなのになぜか不安の残る面々だと言ってはいけない。

 




キンジ→カジノ警備のメンバーを募る熱血キャラ。特筆すべき点はなし。
アリア→作者の奸計によりカジノ警備から外された哀れなメインヒロイン。理子相手にももまん大好きっ子洗脳教育を施そうとするも今回は効果なしだった模様。
理子→キンジがユッキーと一緒にいた98話頃にジャンヌちゃんがトラックに轢かれたとの連絡を受けた影響で、キンジが声をかけるまでまるで上の空だったビビり少女。そのため、もちろんアリアのももまん語りなど全く耳に入っていない。アリアe...
レキ→少年漫画を通してライバル観について考え直す機会を得たバトルジャンキー。キンジにとってはとばっちりだが当人に知るよしはない。

原作のカジノ警備参加者:鈍感キンジ、ツンデレアリア、不思議ちゃんレキ、ヤンデレ白雪
当作品のカジノ警備参加者:ブラコンキンジ、ビビりこりん、RBR、ダメダメユッキー

 というわけで、99話終了です。原作と違ってカジノ警備にアリアさんの代わりにりこりんが参戦することとなります。いや、違うんですよ。別にアリアさんをハブってるわけでも『ビビりこりん真教』の信者に脅されたわけでもないんこりん! この私、ふぁもにかを信じてほしいこりん!


 ~おまけ(本編補完:98話の時のりこりん)~

理子「え、ジャンヌちゃんが意識不明の重体!?」
救護科の人「はい。目撃者の情報によると、武偵高付近を散策中、その辺にいた黒猫を抱き寄せてかいぐりかいぐり愛でていた所で猫が逃走。それを追いかけていった際に信号が赤だったらしく、バッと通ったトラックがダルクさんを轢きずって鳴き叫んだようです。しかも不幸にもトラックに轢かれた後にどこからか降ってきた鉄柱がダルクさんの腹部を貫いて突き刺さり、ダルクさんは『ぉ、おのれパトラッシュ、我は決してすり潰されんぞ……』との謎の言葉を残して意識を失ったそうです。今は手術により死こそ回避できましたが、非常に危険な状態だということを理解してくれれば幸いです。生きてる方が不思議なくらいの傷ですから」
理子「ジャ、ジャンヌちゃん。どこからツッコめばいいか全然わからないよぉ……!(←両手で顔を覆って涙しつつ)」

 りこりんは乱心していた。


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100.熱血キンジとバニーガール♡


ふぁもにか「これはひどい」
キンジ「\(^0^)/」

 どうも、ふぁもにかです。今回は記念すべき第100話。どんな話を載せるか迷った結果、ぶっ飛んだ本編を載せることに決定しました。ま、サブタイトルで大体の内容の予測はつくでしょうけどね、ふふふ。



 

 キンジ、理子、レキ、白雪の四人がカジノ「ピラミディオン台場」警備の依頼を受けることにした、その数日後。キンジの部屋にて。

 

 

(どうする、どうする……!?)

 

 今現在、遠山キンジは絶体絶命の窮地に追いやられていた。

 

 

「無駄な抵抗はやめて大人しくしてください、キンジ。そうすれば悪いようにはしませんから」

 

 玄関へと通じる廊下を背に小太刀を両手に構えるは神崎・H・アリア。

 

「に、にに逃がさないよ、キンジくん」

 

 ベランダへと通じる窓の前に銃を装備した上で腕を組んで立ち塞がるは峰理子リュパン四世。

 

「さ、諦めよっか。キンちゃん。世の中諦めが肝心の時もあるんだよー?」

 

 ワキワキと手を不自然に動かしながらキンジへと近づいてくるのは星伽白雪。

 三人に共通している点は、異性を存分に魅了できるであろうニッコリ笑顔を浮かべていながら邪悪極まりないオーラを一身に背負っている所だ。

 

「「「ふふふふふ……」」」

(どうする、どうすればいい!? どうすればこのピンチから抜け出せるッ!?)

 

 もうこの三人だけでイ・ウー壊滅させられるんじゃね? と錯覚してしまうほどに凶悪なオーラを纏い、人を威圧ついでに殺しかねないスマイルを浮かべる三人。世界最強の武偵を目指す男こと遠山キンジに過去類を見ないレベルの危機が今まさに迫ろうとしていた。

 

 

 ――事の発端は十数分前にさかのぼる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キンジはこの日、届いていた段ボール箱の開梱作業に入っていた。送り主はカジノ「ピラミディオン台場」を運営しているTCAという会社だ。

 

(そういや、ユッキーが入ってた段ボールもこんな感じだったなぁ。ま、ユッキーのはもっと大きい箱だったけど……)

 

 キンジはかつてドッキリのために宅配業者を利用して段ボール箱に梱包された状態で配送されてきた白雪の姿を思い浮かべつつ、段ボールに入っていた衣装や小物を取り出していく。『来場客の気分を害さないために、客・店員に変装の上で警備していただきますようお願いします』と書かれた手紙を同封してきたことから鑑みて、これが依頼に書かれてあった『被服の支給』なのだろう。

 

 キンジは次々と衣装や小物を取り出していく。取り出して取り出して、すべて取り出し終えた時、キンジは困惑していた。キンジの視線の先には、バニーガールの衣装。

 

 これ自体には何も問題ない。理子たちには女性店員としてバニーガール衣装を着てほしいという意思をTCAが示してきただけなのだから。問題なのは、このバニーガールが三着(・・)送られてきたという点だ。

 

 

(え? ここにバニーの衣装が三着来るって、え? どういうこと?)

 

 キンジは想定外の事態に困惑の色を隠せない。三着のバニーガール衣装。一つはユッキーのもので、もう一つは理子のものなのは間違いない。レキの分はちゃんとレキの住んでいる女子寮に送られているはずだ。なのに、ここにバニーガール衣装が三着もある。

 

(レ、レキの分も纏めてここに送られてきたのか? ……そうだな、うん。そうに違いない)

 

 キンジは己が打ち出した仮説にうんうんとうなずいて無理やり納得しようとする。しかし、そう考えると俺の男性用の衣装がないのが妙だ。『女子を推奨』との言葉に逆らうように男の俺が依頼を受理した腹いせに、男は服ぐらい自費で用意しろと暗に言われてると受け取っていいのだろうか? それとも、単に女子4人が依頼を受けたと勘違いしてるのか?

 

 

「あ! 衣装届いたんだ!」

 

 キンジが三着のバニーガール衣装を凝視して思考にふけっていると理子が喜色満面の笑みでパタパタと駆け寄ってくる。その後ろから「「ただいま」」とアリアと白雪がやってきたことから、どうやら三人は帰り道でバッタリ出くわしたようだ。

 

「あぁ。まぁ、そうだな。届いたぞ?」

「? ど、どうして疑問系なの? キンジくん?」

「いや、何か俺たちとカジノ側との間に情報の齟齬があったみたいでさ。多分あっちは今回依頼を受けるのは女子4人だと思ってる」

「ぅん? えと、それで間違ってないよ?」

 

 理子はキンジの発言がよく理解できていないのか、頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げる。しかし首を傾げて疑問を顕わにしたいのはむしろキンジの方だった。

 

 

「え、何言ってんだ、理子? おかしいだろ、俺男だぞ? なんで間違ってないんだよ?」

「あ、え、えーとね、キンジくん、その……」

「昨日TCAに連絡して、依頼を受けるのは遠山キンジじゃなくて遠山金子(かなこ)さんってことにしたんですよ。武偵高には連絡していないから、カジノでは金子さんとして依頼を全うしても単位はキンジが貰えます。心配しなくても大丈夫ですよ」

 

 どう言葉にしたものか迷ってる風な理子にアリアが横から助け舟を出してくる。キンジの肩にポンと手を当ててキンジの不安を取り除こうと微笑みを浮かべるアリアだったが、キンジの不安は増長するばかりだ。何せ、先ほどから己の第六感が逃げろ逃げろと警鐘をやたらめったら鳴らしているのだから。

 

「は? え? なに、どういうこと?」

「……ずっと思ってたんだよね。キンちゃんって女装したら映えるだろうなぁ~って」

「うんうん。キンジくんってカナさんの弟だもん」

「キンジのお兄さんがあれだけ綺麗なら、弟のキンジがどれだけ変貌するか、気にならない方がどうかしてる。そうは思いませんか?」

「お、おい。待て。まさかお前ら……俺にバニーガール姿でカジノ警備させる気か?」

 

 白雪、理子、アリアと立て続けに紡がれた言葉によってアリアたちの思惑の大体を把握したキンジが恐る恐る問いかけると、三人そろって「「「うん」」」と首肯した。

 

 

「ちょっ、何考えてんだよお前ら!? 誰が女装なんかするか!? 仮に百万歩譲って女装するにしたって、バニーガールとか完全にアウトだろうが!?」

「それはどうでしょうか? 確かにただ普通にキンジがバニーガール衣装を着れば悲惨なことになるでしょうが……ここには変装術のスペシャリスト:理子さんがいます。なに、安心してください。気づいた時には、もう――終わってますから」

「安心できるかぁぁぁあああああああああ!!」

 

 あたかも獲物の草食動物を見つめる肉食動物のような、すっかり据わりきった瞳を向けてくる女子三名。キンジは危機意識から玄関へと全力ダッシュを試みるも、「無駄な抵抗はやめて大人しくしてください、キンジ。そうすれば悪いようにはしませんから」と行く手をアリアに遮られる。

 

「に、にに逃がさないよ、キンジくん」

「さ、諦めよっか。キンちゃん。世の中諦めが肝心の時もあるんだよー?」

 

 と、そうこうしている内にもベランダへと通じる道を理子に防がれ、白雪がワキワキと手を不自然に動かしながらキンジへ迫ってくる。退路を塞ぐはシャーロック・ホームズのひ孫&アルセーヌ・リュパン四世のひ孫の夢のコンビ。迫りくるは星伽神社の優秀な武装巫女。たかが強襲科Sランク武偵に勝てる道理などあるはずがない。

 

「「「ふふふふふ……」」」

「くそッ! 何か、何か手は――ぎゃあああああああああああああああ!?」

 

 かくして、キンジの断末魔が部屋を反響することとなるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キンジは絶句していた。アリア&白雪の息の合ったコンビネーションにより化粧台の椅子にロープでグルグル巻きに拘束され、為されるがままに理子からメイクを施されていたキンジ。十数分の時を経て。仕上げにウィッグを取りつけられた後に目を開けるよう理子にお願いされて目を開けたキンジは、文字通り言葉を失っていた。無理もない。何せ、鏡に映った自身の姿が黒髪黒目バージョンのカナとそっくりの姿をしていたのだから。

 

(……カ、カナ姉?)

「どう、かな? ボクのメイク術?」

「おー、凄いよりーちゃん! キンちゃんがホントにキンちゃんになってるよ! あ、今は金子ちゃんだっけ?」

「そ、そうかな? えへへ」

 

 切れ長の瞳をした、クール系の美女。いかにもスーツやジーンズが似合いそうなタイプの美女。そんな眼前のクール系美人が自分自身だという現実を受け入れきれないキンジをよそに、白雪が理子のメイク術のクオリティを絶賛し、理子は掛け値なしの真正面からの褒め言葉に照れ笑いを見せる。ちなみに。アリアは二人の傍らに座り込み「女なのにキンジにこうも敵わないなんて……」と『の』の字を延々と描いている。

 

「ま、まさかここまで化けるとはな……」

(いや、確かに俺も一応兄さんの弟だから女装してもそんなに酷くはならないだろうとは思ってたけど……俺にも兄さんと同じ血が流れてたんだなぁ。あ、何か嬉しいなこれ)

 

 キンジは呆然と鏡に映った自分の姿を見つめつつも兄との新たな共通点を見つけられたことに薄く笑みを浮かべる。これが遠山金子の姿、中々にいいかもしれない。若干新たな道を開拓しつつあったキンジだったが、しかしキンジの笑みは次の瞬間、ビシリと凍りつくこととなる。

 

 

「さて、それじゃあ次はバニーガールを着せてみよっか」

 

 キンジは白雪がワクワクしながら呟いた言葉に思わず「What!?」と裏返った言葉を上げ、信じられないといった感情を多分に含んだ目で白雪を凝視する。

 

「あ、そういえばキンジにバニー衣装を着せるんでしたね。女装姿のインパクトが凄かったせいですっかり忘れてました」

「待て待て待て! それはマズいって! いくらなんでもバニーガールなんて俺に着こなせるわけないだろ!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。ここにはキンちゃんをここまで美人さんにビフォーアフターしたりーちゃんがいるんだよ。バニーガールも絶対似合うって、ね?」

「う、うん。ボク頑張るよ」

「やめろお前ら! 早まるな! 頼むから早まらないでくれ!」

「やだ」

「却下です」

「ご、ごめんね」

「うぎゃああああああああああああああ!!」

 

 化粧台の椅子に拘束されているキンジは必死に体を動かしてロープの拘束から逃れようとするも、アリアと理子が見守る中でヒラヒラのバニーガール衣装を持って近づいてくる白雪から逃れる術などあるわけがない。結果、本日二度目のキンジの断末魔が部屋中をこだまするのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 キンジは絶句していた。決死の抵抗も虚しくバニーガールを三人がかりで無理やり着せられ姿見の前に立たされたキンジは文字通り言葉を失っていた。無理もない。何せ、鏡に映ったバニーガールな自身の姿はキンジを絶望させるのに十分な代物だったのだから。

 

(こ、骨格がごまかせねぇえええええええええええええええええ!!)

 

 男性らしい肩幅。それなりにある筋肉。しっかりとした骨格。それら全てが組み合わさり、典型的なオカマバーにいそうな人と化したキンジは両手で顔を覆い心の中で涙を流す。

 

 

「……」

「あ、その……キンジ。似合ってます、よ?」

「ボ、ボクにもっと実力があれば……」

「うーん。キンちゃんならバニーガールでもいけると思ったんだけどなぁ」

 

 顔だけはカナレベルに美人なままなため、顔とそれ以外とのクオリティのアンバランスさが凄まじいこととなっているキンジを前に、アリアはどうにかキンジを元気づけようと心優しい嘘を吐き、理子は己の無力さに表情を暗くし、白雪は「あれー? おかしいな?」と眉を潜めて首を傾げる。そんなアリアたちの反応が今のキンジには総じて心を突き刺す鋭利な刃と変化し、キンジの精神をより傷つけていく。

 

(俺は、やっぱり兄さんの領域にはたどり着けないんだな……)

 

 きっと兄さんならバニーガールだって見事に着こなしてくれるだろうなどと華麗に現実逃避しつつ、同情と憐憫に満ちた視線を向けてくるアリアたち三人の前でorz状態となるキンジであった。

 




キンジ→女子三人の暴走の被害者となった熱血キャラ。金子ちゃん超かわいい。
アリア→キンジを女装させ隊の一員なメインヒロイン。女装させ隊には悪乗りで参入した。
白雪→キンジを女装させ隊の一員な怠惰巫女。女装させ隊の中で最もやる気をみなぎらせていたりする。
理子→キンジを女装させ隊の一員なビビり少女。女装させ隊の良心、異論は認めない。
遠山金子(かなこ)→キンジの女装バージョンの名前。白雪命名。体のラインの隠れるタイプの女性服を着ればクール系の超絶美人となるが、露出の激しい衣装となると悲惨なことになる。

 というわけで、100話終了です。「黒髪の子かわいそう」と言わんばかりにキンジが精神的にボッコボコにされるお話でした。いやね、キンジくんは露出の少ない女性服で初めてその真価を発揮すると思うんですよ、私は。だってキンジくんって別に男の娘レベルに小柄で女性的な体型してませんしね。あくまで平均的な男性の体型してますしね。


 ~おまけ(ネタ:もしもカナの睡眠期がこのタイミングで終了したら)~

金一「……ん」
金一(睡眠期が終わったみたいだな。それはそうと、ここはどこだ?)

 ベッドからムクリと起き上がる金一。その視線に入るは、クール系美人へと変貌したキンジもとい遠山金子の姿。もちろん、バニーガール衣装になる前の状態である。

金一(な、なんて美し――ガフッ!?)

 謎の吐血とともに再びベッドに倒れ込む金一。
 かくして金一は睡眠期第二フェイズへと突入するのだった。


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101.熱血キンジと美女ギャンブラー


??「ついに、待ちに待ったこの時が……!」

 どうも、ふぁもにかです。今回からカジノ警備のお話です。夏祭りの一件を丸々すっ飛ばしたのでキンジがシャーロックの写真を見てないとか、アリアに呪蟲(スカラベ)が接触してないとか色々と差異はありますが……ま、それぐらいならなんとかなるっしょ(←テキトー)



 

 アリア、理子、白雪の共謀により、キンジが強制的にバニーガール衣装を着せられた悲劇(※キンジ視点)から月日は流れ。7月24日。白雪の不足分の単位を補充するための依頼として私服警備を行う当日の昼。カジノ「ピラミディオン台場」のスタッフルームにて。

 

 

「――伝達事項はこれで以上となります、これからよろしくお願いしますね」

 

 警備に関する詳細な内容を一通り話し終えた壮年の男性がペコリと頭を下げる。彼はピラミディオン台場を運営しているTCAの1人だったりする。そんな社会人筆頭に対するは、スーツに身を包んだ、切れ長の瞳と背中まで伸びた黒髪ストレートが特徴的なクール系の美女。もちろん、女装した遠山キンジ、もとい遠山金子(かなこ)である。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 壮年の男性が頭を下げるのに付随してキンジも頭を下げる。その所作はまるで凛と心に1本筋の通った女の子そのものである。男を感じさせる要素など欠片も感じられない。今現在、ここにはいないピラミディオン台場の警備メンバー:白雪・理子・レキを代表して責任者たる男性から話を聞いていたキンジは「それでは失礼いたします」とスタッフルームを後にする。

 

 

(我ながら見事に女の子やってるよなぁ……)

 

 一介の社会人相手にいかにも女子校で百合の花を咲かせまくりそうなタイプの少女を見事に演じたキンジは、スタッフルームの扉に背中を預けてため息を吐く。その心境は非常に複雑だった。無理もない。というのも、キンジが現在進行形で実施している誰がどう見ても女の子としか思えない所作や声色はすべて理子によって急ピッチで仕込まれた技術だからだ。

 

 キンジに違和感のない女声を出させるためのボイストレーニングや、キンジに女性らしい所作を身につけさせるための立ち振る舞い、言葉遣い、姿勢、笑顔作りの練習など、警備の際に遠山金子が男だとの疑念を一切抱かせないために理子主導の元で行われた96時間耐久の数々の訓練。

 

 逃げることも、休憩することも一切許されない過酷な訓練。精神的にも体力的にも辛すぎるそれをつい先日に終えた結果が『誰からも男だと思われない』との現象を生み出していることに、男としてのアイデンティティが揺らぎつつあるキンジである。

 

 

(理子って、ドSになる時あるよな。ホントにたまにだけど。何が原因なんだか……)

 

 キンジは理子がアリア相手に72時間ずっとアニメを見せ続け、アリアの精神状態を極限まで追い込んだ前科を思い出しつつ、一旦自動ドアを抜けてピラミディオン広場を後にする。その視線の先に、キンジと同じスーツを着たレキと普通に制服姿な白雪と理子の姿があった。

 

「あ、ど、どうだった? キンジくん?」

「まぁ、特別変わったことはしなくてよさそうだぞ。更衣室で着替えて、後は上手い具合に紛れ込めばいいってさ」

「そ、そっか。よ、よよよかったぁ……」

 

 どこかそわそわした様子でキンジに駆け寄り警備任務の依頼主から頼まれたことを尋ねた理子は、キンジの返答にホッと胸をなでおろす。どうやら理子は依頼主が自分の手に負えないようなことを頼み込んでくるんじゃないかと不安だったようだ。

 

「俺とレキはもう着替え終わってるし、先に警備しとくよ。ウェイトレスやりながらの警備は大変だろうけど、頑張れよ。ユッキー、理子」

「りょーかい。それじゃあ私はアタフタしつつもウェイトレスを頑張るバニーガール姿のりーちゃんの勇姿をしっかり録画しておくよ!」

 

 白雪はキンジの言葉に一つうなずきつつ、いかにも高級そうなビデオカメラ(※値段にして約400万円。生徒会の経費で購入した至高の一品)を取り出してグッと親指を突き立てる。何もかもを一切理解していなさそうな白雪に向けた、「何が『りょーかい』だ。全然わかってないじゃねぇか」とのキンジのジト目つきのツッコミは理子の「え、ええええええ!?」との驚きに満ちた甲高い声で完全に掻き消された。

 

 

「ちょっ、白雪さん!? え、えーと。そ、そそそそういうのはやめてほしいかなぁー、って思うんだけど!?」

「ふふふ。安心していいよ、りーちゃん。ちゃんとりーちゃんが可愛く映るように、私本気で撮るから。それにアーちゃんからもしっかり頼まれてるからね!」

「アリアさんが!? なんで!?」

(まさかのアリア公認かよ。何やってんだ、アリア……)

 

 白雪の突発的な行動がアリアのお願いによるものだと知った理子はますます混乱し、キンジはアリアに対して呆れの念を抱く。かくして、傍から見ればどこか微笑ましいやり取りを終えた後。キンジ、白雪、理子、レキ(※さっきのキンジたちの会話を一歩後ろで見守ってたりしてた)の4名はカジノ警備を開始するため、ピラミディオン台場へと足を踏み入れるのだった。

 

 ちなみに、白雪の所持していた高級ビデオカメラは「す、隙あり!」と理子が上手いこと掠めとったため、白雪が理子の勇姿を記録に残せなくなったのはまた別の話である。ドンマイ、ユッキー。ついでにアリアも。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ピラミディオン台場。それは日本でカジノが合法化された直後、公営カジノ第1号として誕生したものだ。名前から察せられる通り、巨大なピラミッド型をしたこのカジノは全面ガラス張り。外からの日差しが取り入れられるため、カジノにしては少々爽やかな印象となっていたりする。

 

 さて。ピラミディオン台場に入って以降、更衣室を目指す理子&白雪と別れ、さらにレキとも別れ。若手のIT女社長という肩書きに疑いを持たれないよう所作に細心の注意を払いつつ、しばらく巡回を続けるキンジ。しかしキンジは今、非常に申し訳ない心境に駆られていた。

 

(はぁぁ、思いっきり見られてるなー)

 

 四方八方から突き刺さってくる視線の数々。それでいてキンジが周囲を見渡すとサッと目を逸らし、キンジの視線が外れると再び視線を注いでくる周囲の男衆。不躾な視線を送っていることをキンジに悟られてないと考えてる辺りがまた、キンジに何とも言えない気持ちを抱かせる。

 

(あんたたちの目を奪ってるのは男なんだけどなー)

 

 そう、何せ男なのだ。彼らが今、意中になっている相手は、お近づきになりたいと思っている相手は、いくら見た目はカナの黒髪バージョンであっても中身はどうしようもなく男なのだ。これはさすがに申し訳ないと思わざるを得ない。

 

 ゆえに。今のキンジにできることといえば、精々自身が男であるとこの場でうっかり露見しないよう、精一杯女の子らしい言動を心掛けることぐらいだ。彼らの夢を無慈悲にも壊さないためにも。俺が女装趣味のド変態だと思われないためにも。

 

 

(よし、こうなりゃ自棄だ。全力で遠山金子になってやる)

「うぅぅ、めんどくさいよぉ」

「が、頑張ろうよ、白雪さん。あともう少ししたら休憩時間あるから、ね?」

 

 より一層、遠山金子としての演技に力を入れようと心に決めたキンジ。と、その時。今にもその場に寝そべってしまいそうなほどにだらけきっている白雪と、どうにか白雪のモチベーションを上げようと必死に言葉をかける理子の姿がキンジの視界に入った。もちろん、今の白雪と理子は立派にバニーガール姿である。

 

「うー」

「し、白雪さん。お願いだから、ね?」

「えー」

「う、うぅ。どうしよう……」

 

 若手IT女社長を演じる今の自分がウェイトレスを演じる二人と接触するのはどうかと考え、二人から距離を取ろうとしたキンジだったが、理子の説得では梃子でも動きそうにない白雪&半ば涙目でオロオロしている理子の様子にキンジは二人への介入を決めた。

 

 

「ったく、あんまり理子を困らせてやるなよな、ユッキー」

「あ、キンちゃん」「あ、キンジくん」

「ただでさえ理子ってこんな人が多くて騒々しい場所は得意じゃないんだし、理子の心労を増やしたら可哀想だろ?」

「えー、でも……」

 

 白雪はキンジの言葉にもなびくことなく、思う存分だらけたいとの願望を思いっきり表情に表す。働くことに嫌気がさし、眉を寄せる白雪を前に、キンジは白雪を働かすためのとある作戦を決行することにした。

 

「よし、ユッキー。今夜は何食べたい?」

「え、キンちゃん? どうしたの、いきなり?」

「いや、今日は特別にユッキーの好きな物を作ろうかと――」

「――満漢全席」

「却下だ。ま、中華が食べたいってことでいいな? ほら、今日一日頑張れば好物が待ってるぞ。頑張れユッキー」

「………………うん、わかった。それじゃあ私頑張るよ」

 

 好物食べたい願望と働きたくないでござる願望との間で揺れ動いていた白雪はしばらくの沈黙の後、トボトボといった効果音を引き連れてその場を後にする。依然としてやる気はないようだが、これで少なくともウェイトレスの仕事放棄の心配はないだろう。

 

 

「あ、ありがとね、キンジくん。助かったよ」

「どういたしまして。ユッキーの操縦方法についてはいくつか心得があるから、何か困ったら構わず連絡してくれ」

 

 ペコペコ頭を下げて感謝の気持ちを示す理子に軽く言葉を掛けたキンジは、「う、うん」と殊勝にうなずく理子に背を向けてその場を後にする。かくして、キンジはスロットマシーンの立ち並ぶカジノ・ホールの入り口付近から別の場所へと移動するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 カジノの2階部分――特等ルーレット・エリア――へと移動したキンジはごく自然な挙動でグルリと周囲を見渡してみる。この特等エリアは賭け金が最低でも100万もかかり、さらにはただの見物にも別途入場料がかかる場所だ。前もって1千万円分のチップをもらっている俺は問題なく入れるが、とても今も1階でスロットマシーンと睨めっこをしている観光客や若者がホイホイやってこれるような場所ではない。

 

 そのため、ここ2階には大して人はいない。そう踏んでいたキンジの予想に反して、視界の端に大勢の人だかりがあることに気づいた。「ざわ…ざわ…」といった感じでざわついていることから鑑みるに、どうやら誰かが大きな勝負を繰り広げているらしい。

 

 

「ねぇ。ちょっと中、見せてもらっていいかしら?」

「あ、は、はい。どうぞ(な、なんて綺麗な人なんだ……ッ!)」

 

 少しばかり興味のそそられたキンジは今の自分の容姿を利用した実に穏便な方法で見物客の一人に場所を譲ってもらい、騒ぎの中心地を見やる。すると、いかにも本物のIT社長っぽい見目をした男性とレキがルーレットを間に向かい合っていた。

 

 先ほど場所を譲ってくれた心優しい(?)男性から話を聞くに、どうやらこのIT社長っぽい男性はレキに一目ぼれしたらしく、ディーラーをやってるレキを我が物にせんと何度も賭けに参加しているそうだ。だがその結果は負けだらけ。1時間も経たない内に3500万もの大枚を失ったせいか、引くに引けない感じになっているようだ。

 

 

(確かにレキってかなり可愛い方だし、一目ぼれする人がいても当然か。ま、肝心の中身はバトルジャンキー真っ盛りだけど)

 

 主にあのIT社長っぽい男性の身の安全のためにレキは諦めた方がいいのではないかとキンジが心配している間にも、男性は残り手持ちの3500万円全額を(ノワール)に賭け、賭けに勝った際には配当金の代わりにレキをもらうと改めて大胆(ロリコン)宣言を行い、場の盛り上がりに大いに貢献していく。

 

 男性の発言に特に反応しないレキと、目に見えて興奮状態になっちゃってる男性。レキをよく知るキンジからすれば、今のレキが至って平常心で、やけに突っかかってくる男性をどうあしらうか考えを巡らせているのだと何となくわかる。だが、レキと初対面な周囲の見物客からすれば、二人の間に何とも物々しい雰囲気が漂っていると錯覚していることだろう。

 

 

(これはちょっとマズいな……)

 

 これまでの経緯を踏まえれば、あの男性が勝つことはまずないだろう。だけどそれでは大金を一気に失い感情の制御を失ったあの男性が暴れまくるかもしれない。万一にも怪我人が出たら単位に影響が出るかもしれない以上、火種は事前に消しておくべきだろう。

 

 レキはまだ参加締め切り(ノー・モア・ベット)の合図を示していない、ということで場の雰囲気に水を差そうとキンジがルーレットに参加しようとした、その時。

 

 

「あらあらまぁまぁ。何だか面白そうなことになっていますわね」

 

 いかにも高貴さの漂う声が辺り一帯に響いた。キンジが声の発生源へと目を向けると、そこには一人の女性がいた。藍色ストレートの髪を肩にかかる程度にまで伸ばし、淡い水色と白を基調とした清楚なレースワンピースに、室内にも関わらず差している純白のコウモリ傘が特徴的な女性。あたかも中世の西洋を舞台とした絵本の世界から飛び出してきた深窓の令嬢のようなその容姿に周囲の見物客から息を呑む音が漏れる。

 

「この勝負、(わたくし)も参加させてもらいますわ」

 

 多大に気品を感じさせる声とともにスタスタとルーレットへと近づき、「構いませんよね?」と首をコテンと傾けてレキに確認を取る女性。レキが「はい。大丈夫です」と応じると「あらまぁ、それは良かったですわ」と微笑みを浮かべた。

 

 

「ッ!? くッ、貴女は誰だ。このディーラーが狙いなのか?」

「そうお尋ねになるということは、貴方もあの子がお望みかしら? あらまぁ、奇遇ですわね。(わたくし)も配当金なんかよりあの子が目当てなんですの。側近は美女で固めてこそだと思いますもの」

 

 突如乱入してきた女性に見惚れていた男性だが、ハッと我に返ると殺さんばかりの視線をぶつける。一方の女性は男性の渾身の睨みなど気にも留めずに(ルージュ)16番に50枚ものチップを置く。

 

(おいおいおい、何だよこの展開。トラブルの気配しかしないぞ!? 大丈夫か、レキ!?)

 

 乱入者が1枚100万円を示すチップを50枚も積んだこと(それも当たる確率36分の1、配当36倍の場所に)に加え、乱入者も男性と同じく配当金よりレキの身柄を望んでいることに周囲はますます熱を帯びていく。もはや場の空気を盛り下げるどころの話じゃなくなってきたことにキンジはただ一人、内心で焦りを見せる。

 

 

「彼女は絶対に渡さないからな」

「あらあらまぁまぁ、面白い冗談ですわね。いつの間にあの子は貴方の所有物になったのかしら?」

「言ってろ、今に彼女を僕のものにしてみせる」

「あらまぁ、あまりキャンキャン吠えないでもらえるかしら? 躾のなってない野良犬みたいでみっともないですわ」

「……」

「……」

 

 しかし。レキのことを心配するキンジをよそに、目くじらを立てる男性と勝気な表情を浮かべる女性はお互いにバチバチと激しい火花をぶつけ合い、ディーラーのレキは「……それでは時間です」と、参加締め切り(ノー・モア・ベット)の合図たるテーブルを撫でるような仕草を見せる。そして、賭けの対象として扱われている張本人とは思えないレベルの機械的な動作でルーレットを回し、白色の球をルーレット内部に転がした。

 

 その瞬間。まだ結果が決まってない状態にも関わらず、女性がまるで獰猛な肉食獣のようにニィィと口角を吊り上げ、レキの瞳がわずかながら動揺に揺れたのをキンジは見逃さなかった。

 

 

(何だ、今の反応……?)

 

 キンジは二人のおかしな反応に不審さを感じつつも、数字を示す区域の仕切り版の上を飛び跳ねる球の動向を見守る。それから十数秒後。カラカラと転がり続ける白い球はコロンと、赤の16番のマス目に止まった。

 

「マジ、かよ……」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおお――!!」」」」」

 

 女性がレキを目的に赤16番に5000万もの大金を賭け、見事に勝利してみせた。まさかまさかの展開に場の空気はあっという間に最高潮にまで盛り上がる。驚愕に目を見開くキンジ、その場に固まるレキ、ついでにガクッとテーブルに突っ伏す男性を置き去りにして。

 

 

(おい、これどうなるんだよ。……本当に、レキがこの人のものになっちゃうのか?)

「……今、何をしましたか?」

「いえ、(わたくし)()何も。ただ(わたくし)の直感がいつになく冴えわたっていて、貴女の直感が少々鈍っていた、それだけのことですわ。……大変不幸(・・)でしたわね、ディーラーさん」

「……」

「あらまぁ、そんなに怖い顔で睨まないくださいまし。心配せずとも、配当金代わりに貴女を手に入れようだなんてこれっぽっちも思っておりませんのよ? あれは単なる冗談ですわ。それとも、この場合は『その場のノリ』とも言うのかしらね?」

「……そう、ですか」

「あぁ、そうそう。配当金もいりませんわ。こんなに楽しいひと時を過ごしたのは久しぶりですし、そのお礼ということにしてくださいまし」

 

 女性は「それでは失礼いたしますわ」とニコリとレキに微笑みかけ、7000万円を失ったショックで未だ突っ伏したままの男性に「貴方も、好きな人間を手に入れたいのなら強引な方法はいただけませんわ。双方のためにも、無理やり手中に収めようとするのでなく堅実な方法を選ぶことをオススメしますわ」と言葉を残し、それからレキに背を向けて優雅に立ち去っていく。

 

 

「せっかくですし、自己紹介でもいたしましょうか」

 

 周囲の見物客が自主的に女性の通る道を作り、女性がそこを悠然と通り抜ける中。何を思ったのか、ふと立ち止まった女性はクルリと体をレキへと向ける。

 

(わたくし)の名は……そうですわね、パトラ・C。ただの新参者のギャンブラーですわ。またいつか、お会いできる時があるといいですわね」

 

 女性、もといパトラ・Cは自身の名前を伝えてレキにヒラヒラと手を振ったのを最後に、今度こそその場を去っていく。かくして。レキを取り巻く一連の騒ぎはどうにか穏便に収束し、結局何事も起きずに済んだことに安堵の息を吐くキンジだった。

 

 




キンジ→ただいま金子ちゃんのフリをしている熱血女装キャラ。若手のIT女社長の役。後半では思いっきり空気になっちゃってたりする。
白雪→めんどくさがり屋なくせにアリアのために理子の撮影を引き受けた怠惰巫女。バニーガール枠その1。現在、ビデオカメラは理子がしっかりと管理している。
理子→だらけるユッキーを元気づける係に従事しているビビり少女。バニーガール枠その2。全く新しい環境に慣れない中での労働とダラダラユッキーの二重苦に苛まれている。
レキ→原作同様、ごく自然にバニーガール着用を回避したバトルジャンキー。ディーラー役。本人曰く、謎の美女:パトラ・Cに何かされたようだが……?
IT社長っぽい男性→紛うことなき正真正銘の咬ませ犬。原作によると日本のビル・ゲイツとか呼ばれてるらしい(笑)

ふぁもにか「パトラ・C……い、一体何クレオパトラさんなんだ!?」

 というわけで、101話終了です。カジノ「ピラミディオン台場」に乗り込む形でのパトラさんの初登場回でした。もちろん、原作パトラの原型なんてまるでありませんけどね。


 ~おまけ(展開の都合上、カットしたやり取りの一部抜粋)~

アリア「では、よろしくお願いしますね。くれぐれも内密に」
白雪「りょーかい。でも、珍しいね? アーちゃんって人が困るようなことを頼むタイプじゃないと思ってたんだけど、何か訳があるの?」
アリア「ふふふ、ユッキーさん。可愛いは正義、それ以外に何か理由が必要ですか?」
白雪「……なるほどね。うん、私に任せてよ! りーちゃんのあんな姿もこんな姿もしっかりカメラに収めてみせるからさ!」
アリア「朗報を期待しています、ユッキーさん」

 アリアさん、あなた疲れているのよ……。



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102.熱血キンジとジャッカル男


ふぁもにか「……」
ふぁもにか「ダレモイナイナ? |ω・`)チラッ」
ふぁもにか「バレナイヨウニ... | ・_・)o)) ソーッ」
ふぁもにか「ソイヤッ! (ノ ゜Д゜)ノ⌒『102話』 トスッ」
ふぁもにか「ε=ε=ヾ(;゚д゚)/ ニーゲロー」
修羅アリア「ニ・ガ・シ・マ・セ・ン・ヨ?(←ふぁもにかの頭をわし掴みにしつつ)」
ふぁもにか「ぎゃああああああああああああ!? 頭が割れるぅぅううううううう!?」
修羅アリア「長期間、更新をサボった罪は重いのですよ、ふぁもにかさん。さぁ、楽しく愉快な風穴の時間です」

 というわけで。どうも、ふぁもにかです。……ええ、皆さん。大変お久しぶりですね。実に約5カ月ぶりです。いや、言い訳させてください。これは違うんですよ。決してエタっていたわけではないんです。ニコニコ動画にドップリハマってたり、お酒の魅力に憑りつかれたりしたせいでこの作品のことをすっかり忘れてたとか、そんな事情があるわけではないんです、信じてください、この通りです。

 ……ごめんなさい、ウソです。エタってました。執筆活動投げ出してました。全然執筆意欲が湧かなかったがためにこのまま一生エタったままにするつもりだったんですが、リアルで後輩にこの作品の作者だとバレてしまい、加えてその後輩がこの作品を読んでくれていたことが発覚。「先輩、早く続き書いてくださいよぉ」との言葉に込められた有無を言わせぬ期待の眼差しをきっかけに、再びここへと舞い戻ってきた次第です。

 ゆえに。しばらく期間が空いたので文体にそこはかとない違和感が存在したり、ただでさえ改変しているキャラ陣にさらなる違和感が生まれたりするでしょうが、その辺は生暖かい目で見守ってくれたら幸いです。

 あと、98話以降しばらくやってなかった感想返しも今回から復活させようと思います。当時は「感想返しをやらなかったらエタることなく素早い更新を維持できるのでは?」との意図の元、感想を見てニヤニヤするだけで返信することなくスルーしていたけれど、結局エタってましたしね。どっちみち執筆速度に影響が出ないのなら楽しく感想返ししていこうというわけです。

 さて。長々とした前書きはこの辺にして。そろそろ本編に入っていきましょう。どうぞ!



 

 ピラミディオン台場の特等ルーレット・エリアにて。

 

「……」

「レキ、大丈夫か?」

「……」

 

 レキといかにも本物のIT社長っぽい男性との勝負に突如乱入し、場の空気を丸ごとかっさらっていった深窓の令嬢風の女性:パトラ・Cの余波が消えない中。遠山金子に扮するキンジはその場に立ちつくしたままのレキへと歩み寄り、こっそり声をかける。まだチラホラと周囲に存在する人たちに聞こえないよう声を忍ばせるキンジだったが、当のレキはまるで無反応だ。心なしか琥珀色の瞳が険しくなっているような気がする。

 

「レキ」

「……」

「おーい、レキー?」

「……ッ。あぁ、キンジさん。どうしましたか?」

「それはこっちのセリフだ。さっき動揺してたみたいだけど、何があった?」

 

 キンジの問いかけにレキは「見破られてましたか。さすがは私の永遠のライバルです」と誇らしげに言葉を紡ぐ。その後。レキは1つ息を吐くと、険しさを宿した瞳をスッとキンジに向けた。

 

 

「キンジさん。先ほどのパトラ・Cさんのことですが……もし今後彼女と会うようなことがあったら、くれぐれも警戒を怠らないでください」

「それは、どういうことだ?」

「私は特定のマスに好きなように球を入れられます。なので、私はあの時、(ノワール)にも(ルージュ)16番にも入れるつもりはありませんでした。しかし、結果はパトラ・Cさんの勝利に終わりました。……パトラ・Cさんは何らかの方法で私の手先を意図的に狂わせた可能性があります。先のルーレットが、彼女がただの凄腕ギャンブラーで、私が彼女の雰囲気に呑まれた結果というだけなら心配ありませんが、超能力(ステルス)や私の知らない謎の力を使われた可能性が否めません」

「……なるほどな」

 

 レキの言いたいことを理解したキンジは神妙な顔つきを浮かべる。超能力(ステルス)を使えるというのは、それだけで異常なことで、彼女が一般人でない証左だ。加えて、あのパトラ・Cはあの場に大勢いた人たち(※俺やレキ含む)の誰にも悟らせないように超能力(ステルス)を行使した可能性があり、しかもパトラ・Cが善人か悪人かはわからない。確かにこれは警戒してしかるべきだろう。

 

 

「わかった、気をつけ――ッ!?」

 

 心の片隅にレキの言葉を置いたキンジはレキに返事をしようとする。と、ここで。急に背後から荒々しい殺気を感じたキンジは瞬時に真横へと跳ぶ。直後、ついさっきまでキンジのいた場所にズダンと半月型の斧が突き刺さった。

 

「なッ!?」

 

 いきなりすぎる展開を受けて、襲撃者の正体を見ようと視線を斧の持ち主へと向けたキンジは驚愕の声を上げた。無理もない。何せ今まさにキンジを真っ二つにせんと斧を振り下ろした張本人は、まさしく異形だったのだから。

 

 

「グォォォオオオオオオオオオオ!!」

 

 ジャッカルの頭。真紅の鋭い眼光。黒一色でムキムキの筋肉を持つ全身。腰に茶色の短い布を巻いただけの服装。明らかに異常極まりない何者かの襲撃にカジノの客たちはそろって言葉を失う。その後、客の一人が「う、うああああああ!」と裏返った悲鳴とともに覚束ない足を動かして必死に逃げ始めたのを契機にカジノの客たちが蜘蛛の子を散らすようにジャッカル男から逃げゆく中、上記の特徴を兼ね備えたジャッカル男は標的をキンジに定めたまま斧を真横に振るわんとする。

 

 しかし、いつの間にやらテーブル上で狙撃体勢に入っていたレキのドラグノフ狙撃銃で頭を撃ち抜かれたことにより、ジャッカル男は斧を落として背中から倒れ込んだ。

 

 

「な、何なんだ、こいつ……」

 

 仰向けに倒れた直後、溶けるように黒い砂鉄へと姿を変えていくジャッカル男。そして砂鉄の中からおもむろに姿を現し飛び去っていく黒いコガネムシ。まるでわけのわからない状況にただただキンジが戦慄する一方、レキは「キンジさん。気を抜かないでください。まだいます」とキンジに周囲を見渡すよう喚起する。

 

「……おいおい、マジかよ」

 

 レキに促される形で周囲へと視線を移したキンジは思わずため息を吐いた。いつの間にか20体は裕に超える数のジャッカル男たちに取り囲まれていたからだ。四方八方から振るわれる斧に気をつけないといけない現状は非常によろしくない。そのような考えの元、キンジは目線でレキに、ジャッカル男たちの包囲網を抜け出すことを伝える。

 

「レキ、正面突破だ。いくぞ。1、2――3!」

 

 キンジの方針を受け入れたレキがテーブルから飛び降りつつコクリとうなずくのを確認すると、キンジは合図とともに懐から拳銃を取り出し眼前のジャッカル男の頭を撃ち抜く。そして。キンジは軽く跳躍し、バランスを崩して後ろに倒れそうになったジャッカル男の頭部に小太刀を突き刺し、勢いのままに無理やり背中から倒れさせた。

 

「キンジさん!」

 

 キンジが切り開いた道を速やかに通り抜けたレキは、黒い砂鉄と化したジャッカル男の上に着地したキンジの背後から斧を振り下ろさんとする2体のジャッカル男の存在を知らせんとキンジの名を呼ぶ。対するキンジは「わかってる!」と即座に回避行動を取ろうした、その時。

 

 突如、スルリとキンジの前方に割って入ってきた2人のバニーガールの銃撃&斬撃で頭部に風穴を開けられたことにより、2体のジャッカル男はあっけなく砂鉄へと還ることとなった。

 

 

「だ、だだだだ大丈夫ッ!? キンジくん、レキさん!」

「二人とも、怪我とかしてないよね?」

 

 新たに倒された2体のジャッカル男の成れの果てからまた例の黒いコガネムシがビビビッと飛び立っていく中。視線は前方のジャッカル男の軍勢に注いだまま、キンジとレキの安否を尋ねる白雪&理子。どうやら2階での騒ぎを聞きつけてここまでやってきたらしい。キンジが自分もレキも無傷だと伝えると2人はホッと胸をなでおろした。

 

「ユッキー、理子。ここに来て大丈夫なのか? 一階はどうなってんだ?」

「し、心配ないよ、キンジくん。一階にいたのはボクたちが倒したから、もうあの異形はいない。パニックになってる人たちの避難誘導は店員さんに任せたから、大丈夫だよ。……た、多分」

「そーゆーこと。にしても、りーちゃんのナイフ、結構使いやすいね。私の超能力(ステルス)じゃ相性悪いみたいだから、助かったよ」

 

 白雪と理子の加勢が入った影響か、がむしゃらに攻め入ることなくジリジリと距離を詰めつつ様子をうかがい始めたジャッカル男勢を前に。キンジの問いかけに理子は心配ないと言いつつ不安に満ち満ちた口調で返答し、白雪はクルクルと2本の漆黒のナイフを指先で遊ばせる。まだまだ得体の知れない異形のジャッカル男たちを相手に、何とも余裕な態度である。

 

「ん? ユッキー? 色金殺女(イロカネアヤメ)はどうしたんだ?」

 

 と、ここで。ふと白雪の手に色金殺女(イロカネアヤメ)でなく理子の武器が握られていることに疑問の声を漏らしたキンジに、白雪は「あ、あー。あれは、ね。この前里帰りした時に神社に没収されちゃったんだ、エヘッ」と、一旦視線をキンジから逸らした後に可愛らしい笑みを浮かべる。その後。白雪は「そんなことより」と前を鋭く見据え、キンジたちに前を注視するよう促す。

 

 

「皆、気をつけて。これは蟲人形(むしひとがた)。うかつに中身に触れると呪われちゃう……って前にこなちゃんが言ってた」

「中身? それって、こいつらの体から出てきた黒いコガネムシみたいなのか?」

「うん。多分それ。絶対触らないでね。殺すのもダメだよ」

「わかった」

 

 かなり強めの口調で忠告を出す白雪にキンジは神妙にうなずく。正直な所、蟲人形だとか呪われるとか、二次元の世界でなければそうそう聞くことのない単語を言われてもどうにもピンとこないキンジだったが、超常的な知識や技術を研究する超能力捜査研究科を専攻している白雪の言葉であるため、キンジはすぐさま眼前のジャッカル男への危険度判定を上方修正する。

 

「え、黒いコガネムシ? それって、まさか……」

「峰さん、どうしましたか?」

「ふぇッ!? ああああいいいや、何でもない! 何でもないよ、レキさん! さーて、早くこの操り人形たちを退治して騒ぎを治めないとね、うん! このままだと白雪さんの単位にも影響出ちゃいそうだし!」

 

 何かに気づいたらしい理子にレキが声をかけると、理子はビクンと肩を震わせたかと思うと、拳銃を持つ両手をギュッと握りしめ、あからさまに話題逸らしにかかる。レキは明らかに挙動不審な理子に無表情のままただただ視線を注ぎ続けるも、成果を得られないと判断し「……まぁいいでしょう」と視線をジャッカル男勢へと戻す。

 

 

「一階のことを気にしなくていいのなら、話は簡単です。目の前の異形と思う存分、遊べるわけですね。楽しみです」

 

 レキはその身に秘める殺気を自重せずに解放し、ドラグノフの銃口をわずかに上げる。その瞳には何の感情も映していないはずが、キンジには新しい玩具を見つけた無邪気で残酷な子供特有の爛々とした瞳を幻想させた。

 

 ズワリと蠢く殺気を解放したレキにキンジが内心でビビり、理子が「ひぅあ!?」と素っ頓狂な悲鳴を上げる中。殺気なんてものを感じなさそうな存在であるはずのジャッカル男勢は総じて一歩後ずさるも、「グォォォオオオオオオ!!」と己を鼓舞するかのような咆哮とともに一斉にキンジたちに襲いかかってきた。

 

 一度でも喰らってしまえば確実に死ぬであろう斧撃。しかし、力のままに振るわれるだけで何の技術も付随していない斧に命を刈り取られる強襲科(アサルト)Sランク武偵でも、大怪盗:アルセーヌ・リュパンのひ孫でも、狙撃科(スナイプ)Sランク武偵でも、星伽の武装巫女でもない。

 

 時折、ジャッカル男たちがプロのボクサー並みの俊敏力を発揮して攻撃を仕掛けてこようと、人外領域に片足突っ込んでいる面々からすればまるで関係ない。キンジたちは皆、危なげなくジャッカル男たちの繰り出す斧を回避し、己の武器を駆使して着実にジャッカル男たちにダメージを与え、次々とジャッカル男たちを倒していく。黒の砂塵へと還していく。

 

 

 ――その、はずだった。

 

 

 ジャッカル男たちの膝を撃ち抜く形で行動を制限させ、白雪たちがトドメを刺しやすくする役目を自ら率先して担っていたキンジの視界にふと入ったのは――「ひぃぃぃ!」と怯えた声を上げつつもジャッカル男たちの数の利に任せた攻撃をかわして反撃する理子と、理子の右側から斧を振り下ろさんとするジャッカル男の姿だった。

 

「理子ッ! 右だ!」

「ふぇっ!?」

 

 キンジは理子の元へと一直線に駆けつつ右手の拳銃の引き金を引き、理子が相手していたジャッカル男の頭を複数の銃弾で撃ち抜く。そして。キンジの声にビクリと身を縮こまらせる理子の右サイドに己の体を割り込ませると、キンジは目前に迫った斧の側面に左手の小太刀を押し当てて、ジャッカル男の斧の軌道を大幅にズラした。

 

「うひゃ!? い、いつの間に……!?」

 

 キンジの妨害の影響で斧を床につき刺し、懐が隙だらけになったジャッカル男の胴体をキンジは小太刀で薙ぎ、ジャッカル男の上半身と下半身とを離れ離れにする形で撃破する。その一方で、理子はズガンと床を大いに震わせて突き刺さった斧を驚愕の眼差しで見つめて、わなわなと体を震わせる。どうやら理子は今の今まで自身の右側から迫ってきていたジャッカル男の存在に気づいていなかったようだ。

 

 

(おかしい)

 

 キンジは怪訝な顔で理子に視線を注ぐ。そう、おかしいのだ。いつもの理子であれば、ビビりな性格を起因とした、常軌を逸した危機察知&回避能力を持つ理子であれば、今のジャッカル男の攻撃程度、気づけないはずがないのだ。なのに、理子は今、確かにジャッカル男の振り下ろす斧を見逃していた。

 

(どういうことだ?)

 

 キンジは違和感の正体を探らんと、ジャッカル男の攻撃を適当に処理しつつ、理子の一挙手一投足を観察する。そうして観察した所、大して時間が経たない内にキンジは気づいた。理子が必要以上に体を回転させて周囲の様子を視界に入れていることに。右側からの攻撃への反応が目に見えて遅れていることに。

 

(可能性はいくつか挙げられるけど、最も可能性がありそうなのは――)

「理子。お前さ、もしかして今、右目が見えないのか?」

「うぇ!? え、ちょっ、えーと、その……な、ナンノコトカナァー?」

 

 キンジが己が導き出した一つの可能性をそのまま理子にぶつけると、理子はしどろもどろな様子で言葉を紡ぎ、バシャバシャと目を存分に泳がせた状態で白を切ろうとする。

 

 誰であろうと図星を指されてうろたえているとまるわかりな理子の姿にキンジが「OK。右目が見えないんだな。よーくわかった」と棒読み気味に呟くと、戦場にも関わらず理子は「う、うぅ……」と顔をうつむかせる。そのしょぼーんとした理子の姿は、キンジに得も言われぬ罪悪感を抱え込ませるに十分すぎるものだった。

 

 

「ったく、見えないんなら見えないって先に言ってくれ。じゃないと、俺が理子を上手く守れないだろ?」

「ご、ごめんね。キンジくん」

「わかればいい。で、それは何かの病気なのか? というか、いつから見えなくなってた?」

「いや、これは病気とかそういうのじゃなくて、きっとあの人の呪い――ッ! 来るよ!」

 

 理子がキンジの問いに返答しようとした最中、5体のジャッカル男勢が一斉に迫ってくるのを前に理子は二丁の拳銃を構える。おそらく戦場でそれなりに長々と会話をしていたキンジと理子を狙い目だと感じたがゆえの行動なのだろう。

 

(その考えはわからなくもないが……あの2人をスルーするのは愚策だったな)

 

 理子に数秒遅れて右手に拳銃、左手に小太刀を構えるキンジだったが、ジャッカル男5体の背後へとレキと白雪が一気に距離を詰めている姿を見つけたため、眼前のジャッカル男たちから視線を外して周囲の様子を一瞥しにかかる。はたして、5体のジャッカル男たちは無防備なキンジに斧を突き立てる前に、レキと白雪のオーバーキルな攻撃に召されることとなった。

 

 

「随分数が少なくなったみたいだな」

(これなら後1分もあれば全部片づけられるか?)

 

 精々7,8体しか生き残っていないジャッカル男たちを見やり独り言を漏らすキンジだったが、その時。視界の端に1体のジャッカル男を捉えた。「オオオォォォオオオーーン!!」と遠吠えを上げながら窓へと疾走しているジャッカル男の姿を。

 

「あいつ、まさか!?」

 

 キンジがそのジャッカル男の意図を理解したと同時に、ジャッカル男はダンッと足を強く踏みしめて前方の窓へとジャンプし、体当たりで窓を粉々に粉砕していく。パラパラと落ちていく窓ガラスの破片を引き連れてピラミッドの斜面を滑り降りていく。

 

 

「ユッキー、理子、レキ! 俺はあいつを追う! ここは任せたぞ!」

「あい!」

「う、うん!」

「了解です」

 

 死の恐怖なんてないはずの蟲人形の、屋外への全力逃走。ここへきてピラミディオン台場で発生中のジャッカル男たちの襲撃のことなど知らない屋外の一般市民に被害が及ぶ可能性が浮上したため、キンジはこの場を3人に任せて戦場から逃げ出したジャッカル男の後を急いで追い始める。

 

 

 この時。なぜか得体の知れない胸騒ぎを感じ始めるキンジなのだった。

 

 




キンジ→すっかり遠山金子としての演技を忘れている熱血キャラ。そのため、2階から逃げ遅れ、テーブルの下でガクブルしながら隠れていたカジノの客に『オレっ娘』と認識されてたりする。
白雪→実は原作通り、色金殺女を星伽神社に没収されていた怠惰巫女。理子から借りた2本のナイフを自由自在に使いこなせる柔軟性を持つ。ちなみに『こなちゃん』とは星伽粉雪のこと。
( ゚∀゚)o彡゚こなちゃん! こなちゃん!
理子→右目が見えないのを隠して必死に戦っていたビビり少女。この件の伏線は既に92話で張っていたりする。主人公に窮地を救われるとか、これはもうメインヒロインの座を手に入れちゃってますわ。やったね、りこりん。
レキ→味方をも震え上がらせるほどの殺気を放てるバトルジャンキー。前話の一件の影響でパトラ・Cさんに苦手意識を抱いていたりする。

 というわけで。原作とあまり相違がなく、どこか面白みに欠ける102話終了です。しばらく更新途絶えさせてたせいか、本編に上手いことギャグを放り込めませんね。ここはやっぱりジャッカル男たちに全力でギャグやらせるべきだったんでしょうかね? ジャッカル男たち全員にアームストロング少佐ばりの行動させるべきだったんでしょうかね? 後悔は尽きない。


 ~ちょっとしたおまけ(わかる人にはわかるネタ)~

 キンジがカジノの外へ逃げ出したジャッカル男を追ってから、数分後のこと。
 白雪、レキ、理子の3人は3体のジャッカル男たちと対峙していた。

レキ「残りはあの3体だけですね」
理子「う、うん。でも、あの3体、凄くしぶといよ? さっきから銃弾浴びせてるのに、全然倒れてくれないもん」
白雪「凄くしぶといのもそうだけど……あの蟲人形、かなり異質だよね。さっきから謎のポーズ取ってるし」

 3人は攻めあぐねていた。というのも、3体のジャッカル男たちがおかしなポーズを取っていたからだ。具体的には、「コロンビア」と回答して見事正解しドヤ顔でガッツポーズしたかのような体勢のジャッカル男を中央に据え、残る2体のジャッカル男が左右から全体重を預けるようにもたれかかるポーズを取っていたからだ。

理子「ど、どうする?」
レキ「いつまでも膠着状態では何も始まりませんし、こちらから仕掛け――来ます!」

 奇妙なポーズを取ったまま動こうとしない3体のジャッカル男にレキが痺れを切らし始めた、まさにその時。3体のジャッカル男に動きが生じた。

 3人がわずかな動作も見逃すまいとジャッカル男たちの様子を注視する中。ジャッカル男3体は最期の力を振り絞ってポーズを変えた。両手を頭の後ろで組み、片足を踏み出し、胸筋を見せびらかすように胸を張るポーズへと切り替えた。


 ――すてきだった。


 ジャッカル男3体の体がボロボロと崩れ落ち、砂塵と化す中。
 なぜか、3人の脳裏に共通の感想が浮かぶのだった。


 元ネタが気になる人は『けっかいトリオ』で検索してみよう!
 きっと、素敵な気持ちになれるはず。


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103.熱血キンジと隙を生じぬ二段構え


 どうも、ふぁもにかです。今回はサブタイトルから色々と妄想が膨らむんじゃないかと思われます。にしても、この作品って結構多くの人たちが続きを待っててくれてたんですね。感想欄見ていて、改めて思い知らされました。この作品の愛されようが、非常に嬉しいですぜ。



 

 遠山キンジはカジノ「ピラミディオン台場」へ襲撃を仕掛けながら己の不利を悟って全力ダッシュで逃げ出したジャッカル男を追いかけていた。『最後のガラスをぶち破れ』と言わんばかりにカジノの窓を破壊して屋外へ逃亡したジャッカル男を追って、ピラミディオン台場を後にしていた。

 

(チィッ、思ったより早いな……!)

 

 キンジは内心、焦りを募らせていた。無理もない。ジャッカル男との距離を一向に詰められないのだ。それどころか、プロの短距離走者を彷彿とさせるほどに綺麗なフォームで走るジャッカル男との距離を徐々に離されているからだ。

 

 キンジは人間で、それゆえに体力には限界がある。蟲人形で、無限の体力を持っているであろうジャッカル男に追いつけない現状が続いてしまっては、いずれ逃げきられてしまう。

 

 どこか近くに都合よく自転車なりバイクなり車なりが転がってないだろうか。周囲の人々が得体の知れないジャッカル男の全力疾走に怯えて蜘蛛の子を散らすようにその場から退散する中、キンジは四方八方に視線を配りつつ、ジャッカル男に突き放されないように必死にくらいついていく。

 

 

「え」

 

 と、その時。ふと、キンジの前方に非常に見覚えのある桃髪ツインテールをたなびかせた幼児体型保持者の姿が移った。その人物は地面に視線を注ぎ物思いにふけりながらトテトテと歩いていたようだが、ズダダダダと重苦しい足音を立てて迫ってくるジャッカル男の存在に気づき、真紅の瞳でその姿をはっきりと射抜く。

 

「アリア!?」

(え、なんでここにいるんだよ、アリア!?)

 

 ジャッカル男の進行方向にアリアがいることにキンジは驚愕の声を上げる。というのも、キンジは本日、カジノ警備を行うにあたって自宅で未だ眠るカナのことをアリアに任せていたからだ。なのに、アリアがなぜか外出している。いつもの武偵高の女子制服姿でここまで赴いている。その事実を前にして、どういうわけか、先ほどから感じてやまない胸騒ぎが止まるどころか、加速度的に深まっていく感覚にキンジは襲われた。

 

「……今は大事な考え事をしているんです。邪魔しないでください」

 

 一方。ジャッカルの頭とムキムキな人間の体とを兼ね備えた異形を視界に捉えたアリアは苛立ち気味に呟くと、懐から二丁のガバメントを取り出す。巨体の化け物が迫っているというのにまるで焦ることなく、ジャッカル男の両膝をダダンと撃ち抜き、バランスを崩したジャッカル男の脳天目がけてダンと止めの銃弾を放つ。

 

 

「まさかここで会うとは思わなかったよ。アリア」

「え? えーと、どなたですか……って、あぁ、キンジですか。女装してること、すっかり忘れてました」

 

 例のごとくジャッカル男が砂鉄の小山に還り、その中から黒いコガネムシが飛んでいく中。アリアの元まで辿り着いたキンジが息を整えつつアリアに声をかけると、対するアリアは一瞬『誰ですか、この人。随分馴れ馴れしいですね』と言わんばかりの眼差しをキンジに向けた後に、合点がいったと言わんばかりに言葉を紡ぐ。

 

「忘れてたって、おい……」

「それにしても、やっぱり女装姿が様になってますね、遠山金子さん。ホント、貴方を見ていると女性としての自信を完膚なきまでに叩き潰されてしまいそうです」

 

 アリアはキンジの言葉をスルーすると、切れ長の瞳が特徴的なクール系の若手IT女社長に扮するキンジの全身を改めてまじまじと眺める。そうして、「ほぅ」と感嘆の息を零しつつキンジの容姿を絶賛するアリアにキンジは割とマジな口調で「その呼び方はやめてくれ。俺の男としての矜持がゴリゴリ削れてくから」とお願いした。兄と違って、キンジはまだ、自分が女装が似合うという事実を受け入れきれていないのである。

 

「わかりました。今日はこの辺にしておきましょう」

「今日は、かよ。まぁいいや。それよりどうしてここにいるんだ、アリア?」

「……実はですね、今朝キンジたちが出かけた後に、松本屋の取締役全員に緊急招集が掛けられましてね。私もオブザーバーとして招待されたので、会議に参加して、今後の企業戦略に少々物申してきた所です。今回の敵対的買収は何が何でも絶対に受け入れるわけにはいきませんからね」

「お、おう」

(お、おいおい、凄いなアリア。いつの間に松本屋の経営方針に口出しできるようになってんだよ。これもう事実上、アリアが松本屋の会長職乗っ取ったも同然なんじゃないか?)

 

 アリアはキンジの問いを受けて不機嫌そうに眉を寄せつつ、松本屋の緊急取締役会に参加した旨を口にする。そのアリアの答えにキンジが内心で戦慄していると、ふとアリアの透き通ったかのような真紅の瞳から光がスッと消え去った。

 

 

「全く、滝本発展屋の連中め、私を直接脅しにかかるだけでなく、このような下劣な戦略を取ってくるとは……そろそろ松本屋(こちら)も本格的な行動に打って出るべきでしょうね。松本屋(こちら)を舐めてかかり、調子に乗っている滝本発展屋(エネミー)どもを殲滅する必要があります。どうしてくれましょうか。やはり目には目を、歯には歯を。ここは滝本発展屋(エネミー)が仕掛けてきたのと全く同じ策を講じて、意趣返しといきましょうか。松本屋(こちら)に手を出した過去の己を、存分に後悔させてやるのです。ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふ――」

「ア、アアアリア!? とりあえず落ち着けって! 目がやたら据わってて怖いから! すごく怖いから!」

 

 光が消え去り、据わりきった瞳。ブツブツと非常に物騒なことを口走る唇。やけに底冷えする声。心なしか、ブラド並みに凶悪極まりない笑みを浮かべる表情。好きな異性が目の前で思いっきり豹変したことにキンジは動揺のままにアリアの両肩を掴んでガクガクと前後に揺さぶる。すると、幸いなことに、すぐに正気を取り戻したらしいアリアが「っと、すみません。少し平静を失ってました」とペコリと頭を下げた。

 

「あぁ、そうそう。金一さんのことなら心配ありませんよ、キンジ。留守の間は武藤さんにお願いして見てもらってますから」

「そ、そうか。ならよかった」

「それで、キンジの方こそどうしたんですか? 見た所、このゴレムを追ってここまでやってきたようですが、何がどうしてこのような状態になっているんですか?」

「あぁ、それは――」

 

 アリアがカナのことを忘れずにちゃんと信頼のおける他人に任せていたことにホッと安堵したキンジはアリアから投げかけられた問いを前に、先の一件を脳内で整理する意味合いも兼ねてカジノで起こった一連の出来事を簡潔に伝えていった。

 

 

「しかし、改めて状況を整理してみると、わからないな。どうしてあそこは襲撃されたんだ?」

 

 アリアに一旦すべて話し終えた後。キンジはふと脳内に浮かんだ疑問を口に出す。いきなり襲撃を仕掛けてきたジャッカル男たちは誰か特定の客を狙っているようには見えなかったし、お金目的にも感じられなかった。

 

 奴らがまず第一に俺を狙ったとはいえ、だからといって俺の殺害が目的だと決めつけるのも早計だ。というのも、ジャッカル男たちは一階にも放たれていたようだし、わざわざ人目につくカジノで俺の殺害を目論む理由はないからだ。加えて、すぐ側にレキがいる状態で俺を殺そうとするのも何とも不自然だからだ。俺を殺したいのならもっと殺りやすい場所で、俺が一人の時に殺ればいいだけの話だからな。

 

「そうですか? そう難しくない話だと思いますが?」

「そうなのか?」

「はい。今回の一件は大方、エジプトの国粋主義者が雇った超能力者が主犯かと思われます。ピラミッド型の建造物をカジノとして利用するなんてことは、愛国心あふれる彼らには冒涜もいい所ですしね。言ってしまえば、外国人が自国の国旗を燃やして狂喜乱舞する映像を見た時のような気持ちになったのでしょう」

 

 キンジはアリアの例示まじりの推理に「あぁ、なるほど。そりゃ襲撃したくもなるか」とうなずく。それだけ、アリアの理論展開がキンジの心にストンと収まったのだ。なのに。だというのに。キンジの胸騒ぎは未だ収まらない。止む気配はない。

 

 

(ったく、一体何だっていうんだ)

「なぁ、アリア? 話しは変わるけど、それの名前ってゴレムでいいのか? ユッキーは蟲人形って言ってたけど?」

「……ゴレムを知らないのですか、キンジ?」

 

 キンジははやる心を落ち着けるために先ほどから気になっていた件についてアリアに尋ねる。結果、「こんな一般常識も知らないのか」とでも言いたげなアリアのジト目が返ってきたため、キンジは「悪かったな、知らなくて」と顔を背ける。すると、キンジの怒りメーターが上昇したと判断したアリアは「あぁいえ。そういう馬鹿にする意味でいったわけではなくて、キンジは博識なイメージだったので、つい」と釈明した。

 

「ゴレムも蟲人形も等しく、超能力で動く操り人形を指し示す言葉です。他にも、日本では式神、土偶、埴輪、欧米ではブードゥーと呼ばれたりしますね。なので、キンジの呼びやすい名前で呼べばいいんじゃないですか?」

「なるほど、よくわかった。ありがと、アリア」

(じゃあゴレムでいいか)

 

 アリアの簡潔な説明にキンジが感謝の言葉を送った、まさにその時。キンジとアリアの元に等しく降り注いでいたはずの日光が、アリアの元にだけ届かなくなった。アリアを覆うように影が生まれた。いち早く異変を察したキンジがアリアの頭上を見上げると、今にもアリアに爪を突き立てんとアリアの背後から飛びかかるジャッカル男の姿があった。そのジャッカル男は、今までキンジが対峙してきたどのジャッカル男よりも一回り大きかった。

 

 

(なッ!? いつの間に!?)

「アリア!」

「わかってます!」

 

 アリアはキンジに名前を呼ばれるよりも早く背後へと振り向き、瞬時に取り出した二丁のガバメントでジャッカル男の頭部を何度も撃ち抜いた。結果、ジャッカル男はこれまでと同様に黒い砂鉄へと回帰する、そのはずだった。

 

「は?」

「え?」

 

 キンジとアリアは事態がまるで飲み込めないと言いたげにジャッカル男を見つめていた。無理もない。なぜなら、アリアに襲いかからんとしていたジャッカル男に中身(・・)が存在したからだ。砂人形でしかないはずのジャッカル男を構成する砂鉄が崩れ落ち、砂鉄を操っていたであろう黒いコガネムシが飛び去っていった時、その砂の中から一匹の成獣(・・)が現れたからだ。

 

 

「グァァァァアアアアアアウッ!」

「いッ!?」

 

 その成獣はアリアが困惑したまま動かないことを良いことに、アリアの頭部に前足を押しつけ、そのままドシャとコンクリート地面に叩きつける。100キロは超えていそうな巨体と重力を存分に利用し、コンクリートごと粉砕せんとばかりに容赦なくアリアを顔から地面に叩きつけたことで、アリアを中心とした放射線状に、コンクリート地面にビシリとヒビが生まれた。

 

「アリアッ!?」

 

 と、ここで。ハッと我に返ったキンジはアリアを前足で押し潰したままガルルルと自分を威嚇してくる成獣を見据える。銀色の体毛に荒々しさを隠そうともしないオーラ。これらの特徴を併せ持った存在にキンジは覚えがあった。

 

 

 コーカサスハクギンオオカミ。以前、キンジがアリアと理子との3人がかりで何とか撃破したブラドの下僕として活動していた存在だ。

 

 

(どういうことだ!? どうして、あのオオカミがここにいる!?)

 

 ジャッカル男に扮したコーカサスハクギンオオカミに不意打ちを喰らわされた。その事実にキンジの脳裏に疑問が突き上がる。ブラドという名のご主人様が捕まった以上、下僕という鎖から解放されてとっくに離散したはずのオオカミが、どうして今になってアリアを襲い、こうして敵意むき出しで唸っているのか。

 

(――って、今はそんなこと考えてる場合じゃない! 早くアリアを助けないと!)

 

 アリアを踏み潰したままのオオカミの前足から徐々にアリアの血が漏れ出ていることに気づいたキンジは事は一刻を争うかもしれないとオオカミに迷わず発砲する。が、オオカミがその場を飛び退いたことで銃弾は空を切り裂くのみとなった。

 

 キンジはなぜか自身に背を向けて走り去っていくオオカミの存在に最大限警戒を払いつつ、アリアの容体を確かめるためにアリアの元へと急ごうと足を動かす。あれだけ勢いよく地面に叩きつけられた以上、軽い怪我で済んでいるとは思えない。首の骨が折れていたっておかしくないし、最悪――死んでいてもおかしくない。

 

(そんなわけあるか! アリアはこんなことで死ぬような奴じゃない!)

「アリア! 大丈夫か!?」

 

 オオカミの足が外れてもなお、ピクリとも動かないアリアを前に最悪の状況が思い浮かぶも、キンジは即座に振り払う。振り払って、アリアの元へ駆けつけようとした、その時。どこからともなく颯爽と現れたジャッカル男がアリアの体を脇に抱えるようにして持ち、キンジに背を向けながらもこれまた颯爽と去っていった。

 

 

「ッ! 待て! 待てよおい!」

 

 ドンドン遠く小さくなっていくジャッカル男の背中。キンジはアリアを奪われてなるものかとジャッカル男を追いかけつつ、彼の両膝目がけて銃弾を放つ。が、後ろに目でもついているのか、アリアを抱えたジャッカル男は華麗なジャンプで銃弾を軽くかわしていく。眼前のジャッカル男の性能がこれまでのと段違いなのは火を見るよりも明らかだった。

 

 このままじゃあアリアが攫われる。なすすべもなくパートナーを奪われてしまう。キンジの中の焦燥感が膨れに膨れようとしている中、キンジとの距離を着実に離していたジャッカル男が唐突に立ち止まり、片膝をついて頭を下げる。その隣では、先ほどアリアに強烈な一撃を加えたオオカミが伏せのポーズを取り頭を垂れていた。

 

 アリアを脇に抱えたジャッカル男とオオカミが頭を上げて敬意と服従の意を示す先。その先に、ジャッカル男の肩に一人の女性がちょこんと座っていた。

 

 

「ごきげんよう、遠山キンジさん」

 

 肩にかかる程度の藍色ストレートの髪、濃い目のアメジストの瞳、淡い水色と白を基調とした清楚なレースワンピース、純白のコウモリ傘。上記の要素を兼ね備えた女性ことパトラ・Cが、自身の元までたどり着いたキンジを上から見下ろし、ニコリと柔和な微笑みとともに挨拶を送る。

 

 状況が状況でなければ、相手が相手でなければ、容易に相手を骨抜きにできそうなパトラ・Cの笑み。しかしキンジは逆に己の警戒心メーターを最大限にまで繰り上げていた。

 

 

――キンジさん。先ほどのパトラ・Cさんのことですが……もし今後彼女と会うようなことがあったら、くれぐれも警戒を怠らないでください

 

 この時、キンジの脳裏にレキの言葉がよみがえる。同時に、キンジの第六感が、先ほどから続く胸騒ぎの原因が目の前のパトラ・Cによるものだと声高に告げているのだった。

 

 




キンジ→今回はいい所がまるでない熱血キャラ。今はこんなでも近い内にこれでもかと輝いてくれるはず。だって主人公だもの。
アリア→せっかく久しぶりに出番をもらったかと思ったら早速顔面をコンクリート地面にグシャッと叩きつけられるというむごい仕打ちを受けたメインヒロイン。ただいま絶賛気絶中。とはいえ、メインヒロイン補正で顔面に傷は残らないようになっている辺り、不幸中の幸いか。
パトラ・C→原作以上のカリスマを携えて悠然と登場したお嬢さま口調の子。なぜかブラドが恐怖政治で使役していたコーカサスハクギンオオカミを下僕として従えている模様。一体何クレオパトラさんなんでしょうねぇ。


オオカミ「砂の中からこんにちワン!」

 というわけで、103話終了です。まさかのワンちゃん再登場。そしてせっかく出番をもらえたアリアさんが早速退場☆の巻でしたね。

 いや、違うんよ。別に私がアリアさんに悪意を持って接してるわけやないんよ。ただ、ただな。原作沿いに物事を進めると自然とアリアさんが不遇になっちゃうだけなんよ。私は悪くねぇ! 悪いのは原作者だ! なので、アリアさんファンの方々、本当にごめんなさい。


 ~おまけ(その1 ネタ:人選を間違えるアリア)~

「あぁ、そうそう。金一さんのことなら心配ありませんよ、キンジ。留守の間は中空知さんにお願いして見てもらってますから」
「……いや、いやいやいや。今のアリアの言葉のせいで余計に兄さんが心配になってきたんだけど」
(え、アリア? なんでよりによってその人に兄さん任せちゃうの? だ、だだだ大丈夫だよな? 兄さん、中空知の実験道具にされてないよな? あの中空知が、三次元では非常に珍しい男の娘をスルーするとは思えないんだけど?)

 名前を出すだけでネタになるって、凄まじい才能だと思うの。


 ~おまけ(その2 ネタ:肉球厨アリア)~

 アリアの顔面にオオカミの前足が当たった時。
 アリアは以下のようなことをつらつらと考えていた、かもしれない。

アリア(マズい、このままでは押しつぶされてしまいます! どうにかしてこのオオカミの肉球から逃れなくては! ……にしても、こ、これが犬の肉球ですか。もふもふしてて、むきゅむきゅしてて、ふにふにぷにゃぷにゃしてて……はふぅ。思ったより気持ちいいですね、これ。匂いも爽やかですし、頭に爪が突き刺さってて凄く痛いことを差し引いても中々に病みつきになりそうな感触です。まるで高級羽根布団に頭を埋めた時のよう。ずっとこのままの状態でいたいくらいです。……今の今まで猫の肉球こそ至高、その他の動物が持つ肉球は総じて邪道と考えてきましたが、ふふふ、猫科生物の最終兵器の異名を持つだけあって、肉球の心地よさは犬であろうとダテではありませんね。これまで犬は毛嫌いしてきましたが、こんなに人を惹きつける肉球を持っている以上、犬派を否定する考えはこの際改める必要がありそうですね。犬のことならユッキーさんですし、ユッキーさんに犬の肉球について色々と指南していただきましょうか? ……いえ、ダメです。何も知識が入ってない状態でただユッキーさんから犬の知識をいたずらに求めてはそれはただの努力をしないクレクレ人間と変わりありません。ユッキーさんに『ワクワク☆ドキドキ 犬の肉球講座』の講師を頼む前に、まずは自主的に情報収集するべきでしょう。確か、『わんわんおー』でしたか? あの延々と『わんわんおー』と言うだけの狂気のOPを採用しているアニメを1から見て犬への理解を深めるのが手っ取り早そうですね。あ、そういえば理子さんが『わんわんおー』の原作を持っているという話でしたね、確か。別にアニメを否定するわけではありませんが、まずは原作からアプローチした方がより犬についての造詣を深めることができましょう。そうと決まれば善は急げです。今度、理子さんから原作を借りなければいけませんね。それがダメだった場合はお店で借りるかネットカフェでも利用しましょうか。……って、ヤバい。なに長々と呑気に考えちゃってるんですか、私!? 今の状況わかってます!? 早くこのオオカミの肉球から逃げないとコンクリートに頭を叩きつけられちゃうんですよ!? さっさと逃げないと下手したら死んでしま――って、そういえば、どうして私はこうも長々と肉球を堪能できているのでしょうか? もしかして、時間の流れが遅くなっちゃってます? ……あれ、こういうのって確か死亡フラ――いッ!?)

 ドシャ! ←アリアが地面に叩きつけられた音

キンジ「アリアッ!?」

 肉球厨、それは猫科生物の肉球の感触を堪能するためならいかなる手段も厭わないキチガ……コホン。愛好家集団を指し示す言葉である。


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104.熱血キンジと魔女の手のひら


パトラ「あらまぁ。画面の向こうの皆様方、ごきげんよう」

 というわけで。どうも、ふぁもにかです。今回はサブタイトルからお察しの通り、パトラさんが己の脅威を存分に発揮する回です。原作4巻においては、凄まじく強力で使い勝手の良さそうな素晴らしい超能力を持っているのに、無能力者の分際で何かもうテラ強い金一お兄様のせいでかませ犬と化した可哀想なキャラですからね。てことで、頑張れパトラ。それゆけパトラ。



 

 カジノ「ピラミディオン台場」から少々離れた路上にて。

 

「ごきげんよう、遠山キンジさん」

 

 砂鉄でその体を構築したジャッカル男の肩にちょこんと腰を下ろした女性、パトラ・Cがフッと聖母のごとき微笑みを浮かべてキンジを見下ろす。先ほどアリアを押しつぶしたオオカミとアリアを脇に抱えたジャッカル男に頭を下げさせる眼前の女性を前にして、キンジは警戒の念を最大限にまで強めていた。

 

 当然だ。目の前の光景から、砂人形たるジャッカル男を操っている人物が、ブラドの下僕だったはずのオオカミを従わせている人物がパトラ・Cなのは明白で。それはつまり、カジノを襲撃し、今現在アリアをかっ攫おうとしている首謀者がパトラ・Cであることと同義だからだ。

 

 

「先ほどもお目にしましたけれど……実に凛々しく可愛らしいお姿ですわね。全く、貴方たち兄弟はどうしてこうも女装が似合うのかしら?」

「え? 兄さんを、知っているのか?」

「もちろん。だって(わたくし)もイ・ウーの一員ですもの。今は残念ながら『元』という文字がついてしまいますが」

「ッ!?」

(ここでイ・ウー側の人間が出てくるか。元って言ってたけど、こいつも理子みたいに退学させられたのか? って、そんなことはどうでもいい。この状況はちょっとマズすぎやしないか?)

 

 パトラ・Cがさらっと口にした発言にキンジは驚愕に目を見開く。同時に、目の前の女性が元とはいえイ・ウーの構成員であり、そのイ・ウー側の人間にアリアを奪われているという現状にキンジの心は自然と危機感を募らせていく。

 

 

「その様子ですと、カナさんは私のことを貴方に話していないようですわね。なら、ここで改めて自己紹介といきましょう。私はクレオパトラ7世。遥か太古の王国から現世への転生を果たした覇王(ファラオ)ですわ。あくまでクレオパトラの子孫などではなく、クレオパトラの魂をそのまま引き継いだ正真正銘の本物ですので、あしからず」

(え、は? クレオパトラ7世ってあの!? 己の美貌と知略を駆使して古代エジプト・プトレマイオス王朝をローマの侵略から守ろうとした、あの!? しかも転生って、武藤が勧めてくるネット小説でよくある神様転生って奴か!? いや、いやいやいやいや! さすがにいくら何でもそれはあり得な――いや、でもブラドなんて吸血鬼が普通に存在してるくらいだし、転生者がいたっておかしくはない、のか? ってことは、何だ。今俺は歴史上の超有名人と相対してるってことか!? そうなのか!? そういうことなのか!? お、おおおおおおおおおおおお! な、なんかいきなり過ぎて凄く緊張してきたぞ……!)

 

 「ちなみに、パトラ・Cは世を忍ぶ仮の名前、って奴ですわ」と口元に手を当てて流暢に言葉を付け加えるパトラ・C、もといパトラをよそに、パトラの自己紹介を真に受けたキンジは内心で興奮する。アリアのことなど忘れて、緊張の汗を額に浮かべる。実際の所、パトラは生まれ変わりでもなんでもなく、ただ自分はクレオパトラ7世の生まれ変わりだと信じ込んでいるだけの何かもうとにかく哀れな子なのだが、今のキンジが知る由はない。

 

 

「それにしても、貴方たちは二人そろってマヌケですわねぇ。まさか二人して私が砂に身を隠した私の可愛い下僕(オオカミさん)に対処できないなんて。ふふ、仮にも強襲科(アサルト)Sランクの武偵だというのに、情けない限りですわ」

「……何が目的だ? どうして俺たちを、カジノを襲った?」

「目的は2つありますわ。1つは――貴方。キンジさんの実力把握」

「俺の?」

「ええ。貴方はあのカナさんを無傷で瞬殺した、という話を人づてで聞かせてもらいましたわ。それだけに、『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』を実行するにあたり、貴方がどれほどの実力を持つかを試させてもらいましたの。ですが、この程度なら全く問題ありませんわ。どう転がろうと、私の作戦の脅威にはなり得ません。……ふぅ。カナさんはこんなのにどうして敗れてしまったのか、非常に理解に苦しみますわ」

 

 己を侮られたことで内心の興奮が一瞬で冷めたキンジはアリア奪還のチャンスをうかがいつつパトラから少しでも多くの情報を抜き取ろうとする。対するパトラはピンと人差し指を立てながらキンジに目的を説明する。どうやらパトラはキンジの問いかけにしっかり応じてくれるようだ。

 

「おい、兄さんを愚弄するな!」

「あらまぁ、気迫だけは一人前ですこと。もしかして貴方、そっちの人でして? 私、そういうのは嫌いではありませんことよ、腐腐(ふふ)ッ」

「ん?」

 

 自分だけでなく己が敬愛してやまない兄までバカにされたことにキンジは声を荒らげるも、パトラの言葉の意味を理解できずに首を傾げる。パトラは理解できないならそれでいいと言わんばかりに「話が逸れてしまいましたわね、本題に戻りましょう」と話を続けていく。今度は中指を立てて歌うように言葉を紡いでいく。

 

 

「2つ目の目的は――私の可愛い下僕(オオカミさん)の実地訓練ですわ。この子はつい最近下僕に迎えた新入りですから、どこまで使えるかをちょっと確認したかった、そういうことですわ」

「クゥン……」

「あらまぁ、そんなに心配そうな眼差しをしなくても大丈夫でしてよ。貴方は私の想定以上に使える子。この分なら他の子たちも十分使えそうですし、スカウトの成果は上々ですわね。ふふ、わざわざ手間をかけてブラドから引き抜いた甲斐がありましたわ」

「ブラドから引き抜いた? てことは、そいつはやっぱり――」

「そう。この子はあの愚鈍で蒙昧なブラドが躾けたにしてはとても優秀なオオカミさんでしてよ。だから筋肉だけがご立派なブラドというご主人様を失い、あてもなくさ迷っていた所を皆さん回収させてもらいましたの。この子を始め、どの子も働き者で、有能で、とても助かっておりますわ。ブラドがブラック企業レベルに過重労働させていたせいか、ホワイト企業レベルの待遇を与える私への忠誠心が素晴らしいのも特徴的ですわね。ふふ、ご主人様思いの下僕をたくさん手に入れられて、私は本当に幸せ者ですわね。貴方もそう思いませんこと?」

 

 夏の日差しを逃れるために差してある純白のコウモリ傘をクルクル回しながら、「尤も、約2割は私に使えるのを望まず、野生に帰ってしまいましたの。残念なことに」とパトラは言葉を付け加える。一方、ブラドが従えていた下僕の内、コーカサスハクギンオオカミの8割をパトラがちゃっかり引き継いでいたという衝撃の事実にキンジは「マジかよ……」とうめくしかなかった。

 

 

「――って、待てよ。その2つだけが目的ならアリアを回収する必要はないんじゃないか?」

「そんなことはありませんわ。何せ、神崎・H・アリアさんは『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』に欠かせない重要なファクターですもの。……ふふふ、まさかこんな所で偶然にもアリアさんを手に入れられるなんて思いませんでしたわ。私、ツイてますわね」

 

 『アリアを返せ』と暗に要求したキンジに軽く言葉を返したパトラは腰を軽く上げてぴょんと大地に飛び降りる。そして、大した音も立てずに着地したパトラはアリアを脇に抱えたままのジャッカル男から頭から血を流すアリアを受け取ると、唐突にアリアの武偵制服を脱がし始めた。

 

 

「は、はぁ!?」

「あらあらまぁまぁ。キンジさんは初心でしたのね」

 

 何の脈絡もなく、いきなりアリアのブラウスを脱がしにかかるパトラについキンジが素っ頓狂な声を上げ、うっかりヒスらないために視線をアリアの体からズラす中、パトラは微笑ましいものを見るような視線をキンジに向けつつアリアのブラウスを脱がす。

 

 そうして、ブラで隠された部分以外のアリアの上半身が晒される中、パトラは懐から拳銃を取り出し、アリアの背中にあてがい、何のためらいもなしに発砲した。ダンという音が周囲を反響し、「うッ!?」とアリアの体がビクンと反応する。

 

「なッ!? アリア!?」

 

 オオカミに踏みつけられた影響でただでさえ死に体のアリアに銃弾の追撃が行われたことにキンジはサァァと血の気が引く思いのまま、アリア奪還のために足を踏み出そうとした。踏み出そうとして、できなかった。目の前のオオカミの繰り出す眼光で牽制されたから、ではない。否、それも一因だが、主因ではない。いくつもの視線を感じたからだ。左右から、背後から、上から、キンジを獲物と見定める、何体ものジャッカル男の気配を感じたからだ。

 

(やられた。いつの間に囲まれたんだ!?)

 

 いつの間にやら完成していた遠山キンジ包囲網の中心にて、キンジはギリリと歯噛みする。強襲科Sランク武偵の分際で自分を追い詰める包囲網が形成される前兆に気づけなかったことに、キンジの胸の内に己の無力さを呪う感情が染み渡っていく。

 

 

「これでよしっと」

「お前、アリアに何をした!」

「ご安心くださいまし、キンジさん。これは呪弾、撃った所ですぐには死にませんわ。尤も、今からきっかり24時間後、明日の午後6時には散ってしまう儚い命ですけれど」

「ッ!?」

「ふふふ、少々長話が過ぎましたわね。これから教授(プロフェシオン)と交渉するという一大行事も控えていることですし、そろそろお暇させてもらいますわ。あと、貴方の大事なパートナーは頂いていきますわね。……大丈夫。私の名に誓って淑女に手荒な真似は致しませんわ。利用価値があるうちは、ですけれど」

 

 キンジに存在を察知された以上、こっそりと包囲網を形作る必要はないと言わんばかりにワラワラとジャッカル男たちが姿を現し、キンジを円状に囲っていく中。パトラは神聖さと残虐性とが織り交ざったような微笑を浮かべると、人差し指をクイッと突き上げる。すると、傍らのジャッカル男が下着姿のアリアを脇に抱えて一目散にその場からの離脱を開始した。

 

 

「アリアッ……!」

「それでは、ごめんあそばせ」

 

 パトラはペコリと物腰柔らかにキンジに頭を下げる。その後、オオカミの背中に飛び乗ると同時に、パトラを乗せたオオカミが「オオオオオォォォォ――ン!!」との遠吠えを引っさげ、アリアを連れ去ったジャッカル男に追随するように去っていく。

 

 

「アリア! アリアァァッ!! くそッ! どけ、どけよ! 邪魔なんだよお前ら!!」

 

 キンジは弾かれたようにアリアの元へと駆け抜けようとする。眼前に立ち塞がるジャッカル男にキンジは怒声とともに小太刀2本による斬撃を次々と繰り出す。キンジの左右・背後のジャッカル男がキンジを妨害しようと振り下ろす斧の範囲から逃れるように前へ前へと足を踏み出し、己の行く先を妨げるジャッカル男の頭と胴体とを離婚させる。細切れにする。そのようにして、次々とジャッカル男たちを物言わぬ砂鉄へと還していく。

 

 しかし、ジャッカル男はまるで数を減らす様子がない。包囲網の一か所のみを重点的に狙っているというのに、まるで包囲網に風穴ができあがる様子はない。それどころか、包囲網がより分厚く、より強固に補強されたかのようにキンジには思えて仕方なかった。

 

(ふざけるな! ふざけるなよ! こんなのに時間稼ぎされてる場合じゃないってのに!! アリア、アリア!!)

 

 自分が恋する少女。守りたいと切に思える少女。共に背中を預けあって戦いたいと心から感じられる少女。そんなアリアが今この一瞬の間にも自分から遠ざかっていることに、キンジはただただ焦りを募らせる。と、その時。

 

 

「え?」

 

 突如。キンジの前方に立ち塞がるジャッカル男たちの体に風穴が生まれたのだ。腹部に、頭部に、脚部に、ボーリング玉サイズの風穴を開けられたジャッカル男たちが為すすべもなく砂鉄へと還っていく。

 

 刹那、キンジの双眸がこれでもかと開かれた。無理もない。何せ、ジャッカル男たちの体を突き破るようにして、これまた砂鉄で組み上げられた約20羽もの鷹がキンジの目前にまで迫って来ていたからだ。

 

(これが狙いか!)

 

 ジャッカル男の大群は時間稼ぎなんて姑息なものではなく、単なる目くらまし。その巨体でキンジの視界を狭め、本命である鷹の特攻を直前まで悟らせないようにするためだけの存在。そのことを瞬時に悟ったキンジはきりもみ回転で突撃してくる鷹の大群を凌ぐために小太刀を振るう。

 

 しかし、さすがに風を切って接近してくる20羽すべてに対応することはできず、キンジの体に計7羽の鷹のくちばしが突き刺さる。瞬間、キンジは体全身を一気に金属バットでぶん殴られたかのような衝撃を一身に受けた。それは、防弾制服を見に纏っている時に銃弾を喰らった時の衝撃とあまりに酷似していた。

 

「ガフッ!?」

 

 体全体をほとばしる激痛に耐えきれず、キンジは吐血とともにガクッと力なく膝をつく。気を抜けば意識を失いそうになる中、ふと下を見ると、キンジへの特攻を見事果たした鷹たちがパタリコと地に倒れ、満足そうに一鳴きしたのを最後に物言わぬ砂鉄の小山へと回帰する光景があった。そして、その小山から現れたのは、例の黒いコガネムシと――7発の銃弾。

 

 

「ま、さか……」

 

 キンジがバッと顔を上げると、オオカミに乗ってその場を去ったはずのパトラが拳銃を片手にニコリと微笑む姿があった。この時、キンジはパトラの講じた策の全貌を悟った。

 

 パトラはこの場を去ってなどいなかった。去ったフリをしてジャッカル男たちの背後に控えていただけだった。そして。中々ジャッカル男の包囲網を突破できずに焦燥感に駆られまくっているキンジ目がけて、パトラはジャッカル男ごと撃ち抜くつもりで正面から発砲。その際、銃弾を隠すために砂鉄の鷹で銃弾をコーティングしたものをキンジへと放ったのだ。すべては、キンジをより確実に無力化するために。

 

 

(俺は、ずっとクレオパトラ7世の手のひらで踊らされていただけってことか。これが、これが歴史上の偉人の実力だってのか……)

「貴方はカナさんの弟ですから、今回は特別に殺さないであげますわ。ご縁が会ったらまたお会いしましょう、キンジさん。……尤も、次に敵として出会った時は容赦しませんけれど」

 

 パトラの知略に見事なまでにハマり、完全敗北してしまったキンジは身を裂くような痛みを堪えつつパトラを精一杯睨む。しかし、当のパトラは涼しげな顔のまま、つらつらと言葉を続ける。そして、言いたいことを全て言い切ったパトラはキンジに背を向けて歩き出す。今度こそ、悠々とした足取りでこの場を後にする。

 

 

「……待て、よ。アリアを、返せ……ッ!」

 

 キンジは己の意思に反してほんの少ししか動いてくれない体にムチを打ってパトラへと手を伸ばす。アリアを取り戻したい一心で、ただただ手を伸ばす。しかし、伸ばした手は当然ながらパトラには届かない。

 

「それでは。改めて、ごめんあそばせ。そして――お休みなさい、キンジさん」

 

 キンジがどうにか体から絞り出した切実な言葉を無視しつつ、パトラはキンジに背を向けたまま挨拶の言葉を口にする。直後、キンジを取り囲むジャッカル男の内の一体が斧を持たない方の手で拳を作り、キンジへと軽く振り下ろす。

 

 今のボロボロキンジに頭上から振り下ろされる暴力を避けられるはずもなく、後頭部を強烈に殴られたキンジは地面へと叩きつけられ、わずかながら残っていた意識をもれなく刈り取られる。かくして。パトラにより、むざむざ大切なパートナーを奪われてしまうキンジであった。

 

 




キンジ→パトラの発言に驚いてばっかりで結局アリアを助けられなかったダメダメ主人公。以前、吸血鬼という非現実的な存在と出会ったせいでパトラの虚言をまともに信じているため、パトラを歴史上の偉人と勘違いしている。純真な心って、怖いね。
アリア→死に体の状態で背中に呪弾撃ち込まれる辺り、相変わらず扱いが酷いメインヒロイン。でもって次回からしばらく出番なくなっちゃうんだからもう、救いようがない子。桃髪ツインテールの子かわいそう。
パトラ→かつてブラドが使役していた下僕たちを勧誘し、自身の戦力へと着実に加えていった強かなお嬢さま口調の女性。策を張り巡らせて戦うタイプ。『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』を成功させるため、アリアを攫った。なお、腐ってる模様。何がとは言わない。

パトラ「実は、私はクレオパトラ7世の生まれ変わりですの」
キンジ「な、なん…だと…!?」
理子「実はね、キンジくん。ボク、アリュセーリュ・リュピャンの生まれ変わりなんだ」
キンジ「え、ちょっ、ウソだろ!? 初代のリュパンもビビりだったんだな、意外すぎるぞ……」
ジャンヌ「実は、我はジャンヌ・ダルクの生まれ変わりなのだ」
キンジ「へぇー。そいつは凄いなー(←棒読み)」
ジャンヌ「何なんだ!? この反応の差は何なんだ!? 納得いかないぞ!?」

 というわけで、104話終了です。今回の話でパトラさんの脅威が少しでも読者の皆さんに伝わったのなら幸いです。ちなみに、パトラさんの虚言を真に受けて本物のクレオパトラ7世だと信じちゃってるキンジくんが個人的にツボです。果たして、キンジくんの誤解の解ける日は来るのだろうか。


 ~おまけ(その1 本編の雰囲気的にカットした一幕)~

パトラ「……ふぅ。カナさんはこんなのにどうして敗れてしまったのか、非常に理解に苦しみますわ。身内びいきでもしたのか、それとも生理中だったのかしら?」
キンジ「な、ななななななな何をいきなり――!!(←赤面)」
パトラ「あら、だってカナさんは性別:秀吉でしょう? 何もおかしなことはありませんわ。違いまして?」
キンジ「いや、確かにそれはそうかもしれないけど! そうかもしれないけど!」

 キンジくん、動揺しすぎである。


 ~おまけ(その2 ネタ:カジノに襲撃を仕掛ける前のパトラさんの一幕)~

パトラ「ふぅ。これで準備も済んだことですし、あとは襲撃するだけですわ」
パトラ「あら? この本は何かしら?(←傍らに落ちていた本を拾い、めくるパトラ)」

武藤『キンジ』
キンジ『剛気』

 至近距離で見つめ合う上半身裸の二人。

武藤『キンジ!』
キンジ『剛気!』

 ガシッと熱い抱擁を交わす上半身裸の二人。

武藤『キンジ!!』
キンジ『剛気!!』

 ディープキスを決める上半身裸の二人。

武藤『キンジィ!!』
キンジ『剛気ィ!!』

 本能の赴くままベッドインする上半身裸の二人。そして――

パトラ「あ、あらあらまぁまぁ。これは続きが非常に気になりますわね。襲撃は後回しにしてひとまずこの作品を堪能いたしましょう、腐腐腐(ふふふ)腐腐腐腐腐(ふふふふふ)ッ」
背後に控えるオオカミ「クゥン(訳:あぁ、ご主人様の発作がまた始まっちゃったワン)」

 腐ってやがる。


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105.突発的番外編:お喋り王者ランキング 前半戦


 どうも、ふぁもにかです。今回はひっさびさの突発的番外編。
 本編じゃなくてガッカリな読者もいることでしょうが、ゆっくりしていってね!



 

――ふぁもにかが流星のごとくログインしました。

 

ふぁもにか「レディィィィィィィィスアァァァァァァァンドジェントルメェェェェェェェン!! 今宵お送りするのは私ふぁもにかのふぁもにかによるふぁもにかのための自己満足企画、熱血キンジと冷静アリアにおける『お喋り王者ランキング』ッ! ランキング上位に輝き高笑いをするのは誰か!? ランキング下位に落ちぶれ涙するのは誰か!? 最近シリアス基調の本編と打って変わってギャグ真っ盛りであろう今回の企画、ぜひぜひお楽しみくださいませ! ヒェア! それでは早速、熱血キンジと冷静アリア:連載2周年記念企画、始めていきましょう! 司会の神崎コンビ、後はよろしくお願いするぜぃ!! ……あ、ちなみに今日が連載2周年記念日から5日も遅れてることは言わない約束でおねぎゃーします(;´∀`)」

 

――ふぁもにかが光のごとくログアウトしました。

――神崎千秋がごく普通にログインしました。

 

千秋「――って、いきなり作者のふぁもにかに司会任されたんだけど……何だ、この謎企画?」

 

――神崎・H・アリアが颯爽とログインしました。

 

アリア「説明しましょう。『お喋り王者ランキング』とは、今までここハーメルンに投稿された熱血キンジと冷静アリア全104話の中で一番喋ったのは誰なのかを順位づけしたものです。具体的な喋った文字数の計測方法は単純明快。鍵かっこ(※「」←これ)の間に挟まれたセリフの文字数を各キャラごとに数え、文字数量の多い順にランク付けするだけです。もちろん、電話先のキャラの会話につけている二重鍵かっこ(※『』←これ)や前書き・後書き・おまけでの会話も含めます。また、鍵かっこがついていなくとも、文脈から明らかに喋ってると判断できるものも喋った文字数に含めます。逆に、キャラたちの心の声につけている丸かっこ(※()←これ)は含めません。これはあくまで誰がお喋りなのかを競うランキングですからね」

 

千秋「なるほどな。大体わかった。けど、誰が一番喋ったかをランキングすることに何の意味があるんだ?」

アリア「と、言いますと?」

千秋「要するに、人気投票で上位だったら嬉しいだろ? それだけ読者の皆さんに好かれてるってことなんだし。けど、お喋り王者ランキングで上位取っても別に嬉しくとも何ともないんじゃないかってこと」

アリア「そうでもありませんよ。お喋り王者ランキングで上位に輝くということは、それだけこの作品内にセリフがあることを意味します。そしてそのことは、ふぁもにかが上位キャラに対して丹精込めてたくさんのセリフを与えていることと同義です」

千秋「あぁ、なるほど。お喋り王者ランキングの結果は、ふぁもにかが各キャラへ抱く好感度の指標になるわけだ。けどさ。実際、一番出番の多い主人公の遠山がお喋り王者になるってわかりきってないか? 誰が優勝かわかりきってるランキングほどつまらないものもないと思うけど……」

アリア「その辺は心配ありませんよ。これを見てください」

 

順位   氏名     喋った文字数

殿堂入り 遠山キンジ  49158文字

 

千秋「遠山が殿堂入り? どういうことだ?」

アリア「神崎さんがそういうと予想したふぁもにかがキンジを殿堂入りさせる形で今回のお喋り王者ランキングからは除外したみたいです。なので、今回のランキングはキンジ抜きで優勝を争うことになります。これなら誰が1位か想定しにくいため、読者が存分に楽しめるでしょう?」

千秋「初回から殿堂入りでランキング除外とか……ある意味可哀想だな、遠山の奴。だけど、遠山抜きなら1位は順当に神崎さんなんじゃないか? メインヒロインなんだし」

アリア「……だと良いんですけどね」

千秋(あ、あれ? 何このどんより空気? 俺、神崎さんの地雷踏んだ? やっちゃった?)

 

アリア「連載当初はほぼ毎回本編に登場していたのに、今や私はふぁもにかからも感想欄からも空気キャラ扱いされる身です。去年の人気投票で栄光の1位に輝いてもこの傾向は薄まるどころか強まるばかり。最近は最盛期と比べてめっきり出番もなくなってしまいましたし……きっと、このお喋り王者ランキングでも反応しづらい順位にランクインして、類いまれなる空気っぷりを発揮するんでしょうね。……具体的には、22位くらいになるんじゃないですかねぇ、ええ」

千秋「……」

千秋(え、ええええぇぇぇぇぇ。なんで神崎さんこんなに鬱になってんの? 精神的に参っちゃってんの? てか、俺はこれからこの鬱オーラ漂わす神崎さんと2人で司会やんないといけないの? ……あぁ、もう帰りたくなってきた)

 

 ――数分後。

 

アリア「……すみません。折角のおめでたい熱血キンジと冷静アリア:連載2周年記念の回に元気のない所を見せてしまって。こんなダメダメの私を本編で見せるつもりはなかったんですが」

千秋「い、いやいや。気にしなくて大丈夫だぞ、神崎さん。俺たちは人間なんだ、時には感情のコントロールの失敗ぐらいするって。にしても、ふぁもにかの奴……よくこんな面倒そうなことしようと思ったな? どうやって各キャラの喋った文字数を集計したんだ?」

アリア「ふぁもにか曰く、それぞれのキャラごとにWord文書を作り、そこにキャラごとのセリフを全てペーストしていったそうです」

千秋「……思ったよりアナログな集計方法だな。時間かかったんじゃないか?」

アリア「キャラの喋った文字数を集計するのに、1話平均で約15分かかったそうです」

千秋「待て。1話で約15分かかって、それが104話分だろ? ってことは――単純計算で1560分!? 集計に26時間も使った計算じゃねぇか!? バカじゃねぇの、あいつ!? 明らかに時間の無駄遣いじゃねぇか! 努力の方向性絶対間違えてるだろ!  そんなことに時間使ってる暇あったらさっさと次話作れよ! 読者の皆さんを何日待たせてると思ってんだよ!?」

アリア「まさしく正論ですね。ですが、ふぁもにかは変人ですからね。常識が通じないのは当然のことですよ、神崎さん」

 

千秋「あー、頭痛くなってきた。……てか、お互い神崎さんって呼ぶのやめないか? 俺も貴女も同じ神崎なんだしさ」

アリア「それもそうですね。えーと……」

千秋「千秋だ。神崎千秋。漢字は一日千秋の千秋……わかるか?」

アリア「わかります。すみません、千秋さん。クラスメイトなのに、名前を覚えてなくて」

千秋「別にいいさ。これまでアリアさんとほとんど接点なかったんだし。ところで、なんで俺がこの企画の司会に選ばれたんだ? 普通、ここは遠山とアリアさんじゃねぇの?」

アリア「ふぁもにか曰く、『キンジくんとアリアさんに司会やらせるとどっちもボケっぽいから収集つかない。ここは自称:一般人(笑)の神崎くんのツッコミの才能に期待するしかないよね!』だそうです」

千秋「自称じゃねぇし(笑)もつけんな、ふぁもにか! つーか、ツッコミねぇ。俺も何気に46話でボケてるんだが……忘れてんのか、あの作者?」

アリア「確かあの激マズ飲み物:撃黙拳派ダグヴァンシェインのネタですよね。あんな凄まじくマズそうな汚染水なんてよくグビグビ飲めたものですね、千秋さん」

千秋「アリアさんって淡々とした口調で毒吐くよな、たまに。俺的には素晴らしい味わいなんだけど、理解者が中々現れてくれないんだよなぁ」

 

千秋「……って、悪い。話それちまったな」

アリア「そうですね。では早速、キンジ抜きのお喋り王者ランキングの発表に移りましょう。まずは最下位の313位から発表してみ――」

千秋「ちょっ、待て待て待て待て!? え、何、そんなにキャラいた!? この作品にそんなたくさんのキャラいた!?」

アリア「いましたよ。たくさん登場したじゃないですか。やれやれ、そんなことも忘れてしまうとは……そんなことでは真の熱血キンジと冷静アリアファンの称号は与えられませんよ、千秋さん?」

千秋「いや、いらないから。……そうか、こんなにキャラいたんだな。あ、まさかふぁもにかの奴、名前のないモブキャラの会話数まで計算してたんじゃ――」

アリア「そのまさかですよ、千秋さん」

千秋「……化け物かよ、あいつ」

アリア「でしょうね。とはいえ、存在を見過ごしたために喋った文字数を計算し忘れたキャラもいるかもとのことだったので、もしかしたら313人より多くのキャラが熱血キンジと冷静アリアの中には存在しているかもですけど」

千秋「マジかよ」

アリア「マジです。それでは改めまして、張り切って行ってみましょうか! まずは喋った文字数がほんの1ケタという、モブ中のモブと名高いキャラたちのランキングです! レッツ、キャウントダウン!」

順位  氏名                  喋った文字数

300位  ウボォーギン(HUNTER×HUNTER)    2文字

300位  セルティ・ストゥルルソン(デュラララ!!) 2文字

300位  トリコ                 2文字

300位  レオぽん                2文字

300位  逆鬼至緒(史上最強の弟子ケンイチ)    2文字

300位  金魚草V                2文字

300位  金魚草W                2文字

300位  航空自衛隊の男の部下A         2文字

300位  航空自衛隊の男の部下B         2文字

300位  航空自衛隊の男の部下C         2文字

300位  航空自衛隊の男の部下D         2文字

300位  航空自衛隊の男の部下E         2文字

300位  航空自衛隊の男の部下F         2文字

300位  星伽粉雪                2文字

294位  50メートル級巨人(進撃の巨人)     3文字

294位  ミッドナイト(FAIRY TAIL)        3文字

294位  ライナ・リュート(伝説の勇者の伝説)   3文字

294位  外国人記者C              3文字

294位  青雉(ONE PIECE)             3文字

294位  日本人記者G              3文字

253位  アクノロギア(FAIRY TAIL)        4文字

253位  やけに身長の高い警官B         4文字

253位  ラオシャンロン(モンスターハンター)   4文字

253位  金魚草Z                4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物K       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物L       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物O       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物P       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物Q       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物R       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物S       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物T       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物U       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物V       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物W       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物X       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物Y       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物Z       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物α       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物β       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物γ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物δ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ε       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ζ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物η       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物θ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ι       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物κ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物λ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物μ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ν       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ξ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ο       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物π       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物ρ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物σ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物τ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物υ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物φ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物χ       4文字

253位  全身黒ローブの怪しい人物Ψ       4文字

251位  レオぽん2号              5文字

251位  真奥貞夫(はたらく魔王さま!)      5文字

238位  ANA600便の副機長         6文字

238位  アームストロング少佐(鋼の錬金術師)   6文字

238位  ブラド2号               6文字

238位  ブラド4号               6文字

238位  医者                  6文字

238位  衛門左衛門(刀語)            6文字

238位  金魚草C                6文字

238位  金魚草J                6文字

238位  金魚草P                6文字

238位  金魚草U                6文字

238位  金魚草X                6文字

238位  数羽のカラス              6文字

238位  逃走中のスタッフ(理子担当)       6文字

234位  2年A組モブの武偵α          7文字

234位  2年A組モブの武偵β          7文字

234位  2年A組モブの武偵γ          7文字

234位  全身黒ローブの怪しい人物H       7文字

220位  シャーロック・ホームズ         8文字

220位  ニセパンダ(戦勇。)           8文字

220位  ブラド3号               8文字

220位  モブの強襲科武偵B           8文字

220位  金魚草E                8文字

220位  金魚草G                8文字

220位  金魚草I                8文字

220位  金魚草L                8文字

220位  金魚草O                8文字

220位  金魚草Y                8文字

220位  全身黒ローブの怪しい人物J       8文字

220位  全身黒ローブの怪しい人物M       8文字

220位  天野雪輝(未来日記)           8文字

220位  逃走中のスタッフ(アリア担当)      8文字

215位  ヒソヒソ話をするモブ武偵B       9文字

215位  ヒソヒソ話をするモブ武偵C       9文字

215位  ヒソヒソ話をするモブ武偵D       9文字

215位  全身黒ローブの怪しい人物G       9文字

215位  日本人記者I              9文字

 

アリア「以上、313位から215位まで。モブ中のモブと名高いキャラたちのランキングでした!」

千秋「おいいいいいいいいいいい!? おかしいだろ、これ!? 絶対おかしいって!? 名前のないモブの大量ランクインはまだしも、なんで他作品のキャラまでチラホラランキングに入っちゃってんの!? 294位のライナ・リュートとか220位の天野雪輝とかさぁ!?」

アリア「なんでって、そんなの25話の突発的番外編できちんと登場して何かしら喋っていたじゃないですか、確か。だからですよ」

千秋「ハッ!? もしかしてあれか!? 遠山がゲストを大量召喚した時のあれか!? それにしたっておかしいだろ!? これ熱血キンジと冷静アリアのランキングだぞ!? なのにいきなり『300位:ウボォーギン(HUNTER×HUNTER)』から始まるって――」

アリア「まぁいいじゃないですか。この方がより熱血キンジと冷静アリアらしいですし。それに、こういう展開の方が読者の皆さんも喜んでくれるでしょうしね」

千秋「おいおい。どんだけこの作品で訓練されてんだよ、読者の皆さん」

千秋(くそッ、まともな一般人は俺しかいないのかよ。ってか、何も他作品のキャラが出まくったのは25話のフリートーーークに限った話じゃない。各話のおまけでも結構他作品キャラ出てたよな!? それを考えると、このランキング……凄まじく大変なことになるんじゃないか? いや、そんなの今更か)

 

アリア「改めてランキングを見ると、私と面識のない方ばっかりですね。一度は会った方もいるはずなんですが……覚えていないようです」

千秋「へぇ、そうなのか。それは大層幸せなことだな。羨ましいぜ」

アリア「そうなのですか?」

千秋「あぁ間違いない」

千秋(全身黒ローブの連中に追いかけ回されるとか、悪夢以外の何物でもないからな)

※詳しくは68話参照。

 

アリア「それにしても、この辺の順位帯のモブ勢は本当にどうしようもないですよね」

千秋「あ」

千秋(誰かこっち見てる? いや、アリアさんを見てるのか? 誰だあの人?)

アリア「おそらく今までふぁもにかから一言分しかセリフ与えられてないでしょうし、どうあがいても今後彼らが脚光を浴びることはまずあり得ないでしょう。特に『○○A』とか『○○B』とか、名前が与えられない上に記号をつけられてるキャラに至っては絶望的でしょうね。ふふッ」

千秋(あ、あの人『うぐッ!?』ってなってる。アリアさんの言葉が胸にグサグサ突き刺さっちゃってるっぽい。けど、ホントに誰だろあの人。視線に悪意がないからアリアさんのストーカーなんかではなさそうだけど……)

アリア「本当なら空気キャラと散々ネタにされるべきは上記の1ケタしか喋った文字数のないモブ勢:もといふぁもにかの生み出した、大して存在価値のない捨て駒連中のはずなのに、どうして存在感を放てなくとも今後も出番が確約されている私に空気キャラ扱いのとばっちりが――」

千秋「あー、アリアさんアリアさん。さっきから涙目でアリアさんを見つめてる男の人がいるんだけど……あれ、アリアさんの知り合い?」

アリア「え?」

 

シャーロック「……」

アリア「ひ、ひひひひひひひひひひひひいお爺さま!?」

千秋「え、ひいお爺さま?」

シャーロック「こうして直接会うのは初めてだね。アリアくん、千秋くん。僕はシャーロック・ホームズだ」

千秋「え、シャーロック? え、それってあの、超有名な?」

シャーロック「あぁ、そのシャーロック・ホームズだ。……尤も、お喋り王者ランキング220位の、大して存在価値のない捨て駒なモブ勢の、だけどね」

アリア&千秋「「あ」」

 

――お喋り王者ランキング 抜粋――

順位  氏名                  喋った文字数

234位  全身黒ローブの怪しい人物H       7文字

220位  シャーロック・ホームズ         8文字

220位  ニセパンダ(戦勇。)           8文字

――抜粋終わり――

 

シャーロック「(´・ω・`)」

アリア「ひいお爺さま!? 違うんです! これは違うんです! 誤解です、私の話を聞いてください! 先の発言にひいお爺さまを貶める意図はなかったんです! 本当です、本当ですよ! 私はひいお爺さま大好きですよ! 小さい頃、鹿撃ち帽とパイプとインバネスコート使ってそれはもう毎日のようにコスプレやってましたもん! それにほら、見てください! 私、いつも武偵手帳の中に若かりし頃のひいお爺さまの写真を入れてるんです! 私の憧れとして、誇りとして、目標として! ひいお爺さまをいつでも身近に感じられるように、どんな時でも手放すことなく所持しているんです! だから、だからどうかそんな落ち込んだ顔をしないでください! ひいお爺さまは救いようのないモブ勢なんかではありません! 誰よりもカッコよく、誰よりも素晴らしい、私の最高の先祖さまです!」

シャーロック「……どうせ僕なんて、ふふ。鬱だ死のう」

アリア「ひいお爺さまぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

千秋「口は災いの元、とはよく言ったもんだな(←傍観者)」

 

 ――アリアがシャーロックをなだめること数十分。

 

アリア「はぁ……全く、大変な目に遭いました」

千秋「災難だったな。ま、今後似たような目に遭いたくなかったら不用意な発言は控えるんだな」

アリア「はい、肝に銘じます。では、気を取り直して行ってみましょうか! 続いて、喋った文字数が2ケタの方々のランキングです! レッツ、キャウントダウン!」

 

順位  氏名                  喋った文字数

202位  ANA600便の乗客A         10文字

202位  ヒソヒソ話をするモブB         10文字

202位  ヒソヒソ話をするモブ武偵A       10文字

202位  ビュティ(ボボボーボ・ボーボボ)     10文字

202位  ひよこ陛下(アンサイクロペディア)    10文字

202位  外国人記者E              10文字

202位  金魚草B                10文字

202位  金魚草Q                10文字

202位  金魚草T                10文字

202位  人工なぎさ周辺にいたモブ        10文字

202位  聖剣エクスカリバーA          10文字

202位  全身黒ローブの怪しい人物N       10文字

202位  目のあたりに傷痕のあるムキムキの男   10文字

198位  プレシア(魔法少女リリカルなのは)    11文字

198位  全身黒ローブの怪しい人物E       11文字

198位  日本人記者H              11文字

198位  夜王鳳仙(銀魂)             11文字

189位  ANA600便の乗客B         12文字

189位  ANA600便の乗客C         12文字

189位  ヒソヒソ話をするモブA         12文字

189位  金魚草D                12文字

189位  金魚草H                12文字

189位  金魚草K                12文字

189位  金魚草M                12文字

189位  逃走中のスタッフ(武藤担当)       12文字

189位  不死鳥の宿縁の厨二病患者B       12文字

182位  スカリエッティ(魔法少女リリカルなのは) 13文字

182位  過去のかなえさんがかいぐりしてた白猫  13文字

182位  外国人記者G              13文字

182位  全身黒ローブの怪しい人物I       13文字

182位  逃走中のスタッフ(陽菜担当)       13文字

182位  不死鳥の宿縁の厨二病患者C       13文字

182位  富樫勇太(中二病)            13文字

174位  なぜか上半身裸のムキムキの男      14文字

174位  やけに身長の高い警官A         14文字

174位  金魚草N                14文字

174位  月島仁兵衛(ムシブギョー)        14文字

174位  三つ子の子供A             14文字

174位  三つ子の子供B             14文字

174位  三つ子の子供C             14文字

174位  長野原みお(日常)            14文字

169位  ヒソカ(HUNTER×HUNTER)       15文字

169位  神代フラウ(ロボティクス;ノーツ)     15文字

169位  全身黒ローブの怪しい人物B       15文字

169位  全身黒ローブの怪しい人物D       15文字

169位  不死鳥の宿縁の厨二病患者A       15文字

167位  キンジの小太刀その1          16文字

167位  日本人記者E              16文字

161位  キンブリー(鋼の錬金術師)        17文字

161位  パピヨン(武装錬金)           17文字

161位  ブラド5号               17文字

161位  らんらん先生と平賀あやや先生の担当者  17文字

161位  金魚草R                17文字

161位  全身黒ローブの怪しい人物F       17文字

152位  ピラミディオン台場にいたモブB     18文字

152位  ピラミディオン台場にいたモブC     18文字

152位  ピラミディオン台場にいたモブD     18文字

152位  ピラミディオン台場にいたモブE     18文字

152位  リオン(テイルズオブディスティニー)   18文字

152位  金魚草F                18文字

152位  宗像形(めだかボックス)         18文字

152位  聖剣エクスカリバーC          18文字

152位  日本人記者D              18文字

146位  ぶっぽるぎゃるぴるぎゃっぽっぱぁーっ!の人 19文字

146位  外国人記者B              19文字

146位  金魚草A                19文字

146位  全身ムキムキの2メートル強の男     19文字

146位  全身黒ローブの怪しい人物A       19文字

146位  平賀文の取り巻き武偵G         19文字

139位  はたらく魔王さま!のモブ        20文字

139位  フラスコの中の小人(鋼の錬金術師)    20文字

139位  外国人記者H              20文字

139位  葛西臨海公園でアリアに脅された可哀想な男の人 20文字

139位  聖剣エクスカリバーD          20文字

139位  聖剣エクスカリバーH          20文字

139位  鳳凰院凶真(Steins;gate)         20文字

136位  ウィザーズ・ブレインのモブ       21文字

136位  ダオス(テイルズオブファンタジア)    21文字

136位  未来キンジ               21文字

135位  金魚草S                22文字

133位  キンジのベレッタ            23文字

133位  外国人記者F              23文字

131位  サモンナイトのモブ           24文字

131位  聖剣エクスカリバーB          24文字

127位  うめちゃうおじさん           25文字

127位  ブラド1号               25文字

127位  ももまん                25文字

127位  外国の宅配便業者            25文字

125位  聖剣エクスカリバーG          26文字

125位  聖剣エクスカリバーI          26文字

123位  逃走中のスタッフ(レキ担当)       27文字

123位  日本人記者C              27文字

122位  白蘭(家庭教師ヒットマンREBORN)    28文字

118位  モブの強襲科武偵A           29文字

118位  伝説の勇者の伝説のモブ         29文字

118位  日本人記者A              29文字

118位  日本人記者B              29文字

117位  保坂(みなみけ)             30文字

116位  逃走中のスタッフ(中空知担当)      32文字

115位  ピラミディオン台場を運営しているTCAの人 33文字

114位  平賀文の取り巻き武偵F         34文字

112位  バスの運転手              35文字

112位  日本人記者F              35文字

111位  エヴァンジェリン(魔法先生ネギま!)    36文字

108位  キンジの小太刀その2          37文字

108位  しまっちゃうおじさん          37文字

108位  ホームズ三世              37文字

107位  ピラミディオン台場にいたモブA     38文字

106位  全長10メートル級の魔人系ボス     39文字

105位  外国人記者D              40文字

104位  新妻エイジ(バクマン。)         41文字

103位  警官B                 42文字

100位  キリト(ソードアート・オンライン)    43文字

100位  外国人記者A              43文字

100位  全身黒ローブの怪しい人物ω       43文字

95位  YYY団裁判長             44文字

95位  キンジのバタフライナイフ        44文字

95位  ジャッカル男              44文字

95位  外国人記者I              44文字

95位  全身黒ローブの怪しい人物C       44文字

93位  ミカエル(スターオーシャン2)       46文字

93位  ヤクザに憧れる公安0課の男C      46文字

91位  聖剣エクスカリバーE          47文字

91位  聖剣エクスカリバーF          47文字

90位  パトラ直属のオオカミ          48文字

89位  平賀文の取り巻き武偵C         49文字

88位  この世のモノとは思えない野太い悲鳴を上げる正体不明の存在 50文字

85位  ブラド直属のオオカミB         52文字

85位  ルシルの館の閑古鳥           52文字

85位  再現VTRのキンジ(別人)          52文字

84位  逃走中のスタッフ(ジャンヌ担当)     53文字

81位  ブラド直属のオオカミA          55文字

81位  ヤクザに憧れる公安0課の男B      55文字

81位  再現VTRのアリア(別人)          55文字

80位  YYY団員D              56文字

79位  ロリりこりん              57文字

78位  平賀文の取り巻き武偵D           58文字

77位  本物のIT社長っぽい見目をした男性    61文字

74位  YYY団員E              64文字

74位  黄タイツに覆面をした男(黄菊正雄)     64文字

74位  平賀文の取り巻き武偵E           64文字

72位  航空自衛隊の男             72文字

72位  平賀文の取り巻き武偵B          72文字

71位  オレンジタイツに覆面をした男      74文字

70位  外人男性                 76文字

69位  兵藤一誠(ハイスクールD×D)       77文字

68位  我妻由乃(未来日記)           78文字

67位  青タイツに覆面をした男(青木貞夫)    79文字

66位  YYY団員A              82文字

65位  YYY団員C              83文字

64位  蘭豹                    84文字

63位  ANA600便の新人キャビンアテンダント   88文字

62位  警官A                   90文字

61位  騎士ヘルメス              92文字

60位  平賀文の取り巻き武偵A          94文字

 

アリア「以上、202位から60位まで。喋った文字数が2ケタしかなく、サブキャラにすらクラスチェンジできない哀れなモブキャラたちのランキングでした!」

千秋「全然懲りてないだろ、アリアさん。ってか、この辺も量産型モブと他作品キャラのオンパレードだな」

アリア「まぁ所詮2ケタしかセリフのない人たちですからね。精々1話か2話程度しか出番を与えられなかったのでしょう」

 

千秋「そうか。ところで、133位のキンジのベレッタとか、127位のももまんとか、常識的に考えて喋るはずのない無機物までランクインしているのは――」

アリア「突然変異で擬人化したのでしょう。気にしたら負けです」

千秋「そうか。ところで、136位の未来キンジとか61位の騎士ヘルメスとか、おおよそ今現在とまるで縁のなさそうなキャラまでランクインしているのは――」

アリア「神様のイタズラで現代にタイムトリップしたのでしょう。気にしたら負けです」

千秋「そうか、ところで――」

アリア「気にしたら負けです」 

千秋「そうk――」

アリア「気にしたら負けです」

 

千秋「……」

アリア「他に何か気になる点はありますか?」

千秋「ないな」

アリア「そうですか。それはよかったです」

 

 ――神崎千秋は、考えることをやめた!

 

アリア「ではでは続いてのランキング! と、行きたい所なんですが、文字数が軽く1万字を超えちゃってヤバい感じになってきたので、続きは後半に持ち越したいと思います!! はたして、栄光のお喋り王者に輝くのは誰なのか!? 乞うご期待、です!」

千秋「後半もその内投稿するらしいから楽しみにしててくれ」

 

 




 ~次回予告(※ウソです)~

 今回、熱血キンジと冷静アリア:連載2周年記念企画として突如開催されたお喋り王者ランキング! しかしこの企画、ただのふぁもにかの自己満足かと思いきや、とんでもない陰謀が隠されていた!?

ふぁもにか「クククッ。これで、ついに我が野望が……! ハァーハッハッハッ!!(←哄笑)」
アリア「こんな、こんなことって……!(←絶望のままペタンと座り込むアリア)」
千秋「こんな結末、許されていいわけないだろうがァッ!(←一般人による怒りの咆哮)」

 お喋り王者ランキングに隠されたふぁもにかの思惑とは一体何か!?
 昨年の熱血キンジと冷静アリア:1周年記念企画として開催された人気投票のように、ランキング1位に特別待遇を与える意図でも隠されているとでもいうのか!?

 次回、106話『突発的番外編:お喋り王者ランキング 後半戦』


                                   Coming soon...



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106.突発的番外編:お喋り王者ランキング 後半戦


 どうも、ふぁもにかです。今回はお喋り王者ランキング:後半戦です。……最近、感想欄で喋った文字数もキャラごとに計測すればよかったと思っている今日この頃。感想欄でも結構色んなキャラに喋らせてましたからね。ま、今更思い至ってももう後の祭りですけど。



 

アリア「ではでは、皆さんお待ちかねのお喋り王者ランキング:後半戦です。今回は前語りはなしでさっさと結果発表に移ろうかと思いますが、どうですか千秋さん?」

千秋「だな。今回はランキング上位陣の発表だから、結果が楽しみで楽しみで仕方ないって読者もそれなりにいるだろうしな。それがいいだろ、とっとと始めようぜ」

アリア「べ、別に今この前座で話すネタがないわけじゃないんだからね!」

千秋「なんでツンデレ口調なんだ、アリアさん?」

千秋(ってか、そういう裏事情は言わなきゃ誰もわからないってのに……)

アリア「コホン。それでは、張り切って行きましょう! 続いては、喋った文字数が三ケタの、サブキャラ一歩手前と言えなくもない程度の存在感を醸しだすモブキャラたちのランキングです! レッツ、キャウントダウン!」

 

順位  氏名                  お喋り文字数

59位  群青タイツに覆面をした男        104文字

58位  横浜ランドマークタワー周辺で作業中の親方 124文字

57位  YYY団員B              127文字

56位  僧侶カノッサ              129文字

54位  S○SUKEのナレーション         132文字

54位  遠山金一                132文字

52位  ヤクザに憧れる公安0課の男A      135文字

52位  葛西臨海公園のチャラい男B       135文字

51位  リサ                  142文字

48位  YYY団員G              147文字

48位  葛西臨海公園駅のチャラい男A      147文字

48位  高天原先生               147文字

46位  葛西臨海公園のチャラい男C       148文字

46位  聖剣エクスカリバー 無印(ソウルイーター) 148文字

45位  剣士アグル               154文字

44位  過去カナ                157文字

43位  ルシルの館のエセ占い師         159文字

42位  ロリ白雪                168文字

41位  看護師の葛西さん            204文字

40位  YYY団員F              210文字

39位  ボッチな日本人記者A          211文字

38位  Q&AのQの人             227文字

37位  原作におけるハイマキ          242文字

36位  奇跡経験!?アンビリーバブルのナレーション 255文字

35位  戦闘機を操縦している若手操縦士     274文字

34位  救護科の人               284文字

33位  ANA600便の機長          296文字

32位  Q&AのAの人             309文字

31位  エルちゃん(エル・ワトソン)       310文字

30位  ANA600便に乗ってた20代の変態  315文字

29位  ヒステリア・キンさん          344文字

28位  テレビから流れる狂気のわんわんおーOP  349文字

27位  ネットカフェの店員(厨二病)        381文字

26位  滝本発展屋の経営理事:桔梗       390文字

24位  ヒルちゃん(ヒルダ)            415文字

24位  戦闘機を操縦しているベテラン操縦士   415文字

23位  ショタキンジ              491文字

22位  赤タイツに覆面をした男         567文字

21位  平賀文                 725文字

20位  りこりんママ              784文字

 

アリア「以上、59位から20位まで。喋った文字数が三ケタの、それなりにセリフがあるが、モブキャラ以上サブキャラ未満って感じの人たちのランキングでした!」

千秋「さすがにここまで来ると原作キャラもそれなりに名前を連ねてくるな。ようやく普通のランキングらしくなってきた気がするぜ」

アリア「そうですね。前回は中々にカオスでしたからね。感想欄でも『ざっと見てたら「これ何の作品だっけ?」と言わざるを得ない』って意見がありましたよ」

千秋「……考えてることは一緒なんだな。感想欄に一般人な感性を持つ人もいて安心したよ」

 

千秋「しっかし、この辺りの順位帯だと過去の時間軸に登場したキャラがチラホラ見えるのが特徴っぽいな」

アリア「確かに。軽く見た限りでも、44位の過去カナ・42位のロリ白雪・23位のショタキンジ・20位のりこりんママが本編での回想シーンで登場してますからね」

千秋「けど、なんでわざわざ過去と今とで別々に集計してるんだ? 例えば、ショタだろうと成長してようと遠山キンジは遠山キンジだろ?」

アリア「理由は簡単ですよ。当初、ふぁもにかは熱血キンジと冷静アリアの登場人物の数が少ないと考えてたらしいです。それで、『せっかくお喋り王者ランキングを作るのにランキングに表示できるキャラの数が少なかったら企画が盛り上がらないんじゃないか? 3000字も稼げないしょぼい企画になるのではないか?』と考え、恐れおののき、結果として同一キャラを利用したキャラ数のかさ増しを図ったということです」

千秋「要するに、遠山の奴をショタキンジ、普通の遠山キンジといった風に分解することで、お喋り王者ランキングに厚みを加えようとしたってことか」

 

アリア「実際は他作品キャラやモブキャラが大量に跋扈していたため、ふぁもにかの懸念は杞憂だったんですけどね」

千秋(ま、遠山含めて314人もこの作品に登場してたみたいだしな)

アリア「なので、キャラ数のかさ増しの必要はなくなりました。ですが、『わざわざ別々のキャラとして文字数をカウントしてたのに、今更になって同一キャラとして統一すると私の苦労が水の泡になるじゃないか!』とふぁもにかが考えたため、喋った文字数を統一することなく、別々のキャラとしたままこうしてランク付けしたというわけです」

 

千秋「なるほどなぁ。てことは、54位の遠山金一って人とカナって人の喋った文字数が別々に集計されてるのもキャラ数のかさ増しが理由なのか?」

アリア「いえ、それは別件です。ふぁもにかが各キャラの喋った文字数を計測しているとの情報を独自ルートで手に入れたキンジがふぁもにかの元へ全力ダッシュでやって来て、『も・ち・ろ・ん、兄さんとカナ姉は別々に集計してるよな!? 間違っても同一人物として喋った文字数集計してないよな!? いいか、ふぁもにか! 兄さんは兄さんでカナ姉はカナ姉だ! どっちにもそれぞれ固有の素晴らしい所がそれはもう言葉にできないぐらい沢山あるんだ! ヒステリアモードになった時に表れる兄さんの一側面、という枠組みを超えた何かをカナ姉は持ってるんだ! ……後は、わかるな? 兄さんとカナ姉は正真正銘、別人だ。俺の憧れの兄さんと姉さんだ、みんな違ってみんな良いだ! さ、わかったら兄さんとカナ姉の喋った文字数を区別した上で集計作業に戻るんDA☆』と早口でまくし立てながら拳銃を突きつけてきたために、仕方なく別々に集計したんだそうです」

千秋「……おいおい。何やってんだよ、遠山」

千秋(あいつのブラコン具合はとどまる所を知らないな、マジで……)

 

アリア「あ、そうそう。ちなみに、キンジに関してはショタキンジの他にも派生系がありますよ? 136位の未来キンジとか29位のヒステリア・キンさんとか」

千秋「え、ヒステリア・キンさんってあれ遠山のことだったのか――って、アリアさん!? いきなりなんでそんなに震えてるの!?」

アリア「す、すすすすみません。ヒヒヒヒステリア・キンさんの名前を出したら、あ、あぁぁあああの時のトラウマを、おおおお思い出してしまいまして」

千秋「アリアさんがあのビビりの峰みたいに震えるなんて……でもその反応はさすがに大げさじゃないか? いくらなんでもさ」

アリア「大げさ? これが大げさなものですか。千秋さんはヒステリア・キンさんを間近で見たことないからそんなこと言えるんですよ」

千秋「つってもなぁ……」

 

アリア「なら、ヒステリア・キンさんの映像を見ますか? 見れば、私が今こうしてトラウマがぶり返している理由を肌で理解できますよ?」

千秋(うーむ。好奇心は猫を殺すとは言うけど、ここまで言われると見ないわけにはいかないな)

千秋「わかった。せっかく映像あるなら、見させてもらうよ」

 

――87話より映像抜粋――

 

キンさん【……】

 

 ブラドの間に立つ、身長2メートル強の男はやたら筋骨隆々だった。上へどこまでも伸びている黒髪は天をも貫かんほどの長さとなっており、夜空と同化しているためにその終わりが見えない。だが。その顔つきは、まさしく遠山キンジそのものだった。ちなみに。先ほどまで着ていたはずの防弾制服は下腹部を残してもれなく破れ去っている。

 

キンさん【……Follow me、ブラド】

キンさん【This way】

キンさん【……】

キンさん【さい、しょは、ROCK】

キンさん【ジャン、ケン――】

キンさん【――オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!】

 

――抜粋終わり(※より詳しい内容は87話参照)――

 

千秋「……( ゜д゜)ポカーン」

千秋「((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」

千秋(え、何? 何あれ? あれも遠山なの? 何だよ、あの13キロはありそうな髪!? あの筋肉!? 体格と全然釣り合いのとれてないアンバランスな顔!? あれどう考えても人間じゃないだろ、人間の皮被った何かだろ!? こ、これはアリアさんがガクガク震えるのも道理だわ)

 

アリア「理解できましたか?」

千秋「……(←無言のまま何度も首肯する千秋)」

アリア「了解です。それでは、千秋さんがヒステリア・キンさんの恐ろしさを真に理解した所で――本題のお喋り王者ランキングへ戻りましょう。続いては、喋った文字数が4ケタであり、サブキャラ以上、メインキャラ未満なキャラたちのランキングです! レッツ、キャウントダウン!」

千秋(もう遠山と本格的に縁切ろうかな。あいつと関わってるとロクなことにならない気がしてきたし。うん、それがいい)

 

順位  氏名          喋った文字数

19位  原作キンジ       1409文字

18位  中空知美咲       1561文字

17位  カナ          2410文字

16位  小夜鳴徹        2489文字

15位  武藤剛気        2500文字

14位  パトラ         2682文字

13位  不知火亮        3719文字

12位  ブラド         3752文字

11位  神崎かなえ       4344文字

10位  綴梅子         4345文字

9位   神崎千秋         4481文字

8位   風魔陽菜(忍者フー含む)  4659文字

7位   逃走中のナレーション   4870文字

6位   レキ(魔導士ヴァン含む)  6110文字

 

 

アリア「以上、19位から6位まで。喋った文字数が4ケタであり、サブキャラ以上、メインキャラ未満なキャラたちのランキングでした!」

千秋「ざっと見ただけでも、7位にランクインしてる逃走中のナレーションの場違い感が凄まじいな。『ここお前の居場所じゃねぇよ、さっさと故郷へ帰れ』感が凄まじいな、ホント」

アリア「ですね。しかしこればかりは仕方ないですよ。35話、36話で開催した熱血キンジと逃走中でたくさん喋ってましたからね、逃走中のナレーションさん。いえ、マーク・大●多さん」

千秋「……ふと思ったんだが、二次創作で芸能人の名前出して良いんだろうか?」

アリア「黒丸で微妙に名前を隠しているから大丈夫じゃないでしょうか?」

 

アリア「それはともかく、千秋さん。お喋り王者ランキング9位入賞、おめでとうございます」

千秋「あぁ、その件か。いや、自分でもびっくりだぜ、これ。まさかベスト10に滑り込んでるなんてなぁ。4481文字も喋ってたとか、未だに信じられないんだけど」

アリア「やっぱり71話、72話で一日占い師をやったのが大きいんでしょうね」

千秋「あれ、読者の間では『これ占い師じゃなくてカウンセラーの仕事だよね』って感じのツッコミ多数だったらしいがな」

アリア「私もそれ思いました。全く、ふぁもにかは何を考えてどうかんがえてもカウンセラーの職務としか思えない仕事を占い師と称したのでしょうね」

千秋「単に無知だっただけじゃねぇの?」

 

アリア「しっかし、9位にランクインするぐらいふぁもにかに気に入られてるなら今後も色々と出番あるかもしれませんね、千秋さん」

千秋「え、いやいや。いくらなんでもそれはないだろ? だって俺『一般人代表』って位置づけだぞ? 戦闘力も精々人並みだぞ? 確かこれから熱血キンジと冷静アリアは原作における序盤最大の盛り上がり所に突入するって話だし、俺が介入できるわけないって」

アリア「それがそうとも限らないんですよね、千秋さんの場合。確かに、熱血キンジと冷静アリアは基本原作沿いで進んでいる以上、原作キャラの登場場所はどうしても限られてしまいます。しかし千秋さんは熱血キンジと冷静アリアが誇るオリキャラ。原作の流れに縛られない稀有な存在である以上、出番には無限の可能性があるといって差し支えありません」

千秋(全然嬉しくない無限の可能性だな、おい)

アリア「ゆえに。例えば、実は千秋さんがオリ色金を持っているとか、実は千秋さんが神様転生していて今の今まで前世の記憶と神様特典が封印されていたとか、実は千秋さんが物語の根幹についての知識をたくさん保有している情報屋ポジションを確保しているとか、実は千秋さんと私は異母兄弟だとか、そういった設定が今後追加され、千秋さんが本編に大いに関わっていく可能性は十分にあり得るわけです。……もしかしたらここハーメルンでこれから始まるかもですよ? そうですね、例えば『硝煙のにおい漂う赤松ワールドに転生しちゃった件について by.神崎千秋』って感じのタイトルのつけられた、千秋さんを取り巻く激動の物語が」

 

千秋「はぁぁぁぁあああああああ!? 何それ聞いてないぞ、ふざけんな! 俺は平穏無事な一般人生活を送りたいんだ! 誰が終わりなき闘争の日々に足を突っ込んでやるものか!」

アリア「やれやれ何を今更。感想欄では既に逸般人として定着しているだけに、信憑性に欠ける発言ですね、千秋さん」

千秋「は、逸般人? 何それ?」

アリア「簡単に言えば、常識の通じない化け物のことです」

千秋「ちッッッげぇよ!! 俺は人間だ! 普通で平凡でその辺にゴロゴロいる有象無象の一人なんだあああああああああああ!」

 

アリア「それを私に必死に主張しても意味ないですよ? 結局千秋さんに設定のテコ入れを敢行するかはふぁもにかですからねぇ」

千秋「はッ、そうだ! そうだった! おい、ふぁもにか! 絶対俺に余計な設定くっつけるなよ! 俺を非日常の渦中に放り込む真似するなよ! いいか、絶対だぞ!!」

アリア「フリですね、わかります」

千秋「フリでもねぇからッ!(←テラ必死ww)」

 

アリア「それでは、面白楽しく千秋さんいじりが出来た所で――最後のランキング発表に行きましょうか! 最後を飾るは喋った文字数が5ケタであり、ふぁもにかに気に入られているメインキャラたちのランキングです! はたして、栄光のお喋り王者に輝くのは一体誰なのか!? レッツ――ッ!?」

千秋「?」

アリア「あ……」

千秋「どうした、アリアさん? 急に押し黙って」

アリア「いや、そんなまさか、けど……」

千秋「アリアさん、大丈夫!? 顔が真っ青だぞ、体調悪いのか!?」

 

アリア「いえ、体調は心配ありません。ただ、これまでのランキングで私の名前が出てこなかった件について、最悪の展開が頭をよぎってしまいまして、ね」

千秋「え、それそんなに蒼白の表情になるほどのことか? 今まで名前出てないってことは、要するに上位5位にランクインしてるのが確定ってことだろ?」

アリア「私もついさっきまでそのように考えていたのですが……今しがた、ある可能性に思い至ってしまったんです」

 

 

 ――ふぁもにかが私の順位を計測し忘れたために、私がランク外となっているという可能性に。

 

 

アリア「ほら、千秋さんも覚えているでしょう? ふぁもにかが引いていた、存在を見過ごしたために喋った文字数を計測し忘れたキャラもいるかも、という予防線を」

千秋「い、いやいやいくらなんでもそれはあり得ないだろ!? アリアさん本編にいっぱい登場してたじゃん! いくらあのふぁもにかでも見過ごすわけ――」

アリア「それはどうでしょうね。最初にも言った通り、今の私はエアーなアリアでエアリアさん状態です。路傍に転がる小石を一々気にかけることがないように、ふぁもにかが私という存在をサラッとスルーした可能性は、否めません」

千秋(エアリアって何かカッコよさげな名前だな……じゃなくて! あー、また鬱になっちゃったよアリアさん。どうしよう、どうやってこれ励ませばいいんだ! 何をやってもアリアさんが元気を取り戻すビジョンが思い浮かばねぇぞ!?)

 

――ふぁもにかがヌルッとログインしました。

 

ふぁもにか「落ち込むことないですよ、アリアさん。だって、アリアさんはランキング1位なんですから」

アリア「え、私が……!?」

千秋「そうなのか!?」

ふぁもにか「はい。それでね、アリアさん。今回のお喋り王者ランキングは、私がアリアさんのために企画したものなんですよ、実は」

アリア「へ?」

 

ふぁもにか「今現在、熱血キンジと冷静アリアの作品上に漂うアリアさんのエアリアさん現象。これは元はと言えば、私が63話の前書きで『|ω・`)ワタシノデバン…』とかアリアさんに言わせたのが元凶っぽいからですね。感想欄でネタにされ、私にも散々ネタにされ、さぞ苦渋の思いだったことでしょう。そんなアリアさんに、私はずっとおわびがしたいと考えていたんです」

アリア「……」

ふぁもにか「だからこそ、普通に考えて1位になりそうな主人公:キンジくんという名の邪魔者は殿堂入りというノリで排除した上でこのお喋り王者ランキングを行ったんですよ」

 

 

――すべては、神崎・H・アリアをランキング1位に輝かすために。

 

 

アリア「ふぁ、ふぁもにかさん……!(←感涙の涙)」

千秋(へぇ。粋な真似するじゃねえか、ふぁもにか。見直したぜ)

千秋「良かったじゃねぇか、アリアさん。ふぁもにかに愛されてるみたいで。どんな分野だろうと、1位になるのは簡単じゃないんだぜ?」

アリア「はい、はい!」

千秋「そんじゃ、発表といこうぜ! 喋った文字数が5ケタであり、ふぁもにかに気に入られているメインキャラたちのランキング!」

アリア「はい!」

アリア&千秋「「レッツ、キャウントダウン!」」

 

順位  氏名          喋った文字数

5位  星伽白雪         14637文字

4位  峰理子リュパン四世    19153文字

3位  ジャンヌ・ダルク30世  23344文字

2位  神崎・H・アリア     39230文字

 

千秋「ん?」

アリア「あれ? 2位? 私、2位? 私、1位のはずじゃ……ふぁ、ふぁもにかさん? これ一体どうなって――」

 

 

  __ .-‐==ニ二! 「`! !`i               /´'7

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 i  {              ____           |  ヽ

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. ヽ、    `` 、,__\              /" \  ヽ/

   \ノ ノ   ハ ̄r/:::r―--―/::7   ノ    /

       ヽ.      ヽ::〈; . '::. :' |::/   /   ,. "

        `ー 、    \ヽ::. ;:::|/     r'"

     / ̄二二二二二二二二二二二二二二二二ヽ

     | 1位 |   ふ ぁ も に か   │|

     \_二二二二二二二二二二二二二二二二ノ

※上記のAAは携帯デバイスだとおそらく何が何だかわかりません。

 PCでの閲覧をオススメします。

 

順位  氏名      喋った文字数

1位  ふぁもにか    43565文字

 

 

ふぁもにか「やったぜ」

アリア「……(←絶句)」

千秋「お、おいいいいいいいいいいいいいいいいい!! ちょっと待て、ちょっと待てえええええええええ!! さっきまですっごくいい感じの空気だったじゃん! アリアさん1位で感動のエンディング突入のはずだったじゃん! 何上げて落とす戦法やっちゃってんの!? 何やらかしちゃってんの!? バカなの、死ぬの!?」

ふぁもにか「まぁまぁ落ち着いてくださいよ、千秋くん。私がアリアさんにおわびをしたいって気持ちは本当ですよ? でも、それとお喋り王者ランキングとは関係ないわけでありましてでしてね、デュフフフ」

アリア「……(←フリーズ状態)」

ふぁもにか「そもそも私がお喋り王者ランキングを企画したのは、私が1位になると容易に想像ついたからなんですよね。私ってば毎回前書き後書きでたくさん喋ってましたもの。だからこそ。集計を終えた時、キンジくんがこの私を差し置いてぶっちぎりの1位を取るという結果になっちゃった時は本気でどうしようかと思ったけど、そこで殿堂入りという手段を思いついた私ってマジ天才ですな! にゃッはッはッはッはッ!」

 

アリア「……(←体から色素が抜けて真っ白になってるアリア)」

千秋(ヤベェ、これはマジでヤバすぎる。今日のアリアさん、ただでさえ時々情緒不安定になってたのに、ここでこんな上げて落とす系の仕打ちされたらもう立ち直れないんじゃ――)

アリア「もうこれで終わってもいい。だから、ありったけを――!! 貴様を殺す、ふぁもにかぁ!!」

 

 突如、一瞬にして変貌するアリア。身長2メートル強のやたら筋骨隆々の体。天をも貫かんほどに上へどこまでも伸びている桃髪。しかし、その顔つきは、まさしく神崎・H・アリアそのものだった。ちなみに。アリアの体の膨張により身に纏っていた防弾制服は、その、うん。18禁にならない程度にもれなく破れ去っている。

 

リアさん【……】

千秋(あれ、あれー? この光景、ついさっきどこかで見たことが……まさか進研ゼミでやったとこか!?)←リアさんのオーラに当てられ、ただいま絶賛混乱中の人

ふぁもにか(ど、どどどどういうことだ!? なぜアリアさんが脈絡もなくゴンさん化してるんだ!? ま、まさかアリアさんの中にある緋弾が何かこう空気を読んでガチャッ的な感じで組み合わさり絡み合い突然変異を起こした結果、強制的に成長したとでもいうのか!? 私を倒せる境地まで!?)

