東方蒼天葬〜その歪みを正すために〜 (神無鴇人)
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序章
設定集


主人公設定

 

織斑一夏

 

本作の主人公。

第2回モンドグロッソで誘拐された際、自力で逃げ出すが追っ手からの銃弾で重症を負った所に謎の光に包まれて幻想郷に迷い込み、行き倒れたところを霧雨魔理沙に助けられる。

幻想入りした当初は外界に戻ろうとしていたが幻想郷での暮らしの中で女尊男卑に染まりきった外界の異常さを痛感し、幻想郷の住人になる事を本気で考えるようになる。

しかし、姉である千冬を外界に残しているという負い目もあり、外界に戻るか否かを悩んでいたが紫の案で幻想郷と外界を行き来する方法を知り、千冬に会うため一度外界へ戻る事になり、千冬と再会する。

再会した直後、千冬から白騎士事件の真相を告白されるも彼女の事を許し、共に罪を償う事を決意する。

博麗神社営業停止強請事件直後、千冬から自分が異性として愛されていることを告白され、多少流されつつも千冬の想いを受け入れ、以後は千冬を弟としても異性としても守る事を誓う。

 

幻想郷での暮らしの中で魔理沙から弾幕戦とスペルカードルールの手解きを受け、独自でも修行を行い、現在では霊夢、魔理沙と共に異変解決に活躍する程の戦闘力を得ている。

戦闘では格闘(主に拳)と魔力をミックスしたスタイル、『魔拳』で戦う。

幻想郷でも五指に入る体術の使い手。

当初は剣術をベースに修行を積んでいたがある程度鍛えたあたりから剣の才能に限界を感じ始め、思い切って徒手空拳の格闘術に鞍替えした結果、これが大当たりで現在のスタイルを確立した。

紅霧異変では咲夜、春雪異変では咲夜と協力して幽々子と戦うなどの修羅場を潜っており、実力は非常に高く、霊夢と魔理沙も一目置くほど。

 

現在は人間の里の近くで万屋(なんでも屋)を営んでおり、紅魔館や白玉楼の面々を始め、以前戦った者達とも良好な関係を築いている。

かなりの酒豪で一気飲みも平然とやってのける程酒には強い。

最近の悩みは霊夢が依頼料のツケを溜めている事。

千冬の他に咲夜、妖夢、早苗からも好意を寄せられている。

 

容姿の変更点

髪が肩辺りまで伸びており、頬に真一文字の傷痕がある(紅魔異変の際に咲夜との戦いで受けた傷)。

服装は主に和服(甚平)を愛用。

 

能力・『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』

文字通りありとあらゆるものを打ち砕く能力。

ただし、それは物理的な意味だけでなく、未来、運命、障害、己の恐怖心、敵の能力など、概念的、精神的な意味を含めてである。

ただし、精神と概念そのものを完全に破壊することは出来ない。

そのため、精神(能力や感情)と概念は一度打ち砕いても時間が経てば元に戻る。

 

好きなもの・宴 努力

 

嫌いなもの・人種差別

 

好きな食べ物・骨付き牡丹肉 牡丹鍋 牡丹肉のハンバーガー 果実酒 サワー

 

特技・家事全般 体術

 

趣味・自作ラジコン(1/8バギー) 外界からの流出品回収 ビオラ演奏 鍛錬 サッカー

 

職業・万屋『ORIMURA』オーナー兼店長

 

武器・己の拳

 

戦闘力レベル・EXTRA

 

スペルカード

 

砕符『デストロイナックル』

拳から放つ魔力のレーザー砲。

元々は魔理沙のマスタースパークを模倣したものだが、魔理沙のマスタースパークと比べて威力はやや劣る。

しかし、ある程度連射が利くため汎用性が高く、総合的な性能ではマスタースパークにも劣らない。

一夏の持つスペルカードの中でもトップクラスの性能を誇る。

 

魔符『ショットガンスパーク』

デストロイナックルと同様、魔理沙のマスタースパークを真似て開発した拡散型のマスタースパーク。

攻撃範囲が非常に広く、複数の敵を相手にする時に絶大な効果を発揮する。

 

爆符『エナジーウェーブ』

魔力の爆発波を自分を中心に拡げる。

一夏は主に防御やカウンターに使用している。

 

魔拳『貫衝』

相手のシールドや障壁など防御の概念を打ち砕き、障壁を無効化して貫通させ、直接攻撃する。

ISの絶対防御すらこのスペルの前には無力。

 

魔纏『硬』

魔力で超硬度の膜を自身の体に纏わせる防御技。

短時間しか維持できないのが欠点だがスペルカードの直撃を食らっても一回は耐える事が出来る程の防御力を持つ。

 

手刀『零落白夜〈改〉』

千冬の零落白夜を徒手空拳にアレンジしたもの。

一夏の持つ『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』と併用させれば相手の防御を無視した一撃を喰らわせる事が出来る(能力で防御を砕いて技で斬る)。

ただし能力との併用は魔力と精神力を消耗しやすいので一夏は短期決戦用のスペルカードとして扱っている。

 

粉砕『デスジェノサイド』

一夏の切り札(ファイナルスペル)。

デストロイナックルの強化版。拳から放つ魔力の極大レーザー砲。

その威力は魔理沙のファイナルスパークにも匹敵する程であり、一夏の持つスペルカードの中でも最大の威力を誇る。

 

その他、マスタースパークやサッカー版フジヤマヴォルケイノも使用できる。

 

他者との関係

魔理沙・親友、常連客 命の恩人であり師匠

霊夢・友人、常連客 よく依頼料をツケ払いにされる(一夏曰く「巫女の癖に俗っぽい奴」)

咲夜・友人、常連客 料理上手同士割と気が合う

美鈴・友人、好敵手 時折組み手をする間柄

パチュリー・友人 物知りな人

レミリア・友人 たまに血を吸わせてあげる

フラン・友人 妹みたいな存在

チルノ・友人(?) よく挑戦してくる奴

妖夢・友人、好敵手 時折組み手をする間柄

幽々子・知り合い 不思議な人

紫・知り合い 掴み所の無い人

妹紅・友人 サッカー仲間

慧音・友人、常連客 姉の職場仲間で常連客

早苗・友人 幼少期の幼馴染

プリズムリバー三姉妹・友人 偶に一緒に演奏することもある(ルナサから弦楽器の弾き方を教えてもらった)

森近霖之助・友人、常連客 数少ない同性の友人、千冬が当初使っていた大剣も彼から譲り受けた(一夏曰く『依頼金の代わりに貰った物』)

 

原作との違い

原作ほど鈍感ではない(そうでなければ身がもたない事を痛感している)

 

 

 

織斑千冬

本作のヒロインでありもう一人の主人公。

第2回モンドグロッソで一夏が行方不明(世間的には死亡)になってしまい、悲観に暮れて自暴自棄になり酒と自慰行為に明け暮れるだけの荒んだ生活を送るようになり、同時に「自分が白騎士事件の片棒を担いだせいで一夏を失ってしまった」と感じ、自らの罪を自覚し、後悔するようになる。

ある事件から自分に恨みを持つ女に殺されかけるが間一髪の所で一時帰還した一夏に助けられ、幻想郷で共に暮らす事になる。

一夏との再会後、自分の罪を告白し、罪を償う事を決意する。

 

一夏を失って以降、一夏への親愛は異性への愛に昇華しており、一夏の事を弟としてだけでなく、一人の男として愛している。そのため自分同様一夏に思いを寄せる咲夜、妖夢、早苗とはお互いに強いライバル意識を持っている(しかし認め合っている部分もある)。

 

一夏と魔理沙から魔力の扱いを学び、高いセンスでメキメキと実力を付け一夏と共に異変解決で活躍出来る程の実力を持つ。

 

普段は寺子屋で慧音と共に教師の仕事をしている。

魔力の細かいコントロールが苦手(魔理沙曰く「魔力の放出が大雑把で掌から垂れ流し状態」)だがIS選手時代に培った戦闘技術でそれをカバーしている。

本人曰く実力は「一夏と10回戦えば運が良くて3回勝てるぐらい」(ISの原作開始時)。

親友である束に対しては疑念は持っているものの友情を感じていない訳ではなく、一緒に罪を償って共に真っ当な人生を歩めるようになりたいと思っている。

 

好きなもの・一夏と過ごす時間

 

嫌いなもの・自分自身

 

好きな食べ物・一夏の手料理 よもぎ饅頭

 

容姿の変更点

服装は和服の上に皮ジャンを羽織っている(空の境界の両儀式の服装)。

左手首にリストカット(未遂)の傷跡が多数残っている。

 

能力・『あらゆるものを消し飛ばす程度の能力』

文字通りあらゆるものを消し飛ばす能力。

一夏の能力とは違い物理特化型であり、概念などには通用しない。

しかしその規模は凄まじく、その気になれば魔理沙のファイナルスパークすら消し飛ばせる。

その反面魔力の燃費が非常に悪い(千冬曰く『扱い辛さは零落白夜以上』)。

理論上は人間を消し飛ばすのも可能だが千冬が無意識にブレーキをかけてしまうため、実質人間を消し飛ばす事は出来ない(ただし例外を除いて)。

 

特技・剣術

 

趣味・一夏との鍛錬

 

職業・寺子屋の教師 万屋『ORIMURA』店員

 

武器・大剣(現在二本目、一本目は鈴仙との戦いで壊れた)

 

戦闘力レベル・STAGE5

 

スペルカード

 

斬符『樹命斬』

剣から分裂レーザーを放ち、さらにレーザーから魔力弾を発射する広範囲迎撃用のスペル。

 

絶技『〈真〉零落白夜』

魔力そのものを剣と化し、あらゆるものをを斬り裂く直接攻撃スペル。

マスタースパークすら真っ二つに出来る程の威力を持つが魔力の消費量が少々多め。

 

秘技『零落白夜〈双〉』

〈真〉零落白夜の二刀流ver。

二本の魔力剣による連続斬り。

千冬のスペルカードの中ではトップクラスの性能と威力を誇るが魔力の消費が多いため乱用は出来ない。

 

妙技『零落白夜〈波〉』

零落白夜を使用し、刃状の魔力砲弾を撃つ。

 

消符『ゼロブレイク』

左手から放つ魔力であらゆるものを消し飛ばす千冬のファイナルスペル。

幻想郷の中でも最高クラスの威力を誇るものの魔力と体力の消費が尋常ではなく、加えて千冬は魔力のコントロールが苦手な為、一回使用するだけで全身疲労で丸一日はまともに動けなくなる。

 

他者との関係

慧音・友人 職場の同僚で結構世話になる事が多い

咲夜・ライバル 一夏を巡って対立

妖夢・ライバル 一夏を巡って対立

早苗・ライバル 一夏を巡って対立

魔理沙・恩人 一夏を助けてくれた恩人

霊夢・知人 いい加減ツケを払ってほしい

にとり・友人、恩人 ISのコアを解析してくれた恩人

鈴仙・知人 自分を負かした奴

 

原作との違い

ブラコン度MAXで一夏を異性として愛している

家事が少しは出来る(咲夜達に対抗意識を燃やして死に物狂いで努力した。ただし料理は簡単なものしか作れない)

教官としてではなく教師としての自覚と責任感が強い

白騎士事件に関して強い罪悪感を持っている

 

 

 

ISの原作開始時における東方キャラ(人間+妖夢に限る)の年齢設定

 

霊夢・15歳(一夏と同い年)

魔理沙・15歳 

咲夜・17歳

早苗・16歳

妖夢・一夏の倍前後(精神年齢は15〜16歳程)

 

 

 

幻想郷での経歴

11月

・紅霧異変(紅魔郷)

一夏、霊夢、魔理沙の3人が異変解決へ向けて動く。

一夏は紅魔館にて十六夜咲夜と戦い、僅差でこれに勝利(この時現在の能力に目覚める)。その後魔理沙が異変を解決。

以降紅魔館の面々と仲良くなる。

外界では千冬がドイツ軍で教官を務めて数ヶ月が経ち、ラウラを鍛え上げる。

 

5月

・春雪異変(妖々夢)

一夏、紅霧異変同様異変を解決するため調査に出向く。

調査の途中、かつて戦った咲夜と出会い、行動を共にする事になる

霊夢と魔理沙よりも早く白玉楼へ辿り着き、咲夜と共に魂魄妖夢、西行寺幽々子と戦い、これに勝利。

この戦いをきっかけに咲夜は一夏に思いを寄せるようになる。

またこの頃に八雲紫と知り合う。

外界では千冬が約9ヶ月ぶりに帰国(一夏を助けることが出来なかった為教官を勤めた期間は原作より少し短い)。一夏を侮辱した女を半殺しにする事件を起こす。

 

6月初頭

・三日置きの百鬼夜行(萃夢想)

一夏、風邪の為自宅で療養していたため関与せず(ただし異変解決直後には治ってる)。

異変は霊夢が解決。

 

6月中旬

・一夏と千冬が再会。

 

・千冬、一夏の友人、河城にとりと出会い、彼女にISコアの解析を依頼する。

ちなみに、コアの出所はテロで撃墜され、消息不明となって幻想入りしたもの。

 

・千冬、ISコアの解析が完了するまで幻想郷に滞在することが決定。

 

7月末

・永夜異変(永夜抄)

夜が明けないことを不審に感じた一夏は調査を開始。

異変調査の途中、上白沢慧音から本当の異変の概要を知る。

西行寺幽々子、魂魄妖夢と合流し永遠亭のメンバーと戦闘(途中で千冬も参戦)。

苦戦しながらもこれに勝利し、異変は解決。

 

※異変後、千冬が慧音と親しくなり、寺小屋で教員職に就く。

 

9月

・六十年周期の大結界異変(花映塚)

一夏は仕事が忙しかったため関与せず。

千冬は調査に向かうものの個人的確執のある咲夜、妖夢と出くわし、そのまま三つ巴で戦う。

お互い後先考えずに長時間戦ったため結果的にお互いに潰し合い、異変調査は中断。

その後、異変は魔理沙が解決。

 

10月中旬

・博麗神社営業停止強請事件(風神録)

一夏、千冬、霊夢、魔理沙、咲夜、妖夢が妖怪の山へ向かい、事態を収拾する。

※この時、幼馴染の東風谷早苗と再会する。

 

・事件解決後の宴にて早苗、咲夜、妖夢から告白される。

その事に焦燥感を抱いた千冬からも告白され、一夏は自分が千冬の事を異性として意識している事を自覚し、紆余曲折を経て千冬の想いを受け入れる。

しかし、それを知った咲夜、妖夢、早苗が千冬に対して「一夏を奪う」と宣戦布告。

 

1月

博麗神社倒壊事件(非想天)

霊夢が比那名居天子を倒す。

一夏と千冬は異変後、博麗神社の修復作業の手伝いを依頼されるが、依頼料をツケにされる。

 

2月

・間欠泉怨霊発生事件(地霊殿)

地底で起きた異変解決のため、にとりからの要請で一夏が地底に向かい、霊夢、魔理沙と共に霊烏路空を懲らしめる。

 

・河城にとり、ISコアの解析、及び複製に成功。

同時にISが男に使えないのは意図的に設定されていることが判明。

この時一夏のIS適正が判明。

 

3月初頭

・一夏と千冬、世界を元の男女平等に戻すため外界に戻る。

同時期に外界において微弱ながら魔力が高頻度で感じられるようになり、調査などのために幻想郷からも何名か同行。

 

IS学園に向かう幻想卿メンバーと

 

織斑一夏

レミリア・スカーレット

十六夜咲夜

紅美鈴

射命丸文

犬走椛

東風谷早苗

霧雨魔理沙

アリス・マーガトロイド

魂魄妖夢

 

河城重工社員

八雲紫(社長)

八雲藍(副社長兼社長秘書)

橙(藍の補佐)

河城にとり(開発主任)

星熊勇儀(戦闘指南役)

伊吹萃香(戦闘指南役)

古明寺さとり(侵入者への尋問担当)

白狼天狗数名(警備担当)

河童数名(整備担当)

 

なお、直接参加はしていないが永琳と慧音も社員登録されている。

 

博麗神社付近の山中に河城重工を設立、および慧音の能力でISのコア数と日本におけるIS関連企業業界の歴史を改竄し、IS企業・河城重工を設立。

 

そして原作開始……



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プロローグ

 IS(インフィニット・ストラトス)という兵器がある。

天才女性科学者、篠ノ乃束によって生み出された現存する全ての兵器を超越したパワードスーツ型機動兵器。

 

 そしてその性能を世間に知らしめたのが『白騎士事件』。

その内容は九カ国の軍事コンピュータを束がハッキングで掌握し全戦力を日本に向けさせ、降り注ぐミサイルの雨をたった一機のISが全て迎撃するというものだ。

この事件により、ISは世界進出を果たすことになる。

 

 しかしISにはたった一つ致命的な欠陥があった。

それは『女性にしか扱えない』というものだ。

 

 最強の兵器は女性にしか扱えない……この事実により社会は女尊男卑という歪んだ形へと変化してしまう事となる……。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハッ……うぅっ……」

 

 一人の少年が森の中を走っている。いや、走っていたという表現のほうが正しい。

数刻前の事だ、少年は何者かに誘拐された。

ISの世界大会とも言うべきイベント『第2回モンドグロッソ』、その出場者にして前回優勝者、そして少年にとっては唯一の肉親である姉を応援に来た矢先、何者かに背後から薬で眠らされ、気が付いたら何処かの廃倉庫の中で縛られていた。

しかし何の奇跡か、少年は自力で逃げることに成功した。どうやって逃げたかは本人自身覚えていないがそんな事はどうでも良い、ただ助かるために逃げるだけだ。

 

 追っ手から必死で逃げ回る内に何度か銃弾が体を掠め、一発だけではあるが肩に直撃した。

しかしそれでも少年は逃げ切ったのだ。

 

(ダメだ……もう、動けない…………俺はどこにいるんだ?近くに森なんて無いはずなのに、変な光が見えたと思ったらいつの間にかこの森にいて……)

 

 近くの木に寄り掛かりながら少年はようやく現状を確認する事が出来た。

しかし今の少年の怪我ではそれが分かった所で大した意味は無い。

逃げる途中で受けた傷は致命傷ではないにせよ余りにも大きく、撃たれた肩口からは今でも血が流れている。

 

「俺……死ぬのかな……」

 

 薄れていく意識の中、少年の頭の中にさまざまな思い出が広がっていく。それが走馬灯であると気付くのに大した時間はかからなかった。

 

「ゴメン……千冬姉……」

 

 たった一人の肉親である姉の名を呟きながら少年は目を閉じる。

しかしその時だった……。

 

「おーい、お前大丈夫か?」

 

 一人の少女が少年に気付き、近寄ってきたのだ。

少女の服装は黒と白を基調とし、頭には童話などで魔女が被っているような三角帽子を被っている。

 

「お、まだ生きてるな。お前名前は?」

 

「織斑…一夏」

 

「私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ!すぐ手当てしてやるからもうちょっと我慢しとけ!」

 

 明るくそう言って少女は少年を担ぎ箒に乗って空を飛んだ。

何となくではあるが少年はこれで自分は助かるんだなと感じた。

 

 少年の名は織斑一夏。

これが後に幻想卿と外界を救う戦士が誕生した瞬間だった。



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幻想郷の万屋

 此処は幻想郷。結界を隔て、現代の裏側に存在するもう一つの世界。

此処では人間、妖怪、妖精、神などが共存する世界でもある。

 

「さ〜て、今日も開店っと……」

 

 幻想郷の中にある人間の里、正確にはその近くに存在する一軒の二階建ての店から和服姿の一人の少年が外に出て玄関に『OPEN』と書かれた表札をかける。

少年は肩まで伸ばした髪に引き締まった肉体、そして右頬に刻まれた真一文字の傷跡はその歳に似つかわしくない修羅場を潜り抜けた事を物語っている。

その少年の名は一夏。そして店の看板に書かれている店名は『万屋・ORIMURA』。

そう、ココはかつて霧雨魔理沙に助けられた織斑一夏の営む店だ。

その業務内容は報酬と引き換えに草むしりから妖怪退治まで幅広く手掛ける所謂なんでも屋である。

 

「幻想郷(ココ)に来て、もうすぐ一年か……」

 

 幻想郷の風景を眺めながら一夏はそう呟いた。

 

 

 

 一年前、魔理沙に助けられた当初は元の世界に戻る事を望んでいた一夏だったが、「怪我が治るまで静養していた方が良い」と魔理沙からのありがたい忠告により、暫くの間幻想郷で暮らすことになった訳だが、幻想郷という世界は彼にとって余りにも理想郷に近いものだった。

人、妖怪、妖精、神、亡霊……あらゆる種族が共存するこの幻想郷(せかい)、多少危険はあれど人種差別など殆ど無い世界、何よりも自分を『世界最強の弟』としてしか見ない外界と違い、幻想郷の住人達は自分を織斑一夏個人を見てくれる。

一夏にとってそれは今まで感じたことの無い新鮮さを感じさせるには十分だった。

 

 そう思うと自分が元居た外界が酷く汚れて見えてくる。

ISの登場によって生まれた女尊男卑という歪んだ社会、自分を『世界最強(ブリュンヒルデ)の弟』としか見ない周囲の人間、そこに安らぎがあったのかと聞かれれば正直言って首を縦に振ることなど出来ない。

それでも自分を守り、養い続けてくれた姉の事を思うと望郷の念は少なからず湧いてしまう。

 

 気に入ってしまった幻想郷、姉のいる外界、相反する二つの想いを抱える内に気付けば怪我が完治した後も幻想郷を離れる事が出来ず、ずるずると答えを保留していく内に一年近くが経過していた。

 

 そして悩む一方で一夏は魔理沙から教えてもらった弾幕戦やスペルカードルールなどにのめり込むようになり、妖怪退治や異変解決で活躍できるほどの戦士に成長していった。

 

 

 

「一夏ぁ〜〜!あたいと勝負しろぉ〜〜!!」

 

「またお前かチルノ……毎度毎度懲りねぇなぁ……」

 

 一夏が物思いに耽っているところに大声と共にウェーブのかかった水色のセミショートの髪に背中に氷の結晶の様な羽を持った少女が飛んでくる。

彼女の名はチルノ。氷の妖精という二つ名を持つ妖精であり一夏の友人(?)である。

彼女は以前一夏が解決に貢献した異変の際に出会い、スペルカードルールで倒されて以来一夏を一方的にライバル視しており、今では暇な時に一夏に戦いを挑んでは返り討ちに遭うのが定例となっている。

 

「お前これで何回目だ?」

 

「ん?え〜と…………そんな事いいからあたいと勝負しろぉ〜〜!!」

 

「ったく、しょうがねぇな。一回だけだぞ」

 

 ため息を吐きながら一夏は表札を付け替え(内容は『ただいま喧しいチビの相手に行ってるので少し待て』と書かれたもの)、空を飛んでチルノと共にその場を離れる。

 

 その後、店から少し離れた森の上空で止まり、お互い臨戦態勢に入る。

 

「今日こそお前をあたいの子分にしてやるんだから!」

 

「そんな約束した覚えは無いぞ……」

 

「うっさい!『氷符・アイシクルフォール』!!」

 

 チルノを中心に氷柱の弾幕が展開され、一夏に襲い掛かる。

しかし一夏は動揺する事無く弾幕を掻い潜りながら両拳に力を集中していく。

 

「毎回毎回、ワンパターンなんだよ!」

 

 打ち出された一夏の拳から魔力の弾幕が発射される。

魔力と拳の威力を併せた攻撃方法、一夏はこれを『魔拳』と呼んでいる。

 

「ふにゃっ!!」

 

 凄まじいスピードで迫り来る弾をモロに喰らいチルノは瞬く間に撃墜された。

 

「これで勝ったと思うなぁ〜〜!!」

 

 噛ませ犬っぽい捨て台詞を吐きながらチルノは落ちていった。

 

「さて、営業再開っと」

 

 面倒事を片付け、軽く首を鳴らしながら一夏は店へ戻る。

 

「あら?妖精の相手はもう終わったの?」

 

「!?……紫さん」

 

 突如として空間に裂け目が現れ、中から一人の女性が現れる。

ふわふわとした長い金髪に赤い瞳、そして紫のドレスを着た女性。

幻想郷最古参の妖怪にして妖怪の賢者、八雲紫である。

 

「何の用ですか?アナタに限って仕事の依頼って事は無さそうだし」

 

「まぁね、家には優秀な式(式神)がいるし。アナタに一つ良い事を教えに来てあげたのよ」

 

 裏の読めない妖しい笑みを浮かべながら紫は一夏の耳元に唇を寄せてくる。

流石に一瞬ドキリとしてしまった一夏だが直後のその表情は凍りつくことになる。

 

「幻想郷と外界を自由に行き来する方法、知りたくない?」

 

「!!」

 

 幻想郷と外界の行き来……基本的に幻想卿は結界を隔て外界と剥離しているため自由に行き来は出来ない。

外界に戻る事は不可能では無いがその後に幻想卿に戻ることは基本的に出来ない。

これが一夏が外界に戻る決心がつかない理由でもある。

しかしそれが可能になるというのであれば話は別だ。それが出来るのであれば一年近く離れていた姉にすぐにでも会いたい。

 

「あらあら、顔は口以上に正直ね」

 

 どうやら完全に顔に出ていたようだ。

 

「どうやればそんな事が出来るんですか?」

 

「多少体力と魔力は消費するけど、簡単よ。アナタの能力を使えばね」

 

 幻想郷の住人の中にはそれぞれ特殊な能力を持つ者が数多く存在し、一夏もその一人である。

一夏の能力は『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』。

文字通りありとあらゆるものを打ち砕く力である。

ただし、それは物理的な意味だけでなく、未来、運命、障害、己の恐怖心、敵の能力など、概念的、精神的な意味を含めてである。

 

「俺の能力でどうやって外界に行くっていうんですか?まさか結界を砕けとでも……」

 

「まさか、その逆よ。打ち砕くのは一夏、アナタ自身よ」

 

「俺自身?あの、それはどういう……」

 

 思わず物騒な事をイメージしてしまい若干引き気味に一夏は訊ねる。

 

「言葉通りよ、基本的にアナタは結界を素通りする事は出来ない。勿論これはアナタに限った話ではないけどね。だけどこう考えてみなさい?アナタの中には『織斑一夏は結界を突破出来ない』という概念がある。だから結界を突破出来ない」

 

 そこまで言われて一夏は漸く理解する。要は結界を突破する事が出来ないのであれば自分自身を結界を突破出来るようにしてしまえば良いのだ。

 

「つまり、俺自身の中にある『結界を素通りできない』っていう概念を打ち砕くことが出来れば……」

 

「ええ、その通りよ。能力に目覚めたばかりならともかく、能力を十分使いこなせる様になった今のアナタなら不可能ではない筈。どう?やってみる?」

 

「勿論!」

 

 希望に満ちた表情で一夏は頷いた。

 

「出発は夜にしなさい。あまり明るい内に行って変に目立つのはお奨め出来ないから」

 

「はい、分かってますよ」

 

 そう答えて一夏は自宅に戻ろうとする。

しかし突然紫に向き直り、口を開いた。

 

「紫さん、何故俺にそんな事を教えてくれたんですか?」

 

「……必要だと思ったから。アナタにとってもこの世界にとってもね。と言っても勘だけど」

 

(勘だけで……)

 

 イマイチ要領の掴めない返答に首を傾げながらも一夏は自宅へと戻っていった。



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孤独な世界最強

※本作の千冬はキャラ崩壊が激しいです。
そこら辺を頭に入れて読んでください。


 

 一夏が外界へ戻る方法を得た頃の外界、日本のとある町に一人の女性がいた。

整った顔付きで十分美女と呼べるプロポーションだが周囲が彼女を見る目は憧れなどの類ではなくむしろ奇異の目だ。

今の彼女の外観は髪の毛は伸び放題のボサボサで眼は虚ろ、服はボロボロの部屋着、その上手首にはいくつかの切り傷を付けているという余りにもみすぼらしいその姿に周囲の奇異の視線はある意味当然とも言える。

そして何より彼女が注目されているのは彼女の過去に原因がある。

女性の名は織斑千冬。織斑一夏の実の姉だ。

 

 かつて千冬は世界最強のIS乗りとして『ブリュンヒルデ』と呼ばれる世界最強の栄光をつかみ、全世界の女の憧れの的だった。

しかし第2回モンドグロッソにて弟である一夏を失った今、過去の栄光は消え失せ、職にも就かずに日々アルコールに溺れる日々という余りにも惨め過ぎる人生の負け犬に成り下がっていた。

それ程までに一夏を失った悲しみは彼女に深い傷を刻み付けていたのだ。

 

 

 

約一年前

 

「一夏をどこにやった!?答えろ!!」

 

「し、知らない……逃げられて、そのまま見失ったんだ……信じてく、ウゴォッ!!!」

 

 言い訳しようとする誘拐犯の顔を千冬は殴り飛ばす。それも一発や二発どころではない。

ドイツ軍から一夏が誘拐されたという知らせを受け、決勝戦を放棄して助けに向かった時、既に一夏の姿は無かったのだ。

怒りに駆られるままに誘拐犯達を血祭りにあげ、一夏の居場所を必死に問いただすが返ってくる答えは「知らない」「逃げられた」のみ。

 

「織斑さん、弟さんの血液が発見されました。残念ですが状況から考えて弟さんの命はもう……」

 

「言うなぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 ドイツ軍の人間からもたらされた絶対に受け入れたくない事実に千冬は耳を塞いで叫ぶ事しか出来なかった。

 

 その後、一夏の生存は絶望的という理由から捜索は打ち切り。

一夏は正式に死亡認定がされた。

この時、千冬は人目も憚らず泣き崩れた。

 

 数週間後、千冬はドイツ軍に借りを返すため軍にて教官を務める。

仕事で孤独感を紛らわせようとしていたものの、やはりそれは適わなかった。

表面上は教官として振舞いつつも一度一人になってしまうと孤独感がぶり返してしまうのだ。

 

 結局一夏を失った悲しみは癒えないまま期間を終えて日本に帰国。

IS学園の教師にならないかという誘いがあったものの今の千冬は何をする気にもなれず、その誘いを断り自宅に引き篭もるようになった。

 

 家とコンビニを往復しIS選手時代に稼いだ貯金を減らしながらその日の飯と酒を買い、酒に溺れる日々。

誰の眼から見ても千冬の堕落振りは明らかだった。

 

 更に悪い事というのは立て続けに起こるものであり、一度だけ千冬の熱狂的なファンを自称する女が千冬の自宅に押しかけた事があるが、それは千冬の名誉を更に落とす事になってしまう。

押しかけたその女は運悪く女尊男卑に染まりきっていた。分かりやすく言えば差別主義者とも言うべき性格の女だったのだ。

その女は千冬に対して最大の禁句を言ってしまったのだ。

 

「”たかが”弟が死んだぐらいで落ち込むなんて千冬様らしくありません!!」

 

 この言葉を聞いた時、千冬の中で何かが音を立てて切れた。

気が付けば激情に駆られるままに女の顔面を力一杯殴り飛ばし、歯をへし折っていた。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「一夏を侮辱したな……貴様に一夏の何が解る!!!アイツは誰よりも優しかった、お前のようなクズなんかよりずっと価値のある人間だったんだ!!!!それを”たかが”だと!?殺してやる!!殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 目尻に涙を浮かべながら千冬はひたすらに女を殴り続けた。

直後に通報を受けた警官に止められなければ千冬は本当に女を殴り殺していただろう。

 

 その日以降、千冬に近寄るものは誰もいなくなり、現在に至る。

 

 

 

「一夏……一夏ぁ……」

 

 時刻は夕方、酒を飲み終えた千冬はいつものように一夏の部屋のベッドで咽び泣く。

右腕で一夏の服を抱き締め、時折それを顔に押し当てて下半身に左手を伸ばし、自分を慰める。

日本に帰国直後は服を抱きしめるだけだった千冬だが、いつしか一夏の匂いに欲情し始めている自分に気付いた。

それが恋愛感情なのか、それとも一夏を失った孤独感からか、もしくは一夏を失って一夏への親愛が異性への愛に昇華したのか……。

どちらにしても姉として最低の行為であることに変わりはない。それを理解しつつも、止める事は出来なかった。

 

「何で……こうなったんだ?」

 

 自分以外誰もいない部屋の中でそう呟く。

思えばこの自問をもう何回したのか覚えていない。

最初から一夏の安全を確保しておくべきだったのか?

いや、それ以前に自分がISなんか手を出してさえいなければこんな事にならなかったのではないか?

 

 思えばあの日、親友の篠ノ之束に誘われ、彼女の作ったISで世界を変えてしまったから……。

あの頃の自分は荒れていた。親に捨てられ、姉弟だけで生きていかなくてはならない状況が辛くて……なんで自分達がこんな境遇にならなければいけないのだと、世界を呪い、世界を変えてやりたいと願っていた。

そんな時に束から誘われ彼女と共に世界を女尊男卑という歪んだ社会に変えてしまった。

その結果何人もの男が地獄を見る思いをして、一夏の死すら愚弄されてしまった。

 

 やり直したい……何度もそう思った。

自分が束を止めていればISが世に出る事も無かったのでは?

