ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――通り過ぎて』 (鍵のすけ)
しおりを挟む

堕ちる翼ー塗り替えたい関係ー 【真姫神ramble】

トップバッターは真姫神rambleさんです!
それではどうぞ!by主催者


「え?お前には目に見えるようなモノなんてないだろ?何言ってんだ」

 

「はぁ!?失礼ね!私にだってちゃんとあるわよ!ちょっと制服が邪魔してるだけなんだから!」

 

「またまた見栄張っちゃってー。あぁあぁ悲しいねぇ、どうせニセモノだろ?"女の意地"とはよく言うが――虚しくないか?」

 

「...ニセモノですってぇ?よくもそんなことを淑女の前で宣えたものね!何が悲しいよ何が虚しいよ!見てもないくせに...いいえ、"実物"を見る勇気もないくせに知ってるかのように吠えんな!!」

 

 

ほう...?それは暗に「お前はチキン野郎だ」と言ってるんだな?コイツぁ喧嘩を売られてるとみなしていいよなぁ!?

 

 

「上等だコラァ!男子高校生の性欲なめんな!そんな事言うならこの場でひん剥いてでも確認してやるわ!!」

 

「え、ここでは流石に...恥ずかしい」

 

「...急に冷めるんじゃねえよ。こっちが恥ずかしくなるだろ」

 

 

今までの剣幕はどこに行ったのやら、俺たちはクールダウンというか素に戻っていた。こうやって落ち着いてしまうと、さっきまでのやり取りを思い出してしまう。

 

 

「はぁ、なんでこんな話題になったんだっけか。確か善子が発端だった気がするんだが」

 

「その"善子"ってやめなさいよ。今どきこんな名前可愛くないじゃない。私は堕天使のヨハネよ。発端だっけ?私がライブの衣装について話したことじゃなかった?」

 

「おぉそれだそれ。ぶっちゃけお前の身体なぞ興味なかったからな、つい逸らしちまった。俺の見解としては『顔は整ってるってか可愛いと思うがスタイルを見ると並』って感じだしな」

 

「...ホント失礼よね。私じゃなかったらぶっ飛ばされても文句言えないわよ?まぁでも、身体に興味がないっていうのはお互いさまかもね。正直いって貴方に魅力は感じないもの」

 

「それな、お互いさまだ」

 

 

俺とコイツの付き合いはかれこれ15年余り...まぁ腐れ縁といったところか。結構長い間つるんでるせいかどうも異性として見ることが出来ない。こんな話はそこらじゅうにあるし、俺はこの距離感を気に入ってるからいいんだけどな。

 

変に意識してギクシャクするよりも、性別が違おうが年頃だろうがバカやったり喧嘩できるほうがいいに決まってる。俺も善子も自室に入る入れさせるは気にしない。ときどき秘宝(隠語)を隠し忘れてて焦ったりすることはあるが。

 

 

「どうよ、テスト近いし俺ん家で勉強でもするか?どうせ国語ヤバいんだろ?」

 

「そそそんなことないし!ちょーっと危ないかなってレベルなだけなんだから!あと現国はできるわ!」

 

「あーはいはい"厨二病"のおかげだろ?演技か素かはしらんが変に現国いいから笑えない。そのかわり古典はボロッボロじゃんか。だから勉強会するかって聞いたんだよ」

 

「なんという私の現国に対する偏見...でも古典教えてくれるのは助かるわ。教えてもらわないといつ赤くなるか分からないのよね」

 

「俺がいてよかったな、善子」

 

「いちいち言うな。それとヨハネよ」

 

 

こんな風に気兼ねなく話せるヤツがいるってのはいい。そんなこんなで決まった勉強会――だったんだが、これがきっかけで俺とコイツの関係が少し変わるなんてこの時は思ってもなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「飲み物用意するから先に俺の部屋行っててくれ。荒らすなよ?」

 

「ん、分かった。家探ししようかしら」

 

「やめんか」

 

 

勝手知ったる、というように善子は迷うことなく俺の部屋に行く。そりゃ何十何百と来てたら覚えて当然だろう。飲み物は...お茶でいいか。

 

 

「持ってきたぞーってなに人のベッドで寛いでやがんだ。あとパンツ見えてるぞ、少しは恥じらいを持てよ」

 

「ベッドがあったら寝るもんでしょ。それと見せてるのよ。幼馴染に見られたところで恥ずかしくもなんともないわ」

 

「いや女としてそれはどうなんだ...まぁいい、早く教材を出せ。この家を出るまでには助動詞の活用表を埋められるようにしてやる」

 

「そんな短時間じゃ無理よ!私を殺す気!?」

 

「活用表を頭に叩き込んだところで死にはせん。帰宅までの間に殺る気でやるからな、死ぬ気でついてこいよ」

 

 

やっぱりしぬんじゃないのー!なんて悲鳴は聞こえないふりをしつつ、善子に古き良き日本の言葉を詰め込ませた。

 

 

 

 

 

「もうダメ...死んじゃう...」

 

「大げさなヤツだなオイ。でも活用表は覚えられただろ?頑張ったじゃねーか。褒美としてアイスをやろう。なにがいいよ」

 

「ホントに!?ハーゲ○ダッツある!?」

 

「ないわボケ。あったとしてもそんな高級品はやらん!普通にスーパ○カップな」

 

「じゃあ聞かないでよ...」

 

 

疲れてくたびれた声を背中に受けながら冷蔵庫へ向かう。冷凍庫になっている下から2つ目の扉を開けて中身を物色する。バニラに抹茶にミント、チョコレートがあったがバニラと抹茶をチョイスする。

 

冷凍庫の扉をしっかり閉めていざ戻ろうとしたその時、にわかに尿意を感じた。暑いからお茶を飲みすぎたのが原因か...せっかく出したアイスだったが、一旦しまってトイレに行くことにする。

 

 

「あんなにがぶ飲みするんじゃなかった...って――」

 

「――え?」

 

 

トイレのドアを開けたらビックリ!善子さんがいらっしゃるではないですか!

 

なんて言ってる場合か!え、ちょっ、はぁ!?

 

ま、待て...ここはひとつ冷静に行こう。

 

 

「えと、その...ごちそうさまです?」

 

「きゃあああああああ!?なに見てるのよ早く出ていきなさい!!」

 

「す、すまん!」

 

 

かんっぜんに冷静になる方向間違えた!やべぇやべぇどうしよう!このままじゃ死んじまう...他ならぬ善子の手で殺られてしまう!!まだ死にたくねー!

 

 

 

 

 

「何か申し開きは?」

 

「ありません善子様!なにとぞご勘弁を...!」

 

「ギルティに決まってるでしょ」

 

「ですよねー...いやマジですまんかった。まさか入ってるとは思わなくてだな」

 

 

ヤバいヤバい何がヤバいって出てる音聞いちゃったとかちょっとだけコイツの――が見えちゃったとか過去最大級に恥ずかしいぞ!?

 

 

「...まぁ鍵かけてなかった私も悪いし、今回は許してあげるわ。ただし次はないわよ?」

 

「本当か!?ありが――やべ足痺れて...!」

 

「ホントに今回だけ――ってなんでこっちにきゃあ!?」

 

 

善子の判決を正座して聞いていたからか、不問を言い渡されて思わず立ち上がってしまった。結構長いこと正座していたことにより足が痺れていたのにも関わらず、だ。そんなことをすれば踏ん張れるはずがない。案の定俺は倒れた...善子を巻き込んで。

 

気づけば視界は真っ暗。顔全体に何か柔らかいものが押し付けられているような...それにあったかい上にいい香りもする。

 

意識を顔以外に向けてみる。すると手が何かを掴んでいるようだった。これも柔らかい。それがなにか調べるように手を動かす。盛り上がりはそんなにないが、ふにふにと柔らかくて気持ちいい。出来るならずっと触っていたくなるくらい。

 

鼻先を動かすたびに顔を覆う何かが震える。手を動かし呼吸するごとに何故か湿り気のようなものが生まれてくる。何が何やらさっぱり分からない――

 

 

「いい加減...んっ...離れてよ」

 

「っ!?」

 

「早くしないと...気持ちよくなっちゃ...やんっ」

 

 

...ひっじょーに嫌な予感がするんだが。しかしこのままでは現状確認できないから顔を上げるしかない。俺は覚悟を決めて顔を上げた。

 

 

「Oh...その、なんと言いましょうか。すんませんっしたー!!!」

 

 

現実を受け止めて即後悔する。手で弄んでいたのはコイツの胸、顔を突っ込んでたのは...スカートの中。嗚呼これは死んだ。

 

 

「...なによ」

 

「あれ?怒らないの?てっきり死ぬよりも辛い目に遭わされるものとてっきり」

 

「...」

 

「あのー、善子さん?」

 

「...うだった」

 

「はい?」

 

 

怒っている様子ではないが...声が小さく聞き取れない。だがまぁ処刑されることはないようだ。そこは安心できるけども...。

 

 

「どうだったって聞いてるの!」

 

「...何のでしょうか?」

 

「わ、私のむむ胸よ!さっき言ってたじゃない!『どうせニセモノだろ』って!どうだったの!?」

 

「それは、そのー...柔らかかったです」

 

「それだけ!?」

 

「ニセモノではない膨らみと柔らかさでした、はい!」

 

 

そこまで言うとどこか満足したような表情を浮かべ、途端に顔を真っ赤に染めた。それはもうトマトもかくやという真っ赤っか具合...すげぇ。

 

 

「うぅ...」

 

「そんな反応されるとこっちも困るっていうかなんと言うか...」

 

「ニセモノじゃないもん...本物だもん」

 

「それは分かったから何か反応してくれ。それにしてもあの湿り気は...まさかなぁ」

 

「っ!忘れなさいバカぁ!そんな事実はなかった!いいわね!」

 

 

そんな必死にならんでもって、なして君はこちらににじりよってくるんですかね?

 

いやホントに近い近いいい匂い!

 

 

「近いから少しはなれむぐぅ!?」

 

「んぅ...ぷは。こうなったらさらに大きなショックで上書きしてやる!!」

 

「待て待て待て!めっちゃ目がグルグルしてるんだけど!?落ち着けー!」

 

 

キスをされたと思ったらすごいこと言われた!?やめ、ちょ、ぬああああああ!?

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「なぁ」

 

「...なによ」

 

「なんで急に襲って来たんだ?」

 

「それは...あれよ、混乱してたのと既成事実作ってやれって思いとが膨れ上がって」

 

「既成事実って...まるで俺に気があるみたいな言い方だな」

 

「?何言ってるのよ、気づいてなかったの?」

 

 

はい?それマジで言ってる?気づいてなかった俺がバカなの?

 

 

「...いつから?」

 

「割と前から。そして襲って今に至る、と。純潔は散らしちゃったけど後悔はしてないわよ。だって好きな人に捧げられたんだもの」

 

「この...はぁ。初めてをもらえて光栄ですよっと」

 

「そうそう、光栄に思っときなさい。今は返事はいらないわ、まだ告白もしてないし」

 

「ん、了解。正直整理できてないから助かるが...いいのか?」

 

「いいの。それまではこのままでいたいの」

 

 

なんとまぁゆるいこと。でも...こんな感じが俺達にはあってるのかねぇ。先延ばししてる感が否めないが、今はこのまま――

 

 

「なんとも照れくさい話だが...これからもよろしく」

 

「なによ改まって...こちらこそ」




どうも、皆勤賞となります真姫神です。

いやー何故かトップバッターを任されて、とてつもないプレッシャーの中なんとか書き上げました。ちょっと最後ごたごたしたかな~とは思いますが、まとめられたので良かったです(笑)

私の後も名だたる人気作家の方々が参加されているのでお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Contingent Nipple&Bust 【グリッチ】

どうも、グリッチといいます。以前はグリルチーズという名で活動していたものです。
ラッキースケベってよくわからないんですよね。とりあえず偶発的に起こる幸運なえっちぃことくらいしか。偶発的にえっちぃこと起こすのって難しい。
僕の文章はあっさり味、駆け抜けていくような感じが特徴だと思っているので、短い文章ですが、お付き合いいただければと思う所存です。
それでは、「Contingent Nipple&Bust」をお楽しみください。




 

幼馴染みの実家でアルバイト。

高校3年生の俺は、週末2日間だけではあるが、ダイビングショップで働いている。

 

 

「大分、君もこの仕事が板についてきたね〜。勉強もちゃんとやってるかい?」

「そうですね、結構慣れてきました。勉強は……スルーで」

「あっはっは!受験生なんだから、ちゃんとやらなきゃダメだよ?

じゃあ、今日は失礼するよ。ありがとうね」

「またのご来店お待ちしておりまーす!!」

 

 

常連さんを送り出して、今日の仕事は終わり。

ふぅと一息ついたところで、後ろから声をかけられる。

 

 

「いつもありがとうね」

「いいって、俺どうせ暇だし」

 

 

爺ちゃんと2人暮らししており、今は休学しながら怪我の療養中の父親の代わりに家業をこなしている松浦果南という少女。彼女とは、幼いときからの付き合いである。親同士が海に関係した仕事をしていることで知り合い、今も学校は違えど仲がいい存在である。

この仕事を始めたのは、大学の入学金を貯めるため。親はそんな事はいいから勉強しろとうるさかったが、自分のための金は自分で稼ぎたいと思い働き始めた。特殊な仕事ではあるが、小さい頃から松浦の父さんが働くところを見ていたのもあって、それほど苦労はしなかった。

 

 

「どう?慣れてきた?」

「ぼちぼちかな。やってて楽しいし、いい仕事だよ」

「そっか、ならよかった」

 

 

今日も1日中働きっぱなしだったから、まあそれなりには金は入りそうかね。

まあ、それはいいとして。

 

 

「じゃあ、()()()行こっか!」

「え、流石に今日はもう疲れきっているわたくしなんですけども」

「なに言ってるの、だから体力つかないんだよ!ほら、行くよ!」

 

 

毎回終わったら泳ぎに行くのはどうかと思うんだ。うん。キツイったらありゃしない。

中学くらいから「君はもっと体力をつけないと!」とバタークリーム並にクドく言われてたのだが、バイトを始めたのと同時にこれをやらされるようになり、全身バキバキになって家に帰るのがデフォである。おかげさまで体重は減ったし、腹筋割れました。肝心の体力より、筋肉がすごい付いたよ。

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

ダイビングウェアから水着に着替えた。松浦はビキニで、俺は普通の水泳パンツである。

……ちょっと目のやり場に困るんだよな。本人は自覚がないみたいだけど、高校生ながら立派な胸とお尻をお持ちで、絞まるところは絞まっている。要はスタイルがかなりいいんですよね。顔も控えめに言って美人だし。

 

 

「?どうしたの?」

「い、いや、別に……」

「ボケっとしてると置いてくよ?いつものコースで競争ね!!」

「あ、ちょ、おい!!……あ〜、泳ぎたくねぇー!!」

 

 

そう言って先に泳ぎ始めた松浦を追い始めた。性別は違えど、泳ぐスピードは俺より僅かに遅い程度。追いつくにも一苦労だ。体力は恥ずかしながらあっちに分があるので、大体負ける。勝った事は一度もないです。

泳ぐこと20数メートル、やっと並んだ。

息継ぎのタイミングがその日は偶然合った。俺が右で息継ぎしたとき、松浦が左で息継ぎするため、お互いの顔が見える。

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

息継ぎの瞬間。松浦の水着が少しズレたのがわかり、そして。

 

 

 

 

 

あ、あれは……ち、ちちちちちちちちち乳首!?

 

 

 

 

 

明らかにピンキーな突起物がほんの一瞬、刹那、見えた気がする。

 

 

 

 

なんかの気のせいだろ……と思い泳ぎ続け、また息継ぎのタイミングが来た。

 

 

 

 

やはり見えない。なんかの気のせいだ。うん、絶対そう。

そもそも、水着が緩んだりとかしない限りズレるなんてありえないわけで。そうそう泳いでる途中にそんなことが都合よく起きるわけが……

 

 

 

 

 

 

しかし、3回目。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

や、やべぇ……どうしようめちゃくちゃ顔合わせづれぇやつだろこれ。絶対松浦の顔見るだけであの乳首が脳裏を過ぎる。松浦=乳首!?何を考えているんだ!!

待て、こういうときは別の言葉を思い浮かべろ!!逐次逐次逐次ちくじちくじちくじちくじちくびちくびちくび……ああああああああああくっそぉおおおおおおお乳首で頭が侵される!!!!もう1回だ!!家畜家畜家畜家畜家畜かちくかちくかちくかちくかちくかちくびかちくびちくびちくび……なんだよ「かちくび」って!!!牛の乳の話は誰も今してねぇ!!!ホルスタインでも見てろ!!!

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えて、泳ぎのことなど頭から消え去っていたので。

 

 

 

 

「ごほっ!?」

 

 

 

 

海水が口に入って溺れかけた。

な、なるほど、乳首は命をも刈り取るのか……

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

かれこれ1時間程度泳いだところで終了。今日はヤヴァイ。色々ね。立ってるのでやっとだし、全身攣りそう。

すべては乳首のせいだ。あれで一気に集中が途切れた。

 

 

「今日もお疲れ……って、大丈夫?大分ゲッソリしてるけど」

「お前のせいだろ、松浦……」

「え?私何かした?」

 

 

いや、(本人は)なにもしてないんだけど、(本人の身体の一部分が)凄く悪いことしてる。どちらかというと、精神的な疲弊が大きいのはそれが原因。

まさか、あんなに綺麗な色をしているとは……ってそこじゃねぇだろ。とりあえず、さっきまでの煩悩は大分消えた。……うん、そのはず。

というか、幼馴染みの乳首であんなに動揺する方がおかしいんだ。幼いときは一緒に風呂に入ったりもしていたじゃないか。つまり、乳首なんざ数え切れないくらい見てきたはず。

そうだよ。たかが乳首だ、何を気にすることがある。よぉし、俺は吹っ切れたぞぉ。

……とはいえ、やっぱり疲れていることには変わりないわけで。

 

 

「はぁ……ちょっとシャワー借りるな」

「うん、わかったよ。体を綺麗にすれば、気分も変わるかもしれないしね」

 

 

こういうときは、1回リフレッシュを入れるだけで大分気分が上がる。流石に幼馴染み、俺の考えるところをよくわかっている。

 

 

 

 

 

そう思って立ち上がり、歩き始めに踏み込んだときだった。

 

 

 

 

 

ツルッ、と。

 

 

 

 

 

 

「うわぁ!?」

 

 

 

 

 

 

思いっきり両手を前に出して、両脚が後ろに流れて宙に浮いた状態になった。要するに、濡れたところを踏んで滑ったんです。そこまではいいんだ。

問題は、真正面に幼馴染みがいること。まずい、このままでは当たってしま

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

……遅かった。

松浦の上に俺が乗っている状態になってしまった。

 

 

 

 

 

 

俺の顔は横向きになっていて、目は当たったときに反射的に瞑っていた。そして開くと、あることに気付く。

 

 

 

 

 

……な、なななな、なんで目の前に肌色のお山が見えるんですか?なんでてっぺんが、ピンク色なんですか?

……要するに俺の目に見えているのは、おっぱいってことですか!?女の子の胸部にある双丘、おっぱいの片方を生で見ているってことなんですかッ!?!?

 

 

 

「―――ファッ!?」

「ちょ、ちょっと!!離れて!!離れてーーッ!!」

「すすすすすすまんって!!!」

 

 

 

僅か3秒の間に、上体を起こし腕なり色々ああだこうだして5mくらい松浦と距離を置いた。

彼女を見ると、やっぱり水着が外れていて……っておかしいでしょ!?倒れるだけで水着が外れるわけないし、そういう場面が起きるところなんてなかっ……と、そこまで思って気がつく。

 

 

 

なんで俺が右手に松浦の水着を握ってるんだ……?

 

 

 

そこで一つの結論を出す。たまたま、自分が倒れるのと同時に水着に手が掛かってしまったのだろうと。

 

 

 

「い、いや、わざとじゃないんだよ!!踏み込んだときにちょっと滑っちまってよ……」

「は、はやく水着返してよ……」

 

 

 

なんだこれ……女の子の胸部をまじまじと見てしまった罪悪感でいっぱいなんですけど……ちっとも興奮しねぇ、おっぱいを見たはずなのに。あのおっぱいを生で見たはずなのに。

とりあえず、お互いに無言で俺が彼女に水着を渡す。

普段は取り乱すことのない松浦が、あんなに叫ぶくらいだ。とんでもないことをしてしまったことはよくわかる。

静寂を破り、水着を付け直した彼女から声をかけてきた。

 

 

 

「……なにか言う事は?」

 

 

 

 

声のトーンからしても、明らかに怒っている。そりゃそうだ。あれだけのことをしてしまったんだ。

 

 

しかし、素直に謝るのは俺が全部悪いみたいで癪だ。いやまぁ、俺が悪いけど?でもあれは不可抗力じゃん?

 

 

 

 

 

 

だから、俺なりに「気にするな」というニュアンスも入れて、彼女のことを褒めて機嫌を戻そうと考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……その……デカくなったな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※このあとめちゃくちゃビンタされた。




タイトルを直訳すると「偶発的な乳首とおっぱい」なんですよね。要するに内容そのまんまですね。わかる。
果南ちゃんって、ハグ魔の割には多分ラッキースケベとかには弱いと思うんですよね。私が思うに。そんな風に書けていれば幸いでございます。
サンシャインの小説企画には参加したことがなかったので、いい経験になりました。鍵のすけさん、ありがとうございました。
僕は2番手、まだまだ企画小説は続きます。どの作品も絶対に面白いはずなので、最後まで読んでいってくださいね。
またお会いしましょう。それでは!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Getaway〜逃走〜 【シベリア香川@妄想作家】

初めましての方は初めまして!シベリア香川と申します!
さて、前回の企画に引き続き参加させていただくことと相成りました!
今回はAqoursでの推しも決まったことですし、そのキャラをメインで書いてみようかなと!
それでは……どうぞ!



「お兄様のバカぁああああああ!!!」

 

パシン!

 

 

「黒澤さんのバカぁぁあああああ!!」

 

 

ドゴッ!

 

 

 

「はぅ………」

 

プシュ〜

 

 

 

 

なんでこうなるの?

 

 

 

 

〜♡〜

 

 

 

俺は黒澤家の嫡男、跡継ぎである。

いずれはこの家を継ぐことになっている。

もう黒澤家のことなんて何回も聞いてると思うから言わないけど、地元では案外有名な家なんだよ。

 

俺にはかわいいかわいい妹が2人いる。

一番下で次女のルビィ、長女のダイヤだ。

 

そして驚き桃の木!

なんと2人とも地元の浦の星女学院のスクールアイドル、Aqoursのメンバーなんだ。

 

今日もいつも通り練習から帰ってきて、晩御飯を食べている……はずだ。

俺はまだ帰り道だし?わからないし?ごめんね?

 

俺は年でいうとダイヤの1つ上。

静岡の有名な某大学に家から通っている。しんどいよ?うん。

 

はやく妹たちの顔が見たいよ。あの2人かわいいんだよ。

てかお腹空いた。早く帰ってご飯食べたい。

 

そしてやっと家に着いた。

え、名家だから家が豪邸と思った?

残念だったな!黒澤家は木造建築の家なんだけど土地は広い。故に庭が大きい。よくここで3人で遊んだなぁ〜……

 

 

 

ガラガラガラ……

 

「ただいま〜」

「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

 

トコトコと走って俺を迎えたのがさっき話したルビィ。

 

「お出迎えありがとう。よしよしよし」

「ん……も〜う、お兄ちゃんくすぐったい……えへへへ……」

 

俺が頭をなでて嫌がっているようで嬉しそうな顔をしてるのがまたかわいい。

 

「ご飯はもう食べたのか?」

「ううん、まだだよ。私たちもさっき帰ってきたから」

「そうなのか?あ、でもそう考えたらルビィはまだ制服だな」

 

言われて初めて気づいた、ルビィはまだ制服だ。

 

「ご飯もあとちょっとで出来るからお兄ちゃん、早く着替えてきてね」

「待っててくれたのか……ありがとうな。すぐ着替えてくるわ」

 

俺はそう言って自室に向かった。

 

 

 

〜♡〜

 

 

着替えたあと、俺は服を洗濯機に入れようと脱衣スペース、お風呂場に向かっていた。

暑いから汗びっしょりなんだよ……

 

 

ガラガラガラ………

 

俺は脱衣スペースのドアを開けた。

 

「えっ?」

 

目の前には驚いた表情で俺を見てくる裸のダイヤが…………………裸………の………ダイヤ…………?

 

「あっ……」

「お、お兄様………?」

「ダイヤ………はっ!ご、ごごごごごごめん!!!!お、俺そういうつもりはなくて!!ただ洗濯物を入れに来ただけなんだ!!決して深い意味はないんだ!!!」

「お……お兄様ぁ……!」

「ご、ごめん!!まじごめん!!」

 

ダイヤは拳を握ってピクピクと眉を動かしていた。

 

「謝るのでしたら早く出てって下さいまし!!!!」

「ごめんなさ〜い!」

 

俺は走って居間に逃げた。

 

 

 

これが黒澤家の日常なのである……トホホホホ……

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「もう、お兄様はいつもいつも……」

 

(わたくし)、黒澤ダイヤはお兄様が逃げた後にため息をつきました。

そして体を拭いて服を着ました。

 

「あら、これはお兄様の……?」

 

ふと斜め下を見ると、お兄様のものと思われる服がありました。

 

「はぁ……これじゃあ何をしにここに来たのかわからなくなりますわね」

 

私は呆れながらもお兄様の服を手に取って洗濯機に入れようとしました。

ですが、ふとお兄様の服が気になってしまいました。

 

………お兄様の匂い………

 

少しぐらいならと思い、お兄様の服を近づけて軽く深呼吸をして、光の速さで洗濯機にぶち込みました。

 

なななななな、なにを考えたのでしょう私は!!!!

 

さっきの自分に怒りながら、私は居間に向かいました。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「うぁぁ………」

「お兄ちゃん、よく飽きないよね」

「わざとじゃないんだよ……」

 

ルビィは寝転がりながらスクールアイドルの雑誌を読みながら言った。

完全にほとんどの意識は雑誌だよ……これ。

 

「お兄様、暇であれば食事の準備を手伝ってくださいまし」

「あぁ、わかった」

 

俺は内心落ち込みながら晩御飯の準備をするために立ち上がった。

 

「お兄様は食器をお願い致しますわ」

「了解」

 

ダイヤはエプロンをして、長い髪をポニーテールでくくって料理の仕上げに取り掛かかろうとしていた。

俺は台所から持ってきたお箸とかの食器を机に並べ始めた。

 

「おいルビィ〜そろそろ読むのやめとけよ〜飯だぞ〜」

「は〜い」

 

うん、ルビィはいい子だ。ちゃんと雑誌を片付けてお手伝いを始めた。

今、この家は俺たち3人暮しなんだ。

現在、両親は2人とも出張している。

 

「お兄様、手が止まっていますよ」

「すまんすまん……」

 

いっけね……早く準備しないと!

 

俺がダイヤの後ろについていこうとしたら、足元が狂ってそのまま前に……

 

ドサッ!

 

「うわぁ!」

「きゃっ!」

 

倒れてしまった………ん、今「きゃっ!」って………

 

「っ……ダイヤ!?」

「お、お兄様……?」

「ごめんって……この感触は……?」

 

このムニッ?モミッ?モミュ?っとしたのは……

 

「あんっ……」

 

しかもその感触がする度にダイヤが声を…………………あ……………

 

俺の手は……ダイヤの胸を揉んでいました。

 

 

…………逃げよう

 

 

「ごめんダイヤ!!!わざとじゃないんだ!!!」

「お兄様、なにか言う事はありませんの……?」

 

俺がダイヤから離れて謝るとダイヤは立ち上がった。

 

「ご、ごめんなさい……」

「問答無用!!」

「ちょっ、お玉!!!」

 

ダイヤっ、急にお玉を思いっきり振りかぶって俺を殴ろうとしたぞ!

俺は命の危険を感じてダッシュした。

捕まったら………確実に死ぬ!!!

 

「お〜に〜い〜さ〜まぁ〜!!!!」

「お助け〜!!!!」

「ピギィ!お兄ちゃん、どこいくの!?」

 

俺は死ぬ気で外に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ〜!!!」

 

 

 

 

 

 

 

〜♡〜

 

 

「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ…………」

 

どれくらい走ったのだろうか、少し暗くなりかけている空の下の海岸を息を切らしてゆっくりと走っていた。

 

「飛び出したはいいものの……帰ったら殺されるだろうな……はぁ……」

「あれ、黒澤さん?」

「ん、果南ちゃん」

 

そこにはダイヤと同じクラスでAqoursのメンバーのダイビングスーツを着ている果南ちゃんがいた。

 

「こんなところでなにしてるんですか?」

「いやぁ……ちょっとね……」

「あぁ、大体わかりました……」

 

果南ちゃんは何かを察したような表情をした。

 

「果南ちゃんは何してたの?」

「私はちょっと海を眺めてました。こうしてると、なんだか落ち着くので」

「そうか……」

 

俺も息を整えて海を眺めた。

そうか、今冷静になって考えたらそこは果南ちゃんのところのダイビングショップだったな。

 

「黒澤さん、家に戻った方がいいんじゃないですか?」

「でも帰ったらダイヤに殺される……」

「あははは……」

 

果南ちゃんは苦笑いをした。

 

「でも、ダイヤは何かと黒澤さんのこと心配してるんじゃないですか?」

「そう……かな?」

「はい。ダイヤはいつも黒澤さんの話ばかりしますから。『またお兄様が〜』って」

「そ、そうなのか……」

 

そうだったのか……

そうと決まれば、やることは1つだな!

 

「ありがとう、果南ちゃん!」

「いえいえ」

 

そして俺は方向転換して家に帰ろうとした。

 

だが俺は油断していた………

 

「しまっ……!」

「えっ……?」

 

ドサッ!

 

不覚……こんなところに石があるなんて……

 

「あれ……痛くない……?」

 

あれ?この感触はどこかで感じたことが………

 

「んっ!?」

「はわわわわわわ////」

「ん、んんんんんんんんんん!?////」

 

果南ちゃんの胸に俺の顔がはまった!!

これはまずい!非常にまずい!!!

 

「く……く………黒澤さんのバカぁぁあああああ!!」

 

ドゴッ!

 

「ぐほっ!」

 

果南ちゃんはどこうとした俺の腹を思いっきり膝蹴りをして家へと逃げていった。

 

おぉ……痛てぇ………

 

 

 

〜♡〜

 

 

 

 

 

「果南ちゃん、手加減なしかよ……」

 

俺は果南ちゃんに蹴られたところをさすりながらトボトボと家に向かっていた。

 

「そういえば今何時だろ……?」

 

ポケットからスマホを取り出して確認すると、時間は19時30分だった。

 

「そろそろ帰るか……」

 

そう言って俺は家に向かって走り出した。

やっぱりダイヤたち心配してくれてるのかな〜?

俺は家までの道のりを走り続けたんだ。

 

そして俺は気づくのが遅れてしまった……道の角から走って出てきた人影に……

 

「ん……えっ!?」

「やばっ!」

 

ドン!ドサッ!

 

俺はその人影とぶつかって背中を下にしてこけてしまった。

 

「っ痛てててて……あ、大丈夫ですか?って……梨子ちゃん!?」

「えっ……あっ、黒澤さん!?」

 

なんと、ぶつかったのはダイヤと同じAqoursのメンバーの梨子ちゃんだった。

 

「大丈夫?」

「は、はい……なんとか」

 

よかった。梨子ちゃんは俺の上に乗っかってる感じだから大丈夫みたい。

 

「ん、なんだか柔らかい………」

「っ………!!//////」

 

それになんだか柔らかい感触があった…………

 

俺はもしやと顔を足の方に向けた。

 

 

案の定、俺の手は梨子ちゃんのお尻を持っていた。

しかも片手ではズボンの上からだったが、もう片方は見事に中に入っていた。

 

「うぉおおおおおおお!!ごめん梨子ちゃん!!!今すぐ離すから!!!」

 

俺は動揺して手を離したが、梨子ちゃんからの返事が聞こえない。

 

「あれ、梨子ちゃ〜ん?」

 

「はぅ………」

 

プシュ〜

 

梨子ちゃんは顔を真っ赤にして頭から湯気を出して気絶してた。

 

「うそ〜ん……」

 

 

 

 

このあと、梨子ちゃんはスタッフがちゃんとおいしく……じゃなくて、俺がちゃんとおぶって家まで送り届けました。

 

 

 

〜♡〜

 

 

 

 

「はぁ……まさかの事態だった……」

 

時計を見ると、時刻は21時……梨子ちゃんの家まで遠かったのもあるけど、そこで梨子ちゃんのお母さんと話し込んでしまったのもある。

 

そしてやっと自分の家の前に辿りついた。

 

ドキドキしながらも静かにドアを開ける。

 

ガラガラガラ……

 

「ただいま〜」

「っ……お兄様っ!!!」

「おっと……!ダイヤ!?」

 

俺が入ると、玄関で待機していたらしいダイヤが俺の胸に顔を埋めるように抱きついてきた。

 

「お兄様、どこ行ってらしたんですか!?心配したんですよ……!」

 

ダイヤは少し泣きそうな声で言った。

 

「ごめん……」

 

内心殺されないか心配でした。

でも、このダイヤを見る限り……たぶんない。

そう思い、ダイヤの頭を撫でた。

 

「私、お兄様にきつく当たり過ぎてしまいましたか?」

「まぁ、それは俺が悪いわけだし……」

「そうですわ。お兄様がいつもいつも破廉恥な行為をするから悪いのです」

「わざとじゃないんだって……」

「わかってますわ。私はお兄様の妹ですから」

「ダイヤ………」

 

やっべ泣きそう……

流石はかわいい妹ダイヤ!

 

「あと1つよろしいですか?」

「うん、なんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のお尻から手を離していただけますか……?」

 

 

 

「ほぇ……?」

 

ダイヤの………お尻から………?

 

そう思って下を見ると、怖い笑顔のかわいいダイヤと………ダイヤのお尻を持っている俺の手があった。

 

………………まずい

 

 

「お兄様ぁあああああああ!!!!」

 

「ごめんなさ〜い!!!!」

 

俺はダイヤを離して走って中に入っていた。

 

「ちょっとお兄様〜!!!」

 

 

 

何気にこのいつものやり取りが安心したりする………

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ〜」

 

翌朝、目が覚めると俺の服は汗びっしょりだった。

扇風機をつけながら寝てたけど、やっぱり夜も暑かったみたいだ。

 

俺は服を着替えて、汗で濡れた洗濯物を洗濯機に入れようと脱衣場に向かった。

 

ガラガラガラ………

 

「えっ……?」

 

「あっ……」

 

 

なにこれデジャヴ………

 

 

何があったかは画面の前のみなさんもわかっていることでしょう………

 

 

もちろん、裸のダイヤがいました。

 

 

今度こそ死んだと思いました……まる

 

 

「ごめん……ごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめん!!!!!!」

 

「お兄様の…………!!!」

 

「やめて!!殺さないで!!!やだぁあああああああああ!!!」

 

 

「お兄様のバカぁああああああ!!!」

 

パシン!

 

 

 

 

 

もうやだ………なんで俺だけ………




ありがとうございました!
今回はラッキースケベということで、標的は私のAqoursの推しであるダイヤと梨子、それになにかと都合がいい果南にしてみました!
さて、今回鍵のすけさんのサンシャイン企画、すけっシャイがファイナルということで鍵のすけさん、本当にお疲れ様でした!
第1回のときは参加を見送らせていただきましたが、2回、3回とは参加させていただきありがとうございました!Aqoursのキャラクターを書くのは初めてでしたが、この企画でいい経験がらできました!本当にありがとうございました!
読んでくださった方もありがとうございます!
それでは私はこのへんで!ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒澤姉妹とのラッキースケベ事情 【ゆいろう】

初めましての方は初めまして、ゆいろうです。
三回目の参加となります。何気に皆勤賞!

それではどうぞ!


 

「起きなさい」

 

 

 身体を揺すられる。ぼんやりとした意識を覚醒させて、声をかけた人物を視界に入れた。

 

 艶のある長い黒髪。若干つり上がったエメラルドグリーンの瞳は、見つめていると吸い込まれそうなほど綺麗だ。

 

 

「おはよう、ダイヤ」

 

 

 黒澤ダイヤ。俺と彼女は婚約者という関係である。

 

 

「おはようございます。朝食が出来ていますので、早く下りてきてください」

 

「ああ、着替えたらすぐに行く。ありがとう」

 

 

 わざわざ起こしに来てくれた礼を言うと、ダイヤは「ふんっ」と鼻を鳴らして足早に部屋から立ち去っていった。

 

 婚約者という関係ではあるが、ダイヤの俺に対する対応は今のように冷たい。

 

 

 そこそこ家柄のいい家庭で俺は生まれ育った。そんな俺はつい三日前、両親から唐突に同い年の婚約者ができたと告げられた。

 

 顔も名前も全く知らない相手との婚約なんて当然嫌だったが、既に相手両親とも話がついているとのことで俺に反論の余地はなかった。

 

 そんな俺に更に追い討ちをかけるように、両親は俺にこれから婚約者の家で生活するよう命じた。これには俺も猛反対したが、やはり相手方との話は既についているとのことで、俺は仕方なく両親の指示に従うことにした。

 

 こうしてやって来たのが黒澤家。そこで出会ったのが婚約者の黒澤ダイヤ。

 

 一目惚れだった。

 

 端正な顔立ち。艶のある長い黒髪。エメラルドグリーンの双眸。抜群のスタイル。

 

 他にも挙げればキリがないほど、俺は一瞬で黒澤ダイヤという女の子に恋をした。

 

 黒澤家に来る前の沈んでいた気分が一転、彼女が婚約者であることに俺の気分は最高潮に達した。両親マジでナイス。

 

 

 そんなこんなで婚約者である黒澤ダイヤの家――黒澤家での生活がスタート。その生活も既に二日目を迎えていた。

 

 

 一階の食卓に下りると、既に俺以外の黒澤家族は勢揃いだった。しかも朝食に手をつけずに俺を待っている様子だった。

 

 

「すいません、お待たせしました」

 

「遅いですわ!」

 

 

 遅れたことを謝罪するとすぐさまダイヤが俺に噛み付いてきた。しかし、ダイヤの母親が間髪入れずに彼女を嗜める。

 

 

「こらダイヤ。彼は婚約者なのだから、もっと優しくしないと駄目でしょう?」

 

「お母様……」

 

「さあ、いただきましょう」

 

 

 朝食の時間、ダイヤの両親から色んなことを聞かれて俺がそれに答えるというやり取りが続いた。

 

 しかしダイヤを見ると、彼女は話に入ってこないで黙々と朝食をとっていた。時折妹のルビィと会話をしていたが、俺と両親の会話に入ってくることは一度もなかった。

 

 ダイヤの両親には気に入られているようだけど、肝心のダイヤ自身にはどうも嫌われている様子だ。

 

 きっと彼女も俺のように両親に勝手に婚約者を決められたのだろう。

 

 実際にあって俺は彼女に恋をして、彼女は俺に何の感情も抱かなかった。おそらく俺たちの違いはその部分だけ。

 

 

 

 

 朝食が終わるとダイヤの両親は外出し、家には俺とダイヤとルビィの三人だけになった。ダイヤは両親に食器の片付けを命じられ、台所でせっせと食器を洗っている。

 

 

「手伝おうか?」

 

「結構ですわ。貴方はどうぞゆっくりしててください」

 

「そ、そうか……」

 

 

 手伝おうと言っても一蹴された。この家での俺の扱いはどうやら客人のそれと同じで、家事や雑用を手伝おうとしても一向に断られてしまう。

 

 俺としてはダイヤの手伝いをして彼女の好感度を上げたいのだけれど、断られたものを無理に手伝うのは好感度的にあまり良くないだろう。

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 何もやることがない。ぶっちゃけ言うと暇なのだ。仕方なくリビングでテレビを見てくつろぐことにする。

 

 

「おっ、このアイドルなかなか良いな」

 

 

 チャンネルを回していくと可愛いアイドルが出てる番組があったので、それを見ることにする。

 

 ちなみに今は夏休み。俺もダイヤたちも学校は休みなので、こうして昼間でありながら家にいることができている。

 

 

 しばらくテレビを見ていると、ルビィがリビングにやって来た。黒澤家に来てからルビィとはまだ一度も話したことがない。どうにも避けられているように感じるのだ。

 

 

「どうだルビィ、一緒に見るか?」

 

 

 アイドルが映っているテレビを指差してルビィを誘う。するとルビィはキョロキョロと視線を泳がせながらも、やがて小さく頷いた。

 

 テレビを見やすい位置にルビィが座ろうとして――バランスを崩した。

 

 

「きゃあっ」

 

「おっと、危ない」

 

 

 危うく転倒しかけたルビィを手で支える。しかし、咄嗟に伸ばしたその手の位置が悪かった。

 

 柔らかい感触。指を動かしてみても、やはり柔らかい。恐る恐る見てみると、俺の手はルビィの胸を支えていた。

 

 

「……ぃ」

 

「い?」

 

「いやああああああああああああ!!」

 

 

 刹那、ルビィは泣き叫んでリビングから逃げ去っていった。やばい、完全にやらかしてしまった。

 

 ルビィを助けるためとはいえ、それで泣かせてしまっては元も子もない。

 

 婚約者の妹を泣かせてしまった事の大きさに頭を抱えていると、背後から殺気を感じた。恐る恐る振り返ってみると、そこには鬼の形相で怒りを露わにしたダイヤが立っていた。

 

 

「貴方、ルビィを泣かせましたわね……ルビィに何をしたのか正直に言いなさい」

 

「ええっと……ルビィが転びそうになったので手を伸ばして支えたら、その手がルビィの胸を触ってました」

 

「む、胸っ!? (わたくし)の婚約者でありながらルビィの胸を……!」

 

「聞いてくれダイヤ! これは偶然起こった事故なんだ! 決してわざとルビィの胸を触ったわけじゃない!」

 

「問答無用ですわ!」

 

 

 ダイヤの鉄拳制裁、ビンタが右の頬に鮮やかな紅葉を作った。

 

 

「ルビィは男性恐怖症ですの! 今後どのような事があろうと、ルビィに触れることは許しませんわ!」

 

「は、はい……」

 

 

 右頬に尋常じゃない痛みがある中、俺の目からは一筋の涙が流れ出ていた。痛みによる涙じゃない、これでダイヤに完全に嫌われてしまったという、悲しみの涙だった。

 

 

 

***

 

 

 

 その翌日も昼食をとったあとにダイヤの両親が外出し、家には俺とダイヤとルビィの三人だけとなった。

 

 今日は昼食の後片付けをルビィが担当。ダイヤは部屋で勉強すると言って自室に篭り、俺は相変わらずリビングで暇を持て余していた。

 

 テレビを点けながら、俺は台所で食器を洗うルビィを観察していた。どうにも動作がぎこちなくて、食器を洗うのに手間取っている様子だった。

 

 昨日ルビィに偶然とはいえ悪いことをしてしまったのもあって、俺はルビィを手伝おうと立ち上がり台所へと向かった。

 

 

「ルビィ」

 

「ひぃっ!」

 

「その、昨日は悪かった。謝罪ってことであとの片付けは俺がやるよ」

 

 

 食器洗いをしたところで昨日の出来事が無くなるわけではないが、せめてもの償いということで俺はルビィにそう提案した。

 

 

「わ、わかり、まし……た」

 

 

 ルビィは声を震わせながら俺の提案を受け入れてくれた。濡れた手をタオルで拭いて、その場から立ち去ろうと俺の横を通ろうとして――転んだ。

 

 

「きゃあっ!」

 

「うぉっ!」

 

 

 ルビィが俺に向かって倒れてくる。それを全く予想してなかった俺は、ルビィと一緒になってその場に倒れこんだ。

 

 

「いててて……おいルビィ、大丈夫……か……?」

 

 

 目を開けるとそこには白が広がっていた。今は夏休みのはずなのに、まるでゲレンデにいるかのような開放感。

 

 ふと視線を横にずらすと、そこには健康的な肌色が広がっていた。俺はそれを見て気がついた。これは――。

 

 

 

 

「い、いやああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 ――ルビィのパンツだった。

 

 

 

 

「ちょっ、待ってルビィ!」

 

 

 

 止めるように伸ばした手も虚しく、ルビィはその場から一目散に逃げ去っていった。

 

 完全に昨日の繰り返し。俺はまたやってしまったと頭を抱えた。

 

 刹那、頭上から降りかかる殺気。

 

 

 

「貴方、またルビィを泣かせましたわね?」

 

 

 

「ご、誤解だ! ルビィが俺の横を通った時に俺の方に倒れてきて、俺も一緒になって倒れたら気がつけば目の前にルビィのパンツが――」

 

「お黙りなさい!」

 

「ゴフッ!?」

 

「まったく、私という婚約者がありながらルビィに粗相を働くなんて……!」

 

 

 ダイヤ……腹にグーパンはやめてくれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからも、俺は幾度となく偶然ルビィに触れては彼女を泣かせてしまった。

 

 ある日は、俺がルビィのすぐあとに階段を上っているとルビィが階段で足を滑らせて。

 

 

「きゃあっ!」

 

「うぉっ!」

 

 

 二人一緒に階段の一番下まで転げ落ちると、気がつけばルビィのお尻が俺の顔の上にあって。

 

 

「いやああああああああああああ!!」

 

「ちょ、ルビィ!」

 

「またですのおおおおおおおおお!!」

 

「ゴフッ!?」

 

「貴方は私の婚約者ですのよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日は、俺が縁側に座って日光浴をしていると、たまたま近くを通ったルビィがたまたま飛んできた蜂にビビって。

 

 

「いやあああああああああああああ!! 虫さん! 虫さんいやああああああああああ!!」

 

「またですのおおおおおおおおおお!! ……きゃあああああああああ!! 蜂ですわ! 蜂がいますわああああああああああ!!」

 

「ちょっお前ら片腕ずつ掴むな俺が身動きとれないだろ! 二人とも胸当たってるから! あとルビィは俺の腕掴んで平気なのかよ!?」

 

「ふぇっ? ……ぃ、ぃい……」

 

「えっ」

 

「いやあああああああああああああ!! 男の人いやあああああああああああああ!!」

 

「またですのおおおおおおおおおおおお!! 貴方は私の婚約者でありながらまたしてもルビィに狼籍を……! 許しませんわ!」

 

「いやどう考えても俺悪くないだろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 またまたある日は、俺が風呂に入っていたら、それに気付かず風呂に入ろうとしたルビィが裸のまま扉を開けて。

 

 

「いやああああああああああああ!!」

 

「またこのパターンかよ!」

 

 

 湯船に浸かっていたから俺の裸体をルビィに見せることはなかったが、ルビィの裸はバッチリ見てしまっていて。

 

 

「またですのおおおおおおおおお!! ……き、きゃあああああああああああ!! ふ、服ぐらい着たらどうですの!?」

 

「ここ風呂場だぞ無茶言うな!」

 

「ちょっ! 今貴方が立ち上がると……!」

 

「……あっ」

 

「きゃああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 等々、ルビィを泣かせてはダイヤに叱られるという出来事が立て続けに起こった。

 

 ダイヤのことが好きで、婚約者であるダイヤとできるなら結ばれたいと思っているが、故意ではないとはいえこれだけルビィを泣かせていては、ダイヤの俺に対する印象は最悪だろう。

 

 もう完全に嫌われてたと言っていい。

 

 

 

 そして、俺が黒澤家にやって来てから一ヶ月が経とうとしていたある日。

 

 俺たちの関係を大きく変えようとする出来事が起こった。

 

 

 

***

 

 

 

 今日で夏休みも終わろうという日の夜。夕食を食べ終えて部屋でくつろいでいると、コンコンと扉を叩く音がした。扉を開けるとそこには誰の姿もなかった。

 

 代わりに、丁寧に折られた一枚の紙が部屋の前に置かれていた。広げて読んでみると、そこにはこう書かれていた。

 

 

『大事な話があります。他の家族が寝静まる時間、そうですわね……夜中の2時に私の部屋に来て下さい。黒澤ダイヤ』

 

 

 とうとうダイヤに呼び出された。場所は彼女の部屋。今まで俺がしてきた数々の失態を考えると、正直ダイヤの部屋に行くのが怖い。

 

 今まで故意ではないといえ、男性恐怖症のルビィに怖い思いをさせてしまったのだ。妹想いのダイヤからすればもう我慢の限界に達したというところだろう。ただの説教ならいくらでも構わないが、最悪の場合婚約解消もあり得る。

 

 それだけは何としてでも避けたい。俺はダイヤのことが好きだ。両親が勝手に決めたお見合いで一目惚れしたダイヤだけど、この一ヶ月一緒に暮らして彼女のことがますます好きになった。

 

 プライドが高くて自分を曲げないところ。

 妹想いで優しいところ。

 実はアイドルが大好きなところ。

 笑った顔が素敵なところ。

 

 もう彼女がいない人生なんて考えられない。ずっとダイヤと一緒にいたいと思っている。

 

 この一ヶ月は何とかダイヤに好かれようと努力をしてきた。家事も手伝ったし、雑用だって何でもこなした。だけど、それらを全て不意にする失態を俺は犯してきた。

 

 考えれば考えるほど、ダイヤとの婚約を解消されるような気がしてきた。ルビィを怖がらせてしまったことは、妹想いのダイヤにとって大きな要因となるはずだ。

 

 それならそれで全て受け止めよう。ダイヤが決めたことならそれを受け入れよう。

 

 ダイヤには幸せになってほしいから。

 

 

 

 

 

 そしてダイヤのご両親とルビィが寝静まったと思われる夜中の2時。静かな黒澤家の廊下を忍び足で移動してダイヤの部屋の前にやって来た。扉を小さくノックして、ダイヤの返事を待つ。

 

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 

 扉の向こうからダイヤの声がして、俺はダイヤの部屋の中へと入った。

 

 部屋の中は薄暗くて電気が点いていない。その中でダイヤはベッドの上にクッションを抱えながら座っていた。

 

 とりあえず説教させるだろうと思い、俺はダイヤの目の前に正座した。

 

 数秒間の沈黙。ダイヤは言葉を探しているような様子だった。ダイヤは表情を二転三転させて、ようやくその口を開いた。

 

 

「貴方は、私の婚約者です」

 

「……はい」

 

 

 重々しい雰囲気を作り出すダイヤの声。その後に何を言われても動揺しないよう、俺は背筋を伸ばし身構えた。

 

 

「にもかかわらず、貴方は男性恐怖症であるルビィに何度も何度も触りました。貴方は故意ではないと言い張りますが、私には故意であるとしか思えません」

 

「……」

 

 

 覚悟した。ダイヤとの婚約が解消されると。本当に故意ではないのだが、ルビィを怖がらせたのは紛れもない事実だ。

 

 

「もう一度言います。貴方は私の婚約者です」

 

 

 重々しいダイヤの口調。やはり、もうこれ以上彼女と過ごすことはできないのか。

 

 

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

 

「私の婚約者であるなら、ルビィではなく私の身体を触るのが筋ではなくて!?」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だった。自分の身体を触るべきだとダイヤは言う。予想の斜め上すぎる発言に俺は何を言えばいいのか分からなかった。

 

 

「ですから! ルビィより私の身体を触るべきだと言っていますの! もしかして貴方、私よりルビィが好きなんじゃないでしょうね!?」

 

「いやいやいや! 俺はダイヤのことが好きだって!」

 

 

 ルビィが好きなんじゃないかと言われて思わず出てしまった言葉は、ダイヤに対する初めての告白だった。まさか告白をこんな形でしてしまうなんて、何とも情けない。

 

 しかしダイヤは俺の告白に納得していなかった。

 

 

「嘘ですわ! 貴方はいつもいつもルビィの身体ばかり触って……! 私には興味ないんですわ!」

 

「だからあれは事故なんだって! 決してわざとじゃない! 俺はダイヤのことが好きだし、ダイヤの身体だって触りたいと思ってる!」

 

 

 もはや自分でも何を言っているのか分からなかった。どれだけ俺がダイヤのことを好きなのか、それを伝えるのに必死だった。

 

 

「嘘ですわ!」

 

「嘘じゃない! 俺はダイヤのことが好きだ!」

 

「なら、嘘ではないと証明してみなさい!」

 

「証明……?」

 

 

 途端にダイヤは証明してみせろと言う。今さっき散々好きだと言ったのに、まだ彼女は納得していないらしい。

 

 

「本当に私のことが好きなら、私の身体を触ってみなさい!」

 

「…………は?」

 

「やっぱり出来ないのですね! 貴方は私の婚約者でありながら、ルビィのことが好きなのですね!」

 

「いやだから俺はダイヤが好きなんだって!」

 

「嘘ですわ! ルビィのことが好きなんでしょう!」

 

「だから……あーもう! 頼むからこれで分かってくれ!」

 

 

 何度好きだと言ってもダイヤは分かってくれない。無理矢理にでも理解させるしかないと思った俺は、立ち上がってダイヤに近づいた。

 

 彼女の頬に両手を添えて――。

 

 

 

「んんっ!?」

 

 

 

 ――キスをした。

 

 

 

 

 数秒間の短いキス。唇を離してダイヤを見ると、その瞳をトロンと潤ませていた。

 

 

「俺はダイヤが好きだ。これで分かってくれたか?」

 

「……まだ分かりませんわ、もう一度……」

 

 

 今度はダイヤが俺の頬に両手を添えてキスをしてきた。ダイヤの柔らかい唇がグイグイと押し付けられる。

 

 先ほどよりも長いキス。やがて唇を離したダイヤは、はぁはぁと呼吸を乱していた。

 

 

「ダイヤ、好きだ」

 

「まだ分かりませんの……」

 

「好きだ、ダイヤ。愛してる」

 

 

 

 またキスをする。

 

 唇を離して、愛を説く。

 

 

 

 

「愛してる」

 

「……嘘ですわ」

 

 

 

 

 ダイヤが分かるまでキスをする。

 

 

 

 

 

「好きだ、愛してる」

 

「まだ……」

 

 

 

 

 

 何度も何度もキスをする。

 

 

 

 

 

 

「ダイヤ、愛してる」

 

「私も、貴方を愛していますわ」

 

 

 

 

 

 

 分かり合ってもキスをする。

 

 

 

 

 

 

 

「ずっと一緒にいよう、ダイヤ」

 

「ええ。ずっと一緒にいましょう、アナタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーす!」

 

 

 翌日、夏休みが明け今日から学校が再開される。俺はダイヤとルビィと一緒に黒澤家の玄関から出て学校へと向かう。ダイヤとは学校は違うが途中まで道が同じなのだ。

 

 相変わらずルビィには警戒されているようで、俺をチラチラと見ながらダイヤ右手を掴みながら歩いている。

 

 一方のダイヤは空いた左手で俺の右手を握ってきた。突然手を繋がれたことに俺はダイヤを見るとダイヤと目が合い、彼女は頬を赤く染めながら目を逸らした。

 

 昨日の夜、俺とダイヤは互いの想いを確かめ合った。想いが伝わるまで何度も何度もキスをして、気が付けば俺は夜明け前までダイヤの部屋にいた。おかげで少し寝不足だ。

 

 あくびをすると、隣を歩くダイヤから柔らかな声で注意をされた。

 

 

「アナタ、そんなに大きく口を開けて……はしたないですわ」

 

「そう言うダイヤだって眠たそうじゃないか」

 

「だ、誰のせいだと思ってますの!」

 

「してほしいって言ったのはダイヤだろ」

 

「わ、私のせいにしないでくださいます!?」

 

 

 怒ったダイヤは衝動的に俺の手を掴んでいない方の手でビンタをしようとした。しかし、そっちの手はルビィが掴んでいて。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 ビンタをしようとした勢いそのままルビィが俺に向かって投げ飛ばされる。ダイヤによるルビィの体当たりをまともに受けながら、俺とルビィは地面に倒れた。

 

 

「いててて……おいルビィ大丈夫、か……?」

 

 

 目の前には白が広がっていた。どこかで見たことあるような、そんな既視感を覚える綺麗な白だった。

 

 

「いやあああああああああああああ!!」

 

 

 そう。それはルビィのパンツだった。ルビィは立ち上がって明後日の方向へと駆け出していった。ルビィが無事に学校に着くことを心から願う。

 

 

「またですのおおおおおおおおおおおお!! 昨日私にキ……接吻をしておきながらルビィの下着を……!」

 

「いやダイヤがルビィを投げ飛ばしたんだろ! 俺は悪くない!」

 

「アナタはいつもいつもルビィばかりですわ! 私の婚約者なのですから見るなら私の下着を見るべきですわ!」

 

「いやダイヤの下着は見たいけど……ってスカートを上げて下着を見せようとするな! ほら他の人も見てるから!」

 

 

 人前でスカートをたくし上げて俺にパンツを見せようとするダイヤを慌てて止める。ちなみに少しだけ見えた。ルビィと同じ白だった。

 

 

「やっぱり私の下着なんて見たくないのですね! やっぱりアナタはルビィのことが好きなのですね!」

 

「ああもう! ダイヤのパンツは家に帰ってから見てやるから! 今はとりあえず学校に向かうぞ、遅刻する!」

 

「あら本当、もうこんな時間ですわ! 約束ですわよ! 家に帰ったら私の下着を見るのですよ!」

 

「わかったわかった! さあ早く行くぞ!」

 

 

 家に帰ったらダイヤの下着を見ることを約束して、俺とダイヤは手を繋いで学校へ向かって走り出した。




鍵のすけ氏主催のサンシャイン企画、全三回皆勤賞で参加させていただきました!