リアさん【……ふぅ、誰か一人に純粋な殺意を抱くことがこうも心地いいとは意外でした。ねぇ、ふぁもにかさん?】

ふぁもにか(アリアさんが強制成長した原理なんてどうでもいい! ここは――)

ふぁもにか「に、逃げるが勝ちぃ!」

 

――ふぁもにかが尋常でない逃げ足でログアウトしました

 

リアさん【逃がすものですか、ふぁもにか。貴方の寿命は、今日だ】

 

――神崎・H・アリアもといリアさんがラスボスオーラを放ちつつログアウトしました。

 

千秋「はッ!? お、俺は一体何を――(←正気に戻る一般人)」

千秋「あれ? アリアさんもふぁもにかの奴もいなくなってる。いつの間に」

千秋「……まぁいいか。えーと、お喋り王者ランキングの結果も全て発表し終わって、ここに誰もいなくなったんで、ここらでお開きにしようと思います」

千秋「今回、晴れて連載2周年を迎えることのできた熱血キンジと冷静アリアですが……これからもこんな感じで物語が展開されていくと思うんで、ま、よろしくお願いします」

 

――ふぁもにかがひょっこりログインしました。

――リアさんが殺気をたぎらせながらログインしました。

 

リアさん【Kill you】

ふぁもにか「喰らえ、千秋くんガード!」

千秋「え、ちょっ――ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!(←断末魔)」

 

――神崎千秋がログアウトしました。

――神崎千秋が人生からログアウトしました。

 

 

 

 

 

 熱血キンジと冷静アリア2周年記念企画:お喋り王者ランキング

                               ―― End ――

 

 




 というわけで、106話終了です。今回開催したお喋り王者ランキングですが、個人的にジャンヌちゃんが3位にランクインしてたのが衝撃的でした。まぁ私ってば厨二ジャンヌちゃん大好きっ子ですからね。これからもたくさん出番を与えられたらいいですなぁ。

 ちなみに前回、前半戦を投稿した際、天の邪鬼mk2さんに『ランキング一位作者だったりしてなHAHAHAHAHAHA!』と感想欄に書かれた時はどうしようかと思いました。ですが、今回の本編の流れが最高に面白いと思ったので当初の筋書きを変えずに投稿した次第です。……やっぱり予言者っているものなんですね。それとも私の考える展開が非常に読まれやすくわかりやすいだけなのか。むむむッ、謎は尽きない。


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107.熱血キンジとSky●e魔女


 どうも、ふぁもにかです。最近はロクに執筆時間を確保できずに「むきゃぁぁあああああああああああ!!」って叫びたい心境だったりします。くそ、リアル忙しすぎんだろ!

 まぁそれはさておき。せっかくジャンヌちゃんがお喋り王者ランキング3位に輝いてくれたことですし、久しぶりに登場させようかと思います。思えば91話以降、全然出番与えてなかったですしね、確か。……しっかし、何て酷いサブタイトルだ。



 

「ッ……」

 

 その時。キンジはベッドの上で目を覚ました。未だ覚醒しないぼんやりとした頭のまま、ゆっくりと体を起こし、周囲に目を向ける。ザッと見た所、キンジが目覚めた場所は車輌科(ロジ)の休憩室のようだった。

 

(そういや、たまに武藤とゲームをしにここに来たよなぁ……)

 

 と、過去を懐かしんだ所で、キンジの脳裏にとある映像がよぎった。それは、イ・ウーの一員だったクレオパトラ7世と対峙するシーン。そして、クレオパトラ7世に見事なまでに出し抜かれ、結果としてアリアを奪われてしまったシーン。

 

 

(クソッ、いくら相手が歴史上の偉人だからって、この結果は酷すぎるだろ!)

 

 アリアが攫われた。異性として好きだと断言できる存在たるアリアをむざむざ奪われた。その事実にキンジはギリリと歯噛みする。とてもかなえさんにアリアのことを任された人間の体たらくではない。キンジは悔しさのあまり右拳をギュッと強く握る。

 

「んッ」

 

 と、その時。キンジの下から声が届いた。それは聞き覚えのある声で。もうすっかり聞きなれた声色で発せられた、少しだけ苦しそうな呻き声で。何だか嫌な予感がしたキンジが声の発生源へと視線を向ける。キンジの視線の先にあったのは――キンジの眠っていたベッドの右隣ですやすやと眠る、実に無防備極まりない白雪の姿だった。キンジの右手を優しく握る黒髪堕落巫女の姿だった。先の呻き声は、いきなりキンジに右手を握りしめられたが故に発せられたものなのだろう。

 

 

「ふぁッッ!?」

 

 以前、寝ぼけたアリアがキンジの眠るベッドに潜りこんできた時の焼き増しのような光景にキンジは思わずベッドから飛び退く。無理もない、アリアがキンジを抱き枕と間違えて抱きついてきた以前(※40話参照)と違い、何の心の準備もできていない状態で自身の隣で添い寝する異性の姿を見てしまったのだから。

 

(え、何これ!? 何この状況!? 一体、何がどうなって――)

「あ! 起きたんだね、キンジくん。よ、よよよかった……!」

 

 ただいま絶賛混乱中のキンジの思考回路を遮るように、これまたすっかり聞きなれた声が届く。その声の持ち主の方向へと振り向くと、今まさにドアから休憩室へと入ってきたらしい理子が安堵の息を零す様子があった。

 

 しかし、ホッと胸をなで下ろす理子とは対照的に、キンジは内心冷や汗ダラダラだった。考えてみてほしい。密室。1つのベッド。背後にはぐっすり眠る女の子(ユッキー)。現在時刻は午前1時。もう何というか、美少女の寝込みを性的に襲った or 今すぐにも襲いかからんとする変態最低男の構図以外の何物でもなかった。

 

 

「り、理子!? ち、ちちちち違うぞ! これは誤解だ! 誤解なんだ! 俺がユッキーの寝込みを襲ったとか、そんなんじゃ――」

「誤解? 何のこと? あ、白雪さん。眠っちゃったんだね。まぁ仕方ない、のかな? 白雪さん、とっても頑張ってたし」

「頑張ってた?」

 

 相手がアリアであればまず間違いなく修羅化して襲いかかってきたであろう光景を前にしても平然としている理子にキンジが疑問を呈すると、「あ、えっと。説明、しないとね」と理子が思い出したかのようにポンと手を打つ。

 

 理子の話によると、カジノ『ピラミディオン台場』内のジャッカル男を掃討し終えたユッキー、理子、レキ一行は、レキのドラグノフのスコープ越しにアリアがクレオパトラ7世に攫われるシーンを目撃していたらしい。

 

 レキが遠距離狙撃でアリアを救おうとするも、そのタイミングで不幸(・・)にもドラグノフが故障。クレオパトラ7世の足を止めることができないまま、急いで現場まで駆けつけた3人はそこで地に倒れ伏す俺を回収。ここ、車輌科(ロジ)の休憩室へ運び込んだ後に、ユッキーが超能力で治療してくれたらしい。ちなみに。アリアの行方については理子とレキが手を回して探偵科(インケスタ)情報科(インフォルマ)諜報科(レザド)の優秀な武偵たちに捜索してもらっているが、現状では成果なしだそうだ。

 

 

「そうか。ありがとな、ユッキー」

 

 普段はやたらめったらだらけている白雪が、献身的介護をしてくれた。キンジはベッド横にそっと座ると、感謝の意を込めてベッドで熟睡中の白雪の頭をよしよしと撫でる。クレオパトラ7世の手のひらで踊らされ気絶させられたのが昨日の午後6時。そして今が午前1時。体中に鉛玉を受けたにも関わらず、たった7時間しか経過していない状態で体にまったく痛みが残っていないのは紛れもなくユッキーのおかげだからだ。

 

(とにかく、どうにかしてアリアを見つけ出さないと始まらない。クレオパトラ7世……もう長いからパトラでいいや。パトラ曰く、呪弾を撃ち込まれた相手は24時間後に死ぬ。今は午前1時だから残りは17時間、猶予はあまり残されていない。だから今日の午後6時までに何とか呪弾に対して手を施さないといけない。でも、どこだ? どこにアリアは連れていかれた?)

 

 よほど心地のいい夢でも見ているのか、「えへへぇ」と頬を緩ませる白雪とは対照的に、キンジの表情は段々と焦り一色に染まっていく。焦燥に駆られるまま、深い思考の海に沈もうとしていたキンジを引き上げたのは、「アリアさんは海にいるよ、多分」という、キンジの考えを見透かした上での理子の言葉だった。

 

 

「東経43度19分、北緯155度3分。太平洋、ウルップ島沖の公海。そこにいるらしいよ」

「多分? らしい? どういうことだ?」

「えっとね、これ白雪さんが占った結果なんだ。……だ、だだだから。信憑性には欠けるけど、他にアリアさんの行方の手がかりがない以上、信じるしか――」

「――何言ってんだ、理子? ユッキーの占いは結構よく当たる。さすがに経緯までピッタシ当たってるとは思わないけど、占いで海にいるって出たんなら海で正解だろう」

 

 どうやらユッキーは俺の治療を行うだけでなく、アリアの居場所を探ってくれていたようだ。理子はいまいち占いの結果を信じていないようだが、ユッキーの占いは概してよく当たる。実際、前の『天然記念物と、絶対に敵に回してはいけない死神と、いつになくやる気な戦闘狂と、オオカミと、魔王召喚の儀式中の凄く怪しい悪魔と、紛うことなきメガネと、やたら大きい鬼と、長髪のアホ幽霊に会う』という占いだって結局は当たっていた。

 

・天然記念物→理子

・絶対に敵に回してはいけない死神→中空知美咲

・いつになくやる気な戦闘狂→レキ

・オオカミ→コーカサスハクギンオオカミ

・魔王召喚の儀式中の凄く怪しい悪魔→ジャンヌ

・紛うことなきメガネ→小夜鳴先生

・やたら大きい鬼→ブラド

・長髪のアホ幽霊→カナ姉

 ――という風に、俺が近い内に出会う連中を見事に言い当てていた。そのため、今回の占いも信憑性は十分だと言えるだろう。

 

(ホント、ユッキー様様だな)

 

 占いという非科学的極まりない手段を通して見事アリアの居場所を探し出してくれた功労者:白雪の頭をキンジは再びよしよしと撫で始める。今のキンジには、熟睡中の白雪が救いの女神さまのように映っていた。

 

 

「ところで、さっきから気になってたんだけど。その眼帯、どうしたんだ?」

「あ、これ? えと、もう皆にボクの右目が見えてないことバレちゃったからね。ジャンヌちゃんから昔もらったの、使わせてもらってるんだ」

「なるほど。確かにジャンヌらしいデザインの眼帯だな」

「ど、どどどう? 似合ってる、かな?」

「あぁ、似合ってる。そういうファッションも悪くないんじゃないか?」

 

 白雪のおかげで幾分か心に余裕の生まれたキンジは理子が右目につけている黒地に白い髑髏マークのついた眼帯に目をつけ疑問をぶつける形で話を展開する。一方、話の流れでキンジに正面から褒められた理子は「そ、そう?」と、少し頬を赤く染めて恥ずかしそうに下を向く。もしビビりこりん真教在籍者が見ていたら、ダバババッと血涙を流すとともに『遠山キンジぶっ殺す』と固く決意していたことだろう。

 

「あ、そうそう! そうだった! さっきジャンヌちゃんがキンジくんに話したいことがあるって言ってたよ」

「ジャンヌが?」

「うん。今ここにいないから、繋げるね」

 

 恥ずかしさを紛らわせるように大きな声で話題を切り替えた理子は武偵高の指定カバンからノートパソコンを取り出し、Sky●eを通してジャンヌに連絡をかける。すると。2秒も経たない内にジャンヌへと繋がったらしく、『どうした、リコリーヌ?』との、いつもより少々くぐもった声が休憩室に響いた。

 

 

「あ、ジャンヌちゃん。キンジくん、起きたよ」

『我はジャンヌじゃない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ』

「あ、そうだった。ご、ごめんね、ジャンヌちゃん」

『……まぁいい。それより遠山麓公キンジルバーナード、我の声が聞こえるか? そこにいるのだろう?』

「あぁ、聞こえるぞ」

『ふむ、声色からして大丈夫そうだな。さすがは主人公補正に魅入られた者だ』

(相変わらず主人公補正大好きだな、ジャンヌの奴)

 

 『銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)』と理子に呼ばれたいのに素で『ジャンヌちゃん』と言われたジャンヌは軽く諦めのため息を吐く。その後、キンジの無事を確認したジャンヌは『クククッ』と普段通りの厨二チックな笑い声を漏らす。わかっていたことだが、今日もジャンヌは平常運行のようだ。

 

 と、ここで。「はい、これ」と理子からノートパソコンを手渡されたキンジはパソコン画面上のジャンヌを見やって、固まった。「話したいことって何だ?」と聞こうとして、できなかった。理由は簡単、パソコン画面に映ったジャンヌの顔全体が包帯でグルグル巻きにされていたからだ。オッドアイな両目と口元以外の全てが包帯で包まれていたからだ。

 

 

「ちょッ、ジャンヌ!? どうした、その怪我!?」

『我はジャンヌじゃな――』

「――んなこと言ってる場合じゃないだろ!? 何があった!?」

『……むぅ。何だ、リコリーヌから聞いてないのか? 少し前にうかつにも交通事故にあってしまったのだ。正確には、武偵高付近を散策中、トラックに轢かれてどこからか降ってきた鉄柱に腹部を貫かれてな。クククッ、しかしあれだけの大怪我をしておいて後遺症1つ残らないとは、さすが女神の祝福を受けし我だな』

「……ホントだよ。よく生きてたな、お前」

 

 キンジはジャンヌの言葉から現場を想像し、あまりのグロさについ「うへぇ」と表情を歪める。近くで理子が涙目で「うんうん」と頷いている辺り、ジャンヌがいかに奇跡的生還を果たしたのかが伺えるものだ。

 

 

『まぁとにかく、今の我は怪我人だ。あまり長々と話し過ぎると体に響く。時間も惜しいことだし、手短に済まさせてもらう』

「わかった。じゃあ、話って何だ?」

『話というのは、主に3つ。イ・ウーの現状と、カナリアーナの目的、そして砂礫の魔女の目的。これらを貴様に話せと、カナリアーナから頼まれたのだ。それが今回貴様が巻き込まれた一件を取り巻く事情を知る一番の近道だからな』

「ちょっと待て。カナリアーナって……もしかしてカナ姉のことか!? カナ姉起きたのか!?」

『あぁ。ちょうど貴様が砂礫の魔女の術中にハマり気絶した頃にな。その場にいた武偵(※武藤のこと)に我に向けての伝言を残して去っていった。どこへ向かったかは不明だ』

「そう、か」

 

 キンジがカナを打倒してから17日もの間、一度も目覚めることなく長い眠りに入っていたカナがついに意識を取り戻したことにキンジは歓喜の声を上げるも、続けて放たれたジャンヌの言葉にガックリと意気消沈する。カナと話したいことがたくさんあっただけに、カナが行方をくらませてしまったことにキンジは目に見えてしょんぼりとする。

 

 まるで大好きな飼い主に捨てられた忠犬のようだ。近くからキンジの様子を眺めていた理子は思わずそんな感想を抱いた。

 

 

『で、だ。カナリアーナから話は聞いた。現状も大方把握した。中々に厄介な事態になっているようだな。本当なら貴様があのカナリアーナを打倒した件について色々と問いただしたい所だが……まずはイ・ウーの現状について話させてもらう。その方が、後の話の理解がしやすいからな』

 

 カナに今回の一件の事情を全てキンジに話すよう託されたらしいジャンヌを前に、キンジは「わかった。よろしく頼む」と素直にジャンヌの説明を求める。

 

(カナ姉と話せないのは残念だけど、すっごく残念だけど! ……これはチャンスだ。これまで色々調べてきて、それでもまるで全貌の見えなかったイ・ウーについて知れる絶好の好機。この際だ、聞けそうなことは全部聞こう)

『まず、確認だ。貴様はイ・ウーについて、どこまで知っている?』

「どこまでって言われてもなぁ。軍事国家すら手が出せない犯罪組織で、理子やお前やブラドみたいな連中が集ってるってぐらいだぞ?」

『なるほど。まるで知らないんだな、よーくわかった』

(何か凄くバカにされてる気がする……)

 

 ジャンヌは人を小馬鹿にしたような声色で「うむ」とうなずくと、ニタァと凶悪な笑みを浮かべて高らかに宣言した。

 

 

『では、始めるとしようか。そうだったのか! ジャヌ上彰の学べるニュゥゥウウウウウウウウウウウウウウ――――ス!!』

「「……」」

 

 ジャンヌのまるで場の雰囲気を読めな発言にキンジと理子は思わず言葉を失くし、安らかに眠っていた白雪は「うぅぅ」と苦悶の表情を浮かべる。一瞬にして、何とも言いがたい気まずい空気を作り出した張本人たるジャンヌは『コホン』との咳払いを通して何とも形状しがたい空気の払しょくを図りつつ、本題へ入る。

 

 かくして。キンジはカナの計らいのおかげで、謎に包まれていたイ・ウーについての情報を得る機会を手にすることができたのだった。

 

 




キンジ→意識がなかったとはいえ、白雪と同じベッドで眠っていた熱血キャラ。『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員に殺されるフラグをせっせと立てている模様。
白雪→キンジの治療からアリアの居場所特定のための占いまで、柄にもなく久々に頑張りまくったせいでばたんきゅーしている怠惰巫女。かわいい。
理子→クローム髑髏と同デザインの眼帯をつけていたビビり少女。かわいい。ちなみに。休憩室の光景を見た理子の脳裏では『キンジ、目覚める→キンジ、白雪と話す→白雪、疲れてベッドに入る→キンジ、すやすや眠る白雪を優しい眼差しで見やる』的な感じで解釈していたため、平然としていたりする。
ジャンヌ→全身包帯グルグル巻き状態な厨二少女。バッと通ったトラックに轢きずられ鳴き叫ばれ、その後どこからか降ってきた鉄柱に腹部を貫かれた結果とはいえ、これは酷い。武藤を通してカナからキンジに一連の事情を話すよう頼まれたためか、やけにキンジに協力的。余談だが、第二次お喋り王者ランキングへ向けて、着実に喋った文字数を稼いでいくスタイルだったりする。


ふぁもにか「せっかくジャンヌちゃんがお喋り王者ランキング3位に輝いてくれたことですし、久しぶりに登場させようかと思います(←ただしSky●e越し)」

 というわけで、107話終了です。久しぶりの更新なのに全然展開が進んでいない&あんまり面白くなくて、何だか非常に申し訳なくなってしまいますね。予定では今回で説明会を終わらせて「いざ第四章クライマックスへ!」ってつもりだったのに……何てこったい。


 ~おまけ(ネタ:話の流れ的にカットした一幕)~

ジャンヌ「ところで、遠山麓公キンジルバーナード……ずっと気になっていたのだが、どうして女装をしているのだ?」
キンジ「え、あッ!?(そうだ、俺まだ遠山金子の格好じゃねぇか!? すっかり忘れてた!)」
ジャンヌ「ま、まさか、貴様も目覚めたのか? ……そ、そうか。うむ、やはり兄弟の血は争えないのだな。世間は女装癖を持つ男に厳しいのが常だが、ま、頑張ってくれ」
キンジ「ち、違う! 違うから! 誤解だから! 俺はノーマルだ! ノーマルなんだぁぁああああああああああああああ!!」

 ノーマルって何だっけ。


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108.熱血キンジと明かされるイ・ウー事情


 どうも、ふぁもにかです。今回は説明回なので、説明役のジャンヌちゃんがメチャクチャ喋ってるだけの回です。原作を知ってる人にとってはおそらくとってもつまらない回になると思われますので、そのような方々は飛ばし読み推奨です。

 閑話休題。今更ですが、すっごく今更ですが。緋弾のアリアAAのアニメ化が決まったらしいですね。おめでとうございます。というか、去年12月に決まったらしいというのに、今の今まで知らなかった私。私の情報収集力がいかにしょぼいかが露呈してしまったような気分です。

 ともかく、緋弾のアリアAAがアニメ化すれば、ここハーメルンにて緋弾のアリア二次創作がドンドン増えるのは確実。AAの人気次第では本編のアニメ2期もあり得ない話ではなくなったということです。いやぁー、緋弾のアリアがしばらく安泰なのは間違いなしですなぁ。ハッハッハッ。

キンジ「逆にアニメが爆死したら――」

 キンジくん、それ以上いけない。



 

 午前1時過ぎ。車輌科(ロジ)の休憩室にて。白雪がベッドで眠り、ベッド端に腰かけたキンジが理子のノートパソコンのSky●e画面に映るジャンヌを見つめ、理子がキンジの隣にちょこんと座る中。

 

 つい先ほど空気の読まない発言で盛大にスベり、場の雰囲気を何とも触れがたい微妙なモノへと変化させた重傷者:ジャンヌは『コホン』と咳払いをすると、真剣な表情で口を開いた。

 

 

『では、まずイ・ウーとはそもそも何かについて触れよう。……イ・ウーとは、いかなる軍事国家もうかつに手を出せない、超能力を備え、核武装した戦闘集団だ。その際立った特徴として挙げられるのは、イ・ウーにたった1つのルールすらないということだ』

「ルールがない?」

『そう。イ・ウー内部に一切の規則がないのだ。さらに、世界のいかなる法もイ・ウーを拘束できない。つまり、イ・ウーに所属する限り、メンバーは真に自由なのだ。イ・ウーに集う、天賦の才を授かりし化け物どもから戦闘技術を学び、己を高めるもよし。イ・ウーの立場を利用し、自らの目的を果たすために好き勝手暴れてもよし。イ・ウー自体が特定の目的を持たない自由な組織である以上、イ・ウーの構成員たる我らには何をしてもいい自由が認められている。……目的実現の障害となるのであれば、誰であろうと、それこそ同じイ・ウーの仲間だろうと、その者を殺す自由さえも認められているのだ』

「はぁ? な、何だよそれ。目的がない? 何をしてもいい? そんなの、組織として成り立つわけないだろ。すぐに内部抗争で自滅するに決まってる」

『うむ、いい質問だなぁ』

(……随分と上から目線だな)

 

 キンジはドヤ顔を浮かべるジャンヌに内心イラッとしつつも、ジャンヌが口にした衝撃の事実に戦慄する。この世にルールのない組織なんて存在しない。それはなぜか、簡単だ。ルールがなければ人は纏まれないからだ。ましてや、イ・ウーにはブラドみたいなどうしようもないクズだって所属していた。そのような協調性の欠片も持っていない社会不適合者みたいなのが一か所に固まれば、まず間違いなく組織は崩壊する。本来ならそのはずなのだ。

 

 

『そうだな、普通であればそうなるだろう。だが実際の所、そうはならなかった。リーダーがいたからだ。我らイ・ウーの構成員全員があらゆる智と技能を駆使しようとまず倒せない、絶対的な力とカリスマを持つ正真正銘の化け物:教授(プロフェシオン)がイ・ウーを束ねてきたからだ。だからこそ。イ・ウーは崩壊することなく、組織の形を保ってこれたのだ。言うなれば、イ・ウーはあのお方:教授(プロフェシオン)こそがルールなのだ』

教授(プロフェシオン)、ねぇ。……何かイ・ウーって学校みたいだな」

『その印象は概ね正しいぞ、遠山麓公キンジルバーナード。実際、イ・ウーは学校のような性質を持っている。才に恵まれた者同士、己の技術を他者に伝授し、己が欲する技術を他者から伝授してもらう。さながら教師と生徒のような関係性でな。そのような行為はイ・ウーでは日常茶飯事だ。元々氷の超能力しか使えなかった我が今、雷の超能力や変装術・変声術を使いこなせるのはイ・ウーでリコリーヌたちから技術を授かったからだ』

「そういや前に戦った時にそんなこと言ってたな。……ん? てことは、もしかしてブラドがヒステリアモードを利用していたのは――」

『カナリアーナから学んだのだろうな。尤も、ブラドはカナリアーナを女装癖を抱えた同士として割と好意的に捉えていたが、カナリアーナはブラドを嫌悪していた。ゆえに、教師と生徒の関係をあの二者が構築できるはずがない。……大方、ブラドが勝手にカナリアーナからヒステリア・サヴァン・シンドロームの技術を盗み取ったのだろう。抜け目のない奴だ』

 

 ブラドへの憎々しさを滲ませながら呟くジャンヌ。ブラドが投獄されてなお、ブラドに対する憤りが収まる所を知らないらしい彼女をよそに、キンジは思索する。

 

 稀有な才能を持った者同士が能力をコピーし合い、強くなる。さらなる境地へと己の高めていく。イ・ウーがそのためだけに存在する組織なら何も問題ない。というか、イ・ウーが技術を教え合うだけの場所だと言うのなら俺も望んでイ・ウーメンバーになりたい所だ。だが、問題はやはり、イ・ウーにルールがないこと。イ・ウーで獲得した力を利用して世界に危害を加えんとするイ・ウーメンバーを拘束するルールがないことだ。

 

 

『本題に戻るぞ。これまでイ・ウーの頂点たる教授(プロフェシオン)の絶対的支配により、イ・ウーは存続してきた。しかし、そのようなイ・ウー安定期は終焉を迎えんとしている。教授(プロフェシオン)が寿命で死のうとしているのだ。いくら化け物中の化け物でも、老化には勝てなかったということだな。……そして今、イ・ウー内部では誰が教授(プロフェシオン)の後を継ぎ次期リーダーとなるかで少々荒れている。教授(プロフェシオン)が次期リーダーについて明言していないせいでな』

「……」

『イ・ウーには元々、主に2つの派閥がある。そして今現在、その2つの派閥は互いにいがみ合っている。1つは主戦派(イグナティス)、本気で世界への侵略行為を目論むバトルジャンキーどものことだ。奴らの一派がイ・ウーの主権を握った時、脳みそがお子様な奴らはイ・ウーの力を思う存分駆使して世界各地を襲撃し、世界に混沌と殺戮と争乱をもたらすだろう』

 

 キンジがげんなりとした表情で「いい迷惑だな、おい」と呟くと、『ククッ、違いない』とジャンヌがなぜか小気味よさげに笑い声を零す。

 

『で、2つ目だ。もう1つの派閥の名は研鑽派(ダイオ)教授(プロフェシオン)の気質に寄り添い、日々純粋に己の力を高めいずれ神の領域にまで到達することを夢見る連中のことだ。あくまで末席に名を連ねているだけだが、我やリコリーヌも研鑽派(ダイオ)だ。研鑽派(ダイオ)の連中は教授(プロフェシオン)に迫りくる死期の存在を知ってから、次期リーダーとなり得る存在を探し続けた。イ・ウーに集う無駄に強い連中を束ねられるほどに絶対無敵でかつ、強く、気高く、美しい存在、またはその境地へと近い内に昇華しうる存在を探しに探した。そして、研鑽派(ダイオ)が目をつけた存在。それこそが――神崎・H・アリア』

「……は?」

『選ばれたのだよ。よりにもよって、神崎・H・アリアがだ。加えて、教授(プロフェシオン)自身も神崎・H・アリアがイ・ウーの次期リーダーに就任することに否定的な見解は示していない。黙認は承認と同じ。神崎・H・アリアはイ・ウーの次期リーダーとして教授(プロフェシオン)に選ばれたのだ』

「なッ!? ちょっ、ふざけるな! あ、アリアはイ・ウーのリーダーになったりしない! あのアリアがかなえさんに罪をなすりつけた連中に手を貸したりなんてするものか!」

『それはどうかな。人間、機会さえあれば品行方正にも悪逆非道にもなれる。悪人がいつも悪人でないように、善人がいつも善人でいるとは限らない。大切なパートナーだから色眼鏡を掛けたくなる気持ちはわからないでもないが、思い込みはしないことをオススメする。イ・ウーが常識の通じない組織だってことは、もう十分思い知らされているだろう?』

「うッ、確かに……」

『とまぁ、ここまでがイ・ウーの現状だ。一気に話したから理解できていない部分もあるだろうが……とりあえず、今のイ・ウーは次期リーダーの座を巡って一部の者が暗躍している。そして、研鑽派(ダイオ)が次期イ・ウーリーダーとして神崎・H・アリアに目をつけている。それだけ理解してくれればいい』

「……わかった」

 

 ジャンヌはイ・ウーの現状を要約して示すと、すかさず次の話題に入る。アリアが巨悪の親玉候補としてイ・ウーメンバーから推薦されているという信じがたい事実を前に不安に揺れるキンジをスルーして、ちゃっちゃと言葉を紡いでいく。

 

 

『次はカナリアーナの目的についてだ。さっきまでのイ・ウーの話を踏まえた上でよく聞け。……カナリアーナはイ・ウーを潰すため、アンベリール号沈没事故を利用して表社会から姿を消し、イ・ウーの一員になった。教師として我やリコリーヌに己の戦闘技術を教え込む傍ら、イ・ウーを滅ぼすための手段を模索していた。当初は自力でイ・ウーを壊滅させるつもりだったらしい。が、直に自らの力のみでは不可能だと思い知らされた。ゆえに、カナリアーナは同士討ち(フォーリング・アウト)という手段を選ぶことにした。イ・ウーを内部分裂させ、敵同士を戦わせ、弱体化させようとしたのだ』

(カナ姉、そんな危ないことしようとしてたのか……)

『イ・ウーは教授(プロフェシオン)のカリスマがあって初めて成り立っていた組織だ。つまり、教授(プロフェシオン)が死に、まともにイ・ウーを束ねられるものがすぐさま現れなければ、イ・ウーは勝手に崩壊する。そのことを踏まえ、カナリアーナはイ・ウーのリーダー不在の期間を作り出せる可能性を導き出した。『第一の可能性』は、教授(プロフェシオン)の死と同時に神崎・H・アリアを殺し、研鑽派(ダイオ)が次期リーダーを探し出すまでの空白期間を作ること。そして『第二の可能性』は――教授(プロフェシオン)を直接殺すこと』

教授(プロフェシオン)を、殺す……」

『が、カナリアーナは教授(プロフェシオン)を殺せないと判断した。だからこそ『第二の可能性』を切り捨て、『第一の可能性』しか存在しえないと考え、貴様に神崎・H・アリアを殺す協力を持ちかけた』

「そうか。だからカナ姉は、アリアを殺そうとしていたのか」

『そういうことだ。そして。最低限、自分を超えられるだけの実力を貴様が備えているのなら、もう一度『第二の可能性』に賭けてもいいと考え直し、貴様と一対一で戦った。その顛末は、貴様の方が詳しいだろう?』

 

 カナの事情を、真意を知ったキンジは「そう、だな」と一言呟く。あくまでシリアスチックに言葉を紡ぐキンジだったが、その内心は歓喜の念に満ちつつあった。胸の内が温かくなって、無性にはしゃぎたくなって、しかし場の空気が空気だったので、キンジは今の心境が外へ漏れ出ないように必死に努めた。

 

 キンジが歓喜の感情を抱いた理由は単純明快。これまでカナ姉に守られるだけだった自分が今、頼られているとわかったから。実力を買われ、自分なら教授(プロフェシオン)を倒せると信じられ、思いを託されていたのだと知ったからだ。

 

(俺は、ようやくカナ姉と並び立てるレベルになれたんだな)

 

 もちろん、実力でカナ姉と同じ境地に立てたなどとおごるつもりはない。前にカナ姉の言った通り、カナ姉との戦力差は大人と子供以上だ。だが。カナ姉の隣に立って戦えるぐらいの、カナ姉の足手纏いにならない程度の実力が自分には備わっているのだと実感したキンジは「ふぅ」と一つ息を吐く。それは万感の思いのこもったため息だった。

 

 

『カナリアーナの目的は理解したか? 纏めると、カナリアーナはイ・ウーを滅ぼすため、研鑽派(ダイオ)が次期リーダー候補として指名した神崎・H・アリアを殺そうとした、ということだ』

「……」

『聞いているのか、遠山麓公キンジルバーナード?』

「あ、あぁ。了解、よくわかった」

 

 かつてない精神的充足感に浸っていたがためにジャンヌの要約をサラッとスルーするキンジ。ジャンヌは『本当に聞いているのか? せっかく我がわざわざ話してやっているというのに……』と怪訝な眼差しをキンジに向けつつも、説明のための言葉を並べていく。

 

 

『では最後に、今回神崎・H・アリアを拉致した砂礫の魔女、もといクレオパトラッシュの目的に入ろうか』

「ッ!? ちょっ、待て待て待て! その呼び方はアウトだろ! 絶対ヤバいって!」

『ん? どうした、何が気に入らない? クレオパトラッシュはクレオパトラッシュだろう?』

「だから、その名前を連呼するな! あの日本人の誰もが涙した名作が穢れるだろうが!」

『……ハァ、遠山麓公キンジルバーナード。人の真名を呼ぶことの何が悪いんだ? やれやれ、今の我は怪我人だと最初に行ったであろう。現時点で我はもう結構疲れてるんだ。くだらないことで話の腰を折るようなら、問答無用でSky●e通話を切らせてもらうぞ?』

(え、えぇぇぇぇ。な、なんで俺が責められてるんだよ……)

 

 ジャンヌから空気の読めない奴扱いされていることにキンジは納得いかないと表情を歪ませる。ひょんなことから休憩室の雰囲気にギスギス感が生まれ始めるも、これまで一貫してジャンヌの話を静聴していた理子が「け、喧嘩はダメだよ! 2人とも!」と仲裁に入ったことで、険悪な雰囲気は一瞬にして払拭された。

 

 キンジもジャンヌも、二人の顔色を恐る恐る窺いながら涙目で声を上げる理子をこれ以上困らせたくなかったのである。弱者は強者とはこのことか。

 

 

『さて。話を再開するぞ。クレオパトラッシュ。奴はかつてイ・ウーナンバー2の実力者だったものの、性格に難があるせいでイ・ウーを退学させられた身だ』

「そう、なのか? むしろ、今まで会ったイ・ウーメンバーの中では割とまともな印象だったけど……」

 

 ジャンヌの発言を前にキンジは違和感に首を傾げる。何せ。今まで会ったイ・ウー構成員が、理子(ビビり)とジャンヌ(厨二病)とブラド(変態)とカナ(天然)である。一見、深窓の令嬢のような言動をするパトラをまともな人間だとキンジが捉えたのも道理である。

 

『見た目はそうだろうな。だが、奴は主戦派(イグナティス)筆頭、銀河☆掌握を目論むキチガイ女だ』

「は? ぎ、銀河☆掌握? 銀河って、あの?」

『あぁ、そうだ』

「……さすがに冗談だろ?」

『残念ながら現実だ。クレオパトラッシュには誇大妄想のケがある。イ・ウーの力を利用してまずはエジプトを侵略し、エジプトを拠点として世界を、さらには銀河中を支配する。そのような馬鹿げた目的を掲げて暗躍する主戦派(イグナティス)筆頭なのだよ、奴は』

「……」

 

 キンジはジャンヌが語るパトラの野望に思わず閉口する。今まさに、キンジは歴史の教科書で学び、そして本人と邂逅したことで構築してきたクレオパトラ7世像が木っ端微塵に砕かれていく感覚を味わっていた。

 

 

「……何か、クレオパトラ7世って残念な人だったんだな。仮にも歴史上の偉人なんだから、もっと理知的な人だと思ってたのに」

『――ん? 何を言っているんだ、遠山麓公キンジルバーナード。……まさかとは思うが、貴様はクレオパトラッシュの妄言を愚直に信じているのか?』

「え? 妄言なのか?」

『そうだ。あれはクレオパトラ7世本人ではない。本人を騙るだけの子孫、要はただの哀れな妄言者だ』

 

 ジャンヌの『漫画やアニメの世界じゃないんだ、一度死んだ人間が遥か遠い未来で再び生を受けるなどあり得るはずがなかろう。違うか?』との物言いに、キンジは「それもそうか」とうなずく。どうやらここの所、イ・ウーだの吸血鬼だのと常識外極まりない存在と関わってきた影響で、通常ならあり得ない現象に対して疑う心を忘れていたようだ。

 

 

『奴は我と同じく、策士。いくつもの策略を巡らし人を手のひらで踊らせる狡猾な魔女だ。加えて。(グレード)25というとんでもなく高いGを持ち、砂礫を駆使したあらゆる技を使う奴は世界最強の魔女(マツギ)の1人とされるほどに強い。ダテに元イ・ウーナンバー2ではないということだ。……しかし、奴の最も恐ろしい所は呪いにある』

「呪い?」

『奴は人を呪い、不幸にすることができるのだ。直接呪うか、呪蟲(スカラベ)を使って呪うか。いずれにせよ己の魔力を相手に運ぶことで相手に不幸を呼ぶことができる。今のリコリーヌが右目を失明してるのも、我が交通事故に遭ったのも、今にして思えば奴が呪ったからだろう。奴の計画を我らが妨害できないようにな』

 

 ジャンヌは己の不甲斐なさゆえか、やれやれと肩を竦める。一方。「そう、だったのか」と呟くキンジの脳裏には、前に公園で声出しの練習をしていた理子に会った際、理子の右目に割と大きい虫が貼りついたせいで「みぎゃああああ!?」と悲鳴を上げた理子の姿が浮かび上がっていた。

 

 

(なるほど。あの虫はパトラの使い魔だった、ということか)

『奴のことだ、我とリコリーヌの2人だけ呪ったとは考えにくい。他にパトラに呪われたであろう人間に心当たりはないか?』

「心当たり、ねぇ」

 

 キンジはジャンヌの問いかけを受けて過去の出来事を遡ってみる。具体的には、理子が呪いをかけられたであろう7月6日以降の記憶を振り返ってみる。すると、とあることに思い至ったキンジは「そういえば」と言葉を紡ぐ。

 

「レキがパトラとの賭けに負けたことがおかしいって言ってたな。あと、考えてみれば肝心な所でドラグノフが故障するのもおかしい。レキは自分の武器の整備を怠るような奴じゃないからな」

(むしろ毎日毎日嬉々として整備やってそうだよな。あの性格だし)

『そうか、ならばそれも奴の呪いの結果で間違いないだろう』

「マジかよ。……人を呪って不幸にすることで、相対的に自身を幸運に恵まれた存在にする能力、か。厄介だな」

 

 パトラの脅威を改めて実感したキンジが口にした本音に同意するように、ジャンヌは『うむ、全くだ』と鷹揚に首肯する。

 

 

『で、だ。そんなクレオパトラッシュが神崎・H・アリアを攫ったのは、イ・ウーの次期リーダーになるべく、教授(プロフェシオン)と交渉する際の人質(カード)とするためだろう。奴のことだ、呪弾でも使って教授(プロフェシオン)の判断を急かすに違いない』

「……」

(だからアリアに呪弾を撃ったのか。24時間以内に自分の要求を呑まなければアリアを殺すって脅しのために)

『で、貴様はどうする?』

「どうするって?」

『イ・ウー側の事情をあらかた知った今なら、正常な判断ができるだろう? その上で尋ねさせてもらう。貴様はこれから、どうするのだ? 神崎・H・アリアを取り戻すためクレオパトラッシュを襲撃するか? それとも神崎・H・アリアのことはなかったことにするか?』

 

 ジャンヌは挑戦的な眼差しをキンジに注ぎながらキンジに2択を突きつける。キンジを試すように問いを投げかけるジャンヌだったが、既にキンジの答えは決まっていた。

 

 

「そんなの、決まってるだろ? アリアを取り戻す。相手がどれだけ強かろうと関係ない。パートナーを奪われて命が危ないってのに泣き寝入りをするような奴は武偵じゃないし、パトラのアホな野望のせいでアリアを殺されるわけにはいかないからな」

『……そうか。うむ、中々にいい目をしているな』

「そうか? 自分じゃ全然わからないけど」

『そうだ』

「うんうん! い、今のキンジくん、凄くカッコいいよ!」

 

 ジャンヌがキンジの決断を評価して口角を吊り上げ、理子がジャンヌに同調するように声を上げる中。キンジは一つ深呼吸をする。

 

 もちろん、理由は他にもある。現状でパトラという敵から逃げるような奴は、かつてユッキーの望んだ、悪い人をバッサバッサとやっつけるカッコいい武偵じゃないというのも理由の一つだ。だが、一番の理由は、カナ姉の期待を裏切るわけにはいかないからだ。カナ姉は教授(プロフェシオン)を殺害しうる存在として俺に期待している。なら、教授(プロフェシオン)より弱いパトラの一人や二人程度、楽々倒せなければ話にならないのだ。

 

 

(やってやる。絶対にパトラを倒して、今度こそアリアを助けてみせるッ!)

『ならば話は早い。これより、神崎・H・アリア救出作戦を始めるぞ』

「え? ……協力、してくれるのか?」

『当然だ。今回に関しては利害が一致しているからな。我はイ・ウートップに主戦派(イグナティス)の奴を据えたくない。まして、銀河☆掌握を掲げるバカなんて論外だ。それに何より……』

「何より?」

『いや、何でもない。気にするな』

 

 キンジに協力的な理由を語るジャンヌの表情が憎悪に染まったことが気にかかったキンジが続きを促すも、ジャンヌはフルフルと首を左右に振って話を切り上げる。今のジャンヌの様子から、これ以上情報を引き出せないだろうと判断したキンジは「ありがとう。助かるよ、ジャンヌ」と感謝の言葉を口にした。

 

 

『フン、感謝の言葉などいらん。それぞれの目的のため、我が貴様を利用し貴様も我を利用する。それ以上でもそれ以下でもない。いいな?』

「……ジャンヌ。お前って本当にいい奴だよな。なんでイ・ウーで犯罪行為を働いてたのかが不思議なぐらいだ」

『またそれを言うか。我は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、優しさなどといった低俗な感情とはかけ離れた孤高の存在だと前にも言っただろう。もう忘れたのか?』

「はいはい、そんな設定だったな」

『設定って言うな!』

 

 まるでヒステリアモードの時のように優しげな視線をジャンヌに向けるキンジ。

 自身の言葉を軽く流すキンジが気に入らないため、怒気を孕んだ声を上げるジャンヌ。

 さっきとは違い険悪でない二人の様子に安堵する理子。

 

 凄まじくシリアスだった休憩室の雰囲気が大いに和らいだ瞬間だった。

 

 




キンジ→今回リアクション担当だった熱血キャラ。ジャンヌに対する好感度が上がった模様。なお、パトラへの好感度はストップ安である。
理子→今回テラ空気だったビビり少女。しかし、空気でもテラかわいい。キンジとジャンヌが仲良さげになっているのが嬉しい様子。
ジャンヌ→今回説明役に終始していた厨二少女。所々で話を要約してくれる辺り、気配りができる系女子である。ちなみに、今回は厨二発言はほとんど鳴りを潜めている。

 というわけで、108話終了です。説明回が長すぎる件について。やっぱり以前の話でちょくちょくイ・ウー事情について触れてこなかったツケが回ってきたんでしょうかねぇ。

 ちなみに。地の文や会話文で『不幸』って表現がある時は、大抵パトラが呪った結果を示唆しています。それとこれは裏設定ですが、アリアがジャッカル男の中から現れたワンコに対応できずにやられたのも『不幸』だったからです。全く、パトラさんってばマジ用意周到。さすがは元イ・ウーナンバー2。


 ~おまけ(話の流れ的にカットした一幕)~

キンジ「なぁジャンヌ」
ジャンヌ「ジャンヌではない、銀氷の魔女だ」
キンジ「はいはい、銀氷の魔女銀氷の魔女。で、イ・ウーのことを色々と話してくれたのは嬉しかったけど、こんなにたくさん話してよかったのか?」
ジャンヌ「ふむ、というと?」
キンジ「今の話、明らかに言ったらヤバい機密情報入ってただろ。カナ姉の頼みがあったからとはいえ、俺に色々話したことが他のイ・ウーメンバーにバレて、イ・ウーへの敵対行為と思われたりしたら――」
ジャンヌ「心配は無用だ。むしろ、望む所だ」
キンジ「え?」
ジャンヌ「我はイ・ウーに追われる身になりたいのだよ。イ・ウーでやれることはもうあらかたやり終えた。自らを十分高められた以上、もうイ・ウーに留まる理由はない。それに。イ・ウーから狙われる身になれば、地下倉庫(ジャンクション)破壊による莫大な借金をなかったことにできるかもしれない。帳消しにして、武偵高から姿を消せるかもしれない。とても払えそうにない借金の重圧から解放された幸せライフのためなら、刺客が何人来ようが構うものか。クククッ、クククククッ(←やさぐれた笑みを浮かべつつ)」
キンジ「……ジャンヌ、お前。苦労してるんだな」
理子「ジャ、ジャンヌちゃん。ごめんね、ボクがいっぱいお金持ってたら代わりに払ってあげられるのに……(´;ω;`)ブワッ」

 莫大な借金を背負っている事実はじわじわとジャンヌの精神を蝕んでいた模様。
 新たに不憫キャラを開拓しつつあるようだが……強く生きろ、ジャンヌ。


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109.熱血キンジと技術チートの本領発揮


 パトラはとある場所で鎮座していた。
 ゲンドウポーズを取ってただ玉座に坐していた。

パトラ「……」
パトラ「……まだ、来ませんわね」
パトラ「…………私はいつまでここでスタンバッていればいいのかしら? あと3ヶ月?」

 ということで。どうも、ふぁもにかです。約20日ぶりの更新でござりますね。う~む、リアル生活が忙しすぎるせいでただでさえヤバいふぁもにかの遅筆っぷりがさらに加速しちゃってますね。あんまり熱血キンジと冷静アリアの今後の展開を心待ちにしている読者を焦らしたくはないんですけどねぇ。かつてSALOを執筆してた時のあのバカみたいな速筆は一体なんだったのか。

 ですが、皆さん。ご安心ください! 私のテラ忙しライフは7月中旬になったら終焉を迎え――あ、その頃から単位認定試験の季節が始まるんでした、テヘッ。……何だかパトラ戦を終える頃には2016年になってるような気がしますね、ええ。



 

 車輌科(ロジ)の休憩室にて。カナの計らいにより、理子のパソコンのSky●eに映るジャンヌからイ・ウーの事情やカナ&パトラの目的など、実に様々な情報を得ることのできたキンジ。

 

 そんなキンジは今現在、『リコリーヌ。ユッキーお姉さまと遠山麓公キンジルバーナードをドックへ案内しろ』とのジャンヌの指示により、寝ぼけ眼の白雪共々、パソコンを大事そうに抱える理子の案内を受けて移動していた。ちなみに。服は武偵高の防弾制服に着替え直したため、今のキンジはもう遠山金子仕様ではない。

 

 余談だが、休憩室のベッドで熟睡する白雪を起こして一緒に連れていく時に『遠山麓公キンジルバーナード、ユッキーお姉さまを起こしてやれ。いいか、くれぐれも丁重に起こすんだぞ? もし我が愛しのユッキーお姉さまを雑に扱ってみろ。……貴様の命日は今日だと思え』とドスの利いた声&右手にバチバチと緑色の電気を宿しつつジャンヌが脅してきたため、白雪を起こすのにちょっぴり時間がかかってしまっていたりする。

 

 キンジと白雪は理子の歩くスピードに合わせてついていく。休憩室から出て階下へと降りていき、エレベーターを利用して地下2階にある車輌科(ロジ)のドックへと向かう。そうしてたどり着いた先の、エレベーターホールにて。見覚えのある緑髪琥珀眼の無表情少女がベンチにちょこんと腰を下ろしていた。

 

(ゲッ、レキ!?)

 

 キンジはレキの姿を視認した瞬間、反射的に戦闘体勢を取るも、対するレキから殺気がまるで感じ取れなかったためにすぐに警戒を解いた。

 

 

(よし。今回は攻撃してこないみたいだな……って、あれ? 何かレキの様子、おかしくないか? 心なしか、気落ちしてるような?)

「目が覚めましたか、キンジさん。無事で何よりです」

「あ、あぁ。全くだな」

「今からアリアさんを助けに行くんですよね? でしたら、これを」

 

 レキの様子が普段と違うことに内心で首を傾げつつもレキの言葉に応じるキンジにレキが両手をキンジに差し出す。その手に持たれていたのは、キンジが普段からお世話になっている武器:ベレッタにバタフライナイフ、そして小太刀2本だった。

 

 

「これ、俺の――」

「キンジさんが眠っている間に武器を手入れしておきました。不備がないか確認してください」

「わ、わかった」

 

 キンジの言葉に被せるようにして言葉を紡ぎ、キンジに己の武器の点検を促すレキ。キンジは言われるままに武器がきちんと整備されているか確認して――心底驚愕した。

 

 

(何だこれ、まるで新品同様じゃねぇか!?)

「大丈夫そうですか?」

「あぁ、問題ない。完璧だ」

「本当にですか?」

「あぁ。……どうしたんだ、レキ? 今日は何か変だぞ?」

「いえ、大丈夫ならいいんです」

 

 念押しで尋ねてくるレキにキンジが率直に疑問をぶつけてみると、レキはフルフルと首を左右に軽く振り、「それでは、私はこれで」との言葉を残して歩み始める。役目は終えたと言わんばかりにエレベーターの方へ向かい、ドックから姿を消そうとする。そのため、キンジは「え、ちょっ、レキ!?」と慌ててレキを呼び止めることとなった。

 

 

「? どうしましたか?」

「いや、レキ……お前はアリアを助けに行かないのか?」

「はい。今回、アリアさんを助けに行けるのは2人だけです。キンジさんを除けば、後1人のみ。交通事故でボロボロなジャンヌさんは当然、右目の見えない理子さんを戦闘に駆り出すのは危険です。相手が強力な超能力者であることを踏まえれば白雪さんが適任、ということです」

(なるほど、俺が眠ってる間にアリアの救出メンバーを決めてくれていたみたいだな)

「それに――どうやら私は敵に呪われているようです。私に降りかかる不幸がアリアさん救出の失敗の決め手になるわけにはいきませんからね」

「レキ……」

 

 琥珀色の瞳を細めて少々寂しげに語るレキを前に、キンジは思わぬものを見たと言わんばかりに目を見開く。

 

 

 本当はレキもアリアを助けに行きたいのだろう。しかし、なぜかはわからないが2人しかアリアを助けには行けない。加えて、レキはパトラに呪われている。呪いの効果がいつまで続くかはわからない以上、レキの存在はアリア救出の成功率を下げる要因になりかねない。だから、足手纏いにならないためにレキはアリア救出要員として名乗りを上げない判断を下したのだろう。

 

 さらに言うなら、先ほど入念に俺の武器の確認を促したのは、自分が武器の手入れをしたことが呪いの起点となり、俺にまで不幸が伝播することを未然に防ぎたかったから。レキのドラグノフみたいに、肝心な時に呪いのせいで俺の武器が壊れないか、俺の目で直接、事前に確認してほしかったからなのだろう。

 

 

(本当は助けに行きたいのに、助けに行けない。それなら別の形で協力しようと、俺の武器を整備するという形でサポートしても、パトラの呪いのせいで下手したら逆効果になるかもしれない。何かをすると逆効果で何もしないことが最善とか……これ、俺だったら絶対耐えられない状況だな。けど。それでもレキは、アリア救出に出向く俺が万全の状態で戦えるようにしてくれたんだな)

 

 相変わらず無表情で、感情を一切反映しない表情の奥で何を考えているのかそう易々とは読み取れないレキ。しかし、レキの言動からレキの思いを汲みきったキンジは、レキをしっかりと見据えて感謝の言葉を告げることにした。それが、レキの思いに報いる唯一の手段だと判断したからだ。

 

 

「レキ。理子から聞いたけど、アリアのために色々取り計らってくれたんだよな。武器もここまで丁寧に手入れしてくれたみたいだし、正直助かった。ありがとな」

「感謝の言葉はいりませんよ。今の私にはこれぐらいしかできませんから。……いえ、そうですね。何かお礼をしたいと言うのでしたら、今度24時間模擬戦闘を行い、お互いを高め合うというのは――」

「――悪い、それは却下だ。命がいくつあっても足りないからな」

「なるほど。私ではまだまだキンジさんの足元にも及んでいないため、24時間耐久の模擬戦を行えば100%の私の命が散ってしまう。だから24時間の模擬戦闘は時期尚早、ということですね?」

(いや、散るのはまず間違いなく俺の命の方なんだが……まぁいいか。わざわざ修正するようなことじゃないし)

 

 レキは一時はキンジからの感謝の言葉を受け取ろうとしなかったものの、ふと閃いたかのようにキンジとの模擬戦を提案してくる。今のらしくないレキにいつものバトルジャンキー気質が戻りつつあることは歓迎しても、レキとの模擬戦の約束が結ばれることは何としても避けたいキンジは、レキがいい感じに勘違いをしていることを利用して「ま、そういうことだ」とテキトーに頷いた。

 

 

「わかりました。それでは模擬戦はしばらくなしにしましょう。貴方の勝利を信じて待つのもまたライバルとしての務め、ということで私はひとまず研鑽を積むことにします。今の私にできることはもうありませんが――キンジさん、貴方の武運を祈っています。必ずアリアさんを取り戻してください」

「あぁ、任せろ」

 

 キンジの力強い返事を聞いたレキはコクッと1つうなずき、今度こそテクテクと歩き去る。風を引き連れて歩むレキの後ろ姿は、もうすっかりいつものレキそのものだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レキが車輌科(ロジ)のドックから姿を消した後。理子の案内の元、エレベーターホールから次の扉へ向かったキンジと白雪。モーターボードや水上バイクがぷかぷかと海水に浮かべられる形で居並ぶブリッジをドンドン進み、第7ブリッジに差しかかった所で、これまた見覚えのある顔をキンジは視界に捉えた。

 

「……キンジか。それと、星伽さんに峰さん。ついでにダルクさん……」

 

 と、ここで。キンジたちの存在に気づいた武藤は整備を中断して振り向いてくる。その武藤の背後にあるのは、白と黒を基調にした、ロケットを横倒しにしたような謎の乗り物だった。

 

 

(え、何これ? 何の乗り物だ、これ?)

「キ、キンジくん。白雪さん」

「理子?」

「りーちゃん?」

「え、えっとね。これはオルクスって言って、ジャンヌちゃんが武偵高に潜入するために使った潜航艇なんだ。元々は魚雷だったんだけど、人が乗れるようにイ・ウーで改造したんだよ。それでね、キンジくんと白雪さんにはこれでアリアさんを助けに行ってもらおうと思って、さらなる改造を頼んでたんだ。そのせいで部品が増えて、元々3人乗りだったのが2人乗りになっちゃったんだけどね」

「へぇー、そうだったんだ」

「そういや、アリアは海上にいるんだったな。なるほど、これで行くのか」

(2人しか助けに行けないってレキが言ってたのはこのことか)

 

 キンジがまじまじと謎の乗り物を見つめていると、武藤にパソコンを渡してきた理子がくいくいと袖を引っ張ってくる。引っ張られるままにキンジと白雪が理子を見やると、理子がすかさず補足説明を入れてくれた。さすがの気配りっぷりである。

 

 

『ついでとは何だ、ついでとは。あと、我は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。ダルクさんなどと呼ぶでない』

「……長い、呼ぶの面倒。ダルクさんでいい。そっちのが楽……」

『なッ!? 我の真名を面倒、だと!?』

「……ダルクさん、話が脱線してる。本題に入った方がいいかと……」

『クッ……まぁいい。今回は見逃してやる』

 

 一方。理子からパソコンを渡された武藤はジャンヌと言葉を交わす。真名(自称)を呼んでもらいたいジャンヌと長ったらしい名前で呼びたくない武藤。一時は武藤が真名を蔑ろにする発言をしたことでジャンヌが不穏で物騒な雰囲気をその身に宿したが、武藤の誘導によって何事もなく本題に入っていった。

 

 

『で、首尾はどうだ?』

「……順調。今は、ちょっと遊んでる……」

『ん、遊んでる?』

 

 Sky●e越しに武藤を見つめ、オルクスの出来具合を問いかけるジャンヌに武藤は相変わらず言葉少なに経過を伝える。しかし、乗り物の整備をしているにしては不自然すぎる言葉が飛び出したことにジャンヌが首をコテンと傾けた、その時。オルクスのハッチからガバッと、左右の一房を耳で纏めただけの短髪を引っさげた幼女――平賀文――が飛び出てきた。

 

 

「もうオルクスの改造は完成してるよ! ダルクくんの要望は一通り叶えてるよ! 部品を詰め込みまくったおかげで軽く170ノットは出せるようになったし、2000km程度なら余裕で走らせるようにできたよ! どうだ!? 凄いでしょ、なのだ!」

『あぁ、凄いぞ。素晴らしい。まさかたった3時間程度で改造を終わらせるとは思わなかった。さすがに無茶ぶりしすぎたかと考えていたのだが……文句なしの天才だな、2人とも』

「……それはどうも……」

「えへへー! もっと褒めてぇー♪ なーのだー!」

 

 ジャンヌからの掛け値ない称賛の言葉に武藤はそっけなく返事をし、平賀は得意満面にエッヘンと胸を張る。どうやら平賀の語尾の「なのだ」の取ってつけた感も健在のようだ。

 

 

『それで、遊んでたとは一体どういうことだ?』

「……オルクスの機能に影響が出ない程度に、追加兵装を少々。これで敵と水中戦になっても返り討ちにできる……」

「燃料効率が微妙だったからパパッと改良したり、部品の小型化にも手を出したりしたから、今の今まで2人乗りだったのがついさっき3人乗れるようになったよ! あと、今詰め込んだ燃料だけで往復も余裕でできるようにしたよ! やろうと思えば日本一周もできるんじゃないかな!? これでこのオルクスは敵までの片道切符、なんてことはなくなったってこと! なのだ!」

『……え、マジで?』

「……マジ……」

「マジなのだ! エッヘン!」

『そ、そうか。正直、そこまでは期待してなかったのだが……マジかよ』

 

 天才という言葉が軽く霞むぐらいの所業をいとも簡単にやってのけた眼前の武偵2人を前にジャンヌは思わず頭を抱える。イ・ウーの技術力に匹敵、ともすれば超越していそうな技術チート系武偵2名を前に『ま、まさかイ・ウーの技術力が武偵高の一生徒に劣るとは……いや、この2人がケタ外れにヤバいだけか?』とブツブツと呟く。

 

 この時、ジャンヌは心から思った。武藤剛気と平賀文。2人の存在をイ・ウー側が知れば、全力でイ・ウーサイドに取り込もうとするのだろうな、と。

 

 と、ここで。ジャンヌはハッと我に返る。今自分がやるべきことは、2人のぶっ飛んでいるにも程がある技量に絶句することではなく、キンジたちに今後の方針を伝えることだと、ジャンヌは武藤にパソコンをキンジたちに向けるように要請する。

 

 

『……今の話を聞いていたか、遠山麓公キンジルバーナード?』

「あぁ。とりあえず、武藤と平賀が非常識極まりないことをやってのけたってことはよくわかった」

『その通りだ。今から貴様とユッキーお姉さまにはこのオルクスでクレオパトラッシュの元まで向かってもらう。当初はオルクスを2人乗りの片道切符として使い、クレオパトラッシュを倒して神崎・H・アリアを奪還後、車輌科(ロジ)の水上飛行機の到着を待ってもらうつもりだった。しかし。オルクスが3人乗りかつ往復のできる仕様になった以上、必ずしもクレオパトラッシュを倒す必要はなくなったと言っていいだろう』

「つまり。最悪、アリアを取り戻してオルクスで逃げ帰ればいいってことか」

『そうだ、オルクスに乗ってしまえばクレオパトラッシュは追いつけないからな。となると、だ。……神崎・H・アリアを連れ帰ることを想定すると、やはり行きは2人しか乗せられない。ゆえに。先ほどレキヴァルトの言った通り、貴様とユッキーお姉さまに神崎・H・アリア救出に向かってもらうことになる。――改めて聞こう、覚悟はいいか?』

 

 ジャンヌの問いかけにキンジと白雪は同時に1つうなずく。そんな2人の反応にジャンヌは満足するように口角を吊り上げると、白雪へと視線を移して『ユッキーお姉さま。くれぐれもお気をつけください』と心配そうに言葉を綴った。

 

 

「大丈夫だよ。デュラちゃんが貸してくれた聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・テーゼリオス・クライダ・ヴォルテールもあるし、きっと大丈夫。安心してよ、デュラちゃん」

 

 対する白雪は宝石飾りのついた柄部分が特徴的な洋剣をジャンヌに見せつけつつ、勝気な笑みを浮かべる。どうやらジャンヌは白雪に例の聖剣デュナミス何たらを託していたようだ。かつて白雪の手によって根元から真っ二つに折られた聖剣デュナミス何たらを利用した洋剣は日本刀ぐらいの長さになっているため、かえって白雪にとって扱いやすそうに思えた。

 

 白雪の微笑みを真正面から受け止めることとなったジャンヌは『そ、そうですか……』と頬を染めながらつい視線を逸らしたが、恥ずかしさをごまかすように軽く咳払いをすると、今度はキンジの方へと視線を移してきた。

 

 

『さて、遠山麓公キンジルバーナード。今から貴様にはオルクスの操作方法を習得し、クレオパトラッシュの元へ向かってもらう。くれぐれも操作ミスがないよう、しっかり操作方法を頭に叩き込め。いいな?』

「操作方法のレクチャーは私に任せて、なのだ!」

「わかった。……いや、ちょっと待ってくれ」

 

 白雪に接した時とは対照的に、ジャンヌは強圧的な口調でキンジにオルクス操作方法を身につけるよう命令する。ジャンヌに便乗するように胸をポンと叩きつつ近づいてくる平賀をキンジは一旦手で制す。続いて、キンジはスッと目を瞑る。

 

 そして。『さて。思い出せ、遠山キンジ。カナ姉の手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。後光に包まれた体躯を。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを――(ry)』とカナのことを脳裏一面に映し出すことで、キンジは例のごとくあっさりとヒスった。

 

 

「いいぞ、始めてくれ」

『なるほど、HSSを使ったか。確かにそれならより理解もしやすいだろう。では、始めてくれ』

「? よくわからないけど、早速レクチャーを始めようか! 何かわからないことがあったらすぐにこの平賀先生に聞いてよね? なのだ!」

 

 右手でギュッと握り拳を作り、教える気満々の平賀にキンジはヒステリアモード特有の柔和な笑みで「了解だ」と応じる。かくして。キンジは平賀文の懇切丁寧なレクチャーを受けて、オルクスの操作方法を確実に身につけるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なぜ、言わない?」

 

 キンジが平賀からオルクスの操作方法を学んでいる最中。武藤は理子のパソコンのSky●e画面に映るジャンヌに疑問を投げかける。その両眼がジャンヌへの疑心で染まりつつあるのはおそらく気のせいではないだろう。

 

『なに、簡単だ。敵を欺くにはまず味方からと言うだろう? 心配するな、我が貴様らを裏切ることはない。精々、遠山麓公キンジルバーナードに驚いてもらう、それだけさ。……ユッキーお姉さままで騙すのは非常に忍びないが、これもクレオパトラッシュを出し抜くためだ。仕方あるまい』

「……なら、いい……」

『クククッ。理解が早くて助かるよ。……さーて、クレオパトラッシュ。貴様は我を怒らせた。今の我は、えーと……巷で使われている言葉で表すなら【激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム】だ。日頃から策士をやっている貴様に策に踊らされる気分というものを味あわせてやろう、存分にな。クックックッ、ハァーハッハッハッハッ!』

 

 ジャンヌの反応を受けてひとまず疑心を解いた武藤。そんな武藤をしり目に、ジャンヌは凶悪性に満ちあふれた笑みを浮かべ高笑いをする。そのオッドアイの瞳は、確かにパトラへの強く深い憎しみの影響で黒く濁っているのだった。

 

 




キンジ→そこまで大した場面でないのに例の方法でヒスっちゃった熱血キャラ。レキの思いに触れた影響でレキへの好感度が上がってたりする。
白雪→あまり喋らず割と空気だった堕落巫女。今回あまり目立たなかったのは、起きたばっかりでまだ完全に意識が覚醒していないからという裏設定があったりする。
理子→今回も結構空気だったビビり少女。しかし、空気でもテラかわいい。
レキ→本当はアリア救出メンバーに入りたいのに入れないことに内心で若干落ち込んでるバトルジャンキー。今回はヒロインとしての風格を少しは醸し出せたのではなかろうか。
ジャンヌ→ボケキャラ筆頭のはずなのに、技術チート2名のせいで常識人化している不思議な厨二少女。パトラに対してただいま絶賛ブチギレ中なため、何かを企んでいる模様。個人的にはジャンヌちゃんに『マジで?』と言わせることができたため、大満足である。
武藤→技術チートなバランスブレイカーその1。以上。
平賀→技術チートなバランスブレイカーその2。かわいい。以上。

 というわけで、109話終了です。何だか本編にしては多めの登場人物数となりましたね。そのおかげで執筆するのも苦労しましたよ、マジで。たかが7人とはいえ、たくさんの登場人物を管理しつつ物語を進めていくのって大変なんですねぇ。

 そのせいか、これ以上人数を増やしてなるものかと、本来ここで出番のある不知火くんの出番を消し去っちゃいましたが……ま、いいですよね? 何たって彼、制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)ですからね?(←理由になってない)


~おまけ(完全なるネタ:舞台裏での出来事。綴先生の苦悩&レキがアリア救出メンバーに名乗りを上げなかった本当の理由?)~

 皆さんは覚えているだろうか? 104話でのパトラのあのセリフを。
 かつて、パトラが「尤も、約2割は私に仕えるのを望まず、野生に帰ってしまいましたの。残念なことに」と、発言していたことを。

 さて、皆さんは疑問に思わなかっただろうか? 「え、じゃあ残り2割のコーカサスハクギンオオカミは、パトラに雇われなかったオオカミたちはどこへ行ったの?」と。

 答えは以下に記されているので、ご確認を。


 ――綴先生ハウスにて。

野良オオカミ1「わん!」
野良オオカミ2「わふぅ」
野良オオカミ3「わふッ」
野良オオカミ4「わんッ!」
野良オオカミ5「くぅん」
  ・  ・
  ・  ・
  ・  ・
野良オオカミ98「わっふぅ!」
野良オオカミ99「わっふる!」
野良オオカミ100「ちわわっふる!」
野良オオカミ101「わんわんお!(∪^ω^)」
綴先生「ふぁッ!?」

 綴先生の家の前に、パトラの勧誘を断ったオオカミがわらわらしていた。

綴先生「なんで!? ねぇなんで!? なんでどいつもこいつも皆うちに来るん!? うちを最後の拠り所にするんや!? おかしいやろ!? 絶対おかしいやろ!? 何やこれ、新手の嫌がらせか!? うちはサファリパークちゃうぅぅうううううううううううううううううう!!」
綴家の番犬オオカミその1「くぅぅぅーん(←期待に満ちた眼差し)」
綴先生「無理無理無理無理、絶対無理! こんな大勢世話したらうちのエンゲル係数がとんでもないことなるって! 間違いなく100%なるって! 無理や、うちの財政力じゃ絶対、ぜぇぇぇぇぇぇぇったい無理やぁぁあぁああああああ!!」
綴家の番犬オオカミその2「くぅん……(←すがるような眼差し)」
綴先生「やから無理やって言ってるやろ!? 無理なもんは無理や! うちは不可能を可能にする女やないんやッ!!」
綴家の番犬オオカミその3「……わふぅぅ(←母性をくすぐるような眼差し)」
綴先生「う、うぅぅぅ。そ、そんな目で見られたら、うち、うち……ぅぅううううううううううううあぁぁぁああああああああ――ッ!!」

 痛む良心とエンゲル係数との狭間にて、絶叫する綴先生。哀れである。


 ◇◇◇


 一方その頃。

レキ(風が、風が教えてくれました。綴先生の家に、コーカサスハクギンオオカミが結集していると。今急げば、1匹くらいは武偵犬にできるかもしれません。あのモフモフを堪能できるかもしれません。待っていてください、ナイアルラトホテップ!)

 レキは一直線に綴ハウスへ向かっていた。ただただ疾走していた。 


 ◇◇◇


綴先生「あ、あれ? オオカミ逃げた? あんなにいたのにもういなくなってる? よ、よかったぁ! 助かったぁぁぁぁああああ!」

 レキの接近を第6感で察知した野良オオカミ101匹が綴ハウスから姿を消したことに、綴先生はペタンとその場に座り込み、安堵の涙と絶叫を零す。

 かくして、綴家の平穏は守られるのだった。めでたしめでたし。


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110.熱血キンジとやる気巫女


 どうも、ふぁもにかです。最近、連載速度がテラ遅いことに定評のあるふぁもにかです。いや、理由はちゃんとあるんですよ? ぶっちゃけ、パトラ戦とその後の1戦をどう展開しようか数日前まで全然思い描けなかったがために、戦闘シーンが白紙状態のままキンジくんとユッキーをパトラさんと会わせるのを躊躇してしまっていたわけです。

 でも、数日前。ようやく天啓が閃き、大体の構想がようやく組み上がったので、今後はちゃっちゃと続きを更新できる……と信じたい!(←あくまで断言しない連載者のクズ)



 

 平賀文からオルクス操作方法のレクチャーを受けたキンジは後部座席に白雪を乗せ、理子・武藤・平賀・ジャンヌ(※Sky●e越し)に見送られる中、オルクスを出航させた。ちなみに。既にキンジのヒステリアモードは解けている。

 

 単眼式のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に表示される情報を元にキンジが軽く操作をするだけで、オルクスは段階的に水中を突き進むスピードを上げていく。出航当初は時速90キロ程度だったにもかかわらず、出航から数時間経過した今では時速300キロにまで到達していたりする。

 

 

(ホントすっごいよな、この潜水艇。……これを3時間そこらで作り上げた武藤と平賀がいかにおかしいかがよくわかるな、うん)

 

 キンジがほんの少し操縦桿を調整する。時折計器を見て異常がないか確認する。その程度の操舵であらかじめ設定した目的地までちゃんとたどり着くよう機能が自動化されている上に、ほぼ無音で水中を突き進むオルクス。その凄まじい性能にキンジは内心で驚嘆しつつ、改めて武藤と平賀のチートスペックっぷりに戦慄する。

 

 と、ここで。キンジは思い出したように後部座席の白雪の方へ振り向く。ここしばらく何一つ話さない白雪のことが急に心配になったためだ。しかし、キンジの心配は単なる杞憂に終わった。なぜなら、白雪はスッと目を瞑った状態でこくりこくりと船を漕いでいたからだ。

 

 

(あ、何だ。眠ってたのか。まぁさっき車輌科(ロジ)のドッグへ向かう時も熟睡中の所を起こしちゃったし、無理もないか)

 

 アリアの居場所を占いで特定し、キンジの怪我を献身的に治してくれた白雪が疲れていないわけがない。それゆえに。本当ならもっと白雪を寝かせておくつもりのキンジだったが、ここでふと聞きたいことが生まれたため、「ユッキー」と優しく声をかける。

 

 すると。随分浅い眠りだったのか、一度名前を呼んだだけで白雪はうっすらと目を開けながら「キン、ちゃん? どうしたの?」と間延びした声で尋ねてきた。

 

 

「ユッキー、ちょっと正直に答えてくれないか? ……もしも俺がパトラと戦った場合、勝率は何パーセントだと思う?」

「……むー、3%ぐらい?」

「その心は?」

「だって、パトラちゃんって物量に物を言わせる感じで超能力(ステルス)を使ってくるタイプっぽいから、キンちゃんだと物量を対処しきれずに厳しくなるんじゃないかなぁ?」

「なるほどな」

(確かに、あの時もジャッカル男や鷹を量産して仕向けてきたし、戦い方を考えないと超能力(ステルス)なしの俺じゃきつそうだ。ってか、仮にも元イ・ウーナンバー2の強敵を『ちゃん』付けするとか、やっぱりユッキーは大物だよなぁ……)

 

 まだ目覚めたばかりなため、トロンとした表情でキンジの問いに応じる白雪。対するキンジは白雪の意見を元にパトラの対処方法を模索しつつ、相変わらずマイペースな白雪につい苦笑した。

 

 

「じゃあ、ユッキーがパトラと戦ったら?」

「うーん、やっぱり厳しいね。『ほのお』タイプの私と『じめん+いわ』か『じめん+ゴースト』っぽいパトラちゃんとじゃ相性がよくないからね。それにもし相手がHP特防特化の耐久パトラちゃんだったら、私のタイプ一致ほのお技でもまともにHP削れないだろうし、やけどを狙うのはさすがに賭けすぎる。防御が紙だってことに期待して『つじぎり』や『きりさく』やるにしても賭けなのは変わらないってのも大きいね。あとはパトラちゃんがどんな技を使ってくるかにもよるんだよね。特性『すなあらし』を持ってて『めいそう』や『みがわり』は使えそうだし、『どろかけ』や『みらいよち』に『サイコキネシス』も使えそう。『トリックルーム』なんてやられちゃったら確実に私が後攻になっちゃうしなぁ。私にも積み技ないことはないけど、『こうそくいどう』と『つるぎのまい』じゃなぁ。『りゅうのまい』とか『めいそう』とか『ちいさくなる』とか『かげぶんしん』とかもっと練習しとくんだったよ。まぁとにかく、パトラちゃん相手に『いちげきひっさつ』技や確定2発に持ち込める技がないのがやっぱりきっついよ。『ねむる+カゴの実』所持で1回は即効で回復できるけど、結局ジリ貧になるだけだし――」

「待て待て、一体何の話をしてるんだ?」

「えーとね。要するに、私の超能力(ステルス)とパトラちゃんのとは相性が悪すぎるし、パトラちゃんの超能力(ステルス)には手数がある。それにパトラちゃんはピラミッド型の建物を無限魔力の立体魔法陣として使ってて、ピラミッド型の建物が近くにある限り無尽蔵に魔力を使えるってことを考えると、よっぽど慢心してくれない限りパトラちゃんには勝てないと思う。勝率は10%ぐらいかなぁ?」

「わかった。それさえわかれば十分だ」

(ま、今回の相手は言ってしまえば頭脳戦のできるブラドと戦うようなもんだからな。勝率が低くて当然か)

 

 白雪の推察を聞いたキンジは視線を白雪から前へと移す。分の悪い相手との戦い、しかし絶対に負けの許されない戦いを前にキンジは鋭く前を見据える。

 直後。何を思ったか、白雪が「ギュー!」と擬音語を口にしながら抱きついてきた。キンジの体を後ろから両腕で抱きしめるようにして。

 

 

「な、ユッキー!? いきなりどうした!?」

 

 いきなりのことで動揺したキンジは目線だけ後ろへ移動させつつ白雪へ問いかける。しかし、ヒステリアモードになりかねないから動揺しているのではない。白雪の唐突な行動の意図が掴めないがゆえの動揺である。最近こそ鳴りを潜めているものの、一時は白雪のお風呂の世話をしながらヒスるのを防いできた結果、白雪限定で耐性のついているキンジに隙はなかった。

 

「んー。せっかくだからキンちゃんからご利益を分けてもらおうと思って」

「ご利益って、俺は何かの神様かよ」

「えへへ、デュラちゃんが言ってたよ。キンちゃんはここぞという時に絶対に負けない主人公補正を持ってる人だって。……今回は絶対に負けられないからね。何が何でもパトラちゃんは私が倒さないといけないから、今の内にキンちゃんパワーをいっぱい蓄えちゃおうかなって♪」

「ユッキー、変に気負うことないぞ。俺もいる。一緒に戦えばパトラにだって勝てるさ」

「いや。パトラちゃんの相手は私に任せてほしいな、キンちゃん。それよりキンちゃんにはアーちゃん救出を優先してほしい」

「……人質に取られるかもしれないからか?」

「そーゆーこと。パトラちゃんはプライド高そうなイメージだからあまり可能性はなさそうだけど、それでもアーちゃんを盾にされたらどうしようもなくなっちゃう。だからまず第1にアーちゃんを取り戻さないといけない。それにアーちゃんさえ取り戻せたら、場合によってはパトラちゃんを倒さずに逃げるって選択肢もできるしね」

 

 白雪はキンジを抱きしめる両腕にさらに力を込める。キンジから『キンちゃんパワー』なるものを少しでも多く搾り取ろうとする。口ではシリアスなことを言っているのに、発言と行動がチグハグで緊張感の欠片も感じさせない辺りは、さすがのユッキークオリティである。

 

 

「大丈夫だよ、キンちゃん。今回の私は本気だから。打倒パトラちゃんのために色々手段だって用意してる。勝てるよ、キンちゃん。私たちはパトラちゃんに勝ってアーちゃんを取り戻すんだ」

「……いつになくやる気満々だな、ユッキー」

「もっちろん♪ だってこの状況、私がデュラちゃんに攫われかけた時と似てると思わない? ……ずっと恩返しがしたいって思ってた。あの時、私を助けに真っ先に来てくれたキンちゃんとアーちゃんの助けになりたいって思ってた。だから、今度は私が助ける番。……私は勝つよ、キンちゃん。パトラちゃんに、私の大事なアーちゃんに手を出したらどうなるか思い知らせてみせるよ」

 

 白雪はキンジの体を抱きしめていた両腕を解いて腕を組むと、不敵な笑みを浮かべて「クックックッ」と笑う。おそらくジャンヌの真似をしているであろう白雪を見ている内に、キンジは自分がいつの間にか自然体でいることに気づいた。

 

 

(変に気負っていたのは俺の方だったってことか)

 

 俺はパトラからアリアを救うという形でカナ姉の期待に応えようとしていた。カナ姉のため、強大な力を秘めるパトラ相手に何としてでも勝利しなければと考えていた。ユッキーはそんな俺の心情を察したのだろう。だから、不意に抱きつくという相変わらず突拍子もない方法を使って、俺に落ち着きを取り戻させた。

 

(ユッキーのこういう所に俺はこれまで救われてきたんだよな……)

 

 キンジはスゥと軽く目を閉じる。かつてアンベリール号沈没事故発生後に精神的にズタボロだった自身の側にいてくれた白雪のことを思い出す。

 

 本当なら俺がパトラと戦いたい。俺がパトラを倒して、カナ姉の期待に全身全霊で応えたい。だけど、あのユッキーがこれほどまでにやる気をみなぎらせている以上、ここは譲るしかないだろう。ユッキーの頑固さはよく知っているのだから。

 

 それに、目的を履き違えてはいけない。俺たちはパトラを倒しに行くんじゃない。囚われのアリアを助けに行くんだ。カナ姉の期待に応えるのは、アリアを助けた後の機会でも遅くはないはずだ。ゆえに。ここは、俺よりはパトラ相手に勝ち目のあるユッキーに託そう。

 

 

「そうか。じゃあパトラのことは任せた。頼りにしてるぞ、ユッキー!」

 

 パトラのことを白雪に任せ、自分はアリアを救うことのみに集中することを決めたキンジは白雪のやる気という名の炎に油を注がんと、激励の言葉を掛ける。すると、白雪は満面の笑みで「あい!」と可愛らしくも頼もしい返事をする。

 

 こうしてキンジと白雪が言葉を交わしている間にも、オルクスは着々とアリアとパトラがいる可能性が高いとされる『東経43度19分、北緯155度3分』の地点へと突き進んでいく。

 

 

 

 ――アリアを巡るパトラとの決戦の時が徐々に近づきつつあった。

 

 




キンジ→アリア救出の思いとカナの期待に応えたい思いで気が急っていた熱血キャラ。オルクスの操作を担当している。珍しくやる気みなぎる白雪にパトラの相手を譲ることにした。
白雪→何気にポケモン対戦をやっている怠惰巫女。「ご利益」云々を口実にキンジの背中に胸を当ててきたりと意中の相手の攻略手段の面で強かになりつつあったりする。しかし効果はない模様。

 というわけで、110話終了です。今回は文字数が少なめながらユッキー推しで行かせてもらいましたぜ。そして。ついにパトラ戦開始直前までやってきましたね。第三章のクライマックス部分だったブラド戦ぐらい盛り上げられたらいいなとは思いますが、はたしてどうなることやら。


 ~おまけ(ネタ:ユッキーの絶望)~

白雪「あッ……(←突如何かを思い出し、つい声を上げるユッキー)」
キンジ「どうした、ユッキー?」
白雪「あ、いや、何でもない。気にしないでいいよ」
キンジ「そうか? ならいいけど……」
キンジ(にしては何だかすっごく落ち込んでるよな。こんな状態でパトラと戦えるのか?)
白雪(あぁぁあああ、うわああああああああああ!! 今日の『わんわんおー』録画し忘れてたぁぁぁああああああ!! せっかく最近は熱い展開続きだったのに! 闇堕ちしちゃったレトリバームクーヘン救出のためにチワワッフルが逆性覚醒してすっごく面白いことになってたのにぃ!! 私のバカぁぁあああああああああああああ!!)

 アニメを録画し忘れたのなら、後でネット動画を見ればいいじゃない!


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111.熱血キンジと二者分断


ふぁもにか「みwなwぎwっwてwきwたwww」
白雪「みwなwぎwっwてwきwたwww(←便乗)」
キンジ(……これは俺も乗らないといけないのか? 乗らないと『空気読めない奴』扱いにされてしまうのか?)←困惑中

 どうも、ふぁもにかです。何気に今回で話数がぞろ目になると気づいた瞬間、執筆意欲が『みwなwぎwっwてwきwたwww』状態になったので、衝動のままに投稿させてもらいました。

 閑話休題。ここしばらく予約投稿機能を全然使ってなかったので、今回久しぶりに使用させてもらったんですが、随分便利になってますね。私が以前利用していた時は○日○時までしか指定できなかったはずなのに、今や○日○時○分まで指定できるようになってたのが凄くビックリです。便利な世の中になったものだべなぁ……。



 

 時速300キロという超スピードでオルクスを進ませること約10時間。現在時刻が午後5時となり、呪弾を撃たれたアリアの命のタイムリミットが1時間に迫った時。ついに、白雪が占いで示したアリアの居場所たる『東経43度19分、北緯155度3分』の地点に到着したキンジ&白雪。キンジは周囲の様子を探ろうとデジタル潜望鏡を使用して、絶句した。

 

 なぜなら。キンジの視界に、何度も写真や映像で見たために非常に見覚えのある豪華客船がぷかぷか浮かぶ姿が入ったからだ。遠山金一が死を偽装するために利用した客船が、去年の12月に浦賀沖にて沈没したはずの客船が、サルベージされて幽霊船のように存在していたからだ。

 

「アンベリール号……ッ!」

 

 キンジが視界に捉えた船の名はアンベリール号。一時は兄を亡くした失意から武偵を止めようとしていたキンジが世界最強の武偵を目指すこととなった原点である。尤も、甲板には天辺だけがガラス製の巨大ピラミッドが増設されていたり、船の前方に砂地を増設したりと、せっかくの豪華客船があまり原形を留めていなかったりする。哀れ、アンベリール号。

 

 

(ま、まさかこんな形で実物を拝むことになるとはな……)

「キンちゃん、大丈夫?」

「……あぁ、思ったより大丈夫だ」

 

 キンジの精神状態を心配して声をかけてくる白雪に、キンジは軽く息を吐きつつ白雪に返答する。内心、キンジは自分が想定より動揺していないことが不思議だった。不思議だったが、キンジはうっかり自分が動揺しないように深く考えないことにした。

 

(まぁ。アンベリール号が沈没してから今まで本当に色々あったからな。それに結局兄さんは死んでなかったわけだし、特に思う所がないのも当然か)

 

 キンジは至って平常心のままオルクスを浮上させ、アンベリール号前方の砂地に接舷させる。その際、なぜかアンベリール号の周囲を思い思いに遊泳するシロナガスクジラの群れにうっかりオルクスをぶつけないようにするためにキンジが無駄に労力を使ってしまったのは別の話である。

 

 

「なぁ、ユッキー。あのバカでかいピラミッド、壊せるか?」

「う~ん。あのサイズなら壊せないこともないかもだけど……それやっちゃうと私、力を使い果たして確実に使い物にならなくなっちゃうからそれはやりたくないかな。別に無限魔力がなくたってパトラちゃんがG25の強敵ってことには変わりないしね」

「それもそうか」

 

 オルクスのハッチから身を乗り出し砂地に上陸したキンジと白雪は、あたかも天空に届かんとそびえ立つ巨大ピラミッドを見上げて、どこか緩々とした雰囲気のまま言葉をかわす。傍から見れば、勝ち目の薄い強敵に立ち向かう人間2人の姿にはとても見えなかったことだろう。

 

 

「よし、パトラの牙城に乗り込むぞ!」

「おー!」

 

 キンジがギュッと拳を握って意気込み、白雪はキンジに追随するように聖剣デュランダルを持った右手を空高く振りかざす。かくして。力強い笑みを携えたキンジとニコニコ笑顔を絶やさない白雪はピラミッドへの入口かと思われるトンネルへとまっすぐに歩んでいくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トンネルの奥は分かれ道だらけの迷路だった。その迷路を、しかしキンジと白雪はどの道を選ぶか悩むことなく歩み続ける。理由は簡単。どうやらパトラは俺とユッキーの侵入を察知した上で自身の元へ招き入れるつもりらしく、パトラが待っているであろう上階へ繋がる階段が篝火でマーク付けされていたからだ。

 

 そうして。パトラが狡猾な罠を用意している可能性を考慮しつつもパトラに導かれるままに上へ上へと歩み続けたキンジと白雪は、鳥や蛇で描かれた象形文字(ヒエログリフ)が特徴的な巨大な扉の元へたどり着いた。

 

 

「キンちゃん。この扉の先に、パトラちゃんとアーちゃんがいるよ」

「了解。にしても、よくわかったな。気配か何かを察知したのか?」

「んにゃ、星伽巫女の勘♪」

「そっか。なら精度は問題ないな。じゃあ、さっさと入るか」

 

 キンジが先行して扉に手を押し当てようとした瞬間、ぎぎぎぎぎと扉がひとりでに開かれる。その先には、どこまでも黄金尽くしで目が痛くなるような光景があった。

 

 いかにも高級そうな絨毯が敷かれた砂金。室内を支える石柱。階段の上にある、パトラの座る玉座。奥の方でお座り状態でいる極大のスフィンクス像。そのスフィンクス像の前足付近にある場違い感の漂う棺。どれもこれもが眩いばかりの黄金でできていて、非常に目に優しくない空間が構成されていた。

 

 

「あら、ごきげんよう」

 

 あまりの黄金っぷりについ固まるキンジと白雪に、玉座に座って優雅に読書をしていたパトラが『今、侵入者の存在に気づきました』と言わんばかりの白々しさで声をかけてくる。ピラミディオン台場で差していた純白のコウモリ傘を持っていないらしいパトラは軽く2000ページはありそうな分厚い本をパタンと閉じて玉座の手すりにそっと置くと、玉座前の階段を足音を鳴らしながらゆっくり降りていく。

 

 

「また会いましたね、遠山キンジさん。結構ボロボロにしたつもりでしたけど、思ったよりピンピンしていますわね。さすがは腐ってもカナさんの弟ですわ」

「御託はいい。アリアはどこだ? さっさと答えろよ」

「あらあらまぁまぁ、随分とせっかちさんですわね。それで、この私がその問いに素直に答えると思ってまして?」

「そうか。それなら……ネオ武偵憲章46条『己の欲望に従順であれ』ってことで、力づくで吐かせてもらう」

 

 口元に手を当ててお淑やかに微笑むパトラを前にキンジは懐から拳銃を取り出す。戦闘体勢に入ったキンジと、そのキンジの動作に合わせてデュランダルを両手に構えた白雪。敵意丸出しな2人を目の当たりにして、しかしパトラは無防備なまま言葉を紡いでいく。

 

 

「あらまぁ。これが本に書かれていた最近のキレる若者……ふふふ、怖いですわね」

「なに棒立ちしてんだよ、とっととお前も構えろよ」

「あらあらまぁまぁ、本当に血気盛んですわね。とても十数時間前に私にあっさり敗れた情けない男の発言とは思えませんわ」

「……」

「本当なら貴方たち2人をここへ来させないためにあの潜水艇を破壊することもできました。そのために私は魔力でシロナガスクジラの一群を操り、このアンベリール号の周囲に配置していますもの。では、なぜわざわざお二方をこの聖なる『王の間』に招き入れたのか。答えは単純明快、私の力を全てのイ・ウーメンバーに思い知らせるためですわ」

 

 パトラは仰々しく広げた両腕を天へと掲げ、高らかに歌うように、遥か空の彼方まで届かせるように声を出す。一歩一歩、踏みしめるように階段を下りながら、まるで舞台役者のように大げさに言葉を紡いでいく。

 

 

「私は『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』に則り、銀河☆掌握のための足掛かりとしてイ・ウーのリーダーの座に就き、イ・ウーの支配権を手中に収めますわ。しかし、イ・ウーは教授(プロフェシオン)の圧倒的な力により形を保ってきた組織ゆえ、イ・ウーを崩壊させないためには私にも教授(プロフェシオン)並みの力を保持しているという証拠が、少なくとも神崎・H・アリアさんなんかより私の方が遥かに優秀で絶対的でイ・ウートップにふさわしいという証拠が必要ですわ。だから、貴方たちをここへ招待したのです。私が事前に入念に呪ったおかげでブラドを倒せたにもかかわらず、『ブラドを倒したのは神崎・H・アリアとその一味の実力だ』などと平然とのたまう、ハエのようにうるさい反対勢力を黙らせるためには、神崎・H・アリアさんの一味を私が正々堂々と完膚なきまでに叩き潰すのが一番手っ取り早い方法でしょうからね」

(なるほど。俺たちがここへ来るまでのルートに姑息な罠とか一切仕掛けてこなかったのはそういう理由か)

「イ・ウーの次のリーダーは、イ・ウーの新たな王となるのはこの私ですわ! 他の誰でもない、この私以外はあり得ませんわ! そのことを今から証明してみせる――貴方たちには私が王道を歩むための尊い犠牲になってもらいますわ」

「そんなのお断り、だよ!」

 

 己の胸の内を語り終えると同時に階段を降りきったパトラに白雪がデュランダルの切っ先を向ける。どうやら白雪はこれ以上パトラの話に耳を傾けるつもりはないらしい。

 

 

「あらあら。人に刃物を向けるなんて、マナーがなっておりませんことよ?」

「それを言うなら、本人の了承なしに人を攫うのもマナー違反だと思うけど?」

「マナー違反? 何を言っておりますの? 私は王様。王は、何をやっても許されると相場が決まっておりましてよ? ふふふ♪」

 

 パトラは天へと掲げていた右手を真横へ動かす。瞬間、パトラの足元の砂金がずずずずずッと盛り上がる。砂金で覆われた何かを右手で掴んだパトラは軽く何かを真横に振るい、砂金を払う。すると、キンジと白雪にとって既視感のある刀身が顕わとなった。

 

 

「え!? あああああああああ!? それ私の刀! どうして貴女がそれ持ってるの!? どーゆーこと!?」

「ふふふ、これは王の刀。ゆえに、王となる私が持つべき所有物。今、私がこれを所持していることは至極当然の成り行きですわ」

「なるほど。星伽神社から盗んだんだな。王の風上にも置けないレベルの手癖の悪さだな」

「お黙りなさい、遠山キンジさん! ……それにしても、神社から貴女へ連絡、されなかったのでして?」

「あ、あー。そういえばこなちゃんがLINEで教えてくれてたような……どうだったかな? ま、何でもいいや。それは私のものだから、取り返させてもらうよ」

 

 自慢げに色金殺女(イロカネアヤメ)を見せつけるパトラに白雪はジト目を注ぎつつ、ククッと膝を曲げる。そして、白雪は「キンちゃん」と目配せをする。白雪からのアイコンタクトを受け取ったキンジは目配せに応じるように1つ頷き、声高に叫んだ。

 

 

「行くぞ、ユッキー!」

「うん!」

 

 キンジが合図をした瞬間、二人は同時に駈け出した。勢いよく地面を踏みつけて、白雪はパトラへと、キンジは場違い感の凄まじい棺へと、二手に分かれて疾走する。キンジの強襲科(アサルト)Sランク武偵としての直感が、アリアの居場所はあそこだと盛大に主張していたからだ。

 

 

「行かせませんわ!」

 

 パトラは自身の前方に床の砂金から黄金の丸盾を生成して、デュランダルに炎を灯して上段から斬りつけてきた白雪の攻撃を防ぐと、バッと右手を横薙ぎに振るう。瞬間、見る見るうちにキンジの行く手を遮るようにジャッカル男の一群が生み出された。

 

 

(やっぱこうなるか。厄介だな)

「私の相手をした上でキンちゃんのこと気にするなんて、随分余裕だね。もしかしてあの蟲人形……自動操縦だったりする?」

「当然ですわ。あれは私の傀儡、手動も自動も自由自在ですもの。大方、貴女が私の相手に手一杯の所で遠山キンジさんに神崎・H・アリアさんを回収させるつもりだったのでしょうが、作戦は失敗みたいですわね。何せ、私は神崎・H・アリアさんを盗られないよう召喚のタイミングだけ把握していればいいだけですもの」

 

 前方で立ち塞がるジャッカル男たちのせいでキンジが足を止める中、一旦パトラから距離を取った白雪の問いかけにパトラは清楚に笑う。笑顔だけなら完全に深窓の令嬢そのものなパトラの微笑み。対する白雪はニヤニヤ笑顔で「それはどうかな?」と挑戦的な言葉をパトラへ向ける。

 

 

(何をするつもりだ、ユッキー?)

 

 思わせぶりな白雪の一言にキンジとパトラが怪訝な眼差しを向ける一方、白雪はデュランダルを床の砂金にザンと突き刺す。白雪は白と黒のリボンの体を為している封じ布をそれぞれ取り「ふふッ」と得意げに笑みを浮かべる。

 

 

氷壁聳(アイシクル・ウォール)!」

 

 白雪が高らかに技名を口にした瞬間。床に突き刺さったデュランダルを起点として、前後方面にずずずずと氷壁が現れる。青白い氷壁はあっという間に高さを増し、キンジ&ジャッカル男たちと白雪&パトラを分断するようにグングン成長する。そして、3秒後。氷壁は天井にまで到達し、お互いの姿を視認できないほどに分厚い氷の壁が築かれた。

 

 

「これで、キンちゃんの様子を確認できなくなったね? これならいつ蟲人形を召喚すべきか、判断に迷うんじゃない?」

「……こ、これは、何のトリックでして? 星伽白雪さん、貴女は炎の超能力(ステルス)しか使えないはず。こんな話、聞いてませんわよ?」

「その情報、古いよ。今の私は炎と氷を使えるハイブリッド超能力者なんだよね。というか、この程度の想定外の事態にそんなに動揺してるようじゃ、銀河☆掌握なんて夢のまた夢の話なんじゃないの?」

 

 ぎょっとした様子で氷壁を凝視し、震え声で問いを投げかけるパトラに白雪はナチュラルに精神攻撃を仕掛ける。すると、パトラは表情を歪ませて「あ、なたねぇ!」と怒声を上げる。どうやらパトラは策士の割には感情に流されやすい性質のようだ。

 

 ちなみに。なぜ白雪が氷の超能力を使えるようになっていたのか。答えは簡単、白雪が炎の超能力を筆頭に自分の技をジャンヌに教える代わりに氷の超能力を習得していたからだ。それもたった3日そこらで。この事実を前にジャンヌが呆然と「わ、我の今までの努力は一体……」とorz状態となったことは白雪のみが知る出来事である。

 

 

「パトラちゃん。最初に言っておくけど……私、アーちゃんに危害を加えた貴女に今すっごくキレてるんだよね。だから。本気で、貴女を殺す気でやらせてもらう。でも、まだ武偵法9条を破る気はないから――お願いだから、死なない程度には生き延びてよね!」

 

 こめかみに怒りマークを浮かべるパトラを白雪はギンと睨みつける。そして、底冷えするような声で心情を吐露すると、白雪は突き刺さったままのデュランダルを抜きつつ、再びパトラの元へと一瞬で駆けていく。

 

 

 かくして、白雪とパトラという強力な超能力者同士の激しい戦いが幕を開けるのだった。

 

 




キンジ→いい感じに平常運行な熱血キャラ。もう何も怖くない状態である。
白雪→いつの間にやらジャンヌから氷の超能力(ステルス)を学んでたらしい怠惰巫女。G24なだけあって、大規模に氷の超能力(ステルス)を使用できる模様。ちなみに。作者曰く『何か最近、キンジくんよりユッキーの方が主人公してない? 主人公交代を検討してみてもいいんじゃね?』とのこと。
パトラ→何気にキンジたちがやってくるまで『薔薇の楽園~漢たちの向かう先~』という内容がお察しな分厚い本を読んでいた貴腐人。意外と沸点が低かったりする。

 というわけで、111話終了です。実はユッキーは『ほのお』タイプではなく、『ほのお・こおり』タイプのポケモンだったということです!(錯乱)

 まぁ、それはさて置き。今回、ユッキーが生み出した氷壁によってキンジくんとユッキーが物理的に分断されたので、次回からは視点を分けてキンジ編とユッキー編で戦闘描写していきます。だって、この私の雑魚な執筆スペックでは2つの戦いを同時進行させるとかまず無理ですからね。


 ~おまけ(その1 ユッキーが使用した技説明)~

・氷壁聳(アイシクル・ウォール)
→文字通り、氷壁を生み出す技。今回は左右を分断させる形で空高くそびえる系の垂直な氷壁を形成したが、上下を分断させるように水平な氷壁を形成することも可能。ちなみに。今回の規模の氷壁をジャンヌが生成しようとすると、形成までに1分かかり、さらに力を使い果たしてしまう。ジャンヌちゃん涙目不可避な技であることは言うまでもない。


 ~おまけ(その2:没ネタ どこまでも緩々でズレていく武偵二人)~

白雪「ここがあの女のハウスね!」
キンジ「正確には、ここがあの女のルームだけどな」
白雪「キンちゃん。この扉の先に、パトラちゃんとアーちゃんがいるよ」
キンジ「了解。にしても、よくわかったな。気配か何かを察知したのか?」
白雪「んにゃ、星伽巫女の勘♪」
キンジ「そっか。なら精度は問題ないな。じゃあ、さっさと入るか」
白雪「あれ、でもインターホンがないよ? どうしよっか?」
キンジ「あ、ホントだな。ならノックするか。……そういや、ノックって何回やるのがいいんだっけ?」
白雪「確か2回がトイレノックで3回が家族や恋人相手の時に使って4回が正式じゃなかった? よくわからないけど」
キンジ「……付け焼刃のマナーだとかえって相手を不快にさせなねないし、ノックは止めとくか」
白雪「そうだね。ごめんくーださーい! パトラちゃん、いますかー? 一緒に遊びましょー♪」
白雪「……」
キンジ「……」
白雪「返事、ないね」
キンジ「どっかに出かけてるのか?」
パトラ(一体何なんでしょうか、この人たち……)

 何かキンジくんのキャラが崩壊してるような感じがするけど、今更だし別にいいよね!


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112.怠惰な白雪と美しい在り方


白雪「――炎と氷が両方そなわり最強に見える。この呪文をあらかじめ言っておけば超能力の威力が倍増するんだっけ、デュラちゃん?」

 どうも、ふぁもにかです。今回はユッキー編ということで、ユッキーとパトラさんとの戦いのお話となってます。ユッキーをここぞとばかりに輝かせるチャンス到来ということで、神回にしたい一心で気合い入れて執筆しました。結果、本編だけで9543文字となっちゃったわけであります。とりあえず無駄に盛大で派手なバトルを執筆したつもりなので、どうぞお楽しみください。



 

「ハァッ!」

 

 パトラによって思いのままに改造されてしまった哀れな新生アンベリール号。その甲板に築かれた巨大ピラミッド内にて。ちゃっかりジャンヌから氷の超能力(ステルス)を学び、氷壁聳(アイシクル・ウォール)によりパトラとの一騎打ちに持ち込んだ白雪はパトラへと一気に接近し、気合いの声とともに星伽候天流の初弾の技たる緋炫毘(ひのかがび)――聖剣デュランダルに炎を纏わせた上での斬撃――をパトラに放つ。

 

 しかし。パトラは白雪の袈裟切りを星伽神社から盗んだ色金殺女(イロカネアヤメ)を頭上へと持っていき軽く防ぐ。パトラのすぐ目の前でメラメラと燃え盛る炎をよそに、「甘い甘い、ですわ」と得意げに口角を吊り上げつつ、パトラは白雪の頭上にこっそり砂金で構築したナイフを用意する。

 

 白雪に切っ先を向けたそのナイフの数は実に50本。ナイフの構築時間はたったの2秒。いとも簡単に大量に凶器を生成したパトラが色金殺女を持たない左手で指パッチンをした瞬間、パトラの超能力で空中に縫い止められていた50本のナイフ勢が解き放たれ、重力に従って白雪の体を貫かんと急降下してきた。

 

「ッ!? ちょこっと凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)!」

 

 喰らってしまえば少なくとも致命傷不可避なナイフの雨。デュランダルの刀身にナイフが映ったことで頭上からの不意打ちを察知した白雪は、ナイフ流星群目がけてデュランダルを虹のアーチを描くように弧状に振るう。

 

 すると、白雪の描いたデュランダルの軌跡上に氷のヴェールが現れる。いかにも耐久性に難がありそうなほどに薄っぺらい氷は、しかし50本ものナイフの雨を見事に防ぎきる。氷の外側と内側とで自由に強度を設定できるジャンヌの技、凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)を白雪が上手く利用した結果だ。

 

 

(無傷で防がれましたか。この程度の小細工は通じない、と)

「やってくれるね、パトラちゃん」

「あらまぁ、よもや卑怯と罵るつもりでして?」

「いや。ただ、次はこっちの番だと思って、ね!」

 

 タタンと軽快なステップでパトラから少々距離を取った白雪は頭上に掲げたデュランダルに松明のように燃え盛る炎を宿すと、「緋火虜鎚(ひのかぐつち)・散!」とデュランダルを真一文字に振るう。直後、デュランダルに纏わりついていた炎が散弾の形でパトラへと放たれた。

 

 

(何をするかと思えば、また炎? 私の超能力との相性の悪さはカジノの一件で既に知っているはずなのに……何が目的かしら? それとも、まだ氷は使い慣れていないだけ?)

「無駄ですわ」

 

 相性が悪いとわかっているはずの炎で間接攻撃を仕掛けてくる白雪の意図がわからないまま、しかし表面上は余裕綽々とした表情でパトラは前方に黄金の丸盾――アメンホテプの昊盾(そらたて)――を1枚生成し、パトラの体目がけて一点に集中しつつある炎の散弾に悠然と備える。しかし。白雪の放った炎の散弾は宙に浮かぶパトラの丸盾に衝突する寸前でガクッといきなり方向転換し、真下の砂金の床へとめり込んだ。

 

 予想の遥か斜め上を行く炎のヘンテコ軌道に、お嬢様な見た目をしたパトラが「へ?」と素っ頓狂な声を漏らす中。パトラの丸盾を避けるように床へ激突した炎はボボボボッとパトラの側面を通り抜ける形で背後を取る。それと同時に散弾の形で分裂していた炎はパトラの背後で一気に集結し、パトラを背中から焼き尽くさんと炎柱を形成した。

 

 

「なぁッ!?」

 

 炎のヘンタイ軌道により背後を許してしまったパトラはバッと後ろを振り向き、同時に炎柱と自分との間にどうにか丸盾を滑り込ませる。虚を突かれたが、間に合った。内心、ホッと肩を撫で下ろすパトラ。だが、白雪の攻撃はここからが本番だった。

 

 

形質転換(スイッチ)

 

 白雪がポツリと呟いた刹那。パトラに迫りくる炎柱がピキキキッとひび割れたような音を引き連れたかと思うと氷柱へと一瞬で様変わりし、その硬度と勢いであっさりと丸盾をぶち抜いた。

 

「――ッ!?」

 

 心の隙を見事に突かれる形となったパトラは眼前のトンデモ現象に理解が追いつかないながらもどうにか身をよじって氷柱をかわそうとするが、パトラの回避行動よりも早く氷柱の先端部分がパトラの右肩部分をグサリと貫いた。

 

 

「ぐぅッ!」

「まだまだぁ!」

 

 右肩から全身へ即座に伝達される痛みにパトラが顔をしかめる一方、白雪は今こそ畳みかけるチャンスだとパトラへと一気に距離を詰める。対するパトラは右肩に突き刺さった氷柱を左手で無理やり引き抜きつつ色金殺女を左手に持ち替えて横薙ぎに振るう。簡単に防がれて然るべき、苦し紛れのパトラの斬撃。だがしかし、これまたパトラの予期せぬことに、白雪はあっさりと色金殺女によってその胴体が真っ二つに切断された。

 

 斬られた腹部を「え?」と呆然と見やる白雪。体勢を立て直すための時間稼ぎとしてテキトーに放った斬撃が白雪を致命傷に導いたことに同じく「は?」と呆然とするパトラ。しかし、驚愕に見開かれたパトラの眼は、今にも倒れ伏さんとする白雪の体からニュッと現れたデュランダルに左腕を斬り落とされたことによって限界までに見開かれた。

 

 何が起こったかわからないまま、斬り落とされた左腕の切り口を押さえて両膝をつくパトラ。どうにか事態を把握しようと前方を見やったパトラが見たものは、ヒラヒラと宙を舞う、真ん中に穴の開いた紙人形と、斬り落とされたパトラの左腕から色金殺女を回収して「よし、上手く取り戻せた」と満足そうにうなずく白雪の姿だった。

 

 そう、白雪はヘンタイ軌道を描く炎や形質転換(チェンジ・ステルス)――炎を氷に、氷を炎に瞬時に切り替える技――にパトラが後手後手の対応をしていて白雪自体への注意が疎かになっている間にちゃっかり紙人形を利用して偽者の白雪を作り出し、差し向けていたのだ。

 

 

「う、まさか偽者を差し向けていたなんて――」

「――ねぇ? 言ったよね、パトラちゃん? 私、今すっごくキレてるって。私の戦闘データを集めたくて敢えて偽者作って様子見してるんだろうけど……さっさと本体出してくれないかな?」

 

 現在進行形で左腕を斬られた激痛でいっぱいいっぱいだと言わんばかりのパトラに白雪は鋭い視線を注ぐ。すると。それまで苦しそうに顔を歪めていたパトラが一転、「あ、バレました?」と獰猛な笑みを浮かべ、同時にパトラの体が瞬く間に砂金の塊へと姿を変えた。

 

「……」

 

 ザザァとパトラを形作っていた砂金の塊が床へ落ち、小規模の砂煙が生じる中、白雪はいつどこから攻撃されても対処できるよう油断なく周囲を見渡す。パトラの能力で当初小規模だった砂煙が増幅され、白雪の視界を奪うこと数秒。これまたパトラが意図的に砂煙を解いた時、白雪は一瞬目を疑い、その後「え、ええええええぇぇえええ!?」と驚愕の声を上げた。

 

 無理もない。なぜならパトラの数が文字通り、増えていたからだ。それも軽く三ケタは超えそうなほどに、パトラが偽者を量産してきたからだ。

 

 

「ふふふ」

「どうですか?」

「私の生み出した偽者たちは」

「私が120人もいるというのは」

「圧巻でしょう?」

「うっわー。私、偽者1つ作るので結構労力かけてるのに……いいなぁ」

「そうでしょうそうでしょう」

「精巧に作られたこの砂人形」

「貴女に本物を見破る術はなし」

「さぁ」

「どうしますか?」

「本物を見分けられない」

「そんな貴女に勝ち目など」

「ほんの一握りも」

「ありませんわよ?」

 

 本人と瓜二つの造形をした計119体もの偽者を生成したパトラはどれが本物か白雪に悟らせないために短いセリフを次々とリレーさせる。一方、現時点でどれが本物かを見分ける術を持たない白雪は一時はパトラの能力の凄まじさを羨ましく思うも、すぐに気を引き締め「見分けがつかないなら、全部壊すまでだよ。本物を見つけられるまでね」と言い放った。

 

 

「おかしなことを」

「言いますわね?」

「そのようなことをしたら」

「すぐに力を使い果たして」

「しまうのではなくて?」

「無限魔力の恩恵を受ける私とは違い」

「貴女は有限なのですから」

「……私に超能力しか切り札がないだなんて思わないことだね」

 

 明らかに形勢が不利にもかかわらず、自身の勝利を疑わない白雪の様子にパトラが「減らず口を!」と声を荒らげ、本物を含めた計120体ものパトラが一斉に白雪へと駆けてゆく。対する白雪は一定の統率を保って近づいてくるパトラを見据えてデュランダルを巫女装束の帯に差す。その後。両手に持った色金殺女で居合いの構えを取り、目を瞑る。

 

「我流・刀舞楽奏(ソード・ダンス)。一閃、二閃――百八閃!!」

 

 そして。クワッと目を見開いた白雪は一つ、二つと白い弧状の形をした斬撃をパトラへと文字通り飛ばした(・・・・)かと思うと、次の瞬間には計百八もの飛ぶ(・・)斬撃をパトラにお見舞いした。

 

 

(なん、ですってッ!?)

 

 偽者の中に姿を隠すパトラが飛ぶ斬撃を目の当たりにして驚愕しつつも、自分が本物だと悟られないようにどうにか無反応を貫く中。ビュオオオオという擬音を引き連れて、中々の速度で白い斬撃の弾幕がパトラの群れへと襲いかかり、容赦なく偽者たる砂人形を砂塵へ変えていく。結果、本物含めて120体も存在していたはずのパトラ勢はほんの十数人にまで数を減らされていた。

 

 しかし。それでも上手いこと白雪の飛ぶ斬撃を喰らわずに済み生き残ったパトラたちは白雪への突撃を止めない。理由は簡単、白雪が己の切り札を切ってなお自身の偽者を全消去できなかったという事実が白雪にとって想定外であり、彼女が動揺しているであろう今こそが攻め時だと判断したからだ。

 

 

「ふふふ」

「今のはビックリしましたわ」

「しかし偽者を全て壊せませんでしたね」

「貴女に本物は見破れない」

「これで終わりですわ」

 

 十数体のパトラはそれぞれの右手に砂金を材料に瞬時に形成したロングソードを装備すると、眼前の白雪へ向けて振るわんとする。が、白雪が取った行動は一旦後退するでもなくロングソードを防ぐでもなく、色金殺女まで巫女装束の帯に差して無防備状態になるというものだった。

 

 

「ふふふ、今さら降参ですか?」

「遅すぎますわよ!」

星伽巫扇(ほとぎふせん)――風神駁(フウジンバク)!」

 

 高圧的な言葉を投げかけるパトラ勢を無視して、白雪は白小袖の中からバランと二枚の大きな扇を出し、大きく広げた白扇をもはや目と鼻の先にまで迫っていたパトラたちへと猛烈な勢いで振るった。瞬間、何もない空間に突如生まれた突風がパトラたちを全員残らず吹き飛ばし、その反動で白雪もついでに軽く背後に吹っ飛んだ。

 

 

「本当に」

「一筋縄では」

「いきませんわね……!」

 

 パトラ勢を一旦吹き飛ばした後、まだ暴れたりないと言わんばかりに猛威を振るう突風に足を掬われないよう必死にその場に踏みとどまるパトラたち。そして。がむしゃらに暴れまくる突風が消え去った瞬間、パトラが見たのは、自身のほんの目の前で「本物見っけ♪」とニコニコ笑顔を顔に貼りつけた白雪の姿だった。

 

 

「ッ!? な、なぜ私を見つけられましたの!?」

「簡単だよ。貴女の作る偽者は砂からできている。だから強力な風を当てれば、偽者からはパラパラと砂がはがれていく。だったら風を受けても砂が体から飛ばない奴が本物でファイナルアンサーってこと!」

 

 二枚の扇から1剣1刀に装備変更した白雪の放つ迅速の横薙ぎをその場にしゃがみ込むことで回避したパトラの動揺に満ち満ちた問いかけに白雪は勢いのままに回答する。その後。パトラが体勢を立て直さんとバックステップで白雪から距離を取りつつ、偽パトラたちを一気に白雪へとけしかける一方、白雪は追撃を選択せずに両手の白小袖を思いっきり振るった。

 

 

緋火星鶴幕(ひひほかくまく)!」

 

 すると。白雪の振るった白小袖から無数の折り鶴が飛び出し、その1匹1匹がすぐさま炎を全身に纏った火の鳥に変貌。火の鳥たちは偽パトラたちへそれぞれ特攻を仕掛け、衝突の瞬間に爆発することで偽パトラ勢をもれなく撃破し、砂へと還していった。

 

 

「ちッ!」

 

 ズドドドドンと派手な爆音とともに偽パトラたちを一掃してもなお数の残る火の鳥軍団は本物パトラにも直行し、接触と同時に爆発を起こす。しかし、パトラは咄嗟に黄金の丸盾を生成して身を守ったため、火の鳥の猛攻がパトラにダメージを与えることはなかった。

 

 巻き起こる砂煙。パトラはこの現状を利用してもう一度偽者を大量生産しようかと考える。しかし。なぜか背筋がゾッと凍りついたパトラはすぐさま超能力で砂煙を払い、視界を確保する。すると。デュランダルと色金殺女が正面から見えなくなるほどにデュランダル&色金殺女を背後に大きく振りかぶる白雪の姿をパトラの両眼が捉えた。

 

 

星伽候天流(ほとぎそうてんりゅう)、奥義――緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)双重流星(フタエノナガレボシ)!」

 

 大技が来る。そうパトラが確信するのと同時に白雪が1剣1刀を十文字にクロスさせるように渾身の力を込めて前方へ振り下ろした瞬間、刀剣から真紅の光が生まれた。その真紅の光は瞬時にX字の刃を形成し、目にもとまらぬ速さでパトラを四分割せんと迫ってきた。

 

 

「いいッ!?!?」

 

 この斬撃は絶対に盾では防げない。生半可な回避もまず間に合わない。直感的に悟ったパトラはすぐさま自身の真下の四方1メートル分の足場の砂金を隆起させ、トランポリンの要領で自分を空中へと吹っ飛ばす。そうして上空5メートル辺りまで盛大に吹っ飛んだパトラが眼下を見やると、ほんの少し前まで自分がいた場所を真紅の斬撃が通過し、隆起させた足場を難なく破壊している様子が展開されていた。

 

 

(あ、危なかったですわね……でも、これを回避できたのは大きいはず……!)

 

 パトラは冷や汗を流しながらもスゥと口角を吊り上げる。先の技が白雪の大技であること、そして白雪の超能力は自分と違って有限であることを踏まえた上で、パトラは自身の勝利がほぼ確実になったものと考える。しかし、白雪はまたしてもパトラの想定の斜め上を行った。

 

 何と、パトラの命を容赦なく刈り取ろうとしていた凶悪極まりない真紅の斬撃が白雪の形質転換によって突如凍りつき、その場に停止したのだ。

 

 

(え、斬撃が凍った? これは一体?)

 

 物質でないはずの斬撃が質量を伴ってその場に留まる。明らかに不可思議な現象にパトラが戸惑う中、白雪は氷像と化している真紅の斬撃が本来向かう先だった方向に回り込み、白雪はデュランダルと色金殺女を真横に振るう。

 

 

形質転換(スイッチ)、からの――」

 

 そして。デュランダルと色金殺女が凍った真紅の斬撃に当たる直前、白雪は凍っていた真紅の斬撃を元の状態に解放する。その後、再び一直線に動き出し白雪へと向かい始めた真紅の斬撃に白雪は「紅蓮爆裂弾幕群(クリムゾン・シューティングスター)!」と1剣1刀を叩きつけ、パトラのいる空中へと斬撃を弾き飛ばした。この時、白雪の姿はあたかも剛速球を全力で打ち返す4番バッターのようだった。

 

 

「な、なぁああああああ!?」

(いくらなんでもデタラメ過ぎるでしょう!?)

 

 白雪に方向転換させられたことにより、空中のパトラへと迫らんとする真紅の斬撃。白雪が力一杯1剣1刀を叩きつける形で方向を変えたせいで形が壊れたのか、真紅の斬撃は無数もの小さな炎の斬撃へと形状を変えてパトラへと一直線に迫っていく。一方、迫りくる弾幕を前に回避の術のないパトラは幾重にも幾重にも黄金の丸盾を展開して防御のみに一点集中する。これを防ぎきればさすがに白雪のスタミナも切れるだろうとの希望的観測を胸に必死に斬撃の嵐を耐え抜こうとする。

 

 ゆえに。炎の斬撃の弾幕やその斬撃を起点として発生する爆炎への対処で手一杯なパトラは気づかなかった。いつの間にか自身の視界から白雪が消え去っていることに。肝心の白雪がパトラの真下に陣取り、デュランダルを巫女装束の帯に差し、色金殺女で抜刀の構えを取っていることに。

 

 

「星伽候天流――緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)!」

 

 白雪は色金殺女を瞬時に抜刀し、刀から生まれた緋色の閃光を真上のパトラへと直撃させる。瞬間、パトラを中心として豪快に荒れ狂う炎の渦が巻き上がった。

 

 

「え……」

 

 下方から感じる圧倒的熱量にパトラが視線を下に向け、あっという間にせり上がってくる炎の塊の存在に気づいた頃には時すでに遅し。自由に身動きの取れない空中にいるパトラに炎を避ける術はなく、パトラの体は一瞬にして炎の渦に呑み込まれる。

 

 

「~~~ッ!!」

 

 かくして。炎の渦に呑み込まれたパトラの声にならない断末魔が辺り一面に響き渡るのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ハァ、ハァ……」

 

 白雪は色金殺女を巫女装束の帯に差すと、荒い息を整えるよりも先にへなへなとその場に座り込む。白雪の顔から玉のように汗が流れ出ている辺り、白雪がいかに消耗しているかが如実にわかるというものだ。

 

 

「もぉー、疲れた! もうヤダ眠いダルいゴロゴロしたいお腹すいたのんびりしたいアニメ見たい帰りたい立ちたくないのど渇いた冬眠したい……うぅぅ、疲れたよぉー」

 

 天を見上げて少々泣き言をまき散らした白雪は意識的に深呼吸を繰り返すことで息を整えることを努めつつ、徐々に収まりつつある炎の渦をボォーと見つめる。

 

 今回、白雪はパトラを殺す気で戦いに挑んだ。しかし、いくらブチ切れていたとはいえパトラを何が何でも殺したかったかと言われればそれは否だ。今回、そのような方針を取ったのは、あくまで白雪がパトラ相手では圧倒的に不利で弱者で、手段を選んでいるようでは絶対にパトラに勝てず、アリアを取り戻せないとわかりきっていたからだ。

 

 

(あとはキンちゃん次第だね。見た感じ、あの西洋狛犬(スフィンクス)は近づいたら動くタイプだろうけど……キンちゃん、上手く処理できてるかなぁ)

 

 白雪は分厚い氷の壁に隔たれた先へと視線を移し、キンジの身を案じる。いくら目を凝らしても氷壁の先が見えないことは理解している。それでも白雪は氷壁の先で奮闘しているであろうキンジを思い、ただただ氷壁へ視線を注ぐ。

 

 その時。白雪にとって最も聞きたくなかった声が、鼓膜を叩いた。

 

 

 

「――今のはかなり、肝を冷やしましたわ」

 

 ハッと目を見開いた白雪がバッと背後を振り向くと、その先には全身火傷でズタボロになりながらも、未だ余裕を持ってテクテクと近づいてくるパトラの姿があった。

 

 

「貴女はもう立つこともできないみたいですわね。となると、私の勝利は確定。ふふふ、中々に白熱した戦いでしたわ」

「え、どうして……」

「ええ、確かに。最後のあの技をまともに喰らっていれば、いくら私といえど戦闘不能は免れなかったことでしょう。ですが、星伽白雪さん。肝心な所で不幸(・・)にも私の位置を把握ミスして、私にギリギリ直撃しない場所に炎の渦を生み出したことに気づいておりまして?」

「……へ?」

「おそらく貴女の刀を握る握力が弱まっていたことも関係していたのでしょうね。ふふふ、不幸(・・)とは実に恐ろしいですわね」

「ま、まさか――」

「そう、そのまさか。先の戦闘中にこっそり呪蟲(スカラベ)で呪っておきましたの。万が一、億が一私が敗北しそうになったとしても、貴女を確実に破滅に導けるように、ね」

 

 緋緋星伽神をまともに喰らったにもかかわらず割と元気そうなパトラが信じられないといった表情の白雪に向けて、パトラは得意満面の笑みで種明かしをする。

 

 

「あと、言い忘れていたのですが……私、怪我も治せますの。ほら。近い将来、銀河☆掌握を成し遂げる私にとって体は資本ですもの」

「……」

「あぁ、服も焦げてボロボロになってますわね。せっかくのお気に入りレースワンピースだったのに……ここは自作の服で妥協するしかありませんね」

「……」

 

 パトラは己の魔力を使ってちゃっちゃと傷を修復し、服も砂金から作り上げた新たなドレスに新調する。そうして。傷一つない、戦闘前と何ら変わりない状態へと戻ったパトラはペタンと座り込んだままの白雪を見下ろして「さぁ、ここからが本番ですわ。第二ラウンドを始めてもよろしくて?」と笑みを深めた。

 

 

「……」

 

 一方。白雪は沈黙したままだった。その様子から戦意喪失したのだろうとパトラが判断した直後、白雪は「んんー!」という気の抜けた声を漏らしつつグイーッと背伸びをした。そして。「そっか。じゃあ仕切り直しだね。あーあ、せっかく倒せたと思ったのになぁー」とぼやきつつ、それでもゆっくりと立ち上がった。

 

 

「……驚きましたわ。この絶望的な状況下で、まだそのような力強い目ができるなんて。今の貴女ではもう私に勝てないとわかっているのでしょう? それなのに、どうして?」

「私は諦めの悪い人間になることにしたからね。例えどんなに劣勢でも、状況が絶望的でも、最後まで全力で足掻くって決めたんだ」

 

 ショボーンといった顔つきで、しかし心はまるで折れていない。そんな白雪を驚愕の眼差しで見やるパトラに白雪は辛そうに浅い呼吸を繰り返しながらも、パトラを鋭く見つめる。

 

 

 この時。白雪はキンジの言葉を思い出していた。

 

 ――何やってんだよ、ユッキー。勝手に諦めたりなんかするなよ。勝手に俺の前から消えたりなんかするなよ。寂しいだろうが。お前は俺にとって命の恩人なんだ! 一生かけたって返せるかどうかわからないぐらいの大恩人なんだ! だからさ。頼むから俺の元からいなくならないでくれ、ユッキー!

 

――そんな何もかも諦めきった顔してないでもっと足掻けよ、ユッキー! ここにはどこぞの星伽神社と違ってお前を縛るものなんて何一つないんだ! だから、ロクに抵抗もしないうちに全て諦めて人生棒に振るような真似すんな、ユッキー!

 

 かつて。何もかもを諦め、流されるままに生き、その延長線上でイ・ウーへと身を落とそうとしていた白雪の心を繋ぎとめた、キンジの必死の言葉を思い出していた。

 

 

 あの日。あの時。キンちゃんとアーちゃんに助けられて。

 その時に私は1つ心に誓った。これまでは諦めてばかりだったけど、これからは諦めたくないことは諦めないようにしようって心に決めた。

 

 だから。

 

 例え無謀だとなじられようと。例え愚かだと嗤われようと。

 私が私らしくあるために。私が私のまま一度きりの人生を楽しむために。

 

 

「――ここぞっていう所では、絶対に譲らないって決めたんだ」

 

 体はもう疲れきっている。

 まだ余力は残しているが、パトラちゃんへ勝てる見込みはもう存在しない。

 わかってる。そんなのわかってるけど。

 私はまだ立てる。私はまだ、剣を構えられる。

 私の心は、負けていない。

 だったら、諦める理由なんて――どこにもない。

 

 

「負けるとわかっていてなお抵抗する。それは醜いだけではありませんこと? 淑女の態度には程遠い行為にしか思えませんわ」

「醜くていいんだよ。ただ、私の大事な人たちにだけそう思われなければ、それでいい」

 

 白雪は再びデュランダルと色金殺女を構える。そしてデュランダルに氷を、色金殺女に炎を灯していつパトラが仕掛けてきても応戦できるように準備を整える。一方。漆黒の瞳にメラメラと戦意の炎をたぎらせる白雪を前に、パトラは無意識の内に「ほぅ」と感嘆の息を漏らしていた。

 

 

「……美しい、ですわね」

「あれ? 負けると知っててなお抵抗するのは醜いんじゃなかったの?」

「そんなことはありませんわ。先の発言は撤回させてくださいまし。貴女は今まで私が出会ったどの女性より美しく、気高い人……その美しい在り方に免じて、死なない程度に全力で叩き潰してあげましょう。そして。私が王となった時、貴女を私の懐刀として迎え入れることにしますわ」

「嫌だって言ったら?」

「無理やり手中に収めさせてもらいますわ。私、貴女のことをすっごく気に入りましたもの。さぁ、第二ラウンドを楽しみますわよ!」

 

 パトラは平然と白雪に好意をぶつけるとともに自身の周囲に無数のナイフ勢を生成し、白雪へ向けて一気に解き放つ。かくして。疲弊しまくっている白雪にとって絶望的極まりない第二ラウンドの火蓋が無慈悲にも切られるのだった。

 

 




白雪→非常に珍しいことに内心ブチきれ状態でパトラと戦った堕落巫女、もといおっぱいのついたイケメン。初見殺しな技をたくさん使ったとはいえ、無限魔力を手にした元イ・ウーナンバー2をたった1人で追い詰めるぐらいには人外領域に足を突っ込んでいる。また、ジャンヌの一件を経てパッシブスキル『不屈の心』を所持している。
パトラ→最初以外、白雪の攻勢に呑まれてばかりだった貴腐人。戦闘中は余裕があまりないため、口調が崩れたりしている。本編ではあまり目立たなかったが、ヤバそうな攻撃を察知し、回避するスキルについては地味にトップクラスだったりする。また『敵ながら天晴』って感じで白雪のことを認めることにした模様。


パトラ「ざんねん! 星伽白雪さんの冒険はここで終わってしまった!」
白雪「まだだ! まだ終わらんよ!」

 というわけで、112話終了です。いやホント、ユッキーカッコすぎるわ。ヤベェ、これは『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員登録が殺到するかもしれませんな、ええ。

 閑話休題。今回、パトラさんがユッキーを認めましたが、これって何気にジャンヌちゃんとユッキーとの対話と同じ流れなんですよね(※48話参照)。つまり、場合によっては今後「ユッキーお姉さま♡」とユッキーを心から慕い、ユッキーを巡ってジャンヌちゃんと低レベルな争いをするパトラさんの姿が拝める可能性があるわけですよ。何それ超面白そう。


 ~おまけ(その1 ユッキーが使用したオリジナル技説明)~

・ちょこっと凍結陥穽(フリージング☆カラミティ)
→ジャンヌの凍結陥穽をユッキーなりにアレンジした技。氷の表側と裏側の強度を自由に設定できるドーム状の氷のバリアを一部だけ展開することで、使い勝手のいい盾として利用できる。ちなみに技名の由来はフランキーの『ちょっと風来砲』である。

・緋火虜鎚(ひのかぐつち)・散
→剣を真一文字に振るうことで剣に宿した炎を散弾として放つ技である。炎の軌道はある程度は白雪が誘導できるため、これまた使い勝手のいい技である。とりあえず相手を牽制したいなんて時に使うのがベストかも?

・形質転換(スイッチ)
→炎を氷に、氷を炎に変えるというテラチート技。これを利用することで敵を存分に翻弄させることができる。この技を思いついたきっかけは『うえきの法則』の『電気をお砂糖に変える能力』を使った某敵キャラさん。あの子の戦い方は当時「すげぇ! こんな戦い方があるのかッ!」って感動した思い出があったり。

・我流・刀舞楽奏(ソード・ダンス)
→『一閃、二閃』と軽く斬撃を飛ばして肩を慣らすことで無数もの斬撃を瞬時に放つことのできるチート技。物量で相手を圧倒したい時に使うと便利な技である。ちなみに、今のユッキーが一瞬で繰り出せる飛ぶ斬撃の最大数は二百十六、恐ろしい限りである。ところで、この技は私がただいま絶賛エタり中の二次創作『木場きゅん奮闘記』に出てくるオリキャラことフィルシー・カーマインから輸入してきた技だったりする。

・紅蓮爆裂弾幕群(クリムゾン・シューティングスター)
→『緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)双重流星(フタエノナガレボシ)』で生み出した真紅の斬撃を一旦形質転換で凍らせることでその場に留まらせ、斬撃の向かう先へ回り込んだ後にもう一度形質転換で真紅の斬撃に戻してから1剣1刀を思いっきりぶつける形で真紅の斬撃の向かう先を方向転換させる技。その際、斬撃が分裂し弾幕のように相手に炸裂するのでよほどの実力者でなければこの技に対処するのは不可能である。

 このユッキーのオリジナル技を見てると、ホント色んな状況で応用できる汎用性に優れた技ばっかりですね。さすがはユッキー。


 ~おまけ(その2 本編で使ってもらおうか非常に悩んだけど結局ボツにした技)~

白雪「緋火星伽神(ヒヒホトギガミ)二重極(フタエノキワミ)!」
パトラ「? 何を――」
白雪「アァーーッ!!(←1剣1刀を捨て、なぜか顔芸をしながら素手で殴りかかるユッキー)」
パトラ「ッ!? 貴女、一体何がしたいんですの!?(←ユッキーの突飛な行動に困惑する人)」

 ユッキー、全力で顔芸をするの巻。
 でもユッキーなら例え顔芸をしても可愛いだけな気がするけどね。


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113.熱血キンジと同士討ち


 どうも、ふぁもにかです。今回はキンジくんサイドということで、前回のユッキーサイドとは打って変わって派手さに欠ける戦いをキンジくんに繰り広げてもらいます。前回は気合い入れて1万字くらい本編に使って疲れちゃったので、今回は5千字ぐらいで抑えられたらなぁー、なんて思ってます。エヘッ♪

キンジ「何か俺の扱い、酷くないか?」
ふぁもにか「あぁーーーーッ!! アニメ『がっこうぐらし』が超絶面白いんじゃああああああああああああああああああああ!!」
キンジ「話聞けよ、おい!」

P.S.ついにUAが通算で20万を突破しました。このことを知った私は今、この作品の中々の愛されっぷりに割と感激しています。これからもこの作品の行方を見守ってくれたらなと思うので、今後ともよろしくお願いします(*´▽`*)



 

 時は少々さかのぼる。具体的には、白雪が得意げな笑みを引っさげて「氷壁聳(アイシクル・ウォール)!」と宣言すると同時にキンジ&ジャッカル男たちと白雪&パトラとを分断するように蒼白の氷壁がタケノコのごとくグングン成長した頃までさかのぼる。

 

 

「なぁッ!?」

 

 パトラ作の改造アンベリール号上に築かれた巨大ピラミッド内にて。キンジはあっという間に天井まで到達し、周囲の空気を次々とひんやり風味に変えていく氷の巨壁につい目を剥いていた。

 

 それはキンジの進路を妨害するように立つジャッカル勢たちも例外でないらしく、「ァオ!?」「グォ!?」と氷壁と他のジャッカル男の仲間と視線を忙しく動かす形で動揺を顕わにしている。パトラが砂から作り上げたにしては、何とも人間味あふれる愛すべきジャッカル男どもである。

 

(こ、これ、ユッキーが作ったのか!? いつの間に使えるようになったんだ!? ジャンヌから教えてもらったとか、そんな感じだったりするのか!?)

 

 驚愕冷めやらぬキンジの脳内には次々と疑問が舞い込んでいく。その脳内に押し寄せる疑問ラッシュに、しかしキンジは「い、いや。今はそんなことどうでもいいか」と首を左右にブンブンと振って気持ちを切り替える。

 

(とにかく、ユッキーのおかげで俺はパトラのことを気にしなくてよくなった。それなら――)

 

 キンジは狼狽しまくるジャッカル男たちをよそにスッと静かに目を瞑る。そして。『さて。思い出せ、遠山キンジ。カナ姉の手の温もりを。慈愛に満ちた眼差しを。後光に包まれた体躯を。天使のようななんて表現が霞むほどの微笑みを――(ry』と脳内をカナ一色に染め上げるという恒例儀式を通して、キンジはいつものように即効でヒステリアモードへと移行した。相変わらずのブラコン(?)気質である。

 

 

「アリア。今、そっちへ行く。あと少しだけ待っていてくれ」

 

 キンジは視界の奥に映る黄金の棺を見つめて優しい声色で語りかけると、愚直にもジャッカル男たちの軍勢に正面から突っ込んでゆく。一方。キンジが動いたことを察知したジャッカル男たちは、氷壁を壊さんと氷壁前で大斧をグググッと振りかぶる一部のジャッカル男たちを「グォォッ!」との声で呼び戻すと、キンジの迎撃態勢に入る。

 

 以前、カジノ『ピラミディオン台場』を襲撃した時とは違い、大斧の他にも大剣・大槍・戦槌・双剣・太刀など多種多様な武器をそれぞれ装備したジャッカル男たちがキンジを囲い込むように移動し、各々の武器を振り下ろさんとする。しかし。対するキンジはその場にピタリと立ち止まるだけで、回避も防御もしない。武器すら構えない。そんな奇妙なキンジの行動に内心では疑問符を浮かべつつもジャッカル男たちは武器を振り下ろす手を緩めはしない。と、その時。奇怪な出来事が起こった。何と、ジャッカル男たちの武器がキンジの体をすり抜けたのだ。

 

 結果、キンジを切り刻むはずだった武器たちは空を切る。そして。キンジを全力で斬る以外のことを考慮されていないまま振るわれた武器はそのまま勢いあまって他のジャッカル男たちにクリーンヒットする。ジャッカル男たちは己の振るった武器で他の仲間の頭蓋を貫き、胴体に風穴を開け、首と胴体とを離婚させてゆく。

 

 さて。キンジが一体何をしたか。答えは簡単だ。以前、ブラド戦でヒステリア・アゴニザンテを発動させた時に使った流水制空圏を使って、四方八方から襲いかかる多種多様な武器をあくまで最小限の動きでかわしたのだ。その狙いは、あまり頭のよろしくないジャッカル男たちを同士討ちさせる形で、楽してひとまず数を減らすこと。

 

 

(1体1体律儀に相手にしてる時間なんてないからな。にしても……何か、恐ろしいほどに上手くいったな。まぁそれもこれもほとんど流水制空圏のおかげなんだけど)

 

 キンジは周囲を一瞥し、ジャッカル男たちの体が元の砂金へと崩壊し、その中から黒いコガネムシが飛んでゆく様や今の同士討ちでジャッカル男たちの数が6割方減っていることを一瞬で把握する。そして。流水制空圏を以前自分に披露してくれたレキに(※本人にその気はなかった)内心で感謝の念を抱きつつ、キンジはジャッカル男たちの包囲網を抜けた先へと駆けてゆく。その際、ちゃっかり1体のジャッカル男が持っていた大斧を入手するのも忘れない。

 

 キンジは駆ける。アリアが収められていると思われる棺の元まで迷わず駆けてゆく。と、その時。ずずずッという重厚な音を引き連れて、黄金棺のすぐ背後に控えていたお座り状態でいる極大のスフィンクス像がゆっくりと動き始めた。

 

 

(ま、やっぱり動くよな。そう来ると思ってたぜ)

 

 あらかじめ大型の蟲人形たるスフィンクス像が動くものと予測していたキンジがほんの少しだけ目を細める一方、スフィンクス像は悠然と立ち上がる。エジプトのお経みたいな謎言語をブツブツと呟きながら立ち上がるスフィンクス像は体長10メートルは裕にありそうなほどに巨大な代物であった。

 

(ここまでは予想通り。てことで、お前たちにはもう一回同士討ちしてもらう)

 

 スフィンクス像は棺への特攻姿勢をまるで崩さないキンジをギンと睨みつけ、上方へとグググッと上げた右前足を勢いよく下ろそうとする。キンジを踏み潰す気満々のスフィンクス像。普通なら恐怖しか抱けないはずの敵意丸出しの存在を前に、キンジはニヤリと不敵に笑う。そして。キンジは体を捻って両手に持った大斧を渾身の力でぶん投げた。

 

 キンジが全力で放った大斧はグルグルと無駄に回転しながらスフィンクス像の左前足へ接触。そのままスフィンクス像の左前脚をズバンと切断した。どうやらスフィンクス像は見た目の圧迫感とは裏腹に、ジャッカル男たちと同様に割と脆い性質のようだ。

 

「ォオ!?」

 

 軸足の役目を担っていた左前足を失ったスフィンクス像は当然、バランスを失ってしまう。どうにかバランスを確保しようとキンジを踏み潰すはずだった右前足を早めに床に叩きつけ、どうにか自身の体が倒れないように踏みとどまる。しかし。不幸にも、スフィンクス像が右前足を置いた場所は、今まさに棺へ全力ダッシュしているキンジの妨害をしようとキンジの背中を追っていたジャッカル男たちのいた場所であった。

 

 

(これも上手くいった。意外とジャッカル男どもをいっぱい巻き込めたな、これは幸先いいぞ)

 

 退避の間に合わなかったジャッカル男たちが「グォオオ!?」とスフィンクス像の下敷きになる様子をしり目に、キンジは玉座にザクッと突き刺さった状態の大斧を回収。左前足を持っていかれたことにブチ切れ中のスフィンクス像に対し、奴を無力化するための次なる対処をしようとしたキンジはここでふと、もう一度ジャッカル男たちの方へと視線を向ける。すると。もう数体しか残っていないジャッカル男たちの内の1体がとある武器を肩に担ぎ、キンジへと照準を合わせていた。

 

 

「ふぁッ!?」

(ちょっ、待て待て待て待てッ!? ちょっと待て!? それ地対空ミサイルじゃねぇか!? こいつ、一体どこから持ってきた!? ま、ままままさかそれもパトラが作ったんじゃ――ってこんなこと考えてる場合じゃない! あんなの発射されたらひとたまりもないぞ!?)

 

 1体のジャッカル男がいつの間にやら己の武器をまさかの携帯型の地対空ミサイルに切り替えていたことにキンジはギョッと目を見開くも、思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上するヒステリアモードの恩恵により、キンジはすぐさま現状打破の一手を講じる。キンジは両手に持った大斧を背後に大きく振りかぶり、スフィンクス像へと投げつける。

 

 縦方向にギュンギュン回転する大斧はスフィンクス像の腹部に命中し、再びバランスを失ったスフィンクス像は為すすべもなく床に倒れんとする。そのスフィンクス像の巨体がキンジと地対空ミサイルとの間に割って入ったのと同時にジャッカル男の持つ地対空ミサイルが発射された。

 

 発射機から解き放たれたミサイルはゴォォオオオオと煙を噴射しながら一直線にほとばしり、見事なまでにスフィンクス像の横っ腹に命中する。結果、スフィンクス像は断末魔を上げる間もなく形を失い、金塊の山へと姿を還していった。

 

 そして。スフィンクス像の崩壊を導いてしまった当のジャッカル男は「こ、こんなはずじゃなかったんだッ!」と言わんばかりに「グォオオ!?」と狼狽の声を高らかに上げるも、次の瞬間にはそのジャッカル男の頭が撃ち抜かれていた。キンジが拳銃を使って速やかにジャッカル男の頭部目がけて発砲したのだ。

 

 

(ふぅ、無事倒せたか。よかった、何せあの個体は放っておくとまたヤバそうな武器持ち出してきそうだったからな)

 

 スフィンクスを盾にすることで地対空ミサイルの脅威をやり過ごしたキンジは、地対空ミサイルなんて持ち出してきたイレギュラー極まりないジャッカル男をとっとと排除できたことにホッと安堵の息を吐く。

 

 その後。まだ残っている数体のジャッカル男が豪快に足音を響かせる形でダッシュし、キンジの元へ迫りくる中。キンジは黄金の棺に手を伸ばす。またいつパトラが新たな傀儡を召喚するかわからない状況下で残党に構ってられるものかと、さっさと棺の中に収められているであろうアリアを奪還しようとする。

 

(アリア! 俺はここまで来たぞ――ッ!?)

 

 と、その瞬間。周囲一帯に耳をつんざくような轟音が響いた。キンジがバッと音源を見やると、天高くそびえ、あまりの分厚さに向こう側の状況を視認できないことに定評のある氷壁がズガァァアアアアアアアンという派手な音とともに崩壊する様子が、キンジの両眼に映し出されていた。

 

 

「そこまでですわ!」

 

 氷塊が光を乱反射させながらドスドス床に落ちてゆく中。その氷塊の雨にどうにか生き残っていた残りのジャッカル男たちが漏れなく全滅する中。氷壁を力技で壊してみせたパトラが声を張り上げる。そして。パトラは氷壁によって状況がわからなかったフロアに隈なく視線を配り、棺のすぐ側まで近寄っているキンジを見つけると、焦りに満ちた表情を隠さないまま、「この者の命が惜しければ、動かないでくださいませ!」と叫んだ。

 

 

「白雪ッ!?」

 

 うつ伏せに倒れ伏すズタボロ巫女服の白雪(※ゼェゼェと乱れた呼吸を繰り返している辺り、とりあえず最悪の事態――白雪がパトラに殺された的な展開――にはなっていないようだ)と、その白雪の背中を片足で踏みつけ身動きを封じるパトラの姿を目の当たりにしたキンジは即刻パトラに銃口を向ける。

 

「キン、ちゃ……」

「白雪! 待ってろ、すぐ助けに――」

「――あらまぁ遠山キンジさん。私は動くなと言いましてよ?」

 

 ヒステリアモードを発動中のキンジは弱々しい声を上げる白雪を助けるために彼女の元へ駆けつけようとするも、パトラの殺気に満ち満ちた人を余裕で殺せそうな眼差しについ「うッ」と立ち止まる。そして。「今すぐ武器を捨てて棺から離れてくださいまし。でないと……ふふふ」とパトラが意味深に笑った時、キンジはパトラの足元に倒れる白雪の体からしゅうぅぅうううと、水蒸気のような煙が上がっていることに気づいた。

 

 

「あ、う……」

「パトラ!? 白雪に何を!?」

「簡単な話ですわ。私には人体から水を抜き取る聖秘術(わざ)を持っていますの。ほら、早く武器を捨ててくださいませ。でないと、星伽白雪さんは物言わぬミイラになってしまいますわよ」

 

 白雪の体から生じる水蒸気がその勢いを増し「うぅぅ……」と苦悶に満ちた声を断続的に漏らす白雪を前にキンジは即刻武器を手放そうとする。と、その刹那。ズシャッと、床から生まれた小さなサイズの氷片がパトラの足首を貫いた。

 

 

「なッ!? 貴女、まだ余力を残していたんですの!?」

「パトラちゃん。言った、よね? 最後、まで……全力で、足掻くって」

(今だよ、キンちゃん……!)

(よくやった、白雪!)

 

 驚愕の表情を隠せないパトラに白雪はしてやったりと笑みを浮かべる。そして。当の白雪から力強いアイコンタクトを受け取ったキンジはパトラの意識が白雪へと集中している隙にパトラの腹部を狙って発砲する。パァンという乾いた銃声でハッと現状に思い至ったパトラが白雪の背中から足を外して銃弾をかわすも、ヒステリアモード特有の卓越した思考力であらかじめパトラの回避先を読んでいたキンジはパトラの移動先へと迫り、拳銃を持たない右手に装備した小太刀を振るう。

 

 一方のパトラは、抵抗するなど残っていないと思われた白雪からの攻撃への動揺が収まらないのか、砂金から丸盾を生成して小太刀を防ぐことをしないで、ただただ後退して小太刀の攻撃範囲から逃れるのみだ。

 

 

「白雪。まだ動けるか?」

「ん。なん、とか……」

「なら、今の内に戦いに巻き込まれない場所に避難してくれ」

「……ごめん、ね。キン、ちゃん」

「謝ることないさ。よく頑張った、白雪。ここから先は俺に任せてくれ」

「わかっ、た」

 

 キンジは攻撃を避けるのみのパトラを深追いせずにその場に留まり、白雪と軽く言葉を交わす。その後。パトラの攻撃から白雪の退路を守り抜けるようにパトラの様子を注視する。

 

 そして。フラフラとどこか危うい足取りながら白雪がこの『王の間』のどこかに姿を隠した頃、動揺を乗り越えたパトラは足首に刺さった氷片を抜き、己の魔力で足首を治療しながら、キンジに疑念の眼差しを向けた。

 

 

「遠山キンジさん、これは何の冗談ですの? 私の見当違いでなければ、貴方はもしかして……この私に挑もうとしておりますの?」

「そうなるな。この状況下でふざけられるほど、俺は空気の読めない人間じゃない」

「あらまぁ。それでは、貴方は無能力者の分際で私に敵うと本気でお思いですの? ふふふ、それは思い上がりというものですわよ」

「パトラこそ、超能力者(ステルス)の分際であんまり調子に乗らない方がいい」

「むッ」

「俺はいずれ世界最強の武偵になる男だ。超能力ぐらい、ハンデでくれてやる」

「ハ、ハンデですってぇッ……!」

 

 キンジはフッと柔らかな笑みを浮かべパトラを挑発する。対するパトラはすぐ行動にこそ移さないものの、その瞳は明らかに憤りの炎をたぎらせている。よほど無能力者で格下であるはずのキンジに実力を下に見られたことが許せないようだ。

 

 

 とはいえ、確かにパトラの言い分は尤もだ。ただでさえ無能力者が超能力者に勝利するのは難しい。ましてや、今の俺の相手はあの砂礫の魔女だ。元イ・ウーのナンバー2であり、俺とアリアと理子の3人でやっとかっと倒したブラドの上位交換と言っていい存在だ。

 

 それなのに。対する俺には今回、アリアも理子もいない。白雪の援護は期待できない。今の白雪にはアリアを連れて先に逃げてもらえるほどの体力すら期待できない。つまり。今から俺はブラドよりはるかに格上であるパトラ相手に、1対1の戦いを挑み、勝利しないといけない。なるほど、確かにパトラと戦った際の俺の勝率が約3%だと白雪が推測したのもうなずける。

 

 

 ――けど、だから何だ?

 

 

 俺はいずれ世界最強の武偵になる男だ。あのカナ姉をも打倒した男だ。カナ姉から教授(プロフェシオン)を倒せると期待されている男だ。だったら。これぐらいの困難、笑って楽々乗り越えてみせろ。なぁ、お前ならやれるだろ? 遠山キンジ――!