あるいは束に男でも乗れるISを作るよう説得していたら?

白騎士事件など起こさせずに本来の目的である宇宙活動用のパワードスーツとして世間に公表していたら?

今になって思いついてしまう世界を歪ませずに済んだ可能性、しかし結局自分はそれをしなかった。

そう思うと後悔と自責の念だけが募っていく。

 

「っ……一夏ぁ……」

 

 そして千冬は再び涙を流す。

どんなに泣いても涙は枯れず、終わらない負の連鎖だけが繰り返される日々……。

それが嫌で何度も自殺しようとしたが出来なかった……手首を切ろうとしてもどうしても躊躇ってしまい、躊躇い傷だけが増えていく。

きっと自分は心の奥底で救いを求めているのだ。もう二度と会えない最愛の弟、織斑一夏に……。

 

「一夏…………助けて……………………」

 

 千冬の悲痛な声が部屋の中に虚しく響いた。

 




今回は千冬の話でした。
正直これぐらいの荒療治でないと千冬に後悔させる事は出来ないと思ったので……。


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懐かしくも最悪な世界

 時刻は午前0時、夜になり周囲が真っ暗となった頃、幻想郷と外界を隔てる結界の前に一夏の姿はあった。

 

「ところで、何で魔理沙までいるんだ?」

 

 どこで話を聞きつけたのか、一夏の目の前にはかつて一夏の命を救った少女、霧雨魔理沙の姿があった。

 

「なんか面白そうだから私もついて行く事にしたんだ。それに一夏の姉ちゃんも見て見たいし」

 

「はぁ……まぁ、いいけど。あ、帽子は外していけよ。それ外界じゃ絶対目立つから」

 

 完全に興味本位の魔理沙に一夏はため息を吐きながらも出発する準備に入る。

魔理沙の性格から考えてどの道止めた所で勝手に着いてくるのは目に見えているからだ。

 

「…………」

 

 静かに目を閉じ、魔力を体中に循環させる。

既に昼間の内に何度か実験し結界の内側と外側への行き来に成功しており、外界でも能力の使用が可能である事も確認した。

今回は自分だけでなく魔理沙の中にある概念も破壊すれば魔理沙にも幻想郷と外界の行き来は(一時的に)可能になる筈だ。

 

(大丈夫、やれる!)

 

 心の中で自分を激励し、己の能力を発動する。

直後に自分と魔理沙の中にある『結界を素通りできない』という概念を打ち砕いた。

 

「……よし、成功だ!」

 

「うん、こっちもOKだぜ」

 

 二人の中でそれぞれ己の中にある何かが砕けるような感覚を覚える。これは一夏の能力がうまく発動した証拠だ。

 

「よし、行くぞ魔理沙。間違っても飛んでる所を誰かに見られるなよ」

 

「わかってるぜ!」

 

 二人は闇夜に紛れながら空を飛び、一夏の家を目指した。

 

 

 

 

 

 窓から差し込む月光の中で千冬は目を覚ました。どうやら泣いてる途中で眠ってしまったらしい。

 

「もう……0時過ぎか……」

 

 時計を眺めて千冬はそう呟く。

またいつもと同じように一日が無為に過ぎていく。これで何度目だろう?

 

「何をやってるんだ?私は……」

 

 今度は自分の情けなさに涙が零れる。

自分はどれだけ無様なのだろう。死者にいつまでも縋り付いて、酒と自慰行為に明け暮れるだけの無意味な毎日……こんな様で死んだ一夏が浮かばれるはずがない。

 

「だけど……だけど……っ」

 

 一度流れた涙は止まらず、どんどん流れ落ちる。

きっと自分は心のどこかで一夏が死んだという事実を受け入れられず、一夏がまだどこかで生きているんだと必死に信じようとしているんだ。

せめて死体を見ていたのなら諦めも付いたかもしれない。

だけど信じたくない、諦めたくない。もし諦めてしまったら本当に一夏が戻ってこない気がして……。

 

「一夏……」

 

 一夏の名前を呟いた、その時だった。

突然ドアのインターホンが鳴ったのだ。

 

「?…………誰だ?」

 

 ドアに近寄りながら問いかける。しかしまったく返事はない。

 

「おい!誰なんだ!?」

 

 全くの無言に苛立ち思わず声を荒げてしまう。

 

「………………………まさか、一夏…………なのか」

 

 そんな筈は無い、そう思いながらも震える手でドアノブに手を伸ばす。

 

「一、か………っ!?」

 

 ドアを開けた瞬間に腹部に鋭い痛みが走る。

痛みを感じる部位を見下ろすとそこにはナイフが深々と突き刺さっている。

 

「お、お前は……」

 

 目の前にいるのは一夏ではなかった……。

 

「ハハ……アハハハ!!!アンタが悪いのよ!!アンタが私の顔をこんなにしたから!!」

 

 そこにいた者、それは以前一夏を侮辱したために千冬に殴られ重傷を負った女だ。

女の顔は以前と違い鼻が曲がり、歯はボロボロ、更に右側の頬骨が割れて右頬がひしゃげてしまっていた。

 

「ぐ…ぁ……はっ…………」

 

 言葉を発せようにも痛みでうまく言葉が出てこない。

 

「アンタのせいでこんな顔にされて、私の人生無茶苦茶よ!!」

 

(ふざけるな……一夏の事を愚弄しておいて)

 

 女の理不尽な言葉と行為に怒りを感じ、千冬は女を睨みつけ、反撃しようとするが深手を負った体は脳の言う事を聞かず、逆に馬乗りの状態で押し倒される。

 

「アハハ……いい気味……このままアンタを汚らわしい弟の所に送ってやる!!!!」

 

 馬乗りになった女の手に持ったナイフが振り下ろされる。

もはや成す術も無い状況に千冬は固く目を閉じ、死を覚悟した。

しかしその時だった……。

 

「ぐぎゃああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 部屋に響いたのは千冬ではなく女の悲鳴だった。

 

(な、何が……?)

 

 混乱する頭で何が起きたのか確かめるために千冬は閉じていた目を開く。

そこには…………。

 

「千冬姉、しっかりしろ!!大丈夫か!?」

 

「い、………いち……か……!?」

 

 そこにいたのは紛れもなく自分がずっと会いたかった最愛の存在、織斑一夏だった。

 

「魔理沙!その女の口塞げ!!」

 

「あ、ああ!」

 

 一夏は懐からハンカチを取り出し魔理沙に渡し、直後に自分の服を引きちぎって千冬の刺された部位を覆い、止血を始める。

一方で魔理沙は一夏に従い、女の口を受け取ったハンカチで塞ぐ。

 

「急いで幻想郷に戻ろう。すぐに手当てするんだ」

 

 本当に危なかった。

博麗神社から織斑家までの距離がもう少し離れていたら本当に千冬は殺されていたかもしれない。

急いで魔理沙は千冬を担ぎ、飛び立つ準備に入る。

「準備できたぜ!」

 

「よし」

 

 準備も完了し、いよいよ幻想郷に戻るため、魔理沙は箒に乗って宙に浮く。

一方で一夏は倒れた女に近づき蹴りとばす。

 

「ん゛んぅっーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 

「このクズが!二度とその汚ぇ面見せるな!!」

 

 口を塞いでいるハンカチを奪い取り一夏は女の頭を掴んで能力を発動させる。

 

「ッ……………………!!?!!?」

 

「貴様の中に存在する『喋る』という概念を打ち砕いた。少なくとも2〜3時間は助けも呼べないだろうな!!」

 

 それだけ言い放って一夏は魔理沙と共にこの懐かしくも最悪な世界から飛び去っていった。

 

 数時間後、漸く喋れるようになった女は大声で助けを求め、救急車によって運ばれ、警察に自分が何をされたのかを必死になって訴えたが、余りに非現実的な話に到底信じてもらえず、逆に自分の持っていたナイフが発見されたことにより立場が悪くなり、最終的に精神異常者の烙印を押されてしまう事になる。

 




感想についてですが、自分は主に携帯版でアクセスしているので返信がかなり遅くなると思いますがご了承ください。


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絆繋がり、姉弟は再会する

「う……ん……」

 

 時刻はもう昼過ぎ。

窓から差し込む日の光に照らされ、千冬は意識を取り戻す。

 

(私は、どうなったんだ?確かあの時私は刺されて、それで……)

 

 まだハッキリしない意識の中、千冬はゆっくりと昨夜の記憶を蘇らせる。

 

(そ、そうだ!!あの時一夏が助けてくれて、怪我をしている私を介抱してくれて、それでその後一夏と一緒にいた少女に私は担がれて、その後は……)

 

 そこで記憶は途切れている。それもその筈だ、千冬は担がれて移動する途中で意識を失ってしまったのだから。

しかし千冬にとっては今はそんな事どうでもいい。

 

「い、一夏!」

 

 あの時自分をナイフを持った女から助けてくれた最愛の弟を思い出し、千冬は布団から飛び起きる。

 

「う!ぐぅぅ……」

 

 刺された傷から痛みが走り、千冬をより一層現実へ引き戻す。

 

「夢じゃ、ないんだな……一夏は、生きている」

 

 しかしその痛みも昨夜の出来事が夢ではない事の証拠。今の千冬にとっては嬉しい痛みだ。

すぐに一夏を探そうと立ち上がるが……。

 

「ココは何処だ?」

 

 目の前の見知らぬ部屋を見て千冬は現実に引き戻された。

ひとまず外の様子を見ようと窓を開けてみるがそれを見て千冬は更に驚愕する。

 

「な、何だ?此処は……」

 

 目の前に広がるのは緑豊かな森、そして別方向の少し離れた所にはいくつかの家らしきものが並んでいる。

そのどれもが千冬にとって異様なものだった。

近代化の進んだ現代とはまるで違い、そこにはマンションや鉄筋コンクリートの建物などまるで見当たらない。

森にしても開発の進んだ現代日本でこれだけ立派(?)な森は自然公園に行ったって見れない。

この光景にまるで自分が明治時代辺りにタイムスリップしたような錯覚に陥ってしまう千冬だった。

 

「お!目が覚めたのか?」

 

 窓の外を眺めながら呆然としていた千冬の背後から声がかけられる。

驚いて振り向くとそこにいたのは昨夜一夏と一緒に行動していた少女、霧雨魔理沙だ。

 

「お、お前は……痛っ……」

 

 一夏の行方を知る人物に千冬は駆け寄ろうとするが腹部の傷がそれを許さず、傷口を押さえて呻き声をあげる。

 

「おい、まだ動くなって。傷口開くぞ」

 

「い、一夏は?一夏はどこにいるんだ?」

 

「今止血剤買いに行ってる。それまで安静にしとけ。ほら、スープ持って来たぜ」

 

 千冬を支えながら布団まで運び、盆に載せたスープを千冬に手渡す。

 

「ああ、すまない。……お前の名前は?」

 

「霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ!」

 

「……は?」

 

 突然魔法使い等と言われ、流石の千冬も間の抜けた声を出してしまう。

 

「いや、『は?』って随分なご挨拶だな……まぁ、とりあえずスープ飲めよ。冷めちまうぜ」

 

「あ、ああ」

 

 些か戸惑いながらも千冬は出されたスープを口に運ぶ。

舌先に触れると鶏がらで取った出汁と刻まれた野菜の味が口の中に広がる。

今までに飲んできたスープと全然違う味だがどこか懐かしさを感じさせるものだ。

 

「これ、作ったのは……」

 

「一夏だぜ。美味いだろ?」

 

 予想通りの答えにやはりと思うと同時に嬉しさが込み上げてくる。

一夏の作った料理……もう二度と味わうことは出来ないと思っていた味……思わず涙が零れそうになり、涙でスープの味が変わらないように器に口をつけてスープが零れるのも気にせず胃の中に流し込む。

 

「おいおい、慌てて飲むなよ」

 

「すまない……っ……」

 

 押し隠してはいるものの千冬が泣いている事を魔理沙は察し、それ以上口を挟む事は無かった。

 

「それじゃ、私は下に降りるから、詳しい事は一夏に聞いてくれ」

 

 それだけ言って魔理沙は部屋を出た。

 

 

 

「で、さっきから何コソコソしてんだよ一夏」

 

 部屋を出た後、階段の近くで佇んでいた一夏に魔理沙は声をかけた。

 

「いや、その……」

 

 気まずそうな表情で一夏は目をそらす。

 

「俺……いくら、こっちが気に入ったからって、自分の事情だけで一年間も千冬姉から離れてたからさ……いざ会う時になったら今更どの面下げて会えば良いのか……痛てっ!何すんだよ!!」

 

 一夏の言葉に魔理沙は箒で一夏の尻を叩いた。

 

「そんな下らない事でウジウジ悩んでる暇があったらさっさと会いに行けよ!!絶縁してるわけでもあるまいし。それにお前の姉ちゃん……泣いてたぜ」

 

「!……分かった」

 

 千冬が泣いている。誰よりも強く気丈だった姉が自分のせいで泣いている。

その事実を知り、一夏は漸く決心がつく。

 

「………魔理沙」

 

「ん?」

 

「ありがとう」

 

 一夏は魔理沙に一言礼を言い2階に向かった。その行動に魔理沙は笑みを浮かべ、一夏の店を後にしたのだった。

 

 

 

 魔理沙が1階に降りてから暫くして千冬は部屋の扉の近くに人の気配を感じた。

そしてそれと同時にドアが開かれ、一夏はその姿を現した。

 

「一夏……」

 

「その……久しぶり、千冬姉」

 

 震える声で自分の名を呼ぶ千冬に一夏はぎこちなくではあるが笑顔を見せる。

 

「一夏ぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」

 

 そしてそれとほぼ同時に千冬は一夏に駆け寄り、思いきり飛びついた。

 

「一夏……!一夏ぁ……!」

 

 自分に抱きつきながら大粒の涙を零す千冬に一夏の中に罪悪感が生まれる。

自分が戻らぬばかりに姉の心はココまで磨り減っていたのだ。その事実からくる罪悪感に一夏は千冬を抱き返す。

 

「心配かけて……ゴメン、千冬姉」

 

(違う、違うんだ一夏……謝るのは私の方なんだ。私が白騎士事件なんか起こしたせいで、お前を守れなかったせいで、世界を狂わせたせいで……お前を危険な目に遭わせてしまったんだ)

 

 言葉を出そうにも涙が止まらず出てくる言葉は嗚咽に変わってしまい、千冬は上手く話せない。

そんな彼女を一夏は優しく抱きしめ、千冬もそれに呼応するように抱きしめ返す。

一年という決して短くない時を経て再会した姉弟はそれから暫くの間、ずっと抱き合っていたのだった。

 

 

 



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告白

 再会を果たし、互いに熱い抱擁を交わし終えた一夏と千冬。

熱い抱擁を終えた頃、泣いていた千冬も今ではようやく落ち着きを取り戻していた。

 

「落ち着いた?」

 

「ああ、すまない……一夏、ココは一体何処なんだ?」

 

 まだ目を赤くしてはいるが千冬はだいぶ落ち着き、一夏に以前からの疑問を問う。

 

「ココは幻想郷……この世の理想郷だよ」

 

 一夏は語る。この幻想郷は自分達の元居た世界の裏側に存在するもう一つの世界、そして人間を含めた全ての種族が種に関係無く共存する世界である事を。

 

「俺は誘拐犯から逃げてる途中で変な光に包まれてこの世界に迷い込んだ。そして魔理沙……さっき千冬姉にスープを持ってきた魔法使いに助けられたんだ」

 

「ま、待ってくれ!さっきから魔法使いとか妖精とか、何を言ってるんだ?」

 

 次々に出てくる非現実的な言葉に千冬は一夏の言葉を遮る。

 

「ん?ああ、確かにいきなりこんなこと言われても信じられないか(俺もそうだったし……)。まぁ、実際に体験した方が早いか」

 

 そう言うと一夏は千冬を抱きかかえる、しかもお姫様抱っこで。

 

「い、一夏!?」

 

「しっかり掴まってなよ」

 

 それだけ言って一夏はベランダに出る。

 

「お、お前何を!?」

 

「飛ぶんだよ!」

 

 そして千冬を抱きかかえたまま、一夏は軽々とベランダの柵を乗り越え、跳躍した。

 

「!!」

 

 あまりにも現実味を欠いたその行動に千冬は驚愕し、思わず目を瞑るがいつまで経っても着地の衝撃が来ない。

恐る恐る目を開くと予想外の光景が目の前に広がる。

 

「う、浮いてる?」

 

 一夏の体は宙に浮き、空を飛んでいるのだ。勿論何の道具も無い生身の状態でだ。

 

「ココでは空を飛べる奴なんてざらだよ。ちょっと魔力や気の類を扱えるようになれば簡単に飛べる」

 

 説明しながら一夏は家に戻る。

 

「納得できた?」

 

「ああ……」

 

 呆然としながらも千冬は頷いた。

 

「それじゃあ、さっきの話の続きだけど……」

 

 それから一夏はこの一年間で起きた事を全て話した。

この幻想郷で出来た新たな友人、スペルカードルールを学び、魔拳を編み出した事、あらゆるものを打ち砕く力を得た事、幻想郷での生活の中で女尊男卑の異常さを知った事。

その話を千冬は静かに無言で聞いていた。時折少し悲しげな表情を浮かべながら……。

 

「ゴメン……千冬姉。俺の勝手で一年間も千冬姉に辛い思いを……」

 

「違う!!」

 

 全ての話を終え、自分に謝罪しようとする一夏の言葉を千冬は遮った。

 

「違うんだ一夏……お前は何も悪くない。お前が危険な目に遭ったのも、世界が狂ってしまったのも……全部、私のせいなんだ」

 

 千冬は震える声を必死に絞り出す。

千冬は必死に心の中にある恐怖心を押さえつける。これは自分の罪なのだ、もう逃げることは許されない。

そう、たとえ一夏から嫌われ、拒絶される結果になったとしても。

 

「白騎士事件で、ISが世界に出て世界を狂わせてしまったあの日、白騎士を操縦していたのは……私、なんだ……」

 

「っ!!」

 

 千冬は遂に告白した。己の罪を……。

それからは千冬の独白だった。両親に捨てられ、自分の境遇を呪った事や束に誘われるままにISを駆り、白騎士事件の共犯になった事など自分の罪を全て告白する。

そして千冬から告げられた真実に一度は絶句した一夏だが、それ以降は一言も喋らぬまま、黙って千冬の独白を聞き続けた。

 

「すまなかった……謝ったって許されない事は解ってる。だけど……」

 

「もう良い……それ以上は言わなくていい」

 

 千冬が声を震わせながら謝罪する中、一夏はそれを制し、千冬の手を優しく握った。

 

「一夏……」

 

「千冬姉と束さんがやった事は、やっぱり間違ってると思う。もし、千冬姉が自分の罪を自覚せずにいたなら俺は千冬姉の事を軽蔑していたかもしれない。だけど、千冬姉はそれに気付いて一年間苦しみ続けた。それに俺の事をずっと守り続けてくれたんだ。俺は許すよ、千冬姉の事」

 

「一……夏……」

 

「でも、千冬姉の罪は多分一生付いて回るし、それから逃げることも出来ない。だからこれからは俺も一緒に背負うよ。千冬姉の罪を」

 

「一夏ぁ…!………ごめんなさい…ごめんなさい」

 

 気が付けば千冬は一夏の胸の中で涙を流し、ただひたすら謝罪の言葉を繰り返していた。

『自分を許す』……ただその言葉だけで心が救われた気分になり、嬉しさの余り涙を零した。

 

 

 



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冷めぬ想い

 千冬が己の罪を告白してから暫くして一夏は食事の準備に入り、千冬は一人、一夏の部屋でこれからどうするのかを考えていた。

 

「やはり男にも乗れるISを作らない限り女尊男卑はどうしようもないか」

 

 自分の罪を清算するには自首するだけでは駄目だ。世界を元の男女平等に戻さなければならない。

元ブリュンヒルデである自分が男女平等を訴えれば多少は効果はあるだろうがそれも所詮は一時的でしかないし完全ではない。

男性に使用できるIS……これが必須事項だ。

 

「やはり、束に直談判しかないか……」

 

 現在の政府の持つ技術ではISコアの解析はほぼ期待出来ない。

それに加え、コアの解析によって男にISが使えるようになるとなればIS委員会の保守派(男を見下すしか能の無い女達)は絶対に妨害してくる。

つまり、コアの解析が出来るだけの技術と誰にも邪魔されない場所を持つ(または知っている)人物。

これに該当するのは千冬の知る限り束しかいない。

 

「しかし、アイツがそれに応じるかどうか……」

 

 正直分からない。いや、むしろ応じる事無くはぐらかされる可能性が高い。

元々篠ノ之束という女は特定の人物(千冬、一夏、そして束の妹である篠ノ之箒)以外に対して異常なまでに無関心だ。

それに疑問もある。なぜ女にしか使えないという致命的欠陥を抱えたままISを世に発表したのか?基本的にパワードスーツ等の機械は男女の区別なく使えるようになって初めて完成と言えるのだ、それが女にしか使えないという未完成とも言える状態で世に出すというのはあまりにもおかしい。

 

仮に当時何らかの理由で早くにISを発表する必要があったとしても彼女ほどの頭脳があればすぐにとはいかずとも男性用ISを作ることも不可能ではない筈だ。

しかし彼女はそれをしなかった。

ここまでくると親友として考えたくはないが作為的なものを感じる。

 

「千冬姉、飯の準備出来たよ」

 

「ん?ああ、今行く」

 

 一夏からの呼び出しに応え、千冬は居間へ向かう。

そこには一夏が作った料理が並んでいた。

 

「ずいぶん豪勢だな」

 

「まぁ、再会できたんだし。今まで会えなかった埋め合わせも兼ねてな。それにこっち来てレパートリーも増えたから、折角だから千冬姉にも食ってもらいたくて」

 ちなみに一夏の現在の料理の腕前は外界にいた頃と比べ格段に上がっている(洋食と中華が)。

 

「それじゃ、冷めない内に食おうか」

 

「ああ……いただきます」

 

 食卓に着き、千冬は一夏の手作り料理を口に運ぶ。

もともと一夏の作る料理は美味かったが以前より腕が上がっているためより美味くなっている。

そして何よりも懐かしいという想いが料理の味をより引き立てた。

思えばこの一年間碌な食事など食べていなかった。

コンビニ弁当ばかりで当然といえば当然だが、やはり一夏がいない孤独感というのが一番の原因だろう(そんな食生活でプロポーションを維持出来ているのもある意味すごいが……)。

その日の夕食は千冬にとってはいままでの食事の中で最高に有意義な時間だった。

 

 

 

「そういえば千冬姉、随分難しい顔してたけど……これからの事でも考えてたの?」

 

「ああ、まぁな……」

 

 食事が終わった頃、一夏から唐突に考えを読まれ、千冬は少し狼狽えながらも頷いた。

 

「私は怪我が治ったら外界に戻って束を説得して男でも使用できるISを作らせてから自首するつもりだ」

 

「なるほど、でも束さんがそれに応じるかな?千冬姉には悪いけど、正直俺は昔ほど束さんを信用できない」

 

「それは私だって分かってる。正直アイツを説得してもすぐには応じるとは思えない。だけど他に方法は無いだろ」

 

 千冬の言葉に一夏は少しの間黙り込むが、やがて意を決したように立ち上がる。

 

「ついて来なよ」

 

 一夏の突然の行動に戸惑いながらも千冬は一夏に従い、物置部屋へと案内される。

そこにあったものは……

 

「あ、IS……だと?」

 

 そこにあったのはかなり破損してはいるものの紛れも無くIS。

IS学園でも訓練機として採用されているデュノア社製第二世代機『ラファール・リヴァイブ』だ。

 

「2~3日前、幻想郷(ココ)に流れ着いたのを俺が回収したんだ。たぶん、テロか何かで撃墜されたのが回収されずにこっちに流れたんだと思う」

 

 一夏からの説明の中、千冬は驚愕から呆然としていた。まさか幻想郷に来てまでISを見る事になるとは思いもよらなかったからだ。

しかし次に一夏が発した言葉に千冬は更に驚愕することになる。

 

「実は、コアを解析出来るかもしれない奴等がいる」

 

「な!?」

 

 その言葉に千冬は絶句する。

ISコアの解析は世界中の各国が目標としていながら成し遂げられていない事だ。

それが解析出来る者がいるとなればその驚きも当然といえるが。

 

「ほ、本当にそんな奴がいるのか!?」

 

「うん、一応ね。一応その中の一人に話しは付けてるから明日これを取りに来てもらう予定だけど、どうする?この話、乗る?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 一夏からの問いに千冬は頷いた。

コアの解析が可能なのであれば幻想郷は最高の立地条件だ。ココならば保守派に邪魔される事は絶対にない。

千冬にとって断る理由がない。

 

 

 

「明日の朝会いに行く予定だから、今日はゆっくり休みなよ。怪我、まだ完全に治るのに時間掛かるんだから」

 

 ふすまから二人分の布団を取り出し、一つを自室にセットする。

 

「千冬姉、寝る場所俺の部屋で良い?俺は、居間の方で寝るから」

 

 自室に布団を敷き終え、居間の方に向かおうとする一夏だったが唐突に千冬に服を掴まれた。

 

「千冬姉?」

 

「その……一緒にココで寝てくれないか?」

 

 その唐突なお願いに一夏は数秒間程硬直した。

いくら姉弟とはいえ年頃の男女が同じ部屋で布団を並べて寝るというのはさすがに気恥ずかしいものがある。

 

「ダメか?」

 

「だ、ダメじゃないけど……でも……何で?」

 

「……怖いんだ。これが夢で目が覚めたらお前がまたどこかに行ってしまうんじゃないかと思うと……」

 

「……分かった」

 

 弱々しく呟く千冬に一夏は千冬の願いを聞き入れ、彼女を抱き寄せ、背中を優しく撫でた。

 

「大丈夫。俺はもうどこにも行かないよ、千冬姉……」

 

 一夏の腕に包まれながら千冬は安らぎの表情を浮かべた。

まるで母親に抱かれる赤子の様に……。

 

 

 

(こんな風に姉弟で並んで寝るのは何年ぶりだろうな?)

 

 一夏の自室に布団を並べ、一夏と千冬は横になる。

一夏はもう眠っているが千冬は昨日の夜から今日にかけて起きた出来事を振り返っていた。

 

 長い一年間だった……孤独で、虚しくて、なによりも悲しい一年。

 

(天罰、なのかもな……自分の身勝手で世界を変えた事への……)

 

 そう思えばある意味この一年は戒めだったのかもしれない。

己の罪を自覚させるための……。

そこまで考えて千冬は一夏の方を向く。

 

「一夏……」

 

 何度も罪の意識と一夏のいない孤独感に押し潰されそうになり、自分の自殺しようとしてその都度死への恐怖から思いとどまった。

だけど今はそれで良かったと心の底から思う。

どんなに無様でも生き続けたからまた一夏に会えたのだ。

最愛の弟、唯一の肉親……そして、自分の想い人でもある一夏に。

 

(一夏……背、伸びたな。体も一年前より逞しくなって……)

 

 成長した一夏の姿に胸が高鳴る。

再会する以前から抱いていた弟に対する慕情……。

再会すれば消えると思っていたが、むしろ胸のときめきは以前より増している。

 

(頬にまでなら、良いよな……姉弟なんだから……)

 

 少しだけ想いが抑えられなくなり、千冬は目を閉じて一夏の頬にゆっくりと唇を近づけ、一夏の頬にキスをする……筈だった。

 

「ん……んぅ……」

 

 しかしココで思わぬアクシデントが起きた。

一夏が寝返りを打って千冬の方を向いてしまったのだ。

それに気付かずに千冬は一夏に唇を寄せ……二人の唇は重なった。

 

「ん……っ!?」

 

 唇に触れた感触から千冬は思わず目を見開き、自分が一夏のどこに口付けてしまったのかを理解し、思わず飛び退いてしまった。

 

(や、やってしまった……!)

 

 自分がやってしまった事に千冬は物凄い恥ずかしさを覚え、顔を真っ赤にしながら布団の中に逃げる様に包まったのだった。

ちなみにこの後、千冬は寝付くまで一時間かかった。

 




次回からストックは正午と午前0時の1日2回投稿で行こうと思います。


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千冬唖然!これが河童の技術力!!

 時刻は午前7時。一夏はいつもの日課通り起床し、台所で朝食の準備をするため起き上がろうとする。

 

「……ん?」

 

 しかし、そこで一夏は違和感を覚える。妙に体が重いのだ。

何事かと思い隣を見てみると……。

 

「ぬおっ!?千冬姉ぇ!?」

 

 なんと千冬が自分の体にしがみ付いていたのだ。

 

「zzz……」

 

 しかも本人はまだ夢の中である。

 

(や、ヤベェ……胸が当たって…………って何考えてんだ俺は!?相手は実の姉だぞ!!)

 

 頭を振って昂ぶる煩悩を無理矢理振り払い絡まっている千冬の腕と脚をはずしにかかる。

しかし予想以上に柔らかい女の肌に一夏は思わず意識してしまう。

 

「何興奮してんだよ俺は……」

 

 姉に対してその手の興奮を感じてしまった事を少し悔やみながらも一夏は千冬の体を離し、食事の準備のためにキッチンへ向かった。

 

(にしても……なんかさっきから口の辺りに妙な違和感が……)

 

 

 

 その後、朝食を作り終えて千冬を起こし、朝食の米と味噌汁とハムエッグを食べる。

 

「ところで一夏、例のコアを解析出来るという者達とはどんな奴等なんだ?」

 

「妖怪の山に住んでる河童だよ。その中の一人と友達だから」

 

 一夏の言葉に千冬は思わず持っていた箸を落としそうになる。

 

「か、河童ってあの河童か?」

 

 躊躇いがちに千冬は一夏に訊ねる。

おそらく千冬の頭の中にはよく漫画に出てくるような緑の肌に黄色い嘴、頭には皿を乗っけた生物を思い浮かべているだろう。

それを察して一夏が口を挟む。

 

「……何を思い浮かべてるのか大体想像付くけど、それ違うから」

 

「そうなのか?」

 

「うん、妖怪って言っても外見は人間と大して変わらないぜ。ちょっと待ってて」

 

 そう言って一夏は自室から写真を持ってくる。

桜の花をバックに一夏や魔理沙、その他にも多くの者たちが写った写真だ。

 

「え~と……あ、居た。ほらこの子」

 

 一夏が指差した写真の部位に千冬は目を向ける。

そこに写っているのは青い髪にドアキャップにも似た帽子を被り、瞳は真紅の色をし、蝙蝠の様な羽を背中に生えさせ、ピンクの服を着た小柄な少女。

その隣には先ほどの少女同様ドアキャップを被り金髪の髪をサイドポニーに結い、真紅を基調とした服を纏い、背中には枝のような羽を生やしている少女が一夏のすぐ傍に写っていた。

 

「この青い髪したのがレミリア・スカーレット、隣の金髪の子がレミリアの妹のフランドール・スカーレット。この二人も妖怪だ、種族は吸血鬼。湖の方にある紅魔館っていう屋敷に住んでて、レミリアはそこの主だ」

 

「この子達が?(確かに羽以外は人間とほとんど同じだ)」

 

「うん、幻想郷(こっち)に来て3ヶ月ぐらいした頃に知り合ったんだ。まぁ、最初は敵同士だったけどね。あ、ちなみにこっちのメイド服着たのがその時俺が戦った十六夜咲夜。紅魔館のメイド長をしている」

 

 そう言って今度はレミリア達の近く(一夏のほぼ隣)に写る少女を指差す。

綺麗な銀色のプラチナブロンドのショートヘアを顔の両側で三つ編みにし、青を基調としたフランス式のメイド服、整った顔つきで『クール・ビューティー』という言葉がよく似合う美少女だ。

 

(コイツは……間違いない)

 

 一夏に惚れている……千冬の中にある女としての勘がフル回転してそう告げる。

素人目には分からないが彼女は一夏の隣で一夏の方を見ながら少しではあるが恥じらっている。よく見ると頬も僅かに赤い。

自分の弟ながらなんと恐ろしい天然超S級フラグ建築士。幻想郷でもすでに女を一人落としているとは……。

 

(くぅ~~……外界ならいざ知らずこっちでも一夏に惚れる女が現れるとは……しかも元は敵同士にも拘わらず……この尻軽メイドめ!!)