この企画が無ければ私自身サンシャインにここまで興味を持つこともなかったと思いますし、ここまでどっぷりハマることもなかったと思います。

三回とも違うキャラを書いたので楽しかったです。ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水面の月と人魚姫 【相原末吉】

俺:いわゆる俺くん、曜ちゃん行きつけのスポーツジムを経営している一家の一人息子。最近千歌ちゃんとよく会ってるらしいが……

曜ちゃん:ヒロイン。今作ではヤケに回りくどい真似ややや自虐的な面あり。


 海について触れていると、いずれ突き当たる物語がある。人魚姫だ。

 有名な童話だよね、かいつまんで説明すると悲恋ってことになるんだけどさ。

 

 私がねだるとお父さんが毎晩、その人魚姫の話を読み聴かせてくれた。そうして私は、その漣のような調子で展開していく話を頭の中で映像として繰り広げていった。

 

 

 ――――曜はね、人魚と人間の間に生まれた子供なんだよ。

 

 

 子供の私はお父さんのその言葉を、鵜呑みにしていたのかもしれないし、よくわかっていなかったのかもしれない。だって、物語の中の人魚と私のお母さんはいろいろと食い違うところがあったから。

 人魚は、人間の王子様に恋をして、声を代償に陸へ上がって来る。けれども、王子様に婚約者が出来て、失恋した人魚姫は泡になって消えてしまう、大雑把に言えばそんなお話だった。

 お母さんが人魚なら、声を失ってないとおかしい。成長するたび、お父さんの作り話だと笑っていた。

 

 けど、今ならなんとなく、私は本当に人魚と人間の娘なんじゃないか。ふと、思うことがある。

 私には好きな人がいる。子供の頃から一緒にいる、というか子供の頃から彼を知っていて、いつの間にか想いを寄せていた。

 

 彼を思うと、とても胸が苦しいし、声が出なくなる。まるで、喉から砂になっていくみたいに、からからとしていて声を出すことが難しくなるんだ。

 そんな時、私は決まって水の中に入る。お風呂でも、プールでも、海でも、どこでも。とにかく水の中にいると心の高鳴りを抑えてくれる。

 水の中は、なんというか神秘的な感じがする。落下していく中、別の世界に進入するような埋没感。水の中で、上を見る。私が飛び込んだ場所から大きな波が起きてて、そのまま静かになっていく過程を見守る。

 やがて水中が完全な静寂に支配される。支配される、というよりは本来の静かさを取り戻していく。

 

 ぶくぶく、と少しずつ肺の中の空気を出していく。まるで工夫して、水の中で呼吸しているみたい。

 いっそ、そうできたらいいのに。水の中で息が出来たのなら、そのまま海の底に消えてしまいたい。そう、思ってしまう……

 

 目をすぅっと細めていって、水面の煌きから目を遠ざけようとした。

 

 そのときだった。水面にいきなり、人の顔が飛び込んできた。それも、本当に顔だけ。びっくりして、思わず空気を一気に吐き出してしまう。その顔の主は少しムッとした顔で"早く上がって"と唇を動かした。言われなくても、このままじゃ苦しくっていられないよ。

 

「ぷはぁっ! もうびっくりさせないでよ~」

「びっくりしたのはこっち、何分上がってこないつもりだよ」

 

 水面から顔を出した私を襲ったのはピンと弾かれたような額の痛みだった。デコピン、中指で弾かれた額は結構ひりひりしていた。

 

「え、そんなに潜ってたの?」

「しかも自覚無し……曜ちゃんひょっとして人間じゃない?」

 

 ……なんかそう言われるのは心外だ。私は分かり易く頬を膨らませてみる。しかし"彼"はそんなことおかまいなしだ。

 

「父さんたちも帰って飲んでるよ、俺も早く帰りたいんだけど」

「だったら帰ればいいじゃない? 私を待ってる必要ないでしょ~?」

 

 私はわかってて、そんな意地悪を言ってみた。すると彼の頬が分かり易く膨らんだ。

 

「鍵、閉めないといけないんで」

「そーだよねぇ、わかったーすぐ上がるから」

 

 このプールは彼のお父さんが経営しているジムのプール。彼の一家とは、昔から家族ぐるみの付き合いだった。聞くところによると、私のお母さんを取り合った学生時代のライバルだった、とか。もうこの時点でお父さんの話が作り話だって分かってしまう。

 半ば、幼馴染のように育ってきた彼を、私は意識している。彼に、淡い恋心を抱いている。けど、この気持ちを隠し通さなきゃいけない。

 

 千歌ちゃんだ。最近、彼と千歌ちゃんが一緒にいるのを知っている。

 私がそうだから、っていうのは少し違うかもしれない。でも、千歌ちゃんだって彼をただの友達だとは、思っていないはず。

 

 だから、もしそうなら、私は友達のためにこの気持ちを沈めてもう呼び起こさないつもりなんだ。そして、それを聞き出す機会が人知れずやってきた。

 

「はい、タオル」

 

 プールから上がった私に無造作に放り投げられたのは水色のハンドタオルだった。全身を拭うにはちょっと小さいけど、頭や腕の滴を拭き取るには十分だった。今まで彼の首にかけられていたタオルは当然彼の匂いを含んでいて、胸が膨らむようだった。

 

「待ってて、フロート片付けちゃうから」

「あ、手伝うよ?」

「今頭拭いたばっかでしょ、また濡れる意味ないし、先に着替えてなよ」

 

 素っ気無い態度だった。おおよそ、私と同じ気持ちを抱いてるようには見えない。だから、望み薄なんだ。

 彼がレーンのフロートを回収するのを、私は着替えるでもなくそこでジッと見ていた。恋っていうのは厄介なもので、好きな相手の一挙手一投足すべてに反応してしまう。額の汗を腕で拭う動作とか、そんな些細なものでも私の恋心は刺激され、胸が苦しくなる。今すぐ、目の前のプールへと飛び込みたくなってくる。

 ぐっと受け取ったタオルを握り締める。この息苦しさは、晴れることはない。彼の恋が成就して私が、泡になって消えるまで、消えることはない。

 

「曜ちゃん?」

「な、なんでもないよ……平気だよ」

 

 体に付着している水滴が全て沸騰するか、ってくらいに身体中が熱い。彼の視線を感じるだけで、体温は無限に上昇を続けそうな気がする。

 

「早く着替えなって。夏でも風邪引くよ」

「わかってるよ」

 

 ささやかな反抗にも、君は気付かない。いつもニコニコ、ヘラヘラしてる。相手がどう思ってるとか、たぶん微塵も気にしてないんじゃないかな。

 そう思ったら、ほんっの少しだけムッとした。

 

「やっぱ、手伝うよ。プール使ってたの私だし」

「そっか、じゃあこっちをお願い」

 

 両手に持っていた浮き(フロート)を手渡される。束ねれば結構重いもので、ずっしりと両手に来る。ひたひたと湿った足音が二重に響く。拭き切れなかった髪から滴が滴り落ちて、頬を濡らす。

 ジムの倉庫は湿気が凄くて、コンクリートの床が冷え冷えとしていた。プールは好きだけど、この部屋はあまり長居したくはなかった。

 

「電気、どこだったっけな」

「そこのラックの奥だよ」

 

 なんで私の方が詳しいのかな。彼よりもこの部屋に来る機会が多いからかな。

 けど彼は薄暗い倉庫部屋の電気を探すのに四苦八苦していた。と、そのとき。何かがガラガラと音を立てて落っこちたようだった。ラックの上に放置されていた金バケツみたいな音だったと思う。

 それは予兆だった。ただし、悪い方のだ。

 

 私は手のフロートをかなぐり捨てて、彼のパーカーの襟首に掴みかかるとそのまま倉庫の奥の方へと引っ張った。すると、大きな音を立ててラックそのものが倒れた。その一つが倒れた瞬間、釣られるように他のラックまでがバタバタと不快な金属音を奏ながら地に伏していった。

 

 間一髪だった。彼の顔は薄暗くてよく見えなかったけど、部屋の上部にある小窓から入り込む光のおかげで驚愕しているってことだけはわかった。

 まだ耳の奥がキンキンと痛んでいた。それに薄暗闇でも分かるほど埃が舞っていた。

 

「大丈夫? 怪我は無い?」

「いや、大丈夫だけどさ……出来たら、その、離れてくれると、助かる……いろいろ当たってるし、当ててんだわ……」

 

 言われてハッとした、私の胸が彼の胸に押し付けられてこれでもかと潰れていたり、太ももの辺りに感じる感触。私は一瞬だけ身体の全機能が停止したようにピタリと止まって、

 

「う、うわぁあああああああああっ!?」

「ま、待て! あんま急に退くと、転ぶぞ。さっき、ガラスが割れる音がしたし、あんま無闇に動き回らない方がいい」

 

 彼を突き飛ばして飛び退こうとしたとき、彼に肩を掴まれた。それだけで心臓が胸を突き破ってきそうなほど強く脈打った。

 

「ライトか何か、持ってないの?」

「スマホでもあればよかったんだけど、プールに電子機器持ってくるやつはいないでしょ」

 

 溜息を吐く私たち。当然プールだってこともあって、私も彼も裸足だ。彼の言うとおり、ガラスの破片とかが落ちていたら危ない。

 何か使えるものが無いか、私たちはおっかなびっくり手探りで周囲を物色した。そのとき、私の指先が拳ほどの大きさの何かに触れた。

 

「何これ、ステンレス……? あっ」

 

 私はその冷たい金属を撫で回して、ようやく気がついた。今私が手に取ったのは、ドアノブだった。根元の部分からポッキリと折れてしまった、ドアノブだ。

 

「どうしよう、ドアノブが外れちゃってる。しかも、折れてるから……もしかしたら空かないかも」

「嘘だろ……連絡する方法とか、無いしな……内線機は使えないし」

 

 荷物が散乱した場所で、私たち二人はなんと閉じ込められてしまった。いくら好きな相手と一緒でも、出来れば勘弁して欲しいところだった。

 だって私、水着だし…………

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 それからしばらく、体感的に一時間くらい経った頃だった。俺はなんとか記憶を頼りにラックに積んであったビート板をシートのように並べていた。これならガラスの破片で傷つくリスクは減るはずだ。

 俺たちは降ってきた雨が小窓を叩く音を聞きながら、ビート板の上に寝転がっていた。

 

 さっきのラッキースケベを意識しないように、一言も喋らなかった。背中が触れ合ってるのは分かる。けど、曜ちゃんが何を考えているのかとか、まったく分からない。

 そもそも、男としてやらかしてしまった。曜ちゃんの水着を意識しすぎて、半身のコントロールを忘れ、起き上がった愚息が曜ちゃんに粗相をしてしまいかけたというか、思いっきりしてしまった。

 

 恥ずかしい、これは猛烈に恥ずかしい。しかしこうして静かにしていれば思い出す、曜ちゃんに触れたときのあの柔らかな感触を。

 パーカー越しに俺に押し付けられた二つの双丘はマシュマロのように柔らかく、俺に跨っていたときの太ももの引き締まった筋肉の張りとレスポンスは凄まじいものがあった。

 

 意識してしまうと完璧に下半身に血が巡ってしまう。ハーフパンツに立派なベースキャンプが完成してしまった、情けない。

 

「ねぇ……起きてる」

 

 そのときだった。曜ちゃんが上体を起こして尋ねてきた。俺は反応しようにもベースキャンプを撤収させるべく総動員で素数を数え始めたせいで答えることが出来なかった。

 

「寝ちゃった、のかな……」

 

 曜ちゃんが俺の顔を覗きこんでいた。目を閉じてもわかる、彼女の吐息が耳にかかるからだ。くすぐったくて、思わず口元が緩みそうになる。

 

「――――ねぇ、本当に寝ちゃった?」

 

 耳にキスされながらの囁きは、ほぼ抜ききったはずの下半身に血を再充填(リロード)させた。分かっててやってんじゃないだろうかこの娘。

 

「お父さんが言ってたんだけど、私って人魚と人間のハーフなんだってさ」

 

 まるで言い聞かせるように、けれど独りでに語りだした曜ちゃん。しかしその内容は変わったものだった。曜ちゃんが俺に話す内容と言えば、水着の生地の伸びが悪いだとか、相変わらず背中が丸まっているだとか母さんみたいな小言ばっかりだ。

 だけど、曜ちゃんは静かにぽつぽつ、窓の外の雨のように語り続けた。

 

「人魚姫は、王子様に恋をして、魔女を訪ねて人間になれる秘薬を手に入れる。人魚姫は言いたかった、難破した舟から投げ出された貴方を救ったのは私だ、と。貴方を愛している、と。けれどそれは叶わない。人間になった人魚姫は声を失ったから」

 

 目の前に、台詞を書いた台本があるように曜ちゃんは流暢に続ける。俺の身体も静まり返っていき、いつしかその話を頭の中に思い浮かべるようになった。

 人魚を曜ちゃんに当てはめ、図々しくも自分を王子に当てはめた。

 

「やがて、王子は一人の娘と結ばれるようになった。もちろんそれは人魚姫じゃなく、人魚姫が浜に運んだ王子が目覚めたとき傍にいた少女のことで、王子は彼女を命の恩人だと思っていたの」

 

 当てはめて考えると気分が悪くなりそうだった。曜ちゃんが俺を助けてくれたのに、俺はそれに気付かないで他の女の子と好き合った、ってことだろ。

 不条理なのか、それとも……

 

「人魚姫はこのままでは、泡になってしまう。助かる方法は一つ、王子の血を飲むこと。それで人間の世界への未練を断ち切ること。けれど彼女は王子を殺すことが出来なかった。彼を殺すくらいなら、と人魚姫は自らの身体を海に投げ打って泡になって消えてしまう、ってそんなお話だよ」

 

 まるで子供が、寝る前に童話を読み聞かせられるように、曜ちゃんの話は俺の眠気を誘ってきた。

 けれど、今眠ったら全部ダメになりそうな、そんな気がしていた。下半身の力を借りてでも、目を覚ましていなければいけない気がした。

 

「もしかしなくても、君は千歌ちゃんが好きなんだよね。最近、一緒にいるのよく見るし。千歌ちゃんもたぶん、君が好きなんだよね。」

 

 いろいろ初耳だった。俺が千歌を云々って話は一旦置いておこう。それより、千歌が俺を好いているっていうのは、驚いた。

 確かに最近一緒にはいる。けどそれは、別の用事があって、というか……

 

「あの、今だから言っちゃうね。私、君のことが好きだよ。君を思うとたまらなく胸が苦しいし、君の声だけで心臓が大きく飛び跳ねるんだ。君の笑顔は太陽みたいだった、けど私はその下にはいられない。暗い海の中で見上げることしか出来ないの。だから、私が君のことを好きって気持ちは、泡にしなきゃだめなんだ……」

 

 

 

 

 だいたいわかった。とりあえず、寝なくて正解だった。

 

 

 

 

 

「うわぁっ!? ビックリしたっ!」

「あの、勝手に終わりにされると困るっていうか……」

 

 身体を起こして、曜ちゃんの上に覆いかぶさる。街灯の光が小窓から彼女の顔を照らし出す。そして、窓に張り付いた雨水が影になって彼女の頬へと垂れているように見えた。

 そのせいで、曜ちゃんが泣いているように見えた。それだけで、俺のブレーキは壊れだす。

 

「……俺だって、曜ちゃんが好きだよ。たぶん誰よりも好き、だと思うよ」

 

 心臓が高鳴る。もうすぐ爆発してもおかしくないくらいに。それほどの羞恥心が俺を襲う。

 最悪だ、下半身に立派なベースキャンプ設えながら言うことじゃない。

 

 が、しかし曜ちゃんには気付かれてないどころか、曜ちゃんは俺が何を言っているのかゆっくり噛み締めているようだった。

 そのとき理解した。まるで、俺だけが浮いているような感覚。内心でも、ふざけてられないぞって言われてる気がしたんだ。

 

「え、い、や……ダメだよ、それじゃあ千歌ちゃんの気持ちはどうなるの? 私たちが、その……好き合ってたら、千歌ちゃんはさ……」

「ち、千歌の話はすんなよ……俺が好きなら俺だけ見てくれよ、俺だってそうするから……」

 

 半ばヤケになって俺は曜ちゃんの水着に恐る恐る手を掛けた。彼女の言う伸びの悪い水着は引っ張られて大きな悲鳴を上げた。

 

「ダメ、だよ……君のことは大好きだよ。でも、千歌ちゃんのことも大事なの……だから、千歌ちゃんが弾かれるくらいなら、私は君に好かれたくない……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 顔を逸らした曜ちゃんから、本物の涙が零れた。けれど、俺は中途半端に煮え立っていた。既に俺は彼女の水着に手を掛けてしまった。彼女の豊満な双丘は露になっているのに、彼女の涙は、沸騰している俺を冷蔵庫に閉じ込めたみたいに冷却させる。

 本当に、中途半端に煮えていた。これじゃ、ただの強姦じゃないか。そんなのは、ダメだ。

 

「これ、着なよ」

 

 パーカーを脱ぐと、それを彼女にかけた。そしてそっぽを向くと、もう一度寝転がって目を閉じた。すると、後ろからそっと手を伸ばされて引き寄せられた。

 

「ごめん、中途半端で、本当にごめんね。君の事は、本当に大好きだよ」

「……俺もだよ」

 

 背中に曜ちゃんの暖かさを感じながら、ビート板の下の冷ややかなコンクリートへと意識を埋没させて行った。

 次に目が覚めたら、独りになってないか。そんな恐怖とも、安堵とも取れないような複雑な気持ちを抱いていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 朝になると、昨夜の雨が嘘のような快晴だった。俺は破片を踏まないように倒れたラックを立てて、倉庫のドアまで近づいていった。確かにドアノブが折れていた、これじゃ誰かが向こう側からドアノブを弄ってくれない限りは出られそうにも無い。

 だけど、父さんが二日酔いにさえなってなければ通常営業。つまり待ってればここを開けてくれるはずだ。俺はロッカーにある箒で割れたものの破片を丁寧に集めてバケツに入れておいた。

 

 一段落すると、倉庫中を見渡す。壁際に寄せてあるビート板の絨毯の上ですやすやと寝息を立てている曜ちゃんがいた。それだけで昨夜の出来事は紛れもない現実だと思い知らされた。

 頭をかき回すと、そのままドアに背中を預けた。どうしても、同じ場所でもう一度寝なおす気にはならなかったからだ。出てきた汗や涙をTシャツの袖で拭う。

 

 せめて、曜ちゃんを遠目から眺めるくらいは許してもらえるだろう。

 なんでお互い好きなのに、誰かに義理立てて我慢しなくちゃいけないんだろう。確かに、千歌は俺にとっても大切な友達だ。

 

「はぁ、ままならないのか?」

 

 ままならない、ってのとはまた少し状況が違う気がした。自分の力でどうにか出来るうちは、ままならないって言えるんだろう。けれど、俺たちのこの複雑な事情は俺の気持ちではどうにも出来ない気がした。

 はぁ、溜息を吐いたそのときシンと静まり返った倉庫の外から何かが聞こえてきた。人の声だ。

 

 正確な時間が分からない以上断定は出来ない、けれど窓から見える太陽の高さから考えてまだ早いはずだ。だのに、なんで人が?

 そうして、その声の主がだんだん近づいていることに気付いた俺はそのまま小さくドアをノックした。

 

「そこにいるの? 曜ちゃん?」

「いや、俺だよ千歌」

 

 なんとドアの外にいるのは千歌だった。姿は分からないし、なんでここにいるのかも分からないけど、とにかく千歌がそこにいることは事実だった。

 

「なんでそんなところにいるの? 早く出ておいでよ」

「出られるなら出てーよ。ドアノブがへし折れちゃってんの、そっちのドアノブは無事か」

「う、うん……」

 

 そのとき、ガチャリと千歌がドアノブを握った音がした。

 

「あのさ、まだ開けないでくれ。話が、あんの」

「なに?」

「お前……千歌さ……俺が付き合ってくれ、って言ったらどうする?」

 

 向こうのドアノブが微かな音を立てた。それで千歌の動揺が見て取れた。俺は半ば祈るように、ドアに背を預けた。

 

「……き、急にどうしたの。おかしなこと言ってないで、早く出ておいでよ」

「大事な話なんだよ。今、答えてほしいんだ」

 

 薄い扉を隔てて俺たちは言葉をやりくりしていた。ドアの隙間やドアノブの穴から漏れてくる千歌の息遣いがまるで耳元で再生されてるみたいに胸が苦しくなった。

 

「き、急には答えられないよ! 悪いけど……」

 

 その言葉を、最後の砦が決壊したと思うべきだったのか。それとも、足を踏み外したと思うべきだったのか。

 俺にはわからなかった。ドアから背を離すと、ひたひたと意識もせずに足音を殺しながら寝息を立てる曜ちゃんの傍らにしゃがみ込んだ。

 

 最低かな。最もじゃなくても悪い奴だな。

 

 そう思いながら、朝日を受けて艶やかに光を放つ唇に、緊張でカサついた唇をそっと押し付けた。

 何十秒にも思えた。大好きな水泳の影響か、だいぶくすんでしまったボブカットの髪に指を差し入れる。手の上で崩れる新雪のような柔らかさがたまらなく愛おしい。

 

 そっと触れ合うだけのフレンチな口づけは、数々の童話や物語の例に漏れず眠り姫を起こすことに成功した。腕の中で目を覚ます曜ちゃんと目が合う。ターコイズを思わせる瞳に、埋没するような感覚。

 海に飛び込んだことは俺にもある。深海目掛けてもぐり続けたこともある。だけど、海の中から見上げる空のような色をしていた。

 

 普段見ているものとは違う色を、彼女はしていたんだ。

 

 そっと静かな涙の後、俺たちはドアの外の友人に気づかないふりをしながら唇を宛がいあった。貪るようなキスの熱は理性という水を蒸発させていく。

 

「……後悔しない?」

 

「したくないから、こうする」

 

 変なの、お互いが一線を踏み越えてしまった後に、その線を見て笑っていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 その日の午後は、ピーカンの空だった。台風が過ぎ去ったみたいに、蒸し暑かった。私は海の臨める人気のない浜で待っていた。

 海は静かに、もうすぐ夕日になる太陽の光を受けてその光で私を迎え入れた。

 

 サンダルを履いた私の足はあっという間に小さな波に飲み込まれた。

 

「後姿、入水っぽいから出来れば勘弁してほしいな」

「……遅いよ」

 

 後ろから振りかけられた声に、振り向くとガラにもなく被っていた麦藁帽子がふわりと舞い上がった。

 

「曜ちゃんが曜ちゃんが、ってうるさいのがいて、うんざりするほど気をつけろって言われたの」

「納得」

 

 思わず笑みが零れそうになる。千歌ちゃんのことは、私の勘違いだったのか、それとも……

 どちらにしろ、私は彼を幸せにしなきゃいけない。そして彼に幸せにしてもらわないといけない。

 

 千歌ちゃんが彼のことをどう思っていたとして、そうしなければならない気がした。それがせめてもの、せめてもの……

 

「私の一番大事な友達だから、泣かせることはないと思うけどいざというときは覚悟してねって言われた。三年前にやらかしたの黙ってたけど、なんか罪悪感あるね」

「じゃあもう泣かさないでね、約束だよ」

 

 差し出した小指に、彼が自身の小指を絡める。そのまま彼の腕を引き寄せると、噛み合った小指に短くキスをする。

 

 

 

 ――――君に会うために私は(おか)に上がってきたのかもしれない。

 

 

 

 ――――君と結ばれるために、私は声を失ったのかもしれない。

 

 

 

 ――――君を認めるために、私は声を取り戻したんだ。

 

 

 

 ――――ありがとう、大好きだよって言うために。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

でっど・おあ・あらいぶ 【リベリオン】

皆さんこんにちは、はじめましての方ははじめまして。リベリオンです。

今回、鍵のすけ氏の企画に思い切って参加させてもらいました。

あまり多く語るのもなんなので、自分からは一言だけ言わせてもらいます。

是非もないねっ!(ノッブ感


「ジィーザス! クラァァァイストッ!」

 

 霹靂のような、それでいて若干涙声も混じった絶叫とともに顎に鋭くも鈍い衝撃が走る。

 パニックになっていながらも顎先をつま先が見事蹴り上げたその刹那、一瞬だけソレは覗いた。

 

(……黒)

 

 いや……上も思いっきり見ちゃったけど。

 

 ずいぶん大胆な色をチョイスしてるんだな、って。

 

 一応、『自称』駄天……もとい、堕天使と名乗っているから黒なのかなぁ、って。

 

 下着姿の後輩についてそんなどうでもよさそうな事を考えながら、俺の意識は火星まで吹っ飛ばされていった。

 

 

 

 ただ、1つだけ言いたい。俺は悪くねぇ。

 

 

 

 地元の女子校が生徒数の減少に伴い俺が通う姉妹校である男子校と統合されることになった。

 統合に向けた試験期間を設けることになって、何の因果かその選抜生徒に俺まで選ばれたわけなんだけど……。

 自慢に聞こえるかもしれないが勉学は真面目に励んでいたからに成績は中の上くらいだし、目立った問題も起こしていない。

 ……が、聞く所によれば向こうの生徒会長と理事長が是非に、と言う推薦から選ばれたと言ううわさを小耳に挟んだんだけど、真相は謎のまま闇に葬っている。

 別に向こうに知り合いが居ないわけでもなく、おまけにそこに通う友人の1人が熱烈かむかむしていたし、距離的にもこっちの方が近くて楽だから……という理由から2つ返事で誘いを受けてしまった。

 確かに近くて楽だ。知り合いも何気に多く居るから緊張もしないで済んだ……けど。

 

「はぁ~……」

「ため息ばっかりついてると、幸せが逃げちゃうって聞いたよ?」

 

 机に突っ伏し、大きくため息をついていたら知り合いその1、高海千歌が横からひょっこり顔を覗かせながら声をかけてきた。

 

「ため息をつかせる要因その1が何か言ってるな……」

「む。それじゃあまるでチカが悪いみたいじゃん」

「いや、みたいじゃなくて十中八九千歌ちゃんが悪いよね、さっきのは」

 

 後からやってきた知り合いその2、渡辺曜の突っ込みに俺は激しく同意した。

 男子校に居る友人たちは「羨ましい奴」なんてやっかんでいたけど、実際に通うとなると思った以上に精神面でキツイ。

 何しろ女子校……つまり女子しか居ないわけで、まあ男子が入ってきたとは言ってもその存在感が限りなく薄い。片手で数えられるしか男子も来ていないから仕方ないのかもしれないけど……。

 女子同士でふざけた拍子にスカートがめくれて下着が見えたり、裾で扇いでいたら素肌がちょっと見えたりとか、その場に男子が居ると言うのにそんなハプニングがよく起きている。

 そして今回、ため息をついた理由と言うのは千歌も大いに関係……と言うより発端なわけで。

 

「うぅ…………うぅぅぅぅ」

「あの羞恥に顔を伏せている桜内さんを見てどうも思わないのでしょうか、男の前で堂々とスカート捲りしでかした高海さんは?」

「あっ……あれは、その~……タイミングが悪かったって言うかぁ~……」

 

 事の発端と言うのも、要するに隣の席に座る彼女、桜内梨子のスカートを千歌がふざけて捲っちゃった時、たまたまタイミング悪く俺が通りかかって中身を見てしまって梨子は気が動転。パニック状態に陥った彼女は校舎を爆走して回り、体力が尽きた所を確保された。

 ……ちなみに色はピンクでした。ごめんなさい、俺も健全な男子高校生なんです……。

 とにかく、この千歌がやらかしたせいでお互い気まずいんだ。隣の席ならなおさら余計に!

 

「ね~梨子ちゃん、そろそろ立ち直ってよ~」

「……そう言う千歌ちゃんは同じ境遇に陥った時、同じことを言われたら立ち直れるの?」

「ごめんなさい、千歌とこの人が悪かったです!」

「俺も被害者なんだけどなぁ!?」

 

 勝手に共犯者にされたくないから全力で否定。いや、確かに見たけど、鮮烈に焼きついてることに罪悪感を覚えなくも無いけど、それでも千歌の共犯者にされるのはこれ如何に。

 

「ただ偶然居合わせたってだけで俺まで生徒会長に説教されたのに……一応男子も居るのにそういうことするのってどうなんだ?」

「だっていまいち存在感薄いし……」

「薄いとか言うな」

 

 まあ……こういうおふざけに居合わせるのは運が良かっ…………ゲフンゲフン、悪かったけれど、他の面でも結構苦労している。

 まず体育になれば当然着替える必要があるわけで、だけど男子更衣室なんてものは無いから空き教室とかを利用するしかない。トイレだって職員用のところにいちいち行かなきゃ行けない。

 本格的に統合した時はそういった設備も整うだろうけど、まだ仮統合だからその辺も手付かずの状態だ。トイレはともかく、着替える場所については目を付けているからどうにかなっているけど。

 

「まあ、まだ女子校だから男子には不便なことが多いよね」

「ほんとだよ……特にこういう場合ってどうすればいい?」

「見ちゃったのは事実だし、素直に謝ったほうがいいんじゃない?」

「そうだよー。梨子ちゃんは特にデリケートなんだかんごっ」

 

 茶々を入れようとしている千歌に対して、口の中にミカンを丸ごと突っ込ませて黙らせた。おまけでひっくり返ったけど自業自得だ。

 癪だが千歌が言ったとおり、梨子は能天気な千歌と違って結構繊細だ。偶然とは言え見たことに変わりはないし謝るべきだろう。

 

「……よしっ」

 

 覚悟を決めて席を立ち、梨子の前に立つ。俺が立ったことに梨子はビクッと震えて、恐る恐る顔を上げる。一応話は聞いてくれそうだ。

 

「えーっと、さっきは故意ではないにせよ見ちゃってごめん。けど安心してくれ、梨子のパンツがピンクだったってことは他の誰にも言わないかr「バカァァァァァッ!!!!」らもすっ!」

 

 誠心誠意、心を込めて頭を下げて謝った途中、顔面に鈍い衝撃を受けて謎の重みとともに背後へひっくり返った。

 な、なにが……? なんか机の下敷きになってるんだけど……。

 

「思いっきり言っちゃってるじゃない! 信じられないっ! リリーおうちにかえるっ!」

 

 悲鳴混じりに叫び、脱兎のごとく教室を脱出していく梨子に、周りに居た人たちも唖然。その場にはひっくり返った俺と千歌というシュールな光景が残される。

 

「えっとさ……素直なことはいい事かもしれないけど、素直すぎでしょ」

 

 じとっと呆れと軽蔑の目を向ける曜。

 

「……曜」

「ん?」

「見えてる」

「……見るなスケベっ!」

 

 ずどむっ! 親切に指摘してあげたら、顔を赤らめた曜の右足が顔面に降って来た。

 ……ちなみに水色のレースと言う曜にしてはちょっと大人っぽい下着でした。はい、生まれてきてごめんなさい。

 

 

 

「ぁいたた……」

 

 上半身に走る痛みに顔をしかめながら保健室からの帰り道。

 なんか今日はいつにも増してトラブルに遭っている気がする……なんでだろう。いや、完全に自業自得なんだけど、このままだと危険な気がする。主に命が。

 まずこういう場合はひっそりと、大人しくしているに限る。余計な波風を立てて生命の危機に陥らないためにも!

 

「待ってよマルちゃーん!」

「先にいくずらーっ♡」

 

 階段に差し掛かった時、聞き覚えのある声にふと顔を上げた。

 手すりに跨って滑り降りてくる見覚えのある後姿。あれって……ってぇ!?

 

「マルちゃん後ろー!」

「えっ」

 

 下にいた俺の姿を見つけたツインテールの子が思わず叫ぶが、もはや遅い。

 手すりを滑り降りてきたゆるふわロングの子が滑り終わって、ぽーんとまっすぐに俺のほうへフライアウェイしてきたのを――間一髪、背後から抱きとめる。結構軽く感じたとは言え運動エネルギーも追加されているから腰にかなりの負担が来たけど、そこはギリギリ堪えて倒れずに済んだ。

 

「えっと……あれ、先輩?」

「とりあえず女の子が手すりを滑り降りるのはあまり感心しないんだけど……花丸ちゃん」

「えへへ……ごめんなさいずら」

 

 滑り降りてきた女の子、国木田花丸ちゃんが俺に振り返り、照れくさそうにはにかむ。

 普段大人しい方なんだけど、何かの弾みではっちゃけたりすることがあるのがタマにキズなんだ。今回のこれがいい例。

 まぁお互い怪我が無いのが何よりだけど……時にさっきから手に当たるこのマシュマロみたいな感触は何なんだろう。手にすっごい余るんだけど。

 

「あ、あの……先輩」

「ん?」

「えぇっと、そのー……でるずら」

「え? なんだって?」

 

 何か言いづらそうにぼそぼそと小声で呟かれて、うまく聞き取れなかった俺は聞き返した。

 すると花丸ちゃんはかぁっと頬を赤らめて目を逸らし――

 

「マルの胸……掴んでるずら」

「………………ふぁっ!?!?」

 

 衝撃発言に目を下にやると、そこには確かに花丸ちゃんの立派な胸を思いっきり掴んでる俺の手がっ!

 違うんだ! 単純に避ける暇も無かったから受け止めようとしただけで下心なんて無いんだ! むしろあの一瞬でそんなことを狙えるはずも無いでしょう!?

 花丸ちゃんの言葉に巨大なハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚え、ギクシャクしながら腕を放す。解放された花丸ちゃんはそそくさと俺から離れ、両腕で胸の辺りを庇い、ジト目で俺を見ながら一言。

 

「…………先輩のエッチ」

「この度は大変申し訳ありませんでした……」

 

 事故とは言え言い逃れできない状況に、俺は被害者に深く頭を下げるしかない……が、話はそこで終わらなかった。

 

「ま、ま、マルちゃん……」

「ルビィちゃん?」

 

 わなわなと小動物のように――と言うか完全に小動物系の子なんだよなぁ――震えているツインテールの女の子、黒澤ルビィちゃんにお互い気づき、ふと顔を上げる。

 

「マルちゃんが先輩に……ふぇぇぇ」

「いやちょっと待とうかいや待ってくれるお願いだから!?」

 

 大いに勘違いをしているルビィちゃんに顔を蒼くし、手を伸ばしながら1歩踏み出す。

 が、それが行けなかった。最近は少し慣れてきてくれたとはいっても筋金入りの男性恐怖症&人見知り。こんな状況で接近しようとすれば――

 

「――ピギィィィィィィッ!」

 

 はい、こんな風に大音量で悲鳴上げます。学院全体に響くほどの(白目

 

「――――! ルビィのピンチですわっ!」

「ちょっ!? いきなりどうしたのダイヤ!?」

 

 その結果悲鳴を聞きつけた姉の黒澤ダイヤさんが、例えどれほど距離が離れていてもすぐに駆けつける仕様となっております。ふつくしい姉妹愛ダネ本当に。

 悲鳴からわずか数秒、上の階からふつくしい黒髪をなびかせながら手すりを飛び越えて踊り場に着地し、さらに踊り場から大ジャンプ!

 

「ぁっ! あの技は……!」

「知ってるのルビィ?」

「は、はい……あの技は『ダイヤモンド・バスター・キック』って言うお姉ちゃんの大技なんです。当たれば一撃必殺なんですけど……」

「……なんですけど?」

 

 恐怖に固まっている俺の耳に、ルビィちゃんと慌てて駆けつけた先輩の松浦果南さんの話し声が聞こえる。

 同時に脳裏に蘇るこれまでの出来事の数々。ああ、これって走馬灯って言うのかなぁ……短い人生だった――

 

「『ダイヤモンド・バスター・キーック』!!!!」

「――成功率は20%くらいでめったに当たらないんです。だから必殺じゃなくて大技なんですよ」

「――――――ぁ?」

 

 空中で両足をそろえてドロップキックの体制に入っていたダイヤさんが途中でバランスを崩し、それでもターゲットを捉えながら飛んでくる……と言うか落ちてくる。

 けれど崩れたバランスを立て直すことは出来ず、ばたばた手足をバタつかせていた。

 結果、開いた足の隙間に俺の頭が入り込み、顔面がスカートの中にエントリー。高級そうな黒いレースの下着に顔を埋めてそのまま床に叩きつけられる。

 

「「「………………」」」」

 

 真っ暗闇。それでいて生暖かい。むしろ顔が埋まって呼吸が困難だけど、まずそうじゃない。

 

「………………」

 

 上に馬乗りになっているダイヤさんがどんな顔しているかは分からないけど、小刻みに震えているのは伝わって来た。

 せめて事情は聞いてもらいたいけど、多分きっと間違いなく無理だよね。問答無用で磔獄門、舌斬って地獄行きコース一択。是非もないね!

 

「………………」

 

 しばらく経って、ようやくダイヤさんが立ち上がる。俺はと言えば度重なるダメージともはやこれまでと言う諦観から手で顔を覆ったまま倒れていた。

 

「……一応、無駄とは思いますけど弁解聞いてくれますか?」

「……聞きたくありませんっ! ハレンチですわっ!」

「おふぁすっ!!!」

 

 うん知ってた。鳩尾にダイヤさん渾身の突きを受けて意識が一瞬途切れながら内心同意。手加減とか慈悲とか情状酌量なんて一切混じってない一撃に胃液が逆流しかけた。

 

「行きますわよルビィ!」

「ピギッ! ご、ごめんなさい先輩ぃ……」

 

 ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向き、ダイヤさんはルビィちゃんの手を引いてその場を去っていく。

 その場にはヒットポイント残り3くらいの俺と、気まずそうな花丸ちゃん、そして同情しつつも呆れた目で瀕死の俺の頬を突っついている果南さんだけ残された。

 

「……どうしたのキミ。今日はとことん災難じゃない」

「俺が聞きたい……デス」

 

 

 

「う~ん……もしかしてキミ、たまってるの?」

「誤解を招くような発言をしながら服を肌蹴るのはやめてくれませんか!?」

 

 あれから理事長室に呼び出され、この学院の理事長兼生徒というなんか良く分からないポジションにいる小原鞠莉さんに事情を説明。

 聞き終えた鞠莉さんは変な解釈に持っていって艶っぽい笑みを浮かべながらセーラー服を肌蹴ようとしたけど、全力でそれを止めた。

 

「だってあんなトラブル巻き起こして、それで何もないって言うほうがアンビリバボーよ? 沢山のかわいい女の子に囲まれてビーストになっちゃうキミの気持ちも分からなくもないわ」

「人間には理性というものがありましてですね……」

「そもそも一連の件は(一部を除いて)先輩が被害者ずら」

「あと鞠莉は服着ようか」

 

 花丸ちゃんと果南さんの冷静な突っ込みに鞠莉さんは「ジョークなのにぃー」と口を尖らせて着崩した制服を正す。

 正直、2人がいてくれて助かった。彼女の相手は普段でも苦労するのに身も心もボロボロな今の状態じゃ絶対持たなかった。

 

「まあ話を聞く限り、キミに非はナッシングみたいだし……オーライ、この件は女子の不注意だったってことで該当生徒への注意だけにしておくわね」

「助かります……」

「でーもー…正直役得だったー、とか思ったりしてない?」

「……ノーコメントで」

 

 なんやかんやでおいしい思いした――と思わなかったわけじゃない。俺だって男なんだし。

 けどそれを素直に言ってしまえば人としての大事な尊厳を失うというか、好感度ダダ下がりだから口が裂けても言うつもりはない。

 そんな俺の考えなんか見透かしているのか、鞠莉さんはにんまりと笑みを浮かべた。

 

「ちなみに私が今日つけているランジェリーは、さっき見せたレモンイエローのぉー……」

「そう言えば次の授業は体育だったな早く着替えないと遅れるぞー!」

 

 言いながら鞠莉さんが制服を脱ぐか脱がないかのところで着替えの入ったカバンを肩に提げてダッシュ。

 自分でもなぜこのルートを選んだのか、正直分からない。度重なるトラブルと肉体的・精神的ダメージの積み重ねから正常な思考が出来なかったのかもしれない。

 ほんとにね、バカかと。アホかと。開いていた窓から外へフライアウェイしながら、俺は自分自身に対して突っ込んだのでした。

 

「飛んだずらぁっ!?」

「ここ2階だよ!?」

「ワオ! クレイジー!」

 

 うん。俺も飛び出してから気づいた。人間って2階から飛び降りても生きているっけ? かの有名なジャッキ○・○ェンは映画の撮影で時計塔かビルから飛び降りるというスタントの失敗して大怪我しながらも生きていたって言うから死にはしないよねきっと!

 ――でもやっぱり怖いんだよなぁ! 内心叫びながら着地。同時に衝撃を流すため連続前転。

 

「……生きてたよ俺」

 

 無我夢中だったけど死んでないし外傷もない。まさにミラクルだ。

 校舎で唖然と身を乗り出している3人を振り切って、俺が普段着替えに使っているスクールアイドル部の部室へ向かう。更衣室代わりにするために自費で目隠しを設置しておいたんだから。

 空き教室で着替えればいいと言う話もあるだろうけど、部室から直で中と外に行けるから移動の面で都合がいい。

 

「でもこんなダメージで授業受けれるのかな俺……」

 

 さっきはエンドルフィンでハイになっていたからなのか分からないけど、今になって身体の節々が痛くなってきた……骨にヒビが入ってるのも十分考えられるかもしれない。2階から飛び降りたんだし。

 でもここまでどん底に堕ちたのならこれ以上はないよねさすがに……そう思いながら部室の戸を空けて入ると、先客がいた。

 

「えっ……」

 

 思いっきり着替え途中だったらしいその女子。しかも赤の他人じゃなく知り合いで、『自称』駄天……じゃなかった。堕天使と名乗る後輩、津島善子。

 なぜここに彼女がいるのか、まったくわからない。確かにスクールアイドル部に所属しているからいてもおかしくはないけど、なぜ今日この日この時この場に彼女がいるんだと。

 ああ……わからない。本当に便利だなこれ。

 

「……なにしてんの?」

「あ…あなたこそ。ヨハネが着替えてるのに……っ」

「俺は体育で着替える時いつも使ってるから……」

「ヨハネは蛇口が壊れてずぶ濡れになったから、着替えようって……」

 

 見ればなるほど、確かに普段の片方お団子にしている髪は解けていてしっとり濡れていて、壁のハンガーに掛かってる上着がある。

 しかし蛇口が壊れてしまうって、相変わらず不幸の星に生まれているな……。今日ばっかりは善子のこと笑えないけど。

 

「っていうかいつまでそこに居るのよ! 早く出て行きなさいよヨハネの素肌見るなんて呪われたいの!?」

「すでに十分呪い級の災い起きてるけど……とりあえずごめん」

 

 もはや思考は完全に放棄され、機械的に謝りつつすぐに出て行こうとする。

 ……が、なにをトチ狂ったのか戸を閉めてしまった。俺がまだ室内に残ったまま。

 

「「………………」」

 

 小さな部室にパタンと小さな音が鳴って、室内に居た男女は揃って固まる。

 置いてきた思考がふと思い出したように戻ってきて、状況を整理し把握すると、やっちまった……と今更になって気づいた。

 これはもう弁解の余地がないね。是非もないねっ!

 

「~~~~~~っっっ!!!!」

 

 あー、死んだなこれはー。むしろ今まで生きていたのが不思議なくらい。

 

「ジィーザス! クラァァァイストッ!」

 

 霹靂のような、それでいて若干涙声も混じった絶叫とともに顎に鋭くも鈍い衝撃が走る。

 パニックになっていながらも顎先をつま先が見事蹴り上げたその刹那、一瞬だけソレは覗いた。

 

(……黒)

 

 いや……上も思いっきり見ちゃったけど。

 

 ずいぶん大胆な色をチョイスしてるんだな、って。

 

 一応、『自称』駄天……もとい、堕天使と名乗っているから黒なのかなぁ、って。

 

 下着姿の後輩についてそんなどうでもよさそうな事を考えながら、俺の意識は火星まで吹っ飛ばされていった。

 

 

 

 ただ、1つだけ言いたい。俺は悪くねぇ。

 

 

 

 それまでに受けた度重なるダメージに善子ちゃんの一撃がトドメとなって、ついに限界を迎えた彼は気を失い、保健室に運び込まれてずっと魘されていたそうです。

 チカたちは「みんなしてやり過ぎ」と果南ちゃんに叱られ、Aqoursの練習は中止、鞠莉さんとルビィちゃんはおふざけと性格的な問題だったから軽い注意で済んだけど、他は下校時間になるまでずっとお説教されてました。

 彼は下校時間になってもまだ魘されていて、連絡を受けた親御さんに引き取られて帰ったと聞いています。

 よほどダメージが大きかったのか、3日間寝込んでいたそうです。

 そして彼が意識を取り戻して、学校に行けるようになったと聞いてお詫びも兼ねて彼と一緒に登校しようとした日のことでした。

 彼のお母さんにまだ寝ていると聞いて、起こしてあげようと彼の部屋に行くと……ベッドはもぬけの殻。

 

「あれ?」

 

 不思議に思いながら首を傾げ、部屋を見回すと机に彼の携帯とその下に半分に折られた紙があったのを見つけ、チカは紙を手にとって広げると……。

 

『じっかにかえります。さがさないでください』

 

「……実家ってここじゃないの?」

 

 一週回って思わず冷静な突っ込みが出てきた。

 呆然となって1階に下りて、彼の両親にあいさつして家を後にして、彼の『実家』を見上げる。

 

「実家に帰る……あれ?」

 

 意味がわからないけど、よくよく考えてみたらこれって失踪なんじゃ……。

 落ち着いて考えて、その事実にだんだん青ざめていった。

 

「たっ――大変だぁぁぁっ!?」

 

 その後、彼の行方を知る者は誰もいなかった…じゃないよねぇ!? こんなオチでいいの本当に!?




おまけ的な解説。『ダイヤモンド・バスター・キック』とは……

妹のピンチに発動できる黒澤ダイヤの大技。スイッチが切り替わったことによって跳ね上がった身体能力をフル活用した強力かつ強烈な一撃必殺のキック。

当たれば必殺に間違いないが、身体能力向上の代償に冷静な判断力を失い著しいポンコツと化してしまうため命中率(この場合本来の目標および対象(正否問わず))は非常に低く、命中率は最大でも20%とまず当たらない残念な技。是非もないねっ!

ちなみに元ネタはダイヤの名前と中の人が出演していた特撮作品を組み合わせ。名前負けもいいところry


いかがだったでしょうか?

散々な目にあった彼はこの後文字通り世界を渡って、名前を捨てて身体を鍛えた結果、ビームみたいな魔○拳を撃ち、一瞬で10メートルの間合いをワープしたみたいに詰め、倒れた相手を投げ飛ばしたりするくらいまで成長することになります(大嘘)。

今回初参加ということで緊張もありましたが、書いていて面白おかしくやれて楽しかったです。企画してくれた鍵のすけさん、そして読んでくれた方々に感謝をしつつ、この辺で失礼したいと思います。ありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

津島と俺の幸不幸世界物語 【専務】

作者の専務です。皆勤です。


自慢じゃないが俺はそれなりに運がいい生活を送ってる。

行く先々で何かと起こる。買ったアイスが5連続で当たったり、何の気なしに送った懸賞は一等だったり。

きっと何より幸運だったのは、いとこの女の子がアイドルになったことだろうか。

そう、今目の前にいるのがそのアイドルなんだ。家も近所だし、毎朝一緒にジャ〇プ読むし、10数年一緒にいるもんだから、連絡なんて取らずにこいつの部屋に行くこともある。今までもたまにあったし。

こいつの部屋には俺の私物もあるし、俺の部屋にもこいつの私物がある。言ってしまえば互いが互いの部屋みたいなもんだ。自分の部屋に入るのにノックなんてするか?俺はしない。

さて、前置きが長くなった気がする。俺は学校終わりに朝置いていったジャ〇プを取りに来たのだ。部活行って友達と飯食って帰ってきたから、少し遅くなったのは反省している。でもこんなことになってるとは思わない。

 

 

 

 

なんで善子(コイツ)は下着姿で寝ているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、どうしたものか。

ご丁寧に仰向けで寝てやがる。高校1年生の育ち盛りの膨らみが2つ、女性であることを再確認されるが別に大した問題ではない。案外、昔からの馴染みの身体は年相応に成長しているのかと思ったくらいだ。

床には制服と鞄…うわ、練習着が放り出されてる。堕天使が聞いて呆れるな。堕ちたら汚くてもいいってのか。

とりあえず制服はハンガーに吊るし、洗濯物はとりあえずあとで洗濯機の方に持っていっとくしかないな。

善子の寝顔を見るとなんだか眠くなってくる。こいつ、寝顔は普通に可愛いんだよな。なんだこいつ。口開けたら痛々しいのに。

どーせだしこいつの部屋をすこし見渡してみる。思えば、高校が別なもんだからこいつとの接点も少なくなってきた。

まず目に付くのはこの時期に合わないコートだ。なんでわざわざ掛けてあるんだ?学校に来ていくわけでもあるまいに。

本棚には分厚い本が並ぶ。大抵は神話や異世界系の小節だ。こういった本もしっかり読んでるのだ。なりきってるというか、努力家なんだよなぁ。

CDラックにはメタル系の曲がある。堕天使を自称する手前、そういった関連のフレーズには敏感なのだろうか。メタルの歌詞もそこかしこに神の文字があるように思う。…まぁ、曲の好みだしとやかくは言わないけど。女子力ってもんを考えないのか。最近は桃太郎とかいう曲とかが流行ってるらしいぞ、善子。

部屋を物色してると足元に何かが当たる。雑誌のようだ。なんだ、こいつも女の子みたいなもん買ってんじゃねえか。

中を開くとスクールアイドル特集だった。μ's、A-RISE、他にもスクールアイドルの先駆者ともいえる面々が紙面を飾る。当時のスクールアイドルだと俺は福岡の2人組が好きだ。他に言うと馬鹿にされるが俺は推している。日の目を見るのは少なかったが、μ'sが有名になる前はそれなりに名を馳せていた。雑誌とかにも乗っていたらしいし、ラブライブもそれなりな成績は残せていたようだ。

…いかんいかん、話がそれた。雑誌を読み進めると、やはり一番大きいのはμ'sだった。善子のグループも、この人達に憧れて結成したものと聞いている。

まだ寝息を立ててる善子を見る。こいつがいつか、こういう大きなステージで歌って踊る時が来るのだろう。現実味のないような妄想だが、なぜだか近いうちに実現するような気もする。

 

「…頑張れよ。」

 

寝てる時くらいにしか言えないけど。

はぁ、やべえ眠い。まぁいっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んっ、やばい、寝ちゃったわね。

アイドルの活動はやっぱりまだ慣れない。階段を駆け上がり、ダンスをして、それ以外にも勉強だっておろそかにできない。スクールアイドルってなかなかキツイわね。1年生だし、上級生もいるのに少なからず緊張はするし。はぁ、これじゃダメね。しっかりしないと。

 

「…っ!?」

 

なんでコイツがいんのよ…しかも半裸。窓を見ると開いている。しまった。暑いと思って開けたのを忘れていた。

すぐに自分の格好を見る。マズイ。見られた?見られてるよなぁ…くっ、一生の不覚ね…。

今更ながら幼馴染みを見る。何部に入ってたか忘れたけど、高校1年生にしては少し筋肉質な、運動頑張ってるんだろうということが容易に想像できる。羨ましい。昔から食べても太らないとかちょっと運動したら筋肉つくとか言っていた。こんにゃろ。

彼の手元を見る。今日持ってきた雑誌が握られていた。あまり私らしくないものを見られてしまった。下着姿より恥ずかしいかもしれない。

制服はハンガーに掛かっている。コイツがやってくれたのだろうか。男のくせにしっかりしている。私もズボラってわけじゃないけど。

練習着は雑に畳んであった。洗濯するからいいのに。

しっかし、千歌のあのTシャツはどこで見つけたのかしら。秋葉原にはそういうのも売ってるのかもしれないわね。あまり興味無いけど。

部屋着に着替えながら幼馴染みにブランケットをかける。憎たらしくイビキをかいている。これを録音しようとしてもきっと出来ないのだろう。私が不幸なのか、彼が幸運なのかわからないけど。

昔から一緒にいてくれた。私を堕天使だと言ったのは小学生の頃のコイツ。あの日から私は堕天した。人に煙たがられようと、高校で出会った幼稚園の頃の友人に引かれようと、私は堕天使ヨハネ(ワタシ)が好きだから。この名前に、救われてるから。

昔は自分が嫌いだった。何をやっても空回りし、うまくいかなくて、不幸で。そんな不幸を好きになれたのは、堕天使を教えてくれたから。

私のたったひとつの幸運。きっと彼がいなかったら、私はAqoursにいないかもしれない。…なんて、褒めすぎかも。

さて、そろそろ灸を据えてやらねばいけないわね。堕天使の部屋に無言で入った罪…鉄槌よ。

私は彼の顔に向けて上から縦にジャ〇プを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いって!何すんだ!…って善子か。」

 

「ヨハネよ!何なのアンタ人の部屋勝手に入って…しかも上裸で!」

 

「別にいいだろ今更。」

 

「仮にも女の子の家に隣の家から勝手に入ってきてるのよ?上裸で。しかも窓から。」

 

「窓開けてあったし窓ノックするわけにも行かねぇだろ…入ったら入ったで寝てるしよ。」

 

「…アンタ、私の…見たの?」

 

「ん?」

 

「…さて、遺言を聞かせて?」

 

「は?下着姿見られたことに対して怒ってんの?おいおい、幼馴染みだぜ?今更そんなん見てもなんとも思わねーよ。」

 

「…それだけ?」

 

「なんだよお前、待てよ何だその手元の分厚い本は。やめろ、ラッキーなんて思ってない!そんなスケベな心持ってないから!」

 

「うるさい!」

 

目の前の女の子の手が振り下ろされる。顔を赤くした彼女の後ろからは燃え盛る炎が見えるようだ。あぁ、あの角が脳天に当たるのだろう。きっと痛い。でも俺は防がない。

俺は至極幸運だ。こんな可愛くて憎たらしいアホみたいな幼馴染みを持って。善子…ヨハネとなら、どんな不幸も受け止められる気がする。

…痛いのは嫌だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ、はぁ…

目の前には男が倒れている。しばらく眠ってもらうわ。記憶も飛んでくれてたらいいのだけど。

ふと窓を見る。向こうには彼の部屋が見える。お返しだ。少し飛べばベランダに移ることができる。

 

「よっ…と。」

 

さっと飛び越えて部屋の窓を開ける。彼が窓から入ってきたのだ、こっちだって開いている。

電気をつけると、男だから…といって片付けられるものだろうか、いかにもといった具合で散らばっている。自分の事はずさんなのに他人の事は気になるのが彼の良いところであり悪いところ。

さっさと片付ける。元々どこにあったかは私も理解している。堕天使だからといって、部屋まで堕天してはいけないわ。

呆れながら服やら物やら本やらを戻していく。ふと、ベッドに目がいった。

別にベッドメイキングまでやれとは言わないけど、彼はよほど寝相が悪いのかしら。仕方ない。ついでにササッと整える。

枕の方には目覚まし時計やコンセント口などがある小さなスペースがある。そこに写真立てがあった。

私と彼が、お互い中学を卒業した後、家と家の間で撮った写真。ノリノリで私もポーズを決めている。彼もそれに乗ってよくわからないポーズをとっている。数ヶ月前の話だけど、この間のように思える。

この町に残ると聞いた時は私も驚いた。彼のことだ、きっと別の場所に行くのだろうと、勝手に思ってた。男子校だけど、楽しそうだからって決めたとか。

なんとなく、嬉しかった。また一緒ジャ〇プを読める。また私の知らない話を聞かせてくれる。それだけで嬉しかった。

…なんだか今日は変な気分だ。なぜこうも考えてしまうのか。すべては勝手に入ったヤツが悪い。思い出したら腹たってきたわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…痛っ、くぅー、手加減を知らない堕天使め…。」

 

起きるとアイツはいなかった。窓を見ると、俺の部屋が空いてる。別に俺はお前の家から何もとってねぇよと思いながら部屋に戻ろうとする。

 

「…お。」

 

「…あ。」

 

向こうも同じことを考えてたらしい。偶然にも、ベランダ越しに鉢合わせた。

 

「俺の部屋、別に何もねーよ。」

 

「別に何か盗ろうと思ったわけじゃないわよ、仮に金目のものがあっても、あんな部屋じゃ探す気にもなれないでしょうね。」

 

「うるせぇな、ジャ〇プ探してたんだよ仕方ねえだろ。」

 

「朝私の部屋に置いていったものね…片付けといたから、心配しないで…よっ、と。」

 

先に善子がこっちに来た。そして棚からジャンプを取り出すと、俺に手渡す。

 

「ほら、これ。」

 

「なんだ、部屋に落ちてた方じゃなかったのか。」

 

「朝の時点で置いてったのわかってたからね。私が見失わないように棚に入れといたのよ。」

 

「悪いな。」

 

そう言って受け取る。別に同じの買ってるからどっちでもいいのに。やけに律儀だ。堕天使らしくない。

 

「しっかしまぁ、幼馴染みのわりに大したハプニングにもならなかったわな。」

 

「…なに、また殴られたいの?」

 

そういって善子はさらに分厚い辞典を取り出した。

 

「はぁ?何してんだお前!」

 

「まださっきのこと覚えてるみたいだし…」

 

「だったらなんでそんな格好してんだよ!」

 

もしかしてコイツ、気づいてねぇのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だったらなんでそんな格好してんだよ!」

 

アイツがまだ何かを言っている。

 

「?なによ、部屋着だけど。」

 

別に透けるような素材でもない。何を言い逃れしようとしているのか知らないけど、また眠ってもらわなきゃいけないみたいね。

 

「下!下!」

 

下?そう言われて私は下を向く。

上のTシャツ、その下には足が見えていた。

…足?慌てて後ろを振り向く。そこには、履こうとしていたボトムが無造作に落ちていた。

絶句する。なぜ履いていないの?慌てて思考を巡らせる。そうだ。彼が半裸で寝ていたからブランケットをかぶせようとして、上を着たタイミングでブランケットに手をかけたのだ。そのせいでボトムを履くのを忘れていた。

 

「…アンタ、覚悟はいいわね。」

 

「やめろ!元はといえば善子のミスだろ!俺のせいじゃねぇ!」

 

「…たとえ誰が悪かろうと、女の子の下着を見た人間は断罪されるのよ…」

 

「嘘だ!これは冤罪に近い!不公平だ!」

 

言うやいなや彼はベランダを飛び越え自分の家へと戻る。小賢しいわ。

 

「…ぅぅぅぅううううるさぁぁぁぁい!」

 

手元の辞書を投げつける。彼の後頭部にクリーンヒットした。ふらふらとした足取りで部屋に戻ると、ベッドの方に体が倒れた。

 

「はぁ、はぁ…」

 

私もベッドに向かう。枕に顔を埋める。記憶なら私も消したい。むしろ消えて欲しい。なぜ今日はこんなにも不幸なのか。

…彼にとっては、幸運なのか、不幸なのか。

慌てて考えるのをやめる。なんてことを考えてるの私は…!

頭がショートしそうだ。なんだか今日はどっと疲れた。帰ってからすぐ寝たはずなのにこんなに疲れるとは思ってもなかったわ。

開けっ放しの窓を閉じようと向かうと、足元にジャ〇プが落ちていた。よほど彼が慌てていたのだろう。またこれを取りに来るのかしらね…。

 

「…ふふっ。」

 

ジャ〇プを本棚に戻す。なんだか笑えてくる。本来なら大変なことなのだろうけど、幼馴染みだから、彼だから許せてしまう。なぜだか憎めない。そこが憎たらしい。

明日から練習頑張らないと。彼に後悔させてやる。アンタが見たものはトップアイドルのモンなのよって言えるように。

 

「善子ー!夕飯できたわよー!」

 

「はーい!」

 

部屋の窓に鍵がかかっていることを確認して部屋の電気を消す。こんなお色気パートは充分だわ。

私の物語の、不幸と、それを少し上回る幸福を祈る。今日みたいな不幸の分、これから大きな幸せが待ってるはず。

私の物語は、続く。




お読みいただきありがとうございます。
これまで3回の鍵のすけ様主催企画に投稿させていただきました。
この企画を通して、サンシャイン!!の世界をより1層好きになることが出来ました。感謝しかありません。
また、他作家陣の皆様の素晴らしい作風に埋もれないようにと前2回はおかしいものを書いてしまいました。後悔はしていません。反省はしています。
今回のテーマ、私には少し難しかったので、逆にふざけることも出来ず、少しだけ真面目に書きました。

これからも、サンシャイン!!をはじめラブライブ!の更なる発展を願っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夏も桜はピンク色! 【ヒロア】

はじめましての方は初めまして、今回、鍵のすけさん主催のこの企画に参加させていただきました、ヒロアと申します。最後まで是非、楽しんで読んでいってください!


太陽きらめき、窓から見える海の景色は船、船、船!

そんな俺が新学期直前に引っ越してきた町、内浦だがこの時期になってくると釣りをしに毎年市外からも多くの釣り人がやってくる…らしい。

しょ、しょうがないだろ!引っ越してきたの春だもん!実際に見たことないんだよ!

とゆうわけで、近くの釣りスポットには釣り人がわんさかいる。しかも地元民よりも外から来た人の方が多いとかいう不思議な光景。

ま、地元民は船で海の真ん中で漁してるからいないんだけど。

そんなこんなで夏の内浦は釣りシーズン!乗るしかねぇ、このビックウェーブに!

 

「ってなわけで…釣って釣って釣りまくるぞぉ!」

「「おおー!」」

「あはは…」

 

元気よく返事をするのは自称内浦一のミカン好きの千歌、われらが船長、曜、そしてそんな二人のテンションについていけてないのは、この内浦に一緒に引っ越して今も近所に住んでいる幼馴染の梨子。

合計四人の浦の星女学院二年生ズ+α(俺)チームでお送りします。

 

「そんじゃ、各自始めようか」

「えっと~…お兄さん」

 

控えめに手をあげる千歌。

あ、お兄さんってんのは俺ね、一応三年生で年上だからなぜかお兄さんってみんなから呼ばれてます。

 

「どした?千歌?」

「…釣りってまずなにすればいいの?これ振れば釣れるの?」

「アホか、振るだけでつれたら釣りなんて面白くないっての…えっとまずはだな…」

 

そう言って俺は千歌に釣りが何たるかを教えようとしたのだがここで梨子から私もわからない宣言。

さて、どうしたものかと考えていると我らが船長、曜が意気揚々と手をあげた。

 

「はーい!私が千歌ちゃんに教えるから、兄さんは梨子ちゃんよろしくね!」

「え?でも…「いいね!」…はい」

 

それから三十分とした後、俺も曜も簡単に説明を済ませ、四人並んで釣りを始めた。

あ、ちなみに千歌と梨子は俺の釣り竿貸してやってる。割と昔に使ってた初心者用の竿だから扱いやすいだろう。

☆ ☆ ☆

「…まだ釣れないのー?」

「……あのな、まだ始まって五分もたってないぞ!そんな早く釣れるかっての!」

「えー!でももう飽きたー」

「あのな…」

 

そんなやり取りをしながらも着実に時間はたっていき、三十分に差し掛かったところで千歌の竿に獲物がかかった。

 

「おぉ!?ひいてる!ひいてるよ!」

 

大声を出し立ち上がり、はしゃぎだす千歌を曜がサポートする。

 

「千歌ちゃん、いったん落ち着いて!ちゃんと竿を持って!」

「う、うん!」

 

そこから千歌と獲物の格闘(笑)が始まった。

やることもなかったので千歌たちの様子を見ていたが、ふいに、千歌のサポートのため、いったん置いておいていた曜の竿が一気に空に投げ出される。

 

「「あ?!」」

「やべっ!かかってたか!…とどけぇ!」

 

俺は何とか反応し、腕を限界まで伸ばし、海に落ちる前にそれをキャッチ、すぐさまリールに手をまわし、釣り上げる体制に入る。

特に大物というわけもなく、苦も無く釣り上げることができた。

千歌の方も釣り上げたらしくかかった時よりも大はしゃぎしている。

 

「やったぁ!やったよ曜ちゃん!つれたよ!」

「うん、おめでとう、千歌ちゃん!あ、兄さんもありがとね、気づいてくれなかったら今頃私の竿、海のなかだったよ…」

「気にすんなよ、曜は手が離せなかったんだからさ」

 

そしてそこで、ひと段落付き、また俺達はかかるのを待っていた。

 

☆ ☆ ☆

 

「お前ら喉乾いたろ?ジュース買ってくるけど何が欲しい?」

 

俺がそう言って立つと、三人からオーダーが飛んでくる。

 

「わたしはお茶でいいよ」

「千歌はミカンジュース!」

「私はスポーツドリンクで」

 

上から梨子、千歌、曜の順だ。

 

「りょーかい、曜、ちょっと竿たのむわ」

「任された!」

「ん、そんじゃ頼む」

 

曜に竿を任せ、俺は近くの自販機に向かった。

 

~自販機に行ってる間の三人~

 

「兄さんってさ、周りをよくみてるよね」

「…」

「?急にどうしたの?曜ちゃん?」

「いやー、いつも練習見てもらってるけどさ、少しのずれも教えてくれてさ、結構よく見てるんだなって、今日だってさ、魚かかってると一番早く気付いてたし」

「…」

「そう言えばそうだったね…」

「…」

「…えーと千歌ちゃん?なんでそんなに静かなの?千歌ちゃんらしくない…」

「おーい、買ってきたぞー」

「おっそーーーーい!千歌のどかわいたぁ―!」

「「…」」

「…まぁこんなことだろうと思ったよ…」

「千歌ちゃんらしいと言えば千歌ちゃんらしいね…」

☆ ☆ ☆

ジュースを買ってくると千歌に怒られ、何故か曜と梨子には呆れた顔を向けられた。

…一体俺が何をしたんだ?

しかも千歌にはありがとうも無しに缶をひったくられたし…

 

「ごめんね、千歌ちゃんが…凄く喉乾いてたみたいで…」

「いやいいさ、ほい、曜と梨子のぶんな」

 

二人とも竿を片手に持ち、空いた手で飲み物を受け取った。

 

「きゃあ!?」 

 

その時、梨子の竿が強く引っ張られ、海の方向に梨子は体勢を崩し、竿ごと空中に投げ出されそうになる。

「おっと、」

 

俺は梨子の肩を支え、倒れる梨子を受け止めた。

 

「あ、ありがとう」

「ああ、問題な…ッ!」

 

俺はその瞬間、顔を梨子からそらした。

視界に入ってしまったのは胸元の白い下着とさらにその内側のほんのり柔らかみのある…これ以上は考えちゃいけない…

 

「?どうしたの?」

「い、いや…なんでもねぇよ…」

 

くそっ!どうしてもそっちの方向に目がいってしまう…これが万乳引力か…ッ!

視線に気づいたらしい梨子は顔を真っ赤にし、胸元に両手をクロスさせ、こっちを力なくにらんできたが、すぐに収まり耳元に顔を寄せた。

 

「本当に…あなたはよく見てる、色々と、ね?

 

―――――――――――――――。」

 

その後、わざとらしく自分の服の首元に指をひっかけ、体が見えるように反対側へ引っ張った。

そのせいで俺はまた、梨子の体を見て、ドキリと、顔が熱くなってくる。きっと真っ赤になっていることだろう。

 

「ちょっ!り、梨子!?」

「ふふっ」

 

梨子はすぐに服を戻すと、まるで俺を誘惑するかのように微笑み、何事もなかったように釣りに戻った。

俺は、高鳴る鼓動と頭にフラッシュバックする肌色の体で我に返るまで、その場につったっていた。

 

「本当、あなたはよく見てる、色々と、ね?