 

 

 

「パトラ。お前が侮ってる無能力者の力、見せてやるよ」

 

 半身で立ち、左手に拳銃、右手に小太刀を装備したキンジはニタァと、ヒステリアモード発動中のキンジが異性に見せる表情としては珍しい部類に入る、勝気な笑みを浮かべた。それはあたかも無能力者という鼠が、無限魔力まで備えた超能力者という獰猛猫を噛み殺さんとする笑みだった。

 

 




キンジ→当然のようにヒステリアモード時に『流水制空圏』という他作品の技を使う熱血キャラ。久しぶりに熱い男っぷりを見せた模様。ちなみに。もう死に設定かもしれないが、今回はヒステリアモード中なのでユッキーのことを白雪と呼んでいる。
白雪→描写されてない間にスタミナ切れでパトラに敗北した怠惰巫女。作者曰く、『いや、だってユッキーがズタボロになるだけの戦いを書く気力が起きなかったんだから仕方ないじゃん?』とのこと。しかし、タダではやられずどこまでも足掻く辺りが素敵である。
パトラ→無能力者を侮っている感のある貴腐人。最近、彼女の口調が乱れつつあるような気がしないでもないかもしれないが、気にしては負けである。

ジャッカル男「私は一発の地対空ミサイル」
キンジ「ふぁッ!?」

 というわけで、113話終了です。前回と比べれば何だかギャグっぽい感じもしないでもない戦いでしたね。特に地対空ミサイルのくだり。あれはパトラさんがいざという時のために砂金の床の下に様々な武器を仕込んでいるという裏設定を前提に、ジャッカル男が床を掘って地対空ミサイルを取り出したことになってます。決してパトラさんが能力使って速攻で作っちゃったわけではありませんので、あしからず。

 まぁ今回はそこまでパッとしない戦いだったけど……しかし、キンジくんの真骨頂はまだまだ後に控えてますので、今回はこの程度でいいかなというわけです。今の時点でキンジくんの戦闘パターンの引き出しをバンバンお見せしちゃうと絶対ネタ切れしちゃいますからね、仕方ないですね。


 ~おまけ(その1:ネタ パトラは何でも作れる恐ろしい貴腐人さん)~

 以前、カジノ『ピラミディオン台場』を襲撃した時とは違い、大斧の他にも大剣・大槍・戦槌・双剣・太刀など多種多様な武器をそれぞれ装備したジャッカル男たち。

ジャッカル男Aの武器→グングニル
ジャッカル男Bの武器→ミョルニル
ジャッカル男Cの武器→エクスカリバー
ジャッカル男Dの武器→ゲイボルグ
ジャッカル男Eの武器→蜻蛉切
ジャッカル男Fの武器→天叢雲剣
ジャッカル男Gの武器→ティルフィング
ジャッカル男Hの武器→クラウ・ソラス
ジャッカル男Iの武器→アスカロン
ジャッカル男Jの武器→ジュワユーズ
ジャッカル男Kの武器→アロンダイト
ジャッカル男Lの武器→ダーインスレイブ
ジャッカル男Mの武器→アイギス
   ・   ・
   ・   ・
   ・   ・

キンジ(あ、これ死んだわ)

 きっと灰も残らないんだろうな、南無阿弥陀仏。


~おまけ(その2:ネタ 貫録のシリアスブレイカー・ユッキー)~

 床に倒れ伏し、パトラに背中を踏まれる白雪のシーンにて。

白雪「キン、ちゃ……」
キンジ「白雪! 待ってろ、すぐ助けに――」
パトラ「――あらまぁ遠山キンジさん。私は動くなと言いましてよ? 今すぐ武器を捨てて棺から離れてくださいまし。でないと……ふふふ」
白雪「あ、う……」
キンジ「パトラ!? 白雪に何を!?」
パトラ「簡単な話ですわ。私には人体から水を抜き取る聖秘術(わざ)を持っていますの。ほら、早く武器を捨ててくださいませ。でないと、星伽白雪さんは物言わぬミイラになってしまいますわよ」
白雪「うぅぅ……効くぅぅぅ(←だらけきった声)」
キンジ&パトラ「「……え?」」
白雪「あ、あぁー。パトラちゃん、そこもうちょっと強く踏んで。あ……ハァァー、気持ちいいぃぃー。パトラちゃんってマッサージの才能あるんだねぇ。今すっごく気持ちいいよぉ♪(←トロ顔)」
パトラ「……」(どうしましょう。リアクションに凄く困りますわ)
キンジ「……」(だからって俺に目線で助けを求められても困るんだが……全く、白雪は相変わらずだな)←ヒステリアモード特有の異性殺しの微笑を浮かべつつ

 シリアスな雰囲気をユッキーに木っ端微塵にされて、これにはさすがのキンジくんとパトラさんも苦笑い。


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114.熱血キンジと任意解除


 どうも、ふぁもにかです。最近はバトル回が続いている影響で本編の文字数が割と多くなっていることに定評のあるふぁもにかです。ところで、今回はキンジくんとパトラさんとのバトル回。前々回にて存分にチートスペックを発揮したユッキーを以てしても敵わなかったパトラさん。元イ・ウーナンバー2に君臨していただけのことはあるパトラさん相手にキンジくんがどう戦うか、乞うご期待って奴です。

 ちなみに、今回の戦闘はキンジくんとパトラさんとで視点移動がグルグルしていて混乱させる箇所があるかもしれませんので、その辺は十分に注意してご覧くださいませ。



 

 パトラ作の改造アンベリール号上に築かれた巨大ピラミッド内の『王の間』にて。パトラと対峙するキンジには、実を言うと1つだけ勝算があった。まだ一度も試したことがないために成功確率は未知数であるが、しかし成功さえすれば確実に自身に勝利を呼び込めると思われる秘策を、ヒステリアモードの恩恵により閃いていた。

 

 

(いきなり本番でやるのはちょっと怖いが……他にパトラに勝てる方法なんてなさそうだし、やるしかないな)

 

 左手に拳銃、右手に小太刀を構えたキンジはヒステリアモードにより通常の30倍にも強化された思考力・判断力・反射神経などからパトラの隙をうかがう。その様子にキンジを警戒心を抱きながら見つめていたパトラは首をコテンと傾けて「あら?」と疑問の声を漏らした。

 

 

「どうした?」

「いえ。先ほど貴方があれだけ自信満々に発言するものだから何をしてくるかと思えば……どうやら大した策もなくそのまま突っ込んでくるつもりみたいですわね。……全く、貴方はバカなのかしら? 私はこの通り、女性ですわよ? ヒステリア・サヴァン・シンドロームを使うには不利な相手だとわかっていまして?」

「確かにパトラの言う通り、ヒステリアモードを使って君のような女性を相手取るのは賢明な策とは言えないだろう。でも、俺も何も考えずにこの手段を選んだわけじゃない。それを今から教えてあげるよ、パトラ」

 

 キンジは自身の言葉を全て言い終えると同時に左手の拳銃でパトラの頭部目がけて発砲する。パトラは「随分と上から目線で言ってくれますわねぇ……!」と苛立ちを募らせながらも、丸盾を生成して防ぐまでもないとヒョイと軽々銃弾を避けてみせる。だが、キンジはそれでも構わないといった表情で断続的に発砲しつつ、パトラとの距離を詰めようとまっすぐに駆け始める。

 

 当然だ、無能力者のキンジには遠距離攻撃の手段が拳銃しか存在しない。あるとしても、小太刀やバタフライナイフを投擲するぐらいしか選択肢が存在しない。ゆえに。小太刀やバタフライナイフで斬りつけるにしろ、拳で殴り飛ばすにしろ、とにかく近づかないと話にならないのだ。ちなみに。キンジが銃弾を避けられることを前提としてパトラに銃弾を放っている理由は単純明快、銃弾を利用してパトラの居場所をある程度誘導するため。より正確には、現在位置からパトラがあまり動かないよう、パトラの移動範囲を制限するためだ。

 

 

(何をする気かは知りませんが――)

「これでおしまいですわ!!」

 

 キンジの放つ銃弾により己の立ち位置を制限されていることなど知らないパトラはスゥと右手を天へ掲げ、自身の前後に様々な傀儡を砂金から生成する。ジャッカル男軍団を筆頭に、鷹・豹・アナコンダの軍勢を一挙に生成し、キンジへと突撃させる。さらにパトラはダメ押しとばかりに100本ものナイフを生み出し、キンジに突き刺さるように解き放つ。

 

 肝心のナイフは後から解き放ったため、その存在はジャッカル男たちの巨体によって隠されている。ゆえに。キンジの体に突き刺さるまでナイフの存在には気づけないだろうとの考えあってのパトラの攻撃である。

 

 キンジに容赦なく襲いかかる、既存の動物をかたどった蟲人形たちの大群。普通なら物量に物を言わせてわらわらと群れを成して突撃してくる軍勢相手では、キンジはなすすべもなく飲み込まれるしかないだろう。しかし、今のキンジは普通ではない。パトラが差し向けてくる様々な動物やナイフの弾幕を、さも当然のように流水制空圏を行使してすり抜ける。

 

 

「えッ!?」

 

 パトラはギョッとしたように目を見開く。以前アリアを奪いに来た時とは違い、最初から全力でキンジを殺す気で攻撃を仕掛けただけに、蟲人形や多量のナイフによる物量攻撃をあっさり攻略されたことが信じられないようだ。

 

 そのパトラの動揺を見過ごすキンジではない。いくら今の自身がヒステリアモードを発動中で、女性のことを最大限に考える性質になっていようと、前回の邂逅を受けてパトラが自分の実力を侮った結果生じた千載一遇の好機を逃すキンジではないのだ。

 

 

「ぉぉおおおおおおおお!!」

 

 キンジはパトラが防戦一方になるように全力で攻撃を畳みかける。左手の拳銃でパトラの体目がけて発砲し、右手の小太刀を振るい、しかしあくまで攻撃が単調にならないように、パトラが一転攻勢とならないよう、拳銃と小太刀の攻撃を変則的に繰り出してゆく。

 

 全ては、パトラにこれ以上超能力(ステルス)を使わせないため。パトラが今さっき召喚した蟲人形連中を自動操縦に切り替えさせないため。パトラの超能力が厄介な代物なら、使わせなければいい。そのように考えたがゆえのキンジの怒涛の連撃である。

 

 

(隙だ、隙を作るんだ! このまま攻撃を続けて、パトラに致命的な隙を生ませるんだ! そうすれば――勝てるッ!)

「くッ!? この――」

 

 対するパトラは即興で丸盾やロングソードを生成してキンジの攻撃を防ぎつつ反撃に転じようとするも、絶妙なタイミングでキンジが銃弾を敢えて顔スレスレに放ったり、小太刀で横腹を斬りつけようとするせいで結局防戦状態に追いやられる。加えて、背後からキンジを攻撃させる目的で、先ほど生成した蟲人形たちを自動操縦に切り替えることすらできないでいる。

 

 

(なぜ、なぜですの!? 遠山キンジさんはカナさんには遠く及ばない雑魚だと、ピラミディオン台場の一件で把握したはず。いくらヒステリア・サヴァン・シンドロームを行使しているとはいえ、その程度で覆る実力差なわけ――こんなのあり得ませんわッ!!)

 

 結果、パトラのイライラは徐々に募っていた。この元イ・ウーナンバー2を誇る自分が、たかが極東の一武偵高の強襲科Sランク武偵の無能力者ごときの攻撃を凌ぐことで精一杯なことにもう腸が煮えくり返っていた。

 

 

(これで、今度こそ終わらせますわ!)

 

 パトラはついさっき白雪に仕掛けた時のように、キンジの頭上にこっそり砂金で構築したナイフを用意する。キンジの間髪入れない攻撃のせいで中々数をそろえることはできないが、それでも1本、また1本とナイフの数は着実に増してゆく。

 

 

(調子に乗っていられるのも今の内だけですわ、ふふふ)

 

 パトラは必死にキンジの猛攻を防いでいる、といった感じの表情を作りつつ、内心ではキンジの快進撃を終わりにできる時が刻一刻と近づいていることにほくそ笑む。

 

 それ故に。パトラは気づくのがほんの少しだけ遅れてしまった。眼前のキンジが振るう右手。しかしその手にいつの間にか小太刀が握られておらず、キンジがなぜか何も装備していない右手をただ無造作に振るってきたという事実に。

 

 

(え、何を狙ってこのような真似を――)

「ここッ!」

「――ッ!?」

 

 パトラが瞠目しつつも、目線を忙しなく動かす形で一刻も早く小太刀の在処を把握しようとした瞬間、パトラの背にゾゾゾッと得体の知れない悪寒が走る。現状の体勢では危険だという第六感の警告に従いパトラがバッと体をのけ反らすと、今さっきまで自身の右肩のあった箇所を小太刀がビュオンと疾風のごとく突き抜けていった。次いで、キンジを見やると、まるでサッカーボールを蹴飛ばしたかのように右足を上げるキンジの姿。

 

 

(な、何てデタラメな攻撃……! 星伽白雪さんといい、どうしてどいつもこいつも私の想定を平然と超えてくる規格外な攻撃ばっかり仕掛けてくるんですの!?)

 

 キンジが小太刀でパトラを斬りつける、と見せかけて小太刀を手放し重力に従い足元へ落ちてゆく小太刀を蹴り上げて攻撃してきたという事実を前にパトラは戦慄し、冷や汗を流す。ちなみに、今のキンジの衝撃的な攻撃の影響によりせっかくキンジの頭上にこそこそ構築していたナイフはすっかり霧散していたりする。

 

 そして。パトラが数歩後退しつつのけ反った姿勢を強引に戻した時、パトラの目の前にはキンジの拳。パトラの目と鼻の先にまでキンジの拳が迫っていた。

 

 

(マズい!? ちぃッ、さっきの不意打ちに上手く対処できなかったせいでこのような失態を招いてしまいましたわ。……ですが、ここからでもやりようはある。何せ、今の遠山キンジさんはヒステリア・サヴァン・シンドロームを発動中。女性の顔を殴ることはできませんもの)

 

 パトラは今にも顔面を穿ちそうな唸りを纏った拳に対し回避が間に合わないと悟ってなお、冷静さを崩さない。彼女がカナ経由でヒステリアモードの特性を大体学んでいるからだ。とはいえ、実際に眼前に迫る拳があったら例え当たらないとわかっていても反射的に避けようとするのが普通であることを考えると、パトラは随分と肝が据わっているようだ。

 

 

(……ま、今頃パトラは『今の遠山キンジさんはヒステリア・サヴァン・シンドロームを発動中。女性の顔を殴ることはできませんもの』とか考えてるんだろうな)

 

 キンジはパトラに今にも拳が命中しようとする中。ヒステリアモードの弊害ゆえに、拳を引っ込めるなり逸らすなりしてパトラを殴らない選択肢を選ぶ前に、キンジはここまで温めていた秘策を発動させようとする。

 

 

(ここだ、ここで切り替えろ! ヒステリアモードを解除するんだッ!)

 

 キンジの秘策。それはパトラに攻撃を確実に当てられるタイミングでヒステリアモードを解除しノーマルモードに戻るという、単純明快なものだった。

 

 

 キンジはヒステリアモードのままパトラと対峙していたほんの短い間に考えていた。ヒステリアモードを継続させたままパトラとの戦いに挑むか、それともノーマル状態で戦うかの判断を迫られる中、キンジは考えていた。

 

 アリアと出会ったことを契機として、キンジはこれまで何度かイ・ウー側の人間と戦ってきた。その際、理子やジャンヌを相手にした時は何だかんだでヒステリアモードを封じても勝つことができたし、ブラドは男だったからヒステリアモードを駆使して全力で戦うことができた。

 

 だけど。これからもイ・ウーと敵対し続けるにあたって、今目の前にいるパトラのような女性&格上の実力者相手にヒステリアモードという強力な手札が使えないようでは遅かれ早かれ限界が来てしまう。そのため、キンジは考えた。女性相手にヒステリアモードを使ってなお優位に立つために、任意のタイミングでヒステリアモードとノーマルモードとを自由自在に切り替えられる便利な方法はないものかと。

 

 しかし。現実とは非情なもので、そう簡単に、自身の望むタイミングで都合よくヒステリアモードを解除なんてできやしない。そもそもそんな夢のような方法があるのなら、ヒステリアモードの特性に頭を悩ませていた過去なんて存在しないのだから。

 

 だが。それでもキンジは諦めることなく頭を働かせた。ヒステリアモードの恩恵により30倍にまでパワーアップした思考力を全面的に行使して、考えて、考えて――そして。ついにキンジはヒステリアモードからノーマルモードへとあっという間に回帰する手法を編み出した。考案してしまえば簡単だった。何のことはない、脳裏に己の性的興奮を一瞬で萎えさせるような強烈な存在を思い浮かべればいいだけだ。いつもカナを使ってヒステリアモードに至っていたキンジだからこそ思いついた、まさに逆転の発想ともいうべき案である。

 

 そこで。次に問題となるのは、一体何を脳裏に焼き付ければ己の性的興奮を一瞬で萎えさせノーマルモードに戻れるかということである。ところが。その存在については、キンジにはとっくに当てがあった。己の性的興奮を一気に沈下させるのに打ってつけの存在に、キンジは確かに心当たりがあった。

 

 

 さて。思い出せ、遠山キンジ。ブラドの重圧感を。ねめつけるような野獣の眼光を。悪魔のようななんて表現が霞むほどの凶笑を。赤褐色の肌に雄牛のように盛り上がった筋肉とメイド服とのあまりのミスマッチさを。野太い声のくせしてオカマ口調なあの声色を。思い出せ。ブラドの全てを。あのヘンタイ野郎の全てを。隅々まで。体毛一本まで。記憶が曖昧な所は以前ジャンヌが描いてくれた絵で補填しろ。ネオ武偵憲章第百二条、考えるな、感じろ――ブラドッ! ブラドォ!

 

 

(んはッ!? よっし、できたッ! ぶっつけ本番だったけど、ヒステリアモードを解除できたぞ! ……今すっごく気分悪くて正直吐きたいけど――後は、殴るだけだ!)

 

 そして。圧倒的な気持ち悪さに定評のあったブラドの姿を脳裏に思い浮かべることで見事ノーマルモードに戻れたキンジはついその場に立ち止まり嘔吐したくなる欲求を気合いで抑え込み、パトラに当たる直前まで伸ばしていた右手を改めて固く握りパトラの顔面にドゴッと拳を突き刺した。

 

 

「いっけぇぇぇぇええええええええええええ!!」

(これが、お前にボロボロにされたユッキーの分!)

「ガッ!?」

(なッ!? ど、どうして!? ヒステリア・サヴァン・シンドロームの状態で私の顔を殴れるなんて――)

 

 キンジの容赦ない拳をモロに受けるというまさかの事態。パトラは殴られた衝撃でおぼつかない足取りながら後ずさる。まず起こるはずのない事象の原因を探る時間を確保するために、顔面を起点として伝播される激痛に顔をしかめながらもとにかくキンジから距離を取ろうとする。しかし、その判断は今の敵なら女性にだって容赦しないノーマルなキンジ相手では明らかに悪手だった。

 

 

「逃がすかッ!」

「グアッ!?」

 

 パトラの退避行動をあらかじめ予期していたキンジは攻撃を畳みかけるために即座に距離を詰め、今や小太刀を持っていない右手ですかさずパトラに掌底を喰らわせる。真下から繰り出す右手により勢いよくパトラの顎を打ち抜き、パトラの体を宙へと吹っ飛ばす。

 

 

(……これ、は……マズい……)

 

 キンジの掌底により脳が揺さぶられ、まともな思考回路を封じられたパトラの体はなすすべもなく天に見上げる形で弓なりの体勢で数メートルほど吹っ飛ばされる。そして。重力に従いパトラが頭から床に叩きつけられようとした、キンジは空中にあるパトラの顔面を器用にガシッとわし掴みにすると、「おおおおおおおおおおおおおおお!!」との咆哮とともにパトラの頭を床に思いっきり叩きつけた。

 

 

(そしてこれが、オオカミ使ってアリアの頭をコンクリートに叩きつけた分のお返しだ!)

 

 ズガァアンと轟音が響き渡り、床がパトラの頭を起点として円状にビシシッとヒビを生み出す中。「カフッ!?」との声を最後に四肢をだらんと投げ出し、まるで反応しなくなったパトラを見下ろして、キンジはふぅと安堵の息を吐いた。

 

 

(……正直、博打だったからどうなることかと思ったけど、上手くいって良かったよ。気持ち悪くなるからあんまり多用したくないけど、このヒステリアモードの任意解除は使えるな)

 

 キンジは左手の拳銃を懐にしまいつつ、先ほど渾身の力を込めて蹴り上げた小太刀を回収しないとなぁなんて思いながら、ひとまず早めの内にパトラに対し手錠を嵌めて無力化しようとパトラに近づいてゆく。キンジがズボンのポケットから取り出したその手錠は以前、アリアがジャンヌに対して使用した、あの対超能力者用に作られた銀の手錠である。

 

 と、ここで。バチバチとキンジの装備に砂金の粒が当たる音が響く。違和感を覚えたキンジが音の発生源を把握しようとした時、すぐに気づいた。自身がいつの間にやら砂金の竜巻に呑まれており、身動きを封じられているということに。

 

 

(しまった、閉じ込められた!?)

 

 今の自分の状況が非常にマズいことを察知しサァァと顔色を悪くするキンジ。床から巻き上がった一部の砂金がキンジの体に細かい傷をつけ始める中、キンジの両眼が捉えたのは、頭から流れる血をそのままに、己の体を治癒しながらゆらりと幽鬼のごとく立ち上がるパトラの姿だった。

 

 

「……やられましたわね。今のは、相当効きましたわ。万が一気を失った時のために意識を呼び覚ます程度の自動回復を設定していて助かりましたわ。……ふふふ、なるほど。カナさんは、遠山キンジさんの『これ』に負けたんですわね。勢いの力。思いの力。流れを我が物に引き寄せる力。ここぞという所でやらかす力。その力をもってここまで私を追い詰めるとは……さすがはカナさんの弟といった所でしょうか。……そうですわね。以前、貴方を取るに足らない存在だと評価しましたが、訂正します。貴方は、危険ですわ。私の計画に仇なす、第一級の危険因子。どこまでもどこまでも危険な存在。『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』のためにも、速やかに殺さなくてはなりませんわ」

 

 魔力を利用して大して時間を掛けずに怪我を治したパトラはスゥと手をしなやかに掲げ、約100本ものナイフを空中に生成する。砂金の竜巻という名の監獄に囚われたキンジには精々襲いかかってくるナイフ群を拳銃や小太刀などの武器で弾き飛ばすしか対処方法がない。だが、パトラにナイフの数をそろえられては万事休すなのは想像に難くない。

 

 

(けど、やるしかないよな)

 

 砂金の竜巻から自力で出ることの敵わないキンジは左手に拳銃、右手に小太刀を構えてナイフの弾幕に対して迎撃態勢をとる。一方、この瞬間をもって己の勝利を確信したパトラが花が咲いたような満面の笑みを浮かべつつ、ナイフ群を一気に解き放とうとする。

 

 

「ふふふ。それでは、死んでくださいま――ッ!?」

 

 が、その時。異変が起こった。何と、キンジたちのいる『王の間』が一瞬にして白銀の世界と化したのだ。床も、壁も、天井も、広々とした『王の間』に隈なく薄氷が張りつき、『王の間』はあっという間に氷に支配された肌寒い氷穴へと様変わりしたのだ。

 

 

(氷!? これもユッキーがやったのか!?)

(これは、また星伽白雪さんが何か仕掛けて……いや、違う。魔力が違いますわ。なら、これは一体――ッ!?)

「――ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)!」

 

 パトラが想定の遥か埒外な現象に周囲をしかと警戒しつつ氷の分析をしようとした時、どこからともなくビュッと鉛玉のように空気を切り裂く形で凍気を纏った三本の銃剣がパトラへと飛翔してゆく。その銃剣の不意打ちを事前に察知したパトラは一歩身を引く形で銃剣の襲撃をかわそうとするも、パトラの意志と反してパトラの足はまるで動かなかった。

 

 

(なッ!? 足が凍らされている!? いつの間に!?)

 

 咄嗟に足元に視線を落としたパトラは自身の足が氷によって床に縫い付けられていることに目を存分に見開く。自身がその場から動けないと知り、他の回避手段を講じようとしても時すでに遅し。風を味方につけてパトラへと一直線に進むパトラの銃剣三本はドスドスドスと、パトラの右肩・右脚・左脚に命中した。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 体に突き刺さった銃剣を抜き取り、銃剣が刺さった箇所から徐々にピキピキと凍りつく症状を魔力で解除しつつ怪我を治すパトラ。予期せぬ襲撃がパトラに向かったことで砂金の竜巻による拘束から解放されたキンジ。その2人の元に、今しがた『王の間』を氷漬けにしパトラに銃剣を投げつけた人物が姿を現した。

 

 

「――クククッ。残念ながら、今回死ぬのは遠山麓公キンジルバーナードではない。貴様だ、クレオパトラッシュ」

「え、ちょっ――!?」

「貴女……ッ!?」

「何だ、まるで蘇るはずのない死人を目の当たりにしたと言わんばかりに驚いているな、クレオパトラッシュ。そう、それだ。我は貴様のその腑抜けた顔が見たかったのだ」

 

 そう、前髪の一房だけが黒に染められた、氷のような透明性と美しさを兼ね備えた銀色の髪。右目がルビー、左目がサファイアのオッドアイで切れ長の瞳。これらの要素を併せ持った存在――ジャンヌ・ダルク30世――が、武偵制服に黒マントを装備した状態で姿を現したのだ。

 

 

銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、颯爽登場ッ! クククッ、クハハハハッ! ハァーッハッハッハッハッハッ!!」

 

 まさかの人物の登場にビシリと石像のごとく固まるのみのキンジとパトラをよそに。ジャンヌはザッと床を力強く踏み、武偵制服の上に羽織った黒マントを得意げにバサァッとなびかせ、高らかに哄笑する。最初こそ笑いを堪えようとしていたものの、結局我慢できないと言わんばかりに肩をぷるぷる震わせて笑うジャンヌは今現在、最高に悪者の顔をしていた。

 

 かくして。交通事故(※バッと通ったトラックに轢かれる&どこからか降ってきた鉄柱に腹部を貫かれる)で致死量レベルの怪我を負い、入院中だったはずのジャンヌがなぜか怪我一つないピンピンとした姿で乱入してきたことにより、戦局はまた新たな一面を迎えるのだった。

 

 




キンジ→ブラドの姿を脳裏一面に染め上げることで任意のタイミングでヒステリアモードを解除する技法を身につけてパトラを追い詰めるも、最後の最後にパトラに逆転される辺り、まだまだ詰めが甘い熱血キャラ。あと、ヒステリアモードにしてはパトラの顔面目がけて発砲したりと容赦ないことをしてたように思えるが、ヒステリアモード中にキンジがパトラに放った攻撃は、キンジがパトラの様子をつぶさに観察し、パトラがしっかり避けることのできる範囲での攻撃だったりする。
パトラ→日頃から策略に秀でており人を罠にはめる性質ゆえに予期せぬことをやられると弱い貴腐人。言い換えればちょっぴりアドリブ力に欠ける子。今回の戦いを経てキンジへの評価が大幅に上方修正された模様。
ジャンヌ→まさかのタイミングで姿を現した厨二少女。もう大方察知できるかもだが、とある理由によりただいまテンションがハイになっている。

カナ「あれ? ここは私が登場する手筈じゃ――」
ジャンヌ「神は言っている。我は空気キャラになる運命ではないと!」

 というわけで、114話終了です。第四章の中で書きたくて書きたくて仕方なかったシーンの1つたるジャンヌちゃん乱入シーンがようやくかけて私個人としては大満足です。そろそろカナさんが登場すると思いました? 残念、ジャンヌちゃんでしたァ!(←うぜぇ)

 というわけで、次回は主になんで『王の間』にジャンヌちゃんがやってきちゃったかに関してのネタばらし回となります。お楽しみに。


 ~おまけ(ネタ:キンジくんがパトラさんの顔を殴れた訳・アナザー)~

キンジ「いっけぇぇぇぇええええええええええええ!!」
キンジ(これが、お前にボロボロにされたユッキーの分!)
パトラ「ガッ!?」
パトラ(なッ!? ど、どうして!? ヒステリア・サヴァン・シンドロームの状態で私の顔を殴れるなんて――)

 バックステップでキンジから距離を取りつつ、キンジを見やったパトラが見たものは、身長2メートル強ほどのやたら筋骨隆々の男だった。上へどこまでも伸びている黒髪はピラミッドの天井を貫かんほどの長さとなっており、その終わりが見えない。だが。その顔つきは、まさしく遠山キンジそのものだった。ちなみに。先ほどまで着ていたはずの防弾制服は下腹部を残してもれなく破れ去っている。

パトラ(え、は、え? なに、どういうこと? いつの間にか別人にすり替えてたとか、そういうことでして!? まるで意味が解りませんが……これは死にましたわね)

 フッと諦めに満ちた笑みを浮かべるパトラ。彼女がボッという効果音とともに打ち上げ花火よろしく遥か空の彼方まで蹴り飛ばされる数瞬前のことであった。


 ヒステリア・キンさん再来の巻。
 ヒステリア・キンさんが相手じゃパトラちゃんにはどうしようもないからね。仕方ないね。


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115.熱血キンジと予期せぬ闖入者ども


 どうも、ふぁもにかです。そろそろ第四章も終わりが見えてきましたね。途中で執筆放棄したり復活こそしたものの更新速度が大幅に減速したりと随分の長い間、第四章にかかりきりでしたね。本当に申し訳ないです、あい。……早くこの第四章と第五章を終わらせてキンジくんたちがのんびりと日常してる話を書きたいでござる。

 ちなみに、今回更新が遅くなったのは人狼にハマってたからです。人狼ゲームにハマって、熱血キンジと冷静アリアキャラに人狼させようと精一杯頭使って、散々時間使って粘ったくせして結局「あ、これ無理だ」と投げ出したりしてたからです。……人狼ってホント頭使うよね。アホなふぁもにかにはわけがわかりませぬ。



 

 闖入者ことジャンヌが見渡す範囲の空気中の水分を凍らせる大技たる『凍てゆく世界(フリージング☆ワールド)』を行使した影響により、すっかり氷に凍てついてしまった『王の間』にて。

 

 

銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、颯爽登場ッ! クククッ、クハハハハッ! ハァーッハッハッハッハッハッ!!」

 

 ジャンヌは笑う。あたかも死人が蘇る様を目撃したかのような驚愕の表情を浮かべるパトラ(※ついでにキンジ)を見やり、愉悦顔で狂ったように哄笑する。今のジャンヌの狂気に満ちた笑顔は、おそらく泣く子も気絶する程度の破壊力を秘めているようだった。

 

 

「ジャンヌ・ダルク30世さん!? 貴女、どうしてここへ――」

「どうして? どうしてだと? クッハハハハハハハッ! そうかそうか、貴様がそれを言うか。一時的とはいえ我が盟友リコリーヌから右目の視力を奪い、さらにはゴレムでリコリーヌを殺そうとした貴様がそんな戯言を口にするか、クレオパトラッシュ! 我がなぜここへ来たか。簡単だ、リコリーヌに危害を加えた貴様に一矢報い、我の溜飲を下げるためだ! ……存外到着が遅れてしまったからどうなることかと危惧していたが、貴様が下らぬ前口上を長々と垂れ込んでいたおかげでどうにか無事間に合ったようだ。愚かだな、クレオパトラッシュ。大した意図もなしに敵を前に長々と語るなんて三流のやることだぞ?」

(それ、割とブーメランでジャンヌに帰っていく言葉のような……今もそうだけど、地下倉庫(ジャンクション)の一件の時にも散々語ってなかったか、ジャンヌ?)

 

 キンジの疑問を代弁してジャンヌに問いかけるパトラに対し、ジャンヌはそのオッドアイな両眼に激しい憤りの炎を宿しながらパトラを愚かだと嗤う。やたらハイテンションで得意げな今のジャンヌには、キンジが冷たい視線を送っていることなどまるで気づかない。

 

 

「貴女がここへ来た理由を尋ねているのではありませんわ! 私は貴女を入念に呪って、大怪我を負わせたはず。たかが数週間程度ではまず完治できないほどの深手を負わせたはずなのに、どうして傷一つありませんの!? こんなのおかしいですわ!?」

「あぁ、何だそっちか。クククッ。なに、大したことじゃない。貴様がこそこそと怪しげな蟲を我の元に飛ばしているようだったからな……偽者の我とすり替えておいたのさ」

(……偽者とすり替えた? どういうことだ?)

 

 問い詰めるように疑問を投げかけるパトラに、ジャンヌは「ふむ」と両腕を胸の辺りで組みつつ、相変わらずドヤ顔のまま種明かしをする。ジャンヌの発言の意味がよくわからず、内心で疑問を抱えながらもパトラとジャンヌとの掛け合いを静観するキンジ。すると。ほどなくしてパトラから「……な、何を言っておりますの?」との困惑の声が生じた。

 

 一方のジャンヌは羽織っている黒マントの内側からとある物を取り出す。ジャンヌが右手の人差し指と中指で挟んで取り出したのは、白雪が使っていた紙人形だった。

 

 

「それ、ユッキーの……!?」

「ほう。気づいたか、遠山麓公キンジルバーナード。我はユッキーお姉さまに氷の超能力を伝授する代わりにユッキーお姉さまの持つ技術を学び、習得した。まぁ、瞬く間に我の技術を全て吸収しきったユッキーお姉さまと違って、我はまだあまりユッキーお姉さまの技術を我が物にできてはいない。が、それでも紙人形を元に身代わりを作り差し向けるぐらいのことはできるようになった。ゆえに。クレオパトラッシュの怪しげな動きを事前に察知した我はこれで偽者を作り、そいつに被害を肩代わりしてもらった。あとは救護科(アンビュラス)の連中に口裏を合わせるよう依頼し、時が来るその時までネットカフェにでも潜伏すれば、トリックの完成というわけだ」

「なるほど、そういうわけか。けど、パトラだけじゃなくて味方まで騙すって……」

「ククッ、敵をより確実に騙すためにまず味方から徹底的に騙す。策士なら選んで当然の手法だ。……クレオパトラッシュの警戒の目から抜け出すために敢えて奴の思惑通り怪我をしたフリをしてクレオパトラッシュの出方を伺う方針を選んだ以上、真実を知っている者は一人でも少ない方が都合がよかったのだよ」

 

 ジャンヌはひとまず自慢げにクツクツと肩を震わせながら話すも「まぁ盟友リコリーヌやユッキーお姉さままで騙さざるを得なかったことについては申し訳ないと思っているが」と眉を寄せて言葉をつけ足す。ここまで全力で悪役チックな言動を取ってきたジャンヌだったが、どうやら味方を騙してしまったことへの罪悪感もそれなりに抱いているようだ。

 

 ちなみに。ジャンヌが本当は怪我などしていないことを事前に知っていたのは武藤と平賀のみ。それゆえの武藤がジャンヌに放った『……なぜ、言わない?』発言である。また。ついでだが、怪我一つない状態で車輌科(ロジ)のドックへ姿を現したジャンヌを見た時の理子の驚きっぷりが珍妙かつ凄まじかったことをここに記しておく。

 

 

「……貴女のトリックは理解いたしましたわ。それで、貴女はこれからどうしますの? 私が峰理子リュパン四世さんに手を出したことに怒ってここまでわざわざやって来たとのことだから、私との戦闘の意志はあるのでしょう。しかし、貴女ごときが私に勝てると本気で思っていますの?」

「我の話を聞いてなかったのか、クレオパトラッシュ? 言っただろう? 我はリコリーヌに危害を加えた貴様に一矢報い、我の溜飲を下げるためにここに来たと。既に『ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)』を貴様に命中させることができた以上、我にもう貴様と兵刃を交える気など毛頭ないさ」

「だったら、貴女は一体何のために――」

「――クククッ、仮にも策士ポジションを自称するなら少しは自分の頭で物を考えたらどうだ? それとも貴様には物を考える頭がないのか? 意外だな」

「なん、ですってぇ!?」

「ほらほら。顔を真っ赤にさせて積極的に自分はすっごく怒ってますアピールをするのもいいが……頭をフル回転させて考えるがいい、策士クレオパトラッシュ。緊迫した状況の中、敵が長々と話をする時……それは2パターンに分かれる。1つは根拠もないのに勝利を確信した単なるバカの自殺行為。そしてもう1つは――時間稼ぎを目的とした策士の巧妙な罠、だ」

「ッ!?」

「さて、そろそろいいか?」

 

 ジャンヌは閉ざされたままの『王の間』の扉に目線だけ向けて問いかける。すると、『王の間』の入口たる巨大な扉にいくつもの斬撃が刻まれ、ドゴォォォンと扉が木っ端微塵に砕かれる。そうして。粉々に破壊された扉からスタスタと足音を引き連れて現れたのは――三つ編みにされた綺麗な茶髪にエメラルドグリーンの瞳をした、キンジが人類史上最も美しいと捉える存在だった。

 

 

「ええ、十分眠気が取れたわ、ありがとう。ポンデリングモンド・グロッソ」

銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。何をどう間違えたらそんなヘンテコな名前になるんだ、わけがわからないぞ」

 

 武偵高の女子制服を身に纏った、あまりの美しさに神々しさをも感じてやまない美女ことカナ(※現在、アホの子モード)がふわぁぁと気の抜けるあくびをしながら登場し、ジャンヌがあまりに酷いカナによる自分の名前の呼び間違えを直ちに修正する。そんなカナの様子をまざまざと見せつけられる形となったキンジとパトラは衝動のままにそれぞれ「兄さ――いや、カナ姉!?」や「カナさん!?」などと驚愕の声を上げることとなった。

 

 

「思わぬサプライズゲストに驚いたか? クククッ、我がここへ来た目的は2つ。その内、本命は神崎・H・アリア奪還に乗り気な姿勢を見せたカナリアーナの案内人としてここまで彼女を連れてくること。クレオパトラッシュへの私怨を晴らすのはあくまでそのついでだったということだ」

「カ、カナ姉……!」

「キンジ。貴方は言ったわよね。私が眠っている間に私の悩み事を悪い夢だったと思えるようにして見せるって。でもね、キンジ。私は大事なことを人に丸投げにしてのほほんとした夢を見ているのは主義じゃないの。キンジが私を悪い夢から解放しようと頑張ってくれているのなら、私も弟のために全力を尽くしたい」

「カナ姉……」

「キンジ、これはお礼よ。キンジは私に、大切なことを教えてくれた。義は決して妥協してはいけないこと、そして己が貫くべきと思ったことは何が何でも貫き通すこと。おかげで私は失ったものを取り戻せた。だから。そのお礼を、授業料を今からここで払うことにするわ」

 

 どうやらあっという間に平常運行の真面目モードに切り替わったらしいカナの胸の内を聞いたキンジは「そっか。ありがとう、カナ姉」と素直に感謝の言葉を口にする。

 

 カナがアリアを殺さない『第二の可能性』を選択し、アリアを助けるために実際にここまでやってきてくれたという事実に、キンジが確実にアリアを助けられるようにカナがパトラの妨害を買って出てくれたという事実に内心で感激しながら、キンジは心の内からの感謝の言葉を述べる。

 

 

「お礼はジャンヌに言いなさい。彼女がいなければ、私はここまで来れなかったわ」

 

 旗色が悪くなったこの状況をどう打開すべきかとこっそり探っているパトラが余計な行動をしないようキッと睨みつつ、カナはキンジの感謝の言葉を受け取り拒否し、代わりにジャンヌへと差し向ける。と、ここで。珍しく空気を読みキンジとカナの話に口を挟まなかったジャンヌが「全くだ、我がここまで貴様を連れてくるのにどれだけ苦労したことか……」と沈鬱なため息を吐いた。

 

 

「ジャ、ジャンヌ?」

「遠山麓公キンジルバーナード。カナリアーナがヒステリア・サヴァン・シンドロームの発動時間を長引かせるため、真面目な時ととてつもなくアホな時とを切り替えているのは知っているな?」

「あ、あぁ」

「なら話は早い。当初、我はカナリアーナにはクレオパトラッシュの居場所を伝えるだけにして現地でカナリアーナと合流する予定だったんだ。クレオパトラッシュの居場所を電話で尋ねるだけ尋ねてすぐに電話を切ったことから、カナリアーナは独自の移動手段を持っているとの前提を元に、我はあの技術チートな2人にオルクス2号(※オルクス簡易版)をちゃっちゃと作ってもらって、それで貴様とユッキーお姉さまの後に続こうとしていたんだ。……だが。そこでふと、我は嫌な予感がしたんだ。その嫌な予感に従った我はすぐさまカナリアーナの居場所を逆探知し、現場に向かった。そしたら――」

「――そ、そしたら?」

「カナリアーナがレンタルしたママチャリで海を渡ろうとしていたんだ」

「……はい?」

「本人は『私は21世紀の青雉。海だって余裕で渡れるわ。要するに車輪が沈む前にペダルを漕げばいいわけでしょう?』などとわけのわからないことを供述していたから、無理やりオルクス2号に座らせてここまで連れてきたんだ。そういう時に限ってカナリアーナがずっとアホのままでいたせいでどれだけ精神を消耗したことか……」

 

 ジャンヌによって明かされた、カナ乱入の裏側を知ったキンジは、徐々に死んだ目へと移行してゆくジャンヌに対し「……お疲れ様、ジャンヌ。いや、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)」と彼女の苦労を労わる言葉を掛ける。キンジがわざわざジャンヌを真名で呼ぶ辺り、フリーダムなカナの相手で蓄積された労苦を背負うジャンヌを真に気遣う心情が表れている。

 

 

(まさかママチャリで海へ突撃しようとしてたなんて……俺はカナ姉のアホの子モードを少し過小評価していたのかもしれない。やっぱ何しでかすかわからないアホの子モードは恐ろしすぎるな)

「さて、カナリアーナ。一応聞いておくが、我の助力は必要か?」

「ジャンヌ、心して聞きなさい。乙女と乙女との決闘は、昔も今も1対1で行うもの、2対1なんて美しくないわ。それに。今の私はイ・ウーのセンターポジションなんて余裕で狙えるから、元イ・ウーナンバー2の脇役なんて相手じゃないわ」

「承知した。では、我はユッキーお姉さまの保護に回るとしよう」

 

 凛とした声色でジャンヌの手助けを断るカナ。カナの堅い意志を確認したジャンヌは「ユッキーお姉さまぁぁああああああああ! どこですかぁぁあああああああああ!」と大声を上げながらカナの元から去っていった。ついさっきまで全力で悪役をやっていた者と同一人物とは思えないほどのテンションの落差である。

 

 

(ま、ジャンヌがいてくれるんならユッキーのことは心配しなくてよさそうだ)

「あ、そうそう。言い忘れるところだったわ。キンジ。私があげた、緋色のバタフライナイフを今持っているかしら?」

「あぁ、持ってるけど……」

「そう。なら、そのナイフを持ったまま今すぐアリアとキスしてきなさい」

「……へ?」

 

 カナからの突然の爆弾発言にキンジの頭は一瞬にして真っ白に染まった。今の緊迫した状況にまるで似つかわしくない言葉が唐突にカナの口から飛び出てきた影響により、キンジの思考回路は無意識の内に一時的にショートした。

 

 

(え、え? 何、どういうこと? もしかしてカナ姉、いつの間にアホの子モードに切り替わってたりする?)

「カ、カナ姉? ちょっと、何言って――」

「あ、もしかしてキスは初経験かしら? だったらキスコールとか必要? それならここでやっておくわよ。パトラの相手をしながらでもそれぐらいならできるから」

「いやいやいや、そういう問題じゃないから!? なんで俺がここでアリアとキスしないといけないんだよ!? 場違いにも程があるだろ!?」

「それがアリアの呪いを解く、最も効率的な方法だからよ」

 

 なんで心の準備もなしに意識のないアリアとキスをしないといけないのか。そのような疑問を胸に、羞恥心から顔をカァァと紅潮させて声を荒らげるキンジにカナは平然と返答する。あくまで真剣な眼差しをキンジに注ぎつつ、「もう時間はほとんど残されていないわ。急いで」と言葉を付け加える。

 

 カナのエメラルドグリーンな両眼に宿る、理知的な光。それは、今のカナが冗談で物を言っていない証左だった。言い換えれば、それは――アリアを救うためには、アリアとのキスが欠かせないという何よりの証だった。

 

 

(~~~ッ!! とりあえず! キスとかそういうのを考えるのは後だ! まずはアリアを取り戻さないとッ!)

 

 キンジは自身の頭が余計なことを考えないようにブンブンと頭を左右に勢いよく振る。そうして。ある程度冷静さを確保したキンジは、アリアが収められているのがほぼ確定的な黄金の棺へと直行する。

 

 

「素直に行かせると思いまして!?」

 

 しかし。ここでパトラの声が響き渡ったかと思うと、キンジの元にパトラの生成物が一斉に襲いかかる。計300本はあろうかというナイフが、計100体はいようかというジャッカル男・鷹・アナコンダ・豹の軍勢が、キンジを殺戮せんと束になって迫ってゆく。そのあまりの弾幕具合に、キンジは思わず立ち止まり「はぁッ!?」と驚愕に目を見開く。

 

 カナが現れてからというもの、キンジたちの会話に一切介入することなく、警戒の眼差しを注いでくるカナの視界に入らない領域にて、こそこそと地道に砂金から生成しつづけたパトラの軍勢。しかし、無能力者を余裕でオーバーキルできる過剰戦力に為すすべもなくキンジがやられることはなかった。なぜなら、キンジとパトラの間に割って入ったカナが不可視の銃撃と斬撃でパトラの生成物をもれなく全て壊しきったからだ。

 

 後にキンジは語る。長い三つ編みを躍らせて華麗にその場で回転しつつ、不可視の銃弾(インヴィジビレ)サソリの尾(スコルピオ)を駆使してパトラの放つ軍勢を破壊し尽くし、キンジを守るその姿は、天女と評するのもおこがましいほどに神秘的だったと。

 

 

(た、助かった……。カナ姉、ナイス!)

 

 何ら危なげなくパトラの攻撃から自分を守ってくれたカナ。その事実を受け止めつつ、キンジは再び黄金の棺へと駆けてゆく。例えまたパトラが何か仕掛けてこようとカナ姉なら絶対に自分を守ってくれる。だから、これから何が起ころうと立ち止まり後ろを振り向くことは絶対にしないと心に決めながら、キンジは走る。

 

 

「やっぱり用意してたのね。話し好きな貴女がずっとだんまりだったから、そろそろ仕掛けてくると思っていたわ。……でも、それを私に使わなかったのは失敗ね。私に集中砲火させれば、まだ貴女の勝機はあったかもしれないのに。……ふふ、パトラ。貴女は今、最もやってはいけないことをした。私の目の前で、キンジに危害を加えようとした。覚悟は当然――できているわよね?」

 

 一方、パトラに立ち塞がるカナはニッコリ笑顔を形作るために口角を吊り上げる。聖母のようなカナの微笑みと、しかし絶対零度のような冷たさを誇るカナの口調とのあまりのギャップにパトラの口から思わず「ひッ!?」という小さな悲鳴が漏れた。

 

 

「さぁ、パトラ。私と全力で遊びましょう。私の切り札の不可視の銃弾(インヴィジビレ)サソリの尾(スコルピオ)……キンジは初見で悠々と攻略しちゃったけど……貴女はどうかしら?」

「バ、バカにしないでくださいませ! 無能力者ごときにできて、私にできないことなんてこれっぽっちもありませんわッ!」

 

 爪先をわずかに動かして無形の構えを取りパトラを挑発するカナを前に、パトラは深窓の令嬢な雰囲気から思いっきりかけ離れた、怒りの形相で声を荒らげる。カナという存在に畏怖を抱き、即刻降参したくなる心情を無理やり押さえつけるために敢えて大声を上げる。

 

 

 かくして。カナはパトラの注意を一手に引きつけることに成功し、キンジはようやく誰にも邪魔されることなくアリアが収められているであろう棺の元へ到着するのだった。

 

 




キンジ→基本、聞き役に徹していた熱血キャラ。前回の活躍は一体何だったのかと言わんばかりの存在感である。アリアとのキスを想像して顔を真っ赤にさせる辺り、初心である。
ジャンヌ→アホの子モードなカナの影響ですっかり苦労人と化した厨二少女。彼女がいなければカナがパトラの元へたどり着けなかったことを踏まえると、ジャンヌの功績は非常に大きい。ちなみに。ネットカフェだけでなく厨二病喫茶こと不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)辺りでも潜伏していた。
カナ→ある意味で通常運転な男の娘。今回はほぼ真面目モードだったため、思ったより全然はっちゃけない結果となった(※ただしおまけは例外)
パトラ→ジャンヌとカナの乱入のせいで一気に小者臭を漂わすようになった貴腐人。戦場はパトラのホームグラウンドだというのにまるで勝てる気がしないのはきっと気のせいではない。

 というわけで、115話終了です。久しぶりにカナさんを登場させられたので、執筆しててとても楽しかったですね。本当はユッキーも登場させるつもりだったんですけど……ここ最近は目立ってたし、今回は空気でいいですね、あい。

 ちなみに。こうしてカナさんが乱入してきた時点でもう第四章クライマックスは終わってます。原作既読者ならお察しだと思いますがね。なので当然、原作4巻と同様、カナとパトラとの戦いは描写しません。気になる方は、自由に妄想しちゃっててください。


 ~おまけ(その1 ネタ:アホの子キャラに特有の『あの』属性)~

ジャンヌ「さて、そろそろいいか? カナリアーナ?(←閉ざされた『王の間』の扉に目線だけ向けつつ)」
キンジ&パトラ「「……」」
ジャンヌ「む、カナリアーナ? どうした、早く出てこい」
キンジ&パトラ「「……」」
ジャンヌ「……む、なぜ出てこない? あんまり出番を引っ張った所で大した効果はないぞ? 早く姿を現すといい、カナリアーナ」
キンジ&パトラ「「……」」
ジャンヌ「な、なぜだ? なぜ登場しない? これは一体……ッ!? ま、まさか――まさかとは思うが、このピラミッド内で迷子になったとかそういう展開じゃあるまいな!? どういうことだ、篝火を目印にすればここまで迷うことなくたどり着けるはずだぞ!?」
キンジ&パトラ「「……」」
ジャンヌ「ええい、いつまでもここで待ってられるか! 今からここにカナリアーナを連れてくる! それまで貴様たちはそこで待機しておけ! いいか、絶対に勝手に話を進めるんじゃないぞ! いいな!? 絶対だぞ!?」
キンジ&パトラ「「あ、はい」」

 姿の見当たらないカナを探すため、全力ダッシュで『王の間』から去るジャンヌ。

キンジ「どないせいっちゅうねん」
パトラ「全くですわ」

 ピロリン! キンジとパトラとの親密度が3上がった!


 ~おまけ(その2 裏話:フリーダムカナさんと苦労人ジャンヌちゃん)~

 カナから電話がかかり、パトラの居場所を尋ねられたジャンヌ。
 一度はパトラの居場所を伝えて電話を切ったジャンヌだったが、唐突に嫌な予感がしたため、すぐさま逆探知したカナの居場所へと直行することにした。

 そうして。空き地島へとやって来たジャンヌが目の当たりにしたのは――ママチャリを携えて海を見据えるカナ(※アホの子モード)だった。

ジャンヌ「おい、カナリアーナ」
カナ「あら、ジャンヌ。こんな所で会うなんて奇遇ね」
ジャンヌ「貴様、何をやろうとしている?」
カナ「何って、海を渡ってキンジの元へ行くつもりよ」
ジャンヌ「……ほう。そのママチャリで『東経43度19分、北緯155度3分』の地点へ行く気なのか」
カナ「ええ」
ジャンヌ「本気なのか?」
カナ「当然よ」
ジャンヌ「……カナリアーナ、愚かな真似は止めるんだ。ママチャリごときで海上にあるクレオパトラッシュの拠点へ行くなんて無理だ」
カナ「じゃあ――もう少し、無理させてもらおうかしら? だって、私の辞書に『無理』なんて言葉はないもの」
ジャンヌ「貴様の辞書事情なんて知るかぁッ! 無理なものは無理だ!」
カナ「大丈夫、私なら行けるわ。青雉だってやってたもの。ロングリングロングランド付近の海をチャリで走行していたもの。……私は21世紀の青雉。海だって余裕で渡れるわ。要するに車輪が沈む前にペダルを漕げばいいわけでしょう?」
ジャンヌ「だから無理だって言ってるだろうが! 青雉ができたからって貴様にできる道理はない! ついでに貴様は21世紀の青雉でもない! 何なんだ、貴様のその根拠のない自信は!? 一体どこから湧き出てる!?」
カナ「ジャンヌ、不安な気持ちはわかるわ。よくわかる。でも、お願い。私の目をよーく見て。――私を、信じて。ね?」
ジャンヌ「信じられるかぁぁあああああああああああああああああ!」
カナ「あ、そうだ。そうだわ。ジャンヌ、貴女が海を適宜凍らせれば、青雉のようにより確実に海を渡れる。パトラの所まですぐにたどり着けるわ」
ジャンヌ「……百万歩だ。仮に百万歩譲って貴様の意見を我が聞き入れたとして、我をどこに乗せる気だ? そのママチャリは一人乗りだろう?」
カナ「そんなの、ここに乗せれば解決よ」

 ジャンヌをお姫さま抱っこの形でひょいと持ち上げ、ママチャリの前カゴにすっぽりお尻をハメる形でジャンヌを置くカナ。

ジャンヌ「ふ、ふふ――」
カナ「どう、名案でしょ?」
ジャンヌ「ふざけるなぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ジャンヌはママチャリの前カゴから脱出し、カナの手を乱暴に掴んで引っ張ってゆく。

ジャンヌ「我に続け(フォローミー)、カナリアーナ! クレオパトラッシュの元へ向かう手段を今、天才技術者2人に作らせている! もうすぐ完成するからそれを使って行くぞ! いいな!?」
カナ「えー、でもせっかくママチャリレンタルしたのにぃ……」
ジャンヌ「えー、じゃなぁぁああああああああああああああああい!!」

 苦労人ジャンヌちゃんの巻。
 アホの子に振り回されるのはいつだってツッコミスキルを保持する者である。


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116.熱血キンジと微妙な幕切れ


 どうも、ふぁもにかです。今回、ついにあの! あのアリアさんがお喋りになられます! 106話以降、本編にて一言も話すことのなかったアリアさんがようやくお喋りになられます! リアルタイムにて実に約4ヶ月ぶりにアリアさんがお喋りになられます!

 総員、どうか心の準備を! くれぐれも入念な心の準備をお願いします! あ、これデマじゃないですからね! 『アリアさん喋る喋る詐欺』でもないので皆さん、そう疑心暗鬼にならないでくださいね! ふぁもにかとの約束だよ!

アリア「……」



 

 パトラが全力で造り上げた新生アンベリール号上に築かれた巨大ピラミッド内の『王の間』にて。キンジのピンチを救済せんとカナが颯爽と乱入し、パトラの足止めを引き受けてくれたことで、ようやく誰にも邪魔されないフリー状態となったキンジはアリアが収められているであろう黄金の棺へたどり着く。

 

 

(アリア、アリア!)

 

 眼前の棺に鍵がかかっていないことを確認したキンジは、無駄に重い棺の蓋を開けようとする。一刻も早くアリアの顔を見たい。他でもない自らのこの目でアリアの無事を確認したい。ただただその一心で、キンジは棺の蓋をとにかく退かそうと両腕に精一杯の力を込める。

 

 と、その時。ズルッという効果音が聞こえたと同時に、唐突に床下から両足を引っ張られたような感覚にキンジは襲われた。

 

 

「ぅえ!?」

 

 まるで予期していなかった事態にキンジはつい自分の口から出たとは思えないぐらいにヘンテコな声を上げるも、キンジは棺のみに注いでいた視点を真下へと移す。すると。いつの間にか、キンジの両足が膝の辺りまでズッポリと床――じゃなくて砂金に埋まってしまっていた。そして。その現象はキンジ限定で発動しているものではないようで、キンジが今まさに蓋を開けようとしていた棺もまた、知らぬ間にその体積の半分が床の砂金に呑み込まれていた。

 

 

(チィッ、やられた……!)

 

 パトラはあらかじめ罠を仕掛けていた。万が一、いや億が一にもアリアを奪われないようにするために、棺の側へとたどり着いた誰かの体重によって沈むタイプの落とし穴を用意していた。その事実を悟ったキンジはギリリとまんまと嵌められた悔しさに歯噛みをする。

 

 既に下半身が砂金に埋もれてしまっているキンジにはただ棺とともにこのまま沈んでいくしか手は残されていない。否、今の状態からでも、どこかに手を伸ばせば、全力で抗えばどうにか落ちずに済むのかもしれなかったが、キンジはその選択肢を選べなかった。アリアの眠る棺を見捨てて、自分だけが罠から逃れる道を選ぶわけにはいかなかったのだ。

 

 

――奴は我と同じく、策士。いくつもの策略を巡らし人を手のひらで踊らせる狡猾な魔女だ

 

 

 と、ここで。キンジの脳裏にパトラについて話すジャンヌの言葉が蘇る。その凄まじい後の祭り具合にキンジはつい「今さらかよ」と呟き、キンジは砂金が目に入らないように目を閉じる。かくして。キンジは棺とともに砂金の中に呑み込まれるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(うぅぅ、気持ちわるッ)

 

 全身、砂金に呑まれたキンジは服や靴の中に砂が流入してくる感覚に顔をしかめる。棺が今どの位置にあるのか。この落とし穴はどこへ続いているのか。何も情報が得られないまま、呼吸すら許されない状況なまま、ただ重力に従って落ちていくことしかできないキンジ。だが。キンジにとっての何もできないもどかしい時間は、意外と早く終了した。

 

 突如、ガツンと無機質な衝突音が真下から響いたかと思うと、キンジの両足が砂金の圧迫からスッと消滅する。その現象はキンジの足から頭へ向けて突き抜けるように発生し、すぐにキンジの全身が砂金から解放される。体中を纏わりつく砂金の間隔がなくなったためにゆっくりと目蓋を開けたキンジは瞬時に悟った。今、自分は空中に投げ出されているのだと。

 

 

(床までの距離はそこまでじゃない……これなら骨折の心配はないな)

 

 キンジはこれまで呼吸できなかった分の空気を取り戻すように深呼吸をしつつ真下を見やり、今自分が存在する天井付近と床との距離を確認する。そして。床までの距離が大したものではないとわかったキンジは間違っても頭から床に刺さるなんてバカな着地にならないように気を配りながら、シュタッと難なく着地した。

 

 

(棺はどこに……見つけた、そこか!)

 

 ジャッカルや鷹、猫の頭に人間の体をくっつけた、悪趣味でアンバランスな古代エジプトの神々の巨大な座像がキンジに睨みを利かせるように立ち並ぶ大広間にて。キンジはこの砂金から生成されているであろう座像群が襲いかかってくることを警戒しつつ、重さの関係上、キンジよりも先に大広間へと落ちていったはずの棺を探すために周囲を一瞥する。すると、そう遠くない場所にポツンと存在する棺の姿をキンジはすぐさま視認した。

 

 キンジは駆け足で棺の側まで移動し、やたら重いことに定評のある棺の蓋を退かすために両の手にこれでもかと力を込める。

 

 

(ここまで散々引っ張っておいて実はこの棺の中にアリアがいない、なんてことはないよな?)

 

 今しがた落とし穴という形でパトラの罠に見事なまでに引っかかった影響か、棺の中にアリアが収められているという予測にふと疑念がよぎる中。キンジはようやく棺の蓋を退かすことに成功した。そして。キンジが棺の中に視線を落とした時――そこには、確かにキンジが望んだ存在がすやすやと眠っていた。

 

 

「アリア……!」

 

 キンジの今までの苦労なんて知らないと言わんばかりに安らかに眠る、武偵制服を着たアリアの姿に思わずキンジの顔は綻んでいた。

 

 無理もない。アリアがパトラに酷い仕打ちがされていないかキンジは不安だったのだ。いくらパトラに『私の名に誓って淑女に手荒な真似は致しませんわ』などと言葉を残されていても、それでも心配で心配で、正直な所、生きた心地がしなかったのだ。それだけに、アリアが傷一つない状態で安らかな寝顔を見せていることにキンジはホッと安堵の息を吐く。いや、厳密には先ほど棺がここ大広間まで落下した衝撃のせいか、棺にぶつけたらしい額が薄く赤色になっていたが、これぐらいなら無傷の範疇に含めていいだろう。

 

 しかし、まだ安心しきるには早い。今のアリアは目立った外傷こそないものの、まだ呪弾の件が解決していないのだ。早く対処しなければ、アリアを取り戻すための今までの努力が全て水泡に帰してしまう。と、この時。キンジの視界にふとアリアの唇が映り、キンジはピシリと硬直した。カナからアリアの呪いを解く方法としてアリアとのキスを提示されたことを思い出したからだ。

 

 

(キス、か。……真面目モードなカナ姉を疑うわけじゃないけど、本当にキスするしか手はないのか? アリアは、その……もしかしたらこれがファーストキスになるのかもしれないのに。いや、ファーストキスじゃなかったら眠ってる隙に勝手にキスしていい、なんてことはないけどさ)

 

 キンジはアリアの唇を凝視しゴクリと緊張の唾を呑みつつも、眠っているアリアに許可を求めないまま勝手にキスをすることへの罪悪感を抱える。心臓がバクバクと妙にうるさく鳴っているように感じてならない中、アリアを気遣ったキンジの心にキスをすることへ対する躊躇の念が生まれ、徐々に心のスペースを占めてゆく。

 

 

(えーと、今の時間は午後5時58分。アリアが呪弾を撃たれたのが昨日の午後6時だから、もう時間は残されてない。迷ってる場合じゃないな。……やるしかない。覚悟を決めろ、俺)

 

 キンジは携帯で現在時刻を確認し心を決めると、その場に跪き、棺の中のアリアの背に右手を差し入れてアリアの上半身をそっと起こす。そして。アリアの顔を改めて正面から見据える。

 

 

「……悪い、アリア」

 

 キンジはスゥと目を閉じて、アリアへ心から謝罪する。今回の一件が全て終了し落ち着いた時に、仕方なかったとはいえアリアに勝手にキスをしたことを全部アリアに話して本気で謝る方針を固めつつ、謝罪の言葉を口にする。

 

 

 アリアは俺の暴挙を許してくれるだろうか? 正直、わからない。許してくれるかもしれないし、許してくれないかもしれない。キスのことを隠すことはできる。だけど。アリアに対して、後ろ暗い部分を持っていたくない。

 

 加えて。アリアのファーストキスかもしれないものを奪ったという事実を墓場まで持って行ける気がしないし、カナ姉やジャンヌ辺りがキスの件をうっかりバラしてしまう可能性も否めない。正直、そっちの展開の方が怖い。ゆえに、隠すことはしない。

 

 俺はアリアのことが好きだ。だから、できることならアリアに嫌われるかもしれないことはしたくない。でも、アリアには、死んでほしくない。アリアのいなくなった世界なんて、もう想像できない。想像したくもないんだ。

 

 それに、アリアだってこんな所で終わる気はないはずだ。何せ、まだかなえさんを助けられていない。確かにここ数カ月で立て続けにかなえさんに罪をなすりつけたイ・ウーメンバーを捕えたことで、かなえさんを取り巻く環境は絶望的ではなくなった。だが、まだ安心できる状況じゃない。かなえさんを救えていない、こんな道半ばで終わってる場合じゃないはずだ。だから。だから。

 

 

(俺を恨んでもいい。嫌ってくれていい。だから、頼むから死なないでくれ。そのために、俺はここまでやってきたんだから)

 

 キンジはゆっくりと目を開き、アリアの唇に軽く自分の口を重ね合わせる。好きな異性とのキス。アリアの唇はキンジが想定していたよりも柔らかく、キンジはわずかに目を見開いた。

 

(目を覚ましてくれ)

 

 身体の芯に沸騰しきった血液が徐々に集まっていくような、己がヒスる直前特有の独特な感覚を味わいながら、キンジは願う。眼前の眠り姫が心地よく目覚めを迎えることをただ純粋に願う。

 

(戻ってきてくれ、アリア!)

 

 カナが示したアリアを救う手段を信じ、アリアの復活を信じ、キンジはアリアの頭を優しく抱き寄せ、濃厚なキスをする。ヒステリアモードに切り替わってもなお、キンジはアリアの生還を求めてキスを続ける。傍から見たその光景は何とも神秘的な様相を呈しているのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(これで、いいのか?)

 

 しばらくアリアに口づけしていたキンジは特に変わった反応を見せないアリアの様子に不安を抱きつつも、アリアの頭を抱き寄せていた両手の力を弱め、アリアの顔との距離を放す。キンジが再び携帯で確認した所、現在時刻は午後6時1分。タイムリミットは過ぎたにも関わらず、アリアは今も安らかな寝息を立てて眠っている。胸をわずかに上下させて呼吸をする様子からはとてもアリアが呪弾の影響で死んだとは思えない。

 

 

(呪いは解けたと考えて良さそうだな。良かった……)

 

 呪いも解除し、アリアの身柄を確保している。そんな望ましい状況にキンジは今度こそホッと肩を撫で下ろす。状況的にはゆったりとしている暇はないのだが、抵抗する間もなくヒスった今のキンジはアリアを慈しむようにアリアの桃色の髪を軽く撫でる。

 

 

(これでどうにか山場は越えたな。それにしても……何かここ最近の中で、初めてまともにヒステリアモードになったように思えるんだが、気のせいか?)

 

 アリアを無事救えたがゆえに緊張の糸が切れたキンジはアリアから視線を外さないままふとした疑問に首を傾げる。と、その時。ふとした拍子にキンジは自身の周囲が淡い緋色の光にうっすらと包まれていることに気づいた。その奇妙な光の光源はキンジのポケットらしく、キンジはひとまずアリアの体を仰向け状態でそっと寝かせると、ポケットの中にあるものを取り出す。その中身は、バタフライナイフだった。

 

 

(これは……どういうことだ? さっきのカナ姉の発言からして、アリアとのキスで呪弾の呪いを解く関連で、何かバタフライナイフに変化が起こったのか?)

 

 緋色の光を灯すバタフライナイフ。光自体に熱が込められているわけではないようで、触っても熱さの感じられないそのバタフライナイフを前に、キンジはカナの『なら、そのナイフを持ったまま今すぐアリアとキスしてきなさい』発言も踏まえて、わけがわからないながらも現状をどうにか把握しようとする。

 

 が、しかし。キンジの思考はここで中断された。ここまでずっと無反応だったアリアの口から「ん……」と小さく声が漏れたからだ。そのため。キンジはバタフライナイフの件を頭の隅に追いやりつつバタフライナイフをポケットにしまい、アリアを見やる。すると、ゆっくりと上半身を起こすアリアの姿が、確かに目の前にあった。

 

 

(良かった。目覚めてくれた……!)

 

 キンジは内心では歓喜に震えながらも、その感情を全面的に前に出してしまう形でアリアを驚かさないように努めて平静を装うことにした。この辺りの女性への小さな気配りこそがヒステリアモードをヒステリアモードたらしめる一端なのだろう。

 

 

「ぅ……ここ、は……」

「アリア、大丈夫か? どこか体の調子がおかしい所とかあるか?」

「キンジ? あ、いえ。特に問題は……あれ? 確か私、松本屋の会議に参加して、それで――」

 

 キンジの問いかけにアリアは寝ぼけ眼を向けながら返答しようとするも、同時によみがえってきた記憶に気を取られ、疑問をポツリポツリと口にしていく。対するキンジは、確かにパトラに攫われる直前のアリアはそんなことをやってたなぁ、と懐かしい思いに駆られていた。たった24時間前のことなのにもう随分と昔のことのように思えてしまうのは、キンジがアリアを助けるために必死に困難を乗り越えてきたからであろう。

 

 

「――ッ!?」

「思い出せたかい?」

「……ここで悠長に話をしている状況じゃなさそうですね。キンジ、私はどうすればいいですか?」

 

 砂人形に潜んでいたコーカサスハクギンオオカミの不意打ちにより意識を刈り取られたことまで思い至り、ハッと目を見開くアリア。そのタイミングを見計らいキンジが声をかけると、アリアはキンジに判断を仰いできた。

 

 本当は何がどうして今の状況になったのか聞きたいはずだ。現にアリアはキンジに目線を向けつつも、チラッチラッと棺の方にも目を向けている。自身が棺の中で目覚めたことを非常に気にしているようだったが、それでも今敢えてキンジに事情を尋ねない辺り、アリアが強襲科(アサルト)Sランク武偵のスペックを持っている証左と言える。

 

 

「そうだな……」

 

 キンジからの指示を待つアリアを前に、キンジは自分たちの今後取るべき行動について思案する。選択肢は2つある。上の階へ戻ってカナ姉たちと合流するか。それとも、俺がアリアを連れていち早くアンベリール号から離脱するかだ。

 

 選ぶとしたら後者だろう。そもそも俺やユッキーがここアンベリール号へ乗り込んだのはアリアを助けるためだ。そのアリアを確保できた以上、長居はすべきじゃない。カナ姉がパトラに敗れそうにはとても思えなかったことや、白雪については白雪信者のジャンヌに任せておけば悪いようにはならないことを考えても、後者を選ぶのが妥当な所だ。

 

 だが、決して忘れてはならない。パトラが築いた巨大ピラミッドが鎮座している以上、ここはあくまでパトラのホームグラウンド。カナ姉は完全にアウェイなのだ。助太刀の必要はないだろうが、万が一のことを鑑みて上階の様子を確認した方がいいだろう。

 

 

「上に白雪たちがいるから、まずは合流しよう」

「了解です」

 

 アリアは1つうなずくと、棺の縁を掴んでひょいと棺から飛び出るようにジャンプし、身軽にシュタッと床へと着地する。自身の今の体の調子を確かめる意味合いを込めたらしいアリアの華麗なジャンプを見るに、アリアは平常運行のようだ。

 

 グッと膝を曲げる形で着地したアリアをよそにキンジはその場に立ち上がると、アリアに手を差し伸べアリアを立ち上がらせようとする。だが、ここで上空から迫りくる何らかの物体を察知したキンジは拳銃を真上へ掲げて3回発砲する。結果、キンジを空から強襲しようとしていた3羽の砂金の鷹はその体を銃弾により貫かれ、物言わぬ砂塵と化していった。

 

 

「止まりなさい! これ以上、勝手は許しませんわッ!」

 

 キンジが3羽の鷹の処理をしている隙に、キンジたちが落ちてきた穴を利用して天井からスタッと着地したパトラが怒号を響かせる。まさかのパトラの登場に一瞬、『まさかカナ姉が負けたのか!?』と焦るキンジだったが、眼前に立ち塞がるパトラの様子を視界に移した所で一転、安堵の表情を浮かべた。

 

 ぜぇぜぇと荒い呼吸を隠す余裕もないらしく、しきりに肩を上下させ、だらだらと流れる汗を乱暴に拭うパトラ。よほどカナ姉との戦いに心身ともにすり減らしてきたことが容易に読み取れる今のパトラを見れば、カナ姉の敗北がまずあり得ない可能性だと断定するのに十分だった。

 

 

(となると、パトラはカナ姉との戦闘から逃げたんだろう。きっと、あの部屋には俺たちが掛かった落とし穴以外にも逃げ場所をいくつか前もって確保していたんだ)

「随分と疲れているみたいだな、パトラ」

「う、うるさいですわね! 黙りなさい!」

 

 キンジの言葉に反発するようにパトラはまくし立てるも、息が全然整ってない状態で言葉を重ねた影響か、すぐにゴホッゴホッと咳き込む。あまりに体力的に死に体なパトラにキンジが若干同情の念を抱き始めた頃、咳が収まったパトラがギンとキンジを睨みつけた。

 

 

「今すぐ神崎・H・アリアさんを引き渡しなさい。そうすれば、貴方は特別に見逃してもよろしくてよ?」

「それは聞けない頼みだな。俺たちがここへ来た目的を忘れたのか、パトラ?」

「なら、その足手纏いを守りながら私を撃退するとでも?」

 

 パトラは相変わらず荒い呼吸のまま、それでも一瞬にして次々とジャッカル男たちを次々と召喚し、キンジとアリアを取り囲ませる。何体かのジャッカル男は頭がデコボコになっていたり腕が異常に細かったりと明らかに欠陥品と呼べる状態だったが、だからといって戦闘能力が著しく落ちているようにはキンジには思えなかった。

 

 

(さて、この包囲網をどう突破する?)

 

 キンジはヒステリアモードの効果により通常の30倍にまで引き上げられた思考力で現状打破の方策を見つけ出そうとする。パトラにあらかじめ没収されていたらしく、今現在武器を持たない丸腰のアリアを守りつつも今度こそ確実にパトラを倒す方法を模索する。

 

 

(次こそはパトラを倒せるか? 俺にこの軍勢からアリアを守りきることができるのか? いや、守るんだ。今度こそアリアをパトラの魔の手から守りきってみせる!)

「キ、キンジ……」

「心配しなくていい。俺が守る」

 

 キンジはかつてパトラの手のひらで踊らされ、むざむざとアリアを奪われた悔しさを思い出し、心の奥で決意を固める。そして。今の自分が武器を持っていないことに気づき、不安そうにキンジを見上げるアリアにキンジは短い言葉でアリアに語りかける。

 

 いつキンジとアリアを取り囲むジャッカル男たちが襲いかかってきても何もおかしくない、どこまでも緊迫した状況。だが。今まさにパトラがジャッカル男たちをキンジとアリアに突撃させようとした瞬間、異変が起こった。

 

 唐突にパトラの生成したジャッカル男たちの体が崩れ落ち、一斉に砂金の塊へと戻ったのだ。ジャッカル男たちだけではない。周囲に立ち並ぶ古代エジプトの神々の巨大な座像も、そしてパトラの着ていたドレスさえも砂金へと還っていく。

 

 

「な、ななななな――!?」

 

 自身の魔力で構築していたドレスが消失し、ただの薄い下着姿になってしまったパトラはいきなりの衝撃展開にただただ目を剥き、恥ずかしさから赤面する。

 

 

「クッ、超能力が使えない!? どうして――」

「――ここにいたのね。捜したわよ、パトラ」

 

 よほど焦燥の念に駆られているのか、自身の状態を余裕でキンジとアリアに聞こえるほどの声量で口にするという、策士としてはあるまじきミスを犯すパトラ。その背後からニュッと忍び寄るように届けられた声に、パトラがつい条件反射で振り向こうとした直後、これまたパトラの背後からヌルリと突き出た手がパトラの頭をガシッと鷲掴みした。

 

 

「カナ姉!」

 

 「ひぅ!?」という小さな悲鳴を上げるパトラをよそに、パトラの頭を右手で力強く掴むカナの姿を視認したキンジは『カナ姉がパトラに敗北した』という、元々可能性は低かったものの、最も考えたくなかった仮説が今ここにおいてはっきりと否定されたことに一安心する。

 

 ちなみに、キンジは自身の隣で「あの人は金一さんですよね? どうしてここに……?」と誰に問いかけるでもなくタダ疑問を口にするアリアを自然とスルーしていることに気づいていない。

 

 

「ふふふ、相当ピラミッドの立体魔方陣に頼っていたみたいね? まさかここまで貴女を無力化できているとは思わなかったわ。貴女を追うより先にピラミッドを壊したのは正解だったかしら?」

「なぁッ!? そ、そんな!? う、ウソですわ!? あり得ませんわ!? 貴女にあれだけ巨大なピラミッドを破壊できるだけの力があるわけ――」

「ええ、ないわ。だから私には無理ね。ジャンヌにも無理。力に物を言わすパワータイプじゃないもの。だからダメ元で白雪さ……えと、ユッキーって呼んでほしいんだったかな? とにかく、彼女にお願いしてみたらピラミッドの上部分をズパッと斬ってくれたわ」

「……そんな、そんな、ことッ!?」

「信じる信じないは任せるわ。それにしても、炎も氷も使えて、我流の剣術も開発済み。しかもここに構築された巨大ピラミッドを軽く破壊できるあの絶技……どうして超人ランクの100位以内に名前を連ねていないか不思議なくらいよね、あの子。若者の人間離れとはまさにこのことね」

 

 カナの発言を受け入れられず狼狽の色を隠せないパトラに、カナは文字通りの満面の笑みを浮かべながら事情を簡単に説明する。カナの話から察するに、どうやら上階にて白雪がいい意味でとんでもないことをやらかしてくれた結果、パトラの無限魔力が封じられたようだ。

 

 

「さて、話はこの辺にしておいて……お仕置きの続きをしないといけないわね」

「ま、待ってくださいまし、カナさん! 私は――いぃッ!?」

「問答無用。一度ならず二度までも、私の目の前でキンジに手を出そうとした罪は重いわ。さぁ、始めましょう」

 

 どうにか命乞いをしようとするパトラの発言を遮るために、カナはパトラの頭を鷲掴み中の右手に存分に力を込める。その後。ミシミシと骨が軋む音と同時に襲いかかる激痛にパトラが悲鳴を上げている隙に、カナは言いたいことを全て言い終えると、「ふふふ♪」と人の恐怖心を抉り出すにたるレベルの底冷えするような笑い声を漏らした。

 

 

 後にキンジは語る。あの時のカナの表情は、悪魔すら素足で逃げ出すほどの威圧感を放っており、それゆえにあのパトラが涙目で「ひ、ひぃぃいぃいいいいいいいいいい!?」と裏返った声で絶叫するのも当然の帰結だったと。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 数分後。カナの容赦ないお仕置きの結果、パトラはすっかり変わり果てた姿となって横たわっていた。さっきまで敵対していたキンジですら同情&合掌してしまうほどに凄まじいカナのお仕置きをその身に受けたパトラは、彼女の名誉のためにモザイク処理をした方がいいのではないかと思えてならないほどに名状しがたい何者かに姿を変えていた。これでパトラが死んでいないのは何かの奇跡、あるいはギャグ補正の結実なのだろう。

 

 この何とも形容できない哀れな姿を大広間に晒し続けることは、嫌でもこのあられもない姿が視界に入るキンジたちにとっても、キンジたちに見られているパトラにとってもよろしくない。そのような考えの元、キンジはパトラの体をそっと持ち上げ、近くに転がっている、ついさっきまでアリアの収められていた棺桶の中にそっとパトラの体を安置する。そして。やたら重いことに定評のある蓋を全力で持ち上げ、パトラを完全に棺の中に封印した。これが今のパトラに対するキンジの精一杯の配慮なのだろう。

 

 

 かくして。アリア奪還を目的としたキンジたちとパトラとの戦いは、一時は苛烈を極める激闘の様相を呈したものの、最終的には実にあっけない形で終幕となるのだった。

 

 




キンジ→異性とのキスという何ともまともな形でヒスった熱血キャラ。ついでにロリコン属性も獲得した模様。原作ではよくあるタイプのヒスり方だが、この作品では今後キスでヒスる可能性は極めて低かったりする。ヒステリアモードになったため、今はユッキーを『白雪』と呼んでいる。
アリア→ここの所ずっと棺の中に封印されていたメインヒロイン。原作ではこの辺で一気に存在感が濃くなるはずが、この作品では展開の都合上、緋弾イベントを消滅させたので存在感が薄いままとなってしまった。桃髪の子かわいそう。
カナ→絶対パトラにお仕置きするマン(?)と化していた男の娘。パトラに思う存分お仕置きできたので、今はとっても満足している模様。キンジ曰く、あの時のパトラと尋問科(ダギュラ)Sランク武偵たる中空知美咲との姿が一瞬だけダブって見えたとか。
パトラ→命からがらカナから逃げ延び、キンジたちの元へとやってきた貴腐人。カナの相手ですっかり疲れ果ててしまった影響か、深窓の令嬢チックな落ち着きっぷりはどこへやら状態となっていた。……とりあえず、ご冥福をお祈りいたします。

キンジ「アリアとキスしてヒスるってことは、もうロリコンを否定できないな。これで俺もヘンタイの仲間入り、か……いや、待て。これはあくまでアリア限定の話で、アリアでヒスるからって他の全ロリっ娘相手にヒスるようになったわけじゃない、はずだ。だったらこれはロリコンじゃなくて、アリコン……いやこれだと語感が悪いな。リアコンだ。リアコンだから大丈夫。俺は正常だ(`・ω・´)」
ふぁもにか「リアコン乙」

 というわけで、116話終了です。キンジくんとアリアさんのキスシーンに関しては当初は長々と、それはもう長々と描写するつもりだったんですが、私のあまりの語彙力のなさ故に、渋々簡単な描写のみに留めることになっちゃいました。何てこったいヽ(°∀°)ノ

 にしても、数ある緋弾のアリア二次創作において、キンジくんが原作4巻終盤まで一回も女性とキスをしなかったのはおそらくこの作品ぐらいでしょうね。とはいえ、アリアとキンジが同じベッドで就寝する話とかは既にやっちゃってますけどね(※40話参照)。順番間違えてませんかねぇ、キンジくん?

 そんなわけで、最後に一言。緋弾なんてなかった、いいね?(笑)


 ~おまけ(ネタ:もしもパトラがカナから逃亡した後の展開がアレだったら)~

 時は少々さかのぼる。
 キンジたちのいる大広間の上階に位置する『王の間』にて。
 パトラが命からがらカナから逃げ延びた後。

カナ(やれやれ、逃がしちゃったわね。さすがにパトラのホームグラウンドじゃ、彼女を一か所に繋ぎ止めるのは厳しかったみたいね。追いかけた所でまた逃げられたらいたちごっこにしかならないし、かくなる上は――ちょっと派手な手段を選んでみようかしら)
カナ「白雪さん、1つお願いがあるんだけど……いいかしら?」
白雪「えーと、私のことはユッキーって呼んでほしいな。それで……」
白雪(確か、今の口調の時は『お兄さん』って呼んでも反応しないんだったかな?)
白雪「お願いって何かな、カナさん?」
カナ「へとへとな所悪いんだけど……もしもまだ力が残っているのなら、この建物(ピラミッド)を破壊してほしいの。そうすれば、ピラミッドを利用した無限魔力に頼り切っているパトラの戦力を大幅に削ぎ落とすことができるわ。……できるかしら?」
白雪「……私一人じゃ、無理かな。もうほとんど力使い果たしちゃったもん。でも、デュラちゃんが協力してくれるなら、いけるよ」
ジャンヌ「わ、我がですか!?」
白雪「うん。デュラちゃん、アレをやるよ」
ジャンヌ「アレって、まさかあのアレですか!? 炎と氷、相反する属性同士をぶつけ合うことで消滅の力を生み出し解き放つ、あの技……!?」
白雪「正解。てことで、デュラちゃん。準備はいい?」
ジャンヌ「はい! いつでも大丈夫です!」
ジャンヌ(ユッキーお姉さまとの共同作業! ユッキーお姉さまとの共同作業! ユッキーお姉さまとの共同作業! ユッキーお姉さまとの共同作業!)
白雪「じゃ、いくよ。せーのッッ!!」

白雪&ジャンヌ「「極大消滅呪文(メドローア)!!」」

 白雪とジャンヌは息を合わせ超能力を行使した。
 メラゾーマ(白雪の炎)とマヒャド(ジャンヌの氷)が混じり合い、メドローアとなる!
 結果、光の柱が撃ち放たれ、光の柱が通過した軌跡上の物体は完全に消滅。
 かくして、巨大ピラミッドの上部分がメドローアにより跡形もなく消滅するのだった。


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117.熱血キンジと第四章エピローグ


 どうも、ふぁもにかです。今回はついに直前にまで迫った第五章へ向けての小休止な話となってます。やけに久しぶりに本格的なギャグ展開をぶっ込めた気がします。ま、別にいいですよね! 何たって緋弾のアリアは大スケールアクション&ラブコメディですからね! わざわざ『大スケール』と銘打ってる大スケールで大スケールな作品ですからね!



 

 カナのお仕置きによってあられのない変わり果てた姿と化したパトラが収められた棺を持ち運ぶには重すぎるからという理由でひとまず放置して、一旦キンジ、アリア、白雪、ジャンヌ、カナの5名はアンベリール号の舳先へと集合。その後。主にキンジやジャンヌが語り手となる形で、アリアへと事の一部始終が伝えられることとなった。

 

 

「なるほど……」

 

 キンジとジャンヌの話を聞き、一連の事情を把握したアリアはジトーとした眼差しをキンジと白雪に向ける。その責めるような眼差しを前に、船の落下防止柵に背中を預けて座るキンジは「うッ」と思わず目を逸らし、甲板上で大の字状態で寝そべる白雪は平然と受け流した。

 

 ちなみに、今のキンジは既にノーマルモードへと戻っている。また、パトラから没収されていたアリアの武器一式をカナがピラミッド内からちゃっかり回収していたことにより、アリアは既に双剣双銃(カドラ)状態を取り戻していたりする。

 

 

「随分、無茶をしたみたいですね。キンジ、ユッキーさん」

「えへへぇー。それほどでもー」

 

 アリアの問い詰めるような言葉に、しかし白雪は頬を緩めて照れくさそうな笑みを浮かべる。その予想外な反応にアリアは「いや、褒めてませんよ」と眉を寄せるも、当の白雪はアリアの言葉をスルーして「う、ヤバい吐きそう」と苦しそうに顔を歪める。そう。パトラとの激戦や巨大ピラミッドを破壊する中で己の力を使い切り、もはや立てないほどに疲労困憊となった影響で、今の白雪は何気に船酔いの症状に苛まれていた。

 

 

「うぅぁぅぅー」

「くぅッ、ユッキーお姉さまがこんなにも苦しんでいるのに根本的解決を望める策を編み出せず、微々たる援助しか我にはできないというのか……嗚呼、我の無力がここまで恨めしく感じる日が来ようとは……ッ!」

 

 解読不能な力ない謎言語を口にする白雪に直射日光が当たらないように背中で守りつつ、膝枕を行っているジャンヌはわなわなと手を動かしながら天を睨み、自身が今感じている無力感を体全体で体現する。ちなみに。今のジャンヌは船酔いで弱っている白雪になるべく快適な環境を与えるために、白雪へと吹き抜ける風の風上に随時ダイヤモンドダストを発生させて空気を冷やし、心地よい風を白雪に提供していたりもする。

 

 そんなどこまでもマイペースな白雪とジャンヌを見つめながらアリアは1つため息を吐くと、再度キンジへと向き直った。

 

 

「でも、その無茶がとても嬉しいです。ありがとうございます」

「改まって感謝することでもないさ。俺もユッキーも皆好きでアリアを助けに来たんだからさ。なぁユッキー?」

「ねーキンちゃん」

「そうは言っても私の気が収まりません。今度何か改めてお礼させてください」

「例えば?」

「んー、そうですね……私の奢りでちょっと高価な所でディナーなんて、どうですか?」

 

 アリアが言葉にした『お礼』の内容が気になり即刻問いかける白雪に対し、アリアは得意げに片目を瞑りつつピンと人差し指を立てる形で『お礼』の案を提示する。すると。思いのほか、「高級レストラン!?」と白雪が目を輝かせて食いついてきた。

 

 

(あれ? ユッキーってこんなに食に対して貪欲だったか?)

「お、乗ってきましたね、ユッキーさん。ならお礼は高級料理を奢るってことにしましょうか」

「あい! ……ぅ、気持ち悪さがぶり返して、ぅうう」

 

 キンジが白雪の反応に少々疑問を抱く中、アリアは白雪の反応の良さを受けて『お礼』として高級料理を奢る方針を決定する。一方。白雪はアリアの言葉に心底嬉しそうに笑みを零すも、すぐに表情を真っ青なモノへと変えていく。

 

 先ほどの輝くような笑みはどこへやら、一気に弱々しくなった白雪を見下ろした状態にて、対応に困ったジャンヌが「ユッキーお姉さま!?」とおろおろする様子を尻目に、キンジはアリアに対しふと浮かんだ問いをそのまま投げかけることにした。

 

 

「アリア。水を差すようで悪いんだが、お金とか大丈夫なのか? 店によりけりだろうけど、高い所は本当に洒落にならないぐらい高いだろ?」

「……ふふふ、キンジ。私を舐めていませんか?」

「え?」

「忘れてませんか? 私はホームズの血を継ぐ貴族ですよ? お金なら有り余ってますので、たかが一回高級料理を奢った程度で金欠になんてなりませんよ」

 

 両手を腰に当てて自慢げに語るアリアを前に、キンジは「そういえばそうだったな。すっかり忘れてたよ」と苦笑する傍ら、かつてアリアが『こう見えて私、結構持ってますよ?』と言っていたことを思い出していた。

 

 

「あ、もちろん。カナさん……でいいんですよね? あとついでにジャンヌさん、貴女たちにも奢りますよ」

「あら、そうなの? さっきから全然話題にされてないから、てっきり私やジャンヌのことはナチュラルに除け者にしているものだと思っていたのだけれど? それに、いいのかしら? 私やジャンヌは今も貴女の母親を卑劣な罠に陥れたイ・ウーの一員なのよ? その辺のこと、もしかして忘れてない?」

「忘れてませんよ。でも、それとこれとは関係ありません。ジャンヌさんが裏で色々と暗躍してくれなければキンジたちはタイムリミットまでに私を助けに来れなかった。カナさんがいなければキンジたちはパトラを倒せずに全滅していた。そうならなかったのは紛れもなくカナさんとジャンヌさんのおかげだからお礼をする。それだけのことですよ。……それに、理子さんと友達になった時点で、相手がイ・ウーの構成員かどうかってだけで態度を変えようとは思わなくなりましたしね」

 

 少々挑発的な物言いでアリアを試すカナに、当のアリアは柔和な笑みで返答する。アリアの発言から察するに、どうやらここ数カ月、数名のイ・ウーメンバーと接触したことでアリアの価値観に確かな変化が発生したようだった。

 

 

(アリアも成長してるってことだよな。見た目はまるで変わらないけど)

「クククッ。中々どうして、殊勝な心がけじゃないか。そうだ、ここのメンバー全員がこの場まで来れたのは我の功績以外の何物でもない。我を褒め称え、深く感謝の念を捧げ、高級供物を献上することを確約するその態度……中々どうして、己の身の程を弁えられるようになったではないか。しかし……クハハハッ。我の要求は高いぞ? 貴様の財布が吹き飛ぶほどのレベルの供物を強制し、破産へと追い込み、食事をおごるなどと軽い気持ちで宣言したことを存分に後悔させ、絶望の深淵へと突き落としてくれよう! クックックッ、ハァーッハッハッハッ!」

「……それにしても、この結果はラッキーですね。怪我の功名とはまさにこのことでしょうか」

 

 アリアがジャンヌやカナに対しても『お礼』をすると発言したことに対し、ジャンヌは胸の前で腕を組み悪役な笑みを浮かべて高らかに笑う。だが。当のアリアがジャンヌの言葉を軽くスルーして神妙な声色で言葉を紡いだため、ジャンヌが「ちょっ、無視!? 無視か、貴様ァ!?」と叫び、やり取りを見守っていたカナが思わず「ぶふッ!?」と吹き出すこととなった。案外、カナの笑いの沸点は低めのようだ。

 

 

「怪我の功名?」

「はい。あの自称クレオパトラ7世はお母さんに罪をなすりつけた1人です。これでまた一歩、お母さんの無罪証明の道筋が見えてきました」

「あ。何だ、そうだったのか。良かったな、アリア」

「はい」

 

 口調は穏やかながら、しかし嬉しさを隠しきれないといった体のアリアを前にしたキンジは自然と柔らかな笑みを浮かべていた。この時、キンジはカナがお仕置きの延長線上でうっかりパトラを殺さなかったことに内心で深く感謝した。と、ここで。キンジの研ぎ澄まされた第六感が唐突に、実に唐突にこの場から逃げろと警鐘を鳴らし始めた。

 

 

(何だ、この感覚……何かが、おかしい?)

「な、なぁジャンヌ。あとどれくらいで武藤たちが来るか、わかるか?」

「さてな。準備がいると言っていたが、やたらとオーバースペックな奴らのことだ、あと数時間もすれば迎えが来るだろう。気長に待とうではないか」

「いや、それはそうなんだが……何か嫌な予感がしてな」

「何だ、煮え切らない反応だな。早く帰りたいのであれば、オルクスを使えばいいだろう? 我とカナリアーナが使ったオルクスは急ごしらえゆえに片道切符だが、貴様とユッキーお姉さまが使ったオルクスには往復機能も付けているんだ。神崎・H・アリアをつれて先に帰っても――む?」

 

 キンジをジト目で見つめつつ、ぞんざいな口調で言葉を紡いでいたジャンヌだったが、何か気にかかることがあったらしく、ピタリと発言を中止する。ジャンヌの様子の変化にキンジは一度「ジャンヌ?」と問いかけるも、ジャンヌが無反応だったため、キンジもジャンヌの視線の先を見やる。すると。ただただ海を見るカナとアリアの2人の姿があった。何もないはずの海の水平線を見つめたまま微動だにしない2人の姿があった。

 

 

「? どうしたんだ? アリア、カナ姉?」

「……海から生き物の気配が消えているの。パトラが呼び集めていたはずのクジラの群れも、海鳥も魚もいなくなっているわ」

「え、それって――」

 

 何かに思い当たったのか、「――まさか」とカナが無意識に呟いた瞬間、海を凝視していたアリアがハッとした表情とともに「上から何か来ます! 構えてください!」と上空を指差し、皆に注意を呼びかける。

 

 その時、アリアの指差す先を一斉に見やったキンジたちは目撃した。何もない空の彼方から何の前触れもなくスゥゥと何かが現れる様を確かにその両眼で目撃した。それは、現実世界において絶対に存在してはならない類いの架空の構造物だった。

 

 

「な、え、は?」

「あ、あれって、まさか、キンちゃん?」

 

 何もない空間から突如、宙に浮かぶ形で登場した非現実的極まりない構造物にキンジはあまりの驚きっぷりに口をパクパクと動かすのみ。白雪も普段のマイペースさはどこへやら、引きつった笑みを浮かべてキンジに途切れ途切れの問いを飛ばす。その白雪の表情からは、今自分の目に映るものを容易に受け入れられないという彼女の心境がありありと映し出されている。ちなみに。ジャンヌとカナは『このタイミングでか……』と言わんばかりに目を細め、アリアはキンジと白雪の驚愕具合に首を傾げるのみだったりする。

 

 キンジはただ驚くことしかできなかった。アリアと出会ってからの数カ月間、キンジが何かの事象に対し心の底から驚いた回数は数知れない。その中でも最大級の驚愕を、キンジは今まさに感じていた。なぜなら、キンジの見上げる先には。配色や物質構成の違いこそあれど、形状だけならラピ●タとそっくりな構造物が宙に存在していたからだ。

 

 

「ちょっ、ラピ●タァァァアアアアアアア!?」

「アイエェェエエエエ!? ラピ●タ!? ラピ●タナンデェェエエエ!?」

「え、ちょっ、2人とも急にどうしたんですか!?」

(確かに空中にあんな変わった構造物があるのは驚くべきことですけど、何もそこまで過剰反応することじゃ――)

 

 『天空の城ラピ●タ』という名作を知っているキンジと白雪はただただ叫ぶばかり。一方、キンジと白雪が唐突に動揺しまくり始めた理由がわからないアリアはキンジと白雪の動揺の波につい呑まれそうになる。どうやらアリアはまだ日本で過ごした期間が短いがために、ただいま遥か上空で静止しているラピ●タもどきの元ネタを知らないようだ。

 

 

(ヤバい、ヤバいヤバい、これ絶対ヤバいってッ! これ今どんな状況なんだ!? え、ラピ●タって実在してるの!? 『ラピ●タは本当にあったんだ!』って感じなの!? あぁああああったく! わけわかんねぇ、もし夢だったら頼むから今すぐ覚めてくれッ!)

 

 キンジの思考回路が存分にテンパっていることなどつゆ知らず、威厳を放ちながら上空に鎮座しているラピ●タはググッとわずかに動きを見せたかと思うと、あっという間のスピードでラピ●タの形から巨大な二足歩行型のロボットの形へとその形態を変化させた。結果、ラピ●タモードでなくなったせいで浮遊力を失ったのか、巨大ロボットの形をした何かは急降下を開始。その巨体が容赦なく海へと打ち付けられた。

 

 質量を伴った巨大物体がザッブゥゥゥウウウン!と隕石のごとく海へ突撃した影響で、巨大物体の落下地点から発生した波浪がアンベリール号を転覆させる勢いでグワングワンと揺らしてゆく。

 

 咄嗟に舳先の鎖や落下防止柵を掴むなどして各々激しい船の揺れに耐えるキンジ・アリア・カナ・ジャンヌ。しかし、疲労困憊&船酔い状態ゆえに甲板に寝転んでいた白雪は容赦のない船の揺れのせいで船体からあっさり体を投げ出され、「ほぇ?」という間抜けな声とともに宙を舞い、そして荒れ狂う波が特徴的な海へバシャーンと落下することとなった。

 

 

「わきゃああああああああッ!?」

「ユッキー!?」

「ユッキーさん!?」

 

 実にあっさりとポーンと海に投げ出された白雪を目の当たりにしたキンジはアリアとともに切羽詰まった声を上げる。無理もない、何せ今の白雪はロクに動く力も残っていないのだ。そんな状態で海に落ちた以上、誰かが急いで助けに行かないと白雪がまず間違いなく死んでしまうのだから。

 

 眼前の謎の物体への対応か、それとも白雪の救出か。問答無用で判断に迫られたキンジ。だが、ジャンヌが「ユッキーお姉さまぁぁああああ!」と白雪を追うように躊躇なく海に飛び込んでいったため、白雪の救助は白雪信者のジャンヌに任せようと、キンジは一旦白雪のことを思考の外へ追いやり、改めて目の前で異様な存在感を放つ謎の巨大ロボットへと意識を向ける。

 

 遥か上空から派手に海へとダイブした例の巨大ロボットは今現在、キンジたちのいるアンベリール号までダッシュで迫ってきている。そう、ダッシュだ。あたかも『右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出し、これを繰り返せば水上でも走れる!』とでも言わんばかりに、水上を全力ダッシュで駆け抜けてくるのだ。

 

 ドシン、ドシンと重々しい足音を響かせてグングン近づいてくる巨大ロボット。実を言うと、キンジはなぜか眼前のふざけた光景に既視感を感じていたのだが、ちょうどこの時、キンジの頭脳はその既視感の元凶へとたどり着いた。

 

 それは、7月のプールの授業にて。機械工作&発明の天才児と名高い平賀文が4時間で造り上げたボストーク号の模型の映像だった。そのボストーク号もラピ●タや巨大ロボットへと自在に変形し、プールの水面を当然のように駆け抜けていた。そう、まさに今目の前で繰り広げられている光景と同じである。

 

 

――知らなかったのかね、遠山くん? 実はあのラピ●タのモデルはボストーク号だったのだよ!

 

――悲劇の原潜ことボストーク号はさ、実は用途に応じて様々な形に変身することができてねー。グレートありがとウサギにもなれるしガン●ムにもなれるのだよ!

 

 

(ま、まさかこれが本物のボストーク号なのか? あの、進水直後に事故で早速行方不明になったていう、あの……てことは平賀の作ったボストーク号の模型って、あれ冗談じゃなかったのかよ!? ボストーク号にただ手当たり次第にオーバースペックな変態機能を取りつけて遊んでたんじゃなくて、本当に元のボストーク号を忠実に再現してたのかよ!? マジか、ウソだろ!?)

 

 不意に平賀の発言がいくつか脳裏によぎったキンジは内心で驚愕の声を上げまくる。一見、外から見ただけでは間近に迫る巨大ロボットに強い警戒心を込めた鋭い視線を送る凛々しい表情を取り繕っていたキンジだったが、その内心は大混乱だった。

 

 一方。アンベリール号との距離を詰め終えた巨大ロボットはまたまた形を変形させていく。今度は何なんだ、と現実逃避したい衝動に駆られつつも警戒を怠らないキンジをよそに、巨大ロボットは船の形へと形態を変え、そのままほんの少しも動かなくなった。その船体を見て、『伊U』との白文字がでかでかと書かれている部分を見て、キンジは理解した。

 

 

「カナ姉、これは……」

「貴方の考えている通りよ、キンジ。イ・ウーの正体はこの戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦。ボストーク号は表向きでは沈んだことになっていたけど、実際は教授(プロフェシオン)に盗まれていたの。これを拠点にしているからこそ、国はイ・ウーに手出しできなかった。そして、イ・ウーの名前の由来は、わかるわね?」

「あぁ」

 

 カナからの確信を持った問いかけにキンジは1つうなずく。『イ』は、かつての日本で使われていた潜水艦を示す暗号名『伊』のことで、『ウー』は、これまた過去のドイツで使われていた潜水艦のコードネーム名『U』のこと。つまり、イ・ウーという犯罪組織の名前は、同時にイ・ウーの拠点をも暗示していたということなのだろう。

 

 

「キンジ? カナさん?」

「ふむ、これがアンベリール号か。中々に好みの配色にアレンジされている。パトラ君のお嬢さまなセンスから生まれた美も、中々に素晴らしいな」

 

 キンジとカナの会話について行けず、思わず問いかけるアリアの言葉を遮るように声が響く。それは、今船上にいるキンジ・アリア・カナのどれでもないもので、キンジたちがバッと一斉に背後を振り向くと、その先に一人の男が立っていた。それは、若々しさを前面に押し出した好青年といった風な男だった。

 

 

(なッ!? こいつ、いつの間にアンベリール号に乗り込んでたんだ!? いくらボストーク号に気を取られまくってたからって、どうして気づけなかった!?)

教授(プロフェシオン)!?」

 

 キンジが己のうかつさを呪いつつもすぐさま拳銃を取り出し銃口を謎の男に向ける中、隣のカナがわなわなとした口調で謎の男の名を叫ぶ。その声を聞いて、キンジはすぐさま把握する。今まさに眼前に存在するのがイ・ウーを束ねる正真正銘のナンバー1の人物であり、カナが俺なら倒せると思ってくれている人物なのだと。

 

 

(そうか、こいつが……)

 

 キンジは拳銃を握る左手にさらに力を込めつつ、前をしっかりと見据える。ボストーク号のとんでもない登場シーンにより動揺しまくっていた心が段々と平静を取り戻そうとしていたキンジだったが、次のアリアの言葉により、再び混乱の最中に追いやられることとなった。

 

 

「……ひい、お爺さま?」

「え?」

 

 目を大きく見開いたまま、茫然と眼前の危険人物の名を呟いたアリアにキンジはつい無意識ながら困惑の声を漏らした。それだけ衝撃的だったのだ。

 

 アリアのひいお爺さまということは、アリアの曾祖父だ。それはつまり、もしアリアの言葉が本当なら、そういうことになる。だけど、それは普通ならあり得ない。何せ、人間の寿命は限られていて、話によれば、その人物は1854年生まれだからだ。……もし仮に、仮に本物だとして、150年ほど生きてきたはずの人物がまるで老衰しておらず、純然たる若々しさを保っているのはどう考えてもおかしいからだ。

 

 けれど、俺は既に人外の存在を知っている。人間より凶暴で凶悪で、人間よりはるかに長い寿命を持つブラドを知っている。ならば、もしその人物もまた人間を辞めているのであれば、目の前の人物が今こうして存在していることにも一応ながら説明はつく。

 

 何より、この崇め奉りたくなる存在感。ひれ伏したくなるオーラ。正直、イ・ウーのナンバー2やら元ナンバー2やらの延長線上の存在だと高を括っていた節のあった過去の自分を殴り飛ばしたくなるほどの、格の違い。これが、本人じゃないわけがない。

 

 

「正解だよ、遠山キンジ君。いい推理だ。常識に囚われないその柔軟な思考能力……さすがは僕の凡庸な頭脳が見込んだ通りの優秀さだ。でも1つだけ訂正しておこう。僕は人間を辞めていない。正真正銘、ただの一般人だ」

「てことは、お前は本当に――」

「意外かい? すまないね、こんな凡人で。僕のことはよく映画や小説、漫画やアニメなどで美男美女に表現されているから、自然と君の中での期待値は高かっただろうが、現実はこんなものだ。パッとしない外見で拍子抜けだろう? インパクトに乏しくて非常に申し訳ない」

(……いや、そんな否定するほど酷い顔か? どう見ても美形だと思うんだけど)

「さて、改めて自己紹介をしておこうか。……そう。この中の中の上くらいの顔をした僕こそがその辺に転がる石ころのようによくいるありふれた平凡男、シャーロック・ホームズだ。短い間だけど、よろしくしてくれると嬉しいよ」

 

 全身からゆらゆらとにじみ出ている王者の風格とは裏腹に、やたらと『普通』を強調する男、もといシャーロックはキンジに対し恭しく頭を下げる。

 

 

 シャーロック・ホームズ。それは世界各地で勃発した数々の難事件・怪事件を見事に解決した、19世紀末の大英帝国(イギリス)の英雄であり、史上最高&最強の名探偵として名高い存在。当時、頭脳・戦闘能力ともに誰一人到達しえない境地へと到達した、まさに伝説の偉人と称すべき存在。そして。俺たち武偵の原型にもなった、とかく偉大な存在。

 

 そんなシャーロック・ホームズが教授(プロフェシオン)として姿を現したことにより、パトラ討伐によってひとまず収束を迎えようとしていた事態が、一気にうごめき始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 第四章 熱血キンジと砂礫の魔女 完

 

 

 

 

 




キンジ→ラピ●タなボストーク号の登場に対し、中々いい感じのリアクションをしてくれた熱血キャラ。その気持ちは凄くよくわかる。
アリア→自分を救ったお礼として関係者に高級料理を奢ることにしたメインヒロイン。浪費癖がないので余計に有り余るお金を散財したい意味合いもあったそうだ。
白雪→疲労しきった状態で船上にいるせいですっかり船酔いしてしまった怠惰巫女。キンジと同様、ラピ●タに対して素晴らしいリアクションを見せてくれた。何かいい感じに海にダイブしてしまったが、安否やいかに。
ジャンヌ→船酔い状態の白雪の介抱にてんやわんやな厨二少女。白雪を助けるために真っ先に海に飛び込んだが、実はそんなに泳ぎは得意じゃなかったりする。
カナ→アリアをキンジの恋人としてふさわしい存在かどうか地味に試したりしていた男の娘。今回も終始真面目モードだったため、割と空気だった模様。そして案外、笑いの沸点が低い。
シャーロック→何かと自分を凡人だと発言している逸般人。『大スケール』なボストーク号に乗ってやってきた。本気で自身を普通だと思っているのか、ただ口にしているだけかは未定である。

白雪「わきゃああああああああッ!?(←海へ落下)」
キンジ「ユッキーが死んだ!」
アリア「この人でなし!」
ジャンヌ「貴様ら、ユッキーお姉さまを勝手に殺すなぁぁああああああ!!」
カナ(だ、ダメよ! 今は笑っちゃ……堪えるのよ、私! ここで笑ったら一応緊迫してる今の状況が台無しになっちゃうわ! で、でもこれは……)
シャーロック(……僕の推理以上に、随分とキャラの濃い面々みたいだね)

 というわけで、117話終了です。ついにシャーロックさんが登場した所で、これにて第四章は終了です。第四章の執筆期間は約1年3か月。いやぁ、長かった長かった! というわけで、次回からは波乱の第五章となるので、どうぞお楽しみに。


 ~おまけ(ネタ:自重を忘れたボストーク号の末路)~

 遥か上空を浮遊するラピ●タの形をしたボストーク号を見上げている状況にて。

キンジ「ちょっ、ラピ●タァァァアアアアアアア!?」
キンジ(ってことは、例のあの呪文で壊れたりすんのか? 確か平賀の作ったボストーク号の模型もそれで崩壊したよな? ……いやいや、まっさかー。さすがにそれはないだろ。……でも、試すだけ試すのも悪くはないよな?)
キンジ「――バルス」

 ボストーク号、崩壊開始。

シャーロック「あぁあ!? ボストーク号が!? イ・ウーの本拠地がぁ!?(←絶望の表情)」
キンジ(ホントに崩壊したよ、おい……)

 シャーロックさんかわいそう。
 ちなみに天空の城ラピ●タは1986年8月2日に公開されたそうです。


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第五章 熱血キンジと教授
118.熱血キンジと堕ちる心



 どうも、ふぁもにかです。今回からとうとう第五章の始動です。やっとここまで来ましたね。何たって、緋弾のアリア全体における第一のクライマックスですからね。ひゃっはぁぁあああああああああ!! 気合い入れていきまっせぇぇえええええええええええええ!!

 閑話休題。一応警告です。この第五章では一部において原作をガン無視でやらせてもらいます。ちょっとだけ覚悟しておいてくださいませ。……今更な警告ですかね?



 

「さて。そろそろ目的を果たそうか。凡俗な僕にはあまり時間が残されていないからね」

 

 アンベリール号の舳先にて。キンジ、アリア、カナの3名に一切悟られることなくボストーク号からアンベリール号へと乗り込んだ男。古めかしいスーツで身を包み、オールバックに整えられた髪・鷲鼻・端正な顔つき・ひょろ長い長身痩躯が特徴的な男、もといシャーロック・ホームズは周囲を一瞥しながら独言する。

 

 

「ッ!」

 

 アリアがただ呆然と立ち尽くし、キンジが銃口をシャーロックに定めたままシャーロックの出方を伺っている中、シャーロックが何かをしでかす前に先手を打つべく、カナがすかさずコルト・ピースメーカーで不可視の銃弾(インヴィジビレ)をシャーロックに放つ。

 

 キンジとアリアに手を出す気なら容赦しないと言わんばかりに放たれた速攻の銃弾はしかし、シャーロックの銃弾撃ち(ビリヤード)によりあらぬ方向へ軌道を変えさせられる。そして、シャーロックの手元から閃光が弾けたかと思うと、カナの体がシャーロックの見えざる手に殴られたかのように弾かれ、甲板に叩きつけられた。

 

 

「カナ姉!?」

 

 「ぐッ!?」と呻き声を上げて甲板に倒れるカナにキンジが駆け寄ると、カナの左胸から武偵制服を侵食するように鮮やかな赤色が染み渡っていく様子がキンジの両眼に映された。

 

 カナ姉が防弾仕様となっている武偵制服を着用していた以上、普通ならこんな事態はあり得ない。だけど、そんなあり得ない事態が今まさに発生している。理由を考えるのなら、おそらくシャーロックが国際的に開発を禁じられた装甲貫通弾(アーマーピアス)こと(アンチ)-TNK弾を持ち出してきたとか、そんな所が妥当だろう。

 

 そう当たりをつけたキンジはシャーロックを睨みつけた。本当なら全てを投げ出してカナのことで掛かりっきりでいたかったが、状況がそれを欠片も許してくれないため、キンジは相変わらずシャーロックに銃口を向けることしかできなかった。カナしか使えないはずの不可視の銃弾(インヴィジビレ)を平然と使って見せたシャーロックを警戒することしかできなかった。

 

 

「ごく普通の一般人な僕は基本的に変化を嫌う性質でね、この世界で生き残るためには絶えず変化しないといけないという理が僕にはとかく苦痛なんだ。それゆえに一切変わることなく美しさを放ち続ける存在が大好きで、特に美しい芸術品にはつい目がなくなりがちなのだが……全く、困った性格だと思わないかい?」

 

 シャーロックは語る。誰に向けて語るでなく、誰かの相槌を求めるでなく、ただただ『やれやれ』といったポーズを両手を使って体現しながら現状とまるで関係ないと思われる言葉を繰り出してゆく。しかし、誰もシャーロックの発言に口を挟めない。シャーロックが有無を言わせぬオーラをその身に十全と行使しているからだ。

 

 

「……カナ君。君は今この場にいる面々の中で、平々凡々な僕にとって最も危険な存在だ。本当ならこんな荒々しい手段で君に退場してもらうつもりはなかったんだ。美をどこまでも追求し、そこらの女性より女性らしい境地にたどり着いた美しい君を傷つけないといけないというのは、美を愛でるだけが取り柄な僕にとって非常に心痛むものだからね。でも、これは必要な処置なんだ。もはや予知と同等なほどに高められた僕の推理能力――条理予知(コグニス)――が、僕にそう語りかけていたのでね。だから。今は大人しく、自分がうっかり壊れてしまわないように、しっかりと自我を保っていることをオススメするよ」

 

 「何せ、僕が今プレゼントした銃弾は特別性なのだから」と言葉を付け加えるシャーロックに、カナは何も返答しない。焦点のまるで定まらない眼を存分に見開き、「な、に……!? あ、たま、が、割れ……!?」と苦しそうに呻くだけだ。胸を、心臓を撃ち抜かれたにも関わらず、言葉にできないレベルの激痛がほとばしっているはずの心臓を無視してカナは両手で頭を抱え込むのみだ。これは、どう考えても異常といえた。

 

 

「シャーロック! お前、カナ姉に何をしたッ!?」

「そう怒らないでくれ、キンジ君。小市民で小心者な僕がつい驚いてしまうじゃないか」

「話を逸らすな! カナ姉に何をしやがったぁッ!?」

「ほぅ、大した気迫じゃないか。なに、大したことではないよ。今後を見据えてのただの準備の一環だ。人並み以上のことができないこの僕だ、平凡以上のことをやってのけるわけないだろう? ……さて、そろそろ彼女が乱入してくる頃か。うん、僕の条理予知(コグニス)が導き出した通りだ」

「? お前、何を――ッ!?」

 

 意味深に呟くシャーロックにキンジが食い気味に問いかけようとする。直後。今現在、否応なしに緊迫感が高まっているこの場に、見事なまでに歪な形をしたジャッカル男の肩に乗る形で相変わらず下着姿のパトラが乱入してきた。どうやら一連の騒ぎの最中、どうにかして棺の中から脱出していたらしい。今のパトラの全身がボロボロながらも見るに堪えない姿でないことを鑑みると、無限魔力なしでもどうにか体を動かせる程度には自力で怪我を治せたのだろう。

 

 

(お、おいおいおい!? これは、マズい状況がさらにマズくなったんじゃないか……ッ!?)

 

 キンジは思わぬタイミングでキンジたちの前に姿を現したパトラを見た直後、つい顔をしかめる。無理もない。シャーロック1人だけでもヤバすぎるというのに、パトラの参戦という追い打ち。これはキンジにとって最悪に最悪を重ねた情勢と称しても過言ではないからだ。

 

 ユッキーとジャンヌは未だ自重を忘れたボストーク号が様々な形に変形して暴れまくった影響で生み出された荒れ狂う海の中。もし彼女たちがすぐにこの場に戻ってこれたとして、荒波に体力を奪われきっているであろう2人の助太刀は期待できない。というか、ジャンヌはそもそもイ・ウー側の人間であるため、この絶望的な状況下でわざわざ戦力になってくれるとは限らない。加えて、アリアはイ・ウートップが思いっきり身内、というかご先祖さまだったせいで、かれこれずっと固まったままであり、カナ姉はシャーロックに心臓を撃ち抜かれたせいで明らかに戦闘不能。

 

 俺しか、戦える者がいない。だけど、俺一人でイ・ウートップと元次席たるシャーロックとパトラを同時に相手取るのは、さすがに不可能だ。それこそ、このタイミングで主人公特権みたいなものを発動してご都合主義的に謎の力に目覚め、無双でもしない限りは無理すぎる。

 

 

(くそッ、こんなのどうすればいいんだッ!? もう、何をしたってどうしようもなくゲームオーバーじゃないか!)

 

 一般的にまるで勝機を見いだせない状況に追い込まれた際、重要になるのはいかに被害を抑えて負けるかである。その方策をどうにか編み出そうとするキンジと戦ってもいないのに敗北を認めたくないもう1人のキンジとが指揮権を獲得しようと脳内で殴り合いを始める中も、状況は動く。ジャッカル男を元の砂塵に還しつつ甲板に着地したパトラは、何かを探すようにバッバッと全身を使って周囲に隈なく視線を配る。そして。甲板に倒れるカナの姿を見つけると、「カナさんッ!!」とヒステリックな悲鳴を上げた。

 

 

「カナさん! カナさんッ! あぁ、血がこんなに……しっかり、しっかりしてくださいませ! 貴女はここで死ぬべき人ではありませんわッ!!」

 

 パトラはキンジのことなど見向きもせずに、カナの元へ一直線。その迷いのない足取りから、何らかの手法でカナがシャーロックにより深いダメージを負ったことを把握していたのだろうパトラは、カナの左胸の銃創に手をかざし、次の瞬間にはパトラの手から青白い光が仄かに生じ始める。パトラの青白い光を受けて、カナの苦しそうな表情がわずかながら和らいだことを踏まえると、どうやら無限魔力を失った影響で上手くいかないながらもパトラは治療を施してくれているらしい。

 

 カナを死の淵から救う。その一点において、今だけはパトラは味方だと判断したキンジはパトラへと向けていた注意を外し、改めてシャーロックへと向き直る。すると、キンジが目を離していた隙にシャーロックはアリアとの距離を一歩一歩詰めていた。対するアリアは、後ずさることもなく、自分の元へ近づいてくる長身なシャーロックを見上げるのみだ。

 

 

「アリア! そいつは敵だ、早く逃げろ!」

 

 キンジの必死な声に、アリアはビクリと肩を震わせるものの、その両目はシャーロックに固定されており、全然離れない。シャーロックの狙いがアリアだと察したキンジがこのままシャーロックの思い通りに事を運ばせるわけにはいかないとシャーロックの体目がけて発砲しようとする直前、シャーロックが「今は横槍を入れないでくれ」と言わんばかりにスッとキンジに目を向ける。

 

 シャーロックの全てを見透かすような視線にキンジは動けなくなった。自分が何もできずにさっきのカナ姉のように心臓を撃たれるシーンが脳内に浮かび、増幅し、こびりついて離れなくなる。

 

 

(何だ、これ!? 体が竦んで……!)

「やっと会えたね、アリア君。凡夫な僕は今日という日を一日千秋の思いで実に心待ちにしていたのだけど……君の方はどうかな? 嬉しいかい? それとも……君にとっては、僕ごときとの邂逅なんてどうでもよかったかな?」

「そ、そんなわけありません!」

 

 キンジがシャーロックに恐怖し動けなくなる中、シャーロックはあたかも長年の友人と接する時のような気安さでアリアに問いかける。一方、しゅんとした表情のシャーロックの問いに、アリアは弾かれたように返事をしつつ、フルフルと勢いよく首を左右に振る。

 

 

「私も、会いたかったです。会って、話をしたかったです。貴方について知って、私のことを知ってもらって、ゆっくり、話を……」

「そうかい。僕みたいな常人相手にそう思ってくれているなんて、光栄だな」

「……どうしてですか? どうして、貴方が……」

「? アリア君?」

「どうして貴方が! ひいお爺さまが! ここで! こんなタイミングで出てくるんですかッ!」

 

 震える声でポツリポツリと心情を話していたアリアだったが、徐々に己の気持ちを抑え込めなくなり、感情的にシャーロックへ問い詰める。堰を切ったように涙を流ながら叫び、「これじゃあ、私は一体、何を信じたら……」と悲痛さに満ち満ちた呟きを漏らし、シャーロックの顔を直視できずにうつむく。それは、アリアにとってシャーロック・ホームズの存在がどれだけ大きいかをキンジが察するに十分すぎる反応だった。

 

 

「泣かないで。君に涙は似合わないよ」

 

 ここまで取り乱し、本格的に涙を流すアリアの姿は今まで見たことがない、とキンジが別の意味でも固まる中。シャーロックがアリアと目線を合わせるためにその場にしゃがみ、スーツから取り出した無地のハンカチでアリアの涙を優しく拭っていく。

 

 

「ひい、お爺さま?」

「先も言ったが、一般人な僕は変わらないものが大好きだ。だが、時は無情にも流れ、この世に生きとし生ける者たちは総じて変化を求められる。伝統はいつまでも伝統の形を保っていられなくなる。けれど、君は伝統を守ってくれている。ホームズ家の淑女に伝わる髪型を守ってくれている。くだらない僕の我がままが生み出した伝統を、それでも引き継いでくれている」

 

 シャーロックはアリアのツインテールの穂先に軽く触れ、柔らかな笑みを零す。そして。まるで幼い生徒に対する先生のようにアリアに思いやりの込められた声色で語りかける。

 

 

「アリア君。僕はね、前々から君に期待していたんだ。君の誕生を条理予知(コグニス)していた僕は、ずっと君を見守ってきたんだ」

「そう、なのですか……?」

「うん。だから君のことはよくわかる。下手したら君よりも詳しいかもしれない。その上で言わせてほしい。……よくここまで頑張ったね。君は本当に凄い子だ」

「え?」

「人間に生まれ、超能力を持たないという生まれもってのハンデを背負った状態で、さらにホームズ家の落ちこぼれだの欠陥品だのと、誰よりも味方でなければならないはずの身内に自分の能力を認められない劣悪な環境に置かれた状態で、君は己に秘められた力を十全に利用して幾多もの凶悪犯罪者を捕まえてきた。アリア君のお母さんが濡れ衣を着せられた後も、ロクに心の支えがない状態でありながら、それでも君の活躍は一層磨きをかけていった。最近の話をするなら……仲間と協力してブラド君と戦った時の君の活躍には目を瞠るものがあった。あの化け物をあんな大胆な方法で討伐してのけた君は、僕のような鷹作と違って本物だ。さすがはホームズ一族において最も優れた才能を持つ少女だよ」

 

 シャーロックはアリアの両肩に手を置き、アリアという存在をどこまでも褒め称える。そうして。自分の気の済むまで一通りアリアを褒めたシャーロックは真剣な口調で「だからこそ、僕はそんな素晴らしい君を迎えに来たんだ」と言葉を続けた。

 

 

(何のつもりだ、シャーロック? 何を考えている? アリアを迎えにって、そんな提案にアリアが応じるわけないのは条理予知(コグニス)とやらでとっくにわかってるはずだろ? まぁ、アリアを殺すつもりじゃなさそうなのは、俺にとって幸運なんだけどさ)

「私を、迎えに?」

「そう。僕の唯一無二の後継者としてね」

「ひ、ひいお爺さま!? な、何を言っているんですか!? 私なんかがひいお爺さまの後継者になれるわけ――」

「――なれるよ。アリア君なら絶対になれる。いや、君ならば僕程度、すぐに超越できる。僕の編み出した条理予知(コグニス)だって、君なら自力で習得するのも時間の問題だ。不屈で高潔な精神を持つ君はいずれ、僕よりも有名になり、僕よりも活躍し、僕よりも素晴らしい存在になれる。今や世界中にこれでもかと誇張されて伝わっているシャーロック伝説を塗り替える、新たな伝説になれる。君ならなれるんだ。どこまでも美しく、気高い君だからこそ、なれるんだ」

「……」

「僕はもうすぐこの世界から退かないといけない。だから僕の、シャーロック・ホームズの全てを、僕が後継者と認めた君にプレゼントしたいんだ」

 

 キンジがシャーロックに手を出せないながらも様子を伺う中、シャーロックはアリアを自身の後継者として指名する。一方のアリアは各地に伝説を残すシャーロックの後継者なんて恐れ多いと否定に入ったが、そんなアリアの言葉を遮ってシャーロックは自身の考えを率直にアリアへとぶつけてゆく。

 

 この時、ただいま第三者目線となっているキンジには、シャーロックの思惑を微妙ながら読み取れつつあった。ウソかホントかはさておき、シャーロックはアリアに対し積極的に甘言を吐き、アリアを蝕んでいる。少しずつ、少しずつ。計算されたシャーロックの毒が、アリアの心を侵略しているのだ。まるで蜂蜜のように、どろりとアリアの心に入り込み、少しずつ甘さで毒している。そうすることで、アリアから正常な判断能力を奪い、自身の元へ引き込もうとしている。何が目的かはわからないが、シャーロックはそうまでしてアリアを欲する理由があるのだろう。

 

 ならば、いつまでも眼前の存在を前に恐怖に震えているわけにはいかない。キンジが己の勇気をフル動員してシャーロックの発言を強制終了させようとした刹那、シャーロックがニッコリとした笑顔で、爆弾を投下した。「……もちろん、受け取ってくれるよね? だって、そうすれば――かなえ君を助けることができるのだから」と、平然とした表情でシャーロックがアリアの核心へと踏み込んでいった。

 

 

(なッ!? こいつ、やりやがったッ!)

「お母さん、を……?」

「うん。今、僕が束ねているイ・ウーは、言ってしまえば強大な武力であり権力だ。ゆえに国家さえも手出しできなかった。ならば、それを使えば、一国家の検察ごときどうにもできる。例え、そんな乱暴な使い方をせずとも、イ・ウーを利用すればかなえ君を助けることは簡単にできる。アリア君、君が僕の全てを引き継げば、かなえ君の救出など夢物語ではなくなるのだよ」

「私がひいお爺さまを引き継げば、イ・ウーの次期リーダーになれば……」

「さすがはアリア君だ、天才なだけあって察しがいいようだね。そうだよ、そういうことだ。……大丈夫、何も心配することはないよ。君は凡人な僕と違って無限の可能性を秘めている。すぐにイ・ウーを統べる器になれるさ。君の活躍をいつも見ていた、この僕が保証する。――さぁ、一緒に行こう。君のイ・ウーだ」

「ひい、お爺さま……!」

 

 キンジがシャーロックの爆弾発言に先手を取られたと目を見開く中。「ほら」とシャーロックが両手をアリアに差し出すと、ほんの一瞬のみ躊躇した後に、アリアがシャーロックへとぎこちなく近寄り、自ら抱きついていった。そんなアリアの反応にシャーロックは満足そうな笑みを浮かべると、実に手慣れた所作でアリアをひょいとお姫さま抱っこする。

 

 シャーロックの腕に抱かれたアリアは先までの悲痛さはまるで消え失せていた。迷いや困惑といったマイナスな表情の全てがなくなり、輝かしい笑顔に置換されていた。それは、もう。夢にまで見た、幾度も待ち望んできた瞬間がついに実現されたんだと言わんばかりの、それこそ純粋な子供が本物のサンタクロースと対面した時のような、そんな光り輝く笑顔を今のアリアは浮かべていた。それこそが、アリアの心がシャーロック相手に陥落した、何よりの証左だった。

 

 

「……アリア、行くな」

 

 シャーロックからの無言のプレッシャーが薄れたためか、ほんの少し体を動かす余裕の生まれたキンジは未だシャーロックへの恐怖に震える右手をぎこちないながらも伸ばしてアリアを引き留めようとする。しかし、パートナーを失いたくない一心のキンジの声は、アリアに届かない。否。実の所、アリアの耳にキンジの声は聞こえている。だけど、アリアはピクリとも反応しない。理由は簡単、シャーロックの言葉にすっかり洗脳され、シャーロックしか目に入らない今のアリアとって、キンジの声など反応すべき対象ではなくなっているのだ。

 

 

「そっちに行ったら、ダメだ……! 戻ってこい、アリア!」

 

 キンジの声に欠片も耳を傾けないアリアに、それでもキンジはアリアがシャーロックへの盲信から解放されるようにと必死の言葉を重ねていく。

 

 

 アリア、ダメだ。その道は、その道だけはダメなんだ。

 それは、今までのアリアが通ってきた道のりを全て否定する道だ。

 アリアが苦しみもがきながらも選び、築き上げてきた大切な道を全て無に帰す道だ。

 そんなのはダメだ、だから、頼むから、戻ってきてくれ。アリアッ!!

 

 

 キンジの思いはやはり今のアリアには届かず、アリアはキンジの方向を見向きもしない。直後、シャーロックが笑みを深めたのを最後に、二人の姿がキンジの視界から一瞬にして掻き消えた。まるで何かの幻だったかのように、シャーロックとアリアの二人がその場から煙のように消失した。

 

 

「え、アリア……?」

 

 キンジは呆然と眼前を見つめる。ついさっきまでアリアとシャーロックが確かに存在していた地点にただただ視線を注ぐ。よろよろとした足取りでアリアがいた場所へと歩を進めて、ようやくキンジはアリアとシャーロックの消失を認識した。否応なしに認識せざるを得なかった。そして。

 

 

「――アリアァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 アリアを。大切な存在を。己が恋している存在を。面識のない男に完膚なきまでにお持ち帰りされた事実に対し、キンジは叫ぶ。今のキンジには、ただただ己の無力を叫ぶ形で顕わにすることしかできないのである。

 

 かくして。やっとの思いでパトラの手からアリアを救出したばかりにもかかわらず、またしてもイ・ウー側の人間にアリアを為すすべもなく奪われてしまうキンジなのだった。

 

 




キンジ→シャーロックとの格の違いに恐怖し動けなくなった熱血キャラ。まぁ相手は原作の時点でバグにバグを拗らせたバグキャラ筆頭だから仕方ないね。
アリア→何だかんだで再び敵の手中に舞い戻ってしまった系メインヒロイン。これにより今後アリアの空気キャラ具合が進展するかどうかはふぁもにかのさじ加減である。
カナ→原作同様、あっさりとシャーロックによって瀕死状態にされちゃった男の娘。シャーロックに撃たれた際に『ナニカ』をされたようだが、メタ的にそこまで重要な伏線ではなかったりする。
パトラ→無限魔力を失ったせいで未だ自在に魔力を扱えないながらも自身をある程度回復し、キンジたちのいるアンベリール号の舳先へと駆けつけた貴腐人。あれだけ凄惨なお仕置き(※詳細不明)をされたにも関わらず、真っ先にカナを助けようとする辺り、かなりの聖人っぷりである。腐っているのに聖人とはこれいかに。
シャーロック→おそらく原作と同等かそれ以上にアリアを褒めまくっている逸般人。もはや予知と同等なほどに高められた推理能力こと『条理予知(コグニス)』を扱える。また、地味に『条理予知する』といった造語をも作っている。

Before アリア「絶対イ・ウーなんかに屈したりしません!」
After アリア「ひいお爺さまの話術には勝てませんでしたよ……」
シャーロック「堕ちたな……(確信)」

 というわけで、118話終了です。とりあえず、第五章は1話目からクライマックスなのが原作5巻未読の方々でもよくわかる感じの内容だったかと思います。

 それにしても……全く、ここのアリアさんったら17話ではビビりこりんからの『イ・ウーへの招待状』をきっぱり断ったというのに、101話後の118話ではあっさり『イ・ウーへの招待状』を受け取ってしまうなんて……やれやれ、愛い奴め。


 ~おまけ(ネタ:最も効果的なアリアさんの操縦方法)~

キンジ「……アリア、行くな。そっちに行ったら、ダメだ……! 戻ってこい、アリア!」
キンジ(アリア、ダメだ。その道は、その道だけはダメなんだ。それは、今までのアリアが通ってきた道のりを全て否定する道だ。アリアが苦しみもがきながらも選び、築き上げてきた大切な道を全て無に帰す道だ。そんなのはダメだ、だから、頼むから、戻ってきてくれ。アリアッ!!)
アリア「……(←当然のごとく無視)」
キンジ(ダメだ。俺の言葉なんてまるで耳に入ってない。何か、何かないのか!? アリアを引き止められるようなもの、何か、何か――ハッ!? 閃いたッ!)
キンジ「あ、そうだ。こんな時に言うのもアレなんだが、アリアをパトラから助けたら早速食べさせたいと思ってももまんを用意してたんだけど――(←ももまんを取り出しながら)」
アリア「――ひいお爺さま、残念ですが貴方の提案は受け入れられません。身の毛もよだつようなあからさまな甘言に騙される私だと思っていたのですか? 随分と舐められたものですね。さ、犯罪者は大人しくここで捕まってください。そして貴方もお母さんの無罪証明のための(エキス)となるのです(←お姫さま抱っこ中のシャーロックの両腕から手品のように脱出し、キンジからももまんを奪い取り、もきゅもきゅ食べながらテノヒラクルーする人)」
シャーロック「なん、だと……!?(; ・`ω・´)」
シャーロック(バカな。アリア君がももまん一つで僕に完全に敵対してくるなんて、僕の条理予知(コグニス)にはこんな展開なかったぞ……!? まさか、キンジ君は今のような状況をあらかじめ見越した上で日頃から僕のひ孫を餌付けしてきたとでも言うのかッ!? そんなバカな!?)

 幾百の説得より、ももまんが勝る。
 さすが、大好物に釣られて簡単に意見変えちゃう系メインヒロインは格が違った。


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119.熱血キンジと脱落者


シリアス「ふぅ。最近は俺様の活躍場所が大いに確保されていて結構結構! ふッ、できる男は各所に引っ張りだこでホント忙しいぜ! あまりに忙しすぎて笑いが止まらんなぁ、ハッハッハッ――ガフッ!? な、この俺様を攻撃したのは誰だ!?」
ギャグ「ちょっとお邪魔しますよっと◝(・ω・)◟」

 というわけで。どうも、ふぁもにかです。ここ最近、日間ランキング40位周辺をウロウロできている影響か、執筆速度が若干ながら早まっているように思います。やっぱり、ここの所ランキングなんて全然載っていなかった分、テンション上がっちゃってるんでしょうねぇ、うむ。



 

「――アリアァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 アンベリール号の舳先にて。シャーロックの手によって大切なパートナーたるアリアがおそらくボストーク号へとお持ち帰りされただろうことにキンジは叫ぶ。ただアリアの名を叫ぶことしかできない。だが、この時。キンジは己の中に確かな違和感を感じていた。なぜなら。ドクンと自身の体の中心に灼けつくような感覚が巡ったかと思うと、自分が性的興奮を感じてないにもかかわらず、いつの間にかヒステリアモードになっていたからだ。

 

 この状況にキンジは覚えがあった。それはかつて、横浜ランドマークタワー屋上でのブラドとの戦いの最中のこと。ブラドが全力で振り抜いた拳が見事にクリーンヒットし、ボロボロなんて表現が生ぬるいほどの大怪我を負った時も、なぜかヒステリアモードになれたのだ。朦朧とした意識の中で性的興奮を感じる余裕なんてないはずだったというのに。

 

 

(だけど、あの時のヒステリアモードと今のヒステリアモードとは何かが違う。かといって、普段のヒステリアモードでもないし……これは、どういうことだ? なんで俺はヒスれた? 俺の体に、一体何が起こってるんだ?)

「く、ぅ……。教授(プロフェシオン)の奴、俺の記憶に、干渉する、ような、真似をして……何が、狙いだ?」

 

 キンジが己のヒステリアモードに対し不気味さを感じ始めたと同時に、背後から苦しそうな声が届く。ハッとキンジが振り返ると、カナがゼェゼェと荒い息を吐きながら、ズキズキと痛みを訴える頭を押さえるように片手を置きながら、ゆっくりと立ち上がる姿があった。男声、鋭い目つき、男らしい口調から考えるに、どうやらヒステリアモードが解けたらしく、今のカナ姉は元の兄さん状態へと戻っている。

 

 

「な、貴方何をやっておりますの!? 止めてくださいませ! まだ傷は癒えてないのに、今無理して動いたら――」

「――心配するな、パトラ。この程度、限りなく致命傷に近いかすり傷だ」

「ふざけてる場合じゃありませんわ! 死にたくなかったら大人しくしてくださいませ!」

「断る。むしろ、ここまででいい。これ以上は治すな」

「なッ!?」

 

 金一の身を案じて声を荒らげるパトラは、金一の右胸の銃創を完璧に治そうと手を伸ばす。が、金一はパトラの手首を掴み、無理やり治療を中断させる。この時、キンジは気づいた。カナ姉モードから元の兄さんに戻ったにもかかわらず、これまたいつの間にか兄さんがヒステリアモードを発動させていることに。

 

 

(兄さんもヒステリアモードになった!? 女装による性的興奮に頼れるわけがないこの状況で、どうやって……?)

「キンジ。一度しか言わない、よく聞くんだ」

 

 兄が今の自分と同様に、性的興奮なしにヒステリアモードに至っていることにキンジが動揺する中。金一はシャーロックに撃ち抜かれた心臓が中途半端に治っている状態で無理に体を動かしたためにカフッと吐いた血を制服の袖で拭いながら、話を始める。それは、今のキンジが抱く疑問を氷解させる、ヒステリアモードについての話だった。

 

 

 簡単に纏めると、こうだ。HSSことヒステリア・サヴァン・シンドロームには通常のヒステリアモードの他にも成熟や状況に応じた派生系が数多く存在しているらしい。

 

 例えば、ヒステリア・アゴニザンテ。これは瀕死の重傷を負った男が死ぬ前にどうにかして子孫を残そうとする本能を利用して発現させることができる。つまり。ヒステリア・アゴニザンテは、別名たる『死に際(ダイイング)のヒステリアモード』から察せられる通りの、命と引き換えのヒステリアモードである。ちなみに、今の兄さんが発動しているのはこのヒステリア・アゴニザンテだそうだ。

 

 例えば、ヒステリア・ベルセ。これは自分の女を他の男に奪われることを起因として発現させることができる。通常のヒステリアモードことヒステリア・ノルマーレが『女を守るヒステリアモード』なら、ヒステリア・ベルセは『女を奪うヒステリアモード』。

 

 戦闘能力がヒステリア・ノルマーレの1.7倍――ノーマル状態の実に51倍――にまで増大するものの、自分以外の男に対する憎悪や嫉妬といった悪感情を利用する影響で、男相手では当然、時には女相手でも荒々しい言動を取る場合があるらしい。ヒステリア・ベルセの血が激しい時と比較的収まっている時とが不定期に切り替わるせいで制御が難しく、さらに思考が攻撃一辺倒になりがちなため、諸刃の剣なヒステリアモードである。ちなみに、今の俺が発動しているのはこのヒステリア・ベルセだそうだ。

 

 

(なるほど。これで色々謎が解けた。あの時、ブラドとの戦いで俺がヒスれたのは、俺がヒステリア・アゴニザンテを発動させたからだったんだ。……え、待った。ってことは、あの時の俺、死にかけだったのかよ!? ウソだろ、どんだけとんでもない綱渡りしてたんだよ、俺!? よく生還できたな、おい!?)

 

 金一からある程度ヒステリアモードの話を聞いたキンジは無駄に51倍に跳ね上がった思考回路でブラド戦のことを振り返り、思わずブルリと身を震わせた。

 

 

(って、違う違う! 今気にしないといけないのはブラド戦のことじゃない。今の兄さんがヒステリア・アゴニザンテを発動させていること――つまり、兄さんが今死にかけてることだ!)

「今はこれ以上話をする余裕はない。行くぞ、キンジ」

「ダ、ダメだ、兄さん! 止めてくれ! ヒステリア・アゴニザンテを発動できるぐらい死にかけの状態でシャーロックと戦ったりなんてしたら――」

「――止めるな、キンジ。今が好機なんだ。教授(プロフェシオン)はたった今、このアンベリール号――日本の法律が適用される日本国籍の船――でお前のパートナーを奪ったんだ。つまり、教授(プロフェシオン)を未成年者略取の罪で合法的に現行犯逮捕できる絶好のチャンスが整ったんだ。この降って湧いた好機を逃す手はない」

「けど、だからって!」

「キンジ! 男には、例え命を犠牲にしかねない状況下であっても、それでも男の意地を貫き通さないといけない時がある! それが今だ! 今が、今こそが義を全うできるチャンスなんだ! これを逃せば、もう機会は絶対にない!」

 

 兄さんに死んでほしくない一心で金一の無茶を止めようとするキンジ相手に、金一は己の思いの丈を乗せて全力で吠える。大気をビリビリと震わせるほどの気迫を見せる金一。そのエメラルドグリーンの双眸に宿る確かな覚悟の炎を見て、キンジは己の思いと兄の思いとを天秤にかける。そして。迷いに迷った末、キンジは兄の気持ちを尊重することに決めた。

 

 

「……わかった。もう、止めない」

「悪いな、俺のわがままを押し通すような真似をして。……そうだ、キンジ。今の内にこれを託しておく。受け取ってくれ」

 

 心ならずも自身の考えを重んじてくれたキンジに、金一は申し訳なさそうに軽く笑みを浮かべる。その後、金一は思いついたように制服のポケットから何かを取り出し、キンジの手に無理やり握らせた。キンジが「兄さん?」と疑問の声を投げながらも自身の手元を見てみると、金一から渡されたのは――親指サイズのレオぽんのぬいぐるみだった。

 

 

「えーと、兄さん? これ、俺の記憶が正しかったら……確か兄さんが熱心に集めてたご当地レオぽんのぬいぐるみの1つだったような気がするんだけど?」

「あ、違う。つい、渡すものを間違えてしまった」

「……兄さん、やっぱりここで大人しくパトラの治療を受けた方がいいんじゃないのか? 実はもう意識が朦朧としてるんじゃ――」

「くどいぞ、キンジ。二度も言わせるな。俺は引くつもりはない。今のはちょっとうっかりしていただけだ。意識もしっかりしているし、心配ない。それより……本当に渡したいのは、これだ」

 

 自身のご当地レオぽんのぬいぐるみ収集癖を知らないパトラが見つめている手前、金一は顔を赤らめながらも鮮やかな手並みで、今しがたキンジの手に乗せたレオぽんの極小ぬいぐるみを回収する。そして。金一は三つ編みの長髪へと手を伸ばし、茶髪の内側に隠し持っていた9ミリ径の銃弾を2発、キンジへと手渡す。

 

 その白と黒に着色された銃弾は、キンジのよく知るものだった。

 武偵弾。それは銃弾職人(バレティスタ)にしか作れないために高価で希少。そして。その特徴ゆえに超一流の武偵にしか手にすることのできない、一発一発に多種多様な特殊機能を秘めた必殺兵器(リーサルウエポン)である。

 

 ちなみに。今回、キンジが金一から渡されたのは、白色の閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)と、黒色の炸裂弾(グレネード)閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)は理子やレキに使われたことがあり、炸裂弾(グレネード)はこれまた理子がブラド相手にお見舞いした現場に居合わせていたため、キンジにとっては両方とも馴染み深い武偵弾である。

 

 

「俺は今、死の淵にいる。ゆえに、体の不調のせいでこれらを使うタイミングを逸する可能性が否めない。……だから、その2つをここぞという時に使うんだ」

「了解」

合わせろ(・・・・)、キンジ。共に教授(プロフェシオン)を倒し、捕まえるぞ!」

「ッ!? 兄、さん!?」

 

 キンジの隣に立ち、勇ましい声を上げる金一に対して、キンジはこれでもかと目を見開いた。それは、兄が弟の俺を足手纏いではなく、共通の目的を元に一緒に戦う意思を本人の口からはっきりと示してくれたから……ではない。

 

 では、どうしてキンジが驚きの表情を浮かべたのか。答えは簡単。キンジの知らぬ間に、金一の背後に水色に透き通った『何か』を掲げた、見覚えのある少女が存在していたからだ。

 

 

(え、ちょっ、何やってんの?)

「そこまでだ、愚か者。――その身に刻め、魔女粉砕(ウィッチ☆パウンド)!」

「なに――ぎゃいんッ!?」

 

 水色に透き通った『何か』、もとい側面に100トンと刻まれた氷の巨大ハンマーを掲げた少女――ジャンヌ・ダルク30世――が何を血迷ったか、金一の後頭部にハンマーをもぐら叩きの要領で上段から渾身の力を込めて叩きつける。その結果。キンジにばかり注意を向けていたせいで背後が疎かになっていた金一はドゴォと氷の巨大ハンマーの餌食となり、珍妙な悲鳴を上げるとともに甲板にドサッと倒れ、そのままあっさり意識を失った。

 

 

 かくして。キンジが非常に心強い助っ人である金一とともにボストーク号へ乗り込む的な非常に燃える展開は、空気を読まないジャンヌのウィッチストップ(物理)の影響により、何の因果か光の速さでどっかしらにフライアウェイするのだった。

 

 




キンジ→アリアをシャーロックに奪われたことでヒステリア・ベルセを発動させた熱血キャラ。兄と共闘するという、もう二度とないかもしれない貴重なチャンスを無惨にも潰された、かわいそうな主人公である。
ジャンヌ→背後からの不意打ちであっさり金一の意識を刈り取った厨二少女。何だかんだ、海からは生還した模様。また、最近はフリーダム属性をも身につけているような気がする。
金一→原作と似たような口調&性格ながらも、素で天然な所もチラホラみせてくる人。66話でも軽く触れたが、ご当地レオぽんのぬいぐるみを収集し愛でる性質がある。……とりあえず、カナ姉を返してくれ(←理不尽)
パトラ→今現在、最もヒロインっぽい立ち位置にいる貴腐人。ここ数話の間で一気に善人になったように思えるのはきっと気のせいではない。あと、カリスマはどこかへと旅立ったらしい。


ジャンヌ「クックックッ……銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)、颯爽登場ッ!」
ふぁもにか「 ま た ジ ャ ン ヌ か 」
ジャンヌ「あぁ、またなんだ。すまない」

 というわけで、119話終了です。相変わらずシリアス基調な展開の中でギャグさんがちょこっとだけ「やぁ」と顔を出してくる感じの内容でしたね。

 ちなみに。ヒステリア・アゴニザンテがヒステリア・ノルマーレと比べてどの程度の性能か書いていないのは、私が確認した限りにおいて、ヒステリア・アゴニザンテの性能が原作で明かされてないからです。まぁ死に際の人間が子孫残したい本能で覚醒するわけですから、ヒステリア・ノルマーレより遥かに性能が良いと考えるのが妥当でしょうが。

 それにしても……さっすがジャンヌちゃん。100トンの巨大ハンマーを軽々使えるなんて、華奢な見た目と違って何て力持ちなんだー(棒読み)


 ~おまけ(ジャンヌの使った技説明)~

・魔女粉砕(ウィッチ☆パウンド)
→某海賊漫画のウソップさんをリスペクトした技。実際は5キロ程度の重量である氷の巨大ハンマーを生成する際、側面にデカデカと100トンと刻んでおくことで、『100トンというとんでもない重さのハンマーを軽々持っている自分』という存在を相手に強く印象づけさせ、相手の恐怖心と警戒心を煽ることができる。心理的な駆け引きとしてある程度は使えるネタ技だが、ジャンヌ自身はあまり好んで使わなかったりする。


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120.熱血キンジと二魔女の後押し


理子「ひゃ、ひゃっはー! 2日連続更新だぁああああああ! ……ボ、ボクはキメ顔でそう言った、よ?(←恥ずかしがりつつ、どもりつつもどうにか与えられた台詞を言い切るりこりん)」
武藤「……ガフッ!?(←吐血)」
武藤(……『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー003たる古参中の古参なこの俺が、萌えている、だと……!?)