 

 自分もその一夏に落とされた一人であることを棚に上げて酷い言い様である。

 

(いかんいかん……落ち着け。私は姉、私は姉なんだ)

 

 必死に苛立ちを抑え付ける。

自分は姉……実の姉だ。決して結ばれる事は無い。昨夜のキスで満足するべきだろう。

しかしそう思うと気持ちが暗くなってしまう。

 

「一夏ぁ~~、約束の物取りに来たよ~~」

 

 そんな時、外から一夏を呼ぶ少女らしき声が聞こえてきた。

 

「ん?ああ、ちょっと待って!!」

 

 少女の声に応え、一夏は残りの米と味噌汁を平らげ、表に出る。

そしてそれに追従するように千冬も表に出る。

そこにいたのはウェーブのかかった外ハネが特徴的な青い髪に緑のキャスケットを被り、背中にリュックを背負った少女だった。

 

(河童……なんだよな、この少女は……)

 

 内心千冬はイメージとのギャップを感じていた。

 

「わざわざ悪いなにとり。千冬姉、紹介するよコイツは河城にとり。妖怪の山に住む河童だよ」

 

「あ、一夏のお姉ちゃんでしょ。幻想郷で噂になってるよ。よろしくね」

 

「ああ、こっちこそ。織斑千冬だ、よろしく頼む」

 

 少し呆然としながらも千冬はにとりと握手を交わした。

 

「それで、例のIS……だっけ?どこにあるの?」

 

「ああ、こっちだ」

 

 一夏はにとりを物置部屋へ案内し、ラファールを取り出した。

 

「へぇ~~、これが外界の……うわ、凄い仕組み。これ作った人本当に天才だね。外界の人間にもココまで凄い天才がいたなんて」

 

 ISをしげしげと見つめながらそんな事を呟くにとり。

確かに世の中広しといえどこんなもの(IS)を作れるのは外界では束だけだろう。

 

「とりあえず詳しく調べたいし、一度工房に持って行くけど、一夏達も来る?」

 

「俺は構わないよ。千冬姉は?」

 

「勿論私も行かせてもらう。今後に関わる事だしな」

 

 千冬も了承したことで三人は妖怪の山へ向かう準備に入る。

ラファールを引っ張り出した直後に身支度を整える。

千冬は飛べないため一夏が背負い、ラファールはにとりが持ち運ぶ事になった。

 

(私も飛べるようになるべきか?)

 

 千冬がそんな事を考えていたのはまた別の話。

 

 

 

 数十分後、一夏達はとある山へとやって来る。

ここは妖怪の山……多くの古参妖怪や神々が暮らし、独自の文化、社会を形成している場所だ。

 

「あんまり奥の方には行かないようにね。妖怪の山の皆は仲間意識が強い分、余所者には排他的な所があるから」

 

「ああ、分かってる」

 

 にとりの警告に一夏は頷く。

しかし一方で千冬は疑問を感じた。

 

「しかし、そうなるとお前は大丈夫なのか?交友関係があるとはいえ私達は余所者だぞ」

 

「それは大丈夫だよ。河童は人間と盟友だから。それに河童以外の山の妖怪にも私みたいに山の外に個人的な付き合いがある人もいるから。……あ、見えたよ!」

 

 にとりが指差した先にあったのは一軒の煙突付きの小屋。

工房というには少々小さすぎるため千冬はこれで大丈夫なのかと一瞬考える。

だがしかし……。

 

「さ、入って入って。そんなに広くないけど楽にしていいよ」

 

 そこにあったのは小屋の外見に似つかわしくないコンピューターや基盤の数々。

よく見ると発電機やよく分からない機械などがたくさんある。

 

「凄いな……」

 

 思わずそんな言葉を口にしてしまう千冬。

そんな千冬を余所ににとりはISと端末を繋ぐ。すると端末の画面に凄まじい量の情報が映し出される。

 

「うわっ!予想してたけどこれ情報量多すぎるよ!一夏、その基盤と端末取って!千冬も!」

 

 一夏に指示を出しながら端末を操作していくにとり。

そんなやりとりが暫く続き、作業が一段落したのは小一時間ほどしてからだった。

 

 

 

「いやぁ~~、聞いてはいたけど本当に凄いね。これ作った人って天才どころか大天才だよ」

 

 作業が一段落付いた後、にとりは座布団に座りお茶を飲みながら呟いた。

 

「そんなに凄いのか?」

 

「そりゃもう。外界じゃオーバーテクノロジーもいい所だよ。外界の並の科学者がこれを開発するとしたら早くて20~30年、遅ければ50年以上は掛かると思うよ」

 

 その言葉に千冬はどこか納得する。

元々ISは発表された当初、学会ではまったくと言って良い程受け入れられず、一笑に伏せられた。それを白騎士事件で実用性を示す事でようやく受け入れられたのだ。

受け入れられなかった理由についてはやはりそれ(オーバーテクノロジー)が原因だろう。

それほどにISのスペックは圧倒的過ぎたのだ。

 

「それで、解析の方は、出来るのか?」

 

 少し間を置いて千冬は最大の目的である解析が可能かどうか訊ねる。

 

「出来ない事は無いけど、相当時間掛かるよ」

 

「そうか……どれぐらいだ?」

 

 少し落胆しながら千冬は訊ねる。

しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。

 

「そうだねぇ…早くて半年、遅くて一年ぐらいかな?」

 

「え?……そんなに早くにか?10年くらいは掛かると思ったんだが……」

 

「河童の技術を嘗めちゃいけないよ。これぐらい一年もあれば十分だよ」

 

 あまりに予想以上の答えに一夏も千冬も口をあんぐりと開けて放心する。

実際に河童は外界の人間よりかなり高度な技術を持っている。

にとりは独自に光学迷彩を作ってしまうほどだ。

しかしこれは大きな収穫だ。僅か一年で解析出来るのであればわざわざ不確実な方法をとるよりもずっと良い。

 

「それならぜひ頼む!最悪男にも使えるようになりさえすれば構わない」

 

「俺からも頼む!!」

 

「うん、良いよ」

 

 頭を下げて頼み込む二人ににとりはあっさりと了承した。

 

「サンキュー!解析出来たら特性のかっぱ巻き振舞ってやるよ」

 

「本当!?任せて!!解析どころか複製もできるようにしちゃうから!!」

 

 一夏からの報酬を聞き、にとりは目を光らせて物凄いスピードで作業に取り掛かったのだった。

 

 

 

「しかし、幻想郷の妖怪というのは、本当にイメージとは全然違うな」

 

 帰り道にて一夏に背負われながら千冬はそんな言葉を口にした。

 

「でしょ。俺もココに来たばっかりの頃は驚きの連続だったよ」

 

 千冬の言葉に苦笑いしながら答える一夏。

実際一夏も幻想卿に来る前の妖怪等のイメージは千冬と大して変わりないものだった。

 

「千冬姉、解析が終わるまでの事だけど、千冬姉さえ良ければ、俺の家で一緒に暮らさないか?」

 

「……良いのか?私はお前を……」

 

「俺だって千冬姉を独りにさせて苦しめた。だからお互い様だよ」

 

 『危険な目に遭わせた』と言おうとする千冬だったが、一夏はそれを遮る。

 

「それにさ……家族だし」

 

 最後には少し照れくさそうにはにかんだ笑いを浮かべる一夏に千冬は心の奥で嬉しさと切なさが入り混じった複雑な感情が生まれるのを感じる。

どう足掻いても自分は一夏の姉、決してこの想いが実ることは無いという現実を思い知らされる。

しかし、それでも一夏と再び一緒に暮らせる喜びを感じるのもまた事実。

 

「そうだな……家族、だもんな。……この怪我が治ったら私にも飛び方を教えてくれ、弟のお荷物になりっぱなしは恥ずかしいからな」

 

 喜びだけを前面に押し出し、千冬は一夏に深くしがみ付く。

せめて悟られないくらいには一夏への禁断の想いを少しでも満たすように。

 

「ちょ、……それは良いんだけど……千冬姉、胸が……」

 

「ん?胸がどうした?」

 

「いや、何でもない」

 

 まさか胸が当たっているとは言えず一夏は顔を真っ赤にして無言になった。

 

(当てているんだ………馬鹿者め)

 

 千冬が心の中でそう呟いたのは彼女だけの秘密である。

 

 



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飛行訓練とラブコメ展開

 千冬が一夏の家で正式に暮らすようになって2週間程が経過した。

千冬の体に巻かれていた包帯はもう既に取り外され、自由に動けるほどに回復していた。

さすが元ブリュンヒルデと言うべきか、千冬の回復力はかなりのものであり、それに加え魔理沙が持ってきてくれた傷薬の効果も抜群のため、ナイフで刺された傷は一週間という速さで完治したのだ。

 

「どうだ?昨日よりだいぶ高く浮くようになったぞ」

 

「おお、本当だ!この調子ならあと一週間ぐらいで自由に飛べると思うぜ」

 

 そして今、千冬は魔理沙による指導の下、魔力のコントロールの特訓中であった。

当初は一夏だけで指導していたのだが、どこで話を聞きつけたのか魔理沙も指導に参加すると言い出し、現在は一夏と交代で千冬の指導を行う事になった。

ちなみに、一夏は現在仕事に出ているため魔理沙が指導を担当している。

 

「しかし、大分マシになったとはいえ、こんなに体力を使うとは……」

 

 休憩に入り額に汗を浮かべて千冬は地面に降りて水筒に入った水を飲んで水分を補給する。

 

「仕方ないぜ。慣れない内は魔力を余計に消費するから、体力にも負担が掛かるんだ。実際私や一夏だって最初はそうだったぜ」

 

「ああ、分かっている……しかし一夏の奴、たった一年であそこまで強くなるとはな……」

 

 千冬は思わず遠い目になる。

一夏の戦闘力は肉弾戦、弾幕戦問わず非常に高い。

元々弾幕戦には高い集中力と反射神経、そして体力が要求されるため、魔力で体を活性化させ、集中力を持続させ、反射神経を高める必要があり、それに耐えうる程度の肉体を作る必要がある(ただし、活性化と同時に回復魔法で負担を軽くするという方法もある)。

それに加えて一夏の場合、一夏の持つスペルカードのいくつかは一夏自身の生身の攻撃力に比例して威力が増えるので、それを最大限活かすための肉体鍛錬は必須事項なのである。

その上、妖怪退治やら異変解決やらで修羅場を潜ったという事もあり、一年という期間で一夏の戦闘力は生身だけでも千冬と互角以上の実力を持つ程に成長していた。

 

 それを知った千冬は数日程前に一夏と組手をしてみたがその結果は敗北。

いくら一年間も自堕落な生活を送っていたとはいえ、これでは正直言って元ブリュンヒルデの面目丸潰れも良い所である。

 

「せめて、守られるだけでなく、お互い守りあえるぐらいにはならないとな……魔理沙、続きを頼む」

 

 軽い休憩を終えて千冬は再び立ち上がって魔力を体中に循環させ、再び浮遊した。

 

「よ〜し、今度はそのまま前に進んでみろ」

 

「よし……」

 

 ISを使用していた頃を思い出してゆっくりと前に進む。

元々千冬はISで飛ぶという事に慣れていたのでこれは割と難無くこなせた。

 

「移動は問題ないか。となると魔力の消費を抑えるのに重点を置くべきだな……よし千冬、その状態を維持しろ。そうすれば魔力のコントロールにも慣れるはずだぜ」

 

「わかった」

 

 空中に浮き続けながら千冬はゆっくりとではあるが移動を続ける。

ある時は前に前進し、時折方向転換や後退を交えながら飛行を続けた。

 

 

 

「ただいま〜〜」

 

 そして日も暮れてきた頃、仕事と買い出しを済ませた一夏が帰宅する。

 

「ああ、一夏おかえ…うわっ!?」

 

 一夏に気を取られて千冬は思わずバランスを崩して落下してしまう。

死ぬほどの高さではないがそれでも十分危険だ。

 

「危ね!」

 

 急いで一夏が駆け寄って千冬を抱き止める。

 

「うぉっ!(こ、これは……)」

 

 しかし抱き止めた姿勢が幸か不幸か一夏の顔は千冬の胸の谷間にすっぽりと収まった。

 

(ち、千冬姉の胸がモロに……!)

 

「い、いい、一夏!!おお、お前、どこに顔を!?」

 

「わわ!?ゴメン!!!」

 

 慌てて赤面しながら体を離す一夏。

千冬の方も顔を真っ赤にして胸を押さえている。

 

(ち、千冬姉ってこんな顔もするんだ……)

 

 外界に居た頃は常に凛として世の女性達の憧れの的だった千冬だが、こんな風に恥じらう仕草は一夏も初めて見る。

そしてそのギャップに思わず目を奪われてしまう。

 

(い、一夏が私の胸に……私の……)

 

 千冬もアクシデントとはいえ一夏に自分の胸に顔を突っ込まれた事に戸惑い、胸が高鳴っていた。

 

「ふ〜〜ん(にやにや)」

 

 一方でラブコメさながらの展開に魔理沙は二人を眺めながらニヤニヤと笑っていた。

 

「ま、魔理沙……何で笑ってんだよ?」

 

「べっにぃ〜〜。姉弟でラブコメやってるなぁ〜〜なんて私はちぃーーっとも思ってないぜ(ニヤニヤ)」

 

「んなぁ!?」

 

 魔理沙のとんでもない言葉に一夏は茹蛸のようにより一層顔を真っ赤にさせる。

 

「でも気にする事ないと思うぜ♪ここは幻想郷だし常識に囚われる必要も無いし」

 

「テメェ、ぶっとばすぞコラァ!!」

 

「おっとそいつはゴメンだぜ!じゃあなーーー!」

 

 一夏が顔を真っ赤にして反論すると同時に魔理沙は脱兎の如く箒に跨って逃げていった。

 

「ったく、あの野郎……千冬姉、気にしなくても良いから。……千冬姉?」

 

(此処なら常識にとらわれる必要が無い?それなら一夏と……いや、ダメだ!それでも姉弟でそんな関係になるのは常識以前に道徳が……。いや、でも……)

 

 一夏と魔理沙の不毛な会話の中、千冬はモラルと感情の間で葛藤していたのだった。

 

 

 

 その後も千冬の飛行訓練は続き、千冬はISで得た感覚と高いセンスで着々と魔力コントロールのコツを掴み、訓練10日目にはかなり自由自在に空を飛べるようになった。

後に彼女は一夏と共に異変解決などに活躍するようになるが、それはまた別の話。



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ライバルとの邂逅

「よし、いつでも良いよ千冬姉」

 

「こっちもだ、今日は前回のようにはいかんぞ」

 

 時刻は朝の6時半。

万屋の近くの森の上空で一夏と千冬は対峙し、お互いに構えあう。

一夏は徒手空拳、千冬は身の丈ほどはある大剣を武器にしている。

千冬が幻想郷に滞在して1ヶ月。既に飛行術と魔力コントロールを習得した千冬は自ら志願してスペルカードルールの特訓を行っていた。

その理由は本人曰く『弟に食わせてもらうだけでは姉として情けないからな。私も万屋の仕事を手伝うくらいの実力は欲しい』との事だ。

 

「行くぜ!」

 

 先に動いたのは一夏。即座に拳から散弾銃のように広範囲に魔力の弾幕をマシンガンのように連射する。

 

「はぁっ!」

 

 迫りくる弾幕に千冬は大剣を右手だけで軽々と振り上げ、魔力弾を薙ぎ払い、そのまま空いた左手で弾幕を一夏目掛けて放つ。

 

「甘い!ずあぁっ!!」

 

 しかし一夏も素早く身をかわし、直後に魔力を拳に一気に集中させて先程の倍近くの速度と威力を持った魔力の弾を放った。

しかもそれは一発だけではなく、先程の弾幕ほどではないにせよかなりの連射速度だ。

 

(クッ……一発一発がデカイ上に威力が強すぎる。片手で捌けるような弾じゃない!)

 

 繰り出される強力な魔力弾の数々を必死で避ける千冬。

しかし少しずつ逃げ場を削られ、次第に千冬の額に浮かぶ汗の量が増えていく。

千冬側も弾幕で必死で応戦するが、一夏は弾幕の隙間を次々と掻い潜る。

 

(やはり、IS戦とは全然違う。弾幕の多さも攻撃力とその規模も……何よりISと違って絶対防御なんていう甘いものが無い……)

 

 そう考えると千冬は自分の事が滑稽に思えてしまう。

ISに守られて頂点を極めていたつもりになって居た自分も幻想郷に来てしまえば所詮は『優秀な初心者』でしかない事を痛感する。

 

(だが……いつまでも私が手も足も出ないと思ったら大間違いだぞ、一夏!!)

 

 一夏の弾幕を必死に捌きながら千冬は一枚の札を取り出す。

密かに研究して昨夜遂に完成したオリジナルのスペルカードを……。

 

「『斬符・樹鳴斬!!』」

 

 千冬から繰り出された斬撃が一夏目掛け一直線にレーザーの如く撃ち出される。

 

「!?」

 

 驚きながらも自分に向かって伸びてくるレーザーを回避する一夏。

しかし直後にレーザーは枝分かれするように分裂し、さらにそこから魔力弾が飛び出す。

その姿は樹鳴斬という名の示す通り一本の樹が鳴き声をあげるかのような様相だ。

 

「千冬姉、いつの間にスペルカードを!?」

 

「以前から密かに研究していたんだ!お前に少しでも追いつくためにな!!もう一発喰らえ!!」

 

 一撃目のレーザーが消滅すると同時に即座に千冬は二撃目に移行する。

 

(こりゃ、ちょっとヤバイかもな……)

 

 千冬から放たれる拡散レーザーと魔力弾を回避しながらこの技(スペルカード)を打ち破る方法を考える。

スペルカードを打ち破る方法は2つ、スペルカードの効果が切れるのを待つか、相手にダメージを与えてスペルカードを維持出来なくさせるかだ。

 

「しょうがない……もうちょい出し惜しみしたかったけど、見せてやるぜ!!」

 

 攻撃をかわしながら一夏も懐から一枚の札を取り出し、同時に己の右拳に凄まじい量の魔力を蓄える。

 

「行くぜ千冬姉!『砕符・デストロイナックル!!』」

 

 一夏の拳から大型レーザー型の魔力弾が放たれ、千冬の魔力弾とぶつかり合う。

しかしぶつかり合ったのは数秒間だけで瞬く間に一夏の魔力弾が千冬の魔力弾を飲み込み、千冬に迫りくる。

 

「クッ!」

 

 自分の魔力弾を無効化され、千冬は思考を攻撃から回避に素早く切り替え、その場を離れようとする。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 しかし一夏の拳から先ほどと同等の威力を持った魔力のレーザーが二発、三発と続けざまに繰り出される。

 

「な!?(この威力で連射だと!?)」

 

 一夏のスペルカードの性能に内心驚愕しつつも千冬は必死に二発目のレーザーを紙一重で回避する。

 

(く、クソッ!間に合わない!!)

 

 しかし三発目は避けきれず、千冬は武器である大剣を盾の代わりにしてかろうじて受け流す。

 

「もらった!!」

 

「!!」

 

 レーザーを防いだ千冬だが、その隙を突き一夏が一気に接近する。

 

「だああああーーーーーーっ!!!!」

 

 一夏の左手から繰り出されたパンチが千冬の大剣を弾き飛ばし、直後に右ストレートが千冬の顔面を捉える。

 

「っ…………」

 

 しかしその拳は千冬に打ち込まれる事無く顔面に命中する寸前に動きを止める。

この時点で勝敗は確定した。

 

「続ける?」

 

「いや、私の負けだ」

 

 冷や汗を流しながら千冬は苦笑し、自らの敗北を受け入れたのだった。

 

 

 

「それにしても、もうスペルカードを完成させるなんて、流石千冬姉」

 

 弾幕戦の訓練を終え、万屋まで戻りながら一夏は千冬を賞賛する。

 

「圧勝しておいてよく言う。確かに少しは近づいたと思うがまだまだお前には敵わないさ。それにお前はまだいくつも手を隠しているだろ?」

 

 一夏からの言葉に千冬は苦笑いしながら反論する。

 

「はは、まぁ否定はしないよ。でも、スペルカード使わなかったら危なかったっていうのは本当だから」

 

 その後は先程の戦闘の反省点などを挙げながら二人は自宅に帰宅した。

風呂場で汗を流した後、二人は朝食の準備に入る(一夏が料理、千冬は配膳)。

 

「今日は……紅魔館か」

 

 朝食を完成させ、一夏は不意に予定表を見てそう呟いた。

 

「ん?仕事か?」

 

「まぁ、似たようなもんかな?前に写真で見せたフランって子の教育係みたいなもんだよ」

 

 一夏は紅魔館での仕事について分かりやすく説明する。

紅魔館の主、レミリア・スカーレットをはじめとする吸血鬼は基本的に食事をするために人間を殺さない程度にしか襲わないのだが、フランは自身の持つ強大な能力ゆえに長い期間幽閉され、与えられたものしか食べた事がないため、力の加減が出来ず、一滴の血の残さず吹き飛ばしてしまうという欠点があった。

そこでレミリアはフランの能力にも耐えることが出来るスペルカードを持つ一夏にフランの教育係を依頼し、一夏もそれを了承したため、時折紅魔館に出向いてフランの教育係兼遊び相手になっているのである。

 

「千冬姉も来る?レミリア達も千冬姉に会ってみたいって言ってたし」

 

「良いのか?じゃあ、行かせてもらうか」

 

 あっさり誘いを受ける千冬、その裏では……

 

(一夏に惚れている(筈の)メイド……どんな女か見極めてやる)

 

 まだ見ぬメイドへのライバル意識を密かに燃やしていたのだった……。

 

 

 

 午前10時、朝食と家事を終えた一夏と千冬は湖の上空を飛びながら紅魔館へ向かう。

 

「ほら、見えたよ。あそこが紅魔館だ」

 

「あれが……」

 

 一夏の指差した先の湖畔に一軒の館がそびえる。

その館は全体的に真紅の色調の洋館で、その外観はまさに紅魔館の名に相応しいものだった。

そのまま二人は門へ向かって降りる。

門前には赤いロングヘアーに中国風の衣装を見に纏い、門に寄り掛かって寝息を立てる一人の女の姿があった。

一夏はそれを見てやれやれと肩を竦める。

 

「また居眠りしてるよ」

 

「彼女は?」

 

「紅美鈴(ホン・メイリン)、紅魔館(ココ)の門番」

 

「門番?(……役目を果たしてないだろこれは)」

 

 職務怠慢な美鈴の姿に千冬も呆れ顔になってしまう。

そしてそんな美鈴に一夏は近寄り、大声でこう叫んだ。

 

「あ、咲夜さん!!」

 

「ヒィッ!!さ、咲夜さん!?ね、寝てません!私寝てませんよ!!」

 

 咲夜の名前を言った瞬間美鈴はビクリと飛び跳ねるように目を覚まし、必死に言い訳を開始する。

 

「よぅ、起きたか」

 

「い、一夏さん……脅かさないでくださいよ」

 

「だったら居眠りするなよ」

 

 一夏の言葉に美鈴は正気を取り戻し、涙目になりながら抗議するが一蹴されてしまう。

 

「まぁ、とりあえず用件だけど、いつも通りフランの件で。あと、今日は姉さん連れてきてるけど大丈夫か?」

 

「ああ、多分大丈夫ですよ。お嬢様も会ってみたいって言ってましたから。……あと、この事(居眠り)は咲夜さんにはどうか内密に……」

 

「へぇ……何を内密にしたいのかしら?」

 

 突如として美鈴の背後にメイド服を着た銀髪の少女が現れる。

紅魔館のメイド長、十六夜咲夜(いざよいさくや)だ。

 

「(ギクゥッ!?)さ……咲夜さん」

 

「美鈴、後でお仕置きを覚悟しときなさい。……待ってたわ一夏。お嬢様と妹様が中でお待ちよ」

 

 OTLな状態の美鈴を無視して咲夜は一夏達を屋敷へと案内する。

 

「アナタが一夏のお姉さんですね。私は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。一夏とは色々とあったけど、今はお嬢様共々仲良くさせてもらっています。以後お見知りおきを」

 

「ああ、一夏から話は聞いている。こちらこそよろしく頼む」

 

 お互い丁寧な挨拶を交わす千冬と咲夜。しかしその裏では……

 

(この女……出来る。だが一夏との交際はそう簡単に認めはせんぞ)

 

(まさか身内が登場とはね……でも認めさせる事が出来れば一気に一夏と距離を縮める事が出来る。ある意味チャンスよ、これは)

 

 ……修羅場はそう遠くない。



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ライバルは完璧で瀟洒なメイド長

「い〜〜〜ちかっ!!」

 

「わぷっ!?」

 

 紅魔館の中に入った途端、赤い服を着た金髪の少女、フランドール・スカーレット(通称フラン)が一夏に飛びついた。

 

「フラン……相変わらず元気だなぁ」

 

「随分会いたがっていたもの、さっきからテンション上がりっぱなしなのよその子」

 

 屋敷の奥の方からもう一人少女が現れる。

彼女の名はレミリア・スカーレット。フランの姉で紅魔館の主だ。

 

「レミリア、久しぶりだな」

 

「ええ、先月の宴会以来ね」

 

フランをしがみ付かせたまま一夏は立ち上がり、レミリアと挨拶を交わす。とても以前敵対していた相手と思えない程フレンドリーだ。

 

「アナタが一夏のお姉さんね。私はレミリア・スカーレット、ココの主よ」

 

「ああ、織斑千冬だ。宜しく頼む」

 

 差し出されたレミリアの手を握り返し、千冬は握手を交わす。

 

「一夏ぁ〜、早くあそぼー!」

 

 一夏の頭の上でフランが騒ぎ立てる。

 

「分かった分かった、ただし勉強もだぞ。あ、レミリア、悪いけど千冬姉の事頼んで良いか?」

 

「ええ、良いわ。咲夜、奥に案内してあげて」

 

「はい。千冬様、どうぞこちらへ」

 

 レミリアの言葉に従い、咲夜は千冬を連れて屋敷の奥へ、そして一夏はフランと共に地下室へと向かったのだった。

 

 

 

「『禁忌・レーヴァテイン!』」

 

 フランから放たれる弾幕が一夏が作り上げた何重もの魔力の結界に撃ち込まれる。

その威力は凄まじく、10層の魔力結界は一瞬にして7層まで消し飛んだ。

 

「良いぞフラン。前よりだいぶコントロールが掴めてきてる。次は6層に挑戦だ」

 

「分かった!」

 

 再び妖力をコントロールして弾を生み出すフラン、それと同時に一夏は再び結界を生成する。

 

「『禁忌・レーヴァテイン!』」

 

 再び放たれる魔力弾。

今度は6層までで破壊は止まる……と思いきや、僅かに魔力弾の力が勝り、6層目の結界は破壊された。

 

「惜しい!もう一回!!」

 

「うん!」

 

 一夏とフランの特訓は続く……。

 

 

 

「以前よりだいぶ加減出来てるわ。この調子で行けば1年もあればほぼ完全に力の制御が出来るようになるかもね」

 

 紫色のロングヘアーに薄紫の服を着た少女、パチュリー・ノーレッジは手に持った本から一度目を離し、自身が持ち込んだ水晶玉を眺めながら一言呟いた。

 

「凄いな……」

 

 水晶玉に写る一夏とフランを見ながら千冬は感嘆の声を漏らす。

それと同時に自分が一夏に追いつくにはまだまだ時間が掛かるという事を実感する。

生身だけの戦いなら多少善戦は出来るだろうが魔力やテクニックなどが絡むと本気を出した一夏にはとても敵いそうに無い。

 

「それにしても、パチェが図書館から出てくるなんて珍しいわね」

 

「下に居たら二人の邪魔になるかもしれないし、それに今朝占ってみたら客人に会った方が良いと出たから」

 

 パチュリーが千冬を見ながらそう答える。

彼女は基本的に大図書館に篭りっきりの為、こんな風にわざわざ一階に上がってくるのは珍しい事だ(ちなみにパチュリーと一緒に図書館で司書などの仕事をしている小悪魔も一階へ来ている)。

 

「一夏の方も以前よりかなり強くなってるわね。今戦えば私や咲夜でもかなり危ないかもね」

 

「そうですね。8ヶ月前はまだスペルカードを覚えて間もなかったから私と互角が精一杯という感じでしたけど(私もここに来て大して経ってなかったし)、今はお互い戦い慣れしているから、もし戦えば以前よりも苦しい戦いになるでしょうね」

 

 以前自分達が起こした異変を振り返り感傷に浸る紅魔館の面々、しかしその傍らで千冬は妙な疎外感を感じると共に自分が幻想郷に来るまでの一夏の事に興味を抱く。

 

「私は一ヶ月前に来たばかりなのだが、一夏はそれまでどんな暮らしをしていたんだ?」

 

「そうね……彼のプライベートはそれほど詳しくないけど、万屋を始めたのが私たちと出会う前後だったかしら?それまでは霊夢か魔理沙の所で世話になってたって話よ。今の家も元は廃棄されたプレハブ小屋を自分で改築して作ったみたいだし、それなりに苦労はしてると思うわよ」

 

「そうか……」

 

 どこか納得したように千冬は頷く。

確かに身一つであれだけ大層な一軒家を手に入れたのなら一夏が凄まじい成長を遂げたのにも納得がいくというものだ。

 

「そろそろ終わる頃ね。咲夜、一夏達の分の紅茶と昼食の準備、お願いね」

 

「かしこまりました」

 

 レミリアの指示に咲夜は一礼すると厨房の方へと向かった。

 

 

 

 昼食を終えた後、一夏は広間にてフランの遊びに付き合い、レミリアはテラスで一夏達と遊ぶフランを眺めながら寛ぐ。

そして千冬と咲夜は……。

 

「……一つ、聞きたいことがある。私の勘違いなら聞き流してくれてかまわない」

 

 二人以外誰もいない部屋の中で千冬は紅魔館(ココ)に来た最大の目的を果たそうとしていた。

 

「(遂に来たわね……)何か?」

 

「一夏の事をどう思っている?」

 

 千冬の言葉に咲夜は「やはりか」という表情になる。

ココで口先だけ否定して見せるのは簡単だ。しかし意中の男の肉親を前にそんなせこいまねをするのは咲夜の女としてのプライドが許さない。

 

「……好きよ。もちろん異性として」

 

 率直に自分の本心を打ち明ける咲夜。

今の咲夜と千冬の関係はメイドと客人ではなく一人の女と女、そのため口調も先ほどと違い、砕けたものになっている。

 

「そうか……」

 

「私からも質問良いかしら?」

 

「ああ」

 

「アナタは一夏の事をどう思っているのかしら?」

 

 千冬にとって非常に痛い所を突かれる質問だ。

千冬は一夏の事を愛している。もちろん肉親として愛しているという意味もあるがそれと同じくらい、いや下手をすればそれ以上に一夏を異性として愛してしまっている。

 

「お前と同じだ……」

 

「そう……」

 

 千冬の返答を聞き、咲夜は少し溜息を吐き、やがて千冬に向き直って口を開く。

 

「まぁ、この際姉弟なのにとか野暮な事は言わないわ。彼を好きになる気持ち、良く解るし」

 

「…………」

 

 暫くの間静寂が部屋を支配する。しかしその静寂の中にあって二人はお互いから一切目を逸らさない。

 

「それじゃあ率直に言うわ。お義姉さん、弟さんを私にください」

 

「誰がお義姉さんだ。そう簡単に認められるか」

 

「……言うと思ったわ」

 

 まさに女の戦いだった。静かだがその分緊迫した空気が部屋中に張り詰めていた。

 

「「…………フッ」」

 

 やがて二人は不適に笑みを浮かる。まるでお互いに認め合う好敵手を得たかのように。

 

「認めさせてみろ、この私をな。その時は私も腹を括って一夏をお前に渡してやる」

 

「上等……とだけ言っておくわ。お義姉さん」

 

 一夏を巡る恋の戦争はこの日より開戦したのであった。

 

 

 

 そして渦中の人物である一夏は……。

 

「アハハ!一夏〜〜、早く次の遊びしよ〜〜」

 

「おいおい、そんなに慌てるなよフラン」

 

「い、妹様〜〜、私の頭の上で暴れないでくださいよぉ!」

 

 美鈴と共にフランの遊び相手に精を出していた。

 



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永夜抄
明けない夜


「…………」

 

「……おかしいよな、やっぱり」

 

 満月が浮かぶ夜空を見上げながら一夏と千冬は苦々しい表情を浮かべる。

時刻は現在午前1時半。二人は昨夜10時から長時間熟睡してすっきりした気分で朝を迎えるはずだったのだが、目が覚めるとまだ夜中だった。

一度は単に「大して寝ていないのでは?」と思ったがどれだけ寝ても夜は明けない……。

 

「はぁ〜、異変だな。もう間違いない」

 

 頭を抑えながらため息を吐き、一夏は部屋に戻って普段着に着替える。

 

「どうするつもりだ?」

 

「決まってる。原因を調べてさっさと解決してくる」

 

 千冬の問いに一夏は当たり前といった感じに答え、身支度を整え、出発しようとする。

 

「それじゃ行ってくるから、千冬姉留守番よろしく」

 

「お、おい!ちょっと待て!」

 

 千冬が止める間も無く一夏は飛び立っていった。

 

 

 

「さ〜て、どこから手を付けるか……ん?」

 

 突然大きな音が響いたと思い、音の発生源に目を向ける。

目を向けた先にあったのは人里……の筈だった。

 

「消えている……いや、隠れているのか?」

 

 人里がどんどん霞んでいき、やがてその姿を完全に消す。

しかし消滅したという感じはしない。どちらかといえば人里全体が透明になったような感じだ。

 

(アイツも動いたのか……人里を『隠して』今の馬鹿でかい音……早速ビンゴか?)