―――こんなことするの、あなたにだけだからね?」

 

最後につけたされたこの言葉は、俺の心を魅了させるには十分すぎる言葉だった。

真夏の今日、俺のなかの桜は満開に咲き、ピンクに染まった。




どうだったでしょうか?今回、ラッキースケベというテーマで一話、書かせていただきましたが、しっかりスケベしてたか、ちょっと不安です(笑)
しっかりスケベしてたかなんてところから少しずれているとは思いますが、気にしない方向で。
さて、今回の企画、僕以外にも多くの作家様方が参加しています。どうぞこの後も、ごゆるりと、楽しんで読んでいってください。
では。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

貴方の事が知りたくて 【新谷鈴】

「んー涼しい~、外の暑さったらないわね全く」

 

その日は天気もよく空は快晴、恨めしい程に晴れ渡る青空のもと私は、堕天使ヨハネはとある本屋に来ていた。

その本屋は色んな本が置いてあって私もよく利用している近所でもそこそこ有名なお店だった。そして今日の私にはあらかじめお目当ての本が決まっている

 

「さてと、それじゃ早速いつものコーナーに――げっ!」

 

意気揚々とオカルトコーナーに向かった先で見知った顔を見つけ思わず声を上げてしまった

 

「ずら丸!?なんでこんな所に、今まで一度も知り合いと出くわしたこと無かったのに」

 

距離があったため幸いあちらに声は届いていなかったよみたい、ずら丸こと国木田花丸はこちらには気付かず、なにやら真剣な表情でオカルトコーナーの本を眺めている

 

「それになんでオカルトコーナーなんかに居るのかしら、ちょっと様子を……あ!」

 

しばらく様子を見ようとした矢先、彼女の手に取った本の表紙が目に入る。『黒魔術~悪魔学の基礎知識~』と書かれたその本こそ私が今日買いに来た本である!急いで視線をずらして本棚を見るも同じ本は無い、つまりその一冊が最後ということで――

 

「その本ちょっと待ったぁああああ!!」

 

「ずら!?」

 

気が付いたら飛び出していた。いつもはこういう所に居るのを知り合いに見られないように気を付けているのだけど、数日待ってた本が売り切れると思い焦ってしまった。

 

「よ、善子ちゃん?ビックリしたずらぁ~。それで、この本がどうかしたの?」

 

「えっと、その、ずら丸もその本買いに来たの?」

 

今まで何度かこういう本を買いにお店を巡ってるけどずら丸の姿は見たことないしいつも読んでるものだって物語性のある本ばかりだったと思う。なら自分と同じように目的のものがあったんじゃないか、そう思ったのだけど

 

「ううん、私はたまたま手に取っただけ。私もって事は善子ちゃんはこの本を買いに?」

 

「そう、だけど……」

 

「じゃあはい、この本は渡しておくね。私はもう少し見て回るから」

 

「あ、ちょっと!」

 

止めるのも待たずに彼女は本を善子に渡して行ってしまった。

追い掛けようと思ったが少し騒ぎすぎたため周りの注目を浴びてしまっていたので、そのままレジを済ませて一度店の外に出た。

 

「あれ、待っててくれたずら?」

 

「途中まで道同じなんだからついでよ、ついで」

 

「そっか、ありがとう善子ちゃん!」

 

「あと、善子っていうな!」

 

そんなこんなでしばらくして店から出てきた彼女と歩き出す。

 

「それで、ずら丸はどうして――ん?」

 

他愛もない話をしながら歩いていたが、顔に何か落ちてきた感覚に顔を上げる。本屋に入る前より増えている雲とそこから連想される嫌な予感に従ってずら丸の手を取り走り出す。

 

「善子ちゃん?どうした……の!?」

 

「ちょっと走るわよ!」

 

説明する時間も惜しい、こういう時の私の運の悪さは残念ながら折り紙つきだ

 

「ほ、本当にどうしたの!?」

 

「いいから走って、凄いのが来るわよ!」

 

「凄いの?一体何の事――あっ」

 

そうこう話しているとポツリ、ポツリ、と何かが顔に落ちてくる感覚は次第に多くなってくる。ここまで来て全てを察した彼女も走る速度を上げる。

そして数分後には急な雨に降られてびしょびしょになった姿で私の住むマンションの前に立っていたのだった。

 

「うぅ、神様もヨハネが可愛いからって嫉妬するのは大概にして欲しいわね」

 

「なんでそういう結論になったかは分からないけど大概にして欲しいのは同感ずら……」

 

予想外の夕立に愚痴を言いながら私の部屋の扉を開けようとした時、丁度隣の部屋の扉が開いた。

開いた扉から出てきたのは一人暮らしを始めるときに挨拶した事もあるお隣の男性、多分大学生くらいだと思う。

 

「こんにちわー、雨降ってますけど今から外出ですか?」

 

「あ、お隣の。ええ晩御飯の買い出しに……っ!?あ、あのっ、ごめんなさい!失礼しました!!」

 

初めて会うわけでもないしご近所付き合いも大事かなと思い、声をかけたのだけど相手はこちらを見るなり慌てて行ってしまった。

 

「何なのよ、こっちを見るなり逃げるように行っちゃって。失礼しちゃうわ」

 

「えっと…善子ちゃん、服……」

 

「服?――あっ」

 

言われて気付く、先ほどの雨で服はびっしょり濡れている、というのがどういう事か

 

「下着、透けてるずら」

 

つまりそういうことである

 

「あ、あ、あぁぁぁああああ!!!?」

 

見られたって気付いたら顔から火が出そうだった、恥ずかしさから逃げるように部屋へ飛び込み扉を閉めた

 

「待って善子ちゃん!まるも入れて!!風邪引いちゃうずら!!」

 

「もうお嫁に行けないぃ!!」

 

結局もう片方のお隣さんから怒られるまで続けてようやく落ち着きを取り戻した私は、彼女を部屋へ招き入れた

 

 

 

 

 

 

 

 

「お風呂ありがとうずら、それに洋服まで貸してもらっちゃって」

 

「先に入らせてもらったし気にしないで……」

 

濡れたままでは風邪を引くだろうということで服は洗濯してお風呂で温まる事にした。私の事はいいから先に入ってきて、という彼女のお言葉に甘えて先に入った私はお客様用のコップと麦茶を出しておいた。なにかしてないとさっきの事を思い出して――ダメダメ!考えちゃダメよ!!

 

「それにしても、善子ちゃんも普通の洋服持ってたんだね」

 

そんな事を一人で思ってると、私が貸した服を見て意外そうな声を上げる彼女の声が耳に入る

 

「ちょっとそれどういう意味よ!」

 

「いやぁ、いつもコスプレみたいなのを着てるイメージだったから」

 

「私だって普通の服くらい持ってるわよ!」

 

「普段普通じゃない自覚はあるんだ」

 

これって一応私を元気付けようとしてくれてる……のよね?そうよね?

そんな風に話をしながら雨が上がるのを待つ。と、ここで気になっていた事を聞こうと思い立つ

 

「ところでさ、さっきの事だけど」

 

「さっきのって部屋の前での事?」

 

「それはもういいから!本屋での事よ」

 

「本屋?」

 

「えーっと、オカルトコーナーにいるなんて珍しいじゃない?だからもしかして買いたい本が決まってたんじゃないかって。もしこの本がそうならこれはずら丸に渡すわ」

 

そう言って先ほど本屋で買った本を取り出す。

本当は私も読みたいけど、もし彼女もこの本が並ぶのを待っていたならその気持ちは私にもよく分かるからこの本は譲ろうと、帰り道で思っていた、

 

「あぁ、その事なら大丈夫ずら。理由は、えっと……笑わない?」

 

「面白かったら笑うわ」

 

「酷いずら!?」

 

部屋に来てからからかわれっぱなしだったからちょっと意地悪な事を言ってみた、冗談よと言う私に「やっぱり酷いずら」と頬を膨らませながらも話を続ける

 

「善子ちゃんっていつも難しい本を読んでるでしょ?」

 

「あんたに言われたくないわね」

 

「もう!今は善子ちゃんの話なの。それでね、折角こうして再開してまた仲良くなれたんだからもっと善子ちゃんの事が知りたいなって思ったの。それで善子ちゃんが読んでるような本を読んでみようかなって思って今日はあそこに居たんだ。まさか本人も来てるとは思わなかったけど……あの、善子ちゃん?」

 

「……」

 

……なによそれ、つまりずら丸は私が読んでるような本を探してあの店に来たっていう事?私が読んでるのがどんな本か知るために?なによそれ、そんなの笑えるわけ無いじゃない、そんなの――嬉しいに決まってるじゃない

そう思ったら体が動いていた、奥の部屋に行き数冊の本を取って戻ってくる

 

「これ」

 

「え?え?」

 

「これを読んでって言ってるの!物語風になっててずら丸が読みやすそうなの選んだから読んだら感想聞かせなさいよね!!」

 

「善子ちゃん……」

 

「な、何よ!私だって嬉しかったしこのくらいはしてあげるわよ!その……あ、ありがとう」

 

「善子ちゃーん!!」

 

「いたっ!ちょ、離れなさいよ!」

 

結構な勢いで飛び込んでくる彼女を受け止めきれずにしりもちをついてしまう。

なによ、飛びつきたいのはこっちの方だっていうのに

 

「ほら、雨も上がってるわよ。もうそろそろ帰らないと遅くなるから」

 

「うん、分かったずら。これ読んだら返しにまた来てもいい?」

 

「……勝手にしたら?」

 

「うん!」

 

スクールアイドルに続けてまた楽しみが増えちゃったな、雨上がりの綺麗な空を見ながらそう思った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あおいろはーと 【ちゃん丸】

なんだかんだで、皆勤賞です。
初めましての方は初めまして。ちゃん丸と申します。

またまたご縁がありまして、今回この企画に参加させていただきました。

3回目となりますので前書きもこのくらいで(笑)それではごゆるりとご覧くださいませ。


 夏。この内浦にも例年と変わらない夏がやってきた。照りつける太陽に、それを反射する青い海。うん、なんとも美しい。が、暑い。

 

 どこからともなく、風鈴の音が聞こえる。チリーン...チリーン...と波の音と相まって、まさに夏を感じさせる。現代ではこれもまた、田舎特有のものになってしまったのかもしれない。

 太陽がこれでもかと輝いている青空を見上げる。眩しくて目が半開きになりながらも、綺麗な澄んだ青空に、どこか心躍る。

 

「果南。おっぱいを見せてくれ」

「どうしてそうなるの」

 

 いや、なんかオシャレな前置きすればイケる気がして。

 

 果南のダイビングショップでぐだりながらそう提案してみるも、彼女は聞く耳持たず。盛大なため息が僕の耳をキンと刺激する。暑さのせいかな、うんきっとそうだ。

 

「夏だから」

「こちとら一年中言われてるんだけど?」

「季節に関係なく、果南のおっぱいを見たいんだ」

「通報するね」

「おーけー待ってくれ」

 

 呆れながらスマホを取り出す果南の手を掴んで制止する。ダイビングスーツ姿の彼女もまたエロい。身体のラインがくっきりと。たまらない。僕のピュアなハートを強烈に刺激する。あんなことやこんなことをやってほしい。

 

 僕とこの松浦果南はよくある幼馴染ってやつ。小さい頃からずっと一緒にいる。年は僕のほうがひとつ下だけどね。

 そんな彼女はものすごくスタイルがいい。ボン・キュッ・ボン。あぁなんという美しい響き。まさにそんな感じ(どんな感じ)。

 よくこんな感じだから周りからは「付き合ってるのか」なんて聞かれたりもするけど、実際のところそういうわけではない。彼女は僕のことを弟みたいに思ってるみたいだし。正直チャンスは無いと自分でも考えたりする。

 

「私たち、恋人でもないんだよ?幼馴染ってだけでよくそんなことが言えるね」

「だったら恋人になればいいの?」

「なれると思う?」

 

 果南はジト目で僕に視線を送ってくる。冷ややかな視線を送られることに慣れてしまったのもあって、最近は少しだけ快感を覚えてしまう自分がなんとも言えない。助けてカミサマ。

 

「果南にその気があれば」

「君はいいの?」

「何が?」

「私と恋人になること」

「いいけど」

「ふーん」

「なんだよ」

 

 呆れた表情を変えることなく、果南は僕に背を向ける。

 

「『ハグしよっ』なんて言ってるくせにさ」

「それとこれとは別なの!」

 

 即答でそう答えた果南は、そそくさと海に潜りに行った。ザバーンと海に沈む音が聞こえる。これもまた僕にとっては見慣れた光景だった。それでも、もう少しぐらい話してくれてもよかったのにさ。

 

 ...でもこのまま帰るのもなんかあれだな。

 そう思った僕は果南の家、つまりダイビングショップに足を向け、水中から顔を出した彼女に向かってこう叫ぶ。

 

「僕も泳ぐ!」

 

 水中だと何が起こるかわからない。しれっと彼女の側に近づけば、彼女のおっぱいはもちろん、大事なところに触れることができる可能性が高まる。

 狙って触ることは百歩譲って、強いて、強いて言うならあれだ、痴漢。それこそ僕は通報されて人生終了。そうならないためにもだな、事故を装うのだ。れっきとした合法。

 

 僕はダイビングスーツを手にとって、果南のおじいちゃんに一言。おじいちゃんもわかっているようで、更衣室へと促す。更衣室がひとつしかないのはほんとどうかと思うが。

 

 戸の閉められた更衣室のドアノブに手をかける。

 

 はぁ...果南のおっぱい綺麗だろうなぁ...。もうため息すら零れる。ため息とともに僕の性欲が溢れ出しそうになる。触れたら止まらないかもデュフフフ。

 って気持ち悪いな自分。でも揉みたい。

 

「果南のおっぱい〜。おっぱい揉みたいなぁ〜...ぁ?」

 

 何も考えず、小声でそんなことを歌いながら(・・・・・)ドアを開けると、そこには。

 

「...え?」

「あ、あれ...?」

 

 全裸で、いまからダイビングスーツを着ようとしていたひとりの美少女がいた。髪の長い、少しだけ釣り目のその彼女。この子はそう、いままさに、

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 僕の人生を終わらそうとした。

 

 

 

 

「通報します!通報します!!絶対通報します!!!」

「ちょっと待ってこれこそほんとに事故だからでもその蔑んだ目も好き!」

 

 いま僕は両手を後ろで縛られて、広がる海をバックに果南と全裸少女(・・・・)にゴミを見るような目で見られてる状況。うん、悪くない。

 

「こいついまこの状況楽しんでるね。リコ、通報して」

「嘘です嘘です!!やめて!」

 

 ふざけてる場合ではないようだ。彼女たちは本気で僕の人生を潰しに来てる。真面目に彼女たちの声に耳を傾けよう...。

 

「はぁ...梨子が更衣室に居るってこと、言ってなかった?」

「初耳だ!そもそも更衣室のドアの鍵開いてたじゃないか!」

「そ、それは...まさか人が来るとは思ってなかったんです!」

「ほう、それは果南の家のダイビングショップが廃れてるって言いたいんだな!確かに人が入ってるの見たことないし物が売れてるところなんてここ何年も見てな––––」

 

 瞬間、空気を切り裂く音が僕の顔に吹き付ける。

 動けなかった。なぜか恐怖を感じてしまったから。僕の顔の横には、なぜかあるはずのない果南の足が飛んできていた。

 

「それ以上、言ったら、本気で潰すからねっ。ふふ」

「へ、へい...あは、あははははは...」

 

 生きてて良かったと、心から思えた。

 

 そんな僕たちを苦笑いを浮かべながら見ていたリコちゃんと呼ばれた全裸少女。呆れてるのか、はたまた果南の凶暴性に引いているのか、あるいはどちらもか。まぁいい。

 

「とりあえず悪かった。故意じゃないことは事実だから」

「はぁ...もういいです。『故意じゃない』って言われても、そういう風には思えないんです。あなたは」

「どうしてさ?僕そんなサイコ野郎に見える?」

「見た目ではなくて、よくあなたの話を聞いてるから」

 

 どういうことだ?僕の話を聞いてる。まさか僕が果南のおっぱいを見たすぎる奴として変な噂が流れてるんじゃないのか。

 

「その通りです」

「心の声読んだの!?すっごいね君」

「そんな顔をしてたんです。わかりやす過ぎますよ」

 

 リコちゃんはクスクスと頬を緩ませる。

 なんだ、いい笑顔じゃん。裸を見ておきながら、そんなことを思ってしまった。

 

「というか、果南と君はどんな関係なの?」

「私と果南ちゃんは、同じスクールアイドルのメンバーなんです」

「あぁ確か果南が言ってた。なるほど、べっぴんさんだもんね、君」

 

 『そんなことない』と謙遜するも、その顔はまんざらでもないようだ。やはり褒められると嬉しいものなのだろうか。まあ僕だって嬉しいし、そんなものか。

 

「私は桜内梨子。浦の星女学院の2年生です」

「高校2年ってことは同い年か。よろしく」

「そうなんだ。こちらこそ」

「てかもう怒ってないの?」

「もう気にしてない。なんだろ、不思議だな」

 

 そう言うと梨子ちゃんは、僕の後ろに回って手をギュッと縛ってある紐を解こうと手を伸ばす。

 

「なんか悪いね。気を遣わせて」

「そういうのじゃないんだ。なんか、あなたになら見られても仕方ないっていうか、別にいいかなって」

「どうしてさ。僕がおっぱいクソ野郎だって知ってるんじゃないの?」

「知ってるけど、それでもいいの」

 

 よくわかんないなこの子。まず思ったのがそんなこと。でもまあ怒ってはないみたいで良かった。

 僕の両手を強く縛っていた紐が緩まってきた。解放される感覚を覚えて少しだけフワッとなる。

 

「でも正直、女の子の裸見たの初めてだったからなぁ」

「や、やめてよ恥ずかしいから...」

「やっぱりおっぱい大きい方が好きだな」

 

 僕からしたら何気ない一言。

 でもそんな何気ない言葉に、梨子ちゃんの紐を解こうとする手がピタリと止まる。

 

「そ、それはどういう意味...かな?」

「え?そのままの意味だよ」

「私の身体では興奮しなかった、と?」

「え!?い、いやぁそういうわけじゃ...」

 

 すると、さっきまで緩まっていた僕の両手首が紐を握っている彼女の殺意たるもので変に震える。

 デリカシーなさすぎたとは思ったが、時すでに遅し。少しでも回答を間違えれば、僕は彼女に命を刈り取られるに違いない。

 

 なんと言うべきか、彼女の笑顔が怖い。

 早く言えこの野郎と言わんばかりの視線。笑っているが、笑っていない。よくわからない表情だ。

 

「興奮というかびっくりしちゃったからそういう風で視線で見れなかっただけで...」

「だったら、落ち着いた状況かつ、今から脱ぐとわかった状態で見れば、興奮するの?」

「ま、まぁ...」

 

 なんか話が変な方向に進んでいる気がするが、ここで逆らうのも怖い。彼女の話に合わせて僕も返答する。

 ちらりと目をそらすと、果南が呆れた表情で僕らを見ている。いや見てるなら止めてくれという話。

 

 照りつける日差しが暑い。

 暑すぎて、暑すぎて、

 

「だったら今から私、脱ぎます」

 

 彼女の言ってることがわけわからなくなってくる。

 

 ...って、え?いま、なんと?

 脱ぎます。ぬぎます。ヌギマス。え、え?

 

「え?え?」

「だから、脱ぐの。ここで」

「なんで!?話ぶっ飛びすぎじゃない!?」

「く、悔しいの!は、初めて男の人に裸を見られたのに...興奮してないなんて...」

 

 いやいやいやいやいや。論点ズレすぎてて笑うんだが。ていうかなんだよ、『興奮しなかったのが悔しい』って。とてもそんなことを思うような子には見えないから、なおさらギャップとやらを感じてしまう。

 

 梨子ちゃんは僕の後ろから回り込んで、目の前に立つ。表情を見ても、決して冗談ではないことが伝わってくる。だからこそ、変な恐怖心を煽ってくるんだ。

 

「ちょ、ちょっとほんとに脱ぐ気?」

「ええ。何か問題でも?」

「問題ありまくりだ!」

「そう?普段から果南ちゃんに『おっぱい見せて』なんて言ってるのに、私の裸は見たくないんだ、そうなんだ」

「いや、君は初対面でしょ...」

 

 何を言ってるんだこの子は...。見た感じすごい真面目な凜とした女の子。でも話してることはただの服を脱ぎたい淫乱少女。

 

 どうすればいいかわからず、僕は後ろで眺めている果南に助けを求める。

 

「か、果南!止めてくれ!」

「うーん。梨子は変なところ頑固だから止まらないよ」

「理由になってないから!」

 

 頑固だから梨子ちゃんが公然わいせつで捕まってもいいのか。フォローしてるんだか、見放してるんだか。

 

 ともかくここで脱がれるといろいろとまずいことになる。僕は少し緩まった両手を結んでいる紐を自力で解く。思いのほか緩まっていたため、あっさりと解くことが出来た。

 僕は立ち上がり、梨子ちゃんの両肩をガッチリと掴む。まさかそんなことをされると思っていなかったのか、彼女は少しびっくりした表情を見せるとともに、少しだけ震えているようだった。

 

「いいか梨子ちゃん。そういうのは好きな男の前だけにしな。君はそんなことをしちゃいけない子なんだ」

「私には『おっぱい見せろ』とか言ってくるくせによく言うわね」

 

 果南が何か言ってくるが無視して梨子ちゃんを見つめる。少しだけ震えていたその華奢な身体は、すっかり落ち着いて地に足着いたようにも感じられた。

 

「...あなたは実は優しいひと?」

「優しくなんかない。ただ、」

「ただ?」

「君は汚れちゃいけない気がする」

「私は汚れていいのね」

「さっきからうるさいぞ果南」

 

 果南が嫌味を言ってくるが、適当に返して目の前の梨子ちゃんに視線を送る。

 さっきはいろいろあってよく見てなかったが、この子はかなりの美人さんだ。それこそ、本当のアイドルのように。

 

 そんな彼女は、クスクスと笑って肩の力が抜ける。それを察した僕は両手を下ろす。

 照りつける日差しを受け、腕が汗ばんでいた。彼女の服が濡れなかっただろうかと変に気遣う自分がいる。

 

「ありがとう。君のおかげで、少し落ち着いた」

「いや僕は何も」

「してくれたの。ふふっ」

 

 梨子ちゃんはくるりと、僕に背を向けて果南の横を通り過ぎる。

 かと思えば、すぐに立ち止まってまた振り返る。

 

「君とは仲良くなれそうだな」

「そ、そりゃどうも」

「ふふ。またね」

 

 僕と果南に軽くお辞儀をしてそそくさと立ち去る彼女を、僕たちは黙って眺める。

 彼女の姿が見えなくなってもお互いに口を開かず、しばしの沈黙。先に口を開いたのは果南だった。

 

「でも意外だな」

「なにが?」

「梨子が『脱ぐ!』って言った時、君が止めたこと」

「そりゃ止めるよ...」

 

 さすがにそこまで性欲が爆発することはない。果南にはおっぱい見せてと言い続けてるから、そう思ってしまうのも無理はないかもしれないが。

 

「どうして?」

「そりゃあ...」

「...」

 

 僕の返答を待っている果南の表情は、いつもみたく呆れてなんかなくて。

 

 なぜか、少し寂しげだった。

 

「...いややっぱいい」

「...そう」

 

 どうしてそんな顔をするのだろう。いつもみたいに呆れておくれよ。

 そう思う自分が居る。それだけ果南に対して心を許しているし、信頼している。

 

 だからこそ、何も言えなかった。

 

「...梨子に気に入られたみたいね、君」

「うそだろ。事故とは言え、彼女の裸見ちゃったのに」

「でも彼女、まんざらでもなさそうだったじゃん」

 

 果南は空気を読んでか、そんなことを言ってくる。少しだけ、日差しが強くなった気がした。いや、たぶん気のせい。素直に答えられなかった罪悪感が、そう感じさせたのかもしれない。

 

「まんざらでもって...果南の気のせいじゃないか」

「梨子は初対面の人に対してあんなこと言わないよ。“普通”ならね」

 

 普通という部分を強調しているあたり、『君は違う』と改めて言いたいのだろう。彼女の視線、言葉がそれを物語っている。

 

 僕は先ほどまで落とされかけていた海を見つめながら、再び腰掛ける。地面は日差しをよく浴びており、かなり熱い。だけど、不思議と平気だった。

 

「...よっと」

「熱いぞ。大丈夫か?」

「平気」

 

 果南も僕の隣に腰掛ける。熱い地面に座らせるのもなぜか申し訳なく感じたが、彼女が大丈夫というのなら大丈夫なのだろう。

 

 お互いに海を眺める。ゆっくりな波の音。綺麗な青色のその海は、僕の心の中を優しく落ち着かせてくれる。

 

「君は...」

「どうした?」

「...ううん。なんでもない」

 

 彼女は悩み、言葉を飲み込む。深く聞くべきだろうか。

 でもさっき僕も彼女に同じことをした。でも彼女は何も言わなかった。だからここで僕だけ問うのもアンフェアだろう。

 

 彼女の言葉を聞き流し、僕は立ち上がる。

 

「帰るの?」

「うん。帰って課題でもする」

「そう」

 

 少し寂しげな声と表情。正直なところ、そういうところを知っているから僕より年が一つ上だとは思えない。

 

 だからこそ。

 

「また明日。明日こそおっぱい見せてくれよ」

「ばーか。見せるわけないでしょ」

 

 君のそばに居たかったりする。

 

「...また来てね」

「...もちろん」

 

 

 

 

「また会ったね」

「また君か...梨子ちゃん」

 

 あの全裸事件から数日後。というよりここ最近、やたらと梨子ちゃんに会う気がする。というか会いに来てる気がするんだよな、梨子ちゃんが。

 

 僕は学校が終わると、果南のダイビングショップに来てぐだって帰ることが日課になっている。彼女が居ても居なくてもそれは変わらない。最近ではスクールアイドル活動で居ないことの方が多い。

 

「君と仲良くなりたくて」

「もう裸見せた仲でしょ」

「もうっ!あれは事故だから違うの!」

 

 プンスカと拗ねた表情を見せる梨子ちゃん。

 果南と一緒に来たみたいだけど、果南はどこに行ったのだろう。

 

「果南ちゃんなら、少し用があるからって家を出たみたいだよ」

「どうしてそんなことを?」

「彼女のこと、探してたでしょ?」

 

 案外この子は人のことをよく見てる。少しだけ侮っていた。

 僕が海を眺めていると、彼女も僕の隣に立って海を眺める。冷静に考えれば、美少女が隣に立っているのだ。なかなか体験できないことじゃないか。この間の裸といい...。

 

「綺麗だよね、ここの海」

 

 決してやましいことを考えていたわけではないが、話しかけられるタイミング的に、体が少しビクッと反応してしまう。

 もうっ...と彼女は少し呆れながらも、それ以上は何も言ってこなかったため、僕は彼女の言葉に返答する。

 

「そうかな」

「ええ。すごく綺麗」

「僕は普通だと思うけどな。こんな田舎だし」

「田舎だからこそ綺麗なの」

 

 田舎だからこそ...か。

 でもまあ田舎といえば自然が唯一の取り柄みたいなところはある。この内浦だって例外じゃない。実際のところ、梨子ちゃんだけじゃなく海が綺麗だと言ってくる人は多いのだから。

 

「潜ってみると、それがよくわかる」

「へぇ」

「海の音も、すごく綺麗なんだ」

 

 海の音。正直なところ、よくわからない。僕だって潜ったことは何度もある。それでも、そんなこと意識したことなかった。海の音なんて。

 

 不思議な子だな。やっぱり。

 

 瞬間。

 

 吹き付ける潮風とともに、波の音が僕たちを包み込む。

 これが海の音なのだろうか、いやこんな単純なものではないはず。

 そんなこと僕にはわからないけど、今までとは違った感触を覚えたのは事実なわけで。

 

「そしたら私、泳ぐから」

「うん」

 

 梨子ちゃんはなぜか少し残念そうにしながら、果南のダイビングショップに姿を消した。

 僕は再び海を眺める。波の流れも、落ち着いているように見えた。僕の気のせいかもしれないけど。

 

 桜内梨子。

 

 ある意味運命的な出会いを果たした彼女は、いったいどんな人なのだろう。

 

「まだ居たのね」

「果南」

 

 タイミングとは不思議なものだ。

 梨子ちゃんのことを考えている時に、果南から話しかけられるなんてさ。なんというか、切り替え的なものが上手く出来ない。

 

「何してたの?」

「特に何も。海を見てただけ」

「ふーん」

 

 果南は僕の隣に立って、同じように海を見つめる。

 

「...梨子と、何話してたの?」

「他愛もない話」

「例えば?」

「梨子ちゃん、海の音が好きなんだってさ」

 

 果南は、海の音か。と一言つぶやいて、クスッと微笑む。クシャッとあどけなさすら感じるその笑顔は、見てるだけで安心出来る。

 

「よくわかんないんだけどさ」

「梨子らしい」

 

 僕なんかよりも、彼女と一緒にいる時間が長い果南はそんなことを口にする。

 彼女らしい...ね。不思議な子だ。やっぱり。

 

「あのさ」

「ん」

「梨子のこと、どう思ってる?」

 

 神妙な面持ちで何を言い出すかと思えば。梨子ちゃんのこと、なんて言われても出会って間もないわけだし...。

 

「いやどうにもこうにも...まだよくわかんないよ。強いて言うなら、不思議な子だなとは思う」

「不思議な子、ねぇ。まあ変なところで頑固というか、ちょっと変わっているっていうか」

「それでもいい子だとは思うよ。可愛いし」

「君は可愛ければすべていいんでしょ」

「んなわけない」

 

 幼馴染の果南にそんなことを言われたらいよいよ本気で僕は面食いなのではないかと疑いたくなるが、気にしないふりをして視線を海から空へと移す。最近は雨雲を見ていない。それぐらい晴れの日が続いてる。

 

 思えば、ずっと一緒だった。物心ついた時から、ずっと。

 

「おっぱい見せてくれない?」

「懲りないわねほんとに...。はぁ...」

 

 まあいつもは本気で見たいと思うけど、今だけは少しだけからかいたかった。

 どうしてだろう、なんか、なんとなく。

 呆れた表情を浮かべる果南。何度となく見たその表情にも、少し慣れみたいなものも見える。なんか慣れてきたらいけない気がするんだこういうことって。言い方変えないといけないかなぁ...。

 

 そんなことを話していると、ダイビングショップから梨子ちゃんがトコトコと歩いてきた。だけどダイビングスーツではなく、なぜか学校指定の水着を着ていた。

 

 学校指定の水着もいいな...。それを着てきたということは、今日は普通に泳ぐつもりなのだろう。海水浴場というわけではないが、泳げないこともない。

 

「あっ、果南ちゃん戻ってきてたんだ」

「うん。今さっきね。泳ぐの?」

「いい天気だから。あ、そうだ。ふたりも一緒に泳がない?」

 

 そう言うと梨子ちゃんは、僕たちに手を差し伸べる。確かにいい天気だし、暑い中ずっと立ちっぱなしでいたのもあって、額には汗が滲んでいる。潜る気分ではないが、泳ぐのなら別にいいかなと思った僕は、彼女の提案に乗る。

 

「じゃあご一緒させてもらおうかな」

「私もせっかくだから」

「お!ふふっ。先に行ってるね」

「おっけー」

 

 誘いに乗ってくれたのが嬉しかったのか、梨子ちゃんは少しスキップ気味に海へと走って行った。そんなに嬉しいことなのだろうか。ほんと不思議な子だな。

 

「着替えないと。果南の家に僕の水着置いてたよね」

「そうね。私の家、あなたの私物が無駄に多いから」

「悪い悪い。ちょっと取ってくる」

「確か洗濯機の近くにあなたの私物まとめてた気がするから、その辺り見てきて」

「なんで洗濯機の近くなんだよ...」

 

 そんなに汚らわしいものなのか、僕の私物は。

 でも実際、彼女の家の近くで遊ぶことも多いし、拠点というわけではないけど、ちょっとしたものを置かせてもらうだけでかなり有難かった。

 

 その間に私も着替えると言う果南を尻目に、僕は彼女の家にお邪魔する。おじいちゃんにももちろん事情を説明してね。

 

 洗濯機があるのは確かあのあたり。ある程度目星がついている僕は、迷うことなくそこへ歩を進める。

 それからすぐに、僕は洗濯機を見つけることができた。果南曰く、このあたりに僕の私物がまとめられているらしい。僕は辺りを見渡す。

 

 すると洗濯カゴの隣にある袋に目がいく。あぁなるほどこれか。私物と言っても、下着の着替え1着と水着だけだし、これぐらいの大きさの袋に入ってても不思議じゃない。

 

 僕はその袋を手に取って、紐を緩める。この場でチャチャっと着替えてしまおうと思った僕は、戸を閉め中から水着を取り出す。ふたつの丸みを持った、まるでそう、芸術品ような、光輝くブラジャー。僕はそれを...

 

 ...ってあれ?あれ?あれれ?

 

「こ、これって...」

 

 水着は水着でも、女性用水着を置いていた記憶はないぞ。んなことはわかってる。

 ひとりでぼけてツッコむぐらいには今テンパっている。いま僕が手にしているものは、オトコ用の水着ではなく、女の人専用機、ビキニ!

 

 ...って冷静に考えたらやばい構図じゃないかこれ。

 

 ふと沸き返った頭を冷やす。いまの状況は、果南の家で他人の僕が女性ものの水着を手に取っている。...てこれよく見たら下着じゃないか...!!なおさらやばくないか、これ。

 客観的にだ。女の子の家で、男が女性の下着を持っている段階でアウト。

 

 てなわけで、何事もなかったかのように僕は下着を袋の中に戻す。

 ...その前に。

 

「これって...果南のやつか?」

 

 変に戻すのをためらう僕は、ピンク色のブラジャーを眺めながらそんなことつぶやく。

 確かにこの家には女の子は果南しかいない。だから必然的に彼女のものになるはずだが。

 

「にしてはなんか小さい気が...」

 

 果南のバストは大きい部類、ていうか大きい。その彼女が着けるにしては、どう考えても胸が収まりきれないはずだ。

 まさかハミ乳趣味が...?いやいやいや果南に限ってそれはないだろう...。それにハミ乳趣味ってなんなんだよ...。こんなこと思いつく自分にイラついてしまうというか、呆れてしまう。

 

「...あ」

 

 そういえばここに来る前、梨子ちゃんが着替えるために来てたことを思い出した。でもなんで彼女の下着がここにあるんだ?更衣室というか、着替えられる場所は店の中にあるし、わざわざ果南の家に持って上がる理由はないはずだ。

 

 じゃあ誰の...?

 ふと視線をブラジャーに落とす。もう平然と持つことが出来てる自分が情けないというか、ただの性欲魔人というか。

 

「匂いとか嗅いだらマズいよな」

 

 うんマズいね。わかってても口に出したくなったんだ。そもそも誰のものかわからないし。

 梨子ちゃんの裸を見てしまったのは事故だし、本当に見る気なんてサラサラ無かったから、最悪の事態は避けることが出来たけど、今回は別。もろに自分の意思で下着の匂いを嗅ぐなんて下着泥棒と同類もしくはそれ以上。

 

 だから僕はブラジャーを袋の中に戻す。

 

 ...どうした僕の右手よ。なぜ動こうとしない。貴様の持っているものは僕の理性という壁をぶち壊す恐ろしい兵器なんだ。だからそれを...

 

 くっ...!や、やめろ!勝手に動くな...!ぼ、僕の顔に近づけるでない...!ぐっ、と、止まらない...!!

 僕は勝手に顔へと近づく右手を必死に制止する。傍から見れば何してんだと思われるかもしれないが。

 

 そんな時だった。やはり、タイミングとは不思議なもので。

 

「...なにしてんの」

「あっ」

 

 右手との戦闘を繰り広げている僕に話しかけてきたのは、果南だった。その表情は、ゴミを見るように蔑んでいて、冷ややか極まりないものだ。

 

 死んだな。

 

 言い訳できないこの状況。どうあがいても無駄だこれは。結局、僕の右手にあるブラジャーはもう少しで鼻がくっついてしまう、端的に言えば、犯罪者ということだ。

 

「こ、こ、これは、だな、そ、その」

「うん、わかる。わかるからそのまま黙ってて」

 

 すると果南は脱衣所の戸を閉めて、1歩、また1歩と近づいてくる。鉄拳どころじゃ済まされないことを僕はしてしまったんだ。どんな罰でも受ける覚悟を決め、彼女と向き合う。ブラジャーを持ったまま。

 

「...これでなにしてたの?」

「え、えっと何と言いますか...」

 

 まさかのそういうスタイルね、果南も中々えぐいことをしてくるな...。僕が言えたことじゃないけど。

 ここでおふざけは許されないはずだ。僕は、素直に彼女の問いかけに答える。そんな彼女は、怒っているというか、どこか神妙な表情だった。それが逆に怖い。

 

「自分の水着を探してたらたまたま手に取ったのが...えっと、何と言いますか」

「下着でしょ」

「はいそうです」

 

 冷淡な声で『なに恥ずかしがってんだ』と言わんばかりのトーンで言葉を突き付けてくる果南の迫力に、少しだけ後ずさりしてしまう。やっぱり怒っているのだろうか。いや普通に考えたら、怒らない方がおかしい。

 

「ほんと悪かった!!この通りだから!」

 

 僕は素直に彼女に謝る。このブラジャーが果南のものかは未だに定かではないが、今の僕には謝るという選択肢しか残っていなかった。

 両手を合わせて彼女に向き合う。チラリと彼女の顔を見てみると、ジトっとした視線。湿りに湿った視線だった。嫌悪感丸出しの。

 

 すると果南はひとつ大きなため息をついて、口を開く。

 

「それ、私のじゃないから」

「や、やっぱり?」

「やっぱりって何よ」

「あ、いやナンデモナイ」

「...ほんと君、スケベだよね」

 

 すみませんとしか言えないです、はい。思わず返した言葉が『やっぱり?』ってほんとただのエロ野郎で自分でも情けなさすら覚える。

 苦笑いを浮かべる僕に、果南は続ける。

 

「その下着、千歌のだから」

「ええっ!まじかよ...」

「君と同じで私の家に置いてるの。よかったわね、千歌の下着の匂い嗅げて」

「なんで拗ねてるんだよ...」

 

 もう一人の幼馴染、高海千歌。彼女の下着だったとは...。でも大きさ的には彼女のバストにピッタリ...ってダメだダメだ。今度こそ果南に締められる。

 今度千歌に謝らないとな...。はぁ...絶対騒ぐよな~...。

 

 ひとりで落ち込んでいると、呆れた表情で果南が話しかけてくる。

 

「はぁ。このことは千歌には黙っておくから」

「ま、まじで?」

「な、なに」

「いや...果南がそうやって見過ごしてくれるなんて思ってなかったから」

 

 すると彼女は少し照れた表情を見せる。まさかそんなことを言われると思っていなかったのだろうか。なんとも素直な反応で、微笑ましかった。

 時折見せる、そんな女の子の表情。これは、僕だけが知っている果南の魅力なのかもしれない。

 

「...なんなの。ほんとに.....」

「え?なにが?」

「なんでもない!早く着替えて。梨子待ってるから」

 

 なにが言いたいのか。普段サバサバしてる彼女らしくない。思ったことをハッキリと言うのに。もちろん、空気は読んでね。

 こうして見ると、ここ最近彼女の様子がおかしい。なんか言いたいことを言っていないというか、隠し事してる気がしないでもない。

 

 ダイビングスーツを着ている果南は僕の視線に気づいたのか、すごく怪奇な視線で見てくる。

 

「なにその目は」

「いや果南さ、何か隠してないか?」

「隠す...?」

 

 僕の言葉に、果南はこれまた微妙な反応を示す。

 ダイビングスーツを着て、向き合う彼女のスタイルの良さに思わずにやけてしまいそうになる。

 

 それだけ彼女はスタイルがいいのだ。こんな田舎にはもったいないぐらいに。

 

「なんか最近、変に落ち着きがないっていうか」

「...ばか」

「なんでだよ」

 

 くるりと僕に背を向けて、彼女は立ち去ってしまった。

 いったいなんなのか。果南は何を思って、何を感じて、僕の前から立ち去ったのか。

 

 それがわかるのには、もう少し時間がかかる気がした。なんとなく。

 

 

『あのさ』

「ん」

『これから、なんだけど』

 

 下着事件の翌日。僕は家で課題と向き合っていると、果南から電話がかかってきた。

 彼女からの電話なんて珍しく、僕も昨日の彼女の態度が気になっていた。課題をやる手を止め、携帯電話に手を伸ばす。

 

 電話の声を聞く限り、いつもと変わらない果南だ。

 

「これから?」

『うん。暇?』

「まあ、特には予定ないよ」

『そう』

 

 今日は学校も休みということもあって、ずっと部屋にこもって課題なり、ゲームなりしてた僕にとって、遊びの誘いは素直にありがたかった。外に出るきっかけが出来る。

 

『だったら、私の家で勉強でもしない?』

 

 前言撤回。なぜわざわざ果南の家まで行かないといけないのか。それなら自分の家でいいし、現に今やってる。そのために外に出る必要なんてない。

 

「いやそれなら自分の家で––––」

『断ったら千歌に言うから』

「...だったら最初から来いと言えよ.....」

 

 どうやら僕に拒否権というものは存在していなかったようだ。でも、これで千歌にバラされるのはもっと困る。

 しぶしぶ彼女の誘いに乗り、ささっと準備をして僕は家を出る。まだまだ昼、太陽が照りつけてものすごく暑い。

 

 家から果南の家まで、そんなに遠くない。だけどこの暑さの中だ。近くても遠く感じてしまう。

 これも全て夏のせいだ。全く。

 

 吹き出す汗を拭いながら、果南の家にたどり着く。昨日ぶりにお邪魔する彼女の家。でも、昨日とは全然違った感覚だった。

 

「よっ。よく来たね」

「呼んだの誰ですかね」

「さあ?」

 

 玄関、というか店の中でおじいちゃんと話していると、果南が店の奥から顔を出した。Tシャツに短パンといった、いかにも部屋着姿。

 

 ふふっと微笑みながら、果南は自分の部屋へと案内する。僕もその後ろについて歩く。彼女の髪の甘い香りが心を刺激する。

 果南の部屋で2人っきりになるのは今日が初めてのことじゃないが、変な気を起こさないか心配になったりする。おっぱい見せろと言ってるくせに、何を言ってんだと思われても仕方ないが。

 

「相変わらずシンプルな部屋だな」

「まあ、部屋にいることってそんな多くないから」

「確かにね」

 

 日頃から海に潜ったりしてる果南のことだ。部屋でじっとしているのは勉強するときぐらいだろう。

 

 僕と果南は簡素な部屋に置かれたテーブルを挟んで、向かい合って座る。さっきまでやっていた課題をテーブルに広げ、ペンを持つ。

 

 すると。

 

「そうだ。私クッキー作ったんだけど、食べる?」

「クッキー?いまそんなにお腹空いてないからまた今度–––」

「食べる?」

「食べますはい」

 

 果南は机の上にあらかじめ置いてあったお盆を持ってくると、どうぞ、と差し出す。食べないとどうなっても知らないからな、的な笑顔を見せる彼女の迫力に押され、大して空腹でもないのにクッキーを口に運ぶ。

 

「...美味いなこれ」

「ほんと?よかった〜」

 

 これが意外と美味しく、僕は一口、また一口とクッキーに手を伸ばす。果南の意外な才能、ここにありといったところか。

 

 食べながら僕は課題に向き合うと、果南もそれに乗じて自分の勉強を始める。

 果南は受験生。今年、浦の星女学院を卒業する。

 

 内浦を出て行っちゃうのかな、果南は。

 ふと、そんな不安(・・)が頭をよぎる。

 

「果南は、卒業したら大学いくの?」

「ううん。家業を継ぐつもり」

「ふーん。そんな気はしてたけどね」

 

 なんてなこと言ったけど、心の底ではすごく安心した自分がいた。ここに来れば、彼女がいる。それだけで、僕は嬉しかった。

 

 昔からの知り合いが、居なくなるのは辛いから。

 いまここにいることが、すごく幸せなことなんだろう。そう思うと、少しだけ心がキリッとする。

 

「どうしたの?」

「なにが?」

「いま、何か考えてなかった?」

 

 表情に出ていたのだろうか。果南は僕の微かな変化を見逃さなかった。たまたまかもしれない。それでも、すごくドキッとした。

 フワッと体が浮く感覚。海の中で、波に揺られながら果てしない海中を眺めるあの感覚に似ていた。

 

「ありがとう」

「どうしたの」

「なんとなく、言いたくなっただけだから」

 

 クスクスと果南は微笑む。お礼を言われた理由はピンと来ていないようだが、それでも嬉しそうだった。

 僕も、なんでお礼を言ったのかわからない。それこそなんとなく、言いたくなったから。

 

「君はさ...」

 

 微笑みの余韻に浸りながら、果南が僕に問いかける。

 

「ううん。君にとって、私はなんなの?」

 

 僕にとっての松浦果南。

 それは、いったいなんだろう。

 

 幼馴染?恋人?

 

 改めて問われると、明確な答えが自分の中で定まっていないことに気づく。こんなに近いのに、誰よりも近いのに。

 悩む僕に、果南はまたクスクスと笑う。呆れているような笑いかと思ったけど、そうでもないらしい。素直に面白がっているようだった。

 

「なんてね。そんな真面目に考えないでよ」

「からかったな...」

「さあ?」

 

 果南は思いっきり背伸びする。彼女のバストが強調され、ドキッと胸が高鳴る。

 彼女は一呼吸おいてから、口を開く。

 

「言いたくなった時、教えて」

 

 そう言う彼女の瞳の奥には、確かな意志が感じられた。いつまでも待つ。答えを教えてくれるまで、と。

 どんなに遅くなっても、答えを言わないといけないな。言わされてるわけでもなくて、言いたいと思えた。きっとそれは、相手が果南だからなんだと思う。

 

「わかった」

「うん」

 

 少し安心したように、果南は小さく頷く。優しい声色の彼女は、僕が昔から知っている姿と変わらなかった。いつもいつも、僕のことを見てくれてて。

 優しいお姉ちゃん。そういう表現が1番しっくりくる。でも、なぜか言えなかった。

 

「...あのさ」

 

 果南は続ける。

 

「...見たいの?」

「なにを」

「...むね」

「..........え」

 

 時が止まった。シーンと、ふたりの間に訪れる沈黙。扇風機の風の音が部屋に響く。

 果南は、顔を真っ赤にしている。それもそうだ、こんなことを言うようなキャラでもない。かなりの覚悟を決めて話したのではないか。

 

「え、って見たくないの?」

「い、いやそういうわけじゃ...どうして急に」

「い、いいの。見せてあげるから...」

「ちょ、ちょっと!」

 

 シャツのボタンをひとつずつ、丁寧に外していく果南。鎖骨が顔を覗かせてる。もちろん、その下には水色の下着が。

 ごくり、と固唾を飲む。喉仏が動くのがわかる。見ちゃいけないと思っても、彼女から視線を外すことが出来なかった。

 

「か、果南...」

「恥ずかしいんだから...。...脱ぐね」

「ちょっとまって!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 シャツのボタンを外し終わった果南は、シャツごと脱ごうと肩に手をかける。彼女は恥ずかしがって顔が赤くなっていたが、ただ恥ずかしいだけではなく、少しだけ興奮しているようにも見えた。

 僕は彼女の手を掴んで、脱ぐのを止めさせる。

 

「どうして...?」

「こっちのセリフ。どうして急に見せるなんて言ってきた」

「いつも言ってるじゃない...」

「それは...」

 

 果南の言葉は、ある意味ごもっともと言えばごもっともだった。普段から僕が言い続けてることに、彼女が応えようとしてくれている。

 普通なら喜ぶべきところ、なのかもしれない。でも喜べなかった。どうしてか、理由も探す気になれなくて。

 

「見たいのは見たいけど...」

「だから脱ぐよ」

「ちょっと待てって...!」

 

 果南の手に力が入る。本気で脱ごうとしているようだ。僕もそれに合わせて制止する力を強める。

 決して力に自信があるわけではないけど、果南には負けない自信はあった。

 

「力入れないでよ...」

「ダメだから、果南」

「あの言葉は嘘だったの...?」

「嘘なんかじゃ...」

 

 嘘なんかじゃない。でも、これだけ否定的だと果南がそう思ってしまうのも無理はない。

 だからと言って、このまま彼女を脱がせるつもりもない。

 

 どうして、僕はこんなに止めるのだろう。

 あれだけ見たいと心から思っていたことなのに。

 

 怖気づいた?心の準備?たぶん、そのどちらもある。でもそれだけじゃない気がした。むしろそれ以外の感情が、正解なのではないか。

 

「どうしてよ...どうしてよ!」

「か、果南...」

 

 何よりも驚いたのは、果南が涙声になりながら声を荒げたこと。こんな表情を見せたことがなかったからか、背筋がピンと伸びる感覚を覚えた。

 それにここまで意地になる果南を見たのも初めてだった。どうすればいいかわからず、僕はふと立ち上がろうとする。

 

「待ってよ...」

「帰ったりしないから大丈夫」

「...でも」

「ひ、引っ張るなって...!う、うわっ!」

 

 立ち上がった僕につられるように立ち上がった果南は、僕の服の裾をぎゅっと掴んで引っ張る。

 帰る気なんてさらさら無かったが、そういうことをしてもらえるとなんとも嬉しい気持ちになる。

 

 そうのんきに考えていたのもつかの間。思いの外強い力で引っ張られたのもあって、体の力を抜いてた僕はうっかり倒れそうになる。

 と、気づいたときには僕はもうすでに、彼女に覆いかぶさっていた。

 

「あ...」

 

 驚きの表情を浮かべる果南に、僕はなんて声をかければいいかわからない。体が石のように固まる。

 一方の果南も口をあんぐりと少しパクパクさせている。話そうにも驚いて言葉が出てこないようだ。

 

 そこで僕は気づいた。左手からの感触が柔らかいことに。

 

「あっ...あっ...!!」

「ご、ごめん!!」

 

 僕の左手が、果南の胸をがっしりと掴んでいた。

 いままで感じたことのない柔らかさと、果南の胸を揉んでいるこの状況に、心臓がこれでもかと鼓動を早める。

 

 離さないといけない。そう思うのは心だけで、体が言うことを聞かなかった。

 僕の中の理性が音を立てて崩れていく。このまま、彼女をめちゃくちゃにするのもいいのではないか。男のとして最低の考えが芽生えてくる。

 

「ひゃん...!!」

 

 少しだけ左手に力を入れると、果南が甘い声をあげる。それがいつもの彼女の声ではなく、喘ぎに似たようなものあるいは、喘ぎ声であることは明らかだった。

 シャツははだけ、ほぼ下着姿の果南は目がトロンとまるで酔っているかのような甘い表情をしていた。

 

 ごくり、と固唾を飲む。いま、彼女を襲おうと思えばどうだってできる。

 スタイリッシュで締まった体の果南、力もそこそこあると思うけど、それでも僕の方がまだ力はある。

 

「ちょ、ちょっと...!」

 

 果南が何か言っている。でもいまの僕に彼女の言葉は入ってこなかった。

 それだけ彼女の体に夢中になっていた。恥じらう果南は、僕を退かすこともせず、かといって露(あらわ)になった下着を手で隠すこともしなかった。

 

 つまり、襲ってもいいと。そう認識するほかなかった。

 

 でも。

 

「...ごめん果南」

「えっ...」

 

 少しだけ涙目の果南が震えているのも同時にわかった。

 

 彼女の上からどけ、僕は荷物をまとめる。

 果南も起き上がり、シャツを纏って僕に不思議そうな視線を送る。

 

「どうしたの...?」

「悪かった。僕には出来ないよ」

「...興味、ない?」

「そんなんじゃない」

 

 まさか、果南は覚悟していたとでも言うのか。でも彼女の言葉を聞く限り、そういうことになる。考えすぎかもしれないと思ったが、彼女の表情を見ても寂しそうな表情。

 

 もし、そうだとしたらなおさら出来ない。

 

「果南だからこそ、出来ないんだ」

「...」

 

 君だからこそ、出来ない。それは紛れもない僕の本心だった。でも、果南は腑に落ちていないようで。

 うつむき、言葉を探している。いつもの彼女らしくない行動が多く、どうしたものかと心配にすらなる。

 

「...悪い。今日は帰るな」

 

 もっと優しい言葉をかけられないのか。自分に嫌気がさす。カバンを手に持って、部屋を出ようとすると。

 

「待って」

「...」

「...ごめん、なさい」

 

 呼び止める彼女に、僕は振り向かずに立ち止まる。

 背中越しに聞こえる彼女の声は、震えていた。

 悪いことをしたと思っているのか、心の底から申し訳なさそうな声だった。

 

「いや...」

 

 何も言えなかった。僕から言いだしといて、彼女にこんな思いをさせてしまったと考えると僕は。

 そのまま果南の家を出る。彼女も、何も言わなかった。

 

 わずかだけど、さっきよりも日が沈んでいる。それでもまだまだ暑い。照りつける太陽であることには変わらない。

 

 来る時も憂鬱に近い感情だったが、いまもそれとは違った憂鬱さ。早く帰って眠りたい。

 

 そう思った時。ふと、僕は視線を海辺に送る。

 すると見覚えのある顔がひとり、砂浜で海を眺めていた。

 

「...なにしてるの?」

「君から話しかけてくるの、初めてだね」

 

 海風に吹かれる髪を手でとくのは梨子ちゃんだった。砂浜にひとり立って海を眺めている彼女に、僕は思わず話しかけてしまった。彼女の言う通り、梨子ちゃんに僕から話しかけたのはこれが初めてだと思う。

 

 ここ最近、よく彼女に会う。不思議なものだ。

 

「何かあった?」

「えっ?」

「何かあったから、話しかけたんじゃない?」

「...」

 

 僕の方を見て、クスッと微笑む。決して馬鹿にしていない優しい笑顔だった。

 

 やっぱり、彼女は鋭い。いや僕が何も考えてないだけかもしれないが、それでも会って間もない僕の表情、声色などを察してそう言えるのはやっぱり鋭い人だからだと思う。

 

 そう言う梨子ちゃんは、再び視線を海に戻す。こんなにも暑いのに、彼女の周りだけはどこか冷んやりとした空気が流れてそうな、そういう不思議な雰囲気。

 

 不思議な子というのが、第一印象でもあったから。

 

「海の音、聞いてるの?」

「ふふっ。ここじゃ波の音しか聞こえないから」

「やっぱり違うものなんだ」

「うん。全然違うよ」

 

 ふたり、波の音を聞きながら話す。僕にはピンとこないが、やはり違うものらしい。そこまで言われると興味が出てくるのもまた不思議な話。

 

 すると梨子ちゃんが僕に問いかけてくる。

 

「果南と何かあったんだ」

「なんで果南の名前が出てくるんだ」

「違うの?」

 

 梨子ちゃんはわかりきった表情で、僕に問いかけてくる。どこか自信満々なその表情は、僕の否定しようという感情をかき消してしまう。

 

 波の音が、煩い。

 

「...正解。君はほんと鋭いな」

「君がわかりやすいの」

「はは」

 

 ふたり、もう一度海を眺める。

 梨子ちゃんは、それ以上何も言ってこなかった。もっと聞かれるかもと思っていた僕は、少し肩透かしをくらった気分になる。

 

 何分ぐらいそうしていただろう。そんなに長くはない。それでも、僕には長く感じた。それだけ海に見入っていた、というわけでもなく。

 

 ただ、果南のことが頭から離れなかったんだ。

 

「...君は何を考えてるの?」

「えっ?何を?」

 

 僕の問いかけに、梨子ちゃんは不思議そうな顔をする。こちらを見る彼女に、僕も向き合う。

 

「うん。深い意味はないけど、気になったから」

「...そっか」

 

 梨子ちゃんは少し考えて、僕に言葉を放つ。

 

「君の行方を考えてた」

「行方...?」

「そう。何の行方か、もうわかってるんじゃない?」

 

 行方。僕のこれからの行方。

 

 そんなもの、普通の人なら考えるわけがない。それを考えてくれる、ということ。

 普段ならここまで頭が回らないけど、なぜかいまは、いまだけは、彼女の言葉の奥底に眠る意味がわかった気がした。

 

 きっと、つまりは–––––。

 

「梨子ちゃん。君は–––」

「何も言わないで。お願い」

 

 くるりと、僕に背を向ける彼女。

 僕は彼女の裸を見てしまった。それがずっと昔のことのよう。

 そんなことをしても、梨子ちゃんは、

 

 僕のことを好きでいてくれたんだ。

 

 でも僕は、僕は。

 

「じゃあね。また、明日」

 

 僕の前から立ち去る梨子ちゃんは、顔を見せないようにしていた。

 でもちらりと見せたその顔には、涙がつたっていた。

 

 言ったわけではない。それでも、彼女は察したんだと思う。いやずっと前から、もしかしたら、僕たちが出会う前から、ずっと。

 

 でもそれは、僕に気づかせてくれた。

 

 僕は走る。来た道を、もう一度戻る。

 夏の陽射しなんて、気にせずに。吹き出す汗をぬぐいながら、海辺を駆ける。

 

「果南!」

「ど、どうしたの?忘れ物...?」

 

 家の前で梨子ちゃんと同じように、海を眺めていた果南に、僕は息切れしながら叫ぶ。

 

「はぁ...はぁ...さっきの、答え...なんだけど」

「...」

 

 いきなり本題に入る。僕がそうやるということは、早く、早く、言いたくて、伝えたくて。

 僕の言葉を聞いた彼女は、ハッとなって言葉を飲み込む。困惑する彼女を気にしつつ。僕は口を開く。

 

 その答えはすごく単純で、すごく分かりやすくて。

 どうしていままで気付かなかったのだろうと、自分を責めたくなってしまうぐらいな。

 でもこれから、まだ、これから。

 

 僕の夏は、まだこれから。

 

 たとえ、どんな答えが待っていても。

 たとえ、ひどいやつと思われても。

 たとえ、この関係が終わってしまおうとも。

 

 

「君は僕の好きな人なんだ」




ありがとうございました!

上手くラッキースケベ出来てましたか?(笑)
私自身、あまり書いたことのないジャンルだったので王道中の王道しか書けませんでしたが、書いてて楽しかったです。

3回の企画を立案してくださいました鍵のすけさん、この場を借りてお礼申し上げます。そしてお疲れさまでした。

では、この辺で。皆さまとまたお会いできる日を楽しみにしてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君の瞳に映るユメの色 【カゲショウ】

 夏真っ盛り。

 空から降り注ぐ日光量は春のそれとは段違いで、室内にいても死にそうなくらい熱い。東京程の都会でもない静岡でさえ、熱中症で倒れている人のニュースが連日流れているくらいだ。

 今日も今日とてお天道様は容赦なく僕達を照らしてくれていて、街を行き交う人達は額や首筋に汗を浮かべ、中には着ている服の背中側の色の濃さが変わっている人もいる。あぁ、暑い暑いと呪詛のように人々は唱えて歩く。

 そんな暑さで余裕のある人もない人も僕等を一度、もしくは二度見して通り過ぎていく。

 僕は夏だからといって誰もが引いてしまうような奇抜なファッションをしているわけじゃない。僕の通っている学校の白いカッターシャツと黒のスラックスで、寧ろ背景に埋もれてしまいそうなくらい平凡な装いをしている。

 そして僕の前には一人の少女が立っている。

僕の前に立っている彼女を一言で言い表すならきっと美少女がぴったりなはずだ。世界で指折りの、とまではいかないだろうけど、明るいセミロングと左耳辺りで結った三つ編み。真っ白な肌。ぱっちりと開かれた大きな瞳に、スタイルが隠れがちなセーラー服の上からでも分かる発育の良い肢体。こんな魅力的な少女を美少女と呼ばないでどんな人を美少女と言えばいいのか僕は知らないな。

そんな平凡な僕と美少女の彼女のどちらが衆目を集める原因となっているのか。それは多分火を見るよりも明らかだった。

 

 

『ママー、なんであのお兄ちゃんはすわって頭を地面にくっつけてるのー?』

『しっ、見ちゃいけません!!』

 

 

 まぁ、うん。どんな平凡な容姿の人でも公共の場で土下座してれば人目を集めるよね。

 夏真っ盛りの沼津駅前。僕は恥も外聞もプライドも捨てて女子高生に土下座をした。真夏のアスファルトって思った以上に暑いんだね。

 

 

 

 

「ラッキースケベを……っ、ラッキースケベを僕に体験させてください……っ!!!!」

 

 アスファルトに擦り付けている額が焼けるようだ。一緒にアスファルトに触れている掌も痛みを超えて感覚が消えかけている。

 それでもこの頭を上げないのは、簡単に下げてはいけない頭があるように、簡単に上げてはいけない頭がある事を知ってるから。そんなに大きな背中じゃないけれど、僕の背中にある僕と仲間(クラスメイト)の夢を投げ出すわけにはいかないんだ……ッ!!

 僕が土下座をし始めてどれくらい経った頃だろうか、今までピクリとも動く気配もなかった彼女がようやくゴソゴソと動き始めた。ようやく僕の想いが届いたのかな? そう思って下げていた頭を上げて彼女を見る。

 しかしそこには僕が期待していた笑みを浮かべた少女はいなくて、ただただ不審そうな瞳で此方をチラ見しつつ携帯を操作する少女しかいなかった。

 それにしてもこの子の手の動き、見覚えがあるなぁ……。通話ボタンの位置が初期位置のままなら、今の動きは確か『1』『1』『0』『通話開始』だったはず――

 

「……あ、もしもし警察ですか? 実は今不審者が――」

「いるように見えたんですけど、すいません生き別れの他人の見間違いでした。では失礼しますね」

「え!? あ、ちょっと!!」

 

 彼女が要件の全てを話し終える前に携帯を奪い、大人な対応をして通話を終了させる。取り敢えずこれで国家権力との正面衝突は免れたかな。あの手の人間をまくのは少々骨が折れるから苦手なんだよね……。

 ふぅと軽く息をついて額に滲んでいた汗をぬぐう。

 

「いきなり通報だなんて酷いじゃないか」

「一般市民としては何らおかしくない対応だと思いますけど!?」

 

 ぐうの音も出ないとはこの事か。

 まぁ、普通はいきなり土下座されて「ラッキースケベを体験させてください」なんて言われれば不審者扱いするよね。冷静に考えれば通報待ったなしのセリフだったよ。

 

「いやー、ごめんごめん。ちょっと物の頼み方がおかしかったね」

「頼みの内容の方がおかしいと思うんですけど……。後、携帯返してくれませんか?」

「あ、そうだった。ごめんねいきなり取って」

 

 彼女の携帯を差し出すと、軽くひったくるように僕の手からそれは奪われていった。うーん、これはかなり警戒されてるんじゃないかな。

 そして彼女は僕の手から携帯をとった自然な流れで、再び画面を操作し始めた。あの動きは見覚えがあるなぁ……。ほら、あれだよ、『1』『1』『0』『通話開始』。

 

「もしもし警察――」

「ですが、こちらは善良な一般市民です。以上現場からでしたー」

「…………なんで邪魔するんですか?」

「まずはお話だけでもと思いましてですね」

 

 だから通報されるのはちょっと都合が悪い。僕等の思想と彼等はあまりにも対極の位置にいるのだから……。

 再び拝借した携帯を差し出す。彼女はジトッとした眼で僕を暫く睨んできたけど、これ以上通報しようと企んでも意味がない事を悟ったのか、大きなため息を吐いて渋々といった感じで頷いてくれた。

 

「分かりました。話を聞かせてください」

「ありがとうございます。取り敢えず立ち話もなんですから、何処か喫茶店でも入りましょう」

「……新手のナンパ?」

「違いますよ!?」

 

 そう思われるのはまったくを持って心外と言わざるをえない。僕は軽薄なあの連中よりも遥かに崇高なラッキースケベを体験したいという信念を持っているのだから、一緒にされるのは不本意だ。

 そう思いつつ、駅近くの明るい雰囲気の喫茶店に入ってコーヒーとオレンジジュースを注文する。ただ、ここは僕の奢りだからと言ったとたん彼女はミカンパフェとオレンジパイを注文しやがりました。ちょっと遠慮なさすぎじゃないですか? 僕の財布には野口さんが二人しか住んでいないというのに……。

 ただ、それだけで僕等の夢を叶える機会が訪れるというのなら喜んで野口さんを生贄にしよう。

 そんな覚悟と同時にどう話を切りだしたものかと考える。すると、意外にも向こうから切り出してくれた。

 

「私は浦の星女学院二年生の高海千歌。貴方は?」

「僕? 僕は一応こういう者だけど、好きなように呼んでくれて構わないよ」

「あ、同い年なんだ…………って、この学生証が偽物じゃなかったら結構遠くの学校なんじゃ」

「そうだよ。ここから五駅くらい先の所に住んでるんだ」

「何が君をそこまで駆り立てるの……?」

「ははっ。いやまぁ、お恥ずかしながら性欲と煩悩ですね」

「うわぁ……」

 

 あ、僕この眼見たことあるよ。確かあれは中学生の頃、男女混合のプールの授業ではしゃぐ男子を見る女子が同じ眼をしてた。あの時僕の親友はその眼をなんて表現してたっけ? 確か……捕まった性犯罪者を見る眼だっけ。

 このままでは僕が性犯罪者予備軍扱いされてしまうだろう。ここは一つ高海さんの認識を改めないと!