 どうも、ふぁもにかです。今回は昨日に引き続いての更新です。まさかの2日連続更新です。これまで熱血キンジと冷静アリアで2日連続更新したのって『40話と41話』『71話と72話』以来なのを考えると、今日の120話更新がいかに珍しく、奇跡的なのかがよくわかるかと思います。というか、私が知りたい。どうして一日で約7000字も執筆できたのでしょうか?(;´∀`)



 

「「……」」

「ふぅ、これでよし。やれやれ、我は疲れているというのに無駄に手間を掛けさせおって」

 

 アンベリール号の舳先にて。ジャンヌが金一目がけて100トン(笑)の重量を誇る氷の巨大ハンマーを振り下ろす形で容赦なく気絶させるという、まさかまさかの展開にキンジとパトラがそろって閉口する中。ジャンヌは氷の巨大ハンマーを手放しつつ、しかめっ面を浮かべながら、無様に倒れる金一を見下してため息を零す。

 

 ジャンヌの背後にて、金一と同じように白目を剥いているユッキー(※びしょ濡れの巫女装束をそのまま纏っている)が仰向けに寝かせられていることから、どうやらジャンヌは無事ユッキーを救出しつつ、荒れ狂う海からの生還に成功したようだ。また、ジャンヌの手から離れた氷の巨大ハンマーがそのまま甲板を凹ませたり貫通させたりしなかったことから、氷の巨大ハンマーが文字通りの重量を持っているわけではないようだ。

 

 

「に、兄さぁぁああああああああああん!?」

「ちょっと、ジャンヌ・ダルク30世さん!? 貴女一体何してくれてますの!?」

「ジャンヌではない、銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)だ。あと案ずるな、今のは峰打ちだ。命に支障はない」

「いやいやいや! そういう問題じゃないって! てか、峰打ちですらないだろ、今の!? モロ頭攻撃してただろ!?」

「心配するな。仮にもイ・ウーにおける上位実力者だ。この程度で死ぬ輩ではない」

 

 死にかけの体に鞭打って意識を保っていた金一にトドメ(?)を刺した下手人たるジャンヌにキンジが思わず詰め寄り、パトラが慌てて金一の治療を再開しつつ糾弾するも、当のジャンヌ――びしょ濡れの武偵制服をどこかで脱ぎ捨てたらしく、純白の下着姿になっている――は意に介さない。キンジとパトラという確かな実力者を相手に、面倒そうに応対する。

 

 

「ま、まぁやり方はともかく、遠山金一さんを止めてくれたのはひとまずグッジョブですわ。ですけど……貴女、何を考えていまして?」

「なに、大したことじゃない。我としてはこの男が生きようと死のうと知ったことではないが……リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドはこの男に懐いている。ゆえに。ここで死なれてはリコリーヌの精神衛生上、非常によろしくないし、我が盟友が悲しみに打ちひしがれ、ボロ泣きする姿は見たくない。だから、ここで奴には強制的にドロップアウトしてもらった。……ただそれだけだ、他意はない」

 

 パトラからの疑念の眼差しを受けて、ジャンヌは一旦、倒れ伏す金一から目を逸らしながら己の心情を吐露する。その後、ジャンヌはキッと目つきを鋭いものに変えて再び金一を見やり、言葉を付け加えていく。

 

 

「大体、話を少しだけ聞かせてもらったが……何が『男の意地』だ。そんなものを理由に命を捨てるなど、くだらない。そもそも、そこらの女よりも女らしくなれる奴が男を語るなど、片腹痛いわ。……とにかく、そういうことだ。だから、遠山麓公キンジルバーナード。教授(プロフェシオン)の元には一人で行け。いいな?」

「……」

 

 ジャンヌの命令口調に、キンジは答えない。答えられない。つい先ほどシャーロックと対峙しただけで、シャーロックという存在に恐怖を抱き動けなくなった出来事が脳裏にフラッシュバックしているからだ。

 

 はたして、もう一度シャーロックの元へ向かったとして、はたして自分は戦えるのか。もし隣に兄さんがいてくれたら戦えただろう。だけど。兄さんという心強い仲間が期待できない現状、自分一人だけで、次もまたシャーロック相手に心が負けてしまわないか。シャーロックを倒し、アリアを取り戻すなんてことが本当にできるのか。ヒステリア・ベルセの血の波が引いていることも相重なり、キンジは珍しく弱気になっていた。

 

 

(俺に、できるのか? いくらあの時はノーマル状態で、今がヒステリア・ベルセだからって、それだけでシャーロックに打ち勝てるとは――)

「――何を怯えている、遠山麓公キンジルバーナード? 世界最強の武偵になるのだろう? かつての貴様が我にそう豪語したこと、もう忘れたのか?」

 

 シャーロックという強大な相手に実際に戦うことなく敗北した。その一件がキンジから無意識ながら勇気を奪い、体を竦ませていることを知ってか知らずか、ジャンヌは挑戦的な物言いを敢えてキンジにぶつけてきた。

 

 

「ッ!?」

「世界最強の武偵を希求するなら、教授(プロフェシオン)は最適の相手だ。武偵の元となった、史上最強の名探偵。そして、化け物ぞろいのイ・ウー勢の頂点に立つ男。もしも奴を倒せたのなら、貴様が自身を『世界最強』と称したとして、それを否定できる奴は早々この世界には存在しないだろう。……誰一人、貴様の『世界最強』宣言を否定しない。それはすなわち『最強』である証だ。違うか?」

「……」

「さて、汝に問う。貴様は世界最強の武偵になるんじゃなかったのか? せっかく、世界最強になれる絶好の機会が転がっているというのに、貴様はただそこで震えあがっているつもりか? 大切なものを守るため、我と戦った時のあの熱さはどうした!? 立ち上がれ! 武器を掲げろ! それこそが遠山麓公キンジルバーナードだろう!?」

 

 ジャンヌは咆哮する。キンジの制服の襟首を掴んで乱暴にキンジを引き寄せると、怒りに満ちた赤と青のオッドアイの瞳でキンジを睨み、ありったけの怒声をキンジに叩きつける。その、ジャンヌの放った一言一言を受けて。怒りに震えながらも真摯さの込められた眼差しを受けて。キンジはハッと目が覚めた。

 

 

 そうだ。そうだよ。俺は一体、何を恐れていた? 俺にはどんな状況であっても勝利するような、そんな世界最強の武偵になって兄さんの汚名を晴らし、兄さんが命を賭して為した偉業を全世界に認知させるという使命があるはずだろう!? だったら、こんな所で挫けてる暇なんてない!

 

 今回の敵が自分より遥かに強大な存在だから何だ? それを言うなら、ブラドもカナ姉もパトラも皆そろって化け物レベルに強かったじゃないか! それでも俺はそんなバカげた強さと理不尽さを持った連中と戦って、打ち勝ってきたんだ! 命がけの綱渡りを、いつも成功させてきたんだ!

 

 ならば、今回だってシャーロックごとき軽く倒して、アリアを再び救い出してみせろ! シャーロックとの戦いを、近い将来、世界最強の武偵になる男の輝かしい武勇伝の1つにしてみせろ! なぁ、遠山キンジ――!

 

 

「そうだ、それでいい。貴様は余計なことを考えず、己の意志の赴くまま、がむしゃらに突っ走るぐらいがちょうどいいんだ」

「……ありがとう、ジャンヌ。正直、凄く助かった」

「礼には及ばん。個人的に、貴様に腑抜けてもらいたくなかっただけだからな」

 

 キンジの雰囲気が変わったことを悟ったジャンヌはニィと凶悪な笑みを浮かべつつ、襟首から手を放す。その後。ジャンヌのおかげでシャーロック相手に立ち向かえるぐらいには精神状態を立て直すことのできたキンジが素直にお礼を口にすると、ジャンヌはぷいとキンジから視線を逸らすように横を向く。

 

 そして。ジャンヌは「……何せ、貴様はユッキーお姉さまの恋慕の対象だ。使い物にならなくなってしまえばユッキーお姉さまが悲しんでしまうではないか、全く」と呟いたが、今にも消え入りそうな声での発言だったため、キンジの耳がその発言を聞き取ることはなかった。

 

 

「さて。遠山麓公キンジルバーナードが復活した所で、後はどうやってボストーク号へ乗り込むかだな」

「……なぁ、ジャンヌ」

「ここ近辺の海を凍らせろとでも? そんな大技、我にできるものか」

「だよな」

 

 キンジは眼前のボストーク号の巨大な船体を見つめ、どうしたものかと思索する。シャーロックがあまりに神出鬼没だったことに加え、アンベリール号とボストーク号とが意外と離れているため、キンジが直接アンベリール号からボストーク号へと飛び移ることはできない。かといって、救命ボートなどを使いボストーク号との距離を詰めた所で、海面からボストーク号の船上まではかなりの高さがある。ワイヤーを使った所で、甲板まで登ることはできない。

 

 

(何か、何か手段は……)

「……クレオパトラッシュ。ここからボストーク号への道を作れ」

「いきなり何を言うかと思えば……今の私の体たらくを見てよくそんなことが言えますわね。無理ですわ、今の私には遠山金一さんの治療で精一杯。例えそれを差し引いても、無限魔力のない私にそんな大胆な魔力行使はできませんわ」

「まぁそうだろうな。そこでだが、これならどうだ? ――顕現せよ。氷像生成(アイス☆メイク)!」

 

 バカを見るような目を向けるパトラを気に留めることなく、ジャンヌは自身の前方の甲板に向けて右手でスッと指を差す。瞬間、ジャンヌの人差し指の先の甲板を起点として、1メートル規模の高さをした氷のピラミッドが生成された。小柄ながら太陽の光を反射して威風堂々とそびえ立つ様は、さながら一種の高価な芸術品のようだ。

 

 

「こ、これは……!?」

「貴様はピラミッド状の建物が近くにあると、無尽蔵に魔力を使えるようになるのだろう? その『ピラミッド状の建物』の基準がわからないから、とりあえず今の我が生成できる最大サイズのものを作ってみたが……これで貴様の無限魔力を引き出せないか?」

「いえ、いえ! これだけ大きければ十分ですわ! でかしましたわ、ジャンヌ! 貴女って人は本当に優秀ですわね!」

「ほぅ、そうかそうか。クククッ。そうだ、もっと我を褒めるがいい。……さて、お膳立てはしてやったんだ。やってくれるな?」

「もちろんでしてよ!」

 

 ジャンヌが生成した氷のピラミッドのおかげで無限魔力を使えるようになったパトラは希望に満ちあふれた表情を浮かべながら、興奮を隠しきれない口調でジャンヌの頼み事を快く了承する。そして。パトラは金一の治療を平行しつつ、ボストーク号へと手を伸ばす。

 

 すると、アンベリール号上の巨大ピラミッドの中から大量の砂金が一斉に飛び出し、アンベリール号とボストーク号との間に次々と集結する。ただの砂金はパトラの強大な魔力によりすぐさま形をなし、あっという間にアンベリール号とボストーク号とを繋ぐ橋が形成された。その橋の入口にはご丁寧に橋名板まで作られており、そこには『クレオパトラ7世のクレオパトラ7世によるクレオパトラ7世のためのブリッジ』と無駄に長々とした橋の名前が刻まれている。

 

 

「ふぅ。これで貴様が教授(プロフェシオン)と戦うに際しての障害はなくなったな」

「あぁ。……何から何まで、本当にありがとな、ジャンヌ。借りは必ず返すよ」

「……クククッ。ま、期待せずに待ってみるのも一興か」

「そうしてくれると助かるよ。あと、ジャンヌ。兄さんとユッキーのことは任せた」

「あぁ。例えどんな不測の事態が起ころうとも、この銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)が全身全霊を以て守り抜くとここに誓おう」

 

 今回、キンジのために何かと手を尽くしてくれたジャンヌにキンジが心からの感謝の言葉を口にしつつ、自身が心置きなくシャーロックと戦えるよう、ジャンヌに白雪と金一のことをお願いする。そのキンジの頼みをジャンヌが速攻で了承してくれたことにキンジは安心しつつ、今度は金一治療を継続中のパトラへと視線を向けた。

 

 

(後はパトラへの対処をどうにかしないとだな。今のパトラが無限魔力を使えるようになった以上、兄さんを治し終え次第、また何かしでかすかもしれないし)

「パトラ。兄さんの治療のことはよろしく頼む。あと――」

「――心配せずとも、もう戦意はありませんわ。カナさんに散々こってり絞られたせいですっかり萎えましたもの。だから。再び無限魔力を行使できるとはいえ、もう『わたくしのかんがえたさいきょうのぷらん♡』をどうこうするつもりはありませんわ」

「そうなのか。じゃあ、俺の心配は杞憂だったみたいだな」

「そうなりますわね。……で・す・が! 勘違いしないでほしいのですが、私は別に貴方の味方になったわけではありません。決して『負けたらギャグ要員』とかいった立ち位置に立ったわけではありませんから、無能力者ごときが調子に乗らないでくださいまし。とにかく、貴方のお兄さんの命の保証はこの私がいたしますから、こちらのことは気にせず、ボストーク号へ早く行ってくださいませ。そして。カナさんを命の危機に追いやりやがったあのいけ好かない教授(プロフェシオン)に、鉄槌を」

 

 キンジの言葉の先を読んだパトラは、キンジを安心させるように言葉を紡ぎ、シャーロックの討伐を託すようにキンジへと視線を向ける。金一の心臓を撃ち抜くという許しがたい所業をやらかしたシャーロックへの憤りに震えるパトラの瞳を見つめ返したキンジは、「あぁ。望み通り、やってやるさ」と力強く返事をした。

 

 

 シャーロック・ホームズ。お前はやりすぎた。だから、俺はお前を許さない。

 ――首を洗って待っていろ! 俺の兄さんに、容赦なく致命傷を負わせたこと。そして。アリアに、俺の女に手を出したこと。思う存分、後悔させてやるッ!

 

 

 ヒステリア・ベルセの血が濃くなってきた影響か、シャーロックへの心からの殺意を抱きつつ、キンジは前を向く。前までは敵対していたはずの、イ・ウーに所属する魔女二人に後のことを全て任せることにどこか不思議な感覚を覚えつつ、キンジは走り出す。

 

 かくして。キンジは『クレオパトラ7世のクレオパトラ7世によるクレオパトラ7世のためのブリッジ』へ第一歩を踏み出すのだった。

 

 




キンジ→今現在、一応ながらヒステリア・ベルセになっている熱血キャラ。ジャンヌに焚き付けられたおかげで、シャーロックと真っ向から立ち向かう決意ができた模様。
ジャンヌ→理子のためにキンジと金一の共闘を阻止した厨二少女。また、己の敬愛する白雪のために一時的に熱血キャラを自身にインストールし、キンジに活を入れる辺り、自分が大切だと考える人を真摯に思いやれる優しい子である。
パトラ→キンジがボストーク号に乗り込めるように砂の橋を作ってくれた貴腐人。『カナ至上主義』の観点からキンジとは同志として、最も仲良くなれる可能性を何気に秘めている。

 というわけで、120話終了です。原作ではいなかったはずのジャンヌちゃんが大活躍、ついでにパトラさんもちょっとだけ活躍するお話でしたね。この二魔女が味方についてるとホント頼りになりますなぁ。


 ~おまけ(その1 ジャンヌの使った技説明)~

・氷像生成(アイス☆メイク)
→某魔導士ギルドのグレイ・フルバスターをリスペクトした技。割と小さめのサイズであれば武器や無機物を模した氷の造形物をすぐさま作ることができる。ジャンヌ自身はちょっとしたお遊び気分でしばしばこの技を使用する。ちなみに、遠山金一を昇天させた100トン(笑)の氷の巨大ハンマーもこの技で生成したそうな。


 ~おまけ(その2 一方その頃:ジャンヌの失策)~

 キンジがパトラの生成した『クレオパトラ7世のクレオパトラ7世によるクレオパトラ7世のためのブリッジ』を通る中。

パトラ「ジャンヌ・ダルク30世さん」
ジャンヌ「む? 何だ?」
パトラ「いくら遠山金一さんを確実に助けるためとはいえ、どうして私に無限魔力を与えてまでサポートしてくれますの? 研鑽派(ダイオ)の貴女は主戦派(イグナティス)筆頭の私を嫌っていたはずですのに」
ジャンヌ「決まってる。貴様を支援することで恩を売り、貴様に見返りを所望するためだ。誰が貴様なんぞに好き好んで慈善事業などするものか」
パトラ「まぁそうですわよね。それで、貴女は私に何をしてほしいんですの?」
ジャンヌ「それ(・・)の治療が一段落したらでいいから、ユッキーお姉さまも治療しろ」
パトラ「……えーと、星伽白雪さんのことでいいんですわよね?」
ジャンヌ「あぁ。ユッキーお姉さまはただでさえ貴様との激しい戦闘で消耗しているというのに、船酔い状態で海に落ち荒波に呑まれたせいで、残り少ない体力を奪われてしまった。このまま衰弱したユッキーお姉さまを放置したくない。それゆえに、貴様の力を借りたい」
パトラ「……残念ながら、それはできませんわ」
ジャンヌ「ほう、貴様は恩を仇で返す正真正銘のクズのようだな。そんな狭量な人間が次期イ・ウーのトップを狙い、ましてや銀河☆掌握を目論むなんて……ククッ、とんだ笑い話だな」
パトラ「別に貴女に意地悪をしたくてこんなことを言っているのではありませんわ。私の治癒の力は外傷にのみ作用する……つまり怪我は治せても、体力の回復は管轄外ですわ」
ジャンヌ「――え? な、何だと!? バカな、そんなことは聞いてないぞ!?」
パトラ「だって元々貴女に言ってませんでしたもの」
ジャンヌ「何てことだ、これでは我の完璧な計画が……ッ!」
パトラ「……あ、あのー。ジャンヌ・ダルク30世さん? 私としても貴女に借りを作ったままというのは怖いですし……何か他に私にできることがあるなら、手を貸してあげてもよろしいですわよ?」
ジャンヌ「……仕方ない。なら我とユッキーお姉さまの下着と洋服をテキトーに作ってくれないか? いつまでも水に濡れた服のままではユッキーお姉さまがさらに消耗してしまうからな」
パトラ「どんな服がいいとかいった要望はありまして?」
ジャンヌ「ない。貴様のセンスに任せる。……が、くれぐれもネタに走るなよ?」
パトラ「わかりましたわ、ふふッ」
ジャンヌ(嫌な予感がヒシヒシとするんだが……)

 その後、ジャンヌはパトラから赤色を基調とした2人分のチャイナドレスと無駄に洗練された無駄に布面積の少ない下着をプレゼントされたのだが、それはまた別の話。


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121.熱血キンジと言葉の殴り合い


 どうも、ふぁもにかです。今回も中々に本編の文字数が凄まじく多いことになっている件について。個人的には、1話辺りの文字量は5000字前後がちょうどいいと思っているだけに上手く2話分に分割したかったのですが……まるで分割できませんでした。ということで、相変わらずやたら長い文章ですが、どうぞ楽しんでくださいませ。



 

「ここがあの男のハウスか……」

(よし、さっさとアリアとシャーロックを見つけないとな。しっかし、ここ……本当にあのイ・ウーの本拠地なんだよな?)

 

 アンベリール号から『クレオパトラ7世のクレオパトラ7世によるクレオパトラ7世のためのブリッジ』という名の砂の橋を使ってボストーク号へと単身で乗り込んだ、ただいまヒステリア・ベルセを発動中のキンジ。艦橋の側面の梯子をひょいと登り、これ見よがしに開け放たれていた耐圧扉へ直行し、らせん状の階段を駆け下りながら、キンジは思案する。

 

 

(正直な所、意外過ぎて今も理解が追いついてないけど……でも、『イ・ウーの拠点=ボストーク号』説を受け入れることで納得できる面もあるんだよな、実際)

 

 イ・ウーの表玄関らしき劇場レベルに広大なホールを見渡した際に視界に映った、誘うように自動的に開かれた扉にバカ正直に飛び込み、再びらせん階段を駆け足で下っていくキンジ。その脳裏によぎるのは、4月のハイジャック事件の際に、武偵殺しこと理子がANA600便のバーに残したメッセージの一部だった。

 

 

――P.S.何かイ・ウーからプレゼントがあるみたいだよ? 詳しくは聞いてないんだけど……なんだろうね? 食べ物かな?

 

 あの直後。相模湾上空を飛行するANA600便にミサイル2発がお見舞いされた。そのミサイルの発射元のことに関しては今まで謎のままだったのだが、イ・ウーの拠点がこのボストーク号であるというのなら説明がつく。あの時。ANA600便にミサイルを飛ばしたのは、この原子力潜水艦だった、ということだ。

 

 

(にしても、他のイ・ウーメンバーがいないな。どういうことだ? てっきり、最低でもシャーロック直属の四天王的な奴らがウキウキしながら今か今かと俺を待ち受けているものだと覚悟してたんだけど……)

 

 多種多様な珍しい魚を収めた巨大水槽がいくつも鎮座する暗い部屋を抜け、熱帯にしかしかいなさそうな鳥たちがはびこる植物園を通り抜け、革表紙の古めかしい本がずらりと並ぶ圧倒的スケールの書庫を走り抜けるキンジ。イ・ウー艦内に侵入して以降、警戒を続けているのだが、一切刺客が現れてこない現状に内心で首を傾げる。

 

 

(もしかしなくてもメンバーは全員出払ってるのかもな。だからこそさっきボストーク号でラピ●タや巨大ロボットに変形したりして思う存分あり得ないデタラメな動きができたんだ。もし仮にイ・ウーメンバーがいっぱい乗ってたら、今頃この辺りは船酔いしたとか頭を思いっきり壁にぶつけたとかそんな感じでイ・ウーメンバーが悲惨なことになってるだろうしな、絶対。てか、あんなふざけた挙動をするボストーク号にシャーロックは乗ってたんだよな? それなのにまるで影響を受けてないとか……もうあいつ人間じゃないな。紛うことなき人外だな)

 

 黄金に輝くピアノと蓄音機の立ち並ぶ音楽ホールを、中世の武器や甲冑などが並べられた小さめのホールを、金の延べ棒(インゴット)と各国の紙幣が乱雑に山積みにされた金庫を、キンジはただ駆け抜けていく。くだらないことを考えながらも、各部屋にアリアやシャーロックがいないか、決して見落としのないように目を皿のようにして探す。

 

 

(つーか、ここまであんまり気にしてこなかったけど、とにかく豪華だな。まるで『ぼくのかんがえたさいきょう&さいこうのらくえん』って感じだ。これは、俺には今後一生縁がなさそうだ。……今度思い出したら、理子にでもこの辺の豪華施設の感想でも聞いてみるか。面白そうだしな)

 

 キンジはやたら豪華な部屋軍団に気を取られることなく、アリアとシャーロックがいないとわかるやすぐさま次の部屋へとただただ疾走する。そうして。キンジは行き止まりとなっているホールへと足を踏み入れた。そのホールの正面の壁には巨大な油彩の肖像画がかけられていて、各肖像画の前方にはそれぞれ石碑、十字架、六芒星の碑などが1つずつ設置されている。

 

 

(これは……イ・ウー艦長の絵か? となると、ここは歴代リーダーたちの墓地になるわけか)

 

 キンジは肖像画を左から右へと眺め、右端にシャーロック・ホームズの肖像画が飾られていることから、キンジは軽く推測する。そして。改めてシャーロック・ホームズの肖像画を見つめて、憎々しげに見つめて――直後。シャーロックの肖像画が人を小バカにしたように、鼻で笑ったような、そんな気がした。

 

 

「あ゛?」

 

 気づけば、キンジの両手には2本の小太刀が握られていた。視線を真正面に向けてみると、シャーロックの肖像画が見事なまでにズタズタに切り刻まれていた。

 

 

(俺、まさか今……ベルセの血流に呑まれてたのか!? ったく、このヒステリアモードは本当に制御が難しいな。ヒステリア・ノルマーレよりも効果が大きいのはありがたいけど、もっと頑張ってベルセの血を抑えとかないと、後が怖すぎる。本当ならこんな不確定要素の多いヒステリアモードなんて速攻で解除したい所なんだけど、ヒステリア・ベルセなしだとますますシャーロックとの戦いが無理ゲーになるしなぁ……)

 

 眼前の肖像画の惨状を受けてハッと我に返ったキンジは小太刀2本をさっさと仕舞うと、上手くヒステリア・ベルセをコントロールできていない現状に思わずがしがしと頭を掻く。と、その時。キンジは自身の見つめる先に、隠し通路とそこに繋がる下り坂のエスカレーターを発見した。

 

 

(俺はヒステリア・ベルセによりいつも以上に研ぎ澄まされた感覚で隠し通路の存在を察知したがためにシャーロックの絵を仕方なくズタボロにした……ということにしておこう)

 

 キンジがひとまず自分を納得させながら隠し通路を抜けた先には、教会があった。大理石の床、石柱、天井画、生花を生けた白磁器の壺の飾られた壁際や側廊、この空間において唯一の光源であるステンドグラス、どれをとっても荘厳美麗の四字熟語が似合う世界の中に、アリアがいた。アリアは天を見上げ、ただその場に立ち尽くしていたようだ。

 

 

「――キンジ。来たんですね」

「あぁ。シャーロックの奴に攫われた時はどうなることかと思ったが……怪我はないみたいだな、よかった」

「来てしまったんですね、キンジ」

「? 来たから何だよ? ま、ここにアリアがいるってことは、その奥の扉にシャーロックがいるってことでよさそうだな」

「……キンジはひいお爺さまに会うんですか? 会って、どうするんですか?」

「決まってる、捕まえるんだよ。今ならシャーロックを未成年者略取の罪で逮捕できるからな」

「ッ!」

「アリアは……そうだな。先にボストーク号から脱出していてくれ。外に出ればパトラの作った橋があるから、それを渡ればこの船から逃げられる」

「……」

「よし。待っていろ、シャーロック・ホーム……ッ!?」

 

 アリアの反応にどこか不穏な雰囲気を感じつつも、キンジはアリアに伝えたいことを手短に話すとステンドグラスの奥にポツンと存在する扉へ向かおうとする。しかし、その瞬間。キンジは言葉を止める。踏み出した足を止める。いや、止めざるを得ないのだ。なぜなら――アリアが無言でキンジへとガバメントを突きつけてきたからだ。

 

 咄嗟の反射神経を駆使してアリアのガバメントの射線上から逃れるようにバックステップを取るキンジ。キンジが自身からある程度距離を取ったことを確認したアリアは、ガバメントを仕舞い、キンジの目を射抜くような視線を向けた。

 

 

「アリア、何をやって――」

「キンジ。ここから先へは行かせませんよ」

「アリア?」

「……私は帰りません。貴方とひいお爺さまとを会わせるつもりもありません。私のためにここまで来てくれたのは非常に嬉しいですが、どうか……ここは引いてください。そして、私のことは忘れて、日常に戻ってください」

 

 アリアが敵対の意思を示したことが信じられないといった風に呆然と呟くキンジに、アリアは1つ深呼吸をすると、静かに言葉を紡ぐ。その声色は、無機質を装ってはいたものの、わずかながら隠しきれない悲痛さを内包していた。

 

 

「……なるほど。その様子だと、シャーロックの口車に乗せられてすっかり洗脳されたみたいだな。ホント、稀代の名探偵なくせしていやらしい手を使ってきやがるな」

「洗脳なんかじゃありません! これは私の意思によるものです! ひいお爺さまを侮辱しないでください!」

「あーはいはい、そういうことにしておくよ。……全く、兄さんの次はアリアが敵対してくるのかよ。どうしてこうも身内とばっかり衝突しないといけないんだか」

(……ったく、闇堕ちしてグレるのは不知火だけにしてほしい所なんだがな)

 

 キンジのシャーロックを貶す発言に過敏に反応するアリアの主張をキンジはテキトーにスルーしつつ、やれやれと深くため息を吐く。そのすげないキンジの言葉に、アリアの中でキンジへの怒りの感情が燃え盛る炎のように膨れ上がった。

 

 

「キンジ。貴方にわかりますか? 今の私の気持ち。私の歩んできた人生、その全てがやっと、やっと認められたんです。私はこれまで誰にも認められませんでした。誰もが私の先天的な才能ばかりに目を向けて、お母さん以外の全てが私の歩みを否定してきました。……でも、ひいお爺さまは私を認めてくれたんです。私が何よりも敬愛する至高の存在が、私の心の支えが、私のことをいっぱい褒めてくれて、後継者になれるとまで言ってくれたんです。ひいお爺さまがあんなにも期待してくれている以上、私はそれに全力で応える義務がある……帰ってください、キンジ。私はひいお爺さまの後継者となります。ひいお爺さまの全てを引き継ぎます。そうすれば、何もかも全て解決しますから」

「……アリア。お前、わかってるのか? シャーロックを継ぐってことが、イ・ウーを継ぐってことが何を意味してるのか。お前の母親に冤罪を着せた連中を統べるトップになるんだぞ! お前も奴らと同レベルの分際に成り下がるんだぞ!」

 

 今のアリアが自分を差し置いて、シャーロックなんかにうつつを抜かしている。その様子が容易に読み取れるアリアの言葉に、キンジは苛立ちまじりの声を上げる。アリアの心を現在進行形で奪っているシャーロックへ対する嫉妬により、キンジのベルセの血が濃くなり、獰猛な感情が表面に表れつつあるがゆえに、キンジの態度は荒々しさを含んでゆく。しかし、対するアリアはキンジ相手に怯まない。怯まずに言葉を重ねていく。

 

 

「……キンジ。貴方にとって、理子さんはどんな人ですか? ジャンヌさんは、カナさんはどんな人ですか?」

「は? いきなり何言って――」

「理子さんは怖がりです。常軌を逸したレベルのビビりさんです。ブラドの一件を経て最近は少々マシになりましたが、それでも怯える必要のないものにまでビクビク震えるような人です。ですが、心根はとても優しい女の子です。ジャンヌさんは厨二病です。ジャンヌ・ダルク30世を仮の名として長ったらしい真名を自称しています。ですが、ユッキーさんのことをお姉さまと慕う一面も持ち合わせていますし、自分が大事だと思った存在を心から思いやれる一面もあります。カナさんに関しては、その善性をわざわざ私が語るまでもなくキンジが一番理解しているでしょう? ……確かに彼女たちはイ・ウーに所属し、様々な犯罪を犯したことでしょう。ですが、彼女たちの本質は悪ではないと、私はそう思うのです」

「……何が言いたい?」

「イ・ウーに所属している人は誰も彼も生粋の悪者。そう考えるのは些か早計ではないでしょうか? 確かにブラドみたいなロクでもない人もいることでしょう。パトラみたいなバカな野望を本気で成就させようと暴走する人もいることでしょう。でも。イ・ウーには理子さんたちみたいな人もまだまだいることでしょう。それなら、まだイ・ウーには浄化の余地があります」

「……」

「だから、私がイ・ウーのリーダーに君臨した暁には、まずイ・ウーの大胆な組織改革を行います。そうして、私の気に入らない所はドンドン変えていって、イ・ウーを良い方向へと変革させていって、それからイ・ウーの果たすべき役割を全うしていくつもりです。ひいお爺さまがイ・ウーの頂点に君臨したことにはきっと私たちには計り知れない意図があるはずですから、その真意を踏まえた上で、必要悪としての立ち位置を確立していくつもりです」

「……」

 

 アリアはシャーロックからイ・ウートップの座を受け継いだ後の展望を語る。少々饒舌な口調で語るアリアをキンジはただ黙って見つめる。アリアの主張を1ミリたりとも受け入れるつもりのないキンジなのだが、それでもひとまずアリアの論調に耳を傾ける。

 

 アリアはイ・ウーの組織改革を視野に入れている、だが、そんなの上手くいくわけがない。イ・ウーはとにかく無秩序な組織だ。それなのにこれまで統率を取れてきたのは、最強のリーダーが頂点にいたからに他ならない。だから。言うことを聞かない超人連中を力づくでねじ伏せられるだけの圧倒的な実力を持たないアリアがイ・ウー改革を実行しようとした所で、主戦派(イグナティス)はもちろん、アリアを次期リーダーとして見込んでいた研鑽派(ダイオ)だって素直に言うことを聞いてくれるとは思えない。アリアの計画は、破綻しているのだ。

 

 

「……」

 

 キンジは黙る。口を閉ざしつつ、脳内ではアリアの主張を妄言だと切り捨てるキンジの様子を察してか知らずか、ここでアリアが爆弾を投下してきた。何と、「あ、そうですね。今ふと思いついたんですが……いっそ、キンジも私と一緒にイ・ウーに来ませんか?」と、とんでもない提案をキンジに示してきたのだ。

 

 

「……は?」

「私がひいお爺さまの全てを継承すれば、お母さんをすぐに助けられて、それでハッピーエンド。それはよくわかっているのですが……それでも正直、いくらひいお爺さまがいてくれるとはいえ、あのイ・ウーに一人で行くのは不安だったんです。ですが、キンジが一緒にいてくれるなら安心できますし、ひいお爺さまなら私が話せばきっとわかってくれますから。……ハァ。ダメですね。ほんの少し前までは一人で重要な決断を下すことにこんなにも心細い気持ちになんかならなかったというのに――」

「――もういい」

「え?」

「それが、お前の言い分なんだな」

「……はい」

「なら悪いけど、俺はイ・ウーなんぞに入るつもりはない」

 

 これ以上アリアの言葉を、戯言を聞きたくなくて。キンジは乱暴にアリアの話を遮ると、キンジはアリアから示された『イ・ウーへの招待状』を拒絶する。すると、アリアはシュンと眉尻を下げて、「……そう、ですか」と声を絞り出す。一方。キンジの心奥ではどす黒い感情が渦巻いていた。愚かな選択肢を選ばんとしているアリアへ対する、憤怒の念がヒステリア・ベルセの影響で無駄に増幅され、キンジの心を広く深く浸透しつつあった。

 

 

 アリア。お前はもう忘れたのか? お前、あの時理子に言ったじゃないか。

 イ・ウーへの仲間入りを唆してきた理子に、お前は毅然とした態度で言ったじゃないか。

 

――本音を言ってしまえば、私は一秒でも早くお母さんを助けたいです。どんな手を使ってでもお母さんの無実を証明したいです。ですが、同時に私はお母さんを悲しませるような真似はしたくありません。罪悪感を抱えたまま、後ろめたい気持ちを抱えたまま、お母さんと会いたくはありません。抱きつきたくはありません。例えどれだけ時間がかかったとしても、公判までに間に合わなかったとしても、私は武偵らしく一人ずつ確実にイ・ウーの連中を捕まえることにします。焦らず堅実に前に進むことにします。早く走る人は概して転ぶものですからね。

 

 あの時の、真紅の瞳に確かな意思を宿したアリアはどこへ行った。

 しっかりとした声色で、理子が持ちかけた取引にNOを突きつけたアリアはどこへ行った。

 いつまで都合のいい夢物語に浸ってるつもりだ。いくらシャーロックに洗脳されてるからってこれは酷いにも程があるぞ。いい加減目を覚ませ、アリア!

 

 

「なぁ、アリア。いつまで目を逸らしているつもりだ?」

「何の、話ですか?」

「アリア、お前ならもうわかってるはずだ。イ・ウーはルールのない組織で、構成員はどいつもこいつも一癖も二癖もある連中ばかりだ。そんな奴らが結託して、手と手を取り合って、一人の一般人にあり得ないぐらいの冤罪を被せるなんて、そんな面倒なことをするものか! 主戦派(イグナティス)は世界への侵略行為ばっかり狙ってて、研鑽派(ダイオ)は自己を高めることに終始してる。そんな連中が、派閥を超えて1つの目的を成し遂げるために協力して、何かを行うなんて、誰かの命令なしにはあり得ない! 誰もがその実力に畏敬を示すイ・ウートップの指示があったから、シャーロック・ホームズの命令があったから、かなえさんは重すぎる犯罪の濡れ衣を着せられたんだッ!! そんな、かなえさんに冤罪を被せた人でなしが、かなえさんの釈放を盾に、お前を手元に引き入れようとしている。何が必要悪だ、ロクなこと考えてないに決まってるだろうがッ!」

 

 キンジは吠える。力の限り、咆哮する。ヒステリア・ベルセの為すがままに己の考えを思いっきりアリアに叩きつける。もしも今のキンジが通常のヒステリアモードだったなら、アリアの心を傷つけかねないレベルの過激な発言をすることはなかっただろうが、今のキンジには容赦も躊躇もない。ただ、己の感情をそのままアリアにぶつけるのみだ。

 

 この時、キンジの脳裏には理子とジャンヌの言葉が再生されていた。ANA600便の中での、地下倉庫(ジャンクション)での、彼女たちの言葉が一言一句違うことなくフラッシュバックされていた。

 

 

――そんなに意味がないのに殺そうとしちゃってごめんね。でも、あの人(・・・)のお告げは色んな意味で絶対だから。意味がなくともやらないといけないこともあるってこと

 

――あのお方(・・・・)のお告げは絶対だ。ゆえに。我は貴様を標的に定めたというわけだ

 

 

 理子やジャンヌの発言から察せられる通り、シャーロックは自身のカリスマを利用し、イ・ウーメンバーを思うがままに操作してきた。ゆえに。かなえさんに罪を着せまくったのは、かなえさんにとんでもない罪状を押し付けるよう指揮したのは間違いなくシャーロックだ。だから、シャーロックがかなえさんの冤罪を晴らすために必要なものを全てアリアに与えたとして、そんなのはただのマッチポンプなんだ。だからこそ。シャーロックの企みが何であれ、シャーロックの手の届く範囲からアリアを連れ出す必要がある。奪い出す必要があるのだ!

 

 

「う、うるさいです! デタラメ吐いてないで、黙ってください! キンジ!」

「黙るかぁ! 誰が黙るか! お前には現実を見てもらわないと困るんだよ! 嫌なことから逃げて、都合のいいことばかり受け入れて、そんなの神崎・H・アリアじゃねぇだろ! 今までお前が必死に積み上げてきたものをあっさりぶち壊そうとしてんじゃねぇよ!」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇええええ!! 知ったような口を叩かないでください、キンジ! ひいお爺さまは正義で! ヒーローで! 神なんです! それ以外の主張は受け付けません! どうしてわかってくれないんですか!? 貴方は私のパートナーでしょう!? それとも、キンジにとっての私はその程度の存在だったということですか、ええ!?」

「ふざけるな! 世迷言も大概にしろよ、アリア! お前が大切じゃないわけあるか! もし仮にお前のことが大事じゃなかったら、こんな危険地帯のど真ん中なんか誰が来るかよッ! 世界最強と言っても過言じゃないシャーロックなんかに誰が立ち向かおうって考えるかよッ!」

 

 徐々にヒートアップする、キンジとアリアによる言葉の殴り合い。と、ここで。アリアをビシッと指差して怒号を飛ばしていたキンジはハッと我に返る。キンジの意見を拒否せんと必死に頭を振り乱すアリアを前に、キンジの心は冷静さを取り戻す。

 

 

(くッ、俺はまたヒステリア・ベルセに呑まれてたってのか? ダメだ、ヒステリア・ベルセの赴くままにただ頭ごなしに怒鳴ったって、アリアの心は揺さぶれない。落ち着け、落ち着くんだ、遠山キンジ。落ち着いて言葉を選べ。でないと、ますますアリアを取り戻せなくなるぞ)

「あ、わ、悪い。今のはさすがに言い過ぎた」

「……」

「……アリア。今からでもまだ遅くない。ちょっと考え直してくれないか? シャーロックが何を目的として活動していて、イ・ウーにどんな人たちが属してるかに関係なく、イ・ウーは裏の組織だ。そんな所に入ったら、もうかなえさんと一緒に過ごせなくなるんだぞ?」

「……どういう、意味ですか?」

「簡単だ。表社会の人間と裏社会の人間は一緒にいられない。時々顔を合わせて、少しだけ話はできても、生きている世界が違うという理由で生じる分厚い心の壁は決して取り払えない。そうしたらさ、意味ないだろ? アリアとかなえさんとを隔てる壁が、牢から心の壁に変わるだけだ。……俺だって、今回の一件で兄さんと会えたけど、この一件が終わったら、きっと兄さんは姿を消す。また俺は兄さんと一緒に元のように暮らすことはできなくなる。どれだけ俺が足掻いたって、きっとその結果は変わらない。それは、俺が表社会の人間で、兄さんが裏社会の人間だからだ。……アリア、アリアには俺と兄さんみたいなことにはなってほしくないんだ。イ・ウーの次期リーダーになって、その権力でかなえさんを助けたって、裏社会の住人となったアリアと表社会に生きるかなえさんとが一緒にいられないんじゃ意味ないだろ! なぁ、頼む! 考え直してくれ! その道を選んだら、アリアはもう、ハッピーエンドを掴み取れなくなっちまうんだぞ!?」

 

 キンジは己の苛立ちをバカ正直にアリアに放つことを止め、別の切り口からアリアの説得にかかる。そのキンジの言葉を受け止めつつも、アリアは制服の胸ポケット辺りに手を添えつつ、今にも壊れそうな笑みを浮かべる。

 

 

「意味なら、ありますよ。確かにお母さんと一緒に過ごせなくなるのは、嫌です。できることなら、そんな結末は避けたいです。でも――私は最近、夢をよく見ます。理子さんに、ジャンヌさんに、ブラド。……ついでにパトラ。これだけ順調にイ・ウーメンバーを捕まえているのに、しっかり証拠を集めているのに、それでもお母さんを救えない。減刑こそされても無罪判決を下されず、お母さんは釈放されない。そんな夢を、よく見るんです。そんなバカげた未来しか、見れないんです! 私の直感が、今のままではお母さんを助けられないって声高に叫ぶんです! ……ダメなんです。このままじゃダメなんです。1人1人、イ・ウーメンバーを悠長に捕まえていたって、まず間に合いません。手遅れになるだけです。だったら、大胆な手を打つしかないでしょう!? それこそ、イ・ウーを統べるひいお爺さまからイ・ウーを引き継ぎ、お母さんの冤罪を晴らすために必要な全ての証拠を全てそろえて、検察の人たちが難癖つけられないようにするしかないでしょう!? ねぇ、私は何か間違ってますか? キンジ? キンジィッ!?」

 

 アリアは真紅の瞳を目一杯に見開きながら、悲鳴に近い甲高い声を上げる。その、アリアの気迫の込められた声を真正面から受け止めることとなったキンジの頭には、かつてのアリアの発した言葉が反響していた。

 

 

――幸先いいですよね、ホント。キンジと出会ってから、あっという間に三人もお母さんに濡れ衣を着せた犯人を見つけて倒すことができました。この調子ならお母さんの無実を証明できる時も案外すぐになるかもしれません。今まではいくら必死に犯人を捜しても尻尾一つすら捕まえられなかったんですけどね

 

 あの時、ユッキーが女子寮にて起こしたボヤ騒ぎを鎮めた後のこと。アリアは自嘲的で、和やかで、幸せそうで、しかし消え入りそうな笑みを浮かべていた。あまりに一瞬だったから当時は大して気に留めなかったが、あれはアリアが無意識に俺へと出していたサインだったんだ。

 

 

 アリアは不安だったんだ。どう足掻いてもかなえさんを助けられない悪夢に苛まれていたアリアは、とにかく不安で、胸が押し潰されそうで。だけど、俺は気づかなかった。ここ何か月もパートナーをやっていたくせに、アリアの心に気づけなかったんだ。

 

 気づけなかった結果が、今の状況だ。今、アリアがシャーロックに絶大の信頼を寄せている原因の一端は、アリアがイ・ウーサイドへ身を投じようとしている原因の一端は、間違いなく俺だ。なら、俺にも責任は十分ある。

 

 ――アリアは何が何でも連れ戻す。それは決定事項だ。けれど、今はとにかく向き合おう。アリアの心と向き合って、アリアの心ごと救うんだ!

 

 

「キンジ! 黙ってないで何とか言ったらどうなんです!?」

「……アリア。お前は間違ってるよ。でもって、今のお前の態度は非常に気に入らない」

「……」

「アリア。俺、前に言ったよな。『これからお前は世界最強の武偵になる男のパートナーになるんだからな。途中でへばるようなら承知しないからな』ってよ。……アリアは俺にとって、大事な存在だ。何物にも代えがたい、宝だ。だから、お前が精神的にへばってようと関係なく、お前は絶対に連れ帰る。それが正しいって、信じてるからな」

「そうですか。……残念です、言葉での殴り合いでは決着がつかないようですね」

「みたいだな。となると――こうなるな。できれば後ろにシャーロックが控えてる前で体力を消耗するような真似はしたくなかったんだがな」

 

 キンジは背中に両手を突っ込みそこからスッと小太刀二本を取り出す。キンジが己の武器を取り出し、剣呑な空気を意識的に醸し出してきたことで、戦闘を避けられないと判断したアリアもまた、2丁の白黒ガバメントを構える。

 

 

「……やはりこうなりますか。ふぅ、何となくこうなる気はしていたんです。貴方の性格はここ数ヵ月で大体把握したつもりですので」

「よくわかってるじゃないか。そんじゃ、早速始めようぜ。俺とアリア――どっちの思いが、信念が、相手を上回るか。後腐れなしの、一回勝負だ!」

「望む所です!」

 

 キンジは小太刀二本を装備した状態でアリアへと距離を詰め、アリアが迅速のスピードで迫りくるキンジを迎え撃つためにガバメントの照準を向ける。

 

 かくして。遠山キンジと神崎・H・アリア。これまで一緒に武偵殺しに魔剣(デュランダル)、そしてドラキュラ伯爵を打ち倒してきた強襲科Sランク武偵同士の2人が今、激突するのだった。

 

 




キンジ→ヒステリア・ベルセを上手く制御しきれていないために所々危うい場面が垣間見える熱血キャラ。今回は久々にキンジくんの熱血っぽいシーンが拝めたのではないかと思われる。
アリア→冷静さをどこかへとかなぐり捨てた系メインヒロイン。実はこれまで、何だかんだでお母さんを助けられない悪夢に苦しんでいたが、誰にも打ち明けていなかった模様。

 というわけで、121話終了です。次回はおそらくキンジくんとアリアさんの戦闘シーンが繰り広げられることでしょう。私が気まぐれに突発的番外編を差し込まない限りは、ですけどね。

 にしても、口論シーンは戦闘シーンよりも遥かに書きにくくて実に苦労しました。……この辺りは原作でも神シーンばっかりだから、下手に弄ると改悪にしかならないために書いててすっごく神経使っちゃうんですよねぇ。


 ~ちょっとしたおまけ(今回の121話を一行で纏めてみるテスト)~

ふぁもにか「方向性の違いでパートナー解消! フゥー!( ^∀^)」
キンジ「いや、解消しないから! つーか、絶対させねぇから!(←テラ必死)」


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122.熱血キンジと立ち向かう心


キンジ「来いよアリア! 銃なんか捨ててかかってこい!!」
アリア「お断りです! 銃を捨てたら貴方に勝てなくなるでしょうがッ!」

 どうも、ふぁもにかです。今回はキンジくんとアリアさんとの戦いですが……戦闘描写が物凄く下手くそになっている気がするのは私の気のせいだと考えたい今日この頃。こんな体たらくでシャーロック戦を盛り上げられるかが非常に心配になってきたでござる(´・ω・`)

P.S.緋弾のアリアAAのOPがナノさんなのが超絶嬉しい件について。これは盛り上がるOPになること不可避ですわ! ヒャッハハハハハッハハハハハァァァアアアーー!!



 

 ボストーク号内の教会にて。両手に小太刀を装備したキンジは「ハァァアアアアアアア!!」と、素早くアリアとの距離を詰めようと駆ける。そのキンジに向けてアリアは白黒ガバメントの照準をキンジの足元に定め、威嚇射撃を目的として数発銃弾を放つ。

 

 当然、この程度の銃撃をかわせないような、ヒステリア・ベルセを発動中のキンジではない。キンジはズンと強く踏み込んだ右足を起点にして軽く跳び上がる。そうして、アリアの銃弾を飛び越えたキンジは前方へジャンプした勢いのままにアリアへ「せいッ!」と小太刀を振り下ろす。

 

 だが。キンジが着地した時には、振り下ろした小太刀の先にアリアの存在は既にない。迅速な横飛びでキンジの攻撃をかわしつつ、小柄ゆえのフットワークですぐさまキンジの背後に回ったアリアはキンジの背中目がけて「そこですッ!」銃弾を放たんとするも、キンジが振り向きざまに振るってきた小太刀を防ぐために一旦発砲をやめてガバメントを盾にする。

 

 結果、キンジの膂力任せの小太刀の攻撃をしっかりと受け止めたアリアの体は「くッ!」と軽く吹っ飛ばされる。否、アリアは敢えて吹っ飛ばされたのだ。キンジにぶっ飛ばされることで上手いこと距離を取ったアリアは再びキンジへとズガガガッと連続して銃弾を放つ。キンジを攪乱するように聖堂をグルリと一周しながら、アリアは絶え間なく銃弾を浴びせようとキンジへ発砲する。

 

 

 キンジとアリアの戦いは互角の様相を呈していた。当然だ。何せ、キンジとアリアは白雪の護衛を始めた頃からお互いの戦い方を知り、切磋琢磨するために何度も模擬戦を行ってきたのだ。いくら不定期開催だったとはいえ、これまで何回も模擬戦を行ってきたキンジとアリアにとって、今回の衝突は最初から相手の手札がわかりきっている状態での戦いなのだ。

 

 アリアはキンジを見て銃技を学び、銃弾撃ち(ビリヤード)を習得した。

 キンジはアリアを見て、2本の小太刀を使った戦い方を習得した。

 

 模擬戦にて相手を観察し、自身に取り入れられる技術は積極的に吸収し、そうして己を高めてきた者同士の衝突は、どこまでも決着がつかず、平行線を辿っていく。

 ゆえに、重要となってくるのは体力の使い方。いかに体力を温存し、ここぞという時に取っておいた体力を存分に使用するかがカギとなる。

 

 

(……って、アリアは考えてそうだな)

 

 キンジはアリアの繰り出す弾幕を横っ飛びでかわしつつ、キンジはアリアの考えに検討をつける。確かに。俺とアリアの模擬戦はいつも互角で、拮抗していて、どっちが勝つかは実際にやってみないと最後までわからなかった。

 

 けれど、それはあくまで俺がノーマルモードの時の話だ。今の俺はヒステリア・ベルセに身を委ねている。思考力・判断力・反射神経などが通常の51倍にまで跳ね上がっている俺にとって、俊敏な動きにさえ気をつけていれば、アリアは正直そこまで脅威ではないのだ。

 

 それだけでも俺の勝利は固いのに、それに加えて今のアリアの動きはどこかぎこちない。本領発揮にはまるで程遠い。今のアリアとの戦いが互角のように見えるのは、俺がアリアになるべく怪我をさせないように細心の注意を払いながら戦っているからだ。

 

 

「キンジ、どうして……どうして銃を出さないんですか!?」

「ハッ、出すわけないだろ。アリアの後ろにはシャーロックが控えてるんだ。こんな所で、弾数を無駄に消費するわけにはいかない。それに――これぐらいがちょうどいいハンデだろ? それが嫌なら、俺に銃を抜かせてみろよ」

「ッ、この……!」

 

 アリアの弾幕をひとまずかわしきったキンジに向けて、アリアが声を荒らげる。その問いにキンジがヒステリア・ノルマーレの紳士具合からかけ離れた、人を小バカにしたような笑みとともに返答すると、アリアはギリリと怒りをままに歯噛みする。キンジの挑発に見事なまでに乗ってくる。

 

 実をいうと、キンジが銃を使わないことには他にも理由がある。というのも、キンジはシャーロック戦に備えて少し銃に仕込み(・・・)をしているのだ。その仕込みがうっかりアリアに発動してしまい、大惨事となるのを未然に防ぐために、キンジは今回の戦いでの銃の使用を封印しているのだ。

 

 

(あの仕込みが発動したら、アリアに怪我をさせない所の話じゃなくなっちまうしな)

 

 キンジはアリアが教会を駆け巡りながら四方八方から放つ銃弾を小太刀2本で全て弾き飛ばし、軌道を変更させる。しかし、弾き飛ばされた銃弾の行く先をあらかじめ予測していたアリアは、あらぬ方向へと飛んでいく銃弾を目がけて「まだですよ!」と続けざまに発砲する。アリアのガバメントから解き放たれた銃弾は虚空へと散っていこうとする銃弾勢に全てもれなく命中し、その銃弾勢の行く先を再びキンジの体へと押し戻していく。

 

 銃弾撃ち(ビリヤード)を上手く活用して、弾き飛ばした銃弾の軌道をキンジに襲いかかるように修正してきたアリアに、キンジは「ちッ」と舌打ちをしつつ、迫りくる銃弾の包囲網を抜けるために、一旦バックステップで後退する。

 

 キンジの後退をチャンスと踏んだアリアは装備を白黒ガバメントから小太刀2本へと切り替え、キンジに一気に接近し、キンジの首を狙って「ふッ!」と横薙ぎの一閃を繰り出す。一方のキンジがさらに一歩引くことでギリギリかわすと、今はこれ以上接近戦をするべきでないと判断したアリアがキンジから距離を取ろうとする。

 

 だが、今のキンジが。銃縛りで戦っているキンジが。わざわざ自身から近づいてきてくれたアリアが、キンジから一定の距離を置こうとするのを許すわけがなかった。

 

 

「逃がすかよ!」

 

 キンジは右手に持っていた小太刀を一旦虚空へと放り投げると、瞬時に己のベルトに内蔵されているワイヤーを射出する。すると。風を切って迅速に射出されたワイヤーの先端はキンジから離れようとするアリアの右腕にグルグルグルと巻きつき、しっかりと固定される。

 

 

「えッ!?」

 

 アリアがしまったと顔を歪めるよりも早く、キンジはグイッとワイヤーを引っ張り、アリアの幼女な体をいとも簡単に引き寄せる。そうして。実に乱暴な形でアリアとの距離を縮めたキンジは、いきなり引っ張られたことで「わ、ちょッ!?」とバランスを崩しているアリアの顔面へ向けて、さも当然のようにゴウと唸りを上げる右拳を繰り出そうとした。

 

 

(まずは一撃、お見舞いしてやる! 顔面クリティカルヒットだッ! ……って、違う! 何やってんだ俺!? アリアを傷つけちゃ意味ないだろうが!)

 

 と、ここで。キンジは正気に戻る。時には女性を傷つけることをも厭わないヒステリア・ベルセの血が強くなった影響による暴走から我に返ったキンジは、繰り出した右拳を引き戻そうとする。しかし。一度勢いを込めて繰り出した拳は急には止められない。引っ込められないまま、キンジの拳はアリアの顔面に突き刺さらんとする。

 

 

(くそッ、このままじゃアリアの顔を殴り飛ばしてしまう! アリアの回避も間に合いそうにないし……こうなってしまった以上、なるべくアリアを傷つけずに済む軽い攻撃に変えるしかないぞ!? どうする、遠山キンジ!?)

 

 キンジはヒステリア・ベルセにより通常の51倍にまで飛躍的に向上した思考力で、アリアへのダメージをできるだけ抑えられる攻撃手段を瞬く間に導き出し、すぐさま実行に移す。右手の人差し指を折り曲げ、親指でエネルギーを蓄えてからズラし、指先を相手に勢いよくぶつけていく。要するに、全力の殴打から全力のデコピンへと攻撃手段を転換する。

 

 通常、デコピンは威力の高い攻撃方法ではない。しかし、今回の場合はキンジが渾身の力を込めて繰り出した右拳を無理やりデコピンの状態に切り替えてから攻撃したためか、意外と強力なデコピンとなったらしく、ビシィッ!と乾いた効果音が教会に響いたかと思うと、アリアが「――あぅ!?」と可愛らしい悲鳴を上げる。

 

 

「~~~ッ!! 舐めるのも、いい加減にしてください!」

 

 キンジのデコピン攻撃に思わず上半身をのけ反らせたアリアはグイッと無理に体勢を戻しつつ、憤りに満ちた声を轟かせる。当然だ。アリアからしてみれば、銃の使用を封印した上で、デコピン攻撃を繰り出してくる今のキンジはただアリアを弄んでいるようにしか見えないのだから。

 

 

(ま、そりゃあ誤解されるよな。こればかりはそう思われても仕方ないし)

 

 一方。キンジはクルクルと空から降ってきた自身の小太刀を右手でキャッチすると、上段からX斬りを放つアリアの斬撃を小太刀2本で正面から受け止める。

 

 

 その後。キンジとアリアの戦いは半ば強制的に近接戦へと持ち込まれた。

 アリアは縦横無尽に小太刀二本を繰り出しキンジと切り結びつつ、斬撃の中に蹴撃をも混ぜつつも、隙あらば自身の移動範囲をキンジのベルトを中心として約3メートル範囲内に制限してくるキンジのワイヤーを切断しようとする。

 

 しかし。せっかく得られたアドバンテージをそう易々と放棄するキンジではない。ワイヤーの切断を目的としたアリアの斬撃の全てをいなし、受け止め、ズラすことでワイヤーを守りつつ、キンジはアリアへ斬撃を繰り出していく。もちろん、アリアになるべく怪我を負わせる気のないキンジが狙っている箇所はアリアの小太刀の柄部分や防刃制服に守られている箇所ばかりだったりする。

 

 それぞれの二刀の小太刀を激しくぶつけ合わせる激しい近接戦闘。体格差から、ヒステリアモードの有無から、ワイヤーで動きを制限され、キンジがワイヤーを引っ張ればすぐにバランスを崩してしまうことから、アリアが不利極まりない状況なのはまず間違いない事実である。

 

 しかし、これだけ不利な要素がそろっているというのにアリアは善戦する。キンジの繰り出す小太刀の連撃に対して互角に対抗してくる。どういうことだと、その理由をキンジは考えて、すぐに納得した。

 

 何も不思議なことじゃない。この状況は当然の結果なのだ。何せ、アリアはこれまで数多くの凶悪犯罪者を捕まえていて、その中にはとんでもない超能力を使ってくる輩もいたはずなのだから。そんな理不尽な攻撃を次々と放ってくる連中を相手に、超能力を持たない状態で、それでもいつも勝ち続けてきたアリアは、その積み重なった経験ゆえに不利な状況に滅法強いのだろう。

 

 

(アリア。やっぱ、お前はさすがだよ。けど――これで終わりだ)

 

 キンジは首元へ迫るアリアの斬撃を、首を背後に反らすことで回避しつつ、ワイヤーを力強く引っ張る。結果、無理やり体を前方へと引きずり出されたアリアはその勢いを利用してキンジを攻撃しようと力強く床を踏みつける。だが、その瞬間。床を踏んだ右足がズルリと滑り、アリアは思いっきりその場に転びそうになる。

 

 

「なぁッ!?」

「足元がお留守だったな、アリア」

 

 まさかの事態に驚愕を顕わにするアリアを前に、キンジはニヤリと笑みを浮かべる。

 なぜアリアが転びそうになっているか。答えは単純明快、アリアが床に転がる空薬莢を盛大に踏んだからだ。より正確に言えば、キンジがアリアと激しく切り結びながらも地味に移動することで、アリアが空薬莢を確実に踏んでくれる位置へとアリアを誘導していたからだ。傷一つ負うことなく眼前のアリアの対処をしながら、周囲の状況を隈なく把握し、さらにアリアに悟られることなく誘導することがいかに難易度の高いことかは言うまでもないだろう。

 

 

「頭を冷やしてもらうから、ちょっとばかり覚悟しろよ。アリア!」

 

 キンジは右手に持った小太刀を背中に仕舞うと、どうにか転ぶことなく踏みとどまったアリアの胸元を掴んで引き寄せ、そのまま渾身の頭突きを放つ。キンジの全力の頭突きはゴッという鈍い音を辺り一帯に響かせる。その頭突きは奇しくも、あの時の、バケツをひっくり返したかのような激しい雨の降りしきる中での、神崎かなえが犯罪に手を染めたことを疑い始めたアリアの思考を中断させた時と同じ方法だった。

 

 

「う、ぐ。頭が……」

 

 キンジのあまりに強烈な頭突きを心の準備なしにモロに喰らったアリアは、キンジがアリアの胸元から手を放すと同時に思わず両手に装備した小太刀2本を手放し、尻餅をつく。ズキズキと痛むせいでロクに考えの纏まらない頭に手を当てながら、まだ戦闘は終わっていないとバッと立ち上がろうとしたアリアだったが、その喉元に小太刀を突きつけられたことで動けなくなった。

 

 

「お前の負けだ、アリア」

「……そう、ですね。私の負けです。……キンジ。前に貴方に頭突きをされた時も気になっていたんですが、なんでキンジは全然痛がってないんですか?」

「遠山家は先祖代々石頭だからな。この程度じゃ特に何ともないんだよ」

「そうですか。……ハァ。私だけこんなに痛い思いをしないといけないなんて、理不尽です」

 

 アリアは容赦なく痛みを主張する頭を両手で押さえながら、目尻に涙を溜めたジト目でキンジを見上げる。一方。アリアから戦意がなくなったことを確認したキンジは、アリアの責めるような眼差しをスルーしながら左手の小太刀をも背中に仕舞う。

 

 

「なぁ。今の戦いでどうして負けたか、お前ならもうわかってるよな。アリア?」

「……」

「理由はいくつかあるけど、一番の理由はお前の意志が弱かったからだ。口では色々言ってたけど、本当は自分の決断が正しいだなんて思ってなかっただろ? 正確に言えば、お前は迷っていた。シャーロックの言い分を盲目的に信じる自分と、シャーロックを信じ切れずに否定する自分とで板挟みになっていた。だから、お前は俺に負けたんだ」

 

 キンジは今回のアリアとの戦いを振り返り、自分なりに分析し導き出した推測をアリアに話してみる。すると、アリアは少しだけ沈黙を貫いてから「よく、わかりましたね」とポツリと呟いた。

 

 

(やっぱりそうか。戦闘中のアリアの動きが終始ぎこちなかったこともそうだけど……何より、言葉で殴り合っていた時のアリアのあの荒ぶりようは、シャーロックを盲信しているというよりは、憧れのシャーロックを盲信したくて仕方ないって感じだったからな)

 

 アリアと口論をしていた時のアリアの様子を思い出しながらも、キンジはアリアと視線を合わせるためにしゃがみ込み、ポンと労わるようにアリアの頭に手を乗せる。

 

 

「あ……」

「とりあえず、アリアにとってシャーロックがどれだけ大切なのかはよくわかったよ。アリアにとってのシャーロック・ホームズは、憧れで、目標で、何よりの誇りで。だからこそ、アリアはシャーロックの言葉を受け入れるか否かで揺れている。でもさ、シャーロックの言葉を盲信できていないってことは、シャーロックの主張が、シャーロックの示したハッピーエンドのシナリオが間違ってるって、大なり小なり思ってるからだろ? だったら、アリアはシャーロックに憧れているからこそ、シャーロックの間違いを正してやるべきなんだ」

「私が、ひいお爺さまの間違いを正す?」

「そうだ。今のシャーロックは間違っている。少なくとも、今のシャーロックはアリアの思い描くシャーロックとは違っている。なら、アリアはシャーロック大好き人間の務めとして、シャーロックの間違いを正してやって、元の正義のヒーローなシャーロックを取り戻すべきなんだ。それが、誰か特定の人物に強い憧れを抱く人間の責務って奴だ」

「……」

「俺だって、カナ姉がアリアを殺すって言った時、全力で止めた。カナ姉に憧れてるからこそ、好きだからこそ、正しい道を歩いていてほしかったんだ。取り返しのつかない過ちを犯してほしくなかったんだ。アリアだってあの時の俺と同じ気持ちのはずだ。違うか?」

「キ、ンジ。話はわかります、わかりますが……私はひいお爺さまに嫌われたくありません。せっかく認めてくれたのに、ひいお爺さまに反抗して、嫌われたらと思うと――」

「――アリア。イエスマンになることだけが優しさじゃない。シャーロックのことを思って、奴のやり方を否定してやるのもまた優しさなんだ。それに、シャーロックはバカじゃない。アリアの否定に込められた優しさなんか軽く推理して、わかってくれるだろうさ」

「キンジ……」

 

 静かな口調でキンジに説得されたアリアはスッと目を瞑る。そして。何秒か経過した後にアリアはおもむろに目蓋を開ける。その真紅の瞳に確かに理性的な光が宿っていることから、どうやらアリアはシャーロックの提案を受け入れずに立ち向かう決意を固めたらしい。

 

 

「アリア、覚悟はできたか?」

「……はい」

「よし。それじゃあ、行こう。シャーロックの奴に、お前のやり方は間違ってるって、言ってやるんだ。俺の言葉なんてまずシャーロックには届かないだろうが、血のつながったひ孫の言葉なら、もしかしたら届くかもしれないからな」

「わかりました。上手くいくかは自信ありませんが、頑張ってみます」

 

 アリアの復活を目の前で見ていたキンジはいち早く立ち上がると、アリアに手を差し伸べ、アリアを立ち上がらせる。一方、アリアは先ほど手放してしまった小太刀2本を回収し終えた後に、胸の前まで持ってきた両手をギュッと握る形で意気込みを示す。

 

 

「言葉で説得できるならそれでいい。だけど、もしも言葉でダメだったなら、戦えばいい。そうすれば、きっといい感じの着地点が見つかるはずだ。今の俺たちのようにな」

「……キンジ。すみません。私は、ひいお爺さまと戦える気がしません。もしもひいお爺さまと戦うことになってしまったら、私はきっと何もできないと思います」

「そっか。なら、その時はアリアは俺に全部任せて見守ってくれるだけでいい」

「了解です。……パートナーの力になれないなんて、情けないですね、私」

「んなことないだろ。誰にだって得手不得手はある。それを支え合うのがパートナーなんだから、アリアはただ大船に乗ったような気持ちでいてくれればいいさ」

 

 申し訳なさそうに眉を寄せるアリアを元気づけようと、キンジは励ましの言葉を口にする。確かに俺は憧れのカナ姉を止めるために戦った。けど、俺がそうしたからといって、同じことをアリアに強要するのは酷だろうと考えながら。

 

 

「行こうか、アリア。シャーロックを逮捕するぞ」

「……今更な質問かもしれませんが、勝算はあるんですか? ひいお爺さまはキンジより遥かに格上の相手ですよ?」

「格上な相手との戦いにはもう慣れたよ。いくつか策は用意してるし、何とかなるさ」

(大丈夫だ。仕込みだって少しはしてるし、俺には切り札がある。いざという時は、それを使えばいけるはずだ)

 

 キンジはアリアの心配そうな問いにヒラヒラと手を軽く振りながら、いかにもシャーロックなんて相手じゃないと言わんばかりに返答する。その後。キンジとアリアはステンドグラスの奥にポツンと存在する扉を見据えて、ともに歩みを進めていく。この時。キンジが再びシャーロックとあいまみえる時が、もはや秒読み段階にまで迫っているのだった。

 

 




キンジ→アリアをなるべく怪我させないように頑張って戦った、暴れ馬なヒステリア・ベルセを発動中の熱血キャラ。なお、頭突きは怪我の内に入らない模様。
アリア→キンジに色々と手加減されていたにもかかわらず、何だかんだで負けてしまった系メインヒロイン。まぁキンジは人間の皮を被った化け物みたいなものだから、仕方ない仕方ない。アリアはよく頑張った方である。ナイスファイト!

 というわけで、122話は終了です。とりあえず、キンジくんとアリアさんとの戦いがあっさり終わっちゃった件についてですけど……ま、原作でも6ページぐらいでキンジくんとアリアさんとの戦いは終わってましたし、このぐらいの文章量でいいかなぁと。


 ~おまけ(圧倒的ネタ:ソードマスターキンジ)~
『打ち切り最終話:希望を胸に、全てを終わらせる時……!』

 時は、ボストーク号へキンジが乗り込んだ時までさかのぼる。
 シャーロックを倒しアリアを救うため、ボストーク号の艦内を突き進むキンジ。
 そのキンジに立ち塞がったのは、むき出しになった赤褐色の肌に雄牛のように盛り上がった筋肉、全身を覆う体毛と、そして何よりメイド服が特徴的な、巨躯の化け物だった。

キンジ「なッ!? ブラド!? お前、どうしてここに!?」
ブラド『ふふふ、教える道理はないけれど、今の私は気分がいいわ。特別に教えてあげる。私には娘がいてね、あの子の力を借りて拘置所から脱出したの』
キンジ「くッ、マジかよ。……やるしかないか。うぉぉおおおおおおおおおおお!!(←小太刀を右手に持ち、ブラドへと正面から向かっていくキンジ)」
ブラド『さぁ来なさい、遠山キンジ! 私には4つの魔臓があって、その4つの魔臓を同時に攻撃しないと倒せないって設定があったけど、今の私は大人の都合で普通に一突きされただけで死ぬように弱体化されてるわよぉぉおおおおおお!!』
キンジ「そぉぉぉおおおおおおなのかぁぁぁああああああああ!!(←ブラドに小太刀を突き刺すキンジ)」
ブラド『ぎゃあああああああああ!! そ、そんな……この無限罪のブラドが、人間ごときに負けるなんてぇぇええええええ!!(←断末魔を上げるブラド)』

 一方。隣の部屋にて。

夾竹桃「へぇ、無限罪のブラドがやられたようね。でも、アレは四天王の中でも最弱……(←ブラドの断末魔を聞きながら)」
ヒルダ「我が父ながら、平和な島国で生きてきた一武偵ごときにやられるなんて、四天王の面汚しね☆(←やれやれとため息を吐きながら)」
リサ(あれ? リサがここにいるのって、何だか物凄く場違いのような……?)
キンジ「うぉぉおおおお! 喰らえぇぇえええええ!!(←ブラドを刺した勢いのまま隣の部屋へと乱入するキンジ)」
三人「「「ぎゃああああああああああああああ!?(←既に突き刺さっているブラドごと纏めて串刺しにされる面々)」」」

キンジ「……やった。これでボストーク号に残ってたイ・ウー連中を全員倒せたぞ。これでシャーロックへたどり着く際の障害は全てなくなったはずだ」
シャーロック「よく来たね、キンジ君。案外早かったじゃないか(←キンジに近づきつつ)」
キンジ「シャーロック!? お前、この部屋にいたのか!? てっきりもっと奥の部屋にいるものだと思ってたぞ(←四天王の死体から小太刀を抜きつつ)」
シャーロック「キンジ君。戦う前に一つ言っておくことがある。先ほど凡人な私はアリア君を攫ったが、やっぱりあれは人道的にどうかと思ったので解放しておいた。今頃、彼女はアンベリール号へ戻っているはずだ」
キンジ「ふッ、そうかよ。上等だ、俺も一つ言っておくことがある。俺はかなえさんがイ・ウーに濡れ衣を着せられてると思ってたけど、あの人普通に極悪犯罪者だったよ! 弁解の余地もなかったぜ!」
シャーロック「そうかい。ふむ。言いたいことは全て言ったし、これで心置きなく戦えそうだ」
キンジ「うぉぉおおおおおおお! いくぞ、シャーロックぅぅううううううう!!」
シャーロック「来るがいい、キンジ君!」

 キンジの勇気が世界を救うと信じて……!
 ご愛読ありがとうございました! ふぁもにか先生の次回作にご期待ください!


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123.熱血キンジと予習(物理)


 どうも、ふぁもにかです。いよいよシャーロックさんの前にキンジくんとアリアさんがやって来ちゃうわけですが……この辺は私の執筆力の見せ所ですね。原作既読者だろうと未読者だろうと関係なく、読者の皆さんが「うおおおおおお!」って興奮できるような文章を頑張って構成していきたい所ですが、はてさて、どうなることやら。



 

 キンジとアリアはともに教会の奥の扉へと足を踏み入れていく。すると、二人の進む先には無骨な鋼鉄の隔壁が鎮座し、キンジたちの行方を阻まんとこれでもかと存在感を放ってくる。しかし。一度アリアが前に立てばあっさりと上下・左右・斜めにウィーンと何枚も自動的に開いていくことから、どうやらアリア自身が隔壁の解除キーとなっているようだ。

 

 そうして。キンジとアリアに立ち塞がる隔壁が全て取り払われた時、二人は思わず己の目を疑った。無理もない。なぜなら、二人の前方には東京ドーム○個分といった表現では表しきれないほどに広大なホールが待ち受けていたからだ。

 

 

(……何だ、ここ。いくら何でも広すぎだろ)

 

 とにかくバカでかく、しかしビックリするほどに何もない空間。下手したらボストーク号の体積よりも大きいかもしれないほどのホールをまず一瞥したキンジは、顔がこわばっているのが自分でもわかっていた。と、その時。物体の存在しない空間の一角がグニャアと歪に揺らいだかと思うと、その空間から古めかしいスーツに身を包んだシャーロック・ホームズが姿を現した。

 

 

「よく来たね。待っていたよ」

「なッ!?」

「ひいお爺さま!?」

 

 いかにも高級そうな革製の肘掛け椅子に座り、扇状に並べられたいくつものパソコンのディスプレイを眺めていたらしいシャーロックはスッと立ち上がり、キンジとアリアの方へと体を向ける。一方、アリアが驚愕に目を見開く傍ら、キンジは内心冷や汗を流す。アンベリール号にて姿を現した時と同様に、またしても間近にいたはずのシャーロックの気配をまるで感じ取れなかったことにゴクリと緊張の唾を呑む。

 

 

「実はちょうど、君たちが来ると凡人な僕なりに推理していた頃だったのだよ。ふむ、僕が素人ながらも磨き上げた条理予知(コグニス)の精度は今日も絶好調らしい」

「……いや、後ろのパソコンにボストーク号の艦内の映像がいっぱい映し出されてる状態でそんなこと言われても説得力ないんだけど。絶対推理してないよな、お前。ディスプレイ越しで俺たちの動きを観察してただけだよな」

「はて、なんのことやら。僕は盲目なんだ。パソコンの画面なんて見えるはずないだろう?」

「とか言ってるけど、思いっきり目ぇ泳いでるじゃん。バタフライしてるじゃん。ウソを吐くならもっとマシなウソにしとけって」

 

 おどけた調子で自身が推理をしていないことをごまかそうとするシャーロックにキンジは冷たい口調でツッコミを入れる。シャーロックにとって、アリアはわざわざ手間をかけてでも手に入れたかった存在のはず。それゆえに。せっかく手に入れたアリアを奪い返した遠山キンジという存在に早速敵意を向けてくるだろうと考えていただけに、シャーロックの言動があまりに拍子抜けだったがための、キンジの冷淡なツッコミである。

 

 

「やれやれ、僕はウソなんてこれっぽっちもついていないというのに……それにしても、さっきのキンジ君の頭突きは中々に凄かったね。映像越しでも、凄まじい威力だということがヒシヒシと伝わって来たよ」

「おい。自白したぞ、こいつ。やっぱり見えてんじゃねぇか」

「こう見えて小心者な僕個人としては、あれでアリア君の頭蓋骨にひびが入ったのではないかと気が気でならなかった所なのだが……アリア君の様子を見るに、どうやら杞憂のようで安心したよ」

「いやいや。確かに本気の頭突きをやったけど、あれでも結構気を遣って頭突きしたんだぞ。万が一にも俺のアリアに後遺症が残ったら一大事だからな」

「えーと、キンジ? その言い方だと、やろうと思えばキンジが相手に後遺症を残せる破壊力を持った頭突きをできるように聞こえるんですが……」

「……」

「ノーコメントですか、そうですか」

「ふむ、沈黙は金とはよく言うが……この状況で沈黙しては肯定と受け取ってくれと声高に叫んでいるようなものだよ、キンジ君。それは愚策ではないのかね?」

「うるせぇよ、自称一般人。ここぞとばかりに得意げに話しかけてくるな」

「やれやれ、酷いな。僕はただ自らが凡夫だという身分を踏まえた上で本当のことを言っているだけだというのに。ねぇ、アリア君?」

「……ひいお爺さま。これはさすがに擁護できそうにありません。一般人がイ・ウーのトップに君臨するなんてまずあり得ませんしね」

 

 キンジ、アリア、シャーロックの三人は会話を交わす。キンジはヒステリア・ベルセの影響で荒々しさを時折含んだ口調で、シャーロックは道化のように、アリアはあくまで冷静さを保ちながら、それぞれお喋りをする。三人の語らいの影響により、とても犯罪組織のトップと強襲科Sランク武偵二名との会話とは思えないほどに和やかな空気になっていたのだが、ここで。アリアがこれまでのふんわりとした空気を終了させるようにスタスタとキンジの一歩前へ歩み出た。

 

 

「……ひいお爺さま。私がひいお爺さまの全てを引き継ぎ、後継者となる件についてですが、断らせてください」

「ほう?」

「ひいお爺さまがせっかく提案してくれたことを無下にしてしまうことについては謝らせてもらいます。本当に申し訳ありません。ですが、貴方は……ま、間違っています」

「……」

「貴方が何を考え、何を為そうとしているかはわかりません。きっと、私なんかでは考えもつかないようなものを見据えた上で行動しているのでしょう。ですが、イ・ウートップになって犯罪行為に手を染めるなんて、間違っています。どうか、思いとどまってください。これ以上、罪を重ねないでください。……お願いします、ひいお爺さま。私は、正しくない貴方を見たくないんです。正義じゃない貴方を見たくないんです。だから、だから――どうか、どこまでも貴方らしい、正しいシャーロック・ホームズに戻ってください」

 

 アリアは若干声を震わせながらも、自身の願いをシャーロックに伝えていく。憧れのシャーロックの間違いを正すため、シャーロックに嫌われるかもしれないという恐怖と戦いながら、アリアは勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。対するシャーロックはアリアの主張を聞き終えた後に「ふむ」と小さくうなずくのみ。どうやらシャーロックにとって、アリアが自身の後継者となることを断ったことは想定の範囲内だったらしい。

 

 

「アリア君。いきなりで驚くかもしれないが……実の所、今日で僕は寿命を迎えるんだ」

「……え? ひい、お爺さま?」

「今日、僕は死ぬ。どれだけ足掻こうと、喚こうと、嘆こうと、本日を以て、平々凡々な僕は死ぬ。人の身にしては少しばかり長い、150年ほどの人生に幕を下ろすんだ。そんな僕が、今際の際になってから、己の考えをコロリと変えると思うかい? 目的を果たすため、100年以上もの長い長い時を費やしてきた僕の道を今更否定すると思うかい? 否定した所で、路線を変更した所で、もう何もかもが手遅れだというのに」

「……思い、ません」

「そうだろう。つまりはそういうことだ。本当ならアリア君の期待する綺麗な僕を見せたい所なのだが……常人な僕はそこまで器用じゃなくてね。だから、僕は僕のやり方を変えるつもりはない。最期の最期まで貫くつもりだ。例えそれが、世間一般に見て鬼畜の所業なのだとしてもね」

 

 アリアは自身の言葉がシャーロックを変えられなかったことに、上手くシャーロックを説得して間違いを正せなかったことに悲しげに顔を歪ませる。その傍らにて。キンジはシャーロックがサラッと口にした発言に衝撃を受けていた。

 

 

(え、マジかよ!? 今日がシャーロックの寿命なのか!? まぁ、ジャンヌからシャーロックの死期が近いとは聞いていたけど……それがまさか今日だったとは思わなかったぞ。確か、もうそろそろ夕日が沈もうとする時間帯だよな? てことは、シャーロックの余命は長くてもあと数時間程度ってことなのか)

「……アリア君こそ、もう一度考えを改めてもらうわけにはいかないだろうか?」

「え?」

「改めて言おう。アリア君、君には僕の後継者となってほしい。……でないと、かなえ君を助けられなくなるかもしれないよ? それでいいのかい?」

「ッ!? お前、それをここで持ち出してんじゃ――」

 

 薄く笑みを浮かべながら再度アリアを自身の元へ引き込もうとするシャーロックにキンジは一瞬で激高する。自らが指示して『神崎かなえ』に濡れ衣を着せておきながら、『神崎かなえ』の件を持ち出してアリアを手中に収めようとするシャーロックの卑劣さを前に、ヒステリア・ベルセを発動中のキンジの怒りはあっという間に沸点に達する。それゆえに。キンジはシャーロック相手に声を荒らげようとしたのだが、その行為はアリアが無言でキンジを手で制したことで中断された。

 

 

「アリア……?」

 

 アリアの行動の真意を確かめるべく、キンジがアリアへと視線を落とすと、アリアの真紅の双眸がキンジをしかと見上げていた。「ここは私に任せてほしい」という強い意志をアリアの眼差しから感じ取ったキンジは、パートナーを信じることにした。シャーロックへの怒りを全力で抑え込み、一歩引くことにした。

 

 

「確かに。ひいお爺さまの言う通り、私がひいお爺さまの後継者とならない形で、イ・ウーのトップにならない形でお母さんを助けるというのは、非常に険しい道のりとなるでしょう。私一人なら、まず無理です。でも、今の私にはキンジがいます。キンジと一緒なら、例え時間はかかっても、最終的には絶対にお母さんを取り戻せる。そんな予感がするんです。何の根拠もない、ただの直感なんですが、それでも私はこの気持ちを信じたいと思います。だから……ごめんなさい、ひいお爺さま」

 

 自身の気持ちを正直にシャーロックへと告げたアリアは深々と頭を下げる。その後。「そうか」という、わずかながら低くなったシャーロックの声色に、アリアはピクリと肩を震わせる。これはひいお爺さまに嫌われてしまったのではないかと、アリアはギュッと目を閉じる。しかし。シャーロックがアリアへ向けて放った言葉は、叱責でも落胆でもなかった。

 

 

「ふぅ、僕はフラれてしまったようだ。……しかし、うん。良い目をするようになったね、アリア君。いい兆候だ」

「ひいお爺さま?」

 

 どこか嬉しそうな声色で言葉を紡ぐシャーロック。どうも怒っているわけでも嫌われたわけでもなさそうだということを踏まえて、アリアが力強く閉じていた目を恐る恐る開けると、口角をわずかに吊り上げて微笑みを浮かべるシャーロックの姿があった。

 

 

「アリア君。君は唐突に現れた僕の甘言に惑い、僕とキンジ君の板挟みに苦しみ、結果としてキンジ君と言葉や武器で衝突することとなった。その濃密な経験は、君を女性として心理的に大いに成長させたようだね。……よし。これで、条件は完全に満たされた。僕の拙い条理予知(コグニス)の導き出した通りの展開だ」

「条件? 何の話だ?」

「ふふふ、今はまだ秘密だよ。時が来たら改めて話そう」

 

 シャーロックの発言の中に気になる部分を見つけたキンジの問いかけに、シャーロックはシィーと指を口元に当てて茶目っ気にあふれた笑みを零す。どうやらシャーロックにとって、俺がアリアと衝突し、アリアを取り戻すことは予定調和だったらしい。

 

 

(クソッ。まるで世界が自分を中心に回ってるみたいな発言しやがって、ムカつくな)

「さて。まだ予定よりもほんの少しだけ時間があることだし……ここはちょっとした暇つぶしといこうじゃないか」

「暇つぶしだぁ?」

「うん。キンジ君に少しだけ予習をしてもらおうと考えているよ」

 

 シャーロックは手に持つ金属製ステッキをクルクルと器用に回しながらキンジを見つめる。と、その瞬間。シャーロックの存在感が、身に纏う雰囲気がまるで別人レベルにまで変質していることにキンジは気づいた。

 

 

(こ、この感覚はさっき兄さんが纏っていたのと同じ……ってことは、まさか――死に際のヒステリアモード(ヒステリア・アゴニザンテ)か!? これは、マズいことになったな)

 

 キンジは内心で舌打ちをする。無理もない。現状において、キンジはヒステリア・ベルセにより通常の51倍にまで増大した思考力・判断力・反射神経だけなら、もしかしたらシャーロックを上回っているかもしれないと考えていた。ゆえに、キンジはこれらの要素を上手く利用してシャーロックと戦うつもりだった。しかし、シャーロックがヒステリア・アゴニザンテを発動させたことでキンジの優位はなくなってしまったも同然なのだ。舌打ちしたくなるのも道理である。

 

 

「君はアリア君と出会ってから、様々なイ・ウーの構成員と戦ってきた。理子君、ジャンヌ君、ブラド君、カナ君、パトラ君。理子君の時はまだそうでもなかったようだが、彼女以外のメンバーと戦った際、君は随分と無茶をしてきた。下手したら死ぬかもしれないというリスクを踏まえた上で敢えて綱渡りを繰り返す形で、勝利を収めてきた。そんな君の戦い方は非常に危なっかしい。とても褒められたものではない。だからといって、僕が君に忠告をした所で、君は君のやり方を変えることはまずないだろう」

「当たり前だ。誰がお前の意見を『はい、そうですね』って受け入れるかよ」

「そこでだ。今からキンジ君には近い将来、君に立ちはだかる敵がどのような技を使ってくるかの予習をしてもらう。事前に戦う相手の情報を知っていれば、君の生存率は大きく上昇することだろうからね」

「……敵に塩を送るような真似しやがって、何が狙いだ?」

「君に早死にされてしまっては困るからね。ただそれだけだ」

 

 シャーロックはキンジの疑問に手短に答えると、金属製ステッキを床に勢い良く叩きつける。すると、ステッキはいとも簡単に粉々となり、その中から眩い光を放つ一振りの片刃剣――おそらくスクラマ・サクス辺りだろう――が現れる。

 

 

「そうだね。今回は『1分間で8種類もの敵の技をお手軽体験コース』で行こうかな。アリア君、君は僕たちの戦いに巻き込まれないように下がっていてくれ」

「わ、わかりました」

「さぁ、キンジ君。僕の胸を借りるつもりで、かかってくるといい」

「……舐めやがって!」

 

 シャーロックはアリアがキンジたちから離れたことを確認すると、にこやかな笑みでキンジに言葉を掛ける。一方。キンジはシャーロックの挑発めいた発言に触発される形で、懐から拳銃を取り出し発砲した。間髪入れずにキンジが放つ複数の弾丸は、当然ながらシャーロックには当たらない。紙一重で銃弾をかわしながらあっという間に距離を詰めてくるシャーロックに対し、キンジは拳銃を仕舞い、代わりに背中から二刀の小太刀を取り出す。

 

 

「シッ!」

 

 シャーロックがキンジの心臓目がけて放ったスクラマ・サクスの鋭い突きをキンジは右手の小太刀を上段から振り下ろすことで、スクラマ・サクスを床へと叩きつける。そして。キンジがお返しだと言わんばかりに「はぁああ!」と左手の小太刀でシャーロックを袈裟切りにせんと斬りかかった瞬間。キンジは突如、左肩を数発、銃で撃ち抜かれたような衝撃に襲われた。

 

「グッ!?」

 

 防弾制服に守られているはずの部分をほとばしる鋭い痛み。キンジはすぐさま左肩を見やるも、カナの時のように防弾制服ごと左肩を撃ち抜かれていないことに脳内に疑問符を浮かべる。と、その時。キンジの視界は宙を飛ぶ水滴を捉えた。

 

 

(水? ってことは、高圧をかけた水で俺を撃ち抜いたって感じか?)

「1つ目は『水』。ほら。よそ見は厳禁だよ、キンジ君」

 

 シャーロックに声を掛けられたキンジがハッと前を向くと、キンジの小太刀により床に叩きつけられたスクラマ・サクスを力技で持ち上げ、キンジの小太刀を持った右手を上へと跳ね上げるシャーロックの姿があった。

 

 

(マズい、バランスを崩された。ここは一旦下がって――ッ!?)

 

 シャーロックにより跳ね上げられた右手はそのままキンジを後方へと引っ張ろうとする。キンジはその右手の勢いに逆らわず、バックステップでシャーロックから距離を取ろうとして、できなかった。なぜなら、唐突にキンジはゾウにでものしかかられたような重圧に襲われ、ついその場に片膝をついてしまったからだ。

 

 

(グッ、体が重い……!)

「2つ目は『重力』」

 

 キンジを中心とした半径1メートル範囲の床が、シャーロックの重力操作の影響でビシッとひび割れを起こしていく中。シャーロックはキンジを見下ろし、スクラマ・サクスを振り下ろそうとする。キンジが何もしなければキンジの首と体を離婚させるであろう斬撃を防ぐため、キンジは無駄に重い体を気力で動かして二本の小太刀を持ち上げようとする。しかし、そのキンジの両前腕にシュッという軽い音が通ったかと思うと、薄い刃物で斬られたかのような傷が生まれていた。

 

 

(マズい、これじゃあ防御が間に合わない! なら――)

「おおおおおおおおおおおおッ!」

 

 両前腕を斬りつけられた状態では重力に逆らってまで両腕を上げることはできない。即座に防御行為を切り捨てたキンジは気合いで立ち上がり、そのまま右足で床を思いっきり踏みつける。すると。重力がキンジを押し潰さんとしていたことも相重なったためにキンジの渾身の震脚はズダァァアアアンとの破壊音を響かせ、広大なホールをグワンと揺らす。

 

 足場を揺らされたシャーロックはバランスを整えるために一旦攻撃を取りやめ、数歩後退する。その後。シャーロックが前を向くと、ひび割れていた床をキンジが踏みつけた影響か、粉々になった床の一部が宙を舞い、キンジの体を隠すように砂煙を形成していた。

 

 

(ふぅ、危なかった。今のは肝を冷やした――ぞッ!?)

 

 キンジを包み込む砂煙が徐々に晴れゆく中。額の冷や汗を雑に拭うキンジは、ゾワリと得体の知れない悪寒に襲われ、第六感に従う形でバッと右へと飛び退く。すると、つい先ほどまでキンジの胴体があった場所を真紅の閃光が貫いていく様をキンジの目は確かに捉えた。

 

 

(はッ? え、何今の? 何今の!?)

「3つ目は『風』。そして4つ目は……『レーザービーム』」

「レーザービームゥ!?」

 

 キンジはシャーロックがニヤリとイタズラっ子のような笑みを携えて放った言葉にキンジは思わず驚愕に満ちた声を上げる。今までの『水』『重力』『風』とは明らかに一線を画した凄まじくチートな技が飛び出てきた以上、キンジが度肝を抜かれるのも無理からぬことである。

 

 と、ここで。キンジはシャーロックの姿がいつの間にか掻き消えていることに気づく。だが、キンジはそのことに動揺せず、ヒステリア・ベルセにより高まった感覚を存分に働かせ、そして背後を振り向きざまに小太刀を横に一閃した。直後。またしてもグニャアと空間が奇妙に歪んだかと思うと、「おっと」という声とともにバッと背後へとジャンプする形でキンジの斬撃をかわすシャーロックの姿が現れた。

 

 

「5つ目は『光』。けど、よく僕の居場所がわかったね」

「その能力だけはもう何回も見てきたからな……!」

 

 感心したように言葉を漏らすシャーロックにキンジは勢いよく言い放つ。そう、キンジは今のような神出鬼没なシャーロックの姿を既に三回も目撃していた。一回目はシャーロックがアンベリール号上に姿を現した時。二回目はアリアを攫ってアンベリール号から姿を消した時。三回目はこの何もないホールから姿を現した時。短い間に三度も立て続けに同じ技を見てきただけに、キンジはシャーロックのこの技に関してだけは対策を講ずることができたのだ。

 

 

(例え『光』を操って俺の目を騙した所で、存在が完全に掻き消えるわけじゃない。シャーロックがヒステリア・アゴニザンテを発動したおかげで居場所を気配で察知しやすくなったのがラッキーだったな)

 

 キンジはシャーロックとの距離が少々開いたということで、再び小太刀から拳銃へと武器を持ち替え、弾倉交換をしつつ再び銃弾を放ち続ける。だが、キンジの放出した銃弾はシャーロックへと到達する前に跡形もなく掻き消えた。シャーロックの前方にて、いきなりボゥ!と白い炎が舞い上がり、銃弾を全て呑み込んだからだ。

 

 

「6つ目は『消滅』。残り2つだよ、キンジ君。ラストスパートだ」

(ちょっ、消滅って……レーザービームといい、初見殺し極まりないのもいい加減にしろよ!?)

 

 キンジはシャーロックの口から飛び出した物騒な言葉を受けて、天へと渦を巻きながら燃え盛る白い炎柱に恐怖を抱く。同時に、あの炎をシャーロックが自分目がけて放ってこなかったことに安堵していると、突如キンジの眼前にバチバチ音を響かせながら迫る緑色の球が映った。

 

 

「いッ!?」

 

 緑色の球をかわすことができずにまともに喰らってしまったキンジは後方へと吹っ飛ばされ、体中を駆け巡る痺れに眉を寄せる。かつてジャンヌが浴びせてきた雷撃を遥かに超えるレベルの攻撃に、キンジはつい顔を歪める。

 

 

「7つ目は『雷』。そして最後は、『爆発』だ」

「ッ!?」

 

 シャーロックの発言が終わると同時に、キンジの目の前の空間がドガンと派手に爆発する。何の前触れもなしの爆発をキンジが防げるわけもなく、キンジの体は爆風に煽られ勢いよく吹っ飛ばされる。そして、キンジは背中から鋼鉄の壁に叩きつけられた。

 

 キンジはあまりの衝撃に「カハッ」と吐血する。肺が全力で押し潰されるような感覚に思わず呼吸ができなくなりながらもシャーロックを決して見失うまいと前方へと視線を向けたキンジの両眼に映ったのは、今にもキンジの首をスクラマ・サクスで突き刺さんとするシャーロックの姿。

 

 瞬間。ガキィィイイイン!という、金属と金属とを激しくぶつかり合わせたような衝撃音が響く。と、ここで。ただキンジとシャーロックの戦いを内心ハラハラとした心情で見つめていたアリアが、キンジが殺されてしまったのではないかと「キンジ!」と声を上げる。だが。アリアの心配は無事、杞憂に終わることとなった。なぜなら――

 

 

「驚いたよ。この大英帝国の至宝を、まさか歯で止められるとは、ね!」

 

 そう、キンジがシャーロックのスクラマ・サクスを歯で噛む形で防いでいたからだ。銃弾噛み(バイツ)の洋剣バージョンを見事に成し遂げたキンジはスクラマ・サクスを持つシャーロックの右手目がけて蹴りを放つも、シャーロックが特に躊躇することなくスクラマ・サクスを手放し、即座に後方へと引いたことにより、キンジがシャーロックに蹴撃を喰らわせることはなかった。

 

 

(ちッ、外したか。……まぁいい、シャーロックの武器を奪えただけでも及第点だ)

「……さて、予習はここまでだ。それにしてもキンジ君、君は凄いね」

「何だよ、嫌味か?」

「いやいや、とんでもない。僕の条理予知(コグニス)では、『1分間で8種類もの敵の技をお手軽体験コース』を終えた頃、君は戦闘不能になっているはずだったんだ。でも君はまだまだ余力を残した状態で今もこうして立っている。僕の条理予知(コグニス)がこうも狂わされたのはいつ以来だろうか。……この辺が凡人な僕と優秀な君との違いって奴なのだろうね」

「お前みたいな凡人がいてたまるかよ。てか、今の超能力のオンパレードは何なんだよ?」

「あれ、言ってなかったかい? 僕はイ・ウーメンバー全員の技を習得済みなのだよ。いや、それだけじゃない。この世に存在するほぼ全ての技を、僕は使えるのさ」

「ハァ!? 聞いてないぞ、そんなの!?」

「ま、これが僕ごときがイ・ウートップに君臨できていた理由の1つということさ」

「……ったく、本当に化け物だな、お前」

「その化け物の猛攻を凌ぎきった君が言えることではないと思うけどね。その言葉、そっくりそのまま君に返させてもらうよ」

「うッ」

 

 シャーロックに言い負かされたキンジは気まずそうにそっぽを向く。そして。キンジは気まずさを紛らわすために先ほど歯で受け止めたスクラマ・サクスをまじまじと見つめ、その一目で名剣とわかるほどに高貴な輝きを放つスクラマ・サクスに思わず感嘆の息を漏らした。

 

 

「しっかし、見れば見るほどいい剣だな。これ、俺がもらっていいか?」

「構わないさ。その剣は僕のような凡俗よりも、君のような義に生きる人間が使ってこそだ」

「そっか。ま、さすがに今回は使う気ないけどな」

(慣れない武器をいきなり実戦登用ってのはさすがに怖いしな)

 

 キンジはスクラマ・サクスを床にザンと突き刺しつつ、前を向く。すると、虚空を見上げていたシャーロックがキンジとアリアを交互に見つめて言葉を紡ぐ。

 

 

「さて。名残惜しいが、時間だ。余興はここまでとして、今から緋弾の継承を始めようか」

 

 シャーロックは両手を広げながら意味深な物言いをする。この時、そのシャーロックの言葉の意味する所を未だ知らず、ただただ首を傾げるキンジとアリアなのだった。

 

 




キンジ→シャーロックさんに原作以上に痛めつけられた熱血キャラ。キンジくんにはよくシャーロックさんの猛攻を耐え凌いだと心から賞賛したい所。
アリア→シャーロックさんへの言葉での説得に失敗した系メインヒロイン。後半部分では空気ながらも今が一番メインヒロインとして輝いている模様。
シャーロック→チートが凄まじく酷い逸般人。とりあえず、現時点で最低でも『水』『重力』『風』『レーザービーム』『光』『消滅』『雷』『爆発』『不可視の銃弾』『ヒステリア・アゴニザンテ』を行使できることが発覚している。やっぱりこの人化け物だわ。

 というわけで、123話は終了です。執筆してて心から思ったけど、シャーロックさんって本当に強すぎですよね。あまりの強さについつい赤松中学さんがシャーロックさん主人公のスピンオフ作品を書いてくれることを期待しちゃうレベルです。あ、もちろんジャンルは『俺TUEEEE』な無双モノでお願いしますね♪(★^ω^)


 ~おまけ(ネタ:もしも緋弾のアリアワールドが「がっこうぐらし!」な世界観になったら)~

● 前提:「がっこうぐらし!」な世界観におけるゾンビの特徴
・生前の記憶の残骸にすがる形で動いている節がある(ここ重要)
・生前の記憶の残骸にすがる形で動いている節がある(凄く重要)
・生前の記憶の残骸にすがる形で動いている節がある(超絶重要)
・音や光に反応して引き寄せられる習性がある(実証済)
・動きは鈍く、階段を上がるのは苦手(大本営発表)
・よく燃える(当社比)
・あっ……(察し)

 その日、世界は一変した。
 何が原因か、世界にはゾンビがあふれ、ゾンビに噛まれる形でどんどん感染が広がり、平和な日常というものは木っ端微塵に粉砕されていった。
 しかし、皆が皆ゾンビとなったわけではない。何だかんだで今の所生き残っている幸運な者もいる。そう。ここ、東京武偵高にも生存者が存在していた。


千秋「……(←そっと保健室の扉を開け、外の様子を確認する男)」
ゾンビーズA~Z「あぁ゛~!(←全員B装備に身を固め、銃を持ち、近くのゾンビと銃撃戦をやらかしちゃってる元強襲科の皆さん)」
ゾンビーズα~ω「あぁ゛~!(←お互いやたらと攻撃的な超能力で凄まじい戦闘を繰り広げちゃってる超能力捜査研究科の皆さん)」
千秋「……(←保健室の扉をそっ閉じする男)」
千秋(無理無理無理無理無理! この状況から脱出とか絶対無理! てか、なんであいつらゾンビのくせに銃使えたり超能力使えたりするんだよ!? ふざけんなよ!? この手のゾンビは一部例外こそあれど、生前より大幅に弱体化してるのがお決まりだろうがッ! くそッ、一刻も早くこの超絶危険地帯な武偵高から出ていきたいのに、まるで脱出できる気がしねぇ!)
千秋「……なぁ峰、そろそろ落ち着いたか?(←保健室の隅っこに視線を向けながら)」
理子「ひぅぅぅぅ!(←あまりの恐怖に体育座り&頭を抱えてガクブルしている少女)」
千秋(ハァ、ビビりの峰は常時マナーモード状態だから探偵科(インケスタ)Aランク武偵の力はまるで期待できそうにないし、これ本気で何をどうしたらいいんだよ!)

 千秋は現状のあまりのどうしようもなさに絶望し頭を抱える。
 神崎千秋と峰理子リュパン四世。2人の生き残りたちの未来やいかに……!?

 『ぶていこうぐらし!』、始まりませんよ?
 だってこれ、どう考えても「つ み で す」しね。


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124.熱血キンジと緋弾の継承


シャーロック「ぷるぷる、ぼくわるいいっぱんじんじゃないよ」
キンジ「ヒャッハー! 善人だろうが悪人だろうが一般人は焼却だぁぁああああああああ!!」
シャーロック「ぎゃああああああああ!?」
アリア(この茶番は一体……)

 どうも、ふぁもにかです。今回は基本的に原作と展開が同じなので、時間のない方はこの124話を飛ばしちゃってもいいかもしれませんね。特に前半部分は。あと、今回の話は書くのに非常に苦労しました。原作をただなぞればいいだけなのにどうしてこうも苦労しちゃったんだか、よくわかりませんね。ちなみに、今回は今までの本編の中で一番ぶっちぎりで文字数が多いです。その文字数は何と、11,891文字。どうしてこうなった、どうしてこうなった(^ω^)



 

「緋弾の継承?」

「うん。ということで、今から『緋色の研究』についての講義を始めさせてもらうよ。ここでの僕は一応教授(プロフェシオン)なのだし、偶には教鞭を執らないとね」

 

 ボストーク号艦内の、やたら広大なホールにて。『緋弾』『緋色』という、いかにも重要そうなキーワードを立て続けに並べられたキンジとアリアはそろって眉を寄せる。対するシャーロックは息がピッタリなパートナー二人の様子を受けて穏やかな笑みを浮かべつつ、スッと懐から拳銃を抜き、弾倉からチャキッと1つの銃弾を取り出した。

 

 それは、どこまでも緋色な銃弾だった。紅葉のようで、炎のようで、血のようで、バラのようで、夕焼けのようで、とにかく澄んだ緋色をした銃弾だった。

 

 

「これが『緋弾』だ。綺麗な緋色をしているだろう? これは日本では緋々色金(ひひいろかね)と呼ばれる金属だ。そして、色金とはこの世に存在するあらゆる超能力が可愛く思えるほどに、至大なる超常の力を人間に与える『超常世界の核物質』のことだ。何せ、色金はただの人間を強力な超能力者に変えてしまえるのだからね」

(そ、そんな物質があったのか。今まで全然知らなかったぞ。って、待てよ――)

「……金属、か」

「ん? 何か気になることでもあるのかい?」

「あぁ。理子のことだけど……」

「その通りだよ。理子君はただの人間だ。それなのに彼女が超能力を使えるのは、あの青い十字架にごく微量ながら色金が含まれているからだ」

 

 キンジの考えを先回りして答えを用意してきたシャーロックを前に、キンジは「なるほどな」と独語する。理子の話からあの青い十字架に不思議な力が宿っていることを知っていたキンジが、その不思議な力の正体が色金によるものだと知ったがゆえの呟きだ。

 

 

「色金を保有する結社はイ・ウーだけではない。ウルス、藍幇(ランバン)を始め、世界には色金を持つ組織が数多く存在し、日々色金の研究が行われている。また、国家の多くは陰ながら僕たちの研究の監視、あるいは支援を行っている。そして。僕の持つこの緋弾のように、特に高純度かつ質量の大きい色金を持つ者たちは、お互いの色金を我が物にしようと虎視眈々と機を伺っているのだが、色金のあまりに超常な力のせいで、お互い手を出しあぐねている状態だ。……まぁ、凡人で一般人な僕はわざわざ他の結社の色金を狙う気はないのだがね」

 

 シャーロックはやれやれと肩を竦める。暴力的な手段に訴える形で人様のものを奪おうと考えるなんて連中の気が知れないと言わんばかりの態度を見せるシャーロックをよそに、キンジとアリアはこれまたそろって口を閉ざす。シャーロックから次々ともたらされる新情報を整理するので精一杯なのだ。

 

 

「この緋弾は元々、ホームズ家で研究するようにと女王陛下から拝領されたものだ。ゆえに、今日で寿命を迎える僕は子孫の誰かに緋弾を継承する必要があった。しかし、緋弾を継承するには、緋弾の継承者に3つの条件を果たしてもらわないといけなかった。1つ目は緋弾を覚醒させられる人格の枠組みに当てはまっていること。2つ目は緋弾の覚醒のために心理的に成長してもらうこと。そして、3つ目は緋弾を覚醒させるには最低でも3年の月日を要するために、その間、継承者には緋弾を片時も肌身離さず所有せねばならないこと。これはどれも厳しい条件だったが、特に厳しいのは3つ目の条件だった。なぜなら、先も言ったように、緋弾の所有者は他の色金保有者から虎視眈々と狙われる立場であり、緋弾の力を利用できない状態ではそれらの勢力から緋弾を守り通すことなど不可能なのだからね」

「……まだよくわからないことが多いけど、シャーロック。お前は今からアリアにその緋弾を継承するつもりなのか?」

「あぁ、そのつもりだよ。いや、もう継承は終えていると言っても間違いではないけどね」

「「?」」

 

 シャーロックの矛盾に満ちた発言に戸惑いを見せるキンジとアリアだったが、直後。二人の双眸はこれでもかと驚きに見開かれることとなった。なぜなら、シャーロックの体の周囲を取り囲むようにぼんやりとした光が生じ、その光が見る見るうちに強めの緋色へと変色していったからだ。

 

 

(緋弾と同じ色をした、オーラのような光……これはシャーロックが今、緋弾の力を使おうとしている、ってことでいいんだよな? けど、戦意は感じられない。なら、何のために?)

「アリア君。君は今から3年前の、13歳の時。母親の誕生日パーティーで何者かに背中を撃たれたことがあるよね?」

「は、はい。確かに私は撃たれました。犯人は未だ特定されていなくて、その時の銃弾は摘出できずに今も私の背中に埋まっています」

(え、そうなのか? 初めて聞いたぞ、それ)

「撃ったのは僕だ」

「え――」

「なッ!?」

「そして、今君と一心同体となっているその銃弾こそが緋弾だ。そう、君は既に緋弾を受け継いでいるんだよ。そして。その事実は同時に、この場に緋弾が2つ存在していることを示している。緋弾は唯一無二、2つも存在するなどあり得ない。この矛盾が今成立しているのは、緋弾の力があってこそだ。緋弾の力を用いることで、この矛盾は矛盾でなくなり、単なる事実へと姿を変えることとなる。――さぁ、始めようか。儀式の時間だ」

 

 シャーロックが遠回しな発言を打ち切った時、シャーロックの衝撃発言に思わずといった風に固まっていたアリアは「え、な、なにこれ……?」と困惑に満ちた声を上げ始める。当然だ。何せ、なぜかアリアの体からも緋色のオーラのような光が生まれ始めたからだ。

 

 

(ちょっ、アリアまで光り始めたんだけど!?)

「それは共鳴現象(コンソナ)という。質量の多い色金同士は一度片方が覚醒すると、もう片方もまた覚醒する性質がある。まるで共鳴する音叉のように、色金を用いた現象もまた共鳴する。その証拠に、ほら。今、君の右手の人差し指に、僕と同じように緋色の光が収束しつつあるだろう?」

「あ……」

 

 シャーロックの言葉を受けてキンジがアリアとシャーロックを交互に見やると、確かにアリアとシャーロックの右手の人差し指には緋色の光が集まり、あたかも小さな太陽のような輝きを見せている。と、ここで。シャーロックは人差し指で天を指し示す。

 

 

「さて。今から僕はこの指先に集まった光球を君たちに放つ。だが、その前に、少しこの光球の力を見せてあげようか」

 

 シャーロックがあたかも拳銃のように突き出した指先から緋色の光がバシュウウウウウウウと砲弾のように飛び出ていく。とんでもないスピードでシャーロックの指から弾けていった光球によりホールの天井は撃ち抜かれ、光球の軌道上にあった物質はごっそり消失し、くり抜かれた天井から空が微かに見えていることを踏まえると、シャーロックの解き放った光球の威力は察するに余りあるものだということは想像に難くなかった。

 

 

(な、あ!? このボストーク号の隔壁を全部打ち破っただと!? おいおいおい、何て威力だよ、これ!?)

「これは古の倭詞(やまとことば)で『緋天(ひてん)緋陽門(ひようもん)』という、緋弾を用いた現象の1つでね。いっそ清々しいほどの威力だろう?」

「「……」」

「今から僕はこの緋天を君たちに撃つ。それを止める方法は、アリア君が僕に向けて緋天を放つことのみ。それ以外の手段を取ろうものなら、君たち二人はここで死を迎えることとなる。さぁ、アリア君。僕に人差し指を向けるんだ」

 

 パラパラと天井の一部たる瓦礫がホールに落下する中。シャーロックは再び自身の人差し指に緋色の光を溜めこみ、口をあんぐりと開けて驚愕を顕わにするキンジとアリアに対してその指を向けることで狙いをつけてくる。

 

 先ほどのとんでもない威力を持つ緋天を自分たちに向けて放とうとするシャーロックの意図がわからず「え、え?」とただオロオロするのみのアリアの右腕をキンジは咄嗟にバッと掴んだ。アリアが右手を上げられないように。アリアが人差し指をシャーロックへと向けられないように。

 

 

「キンジ?」

「む? 何のつもりかね、キンジ君?」

「何を狙って、お前がその緋天とやらを俺たちに撃とうとしてるかなんてわからない。でも、俺たちが何でもかんでもお前の思い通りに動いてやるとでも思ってるのか?」

「ほう? ではアリア君に緋天を撃たせないのかね?」

「そのつもりだ。見た感じ、さっきので緋天が放出されるタイミングはわかったから、避けるだけなら大丈夫そうだからな」

「確かにタイミングさえわかってしまえば緋天を避けること自体の難易度はそこまで高くない。でも、僕は条理予知(コグニス)で君たち2人の回避先を先読みした上で緋天を放つから、これを避けられる可能性は限りなくゼロに近いのではないかな? それに、仮に君が僕の条理予知(コグニス)を超えて緋天を回避してみせたとして……いいのかい?」

「何がだ?」

「緋天の威力は見ただろう? 実の所、僕の指差す先にはアンベリール号があるのだよ。もしかしたら、君たちが緋天を避けることで白雪君やジャンヌ君、カナ君にパトラ君が死んでしまうかもしれないね。それでも君は緋天を避けるという選択をするのかい?」

「ッ!? お前ッ!」

 

 緋天により為すすべもなく体を貫かれるカナたちの姿が脳裏によぎったキンジはシャーロックへと声を荒らげるも、対するシャーロックは「そう怒ることはないよ、キンジ君。君たちが僕の言う通りに行動すれば、死者なんて出ないのだから」と平然と言葉を続けるだけだった。

 

 

(本当にシャーロックの指差す先にアンベリール号があるかどうかはわからない。これは単にシャーロックのウソかもしれない。でも、完全にウソだと証明できない以上、ここで感情的にシャーロックの発言をウソだと決めつけて回避に走るわけにはいかない)

 

 キンジは渋々、本当に仕方なくシャーロックの言う通りにすることを決定すると、「キ、キンジ。私、どうしたら……」とあたふたした口調ですがるような眼差しで尋ねてくるアリアに対し、「アリア。さっきのシャーロックのやり方を思い出すんだ。こんな感じだったろ?」と掴んだままのアリアの右腕をゆっくりと持ち上げ、人差し指をシャーロックへと向けさせる。

 

 

「アリア君。集中するんだ。心を落ち着かせて、精神を静謐に保って、君の指先の一点に力を収斂させるイメージをするのだよ。しかし、決して緋弾に呑まれてはいけない。心を研ぎ澄ませすぎないよう、隣のキンジ君の存在を頭の片隅で意識し続けるんだ」

「……」

 

 シャーロックの抽象的なアドバイスを実際に実践しながら、アリアはおもむろに深呼吸をする。すると。アリアの指先に集う緋色の光球の大きさが、シャーロックの指先のモノと同等のサイズへと膨らんでいく。その様子をしかと確認したシャーロックは、ついに緋天を放つ。寸刻の後、アリアの指先の光も呼応するようにアリアから離れ、光と光はキンジ&アリアとシャーロックの中間地点で音もなく衝突した。

 

 

「「「……」」」

 

 あまりに幻想的で、荘厳で、神秘的な光景に誰もが口を閉ざし、ただただ緋色の光に視線を注ぐ中。ぶつかり合っていた2つの緋色の光はピタリと空中で静止し、無音のままにそれぞれの光が混じり合い、融合していく。

 

 その後。緋色の光が弱まると同時に、太陰大極図のように融合していく2つの光は段々と形を変え、直径2メートルほどのレンズのような形を形成してゆく。そして。宙に浮かぶレンズの中に何かが浮かび上がってくる。

 

 レンズの中に映る、明らかに映像ではなく実体を伴った存在が次第にくっきりレンズに出現するにつれて、キンジとアリアは声もなく驚きを顕わにした。無理もない。なぜなら、レンズの中に映ったのは、紛れもなく神崎・H・アリアだったのだから。

 

 

「ア、アリア。あれは一体……?」

「わ、私に聞かれてもわかりませんよ。でも、まだ金髪だった頃だから……3年ぐらい前の私だと思います」

「なら、あそこにいるのは過去のアリアってことになるのか?」

「……にわかには信じがたいですが、そういうことになりますね」

 

 目の前の信じられない光景に愕然としながらも、キンジとアリアはお互いぎこちない口調で言葉を交わす。その話によると、どうやらアリアの桃髪は生まれつきではなかったらしい。

 

 

(いや、でもアリアの桃髪は染めたようにはとても思えないほどに綺麗な色をしているぞ。それに、真紅じゃなくてサファイアみたいな紺碧の瞳をしてるし、どうなってるんだ?)

 

 キンジは今のアリアとレンズの中に映る過去のアリアとの見た目の違いに疑問を抱きつつもレンズの中の金髪アリアを見上げる。

 

 

 見る限り、レンズの中の金髪アリアは見た目だけでなく、雰囲気も随分と違う。

 勝ち気で、子供っぽくて、自信に満ちあふれているのが一目でわかるぐらいで。

 まるで、俺が考えている典型的な貴族みたいだ。これで金髪アリアの髪型がツインテールじゃなくて縦ロールだったら俺の思い描くお嬢さまと完璧に一致したことだろう。

 

 ここからは見えない、レンズ外の誰かに話しかけられたのか、白いサニードレスを身に纏った金髪アリアが「にしし」と快活に笑う姿は、楽しく談笑する姿はまるで、かなえさんとそっくりだ。

 

 

「成功だ。これが時空のレンズ、『暦鏡(こよみかがみ)』だ。……日本の古文書では、同じ緋天を衝突させることにより緋天同士は空中で静止し、『暦鏡(こよみかがみ)』が発生すると書かれているが……こうして実物を目の当たりにするのは初めてだ。年甲斐もなく、ついつい興奮してしまうよ」

 

 キンジが今のアリアと昔の金髪アリアとの雰囲気のギャップに戸惑う中。空中にて作り上げられたレンズの向こう側からシャーロックの声が届けられる。

 

 

「緋弾というモノは実に素晴らしい。何せ、緋弾を利用すれば過去への扉を開けることすら可能となるのだからね。……アリア君。3年前に君を銃で撃ち抜いたのは3年前の僕じゃない。この時空をも超越するこの『暦鏡(こよみかがみ)』を利用して、僕が今から3年前の君を狙撃するんだ。僕が今持つ緋弾を、3年前の君へと継承するんだ」

 

 シャーロックは拳銃に緋弾を装填する。そして。シャーロックがレンズの中に映る金髪アリアへ向けて拳銃を向けた瞬間、キンジは血の気が引く思いがした。緋弾は、その身に秘める強大すぎる能力ゆえに、他の色金保有者から狙われる運命にある。なら、このままシャーロックの発砲を許したら。アリアは、どうなる? どうなってしまう?

 

 

「アリアッ! 避けろォ!!」

 

 シャーロックが拳銃の引き金を引こうとする中、キンジは叫ぶ。レンズの中の金髪アリアがシャーロックの凶弾をかわしてくれることを祈って、キンジは全身全霊の声を上げる。しかし。レンズに映る金髪アリアはまるで反応しない。おそらく向こうの金髪アリアには俺の声が聞こえてないし、俺の姿も見えていないのだろう。

 

 

「シャァァアアアアアアアアアロックゥウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 金髪アリアの自主的な回避は期待できない。それゆえに。キンジはシャーロックの金髪アリアへの発砲を防ぐために両手に小太刀を装備してシャーロックとの距離を詰め、容赦なく斬りかからんとする。しかし、直後。キンジの体はロードローラーにでものしかかられたような感覚に襲われ、その場から動けなくなる。重圧に押し潰されるような感覚のせいで、小太刀を持った両腕をまともに持ち上げることができなくなってしまう。

 

 と、ここで。パァーンという、乾いた銃声が響いたかと思うと、背中を撃たれたレンズの中の金髪アリアがその紺碧の瞳を見開くとともに、まるで糸が切れた人形のようにパタリと倒れていく。その姿を映したのを最後に、時空のレンズは薄れていき、空気へと溶け込み、空中から消滅した。

 

 

「……ア、リア」

 

 レンズの中の、過去のアリアが、撃たれた。呆然と呟くキンジの隣にて、桃髪アリアが、ショックのせいか、無言のまま硬直している。それは当然の反応だ。何せ、己の敬愛する者に自分が撃たれるシーンを、まざまざと目の当たりにしてしまったのだから。

 

 

(これが理由か。この時にシャーロックに緋弾を撃たれたことで、今のアリアが緋弾を使って緋天を放てるようになったって寸法か……!)

「その通り。これが、緋弾を保有する継承者がこの場に2人もいたという、カラクリだ。今ここにおいて、僕が過去のアリア君に緋弾を継承したことにより、矛盾は解消されたわけだ。……さて。ここで緋弾の副作用について話をしておこう」

「「……」」

「実は、緋弾には副作用が2つある。それを素晴らしいと捉えるか、最悪だと捉えるかは人それぞれだけどね。まずは延命作用についてだ。緋弾には延命作用があり、緋弾を保有する者の肉体的な成長を遅らせる性質がある。アリア君が緋弾を撃たれてからというもの、実年齢と比較して肉体的な成長をあまり望めなかったのもこの延命作用が理由だ。そして。この緋弾の特徴があったからこそ、僕は150年もの長い時を生きてこれたというわけだ。そして2つ目の副作用なのだが、成長期の人間に色金を埋め込んでしまうと、髪と瞳が今の君のように美しい緋色に徐々に変貌してしまうのだ。個人的に緋色は好きな色だから、アリア君の体が緋色に染まっていくのは歓迎しているのだが……アリア君がもし元の自身の髪と瞳が好きだったというのなら、申し訳ないと謝罪するに他はないだろうね」

 

 先ほどの出来事のあまりの衝撃に、何も話す気になれないキンジとアリアはただただシャーロックの話に耳を傾ける。一方。シャーロックは拳銃を懐にしまうと、「以上で『緋色の研究』の講義を終了するよ」と言葉を付け加えた。

 

 

「アリア君、キンジ君。『緋色の研究』は君たちに引き継ぐよ。緋弾にはまだわからないことが数多く秘められている。僕が一生を費やしてもなお解明できない事項があるぐらいだから、どうか気長に研究していってほしい」

「「……」」

「そして、キンジ君。アリア君は3年前から緋弾を保有し続けたため、今は覚醒したアリア君が緋弾を保有していることになる。……今現在、世界は新たな戦いの中にある。今は硬直状態が続いているものの、色金保有者同士の戦いはいずれ本格化し、緋弾を持つアリア君は否応なしに巻き込まれるかもしれない。その時は、アリア君を支え、彼女とともに戦い、彼女を守ってほしい。そのために、僕は武力の急騰(パワー・インフレ)という手法を使ったのだから」

「……は?」

「君たちがギリギリ死なないで済むようなイ・ウーメンバーを段階的にぶつけ、戦わせることにより、君たちはもう十分強くなった。その強さをもってすれば、緋弾を守り抜いていけるだろう。だからどうか、アリア君を守ってほしい。最良の世界のために」

「……おい」

 

 もう何も言い残すことはないと言わんばかりの表情のシャーロックにキンジはドスの利いた声を届ける。シャーロックの発言に憤りを感じたキンジは、未だシャーロックの話す内容を呑み込みきれていないアリアをよそに、小太刀の切っ先をシャーロックへと向ける。

 

 

「ふざけんなよ、シャーロック。何が最良の世界だ。かなえさんは冤罪を被せられてずっと拘束されてるんだぞ? アリアは、俺と出会うまではたった一人でイ・ウーと対峙しないといけなかったんだぞ? どれだけ苦しくて辛い思いをしたと思ってる? 人の人生を平気で踏みにじっておいて、わかったようなこと言ってんじゃねぇぞ。……謝れよ、シャーロック。アリアに謝れッ!」

「謝るつもりはないよ。『僕は僕のやり方を変えるつもりはない。最期の最期まで貫くつもりだ。例えそれが、世間一般に見て鬼畜の所業なのだとしてもね』と言っただろう?」

「このッ――!?」

 

 あくまで謝罪するつもりのないシャーロックを前にして、怒りのままにシャーロックへと突撃しようとしたキンジは、ここで違和感に気づいた。

 

 

 シャーロックは俺とアリアを成長させるために段階的に敵をぶつけてきた。

 だけど。俺はそもそも、あの時のアリアの涙を見なければ、アリアの抱える孤独を見なければ、アリアとパートナーにならなかったかもしれないのだ。

 そうなれば、パートナーの俺に緋弾を継承したアリアを守らせるというシャーロックの計画は崩壊してしまうため、シャーロックは仕込みをする必要があるのだ。俺とアリアが確実に、100%の確率でパートナー関係となるように、かなえさんに冤罪の濡れ衣を着せ、俺とアリアとを出会わせ、イ・ウーの面々を俺たちにぶつける前から、仕込みをする必要があるはずなのだ。

 

 

――キンジ。貴方は、信じてくれるのですか? お母さんが冤罪だって。誰も信じてくれなかったのに?

 

 と、ここで。キンジは思い出す。ヒステリア・ベルセにより通常の51倍にまで高められた思考力が、あの雨の日のアリアの発言を呼び起こす。

 

 

 そう、そうだ。これがおかしいんだ。

 アリアは俺がかなえさんが無実だと主張するまでは、誰もがかなえさんを有罪だと判断し、かなえさんの無罪を信じなかったと言っていた。

 だけど、これはどう考えてもおかしい。

 かなえさんはサバサバとした明るい性格の人で、あの朗らかな性格で敵を作るとは考えにくい。

 アリアの知り合いの中にはかなえさんと仲のいい人もいたはずだ。

 なのに、かなえさんが無実の罪で捕まった際、かなえさんに味方をする意見は一つもなかった。

 かなえさんと少しでも話せば、かなえさんの目を見れば、864年もの懲役を科されるほどの極悪犯罪者の素質を持っていないことなどすぐにわかるはずなのに、実際は誰もがかなえさんの有罪を疑わなかった。

 

 

 ――それが意味することは一つ、誰も彼もがかなえさんを極悪人だと誤認するように、『シャーロックが情報操作を行った』ということだ。

 

 そうして、シャーロックはアリアを孤独に陥れた。

 シャーロック曰く、最良の世界のために。

 

 

(ふざけるな。ふざけるなよ……!)

 

 おかしいとは思っていた。

 そもそも。普段のアリアは大人しく、理性的で、とにかく付き合いやすい性格をしている。

 少なくとも、無差別に敵を作るような刺々しい性格をしていない。

 なのに、アリアは日本に来るまで仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいなかったと言う。誰かと友達となった経験が少なかったと言う。

 そんなことがあり得るはずがないのだ。いくら第三者から見たアリアがかなえさんという極悪犯罪者の身内だからって、ある程度アリアの人となりに触れさえしていれば、皆が皆、アリアと距離を取る選択をするはずがないのだ。

 

 しかし。そのおかしさも、シャーロックの介入を想定すれば説明できてしまう。

 シャーロックは情報操作によりアリアに極力友達を作らせないようにしたのだ。そうして。アリアを孤独にして。かなえさんすらも冤罪に陥れることで、もう何も精神的にすがれる存在がいなくなった所で、アリアを俺と出会わせる。

 そうすれば。そこまで誘導すれば。後は、俺がかなえさんの冤罪を主張するだけでアリアの俺への好感度は跳ね上がり、アリアは確実に俺に依存する。それでパートナー関係は完成する。後は俺たちに武力の急騰(パワー・インフレ)を施してしまえば、何もかもがシャーロックの筋書き通りとなるというわけだ。

 

 

「大体、今君が考えている通りだよ、キンジ君」

「……」

「理由は2つある。まず、孤独はある程度までは人を強くするからだ。孤独を起因とした強さには天井があるが、その天井まで手っ取り早く強さを押し上げるには、孤独という要素は非常に重要なのだ。ゆえに、アリア君を孤独にさせた。その結果として、実際にアリア君は強くなった。それこそ、幾多もの極悪犯罪者を捕えられるぐらいにはね」

「……」

「もう1つは、アリア君の性格を変えるためだ」

「……性格を変える?」

「君はアリア君が昔から今と同じ性格なのだと考えているようだが、それは違う。昔の彼女は、情熱的でプライドが高く、子供っぽい性格をしていた。言い換えると、敵を作りやすい性格をしていた。だが、それではダメだった(・・・・・)んだよ。そのような性格では緋弾を完全に(・・・)継承する条件は満たされず、さらには君がアリア君に反発してパートナー関係になることを拒否する可能性が否定できなかったからね。だからこそ、アリア君を孤独へと陥れた。そうすることで、アリア君に『皆に嫌われたのは、距離を取られるようになったのは、母親のこともあるけれど、自分の性格のせいでもあるのではないか?』との疑問を抱いてもらい、なるべく人に嫌われないような性格を作り上げてもらおうと考えていたのだよ。そう、今のアリア君みたいに――大人しく、理性的で、とにかく付き合いやすい性格を作り上げてほしかったのだよ、僕は」

「――ッ」

 

 シャーロックの発言からキンジの推論の内容を悟ったアリアが息を呑む。アリアの隣に立つキンジが、アリアの手がほんの少しだけ震えていることに気づいた時、キンジの中でぷつんと何かが切れる音がしたような気がした。

 

 

 何だ、それ。何だよそれ!

 アリアの性格が緋弾の継承に都合が悪いから、都合のいい性格に作り変えてもらっただと?

 何だよそれ、ふざけるな! 冗談じゃない!

 最良の世界とやらのために、どこまでアリアを弄べば気が済むんだ!

 

 

――いいものですね、仲間がいるというのは。

――私は知っています。一人がどれだけ融通が利いて、自由で、背負うものがなくて、心細くて、辛いか、それを身をもって知っています。

――こ、これがあだ名というモノですか。……何だか物凄くこそばゆいですね。

――私には仕事仲間はいてもプライベートを共にするような人はいませんでしたから。

――ま、まぁ峰さんは私のお母さんのために頑張ってくれてますし、ももまんも届けてくれますし……と、友達というのも吝かではありませんね、ええ。

 

 病室のベッド上で。友達が、仲間がいることの心強さに涙を零したアリア。

 たった一つあだ名をつけられることが、恥ずかしくて嬉しかったアリア。

 友達がとかく少なかったせいで一歩踏み込んだ人間関係を作るのが不器用なアリア。

 

 キンジの脳裏に、これまで一緒に過ごしてきたアリアの姿が次々とよぎっていく。

 

 

――キンジ。貴方は、信じてくれるのですか? お母さんが冤罪だって。誰も信じてくれなかったのに?

 

 そして。精神的に追い詰められ。真紅の瞳を涙で滲ませ、掠れた声で、一縷の希望にすがりつくかのように尋ねてきたアリア。

 

 このアリアの姿を脳裏に思い起こした時、キンジは文字通りブチ切れた。ヒステリア・ベルセの血が一気に濃くなり、シャーロックへの憎しみが、殺意が、どこまでも増幅されていく感覚がキンジにはよくわかった。

 

 

(シャーロック。お前は、お前だけは絶対に許さねぇッ!!)

「……なぁ、シャーロック。俺はキレたぜ。ひっさびさに、キレた。こんなにキレたのは、あのマスゴミ連中が好き勝手やりやがった時以来かもしれないな」

「ふむ、そうかい。それで? キレた君はこれから一体どうするのかね?」

「んなもん決まってるだろ。シャーロック、お前を俺の手でぶち殺す」

「ほう、随分と物騒な宣言をしたものだね」

「そうでもないさ。どうせお前は今日で寿命なんだろ? だったらただ単に時間が来てポックリ死のうと、俺に殺されて死のうと一緒だろ? 精々死因が変わるだけだ」

「確かにそうだね。けど、いいのかい? 僕のようなその辺によくいる一般人を殺してしまっては武偵法9条破りになってしまうよ?」

「その程度の脅しで俺が止まると思ってんのか? そもそも今の世界に150年も生きられる人間なんていない、てことでお前は人外で決め打ちだ。緋弾には延命作用が云々とか、そんな設定なんか知ったことか。『武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』。これが武偵法9条の内容だが、人間を対象に作られた法律に人外の化け物は当てはまらない。9条なんか関係ねぇよ」

「酷いなぁ。僕ほど一般人という言葉のイメージに合った人間は他にいないというのに」

 

 シャーロックをギンと凝視する視界が赤く染まり、シャーロック以外のいかなる対象にも意識を向ける気がなくなっていくのを感じつつ、キンジは獰猛な眼差しをシャーロックに注いでいく。

 

 

「キ、キンジ……」

 

 と、この時。アリアが不安げにキンジを見上げていて。キンジはついヒステリア・ベルセに身を委ねすぎた結果、過激な発言をしすぎてしまったとヒステリア・ベルセの血を抑えつけ、どうにか冷静さを取り戻した。

 

 

「……あ、なし。今の発言はなしだ、シャーロック」

「ふむ。ではキレたキンジ君はこれからどうするのかね?」

「ぶん殴る。お前を、俺の全身全霊で殴り飛ばしてやる」

「できると思っているのかい? 君はどう足掻いても僕に勝てない。僕には150年以上もの間、世界各地で数多の強力で強靭な敵を仕留めてきた実績がある。一方、君はまだ僕の10分の1程度の年しか生きていない若造だ。いくら僕が凡人だからといって、彼我の力量差は語るまでもないと思うけど?」

「ま、そうだろうな。でも、できる。俺は世界最強の武偵になる男だ。命を賭ければ、お前なんて一捻りだ」

 

 キンジは左手に小太刀、右手に拳銃を装備して「――今度は俺が教えてやるよ、シャーロック。死ぬ気で襲いかかってくる奴がどれだけ恐ろしいかを、な」と、シャーロックへニィィと得意げな笑みを見せる。かくして。キンジとシャーロックとの二度目の戦いが今、勃発するのだった。

 

 




キンジ→ただいまマジ切れ中の熱血キャラ。ヒステリア・ベルセの影響で、乱暴な思考になりがちである。次回の活躍が非常に期待される所だが、はたして彼は次回どうなってしまうのか。
アリア→3年前までは金髪碧眼だった系メインヒロイン。元々は原作のような性格(※若干、原作よりマイルド補正がかかってたりする)をしていたが、誰も手を差し伸べてくれない孤独を経験したことで、なるべく人に嫌われず、自身を受け入れてくれるような性格を形成するようになった。
シャーロック→原作通り、緋弾の継承を成功させた逸般人。アリアを孤独へ陥れるために徹底的に情報操作を行ってきた辺り、結構エグい。

シャーロック「今のは実は『緋天(ひてん)緋陽門(ひようもん)』ではない、メラだ」
キンジ&アリア「「え゛!?」」

 というわけで、124話は終了です。無難に原作沿いで話が進んだ124話でしたね、ええ。一応、原作沿いじゃないとんでも展開として、シャーロックさんの放った緋弾が何かの間違いでうっかりキンジくんに命中してしまい、キンジくんに緋弾が継承される的なルートも考えはしたんですが、さすがに原作乖離が凄まじく断念しました。ナムサン!

 そして。ここのアリアさんも元々は原作と大差ない性格だったという設定をようやく公開出来た件について。これは連載当初からの設定だったんですが、本編では公開できる機会がないのではと若干諦めつつあったので、やっと表に出せてちょっぴりホッとしています。あい。

 あと、今回はおまけはなしです。次回を待て!


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125.熱血キンジと真骨頂


 どうも、ふぁもにかです。今回はキンジくんとシャーロックさんとの激戦回、ということでキンジくんにはちょいと無理やり感の否めないオリジナル技を駆使してもらいます。もしかしたら「いやいやいや、これはないだろ」と思われるかもしれませんが、その辺は目を瞑って展開を見守ってくれると非常に助かります。

 ちなみに。ここ最近の執筆速度が割と早いのは、元々この辺の展開を既に7割方執筆済みだったからです。前々からずっと、この辺りのシーンを投稿したくてたまらなかったわけですよ、私は。



 

「――今度は俺が教えてやるよ、シャーロック。死ぬ気で襲いかかってくる奴がどれだけ恐ろしいかを、な」

 

 ボストーク号艦内の、やたら広大なホールにて。キンジは左手に小太刀、右手に拳銃を装備してシャーロックへニィィと得意げな笑みを見せる。しかし、その内心は意外に複雑だった。

 

 

(切り札はあるが……正直、リスクが高すぎるからできることなら使いたくなかったんだよなぁ。でも、もう四の五の言ってる場合じゃない)

 

 キンジは内心でため息を吐きつつも、すぐに腹を括る。キンジの切り札。それは、パトラとの戦いでヒステリアモードの任意解除を行った時と同じく、ぶっつけ本番の代物である。加えて、成功率はヒステリアモードの任意解除よりも遥かに低く、成功しようと失敗しようと自身が死んでしまいかねないため、明らかに分の悪すぎる賭けである。しかし。キンジは賭けに踏み切ることにした。キンジの脳裏に、己の敬愛する兄の言葉が蘇ったからだ。

 

 

――キンジ! 男には、例え命を犠牲にしかねない状況下であっても、それでも男の意地を貫き通さないといけない時がある! それが今だ!

 

 

 そうだ。今だ、今なんだ。今賭けに出なければ、シャーロックを倒す機会は永遠に失われる。

 そんなのはダメだ。アリアを散々苦しめておいて。痛めつけておいて。

 それで痛めつけた張本人はアリアの受けた苦痛を1ミリだって知ることなく、今日でのうのうと天寿を全うしようとしている。

 そんなこと、許されてなるものか。例えアリアが許したって、俺が許さない。

 アリアのパートナーとして。アリアに恋心を抱く男として。俺の女を傷つけまくったシャーロック・ホームズは全力でぶっ飛ばさなきゃ気が済まない。

 

 しかし、シャーロックは強い。俺とシャーロックとの戦力差は火を見るよりも明らかだ。ただ普通に立ち向かった所で、俺はシャーロックにかすり傷すら与えられないだろう。さっきの予習とやらのように、ただいたずらに蹂躙されるだけだ。だから。だからこそ。

 

 

(――命を燃やせ、遠山キンジ。命をチップに、シャーロックの野郎をぶちのめすんだ!)

 

 キンジは己の両眼に確かな戦意の炎をたぎらせ、胸の内に眼前のシャーロックへの憎しみを募らせる形で、体を駆け巡るヒステリア・ベルセの血が未だ解かれていないことを確認する。

 

 

(よし、まだヒステリア・ベルセは継続中だ。なら、次だ)

 

 キンジはスゥと静かに目を瞑る。視界を防いだ状態で、キンジはとあるシーンを脳裏に呼び起こす。それは、アンベリール号にて。呪弾の呪いからアリアを救うために、すやすやと眠るアリアとキスをしたシーン。その時の、柔らかなアリアの唇の感触を鮮明に思い出した瞬間。バクンと心臓がひときわ強く脈打つ感覚をキンジは感じた。

 

 

(よし、ヒステリア・ノルマーレ()発動できた。ここまでは順調。あとは――最後の仕上げだ!)

 

 キンジは事が順調に運んでいることに内心で喜びを感じつつも、防弾制服のシャツをバサッとスタイリッシュに脱ぐ。そして。上半身裸となったキンジは一切躊躇することなく己の左横腹に左手の小太刀をザシュッと突き立て、そのまま左側へ横薙ぎに振るう形で横腹をかっさばいた。

 

 

「うん!?」

「……キンジ!?」

 

 キンジのいきなりの自傷行為にアリアとシャーロックが酷く衝撃を受ける中。横薙ぎに振るった小太刀から自身の血が飛び散る中。キンジは荒波のように襲いかかる激痛につい意識を失わないよう気合いで耐えつつ、左手に持つ小太刀を背中へとしまう。

 

 その後。全身を暴れ回る激痛に意識を持っていかれない程度には痛みに慣れた頃。キンジは自身の体の変化をきちんと知覚した。自傷行為により自身を死にかけの状態にまで持っていったキンジは、己がヒステリア・アゴニザンテをも発動できていることを認識した。

 

 

(よっしゃ、できた! 成功したぞ! ヒステリアモードの重ねがけ……ッ!!)

 

 ヒステリア・ベルセの発動中に、ヒステリア・ノルマーレとヒステリア・アゴニザンテを追加で発動させるという賭けを上手い具合に成功させたキンジは、ドクンドクン所じゃなく、バグンバグンとあたかも心臓付近で爆発が頻発しているかのような激しい心音に身を委ねつつ、己の思惑通りに事態が進んだことにニィィと勝ち気な笑みを深めていく。

 

 そう。キンジの切り札とは、三種類ものヒステリアモードを重ねがけすることだった。この切り札を思いついたのは、兄からヒステリアモードが一種類のみではないという話を聞いた時。兄から開示されたヒステリアモードに関する新たな情報を前に、ヒステリア・ベルセにより51倍にも高められた思考力は一つの仮定をキンジに示していたのだ。

 

 『性的興奮で発動するヒステリア・ノルマーレ、死に瀕することで発動するヒステリア・アゴニザンテ、自分の女を他の男に奪われることで発動するヒステリア・ベルセ。この3つを重ねがけしたら、どうだろうか? 複数のヒステリアモードを同時に発現できれば、自身を超強化できるのではないか?』という仮定を、キンジの思考回路は生み出していたのだ。

 

 

 実際。キンジのこの仮定は正解である。様々な派生系が存在するヒステリアモードを一気に発動させた時。思考力・判断力・反射神経などの感覚は乗算される形でパワーアップするのだ。

 

 今回の場合であれば、ヒステリア・ノルマーレの30倍、ヒステリア・アゴニザンテの51倍、ヒステリア・ベルセの51倍。これら3つの数字を乗算すると、実に78,030倍。そう、今のキンジの思考力・判断力・反射神経などの感覚は通常の約7万8千倍にまで跳ね上がっているのだ。これはもはや、人間の枠組みを軽く逸脱した正真正銘の人外が、今ここにおいて誕生したといっても決して過言ではないだろう。

 

 ちなみに。このヒステリアモードの重ねがけは体への負荷が凄まじいため、使えば使うだけ確実に寿命を削っていく代物だということをキンジは知らない。いや、例え知っていたとしても、キンジはこの場面でのヒステリアモードの重ねがけをためらわなかっただろう。なぜなら、今のキンジは己の意地を貫き通すために命を燃やして戦う覚悟を決めているのだから。

 

 

(名づけるなら『多重ヒステリアモード』って所か。上手くいって本当によかったよ)

 

 キンジは腹部を小太刀で貫いたためにガフッと血の塊を吐きながらも、賭けに成功した喜びからか、決して笑みを崩さない。今回の賭けは非常に分が悪すぎる賭けだった。なぜなら、ヒステリアモードの重ねがけは初めての試みであるため、実際に重ねがけできるかどうかは未知数だったからだ。重ねがけができなければただ自滅しただけになる上、もし仮にヒステリアモードの重ねがけができたからといって、自身を死にかけの状態に持っていくことに見合うだけの莫大な効果を得られるかどうかもわからなかったからだ。

 

 

(……けど、俺は賭けを成功させた。これなら、いける!)

 

 それでも敢えてキンジがわざわざ自身の命を削るという危険極まりない切り札を選んだ理由。それはシャーロックの条理予知(コグニス)を攻略するためである。

 

 シャーロックの条理予知(コグニス)は、つい未来予知と勘違いしたくなるけど、結局はただの推理だ。

 だから、十分な情報がなければ未来を推理しようがなく、未来を正確に予知できない。

 あの時。シャーロックの予習で条理予知(コグニス)の導き出した通りに俺が戦闘不能にならなかったのは、シャーロックがヒステリア・ベルセを知らなかったから。

 ヒステリア・ノルマーレとヒステリア・アゴニザンテしか知らなかったからだ。

 

 ここに、シャーロック・ホームズを倒すヒントが転がっている。

 シャーロックを倒すには条理予知(コグニス)攻略は避けて通れない。

 そして、条理予知(コグニス)を攻略する方法は2通り存在する。

 

――シャーロックの知らない情報を切り札に戦うことで条理予知(コグニス)を狂わせるか。

――条理予知(コグニス)で導き出そうともかわしようもない必中攻撃を繰り出すか。

 

 

(これを踏まえてこれからどう戦うかだけど……ッ! さすがは多重ヒステリアモード。3つもヒステリアモードを重ねがけすると、こうも簡単に解決策が思い浮かぶものなんだな。……見えたぞ、シャーロックを倒すための方程式がッ!)

「……キンジ君。君は一体、何を考えている? 正気かい?」

「さてな。けど、『死ぬ気で襲いかかってくる奴がどれだけ恐ろしいかを教えてやる』って言っただろ? ……残念だったな、シャーロック。今、この時点で、お前は俺に勝てなくなった。お前の敗因は、今の俺の自傷行為を阻止しなかったことだ」

「ほう。ここでもう勝利宣言をするとは、随分と自信があるみたいだね。さっきまでとは雰囲気がまるで違うことも関係しているのかい?」

「さーて、どうだろうな」

「やれやれ、教えてくれる気はなさそうだね。僕のようなうだつが上がらない凡人相手に警戒しすぎではないかね? ……まぁいい。そこまで言うからには、今の言葉が虚言でないことを確かめさせてもらうよ。何せ、僕の条理予知(コグニス)は君の完全敗北を導出しているのだからね!」

 

 その言葉を最後にシャーロックはついに動く。シャーロックの手元からパパパパッと閃光が連続で弾けたかと思うと、キンジの元に十数もの弾丸が迫っていく。銃弾のリロードの様子すら視認できないほどの手さばきで次々と不可避の銃弾(インヴィジビレ)でキンジに弾丸をお見舞いするシャーロックを前に、キンジは平然と弾幕をかわしていく。

 

 なぜキンジが不可避の銃弾(インヴィジビレ)を当然のように攻略しているのか。

 理由は簡単。シャーロックの呼吸の周期、目線の動かし方、足運び、手の動きなど、シャーロックの一挙手一投足から得られるありとあらゆる膨大な情報を通常の約7万8千倍にまで跳ね上がったキンジの思考力が超高速で分析をすることで、シャーロックがいつ銃を抜き、どこを狙って撃ってくるかをキンジが事前に把握しているからだ。

 

 しかし、いつまでも攻撃をかわすだけのキンジではない。キンジは自身に迫る銃弾の弾幕の一部へ目がけて拳銃を発砲し、銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)の形でシャーロックの体を貫くようにと銃弾の軌道を変更させる。多重ヒステリアモードの判断により発射されたキンジの銃弾は、1つの銃弾の軌道を修正するにとどまらず、弾かれた先でもまるでビリヤードのように次々と他の銃弾と接触し、当たった全ての銃弾をシャーロックの方へと弾き返していく。

 

 神業というべき手さばきでリロードや不可避の銃弾(インヴィジビレ)を繰り返し、さらにはキンジが軌道を変更させた銃弾すら総じて銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)でキンジへと弾き返し、とにかく物量に物を言わせんとばかりに大量の銃弾を放ち、手数で攻めるシャーロック。

 

 シャーロックが不意打ちを目的として時折挟んでくる風刃や爆発などの超能力を事前に察知して軽々とかわしながら、放つ銃弾数こそ少ないものの、自身に襲いかかる全ての銃弾の軌道を変更することこそできないものの、頻繁に弾倉を換えながら、1つの銃弾で効率よくいくつもの銃弾をシャーロックへと弾き返すキンジ。

 

 キンジが一部だけ取りこぼしているものの、ほとんどの銃弾はキンジとシャーロックがとにかく弾き返してしまうため、キンジとシャーロックの間の空間へ留まることを強制され、空中を飛び交う銃弾の数はあっという間に三ケタへと突入する。

 

 銃弾の弾き合いによる射撃の応酬戦。一瞬でも隙を見せようものなら、迫りくる銃弾の大群にもれなく蜂の巣にされてしまうことが確定しているだけに、今のキンジとシャーロックの位置はほんの少しのミスすら決して許されない、とんでもない危険地帯と化している。

 

 

(命名するなら冪乗弾幕戦(べきじょうだんまくせん)って感じか。何か、今日の俺って名前をつけてばっかりだな)

 

 気の遠くなるような数の銃弾が交差し合う暴風域内にいるにも関わらず、現状の戦闘を冷静に把握し、さらには名づける余裕すらあるらしいキンジは当然のように自身に迫りくるほぼ全ての銃弾を銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)により、シャーロックを襲うように軌道を修正する。そうして、キンジがシャーロックを鋭く見据えた時。シャーロックは不可避の銃弾(インヴィジビレ)を繰り出さず、胸を思いっきり膨らませる形でコォォォオオオと大きく息を吸い込んだ。

 

 

(仕掛けてきたか! これはブラドのワラキアの魔笛――いや、そうじゃない!)

「――ハァァッッッッッッ!!」

 

 直後、シャーロックは叫ぶ。胸がはち切れんばかりに目一杯空気を吸い込んだシャーロックは前方へ向けて力の限り咆哮する。すると、百は余裕で超える銃弾群は総じてグググッとシャーロックへと向かう勢いをなくすだけでなく、シャーロックの声量に押し出される形で全ての銃弾がキンジへと跳ね返っていった。

 

 

(おいおい、そんな技も持ってるのかよ!)

 

 キンジがまだ見ぬ技を以て全ての銃弾をもれなくキンジへと跳ね返したシャーロック。キンジが今の自分の技で少しでも動揺することを狙ったシャーロックの行為は、しかし今の多重ヒステリアモードのキンジの前では無駄に終わる。

 

 なぜなら。キンジの動揺がミスに繋がることはなく、キンジが逃げ場なんて考えられないほどの数を以て自身へと迫る銃弾勢の弾幕を、すり抜けるようにしてあっさりと避けきったからだ。その技の名は流水制空圏、体の表面に薄皮1枚分程度の強く濃い気を張った上で攻撃の軌道を予測し、最小限の動きであらゆる攻撃をかわす凄まじい技である。

 

 

(さっきから結構撃ちまくって弾倉を交換しまくってるってのに中々仕込みが発動しない以上、このまま冪乗弾幕戦(べきじょうだんまくせん)を続けるのはよろしくない。作戦変更だ。戦いを長引かせて失血死な未来を防ぐためにも、ここは攻め一択だ!)

「アリア! 目ぇ閉じろ!」

「ッ!」

 

 己の左横腹からあふれる血を一瞥した後、キンジは空気を読んでキンジとシャーロックから割と距離を取った上で戦況を見守っているアリア(※あまりに高度すぎる戦いに絶句している)に命令を飛ばしつつ、ちょうど足元に脱ぎ捨られていた防弾制服を真上に蹴り上げる。そして。空中へと舞い上がった防弾制服がシャーロック目線からだと上手い具合にキンジの上半身を覆い隠すベールとなる形で展開される中、アリアがきちんと目を瞑ったことを横目で確認したキンジは懐からとある銃弾を取り出し、ピンと親指で弾いた。

 

 宙へと飛ばされた銃弾が放物線を描きながらシャーロックへと飛んでいく中。アリアへ対するキンジの命令とキンジ自身の行動を元にシャーロックは推理する。今からキンジ君が何か自分の視界を奪う手段を行使してくると。そして。考えられるのは、カナ君が周到に隠し持っていた武偵弾の内の1つ、閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)のみだと。

 

 同時に、その行為は全くの無駄だともシャーロックは考える。なぜなら、シャーロックは60年前に毒殺されかけた時から盲目だからだ。それなのにシャーロックがまるで目が見えているかのように振る舞えるのは、音や気流などの視覚以外の感覚からもたらされる情報から何が起こっているかをつぶさに読み取れるからだ。

 

 

閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)を放った後、キンジ君は僕の視界を奪ったものとしてここぞとばかりに攻撃を仕掛けてくるから、そこを迎撃すれば僕の勝利が確定するだろう。ふむ、僕の条理予知(コグニス)の示した通りの展開――ッ!?)