 

 早くも異変の手がかりを見つけた(かもしれない)一夏はすぐさま人里があった場所へ向かった。

 

 

 

 人里……正確には先程まで人里があった場所の上空に一人の女性が居る。

青のメッシュの入った腰まで届くほど長い銀髪に赤い文字のような模様の入った小さい帽子を乗せ、上下が一体となっている青い服を纏っている女性だ。

彼女の名は上白沢慧音。人里に暮らし、人間を守る半獣で寺小屋の教師だ。

 

 

「よぅ、慧音」

 

「ん?一夏か……」

 

 一夏は地面に座り込む慧音を見つけ、彼女に近寄る。

慧音は一夏の経営する万屋の常連だ。寺小屋での臨時教員や雑務を始めとした仕事をよく一夏に依頼している事が縁でお互い友好関係を結んでいる。

 

「人里が消えてたからお前が隠したってのは察しが付いたが、もうこの異変を起こした奴らと戦り終わった後か……しかし、随分派手にやられたな」

 

 所々に生傷が刻まれた慧音の体を見て、一夏は呟く。

彼女は先ほどまで夜が明けないこの不可解な現象を引き起こした者達と戦っていたが結果は敗北。今はもう満身創痍といった状態だ。

 

「で、誰にやられたんだ?」

 

「変な亡霊の二人組だ。はぁ……あんな怪しい亡霊にやられるとは……せめて月が不完全で無ければ」

 

 ため息を吐きながら慧音は先ほどまでの状況を説明する。

異変が発生した後、慧音は強い妖力を感じ、自らの持つ『歴史を食べる程度の能力と、歴史を創る程度の能力』で人里の歴史を食い、人里の存在を無かった事にして人里を自分の保護下に隠し、この異変を引き起こした亡霊の二人組と戦ったのだが、相手は予想以上に強く、結果は敗北。

しかも相手は別の異変を解決するためにこの異変を引き起こしたというのだから自分のやった事は完全に無駄な努力だ。

 

「(その亡霊ってアイツ等だよな……)別の異変ってのは?」

 

「あの月の事だ。人間のお前は気付かないのも無理は無いが、あの月は偽物だ。その証拠に一部が欠けている」

 

 慧音は遥か空に浮かぶ満月を指差しながら答える。

今浮かんでいる満月は真っ赤な偽物であり、本物の満月は隠されている……人間にとっては全く人畜無害な現象だが月の光が妖力に関わる妖怪にとってはこれは非常に由々しき事態である。

 

「なるほどな。それで満月が出ている内に異変を調べるために夜を止めてるのか。……となると、そっちの異変を解決した方が良いな。慧音、その月をすり替えた犯人って心当たりとか無いか?」

 

「……ある。というか、こんな芸当が出来るのはアイツぐらいだ」

 

 人里のはずれにある竹林の方を見つめながら慧音は答えた。

 

 

 

 迷いの竹林と呼ばれる竹林の奥深くに建つ一軒の屋敷『永遠亭』。

その内部にて2人の女性が雑魚妖怪を蹴散らしていく。

 

彼女達は夜明けを妨げ、月の異変を探る者達。

ウェーブの掛かった桃色の髪に着物にも似た和服を着た女性……冥界に住む亡霊たちの管理者にして白玉楼の主、西行寺幽々子。

銀髪のボブカットに青緑色のベストとスカートを着用し、その傍らには白く大きな人魂のような物を浮かべている少女……西行寺家の庭師兼幽々子の警護役の半人半霊、魂魄妖夢だ。

 

「ココで間違いないわ。ようやく見つけたわね」

 

「ええ、本っ当にようやくですね」

 

 幽々子は目の前に居る者達を見ながら面倒臭そうに呟き、妖夢は疲れたような表情で頷く。

永遠亭に辿り着くまで蛍の妖怪や夜雀の妖怪やらを手当たり次第に倒しながら進んでいたため、いい加減精神的に疲れてきていた。

幽々子は平然としているが……。

 

「遅かったわね。でももう扉は全部封印済み。もう姫は連れ出せないわ」

 

 突如として少女らしき声が響き、2人の女が姿を現す。

 

足元まで届きそうなほど長い薄紫色のストレートの髪に紅い瞳を持ち、頭部にはヨレヨレの兎の耳を生やしている少女……鈴仙・優曇華院・イナバ。

もう一人は鈴仙とは対照的に癖っ毛の短めの髪にふわふわとした兎の耳を生やした少妖怪兎……因幡てゐだ。

 

「……何だ幽霊か。焦らせないでよ、もう」

 

「用が無いなら帰ってよ。一応こっちは忙しいんだから」

 

 鈴仙とてゐは拍子抜けしたように幽々子達を追い払うように手を振るう。

 

「そうはいかない。この月の異変はお前達がやったんだろう?」

 

「月の異変?ああ、師匠の術ね」

 

「ええ」

 

 納得したように頷く鈴仙。そんな彼女に妖夢は刀の切っ先を向ける。

そしてそんな物騒な行為を妖夢の主である幽々子は涼しい顔で眺める。止める気は更々無いらしい……。

 

「元に戻してもらうぞ。でなければ斬る」

 

「随分乱暴な幽霊ね。こっちにだってそれなりの事情ってものがあるんだからそれを聞こうと思わないの?」

 

 鈴仙達の背後から新たな人影が現れる。

長い銀髪を三つ編みに結い、左右に色が分かれたツートンカラーの特殊な配色をした服を着た女性……彼女の名は八意永琳、永遠亭の薬剤師だ。

 

「お迎えが来たかと思ったら幽霊なんてね。まぁ、お迎えが来れる筈無いけど」

 

 幽々子達を見据え、淡々と呟く永琳。

 

「三人目の御登場ね。月を消したのはアナタかしら?」

 

「ええ、私の術よ。姫とこの娘の為にね。ほとぼりが冷めるまではこの状態を維持しないと月の方から使者が来てしまうから……そういう訳だから、ここは穏便に済ませて帰ってもらえないかしら」

 

 子供に言い聞かせるように穏やかに話す永琳、しかし幽々子は首を横に振る。

 

「残念だけど、月が偽物なのは色々と問題なのよ。アナタが月を戻さないというのであれば……妖夢に斬ってもらわないとね」

 

「え?そこで私に振るんですか?……まぁ、構いませんけど」

 

 突然話題を振られて妖夢は困惑するがすぐに刀を構えて臨戦態勢に入る。

 

「仕方無いわね。ウドンゲ、てゐ、ココはアナタ達に任せます。間違っても姫には近づけないように」

 

「はい、任せてくださ…『ズガァァァァン!!!!』フニャァァ!!」

 

 鈴仙が威勢良く返事をしようとしたその瞬間、突如として轟音と共に壁の一部が吹っ飛び、崩れた壁は鈴仙に直撃した。

 

「お、お師匠の結界が……」

 

 てゐが信じられないといった表情を浮かべて壊れた壁を見る。

やがて砂埃が晴れ、煙の中から一人の男が姿を見せる。

 

「あたしの結界を……アナタは一体?」

 

「しがない万屋さ。ただし、ちょっとばかし強いがな。月を元に戻してもらうぜ、首謀者さんよ」

 

 煙の中から壁をぶち破り現れた万屋、その名は織斑一夏!!

 

「一夏さん!?」

 

「あら、お久しぶりね」

 

「妖夢、幽々子さん、事情は大体解ってる。俺も加勢させて貰うぞ!!」

 

 建物内に入ると同時に一夏は幽々子、妖夢の方へ駆け寄り共闘を宣言する。

一夏と彼女達は以前起きた『春雪異変』と呼ばれる異変の際に知り合い、親しくなった間柄だ。

特に妖夢とは時折手合わせする程親しい間柄である。

 

「い、一夏さん……一緒に戦ってくれるんですか?」

 

「加勢するって言っただろ。相手は3人、こっちも3人で丁度良いぜ。抜かるなよ妖夢」

 

「は、はい!!」

 

「あらあら……ウフフ♪」

 

 少年漫画のヒーローの様に登場し、助太刀に入った一夏の姿に妖夢は何故か顔を赤くする。

実は彼女……千冬、咲夜と同類、即ち一夏に惚れている恋する乙女なのだ。

そんな彼女を見ながら幽々子はニコニコと楽しそうに笑う。

 

「これはさすがに危ないわね。仕方ない、私も戦いましょう」

 

「鈴仙〜〜、生きてる?」

 

「な、何とか……」

 

 対する永遠亭側も臨戦態勢。

月と夜をめぐる戦いが今始まる……。

 

 

 

 

 

 一方……その頃千冬は。

 

「……ハッ!今、ライバルが増えたような気がする……こうしてはいられん!!」

 

 ニュータイプ的な何かを発揮し、一夏を探しに飛び立ったのであった。



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目覚める力

 欠けた月を巡り、3対3で対峙する白玉楼組(+一夏)と永遠亭組。

ある者は全身に魔力を循環させ、またある者は武器を構え、またある者は妖力を高める。

 

「ウドンゲ、てゐ。アナタ達はあの亡霊達を相手になさい。男は私が相手をするわ。」

 

 永琳が一夏を睨みながら鈴仙とてゐに指示を出し、2人はそれに無言で頷く。

 

「どうやらお互い戦(や)り合う相手は決まったようだな」

 

 そんな彼女達の様子に一夏は手の骨をポキポキと鳴らしながら喋りかける。

 

「ええ、アナタの結界を破壊できるあの能力(ちから)は危険すぎる。これ以上永遠亭の奥に進ませるわけには行かないわ」

 

「へぇ、さっき言ってた姫がいるからかしら?そこまで守ろうとするなら逆に気になってくるじゃない」

 

 永琳の言葉に幽々子が反応し、怪しく笑みを浮かべる。

その姿はいかにも『その姫を見つけて連れ出してやる』と言わんばかりだ。

その上先程ののんびりとした様子と違い、その体からかなりの量の妖力が滲み出ている(しかもこれでもまだ加減している方だから恐ろしい)。

 

「私を見つける気?その必要は無いわ」

 

「!?」

 

 突如として廊下の奥から声が響き、一夏達だけでなく永淋達もその声に大きく反応する。

 

「姫!?」

 

 現れたのは黒の長髪に桃色の着物に似た洋服を身に纏う大和撫子という言葉の似合う女性……永遠亭の主、蓬莱山輝夜だ。

 

「姫!今出て来ては……」

 

「言いたい事は分かってるわ、永淋。でも、さっさと片付けて結界を張り直した方が良いでしょ。だけど色々と厄介そうじゃない、この3人。特にあの男の子とか」

 

 黒髪の女は一夏の方を見ながらニヤリと笑みを浮かべる。

その体からは既に闘気が溢れている。

 

「私が彼と戦うわ。その間に亡霊2人を貴方達が片付けて。3対2ならそんなに時間は掛けずに済むでしょう?」

 

 永淋に目配せしながら輝夜は霊力を高める。

 

「……仕方ないですね」

 

 少しの間沈黙していた永琳だが、やがて諦めた様に溜息を吐き、再び臨戦態勢を取る。

 

「戦う気満々か。その上ご指名までしてくれるとはな……良いぜ、その見え見えの挑発乗ってやるよ」

 

 戦力の差にも物怖じせず、一夏は闘志を燃やす。

 

「大した自信ね。でも、私達が相手じゃ一人分の戦力差は大きいわよ」

 

「あらあら、言ってくれるじゃない。たかが一人多いだけで」

 

 輝夜の挑戦的な態度に対し、幽々子は口元を扇子で隠しながら笑みを浮かべる。

 

「……とはいえ、どうします?実際相手が有利って事に変わりは無いですけど、作戦とかあるんですか?」

 

「……ゴメン、何にも考えてないわ」

 

「っていうか俺達って基本ゴリ押しだし、作戦なんて立てるだけ無駄だろ。足りない分は実力と根性で補うだけだ」

 

「……ですよね。ま、私も小細工とか苦手だし、丁度良いけど」

 

 一夏と幽々子の無計画さに呆れながらも妖夢は刀を構える。

 

「一夏さんはもう決まってますけど、幽々子様は誰と戦います?」

 

「当然あの銀髪の子よ。妖夢は下っ端の兎達をお願いね」

 

「はぁ……結局二人まとめて相手にするのは私ですか」

 

 面倒事を押し付けられ、妖夢は溜息を吐く。

今日だけで吐いた溜息の回数はもう数えるのも馬鹿らしい。

 

「悪いな妖夢。後でマッサージしてやるから勘弁してくれ」

 

「!!……ハイ!任せてください!!2匹ぐらいあっという間に倒して見せます!!(一夏さんが直々に私にマッサージ……)」

 

 鼻血を噴出しそうになる衝動を抑えながら妖夢は妖力を一気に高めた。

その量は平常時より格段に高い。

 

「なんか勝つ気満々じゃない?私達ってそんなに弱く見える訳?」

 

 一方で鈴仙とてゐは額に青筋を浮かべている。

まぁ、目の前で相手が勝つ気満々ではムカつくのも当然と言えるが……。

 

「私達相手に一人で戦う事になったのを後悔させてやるわ!!」

 

 鈴仙とてゐも妖力を高め、妖夢を睨みつける。

 

「あら?下っ端と思ったら結構妖力高いわね。油断しちゃダメよ、妖夢」

 

「分かっています……さぁ、来い兎共!まとめて相手になってやる!!」

 

 幽々子の言葉に少しだけ冷静さを取り戻し、妖夢は臨戦態勢に入る。

しかしその時……

 

「いや、全員1対1だ」

 

「へ?」

 

 一人の女性の声と共に、先程一夏が開けた穴から大剣を背負った千冬が現れた。

 

「私が加われば4対4。これでお互い文句はあるまい」

 

「千冬姉!?」

 

(な!?一夏さんの姉だと!?)

 

 留守番していたはずの姉の姿に一夏は驚愕する。

その一方で別の意味で驚愕しているのは妖夢だ。まさか想いを寄せる相手の身内が出てくる事になろうとは想定外どころの話ではない。

 

「何でココに?……っていうかどうやってあの竹林を?(あの竹林相当入り組んでて普通なら絶対迷うぞ……)」

 

「妙な予感がしてな……お前の魔力(匂い)を辿ってきた」

 

「マジかよ……」

 

 開いた口が塞がらない一夏。

それを他所に千冬は幽々子と妖夢に近寄る。

 

「一夏の友人らしいな。私は織斑千冬、一夏の姉だよろしく頼む」

 

「西行寺幽々子よ、冥界で管理人をしているわ」

 

 千冬の挨拶に幽々子は割りとフレンドリーに返し、軽く握手を交わす。

そして肝心の妖夢だが……

 

「魂魄妖夢と申します!一夏さんにはいつもお世話になっています。よろしくお願いしますお義姉さん!!」

 

 『お義姉さん』の部分を強調して妖夢は千冬の手を握った。

この時、千冬の脳内で何かが『ピキッ』とヒビが入る音がしたのは気のせいではない筈だ。

 

「そうか……こちらこそよろしく頼む(なるほど……コイツが予感の大元か)」

 

 千冬は妖夢の手を思いっ切り握り返しながら答えた。

 

「グ……(こ、この女……)いえいえ、こちらこそ」

 

「いやいやいや、こちらこそ(あのメイドと同類だな、この小娘……)」

 

 お互い表面上はにこやかに話しているが内心では完全にお互いを敵として認識していた。

 

「あらあら……(これは……面白くなってきたわね)」

 

 唐突に始まった女の戦いを見つめながら幽々子はニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

 

 

 しかし、このコント染みた会話もそれまでだった。

 

「ッ!?……危ねぇなオイ」

 

 一夏達目掛けて永琳から一本の矢が放たれ、一夏はそれを掴み取った。

 

「悪いわね。でもそろそろ漫才も終わりにしてもらえるかしら。こっちもさっさと事を済ませたいのよ」

 

「それもそうだな。それじゃ……そろそろ始めるとするか!」

 

 気合と共に一夏は永遠亭の面々に飛び掛り、空中から急降下しながら拳を振り下ろす。

 

「ッ!……へぇ、なかなか楽しめそうじゃない」

 

 一夏が放った拳は床を砕き、砕かれた床から一夏の魔力弾が間欠泉の如く吹き荒れる。

それを回避する輝夜達4人に一夏達はそれぞれの相手へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「貴様の相手は私だ!妖怪兎!!」

 

 大剣を振りかざしながら千冬は鈴仙に斬りかかる。

 

「そんじょそこらの妖怪兎と一緒にしないでくれる。これでも私は玉兎よ!」

 

 振り下ろされた剣をバックステップで避けながら鈴仙は指先から妖力の弾幕を撃つ。

 

「生憎、私は幻想郷(ココ)に来て1ヶ月半なのでな。見分けなどつかん」

 

 迫り来る弾幕を前に千冬は剣を振るう。

振るわれた剣からは魔力の斬撃が大きな砲弾となって撃ち出され、鈴仙の銃弾型の妖力弾を吹き飛ばす。

その光景を目の当たりにして鈴仙は舌打ちしながら魔力弾を回避する。

 

「凄いパワーね。でもそんな荒削りの魔力じゃ私は倒せないよ!!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべる鈴仙。その瞳は徐々に赤みを増していき、血の様に深い紅の瞳へと変化していく。

 

(!?……何だあの眼は………いかん!なにか不味い予感がする)

 

 IS選手時代に培った洞察力と直感が働き、すぐさま千冬は鈴仙の瞳から目を逸らす。

そんな千冬の様子に鈴仙は僅かに驚くがすぐにその表情は笑みに変わる。

まるで勝利を確信したように……。

 

「勘のいい奴ね……でももう遅いわ、ちょっとだけでも見てくれれば波長を狂わすには十分!」

 

 千冬と距離を取り、鈴仙は一気に勝負をつけるべく懐から一枚の札を取り出す。

 

「即効で決める!『散符・真実の月(インビジブルフルムーン)!!』」

 

 スペルカードを発動し、鈴仙の体から全方位に無数の魔力弾が撃ち出される。

迫り来る弾幕を目で捉えながら千冬は回避行動に移るが……。

 

「っ……何だ!?」

 

 突如として弾幕が視界から消え去る。

驚きから一瞬千冬は呆然とするが直後に正気を取り戻す。

 

(音は聞こえる……という事は弾は消えたんじゃない、見えないだけだ!……っ!?)

 

 千冬がスペルカードの特性を察した直後、再び視界に弾幕が映りだす。

 

「痛ッ!消えたり見えたりと……ええい、まどろっこしい!!」

 

 紙一重で身を捻り千冬は弾幕を回避するも僅かに頬を掠め、頬の皮の一部が裂けて傷口から血が流れる。

 

「よく避けたわね。でも次はどうかしら!?」

 

 再び魔力弾が生成され、全方位めがけて発射される。

そのスピードと数は先程のものを上回る程だ。

 

「クソ!『斬符・樹鳴斬!!』」

 

 鈴仙の弾幕に対抗すべく千冬も自らのスペルカードを繰り出す。

 

「ハァアア!!」

 

 剣から放たれる魔力の拡散レーザーとそこから飛び出す魔力弾。

それが鈴仙の全方位弾幕とぶつかり合い、相殺する。

 

「やるじゃない、ただの力任せじゃないようね。でも拡散させたのは失敗ね、その程度の弾なら十分相殺できる!」

 

「クッ!」

 

 勝利を確信したように口元に笑みを浮かべ、鈴仙は妖力弾を撃ちだす。しかも今回は一発だけではなく何発もの連射を加えている。

これは千冬にとって非常に不利な攻撃だ。

何故なら千冬のスペルカード『樹鳴斬』は一夏や魔理沙のような回避能力の高い相手を想定して開発した広範囲攻撃であり、鈴仙の『真実の月(インビジブルフルムーン)』は弾幕を全方位に撃つ事でバリアの役目を果たしており、それに加えて鈴仙の能力『狂気を操る程度の能力』で視界の波長を狂わされるという幻惑効果もある技だ。

弾幕戦においてこのような撹乱戦法に不慣れな千冬にとって鈴仙は非常に相性が悪い相手だと言わざるを得ない。

 

「クソ、相性最悪とはこの事か。だが嘗めるなよ……ISを乗り回していた頃は剣一本でどんな相手にも勝ってきたんだ。相性如きで勝負は決まらないという事を教えてやる!!(……とは言っても、どうすれば良いんだこの状況は?)」

 

 建前だけ強がりつつも勝算が浮かばない自分に千冬は苦笑いしながら鈴仙の弾幕を回避し続けるのだった。

 

 

 

 千冬と鈴仙が戦う一方、一夏は輝夜と弾幕戦を繰り広げていた。

 

「チッ……さっきからちょろちょろ逃げ回りやがって。何処まで逃げる気だ!?」

 

「フフ、安心しなさい。ココで終点よ」

 

 輝夜に誘い出されるまま辿り着いた場所……そこは床が無く、虚空のような奇妙な空間だった。

たった一つ一夏の眼に写ったあるものを除けば……。

 

「あれは……満月?」

 

「そう、アナタ達地上人が常日頃から見ている本物の満月……いつ頃からだったかしら?この月に地上人を狂わせる力が弱まったのは」

 

「人を狂わすだと?」

 

「そう、月は本来人を狂わせる魔力を持つもの……故に地上の者は月を怖れ、畏敬の念を抱いた。ところがそれが薄れた途端に地上の者は月を軽視し、挙句戦争まで吹っかけてくる始末」

 

「月面戦争の事か」

 

 輝夜の説明の中に出てきた戦争という言葉に一夏は以前に聞いた千年以上前に起きたと言われる月面戦争の話を思い出し、反応する。

 

「まさかそんな千年も前に起きた戦争を理由にこの異変を起こしたのか、お前たちは?」

 

「フッ、まさか……そんな昔の事、関係ないわ。アナタにこの話をしたのはただの時間稼ぎよ」

 

 一夏の問いを聞き、輝夜は鼻で笑う。

 

「気付かない?月の光が出す魔力に。さっきも言った人を狂わせる力、あれは弱まってはいるけど健在なのよ」

 

 背後で輝く月を見つめ、輝夜は妖しく笑う。

確かに普段どおり地上から見た満月であれば発狂するほどの影響はない。

しかし今此処で見える満月は地上でみるよりもずっと近い。

 

「………してやられたって訳か」

 

「その通り、アナタは多少は耐性がありそうだけど……」

 

 苦笑いを浮かべる一夏に輝夜は容赦なく弾幕を放つ。

 

「戦いの中ではいつまで正気を保てるかしら!?」

 

 広範囲にばら撒かれる弾幕、一夏はそれを見据えながらその隙間を掻い潜り自らも魔力弾で反撃する。

放たれた魔力弾は輝夜の霊力弾を弾き飛ばしながら輝夜に襲い掛かるが輝夜はそれを難なく避ける。

 

「へぇ……なかなかやるじゃない。私の弾幕を弾き飛ばすなんて」

 

「ビビったか?降参するなら今の内だぜ」

 

 策に嵌った直後とは思えない程の余裕を見せながら一夏は冗談交じりに降伏勧告を出す。

 

「冗談、久々のお客さんなんだものこれくらい強くないと面白くないわ。私の場合外に出る訳にいかないんだから。こうやって屋敷の外の人間と会話するのももう何年ぶりかも分からないわ」

 

「ヘッ、そうかい。それじゃあ……遠慮はしないぜ!!」

 

 好戦的な笑みを浮かべながら一夏は己の魔力を最大まで高める。これは文字通り本気で戦うという意思の表れだ。

 

「フフフ……そうよ、それでこそ楽しみ甲斐があるわ。かつて多くの地上人が手も足も出ずに敗れた五つの難題、万屋風情に解けるかしら!?『難題・龍の頸の玉!!』」

 

「万屋を嘗めるな!この引きこもりが!!」

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……クソ」

 

 千冬が鈴仙と戦い始めて十数分が経過した頃、千冬は剣を杖代わりに膝を付きながら息を荒げる。

千冬の全身には無数の生傷が刻まれ、その表情からは疲弊と焦燥以外感じられない。

一方で鈴仙には大した怪我は無く、千冬と違って表情には余裕と冷静さがある。

戦況は火を見るよりも明らかだった。

 

「アナタに才能があるのは認めるわ。だけどアナタには弾幕戦の経験が無さ過ぎる。一ヶ月ちょっとの修行じゃ下級妖怪はともかく私は倒せないわ」

 

「そのようだな……だが」

 

 自分には勝ち目が無いという事を痛感しつつも千冬は立ち上がる。

 

「弱者には弱者なりの意地がある……貴様にこのまま負けて仲間の下へ行かせてしまえば一夏達が不利になってしまう。だから……刺し違えてでも貴様は行かせん!!」

 

 身体に残った魔力の全てを己の剣に込め、千冬は剣を構える。

 

「見せてやる……私の切り札をな!『絶技・〈真〉零落白夜!!』」

 

 スペルカード発動と共に千冬の剣から凄まじい光が溢れ出す。

『絶技・〈真〉零落白夜』……それはかつて千冬がIS選手時代に使用していた愛機、暮桜のワンオフアビリティー『零落白夜』を模して編み出したスペルカードだ。

 

「ちょっ、何よそれ……そんなの当たったらシャレにならないって……」

 

 流石の鈴仙もこればかりは冷や汗を流す。千冬は体力を消耗しているとはいえ残りの魔力全てをこの一撃に賭けている。これを喰らってしまえば鈴仙と言えど無事では済まない。

一撃……次の一撃で勝敗は決する……。

 

「行くぞ!!」

 

 気合の掛け声と同時に千冬は弾幕を薙ぎ払いながら鈴仙との距離を一気に詰める。

しかし対する鈴仙もただ呆然と見ているだけではない。即座に弾幕を何重にも生み出し、千冬を狙い撃つ。

そしてこの時、鈴仙には狙いがあった。

 

(あともう少し……確実に当ててみせる!……それが出来ないと負ける!!)

 

 鈴仙の目線の先にあるもの……それは千冬ではなく千冬の持つ剣だ。

千冬は基本的に剣での戦闘を主体にしているため攻撃も防御も剣を使って行う事が多い。そして今までの修行や現在の鈴仙との戦いにおいて千冬の持つ剣には少なからず傷が付いていた。

鈴仙の狙いはそこにある。

 

(私の弾の威力でも同じ傷を集中して攻撃すればいくら魔力を纏っていても折る事が出来る筈。そうすればもうコイツに勝ち目は一切無くなる!)

 

 敵の武器を破壊する事……未知数の破壊力を持つ零落白夜の封じ手として思いついたのがまさにそれだった。

それを成すために鈴仙はある一点……千冬の剣の中で最も傷の深い根元部分を集中して狙う。

 

「これで、終わりだぁーーーー!!!!」

 

 そして千冬が鈴仙の目前に迫った時……まさにその時が勝負の分け目だった。

 

「終わるのはそっちよ!」

 

 鈴仙は左手の人差し指を突き出し剣を狙い撃つ。

放たれた弾丸は千冬の剣を根元から叩き折った。

 

「!……掛かったな!!」

 

 しかし千冬の口から出てきた言葉は驚愕ではなく、むしろその真逆だった。

 

「零落白夜は実剣ではない、魔力の剣だ!!」

 

 叫びと共に千冬の持つ折れた剣の柄の部分から光の刃が形成される。

これこそが〈真〉零落白夜の本当の姿。それは己の持つ魔力全てを剣と化して敵を断つ一撃必殺の奥義だ。

 

「……甘かったわね!」

 

 しかしこの状況にあっても鈴仙は勝利への確信を崩さない。

即座に鈴仙の開いている右手の人差し指が千冬を捉え妖力弾が指先に生成される。

 

「予備策はちゃんと用意しておくに限るってね!」

 

「!?…しまった!!」

 

 鈴仙は千冬が策を講じている可能性を見越していた。

元々鈴仙は臆病な性格のため、千冬が剣を失った時の事を考えているのではないかという事をすぐに思い付き(流石に魔力だけで剣を生成するとは思ってなかったが……)、予備の策として隙を作らぬように両手ともいつでも妖力弾を発射できるように準備していたのだ。

大降りの剣と徒手空拳、どちらが早いかは言うまでも無い。

 

「これでチェックメイトよ!」

 

 鈴仙の指から妖力弾が発射される。

その至近距離からの射撃に、直接攻撃を繰り出そうとしていた千冬に避ける術など無かった。

 

「ぬあああああぁぁぁ!!!」

 

 しかしその時だった…………それは無意識だったのか千冬は突然手に持った剣から左手を離し、そのまま突き出した。

そして千冬の左手が鈴仙の妖力弾にぶつかると思われたその時、千冬の左手は突然発光し、鈴仙の妖力弾を『消し飛ばした』。

 

「!?」

 

「な!?」

 

 千冬も鈴仙も同時に驚愕する。この現象を引き起こした千冬自身でさえ何がおきたのか分からない。

しかし今この状況が千載一遇の好機である事に千冬が気付くのに時間は掛からなかった。

 

(ま、まさか……能力に目覚めたとでも……)

 

「(よく分からんが……やるなら今しかない!!)喰らえぇぇーーーーーーー!!!!」

 

 千冬の渾身の叫び声と共に光の剣が振り下ろされた。



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月の罪人達

「喰らえぇぇーーーーーーー!!!!」

 

「がっ……はっ…!」

 

 光の剣を携え、千冬は渾身の一撃を鈴仙に叩き込んだ。

予備策を思わぬ方法で破られた鈴仙にとってその一撃は防ぎようも無く、千冬の零落白夜は見事直撃し、鈴仙は床へ叩きつけられた。

 

「やった……か……うぅっ」

 

 鈴仙が落下するのを見届けると同時に千冬はとてつもない脱力感に襲われ、自らも落下するように降下し、床に着地する。

 

(だ、ダメだもう動けない…今ので魔力を使い切ってしまった……これで倒せてなければ私の負けだ)

 

 へたり込むように膝を付き、千冬は鈴仙を叩きつけられた場所へ目を向ける。

 

(頼む……もう起き上がってこないでくれ)

 

 僅かな望みに賭けるように心底からそう願う千冬。

 

「……クッ…さ、流石に……今のは効いたわ」

 

 しかしその想いとは裏腹に鈴仙の身体がピクリと動き始め、やがて立ち上がるまでに至った。

 

「そ、そんな……零落白夜でも倒せないというのか」

 

「いえ、あの一撃が完全に決まっていれば私は負けてた。だけど直前にアナタが私の弾を消し飛ばして魔力を消費したから剣の威力が落ちたのよ」

 

「なるほどな……結局お前の予備策が功を制したという事か……ぅ…ぁ……」

 

 鈴仙の説明に自嘲気味に苦笑を浮かべ、千冬はそのまま倒れ、意識を失った。

 

「ハァ、ハァ……本当、コイツが経験浅くて助かったわ。これで熟練者とかだったら本当に負けてたかも」

 

 千冬の気絶を確認し終え、鈴仙は零落白夜で受けた傷を手で押さえながら息を荒げる。

千冬の見ている手前強がってはいたものの、やはり零落白夜の一撃は大きなダメージを鈴仙に与えていたのだ。

 

「け、けど……こんな所で休んでられない。早くお師匠様達を援護しにいかないと……」

 

 覚束ない足取りながら鈴仙は永遠亭の奥へと歩き出す。

 

「フニャアアア!!」

 

 しかしそんな時、突然隣の部屋から何者かの悲鳴が聞こえ、直後に轟音と共に壁が破壊される。

 

「アナタを行かせる訳にはいかない!」

 

「な!?」

 

 崩れた壁の先から飛び出して来たのは因幡てゐと戦っていた筈の魂魄妖夢の姿だった。

そして当のてゐはというと……

 

「きゅう……」

 

 崩れた壁の先の部屋の中で伸びきっていた。

 

「フンッ!」

 

「ギャン!?」

 

 突然の出来事に戸惑う鈴仙に妖夢は容赦なく刀の鞘を脳天に叩きつける。

 

「ぁぐっ……」

 

 千冬との戦いでの大ダメージを受けた身体に不意打ちにも近い一撃を喰らい、鈴仙は呆気なく倒れ、気を失ってしまった。

 

「ふぅ……ようやく下っ端は片付いたわね」

 

 頭にたんこぶを作り、目を回して倒れている鈴仙を尻目に妖夢は一息吐き、倒れている千冬に近寄って彼女の身体を抱え上げる。

 

「……ぅ」

 

「あ、気が付きました?」

 

 抱え起こされた振動で千冬は目を覚ます。

 

「お前は……妖夢、だったか?私が戦っていた兎は?」

 

「今私が倒しました。アナタが戦ってくれたお陰で楽に倒せましたよ」

 

 そう言って妖夢は千冬に倒れている鈴仙の姿を見せる。

 

「本当はもっと早く加勢しにくるつもりだったんですが、私が戦った相手(因幡てゐ)が思っていたよりかなり狡猾で結構時間をかけてしまいました」

 

「そうか……なぁ、私は一夏の役に立てただろうか?」

 