 

「高海さん、一つ弁解してもよろしいでしょうか?」

「……なに?」

「確かに僕は今性欲と煩悩を原動力に動いています」

「できれば聞き間違いであって欲しかったなぁとは思います」

「だけど僕は混じりっ気のない純粋な気持ちでラッキースケベを望んでるんだ!!」

「それ何に対する弁解なの!?」

「いや、不純な気持からではない事を伝えねばと思って……」

「性欲自体が不純だと思うんだけど!?」

 

 これが見解の相違って奴かな。100%性欲で固められた気持ちは純粋って呼べると思うんだけどなぁ。ま、高海さんは女の子なんだし、こういう事に抵抗があるのはしょうがないか。

 

「ま、まぁ君の動機は分かったからもう聞かないけど、そろそろ聞いてもいいかな?」

「スリーサイズは上から78、58、82だよ」

「絶対嘘でしょ!! というか私が聞きたいのはそういう事じゃなくて、どうして、その、ラッキースケベを体験したいのかって事!!」

「あぁ、そっちか」

「何でさっきの流れでスリーサイズの話だと思ったのか逆に知りたいよ……」

 

 ノリでそう思っただけだとは言うまい。

 だけど理由かぁ。答え方によっては高海さんが協力してくれるわけだし、いったいどう言ったものか……。

 

「正直に話すべきか、それとも少し話を脚色するべきか……。少し脚色して同情を誘う?」

「おーい、考えが全部口から出てるよー」

「なんと」

 

 くっ、これじゃあ同情を煽ってラキスケを体験しようin沼津が出来ないじゃないか……!! 自分で言うのもなんだけど、正直に話すと呆れられてgood-byeってなるのが目に見えてるからなぁ。

 うーんと少し悩んで、僕は結局正直に話す事にした。よく考えたら簡単に作り話が出来るほど頭がよくなかったし。

 

「僕ね、幼稚園の頃からラッキースケベを体験することが夢だったんだ……」

「性への目覚め早すぎじゃない!?」

「それから12年。高校でようやく同じ夢を持つ同志たちと出会ったんだ」

「だいぶ危ない考えの人たちが集まっちゃったんだ……」

「で、昨日位に待ってるだけじゃ(ラッキースケベ)は叶わないから、本腰入れて動こうという事になりまして。それでこうして頭を下げてお願いしているというわけなんだ」

「何か君、すっごく残念だね……」

 

 何故だろう。僕はその言葉を否定することができないや。

 だけどまぁ、一応包み隠さず理由を話したわけで、後は僕を残念といった高海さんがどう動くか何だけど……。

 じっとお冷と固唾を飲みながら高海さんを見る。どうでもいいけど、コーヒー来るの遅くない?

 

「うーん……。やっぱり私は――」

「お願いします何でもしますからせめて協力だけでもしてください!!!!」

「土下座に迷いがない!?」

「お願い、します、うぅ。後生ですがらぁ……」

「う、うわぁ……」

 

 どうも瞬間土下座に啜り泣きを付けたのはやり過ぎだったみたいだ。高海さんが物理的に引いてしまったよ。具体的には僕との間に人一人分のスペース空けられた。

 だけど僕はそんな事お構いなしに土下座with啜り泣きを続けた。背中に高海さんだけではない、店内にいる人の奇怪なものを見る視線を一身に受けつつも彼女にお願いし続ける。

 これくらいで夢が叶うっていうのなら、僕のプライドや尊厳位安いものだ……っ!!

 

「お願いします!!」

「えっと、そう言われても……」

「僕は12年待ち続けた!! 12年想い続けたんだ!! 大きな胸の子のを偶然揉んでしまったり、曲がり角でぶつかって物理法則を無視した転び方でスカートの中に顔を突っ込んでしまったりを何度も願い続けて来た!!」

「で、できれば具体的な例は出さないで欲しいかなぁ……」

「少年法が適応外になる前に、僕は夢を叶えたい!!」

「そこまで心配するなら諦めようよ!?」

 

 おかしいな。こんな風に熱血主人公風に言えばきゅんときて協力してくれるって親友が言ってたのに……。もしかして騙された? いやいや、そんなはずないよね。きっと高海さんもきゅんと来てるはず――

 

「…………」

 

 どうしようもなく冷めた眼で僕を見ておられた。うん、これは騙されたな。それかただしイケメンに限るって注意書きが付く奴だ、これ。

 その事に気付いて僕はがっくりと肩を落とす。今回も駄目なのか……。こうなったら次は県外で挑戦しようかな。

 沼津での活動を諦めようかとしたした時、僕の耳に聞こえてきたのは意外な言葉だった。

 

「……どうしても、私に協力して欲しいの?」

「え? うん、まぁ、協力してもらえたらなぁとは思うけど……」

「君は本気でその夢を叶えたいと思ってるの?」

「勿論」

「そっか……」

 

 それだけ聞くと高海さんは腕組みをしてうーんと考え出す。何を考えているのかと上体を起こして正座で待っていると、よしといってニカッと笑った。

 

「私、君の夢を叶えるのに協力するよ!」

「…………へ?」

 

 思わず上擦った声が出てしまった。

だけどそれだけ彼女の放った言葉が予想外で、僕の頭のスペックではすぐに処理できる事ではなかった。

茫然と彼女を見ていると、彼女も僕の反応が予想外だったのかきょとんとした表情で此方を見る。

 

「え? ホントに? ホントに協力してくれるの?」

「一応、そう言ってるんだけど……」

「正気?」

「それ君が言っちゃうんだ……」

 

 僕はいつだって正気だよ。

 

「もう。協力して欲しくないの?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど、今までの経験上断れると思ってたから……」

「まぁあの理由じゃ断れるのもしょうがないよ……」

「じゃあなんで高海さんは協力してくれるの? こっちサイド(僕と同じ人種)?」

「ちーがーうー!!」

 

 腕を上下に振って全力で否定する高海さん。そこまで全力否定されると少しだけ寂しい気がしなくもないけれど、若干不自然に上下するセーラー服が素晴らしいので良しとしよう。

 いつまでもちらちらと見える白いインナーを眺めていたいとは思うけど、今は話を進める事を優先しよう。もの凄く、惜しい、けど……!!

 

「じゃあ、なんで協力して、くれるのっ?」

「私は何でそんなに悔しそうな顔して聞きたいんだけど……」

 

 とても悲しい事があったからだよ。

 高海さんはオホンと少し演技がかった咳払いをすると、

 

「本気の夢なら私は応援したいんだよ! 私が、私達がそうしてきてもらったように!」

 

そう言って彼女は僕に笑いかけてくれた。今までの人とは違う顔を見せてくれた。なんて単純なんだろうか。僕はその笑顔に少しだけドキッとしてしまった。

僕は彼女を知らない。彼女の過去に何があって、誰に何をしてもらったのかは全く分からない。頼み込んでる僕が言うのもなんだけど、こんなお願いは本気の夢だとしても女子として蹴り飛ばした方がいいんじゃないかな?

 

「あ、でも私にエッチな事を要求するのはダメだからねっ」

「……それは残念」

 

 でも、きっとこれが僕に与えられた最後のチャンスなんだ。倫理と共にラッキースケベは飲み込めない。だったら、少しだけ倫理と常識の壁を壊すのは当然の事だよね。

 僕は差し出された彼女の手を握った。

 

「いやっほぉおおおおおおおおおお!! 現役女子高生の手だぁあああああああああああああ!!!」

「ちょ、て、手を握ったくらいで変な雄叫び上げないでぇえええええええええええ!!!」

 

 この後注文した物を持って来た店員さんにこっぴどく怒られました。

 

 

 

 

 時は流れて日曜日。見上げる空には雲の様な影は見られない晴天。気温はお察しの30度越え。お天道様は今日も今日とて大仕事をしてくれてるけど、正直引っ込んでいて欲しいんだけどね。

 まぁ、それでも今日は――

 

「いいラッキースケベ日和だね」

「それ天気関係あるの!?」

「まぁ、少しだけ」

 

 何故ならラッキースケベと言っても内容は多岐にわたるからね。例えばこの時期は薄着になりがちで、胸を揉む又は顔を突っ込むとなると冬のそれとは感触は違う(親友談)し、夕立が降ればスケブラに遭遇できる(マイベストフレンド談)かもしれない。それに風が少し強い日だったら所謂“神風”という物で短いスカートの中を拝める(竹馬の友談)可能性があって、それら全てを体験し尚且つその全員に好意を寄せられている親友に羨望と殺意が湧く!!

 

「あのモテ男め、同性愛者じゃなかったら血祭りに上げていた所なのに……っ!!」

「えっと、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと殺意が湧いただけだから」

「それは大丈夫な内に入らないよね!? というかさっきの会話で何で殺意が湧くの!?」

 

 それはね、高海さん。男は時として非情な現実(親友はモテる)にどうしようもない殺意が湧くからなんだ。くそう、僕だって不細工じゃない筈なのに! 親戚のおばちゃんに会うたび男前になってるねぇって言われる位には不細工じゃないのに!!

 

「高海さん、僕は不細工じゃないよね?」

「え、えと……。う、うん。凄く、一般的な、その、不細工じゃない、よ」

 

 そう言ってくれる高海さんの目は水泳のメドレー並に多様な動きを見せながら泳いでいた。人と目を合わせるのが得意じゃないのかな? きっとそうだろう。そうじゃないと僕は泣いてしまう。

 

「そ、それよりも今日は何をするのか話し合おう! うん、そうしよう!!」

「……ソダネ」

 

 高海さんの優しさがただただ胸に染みた。主に傷口に塩的な意味で。

 だけどいつまでも気にしてるわけにはいかないよね。だって今の僕らの前には無限の可能性が広がっているのだから!! テンション上がってきたぁ!!

 

「それではT2、これより作戦概要を説明する」

「え、T2って私?」

「それ以外の何があるというのだね?」

「うわぁ……」

 

 そ、そんな残念な人を見る眼で見なくていいじゃないか! 誰だってテンション高くなって少しだけおかしなキャラになる時あるよね? ね?

 取り敢えず咳払い一つで誤魔化しておくとしよう。

 

「おふぉん」

「え、なに今の」

 

 咳払い一つ、満足にできない……なんて……っ!!

 

「きょ、今日の目的と方法を説明するよ!!」

「今のってもしかして咳払いだったの? ねぇねぇ」

「説明するよ!!」

 

 高海さんの純粋な瞳が心に刺さって痛いです。煽ってもらえた方がまだ心へのダメージが少ない気がするよ……。

 深呼吸を三回して気持ちを切り替えよう。

 

「今日は、偶然(を装って)ぶつかった拍子に押し倒す、もしくは押し倒されちゃう系のラッキースケベをやってみようと思います」

「いきなり難易度高そうなものきたなぁ……」

「いや、そんな事は無い。要はぶつかって、その際発生する反動をこらえて相手側に倒れこむか、ぶつかった瞬間に相手の倒れる方向を予測、先回りして此方が倒れればいいんだからそこまで難しいものじゃないよ」

「さらっと言ってるけど、それかなり難しい事だからね!?」

「大丈夫。今日の日の為に伊達に身体を鍛えてないから」

 

 半袖を少し捲って力こぶを作って見せる。ここで高海さんから感嘆の声が聞こえると思ったけれど、自慢げにそれを見せる僕の耳に聞こえてきたのは呆れかえった高海さんの声だった。

 

「その努力をもっと別の所に向けてたらもっとモテモテだったと思うのに……」

「言われた!! 僕が18年間生きてきて一番後悔してる事を言われたぁー!!」

「膝から崩れ落ちるほど後悔してるの!?」

 

 そうだよ! もっと別の事をやってれば見知らぬ女子高生に頭を下げてこんなことしたりしなかったのに!! 今頃彼女ができてデートや【自主規制】したりできたはず!! もしくは【検閲削除】とか【ピー】しながら【ズキューン】だって……!!

 

「生まれ変わるならもうちょっと賢い人に生まれたい……っ!」

「そこの願望は小さいんだ……」

「と、兎に角今日はこれをやるの!! やるったらやるの!!」

「……何か君を見てると一年前の私を見てるみたいで心が痛いよ」

 

 高海さんも一年前はこんな感じだったのか。目の前の高海さんからは結構大人びた感じがするからあまり想像できないなぁ。

 

「それをやるのはいいんだけど、私は何をすればいいの? 正直それって一人でできるような……」

「いやいや高海さん、これは協力してくれる人がいる方が成功率は上がる(かもしれない)んだよ」

「何で?」

「高海さんにはターゲットを引き留めておく役目を与えます」

「あー……。何となく理解できたからもう説明はいいよ」

「理解が早くて助かるよ」

 

 要はこういう事。高海さんがターゲットに話しかけて暫くその足を止めさせる。その背後、もしくは正面から僕が走ってぶつかる。そして発生するラッキースケベ!! 完璧な作戦過ぎて自分が恐ろしい……。

 

「失敗しそうな予感しかしないんだけどなぁ……」

「高海さん、何か言った?」

「ううん、何も言ってないよ?」

 

 何も言ってなかったっていう事は無いんだろうけど、小声だったから聞こえなかったなぁ。まぁ前向きなというか明るい高海さんの事だ、僕の作戦に成功の光を見出したのだろう。

 それじゃあさっそくターゲットを選別するとしよう。僕の好みを言えば下半身、特に太ももあたりの肉付きがいい女子が良いんだけど、押し倒しで下半身に接触できる可能性は結構低い。だから今回は胸部装甲に期待できそうな女子、もしくは女子でいこう。

 

「さて、最初の獲物はーっと……」

「君さ、ちょっと言い方変えないと本当に危ない人みたいだよ?」

 

 そんな事いちいち気にしてたらきっと僕はラッキースケベなんてできないと思うんだ。というか獲物という表現が一番ぴったりくるからしょうがないよね。

 高海さんの忠告を右から左しつつ、駅周辺の女性を観察する。あのショートカットの子は結構素晴らしい胸部をしてるけど、友達と一緒かぁ……。あっちのOLさんは魅力的だけどいざそういう事になった後凄い怖そう。その近くを歩いてる子はハイレベル胸部をしてるし、ぽやーっとしてそうだから怖そうではないけど、何かぶつかった時に怪我しそうで除外かなぁ。……くぅっ!!

 

「安全そうな女性が見当たらない……!?」

「普通はそうなんだけどね。というか、逆にそういう人がいっぱいいたら怖いよ」

「此方としては天国なんだけど」

「一般人としては怖いの!!」

 

 そんなものなのかなぁ? まぁ結局はそんな天国が目の前にはないから絶望するしかないんだけど。いったいどこに桃源郷はあるのかな……。

 恐らく巡り合う事の無い桃源郷を思い浮かべながらターゲットのサーチを再開する。例え天国じゃなくても一人二人はそんな感じの人がいるはずっ!!

 そう思いながら視線を巡らせる。そして僕の視線は一点で動きを止めた。

 

「高海さん、最初はあの子にしよう」

「あの子ってどの子?」

「ほら、あそこ。駅のホーム近くを歩いてる黒髪ロングの眼鏡の子だよ」

「黒髪ロングの子……?」

 

 高海さんは僕の指さした方向を凝視しながら頭に疑問符を浮かべていた。あれ? もしかして見えてないのかな?

 

「ほらあそこだよあそこ。今立ち止まってスマホ確認してる子」

「確かに髪長くてメガネかけてるけど……どっちかっていうとあの子は茶髪だと思うよ?」

「え? ……あ、あぁ確かに。僕は目が悪いからよく見えなかったよ」

 

 まぁ確かにわかりにくいよね、と高海さんはコロコロと笑う。僕もそれに合わせて軽く笑って、ターゲットの女子を見直す。

 長く綺麗に日光を反射してる髪と、清楚系の顔立ち。そしてきっちり着こなして膝丈くらいのスカートと相まってまるでどこかの令嬢のように見える。スレンダーな体型だけれども、何とか頭を打たせないように細心の注意を払えば……いける!!

 

「高海さん、なごやかなトークで場を繋ぐのお願いできる?」

「一応やるにはやるけど……怪我だけはさせないでね?」

「勿論そのつもりだよ」

 

 よろしくねと一声かけて僕は彼女から少し離れた位置に移動して、軽く足の筋を伸ばすストレッチをする。

 さぁ、夢への第一歩と行きますか!!

 

 

 

 

「なんて……なんて僕は無力なんだ……っ!!」

「あ、あはははは……」

 

 夏の日の昼下がりの駅前、其処には夢破れた少年ともはやどんな反応をすればいいのかわからず苦笑している少女の姿があった。というか、僕と高海さんなんだけどね。

 何でこうなっているのかは単純明快。普通に彼女とぶつかる前に全速力で悲鳴を上げながら逃げられたから。しかもそれから何回かトライしてみるけど、全部似たような反応をして逃げて行ったし……。うーん、心が痛い。

 

「……高海さん」

「何?」

「どうして、逃げられたのかな……?」

「普通に顔が怖かったからじゃないかな」

「ガッデムッ!!」

 

 僕の顔が怖かった? 馬鹿な。親友曰く人畜無害とまではいかないけどパッと見無害そうだよなってとされた僕の顔が怖い? そんな事あるはずない!!

 

「これが証拠写真だよ」

 

 高海さんが携帯の画面を僕に向かって見せる。その画面にはまさに変質者と言っても過言ではない形相の、しかもとても綺麗なフォームで走る男性が映っていた。

 はて、何処かで見たことあるような顔なんだけど……気のせいかな? 

 

「高海さん、人の趣味に口出すのは気が引けるんだけど……この人が好きなら諦めたほうがいいよ。この顔は完全に変質者のそれだし」

「私の好きな人の写真じゃないよ!! というか、これはさっきまでの君の顔だから!!」

「嘘だ! 僕はこんな変質者じみた顔をしてないよ!!」

「因みに動画もあるけど……」

 

 そういって高海さんはすっと画面を細い指で撫で、一つの動画を再生し始めた。

 

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ラキスケぇえええええええええ!!! いっっっぱぁああああああああああああああああああああああっっつ!!!!!』

 

 

 これまたどこかで聞いた事があるような声で叫びながら、さっきの写真の男が走ってきている姿が映し出されていた。

 ふむ、こんな事を叫びながら走りよるなんて随分レベルの高い変態のようだ。

 

「言い逃れはできないレベルで君だと思うけど」

「……はい。確かにこの度し難い変態は僕です」

 

 本当は写真を見せられた時点で分かってたんだ。光の加減で少し分かりにくかったけど、毎朝鏡で見てる顔の特徴位はすぐに分かるから……。それでも認めたくはなかった。だって、これが僕だって言うのなら、これから何をしようと失敗率滅茶苦茶高い事になるし……。

 僕は……僕はね!!

 

「ただ……ただラッキースケベを体験したかっただけなんだ! 誰かを傷つけるつもりなんてないのに! なのに、こんな事ってないよ……っ」

「そう思うならもう少し自分の気持ちを抑える練習をした方がいいと思うよ?」

「仰る通りでございます」

 

 どうやら自分の欲望に少しだけ忠実なのが今回の失敗の原因のようだし、何とか改善しないと夢の入り口でずっと足踏みする羽目になりそうだ。勿論僕はそんなのは嫌だ。

 だけど、それを今日気付く事が出来たのはある意味運が良かったのかもしれない。僕だって超が付くほどの馬鹿じゃないから、初回で上手くいかないだろうという事は分かっていた。だからその初回で、今後の活動において大きな枷となる欠点を見つけられたのは不幸中の幸いだ。

 後はこれをどう克服するかだけど…………あそこしかないよね。

 

「高海さん、今日の活動はこれで終わりにしていいかな?」

「え? うん、大丈夫だよ」

「それじゃあ僕は今から寺に行って修行してくるから、また来週の日曜日同じ場所に集合でいいかな?」

「うん、いいよ――って、お寺!?」

「じゃあまた来週ね! アディオス!!」

「まって何でお寺に修行って話になったの――!!??」

 

 高海さんが何か言っているけど、今は一分一秒が惜しいから悪いけど無視させてもらおう。寺で修行と言っても、一朝一夕で己の欲望を抑制する力をつけられるわけじゃないからね。ここは“すといっく”って奴にならないと!

 さて、それじゃあ全力疾走で向かうとしよう。己を鍛えるために!!

 

「美少女がいると噂のお寺にレッツゴー!!!」

 

 本末転倒。その言葉が何故か頭をよぎったけれど今は気にしない事にしよう。

 

 

 

 

 そしてそれから一週間。お寺での厳しい修行を終えた日曜日に僕等はまた沼津駅前に集合していた。

 

「さて、早速だけど活動開始しよっか」

「その前に一つ聞いていいかな?」

「何を? あ、ちゃんと欲望を表に出さない修行は積んできたよ」

「じゃあ今にも私の胸を掴もうとして変な動きして近づいてくる両手は何!?」

 

 そう言われてふと自分の手を見てみると、確かに彼女の胸を揉みしだかんばかりに高速で関節を伸ばしたり曲げたりしていた。僕の手と彼女の胸までの間は残り握り拳一つ分。ちょっと誰かに後ろから押されたら完全に触ってしまう距離。

 ……さて、何から言えば良いのかな。

 

「一つだけ言い訳させてください」

「どうぞ」

「僕は太ももの方が好みです」

「それは何に対する言い訳なの!? というかまずこの手を引っ込めようよ!!」

 

 高海さんが僕の性癖を勘違いしてると思ったので、まずそこを正そうと思って。決して僕が修行先のお寺に住んでる子が美少女で巨乳だったから胸派に鞍替えしたわけじゃないよ? 心は揺らいだけど鞍替えはしてないよ?

 でも僕の手が勝手に高海さんの胸に伸びていったのは、やっぱり今日の高海さんの格好が原因だと思う。

 先週まではノースリーブのシャツに膝上5センチくらいの高海さんの程よい肉付きで魅力的な太ももをちょうど覆い隠してしまっていた大人しめな服装だったのに対して、今日は体のラインが分かるようなTシャツに、彼女の柔らかそうな太ももの半分くらいの丈のホットパンツという健全な男子高校生にはちょっと刺激の強い格好をしていた。

こんな恰好を見てしまうと、つい彼女の割と発育の良い胸に手が言ってしまうのはしょうがない事だと思う。あと顔にかけられている今日の格好に不釣り合いなサングラスをしていて非常に気になる。

 

「今日は随分と薄着というか、僕の性癖を刺激するような服なんだね」

「うぇ!? え、えと、これは私が選んだ奴じゃなくて――って、最後の情報は聞きたくなかったよっ!!」

 

 顔を赤くしてわたわたと言い訳をする高海さん。曰く、本当はもっと大人しい感じの服装で来るつもりだったけど、家を出る時にお姉さんに僕(男)と会う事がばれてデートだと勘違いした姉に無理矢理着せ替えられたとの事だ。で、流石に恥ずかしいからサングラスで軽く変装をしてきたという事らしい。デートではないし実の妹に何してるんだろうってツッコみを入れたいけど、取り敢えずお姉さんに一言。

 

「グッジョブです、見知らぬお姉さん……っ」

 

 取り敢えず今日はもうこのまま帰っても後悔しないくらい満足してます。もし会う機会があればぜひ心からのお礼を言いたい。

 と、ここで高海さんが口をへの字にして此方を見ている事に気付いた。サングラスのせいで表情が読み取り辛いけど、多分睨んでるだろうね。

 

「…………」

「えっと……ごめんなさい」

「もう。本当にエッチなんだから……」

 

 今の“エッチ”の言い方に少しだけグッと来たことは黙っておこう。

 

「さてと、それじゃあ今日何するか説明するね」

「あまり過激なのはダメだよっ」

「大丈夫大丈夫。今回は偶然を装って胸を揉むだけだから」

「凄い過激だよ!?」

 

 確かに前回に比べると少しだけ過激な気がしなくもないけど、ラッキースケベの定番だからまだセーフのラインじゃないかな? 親友も週2くらいはそんな感じの事が起きるって言ってたし大丈夫なんだろうけど段々と羨望が憎しみに変わりつつあるよ。

 

「作戦は成功者である親友の体験をもとにして考えたけど、やっぱり一番安全かつ怪我無くできそうなのは友人と会った時に軽く手を上げた際に触れる。もしくは転んで手を差し伸べてもらった時に目測誤って揉んでしまうという二択が良いと思うんだ」

「その二択だと一つ目の方が自然な感じだと思うけど……。うーん、でもなぁー……」

「どうかしたの?」

「これって結構通りが狭い所でやらないと逆に不自然に見えるかなぁって」

「そう言われるとそんな気がする」

 

 沼津駅前は結構人が集まる所ではあるけれど、通りが広くて開放的だから、殆ど人と人が至近距離ですれ違うという事は無いっけ。今までシチュエーションとかを重視して考えてたからそこまで考えが至ってなかったよ。

 

「となると今日は商店街方面に行った方が良さそうなのかな?」

「そうだね。多分そこなら通りが狭いからあまり不自然に見えないかも」

 

 そうと決まればさっそく商店街に移動して夢を実現するための活動。略してユメカツ! をするとしよう。

 夢への第2歩目。張り切って踏み出していこうか!!

 

 

 

 

「…………」

『ママー。何であのお兄ちゃんは地面に寝転がってるのー?』

『あれはね、夢破れた男の姿なの。今はそっとしといてあげましょう』

 

 僕は無力だ。自分で言った事すら満足にできないなんて、弱者と呼ばないで何と呼べばいいんだろう。ゴミ?

 

「僕にもっと力があれば……森羅万象、円環の理、因果律全てを覆せる力さえあれば……っ!!」

「…………」

「――――二か月も失敗し続ける事はなかったのに!!!」

 

 2歩どころか10歩くらいしてるのに、僕はただの1度もラキスケを体験するどころか高海さん以外の女性に触れていなかった。

 気候もがらりと変わったというわけじゃないけど、焼き殺すような日差しはそのなりを徐々に潜めていって、気持ちの良い初秋の風が吹いている。

 

「もう、善子ちゃんみたいな事言ってないで取り敢えず立とうよ。一応神社の中なんだから」

「此処に住まう神を殺せば僕にもラッキースケベを体験するチャンスが……」

「来ないと思うけどなぁ……」

 

 形の良い眉をハの時にして笑う高海さん。やってみなくちゃ分からないよといつもなら反論していたんだろうけど、今の僕にはそんな心の余裕は微塵もなかった。

 あれから二か月。僕等は何度も挑戦した。

 だけど結果は燦燦たるもので、倒れても手を差し伸べてくれる人は居ないし、曲がり角でぶつかり待ちをしていたら国家権力に追われる。転んでも女性の足の間に顔はツッコまずに、植木に顔を突っ込む始末。傍から見れば僕は奇妙に映ってたんだろうね……。

 僕がしくしくと地面を涙で濡らしていると、遠慮がちに高海さんが言った。

 

「……私思ったんだけどさ。狙ってやってる時点で“ラッキー”スケベじゃないよね」

「…………ひぐっ」

「え!? 何で泣いてるの!? 私何か酷い事言った!?」

 

 高海さんは悪くないんだ。ただ酷く残酷な現実を目の前にしたら涙があふれて来ただけだから……。

そうさ、今の僕は純粋にラッキースケベを追い求める純情な少年じゃない。ただ女性の肉体をいかに事故的に穏便に堪能できるかを追い求めるクズになったんだ。こんなんじゃ運に見放されてもしょうがない、か……。

 

「いっそ僕を豚箱に放り込んでくれ……」

「そこまで絶望する必要ないんじゃないかなぁ」

 

 高海さんは僕の隣にストンと腰を下ろして頭を撫でてくれた。僕の今までを労うような励ましてくれるようなその優しい手つきが無性に心地いい。

 

「君のやろうとしたことは褒められることじゃないと思う。だけど、私は君は凄いなって思うよ」

「……何で? 普通は軽蔑するところじゃない?」

「だってどんなに転んでも失敗しても夢を追い続けられるって凄い事だもん。どんな夢だったとしても、私はそんな君を軽蔑したりなんかはしないよっ」

「高海さん……」

 

 その割には結構冷たい視線を向けてた気がするのは気のせいでしょうか?

 けどまぁそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいかな。こうして夢をひたすら追う姿勢をストレートに褒められるとちょっと照れくさいけど。

 

「ねぇ高海さん。どうして高海さんは僕に協力してくれるの?」

 

 ふと思った疑問、じゃない。高海さんが協力してくれると言ってくれて今までずっと聞いてみたかった事。高海さんは自分が夢を応援してもらったからって言ってたけど、正直それだけでここまでやるのかなって思ったりはしてる。

 しかし高海さんは僕のそんな疑問に、何か可笑しな所でもあるかのように、さも当然のように

笑って答えるのだった。

 

「私が助けれられたことがあるからだよ」

「助けた? 僕はそんな記憶ないけど……」

「えっと、確かに私も直接助けてもらったわけじゃないんだけどね。ほら、スクールアイドルって知らない?」

「スクールアイドル? あの妙に性欲を掻き立てる人達?」

「君は一体どんな目で私達を見てたの!?」

 

 CDやポスターなどでスカートと脚の境界線を食い入るように見てました。

 だけど僕だってスクールアイドルを知らないというわけじゃない。学校の宣伝を主な目的とした学内で結成されるアイドルグループで、数年前に一世を風靡したμ’s以降その数が激増しているという事は知っている。最近では個々の近所の浦の星女学院のスクールアイドルが目覚ましい活躍をしたとかなんとか……。

 ………………あれ? 浦の星女学院?

 

「そういえば高海さんと最初に出会った時は浦の星女学院の制服を着てた気が……。それに今私達って……」

「あー、何となく分かってたけどやっぱり知られてなかったんだ……」

「という事は高海さんってもしかして――」

「うん。私は浦の星女学院の元スクールアイドル。Aqoursの高海千歌だよ!」

 

 高らかに僕にそう告げて、白い光の中、彼女は天真爛漫な子供みたいに笑った。多分、そうだ。声の明るさから僕はそう感じた。

 そして、ようやく彼女の言っていた“助けられた”という言葉の意味が理解できた。

 

「私達がまだ始めたばかりの時も、少しずつ人気になってきた時も、私達はこの町の人達皆に夢を支えてもらったの。だから、今度は私が誰かの夢を支えてあげたいの!!」

「それがエッチな夢でも?」

「そ、それには限度があるけど……。でも、君は本気だったから。君が本気だったから、かな」

「…………高海さんから僕の親友の面影を感じる」

「それってどういう事!?」

 

 思わずときめいてしまいそうだったって事。そうか、親友もこんな手口で数多の女子を落してきたのか……。

 

「とにかく、私はこれからも協力するから、次の作戦でも考えようよ!」

「高海さん……。そうだね、活動開始からたった二ヶ月。諦めるにはまだ早いよね!!」

「そうだよ! まだ諦めるには早いんだから!!」

 

 高海さんと士気を高めて笑いあう。彼女だって色んな挫折とかを繰り返して夢を掴みとったはずなんだ。僕が……男がこれくらいで諦めるわけにはいかないよね!!

 

「そういえば君はパンチラとかは興味無いの?」

「え?」

 

 だけど、そんな無防備になっていた所に思わぬ所からボディーブローを食らってしまった。

 表情、動き、瞬き。その全てが今の僕は停止しているみたいな錯覚がする。もしかしたら錯覚じゃないのかもしれないけど、そんな気がした。

 

「ど、どうしたの? 何か変な事言っちゃった?」

 

 そんな僕を不審に思った高海さんが心配そうな声を出す。ただそれだけしか分からない。

 真っ黒に染まった高海さんの顔からは、何の表情も読み取る事が出来なかった。

 

「い、いや。そいうことは無いんだけど。寧ろ僕はパンチラ大好きというか……」

「じゃあ次はそれ狙いで行けばいいんじゃないかな? これなら運が絡むから本当に“ラッキー”になるし」

「それは、そう、なんだけど……」

 

 そうなんだけど。本当は僕だって胸を揉んだり脚の間に顔を突っ込ませるような高度なラッキースケベより、パンチラみたいなソフトでちょっとした物の方がいいんだ。

 でもそれは、僕には絶対に見る事の出来ない物なんだ。

 中々二の句が継げない僕に高海さんは心配そうな声で大丈夫? と繰り返し聞いてくる。

 …………これは言わないって訳にはいかない、よね。

 

「高海さん、僕はそれを見ることができないんだ」

「え、どうして? 運がないからとか?」

「ううん、違うんだ。そうじゃなくて、僕は――」

 

 少しだけ言葉にするを躊躇ってしまうけど、これは言わなきゃいけないんだ。此処まで付き合ってくれた高海さんに負い目を感じたくないし、隠し事なんてしたくないから。

 拳をキュッと握って、僕は高海さんに理由を告げた。

 

 

「――僕は、色が分からないんだ」

 

 

 白と黒の世界で、高海さんがどんな顔をしたのかは見ることが叶わなかった。

 

 

 

 

 昔の世界は色で溢れていた。青、赤、黄、緑……、全てが刺激的で、幼い僕はそれが当たり前だと思っていた。

 その頃から全ての色が分かっていたというわけじゃなくて、ある一定の色が同一の色に見えていたから色覚異常だという事は何となく分かってた。だから着替えの際に似たような服を着ていた友達のを着てしまうっていうのもよくあったし、女子の下着を見て皆同じ色してるなぁとも思っていた。

 だけどそれは僕の生活に何ら支障を与えなかったから気にしたこともなかったし、たった数色分からないだけで損した気分にはならなかった。

 そんな僕の世界から色が消えていったのは小学校に上がったくらいだったかな。だんだんと見える色が少なくなってきて、白と黒が僕の視界を占めるようになってきたんだ。

 進行は思ったよりも早くて、小学二年生になる頃には僕の世界は白と黒、そして灰色で占められてた。医者の話だと“1色型色覚”って奴なんだって。

だから影とかできるとその部分は黒くって判断が付きにくいんだ。逆光とかもしかりだけど……。アイドルとかのステージって色のついた光とかバックライトでチカチカしてるでしょ? 僕はそんな中でアイドルの顔を見るっていうのは困難だから、あんまりアイドルのライブとか見ないんだ。

で、パンチラとかは逆にスカートとか物の陰になって、パンチラの代名詞たるものが一瞬じゃ判別できないの。

 

「――だから、僕はパンチラを見る事ができないんだ」

「…………」

 

 近くの柵にもたれかかりながら話を聞いてくれていた高海さんは、話が終わった後も黙ったままだった。

 まぁ普通はなんて言えば良いのか分からないよね。いきなり色が分からないんですって言われても反応に困るのが当たり前だね。しかも語りの締めくくりがパンチラは見れないんですだから、よけいどんな反応すればいいかわかんないよね。

 

「ま、僕の目の事は放っておいて、次はどんな事をするかを考えようよ。ね?」

 

 そう話を持ちかけてみるけれど、高海さんは微動だにせず顔を地面に向けていた。

 うーん……自分で話しておいてなんだけど、こうなるなんて予想外だなぁ。僕的にはそこまで真剣に考えずに、“そういう事”なんだって感じで受け止めてくれるのが一番楽なんだけど……。

 どうしたものかと暫く僕も考え込んでいると、急によしと何かを決意したように高海さんが呟いた。いったい何を思いついたんだろ……。

 

「君!」

「は、はい!?」

「来週の活動は中止!! その代り浦の星女学院に集合!!」

「はい――って、えぇ!!??」

 

 何を言ってるんだろうこの子は。

 

「う、浦の星女学院って女子高だから僕はは入れないんだけど……」

「大丈夫。私がちゃんと許可取ってくるから! だから君は来週の日曜日は浦の星女学院に来る事!!」

「どうしていきなり……」

「それは秘密だけど……というかできるかどうかも分かんないんだけど、やっぱりやってみないと分からないから!!」

 

 そう言って高海さんは、急ぎで準備があるから今日は帰ると言い残して、境内に僕を置いて帰ってしまった。

 …………一体彼女は何を企んでるんだろう? 暗殺計画……じゃないよね。僕達じゃないんだしリア充を憎んでる事も、そもそも話の流れ的にもないだろうし。

 だとすれば、考えられるのは僕の色覚異常の事なんだろうけど……何をしようとしてるのか皆目見当もつかないや。

 暫くうーんと頭を回転させてみたけど、それらしい答えは出てこなかった。

 

「ま、いっか」

 

 取り敢えずは高海さんの言うとおり浦の星女学院に行くとしよう。そこで何が待ってるのかは分からないけど、僕にとってマイナスになる事は無いだろうしね。女子高に入れるだけで最高潮にテンションが上がるし。

 こうして僕は高海さんが何をするのか少しの期待と不安。そして女子高に入れるという興奮を胸に帰路についた。

 

 

 

 

 桃源郷。男子禁制の花園。この言葉だけで僕のテンションはメーターを振り切った。

 

「ここが女子高……。…………何か僕の学校と見た目はそんなに変わらないなぁ」

 

 振り切ったメーターでも外観だけは変化する事はありませんでした。ギャルゲとかだと女子高って言ったら何かセレブな感じのが多かったから、若干感覚が麻痺してるのかな。

 僕よりちょっと大きな正門の先には直方体を組み合わせたような校舎と木々。この時期だと紅葉やイチョウが色付き始めるごろなんだろうけど、年中黒にしか見えないからちょっと残念だな。

 でも遠くから聞こえてくる男声が混じっていない女声達がそんなちっぽけな事を吹き飛ばしてくれる。あぁ、早くこの境界線を越えたい! 

 

「高海さんまだかなぁ……。早く僕をこの理想郷へと導いてくれないかなぁ」

「そんな事言ってるとせっかくの入校許可が取り消されちゃうよ?」

「あ、高海さん。やっほー」

「まったくもう……」

 

 ふぅと息を吐いて若干呆れた表情になる。なんか時々高海さんの僕への接し方が仕方のない弟を持つ姉みたいになってる気がするけど、僕等一応同い年だよね?

 そんな疑問が脳内を過るけど、まぁ気にしない。何故なら僕は姉萌えもいけるからだ。

 

「はいこれ、入校許可証。目的地まで私が一緒にいるけど、念のためにずっと首から下げててね」

「もし首から下げてなかったら?」

「先生から怒られて追い出されるからね」

「成程」

「何でさっそくポケットにしまって入ってくるの!?」

「だって魅力的な女性教師から怒られるって……」

「そんなに具体的な事は言ってないし、それじゃあただの変態さんだよ!!」

 

 だって脳内は煩悩一色だし。

 でもまぁ、せっかくの高海さんの招待を無下にする訳にはいかないし、危険な男を学内に連れ込んだと知られた時に高海さんの評判が下がるのは流石に申し訳ない。今日は大人しくしたがって、後日計画でも立てるとしよう。

 

「あ、因みに鞠莉ちゃ――理事長が君の個人情報を握ってるから後日侵入とかはやめといた方がいいよ」

 

 何故だろう、早速僕の目論見が看破されてしまった。顔に出てたかな? それとも日ごろの行いのせい? うーん、両方心当たりがあるから判断つかないな。というか個人情報をどうやって入手したの、理事長さんは。

 高海さんの忠告に少しの悪寒を感じつつも、入校許可証を首から下げて先導する高海さんの後を歩く。ふわりと鼻腔を掠めた花の様な良い香りは高海さんのか、この学校特有の香りなのか……。

 

「ねぇ、高海さん」

「何?」

「ちょっと女子高探索をしてきていいかな?」

「君がおバカさんなのか、怖いもの知らずなのか分からなくなってきたよ……」

 

 あれ? 何故か高海さんに呆れられてしまったぞ? いったいどうして……。僕はただ知的好奇心を元に知る権利を行使しようとしただけなのに……。そして、何で高海さんに“おバカ”と言われた時に反論したくなったんだろう?

 色々と腑に落ちない事を頭で考えつつも、モノクロの校舎の中に入って靴をスリッパに履き替え、灰色のリノリウムの上を歩く。歩いてるん、だけど……

 

「ねぇ高海さん」

「探索はダメだよ?」

「それは非常に残念だけど、そうじゃなくてね」

「じゃあ何?」

「高海さんは僕をどこに連れて行くつもりなの?」

 

 がらんとした校舎の中。僕達は結構ゆっくりなペースで校舎内をうろうろとしていた。

 高海さんが何も説明をしてくれないから校内案内って訳じゃなさそうだし、しきりに携帯を確認しているのが気になる。まるで何かの合図を待っているかのようだし……何なんだろ。

 僕のそんな疑問に高海さんは、含みのある笑みを浮かべて「秘密だよっ」としか答えてはくれなかった。

だけど高海さんも意地悪だなぁ。そんな言い方されると余計に気になるじゃないか。携帯を確認してるってことは誰の連絡を待ってる、もしくは時間を確認してるって考えられるよね。それでいて僕に秘密なのはサプライズ性を求めて?

 ここから導き出される結論は……!!

 

「はっ! もしや運動部の着替えの時刻を見計らって突入する準備をしてくれてるんじゃ……!!」

 

 女子の着替え中に遭遇するのはラッキースケベの代名詞と言っても過言じゃない。そしてそこから始まるめくるめく物語!! 素晴らしい!!

 

「そうじゃないから安心してね?」

 

 希望も慈悲もなかった。

 その後も僕等は、というか高海さんはうろうろと僕を連れて校舎を徘徊し続けた。いつまで続くんだろうなぁと僕が思い始めた時、ふいに高海さんの携帯が振動し始めた。そして高海さんはすぐさま携帯を確認して、にっと笑って僕の方を向いた。

 

「君、階段の場所は覚えてる?」

「階段? まぁ何となくは分かるけど……」

「じゃあ、この後屋上に来てね! 私先に行ってるから!」

「え、ちょ、待って――!!」

 

 そう言って高海さんは何で? という僕の疑問には答えずつかつかと歩いて行ってしまう。

 

「……まぁ、取り敢えず屋上に行こう」

 

 ぽつりと呟いて階段へと足を運ぶ。

 誰もいない校舎は静寂で、少しだけ寂しそうだった。それは僕の視界に映る景色がモノクロで、古びた写真のようだからかな?

 灰色のリノリウムの床も、薄い灰色の壁も、本当はもっと別の色なんだ。窓ガラスから差し込む光も世界を白く染め上げる物じゃなくて本来の色に染めるためのものなんだ。こんなモノクロの世界じゃない、あの刺激的な色の世界を作るためのもの……。

 

「……何か静かな校舎ってちょっとだけ変な気分にさせるなぁ」

 

 勿論変な意味ではなく、感傷的にさせるっていうか少しだけクサいセリフを吐かせるというか……。良く分からないけどそんな気分にさせるよねってこと。

 でもこんな事を思うってことは、まだ少し未練があるんだろうなぁ。あの色で溢れてる世界に……。あの日見てた色の殆どは忘れてしまったのにね。

 そんな事を考えてる内に階段を上りきって、屋上へ続く扉の前にいた。

 躊躇いなくその扉を開けると、一瞬僕の視界は真っ白に染まって、徐々にいつものモノクロが戻ってくる。

 

「……眩しっ」

 

 日差しが弱くなったと言っても、遮蔽物の無い屋上へ降り注ぐ日差しは相変わらず眩しい。

 そんな日差しから視界を守るために腕で影を作って残りの階段を上る。さて、高海さんは何をしようというんだろうね。

 そんな僕が最初に見たのは、それは奇妙な箱だった。

 僕の2、3倍の高さはあるのかな。横と奥行きは4倍くらいの直方体。そしてその直方体は正面だけ開けており、ステージとなっていた。特に装飾品も何もなく、質素と言えば質素なんだけど、今まで見たことないという意味では奇抜なステージだ。

 ………………うん、何だこれ。

 不審に思いつつも、ステージに近づいていく。そして僕がステージの正面に来たところで、此処2ヶ月で聞き慣れた明るい声が聞こえてきた。

 

『ようこそ! 浦の星女学院スクールアイドル、Aqoursのライブへ!!』

 

 その声と共にパッと四方にあるライトが点いて、ステージの陰から煌びやかな衣装を身に纏った高海さんと、飛び切りの美少女8人が飛び出してきた。

 ただ、それ以外の情報が中々頭に入ってこない。というのも、僕自身凄く混乱してるからだ。

 だって言われた通りに屋上に来たらおかしなステージがあって、高海さん達Aqours? がライブやるって言うし、あの金髪の子の胸も大きいし、あの背の小さい子はお寺で見た子だし、高海さんの隣にいる子の運動で鍛えられたであろう太ももが最高だし……。あぁ、もう!!

 

取り敢えず太もも揉ませてください!!(これはいったい何なの?)

「聞きたい事より欲望が主張しちゃってるよ!?」

 

 それは致し方ない事だと思います。だってこんな美少女が9人もそろってるんだから、健全な男子高校生は気が動転してしまうよ、普通。

そう告げると、高海さんはがっくりと肩を落としてサプライズ失敗だよぉとぼやいた。だけどね、高海さん。僕の気を動転させるという意味合いではサプライズは成功してるから安心しなよ。ただ驚くべきポイントが違っただけだから結果オーライじゃないか。

他の人達が苦笑もしくは呆れ、恐怖に軽蔑している中、僕は練習してできるようになった咳払いを一つして話を再開させる。

 

「それで、これは本当に何なの? さっきライブとか言ってたけど、僕はライブは――」

「うん。分かってる。だけど、私は私達のライブを君に見て欲しいの」

「どうして?」

 

 僕のこの問いかけに、高海さんは一週間前にあの境内で答えた暗い明るい声音で、そしてとても輝いた笑顔でこう答えた。

 

「見てればきっとわかるよ!!」

 

 それだけ言うと、彼女達はそれぞれの位置についてポーズをとる。

 いったい何を始めるのかと首を傾げていると、センターに立っている高海さんが高らかに言った。

 

「それじゃあ聞いてください! 青空Jumping Heart!!」

 

 曲が流れ始めて彼女たちが歌いだす。その瞬間、いつもの白い光で世界が包まれると思ってとっさにギュッと目を瞑ってしまう。

 

「…………あれ?」

 

 だけど予想してた光は全然やってこない。恐る恐る目を開いてステージに目を向ける。

 高海さん達がとても楽しそうに、笑顔で、全力で踊っていた。

 そう、楽しそうに笑っている彼女たちが、輝くステージの上ではっきりと見れたんだ。

 

「何で? こんなに照明が使われてるし、スポットライトも使ってるのに……」

 

 いつもだったらこんなに一杯の光が飛び交うステージだと舞台の上の人の顔が白く染まるか、そもそも視界がちらちらして見難い筈なのに、このステージではそんな事がまったくない。

流石に完全に見やすいって訳じゃないけど、高海さん達の顔が見れる位には見やすかった。

 舞台の上では高海さん達が踊って歌う。

 青春を、努力を、涙を、笑顔を、謳う。

 身体や表情でその全てを全力で表現している。

 前に親友がアイドルは総合芸術だって言ってたけど、その意味が何となく分かる気がする。

 歌が、ダンスが、表情が、歌詞が、個性が全部一つにまとまって“魅力”になっている。

 

「これが……アイドル…………っ!!!」

 

 胸のドキドキが収まらない。彼女達の歌をもっと聞いていたい。いつの間にか僕の頭の中はそんな事でいっぱいで、気が付くと身体がリズムを刻んでいた。

 だが物事には終わりが来るように、彼女達の歌にも終わりが来てしまった。

 終わった後に僕の中に残っていたのは興奮と満足感。そして感動だった。

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

 高海さん達のライブが終わった後、僕と制服に着替え終わった高海さんはステージの上に腰掛けて話し込んでいた。

 他のメンバーの子たちは、僕と一言二言交わすとさっさと屋上から退避していった。ツインテールの事お嬢様みたいな子は僕と話す前に出て行ったけど……。僕何かしたかな?

 でもまぁ、そんな事より高海さんに伝えなきゃいけない事があるよね。

 

「今日は僕の為にライブしてくれてありがとう。最高のステージだったよ」

「……えへへ。ありがとっ」

 

 ありったけの感謝の気持ちと、感動を込めて高海さんにお礼を言う。それがどこまで伝わったのかは分からないけど、少し照れくさそうに笑ってくれた。

 

「それにしても驚いたよ。ライブなんて絶対にまともに見られないと思ってたのに、こうして見る事が出来たんだから……」

「ふっふーん。それが私が君に伝えたい事だったんだよっ」

「え? これが?」

 

 これが高海さんの伝えたかった事……? どうしよう、さっぱり分からない……。

 うーんと頭を捻って考えてみる。僕が今までまともに見れなかったライブを見れた事が伝えたかった事……。奇跡は起きるって事? でもそんなの伝えて何になるって話だし……。

 

「ふふっ。分からない?」

「まったく分からない」

「しょうがないなぁ。今回は特別に教えてあげる!!」

 

 そう言って高海さんはすくっと立ち上がる。そして両腕を広げて、僕に伝えたかったメッセージを叫んだ。

 

 

「普通にやっても難しい事はね、努力と工夫でどうにかできるんだよ!!」

 

 

「努力と……工夫?」

「そう! 努力と工夫!」

 

 高海さんが大きく頷く。

 

「私ね、君が光の加減や場所で見づらくなるって聞いてから思ったんだ。それって、逆にそれを何とかすれば普通に見られるんじゃないかなって」

「確かにそうなんだけど……。もしかしてこのステージにはそういう仕掛けがあるの?」

「うん! これには天井と後ろ、後は横にライトが設置してあるんだけど、どれもライトの前にしょうじみたいなスクリーンを置いてるの。これがあったら光が柔らかく全体的に広がるから、雑誌の撮影の時みたいになるかなって」

 

 エへへと笑う高海さん。

 こうしてちょっと考えて思いつきましたって感じに話してるけど、きっとこの方法を思いつくまでに色んな方法を考えてくれたんだと思う。そう考えると、高海さんへのありがとうが胸からあふれてくる。

 

「だから、きっと努力と工夫で君もパンチラは見れるはずなんだよ!」

「高海さん……」

 

 感動が台無しです。

 だけど、確かにその通りだ。スカートの中が陰で見えないかもしれない? 1色型色覚で世界がモノクロにしか見えない? そんなのちょうどいいハンデじゃないか!

 寧ろどうにかできるくらいのハンデでスカートの中が拝めるというのなら安いものだ。

 

「高海さん、今日は本当に色々ありがとうね」

「ううん、夢を叶える為だもん。これくらいの力ならいくらでも貸すよ」

 

 本当に高海さんには感謝しかない。あの時、高海さんに声を掛けてよかったと本当に思うよ。

その思いを伝えるべく、僕は一度ステージを降りて高海さんに深く頭を下げる。そして顔を上げた時に、サァッと少し強い秋風が吹いた。

 そう、僕が高海さんより少し低い位置にいて、高海さんが明るくて四方からの光で影が出来にくい設計で作られたステージの上にいる時に、だ。

 

「「……………………ぁ」」

 

 ふわりと風になびいて舞い上がるスカート。

 ステージ衣装だったらスカートが重くてあまり持ち上がらなかっただろうけど、今の高海さんは制服に着替えている。で、そのスカートの丈は結構短く、軽い。

 まぁ、つまりどいう事かというと、僕の前にはユメが映っているという事ですよ。

 舞い上がったスカートの中は白黒だったけど、それでもそれは長年僕が追い求めてきたユメだった。

 

「――――~~~~~っっっ!!!???」

 

 あまりにも突然すぎて呆然としていた高海さんの意識が回復して、急いでスカートを押さえにかかるけど、時すでに遅し。僕の目と脳内にはしっかりとユメが刻み込まれていた。

 

「…………ぅぅ~!!」

 

 恐らく顔を赤くしながら唸りながら僕を睨みつける高海さん。やっぱりこのラッキースケベは、その表情も込みでそそると思うんですよ。

 ……まぁ、不慮の事故とはいえ恩人に申し訳なさがないわけじゃない。一応一言くらい言っておくとしよう。

 

「……高海さん」

「…………何?」

「ありがとう」

「――――っ!!!」

 

 秋空に響く乾いた音。それは僕が夢を叶えた音だった。




どうも、今回もこの鍵のすけさん主催の企画に参加させていただきましたカゲショウです。

今回の自分の作品はいかがでしたか? 実は自分、ラッキースケベとかをあまり書かないので読者の皆様はラッキースケベが少ないじゃないかとお怒りの事でしょう。ですが、自分としては“ラッキースケベ”という題材を全力で書かせていただきました。面白いと思ってもらえたなら自分としてはそれだけで満足です。

さて、多く語るのもなんですから、最後に鍵のすけさん、そして読んでくださった読者の皆様にお礼を言って次のまたたねさんにバトンを渡すとしましょう。
鍵のすけさん、今回は三回にわたりこのような面白い企画を催してくださってありがとうございました。そして読者の皆様もまだ未熟者の自分の作品を読んでいただきありがとうございました。では、まだ続くこの企画を最後まで楽しんで読みましょう(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白金合石 【またたね】

初めましての方は初めまして、またたねと申します。
アニメの7話のあるシーンを見て思いついた話でございます。
それでは、よろしくお願いします。


 皆様、ご機嫌よう。

 私の名前は黒澤ダイヤ。

 

 名門の黒澤家の後継候補として生まれ、様々な事を行ってきた私は今、浦の星女学院という高校の生徒会長をやっております。

 因みに黒澤という名字とは言え、双子で儀式の生贄となったり、写影機で除霊したりするという家ではございませんので悪しからず。

 

 そんな私は今─────

 

 

「んっ……おねぇ…ちゃぁんっ……」

「る、ルビィ……」

 

 

 妹の下着に、手を突っ込んでいます。

 

 ……お待ちになって!!話せばわかるんですのよ!?これは不可効力であって決して故意にやっているなんてそういうわけでは──

 

 

 ────さわっ

 

 

「はぁぁああっ、ゃぁん……」

「ああああああああああああああああ!?」

 

 

 妹の嬌声を耳元で聞かされ、私もその……へ、変な気持ちにイイイイイイイイ!!

 

 なぁりませんわッ!!

 全く、一体なんてことをしてくれたんですの!?

 

「鞠莉さぁああああああああああん!!!」

 

 

 元凶の名前を呼ぶもこの現状がどうにかなるわけもなく。

 私は昨日のあのやり取りへと思いを馳せます…

 

 

 

 

 

 

 

「……何ですの、コレは」

It's japanese subculture(これぞ日本の文化)!まさにシャイニーって感じよね!」

 

 昨日の放課後。夏に足を踏み入れ出した6月初旬、生徒会室で業務を行っていた私の元へ、小原鞠莉こと鞠莉さんが訪れてきました。

 彼女が手に携えていたのは、一冊のマンガ。

 

「ToLo◯eる……聞いたこともありませんわね」

「えっ、ダイヤ知らないの!?T○Loveるだよ!?」

「このような類のものは今迄手に取って来ませんでしたので……」

「へぇ〜、ダイヤToL○veる知らないんだぁ〜」

「……鞠莉さん、先程から伏字が仕事してませんわよ?」

 

 はぁ、と溜息を吐き私は言葉を続けます。

 

「で?どうして私にこれを?面白いんですの?」

「ねぇダイヤはさ────」

 

 そこで鞠莉さんは私の体へと手を伸ばし……

 

 

「───こういうコトには、興味ないわけ?」

 

 

 私の胸を、指先で優しくなぞりました。

 

 

「っ!?!?」

 

 突然のことに私は椅子に座ったまま大きく後ずさり、鞠莉さんと大きく距離を取ります。

 

「ままままま鞠莉さんっ!?やめてください汚らわしいッ!貴女いきなり何をっ……!?」

「へぇ〜、やっぱりダイヤってこういう事ウブなんだぁ」

「う、ウブって……普通このようなことは女性同士では」

 

 

「───()()?」

 

 

「っ……」

「面白いね、ダイヤ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「それは……せ、世間一般的に、ですわ」

「じゃあ世間一般で普通なことは、絶対に普通なんだ」

「……そう聞かれると…」

「ダイヤにとって同性愛者は汚くて、受け入れられないものってことなんでしょう?」

「そ、そこまで言っては───」

 

 

「──ダイヤの“普通”を、私に押し付けないで」

 

 

「…………って!!何をいい感じにまとめようとしてますの!?」

「あはは☆バレたバレたー♪」

「全く以って意味がわかりませんわ!」

 

 机をバシバシと叩きながら非難をぶつける私を意にも介さず、鞠莉さんは悪びれる様子もなく笑っています。

 

「…で?結局これをどうすればいいんですの?」

「読んで。知識を得て」

「は……?」

「さっきも言ったけど、ダイヤはウブすぎなんだよ。だからそれを読んで少しは免疫をつければいいんじゃないかなーって、ね♪」

「『ね♪』、じゃありませんわ!大体こんなもの何処で……」

「ホテルの館長室のデスクの上よ?」

「とんだエロ親父ですわね……」

 

 業務中に青年漫画ですか……淡島最大のホテルオーナーが聞いて呆れますわね。

 私は溜息をついて頬杖をつきました。

 

 そんな私に、鞠莉さんはただ一言。

 

「ねぇダイヤ───こっち向いて」

「……一体何です─────」

 

 

 その言葉は最後まで言えず

 

「っんんっ!!?」

 

 

 鞠莉さんに捻じ込まれた舌によって、遮られてしまいました。

 

 

 時間にして一瞬、口付けたという実感が訪れた時には既に唇は離れてしまっていて。

 しかも確実に───()()()()()()()()()()()()

 恐るべきことは、私がそれを、()()()()()()()()()ということ。

 

「ま、鞠莉さん今のは───」

「私からの、スペシャルプレゼント♡それじゃあね〜!」

「ちょ、お待ちに」

 

 私の言葉に返事をすることなく、鞠莉さんは手を振りながら軽やかに生徒会室を去っていきました。

 残された私は1人、未だに温かみの残る己の唇を指でそっとなぞる。

 

「………」

 

 ────全く以て理解不能、ですわね。

 

 机の上に残されたその漫画本を一瞥し、残しておくのもまずいと思いカバンに入れる。

 

 こんなことで悩んでる場合ではないのに。

 

 先日、この浦の星女学院が統廃合されるという話が持ち上がった。

 私は生徒会長としてこの学校を守ろうと活動を続けていますけれど───その最中、Aqoursというスクールアイドルが浦の星に誕生しました。

 

 認められるわけがない。だってそれは……

 

 

 私たちが“夢”見て、私たちを壊した“悪夢”。

 

 

 悪夢は私からたくさんのものを奪っていきました。

 

 夢、希望、友情、そして───鞠

 

「っ!!!」

 

 机を両の拳で叩き付け、回顧に走っていた思考を無理矢理現実へと引き戻す。

 

 ────何を考えているのでしょう

 

 そんな想いは、もう。

 

 

 

 そして何とも言えない思いを抱えながら、私は業務へと戻りました。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 部屋のベッドの縁に腰掛け、私は今日あったことを思い返していました。

 そして、机の上の本──先ほどまで読んでいたその本を見やります。

 

 それは今日、鞠莉さんが私に残していったマンガ本でした。

 

「───なんで鞠莉さんはこんなモノを」

 

 内容に関しては、正直私には理解しかねるものでしたわ。言い切って仕舞えば低俗、あそこまで品位を欠いたものをよく世に放てましたわね、と言いたい。あくまでも私の主観ではありますが。殿方がこれを見て喜ぶ理由は私には到底わかりません。

 

 だからこそ、わかりませんの。

 

 何故鞠莉さんは、これを私に見せたのか。

 

 

 

 ──『ダイヤはウブすぎなんだよ』──

 

 

 鞠莉さんに言われたこの言葉が、頭から離れない。

 確かに私は“そういった知識”には疎い自覚がありますわ。まだ必要ないと思っていますし、そもそも興味がありませんから。

 

 

 ────でも

 

 

 あの口付けが、私の頭をおかしくしてしまった

 

 

 今までの私ならこんな気持ちにはならなかったでしょう。

 

 

 ────“もっと知りたい”、なんて

 

 

 私の方が、悪いような気がしてきますの。

 無知が罪に思えてしまって、先程からモヤモヤが止まりません。

 

 

「ああもうっ!!」

 

 

 モヤモヤを晴らそうと叫びながら、勢いよくベットへと倒れこみました。そのまま寝返りを打ち、天井を眺めます。

 

 ───らしくないですわね、本当。

 

 フフッ、と自嘲的な笑みが零れる。

 こんなもので悩むなんて時間の無駄も良い所ですわ。もう今日は寝てしまいましょう。

 

 全てを放っぽり捨て、私は眠ることを選びました。

 “芽生えだした本心”に、嘘をついたまま。

 

 

 

 

 ───そして、恐怖の1日は始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 明くる日。

 今日は土曜日、しかし私にとっては休みなどではなく、“黒澤家”としての様々な業務を行わなければなりません。今日も朝から晩まで忙しいのです。

 

「お嬢様、おはようございます」

 

 住み込みの執事にドア越しに呼ばれ、既に身支度を整えていた私はその声に応えようとドアを開きました。

 

 

 

 ────それが、悲劇の始まりでした

 

 

「おはようござい…んまッ……!!」

 

 

 ドアを開いた瞬間に、何もない所で足を絡ませて、私は前に大きくつんのめってしまいました。

 体勢を整えようとして伸ばした両手は、ドアの前に立っていた執事を押し倒す形になってしまい────

 

 

「あいたた………ってんんんっ!?!?!?」

 

 

「あっ……お、お嬢様……いけません、このような所で……」

 

 

 ふと気づけばこけた拍子に、私は執事の上に乗り、左手は首筋に、右手は……

 

 

 ……この右手に触れる棒のような感覚…こ、これはもしかして、殿方には皆平等に存在するというあの────

 

 

 

 ───“逆刃刀(男○器)”!?

 

 

 

 ギュウッ!!

 

「んぁっ…!お嬢…様ァ……」

「わあああああああ!?」

 

 “ソレ”を握った驚きで、手放すどころかさらに握る力を強めてしまった私は、今まで聞いたこともないような声を聞かされて一気に心拍が早まっていくのを感じました。

 

 しかもタチの悪いというか奇跡的というか……私の右手は、その……し、下着の中に入っておりまして……直接、握っている…と言いますか…ってこんなことを実況している場合ではありませんわッ!!

 

 必死で手を抜こうとするも、ベルトに阻まれてうまく手が抜けない。

 ……って言うかどうやって入りましたの!?コレ!!

 そうしている内に、私の手は“逆刃刀”を弄る形になってしまい────

 

「あぁっ……あっあっ………」

 

 逆刃刀はどんどん───

 

「いいいいいやああああああああああ!!」

 

 自業自得極まりないのですが、あまりの嫌悪感に、私は咆哮を上げて力の限り右手を引き抜きました。

 

「も、申し訳ありませんでしたわッ!!」

「お嬢様……あと少しで、私も本気になってしまう所でしたよ」

「ほ、本気って……」

「しかしあの手捌き……お嬢様、なかなかのテクニシャンで御座」

「もう何も喋らないで!!聞きたくありませんわっ!!」

 

 余りにも気まず過ぎて、私はその場から逃げ出してしまいました。

 本当に、どうなっていますの……?