「違うッ!?」

 

 と、ここで。己の勝利を確信していたシャーロックは驚愕に目を見開く。ただいま、宙をクルクルと回転しながら自分の元へと飛んでくる武偵弾の空気の切り裂き方が、ほんのわずかながら閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)のそれではないと気づいたからだ。しかし、シャーロックが己の推理が間違いであると気づいた時には時すでに遅し。空中の武偵弾を起点として、攻撃的極まりない白光ではなく、耳をつんざくような轟音のみがホール一帯に轟いた。

 

 そう。キンジが使ったのは、兄から託された閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)でなく、かつてブラドを討伐し終え入院した際にレキがお見舞いの品としてプレゼントしてきた音響弾(カノン)だったのだ。(※85話参照)

 

 キンジがわざわざシャーロックの視線をシャットアウトするように防弾制服を蹴り上げたのは、キンジが閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)から目を守る――と見せかけて自身の耳を守るため。アリアへ目を塞ぐように指示をしたのは、女性を最優先事項に据えるというヒステリアモードの弊害が表れてしまったから――と見せかけてシャーロックに閃光拳銃弾(フラッシュ・グレネード)だと誤解させるため。

 

 

(よし、シャーロックは耳を塞がなかったっぽいな! ったく、お前が盲目だと気づいてないとでも思ってたのか!? 確かにお前の目の動きはまるで見えている奴のようだった。俺もさっきまで全然気づけなかったぐらいだしな。けど、多重ヒステリアモードのおかげで気づけた。お前の目の動きは完璧すぎるんだよ。完璧すぎて、実際に目が見えてる奴の眼球の動きを模倣しすぎてて、逆に違和感だらけってことだ!)

 

 キンジは己の目論みが上手くいったことに歓喜する。キンジの指示通りに目を閉じていたアリアが心の準備がない状態で爆音を喰らったせいでガンガンと痛みを主張しクラクラする頭に手を抑えて「うぅッ」と呻きながら膝をついているのを華麗にスルーした上で、ニヤァと凶悪な笑みを浮かべる。今のキンジは多重ヒステリアモードを発動中であり、その中には一応ヒステリア・ベルセも入っているがゆえに、シャーロックを確実にぶっ倒すためなら、守るべき女であるアリアへダメージがかかる攻撃手段だって時には選んでしまえるのだ。

 

 

(けど、どうやらシャーロックのヒステリア・アゴニザンテの解除はギリギリの所で回避されたみたいだな。ったく、ホント一筋縄じゃいかねぇな!)

「喰らえ、シャーロック!」

 

 盲目なため、アリアよりも聴覚が研ぎ澄まされているはずなのに、アリアより近くで爆音を聞いたはずなのに、それでもアリアより音響弾(カノン)のダメージを受けていないのか、頭痛に顔をしかめるだけのシャーロックへ目がけて、キンジは弾倉交換の後にすかさずズダダダッと連続で発砲する。一方のシャーロックは、さすがに轟音で脳を揺さぶられた直後では全ての銃弾を銃弾返し(ビリヤード)鏡撃ち(ミラー)で弾き返せないらしく、「くッ」と体を捻って紙一重でキンジの放つ銃弾をかわしていく。

 

 本調子でないはずなのに当然のように秒速300メートルの亜音速で目標を撃破できる性能を持つ拳銃の弾丸を避けていく辺りはさすがのイ・ウートップである。が、ここで。ついに。キンジの仕込みが満を持して発動した。何と、シャーロックがかわした銃弾の内の1つが、シャーロックの背後で紅蓮の炎をまき散らす形で爆発したのだ。

 

 

「むうッ!?」

(よし、よっし! やっと仕込みが発動した! この時を待ってたんだよ、俺は! しかもこれは最高のタイミングなんじゃないか!?)

 

 突如発生した爆風に背中から煽られる形で、シャーロックの体は宙へ浮く。爆風に為すすべもなく前方へ吹っ飛ばされたシャーロックが、キンジの方へと飛んでいく。その様子を前に、キンジの内心は興奮状態へと移行していた。

 

 キンジのシャーロック戦に備えての仕込み。その答えは単純明快。キンジはあらかじめ弾倉の中の通常弾を1つを兄から託された武偵弾の1つたる炸裂弾(グレネード)に入れ替えていたのだ。しかし。どの弾倉に炸裂弾(グレネード)を仕込んだかをわからないように、キンジは敢えて炸裂弾(グレネード)入りの弾倉と通常弾のみの弾倉とを十分にシャッフルしてから弾倉を携帯していたのだ。全ては、シャーロックにどのタイミングで炸裂弾(グレネード)を使うかを自身の挙動から推理され、対策を取られないようにするために。

 

 

(空中に吹っ飛ばされた人間は、基本的に身動きが取れない。さらに、今のシャーロックは音響弾(カノン)の影響で本来の力を行使できない状況にある。そんなシャーロックが今、わざわざ俺の方向へと飛ばされてきてくれている。……これは千載一遇のチャンスだ、絶対無駄にはしないッ!)

 

 キンジは拳銃を左手に装備し直すと同時に、右手を背中へ突っ込み小太刀を取り出す。そして。自身の方向へと吹っ飛ばされてきているシャーロックへと駆け出した。

 

 この時。キンジは昔に自身がやり方だけは考案したものの実際には試したことのない自損技を繰り出そうとしていた。誰にも話していないがゆえに誰も知らない技を、誰であろうと絶対にかわせない隠し技をシャーロックへと繰り出そうとしていた。

 

 

「この桜吹雪――散らせるものなら、散らしてみやがれッ!」

 

 キンジは己の感情の全てを言葉に乗せつつ、シャーロックへと駆けていく。キンジが繰り出さんとしているその隠し技の名前は『桜花(おうか)』。体の各部位を連動させる形でどこまでも加速させる一種の体術である。

 

 例えば、ヒステリア・ノルマーレの反射神経だと、時速36キロで敵へと駆けて行った場合、爪先で時速100キロ、膝で200キロ、腰と背で300キロ、肩と肘で500キロ、手首で100キロの瞬発的な速度を生み出すことができる。ならば、もしも、ほんの一瞬でも、それらを全く同時に動かすことができたなら、俺が右手に持つ小太刀を振るう瞬間時速は1236キロにもなる。さらに、今の多重ヒステリアモードで超強化された反射神経で同じことを行えば、その速さは時速1236キロなんてレベルではなくなり――必中の超音速の一撃となるのだ。

 

 

「ぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!」

 

 キンジは己が右手に持つ小太刀の背からシュパァァアアアアアアと桜吹雪のような円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)が放たれ、とんでもなく速いスピードで小太刀を繰り出そうとする影響により、超音速による衝撃波で切り裂かれた右腕がズタボロとなり、鮮血を飛び散らせる中。あまりの痛みに顔をしかめつつも、キンジは気合いで右手の小太刀でシャーロックの体を突き刺しにかかる。

 

 人間にはまずかわせないはずの超音速で放った小太刀の刺突は、しかし。シャーロックには直撃しなかった。シャーロックが右手の人差し指と中指のみを使った二指真剣白刃取り(エッジキャッチング・ビーク)にて、バチィィイイイイイイとの破裂音に似たような音を引き連れつつキンジの小太刀による刺突をしっかりと止めたからだ。条理予知(コグニス)ではまず間に合わないその防御は、おそらくシャーロックの直感が上手いこと働いた結果なのだろう。

 

 

(惜しかったね、キンジ君。今のは肝を冷やしたよ)

 

 今現在。爆風に吹っ飛ばされている最中のシャーロックは音響弾(カノン)の爆音のダメージから回復しきれていないながらも、余裕を取り戻したかのような笑みを浮かべる。

 

 当然だ。シャーロックからすれば、俺がここまで隠してきた切り札の中の切り札を防げたと思っているのだから。シャーロックにそう思ってもらうために、勘違いしてもらうために、わざわざ右腕一本を犠牲にして、全力の雄叫びを上げて、それっぽい決め台詞まで口走ってやったのだから。

 

 

(その油断が命取りだぜ、シャーロック。俺の攻撃はここからが本番なんだからなッ!)

 

 キンジは左手に所持していた銃をクルリと回転させて銃口の向きを反対方向へと変え、銃口を自身の左横腹の裏側へと突きつけると、そのままトリガーを引いた。結果、放たれた銃弾はキンジの左横腹を貫通しつつ、シャーロックの腹部を撃ち抜くこととなった。

 

 

「な、にッ!?」

(ま、まさかこの状況でさらに自傷行為に走るなんて……彼は、キンジ君は自分の命が惜しくないのか!?)

 

 ここで初めてまともに被弾することとなったシャーロックは「カフッ」と少々血を吐きながらも内心の驚きを隠せない。キンジが現時点で死にかけであるにもかかわらずキンジの体もろとも自分を撃ってきたことに衝撃を隠せず、思わず動揺の言葉を外へと漏らす。

 

 

(この野郎、まるで俺を自殺志願者のように見やがって……舐めるなよ、シャーロック! 俺は命を燃やしてお前と戦っているが、命を粗末に扱うつもりはない! 今、銃弾が通った左横腹はさっき俺が小太刀でかっさばいた所だ。既に小太刀で穴を開けておいたんだ、銃弾を通過させた所で俺自身に大してダメージはない!)

 

 シャーロックの表情からシャーロックの心境を読み取ったキンジは不機嫌そうに眉を寄せるも、キンジは次なる攻撃を即座に叩きこむために、シュォォオオオオオオと一気に大量の空気を取り込んでいく。胸が、腹部がはち切れてもおかしくないほどに全力で息を吸い込むことで、キンジの胸部はズン、ズンとまるでバルーンのように膨らんでいく。そして。

 

 

(イ・ウーメンバーの技を使えるのが、お前だけの特権だと思うなよ!)

「ビャアアアアアアウヴァイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――――ッッ!!」

 

 キンジは胸部にこれでもかと溜め込んだ大量の空気を一斉に放出した。キンジを起点に発生した大音量はホール一帯にビリビリと空気を介した物理的な圧力をかけていく。

 

 それは、その技は、ぶっつけ本番のワラキアの魔笛。かつて。キンジがアリア、理子と協力して戦った相手たるブラドがヒステリアモードを強制解除させつつ敵の隙を作り出すために使用した強力極まりない技である。もちろん、キンジはブラドみたいな巨体を持っていない以上、ワラキアの魔笛の威力はどうしても数段階ほど劣化してしまう。だが、キンジとシャーロックとの距離が非常に近い今であれば。例え劣化版・ワラキアの魔笛だろうと。今度こそシャーロックのヒステリア・アゴニザンテを解除させるには十分なのだ。

 

 

「……ッ」

 

 キンジの眼前には放心しているシャーロック。その様子を一目見るだけで、今のシャーロックがヒステリア・アゴニザンテを強制解除されており、さらには劣化版・ワラキアの魔笛をモロに喰らったことで完全に意識を飛ばしていることが如実にわかる。

 

 

(今だ! 今ならシャーロックは俺の拳を絶対に避けられない!)

「歯ぁ食い縛れ、シャァァァァァァアアアアアアアアアアアアロックゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!!」

 

 キンジは左手の拳銃を当然のようにその場にポイ捨てすると、床をダンと力強く踏みつける。そして。放心したままキンジの方へと吹っ飛んでくるシャーロックの頬を渾身の左ストレートで殴りつけた。さすがに自損技たる桜花(おうか)で殴ることはなかったが、それでも「アリアの苦しみを思い知れ!!」と言わんばかりに繰り出されたキンジの全身全霊の左拳は、ドゴォッ!との重い効果音とともにシャーロックの顔に見事なまでに突き刺さることとなった。

 

 キンジに思いっきり殴り飛ばされたことで意識を取り戻したシャーロックは、しかしながら受け身すら取れずにホールの床に頭から落ちていく。そして。仰向けにドサリと倒れたシャーロックが自力で立ち上がることはなかった。

 

 

「俺の勝ちだ、シャーロック・ホームズ」

 

 かくして。キンジは史上最強の名探偵であり、化け物ぞろいのイ・ウーメンバーをその実力で束ねてきたシャーロック・ホームズに見事打ち勝つのだった。

 

 




キンジ→複数のヒステリアモードを同時に発動させる、多重ヒステリアモードを編み出した熱血キャラ。シャーロック相手に優位に戦える辺り、実に恐ろしい主人公である。
アリア→思いっきり空気だった系メインヒロイン。まぁさすがに今回ばかりは仕方ないね。
シャーロック→キンジくんの手のひらで踊らされてた感のある逸般人。『最良の世界』という大義名分の上でアリアさんを弄びまくった件があるにもかかわらず、シャーロックさんのやられようが何だかかわいそうに思えてくる不思議。

 というわけで、125話は終了です。とりあえず、キンジくんが大幅に魔改造され、人外の領域に大々的に爆誕する話でしたね。ま、それはともかく。この125話が投稿されるまでに感想欄でシャーロック戦の内容をバッチリ当てられることがなかったことに関して、心からホッとしています。特に多重ヒステリアモードという切り札とか、レキさんがキンジくんのお見舞い品としてプレゼントしてきた音響弾(カノン)の存在とかは感想欄で指摘されちゃったらちょいとヤバかったですからね。

 ちなみに。キンジくんがヒステリア・ベルセとヒステリア・ノルマーレだけにとどめずに、わざわざ自傷行為をしてまでヒステリア・アゴニザンテをさらに追加したのは、そうでもしないと確実にシャーロックには勝てないと踏んだからです。決してMだからではありません。

※ヒステリア・アゴニザンテの性能は原作で明かされてないため、今回のヒステリア・アゴニザンテの設定はふぁもにかのオリジナルですので、あしからず。


 ~おまけ(ネタ:今回のシリアスっぷりを本気で台無しにしてみるテスト)~

 炸裂弾(グレネード)の爆風に煽られる形でキンジの方へと吹っ飛ばされてきているシャーロックへ向かって、キンジは駆け出した。

キンジ「この桜吹雪――散らせるものなら、散らしてみやがれッ! ぉぉぉおおおおおおッ!!」
シャーロック(何か来る! キンジ君の切り札級の技がッ!)









      ∧_∧  キンジ「トンファーキック!」
     _(  ´Д`)
    /      )     ドゴォォォ! _  /
∩  / ,イ 、  ノ/    ∧ ∧―= ̄ `ヽ, _シャーロック「グハァ!?」
| | / / |   ( 〈 ∵. ・(   〈__ >  ゛ 、_
| | | |  ヽ  ー=- ̄ ̄=_、  (/ , ´ノ \
| | | |   `iー__=―_ ;, / / /
| |ニ(!、)   =_二__ ̄_=;, / / ,'
∪     /  /       /  /|  |
     /  /       !、_/ /   〉
    / _/             |_/
    ヽ、_ヽ

※上記のAAは携帯デバイスだとおそらく何が何だかわかりません。
 PCでの閲覧をオススメします。

シャーロック「……(←ノックアウトしちゃった哀れな逸般人)」
キンジ「特別に説明してやるよ、シャーロック。トンファーキックとは、トンファーを使って体のバランスを取り、より強力なキックとより早い体勢の立て直しとの両立を実現した最強の技。遠山家に伝わる秘中の秘技だ!(←得意げ)」
アリア(……ツッコミ所が多すぎてどこからツッコめばいいのかわからないんですが、これ。あと、そのトンファーは一体どこから持ってきたんですか、キンジ……)


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126.熱血キンジと男の最期


シャーロック「な、殴ったね? 親父にもぶたれたことないのにッ!(←迫真の表情)」
キンジ(キャ、キャラがとんでもなく崩壊してる!? ちょっと本気で殴りすぎたか!? ど、どうしよう? どうやって直せばいいんだ、これ!?)

 どうも、ふぁもにかです。今回は、キンジくんの華々しい勝利に終わったシャーロック戦の後の話です。前回、第五章の最大の山場を越えたせいか、ここ最近の文字数よりは割と少なめな本編となっております。……それにしても、ここの所はどうもサブタイトルがカッコつけすぎな感じがするのですが、皆さんはどう思いますかね?



 

「……」

 

 ボストーク号艦内のやたら広大なホールにて。目の前の光景をアリアは信じられなかった。全身ズタボロ状態のキンジが自身の敬愛するシャーロック・ホームズを思いっきり殴り飛ばしている様子を前に、思わず己の目を疑っていた。

 

 キンジの勝利を信じていなかったわけではない。あり得ないと切り捨てていたわけではない。しかし。たとえ信じていても、そう簡単には飲み込めない展開というものは得てして存在するものだ。ゆえに。目の前にて繰り広げられた、ただの優秀な武偵に過ぎない存在が、生きた伝説を打ち砕く瞬間を、そう易々と受け入れられるわけがないのだ。

 

 

「俺の勝ちだ、シャーロック・ホームズ」

 

 そんなアリアの視線の先で。シャーロックを全力の左拳で殴り飛ばしたばかりの、多重ヒステリアモード状態なキンジは、勝利宣言の後にゴフッと血の塊を吐く。キンジに顔を殴られ、頭から床へ落下し、仰向けに倒れたまま起き上がる気配のないシャーロック。その様子から戦闘終了の雰囲気を感じ取り、ホッと安堵したせいか、急激に襲いかかってくる脱力感のままにその場に倒れたくなる衝動をどうにか堪えつつ、キンジは左手で乱暴に血を拭う。と、ここで。キンジの深刻な怪我の状態が目に入り、ハッと我に返ったアリアがキンジの元へと慌てて駆け寄った。

 

 

「キンジ!? 大丈夫ですか、キンジ!?」

「心配しなくていい、俺は大丈夫だ」

「大丈夫なわけないでしょう!? 強がりを言ってる場合じゃ――」

「――アリア、俺のことはいい。今はそれより、あっちだ」

「え? あ……」

 

 キンジが目でシャーロックを指し示すと、アリアはキンジの意図をすぐさま理解する。そして。アリアはキンジの怪我を心配そうに見つめつつも、一旦キンジから離れてシャーロックの元へと速やかに移動した。

 

 

「ハハハッ。うむ、痛いなこれは。凄く痛い。あまりの痛さについ涙を流しそうになってしまうよ。僕がこうもまともにぶん殴られたのは、はたしていつ以来だったか……」

 

 殴られた右頬を労わるようにさすりながら朗らかな笑みを浮かべていたシャーロックを見下ろし、アリアは「ひいお爺さま」と声をかける。そして「何だい?」と柔らかな声色で問いかけるシャーロックの言葉には答えず、シャーロックの手を取り、ガシャンと超能力者用の手錠をかけた。

 

 

「ひいお爺さま。いえ、シャーロック・ホームズ。貴方を、未成年者略取の罪で逮捕します」

「……ふむ、捕まってしまったか。やれやれ、まさかこの僕が手錠をかけられる犯罪者の気分を味わえる日が来るなんてね。今まで僕が捕まえてきた犯罪者諸君も、こんな気持ちだったのかな? ……うーむ。それにしても、中々頬の痛みが引かないな。これはパトラ君に頼んで僕の怪我も治療してもらおうのもアリかもしれないね」

「……何か、捕まった割には随分と余裕だな、シャーロック」

「そうでもないさ。ただ、こうしておどけずにはいられないのだよ。予習の時点で倒しきれなかったキンジ君が相手である以上、ある程度の条理予知(コグニス)の乱れは想定していたつもりだった。だが、さすがにキンジ君に一撃入れることもできずに完全に敗北し、こうして手錠をかけられる衝撃的な展開なんて、さすがに条理予知(コグニス)では導け出せなかったからね」

 

 仰向けに倒れたまま、シャーロックは手錠で繋がれた両手首を上へと持ち上げて感慨深そうに視線を注ぐ。と、ここで。シャーロックの顔に変化が起こっていることにキンジとアリアは気づいた。さっきまでは若々しさを前面に押し出した好青年風な容姿をしていたはずなのに、いつの間にか中年男性のように少々老けた容姿に移り変わっているからだ。それでもなお、整った容姿を保ち続けている辺りはさすがはシャーロックといった所なのだろう。

 

 

「ひ、ひいお爺さま!? これは一体――」

「――簡単な話さ。僕は君に緋弾を継承することで自ら緋弾を手放した。これにより緋弾の持つ延命作用の恩恵を失った。ゆえに。今更な老化が始まっているのだよ」

「「ッ!?」」

 

 アリアの問いの中身を推理したシャーロックは手短に自らの状況を口にする。その内容に、キンジとアリアはそろって目を見開く。当然だ。今や緋弾の延命効果を利用できないシャーロックの体は、緋弾により遅らされていた肉体的成長を一気に始めているのだ。おそらく20代辺りで止まっていたシャーロックの体の時間が動き出し、一気に150歳辺りまで成長しようとしているのだ。その成長の先にあるのは、老衰。そして――逃れようもない死。今まさに、シャーロック・ホームズという名の傑人が死のうとしているのだ。

 

 

「運命を変え、最良の世界へたどり着く。これが僕の使命だった。いや、条理予知(コグニス)で未来を見据えることのできる僕だけの使命だと位置づけていた。しかし、運命を変えるのは非常に労力が必要でね。軽く100年以上も取り組んできたせいか、さすがに一般人な僕はもう疲れてしまったよ。……だから、今日を以て、この役目は君たちに託させてもらうよ。キンジ君。先も言ったが、最良の世界のために――」

「――まだそれを言うか、シャーロック。最良の世界なんて願い下げだ。アリアを犠牲にしないと導けない理想の世界なんか、俺はいらない。つーか、そんな世界とっとと滅んでしまえ」

「……全く、今の君は本当に過激だね。今の君がどんなヒステリア・サヴァン・シンドロームを発動させているのかを知りたい欲求につい駆られてしまうよ」

 

 シャーロックの顔が少しずつ老衰していく様子が目に見えてわかる中。自身の元に歩み寄って来たキンジのすげない言葉にシャーロックは苦笑を零す。その後、今のキンジを形作る原因について、さらっと問いを投げかけるシャーロックだったが、その問いは「企業秘密だ」とのキンジの一言であっさりと切り捨てられることとなった。

 

 

「大体、お前、何様だよ? 運命を変えるとか、最良の世界を目指すとか、そんな大それたことはたった一人の人間がやっていいことじゃない。人間一人一人が行動で示して、結果的に世界が変わっていくってのが正常だ。それが最終的に最良の世界になろうが、破滅的な世界になろうが、それはあくまで人間の勝手だ。違うか?」

「ふむ、なるほど。そういう考え方もあるか。興味深いね」

「……シャーロック。俺は世界だとか運命だとか、そんなバカでかくて、見えなくて、抽象的なものを一々気にしてやるつもりはない。俺は武偵として、俺のやりたいようにやる。俺が守りたいって思った人を全力で守って、俺が正しいって思ったことをひたすら貫き通す。その際にどんな障害が立ち塞がろうとも、絶対に乗り越えてみせる。それだけだ」

「……それがどれだけ困難なことか、わかっているかい?」

「当たり前だ。だが、俺は世界最強の武偵になる男だ。それぐらいできなくてどうする?」

「そうか。ふふ、そうかい」

 

 シャーロックはキンジの答えに思わず微笑みを浮かべる。シャーロックの反応が気に食わなかったキンジが「何がおかしい」とジト目で睨みつけるも、当のシャーロックは「いや、何もおかしいことはないよ」とどこ吹く風だ。

 

 

「……ったく。ホント変な奴だよな、お前」

「酷いなぁ。僕ほどおかしい所が特に見受けられない普通な人間なんて早々いないだろうに。まぁそれはさておき。キンジ君、アリア君のことをどうかよろしく頼むよ」

「アリアを危険にさらしまくったお前に言われるまでもねぇよ。アリアは俺が全力で守る」

 

 キンジは決意に満ち満ちた、力強い声色で何の臆面もなく宣言する。一方、シャーロックは「そうか。差し出がましいことを言ってしまったね」とキンジから視線を外し、キンジの直球な言葉に少々顔を赤らめるアリアを見つめて、言葉を紡ぎ始める。

 

 

「アリア君。今まで僕のせいで、君には散々辛い目に遭わせてしまったね」

「……はい」

「この件について、間違ったことをしたとは微塵も思っていない。しかし、いかに大義名分を掲げようと君を執拗に苦しめた事実は変わらない。……敗者は勝者の意向に従うものだから、ここで言わせてもらうよ。アリア君、本当にすまなかった」

 

 シャーロックからの誠意ある謝罪。キンジがシャーロックと戦う前に「アリアに謝れッ!」と主張したことを踏まえて謝意を示してきたシャーロックを前に、アリアは肩をピクリと震わせる。そして。逡巡の後、アリアは複雑そうにシャーロックを見下ろしながら、静かに口を開いた。

 

 

「……ひいお爺さま。正直、貴方に対して思う所はいっぱいあります。責めたい気持ちもあります。本当に、寂しかったんですよ? 私はもっとお母さんと一緒にいたかったです。子供の頃からたくさん友達を作って、いっぱい友達と話して、遊びたかったです」

「……」

「言いたいことはたくさんあります。ですが、今はこれだけ言わせてください。……ありがとうございます、ひいお爺さま」

「……え?」

「確かに、ひいお爺さまのせいで失ったものはあります。ですが、ひいお爺さまのおかげで手に入れられたものもあるんです。ひいお爺さまが筋書きを作ってくれたからこそ、私の人生にレールを敷いてくれたからこそ、私はキンジと、大切なパートナーと出会えました。こう言っては何ですが、お母さんに濡れ衣を着せられることがなければ、私とキンジが出会うようなことは、おそらくなかったでしょう」

「……」

「それだけではありません。ユッキーさんも、理子さんも、その他にもたくさん、私は友達だと、仲間だと思える人たちと出会うことができました。これまでお母さんを助けようと躍起になってばかりであまり目を向けていなかった所だけど、私が東京武偵高で得たものは、何物にも代えがたい宝物です。……だから、ありがとうございます。私に、大切な人との出会いをくれて。私にはもったいないぐらいの人たちとの出会いをくれて。本当に、本当にありがとうございます」

 

 アリアはシャーロックへと深々と頭を下げる。そして、おもむろに頭を上げたアリアはまるで花が咲いたような心からの笑顔を浮かべた。これに対し、ついに白髪交じりの髪となったシャーロックは無言のまま、呆然とアリアの笑顔を見上げるのみだった。

 

 

「え、と。ひいお爺さま?」

「……あ、あぁ。すまない、アリア君。まさか感謝されるとは思わなかったから、つい固まってしまったよ。やれやれ。僕の推理では、多少なりとも非難されるはずだったのだがね。……アリア君もまた、僕の推理以上に成長してくれていたってことだろうね」

「へぇぇ。ってことは、俺だけじゃなくてアリアもお前の推理を越えたってわけだ。何だよ、条理予知(コグニス)も大したことないじゃねぇか」

「僕の条理予知(コグニス)が大したことないというよりは、君たちが規格外なだけだと思うけどね。だけど、君たちなら本当に全てを任せられる。僕の条理予知(コグニス)を超越できる君たちが今の心情を大切にしてくれている限り、きっと世界はより最良へと近づいていくことだろう。それもより犠牲の少ない、誰も苦しまなくていい形でね」

 

 ニヤニヤとした笑みを貼りつけて皮肉をぶつけてくるキンジに対し、シャーロックは何食わぬ顔で返答する。その自身の想定した反応と全然違うことにキンジがムッとするのをよそに、シャーロックはどこか安心しきった口調で独言する。

 

 

「さて、アリア君は僕の所業に対し感謝の言葉を送ってくれたが、それでは僕の気が収まらないのでね。お詫びといっては何だが、アリア君。最後に2つ、君にプレゼントをしよう」

「プレゼント、ですか?」

「うん。まず1つ目は、かなえ君の件だ。僕は元々、アリア君が僕の後継者にならない道を選ぼうと、かなえ君を解放するつもりだった。無事に緋弾の継承を終えた以上、もうかなえ君を不当に拘束させ続ける意味はなくなったからね。ゆえに、かなえ君を解放する手回しは既にほぼ終えている。やり残してしまった手回しもほんの少しだけ残っているが……そのことについては全てカナ君に尋ねるといい。彼女には、他者に特定の記憶を植えつける、僕がオリジナルで開発した武偵弾――手紙弾――をあらかじめ撃ち込んであるから、かなえ君解放のためにやるべきことは全てカナ君が把握済みだ。後はカナ君が知る手順通りに行動すれば、かなえ君は必ず釈放される」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ、約束するよ」

 

 シャーロックの口から神崎かなえの解放に関する明るい展望を聞いたことで、アリアの顔は見る見るうちに喜色に染まっていく。一方。キンジは別のことに思いを巡らせていた。焦点のまるで定まらない眼を存分に見開き『な、に……!? あ、たま、が、割れ……!?』と苦しそうに呻いていたカナの姿を自身の脳裏に浮上させていた。

 

 

(……あの時。カナ姉が心臓を撃たれたのに頭を抱えていたのは、シャーロックの一部の記憶を無理やり押しつけられてたからってことか。なるほど、道理で)

「そしてもう1つ。これはプレゼントというほど大層なものではないが、名前をあげようと思う」

「名前、ですか?」

「あぁ。僕には『緋弾』を英訳した二つ名を持っている。『緋弾のシャーロック(SherLock The Scarlet Ammo)』といった具合にね。その名を君にプレゼントすると、君は『緋弾のアリア(Aria The Scarlet Ammo)』となるのだが、どうだろうか?」

「緋弾の、アリア……」

「中々悪くない反応のようで安心したよ。今のアリア君はもう僕の条理予知(コグニス)では完全に推理できない境地にいるから、嫌がられてしまったらと不安だったんだ。まぁ、この二つ名は強制じゃない。もし気に入らなくなってしまったら、その時は改めて捨てるといい」

「捨てるなんて、とんでもありません! 一生、大事にしますッ!」

 

 アリアは両手をギュッと握りしめて声を張り上げる。そんな微笑ましいアリアの様子を見上げるシャーロックの体はもう随分と老衰しきっている。見た目だけで判断するならば、もう90代辺りまで体の老化が進んでいるようで、すっかりよぼよぼのお爺ちゃんのようで、もはやシャーロックの最期が秒読み段階にまで迫っているのは誰の目からも明らかだった。

 

 

「さて、そろそろ時間か。息をするのも、苦しくなって、きたよ」

「ひい、お爺さま……」

「激動の一生、だった。凡人な僕には、手に負えないような、事ばかり起こって、奔走して、がむしゃらに、生きてきた、そんな、人生だった。正直、ロクな、最期でないと、推理していたが、君たちの、おかげで、幾分か、素晴らしい、最期を、迎えられそうだ。こんな風に、終われる僕は、きっと、幸せ者だ」

「……」

「もしも、来世、というものが、あるのなら、そこでまた、会おう。今度は、全く別の、立場で、会えると、いいね。……さらば、だ。ア……リア君。キン……ジ君……」

 

 途切れ途切れながらもどうにか自身の言いたいことを言い終えたシャーロックはスゥと目を瞑る。全身から力を抜き、ゆったりと息を吐き出し、動かなくなった。

 

 

「……ひい、お爺さま?」

 

 アリアの呼びかけに、しかしシャーロックは反応を示さない。

 アリアが丁重に揺すっても、そっと声をかけても、シャーロックはまるで反応しない。

 まるで人間を高度すぎるほどに再現した人形のように、シャーロックはピクリとも動かない。

 ただ、安らかな寝顔を見せるだけだ。

 

 

「ひいお爺さま? ひいお爺さま?」

「アリア、もう……」

「そんな、ひいお爺さま……ッ」

 

 理屈ではわかっているはずなのに、現実を受け入れたくなくて。拒絶したくて。ご都合主義な展開を期待して。すがりつきたくて。アリアはシャーロックの名を呼び続ける。そのようなアリアの姿が痛ましいあまりに、キンジがつい声をかけると、都合の悪い現実から逃げられないと認識してしまったアリアが、ガクリと両膝をついた。

 

 

「……うぅぅ」

 

 アリアの両眼からツゥと涙が零れたのを契機に、アリアは自身の中にて爆発的に高まる感情を感知した。どうにかそれを押しとどめようとするも、感情はアリアの中でどんどん膨れ上がり。とうとう抑えきれなくなり。アリアは泣いた。

 

 

「ぅぅあぁぁあああああああああああああああああああ――ッ!!」

 

 アリアは泣く。止めどなく流れ出る涙のことなど一切気にせず、泣いて、泣いて、泣き続ける。アリアは上げる。言葉にならない悲鳴を、慟哭を上げる。その慟哭に込められているのは、ただただ深い哀しみである。もう二度と話せない。一緒に同じ時を過ごせない。その事実がアリアを哀しみの境地へと駆り立てているのだ。

 

 

(シャーロック。お前はホント最低な奴だよ。アリアを、こんなにも泣かせやがって……)

 

 小さな体を抱きしめて。いやいやと何度も首を左右に振りながら。哀しみの奔流のど真ん中で泣き続けるアリア。多重ヒステリアモードが解けかけているがゆえに、その小さくか弱い背中を見つめることしかできないキンジは、空気を読んで沈黙を貫くことしかできないキンジは、現状を作り出したシャーロックに対してやるせない思いを抱くのみだ。

 

 

 

 

 かくして。稀代の名探偵であり、武偵の元祖としてその名を馳せたシャーロック・ホームズは、彼のひ孫とそのパートナーが見守る中で、幸せそうに息を引き取った。そして、この瞬間。パトラによるアリアの誘拐から始まった一連の出来事が、ようやく終息の時を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五章 熱血キンジと教授 完

 

 

 

 




キンジ→シャーロックにアリアを守る誓いを立てた熱血キャラ。今回は意図的にあんまり描写してこなかったけど、実は失血死まであまり時間が残されてなかったりする。
アリア→自らが敬愛してやまない人物の死を目の前でまざまざと見せつけられた系メインヒロイン。今は悲しみの最中にいるが、この悲しみを精神的に乗り越えた時、彼女はインフレな熱血キンジと冷静アリアの世界で今後も上手くやっていけるようになっている……はず。
シャーロック→ひ孫とそのパートナーに看取られる形で安らかに眠るように死んでいった逸般人。手紙弾の元ネタについては、わかる人はわかるはず。

アリア「うぅぅ、ひいお爺さまぁ……(←ボロボロ涙を零しながら)」
キンジ「アリア……」
シャーロック「やぁ、僕だよ(´・ω・`)」
キンジ「ッ!?」
シャーロック「というわけで、長きにわたるシリアス話は今回で終わりだ。次回からは事後処理回という名の日常回だ。どの程度ギャグに走れるかはわからないが、まぁとにかく読者の皆さんは安心して閲覧するといい」
キンジ「ちょっ、おい!? 死んだ奴が早々に再登場してんじゃねぇよ!? せっかくの余韻が台無しじゃねぇか! 死体は死体らしく無言でその辺に転がってろ! アリアに見つかる前に!!(←シャーロックの脛をゲシゲシ蹴る人)」
シャーロック「そんなー(´・ω・`)」

 というわけで、126話は終了です。原作では『老兵は死なず。ただ、消え去るのみ』云々と言い残して文字通り昇天しちゃうシャーロックさんですが、私的にはアリアさんにシャーロックさんの最期をしっかりと目に焼きつけてほしかったので、こんな感じの展開にしちゃいました。いやぁ、やらかしちゃったぜ、アッハッハッハッ。

 ちなみに。今回の話は『Libera』って名前のボーイソプラノグループが歌う『You Were There』って曲を聞きながら読んでみると、もしかしたら感極まるかもしれません。私はこの曲をBGMにこの126話を執筆したせいで思わず泣きました。音楽の力怖い、超怖い。


 ~ちょっとしたおまけ(シャーロック・ホームズの裏設定)~

※ここから先は、『シャーロック逸般人説』や『シャーロック最強伝説』を信じてやまない方々にとっては絶対に読まない方がいい内容となっておりますので、ブラウザバック推奨です。






●本編で明かされることのなかったシャーロック・ホームズの裏設定
・シャーロック・ホームズは元々は本当に一般人だった。
・運動神経も頭の回転速度も人並み程度。精々機械いじりが好きなだけ。
・対して、シャーロックの妻が人外染みた強さを誇っていた。
・条理予知や超高性能な直感を自力で開発したのも彼女。若くしてずば抜けた頭脳を持っていた。
・その他、彼女は他人の技をあっという間に吸収できるほどの並外れた戦闘技術を保持していた。
・その妻が条理予知した未来が絶望的だったため、最良の世界を目指して運命を変えることを決意。しかし志半ばで自身が死を迎えることも既に条理予知していたため、死の直前に夫たるシャーロックに己の力の全てを託して早死にする。
・その後、妻から力を託され、努力なしにチートとなってしまったシャーロックは凡人の感性を持ちながらも妻が目指した最良の世界のためにただひたすらに奔走する。
・そして。シャーロックは何だかんだで伝説級の活躍をしてのける。
・結局。最期まで自身の力が他者からの借り物であると誰にも悟られることなく、後の世界のことをキンジたちに託して安らかに死亡する。

 ……って感じです。要するに。ここのシャーロックさんは『体はチート、心は一般人』だったということです。そんなわけで、若干ながらここのシャーロックさんは一応原作よりは弱体化してたんですよね、実は。キンジくんがシャーロックさんに勝てた一因もシャーロックさんが原作よりちょいと弱いってのが関係しています。といっても、原作時点でテラチートだった奴を少しばかり弱体化させた所で、所詮はチートでしかなかったわけなんですがね、ええ。


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終章 熱血キンジと序曲の終止線
127.熱血キンジと変わる世界



日常「今回から楽しい楽しい日常回だよ! 皆、楽しみにしていってね! ……って、あれ? 何か雲行きが怪しくなってない?」
シリアス「ま、まだだ……まだ俺様のターンは終了してないぜ……(←満身創痍ながらもっと出番が欲しいあまりに執念で本編に割り込もうとする奴)」

 どうも、ふぁもにかです。今回からは日常回。だと信じていた頃もあったんですが、思ったよりも遥かに文字数が多くなったせいで、単に面白くも何ともない説明回になってしまったでござる。とりあえず地の文の量がヤバいヤバい。



 

「ハァ、暑い。これだから夏って奴は……」

 

 さんさんと無駄に携えた熱気とともに降り注ぐ直射日光が凶悪的な8月11日の昼下がり。遠山キンジは真夏のうだるような暑さに辟易としつつも、目的地へと向けて歩みを進めていた。時折、東京武偵高校周辺の地図を確認しながら、キンジは一人、テクテクと歩いていた。

 

 あの日。シャーロックがアリアへと緋弾を継承し、寿命により死を迎えた運命の7月25日。そのちょうど17日後の出来事である。

 

 

 

 あの後の話をしよう。シャーロックが死に、アリアが号泣する中。死にかけな俺のズタボロな体がついに限界を迎えたのか、俺は空気を読まずにその場に倒れてしまったらしい。

 

 そのことにすぐに気づき、もはや一刻の猶予もないと悟ったアリアはあの小柄な体躯で俺を背負ってボストーク号から脱出。火事場の馬鹿力の為すがままに『クレオパトラ7世のクレオパトラ7世によるクレオパトラ7世のためのブリッジ』を渡ってアンベリール号までたどり着き、息も絶え絶えな状態ながら、カナ姉たち(※この時点でカナ姉の怪我はパトラにより完治されていた)に俺の怪我の治療を必死に要請したらしい。

 

 その際。海外の医師免許を持っているカナ姉が愛する弟の危機を救うために即座に応じ、早速俺の応急処置に取り掛かる傍ら。パトラは俺への治癒能力の行使を一度は渋っていたのだが、すぐに思い直すように「ま、ちゃんと教授(プロフェシオン)に鉄槌を下してくれたことですし……今回だけですわよ」と自分に言い訳するように呟いた後に、俺の治療に参加してくれたらしい。どうやらパトラはカナ姉に治療を施す傍ら、何らかの方法で俺とシャーロックとの戦いを傍観していたようだ。

 

 俺を1秒でも長く延命させるためのカナ姉の物理的な応急処置と、パトラの無限魔力による怪我の根本的治療。カナ姉が俺を死なせないように時間を稼ぎ、その間にパトラが重い怪我から順に治していく。このカナ姉とパトラの共同治療により、俺はギリギリの所で一命を取り留めたようだ。カナ姉とパトラ、そしてシャーロックを失った悲しみがまだ全然晴れていなかったはずなのに、それでも俺を必死にアンベリール号へと運び出してくれたアリアには本当に頭が上がらない。

 

 そうして。パトラによる丹念な治療により俺の怪我が完治した頃。武藤の運転する水上飛行機が到着し、それに乗る形で俺たちはアンベリール号から離れることとなったのだ。

 

 

 しかし、俺は入院しなかったわけではない。パトラの魔力による治療では怪我は治せても失った血までは取り戻せないため、俺は輸血をしてもらう必要があったのだ。さらに。シャーロックとの戦いであそこまで体を酷使して、命を燃やして戦ったことで、何らかの後遺症を患った可能性が否定できなかったため、念のために検査をしなければならなかったのだ。

 

 というわけで、武偵病院にまたしても舞い戻ってしまった俺は2週間もの間、泥のように眠り続けていたらしい。まるでカナ姉の睡眠期のように。それはもうぐっすりと。まぁ、多重ヒステリアモードなんて荒技で神経系、特に脳髄に過大な負担を強いていたのだ。むしろ、2週間程度で睡眠期が終わったことを幸運に考えるべきだろう。

 

 

 そんなわけで。2週間もの長めの睡眠期間を経て、8月8日。病室で目覚め、看護師の葛西さんと再会し、「また会いましたね」なんて話していた俺の元に、待ちかねたかのようにそれぞれ武装検事と公安0課の人間である2名の男が黒スーツに身を包んだ状態でやって来たのだが、あの出来事は俺にとって非常に衝撃的だった。

 

 なぜなら。その黒服男の内の一人が、黒のサングラスこそしていないものの、かつて不死鳥の宿縁(フェニックス・フェイト)でヤクザ系統のコスプレをし、理子を『お嬢』呼びしていた連中(※公安0課に所属している)の1人こと――U-1(ウー・アインス)――だったからだ。

 

 彼ら2名は葛西さんを眼力で病室から追い出すと、今回のイ・ウーの件を根掘り葉掘り聞いてきた。イ・ウーの話を知りたいのならアリアやユッキー辺りにでも聞けばよかったのに、どうしてわざわざ俺が目覚めるのを待ったのかと尋ねてみた所、俺以外の全ての関係者は彼ら――武装検事と公安0課――との接触を避けきっていたらしい。要するに。アリアたちは武装検事と公安0課から派遣される、選りすぐりの人員を2週間も撒き続けていたようだ。とんでもない連中たちである。

 

 そうして。俺から聞きたいことを一通り聞き終えた2名の黒服男たちは「事後処理は全て我々が行うから、余計な横槍は入れるな。それと今回のことは永久に他言無用だ」と、U-1(ウー・アインス)が一方的に言い捨てる形で去っていった。

 

 2名の黒服男、とりわけU-1(ウー・アインス)が非常に威圧的だったのは偏にキンジが原因だ。取り調べ開始から数分後、あまりに物々しい雰囲気が耐えきれなかったキンジが場を和ませる目的で「ところで、俺のこと覚えてませんか、U-1(ウー・アインス)さん? 久しぶりですね」などと微笑みを浮かべつつ問いかけた結果、U-1(ウー・アインス)はあたかも自分の性癖が公衆へ晒されてしまったと言わんばかりの焦燥顔を浮かべ、頭に疑問符を浮かべる同僚らしき武装検事に必死に何でもないと釈明していたのだから。

 

 そして。事情聴取を終えた俺はその日の内に検査を受け、後遺症がないことが確認されたために翌日の8月9日に退院することとなった。つまり、今日8月11日は俺が退院してからまだたったの3日目だということだ。

 

 

 俺以外の話も軽く触れておこう。まずはユッキーについて。主にパトラとの戦いで疲弊しまくっていたユッキーもまた俺と同じように武偵病院に入院し、丸1日、死んだように眠っていたらしい。そして、病室のベッドで目覚めてからのユッキーは『入院』という、人がダラダラすることが世間一般的に認められている夢のような環境を手放したくないあまりに、本当は完全に回復しているにもかかわらず仮病で入院期間を長引かせようとしたが、すぐさま葛西さんに見破られ、その日の内にやむなく退院したらしい。ユッキーは平常運行である。

 

 しかし、ダメダメなだけがユッキーではない。どうやらユッキーは退院後に男子寮に戻り、そこでシャーロックの死を受けてすっかり意気消沈しているアリアを見つけ、あっという間に立ち直らせたようなのだ。お見舞いに来てくれた理子がその時のユッキーを「まるで聖母さんみたいだったよ!」と称していたことから察するに、おそらくユッキーは俺が兄さんの訃報を受けて精神的に弱り切っていた時みたいに、上手いことアリアの心に働きかけたのだろう。よくやってくれた。

 

 

 続いて、アリアについて。ユッキーのおかげで立ち直ったアリアはカナ姉とともにかなえさんを助けるために着実に手回しを進めていった。イ・ウー潜入経験により裏社会に精通しているカナ姉が主に裏工作を担当し、アリアが表舞台で奔走する。個人的に少々心配な組み合わせではあったが、この二人のコンビは即席ながら中々上手くやれていたようだ。

 

 

 その結果として。かなえさんの冤罪が証明され、無罪放免となった。8月9日のことである。裁判では、かなえさんに着せられていた全ての罪に対し、シャーロックがあらかじめ取りまとめてくれていたらしい、かなえさんの罪が冤罪だと証明するに足る証拠が次々と列挙されたことで裁判所は騒然となったそうだ。検察側はそれでもなお、かなえさんの無罪を認めず、多少の減刑は妥協した上で有罪判決に持ち込もうとしたのだが、失敗したそうだ。

 

 これは当然だろう。何せ、今までかなえさんに科せられていた懲役864年分の罪が全て冤罪だとの主張が、信憑性の高い数々の証拠とともに打ち出されてしまったのだ。そうなってしまえば、裁判を傍聴していた誰もが、裁判を執り行っていた裁判官の誰もが、かなえさんへのこれまでの印象をひっくり返し、悲劇のヒロインという新たな印象を深く心に刻み込むには十分すぎる事象だっただろう。そして。検察側が足掻けば足掻くほど、傍聴席の人々は、裁判官は検察側をうさんくさいとするイメージを抱いていく。中立の裁判官が明確に検察側を悪だと決め打ちをすることはあり得ないが、それでも判決にこれらの印象が一切影響しなかったとは考えにくい。

 

 そういうわけで、シャーロックの約束通り、かなえさんの冤罪は証明され、かなえさんは無罪放免となった。検察は上訴しなかった。あれだけ裁判中は足掻いていたにもかかわらず、検察側はあっさりと身を引いた。おそらくこの辺にカナ姉の裏工作が絡んでいるのだろう。

 

 

 それからというもの。新聞、テレビ、ネットなど、あらゆるメディア上でかなえさんの件は大々的に報じられ、かなえさんは一躍時の人となった。それはアリアも同様だった。いや、かなえさんより遥かにアリアは有名人となった。母親であるかなえさんが濡れ衣を着せられて以降、一貫して母親の無罪を主張し、長く辛い戦いの果てに母親の無罪を証明しきったアリアの勇姿は英雄視され、もてはやされているのだ。アリアが年不相応ながらも素晴らしく整った容姿をしていることも、アリア人気の一因になったものと思われる。

 

 ゆえに。アリアを擁する東京武偵高やアリア本人へ各メディアから取材や番組出演のオファーがひっきりなしに届くようになった。他にも、アリアの奮闘の軌跡の書籍化や、映画化を目論む動きもあるとの噂だ。東京武偵高はこの動きを歓迎している。「いいぞ、もっとやれ」状態だ。武偵に対する世間一般のイメージの悪さを払拭し、武偵の地位向上に持ってこいの状況だからだ。

 

 一方、アリア自身は生放送の番組にしか出演しない態度を一貫している。下手に取材や番組に応じることで、メディア側に都合のいい改変が入る可能性を考慮しての態度である。そういうわけで。今頃、アリアはニカニカ動画の生放送に出演しているはずだ。

 

 

 一方。アリアが称賛され、ヒーロー扱いされているのとは対照的に、検察は激しく非難されていて、関係者は釈明に追われている。非難の嵐は連日連夜続いており、止む気配を見せない。当然だろう。何せ、かなえさんの冤罪は今までのどの冤罪事件よりも着せられた濡れ衣の規模が違う。

 

 謝罪会見で土下座が行われただとか、検察幹部の誰々が辞めただとか、そんなニュースを耳にする機会が増えた時は、本当に清々したものだ。初めて、『他人の不幸で飯が上手い』という言葉の意味を、身をもって感じることができたものだ。

 

 本当なら、検察だけじゃなく、マスコミ各社も責められてほしい所だった。何せ、これまで散々かなえさんを貶める発言を発信していた立場だったくせに、かなえさんの無罪が証明された途端に瞬時に手の平返しをしやがり、人々の非難の矛先から真っ先に逃れやがったのだから。しかし、俺は深い憤りに震える内心を抑え込むことにした。今はその時ではないからだ。

 

 『シャーロックの情報操作の影響もあったのだろうが、それでもかなえさんを貶めまくった罪は重い。いつか目にもの見せてやるから覚悟しておけよ、マスコミ各社』などと、来るべき時のために怒りを心の内に溜め込んだのは記憶に新しい。

 

 

 ちなみに。『カジノ「ピラミディオン台場」私服警備』の任務については、評価を半減され、0.9単位しかもらえないこととなった。その理由は、営業を円滑に継続させるには至らなかったため。まぁ、あんなジャッカル男たちが大量に乱入し、思い思いに暴れ回った後では営業再開どころではなかっただろうし、半分の単位をもらえるだけありがたいと思うべきだろう。それに、俺の不足単位は0.5単位だけだった以上、進級は確定なのだから。

 

 また、イ・ウーという組織は崩壊した。トップに君臨していたシャーロックが死を迎えることでリーダー不在となり、緋弾が部外者の手に渡った時は解散することを前もって決めていたらしい。まぁ、イ・ウーはルールが存在しない組織だ。ゆえに、メンバーを圧倒的な力で束ねるシャーロックがいなくなった以上、組織が壊滅するのは当然の帰結である。

 

 そして。ボストーク号についてだが、あの船は俺たちが水上飛行機に回収された直後、突如、巨大ロボット型に変形するとともにどこかへと走り去っていったようだ。水面をドシンドシンと踏みつけながら、それでも一切沈むことなく海の彼方へと消えゆくボストーク号の後ろ姿は何ともシュールだったとか。相変わらずのオーバースペックっぷりである。

 

 

 

 

「……ここ、みたいだな」

 

 今回の一件の影響で、上記のように世界が変わりゆく中。地図を頼りにキンジは目的地へたどり着く。そこは8階建てのマンションだった。薄めの茶色を基調にした色合いのマンションは築3年なだけにまだまだ洗練されている印象だ。

 

 

「さてと、乗り込むか。早めに確認するに越したことはないからな」

 

 マンションを見上げていたキンジはそう呟くと、己の武器である小太刀二本が、拳銃が、バタフライナイフがきちんと使えることを念のために確認する。そして。確認を終えたキンジは一つ息を吐くと、マンションへと足を踏み入れていくのだった。

 

 




キンジ→多重ヒステリアモードを使い、命を燃やして戦った反動により、2週間もの間眠り続けていた熱血キャラ。原作と違い、単位不足は解消済み。

 というわけで、127話は終了です。今回は本当に地の文が本編のほとんどを占めていましたね。次話はそういうことはないでしょうから、その辺は安心してください。そして、その地の文でサラッと原作乖離しまくっている件についてですが……優しい世界って素敵やん?


 ~おまけ(一方その頃:あの人はいつも通り)~

 とある都内のテニスコートにて。女子硬式テニス団体戦の全国大会の2回戦が行われていた。団体戦の形式は5試合。シングルス3、ダブルス2の内訳である。

 1回戦を無事に勝ち上がった東京武偵高。2回戦の相手はシード枠の満留臥理威汰学園。昨年度の全国大会でベスト4の成績を残した強敵である。

 この強大な敵に打ち勝つべく、東京武偵高のテニス部部長は初戦のシングルス3に、1回戦では参加させなかった期待の新人を投入する。たった数カ月前に入部したテニス未経験者のはずなのにあっという間にメキメキ成長した2年生を投入する。関東大会ではトラックに思いっきり轢かれたせいで参加できず、しかしそれゆえにどの高校からもノーマークな人物を投入する。


 その人物がテニスコートに入った時、東京武偵高サイドの空気が変わった。


「「「「「「「「「氷帝! 氷帝! 氷帝! 氷帝! 氷帝! 氷帝!」」」」」」」」」

 東京武偵高サイドのテニス部部員たち(※主に1年生)が一斉にコールを始める。
 シングルス3の選手を、氷の女帝だと称し、氷帝コールを辺り一帯に響かせる。


「「「「「「「「「勝つのは氷帝! 負けるの岩崎! 勝者は氷帝! 負けるの岩崎! 勝つのは氷帝! 負けるの岩崎! 勝つのは――」」」」」」」」」

 そのあまりの熱気に、満留臥理威汰学園サイドがつい気圧される中。満留臥理威汰学園のシングルス3である岩崎さん(※金髪幼女かつ弱気な1年生キャラ)が「ひぃッ……」と小さく悲鳴を漏らす中。パチンと、その人物は指を慣らす。その音でコールは止み、静寂が染み渡っていく。いっそ不気味すぎる静寂の中、その人物は高らかにラケットを天へと掲げ、宣言した。


「――我だ」
「「「「「「「「「キャァアアアアアアアアアアア! ジャンヌ様ァッ! キャァァアアアアアアアアアア!!」」」」」」」」」
「クックックッ、ハァーッハッハッハッハッ! さぁ、待たせたな諸君! 我の美技に酔いな!」
「「「「「「「「「キャァアアアアアアアアアアア! キャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」」」」」

 沸き上がる歓声の中。期待の新人ことジャンヌは実にノリノリだった。悦に入っていた。
 というわけで、何だかんだで武偵高ライフをエンジョイしまくるジャンヌなのだった。


Q.あのー、ジャンヌちゃんってば一体何をやっているんです?
A.テニヌです。


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128.熱血キンジと確認事項


キンジ(……それにしても、ブラドの件でも入院して、今回の件でも入院するとか、まるであのツンツン頭の主人公みたいじゃないか。あの主人公みたいに入院癖なんてつけたくないし、入院沙汰になるような怪我は今後できるだけ避けていきたい所だなぁ)

 どうも、ふぁもにかです。ここの所は「毎日更新してやるぜ!」って気概で全力で執筆していたんですが、どう足掻いても私の遅筆っぷりでは隔日更新が限度な件について。こ、ここが私の限界だというのか!? 何てことだ!?



 

 8月11日の昼下がり。キンジは東京武偵高周辺に建設された、築3年の比較的新しい8階建てのマンションへと足を踏み入れていた。あることを確認するため、キンジはちゃっかりマンションの階段を守るドアの鍵をピッキングで開錠する形でマンション内に潜入する。

 

 

(陽菜の調査によると、最近は毎日ここに通い詰めてるって話だったな)

 

 キンジは階段を上って705号室の扉の前に立つと、チラッと地図に目を移す。そして、陽菜がくれた東京武偵高周辺の地図に確かに705号室と赤ペンで記入されていることを確認し、キンジはインターホンを押した。ピンポーンと軽快な音が響く中、キンジがしばらく待ってみるも、扉の向こう側からの反応はない。

 

 

(留守のはずはないんだが……もしかして、陽菜を使って探ってるのを悟られたか? もしそれだけ警戒心が高いんだとすると、疑惑は限りなく黒に近いグレーになるな。さて、どうするか……)

 

 キンジはもう一度インターホンを押しつつ、今後の対応を考えていると、ここでガチャッと眼前の扉が開かれた。その705号室の扉の向こう側から現れたまさかの人物にキンジは「え゛!?」と目を丸くした。なぜなら。

 

 

「何だ。誰が来たかと思えば、遠山か」

 

 705号室から姿を現したのは、蘭豹だったからだ。19歳でありながら香港では無敵の武偵として恐れられた女傑であり、今は強襲科(アサルト)の教諭としてその粗暴さと凶悪さを存分に発揮しまくっている、なるべく関わるに越したことのない存在だったからだ。ちなみに。どのくらい凶悪かというと、そのぶっ飛んだ素行のせいで、東京武偵高の教諭になるまで各地の武偵高をクビにさせられ、たらい回しにさせられるレベルだったりする。

 

 

(え、えええええええええええええ!? なんで、なんでここで蘭豹先生が出てくるんだ!? 陽菜情報だと、ここにはあいつがいるはずだろ!? こんな話聞いてないぞ!? ま、まさかあれか? 謀ったのか!? 陽菜の奴、俺をからかうために偽情報を掴ませて、よりによって蘭豹先生の住居に誘導しやがったのか!?)

 

 表向きには表情を変えないキンジだったが、その内心は大いに動揺の嵐に苛まれていた。というか、想定外の事態が発生したことに対し、真っ先に陽菜の情報がウソであると疑いにかかる辺り、陽菜に対するキンジの信用のなさが伺えるものである。これが日頃の行いの為せる業か。

 

 

「どうした遠山、こんな所に尋ねてきて。何か用か?」

「……えーと、蘭豹先生。一つ尋ねたいんですけど、ここに装備科(アムド)の平賀文はいますか? ここにいるって聞いて来たんですが」

(蘭豹先生は下手に地雷を踏んでしまうと大惨事になる。幸いにも今は珍しく落ち着いてるみたいだから、うっかり機嫌を悪くさせない内にここから去らせてもらおう。シャーロックの一件からまだそんなに時間が経ってないのにまた命を燃やさないといけないような事態はゴメンだからな)

 

 キンジは普段の粗暴さがすっかり鳴りを潜めているレアな蘭豹を前に、キンジは705号室内に平賀がいるかどうかを問いかける。そう、今回キンジがこの場に足を運んだのは平賀に対し、なるべく早めに確認しておきたいことがあったからだったりする。

 

 

「あぁ、何だ。あやや先生に用だったのか。あやや先生は中にいるぞ。今は忙しくて話せないだろうから、あやや先生が仕事を終えるまで中に上がって、茶でも飲んでおくといい」

「あ、あやや先生?」

「何だ、知らないのか? 『平賀あやや』は平賀文のペンネームだよ。このペンネームを使ってあやや先生は漫画を描いてるんだ。あやや先生本人はそのことを全然隠してないからとっくの昔に知ってるものだと思ってたんだがな。これでも漫画業界では結構有名なんだぞ?」

「ま、漫画家ぁああああああ!? えええええええええええ!?」

 

 キンジがわけがわからないと言いたげに口にした言葉を受けて、蘭豹は平賀が漫画家をやっていることを話す。その蘭豹がサラッと示してきたまさかの事実に、キンジはつい素っ頓狂な大声を周囲に轟かせてしまうのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 蘭豹に招かれるままに705号室内にお邪魔し、キンジがリビングへと向かった時、そこはカオスとしか言いようのない空間と化していた。

 

 

 リビングの四隅に置かれた計4台のコンポーネントオーディオから『わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー、わんわんおーわんわんおーわんわんわんおーわんわんおー』と、アニメ『わんわんおー』の登場キャラである犬たちが歌う洗脳系オープニングが大音量で部屋中に反響しまくる中。

 

 

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃッッッッッッッッッッッッッッッッッッほぉぉ――――――――い!!」

 

 リビングの奥に置かれた木製のテーブルにて。左右の一房を耳で纏めただけの短髪を引っさげた平賀がアニメ『わんわんおー』のオープニングの音量に負けじと奇声を全力で張り上げながら、机に座ってギャギャギャギャと右に左にペンを動かして漫画を描いていた。そのペンを動かす右腕があまりに早すぎるためか、残像で二重三重にブレて見えてしまっている。

 

 

「な、何だ。このSAN値がガリガリ削られそうな空間は……」

「ま、ツッコミ所はあるだろうが、これが平賀の作画スタイルだ。大人しく受け入れた方が楽だぞ、遠山。私はもう慣れた」

 

 狂気に満ち満ちた世界を構築しているリビングに一歩足を踏み入れたままピシリと石像のごとく固まったキンジに対し、背後の蘭豹はポンポンと雑にキンジの頭を叩きながら先人としてのアドバイスを送る。そして。リビングへの道を塞ぐように立つキンジの背中を「邪魔だ」と勢いよく蹴飛ばし、床へとズガンと頭を全力でぶつけたキンジの背中をわざわざ踏みつける形でリビングへと入っていった。

 

 

「なのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなのなッッッッのだぁぁあああああああああああああああああああ――――ッ!! できた! できたよー! オラクルフォースの最新話、完成だよ、なのだ! あ、らんらん! お待たせなのだ!」

 

 超人染みたスピードでガリガリと漫画を描いていた平賀は渾身の雄たけびを最後に、ガタンと椅子から立ち上がり、今まで真剣に描いていた漫画の束を掲げて、ぴょんぴょんとリビングを跳ね回る。そして。自身の視界の隅に蘭豹の姿を映ったことに気づくと、まるで母親を見つけた幼子のようにパタパタと一直線に蘭豹の元へと駆け寄っていった。

 

 

「よーし、それじゃ早速見せてくれ。あと、らんらんじゃなくてらんらん先生な」

 

 蘭豹は平賀が「はい!」と渡してきた漫画を受け取ると、1ページ1ページしっかりと、しかし時間を無駄に消費させずに目を通していく。

 

 

「どう、どう?」

「満点だ、これなら問題ない。後は編集さんに見せれば通るだろ」

「わーい、やったー! なのだ!」

「お疲れさま。ホント、あやや先生はいい仕事してくれるよ。組んで良かったって心から思える」

「いやぁー、これも全てらんらんのおかげだよ! らんらんがワクワクする素晴らしいストーリーを考えてくれるから、私は頭を空っぽにして純粋に漫画を描けるのだ!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。――っと、そうだ。あやや先生、客だぞ」

「お客さん? こんな所に? って、あ。遠山くんなのだ」

 

 蘭豹がビシッと指差したリビングの入口周辺へと視線を移した平賀は、そこで「いってぇ……」と、ガンガン痛む頭を押さえながら立ち上がるキンジの姿を捉えて言葉を漏らす。

 

 

「よ、平賀。ちょっと二人きりで話がしたい。すぐに終わらせるつもりだからそう時間は取らせないけど……今は大丈夫か?」

「ん、ちょうど漫画も描き終わった所だし、大丈夫だよ! じゃ、らんらん! 少し席を外すから、もし私がいない間に編集さんが来たら打ち合わせはよろしくね! なのだ!」

「あぁ、任せておけ。あと、らんらんじゃなくてらんらん先生な」

 

 平賀がキラッというあざとかわいい擬音がつきそうなウインクとともに後のことを蘭豹にお願いすると、当の蘭豹はグッと突き上げた親指で自身を指し、二カッと爽やかな笑みを浮かべる。

 

 かくして。平賀と蘭豹。この二人の思わぬ仲の良さをまざまざと見せつけられる形で、キンジのマンション訪問は幕を下ろすのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「んぐんぐんぐ……ぷはぁーッ! 生き返ったぁー! なのだ!」

 

 その後。マンション周辺の公園へと場所を移したキンジと平賀。そこでキンジは一仕事を終えた平賀を労う意味を込めて近くの自動販売機でオレンジジュースの缶飲料を購入し平賀にプレゼントすると、平賀は実においしそうに喉を鳴らして一気飲みをしてくれた。この喜びあふれる反応からして、よほどのどが渇いていたようだ。

 

 

(これだけいい反応をしてくれると、奢った甲斐があるな)

「ありがとね、遠山くん!」

「どういたしまして。にしても驚いたぞ。漫画、やってたんだな。それも蘭豹先生とタッグを組んで取り組んでるとか、正直今でも信じられないよ」

「むー。そんなに意外かなぁ? らんらんと漫画ってそんなに意外性ないと思うんだけど?」

「意外に決まってるだろ、あの蘭豹先生が漫画家も兼任してるなんてさ。武偵高の奴らがこのことを知ったらまず絶句するだろうな。強襲科の連中なら、その後、蘭豹先生をいじる格好のネタにしそうだけど」

「それで、らんらんにお星さまの所までぶっ飛ばされると」

「テンプレだな」

「テンプレなのだ」

 

 キンジと平賀はこの場にいない蘭豹の話題について、互いに同調しうんうんとうなずき合う。今日は何だか二人の波長がよく合っているようだ。

 

 

「ってことはだ。平賀、お前がよく放送で蘭豹先生に呼ばれてるのは――」

「――うん、漫画関係のことだね。編集さんが武偵高に直接来てくれた時は教務科(マスターズ)のらんらんの個室で打ち合わせをする取り決めになってるんだよね、なのだ!」

 

 前々から気になっていたことを良い機会だと尋ねたキンジは、相変わらず取ってつけたように語尾に『なのだ』をつけるスタイルな平賀の発言から、「なるほど。そういうことだったのか」と納得したように呟きを漏らす。その脳裏には、かつて武藤と平賀が対立していた時の武藤の発言がよみがえっていた。

 

 

――漫画家との二足のわらじでこなせるほど、発明の世界は甘くはない。

(そういえば、武藤もそんなこと言ってたな……)

「それで? 話って何?」

 

 と、ここで。平賀が本題を聞き出そうと、キンジの話を催促してくる。その問いかけに応じる形でキンジがとあることを確認しようとした時、いきなり平賀が己の体を両手で抱きしめるようにして、「も、もしかして、告白?」といかにも冗談っぽく問いを投げかけてきた。

 

 

「悪い、平賀。俺は平賀のようなタイプは守備範囲外なんだ。俺は基本的に年上のお姉さんタイプが好みでな。他を当たってくれ」

「……へぇー」

「な、何だよ。その疑いの眼差しは?」

「だって、とてもそうは思えなくてさ。だって、遠山くんって神崎さんや峰さんみたいな年齢の割には幼いロリ体型の女の子が大好きだって聞いたよ? それこそ男子寮内に無理やり住まわせちゃうぐらいには好きでたまらないって」

「え、何その噂!? 聞いてないんだけど!?」

「あれ、そうなの? もう結構広まってるけど、なのだ」

「マジかよ……なぁ平賀。噂の出所とか、わかってたりするか?」

「ん? 風魔さんとダルクさんが結託して流してるのを前に見たことあるのだ」

「あいつらかよ!? あいつらなのかよ!?」

 

 キンジは己がロリコンだという噂を流されているという、寝耳に水な状況の原因がジャンヌと陽菜という問題児の組み合わせだということについ声を荒らげる。この時、キンジは確かに、「ハァーッハッハッハッハッ!」と高笑いをするジャンヌと、「ハッハッハッ」とわざとらしく笑う陽菜の幻聴を聞いた。

 

 ちなみに。なぜジャンヌと陽菜の組み合わせができているのかというと。ジャンヌは元々、キンジが白雪や理子と一緒の部屋で寝食を共に過ごすことを良しとしていなかったため、キンジが白雪たちに性的に手を出してくる前に、どうにか白雪たちをキンジから切り離せないものかと模索していたのだ。そんなジャンヌの心境を目ざとく察知した陽菜が『面白そうだから』という理由でジャンヌに協力という名の便乗を申し出た結果、性質の悪さに定評のある、ある意味で凶悪なコンビが誕生してしまい、キンジの印象を悪くする噂が現在進行形で流されているというわけである。

 

 

(……とりあえず、陽菜。次会ったらマジで覚えてろッ!)

「それで? 告白は?」

「平賀。今回お前に会いに来たのは、聞きたいことがあったからだ。断じて告白しにきたわけじゃない。……単刀直入に聞くぞ。お前は、アリアに危害を加えるつもりはあるか?」

 

 キンジが本題に入った瞬間、公園がシーンと、文字通り静まり返ったような感覚を平賀は覚えた。ふざけた答えは許さないと雄弁に語るキンジの双眸を見上げつつ、平賀は真面目に返答する。

 

 

「うーん、どうだろ? 神崎さんを傷つけないと断言はできないね。ほら、私って色んな人に武器売ってるからさ。いい人にも悪い人にもとりあえず発明品を提供してる以上、神崎さんに害意がある人に私の武器が渡ったとしてもおかしくはないのだよ!」

「じゃあ、質問を変えるぞ。お前が直接アリアを傷つける意思はあるか?」

「ないない、それはないよ。私にとって、東京武偵高は大事な居場所だからね。この大切な場所を手放しかねないバカな真似は間違ってもするつもりはないよ、なのだ!」

「……そうか、ならいい。忙しい時に時間を取って悪かったな」

 

 平賀の思いっきり素な反応を前にして、警戒するのが何だかバカらしくなってきたキンジは「ふぅ」とため息を吐く。実はこの時、キンジは平賀の返答次第では拳銃を抜くつもりだった。なぜなら、平賀の立ち位置が完全に限りなく黒に近いグレーゾーンだったからだ。

 

 

「このタイミングで遠山くんが尋ねて来たってことは、私の作ったボストーク号の模型が影響してるんだよね?」

「正解だ。あまりにお前の模型と実物の特徴が一致していたからな。お前が武偵高に長期潜入しているイ・ウーの一員なのかどうか、確認しておきたかったんだ」

「なるほどね。でも、それにしては意外な切り口だね。どうして私の正体は尋ねなかったの、なのだ?」

「ま、人間誰しも、誰にも言えない秘密があるものだからな。俺の秘密を晒していない状態で、平賀の正体をただ問い質すのはフェアじゃないと思ったんだ」

「何か、変なプライドなのだ!」

 

 平賀に真正面から自分の気持ちが変わっていると認定されたキンジはほんの少しだけ不機嫌そうに「……別にいいだろ。これが何か深刻な問題を引き起こすわけじゃないんだし」と発言する。そのようなキンジを改めて見据えた平賀は黙考の後、おもむろに言葉を紡いだ。

 

 

「うーん。絶対に隠さないといけないことじゃないし、せっかくだから遠山くんには私の立ち位置を話しておくのだ。――何せ、遠山くんはシャーロック・ホームズを倒しちゃった人だからね。前々から優秀だとは思ってたけど、まさかここまでやらかすことができる人だとはさすがに予想外だったよ! なのだ!」

「ッ!? それを知ってるってことは、やっぱり――」

「――誤解されない内に言っておくけど、私はイ・ウーのメンバーじゃないよ? ただシャーちゃんに直々にイ・ウーへ招待されてただけ。なのだ」

「しょ、招待ッ!?」

「そそ。で、私は武偵高を卒業するまで待ってくれって、考えさせてくれって返事して、シャーちゃんに受け入れてもらったんだ。その後は、街中でシャーちゃんと偶然出会った時に色々話をしたね。カラオケで一緒に歌ったり、高級レストランでお食事したり、お友達感覚で色々遊んだりもしたっけ。シャーちゃんも機械いじりが好きなメカニック属性の人だから、同類として色んな話をさせてもらったよ。ボストーク号の構造はその時に知ったのだ」

「なるほど。そういう繋がりだったのか」

(……何か、蘭豹先生のことといい、シャーロックのことといい、さっきから俺の抱いていたイメージと全然違う一面が平賀目線から垣間見えてる気がするな)

「……って、シャーちゃん? シャーちゃんって、まさか……シャーロックのことか?」

「うん! そうだよ、なのだ!」

「凄いな、平賀。多分あいつのことをそんな愛称で呼べるのってお前ぐらいだぞ?」

「え、そうなの? 『シャーちゃんって呼んでいい?』って聞いてみたら『もちろんSA☆』って元気いっぱいに答えてくれたけど?」

「何かテンション高いな、お前の中のシャーロック。一体何がどうなってんだよ……」

 

 キンジが己が直接言葉を交わしたシャーロックと、平賀が対面したシャーロックとのあまりの違いについ頭を抱えたくなる中。平賀はふと、唐突にニコニコ笑顔を曇らせる。眉を寄せて、悲しそうに唇を噛んで、ポツリと己の心中を言葉に表し始めた。

 

 

「ま、でもシャーちゃんは寿命で死んじゃって、イ・ウーは壊滅しちゃったから、イ・ウーへの招待なんてもう関係ない話なのだよ」

「……」

「シャーちゃんの話はとっても面白かったんだ。ユーモアに富んでいて、楽しくて、もっと色々とお話したかった。シャーちゃんにはもっと長生きしてほしかった。……本当に、惜しい人を亡くしちゃったね」

 

 実に平賀らしくない、憂いに満ちた表情で、平賀はポツリポツリと己の内に秘めていた感情を曝け出す。その沈鬱な面持ちから察するに、彼女にとって、シャーロック・ホームズの存在はそれだけ大きかったのだろう。

 

 

「ねぇ、遠山くん。私からも1つ、聞いていいかな?」

「何だ?」

「シャーちゃんは、幸せに逝けたのかな?」

「俺はシャーロックじゃないから推測しかできないけど、幸せだったんじゃないか? 何せ、可愛いひ孫に見守られる形で往生できたんだ。きっと、何も心配することなく安らかに眠れたはずだ」

「……そっか。それなら良かった、なのだ」

 

 キンジの返答についついブワッと衝動的に涙を零しそうになった平賀は、「っとと。ダメダメ、私に涙は似合わないのだ!」とゴシゴシと服の袖で乱暴に涙を拭うと、「元気出していこう、平賀文! えいえいおー!」と二パッと無理やり笑みを作る。その姿はあまりに痛ましかったのだが、キンジとしても元気のない平賀は違和感が凄まじかったため、いつもの自分に戻ろうとする平賀の行為に水を差すような真似はしなかった。

 

 

「それじゃ、シャーちゃんが幸せに逝けたってわかった以上は、シャーちゃんが本気でびっくりするような発明を頑張って編み出して、冥土の土産に持って行けるようにしないとだね! いやぁ、いい話が聞けてよかったよ! ありがとね、遠山くん! それじゃ、バイバーイ! なのだ!」

 

 瞬く間にカラ元気を徐々にいつものペースに戻していった平賀は言いたいことを全部ちゃっちゃと言い終えると、パタパタと公園から走り去っていく。時折キンジへと振り向いてブンブンと右手を振って別れを告げる平賀に対し、苦笑しながらも手を振り返すキンジなのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……一時はどうなることかとも思ったが、あの分なら心配なさそうだな。よし、これで1つ懸念をなくせたぜ」

 

 キンジは走り去る平賀の後ろ姿を眺めながらホッと安堵の息を吐く。と、その時。キンジの背後にある木から一人の少女が無音でシュタッと降り立った。それは、長く伸ばした艶のある黒髪ポニーテールに長いマフラーみたいな赤布、籠手に武偵高の防弾制服が特徴的な、忍者スタイルの少女だった。

 

 

「陽菜。今回は協力してくれて助かったよ」

「何の何の。拙者は師匠の戦姉妹(アミカ)にござる。今後ももっと頼ってもよいのでござるよ?」

 

 キンジの感謝の言葉に陽菜はうんうんと何度も首を上下に動かしつつ、得意げに言葉を放つ。陽菜がこの場にいる理由、それは今回の平賀文の情報収集の任務をキンジから請け負った以上、自身がキンジに提供した情報が何をもたらすのかが気になったからというのもあるが、もしもキンジと平賀が戦うようなことになった時に助太刀するためでもあったりする。風魔陽菜は師匠たるキンジが退院したばかりでまだ本調子でないことを心配できる戦姉妹の鏡なのである。

 

 

「そうか、じゃあもう1つだけ頼まれてくれないか?」

「あいあい。何にござるか? 何でも言ってほしいでござる」

「何でも、ねぇ。そうか、それなら―― そ こ を 動 く な 」

「ふぁッ!? あ、あー。拙者、ちょっと急用を思い出したでござるからこれにて失礼させてもらうでござ――ぎゅ!?」

 

 唐突に襲いかかってきた悪寒にブルリと体を震え、キンジから一秒でも早く離脱しようとした陽菜の頭がガシッとわし掴みにされる。この時、陽菜は自身の頭を掴むキンジの指と指の間から、ニッコリといい笑顔を見せるキンジの姿を直視した。

 

 

「なぁ、陽菜。お前とジャンヌが流したっていう噂の件なんだが、覚悟はできてるな?」

「お、落ち着くでござる、師匠。あれはほんの出来心というか、魔が差したというか、まさかここまで師匠がマジギレしてくるのは少々想定外だったというか、だから今回、拙者が頑張って平賀殿の情報収集を行ったという功績を情状酌量に入れて許してくれないかなというか――」

「――うん、絶対に許さねぇ」

「何となくそんな気はしてたでござるよ、ハッハッハッ……」

 

 どうにか命乞いに徹する陽菜だったが、キンジの気持ちを揺れ動かすには至らず。陽菜はついに覚悟を決める。その後、陽菜の言葉にはとても表せない類いの悲鳴が公園中を轟いた後、何事もなかったかのように公園を後にするキンジなのだった。

 

 




キンジ→平賀がイ・ウー側の人間かどうか、さらにはアリアに危害を加える気があるかどうかを確かめに平賀の元へと赴いた熱血キャラ。その結果として、蘭豹や平賀、シャーロックの想わぬ一面を知ることとなったようだ。
平賀文→少年漫画「オラクルフォース」を連載中のハイテンションな天才少女。作画担当。シャーロックに直々にイ・ウーへと招待されて以降、シャーロックと気の置けない関係を構築していた模様。ちなみに、オレンジジュースが大好き。
風魔陽菜→実は87話以降、本編に登場したことのなかった少女忍者。キンジが重度のロリコンであるという噂を広めんと画策するジャンヌに便乗する形で手伝っちゃってたりする。
蘭豹→少年漫画「オラクルフォース」を連載中の教師。原作担当。平賀のことを一人の先生として慕う心を持っている。
※オラクルフォース:らんらん先生原作、平賀あやや先生作画のハイスペック学園バトルコメディ作品。武偵二人を中心にしたダブル主人公モノとして物語が構築されている。また。週刊少年雑誌における初の試みとして、毎週2話ずつ連載していたりする。

 というわけで、128話は終了です。この熱血キンジと冷静アリアにてほとんど出番がなかった勢が一纏めに登場してきた感のあるお話でしたね。そして、私としてはひっさびさに全力でギャグ展開を執筆できたので大満足です。やっぱりギャグっていいですよね! 最高ですよね!


 ~おまけ(その1:とある日の平賀さんとシャーロックさん)~

 街中にて。

平賀「おぉ! シャーちゃんなのだ!」
シャーロック「ほう! これはこれは、文君ではないか!? こんな所で会うとは奇遇だね!」
平賀「うん、本当に奇遇なのだ! シャーちゃんは元気にしてた!?」
シャーロック「あぁ、もちろんSA☆ 体調管理は紳士の嗜みだからね!」
平賀「おおお! さすがは紳士なのだ! カッコいい♪」
シャーロック「そうだろう、そうだろう! そうだ、文君! 私は今から近場の高級レストランに立ち寄る予定だったのだが……君も一緒にどうかね!?」
平賀「え、いいの!? あ、でも……」
シャーロック「もちろん、食事代は全て僕が払わせてもらうよ! 一流の紳士たるもの、淑女にお金を払わせては嘲笑ものだからね!」
平賀「おおおおおお! さっすがシャーちゃん! 太っ腹ぁ♪」
シャーロック「ハッハッハッ。もっと褒めてくれてもいいのだよ! さて、それでは行こうか! 積もる話は美味しい食事を堪能しながらといこうか!」
平賀「ラジャー! なのだー!」

 シャーロックさんが平賀さんの前ではやたらとはっちゃけまくっている件についてはツッコんではいけない。いいね?


 ~おまけ(その2 一方その頃:とある親子の話)~

 東京ウォルトランドにて。

神崎かなえ「よーし! アリア、次はあのジェットコースターに乗ろう! そうしよう!」
アリア「ちょっ、お母さん? またジェットコースターですか……って、ええええ!? あ、あれ乗るんですか!? あれはさすがにヤバそうですよ!?」

 アリアが見つめる先にあるジェットコースター。それはレールが透明素材になっているために、ジェットコースターの進路が見えない・読めないことが異様に恐怖をそそることに定評のある、とんでもないアトラクションだった。

神崎かなえ「何だ、アリア? 怖いのか? やれやれ、成長したとはいえ、アリアはまだまだ子供だなぁ。なーに、安心しろ。ここに超絶頼りになるお母さんがいるんだからな」
アリア「お母さんだってさっきお化け屋敷に行った時はずっと私の後ろにひっついてビクビクしてたじゃないですか!?」
神崎かなえ「ナンノコトカナー、オカアサンモウワスレチャッタナー」
アリア「目を逸らさないでくださいッ!」

 閑話休題。

神崎かなえ「にしても、案外バレないものだな。アリアは黒髪に変装して、私はダテ眼鏡をつけてるだけなのに」
アリア「まぁ、私は偽者をニカニカ動画の生放送に出演させてますからね。あっちを偽者だと見抜けない以上、ここにいる私は精々『正義の武偵:神崎・H・アリアのそっくりさん』ってぐらいにしか思われないでしょうね」
神崎かなえ「人の思い込みって、ホント便利だなぁ」
アリア「ま、そういうことですね。ということで、ジェットコースター巡りは一旦休憩して、他のアトラクションももっと回りましょう。お母さんが捕まってる間に新しくできたアトラクションは他にもいっぱいあるんですからね!」
神崎かなえ「おっと、そうだったな。それじゃ案内頼むよ、アリア」
アリア「はい!」

 神崎親子は失われた時間を少しでも取り戻すべく、遊園地を満喫していた。


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129.熱血キンジと路上トーク


 どうも、ふぁもにかです。今回は前回に比べて真面目な話が中心です。何せ、おまけまで真面目一色ですからね。この真面目具合、さすがはギャグを一切寄せつけない、真面目なシリアス展開に定評のあるふぁもにか印の作品ですわ。HAHAHAHAHA!



 

 8月11日の、そろそろ夕日に差しかかろうとしている頃合いにて。東京武偵高中にあらぬ噂を流しまくった陽菜に天罰を下し終えたキンジは東京武偵高へ赴こうと、歩道をテクテク歩いていた。今は夏休みであるがゆえにあまり校内に人はいないことは承知の上で、自身がロリコンを拗らせた危険人物であるという噂がどれだけ広まっているかを把握したかったからだ。

 

 平賀が敵対してくる可能性がゼロだと判明したことに安堵する一方、どうやって広まってしまった噂を誤解だと生徒たちに認識させたものかと悩んでいると、キンジの進路を塞ぐようにしてザッと足音を慣らして人影が表れた。

 

 

「久しぶりね、キンジ」

 

 そのどこまでも澄んだ、聞き覚えのある柔らかな声にキンジはバッと弾かれたように顔を上げる。すると、三つ編みにされた綺麗な茶髪にエメラルドグリーンの瞳をした女性(?)ことカナが微笑みを浮かべていた。

 

 

「カナ姉ッ!」

「ふふ、退院したキンジの様子を見にきたんだけど……その分だともうすっかり大丈夫そうね」

 

 キンジがカナとの予期せぬエンカウントに喜色に満ちあふれた声を上げると、対するカナは心の底から安堵の息を吐く。その理知的な物言いからして、どうやら今のカナ姉はアホの子モードではなく真面目モードでいるようだ。

 

 

「あぁ、カナ姉とパトラが俺の治療をしてくれたおかげだよ。改めて、ありがとう」

「そんな改まって感謝することないわ。弟を助けるのは姉の役目だもの」

「カナ姉は相変わらずだな。……それと、かなえさんの件も、ありがとう。カナ姉が頑張ってくれたからこそ、かなえさんを助けられたわけだしな」

「どういたしまして。でも、お礼を言いたいのは私の方よ。かなえさんの救出任務は、久しぶりにまともに義を全うできる内容だったから、アリアと一緒に奔走した日々はとても充実していて楽しかったもの。むしろ、キンジには申し訳ない気持ちでいっぱいだわ」

「え、どうして?」

「だって、これまでかなえさんを助けるために全力で頑張ってきたのはアリアと、貴方でしょう? なのに、肝心な所で私が出張って、いい所を横取りしちゃったんだもの。本当はアリアと一緒にかなえさんを助け出したかったでしょうに……」

「横取りとか、そんなの関係ないさ。かなえさんが無罪だと立証されて釈放された。それだけで俺は十分だよ」

「そう? それなら良かったわ」

 

 キンジの反応を不安そうに伺いつつ話していたカナは、キンジが自分の関知しない所でいつの間にやらかなえさんの釈放が成し遂げられていた件について全く気にしていないと知ると、安心とともに花が咲いたような笑みを表に出す。その神秘的な笑顔を真正面から受けたキンジがつい反射的にヒスりそうになったのはここだけの話である。

 

 

 ちなみに。前日カナ姉が電話で連絡してくれた際に、カナ姉はかなえさんが不当に拘束され続けていた原因を俺に少しだけ語ってくれた。その内容を簡潔に纏めると、どうやらかなえさんは『何か』について知りすぎていたらしい。

 

 『何か』について詳しいかなえさんをうかつに自由にさせれば、その情報が他国に広まる可能性がある。そのことを避けたい日本政府は、『何か』の情報を独占したかった日本政府は、それゆえに『何か』について一貫して語らないかなえさんをずっと手元に置いておくために、飼い殺しにするために、かなえさんを不当に拘束し続けていたのだ。

 

 そして。それを踏まえた上で、シャーロックは事前に行動を起こしていた。そう、シャーロックはあらかじめ獄内に潜入し、かなえさんの保持する『何か』の知識をピンポイントで消し飛ばしていたらしいのだ。『何か』について知らなければ、検察に必死に足掻いてもらってまでかなえさんの有罪判決をもぎとる理由はなくなる。それが、かなえさんが無罪放免となった裏事情である。

 

 

「それでね、キンジ。貴方の様子を見にきたというのもあるんだけど……今日はキンジに別れを言いにきたの」

「……やっぱりか」

「想定はしていたみたいね」

「あぁ」

 

 カナからの問いかけにキンジは1つ、おもむろにうなずく。とはいえ、例えカナが自身に会いにきた目的を事前に予測できていたとしても、カナの口から直接別れの話題を出されたことはキンジにとって存外ショックだったため、キンジはわずかながら震える声で言葉を紡いだ。

 

 

「……カナ姉。もう、元には戻れないのか? 前みたいに俺たちは一緒に暮らせないのか?」

「残念ながら、無理ね。イ・ウーを滅ぼすためとはいえ、私は表社会からは存在を抹消し、本格的に裏社会へ足を踏み入れた。表向きにはアンベリール号沈没事故で死んだことになってる以上、私に表社会での居場所は、もうないのよ」

「そっか。……寂しいな。せっかくまた会えたのに、もう会えなくなるなんて」

「心配しないで、キンジ。今まで散々寂しい思いをさせてきたんだもの、これからは暇を見つけて、必ず会いにくるわ。だからその時は、キンジの料理を振舞ってくれないかしら? キンジの腕は一級品で、私も学ぶところが多いもの」

「……わかった。また腕を磨いておくから、期待していてくれ」

「うん。楽しみね、キンジの手料理」

 

 カナは自身の口元に軽く手を添えながらにこやかに笑う。その様子を前に、キンジは料理の修行を再開しようと決意する。カナが死んだとされて以降、料理の修行は中断したままだったが、今日からは本格的に料理の修行に取り組む必要があると心に決める。全ては、意外と舌の肥えているカナをビックリさせるぐらいに上手い料理を振舞うためである。

 

 

「カナ姉。1つ、言っておきたいことがある」

「何かしら?」

「俺は、世界最強の武偵になる。どんな奴が相手でも絶対に負けない世界最強の武偵になって、今のアリアみたいに、マスコミ各社に引っ張りだこになるほどの存在になって、そうなった暁には兄さんのことを絶賛する。兄さんが武偵として残した功績を紹介して、絶賛して、褒め称えて、あの時兄さんを貶めまくったマスコミ各社を皆もれなく窮地に追い込んでみせる。道のりは長いだろうけど、いつになるかなんてわからないけど、絶対やってのける。だから、その時を楽しみにしていてくれ、カナ姉」

「……キンジ。別にそこまで無理して頑張る必要はないわよ? 私は誰かに褒められるために義を貫き通してきたわけじゃない。私の行いは全て単なる自己満足にすぎないわ。だからあの時、マスコミが押し付けてきた風評被害も、毛ほども痛くなかったしね」

「カナ姉にとってはそうかもしれないけど、俺にとっては痛いんだ。カナ姉が正当に評価されなくて、悪く言われてる現状は耐えられないんだ。だから、頑張る。こんな俺だけど、どうか見守っていてほしい」

「……わかったわ。でも、無茶をしすぎて志半ばで死んだりしないでね? あまりの悲しさに立ち直れなくなっちゃうもの」

 

 己の内心を、今後の方針をカナへと伝えたキンジは、憂いの念を瞳に映すカナを前に「了解。肝に銘じるよ」と口にする。あの時、カナが死んだという訃報を聞かされた当時の気持ちはキンジ自身がよく知っている。それゆえに。あの『残される』という感覚を、心にポッカリ穴が開く感覚を、絶対にカナ姉には経験させないという強い思いが、キンジの口調にしかと表れているようだ。そのキンジの力強い眼差しを受けて、カナも己の方針をキンジに告げることにした。

 

 

「ねぇ、キンジ。せっかくだから私も1つ、キンジに言っておくね」

「? カナ姉?」

「私は今回の一件で、自分の未熟さを思い知ったわ。いくら『私の信じる義』を貫き通すことが非常に困難だからといって、『妥協の義』に逃げ込んだ私は、まだまだ一人前には程遠い。だから、これを機にもっと自分を磨いて、研鑽を重ねて……その内、キンジにリベンジマッチを挑ませてもらうわ。だから、その時はよろしくお願いするわね♪」

「リ、リベンジマッチぃ!?」

「ええ。あの時、貴方は私に見事なまでに打ち勝った。負けた当時はそこまで敗北自体に思う所はなかったんだけど、今は悔しくて仕方ないの。だから、改めてキンジと戦いたい。……もちろん、受けてくれるわよね? 何たって、キンジは世界最強の武偵になる男なんでしょう? どんな奴が相手でも絶対に負けない世界最強の武偵が、まさかただの一介の挑戦者(チャレンジャー)の申し出を拒絶したりなんて、しないわよね?」

 

 カナはしたり顔でキンジに問いを投げかける。その得意満面な表情は『こう言えば、貴方は絶対に断れないわよね?』と雄弁に語っている。

 

 

(その頼み方は卑怯だぞ、カナ姉。カナ姉ってこんなに負けず嫌いだったか?)

「……わかったよ、受けて立つ。正直、カナ姉の実力にはまだ届かない俺だけど……それでも、次の戦いでも勝ってみせる」

「そう。ふふ、いい返事ね。料理共々、楽しみにしているわ」

 

 キンジの凛とした眼差しとともに放たれた返事にカナは満足そうにうなずくと、クルリとターンして、キンジに背を向ける。そして。この場から去らんと、ゆっくりと歩を進めていく。

 

 

「またね、キンジ。またいつか、近い内に会いましょう」

「あぁ。また会おう」

「それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい、カナ姉」

 

 カナはキンジの方を振り向くことなく、ただ後ろ手にヒラヒラと手を振りながら、歩み去っていく。夕日の温かなオレンジの光を引き連れながら立ち去るカナの姿は、とても神秘的で、裏社会の闇へと帰還する者の姿とはまるで思えなくて、眩しさについ目を細めるキンジなのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 徐々に小さくなっていくカナの背中を見つめていたキンジは、再び東京武偵高へと向かっていく。少なくとももう二度とカナと会えない、なんて最悪の可能性が本人の口から直接切り捨てられたことにより、カナと別れた後も寂しいという感情が心に去来しつつもそれなりに元気なキンジ。そんなキンジが武偵高へと到着した時。校門にて。武偵高の敷地を取り囲むコンクリート壁に背中を委ねる女性こと神崎かなえの姿があった。

 

 

「やぁ、少年。こうしてアクリル板越しでなく、時間制限もなく、何も遮蔽物のない空の下で会うのは今回で初めてだな」

「確かにそうですね。今まで面会室でしか会ってこなかったせいか、何だか今の状況が凄まじく新鮮に感じられますよ」

 

 キンジの姿を発見するや否や、青年のような快活な笑みを浮かべて話しかけてくるかなえにキンジはごく自然体で返事をする。そして。ややあった距離を詰めつつ、キンジは「どうですか、久々の外の世界は?」と、ちょっとした好奇心からかなえに尋ねてみた。

 

 

「うむ、そうだな。簡潔に纏めると、『素晴らしい』の一言に尽きる。個人的にはそう長い間、拘束されていたつもりはなかったんだが、世界は私の知らない内に随分と変化したようだ。次々と新しい発明が為され、それが社会に取り入れられ、世界がより彩りを深めていく。私のよく知らない未知の物にあふれたこの世界は、実に私の好奇心を掻き立ててくれる。まるで近未来へタイムトラベルした気分だ。全く、科学の進歩というものは凄まじいな。恐れ入るよ」

「……何というか、さすがですね。普通、こういうのって世界から取り残されたように感じるものじゃないんですか?」

「んー、そういわれてもなぁ。別に100年後の世界に飛ばされたとかそんなわけじゃないからな。特にそういったネガティブな気持ちは抱きようがないさ。あ、そうそう。あとは空気も美味いな。まぁ排気ガスとかその他諸々で汚染された空気ではあるが、それでも室内の味気ない空気よりは遥かにマシだ」

 

 頭をガシガシ掻きながら、カラカラと愉快そうに笑うかなえ。そのあまりの『人生をエンジョイしてます』といった雰囲気を前に、まるで濡れ衣を着せられていたことに対して欠片も気にしていなさそうな様子を前に、キンジはいかに眼前の存在が大物であるかをひしひしと感じた。

 

 

「いやぁ、今日アリアと一緒に行った東京ウォルトランドも新アトラクションが数多く用意されていて楽しかったからな。この際だ、どうなっているか気になる所を手当たり次第に旅をすると言うのも面白いかもしれないな」

「……え? かなえさん、今日アリアと一緒だったんですか?」

「あぁ、そうだけど? どうした、少年?」

「いや、今日アリアは確かニカニカ動画の生放送に出演してたはずですよね?」

「何だ? アリアは言っていないのか? あれはアリアの偽者だぞ? 何でも、理子くんがアリアの変装をして、代わりに出演してくれているらしい」

「はぁ!? 理子が!?」

(いやいやいや! アリアの奴、何考えてんだよ!? 理子は確かに変装はできるけど、演技はそこまで上手いわけじゃないだろ!? 理子が何かやらかして生放送が大惨事になったら、せっかくのアリア人気が地に落ちかねないぞ、マジで!)

 

 キンジはかなえからもたらされた衝撃事実に丁寧語のことを忘れて声を荒らげる。それと同時に、キンジは理子の身を案じてすぐさま携帯からニカニカ動画の生放送へとアクセスし、理子の様子を確認しようとする。『悲劇の母親を救い出した小さな英雄、その素顔に迫る』とのタイトルで流されている生放送は今、どうやら締めに入っているようだ。

 

 

『――私たち武偵の存在は未だ国民の皆さんからは良い印象で捉えられてはいないことでしょう。当然です、自衛のための武器を持たない一般市民にとって、武器を持つ人は誰だろうと脅威です。警察だろうと自衛隊だろうと、怖いのです。それが、まだ大人にもなっていない未熟な若者たちが武器を持って、何でも屋のような業務を行っているのですから、不安に思って当たり前なのです。ですが、皆さん。これだけは心得ていてください。今や日本の、世界の犯罪件数は未曾有の増加を記録しています。毎年のように凶悪犯罪は記録的数値を更新し、平和とは程遠い様相を呈しています。……武偵という役割は、このような危機的事態に対する一つの答えの形だということ。そして、他でもない武偵だからこそ助けることのできる人が、武偵でしか助けられない人が確かに存在していることを、どうか心に留めてくれるとありがたいです』

 

 生放送で雄弁に己の主義主張を語るアリア、に扮する理子。その姿は何とも凛々しく、まさしく正義の武偵を全身で体現している。普段のおどおどした姿からはとても想像がつかないほどの堂々っぷりに、芯の通った発言内容に、ニカニカ動画では称賛のコメントがあふれかえっている。

 

 

「ど、どうなってるんだ? なんで理子がこうも完璧な演技ができて――」

「――何でも、アリアがカナくんという人に頼んで、理子くんに自信をつけさせるようにちょっとした洗の……おっと、口が滑った。何というか、その、暗示をかけたらしいぞ?」

「洗脳!? 洗脳って言いましたか、今!? 何やってんだよ、カナ姉!? というか、そもそもなんでアリアが偽者をニカニカ動画に差し向けてるんですか!? 最初から親子二人でウォルトランドにいくつもりだったのならオファーを断っておけばよかったのに……」

「アリアは私との遊園地を誰にも邪魔されたくなかったみたいでな。偽者をニカニカ動画に出演させることで、遊園地で自分のことがバレる可能性を確実になくしておきたかったんだとさ」

「……あぁ、そういう目的ですか。確かに、今アリアは人気者ですからね」

「フフッ、親としては可愛い子供が脚光を浴びているのは嬉しい限りだよ。ここ数日、『神崎・H・アリア』って名前がyohoo検索ワードランキングで1位を独占しているのを見ると、本当に誇らしい気分になる」

 

 我が子の活躍っぷりを心から誇りに感じているかなえはエッヘンと胸を張る。と、ここで。かなえは今までの会話の雰囲気を断ち切るように、真摯な眼差しをキンジへと向ける。そのブラウンの瞳を受けたキンジは携帯をしまい、改めてかなえと向き直った。

 

 

「……ところで、だ。アリアから話を聞いたよ。随分無茶をしたそうじゃないか、少年」

「えーと、後悔はしてませんよ?」

「ま、そうだろうな。確かに少年は無茶をするべきだったんだろう。もしも私が少年の立場なら、多分似たようなことをするだろうからね。だが、一歩でも間違えていれば、少年は死んでいた。あのシャーロック・ホームズが死に、悲しみに打ちひしがれているアリアの心に、遠山キンジの死というとどめを刺す所だったんだ。それは、わかるね?」

「……それは確かに」

「今後はなるべく無茶は控えるように。でないと、私の愛娘が大いに悲しんでしまうからな」

「わかり、ました」

「うむ。わかればよろしい」

 

 かなえはキンジの返答に鷹揚に1つうなずく。そして。かなえは何を思ったのか、ポンとキンジの頭に手を置き、ガシガシと乱雑に撫で撫で行為を繰り出した。

 

 

「わッ!? かなえさん!?」

「さーて、少年。ここからは別件なのだが……アリアのことは異性として好きになったか?」

「なッ!? ちょっ、いきなり何を言って――!?」

「ほうほう。その反応は当たりみたいだな。フフフッ、やっぱり私の直感はよく当たる。言っただろう? 好きな異性のタイプなんてコロコロ変わるってさ」

「……確かに、かなえさんの言う通りでしたね。まさかアリアのようなタイプを本気で好きになる時が来るなんて思いませんでしたよ。……かなえさんには敵いませんね」

「そうかそうか。で、ここからは母親としての意見なのだが……私は君みたいな誠実な少年にならアリアを任せられると思ってる。ちなみに、アリアは今、武偵高の屋上にいるぞ。風に当たって、涼みたい気分らしい。今なら、告白には中々に良いシチュエーションだと思うぞ?」

「……な!? あ、え!?」

「やれやれ。少しからかっただけでそんなに顔を真っ赤にしちゃって、何とも微笑ましいな」

「かなえさん!? い、今のは冗談悪いですよ!」

「はいはい。ま、告白のタイミングは少年の判断に任せるさ。……どう転がるかはわからないが、少年の恋が成就することを願ってやまないよ。頑張れ、少年」

 

 キンジが恥ずかしそうに顔を背けながら「……了解です」と、かなえの言葉を受け取ったのを機に、かなえはキンジの頭から手を放す。そして。かなえは改めてキンジを見据えて、ピンと人差し指を立てて、言葉を紡いだ。

 

 

「最後に1つだけ。これまで、うちのアリアを支えてくれて、本当にありがとう。君のような素晴らしい人間と出会えたことは、アリアにとって何よりの幸運だと私は思う。そして、これからも、アリアのことをよろしく頼む」

 

 かなえはニシシッと朗らかに笑うと、「そんじゃ、そろそろ夕暮れ時だしホテルに戻らせてもらうよ」と言葉を残して校門から立ち去っていく。その歩み去るかなえさんの様子がカナ姉と一瞬だけダブったように感じられたのは、おそらく目の錯覚だろう。

 

 

「……何か、言いたいことだけ好き勝手言って帰ったって感じだったな、今日のあの人……」

 

 キンジはかなえの気配がなくなったことを契機に、ハァァと脱力する。かなえに自身が秘める恋心を揺さぶられて高揚していた感情を、キンジは深呼吸で落ち着けようとする。バクバクとその音量で無駄に存在感を主張する心音を、やけに熱く感じる顔面を、普段通りに戻すために、何度か深呼吸を繰り返して。キンジは武偵高の校舎を見やった。

 

 

「……こ、告白云々はさておき、行ってみるか。ここ最近はまともにアリアと話す時間を確保できてなかったからな。いい機会だ」

 

 かくして。この時点においてすっかり平静を取り戻したキンジは、アリアがいるという屋上を目指して歩みを進めていくのだった。

 

 




キンジ→格上であるカナとの再戦が決まってしまった熱血キャラ。とりあえず、カナに最高級の料理を振舞えるようになるために料理修行を再開する決意を固めたようだ。ちなみに、後半部分では割と原作キンジっぽい反応になっていたような気がしないでもない。
カナ→キンジへのリベンジマッチを目論む男の娘。実の所、かなえさん救出のために一時的なコンビを組んだアリアのことを大層気に入っており、機会があればまたアリアと一緒に仕事をしたいと考えていたりする。
神崎かなえ→何かいつの間にやらシャーロックに一部の記憶を消し飛ばされていた男勝りな保護者。ポジティブシンキングの塊。初心な面のあるキンジくんを悪意はないながらも、わざと弄って楽しんでいた模様。

 というわけで、129話は終了です。何だか前半でバトル漫画の波動を感じ、後半でラブコメの波動を感じつつあるような、そんな129話でしたね。そして次回はアリアさんのターンです。はたしてアリアさんは己のメインヒロインっぷりを存分に発揮することができるのでしょうか。


 ~おまけ(とてつもなくシリアスな8月9日、8月10日の話)~

 かなえさんが無罪が完全立証されたことで社会が湧き立つ中。
 所変わって、長野のレベル5拘置所にて。

ブラド『あーぁ、暇ねぇ……』
ブラド(ここに収監されてまだそんなに時間は経ってないけど……こうもやることがないと退屈で退屈で仕方ないわね。暇つぶしに過去の記憶を掘り起こして思い出に浸るのももう飽きちゃったし、何か娯楽がほしいわぁ)
ブラド『……ねぇ、看守さーん? いるー? いるなら私と何かお話しましょうよー?』

 ブラドは特殊素材でできた檻を挟んだ向こう側で睨みを利かせる看守へ誘いをかける。
 しかし看守からの反応はない。無言のままブラドを見つめるのみだ。

ブラド『全く、今日も徹底して無言を貫いててつまらないわね』
ブラド(それにしても、今日は随分と敵意のこもった視線を送ってくるような?)

 と、ここで看守に反応があった。
 遠くからブラドを睨みつけていただけの看守が、ブラドの檻の前まで近づいてきたのだ。

ブラド『あら? 本当に来ちゃった。どういう風の吹き回しかしら?』
看守「……」
ブラド『まぁいいわ。それじゃ、何かお話しましょ♪ 貴方は話し役と聞き役、どっちがいい? 今日は特別に選ばせてあげる』
看守「……」
ブラド『……?』

 ずっとだんまりな看守にブラドが首を傾げた時。看守は唐突に己の看守服を取っ払う。脱ぎ捨てられた看守服の中から現れたのは、一人の少女だった。華奢な体躯に、前髪の内の一房だけが漆黒に染められた、綺麗に整った銀色の髪、珍しい赤と青のオッドアイの瞳が特徴的な少女ことジャンヌ・ダルク30世だった。

ジャンヌ「……」
ブラド『あら? 貴女は、看守さんじゃないわね。誰かしら? ……少なくとも、こんな所に潜入してるぐらいだから、まともな人間ではないでしょうけど』
ジャンヌ「覚えてないか? まぁ、当然か。貴様からすれば、貴様に歯向かいこそしたもののまるで相手にならなかった我のことなど、その辺の蟻と同じだろうからな」
ブラド『? もしかして前にどこかで会ったこと、あったかしら? ……まぁどうでもいいわ。それで? 何が目的でここまで来たのかしら? もしかして、私を脱獄させてくれるとか? だったらありがたいわね。いい加減、自由のない日々は飽きてきた頃だったの』
ジャンヌ「貴様の脱獄の手伝いだ? ふざけるな。……我はただ、貴様を閉じ込めるその小さな箱を貴様の棺桶にするためにわざわざ足を運んでやっただけだ」
ブラド『?』
ジャンヌ「やれやれ、遠回しな言い方では伝わらないか。さすがの頭脳だな。ならば簡潔に伝えてやる。……我はブラド、貴様を殺しに来たんだ」
ブラド『え、今何て言ったの? 殺す? 私を殺す? 処分するってぇ? キャッハハハハハハハハ! 何言っちゃってるのかしら、この子!? 殺せるはずないわ!? 無理よ、無理無理! 私の再生能力を侮ってもらっちゃ困るわよ! アッハハハハ――アギャアァァアア!?』

 散々ジャンヌをバカにし、得意げな高笑いを響かせていたブラドの声が醜い悲鳴に変わる。ジャンヌがメラメラと燃え盛る炎でブラドの全身を包み、軽く炙ったからだ。

ジャンヌ「殺せるさ。魔臓のことは把握しているからな。だが、すぐに殺すつもりはない。時間はたっぷりあるんだ。存分に遊ぼうではないか」
ブラド『……わ、私をいたぶって殺して、それが一体何のためになると言うのかしら?(←再生能力で火傷を一瞬で直しつつ)』
ジャンヌ「何のために? 愚問だな。世界のためになる。貴様の存在は世界にとって百害あって一利なし。独房に放り込んで放置なんて手ぬるいからな、我が直々に処分する」
ブラド『クッ、こんな真似をしてタダで済むと思ってるの!? ここはレベル5の拘置所よ! どうやって侵入したか知らないけど、すぐに貴女は取り押さえられるわよ! ほらほら、そんなに悠長に構えていていいのかしら?』
ジャンヌ「足りない頭で知恵を働かそうとも無駄だ。我は単独犯ではない。協力者がこの空間を隔離している以上、誰も貴様を助けには来ない。もう貴様には、死以外の道は残されていない。……さぁ、ブラド。炎、氷、雷。好きなものを選べ。貴様の望みに応じた方法で痛めつけてやろうではないか」
ブラド『そんなの、誰が選ぶっていうのよ!?』
ジャンヌ「そうかそうか。貴様は炎も氷も雷も全部楽しみたい気分なのか。クククッ、さすがはブラド。その図体に違わず、豪快じゃないか」
ブラド『ち、ちがッ――』
ジャンヌ「――そうと決まれば、ブラド。貴様には今から、私が飽きるまで遊びに付き合ってもらうぞ。全てが終わる時、焼死か、凍死か、感電死か。はてさて、貴様はどんな死に方をしているのだろうな?」
ブラド『……あ、ぁ……』
ジャンヌ「良かったなぁ、ブラド。いい暇つぶしができそうで(←最高級にあくどい笑み)」
ブラド『ひッ――』

 これから自分がどうなるかを想像してしまったブラドは小さく悲鳴を上げる。その恐怖に歪んだ顔は、すぐに炎と氷と電撃の一斉襲撃によりジャンヌ視点ではすぐに見えなくなった。

ブラド『ぐぎゃぁぁぁああああああああああああAAAAAAAAAA∧c幀゙ル」fP\賊R5:I・*焏EィDキヤ0幹ル、シ署ー`゙恩ッH鋺V1艚ォNB8┌Bモ,モ'Ojウj圀敲xz|V`#31t 核.KッH鋺V1艚ォNB8┌Bモ,モ'Ojウj圀敲Nー4C冂徙B:メ-8リ"凵ャ蕊uミuノwツlフレRニ/_$・6Nュ棲/!!』
ジャンヌ「クハハハハハハハハハッ! 足りぬ、まだ足りぬぞ! もっと叫べ! 泣き喚け! 貴様がこれまでの長い人生で犯してきた所業の報いを受けるといい!」

 ブラドがもはや解読不能な悲鳴を絶叫し、ジャンヌがあまりの狂喜に顔面崩壊レベルの歪んだ表情を浮かべて次々と超能力を行使する。このとんでもない空間はジャンヌの超能力が全然使えなくなる時まで続くのだった。

 ◇◇◇

 レベル5拘置所から遠く離れた、人気のまるで存在しない森林地帯の一角にて。

ジャンヌ「……はぁ、はぁ。ゲホッゴホッ!? さ、流石に疲れたな」
ジャンヌ(今回は『薬』の大量服用で一時的に(グレード)を跳ね上げた上でブラドを殺しにかかったが……そう使えた手段じゃないな、これは。クソッ、体が引きちぎられるように痛い……)

 大木に背中を預けて座り込んでいたジャンヌは荒々しく呼吸を繰り返す。ジャンヌの柔肌から止めどなく汗があふれており、両眼からは血の涙を流し、時折吐血することから、今のジャンヌが著しく消耗していることは一目瞭然だった。

パトラ「全く、私怨を晴らすためにここまで無茶をするなんて、策士らしい行為とはとても思えませんわね。確か、今回使った『薬』も億単位の代物でしたわよね? ただでさえ借金を背負っているのに金銭的にも無茶をし、大量服用の副作用を承知の上で(グレード)を跳ね上げるために肉体的にも無茶をする。……貴女、遠山キンジさんの無茶癖が移ったのではありませんこと?(←ジャンヌの元へと姿を現し、すぐにジャンヌの体を魔力で回復させる作業に入りながら)」
ジャンヌ「カフッ。そ、そんな癖を奴から移された覚えはない。……それより、クレオパトラッシュ。今回の協力、感謝する。貴様がいなければ、我がレベル5拘置所のセキュリティを突破しブラドの元にたどり着くことは不可能だったからな」
パトラ「感謝なんて不要ですわ。今回は利害が一致しただけですもの。元々、ブラドさんは目障りでしたわ。やり方もスマートじゃなくて、荒々しくて、汚くて、醜い。機会があればとっとと殺しておきたかったのは私も同じでしたもの」
ジャンヌ「……そうか」

 ジャンヌは空を見上げる。木々の子葉のフィルターの先に見える青空は、ジャンヌが少なくとも24時間もの間は、ブラドを超能力で痛めつけていたことを明示していた。

ジャンヌ「あれだけブラドを苦しめ、痛めつけ、『殺して』と嘆願されても無視していたぶって、散々絶望させた果ての果てに奴を殺したんだ。これで、今までブラドの被害に遭い、亡くなった者や泣き寝入りをするしかなかった者たちも少しは報われよう。……あくまで我の自己満足だがな。しかし、これでリコリーヌの脅威を1つ、完全に取り除けたのも事実だ」
パトラ「貴女、本当に峰理子リュパン四世さんがお好きですのね。前に私が彼女の右目の視力を一時的に奪った時もかなり怒ってましたものね」
ジャンヌ「当然だ。リコリーヌは我が盟友なのだからな。貴様にとってのカナリアーナと同じようなものだ」
パトラ「なッ!? あ、べ、べべべべべ別に私はカナさんに対してそのような感情なんて抱いてはおりませんわ! そう、これっぽっちも抱いてなんて――(←顔真っ赤)」
ジャンヌ「わかった。わかったから動揺で治療の手を緩めるのは止めてくれ、あまりの痛さに気絶してしまいそうなんだ。あ、あと明日は大事な女子テニス部団体戦の全国大会なのでな、治療は念入りに頼む」
パトラ「……えーと、ジャンヌ・ダルク30世さん? 貴女にとって大事なイベントが控えてるこのタイミングでどうしてブラドさん殺しを決行しようと思いましたの?」
ジャンヌ「なに、思い立ったが吉日と言うだろう?」
パトラ「は、はぁ……(←内心で「そこまで無計画でしたの!?」と困惑する人)」

 とまぁこんな感じで。8月9日から8月10日にかけて。表社会がかなえさんの一件で大いに盛り上がる裏で、こっそりとジャンヌによるブラドの死刑執行が実行に移されたのだった。


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最終話.熱血キンジと冷静アリア


 (´・ω・`)
 どうも、ふぁもにかです。まず、このバニラシェイクはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しいのです。そう、読者の皆さんの見間違いでも私のミスでも凄まじく遅れてやってきたエイプリルフールでもなく、『最終話』なんです。すみません。ついにこの時を迎えてしまった件について、謝って許してもらおうとは思っていません。

 でも、この『最終話』と銘打たれたサブタイトルを見た時、一部の読者は、「あぁ、確かに。ここ数話はそんな雰囲気だったね、うん」と、すとんと胸に落ちる感覚を感じてくれたと思います。この殺伐とした、どうにも息のしづらい世の中で、そういう綺麗な気持ちを忘れないで欲しい。そう思って、この最終話を投稿したのです。……じゃあ、本編を覗いてみましょうか。



 

 アリアと話をするために、武偵高の屋上を訪れたキンジは思わず息を呑んだ。夕日に萌えるコンクリートの建物勢が人工物ならではの美を構築していたから、というのもある。だが、フェンスに軽く右手を当てて沈みゆく夕日を眺めるアリアと、オレンジ色の陽光と風にたなびくアリアの桃髪とがあまりに調和していて、まるで周囲の時を止めてしまえるほどの美しさが、そこにはあった。

 

 

「キンジ?」

 

 キンジが目を見開いたまま、何も言葉にできない中。何者かの気配を察知したアリアが後ろを振り向き、きょとんとした顔でキンジの名前を呼ぶ。その真紅の双眸からは「どうしてここに?」との疑問がありありと表出している。

 

 

「夏休み中の武偵高で会うなんて、奇遇ですね。何か屋上に用事でもあったんですか?」

「……いや、さっき校門でかなえさんに会ってな。アリアがここにいるって話だから来てみたってだけだ。というか、アリア。俺を騙したろ」

「? 何の話ですか?」

「理子のことだよ。ニカニカ動画の生放送に理子を出演させたとか聞いてないぞ?」

「あぁ、その件ですか。いえ、別にそのような意図はなかったんですよ? キンジと朝食をとった時は普通に生放送に出演するつもりでしたから。……ただ、今日は急にお母さんと一緒に遊園地に行きたいと思って、その衝動が抑えられそうになかったので、囮の意味合いも込めて理子さんに代役をお願いしただけですよ。まぁ、さすがに理子さんの性格だと不安だったのでカナさんに頼んで洗の……じゃなくて、1日で解ける程度の暗示をかけさせてもらいましたけど」

 

 アリアから話しかけられたことでアリアに見惚れていた状態から正気を取り戻したキンジはアリアとごく自然に会話を交わしつつ、気になっていたことを尋ねてみる。そして、アリア側から語られた事情を前に、「理子さんには何か埋め合わせをしないといけませんね」と呟くアリアの傍ら、「……なるほど、そういう流れだったのか」と納得の声を漏らした。

 

 

(計画をきちんと練った上で親子二人でウォルトランドに行ったわけじゃなかったのか)

「それで、どうだったんだ? 親子水入らずのウォルトランドはさ?」

「それはもう、楽しかったですよ。お母さんは全然変わってないし、私自身、年甲斐もなくはしゃいでしまったせいか、まるで数年前に戻ったようでした。お母さんも私も見た目にほとんど変化がない影響で、二人で撮った写真を見た時は余計にそう思えましたね。……本当なら変装なしの写真を撮りたかったのですが、こればかりは有名税ですからね」

「人気なのも困りものだな」

「ええ。だからといって、さすがにウォルトランドを貸切にするわけにもいきませんからね。来園者のいないウォルトランドなんて魅力半減ですし」

 

 キンジが若干頬を引きつらせながら「……貸切が当然のように視野に入ってる辺り、とんでもないな」と口にすると、アリアは得意げに「ま、貴族ですから」と笑みを形作る。どうやら俺は貴族というものの財政力をまだ過小評価していたようだ。

 

 

「と、そうだ。見た目にほとんど変化がないって言葉で思い出したんだが、アリア。お前、緋弾を撃ち込まれただろ? あれから何か体におかしなこと、起こってないか?」

「いえ、特にないですね。あの日以降、体が緋色に光り出すこともないですし、緋天も撃てないままです。背中の弾痕がなければ、緋弾が私とともにあるという実感を得られないぐらいですよ」

「そうか。……何か不安なことがあったら言ってくれよ? 緋弾に関してはただ話を聞くことぐらいしかできないだろうけど、一人で抱え込むよりはマシなはずだ」

「そうですね。なら、その時は素直に頼らせてもらいます。とはいえ、そんな事態にはならないと思いますけどね。だって、私は緋弾のおかげで人生バラ色ですから」

「……え。人生バラ色?」

 

 キンジはアリアから放たれたまさかの言葉に思わず目を点にした。

 無理もない。キンジにとって、緋弾とは強大すぎる力を秘める一方、緋弾を奪い取らんとする強力な刺客を呼び込む一種の厄災である。それゆえに、アリアが前途が希望に満ちていると言わんばかりに瞳を輝かせていることがあまりにも意外だったのだ。

 

 

「はい。だって、そうでしょう? 緋弾には延命作用があり、肉体的な成長を遅らせる性質を持っています。そのおかげでひいお爺さまは150歳以上になってもなお、あれだけの若さを保っていられたのです。そして、その延命作用を持つ緋弾は今、私の背中に埋まっています。そう! 私は手に入れたのです! 世の女性が不可能だとわかってなお求めてやまない永遠の若さを! 永遠の美を! 女性にとって、老けることを気にしないで生きていけることがどれほど素晴らしいことか! 緋弾をプレゼントしてくれたひいお爺さまにはどれだけ感謝してもしきれませんね、ええ! ……欲を言うなら、ひいお爺さまにはもう少し肉体的に成長した私に緋弾を撃ってくれればもう完璧だったんですが、さすがにそこまで望んでは罰が当たりそうですね。ふふふッ」

「……うん、言いたいことはわかった。けど、緋弾のせいで髪や目の色もすっかり変わったんだろ? それについても何とも思わないのか?」

「思わないですね。永遠の美を手に入れた対価だと思えば安いものですし……私自身、この桃色の髪も、赤い目も結構気に入っています。お母さんも褒めてくれますし……キンジはその、私の色は嫌いですか?」

「い、いやいや! それはない! 俺は、アリアの色は綺麗だと思ってる」

「ふふ。なら、それでいいじゃないですか。ノープロブレムです」

「……そうだな」

(何か納得いかないけど、まぁいいか。アリアが幸せならそれに越したことはないんだし)

 

 上機嫌で大振りなジェスチャーとともに緋弾の素晴らしさを語ったテンションがそのまま引き継がれているのか、キンジに自分の髪や目の色を称賛されたからか、にぱぁという擬音を引き連れた笑みを浮かべるアリア。キンジとしてはシャーロックがアリアの背中に緋弾を発砲した件について良く思っていないため、アリアの反応は非常に複雑だったのだが、無理にアリアの笑顔を曇らせることはないなと気持ちを切り替えた。

 

 と、ここで。キンジはアリアに聞きたいことが生まれた。今こうしてアリアが心底幸せそうな笑みを浮かべられるのは、かなえさんが無事助けられたからというのが大きいだろう。かなえさんを救えたことで、アリアは人生を楽しむことに対して無意識に遠慮をしないでよくなった。己の幸せを疎かにする必要がなくなった。では。己の目的を果たしたアリアは。幸せになれたアリアは。

 

 

「……なぁ、アリア。お前はこれから、どうするんだ?」

「どうする、とは?」

「かなえさんを無事救えたんだ。だから、アリアが日本に来た目的は果たされたってわけだろ? なら、アリアはイギリスに帰るのかなって――」

「――何をバカなことを言ってるんです? 帰るわけないじゃないですか」

 

 キンジの不安に揺れる言葉をバッサリ遮るアリア。「え?」とキンジが改めてアリアへと視線を送ると、アリアの呆れを多分に含んだ眼差しと目が合った。

 

 

「そこで不思議そうな顔をしないでくださいよ。『お前の母親の件が終わってからでいい。兄さんの汚名返上に協力してくれないか?』って、そう言ってきたのはキンジですよ? 忘れたんですか? ……お母さんの件は終わりました。だから、次は私がキンジに協力する番です。全身全霊キンジのために頑張りますので、どんどん頼ってくださいね」

「アリア……ありがとう」

 

 頼りがいのある言葉を並べつつ、ポンポンと胸に手を当てて胸を張るアリア。見た目だけならまず頼りにしてはいけないレベルの幼い体躯だが、その小さい体の中に秘められたアリアの強さをよく知っているキンジは、その両者のギャップについ笑みを浮かべる。そして。内心でくすぶっていた不安が浄化される感覚を味わいつつ、心から感謝した。

 

 

 ――そして、この時。キンジは決断した。

 今まで何だかんだで話さないでいたことを、イ・ウーの件が終わったら話そうと前々から考えていたことを、アリアに包み隠さず打ち明けることにした。

 

 

 

「……アリア。俺さ、アリアに話しておきたいことが3つあるんだが、いいか?」

「何ですか、いきなり改まって? ま、今日はもう用事はありませんし……いいですよ。何でも言ってください」

「わかった。じゃあ1つ目なんだが――アリアはさ、俺がキスをしたこと、覚えてるか?」

「え? キス? キスって、あのキスですよね? え、えーと、キンジと誰がですか?」

 

 キンジの口から唐突に飛び出てきたキスという単語に少々顔を赤らめながらも問いかけるアリアにキンジが「俺とアリアがだよ」と直球で答えると、アリアはピシリと、まるで石化魔法にかかってしまったかのように固まった。無言のまま動かないアリアに、キンジがアリアの顔を覗き込むように「アリア?」と呼びかけると、ここで魔法が解けたらしいアリアから「え、ぇぇぇええええええええええッ!?」という、甲高い悲鳴が上げられた。

 

 

「ちょっ、キンジ!? いつ、どこで!? どこでですか、キンジ!?」

「アリアが棺の中で目を覚ました時だよ」

「え、あの時ですか!? だけど――」

「前に説明した時はアリアにパトラが撃った呪弾の呪いを解除したとだけ言ったけど、方法は言わなかったよな?」

「……もしかして、その呪いの解除方法がキスだったんですか?」

「あぁ。カナ姉にそう言われてな。他の手段を試す猶予もなかったから、キスをさせてもらった」

 

 キンジから事情を聞き終えたアリアは火照った顔をキンジから隠すように「そ、そうだったんですか……」と下を向く。恥ずかしさに起因したアリアの行動を、精神的に深く傷ついてしまったのだと誤って解釈したキンジは、「悪い、アリア」と深々と頭を下げた。

 

 

「え、キンジ?」

「いくら状況が許さなかったとはいえ、それでもアリアの同意もなしに唇を奪ったのは事実だ。だから謝らせてほしい。本当に悪か――」

「――キンジ。これ以上、頭を下げるのはなしです」

 

 アリアは誠実に謝意を伝えようとするキンジの言葉を敢えて途中で遮断させるために、キンジの頬に両手を持っていき、上へと持ち上げていく。「あ、アリア?」と困惑するキンジを無視して、グイーッと背伸びをしながらキンジの頭を元の位置へと戻していくことで、キンジの謝罪体勢を完全にキャンセルさせる。

 

 

「キンジ。謝ることはありませんよ。気にしないでください」

「え。いや、けど――」

「『いや』も『けど』もありません。キンジは私を助けるために、その、キスをしたのでしょう? だったら、そのことに対して傷ついたり怒ったりなんてしませんよ。……私の知らぬ間にファーストキスを失っていたことについては、私自身が眠っていてキスの感覚を覚えていないからノーカンってことにすればいいわけですからね」

「アリア……」

「それにしても、キンジは本当に律儀ですよね。黙っていれば私に気づかれることなんてなかったでしょうに、わざわざ話してくれるなんて」

「……そんな殊勝なもんじゃないさ。ただ、アリアには後ろめたい気持ちを持ったままでいたくなかったんだ」

 

 アリア目線での自分の株が目に見えて上がっていることを感じ取ったキンジは気恥ずかしい気持ちに駆られ、アリアから視線を逸らして頬を掻く。そして。このむず痒さから一刻も早く逃れたい一心で、キンジは2つ目の話にさっさと移ることにした。

 

 

「それじゃ、そろそろ2つ目いくぞ。……もうアリアも大体気づいてるかもだけど、たまに俺の性格がいきなり豹変することは知ってるか?」

「……あぁ。そういえば、そんなこともありましたね。ハイジャック事件の時とか、ブラドと戦った時とか、後は私をひいお爺さまから奪い返しに来た時も随分と雰囲気が違ってましたね。あんまり気にしていなかったんですが……何かあるんですか?」

「あぁ」

 

 首をコテンと傾けて問いかけるアリアにキンジは首肯すると、ゆっくりと話し始めた。遠山キンジが抱える極秘事項であるヒステリア・サヴァン・シンドロームについて、自分が知っていることを全て、包み隠すことなくアリアに伝えていった。

 

 遠山家の人間は、性的興奮を感じることをトリガーに、思考力・判断力・反射神経などの感覚を通常の30倍にまで向上させる特異体質を持っていること。本来は女性を守って、魅力的な男性を見せつけることで確実に子孫を残すことを目的とした能力であるがために、一旦ヒステリアモードになると、女性を最優先で考えがちになり、女性に対してキザな言動を取るようになってしまうこと。ヒステリアモードには様々な派生系があること。自分は魅力的な女性の姿を脳裏に焼きつけることでヒステリアモードに至っていること。性的興奮を覚えさえするのであれば、異性に対する興奮以外の要素でもヒステリアモードになれること。

 

 

「つまり、キンジは魅力的な女性を脳裏に思い浮かべ、それに興奮しヒステリアモードを発動させることで思考力・判断力・反射神経などの感覚を大幅に強化できると」

「まぁ、そうなるな」

「キンジ? 貴方がヒステリアモードになったのって、大体いつも緊迫した状況でしたよね? そんな時に何てことを妄想してるんですか!? このヘンタイ!」

「……やれやれ、返す言葉もないな」

「あ、ついに自分がヘンタイだって認めましたね!? ようやく自覚しましたか!?」

「こればかりはさすがに言い訳のしようがないからな。けど、一応言っておくが、ブラド戦の時に発動したのはヒステリア・アゴニザンテで、アリアを取り戻しに来た時に使ったのはヒステリア・ベルセだからな。あの時まで邪な想像をしたわけじゃないぞ?」

 

 キンジはアリアからのヘンタイの烙印を受け入れつつも、アリアからの印象悪化を最小限に抑え込むために念を押す。だが、アリアはキンジの牽制の意味合いを込めた発言を前に、「ということは、ハイジャック事件の時はそういう妄想を使ってヒステリアモードになったということですね」と口にし、続けざまに「これはほんの好奇心からの質問なのですが……あの時、キンジは『なに』で興奮してヒステリアモードに至ったんですか?」と問いを投げかけてくる。どうやらキンジは自らせっせと墓穴を掘ってしまったようだ。

 

 

(ヤバいヤバいヤバい! この状況はヤバすぎる! ここで仮にカナ姉でヒスってましたと素直に言ってみろ!? 『貴方は実の兄で性的興奮を覚えたのですか? 何て気持ち悪い……キンジには失望しました、キンジとのパートナーを止めます。私の半径3メートル以内に近づかないでください』って感じになりかねないぞ!? どうするこれ、一体どう答えればいいんだ!?)

「といっても、あらかた想像がつきますけどね」

(ウソだろ!? アリアの直感で悟られたのか!? 高性能すぎるだろ!?)

「大方、ユッキーさんの裸を頭に思い浮かべてヒスっていたのでしょう? ユッキーさん、本当に羨ましい体つきをしていますからね。それに、キンジはユッキーさんをよくお風呂に入れていました。その際、キンジはタオルで目隠しをしたと言っていましたが、ユッキーさんのお風呂のお世話を日常的にやっていた以上、たった一度もユッキーさんの裸が偶然視界に入ることがなかった、何てことはあり得ませんからね」

「……あ、あぁ。その通りだ、よくわかったな」

(よかった、ユッキーでヒスったものと勝手に勘違いしてくれた! いや、これはこれであんまりよくないけど、まぁダメージは比較的軽微に抑えられたし、まぁ良しとしようか)

 

 アリアからの詰問に近い質問に晒されたキンジは焦りに焦っていたのだが、アリアがいい感じに誤解してくれたことを利用して窮地から脱出する。結果、どうにか最悪のケースを避けられたためにキンジの内心は安堵の念に満たされている。ついさっき『アリアには後ろめたい気持ちを持ったままでいたくなかったんだ』と言っていたキンジはどこへやらである。

 

 

「まぁ、裸のことはさておき……何とも難儀な能力ですね」

「全くだ。俺もこの能力との付き合い方を見つけるまでは本当に苦労したよ」

「キンジ……心中お察ししますよ」

 

 キンジのため息混じりに紡がれた言葉を受けて、アリアのキンジを責めるようなジト目が憐れむような眼差しへと変化する。キンジは今こそがヒステリアモードの話題を断ち切るチャンスだと、最後の話題に移ることにした。あまりにもヒステリアモードの話を引きずっていたら、アリアの直感が今度こそ『遠山キンジがカナでヒスった説』を導きかねないからだ。

 

 

「さて。そろそろヒステリアモードの話は終わりにして、だ。3つ目の話にいくぞ」

「了解です。……今日はもう色々と驚かされましたからね。これ以上、ビックリするようなことはさすがにないでしょう。さぁ、どんとこいです」

 

 得意げに口角を吊り上げ、クイクイと手のひらを自身へと引き寄せるジェスチャーを取ってくるアリアを前に、キンジは3つ目の話――もとい、アリアへ告白をしようとする。

 

 

(……かなえさんに焚き付けられたこともあるけど、元々イ・ウーの一件が終わったら告白するつもりだったんだ。告白するなら今、のはずだ!)

 

 沈みゆく夕日の光が世界を幻想的なオレンジ色に染め上げてくれているおかげで、告白するには中々に素晴らしい環境が構成されている中。キンジは急激に襲いかかってきた緊張に負けてなるものかと、勢いのままに口を開いた。

 

 

「あ、アリア。俺さ!? ……ッ」

「……?」

 

 キンジはアリアへ己の恋心を伝えようとするも、勢いあまってつい裏声を出してしまったせいで後に続く言葉を失い、黙ってしまう。頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、キンジの挙動不審な姿を珍しいものを見るかのようにキンジを眺めるアリアを前に、出だしを失敗してしまったキンジの頭は文字通り真っ白に染まっていた。

 

 

 何を言えばいいのかがわからなくなって。

 どう言えばいいのかがわからなくなって。

 今の自分がどんな顔をしているかすらわからなくなって。

 まるで濃霧の中にでも放り出されたような感覚になって。

 何だこれ。何だんだこれ。何もかもがわからない。俺はどうすれば――

 

 

「キンジ? 大丈夫ですか?」

 

 と、ここで。キンジの状態異常っぷりを心配したアリアが、顔色をうかがうようにキンジの双眸を覗き込んでくる。そのアリアの声に、動作にキンジはハッと我に返る。完全に動転して、前後不覚に陥っていた思考回路がアリアのおかげであっという間に正常に戻っていく。

 

 

(落ち着け、落ち着くんだ、俺。何も無理して言葉を飾る必要はないんだ。いくら告白するのが初めてで緊張するからって、呑み込まれるなよ、強襲科Sランク武偵。俺はただ、自分の等身大の想いをアリアへぶつけるだけでいいんだ。簡単なことだろ?)

 

 キンジはバクバクと鳴り響く心臓に言い聞かせるようにして内心で言葉を紡ぎつつ、アリアの華奢な両肩にポンと軽く手を置く。そして。キンジは告白を仕切り直す。今度は、キンジが極度の緊張に翻弄されるようなことはなかった。

 

 

「俺さ。アリアのことが好きだ。どこが好きだとか、そういう次元の話じゃなくて……アリアの全てが好きなんだ。好きに、なったんだ」

「……えッ?」

「だからさ。俺と付き合ってくれないか、アリア?」

「え、あ、キン――」

「いきなりこんなことを言われて、混乱してるかもしれない。……今すぐ答えを出さなくていい。こういうことは時間をかけて考えた方が絶対にいいからな。あと、これだけは言っておく。例えアリアがどんな答えを出そうと、俺はアリアに対する態度を変える気はない。シャーロックへ誓ったことを反故にするつもりはないからな。どんな結論になろうと、俺はあくまでアリアのパートナーを続けるつもりだ。だから――」

「――ちょっ、ちょっと待ってください! キンジ!」

 

 飾ることのなく、嘘偽りで固めない、純粋な言葉を使ってアリアへ告白するキンジだったが、段々恥ずかしさが心奥から迫り上がってきたために、その言葉はどんどん早まっていく。そのように早口にまくし立てるキンジの言葉は、アリアが声を張り上げてキンジの発言を強制的に遮断することでようやく止まることとなった。

 

 

「……今の、本当ですか?」

「もちろん」

「ウソや冗談じゃなくて、ドッキリでもないんですね?」

「あぁ、本気だ」

「えと、さっき話してくれたヒステリアモードを発動してる、なんてことは?」

「ないな。もしもヒステリアモードの俺なら、もっとキザッたらしい告白文句をアリアの耳元で囁いてると思うぞ? 例えば、そうだな……『例え世界中を敵に回しても、俺はアリアを愛してみせるよ』って感じで」

「~~~ッ!?」

 

 コホンと一旦咳払いをして態勢を整えたアリアは、念入りに、何度も何度もキンジの告白の真意についての確認を取ってくる。その後、キンジの発言を材料に、ヒステリアモードのキンジの言動をうっかり脳裏に再現してしまったらしいアリアはボフッと頭から煙を排出し、カァァと顔をどこまでも紅潮させた。

 

 

「そ、そうですか。ほ、本気なんですね……」

 

 至近距離のキンジでさえもギリギリで聞こえる程度の、蚊の鳴くようなアリアの声。その後、屋上を訪れる無音に、キンジの心は激しい恐怖を覚えた。沈黙が怖くて。アリアにフラれるのが怖くて。まるで金縛りにあったかのように固まる体。イ・ウーに所属する格上の敵とは臆せずに戦えるくせに、今はめっきり軟弱になってしまっている心。

 

 

(くそッ、情けないな……)

「……時間をかけて考えるまでもないですよ」

 

 キンジが今にも自己嫌悪に走ろうとした時。感情の高まりを気合いで幾分か沈静化させたアリアが静かに言葉を紡ぐ。そして。色よい返事をくれそうな様子を見せるアリアにキンジが期待を胸に抱くと同時に、アリアは「はい、そういうことです」と花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

 

 

「アリア……!」

「私も、キンジのことが……す、好きです。その……ふ、不束者ですが、改めてよろしくお願いします」

 

 アリアはペコリと流麗な所作で頭を下げる。アリアが自分の告白を受け入れてくれた。その最高の結果にキンジは安堵の息を吐いた。断られるのではないかとの不安から解放されたキンジは、深く深く、胸を撫で下ろした。

 

 

「はぁぁー。良かった。本当に良かった。もしも失敗したらって、気が気でなくてさ」

「そこまで緊張していたんですか、何だか意外ですね。私としては、自分のキンジへの想いは一方通行なものだと思ってましたから、今の告白には本当に驚かされましたよ。……ところで。キンジはいつから、私のことを好きになってくれたんですか?」

「はっきりと自覚したのは、カナ姉がアリアを殺すための協力を俺に持ち掛けてきた時だな。あの時、カナ姉と戦って、勝って、その後になんで十数年一緒に生きてきたカナ姉よりまだ数カ月程度しか一緒にいないアリアを優先したんだろうって考えて、それで気づいたって感じだ。無意識の内にアリアを好きになったのはもっと前の段階からなんだろうな、多分。アリアはどうだ?」

「私は、ハイジャック事件の後からですね。それもこれも、キンジがヒステリアモードを発動させて、カッコいい所を前面に押し出して、恥ずかしい台詞を当然のように吐いてきたせいですよ?」

「何だ、そうだったのか。なら俺がアリアを好きだってわかったタイミングで、早いこと告白すればよかったんだな」

 

 キンジは自分がアリアへの恋心を自覚するよりも早くアリアが自分を好きになってくれていたという何とも嬉しい新情報についつい頬を緩ませる。そして。キンジは今日、己が告白に踏み切ったことを心から賞賛しながら、「アリア。これからよろしくな」と朗らかな笑顔を表出させた。

 

 

「えっと、キンジ? その……あらかじめ言っておきますけど、私は恋人らしいことはよくわかりませんからね? 知識ではある程度知っていますけど、実戦経験なんてありませんし。だから、最初からそういうのを期待されても困りますよ?」

「心配するな。俺も似たようなもんだ。ま、その辺は探り探りでいいんじゃないか? だから、そうだな。まずは手でも繋いでみないか? せっかく、晴れて恋人関係になったんだしさ。ほら、恋人繋ぎってあるだろ?」

「……そうですね。まずはここから始めましょう」

 

 キンジがスッと差し出した手にアリアが指を絡ませるようにして、二人は恋人繋ぎをする。そして。前もって示し合わせたわけでもないのに、二人は自然ともう今にも沈みきってしまいそうな夕日へと視線を移した。

 

 もう直に海の水平線の下へと沈まんとする夕日の赤みがかったオレンジ色が、キンジとアリアという新しいカップルの誕生を祝福するように包み込む中。頬を朱色に染めて、心底嬉しそうに目を細めて微笑むアリアに、アリアと同じくらい顔に嬉しさがにじみ出ているキンジ。二人は夕日が完全に沈みきるその時まで、お互いの体温を共有しながら、夕日を見続けた。

 

 

 かくして。物語は小休止を迎えた。そう、あくまで小休止だ。キンジがアリアと出会い、イ・ウーの面々と敵対し、アリアの母親を取り戻す物語は、世界全体に視線を移してみれば、まだまだ序章に過ぎない。所詮は、序曲の終止線(プレリュード・フィーネ)に過ぎないのだ。

 

 近い未来。小康状態は終わりを告げる。束の間の平穏は崩壊し、本格化する色金保有者同士の戦いに、キンジとアリアは否応なく巻き込まれるのだろう。その結果、世界がどのような結末を辿るのかは、未だ誰も知らない。しかし。それでも。

 

 

「大好きだよ、アリア」

「……やっぱり、実はヒステリアモードになってるとかじゃないんですか、キンジ?」

「さて、どうだろうな」

 

 それでも。遠山キンジと神崎・H・アリア。この二人がいる限り、二人が共に支え合い、共に歩んでいける限り、どのような困難だって跳ね除けることができるだろう。どれだけ理不尽な事態が降りかかろうとも、二人なら絶対に乗り越えていけるだろう。

 

 

 

 

 

 これは、とあるIFの物語である。兄である遠山金一の死を以てしても、武偵を止めるどころか、世界最強の武偵を目指して前へ前へと突き進む男、遠山キンジ。これは、遠山キンジと神崎・H・アリアとの出会いから始まる平行世界での激動の物語である。

 

 

 

――後の歴史が雄弁に語る、後にも先にも類を見ない伝説のコンビの軌跡を綴った物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱血キンジと冷静アリア 完

 

 

 

 




キンジ→アリアへと色々と暴露した熱血キャラ。そして、今回めでたくアリアと恋人関係になった男。とりあえず、これだけは言わせてほしい。リア充爆発しろ。
アリア→キンジと恋人関係になり、メインヒロインの座を盤石なものとした系メインヒロイン。ちなみに、緋弾により永遠の美を手に入れられたことがすっごく嬉しい模様。

 というわけで、最終話は終了です。二人は幸せなキスをして終了……とはなりませんでしたね。まぁここのキンジくんは原作と比べて圧倒的に女性との『To LOVEる』経験が不足していますから、その辺は大目に見てやってください。

ふぁもにか「ま、とか言ってみたけど、この後無茶苦茶セッ――(←顔面を風穴される人)」
修羅アリア「――言わせると思ってるんですか? ええ?」

 まぁ、そんなわけで熱血キンジと冷静アリアの物語はここで終了です。個人的に語りたいことは色々ありますが、その辺のことはまた改めて投稿します。今回は前に完結させた勇者刹那30と違って、約900文字程度の後書きでこの作品を振り返れるとはとても思えませんからね。


 ~おまけ(一方その頃)~

 キンジとアリアが全力でラブコメをしている時。
 屋上の扉に背中を預ける少女の姿があった。

白雪「……はぁ、負けちゃったかぁ」

 白雪はガックリととうなだれる。なぜ彼女がこの場にいて、キンジの告白シーンを目撃することとなったのか。理由は簡単、生徒会長としての業務を嫌々ながらこなした後、家路に就かんとしていた時に、屋上へと向かうキンジを見つけて、何となく後をつけていたからだ。そして、後をつけた結果がこのザマである。

白雪「あぁー、恥ずかしいなぁ。アーちゃんを呼び出して堂々と恋のライバル宣言しちゃったのに、この結果だもんねぇ……」

 白雪の脳裏にあの時の台詞が否応なしにフラッシュバックしていく。


――キンちゃんのことだけは諦めない。例えどんな結果になろうと、キンちゃんにとっての一番になるために全力で頑張る。そう決めたんだ (`・ω・´)キリッ!

――できるだけ早い内にキンちゃんが異性として好きかどうか結論を出した方がいいよ、アーちゃん。じゃないと、私がキンちゃんの一番になっちゃうよ? (`・ω・´)キリッ!

――私は、負けないからね (`・ω・´)キリッ!


白雪「うぁぁあああ! 恥ずかしいぃぃいいいいいいいい!!(←悶絶)」
白雪「うぅぅ……まぁ、元々分の悪い勝負だったからね。そもそも私がキンちゃんを諦めないって決意したタイミングからしてもう手遅れだった所あるし、元々はキンちゃんとアーちゃんがくっつくことに期待するスタンスだったしね」
白雪「……キンちゃんもアーちゃんも大好きだし、二人が末永く幸せになりますように――って、あ。早く帰らないと、『わんわんおー』のアニメが始まっちゃう!」

 白雪は凄まじく恋人関係らしい雰囲気を放つキンジとアリアのいる屋上を後にした。
 と、この時。どこからか零れた水滴が、階段に小さな染みを作るのだった。


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ふぁもにかの取り留めのない後語り

 

 どうも、ふぁもにかです。人気投票2位のふぁもにかです (´・∀・`)

 今回は熱血キンジと冷静アリアについての個人的な感想とかを色々勝手に人気投票2位の私が語るという、特に何にも面白みのないグダグダ回となります。しかも無駄に約8700字もありますので、興味のある方だけ読んでくれると幸いです。個人的には、「てってってー」のBGMでも聞きながら気軽に覗いてみると良いのではないでしょうか。あるいは「ゥルルァッタッタッ!! ゥゥルルァァッタッタタ!!」のBGMでも可。

 

 ではでは。まずはこの熱血キンジと冷静アリアの作品を最後まで閲覧してくれた方々への感謝の言葉から。いや、もう本当にありがとうございます。この言葉でしか私のこの気持ちは表現できそうにないですね。特にこの作品の連載開始当初から閲覧してくれている方々は、約2年半もこんな駄作を生暖かい眼差しで見守ってくれたわけですから、もう頭が上がりませんよ。足と頭とその他諸々を向けて寝られる気がしません。

 

 だって。私ってば、唐突に本格的に失踪したり、暴走してフリートーーークという、とてつもなく読めたものじゃない低レベルな突発的番外編を投稿しちゃったり、一時期感想に対して返信しないという暴挙に移ったりと、もう散々でしたもの。それでもこんな私に付き合ってくれた方々は本当に神様です。もしくは菩薩。あるいは天使。誇っていいと思います。

 

 

 続いて。ここからは熱血キンジと冷静アリアの作品自体に関わる話でもしましょうか。まず、私がこの作品を書いた理由です。この辺は熱血キンジと冷静アリアの初期の前書きでもちょこっと書いてはいますが、理由は単純明快、単なる気分転換です。

 

 当時、私が投稿していたオリジナル小説こと「これが僕らの新宗教聖戦(ネオ・ジハード)」が、私が思ったよりもハーメルンでUA数を確保できなかったために、執筆に対するやる気指数が思いっきり減衰し、人気コンテンツを利用した二次創作を使ってUA数を稼いでやる気指数を回復させたい願望がむくむく芽生え始めたのがきっかけというわけです。

 

 まぁ要するに、当時の私は知らなかったわけです。ハーメルンでは二次創作作品が主流でオリジナル作品は人気が出にくい傾向があることを知らず、「これが僕らの新宗教聖戦(ネオ・ジハード)」も前に執筆していた「SALO(ソードアート・ルナティックオンライン)」レベルには人気が出るんじゃないかと楽観視していたわけです。今思えば笑止ですね、うむ。

 

 ま、そんなわけで。この作品は元々連載させる気はありませんでした。それなのに、この作品を連載することとなったのは、この作品を1話だけしか投稿していない状況にもかかわらず、早速感想をくれた方々がいたからです。

 

 レイキャシールさん、炬燵子猫さん、こばとんさん、葵さん、響夜さんの素早い感想が、『キンジがアレなら他のキャラはどう性格改変されてるんだww。マジ楽しみだわww』みたいなノリの感想が、私の火をつけたのです。「これが僕らの新宗教聖戦(ネオ・ジハード)」から熱血キンジと冷静アリアに乗り換えて全力で執筆しようという私の衝動に火をつけたのです。そういうわけなので、この作品を神作品だと思ってくれている読者の方々も、上記5名の読者たちには足と頭とその他諸々を向けて寝ないことをオススメします。イェイ♪

 

 

 ちなみに。私が人気コンテンツとして緋弾のアリアを採用した理由は、当時の私がとある緋弾のアリア二次創作に全力でハマっていたからです。何度も1話から最新話まで読み返し続けちゃうほどにハマっていた作品があったからです。その名は『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』。緋弾のアリアの二次創作を好んで漁っている方なら知ってる人も多いんじゃないかと思います。

 

 これは今現在、何か消滅しちゃってるっぽいアットノベルスで連載されていた作品なんですが、これがもう素晴らしいんですよ。ここに出てくるキャラはオリキャラ勢も原作キャラ勢も皆が輝いていて。オリ主のせいで原作キャラの良さが削られることなく、どのキャラもそれぞれの持ち味を生かしてしっかりと小説の中で息づいている。生きている。

 

 この作品を私が大好きだったからこそ、私は自分が二次創作を手掛ける際に緋弾のアリアを選び、連載すると決意してからは熱血キンジと冷静アリアを『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』と同レベルの神作品にすることを最終的な目標として目指したわけです。というわけで、熱血キンジと冷静アリアを神作品だと思ってくれている読者の方々は『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』の作者たるPetyさんに対しても足と頭とその他諸々を(ry

 

 

 次に、私が緋弾のアリアの性格改変モノに挑んだ理由です。今だからこそぶっちゃけますが、私は本当はオリ主系をやりたかったのです。『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』が女オリ主モノだったってこともありますが、オリ主系は作者がそのまま原作世界の住人としてなりきりができるという、執筆意欲向上に凄まじく貢献してくるメリットがありますからね。あれですよ、ファイアーエムブレムのマイユニットみたいなイメージです。だから、私も一応『波茂(はも) 仁香(にか)』って名前の、自分のペンネームと限りなく似せた女オリ主の設定をこれでもかと構築していたわけです。

 

 それならどうして性格改変モノに走ったのか。その理由の1つは、私が緋弾のアリアの二次創作を投稿しようと考えた時点で、既存の緋弾のアリア二次創作の種類が圧倒的にオリ主系ばかりだったからです。「これが僕らの新宗教聖戦(ネオ・ジハード)」のUA数の少なさゆえに執筆意欲を失い、何が何でもある程度以上のUA数と人気を得たかった卑しい私的には、他の良作と要素が被って、没個性な作品として沈むのが非常に嫌だったわけです。既存の緋弾のアリア二次創作と同じ土俵で戦ってはまず勝てないと思い、負け戦はしたくないと思い、当時ハーメルンでは誰も手掛けていなかった(※多分)性格改変モノに踏み切ったというわけです。

 

 

 そして。性格改変モノにしたもう1つの理由。それは主要キャラたちの関係性をマイルドにしたかったからです。原作ではアリアさんはSTR特化のツンデレさんで、ユッキーさんはヤンデレしてて、りこりんは性的なイタズラで火種を大きくしちゃう感じで、レキさんはいつも通りでと、まぁ軽く何人かの例を上げるだけでも、女性との関わり合いを苦手とするキンジくんの胃が常時キリキリするような展開となってました。

 

 これは神の視点から物語を俯瞰できる読者な私たちからすれば、すっごく読んでて楽しいんですが、キンジくんのことを思うと、この状況は素直に可哀そうなのです。なので、せっかくの二次創作だからと、少なくとも私が執筆する緋弾のアリアの世界の中だけでもキンジくんには女難から遠ざかってもらいたかったのです。なるべく主人公勢を仲良しな感じにして、キンジくんの心的ストレスを減らしたかったのです。加えて。私自身、基本的に主人公が好きすぎてたまらないハーレム勢による主人公を巡った激しい修羅場展開より、主人公の精神状態にとっての優しい世界のが好きですし、そもそも私はハーレム系は割と否定的なタイプでダブルヒロインまでがボーダーラインという融通の利かない野郎ですからね、うむ。

 

 だからこそ、熱血キンジと冷静アリアにおいては。

 キンジくんに恋心を抱くヒロインポジションはアリアさんとユッキーさんのみ。

 りこりんはキンジくんに尊敬の念を抱く友達ポジション。

 レキさんは戦闘ばかりに興味を持つキンジくんのライバルポジション(※自称)。

 ジャンヌちゃんはキンジくんを嫌いつつも一応は彼を認めるポジション。

 陽菜さんは単純に先輩たるキンジくんをネタにしたい系忍者ポジション(※尊敬はしてる)。

 カナさんは身内だからキンジくんに何をしてもセーフなポジション(※謎理論)。

 パトラさんはカナさん関連でキンジくんと同盟を組むポジション。

 平賀さんは全力全壊でネタに走るポジション。

 綴先生は既婚済みなポジション。

 ヒルちゃんとエルちゃんはアイドル活動一心なポジション。

 中空知さんはドSとして覚醒するポジション。

 ……ブラド(※心は女性)とか、かなえさん辺りは敢えて語るまい。

 

 ――ほら、こうしてヒロインたちをある程度列挙すればわかる通り、ちゃんとダブルヒロイン物となっているでしょう?(←肯定しなければ殺すと如実に語る視線を送りながら)

 

 まぁそんなわけで。私は他の緋弾のアリア二次創作とジャンルが被ることを避け、同時にキンジくんにハーレム系作品の主人公に特有の精神的ストレスから解放されてほしいがために性格改変モノに踏み切ったというわけです。ただ、性格改変モノにすれば面白そうだとか、そんな軽い理由じゃないですよ? 本当ですよ?