「十分役に立ててますよ。正直私一人ではこの兎達に勝てたかどうか分かりませんから」

 

「そうか……なら、良かった」

 

 自分でも一夏の役に立つ事が出来たと知り、千冬は満足気に笑った。

 

 

 

 

 

 そして一夏と輝夜による月下の戦いも新たな局面を迎えつつあった。

 

「『難題・燕の子安貝!!』」

 

 輝夜の身体からレーザー状と星型の霊力弾が広範囲に放たれ、まるで蜘蛛の巣の如く獲物である一夏を捕らえようとするが、一夏はその数多のレーザーと弾幕の隙間を縫うように掻い潜っていく。

 

(どういう事なの?もう15分近く戦ってるのにコイツは発狂しないどころか集中力がまるで落ちてないじゃない)

 

「今だ!『魔符・ショットガンスパーク!!』」

 

 輝夜の動揺を察知し、一夏は即座に自らもスペルカードを発動させ、魔力の拡散レーザー砲を拳から放つ。

 

「!?……クッ!」

 

 紙一重で回避しようとした輝夜だがわずかに反応が遅れ、僅かではあるが一夏の魔力弾は輝夜の身体を掠める。どうやら腕にダメージを受けてしまったようだ。

 

「どうした?さっきまでの余裕はもう終わりか?」

 

「……アナタ、本当に人間?これだけ月の光を浴びながら戦って何とも無いなんて」

 

 先ほどとは一変して警戒心を丸出しにして問いかける。その表情には戦闘前の余裕は殆ど薄れていた。

 

「失敬な奴だな、俺は人間だぜ。ただあらゆるものを砕く事が出来るだけだ。結界とか狂気とかな」

 

「……なるほどね。してやられたのはこっちってワケ」

 

「ああ、この部屋に入った時点で変な波動は感じていたからな」

 

 一夏の言葉に輝夜はすべてを察する。

一夏の『あらゆるものを打ち砕く程度の能力』は文字通りあらゆるものを打ち砕く力。

一夏はその能力を使用して月の光の影響で自分の中に生まれた狂気を砕く事で発狂を防いだのだ。

そして一夏は輝夜が用意したこの罠を利用し、それに嵌った振りをして輝夜の油断を誘ったのだ。

そしてその結果は成功。輝夜の腕を負傷させる事に成功したのだ。

 

「これで俺がより一層有利だ。手負いで倒せるほど俺は甘くないぜ」

 

「そんな脅しに屈すると思う?これでもこっちは後が無いのよ…………悪いけど叩き潰させてもらうわ。私の本気を以ってね」

 

 今までの穏やかなものから一転して輝夜の声色が暗いものに変わる。

静かだが途轍もなく深く暗いその声の中にあるのは明確な敵意。一夏には解る、彼女は本気だ。

 

「……来いよ」

 

「フフ…言われなくても……『難題・蓬莱の弾の枝!!』」

 

 新たなスペルカードを発動する輝夜。

五色の霊力弾が槍のように一夏目掛けて発射され、一夏に襲い掛かる。

 

「うぉっ!?」

 

 間一髪で弾を避ける一夏だが一発の弾が頬を掠め、一夏の頬が鋭利な刃物で切ったかのように切り裂かれ、頬から血が流れる。

 

「おいおい、コレまともに喰らったらマジでヤベェぞ!」

 

「言ったでしょ?本気で潰すって。言っとくけど、これは本気にさせたアナタが悪いのよ」

 

 妖艶な笑みを見せて自分を見据える輝夜に一夏は額から冷や汗が流れるのを感じる。

 

「ヘヘッ……かわいい顔して嫌な事言うぜ。だがな……俺を潰したけりゃ上級妖怪1万匹は連れて来やがれってんだ!!『砕符・デストロイナックル!!』」

 

 一夏の拳から魔力の大型レーザーが輝夜目掛けて放たれる。

 

「フフッ……力押しは、もう見飽きてるのよ!」

 

 直後に輝夜は再び槍状の五色弾を一点に集中させて放つ。

 

「な!?ぐああああぁぁっ!!!」

 

 一瞬輝夜の弾は一夏のレーザーに飲み込まれたかのように見えたがそれは違った。

輝夜の弾はレーザーを貫通しつきやぶったのだ。

拳から直にレーザーを撃ち続けていた一夏に貫通した弾は避けきれるものではなく、そのまま弾は一夏に直撃してしまった。

 

「ぐ…うぅ……ち、畜生……抜かったぜ(スペルカードの性能に慢心しすぎるなんて、俺も結構未熟だな)」

 

「流石ね、あの一瞬で急所への直撃を免れるなんて、でもこれで形勢逆転よ。その怪我で次を避けることが出来るかしら?」

 

 輝夜の言う通り一夏の身体は急所への直撃こそ免れたものの、左腕と右足に傷を負ってしまい、とてもまともに戦えるような状態ではない。

 

「なめるなよ引きこもり……。俺は吸血鬼の従者や亡霊のお姫様と戦っても死ななかった男だぜ」

 

 しかしそれでも一夏の顔は笑っていた。

一夏はまだ勝負を捨ててなどいない。今までの戦いの中でもこんな風に追い詰められたことは何度もあった。

だが一夏はそれをも乗り越えてきた。そして今の一夏が在るのだ。

 

「今ココにいる俺は外界にいた頃の弱い俺とは違う。万屋をなめるな!引きこもりがぁ!!」

 

「そう、それなら……これで終わりよ!!」

 

 数多の五色の弾が暴風雨のように一夏に降り注ぐ。

 

「でぁああああ!!!!」

 

 しかし当たる直前に一夏は渾身の一撃とも言える魔力弾を輝夜目掛けて撃ち出した。

 

「ッ!?」

 

 まさか避けもせずに攻撃に転じるとは思っていなかった輝夜は思わず面食らうもすぐに気を取り直し、その一撃を回避する。

 

「ち、畜生が……」

 

 一方でカウンターを避けられた一夏はそのまま成す術無く輝夜の弾に飲み込まれてしまったのだった。

 

「まさかこの土壇場で相打ち狙いの玉砕戦法だなんて……」

 

 自らの弾幕で巻き上がる煙とその中で倒れているであろう一夏を見据えながら輝夜は一夏の覚悟と胆力に敬意を感じる。

かつて出会った男達ではココまでやってのける大胆さなど無かった。

本気で惜しいと感じる……彼ほどの男なら敵としてではなく味方にしたかったと思うほどに。

そう思いながら輝夜は目を伏せた……その時だった。

 

「誰が相打ち狙いだって?」

 

 突如として響いた声。その直後、煙の中から何かが飛び出す。

 

「な!?」

 

「俺は最初から勝つつもりだ!生憎負ける気も引き分ける気も更々無いんだよ!!」

 

 飛び出した人影の正体は一夏。

その姿に輝夜は目を見開く。あれだけの弾をまともに喰らった筈の一夏の身体は攻撃を受ける前と全く変わりないのだ。

そして驚く輝夜を余所に一夏は輝夜に一気に近づき、拳を振り上げる。

 

「これで最後だぁぁーーーーー!!!!」

 

「クッ……ま、まだ」

 

 回避する暇がなくなるほどに接近を許してしまったとき輝夜は漸く我に返り、霊力で障壁を生み出し防御に徹する。

しかし一夏を相手にその選択は完全に失敗だった。

 

「『魔拳・貫衝!!』」

 

 一夏の拳は全てを打ち砕く。当然それは障壁とて例外ではない。

一夏から放たれたパンチは障壁を粉々に打ち砕き、輝夜の身体に叩き込まれた。

 

「カハァッ!!」

 

 強烈な一撃を直に叩き込まれ、輝夜は吹っ飛ばされ、壁を突き破って廊下の床に叩きつけられた。

「グッ……ゥ……あ、あれだけの弾をまともに浴びてたのに、何故?」

 

「こういう事だよ」

 

 息も絶え絶えな輝夜の問いに一夏は自分の身体に魔力の膜を張ってみせる。

 

「『魔纏・硬』……俺の持つ唯一の防御専用のスペルカードだ。稼働時間が短い割に結構な量の魔力を食う扱い辛いスペルだがな……」

 

「そ、その扱い辛さの分防御力は折り紙付きって事ね?……大したものね。いいわ、この勝負は私の負けよ。だけど……」

 

 輝夜の身体が……いや、正確には輝夜の出す霊気が発光し、光り輝く。

 

「この夜だけは、終わらせる……!少しでも追手から逃れる時間を稼ぐためにもね」

 

 そして時は急速に進みだす。輝夜は自らの能力を用いてこの長い夜に終止符を打ったのだ。

 

「輝夜!」

 

 外が夜明けを迎えるのと同時に輝夜の従者である八意永琳が姿を現し、輝夜に駆け寄る。

その後ろからは彼女の後を追うように永琳と戦っていた筈の幽々子も一夏達の居る廊下に姿を現す。

 

「終わったようね。一夏」

 

「幽々子さん、アイツ(永琳)と戦っていたはずじゃ?」

 

「そうなんだけどね、夜が明けたのを見たら彼女ったら血相変えてその子(輝夜)のところに行っちゃったから」

 

 幽々子の説明を聞いて一夏は視線を永琳達に向ける。

視線の先には輝夜を介抱する永琳の姿……その姿を見つめながら一夏はなんとなくではあるが彼女たちがどんな事情でこの異変を起こしたのか興味が沸いてくるのを感じた。

 

「説明してくれないか?この異変を起こした理由(ワケ)を」

 

「……良いわ」

 

 永琳に介抱されつつ、まだダメージの残る身体を起こし輝夜は一夏の問いに頷いた。

 

 

 

 

 

 戦いの終結から数分後、一夏達は負傷した千冬や気絶している鈴仙たちを回収し、客間へ通された。

 

「それじゃあ聞かせてもらうぜ、異変を起こした理由をな」

 

「仕方ないわね。一応負けたわけだし……良いわね永琳」

 

 輝夜から目配せを受け、溜息を吐きつつも永琳は頷き了承する。

 

「まず、もう察しはついていると思うけど私達は月の民よ。追放されたけどね」

 

 

 

時をは外界で言う(大体)平安時代に遡る

カグヤ(月における輝夜の本名)は月の民の一族であり、月の姫として生まれ、何一つ不自由の無い生活を送っていた。

しかしある時、カグヤは興味本位から不老不死の禁断の秘薬である蓬莱の薬に手を出し、薬を従者である永琳に作らせ、それを飲んで不老不死の身体となった。

 

その事はすぐにばれてしまい、カグヤは罪人として裁かれる。

だが、不老不死となったカグヤでは処刑することも出来ない。

その結果、カグヤは地上へ追放という形で罰を受け、地上に落とされた。

地上に落とされた直後、一組の老夫婦に拾われ、老夫婦の娘として暮らす事になった(この時に現在の名前である輝夜という名を得た)。

 

 

暫らくの間、老夫婦とともに平和な生活を送ってきた輝夜だったが、地上人にはない魅力を持つ輝夜に魅せられ、複数の男性から求婚されるようになる。

しかしその男達は皆、輝夜の出した難題に失敗し、輝夜の下を去っていった。

 

 

 

「ちょっと待て!それまるっきり『竹取物語』ではないか!?」

 

 余りにも聞き覚えのありすぎる話に千冬は思わず突っ込みを入れる。

 

「ああ、確か外界でそんな風に名づけられて本にもなってたわね。姫の事」

 

「あら、そうなの?知らなかったわ」

 

 真顔で答える永琳と輝夜。

 

「千冬姉……言いたい事は解るけど抑えて。幻想郷に常識は通用しないから」

 

 思わず突っ込んでしまった千冬を一夏は宥める。

 

「いや、それは分かっているが……流石に童話が本当の事だったというのは……」

 

「実話よ、900年ぐらい前までは実話として語られてたんだし。私も実際にそう聞いてたし」

 

 フォローを入れたのは幽々子だった。

 

「そ、そうなのか……スマン。(実際に聞いてたって……コイツ何歳だ?)」

 

 竹取物語とは別の疑問が生まれ、千冬はそっちの方が気になってしまい、一夏に小声で訊ねる。

 

(確か1000から1100ぐらいだったと思う。前の宴会の時そんな事言ってたから……ってか歳は気にしないでいいと思うよ。種族とか違うし、それ言ったらレミリアだって500歳以上だし)

 

(そうか……私もまだまだだな)

 

「話を戻していいかしら?」

 

「ああ、スマン」

 

 話が逸れてしまったのでそろそろ戻したいと輝夜は話題を切り替える。

 

 

 

話は戻り、それから数年後、やがて輝夜の罪も償われたとみなされ、月に帰る時が来た。

しかし、自分を育ててくれた老夫婦への情は捨てきれず、輝夜は月に帰りたくなかった。

反面地上では生活しにくい部分もあり、どうすればいいか思い悩んでいた時、月からやってきた使者の中に見覚えのある姿を見た。それが永琳だった。

永琳は薬を自分が作ったが為に輝夜は罪を受けたにも拘らず自分だけ無罪になってしまった為、輝夜に対し後ろめたい思いがあり。輝夜の助けになりたいと考えていた。

 

永琳は自分と共に地上に降りた月の使者達を裏切って殺し、輝夜と共に逃げ出し、二人は人里離れた山奥でひっそりと隠れて暮らす様になった。

 

 

それから、本当に長い月日が経ち、現時点から約数十年後。

この時点で幻想郷が人間界と遮断されてから、約百年が経った頃。

一匹の妖怪兎が幻想郷に現れた。

その兎こそが千冬の戦った月の兎、レイセン……現在の鈴仙・優曇華院・イナバである。

彼女は元々月の戦闘部隊に所属していたが月と地上が戦争状態となったため月を脱走して幻想郷に逃げ込んできたのだ。

 

戦争云々については半信半疑だったものの、輝夜と永琳はレイセンを家に匿い、鈴仙は永遠亭の住人となった。

 

 

そしてさらに数十年……つまり現在。

とある満月の夜、月の兎同士が使うという兎の波動を鈴仙が受信した。

その内容は彼女達にとって非常に重大なものだった。

 

受信した内容によると、ある地上人が月の魔力を搾取し、月に基地を作ると言い出した。それも再三にわたる協議も無視される形でだ。

これにより月の民は、その地上人に最後の全面戦争を仕掛ける事となった。

 

つまりメッセージの内容は鈴仙に月に戻り共に戦うように要請するものだった。

さらに次の満月の夜に月の使者は鈴仙を迎えに来ると言う。

 

そして輝夜と永琳も月の民、その上罪人だ。月の使者が来ればどうなるか分かったものではない。

 

丁度その頃、隠れて暮らす事に飽きていた輝夜はこれを機に月の使者を追っ払い堂々と地上で暮らす為、永琳の提案で月を隠し、偽物の月とすり替えたのだ。

 

地上から満月を無くせば月と地上は行き来できなくなる。地上から見える満月は、月と地上を行き来する唯一の鍵なのだから……。

 

 

 

「……まぁ、こんな所ね」

 

 長い回想が終わり輝夜は「ふぅ……」と一息吐く。

一方で一夏は神妙な面持ちで照屋達を見つめ、やがて口を開いた。

 

「一つ聞きたいんだが、その月の民ってのは博麗大結界を破壊できるほど強いのか?」

 

 一夏は話の中で生まれたもっともな疑問を問うが……。

 

「「「……博麗大結界って、何?」」」

 

 輝夜達の口から出た返答は場の空気を凍らせるには十分なものだった。

 

「は?……まさか、お前ら」

 

「博麗大結界……知らないの?」

 

「幽々子さん、ぶっちゃけ結界は月の民に破壊されますか?」

 

「無理ね、っていうか結界自体気付かれるものじゃないし」

 

 幽々子以外愕然とした表情でそれぞれの反応を見せる。

ちなみに上記の台詞は上から千冬、妖夢、一夏、幽々子である。

一方で輝夜、永琳、鈴仙の三人は話がつかめないといった表情をしている。

 

「まぁ、とりあえず結界について説明してあげたら?」

 

「「わ、分かった(分かりました)」」

 

 一夏と妖夢は肩を落としながら輝夜達に説明した。

幻想郷は閉ざされた空間。元々、月からも入ってくる事なんて出来ないと……。

 

「……な、何それ?」

 

「つまり……私達が苦労してやったこれまでの事は」

 

「全部……無駄」

 

 自分達で引き起こしたとはいえ、デカイ異変の割に余りにアホらしい結末に輝夜達はその場にへたり込んだ。

 

(へたり込みたいのはこっちだ……あ〜あ、せっかく一夏が私のために香霖堂から貰ってきてくれた剣が……こんな間抜けな結末のために……トホホ)

 

 異変調査組の中で最も損害の大きい(剣をぶっ壊された)千冬は内心凹んでいた。

 

「はぁ〜〜、止めだ止め!こんな事でいちいち落ち込んでたらキリが無いぜ。酒でも飲んで気分転換しようぜ!」

 

 溜息を吐きつつも場の空気を変えようと一夏は声を上げる。

 

「良いわね。一応異変も解決したわけだし」

 

「お前らも付き合えよ、事の発端なんだから」

 

「そうね。結果的にはこれで堂々と地上で暮らす事が出来るんだし、その祝宴っていうのも良いかもね」

 

 輝夜は穏やかな笑みを浮かべながら承諾し、数分後には永遠亭の庭は宴会の会場となるのであった。

 

 

 

 

 

 幻想郷において宴会は人妖問わず惹きつける。

異変解決から一時間もした頃には宴会場には多くの者達が集まっていた。

 

「んぐっ、んぐっ……くはっーー!美味ぇ!!」

 

 杯に注がれた酒を一気に飲み干して一夏は満足そうに笑う。

 

「一夏……お前、私より相当飲むんだな。というか未成年だろお前は」

 

「幻想郷にお酒は二十歳からなんてルールは無いんだよ千冬姉」

 

 呆れ半分驚き半分で千冬は一夏の飲みっぷりを眺めている。

 

 

「にしても私の知らない所で異変が起きていたなんてね」

 

「霊夢、お前は異変の間何してたんだ?」

 

 紅白の巫女服に髪をポニーテールに纏めた幻想郷の巫女、博麗霊夢に魔理沙は訪ねる。

 

「……寝てた」

 

「巫女がそれで良いのか?」

 

「何よぉ、アンタだって何もしてないでしょ」

 

 霊夢と魔理沙は低レベルな言い争いを繰り広げる。

 

 

「ど、どうしたの輝夜……その程度?私はまだまだいけるわよ」

 

「冗談……も、妹紅、アナタだって飲む速度が落ちてるんじゃないの?」

 

 輝夜は個人的に因縁のある藤原妹紅と飲み比べで対戦している。

 

 

「い、一夏さん……お酒、もう一杯お注ぎしましょうか?」

 

「そろそろ日本酒よりもワインが恋しくなってきた頃じゃないの?一夏」

 

「……咲夜さん、いきなり味を変えるのは如何なものでは?(何横槍入れようとしてんのよ!?吸血鬼の犬め!!)」

 

「……あら?同じ飲み物ばかりじゃ流石に飽きると私は思うんだけど?(半人半霊は引っ込んでなさい……!)」

 

 妖夢と咲夜は互いに火花を散らしあっている。

もちろんこんな女の戦いを千冬が何もせずに静観している訳ではではない。

 

「一夏、お前の酒、私の飲んでいる物とは違うな。一口良いか」

 

「ん?良いよ」

 

「そうか、それじゃ……」

 

 千冬は一夏の杯を受け取ってそれに入っている酒を飲む。当然飲み口は一夏が口を付けた場所に合わせてだ。

所謂間接キスである。

 

((……し、しまった!!まさかそんな手を!?))

 

(フッ……甘いな小娘供が)

 

 そして千冬はドヤ顔で二人を見ながら笑みを浮かべた。

なお、千冬は二人の事を小娘と称しているが咲夜はともかく妖夢は千冬より年上だったりする(半人半霊のため寿命が人間より長い)。

結局この後三人は一夏の知らない所で火花を散らし続けるのであった。

 

 

 

 なお、余談ではあるがこの異変から数日後、鈴仙は『月を侵略しようとしている地上人が侵略に失敗し、撤退した』という情報をキャッチしたらしい。



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閑話 千冬の職探し

 それは突然に、しかしある意味当然の事だった。

 

「職を探したいんだが……」

 

 永遠亭での戦いから約一週間が経った頃の朝、千冬は突然そんな話題を切り出した。

 

「どうしたんだよ?藪から棒に」

 

「いや、ココ最近お前の仕事を手伝ってみたが……私、雑用と肉体労働ぐらいしかやれる事無いじゃないか」

 

 千冬が一夏の万屋を手伝い始めて1ヶ月半近くが経った訳だが……千冬がまともに手伝うことが出来る仕事は肉体労働と雑用ぐらいなものだった。

 

一夏と千冬の職務能力比較

 

※(一夏:千冬)

料理・高:低

事務処理・高:普

肉体労働(畑仕事、建築工事など)・高:高

家事手伝い・高:低

雑用(清掃活動など)・高:やや高

 

「↑ほらな……お前より職務能力で私が勝ってる所なんて無いじゃないか……それにそろそろ手に職を付けておきたいし。あと、自分の剣ぐらい自分で買いたい」

 

 結構凹んでいる千冬だったりする。

流石にこれでは姉の面目が立たない。

ちなみに前回の異変で鈴仙に壊された剣は修復不可能なため新しく買いなおす他無かった。

 

「メタ発言はともかく、まぁ良いんじゃない?」

 

 まさかのメタ発言に若干引きながらも一夏は千冬の意見に賛成する。

 

「しかし、仕事かぁ……千冬姉に出来そうなのっていえば……」

 

 

 

 一時間後 香霖堂

 

「つーわけで霖之助、お前の所で雇ってもらうの、ダメカナ?」

 

「ダメダヨ♪」

 

 とりあえず数少ない同性の友人に聞いてみたがダメだった……。

一夏と会話する眼鏡をかけた男の名は森近霖之助。

妖怪と人間のハーフであり、魔法の森の近くで古道具屋「香霖堂」を営む青年だ。

 

「やっぱ無理か……」

 

「うん、ゴメン。いやね、君には結構世話になってるし、期待にこたえてあげたいのも山々なんだけどさ、こっちも僕一人でやってくので精一杯だし」

 

「だろうなぁ。掘り出し物は一握りであと全部ガラクタだし」

 

 そう言って一夏はぐるりと店内を見回す。

店の中にあるのはストーブ、本、コンピュータなどの人間の使う日用品から人魂灯、河童の五色甲羅などの妖怪用のものまでさまざまなものが揃っている。

しかし幻想郷の人間から見て実用的な物はあまり無い。

あってもその何割かは非売品だ。

 

「ガラクタって……君も言うようになったね。っていうかそういう所魔理沙に似てきたよ、本当に」

 

「じゃあ文句は魔理沙に言ってくれ」

 

 男二人が軽口を叩き合う中、千冬は壁に飾られたある物を凝視していた。

 

「打鉄のブレード……か。こんな物までこっちに流れているとは」

 

 訓練用IS『打鉄』の武器である近接戦用のブレード。

破損してスクラップ行きになったものが幻想郷に流れ着き、それを修復した物が飾られている。

 

「自分の犯した罪は忘れるべきではないという事か……」

 

 一夏との生活の中、目まぐるしくも充実した日々に薄れ掛けていた自分の罪の記憶が蘇る。

どう足掻こうも自分は罪人。その罪を償うまで……いや、罪を償った後も罪と向き合う事を忘れてはならないのだと目の前の剣がそう自分に言っている…………千冬にはそう感じた。

 

 

 

「結局収穫無しか……はぁ〜〜、外界で無職なら幻想郷でも無職なのか私は」

 

 香霖堂を出た後、二人は人里でいくつか(千冬に出来そうな)仕事を探してみたものの結果は全敗。

人里には自営業が多く、事務職を必要とする仕事が少ないため真っ先に断念。

建設や工事などの仕事も最近は需要が低く、人を雇う余裕が無かった。

料理店などは空きがあるが千冬のステータス的な問題でその手の場所への就職は不可能。

結局良い結果が出せず、休憩に入った甘味処で千冬は肩を落とす。

 

「ま、そう気を落とすなよ千冬姉。その内良い仕事が見つかるよ。っていうか俺の所で働いているんだし無職じゃないじゃん」

 

「それでもだ……弟がしっかり働いているのに姉である私がこんな様では正直情けなくて、辛い」

 

 拳に軽く力を込めながら千冬は表情を曇らせる。

そんな千冬を一夏は何も言わずに見守る。一夏も中学に通っていた頃は一人働く姉を眺めながら何も出来ない自分を歯痒く思っていたため今の千冬の気持ちは痛いほど解るものだった。

しかも弟である自分に養われている分その歯痒さは自分よりも強いだろう。

 

「ん?一夏じゃないか」

 

 甘味処に入ってきた一人の女性が一夏に声をかけてくる。

常連客の上白沢慧音だ。

 

「おお、慧音か。こんな時間に珍しいな、寺子屋はどうした?」

 

「今日は休みだ。最近は人手不足で休む間が無かったから、久しぶりにのんびり団子でも食べようかと思ってな」

 

「人手不足……そうだ!何でその手に気付かなかったんだ!?」

 

 『人手不足』……慧音が何気なく発したこの言葉に一夏は過敏に反応した。

 

 

 

数日後 寺子屋にて

 

「先生ー、この漢字どう読むの」

 

「ん、どの漢字だ?」

 

 生徒の一人が新任の教師に質問をする。

教壇に立つ教師はそれに応じ、ゆっくりとその生徒に歩み寄る。

 

「これ、この字」

 

「どれどれ、これはだな……」

 

 少女の質問に新任の教師、織斑千冬は柔らかな表情でそれに答える。

そんな光景を一夏と慧音は窓からこっそりと覗いていた。

 

「千冬姉、良い感じだな」

 

「ああ、流石はお前の姉だ。まだ未熟な所はあるが教師の資質は十分だ」

 

 寺子屋の教師……それが千冬の就職先だ。

一夏は寺子屋の人手不足を知るや否や慧音と寺子屋の面々に頭を下げて千冬を教師として雇うよう頼み込んだ。

千冬の方は仮にも以前テロ同然の事をした自分が教育者になる事に不安を抱いていたが、『過ちを犯した事があるからこそ子供達に同じ過ちを起こしてはいけないという事を教えてほしい』という慧音からの説得で教職に就いたのだった。

 

「ま、色々手間が掛かることもあると思うけど千冬姉の事よろしく頼むぜ、慧音」

 

「ああ、任せておけ。……それより、お前仕事はしなくていいのか」

 

「ちょっと休憩してるだけだ、今から戻るよ。あ、あとこれ千冬姉の弁当だから渡しといてくれ」

 

 一夏は慧音に弁当を手渡すと依頼人の下へ飛び去っていった。

 

「まったく……姉弟なのに、これではまるで夫婦だな。どっちが主婦(主夫)だか分からんが……」

 

 飛び去っていく一夏を尻目に慧音は苦笑いしながら寺子屋の中へ戻っていくのだった。



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風神録
外界から来た強敵!?一夏ラヴァーズ全員出動!!


 季節は秋。人里は収穫期で賑わい、来るべき冬に備えている。

秋といえば食欲の秋、芸術の秋、スポーツの秋とさまざまなイメージがあるがそんなものとは全く無縁の騒動が今起きようとしていた……っていうかもう起こっていた!!

 

「はぁ〜〜?営業停止命令?」

 

「そうなのよ……頭来ちゃうわよ、まったく!」

 

 博麗神社の巫女、博麗霊夢は一夏、千冬、魔理沙を博麗神社へ呼び出し、愚痴っていた。

話の内容を要約すると……

『突然現れた謎の巫女が妖怪の山に神社をおっ建てて博麗神社に営業停止と自分達の傘下に入るよう迫ってきた。』

……との事である。

 

「しかし、いきなり現れて営業停止を強要するとは随分な話だな」

 

 愚痴る霊夢に呆れた視線を向けつつも一夏はいきなりの営業停止勧告に表情を顰める。

 

「それで、お前はどうするつもりなんだよ?」

 

「決まってんでしょ。これから皆で山に行ってその神社の神様に文句……じゃなくて話しを付けに行くのよ!」

 

 魔理沙の問いに憮然とした態度で答える霊夢。

しかしその言葉に千冬が反応する。

 

「ちょっと待て。皆でって、何で私達が頭数に入っている?」

 

「え〜〜、だって妖怪の山ってさぁ、雑魚とか結構多いし。神社に着くまでに体力使ってそれでやられちゃったら本末転倒でしょ?」

 

「素直に例の巫女と神以外と戦うのが面倒だと言ったらどうだ?」

 

「ギクッ……」

 

 霊夢の見え見えの言い訳に千冬の鋭い突っ込みが突き刺さる。

完全に図星を突かれたようだ。

 

「言っておくが私は行かないぞ。にとりの奴には世話になってるからアイツに迷惑は掛けられん」

 

「あー、そういやそうだったわね。まぁ、良いわ。さすがにそういう事情じゃ無理強いできないし……一夏と魔理沙は?」

 

「私は良いぜ。山の方って何か面白そうだから一回行ってみたかったしな」

 

 魔理沙は簡単に承諾。

 

「う〜ん、俺もにとりには迷惑かけたくないけど……溜まり場が無くなるのも嫌だし、一応行くか(お前らに任せてたら穏便に済むものも済まなくなるかもしれない)」

 

 一夏も渋々行く事を決める。

 

「そういえば、その営業停止を迫ってきた巫女ってどんな奴なんだ?」

 

 同行者が決定し、魔理沙は霊夢に騒動の原因となった少女について訊ねる。

 

「そうね…歳は私や一夏と大して変わらない……いえ、一夏より1〜2歳上ぐらいかしら?髪は緑のロン毛で蛙と白蛇の髪飾りをしてたわね」

 

「……!?」

 

 巫女の容姿の特徴を聞き、千冬は突然音を立てて立ち上がった。

 

「千冬姉?」

 

「(緑の髪に蛙と白蛇の髪飾り、その上巫女だと?……ま、まさか!?)……気が変わった。私も行く」

 

 突然立ち上がった千冬は先程と真逆の言葉を口にした。

 

「「「は?」」」

 

 突然180度意見を変えた千冬に三人は声を揃えて目を点にする。

にとりに恩があるにも関わらずこうも千冬が簡単に意見を変えるなど普通はありえない話だ。

それを差し引いても意見を変えなければいけない理由とは一体何なのだろうか?

 

「その話、聞かせてもらったわ」

 

「私達も一緒に着いて行きます!」

 

 そして更に、突如として神社の境内から何者かの声が聞こえてくる。

 

「さ、咲夜に妖夢!?」

 

 声の主は咲夜と妖夢。

しかも二人の表情は途轍もなく真剣だ。

 

「お前等……一夏、悪いが少し席をはずす。お前等、ちょっと裏まで来い」

 

「ええ、良いわ」

 

「こっちもその必要があると思ってましたしね」

 

 三人はそのまま神社の裏へ向かった。

 

 

 

「お前等……何故ココに?」

 

 裏庭に集まり、千冬は二人に話を切り出した。

 

「勘よ、女の勘。でもそれはアナタ達も同じでしょう?」

 

「ええ、どうにもとんでもない強敵が出てきそうな気がして」

 

 千冬の問いに二人は真剣な面持ちで口を開く。

傍から見れば色々と突っ込み所満載な会話かもしれないが彼女たちにとってコレは非常に重大な会議だ。

 

「そしてさっきの霊夢の言葉に対するアナタの反応……恐らくアナタはその強敵になりうる存在の事を知っているかもしれない……」

 

 咲夜が目を鋭く細める。

そんな彼女に千冬は静かに頷く。

 

「これは可能性でしかないのだが……山に現れた神社の巫女は私達同様外界から来た人間かもしれない。そして、もし私の勘が正しければその巫女は…………一夏の幼馴染だ!」

 

「「な、なんだってーーーーー!?」」

 

 

 

 

「神奈子さま、ただいま戻りました」

 

 妖怪の山山頂にそびえ立つ神社『守矢神社』。

博麗神社よりも立派な作りをしたその神社の中に巫女服を着た少女が入り、奥の部屋に座る注連縄を背負った女性に頭を下げ、口を開く。

 

「首尾の方は?」

 

「はい、ほぼ順調です。ただ……」

 

「ただ?」

 

「例の博麗神社の巫女はこちらの交渉に応じる気は無いようです。もしかしたらこちらに直接出向いてくる可能性も……」

 

 巫女服の少女の言葉に注連縄を背負った女性……山の神、八坂神奈子は立ち上がり、少女の方を向く。

 

「ま、来るだろうねぇ。そうでなければ断る訳ないだろうし……早苗、もうすぐ戦う事になるかもしれない。心の準備をしておきな」

 

「はい!」

 

 静かだが厳かな雰囲気を持つ神奈子の声色に守矢神社の巫女……東風谷早苗はしっかりと返事をする。

 

(これから私はこの幻想郷の住人になって、信仰を取り戻す……この守矢神社の巫女としてしっかり頑張らないと!)