 

 

 

 

 居間へ顔を出すと、そこには既に上座に座っている父の姿が。

 

「お父様、おはようございます」

「おはよう、ダイヤ。随分と遅かったじゃないか」

「い、いえ……色々、ありまして」

「まぁいいが、今日のことで話がある。こちらへ来なさい」

「は、はい」

 

 多少不機嫌な様子を見せる父に少々怯えを抱きながらも、私は父の方へと歩み寄っていく。

 

 

 ────そこで、またしても。

 

 

「話とは何でしょおぉぉおおおおおおお!?」

 

 

 私は再び何もない所で足を躓かせ、またもや前に倒れてしまいました。

 

「へぶっ!!」

 

 私が倒れこんだ先は……

 

「……何をしているんだい?」

「……はっ!!」

 

 父の……股間の上。

 

「もももも申し訳ありませんッ!お父様!!」

「ふざけているのかな?」

「ちち違いますわ!!これは決してそんなつもりでは」

「じゃあ何故まだ顔をソコからあげないのかな?」

「はあわっ!!」

 

 焦りの余り、父の股間に顔を埋めたまま話してしまいましたわ……!

 そこから急いで飛び起きると、改めて怒りに満ちた父の顔を目にしました。

 

「……ダイヤ、改めて話をしようか」

「…………はい」

 

 

 朝から不幸ですわ、本当に……

 

 

 

 

 

「全く、本当にどういうことですの……?」

 

 父から解放され、部屋に戻ってきた私は1人呟く。

 父には体調が悪いということで、今日の業務を休めるようにしていただきました。

 

 やはりあんな偶然が2度も続くなんて、どうにもおかしいですわ。

 

 ───それにあの奇跡のようなコケ方。

 

 私はそれに、見覚えがありました。

 

「…………まさ、か」

 

 瞬間。

 

 ─────────♬

 

 

 着信を告げた携帯の音。液晶に映し出された名前は、まさしく今から連絡を取ろうとした人でした。

 

 

「もしもし、鞠莉さん!?これはどういうことですのよ!!」

『あっはは☆ その感じ……“なってる”みたいだね』

「やっぱり貴女がっ……!貴女私に何をしたんですの!?」

『……()()()()()()()、覚えてる?』

「昨日……飲んだ……っ!!!」

 

 

────『ダイヤ、こっち向いて』────

 

 

「あの時の……!」

『ンフフ♡ あれはぁ……“ラッキースケベを起こす薬”よ!』

「ラッキー……スケベですってぇ!?じゃあ今起きてるのは全部…!」

『そ♪昨日の薬アナタに飲ませた薬の効果よ!

今ダイヤは、“何をしても、スケベなことをしちゃう体質になってる”んだよ!』

 

 何てことをしてくれましたの!?

 これじゃあまともに生活出来ませんわよ!

 

『まぁまぁ。今日1日経てば効果切れると思うから。それまでの辛抱だね♪』

「1日も!?私は1日中この体質に耐えなければいけませんの!?」

『1日なんてすぐ終わるよっ☆』

「他人事みたいに言うのはやめてくださる!?」

『他人事だもーん♪ それじゃ!頑張ってネ☆』

「ちょっ、鞠莉さん!鞠莉さんっ!!」

 

 私の返事を聞くことなく、鞠莉さんは一方的に電話を切ってしまいました。

 結局その意図も、真意も掴めぬまま。

 私の元に残ったのは、“ラッキースケベ”という謎の体質だけ。

 

「………はぁああああ」

 

 深いため息を1つ。幸い(?)にもこの体質は今日1日で終わるらしい。

 業務も休みをもらったことですし、今日は一日中部屋にこもってしまいましょう。誰かと会わなければ、またあのような奇怪な現象が起こることもないはず。

 

 こうして私は、籠城戦を行うことに決めたのです。

 ……意味が違うというツッコミは受け付けませんわ。

 

 

 

 

 

 

 着々と時は流れ、1日の半分が終わりました。

 私は机に向かい、問題集片手にノートにペンを走らせていました。

 こんなにゆっくり勉強できているのは久々かもしれません。普段は業務や稽古の傍に、無理矢理勉強の時間を作り出している感じでしたから。

 

 

 ─────コン、コン

 

 

 部屋の戸を叩く音に、思わず体を竦めてしまいました。

 

「ど、どなたですの?」

『お姉ちゃん……大丈夫?』

「ルビィ……」

 

 そしてゆっくりと襖は開き……そこに立っていたのは、鮮やかな紅色の髪をした私の可愛い妹、黒澤ルビィが立っていました。

 

「どうしましたの?」

「お姉ちゃん、体調悪いって聞いたから……お粥、作ってきたんだ……」

「作ってきたって…これ、ルビィが?」

「うん。お腹空いてない?」

「ルビィ……ありがとう、いただきますわ」

 

 私の笑顔にルビィは安堵したようで、それこそ宝石のように輝く笑みを私に向けました。

 

 そしてルビィが部屋に入った瞬間───

 

 私は自分の“体質”を思い出しました。

 

 

「ルビィ!!いけませんわ!!」

「ピギィッ!!っあっ……!」

 

 私の突然の声に驚いたルビィは体勢を崩し、手に持っていたお粥の乗ったお盆を手放してしまいました。

 

「ルビィッ!!」

 

 今まさに倒れんとする妹と、お粥を救出するために私は椅子から立ち上がり、駆け出しました。

 

 しかし──────

 

「ふーっあぶないっ」

「何でキャッチするんですのおおおおお!?」

 

 火事場の馬鹿力というべきか、ルビィは空中にあったお盆を片手で受け止めてしまいました。

 しかし私は止まらない。

 そして再三私は足を絡ませて…

 

「ルビィ!避けて!!」

「へっ?お姉ちゃ─────」

 

 私の祈りも虚しく。

 私達は2人で床に倒れこんでしまいました。

 

 

「んっ……たたた……はっ」

 

 

 そして、私たち2人の体勢は……

 

 

 

「ゃあ……んっ……」

「!!!!」

 

 

 私がルビィの上に覆い被さり、右手は…ルビィの秘部に触れ、左手は……

 

 ……この指先で摘んだ突起…これはまさか、姫方のみ主張を激しくする───

 

 

 

 ───ルビィの、“アポロチョコ(○首)”!?

 

 

 

 こうして、冒頭のあの場面へと至ったわけです。

 

 

 

 

 

 

 

「鞠莉さぁああああああああああん!!!」

 

 

 名前を呼びながら、私はルビィを振りほどこうと試みますが、不幸にもルビィの足が私の身体へと絡まり、上手く抜けられないのです。

 無理に引き抜こうとすると、ルビィの秘部を刺激してしまい、さらに彼女を昂らせてしまう始末。

 

 

「おね、ちゃん……やだぁ……」

「ま、待ってくださいねルビィ、今すぐ引き抜きますからね!!」

「……っと……」

「えっ?」

 

 

 

「もっと──────してぇ…♡」

 

 

 

「なっ……!!」

 

 

 これは完全に────スイッチが入ってしまっていますわ……!

 何故!?これもあの“体質”の副作用とでも言うんですの!?

 

 ルビィの目はトロンと垂れ落ち、涎を滴らせて息を荒くしながら嬌声を私の部屋の中で響かせています。彼女の細身の体からは想像もつかないほど強い力で絡まれている私は、手以外身動きできない。

 

 この状況────どうすれば!?

 

 導き出された答えは、1つ。

 

 

 ───()()()()()()()()()()()()

 

 

「ルビィ……許してくださいませっ!!」

 

 

「んはぁあぁあああああああ♡気持ちいいよ、おねえ、ちゃああぁぁぁぁんっ!!」

 

 

 “そういうコト”の経験なんて、全くありません。ですが私はただ我武者羅に両手で妹を愛撫し続けました。

 ぎこちない私の手の動きにも妹は身をよじらせ、気持ちよさそうに声をあげています。

 

 そんな彼女の熱気に当てられて……私も、その気になってしまっていたのかもしれませんわね。

 途中から、一体どちらのために行為を続けているのかわからなくなってしまったんですもの。

 

 妹のためか、それとも──自らの背徳感による快感のためか。

 

 

 

 もう────どうにでもなれ

 

 

 

「おねぇ、ちゃんっあっ、あっだめ、くるっくるくるくる!はぁあああぁあああぁあぁああああああん!!」

 

 

 一際高い声を上げて、我が妹は────

 

 

 

 

 

 

「……かんっぜんにやらかしましたわ」

 

 我を取り戻した自分の目の前に広がっていた光景は、頬を上気させながら気を失っている妹と、汚く濡れた己の指先。

 この状況、どうやって収集を───

 

 

「おー、やってるヤってる♪」

 

 

「うわあああああああああああああ!?」

 

 ノックもせずに部屋に入ってきたのは鞠莉さん。ニコニコしながら私を見てきますが、私としては心臓が止まるような思い。

 

「なん!なん、なんで、こ、ここに……!?」

「ダイヤが心配だったからねー。どうなってるかと思えば……」

「これは、その……っていうか!元はと言えば貴女のせいですわよ!?」

「ほらほら、あんまり大声出すとルビィが起きちゃうよ?」

「っ……」

 

 相変わらずの飄々とした摑みどころのない笑みで鞠莉さんは笑いかけてきました。

 

「ダイヤもやっぱり変態さんだね☆」

「うるさいですわっ!!私は別にやりたくてやったわけではありません!貴女の“ラッキースケベになる薬”とかのせいで─────」

 

 

「────()()()?」

 

 

「………へ?」

「あれは、“ラッキースケベになる薬”なんかじゃない」

「う、嘘ですわ!!だって現に」

「確かにダイヤは今、ラッキースケベを起こす体質になってる。けどね、その理由はあの薬の、()()()()()()()()()()()()

「本当の……効能……?」

 

 

 面食らった表情の私に、鞠莉さんは不敵に笑いかけました。

 

 

「あれは───()()()()()()()、よ」

 

 

「───!!」

「寝る前に願ったことが、次の日になって叶う。そんな薬をアナタは飲んだのよ?」

「そんな……じゃあ……!!」

「願ったから、ダイヤはそんな体質になった」

「違う…」

「そうなりたいと、ダイヤは願った」

「違いますわ……!」

「もう素直にな」

 

 

「違うッ!!!」

 

 

 ────瞬間私は鞠莉さんを部屋へと引きずり込み、ベッドへと押し倒した。

 

 

「───今のは、偶然(lucky)?」

 

「いいえ───故意(ワザと)ですわ」

 

 

 ……本当はわかっていますの。

 あの口づけ以降、()()()()()()()()()()()()()()()()()ことくらい。

 

 

「……やっとその気になってくれたね」

「ここまで貴女の計画通りなんですの?」

「さぁ……どーだと思う?」

「どうでもいいですわ、そんなこと。

 

──さぁ、私に蹂躙される心の準備はよろしくて?」

 

 

「いいよ───ダイヤになら、何されても」

 

 

 私は、ずっとこの日を待っていたのかもしれません。

 

 鞠莉さんが、2年前に消えたあの日から。

 

 

 

 そして私たちは求め合う

 

 互いを愛し、慰め

 

 孤独を知ってボロボロになった体を

 

 互いの歪んだ愛で縫い合わせるように

 

 

 

 

 このあと私たちがどうなったのか────

 

 

 それはまた、次の機会にでもお話いたしますわ。




ダイ鞠莉っていいよね!!

っていうことで書き始めたはずなのに。
どうしてこうなったのか……
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
そして快く企画参加を承諾していただいた鍵のすけさん、改めてありがとうございました!
それではみなさん、残る短編もお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「馬鹿野郎ーっ!!国木田、誰を撃ってる!?ふざけるなーっ!!国木田ぁー!お前だけは理解していたはずだ、よしりこは正義!よしりこが必要!撃てぇー!千歌を、マリーさんを、そしてダイヤ達を撃つんだーっ!!」

前回に続き、企画に参加させていただきました凛キチと申します。3時間クオリティをお楽しみください。


ほんの数十分前までは、いつもの平和な部室だった。…あんなものが見つからなければ。

 

 

 

「……決まりだね。桜内 梨子、あなたが『レズ』です」

 

 

 

千歌の乾いた声が、部室に響き渡った。

 

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 

事の発端は、千歌が部室でそれを見つけたことだった。9人全員で大掃除をして、偶然見つけてしまったものだ。

 

「え〜っと…なにこれ」

 

「これは…()()()()()だよね」

 

「……」

 

 

2年生は困惑し、

 

「る、ルビィにはこういうのはちょっと早いかも…」

 

「大胆ずら…」

 

「よ、よよよ、ヨハネにはちょっと、し、し刺激が、つ、強すぎるようね…フ、フフフ…」

 

1年生は恥じらいを隠せず、

 

「っ〜〜〜〜!!こんなものは処分です!焼却です!シャットダウンですわ!!」

 

「ちょっと、ダイヤ落ち着いて…」

 

「wow…相変わらずこういうものには弱いのね、ダイヤ☆」

 

3年生は…まぁ、いろいろ。

 

 

彼女らのいう「こんなもの」がどんなものなのか全く触れないままここまで話してきた。ピンとこない方も多いだろう。だから今ここでハッキリと告げよう!部室には、部室には……

 

 

 

女性向け同人誌(R-18)が落ちていたのだ。

 

 

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

そんなこんなでこの本の持ち主は誰なのか暴くことになった。なぜならこれは18禁、高校生は買えない決まりがある。つまりこの本の持ち主は年齢偽称したことになるからだ。「このような悪事は認められないですわ!」といつになくハイテンションなダイヤの一言で、犯人探しが始まってしまったのだ…

 

 

そして冒頭へ戻る。

 

 

 

「桜内 梨子。あなたが『レズ』です」

 

 

 

なぜ梨子が犯人だとわかったのか、その過程は省こう。決して善子が口をすべらせ、梨子が薄い本を買っていたことを暴露したなんてことはない。本当なんです!信じてください!善子、お前は一週間の謹慎だ。

 

 

「ふふふ…そうよ、私が『レズ』よ」

 

逃げ場がないと悟ったのか、梨子は開き直り、何を血迷ったか「よしりこ」の素晴らしさを説き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いい?私はレズ。そして…新世界の神よ。もはやレズ、いや…『よしりこ』は正義。世界の人間の…希望」

     

 

 

 

「世の中は腐っている。腐った人間が多すぎる……よしりこの魅力を理解しない馬鹿が多すぎる…ならばなくさなければならない」

     

 

 

「人間は幸せになる事を追求し.、幸せになる権利があるわ。しかし一部の腐った者の為に不意にいとも簡単にそれが途絶える」

 

 

 

「…事故じゃない。腐った人間が生きている事による必然」

     

 

 

「悪は悪しか生まないわ。意地の悪い人間が悪事を行い、世にはびこるならば弱い人間はそれを習い自分も腐っていき、いつかはそれが正しいと自分を正当化する。悪は…腐った者は…なくすしかないのよ」

     

 

 

「レズになる権利それは皆に平等にある。いや、なくてはならないわ。それは他のカプ厨を攻撃したり、陥れたり、ましてや殺す事で得るものではないわ。互いの幸せの邪魔をすることなく、互いの権利を尊重し、個々の幸せを求めていくのが人間同士のあるべき姿」

     

 

 

「世間の目が変わってくれば人間も変わってくる…優しくなれる…」

     

 

 

 

「本来レズビアンは地球上で一番優れた生物として 進化していかなければならない。だが、退化していたのよ…」

 

 

 

「だから…私がやるしかない!この本を手にした瞬間思った!私は…この世界を変えるために選ばれた存在!」

     

 

 

「私にしかできない…!年齢を偽るのは犯罪なんて事はわかっているわ、しかしもうそれでしか満たせない!いつかそれは認められ正義の行いとなるのよ!」

     

 

 

「同人誌ひとつで世界を…人間を正しい方向へ導ける?私利私欲の為にしか使えない、自分の為にしか使えない馬鹿な器の小さな人間しかいないじゃない!……千歌ちゃん。貴方だってわかっているはずよ、人間には明らかに死んだ方がいい人間がいる。糖質は殺せるのに何故害のある人間

を変えることを悪とするの?」

     

 

「ここで私を捕まえてどうするの?千歌ちゃんが嬉しいだけじゃない?それはあなた自身のエゴでしかないのでは?」

 

梨子は自信満々に言ってのける。その佇まいはまさしく、「暗闇への案内人(ダークファウスト)」と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 

 

 

「違うよ」

 

 

 

だが千歌が放ったそのたった一言が、場の空気を、そして梨子の思惑をも切り裂いた。

 

千歌はそのまま続ける。

 

 

「梨子ちゃんは…ただの犯罪者だよ。私にもね、何が正しいか、間違ってるかなんてわかんないよ。だからね、私が正しいと思ったことを信じることにしたの。梨子ちゃんとおんなじ」

 

「そして私にとって、歳をごまかして()()()()本を買うことは絶対に悪だよ」

 

 

 

 

 

「…」

 

 

梨子は何も言わなかった。ただその顔は.「言っても分からぬ馬鹿ばかり…」とでも言いたげな表情であった。

 

 

 

「ふふっ…まぁいいわ。こいつがある限り…私の理想は潰えない!!」

 

 

梨子が不敵に笑い、机の上に置いてある「その本」へと右手を伸ばす。

 

 

 

 

その瞬間….

 

 

 

 

 

 

ビシッ……!!!!

 

 

 

 

 

「ぐぁっ…!!」

 

 

 

何処からか猛烈なスピードで飛んできた鉛玉が、梨子の右手を直撃した。手の甲から鮮血が迸る。

 

 

 

 

「うぅ……ううう!!!」

 

 

負傷した右手を押さえながら呻く梨子の眼前には…スリングショットを構えた国木田花丸の姿があった。

 

 

「お寺のカラスを追い払うのに使ってたやつ…こんな所で役に立つとは思わなかったずら」

 

 

 

「ゔ…」

 

 

 

 

 

「ゔ…ゔ…!!」

 

 

 

 

「馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉっ!!国木田、誰を撃ってる!?ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」

 

 

 

梨子の絶叫が部室全体に響き渡る。その時の顔は到底アイドルとは呼べないものだった。

 

 

「国木田ぁー!お前だけは理解していたはずだ、よしりこは正義!よしりこが必要!撃てぇー!千歌を、マリーさんを、そしてダイヤ達を撃つんだーっ!!」

 

 

もはや梨子の精神は完全に崩壊していた。そんな彼女に、花丸は冷たく言い放つ。

 

 

「善子ちゃんは…渡さないずら!」

 

 

そのままスリングショットを構え、弾丸を6発ほど放った。それらはすべて梨子の身体にクリティカルヒットし、傷だらけになった梨子はその場に倒れ伏してしまった。

 

 

「ちょっと、やりすぎよ!リリー…!大丈夫!?」

 

堪らず、善子が梨子の元へ駆け寄る。

 

 

「ゔ…よっちゃん…!」

 

梨子は反射的に手を伸ばし…

 

 

 

 

 

…ふにっ

 

 

 

 

梨子の手に柔らかい感触が伝わっていく。伸ばした手の先には、何の偶然か善子の発展途上な胸があったからだ。

 

 

 

 

それは孤独な闘いを終えた彼女へ、神がもたらした「幸福(ラッキー)」だったのだろうか?それとも…

 

 

…いや、そんなことはどうでもいい。

 

はっきりしているのはただ一つ。

 

今、この瞬間。

 

桜内梨子が幸福の絶頂にいること…ただ、それだけ。

 

 

「よっ……ちゃん……………」

 

善子の控えめな胸の感触を楽しみながら、彼女は静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……っていう夢を見た善子ちゃんは、しばらく梨子ちゃんと気まずくなっちゃったずら。

 

 

 

 

 

おしまい




こんなゴミを最後まで読んでいただき、誠にありがとうございます。
他の作家様方の素晴らしい作品を楽しんでいってください!今回は本当にありがとうございました。

「凛キチさん、くやしくないの?」

「あんなに構想練って、締め切りに間に合わせようって頑張って頑張って…それが0だったんだよ!?悔しいにきまってるじゃん!!」

締め切り遅れて申し訳ありませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金と男と恨みと女(体験版) 【あやか】

初めましての方はお初お目にかかります。
香月あやかと申します。
この度は拙作のページに足をお運びくださって、感謝の言葉もありません。
さて
この話は、他の作者様とは少し趣向が異なった作品になっていると思います。
個人的なキーワードは、「ラッキー」「スケベ」そして「フェチ」。
私がいかに捻くれているかというのが、作品から読み取れると思います。
そして、やや閲覧注意です。
どうぞお楽しみください。


世の中には、極稀に特異な体質を持って生まれてくる人間がいる――らしい。

 

曰く、体勢を崩すと、転んだ先で異性と何故か密着したり。

曰く、監視の目や天文学的確立を潜り抜けて、異性の着替えを目撃したり。

曰く、絶対に音で気付くはずなのに、異性が入っている風呂に無意識に突撃したり。

 

突発的に起きた「事故」であるはずの出来事を、強制的に「美味しい」イベントに書き換える力。

 

世間では、その力を畏怖と尊敬を以ってこう言い伝えている。

 

――「ラッキースケベ」と。

 

口調が伝聞調になってしまっているが、それは俺が実際にそんなやつにお目にかかったことがないからだ。

 

でも、

考えてみて欲しい。

 

もしも、もしもそんな奴が存在するとしたら――

顔も下の下で、まともに異性と話したこともなく、卑屈で根暗である俺がしようものなら、一発でムショ行き案件であるはずの事故が、こともあろうに頬を張られるくらいのお咎めだけで許されるなんてことがあるとするならば――

 

男として、そんなことは許しておけるはずがない。

 

この現代社会において、女性にあんなことをした場合、無罪放免あるいは国家権力が介入せずに事が終わるなんてことは絶対にありえない。

 

手前のその生まれ持った性質で、美味しい思いをするなんてことがあっていいはずがない。

 

 

だから俺は、「ラッキースケベ」という敵に対して断固たる態度で対峙する。

 

だから俺は、自ら「ラッキースケベ」の定義を書き換えてやる。

 

……自身の名誉のために言っておくが、決して僻みや妬みの類の感情によるものではないと言うことも知っておいてもらいたい。

 

 

 

今から諸君に聞かせる話は、とある出来事によって、人生に大きな転機が訪れようとしている俺と、俺を取り巻く少女たちの日常のごく一幕である。

 

「ラッキースケベ」に、特別な体質なんてものは必要ないのだ。

要は、「ラッキー」で「スケベ」であればいい。

社会的体裁や、個人の好き嫌いや、利用規約違反など知ったことではない。

 

……重ねて言うが、決して言い訳や屁理屈、良い逃れるための言葉ではないということも理解して頂けたら幸いだ。

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

3ヶ月前、両親が亡くなった。

正確には、行方が全くわからなくなった、と言った方が正しいが。

 

当時、大学の助教授とゼミ生の関係だった父と母は、そのまま恋愛の果てに結婚し、世界各国の美術・骨董品の研究者として地球を隅々まで飛び回っていた。業界ではそれなりに有名なコンビだったらしいが、彼らの好奇心を満たす逸品を探す旅費は機関から支給される研究費だけでは当然賄えず、給与の大概も惜しむことなく研究に注いでいたので、家が特段裕福だった記憶はない。

 

そんな両親が、ある日突然消息が掴めなくなった。

関係者や親戚がほうぼう手を尽くして探したらしいのだが、ついぞ生存は確認できなかった。

 

もともと家に全くいなかった両親なので、いなくなったと言われても特に実感は湧かなかった。

ぶっちゃけると、俺自身も深く考えていないというか、あまり信じていない。地雷原に乗り込んで案の定片足吹き飛ばされても、義足付けて笑いながら帰ってくるような父と母のことだ。そのうち何事も無かったかのようにひょっこり帰ってくるかもしれない。

 

問題は、形式だけの葬儀が終わった後のことだった。

 

両親の遺品を整理する課程で現れた、物置にみちみちと詰め込まれた世界の美術品や骨董品の数々。旅の先々で、仲良くなった現地の人たちに贈ってもらったものらしい。邪魔になるから捨てろと言っても頑として聞き入れなかった両親に対し、俺はそういったことに毛ほどの興味も無かったので、良い機会だとまとめて査定に持っていった。

 

もともと全部捨てようと思っていたものだ。いくばくかの小遣いにでもなればと、そんな軽い――本当に軽い気持ちだった。

 

 

 

 

翌月、俺の通帳の残高にはゼロが10個並んでいた。

 

 

 

 

 

一体何の冗談だろうか。

 

汚い袋に詰め込まれてた汚い石ころは、特大の宝石の原石だった。

 

小学生でも描けそうな落書きは、巨匠の幻の遺作だった。

 

子供の頃遊んだ記憶があるガラクタは、古代文明の重要な出土品だった。

 

強烈な悪臭のする厳重に封をされた塊は、超希少な香水の原料だった。

 

 

その後も、とんでもなく貴重なものが出るわ出るわ。

 

しかも、そんな仕事だから何が起きるかわからないので……と、平時からしたためてあった両親の遺書には、家の中の物は全て俺に譲ると書いてあった。

 

そうして俺は、突然大金持ちになった。

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

「くっ…………こんなことをして、タダで済むと思ってますの!?」

 

「ほう、タダじゃ済まないのか?そしたら俺はどうなるんだ?」

 

「お父様とお母様に報告して、警察に連絡します!

この私が受けた屈辱、牢屋の中で10倍にして返して差し上げますわ!」

 

「そうか……そしたら契約は不履行ということで、俺も出るとこ出るしかなくなるわけだが……

お前の両親への援助は打ち切り、お前もそれを納得した上で来たのに掌を返すなんて……

自分で決めた約束も守れないで、人の事をどうこう言えるのか?

これにサインしたのはお前自身の意思のはずだ。俺は決して強制したつもりはない」

 

「……そっ、それは……

でもだからと言ってこんな……」

 

椅子の背と一緒に後ろ手に縛られた両手に力を込めながら、目の前の女は俺を上目遣いに睨みつける。瞳には非難の色がありありと浮かび、俺への敵意が一瞬で見て取れる。

 

「こんなことをして、一体私に何をするつもりですの!?

事と次第によっては舌を噛みます!」

 

「まぁ落ち着けって。別に痛めつけようなんて考えてる訳じゃない」

 

「そんなこと言って、この間なんて私にあんなこと……」

 

こちらに向けた綺麗な顔がさっと朱に染まり、切れ長の翡翠色の瞳がうっすら潤む。

 

生まれ育ちの良さや、この女が生来持っていたであろうプライドの高さが、この状況を決して受け入れようとしない。

まぁ、そうでなくては困る。そんなに簡単に大人しくなってしまっては、復讐のしがいが無いというものだ。

 

「…………ん?いつの話だ?

生憎お前と違って記憶力がなくてな。気に障ったなら謝るから、どんなことをしたのか教えてくれないか?」

 

「わ、私にあんな格好をさせて、あああああんなこと……」

 

「指示語ばかりでさっぱりわからん。ちゃんと説明してくれ」

 

「くっ……この、っ変態!!」

 

真っ赤な顔で俺に精一杯の非難を浴びせる。

うむ、実に嗜虐心をそそる良い表情だ。

 

言ってしまえば、この女の本位か不本意か、なんて気持ちは関係ないのだ。

 

何故ならこの女――――黒澤ダイヤは文字通り「俺のモノ」なのだから。

 

 

 

 

「僕が融資しましょう。好きな額を好きな時に、無利息無金利でお貸しします。

その代わり、上の娘さん――ダイヤさんを僕にください」

 

非人道的な俺の言葉を、ダイヤの両親は真っ青な顔で聞いていた。

 

時間は、少し前に遡る。

俺は菓子折りを片手に、黒澤家の屋敷に乗り込み、開口一番そう言った。

 

この内浦の中でも古い歴史を持ち、元網元でもある名家――黒澤家。

ここら一体で様々な事業を展開しているということもあって、地元でもかなり裕福な家である。

 

――はずだった。

 

少し調べてみたところ、実は少し前に大きな取引で大損をしてしまったらしく、体勢を立て直すこともままならないほど窮していることがわかった。

 

だから俺は、「とある条件」と引き換えに全面的な協力を申し出た。

 

2人いる娘の内の姉の方、ダイヤの身柄の引渡し。

 

何のひねりも無く言ってしまえばこういうことだ。

 

「娘を売ってくれないか」と。

 

 

 

「っ、ふざけるな!そんなことが……そんなことが出来ると思っているのか!?」

 

我に返ったダイヤの父が、机を叩いて怒鳴りつける。

 

「決めるのはあくまでもそちらです。決して強制はしません。

ただ、負債はかなりの額ですよね?1日2日働いて返せるような金額ではないはずです。

それを分割で、お貸ししようと言っているのです。それも無利息無金利無期限で。」

 

「額や金利の問題ではない!この世のどこに、娘を担保に金を借りる両親が居ると思っている!?

娘はやらんぞ!帰れ!」

 

「別に獲って食おうだなんて言うつもりはないんです。

言うなれば保証人です。事業が息を吹き返し、軌道に乗り直すまで、お嬢さんをこちらで預からせて頂きたいのです。勿論、僕も一人身なものですから、身の回りの簡単な手伝いなどはお願いするつもりですが……」

 

「何度言われようと同じだ!帰れ!」

 

流石は名門の家長と言うべきか、建て直しのために奔走しているはずなのに疲れも見せず、殺気にも似た圧力を俺にぶつけてくる。

 

そりゃあ娘は大切だろう。あそこまで美しく優秀に育ったならなおさらだ。

 

だから俺は、悪魔のささやきのごとき言葉を紡ぐ。

 

「……いいんですか?あなたは従業員数千人を抱える、いわば大家族の家長でもある。今ここで僕の話を断るということは、それだけの家族を見捨てることと一緒だと思いませんか?

多くの人を路頭に迷わせて、それでもあなたは娘さん達の前でいい父親でいられるのですか?」

 

案の定、仕事の話をすると彼は言葉に詰まる。うろたえた所へ、俺は更に追撃する。

 

「あなたからダイヤさんの全てを奪おうだなんて考えている訳ではありません。親権はそのままにしておきますし、好きな時に家にも帰って来られるようにもするつもりです。

少しの間だけ、お嬢さんを僕に預けて頂くだけで、全ての従業員も今まで通り養っていくことができるんですよ?」

 

 

 

「…………ダイヤに聞いてみる」

 

 

 

様々な気持ちがグチャグチャになって、泣きそうな表情を表情をする父と母。

しばらく黙った後、今にも消え入りそうな声でそう呟いた。

 

そしてその1週間後、黒澤ダイヤは保証人になることを承諾し、俺の家へとやってくることとなった。

 

そして――

 

 

 

 

「……それで、今日は何をさせるつもりですの?」

 

椅子に座り、手を縛られたままのダイヤが鼻を鳴らす。完全に軽蔑されている表情だ。

まぁ、普通に考えればわかる。彼女を家に迎えてから、俺はダイヤに恥辱の限りを尽くしてきたからだ。

 

わざと羞恥心を煽るようなことも、全てわざとやっていることである。

 

これも俺が大富豪になったからこそ出来るようになった、彼女への「復讐」のためである。

 

 

 

 

 

実は1年ほど前、俺は彼女に一度告白している。

 

凛とした佇まい。

 

流麗な黒髪に、聡明さを感じる翡翠色の瞳

 

眉目秀麗、文武両道

世の中に数多ある、優れたものに対して使われる四字熟語は、全て彼女のためにあるのではないかと錯覚してしまうほど。

容姿、文武、家柄。

 

あらゆる面で、彼女は完璧だった。

 

そんな彼女に対し、平々の凡々だった俺が憧れを抱くのにそう時間はかからなかった。

 

決して手の届くことの無い高嶺の花

 

でも俺は、この気持ちを心のうちにとどめておくことがどうしてもできなかった。

 

 

『黒澤ダイヤさん!好きです!

俺、貴女に憧れているんです!

これ、読んでください!』

 

 

ある日の放課後、俺は彼女が通っている「浦の星女学院」の校門前でダイヤを待ち、出てきた所に合わせて、書いてきた手紙を渡して告白した。

 

ワンチャンあるだなんてことも、微塵も考えていなかった。俺と彼女では立場が違いすぎる。

ただ知っておいて欲しかった。

 

それで後日、「ごめんなさい、お気持ちは嬉しいのだけど……」と笑顔で断られるまでを頭の中でトレースした上で臨んだ告白だった。

 

 

 

 

『私忙しいの。話しかけないでくださる?』

 

 

 

返ってきたのは、極寒の言葉の礫だった。

 

『……え?』

 

思わず顔を上げると、氷点下の視線をぶつけてくる彼女の綺麗な顔があった。

 

『こんなものまで……困りますわ。

もう二度と、こんなことしないでくださる?』

 

中身も改めないで、手紙を突き返される。

そして彼女は、こちらに一瞥もくれることなく背中を向けて歩き出した。

 

塩対応なんてレベルじゃない。

ハバネロも裸足で逃げ出すくらいの激辛具合だった。

 

俺は渡せなかった手紙をつまんだまま、校門の前からしばらく動くことができなかった。

 

それからのことは、あんまり覚えていない。

 

ただ、胸の内に残ったのは、敬愛の気持ちを踏みにじられたという屈辱と、彼女へ対するどうしようもない怒りだった。

 

勿論、俺にだって悪い部分はある。彼女のことをろくに知りもしないくせに、頭の中で勝手に自分の都合の良い偶像を作り上げ、勝手にそのギャップに打ちのめされているのだから。

 

それにしても――

 

『あれは、あまりにもあんまりだろ――っ!?』

 

あの視線――汚らわしいものを見るかのようなあの冷ややかな視線。取り付く島もない非常な言葉。あの態度を思い出す度、腹の底がかっと熱くなる。

 

可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったものだなと思う。こうして180度反転したエネルギーは、行き場を失って制御することが出来ない。

 

『…………復讐してやる』

 

いつか、

いつか復讐してやる。

 

あの綺麗な顔を屈辱に歪ませてやる。

あの日俺にしたことを、手をついて謝らせてやる。

俺が受けた恥辱を、利子を付けて返してやる。

 

 

そして今、それがようやく果たせつつある。

両親の残してくれた、莫大な遺産によって――――

 

 

 

 

 

「まぁまぁ、とりあえず良い時間だし、飯でも食いながら話そう。」

 

相変わらず衰えない敵意の眼差しをかわし、俺はいそいそと台所に立って夕食の準備を始める。

 

自慢するわけではないが、小さな頃から両親がほぼいない家庭で育ったため、料理洗濯をはじめとした家事はほとんどひとりでこなすことができる。

それこそ、ダイヤよりできる。

手伝いの名目でこの家にやられたのに、家主が自分よりも堪能であることも、彼女にとっては面白くない理由のひとつでもある。

 

 

「……よし、出来たぞ」

 

そうして出来た料理を、机の上に並べていく。

今日はシンプルにハヤシライスとスープにした。

 

ちなみに余談だが、俺はハヤシライスはほとんど煮込まない派だ。

さっと作って、香りを楽しむのが好きだったりする。

 

席について両手を合わせ、いそいそと食べ始める。

うむ、さっと作ったものだが、なかなか上手にできたと思う。

火がギリギリ完全に通っていないタマネギの食感も良い感じだ。

 

 

 

「…………もしもし?」

 

「…………?なんだ?食べないのか?」

 

せっかくダイヤの分もちゃんと準備しているのに、彼女は全く手をつけようとしない。

 

「食べないのか?じゃありませんわ!お忘れかもしれないけど、あなた私の両手を縛ったままでしてよ!?」

 

「……あぁ、そう言えば……」

 

勿論忘れていない。

 

 

 

「それじゃあ、そのまま食べろ」

 

「……なんですって?」

 

 

大きく目を見開いてこちらを見つめるダイヤ。それを俺は意地悪な笑みを貼り付けて見つめ返した。

 

「それは、そのまま、食べるんだ。

 

見ててやるから」

 

彼女の顔からさあっと血の気が引いて、その後すぐに真っ赤になった。

 

「んな……んななな、なんて――」

 

「別に難しいことじゃないだろ?どっちも平たい皿に盛ってるから食べやすいぞ」

 

「そういう問題ではありませんわ!

私に……この私に、手を使わずに食事をしろと、そう言ってますの!?」

 

「だからさっきからそう言ってるだろう」

 

「そんな……」

 

白磁のような透き通る綺麗な頬が、羞恥で真っ赤に染まる。

 

「お腹すいてないの?」

 

「空腹で倒れそうですわ!

朝昼を抜かれたのはこのためだったのですわね!?」

 

絶妙なタイミングで鳴った腹の虫も加わり、涙目で怒鳴りつける。

 

「……食べたくないの?折角作ったのに……」

 

「べっ、別に食べたくないというわけでは……

兎に角、これを解きなさい!」

 

じたばたする彼女を見かねて、俺は皿のハヤシライスをスプーンで小さく掬うと、ダイヤの口元にもっていった。

 

「ん」

 

「こっ……こここここれは」

 

限界まで赤くなってたはずなのに、これ以上があったらしい。

 

さっき切ったトマトよりも遥かに赤い。

 

「ほら、冷めるから」

 

「た、食べられませんわ!

だってそれ、あああああなたの……」

 

真っ赤になってイヤイヤと首を降るダイヤ。

ううむ、埒があかない。

 

「だいたい、どうしてこんなことをするんですの!?

私に恨みでも――んむっ!?」

 

わざわざ朝食も昼食も抜いておいたのに、このままでは意味が無い。

仕方ないので、その小さな口にスプーンを無理矢理捻じ込んだ。

 

「――――っ!」

 

突然の俺の暴挙に、目を白黒させるダイヤ。ゆっくり口からスプーンを抜くと、恨みがましい視線をおくりつつも、大人しく咀嚼している。お気に召したらしく、一瞬だけ顔がほころぶのも何ともまぁ可愛らしい。

 

「…………美味いか?」

 

「……まぁまぁですわね。

作ったのがあなたでなければもっと美味しく頂けたのに」

 

ダイヤはすぐには質問に答えず、しばらくもぐもぐして嚥下した後、ようやく憎まれ口のような感想を返してきた。ちゃんと食べてから返事をよこすあたり、育ちの良さがこういったところからも伺える。

 

「……まだ食べるか?」

 

再び小さく掬い、彼女の口元に持っていくと、頬を染めながら小さく口を開けた。当初の目的とは少し違った趣向になってしまったが、これはこれで恥ずかしそうなダイヤが堪能できて非常に楽しい。しばらく、このままにしておくことにした。

 

 

「……餌付けみたいだな?」

 

「もくもく…………んっ。

最悪ですわ。恥ずかしいやら情けないやらでどうにかなってしまいそう。

 

あなたのような外道に慰み者にされてると思うだけで反吐が出ますわ」

 

「……そうかい」

 

行儀良く口の中の物を全部飲み込んでから、反射的に悪態をつく。睨みつける表情もまた綺麗なダイヤを、俺はニヤニヤしながら眺めていた。

 

ちなみに慰み者にされているなどと困ったことを言っている彼女だが、慰み者にされているのはどちらかと言えば俺の方だったりする。

 

 

 

 

そしてここだけの話、本人はバレてないつもりでいるらしいのだが、実はダイヤ、夜な夜な俺への呪詛を呟きながら自分を慰めているのだ。

 

ご丁寧に下着も自分で洗ったりしているが、俺の目がそんな小細工で誤魔化されるはずもない。

 

というより、部屋の隠しカメラにバッチリ映っているので誤魔化しようもないのだが。

自分のあられもない姿が映像に残っていると知ったときどんな反応をするのか、今から楽しみで仕方ない。

 

つまり何が言いたいかというと、俺への恨み言を吐きながらも結局ダイヤも楽しんでいるのだ。

その日自分がされたことを思い出し、火照った身体を夜中に弄っている。

羞恥が快感に自動変換される、生粋のドMなのである。

 

俺を憎んでいるのは本当だろう。ただ、彼女自身にまだその自覚が無い。

それがわかっているものだから、日中俺に対して気丈に振舞う彼女が可笑しくて仕方が無い。

 

 

「あなたのような屑なんて、今に天罰が下りますわ。

今ならまだ許して差し上げますから、早くこの縄を解いて私を――んむっ!?」

 

唇の端についていたソースを人差し指でおもむろに拭うと、そのやかましい口を塞ぐように突っ込んでやった。

 

「~~~~~っ!」

 

突然の異物感に、両の目を限界まで見開くダイヤ。何やら抗議の声をあげているらしい彼女を無視して、口腔内をなぞる。

 

第二関節まで沈めて、指の腹を使って口内の上の方――正確には「硬口蓋」というらしい場所――を引っかくように擦ると、ダイヤはうわずった吐息を漏らした。そのまま抵抗されないのをいいことに、俺は狭い口内を蹂躙する。

 

それにしても流石というべきだろうか。育ちが良いせいか、完璧な歯並びだ。関心しながら、そのエナメル質の滑らかな表面を内側から堪能する。

 

 

そして諸君、お気付きだろうか。

 

普通であれば、ここまで俺の好きにされる必要はないのだ。歯のひとつでも立ててやるだけで、痛みに耐性の無い俺はすぐに指を引っ込める。

 

 

ところがこの女は、

 

 

「――ぁ……んっ……

んむっ……っぷぁ――」

 

ご丁寧に舌まで絡めてくる。

 

小さな顎を親指と中指で挟むと、さしたる抵抗もなく口が開く。蛞蝓が這ったように濡れた指が、ダイヤの長い舌に捕まっていた。煮詰めたように熱いドロドロの唾液が、重力に従ってぱたりと垂れる。

 

人間は興奮すると口内の水分が失われて、唾液の粘度が上がるらしい。こうして口から抜いた指が未だに舌と銀の糸で繋がっているのは、どう解釈したものだろう。

 

少し背中を押してやるだけで、いとも簡単にスイッチが入る。

これをマゾと言わずして何と言うべきか。

 

「はぁ……はぁ……」

 

顔から手を離しても、彼女は変わらずこちらに軽蔑するような、それでいてどこか期待しているような視線を向けながら息を整えている。

 

濡れた瞳、上気した頬、乱れた吐息、震える身体、擦り合う脚。

 

たかが夕食、たかが戯れ、たかが一時の気の迷い。

 

少し遊んだだけなのに、全身から匂い立つような色気を醸すダイヤ。

それでいてなお、彼女は美しかった。

 

 

「……もしもし?私、喉が渇きましたわ。

よかったらお水を頂けなくって?」

 

こちらが見惚れていると、不意に声をかけられた。

鼻にかかった、掠れた声。それがどうしようもなく官能的で、俺の感情を揺さぶってくる。

 

これでは、どっちが楽しんでいるのかわからなくなってきた。

 

俺は冷蔵庫からミルクを取り出し、容器に注いで彼女の前に置いてやった。

 

「……これですの?」

 

「生憎これしか持ち合わせが無くてな。今日はそれで我慢してくれ」

 

「よくもまぁ、そんなことをいけしゃあしゃあと……

 

――この入れ物、猫用のではなくって?」

 

信じられないといった目で、俺と、ミルクが並々と注がれた容器とを見比べるダイヤ。

 

しかし、その口の端は歪に吊り上がっている。机の下から聞こえる衣擦れは、太ももを擦り合わせている所為だろう。

 

全くもって救えない。俺も、この女も。

 

「……いいですわ。どのみち、貴方には逆らえないんですもの。

頂きましょう。髪を耳にかけてくださる?」

 

顎を少し持ち上げ、挑発的とも取れる笑みをこちらに向ける。俺はおそるおそる彼女の髪に触れ、こめかみから流れている髪を掬って耳にかけた。

 

「んっ……」

 

肌と肌がわずかに触れ、彼女が悩ましい声を漏らす。スイッチの入った彼女は、その動作ひとつひとつが狙っているのではないかと思うほどあざとい。女子と接する機会が今までほとんどなかったということもあり、こちらも平静を装うので精一杯だ。彼女の豹変には、立場的優位もほとんど意味がない。

 

「こんなことをさせられて……あまつさえ貴方に見られるなんて、顔から火が出そうですわ……」

 

チラリとこちらに一瞥をくれたダイヤは一瞬躊躇うような仕草を見せたが、その蕩けた綺麗な顔を机へと近付けていき――

 

舌を液面に這わせ、ミルクを飲み始めた。

 

 

換気扇と、遠くから聞こえる車のエンジン音。それしか聞こえなかった部屋に、ぴちゃぴちゃと小さな水音が混ざる。

 

手を使うことを許されず、動物の使う器で、それを憎い相手に見られながら飲まされる。

こんな屈辱的なシチュエーションが他にあるだろうか。

 

しかし、彼女は――

 

「んっ……んぐ、んくっ……はぁ…………あんっ、んっ……」

 

荒くなる呼吸で、上手く飲むことが出来なくなっているみたいだ。

 

口の端からは飲みきれなかったミルクが零れ、非常にまずい絵面を作ってしまっている。瞳からは徐々に光が快楽に塗りつぶされ、奥が欲望でドロドロに濁っているのがよくわかった。

 

「…………っ、ぷは」

 

そうして顔を上げた彼女と目が合った時、驚いたのは今度は俺の方だった。

瞳は寝惚けているかのようにトロンとしているのに、その奥では快楽の炎が揺れていた。口の端から垂れているミルクを見せ付けるように長い舌で舐め取って、少女のような、小悪魔のような笑顔を浮かべている。

 

ドクンと、俺の心臓が跳ねる。このままもっと彼女を辱めたら、一体どうなってしまうのだろうか――

 

 

「…………それで、次は何をご馳走してくださいますの?」

 

小首を傾げながら、ダイヤが愛する人に話しかけるような口調で尋ねてきた。

 

それに対し、俺は黙ったまま――

 

冷凍庫から取り出した棒アイスを彼女の鼻先に突き付けた。

 

「……デザートなんてどうだ?」

 

 

「――――貴方って、本当に、ほんっとうに最低ですわね」

 

そう言った彼女の顔は、今まで見た中で一番嬉しそうに見えた。

 

 

宴は、まだ始まったばかり――

 

 

 

 

 

□ ■ □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

「……っ、あの男……っ!最っ低!っあん……最あく……んんっ!ですわ…………っ!

この、私に……っ、この黒澤ダイヤに……はぁっ……っ!あんなことを、させてっ…………んっ……

タダで済むと……んぁっ……思ってますの……っ、くぅぅ……

いつか……っ、ああん……!絶対に……っ、後悔……っ、ふぅ――んっ、させて、差し上げますから――っ、あっ、んっ、あっ、んんっ……

 

んん―――――――――っ!!

 

 

……はぁ、はぁ、はぁ…………

 

本当に、最低、ですわ……」




体験版と言うことは……
お楽しみに!!!!(

企画はまだまだ続きます。そちらも是非楽しみにしていてください!

最後になりましたが、3回に渡って企画を主催してくださった鍵のすけさん、読者の皆様、作家陣の方々、そしてラブライブ!さんしゃいん!!を生み出したスタッフの方々に、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました!
どうか、最後までお付き合い頂けたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幸せで不幸な人間と餌食なるAqours 【ウォール】

今回も縁あって参加することになりましたウォールです。
”僕なり”のラッキースケベです。

どうぞごゆっくりお楽しみください。


......僕は不幸な人間だ。

いや、この話を友達なんかに言うと『ふざけんなてめぇ!!そんなこと俺ら”男”にとって夢であり幸せなひと時を過ごせる最高のハプニングなんだよ!羨ましすぎるんだよコンチクショー!!』なんて壁ドンされることもしばしばあるから、あまり多言はできない。

 

 

 

 

 

 

 

でも、わかって欲しい......

”ラッキースケベ”は心身ともにすり減らす危険なハプニングだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなラッキースケベを実は楽しんでやっているという自分もいることを。

 

 

 

 

そう、僕は不幸な人間なんかではない。

とても幸せ者な変態であり、苦労者なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─── 幸せで不幸な人間と餌食なるAqours ───

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ一回休憩入れようかー!」

 

 

 

 

 

 

 

今日も今日とて浦の星女学院のスクールアイドル”Aqours”は、ギラギラとコンクリートを熱する炎天下の中で練習をしていた。

 中学時代の同級生の”高海千歌”からお願いされて彼女たちのサポート役としてお手伝いすることになり、今はこうして彼女たちのスポーツドリンクを運んでいる。

 

 

「ねぇ早くこの堕天使ヨハネにもウォーターライズ(スポーツドリンク)を配りなさいよね」

「はいはい待っててね~そんなに焦らなくてもちゃんと配るから」

 

 

 

 休憩が始まってすぐに地べたに座って謎の厨二病の用語を駆使しているのは”津島善子”ちゃんといい、僕と同じ高校一年生の女の子だ。

その彼女に急かされて、僕はクーラーボックスから冷え冷えに冷え切ったスポーツドリンクのペットボトルを人数分を取り出す。

 

 

「あ、私も手伝うよ。君にばっかり雑用任せるのは良くないから」

「え?いいよ”梨子”ちゃん。そのための僕なんだからさ」

「いいから私にも手伝わせてよ!これ私が配ります〜!」

 

 

 こうして謎に意地になって僕の仕事を奪おうとするのは”桜内梨子”さん。音ノ木坂という”μ`s”が生まれたあの高校からの転校生の彼女は、僕が持ってるペットボトルを無理やり奪って今度はそれを僕が奪い取る。

 

...駄目だ、これは僕の仕事なんだ

 

 

 

「私もするよ!ずっと私たちのダンス見てくれたりタイム計ったりしてくれてたんだからこれくらい私が!」

「や!これは僕のお仕事!」

「ありゃありゃ...また梨子ちゃんあの子と言い合いしてるよ...」

「仲いいのか悪いのか...」

 

 

 僕たちの子供じみたやり取りを傍で眺めている千歌ちゃんと”松浦果南”さんは自分のタオルで汗を拭き取る。

それでも僕と梨子さんの子供っぽいやり取りはヒートアップし、クーラーボックスの引っ張り合いを続けている。

 

 

 

 

と、

 

 

 

 

 

「あっ!」

「きゃぁっ!」

 

 

 

 

 

 引っ張り合いになった結果、僕が引っ張っていたクーラーボックスのベルトが引き千切れて中身ごと空中へぶちまけてしまった。

そういえばベルトがそろそろ切れそうだな、なんて”渡辺曜”さんあたりと先日話していた気がする。

って!そんなことはどうでもよくて、なんとか中身を零さないように、且つ誰にも被害が及ばないように全力で拾わなくては!!!

 

 

 

 

......なんてことを頭の中で数秒間費やしているうちに、クーラーボックスの中身の十本以上のペットボトルが宙を舞い、”何故か”しっかり閉めていたはずのキャップが外れて中身の液体も同様に舞っていた。

 そしてその落下地点の先には僕と引っ張り合いをしていた相手がいらっしゃいまして......

バッシャァァァ!っと豪快にドリンクを豪快に被った時には時すでに遅しだった。

 

 

 

「あ......」

「.........」

 

 

 

当の本人が呆然唖然としてる中、僕だけでなく皆の視線を一気に集めてしまう。

 

 

 

 

 

「ちょっとこれどうしよう!!びしゃびしゃじゃないの!」

「で、でもさっきまで練習してて汗かいてたんだから丁度いいシャワーになったんじゃないのかな?スッキリしたでしょ?冷水シャワー的な意味で」

「そんなわけないでしょ!!君が素直に私にも手伝わせてくれないからこうなったんじゃないの~!」

「ですからそれは僕のお仕事だと何度も———」

 

 

 

 

 そこで話している途中、梨子さんのとある一点に目を向けてしまい思わず目を逸らしながらも指をその部分へ抜けて指し示す。

僕のそんな不自然な態度に疑問を持ち。差された指の方向へ視線を辿ると......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————スポーツドリンクでずぶ濡れになったことで衣服の下が透けて見えている状態、つまりTシャツの下のピンク色の下着がぴったりと張り付きながら自己主張をしていた。

 

 

 

 

「きゃっ!?君はどこ見てるのよー!!」

「うぇっ!?僕はそんなつもりは───」

 

 

 

 

その後のセリフはバチンッ!という破裂音に遮られて一瞬視界がグラつき、左頬に強烈な痛みを感じた後に『僕は叩かれた』ということを自覚した。

 

 

 

「もー君はいつもそうなんだから〜。そんなんじゃ本当に変態扱いされちゃうよ?」

「で、でも僕はそんなつもりはないよ?」

「そんなつもりは無くても周りのみんなからはそういう目で見られてるのに?」

 

 

曜さんに指摘され、「え.....?」と叩かれた頬をさすりながらぐるりと見渡す。

 

 

 

「そ、そそういうのは良くないんじゃないかな〜。」

「いつもの事だけど貴方の行動は狙っているようにしか見えないずら」

「本当に下劣ですわ。堂々と女性を辱めて何が楽しいのです?」

 

 

"黒澤ルビィ"ちゃんは、ジト目で睨んでくる同級生"国木田花丸"ちゃんの背後に隠れながら苦笑いを浮かべ、僕が最も尊敬する高貴な女性でルビィちゃんの姉"黒澤ダイヤ"さんは軽蔑された目で僕を見ていた。

 

 

───あぁ、ダイヤさんにそんな目で見られるなんて快感だ.....じゃなくて!!!

 

 

ここでダイヤさんに悪印象を与えたままだと仲良くできなくなる!!それは困る!

だから僕はみんなに弁明しようと(主にダイヤさん)彼女達の前に踏み出して、

 

 

 

 

 

「待ってくださいよみんな!僕は───」

 

 

 

 

 

 

ビチャ。

 

 

 

という水たまりを踏んだような音がした。

そういえば先程零したスポーツドリンクを掃除されてないままだから、

 

 

 

「ヤバ!しまったー!」

「ちょっと何をなさってますの!!」

 

 

ツルッと豪快に足を滑らせた僕に駆け寄ってくるダイヤさんを見ながら僕は彼女に手を向ける。

そして、"何か"に引っ掴んだまま地面へ顔を激突させる。

 鼻頭からしっかりと。骨が折れたんじゃないかと思わせるくらいインパクトの強い激痛。

 

 

 

 

 

「いっててて...これだから滑るのは嫌なんだよなぁ~。滑るのはネタだけにして欲しいよ。」

 

 

 

 

 何はともあれ、むくりと体を起こして...周辺を見渡すとなぜかみんなが赤面して、ルビィちゃんは何故か僕の手を指さして『あわあわ...』とあたふたし、そしてあの”小原鞠莉”さんですらも目を逸らしている。

 よくわからないけど、嫌な予感がしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

「.......なにか、」

 

 

 

頭上。いつもよりトーンが低く、とても声の先へ顔を上げたいとは思えない様なドスの効いた女性の声。

ぞわりとトリハダが立ち、ゆっくり僕は後ろへ数歩下がる。

 

 

 

「なにか言う事はありまして?」

 

 

 

憤怒、羞恥。

声だけでその感情が含まれている事はわかった。

何をしたのかは多分ルビィちゃんが指さしていた僕の手を見ると......

 

 

 

 

 

 

────”誰か”のミニスカートと黒い布らしきものを引っ掴んでいた。

 

 

 それが誰のモノかはもう考えなくてもわかるよね。

僕はおずおずと立ち上がり、右手に掴んだスカートと...多分スパッツ。

それを彼女の前にすっと差し出してこう言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、ダイヤさんの割にはなんとも可愛らしい猫さん柄のおパンツを履いていらっしゃいますね~」

「なっ!!なっ!!なんて...!!」

「あ!け、決してバカにはしてませんよ!!ただ、僕のダイヤさんのイメージ的には黒くてスケスケアダルティパンティーにガーターベルトが定番かなぁと———」

「なんですのそれは~~~~~!!!!!」

 

 

 

 僕は何も間違ったことは言っていない。

昔から嘘を付いてはいけないという教育的指導の下、僕は嘘を付かないようにしているのであってダイヤさんを怒らせるようなことは———

 

 

 

 

「貴方はハレンチですわ!!身の程をわきまえなさい!!!」

「ぶひぃぃぃぃぃぃっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 当然、ダイヤ様からのグーパンチを頂き軽く意識が飛ぶ中、僕が最後に見たものはダイヤ様が僕を蔑む様な目で「さいっていですわ」と罵りながらスパッツとミニスカートをはき直している姿だった。

 罵りながら履き直すあたり、可愛いと思いながら......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~☆★☆~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!!!!ここは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると『和』の雰囲気を漂わせた木材の天井。

見た事あるような無いような天井を見ていると少しずつ手足の感覚が戻ってきたような、

 

 

 

 

(うわ.....なんかすげぇ痺れてる。変な寝方してたかな)

 

 

感覚はあるのだが、右手と左手がビリビリと走っている為、思う様に上手く動かせない。

.....というか、両腕に何かのっかっているような気がする。

 

 

柔らかくて人肌のようなほんのり暖かい感触。それが一定のリズムで上下し、何がのっているのかとりあえず手でそれを動かしてみる。

 

 

 

「ひゃあうっ♡」

「ふわぁあっ♡」

 

 

 

 ぷにゅぷにゅと形を変えると同時に誰かの艶めかしくて扇情的にさせる甘ったるい声が耳に響く。

甘ったるい声が...その、所謂”感じてる”ということを意味していると理解したのはしばらくその弾力ある柔らかい”ナニか”を揉みしだいている時。

 そして何を揉んでいるのかもすでに理解。

 

 

 

────止めなければならない。

 

 

 脳ではアラート音がビンビン響いているのにどうしても触れている両手は揉むのを止めない。

だって女の子のおっぱいなんて普段から触れるような代物じゃないぞ?あ、今おっぱいって言ってしまった。

 

 

 でも今誰のおっぱいを揉んでいるのかわからない。動くのがめんどくさいので首だけ動かして腕の先を辿ると.........

 

 

 

 

「...ルビィちゃんと花丸ちゃん?」

「あっ、んっ……あっ、ああっ……くっ、んっ……あ、あぁん……ひぁあっっ!」

「あっ……ああっ……んっ、ああっ……あっ……」

 

 

 つい数か月前までは中学生だった二人の発育途中のおっぱいをこれでもかと遠慮なしに揉みながら涎を啜る。

...うん、僕は最初からそんなつもりはなかったんだ。目を覚ましたら二人が僕の隣で寝ていて丁度手に力を入れたら”たまたま”ルビィちゃんと花丸ちゃんのふくよかなお胸さんがあって。

 

 

だからこれは事故なんだ。僕は悪くない。

というかなんでここで寝てるの?

 

なんてことを脳内で弁解しながら満面な笑みで触っていると、

 

 

 

「...な、何をしているのかな?人の部屋で...」

「え?あれ?千歌ちゃん?それに人の家ってことは...」

 

 

 

 

 声がした方に首をずいっと向けるとそこには中学からの同級生千歌ちゃんが腰に手をあてて軽蔑した目で僕の顔を見ていた。

...うん普段からそういう表情をしない彼女から、そういった目で見られるとなんとも興奮してしまう。

 

 

「ねぇ君は私の家でなんで花丸ちゃんとルビィちゃんにいやらしいことをしてるのかな?」

「え?いや、その...これは事故と言いますか、偶然が重なっちゃったと言いますか」

「でも気づいてからずっと触ってたよね?私ずっとここにいたから知ってるんだけど...」

 

 

なんと、千歌ちゃんは部屋の隅でずっと僕の行動を見ていたのか!

恥ずかしいような...そもそももっと早めに声をかけてくれれば二人が僕に弄られるなんて事にならなかったのに...

 

 

 

 

「君の事は中学の頃から知ってるけど、ここまで来ると擁護しきれないんだよね~」

「え!?ちょちょっと待ってよ。千歌ちゃんから見捨てられたら僕はAqoursのサポート役としてお手伝いできなくなるんだけど!?」

 

 

 

 千歌ちゃんのおかげでここまでAqoursの仲間と仲良くなれたのに、その彼女たちに見捨てられて、あまつさえ千歌ちゃんに嫌われた暁には僕の居場所を失ってしまう!!

それだけは回避したいところ。

 

 

「ごめん千歌ちゃん!そんなつもりは無かったんだよ。ただ近くで眠ってたルビィちゃんと花丸ちゃんのおっぱいが思った以上に大きくて柔らかったからつい夢中になっちゃって!でも千歌ちゃんにドン引きされたいと思ってやってるわけじゃないからね!!」

 

 

 

 ベッドから起き上がりながら千歌ちゃんに弁解し、立ち上がったところで僕はまた何かを踏んづける。

 

 

 

「えぇっ!?またかよぉ~!!」

「きゃぁっ!!」

 

 

 

 なんでこんなところにビニール袋があるんだろうって考えているころにはすでに千歌ちゃんの懐に突っ込んでいて、僕の体重を支え切れなくなった彼女ごとズデンっ!!っと大きな音を立てて転んでいた。

「いてて......」と、一番強くぶつけた背中と頭をさすりながら起き上がろうと...

 

 

 

 

 

 

 

 

...したんだけど下半身から下にズシリとした重みを感じ、動かせませんでした。

千歌ちゃんのお尻の形が服越しでしっかりと伝わり、しかも丁度女の子の大切な部分が僕の僕(意味深)のダイレクトに当たって疑似騎乗位といういくらなんでもベタな展開が出来上がっていた。

 

 

未だ現状に理解できていない千歌ちゃんは「いてて...も~気を付けてよー」と言っている。

 

 

 

「千歌、ちゃん。降りて〜」

「へ?あれ?な、なんで君が私の下で寝っ転がってるの?」

「それは僕が聞きたい...」

 

 

 

そしてそして。

あろうことか、僕の両手にまたしても柔らかい感触。喩えていうなら山。喩えて言うならメロンパン。いや、それ以上の大きさの"お"で始まる女性の象徴を僕は掴んでいた。

 

 

 

それに気が付いた千歌ちゃんは細い眉を逆八の字にして柔らかいほっぺを膨らましてこう言う。

 

 

 

「君は女の子を見つけたら必ず胸を触るの?そういうのセクハラって言うんだよ?さっきまでルビィちゃんと花丸ちゃんの胸も触ってたのに.....」

「そ、そんなつもりはないよ?千歌ちゃんにぶつかって"たまたま"こうなっただけで────」

「でも"たまたま"でオラの胸触るってどういうことずら?」

「しょうがないでしょ〜!目が覚めて手を動かしたら花丸ちゃんとルビィちゃんのおっぱいがそこに───」

 

 

 

 

 

 

───そこでふと、気付く。

 

 

 

今最後に喋った女の子は間違いなく千歌ちゃんではない。

だって彼女は、今僕の下半身に跨って真っ赤になった頬を手で隠しながら「あん.....やぁん♡」と妖艶な喘ぎ声を響かせている。

 

何故か。それは現在進行形で僕に巨峰を揉まれているから。さらに詳しく言うと巨峰のとんがった頂点も弄っているから。

 

 

 

 

では誰か?

よくよく考えると語尾に『ずら』と付いていた。僕の知っている限り1人しかいなくて、その子はさっきまで千歌ちゃんのベッドで寝てて僕におっぱい揉まれてた少女で.........

 

 

 

 

 

────寝転がってる僕を蔑んだ目で見下してる子がかの低身長巨乳少女である国木田花丸ちゃんなわけではない!!