 

 

 続いて、この作品における私のスタンスでも告白しましょうか。私が熱血キンジと冷静アリアを連載するにあたって中心に据えたコンセプトは、原作の出来事自体には変更を加えず、その出来事の内容だけを変えるといったものでした。要するに、原作沿いに物語を展開させるけど、肝心のキンジくんたちの言動はまるで原作と違うって感じにしたかったのです。会話内容とかは思いっきりカオスなのに、いざ熱血キンジと冷静アリアの年表を作ってみたら、原作の年表と大差ないって状況を作りたかったのです。

 

 ……本当に『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』レベルの神作品を作りたいのなら、原作沿いに物語を進めることなく、性格改変を施した緋弾のアリアキャラを用いてどこまでもオリジナル展開を突き進むべきだったのでしょう。原作に依存し、原作沿いに物語を進めちゃうのは、一種の甘えですからね。

 

 しかし、当時の私には原作という指針なしに物語を構築できるほどの執筆能力と妄想力を持ち合わせていませんでした。それゆえに、なるべく原作沿いに物語を進めるために、原作の出来事は忠実に再現し、せめて会話内容だけでも思いっきり変えるスタンスを選んだというわけです。ま、実際はキンジくんのハーレム形成に繋がりそうな原作の出来事は割とカットしたり出来事発生の時系列を変えたりしているので、年表を作ると原作と大いに違ってくるのでしょうが。

 

 

 さて。今度は私が熱血キンジと冷静アリアにおいて、性格改変を行うだけに留まらず、魔改造にまで踏み切った理由についても話しておきましょう。これについては簡単な話、私はバトルモノの世界観における弱小主人公がそこまで好きではないのです。弱い奴が嫌いというわけではないのです。しかし、弱い子が主人公だと、強い敵キャラに良いように蹂躙されて悔しい思いをする、なんて展開が割とあるじゃないですか。それが嫌なんですよ。

 

 私は、主人公にはあまり悲しい思いをしてほしくないのです。いずれ強い敵キャラに目にもの見せてやれる展開が待っているのだとしても、大抵クズ要素を備えていることに定評のある強い敵キャラに主人公が負けてほしくないのです。主人公は、どんな強敵だろうと、知恵を絞って、命を燃やして、最終的には初見で勝ちをもぎ取る。そんな存在であってほしいのです。

 

 私のその辺の思いが、熱血キンジと冷静アリアには反映されています。主人公のキンジくんをデフォルトで強くしておくことで、負けイベントがあまり発生しないようにする。しかし、キンジくんがただ『俺TUEEEE!!』をやるのは、ただの自己満足な二次創作にしかなり得ないとの考えの元、キンジくんがギリギリで勝てそうなレベルへと敵もまた強化する。そんな感じで『皆TUEEEEEE!!』の構図が出来あがっちゃったわけです。何てこったい。

 

 

 と、ここまでは作品全体に関わる話でしたが、ここらで別の観点からの話も少しはしましょうか。てことで、おまけについても触れていきます。そもそも、私はおまけコーナーを毎回最低1つは掲載するという、現状の形にするつもりはありませんでした。おまけはあくまで本編にねじ込めないネタを思いついた時のみに時折投入するというのが元々の考えでした。

 

 それがなぜほぼ毎回おまけを載せる方針としたのか。それは『終わり良ければすべて良し』理論で、例え本編が読者の皆さんが受け入れられないほどの酷い感じになってしまったとしても、おまけさえよければ熱血キンジと冷静アリアの最新話に対する最終的な印象はプラスとなる……ま、それが狙いだったんですよ。

 

 狙いは割と成功だったと思います。感想欄でもおまけに対する感想も結構ありましたし。私としても原作沿いで話を進めている以上、本編には出せない影の薄いキャラたちをジャンジャン出せる機会でもありましたからね。……もしかしたら、「おまけだけ閲覧してるよ~♪」って人もいるのかもしれませんね。

 

 だけど。おまけを恒常的に導入した影響で、相対的に本編のギャグ度が減少してしまったんですよね。おまけを導入するまでは積極的に本編に笑い所を用意するようにしていたのに、おまけコーナーがほぼ毎回用意されることで、ギャグはおまけが担当してるんだから無理して本編に笑い所を用意しなくてもいいやと、自然と本編のシリアス要素が強まっていっちゃったんですよね。二次創作は読者の皆さんがいい気分転換として楽しめてこそだと思っているので、これは何とも複雑な所ですね、うむ。

 

 

 さて。続いては、私がこの作品を書いた全体的な感想についてです。これについてはもう純粋に『楽しかった』の一言に尽きますね。何せ、色んな要素を放り込んで遊びましたからね。ギャグを入れたり、シリアスを入れたり、カオスを入れたり、鬱をいれたりと、やりたい放題やりましたからね。ある意味で原作を蹂躙しまくりましたからね。それでもこの作品が皆さんに受け入れられたのはギャグ要素が一定量入っていたことと、アンチ・ヘイト要素をなるべく省いた辺りが大きいんでしょうね、おそらく。

 

 また。性格改変モノとして、色んなキャラを幅広く手掛けたことはとても良い経験になりました。どういったキャラが私にとって動かしやすいか or 動かしにくいかといった、私の性質を把握する良い機会にもなりましたし、こういうキャラならこんな言動に走るんだろうなという違和感のないキャラの動き方を妄想する良い訓練にもなりました。

 

 あと、話数を重ねれば重ねるほど原作と乖離していくのが普通であるはずの性格改変モノにおいて、どのようにすれば原作沿いのコンセプトをキープさせるような会話内容にしようかと頭を悩ませるのも楽しかったです。それに。読者の皆さんに悟られないよう、こっそりと伏線を張り、処理していくのも楽しかったです。もう、何もかも楽しかったですね。ええ。

 

 

 そして。私がこの作品を執筆する中で思い知ったのは、感想欄の力です。私はこの作品を連載するにあたって、あらかじめある程度のプロットを構築していました。しかし、今そのプロットを覗いてみると、実際に更新された内容とプロットとはもう内容がまるで違っています。あまりのプロットとの乖離具合に笑えてきちゃうぐらいです。つまり。私はこの作品を執筆する時にほとんどプロットを無視してきたわけです。その動機となったのが感想欄です。

 

 感想欄の動向を見ることで、ポンコツな私の中に新しいアイディアが生まれていく。感想欄の皆さんがあまりに楽しそうなものだから、この感想欄に顔を出してくる人たちが想像だにしない展開を持ってきて驚かせたい・笑わせたいという衝動に駆られる。その結果、この作品はプロットなんてなかったと言わんばかりに場当たり的な展開を辿っていく(※例:『ANA600便からりこりんが飛び降りて逃走した……と見せかけて、実は逃げてませんでした! テヘッ♪』という展開)。全く、こんな感じでよく物語を破綻させずに済んだものだと思いますよ、ええ。

 

 

 とまぁ、色々語ってみたわけですが。ここらで、この作品の完結に踏み切った理由について触れていきましょう。この辺の裏事情を知りたいと考えている方も一定数はいそうですしね。まず、キンジくんとアリアさんが恋人関係になるという形で最終話を迎えるという構想を描いていたのは第二章を執筆し終えた辺りからです。その理由としては、この作品を早めの内にキリのいい所で完結させたかったからです。

 

 別に、熱血キンジと冷静アリアをもう執筆したくないって気持ちだったわけではありません。何度か失踪してる時点で信用皆無ですけど。ただ、個人的に緋弾のアリア二次創作の完結作品が少なすぎる件について思う所があったってのが主な理由です。

 

 2015年10月19日現在、緋弾のアリアの二次創作で完結作品はたったの5作品。未完を含めてもたったの11作品。さらに、この11作品の中で100話以上連載を続けてから完結した作品はこの熱血キンジと冷静アリアだけです。

 

 

 どうしてこうも緋弾のアリアの二次創作に完結作品が少ないかの察しはつきます。原作が未だ終わっていない&原作が21巻もあるという状況では、完結作品が生まれづらいのも当然でしょう。特に、ハーメルンの緋弾のアリア二次創作の主流が魅力的なオリ主を投入して原作沿いに話を進めるタイプである以上、原作が終わらない限り、それらの二次創作も完結とはならないのです。そして、完結作品が極端に少ないという状況は、緋弾のアリアの新規ファンを増やすという観点からすると、非常によろしくないのです。

 

 緋弾のアリアが元から好きな人は長編の二次創作だろうと時間をかけて読むでしょう。しかし、緋弾のアリアを全然知らないとか、アニメを数話見ただけとか、そういった人にとって、完結していない原作沿いの長編作品は中々手が出しづらいのです。

 

 だからこそ、この作品をキリのいい所で完結させることで、緋弾のアリアに関してあんまり知識を持っていない読者も幾分か取っつきやすくなる。『もう完結しているなら試しに読んでみるか』という気持ちにさせることで、この作品を読むハードルが結果的に低くなる。

 

 要するに、読者が緋弾のアリアという作品を知るお試しポジションに『熱血キンジと冷静アリア』を据えたかったのです。かつて私が『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』をきっかけに緋弾のアリアを好きになったように、『熱血キンジと冷静アリア』を少しでも多くの人(※特に原作を良く知らない人)に読んでもらい、原作への興味を持ってほしかったのです。ま、あれです。原作の布教がしたかったんです。緋弾のアリアが大好きな同志を増やせるだけ増やしたかったのです。ま、これだけが理由ではありませんがね。

 

 

 さて。何だかんだで文字数が凄まじくなってきたので、最後に今後の方針について話しておきます。とりあえず、熱血キンジと冷静アリアの第二部は書きません。絶対に書きません。これは断言します。理由は単純明快です。今回、第一部だけで130話、2年半も執筆に時間がかかってしまいました。そして、現時点で原作はたったの5巻の半分までしか消費していません。緋弾のアリアの壮大な物語に区切りを置くとすると、まずは原作5巻の中盤までが一区切りです。そして、次の区切りは原作21巻です。……お分かりいただけたでしょうか?

 

 そう。熱血キンジと冷静アリアの第二部を書くとして、次にキリのいい地点である第二十一章まで書ききれる気がしないのです。かといって、第二部を書けるだけ書いて、中途半端な所で失踪はしたくない。まぁそんな感じの理由です。だから、熱血キンジと冷静アリアに関しては何かネタを思いついたら、その都度ちょくちょく番外編を投稿する形にしようと考えてます。

 

 

 じゃあ、熱血キンジと冷静アリアの第二部を執筆しないのなら、次回作は何にするつもりなのかですが……ここだけの話、次回作そのものを書かないつもりでいます。つまりはこの『熱血キンジと冷静アリア』こそが私ふぁもにかの集大成って感じにして、絶筆にしようかなと結構本気で考えてます。まだ完結させてない連載作品を残している状況ではあるんですが、これからは元の読み専の一人に戻ろうかなと考えています。というのも、私のリアル事情の問題で、そろそろ就職に向けて本腰入れないとマズいからです。

 

 といっても、人生というものはどこで何がどうなるかわかりませんので、もしかしたらまた私が何か次回作を執筆することがあるかもしれません。二次創作のアイディア自体はWordファイルで80個ぐらい保管してますしね。ですが、その時は一旦最終話まで全部執筆し終えてから、毎日更新か隔日更新って形にするつもりです。今回、熱血キンジと冷静アリアでは遅筆ゆえのノロノロ更新、何回か失踪するって感じで、読者の皆さんには多大なご迷惑をお掛けしましたからね。

 

 だから、私が次回作を投稿する方針を固めたとして、平気で1年後とか2年後とかから投稿を始める感じになるんじゃないかと思われます。これは皆さんの記憶から私ふぁもにかのことが消え去ること不可避ですわ。ハハッ。

 

 

 とまぁ、こんな感じですかね。私が個人的に語りたかったことは大体語ったと思います。とはいえ、この後語りで皆さんが興味を持っていた部分に私が触れなかった可能性もあるかもですので、何か聞きたいことがあれば、感想でもメッセージでも気軽に聞いてみてください。

 

 さて、そろそろお別れの時間です。次は作者としてか、読者としてか。どのような形で皆さんと邂逅するかはわかりません。ですが、またどこかしらで会えるといいですね。ではでは♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐れ多くも、この作品が緋弾のアリアの新規ファンを生み出す一助になると信じて――。

 

 

 

 

 

 

                             ふぁもにか

 

 

 

 



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EX.突発的番外編:もう1つのランキング


※この番外編は読者さんによっては著しく気分を害する可能性があります。微粒子レベルではなく、普通に可能性があります。ゆえに。閲覧する際は、何を見ても動じない覚悟をきちんとした上で部屋を明るくして5メートルぐらい離れて見てくださいませ。



 

――ふぁもにかがログインしました。

 

ふぁもにか「レディィィィィィィィスアァァァァァァァンドジェントルメェェェェェェェン!! 今宵お送りするのは私ふぁもにかのふぁもにかによるふぁもにかのための自己満足企画、第二弾! 熱血キンジと冷静アリアが完結した時のために用意していた『もう1つのランキング企画』を開始させてもらいます! クククッ、ハァーッハッハッハッ!! 前回の後語りでこの私が終わるとでも思いましたか!? あんな綺麗な形でこの私:ふぁもにかが潰えると思いましたか!? もしそう思っていたのなら甘い! まるで氷砂糖のように甘いですぜ! さぁ、お疲れ様にはまだ早い! 今から祭りを始めようじゃありませんか! 野郎ども、宴じゃ宴じゃあああああああああああああ! よし! そんじゃ早速、司会のキンちゃん・ユッキーコンビ、後はよろしく――」

キンジ「せいッ!」

ふぁもにか「ぐびゃ!?」

 

――ふぁもにかを( ' ^'c彡 ))Д´)パーン! する形で遠山キンジがログインしました。

 

キンジ「ふぁもにかぁぁあああああ!! お、お前何やっちゃってんの!? ふざけんなよ!? せっかく前回『ふぁもにかの取り留めのない後語り』でいい感じにこの物語の締めに入ったってのに最後の最後で何台無しにしちゃってんの!? 今回ぐらいはさすがに空気読めよ!」

ふぁもにか「い、いや、だって私って『ネタを挟まないと死んじゃう病』の発症者でしょう? それゆえに、本編でいくらシリアス方面に力を入れても結局は最後のおまけでそのシリアスをぶち壊すのがふぁもにか流みたいな所があったわけで……だから今回もいつものようにふざけたくなるのも仕方ないというか、真理というか――ねぇ?」

キンジ「お前の病状なんて知るか! くそッ、急いでふぁもにかを拳で気絶させて、対処しないとヤバいな。誤投稿で済ませられる内に何とかしないと……」

白雪「そこまでだよ、キンちゃん」

 

――ふぁもにかに向けて繰り出されたキンジの拳を受け止める形で星伽白雪がログインしました。

 

白雪「さ、今の内に」

ふぁもにか「ありがとう、ユッキー! 君の犠牲は無駄にしないよ!」

 

――ふぁもにかが脱兎のごとくログアウトしました。

 

キンジ「ユッキー、一体何のつもりだ? どうしてふぁもにかを庇う!?」

白雪「キンちゃんの気持ち、よくわかるよ。でもね、ふぁもにかはしんみりとした形でこの作品を終わらせたくなかったんだよ。だからこそ、この作品を第五章までで完結させると決めた時から今回の企画を無駄に時間をかけて用意して、そして今回満を持して打ち出してきた。……まぁ思う所はあるだろうけど、ここは寛大な心で見逃してほしいな」

キンジ「……ユッキーがそう言うなら、今回の所は引いてやるか」

白雪「ありがとね、キンちゃん。それじゃ、今回の企画を始めよっか」

キンジ「了解。ところで、今回は俺とユッキーが司会なんだな。何か意図でもあるのか?」

白雪「うん。ほら、本編だとキンちゃんはアーちゃんと結ばれたよね? でもそれだとアーちゃんと同じようにキンちゃんに恋をしている私が報われないから、その救済措置としてキンちゃんと私が今回の司会役に選ばれたってわけ」

キンジ「あぁなるほど……って、ユッキー!? 俺のこと好きだったのか!? てっきり、ユッキーはそういう色恋沙汰には目覚めてないものだと思ってたんだが」

白雪「やっぱりキンちゃん、気づいてなかったんだね。まぁ直接キンちゃんに想いを伝えなかった私も私だけど、いくら私でも好きじゃない男の人にお風呂のお世話を頼んだりしないよ?」

キンジ「そ、それもそうか。その、悪かった」

白雪「もしも私に対して罪悪感を持ってくれてるのなら、アーちゃんを幸せにしてあげて。アーちゃんだって私の大切な友達なんだから、悲しませたりはダメだよ?」

キンジ「……わかった」

 

白雪「さて、せっかくのお祭り企画なのにあんまりシリアスしちゃったらふぁもにかが可哀そうだし、そろそろ本題に入らせてもらうね」

キンジ「あぁ。それで、もう1つのランキング企画ってのは何なんだ?」

白雪「うむ。いい質問だね、遠山くん」

キンジ(何だ、このノリ……)

白雪「今回、ふぁもにかが用意した企画――その名は『読者さんの感想ランキング』! これは読者さんが熱血キンジと冷静アリア1話~後語りまでの間に書いてくれた全感想:920の内、誰が最も文字量の多い感想を送ってくれたのかという感想文字数部門と、誰が最も感想を送った回数が多いのかという感想送信回数部門の2部門に分けた上で順位づけする企画だよ!」

キンジ「ちょっ、ふぁもにかの奴、何やってんだよ!? 善意で感想をくれた読者さんの名前を順位づけって正気かよ!? 軽く公開処刑みたいなものだろうが!?」

白雪「ふぁもにか的には、自分の作品のためにわざわざ時間を割いて感想を書いてくれた読者の方々への深い感謝を具体的な形で表明したかったからこそ、ただ言葉で『ありがとうございます』って書くだけでは足りないって思ったからこそ、この企画を持ち出したみたいだよ」

キンジ「……なるほどな、そういう考えだったのか。まぁ、感想を書くのって結構手間だからな。ちゃんと最新話を見て、内容を把握した上で、書かなきゃいけないんだし」

 

白雪「ちなみに。感想文字数の集計は、ふぁもにかがそれぞれの読者さんごとにWord文書を作り、感想欄の感想を1つ1つコピーしてWord文書内にペーストし、各読者の感想を全てペーストし終えた後に感想文字数を集計したらしいよ。感想送信回数は読者さんが何話に感想を投稿したかを逐一Word文書にメモして、それを最後に集計したとか。何でも、集計作業に最低でも8時間はかかったとか」

キンジ「出たよ、Word文書による管理法! またやりやがったのか!? 8時間もかけて集計作業やってたとか、あいつ実はリアル生活そんなに忙しくないんじゃねぇのか!? 本当に絶筆する必要あるか!? ここまできたら『忙しい忙しい詐欺』を本格的に疑いたくなってくるぞ!?」

白雪「あ、そうそう。当初、この『読者さんの感想ランキング』をふぁもにかが考え付いた時は感想文字数部門だけで順位付けするつもりだったんだよね。だけど、何も文字量の多い感想を送った人がよりふぁもにかの執筆意欲に貢献したというわけではないって感じで、後から感想送信回数部門も追加したって話だよ」

キンジ「まぁそうだな。例え感想の文字数が少なくとも、読者さんが感想を書く労力には大して違いはないし、各話を更新した時に感想が来る時のふぁもにかの嬉しさ具合に文字量は関係ないからな。良い判断なんじゃないか?」

白雪「うん、私もそう思ってるよ。――さてさて。今回はお喋り王者ランキングと違って2話構成にするつもりはないから、雑談はここまでにしてそろそろランキング発表に移ろうか! 最初は感想文字数部門からいくね! そうだね、まずは感想文字数が3ケタまでの方々を発表しよう! ――レッツ、キャウントダウンッ!」

 

 

順位  氏名            感想文字数   初感想

127位:キリギリスさん        12文字    25話

126位:白波風さん          13文字    最終話

125位:kazuyaさん          14文字    92話

124位:タローさん          15文字    42話

121位:コード・アンノウンさん    16文字    8話

121位:創造院さんさん        16文字    117話

121位:もっちゃんさん        16文字    93話

119位:アルカディアさん       17文字    102話

119位:けーむさん          17文字    33話

118位:名無しの古悪党さん      18文字    72話

117位:朝霧浅葱さん         22文字    26話

115位:蒼海秀さん          23文字    21話

115位:ダメガネさん         23文字    40話

114位:スカさん           25文字    103話

113位:栗木社さん          27文字    20話

112位:ブルックさん         29文字    6話

111位:セグロさん          37文字    22話

110位:八頭型さん          43文字    5話

109位:祭礼さん           45文字    95話

108位:みかんアイスさん       47文字    16話

107位:荒木さん           49文字    11話

106位:zonさん           51文字    21話

105位:海神さん           52文字    52話

103位:とある老人さん        53文字    47話

103位:じゃがあ@読書中さん      53文字    79話

102位:青井林檎さん         54文字    126話

101位:一ノ瀬瑠奈さん        56文字    93話

99位:暁晃さん            57文字    107話

99位:FAMASさん           57文字    32話

97位:ドレスデンさん         59文字    42話

97位:solaさん            59文字    4話

96位:固竜さん            60文字    29話

95位:あいーんチョップさん      62文字    97話

93位:yamatarosuさん        63文字    30話

93位:傍観者改め、介入者さん     63文字    26話

92位:omega11さん         65文字    68話

91位:daathさん           73文字    54話

90位:装甲悪鬼まーくんさん      76文字    61話

89位:Vardantさん          77文字    12話

87位:パカローさん          78文字    43話

87位:namaZさん           78文字    12話

86位:地海月さん           79文字    7話

85位:アルリラさん          84文字    後語り

84位:皐月病さん           89文字    20話

83位:雪風冬人 弐式さん       90文字    30話

81位:ライカミングさん        91文字    19話

81位:柳之助さん           91文字    4話

80位:ふゆとさん           96文字    107話

79位:くるっぽーさん         100文字    66話

78位:妖刀終焉さん          102文字    4話

77位:クラブさん           106文字    61話

76位:カルピスおいしいさん      108文字    99話

74位:74さん             111文字    35話

74位:DDH-181さん          111文字    78話

72位:everwoodさん         113文字    81話

72位:菊ポンさん           113文字    12話

71位:タビットさん          128文字    最終話

70位:春秋さん            133文字    78話

69位:炬燵子猫さん          135文字    1話

68位:トゥーンさん          137文字    21話

67位:一二三四五六さん        150文字    後語り

66位:雪たまごさん          153文字    54話

65位:オールフリーさん        161文字    後語り

64位:クリティカルさん        166文字    88話

63位:赤沢錦さん           170文字    68話

61位:完全読者さん          180文字    60話

61位:自宅警備員 自宅棲姫さん    180文字    10話

59位:ビビりこりん真教構成員004さん 182文字    111話

59位:根無草さん           182文字    108話

58位:Dummyさん          190文字    6話

57位:さあやえんどうさん       200文字    後語り

56位:biwanoshinさん         202文字    41話

55位:咲実さん            206文字    117話

54位:黒一文字さん          223文字    9話

53位:笑う男さん           224文字    8話

52位:水代さん            232文字    12話

51位:THISさん          250文字    94話

50位:賢者さん            254文字    81話

49位:小説スキーさん         265文字    7話

48位:紅葉椛さん           271文字    112話

47位:恐竜好きさん          289文字    94話

46位:宍喰さん            298文字    122話

45位:ぽこてんさん          306文字    40話

44位:Say9さん            322文字    87話

43位:竜羽さん            352文字    2話

42位:歪曲王さん           360文字    21話

41位:傍観者さん           362文字    37話

40位:青二葵さん           395文字    52話

39位:単色画法さん          408文字    88話

38位:Taippさん           416文字    後語り

37位:白城迅さん           417文字    95話

36位:Nフォースさん         450文字    75話

35位:優太郎さん           565文字    5話

34位:SAKULOVEさん         566文字    83話

33位:あんこもちさん         647文字    38話

32位:仮初人さん           654文字    13話

31位:直正さん            665文字    20話

30位:逆真さん            722文字    72話

29位:zawayukiさん          725文字    89話

28位:huntfieldさん          750文字    6話

27位:縞犬猫さん           786文字    14話

26位:夜魔さん            934文字    39話

25位:公孫樹さん           935文字    81話

24位:通りすがりの床屋さん      970文字    104話

23位:響夜さん            989文字    1話

 

 

白雪「以上、127位から23位まで! 感想文字数が3ケタまでの読者さんのランキングでした!」

キンジ「こうして順位づけされた表を見ると、いかにこの作品が数多い読者の感想に支えられてきたががよくわかるなぁ……」

白雪「うんうん♪ 集計やってたふぁもにかもまさか127人から感想を受け取ってたなんて思わなかったって驚いてたみたいだしね」

キンジ「俺自身、熱血キンジと冷静アリアは少なめの読者に深く深く愛されてる作品だと思ってたから、3ケタもの読者さんから幅広く感想を受け取ってたってのは意外だったぞ。ところで、ユッキー。この『初感想』の項目は何なんだ?」

白雪「あ、それはね。各読者さんが初めて感想をくれた時が何話だったかを記した項目だよ。今回のランキングには関係ないんだけど、せっかくだからってことでこれもふぁもにかが情報収集してたみたいだよ」

キンジ「なるほど」

 

キンジ「……しっかし、ランキングを見れば見るほど、個性的なペンネームが勢ぞろいだな」

白雪「『真剣に考えて決めました感のあるペンネーム』から『一見ふざけてるように思えてならないけど実は結構真面目に考えて決めました感のあるペンネーム』まで、本当に様々だよね。個人的には76位の『カルピスおいしい』はすっごくセンスのあるペンネームだと思ってるよ!」

キンジ「え、センスあるか? そのペンネーム? ……まぁそれはさておき。こうして色んな人のペンネームを見ると、『ふぁもにか』のペンネームの由来が気になる所だな」

白雪「大した意味はないらしいよ? 『ふぁもにか』ってペンネームを使い出したのは大体6年前ぐらいからなんだけど、『ふぁもにか』に命名したのは語感がいいからってだけみたい」

キンジ「か、軽いなぁ。その分だと、元々はすぐに別のペンネームに鞍替えするつもりだったけど、案外気に入っちゃったからそのまま今日まで使い続けてるって感じか?」

白雪「そそ。『ふぁもにか』に落ち着くまでは1か月に1度はペンネームを変える縛りをやってたみたいだからね。『正夢喰い』とか『変型版ヘルシンキ』とか『旅人α』とか、色んなペンネームを思いついては採用していたって話だよ」

キンジ「な、何だ、そのヘンテコなペンネームたちは……」

白雪「ふぁもにかも若かったんだよ、きっと」

 

白雪「さて、そろそろ次のランキング発表に移ろっか、キンちゃん」

キンジ「え、もうか? まだ全然感想文字数ランキングの話題について触れてないぞ?」

白雪「それはそうなんだけど、前回のお喋り王者ランキングと違って、読者さんのランキングをネタに弄りまくるのはちょっと気が引けるからね」

キンジ「あー、なるほど。感想文字数が少なめの読者は『訓練された方々』じゃない可能性が高いから、下手に弄るとどんな風に反応をしてくるか予測がつかないからな」

白雪「そーゆーこと。それじゃ、ランキングの続きに行くよ! 続いては、感想文字数が4ケタまでの、割と熱心に感想を書いてくれた方々を発表しよう! ――レッツ、キャウントダウンッ!」

 

 

順位 氏名        感想文字数   初感想

22位:seraphさん     1013文字    71話

21位:怠惰暴食さん    1145文字    93話

20位:アキさん      1182文字    58話

19位:白の結族さん    1205文字    8話

18位:レイキャシールさん 1477文字    1話

17位:無名さん      1996文字    18話

16位:ジェナスさん    2347文字    76話

15位:アイリアスさん   2599文字    82話

14位:N.Cさん      3013文字    55話

13位:外道神父さん    3617文字    76話

12位:一光さん      3891文字    116話

11位:長命永心さん    3928文字    116話

10位:ヨッシー222さん   4611文字    61話

9位:かつさん       5585文字    54話

8位:ティールさん     9527文字    10話

7位:秋塚翔さん      9539文字    75話

 

 

白雪「以上、22位から7位まで! 感想文字数が4ケタまでの読者さんのランキングでした!」

キンジ「ここまで来ると見知った面々になってくるな。この人たちがどんな感想を書いてきてくれてたか、うっすら思い出せるレベルだよ。9位のかつさんがりこりん紳士2号として爆誕したり、東京武偵高三大闇組織を探った結果、強襲されちゃった8位のティールさんとか、中々に思い出深い、訓練されたメンバーだな。何だか懐かしく思えてくるよ」

白雪「うんうん。見た限り、本格的に訓練された方々が多数派になってるみたいだね。訓練された方々といっても、最初から訓練済みの方々だけじゃなくて、熱血キンジと冷静アリアの瘴気に当てられて訓練されてしまった方々もいるけどね」

キンジ「その訓練された面々がランキングを占める中で、この作品の瘴気に犯され、訓練されることなく、純真な心で感想を送ってくれた19位の白の結族さんとか、7位の秋塚翔さんとかがいるのが何だかシュールだな。……てか、9位と8位との文字数の差が凄いな。4000文字も差があるじゃねぇか」

白雪「あ、気づいたね、キンちゃん。そうなんだよね。だから多分、8位のティールさんからが熱血キンジと冷静アリアへの感想ガチ勢になってくれた方々なんじゃないかな?」

キンジ「感想ガチ勢か。ありがたい限りだな」

白雪「それだけ愛されてたってことだからね。さて。そろそろ最後のランキング発表に行くよ。感想文字数部門において栄光の1位に輝いた読者さんははたして誰か。感想文字数が5ケタを超えた、本当に熱心に感想を書いてくれた方々を発表しよう! ――レッツ、キャウントダウンッ!」

 

 

順位 氏名       感想文字数   初感想        二つ名

6位:ビスマルクさん  10350文字    24話   \ レッキレキにしてほしい人 /

5位:葵さん      10434文字    1話    \ ビビりこりん紳士の開祖 /

4位:和狼さん     10833文字    70話     \ リアクションの神 /

3位:⚫物干竿⚫さん   11760文字    57話   \ キャラとの対話大好きっ子 /

2位:大菊寿老太さん  18930文字    33話      \ 進化する狂人 /

1位:こばとんさん   25706文字    1話        \ キング /

 

 

白雪「以上、6位から1位まで! 感想文字数が5ケタを超えた読者さんのランキングーー」

キンジ「待て待て待て!? 何だよ、この『二つ名』って奴!? サラッと項目に入ってたから危うく見逃すところだったぞ!?」

白雪「あぁ、これ? これはね、ふぁもにかが心の中でこの上記の6名の読者さんを心の中でどう呼んでいたかが『二つ名』として記載されてるみたいだよ。何でも、この人たちから感想が来た時は、例えば『おぉ! ビビりこりん紳士の開祖から感想来たww ひゃっほーい♪』って感じで、それはもうハイテンションになってたらしいよ」

キンジ「……こんなの公表するとか、大丈夫なのかよ。読者への心証悪化するんじゃ――」

白雪「――そんなに心配することないと思うよ? ここまできたら全員もれなく訓練済みの方々だしね。きっと笑って許してくれるはず」

キンジ「……ま、晒してしまった以上、そう信じるしかないな。それにしても、僅差で優勝が争われるものと考えてたから、圧倒的大差でこばとんさん優勝ってのはかなり意外だな。しかも1人だけ2万文字超えてるし」

白雪「ちなみに、総感想文字数が16万6799文字だから、こばとんさんの感想は全体の約15.4%を占めてる計算になるよ」

キンジ「……何か、ここまでこの作品に貢献してくれているとなると、申し訳ない気持ちになってくるな。こばとんさんは前にふぁもにかが完結させた勇者刹那30の方でもたくさん感想をくれた人でもあるし、いっそ何かしらの形で報酬を払いたい気分だよ」

白雪「25706文字って、1話2000文字の二次創作で換算すると約13話分の文章量だもんね。ホント、こんなにたくさん感想を書いてくれたこと、しっかり感謝しないとね」

キンジ「だな。もちろん、感謝するのは1位に輝いたこばとんさんだけじゃないけどな。920もの感想の1つ1つが確実にふぁもにかの執筆モチベーションアップに貢献してくれたわけだしな」

白雪「うんうん」

 

白雪「さて、感想文字数部門ランキングは圧倒的なこばとんさん1位に終わったことだし、次は感想送信回数部門のランキング発表にいこっか。感想送信回数部門は感想文字数部門のついでみたいなものだから、この際、一気に発表しちゃうよ! ――レッツ、キャウントダウンッ!」

 

 

63位:キリギリスさん         1回

63位:白波風さん           1回

63位:kazuyaさん           1回

63位:タローさん           1回

63位:コード・アンノウンさん     1回

63位:創造院さんさん         1回

63位:もっちゃんさん         1回

63位:アルカディアさん        1回

63位:けーむさん           1回

63位:名無しの古悪党さん       1回

63位:朝霧浅葱さん          1回

63位:蒼海秀さん           1回

63位:ダメガネさん          1回

63位:スカさん            1回

63位:栗木社さん           1回

63位:ブルックさん          1回

63位:セグロさん           1回

63位:八頭型さん           1回

63位:祭礼さん            1回

63位:みかんアイスさん        1回

63位:荒木さん            1回

63位:zonさん            1回

63位:海神さん            1回

63位:とある老人さん         1回

63位:じゃがあ@読書中さん      1回

63位:青井林檎さん          1回

63位:暁晃さん            1回

63位:FAMASさん           1回

63位:ドレスデンさん         1回

63位:solaさん            1回

63位:固竜さん            1回

63位:あいーんチョップさん      1回

63位:yamatarosuさん         1回

63位:傍観者改め、介入者さん     1回

63位:daathさん           1回

63位:装甲悪鬼まーくんさん      1回

63位:パカローさん          1回

63位:namaZさん           1回

63位:地海月さん           1回

63位:アルリラさん          1回

63位:皐月病さん           1回

63位:ライカミングさん        1回

63位:柳之助さん           1回

63位:くるっぽーさん         1回

63位:カルピスおいしいさん      1回

63位:74さん             1回

63位:DDH-181さん          1回

63位:everwoodさん          1回

63位:菊ポンさん           1回

63位:タビットさん          1回

63位:春秋さん            1回

63位:トゥーンさん          1回

63位:一二三四五六さん        1回

63位:オールフリーさん        1回

63位:赤沢錦さん           1回

63位:自宅警備員 自宅棲姫さん    1回

63位:ビビりこりん真教構成員004さん 1回

63位:根無草さん           1回

63位:Dummyさん           1回

63位:さあやえんどうさん       1回

63位:咲実さん            1回

63位:笑う男さん           1回

63位:紅葉椛さん           1回

63位:傍観者さん           1回

63位:Taippさん           1回

47位:一ノ瀬瑠奈さん         2回

47位:omega11さん          2回

47位:Vardantさん          2回

47位:雪風冬人 弐式さん       2回

47位:ふゆとさん           2回

47位:クリティカルさん        2回

47位:完全読者さん          2回

47位:黒一文字さん          2回

47位:THISさん          2回

47位:賢者さん            2回

47位:小説スキーさん         2回

47位:宍喰さん            2回

47位:歪曲王さん           2回

47位:単色画法さん          2回

47位:白城迅さん           2回

47位:怠惰暴食さん          2回

42位:妖刀終焉さん          3回

42位:クラブさん           3回

42位:炬燵子猫さん          3回

42位:雪たまごさん          3回

42位:青二葵さん           3回

37位:恐竜好きさん          4回

37位:ぽこてんさん          4回

37位:Say9さん            4回

37位:仮初人さん           4回

37位:zawayukiさん          4回

33位:biwanoshinさん         5回

33位:竜羽さん            5回

33位:Nフォースさん         5回

33位:直正さん            5回

29位:水代さん            6回

29位:優太郎さん           6回

29位:公孫樹さん           6回

29位:通りすがりの床屋さん      6回

27位:あんこもちさん         7回

27位:huntfieldさん         7回

26位:縞犬猫さん           8回

25位:無名さん            9回

21位:SAKULOVEさん         10回

21位:響夜さん            10回

21位:アキさん            10回

21位:アイリアスさん         10回

19位:seraphさん           12回

19位:白の結族さん          12回

17位:逆真さん            13回

17位:夜魔さん            13回

16位:ジェナスさん          14回

15位:一光さん            15回

14位:長命永心さん          16回

13位:ヨッシー222さん        19回

12位:レイキャシールさん       21回

11位:外道神父さん          25回

10位:N.Cさん            28回

8位:和狼さん             40回

8位:⚫物干竿⚫さん          40回

7位:かつさん             46回

6位:大菊寿老太さん          48回

5位:ティールさん           49回

4位:秋塚翔さん            50回

3位:ビスマルクさん          60回

1位:葵さん              76回

1位:こばとんさん           76回

 

 

白雪「以上、63位から1位まで! 感想送信回数部門のランキングでした!」

キンジ「こうして見ると、感想文字数部門とは結構順番が入れ替わってるんだな。感想文字数の多さと感想の送信回数とは相関してるものと思ってたんだが」

白雪「感想送信回数は少なくとも1つ1つの感想における文字量を多めにする人や、感想送信回数は多いけど、1つ1つの感想は1、2行くらいで短く終わらせる人とか、読者さんの感想執筆スタイルにも色々あるからね」

キンジ「それでもこばとんさんは1位か。76回ってことは熱血キンジと冷静アリア全130話+αの内、半分以上の話に感想を残したって計算なわけか。にしても。感想文字数部門と感想送信回数部門で二冠を達成するとは、あの人はもう別格――ん!? 1位がもう一人いる、だと!?」

白雪「そう! 感想送信回数部門ではビビりこりん紳士の開祖こと葵さんも1位なんだよね! まさか1位で感想送信回数が同じになるなんて、凄い偶然だよね!」

キンジ「あのふぁもにかがこれを狙って話数を調整したとは考えにくいからな。というか、話数調整を入れた所でこばとんさんや葵さんがふぁもにかの望むように感想を書いてくれるとは限らないわけだし」

 

――ふぁもにかがちゃっかりログインしました。

 

ふぁもにか「そう! 凄いよね! 本当に素晴らしいサプライズだよね! 私も感想送信回数を集計している時、『え、まさか? これまさか1位が2人とか、そういうのあり得ちゃうの?』って感じで期待に胸を膨らませながら集計してたから、本当に感想送信回数が一致した時の感動は凄まじいものがあったよ! あと――ぐべらッ!? ちょッ、キンジくん!? なんで唐突に殴ってきたのさ!? 今回は見逃してくれるんじゃなかったの!?」

キンジ「『今回の所は引いてやる』とは言ったが、殴らないとは言ってない。てか、もう何発かは殴っておかないと、綺麗に終わるはずだった熱血キンジと冷静アリアを台無しにしやがったことについて、気が済まないからな」

ふぁもにか「ちょッ、腕まくりしながら近づくのはNOだよ! くッ、もうほとぼりが冷めた頃合いだと思ったのに、認識が甘かったか!」

 

――ふぁもにかが全力全壊で逃走する形でログアウトしました。

 

キンジ「逃がすか! 世界最強の武偵になる男の足を舐めるなよ!」

 

――遠山キンジがふぁもにかに追いつけ追い越せの勢いでログアウトしました。

 

白雪「あ、行っちゃった……仕方ない。ランキングも全部発表し終えたことだし、そろそろこの宴はお開きにしようかな。えー、コホン。今回はふぁもにかの自己満足なランキング企画に最後まで付き合ってくれて本当にありがとうございます。それじゃあ、また会える日まで。バイバイ♪」

 

――ニッコリスマイルで手を振った後、星伽白雪がログアウトしました。

 

 

 

 

 

 熱血キンジと冷静アリア完結記念企画:読者さんの感想ランキング

                               ―― End ――

 

 

 




 お喋り王者ランキング然り、読者さんの感想ランキング然り、この手のランキングを企画して、集計して、実際に発表するのってかなり楽しいですね。ということで、何か作品を手掛けてる読者の方々も是非やってみたらどうでしょうか? 貴方もきっとハマるはず。


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番外編 ワクワクドキドキ☆寮取り合戦
――番外編 予告――



 どうも、ふぁもにかです。今回は番外編の予告です。活動報告でちゃっかり発動していた『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』の締切を知らせる意味合いも兼ねての予告編です。

 ……いやね。予告編とか、こういうのを一度はやってみたかったんですよ。予告編なんてストックをドンドン溜めていく系の作者さんじゃないとできない芸当ですからね。私のように1話を執筆し終えたら早速投稿しちゃう系の作者じゃあ十中八九詐欺予告になっちゃうせいでまずできない芸当ですからね。ということで、それでは、予告をどうぞ!



 

 それは、8月16日。生徒会長の宣言により始まりを告げる。

 

白雪「えーと。皆、いきなり招集しちゃってごめんね。今回皆をここに集めたのは、明日行うイベントの告知をするためなんだ」

白雪「このイベントはとある生徒の提案によって企画された、東京武偵高の新しい取り組みでね。イベントの成果次第では、東京武偵高の毎年恒例の行事にしようと生徒会では考えてる所だよ」

白雪「イベントの詳しい説明は各クラスの担任に任せてるよ。だから、ここでは開会宣言だけさせてもらうね。――それでは。明日8月17日より、『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』を開催するよ!」

 

 かくして。東京武偵高のほぼ全ての生徒たちを巻き込んだ一大イベントは幕を上げる。

 だがしかし。イベントは様々な者たちの思惑により、予期せぬ方向へと突き進んでいく。

 

キンジ「さて。今の内に明日の方針を軽く決めておくか」

アリア「風穴の時間です。死にたくないのなら、張り切っていきましょう」

理子「ここで!? ここで着替えなきゃいけないの!?」

レキ「私としては一刻も早く貴方に立ち去ってもらいたいのですが」

ジャンヌ「ククッ、面白い。これは我も負けてられないな……ッ!」

中空知「尋問のプロを拘束プレイごときで無力化できると思わないでよね!」

平賀「舞台も温まってきた頃だし、満を持して出撃しようかな、なのだ!」

千秋「がぁぁあああああ! 何がどうしてこうなったぁぁあああああ!?」

風魔「――遅い。速さが足りないでござるよ」

武藤「……必殺技はそれぞれ『B↑:ギア2』『B↓:神気合一』『B←:超死ぬ気モード』『B→:妊娠できない体にしちゃうキック』を登録してる……」

不知火「気にくわねぇーんだよ、今の状況がさぁ」

??「おー、おいら達3人の連携も様になってきたな」

??「にゃっはぁぁあああああああ! テメェらの血は何色だぁぁああああああああ――ッ!」

??「そんなわけで大人しくパージされてくれるとですね、えー、ありがたいんですよね」

??「ダディャァァアアナザァァァアアアアアアアアン!」

??「レキの半径3メートル以内に誰も近づけさせないって決めたんだぁぁあああああッ!」

??「粛清される覚悟はいいか?」

??「お掛けになった電話は現在使われていないか、電波の悪い所――」

??「エ゛ェェイ゛ィメン゛ッッ!」

??「え、洒落にならないって、何それある意味楽しみフヘヘ――」

??「よっしゃ、それじゃあ遠慮なく――行かせてもらうぜ!」

??「褒められて悪い気はせんが、褒めてもわしは何も出せんぞ?」

??「オレサマオマエマルカジリィィイイイイイイ!!」

??「やれやれ、まぁいいさ。俺の『見えざる変態』の名に賭けて、頑張らせてもらうか」

 

 

 喜び。安心。不安。感謝。驚愕。興奮。焦燥。困惑。幸運。緊張。欲望。恐怖。勇気。後悔。満足。無念。嫌悪。罪悪感。殺意。期待。優越感。恨み。苦しみ。悲しみ。怒り。絶望。憎悪。空虚。様々な感情がごった煮となり。カオスが醸成され。祭りの時が今、始まる――。

 

 

 

 それは軽くラノベ一冊分の文章量を誇る、無駄に長い番外編。

 それは原作キャラも読者キャラもモブ武偵も大々的に巻き込んだ、壮大に何も始まらない物語。

 

 

 『ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』編。開幕まで、あと(*´ω`)日――。

 

 

 

 

 

白雪「最後まで見届けよう。東京武偵高の生徒は皆、根っからの悪人じゃないからね。きっと、悪い結末にはならないよ」

 

 

 

 




 ちなみに。番外編の現時点での完成度は3割ぐらいです。
 道のりはまだまだ長いのである。


 ~おまけ(スタッフ一覧)~

名誉監督:ふぁもにか
深夜のノリ脚本:ふぁもにか
擬音響:ふぁもにか
ずぼら撮影:ふぁもにか
雑プロデューサー:ふぁもにか
粗照明:ふぁもにか
美術(笑):ふぁもにか
テキトー衣裳:ふぁもにか


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EX1.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(1)


ふぁもにか「ヒャッハー! 祭りじゃ祭りじゃぁぁあああああああああ!」
キンジ(……テンション高いな、おい)

 どうも、ふぁもにかです。今回から番外編かつお祭り回が始まるわけなのですが、番外編のくせに割と長編となってます。……ほら。あれですよ、一度でいいから完全なるネタバトル回をやってみたかったのです。その結果、無駄に地の文が増えたり色々してラノベ一冊を軽く超えるほどの文量を誇る番外編ができあがってしまったというわけです。

 というわけで、とにかく悪ノリ全開で書き上げたこの番外編。ふぁもにかという物書きが原作沿いという枷をぶち破り、好き放題やらかしたらどうなるか。私のノリやギャグの本気がどこまで到達しうるのか。……ま、ちょっと早めの正月特番を鑑賞するノリで見ちゃってくださいませ。



 

 8月16日の、お盆明け初日にて。東京武偵高の武偵たちは可能な限り全員、体育館に招集された。生徒会長:星伽白雪の号令により、一堂に会することとなった。

 

 

「あ、あー。マイクテスマイクテス。コホン。えーと。皆、いきなり招集しちゃってごめんね。今回皆をここに集めたのは、明日行うイベントの告知をするためなんだ」

 

 壇上に立つ白雪の言葉に多かれ少なかれ動揺を隠せない面々。当然だ、なぜなら体育館に呼び出されたほぼ全ての武偵が白雪の口にした『イベント』のことを知らなかったからだ。

 

 

「このイベントはとある生徒の提案によって企画された、東京武偵高の新しい取り組みでね。イベントの成果次第では、東京武偵高の毎年恒例の行事にしようと生徒会では考えてる所だよ。……それで、このイベントのことを事前に周知しなかった件だけど、このイベントを提案してくれた生徒からの強い意向があってね。だから、イベント開催前日である今日まで情報を伏せてたんだ」

 

 にわかにざわめきだす武偵たちを落ち着ける意味合いも込めて、白雪は少々口早に『イベント』に関する裏事情を周知させ、武偵たちの不安を解消させていく。そうして。体育館に静寂が戻り、自分の声がより通りやすくなった状況にて。白雪は深く息を吸い、力強く宣言した。

 

 

「イベントの詳しい説明は各クラスの担任に任せてるよ。だから、ここでは開会宣言だけさせてもらうね。――それでは。明日8月17日より、『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』を開催するよ! 皆、クオリティの高い寮の確保を目指して大乱闘しよう! そうしよう!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 白雪による『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』の開会宣言の後、武偵たちは各々のクラスへと移動した後、それぞれの担任により寮取り合戦のルールや背景事情などについて説明が行われた。

 

 まず、前提として。新しい学生寮(※最新技術の粋を結集した、超絶豪華な仕様となっている)の建設に東京武偵高が踏み切ったことが挙げられる。神崎・H・アリアの大活躍を受けて、世間の武偵への関心が高まり、武偵を志望する子供たちが爆発的に増えているためだ。

 

 しかし、11月には建設完了となる新学生寮と既存の学生寮だけでは新入生を受け入れきれない可能性が浮上。それゆえに、東京武偵高は間に合わせのために築30年の古めのマンションを買収し、第三学生寮として使用することとした。

 

 その結果、新入生には新学生寮と既存の学生寮、そしてオンボロな第三学生寮の中から部屋が割り振られる予定だった。しかし、ここでとある武偵が提案をしてきたのだ。東京武偵高の生徒同士でバトルロイヤルをさせて、その成績が良かった生徒から好きな寮の、好きな部屋を指定できるようにしようとの提案をしてきたのだ。

 

 その武偵曰く、寮の部屋というエサを元に、武偵同士で戦わせることでライバル意識を生み出し、切磋琢磨のインセンティブを引き出させることができ、結果的に東京武偵高から優秀な武偵を輩出させる地盤を作り出すことができる。さらに、寮取り合戦は現状4名しかいない東京武偵高のSランク武偵を増やす契機にもなり、東京武偵高が武偵育成機関として非常に秀でていることを対外的に示すことができるとのこと。

 

 その武偵の熱意あふれる主張に当初は難色を示していた生徒会メンバーも段々とやる気になり、職員側に説得をかける形で今回の寮取り合戦が行われることとなった。それが寮取り合戦開催の裏事情であるそうだ。

 

 そして、以下が寮取り合戦のルールである。

 

『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』

・目的

東京武偵高の生徒のレベル向上のため。

 

・内容

寮のメンバーで1チームを結成し、制限時間の中でポイントを稼いでいく。そして、獲得したポイントが高いチームから順番に望みの寮と望みの部屋を選択することができる。ポイントの稼ぎ方は2通り存在し、『他のチームの武偵をより多く撃破する』か、『なるべく長い間撃破されずに生き残り続ける』ことでポイントをたくさん手にすることができる。

 

・注意点

1.撃破とは、武偵を気絶させること。

2.一度撃破された武偵は、合戦に復帰できない。

3.武偵が撃破された時、誰が撃破したか、誰が撃破されたかが、生き残っている全武偵に通達される。

4.武偵の殺害はもちろん、武偵に後遺症レベルの攻撃もしてはならない。

5.生徒会メンバーと教職員は寮取り合戦に不参加ゆえに、見かけても攻撃してはならない。

6.東京武偵高の生徒は全員強制参加すること。長期任務中の武偵と重傷の武偵、また留学中やその他遠方に用事がある武偵、三等親以内の身内が死亡している武偵は例外とする。

 

・撃破ポイント

撃破ポイントは撃破した武偵のランクと学科により算出される。

 

Sランク:15ポイント

Aランク:12ポイント

Bランク:10ポイント

Cランク:6ポイント

Dランク:3ポイント

Eランク:1ポイント

 

強襲科:15ポイント

狙撃科:13ポイント

超能力捜査研究科:12ポイント

衛生科:11ポイント

諜報科:10ポイント

特殊捜査研究科:9ポイント

尋問科:8ポイント

装備科:7ポイント

探偵科:6ポイント

鑑識科:5ポイント

車輌科:4ポイント

通信科:3ポイント

情報科:2ポイント

救護科:1ポイント

 

例1.救護科Cランク武偵を撃破すると、1ポイント+6ポイント=7ポイント

例2.狙撃科Eランク武偵を撃破すると、13ポイント+1ポイント=14ポイント

※ただし、自身が撃破された場合、-50ポイントとなる。

 

・開催日時、時間

8月17日 8:00~18:00

 

・生存ポイント

1分生き残るごとに1ポイント付加で算出される。

 

1時間生存:60ポイント

2時間生存:120ポイント

3時間生存:180ポイント

4時間生存:240ポイント

5時間生存:300ポイント

6時間生存:360ポイント

7時間生存:420ポイント

8時間生存:480ポイント

9時間生存:540ポイント

10時間生存:600ポイント

※ただし、10時間生存が達成された場合、上記600ポイントに加え、ボーナス点として300点が付加される。

 

・開催場所

人口浮島全体。

※ただし、武偵高の校舎や寮以外の武偵と関わりのない施設における、屋内での戦闘禁止。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 8月16日の夜。

 キンジ、アリア、理子、白雪が住む男子寮内にて。

 

 

「しっかし、とんだサプライズでしたね、これは……」

「えへへ、驚いた?」

「う、うん! ボク、すっごく驚いたよ!」

 

 キンジ作の晩ごはんを食べ終え、各々がのんびりと食後の一時を過ごしている頃。テーブルのイスに腰を下ろしているアリアは各担任が寮取り合戦の説明をする際に配布した紙媒体の資料を見つめてため息を吐く。そんなアリアの反応に、今現在ソファーでグデーンとだらけている白雪が満足そうにアリアに問いかけ、アリアの反対側のイスに座る理子がアリアの代わりにコクコクと首肯しながら返事をする。

 

 

「だけど、まさかあの中空知が発案者だとはな。……嫌な予感しかしないぞ、この企画」

「わ、わかるよ、それ。中空知さんって、どこか得体の知れない所があるからね」

「そうですか? 中空知さん、普通にいい人じゃないですか」

「うんうん。デキる女性って感じだよね!」

 

 リビングで形成された女子のみの空間を切り裂くようにして、食器を洗い終えたばかりのキンジがアリアの隣のイスに座りながら本音を口にすると、理子もキンジの意見に同調する。しかし、残るアリアと白雪が真っ向から対立してきたため、『中空知=得体が知れない、怖い』理論が共有されることはなかった。

 

 

「それにしても、寮のメンバーで1チームですか。となると、『私、キンジ、理子さん、ユッキーさん』の4人で1チームですね。……男女混合チームって、結構珍しくないですか?」

「珍しいというより、多分俺たちだけだろうな。そもそも東京武偵高は性別で寮を分けてるんだし。……もはや違和感を感じなくなってたけど、そもそも男子寮にアリアたちが住み着いてる状況がおかしいんだったな、そういえば」

「まぁいいじゃないですか。私たちがいなければキンジは1人1チームで合戦を生き残らないといけなくなっていたわけですし」

 

 キンジはチーム編成から改めて寮のルームメイトが女子3人である現状がいかに異常なのかを再認識し、一方のアリアは食後のデザートとしてのももまんをモグモグしながら、暗に『今更女子寮に戻れなんて言わないですよね?』との問いを込めた言葉を投げかける。対するキンジがアリアの視線の意図する所に特に気づかず「ま、それもそうか」と軽く言葉を零した所で、理子が少々不安そうにアリアへと言葉を紡いだ。

 

 

「えっと、アリアさん。た、確か、生徒会の人は不参加だから、白雪さんはボクたちのチームに含められないんじゃないかな?」

「え、そうなんですか?」

「うん、そうだよ。生徒会メンバーと教務科の人は撃破されて気絶しちゃった人を回収したりとか、各チームのポイントを管理したりしないとだから、参加できないんだ」

「……あぁ。そういえば注意点の5つ目にそんなこと書かれてたな。となると、『俺、アリア、理子』の3人で1チームとなるわけか。寮は基本的に4人1部屋だ。ゆえに、4人で1チームが基本だから、3人で1チームは少々不利になる……が、むしろ俺たちにはこれぐらいはハンデがないとダメだろうな」

「でしょうね。何たって、3人チームの内訳が強襲科Sランク武偵2人に探偵科Aランク、もといイ・ウーに所属していた理子さんの組み合わせですからね。これに超能力捜査研究科Aランクのユッキーさんまで加わってしまうと、さすがに過剰戦力過ぎて他のチームが可哀想なことになってしまいますからね」

 

 キンジたち4名はうんうんと一斉に首を縦に振る。当然だ。遠山キンジはあのイ・ウートップのシャーロック・ホームズを倒した男。神崎・H・アリアは幾多の凶悪犯罪者を次々と逮捕してきた実績を誇る正真正銘の実力者。峰理子リュパン四世はビビりな性格ながらもその実力は折り紙付き。星伽白雪はただでさえ強力な炎の超能力を持っているのに最近では氷の超能力さえ取得してしまった傑物だ。この4名が同一の陣営にいるなど、アンフェアなチーム分けだと非難されてしかるべきレベルなのだ。ゆえに、4名の中で最大火力を誇る白雪がチームに加わらないという、最低限のハンデはあってしかるべきなのである。

 

 

「さて。今の内に明日の方針を軽く決めておくか。とりあえず、理子は他のチームに撃破されないように潜伏していてくれ。俺とアリアで撃破ポイントを稼ぐからさ」

「え、皆で他のチームを倒しに行かないの?」

「いや、これは二手に分けた方がいい。他のチームを撃破してポイントを獲得するために外に打って出る出撃組と、他のチームに見つからないように隠れてやり過ごし生存ポイントの大量獲得を目指す潜伏組って具合にな。何せ、10時間生存しきったら900ポイントも入るんだ。これを逃す手はないだろ」

「な、なるほど……!」

「それに。理子の900ポイントに、俺たちが着実に稼いだ撃破ポイントを引っさげれば、いい感じの寮を確保できるだけのポイントは溜まるはずだからな」

 

 キンジはチーム全員が出撃組に回った方がいいのではないかとの疑問を提唱する理子に潜伏組を担ってもらうための説得の言葉を放ちつつ、内心で上手いルールだなと感心する。というのも、この寮取り合戦が一見すれば強襲科や狙撃科といった荒事に慣れている武偵(※それも高ランクの武偵)が非常に有利なように思えて、実はそうでもないからだ。

 

 

(何といっても、撃破ポイントよりも生存ポイントの方が比重が高いのがミソだよな。いくら戦闘の得意な武偵が出撃組として他のチームを撃破しまくったとして、ランクの低い武偵や戦闘向きじゃない学科の武偵を狙ってもあまりポイントは稼げない。逆に、撃破されてしまえばー50ポイントだ。これは地味に痛い。一方、戦闘に自信のない武偵はただ隠れてやり過ごせばそれだけで最大900ポイントを手にすることができるわけだからな)

「キンジはクオリティの高い新学生寮の部屋を求めて全力でポイント稼ぎに走るスタンスでいるのですか?」

「そりゃあ、住めるなら住んでみたいが、そこまで新学生寮を熱心に求めてるわけじゃない。ただ、ここよりボロボロな寮には住みたくないからな。アリアはどうだ?」

「私もキンジと同意見です」

「ならよかった。それじゃ俺たちが撃破する相手についてだが、最低でもBランク以上でいくぞ」

「え、それはさすがにこの寮取り合戦を舐めすぎでは……あ、なるほど。そういうことですか。了解です」

「え? ど、どういうことなの? アリアさん?」

 

 キンジから自分たちが撃破する武偵に制限がかかったことにアリアは一時困惑の声を上げるも、すぐにキンジの意図を把握し素直にうなずく。だが、キンジの発言の狙いがわからなかった理子は話に置いていかれない内にとアリアに説明を求めた。

 

 

「簡単な話ですよ、理子さん。倒した武偵の情報は生き残っている全武偵に通達されるようになってます。なので、例えばキンジが不知火さんを倒したとしたら、このように表示されます」

 

【強襲科Sランク:遠山キンジ(2年)が強襲科Aランク:不知火亮(2年)を撃破しました。遠山キンジに27ポイント付加されます】

 

「でも、ここで……そうですね。キンジが同じクラスの神崎千秋さんを倒したとすれば、このように表示されます」

 

【強襲科Sランク:遠山キンジ(2年)が探偵科Dランク:神崎千秋(2年)を撃破しました。遠山キンジに9ポイント付加されます】

 

「さて、理子さん。この通達を見た人たちは、はたしてキンジにどのような印象を抱くでしょうか? ……高ランクのくせに低ランクの、それも戦闘向きじゃない学科の武偵を狙って雑魚狩りをしている畜生だと思われませんか?」

「た、確かに。弱い者いじめをしてるように見えちゃうね」

「はい。そういうことです。今や正義の武偵として広く知れ渡っている私が弱い武偵を標的にしてしまえばその影響は計り知れませんし、ただでさえキンジは今、重度のロリコン疑惑が噂で広範囲に広まっている現状です。あまりにランクの違う武偵を倒すのはよろしくないでしょう。それに、提案者の中空知さんも武偵同士の切磋琢磨の促進を目的にこの企画を生徒会に持ち込んだ以上、強者による一方的な蹂躙劇は望む所ではないでしょうしね」

「おぉ! さっすがアリアさん!」

 

 アリアの例示を伴った説明を受けた理子はアリアへ対してキラキラとした称賛の眼差しを向ける一方、アリアは「べ、別に大したことではありませんよ。少し考えればわかることですし、そもそもこの方針を持ち出してきたのはキンジですからね」と顔をほんの少々赤らめながらそっぽを向く。どうやらアリアは真正面から純粋に褒められることに慣れてはいないようだ。

 

 

「おー、照れてるアーちゃんは可愛いねぇ、キンちゃん」

「あぁ。こういう時のアーちゃんは格段に可愛くなるよなぁ、ユッキー」

「~~~ッ! そこ2人! ここぞとばかりにニヤニヤ顔で弄ってくるのは禁止です!」

「はいはい。……ま、方針決めはこんな所でいいだろ。あんまりガチガチに作戦練ってると、予期せぬアクシデントで作戦を根本からひっくり返された時が怖いからな。――よし。アリア、理子。せっかくのイベントだ、絶対じゃないがやるからには最多ポイント獲得を目指して頑張るぞ!」

「はい!」

「う、うん!」

 

 キンジが拳をギュッと握りしめて力強く宣言すると、アリアは凛とした返事で応じ、理子はコクンと大きくうなずきながら追随する。

 

 

「……ふふふ。皆、心強いねぇ。ポイントをじゃんじゃん稼いで、素晴らしい部屋をゲットしてきてねー」

 

 何だかんだ、明日のイベントに強い意気込みを見せる3人に白雪はほわーんとした口調で声援を送る。かくして。イベント前日の夜が更けていくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――翌日。8月17日 8:00

 

 

 『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』の開催と同時にキンジ、アリア、理子の3人は散開していた。潜伏組の理子が単独行動なのはともかく、なぜキンジとアリアがそれぞれ別行動となっているのかというと、偏にポイント稼ぎの効率を考えたからだ。

 

 

(さて。私が最初に出会う武偵は誰でしょうね……)

 

 アリアはワクワクしつつも人気の少ない、少々入り組んだ裏路地を歩く。狙撃科の武偵によるスナイプ撃破を警戒したがゆえの進路である。そうして、10分ほど経過した時。事態は大きな動きを見せた。

 

 

(メールが来たってことは、開始10分で早速撃破された武偵がいるということですか。何というか、ご愁傷さまですね)

 

 携帯のバイブ音から撃破情報の通達が来たことを知ったアリアは携帯を取り出し、メール内容を確認する。と、その刹那。

 

 

「え?」

 

 アリアは硬直した。思わず動揺の声を上げた。

 

「ふぇ?」

 

 時同じくして、隠れ場所を探していた理子もメールの内容に硬直していた。それだけ2人にとって信じられない内容がメールに記されていたからだ。

 

 

【尋問科Aランク:衣咲(いさき)(みこと)(1年)が強襲科Sランク:遠山キンジ(2年)を撃破しました。衣咲命に30ポイント付加されます】

 

 

「キンジッ!?」

「キンジくんッ!?」

 

 強襲科Sランク武偵で。東京武偵高の生徒において最強の一角にいるはずの遠山キンジが開幕10分で散ったこと。その事実が信じられず、アリアと理子は自分の居場所がばれてしまう可能性すら忘れて、それぞれ別の場所で驚愕の声を心の底から口にする。

 

 この時。『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』に参加したほぼ全ての武偵が思い知った。特に遠山キンジを良く知る者たちは否応にも思い知らざるを得なかった。今回の『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』が。ただでは終わらない、波乱尽くしの展開になる、と――。

 

 




キンジ→せっかくやる気だったのに開幕10分で撃破されたらしい熱血キャラ。
アリア→いきなり頼りになるメンバーを失い、不利な戦いを強いられることとなったメインヒロイン。メンタル面が心配な所である。
白雪→生徒会長であるがゆえに、合戦に不参加となった怠惰巫女。まぁ、ユッキーが参加しちゃったらバランス崩壊もいい所だから今回は大人しくしていてもらいます。
理子→おそらくアリア以上にキンジが撃破されたことに動揺しているであろうビビり少女。潜伏組ではあるが、空気属性のないりこりんが潜伏し続けられるかは怪しい所である。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
①衣咲命→読者のアイディアから参戦したキャラ。詳細は次回以降へ持ち越します。どうせなら台詞が出た時に説明を付しておきたいですからね。

 というわけで、EX1は終了です。活動報告で開催していた『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』へエントリーしてきたキャラがまだ名前だけとはいえ地味に出演してるこの番外編。そして開始早々主人公がやられちゃうこの合戦。はたして生き残るのは誰なのか。そもそも生き残りなんて発生するのか。お楽しみに。

 ……余談ですが、この番外編の間は基本的におまけはありません。本編がもうギャグの塊でやっていくつもりですからね。そして、この番外編は毎日更新でいかせてもらいます。その分、感想返信が間に合わなくなる可能性が確実にあるでしょうが、いずれ必ず返信するのでご安心を。さらに、この番外編が全何話かについては……内緒にしておきます。その方が面白そうですしね。

※今回、寮取り合戦のルールとかポイント一覧とか詳しく載せましたが、あんまり展開には関係ありません。ルールを裏を突くような上手い展開なんてものは用意してないので、頑張って暗記とかをする必要はないですからね? あくまで気楽にご覧ください。


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EX2.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(2)


レキ「キンジさんが撃破されてしまいましたか」
中空知「しかし、奴は東京武偵高Sランク武偵の中では最弱……」
修羅アリア「やれやれ、Sランク武偵の面汚しですね」
キンジ(お前ら、そんなに仲良かったか?)

 どうも、ふぁもにかです。ついに『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』が始まります。「本編で散々活躍してるんだから番外編ぐらい存在感がなくてもいいよね♪」的な考えの元にキンジくんが排除された状況下ではたして寮取り合戦はどのように動いていくのか。誰が寮取り合戦を最後まで生き抜くのかとか、誰が最多撃破ポイントを獲得するのかとか当たりを付けながら閲覧するとよりこの番外編を楽しめるかもしれませんね、ええ。



 

 ――8月17日 8:02

 

 

 あらかじめアリア&理子と別れ、単独で歩道を歩いていたキンジはふとその足を止める。いや、止めざるを得なかったのだ。

 

 

「誰だ?」

 

 複数の武偵に待ち伏せをされている。察知したキンジは鋭い殺気をぶつけて、気配を隠しきれていない武偵の炙り出しにかかる。すると。電柱の後ろから、路地から、建物の影からといった風に、物陰から次々と武偵が姿を現しキンジを取り囲んだ。その顔つきを見るに、どうやらキンジの気当たりに臆している様子はなさそうだ。――ちなみに。その数、軽く200名を超えている。

 

 

「……え?」

 

 まさかこれほどまでの大人数に囲まれるとは露にも思ってなかったキンジは思わず目をパチクリとさせる。しかし。己の動揺を悟られまいと、すぐに表情を正した。

 

 

「これは、どういうことだ? 寮の1部屋は最大でも4人しか収容できない、だからこそチームとして連携できるのは4人までだ。なのに、なんでこれだけの数が団結して俺を狙ってこれる?」

(俺は強襲科Sランク武偵だから撃破すれば30ポイントだが、ポイントを手にできるのはあくまで1チーム。チーム間で協力したってポイントは折半できない以上、俺のポイント狙いってのは可能性が薄そうだな。なら、何が理由だ? さすがに全然わからないぞ?)

 

 キンジがあくまで平然を装いながら、内心で様々な可能性を模索しながら問いかけると、キンジを取り囲む集団の中から代表者らしき武偵が3名、姿を現した。

 

 

「俺は『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002の砂原杙杵(くいしょ)だ。聞いたぞぉ、遠山キンジ。貴様、神崎・H・アリアと付き合うことにしたそうじゃないか。その件について、我らが神:ユッキー様が涙したとの情報が入っている。粛清される覚悟はいいか?」

「えー。私はですね、えー。『ビビりこりん真教』のですね。えー。信者ナンバー004のですね、三ヶ島咲良と言う者です。えー、早速本題に入らせてもらいますけどね、えー。遠山キンジさん。貴方にはですね、えー。重度のロリコン疑惑がかかっているんですよ。そういうわけでしてね、えー。私たち『ビビりこりん真教』は満場一致で貴方を排除することに決定したんですよね、えー。何せ、えー、ロリ体型ながら大人な一面も同時に体に内包した奇跡のりこりんさまボディがですね、貴方に穢されるのも時間の問題でしょうからね。えー、そんなわけで大人しくパージされてくれるとですね、えー、ありがたいんですよね」

「僕は『アリアさま人気向上委員会』の幹部が一角、委員会ナンバー006の影縫千尋です。今回僕たちがこうして貴方の元に赴いたのは貴方の行動が目に余るからです。僕たちの信仰対象であるアリアさまの心を奪うに留まらず、他の女性をも同室に連れこむ始末。貴方はハーレムを形成すれば満足なのでしょうが、これではアリアさまの幸せが遠ざかってしまいます。アリアさまに幸せを届けられるのは『アリアさま人気向上委員会』だけなのです。ゆえに。遠山キンジ、貴方にはここで朽ち果ててもらいます」

 

 三者三様ながらも並々ならぬ敵意をぶつけてくる3人を前に、キンジは己の身の危険を心から感じていた。東京武偵高三大闇組織(ファンクラブ)。それは、ここ1年で東京武偵高に突如現れた不気味極まりない闇組織の総称である。その組織の特徴は圧倒的な統率力にあり、闇組織は総じてある特定の人物を祭り上げる特徴を持つ。が、その全容は教務科が全力で調査してもなお解明できておらず、キンジ自身も『ダメダメユッキーを愛でる会』と『ビビりこりん真教』しか知らなかった。

 

 

(東京武偵高三大闇組織、最後の1つはアリアだったか。アリアが東京武偵高に来たのは4月だ。てことは、『アリアさま人気向上委員会』は結成されてからまだ数カ月程度ってことか――とか考えてる場合じゃないな。俺を襲いに来たのは利害が一致したから一時的に手を結んだって感じだろうが、いくら何でもこの数は多勢に無勢だ。ヒステリアモードで切り抜けられるか……ッ!?)

 

 それぞれの闇組織の指揮者の合図により、キンジを取り囲む武偵全員が武器を構える中、キンジはどうにか現状打破の方策を導き出そうとする。しかし、それは叶わなかった。キンジの背中から、金属バットを全力で振り抜いてきたかのような、強い衝撃が襲いかかってきたからだ。

 

 

「しまッ――」

(マズい、やられた! 俺を大人数で取り囲んだのは、俺に害意がある全武偵をこの場に結集させたと俺に錯覚させ、別に組織した狙撃班で確実に俺を撃ち抜くためかッ!)

「かかれ! テメェらぁぁあああああああああ!!」

「えー。ではでは、やっちゃってください!」

「今です! タコ殴りの時間ですよ、皆さん!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 

 防弾制服を着ているが故に、背中を撃たれようとキンジが死ぬことはない。しかし、背後を撃たれ、バランスを崩し膝をついたキンジに、自身に目がけて我先にと飛びかかってくる連中を止める術はない。キンジは数の暴力に呑み込まれ、ボコボコにされる。これが、遠山キンジ早期退場の理由であった。

 

 

 ◇◇◇

 

 ――8:12

 

 

 とある建物の屋上から。レキは己の6.0を誇る視力で見つめていた。遠山キンジが数の暴力の被害に晒され、ボコボコにされるシーンをただただ視界の中に映していた。

 

 レキはキンジを助けない。当然だ、いくらレキでもあれだけ武偵が密集してしまえばキンジ救出は不可能だ。加えて。仮にキンジを助けようと狙撃した所で、自分の居場所を特定されてしまえば、己が撃破される可能性が濃厚となってしまう。ルームメイトがいないため、1人チームとなったレキに、そのような危険を冒すつもりはなかった。

 

 

「今回の企画はライバルとしてキンジさんと戦い、雌雄を決する絶好の機会だと思ったのですが、先手を打たれてしまいましたか。……仕方ないですね。ならば当初の予定通り、動くのみです。非常に残念ですけど」

 

 キンジをズタボロにしたことですっきりしたらいい東京武偵高三大闇組織の面々が「次会った時は互いに敵同士だ」的な会話を最後に解散した所までしっかり見届けたレキは行動を開始した。全ては、クオリティの高い寮を確保するためである。

 

 

 ◇◇◇

 

 ――8:15

 

 

 アリアは路地裏に身を隠していた。キンジが開始早々撃破されるという、全くもって想定していなかった事態に混乱し、出撃組として他のチームを倒す役目のことなど忘れ、ただただ路地裏に潜み、過剰な警戒心を周囲に放っていた。

 

 

(キンジを倒した1年の衣咲(いさき)(みこと)さんですか!? そんな名前、今まで聞いたことがありませんよ!? 彼女がキンジを倒せるほどの実力者なら私の耳に入らないはずがありません! あれですか!? 能ある鷹は爪を隠すの要領で今日まで武偵ランクをひた隠しにしていたとでもいうのですか!? だとしても、このタイミングで、寮取り合戦でその実力を露出させるなんて一体何を考えてるんですか、この人!? というか、そもそもどうやってキンジをこんな短時間で倒したというのですか!?)

 

 なまじキンジの実力を心の底から信頼していただけに、アリアの動揺は計り知れないものとなっていた。しかし、そこは強襲科Sランク武偵。己の信じていた根幹が覆されるようなとんでもない事態に見舞われてた所で、少々の時間さえ与えれば立ち直れるだけの精神的土壌を、アリアはしかと備えていた。

 

 

(落ち着け、落ち着くのです。神崎・H・アリア。ここはいざという時のために1個だけ肌身離さず携帯していたももまんを補給して、精神を落ち着けるのです)

 

 小学生レベルの小柄な体のどこから取り出したのか、アリアは保持していたももまんを取り出し、頬張ろうとする。ももまんを補給することで、寮取り合戦に対しどこか舐めていた節のあった己の心を律し、気を引き締め、作戦を練り直すための第一歩として、ももまんを美味しくいただこうとする。しかし。アリアの思惑通りに物事は運ばなかった。アリアがももまんを今にも口にしようとした時、ももまんが文字通り爆発したのだ。否、どこからかももまんが銃撃されたことで、ももまんが粉砕し、ボトボトとももまんのパーツが地面へと落ちていったからだ。

 

 

「ぇ……」

「見つけたぞ、松本屋の金の生る木ぃ!」

 

 アリアが呆然と、砂利や砂にまみれたももまんの成れの果てを見つめる中、アリアのももまんに凶弾を放った張本人らしい男子武偵が、背後に30名ほどの武偵を引き連れた状態でアリアの前に姿を現した。その男子武偵はよほどアリアが憎いらしく、アリアへの憎悪を一切隠そうとしない。

 

 

「お前が松本屋のスポンサーであるせいで、松本屋に資金を投入しまくってるせいで、今や松本屋は天下を取っているッ! そりゃそうだ、松本屋は『あの正義の武偵:神崎・H・アリアが心から支持する店』なんて強力な看板を得たんだからなッ! なぁ、松本屋が頂点に立った気分はどうだぁ? 滝本発展屋を足蹴にして手にした栄光は気持ちいいかぁ? ええ?」

「も、ももまん……」

「ヒヒヒヒヒッ! 今まではお前を襲撃できる機会はなかった。滝本発展屋が没落の道を強いられていることに対するこの煮えたぎる激情をぶつけられなかった。何せ、一般市民からの視点じゃお前は『正義』だ。その正義を襲えば、俺たちが悪になるからな。んなのはゴメンだ。だから、だからこそ! 今回の寮取り合戦こそが好機! 今ならどさくさに紛れてお前への復讐ができる! ヒヒヒッ、この合戦を提案してくれた武偵には感謝しないとなぁ!」

 

 アリアが話を聞いていないことに気づいていないのか。それともアリアが話を聞いていなくても構わないのか。男子武偵は完全に悦に入ったような口調で声を存分に荒らげる。どうやら、今や勝ち組ロードを突っ走っている松本屋の覇権を潰すことを悲願に掲げてている滝本発展屋ファンの過激派たちが八つ当たりに走っているようだ。

 

 

「さぁ、今だ! 今、神崎・H・アリアはももまんを失い、戦意喪失している! 討ち取るなら今だ! 行け、者どもッ!」

「キェェエエエエエエエエエエエイッ!」

「さぁ、死ぬがよい!」

「エ゛ェェイ゛ィメン゛ッッ!」

「死の味はいかがかい?」

「ヒェア! ヒェアァァアアアアアア!!」

「冥府へと送り出してくれよう!」

「ギェヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィ――!」

「空が青い。だから殺す!」

「冥土の土産の準備はいいかい?」

「アパァァアアアアアアアアアアアアア!!」

「ゆっくり三途の川を堪能していってね!」

「アバァァアアアアアアアンジェリィィィイイイイイイッヒ!!」

 

 呆然自失。その四字熟語がまさに似合う今のアリアに対し、男子武偵が攻撃指示を出したと同時に、彼の背後の武偵たちが一斉攻撃を仕掛けていく。

 

 

「……」

 

 アリアは、避けなかった。武偵集団の攻撃の嵐を虚ろな瞳で見つめたまま、避けないまま、武偵の一人が横薙ぎに振るった金属バットをあっさりと腹部に受け、背後の壁にドゴォと突き刺さった。と、ここで。アリアは見た。わざとなのかそうでないのかは定かではないが、武偵の一人が、ももまんの成れの果てを踏み潰した瞬間を。

 

 

「やった、やったぞ! 松本屋の心臓をぶち壊したぞ! これで松本屋も衰退の一途をたどるのみ! ヒヒヒヒヒッ! やりましたよ、桔梗さぁん!」

 

 コンクリートの粉塵がアリアの体を覆い隠すようにサァァと展開される中。アリア撃破の主導者たる男子武偵は喜悦に満ちた表情で天を仰ぎ、滝本発展屋の経営理事の一人たる桔梗という人物の元に届けと言わんばかりに喜色たっぷりの声を上げる。しかし、いつまで経っても彼の携帯にアリアの撃破情報が通達されないことに対して「んぅ? どういうことだ?」と首を傾げた瞬間、彼の腹部に鋭い衝撃が走り、「うぼぁッ!?」と背後へと空高く吹っ飛んでいった。

 

 

「「「「「リーダー!?」」」」」

「……別に、私を憎むのは構いませんよ。お母さん関連で、私に負の感情が向けられることは間々ありましたから。ですが、罪なきももまんへのこの所業、許すわけにはいきませんねぇ」

 

 調子に乗っていた男子武偵もといリーダーを殴り飛ばしたアリアは、頭からダラダラと血を流しながら、フラフラとした足取りながら、その瞳に闇を宿してニタァと口角を吊り上げる。リーダーを失った武偵たちはアリアに恐怖する。しかし、動けない。逃げられない。アリアのハイライトの失った瞳を見た瞬間、まるで己の体が地面に縫い止められたかのように、彼らは身動きがまるでできなくなっていた。

 

 

「――さぁ、滝本発展屋の回し者の皆さん。風穴の時間です。死にたくないのなら、張り切っていきましょう」

 

 アリアは邪気満載の笑顔で滝本発展屋の過激派な武偵たちに死刑宣告を下す。かくして。ももまんを失った悲しみから、ももまんを蔑ろにされた憤りから、修羅覚醒したアリアによる容赦ない蹂躙劇が始まるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――9:30

 

 

「氷技に惑え、氷葬蓮華(メビウス☆ダンス)!」

「ちぃッ、闇の炎に抱かれて――バカなッ!?」

「くそッ、貴様らにこの僕の何がわか――バカなッ!?」

「おのれッ、切り刻む! 塵も残さん、行く――バカなッ!?」

 

 ジャンヌ・ダルクは武偵高の校舎内を闊歩していた。自分を『氷の女帝』と慕うテニス部女子1年をぞろぞろと引き連れ、眼前に立ち塞がる武偵たちを、氷を纏ったデュランダルで踊るように繰り出した剣劇であっという間に撃破していく。

 

 

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が強襲科Bランク:魔久奈(まくな)凛音(りおん)(3年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に25ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が鑑識科Cランク:柔田巣(じゅうだす)璃音(りおん)(2年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に11ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が衛生科Cランク:那須(なす)莉音(りおん)(1年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に17ポイント付加されます】

 

「キャアアアア!! ジャンヌ様ぁぁぁああああああああああ!」

「あぁ、何て美しい……さすがはジャンヌ様ですわ!」

「キャァアアアアアアアア! キャァァアアアアアアアアア!!」

 

 取り巻きの女子武偵たちの喝采を背中から浴びているジャンヌは「クククッ、ハァーッハッハッハッハッ!」と実に楽しそうに哄笑する。この寮取り合戦において、今現在、間違いなく最もこの合戦を楽しんでいる筆頭であるジャンヌ。彼女はここで「ジャンヌ様、これを……!」と、ジャンヌファンの統率を努めている女子武偵がジャンヌに自身の携帯を見せてきたことで、笑い声を上げることを止め、画面を見やる。その画面に載っていたのは、ある特定の武偵の撃破報告だった。

 

 

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が強襲科Bランク:上上(うわかみ)(じょう)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に25ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が衛生科Bランク:右右(うみぎ)(ゆう)(1年)を撃破しました。風魔陽菜に21ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が尋問科Aランク:下下(しもした)(くだり)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に20ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が狙撃科Cランク:枚舞(まいまい)麻衣(まい)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に19ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が超能力捜査研究科Dランク:平平(ひらたいら)平平(へいべい)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に15ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が装備科Cランク:真真(しんま)(まこと)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に13ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が特殊捜査研究科Aランク:角角(かくかど)(すみ)(2年)を撃破しました。風魔陽菜に21ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が車輌科Bランク:文文(ふみぶん)(あや)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に14ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が情報科Dランク:空空(からそら)(うつほ)(1年)を撃破しました。風魔陽菜に5ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が諜報科Cランク:内内(だいうち)(ない)(2年)を撃破しました。風魔陽菜に16ポイント付加されます】

 

 

「む、あのジャパニーズNINJA、随分と暴れ回っているようではないか……」

 

 撃破報告にて目立っている陽菜の名前を目にしたジャンヌは口元に手を置き、思いをはせる。ジャンヌの脳裏によぎるのは、ついこの間、キンジの評判を全力で貶めるために一時的に手を結んだ忍装束な同胞の姿。

 

 

「ククッ、面白い。これは我も負けてられないな……ッ!」

 

 ニヤリと笑みを形作り、撃破報告を見せに来てくれた女子武偵を後ろに下がらせようとしたジャンヌだったが、ここで当の女子武偵が「それで、これも見てほしいのですが……」と、別の画面をジャンヌに提示してきた。

 

 

「ほう、これは……え、何これ?」

 

 ジャンヌは女子武偵が見せてきた写真を前に、思わず素で困惑する。このジャンヌの反応も無理もない。なぜなら。その写真には、風魔陽菜と見慣れない女子武偵と、そしてレオぽんの着ぐるみを着た謎の生命体が結託して他の武偵チーム相手に戦っている姿が写っていたのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――10:30

 

 

 レキはとあるビルの屋上でうつ伏せになり、ドラグノフを構えていた。サラサラと清涼な風がレキの緑髪を撫でていく中。レキは狙撃する。正確無比な射撃は武偵の体を的確に捉え、容赦なく武偵の意識を刈り取っていく。

 

 

【狙撃科Sランク:レキ(2年)が強襲科Aランク:清清(セイショウ)(きよし)(3年)を撃破しました。レキに27ポイント付加されます】

 

 レキは狙撃する。狙撃対象の専攻やランクなど関係なしに、ただただポイントを稼ぎ、良い寮をゲットするための権利の取得のために射撃を続ける。

 

 

【狙撃科Sランク:レキ(2年)が尋問科Eランク:老老(ふろう)(おい)(1年)を撃破しました。レキに9ポイント付加されます】

 

 レキは狙撃する。空気抵抗も、標的となる武偵の動きも、何もかも計算に入れた上でドラグノフから放たれた銃弾は、あたかも標的に命中することが決まっているかのように、標的の体に吸い込まれていく。

 

 

【狙撃科Sランク:レキ(2年)が通信科Cランク:辺辺(あたりべ)(ほとり)(2年)を撃破しました。レキに9ポイント付加されます】

 

 レキは狙撃する。物陰に隠れている武偵やドラグノフの銃口の直線上にいない武偵は銃弾撃ち(ビリヤード)の要領で、単管パイプや電柱などに弾丸を跳弾させる形で射撃していく。もはやレキに狙われた武偵が哀れに思えるレベルの神業である。

 

 

【狙撃科Sランク:レキ(2年)が強襲科Bランク:値値(あたいち)値値(ねじ)(3年)を撃破しました。レキに25ポイント付加されます】

 

 レキは狙撃する。

 レキは狙撃する。

 レキは狙撃する。

 レキは狙撃する。

   ・

   ・

   ・

   ・

 

「ひゅう♪ さっすがレキ! 惚れ惚れする腕前だね」

 

 レキが自分だけの世界を構築し、誰彼構わず狙撃する形で標的の意識を刈り取っている中。背後から口笛を鳴らしパチパチパチと拍手をする男の声に、レキはドラグノフのスコープから目を外し、背後を振り返る。すると、燃え上がるような赤髪剛毛が特徴的な、『ワイルド』という言葉がよく似合う男子武偵がニカッと笑みを浮かべていた。

 

 

「……あ。いたんですか」

「当然じゃないか! このビスマルク、レキが俺の求婚を受け入れてくれるまで、一歩も引くつもりはないからな!」

「そうですか」

 

 ビスマルクと名乗った男は、キラキラとしたオーラを纏いながらビシッとレキを指差す。その後、「決まった……!」との心の声を漏らしながら、まるで悦に入っているかのようににんまり笑みを浮かべるビスマルク。しかしそんな彼とは対照的に、レキの感情を移さないはずの琥珀色の瞳はまるでブリザードのように冷ややかなものとなっていた。

 

 レキとビスマルクの関係は端的に言えば、キンジとレキのような関係である。レキがキンジに出会う度に高確率で模擬戦を仕掛けるのと似たようなノリで、ビスマルクはレキと出会う度に求婚をする。そして。キンジがレキの戦闘狂な所を厄介だと思っているように、レキもまた求愛行動を仕掛けてくるビスマルクを厄介だと思っているのだ。

 

 

「ところで、こんな所で油を売っていていいのですか?」

「というと?」

「貴方は出撃組でしょう? 先陣を切ってポイントを稼ぐべき貴方がこんな所で何時間も職務怠慢をしていては、ルームメイトに白い目で見られるのでは?」

「……あぁ、レキ。君は俺を心配してくれているのか。なんて優しいんだ。感激したよ! だけど心配は無用だ! 俺のルームメイトなら、俺が欠けてもきっとそこそこの部屋を確保できるだけのポイントを稼いでくれる! だから俺は今日一日レキとずっと一緒にいてあげられるのさ!」

「私としては一刻も早く貴方に立ち去ってもらいたいのですが」

「やれやれ、これがツン、か。もっとレキと親睦を深めれば、デレの部分ももっと垣間見ることができるのだろうね。楽しみだ! ワクワクしてきたぜ!」

「……勝手にしてください」

 

 レキは一歩も引く気配が感じられないビスマルクを前に一言、吐き捨てる。レキが『諦めが肝心』という言葉の意味を身をもって理解した瞬間だった。

 

 

「しっかし、意外だぜ。俺の嫁ことレキがクオリティの高い寮をこんなにも希求して積極的に狙撃しまくるなんてさ。レキはそういうのには頓着しないものだと思ってたぞ!」

「貴方の嫁ではありません。……別に、部屋の内装は何でも構いませんよ。広い狭いもあまり気になりません。ただ、私は寮の最上階を確実に確保できるだけのポイントを手に入れたいだけです。そうすれば、風をより感じられますから」

「なるほど! そういう考えだったか。レキらしい素晴らしい考えだ! さすがレキ!」

「……ここに居座る以上、私の邪魔はしないでください。あと、ついでに背後の警備を担当してくれると助かります。そうすれば、私はスコープに映る敵だけに集中できますから」

「もちろんさ! この俺がいる限り、レキの半径3メートル以内に誰も近づけはしない!」

「じゃあ貴方もさっさと私の半径3メートル以内から出て行ってください。風が汚されてしまいます」

「うごぅッ!? い、今のは中々強力なツンだぜ……」

 

 まるで心臓を弓で射抜かれたかのように、ビスマルクが胸を抑えて数歩後ずさる中。レキは再び狙撃体勢に入る。しかし、ドラグノフのスコープ越しに地上を見渡してみるも、武偵の姿は一人たりとも見当たらなかった。

 

 

「……標的がいなくなってきましたね。あれだけ派手に狙撃しましたし、私の居場所をあらかた推測されたのでしょう。……そろそろ場所を変えましょうか。鋭い武偵ならそろそろここを察知する頃合いです」

「了解だ。――ッ!? レキ、何か来るぞ!」

 

 レキを魅了するために全力で醸し出しているキラキラオーラをしまい、真剣な声色でレキに注意を促すビスマルク。そのあまりに突然な出来事にレキは「え――」と驚きつつも、バッと立ち上がり背後へ視線を持っていく。すると。

 

 

「残念。遅いよ」

 

 どこか底冷えするような女性の声が聞こえたかと思うと、眼前のビスマルクが「ぐぎゃ!?」と悲鳴を上げて屋上を転がり、フェンスに勢いよく体をぶつけていく。フェンスに体を打ち付けられたビスマルクが腹部を抑えてうずくまり何度も咳き込んでいること、ビスマルクを吹っ飛ばしたであろう女性が右足を上げていることを踏まえると、どうやらビスマルクは今目の前にたたずむこの女性の足の裏で腹部を容赦なく蹴られたようだ。

 

 

「ふふッ。今の技、気になる? 今のは『妊娠できない体にしちゃうキック』って言う技でね、最近開発したんだ。ま、今蹴ったのは男だから全然意味ないんだけどね」

「……中空知さんですか」

「へぇ。その様子だとある程度は私のこと、知ってるみたいだね。でも、これまでレキさんと直接顔を合わせる機会なんてなかったわけだし、自己紹介でもしとこっか」

 

 思いっきりビスマルクを蹴り飛ばした影響でずり下がった眼鏡をクイっと上げて、見た目だけなら文学少女そのものな女子武偵こと中空知美咲はニコリと笑みを形作る。

 

 唯一文学少女らしくない所を挙げるとすれば、中空知の両手に、手の甲についている微妙に膨らんだ白の正方形型の何かと、爪先部分の不自然に開けられた小さな穴が特徴的な黒のグローブを装備していることぐらいであろう。

 

 

「私は尋問科Sランクの中空知美咲。趣味は拷問、特技は尋問、好きなことは拷訊。長所は人から的確に秘密を引き出せることかな。こんな私だけど、よろしくね♪」

「……私は狙撃科Sランクのレキ。自他ともに認める、強襲科Sランクの遠山キンジさんのライバルです。趣味は風を楽しむこと。特技は風を感じ取れること。好きなことは風と触れ合うこと。長所は風と一体になれることです。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね。それで、早速本題に入らせてもらうけど――お? 私の考え、わかってるみたいだね」

「殺気を隠す気のない時点で察しはつきますよ。尋問科Sランクは23ポイントでしたか。いただかせてもらいます」

「それは私の台詞だよ。狙撃科Sランクの28ポイント、ゲットさせてもらうよ?」

 

 レキと中空知は互いに見つめ合う。それぞれ獲物こそ取り出さないものの、二人によって醸成された剣呑な雰囲気は徐々に濃密な空間を作り出し、素人にはとても踏み込めそうもない結界へと変質していく。かくして。狙撃科と尋問科という、およそ接近戦とはあまり縁のないはずの学科のSランク武偵同士の戦いが、今まさに開幕しようとしていた。

 

 




キンジ→東京武偵高三大闇組織の組織的行動により撃破を余儀なくされたらしい熱血キャラ(笑)
アリア→『この恨み、晴らさでおくべきか』を地で行ったメインヒロイン。今回の一件で滝本発展屋へ対する印象は地に落ちたため、いかなる手段を用いても滝本発展屋に引導を渡してやるとの強い決意を固めたらしい。ちなみに、桔梗とのやり取りの件については92話のおまけ参照。
ジャンヌ→『氷帝ジャンヌ一派』たる女子テニス部の後輩たちを引き連れて寮取り合戦を楽しんでいる厨二少女。ジャンヌちゃんが楽しそうで何よりです。
レキ→最上階の部屋を確保するため、ポイント確保に勤しむバトルジャンキー。何度拒否してもめげずに求婚を仕掛けてくるビスマルクに辟易する一方、その根性は認めている。中空知の接近に気づけなかったのは、レキの居場所を探知した中空知がレキに風で感知されないように細心の注意を払った上で接近していたから。
中空知→随分久々に出番が思いっきり与えられそうな気配を感じるドS少女。しばらく出番のない間に凶悪性がますます増しちゃったようだが、彼女の戦闘能力は未だ謎に秘められている。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
②砂原杙杵→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Aランク、3年・男。『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002。一人称は『俺』。普段はちょっと達観しているが、今日はその限りではない模様。身長は180cmくらいで体重70kgのちょっとがっちりした感じ。強襲科でスナイパーライフルを持って凸る変人であり、良くFPSゲームで存在する凸砂野郎でもある。クイックショット、早撃ちという技術を持ち、状況によってはハードスコープもちゃんと使う、臨機応変性に富んだ優秀な武偵である。
③ビスマルク→読者からふぁもにかが独断で参戦させたキャラ。強襲科Bランク、2年・男。燃え上がるような赤い髪がトレードマーク。レキに一目惚れし、レキの強さに追いつき、彼女とともに戦い支え合える中になるために、ただいま絶賛特訓中である。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
三ヶ島咲良→『ビビりこりん真教』の信者ナンバー004。ウザい喋り方に定評がある。
影縫千尋→『アリアさま人気向上委員会』の委員会ナンバー006。
滝本発展屋の回し者たち→松本屋を憎み、滝本発展屋をこよなく愛する武偵たち。

○「闇の炎に抱かれて馬鹿なっ!」シリーズ
魔久奈(まくな)凛音(りおん)
柔田巣(じゅうだす)璃音(りおん)
那須(なす)莉音(りおん)

○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
上上(うわかみ)(じょう)
右右(うみぎ)(ゆう)
下下(しもした)(くだり)
枚舞(まいまい)麻衣(まい)
平平(ひらたいら)平平(へいべい)
真真(しんま)(まこと)
角角(かくかど)(すみ)
文文(ふみぶん)(あや)
空空(からそら)(うつほ)
内内(だいうち)(ない)
清清(せいしょう)(きよし)
老老(ふろう)(おい)
辺辺(あたりべ)(ほとり)
値値(あたいち)値値(ねじ)

 というわけで、EX2は終了です。『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラの参入も徐々に本格化しつつありますね。そしてこの度、レキ VS.中空知というドリームマッチが組まれました。いやぁ、この対戦カードは前々からやってみたかったのでこれから執筆する私も超絶楽しみです。どっちに軍配が上がるんでしょうなぁ……。

 それにしても、何だか登場人物の数がとんでもないことになってきましたが、『その他のオリキャラ(モブ)たち』のオリキャラたちは大して重要でない(※特に『テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ』)ので、無理して覚える必要とかは全くないですよ? ご安心ください。


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EX3.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(3)


不知火「なぁ、俺の出番はまだなのか? 早く登場して活躍したいんだが」
平賀「まぁまぁ。不知火くんの出番はその内あるっぽいから今は大人しく待ってようか、なのだ」

 どうも、ふぁもにかです。今回はレキさんと中空知さんとのバトルがメインの話となります。とはいえ、ふぁもにか特有の『戦闘シーンになると地の文がやたらと増える現象』のせいでちょいと盛り上がりに欠ける戦闘になっちゃってるかもしれませんがね。ま、その時は仕方ないね。



 

 ――11:30

 

 

 とあるビルの屋上にて。ひゅぉぉと穏やかな風が真夏の暑さを幾分か緩和させるようにレキと中空知とを駆け抜ける中。いつ衝突してもおかしくないぐらいに緊張感が高まっている場の雰囲気を盛大にぶち壊すように、一人の男が中空知に向けて駆け出した。

 

 

「くッ! 俺のレキに手は出させないぞ、中空知! レキの半径3メートル以内に誰も近づけさせないって決めたんだぁぁあああああッ!」

「うん、邪魔☆」

 

 拳銃を右手に持ち、中空知との近接拳銃戦(アル=カタ)に持ち込もうとする男ことビスマルクだったが、直後、己の体がギュウッと、まるで己の中身が飛び出てしまいそうなレベルの強さで締め上げられた影響により、顔から床に衝突する。急に金縛りにあったかのような感覚に襲われたビスマルクがガンガンと痛みを発する顔を体に向けると、そこには限りなく透明に近い糸のようなものが自分をグルグル巻きにしていることがわかった。

 

 

「くッ、ワイヤーか!? こんのッ……!」

「私の『妊娠できない体にしちゃうキック』を受けて案外ピンピンしているタフさは評価してあげるけど、変に抵抗しない方がいいよ、ビスマルクくん。それ、今は君の体を防弾制服が守ってくれてるからいいけど、万が一にも皮膚にそのワイヤーが触れた瞬間、すっごく愉快なことになっちゃうかもだからね? こう、『スパッ!』って感じでさ」

「いいッ!?」

 

 まるで芋虫のように跳ねながら、全力でワイヤーの拘束から逃れようとしていたビスマルクは中空知の遠回しな脅しにサァァと顔を青ざめて、抵抗を止める。素直になったビスマルクに中空知は「賢明な判断だよ」と言葉を残すと、改めてレキと向き直った。

 

 

「あーぁ。レキさんと戦う前に私の武器のネタバレしちゃうとか、これはちょっとばかり不利になったかなぁ?」

「ワイヤーですか。そのグローブに仕込んでいるようですが」

「正解。ま、ただのワイヤーじゃないんだけどね!」

 

 中空知はわざとらしく左手をレキへと向け、グローブの爪先から限りなく透明に近いワイヤーを射出する。左手の指からそれぞれ発射された計5本のワイヤーはレキを拘束せんと迫るも、レキは背中に隠し持っていた小太刀(・・・)を右手で取り出し、一閃であっさりと弾き飛ばす。類まれなる視力の良さに恵まれているレキに、ほぼ透明なワイヤーなどまるで脅威ではないのだ。

 

 

「こんなものですか? では、こちらから――ッ!?」

 

 レキは攻勢に打って出ようとして、その場にしゃがみ込む。直後、レキの頭上スレスレを1本のワイヤーが通過し、レキの緑髪の数本を刈り取っていく。

 

 

(弾き飛ばしたはずのワイヤーが戻ってきた!?)

「舐めてかかってると、後悔するよ?」

 

 中空知は軽くレキの心境を読んだ上で右手の五指の先からもワイヤーを5本、追加で射出する。中空知の右手は床に向いている。そのため、発射されたワイヤーは普通なら床に激突するだけだ。しかし、床に衝突寸前の所でワイヤーは突如グググッと方向転換し、レキへと一斉に襲いかかっていった。

 

 

「――ッ!?」

 

 中空知が射出した計10本のワイヤーは執拗にレキを狙う。いくらレキが小太刀でワイヤーを弾こうと、華麗な身のこなしでかわそうと、ワイヤーはまるでレキを磁石のN極と見立てたS極のように、あたかも誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように、ひたすらにレキの身を切り刻もうと、あるいは拘束しようと迫ってくる。

 

 このままでは埒が明かない。レキはこれまた背中から今度は拳銃を取り出すと、中空知の正中線を目がけて発砲する。その後。中空知がレキからの想わぬ反撃に「おっと」とワイヤーを自らの下に引き寄せ、銃弾切り(スプリット)の要領で弾丸を真っ二つにし自身の左右を通らせている隙に、レキは一旦ワイヤーの包囲網から速やかに脱却した。

 

 

「貴女のワイヤーは一体何ですか? 軌道があまりに不自然すぎますが?」

「簡単だよ、念動力を使ってワイヤーを好き勝手に操ってるだけだからね」

「なるほど。超能力者でしたか」

「そーゆーこと。超能力者になったのは結構最近だけどね。色んな凶悪犯罪者と『お話』をしていると、聞いてもいないことを犯罪者が善意で話してくれるおかげで、色んな知識が手に入るんだ。それこそ、ただ表の世界で忠実に正義を全うしているだけではまず得られないような貴重な知識がね。私はその知識を利用して超能力を手に入れた。……ちゃんと真面目に強くなろうと頑張ってる正統派な武偵がいる手前、何だかズルしてるようで申し訳ないんだけど……ま、尋問科は日陰役職なわけだし、これぐらいの恩恵はないといけないって思わないかな?」

「……」

「レキさんの質問に答えたんだから、今度は私の質問に答えてよね。レキさんが近接武器を揃えていたのも驚きだけど……ベレッタに小太刀ってそれ、もしかして――」

「察している通り、キンジさんの装備ですよ。まだバタフライナイフは調達できていませんけど」

「なんで遠山くんと武器をお揃いにしちゃってるのさ?」

「生涯のライバルであるキンジさんを超えるためです。キンジさんの戦い方をトレースすれば、キンジさん攻略の光明を見出せると考えた、それだけです。幸い、キンジさんがクレオパトラ7世に敗北し、気絶した時に武器の点検ついでに武器の種類を確認しましたので」

 

 レキと中空知は一旦戦闘を中断して、互いに気になることについて問いかけ、それぞれ回答をもらう。その後、今度はレキから中空知に攻撃を仕掛けた。まずは左手の拳銃で牽制目的の元、中空知狙いで数発発砲し、すぐに中空知との距離を詰め、右手の小太刀で上段から斬りかかる。

 

 ワイヤーの弾力を利用し、銃弾を敢えてワイヤーに掠らせた後、ワイヤーに衝撃を加える形でレキの銃弾をあらぬ方向へと弾き飛ばしていた中空知は手の甲でレキの小太刀を受け止める。中空知のはめた黒のグローブ。その手の甲の微妙に膨らんだ白の正方形型の中にワイヤーが収納されているため、小太刀の斬撃を平然と受け止められるのだ。

 

 レキは拳銃をしまい、背中からもう一本の小太刀を取り出すと、二刀流で中空知に斬りかかる。対する中空知は、グローブの手の甲でレキの斬撃を受け止めつつ、レキの足や小手など、武偵制服に覆われていない部分狙いでワイヤーを差し向ける。だが。当然中空知の目論みを看破できないレキではない。レキはワイヤーをかわし、弾き飛ばし、しかし一歩たりとも中空知から距離を取ることなくただひたすらに斬撃を浴びせんと小太刀を振るう。

 

 中空知の攻撃をレキが察知し、レキの攻撃を中空知が察知する。狙撃科Sランク武偵と尋問科Sランク武偵との頂上決戦は激しい戦闘を生みながらも、双方ともに決定打に欠ける様相を呈していた。だが、ここで。その転機となる瞬間をレキが作った。

 

 レキは小太刀の柄で自身の胸ポケットを下から突き、中身を宙へと吹っ飛ばす。レキの胸ポケットから飛び出たのは、音響弾(カノン)。そう、レキはかつてかなえさんと会う予定だったキンジを窮地に陥れた、音響弾戦法で中空知との戦いに決着をつけようとしたのだ。

 

 音響弾とは、とてつもない大きな音で相手の戦意を喪失させる武偵弾であり、事前に音響弾の対策をしていない敵から致命的な隙を引き出す際に非常に有効な手段である。そして。レキのヘッドホンには遮音効果が施されており、読唇術や風の気配から中空知の発言を読み取り会話を成立させていたレキにとって、例え今から音響弾が発動した所で、その爆音をまともに喰らうのは中空知のみで己にはダメージはない。結果、レキの切り札により中空知は撃破される。そのはずだった。

 

 

「~~~ッ!?」

 

 だがしかし。実際に音響弾が発動し、辺り一帯に爆音を打ち鳴らした時。

 耳に轟く爆音に思わず声にならない悲鳴を上げ、ガンガンと容赦なく痛みを訴える頭を、小太刀を手放した両手で押さえたのはレキの方だった。一方、耳を何も塞いでいないはずの中空知は爆音を確かにその身に受けたはずなのに平然とその場に立っている。その表情はまさに『してやったり』と言わんばかりだった。

 

 

「な、ぜ……?」

「ま、下を見てみればわかると思うよ?」

「し、た……ッ!?」

 

 絶え間なく発信される凄まじい頭痛に耐えながら、中空知が両手の人差し指でひょいひょいと指し示す方向へとレキが視線を向けた時、無表情が常であるはずの瞳に驚愕の念が映し出された。なぜなら、その先にはイヤーパッドの部分が真っ二つになったレキのヘッドホンの残骸が転がっていたのだから。

 

 

(い、つの間に……)

「レキさんってば短期決戦で勝負を決めようとそんなに慣れてないはずの接近戦を全力でやってたみたいだからね。私がこっそりワイヤーでヘッドホンをぶった切ったことに気づかないのも仕方ない。あ、私に音響弾が通じない理由もそう難しいものじゃないよ。私は今、薬でちょーっと擬似的に聴力を消しちゃってるんだよね。読唇術を使って、あたかも耳が聞こえているように振舞えるのはレキさんの特権じゃないんだよ?」

(……やられました。これは完全に作戦負けですね。しかし――)

 

 ふふん、と勝ち誇った笑みを見せる中空知を前に、レキは何か奇跡的な事象が起こらない限り、自分の敗北が揺るぎないものとなってしまったことを悟る。しかし、ここで諦めるレキではない。例え、爆音に頭を揺さぶられ、まともに戦えない状態であろうと。床に落としてしまった小太刀二本を拾得すらしない状態であろうと。レキは戦意の炎を確かにその琥珀色の瞳に宿し続けた。

 

 理由は単純明快だ。ルームメイトのいないレキの場合、自分が撃破されてしまえば、もうポイントは稼げない。まだ寮取り合戦が始まってから約3時間半ほどしか経過していない現状でリタイアしてしまえば、目的の最上階の寮は確保できない。それどころか、オンボロな第三学生寮住まいが確定しかねない。別に寮のランクを重要視しているわけではないレキではあるが、好き好んで汚い部屋に住みたいわけではない。レキは必死だった。

 

 しかし。世の中というものは何でもかんでも気合いだけで、心持ちだけでどうにかできるほど甘くはない。特に、中空知は精神論による逆転劇を許すような性質ではない。ゆえに。

 

 

「え……?」

 

 突如、レキは己の体からスゥーと力が抜けたような感覚を経験したかと思うと、いつの間にか床に女の子座りでへたり込んでいることに気づいた。体力を使い果たしたわけでもないのに座り込んでしまったレキはすぐに立ち上がろうとするも、力がまるで入らない。それどころか、段々と睡魔が蝕んできているのがレキにはよくわかった。

 

 

「うんうん、効いてきたみたいだね」

「な、なにを……」

「筋弛緩剤って、知ってるかな? 神経や細胞膜辺りに働きかけて筋肉の動きを弱める薬のことで、手術なんかで麻酔と一緒に使われたりするものなんだけど……使い方次第で敵の無力化にも使えちゃうんだよね、これ。だって今、レキさんは体に力が入らないし、割と強力な眠気が襲いかかってる所でしょ?」

「……」

「レキさん。貴女の敗因は、明確な悪意を持ち、搦め手に長けた人との対人戦の経験が少ないことだね。狙撃科なのにここまで敵に接近を許した時点で負けとも言えるけどね。……ま、後遺症は残らないようにちゃんと調整してるから、安心して撃破されよっか♪」

「ッ……」

 

 ワイヤーを念動力で操作すればすぐにレキの意識を刈り取れるのに、敢えて一歩一歩レキに近づき、レキにどうしようもない絶望を積極的にプレゼントするスタイルを取る中空知。レキは動けない。己の意思に反して、レキはぺたん座りのまま、中空知を見上げることしかできない。今回のSランク武偵同士の勝負は中空知の勝ち――少なくとも、この場の二人はそう考えた。が、この時。

 

 

「レキッ!」

 

 いつの間にかワイヤーの拘束から逃れていたらしいビスマルクがレキをちゃっかりお姫さま抱っこで回収しつつ、力強い踏み込みとともにぴょーんとフェンスの上に飛び乗ると、中空知がすぐさま放ったワイヤーが自分を捉えるよりも先に前方へとジャンプし、ビルから飛び降りた。

 

 そして。レキの持ち方をお姫さま抱っこから俵持ちに変更しながら制服の袖の下に隠していたワイヤーを前方にそびえるビルの屋上へ目がけて射出したビスマルクは、ビルの壁面に着地するとともにワイヤーを辿るようにビルの壁面を駆け上がり、無事屋上まで到着したのを最後に、中空知の視界から消え去った。

 

 

「あーらら。逃げられちゃった。所詮Bランクと彼を侮りすぎてたかなぁ。というか、どうやってワイヤーから抜け出したんだろ? 割と全力で簀巻きにしたのに」

 

 一連のビスマルクの華麗なレキ救出劇の唯一の目撃者となった中空知は残念そうに1つ呟く。その後、ビスマルクに対するふとした疑問を独言しつつ、今後の動きを脳内で決定する作業に入る。

 

 

(レキさんはしばらく戦えないから、このままレキさんを追ってもいいけど……やめとこっか。さっきの筋弛緩剤は1時間もすれば効果はなくなるし、今の不意打ちでダメならもう私の技量でレキさんは倒せない。んー、もったいないことしちゃったなぁ。せっかくの28ポイントをドブに捨てちゃうなんて……これで広々とした寮部屋を確保して、部屋の一角に実験スペースを設ける目標から一歩遠ざかっちゃったかなぁ。……むぅ、レキさんがダメなら次は誰を狙おうかな? 遠山くんは既にやられちゃってて(笑)、レキさんはもう倒せないなら、ここは順当に神崎さんかな? 神崎さんを倒したら30ポイントも手に入るし――よし、神崎さんにしよっと。……あ、聴力が戻ってきた。薬の効果が切れたみたいだね)

 

 目を瞑り、首を傾げて考えた結果、次なる標的をアリアに定めた所で、中空知の携帯が鳴り始める。「お、電話だ」と中空知が取り出した携帯画面には、『衣咲(いさき)(みこと)』と書かれていた。

 

 

「はいはい、命ちゃん。どうしたの?」

『やりましたよ、美咲さま! 私、ついにあの遠山先輩を討ち取ってきました! 通達、もう見てくれました!?』

「うん、見たよ。さっすが私の戦姉妹(アミカ)だよね。私に配慮して今まで連絡をしっかり控えてたのもなおグッド。その調子でガンガンいっちゃってよ」

『はい! 全ては美咲さお姉さまのために!』

「……あ、そうだ。せっかくだから次はレキさんを倒してみるのはどうかな?」

『え? い、いや、レキ先輩を倒すのはさすがに厳しいのでは……』

「あれ? あの遠山くんを倒せたのに、レキさんは倒せないの? 難易度はそう変わらないはずだけど? 怪我でもしちゃったの?」

『え、えーと、実は私、一人で遠山先輩を倒したわけではなく、東京武偵高三大闇組織が遠山先輩をフルボッコにしている間にどさくさに紛れて倒してポイントをかすめ取ったと言いますか、そのぉ――』

「――ねぇ、命ちゃん。私言ったよね? 私より先に私以外のSランク武偵を1人で倒さないと、きっつーい『おしおき』するってさ」

『ひ、ヒィィ!? ど、どうかお許しを! あの闇組織連中の人の波をかいくぐって遠山先輩にとどめを刺した私の功績をもってどうかご慈悲を!』

「ヤダ」

『そ、そんな殺生なッ! あ、でもそういうのも久しぶりだから逆にいいかも――』

「ま、今回の『おしおき』はちょっと洒落にならないものを用意してるから、それが嫌なら頑張ってレキさん狩ってきてね」

『え、洒落にならないって、何それある意味楽しみフヘヘ――』

 

 中空知は自身の戦妹である衣咲命にレキ撃破の命を下すと、彼女の言葉を全て聞き終えることなく一方的に通話を切る。そして。青空にふわふわと浮かぶ入道雲を見上げて、中空知は己の胸の内を吐露した。

 

 

「……ハァ。SもMも極めちゃったっぽいハイブリッドな子って、扱いに困っちゃうよね。そろそろ本格的に対策を考えた方がいいかなぁ?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――12:00

 

 

 中空知から逃れるために別のビルへと飛び移ったビスマルクはレキを再びお姫さま抱っこに持ち替えつつ、中空知から逃れるために地上へ降り、そこから先は全力逃走を始めた。

 

 それから十数分後。とにかく中空知から少しでも距離を離そうとダッシュしていたビスマルクの視界が捉えたのは、少々錆びれたプレハブ小屋。人気の全く感じられないこのプレハブ小屋ならば中空知の追跡からも逃れられるだろうとの考えたビスマルクはプレハブ小屋の扉を蹴破り、中に設置されてあったベッドにレキをそっと寝かした。

 

 

「……助かりました、ビスマルクさん。ありがとうございます」

「気にする、ことは、ないさ、レキ。レキの、為なら、この程度、何とも、ないからな!」

「そうですか」

 

 レキがビスマルクへ感謝の言葉を伝えると、ビスマルクは相変わらずレキを全力で恋に堕とそうとする意図が丸見えな爽やかな笑みを浮かべて、個人的にカッコよさを前面に押し出した言葉を口にする。しかし、さっきまで全力疾走していたために、ゼェハァと荒い呼吸を繰り返しながらのビスマルクの発言は途切れ途切れとなり、彼の意図したカッコよさが半減している感は否めなかったりする。

 

 

「……しばらく、筋弛緩剤が抜けきるまでは潜伏するしかないですね。それまでに別の武偵に見つからずに済む可能性は限りなくゼロでしょうが」

「心配、しなくて、いい。レキは、必ず、俺が、守って、みせる。俺の、嫁、だからな!」

「……非常に不本意ではありますが、今回ばかりは貴方に頼らざるを得ませんね。よろしくお願いします。私は、少し眠ります。……そうですね、私の半径3メートル以内に誰も近づけさせないようにしてください」

「ッ! あぁ! 今度こそ、やってみせる! 大船に、乗ったつもりで、いてくれ!」

「泥船の間違いでは……?」

「グハッ!?」

 

 再び心臓を撃ち抜かれたかのように、胸を抑えて後ずさるビスマルク。そのオーバーリアクションのように思えるビスマルクの姿につい無意識の内にほんの少しだけ微笑みを浮かべて、レキはコテッと頭を枕に預けて、意識を闇へと葬り去った。

 

 

(レキの寝顔は初めて見たが、かわいい! 可愛すぎるぞ! さすがは俺の嫁!)

 

 スゥスゥと静かな寝息を立てるレキ。筋弛緩剤の影響で完全に無防備なレキの寝顔を初めて見ることとなったビスマルクは内心で狂喜乱舞する。その後、不意にレキの頭をよしよしと撫でたい衝動に駆られたビスマルクはレキへ右手を伸ばし、左手で右手首を掴む形で右手の暴走を阻止した。

 

 

(ダメだダメだ! 落ち着け、俺! 今はレキとの信頼関係を少しでも構築すべき時! レキとともにハッピーエンドルートへ行きたいのなら、ここで逸ってはダメだ!)

 

 ビスマルクは右手をレキから引っ込めると、レキに手を出すことを唆す悪魔の囁きを強固な精神で振り払う。そして。結局、ビスマルクは続いて沸き上がってきたレキの寝顔の写真を撮りたいという願望をも打ち砕き、レキの寝顔を脳内フォルダに永久保存することとした。

 

 

「って、何か俺も眠くなってきたな? あれ? これってヤバいんじゃ、な……」

 

 と、ここで。強烈な眠気に襲われたビスマルクは現状に危機感を抱いたのを最後に、そのまま床に倒れ伏し、夢の世界へと旅立っていく。ちなみに、レキとビスマルクは知らなかった。寮取り合戦における撃破の定義は『気絶』することであり、その『気絶』の中には『睡眠』が含まれているということを。

 

 

【装備科Aランク:平賀文(・・・)(2年)が狙撃科Sランク:レキ(2年)を撃破しました。平賀文に28ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Bランク:ビスマルク(2年)を撃破しました。平賀文に25ポイント付加されます】

 

 

 上記の通達が現状生き残っている全武偵に行き渡った後。プレハブ小屋の床からガコッと音がしたかと思うと、床の一部分がパカッと開かれる。その地下への扉から地上へと姿を現したのは、左右の一房を耳で纏めただけの短髪を引っさげた幼女こと、平賀文。

 

 

「ふぃー。いきなり私の秘密基地に『ダイナミックお邪魔します』をされた時はどうしようかと思ったけど、上手く罠にかかってくれてよかったよ。おかげで棚から牡丹餅感覚で28+25で53ポイントも手に入れられたしね、なのだ」

 

 ただいま黒を基調にしたガスマスクを装着中なためか、深い眠りに堕ちているレキとビスマルクを見やって「やったぜ☆」と言わんばかりにギュッと拳を握りながらの平賀の呟きはくぐもった声となって周囲に反響していく。

 

 平賀がガスマスクを装備している理由は簡単、自身の秘密基地に入り込んできたレキとビスマルクを穏便に撃破するために、部屋一体に即効性の高い睡眠薬を散布していたからだ。それも透明かつ無味無臭な霧として散布された睡眠薬だったため、既に筋弛緩剤の影響で強烈な眠気に襲われていたレキや全力疾走で疲れていたビスマルクが気づけなかったのも無理はない。

 

 

「ま、良い機会だし、そろそろ私も動こうかな? 生徒会長さんが昨日、いきなり寮取り合戦の告知をしてきたから、まだ調整(・・)は完全には終わってないんだけど、このままこの場に留まってても誰かに攻め込まれちゃいそうだし、これ以上調整に時間を使ってたらほとんどの武偵が撃破済みになっちゃって撃破ポイントを稼げなくなりそうだからね。舞台も温まってきた頃だし、満を持して出撃しようかな、なのだ!」

 

 平賀はプレハブ小屋の外へとスタスタ歩みを進めると、被っていたガスマスクに手をかけて、乱暴に脱ぎ捨てる。そして。とても高校2年生とは思えない童顔にニタァと凶悪な笑みを浮かべて、前方をビシッと指差した。

 

 

「――さぁ行くのだ、平賀軍団! 目に映る武偵を殲滅せよ! なのだ!」

 

 平賀が指示を行った瞬間、プレハブ小屋の地下にて、無数のロボットの目に無機質な光が一斉に灯り、動き出す。かくして。シャーロックから知識を授かりし、技術チートが本格的に寮取り合戦への介入を始めるのだった。全ては、クオリティの高い寮を確保し、秘密基地2号を作るため。

 

 




レキ→上手いこと中空知に出し抜かれたバトルジャンキー。今回はあっさり中空知に敗北したが、ふぁもにか的にはレキの方が中空知より遥かに強いと思っている。
中空知→黒のグローブに仕込んだ限りなく透明なワイヤーを念動力で自在に操作して攻撃を仕掛ける系ドS少女。体術も結構いける。最近の悩みは戦姉妹の衣咲命がSとMを同時に極めてしまったため、自分の思い通りに誘導できないこと。
平賀→人口浮島の一角にプレハブ小屋、に見せかけた秘密基地をこしらえていた天才少女。地下には平賀の発明品がこれでもかと収納されており、それら発明品のクオリティは誰もが喉から手が出るほどにほしいと思える産物ばかりだったりする。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
①衣咲命→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Aランク、1年・女。中空知の戦姉妹。SとMを極めたハイブリッドであり、中空知の前では物凄いMっぷりを見せるも、中空知以外が相手だととんでもないSっぷりを発揮する。また、中空知に内緒で「美咲お姉さまに踏まれ隊」を結成しており、己の尋問対象を会員に取り込み、精力的に勢力拡大を行っている。
③ビスマルク→読者からふぁもにかが独断で参戦させたキャラ。強襲科Bランク、2年・男。燃え上がるような赤い髪がトレードマーク。今回は旧知のレキを救うというヒーローっぷりを見せたが、結局は締まらない形で撃破されてしまった。ドンマイ。

 というわけで、EX3は終了です。人物紹介欄の一番上にレキさんの名前が挙がるのって、何だか凄まじく違和感がありますね。そして。中空知さんの戦闘シーンをしっかり描写できただけでもこの番外編を開催した意味があったと私は個人的に考えてます。だって、普通に本編進めてた所で中空知さんの戦闘面での活躍の場なんて早々作れやしませんからね。


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EX4.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(4)


神崎千秋「俺の出番は特になくていいからそこの所よろしくな、ふぁもにか! だって、寮取り合戦に探偵科Dランクの奴が登場しても即刻撃破される未来しか見えないしな!」
武藤「……それは無理な要望かと……。『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』に君と関わりのあるキャラがエントリーしてるし……」
千秋「何、だと!? Σ(`・ω´・;)」

 どうも、ふぁもにかです。今回は全体的にあまり動きのない回になります。原作キャラにモブ武偵に『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラと、色んなキャラを出すとなるとそれだけで文字数を喰っちゃいますからね、仕方ないですね。



 

 ――12:05

 

 

「……」

 

 レキとビスマルクのコンビが平賀文の繰り出した睡眠ガス散布により静かに撃破された頃。公園の草陰に身を潜めていた神崎千秋はただいま絶望の最中にあった。というか、この寮取り合戦というイベント自体に千秋は全力で絶望していた。

 

 どう考えても、強襲科や個人で戦闘技術の研鑽を重ねている高ランク武偵が有利極まりないルール。DランクやEランクの人間が、概してただ高ランク武偵に狩られる瞬間に怯えながらただひたすら身を潜めるしかポイントを稼げないルール。しかも、特段の事情がない限りイベント参加が強制されるというルール。所詮、一般人な実力しか持たない(本人談)千秋が沈鬱な感情を抱くのも無理はなかった。

 

 

 加えて。千秋には現状にどうしようもない絶望を感じる個人的な理由があった。それは、千秋の専攻とランクである。千秋は探偵科Dランク武偵。『上を見れば天井は見えないが、下を見れば底が見える』といった感じの、とても強いとは言えないランクである。しかし、千秋の他のルームメイトは救護科Eランク、通信科Dランク、超能力捜査研究科Dランクだった。

 

 そのため。千秋以外の3人による満場一致で、千秋と超能力捜査研究科Dランク武偵が出撃組に、救護科Eランクと通信科Dランク武偵が潜伏組に割り振られる形となったのだ。つまり、千秋は出撃組として他の武偵を撃破し、ポイント稼ぎをしないといけない立場に否応なしになってしまったのだ。所詮Dランク程度の実力しかないというのに。

 

 

(今までずっとここに隠れてやり過ごしてきたけど、いい加減少しでも撃破ポイント稼いでおかないと戦犯扱いだ。どうする、俺……)

 

 ゆえに、千秋の脳内は絶望の闇に塗りつぶされていた。千秋はそもそも、武偵を辞めるつもりだった。だからこそ。ここの所は訓練もサボりまくり、ロクに戦闘能力を磨いていない。そんな奴がまともに戦った所で勝てるわけがないと、千秋はルームメイトの超能力捜査研究科Dランク武偵を巻き込んで、出撃組なのに潜伏組として今まで隠れ続けていた。

 

 だが、ここで。イベント終了後にルームメイトから白い目で見られたくないとの思いが顔を覗かせてきたがために、千秋の心は揺れる。このまま出撃組の役目を放棄して隠れ続けるか、例え返り討ちに遭うのだとしても最低限出撃組の役目を果たすために戦うか。2つの選択肢を前に、千秋は揺れて、ブレて、そして千秋はルームメイトの超能力捜査研究科Dランク武偵の意見を参考にすることにした。

 

 

「なぁ、小早川。俺はどうするべきだと思う?」

 

 千秋は問いを投げかける。これまで千秋の方針に従って出撃組のくせに一緒に潜伏することを認めてくれたルームメイトこと小早川透過に問いかける。小早川透過。武偵にしては荒々しくなく、事なかれ主義を掲げている存在である。その傍観者な性質を持つ小早川のことを千秋は同類と判断し、気に入っていた。心の中で勝手に親友と位置づけていた。

 

 ゆえに、千秋は判断を仰ぐ。己と似たような感性を持つ小早川ならどう判断してくれるかを確かめてみる。しかし、千秋の問いかけに、小早川は一切反応しなかった。あまりに無反応なことが気になった千秋が「あれ、小早川?」と背後を振り向くと、ついさっきまで後ろにいたはずの小早川の姿が忽然と消失していた。

 

 

(は、あいついねぇ!? いつの間に!? いくら空気薄いからってそりゃないだろ!?)

 

 千秋は小早川がいたはずの場所をギョッと見つめて内心で驚愕の念を顕わにする。実の所、小早川透過には相手から己の存在を認識されにくくする、自称『見えざる変態』という能力を持っている。どうやら、小早川はいつの間にやら千秋から離れ、独自に行動するという選択肢を選んでいたようだ。この時、千秋は幻覚を見た。小早川が『お前なら一人で撃破ポイントを稼げるさ。ガンバッ』と二カッと歯を見せて笑いながら親指を突き立てる姿を幻視した。

 

 

「くそッ、あの本体メガネ野郎、なんでこのタイミングで姿消してんだよ!? どうするんだよ、これ!? 俺一人じゃ早々武偵を倒せるわけないだろ!? Eランクの奴だって正直怪しいぞ!? がぁぁあああああ! 何がどうしてこうなったぁぁあああああ!?」

 

 千秋は絶望の雄たけびを上げる。自身が隠れていることなど忘れて、頭を抱えて絶叫する。千秋の前途多難さが伺える、正午過ぎの一幕であった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――12:15

 

 

「――遅い。速さが足りないでござるよ」

「ニラッ!?」

「レバッ!?」

「イタメェッ!?」

 

 とある路上にて。風魔陽菜は快進撃を繰り広げていた。長く伸ばした艶のある黒髪ポニーテールに籠手が特徴的な忍者スタイルの陽菜は長いマフラーみたいな赤布をなびかせて、手に持つ刀で目に映る武偵たちの意識を一撃で刈り取っていく。その俊敏な動きはまさに闇討ちに特化した暗殺者のようだ。

 

 

「にゃっはぁぁあああああああ! テメェらの血は何色だぁぁああああああああ――ッ!」

「アカァッ!?」

「ホワイトッ!?」

「ピンクッ!?」

 

 しかし、先陣を切って凄まじい活躍っぷりを見せているのは、陽菜だけではない。陽菜のルームメイトであり、陽菜と同じく出撃組の役割を担った少女こと金建ななめも、ハイテンションな勢いのままにテキトーなセリフを叫びながら、陽菜に負けじと戦績を重ねていく。肩に届くか届かないかといった長さの金髪ストレートを伴い、武偵高の備品たるスコップを縦横無尽に振り回し、敵対する武偵たちを次々と地に沈めていく。これで探偵科Cランク武偵なのだから、世の中はわからないものである。

 

 ちなみに。今現在、金建が自分の得物を使わずにスコップを使用しているのは、1時間前に出会った強襲科Aランク武偵:霧桐(きりきり)キリトが特技の武器破壊(アームブラスト)で金建の武器ことコルト・ディテクティブスペシャル&カランビットナイフを粉々にしてしまったからだ。

 

 

『がおー! 喰らえ、レオぽんパンチ! レオぽん真空とび膝蹴り!』

「な、何だあの着ぐるみ――ゲハァ!?」

「う、動きが俊敏過ぎて正直キモすぎ――たらばッ!?」

 

 しかし。風魔陽菜よりも、金建ななめよりも異彩を放っている存在がある。それは、雪のように真っ白な全身に猫耳、そしてキリッとした漆黒の眼差しが特徴的なレオぽん――の着ぐるみに身を包んだ、謎の存在だった(※以下、レオぽんと記載する)。

 

 レオぽんは陽菜と金建の隙をついて襲いかかってくる武偵に強力な拳や蹴りをぶつける形で武偵たちにダメージを与えると同時に足止めをする。あくまでトドメは陽菜と金建に任せて、レオぽんは襲いかかる武偵たちの意識を刈り取らない程度の絶妙な攻撃を絶え間なく繰り出していく。どうやらレオぽん自身にポイント獲得への欲求はないようだ。

 

 忍者。謎の強さを誇る探偵科Cランク武偵。レオぽんの被り物を装備した謎の存在。この3名の奇妙なトリオは立ち塞がる武偵たちをいとも簡単になぎ倒していく。そうして。彼女たちは圧倒的な力をもって、着々と撃破ポイントを稼ぎ続けていた。

 

 

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が鑑識科Bランク:守守(しゅもり)(まもる)(2年)を撃破しました。風魔陽菜に15ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が諜報科Cランク:朱朱(あやす)(あけみ)(2年)を撃破しました。風魔陽菜に16ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が車輌科Aランク:流流(るりゅう)(ながれ)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に16ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が特殊捜査研究科Bランク:迷迷(まいめい)(まよい)(1年)を撃破しました。風魔陽菜に19ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が救護科Aランク:命命(めいみょう)(みこと)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に13ポイント付加されます】

 

【探偵科Cランク:金建(かなだて)ななめ(1年)が超能力捜査研究科Eランク:光光(こうてる)(ひかり)(1年)を撃破しました。金建ななめに13ポイント付加されます】

【探偵科Cランク:金建ななめ(1年)が強襲科Cランク:闇闇(あんおん)(やみ)(2年)を撃破しました。金建ななめに21ポイント付加されます】

【探偵科Cランク:金建ななめ(1年)が探偵科Bランク:世世(せいよ)世世(ときつぐ)(2年)を撃破しました。金建ななめに16ポイント付加されます】

【探偵科Cランク:金建ななめ(1年)が情報科Eランク:祭祭(さいあき)(まつり)(2年)を撃破しました。金建ななめに3ポイント付加されます】

【探偵科Cランク:金建ななめ(1年)が尋問科Dランク:咲咲(しょうさき)(えみ)(3年)を撃破しました。金建ななめに11ポイント付加されます】

   ・

   ・

   ・

   ・

 

「ふぅ。これでひとまず片付いたでござるな」

「うんうん。一気に敵が来てくれたから三國無双やってるみたいですっごく楽しかった!」

『おー、おいら達3人の連携も様になってきたな。この調子なら最多ポイント獲得もいけそうだ。おいらのおかげだな』

 

 数に物を言わせて襲いかかってきた複数チームによる連合部隊をノーダメージで切り抜けてみせた3人はそれぞれの心に宿る充足感に晴れやかな笑みを浮かべる。尤も、レオぽんはあくまで着ぐるみなので、キリッとしたレオぽんの黒の双眸が中の人の感情に合わせて変化するようなことはないのだが。

 

 

「うむ。レオぽん殿が拙者たちの背後を守ってくれたからこそ、拙者たちはただ前だけを向いて戦えた。心より感謝するでござるよ」

「だーよねー。今回は間違いなくレオぽんがMVPだよ。レオぽん、ありがとねぇー♪ お礼にあたしがほっぺにチューしてあげよっか――って、レオぽん!? 何か返り血が凄いことになってるんだけど!? 何か口元を中心に返り血で赤黒くなってるんだけど!? まるで人肉をハグハグした直後みたいになってるんだけど!? 怖いよッ!? ホラーだよ!? こんなレオぽんにチューしたくないよ!?」

「……これは子供たちに愛されるレオぽんのキャラがぶち壊しでござるなぁ」

『そんなこと言われても仕方ないだろ? おいらの体は無駄に白いから汚れやすいし……そもそもおいら、着ぐるみで戦うなんて初めてなんだぞ? これぐらい許してほしいな』

 

 血に汚れたレオぽんにドン引きし、ツツツッとある程度の距離を取る陽菜と金建の様子に傷ついたのか、レオぽんは心なしかしょんぼりとした声を漏らす。その寂しそうな声を受けた陽菜と金建は、見た目がレオぽんであることも相重なり、何だかレオぽんの中の人が非常に可哀そうな気がしたために、離していた距離を特別に詰めることとした。少女二人と着ぐるみとの美しき友情である。

 

 

『それにしても……この着ぐるみ、凄い性能だよな。おいら、本当に軽い力で殴ったり蹴ったりしてるだけなのに、相手は当たり前のように空中へ吹っ飛んでいくし、銃弾も刀剣も全然効かないしで本当に楽に戦えるぞ。しかも着ぐるみの中の気温調整でもされてるのか、これだけ派手に動いても全然暑さを感じないし……どうなってんだ、これ?』

「どうなっているかと聞かれても、そういう仕様だとしか言いようがないでござる。何せ、この着ぐるみは拙者が武藤殿に頼んで作ってもらった特注品にござるからな」

『なるほどなー。武藤くん印の代物ならこのオーバースペックも納得だな。でも、君って武藤くんと繋がりあったのかー? 関連性はないと思ってたから意外だぞ』

「武藤殿は拙者のもう一人の師匠にござる。ITスキルを身につけるために師事を仰いだ所、快く応じてくれ、さらには覚えの悪い拙者に対して根気よく教授してくれたお方にござる。以降、武藤殿とはIT関連の話に花を咲かせる関係にござるよ」

『おー、そうなのかー』

「ふぇー、そんな感じだったんだ」

 

 武藤と陽菜。その意外な関係性を初めて知ったレオぽんと金建はそれぞれ手をポンと打って反応を示す。言動が意図せずシンクロする辺り、金建とレオぽんは割かし波長が合っているのかもしれない。と、ここで。レオぽんは背後を振り向く。撃破した武偵たちで死屍累々となっている路上方面を唐突に見やる。

 

 

『……』

「おろ? レオぽん、どったの?」

『いや、何か嫌な予感がするなぁーって。ま、気のせいさ』

「レオぽん殿、それはフラグというものにござるよ。今こうしてレオぽん殿がフラグを打ち立てたことで、拙者たちに予期せぬ困難が降りかかるかもしれないでござるなぁ♪」

『……まー、あれだ。その時はその時だ。安心していいぞ。おいらがいる限り、君たちに手を出させやしないさ』

 

 見事なまでにフラグを構築してしまったことを陽菜に指摘されたレオぽんは己の胸をモフッと叩いて得意げに言葉を紡ぐと、陽菜が「ほぅ、これは頼りがいのある発言にござるな」と笑みを浮かべ、金建が「おぉぉおおおおおおお! レオぽんったら男前ぇ♡」とレオぽんの右腕に抱きつきオーバーな愛情表現を示す。風魔陽菜と金建ななめとレオぽん。およそマッチするとは思えない奇妙な組み合わせは、しかし実に上手いこと成り立っているのだった。

 

 

「ところで、ななめ殿はそろそろスコップじゃなくて別の武器を調達した方がいいと思うのだが……ここはどこかでななめ殿の武器を調達するのはどうでござろうか?」

「……やれやれ。わかってない、わかってないなぁ、ヒナヒナ。スコップを舐めたらダメなんだぞぉ? 何せ、スコップは第一次世界大戦の塹壕戦で一番人を殺した武器――」

『そのネタはアウトだ。そもそもその逸話を持っているのはシャベルだし、おいらは【ぶていこうぐらし!】なんて嫌だからなー?』

「あっるぇー? レオぽんはフラグからあたしたちを守ってくれるんじゃなかったの?」

『おいらはゾンビは管轄外だ。他を当たってほしいぞ』

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――12:25

 

 

 『第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』が開催されてからというもの、理子は必死だった。元々、予期せぬ銃声にビビった末に気絶したことすらある理子である。キンジ&アリアと戦った時のような精神状態に持って行けていない普段の理子が、東京武偵高のほぼすべての武偵が獲物を構えて大乱闘を繰り広げ、しきりに銃声が鳴り響く寮取り合戦に怯えないはずがなかった。いくら潜伏組であるがために他の武偵と戦わなくていいといっても、理子が『1日世紀末』状態を生み出す寮取り合戦に恐怖に震えないわけがなかった。そして、この時。恐怖におののく理子に魔の手が忍び寄る。

 

 

「こ、ここに隠れてれば、大丈夫だよね……?」

 

 今現在、他の武偵に見つからない潜伏場所として救護科棟10階の応急処置室にたどり着いた理子はベッドの隅に体育座りで体を丸め、さらに上から毛布を被って身を隠していた。本格的に隠れたいのであればいっそベッドの下にでも潜った方が良いように思えるのだが、そこはツッコんだら負けである。

 

 

(ボ、ボクにしては、結構いい場所に隠れられたような気がする。ここ、人気が全然しないから、銃声もかすかにしか聞こえないし、誰かに襲いかかられる気もしないし……で、でも人気があんまりないのも逆に怖い、なぁ)

 

 ここで、ふと理子は思い出した。誰もいなくて、冷たい空間を。ブラドの実験体であった時に放り込まれていた、檻の中を。それと同時に理子の直感が反応した。これ以上ココにいてはダメだとの警鐘をしきりに鳴らし始めた。

 

 

(ダ、ダメだ。ここは離れよう。何か、嫌な予感が――)

「ひッ……ぅ」

 

 理子が毛布からそろーりと顔を出し、応急処置室から出ていこうとした瞬間、バリーンと窓ガラスが破砕される音が部屋中に反響した。理子は悲鳴を上げようとして、どうにか喉元で留める。悲鳴を上げることは己の潜伏場所を他の血気盛んな武偵たちに大々的に知らせることだと理解しているのだ。うっかり絶望の雄たけびを上げた神崎千秋とは違う辺りがりこりんクオリティか。

 

 不意打ちで響いた窓の破裂音に思わず手に持つ毛布を頭から被り直し、そのまま耳も塞いだ理子。だが、その後一切状況に変化が起こらなかったがために理子がもう一度毛布から顔を覗かせると、理子の視界に軽く100個ほどの勾玉が床に散らばっている光景が映し出された。

 

 

「な、何これ……?」

 

 理子が恐る恐るベッドから床へと足を下ろし、床にしゃがんで勾玉の1つを拾い上げる。どうやら先の窓の破裂音は、この毒々しい紫色を基調にした勾玉の集合体を何者かが窓の外から投げ込んだ結果のようだ。

 

 

(で、でもここ10階だよ!? 一体どこから投げ込んで……って、それよりここにこの勾玉が放り込まれたってことは、ボクの居場所が割れたんじゃ――)

 

 理子が己の脳裏に思い浮かんだ可能性に顔を青ざめた瞬間、部屋の電気が唐突に消えた。急に室内が薄暗くなったことに「ひぃぃ!?」とつい普通に悲鳴を上げてしまった理子だったが、異変はこれで終わらなかった。何と、消えたはずの電気がまたついて、かと思うとまたすぐに消えてと、照明の明滅が秒単位で繰り返され始めたからだ。

 

 

「なに、なに!?」

 

 照明が明滅を繰り返し。さらには電気の色も白色から濃い緑色へと変色する中。心霊現象染みた事態が次々と巻き起こる部屋内で理子がただただ涙目で声を張り上げる中。今度は部屋に置かれていた机が動きを見せた。机の引き出し部分が突如、ガタッガタタッと躍動的に鳴り始め、机自体が内部から振動を始めたのだ。

 

 

「う、うぅぅぅぅぅぅぅ……」

 

 理子は後悔する。どうしてこんなとんでもない場所を潜伏地点にしてしまったのかとついさっきまでの自分自身を呪う。だが、過去の自分を恨んだ所で現状の打破は期待できない。理子は喉元で小さな悲鳴を継続的に漏らしつつも、ボロボロと涙を流しつつも、なけなしの勇気を振り絞って、ガタガタ音を鳴らしまくる机へと一歩一歩近づいていく。

 

 そして。理子が恐る恐る引き出しを開けた時。何かがいた。引き出しに入るはずのない体積の何かがにゅるんと理子へと這い出してきた。それは人間の顔だった。しかし、その顔は悲惨なことになっていた。両目はくり抜かれ、耳と鼻は削ぎ落とされ、口は耳まで裂けていて、加えて血まみれの顔が、理子へないはずの視線を向けて、ガパァと口を開いた。

 

 

「オンドゥルルラギッタンカァー!? ワレェエエエエエエエエアアアアアアア!!」

「みぎゃああああああああああああああああああああああ!?」

 

 血みどろの顔が文字通り血を吐きながら耳を覆いたくなるほどの大音量を理子に浴びせた瞬間、引き出しの中から出てきた存在に完全に顔を引きつらせて硬直していた理子は恐怖の金切り声をあげた。そこらのホラー展開よりも遥かに怖すぎるクトゥルフ神話TRPGチックな状況に、理子は半ば錯乱状態のまま、逃走しようと部屋のドアに手をかける。だが、ドアは無情にも開かなかった。何度ドアノブをガチャガチャと回しても、ドアは開く気配を見せなかった。

 

 

「そ、そんな!? ウ、ウウウウウウウウソだよね!? 開いて! ねぇ、開いてよぉ!」

 

 理子はサァァと絶望の念を思いっきり表情に表しながらも必死にドアを開けようとするも、理子の懇願にドアは当然ながら無反応である。と、ここで。理子の背後から『ねちょ…』という非常に生理的に気持ち悪い音が届き、理子は引き出しから出てきた謎の物体の様子をうかがおうと視線だけを後ろに持っていく。そして。理子は今度こそ本気で後悔した。

 

 

「あ、うぁ……」

 

 理子はパクパクと声にならない悲鳴を上げる。腰を抜かし、その場にぺたんと座り込む。理子の見上げる先には『狂気』という表現がふさわしい存在があった。机の引き出しから登場したらしい、蛍光ピンク色をしたぶっとい無数もの触手がその表面から透明な粘液を垂れ流しながらうねうねと左右に蠢いていたのだ。加えて、その各触手の先端には、理子を恐怖のどん底に陥れたあの目も耳も鼻もない血まみれの顔がそれぞれ埋め込まれていたのだ。

 

 

「ダディャァァアアナザァァァアアアアアアアアン!」

「キタナイナァアアサスガニンジャキタナァァアアアアアアアイ!」

「オデノカラダハボドボドダァァアアアアアアアアアア!」

「オレノイカリガウチョウテンニナッツァアアアアアアアアア!」

「イノチガケデイェェェエエエヒッフア゛ァァアアアアアア!」

「オレァァァアアアアアアクサムヲムッコロスゥゥウウウッ!」

「ゴノヨノナカガッハッハアン! ア゛ァァアアヨノナカヲゥカエダイ!」

「ウゾダドンドコドォォォオオオオオオオオオオオン!」

 

 触手の先端についた同じ顔がそれぞれ口を存分に裂いた状態で思い思いの言葉を叫びまくる。声が枯れんばかりの勢いでシャウト声を響かせる。その狂気に満ち満ちた空間に理子は目を回し、気を失う一歩手前まで追い詰められ、その時。理子の座っていた床がパカッと二つに割れた。

 

 

「えッ――gひゃmgw;pjがgのいわ@n!!」

 

 理子は落ちていった。何も抵抗できずに。反応できずに。ただ下層の闇に吸い込まれるように。理子は謎の悲鳴を引き連れて下へ下へと落ちていき、最終的に救護科棟の1階まで直通で落とされることとなった。ちなみに。1階にはなぜかトランポリンが設置されていたがために、理子は一切怪我をしないで済むのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――12:35

 

 

 理子のいなくなった救護科棟10階の一室にて。理子がボッシュートされてから十数秒後、異様に明滅していた証明が白の光を灯す。それとともにうねうねと気持ち悪く動きまくっていた触手が跡形もなく消え去り、机の下から一人の男性が姿を現した。防弾制服の上からダスターコートを羽織り、そして顔を隠すように黒いペストマスクを被り、顔とマスクとの隙間からじわりじわりと紫色の煙を漏れさせている、明らかに危ない男が姿を現した。

 

 

「ふぃー、やりましたね。1日1りこりん弄り。今日は寮取り合戦だからってことで気合いを入れてビビらせてみましたが……りこりんの反応を見る限り、大成功のようですな。ふふふッ、これはいい1日になりそうです、今日はもう約12時間しかないですけど。りこりん弄りは三文の徳って私のお爺さまのお爺さまのお爺さま(※存命)が言ってましたからね。今後も積極的に取り組んでいきましょう、そうしましょう」

 

 長身痩躯の男性はさも『自分はその辺によくいる凡人ですよ』と言わんばかりに呟きを漏らす。『ビビりこりん真教』から『第一級要至急排除対象』というブラックリストに名を連ねるりこりん弄りマイスターこと大菊寿老太は今日も健在なのだった。

 

 




理子→大菊寿老太に目をつけられている哀れなビビり少女。あれだけホラーな目に遭いつつも何だかんだ気絶していない辺り、理子の精神の強靭性がうかがえる。
風魔陽菜→ルームメイトの金建ななめとレオぽんの着ぐるみを着た何者かと行動を共にしている忍者少女。今回は割とまじめ(?)に寮取り合戦に取り組んでいる模様。
神崎千秋→大して実力がないのにルームメイトの専攻やランクの関係で出撃組に割り振られたオリキャラ。小早川透過がどっかに行ってしまったために一人で撃破ポイントを稼がねばならなくなったので、ただいま絶望中である。
レオぽん→風魔陽菜と金建ななめに協力する謎の生命体。同じチームではないが、陽菜たちにポイントを稼がせるために敢えて襲いかかる武偵たちに撃破一歩手前までの攻撃を行い、陽菜たちにトドメを譲っている。その思惑やいかに。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
④小早川透過→読者のアイディアから参戦したキャラ。詳細は次回以降へ持ち越します。まだ直接本編に登場したわけではないですしね。
⑤金建ななめ→読者のアイディアから参戦したキャラ。探偵科Cランク、1年・女。ショートな金髪ストレートと活発な性格とが中々マッチした感じ。よく喋る上にオーバーリアクションが多く、誰だろうとスキンシップをしようとして、物怖じせず話しかけるため、彼女に好意を寄せる異性もある程度はいる模様。読心術や催眠術を使用でき、実は元イ・ウー構成員だったこともあり、ランク以上の戦闘能力を持っている。
⑥大菊寿老太→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Bランク、3年・男。ダスターコートに黒いペストマスク、顔とマスクとの隙間から漏れ出る紫色の煙が特徴的な狂人。かなり奇異な存在であるため、やれ『身体を名状しがたい神の触手の苗床にしている』だとか、やれ『頭が銃と化している』だとか囁かれているも、真偽は不明。何を考えてか、理子をビビらせて遊んでいるが、直接身体的に痛めつけるようなことはしない。その辺の一線は弁えているようだ。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
霧桐(きりきり)キリト→武器破壊(アームブラスト)を使える、割と強い武偵。一時は金建ななめを追い詰めるも、結局は偶然にもスコップを手にした金建により撃破された。
守守(しゅもり)(まもる)
朱朱(あやす)(あけみ)
流流(るりゅう)(ながれ)
迷迷(まいめい)(まよい)
命命(めいみょう)(みこと)
光光(こうてる)(ひかり)→血は赤色らしい。至って正常。
闇闇(あんおん)(やみ)→血は白色らしい。気にしたら負け。
世世(せいよ)世世(ときつぐ)→血はピンク色らしい。ダンガンロンパかな?
祭祭(さいあき)(まつり)
咲咲(しょうさき)(えみ)

 というわけで、EX4は終了です。今回は『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラが割とたくさん出てきましたね。そして。個人的に金建ななめちゃん(偽名)と大菊寿老太さんのキャラは私のお気に入りです。個人的にすっごく動かしやすいキャラなので。


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EX5.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(5)


 どうも、ふぁもにかです。今回も前回に続き、特にこれといった動きがない話となります。伏線張りの話ともいいますね。そろそろ本格的に事態を動かしてみたいんですが、もう少しだけお預けとなりそうです。やれやれですなぁ。



 

 ――12:45

 

 

「ハァ、ハァ……ようやく、終わりましたか」

 

 路地裏にて。己の武器をしまったアリアは荒い呼吸を繰り返しながら、雲一つない晴天の青空を見上げて一つ呟く。そのアリアの背後には、滝本発展屋の回し者である武偵たちの気絶体の山が築かれていた。アリアと回し者たちとの4時間以上にも渡る死闘の結果であるこの山こそ、『死屍累々』と表現するにふさわしいと言えるだろう。

 

 

(一時、滝本発展屋サイドの増援が追加オーダーされ、大挙で押し寄せてきた時はどうしたものかと思いましたが、気持ちでさえ負けなければ案外どうとでもなるものですね。これだけ刈って撃破ポイントを稼げた以上、キンジが早々と退場してしまった穴もさすがに埋められたでしょうが……まだ安心するには早い。何が起こるかまるでわからない以上、よりよい寮を確保するために次の撃破対象を捜さないと――)

 

 幾度となく深呼吸を重ねて息を整えると、アリアは己の今後の行動方針を考えつつ、今現在気絶中の武偵たちの服を手当たり次第に漁っていく。ここまでの戦いで銃弾を切らしてしまったがために、己の白黒ガバメントで使える銃弾を補充しようとしているのだ。

 

 かくして。ある程度の数の銃弾をアリアが他の武偵から拝借できた頃。アリアの前方に人影が見えた。それはおよそ高校生とは思えないほどに大人びた武偵だった。艶のある黒髪をオールバックにし、刀――逆月(さかづき)――を右手に持ち歩く、思いっきり大学生にしか見えない武偵だった。

 

 

「お、誰かと思えば神崎・H・アリアか。てことは撃破すれば30ポイント、大物だな」

 

 テクテクとアリアの元へと正面から近づいてきた男子武偵は気安い口調で、アリアにも聞こえる程度の声量で呟きを漏らす。背後の武偵の屍(※死んでません)の山が視界に入っているだろうに、それでも当然のように平常心を保っている男子武偵がアリアを標的に定めてきたことに対し、アリアはわずかながら内心での男子武偵への警戒メーターを上昇させた。

 

 

「……貴方はどちら様ですか? あと、失礼を承知で聞きますが、貴方のランクを教えてください」

「ん、ランクもか? まぁ減るもんじゃねぇから別にいいけど。俺は宮本リン。強襲科3年、Eランクだ」

「宮本さんですね。貴方はもう知っているみたいですが……私は神崎・H・アリア。強襲科2年、Sランクです。それにしても、Eランクですか……」

「何だよ。ランクが低い奴が相手だと何か都合の悪いことでもあるのか?」

「はい。今回、私たちのチームはSランク2名とAランク1名という非常に恵まれた内訳なので、なるべくCランク以下の武偵は倒さないことにしているんです。天下のSランク武偵が格下刈りなんてしてしまっては風評に関わりますからね」

「……なるほど。じゃあお前は俺と戦う気はないわけだ」

「そうなりますね。ここは特別に見逃しますので、私じゃない別の武偵に挑戦することをオススメします。Eランク武偵に倒されるほど、Sランク武偵は甘くはありません。それは貴方もわかっているでしょう?」

 

 アリアは諭すように宮本に語りかけたのを最後に、宮本に背を向けてこの場から立ち去ろうとする。アリアの発言は、当の本人からすれば宮本から何歩も先を行く武偵として、宮本に親切心からのアドバイスをしたつもりだった。

 

 が、アリアは知らなかった。たった今、自分が目の前にしているのが、ランクとまるで釣り合わないほどの強者であることを。宮本リンは東京武偵高における数少ない『ランク詐欺勢』であることを。Eランクとなっているのは先祖に宮本武蔵を持つ本家が二刀流を苦手とする宮本に対して全力で嫌がらせをしているからであり、実際の所、彼のことは修羅道の住人として高校中で知れていることを。そう、東京武偵高にやって来てから精々数カ月程度しか経っていないがために、当時のアリアの脳裏の大半は無実の罪で捕まっている最中である母親の件で埋まっていたがために、アリアは宮本リンの事情など知らなかったのだ。

 

 

「確かになぁ。俺は所詮凡人だからお前の申し出はありがたいさ。だけど、せっかくのイベントなんだ。例え無謀だとしても、挑戦する権利ぐらい与えさせてくれよ、な!」

 

 宮本は剣を真横に振るって鞘を雑に取っ払うと、刀による刺突をアリアにしかける。その音速を軽く超える斬撃に対し、アリアはとっさに取り出した小太刀を横合いからぶつけることで、どうにか自身の腹部に突きの一撃が入ることを防いだ。

 

 

「マジか、今のを余裕で防げるのか。なるほど、さすがはSランク武偵。俺のような凡人にゃまだまだ遠い世界みたいだな。精進あるのみってか」

「……」

(今の剣筋、見えなかった……!)