 

 これから始まる戦いに早苗は気合を入れて部屋の隅に飾られた写真立てに近づく。

 

「身勝手なお願いかもしれないけど、天国で見守っていてね……一夏君」

 

 写真立てに入っている写真には幼い頃の早苗と二人で並ぶ幼き日の織斑一夏の姿が写っていた。

 

 

 

 

 そして所変わって博麗神社の裏庭。

千冬は自分が感じた予感を咲夜と妖夢に語り終えていた。

 

「つまりその早苗って娘は一夏の1歳年上の幼馴染で……」

 

「私達と同じ様に一夏さんに好意を抱いていると?」

 

「ああ、一夏が7歳の頃、親の実家である諏訪の神社に引っ越してそれっきりだったんだが……外界に居た頃は年に2〜3回は手紙が来ていた」

 

 千冬が苦虫を噛み潰したような表情で説明する。

遠距離恋愛は成功しないと世の人は言うがどんな事にも例外はある。

7歳から一夏が外界で行方不明になるまで早苗が手紙を送らなかった年は無かった。

これは早苗が一夏への想いを失ってない証拠だ。

 

「こうなってしまった以上、手は一つですね」

 

「その巫女が早苗って娘だとしたら一夏を単独で会わせる訳にはいかないわ!」

 

「あの天然超S級フラグ建築士の一夏さんが単独で幼馴染と会おうものなら……しかも相手は一夏さんを死んだと思ってるからその場の勢いで告白されるなんて事になる可能性も……」

 

 思わずその光景を想像してしまう。

もしも率直に「好きです!付き合ってください!」なんて言われてしまえば超朴念仁な一夏といえども理解してしまうのは確実。

そしてそれが実現してしまったら自分達が抑止力にならないと本当に一夏が奪われてしまう。

話が飛躍しすぎな気もするが彼女達は至って真剣なのだ。

 

「こうなったら……非常に不本意だが」

 

「やるしかないわね」

 

「私達3人が手を組んで東風谷早苗への抑止力になる!!」

 

 妖夢のその言葉に二人は頷き、三人は皆その右手を重ねあう。

 

「言っておくがお前らと馴れ合う気は無いぞ。抜け駆け禁止なんて甘っちょろいルールを作る気も無い」

 

「上等よ。あくまでもこの共同戦線は共通の大敵に一夏を奪われない為のもの」

 

「私達が敵同士という事実に何の変わりもない。……ですが」

 

「「「今は一夏の貞操を守るために!!」」」

 

 今、三人の恋する乙女の心が一つとなった!!

 

織斑一夏、織斑千冬、博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、魂魄妖夢

以上6名、妖怪の山へ出撃!!



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妖怪の山、(愛の?)死闘劇

 博麗神社の営業停止を巡り、妖怪の山へとやって来た一夏達6人。

一夏的には出来るだけ穏便に済ませて山の妖怪や神々に迷惑をかけたくないと思っていたのだが……。

 

「このぉぉ!!!」

 

「『秋符・オータムスカイ!』」

 

「『厄符・バッドフォーチュン』」

 

 紅葉の神・秋静葉、豊穣の神・秋稔子、厄神・鍵山雛……彼女達は皆、山に住む神々だ。

山の奥へ入ろうとする一夏達を止めに入った彼女達だったが山頂の守也神社に用がある霊夢達がそんな制止を聞くはずも無く、結局力ずくで通る通さないという話になってしまい現在のように戦っているわけであるが……。

「邪魔をするな!『斬符・樹鳴斬!!』」

 

「フニャアァッ!?」

 

「鬱陶しいわね……!『ミスディレクション!!』」

 

「ミギャァッ!!」

 

「そこをどけ!『人符・現世斬!!』」

 

「キャァァ!!」

 

 一夏への想いによる補正を受けて集中力が大幅にアップしている恋する乙女達にとって大した敵ではなかった。

今の彼女たちにとっては最早相手が神だろうが何だろうが関係無い。一夏への想いのみで動く彼女達にとって神も悪魔も等しく無意味。邪魔するならば排除するだけである。

 

「穏便に済むはず無いんだよなぁ、結局。……せめて、にとりには迷惑かけないようにしとくか」

 

 姉と友人による文字通り神をも恐れぬ行為に一夏は頭を押さえながら溜息を吐いた。

 

「一夏ぁ〜〜、千冬ぅ〜〜」

 

「ん?にとり!?」

 

 突然声を掛けられ、声が聞こえた方向を向くとそこにいたのはある意味今最も会いたくない人物、河城にとりであった。

 

 

 

 

 一方で山の妖怪達は混乱の真っ只中であった。

突然山頂に湖ごと現れた神社、そしてその神社に祀られる神とそれに仕える巫女。

現在山で最古参の妖怪である天狗の長、大天狗が彼女らと交渉中であるが、そんな中起きた部外者の侵入。

そのため山には警戒態勢が敷かれ、山に所属する妖怪の多くは哨戒任務などを命じられている。

 

そしてその警戒態勢は此処、九天の滝も例外ではない。

 

「〜〜♪」

 

 しかしそんな中、一匹の烏天狗、射命丸文は呑気に滝近くにある大木の木陰で寝そべるような体制のままふわふわと浮遊していた。

 

「文さん、何呑気に寝てるんですか!侵入者はもうかなり近づいてるんですよ」

 

 白狼天狗の少女、犬走椛は文を見つけるや否や怒鳴りつける。

そんな椛に対し、文は面倒臭そうに起き上がる。

 

「侵入者って言ってもねぇ……一夏さんもいるんでしょ?あの人ウチの新聞取ってくれてるから戦い辛いのよねぇ」

 

「それを言ったら私だって一夏さんには面識がありますよ……けど上からの命令ですからね」

 

 一夏の話題になって二人揃って溜息を吐く。

文は本業である新聞記者の仕事で、椛は友人のにとりを経由して一夏と知り合っており、それなりに友好的な関係だったりする。

故に今回の侵入者の一人が一夏である事を知り、内心迷いがあった。

 

「ま、一人二人押さえりゃ言い訳は立つんだし、適当にやりゃあ良いのよ。元は向こうが撒いた種だし」

 

「そういうのは口に出さないでください……そろそろ持ち場に戻らないといけませんから、文さんもさっさと準備してくださいよ」

 

 やる気の全く無い文の言葉に椛は呆れながらも否定する事なく、そのまま持ち場へと戻っていった。

 

 

 

 一方一夏達は……。

 

「なるほど。それじゃあその神社の連中が突然やって来て山頂に陣取ってこの騒ぎって事か」

 

 にとりに案内され、渓谷へとやって来た一夏達は先程の戦闘で戦った雛達の手当てをする傍らでにとりによる山の内情の説明を聞いていた。

 

「うん、それで山の妖怪達は皆ピリピリしちゃって。雛達が一夏達を止めようとしたのもそれが原因でしょ?」

 

「ええ、今の山はいつも以上に危険だから……と言っても結果はこの有様だけどね」

 

「「「う……ゴメンナサイ……」」」

 

 戦った相手が別に自分達に敵意を抱いてないと(今更ながら)知り、千冬達は素直に謝罪する。

 

「だけど、まさか早苗姉ちゃんがこっちに来てるなんて……っていうか千冬姉それに気付いて行く気になったの?」

 

「ああ、まぁな……確証は無かったがな。だがこれで確信に変わった」

 

「確かに、友達(ダチ)同士の土地の奪い合いなんて見たくないしな」

 

「う、うむ……まぁな……(言えない、お前を巡る恋のライバルを抑えるために来たなんて……)」

 

 一夏の純粋な考えに千冬は内心後ろめたさを感じ、目を逸らしながら適当に答えた。

 

「とにかく、事を解決するにはやはり山頂に行くしかないみたいだし、さっさと行こうぜ」

 

「そうね。向こうが降りてくる気が無いならこっちから乗り込んでやろうじゃない」

 

 魔理沙と霊夢を筆頭に一夏達も次々に立ち上がる。

 

「この先をまっすぐ行けば九天の滝だから、そこを越えれば山頂だよ。私は道案内までしか協力出来ないけど、気をつけてね。……あと、なるべく天狗様達とは揉めないで……」

 

「分かってるよ。まぁコイツ等が一緒だから約束は出来ないけどな」

 

 にとりからの忠告に苦笑いしつつ、一夏達は九天の滝を目指したのだった。

 

 

 

 九天の滝・最上部

 

「全員配置につきました。いつでも迎撃できます。……文さん、こんな時にカメラの手入れなんてしないでくださいよ……」

 

 緊張感の欠片も見せずにカメラを磨く文を見て椛はまた溜め息を吐く。今日だけでもう何回目の溜息なのか分からない。

 

「堅い事言わないの。来た時にマジになりゃ良いのよ」

 

 呑気に構える文とそれに呆れた視線を向ける椛。

しかし直後に2人の表情を真面目なものに変える事となる。

 

「!……文さん」

 

「!?……来たのね?」

 

 椛の嗅覚と能力が侵入者たちの匂いを嗅ぎ取る。

その数は6人。一目散にこっちに向かっている。

 

「滝には妖精や他の天狗も哨戒に出ているのに……」

 

「あややや、こうも簡単に突破するなんて流石は一夏さんとそのお仲間。さ〜てと……椛、気ぃ抜かないようにね。じゃないと怪我するわよ」

 

「分かってますよ」

 

 二人が気を引き締めた直後、侵入者……織斑一夏達はその姿を現した。

 

「文に椛……やっぱりお前等もいたのか」

 

「ええ、まぁ……ある意味不本意な形ですけどね」

 

 覚悟してはいるものの望まぬ形での出会いに一夏は内心苦々しく感じる。

勿論それは文と椛にも言える事だが……。

 

「不本意だって言うならそこを通して欲しいんだけど?」

 

 一夏と文の会話に霊夢が口を挟んだ。

霊夢からしてみれば天狗と喋っている所で埒が明かないので若干イラつきを見せ始めている。

 

「通るのは良いですけど……私達にも立場がありますからねぇ……こっちも追い返しもしないで通すってワケにはいかないんですよ。というわけで、一つ提案なんですが……誰か二人程ココに残って私達と戦ってくれませんか?」

 

 文からの思わぬ提案に一夏達は一瞬面くらい、顔を見合わせる。

しかしすぐにその提案の裏を察し、文へと向き直る。

 

「なるほどね、私達の誰かを抑えておけば一応の体裁は保てるってワケ?」

 

「そういう事。で、誰が相手になってくれるの?」

 

(だからそういう事大声で言わないでくださいよ……)

 

 霊夢の言葉をあっさり肯定する文。

そんな文に椛はがっくりと肩を落とす。

 

「そういう事なら、私がやるわ。烏天狗のスピードは相当なものらしいから、能力的に私が一番適任な筈よ」

 

「じゃあ私は白狼天狗と戦います。私と同じ剣士のようですし」

 

 名乗り出たのは咲夜と妖夢。

二人は前に出て「此処は任せろと」言うように武器を構えて臨戦態勢に入る。

 

(ちょっと気に入らないけど、東風谷早苗への牽制はアナタに任せるわ)

 

(他人の私たちより、肉親のアナタの方が適任ですからね)

 

(お前ら……感謝する)

 

 千冬のみに聞こえるように咲夜と妖夢は小声で声を掛ける。

そんなライバル二人の行動に千冬は感謝の意を示す。

 

「こっちを片付けたら私達もすぐに行きます。行ってください!!」

 

「スマン、頼むぞ咲夜、妖夢!!」

 

 二人に礼を言いつつ、一夏達は山頂目掛けて飛び立って行った。

 

 

 

「さてと、私達もさっさと山頂に行きたいから……悪いけど、本気で行くわよ」

 

 一夏達が山頂へ向かったのを見届け、咲夜は文、妖夢は椛とそれぞれ対峙する。

 

「紅魔館のメイド長に白玉楼の半人半霊……一夏さんと戦わなくて済む代わりに厄介なのと戦うことになっちゃったわね」

 

「まったく、結局私まで文さんの口車に乗せられる羽目に……。こうなったら意地でもココを通しませんよ!」

 

「なら私は意地でも通るまでよ!!」

 

 四人は会話を終えると同時に各々の相手に飛び掛った。

 

 

 

「ッ!」

 

 真っ先に動いたのは咲夜だ。

咲夜の手から銀製のナイフが文目掛けて放たれる。そのスピードはかなりのものだ。

 

「!?」

 

 ナイフが咲夜の手を離れたその刹那、文は目を見開く。

咲夜のナイフはその数を何十本にも増やし、その全てが文に襲い掛かる。

 

(なるほど、これが例の能力ね……ちょっと厄介かも)

 

 咲夜の能力『時間を操る程度の能力』……咲夜はこの能力を用いて一瞬のうちに多数のナイフを同時に投げているのだ。

 

「だけどこの程度じゃ!」

 

 即座に回避行動に移る文。

それと同時に手に持つ団扇で風を操りナイフを吹き飛ばし、咲夜目掛けて跳ね返す。

 

「ならこれはどう?『ミスディレクション!!』」

 

 跳ね返されたナイフを避け、即座に時間を止めて回収した咲夜は再びナイフを投擲する。

風で吹き飛ばそうとする文だがナイフは所々で軌道が変化し風を避けるように文に接近する。

 

「なんの!」

 

 しかし文は表情に余裕を浮かべ、凄まじいスピードでナイフを回避し、妖気弾でナイフを撃ち落す。

 

「一本だけに気を取られていいのかしら?」

 

 だがそんな文の動きを読むかのように別のナイフが文の背後から襲い来る。

 

「あややや、危ない危ない」

 

 しかしその攻撃にも文は動じない。

ナイフを回避しながら咲夜に妖気弾を放ちながら一気に接近し、畳み掛ける。

 

「チッ……!!」

 

「!?……こりゃ接近するだけ無駄ね」

 

 面倒臭そうにぼやく文。

彼女が口を開いたとき、咲夜の姿は文の視界から消え失せ、その姿は文の後方にあった。

 

「時を止めるその能力……やっぱり厄介ね」

 

「そっちこそ、流石は幻想郷の古参妖怪……その速さじゃナイフを当てるのにも苦労しそうね」

 

 両者苦笑いを浮かべたまま睨み合い、再び向かい合う。

 

「仕切り直しよ。もう小手調べは無しで行くわ」

 

「それじゃあ、こっちも久々に真面目に戦おうかしら?」

 互いに身構え、魔力と妖力を高める。

戦いはまだ始まったばかりである……。

 




次回予告

遂に守矢神社に辿り着いた一夏達。
一夏は早苗との再会を果たし、博麗神社から手を引くよう説得するが信仰獲得のためもう後に引けない早苗と意見は対立してしまう。
奇跡の力を持つ早苗に一夏はどう立ち向かうのか?

次回『感情と責務の間で』


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感情と責務の間で(前編)

「はぁぁぁ!!」

 

「せやぁぁぁ!!」

 

 妖夢と椛、二人の刀がぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。

 

「ググ……やるわね、白狼天狗」

 

「クッ……そっちこそ、亡霊にもこれ程の使い手が居たなんて」

 

 苦悶の表情を浮かべつつもお互いに相手への賛辞を口にし、二人は力比べの体勢で押し合う。

そして直後に二人はお互いに飛び退き、距離を取り合う。

 

「喰らえっ!」

 

 椛の剣から『の』の字を描くように妖気の弾幕が展開され、妖夢に襲い掛かる。

 

「クゥッ、この程度の弾幕!」

 

 降り注ぐ弾幕を妖夢は素早く回避、或いは刀で弾き、弾幕を防ぎきる。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 弾幕と共に椛は一気に距離を詰め、袈裟切りの要領で斬りかかる。

 

「っ!」

 

 咄嗟に刀で防ぐ妖夢だが、直後に椛は妖夢の背後を取り、刀を振り被る。

 

「必殺、『の』の字斬りぃ!!」

 

 直後に再び妖夢を襲う斬撃。その円を描く軌道の刀の動きと先程の袈裟斬りと併せれば正にその切り口が平仮名の『の』を描く様な技だ。

 

「チッ……クソッ!!」

 

 避ける暇が無いと判断し、妖夢は鞘に納まるもう一本の刀剣を抜き、何とかガードした。

 

「っ!(……今のを防ぐなんて)」

 

「お返しだ!」

 

 カウンター気味に刀を振り下ろす妖夢。椛は間一髪盾で防ぐが鋭い斬撃が盾を通して衝撃となり椛を襲う。

 

「痛っ……防いでこの威力なんて……」

 

 手に伝わる鈍痛に顔を顰め、椛は内心苦戦を予感したのだった。

 

 

 

 場所は変わり山頂の守矢神社。

神社の巫女、東風谷早苗は侵入者の来襲を予感し、一人境内で侵入者たちを待ち構えていた。

 

「……来た!」

 

 迫り来る複数の気配を感じ取り、早苗は身構える。

 

(この霊気は博麗の巫女……他にも数人。来るなら来なさい、ココで決着をつけてアナタの神社を傘下に収めてみせる!)

 

「ようやく見つけたわ。こんな場所に神社をおっ建てるなんてね」

 

 真っ先に現れたのは霊夢だ。

来て早々に率直に守矢神社を見た感想を漏らす。

 

「博麗の巫女…アナタの方から来てくれるなんて、神社を明け渡す気になりましたか?」

 

「冗談言わないで貰える?私がそんな真似する訳無いでしょ」

 

 挑発的に問う早苗に霊夢は表情を顰めて答える。

 

「そう、ならココで決着をつけて改めて神社を頂くわ。そしてこの山を手中に収めれば幻想郷中の信仰心は守矢神社のもの」

 

「はぁ?幻想郷中の信仰って、アンタ他の神様皆敵に回す気!?」

 

 早苗の言葉に霊夢は驚き半分呆れ半分といった反応を見せる。

信仰は神にとって力の源、それを独占などすれば神々のパワーバランスは確実に崩れる。

巫女である霊夢にとってそれがどれだけ大変なことかは簡単に理解できる。

 

「これは幻想郷のためでもあるのですよ。今の信仰が失われた状態が続けば幻想郷は力を失います」

 

「そうなる前に信仰を集めて、他の神様と妖怪達を治めようって腹積もりか?」

 

 早苗の返答に魔理沙が現れ、納得したような表情を見せる。

 

「しかし、そのために地上げ紛いの事をやるというのは気に入らんな」

 

「あ、アナタは……!?」

 

 魔理沙に続いて現れた者の声と姿に早苗は驚愕する。

目の前に現れた女性、それはかつて外の世界で最強と謳われ、今は行方不明となっている筈の女性、織斑千冬その人だ。

 

「妖怪の山と手を結ぶのも、信仰を集めるのも自由だ。だけど、他の神社の在り方をどうこう言う権利は無いんだぜ」

 

「!!……い…いち、か…君?」

 

 そして早苗は自分にとって最も衝撃的な人物の姿を目にする。

忘れるはずも無い、自らの想い人……織斑一夏の姿を。

 

「久しぶり、早苗姉ちゃん」

 

 あまりの衝撃に早苗は開いた口が塞がらない。

死んだ筈の想い人にその姉が目の前に現れたのだ。早苗にとってその事実は特大のダブルショックとも言える事だ。

 

「一夏、くん……一夏君っ!!」

 

 しかしその衝撃が再会の喜びに変わるのに大した時間は掛からず、早苗は堪らず一夏に抱きついた。

 

 

 

 

 その頃、九天の滝では……

 

((っ……何?この込み上げてくる怒りは!?))

 

 咲夜と妖夢……二人は突然言い様の無い怒りが込み上げてくるのを感じた。

 

「ホラホラぁ!余所見してると怪我するわよ!『幻想風靡!!』」

 

「これで決めます!『狗符・レイビーズバイト!!』」

 

 突然動きを止めた二人に必殺のスペルカードを以って襲い掛かる文と椛。

しかし、彼女達は気付いていなかった。今の咲夜と妖夢に手を出す事がどれだけ危険な事かに……。

 

「……『幻葬・夜霧の幻影殺人鬼』」

 

「……『人鬼・未来永劫斬』」

 

 静かに、しかしその瞳の奥に圧倒的な威圧感を携え、咲夜と妖夢はスペルを発動させる。

 

「へ?」

 

「え?」

 

 思わず間抜けな声を漏らしてしまう文達。

彼女達の顔が恐怖に引き攣るのはこの後、約0,5秒後の事である。

 

「「東風谷……早苗ぇぇぇぇぇ!!!!」」

 

「「ひにゃああああーーーーーーー!!!?」」

 

 咲夜のナイフと妖夢の刀、それぞれ形は違えどその凄まじい斬撃の嵐が二人の天狗を飲み込み、嬲り、そして滅する。

今この場に居るのは完璧で瀟洒なメイド長でも白玉楼の庭師でもない。

たった一つの想いを背負う恋する乙女という名の阿修羅……それが今の二人だった。

 

「妖夢……行くわよ」

 

「……ええ」

 

 口数こそ少ないが咲夜と妖夢は何者をも寄せ付けないオーラを放ちながら守矢神社へと歩き出した。

 

 

「ブファッ!!ゼェゼェ……な、何だったんですか今のは?」

 

 撃墜された椛はズタボロになりながらも滝壷から這う様に抜け出しながら先程自分の身に起きた事を理解できずに声を上げる。

その隣では文がやつれた表情で椛と同じように滝壷から抜け出していた。

 

「よ、よく解んないけど…戦闘力が急激に上がったわ。な、何が彼女達をああまで強く!?……こ、これは新聞の良いネタになる…身体が治ったらすぐに取材を……」

 

 痙攣する身体で文は懐からメモ帳(防水仕様)を取り出し震える指でメモを取る。

その姿は外界の星型の痣を持つ主人公が部数を追うごとに世代交代していく奇妙な冒険な某漫画の第4部に登場する漫画家を髣髴とさせるものであった。

 

 

 

 

そして当の守矢神社では……

 

「それじゃあ…その時に一夏君はこっちに?」

 

「うん…そんな所。で、こっからが本題だけど……博麗神社から手を引いてくれ」

 

 真剣な眼差しで本題を切り出す一夏。

そんな一夏に早苗は苦々しい表情を浮かべる。

 

「それは……「出来ないねぇ、悪いけどさ」神奈子様!?」

 

戸惑う態度を見せる早苗に代わり、突如として守矢神社に祀られし神、八坂神奈子が現れ一夏の申し出をキッパリと断る。

 

「早苗の馴染みのようだから穏便に済ませたいけど、こっちも信仰を取り戻すために形振りかまってられないんでねぇ。どうしてもというならココで一戦交えるしかないわね」

 

「あ、そう。それならこっちとしても話が早くて助かるわ。おまけに親玉自ら出てきてくれるとか後から探す手間も省けるし」

 

 神奈子突然の登場に一度は驚くも霊夢はすぐに普段の調子を取り戻して臨戦態勢に入る。

 

「今更かもしれんが俺達は話し合いに来たんだが……」

 

「あきらめろ一夏。霊夢や私みたいな人種は基本的に弾幕戦が話し合いみたいなもんだぜ。そっちの巫女も退く気は無いんだろ?」

 

 溜息を吐く一夏の肩をポンと叩き、魔理沙は早苗の方に目を向ける。

 

「はい……私だって一夏君と争いたくないけど、守矢の巫女としての義務があるから。全力でアナタ達を迎え撃ちます!!」

 

 魔理沙の視線の先にいる早苗は多少の悲壮感を出しながらも覚悟を決めた表情を見せ、霊力を高める。

 

「っ……分かった、早苗姉ちゃんの相手は俺がする。そっちの神様は霊夢達で勝手にやってくれ」

 

 早苗の覚悟を前にして一夏も覚悟を決めて向かい合い、身構える。

 

「おい、良いのか一夏?私が代わりに戦っても良いんだぞ」

 

「大丈夫。むしろ幼馴染だからこそ止めたいんだ。俺自身の手で」

 

 覚悟を決めているとはいえ幼馴染と戦わせる事に抵抗を感じたのか千冬は一夏に声を掛けるが一夏はそれを断る。

一夏もこれまでに異変に立ち向かう中で多くの犯人やその従者達と出会い、戦ってきた。

その中にはそれ相応の覚悟や使命感を持つ者もいた。

早苗の目はそんな『覚悟を決めた者』の目だ。ならば自分もそれなりの覚悟を以って向かい合うべき……一夏はそう思っていた。

 

「神社を巻き込むわけにはいかないわ。場所を移しましょう」

 

「ああ、好きにしな」

 

 互いに睨み合いながら飛び立ち、その場を離れる一夏と早苗。

その場には千冬、霊夢、魔理沙、神奈子の4人が残った。

 

「さ〜て、こっちもこっちでさっさと始めようじゃないか。誰から来る?何なら3人纏めてでも構わないけど」

 

「随分嘗めてくれるじゃない。神の力だけで幻想郷の頂点にでも立ったつもり?私が相手になるわ。外野二人、手ぇ出したら夢想封印喰らわせるわよ」

 

 挑発的な神奈子の態度に霊夢が前に出る。

そんな霊夢に千冬と魔理沙は少々不満顔を見せる。

 

「おいおい、私こっちに来てまだ活躍してないぜ」

 

「私も少々暴れ足りないんだが(あの小娘(早苗)……一夏に抱きつきやがって!私だって中々抱きつけないんだぞ!!)」

 

「じゃあ私が相手してあげるよ」

 

 戦意を見せる千冬と魔理沙に掛けられる少女らしき声。同時に何者かが飛び出す。

長めの金髪に目玉のような飾り(?)の付いた帽子を被った少女だ。

 

「諏訪子、もう目覚めたのかい?」

 

「まぁね。いやぁ〜、なかなか強そうな人間がこんなに集まるなんて珍しいじゃないの。私も戦わせてもらうよ、幻想郷(こっち)に来るまでずっと寝てて退屈してたし。それにココは本来私の神社だから戦う権利もある」

 

 突如現れ、神奈子とフレンドリーに会話する少女……彼女の名は洩矢諏訪子。

守矢神社における本来の主である土着の神だ。

 

「ま、構わないさ。私の相手は決まってるからそっちの二人は譲るよ。さぁ来な、博麗の巫女」

 

「上等じゃない。決着つけてやるわ!」

 

 神奈子に促されるように霊夢は神奈子と共に湖の方へ向かっていった。

 

「それじゃあ、そっちの魔法使い。私たちはこっちで神遊びと洒落込もう」

 

「おい!私は無視か!?」

 

 勝手に対戦相手の枠からはずされ、千冬は憤慨したように声を上げるが諏訪子はそんな声など何処吹く風といった感じに魔理沙に目を向けながら場所を移す。

 

「よーし、相手にとって不足は無いぜ!」

 

 魔理沙は魔理沙で指名されて上機嫌で箒に乗って諏訪子を追う。

 

「おいちょっ、待て!」

 

「しょうがないなぁ。じゃあハイ」

 

 千冬の声に諏訪子は立ち止まり、地面に自らの霊力を流し込む。

それに呼応するように地の一部が音を立てて盛り上がり、やがて土の人形へと姿を変えた。

 

「これは!?」

 

「これは私の能力(ちから)で作った人形、それでも相手にしてなよ。最もブリュンヒルデと持て囃されて力に溺れていた愚者じゃこの子には勝てないだろうけどね。じゃあねー」

 

「!!」

 

 千冬にとって何よりも辛辣な言葉を残し、諏訪子は魔理沙と共に去っていった。

そして諏訪子が去ると同時に土人形は千冬に一斉に弾幕を放つ。

 

「っ……クッ!!(力に溺れていた愚者か……確かにその通りだ。所詮私は自分の罪にも気付かないで最強になったつもりで結局何も出来なかった負け犬だ)」

 

 間一髪で弾幕をかいくぐりながら自嘲気味に唇を噛み締め、千冬は剣を握る。

今の自分にとってブリュンヒルデ、そして白騎士としての過去は罪でしかない。

愚者といわれようとも仕方の無い事だと思っている。

 

「だけど……私は、昔の私とは違うんだ!!」

 

 自分自身に言い聞かせるように叫びながら千冬は土人形に突貫した。

 

「速攻で決めてやる!『絶技・〈真〉零落白夜!! 』」

 

 ばら撒かれる霊力の弾幕、それらを掻い潜りながら千冬は剣を振り上げ、敵目掛けて必殺の一撃を放った。

強烈な一撃が土人形の身体を穿ち、深い切り傷が刻まれるかの如く胴体を抉る。

しかし……

 

「っ!……これは?」

 

 一撃を叩き込んだは良いものの、数秒も掛からぬ内に土人形の傷は塞がっていく。

 

「再生能力……だと」

 

 敵の思わぬ能力に千冬は表情を顰める。

その隙を突くかのように土人形は千冬の身体を掴んでくる。

 

「クッ…離せ!この土達磨が!!」

 

 掴まれた身体を引き剥がそうと千冬は土人形の顔面(と思われる部位)に魔力弾を叩き込むがまるで効果が無い。

そのまま土人形は近くの樹木目掛けて千冬を投げつける。

 

「うわっ!?…ま、まだこの程度で……ッ!?」

 

 辛うじて体勢を立て直して激突を防ぐも土人形はそのゴツゴツとした体型から想像出来ないほどの速さで千冬に接近し、その太い腕を振るう。

紙一重でその一撃を回避する千冬だが、直後に土人形は霊力弾を乱射する。

 

「クソッ、土の癖になんて素早いんだ!?」

 

 土人形の猛攻を必死に防ぎながら千冬は毒づく。そしてそれと同時に目の前の敵を攻略する方法を必死に考えていた。

 

(落ち着け、落ち着いて考えるんだ織斑千冬!どんなに強くても奴は所詮土で作った人形なんだ。……待てよ)

 

 千冬の脳内で何かが閃く。

それを確かめるべく千冬は意を決し、空中へ飛翔した。

 

(私の勘が正しければ奴は……)

 

 土人形はそれを追い、自らも飛び上がる……いや、その言い方には語弊がある。

土人形の足は地に付いたまま……つまり自らの脚を地に付けたまま伸ばして千冬を追っていたのだ。

それはまるで巨大な触手の先端に人形が付いているかのような姿だった。

 

「やっぱり、思った通りだ!!」

 

 土人形の伸びる脚を見て千冬は思わず声を上げる。

いくら神が作ったとはいえ所詮は人形、人形単体が再生能力を有している筈は無い。

ならばどうやって再生しているのか?答えは単純明快、エネルギーを随時供給しているからだ。

 

「この神社の地面は土の宝庫。貴様はそこからダメージを受ける度に土を供給し続けて再生している。だがその供給用ケーブルの役目を果たしているその脚を地面から離したらどうなるかな?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、千冬は大剣に溢れんばかりの魔力を込める。

 

「『妙技・零落白夜〈波〉!!』」

 

 尚も襲い掛かる弾幕の雨をかわしながら千冬は素早く地上に降下、直後に大剣を古い、その脚目掛けて刃状の魔力砲弾を撃ち、土人形の脚を大地から切り離す。

 

「ハァアアア!!」

 

 土人形の脚が切り離され、すぐさま千冬は土人形に接近。

野球のスイングの要領で土人形の身体を遥か上空へ吹っ飛ばす。

 

「一撃程度の零落白夜じゃ貴様の身体を完全に破壊する事は出来ん。だがそれなら連続で叩き込めば良い!!」

 

 直後に大剣を両手から片手持ちに切り替え、千冬は上空へと吹っ飛ぶ土人形を追い駆ける。

 

「『秘技・零落白夜〈双〉!!』」

 

 右手には魔力を込めた愛用の大剣、そして左手にはもう一本魔力で生成した剣を握り締め、凄まじい連続攻撃を叩き込む!!