 

 

 

ここで適当にボケておくか。

 

 

「あぁ、君は僕のイチオシの女の子であるμ'sの”小泉花陽”たんより低身長でおっぱいぱいが1センチ大きいズラちゃんじゃないかぁ!!」

「そうやって小泉さんと比べないでほしいずら!それにオラはそんなに胸大きくないずら.....」

 

 

 

何を言っているんだろうこの子は?84だろ?もっと大きい子もいるけど既にバインバインの仲間入りサイズじゃん何それ貧乳の人が可哀想だから言ってやるなよ。

 

って言うセリフを言うのが可哀想なのでグッと喉元で抑え、現状整理。

 

 

 

「……あ、あぁん……ひぁあっっ♡」

「すぅ~...んん、お、お姉ちゃん怖いよぉ~」

 

ルビィちゃんは爆睡。ただし僕からおっぱいを揉まれていたので服がはだけて中のピンクのブラジャーが丸見え状態。即ち、傍から見ると襲われたかのような光景。

 

 

 

 

「あっ、んっ……や、やめてよ~あっ♡」

「むぅ...オラのは小泉さんより大きいずら~?」

 

 

 

 

千歌ちゃんは僕と接触事故起こした後、ずっと僕からおっぱいマッサージ受けてるのでマッサージされて気持ちよくて喘いでるのか、それとも揉まれて感じているから喘いでいるのかは定かではない。

 花丸ちゃんは、自分のおっぱいは小さいと勝手に卑下しながら自分のを触ってサイズ確認している。

 

 

そして、そんな僕は千歌ちゃんの下になって冷静になってこう考える。

 

 

 

 

 

 

 

───この状況、カオスだな。

 

 

 

と。

 

 

 

 

~☆★☆~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後.........

 

 

 

 

 

 

 

 

 理事長と化している鞠莉さんのお願いにより、Aqoursの皆さまは夏の体育の授業で使用するプール清掃に駆り出されていた。

当然僕にも召集命令が下されるわけで、浦の星女学院の生徒ではない僕も巻き込んでの清掃活動...奴隷扱いだけど、とりあえずダイヤ様の体育着姿が拝見できるという鞠莉さんからの情報に食いついて僕もやって来た。

 

 

...あ、言っておくけど僕は彼女たちの中で心に決めた女性はダイヤ様です彼女の為なら何でもできます。

 

 

 

 

 

「ねぇ君~。自分の世界に浸るのもいいけど、お仕事しないと君の愛しの方から怒られるよ。さっきからずっとあの方の事見てるし」

「え?それはまずいですね!しっかり働いてるところをお見せしてダイヤ様に『貴方の働きはまだまだ足りませんわ。そこでさぼってる暇がありましたらわたくしの為に手足を動かしなさい』って言ってもらいたいなぁ!」

「いやぁ、多分ダイヤはそんなことは言わないと思うけどねぇ~」

 

 

 僕の引かれるような発言に若干戸惑いながらも冷静にコメントするのはダイヤ様と鞠莉さんの同級生である”松浦果南”さん。

 みんなが体育着でプール掃除をする中、一人だけスクール水着で掃除をするというあまり男の目を気にしないサバサバした大人の女性。

いや、もう一人水着の方はいらっしゃるけども。スク水の方は、という意味で一人”だけ”だ。

 

 

 

 僕の独り言はさておき、果南さんに言われた通りにブラシを片手にせっせと掃除を遂行する。

妙に足元がぬるぬるしていてお決まりの展開は避けておきたいところ。

 いや、そーゆー偶然で起きたエッチなことはドンドン起こって欲しいけど、今はダイヤ様の目の前。

できればあの方以外でハプニングを起こすのは控えておきたいんだ。

 

 

 

 だからできるだけ彼女達から離れて、プールの片隅でゴシゴシと力いっぱいこする。洗剤を垂らしてこする、垂らしてこする。そんなことを数回繰り返しているとさっきの不快なぬめりは無くなって来たけど今度はまた違う感じのぬめりが僕の足元をすくってくる。

 

気を抜くと完全に転びそうなので慎重に...慎重に...。

 

 

 

と、僕が気を張りながら掃除している時に限って誰かが邪魔してくるんだよな!!

そう、例えば僕に向かって突っ走ってくる片方にお団子を作ってる自称堕天使と、いつもいつも英語を駆使するハイテンションなハーフ理事長とか......って、

 

 

 

 

 

 

 

「はっ?」

「ちょっと!!なんでこの堕天使ヨハネを追っかけてくるのよ〜!」

「だってぇ〜!ヨシコのおっぱいフカフカでエクセレントなんだも〜ん!」

「だからってー!」

 

 

 

 

正面を見ていない善子ちゃんとダイヤ様のおっぱいを触る時と同じような顔つきで追いかける鞠莉さん。

だから足元が洗剤でツルツルになっているという事を2人は知らない。

 

 

 

 

「ちょっと二人とも足元気をつけて〜!」

「〜そんな余裕ないってちょっ!きゃあっ!!」

「え!!!」

 

 

果南さんの声がけにワンテンポおくれて善子ちゃんが正面を向くのと同時に足を滑らせて.......そのまま僕の方へ....って!!

 

 

 

 

「だからなんでいつも僕なの〜〜!!」

「ワァーオ!これが日本でポピュラーな”ラッキースケベ”っていうものねぇぇ!!」

「ちょっとさり気なくヨハネの胸触りながら押して来ないでよぉーー!!」

 

 

 

彼女達の悲鳴(?)と共に軽快なツルッという音が鳴り響いて善子ちゃんのお団子ヘッドが僕のお腹目掛けて飛んでくる。

当然、僕の運動神経じゃ避け切れるはずも無く、彼女の頭が腹部にめり込んでその勢いのまま僕は後ろへ大きく吹き飛ばされた。

 

 

 

 

ガツン!!

 

 

 

何か硬いものに当たった音。

それは僕の頭がプールの壁に激突した音だった。

 

 

 

 

 

 

────それだけで終わらないのが"幸せで不幸な男"というセンスの欠片を感じない異名を持つこの僕。

 

 

 

善子ちゃんを追いかけていた鞠莉さんも同じく足を滑らせて.....いや、わざと滑らせて僕の顔に向けて飛んでくる。

 

 

 

.....そう、彼女の顔が。

 

 

 

目を開けた時には僕の眼前には彼女の真っ白な顔が広がっていた。

距離感ZERO。彼女のぷっくりでぷるんぷるんな唇と僕のカサカサの唇が重なった。

 

 

(お、女の子の.....唇!?や、やわらかい.....)

 

 

いくらこーいったハプニングを経験していても1度もキスした事無いDT思考の僕はかなり動揺している。

赤い花びらに似た薄い受け唇を僕はフレンチに受け入れながらもジンジンとあとからくる胸の高揚感と、後頭部にくる激しい激痛に耐えながらも僕は無我夢中で味わう。

 

ただし、フレンチに

 

 

 

 

「もが.....ひょっひょどきなひゃいよ!!」

「え?」

 

 

 

鞠莉さんの下で善子ちゃんがもがいてる。

.....僕の僕(意味深)に顔を埋めて真っ赤になりながらも彼女の上にのしかかってる鞠莉さんをどけようと必死だ。

 

妙に息子(意味深)が生暖かいと感じるのはそのためだった。

彼女の吐息を受けていると意識した途端、ムズムズムズムズムズムズムズ.....と、疼きが発生して元気になろうとしてる息子(意味深)がいる。

だけどそれを抑えようと躍起になる僕もいる。

 

 

 

 

「も、もぉ.....私のファーストキッスを強引に奪うなんて、君はアグレッシブな子なんだから♡」

「え!?や、そんつもりは───」

「ひょふなこひょよりふぁやくふぉきなひゃいよ!」

 

上では照れながらも自我を保とうとする金髪ハーフ。

下では僕の股間に顔を埋めてジタバタ暴れる変態堕天使。

 

 

 

 

「もぉ〜何してるの2人とも。遊んでないで早く掃除終わらせようね」

 

 

そして、変態堕天使をズルズルと引きずっていく果南さん。

 

ネタでやってるのか、そうでないかはわからないけどいつも通り過ぎてなんとも形容し難い。

 

 

「ほーら。君もそこにずっと座ってないで」

「あ、はいすいません.....」

 

 

 

 

 

 

果南さんから手を差し伸べられたので僕はその手をとり、一気に体重をかけて立ち上がる。

流石果南さん。筋肉のついた体に自信もってた分だけあって僕の体重を軽々と支えてくれた。

 

 

「え?」

「あれ?」

 

けど、思った以上に僕の体重が無かったのか彼女は僕を引っ張って、そのまま後ろへと倒れ込んでしまった。

その上へ僕が突撃し、何も考えずに成るがままの現状を受け入れて果南さんの乳へ飛び込んだ。

 

 

まるでクッションのようなやわらかさだった。

 

 

 

 

「も、もう.....大胆なんだからぁ〜。」

「すいません.....こうなるとは.....予想してましたけどホントになるとは思ってませんでした」

 

 

 

 

 

実際考えていなったわけでもなかったわけで。

でもこうして果南さんのおっぱいに埋もれるのは至福の時でずっと堪能していた。

 

 

顔を谷間に埋め込んでもぞもぞと動いていると果南さんの「んっ.....」と何かを我慢してるような声が聞こえる。

 

 

「ちょ、君ぃ。あまり動くと.....んっ、変な気分になるよ...」

 

もはやプール掃除なんてどうでもよくなってきた。

ただこのおっぱいの谷間に顔を埋めている瞬間を大切にして、今日は締めくくりたい.....

 

 

 

「もー!!!君はさっきから仕事しないで何女の子といちゃいちゃしてるのよ!!」

「ぐぇぇ!?く、首根っこは掴まないで!」

 

 

 

ぐいぃっ!と服の襟を引っ張って天国から引きずり下ろしたのはグレーの短髪少女の曜さん。

怒ってるのか、いつもは優しそうなタレ目をしているのだが今はキッと引き寄せて僕を睨んでいるんです。

 

 

怖いけど.....可愛い.....

そして1人だけ競泳水着という。

 

本人曰く『こっちの方が動きやすいから』とのこと。

 

僕は視線を曜さんの顔から下へ移す。

肌にピッタリと張り付いた水着は彼女のボン・キュッ・ボンのスタイルを露骨に示してくれて、尚且つ僅かながらの日焼けのあとがまたエロさを感じさせる。

 

 

 

そして、若干はみ出た横乳は興奮を高めてくれる素晴らしき箇所。

 

 

 

「ど、どこ見てるのかな?君は」

「もちろん曜さんの───」

 

 

と、言いかけて止める。

どこからか殺気というか.....

 

 

 

 

「も~しっかり君が働いてくれないとこれ、今日中に終わるかわからないんだよ~。みんなと遊ぶのはそのあとでいいからね?」

 

 

 

 くるりと反転して曜さんはモップを片手にゴシゴシと。

部活でプールを使用するからそれなりの想いがここにあるのかもしれない。

 

ふと、周りを見てみると千歌ちゃんだとかのいつもははしゃぎまわってるイメージを持つ彼女たちがずっと青いプールの床やらごみが溜まりやすい排水溝だとかの掃除をずっとしている。

 

 

 

———完全に場違いなことに気づいて流石の僕も恥ずかしくなった。

 

 

 

「仕方ない......やるか」

 

 

 

 そうしてしっかり気合いを入れたところで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドーンッ!」

「わわっ!?」

 

 

 

 

 

 

誰かに背中を思いっきり押された。

声でわかる。

 

 

......鞠莉さん...貴方ねぇ。

 

 

 

 

押された挙句、つるつるの床を滑ったのでこの先起こるであろう結末はもうわかる。さっきから同じようなことをずっとやってるもんな。

 僕はもう抵抗しない。

しようとしたところで更に現状が悪化するから、今を受け入れて被害を最小限に。

ん?誰が被害を受けるかって?

 

 

僕の前には背中を向けている曜さん。

 

 

 

 

「曜さん危な~い!!」

「え!?」

 

ドシン!と、痛そうな音が聞こえるはずなのにそのまま倒れなかった。曜さんが僕を支えてくれたらしい。

ケガはなかったけど多分それだけでは済まない。

ふと僕の手の行方に目をやる。

 

 

 

「えっと、君は何してるのかな?」

「さ、さぁ...でもこれは僕が悪いわけでは」

 

 

 

柔らかかった。僕は今までおっぱいを何度も触って来た。

不本意だけど......。

 

 

だけど、”生”でおっぱいの感触と体温を味わうのは今回が初めてだった。

彼女の水着の隙間から手を忍ばせて生で揉むなんてこれなんてラッキーか。

 

 

 

 

 

「き...」

「き?」

 

 

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ~~~~~~~!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビダン!!!と豪快な音が浦の星女学院のプール内で響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せだけど心と体に傷を負い、下手すると人間関係にヒビが入るかもしれない僕の日常。

こんな毎日を、貴方は過ごしてみたいと思う?

 

 

 

...僕は楽しいけど、もう勘弁してほしいな




読んでいただきありがとうございました。
僕自身こういった内容を書くのは初めてで四苦八苦しながら考えました。
ニヤニヤしながや読んでいただけたのなら幸いです。

今回も企画に参加させていただき、ありがとうございました。

ではではこの辺で失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どんな時でも、ちゃんと確認を 【紅葉久】

初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はお久しぶりです。紅葉久と申します。

今回、私の本来書く趣向とはかなり違った内容となります。
周りの方々に置いて行かれないようにと思いながら綴ってみましたが……正直、不安で一杯です。

不出来な作品かもしれませんが、読了して頂ければ幸いと思いますのでよろしくお願いします。


それでは、どうぞ


 ふと、携帯が鳴った。

 ソファに横になりながら雑誌を読んでいたのだが、すごく眠くなったらしい……かなり眠たかった。

 俺が擦り目でテーブルの上にある携帯を手に取り、メールを開くと――宛先には渡辺曜と書かれていた。

 

 渡辺曜とは昔からの幼馴染だ。

 癖っ毛気味なセミロングがよく似合う。大きな瞳と小さな小顔が非常に似合う可愛いと密かに思っている。

 家の家業からか海が大好きで、よく船から飛び降りたりなど危ない遊びに過去何度も付き合わされたことが嫌な思い出だった。

 それに加え曜は泳ぐことが好きなので、彼女はよく時間が空いていると競泳用水着でプールに入り浸っていることがある。

 その姿に少しだけドキドキする自分がいるが……それは彼女には内緒にして欲しい。

 

 バレたらあいつに何て言われるか分かったものじゃない。

 

 そんな寝ぼけた意識で、俺は曜から来たメールを開いた。

 曜からのメールの件名には『変えました!』と書いてあった。

 

 

 

『ヨーソローッ!(・ω・)ゞ 携帯変えたよ! 流行りのすまーとふぉんなのです!』

 

 

 

 

 そう言えば、曜は確か今日に携帯の機種変更をすると言っていた。

 折りたたみ式の古いタイプの携帯ではなく、最先端のスマートフォンに変えるとテンションが上がっていたな。

 しかしメールを見る限り、まだ新しい携帯は使い慣れていないらしい。

 俺はそう思うと、サッサと返事を送り返した。

 

 

 

『よかったな。こんどかんそうきかしてくれ』

 

 

 

 手早く打ち返し、そして一括変換してメールの文章を見ずに送信ボタンを押した。

 

 

 

『良かったな。今度乾燥機貸してくれ』

 

 

 

 そして俺は携帯を放り投げると、またソファに横になった。

 そして数秒して、また携帯が鳴っていた。

 俺がまた携帯を手に取り、メールを開いた。

 

 

 

『私のガタガタ言うけど、大丈夫?』

「……んんん?」

 

 

 

 え、何で? 変えたばかりの携帯に文句しかいう気ねぇじゃん……この子。

 なんかこのまま聞くのもアレだと思った俺は、とりあえず話を逸らすことにした。

 きっと携帯を変えたばかりなのだから、メールをしていたいに違いない。

 正直、眠くて仕方がないが付き合ってやるとしよう。

 そしてメールを返そうとしたところで、また俺の携帯が鳴り出した。

 宛先を見たら、また渡辺曜と書かれていた。

 

 

 

『そう言えば今日は休みだけど、君は何かしてた?』

 

 

 

 今日? 確かに休日だが……俺、何かしたか?

 あぁ……そうだ。今日は午前中に母さんの謎のテンションで家のオーブンでパン作りを手伝わされたんだ。

 パンって意外と作るの疲れるんだよな……だから今眠いんだった。

 

 

 

『きょうはぱんつくってた。だからいまおれ、むちゃくちゃねむい』

 

 

 

 またサッサと一括変換して、俺はメールを曜へ送り返した。

 

 

 

『今日はパンツ食ってた。だから今俺、無茶苦茶エロい』

 

 

 

 パンって手作りすると、意外と上手いんだよなぁ……

 あ、そう言えばまだパン残ってた筈だ。

 曜も食べたりするかもしれない。

 ウトウトしながら俺はそう思うと、早速曜へ再度メールを送った。

 

 

 

『こんどおまえもみにきてみろよ。よかったらおれのものもくってもいいぞ?』

 

 

 

 俺がまた早打ちでメールを書き、そして曜へと送信した。

 

 

 

『今度お前もミニ着てみろよ。良かったら俺のモノも食っても良いぞ?』

 

 

 

 あいつ、たまにパン食べるの好きって言ってたからな。

 上手いパンなら喜んで食べるだろう。

 ちょっとだけ、曜が美味しそうにパン食べてる姿を想像するとホッコリする俺だった。

 

 いや……待てよ? あいつのことだからそんなこと言われたら何か余計な気を使わせるかもしれない。

 

 幼馴染なんだから気にしなくても良いのに、曜は変なところで気を使うところがあるからな……

 俺はその考えが過ると、すぐにメールを打って送った。

 

 

 

『てぶらでこいよ。よけいなきづかいはいいからな』

 

 

 

 うん。これで良い。あいつならこれで大体察してくれるだろう。

 

 

 

『手ブラで来いよ。余計な気遣いは良いからな』

 

 

 

 そして待つこと数分後、俺の携帯が鳴った。

 

 

 

『う、うん……考えておくね( ゚д゚)』

 

 

 

 アレ? 意外と反応が悪い。

 なんか俺、悪いこと言ったっけ?

 考えてみるが特に思いつくことを言った覚えはなかった。

 ……何か予定でもあるのか?

 

 

 

『なにかよていでもあるのか? あまりおそいとおまえのぱん、おれがたべるぞ?』

 

 

 

 とりあえず俺はそう返事を入力し一括変換すると、すぐに送り返した。

 

 

 

『何か予定でもあるのか? あまり遅いとお前のパンツ、俺が食べるぞ?』

 

 

 

 何かあったのか?

 あぁ、そう言えば最近練習が大変って言ってたな。

 確か近いうちに水泳の大会に助っ人で出るって言ってた気がする。

 あっちゃ……悪いこと言ったな。とりあえず謝っておこう。

 俺はそう思うと、すぐに曜へメールを送った。

 

 

 

『すまん。かってなこといってわるかったな。そういえばおまえ、すいえいのたいかいがちかかったよな。よかったおれもみにいってもいいか?』

 

 

 

 スマートフォンって楽だよな。一括変換とか出来るって便利としか思えない。

 

 

 

『すまん。勝手なこと言って悪かったな。そういえばお前、水泳の大会が近かったよな。良かったら俺揉みに行っても良いか?』

 

 

 

 俺がメールを送ると、すぐに返事が来た。

 メールを見ると、俺は少しだけ目を大きくした。

 

 

 

『ダメに決まってるでしょ! エッチ!( *`ω´)」』

「えっ⁉︎ 大会見に行くだけで⁉︎」

 

 

 

 折角の曜の活躍を見たかったのに……なんか嫌われたりしたか?

 ……とりあえず謝ろ。

 

 

 

『ごめん。すいません。だからゆるしてくれ』

 

 

 

 こんな感じで良いだろ。俺はホッと安心しながらメールを送信した。

 

 

 

『ごめん。吸いません。だから許してくれ』

 

 

 

 そして俺がホッと安心して携帯を机に置く。

 多分、これでなんとかなるだろう。

 そう思いながら、俺は眠い眼をゆっくりと閉じることにした。

 

 

 しかし俺がウトウトと浅い眠りを繰り返していると……俺の家に何度もインターホンが鳴っていた。

 

 

 うるさいなぁ……誰か居ないのかよ?

 そうだ。確か今日は母さん作ったパンでご近所さん達とお茶会するって言ってたんだ……

 どうせ新聞の勧誘だろ。なら別に出なくても良いか。

 俺はそう思うと、ソファで二度寝と洒落込もうとした。

 

 

――バンッ!と大きな音が響いた。

 

 

 しかし玄関が勢い良く開けられる音が鳴った。

 そして激しい足音が鳴り響くと、俺のいるリビングの扉が勢い良く開かれた。

 

 

 

 

 

「ちょっとぉぉぉ! さっきからなんなのっ⁉︎」

 

 

 

 

 出てきたのは顔を真っ赤にしながら目を鬼のように鋭くさせる曜が立っていた。

 Tシャツに短パンと家着スタイル。そんな格好で家から出てくるとは随分と珍しかった。

 なにか……この女はよっぽど慌てているらしい。

 そんな曜に、俺は呆気に取られた。

 

 

 

「…………なにが?」

 

 

 

 いきなり現れた曜に、俺は先程までの眠たさが何処かへ吹き飛んでいた。

 なんでお前、そんなに顔真っ赤なんだよ。

 と言うか滅茶苦茶に怒ってるけど、どうしたんだ?

 俺が答えると、曜は顔をプルプルと震わせながら俺の前に近づくと手に持っていたスマートフォンを俺の顔に突きつけた。

 

 

 

「コレ! 一体なに⁉︎ そんなに私の下着食べたいの⁉︎ そんなに私の身体吸いたいの? 変態! 私のことずっとそんな目で見てたの⁉︎」

 

 

 

 なになになになに?

 待って、状況が理解できないんですけど。

 

 

 

「私がどんな気持ちだったのかも知らないでそんなこと言うなんて! 良いよ! 分かったよ! そんなに言うなら見せてあげるわよ!」

 

 

 

 目をキョトンとされる俺が状況を理解出来ずにいると、一方的に曜がそう叫んだ。

 そして曜はあろうことか自分のTシャツに手を掛けると、彼女は自分のTシャツを勢い良く脱ぎ出した。

 

 

 

 

「ファァァッ⁉︎」

 

 

 

 

 水色のブラジャーが姿を見せ、そして曜の普通以上に大きい胸が出てきた瞬間――俺は慌てて起き上がると、Tシャツを脱ごうとしている曜の手を掴んで中断させた。

 

 

 

「お前ッ! なに人の家のリビングで脱ごうとしてるんだよ⁉︎」

「あなたが望んだことでしょ! 私の下着食べたいんでしょ! 私の身体吸いたいんでしょ!」

「そんなこと言うわけねぇだろうが‼︎」

 

 

 

 どうにかブラジャーが見えない位置までTシャツを下げる俺と、俺を拒んでなんとかTシャツを脱ごうとする曜。

 

 

 

「言ったでしょ! メールで!」

「そんな訳がわからないメール送るか⁉︎」

 

 

 

 気が動転してる曜だった。

 いや、俺も動転してるに違いない。

 なぜ脱ごうとしてる曜を俺が必死に止めているのか?

 もう自分でも訳がわからなかった。

 

 

 

「ウソつき! 私が今までどんな気持ちであなたのこと見てたの思ってるのよ⁉︎ この変態ッ⁉︎」

「この状況ならお前の方が変態だ‼︎」

 

 

 

 互いに全力だった。

 必死にTシャツを脱がせようとしない俺。

 必死にTシャツを脱ごうとする曜。

 これ、時と場合によっては逆じゃない?

 いや嫌がる曜を脱がせるとか絶対にしないけどさ!

 

 どうせならちゃんと順を追って……って違う違う!

 

 

 

「ずーっと好きだったのに! 私のことそんな目で見てたなんて……ひどいっ!」

 

 

 

 え……この子。イマナンテイッタ?

 必死に脱ごうとする曜を抑えながら、俺は口をあんぐりと開けた。

 そして曜は目に涙を溜めながら、俺をキッと睨んでいた。

 

 

 

「あんなメール送ってくるなんて……ずっとそんな目で見てたんだ。私が好きだと思ってたあなたは、ずっとエッチな目で私のこと見てたんでしょ!」

 

 

 

 曜の理解出来ない行動と発言に気が動転するなか、俺は頭をフル回転させて考える。

 時折、曜のTシャツから見える水色のブラジャーと胸に気を持って行かれようになるが――なんとか我慢する。

 今はどう考えても優先する順番がある。

 そして曜と組み合うなか、俺はようやく思いついた。

 

 

 

「……曜。ちょっと落ち着こう」

「なによ⁉︎ 落ち着いて私の下着食べるつもり⁉︎」

 

 

 

 お前、今相当面白いこと言ってるぞ?

 状況が状況なだけに少しも笑えないが……

 

 

 

「……俺が間違ってメール送ってる」

 

 

 

 俺がそう言うと、曜は「……はぁ?」とキョトンと惚けた。

 互いに全力で脱ぐ、脱ぐのを阻止をしていた力が弱まる。

 そして曜にTシャツを着せることに成功した俺は、その場で正座した。

 

 

 

「曜さん、座ってください」

 

 

 

 俺が自分の前に曜に座れと促す。

 そんな俺に、曜は訝しみながら俺の言う通りにその場に座った。

 曜が座るのを見て、俺はその場で近くにあった携帯を手に取る。

 そして先程まで曜に送っていたメールを確認すると――俺は顔を青くさせた。

 曜に今まで送っていたメールの中身を見た瞬間、俺は今までの曜の行動のすべてを理解した。

 

 

 

「……曜さん、大変申し訳ありませんでした」

 

 

 

 曜へのメールの内容を見て、俺はその場で彼女に深々と土下座していた。

 そうして俺は今まで送っていたメールを確認しながら、どんなメールを送ろうとしていたか。そしてどんな状況でメールを打っていたかをこと細かく伝えた。

 最初、曜は信じていない顔をしていたが、俺の話を聞いているうちに俺が間違って送っていたと信じ始めていた。

 悪い意味で顔を真っ赤にし、そして顔を青くしながら曜は俺はしばらく睨むと……自分の手で顔を覆っていた。

 

 

 

「……もうお嫁さんにいけない」

 

 

 

 そりゃ幼馴染の家で突然脱ぎ出そうとしてたからな。

 いや、俺が悪いんだけどさ。

 

 パン作ったをパンツ食ったなんて送る訳がない。

 スマートフォンの予想変換、こわっ。

 今度はちゃんとメールは送る前に見よう。

 俺は心からそう決意した。

 

 

 

「私……なんてこと……⁉︎」

 

 

 

 羞恥心で震えてる曜に、俺は深々と「申し訳ありませんでした」と謝った。

 しかし曜は許す気はないらしい。キリッと目を鋭くさせると、彼女は指を勢い良く向けた。

 

 

 

「元はと言えば君が悪いんでしょ! うぅ……! こんな形で告白するなんてぇ〜!」

 

 

 

 その場で頭を抱える曜に、俺は言葉がなかった。

 

 

 

「お前もなんでメールで俺が変だって返さなかったんだよ……」

「あんな気持ち悪いメールを直視できるわけないでしょ!」

 

 

 

 急に乾燥機貸してくれとか休日にパンツ食ってるヤツがいるわけないだろうが……文字だけ見たら相当ヤバい奴じゃねえか。

 それ……完全に俺なんだよな……辛すぎて死にたくなってきた。

 

 

 

「どうしてくれるの! 女の子の大事な告白をこんな形にして!」

「俺だってこんな形で聞きたくなかったわ!」

 

 

 

 なんで幼馴染の女の子の告白をこんなくだらないことで聞かないといけなかったんだよ!

 泣きたいのは俺の方だって……

 

 

 

「俺だってお前に告白したかったわ!」

 

 

 

 そして俺が思わず口走ったことに、自分で「あ……」と固まってしまった。

 

 

 

「…………え? 君、今なんて言ったの?」

 

 

 

 曜が目を大きくして聞き返した。

 あ……これヤバイやつだ。

 

 

 

「何も言ってません――あ、いえ、言いました。はい」

 

 

 

 すぐに否定する俺だったが、曜の不満な表情にすぐに撤回していた。

 

 

 

「……もう一度、ちゃんと言ってくれたら許してあげる」

 

 

 

 そして曜が頬を赤く染めると、目を伏せがちにして俺にたどたどしく言った。

 え……これ、俺告白しなきゃいけない流れなの?

 

 

 

「……マジ?」

「うん……それなら許してあげる。だってそもそも君が変なメール送ったのが悪いんだもん」

 

 

 

 確かに悪いのは俺だけどさ……

 もう現時点でお互いに好きなの分かってしまったから、ただ曜に辱められてるだけじゃん。

 いや……多分、女の子だから“そういうこと”はちゃんとしたいのだろう。

 あやふやな感じで“そういう関係”になるのは……確かに俺も嫌だ。

 

 

 

「……分かった。言うよ、言います」

「はい……じゃあ待ってます」

 

 

 

 曜が俺を顔を真っ赤にしてまっすぐ見つめてくる。

 ヤバイ、俺も顔が熱くなってきた。

 しかしもうこうなったら言うしかないのだろう。

 俺は何度か深呼吸すると、目の前にいる曜をまっすぐ見つめ――そして言った。

 

 

 

「渡辺曜さん。昔から、君のことがずっと好きでした……もし、君が俺のことを好きになってくれるなら――俺と付き合ってください」

「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 

 俺の言葉を聞いて、曜が嬉しそうに微笑んだ。

 俺はそんな曜の笑顔を見て、顔が熱くなっていくのを感じた。

 

 

「でも……彼氏でも私のパンツは絶対に食べないでね」

「……もう勘弁してくれ」

 

 

 

 どうやらしばらくはこのネタでイジられるのだろう。

 俺はそう思いながら、ただ深くため息を吐いた。

 目の前にいる不本意な過程の結果として、俺の彼女となった渡辺曜。

 だから、俺はひたすらに思うことにした。

 

 

――メールを送る時は、ちゃんと確認しよう、と。




はい、そんな感じの内容でした。
なかなか難しく、そして突拍子のないネタを引用して書かせていただきました。
非常に難しかったです。それでも面白いと思っていただければ幸いだと思っています。

さて、次も名のある方々が登場します。
私を始め、さまざまの作品を読者の方々がこの企画を楽しんで頂ければ良いと心から思っていますので

次回以降も読んで頂ければと思います。
それではまた何処かでお会いしましょう、それでは!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼と彼女の些細な一幕 【秩序鉄拳】

幼い頃ならば、男女関係なしに一緒に風呂に入ることなんてざらにあった。

なぜか? 今ならばわかるのだが、その関係性に恥というものを一切感じないからだ。

更に、俺の住むこの町では地域住民同士のかかわりが深く、幼馴染とはもはや家族同然。

家族と一緒の風呂に入ることを、性差を意識して恥ずかしがる幼い子供がいるだろうか、いや居ないはずだ。

 

だが年を取るとどうなるか。

小学生の高学年ごろに、女子と仲良くしているとからかわれたりはしなかったか?

俺はめっちゃされた、何故ならいつも仲良くしてる幼馴染の三人が全員女子だったから。

普通ならそこで反発して『別にそんなんじゃねーよ』って言うのだろうが、幼き頃の俺は何かがおかしかったらしく『そうだよ文句あるのか』とか言ってたんだとか。

いや、ほんと子供の俺どんな神経してたのさ。誇らしいけど歳過ぎた俺には少し恐ろしく思います。

 

話がずれた。

まぁ、大体男女ともに性差を意識し始めるのがこの頃だから、着替えも別々になるし、修学旅行では部屋も別々、保健体育でもうちの学校では別々に行われていたりした。

そうなると当然家庭内での性差に対する意識も強くなり、俺と幼馴染達はいつしか一緒に風呂に入ることもなくなっていた――と、今の俺は考察する。

 

さぁ、ここで質問だ。

そうやって自然と互いの性差を意識するような関係と、共に風呂に入る展開が引き起こされるのは一体どんな状況があるのでしょうか?

 

――俺の回答は『帰宅時、突然の雨によって体がずぶ濡れとなり、近い距離にある相手の家に避難するのだが、そのままでは風邪をひくということで相手の親御さんのご厚意で風呂に入ることになったのだが、そこに当の相手も一緒に入ることとなり、互いに互いを思いやるあまり互いに出れる状況でなくなってしまう』

というもので。

 

今の俺の状況はその回答に一寸たりとも違わないものとなっている――ということを伝えておきたい。

誰に? そうだな、このモノローグを聴いているであろうどこかの誰かさんに、だ。

 

 

「――それってさ、確かに私たちの状況まんまだよね」

「……ああ」

「でもそれってさ、今じゃなくて前の方の話だよね」

「……まったくもってそうですね」

「もしかして、まだこの状況に混乱してる?」

「うん、実は少し」

 

 

俺の言葉に『しょうがないなぁ』ってニコニコしているのは、俺の幼馴染の一人であり、彼女の一人でもある【渡辺曜】。

朗らかで柔らかな笑顔を浮かべる彼女と俺の二人は今、渡辺家の風呂場で、二人そろって浴槽に浸かっている。

 

これに関しては別にこれと言って珍しいことがあるわけではない。

さっきは『今』と言っていたが、別にアニメ漫画よろしくなハプニングが起こって二人して浸かっているわけでもない。

単に、想い人から――

 

『今夜……泊まっていかない?』

 

――と、誘われたが故の副産物である。

いや、普通に考えればそこから混浴だなんて話になるのはおかしいのだろうか?

俺の生活はアニメとか漫画とかの世界でやることだって学校の友人からは怒られてしまったし……

うん、一番漫画持っているのがその友人だから今度見せてもらうって約束してから一向に果たされてないことについては目をつむろう。

 

 

「どうしたの、また考え事?」

「うーん……特に大したことじゃないかなぁ」

「そっかぁ、てっきり私たちとの今の関係でまた悩んでるのかなぁって思ってたんだけど」

「んー、それは最近振りきったよ。具体的に言うと大切なものを失ったあたりで」

「……果南ちゃんは本当にいいところもっていったよね」

 

 

俺と曜、そして幼馴染である高海千歌と松浦果南、そしてそして彼女達が中心となって結成されたスクールアイドルグループのAqoursの他六名のメンバーは恋人関係にある。

最初の頃は九人の彼女がいて人間としてどうなんだと四六時中悩んだり、金銭的に俺のヒエラルキーが実は最も下だったという事実によってプライドが木っ端みじんに砕け散ったりなどと色々あったのだが、今ではすっかりと順応していると自分で思っている。

 

その順応と言うか受け入れるようになった一番の原因だったのが――果南ことカナによる俺への捕食行為。

捕食と言ってもカニバリズムとかグロとかそういう方面ではなく……(性的な意味で)と後ろに付くタイプの捕食だ。

二人きりでのデートの後、縛られて押し倒されて――後は察してもらいたい。

 

まぁそんな経験によって俺は十数年ともに連れ添ってきた大事なものを失い、代わりに覚悟と付き合うことになった。

羨ましいと思うだろうか、思うものもいるだろう、何故なら学校の友人一同からは手厚い祝福という名の八つ当たりを受けることになったのだからそう思う人は間違いなくいる。

しかしながら、そんなカナとの一晩の後から主に一部からのアピールがより激しくなり、少しばかり胃に痛みが走り始めたのだから、良いことばかりではないと声を張り上げたい。

 

 

「大丈夫? また胃が痛くなったりとかしてない?」

「一応大丈夫……最近はマリーが制止する方に回ってくれたおかげでなんとか……」

「あー、となると問題なのはいつもの千歌ちゃんと善子ちゃんと――あとダイヤさんかぁ」

 

 

幼馴染の千歌については猪突猛進ゴーイングマイウェイハチャメチャガールと言えば通じると思う。

津島善子と黒澤ダイヤ、この二人はまぁ……千歌とは違うが結構思い込みとか早とちりの激しいタイプってやつだ。

そしてマリーこと小原鞠莉は……なんというかフリーダムだ。

そんな四人から『果南だけずるい』と迫られ続けてはや数週間――胃が痛む理由は大体俺の罪悪感と、曜質四人を加えた彼女達八人の誰を優先したらいいかと言う優柔不断さによるプレッシャーだった。

 

 

「でもさ、鞠莉さんが制止側に回ったってことは……まさか?」

「……言い訳はしない」

「うわぁ……また越されたぁ……」

 

 

――そう、言い訳も釈明もできないのだが、俺はマリーにも喰われた。

前のデートの時、あまりゆっくりと出来ないスケジュールだったからということで、改めてゆっくりできるように再びある旅館でのデートをしていたのだが、部屋でマリーのことを偶然にも事故で押し倒してしまったのだ。

なんら変な原因じゃなく、慣れない着物で歩いてたら自分の脚に自分で絡まって倒れ、その倒れた先にマリーがいただけの大変シンプルな状況。

 

……そのシンプルな状況が大変問題だったのだが。

互いに着物姿である以上、ふとした拍子に服がはだけることがある。

それに強い力がかかるとなると……後は言わずもがな。

ついでにだが、マリーは浴衣と着物を着るときには下着を付けない主義らしい……そう、予想通り、半裸のマリーの身体に同じく半裸の俺がバッタリ行ってしまい、その気になったマリーにろくな抵抗もできず……

火事場のバカ力というものを思い知ったぜ……

 

 

「君って俗に言う誘い受けなんじゃないかな?」

「なんて言葉を覚えてるんだ曜、俺はそんな子に育てた覚えがないぞ!」

「いやいやいや、女の子だって色々見たりするんだよ? そういうのは男の子の専売特許じゃないんだから」

「専売特許って何だよ!? いや、まぁ女子用のそういう漫画もあるっていうのは聞いたことあるが……ウォァ!?」

「なーに? どうかした?」

「おま、おまおま、あのあた、あたて、あたって!」

 

 

ニシシと笑う曜にふと抱き着かれる。

ここは風呂場、風呂場で水着を着るなんて選択は普通しないだろう。

つまりだ、俺たちは今裸である、つまりどうか、それはアウトな話である、つまりな、曜のその、あれ、アレが当たっている、やわからい!

 

 

「ふーん……言ってくれなきゃわからないんだけどなぁ?」

「おま、お前それ絶対わかってやって……!」

「ほらほら、きっちり言わないと丘にはあがれないぞー?」

「アッやめ、ダメ、ちょっ――」

 

 

 

……気付けば俺は曜のベッドに寝かされていた。

少し頭がボーっとしているのだから、あれだ、きっとのぼせたのだろう。

記憶の最後の方には曜の着やせする意外にたわわな――うん、風呂場じゃなければそうそう拝めるはずもなし、健全な男子高校生として感謝しておこうと思う。

違うそうじゃない、というか部屋の主は何処に行ったのだろうか。

 

 

「あ、起きたんだ……大丈夫?」

「おう、まぁ大丈夫だよ。幸いにも意識ははっきりしてる」

「ゴメンね、ちょっとふざけすぎたかなって」

「いや、その、なんというか役得でした」

「フフッ、正直だね」

 

 

部屋に戻ってきたパジャマ姿の曜の手にあるのは濡れタオルとコップ。

俺がのぼせたことに罪悪感があるのだろう、少しばかり申し訳なさそうな表情をする彼女を俺は慰め、乾く喉を潤そうとして曜からコップを受け取ろうと手を伸ばしたその時――

 

 

「っあ!?」

「キャッ!……うわービショビショだぁ……」

「ごっゴメン! 風呂あがったばっかなのに……」

 

 

――どういう了見か、コップが俺の手から跳ね、中身を曜に全部ぶっかける事態が発生。

まるでコップが意志を持ったかのような動きをしたことに困惑も隠せないが、中身がただの水であったことに今はとりあえずホッとしている。

ただ――曜のパジャマがビショビショになってしまったことについてはどうしようもない。

 

 

「もー……コップがあんな高さに飛ぶなんておかしいよ」

「ほんとそれについては同意する……あ、着替えるよな? 俺部屋でてるよ」

「あ、別に出なくてもいいよ?」

 

 

そういうと、曜は突然服を脱ぎだす。

『下着もさっきので濡れちゃったし、脱いでも仕方がないよね』とか言いながら脱いでいく彼女の姿から、悲しき本能かなどうしても目をそらすことができない。

もはやなんというか、この先で起こる展開を俺は予測し始めつつある。

ああそうか、おれはまたおいしくいただかれるのか……

 

 

「あ、なんだ、ちゃんと気付いてたんだね」

「三回目だからね、もう慣れましたよ、はい」

「んー、それじゃあ少し面白くないよね。そうだ、お風呂でシよっか」

「……のぼせるぞ?」

「大丈夫、ちゃんとぬるま湯で用意してるから!」

「用意周到ですね曜さん!?」

「ほらほら、じゃあ脱いで行こうか! 曜ちゃんの部屋発、お風呂場着の便出発だよ! ヨーソロー!」

「ヨーソローじゃないよ全裸で風呂場行きっておま――」

 

 

その後、俺も服を脱がされ、風呂場に全裸で向かうというトンデモ羞恥体験をしたあと、本当にぬるま湯だった浴槽の中で曜の良い様にメチャクチャされた。

 

 

 

 

「むー……なんか日に日に第一婦人っていう私のアイデンティティが失われている気がするんだけど」

「そんなことないよ千歌、千歌が一番頑張ってくれてるから私たちが……ね?」

「今回ばっかりは納得いかないよ果南ちゃん! もう怒った! 怪獣チカチーは怒りました! 次は私の番だからね! がおー!」

「あはは……それは彼次第かなぁ……うん」




テーマ内容:モノローグ内で二か所、曜の自室での水かけ


読了ありがとうございました、どうもおはこんばんにちわ秩序鉄拳です。
企画三回目の出演ということで皆様『またか』と思っていただけているでしょうか。
実は今回の作品は、第二回鍵のすけ氏主催ラブライブサンシャインアンソロジー企画の方で書かせていただきました内容の実質的アフターとなっています。
前回のオチがオチなので主人公が食べられまくりですが、まだあと六人もいますので――ゴホン。

計三回にわたる企画で、ラブライブサンシャインのキャラクターが皆様の中である程度かたまったのではないでしょうか。
この作品が投稿されている頃にはアニメも放送がきっと終わっていることでしょう、皆様が新しくサンシャインの二次創作に手を出してくれることを切に願います。
それでは皆さん、短い期間でしたがお付き合いいただきありがとうございました。
新しく描かれ始めるあなたのサンシャイン作品が輝ける一作になりますように。
夏はまだ――終わりませんから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラッキースケベをしたい鞠莉が果南とダイヤを巻き込んで暴走するがラッキースケベの意味を間違えていたことに気付き、その後何やかんやあってラッキースケベに成功する話 【希ー】

今回で3回目の参加。何気に皆勤賞の希ーです。

今回は、というより今回も……いや、今回は今まで以上にふざけました()
タイトル通りの展開です←

相も変わらずな作品ですが、是非ご覧下さい


「果南!ダイヤ!Luckyスケベをしにいくわよ!!」

 

 

それは小原家のマリーからの余りにも唐突な誘いだった。果南()とダイヤは唐突過ぎて思考が停止してしまう。コイツは一体どうしたんだ?変なのは何時ものことだが今日は理解不能なレベルで変だ。何か悪い物でも食べたのだろうか?

 

 

「私ね、思うんだ……Luckyスケベって何だろうって…」

 

 

急に語り始める鞠莉。Luckyの発音が巻き舌発音なのが私とダイヤをイラッとさせる。

 

 

 

「それはきっと途方も無いRomanなのよ!胸を熱くさせ、人々を強くする大きな夢……!そこそがLuckyスケベなの!!」

 

 

キラキラとした笑顔で話す鞠莉だが、内容が非常にしょうもない。この子は本当にどうしたのだろうかと、私達は心配になってきた。

 

 

「さぁ!Luckyスケベを求める旅へ、Let's go!!」

「いや、行かない」

「行きません」

「What!!!??」

 

 

私とダイヤに秒で返されてしまい「嘘でしょ?」と言いたげな目で驚く鞠莉。ここ最近では最大級の「What」が浦の星女学院に木霊した。

 

 

「何で!?何で行かないの!?」

「いやいや、寧ろ何で行かなきゃいけないの?」

「Luckyスケベの為だよ!!私達はアニメ版のあの幼い日に誓い合ったじゃない!?みんなでぶどうパンいっぱい食べようって!!」

「してません!!何ですかぶどうパンいっぱいって!?Luckyスケベ関係無いではありませんか!?あと、アニメ版とか言わないで下さい!!」

 

 

ボケる鞠莉にダイヤのツッコミが炸裂する。鞠莉は「It's joke」とか言ってテヘペロを見せ付けてきた。

 

 

「まぁ、今のは嘘。本当の理由は別にあるの」

「別の理由?」

「出番が欲しい」

「「えぇ…」」

 

 

真剣な目でそう言う鞠莉。何とも生々しい理由に私達は困惑してしまう。

 

 

「確かに3話以降、私の出番は多くなっているわ。それも毎回何かしら意味深なこと言ったりしてる。はっきり言ってDeliciousなPositionだと思うの」

「ちょ、鞠莉さん何を言って…」

「でも!!問題は漫画版よ!!何よアレ!?私の出番が下駄箱にShoesをShootするだけってどういうことよ!?私アニメじゃ理事長よ!!ボスよ!!権力でこの学校どうにでも出来るのよ!!」

「ま、鞠莉、落ち着いて…!」

「漫画版で1話目からメインで出ていた果南はだまらっしゃぁーい!」

「「だまらっしゃい!?」」

 

 

触れてはいけないであろうことに全力で突っ込んでいき、口調もキャラもめちゃくちゃになってきた鞠莉には驚くしかない。そして鞠莉はダイヤにへと寄っていく。

 

 

「ダイヤならわかるわよね!?漫画版で放送(台詞なし)してただけのダイヤなら!?あ、貴女はアニメ版では毎話出てるから別に漫画版なんて気にしてないわよね……。〈おい、スクールアイドル知らない設定どこいった?〉とか、〈ダイヤさんガチライバーじゃないか〉とか言われても気にしてないわよね…」

「辞めなさいその話!」

 

 

暴走の止まらない鞠莉は次元を超えた話を容赦なくしてくる。

 

 

「さぁ!くどくどやっても仕方ないからさっさと行くわよ!」

「いや、だから行かな……」

「Let's go!」

「」

 

 

飛び出していく鞠莉。彼女のことをほっといたら何があるのか分からないので、私とダイヤは嫌々、渋々、仕方なく着いて行くことにした。なんか身体中から悪寒が止まらないのは気のせいだと思いたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初のターゲットは2年生組よー!」

 

 

やってきたのは浦女の屋上。そこでストレッチをしていた千歌と曜と梨子が最初の犠牲者として選ばれたようだ。

 

 

「はぁ……。鞠莉さん本気でやる気ですの?」

「もちろん!見てみなさい千歌のあのおっぱいを!さすが、ちかっちのちちっちはでかっちちというタグを作られただけのことはあるわ!そしてセカンドシングルのセンターになった曜はでかい!ちかっちのちちっちと同じ大きさの筈なのにそれより大きく見えるわ!そしてそして当初から音ノ木坂のエリートレズと言われ、アニメで完全に確定させてしまった梨子!彼女ならきっとLuckyスケベを喜んでくれるわ!」

「鞠莉、そろそろいろんな人から怒られそうだからやめて」

 

 

ジュルリとヨダレを垂らして3人のことを木陰から見つめる鞠莉。その目は最早ただの獣同然であり、ラッキースケベをすることしか考えていない。

 

 

 

「でも、実際どうやってラッキースケベをするつもりですの?」

「倒す、揉む、以上よ」

「いや、それってラッキースケベじゃな…」

「GO!!」

 

 

鞠莉は私達を置き去りにし走り出す。体勢を低くし、千歌と曜と梨子に突貫していくその姿はまるでタックルを仕掛けるラグビー選手のようだ。

 

 

「ん?」

「あら?」

「な、何!?」

 

 

そしてその存在に気付いた3人。距離はだんだんと縮まっていく。

 

 

「Try & Tryよぉー!!!」

 

 

謎の叫びを上げながら3人にルパンダイブで突っ込む鞠莉。あと数センチまで迫ったその時………。

 

 

 

 

「辞めなさい」

「シャイッ!!?」

 

 

一瞬にして鞠莉の元まで肉薄した私は空中で彼女の脇腹を蹴り飛ばした。鞠莉は柵に叩きつけられ、ダイヤはそれを見てビビっており、千歌達3人は全く意味が分からずポカンとしている。

 

 

「ごめんね、みんな。何も見なかったことにしといて?」

「あ、はい」

 

 

私にそう言われよく分かんないけどとりあえず返事をしておく梨子。「シャイ…シャイ…」と謎の鳴き声を発する鞠莉の頭を雑に掴んで引き摺って屋上から去っていく。ダイヤもその後をそそくさと着いていき、3人はその様子を見るしか無かった…。

 

 

 

 

 

「あ、待って!さっきの鞠莉さんのって、ラグビーのトライと、私達が3人ってことのトライ(try)を掛けた…!」

「いや、絶対違うから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!次のターゲットは1年生!善子、花丸、ルビィ……ニィッ!!?」

 

 

 

アレを受けてものの10分で復活した鞠莉の次なるターゲットは善子、花丸、ルビィの1年生勢。……の筈だったが、彼女の脳天にダイヤの手刀が叩き落とされた。自身の可愛い妹を狙うなど言語道断。鞠莉の企みは即効で潰えた。

 

 

 

「痛っ〜…!?」

 

 

 

ダイヤの手首という尊い犠牲を経て……。

 

 

 

「何…アレ?」

「ずらぁ…?」

「お姉ちゃん、手首大丈夫かなぁ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局ラッキースケベなど出来ず終いになった鞠莉は今、生徒会室で正座をさせられている。そんな彼女を私とダイヤは仁王像の様に立って見下ろしていた。

 

 

「何か言うことはありますか…?」

「Shiny!!」

「怒るよ…?」

「Sorry」

 

 

相変わらずな鞠莉に溜め息を吐いてしまう2人。そして私は、彼女にある重大なことを話すことにした。

 

 

「あのさ鞠莉。貴女ラッキースケベがしたいって言ってたでしょ?」

「Yes!」

「この際道徳とかそういうのは置いといて、まずそれって無理があると思うんだ」

「What?」

 

 

言っている意味が分からず首を傾げる鞠莉。

 

 

「だってさ、ラッキースケベって偶然(・・)そういうシチュエーションに出会ってしまうことを言うでしょ?だったら、鞠莉みたいに自分から行くのは違うんじゃないかな?」

「………」

 

 

暫くの沈黙………そして。

 

 

 

 

「ホワァァァァァァァァツッッ!!!!???」

 

 

過去最大規模の衝撃が彼女を襲った。狙ってやるラッキースケベはラッキースケベでは無いのだ。根本的な間違いを犯していた鞠莉は絶叫し凄い形相で私に迫ってくる。

 

 

「そ、そんなぁ!!マリーの今までの努力は無駄だったっていうの!!?」

「ちょ、落ち着いて鞠莉…!?」

「鞠莉さん落ち着きなさい…!?」

 

 

 

その時だった。鞠莉が余りにも勢い良く来たものだから、私は鞠莉に押し倒される形で尻餅を着いてしまう…。

 

 

 

「痛っ!?も、もぉ〜、鞠莉った…ら……?」

「oh……あら?」

「あ…」

 

 

私のことを押し倒した鞠莉。偶然にも彼女顔は私の胸に突っ込んでおり、両手もそれを挟み込むように添えられていた……

 

最悪だ……その状況はまさにラッキースケベである。

 

 

「こ、これがLuckyスケベ…!!」

「んっ…!?ま、鞠莉、早く退いて…」

「最高よぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「あっ…!?んっ!?」

 

 

両手で私の胸を揉みながら、顔を更に埋めてくる鞠莉。これには思わず変な声を洩らしてしまった……。全力で堪能する鞠莉を、初心なダイヤは顔を真っ赤にして見ている。助けてよぉ…。

 

 

 

「よし!満足したわ!Thank you 果南!」

「はぁ…はぁ……」

 

 

スッキリした表情の鞠莉に対し、息切れ切れとなっている私。そして顔を真っ赤にして頭から湯気を出してるダイヤ。何よこの状況は…?

 

 

「じゃあ私は次なるLuckyスケベを求めてAdventureに向かうわ!!Ciao!」

 

 

そう言って自分所為でボロボロになった私を完全放置して生徒会室から飛び出していく鞠莉。2人が残された生徒会室は、何とも言えない空気だけが漂っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––––因みに鞠莉はその後梨子に捕まり、復活した果南、ダイヤからそれはそれは恐ろしいお説教を受けたそうな。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

「めでたくない!!」

 

 

 

 

 




本来なら男オリ主とAqoursによってラッキースケベとは繰り出されるのだろう……。しかしそんなのは一切無視。最初から最後までAqoursしか使わないのが私流←
実は過去二回と今回、全部Aqoursキャラを全員登場させているんです。


今回でひとまずラストということですが、また機会があれば参加させて頂きたいです。


読んで頂いてありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名はラッキースケベたろう 【零零機工斗】

零零機工斗こと、もふがみです。
この度ラストと聞きまして、初めて書くラッキースケベも頑張っちゃいました。
楽しんで頂ければと思ってます。

あ、前回の後書きは失礼しました。流石にどうかと思ったのでもうしません。


シャイニー!↑

やあ、俺だよ俺!

誰だかわからなくてもいいぜ、俺はこれから俺に起こるであろう栄光の物語を語るだけさ!

 

何故栄光の物語だとわかるのだって?

 

今月の占い?

 

ノンノン。

 

今朝トイレで大の方の出が良かった?

 

まあ良かったが関係ないのでノーンノン。

 

焼肉食った?

 

何それ食いてえな、ノンノンノーン。

 

 

さてさて、正解は!

 

――ヒ・ミ・ツ♪。

 

なーんて言うと殺されかねないから教えてやるかな!

 

 

 

永久(とわ)を生きる俺の記憶はアブソリュート。

アカシックレコードとも呼べる俺の記憶を辿れば、時は遡ること昨日の夕方。

昨日、あるお婆さんが駅前でド派手なブレイクダンスしていたら腰を抜かした様で、地面で痙攣していたのだ。

迫る歳の波には敵わないという奴だろう、恐らく全盛期はババアブレイクダンシング世界チャンピオンだった筈とも予想できるくらい見事な動きだった。

紳士な俺は、解き放たれそうな封印を抑えて震える右手を差し出してこう言った。

 

 

「ああ、あ、あの、ぶ、ブレイクダンス、うま、上手かったですね…!」

 

 

下界の者と久しぶりに話したせいか、俺としたことが、少し、ほんの少し噛んでしまった様だ。

 

ついでに、ウィンクしといた。

 

俺を見るなり目を見開いたババ……ゲフン、お婆さんは、俺と同じくらい震えていた手で俺の右手を取った。

やたら眼力が凄くて、俺の右手がミシミシと変な音を立てるほどの握力だった。

 

彼女は何度か咳込むと、もう片方の手でポケットから何かを取り出した。

 

 

「今のウィンクは死ぬほどムカついたが、ありがとう……久しぶりにダンスを褒められたよ、持っていきな小僧」

 

 

彼女が取り出したのは、古びたお守りだった。

中心には何故か、「助平」の二文字が刻まれていた。

 

 

「こ、これは……!?」

「これは「羅憑助平(らつきすけべい)が己の願いを込めたお守り。これを持っていれば、スケベな男の夢が叶うであろうよ」

「おおおお、おおおお!?スケベな男の夢って、おいおいおい、おいおいおいおい!」

「やかましゃあ!とっととこれ持って帰りな!なあに、ほんの感謝の気持ちさ」

 

 

不敵な笑みを浮かべたお婆さんから、俺は快くお守りを受け取り、帰るために振り返った。

しかし、踏み出した一歩が、ツルリと擬音が聞こえる気がするほど華麗に滑った。

 

バナナの皮が空へ吹っ飛んでゆく光景が目に映ると同時に、身体が宙に浮かぶ感覚を覚えた。

 

いつの間にか俺の視界は仰向けに倒れたお婆さんを映しており、吸い込まれる様に俺の頭部はお婆さんの胸元へ――

 

 

――そこから先は、記憶が無い。

 

 

目覚めた時には俺はお守りを握り締め、仰向けに倒れていた。

起き上がって辺りを見回しても、お婆さんはどこにもいなかった。

場所が変わった訳ではないが、時間は確かに、丁度日が沈む黄昏時に変わっていた。

 

そういう訳で、その日はそのまま寝てしまった。

途切れる直前まで残っていた記憶を思い出していては頭痛と吐き気がして、最初はまともに寝つけなかった。

 

お婆さんとラッキースケベは、ラッキーなんかじゃねえよ馬鹿野郎……!

 

 

だが新たな希望を持った俺は、そこから快眠することができ、翌日の朝である今に至る。

 

彼女どころか妹以外の女子に殆ど触れることができずにいて十数年。

俺はこのお守りの力で、可愛い女子高生にラッキースケベを発動させてみせる……!

 

そのために、俺は先程のトイレで今日の計画を立てていたのだ。

 

 

 

「——と、いう話なんだよ」

「我が兄よ、頭は大丈夫?これってヨハネの魔法でも治せるものなのかしら」

 

 

堕天使ヨハネの仮の姿でもある俺の妹、津島善子は、割とかなり心配そうな表情を俺に向けていた。

堕天使に心配されるとは、世も末だな。

軽蔑の情を視線に込めるとは、正体を自覚させた恩を忘れおって。

 

 

「待て待てェ、俺はどこもおかしくはないぞ、ヨハネ的に言えば新しい黒魔術の本を見つけて、試したくて仕方が無いんだ」

「そんな下らない内容の黒魔術なんて無いわよ」

「まあこれは黒魔術の本じゃなくてお守りだからな。そんなこともあるだろう。ってことで、早速試してくるぜ!」

「あ、ちょっと――」

 

 

こんなことを語れるのは妹くらいだが、そろそろ出かけないと俺の計画のスケジュールに間に合わないので、名残り惜しくも俺はその場を走り去った。

 

まずは、登校と同時に第一プランだ。

妹も俺も遅刻間際な訳だが、世界にはむしろ遅刻だから発生するイベントというものがある。

 

 

「いってきまァーーす!」

 

 

俺は朝ごはんのトーストを咥え、玄関の扉を後ろで閉めると同時に登校ルートを走り出した。

 

このお守りが本物なのは、非常に不本意ながらお婆さんのおかげで実証できた。

後は、発動タイミングを『自分で作る』ことさえできれば、完璧だ。

 

3分もしない内に、第一プランの重要ポイント、つまり、曲がり角が見えると同時に俺はこう叫んだ。

 

 

「いっけなーい!!遅刻遅刻!!」

 

 

そして思惑通り、俺が踏み出した足の先には、黄色く輝くあの果実の皮があった。

 

踏み抜くつもりで、バナナの皮を踏み締める。

ずるりと音を鳴らし、俺は勢いよく足を滑らせ、バナナは後方へと吹っ飛んでいた。

 

今度は後ろ向きに滑るのではなく、前向きに、つまり、向こう側の見えない曲がり角の方へ――

 

 

俺よ、今こそ飛べ!

 

 

「ウ、ウワーーーーバナナノカワガーーー!!」

 

 

俺の、俳優顔負けの演技を込めた、驚きの台詞も寸分狂わず完璧なタイミングで叫んだ。

 

完璧だ。完璧な計画と、完璧な実行としか言い様が無い。

 

さあ、来い!俺の、ラッキースケベ!

 

 

「キャーーー!?」

 

 

――勝った。

これは間違い無い、この裏声だとわかるのに確かに野太い声は、曲がり角の向こう側から――

 

 

……あれ?

野太い、声?

 

 

そして認識と、衝突。

 

俺の顔面は、もっこりとした何かに当たっていた。

 

このお守りのことで、俺は大きな勘違いをしてしまっていたことに、この瞬間で俺は気付く。

 

 

 

ラッキースケベが発動するのは、女とは限らない(、、、、、、、)ということだ。

 

 

 

「うわあああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

何か大切な純潔を失くした様な感覚に陥った俺は、溢れる悲しみを糧に、ひたすら叫んだ。

 

 

「お兄ちゃん、何やってるの……」

 

 

地面に手をついて後ろ向きに倒れかかってる男の股間に頬が触れている四つん這いの俺。

後から走ってきて、そんな光景に出くわした我が妹は、思わず口調が素に戻っていた。

 

 

当然、俺達二人は学校に遅刻した。

 

 

***

 

 

男子校に通う俺にとって、このお守りは学校にいる間は脅威でしか無い。

 

それに気づいた俺は、ロッカーにお守りを仕舞ってなんとか放課後まで男にラッキースケベをすることなく穏便に帰路に着けた。

だが、放課後なら第二プランに移行できる。

 

『妹を迎えに行く名目で、そこに在学している女子校の校門で待つ』ッッ!!

 

――完璧だ。完璧すぎる。

 

勿論それがわからなければ通報されるので、俺はあらかじめ用意した名札を胸に取り付けた。

『津島兄』と書かれた名札を、下校する女子高生達に見せる様にして校門から少し離れたところで立っていた。

 

さあ、ラッキースケベよ、いつでも来い!

 

 

「あの、津島ってもしかして、津島善子ちゃんのお兄さん、ですか?」

 

 

意気込んでいた俺に話しかけてきたのは、ヨハネと同じくらいの歳の茶髪の女の子だった。

右腕に抱えていたのは、数冊の本。読書女子って奴だろうか。

 

少し、大人しそうな雰囲気のJKだ。

 

――JK、だ。

 

え、この子と会話するのにお金払わなくていいの?と、思わずおっさん臭い疑問すら浮かんでしまった。

 

 

「あ!あああ、はい、そうです、よよ善子の兄です」

 

 

妹以外の若い女子と喋るという、今までの俺のアカシックレコードで1度でもあったか無いかくらいの一大イベントが起こっていた。

ヨハネが堕天使とバレては色々と面倒なので、俺も精一杯一般人の演技をしてみせた。

声を震わすつもりは全く無かったのだが仕方が無い、下界の若者と話すのは久しぶりなのだ。

 

 

「やっぱり!顔つきが似てたからもしかして、と思ったんだけど、名札見て確信を持ったずら!」

「……ずら?」

「あっ、いやあの、忘れてください…!」

 

訛りを隠しているのだろう、銀河が誇るスーパー紳士な俺は、触れずに聞かなかったことにした。

 

JKとの会話も新鮮で良いのだが、そろそろお守り効果発揮してくれないかな……!

スケベなイベント、早く来い!

この子可愛すぎてラッキースケベせずに逃すとかお守り破壊レベルの無能さだろう?

 

 

「あの……どうかしました?」

 

 

不意に、顔を覗き込まれた。

 

 

「ハッハイ、大丈夫です!妹の帰りを待ってるだけなんで!ええ!」

 

 

流石に顔を覗き込まれるのはかなりの威力だ。

なんとか受け答えできたけど、これ以上はまずい!

 

 

「あれ?善子ちゃんなら今日は部活じゃないかなあ」

「え、部活?」

 

 

……え、アイツ部活なんてしてたの?

一日中家に籠っていた様なアイツが?

 

 

「知らないず、じゃなくて、知らないんですか?」

「通りで最近帰りが遅いと……」

「帰りが遅いくらいの認識だったずら!?」

 

 

ツッコミの勢いで口調まで戻ってるけど、紳士なこの俺は触れないでおく。

しかし、彼女が校門に来ないとなると、妹を通して女子に近づくプラン2は無理か……

今日は帰って大人しく明日を待つとしよう、かな。

 

そこまで思考を巡らせたところで、俺は再び帰路に着こうと振り返った。

 

 

「そういうことなら僕は帰りま―――」

 

 

その時、俺の目は確かに捉えた。

 

踏み出した足のすぐ下の、バナナの皮を。

逃さず、しっかり踏み締めた後に、ずるりと滑ってゆく光景を。

 

 

「ウ、ウワーーーーバナナノカワガーーー!!」

「ずらぁーーーー!?」

 

(決まったァアアア!!!行けええええ!!!!)