 

 宮本が素直にアリアの技量を称賛する一方、アリアは表向きは平然としつつも内心では冷や汗をかいていた。なぜなら。先の宮本の攻撃が全く見えなかったからだ。それでもアリアが初見で宮本の刺突に対応できたのは、偏にアリアの優れた直感が的確に働いた結果である。

 

 

(相手を侮っていたようですね。この人はおそらく私よりも強い……)

「だが、例え武の極みが遠かろうと関係ないな。俺は強くなる。凡人な成長ベースしか期待できなかろうと、どんな障害をも跳ね除ける強さって奴を手に入れるんだ。だから、神崎・H・アリア。俺の挑戦に応じてくれないか?」

「今、貴方とは戦いたくないんですけどね。正直、疲れてますし」

「ま、そうだろうな。後ろの人の山を見ればわかる。けど、あいにく、俺はせっかくの強者と戦えるチャンスを無駄にする気はないんでな」

「……なら、仕方ないですね。その挑戦、受けて立ちましょう」

 

 宮本はアリアからの休戦の申し出を断ると、改めて刀を正眼に構える。いつ戦闘に入っても対処できる状態に移行した宮本を前に、アリアは宮本との戦闘回避は不可能と判断し、両手に白黒ガバメントを装備して攻撃に備える。

 

 

「悪いけど、手は抜かねぇぞ。別にいいだろ、俺はたかがEランク武偵なんだ。それに武偵なんて、体調が万全な時だけ敵と遭遇する、なんて都合のいい立場なわけじゃないからな」

「その辺の心配は無用ですよ。私は世界最強の武偵のパートナーになる女ですから。どこからでもかかってきてください」

「よっしゃ、それじゃあ遠慮なく――行かせてもらうぜ!」

(相手は強い。だけど、キンジが撃破済みな今、私まで倒れ、理子さんを独りにするわけにはいきません。全力で返り討ちにして見せます!)

 

 宮本はグググッと右膝を曲げ、力を込めた右足を起点に、コンクリートな地面に軽くヒビを入れるレベルに力強い踏み込みとともにアリアへと一直線に向かっていく。まるで弾道ミサイルのごとき速さで迫りくる宮本に対し、アリアは負けられない思いを胸にガバメントを発砲するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――12:50

 

 

 屋内プールにて。女子武偵3名がプールに入った状態で水中バトルを繰り広げている中。戦闘音を聞きつけてやってきたジャンヌは、びしょ濡れの制服をそのままに、銃弾を使い果たしてしまったのか、そのまま肉弾戦(キャットファイト)に突入していたバイタリティあふれる野性的な女子武偵3名を見ると、デュランダルの剣先をちょこんとプールの水面につけ、プールの水を『凍てゆく世界(フリージング☆ワールド)』で完全に凍らせた。

 

 

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が救護科Bランク:者者(しゃもの)者者(ひさひと)(3年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に11ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が救護科Cランク:妻妻(さいつま)(せい)(2年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に7ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が救護科Aランク:萌萌(ほうもえ)(めぐみ)(2年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に13ポイント付加されます】

 

 

(全力でキャットファイトをやってるから強襲科の生徒だと思ってたのだが、3人とも救護科だったのか!? こ、これは結構衝撃的だな)

 

 女子武偵を冷凍保存する形で気絶させ、撃破ポイントを手にしたジャンヌは自身の取り巻きの後輩女子武偵が見せてくれた、撃破情報通達が記された携帯画面を見て、内心で驚愕する。と、ここで。いつから救護科は荒くれ者の集まりになったのかと考えているジャンヌに対し、前方から声が掛けられた。

 

 

「こんなどうでもいい所で大技を使うとか……随分とこのイベントを満喫してるみたいだな」

 

 ジャンヌが声の聞こえた方へと視線を移すと、プールサイドのデッキチェアに腰かけてる一人の少年がいた。中学生を思わせる程度の小柄な体型をしたこの少年(※19歳だけどサバを読んでいる)は灰塚礫。イ・ウーのメンバーであり、直接的な戦闘能力こそ乏しいものの、自身の望む展開を導くための、情報を集めまくった上での裏工作については神がかったものがあるために『脚本家の鼠』と称されている、要するに喰えない存在である。

 

 

「誰かと思えば『脚本家の鼠』か。ここへ転校してくるとは聞いていたが、もう手続きは終わらせたんだな」

「あぁ。ちゃんと校長とも話をつけて、昨日から晴れて東京武偵高の生徒になったんだ」

「……なるほど、それは災難だな」

「それな。寮入りした次の日に寮取り合戦とか、これ完全にイ・ウー最弱と名高い俺に対する嫌がらせだよな。繊細で軟弱で貧弱な俺の心を全力で叩き折りに来てるよな、これ」

「ハッ、貴様がイ・ウー最弱か。相変わらずぬかしおるわ」

「んー、俺はただ本当のことを言ってるだけなんだがなぁ。てか実力云々を差し置いても、俺ってまだ全然ルームメイトと仲良くなってないし、あっちだってまだ俺の名前すら覚えてないだろうってタイミングで寮ごとにチームを組んで戦えってのがそもそも無理難題なんだよな。その点、お前が羨ましいよ。銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)。あ、間違えた。ごめんな、ジャンヌ」

「いやいやいや! 間違えてないぞ、脚本家の鼠! 我の真名は銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)! わざわざ世を忍ぶ仮の名に呼び直すことはない!」

 

 ジャンヌは取り巻きの後輩女子武偵たちにその場に留まるようにと指示を下すと、灰塚へと近づき、互いに言葉を交わす。双方ともに気兼ねなく軽めの口調で言葉のキャッチボールをしていることから、二人が気の置けない間柄だということが推察できる。

 

 が、ここで。灰塚は表情を若干ながら引き締め、現状の和やかな雰囲気を減殺しにかかる。ほんのわずかながら真剣な眼差しでジャンヌのオッドアイな瞳を見つめる。

 

 

「なぁ、ジャンヌ。一つ、聞きたいことがあるんだ。もしかしたら興が削がれるようなことを聞くかもしれないが、許してくれ」

「ふむ。我は構わないが?」

「……なんで、『鬼』退治をした?」

「ほう、知っていたか。さすがだな。表向きには『鬼』はまだ監禁中だったはずだが?」

「国が長野のレベル5拘置所の失態を隠そうと咄嗟についた下手くそなウソに騙される俺じゃねぇよ。てか、話を逸らすなよ。なんで『鬼』退治をしたんだ?」

「……その口ぶりから察するに、我の『鬼』退治は想定していなかったか。まぁそれも不思議ではないな。あれは単なる衝動に駆られての突発的な行動だ、理由などない。ゆえに、完全に人の感情までも読み取った上で揺るぐことのない脚本――あるいは、運命――を作れない貴様が、我の『鬼』退治を脚本に組み込めなかったのも当然のことだ」

「いや、お前ならいずれ『鬼』退治をするだろうとは思ってた。けど、タイミングがあまりに想定外すぎたってだけだ」

「……『鬼』退治をした我が憎いか?」

「んにゃ。非常に使いやすい駒が減っちまったなって思っただけさ。だから、お前に恨み節をつらつらと述べるつもりはないし、仇討ちする気もねぇよ」

「そうか……」

 

 ジャンヌの背後の取り巻きの後輩女子武偵たちが各々『鬼』というワードに首を傾げる中。灰塚はいかにも『鬼』、もといブラドのことなどどうでもいいと言わんばかりに手をヒラヒラと振りつつ言葉を紡ぐ。

 

 確かに、灰塚はブラドと仲が良かったわけではない。お互いがお互いを存分に利用するだけのドライな間柄、それが二人の関係だった。ブラドが自分の都合に付き合わせるために灰塚に破格の条件を突きつけて。灰塚がブラドを雑に利用するためにブラドが喰いつく褒美を提供して。そのような形で灰塚とブラドはよく行動を共にしていた。だからこそ。今の灰塚の言葉を額面通り受け取ってはいけない。ジャンヌは心の奥底にそう刻み込んだ。

 

 

「てか、ヒルダはどうするんだ? あいつ、割と『鬼』さん大好きっ子だったろ? お前が『鬼』退治の立役者だって知ったら絶対激おこぷんぷん丸だぞ」

「知るか、その時のことはその時考える。ま、事と次第によっては雌雄を決する必要が出てくるだろうがな」

「俺的には、二人が殺し合うような展開は嫌なんだがな。せっかくの百合の素質にあふれた人材を亡くすというのは非常に惜しい」

「……そういえば、貴様は同性愛を傍からニマニマ観賞するのが趣味だったな」

「たわけ。勘違いを招くような言い方はやめてくれ。俺は百合しか認めない。というか、ついさっき『百合の花を育て上げる会』のメンバーになった人間が薔薇を育て上げてどうするってんだ。組織に対する不義行為で粛清不可避になっちまうじゃねぇか」

「『百合の花を育て上げる会』……あぁ、『魔宮の蠍』が会長をやってる小規模闇組織か」

「そそ。てなわけだから、お前の『鬼』退治のこと、くれぐれもヒルダにはバラすなよ。白雪×ジャンヌは確かにお似合いだが、俺的にはジャンヌ×ヒルダも結構アリだと思ってるんだからな」

「ならば、精々我とヒルダとの殺し合いが発生しないような脚本作りに励むことだな。もっとも、貴様がどれだけ頑張ろうと、我はユッキーお姉さま一筋だがな」

「ったく、簡単に言いやがって。俺がどんだけ苦労すると思ってんだ……」

 

 ジャンヌから軽く無茶ぶりされたためにげんなりとした表情を浮かべる灰原。だが、嫌そうな顔をしつつも、灰原はジャンヌとヒルダ――ブラドの娘――が衝突するような展開が発生しないように全力を尽くすだろう。灰原は趣味の百合鑑賞のためならいくらでも心血を注げるタイプの男なのである。

 

 

「……あらかじめ言っておくぞ、脚本家の鼠。貴様が今後どのような筋書きを作り、世界を誘導するのかは知らない。我の知ったことではない。だが、覚えておけ。もしも貴様が我が盟友、リコリーヌ・ヴィ・ガルランディア・ロゴス・ゼルベスドール・ウィルフィン・アークスウィッドを傷つけるようなシナリオを構築しようものなら、我の聖剣:デュナミス・ライド・アフェンボロス・クライダ・ヴォルテールが牙を剥くことになるぞ」

「おぉ、怖い怖い。最近ジャンヌって魔改造ブーストかかってる気がするから敵対はゴメンなんだよなぁ、正直。俺はまだ長生きしてたいし、『鬼』退治の二の舞はお断りだしの2点セットでここは素直に忠告に従っておくさ」

「賢明な判断だな」

 

 ジャンヌが己が左手に持つデュランダルを右手で少しだけ引き抜き、鞘から少しだけ刀身を見せるようにして灰塚に釘を刺す。一方の灰塚は「怖い怖い」と言いながらも泰然とした雰囲気のまま、ジャンヌの忠告を受け入れ、「じゃあな、ジャンヌ。寮取り合戦、頑張れよ」とその場を去ろうとした。が、ここで。ジャンヌは「ん、何だ。もう行くのか?」と灰塚を引き止めにかかった。

 

 

「え、行くけど……どうした? まだ話したりないことでもあったか?」

「いや、せっかくこうして会ったんだ。ならばお互い、より良い寮を手に入れるために戦わ――」

「――パス。俺はあくまで脚本家だからな。裏方は裏方らしく、誰にも襲われない場所にでも避難して生存ポイントを稼ぎつつ、このイベントの今後の展開を存分に推測しておくとするさ」

「あ、おい……」

 

 ジャンヌがデュランダルをチラつかせつつ、灰塚に勝負の申請をしようと言葉を紡ぐや否や、灰塚はジャンヌとの戦闘を回避するために口早に理由を告げ、そそくさとその場を後にする。この時。灰塚の動きはジャンヌが引き留める暇すら与えない、実に流麗なものだったとか。

 

 

「やれやれ、掴みどころのない奴が武偵高入りしてしまったな。だが――クククッ、ますます楽しい日々になりそうだ……ッ!」

 

 灰塚に置いてけぼりにされたジャンヌは、一旦ため息をつくも、すぐにその華奢な両肩を震わせて愉快だと笑う。ちなみに、ジャンヌと灰塚は知らない。今の二人のやり取りの一部始終をジャンヌの背中越しに観測することとなった、ジャンヌを信仰するテニス部後輩女子武偵たちが、ジャンヌと親しげに話す異性たる灰塚をちゃっかり排除対象に組み込んだことを。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――12:55

 

 

 車輌科のドックにて。二人の男と一人の女がいた。その内の男の一人たる武藤剛気は先輩武偵である市橋晃平にとあることについて教えていた。その武藤の的確な指導内容を市橋が学び、そんな武藤と市橋の様子を一人の女が見守る。そのような構図が車輌科のドックにて形成されていた。

 

 

「えーと、コントロールスティックは移動のコマンドで、左右に横に小さく倒すと、微速歩行。左右に普通に倒すと、中速歩行。左右に大きく倒すと高速歩行。左右に素早く倒すとダッシュだな。で、上に素早く倒すとジャンプ、もう一回上に倒すと空中ジャンプ。下に倒すとしゃがんで、下に素早く倒すと床すり抜け、空中で下に素早く倒すと急降下か。続いて、Aは攻撃、Bは必殺攻撃、XとYもジャンプ、LとRはシールド、Zは投げ技、十字キーはアピール、スタートボタンは一時停止。で、Bの必殺攻撃はコントロールスティックとリンクしていて、↑B、↓B、→B、←Bで計4種類の必殺技が登録されている……で、合っておるか?」

「……完璧。さすがは先輩……」

 

 武藤からとあること、もといドックに今現在収容されている巨大ロボットの操作方法を軽く教授してもらった市橋は自分がきちんと操作方法を覚えているかどうかを武藤に確認してもらうため、操作方法を口頭でつらつらと述べていく。結果として、たった1回だけの武藤の説明で市橋は間違うことなく完全に操作方法を覚えきっていたために、武藤は素直に称賛の言葉を送る。

 

 

「さっすがコウさん! カッコいいですよ♡」

 

 と、ここで。その場に居合わせ状況を見守っていた女が武藤に続けて市橋に褒め言葉をぶつけていく。この市橋を『コウさん』との愛称で呼ぶこの淡い水色の髪を緩めのポニーテールで結んだこの少女は、実は東京武偵高の生徒ではない。というか、そもそも人間ではない。彼女の正体は市橋が武器として愛用するベレッタM92Fであり、それがある日突然付喪神化した結果、今日のようにたまに擬人化して出てくるのだ。ちなみに。付喪神化した理由は、擬人化した当人であるベレッタM92Fでさえもわかっていない。

 

 

「褒められて悪い気はせんが、褒めてもわしは何も出せんぞ?」

「……出さなくていい。あと、必殺技はそれぞれ『B↑:ギア2』『B↓:神気合一』『B←:超死ぬ気モード』『B→:妊娠できない体にしちゃうキック』を登録してる……」

「……非常にツッコミ所と使い所に困る技ばっかりなんだが、わしは一体どんな反応をすればいいんじゃあ?」

「……褒めても何も出せないけど……?」

「出さなくていい。パンドラの箱を渡されても困るしのぅ」

 

 武藤が巨大ロボットに登録されている4種の必殺技の内訳を語り、ベレッタが『妊娠できない体にしちゃうキック』という強烈なインパクトを誇る技名に「ひぃぃ!?」とついついお腹を押さえてブルリと悪寒に体を震わせる中、市橋はフルフルと頭を左右に軽く振り、武藤が巨大ロボットに組み込んだ規格外極まりない必殺技陣の原理解明に走ろうとする思考回路を強制終了させる。結局なにも理解できないまま脳がショートする未来が透けて見えたからだ。

 

 

「にしても、これは結構操作が多いのぉ。操作方法を覚えたはいいが、実戦で上手く扱えるかはわからんぞ?」

「……大丈夫。先輩、要領いいから。……それに、ベレッタを使いこなすのと比べれば難易度は低い……」

「なるほど、わしの嫁より操縦が簡単ならいけそうだ」

「よ、嫁だなんて、そんな、まだ心の準備もできてないのに、あ、でもコウさんが準備万端なら私いつでも……♡」

 

 市橋の物言いを前に、武藤は我に返る。そういえば、この市橋先輩は自分の武器のことを『嫁』と豪語する性癖があるんだったと。ちなみに、武藤は気づいていない。今この場にいるベレッタが、そのまま市橋の武器であることを。

 

 また、この時。武藤はベレッタが頬を真っ赤に染めて体をくねらせる様子を意識的に視界から外した。そうしないと、市橋に対する『リア充爆発しろ』願望がムクムクと沸き上がり、どのような形で暴走するかわかったものではなかったからだ。

 

 

「……それに、シミュレーターも用意済み。スコアアタックもあるから、楽しみながら操作方法を学べる……」

「お、準備いいな。さすがは武藤」

「コウさん! カンストさせましょう! 初見でスコアをカンストさせて伝説を作りましょう! 私のコウさんならできますよ♡」

 

 武藤があらかじめドックの片隅に設置していたシミュレーターを指差すと、巨大ロボットを操作する本人たる市橋以上にベレッタがシミュレーターに対しての強い意気込みを見せる。その後、市橋はベレッタに腕を掴まれ無理やり引っ張られる形でシミュレーター画面前の操縦席に着席させられることとなった。

 

 

「とはいえ、まさか巨大ロボットの操作っつう大役を任されるとは……最悪の事態が起こらなければ消滅する大仕事ではあるが、荷が重いぞ」

「……大丈夫。先輩なら……」

「……ま、そこまで後輩に信頼されてるなら、一介の先輩として、応えないわけにはいかないなぁ。で、武藤はこれからどうするんだ?」

「……今は、待機。今の不穏な雰囲気の情勢を見極めつつ、いつ何が起こっても良いように、さらなる対抗措置を用意する。後は、よろしく……」

「おう。任せておけ」

(武藤には一体、どんな未来が見えてるんだか。俺には寮取り合戦がつつがなく進行しているようにしか感じられないんだが、やっぱり天才の考えてることは、わしにゃあわからんわ……)

 

 操縦席に座ったまま胸を軽くグーで叩く市橋に、武藤はコクンと一度首を縦に振ると、クルリと市橋に背を向けてドックから去っていく。その去りゆく武藤の背中を目線だけで見送りつつ、市橋は心中で今の正直な気持ちを吐き出した。

 

 

「レッタ。わしは今からこのシミュレーターであの巨大ロボットの操作を本格的にマスターする。レッタはその間、会長代理(わし)の代理として、組織を引っ張っていってくれ」

「え、でも、私じゃ無理だと思いますよ。だって、私ってリーダーシップとかないし――」

「――レッタにしか頼めないんだ。頼む」

「コウさんがそう言うなら、仕方ないですね! ええ、仕方ないですとも!」

 

 市橋から『組織』のことをお願いされたベレッタは当初難色を示す。しかし。『レッタ』という、この場に市橋とベレッタしかいない状況下でしか市橋が口にしない愛称で呼ばれたベレッタは手のひらにドリルでもついているのではないかと疑いたくなるレベルの手のひら返しで市橋の頼みを快諾する。そして。「ふふふ! 一肌脱いでしんぜよう、そうしましょう! そしてコウさんに……えへへ♡」と顔を蕩けさせつつ、ベレッタもまたドックを後にした。

 

 

「はてさて。今日のイベントに乗じて、わしたちの『擬人化した得物について語ろうの会』はどれだけ覇権を握れるものかのぅ?」

 

 市橋しかいなくなったドックにて。市橋は天井を見上げながらポツリと呟きを漏らす。それから。市橋は「よしッ!」と気合の一声を入れ、シミュレーターに挑むのだった。もちろん、目標はスコアアタックにおけるスコアカンストである。

 

 




アリア→滝本発展屋の回し者な武偵たちをもれなく全員撃破したメインヒロイン。疲労メーターが結構たまっている状態で次なる強敵とエンカウントしてしまう辺り、割と不幸を背負っているような気がしないでもない。
ジャンヌ→『脚本家の鼠』たる灰塚とある程度は親しい厨二少女。灰塚を高く評価し、機会があれば戦いたいと思っているが、当の灰塚にのらりくらりと逃げられるために未だに灰塚との戦闘は実現していない模様。
武藤→何やら巨大ロボットを作り上げていたらしい、止まる所を知らない技術チート。市橋を先輩としてある程度は敬意を払っているが、特に口調が丁寧語になったりはしない。ちなみに。巨大ロボットの操作方法は、操縦者が短期間でマスターできるようにスマブラDX式を採用している。ゆえに、巨大ロボットのコントローラーはゲームキューブの奴。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
⑦宮本リン→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Eランク、3年・男。艶のある黒髪をオールバックにしている。先祖に宮本武蔵を持つが、二刀流を苦手とするために本家からはいないものとして扱われ、散々嫌がらせを受けている。その一環としてEランクという不当な評価や、ちゃんと依頼をやったのに単位を認められないケースが割とあったことを起因とする留年の被害に遭っている。ゆえに、今現在20歳。だが、本人は厳しい環境にもめげずに努力を続け、今や中々に化け物染みた実力を身につけている。

⑧灰塚礫→読者のアイディアから参戦したキャラ。諜報科Eランク、2年・男。実年齢は19歳。平常時の一人称は「俺」、テンションが廃な時は「僕」になる。戦闘力は一般人より低く、そこいらのチンピラにも負けるレベル(※本人曰く)、ただし逃足スキルは理子にわずかに劣る程度の高スペック。『快楽的破滅主義』と『無関心』の二面性を持っており、テンション高いときは狂気的に、低いときは適当に行動する。自ら事件を起こして黒幕を気取る、迷惑野郎である。この度、百合好きを結集した組織『百合の花を育て上げる会』に加入した。もし、もっと灰塚礫の暴れっぷりが見たいのならハーメルン内で連載されている『緋弾のアリア《鼠の書く舞台》』を見てみよう!

⑨市橋晃平→読者のアイディアから参戦したキャラ。装備科Bランク、3年・男。身長は170センチ程度、体重は60キロくらいのちょいとぽっちゃりに片足突っ込んでる感じがしないでもない感じな系。若白髪の目立つ黒い短髪が特徴的。一人称は『わし』。元々プラモ作りが趣味で、あれこれ巡り巡って銃と出会ってガンスミス志望で武偵高に入学した経緯を持つ。少々人見知りで軽度のコミュ症患者だが、あくまで軽度なので生活に支障はない。銃の組み立て分解や軽い改造、そして後輩とのお話を楽しみつつ武偵高ライフを謳歌している。また、闇組織『擬人化した得物について語ろうの会』の会長代理の立場を担っている。

⑨ベレッタM92F→市橋晃平の武器。殆どカタログスペック通りで特殊なギミックは無いが、なぜか付喪神化しているため、たまに擬人化(※女体化)して出てくる。でもって、市橋への好感度はカンストしており、常時デレデレである。愛称は『レッタ』。

※『擬人化した得物について語ろうの会』とは
 いわゆるその筋の人間が集ったオタサー的なもの。ただし、全員が全員自分の得物を「俺の嫁」と呼ぶ末期患者。要するに「こいつらヤベェ。早く精神科にぶっこまないと」な集団である。なお、極々小さい規模の集団なので、その存在を知っているものは校内に殆ど居ない。ちなみに、市橋は会長代理を務めている(※会長は長期任務でイギリスにいるらしい)。


■その他のオリキャラ(モブ)たち
○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
者者(しゃもの)者者(ひさひと)
妻妻(さいつま)(せい)
萌萌(ほうもえ)(めぐみ)

 というわけで、EX5は終了です。今回も割とたくさん『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラが登場しましたが……3名中2名が普通の高校生の年齢じゃないという、ね。何だか年齢詐称って括りで宮本さんと灰塚さんが仲良くなれそうな予感がします。尤も、宮本さんは別に意図的に年齢偽ってるわけじゃないですけど。

 そして。今回、地味に他作品とコラボしてました。お相手は百合展開をこよなく愛することに定評のあるらしい『通りすがりの床屋』さんの『緋弾のアリア《鼠の書く舞台》』で、灰塚礫さんが主人公を努める小説です。いやはや、他の作者と関わりを持てるコラボっていいものですなぁ。


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EX6.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(6)


 どうも、ふぁもにかです。今回は一話丸々りこりんメインのお話です。文字数は1万文字超えで、しかもおまけまで拡充してあります。よかったですね、ビビりこりん紳士の方々。そして、りこりん以外を信仰している方々へ。今回、私は割と本気で君たちをりこりん派へと鞍替えさせてやるぜと気合を入れてこのEX6を執筆したので、その辺は覚悟しておいてくださいませ。



 

 ――13:10

 

 

 救護科棟にてホラー度の凄まじい謎の怪奇現象に襲われた理子は全力疾走していた。ボロボロ涙をあふれさせながら、少しでも救護科棟から離れようとただひたすらに風のように走っていた。が、理子の体力は無限ではない。案の定、息切れを起こした理子は、街路樹に手をつき、下を向いてゼェゼェと荒い呼吸を繰り返す。ちなみに。8月17日という真夏の真っ昼間に走りまくったことにより、今の理子は汗だくであり、しっかり見ればピッタリと理子の体に貼りついたブラウス越しに下着が透けて見える状態だったりする。

 

 と、ここで。理子の眼前に複数の人影が現れる。今の疲れ果てた状態で敵とエンカウントしてしまったのかと理子の顔から血の気が引かんとしていた時、理子は気づいた。理子の姿を発見するや否やすぐさま理子の元へと駆け寄ってきた、全身赤タイツに覆面をした男と、全身青タイツに覆面をした男と、全身黄タイツに覆面をした男の3名が己の知り合いだと。

 

 

「おお! ニジグリーン! ニジグリーンじゃないか! やっと見つけたぞ!」

「ニ、ニジレッドさん!?」

 

 理子の元へとダッシュでやってきた3名を代表して、全身赤タイツに覆面をした男もといニジレッドが理子に語りかける。ちなみに。ニジレッドは異性よりも正義に興味を持つ男なので、現状、理子の下着がブラウス越しに透けて見えていることなどまるで気になっていないようだ。

 

 彼らの正体は『虹色戦隊ニジレンジャー』。正義の味方としてヒーロー活動をすることを目的とした団体である。虹色戦隊という名前から察せられる通り、この戦隊は7名そろって初めて完成となるのだが、残念ながらリーダーのニジレッドの友達が少ないために、ニジレンジャーの理念に惹かれて集まったのはニジブルーとニジイエローの2名のみ。そう。純粋にニジレンジャーの活動を頑張っているのはニジレッド、ニジブルー、ニジイエローの3名だけなのだ。

 

 それゆえに。ニジレッドはいくら募集をかけても中々集まらないメンバーを集めて『虹色戦隊ニジレンジャー』をどうにか完成させるため、ニジレンジャーの名声を求めて遠山キンジを倒そうとしたり、押しの強い勧誘や金銭を払うなどの手段で強引にメンバーを増やしたりと、およそヒーローとは思えないようなゲスい活動をこれまで行ってきた。結果。理子も何気にその押しの強い勧誘の被害に遭い、現在進行形でニジグリーンという立場をもらっていたりするのだ。ちなみにジャンヌはニジパープルである(※詳しくは32話と91話のおまけを参照)。

 

 

「今、オレたちは寮の垣根を超えて虹色戦隊ニジレンジャーとしてこの寮取り合戦を戦い抜いている所なのだ! どうだ、ニジグリーンもオレたちと正義の炎を燃やさないか!?」

「え、あ、いや、で、でででも、ボク、隠れてないと……」

「そうか、ニジグリーンは潜伏組に振り分けられているのか! だが、確か君のルームメイトは2人ともSランクという話だったはずだ。あの2人が出撃組なら心配ないのではないか!? 念には念をと潜んでいる必要はないのではないか!?」

「や、そ、それはそうなんだけど、でもキンジくんは倒されちゃったし……」

「そういえば遠山キンジは撃破されたのだったな! ならば、なおさらニジグリーンが頑張るべきじゃないのか!?」

「あ、あぅ……」

「お互いがお互いの足りない所を補い合う、それがチームというものだ! だからこそ、ニジグリーンも今日はオレたちとともにニジレンジャーの一員として正義を全うすべきなんだ! 違うか、ニジグリーン!?」

「……う、うん。そうだね! そうだよね、ニジレッドさん!」

 

 

 現在進行形で開催中の寮取り合戦をニジレンジャー全員で結託して行動したいニジレッドは勢いに物を言わせた説得を理子に仕掛けていく。当初、理子はニジレッドの申し出を断っていたのだが、最終的にニジレッドの熱意に負け、結局ニジレッドの提案に理子はうなずいた。何というちょろさだろうか。ちなみに。ニジブルーとニジイエローが第三者視点で見たニジレッドと理子とのやり取りは、まるでしつこい悪徳業者とその悪徳業者の提案にどうにもNOを突きつけられず最終的に悪徳業者の話術に騙された弱気な客の構図のようだったとか。

 

 

「よし。そうと決まれば後はニジパープルだ、ニジパープルさえ見つかれば全員がそろう!」

「あ、あれ? そうなの? でもニジオレンジさんとニジグンジョウさんも見当たらないよ?」

「ニジオレンジとニジグンジョウはオレたちと別行動でニジグリーンとニジパープルを捜しているのだ。ニジレンジャーが一か所に纏まって捜すよりは二手に分かれた方が効率が良かったからな。ところで、ニジグリーン。ニジグリーンはニジパープルの居場所に覚えはないか? 君たちは確か盟友――つまり、ソウルフレンドという奴なのだろう?」

「え、えと。ご、ごめんね、ニジレッドさん。ボク、ジャンヌちゃんが今どこにいるか、わからないんだ」

「そ、そうか。それなら仕方ない、ならば自力で探し出すまでだ。とりあえず、ニジグリーンの分の全身タイツは用意しているからニジグリーンは今すぐ着替えるといい」

「わ、わかったよ!」

 

 クリーニング袋で包装された緑色のタイツをニジレッドから受け取った理子は元気よく返事をする。が、その後。ニジレッドの言葉を改めて反芻した理子は、すぐに我に返ったかのように「……え、ここで?」と呟いた。

 

 

「やれやれ、これでようやく6人までニジレンジャーを集められたな。寮の枠組みを超えてニジレンジャーを収集し、寮取り合戦を切り抜けると立志してからここまでの道のりがどれほど長かったことか……」

「ちょっと待って、ニジレッドさん!? ここで!? ここで着替えなきゃいけないの!?」

「ニジブルーはニジオレンジとニジグンジョウに連絡を取ってくれ! 合流するぞ! なに、もう連絡済みだと!? さすがはニジブルーだ、気が利いてるな!」

「待って、待ってよ!? ここ外だよ!? 思いっきり屋外だよ!? 絶対誰かに見られちゃうよ!? 恥ずかしくてボク死んじゃうよぉ!?」

「さぁ、皆! オレたちニジレンジャーが大々的に活躍し、歴史の1ページに名を刻み込むまでもう一歩だ! 皆、頑張るぞ! おー!」

「ニ、ニジレッドさん! 皆を鼓舞するのもいいけど、ボクの話を聞いてよ! む、無視はやめてほし――い?」

 

 理子にその場での即着替えを要求してきたニジレッドに対して理子は頑張って抗議しようとするも、肝心のニジレッドはニジレンジャーを6名集められたことにしみじみと感傷に浸ったりニジブルー&ニジイエローのやる気をさらに高めたりと忙しく、理子の言葉は届かない。

 

 だからといって、いくら押しに弱いからといって、ニジレッドたちにやましい気持ちなど欠片もないからといって、どこで誰が見てるかわからない屋外で緑の全身タイツに着替えることを認めるわけにはいかないと理子は全力で声を張り上げるも、理子による渾身の抗議声明が最後まで理子の口から発信されることはなかった。なぜなら。突如ニジレンジャーたちの背後から姿を現した何者かが上空からの唸る拳でニジブルーとニジイエローを殴り潰したからだ。

 

 

「あべしッ!?」

「ひでぶッ!?」

「ブルゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ!? イエロォォォォオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 ニジブルーとニジイエローのいかにも自分たちはやられ役だと言わんばかりの断末魔を上げ、ニジレッドがまさかのニジレンジャー2名の同時撃破という状況に驚愕の声を高らかに響かせる中。理子はニジブルーとニジイエローを撃破に追いやった元凶を見上げた。それは、全長3メートルは裕に超越していそうなほどの巨体を誇る何かだった。それは、横幅も2メートルはあり、全身を鋼鉄の鎧に包まれたロボットだった。胸元を境目に、鶏のごとき頭部とプロレスラー級のムキムキの体とを兼ね備え、タキシードを着こなした、『鳥人』型のロボットだった。

 

 

【装備科Aランク:平賀文(・・・)(2年)が強襲科Dランク:青木貞夫(2年)を撃破しました。平賀文に18ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Eランク:黄菊正雄(2年)を撃破しました。平賀文に16ポイント付加されます】

 

 

「な、何ということだ! 青木貞夫と黄菊正雄がぁ!? ……じゃなかった。ニジブルーとニジイエローがやられてしまった……! これでは虹色戦隊ニジレンジャーを全員そろえて決めポーズをできないじゃなぎゃあああああああああああああああ!?」

「ニ、ニジレッドさん!?」

 

 理子が突如現れた鳥人型ロボットに思わず思考停止している一方、ニジレッドはニジブルーとニジイエローが撃破されてしまったことを嘆き悲しむ。本日の寮取り合戦において、ニジレンジャーを全員そろえることがニジレッドの悲願だっただけに、その悲しみは深い。しかし、深い悲しみに苛まれる人間の気持ちを推し量れるロボットではない。そのため、その場にorz状態となったニジレッドに対してもゴシャア!と容赦なく拳が振るわれた。哀れ、ニジレッド。

 

 

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Bランク:赤松秀夫(2年)を撃破しました。平賀文に25ポイント付加されます】

 

 

「に、ににに、にににににに逃げないと……!」

 

 目の前で知り合い3人の惨状をまざまざと見せつけられる形となった理子は軽く恐慌状態に陥り、一目散に鳥人型ロボットに背を向けて逃走を図ろうとする。しかし、その理子の前方からも別の鳥人型ロボットが計4体近づいてくる。どうやら理子はいつの間にやら背後にも鳥人型ロボットに回り込まれていたようだ。

 

 

『私は鳥人だよ』

『人間の体に鳥の頭がついてるだろう?』

『友達になろう』

『友達の証にこのタキシードの胸元を開いて、人間の体と鳥の頭とのちょうど境目を見せてあげよう』

『私はフライングマン。貴女の力になる。そのために生まれてきた』

「あ、あぁ……!」

 

 理子は絶望する。成人男性を元にしたらしい機械音声でよくわからない文言を口に出しながら理子を取り囲み、じりじりと距離を詰めてくる鳥人型ロボット計5体を前に理子は震えることしかできない。どうして今日に限ってこんなにも怖い思いをしないといけないのか。今日は厄日だったりするのか。そんなことを考えつつ、理子はギュッと目を瞑り、すぐさま繰り出されるであろう鳥人型ロボットの拳に備える。しかし。ここで理子に救済の手が差し伸べられた。

 

 

「ミチハミズカラノテデキリヒラクモノ、ネー!」

 

 全身オレンジタイツに覆面をした男がまだ慣れていない日本語を片言で叫びながら、鳥人型ロボットの一体を殴り飛ばしたのだ。結果、鳥人型ロボットは鋼鉄の胴体をボコォと凹ませながら、遥か遠方へと吹っ飛ばされていく。その後、鳥人型ロボットは『峰理子の血と肉。勇敢なフライングマン戦士、ここに眠る』とだけ言い残して、爆滅した。

 

 

「ニ、ニジオレンジさん!?」

「ニジグンジョウ! ココハ、ミーガヒキウケタ! ニジグンジョウハ、ニジグリーンヲ『ハイエース』スルデスネー!」

 

 ニジレッドたちとは別行動を取っていたらしい全身オレンジタイツに覆面をした男、もといニジオレンジの乱入に理子が目を見開く中、ニジオレンジはグッとファイティングポーズを取りながらもう一人の仲間に指示を下す。直後、「ニ、ニジグリーン! こっち! 逃げるよ!」と理子の手を掴み、鳥人型ロボットの包囲網から連れ出す全身群青タイツに覆面をした男が現れた。

 

 

「ニ、ニジグンジョウさん!?」

「だ、大丈夫。心配ない。……ぼく、ハイエースとか別にする気、ないし。面倒だし」

「? ハイエース?」

「知らない、んだ。なら別にいい。そっちのが……好都合」

「??」

 

 全身群青タイツに覆面をした男、もといニジグンジョウはニジオレンジが時間を稼いでいる内に少しでも鳥人型ロボットから距離を取ろうと理子を引き連れてひた走る。その際、ニジグンジョウは理子を安心させるために、自分がニジオレンジの言っていたように、理子をハイエースする気がないことをたどたどしい口調ながら伝えるも、当の理子が『ハイエースする』という言葉の意味を知らない様子だったがために、ニジグンジョウは内心でホッと胸を撫で下ろした。

 

 

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Cランク:橙島(とうしま)エルゴ(2年)を撃破しました。平賀文に21ポイント付加されます】

 

 そうこうしている内にニジオレンジが撃破されたという通知が生き残っている全武偵に知らされる。さすがに鳥人型ロボットを素手でボコることのできるニジオレンジでも、複数の鳥人型ロボットに囲まれてはどうしようもなかったようだ。

 

 

「そ、そんな!? ニ、ニジオレンジさん、ニジオレンジさんがぁ!?」

「気持ちは、わかる。けど、ここで引き返すのは……ダメ。ニジオレンジの分まで生き残る、これがぼくたちの責務だ。じゃないと、ぼくたちまで平賀が作ったっぽい、ロボットにやられて、ニジオレンジの頑張りが、無駄になるし」

 

 ニジオレンジ撃破の通達を携帯で受け取った理子が急いでニジオレンジの元へと戻ろうとするも、ニジグンジョウはそれを許さない。ここで感情に任せて鳥人型ロボットの元へと舞い戻ることがいかに愚策かをわかっているからだ。もちろん、そのことを理性では理解している理子はただ、「う、うぅぅぅ」とニジオレンジの撃破を悲しみつつも、その足を止めることなくただ逃げ続けることしかできなかった。

 

 が、しかし。ここで、逃走を続けるニジグンジョウと理子の前に一人の男が立ち塞がる。あたかも『もやっとボール』をそのまま頭に装着したかのようなツンツンな髪型をした、緑髪の大男はニジグンジョウと理子の逃げ道を塞ぐように立つと、理子を指差し「そこの女を寄越せ」とドスの利いた声でニジグンジョウに命令した。

 

 

「ひッ……」

「……ニ、ニジグリーンは渡さ、ない」

 

 眼前の大男から容赦ない害意を向けられた理子がブルリと恐怖に震える中、ニジグンジョウは理子まで大男の視線が届かないようにするために一歩踏み出す。そして、おどおどな口振りながらも、明確に理子を守る宣言を行った。

 

 

「あ? お前、何言っちゃってんの? もやしみてぇにひょろっちいお前にこの強襲科Aランクの羅刹(らせつ)暴吾(ぼうご)様を倒せるとでも思ってんのか?」

「倒せる倒せない、じゃない。ニジレンジャーは、正義の味方。仲間を売ったりしない。ぼくは、絶対……暴力なんかに負けやしない! う、うぉおおおおおおおおおお!」

「うぜぇ! 邪魔なんだよぉぉおおおおおお!!」

「マカロンッ!?」

 

 ニジグンジョウはなけなしの勇気を振り絞ると、タイツの中から取り出したトンファーを装備し、もやっとボール頭の男、もとい羅刹暴吾を撃退しようと接敵する。しかし、羅刹暴吾はひゅんとニジグンジョウが振るったトンファーの軌跡を目で見てから余裕そうに避けると、カウンターパンチをニジグンジョウの鼻っ柱にお見舞いした。結果、ニジグンジョウは暴風のように理子の真横を吹っ飛んでいく形で、至極あっさりと撃破されてしまった。

 

 

【強襲科Aランク:羅刹暴吾(3年)が情報科Cランク:群青直哉(2年)を撃破しました。羅刹暴吾に8ポイント付加されます】

 

 

「ニ、ニジグンジョウさん……!」

「これで味方はいなくなったなぁ? えぇ?」

 

 まるで即堕ち2コマのように羅刹暴吾の暴力に屈してしまったニジグンジョウ。自身を助けてくれる味方を失った理子に対し羅刹暴吾が威圧をかけると、理子はまるで金縛りにあったかのようにその場から動けなくなる。が、ここで。理子はただ怯える子猫で終わることはなかった。涙を目尻にどうにかせき止めつつ、羅刹暴吾をキッと見つめ返す。

 

 

「……ど、どどどどうしてボクを、その、ピンポイントで狙ってくるの?」

「あ? んなもん、決まってんだろ? 他の闇組織連中に何が正しいかを知らしめるためだ」

「何が正しいかを、知らしめる……?」

「この世で最も至高なのはユッキー様ただ一人。これが世の真理だ。なのに、他の闇組織の構成員どもは何を血迷ったか、ユッキー様以外の凡俗を祭り上げて神だ神だと信仰してやがる。だから、わからせてやるんだよ。この世に神は1人のみで、神たりうるのはユッキー様しかいないってことをなぁ。この『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー045の俺が他の闇組織の信仰対象を公開処刑して、わからせてやるんだよぉ!」

 

 理子の問いかけに対し、羅刹暴吾が冥土の土産だと言わんばかりに己が理子を狙う動機を語る。東京武偵高三大闇組織。それは圧倒的な統率力で組織の形を保ちながらある特定の人物を祭り上げているのが特徴的な闇組織である。

 

 だがしかし、完璧な統率などあり得ない。そのため、闇組織の中には『過激派』というモノが存在する。あまりに各闇組織の信奉対象を崇め奉るあまり、他の闇組織で信奉されている存在を一切認めず、この世から排除してやるとの暗い欲望にあふれた連中が、確かに一定数、勢力を確立しているのだ。そして。羅刹暴吾は『ダメダメユッキーを愛でる会』の過激派の一員である。

 

 

(や、闇組織? 『ダメダメユッキーを愛でる会』? な、何それ、聞いたことないよ!? どうなってるの!?)

「まずはお前だ、『ビビりこりん真教』が崇める邪神、峰理子ぉぉおおおおおおおおおお!」

「ひぁッ!?」

 

 羅刹暴吾は己の中に荒々しく渦巻く激情のままに渾身の拳を理子へと繰り出す。それは普段の理子であれば十分に避けられる程度のパンチである。しかし。今の理子は避けられない。大菊寿老太による全力のドッキリや大菊寿老太による全力のドッキリや大菊寿老太による全力のドッキリや鳥人型ロボットの襲来など、これまで人知を超えた恐怖を立て続けに経験し、恐慌状態に陥ったままの理子は今、そこらの情報科Eランク武偵並みに役立たずとなっていた。

 

 ビクゥッと体を震わせ、迫りくる暴力に怯えることしかできない理子。しかし、ここで。残酷なだけが世界ではないということを体現するかのごとく、理子に助けが入った。何と、理子と羅刹暴吾との間に入るように一人の人間が滑り込み、右手に装備した、いかにも西洋騎士が持っていそうな大盾で羅刹暴吾の攻撃を防いだのだ。

 

 

(ちッ、まーた邪魔が入りやがったか……)

「よかった、間に合っタ! ふぅ、間一髪だったサ!」

 

 ズガンと空気を介して浸透する拳と大盾との衝突音。理子に顔面ヒットするはずだった拳を止められたことに羅刹暴吾がイライラを募らせ、大盾を持った張本人たる男子武偵(※頭に赤いハチマキをしている)が爽やかさにあふれた口調で今の心情を口にする中。理子が突然の助けについ呆然としていると、理子の背後からまた一人武偵が姿を現す。くせっ毛な茶髪に漆黒の眼差し、ついでに赤縁メガネが特徴的な年相応の男子武偵――葵――が「ご無事ですか、りこりん様!?」と声をかけてきた。

 

 

「う、うん。ボクは大丈夫、助けてくれてありがとう……」

「どういたしましテ! これぐらいお安い御用サ!」

「礼など不要です。りこりん様の窮地を救うことは、俺たちにとっては当然の行いですから」

 

 理子は自分が『様』付けで呼ばれていることに違和感をヒシヒシと感じつつも感謝の言葉を述べると、赤ハチマキの武偵と葵はそれぞれの性格を実に反映した言葉を返してくる。と、ここで。理子は自分への害意のない二人に対して、心中の疑問を投げかけてみることにした。

 

 

「と、ところで。き、君たちは、もしかして……『ビビりこりん真教』とかいう闇組織の人なの? ボクのことを『神』だって崇めているっていう、あの?」

「なッ!? どうしてそれヲッ!?」

「誰ですか、りこりん様!? 誰からその情報を――」

 

 理子の問いかけに『ビビりこりん真教』の信者らしい二人の武偵は深い動揺を顕わにする。その後、葵が「――まさか!?」と、とある可能性に思い至った時、ここまで軽く話の輪からハブられていた羅刹暴吾がニタァと歪んだ笑みを浮かべて「そうだよ! 俺だ、羅刹暴吾様だぁ!」とドヤ顔でカミングアウトした。

 

 

「きっさまぁぁああああああああああああア! 東京武偵高三大闇組織がそれぞれ神と崇める当の本人には、闇組織の存在を絶対に教えなイ! それが暗黙の了解だっただろうガ! その禁忌を侵すとはどういう了見サ!?」

「どういう了見も何も、神はユッキー様のみだ。それ以外の邪神にどうして気を遣う必要があるってんだ? あぁ?」

「……なるほど、貴方は『ダメダメユッキーを愛でる会』の過激派でしたか。俺たち『ビビりこりん真教』の信者を狙うのでなく、りこりん様を狙う卑怯者め……ッ!」

「卑怯? んなもんはテメェらが決めるもんじゃねぇよ。勝てば何をやっても正義、世界はそういう風にできている。違うかぁ? 違わねぇよなぁ?」

 

 目に見えて激昂する赤ハチマキの武偵と表面では冷静さを保とうと奮闘するが今にも内心にて煮えたぎる感情が表出しそうな葵。その二人に対して羅刹暴吾は余裕綽々と言わんばかりの獰猛な笑みを貼りつける。どうやら羅刹暴吾は、己の実力が眼前の赤ハチマキ&葵の二人組よりも勝っていることを瞬時に見抜いたらしい。

 

 

「ここは俺たちに任せてお逃げください、りこりん様!」

「羅刹暴吾は強いって話だからナ! 仮に俺たちが負けてもいいように、ここは逃げ一択だぜ、りこりん様!」

「ね、ねぇ。一つだけ聞かせて。どうしてボクのためにそんなに頑張ってくれるの? 本来、寮の違うボクたちは敵同士だよね? そ、それにボクは、『様』付けされるような立派な人じゃないよ? ほんの些細なことでビクビクしてて、情けないだけのボクを、どうして――」

「――それ以上、自分を貶めるのはお止めください。りこりん様には良い所がいっぱいあります。その魅力に気づいたからこそ、俺たちは闇組織を作ってまで、こうして助けに駆けつけてまで、貴女のために尽くしたいと考えているんです。今はわからずとも、いつかきっと自らの魅力に気づけるはず。だからどうか、りこりん様は今のまま、成長してください。それが俺たち『ビビりこりん真教』の唯一の願いです」

「こいつの話を信じられないなら、りこりん様の友達に聞いてみるといいサ! 絶対、りこりん様の良い所をこれでもかって教えてくれるからサ!」

 

 理子が「ふ、二人とも……」と赤ハチマキの武偵と葵を見やると、二人が優しさを多分に含んだ視線を返してくる。理子が二人を残すことを躊躇わないように。後々になってから理子が『逃げる』という判断をした過去の自分を責めないように。そのような心遣いが見え隠れする赤ハチマキの武偵と葵の眼差しを受けて、理子は、二人に背を向けて、走り出した。

 

 

(状況はよくわからない。なぜかボクを狙っている敵がたくさんいて、でもボクには味方もたくさんいる。なら、ボクは――ボクなんかの味方になってくれている人たちのためにも、絶対に生き残る! この寮取り合戦を、生き残ってみせる!)

 

 理子は心の中で決意を固めつつ、全力で逃げ出していく。が、ここで。理子は何もない所で躓き、顔面からドサァッと派手に転んだ。ここまで幾度か全力疾走で逃げてきたためか、肉体的疲労により理子の足が言うことを聞かなくなりつつあったがための展開である。

 

 

「ぜ、絶対、絶対に生き残るんだからぁぁああああああああ――ッ!!」

 

 理子は顔面強打の激痛に涙目になりながらも、涙声で己の覚悟を絶叫しつつ羅刹暴吾からどんどん逃げていく。その逃げ足スキルは凄まじく、あっという間に羅刹暴吾や赤ハチマキの武偵、葵の視界から理子の姿が消え失せた。

 

 

(……見たカ?)

(はい。バッチリと目撃しました)

(黒だったサ!)

(ええ、今日のりこりん様は黒でしたね!)

(こ、これは全真教メンバーに緊急通達せねばならないサ!)

(連絡は俺に任せてください、決定的瞬間を携帯に収めましたので!)

(でかしたサ、葵! じゃあその間はこの羅刹暴吾を俺一人で押さえるサ!)

(了解しました!)

 

 愛という名の鼻血をダクダクと垂れ流しながら、目だけでアイコンタクトを取る赤ハチマキの武偵と葵。ついさっきまで素晴らしく良い人な雰囲気が全力でにじみ出ていただけに、何とも残念な言動である。救いがあるとすれば、この二人の本性を理子が知らないということだろう。知らぬが仏とはこのことか。

 

 ちなみに、この時。隙を見せまくる赤ハチマキの武偵と葵を一気に駆除するため、攻撃を仕掛けようとしていた羅刹暴吾が、二人がブシャアと鼻血を噴出し始めたのを前に、『何だこいつら、いきなりこんな大量の鼻血を放出するとか、気持ちわりぃ。やっぱりユッキー様以外を崇める奴って総じてキチガイなんだな。改めて確信したぜ』と内心で引いていたのだが、そのことを当の赤ハチマキの武偵と葵は知らないのであった。

 

 

 そして、十数秒後。葵の携帯を起点として、『【拡散希望】我らが神、りこりん様の今日のパンツは黒』という情報が決定的瞬間の写真付きで発信され、『ビビりこりん真教』の信者たちに瞬く間に伝播していったのだとか。情報社会、恐るべし。

 

 




理子→主に大菊寿老太のせいで恐慌状態に陥り、本来の戦闘能力を発揮できないでいるビビり少女。ついに東京武偵高の抱えるダークサイドこと、東京武偵高三大闇組織の存在を知ることとなった。現時点で割と体力を消耗している彼女ははたして最後まで生き残れるのだろうか。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
⑩葵→読者からふぁもにかが独断で参戦させたキャラ。強襲科Bランク、2年・男。『ビビりこりん真教』の信者ナンバー003。一人称は『俺』。基本、丁寧語を使う小柄な子。くせっ毛な茶髪に漆黒の眼差し、赤縁メガネが特徴的。武偵にしては珍しい、落ち着き払った性格。真面目で純粋。実は落とした財布を必死に探していた時に理子に届けられ、その優しさに惚れたという裏エピソードがあったりする。でもって、そのエピソードは『ビビりこりん真教』の聖書に綴られ、全信者に共有されていたりする。武器は基本拳銃のみだが、サブでナイフを所持。体の各所に仕込んだ拳銃を取り出して撃ち尽くしたらリロードせずポイ捨て&次の拳銃を取り出すといった、懐事情的にまるで優しくない戦闘スタイルを採用している。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
羅刹(らせつ)暴吾(ぼうご)→『ダメダメユッキーを愛でる会』の過激派。強襲科Aランクの中でも割と強いとの評判がある程度は広まっている。普段は理性的だが、今回は凶悪な名前に負けない暴走っぷりを披露している。一応、不知火よりは弱い。
赤ハチマキの武偵→『ビビりこりん真教』の信者ナンバー046の武偵。大盾を攻撃と守備とで併用して戦うタイプ。ちなみに、『ビビりこりん真教』での活動をきっかけに彼女ができた。

○ディスガイアが元ネタな者たち
ニジレッド→ニジレンジャーのリーダー。本名:赤松秀夫。リアクション担当。高校生だがエロ方面には全く目覚めていない、健全なようで健全じゃない感じが否めない高校生である。
ニジブルー→ニジレンジャーの構成員。本名:青木貞夫。やられ役筆頭その1。
ニジイエロー→ニジレンジャーの構成員。本名:黄菊正雄。やられ役筆頭その2。
ニジオレンジ→ニジレンジャーの構成員。本名:橙島エルゴ。理子、ジャンヌを除くニジレンジャーの中で何気に一番強かったりする。
ニジグンジョウ→ニジレンジャーの構成員。本名:群青直哉。ニジレンジャーの中で最も輝いていたと思われるキャラ。カッコいい所を見せるも、弱さゆえにあっさりと撃破されてしまう。暴力には勝てなかったよ……。

※鳥人型ロボット
・平賀文が寮取り合戦で撃破ポイントを稼ぐために大量に投入したロボット。その数は軽く3ケタを超えており、内蔵されているセンサーで武偵を見つけ出し、手当たり次第に気絶させようと攻撃を仕掛けてくる仕様となっている。強襲科Bランク並みの実力を持っているため、下手に立ち向かうのは危険。ちなみに、たまに鳥人型ロボットに紛れてイレギュラーとしてフライングマン型ロボットが混じっている。


 というわけで、EX6は終了です。まさかあのおまけの一発ネタだったニジレンジャーたちがここまで輝く回が生まれるとは、さすがに読者の皆さんも想像してなかったのではないでしょうかねぇ? 私自身も『キャラが勝手に動く理論』で彼らが動き回り始めたものだから非常に驚いたのが記憶に新しいです。個人的にも当初は一発ネタに終わるはずだったモブの方々にスポットライトが当たり活躍してくれるのは非常に楽しかったです、あい。


 ~おまけ(その1:一方その頃)~

金建ななめ「お、着信だ。また撃破通達かな……ッ!? り、りこりん先輩の今日のパンツが黒、だと……!?」
レオぽん『? 何か言ったのか?』
金建ななめ「い、いや! 何でもない、何でもないよ! あは、あはははははは!」
レオぽん『おー?』
風魔陽菜「むむ?」

 金建ななめは『ビビりこりん真教』の信者ナンバー226である。


 ~おまけ(その2:もしも羅刹暴吾の暴力から理子を救ったのが『奴』だったら)~

 羅刹暴吾の唸りを上げる拳が理子を襲わんとする。が、理子に赤ハチマキの武偵とメガネの武偵の援護は来ない。万事休すに陥る理子だったが、ここで。流れが変わった。

 何と、暴力を振るう側だったはずの羅刹暴吾が、理子の背後越しにビュオンと風を切って繰り出された『何か』により殴られたのだ。そのあまりの勢いに、羅刹防護の体は街路樹に叩きつけられ、そのまま何本もの街路樹をなぎ倒すようにして吹っ飛び、最終的にビルの入口を封鎖するガラス扉にガシャーンと突っ込む形でようやく終息。結果、羅刹防護は気絶し、撃破通達が生き残りの全武偵に周知されるのだった。


(だ、誰かがボクを助けてくれた!?)

 瞬時に状況を判断した理子が背後を振り返った時。理子はビシリと、石像のごとく固まった。なぜなら。ダスターコートに黒いペストマスク、顔とマスクとの隙間から漏れ出る紫色の煙が特徴的な一人の人間がグネグネしていたからだ。さらに、ダスターコートのあらゆる隙間から蛍光ピンク色をしたぶっとい無数もの触手が顔を出し、その表面から透明な粘液を垂れ流しながらうねうねと左右に蠢いていたからだ。


「違うだろぉ、それは違うだろぉ! りこりんは弄って脅して怯えさせるのが楽しいのであって、ただ単に暴力任せにいたぶり痛めつけるのは違うだろぉ!? お前らはりこりん弄りの暗黙の了解を理解できていなぁぁあああい! 貴様は所詮、りこりん弄り界隈でのにわかなのだ! 情弱は山へ帰れぇぇええええええええええええッ!! フヘニハハハハハッ! アハハハハハハハッ! ……あ、りこりん。大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」

 散々触手と一緒に体をグネグネしながら絶叫していた存在――もとい大菊寿老太はふと我に返ると、理子の顔色をうかがってくる。が、理子からすれば、ついさっきまで狂人認定不可避な態度をしていた存在が急に自分に対して優しくなった所で、警戒心が薄れる所か、眼前の存在に対する恐怖が増幅されるだけだった。


「ひ、ひぁあああああああああああああ!!」
(お、追いつかれたッ!? さっきの触手に追いつかれたぁ!?)

 理子はもうボロボロと涙を流しながら、涙声な悲鳴とともに走り去る。
 この悪夢が一刻も早く覚めることを願うことしか、今の理子にはできなかった。


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EX7.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(7)


 どうも、ふぁもにかです。今回は前回サラッと登場したものの少しばかり影の薄かった平賀製の鳥人型ロボットが本格的に存在感を表し、そしてさらなる動きが見られる回となってます。この辺がこの番外編の中盤ですからね。そろそろ物語を全力で盛り上げていきたい所ですな。



 

 ――13:10

 

 

 東京武偵高の校舎。2年A組の教室内にて。神崎千秋は偶然出会ってしまった後輩の女子武偵を相手に、教室の机や椅子などを巧みに利用する戦い方により、どうにか無傷での勝利を収めていた。ちなみに。肝心の戦闘描写は丸カット。探偵科Dランクと強襲科Eランクとの戦闘など大して映えないゆえの悲劇である。

 

 

【探偵科Dランク:神崎千秋(2年)が強襲科Eランク:桜桜(おうはる)(さくら)(1年)を撃破しました。神崎千秋に16ポイント付加されます】

 

 

「はぁぁー、どうにか勝てたか。良かった、いくら強襲科だからってEランクの武偵に撃破されたんじゃルームメイトにどんな顔をすればいいかわかったもんじゃないからな」

 

 撃破通達を携帯画面で確認したことで、今しがた自分が戦っていた相手の専攻とランクを把握した千秋はホッと安堵の息を零す。「あの武偵、雰囲気からして多分高校から武偵高に入った感じだったから、なおさら負けずに済んで助かった」と、千秋が先の戦闘での相手の印象を思い起こしながら感想を述べていると、ガララと教室の引き戸を開く者が現れた。

 

 それは武偵制服をタキシード風にアレンジし、黒の蝶ネクタイを装着している男だった。ピッシリと着こなされた服。187センチもの細身な体躯。どこか幼さを残しつつも大人の色香を醸しつつある雰囲気を引き連れた銀髪黒目の男は、教室内の千秋の姿を見つけると、当然のように左手を腹部に置きつつ礼を行い、「おや。これは千秋様。ここで会うとは奇遇でございますね」と柔らかな口調で言葉を紡いだ。

 

 

「おい、葉月。お前、武偵高にいる間は俺に話しかけるなって言ったよな? 俺とお前がそういう関係だって悟られないようにしろって言ったよな?」

「そうは言われましても……今回は寮取り合戦というイベントですので、普段のように千秋様の行動パターンを読んだ上で接触を避けるのは至難の業なのです。とはいえ、千秋様の要望に応えられなかったのもまた事実。いかなる処罰もお受けしましょう」

「……じゃあ、そうだな。武偵高にいる間はその丁寧語なしで俺と話せ。それが処罰だ」

「それは承服いたしかねます」

「いやいやいや! 今『いかなる処罰もお受けしましょう』って言ったよな!? 言ったそばから断るのかよ!?」

「申し訳ございません。ですが、私の口調は千秋様への揺るがぬ誠意の証ゆえ、取り払うわけにはいかないのです。だからどうか、処罰は別の形でお願いいたします」

「……ったく、だからお前は苦手なんだよ」

 

 千秋はげんなりとした表情で深々とため息を吐く。実を言うと、神崎千秋の実家はちょっとしたお金持ちである。何名か執事やメイドを雇い、家の管理や子供たる千秋の世話を任せられる程度には資産家な家である。そして。千秋の眼前の男――葉月――もその執事の一人である。何かと危険が付き物な武偵高の日々で千秋の技量で対処不可能な事態から彼を守るために、過保護な親が勝手に武偵高へと送り込んできた、千秋の私兵なのだ。

 

 武偵高自体は危険地帯のど真ん中なので、葉月が武偵高に投入されたこと自体はありがたい。しかし、千秋は自分の家がお金持ちだと知られたくなかった。他の生徒には、あくまで自分のことをごく一般的な家に生まれた凡人だと思ってほしかった。というのも、小学生時代に自分の家がお金持ちなせいでテンプレのような嫌な経験をしているからだ。ゆえに。千秋の心中は非常に複雑なものとなっていて、それが武偵高内における葉月への険のある態度へと帰結しているのだ。

 

 ちなみに。これは余談なのだが、神崎家の執事やメイドは就職を機に本名でなく、月にちなんだ命名を受け、新たに名付けられた名前での活動を強制される。葉月もその一人であるため、本名は千秋も知らなかったりする。

 

 

「だから俺は実家がちょっとアレなだけで、ただそれだけだからな! その他は一般人そのものだからな! 妙な勘繰りとか入れるんじゃねぇぞ!? 絶対だぞ!?」

「千秋様。一体誰に向かって怒鳴っておられるのですか? 天井には誰も貼りついていませんが?」

「はッ!? お、俺は一体何を……」

「あぁ、寮取り合戦のストレスで精神が疲弊しておられるのですね。でしたら、今から簡易療養施設をこの場に設置いたしますので、千秋様はその中でご静養を――」

「いいから! そういうのいいから! 俺は大丈夫だから余計なことすんな!」

「そうでございますか。ですが、何か不調がありましたらいつでも私にご用命くださいませ。そのための私ですから」

 

 千秋のおかしな言動に葉月は無駄に洗練された無駄な動作とともに教室内に即席の療養施設を作り上げようとするも、千秋は大げさな葉月の行動を、自分が元気であることをアピールする形で中断させようとする。その後。千秋の必死さを受けて、千秋の主張を受け入れる葉月な一方、千秋は内心で「こいつ、本当に面倒くせぇ……」と嘆きの一言を漏らした。

 

 

「ところで、千秋様。話によると、千秋様は出撃組に組み込まれたのにポイントをあまり稼げていない現状にお困りだそうですね?」

「ぅぐッ!? な、なんでそれを!?」

「私は千秋様の執事ですから。そこでご提案なのですが――千秋様が撃破ポイントを獲得し、ルームメイトの方々とより良い寮に住めるよう、その辺の武偵たちを気絶寸前まで追い込み、ロープで拘束したものを2年C組の教室に用意しております。後は千秋様が彼らの意識を刈り取ればそれで大量のポイントを稼ぐことができましょう。ささ、早くこちらへ」

「え、ちょっ、何それ怖ぇよ!? 何やってんだよ、お前!? というか、俺はまだお前の提案を呑んでねぇぞ! そんな死刑執行人みたいな役目、俺は絶対やらないからな!」

「ですが、それでは千秋様がルームメイトの方々から戦犯扱いされて――」

「――それはそれで嫌だけど、それとこれとは別だ! てか、それはお前の功績なんだから、お前がトドメ刺してポイント取っとけよ。執事だからってこんな時まで俺を優先して、敢えて俺より劣悪な寮を選ぶことはないんだぞ?」

「ですが――」

「ですがですがうるせぇよ。執事が主人のために影から支えるのは結構だけど、率先して犠牲になるな。俺の良心が痛む。……お前が俺の力になりたいって思ってるなら、今から俺と共闘してくれ。一日パートナーだ」

「ち、千秋様……」

 

 千秋のぞんざいな口調ながらも、葉月を一個人として気遣う心情が読み取れる言葉に、葉月は心から感動する。このお方は必ずや大物になるとの確信を抱き、ここで葉月は教室へと確かに忍び寄る異変に気づいた。

 

 

「千秋様ッ!」

「ッ!? おい、いきなり何を――!?」

 

 葉月は現状における最善の行動として千秋の両肩を両手で押し出す形で千秋の体を後方へと吹っ飛ばす。いきなり葉月に押されたせいでつい尻餅をついた千秋が葉月の行動を問い質そうと声を張り上げようとした瞬間、千秋は目撃した。

 

 2年B組の教室と2年A組の教室の間に鎮座する黒板を体一つでぶち破る何かが現れる瞬間を。全長3メートル以上、横幅2メートル以上の、鳥の頭部とムキムキな鋼鉄の体部とを併せ持った例の『鳥人』型のロボットが葉月の顔面を右フックで殴り飛ばす瞬間を。

 

 

「ち、千秋様……私に構わず、早く、逃げ……ガフッ」

【装備科Aランク:平賀文(2年)が諜報科Aランク:葉月(2年)を撃破しました。平賀文に22ポイント付加されます】

「葉月ぃぃぃいいいいいいいいいいいッ!?」

 

 千秋は葉月がワンパンで撃破されてしまったことに強い衝撃とともに絶叫の声を上げる。無理もない、千秋は葉月の強さを良く知っている。その葉月がたった一撃で簡単にノックアウトしてしまったという事実は、千秋には少々刺激が強すぎたのである。

 

 

『私は鳥人だよ。友達になろう』

 

 つい呆然とその場に立ち尽くす千秋に鳥人型ロボットが「友達になろう」と言いつつも当然のように振りかぶった拳を情け容赦なく打ち出してくる。千秋が鳥人型ロボットの敵意に気づき、逃げようとしても時既に遅し。千秋は鳥人型ロボットの手により意識を刈り取られ、己の持つポイントを鳥人型ロボットの作製者たる平賀に還元することとなる――そのはずだった。

 

 だが、ここで。教室の天井にビシシッと蜘蛛の巣状にヒビが入ったかと思うと、天井から『何か』が降ってきた。千秋と鳥人型ロボットの間に入るように天井から落下し、己が両足でしかと着地した『何か』。これもまたロボットだった。

 

 それは、鳥型のロボットだった。鳥類の頭部に、雪のように真っ白な腹部に、真っ黒に染められた背部に、首には黄色と赤のアクセント。そして、鳥人型ロボットと同様に全長3メートル以上、横幅2メートル以上の鋼鉄の体躯を誇る、皇帝ペンギン型のロボットだった。

 

 

(あ、これ終わったな……せめて痛くありませんように!)

 

 同じ鳥類(?)型のロボットが追加で登場してきたために、千秋は自身の生存を諦める。眼前の無駄に高スペックな2体のロボットから逃げきれるとは到底考えられなかったのだ。

 

 しかし、ここで事態は千秋の思わぬ方向へと動き出す。何と、皇帝ペンギン型ロボットは何を思ったか、『ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイン!!』と鳥人型ロボットに対して、握りしめた拳(?)で殴りかかったのだ。

 

 

『どきなさい、鳥。私は君の後ろの人間と友達になりたいんだ!』

『ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

 

 殴られた鳥人型ロボットは両足でその場に踏みとどまり、強烈なカウンターパンチを皇帝ペンギン型ロボットにお見舞いするも、皇帝ペンギン型ロボットもまた一歩も退くことなくさらなる拳の連打を鳥人型ロボットに叩き込む。

 

 

『飛べない鳥に用はない! 鳥の分際で私の邪魔をするな!』

『ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

(色々ツッコミどころが多すぎてどうすりゃいいかわからないけど、そもそもペンギンは『ペンギン!』って鳴かねぇだろ!? もっと鳥類らしい鳴き方するだろ!? って、こんなどうでもいいことにツッコんでる場合じゃねぇよ、俺!? ロボット同士で仲間割れしてくれてるなら好都合、今の内に逃げるぞ!)

 

 一歩ものけ反らないロボット同士の殴り合いの応酬。その一種の芸術とも捉えられる光景につい釘づけになる千秋だったが、己の為すべきことをハッと思い起こすと、ただいま絶賛気絶中の葉月を背負って2年A組教室から脱出する。

 

 葉月の187センチもの体躯は千秋の身長を軽く超えており、千秋が葉月を背負うだけでかなり体力を消耗するのだが、だからといって葉月の気絶体をここ(※ロボット同士が手加減なしの本気で仲間割れしている激戦地)に捨て置く理由にはならないのだ。

 

 

(とにかくまずは葉月を安全な場所に持っていかないと! どこがいい!? 一体どこなら安全なんだ!?)

 

 千秋は己の中で考えが纏まらないまま、それでも少しでもロボットの同士討ちが決行されている教室からできるだけ距離を離そうというただ1つの方針を元にひた走る。そして。一旦校舎内から出ていこうと階段を下りる形で玄関ホールへと向かった瞬間。千秋は鳥人型ロボット計5体の待ち伏せに出くわした。「マジかよッ!?」と、慌てて階段を登ろうとする千秋だったが、既に踊り場には別の鳥人型ロボットが回り込み済みだった。

 

 

「クソッ!? こいつら何体いるんだよ!?」

 

 葉月を背負っているがために両手の使えない千秋は、もはや覆しようのない絶望的な状況に全力で悪態をつく。だが、そんなもので状況に変化が生じるわけがなく、今にも鳥人型ロボットたちが拳を振り下ろさんとする対象たる千秋はまさしく風前の灯火であった。が、しかし。ここで予期せぬ介入者が千秋の元に現れた。

 

 

「しゃがめぇぇええええええええええええええええッ!」

「ッ!」

 

 突如、千秋の鼓膜を震わせる命令。半ば反射的に千秋がその指示に従ってその場にしゃがみ込むと、千秋の横合いの廊下から介入者が参上した。三輪バイクことトリシティに乗っているその介入者はバイクごと空高く跳んでみせると、車輪で踏み潰す形で鳥人型ロボットの1体を動かぬガラクタへと移行させる。その後、介入者のトンデモな行動に一瞬だけ対応の遅れた他の鳥人型ロボットへ対し、介入者はトリシティを停止させつつサブマシンガンを発砲。的確な射撃で鳥人型ロボットたちの頭を撃ち抜き、鳥人型ロボットの動作を強制シャットダウンさせた。それは、実に5秒に満たない早業であった。

 

 

「……」

 

 介入者の圧倒的掃討力に千秋が呆然としていると、介入者がポンポンと後部座席を手で軽く叩いて「乗れ」と簡潔な2文字で命じてくる。介入者、もといボサボサな栗色の髪の毛を肩にかかる程度に伸ばし、榛色をした瞳をした、女子の武偵制服に身を包んだ武偵に、千秋がつい固まったままでいると、「何固まってんだ。さっさと乗れ。それともさっきのロボット共にまた襲われたいのか? だったら置いてくけど?」と女子武偵に急かされた。

 

 

「わ、わかった!」

 

 またさっきのような常軌を逸したふざけたロボット連中に襲われてはたまったものではないと千秋がトリシティの後部座席に飛び乗ると、女子武偵は「ほら、ヘルメット。あと、後ろに背負ってる奴、落とさないよう気をつけろよ」と千秋にヘルメットを渡しつつ注意を促すと、「しっかり掴まってなぁ!」とトリシティを発進させて武偵高から出発した。

 

 

「な、なぁ。どうして君は俺を助けたんだ。俺たちは同じ寮じゃないのに……」

「何だ、今の状況を知らねぇのか? さっきのロボットを見ただろ? もはや、寮同士で争ってる場合じゃなくなってんだよ。だから助けた。文句あるか?」

「いや、ない」

「なら良し。とりあえず、どっかテキトーに休憩できる場所に行くぞ。そこで現状を説明してやる」

 

 上記の会話を最後に千秋と女子武偵との間の会話は終了し、女子武偵がトリシティを道路上にて走らせるのみとなる。千秋は新たな話の種として先ほど自分を(※ついでに葉月も)助けてくれたお礼を述べようとして、ここで女子武偵の名前を知らないことに気づいた。

 

 

「……なぁ」

「ん?」

「俺は神崎千秋、探偵科Dランクの2年生だ。君は?」

「アキだけど、いきなりどうした?」

「いや、俺の恩人の名前を知らないってのもどうかと思ってな。ありがとう、アキちゃん」

「~~~ッ! お、俺は男だ! 勘違いしてんじゃねぇよ!」

「え、はッ!? ウソだろ!?」

「マジだよ! なんでここでウソつかないといけないんだよ!?」

「じゃあなんで女子の制服着てるんだよ!? 転装生(チェンジ)なのか!?」

「ちっげぇぇええよ! ルームメイトに女装を強制されてんだよ! あいつら、俺の服をどっかに隠して女子の制服だけ残しやがって! 女子の制服を着て寮取り合戦に参加するか、全裸参戦するか二者択一だとかいう、メモ書き残して消え失せやがって! 何考えてんだよ、あのキチガイども! あぁぁああああああ、思い出したら滅茶苦茶ムシャクシャしてきたぁぁあああああ! 今バイク運転してなきゃ腹いせで俺の黄金の右脚使ってお前の息子を蹴り潰してたってのにぃ!」

 

 女子武偵、もとい女子の武偵制服を着用することを余儀なくされていたアキが目に見えてイライラした様子でトリシティの運転スピードをギュイイインと跳ね上げる中。千秋はアキの思わぬ荒々しい発言に「ひょ!?」と一度は驚くも、その後、八つ当たりでアキに金的を蹴り上げられるという事態を自然と回避できていたことに内心でこっそりと安堵のため息を吐くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――13:15

 

 

 路地裏にて。アリアと宮本リンとの戦いは激化の一途を辿っていた。宮本の神速の剣技を目で追えないアリアは宮本の間合いに入らないように距離を置きつつ、宮本の顔面目がけて銃弾を放つ。アリアが宮本の顔面のみしか狙わないのは、一度宮本の手首に銃弾を命中させた時に、その銃弾を宮本のしなやかに鍛え上げられた筋肉によって弾かれたからだ。

 

 一方。己の間合いの範囲外からの攻撃を徹底するアリアに対し、宮本はそれでも刀のみで戦う。一応拳銃も所持しているのだが、宮本の銃の腕はポンコツなので、牽制にすら使えないからだ。しかし、アリアに距離を取られたからといって、宮本にアリアへの攻撃手段がないわけではない。

 

 

「俺の剣技に銘はなし――『無名』二刻!」

 

 宮本はアリアが的確に放ってくる銃弾を、とてもEランク武偵とは思えない足捌きで華麗に避けてみせると、技名を口にしながら刀をその場で横薙ぎに振るう。真横に振るわれた刀は、宮本の間合いから十分に距離を取っているアリアを斬りつけることはない。しかし、振るった刀の生み出した斬撃の軌跡は刀身から分離し、三日月型の白い斬撃がアリアへと射出される。そう、宮本は文字通り、斬撃を『飛ばす』ことができるのだ。

 

 

「くぅッ……!」

 

 宮本が直接振るう刀のスピードよりは遅い、飛ぶ斬撃。しかし、この飛ぶ斬撃の最も恐ろしい所は何より――宮本の任意のタイミングで斬撃を1つから2つに、2つから4つに、4つから8つに、といった要領で分裂させることができる点だ。そのため、自身の目の前で散り散りに分裂した飛ぶ斬撃勢をアリアは必死にかわす。かわして、かわして、それでも避けられない斬撃は銃弾で撃ち落としていく。

 

 が、ここで。一瞬だけアリアの視界が真っ暗に染まり、アリアはその場でフラフラとたたらを踏む。結果、本来撃ち落とすはずだったいくつかの斬撃が、そのままアリアの腹部を刻み込むこととなった。もちろん、防弾制服は防刃も兼ねているがためにアリアの体に直接傷がつくことはないが、その衝撃に小柄なアリアの体は簡単に吹っ飛ばされる。

 

 足が地面から離れてしまったアリアはクルリと後ろ向きに回転し、ガバメントを持ったままの右手で地面に手を突き、少し肘を曲げ、力を溜めた勢いで跳ね上がる。バックハンドスプリング(片手版)の要領でどうにか整えるアリアだったが、攻撃をまともに喰らった腹部が思いの外痛みを訴えるために、つい左手で腹部を押さえてしまう。

 

 その隙を逃すまいと、独自に編み出した歩法で距離を瞬時に詰めた宮本が「『無名』七刻!」と、これまた神速の突きを繰り出してくるも、アリアは己の直感の力を借りることで、宮本の刀の腹に右手のガバメントを下からぶち当て、宮本の突きをアリアの頭上へと逸らしてみせた。

 

 

「ハァ、ハァ……。驚いたな。まさかここまで俺の刀が通じないなんて。これでも結構努力して強くなったつもりだったんだが、認識が甘かったか」

 

 宮本はアリアの反撃を未然に防ぐために一度、背後に大きく跳んでアリアとの距離を取る。その後、宮本は今現在、胸のうちに抱いている正直な感想を口にする。約30分も戦闘を続けてなお、決着がつかなかった。いくら相手がSランク武偵とはいえ、疲労というハンデを背負っているアリアを倒せなかった。そのことが宮本にとってただただ衝撃的だった。

 

 

「……己を鍛えているのが、努力しているのが自分だけだと思わないことですよ。宮本さん」

 

 そんな宮本の心中を知ってか知らずか、アリアはあたかも今の戦いで自分の方が優勢だったと言わんばかりに平然とした口調で宮本に語りかける。実際はアリアの方が終始劣勢で、基本的にアリアは宮本の猛攻を間一髪で凌ぐので精一杯だったのだが、それは言わぬが花だろう。

 

 アリアはすっかり疲労困憊だった。アリアが疲れきっているのは宮本視点にて、目に見えて明らかだった。滝本発展屋の回し者たちを相手に真夏の炎天下の中で何時間も戦い続けていたアリアは現状、宮本と話している間も足元がおぼつかなく、放っていれば今にも倒れてしまいそうなほどなのだ。しかし、アリアは未だに敗れない。ロクに水分補給もももまん補給もできておらず、熱中症一歩手前であるというのに、アリアは未だに撃破されない。

 

 

(これが、Sランク武偵。いや。母親を助けるために、この小柄な体で孤軍奮闘してきた正義の武偵か……!)

「なぁ神崎。さすがに俺も疲れてきたし――そろそろ決着つけようぜ」

「?」

「今から俺は必殺の一撃を出す。それが決まれば俺の勝ち、それを避けるなり上手いことカウンターを決めるなりすれば神崎の勝ち。どうだ、シンプルだろ?」

「……いいでしょう。貴方の土俵に乗った上で、貴方を越えてみせますよ」

 

 たとえ劣勢でも決して屈しない。例え本調子でなくとも、使える手段を利用して全力で足掻く。そのような戦い方を見せるアリアを前に、宮本は感動していた。これが己の求める『力』の一つの在り方なのだということを思い知ることのできた宮本は、アリアに敬意を称し、自分が誇る必殺の一撃で勝負を終わらせることを提案する。それを当然のように受け入れてくれたアリアに宮本は内心で感謝し――刀を鞘に収め、居合いの構えに入った。

 

 

「『無名』零――」

「死ねや、邪神神崎ぃぃいいいいいいいいいいい!」

「しゃあああああああああああああああああああ!」

「オレサマオマエマルカジリィィイイイイイイイ!」

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」

 

 が、ここで。アリアと宮本との激闘に無粋な邪魔が入ってきた。アリアの背後から突如として4名の武偵が出現し、なぜか釘バットに統一しているらしいそれぞれの武器を振りかぶり、アリアへと振り下ろしてきたのだ。

 

 彼らの正体は至って簡単、東京武偵高三大闇組織の過激派の者たちである。さらに言うなら、彼らは邪神アリアを滅ぼすという一点に関してお互いに結束中の、『ダメダメユッキーを愛でる会』と『ビビりこりん真教』との混成部隊である。

 

 実をいうと、彼らは約10分前からアリアの姿を見つけ、敢えて物陰に潜んでアリアと宮本との戦いを静観していた。それは宮本にアリアを弱らせるだけ弱らしてもらってから、自らの手で引導を渡そうと考えていたからだったりする。

 

 

「しまッ――!?」

 

 そんな彼らの計画は今の所、大成功だった。何せ、疲労困憊なアリアは突然の背後からの急襲に対応しようとして、ズルッと足を滑らせ、地面に膝をついたのだから。が、彼らの思惑通りに事が進んでいたのはこの瞬間までだった。

 

 

「『無名』八刻!」

 

 あっという間にアリアを庇うように移動してきた宮本がブオンと、まるでライトセーバーを振った時のような音を響かせながら刀を振るい、ノロノロとした飛ぶ斬撃(※やたらと分厚い)を生成する。その後、とろい斬撃に対して宮本が逆袈裟に振るった刀を直接ぶつけた刹那、分厚い斬撃が粉々に砕けつつ、アリアに危害を加えんとしていた4名の武偵へと一直線に向かっていった。

 

 

「「「「ぎゃあああああああああああああああ!?」」」」

 

 不意に形成された斬撃の弾幕。銃弾のごときスピードで突撃してきた無数の斬撃を前に、弱ったアリアでなければ倒せない程度のスペックの武偵たちでは当然ながら為すすべがなく、無数の斬撃に呑み込まれる形であっけなく撃破されることとなった。

 

 

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)が装備科Bランク:草波(くさは)エル(3年)を撃破しました。宮本リンに17ポイント付加されます】

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)が通信科Cランク:寺和(てらわ)呂守(ろす)(3年)を撃破しました。宮本リンに9ポイント付加されます】

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)が諜報科Eランク:天天(かみそら)(たかし)(2年)を撃破しました。宮本リンに11ポイント付加されます】

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)が鑑識科Cランク:終終(すえつき)(おわり)(1年)を撃破しました。宮本リンに11ポイント付加されます】

 

 

「ったく、人がせっかく真剣勝負やってんのに、邪魔してんじゃねぇっての。空気読めよ」

「あ、ありがとうございます、宮本さん」

「いいっていいって。俺はただ、ああいう姑息な連中の思い通りにさせたくなかったってだけだしな」

 

 アリアは宮本にぺこりと頭を下げて感謝の念を伝えると、当の宮本はヒラヒラとお礼の言葉なんていらないと言わんばかりに手を振る。その後、「それより、ここは――」と言葉を残したかと思うと、路地裏に設置されていた青いごみ箱の蓋を吹っ飛ばすように鋭い刺突を放つ。すると、「ひ、ひぃぃ!?」とゴミ箱の中から顔がすっかり青ざめている状態な武偵が飛び出てきた。どうやらアリア狙いの伏兵がまだ隠れ潜んでいたようだ。

 

 

「なッ!? まだいたんですか……!?」

「よう。お前もさっきの連中のお仲間だよな?」

「ち、違う! 違う違う違う! お、俺はあいつらみたいにアリアさまを狙う過激派じゃない! 寺和(てらわ)呂守(ろす)先輩に無理やり連れてこられただけで、本当は『アリアさま人気向上委員会』の一員なんだ! だからここはお願いだから見逃して――」

「――へぇ? よくわからないが、色々事情を知ってそうだな、お前?」

 

 酷い消耗によりごみ箱内に潜伏中の武偵の存在に気づけなかったアリアが素直に驚きを顕わにする中。青いごみ箱を横倒しにし這い出る形でごみ箱から飛び出てきた男子武偵は、宮本の問いにその場で膝を抱え頭を両手で覆い隠しながら、まるでマナーモードのごとくガタガタ震えながら口早に自分は先の4人とは無関係であることを主張する。男子武偵が宮本から少しでも距離を取ろうと逃走を図らない所を見るに、宮本の剣技がよほど恐ろしかったのか、今現在、男子武偵はどうやら腰が抜けているらしい。

 

 その男子武偵の発言内容に宮本は一瞬ピクッと目をひくつかせたかと思うと、ニヤリと悪ガキのように口角を吊り上げる。宮本の反応から嫌な予感を感じ取った男子武偵が「な、何だよぉ……?」と涙声で問いかけた矢先、宮本は刀を振るい、男子武偵の首元で刀をピタリと止めた。結果、薄皮一枚だけ斬られた男子武偵の首筋にタラリと血が伝うこととなった。

 

 

「ひへぁ!?」

「お前に色々と聞きたいことができたから、とりあえず今の状況をお兄さんに洗いざらい話してくれ。痛い思いをしたくなかったら、な」

「わかった! わかった、話す! だから刀をどけてくれぇ! ……いや、ホントどけてくださいお願いしますぅぅうううううううう!!」

 

 宮本は無駄に低くした声と威圧感に満ち満ちた眼差しで男子武偵を脅しにかかる。その結実として、アリアと宮本は男子武偵から今の寮取り合戦の状況を知ることになるのだった。でもって。後にアリアは如実に語る。この時、男子武偵からなるべく情報を引き出すために全力で脅しにかかった時の宮本は実に『イイ』笑顔をしていたと。

 

 




アリア→体力的に凄まじく不利な状態ながらも宮本の猛攻を凌ぎきってみせたメインヒロイン。何だかんだで強襲科Sランクなだけのことはある。
神崎千秋→実は実家がちょっとしたお金持ちだった一般人代表。自らがロボットに撃破されるリスクを上げようとも既に気絶してしまった執事を見捨てない、善人の鏡である。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
⑪葉月→読者のアイディアから参戦したキャラ。諜報科Aランク、2年・男。一人称は『(わたくし)』。タキシード風にアレンジした武偵制服や187センチもの細身な体躯、銀髪黒目などが特徴的。実はちょっとした金持ちな神崎家の執事として、千秋の世話や身辺警護の任務を担っている。口調は終始丁寧語。何気に千秋パパよりも千秋を信仰している。ちなみに。神崎家の執事やメイドは就職を機に本名でなく、月にちなんだ命名を受け、新たに名付けられた名前での活動を強制されるため、『葉月』という名前は偽名である。

⑫アキ→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Bランク、2年・男。一人称は『俺』、目上の人には『自分』。信用できない、または嫌いなヤツは相手だとタメ口になる。肩にかかる程度に伸ばしたボサボサな栗色の髪に、榛色をした瞳が特徴的。身長約155センチ、体重約37キロゆえに、初対面の人から中々高校生だと思ってくれない。小中学生だと勘違いされてしまう。本人はそんな体格を気にしており、見た目でバカにした奴には誰だろうとドロップキックをお見舞いする。この時、相手が男だと金的も追加でプレゼント。体力がかなり少ないために超短期決戦型を好み、精々15分が限界である。大型二輪免許を取得済みであり、トリシティが愛車。武器はP90x2と小太刀二本による二刀流。カナほどではないが、女装向きの見た目をしている。

⑦宮本リン→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Eランク、3年・男。艶のある黒髪をオールバックにしている。アリアとの戦いを経て、アリアの在り方を垣間見たために、ただいまアリアへ対する好感度が大幅上昇中である。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
桜桜(おうはる)(さくら)
草波(くさは)エル→草wwww生えるwwwwwwwwww
寺和(てらわ)呂守(ろす)→テラwwwwwワロスwwwwwwwwww
天天(かみそら)(たかし)
終終(すえつき)(おわり)
寺和(てらわ)呂守(ろす)の後輩の武偵→宮本のことがトラウマになった模様。

※皇帝ペンギン型ロボット
・寮取り合戦で撃破ポイントを稼ごうと大量に鳥人型ロボットを投入した平賀へのカウンター措置として武藤が投入したロボット。こちらも鳥人型ロボットと同様に、その数は軽く3ケタを超えており、内蔵されているセンサーで鳥人型ロボットを見つけ出すと、手当たり次第に鳥人型ロボットを撃破しようとする。「ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイン!」としか鳴かないのが少しだけ物足りない気がしないでもない。ちなみに、たまに皇帝ペンギン型ロボットに紛れてイレギュラーとしてプリニー型ロボットが混じっている。

 というわけで、EX7は終了です。『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラが輝いていらっしゃる、そんな回だったかと。それにしても、今更ながら、読者キャラに勝手に追加設定を施していることが不安になってきた件について。容姿とか突拍子もない裏設定とか私の都合の良いように追加している所があるのですが……う~む、大丈夫なのかなぁ?


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EX8.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(8)


 どうも、ふぁもにかです。今回はキリの良さ的に短めの内容となってます。とはいえ、それでも軽く7000字は超えてますけどね。熱血キンジと冷静アリアの連載当初は1話3000字とか4000字とかが普通だったと記憶しているのに、いつの間に私はこんなにも1話にぎっしり話を詰めこむ派になってしまったのでしょうか。いや、悪いことじゃないんですけどね。



 

 ――13:30

 

 

 男子寮付近の道路上にて。風魔陽菜(属性:忍者)と金建ななめ(属性:ムードメーカー)とレオぽん(属性:着ぐるみ)は鳥人型ロボットと皇帝ペンギン型ロボットの、それぞれの集団同士の激しい戦闘の渦中に巻き込まれていた。

 

 

『私は鳥人だよ。証拠が見たいかい?』

「そんなの欠片も見たくないでござる!」

 

 鳥人型ロボットは皇帝ペンギン型ロボットに暴力を差し向けながらも陽菜たち3名をも撃破しようと襲いかかってくる。そんな、誰が相手でもまず自身の種族を明かすことを欠かさない鳥人型ロボットを陽菜は刀で真っ二つにする。鋼鉄製の鳥人型ロボットの首と胴体とをさも当然のように離れ離れにして、鳥の頭と人間の体とを上手いこと分断する形で破壊していく。

 

 

『ならば友達の証にこのタキシードの胸元を開いて、人間の体と鳥の頭とのちょうど境目を見せてあげよう』

「ちょっと待ったぁーッ! いつあたしとあんたが友達になったのさ!?」

 

 その陽菜の傍らにて。金建は別の鳥人型ロボットの襲撃に対し、スコップを振るって鳥人型ロボットのひざ裏にヒットさせ、鳥人型ロボットを膝カックンさせる。そうして、隙を上手く作り出した金建はスコップの先端を鳥人型ロボットの頭部に突き刺し、貫く形で破壊していく。

 

 だが。敵意を持って襲いかかってくるのは鳥人型ロボットだけではない。基本的に鳥人型ロボットを標的としているらしい皇帝ペンギン型ロボットは、陽菜と金建こそ狙わないものの、レオぽんに対しては普通に襲いかかってくるのだ。どうやら皇帝ペンギン型ロボット的には、自身の視界に映るレオぽんは鳥人型ロボット側の存在であるらしい。

 

 

『オレはプリニーッスゥゥウウウウウウウウ!』

『おいらはレオぽんッスゥゥウウウウウウウウ!』

『ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイン!』

『これがレオぽん稲妻飛び後ろ回し蹴りッスゥウウウウウウウウウ!』

 

 ゆえに。レオぽんを破壊しようと包丁を振り下ろしてくる、皇帝ペンギン型ロボットのイレギュラー体であるプリニー型ロボット(※全体的に丸みを帯びたフォルム、青い背部、白い腹部、死んだ魚のような瞳、黄色いくちばしが特徴的)を、今現在他の武偵の返り血で血塗れなレオぽんは正拳突きで一思いに破壊する。

 

 その後、プリニー型ロボットを相手している今がチャンスだと攻撃を仕掛けてきた皇帝ペンギン型ロボットをレオぽんは蹴り一つであっさりと返り討ちにする。この時、何気にプリニー型ロボットの口調がレオぽんにも移っている件についてはツッコんではいけない。

 

 とにかく。上記のように割とハイペースでロボットたちを撲滅していく陽菜たち3名。だが、ロボットどもの数は減る気配を見せない。それどころか、数がズンズンと膨れ上がっているように陽菜たちには感じられてならなかった。

 

 

「くぅッ、これではキリがないでござる! ここは戦略的撤退にござるよ!」

「りょーかい! ロボット狩っても撃破ポイント稼げないもんねー!」

『おー、殿はおいらに任せろー! バリバリー!』

「やめるんだ、レオぽん!」

 

 このままではいずれ自分たちが体力の限界を迎え、ロボットたちに撃破されてしまう。そのように考えた陽菜が戦場からの撤退を提案した直後、待ってましたと言わんばかりに金建とレオぽんが同調してくる。どうやら考えていることは皆一緒だったらしい。その後。陽菜は煙玉でロボットたちの視界を潰し、レオぽんが縦横無尽に手足を振り回して周辺のロボット共をひとしきり吹っ飛ばして血路を作り、金建はポケットから取り出したボイスレコーダーをレオぽんが作り出した血路――とは反対の方向へ投げ捨ててから血路を一番乗りで通り抜けていく。

 

 そうして。ボイスレコーダーから「ぎゃー。こっち来るなー(棒読み)」との金建の名演技な悲鳴が轟き、主に武偵狩りを目的とする鳥人型ロボットがその声に釣られている隙に、陽菜とレオぽんも金建の後を追うようにロボットたちの戦場のど真ん中から脱出する。かくして。3名は事前の打ち合わせなしの高レベルな連携により、誰一人撃破されることなく事なきを得るのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――13:40

 

 

 ロボット同士がシュールな抗争を開催している中心地帯から抜け出ることに成功した陽菜、金建、レオぽん。この3名は今、教務科の一個室にて軽い休息をとっていた。

 

 

「……な、何だかおかしな輩がいっぱい湧いてきてるでござるなぁ」

 

 陽菜が自前の魔法瓶水筒から熱々のお茶を補給しつつ漏らした感想に、金建とレオぽんはそろって首を縦に振る。それだけ、今の陽菜の言葉が金建とレオぽんの心情をも正確に汲み取っていたということか。ここ1時間の間、3人は散々『おかしな輩』に出会ってきた。所構わず猛威を振るう鳥人型ロボットやその鳥人型ロボットを止めにかかる皇帝ペンギン型ロボットが軽く3ケタは人口浮島に解き放たれているらしいことはもとより、現状、生き残っている武偵の中にもおかしな輩が増えてきているのだ。

 

 やれ「アリアさま以外の神は認めない、この世から駆逐せねば!」とか「ユユユユユッキキキキィィィイイイイイイ様はァァァアイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィイイイイ!」とか「りこりん様はりこりん様してりこりん様のためにりこりん様を捧げてりこりん様がりこりん様でりこりん様のりこりん様でりこりん様りこりん様りこりん様りこりん様!」とか、クスリでもキメているのではないかと真剣に疑いたくなるほどに酷い精神状態の連中があちらこちらに跋扈し始めているのだ。そんな現状に3人がげんなりするのも無理からぬ話だろう。

 

 

「だよねだよねぇ。さっきは『アリアさま人気向上委員会』の過激派とかいうのが徒党を組んで『アリアさまを崇めない奴は全員死刑ぇぇええええええいッ!』とか叫びながら半狂乱で襲撃仕掛けてきたし、ホントに何がどうなっちゃってるん? 教えて、レオぽん先生!」

『ググれ』

「酷ぇ!? 先生の発言じゃないよ、それぇ!?」

『うるさいぞ。クレクレ厨にプレゼントしてやる情報なんてない』

「そんなぁー(´・ω・`)」

 

 意識的か無意識的なのか、場を和ます茶番を展開する金建とレオぽんをよそに。熱々のお茶で水分補給を果たした陽菜はおもむろに携帯を取り出し、耳に当てる。

 

 

『お、どうしたー?』

「いえ、少々協力を仰ごうかと思ったゆえ」

「誰、誰かな? もしかしてヒナヒナの忍者仲間!? ニンニンフレンズ!?」

「残念ながら忍者ではないでござる。しかし、忍者である拙者より、隠密及び情報収集能力に長けた御仁にでござる。彼ならきっと、今のどこか狂った状況を正確に把握しているかと――お、繋がったでござる」

『どうも、こちらは清く正しい咲実です。お掛けになった電話は現在使われていないか、電波の悪い所――』

「拙者は騙されないでござるよ? 機械音声と機械音声を真似た肉声とを聞き分けられない拙者ではないでござる」

『あれ、これじゃあ騙せませんか。さすがは忍者ですね』

 

 陽菜は現状がどうなっているかの情報を求めて咲実に電話をかけ、さも電話が繋がりませんでした然を装う咲実の擬態を見破ってみせる。どうやら陽菜が頼りにしている咲実という存在は、一度は電話が繋がらなかったかのような演技をする辺り、茶目っ気を持ち合わせた武偵であるようだ。

 

 

「いえいえ、拙者はまだまだ修行中ゆえ、大したことないでござる。それより、電話が繋がるということはそちらも無事のようでござるな、咲実殿」

『潜伏と逃走は俺の専売特許ですからね。寮内での話し合いで俺が潜伏組に割り振られた時点で寮取り合戦を最後まで生き残れることは確定したも同然です。あと、俺に『殿』付けはいりませんよ。ランクも実力も俺の方が陽菜さんよりも下ですからね』

「そんなことはありません。咲実殿からはまだまだ学ぶ所がたくさんありますから」

『それは光栄です』

「さて。そろそろ本題に入らせてもらうでござる。単刀直入に聞くでござるが……咲実殿はどこまで現状を把握しているでござるか?」

『ま、人並みには理解しているつもりですよ。聞きますか?』

「お願いするでござる」

『わかりました。一度しか言わないので、しっかり聞いてくださいね』

 

 咲実は事前に陽菜に傾聴をお願いすると、己が収集した雑多な情報を整理する意味合いも込めて現状を陽菜に語り始める。一方。陽菜は、自分も話を聞きたいと耳を陽菜の携帯にズイズイ寄せてくる金建とレオぽんに苦笑いをしつつ、自身も咲実の話に耳を傾けた。

 

 

 咲実の話を要約するとこうだ。今現在、これまでは表舞台で派手に活動をすることのなかったはずの東京武偵高三大闇組織の『ダメダメユッキーを愛でる会』『ビビりこりん真教』『アリアさま人気向上委員会』が、寮取り合戦という絶好の機会を利用してそれぞれ抗争を行っている。最初こそ『打倒、遠山キンジ!』で結束していた三大闇組織は今や、三陣営に分かれて戦争を行っているのだ。抗争の目的は単純に自分が所属する闇組織の規模拡大や他の闇組織の勢力減衰。そのために、それぞれの闇組織の構成員は各々の崇める神の素晴らしさを競い合うように、他の闇組織の構成員との戦闘を行っている。

 

 これらはあくまで構成員同士の争いであるため、気をつけてさえいれば闇組織に所属しない武偵が抗争の被害に遭うことはない。しかし、現状、三大闇組織は一枚岩ではなくなっている。それぞれの三大闇組織の一部が過激派と化して組織の統率から離れ、暴徒のごとく好き勝手やらかしているのだ。特に目立っているのは、他の闇組織が神として祭り上げる存在を直接血祭りにしてやろうと、峰理子や星伽白雪、神崎・H・アリアの身柄を虎視眈々と狙っている過激派一派である。

 

 だが、問題はこれだけではない。何と、三大闇組織の抗争に乗じて、三大闇組織が潰し合っている今こそが好機だと、勢力拡大を狙った闇組織が数多く湧いて出てきているのだ。今の所、咲実が確認しただけでも『美咲お姉さまに踏まれ隊』『クロメーテル護新教』『擬人化した得物について語ろうの会』『氷帝ジャンヌ一派』『百合の花を育て上げる会』『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』などの少人数闇組織が、三大闇組織の勢力を弱め、あわよくば自分こそが新・東京武偵高三大闇組織の一柱に君臨せんと暴れ始めているのだ。

 

 また、何も上記の闇組織の所属メンバーは、全員がただ1つの闇組織のみに入っているわけではない。いくつもの闇組織に複数所属し、多重スパイを行っているなんてことはしばしばであり、組織内から構成員を潰していくといった、内部からの反乱も勃発しているそうだ。

 

 さらに。これに加えて、人口浮島には平賀文が効率よく多量の撃破ポイントを稼ぐべく作り上げた鳥人型ロボット軍団と、そんな平賀の抑止力として武藤剛気が作り上げた皇帝ペンギン型ロボット軍団とが軽く1000体は解き放たれ、そこかしこでロボット大戦を繰り広げているのだ。これが闇組織の暴れっぷりにカオス要素をプラスしている主因である。

 

 

 今の所、奇跡的に死亡者こそ発生していないものの、数多くの闇組織が倒し倒されの抗争に参戦し、血で血を洗うような闘争を繰り広げている。これが、寮取り合戦の裏側で展開されていた、ほとんどの武偵が知り得ない裏事情であった。

 

 

「……さすがは咲実殿。まさか、ここまで詳細な情報を得られるとは正直思ってなかったでござる。情報提供、感謝するでござる」

『どういたしまして。それでは、私はそろそろ失礼します。大変な状況ではありますが、陽菜さんもどうか頑張ってください』

 

 陽菜は咲実が電話を切ったことを確認してから携帯を閉じる。そして。陽菜は今の話をちゃんと聞こえていたかと、陽菜の携帯に耳を澄ませていた金建とレオぽんに目線で尋ね、二人がこれまた目線で肯定の返事を返してきたため、陽菜は自分の口から事情を再説明せずに、今後自分たちが選ぶべき行動について話し合うことにした。

 

 

「……思ったよりとんでもないことになっていたでござるな」

「全くだよ! 寮のメンバーでチームを組んでポイントを稼ぐっていう、寮取り合戦の主旨が根本から崩壊しちゃってるじゃんか! これは世界を股にかける美少女と名高いななめちゃんもビックリな展開だよ!」

『……』

「おろ? レオぽん? どったの、調子悪いん? いつもの調子だったら、ここで『いや、君は精々“微”少女だとおいらは思うぞ?』みたいな感想をぶちまける所だよね?」

「レオぽん殿、大丈夫でござるか? ぽんぽん痛いでござるか?」

 

 と、ここで。レオぽんの様子がおかしいことに対して、陽菜と金建はそれぞれからかいの要素を含めつつもレオぽんの体調を心配して言葉を掛ける。すると、レオぽんはしばしの沈黙の後に、『おいら、もう考えるのをやめにするよ。後のことは二人に任せたー。あはははは』と投げやりな言葉を発したかと思うと、その場にビタンと背中から倒れ、微動だにしなくなった。どうやらレオぽんはあんまりな現状に対して現実逃避を選択したようだ。

 

 

「レ、レオぽん殿が現実逃避したでござる!?」

「ちょっ、待って! 戻ってきて、レオぽん! 確かに目を背けたくなるカオスな状況だけど、レオぽんみたいなメルヘン世界の住人にまで見限られちゃったら収集つかなくなっちゃうよぉ!」

 

 かくして。陽菜と金建は今後自分たちが選ぶべき行動について話し合うより前に、案外メンタル面が脆弱であったレオぽんがきちんと現実と向き合えるように、しばらくポジティブな言葉をかけ続ける必要に駆られるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――13:55

 

 

 同刻にて。アリアと宮本もまた、陽菜&金建&レオぽんグループが入手した情報とほぼ同等のものを脅しという手段により、過激派たる寺和(てらわ)呂守(ろす)の後輩の男子武偵から入手していた。

 

 

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)が探偵科Dランク:覚覚(かくさだ)(さとる)(1年)を撃破しました。宮本リンに9ポイント付加されます】

 

 

「宮本さん。お願いがあります」

「わかってる。戦いはやめだ、行っていいぞ」

 

 宮本リンが全てをペラペラと喋り終えた男子武偵の意識を峰打ちで刈り取り、撃破ポイントを入手する中。真紅の双眸に強い意志を宿したアリアが宮本へと1つのお願いを口にしようとするも、アリアが言わんとしたことを先回りで把握していた宮本はアリアのお願いを即座に了承する旨の返事を実にあっさりと返した。

 

 

「……いいんですか?」

「あぁ。その代わり、日を改めて決着をつけようぜ。今度は神崎の体力が万全な時にさ」

「それいいですね、わかりました」

「何をする気なのかは何となく想像つくが……俺が神崎の護衛をしなくても大丈夫か?」

「その必要はありません。宮本さんが脅しで事情を聞いている間に少しは休憩できましたし、宮本さんがそこまで私に気を遣うことはありません。宮本さんは自分の寮のグレードアップのため、ポイント稼ぎを頑張ってください」

「そうかい。ならお言葉に甘えて、そうさせてもらうぜ。――状況が状況だ、くれぐれも気をつけろよ」

「宮本さんこそ」

 

 アリアと宮本はどちらからともなく差し出された右拳でコツンと軽くぶつけたのを最後に、二手に分かれての活動を開始する。かくして。アリアと宮本との勝負の結果は、イレギュラー極まりない事態を知った二人が休戦協定を締結する形で後日へと先延ばしとなるのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――14:00

 

 

 同刻。救護科棟の一室に執事の葉月を寝かせ終えた後の神崎千秋もまた、自らの窮地を救ってくれたアキ経由で一連の状況を聞き及ぶこととなった。

 

 

「ま、まさかこれほどまでにカオスなことになっているとは……あぁ、平和な日常は一体どこに行ってしまったんだ……」

「嘆きたい気持ちはわかるが、現実逃避はやめとけよ。んなことしても根本的な対策にはなり得ないんだしさ」

「あぁ、そうだな……」

 

 黒の両眼からハイライトを消し去り、「あははは」と力なく笑う千秋だったが、千秋のことを心配してのアキの言葉に千秋の心はほんの少しだけ前向きになる。と、ここで。千秋は何の得にもならないはずなのにわざわざ時間を割いて自分に今の状況を説明してくれたアキに対して「ありがとう、アキ」と簡潔に感謝の言葉を口にした。

 

 

「ま、感謝してくれるんなら、今の話を少しでも多くの武偵に伝えてくれ。それが被害を最小限に抑える最善の方法だからな。もちろん、自分にできる範囲でいい」

「わかった」

 

 真っ向から感謝されたのがこそばゆいのか、プイッと顔を背けながら千秋に頼み事をするアキ。本当なら危険すぎる外をうろつきたくなんてないが、命の恩人からの依頼を無下にするような千秋ではなく、すぐに首肯した。そして。千秋は救護科棟の外の様子をうかがおうと窓から外の景色を見つめて――「は?」と固まった。

 

 その後。千秋が外へと視線を固定したまま体を石のごとく硬直させたことに「ん?」と疑問を抱き、ひとまず千秋と同じ景色を共有しようと窓際へと近づいたアキもまた「え?」と、目を真ん丸に見開き、呆然とした声を吐き出した。

 

 

 その時。誰もが『それ』を見た。

 寮取り合戦にて今の所生き残っている誰もが『それ』を見た。

 

 それぞれ別れたばかりのアリアと宮本が見た。

 教務科に滞在中の陽菜と金建とレオぽんも見た。

 現在、闇組織の過激派から絶賛逃亡中の理子も見た。

 誰にも見つからない絶好の隠れ場所に潜伏中の灰塚礫も見た。

 ジャンヌとその取り巻きたるテニス部後輩女子武偵たちも見た。

 次なる標的を同じSランクのアリアに定めている中空知美咲も見た。

 次なる理子へのドッキリ内容を考案中の大菊寿老太も見た。

 

 誰もが見上げ、ある者は固まり、ある者は驚愕の声を上げ、ある者は現実逃避に全力で走り。ある者は興奮ゆえの意味不明な言語を漏らす光景。それは――。

 

 

 

 

 

『ペェェエエエエエエエエエエエエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

『ホモォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 全長30メートル強の、皇帝ペンギン型の巨大ロボットと『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットとが文字通り体と体とを全力でぶつけ合う、重量感の凄まじすぎる激突シーンだった。

 

 




アリア→宮本と休戦協定を結んだために単独で行動することとなったメインヒロイン。彼女は一体何を考えているのやら。
風魔→鳥人型ロボットと皇帝ペンギン型ロボットとの抗争に意図せず巻き込まれた被害者その1。レオぽんのことを冗談をぶつけて遊べる対象だと思っているが、金建ほど全力でレオぽんを使っての遊びはしなかったりする。
レオぽん→鳥人型ロボットと皇帝ペンギン型ロボットとの抗争に意図せず巻き込まれた被害者その2。この度、中の人のメンタルの弱さが露呈した模様。
神崎千秋→アキの頼みを受けて、撃破ポイント目当てに否応なく相手に襲われるリスクを背負いつつも、それでも現状を一人でも多くの武偵に伝えることにした一般人代表。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
⑤金建ななめ→読者のアイディアから参戦したキャラ。探偵科Cランク、1年・女。ショートな金髪ストレートと活発な性格とが中々マッチした感じ。鳥人型ロボットと皇帝ペンギン型ロボットとの抗争に意図せず巻き込まれた被害者その3。

⑬咲実→読者のアイディアから参戦したキャラ。諜報科Bランク、2年・男。敬語がデフォルトであり、一人称は『俺』。とある烏天狗のごとく「清く正しい咲実です」が口癖である。陽菜とは世間話する程度の仲であり、所属は新聞部。武偵高の情報を集めてはそれを新聞にして発表するのが趣味なのだが、割りと洒落にならないプライバシー情報もそれなりの頻度で発表して記事にされた者の怒りを買うが、逃げ足だけは早く、また後々のフォローも完璧であるため、咲実に対して恨みを募らせる者はほとんど存在しない。

⑦宮本リン→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Eランク、3年・男。艶のある黒髪をオールバックにしている。もしもキンジくんがいない世界だったら宮本くんとここのアリアさんはくっついてたかもしれない、と私が一瞬思い至ったぐらいにはアリアとの相性が良い模様。

⑫アキ→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Bランク、2年・男。肩にかかる程度に伸ばしたボサボサな栗色の髪に、榛色をした瞳が特徴的。ふぁもにか的に真正面から素直な気持ちをぶつけられることに弱い印象がある。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
覚覚(かくさだ)(さとる)

 というわけで、EX8は終了です。今回はまさしく『衝撃のラスト!』って雰囲気を醸し出せたので私としては満足です。でもって、一部の武偵が寮取り合戦の実情を知りつつある所で中盤は終了。次回辺りからは終盤へ向けて駆け始めていきますので、よろしくです。


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EX9.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(9)


 どうも、ふぁもにかです。ふと思い至ったのですが、この番外編って何気に群像劇ですよね? 様々なキャラクターが各々の目的を抱えて勝手に暴れ回り、神の視点(読者の視点)でしか物語の全体像を掴めないといった感じになってますしね? お、おおおおおおおおおお! 群像劇! 群像劇か! いやぁ、群像劇って何気に憧れだったんですよねぇ(*^▽^*)



 

 ――13:55

 

 

 時は少々さかのぼる。

 

 

「ふふふッ、ふふふん♪」

 

 平賀文は超絶ご機嫌だった。自分が秘密基地から解き放った鳥人型ロボットがきちんと目に映る武偵たちをなぎ倒し、潜伏中の武偵をセンサーで目ざとく見つけ出して気絶させ、着実に撃破ポイントを稼いでいることが、自らの携帯に届く撃破通達から存分に確認できるからだ。クオリティの高い寮を確保し、秘密基地2号を作る。その平賀的に壮大な計画が順風満帆なことが、平賀にはただただ嬉しくて仕方なかった。

 

 

「……ま、私の動きを察知した武藤くんが皇帝ペンギン型ロボットで対抗しているみたいだけど、数の利は私の方にあるからそこまで問題じゃない。それに、こういうこともあろうかと、私には秘密兵器があるからね、なのだ」

 

 そんな平賀はレキとビスマルクの2名を眠り状態にするという方法で撃破した地点である、プレハブ小屋でカモフラージュした秘密基地1号の眼前へと舞い戻っていた。そして、平賀がポケットから取り出したテレビのリモコンのようなものをポチポチといくつか操作すると、プレハブ小屋の正面のコンクリート床に縦に一本線が引かれ、ゴゴゴゴゴッという重厚な音とともに床が真っ二つに開かれた。

 

 パックリと開け放たれた床から這い出るようにして顔を覗かせてきたのは、真っ白な球体の装甲に『( ^o^)』という、いかにも男同士の同性愛に飢えていそうな顔をした巨大ロボ。平賀はその巨大ロボの口に潜り込む形で巨大ロボの操縦席に座ると、赤色の大きく目立った丸いスイッチを勢いよくボチッと押す。すると、ビョイーンという珍妙な効果音を引き連れる形で、巨大ロボが上空へと跳び上がった。

 

 

「ふふふ、行くぜ! 生き残りの武偵も、武藤くんの小さいロボット軍団も、全部一掃してやる! パワーこそ最強なのだ!」

 

 迫る地面を前に、平賀は巨大ロボを操作して、球体の装甲から蜘蛛の足のような、細く、しかし頑丈さに定評のある4本脚を射出し、コンクリート壁を足先で軽く突き刺しつつ、地上に巨大ロボを着地させる。かくして、平賀は己が登場している、全長30メートル強の『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットで人口浮島を暴れ回ろうとするのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――13:58

 

 

「来たか、最悪の事態」

 

 若白髪の目立つ黒い短髪が特徴的な武偵こと市橋晃平は、車輌科のドッジに武藤が事前に設置してくれていた監視モニターの画面越しに、細く鋭い四本足に白い饅頭のような中心部が酷く目立つ全長30メートルほどの巨大ロボットが地上に現れるという迫力満点なシーンを前に、「ほぅ」と息を吐きながら一人呟く。

 

 

「シミュレーターのスコアアタックでは結局カンストを逃してしまったが、操作方法は割と熟知した。それじゃあ、平賀製のアレの暴走を食い止めて、武藤の期待に応えるとしよう」

 

 市橋はちゃっちゃと車輌科のドッグにこれまた武藤が設置していた皇帝ペンギン型の巨大ロボットの足の部分のハッチを開いて中へと乗り込む。そして、操縦席までたどり着いた市橋はドッグの入り口がガガガガッと自動的に開かれたのを機に、ドッグから飛び出した。

 

 全長30メートル強の皇帝ペンギン型の巨大ロボットに搭乗した市橋が見たものは、四本足を動かし敢えてドシンドシンと地面を揺らす足音を鳴らすことで潜伏中の武偵を炙り出そうとしている『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの姿。

 

 

「さて、まずはテキトーに威嚇して奴にわしのことを気づかせないとな。えーと、十字キーでアピールっと」

『ペェェエエエエエエエエエエエエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

「ちょっ、アピールの音量デカすぎやしないか!?」

 

 市橋がアピールのコマンドを入力すると、皇帝ペンギン型の巨大ロボットがその巨大なくちばしをガバッと開き、まるでカラオケボックスでシャウト系の歌を歌うかのような叫び声を轟かせる。

 

 そのあまりのうるささに空気がビビビッと振動する中。思わず市橋が両耳を両手で塞いでいると、市橋の存在に気づいた『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットがグルンと体を回転させて顔を市橋の方へ向けると、『ホモォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』と、とんでもない声量の咆哮を返してきた。

 

 

「上等、やってやるか。……有り余る才能を持て余し、暴走している後輩に、わしが少し灸を据えてやる」

 

 ロボット的な合理的判断に基づいたものとは思えない、特に意味のない咆哮返し。それをわざわざ行ってきたという事実から、市橋は『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットを平賀が直接操作しているとの確信を抱く。この時、市橋の心中のやる気スイッチがONに切り替わる感覚を当の本人は知覚しつつ、市橋はニィと挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 かくして。『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットと皇帝ペンギン型の巨大ロボットとの前代未聞なギガントロボット大戦が勃発したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――14:05

 

 

 所変わって、地下倉庫(ジャンクション)にて。ジャンヌが武偵攫いとして白雪に目をつけた件にて、白雪の放った『緋緋星伽神(ひひのほととぎがみ)』により地下7階から地下3階までがもれなく破壊された地下倉庫跡地には、今現在、地上の人口浮島の様子を映し出す無数と言っていいほどのモニターが縦に積まれ横に並べられたモニター室と、仮設治療施設が設けられていた。

 

 仮設治療施設には生徒会メンバーや教務科の人々が撃破されてしまった武偵たちを運び込んでおり、それらの大勢の武偵たちの簡易治療は救護科の女性教諭たる矢常呂イリンが一手に担っている。気絶者は際限なく回収されてくるのにも関わらず、誰の力も借りず一人でたくさんの武偵の応急処置をドンドン終えていく辺り、矢常呂イリンの傑物っぷりがうかがえるというものだ。

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 一方。モニター室にて、撃破者回収のために外に出払っている生徒会メンバー以外の残り全員がモニター画面を見つめていた。生徒会メンバーはそろって閉口していた。無理もない、闇組織の暴走に始まり、全長3メートル程度のロボットの大群が跋扈し、ついには全長30メートル超えの巨大ロボットが2体もほぼ同時に爆誕してきたのだ。モニターを挟んでもなお、まるで収集のつきそうにない地上の混沌とした戦況っぷりに言葉をなくすのは至極自然な反応だろう。

 

 

「……これは酷いですね。地獄絵図ってこういう光景のことを言うのでしょうね」

「わ、私さ、寮取り合戦に生徒会メンバーが参加できないのがまるで仲間外れにされているみたいで正直嫌だったんだけど……これを見るとさ、うん」

 

 モニターに映る色んな意味で凄惨な光景に、生徒会メンバー(※何気に全員女子で構成されている)はそれぞれ率直な感想を口にする。「わ、私、寮取り合戦に不参加でいられて本当に良かったですぅ!」という1年の女子武偵のガクブルしながらの発言に残りの生徒会メンバーが同調するようにそろって首を縦に振る辺り、それが総意なのだろう。

 

 

「……どうしますか、生徒会長? これはもう『ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』を中止した方がいいのではないでしょうか? このままでは死者が出るのも時間の問題かと思いますが――」

「いや、最後まで見届けよう。東京武偵高の生徒は皆、根っからの悪人じゃないからね。きっと、悪い結末にはならないよ」

 

 東京武偵高の生徒の身を案じた上での副生徒会長からの提案に、ただいま副生徒会長の膝の上をMyポジションとしてちょこんと占拠している白雪は首をフルフルと軽く左右に振りつつ却下する。どうやら白雪は何も杞憂していないようだ。

 

 

「でも、念のために保険は打っておこうか。万が一にも犠牲者が出ちゃったら、今頑張って武偵の印象を上げてくれてるアーちゃんに申し訳ないもんね。てことで……いるよね、こばちゃん」

「あぁ、もちろんSA☆」

「「「「ッ!?」」」」

 

 白雪は自らの背後に向けて言葉を投げかけと、背後から中性的な男の声が帰ってくる。そのことに白雪以外の生徒会メンバーに動揺が走った。当然だ、何せ生徒会メンバーしかいないはずのモニター室にいつの間にやら侵入者の存在を許していたのだから。

 

 

「さすがはユッキー。僕の超能力『見えざる変態』をナチュラルに見破ってくるなんて……全く、これだからユッキーは最高だぜぇー♪」

「えへへぇー、どういたしましてだぜぇー♪」

「だ、誰だッ!?」

「んー? こばちゃんはこばちゃんだよ?」

「うん、俺は小早川透過だ。ユッキーとは同じ専攻のよしみって所かな、よろしく」

 

 副生徒会長が膝の上の白雪の両脇にスッと手を差し込み丁重に膝の上から床へと下ろした後に、他の生徒会メンバーを代表して侵入者の正体を問い質すと、小早川透過と名乗った男は縁アリ眼鏡をクイッと中指で位置を調整しながら短めに自己紹介をする。デザートイーグルと黒刀二本を腰に差し、首からはカメラをぶら下げた小早川の姿は、ただ者ではないような雰囲気を纏っているように白雪以外の生徒会メンバーの目には映った。

 

 

「お前、何が目的だ?」

「え、ユッキーに会うことだけど? ちょうど会いたい気分だったし」

「な、どうしてここがわかった!? 生徒会長がここにいるという情報は生徒会と教務科以外は知り得ない情報なはずなのに――」

「――いやいや、普通に特定できるでしょ? 少し頭の回る武偵なら、ここ地下倉庫跡地が意外と死角になっていて、絶好の隠れ場所だってことはすぐ頭に思い浮かぶと思うよ。ここに実際にユッキーがいるかどうかはさて置き、ね」

 

 小早川への警戒心ゆえに小早川に突っかかる副生徒会長に小早川は「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべつつ、軽く副生徒会長に言葉を返す。そして、副生徒会長がさらなる追求をするより前に小早川は「ところでユッキー、用事は何かな?」と話題を振った。

 

 

「もちろん、今の状況はわかってるよね? ということで、こばちゃんにはもし今の事態が収拾つかなかった際の対処をお願いしたいな」

「……俺はこういう面倒事の中の面倒事には積極的に関わらないスタイルなんだけどな」

「まぁまぁそう言わずに。お願い☆」

「やれやれ、まぁいいさ。俺の『見えざる変態』の名に賭けて、頑張らせてもらうか」

「やった、よろしくねー」

 

 存分にだらけつつもそれでも女の子らしい口調で小早川に頼み込む白雪を前に、小早川は簡単に頼みを引き受ける。実は『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー009だったりする小早川が、ユッキー様直々のお願いを無下にできるはずがないのである。

 

 そうして。「ふッ、これもまた男の性か……」などと独り言を口にしながらモニター室を後にしようとする小早川。しかし、ここで何かを思いついたらしい小早川がグルンと首だけを後ろに回しつつ「あ、そうそう。副生徒会長さん」と呼びかけた。

 

 

「とりあえず、今からは地下倉庫の警備を厳重にしておくことをオススメするよ」

「どういうことだ?」

「ここモニター室も絶対的な安全地帯じゃないってこと。ついさっき、ユッキー狙いの闇組織の過激派がこの場所を特定して襲撃をかけようとしていたみたいだぜ。俺がここへたどり着く道中、偶然目撃したからちゃっちゃと撃退しといたけど……ユッキー襲撃隊の第二波が編成されないとは限らないからさぁ」

 

 小早川は己の懸念を語り、地下倉庫に白雪への害意を多分に胸の内に秘めた侵入者がやってこれないような措置の行使を副生徒会長に依頼する。そして、小早川は携帯に自身の撃破記録を表示し「はい」と生徒会メンバーに見せた。

 

 

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が超能力捜査研究科Bランク:育育(いくすけ)(そだち)(3年)を撃破しました。小早川透過に22ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が強襲科Bランク:初初(ういはつ)(はじめ)(1年)を撃破しました。小早川透過に25ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が装備科Cランク:的的(てきまと)(あきら)(3年)を撃破しました。小早川透過に13ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が車輌科Cランク:晶晶(せいしょう)晶晶(まさよし)(1年)を撃破しました。小早川透過に10ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が諜報科Cランク:草草(かやくさ)草草(そうしげ)(3年)を撃破しました。小早川透過に16ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が特殊捜査研究科Bランク:理理(よしり)(ことわり)(2年)を撃破しました。小早川透過に19ポイント付加されます】

 

 

「こ、こんなにいたのか!?」

「おー、いっぱいいるねぇ」

「言ったよね? 少し頭の回る武偵ならここのことが思い浮かぶって。そーゆーことだからユッキーのこと、よろしく」

 

 副生徒会長を始めとした生徒会メンバーが白雪の居場所を特定した過激派一派の意外な数の多さに目を見開く中。小早川は白雪の身の安全を生徒会メンバーに託し、あっさりとモニター室を去っていくのだった。

 

 

「――んじゃ、また明日とか」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――14:20

 

 

 一方その頃。女子テニス部の後輩武偵たちを引き連れつつ快進撃を続けているジャンヌの進軍はまだまだ続いていた。ジャンヌは武偵がいそうな場所として体育館を襲撃し、体育館を潜伏場所としてこれまで上手いこと隠れていた、防弾制服をホスト風に改造していた謎の武偵たちを一人残らずきっちり撃破していた。

 

 

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が衛生科Dランク:KEN(1年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に14ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が情報科Cランク:TAKA(2年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に8ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が尋問科Eランク:HIRO(2年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に9ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が探偵科Bランク:TSUBASA(2年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に16ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が鑑識科Cランク:HIDE(3年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に11ポイント付加されます】

【情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)が超能力捜査研究科Eランク:TOMO(1年)を撃破しました。ジャンヌ・ダルク30世に13ポイント付加されます】

 

 

「……ふぅ、こんなものか」

(それにしても、今の相手は総じて雑魚だったな。相手が女だとわかるやあざとい言動で口説き落とそうとするばかりで武器を向けてこなかったし、超能力を使うまでもなかった。……全く、連中は何もわかっていない。紳士であることは確かに大事だが、ここの女子生徒は女である前に武偵だ。その武偵をまるで非力であるように扱うことは侮辱にしかならんというのに……)

 

 エセホスト軍団を軽く撃破したジャンヌはデュランダルを鞘の中にカチャンと仕舞う。その流麗な所作に背後のジャンヌの取り巻き武偵たちが黄色い声を存分に上げる中。ジャンヌは内心にて、紳士としての心の在り方を間違えている節の見られるエセホスト軍団に対してため息を吐いた。

 

 と、この瞬間。体育館に異変が起きた。突如、体育館の入り口から勢いのつけられた荷押し車がジャンヌの元へと迫ってきたのだ。その荷押し車をジャンヌ様が手を下すまでもないと言わんばかりに取り巻きの後輩女子武偵の一人が拳銃で荷押し車の車輪をパンクさせて横転させると、荷台に載っていたらしい、人一人は入れそうなサイズの木箱が転がり出てきた。

 

 

(何だ、この木箱――)

「なぁッ!?」

 

 そう、ジャンヌが疑問に思った時。木箱が爆ぜた。文字通り木箱がドガァァァンと爆発し、木箱を中心に四方八方へと激しい火花を引き連れた幾重もの炎をまき散らし始めたのだ。それと同時に、木箱の中には数多くの発煙筒も仕掛けられていたらしく、噴出された白い煙があっという間にジャンヌたちを呑み込み、動きを制限していった。だが、この時。ジャンヌのオッドアイな両眼は捉えた。木箱の中で激しい炎を打ち出す、その正体を。

 

 

(あれは確か、市販のロケット花火じゃないか!? どうしてこんなタイミングでそんな場違いなものが出てくるんだ!?)

 

 発煙筒はまだしも、まず実戦向きじゃない市販の花火を大量に使用してくる形で今回の襲撃に使われたという事実にジャンヌは軽い混乱に陥ってしまう。だが、その一瞬が致命的だった。襲撃者はそのジャンヌの隙を逃すことなく、的確に攻撃を開始した。

 

 

「キャアアアアアア!?」

「ジャンヌ様、助け――!?」

「ふみゅ!?」

「ふにゃん!?」

「にゃーん!?」

「プリン!?」

「モンブラン!?」

「スイーツァ!?」

 

 発煙筒の白い煙で十二分に制限されてしまった視界の中。後輩女子武偵たちの悲鳴が次々とジャンヌの元まで届いてくる。その断末魔に近い悲鳴にハッと我に返ったジャンヌは「幻焔昇臥(げんえんしょうが)!」と、ジャンヌを起点に円状に炎を放ち、発煙筒の煙をあらかた撒き払った。

 

 ジャンヌが視界をクリアにした時。広がっていたのは、死屍累々な後輩女子武偵たち。そして。未だ煙の晴れきっていない一地点の中に佇む人影だった。

 

 

「……そこにいるな。貴様は誰だ?」

 

 ジャンヌは声に怒気を孕ませながら問いかける。無理もない。今しがた眼前の存在により撃破されてしまったのは、ジャンヌに心から好意を寄せていた後輩たち。甘えた鳴き声を出しながら露骨にすり寄ってくる子猫が可愛く思えて仕方ないように、ジャンヌもまたそんな後輩たちに確かな愛着を持っていたのだから。

 

 段々と謎の人物を覆い隠す煙のヴェールが薄くなっていく中。ジャンヌがイ・ウーの構成員らしい睨みを利かせる中。煙の中から徐々に姿を現したのは、銀色の耐熱服に全身をスッポリ包み込んだ人物であった。耐熱服のことを知らなければ宇宙人だと勘違いしかねない服装をした武偵は『よぉジャンヌ。随分と派手なことやるじゃねぇか』と、耐熱服のせいでぐぐもった声を漏らした。

 

 

「待て!? 本当に誰だ、貴様は!?」

 

 目の前の耐熱服の男は自分のことを知っているような雰囲気を醸し出している。だが、当の自分は目の前の人物に全然心当たりがない。そのことにジャンヌが焦りを伴った問いを飛ばすと、耐熱服の男は『ま、これじゃさすがにわからねぇか』と頭を掻くジェスチャーをすると、パパッと耐熱服を脱ぐ。この時。ジャンヌは驚愕した。己の目を疑った。なぜなら。耐熱服の男の正体が、このタイミングでは絶対に出会いたくなかった人物だったのだから。

 

 

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が特殊捜査研究科Cランク:水水(みずたいら)(みな)(1年)を撃破しました。不知火亮に15ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が車輌科Aランク:門問(もんもん)聞悶(もんもん)(1年)を撃破しました。不知火亮に16ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が諜報科Bランク:白白(はくしら)(つぐも)(1年)を撃破しました。不知火亮に20ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が強襲科Eランク:(みなみ)美波(みなみ)(1年)を撃破しました。不知火亮に16ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が特殊捜査研究科Dランク:金佳(かなか)菜加奈(なかな)(1年)を撃破しました。不知火亮に12ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が救護科Cランク:結結(ゆかた)(ゆい)(1年)を撃破しました。不知火亮に7ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が狙撃科Cランク:(さくら)咲良(さくら)(1年)を撃破しました。不知火亮に19ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:不知火亮(2年)が特殊捜査研究科Aランク:子子(すさね)子子(みこ)(1年)を撃破しました。不知火亮に21ポイント付加されます】

 

 

「あ、あああああああ『制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)』!?」

「よ、ジャンヌ。撃破通達見たぜ。結構たくさん撃破ポイント稼いでるじゃねぇか。テメェ、結構強かったんだな。あの時ナンパ野郎を撃退できなかったって印象があったからそんなに強いとは思ってなかったぜ」

 

 耐熱服の男、もとい不知火亮は裏返った声で自身の二つ名を叫んでくるジャンヌのことを特に気に留めずに平然と話しかける。そして、「で、だ。ジャンヌ」とそのまま次の話を持ち込んでくる。どうやら不知火はここの所ジャンヌと会っていなかったがために話しておきたいことが少々たまっていたようだ。

 

 

「峰の奴から話を聞いたんだが、テメェ、『銀氷の魔女(ダイヤモンドダスト・ウィッチ)』って呼ばれたいんだってか? 俺、今までテメェのことをジャンヌって普通に名前呼びしてたけど、俺も二つ名呼びに変えた方がいいか?」

「い、いや! 別に今のままでいいぞ!」

「え、けど『銀氷の魔女』が真名だって――」

「……あ、『制限なき破壊者』には、その、普通に名前で呼んでほしいんだ。それでは、ダメか?」

 

 不知火からの青天の霹靂チックな提案にジャンヌはブンブンと首を左右に振り、どうにか不知火が自分のことを真名で呼んでくるという事態を避けようとする。だが、それに素直に応じてくれない不知火を前にジャンヌは顔がカァァと熱く紅潮する感覚を感じつつも心奥の本音を曝け出し、不知火の真名呼び回避に全力で走る。一方、原作のキンジみたく朴念仁の気質を受け継いでいる節のある不知火は、そんなジャンヌのいかにも恋する乙女的な反応に気づかないまま、「まぁジャンヌがいいならそれでいいか」と妥協した。

 

 と、ここで。第三者から見たら思いっきりラブコメな空気を醸造していたジャンヌはハッと我に返る。この目の前の男が紛れもなく自分の愛しい後輩女子武偵たちを打ちのめした犯人であることを思い出したからだ。

 

 

「な、なぜだ? なぜ、こんなことをした! 『制限なき破壊者』!?」

「んぁ? 寮取り合戦なんだから、ポイント目的で敵対するのは当然だろ? そして、より確実に撃破ポイントを手に入れるために、一見したら非道とも思える手段を時には利用するのもまた当然だ」

「そうではない! ……調べたぞ。『制限なき破壊者』は確かに近隣の不良連中が名前を聞いただけで恐れおののく恐怖の権化のごとき存在だ。だが、『制限なき破壊者』には秩序があった! どこまでも正々堂々で決して卑怯な戦い方はしない! あくまで自分に歯向かってきた奴だけを全力でボコ殴りにするだけで、必要以上の暴力を振りかざさない! そんなダークヒーロー的な側面が、確固たる信条があったはずだ! なのに、今の貴様はこんな不意打ちで、弱い者を率先して撃破して回って、こんなの『制限なき破壊者』らしくないじゃないかッ!?」

 

 ジャンヌはビシッと不知火を指差し、思いの丈をぶちまける。ジャンヌ本人に自覚はないが、ジャンヌには不知火への一方的な恋心がある。そのため、ジャンヌは衝動のままに不知火の『制限なき破壊者』としての実績を調査したことがあり、その時、実は不知火の『制限なき破壊者』としての在り方に憧れていたのだ。

 

 それだけに、今のジャンヌの怒りは大きい。まるで人気キャラクターの着ぐるみの中から中年のおっさんが顔を出すシーンを目撃してしまった子供が抱くのと似た失望を、あたかも特撮ヒーローの主人公役を担っていた俳優が違法薬物に手を出して逮捕されたとのニュースを知ってしまった子供が抱くのと似たショックを憤りへと変換し、激情のままに不知火へとぶつけていく。対する不知火は、ため息をついた。ジャンヌの主張を遮ることなく、きちんと一言一句逃さずにジャンヌの発言を聞き終えた不知火は、深く深くため息を吐いた。

 

 その不知火の反応にジャンヌは「しまった!?」と言いたげに顔を青ざめる。当然だ、今のジャンヌは不知火から見れば過大な期待を勝手に抱き、勝手に失望し、勝手に怒っているだけのヒステリー女にしか見えないのだから。だが、ジャンヌの心配とは裏腹に不知火は「確かにそうだな、ジャンヌの言う通りだ」と苦笑しつつジャンヌに同意するのみだった。不知火はその程度でジャンヌと縁を切るほど小さい男ではないのである。

 

 

「ならば、なぜ……?」

「……悪いが、今回ばかりは己の心情を貫いてる場合じゃねぇからな。要は気にくわねぇーんだよ、今の状況がさぁ」

「何、だと?」

「武偵って奴は総じて何本かネジのぶっ飛んだ常識外れが多いのが普通だ。それ自体はそれでいいと思ってる。俺もその常識外れのキチガイの一人だからな。……だが、今回ばかりはやり過ぎだ。寮取り合戦に乗じて行われている闇組織の抗争は、寮取り合戦の趣旨と大きく乖離している。寮取り合戦は寮のメンバーだけの最大4人チームしか組めないのが前提のはずだ。それなのに、闇組織の構成員が勝手に結束して暴れ回ってるせいで、真面目にルールを守って寮取り合戦に参加している武偵が割を喰ってやがる。それが、気にくわねぇ。すっげぇイライラすんだよ」

「……」

「今の闇組織の連中は正直、武偵の面汚しだ。だから、俺が矯正する。ボコって、それで頭を冷やしてもらう。目には目を、理不尽な暴力には理不尽な暴力だ。ま、要するに。徒党を組むことしかできない連中にはここらで退場してもらおうってわけだ。てなわけで。――まずはテメェからだ、ジャンヌッ!」

「ッ!?」

 

 不知火は防弾制服の懐からスッと銃を出し、ジャンヌへと銃口を定めつつ、吠える。己の心中にて沸々と煮えたぎる現状への不快感を爆発的な激怒へと転換し、ジャンヌという一対象に漏れなく注ぎ込む。怒髪天を突く状態な今の不知火は、まさに『制限なき破壊者』の名に相応しい様相を呈していた。

 

 

(な、なぜだ!? なぜ、なぜ、よりによって『制限なき破壊者』と戦わなければならないのだぁぁあああああああああああああ!?)