 

「ダァァァァアアア!!」

 

 雄叫びと共に繰り出される無数の斬撃。

一撃一撃が土人形の身体を削り、切り刻み、そして破壊する。

 

「消し飛べぇぇーーーー!!」

 

 そして土人形の身体がバラバラになると同時に千冬は魔力弾を乱射し、一欠けらも残さず土人形を消し飛ばした。

 

「ハァ、ハァ……私はもう戻らない。あの頃には、白騎士には絶対に戻らない!!」

 

 大量に魔力を消費し、息切れを起こす身体に鞭打ちながら千冬は誰に向けるわけでもなく腹の底からそう叫んだ。



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感情と責務の間で(後編)

 守矢神社から少し離れた森の上空。

織斑一夏と東風谷早苗……かつて幼馴染だった二人はお互いに成長した姿で相対する。

 

「こんな形で一夏君と再会するなんて本当運が悪いわね、私って」

 

「早苗姉ちゃん……」

 

 悲しげな表情で自嘲する早苗。そんな彼女を一夏は真剣な目で見つめる。

 

「一夏君、私ね……昔、長野に引っ越す事になって凄く悲しかったんだよ。一夏君に会えないって思ったら凄く悲しくて引っ越す前の日なんてベッドでワンワン泣いちゃって……でも、そんな私を支えてくれたのは神奈子様と諏訪子様なの。だから私、神奈子様達の力になりたい!だから、これが最後よ……お願い、この件から手を退いて」

「……早苗姉ちゃんの気持ちは分かったよ」

 

 早苗からの嘆願に一夏は少しの間目を閉じ、やがて目を開きながらそう返す。

 

「じゃあ……「断る」!?」

 

 喜びに満ちる早苗の表情。しかしそれを一夏の一言が一瞬にして崩す。

 

「早苗姉ちゃんの気持ちは何となく分かるよ。けど、信仰を得るんなら独占なんてしないでも方法はいくらだってある。それに霊夢はあんなちゃらんぽらんの俗物巫女だけど俺の友達なんだ。ダチ同士で争うのを指咥えて見てる事なんて俺には出来ねぇ。だから俺が早苗姉ちゃん達を止める!!」

 

 握り締めた拳に魔力を蓄え、一夏は身構える。

その様子から退く気が無いのは明白だった。

 

「……分かったわ。一夏君とだけは戦いたくなかったけど、私にも退けない理由があるの!」

 

 一夏に応える様に早苗は霊力を高めて身構える。

お互いにかつての幼馴染と言う絆を今だけは忘れ、相反する目的を持った敵として互いを認識し合う。

 

「手加減はしないわ。奇跡の力を見せてあげる!」

 

「こっちこそ、奇跡程度で勝てるほど俺は甘くないぜ。万屋をなめるな!」

 

 気合と共に両者は同時に動き出し、スペルカードを発動させた。

 

「『秘術・グレイソーマタージ!!』」

 

「『魔符・ショットガンスパーク!!』」

 

 早苗から放たれる星型の弾幕と一夏の拡散レーザー砲がぶつかり合って互いに掻き消し合う。

直後に一夏は早苗に急接近し拳を繰り出す。しかし早苗はそれに動じず手に持った御幣を霊力で強化して一夏のパンチを受け止める。

 

(!?……俺のパンチを)

 

「取った!」

 

 好機とばかりに早苗は至近距離からの霊力弾を一夏に見舞う。

 

「甘いぜ!」

 

 しかしそんな早苗の動きを読むかのように一夏は迷う事無く早苗目掛けて脚を振り上げる。

振り上げられた一夏の脚は早苗の霊力弾を上空へと蹴飛ばし、そのまま早苗の顎目掛けて一直線に襲い掛かる。

 

「ッ!」

 

 だがそれを黙って喰らうほど早苗もお人よしではない。すぐに一夏から身体を離してその蹴りを避ける。

 

「まだまだぁ!」

 

 だが一夏の追撃はまだ終わらない。早苗が後方に退くと同時に今度は開いている左手で魔力弾を放つ。

回避行動直後の急襲に早苗は弾を避けきれないと判断して自らの霊力で魔力弾を防いだ。

 

「おー、大したもんだ。そんじょそこらの妖怪じゃ今のでKOだぞ」

 

「一夏君こそ、私が知らない間にこんなに強くなってるなんて」

 

「ああ、こっちに来て相当鍛えたんだ。大変だったんだぜ、剣の方で限界感じたり、拳(こっち)に鞍替えして一から鍛え直したりさ。だけど……」

 

 一瞬間を置き、一夏は握る拳に力を込めて口を開く。

 

「そんだけ苦労して手に入れたのが今の俺の力だ。……俺は強ぇぜ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら全身に巡る魔力を高め、早苗を見据える一夏。そんな彼を見詰めながら早苗は緊張から汗を流す。

 

(一夏君の言葉はハッタリなんかじゃない。こんなに逞しくなってるなんて……本当に、何でこんな形で再会しちゃったのかな?)

 

 自分の不運を内心嘆きながら早苗は一夏に対抗すべく自らも霊力を高める。

 

「本気で来ないと俺は倒せないぜ。早苗姉ちゃん」

 

「ええ、骨身に染みて分かってるわ。勝負よ!」

 

 スペルカードを発動させた早苗の頭上に数多の霊力弾が生成される。

 

「『奇跡・白昼の客星!!』」

 

 流れ星の如く一夏目掛けて降り注ぐ。

更にそこに早苗からの攻撃も加わった多重攻撃が一夏に襲い掛かる。

しかし、一夏はそれに臆する事無く向かい合い、弾幕を避けながら魔力弾を連射して反撃する。

 

「オラオラオラオラオラァッ!!」

 

「クッ!(……凄い、これだけの威力の弾をまるでマシンガンみたいに。それに一夏君、戦い慣れてる。だけど!)」

 

 一夏からの反撃に若干怯みつつも早苗は一夏の放つ魔力弾を避け、或いは防ぎながら一夏へ接近する。

 

「でやああぁぁーーーーっ!!」

 

 そしてある程度接近すると同時に早苗は溜めに溜め込んだ霊力弾を一夏目掛けて撃ち出す。

 

「無駄だ!『爆符・エナジーウェーブ!!』」

 

 迫り来る凄まじい威力の霊力弾を前に一夏は自身を中心に魔力の爆発波を広げる。

その爆発波は早苗の霊力弾を掻き消し、更に早苗にも迫り来る。

しかしそんな窮地ともいえる状況の中、早苗は寧ろ『待ってました』といわんばかりの表情を見せる。

 

「今よ!『奇跡・海が割れる日!!』」

 

 一夏のカウンターを更に返すように発動される早苗のスペルカード。

大津波の様な霊力の波が生み出されて一夏の爆発波を飲み込んだ。

その威力はまさに『海が割れる日』の名に相応しい程絶大だ。

更に一夏はスペルカードを発動した直後の為避ける暇が全く無い。

 

「クソッ!『魔纏・硬!!』」

 

 回避を無理だと判断し、防御用のスペルを発動させる一夏。

しかし如何にダメージを無効化出来ても身体自体は霊力の津波に押し込まれ、地面に押さえつけられてしまう。

 

「これでラスト!『奇跡・サモンタケミナカタ!!』」

 

 フィニッシュとばかりに発動される早苗最大のスペルカード。

彼女を中心に吹き荒れる弾幕の渦が一気に一夏に襲い掛かる。

だがしかし、一夏は一切避けようとはせず真っ向から向かい合う。

 

「まだだぁ!『手刀・零落白夜〈改〉!!』」

 

 霊力弾が一夏の身体に激突するその刹那、一夏は魔力を纏った手刀を振るった。

 

「な!?う、嘘……」

 

 そしてその一撃は自身に迫り来る霊力弾だけでなく、衝撃波によって弾幕全てをも真っ二つに切り裂いた。

 

「そ、そんな……私のスペルカードの中でも最大級のスペルを……」

 

 奥の手とも言うべきスペルカードを破られ、早苗はただ呆然とする事しか出来なかった。

そしてそんな隙を見逃す程一夏はお人よしではない。

 

「終わりだ。『砕符・デストロイナックル!!』」

 

「っ……キャアアアア!!」

 

 一夏の拳から吹き荒れる特大の魔力の連射砲が早苗を飲み込み、その身体は数km先の湖の水面へと叩きつけられた。

 

「う……グッ…カハッ……」

 

 大ダメージを受けてふらつく身体を必死に動かし、岸辺に上がる早苗。

そんな彼女を一夏は無言で待ちうけ、その拳を向けた。

 

「……い、一夏君」

 

「早苗姉ちゃん……これで終わりだ。反撃したけりゃして構わない。ただし、その頃には俺の拳が火ぃ吹くけどな」

 

「……参ったわ」

 

 冷や汗を流しつつ早苗は自身の敗北を認め苦笑いを漏らす。

そんな彼女に一夏は握り拳を緩めて掌を広げ、その手を差し伸べた。

 

「ほら」

 

「え?」

 

 差し伸べられた手に呆気にとられ早苗は一夏の顔と手を見比べる。

 

「勝負が終われば敵も味方も関係無い、恨みっこ無しだ。折角また会えたんだから、聞かせてくれよ。早苗姉ちゃんと離れてる間、どんな風に過ごしてきたのか」

 

「……うん」

 

 優しく笑う一夏に早苗は頬を少し赤く染めながら、差し出されたその手を握ったのだった。

 

 

 

 そして一夏達の戦いが終わった頃、霊夢達の戦いもまた終わりを迎えていた。

 

「お〜、随分やられちゃったね、神奈子」

 

 地に膝をつく神奈子に近寄る人影が一つ。先程まで魔理沙と戦っていた洩矢諏訪子だ。

諏訪子の方も体のあちこちが傷付いているじゃないか。

 

「フン、そういうお前こそボロボロじゃないか」

 

 皮肉交じりにそう返す神奈子。

霊夢と神奈子、魔理沙と諏訪子……二組の戦いは霊夢達の勝利に終わったのだった。

 

「勝負が終わったばっかりの所悪いけどさ、約束通り家の神社からは手、退いてもらうわよ」

 

「しょうがないね。約束は約束だ、守るよ」

 

「こう言っちゃなんだけど、信仰集めるのに文句言う気は無いわ。だけど幻想郷に唯一絶対の存在なんて必要無いし、立ち退きなんかさせられる謂れも無い。ま、地道に頑張りなさい。分社ぐらいなら考えてあげても良いから」

 

「言ってくれるねぇ……ま、今回は私達の負けだ。ただ、一つ頼まれて欲しい事がある」

 

「何よ?」

 

 神奈子の言う『頼み』に霊夢は訝しげな表情をしながらも興味を持ったらしく、神奈子に聞き返す。

 

「あの一夏って少年を紹介してくれ。あの強さは気に入った!早苗の婿にして家の神社の後継ぎにしたい!」

 

「おぉ!良いねそれ。早苗もあの子の事好きみたいだし」

 

「何だそんな事?別に良いわよ。っていうかこの際ココで宴会でも開いてくっつけちゃえば良いんじゃない?」

 

 どうやら一夏と早苗の戦闘の様子は此方にも届いていたらしく、神奈子達の脳内では『一夏よ、早苗の婿になれ』計画が進行していた。

 

 しかしこの会話の中一人だけ物凄い量の冷や汗を流す少女が一人いた。

 

(おいおいおいおい……どうすんだよ?一夏を婿にとか、咲夜と妖夢が絶対認める訳無いって!いや、下手すりゃ千冬もキレて大乱闘になる可能性も……ゴメン一夏、私もまだ死にたくないんだ。だから私は不干渉で頼む)

 

 恋の大戦争が勃発する予感を覚えながら魔理沙は一夏に対して心の中で合掌した。

 

 

 

 そしてこれより数日後、神奈子と山の妖怪の有力者である天魔との会談が行われ、守矢神社の面々は正式に幻想郷の住人として受け入れられる事となった。

そして更に数日が経ち、守矢神社にて大宴会が行われる事が決まり、一夏達も宴会に招待されることとなったのだった。

 




次回予告

幻想郷の一員となった守矢神社の面々。
その祝いで行われる大宴会。
酒と笑いが満ち溢れる中、神奈子と諏訪子は早苗と一夏の距離を一気に縮める計画を進め、早苗もまたある決心をしていた。
そんな彼女の行動に咲夜は?妖夢は?そして千冬は?

次回、『愛の戦い勃発!一夏は誰の婿になる?』

咲夜「アナタのおかげで目が醒めたわ。私が取るべき行動はたった一つだった!」


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愛の戦い勃発!一夏は誰の婿になる?

 博麗神社の営業停止強請事件解決から約一週間後、幻想郷の一員となり、山の神として認められた神奈子を始めとする守矢神社の面々。

その祝いとして本日は守矢神社の境内にて大宴会が行われる事となった。

 

「千冬姉、そっちの盛り付け終わった?」

 

「もう少しだ、ちょっと待ってくれ。私はお前ほど早く出来ないんだから」

 

 当然一夏と千冬の姉弟も宴会に参加する事になっており、現在は宴会に出す料理の準備をしている真っ最中である。

ちなみに原作では全くの家事無能者である千冬だが、本作では咲夜達に対抗意識を燃やして死に物狂いで努力したため、家事と料理が少しは出来るようになっている。

 

(しかし早苗の奴、一夏と再会してからこれといった動きは無い。長年離れていて再会したんだからもっと行動すると思っていたんだが……こうまで何もないのでは返って不気味と言うか何と言うか。ええい、クソ!私の女としての勘がアラートコールをぶっ続けで鳴らしまくっている!しかし、相手が何もしていないとこっちも動きようが無いし……)

 

「千冬姉!まな板まで切ってる!!」

 

「あ゛っ!?す、スマン!!」

 

 得体の知れぬ早苗の動きに千冬は四苦八苦していた。

 

 

 

 そして早苗の動きをマークしていたのは千冬だけではなかった。

 

 紅魔館でも一夏達同様宴会へ向かう準備が進められていた。

当然一夏を想う女の一人である咲夜も例外ではなく宴会へ参加が決定していた。

そして、彼女の主人であるレミリアもまた咲夜とは別の意味で一夏を狙っていた。

 

「咲夜、分かってると思うけど……」

 

「ハイ、分かっております。一夏は早苗には……いえ、どの女にも渡す気はありません」

 

 咲夜の返事にレミリアは満足気な表情を浮かべる。

 

「良い返事よ。彼は最高の逸材だわ、是が非でも従者に欲しい程にね。それにアナタと彼がくっつけば最高のサラブレットが生まれる事にも繋がるわ。ものにしてみせなさい彼を……織斑一夏をね」

 

「当然です」

 

 レミリアがやや挑発気味に発したその言葉に咲夜は笑みを浮かべてそう答えた。

 

 

 そして数時間後……。

 

『かんぱ〜〜い!!』

 

 ある者にとっては祝いの場、またある者にとっては大騒ぎの場、そして4人の恋の戦乙女にとっては戦場の大宴会が幕を開けた。

 

「一夏ぁ〜〜アタイと飲み比べで勝負しろ」

 

 宴会開始早々チルノは一夏に絡み、飲み比べを持ちかける。

 

「チルノ、またお前か。この前の宴会であっという間に酔いつぶれたの忘れたのか?」

 

「うっさい!いいから勝負しろぉ〜〜!!」

 

「お!飲み比べかい?それなら私もやらせてもらうよ!」

 

 飲み比べの話題を聞き、頭に二本の角を持ち腰に瓢箪をぶら下げた少女が反応する。

幻想郷最古の妖怪である鬼の少女、伊吹萃香だ。

 

「よぅ、萃香。相変わらず飲み続けてんな」

 

「まぁ〜ね。ほら、一夏達も飲んで飲んで」

 

「おお、じゃあ一杯……んぐっんぐっ、プハァッーー!美味ぇ!!」

 

「いただきま〜す……ゴク、ゴク、ふにゃぁ〜〜」

 

 結構強い酒だったらしくチルノは一発で酔いつぶれてダウンした。

 

 

 

「ん〜〜、やっぱ一夏と咲夜の料理にハズレは無いわね」

 

「本当だぜ。お、これ美味いな!なぁ、千冬。これなんていう料理だ?」

 

「ん、それか?ハンバーガーだな。本当は牛の肉を使用するんだが、これは猪の肉で代用している。(クッ!悔しいがやはり咲夜の料理の腕にはとても敵わんか……)」

 

 霊夢と魔理沙が一夏の作った牡丹肉のハンバーガーに舌鼓を打つ一方で千冬は咲夜の料理の腕前に女として激しい敗北感を感じていた。

 

(……フッ、この手の分野でアナタが私に勝てる要素なんて何一つ無いわ)

 

 そんな千冬の様子を眺めながら咲夜は鼻で笑った。

 

「ん?そういえばあの半人半霊(妖夢)は何処に?」

 

「さっきから姿が見えないけど……」

 

 もう一人のライバルの姿が見えないことを疑問に感じ千冬と咲夜は周囲を見て回るが……。

 

「「あ゛!?」」

 

 そして見付けた。その視線の先では……

 

「一夏さん、酒肴をお持ちしました。良かったらどうぞ。萃香さんも」

 

「お!悪いな妖夢」

 

「ん〜〜、美味い。酒に良く合うよ」

 

 手作りのつまみと刺身を一夏達に振舞っていた。

 

(アノ半人半霊ガァ〜〜〜!!)

 

(私ヲ出シ抜クナンテ良イ度胸シテルジャナイ……!!)

 

 

 

 そして主催者である守矢神社の面々は……。

 

「早苗、分かってるね?お膳立ては十分、あとはお前次第……ヒック」

 

 酒を飲んで良い感じにほろ酔い気分の神奈子は早苗に声を掛ける。

 

「大丈夫です……覚悟は出来てます!」

 

 神奈子の問いに威勢良く答えた早苗は気合を入れるように杯に入った酒を一気に飲み干す。

 

「言う時は真っ向からハッキリと言いなよ。ああいうタイプは鈍感だから」

 

 諏訪子が後押しするようにアドバイスする。

流石は伊達に長年神として生きているだけありその姿は結構貫禄がある。

 

「は、はい!…………うっぷ、やっぱり無理に飲むべきじゃなかったかも」

 

 自分の下戸っぷりを内心恨めしく思いながら早苗は来るべき時に向けて覚悟を決めつつあった。

 

「今日で変えてみせる!一夏君と私の関係を……!!」

 

 視線の先でプリズムリバー三姉妹と共にビオラで演奏する一夏を見つめながら早苗は表情を引き締めた。

 

 

 

 やがて日も落ちて夜も近くなり、宴会も終わりを迎える時が来る。

宴会に参加していた者の過半数は帰路に着き、一夏や咲夜など残った者は宴会の後片付けを手伝っていた。

そして、彼女が……東風谷早苗が動き始める。

 

「い、一夏君!」

 

「ん、何?早苗姉ちゃん」

 

「ちょっと、湖畔までついて来てほしいんだけど、良い?」

 

「うん。いいけど」

 

 一夏は早苗に連れられ湖畔へと向かった。

 

 

 

「あの巫女、一夏さんと二人で何処へ!?」

 

「遂に動き出したわね」

 

「後を追わねば……」

 

 早苗の動きを察知し、後を追おうとする千冬、咲夜、妖夢の3人。

しかし……

 

「おっと、待ちな」

 

「人の恋路は邪魔しちゃいけないよ。特に家の将来が掛かった恋愛はね」

 

 早苗を追おうとする千冬達の前に突然行く手を阻む様に現れる神奈子と諏訪子。

不意打ちにも近い登場に千冬たちの反応は遅れ、瞬く間に千冬は神奈子に羽交い絞めにされ、咲夜と妖夢は諏訪子の作り出した土の牢獄に閉じ込められた。

 

「し、しまった!」

 

「こ、これじゃ私の能力が役に立たない!」

 

「く、クソ!離せ!!このままでは一夏が……」

 

 3人の抵抗を嘲笑うかのように神奈子達は千冬達を拘束しながら早苗が向かっていった湖畔の方角を見つめ、そしてこう呟いた。

 

「「頑張れ早苗、お前が一夏の嫁だ。そして一夏はお前の婿だ!!」」

 

 

 

「で、話って何?」

 

 夕日が沈みかけ、美しい夕暮れを写す湖畔で一夏は早苗に問う。

そんな彼を前にして早苗は顔を赤くして戸惑いがちに口を開く。

 

「うん。あのね……どうしても言っておかないといけない事があるの」

 

 高鳴る胸の鼓動、沸きあがる激情と逃げ出したくなる衝動を必死に抑え、早苗は口を開く。

 

「私……ずっと一夏君に言いたい事があったの。何年も前から、また会うことが出来たら絶対に言おうって誓っていた事が」

 

 告白阻止限界点まであと僅か……

 

 

 

 時を少し戻し、神奈子達に動きを封じられた千冬達は……。

 

「クソォッ、離せ!離せぇぇっ!!」

 

「『人符・現世斬!!』」

 

「『奇術・ミスディレクション!!』」

 

 千冬達の必死の抵抗を嘲笑うかの様に神奈子の力はまるで緩まず、諏訪子の生み出した土の牢屋も傷一つ付かない。

 

「大人しくしな。早苗が告白するまで待ってれば良いだけなんだからさ」

 

「無駄無駄。私の牢屋は内側からじゃ絶対壊れないようにしてるんだから」

 

 完全に三人を捕らえ、勝ち誇る神奈子と諏訪子。

最早千冬達には勝ち目は無かった。

そう、”千冬達”には……。

 

「へぇ、じゃあ外側からならどうかしら?」

 

「!?」

 

「『スカーレットシュート!!』」

 

 突如放たれる血よりも紅い真紅の妖力弾。

その凄まじい妖力が凝縮された一撃は諏訪子の牢獄を粉砕した。

 

「人の恋路の邪魔ねぇ……寧ろそれはアナタ達の方じゃないかしら?家の執事長候補を勝手にアンタ達の神社の神主候補にしないでほしいわ」

 

 声と共に颯爽と現れるレミリア・スカーレット。

さらにそれとは別に凄まじい殺気と弾幕が吹き荒れ、レミリアをも巻き込んで神奈子達を襲う。唯一巻き込まれていないのは妖夢だけだ……。

 

「ごめんなさいね〜〜、私も一夏君には妖夢のお婿さんになってほしいのよ」

 

「チィッ……吸血鬼の次は冥界の姫か」

 

 冷たい笑みを浮かべて現れるのは西行寺幽々子。

思わぬ敵の登場に忌々しそうに神奈子は舌打ちする。

 

「咲夜!行きなさい!!」

 

「妖夢〜、彼を手放しちゃダメよ〜」

 

「お嬢様……ありがとうございます!!」

 

「幽々子様……当然です!一夏さんは絶対手に入れて見せます!!」

 

 主自らの激励に咲夜と妖夢は一夏のもとへ飛び立った。

 

(ちょっと気に入らんが、今がチャンスだ!)

「あっ…しまった!」

 

 そしてどさくさに紛れる形で千冬も神奈子の拘束から逃れて咲夜達を追いかける。

 

「フッ……まぁいいさ。どの道もう告白は阻止できない!指を咥えて彼が早苗のものになる光景を眺めるが良いわ!!」

 

 一目散に飛び去る千冬達の背に神奈子の捨て台詞が響いた。

 

 

 

 そして湖畔では今まさに早苗による一世一代の告白が始まろうとしていた。

 

「子供の頃からずっと胸の奥に隠してたけど、もう逃げずに言うね。……一夏君、好きです!私と、恋人として付き合ってください!!」

 

「え……えええええぇぇぇっ!?」

 

 遂に早苗は打ち明けた……自らの想いを。

突然の告白に一夏は硬直し、顔を真っ赤にしている。

 

「あ、…ああ……あの、その……」

 

 何かを喋ろうにも混乱の余り声が出ず、何も言えなくなる一夏。

そんな時、突如として一夏と早苗の間を一本のナイフが横切り、地面に突き刺さった。

 

「少し……遅かったようね」

 

「さ、咲夜……」

 

 現れたのは咲夜。さらにそれに続いて妖夢と千冬も駆けつける。

 

「……この、泥棒猫ならぬ泥棒巫女が」

 

「何人の弟を勝手に口説いてるんだ?」

 

 妖夢と千冬は握り拳をワナワナと震わせ怒りのオーラを放出している。

しかしそんな中で咲夜だけは冷たく、そしてクールに笑みを浮かべた。

 

「やってくれるじゃない。でも、一つだけ感謝しなきゃね。……アナタのおかげで目が醒めたわ。私が取るべき行動はたった一つだった!」

 

 直後に咲夜の姿は一夏の眼前に移る。時を止めて一夏に近寄ったのだ。

そしてそのまま咲夜は一夏の首に腕を回し、一夏の唇に自らの唇を押し付けた。

 

「「「な!?」」」

 

「ん゛ん゛っっーーーーーーー!!??!?」

 

「………………ぷはっ。好きよ一夏、愛してるわ。勿論一人の男としてね」

 

 そして口付けを十分に堪能した直後、咲夜は一夏に自分の想いを告げた。

 

「あ、アナタは……」

 

「フフッ……恥ずかしがったりせずに早い内にこうしておけば良かったわ。でもアナタのお陰で私も告白する覚悟が出来た。感謝するわ、東風谷早苗さん」

 

 怒りの混じった目で自分を睨みつける早苗に対して咲夜は皮肉交じりに笑ってみせる。どっからどう見ても挑発以外の何物でもない……。

 

「だ、だったら私だって!!」

 

 そしてそんな二人に割って入るかの如く妖夢は飛び出し咲夜を押しのけて一夏に抱きついた。

 

「私だって一夏さんの事が好きなんです!!アナタ達に渡す気はありません!!」

 

「な……え?……何ぃぃーーーーーっ!?!!??」

 

 (一夏にとって)まさかの三度目の告白。

最早一夏の脳内は情報を処理しきれずオーバーヒート寸前だ。

 

(え?何?早苗姉ちゃんが俺の事好きって?いやでも早苗姉ちゃんとは幼馴染で……でもそこに咲夜が入ってきてそのままキスされて、そのまま「好きよ」って言われて直後に妖夢が俺に抱きついて告白してきて………………………)

 

 処理しきれない情報量と大混乱な思考回路と感情。

その混乱が限界を超えた時…………。

 

「…………あ………あ…あ……………あぅ」

 

 そのまま地面に倒れ込み、気絶してしまった。

 

「「「一夏(さん、君)!?」」」

 

 倒れた一夏に駆け寄る咲夜、妖夢、早苗の三人。

目を回して気絶する一夏に彼女達は今までの女の戦いも忘れて看病しようと躍起になり、すぐに一夏を担いで守矢神社まで向かった。

しかしそんな中、一夏とは別の意味で混乱の真っ只中にいる者がいた。

 

(一夏が告白された……告白されてしまった……分かってた事なのに、いつかはこうなると思っていたのに、何で)

 

 咲夜達が去った後、千冬は自分の身体を抱きしめてガタガタと震える。

普段の凛々しさなど欠片も無い、ただ何かにおびえ小動物のように身体を震わせる。

 

(一夏が、他の誰かのものになってしまう……そうしたら、私はまた一人に……嫌だ…イヤダイヤダイヤダ!!)

 

 千冬の脳裏に浮かぶのは告白を受け入れた一夏の姿。

咲夜を抱きしめる一夏の姿、早苗に口付ける一夏、妖夢と身体を重ねる一夏の姿。

そして幻想郷に来る直前の自分。

愛する者が傍に居ない、誰も自分を見てくれない、一人ぼっちで孤独な毎日。

あの日々に戻るのは千冬にとってどんな物事よりも耐え難い恐怖。

そんな日々に戻ってしまうのではないかという思いが千冬の心を真っ黒に染め上げる。

 

(嫌だ……私を一人にしないでくれ!どこにも行かないでくれ……一夏の居ない日々なんて耐えられない!!)

 

 考えれば考えるほどに心が締め付けられていく。

そんな千冬に悪魔が囁くようにある案が唐突に頭の中に思い浮かぶ。

 

(そうだ、このまま誰かに一夏を渡すぐらいなら、いっその事私が…………)

 

「ハハ……アハハハハハ!」

 

 いつの間にか千冬は笑っていた。

歪んだ笑みだった。狂っているような、泣いているような、それでいて怖がっているような……そんな笑顔だった。

 




次回予告

 一夏を失いたくない……ただその思いに駆られ、暴走してしまう千冬。
3人の少女から告白され、戸惑い苦悩する一夏。
果たしてこの姉弟の行き着く先は?

次回『涙と常識を越えて』

一夏「ああ、そうか。俺はきっと………の事が」


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旅立ち
涙と常識を越えて(前編)


「……ん…ぅ」

 

「起きたか?」

 

 波乱の告白劇から数時間後、一夏が目を覚ました場所は自宅の寝室だった。

 

(俺は…………早苗姉ちゃん達から告白されて……)

 

 多少時間を掛けて自分が何故こんな状態になったのかを思い出し、一夏は赤面してしまう。

そんな一夏を余所に千冬は三枚の紙を一夏に放り投げるように渡し、背を向ける。

 

「これは?」

 

「あいつ等からの手紙だ、適当に読んでおけ。といっても内容は全部同じようなものだがな」

 

「う、うん……」

 

 いつもと違う無機質な千冬の声に違和感を感じつつも一夏は手紙を読み始める。

 

『一夏君へ

 

 いきなりあんな告白してしまって凄く驚いてると思います。

 でも、私の気持ちをどうしても知ってほしくて告白したの。

 返事は今すぐでも構いません。

 だけど私、真剣だから。それだけは覚えておいてね。

 

                   良い返事を期待しています。

                            東風谷早苗より』

 

「早苗姉ちゃん、咲夜、妖夢………」

 

 早苗に続き、一夏は他の二人の手紙も読む。

千冬の言うとおり二人の手紙の内容は早苗からの手紙とほぼ同じものだったが彼女達の想いは十分伝わるものだった。

 

「俺は……どうすりゃいいんだよ?」

 

 3人の美少女たちからの告白に一夏は頭を押さえながら苦悩する。

 

(皆の気持ちは正直嬉しいし、異性としてそれなりに意識もしていたと思う。……けど恋愛なんてした事ねぇから分かんねぇよ。……クソ!)

 

 自身の情けなさに言い様の無い苛立ちを覚え、一夏は思わず立ち上がり、物置部屋に向かった。

 

 

 

 一方、一夏の部屋を後にした千冬は自室で無言のまま鏡の前に座っていた。

 

「本当に、化粧っ気の無い顔だな……いい歳した女の癖に」

 

 鏡に映る自分の顔を見つめながら千冬は自嘲気味な言葉を漏らす。

思えば外界に居た頃から仕事以外で身だしなみに気を使ったことなんて殆ど無かった。

あの頃は仕事や一夏との生活の事で手一杯で恋愛など考えても居なかった。

そしてそんな状態が続いて気がついたらこの歳で男性経験皆無、SEXはおろか一夏以外とキスすらした事が無い……何とも情けない話だ。

 

「咲夜や早苗に比べれば歳食ってるかもしれないが、私だってまだ……」

 

 しかし今だけは男性経験の無い自分を褒めてやりたい気分だった。

そんな事を考えながら千冬は密かに自分の小遣いで購入していたある物に手を伸ばし、それを自分の唇に当てがった。

 

 

 

「フッ!……シッ!……」

 

 静まり返った部屋の中、一夏の息を吐く声と何かを殴るような打撃音が響く。

一夏は自作のサンドバックを物置部屋から取り出し、それを天井から吊るして殴り続けていた。

とにかく何も考えたくなかった。今はただ頭の中を空っぽにして自分の心の中を整理したかった。

 

-(………一夏)-

 

(………一夏さん)

 

(………一夏君)

 

「ッ……!」

 

 しかし出来ない。どうあがいても頭の中に咲夜達の顔が浮かんでしまう。

そして一夏にとって更に不可解なイメージが脳内を過ぎる。

 

(………………一夏)

 

「!!………何で、千冬姉の顔まで浮かぶんだよ?」

 

 咲夜達の事を少しでも考えると浮かんでしまう千冬の顔。

別に千冬は自分に告白したわけでもない。ましてや実の姉なのに彼女の事を考えてしまうと『何か』が……言い様の無い『何か』が締め付けられる。

 

「一夏……」

 

「ん?千冬……ね…ぇ………」

 

 そんな時だった。不意に背後から千冬に声を掛けられ、振り向いた先の千冬の姿に一夏は言葉を失った。

千冬の服装は普段と違い露出度の高い薄着、そして何より化粧をしていた。

 

(………綺麗だ)

 

 普段とは違う千冬の姿に一夏は思わず見惚れてしまった。

透き通るような白い肌、桜色の口紅が引かれた唇、決して薄すぎず濃すぎない化粧が千冬の元々の美顔を引き立てている。

 

「一夏……」

 

 もう一度愛しい弟の名を呼び千冬は一夏に近寄り、身体を押し付けるように一夏を抱きしめ、そしてそのまま自分の唇を一夏の唇に重ねた。

 

「ッ!?……ち、千冬姉!?」

 

 姉からの突然のキスに一夏は狼狽しながら千冬の身体を引き離す。

しかしそんな一夏の動揺などお構い無しに千冬は着ていた服を脱ぎ始め、やがて生まれたままの姿になる。

 

「一夏……私を、抱いてくれ」

 

 全裸となり再び千冬は一夏を押し倒すように抱きつきながら唇を奪う。

 

「んんっ……プハァッ!だ、抱いてって……何言ってんだよ!?」

 

「抱いてくれ……お願いだから…………」

 

「ち、千冬姉……!?」

 

 千冬の顔を見て一夏は目を見開いた。

千冬は泣いていた。両目から大粒の涙を零し、一夏を求めていた。

 

「好き…なんだ。……お前の事が」

 

 震える声で自らの想いを告げる千冬。そんな彼女を一夏は咲夜達から告白された時と同じように呆然と見つめる。

一つだけ違いがあるとすれば前回程混乱していない事だ。

何故かは分からないが千冬の気持ちが言葉と共に伝わり、脳が理解し、千冬の事しか考えられなくなる。

 

「あの時お前が私の前から消えて、独りになってからお前のことしか考えられなくて……もうお前以外異性として見れないんだ」

 

 次々に吐露される千冬の想い。恥も外聞も捨て去り千冬は胸の奥に秘めた想いをぶちまける。

 

「だけど、俺達は姉弟……」

 

「そんな事分ってる!だけど、もう抑えられないんだ。このままじゃお前は私から離れてしまうだろ……」

 

 千冬の言葉に一夏の脳裏に咲夜達3人の顔が浮かぶ。そんな一夏の考えを知ってか知らずか、千冬は言葉を紡ぎ続ける。

 

「私は咲夜みたいに料理も上手くない、早苗のような女らしさも妖夢のような実直さも無い。だから……」

 

 声だけでも泣いている事が解る程に千冬は声を震わせ一夏の身体を求めようと右手を一夏の下半身に動かし、左手で一夏の手を掴んで自分の乳房に触れさせようとする。

 

「ち、千冬姉!?」

 

 一線を越えようとする千冬の身体を一夏は必死に抑え付けようとするが千冬はそれに抗うように自分の身体を一夏の身体に密着させようとする。

 

「抱いて!お願いだから私を抱いてくれ!!」

 

「千冬姉、落ち着け!」

 

「落ち着いてなんかいられるか!お前が誰かのものになってしまうなんて耐えられない!!」

 

「だ、だけど……」

 

「私にはもう、こうするしか無いんだ……身体でお前を繋ぎ止めるしか……。どうして分かってくれないんだ!」

 

「ッ!……千冬姉ぇっ!!」

 

 一夏の声と共に乾いた音が鳴り響く。そしてその直後、千冬の身体は真横に弾き飛ばされる。

一夏の平手打ちが千冬の頬を張ったのだ。

 

「………あ」

 

 勢い余っての事とはいえ千冬を打ってしまった事実に一夏は唖然としてしまう。

 

「ご、ごめん千冬姉……」

 

「…………わ、私……何て、事を」

 

 千冬は一夏の言葉に何の反応も見せず、自分で自分の行為に怯え、震えだす。

一夏に打たれて正気を取り戻し、自分が何をしようとしたのかを理解してしまう。

自分は姉でありながらあろう事か弟を(逆)レイプしようとした……犯そうとしてしまったのだ。

それは姉としてだけでなく人間として最低な行為だ。

 

「千冬姉……?」

 

 千冬の変化を心配し、一夏は声を掛けるが千冬の耳にはまるで届かない

 

『アナタ最低ね』

 

 千冬の頭の中で咲夜の声が自分を非難する。

いや、それは咲夜だけではない。

 

『見損ないましたよ。テロ紛いの行為だけに飽き足らずこんな性犯罪まで』

 

『アナタのような人が一夏さんのお姉さんだなんて』

 

 早苗が……妖夢が……。

 

『千冬姉、何でこんな事したの?』

 

 幼い姿の一夏が自分を責め立てる。

 

(やめろ…やめてくれ……)

 

『最低』

 

『性犯罪者』

 

『姉失格』

 

『お前なんか姉さんじゃない』

 

『クズ』

 

『下種』

 

『ゴミ』

 

 次々に掛けられる悪意の言葉。それらは全て千冬自身の潜在意識からくる自分自身への後悔と自責の念。

やがてそれは千冬にとって最も最悪な形となって彼女を襲う。

 

『ねぇちーちゃん。幻想郷に来てさ、自分は罪に気付いて変わることが出来たとでも思った?』

 

(たば、ね……!?)