 

 

脳内で雄叫びを上げながら、俺は後頭部がゆっくりと背後にいるJKに向かっていることを実感した。

 

 

 

そして、俺の後頭部は『とても堅いもの』に当たった。

 

 

「あれ……じ、めん……?」

 

 

薄れゆく意識の中、俺は一つ思い出したことがあった。

 

 

 

――お守り、ロッカーの中に置いたままだ。

 

 

 

「ちょ、この人後方にひっくり返ったずらーーーー!?だ、誰か、助けを――」

 

 

 

***

 

 

 

後頭部にとてつもない痛みと、何やら柔らかい感触を覚えて俺は目を覚ました。

 

 

「目が覚めた?」

 

 

目の前には、見慣れた妹の顔があった。

これは、俺を見下ろしてる?

 

 

「今何時だ……いててて」

「あ、動かないで、頭を割と強く打ったんだから」

 

 

痛む後頭部が乗っている柔らかいものは、妹の太ももだった。

 

俺は、ヨハネに膝枕されていた。

すごく、心地が良い。

 

 

「全く何を考えていたのよ、女子校の校門で私を待つとか、堕天使を舐めてるのかしら?」

 

 

腕を組んでフフンと笑うヨハネを見て、意識を失う前のことをふいに思い出した。

 

 

「部活、やってるんだってな」

「えっ、あ、そ、そうよ、この世界でもリトルデーモンを増やすために、人間共を私の虜にするスクールアイドル活動をしているのよ!」

「あ、アイドルゥ……?お前がぁ?」

「何よ、馬鹿にしてるの!?」

 

 

割と心の底から驚いて、失礼なことを言ってしまった。

いけないいけない、これでは俺の紳士が廃れてしまう。

 

と、思うだろ?

 

だが神紳士とも呼ばれる俺に、そんな平凡な心配はいらない。

その分だけ、気遣うだけだ。

 

秘技・スナオニホメール!

 

 

「可愛い外見は確かに見合うが、人見知りのお前がアイドルとは、成長したもんだなって思って」

「かわっ……!?あ、あり、がとう……」

 

 

自分でリトルデーモンとか、虜にするとか言ってる癖に相変わらず素直に褒められることは慣れてないな。

マイシスターはチョロイ。

 

 

「それじゃあ、もう頭も大分楽になってきたから部屋に戻るよ」

「あ、待ってまだ――」

 

 

俺が立ち上がると同時にヨハネも立とうとする。

それが原因で、お互いの足が、お互いの動きを阻害し―――

 

絡まった。

 

 

「うわあああ!?」

「きゃあああ!?」

 

 

足が絡み合ってバランスを崩したヨハネを、怪我させまいと俺の方に引き寄せて俺は後方に倒れていた。

 

目を開くと、大丈夫かとかけようとした声は、喉から出なくなった。

そんな体勢になるのはおかしいとか、物理的にどうしてそうなるとかいう疑問は、目の前の光景により吹っ飛んだ。

 

 

「……むらさき?」

「お兄ちゃんの馬鹿ーーーーー!!!」

 

 

仰向けに倒れている俺の顔の左右両サイドで膝を着いているヨハネ。

――結果として、下着(パンツ)が、丸見えだった。

 

 

鮮やかな紫色が記憶に焼き付いているのだが、その後もまた、記憶は途切れていた。




シャイニー↑↑
前回はとてもとてもExcuse me!
Really sorryねー!!そーりーそーりー総理大臣!!
誠心誠意謝罪の気持ちを込めてドゲーザするね!

さて、もふがみ式Luckyスケベは如何だったでしょうか?
あ、すけたろうさん見てるー??上手くすけたろうさんみたいな主人公書けたかなー???
HAHAHA、なーんてジョークですよ、ジョーク、あのすけたろう大先生をモデルにするなんておこがましいこと、するわけないじゃない、
か☆(ウィンク)

あ、前書きのアレ?
次回以降はもうしませんよ!
何たって今回でラストですからね!
次回はやらないけど今回はやりますけどね!HAHAHAHAHAHAHA!!

ってな訳で皆さん、シーユーアゲン!!


来たれ次回、トゥラタニ死す。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幸せを幸せと気付けたら 【フチタカ】

初めまして。フチタカと申します。
ここはクールに言葉少なで本編をどうぞ、と言いたいと思います。

では。本編を、どうぞ。


 綺麗に洗濯され、果南の手によって干されていたダイビングスーツを一着一着取り込んでは左腕にかけた。然程細かいことを気にするタイプでは無いサバサバした体育会系のクセに、商売道具に対しては几帳面かつ丁寧な友人の顔を思い浮かべて注意深く運ぶ。

 

 日常。

 

 海風に乗って手拍子と張りのある掛け声が届く。浦の星女学院のスクールアイドルAqoursの練習風景。今日は近所の砂浜での基礎トレーニングプラスアルファの日らしい。別段興味があるわけでもないので一瞥するに留めておいた。

 

 日常。

 

 左腕に取り込んだ洗濯物を乗っけたまま倉庫のドアノブに手をかけた。潮風で僅かに錆びた金具がギィ、と耳障りな音を立てる。俺は構わずにノータイムで右手を回しきり、躊躇いなく扉を開いた。ドア底とコンクリート床の隙間に入り込んだ砂が擦れて悲鳴をあげ……

 

 

「きゃああああーーーー!!!」

 

 

 暗喩ではない。

 リアルな悲鳴が轟いた。

 

 

「ちょ、ちょっと! わたくしが今……」

「…………」

 

 

 薄暗い倉庫の中でも分かる艶やかな黒髪。

 驚きに染まるエメラルド。

 理由は分からないがどこかエロさを感じさせる口元のほくろ。

 

 そして――。

 

「ダイヤ。その、何というか……」

 

 

 吸い込まれるようにして目に入ったのは彼女の――裸体。

 

 

「……っ! 良いから、今すぐに出て行きなさいーー!!!!」

 

 

 すぐさま飛んで来る何やら硬そうな倉庫の備品とお嬢様の怒声。俺は冷静に扉を閉めて難を逃れる。この状態のダイヤには何を言っても無駄だってことは経験上よく知っていた。

 俺は折角取り込んだダイビングスーツが汚れないようにゆっくりと、浜砂を巻き上げ無いように後ずさりした後、盛大に溜息を吐く。

 

 

――はぁ……、また片付けるモノが増えた。

 

 

 きっとそれは少しズレた感想だとは思うけど。

 

 

 これもまた――俺の日常だ。

 

 

 

 

 

ラブライブ!サンシャイン!! アンソロジー 

 

 

 

【幸せを幸せと気付けたら】

 

 

 

 

 

「今日という今日は許しませんわー!!」

 

 練習着に着替え終わったダイヤは顔を真っ赤にしたまま、更衣室代わりに使っていた倉庫から飛び出して来た。そのままツカツカと俺のもとに走り寄ってくると、ビシっとナイフを突き付けるかのような勢いで人差し指を鼻先に向けてくる。

 その頃には彼女の悲鳴を聞きつけたAqoursのメンバーも集合を終わらせていた。

 

「またやったの?」

「あぁ」

 

 小声で囁いてきた果南に頷き返して、未だに持っていた洗濯物を彼女に渡す。なんだか汚れそうな気がするから。

 他のメンバーも俺と果南のやり取りを見た後、合点が言ったように一斉に頷くと談笑を始めた。梨子や花丸、ルビィは呆れた様子で。千歌や曜、鞠莉は心なしかワクワクしながら俺たち二人を見ている。性格って出るよな、表情一つで……。

 

「一体どうしてノックをしませんの!?」

「いや、片手塞がってたし、そもそも倉庫に人が居るなんて思わないし……更衣室で着替えれば良いだろ? なんでアソコにお前が居るんだよ。アソコでアソコを見ることになるなんて誰が思うってんだ」

「この男、最低ですわ!」

 

 俺はダイヤの剣幕に負けないようハッキリと言い返した。

 別に俺に落ち度があった訳じゃないからな。責められる言われはない。

 

「お客でも無いわたくしが、お店の更衣室なんて使えるわけがないでしょう!」

「真面目か! こんな平日夕方に客なんて来るわけ無いだろ、この錆びれかけたダイビングショップに。海での商売なのに錆びるって……潮風のせいか! 皮肉過ぎるわ!」

「あの~、さらっとお店のことディスるの止めよっか。君、一応ウチのバイトだからね?」

「絶対お客さんが居ないと分かってても通すべきスジというのがあるのですわ! 絶対お客さんが居ないと分かっていても!」

「ダイヤも、二度言う必要なかったと思うんだけど……」

 

 果南が複雑そうな表情で口を挟んできている気がするが、今はそんな事問題ではない。理不尽な文句に対して堂々と迎え撃たなくては。相手が女の子だからといって引いていてはそのまま蹂躙される。

 俺はその事実を骨の髄まで叩きこまれていた。

 

「オーケーオーケー。二人の言い分はよーく分かったわ! Settle down ケンカせずに落ち着いて話しあいましょ?」

 

 流石に見かねたのか、意外に周りの見れる鞠莉が仲裁に入る。

 

 しかし。

 

「そうは言っても鞠莉さん! わたくし、流石に我慢の限界ですわ!」

「Umm……ダイヤの気持ちも分かるけど」

「んだとコラ。俺にばっかり原因があるような言い方は納得出来ない!」

「貴方に原因があるんですのよ!」

「はぁ? 不幸な事故みたいなもんだろ。わざとじゃないし」

 

 俺のそんな台詞にダイヤが再び吠える。

 

「わざとじゃないですって!?」

「あぁ!」

「貴方、自分が何度わたくしのは、は……裸を見たのか覚えてますの!」

「んな回数記憶してるわけないだろ!」

「なら聞き方を変えますわ! 貴方、こういう事件を起こしたのは何日ぶりですの!?」

「……ミッカブゥリディスか?」

「そう! ミッカブゥリですの!!」

 

 鞠莉が心の底から釈然として無さそうな目で俺たち二人を見てるが、一旦放置。

 

「どうしてこうも短期間にしょっちゅうしょっちゅうこういうことが起きるのか! それは貴方に原因があるに決まってますわ!」

 

 鼻息荒くダイヤは捲し立てるとかなりおっかない形相で睨みつけてきた。

 確かに、俺の身にかなり頻繁にこんな現象が起きるのは事実だ。他のメンバーも何か言いたげに軽く頷いてこちらを見ている。

 

「あはは! 確かに、先輩といるとエッチなことがしょっちゅう起こるよね~」

「千歌さんの言うとおり。実例を挙げたらキリが無いずら」

「さながら世界中の幸運を身に受け生まれた天使……堕天使ヨハネの最大にして最強の敵。……毎回本当に恥ずかしいです」

 

 千歌に続いて花丸が、そして善子までが口々に零す。

 

 む……。

 さすがに後輩に言われては強く言い返せない。確かにその通りではあるし。

 

「で、で、でも……先輩はわざとそんな事する人じゃ無いってルビィは……」

「確かに、私達に原因があることも多いよねー」

「一概に彼が悪いとは言えませんね」

 

 一方、フォローに回ってくれた一個下と二個下も居た。

 ルビィは少し緊張した面持ちで俺をチラリと見た後、実姉に恐る恐る声をかけてくれる。良い子だな、この娘。……全然正面切って話したこと無いけど。

 

「お、おおお姉ちゃん。あんまり怒らないであげて?」

「ルビィ……。そうは言ってもですね……」

 

 妹に言われると流石に効くのか、少しトーンダウンしたダイヤだが依然としてキツイ視線を俺に向けて飛ばしてくる。やはり、男に裸を見られるというのがどうしても許せないのだろう。お嬢様家の長女のプライドとやらだろうか。

 

 因みに、俺はこの間堂々とその視線を受け止め、ついでに睨み返している。

 そんな俺の様子を見て果南は相当深い溜息を吐いた。

 

「相変わらず、ウソでも謝らないんだね」

「女の子相手に一歩でも引いたらそのまま押し切られるからな……」

「五姉弟の末っ子長男のトラウマかぁ」

 

 俺の家庭の事情を知る彼女は困ったように笑ってかぶりを振った。

 一番上は十、直近の姉で三つ。年の離れた姉四人に囲まれて育った俺には一つの習慣が染み付いていた。

 

――不用意に謝ったが最後、骨の髄まで吸い尽くされる。

 

 ケンカでも何でも、弱みを見せた瞬間女というのはこっちを狩りに来るのだ。十八年間そんな魔境で育った俺に、自分が全面的に悪い場合以外で女相手に引く習慣など無い。付け上がらせてしまったら最後だってことをよく知っているから。

 

「あぁ! もう、やっぱり腹が立ちますわー!」

「そりゃこっちの台詞! この時間バイト代出ないんだからな! 果南が見てるせいで!」

「そんなの、後で交渉したら良いじゃないですの!」

 

 金銭感覚が庶民とズレたお嬢様が無茶を言う。

 

「何言ってんだ! ただでさえ経営苦しいこのダイビングショップのオーナーに余計なバイト代請求できるか! 親父さん干からびちゃうよ! 目の前はこんなに水で一杯なのに!」

「だから、今ウチのお店関係ないよね?」

「干からびちゃったらミカンを食べれば良いんだよ!」

「お願いだから、千歌は静かにしてて」

 

 余計な口を挟む千歌と、一応ツッコミを挟んで来る果南は当然無視。

 ダイヤはやはり腹の虫が収まらないのか、再び腰に手を当てたまま悠然と俺に近づいてきてこちらを睨む。女の子特有の甘い匂いが潮風で揺れる黒髪に乗って鼻腔をくすぐるが……姉達のせいで嗅ぎ慣れすぎて何の感慨も湧かなかった。

 

「もちろん、この殿方の起こす数々の事件も許せませんわ。本当、ふらちな……」

「プラチナ?」

「違います! 私の名前と合わせてポケモン第四世代の話をしている訳ではありません! 不埒な、と言いましたの!」

「え、じゃあパールは?」

「……これ以上話の腰を折るなら、バールのような物で殴りますわよ?」

 

 小声で囁くようにして零した一言にも律儀に反応してくれる生徒会長。

 

「良いですか、言いたいことは別に有ります! よくお聞きなさい!」

 

 ギラリ、と彼女の両目に怪しげな光が宿る。

 

「わたくしが一番腹が立つのは……」

 

 

――交錯する視線。

 

 なんだコノヤロウ。

 言ってみろ。

 

 

 

「わたくしのは、は、裸を見ておきながら……どうしてそう冷静なんですのーーー!!!」

 

 

 

 今日何度目か分からないダイヤの怒声が水平線に溶けた。

 

――だから、姉のせいで女の子にも裸にも……いろんな感触にも。幸か不幸か慣れてしまってるんだって。

 

 俺は小さく溜息を吐きながら説明する。が、当然ながら受け入れては貰えなかった。

 

 

 

 もっとも、譲歩して謝ることも無かったけどな。

 

 

 

***

 

 

 

「もう、次は気を付けなよー? ダイヤ宥めるの大変なんだから」

「あぁ、分かってるって」

 

 数時間後、果南は練習を終えそして俺は店の雑用をほとんど終わらせて倉庫の掃除をしていた。ダイヤが暴れたせいで、壊れたものは無いが余計に散らかってしまっている。

 

「あの後、皆で話してたんだ」

「え。俺の話?」

「うん。そろそろ本気でダイヤの言う所の『不埒な事件』を無くして行かないとダメだって。まぁ、ダイヤ一人が本気で、他の皆は遊び半分ってノリだったけど」

 

 果南はちらっと俺を見ると、薄っすらと微笑んだ。

 

「昔からだもんね」

「まぁ、そうだな」

 

 幾度と無く繰り返した……不本意ながら『不埒な』事件達。

 裸を見るなんてよくあることで、触ったり触られたり嗅いだり嗅がれたりうずめたりうずめられたり乗っかったり乗っかられたり揉んだり揉まれたり噛んだり噛まれたり抱きしめたり抱きしめられたり摘んだり摘まれたり擦ったり擦られたりくっついたりくっつかれたりしゃぶったりしゃぶられたり舐めたり舐められたりと散々な青春時代を過ごしてきた。

 もっとも姉さん達のせいでそれらの出来事は毛程も俺の琴線に触れないのだけど。

 

 俺は溜息を吐きながら手に持った箒を果南の背後にある掃除道具入れに返そうとして、

 

「おっと」

 

――盛大に躓いた。

 

「……昔からだもんね」

「…………」

 

 流れるような動作で果南を巻き込んで腕に抱き、積まれたダイビングスーツの山に突っ込んだ。スーツもきっとびっくり仰天してるだろう。よもやダイビングされる側になろうとは。

 俺はせめてもの思いやりを見せて自分が下敷きになるように体重移動を済ませており、練習後の少し湿ったTシャツが頬に押し当てられた。俺くらいになると、この布越しの感覚が彼女の双丘だって事はすぐに分かる。

 

「この場合は……私は悪くないよね?」

「まぁ、その何ていうか……六対四くらいで俺が悪いかな、程度の」

「あ……んっ」

 

 なんだこの声!?

 唐突に上がる甘い嬌声に驚いて顔を上げると、頬を朱に染めて吐息を漏らす果南が居た。

 

「う……薄いからあんまり喋らないで」

 

 話を振ってきたのはお前だろ。

 

 俺は黙って彼女の身体を支えながら立ち上がった。結構身長が高く、出るトコ出てるくせに妙に華奢なバイト先の友人。やはり女の子の身体というのは不思議だ。

 果南は自分の胸を抱くようにして一歩後ずさりしながら呼吸を整えている。

 

「さすがに、十対〇で君じゃない?」

「いや、俺と同じ空間に居ることを許したお前にも原因が……」

「確かにそうかも……」

「いざ納得されると凄い罪悪感湧いてきたんだけど」

 

 や、本当にワザとじゃ無いからな。

 俺は一応申し訳無さそうな視線だけは彼女に送っておいた。

 

「それに、ダイヤじゃないけど……」

 

 果南は珍しく不機嫌そうな様子で俺を睨む。

 

「よく、女の子の胸に顔埋めて置いて冷静でいられるよね……」

 

 またそこかよ!

 

 起こしてしまった事件に関して触れなくなってる辺り俺たちは既にどこか一般的な感覚から離れてしまっているらしい。

 まぁ、実際何一つ心が動くことは無いのだが、さすがにココで無関心を貫き通すというのも果南に対して失礼ではあると思う。姉さんは『胸なんて減るもんじゃないんだから揉ませてあげればいいのよ! 男なんてそれでイチコロなんだから』って言ってた気がするけど、目の前の同級生はそんなタイプでは無いハズ。

 

「いやー、でもやっぱり……」

「もういいよ、何とも思ってない事くらい良く知ってるから」

「何人もの胸に顔を埋めてきたけど、君のがいっちばん良いね」

「……はぁ。今日のバイト代減給」

 

 なっ!?

 

 呆気にとられる俺に一睨みくれると彼女はやはりどこか不機嫌そうな表情を浮かべて踵を返す。乱れたダイビングスーツを直さず倉庫から出ていこうとしているあたり結構怒っているらしい。

 俺はその空気を敏感に感じ取って慌てて追いかけた。

 

――このままじゃマジで減給!

 

「お祖父ちゃんに、君に倉庫でイタズラされたって言っておくから」

 

――よりやべぇ! 太平洋のど真ん中に捨てられる!

 

 より危機感のボルテージを上げて俺は走りだし……。

 

 

 特に何もない平地で躓いた。

 

 

 ……日常。

 

 

「ひぁっ……」

 

 

 驚きからか、僅かに掠れた悲鳴。

 抱き寄せた腕に彼女の体温が移る。

 そして、右手には慣れ親しんだ感触があった。

 

 俺くらいになると分かる。

 これ――果南のおっぱいだ。

 

 なるほど、別に何も感じないわけではない。ダイビングや日頃の練習で引き締まった肢体に、年長組だからか不思議に漂う大人の色香。シャツ越しかつスポブラに包まれていても分かるそれの柔らかさと、形の良さを俺は右手で完璧に把握した。

 

 

「……ほんっと、昔からだもんね」

 

 

 噴火前の火山を彷彿とさせる声の震えと、伏せられた瞳。

 

 

 

 

「さ……三十三対四で俺が悪かっ……」

「――――――!!!!」

 

 

 

 

 そこからの記憶は、特に残っていない。

 ついでに、バイト代も出なかった。

 

 

***

 

 

 

「で、何?」

 

 後日、俺は果南に近所の呼び出されていた。そこには既にAqours全員が集合しており何故か学年別に綺麗にグループ分けされて立っている。

 

 ザッ。

 問いかけながら一歩前に進むと、露骨に身体を跳ねさせて反応した娘が居た。

 

「ダイヤ、流石に近づくだけでビックリされると傷つく」

「う……申し訳ありませんわ。で、でも、貴方なら何もない所で転んで抱きついてくる、位のことはするでしょう!」

「絶対しない!」

「いや、こないだ私にやったばかりだけど」

 

 そういえばそんな事もあったっけ。

 

「貴方を呼び出したのは他でもありませんわ! 今日こそ、その変態スケベ体質の矯正をさせて貰います!」

「変態は良いけどスケベはやめろ!」

「そっちは良いんですの!? ……というか、もう! 話が進まないので黙っていて下さい!」

 

 矯正っつっても、一体どうするつもりだろうか?

 我ながら、生半可なことで俺の体質は治らないと思うんだけど。

 

「それはやってみなくては分かりませんわ! 私達Aqoursが学年別三チームに分かれ、今日一日で貴方のそのド変態特性を矯正して差し上げます!」

 

 ビシィッ!

 

 潮風を切り裂く勢いでダイヤは得意気に俺に向け人差し指を振り下ろした。

 

「ふふっ。これで今日以降、貴方にリズムを狂わされる事は……」

 

――瞬間。

 

 俺は自身の前髪があらぬ方向に散り、流されるのを感じる。ロン毛、とまではいかないものの強風が吹いた時は当然ヘアスタイルも崩れるし、視界も揺れる。

 慌ててオールバックにする要領で前髪を描き上げ、視線をダイヤに戻すと――。

 

「きゃっ……」

 

 白いワンピースのスカートが、潮風に巻き上げられる瞬間をバッチリと視認した。練習着ではなく、普段着で来てしまったのが彼女の運の尽きだったのだろう。

 純白の下着の、フリル部分までしっかりと確認出来た。

 

 当然、慌てて抑えこんだものの後の祭り。

 スラリと伸びた肢体のもっと根元の部分は完璧に俺の脳内簡易記憶貯蔵庫に保管された。もっとも、大して重要な記憶ではないのでしばらくしたら消去されるとは思うけど。

 

「み、見ましたの?」

「白」

 

 キッパリ断言。

 なぜなら、俺に落ち度は無いからな!

 

「絶対許しませんわーー!!!!」

「おお、お姉ちゃん! 落ち着いてぇ~!」

「ダイヤさん……結構えっちな下着履いてるんだね!」

「千歌ちゃーん、余計なことは言わないでおこうか」

 

 騒ぐ姉妹と相変わらず若干ズレた感想を残す千歌と一応ダイヤに気を使って彼女を咎めておく曜。俺は腕組しながら彼女がいつものように怒鳴り攻めてくるのを待っていた。

 

「前回に引き続きまたやりましたわね!」

「フツカブゥリディスか?」

「フツカブゥリですの!!」

 

 シャイニー!が口癖の鞠莉の表情が皮肉にもクラウディー。

 無関係な場所でイジられてる分会話に入っても来れないのが辛いらしい。

 

「だから、お前がスカートで来るのが悪いんだろ?」

「お気に入りの服で外出するのがどうしていけないのです!?」

「俺と会うって分かってるんだから」

「だからこそ……! じゃなくて、一理ありますわね」

「いや、同意されるとやっぱり申し訳ない気持ちに……」

 

 ダイヤは怒りが収まらないのか地団駄を踏んでいる。

 

「ですが。よ、よりにもよってわたくしの、下着を……」

「まぁ、前回裸見られたって考えればいくらかラクに思えて……」

「貴方だけにはそんな慰め言われたくないですわ!」

「そんなに言うなら俺のパンツ見せてやろうか? それでおあいこだろ」

「そんな粗末なもの見たくありません」

「誰の〇〇〇が粗末だコラァ!!」

「そんなにハッキリ言ってませんの!」

「言っておくがな、俺のソレはスイートポテトの如く太く逞しくてほんのりと甘く……」

「妹の大好物で汚らしい物を例えるのは止めてくれませんこと!? 貴方のソレなんて、所詮ポテトフライの如く細くてカリっと……」

「お、姉ちゃん、それもルビィの大好物……」

 

 白熱する論争と何故か巻き込まれる黒澤(妹)。

 

「はい。下級生はちょっと離れとこうね」

 

 果南の判断で俺とダイヤの罵り合いは下級生に悪影響を及ぼすこと無く収束に向かっていった。

 

 

 

***

 

 

「ヨーソロー! それじゃ、まずは二年生の出番だよ!」

 

 誰が早漏だコノヤロウ。

 そのツッコミを必死に飲み込んで俺は千歌、曜、梨子の三人を見ていた。どうやらこれから順繰りに俺の変態体質を矯正する作戦を実行していってくれるらしい。

 

「私達が考えた作戦のコンセプトは……」

 

 梨子は特にこの話題に興味があるわけじゃないのだろう、若干冷めた雰囲気を漂わせてはいるもののチラリと同級生二人を一瞥して声を張ってみせた。

 どうやら悪い友人二人はノリノリらしい。

 

「アクシデントに、自分達が対応する。です」

「私達、考えたんですよ。先輩をどうにかするよりも、千歌達が先輩のおこしてしまうアクションに対して的確なリアクションを返せばいいんだって!」

「つまり、上手く先輩のスケベに対応しようって事ですね! 迎え撃つ、防ぐ、逃げる! 大きく分けて三つのパターン! ヨーソロー!」

 

 なるほど、俺じゃなく向こう側に耐性や処理能力を付けるってことか。俺は納得して頷く。そしてニヒルに微笑んでみせた。

 

「ふふ。果たしてお前たちに止められるかな? 俺のスケベを」

「私は、警察に連絡するのが一番だと思ったんですけど……」

 

 梨子、それだけはやめてくれ。

 

「と、言うわけで!」

 

 何が楽しいのか、弾む声。

 千歌は太陽のような笑顔を見せてくれた。

 

 

「先輩! 準備は出来てるので、えっちなことしてきて良いですよっ!」

 

 

 …………。

 

 あぶな。鼻血出るかと思った。

 

「千歌ちゃん、流石に言い方が誤解を招き過ぎるよ」

「え? 何で?」

 

 その通り。曜、ちゃんと言い聞かせておいてくれ。

 

「いざ、改めてそういうことしてくれって言われたら困るんだけどな」

 

 何度も言うが、あくまで俺が起こす不埒な事件は俺の意図するものでは無い。あらゆる偶然が絡まり合ってああいった出来事に繋がっているだけで、望んでいるわけでは決して無い。

 だから、やってみてと言われて出来るような事じゃないんだけど……。

 

「いつもみたいに何もない所で躓いてもたれ掛かってきて下さい! 私が迎え撃つので! 梨子ちゃんはわざとスカートを履いてめくられないように注意、曜ちゃんは逃げる準備をしてますから!」

 

 千歌は既にファイティングポーズを取りながら聞こえ様によってはヤバ目の内容をさらっと口にしてみせた。

 

「この日のために動画でボクシングの試合沢山見て来ました!」

 

 そう言いながら彼女はシャドーを始める。

 いや、サマになってるけどさ。ソレ、俺を暴力で処理しようとしてるよな。

 

 俺はじっと千歌を眺めた。

 

「えへへ。えいっ、えいっ!」

 

 彼女は何故か妙に楽しそうに笑いながら交互に拳を突き出しては、無駄に飛び跳ねていた。肩まで伸びた明るい髪が跳ね、うっすら滲んだ汗が首筋を垂れる。

 男を意識しない彼女らしい部屋着兼用の私服、やわらかな布地越しに発育の良い胸が弾むのが見て取れた。当然、シャドーボクシングの動きに短パンが対応できるわけもなく、飛び出したシャツが揺れちらりと腰や見えちゃいけないはずの布地さえ目に入ってくる。

 

 ふむ……薄ピンクか。

 

――もしかして、コレ。

 

 

「ち、千歌ちゃん! マズイよ! 先輩の能力が既に発動されてる!」

 

 

 どこのバトル漫画!?

 曜! 誤解を招く言い方するな!

 

 というより、この件に関しては俺は何も……。弁明しようとした矢先。

 

「千歌ちゃん、着崩れてるからちゃんと……きゃあっ!」

 

 突如、巻き起こった海風がわざとスカートに履き替えていた梨子を襲う。今の今まで裾に手を当てて鉄壁の防御を示していたはずが、早くも千歌が陥落してしまったことに驚いたせいでガードが緩んでしまっていたのだ。

 神風はその一瞬の隙を逃さない。

 シンプルな縞柄の下着が網膜に焼き付いた。

 

「か、風をも操るの? 将来船長になったらスカウトしたい……」

 

 ほんとにそんな能力あるならお前んトコに就職してやるけどな。無事故どころかちょっとした危機すら訪れない平和な航海を約束することが出来そうだ。

 

「曜ちゃん! 私たちのことは良いから早く逃げて!」

「そうよ! もう、貴女だけしか残ってない!」

「ごめん、千歌ちゃん梨子ちゃん。私……行くねっ!」

 

 ぼうっと見守る俺の前で三文芝居を繰り広げ、曜は涙を拭く素振りを見せる。そして残りの二人の声援を受けて、力強く大地を蹴り、しなやかな筋肉が伸びを見せ。

 

 

 結果――。

 

 

「いっったぁーーー!」

 

 

 コケた。

 当然、俺に背を向けて転んだせいで見せたくないものは捲れたスカートからバッチリと。

 

 曜達は恐る恐る俺を見上げ、声を揃えて零した。

 

 

 

『さすが、先輩……』

 

 

 

 俺は何もしていない。

 

 

 

***

 

 

「次は、一年生チームか」

 

 仲良し三人組に視線をやると、揃って一歩後ずさり。先の二年生の結果を目の当たりにしてしまったせいか完璧に腰が引けていた。二つ年下の女の子にこうまでビビられるのは流石に淋しいモノがある。

 

「ま、マル達じゃどうしようも無い気が……」

「あの高等魔族を打ち負かすにはまだ時期尚早のような気もするわ。しもべ達の魔力を十分に増幅させてからでも遅くない……というか、本当、止めましょう?」

 

 花丸と善子に至っては完全な降伏宣言。

 しかし、ルビィはまだ諦めていなかった。

 

「で、でもここで諦めたらお姉ちゃんが……」

「だけど、マル達、何も作戦思いつかなかったでしょ?」

「そうよ、あの男は危険過ぎるわ」

「善子ちゃんが『呪いをかける』っていう意見しか出さなかったのも原因の一つだと思うずら……」

「なっ! ヨハネだけが悪いの!?」

「ふふ二人共、やめてぇ~」

 

 何やら揉めているらしい。

 特に会話に割って入る必要も無いため、じっと見つめていると俺からの視線を避けるように背を向けてコソコソと相談を始めてしまった。見守ること数分。一応意見が纏まったのか三人が顔を上げた。

 

 何をするのかと思えば、トコトコと俺の前に歩いてくる。

 

「あの、マル達、色々考えたんですけどなかなかいい作戦が無くて……」

「ふ、ふん。アカシック・レコードにも書いてない事が有るなんてね」

「で、ででですから、何かいいアイデアありませんか?」

 

 え、つまり。

 

――まさかの丸投げかよ!?

 

 予想外の一言に面食らってしまう。

 確かに、一年生組は全員どちらかと言うと消極的というかリーダーシップに欠けるというか。自分の意見は持っているもののそれを押せるタイプでもなく、特に拘りがない分野では人任せにしてしまう性質があり……。

 

 どうやら自分達じゃ思いつかないから先輩に任せよう、との事らしい。

 

「先輩にはありませんか? 女の子がこうだったら俺はこんなことにならなかったのに……みたいな」

 

 花丸が問いかけてくる。

 いや、まあ確かにそう言われると俺に委ねるというのは悪くない話かもしれないな。一番の原因は俺に有るわけだし。……いや、俺は何も悪くないけどね。

 

「そうだなぁ」

 

 顎に手を当てて宙に視線をやる。

 

 時折一年生たちの表情を伺うと、少し不安げに瞳が揺れていた。

 

 

――あぁ。

 

 

 可愛いな。

 素直に思う。半年前まで中学生だったあどけなさと、高校生になって少しだけ大人びた彼女たちの説明できないアンバランスな魅力。それを見て持つ感想は人それぞれだろう。

 大切にしたい、可愛がりたい、見守りたい。

 どれもよく分かる。しかし。

 

 俺はこう考えていた。

 

 

――いじりたい。

 

 

「善子……じゃなかった、ヨハネ。俺の力はどうして発動してしまうと思う?」

「ふぇっ? えっと、魔力の暴走というか、過剰な幸運というか……」

「違う違う。そもそもの原因の話! 花丸は分かるか?」

「お、オラ? うーんと、コケちゃったり、人が居るのが分からなくてドアを開けちゃったりするから、ですか?」

「いーや、違うね。もっと根本的な事。何がいけないんでしょう」

 

 ルビィも俺の意図していることが分からないのか考えこんではいるものの、悶々とした表情を浮かべている。

 

「分からないか? 後輩たちよ」

 

 コクリ、小さく頷いた一年生に俺は出来るだけ厳粛に告げた。

 

 

 

「キミ達が、服を着ているからだ」

 

 

 

 その場に居る全員の表情が凍りついた。

 少し離れた所でダイヤがなにやら騒いでいるが、鞠莉に取り押さえられている。どうやらもう少しくらいは泳がせてくれるらしい。悪ノリシャイニー理事長に感謝しつつ俺は話を続けた。

 

「風が吹いてスカートが捲れるなんて、そもそもスカートはいてなきゃ起こらないだろ! 先輩はそう思うんです」

 

 ハナから全裸なら何の問題もない。

 そうだろう。そうに違いない。

 

「そんなわけで、とりあえずキミ達は上から順番に脱いでいこうか」

 

 ばちこん、とウィンクを決めて一年生たちに提案。

 しかし、何故か納得いっていない様子でルビィが言う。

 

「でで、でも、流石にそれは恥ずかし……」

「頑張るビィ♪」

「ルビィの決め台詞こんな所で使わないでぇ!」

 

 良いから早く!

 俺は半ば強引に急かしてみせた。

 

 三人は頭の中では明らかにおかしい事に気付いてはいるものの、俺が先輩であることと謎の勢いに押されて両手を上着のボタンにかけた。もちろん外すスピードはゆっくりで、二つ緩めた時点でほぼ停止した。

 彼女たちが顔を赤らめながら零す。

 

「ま、マルやっぱりコレはおかしいって思うんですけど……」

「善子ちゃん、流石にこれは恥ずかしいよね……」

「…………」

「って、声も出せないくらい恥ずかしがってるよ!?」

 

 ふっ。

 

 俺はにやりと笑って

 

 

「いいから全部ぬ……」

「人の妹とその友達に何させてますのーーー!!!」

「いってえええ!!!!」

 

 

 異常な風切り音と共に飛来した、ダイヤのものと想われる靴が後頭部に激突。俺は激痛とともに前のめりにバランスを崩して倒れこんだ。

 

 

――眼の前に居た女の子三人を巻き込んで。

 

 

「いっつつつ……」

 

 真ん中に居た花丸の豊満な胸に顔を埋め、善子の華奢な身体を抱き寄せ、ルビィのまだ発育の乏しい――しかし確かな膨らみを感じさせる双丘に左手を当てたまま静止。服をはだけさせた三人のお陰で転ぶこと無く、無事俺は能力を発動させ終えていた。

 

 ふーむ。

 

 

『きゃああああ!!!!』

 

 

 青空に溶ける悲鳴。

 

 これは流石に後で謝っておこう。

 

 

 

***

 

 

 

「よ、よくもルビィの貞操を……」

 

 いや、そもそもお前が全力投靴しなかったら起こらなかった事態だろ。何でもかんでも俺に原因が有るみたいな言い方するな。

 ワナワナと小刻みに震えながら憎悪の視線を送ってくるダイヤと向かい合って睨み合う。折角整った切れ長の瞳が鬼のように鋭く細められ、魅力を半減させていた。

 

「本当、反省の色が見えませんわね」

「服の上から触れたくらいで気にし過ぎ。減るもんじゃないだろ」

「減りますわよ! わたくし達のSAN値が!」

「そこまでイヤか! 俺との接触は!」

「バイト代も減るよね」

「いや、それは本当勘弁して下さい」

「Don't mind. むしろAqoursのメンバーのバストが他のグループより大きいのはキミのお陰だからね。Thanks for your ド変態特性!」

「おーまいぐっねす! 釈然としない」

 

 まさか、Aqoursメンバーの発育の良さに俺が一枚噛んでいたとは。でも確かに、おっぱいが『あれ? コレまさか豊胸マッサージ?』と勘違いするくらいには揉んでいるかもしれない。

 

「俺たち三年生はこれから社会に自らを船として漕ぎ出し、荒波に揉まれていくんだから乳の一つや二つ、今のうちに揉まれてたほうが良いんだよ」

「貴方が社会に出た瞬間、法律という軍艦に沈められる未来が見えますわ」

 

 再び睨み合うこと数分。

 どこまで行ってもこの女との相性は悪いらしい。

 

 まぁ、でもここでいがみ合ってても仕方ないし。

 

「で、お前ら三年生組はどうすんの?」

「ふふっ。よーく聞いてくれたねっ!」

 

 パツキンパーリーピーポーが嬉しそうに弾けんばかりの笑顔を見せる。鮮やかな金髪がキラキラと太陽光を乱反射して輝いた。

 その横では果南が少し気怠げな表情で立っている。正直彼女はどうでもいいみたいだ。付き合いが長い分、どう頑張っても俺の特性を矯正することなんて不可能だと分かっているのだろう。因みにダイヤはやはり不機嫌そうだ。

 

「一年生はキミの望む通りに動く。二年生はキミの起こしたアクションに対して反応する。私達三年生は……」

「そもそも行動を起こさせない! ですわ!」

 

 ダイヤは鞠莉からの台詞のバトンを受け継いで決めポーズ。

 彼女たちが尊敬するどこぞのスクールアイドルの先輩をリスペクトしているらしいが、どこかポンコツ感漂うのは何故だろうか。俺はダイヤの言い分を理解したものの、具体的な内容は想像出来ずに居た。

 

「要は未然に防ぐって事だろ? どうやってやるんだよ」

「結束バンドで両手両足を縛って内浦湾に沈め……」

 

 殺す気か。

 

「で、でも。お、おおお姉ちゃんが殺人犯になるのが問題だと思います……」

 

 違う違う。大事なのはそこじゃないよ。

 それじゃ肝心の俺が死んじゃってルビィ。

 

「流石にそれをやっちゃうのは最終手段なんだけど」

「果南の最大譲歩先に俺の殺人が有ることにびっくり仰天だ」

「ある程度自由を封じておくのは大事だと思うんだよね」

 

 そう言って彼女は大きめのタオルを取り出した。

 

「一部分ずつ、自由を奪っていくっていうのはどうかな」

 

 え? 拷問でも始めるんですか?

 

「素晴らしいアイデアですわね……」

「Oh! 果南、ナイスアイディア~! シャイニー!」

 

 ぎゅ。

 言うが早いか半ば強引に俺は三年生組に拘束され、タオルを巻かれた。

 

――目に。

 

 

「のっとしゃいにー!?」

 

 

 急激に視界が闇に包まれて俺は面食らう。自然豊か太陽光豊かな昼下がりに訪れた急激な真っ暗闇はやはり精神衛生上よくない。

 俺は取り敢えず手当たり次第に腕を動かして掴まれるものを探した。

 

「きゃっ! どこ触ってますの!」

 

 さらり、と手触りの良い布の感覚と暖かな体温。

 

「ああ、ダイヤの太ももか」

「どうして分かるのですか!」

「張りや肉質で大体分かるだろ」

「……怒りを通り越して感心しますわ」

「ダイヤのはこう……ちょっと厚めの鳥のムネ肉を皮の方から指で押したのと同じ感触」

「もっとマシな例えはありませんの!?」

 

 怒声とともに蹴りが飛んできた。しかし俺はそれに構うこと無くなんとなくの位置に手を伸ばし、彼女の腕を掴む。よしよし、ビンゴ。

 危ない危ない。間違えてバストでも掴もうものなら内浦港に永眠する所だった。

 

「ふう、一安心」

「人の両手を掴んで拘束しておいてどうして一息つけるんですの? 良いから離しなさい!」

「冗談抜きで目隠しのまま放置は辛いって」

「別に、貴方を置いてどこかに行くわけではないですわ」

「とかいいつつ、声が届かない所まで離れて皆で俺を笑い者にするんだろ! 昔姉さんたちにやられたことあるからな!」

「さ、流石にその過去に関しては同情しますけど……」

 

 若干彼女の抵抗は和らいだものの、相変わらずダイヤは俺から離れようと藻掻いている。普段なら投げ飛ばすくらいの勢いで開放してやるが、今離せば俺は真っ暗闇の一人ぼっちだ。

 

「ダイヤ、あんまり暴れると足が絡まって押し倒しちゃって抱きしめた上胸揉む未来が見えるから気をつけろ」

 

 ピタリ。

 ダイヤの動きが完璧に止まった。

 

「SAN値が大幅に下がりましたわ……」

「人をクトゥルフの精神的ショックと同じみたいな言い方するのはやめろ」

 

 俺たちは一息ついて向かい合う(見えないから分からないけど多分)。

 

「離して下さい」

「じゃあ目隠しを外してくれ」

「……分かりましたわ。分かりましたから両手を離して……」

「とか言いつつ離した瞬間逃げるつもりだろ! いやだ! 絶対いやだ!」

「必死過ぎますわ!? 一体お姉さん方にどんな虐められ方をしてたんですか!? もう、ちゃんと約束は守ります。守りますからぁっ」

 

 グイグイと両腕を引っ張るようにしてダイヤが暴れる。しかし俺は必死に彼女を押さえつけたまま踏ん張っていた。

 絶対離さないぞ! 目が見えなくて一人彷徨う俺を言葉責めしながら時折水風船やら小石やらを投げつけてきた鬼畜姉達の諸行を忘れちゃいない! あんな惨めな思いはまっぴらだ!

 

「はーなーしーなーさーいーー!」

 

 だから、あんまり暴れるとコケるって。

 そうは思ったものの、意外なことにこの瞬間は俺の悪い癖が発動しなかった。特に何も起こること無く俺から必死に離れようとするダイヤとそれを引き止める俺という構図が出来上がる。

 やいのやいのと押し問答を続けること数十秒。

 俺の頭に天啓のように素晴らしいアイデアが降ってきた。

 

――というか、タオルの目隠しなら自分で取れるだろ。

 

 冷静な判断。

 

――姉さん達に虐められた時みたいに腕は縛られてないからな。

 

 かつての辛い記憶と比較して、今の俺には自分で自分を救う道が残されていることに気がついた。

 

 よって。

 

 

 

「……へ? いきなり離さな……きゃあっ!」

 

 

 

 もう特に用の無くなったダイヤを離し、俺は自分の頭に巻かれたタオルを外した。ふう、スッキリ。やっぱり内浦の太陽は素晴らしい。

 

 清々しい気持ちで俺はダイヤへと視線を向け、飛び込んできたのは――見慣れた白だった。

 

 

「な、な……」

 

 

 ダイヤは口をパクパクさせて頬を熟れたリンゴのように赤く染めながら、綺麗に開脚した状態で尻もちをついていた。真っ白のワンピースから覗くスラリとした肢体。

 そしてそれを目で追った先にある白……っていうか、パンツ。

 

 はぁ。

 

 俺は小さく溜息を吐いた。

 

 

「もう、ソレさっき見た」

「――――――――――!!!!」

 

 

 SAN値が大幅に下がったキャラクターよろしく狂気に侵されたかのように騒ぐダイヤを一応は宥めながらも、俺は頬を軽く膨らませて不満を示していた。

 だから、そもそもの原因はお前だろ!

 

 

***

 

 

「まぁ、ダイヤにやらせるとそうなっちゃうよね」

「ここからは私達の番だよっ!」

 

 一応ダイヤを落ち着かせた後、俺の側にやってきたのは果南と鞠莉の二人だった。何故か少し自信ありげな表情を浮かべている。同級生がパンツを見られている間二人で何やら相談していたようだが、何か解決策でも見つかったのだろうか。

 

「言っとくけど、小手先の細工じゃ俺のスケベスキルは防げないぞ。マジ、半端ないよ。俺の力は。今日改めて実感してる」

「誇らしげに言うのはやめよっか……」

「Never mind! 今からする作戦は一味違うよっ」

 

 じりじり、とゆっくり二人は俺の両脇から近づいてくる。獲物を追い込み捉えるような動き。俺は怪訝に思いながらも特に抵抗すること無く彼女たちの様子を見守っていた。

 

 そして――。

 

 

「……今日、だけだからね」

「うふふっ。If that's what you want……何度でもしてあげるよ?」

 

 

 俺は両腕をそれぞれ果南と鞠莉に片方ずつ包まれていた。二人の体温が静かに伝わってくるのを感じる。半ば強制的に腕を組まされているような体勢、いわゆる両手に花状態。

 俺は訳が分からないまま呆けた顔で至近距離の二人を交互に見た。

 

 えっと、何で?

 

 正直意味が分からない。この体勢だと既に二人の胸が二の腕辺りに当たっている。少し張りのある鞠莉の鞠状の膨らみと、比べると分かる柔らかでゆっくり形を変えていく果南の胸。客観的に見ると既に例のアレが発動しまっていると言える。だとしたら、今直面している問題に反すると思うけど……。

 すると、俺がそのような疑問を持つことは当然織り込み済みだったのかすぐに二人は簡単に説明してくれた。 

 

「こちらが気をつけても、君に任せても。ついでに、身体の自由を奪っても防げそうにない。だったら……」

「私達が譲歩できる範囲でサービスしてあげればOK!」

 

 鞠莉は満面の笑顔で、果南は恥ずかしそうに視線を逸らしながら言う。

 

 えっと、つまり……防ぐことは諦めて、わざと自らアクションを起こすことにより激しいセクハラをゼロにする方向へ転換したのか。

 

「肉を切らせて骨を断つって事?」

「You got it!」

「胸を触れさせても揉ませはしないってこと」

 

 なんという消極的、というか現実的な作戦。

 ……と、言うより二人は構わないのだろうか? 恋人かと傍から見れば勘違いされるくらいくっついて胸を押し付けるように腕を組む体勢になってるんだけど……。

 

「No problem! 今更どうってことないわ!」

「私は流石に恥ずかしいけど……」

 

 いや、でもコレは何というか……。

 

 俺は初めて感じる落ち着かない気持ちにソワソワと視線を彷徨わせた。確かに俺には姉さんが沢山居て、女の子の身体というものに慣れてはいる。家庭内カースト最下位だったため風呂場で強制的に背中を流させられる経験も日常茶飯事だったし、なんなら豊胸マッサージとやらで胸の下部分を数十分指圧させられ続けたことも有る。

 だからこそ、例え可愛い女の子であろうとも下着が見えようが胸を揉もうが、さして俺にとっては気にするようなことでは無かった。

 

「…………」

 

 でも、何故か今回だけは不自然な沈黙が続く。

 

 なんだろう、この感覚は。

 

「Maybe I’m wrong but……」

 

 勘違いかもしれないけど――と、鞠莉は俺の表情を覗き込みながら言った。

 

 

 

「もしかして、キミ。……照れてる?」

 

 

 

 瞬間。

 体中が熱を持ったような気がした。ついぞ感じたことのない体の火照り。

 

――照れてる? 俺が? 何で?

 

 ニヤリ、と笑う鞠莉から目を反らすと当然反対側に居た果南と視線が交錯する。彼女は彼女で恥ずかしがっていたのか頬を僅かに朱に染めていたが、余程俺の変化に驚いたのだろう。信じられないものを見るかのような目で俺を見つめていた。

 

「ちょ、ちょっと待て! ギブアップ……」

 

 俺は慌てて二人を振りほどき、離れる。

 

「わーい! さすが果南ちゃんと鞠莉さん!」

 

 横目で他のメンバーを見ると、作戦の成功を喜んでハイタッチを交わす下級生の姿があった。確かに、作戦通り物事は運び、例の不埒な事件は起こらなかった。解決方法に若干の問題があるとはいえ、俺のソレが防がれたのは事実。

 でも、そんなことより今は……。

 

「珍しいね? そんなウブな反応は」

「果南……」

 

 そっと近づいてきた果南が微笑む。

 

「強制させられたり、自分からすることには慣れてても……相手からして貰うことには慣れてなかったのかな?」

 

 俺の過去をよく知る果南の言葉。

 

「そう……かな」

「ふふ。でも、コレでやっと君も……」

 

 そんな彼女が少しだけ安心したように零した。

 

 

「女の子の身体に触れられる幸せな気持ちに気付けたでしょ」

 

 

――幸せな、気持ち……。

 

 俺は少しだけ数秒前の感覚を思い出していた。胸の感触、肌から伝わる体温、女の娘特有の甘い香りと優しげな吐息。それを自分ではなく相手から与えてくれることの照れ臭さとむず痒さ。そして、もう一つ感じ取っていたのは、

 

「そっか。そうかもな」

 

 体中が火照る程の――幸福感だった。

 

 確かに、俺は今までこんな感覚も知らずにこの娘達に……

 

 

 

「納得いきませんわ!!」

 

 

 

 そんな思考を断ち切ったのはダイヤの、今までとは質の違う怒声だった。

 

 

 

***

 

 

 港の風が僅かに夜を含み始め、濡れた手のように肌に纏わり付いてくる。潮風が夕日で艶めく黒髪を揺らし、一瞬だけ彼女の表情を隠した。俺は静かに彼女の様子を伺う。

 

「どうして、果南さんと鞠莉さんだけ……」

 

 あぁ、コレ真剣な奴だな。俺は瞬時に判断して表情を引き締め、ダイヤと向かい合った。

 

 キッ、と気の強そうな瞳で彼女は俺を睨みつける。

 しかしそれは同時に、どこか泣き出しそうな……崩れ落ちてしまいそうな色を帯びていた。

 

 ダイヤは視線を地面に一度落とし、唇を引き結んで悔しそうな表情を浮かべた後、訴えかけるように顔を上げ俺に対して言葉を紡ぐ。その内容は至ってシンプル。しかし、重く大切なモノだった。

 

「わたくしの裸を見ても顔色一つ変えなかったじゃないですか!」

「お、お姉ちゃん……」

 

 ルビィはそっと姉の側に寄り添って、支えるように背中に手を当てる。他のメンバーは少しだけ優しげな表情でダイヤを、そしてちょっと厳しい目で俺を見ていた。何となく、彼女たちの言いたいことは分かる。そして、ダイヤという女の娘の性格も。

 

 

「ちょっとくらい……わたくしにだって、今みたいな表情を。……浮かべてくださっても良いでしょう」

 

 

 俯くようにして彼女は俺から視線を外した。

 

 

「わたくしは、そんなに魅力がありませんか……」

 

 

 プライドが高く、自分に強く自信を持っている育ちの良い真面目な女の娘。彼女にとって他人に、かつ異性に自分の肌を見せることがどれほど抵抗があることなのか考えたらすぐに分かる。それでも、彼女は俺の性質を理解して、怒りながらも仲良く接してくれていたのだ。

 

 しかし、きっと俺の今の態度の変化は彼女への侮辱。

 悪気はなく、俺にも事情があったとはいえダイヤを傷つけていたのは事実だ。今までは全員に対して平等なリアクションだったからこそ我慢してくれていたのだろう。だが、同い年の他の女の子に対してだけ照れや躊躇いを見せ、自分には無いとなると誰がどう考えたって誇り高い彼女に辛い思いをさせてしまう事になる。

 

 だから。

 

 

「ダイヤ。……ごめん」

 

 

 小さく頭を下げた。

 

 彼女が息を飲む声が聴こえる。

 俺が女の娘に謝ることなんて滅多にないから。

 

「別に、お前が魅力的じゃないなんて思ってなかった。でも、俺は気付いてなかったんだよ」

「何に、ですの?」

「女の子の身体に触れられることの幸運と」

 

 一息。

 

 

 

「それを許してくれる事の幸せに」

 

 

 

 きっと、それはお互いの信頼がないと成り立たない関係だから。

 なんとなく、その事が分かったような気がした。

 

 ダイヤはじっと俺を見つめていた。少しだけ表情は緩み、泣き出しそうだった瞳には勝ち気で綺麗なエメラルドの光が戻り始めている。

 

 

「だから、今までの事は謝る。そして、約束する! これからもしお前の言う不埒な事が起こったとしたら……」

 

 

 俺は自信を持って一度頷くと、彼女に向け語りかけながら一歩踏み出した。

 

 

 

 

「きゃっ……」

 

 

 

 

 か細い悲鳴。

 

 

――あれ? 視界が傾い……。

 

 

 まさか……。

 俺の内心の焦りは、目を開いたことによって完璧な確信に変わった。

 

 平地で躓き、目の前に立っていた女の娘を押し倒して片手で抱き寄せ、胸に顔を埋めたままもう片方の空いた手でソレを揉む。幾度と無く繰り返した俺の――日常。

 

 目の前には白い肌を怒りと羞恥で染め上げたダイヤの顔。

 全身で感じる彼女の柔らかさと優しい匂い。さらさらとした黒髪が指に触れ、押さえつけられた胸が形を変えて得も言われぬ快感を与える。キスを交わせる位の至近距離で俺たちは見つめ合い、お互いにニコリと笑った。

 

 もちろん、ダイヤは怒りを隠すため。俺は一生懸命笑顔で誤魔化すように。

 

「起こったとしたら、どうしますの……?」

 

 あぁ、そうだな。

 丁度いい。俺の決意を見せよう。

 

 幸せを、幸せと気付けた今。俺が送る言葉、そして行動は。

 

 

 

 

「感謝を持って、堪能します! ありがとう、ダイヤ」

「へ? あ、や……んっ」

 

 

 

 

 俺は優しく、いたわりをもって彼女の胸を

 

「貴方、何を……。ひぅっ……!」

 

――揉ませて頂いた。

 

 美しく整っている柔らかな膨らみが右手に心地良い重みを与える。見上げると、そこにはあまりのことに羞恥に頬を染めたまま思わず甘い声を上げるダイヤの顔がある。なんだ、可愛い顔も出来るじゃないかと俺は笑った。

 

 この状況は特別なものだ。誰にでも与えられるシチュエーションではない。地元でも評判になるくらいの美少女、それもスクールアイドルの頂きを目指す女の娘達とのスキンシップ。そして、ある程度彼女たちも仕方のないものと認めてくれている現状。

 こんな幸せは他に無いだろう。俺は改めて固く幸福を噛み締めた。

 

 これからは、自分の幸運に感謝して。

 この持って生まれた特性と一緒に生きていこう。

 

 そう、俺は固く誓った――。

 

 

 

 

 

 

【幸せを幸せと気付けたら 完】

 

 

 

 

 

 

「うん。551の豚まんと同じくらい張りもあって、ふわふわ」

「ですから、例えをもうちょっと考えてくだ……あんっ」

 

 

 




と、言うわけで。
作品テーマは『ラッキースケベ』でした。

普段からお世話になっており尊敬してやまない素敵で優しいグッドガイ、私の大好きな主催者鍵のすけ様の為に全編超絶シリアス感動超大作を書かせていただきました。改めましてフチタカです。

今回は、最後の企画とのことで参加させて頂きました。
ラブライブ! サンシャインの作品を書くのは初めてでしたがとても楽しく、そして貴重な機会が頂けてとても満足しています。普段は無印ラブライブを主として二次創作で遊ばせて頂いているのですが、サンシャインのキャラもみんな本当に可愛くて素晴らしいですね!笑
アニメもきちんと追いかけねばと決意を新たにしました^^

またどこかの作品で『アンソロジーブゥリですね!』と言えますように。
ではでは、最後まで読んでくださってありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それは、不幸から始まる物語 【豚汁】

こんにちは、初めての方は初めまして、私は豚汁と申します。
今回二回目の企画参加という事で、『ラッキースケベ』という題材を使い私自身楽しみながら書かせていただきました。
こんな豪華な作家様の面々に囲まれながら企画のトリを飾らせて頂いて非常に恐縮な思いもありますが、精一杯楽しんで書きましたので、良ければ読者の皆様も是非読んで楽しんで頂ければ幸いです。
ではでは――


 俺は、堕天使と契約して“不幸”に魅入(みい)られた人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――と、こんな物騒な書き出しから始めてしまえば、俺が今現在置かれている危機的状況も、ちょっとは笑い飛ばせるようなものになるのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

「ず……ずらぁ………」

 

「い、いや待て花丸(はなまる)ちゃん、落ち付いてくれ。これは違うんだ」

 

 

 

 

 

 

 ――前言撤回、全くもって笑い飛ばせない。

 

 俺は現実逃避をやめ、目の前で真っ赤になりながら涙目でそう言う国木田(くにきだ)花丸(はなまる)ちゃんに、俺は必死で“今の状況”を弁解しようと試みる。

 

 しかし、弁解する前からそれは無駄だと悟っていた。

 

 とりあえず、今の俺がどれだけ危機的状況かというのを知ってもらうために、どうして“そう”なってしまったのかという過程を語るのは後にして――結論だけ、簡潔に述べよう。

 

 

 

 俺は今現在、()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そんな第三者から見れば俺が圧倒的に有罪の状況の中、いけないと思いながらも俺は右手の方に意識を集中させてしまう。

 

 すると手から伝わってくるのは、花柄のレースがあしらわれたシルク製女性用下着の(なめ)らかな感触と、その絹越しに、大きく包み込むような羽毛布団を思わせる柔らかさで、それでいて確かなハリのある弾力を併せ持つ楕円形の物体の感触。

 

 そういえば……花丸ちゃんって元々胸はそれなりにあると思ってたけど、これは想像以上。

 やっぱ見るのと触るのとじゃ違うって事か――ああ、これなら例えこの先ずっと刑務所暮らしする事になっても後悔は無いな……

 

 人は、己の人生の最期(さいご)を悟ると逆に落ち着くのか、俺は一周回って冷静になりながら花丸ちゃんの胸の感触にそんな感想を(いだ)く。

 

 そんな俺と花丸ちゃんの二人きりの室内では、最早気まずさから互いに何も一言も無く、まるでどこぞのRPGの呪文のヒャダル○を喰らってしまったかのように、一つの身じろぎも出来ずに凍り付いたような時間が流れていた。

 

 

 くそっ……こうなったのも全部()()()の所為だ。

 

 

 そんな永遠にも等しい時の中、人生が終わったような絶望的な気分になりながら俺は、こうなってしまった“元凶”に対する文句を心の中で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 あんのクソ堕天使の大バカ野郎ぉぉーーー!!

 

 

 

 

 

 

 事の発端を語るには、この日の朝にまで遡る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

「よっし! 今日は待ちに待ったCD新シングル発売&サイン会の日! 待ってたぜ本当に……!」

 

 

 日曜日の朝、俺は自室のカレンダー日付の丸印を見ながら嬉しさの余り大声でそう叫んでしまった。

 

 そう、俺にとって今日この日は、ネットで情報が出てからずっと待ち望んでいた日。

 この日、俺が大ファンの人気若手男性歌手(シンガー)が、CDシングルの新譜を出すだけでなく、なんと、こんな静岡という地方の沼津市にまで来て、わざわざサイン会まで開いてくれるのだ。

 

 憧れの人に間近で会って話が出来る……これに心躍らない沼津市在住のファンなど居ようか――いや、居ないだろう。

 

 なので俺は、サイン会は夕方にも関わらず朝の今から家を出て、会場の行列に一番乗りを目指していたのだった。

 

 

「身支度バッチリオッケー! なら、いざ会場にレッツラゴー!」

 

 

 そして、ようやく身支度を終えハイテンションでそう言って、部屋のドアを外に開け放つ――その時だった。

 

 

 

「――ふぎゅっ!」

 

「うん? ……あれ? なんかドアの外の何かに当たった?」

 

 

 

 自室のドアを開けた瞬間、廊下側の何かにぶつかったような感覚がして、俺はドアの反対側を覗く。

 

 するとそこには、姫カットヘアーで何故か休みの日なのに学校の制服を着た可愛らしい女の子が、目を回して倒れていた。

 俺は慌ててその子の名前を呼ぶ。

 

 

 

「よっ……善子(よしこ)っ!? なんでそんな所に居るんだよ!?」

 

「……っ! もうっ! 痛いじゃない! タイミング悪過ぎご主人様(マスター)! 今私がドア開けようとした瞬間に開けるなんてあり得ないー!」

 

 

 

 そう言ってその子は、俺の事を変な呼び名で呼びながら涙目で起き上がる。

 

 この、朝っぱらから登場タイミングが不運な女の子の名は、津島(つしま)善子(よしこ)

 

 こうして見ての通り色々運が無い子で、見てないといつも心配をかけさせられる困った奴だ。

 

 しかもそれだけでも不安なのにも関わらず、実はこの少女はとある『病気』を患っていて――

 

 

 

「すまん、悪かったよ……で善子、こんな休みの日に制服なんて着て俺の家まで来て、今日はいきなり何の用なんだ?」

 

 

 起き上がった善子を見て、俺が不注意を謝りつつそう言う。

 すると善子は気を取りなおしたかのように、宣言した。

 

 

「ふっ、愚問ねご主人様(マスター)

 今日という創造神(ゼウス)の安息日に、この私――“堕天使ヨハネ”が降臨する理由はただ一つ。休日を怠惰に過ごすであろうマスターに、このヨハネの英知を授けてあげる為に来たのよ、感謝しなさい!」

 

 

 

 ――そう、その病気の名前は『中二病』という。

 

 

 そんな、自分を堕天使だと自称する善子に俺は、軽くため息交じりに言葉を返す。

 

 

 

「はいはい降臨ご苦労様。悪いけど俺は今日は大事な用があるんだ、だから遊んでる暇はないから帰れ善子(よしこ)

 

「馬鹿な……マスターがこの私より優先する用なんてある筈が――って、誰が善子よっ!ヨ~ハ~ネっ! 薄幸の美少女、“堕天使ヨハネ”と呼んでって何度言ったらマスターは分かるのっ!?」

 

 

 俺の発言にショックを受けた後、ようやく気づいたように素に戻りながら呼び方に関してツッコミを入れる堕天使様。

 それにしてもお前もう高校生なんだから、そろそろそれ卒業しろよ……

 そう思ったものの、俺は呆れながらも()()()()()、善子の設定に付き合ってやることにした。

 

 

「はいはい“ヨハネ”、残念だけど俺は今日、大事な大事なサイン会に行かなきゃいけないんだよ。だから遊びに付き合ってやるのはまた今度な」

 

「ええ……マスターがファンなのは知ってるけど、でもそんなに大事な用なの? そのサイン会ってのは何時から?」

 

「ああ、夕方四時ぐらいからだけど?」

 

「――えっ!? 今何時だと思ってるの朝十時よっ!? そのサイン会まで後五時間以上もあるじゃない、早すぎ!」

 

「そう――早いからこそだ! 早くに並んだらサイン会で確実に一番乗り出来るだろ? 