 

 ジャンヌは苦悶する。このような事態を回避できなかったことを全力で後悔する。不知火との実力差を考えれば勝つのは自分である。しかし、ジャンヌの不知火への一方的な想いがジャンヌの本来の力の解放を封印している&不知火が本気で戦おうとしている現状、ジャンヌは不知火相手に100パーセント勝てるとは言い難く、むしろ精神的な余裕のなさからジャンヌの敗北が導かれる可能性の方がはるかに高かったりするのだ。

 

 不知火との戦闘からエスケープしたい。だが、それを許してくれるほど今の不知火は生易しくない。かくして。ジャンヌは自分が全く望まない戦闘を強いられつつあるのだった。

 

 




白雪→いかにも性善説とか信じていそうな怠惰巫女。生徒会で集まっている時は副生徒会長の膝の上がいつものポジションとなっている。小早川とは割と仲が良く、カメラ関係のモノが欲しい時は小早川の意見を仰いだりしている。
不知火→寮取り合戦の前提を壊して暴れ回っている闇組織連中に対して怒っている不良。不良設定のはずなのに正義漢に見えてしまう不具合がただいま発生している所である。
ジャンヌ→不知火への一方的な乙女的な想い(※無自覚)から戦闘を避けたいのに、それが叶わなそうな状況に追い込まれている感の否めない厨二少女。銀髪の子、かわいそう。
平賀→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットというとてつもなく恐ろしい存在を世に解き放った禁忌な天才少女。70話のおまけにて同性愛を題材にした同人誌を描き上げている辺り、腐女子への素養はあった模様。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
⑨市橋晃平→読者のアイディアから参戦したキャラ。装備科Bランク、3年・男。身長は170センチ程度、体重は60キロくらいのちょいとぽっちゃりに片足突っ込んでる感じがしないでもない感じな系。若白髪の目立つ黒い短髪が特徴的。武藤製の皇帝ペンギン型の巨大ロボットの操縦者として、打倒『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットへの熱意を抱いている。

④小早川透過→読者のアイディアから参戦したキャラ。超能力捜査研究科Dランク、2年・男(?)。一人称は『俺』。実は偽名。メガネが本体であり、メガネがないと死ぬ(※実証済み)。身長171センチ、体重不明。武器はデザートイーグルと黒刀二本。事なかれ主義であり、傍観者ポジションを好む『やれやれ』系の人間……を装う謎多き人物である。『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー009であり、『クロメーテル護新教』の大司教(創設者)でもある。二つ名は『キング』で、能力は『見えざる変態』。名前の通り、相手に認識されにくくなる『不可視』と、物体(壁とか)をすり抜ける『透過』を駆使して武偵高内の様々なスキャンダルを暴く、盗撮王の一面も持っている。強力な能力なのだが、存在感のなさ故にランクは低め。甘いモノ全般が好きだが、ももまんとは相容れない。モフモフな動物全般を好んでいる。何気に神崎千秋くんの親友ポジションでもある。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
副生徒会長→若干、かませ犬臭がしないでもない真面目な子。
生徒会メンバー→今回の寮取り合戦の惨状に対するリアクション担当。

○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
育育(いくすけ)(そだち)
初初(ういはつ)(はじめ)
的的(てきまと)(あきら)
晶晶(せいしょう)晶晶(まさよし)
草草(かやくさ)草草(そうしげ)
理理(よしり)(ことわり)
KEN→エセホスト軍団その1
TAKA→エセホスト軍団その2
HIRO→エセホスト軍団その3
TSUBASA→エセホスト軍団その4
HIDE→エセホスト軍団その5
TOMO→エセホスト軍団その6
水水(みずたいら)(みな)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー001
門問(もんもん)聞悶(もんもん)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー002
白白(はくしら)(つぐも)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー003
(みなみ)美波(みなみ)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー004
金佳(かなか)菜加奈(なかな)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー005
結結(ゆかた)(ゆい)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー006
(さくら)咲良(さくら)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー007
子子(すさね)子子(みこ)→『氷帝ジャンヌ一派』ナンバー008

 というわけで、EX9は終了です。この番外編、書いてて何が楽しいって、原作沿いの本編じゃまずあり得なさそうなマッチングでの戦闘を組めるのが本当に楽しいんですよねぇ。尤も、次回ではまだ不知火 VS.ジャンヌのバトルは始まりませんけどね、ええ。


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EX10.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(10)


 どうも、ふぁもにかです。『テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ』でモブ武偵の名前をたくさん考えてると、東京武偵高がDQNネームの巣窟のように感じてしまう今日この頃。これがDQNネーム世代、これは高天原先生が生徒の名前を覚えるのにメチャクチャ苦労して目を回す光景が簡単に想像できますな。うむ、実に良い光景です。



 

 ――14:25

 

 

 不知火がジャンヌと邂逅している、まさにその頃。

 路上の内、特に鳥人型ロボットがわらわらと存在する一角にて。一人の男子武偵がビルの日陰にて団扇をパタパタと振っていた。団扇の先にあるのは、七輪。木炭により熱せられた網に乗せられているのは、数尾のサンマ。この男子武偵――灰野塵――は今現在、夏真っ盛りな今とは少々季節外れな印象が否めないサンマを昼ご飯として調理していた。

 

 

「んー、こんなもんか。おいしそうに焼けたな」

 

 灰野は香ばしい匂いを放ち始めたサンマを、サンマに突き刺した竹串を持ち上げる形で回収し、しばし凝視した後に頭からハグハグする。灰野の比較的近辺を鳥人型ロボットが徘徊し、潜伏中の武偵を根こそぎ狩っていき、「ぎゃああああああああ!?」とか「だ、誰か! 誰かぁ!!」とか「おいおいおい!? 何だよこれ、ロボットの侵略が始まっちまったのかよ!?」とか「ランサーが死んだ――ギャオスッ!?」とか「この人でなしぃ!?」とかいった武偵たちの切羽詰まった叫び声が時折遠巻きに聞こえる中、灰野はあくまでマイペースにサンマを食していく。

 

 

【装備科Aランク:平賀文(2年)が衛生科Eランク:月月(つきげつ)(らいと)(1年)を撃破しました。平賀文に12ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が通信科Cランク:交交(こうかた)(いたる)(1年)を撃破しました。平賀文に9ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Cランク:候候(きみよし)(そうろう)(1年)を撃破しました。平賀文に21ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が装備科Bランク:昴昴(こうたか)(すばる)(3年)を撃破しました。平賀文に17ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が諜報科Dランク:木林(きばやし)(しげる)(1年)を撃破しました。平賀文に13ポイント付加されます】

 

 

「つーか、この寮取り合戦ってマジで鬼畜企画だよな。何が酷いって、昼食タイムが設けられてないのがもう酷すぎるよなぁ。人間は一日三食きっちり食べないと死んじゃうぐらいには脆さに定評のある生き物なのに。……てか、他の皆はどうやってこの逃れられぬ空腹を凌いでるんだろ。もしかして一旦休戦協定結んでサイゼリヤとか行ってんのかなぁ? 俺ってハブられてるのかなぁ?」

 

 一匹目のサンマをペロリと平らげ、二本目のサンマのハグハグに差しかかった灰野は、今の自分の食欲を鑑みた上でサンマの追加オーダーを決定し、手持ちのクーラーボックスから取り出したサンマに竹串を刺し、七輪の網の上に乗せる。

 

 ちなみに。もう少し詳しく今の場面を描写すると。灰野は水のたっぷり入ったクーラーボックスから、狭い空間を泳ぎまくっている数あるサンマの内の一匹を素手で掴み上げ、竹串で貫き、七輪の網の上に乗せたため、灰野の視線の先にはまだ生きているサンマが血を流しながらビチビチ悶えている様子がしっかり映し出されていたりする。

 

 

『ペェェエエエエエエエエエエエエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

『ホモォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

「まずは味付けなしで素材の味わいを楽しんだから、次からは荒塩で食べようかね」

 

 皇帝ペンギン型の巨大ロボットと『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの雄たけびが周囲一帯を轟く中。眼前にて繰り広げられるちょっとしたサンマのグロシーンすらものともせず、灰野が三匹目以降のサンマの味わい方の方針を定めていると、ここで灰野の前に影が差した。灰野がふと背後を見上げると、鳥人型ロボットが一体。鳥類な両眼を灰野一点に固定していた。

 

 

『私は鳥人だよ』

「おぉ、これはご丁寧にどうも。俺は灰野塵。東京武偵高に通ってる、武偵の卵だ。よろしくな」

『友達になろう』

「おぉ、願ってもない申し出だ。ちょうど俺も同じことを考えていてな。そうだ、お近づきにこのサンマでも食うか? 美味いぞ? 人間の俺ですら舌鼓を打つくらいだ。鳥の貴方の舌もさぞ虜になるだろう。いやぁ、サンマの何がいいって、塩との相性――」

『――私は鳥人だ。決して鳥という下等種ではない。愚弄するか、人間!』

「タラバッ!?」

 

 灰野はほどよく焼き色のついたサンマの竹串を七輪の網の上から回収し、鳥人へと差し出しつつ、サンマの良さを一人語っていく。灰野的には鳥人型ロボットに自身の意見に対して同意を示しながらサンマをムシャムシャするといった反応を期待していたのだが、現実に灰野へと帰ってきた反応は、鳥人の唸る拳だった。

 

 

「……な、何だ。サンマはお気に召さないか。もしかしてサンマアレルギーとかだったか? それは悪いことをしてしまったな。察しが悪くてすまない。ならばマンボウは? このマンボウはどうだ? なに、実は今朝、寮のリビングで2メートル級のマンボウが死んでいてさ。 強烈な嫌がらせか、はたまたプレゼントか。とりあえず、ルームメイトが巨大マンボウの惨事を発見して発狂しない内に手早く回収してキッチンで調理して刺身にしたんだ。マンボウなんて食べたことなかったからどんな味なのか楽しみでな、だから貴方も一緒にマンボウを食すというのは――」

『――断る。私は鳥人であり、平賀さまの傀儡だ。ポイントのため、貴様にはここで脱落してもらう!』

「グホッ!? マンボウもダメって、もしかして舌が肥えまくってて、その影響で安物の魚は好きじゃないのか? だけど俺、高級な魚は持ってないぞ。それともあれか。シーラか? シーラカンスとか持って来ればいいのか?」

『いい加減、沈め! 人間!』

「ケバフッ!? シーラもダメなのか!? どういうことだ!? こ、これはもしかしたらそもそも魚自体がダメなのかもしれないな。けど俺、鳥のエサの成分とかよくわからないぞ。確か穀類50パーセント、米ヌカ・フスマ35パーセント、魚粉15パーセントだっけか? 悪い、その辺の持ち合わせがないんだ。不甲斐ない俺をどうか許してくれ」

 

 灰野は殴られる。鳥人型ロボットに何度も何度も殴られる。だが、灰野は鳥人型ロボットから逃げることも戦うこともしない。頭からダラダラ血を流しつつも、灰野はあくまでも鳥人型ロボットと仲良くして、発展的な異種交流関係を結ぶための方策について思考を巡らせていく。マスターである平賀に忠実な鳥人型ロボットとどこまでもマイペースな灰野。このツッコミ不在のカオスワールドに、ついに救世主が現れた。

 

 

「――ふざけてんのか、お前はぁぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 何と、鳥人型ロボットの背後から男子武偵の声を大にしたツッコミが聞こえたかと思うと、ビュオッと飛来したコンクリートブロックが鳥人型ロボットの頭部に命中したのだ。繊細な頭部部分に不意打ちの打撃を加えられた動作不良を起こす鳥人型ロボット。そこに追加のコンクリートブロックが続けざまに放たれたことで、鳥人型ロボットはついに完全に破壊されることとなった。

 

 

「あ、ぁぁああああああああああああああ!? と、鳥人がぁ!?」

「『鳥人がぁ!?』じゃねぇよ! 何やってんだ、お前!? 暑さで頭湧いてんのか!?」

 

 地面に倒れ、完全に機能停止した鳥人型ロボットを前に顔からサァァと血の気が引いた状態で鳥人型ロボットに駆け寄る灰野。一方、コンクリートブロックを投げつけるという、スマートではないやり方ながらも鳥人型ロボットの撃破に成功した張本人こと神崎千秋はそんな灰野を指差し、容赦なくツッコんでいく。

 

 

「何って、異種交流だが? だって、ここでこのロボットたちと仲良くなってないと、近い将来、ロボットに支配される未来が透けて見えるじゃないか。ここでどこまで我々人間が歩み寄れるか、それで未来が決まると言っても過言ではない。だからこそ俺は多少の痛みには目を瞑ってロボットたちに歩み寄りをしてしたんだ。何せ、争いは何も生まず、どこまでも不毛――」

「――過言だ! どう考えても過言だッ! 平賀がロボットで世界征服を目論むようなトチ狂った奴であってたまるかよ! てか、お前さっきからマジで何言ってんだよ!? 意味わかんねぇぞ! まさかとは思うが、これが素なんじゃ――」

「――いや、ボケてるだけだ。俺はツッコミ役を待っていたんだ、人生はツッコミ役がいてこそ輝かしくなるものだからな。で、ツッコミ役をダイソンするにはやっぱりボケてこそだと思って、こんな路上で七輪を持ち出したりあの敵意満々なロボットに敢えて友好的に接したりしたわけだ」

「なぁッ!?」

「それにしても、君は素晴らしい。まだまだ粗削りだが良い切れ味のツッコミスキルを持っている。……将来が楽しみだな、やはり志望は吉本興業か?」

「ふ、ふっざけんなぁぁあああああああああああ!! お前、今の状況わかってんのかよ!? 能天気も程々にしやがれ、このやろぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 

 自身が灰野によって誘い出されていたという事実を知った千秋はブチ切れた。ガシガシと両手で頭を掻きむしりながら天へ向けて思いの丈を絶叫する。が、真夏の炎天下の中。感情の赴くままに叫ぶという行為が唐突に不毛に思えた千秋は冷静さを取り戻し、重々しくため息を吐きつつも灰野に寮取り合戦の現状を手短に説明した。

 

 『ま、感謝してくれるんなら、今の話を少しでも多くの武偵に伝えてくれ。それが被害を最小限に抑える最善の方法だからな。もちろん、自分にできる範囲でいい』との、アキの言葉あってこその千秋の行動である。

 

 

「なるほど。そこまで混沌とした展開になっていたのか……」

「そういうこと。だからこんな所でバカやってないでお前もさっさとどっかに隠れてろ。それかまだ生き残ってるルームメイトがいたらそいつらと合流しろ」

「悪いが、それはできないな」

「はぁ? なんでだよ?」

「俺は今しがた昼ご飯を食べ始めたからな。こんな中途半端な状態で昼食を中断できるわけないだろう。よし、次のサンマを焼かないとな」

「~~~ッ! ぁぁぁあああああああああああもうッ! 勝手にしろ! 俺はちゃんと伝えたからな! 撃破されても俺を恨むなよな!」

「あぁ、情報提供ありがとう! 君のことは明日までは忘れない!」

「どうせならすぐ忘れろ! じゃないと何かのフラグになりかねないだろ!? お前みたいな無駄にキャラがメチャクチャ濃い奴に俺のこと覚えられるとか、俺の非日常入りのフラグにしかならないじゃねぇか!」

「うむ、了解だ。善処する。ところで、君の名前を教えてくれないか?」

「却下だ! それこそフラグが立つだろうが!」

 

 千秋はどこまでもマイペースを貫く姿勢な灰野にこれ以上は付き合いきれないと、急いでその場を離れようとする。闇組織の構成員&大量のロボットがやりたい放題に暴れ回っている現状、その場に長くとどまることは基本的に命取りだからだ。

 

 そんなわけで、灰野の元から走り去ろうとする千秋。と、ここで。灰野が千秋の背後の方向を指で指し示し、「お、そうだ。後ろ、来てるぞ?」と注意する。その文言に千秋が「え?」と背後を振り向くと、ギュィィイイイイとの金属音を鳴らすチェーンソーを両手に構えた二人の男子武偵が千秋へと今にも襲いかからんとする姿が千秋の両眼に映し出された。

 

 

「オラァァアアアア神崎千秋ィィイイイイイイイイ!」

「テメェ何気に邪神:神崎・H・アリアと名字一緒だからついでに死んどけやぁあああああああああああああああああああああ!!」

「ちょッ、何だよそれ!? いくら何でも理不尽だろ!?」

(過激派の襲撃!? くそッ、長居し過ぎたか! ……てか、こいつらよく見たらクラスメイトじゃねぇか!? 少しは同じクラスの生徒を襲撃することに罪悪感とか感じねぇのかよ!?)

 

 千秋への理不尽な奇襲。灰野に気を取られていたせいで、精神的&体勢的な意味で全くもって備えのできていなかった千秋はとっさの横っ飛びでチェーンソーに体を切り刻まれるという最悪の事態をどうにか回避する。だが、今の回避行動で地面に転がる形になってしまった千秋が立ち上がり、逃走する暇を与えるほど、襲撃者二名は甘くない。「「これで終わりじゃぁああああああああああ!!」」と、トドメだと言わんばかりに次なるチェーンソーの一閃を二人同時に千秋へと放とうとした所で、二人は唐突に爆発した。そう、本当に爆発したのだ。

 

 

「ポトフゥッ!?」

「マカロンッ!?」

「え?」

 

 派手な爆発音と珍妙な断末魔を引き連れて、すっかり煤だらけになってしまった武偵二名が顔から地面へと倒れる中。一時は呆然と眼前の光景を見つめるだけな千秋だったが、二人が爆発する寸前に何かが二人の顔へと飛来していたことに気づき、灰野へと振り向く。すると、右手でサンマを突き刺した竹串を持ち、左手にフリスビーのような形をした金属片のようなものを人差し指でクルクル回す灰野の姿があった。

 

 ちなみに。灰野の持つ金属片のようなものの正体は地雷である。灰野は地雷をメインウェポンとして、地面や壁に仕掛けたりフライングディスクの要領で投げ飛ばす形で犯罪者をバッタバッタと倒していくことに定評のある、強襲科Aランク武偵なのである。

 

 

【強襲科Aランク:灰野塵(2年)が強襲科Aランク:鬼鬼(さとき)(おうが)(2年)を撃破しました。灰野塵に27ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:灰野塵(2年)が車輌科Cランク:井丼(いどん)(かこむ)(2年)を撃破しました。灰野塵に10ポイント付加されます】

 

 

「……」

「他人に情報提供し、忠告をするのは非常に良い心がけだと思うが、自分の身の安全も確かめてからにすることだ。自分あっての他者だ、その辺の優先順位を間違えないように」

「……あ、あぁ、善処する」

 

 思いっきり焼け焦げ、変わり果てた(※主に髪型)となってしまった武偵二名。それらを特に何の感慨もない様子で見つめながら焼きサンマをハモハモする灰野からのアドバイスに、千秋は少々引きつった表情ながら首を縦に振るのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――14:35

 

 

 体育館にて。ジャンヌは今現在、焦りに焦っていた。理由は簡単、ただいま絶賛不機嫌状態の不知火との戦闘がもはや避けられない段階にまで迫っているからだ。

 

 

――今の闇組織の連中は正直、武偵の面汚しだ。だから、俺が矯正する。ボコって、それで頭を冷やしてもらう

 

(な、なぜだ!? なぜ、なぜ、よりによって『制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)』と戦わなければならないのだぁぁあああああああああああああ!? ……うぅ、まさか我の行動がここまで『制限なき破壊者』の逆鱗に触れていようとはまるで考えてもなかったぞ! 我は、我は一体どうすればいい! 嫌だぞ、我は『制限なき破壊者』とは刃を交えたくない! だが、今の我は『氷帝』の名を背負っている。無抵抗で撃破されるのはさすがに論外だ! 女神よ、どうか我に知恵を! 我はどのように動くべきなんだ!? どの選択が最善策なんだ!?)

 

 不知火から銃口を向けられている中。ジャンヌは表面では平静を保ちつつも内心では混乱の極みに辿りつつあった。そして。策士を自称するにも関わらずまるで良いアイディアが浮かばないジャンヌがついに架空の女神へと他力本願し始めた頃、ジャンヌへと救いの手が差し伸べられた。そう、第三者が介入してきたのだ。

 

 

「随分困ってるみたいだね、ジャンヌさん」

 

 ジャンヌに優しく語りかけつつ、体育館の入り口からテクテク不知火とジャンヌの元へと歩み寄る存在――もとい文学少女然な見た目をした中空知は、背中まで余裕で届く長い黒髪を揺らしながらニコリと微笑む。それと対照的に、中空知の登場を認知した不知火の表情が薄ら青ざめていく。

 

 

「ちッ、ここで中空知か。よりにもよってこの面子で三つ巴になるのかよ……」

「何言ってるの、不知火くん。三つ巴じゃなくて、2対1だよ」

「……何だ、中空知。テメェも『氷帝ジャンヌ一派』とやらのメンバーだってのか。テメェが誰かの下に大人しくつくなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「あれ? 不知火くん、何か勘違いしてないかな? 私とジャンヌさんはルームメイトだよ。ルームメイト同士、協力して撃破ポイントを稼ぐのは別に不思議なことじゃないでしょ?」

「は? え? 待て、ウソだろ!?」

 

 ジャンヌと中空知がルームメイトであり同陣営。その原作と一致する事実に不知火が唖然としていると、ジャンヌが「事実だ、『制限なき破壊者』。我々は、我と深淵の招き手(アップグルント・グイーダ)で2人チームを編成している」と補足する。ちなみに。言うまでもないと思うが、『深淵の招き手』とは中空知のことを指す言葉である。

 

 

「不知火くん。あの時のこと、覚えてる?」

「あの時?」

「ほら。私の新しい尋問方法の実験台になってもらった時だよ。もう何か月も前のことだけど、あれは熱い一時だったねぇ。武藤くんにストップかけられちゃったからほんの少しだけ不完全燃焼だったけど、本当に楽しかったよねぇ」

「……おい、やめろ」

「というわけで、不知火くん。あれから随分と時が経ったけど……あの時の続き、しよっか。ちょうど試してみたい尋問方法を思いついた頃だったんだよね」

「や、やめてくれ……」

「はーい、ワンモアプリーズ♪」

 

 まるで人の心臓をグワシッとわし掴みにするかのような底冷えた声。純粋という言葉とはまるで対極に位置する笑顔。そして、中空知が最後に付け足した魔法の言葉の3点セットを前に、不知火が「あ、ぁぁあああああああああ……!?」とガタガタと震え始める。

 

 無理もない。不知火はかつて、この地の文ではとてもとても描写できないほどの惨劇を、武藤に依頼された中空知の手により強制的に経験させられているのだ(※11話参照)。ゆえに、その当時の記憶(トラウマ)を無理やり引き出された不知火が取り乱すのも、ある意味で当然の結実なのだ。

 

 

「ふふッ。怯えちゃって、かぁーわいいなぁ♡」

「……その、何だ。なるべくお手柔らかに頼むぞ、『深淵の招き手』?」

「ん、あぁ。そういえば、不知火くんって確かジャンヌさんが異性として好きな相手だったもんね。了解、今回は軽めにしておくよ。不知火くん一人に構いすぎてたら撃破ポイントもあんまり稼げないしね」

「す、すすすすす好きって、いきなり何をッ!?」

「別にそんなに否定しなくてもいいんじゃないかな。ジャンヌさんが不知火くんの日本語会話講座を受けた日の夕食なんていつもその話で持ち切りにしてるじゃない?」

「た、確かに言われてみればそうかもしれないが、だからといってよく我の口から話題が上がるイコール好きと結びつけるのは早計というか、そのような短絡的思考でいては――」

(おっと。ついジャンヌさんを沸騰させちゃった。この様子だとすぐには戻ってこないだろうし、今の内にちゃっちゃと不知火くんを撃破しておこっと♪)

 

 顔を真っ赤に染め上げながら言い訳とも似つかない何事かを早口に口走るジャンヌをよそに、中空知は一歩一歩足音を敢えて鳴らしながら不知火へと近づいていく。その悪魔の足音に、不知火は動けない。ただただ体の震えが増すばかりだ。そのような完全に無防備な不知火へ向けて、中空知が念動力で操る極細ワイヤーが牙を剥かんとした、まさにその時。

 

 不知火を横抱きにしつつ中空知の攻撃範囲から素早く離脱する存在が現れた。その存在こと皇帝ペンギン型ロボットは不知火を足からそっと床へと下ろすと同時に、胸部装甲に切れ目が入り前方へとパカッと開かれていく。そして。その開かれた空間から。全長3メートル以上の皇帝ペンギン型ロボットの内部から姿を現したのは、武藤剛気その人だった。

 

 

「なッ!? 貴様は技術チート!? なぜここに!?」

「……何をしている、正気に戻れ……」

 

 武藤は皇帝ペンギン型ロボットの開かれた胸部装甲が自動で閉まっていくのを確認しつつ、不知火へと声をかける。何気にジャンヌのことは完全スルーである。

 

 

「へぇ。ここに姿を現すんだね、武藤くん。てっきり武藤くんは今各地で多大な影響力を及ぼしながら暴れている平賀さんへの対処に奔走するものだと思っていたよ」

「……平賀の鳥人型ロボットには俺の皇帝ペンギン型ロボットを宛がっている。平賀の操る『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットには俺の皇帝ペンギン型の巨大ロボットを用意済み。頼れる先輩に巨大ロボを操作させてる以上、平賀の暴走対処に俺を割く必要性は皆無……」

「なるほどなるほど。ご親切にどうも」

 

 中空知からの問いに武藤は至って簡潔に返答し、その後、立ちすくんだままの不知火の正面を位置取る。それをニコニコ笑顔のまま見守りつつ、武藤に無視されたことに憤慨するジャンヌを宥める中空知は、どうやら今の内に武藤や不知火を不意打ちで倒してしまおうとの考えは持っていないようだ。

 

 

「む、武藤。ど、どうしてここに?」

「……体育館にちゃっかり仕掛けていた盗聴器からお前の怒りの叫びを聞いた。俺も考えることは大体同じ。共闘するぞ……」

「だ、だが、俺は……」

「……そんなに中空知さんが怖い? Aランク武偵のくせにトラウマの1つも克服できないなんて、情けない……」

「だ、誰のせいでそのトラウマを植えつけられたと思ってんだ、テメェ!」

「……(・3・)~♪ヒュー、ヒュオー……」

「口笛吹いてんじゃねぇ! しかも全然上手く吹けてねぇじゃねぇか! 舐めてんのか、あぁ!?」

「……いつもの調子、戻った……?」

「あッ……」

「……構えろ、不知火。俺は中空知さんを相手する。お前はダルクさんを相手取れ……」

「いいのか、それで?」

「……お前に中空知さんは荷が重いでしょ? あっちのダルクさんはお前に苦手意識を持ってるみたいだし、これがベストな組み合わせ……」

「……わかった。気をつけろよ、武藤」

「……言われずとも……」

 

 武藤は自分のペースに不知火を引きずり込むという手法でどうにか不知火を中空知恐怖症から一時的に解放した。さらに、武藤は自分が中空知という厄介な相手を引き受けることを通して、すっかり消え去っていたはずの不知火の戦意を確かに取り戻すことに成功した。

 

 

「そっか。武藤くんが私の相手をしてくれるんだ。そういえば武藤くんは『ランク詐欺勢』だったね。それなら、楽しめそうかな。撃破ポイントにあんまり反映されないのが残念って所だけど」

「……ランク詐欺勢? 何それ……」

「知らないの? 武藤くんみたいに本当はSランク級かそれ以上の実力があるのになぜか下のランクに収まっちゃってる人たちの総称だよ。武藤くんの他にも平賀さんや風魔さん、後は宮本くん辺りが該当してるってもっぱらの噂だよ」

「……勝手に分類しないでくれる……?」

「私に言われても困るな。私が噂を流したわけじゃないんだしさ」

 

 中空知はニッコリスマイルを浮かべつつ、糸目状態にした両眼に爛々とした輝きを纏いつつ。武藤は自分の専攻的に前線に立って戦うことが得意ではないはずなのに泰然としたたたずまいを保ちつつ。両者ともにどこか和やかな雰囲気で言葉を紡ぐ。

 

 

「くぅッ、結局我は『制限なき破壊者』と戦わねばならないのか!? これもまた運命、我にこの試練を乗り越えよとの女神の思し召しか……!?」

「……当初と状況は様変わりしたが、俺のやることは変わらねぇな。ジャンヌ、テメェをぶっ飛ばして闇組織撲滅の礎にしてやらぁ!」

 

 一方。ジャンヌは悲壮に満ちた表情を浮かべつつも不知火と戦う覚悟を固めつつ。不知火は中空知のことは武藤に任せてジャンヌ退治に意識を集中させつつ。両者ともにいつ戦端を開いてもおかしくないほどの緊張感を醸造する。

 

 かくして。『車輌科Aランク:武藤剛気、強襲科Aランク:不知火亮』ペアと『尋問科Sランク:中空知美咲、情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世』ペアによる、2対2のタッグバトルの火蓋が今、落とされるのだった。

 

 




武藤→もはや語る必要のないほどに安定の技術チートであり、『ランク詐欺勢』の一角を担う男。皇帝ペンギン型ロボットは無人でも人が直接乗り込んで操作することもできる模様。
不知火→中空知へのトラウマが今なお心に深く刻まれている不良。武藤のおかげでどうにか持ち直しているが、現状はまだ弱弱メンタルである。
ジャンヌ→何だかんだで不知火と戦う覚悟を決めた厨二少女。ルームメイトの中空知との仲は割と良好らしい。
中空知→原作通り、ジャンヌとルームメイトだったドS少女。ジャンヌに『深淵の招き手(アップグルント・グイーダ)』と呼ばれているが、この名前は一般に知れ渡っているわけではなく、ジャンヌがただ二つ名のない中空知にプレゼントしたってだけだったりする。
神崎千秋→思いっきりボケていることをする人を無視できない一般人代表。全長3メートル以上の得体の知れない鳥人型ロボットに立ち向かえる程度には武偵をやっている模様。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
⑭灰野塵→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Aランク、2年。とりあえずはボケるという人情のクール(?)な男。一人称は『俺』。戦闘スタイルは地雷をフライングディスクの要領で投げる事。当然、地雷本来の使い方として地面などに仕掛けたりもする。何故かキンジくんを見かけると話しかけに行ってボケるという癖がある。天然ではないので、あくまで意識的にボケている。今回は優秀なツッコミ役を誘い出すために徹底的にボケ、神崎千秋を釣り上げた模様。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
月月(つきげつ)(らいと)
交交(こうかた)(いたる)
候候(きみよし)(そうろう)
昴昴(こうたか)(すばる)
木林(きばやし)(しげる)
鬼鬼(さとき)(おうが)
井丼(いどん)(かこむ)

 というわけで、EX10は終了です。今回をもって、とりあえず『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラは全員出し終えました。ノルマ達成です。イェイ♪

 全員に出番とある程度のセリフを与えるのは非常に苦労しましたが、いざ閃くと楽しくて楽しくて……って感じでしたね。どのキャラも何だかんだで濃かったので思いつきさえすれば後はキャラが勝手に動いてくれますしね。

 あ、もしも私が出し忘れているキャラがいたら感想とかメッセージで連絡お願いします。どうにかセリフをねじ込みますので。


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EX11.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(11)


 どうも、ふぁもにかです。今回は戦闘回なのですが……うん。多分、熱血キンジと冷静アリア至上最大にカオスな戦闘になることをここに宣言しておきます。ま、あれですよ。ここの技術チートな武藤くんが戦闘員になるって展開になった時点でお察しって奴ですよ。



 

 ――14:50

 

 

 体育館にて。不知火とジャンヌのにらみ合い。武藤と中空知との対峙。まず最初に動きを見せたのは、ジャンヌだった。

 

 

「――改変せよ、凍てゆく世界(フリージング☆ワールド)!」

 

 ジャンヌは床にデュランダルを突き刺したのを合図に、体育館一体に氷を張る。床も壁も天井も一様に薄く氷が張り巡らされ、体育館は一瞬にして白銀の世界へと化す。ちなみに。何気に床に倒れ伏す、ジャンヌに付き従う後輩女子武偵(※既に不知火によって撃破済み)の周囲だけには氷を張らない辺り、ジャンヌの優しさが垣間見えるというものだ。

 

 

「行くぞ! 貫け、ほとばしる三角柱(ピアシング☆デルタ)!」

 

 ジャンヌは懐から取り出した銃剣三本を一気に投擲しつつ、不知火の元へと一瞬で距離を詰めてくる。対する不知火は素早いサイドステップであっさり銃剣三本の襲撃を避け、「お返しだ!」と銃を発砲する。銃弾ごときをかわせないジャンヌではない。だが、敢えてジャンヌは銃弾をかわさなかった。かわさずに。「呑み込め、獅子炎吼(ししえんこう)!」と黒と赤とが混じり合ったような暗色の炎を突き出した手のひらから打ち出す。その獅子を模った炎は不知火の銃弾をパクリと頂きつつ、不知火を頭から被りつかんとした。

 

 

「なぁ!?」

 

 これには不知火は驚愕を隠せない。そもそも不知火はジャンヌが氷の超能力者であることすら知っていなかった。ゆえに、先の『凍てゆく世界(フリージング☆ワールド)』でも内心では驚いていた時に、ジャンヌが氷と全く系統の違う能力を行使してきたのだ。思わず動揺の声を上げるのも無理はないのだ。

 

 

「ちぃッ!」

「まだまだ! 震わせろ、翠破刃(すいはじん)! 轟け、襲爪雷斬(しゅうそうらいざん)!」

 

 不知火は迫りくる炎の獅子をギリギリの所で転がるように真横へ避けることで回避に成功する。だが、その隙を逃すようなジャンヌではない。ジャンヌは不知火へと『翠破刃(すいはじん)』という名の緑色のバレーボール並みの大きさの雷球を放ち、後方へと跳んで雷球の襲撃を回避した不知火へとあっという間に距離を詰めつつ、『襲爪雷斬(しゅうそうらいざん)』という名の雷を纏った上段からのデュランダルの斬り下ろしに入る。いきなり不知火に氷・雷・炎の超能力を見せた辺り、ジャンヌには端から切り札を隠しておくといった思考はないようで、そのような最初から全開なジャンヌ相手に不知火は防戦一方の構図を強いられていた。

 

 当然だ、そもそもジャンヌはキンジ・アリア・白雪の3名が協力をしなければ倒せなかった相手であり、それに加えて今のジャンヌは白雪の教えで炎の超能力まで習得し超強化されている。いくらジャンヌの不知火への恋慕という強力なハンデがあろうと、本来なら一介の強襲科Aランク武偵の手に負えるような相手ではないのだから。

 

 

「それじゃ、こっちも始めようか!」

「……応……」

 

 ジャンヌという頼りある相棒が不知火を劣勢に追い込んでいる様子を見つつ、中空知は戦闘開始宣言とともに黒のグローブの爪先から例の限りなく透明に近い極細ワイヤーを5本、まずは様子見で武藤へと射出する。一方。武藤は頭に付けていたサングラスを目に装着する。このサングラスは目に見えづらいものを見やすくする効果があり、中空知の限りなく透明に近いワイヤーなどを鮮明に映し出してくれる仕様となっているのだ。もちろん、言うまでもなく開発者は武藤である。

 

 その後、武藤は中空知のワイヤーから逃れるために後方へ退いた。が、自分の足でバックステップしたわけではない。己の開発したジェットブーツを装着している武藤は靴の爪先から勢いよく空気を射出し、ジェットブーツの勢いに身を任せる形で後方へと移動したのだ。

 

 その想定外なワイヤーの避け方に中空知が「ふぇ!?」と珍しく素の可愛い声を漏らしつつ、一旦ワイヤーをグローブの中に収め直す中。武藤は天へと両手を伸ばす。そのオワタ\(^o^)/のようなポーズを取る武藤を中空知が内心で首を傾げていると、武藤は突如空から降って来た携帯式対戦車ロケットランチャーをキャッチした。どうやら、いつの間にやら武藤の真上で待機していたらしい回転翼機型の黒いドローンが空から武藤にロケットランチャーをプレゼントしていたらしい。

 

 

「……はい、ドーン……」

「ちょぉぉおおおおおおおおお!?」

 

 黒のドローンが体育館から退却する中。武藤はロケットランチャーを速やかに肩に担いで構え、後方爆風をまき散らしながらさも当然のようにロケットランチャーを発射する。戦車をも破壊しうるロケット弾が相手では中空知のワイヤーなど意味をなさない。ゆえに、中空知は自身に正面から迫りくるロケット弾に対し、横に回り込むように移動しつつ、ロケット弾の側面に右手の甲を丁重に押し当てることで照準をどうにか自分から逸らす。黒のグローブの手の甲の微妙に膨らんだ白の正方形型の中にワイヤーが収納されてあるからこそできた芸当である。

 

 そのようにして中空知が必死に逸らしたロケット弾は偶然にもジャンヌと不知火との戦闘地点付近の床に着弾し、その爆風をもってジャンヌと不知火を宙へと吹き飛ばした。『仲良きことは美しきかな』とはこのことか。

 

 

「……続けて、ドーン……」

 

 中空知がどうにかロケット弾の直撃という最悪の未来から脱する中。武藤はロケットランチャーを付近に投げ捨てると、武藤の上空へとやってきた真っ白なドローンから再びロケット弾装填済みの新しいロケットランチャーを受け取り、すぐさま中空知の体を目がけて発射する。

 

 一方。中空知は武藤がほとんどタイムラグなしに2発目のロケット弾を放ったことに「2発目!?」と驚愕しつつも、両手の黒グローブから計10本のワイヤーを一斉に射出し、自身の前方の床に全本突き刺す。そして、中空知は床を起点にワイヤーであたかも滑り台のような急勾配な坂を、自分の頭の高さを越えるような坂のレールを構築する。

 

 すると、ワイヤーに正面から突っ込んだロケット弾がワイヤーと接触した直後、ワイヤー製のレールという形で構築されたルートに誘導される形で進路方向を変えて突き進み、結果、中空知の頭上すれすれを通り抜け、最終的に体育館の天井に直撃。体育館の一部天井に綺麗な風穴が開拓されることとなった。

 

 

「……ロケット弾の進路を変えたんだ。やるね……」

「その厄介なの、壊させてもらうよ!」

 

 武藤が中空知の機転の利いた回避方法を目の当たりにして目を細めるのをよそに、中空知は3本のワイヤーを武藤の上空まで飛ばし、その直後、武藤の上空から退却しようとしていた白のドローンと、新たにロケットランチャーを持って来ていた緑のドローンの2体がまるで大型猛獣の鉤爪の被害に遭ったかのようにバラバラに引き裂かれた。

 

 

(よし、これで武藤くんは空からの武器の調達はできなくなっ――)

「……甘い……」

「――ぇぇぇぇえええええええええええええ!?」

 

 武藤の空を使った武器調達ルートを潰した中空知。今後ドローンが近づこうものならいち早くワイヤーで切り裂けばいい。そう考えていた中空知は、それゆえに驚愕した。なぜなら。体育館が突如細かい振動にヅヅヅヅヅッと揺れたかと思うと、武藤のすぐ右側の床を突き破るようにして、皇帝ペンギン型ロボットが現れたのだ。

 

 どうやら頭部に取り付けられているドリルで地面を掘り進み、体育館までやってきたらしいその皇帝ペンギン型ロボットは、『ペェングイン!』と武藤にこれまた次弾装填済みのロケットランチャーを手渡ししつつ、自身は両手をギュイイイイインとドリル型に変形させつつ中空知の元へと一直線に突き進んでいった。

 

 

『ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

「……空から武器を調達できないのなら、地面から武器を調達すればいいじゃない……」

「そ、その発想はちょーっとなかったかなぁ……」

 

 中空知は武藤が呼び寄せた援軍に内心で冷や汗を流し、引きつった笑みを浮かべながらも、バカ正直に正面から迫ってくる皇帝ペンギン型ロボットをワイヤーで亡き者にしようとする。と、この時。中空知の両足が誰かにガシッと掴まれた。中空知がバッと下を向くと、彼女の眼鏡越しの視界に映ったのは、床から突き出た皇帝ペンギン型ロボットの黒い両手部分。

 

 

「ッ!? まだ地面にッ!?」

 

 中空知はワイヤーと念動力で操作し、自身の真下の床下に潜んでいたらしい皇帝ペンギン型ロボットの両手を切断し、両足を拘束から解放させる。同時に中空知は『ペェェエエエングィィイイイイイイイイイイイイイン!!』という相変わらずな機械音声の雄叫びとともにドリル部分の両手を中空知の頭部へと突き刺さんとするアグレッシブな皇帝ペンギン型ロボットをもワイヤーであっさり縦から真っ二つに両断する。中空知の装備するワイヤーの切れ味を舐めてはいけないのである。

 

 だが、武藤の常軌を逸した頭脳がもたらす戦術能力もまた舐めてはいけない。何せ、中空知が真っ二つに割った皇帝ペンギンの背後から、中空知目がけてロケット弾が飛んできたのだから。どうやら武藤は中空知が皇帝ペンギン型ロボットをあっさり破壊することを見越した上で、皇帝ペンギン型ロボットを中空知の視界から飛来するロケット弾の軌道を隠す大きな壁として使い捨てていたようだ。

 

 

(やられた……ッ!)

 

 中空知はロケット弾をかわすこともそらすこともできないと瞬時に悟り、己の負けを確信する。と、ここで。武藤と中空知の戦闘領域の外側から繰り出された雷の槍がロケット弾の側面を貫き、その場で爆発させた。武藤と中空知から少々離れた一角で不知火と戦うジャンヌが、中空知の窮地を即座に察知して『轟雷槍閃(サンダー☆アロー)!』を放出したのだ。

 

 結果、中空知はロケット弾の爆風に少々体を持っていかれ、後方へと吹き飛ばされることとなったが、当の本人の怪我は軽い火傷に収まった。ジャンヌのファインプレーである。

 

 

「大丈夫か、深淵の招き手(アップグルント・グイーダ)!」

「うん。ありがとう、ジャンヌさん! 助かったよ!」

「武藤! わりぃ、ジャンヌの奴を妨害できなかった!」

「……不知火、次はないぞ……」

「怖ぇよ!? 何するつもりだ、テメェ!?」

 

 中空知は遠巻きにかけられるジャンヌの声に対して自身の無事と感謝の気持ちを伝える。一方、武藤による中空知へのトドメを食い止めるジャンヌの妨害工作を止められなかったことを謝る不知火に、武藤はゴゴゴゴッと背後に黒いオーラを纏いながら不知火を脅しにかかる。同じ2人チームであるというのに、チーム仲に関しては割と差が存在しているようだ。

 

 

「全く、やりたい放題やってくれるじゃない、武藤くん?」

「……ふぅ。今ので決めたかったんだけどな……」

「あれ? もしかして、もう攻撃手段は尽きたのかな?」

「……否、引き出しはまだまだある。今までのは序の口、俺の攻撃手段は百八式の二乗まで存在する……」

「……それマジ?」

 

 さも当然のように次々と規格外な攻撃手段を講じてくる武藤を相手することでそれなりに精神的疲労を負っている中空知は、武藤の発言から一時は武藤がもう戦えなくなったことを期待したが、その後の武藤の綴った言葉にげんなりの境地に追いやられた。ご愁傷さまである。

 

 

「……マジ。次はこれ……」

 

 一方。意識してか無意識か。着実に中空知のメンタルを削っている武藤は淡々と言葉を紡ぐ。それに応じて中空知が何が起こってもいいように周囲一帯に目を光らせるも、何も起こらない。何かのハッタリだったのか。そう疑問に思いつつ、中空知が再び武藤へと視線を戻した時、衝撃的な光景が彼女の視界に展開されていた。

 

 

 武藤の髪が、若干茶色がかった、短く切りそろえられた武藤の黒髪がまるで一種の生物のように蠢いていたのだ。それはもう。ポケモンのモンジャラのようにうねうねと。海洋生物のイソギンチャクのようにゆらゆらと。頭にアンテナついてる系の二次元キャラのようにひょこひょこと。1本1本の髪がそれぞれ固有の意志を持っているかのようにわちゃわちゃと動き始めたのだ。時折体育館を吹きすさぶそよ風に敢えて逆らうように、武藤の髪がうねりにうねっていたのだ。

 

 そして。そのような珍妙な光景を予備知識なしで目の当たりにした中空知は「ぶふぉ!?」と吹き出した。とても淑女の反応とは言い難いが、今回ばかりは見逃されてしかるべきだろう。

 

 

「あ、あはははははははははッ! 何それ!? 何それぇ!? あっはははははははは――ゴホッ!? ゴホッ!? や、ヤバッ。ツボ入った。ヒィィイイイイ! お、お腹、お腹痛い! 壊れちゃぅぅうう!!」

「……そこまで笑わなくても……?」

「いやいやいや、笑えるって。爆笑モノだよ、イソギンチャクみたい! アッハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 うねうねうねとの効果音を引き連れて動きまくる武藤の髪を見つめつつ、中空知は爆笑する。中空知的には武藤の髪がうねうねしている光景がよほど笑いのツボにジャストミートしたらしく、目尻から涙を流さん勢いで笑っていた中空知は前後不覚の感覚に陥り遂に足元の氷に足を滑らせ「あいたッ!?」と盛大に尻餅をつくこととなった。ところが。その中空知の反応は想定外だったようで、武藤は「……解せぬ……」と不満を顕わにした。

 

 それにしてもこの二人、体育館の一角ではジャンヌと不知火が真面目に戦っていることを踏まえると、何というシュールっぷりだろうか。

 

 

「で、それのカラクリは一体何かな?」

「……イロカネ。知ってる……?」

「え、ウソ。まさか――」

「……否。これは擬似イロカネ。前に本物に触れる機会があったから、その経験を元に作ってみただけ……」

 

 武藤は中空知からの問いかけにズボンのポケットからルビー色の十字架を取り出し、種明かしをする。そう、武藤は以前、キンジから頼まれて理子の持つイロカネ入りの十字架の偽物を拵えたことがある(※78話参照)。武藤はその経験を元に、今回、本物のイロカネとは別の物質を材料に擬似的なイロカネを生成してみせたのである。技術チートはとどまる所を知らないようだ。

 

 

「何だ、偽物か。いや、でも偽物でもとんでもない発明だよね、それ!?」

「……そうでもない。性能は本物に遠く及ばないし、使用時間を越えるとただのガラクタになるし……」

「それでもだよ! 何たって、世界中が欲してやまない超常の力を人力で開発しちゃったんだよ!? こ、これは日本で2人目のRランク武偵誕生も近いかもなんじゃないかなぁ?」

「……それは大げさ……」

「……武藤くんって何気に自己評価低いよね。でもさ。そのイロカネの能力はさしずめ髪を自在に操ることなんだろうけど、武藤くんの髪、短いよね? 髪に武器を持たせる、なんて使い方はできないし……正直、そんな力を得た所で意味があるとは思えないけど」

「……意味なら、ある……」

「へぇ。それは興味深いね。ぜひ教えてほしいかな?」

 

 中空知の興味本位からの質問に武藤は「……言われずとも……」と応じる。その時、中空知の背中まで伸ばされた長いストレートの黒髪が勝手に動き、中空知の両手を後ろ手にきつく拘束したのだ。加えて、中空知の髪の毛先が中空知の手とグローブの間に器用に入り込み、シュルリと黒のグローブを外していった。

 

 

「え、えぇぇぇ。自分のだけじゃなくて人の髪も操作できちゃうの? とんでもないね」

「……これで、無力化。大人しく撃破されてもらう……」

「甘いよ、武藤くん! 今のはすっごく驚いたけど、尋問のプロを拘束プレイごときで無力化できると思わないでよね!」

 

 武藤が手に持つ拳銃で中空知へと連続発砲するも、中空知は床にポテリと落ちた黒グローブに収容されているワイヤーを蜘蛛の巣のように周囲一帯に展開させ、武藤の弾丸と、ちゃっかり中空知へ向けて発砲していた不知火の弾丸とを銃弾切り(スプリット)の要領で真っ二つにし、弾丸が自身に直撃しないように調整する。

 

 その一方で一本のワイヤーが武藤の体を絡めとろうと迫ってきたため、武藤はジェットブーツによる空気の出力で背後に飛び、ワイヤーの射出速度を超えて後退する。この時。中空知は武藤からの銃撃を終わらせた隙を利用して、念動力でワイヤーを操作して、自身の両手を拘束する黒髪をバッサリと断ち切った。

 

 

「……念動力を使ったワイヤーの操作はグローブを直接手につけていなくても可能か、厄介な……」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ。武藤くんを相手するのがここまで大変だなんて思ってもみなかった」

「……それも大げさ。けど、良かったの? 髪は女の命って言うけど……?」

「ま、今は夏真っ盛りだからね。イメチェンとでも思っておくよ。ショートカットの中空知美咲なんて滅多に拝めないんだから、今の内に目に焼きつけておいてよね♪」

「……悪いが、俺はユッキー一筋だ……」

「あらら、そりゃ残念」

 

 はらはらと、中空知の絹のように綺麗な黒髪が床へと落ちゆく中。中空知は念動力でワイヤーを収容した黒いグローブを改めて装着する。そうして。中空知と武藤はまた再び軽口を言い合いながら次なる戦闘フェイズへと突入していく。お互い、普段は前線に立って戦うような専攻でないがゆえに。それだけに、他の武偵よりも遥かに頭を存分に働かせた、知略戦を前提とした変則的な戦いがまだまだ続いていくのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 抗争は激化する。どこまでも。どこまでも。

 

 

【探偵科Cランク:王玉(おうぎょく)国國(ときくに)(2年)が装備科Bランク:雄雄(おゆう)雄雄(まさよし)(3年)を撃破しました。王玉国國に17ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:目昌(もくしょう)(あきら)(1年)が尋問科Dランク:(ひがし)(あずま)(2年)を撃破しました。目昌晶に11ポイント付加されます】

 

 平賀製の大量の鳥人型ロボットが武偵狩りを行い、武藤製の大量の皇帝ペンギン型ロボットがそれを妨害する中。人口浮島内のあちらこちらへと戦場を移しながら、平賀製の『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットと武藤製の皇帝ペンギン型の巨大ロボットとが互角のギガントバトルを繰り広げる中。東京武偵高三大闇組織を始めとする、多種多様な闇組織同士の醜い争いは終わらない。どこまでも過熱するばかりだ。

 

 

【情報科Aランク:有墓(あるぱか)太郎(2年)が狙撃科Aランク:坂鳴(さかなく)ション(1年)を撃破しました。有墓太郎に25ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)が強襲科Aランク:羅刹暴吾(3年)を撃破しました。小早川透過に27ポイント付加されます】

 

 寮取り合戦という名目がいつの間にか消失した戦いは。寮のメンバーでのチーム編成という前提が崩壊した戦いは。これまで決して表舞台に姿を現すことのなかった闇組織の暴れようにより、混沌を増す一方。物語は作者のふぁもにかすらも与り知らぬ方向へと転がっていくのみだ。

 

 

【衛生科Cランク:東方(ひがしかた)神起(かみおき)(3年)が鑑識科Aランク:野球(のたま)(ぷう)(3年)を撃破しました。東方神起に17ポイント付加されます】

【諜報科Bランク:和狼(2年)が特殊捜査研究科Cランク:後莉羅(ごりら)次郎(2年)を撃破しました。和狼に15ポイント付加されます】

 

 そんな最中。未だ生き残っている強かな武偵たちは、遅かれ早かれ知覚する。表面が氷に覆われた体育館に気づき、体育館内に鳴り響く派手な戦闘音に気づき、そして悟る。寮取り合戦がもはや終盤に差し掛かっており、体育館がその舞台になっている、と。

 

 

【強襲科Aランク:粋茂野(いきもの)臥狩(がかり)(3年)が超能力捜査研究科Bランク:辺金(ぺんぎん)三郎(2年)を撃破しました。粋茂野臥狩に22ポイント付加されます】

【車輌科Bランク:秋塚翔(2年)が救護科Aランク:牧巻(まきまき)真紀(まき)(3年)を撃破しました。秋塚翔に13ポイント付加されます】

 

 各闇組織はここが攻め時だと残存勢力を結集し、徒党を組んで体育館へと歩を進める。闇組織に属さずに出撃組として撃破ポイントを稼ぎ続けてきたやり手な武偵たちや、これまで潜伏を行っていた武偵たちは、闇組織同士の抗争の漁夫の利による大量の撃破ポイント獲得のチャンスを掴むため、激戦地たる体育館へと向かう決断を固める。

 

 

【尋問科Bランク:ティール(2年)が通信科Dランク:桑方(くわがた)四郎(2年)を撃破しました。ティールに6ポイント付加されます】

【強襲科Bランク:アキ(2年)が尋問科Bランク:大菊寿老太(3年)を撃破しました。アキに18ポイント付加されます】

【尋問科Bランク:大菊寿老太(3年)が強襲科Bランク:アキ(2年)を撃破しました。大菊寿老太に25ポイント付加されます】

 

 各々がそれぞれ異なる思惑を胸に。譲れないものを掲げ。未だ撃破されていないほぼ全ての武偵たちが今、確かに体育館へと集結しつつあった。

 

 

【尋問科Aランク:衣咲命(1年)が通信科Aランク:陸奥(むつ)五郎(2年)を撃破しました。衣咲命に15ポイント付加されます】

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)が強襲科Cランク:光宙(ぴかちゅう)六郎(2年)を撃破しました。宮本リンに21ポイント付加されます】

 

 それは。今現在、武藤&不知火 VS 中空知&ジャンヌとでタッグマッチが行われている体育館が未曽有の戦場とならんとしている、何よりの証左であった。

 

 

【探偵科Bランク:朝陽(あさひ)清明(せいめい)(3年)が車輌科Bランク:楼兎(ろうと)聖益(せいやく)(1年)を撃破しました。朝陽清明に14ポイント付加されます】

【特殊捜査研究科Aランク:不二(ふじ)照美(てれび)(3年)が狙撃科Dランク:阿皿獅(あざらし)七郎(2年)を撃破しました。不二照美に16ポイント付加されます】

 

 

 




武藤→ドローンや皇帝ペンギン型ロボット、さらには擬似イロカネなど、己の開発したグッズを最大限利用して戦う技術チート。平賀さんですらシャーロックさんが接触していたというのに、なぜ全世界の組織はこいつを野放しにしているのか。ちなみに。擬似イロカネの使用時間は初期起動から30分間のみ。
不知火→ジャンヌが相手では分が悪い不良。だが、あっさりと瞬殺されない辺りに強襲科Aランク武偵としての意地を感じないでもない。一応、武藤のことを考えたチーム戦もできる。
ジャンヌ→テイルズシリーズから技名の元ネタを引っ張りつつ戦う厨二少女。大局的視点に優れているという策士らしい特徴を持っているため、チーム戦には結構向いているっぽい。
中空知→武藤に終始振り回されるという、珍しい一面を見せたドS少女。でもって今回のリアクション担当。武藤が中空知の髪を操ってきた影響により、髪を肩にかかる程度までワイヤーで斬り捨てることとなった。ショートカットな中空知さんもきゃわわわである。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
①衣咲命→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Aランク、1年・女。中空知の戦姉妹。とりあえず、まだ撃破されていない模様。
④小早川透過→読者のアイディアから参戦したキャラ。超能力捜査研究科Dランク、2年・男(?)。メガネが本体であり、メガネがないと死ぬ(※実証済み)。ユッキーと別れた後、とりあえず、まだ撃破されていない模様。
⑥大菊寿老太→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Bランク、3年・男。ダスターコートに黒いペストマスク、顔とマスクとの隙間から漏れ出る紫色の煙が特徴的な狂人。アキと相討ちとなった。殺しても死にそうにない狂人たるこのお方が人間に敗北したという衝撃の事実。
⑦宮本リン→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Eランク、3年・男。艶のある黒髪をオールバックにしている。アリアと別れた後、とりあえず、まだ撃破されていない模様。
⑫アキ→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Bランク、2年・男。肩にかかる程度に伸ばしたボサボサな栗色の髪に、榛色をした瞳が特徴的。大菊寿老太と相討ちとなった。どのようなやり取りの末に進化する狂人:大菊寿老太を撃破したのかは完全に闇に葬り去られている。

○よくこの作品に感想をくれていた人を名前だけでも番外編に登場させてみた枠
和狼→読者さんの感想文字数ランキング4位の人。思い出登板のノリである。
秋塚翔→読者さんの感想文字数ランキング7位の人。思い出登板のノリである。
ティール→読者さんの感想文字数ランキング8位の人。思い出登板のノリである。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
羅刹暴吾→『ダメダメユッキーを愛でる会』の過激派。強襲科Aランクの中でも割と強いとの評判がある程度は広まっている……割には、特に目立つことなく小早川透過に撃破されたらしい。

○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
王玉(おうぎょく)国國(ときくに)
雄雄(おゆう)雄雄(まさよし)
目昌(もくしょう)(あきら)
(ひがし)(あずま)
牧巻(まきまき)真紀(まき)

○歌手の名前を元ネタにしたシリーズ
坂鳴(さかなく)ション
東方(ひがしかた)神起(かみおき)
野球(のたま)(ぷう)
粋茂野(いきもの)臥狩(がかり)

○動物の名前を名字にしたシリーズ
有墓(あるぱか)太郎(たろう)
後莉羅(ごりら)次郎
辺金(ぺんぎん)三郎
桑方(くわがた)四郎
陸奥(むつ)五郎→え、何か分類が違う気がするって? 気のせい気のせい。
光宙(ぴかちゅう)六郎
阿皿獅(あざらし)七郎

○企業名に漢字を当ててそれっぽい名前を作ってみたシリーズ
朝陽(あさひ)清明(せいめい)
楼兎(ろうと)聖益(せいやく)
不二(ふじ)照美(てれび)

 というわけで、EX11は終了です。武藤くんがイレギュラー過ぎて書いてて凄く楽しかった件について。そしてそのせいで戦闘描写が大幅に削られちゃったジャンヌちゃんと不知火くん。いや、だって、不知火くんの戦闘シーンとか異様に書きにくいんだもん、なんでだろうね。

 でもって、『テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ』のネタも今回でギャグ方面に本領発揮してきた感がありますね。いい加減、このシリーズもネタ切れになるかと思いきや、案外ふざけた名前のアイディアはまだ底をつきそうにないみたいですね。どうなってんだ、私の頭。


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EX12.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(12)


 どうも、今更ですが、皆さんはこの割とガバガバ設定な番外編でちゃんとワクワクドキドキできていますか? 大丈夫ですか? とりあえずワクワクドキドキが『窪苦窪躯恕飢恕危』になっていないことを願いつつ、EX12、スタートです。



 

 ――15:00

 

 

 それぞれ全長30メートルを誇る『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットと皇帝ペンギン型の巨大ロボットとの前代未聞なギガントロボット大戦、あるいは怪獣大戦争は、その始まりから既に約1時間もの時が経過していた。『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の操縦を担当する平賀文と皇帝ペンギン型の操縦を担当する市橋晃平はそれはもう頻繁に場所を移しながら絶えることのない激戦をただただ繰り広げ続けていた。

 

 

『ペェェエエエエエエエエエエエエエエングィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!』

『ホモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

「ひ、ひぇぇえええええええええ! こっち来たぞぉぉおおおおおおおおお!!」

「叫んでないで早く逃げるわよ! あんなのに踏み潰されたらひとたまりもないわッ!」

「逃げるんだよぉぉおおおおおお! どいたどいたぁぁあああああああ――ッ!!」

 

 巨大ロボット2体による対決を前に、全長2メートルにも満たない武偵にできることなど限りなくゼロである。それゆえに、割と頻繁に場所を移して戦うはた迷惑な巨大ロボット2体の接近に気づくや否や、ほぼ全ての武偵が退散していく。例え撃破ポイント目当てで戦っていようと、闇組織同士の抗争が行われていようと、巨大ロボットという抗いようのない一種の災害のようなものを前にした時、武偵たちは蜘蛛の子を散らすように全力逃走していく。時には、勇猛と無謀とを履き違えてロボットを退治せんと立ち向かってきたアホ武偵もいたが、彼らの結末については地の文で描写するまでもないだろう。

 

 

(ま、こんなバカでかいのが近づいて来たらそりゃあ逃げるわな。わしだって逃げる。……それにしても、まさかこの巨大ロボットの操作をわしがやっているとは誰も思うまい)

 

 そんな中。皇帝ペンギン型の巨大ロボットの操縦席にて。若白髪の目立つ黒い短髪が特徴的こと市橋は、自身が操る巨大皇帝ペンギンの二本足でうっかり武偵をプッチンと下敷きにしてしまわないように足元に細心の注意を払いつつ、巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の出方を伺っていく。

 

 市橋と対戦中の平賀も同じような心持ちらしく、平賀もまた巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の四本足の踏みつけ被害に武偵が遭わないように気をつけているので、本当ならそこまで一目散にこの2体の巨大ロボットから逃げる必要はない。

 

 だが、マシンガンの銃口を向け引き金を今すぐにでも引ける状態にしている人が「私は君に危害を加えるつもりはない! 安心するんだ!」などと爽やかに宣言した所で逃げたくなるのと同様に、巨大ロボットから逃げたくなるのは常識的に考えて無理からぬことなのである。

 

 

『ホモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

(にしてもあのホモォ、いくらなんでも怖すぎるだろ。どうして平賀はここまで人の恐怖を煽り立てるような設計方針にしたんだ?)

 

 結構な頻度で威嚇の叫び声を上げる巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』に市橋が改めて恐怖を感じ、同時に平賀のロボット製作方針に疑問を抱いた時。唐突に『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットがピタリとその場に制止した。「お、動きが止まった」と、市橋が様子見のために皇帝ペンギン型の巨大ロボットの動きを停止させると、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の口からニュッと巨大メガホンが飛び出て、そこから市橋へ向けて声が発せられた。

 

 

『ふふふ、今更ながら確認させてもらうけど、そのペンギン型ロボットに乗っているのは武藤くんで合ってるよね?』

『む?』

『って、聞くまでもないか。その巨大ロボットを作って、きちんと操作できる東京武偵高の生徒は私を除けば武藤くんしかいないしね、なのだ』

(……何か唐突に平賀が語り始めたんだが、わしはどうすればいいんだ? わしは空気読みにそんなにスキル振ってないから人の機微はよくわからんぞ?)

『ずっと、ずっと機会を待っていた。私が武藤くんよりも上だと証明できる機会を待っていた。私がどれだけ力作を作って見せびらかせても武藤くんは飄々としてるだけで、余裕の表情を崩さない。私のことなんて眼中になくて、まるで私の作品なんていつでも超えられると言わんばかりの態度を崩さない。……私は、武藤くんに負けてない。絶対負けてないんだ。私は武藤くんよりも天才なんだ。だから、私は今日を待ちわびてたんだ。――今日! 私は! 武藤くんを越える! 武藤くんを越えて、私の方が優れた技術者だってことを証明してみせる! 今日こそ武藤くんのその澄ました顔に敗北を刻み込んでみせる! 覚悟するのだぁぁああああああああ――!』

『……悪いが、このロボットに乗っておるのは武藤ではない。わしじゃ』

『え、誰!?』

『わしは市橋晃平。しがない一武偵じゃ。残念ながら、お前のお望みの武藤は今、別行動を取っている。わしにこの武藤作のロボットの操縦を託してな』

『な、そんな……!? それじゃあその素朴なペンギンロボットを倒しても、私が武藤くんを越えた証明にならないじゃん!? これじゃあ意味がないのに……!』

『……ふむ』

 

 平賀の切羽詰まったような声を前にして、市橋は心底意外そうに目を細める。市橋と平賀とはほとんど関係はない。ただビジネスライクに、時たま市橋が平賀に武器の調整や修理を頼むことがある程度だ。そして、市橋にとっての平賀の印象はただのお調子者だった。精神年齢が習熟していないがゆえに、やりたいことをただやりたいようにやる。漫画家と武偵を両立しつつ、周囲のことなど何も考えずに、自分さえ良ければそれでいいと遊びまくる。そのような印象だった。

 

 だが、それはあくまで平賀の一面に過ぎず。平賀も普通に高校生だった。他者を気にして、武藤を勝手にライバル視していて、案外年相応の感情を抱えて生きていた。それならば、と。その平賀の本心を聞いた市橋は気まぐれながら決めた。先輩らしいことをやってやろうと。

 

 

『今まで個人的にお前には灸を据えてやろうと考えていたのだが、今の言葉を聞いて少し気が変わった』

『へ?』

『今のお前はどこか自分を追いつめているようだからな。まずはお前のロボを完膚なきまでに倒した後、お前を教え導いてやる』

『――今のは頭に来たよ。舐めないでよね、私のロボは負けるわけない。武藤くんが操縦してないロボに、シャーちゃんの知識と私の英知を詰め込んだ最高の『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』ロボが負けるなんてあり得ないのだぁぁああああああああああああああああ!!』

 

 市橋の、相手からすれば上から目線の宣言と思われても仕方のない発言に案の定平賀は激怒したため、言葉によるやり取りはこれにて終了する。まず最初に仕掛けたのはやはり平賀。平賀は巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の口の中に巨大メガホンを仕舞うと、目一杯巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の口を開かせる。その口の奥からキラリと一筋の光が見えた瞬間、市橋は巨大皇帝ペンギンでびょいーんと空高くジャンプしていた。

 

 

(あっぶなッ!?)

 

 市橋は眼下に目をやり、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の口から発射された青白いレーザービームに冷や汗を流す。もしも自分がジャンプという選択をしていなかったら、皇帝ペンギン型の巨大ロボットの腹部が大きくくり抜かれ、操縦席の自分も確実に無事では済まなかったことが容易に読み取れるからだ。

 

 だが。巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』がとんでもない兵器を抱えていたことが発覚した所で、市橋の気持ちが退くことはない。市橋はレーザービームの射出が終了した直後に『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の目の前にズガンと着地し、ギュイイイイインとドリル型に変形させた左手で『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の顔面を殴りつけようとする。

 

 しかし。まともに命中すれば『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』に甚大なダメージをお見舞いできたであろう巨大皇帝ペンギンのドリルははたして届かなかった。なぜなら。ホモォの口からシュイッと妙に歯並びの良い白の輝きに満ちた歯が表れ、巨大皇帝ペンギンの左手ドリルをバリバリ噛み砕いてみせたからだ。

 

 

「いいッ!? ウソだろ!?」

『ショタァァァアアアアアアアアアアアア!! ロリィィィイイイイイイイイイイイイイ!! ペドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! ユリィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』

「待て待て待て!? こいつさっきまでホモホモ言ってたくせに実はどのネタでも結構いける系かよ!? こいつの趣味嗜好はどうなってるんだ!?」

 

 左手のドリルの消失に市橋は動揺しつつも一時的にバックステップを選択し、巨大皇帝ペンギンがさらなる『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』からの手痛い反撃に晒されないように距離を取る。

 

 すると、そのような市橋の対応など想定通りと言わんばかりに、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の白い饅頭のような中心部の背部装甲がシュカカカといくつも開き、ひゅるるると十数ものミサイルが旅立ち、巨大皇帝ペンギンへと襲いかかることとなった。様々な変則的軌道を描きつつもその全てが巨大皇帝ペンギンへと収束していく様から、このミサイルが追尾式だと悟った市橋は、全ミサイルを事前に破壊し、巨大皇帝ペンギンに被害が生じないように対処することが不可能だと悟り、はたして全ミサイルが巨大皇帝ペンギンへと着弾した。

 

 

(これで私の勝ち……!)

 

 平賀は心から勝利を確信した。ミサイルは確かに全弾命中したことをこの目で確かに確認した平賀は、自分が勝ったという事実に一瞬だけ安堵したものの、すぐに当然だと思い直した。いくら相手が武藤製の巨大ロボットだとしても、搭乗者は所詮一般人。ゆえに、天才の頭脳を持つ自分が繰り出す神のごとき戦略の前に叶うはずがなかったのだと平賀は自己完結した。それだけに。

 

 

「えぇッ!?」

 

 平賀は驚愕した。数多くのミサイルが一斉に巨大皇帝ペンギンに直撃したことで生じた土煙が晴れた時。平賀は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いた。無理もない。何せ、操縦席の平賀へ『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』が見た光景を届けるモニターには、全身をピンク色に染め、額の部分にオレンジ色の炎を宿し、背後にこの世のものとは思えない赤黒いオーラを纏った巨大皇帝ペンギンが無傷で鎮座していたのだから。

 

 市橋が一体何をしたのか。答えは単純である。武藤が市橋に託したこの皇帝ペンギン型の巨大ロボットには4つの必殺技:『ギア2』『神気合一』『超死ぬ気モード』『妊娠できない体にしちゃうキック』が登録されている。市橋はその必殺技の内、巨大皇帝ペンギンの性能を大幅に跳ね上げることのできる『ギア2』『神気合一』『超死ぬ気モード』を同時に発動させたのだ。ゆえに、巨大皇帝ペンギンのスペックは一気にインフレし、ミサイルごときでは傷一つ与えられない装甲を保持することとなったのである。

 

 

『さて、後輩。今からカウンセリング(圧倒的武力制圧)を始めようか』

 

 未だ事態を呑み込みきっていない平賀へ向けて、市橋が改めて宣言する。かくして。現時点で1時間を超えて続いていた巨大ロボット同士の激闘が第二フェイズへと移行するのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――15:05

 

 

 天井が一部崩壊したり床や壁が氷漬けにされたりともはや散々なことになっている体育館にて。自作のとんでも兵器を次々持ち出す武藤と念動力を用いたワイヤーを張り巡らせる中空知とが一進一退の攻防を繰り広げる傍ら。不知火とジャンヌとの戦いは今まさに決着がつこうとしていた。

 

 

「ゲホッ、コホッ!?」

「これで仕舞いだな、ジャンヌ」

 

 体育館の壁を背にし、お腹を手で押さえた状態で座り込み、苦悶の表情を浮かべるジャンヌ。そのジャンヌの体に銃口を向ける不知火。ジャンヌと不知火との戦いは不知火の勝利に終わろうとしていた。なぜジャンヌがここまで追い込まれているのかというと、偏に武藤の援護の賜物である。

 

 あの時。武藤が擬似イロカネを利用して中空知の髪を操作し、中空知の両手を縛り上げていた時。武藤は同時並行でジャンヌの銀髪をも操作し、ジャンヌの首をキリキリと絞めていたのだ。

 

 唐突に自分の髪の毛で首を絞められるという謎現象に襲われたジャンヌは軽く想定外な出来事に一時は動転する。だが、その後速やかにジャンヌは自身の髪に雷の超能力を通し、武藤による髪支配を断ち切ってみせる。しかし、この時。ジャンヌは己の髪に気を取られすぎたため、「ウラァ!」と不知火の繰り出す強力な蹴りの存在に気づけなかったのである。

 

 結果。ジャンヌは不知火に蹴り飛ばされ、その勢いで体育館の壁に体を叩きつけられ、不知火の蹴撃のあまりの強烈さに思わず咳き込み、不知火が自身に接近し銃を突きつけられるだけの隙を晒してしまったというわけである。

 

 

「こんな形で勝っても何も嬉しくはねぇが、四の五の言ってられねぇか。恨むなら2対2の構図になっちまったことを恨むんだな、ジャンヌ」

「くッ……」

 

 不知火はこれ以上何も言うことはないと、銃の引き金に人差し指をかける。ジャンヌは不知火に悟られないようにこっそりと中空知の様子を盗み見てみるも、当の中空知は武藤の相手に集中しており、ジャンヌの方を気にかけるほどの余裕はないようであった。

 

 

(……ここまでか。すまない)

 

 ジャンヌは抵抗するという手段を捨てて、素直に目を瞑り、心の中で謝罪する。謝罪の対象は、自分が油断していたばっかりに守れなかった、自分を慕って付き従ってくれた女子テニス部の後輩武偵たち。そして、ルームメイトの中空知美咲。彼女たちに向けて謝罪の念を抱きつつジャンヌは撃破を覚悟したが――天はまだジャンヌを見捨ててはいなかった。

 

 

「させない!」

 

 突如、横合いから不知火の顔面目がけて放たれた銃弾。不知火が「うぉッ!?」と咄嗟に銃弾をさけつつ、銃弾の発射方向へと目を向けると、そこには計7名の女子武偵が各々武器を構えて不知火への敵意を前面に表出させていた。そして。先ほど半ば不知火を殺す気で不知火の頭部目がけて発砲した女子武偵が不知火へとさらに2、3発発砲し、不知火が銃弾を避けるためにジャンヌから距離を取った隙に、女子武偵たちはジャンヌの元へ駆け寄った。

 

 

「ジャンヌ様、大丈夫ですか!?」

「ジャンヌ様、苦しそうです。何て痛ましい……」

「ジャンヌ様をこんなに痛めつけるなんて、許せない!」

「貴様ら、どうしてここに――」

「ジャンヌ様に危機が迫っている時、それを瞬時に察知できないような者は『氷帝ジャンヌ一派』に所属していないのです!」

 

 ジャンヌが女子武偵の一人になぜこのタイミングで『氷帝ジャンヌ一派』が助っ人として登場できたのかを問いかけるも、当の女子武偵からは少々ピントのズレた答えが返ってくる。内心。そういうことを聞きたいんじゃないのだがと思っていたジャンヌだったが、今は些事を気にしている場合ではないとの考えの元、「要するに勘か。まぁいい、恩に着るぞ」と、感謝の意を表明しながらゆっくりと立ち上がった。

 

 

「……おい。どういうことだ、ジャンヌ。テメェの取り巻きはさっき全員俺が潰したはずだが?」

「残念ながら、あの時我が連れていたのは半分だ。もう半分のメンバーには別行動を取らせてたんだ。あまり我の都合に付き合わせていては、彼女たち自身が撃破ポイントを稼げず、彼女たちの住まう寮のクオリティが劣悪なものになりかねないからな」

 

 『氷帝ジャンヌ一派』が、がるるるるると獲物を見つけた肉食獣のごとく、目をギラリと光らせながら不知火を襲撃せんと構えている中。ジャンヌから『氷帝ジャンヌ一派』の事情を知った不知火は「チッ、また多数対一の構図に逆戻りかよ」と愚痴を零す。と、その時。

 

 

「不知火! 不知火じゃないか!?」

「こんな所で油を売っていたのか、お前!?」

「お前、『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』略して『ASS』の仕事はどうした!? ちゃんと役割振っただろう!?」

「おい、あそこに『氷帝ジャンヌ一派』のリーダーがいるぞ! あれを潰せば、『ASS』はまた一つ、規模を拡大できる!」

「これでまた一つ姉御に貢献できるぜ、ヒャッハー!」

 

 不知火の背後からも援軍が現れる。そう、かつて平賀が作ったボストーク号の模型をプールに浮かべたり平賀の凄さをどこまでも褒め称える役を担っていた平賀の取り巻き勢は不知火へと接触しつつ、前方の『氷帝ジャンヌ一派』への全面攻勢の構えを見せる。

 

 が、『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』に所属しつつも、組織内で寄り集まって他の組織を潰す姿勢を気に入らないと、当初割り振られていた役目を放棄していた不知火は「面倒なことになってきやがったな、クソッ……」と悪態をつくばかりだ。ところで、状況が大きく変化したのは何も不知火&ジャンヌサイドだけではない。

 

 

「見つけたぞ、同志武藤。『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー003はここにいたか。おい、テメェら! 同志武藤に助太刀するぜ!」

「「「「「おお!」」」」」

「させない! 『美咲お姉さまに踏まれ隊』一同、フォーメーションγ! その身を盾に、美咲お姉さまを守るのです!」

「「「「「応!」」」」」

 

 『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002の砂原杙杵(くいしょ)が、『美咲お姉さまに踏まれ隊』の隊長の衣咲命が、大切な対象を守るために、それぞれ武藤と中空知の横に一列に勢ぞろいする。否、彼らのような、武藤や中空知の味方な存在だけではない。

 

 

「えー、いましたね。あそこに『ダメダメユッキーを愛でる会』幹部、砂原と武藤がいますね。えー、奴ら二人を撃破すればですね。えー、『ダメダメユッキーを愛でる会』は崩壊するも同然です。ではでは皆さん、全ては『ビビりこりん真教』のため、やっちゃいましょう!」

「「「「「イェア!」」」」」

「ほう、これはこれは思ったよりも色んな方々が集結しているようですね。皆さん、ここが正念場ですよ。ここで一人でも多くの者をタコ殴りにして、『アリアさま人気向上委員会』の組織基盤を盤石なものとするのです!」

「「「「「イェッサー!」」」」」

「我は『クロメーテル護新教』の教祖代理、安久亜(あくあ)泰難(たいむず)。教祖、小早川先輩の代わりに規模拡大を望む者。さぁ、者ども、戦を始めようぞ」

「「「「「押忍ッ!」」」」」

「私は『擬人化した得物について語ろうの会』の会長代理の代理、ベレッタです。皆、今が最初で最後の好機。しっかり掴んで全ての擬人化した得物たちの市民権を獲得していきましょう!」

「「「「「ヤッフゥゥゥウウウウウウウウウ!」」」」」

「私は『百合の花を育て上げる会』の会長代理、佐々木志乃です。どうして夾竹桃なんかの協力をしないといけないの……いや、でも協力すれば強烈な媚薬をいっぱいプレゼントしてくれるって言質は取ったし、それに百合がもっと武偵高に広まるのは私にとっても悪いことじゃないし……やるしかない。皆、覚悟は良いですか! 自分の秘める感情を、今ここで解き放つのです!」

「「「「「フィィィイイイバァァァアアアアア!」」」」」

 

 『ビビりこりん真教』の信者ナンバー004の三ヶ島咲良が、『アリアさま人気向上委員会』の委員会ナンバー006の影縫千尋が、『クロメーテル護新教』の教祖代理の安久亜泰難が、『擬人化した得物について語ろうの会』の会長代理の代理のベレッタが、『百合の花を育て上げる会』の会長代理の佐々木志乃が集結する。東京武偵高三大闇組織の幹部たちを筆頭に、あらゆる闇組織の牽引者がそれぞれまだ撃破されていない手下を大勢引き連れて、わらわらと体育館へと一堂に会していく。もちろん、闇組織の連中だけではない。闇組織に関わりのない武偵たちも、敢えて闇組織の一員に扮する形で体育館に潜入し、いかにも闇組織の構成員ですといった雰囲気を醸し出しつつ、大量の撃破ポイント獲得の機会を虎視眈々と狙う態勢に入っていた。

 

 

「……これは……」

「あらら。こりゃ2対2で楽しくバトルやってる場合じゃなくなってきたかな? どっちが上か決着つけたかったけど、わがままが通じる状況でもなさそうだしね。それにしても、『美咲お姉さまに踏まれ隊』って、命ちゃんったらいつの間に……」

 

 武藤と中空知はもはや個人個人で戦えるような状況でないと、一旦武器を収める。そして。いつ様々な闇組織が入り乱れた全面戦争が始まってもいいように体勢と心の準備を整える。この時。全面戦争が、勃発しようとしていた。大人数が暴れ回るには狭すぎる体育館にて、もはや誰が敵で、誰が味方かもわからなくなること必至なカオスな闘争は回避不可能な状況となりつつあった。

 

 

 しかし、この瞬間。体育館の壇上から声が響いた。それは緊迫した戦況を切り裂き、暗沌とした空気に風穴を生み出す、一筋の澄んだ声だった。

 

 




武藤→中空知との決着がつけられなくなってしまった技術チート。邪魔がなければおそらく中空知を倒していただけに、残念な展開になった模様。
不知火→武藤のサポートのおかげでジャンヌ相手に優位に立てたものの、ジャンヌ撃破のチャンスを逃した不良。何気に『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』略して『ASS』に属していた(※97話参照)。
ジャンヌ→己の窮地を女子テニス部後輩武偵たちに救われた厨二少女。炎・氷・雷の3種の超能力を使えるはずなのにあんまり目立てていないのは、周りの面子が濃すぎるせい。
中空知→「決着つけたかった」とか言ってるけど、実は武藤と戦わなくてよくなったことに内心でホッと安堵の息を吐いている系ドS少女。ちなみにただいまショートカットな髪型をしている。
平賀→実は意外と武藤に対して劣等感に似たライバル感情を抱いていた天才少女。天才だって人間だもの、そりゃあ時には悩みもしますよ。
佐々木志乃→緋弾のアリアAAから参戦した女の子。ここでは『百合の花を育て上げる会』の会長代理をやっている。原作とそこまで性格は変わっていない。要するに、ヤンデレ。ところで、熱血キンジと冷静アリアにはAA勢のキャラは出さない的な発言を感想への返信とかでやっておいてこの体たらくとか何というふぁもにかのテノヒラクルー技術。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
①衣咲命→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Aランク、1年・女。中空知の戦姉妹。今回で初めて『美咲お姉さまに踏まれ隊』のことを中空知にお披露目する形となった。
②砂原杙杵→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Aランク、3年・男。『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002。一人称は『俺』。会員ナンバー003である武藤とは割と仲がいい。悪友といった間柄な模様。
⑨市橋晃平→読者のアイディアから参戦したキャラ。装備科Bランク、3年・男。若白髪の目立つ黒い短髪が特徴的。天才の頭脳を持つ平賀を相手にちゃんと戦えている所から、割と頭は良い様子。今現在、たまには先輩風を吹かせてみたい感情に駆られている。
⑨ベレッタM92F→市橋晃平の武器(※ただいま擬人化中)。市橋に託されたため『擬人化した得物について語ろうの会』の会長代理の代理を全力でこなしている最中である。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
三ヶ島咲良→『ビビりこりん真教』の信者ナンバー004。ウザい喋り方に定評がある。
影縫千尋→『アリアさま人気向上委員会』の委員会ナンバー006。
安久亜泰難→『クロメーテル護新教』の教祖代理。
『ダメダメユッキーを愛でる会』の構成員たち
『ビビりこりん真教』の構成員たち
『アリアさま人気向上委員会』の構成員たち
『美咲お姉さまに踏まれ隊』の構成員たち
『クロメーテル護新教』の構成員たち
『擬人化した得物について語ろうの会』の構成員たち
『氷帝ジャンヌ一派』の構成員たち
『百合の花を育て上げる会』の構成員たち
『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』の構成員たち
その他大勢

 というわけで、EX12は終了です。巨大ロボット同士の対戦の描写が初経験すぎて拙い感じになってるんだろうなとか思ったりします。ま、普段は絶対に書かないタイプの文章を手掛けたのは素晴らしく良い経験になったのでそれで良しとしましょう、そうしましょう。

 そして、今体育館に何人武偵がいるのか全然把握できない件について。これだけ人物を一気に登場させたのはさすがに初めてなので、上手く場面を描写できるか果てしなく不安ですぜ。


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EX13.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(13)


 どうも、ふぁもにかです。ふぁもにかです。2016年に突入しましたね。新年です。あけましておめでとうございます。さて、それでは早速『ワクワクドキドキ☆寮取り合戦』の13話に突入しましょうか。

 閑話休題。今回はこの番外編におけるクライマックスです。そして、私がこの番外編で最も執筆したかったシーンが凝縮されている回です。それだけに、今回はホントにノリノリで執筆させていただきました。やっぱりアレだね、緋弾のアリアって最高ですね!



 

 ――15:20

 

 

 体育館にて。『ダメダメユッキーを愛でる会』『ビビりこりん真教』『アリアさま人気向上委員会』『美咲お姉さまに踏まれ隊』『クロメーテル護新教』『擬人化した得物について語ろうの会』『氷帝ジャンヌ一派』『百合の花を育て上げる会』『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』など数多くの闇組織の構成員や、闇組織とは関係ないものの撃破ポイント狙いの武偵が集結し、一触即発の状況が醸成されつつある中。体育館の壇上から声が響いた。それは緊迫した戦況を切り裂き、暗沌とした空気に風穴を生み出す、一筋の澄んだ声だった。

 

 

「そこまでです! 醜い争いはもう止めてください!」

 

 そのアニメでよく出てくるチビ属性のヒロインのような声に誰もが武器を一時的に下ろして壇上へと目を向ける。すると、マイクを片手に、「な、何とか間に合いましたか……」と息を切らす神崎・H・アリアの姿があった。

 

 

「……皆さん、一体何をやってるんですか? 初心を忘れてはいませんか? これはあくまで寮取り合戦です。寮のメンバーで結束して、よりよい武偵高ライフを送るために、しのぎを削って、頭を回転させて、全力を出し切ってポイントを稼ぐ。寮取り合戦はそのようなイベントだったはずです。少なくとも、このような闇組織が血で血を洗う抗争を行うイベントではなかったはずです! 皆さん、どうか目を覚ましてください!」

 

 アリアは体育館に集結した武偵たちに責めるような視線を浴びせつつ、全面戦争を中止させようとする。今や『正義の武偵』と名高いアリアの切実な思いの込められた発言に誰もがアリアを見つめることしかできない中、アリアはさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「……それと、確か『アリアさま人気向上委員会』で合ってますか? その闇組織に属する方々には個人的なお願いをさせてもらいます。どうか、ここは争うことをやめて矛を引いてもらえないでしょうか?」

「なッ!?」

「お、おい!? どういうことだよ!? どうしてアリアさまが組織のことを……」

「俺が知るかよ!? 誰かがバラしたんだ!」

「ウソだろ、タブーを侵しやがった奴がいるのか!?」

「スパイか!? 外部の闇組織か!? それとも過激派か!?」

「情報源は私を邪神だから殺すと襲いかかってきた人たちからです。貴方たちの言う、過激派でしょうね」

 

 アリア本人が東京武偵高三大闇組織の一角、『アリアさま人気向上委員会』について知っている。その衝撃的な事実に『アリアさま人気向上委員会』の面々の動揺がアリアの元まで伝わってくる中、アリアは自分が闇組織のことを知った原因を簡潔に口にした。そして。一様に不安に満ちた顔つきを浮かべている『アリアさま人気向上委員会』に対し、アリアはさらに語りかける。

 

 

「まず、これだけは言っておきます。私は貴方たちの活動を決して否定しません。私自身に実害が生じているわけではありませんし、己の信条を否定されるというのはとても堪えますからね」

「「「「「アリアさま……!」」」」」

「ですが、このままでは私は貴方たちのことが嫌いになってしまいそうです」

「「「「「ふぁッ!?」」」」」

「だって、私は理子さんとユッキーさんと友達として仲良くさせてもらっているのに、理子さんやユッキーさんと争う意思なんてないのに、『アリアさま人気向上委員会』に所属する貴方たちが『ダメダメユッキーを愛でる会』や『ビビりこりん真教』の構成員を積極的に傷つけていくようでは、まるで私が理子さんやユッキーさんが傷つく姿を心の奥底で望んでいるみたいじゃないですか……ッ!」

「「「「「あ、アリアさま……」」」」」

「私は正直、自分が組織を作られるほどに、アイドルのように信仰されるべき対象だとは思っていません。そこまで人間ができているわけでもカリスマを持っているわけでもありませんからね。……ですが、それでも、そんな私を支持してくれるのなら、ここはどうか私の意思を汲み取ってくれませんか? 『アリアさま人気向上委員会』の貴方たちから、このくだらない抗争の参加を辞退してくれませんか?」

「「「「「……」」」」」

 

 アリアからのすがるような眼差しを受けて、『アリアさま人気向上委員会』の面々は苦悶する。できることなら、アリアさまの頼みを快諾したい。だが、立場上『アリアさま人気向上委員会』が抗争に参加しないとの旨を彼らは宣言できないのだ。なぜなら、この場にいる他の闇組織が見逃してくれる可能性は非常に低いからだ。闇組織の拡大を狙う面々にとって、また撃破ポイント狙いの武偵にとっても、戦意のない『アリアさま人気向上委員会』の面々は格好の標的であるからだ。

 

 アリアのお願いに沈黙を返す『アリアさま人気向上委員会』一同。と、ここで。膠着した状況を突き動かそうと、アリアの背後から一人の武偵が現れた。アリアの背後からひょこっという擬音を引き連れて現れたのは、『ビビりこりん真教』が崇める峰理子リュパン四世だった。

 

 

「「「「「りこりん様!?」」」」」

「ひぅ!? え、えっと、ボ、ボクも『ビビりこりん真教』の皆のこと、好きだよ。ボクのこと好きだって言ってくれる人に、嫌いだなんて思えないもん。で、でででも。だからこそ、皆にはアリアさんや白雪さんのことを好きだって思ってる人たちを傷つけてほしくない。好きな人たちがそんなことをしているのは、凄く悲しいよ。……み、みみ皆、思う所があるのはわかってるつもりだよ。でも、『ビビりこりん真教』の皆もここは退いてほしい、な」

「「「「「りこりん様……」」」」」

 

 理子はビビりゆえに、体育館の壇上で大勢に注目されるという状況に軽く涙目になりながらも、そこで委縮するに終わることなく、きちんとマイクに声を乗せて、自分の意思を体育館に集結した武偵たちに確かに伝えていく。その結果は甚大で、『ビビりこりん真教』の信者たちの狼狽の声が瞬く間に広がっていくのが目に見えるようだった。

 

 と、刹那。壇上の背後にて。天井からガガガガガッとスクリーンが降りていく。そして。ある一定の高さで固定されたスクリーンに、まるでリモコンでテレビのスイッチをオンに切り替えた時のような音とともにスクリーン上に『ダメダメユッキーを愛でる会』の崇拝対象である星伽白雪の姿が映し出された。

 

 

『私もアーちゃんとりーちゃんと同じ意見だよ』

「「「「「アイエエエエエエ!? ユッキー様!?」」」」」

『私のことを慕ってくれるのは素直に嬉しいよ。でも、だからこそ私を想ってくれている人には他の闇組織を排斥するだなんて心の狭いことはしないでほしいな。……日本は八百万の神の発現を認める国なんだから【みんな違ってみんないい】って考え方じゃ、ダメ? 私も神で、アーちゃんも神で、りーちゃんも神で、どの神も共存できるっていう優しい世界な考え方じゃダメかな?』

「「「「「ユ、ユッキー様……」」」」」

 

 スクリーンに映し出されたのは数多くのモニターが立ち並ぶ地下倉庫の光景。その中で、副生徒会長の膝の上で為すがままに頭をよしよしされつつ、白雪は自論を展開する。アリアと理子と白雪。東京武偵高三大闇組織の崇拝対象たる3名が口をそろえて抗争中止を主張したという事実は、ついさっきまで全面戦争待ったなしだったはずの状況をひっくり返すに足るものであった。そして、これこそがアリアの狙いだった。

 

 あの時。宮本リンが脅しという手段を利用して寮取り合戦の現状を過激派武偵から聞き出した際。アリアは寮取り合戦の裏で巻き起こっているとんでもなくくだらない抗争を止める手段として、東京武偵高三大闇組織が崇拝している対象同士で結託して、情に訴える形で抗争中止を提言するアイディアを即座に思いついた。

 

 そのため、宮本リンと別れた後。アリアは逃走中の理子と合流し、白雪に連絡し、2人からの協力を取り付けた。当初は武偵高の放送室から校舎内で戦闘中の武偵に闇組織の抗争中止を呼びかけるつもりなアリアだったが、ここで生き残っている武偵のほとんどが体育館に集結しているとの情報を小早川透過という謎の人物から提供されたため、体育館までダッシュで駆けつけた。これが、今の状況を生み出した裏事情である。

 

 結果。アリアの思惑通りに事は運んでいる。東京武偵高三大闇組織の面々はそれぞれ他の闇組織に対して確執を抱えつつも、それでもひとまず休戦状態へと移行しようとする。大規模な闇組織を構築する三大闇組織がそろって戦意を見せなくなると、他の小規模闇組織も休戦の流れに乗ろうとする。この場で敢えて流れに逆らった所で、闇組織の規模拡大どころか、逆効果にしかなり得ないとわかりきっているからだ。

 

 だが、今の流れが気に食わない者は確実に存在する。自身が所属する闇組織の崇拝対象のみを神と捉え、他の神を邪神と切り捨てる過激派が、ここで動かないわけがなかった。この流れを許容できるわけがなかった。

 

 

「うるせぇ、黙れぇぇえええええええええええええええ!」

「誰が何と言おうと、ユッキー様以外を俺は認めねぇええええええええええ!!」

 

 ここで。2名の過激派武偵が、壇上のアリアと理子目がけてそれぞれロケットランチャーを発射する。『ダメダメユッキーを愛でる会』の過激派である彼ら2名の武偵からすれば、白雪を盲信する過激派からすれば、白雪があくまでスクリーンに映っているだけで、白雪本人が壇上にいない現状は白雪以外の二神ことアリアと理子を同時に屠れるまたとない好機なのだ。

 

 

『アーちゃん!』

「わかってます!」

 

 ロケットランチャーを銃でどうこう出来る術をアリアは持っていない。もちろん、理子も持っていない。そのため、アリアは白雪の声が聞こえるよりも早く理子を連れて逃げようとする。だが、しかし。アリアはここで逃走をやめた。理子の手を無理やり引っ張る形でロケット弾の範囲外へと身を移すことをやめた。なぜなら、アリアは自分たちを庇うように、『ドン!』という効果音を引き連れながら、ロケット弾の軌跡上へと躍り出る3名の人影を視界の端に捉えたからだ。

 

 直後、1つのロケット弾の先端部分に投げ飛ばされたスコップ(・・・・)が突き刺さったことでロケット弾は空中で爆風を撒き散らした。それと同時に。もう1つのロケット弾は全身真っ白な着ぐるみ(・・・・)を装備した存在へと命中する。だが、ロケット弾からアリアたちを守るようにして肉壁になった着ぐるみは、なぜかロケット弾が直撃したにもかかわらず無傷でその場に立っていた。

 

 そう、このタイミングで乱入してきたのだ。忍者の風魔陽菜と、スコップをメインウェポンとしていた(※過去形)金建ななめと、高性能な機能が搭載されているレオぽんの着ぐるみを着た何者かの異色極まりない3人トリオが壇上へと姿を現し、アリアと理子へ迫りくるロケット弾の被害を未然に防いで見せたのだ。

 

 

「やれやれ。淑女が渾身の思いを胸に訴えているというのに、それに対してロケット弾で応えるとは、何とも無粋な輩にござるな」

「いやはや、全くだね。あたしがあれと同じホモ・サピエンスだなんて思いたくないぜ」

『ま、おいらは【レオぽん目】【レオぽん科】【レオぽん属】の純正レオぽんだから人間がどんなにクズいことやってようと関係ねーけどなぁ』

「えー! ちょっと、何それズルくない!? じゃああたしは【ななめちゃん☆目】【ななめちゃん♡科】【ななめちゃん#属】だからあたしも無関係ね!」

「ならば拙者は【ハットリ目】【NARUTO科】【アイエエエエ属】だから無関係にござる。それより、いつまでも遊んでないで……まずはあれを排除するでござるか」

「やっちゃえ、バーサーカー!」

「そこは『やっちゃえ、アサシン!』と言ってほしかったでござるよっと」

 

 陽菜がその場でピュッと2本のクナイを投げ飛ばし、先ほどロケットランチャーを発射した過激派な武偵2人の額に各々ヒットさせる形で2人を撃破する中。体育館にいる全ての武偵は何も言葉に表せないまま、ただただ壇上に驚愕の眼差しを送っていた。しかし、それは予期せぬ乱入者がここぞというタイミングで現れたからではない。

 

 

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が鑑識科Bランク:紀紀(きのり)(かなめ)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に15ポイント付加されます】

【尋問科Aランク:風魔陽菜(1年)が強襲科Bランク:式式(つねのり)(しき)(3年)を撃破しました。風魔陽菜に25ポイント付加されます】

 

 

「お見事♪ さっすがヒナヒナ!」

「この程度、拙者にかかれば朝飯前にござる」

『しっかしよー、ロケットランチャーぶっ放してくるとか正気かよ。このレオぽんの着ぐるみが武藤くん印のオーバースペックモノじゃなかったら今頃おいらは大惨事なことになってたんじゃないか、これ。皆のマスコットキャラクターの死亡シーンを見せつける事態になっちまってたんじゃないか、これ』

 

 相変わらず独自のペースを構築しつつ会話する陽菜、金建、レオぽん。その後ろ姿を、アリア、理子は、白雪は信じられないものを見るような目でただ凝視するのみだった。しかし、それはレオぽんがロケット弾をその身にモロに受けてなお、一ミリたりとも後ずさることなく平然としていたからではない。

 

 

「ところで、レオぽん殿。もう頭の被り物が取れているので、もうレオぽんの演技はしなくていいでござるよ」

「え、あれ? ホントだ。何だよ、知ってたならもっと早く言ってくれよ。鼻声でレオぽんの声真似するの、結構大変なんだぞ?」

「またまたぁ。そんなこと言っちゃってるけど、本音ではノリノリだったんでしょ? ね、ね?」

「そのムカつく顔ですり寄ってくんな、金建。……ま、バレたなら改めて自己紹介をしないとな。――どうも、俺はレオぽん改め、遠山キンジ。いずれ世界最強の武偵になる男だ。今朝は随分と世話になったなぁ、お前ら?」

 

 ノリと勢いのままに抱きついてこようとする金建の顔面を片手でわし掴みにする形で金建の接近を防ぎつつ、レオぽん、もとい遠山キンジは『ダメダメユッキーを愛でる会』と『ビビりこりん真教』と『アリアさま人気向上委員会』の構成員に向けてニヤリと笑みを浮かべる。どうやらキンジは寮取り合戦が始まって早速、東京武偵高三大闇組織が結託して自分を撃破しようとしてきたことについて思う所があるようだ。

 

 

「キンジ!?」

「キンジくん!?」

「遠山キンジ!? 貴様、なぜ……!?」

「あの程度で殺られるほど強襲科Sランクって肩書きは軽くない、それだけの話だ」

「で、でもでも! 遠山先輩は確かに私が倒したはずです! 撃破通達にだってちゃんと遠山先輩が私に撃破されたことがしっかり書かれてあります! それなのに実は撃破されていないなんて、そんなトンデモ展開あるわけ――」

「その辺のネタを詳しくバラすつもりはないが……簡単にいうと、お前らは途中から俺がすり替えた丸太に攻撃を加えていただけだったってことだ」

 

 遠山キンジが撃破されていない。その事実を『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002の砂原杙杵(くいしょ)が代表して疑問を投げつけると、キンジはすげなく返答する。そこで続けざまに『美咲お姉さまに踏まれ隊』の隊長の衣咲命が食い下がると、キンジはチラッと種明かしした。

 

 その種明かしの内容に、東京武偵高三大闇組織の面々はそろって「「「「「「何、だと……!?(; ・`д・´)」」」」」」と反応することしかできない。確かにキンジをボコった感覚があるだけに、彼らがキンジのネタばらしを受け入れるには時間がかかるようだった。

 

 

「キンジ、無事だったんですね……」

「よ、よかった。ボク、すっごく心配したんだよ!」

「悪かった、アリア、理子。事情は後で話すから、今は見逃してくれ」

 

 キンジは安堵の念を宿しつつも、一方でどこか責めるような視線を向けるアリアに、ただ純粋に安心したと言わんばかりの視線を向ける理子に軽く謝罪しながら、軽く思いをはせた。それは、キンジの撃破通達が生き残っている全武偵へと伝達された時のことである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時はさかのぼる。

 

 

 ――8:15

 

 

 キンジの撃破通達が各武偵に届けられたことを確認した東京武偵高三大闇組織の面々がボロ雑巾のようになったキンジを見下ろしつつ、「次会った時は互いに敵同士だ」的な会話を最後に各々解散した後。ボロ雑巾状態なキンジの体からドロンという効果音が生まれたかと思うと、キンジの体がズタボロな丸太へと人知れず変貌した。その丸太のボロッボロ具合から、東京武偵高三大闇組織のキンジへの恨みの程が伺えるというものだ。

 

 

「ふぅ、これで危機は去ったか。助かったよ。ありがとな、陽菜」

「いえいえ。感謝の言葉は不要にござる。拙者はただ、たまには師匠の窮地を救うという、最高に戦妹(アミカ)らしいことをしてみようかなと思っただけにござるゆえ」

「それでもいいさ。助けてもらったことには変わりないからな」

 

 そして。キンジの身代わりの役目を負った丸太が東京武偵高三大闇組織の集団の暴力により蹂躙される様を女子寮の陽菜の部屋のベランダからこっそり眺めていたキンジは、同じく身を潜めていた陽菜へとお礼の言葉を送る。

 

 と、ここで。「たっだいまー、ヒナヒナー!」との快活な声がキンジの背後から投げかけられた。その声にキンジが振り向くと、肩に届くか届かないかといった長さの金髪ストレートに金の瞳が特徴的な、陽菜と同程度の体格をした女子武偵がニコニコ笑いかける姿があった。

 

 

「え、と。お前は誰だ?」

「フッフッフッ。よくぞ聞いてくれた! あたしの名前は金建ななめ! 偽名はライラック=ハウス! 遠山先輩のことはヒナヒナから聞いてるよ! よっろしくぅ~♪」

(……なんで偽名も名乗ってんだ、この子。もしかして……ジャンヌみたいに敢えて偽名で呼んでほしいタイプだったりするのか?)

「陽菜」

「簡潔に言うと、ななめ殿は拙者のルームメイトにござる」

「にゃっほぉぉおおおおおい!」

「なるほどな――ッて!? ちょっ、いきなり何抱きついてきてんだ! 離れろよ!」

「ヤダ! あたし知ってるんだよ! 遠山先輩って神崎先輩と付き合ってるんでしょ? だからここで敢えて私が抱きつきそのシーンをヒナヒナ以外の第三者に目撃してもらうことで、遠山先輩の浮気の噂を広めさせ、神崎先輩の修羅な一面を光臨させてみようかなって。面白そうだし☆」

「黒ッ!? お前、純粋無垢な顔しといて考えてることが黒すぎるぞ!? いいから離れろって! おい、陽菜からも何か言ってくれ!」

「……師匠、ななめ殿には誰でもいいから抱きつきたい衝動のようなものがあるゆえ、一度発現した以上、ななめ殿の衝動が収まるまで大人しくしているのが賢明かと」

「見捨てられた!?」

 

 その金髪の女子武偵こと金建ななめは妙ちくりんなテンションで自己紹介を終えると、己の欲望の為すがままにキンジの腕に抱きついていく。キンジがいくら振りほどこうとも、金建は両腕できっちりキンジの右腕をホールドしているため、彼女が離れる気配はない。そのため、キンジは金建のルームメイトである陽菜に助けを求めたが、陽菜はまるで懸命の手術もむなしく患者が亡くなってしまったことを患者の家族に伝えんとする外科医のように、力なく首を左右に振るのみだった。

 

 かくして。しばらくの間、キンジは金建ななめという美少女に抱きつかれるという時間を過ごした。一見、羨ましいと思えるかもしれない。だが、考えてほしい。まだ午前とはいえ、今のキンジたちの居場所たるベランダが日陰となっているとはいえ、夏である。炎天下であり、猛暑日である。そんな中、ハイテンションゆえか一般人よりも体温の高いらしい金建に抱きつかれるという状況は、ヒステリアモード云々をなしにしてもキンジにとって辟易とする時間であった。

 

 

「ねね、ところでさ。あたしへのお礼はないのかな、遠山先輩?」

 

 その後。誰でもいいから抱きつきたい衝動がある程度収まったらしい金建がキンジとの物理的な密着状態を解除しつつ、キンジへと問いかける。そのことにキンジが「お礼?」と首を傾げると、金建の質問の意図をいち早く理解した陽菜がフォローを入れてきた。

 

 

「師匠。師匠をあの集団の暴力から救ったのは拙者一人の功績ではないのでござるよ。確かに拙者はあの人ごみの中から師匠を回収しつつ、代わりに丸太を置き、それを師匠だと誤認させるよう『変わり身の術』を行使したでござる。しかし、それだけでは師匠を狙ったあの武偵たちを騙すには足りないのでござる」

「そうなのか?」

「いくら丸太の見た目を師匠にした所で、実際に殴ればその感触が人間でなく丸太であることは、Cランク以上であればほぼ容易に見破れるでござるからな。そこで、ななめ殿に活躍してもらったでござる。ななめ殿は催眠術のスペシャリストにござる。それゆえ、彼女にあの武偵たちに対して大々的な催眠術を仕掛けてもらい、丸太へと行使した攻撃の感触を人間に放ったものであると誤認させたでござるよ」

「エッヘン! 凄いでしょ?(`・∀・´)」

「へぇ、そうだったのか。ありがとな、金建。お前ってただテンション高いだけの奴じゃなかったんだな」

 

 キンジから微妙に皮肉とも取られかねないニュアンスの言葉が付随した上での感謝の言葉に、しかし金建はキンジの感謝の部分だけを受け取り「当然。何たって、あたしは史上最強、完全無欠のななめ様だからね!」と胸を張った。

 

 

「それで、師匠。師匠はこれからどうするでござるか?」

「んー。せっかく陽菜のおかげでいい感じにステルス状態になれたわけだし、このおいしいポジションを利用しない手はないよなぁ……」

 

 ただいま有頂天な金建をよそに、陽菜から今後の方針を尋ねられたキンジは思索する。というのも、陽菜が東京武偵高三大闇組織の連中にキンジの代わりに丸太をフルボッコさせるよう手配しただけでなく、寮取り合戦を管理している生徒会保有のサーバーにハッキングし、キンジの撃破通達を捏造&発信までしてくれたからだ。IT関係の技術にも卓越している辺り、陽菜は実に現代の忍者らしい存在である。

 

 

「……陽菜、俺と組まないか?」

「というと?」

「撃破ポイントは全部陽菜のチームにやるから俺も陽菜に協力させてほしい。元々、陽菜が助けてくれなきゃ今頃は本当に撃破されてたんだ、好きに使ってくれ」

「その心は?」

「この寮取り合戦は多分、普通には終わらない。まず間違いなく、波乱の展開が巻き起こるはずだ。だから、何が起こっても対処できるような立ち位置を確立しておきたい。もちろん、俺が変装した上で陽菜と行動を共にするのが前提だけどな」

「なるほど。師匠は徹底的に正体を隠し、最悪の事態を未然に防ぐ所存にござるか。撃破ポイントを譲ってくれるのは、例え変装した所で、師匠が武偵を撃破すると撃破通達に師匠の名が掲載されてしまう可能性が否定できないからということにござるな?」

「そういうこと。今の俺は間違いなくジョーカーだ。ならジョーカーらしく、トリッキーに動いてやらないとな。俺自身が撃破ポイントを稼げないのは痛いけど……ま、アリアなら何とかしてくれるだろ」

「となると、拙者が師匠の申し出を拒否する理由はないでござるな。これからよろしくお願いするでござる」

「おぉぉぉ! 遠山先輩がSPOT参戦とか、心強いぜ! よろしくにゃーん!」

「あぁ。よろしくな、二人とも」

 

 キンジの提案。その真意を知った陽菜はキンジと一時的に協力体制を敷くことを決定する。すると、陽菜の判断なら間違いないと言わんばかりに金建が便乗し、遠山は陽菜と金建の二人と順番に握手する。かくして。ここに戦兄妹(アミカ)の関係で結ばれたキンジ&陽菜+αのチームが結成された。

 

 

「さて。後はどんな感じに変装するべきかって問題があるんだよな。できれば、『あれ? もしかして遠山キンジじゃね?』と誰からも疑われない変装をしたいんだが――」

「――ふむ。師匠、少々お待ちを」

 

 話が一旦纏まった所で、キンジは肝心の変装方法について考えを巡らせる。理子のような神がかった変装術を習得していないキンジがどうすべきかのアイディアを生み出そうとすると、ここで何か名案を思いついたらしい陽菜が一時ベランダから姿を消す。そして、十数秒後。「これはどうでござるか?」と両手に持った何かをキンジに見せてきた。それは、アリアが抱き枕として愛用している、真っ白な全身に猫耳、そしてキリッとした漆黒の眼差しが特徴的なとあるキャラクターの着ぐるみだった。

 

 

「こ、これはレオぽんの着ぐるみ!?」

「おぉぉぉ! ヒナヒナ冴えてるぅ! 確かに着ぐるみなら変装に時間かからないし、変装自体もバレにくいし、まさに今の遠山先輩に持って来いじゃん!」

「真夏にこの暑苦しいのを着ないといけないのか……まぁ仕方ないか。にしても、陽菜。よくこんな着ぐるみ持ってたな」

「ちょっとしたツテでもらったものにござる。さ、それでは師匠。早速着替えましょう」

「よっしゃ! あたしが手取り足取り遠山先輩のお着替えをサポートするよ! ふふふ、腕が鳴るぜよ! ふへへへへへへへッ! さーぁ、脱ぎ脱ぎしましょうねぇ、遠山先輩♡」

「……陽菜。金建の奴を拘束しとけ」

「了解にござる」

「な、なにをするだぁ!? ヒナヒナぁ!?」

 

 両手をワキワキとさせながらニタァとあくどい笑みを浮かべる金建を前に、キンジは陽菜を有効活用して邪魔が入らないようにする。かくして。金建が陽菜の背後からの羽交い絞めにより動きを封印される中、キンジはレオぽんの着ぐるみを装着するのだった。その後のキンジたちの動向は以前の話にてちょくちょく描写した通りである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(というわけで、実際は陽菜と金建が助けてくれたから撃破されずに済んだってだけなんだが……ここはこいつらに俺が自力であの東京武偵高三大闇組織の包囲網から脱してみせたんだと勘違いしてもらおう。俺の実力を過大評価してもらった方がやりやすいからな。世界最強の武偵になる男の使う手段じゃないような気もするけど……人脈もSランクの実力の内とでも考えとけばいいか)

 

 回想シーンを終えたキンジはもう誰からも質問が来ないことを確認すると、「聞きたいことは終わりか? なら、今度は俺から言わせてもらうぞ」と前置きをした上で、深く息を吸った。そして。マイクなしに、己の肉声で声を張り上げた。

 

 

「お前ら、武偵憲章三条を忘れたわけじゃないよな!? 『強くあれ。ただし、その前に正しくあれ』だ! その上で聞くが、今回の、寮取り合戦の裏で行われた闇組織間の醜い抗争。その参加者であるお前らの行動は正しいと胸を張って言えるものなのか!? 自分さえ、自分の所属する組織さえ良ければそれでいいって不必要に暴力を振るって他人を傷つけることがお前らの正義だって主張できるのか!? 自分の気に入るものが正義で、気に入らなかったら悪! だから排除する! そんな短絡的な考えでいいと本気で思ってんのか!? ええ!?」

「「「「「……」」」」」

「気に入らないって顔をしてる奴もそれなりにいるな。まぁ、同年代の武偵に上から目線で知ったような説教されたらそりゃ気分も悪くなるか。……いいぜ、俺が気に入らないならかかってこいよ! 闇組織間での戦争がしたいのなら、全面戦争が勃発しなさそうな現状が不満なら、暴力で俺をねじ伏せてみろよ! 全員纏めて、この俺が叩きのめしてやる!」

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 キンジは抗争に走った己の行為に反省する闇組織の構成員のことはスルーした上で、さらなる闇組織間の血で血を洗う抗争を望んでいる過激派の武偵に向けて、人差し指をクイックイッと動かして彼らの戦意を煽る。そのようなキンジのあからさまな挑発に、しかし、過激派たちは互いの顔を見やるだけで動けなかった。キンジへ襲撃を行うための一歩を踏み出すことができなかった。キンジのオーラに、雰囲気に、目力に圧倒されたからだ。

 

 

(ど、どういうことだ!? 今朝ボコった時は全然怖くなかったのに――)

(怖ぇ、怖ぇよ!? 何だよあいつ!?)

(これがSランクの本気なのか……ッ!?)

 

 過激派の武偵たちがキンジに恐れおののく中。キンジは内心で上手くいってるなとほくそ笑む。というのも、キンジが己の雰囲気だけで敵を圧倒しその精神を震え上がらせるだけの技術を会得したわけではないからだ。ゆえに。実際の所は金建の催眠術で、キンジへの恐怖という感情を何倍にも増幅してもらっているだけだったりするのだ。そうして。体育館が沈黙に包まれる中、口火を切ったのはジャンヌ・ダルク30世。

 

 

「――退くぞ」

「え、ジャンヌ様?」

「我はこの寮取り合戦の熱に当てられ、どうかしていたようだ。力任せの荒技で東京武偵高闇組織界隈のトップに君臨した所で、覇権を握った所で、三日天下に終わるのは過去の歴史が証明していることだからな」

(それに、これ以上ユッキーお姉さまやリコリーヌを悲しませるようなことはしたくないし、制限なき破壊者(アンリミテッド・デストロイヤー)の心証を悪くするような真似もゴメンだからな)

 

 まず最初にジャンヌの鶴の一声で『氷帝ジャンヌ一派』が全面戦争から完全に退く判断をしてのけると、続いて口を開いたのは、中空知美咲。

 

 

「命ちゃんも退きなさい。闇組織同士で全面戦争を実行した所で得られる利得があまりに少ないことぐらい、わかるわよね?」

「で、でも――」

「――あと、ついでに『美咲お姉さまに踏まれ隊』は今すぐ解散しなさい。これ命令ね」

「ぇぇえええええええええええ!? ちょっ、どうしてですか!? 美咲お姉さま!?」

「どうしても何も、わざわざ自ら踏まれにやってくるようなドMを相手する趣味はないわ。踏まれるのを嫌がる人を踏みつけるからこそ面白いんだもの。いいわね?」

「そ、そんなぁ、せっかくここまで人員をかき集めたのにぃ……」

(あぁ、命ちゃんが泣きそうな顔してる……いいね♪)

 

 中空知が『美咲お姉さまに踏まれ隊』の撤退を指示しつつ、ついでに衣咲命に組織の解散を強制する。ゆえに、この時。現時点をもって、『美咲お姉さまに踏まれ隊』は消滅することとなった。実にあっけない最期である。

 

 そして。アリア、理子、白雪を崇め、元々休戦状態に移行する気満々だった東京武偵高三大闇組織以外の小規模闇組織が率先して抗争から手を退く決定を下したことを契機に、他の小規模闇組織も次々と矛を収める判断を選んでいく。

 

 

(抗争が始まってくれないんじゃ夾竹桃から媚薬をもらえないかもしれないけど……ここで駄々をこねたら『百合の花を育て上げる会』が壊滅的な被害を負ってしまう。そうなったらますます夾竹桃から媚薬をもらえる可能性がなくなってしまう。ここは退くのが賢明ね)

 

 『百合の花を育て上げる会』の会長代理たる佐々木志乃が。

 

 

(コウさんから預かった『擬人化した得物について語ろうの会』をダメにするわけにはいきません。大した成果を上げられなかった以上、コウさんから褒められたりよしよしされることはないでしょうが、ここは涙を呑んで退くしかなさそうですね。うぅ、ごめんなさい、コウさん……)

 

 『擬人化した得物について語ろうの会』の会長代理の代理たるベレッタが。

 

 

(今日は平賀さまの素晴らしさを大々的に打ち出すチャンスだった。何せ、平賀さまは大量の鳥人型ロボットを解き放ち、さらには『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットまで公に晒して見せたのだから。……だが、俺たちが諦めない限り、チャンスはまた訪れる。ここは退く一択だろう)

 

 『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』のリーダーが。

 

 

(『クロメーテル護新教』は遠山キンジ先輩の女装姿に信仰を捧ぐ者たちの組織だ。ゆえに、あそこまで遠山キンジ先輩がカッコいい所を見せつけて来たからには、退く以外の手はない。教祖、小早川先輩も我の判断を褒めることはあれど、責めることはないだろうしな)

 

 『クロメーテル護新教』の教祖代理たる安久亜(あくあ)泰難(たいむず)が。

 

 

 全ての闇組織が抗争への意欲をなくし、矛を収めていく。ただでさえアリア・理子・白雪の連携により全面戦争への機運が薄れつつあった所での遠山キンジの主張の効果はまさに抜群であり、闇組織同士の戦争中止の確かな決定打となった。

 

 

「ユッキー」

『うん』

 

 キンジが白雪の名を呼ぶと、白雪はキンジの思考を汲み取って一つうなずく。そして、白雪が生徒会長としての責務を果たそうと口を開いた時――。

 

 

 ――突如、体育館の屋上から轟音が轟いた。

 

 




キンジ→実は撃破されておらず、レオぽんの着ぐるみで正体を隠しながら寮取り合戦に参加していた熱血キャラ。レオぽんに扮していた時の発言から察するに、かなりレオぽんのロールプレイにハマっていた模様。
アリア→闇組織による全面戦争を止めるために体育館へと姿を現したメインヒロイン。今回は割とメインヒロインとしての風格が宿っているように思われる。
理子→アリアと一緒に闇組織の全面戦争を止めようと動いたビビり少女。純粋な心を持っているだけに、彼女の説得の言葉に伴う破壊力は抜群だったりする。
白雪→アリアと一緒に闇組織の全面戦争を止めようと動いた怠惰巫女。しかし説得する最中も副生徒会長の膝の上から離れない辺り、副生徒会長の膝の上という場所には白雪のような怠惰な人間限定で虜にする魔力のようなものが備わっているのかもしれない。
武藤→一応体育館にいるが、一言もセリフのない空気さんその1。
不知火→一応体育館にいるが、一言もセリフのない空気さんその2。
ジャンヌ→キンジの言葉を受けて真っ先に全面戦争に参加しない判断を下した厨二少女。その内心は、白雪・理子・不知火にこれ以上嫌われたくないとの切実な思いで埋め尽くされている。
中空知→戦妹が勝手に結成していた『美咲お姉さまに踏まれ隊』を至極穏便に解散させたドS少女。SもMも極めちゃったっぽかった衣咲命の泣きそうな顔を久々に拝めたことに満足中。
陽菜→アリアと理子をロケットランチャーから守るために壇上へと姿を現した忍者少女。今回はかなり役得だったと思われる、それこそ本編での出番的な不遇っぷりが一気に吹っ飛ぶぐらいに。
佐々木志乃→緋弾のアリアAAから参戦した女の子。ここでは『百合の花を育て上げる会』の会長代理をやっている。『百合の花を育て上げる会』の規模拡大はできなかったが、とりあえず報酬の媚薬をもらうための交渉を夾竹桃にダメ元で行うつもりだったりする。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
①衣咲命→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Aランク、1年・女。中空知の戦姉妹。今まで規模拡大に勤しんでいた『美咲お姉さまに踏まれ隊』を強制的に解散させられたかわいそうな子である。
②砂原杙杵→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Aランク、3年・男。『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002。一人称は『俺』。今回はキンジくんに対するかませ犬なポジションだった。
⑤金建ななめ→読者のアイディアから参戦したキャラ。探偵科Cランク、1年・女。ショートな金髪ストレートと活発な性格とが中々マッチした感じ。迫りくるロケットランチャーをスコップ投擲で早めに爆発させたり、体育館に集結した全武偵に催眠術を仕掛けたりできる辺り、凄まじく規格外な存在である。
⑨ベレッタM92F→市橋晃平の武器(※ただいま擬人化中)。市橋に託された『擬人化した得物について語ろうの会』の規模拡大ができなかったので、市橋によしよし&お褒めの言葉を要求できないと落ち込んでいる。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
三ヶ島咲良→『ビビりこりん真教』の信者ナンバー004。ウザい喋り方に定評がある。
影縫千尋→『アリアさま人気向上委員会』の委員会ナンバー006。
安久亜泰難→『クロメーテル護新教』の教祖代理。
『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』のリーダー。
『ダメダメユッキーを愛でる会』の構成員たち
『ビビりこりん真教』の構成員たち
『アリアさま人気向上委員会』の構成員たち
『美咲お姉さまに踏まれ隊』の構成員たち
『クロメーテル護新教』の構成員たち
『擬人化した得物について語ろうの会』の構成員たち
『氷帝ジャンヌ一派』の構成員たち
『百合の花を育て上げる会』の構成員たち
『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』の構成員たち
その他大勢

○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
紀紀(きのり)(かなめ)
式式(つねのり)(しき)

 というわけで、EX13は終了です。遠山キンジが実は撃破されてなかったことが明かされる話でしたね。いやぁ、こういう展開、一度はやってみたかったんですよねぇ。

 ……しっかし、12話もキンジくんのことを執筆してないと、キンジくんの性格や口調がこれでいいのか心配になってきますね。これまで執筆してきたのはあくまでレオぽんのロールプレイを楽しんでいる遠山キンジだったわけですしね。


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EX14.ワクワクドキドキ☆寮取り合戦(終)


 どうも、ふぁもにかです。唐突ですが、今回で最終回であります。つまり、今回で文字数にして約16万5千文字もの文量を誇る番外編が終了の時を迎えるということになります。……ま、ここは長々と何かを語る場ではないかと思うので、早速本編をご覧くださいませ。



 

 ――15:35

 

 

 その時。突如、体育館の屋上から轟音が轟いた。体育館を大いに揺さぶる衝撃に誰もが屋上を見上げると、白い巨大な球体が体育館の中心部分へと落下してくる構図が皆の目に映し出された。

 

 

「「「「「「ぎゃあああああああああああああああ!?」」」」」」

 

 不幸にも自身の現在位置とその巨大な球体が降ってくる位置とが被っていた武偵たちはその白い巨大球体に潰されたくない一心で足を動かし、どうにか白い巨大球体の落下範囲外までの逃亡に成功する。直後、白い巨大球体はズガァァアアアアアアアアアアンと体育館の床に直撃し、床にクモの巣状のヒビを生みつつ体育館を縦に揺らしていく。

 

 少なくとも震度5は超えていそうなほどの揺れに、どうにかその場に踏みとどまる武偵。バランスを崩して尻餅をつく武偵。何が起こっても対処できるように武器を構えて白い巨大球体の様子をうかがう武偵。武偵によって対応が様々な中、揺れは止まる。そして、改めて見てみると装甲がボロボロになっているその白い巨大球体はその口から何かを吐き出す。

 

 

「ぐへッ!?」

 

 白い巨大物体の口から転がり出てきたのは、左右の一房を耳で纏めただけの短髪を引っさげた幼女でお馴染み、平賀文だった。どうやら体育館の天井を突き破って倒れてきた白い巨大球体の正体は、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットだったようだ。

 

 

「「「「「ひ、平賀さま!?」」」」」

「う、うぅぅ。負けた、負けた、なのだ……。どうして、負けた。武藤くんが操縦してないロボが相手ですら、勝てないなんて。私は、武藤くんを超えられないの? シャーちゃんの知識があってもなお、勝てないなんて……こんな、こんなの……」

「……」

 

 まさかの平賀の登場に『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』の面々が目を丸くする中。平賀はorzのポーズを取りながら負の感情に打ちひしがれる。武藤は敢えて平賀へ声をかけない。自分が何を言っても今の平賀には届かず、むしろ逆効果にしかならないとわかっているからだ。と、ここで。体育館の入り口から堂々と入場し、武藤に代わって平賀の前に立ったのは、武藤製の皇帝ペンギン型の巨大ロボットで平賀を打ち破った、市橋晃平。

 

 

「平賀。なんで負けたか、知りたいか?」

「……うん」

「簡単だ、お前は武藤をライバル視しすぎだ」

「ライバル視、しすぎ……?」

「わしからすれば、平賀も武藤も実力はそう変わらん。どちらも100年に数人、いや、千年に数人の逸材だ。ゆえに。違いがあるとすれば、平賀の武藤へのライバル感情に他ならない」

「……」

「別に誰かを勝手にライバル認定すること自体には何も問題ない。競争が人をより短期間で成長させるスパイスである以上、むしろ誰かをライバル視することはむしろ推奨されてしかるべきだろう。……だが、武藤はな、のびのびと何かを作るんだ。漫画やアニメやラノベとかで使われた技術の内で自分の気に入った奴や己の技術力で再現可能な技術をその日の気分で作ってみたり、前々から発明してみたかったものをしっかり計画立てて作ってみたり。のびのびと、楽しそうにものを作るんだ」

「……のびのびと」

「そう。対して、平賀。お前は違う。お前が何かを作る時、おそらく武藤を超えることが常に意識されているはずだ。その意識が脳裏にある程度幅を利かせている分、武藤と比べるとどうしても視野が狭くなってしまう。ものづくりを純粋に楽しむ感情が若干なりとも薄れてしまう。その差が、勝敗を分けた。わしはそう思ってる」

 

 市橋は平賀と目線を合わせるためにその場に座り込むと柔らかな口調で平賀に彼女の敗因を伝える。それはあくまで市橋の主観によった理由だったが、平賀には思う所があったのか「そっか。そうだったのか。私は、技術者として、大切なことを忘れてたんだ……」と平賀はポツリと呟くと、目尻にたまった涙をゴシゴシと制服の袖で強引に拭いつつ、両の足でスクッと立ち上がった。

 

 

「武藤くん!」

「……何だ……?」

「今回は私の負け。でも、もう勝ち負けに固執するのはやめにする。私は私の道を行く。そして、どんどん道を極めていって、武藤くんの方から私に劣等感を抱くぐらいの人間になってみせる。覚悟するのだ、武藤くん!」

「……やれるものなら、やってみろ……」

「望む所だ!」

 

 平賀はビシッと人差し指で武藤を指し示すと、声を張り上げて啖呵を切る。もはや負の感情の宿っていないまっすぐな平賀の眼差しを前に、武藤はわずかに口角を上げつつ、平賀の突きつけた挑戦状を受けて立った。かくして。平賀は立ち直った。市橋の先輩としての貫録の賜物である。

 

 

『えーと、話は終わったのかな?』

「うん、終わったよ。あ、もしかして体育館で何かやってたの? それは申し訳ないことをしてしまったのだ」

『気にしなくていいよ。事情は分からないけど、そっちの件も上手いこと丸く収まったみたいだし、良かった良かった』

 

 と、ここで。体育館のスクリーン上に映されている白雪が平賀の様子をうかがいつつ、声をかける。そして。白雪は平賀のすっかり吹っ切れた表情を前に、平賀の身に良いことが起こったのだと推測し、それをまるで自分のことのように喜んでみせる。この辺の白雪の気質こそが、ジャンヌのような白雪信者を生み出す源泉なのだろう。

 

 

『さて。ちょっとしたハプニングで話が中断してたけど、改めて――皆、一旦解散しようか。そして30分後、寮取り合戦を仕切り直そう。寮取り合戦の残り時間はあまり残されていないけど……今度こそ、寮単位でチームを組んだ上での、正々堂々の戦いをしよう。それでいいかな?』

 

 生徒会長の権限を利用した上での白雪の申し出に、体育館に集結中の全武偵が一同にうなずく。かくして。闇組織や平賀などが縦横無尽に暴れ回った影響で混沌状態となっていた寮取り合戦は、仕切り直しとなるのだった。それは、闇組織間の全面戦争を望まない者たちの頑張りが一つ一つ積み重なって生まれた奇跡であることは、語るまでもないだろう。

 

 

「あぁ、コウさんカッコいい♡ さすがは私のコウさんです! ……しっかし、これ凄いですよねぇ。近未来を舞台にしたアニメとかでも滅多にお目にかかれないレベルのロボットでしょうし」

 

 と、ここで。市橋晃平の武器であり、『擬人化した得物について語ろうの会』の会長代理の代理として擬人化した状態で体育館にいたベレッタは、市橋が平賀へと優しく語りかけるシーンを脳裏で何度も再生しながら悶絶しつつ、もはやガラクタと化した『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットをペタペタと手で触る。

 

 

「ん、何これ?」

 

 その時。不用意にペッタンペッタンと巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』を触る手が、剥げた『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の装甲の中にある赤いボタンに当たる。それをベレッタは興味本位でポチッと押した。何のためらいもなく、さも当然のようにその毒々しさ全開の赤ボタンを押した。

 

 

「あ、ぁぁああああああああああああ!? 何やってるの!?」

「へ!? なに、なに!? いきなり怒鳴らなくてもいいじゃないですか!?」

「知らないよ、そんなこと! それよりそのボタンは『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の自爆スイッチなんだよ!? なんで押しちゃうのさ!?」

 

 奇声を上げながらベレッタの元へとダッシュする平賀。その焦りに焦った形相も相重なってベレッタがビクリと肩を震わせる中、平賀は身振り込みでただいまベレッタがしでかしてしまったことについて語る。すると、「え、自爆スイッチ?」とベレッタはきょとんとした表情を浮かべた。

 

 

「マズい、早く何とかしないと――」

 

 平賀は『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆を解除しようと、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の操縦席に乗り込もうとする。が、時すでに遅し。平賀が『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の口から操縦席へと滑り込むよりも早く、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』は一瞬だけ白銀の光を周囲一帯に放ち、爆発した。それはもう盛大に爆炎を撒き散らし、体育館内にいた全武偵をもれなく爆風と爆炎の餌食にしていった。

 

 

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Sランク:遠山キンジ(2年)を撃破しました。平賀文に30ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Sランク:神崎・H・アリア(2年)を撃破しました。平賀文に30ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が探偵科Aランク:峰理子(2年)を撃破しました。平賀文に18ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が諜報科Aランク:風魔陽菜(1年)を撃破しました。平賀文に22ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が探偵科Cランク:金建ななめ(1年)を撃破しました。平賀文に12ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が車輌科Aランク:武藤剛気(2年)を撃破しました。平賀文に16ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Aランク:不知火亮(2年)を撃破しました。平賀文に27ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が情報科Aランク:ジャンヌ・ダルク30世(2年)を撃破しました。平賀文に14ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が尋問科Sランク:中空知美咲(2年)を撃破しました。平賀文に23ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が探偵科Aランク:佐々木志乃(1年)を撃破しました。平賀文に18ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が尋問科Aランク:衣咲命(1年)を撃破しました。平賀文に20ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Aランク:砂原杙杵(3年)を撃破しました。平賀文に27ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が装備科Bランク:市橋晃平(3年)を撃破しました。平賀文に17ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が通信科Aランク:三ヶ島咲良(3年)を撃破しました。平賀文に15ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が車輌科Aランク:影縫千尋(3年)を撃破しました。平賀文に16ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が狙撃科Aランク:安久亜泰難(1年)を撃破しました。平賀文に25ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Cランク:亜倦鴉厭(ああああ)(3年)を撃破しました。平賀文に21ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が超能力捜査研究科Dランク:居委衣尉(いいいい)(2年)を撃破しました。平賀文に15ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が情報科Cランク:宇佑兎羽(うううう)(2年)を撃破しました。平賀文に8ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が特殊捜査研究科Bランク:枝依江恵(ええええ)(3年)を撃破しました。平賀文に19ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が装備科Cランク:尾緒雄夫(おおおお)(3年)を撃破しました。平賀文に13ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が衛生科Aランク:佳花香華(かかかか)(1年)を撃破しました。平賀文に23ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が探偵科Aランク:黄季貴樹(きききき)(3年)を撃破しました。平賀文に18ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が諜報科Dランク:玖紅躯久(くくくく)(3年)を撃破しました。平賀文に13ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が超能力捜査研究科Aランク:寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の剛志(たけし)(1年)を撃破しました。平賀文に24ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が鑑識科Bランク:仮卦懸袈(けけけけ)(2年)を撃破しました。平賀文に15ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Dランク:間宮あかり(1年)を撃破しました。平賀文に18ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が強襲科Bランク:故孤鼓顧(ここここ)(3年)を撃破しました。平賀文に25ポイント付加されます】

【装備科Aランク:平賀文(2年)が特殊捜査研究科Cランク:筑和(ちくわ)大明神(2年)を撃破しました。平賀文に15ポイント付加されます】

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【装備科Aランク:平賀文(2年)が装備科Aランク:平賀文(2年)を撃破しました。平賀文に19ポイント付加されます】←哲学

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 かくして、15:50。『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』は派手に自爆し、既に色んな意味でボロボロで半壊状態だった体育館は文字通り木っ端微塵となった。体育館にいた全ての武偵が自爆の煽りを喰らって撃破され、『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の生みの親である平賀は大量に撃破ポイント獲得。この自爆が決定打となり、最終的に圧倒的大差で平賀が寮取り合戦に優勝することとなった。当然ながら、平賀本人も爆発したが。

 

 ゆえに、好きな寮を選べる権利を得た平賀は新学生寮の最上階を丸々確保。第二の秘密基地を手に入れることとなった彼女は、打倒武藤剛気を掲げて日々技術開発に取り組みつつも、あまり武藤を意識しすぎることはなく、当初のものづくりを楽しむ心を忘れないようになったという。もちろん、らんらん先生とコンビを組んだ上での漫画を蔑ろにする、なんてことも起らなかったという。

 

 そして。今回の爆発による死者や後遺症を抱える者は奇跡的に誰一人として発生しなかった。その事実は、何だかんだで武偵は総じてたくましいということの何よりの証明であろう。

 

 でもって、これは余談だが。後日。一部の武偵たちは口々に平賀に問い詰めた。「どうしてあのロボットに自爆スイッチなんてふざけたものを搭載したのか」と。それに対する平賀の答えは単純明瞭で、「ロボに自爆はロマンじゃないか!」と胸を叩いて豪語したとか。間違いなく大物な平賀が本格的に開花し、世界に羽ばたく時は、刻々と近づいている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 時はほんの少しだけさかのぼる。

 

 

 ――15:45

 

 

 所変わって、地下倉庫(ジャンクション)の一角に位置するモニター室にて。白雪を筆頭にした生徒会メンバーはモニターに映る体育館の様子に安堵の表情を浮かべていた。当然だ。何せ、つい先ほどまでは避けられない様相を呈していた闇組織間の全面戦争が、一部の武偵の行動をきっかけに回避され、加えてカオスな寮取り合戦が正常化したという、一連の出来事の目撃者になったのだから。

 

 

「……来年もやろっか。寮取り合戦」

「そうですね、生徒会長。一時はどうなることかと思いましたけど、結果だけ見るなら……武偵たちは今回の寮取り合戦で早々得られない貴重な経験をしたでしょうしね」

「しかし、本当に生徒会長の言う通りになりましたね。さすがは生徒会長!」

「『東京武偵高の生徒は皆、根っからの悪人じゃないからね。きっと、悪い結末にはならないよ』ですよね。私、感動しました! 生徒会長は素晴らしいお方です!」

「えへへぇ、どういたしまして」

 

 白雪が副生徒会長の膝の上から立ち上がり生徒会メンバーに語りかけると、誰もが次年度における寮取り合戦の開催を肯定する。そして、生徒会メンバーが口々に繰り出す褒め言葉のラッシュに白雪がニッコリ笑顔でお礼を述べていると。突如、モニターから爆音が轟いた。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 不意打ちに響いた大音量に生徒会メンバーが反射的にモニターを見やると、文字通り木っ端微塵となった体育館と、体育館跡地で死屍累々な武偵たちの姿が鮮明に映し出されていた。

 

 

「「「「「……」」」」」

 

 あまりに衝撃的な光景に押し黙る生徒会メンバー。

 どれだけの時間が経過した後だろうか。ゆっくりと、白雪が皆に提案を投げかけた。

 

 

「やっぱり、今回限りにしよっか。寮取り合戦」

「「「「異議なし」」」」

 

 この時。生徒会は満場一致で決定した。

 寮取り合戦を東京武偵高の毎年恒例のイベントにしないことを、決定した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ――17:50

 

 

「しっかし、今回は波乱づくしの寮取り合戦だったなぁ……」

 

 とあるビルの屋上にて。中学生を思わせる程度の小柄な体型をした男が既に倒壊しきった体育館を遠目に見つめつつ、しみじみと感想を漏らす。夏ゆえに照り付ける夕日を若干うざったく感じているこの男の名は灰塚礫。裏工作に励み、己の望んだ通りに物事を動かすことに長けた、イ・ウーが誇る『脚本家の鼠』である。

 

 

「全く。改めて見ると、これは酷い。やっぱ今回の寮取り合戦は潜伏あるのみだったってことだな。ソースは俺」

 

 灰塚はおもむろに開いたノートパソコンで例の体育館の爆発シーンを再生する。もちろん、爆音なんてとても聞けたものではないので、パソコンのスピーカーはオフにした上でである。ちなみに、この映像は体育館の外観を映していた監視カメラの映像をちゃっかり拝借したものだ。

 

 そうして。灰塚が寮取り合戦終了までの残り10分の時間潰しをこの何度見ても飽きない体育館の爆発映像の鑑賞に使おうか、ついでにこの爆発映像をテレビ局にでも投稿しようかなどと考えていると、灰塚の背後から「みつけたわ、きゃくほんかのねずみ」と声が掛けられる。

 

 その声に灰塚が首だけ後ろに回してみると、黒髪ロングが特徴的な小柄な少女がテクテクと不規則な足音を鳴らして灰塚との距離を詰めてくる姿があった。彼女は夾竹桃。彼女もまたイ・ウーの一員である。『魔宮の蠍』との名から察せられる通り、あらゆる毒に精通しているという特徴を持っているため、例え物理的な戦闘能力が大したものでなくとも『なるべく敵に回したくないイ・ウーメンバーランキング』の上位ランカーだったりする。彼女のことをもっと知りたいのなら『緋弾のアリアAA』の漫画閲覧 or アニメ鑑賞を強くオススメする。

 

 

「ふふふ、あれらけさわいれらのにばくはつオチにおわるなんれサイレーね」

(訳:ふふふ、あれだけ騒いでたのに爆発オチに終わるなんて最低ね)

「――って、また酔ってんのかよ。お前、武偵高じゃ高校1年生の鈴木桃子ちゃんなんだろ? 仮にも未成年設定ってことになってんだから少しは未成年らしい振る舞いに努めとけよ、昭和生まれの24歳さんよ?」

「やら。どきゅのけんきゅうをしれこそのわらしやもの。わらしからどきゅをうばうきぃ?」

(訳:ヤダ。毒の研究をしてこその私だもの。私から毒を奪うつもりかしら?)

「いやいや、まさか。だからその毒手を仕舞ってくれるとありがたいね。切実に」

「ふふふ、いいわね。けんきょなたいろはびろくよ。ところれ、のふ? しゃいきんふぁ『しまのなぽれおん』っておしゃけにハマっているのらけろ?」

(訳:ふふふ、いいわね。謙虚な態度は美徳よ。ところで、飲む? 最近は『島のナポ●オン』ってお酒にハマっているのだけど?)

「遠慮しとくぜ。俺、まだ平成生まれの19歳だからな」

 

 灰塚はただいま絶賛酔いが回っているらしい夾竹桃と平然と会話をかわしていく。深酒の効果で顔が赤らみ、少女さと女性さとが織り交ざった見事な美を体現している夾竹桃相手に灰塚が平常心&呂律の回らない夾竹桃の発言を正確に把握した上で返事をしている辺り、灰塚にとって酔った夾竹桃というのは大して珍しいものではないようだ。

 

 ちなみに。これは完全な余談だが。ここの夾竹桃には常時のんべぇという属性が付加されている。そのきっかけは夾竹桃が毒の研究の一環として酒に手を出したこと。不用意にお酒の領域に踏み込んだが最後、幸か不幸か、夾竹桃はアルコールの魔力の虜になってしまったのだ。それからというもの、夾竹桃は毒について研究するという言葉を口実に、事あるごとに強力なお酒を呑み、べろんべろんにまで酔っぱらう。イ・ウーの新参者の中には素面の夾竹桃を見たことがないという人が現れるほどに、夾竹桃は何かとお酒を愛飲する子となってしまったのだ。何てこったい。

 

 

「お、時間だ」

「じかん?」

「そ、ただいま18:00につき、寮取り合戦は終了ってわけ。はてさて、生存通達はどうなってるかなぁー?」

 

 と、ここで。ノートパソコンにて18時になったことを確認した灰塚はワクワクとした心境で携帯を取り出し、生存通達が届く瞬間を待つ。自身の構築した脚本と、実際の結果との整合性が取れているかどうかの答え合わせをしたい一心の灰塚の元に、はたして生存通達はすぐに届いた。灰塚をまるで焦らしにかからない辺り、優秀な生存通達である。

 

 

【超能力捜査研究科Dランク:小早川透過(2年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【車輌科Aランク:(しま)(いちご)(2年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【強襲科Eランク:宮本リン(3年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【鑑識科Aランク:鈴木桃子(1年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【情報科Aランク:有墓(あるぱか)太郎(2年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【諜報科Eランク:灰塚礫(2年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【強襲科Bランク:火野ライカ(1年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【強襲科Aランク:粋茂野(いきもの)臥狩(がかり)(3年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【諜報科Bランク:咲実(2年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

【超能力捜査研究科Aランク:時任(ときとう)ジュリア(3年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

 

 

「なん、だとッ!?」

 

 寮取り合戦を生き残った面々。灰塚の脚本通りの名前が並んでいることを確認していた灰塚は、最後の1人の名前を見て驚愕の表情を浮かべる。いつも飄々としていて、余裕のない姿などまるで見せない灰塚の驚きように「どしらの?」と夾竹桃が問いかけると、灰塚は慌てて平静を装った。

 

 

「あ、いや。何だ、俺の脚本では生き残ってるはずじゃない奴が1人、想定に反して生き残ってたからさ。少しビックリしただけだ」

「へぇ、あならのきゃきゅほんをらしぬくにゃんれすごいひろもいらもろね。れ、それらられなの?」

(訳:へぇ、貴方の脚本を出し抜くなんて凄い人もいたものね。で、それは誰なの?)

「悪いが、内緒だ」

「ふえぇぇぇー。べつにおしぃえれくれらっていいらない。ふぇるものらないれしょう?」

(訳:えぇ、別に教えてくれたっていいじゃない。減るものじゃないでしょう?)

「うるさい、ひっつくな。てか、今のお前に教えたら衝動のままにそいつを毒殺しに行きそうだからな。絶対教えない」

「……ケチぃ」

(訳:この童貞)

「何とでも言え。あと24歳児がぷくーって頬膨らませても虚しいだけだぞ」

 

 灰塚は自身の背中にのしかかりつつ絡んでくる夾竹桃の顔をうざったそうに手で押しやりつつ、携帯画面を改めて見やる。その画面には寮取り合戦の生存者リストの最後の名前が綴られていた。

 

 

【探偵科Dランク:神崎千秋(2年)は10時間生存を達成しました。寮取り合戦を生き抜いた生存ボーナスとして900ポイント付加されます】

 

 

(……神崎千秋か。最終的には完璧に収束するはずの俺の脚本を乱してきた存在。完全にノーマークだった、これは今後のために調べておかないとな)

 

 灰塚は睨むように携帯画面内の神崎千秋の名前を見つめる。かくして、ちゃっかり寮取り合戦を生き残っていた神崎千秋は知らぬ間に脚本家の鼠に目を付けられたのだった。

 

 

 

 

 

 ― 第1回:ワクワクドキドキ☆寮取り合戦 終幕 ―

 

 

 

 

 




キンジ→セリフもなしに爆発四散した熱血キャラ。
アリア→セリフもなしに爆発四散したメインヒロイン。
理子→セリフもなしに爆発四散したビビり少女。
白雪→第2回寮取り合戦の開催をやめることにした怠惰巫女。至極妥当な判断である。
武藤→平賀からの挑戦状をしかと受け取った技術チート。何だか武藤×平賀のカップリングが誕生しそうな流れであるが、二人の行く末やいかに。
不知火→セリフもなしに爆発四散した不良。
ジャンヌ→セリフもなしに爆発四散した厨二少女。
中空知→セリフもなしに爆発四散したドS少女。
陽菜→セリフもなしに爆発四散した忍者少女。
平賀→自分が自分を撃破するという哲学、もとい自爆をやってのけた天才少女。ものづくりの心を思い出し、静かに覚醒したことで、彼女の技術チート具合に拍車がかかった模様。
佐々木志乃→セリフもなしに爆発四散したAA勢のヤンデレ。
夾竹桃→元イ・ウーのメンバーたるのんべぇ。『魔宮の蠍』として暗躍するも間宮あかり一派に敗北し、その後は鈴木桃子として東京武偵高に編入してきた。さすがに学内で飲酒はしていないが、それ以外では浴びるように酒を飲むのが通常となっている。

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラ
①衣咲命→読者のアイディアから参戦したキャラ。尋問科Aランク、1年・女。セリフもなしに爆発四散した中空知の戦姉妹。
②砂原杙杵→読者のアイディアから参戦したキャラ。強襲科Aランク、3年・男。一人称は『俺』。セリフもなしに爆発四散した『ダメダメユッキーを愛でる会』の会員ナンバー002。
⑤金建ななめ→読者のアイディアから参戦したキャラ。探偵科Cランク、1年・女。ショートな金髪ストレートと活発な性格とが中々マッチした感じだが、セリフもなしに爆発四散した。
⑧灰塚礫→読者のアイディアから参戦したキャラ。諜報科Eランク、2年・男。実年齢は19歳。ハーメルン内で連載されている『緋弾のアリア《鼠の書く舞台》』の世界の住人。寮取り合戦の結果が己の描いた脚本通りになるように地味に裏工作を行っていた。肝心の裏工作の内容については禁則事項である。イ・ウーの新参者目線だと、灰塚は酔っ払いな夾竹桃の介抱者の立場に見えているらしい。
⑨市橋晃平→読者のアイディアから参戦したキャラ。装備科Bランク、3年・男。若白髪の目立つ黒い短髪が特徴的。一先輩として平賀を教え導くことに成功したが、最終的に爆発四散した。
⑨ベレッタ→ M92F→市橋晃平の武器(※ただいま擬人化中)。『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆を導いた元凶。好奇心はにゃんこをも殺す好例となった。ちなみに、ベレッタは武器であり武偵ではないため、撃破してもその事実が撃破通達に綴られることはない。

■その他のオリキャラ(モブ)たち
三ヶ島咲良→『ビビりこりん真教』の信者ナンバー004。ウザい喋り方に定評がある。
影縫千尋→『アリアさま人気向上委員会』の委員会ナンバー006。
安久亜泰難→『クロメーテル護新教』の教祖代理。
生徒会メンバー
『ダメダメユッキーを愛でる会』の構成員たち
『ビビりこりん真教』の構成員たち
『アリアさま人気向上委員会』の構成員たち
『美咲お姉さまに踏まれ隊』の構成員たち
『クロメーテル護新教』の構成員たち
『擬人化した得物について語ろうの会』の構成員たち
『氷帝ジャンヌ一派』の構成員たち
『百合の花を育て上げる会』の構成員たち
『あやや先生の素晴らしさを全世界に広める連盟』の構成員たち
その他大勢

○テキトーな名前のオリキャラ作ったったシリーズ
亜倦鴉厭(ああああ)
居委衣尉(いいいい)
宇佑兎羽(うううう)
枝依江恵(ええええ)
尾緒雄夫(おおおお)
佳花香華(かかかか)
黄季貴樹(きききき)
玖紅躯久(くくくく)
寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の剛志(たけし)
仮卦懸袈(けけけけ)
故孤鼓顧(ここここ)
筑和(ちくわ)大明神

 というわけで、EX14は終了し、これにて番外編は壮大に何も始まることなく最終回を迎えたわけです。それにしても、今振り返って考えてみると、この番外編の面白さの7割は『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』に個性あふれる色んなキャラがエントリーしてきたことに起因すると思います。

 この企画を打ち出した当初はキャラの名前を借りる代わりにちょっとした出番を報酬としてプレゼントする予定だっただけに、『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラが番外編の中核に入り込む展開なんて想像だにしてなかったでしょうね、当時の私。いやぁ、本当にこの番外編にギャグやワクワク感を与えてくれた14名+αの『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラには感謝感謝ですよ、ええ。


 ~おまけ(その1:巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の裏事情)~

 皇帝ペンギン型の巨大ロボットに搭乗中の市橋が『ギア2』『神気合一』『超死ぬ気モード』を同時に発動させることで大幅に強化させた巨大皇帝ペンギンで、巨大皇帝ペンギンに登録されている最後の必殺技たる『妊娠できない体にしちゃうキック』を『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの白い球体部分に放った時。『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットは蹴られた衝撃で空高く舞い上がっていた。

「おっと、これはさすがに飛んでく方向マズくないか? このままだとレインボーブリッジが巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の重量で壊れかねないぞ、大惨事じゃないか」

 一連の巨大ロボット同士の激しいバトルを路上で鑑賞していた小早川透過は蹴り飛ばされた巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の落下地点がレインボーブリッジであることを計算により導き出す。

 直後、小早川の体は地上になかった。いつの間にやら空高く吹っ飛ばされている巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の真上へと移動していた小早川は、抜き放った黒刀二本に青白く揺らめくオーラのようなものを宿すと、X斬りの要領で黒刀二本を巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』の白い球体部分に叩きつけた。結果、巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』は真下へと吹っ飛ばされ、体育館の屋上を盛大に壊していくこととなった。

「よし。とりあえずこれでいいよな、ユッキー? レインボーブリッジが壊れるよりはまだ武偵高敷地内の建物が壊れた方がマシってことでさ?」

 これまたいつの間にか上空から地上へとストンと着地した小早川は一仕事したと言わんばかりに、かいていない汗を制服の袖で拭う動作をする。これが、EX14冒頭で巨大『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』が体育館へと降ってきた裏事情なのであった。


 ~おまけ(その2:まとめ)~

■『読者さんが実際に番外編に登場しちゃう企画!』からのキャラの顛末リスト
①衣咲命→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆の余波により撃破される。
②砂原杙杵→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆の余波により撃破される。
③ビスマルク→平賀の睡眠ガスにより撃破される。
④小早川透過→最後まで生存する。
⑤金建ななめ→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆の余波により撃破される。
⑥大菊寿老太→アキとの激闘の末、相討ち撃破となる(※描写なし)
⑦宮本リン→最後まで生存する。
⑧灰塚礫→最後まで生存する。
⑨市橋晃平→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆の余波により撃破される。
⑨ベレッタM92F→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットの自爆の余波により撃破される。
⑩葵→少しでもりこりんの逃げる時間を確保するため、同じ『ビビりこりん真教』の信者たる赤ハチマキの武偵とともに羅刹暴吾に戦いを挑み、結果的に撃破される(※描写なし)
⑪葉月→鳥人型ロボットにより撃破される。
⑫アキ→大菊寿老太との激闘の末、相討ち撃破となる(※描写なし)
⑬咲実→最後まで生存する。
⑭灰野塵→『┌(┌ ^o^)┐ホモォ』型の巨大ロボットと皇帝ペンギン型の巨大ロボットとの前代未聞なギガントバトルに巻き込まれ、皇帝ペンギン型の巨大ロボットに踏まれる形で撃破される(※描写なし)


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