 いつも東京を中心に活動してる有名人が、こんな地方まで来てくれるチャンスなんて二度と無いだろうから、このイベントはファンとして絶対に一番乗りしたいんだよ!」

 

 

 時計を見て驚く善子に俺は、今回のサイン会にかける熱意を語る。

 しかし残念ながら俺の熱意は伝わってくれなかったみたいで、不満そうに怒りながら善子は言う。

 

 

「だったら、私の用を先に済ませなさいマスター! 

 サイン会一番乗りの権利と、前世からの魂の結束で紡がれた同胞である私の頼み、どっちが大切なの!?」

 

「……はぁ、そこまで言うとか、そんなに大事な用なのか?

 そもそも前世の記憶なんてないっての……精々、幼稚園時代からの付き合いだから十年ぐらいの付き合いが関の山だろ俺達」

 

 

 俺は善子にそう言い返して、相変わらずなテンションの善子にため息をつく。

 

 

 そう、非常に恥ずかしながらではあるが、この自称堕天使様(笑)と俺とは、幼稚園の頃からのクサレ縁だったりする。

 

 

 その出会いは、俺が幼稚園の年中組さんだった頃に幼稚園内の広場で――

 

『わたし、ほんとうはてんしなの! いつかはねがはえて、てんにかえるの!』

 

 ――と、まるで本当に“そう”だとでも言わんばかりにキラキラした輝く瞳でみんなの前で宣言する、当時まだ年少組さんだった善子になんとなく興味をもってしまった事から始まる。

 そして、俺はその子を見ているうちに、とんでもない不幸体質な子だと悟るのにはそう時間はかからなかった。

 

 何もないところで転ぶのは日常茶飯事。

 楽しみにしていた運動会や遠足では雨が降る。

 オモチャを賭けたジャンケンでは必ずと言っていい程負ける。

 流行りの風邪には必ず(かか)る。

 お遊戯会で両親に見てもらうために一生懸命練習した踊りを、急に入った仕事で見て貰えなくなる。

 

 そんな、まるで何かに呪われてるかのように不幸に遭い続ける善子を、俺はどうしても放っておけなくて『大丈夫?』と慰め続けた。

 

 そんな日々を軽く一年続けた結果、善子から妙に懐かれてしまい、しかも幼稚園を卒業した後も、小学校、中学校とそのクサレ縁は続きに続いた。

 

 そして高校生になり、ようやく別々の高校に通うようになった今でさえも、こうしてよく遊びに来るような関係になったのなった。

 

 俺はそんな懐かしい過去を思い出しながら、深いため息をつく。

 

 まったく、いつまでも世話がかかる……しょうがない奴だな善子は。

 

 

 

 

「――仕方ないな……その用事、四時までには終わるんだろうな?」

 

「えっ……う、うん」

 

「じゃあ、さっさと俺の気が変わらない内に行くぞ。早く終わらせて二時間前に並べれば、まだ一番乗り出来るかもしれないしな」

 

 

 そう言うと、善子はパッと明るい顔になって目を輝かせた。

 俺が行くって言った瞬間これだ、現金な奴。

 

 

「ふ……ふふふ……! それでこそ、この堕天使ヨハネと対等な“契約”を交わした初めての人間……流石マスター!」

 

 

 妙に嬉しそうなテンションでそう言う善子に、ついに無視しきれなくなって俺は無駄と分かりつつも言ってやる。

 

 

「おい、それにしても何がご主人様(マスター)だヨハネ、俺はお前のご主人様になった覚えはないっていつも言ってるだろ」

 

「ふっ……忘れたの? ()の地『死者の国(ヘルヘイム)』にて結ばれた私達の『契約』を――この堕天使ヨハネの(チカラ)を行使する存在、それがあなた。

 そして、悪魔と交わした契約は絶対……だからこそあなたはご主人様(マスター)なのよ!」

 

「ああもう、はいはい分かったよ“ヨハネ”。もう訂正させないから好きに呼べ」

 

 

 

 目をキラキラさせながら堂々とそう言い返してくる善子に、俺は諦めたようにそう言った。

 ちなみにヘルヘイムが何処かは知らないが、善子の言うように、実際に俺達が『契約』を交わした事自体は本当だったりする。

 

 おおっと、カン違いするなよ。

 別に俺は、善子と特別な関係になりたいが為にそんな事をしたわけじゃない。

 

 その契約を交わしたのは俺達がまだ中学生だった頃のある日のこと、謎に熱っぽく頬を赤くした善子に――

 

 

『こっ……光栄に思いなさいっ! 今日からあなたは、我がリトルデーモンのカンパニーの幹部よ! 有能な私の右腕として、今日から私に仕える事を許可してあげるわ!』

 

 

 ――と、意味不明な事を言われ、何のことか分からなかったが、善子に仕えるというのが納得できずに俺はそれを拒否した。

 そしたら代わりにと善子が提案したのが、対等な関係で交わす『契約』だった。

 

 そして、強引な善子に押し切られる形で、その『契約』を結んでしまった日からずっと、善子は俺の事をご主人様(マスター)と呼び続け、今日のようにそれを正そうとしても全く取り合ってくれないのだった。

 

 ちなみにその『契約』の内容はと聞くと――

 

 

『そんなの決まってるわ、ご主人様(マスター)はこれから先の人生、ず~っとこの堕天使ヨハネの“加護”を受けられるのよ! わ~! ス・テ・キ!』

 

 

 ――素敵じゃねぇよ馬鹿野郎。

 本当の悪魔ならともかく、ちょっとポンコツ入ってる中二病系女子との契約で加護もクソもあるわけねぇだろそんなの!

 と、その無意味な契約内容を聞いて、内心でそう言い捨てたのも昔のことながら記憶に新しい。

 

 

 

 

「よし、分かってくれたなら早く行くわよマスター!」

 

 

 

 俺がそんな風に考えていると、そう言って俺の手を引いて先に行こうとする善子。

 

 

「ちょ……どこ行くんだよヨハネ!?」

 

 

 急な行動に俺が驚いてそう聞くと、善子は脈絡もなくとんでもない事を口にした。

 

 

 

「ふふ……残念な事だけど、今日はマスターと戯れる日ではないの。

 今日はこのヨハネの温情で、『堕天使ヨハネの契約者』であるマスターに必要な、“不幸”についての知識を教授してあげるわ……感謝しなさい!」

 

 

 その言葉に俺はポカンと口を開く。

 

 は? え……? なにその世界一要らなさそうな知識は、絶対行きたくないんだけど。

 ――ってか、急になんで善子はそんな意味の分からない事に俺を巻き込むんだよ!?

 

 俺はそう思ったが、しかし一度付き合うと言ってしまった手前、どうにも断る事が出来ずに俺はそのまま、強引に善子に引っ張って行かれるのだった。

 

 そんなこんなで俺は、納得のいかないまま『不幸』を理解するという全くもって意味が分からない目的の為に外に出ることになったのだった。

 

 俺はそんな上機嫌な善子に手を引かれながら、今日何度目か分からないため息を吐きつつ思う――

 

 

 

 ああ……神様、仏様、叶うならどうか、幼稚園児だった頃の俺に『その女と関わるのはやめておけ』と伝えさせてください……。

 

 

 

 こんな中二病末期の“堕天使系幼馴染”なんて……いらねぇぇーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「ついたわ、ここよ!」

 

 

 そう宣言しながら、ようやく引っ張って来た俺の手を離す善子。

 何処に連れてこられたかと思い目の前をみると、そこは俺の良く知る学校だった。

 

 

「ああ、ヨハネが制服を着て来た理由ってこういう事か……ここって(うら)(ほし)女学院(じょがくいん)じゃん……あれヨハネ? 今日は『Aqours』の練習休みだったんじゃなかったのか?」

 

 

 そう言って俺は善子に問い掛けた。

 

 ――『Aqours』というのは、なんとこの自称堕天使様が所属する、総勢九名のメンバーで構成される浦の星女学院のスクールアイドルグループである。

 メンバーは心が広い奴が多く、ちょっと厄介なキャラをしている善子でも優しく接してくれている。

 

 ちなみに、なんで俺がそんな事を知ってるのかと言うと、俺は最初中二病末期な善子がメンバーのみんなと溶け込めてるかどうかがどうしても心配で、Aqoursの練習をちょくちょく陰から覗いていたのだ。

 しかし、そこをリーダーの高海(たかみ)千歌(ちか)という強引な女に見つかって――

 

『良いこと考えた! そんなに善子ちゃんが心配だったら、もっと近くで見てればいいんだよ!』

 

 ――と、訳の分からない論法で練習に参加させられ、そして学生“兼”理事長とかいうとんでもない肩書きを持つ小原(おはら)鞠莉(まり)さんの手によって、気が付いたらあれよあれよという間に、貴重な男手としてAqoursの雑用兼マネージャーみたいな立ち位置に任命された。

 そして俺は今現在、学校が終わったらすぐに浦の星女学院に来なければいけないという激務を担わさせている。

 

 ……え? 女子校なのに男子が日常的に入って大丈夫なのって? 

 そこは主に鞠莉さんの所為か知らないけど、入校許可証とかその他諸々の書類手続きクッソ早かったよチクショウ。

 

 と、そこまで思って、俺は自分の境遇の不幸さに改めてため息を吐きたくなった。

 

 あ~あ……“不幸”の英知を教えてやるとか善子言ってるけど、もう俺はこの時点で不幸なんじゃないだろうか。

 

 と俺がそんな事を考えていると、さっきの俺の問いに対し、なぜか善子は若干ツリ目になりながら怒ったように言う。

 

 

「そうよ、今日の練習は無いけどそんな事聞いてどうしたのマスター? 

 ……もしかして、みんなに会えないのがそんなに残念だったりする?」

 

 

 おいおい……さっきまで上機嫌だったのに急に何だっていうんだ一体。

 そう思い俺は、善子を落ち着かせるように言う。

 

 

「――な訳ないだろヨハネ、給水用の水汲みとか、汗を拭くためのタオル用意にビデオ撮影、そんな雑用を今日もやるのかと思ってウンザリしただけ、ないならラッキー万々歳だよ」 

 

 

 すると善子は半分納得した様子で、気を取りなおしたように言う。

 

 

「むむ、マスターがそう言うならいいけど。

 じゃあ……始めましょうマスター……これから不幸の深淵をこの場所で体験してもらうわ!」

 

 

 えっ……体験?

 善子の言葉が信じられなくて、俺は思わず善子に言い返す。

 

 

「体験……? 不幸について学ぶってもしかして、そういう実習的なもんなの!?」

 

「勿論よ、この天から堕ちた罪深い存在である堕天使のヨハネは、常に神からの呪いを“不幸”と言う形で一身に受けているわ……だから、そんなヨハネと契約してしまったマスターにも、その不幸が襲い掛かってくるかもしれないっ!」

 

「は……はぁ……そうですね……?」

 

 

 そう言って自らの“設定”を一方的に語り始める善子に、俺は圧倒されながらそう返すしかなかった。

 なんだこれ、一体何を言いたいんだこの堕天使様は……?

 

 

「そう、だからマスターは今から実際に不幸を体験して、そして実際に不幸な事に遭っても動じない心を作る! ――それが、今日の目的よ」

 

「へ、へぇ……基本的にはどうやって?」

 

「良いわ……今説明してあげるから少し待ちなさい……」

 

 

 俺がそう聞くと善子は、急に黒い腕時計をちらっと見て時間を確認した。

 そして小さく「よしっ」と言った後に、善子は胸を張って宣言する。

 

 

「説明するわ! 簡単よ……マスター、貴方に指令をを与える!」

 

「指令……?」

 

「そうよ、内容は単純。ここから職員室に行ってスクールアイドル部の部室の鍵を取って、そして部室に行って机に置いてあるヨハネの魔導書を取って戻って来るだけ――簡単でしょ?」

 

 

 俺は指令の内容を聞いてホッと胸を撫で下ろした。

 なんだ――そんな事で良いのか、不幸を体験ってどんな無茶させられるのかと思ったけど、それなら早く終わらせてサイン会の方に行けそうだな。

 ――というか、それよりなんで善子がそんな事を言いだしたのかが気になってきたぞ。 

 

 

「指令は分かった、でもしかしヨハネ。何故急にそんな事を言いだしたんだ? そんな事、今まで話した事なんて無かったじゃないか」

 

「それは……マ、マスターには関係のない事よ! いいからとにかく行って来て!」

 

 

 焦ったように俺を急かす善子に、俺は素直に従う事にした。

 まぁ、そんな事気にしても仕方ないしな。

 

 

「ふぅ……オーケー、分かった。部室って体育館のあそこだよな、サッサと行って戻って来るよ」

 

 

 そう言って俺は、善子に背を向けて校門の方に歩きだす。

 すると俺の背に向かって善子が

 

 

 

「行ってらっしゃいマスター。貴方に、堕天使の()()があらんことを――」

 

 

 

 ――と、意味深に不吉な言葉をかけてきた。

 

 

 おいおい善子の今の何だよ……なんか不安になってきたぞ、一体何があるってんだよこの学校で……。

 

 俺はそんな一抹の不安を抱えながら、善子の指令を早めに果たしてサイン会に行く為に浦の星女学院に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「――しっかし、校門で入校許可証持ってきてない事に気付いた時はどうしようかと思ったけど、警備員のおばちゃんが顔パスで通してくれて良かったぜ。

 それにしても善子の奴、最初からここに来るつもりだったんだなら言えっての……」

 

 

 そう言いながら俺は、先程の校門でのおばちゃんとの気楽な会話のやりとりを思い出しながら学校の敷地内を歩いていた。

 それにしても、いくらこの辺りが田舎だからってこの学校警備ゆるくないか? 俺は入校許可証貰ってるからやらないけど、やろうと思ったら簡単に侵入できそうだぞ……

 

 俺はそんなこの学校の警備事情に若干の心配を覚えながら職員室を目指して歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくるのが見えた。

 

 するとその子は俺の姿を確認すると、綺麗な水色の瞳を輝かせてこちらに小走りでやってきた後に、元気一杯のオーラを感じさせるような笑顔で言う。

 

 

 

「おはヨーソロー! 日曜なのに浦の星(ここ)に来てどうしたの? 今日はAqoursの練習休みだよ?」

 

「ああ、おはよう(よう)。今日来たのはその……なんて言うか、ちょっと用があってだな……」

 

 

 

 そう言って俺はその少女――渡辺(わたなべ)(よう)に対して挨拶を返す。

 

 この子は善子と同じく『Aqours』のメンバーで、主に衣装制作を担当としている子である。高校二年生で俺と同い年でもあり、彼女自身の性格が明るいのもあってか接しやすく、善子以外ではメンバー内で一番仲が良い女の子だったりする。

 

 そんな曜は、俺の歯切れの悪い返事に何かを悟ったようで、からかうような笑みを浮かべた。

 

 

「あ……もしかして、また善子ちゃんに連れ出されてるの? いや~今日も愛されてるね~“マスター”さん?」

 

「ああ、善子の所為でここに来ることになったのは認めるけど、愛されてる云々はきっぱり否定させてもらう。そもそもアイツは俺にとって妹みたいなもんだし」

 

「ふーん、そういうもんなんだ……」

 

 

 俺はそう言って曜の妙な勘繰りを躱した。

 曜に期待してもらって悪いが、俺はあんな中二病こじらせた末期患者なんて恋愛対象圏外だし、そもそも小さい時から一緒にだったから、善子のことは妹としか思えないのが事実だった。

 

 

 でも……せめて善子が、もうちょっと普通の女の子だったら考えたんだけどな。

 

 

 ――って、何変なこと思ったよ俺!? あんな迷惑な奴、たとえ堕天使じゃなくても恋愛対象外だ! 対象外!

 そう思い俺は、慌てて頭を振ってその考えを追い払った。

 

 

「それにしても、そっちは今日何しに来たんだ?」

 

「うん、私は水泳部の練習終わって今帰る所。ついでに今から町の方に行って、次のライブの衣装用の布も買おうと思ってたんだ」

 

「へえ……すごいな、水泳の練習終わったばっかりなのにもう衣装作るつもりなのか?」

 

「そうそう、季節も夏だしちょっと爽やかな色のライブ衣装考えててさー、デザインは大方出来たから、今日からもう作り始めたくて。

 それに二週間後ぐらいには9着しっかり揃えてみんなと衣装合わせしたいし、頑張ってやらなきゃだから!」

 

 

 そんな、聞くだけでも大変そうな仕事なのに気楽にそう言ってのける曜。

 ただでさえ水泳部とアイドル部を兼部してて忙しいはずなのに……いつか倒れないか心配だな。

 

 

「あのさ……手伝う事あったら遠慮なく言えよ? これでも手先は器用な方だし、家庭科の授業もそこそこ出来るからさ。いつでも言ってくれたらなんでもやるぜ俺?」

 

 

 俺がそう言うと、曜は俺の目を見て一瞬キョトンとした後、優しく微笑みながら言った。

 

 

「やっぱりさ……君って、結構なお節介焼きさんだよね?」

 

「……なぁ、それって褒めてる?」

 

「うんうん、ものすっごく褒めてるよ! ――じゃあ、手伝ってくれるんだったら早速お願いしちゃおうかなっ!」

 

 

 そう言うと、曜は急に俺の腕を取って抱き着いてきた。

 俺は曜のそんな突然の行動にビックリしながら言う。

 

 

「なっ、なんだよ曜! 急にこんな……」

 

「何って勿論、通りすがりのお節介焼きさんに、これから私の買い物に付き合って貰おうって思ってさ――ほら、何でも言ったら手伝ってくれるんだよね?」

 

「で、でも今日は……」

 

「大丈夫! 私が用事の途中で君を借りちゃった事は、後で善子ちゃんに“宣戦布告”ついでにちゃんと謝っておいてあげるからさ! 

 じゃあ、そういう訳で、今日はこのまま二人で買い物行っちゃおうー! ヨーソロー!」

 

「いや、ヨーソローじゃなくてさ!? それに宣戦布告って何の事だよ!?」

 

「さぁ、何でしょうね~? まぁそんな事は放っておいて、出発進行……ヨーソロー!」

 

 

 そんな風に言い合いながらも、俺が為す術もなく曜に買い物に引っ張られて行かれそうになった時だった。

 

 

 

「堕天使ヨハネの名において来たれ災いよ――不幸招来、『不意降水(デモンズ・レイン)』!」

 

 

 

 何処からともなく善子のそんな声が聞こえて来たと同時に、天気は雲一つない真夏の晴天にも関わらず、俺と曜の頭上から水が降ってきた。

 

 

「うおっ……何だこれ!」

「わぁっ! えっ、雨!?」

 

 

 俺達がそう言った後すぐに降水は止み、そしてどこかで走り去る足音が聞こえた。

 まさか善子、晴れの日に降る突然の雨の不幸を演出する為に、離れたとこからホースで水撒きやがったのか!? 不幸って言ってたのはそういう事かよ……しかも曜も巻き込んでるじゃないか、迷惑な奴め……。

 

 

「ああ、制服濡れちゃったよ……まぁ夏だからすぐ乾くと思うけどさぁ……」

 

 

 曜のそんな声に、俺は申し訳なく思ってしまう。

 

 

「すまん曜、今のは多分善子が―――って曜!?」

 

 

 しかし、そう言いながら謝ろうとして曜の方を向いた俺に、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

 

 

「え? 急に叫んでどうしたの……ってあれ……? わぁぁぁーー!! し、下着がっ……!」

 

 

 そう言って真っ赤になりながら曜は、慌ててその場でしゃがみながら両手で体を隠す。

 

 そう――今の放水で曜の上の制服が完全に濡れて透け、曜の可愛らしいピンク色のブラが丸見えになってしまったのだ。

 

 

「…………見た?」

 

 

 そう言って、ジト目でこちらを見る曜。

 

 あ、ダメだこの流れ……今ので俺が見てないとか絶対思ってないだろうし、有罪判決で鉄拳制裁くらう感じのあれだ……。

 ああ理不尽だ、不幸だ……曜様、せめて今日この後サイン会に行きたいんで、アザが残らない程度でお願いします……。

 

 そう思って俺は黙って何も言わずに目を閉じ、この後来るであろう平手打ちの衝撃に備えた。

 

すると曜は――

 

 

 

「…………ど、どうだった?」

 

 

 

 しゃがみ込みながら曜は、未だ真っ赤な顔だけこちらに向けて恥ずかしそうにそう言った。

 俺は目を開きながら曜の質問の意味が分からず、恐る恐るも聞き返す。

 

 

 

「……えっ? どうって……何が?」

 

「ほら……今下着……見たでしょ? ――どう思った?」

 

 

 

 

 

 何 言 っ て る ん だ コ イ ツ ?

 

 

 俺は完全に理解が追い付かず、一瞬思考がフリーズする。

 

 しかし、とにかく何か言わないといけないような気がした俺は、訳の分からないままに正直に言った。

 

 

 

「に、似合ってたよ……可愛かった……かな?」

 

 

 

 言ってしまった後、内心俺は恥ずかしさで悶える。

 ふざけるな何だこれ、女友達の下着の感想を言わされるなんて、俺は一体今どんな罰ゲームを強いられているというんだ……!

 

 

「そ、そっかぁ……よかった……こ、このブラ、実は結構お気に入りなんだよね……」

 

 

 こんな異常事態でも曜は褒められて嬉しかったのか、顔を赤くしたまま嬉しそうに笑った。

 お、おいおい何だよこの空気、俺は一体どうすれば良いんだよ!

 俺がそう思って何を言ったらいいか困っていると、曜が先に口を開いた。

 

 

 

「ねぇ……あ、あのさ……もし良かったらさ……も、もう一回ちゃんと見てみる?」

 

「……は? はいっ?」

 

「もっ、勿論タダじゃないよ! 見る代わりに……その……私と、つ、付き合ってくれるなら……い、いいよ?」

 

「…………!!??」

 

 

 

 恥ずかしさで瞳を潤ませながらそう提案した曜に、俺は絶句した。

 な、なんだよその一方的に俺しか得しないような取引は!? 等価交換の法則って知ってる!? ――ってか、そんな事言われて俺なんて返したらいいんだよ!?

 

 そう思って、俺は何も言う事が出来ずに固まっていた時だった。

 

 

 

「マスター! ほら急ぐんでしょ、早く行くわよ!」

 

 

 

 どこからともなく善子が現れて俺の手を引き、そんな善子に驚いて目を丸くする曜を残して、俺はその場から強引に離脱させられた。

 

 た、助かった――じゃない! このアホ堕天使、さっきはよくも水ぶっかけてくれたな! おかげで散々な目に遭ったじゃないか!

 

 そう思って俺は、手を引く善子に文句を言おうとした。

 

 

 

「なんでそうなるのよ……! こんなはずじゃ……こんなはずじゃ無かったのに……!」

 

 

 

 ――しかし、俺の前を行く善子のそんな辛そうな呟きに、一瞬で文句が引っ込んでしまった。

 善子……お前、一体どうしたって言うんだ……?

 

 そう思ったが何も言う事が出来ずに、そのまま善子に引っ張られて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

「……さーて、ようやくここまで来たか。確か、部室の机の上に置いてある魔導書を取って、そして善子に渡したらそれでいいんだったよな」

 

 

 そう言って俺は一人、部室がある体育館入り口前に立っていた。

 

 あの後、善子に引っ張られたまま校舎内まで連れていかれ、そして一人放置された俺はその後職員室にまで向かい、これまた校門の時と同じように顔を知って貰ってる先生に頼んで鍵をとって貰ったのだった。

 

 全く――なんで他校の生徒が職員室に行って鍵を貰わないといけないんだ、普通の学校じゃまず無理だぞ、善子の計画は穴だらけだな。

 

 

「……それにしても、善子の奴どうしたんだ? いつも変だけど、今日は朝来た時からいつもより輪をかけて酷いというか何というか……」

 

 

 そう言いながら俺は、さっきの善子の様子を思い出す。

 さっきの善子からはまるで、何かを言いたくて我慢しているような、そんな爆発前の爆弾のような雰囲気を感じた。

 

 あの感じを見る限り恐らく善子は、“不幸を体験してもらう”という目的とは“別の目的”があってこんな事をしているんだろう。一体、善子の本当に目的は何だって言うんだろうか。

 

 

「……しょうがねぇな、指令も思ったより早く終わりそうだし、サイン会前に適当に街に連れて行ってやって、色々ため込んでる堕天使様の気分転換に付き合ってやるか」

 

 

 俺はやれやれと軽くため息をついた後、そう言って体育館の中に入った。

 

 

「別にその心配は要らないわ、大丈夫よマスター」

 

 

 すると、俺の後ろにいつの間にか善子が立っていた。

 最早善子がここに来てしまうと、当初の指令の部室にある本を取って持って来るという趣旨が完全にズレているような気がしたが、俺は気にしない事にして善子に言う。

 

 

「おいおいなんだよ善子、聞いてたのか?」

 

「もうっ、だからヨハネって言ってるのにマスターは! ……まぁ問題ないわ、さっきはちょっと驚いただけでなにも無いから心配しないで」

 

「ああ、悪いそうだったなヨハネ。いや……でもそれにしては妙だったぜ? 

 何かあったんなら、こんな回りくどいやり方じゃなくてもっと素直に相談してくれよ」

 

「その心配には及ばないわ――この堕天使ヨハネとしては、珍しく計算を誤ってしまったので、若干“計画”に修正を加えてきたの……マスター、目を閉じなさい!」

 

「えっ? なんで目を瞑る必要が……って、わかったわかった、そんな怖い目するなって、はい、これでいいんだろ?」

 

 

 有無を言わせないような剣幕でそう言う善子に従い、俺は目を閉じた。

 

 

「そのまま、足音をたてずに気配を殺してヨハネについてきなさい」

 

「はっ? そんな無茶な……」

 

「いいから! ほら、手を掴んで」

 

「わかった、わかったから……」

 

 

 そして俺は訳の分からないまま善子に連れていかれ、そのまま部室前らしき所で立ち止まる。

 

 

「なぁ……ヨハネ、俺目閉じたままだったら鍵開けれないんだけど」

 

「大丈夫よマスター、実は最初から開けてあるわこの部室」

 

「おい、じゃあ俺が職員室まで行った意味は!?」

 

「そんな事は良いからマスター、とにかく……中に入ってもらうわ」

 

「滅茶苦茶だ……もう、分かった。ヨハネの言う通りにしてやるよ」

 

 

 そう言って俺は理不尽なものを感じながら、部室のドアに手をかけて開けようとする。

 すると、その時――

 

 

 

「これで決めるわ……堕天使ヨハネの名において来たれ災い――不幸招来、『終焉事象(デモンズ・アクシデント)』!」

 

 

 

 俺が扉を開けると同時、善子はそう言いながら思いっきり俺の背中を両手でドンッと勢いよく押した。

 そのまま俺は、叫び声を上げながら半分飛び込むような形で部室の中に突入する。

 

 

 

「どわぁぁーーー!!??」

 

「――へっ……? ずっ、ずらぁぁぁぁぁーーーー!!??」

 

 

 

 そのまま俺は、元々中に居たらしい人を巻き込みながら共に室内に倒れ込んだ。

 

 

「痛たた……喜子のやつ急になんだよ……あっ、ごめん! 怪我は――って、え?」

 

 

 そう言って善子に文句を吐きながら俺は、組み伏せる形で押し倒してしまったその子に謝ろうとして――その時、右手に妙に柔らかい感触を感じて固まった。

 

 あれ? 何だこのフワフワしたものは……なんだろう、物凄く嫌な予感を感じるぞ……?

 

 そう思って俺は、恐る恐る目線を下におろす。

 

 するとそこには、夢のようで最悪な現実が待ち受けていた。

 

 

 

「ず……ずらぁ………」

 

 

 

 そこに居たのは、俺に正面から組み伏せられ、顔を恥ずかしさで朱に染めながら俺を見上げる、下着姿のみしか身に着けていない花丸(はなまる)ちゃんだった。

 

 しかもその上――自分の右手が花丸ちゃんの胸をガッチリと掴んでしまってしまっているという最悪なオマケ付きでだ。

 

 

 

 あ……俺、終わった。

 

 

 

 そこで俺はようやく自分の置かれた危機的状況を理解し、静かにそう悟って現実逃避を始めた。

 

 

 

 

 

 ――そして、物語は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 

 部室内で女の子と二人きりという、そんな喜ばしくない状況で、俺と花丸ちゃんとお互いにフリーズしたまま、時間にしては数十秒だが体感時間で1時間以上にも感じる時間、互いに身じろぎ一つもとることは無かった。

 

 しかしその膠着状態も自身の体を支える腕が限界を迎え、プルプルと震えて悲鳴を上げ始めた頃にようやく終わりを告げる。

 

 

 

「…………っん………あっ………」

 

 

 

 手の震えが伝わったのか花丸ちゃんの口から吐息のような掠れた声が漏れ、その声に俺はずっと花丸ちゃんの胸を触りっぱなしだった事にようやく正気に戻って気付き、ほぼ反射的に手を離しながら花丸ちゃんの上から飛びのいた。

 

 しかし花丸ちゃんは立ち上がる事もせず、さっきの声を聞かれた恥ずかしさで両手で口を抑え顔を紅葉のように真っ赤にしながら、こちらを見ようともせずに全身を隠すように丸くなった。

 

 

 

「ゴメン花丸ちゃん! こ、こんな事しちゃって……謝って済むとかいう問題じゃないと思うけど、でも謝らせて! ゴメン!」

 

「………………」

 

 

 

 俺はそう言って謝るがしかし、俺の言葉に花丸ちゃんは何にも答えないままだった。

 ヤバい最悪だ……これ相当怒ってるぞ絶対。

 

 ああ、なんてことをしてしまったんだ俺は。

 花丸ちゃんは今まで疎遠だったけど、善子と同じ幼稚園時代の古なじみで仲の良かった友達なのに……それを事故とは言え押し倒して、その上にあんな事までして嫌な思いさせるとか、そんなの最悪だ。

 

 

「もう本当……申し訳ない。なんでもするから……だから、許してくれ花丸ちゃん」

 

 

 俺は真剣に謝り、再度花丸ちゃんに頭を下げた。

 すると、さっきまで何も言わなかった花丸ちゃんがようやく顔を上げて反応を見せる。

 

 

「――それ、本当ずら……?」

 

「……っ! 本当だ! なんでもする! 雑用荷物運びとか、都合の良い時に好きに労働力として使ってくれていいから! だから……」

 

 

 その花丸ちゃんの反応に救いを見た俺は必死でそう言って、情状酌量の希望に縋りつく。

 しかし、そんな花丸ちゃんの口から次に出た言葉は、俺の思考を再び奪うには十分すぎるインパクトがあった。

 

 

 

「じゃあ……責任をとって、おら……マルと、結婚してくれる?」

 

 

 

 ――はい? ケッコン……? って、結婚!!??

 俺は心臓が飛び出そうになるのを必死で抑えながら、未だ顔が赤らめたままの花丸ちゃんに言う。

 

 

「いやいやいやいや!? なんでっ!? なんでいきなり結婚!? 過程とかその他諸々走り高跳びしてない!?」

 

「だって……マル……流石にあんな事されたら、もうお嫁に行けないずら……」

 

 

 すると花丸ちゃんは、両手で顔を隠しながら小さな声でそう言った。

 ぐおぉぉぉ……!! そう言われると弱いってぇ……!! でもどうすんだこれ!? このままじゃ彼女より先に婚約者(フィアンセ)出来そうだぞ!? 俺まだ結婚できる年じゃないのに……! でも、酷い事しちゃったのは確かだし……どうしよう……!

 

 そんな葛藤に苛まれる俺だったが、それを知ってか知らずか花丸ちゃんは上目遣いに続けた。

 

 

「それに……マル、将来結婚するなら、お兄さんみたいな優しい人が良いなぁって思ってたから……正直、ラッキーなんて思ってたり……だから……どう……ずら?」

 

 

「……っ! あ、あのっ……そのっ……だ、だったら……」

 

 

 そんな、恥ずかしがりながらもそう言う花丸ちゃんの可愛さに、俺はつい誘導されてしまうかのように、『――せめて、お友達から始めましょう』と言ってしまいそうになった時だった。

 

 

 

「ずぅぅぅらぁぁぁまぁぁぁるぅぅぅぅぅーーーーー!!!」

 

 

 

 体育館中に響き渡るような大声でそう言って、我慢の限界でも来たかのように怒った表情で肩で荒く息をしながら、勢いよく部室の扉を開く善子。

 そして、善子はそのまま花丸ちゃんを指差しながら言う。

 

 

「それ反応違うでしょ!? 普通、あんな事されたらマスターにビンタ一発かまして、『もう! 君なんて大嫌い! 幻滅したずら!』――ってなる所でしょ!? なんでそこで結婚申し込んでんのよ、ずら丸はぁーー!!」

 

「よ、善子ちゃん……でも、マルには先輩を叩くなんて、そんなの無理ずら……」

 

 

 急に大声を出して入って来た善子に、驚きながらそう返す花丸ちゃん。

 しかし、善子にはその答えは不十分だったらしく、善子は表情を和らげる事無く言う。。

 

 

「だから! そんな話じゃないのっ! 何でマスターと結婚する話になってるのって聞いてるの!」

 

「じゃあ……なんで善子ちゃんはそんなに怒ってるの? ――善子ちゃんに、何の関係があるの?」

 

「そっ……それは……その……」

 

 

 しかし、花丸ちゃんがそう問いかけた瞬間、善子はとたんに言葉に勢いがなくなった。

 そしてついに善子は何も言わずに黙ってしまった。

 

 おい……善子お前、今日は本当にどうしちゃったんだよ……。

 

 俺は花丸ちゃんと善子の間に挟まれながら、善子の様子がおかしいのが気にかかっていた。

 そして、善子はしばらく黙った後、吐き捨てるように言った。

 

 

「――もうっ! 曜も花丸も……なんで……なんでこうなるのよ! 私って、本当に不幸……こんなはずじゃ……こんなはずじゃ無かったのに……!」

 

「なぁ……本当にどうしたんだ、お前?」

 

「マスターもマスターよっ! ヨハネと契約したのに、なんで他の女の子にもデレデレ優しくしてるのっ!? 特に曜と花丸は“危険”だって、練習の時見てたらすぐ分かるじゃない! それなのになんで!?」

 

「善子……なに言ってるんだ急に……!?」

 

 

 俺が心配したら癇癪の矛先は俺に飛び火し、“善子”と呼ばれたのにも反応することも無い善子の様子に思わず俺はだじろぐ。

 

 ダメだ、今は何を言っても聞いてくれそうにない――。

 俺がそう思って黙っていたら、善子は興奮したまま語り始めた。

 

 

「――スクールアイドルやるって決めて……そしたら、マスターも練習に参加することになって、最初は高校でも一緒に居られるって思って嬉しかったけど……でも、こんな事になるんだったら止めてればよかった……!」

 

「な……何が問題だったんだよ?」

 

「うるさい! 何が問題だったのか分かってるくせに! 

 ……マスターは……ヨハネだけのものなのっ!! 

 一生の契約をして、ヨハネだけに優しくて、いつもヨハネの事を心配してくれて、そして……今日みたいに予定があるのにヨハネが無茶を言っても、『仕方ないな』って言って笑って付きあってくれる……そんな最高のマスターなのっ!!

 だから……ヨハネ以外はマスターの良さに気付かなくていいの! それ以外の女の子には嫌われてればいいのっ!!」

 

 

 善子は一方的にそう言い、なおも気を収める事なく続ける。

 

 

「だから今日……曜が水泳の朝練あるって言うから終わる時間を聞いて、花丸にも用事があるって言って学校に呼んで、そして事故に見せかけて水をかけて、着替えあるって言って部室に行かせて、こんな事までしたのに……! 

 そしたら、嫌ってくれるどころか逆効果って……!! なんで……なんでこうなるのよ……!」

 

 

 

 ――しかし、善子がそう言ったのを聞いた瞬間、俺は頭の中でプツンと何かが切れるのを感じた。

 

 そうか……それが、善子が今日俺を学校に呼んだ本当の理由だったんだな。

 

 

 

「なぁ……善子……それって、今日俺をここに連れて来た本当の目的ってのはつまり。

 曜と花丸ちゃんに“契約したマスター”を取られたくないっていう身勝手なお前の中二病妄想で、曜にはわざわざ俺の目の前で制服に水をぶっかけて迷惑かけて、花丸ちゃんには見られたくもない下着姿を見せさせて心を傷つけたって事で――いいんだよな?」

 

「――ひっ……! え……? ま、マスター……?」

 

 

 俺は自分の中に沸いた怒りに任せてそう言うと、自然と声にドスが効いたのか善子をビビらせてしまった。

 でも、今の俺はそれに構ってる余裕なんて無かった。

 

 

「善子、お前なら知ってるよな? 俺は自分が迷惑かけられるのは良いけど、友達が他人の都合で迷惑かけられてるのを見るのが、大っ……嫌いなんだよ。

 しかも、それが妄想や虚言からくるものなら尚更だ――お前、ふざけてんじゃねぇぞ?」

 

「そっ……それはっ……ヨハネがマスターの事を……!」

 

 

 善子は怯えきった表情で目に涙を浮かべながらそう言う。

 しかし、それが何かの言い訳をしようとするように見えた俺は、叩き付けるように言ってやった。

 

 

「うっせえよッ!! 何が“ヨハネ”だ“マスター”だッッ!!!

 俺は今まではお前の妄想癖(もうそうへき)を特に否定してこなかったけどなぁ! 人様に迷惑かけるようになったんなら話は別だ! いいか……よく聞け!

 お前は堕天使じゃねぇよ! 津島善子っていう、ただの何の力も無い不運な人間の女の子だよ!! 

 天界なんて存在しないし、ましてや“天使”や“堕天使”だぁ? バッッッカじゃねぇのお前!?

 “天使”も“悪魔”も“堕天使”も――お前の言う都合の良い“ご主人様(マスター)”も……そんなの、この世に存在しねぇんだよ!! 嘘っぱちだよ全部が全部よぉ!!!

 だからいい加減、そのふざけた妄想から目を覚ましやがれ!!!」

 

「――お、お兄さんっ、言い過ぎずら!」

 

 

 俺がそこまで吐き捨てた時、そう言って花丸ちゃん俺を制止した。

 うるさい、止めるな花丸ちゃん……! 

 今後もさっきみたいな理由で、善子が他人に迷惑をかけるようになるのなら、今ここで完全に、善子の中の“堕天使ヨハネ”をぶっ壊すんだ! 

こればっかりは、今まで善子のこの性格を放置していた俺の責任なんだ!

 

 

「うっ……ううっ……」

 

 

 その時、善子を見るといつの間にか泣いているのに気が付いた。

 

 馬鹿か……今更泣いてももう遅いんだよ。

 

 そう思って、俺は更に追い打ちをかけようとした瞬間だった――

 

 

 

 

 

「“天使”も“堕天使”もこの世に存在しないなんて……そんなの私……もう……とっくに知ってるよ! 

 でも……マスターにだけは、そんなの言われたくなかった!!」

 

 

 

 

 

 ――善子は、泣きながらそう言って、そしてそのまま何も言わずに部室から走って出て行ってしまった。

 

 

 

「……え? とっくに知ってるって……何だよそれ……じゃあ、今までの俺の前でのお前は何だったんだよ……」

 

 

 

 呆然自失。まさにその言葉の通り、俺は何も考える事が出来ずに善子が出て行った後を見ながらそう呟いた。

 そんな、え? あり得ない。

 だって……お前、本気で自分のことを“堕天使”だって思い込むような、そんなイタい中二病末期患者だったんじゃなかったのかよ……?

 俺がそんなショックを覚えていると、そんな俺に花丸ちゃんがポツリと呟くように言った。

 

 

「――お兄さん、実は……善子ちゃん、学校では“普通の女の子”になって“リア充”を目指すって言って、いつもクラスの皆と話を合わせるように頑張ってるずら」

 

 

 そんな俺に花丸ちゃんはそう言って、俺の知らない善子の話をした。

 

 

「なんだよそれ……()()()()()……もっと、高校での善子の話をしてくれ花丸ちゃん!」

 

「そっ……その前に、善子ちゃんが用意してくれた制服着ていい? ずっとマルこの恰好なのは恥ずかしいずら……」

 

「あっ……ごめん、早くお願い!」

 

 

 そうして、服を着た花丸ちゃんの口から語られるのは、信じられないような事ばかりだった。

 

 

「入学式の日の自己紹介で、普通にしようと思っても堕天使が出ちゃって失敗して、それからクラスの皆と顔を合わせるのが恥ずかしくて出来ないって言って、学校しばらく来なくなっちゃった時もあって……」

 

「――不登校だった時は知ってる。でも、心配で理由を聞いても適当にはぐらかされてばっかりだった。

 ……でも、まさか……あの善子がそんな理由で休んでたなんて……」

 

 

 俺は花丸ちゃんの言葉に耳を疑う。

 嘘だろ……? 中学の頃、校庭にクラスの皆が沢山いる前で、堂々と屋上で『堕天使降臨!』とか宣言してた……あの善子が、みんなと顔合わせるのが恥ずかしいって……“普通”になりたいって言ったのか? “リア充”になりたいって言ったのか? そんなの……信じられない。

 

 

「だったら……なんで俺の前ではそんなの全く言わないで、あんなキャラ続けてたんだよ。普通になりたいって言ってくれたら、そんなのいくらでも手伝ってやるのに……」

 

 

 思わずそう呟くと、花丸ちゃんは笑って言った。

 

 

「それはきっと――高校で別になっちゃったお兄さんとの“絆”を無くしたくなかったんだよ」

 

「“絆”……? もしかして、善子がいつも言ってる『契約』の事か?」

 

「うん、だってお兄さんが練習に来るようになる前に一度、マルが善子ちゃんに中学生だった頃の話しを聞いた事があったけど、その時善子ちゃんは自分の事よりお兄さんの事ばっかり話してたずら。 

 高校では別になっちゃったけど、中学の頃に一生の契約を交わした最高の優しいマスターが居るんだって……そんな感じの話を善子ちゃんは目をキラキラさせながら言ってた。

 だから――お兄さんの前でだけは、契約を交わしたご主人様(マスター)の前でだけは……いつまでも完全無欠の“堕天使ヨハネ”で居たかったんじゃないのかな?」

 

「そう……だったのか……じゃあ俺は……俺は……」

 

 

 俺は花丸ちゃんの言葉にそう言い、その後自分が善子にしてしまった事の重大さに気付いて、愕然として言葉を失ってしまった。

 

 

『“天使”も“悪魔”も“堕天使”も、お前の言う都合の良い“ご主人様(マスター)”も……そんなの、この世に存在しねぇんだよ!! 嘘っぱちだよ全部が全部よぉ!!!

 だからいい加減、そのふざけた妄想から目を覚ましやがれ!!!』

 

 

 ――俺は、なんて事を言ってしまったんだろう。

 

 俺は結局……善子の事も……ましてや“堕天使ヨハネ”のことも、全く理解してなかったんだな。

 

 俺は両手の掌を見つめて歯を食いしばる――そして。

 

 

 

「俺のっ……大バカ野郎ぉぉぉぉぉーーーーー!!!」

 

 

 

 そう叫んで俺は、自分の頬を思いっきり両手で乾いた音を響かせながら叩いた。

 

 超痛い……でも、痛みの代わりに目が覚めた気分だ。

 

 

「おっ、お兄さんっ!? 大丈夫ずら!?」

 

「……ってぇなぁ……! ――っし、じゃあ行ってくるよ。色々教えてくれてありがとうな、花丸ちゃん」

 

「……お兄さん、ちなみに、どこに行くつもり?」

 

「勿論――善子を追い掛けるに決まってる。

 そ、そしてさ、こんなタイミングで言うのもなんだけど……ゴメン……花丸ちゃん。やっぱり、責任とって結婚するのは無理そうだ、代わりに他の事で償えるように頑張るよ」

 

 

 そう言って、俺は花丸ちゃんにそう謝って背を向ける。

 

 

「あ……気にしてて、くれたんだ……ごめんなさい。あれ、外に善子ちゃん居るの分かってたから、善子ちゃんがお兄さんをどう思ってるのか知りたくてやった冗談で、そこまで気にしてないから心配しなくていいずら」

 

「あー、やっぱり? いや、さっきから全く追及してこなかったから、もしかしたらって思ったけど当たりか……冷静に考えれば、この部室ってドアがガラス張りだから外の様子とかよく見たらわかるもんな」

 

 

 そう言って軽く笑いながら、俺は花丸ちゃんの冗談を許した。

 すると、花丸ちゃんは再び顔を赤くしながら、消え入りそうな声のトーンで小さく言う。

 

 

「で……でも……マルが、将来お兄さんと結婚したいって思うのは本当だから……ちょっとだけ、考えてくれると嬉しいな……なんて……」

 

「……うん、了解、考えとくな。ありがとう花丸ちゃん、行ってくるよ」

 

 

 俺は花丸ちゃんに最後そう言って、そのまま振り返らずに部室を走って後にした。

 

 

 

「もう、善子ちゃんの事で頭一杯だって自分で分かってる筈なのに……ハッキリ断ってくれないなんて、お兄さんは優しすぎるずら……」

 

 

 

 ――後ろから聞こえてくる花丸ちゃんのそんな声も、聞こえないふりをしながら。

 

 

 そして俺は学校を出て、俺のカン違いの所為で傷ついてしまった不幸な堕天使様を必死で探し始めた。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 俺は内浦の街中を駆け回り、沼津の商店街をしらみつぶしに見て回ったりして、善子の行きそうなところを片っ端から探した。

 

 しかし、こんな時でも善子の不幸体質は絶好調なのか、ことごとく行き先の目星は検討ハズレに終わってしまう。

 

 それでも俺は諦めずに探し続け、そして夕方になりようやく、内浦の海辺の人気(ひとけ)の無い桟橋の先で、体育座りをして海を眺めている善子の後ろ姿を見つけた時は、既に時刻は五時を過ぎていた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……! 全く、ここに居たか……善子」

 

「……!? な、なんで、来たのよ……」

 

 

 善子は俺の姿を見て、驚いてそう言った。

 無理もない、何故なら俺は、もうとっくに今日の四時からのサイン会に行く予定を蹴って善子を探していたのだから。

 そんな善子に俺は、肩で息をしながらも笑って言ってやる。

 

 

「はぁ……はぁ……おいおい……いつもの『善子じゃない! ヨハネ!』っていうのはどうしたんだ? お前は“堕天使”なんじゃなかったのかよ」

 

「……一体なんなのよ。あなたは()()、嫌いなんじゃなかったの?」

 

 

 俺の言葉に不審な表情でそう返す善子。

 無理もない、あんなに酷く言ってしまった後だ、信じて貰えないのは承知の上――でも、俺は構わずに言ってやる。

 

 

「いや……あれは、お前が本当に現実との区別が出来てないと思ったから注意のつもりで言っただけだ。嫌いなんて、一言も言った覚えはない」

 

「――嘘言わないでよ! あんなに怖い顔で“堕天使”も私の理想の“ご主人様(マスター)”も居ないっていったじゃない!

 どうせ……あなたも、中学のクラスの子と同じように、私の事を気持ち悪いって心の中では思ってたんでしょ!」

 

 

 俺の言葉に、立ち上がりながらそう大声で言う善子。

 そんな善子に、俺は負けないぐらいの大声で言ってやる。

 

 

 

「――そう思ってるんだったら、そもそも最初っからお前と“契約”なんてバカな事してる訳ないだろ!!」

 

「…………っ!?」

 

 

 

 善子は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まった。

 俺はそんな善子に畳みかけるように続ける。

 

 

「そうだよ……気持ち悪いなんて思ってるんだったら、誰が好き好んでお前と訳わかんないような契約するんだよ!

 今日だって善子の言うことなんて無視して、さっさとサイン会の行列に並んでるよ!」

 

「そ……それは……」

 

「いいか、よく聞け。俺はな、お前が現実をちゃんと理解して、それでもやりたいんだったら“堕天使”やってて良いって思う!

 だって――好きなんだろ!? 自分が思う“理想の自分(堕天使)”になりきって振る舞うのが! それの何が悪いんだよ! 自分の理想とする存在になりたいって思う事の何が悪いんだよ! 

 俺も、憧れの歌手(ヒト)が居るからよくわかる――だから、お前はお前のまま、これから先も、“堕天使ヨハネ”のままで……自分の好きな事に胸張って生きてて良いんだよ!」

 

 

 そう一息で言い切って、俺は肩で荒く息を吐く。善子を探して数時間も走り回っていた疲れがどっと押し寄せてくるのを感じた。

 そんな俺を見て、ようやく善子は和やかな表情で笑った。

 

 

「“堕天使”が好きな自分のまま、正直に生きて良いって……やっぱり、流石私のご主人様(マスター)ね。前に、似たような事千歌ちゃんにも言われたわ」

 

「え、嘘だろ……!? あんな強引アホっ毛女と俺が同レベルだと……!?」

 

 

 俺は割と真剣に善子のその言葉に傷ついたが、善子が嬉しそうに言っているのを見て、まぁいいかと思い直した。

 何にせよ、善子が元気出してくれたんならそれで良い。

 そう思っていると、善子は俺に向かって指を差して宣言する。

 

 

「マスター! あなたの言いたい事はよくわかった。

 でも、今回の件でヨハネは深く傷ついたわ! だから、その辺りも考慮して、“契約の更新”を今から行う!」

 

 

 ああそうか……今後もお前はそのキャラで行くんだな。

 

 そう思って俺は頬を緩ませる。朝にはため息までついてしまう程に見飽きてしまった善子の堕天使キャラも、今になっては見ていて安心してしまうのだから、俺は最早病気なのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、善子に応じてやる。

 

 

「契約の更新って、何をするんだよ“ヨハネ”?」

 

「まぁ……とは言っても、さっきまでずっと一人で考えてた事なんだけれどね。

 今回の私の反省も顧みて、今度の契約の更新はマスターにも選択の自由がある物にしようと思うの……思えば、もっと早くにこうしていたら、今日みたいな事は無かったかもしれないし」

 

「選択の自由……?」

 

「ええ……今から私が“一つの条件”を突きつけるわ。マスターはそれをイエスかノーかで答えてくれるだけでいいの。

 その答えで契約が更新されるか――それとも、契約が終わるかが決まる。

 きれいさっぱり、二者択一よ……単純で分かりやすいでしょ?」

 

「……その条件は……なんだよ?」

 

 

 善子の真剣さに息を飲みながらそう言うと善子は、目を閉じて何度も深呼吸を始めた。

 そしてその後、目を開き決心したように言う。

 

 

 

「マスター……私は、“堕天使ヨハネ”としても、“津島善子”としてもあなたの事が好き!

 他の誰にも渡したくない位に、小さな時からあなたの事がずっとずっと大好きだったの! だから……私と付き合って下さい!」

 

 

 

 ……うん、そんな事ぐらい知ってたよ、善子。

 善子の突きつける条件にそう思って俺は、善子を探しながらずっと考えていた事を話し始めた。

 

 

 

「なぁ……俺さ、善子は不幸な奴だって思うんだ」

 

「……え、えっ? そっ……それがど、どうしたのっ!?」

 

 

 善子は告白した後の返答待ちの緊張の所為か、しどろもどろになりながらそう言う。

 俺はその反応を見て、その後も言葉を続ける。

 

 

「今日だって俺が開けたドアにぶつかるわ、建てた計画だって思い通りにいかないわ、そして俺がお前を探しに行っても、まるで運命のイタズラのように見つからないわで……本当、不幸なやつだよお前は――」

 

「だっ……だから何が言いたいのよマスターは! まっ……まさか……だから付きあえないって言うつも――」

 

「――だけど、俺の方がもっと“不幸”だッッ!!!」

 

「えっ……ええっ……?」

 

 

 そんな俺の宣言に、善子は呆気にとられたようにそう言った。

 俺はなおも続ける。

 

 

「今思えば、幼稚園の時にもう俺の人生は決まったようなもんだったな。

 自分の事を天使だと言う女の子に、興味をもってしまった事が俺の“不幸”の始まりだ」

 

「…………そんな頃、あったわね」

 

「気づけは俺はその日から、転んで泣いてないかどうか幼稚園の広場に出たら毎日お前の姿を探した。

 小学校に上がったら、遠足の日の前は雨や、善子が風邪をひかないかどうか心配だった。

 中学の頃は“堕天使”とか言って、クラスの周囲から浮いてるお前がいつも心配だった。

 そして高校は、突然内浦の女子高に通うって言い出して、俺とは別の高校に入学したのは良いけど、そこで上手くやれてるかと思うと俺は授業に集中できなくなる位心配になった。

 そして――スクールアイドル始めるとか言い出した時が一番心配だった。

 あんなキラキラしたものが善子に務まるとは思ってなかったし、そして心配のあまり女子高に入って見に行ったら、あれよあれよという間に、スクールアイドルなんてものに関わるようになっちゃったよ……全くもって不幸だ――ああ、俺は不幸だね」

 

「――もうっ! 結局、マスターは何が言いたいのよっ!」

 

 

 俺の不幸自慢に痺れを切らした善子が、怒ったようにそう言った。

 そんな善子に、俺は恥ずかしさで顔を若干背けながら言う。

 

 

「つまり……俺はお前の事が心配で心配でたまらないって事だよ。

 いっつも何かやらかしてないか心配で、毎日お前のことを考えない日は無いぐらいだ。

 だから……やっと、分かったんだ。今まで気づいてなかっただけで、お前に出会った日からずっと俺は、中二病なんかよりもタチの悪い、一生治る事のない病に罹ってたんだってな」

 

「そ……それって……!」

 

「――本当に不本意で、自分でも認めたくないって気持ちの方が大きいんだけどな……でも、どうやら……この気持ちは……そっ、そういう事……らしい……。

 ああもう! 回りくどくなっちゃったからハッキリ言ってやる!

 好きだ善子! お前が一生傍にいてくれないと俺は心配でたまらなくなるんだ!!」

 

 

 

 そう言った瞬間、善子が思いっきり正面から俺に抱き付いてくるのを感じた。

 

 

 

「~~~っ! やったわ! 契約更新決定! もう……仕方ないわね、心配性なマスターなんだから……言われなくても、しっかり私が傍にいてあげるわ! うっとおしいって言ってももう遅いんだから!」

 

「ああ、頼むよヨハネ……うっとおしいなんて言ったりしないから、もう二度と今日みたいに俺から逃げないでくれよ」

 

 

 

 俺はそう言いながら善子を抱きしめ返した。

 

 そうして、俺達は晴れて恋人関係と言う名の契約を完了する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 

「そうよ……! ねぇ、マスター……ひとつ、謝りたい事があったわ」

 

「うん? 何を謝るつもりなんだヨハネ?」

 

 

 

 俺達の契約が終わった後、善子を送る目的で一緒に帰っていると、不意に善子がそんな事を言いだした。

 

 

「なにって……結局マスター……私の所為で行けなかったじゃない、マスターがファンだって言ってた歌手のサイン会!」

 

「ああそれかぁ……まぁ、残念だったけど良いんだよ」

 

「残念って、それ行きたかったってことじゃない! ごめんなさい……」

 

「いやいや、謝らなくていいんだよ本当に」

 

「な、なんでよ……」

 

 

 納得がいかないようにそう言う善子に、俺は正直な気持ちを語った。

 

 

「それは善子を探してた時は、完全に善子の事しか頭に無かったから――ってのもあるけど、実際は思い出してても行かなかっただろうなぁ」

 

「どうしてよ、あんなに行きたがってたじゃないマスター!」

 

「だって――大切な幼馴染を泣かせたままで、俺は憧れの人に会わせる顔が無かったからだよ」

 

 

 そう言ったら、善子は顔を赤くして言葉を失ってしまった。

 

 ああ……うん、やっぱり善子って普通にしてたら可愛いよなぁ。――でもまぁ、堕天使してる時の善子も可愛いって今さっき気付いたけどな。

 俺は自分の彼女の姿にそう内心ノロケながら「それに――」と続ける。

 

 

「――俺が大ファンで憧れのあの人は、歌う歌も、奏でる音色も、生き方も……全部が全部、カッコいい人だからな。

 だから、今は会えなくて良いんだ、いつか俺が相応しいって思えるぐらいに精神的に成長したら、その時は胸を張って今度はこっちから東京に行って、サインもらいに会いに行くから、その時まで俺は精進あるのみ――ってな?」

 

「マスターも、私にとっては十分カッコ良いのに……よし! 私も、マスターに心配だからだけじゃなくて、いつか、ちゃんと私自身の魅力にゾッコンになって貰うために今から頑張るわ!」

 

「ああ、おーけーおーけー。期待して待ってるよ。

 それに、“普通”になって友達作りたいんだろ? だったらその協力だってしてやるからさ、お前の彼氏としてどーんと任せてくれよ!」

 

「……ああ……それね……いや、マスターには悪いけど、それはもう急いでやる必要が無くなったっていうかなんというか……」

 

 

 すると、突然そんな事を言いだす善子に俺は驚いて言う。

 

 

「えっ、どうしてそんな事を言うんだよ!?」

 

「だ、だって……」

 

 

 善子はそう言って俺の方チラチラ見た後、真っ赤になって下を向きながら小さな声でこう言った。

 

 

 

「だって……最初の目的だった“リア充”にはなれたから、もう無理して急いでまで普通にならなくてもいいかなって……」

 

「えっ、それはどういう……?」

 

 

 

 俺がそう言って善子の言葉の意味を聞き返した時、遠くから走ってくる足音が聞こえてそちらを見ると、道の向こうの方から二人組の人が手を振っているのが見えた。

 

 

 

「おおーい! そこのお二人さーん!」

 

「お兄さーん! 善子ちゃーん! よかった、見つかったんだねー!」

 

「げっ……! 曜……ず、ずら丸……!」

 

 

 そう言って手を振るのは、曜と花丸ちゃんの二人の姿だった。

 善子は見てすかさず俺の手に抱き付き、所有権を主張するように二人を警戒する体勢に入る。

 

 それにしても、なんで二人が……って、もしかして、花丸ちゃんが善子を探してくれている間に、沼津のショッピングセンターかなんかで合流したのかな?

 そう思って俺は善子の背中を押しながら言う。

 

 

「なにが『げっ……』だよ善子。ほら、丁度良いから学校での件謝ってこい早く」

 

「うう……わ、分かったわよマスター」

 

 

 俺達がそうやっている間に、二人はこちらまで来て言った。

 

 

「良かった……善子ちゃんが見つからないって花丸ちゃんから聞いたけど、君が見つけてくれたんだね!」

 

「良かったぁ善子ちゃん……お兄さんから連絡ないから、てっきり見つからないのかと思って心配しちゃったずら……」

 

「あ、あの……曜、花丸……その……あの……学校ではごめんなさい」

 

「え? ああ、服? いいよいいよ、夏だからすぐ乾いちゃったしね」

 

「ううん、いいよ善子ちゃん。私も悪い所もあったから」

 

 

 

 素直に心配してくれる二人に、善子も素直に謝り、全てが円満に収まろうとした時だった。

 

 

 

「それにしても……うーむ……その様子から見たら、やっぱり収まる所に収まっちゃったかぁ……」

 

「やっぱり……そうだよね……よかったね、おめでとうずら、善子ちゃん」

 

 

 

 寂しそうな顔でそう言う二人を見て、俺は心がズキズキと痛んだ。

 ええい、迷うな俺。ちゃんと選んだんだったら、しっかりしないとダメだろ。

 善子の方を見ると、善子も気まずい気持ちがあるのか、二人を前にして何かを言おうとするが何も言えていなかった。

 

 よし……やっぱりこういう時って、男の俺がケジメ取らないとダメな時だろう。

 と、そう思い、覚悟を決めて俺が口を開こうとした瞬間だった。

 

 

「――まぁ、でも善子ちゃん、今は付き合ってるからって油断しないでね……さっき花丸ちゃんと話し合って決めたんだけど、まだ私達は善子ちゃんのマスターを諦めない事に決めたから!」

 

「「…………は?」」

 

 

 するとさっきまでの悲しそうな顔はどこへやら、あっけらかんと笑ってそう言う曜のそんな信じられない発言に、俺と善子は二人して絶句する。

 

 

「マルはさっきまではお兄さんのこと諦めてたけど……曜ちゃんに話をしたら、最後まで諦めちゃダメだよって勇気づけられたから……ゆ、ゆーわくするのは自信ないけど、オラ……が、がんばるずら!」

 

「「は、はいぃぃ……!?」」

 

 

 続けて、花丸ちゃんの方も曜のそんな熱にあてられたのか、そんな訳の分からない発言をしだして俺と善子は耳を疑った。

 

 なに……これ……? 一体、なにが起こってるっていうんだ? 

 え? 俺が善子と付き合ってるの悟ったんじゃなかったの? ――っていうか、お構いなしのつもりなの!? 

 なんでそんな結論に至ってんの!?

 

 

 ……まさか、俺が善子と付き合った事で善子の不幸体質が作用して、()()()()()()()()()()って言うんじゃないだろうな……!?

 

 

 

「マスター! 走って!」

 

 

 そんな疑問符満載でフリーズする俺の腕を、善子はグイッっと引いて走り出す。

 俺もそんな善子に手を引かれながら走り出した。

 そう言えば、今日は善子に手を引かれてばかりだな……なんて、そんな事を考えながら。

 

 

 

「あっ……待って~二人共~!」

 

「善子ちゃーん! おにいさーん! 待つずら~!」

 

 

 

 曜と花丸ちゃんに追いかけられながら、俺と善子は手を繋ぎながら来た道を全力で走る。

 そして善子は走りながら追って来る二人の方を振り返って言った。

 

 

 

 

 

「うるさーーい!! ご主人様(マスター)はヨハネのものなの!! 絶対二人にも……例え、他の誰にだって渡さないんだからぁぁぁーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 そんな善子の大声が、夕日が今にも沈みそうな海沿いの道路道に響いたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、堕天使と契約して“不幸”に魅入(みい)られた人間である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――と、こんな物騒な文章で物語を書き結んでしまえば、読む人は俺の事をなんて不幸な人間なんだろうと思ってしまうだろうか。

 

 

 でも、それは間違いじゃない。

 

 

 なぜならこの物語は、俺が不幸な少女に心を奪われてしまって、その不幸な女の子の方からも魅入られて両想いになって、そして紆余曲折あって不幸を分かち合う関係になっただけの物語。

 

 

 俺は善子に手を引かれて走りながら、この先も善子が巻き起こす不幸に巻き込まれるんだろうと思うと、思わずため息がでそうになってしまう。

 

 でもしかし、好きな子と手を繋ぎながら走っていて、いつの間にか自分が笑ってしまっている事に気付いた俺は、これから先もずっと幸せが続くという予感に、疑いなんて一遍もなくなったのだった。

 

 

 

 だからもしも、この不幸で……でも幸せな物語に題名をつけるとするならこうだろう――

 

 

 

 

『それは、不幸から始まる物語』 ――と。

 

 

 

 

 




どうでしたでしょうか? 私なりに善子ちゃんを使ってラッキースケベを表現するとこうなりました。
善子ちゃん可愛いですよね? ですよね?
しかもアニメでのキャラ設定も私的に好みでとっても気に入っちゃいました。
これからもサンシャインアニメでの彼女の活躍には目が離せません。
あと、曜ちゃんと花丸ちゃんも友達思いの良い子で好きです。

そんな好きってだけで書いた話で企画のトリを飾らせてもらって少し申し訳ない想いもありますが、読んで下さった方に少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
そして、この場をお借りしまして、今回の企画に参加させて頂いた鍵のすけさんに心からの感謝を――

では、またいずれお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。