 

 脳内に響く声の主は白騎士事件の主犯にして外界に居た頃の親友、篠ノ之束だ。

 

『ちーちゃん、変われるなんて本気で思った?無理だよ。だってちーちゃんは"ひとでなし"だもん』

 

(違う!)

 

『違う事ないじゃん。だってちーちゃん、今まで何してきたのか覚えてないの?私と一緒に勝手に世界を変えて色んな人不幸にしてさぁ〜。そして今まさに弟に手を出す性犯罪者になっちゃって……変われっこないよ、ちーちゃんは。どんなに後悔したって本質がダメなんだから。そうでしょ?独りよがりで身勝手な犯罪者さん?』

 

(違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違うチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!!)

 

「千冬姉!」

 

 苦悩の渦に嵌まる千冬を一夏の声が現実に引き戻す。

しかし千冬の頭はまだ混乱の真っ只中であることに変わりはない。

 

「どうしたんだよ?そんなに痛かったのか?」

 

 心配そうに自分の顔に手を伸ばす一夏。

だが千冬には一夏のその手が怖かった。触れてしまえば自分はまた同じ過ちを犯してしまう気がして……。

 

「っ……ウアアァァーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 そこからはもう無意識だった。

ココから逃げたいという衝動と本能のまま千冬は自分に手を伸ばす一夏の身体を突き飛ばし、窓から家を飛び出した。

 

「痛っ…千冬姉!ど、どこ行くんだ!?」

 

 一夏の静止の声も聞かず、千冬は一糸纏わぬ姿で森の中へと駆け抜けてしまう。

その場には千冬の名を呼び続けながら彼女を探す一夏だけが残された……。



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涙と常識を越えて(後編)

「やべ……降ってきたな」

 

 魔法の森の上空で空から降ってきた数滴の水滴に魔理沙は箒に乗りながら顔を顰める。

数時間前まで晴れていた空は曇天となり、間も無く雨が本降りになりそうな天気だった。

 

「ん?あれは……」

 

 そんな時、彼女の目に見覚えのある人影が映り、魔理沙はその人影に近寄る。

 

「ち、千冬!?どうしたんだよその格好?」

 

 千冬の姿がハッキリと見え、魔理沙は驚いて声を上げる。

千冬は全裸で森の中をさまよっていたのだ。

 

「魔理、沙……うっ……ひっく……」

 

「千冬お前……」

 

 千冬の様子に魔理沙は唖然とする。

千冬は涙と鼻水で顔をクシャクシャにしながら嗚咽を漏らしながら泣いていた。

その様子からただ事ではないという事は十分に理解できる。

 

「来いよ、こんな所に居たら風邪引くぜ」

 

 千冬の様子に魔理沙は何も聞かずに千冬の手を引き、ある場所へ向かった。

 

 

 

「ハァ、ハァ……千冬姉ぇーーー!!どこだーーーー!?」

 

 魔法の森の中、降り注ぐ雨に濡れながら一夏は素っ裸のまま家を飛び出した千冬を探し飛び回っていた。

 

「何処にいるんだよ、千冬姉?」

 

 どれだけ探しても見つからない千冬の姿に一夏は弱々しい声を漏らす。

頭に浮かぶのは涙を流しながら全裸で飛び出した千冬の姿。

それを思い出すだけで千冬を泣かせた自分が激しく憎くなり、そして千冬の身に何か起きるのではないかという不安が生まれる。

 

「クソッ!!何やってんだよ俺は!?千冬姉殴って、泣かせて……全部俺の所為だ」

 

 あの時、千冬が自分の前で全裸になった時……いや、化粧をして自分の前に現れた時……正直な所、内心一夏は千冬に見惚れ、興奮していた。

告白され、肉体関係を求められた時だって抵抗してはいたが誘惑に負けて千冬を抱いてしまうのは時間の問題だったと思う。だが……

 

『私にはもう、こうするしか無いんだ……身体でお前を繋ぎ止めるしか……。どうして分かってくれないんだ!』

 

 この言葉を聞いた時、何故か怒りが沸いてしまった。

何が不満だったのか分からなかった。ついさっきまでは……。

 

(あんなヤケクソみたいな気持ちの千冬姉、見たくねぇよ……)

 

 本当に自分で自分を呪いたくて仕方が無い。

今になって、本当に今更になって……千冬が裸で飛び出し、自分以外の男に千冬の裸姿を見られたくない、千冬が無事であってほしい、千冬とまた笑い合いたいと、そう思って漸く気付いた己の心。

 

(ああ、そうか。俺はきっと…千冬姉の事、女として見てたんだ)

 

 思い返せばそれは当たり前の事実。

初めてこの幻想郷で千冬と初めて夜を明かしたあの日、一緒に寝る事に恥ずかしさと同時に嬉しさも感じていた。

にとりにISコアの解析を頼んだ時の帰路で背中に千冬の胸を押し付けられて顔を真っ赤にして意識してしまった。

飛行訓練で自分の顔に落下した千冬の胸が嵌まった時、鼻血が出そうな程に自分は興奮した。

姉弟だとかそんなのは言い訳でしかなかった。

今まで恋愛に全くと言って良いほど無頓着だったのは誰よりも魅力的な女性が自分のすぐ傍に居たから……。

 

「千冬姉……俺は……」

 

 自分の想いを漸く、そしてハッキリと理解し、一夏は再び千冬を探すため森を駆け回る。

千冬の想い、そして自分の想いにケジメをつけるために。

 

 

 

 一夏が千冬を探して森の中を飛び回る最中、当の千冬の姿は森の中に建つ一軒の家の中にあった。

 

「ほら、これでも羽織ってなさい。風邪引くわよ」

 

「……すまない」

 

 金髪の髪に赤いリボンをヘアバンドの様に巻き、ワンピースにも似たノースリーブとロングスカートを着用した少女が全裸で膝を抱える座る千冬に毛布を手渡す。

彼女の名はアリス・マーガトロイド。この家の主で『七色の人形遣い』という二つ名を持つ魔法使いで一夏と魔理沙にとって共通の友人(知人)だ。

 

「悪いなアリス。部屋貸してもらって」

 

 毛布を羽織る千冬の様子を見ながら魔理沙はアリスに声を掛ける。

数分前に千冬を保護した魔理沙は本降りになった雨で千冬の体調を考慮し、知人であるアリスを頼り彼女の家を避難場所にさせてもらっていた。

 

「別に構わないわよ。ただ、こういう時ぐらい勝手に私の物を持っていかないようにね」

 

「分かってるって」

 

 ジト目で睨んでくるアリスに苦笑いしながら魔理沙は千冬を見る。

それなりに落ち着きは取り戻しているものの、まだ全身から滲み出る悲壮感は消えていない。

そんな千冬に魔理沙は近寄り、優しい口調で話しかける。

 

「なぁ千冬、一体何があったんだ?言いたくないならそう言わなくても良いけど一夏が心配するから」

 

「ッ……心配なんて、もう……してもらえない」

 

 一夏の名前を聞き、再び涙を流し始める千冬。

その反応に魔理沙とアリスは千冬がこうなった大体の原因を察する。

 

「一夏と何かあったのね。何があったの?」

 

「私は……取り返しの付かないことを……」

 

 アリスの問いに千冬は声と身体を震わせながら事の経緯を語り始める。

実の弟である一家にずっと恋愛感情を持ち続け、その一夏が咲夜達に告白され一夏が自分から離れてしまう事を恐れて肉体関係を結ぼうとしてしまった事を……。

流石に内容が内容なだけに魔理沙もアリスも話を聞いた直後は絶句していたがそれでも最後まで口を挟まず真剣に話を聞き続けた。

 

「あー、つまりそん時一夏にキツイ一発貰ったと……」

 

 話を聞き終え、魔理沙は千冬の頬に残る赤い痕を見ながら呟き、千冬は力無く頷く。

 

「もう、戻れない。一夏に……一夏に、嫌われ、て」

 

 離し終えて再び嗚咽を漏らす千冬。

そんな彼女を心配そうに見つめる魔理沙とは対照的にアリスは少々呆れた目で千冬を見ながら口を開く。

 

「馬鹿ね。一夏がその程度の事でアナタを嫌いになるとでも思ってるの?」

 

「え?でも……」

 

「じゃあアナタは一夏に平手打ちされた程度で彼の事を嫌いになるの?アナタがやった事は確かに重い、けど一夏はそれで肉親であるアナタを嫌いになる程器の狭い人間ではないでしょ?」

 

「だけど……だけど……」

 

 迷いを見せる千冬にアリスは溜息を吐きつつ千冬と魔理沙に背を向ける。

 

「まぁ、いきなりじゃ気持ちの整理も付かないでしょうし、今日は泊まっていって構わないわ。2階に空き部屋があるからそこで休んでなさい。魔理沙、悪いけど彼女の相手をお願い。私は一夏に連絡して彼女の服を見繕うから」

 

「ああ、わかったぜ」

 

 素っ気無く言うアリスだったが、その裏では使い魔の人形を使ってこっそりと魔理沙に一枚のメモ用紙を渡す。

そんな彼女の真意を汲み取り、魔理沙はただ一言だけ返して千冬と共に2階に上がっていった。

 

「さてと……」

 

 二人が2階に上がったのを確認し、アリスは使い魔である上海人形と蓬莱人形を取り出す。

 

「雨の中で悪いけど、一夏を連れてきてちょうだい」

 

 アリスの頼みに答えるように人形達は森の中に散っていった。

余談ではあるがアリスが魔理沙に渡した紙にはこう書かれていた。

『一夏を連れてくる』と……。

 

 

 

 そして2階に上がった魔理沙と千冬は部屋に用意されたベッドに腰掛け、一息吐く。

 

「私、なんであんな事してしまったんだろうな?」

 

 暫らくの間静寂が二人の間を包むが、やがて千冬が口を開いた。

 

「一夏が許してくれたって、もう今までの関係には戻れない。どうしてあんな……最低な事を……」

 

 嗚咽を漏らす千冬。心の中が後悔で一杯になり、絶望が支配する。

そんな彼女を魔理沙は何も言わずに抱きしめた。

 

「……泣いてもいいぜ」

 

「え?」

 

 不思議そうに自分の顔を覗き込む千冬の頭を魔理沙は優しく撫でる。

 

「思いっきり泣けば少しは楽になれるぜ。だから、泣いて良いぜ、千冬」

 

「私……私……う……うぁ……うああああああああああ!!!!」

 

 まるで妹を慰める姉の様に魔理沙は千冬を優しく抱きしめて優しく微笑む。

そんな魔理沙の行動に千冬は堰を切ったように声を上げて泣き叫んだ。

 

 

 

 数分後、千冬を落ち着かせた魔理沙はアリスが即席で作った千冬の服を彼女に手渡し、一度外に出た。

 

「一夏は見つかったか?」

 

「ええ、さっき上海が見つけて今連れてきているわ。ついでに千冬の部屋も結界で完全に防音している」

 

「そうか、なら好都合だぜ」

 

 僅かに言葉を交わして二人は一夏を待つ。

やがて一人分の人影が見え、彼女達の待ち人である一夏が姿を現す。

 

「ハァ、ハァ…アリス、魔理沙……千冬姉はココに居るのか?」

 

「ええ、そうよ。安心しなさい、服も着せてあげてるから人前に肌を晒すような事は無いわ」

 

 息も絶え絶えに一夏は千冬の居場所を尋ね、アリスは無表情でそれに答えた。

その答えに一夏は安堵の表情を見せる。

「それで、どうするつもりなんだ?」

 

 直後に魔理沙から問いかけられる。

その真意を察し、一夏の表情は真剣なものに変わる。

 

「事情は大体聞いてるわ。だからこの際ハッキリ言ってあげる。……中途半端な気持ちで彼女と仲直りしたいなんて思っているなら帰りなさい。そんな気持ちで今の彼女に会えばお互い傷付くだけよ」

 

 辛辣とも言える言葉が一夏に突き刺さる。

しかし一夏は表情を変える事無く一歩前に踏み出す。

それに反応するように魔理沙とアリスは行く手を阻むように立ち塞がる。

 

「……どいてくれ。俺は真剣だ」

 

「真剣に、どう思ってるんだ?」

 

 一夏に負けず劣らずの真剣な表情を見せながら魔理沙は一夏に問いかける。

その問いに僅かな間をおいて一夏は口を開く。

 

「……千冬姉は俺にとって大切な人だ。……家族としても女としてもな」

 

「一度拒絶しておいて今更やっぱり違うって言うの?随分と勝手ね」

 

「わかってる」

 

 アリスの皮肉を強い口調で返す一夏。その口調には力強い決意がにじみ出ている。

 

「今更……本当に今更だって自分でも思う。褒められた感情じゃないって事も理解してるつもりだ。だけど俺は千冬姉の事が……」

 

「はい、ストップ!」

 

 一夏の言葉を遮ると同時に魔理沙は一夏に道を譲る。

 

「お前の気持ちは十分理解したぜ一夏。でも、そういう台詞は千冬の前で言ってやれ」

 

 表情を快活な笑みに変え、魔理沙は一夏に近寄る。

 

「さっさと行きなさい。……あ、でもその前に」

 

 突然何かを思い出したかのように魔理沙とアリスは一夏の肩を掴み、一夏の顔面と腹を思いっきりぶん殴った。

 

「フゲッ!?」

 

「平手とはいえ女の顔殴って泣かせた罰だ!」

 

「ま、甘んじて受け止める事ね。さっさと行きなさい、もたもたしてると彼女寝ちゃうわよ。泣き疲れてるから」

 

「ああ!」

 

 二人から手荒い激励を貰い、一夏は千冬のいる部屋へと向かって駆け出した。

ドアを潜り、階段を駆け上り、そして部屋の前に辿り着き、そのドアノブに手を掛けた。

 

「千冬姉……」

 

「ッ!…い、……いち、か」

 

 ドアを開き、自分の目に映る千冬の姿に一夏は絶句する。

千冬は膝を抱えながら身体を震わせていた。普段の凛とした面影は消え失せ、何かに怯える小動物のように弱々しい姿だった。

そんな千冬に一夏は無言のまま静かに歩み寄る。

 

「来ないでくれ!」

 

 自分に近寄る一夏に千冬は涙声で叫ぶ。

 

「千冬姉……」

 

「幻想郷に来て、変われたと思った。私だってちゃんと罪を償えば真っ当な人間になれると思った……けど、ダメだった。どんなに取り繕ったって私は…弟であるお前に欲情して、お前に好意を向けてる女に嫉妬して……どこまでも身勝手で、自分本位で、最低な…………ぅ……っ……」

 

 そこから先はもう言葉にならず、千冬は言葉の代わりに嗚咽を漏らす事しか出来なかった。

そんな姉の姿に一夏は口元をギュッと結んで再び千冬に歩み寄り、その手を伸ばす。

自分に向かってくる一夏の手に千冬は身体を大きく震わせ、硬く目を閉じる。

その手は千冬の頬に添えられ、千冬の顔は上を向く。

 

「ッ……!?」

 

 直後に千冬の唇にやわらかい感触が当たる。

覚えのある感触だった。かつて何度か感じた事のあるやわらかさ……初めてはあの日、幻想郷で初めて一夏と共に過ごしたあの日の夜、些細な偶然から起きた一夏への一方的な口付け。

二度目は数時間前、尚早と孤独への恐怖から一夏を求めた時。

それが今度は逆に一夏が千冬に口付けている。

何も言わず、ただ千冬の涙を止めるかのように深く、優しく……。

 

「……一、夏」

 

 僅か十数秒、しかし千冬にはそれが何分にも感じられた頃、二人の唇は一度離れ、そのまま一夏は千冬を抱きしめる。

 

「千冬姉……俺、千冬姉の事が好きだ」

 

「……え?」

 

 突然の告白に千冬は頭の中が真っ白になっていくのを感じる。

 

「引っ叩いといて今更何言ってるんだって思うかもしれない。けど、俺…気付いたんだ。俺も、千冬姉の事を異性として見ていたって」

 

 そこまで言って一夏は一度間をおくと同時に千冬から身体を離し、彼女の顔をじっと見つめる。

 

「好きだから……千冬姉の事が大好きだから、ちゃんとした形でそういう関係になりたい。自棄みたいな形で千冬姉を抱きたくない。恋人として千冬姉のことを抱きたい、幸せにしたいんだ!!」

 

「い、ち……か……」

 

 また千冬の目から涙が零れ落ちる。

だけどその涙は決して今までのような悲しいものではない。

最愛の存在と心が通じ、結ばれようとしていることへの歓喜の涙だ。

 

「本当に、今更かもしれないけど、千冬姉……俺と付き合ってください」

 

「はい!……一夏、私も……愛してる」

 

 想いは重なり、一夏と千冬は再び抱き合い、口付けを交わす。

そしてそのまま一夏が千冬の身体を押し倒し、互いに身も心も重ねあうまでさほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

 翌日の正午……一夏と千冬は二人並んで日の光が差す森の中を歩き、万屋への帰路についていた。

千冬の歩き方は少々ぎこちないがそんな彼女を支えるように一夏は千冬と手を繋ぎ、身を寄せ合っている。

 

「アリスに悪い事をしてしまったな。アイツ私達を呆れ目で睨んでたぞ」

 

「うん…でもまぁ、ちゃんと掃除したし。今度依頼受ける時は依頼料をサービスしてあげるって約束したから」

 

 お互いに頬を赤く染めながらぎこちなく笑い合う。

その後二人の間を静寂が支配したが、やがて千冬が口を開く。

 

「一夏、本当に私で良いのか?」

 

「良いに決まってるよ。だって俺は、千冬姉だから好きになったんだから」

 

 僅かに不安げな表情を浮かべて問いかける千冬に一夏は優しく笑みを浮かべる。

それにつられて千冬も笑い、一夏に顔を近づける。

 

「私もだ、一夏……」

 

 触れるだけの軽いキスを交わし、二人は再び歩き始めた。

 

 

 

「まさか、こんな事になるなんてね」

 

 寄り添いあいながら歩く一夏達を上空から見つめる三人がいる。

十六夜咲夜、魂魄妖夢、東風谷早苗だ。

彼女達は朝起きて早々に妙な予感を感じ、一夏達の様子を見に来たのだが何があったのかは千冬のぎこちない歩き方を見れば何があったのかは大体想像が付く。

 

「あんな超ドストレートな告白までしたのに……告白から一日も経たずにこんな……」

 

 失意丸出しで早苗がうな垂れる。

 

「で、どうするの?このまま一夏を諦める?」

 

 咲夜の言葉に二人は顔を見合わせ、直後に咲夜の方を見る。

 

「言っておくけど私は諦める気は無いわよ」

 

「私もです。今は一夏さんが千冬さんに傾いてるかもしれませんけど、いつか必ず振り向かせるつもりです!!」

 

「それなら、私だって!!」

 

 威勢良く返す二人に咲夜は笑みを浮かべ、一枚の紙を取り出し、二人に見せる。

 

「それじゃ、この手紙は私たち全員の総意って事で良いわね?」

 

 紙に書かれた文字を読み、二人は頷く。

それを確認すると咲夜はナイフに手紙を結びつけ、一夏達が歩く道の近くにある木を目掛け、ナイフを投げる。

投げたナイフに一夏達が気付くのを確認すると三人は背を向けてそれぞれの帰る場所へ去っていく。

 

手紙にはこう書かれていた。

『今回は私達の負けだけど、必ずアナタから一夏を奪って見せる!』と……。

 

「一夏はお前らにはやらん!!」

 

 千冬の怒鳴り声を背に、三人はこれからの長い戦いに必ず勝利する事を心の中で誓ったのだった。

 

 

 余談ではあるが咲夜達の千冬への宣戦布告に一夏はある事を心に決めていた。

 

(これからは女心をもう少し知ろう。身が保たないから……)




次回予告

遂に完了したにとりによるISコアの解析。
そして起こりつつある異変の前兆に集う幻想郷の強豪達。
因縁は外界だけでなく幻想郷をも巻き込み、物語は新たな展開を迎える。

次回、幻想郷編最終話・『真実と異変の予感。いざ外界へ!』

千冬「束……お前は何故そんな真似を?」

にとり「河童の技術力は世界一ィィィ!!」


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真実と異変の予感。いざ外界へ!

 姉弟という垣根を越え、一夏と千冬が一組の男女として結ばれた日から約4ヶ月の時が過ぎ、現在は2月末。

外はまだ寒さの残る日々が続いているが一夏達の暮らす万屋は防寒設備がしっかりしているためか十分暖かい。

そんな暖かさに包まれたまどろみの中で千冬は目を覚まし、一糸纏わぬ体にシーツを器用に巻きつけて身体を起こす。

隣では自分と同じく裸姿の一夏が寝息を立てている。

 

「……一夏」

 

 穏やかな寝顔の一夏を見ていると昨夜の情事を思い出し、千冬は頬を紅く染めながら一夏の身体に触れる。

無駄がなく引き締まった全身の筋肉、全身の至る所に勲章のように刻まれた傷跡が一夏の逞しさを引き立てている。そんな逞しい一夏に自分は抱かれ、千冬は事の最中は勿論、余韻に浸る今も尚途方も無い幸せを感じる。

それと同時に愛おしさと悪戯心が芽生え、千冬は寝息を立てている一夏に覆いかぶさり、そのままキスをする。

 

「一夏……んっ…………んんっ!?」

 

 触れるだけのキスを堪能していた千冬だったが、突然頭をガッチリと捕まれ、寝ていたはずの一夏の舌に自分の舌を絡め取られる。

 

「ん゛んーーーーっ……プハッ。い、一夏お前起きてたのか!?」

 

 一夏からの思わぬ不意打ちに千冬は狼狽しながら千冬は拘束から解放されて顔を離す。

 

「千冬姉がキスしてきた辺りからね」

 

 最高に”良い”表情で笑ってみせる一夏。姉弟という垣根を越えて付き合うようになってから千冬は終始一夏にリードされていたりする。

 

「一応私は姉で年上なのに……」

 

「良いじゃん、凄く可愛いんだから。それよりさ……」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、一夏は千冬と体位を入れ替える。

 

「あ……また、するのか?」

 

「うん、千冬姉のキスで興奮したから。千冬姉は嫌?」

 

「嫌な訳…無いだろ」

 

 恥じらいながらも千冬は一夏に身を委ねつつ一夏に向けて僅かに唇を突き出してキスをねだる。

 

「千冬姉!」

 

「一夏っ……んんっ!」

 

 本能のままに舌を絡め合う一夏と千冬。

そのまま互い下半身に手を伸ばそうとした……が、その時。

 

「一夏、千冬!!遂に解せ……」

 

「「あ……」」

 

 窓からISを背負いながら飛び込んできたにとりの表情が一気に凍りつく。

まぁ、そりゃ素っ裸でディープなキスをかましながらイチャつく男女(しかも姉弟)を目撃してしまえば困惑するのも当たり前だが……。

 

「……オジャマシマシタ」

 

「ま、待ってくれにとり!」

 

「今の無し、無しで頼……どわぁあああ!?」

 

 引き攣った顔で背を向けるにとりをおいかけようとして一夏と千冬は盛大にすっ転んだ。

 

 

 

「あー、えーと……とりあえず、本題を言わせて貰うと例のコアの解析、終わったよ」

 

 起きて早々に起きたドタバタ劇から数分後、一夏と千冬は着替え、にとりも混乱から覚めてにとりは漸く本題を切り出す。

 

「本当か!?それで、どうだったんだ?」

 

「うん、その事で色々と分かった事があるんだけど……まず結論から言わせて貰うと男がISを使うの事は可能だね。その方法も見つけたよ」

 

 にとりの言葉に一夏と千冬は安堵の表情を浮かべる。

男にもISが使えるようになれば女尊男卑を根本的に解決できる。それが可能になったのは最高の収穫だ。

 

「でね、ココから先なんだよ本題は」

 

 喜びの表情を浮かべる二人とは逆ににとりは真剣な表情になる。その表情にはどこか嫌悪感も出ている。

 

「解析していて分かったけど、まずコレは宇宙進出を目的にしたものじゃない、完全に戦闘を目的に作られた兵器だよ」

 

「!?……そ、そんな」

 

「宇宙へ上がるためなんてありえないよ。そもそも完全装甲(フルスキン)じゃない時点でパイロットに死ねって言ってるようなもんだよ。シールドエネルギーや絶対防御は宇宙服の役目は果たせてないしね」

 

 にとりの口から出た思わぬ言葉に千冬はハンマーで頭をぶっ叩かれたような衝撃を受ける。

『ISは宇宙へ進出するためのもの』……そう言っていたのはISを作った張本人である束なのにそれを根底から覆されてしまったのだ。

 

「そしてこれが一番胸糞悪い部分……ISは男に使えないように出来てるんじゃない。元々男女問わず使えるように出来てるよ」

 

「な!?じゃあ男に使えなかったのは……」

 

「人為的にプロテクトが掛かってたから、って事だね」

 

 宣告にも似たにとりの言葉に千冬は苦虫を噛み潰したような顔になる。

男女問わず使用出来るものをわざわざプロテクトを掛けてまで女性専用にしている。

この時点で束が意図的に世界を女尊男卑にしたのはほぼ間違いないだろう。

 

「そして、唯一プロテクトのパスコードに設定されている生体データも見つかったんだけど……」

 

「まさか!?」

 

 千冬は半ば確信したように声を上げる。

束がISを動かせるように設定する生体データの持ち主などたった一人しかいない。

 

「俺……って事か?」

 

「うん。触ってみなよ、直しといたから」

 

 そう言ってにとりは持ち込んだラファール・リヴァイブに目を向け、それに促されるように一夏はそれに触れる。

そしてその機体に内蔵された部品が動き出しラファールは起動した。

 

「束……お前は何故そんな真似を?」

 

 起動するラファールを前に千冬の呟きが虚しく部屋に響く。

 

「にとり、男に使えるようにする方法も見つかったんだろ?」

 

 親友の行為に疑念を抱き、俯く千冬に変わり一夏が口を開く。

 

「うん。って言っても単にプロテクトを解除するだけだからね。今の外界の技術でも解除は可能だよ。はいこれ、この中に解除方法入力しといたから」

 

 にとりは懐からUSBメモリを取り出し、一夏に渡す。

一夏はそれを受け取り一瞥した後、千冬の方を向く。

 

「とりあえず、これで根本的な問題は片付いたわけだし、あとはどうやってこれを世間に発表するかだけど……」

 

「そこら辺は私がどうにかする。束からデータを盗んだという事にでもすればどうにかなるだろう」

 

 多少気落ちしながらも千冬は一夏の問いにしっかりと返す。

 

「じゃあ、他には……」

 

「一夏さん、千冬さん。いますか?」

 

 一夏達が今後の事について考えを巡らせようとしたその時、家の外から大声が聞こえてくる。

紅魔館の門番、紅美鈴だ。

 

「美鈴?どうしたんだよこんな所で?」

 

「お嬢様とパチュリー様が大至急来てくれと言ってました。何か、外界に関することのようです」

 

「「「外界?」」」

 

 美鈴の口から出た思わぬ単語に三人は顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 紅魔館の大広間の中に大勢の人物が人間、妖怪、神など人種を問わず一堂に会する。

博麗霊夢、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイドなど幻想郷でも屈指の実力者を始め、白玉楼、永遠亭、八雲家、守矢神社、それに加え半月ほど前に異変を起こした地底の者達の姿も数名ではあるが見られる。

更には地獄に住む閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥとその部下の死神、小野塚小町の姿もあった。

そして当然ながら一夏と千冬、それに着いて来たにとりもその中に居た。

 

「で、パチュリー。私たちをココに呼び出した理由って何だ?」

 

 一通り人数が集まったのを皮切りに、魔理沙が口を開く。

 

「ココにいる何人かは勘付いている筈よ。魔理沙、アナタも魔法使いなんだから気付いてる筈よ」

 

「……やっぱり、アレか」

 

 パチュリーの言葉に魔理沙は納得したように呟き顔を顰める。

 

「そろそろハッキリ言ってくれない?私達にも解るように」

 

 痺れを切らして霊夢が声を上げる。

それに伴いパチュリーは静かに口を開く。

 

「アナタ達を呼んだのは私だけではないわ。私と彼女……八雲紫よ」

 

 パチュリーの言葉にその場にいる全員が紫を見る。

それに対して紫は何も言わずに椅子に座って目を閉じて……。

 

「……zzz」

 

 いや、寝ていた。

 

「……すいません、紫様は本来この時期は冬眠中なんで」

 

 紫の式である九尾の狐、八雲藍は頭を抱えながら他の者たちに謝罪する。

 

「……話を戻すわ。事の発端は半年前……いえ、紫にとっては2年前ね。その頃から外界では少しずつ、本当に少しずつだけど魔力を感じる頻度が増え始めていた。当時は私もまだ気にも留めていなかったんだけど、1年前ぐらいからそれが少しずつ気になり始めていた。そして半年前、八雲紫に調査を依頼……というか押し付けられたの」

 

 パチュリーはジト目で紫を睨みながら説明する。

しかし紫は無反応のまま眠り続けている。

 

「すいません……」

 

 こうなってしまった以上一番割を食うのは彼女の式である藍である。

 

「まぁいいわ。それで調べて最近になって漸く分かった事があるんだけど、これがアナタ達を呼び出した最大の理由よ。小悪魔、アレを」

 

「はい」

 

 パチュリーの指示を受け小悪魔は大型の水晶玉をテーブルに運ぶ。

 

「この水晶玉を通せばその魔力を直に感じることが出来るんだけど、何しろ場所が外界なだけに、魔力を特定するのにかなり時間がかかったわ。けど……ようやく例の魔力を特定する事が出来たわ。コレを直で感じれば全て理解できるわよ」

 

 それだけ言ってパチュリーは水晶玉を持つ手に力を込め、直後に水晶球が光り輝く。

 

『!!?』

 

 美しく光る水晶玉に反し、その奥から迸るのは圧倒的なまでに黒い魔力。

まるで全てを憎み、拒絶するかのようなドス黒い悪意を持った魔力。

 

「ハァ、ハァ…ッ!?」

 

「な、何なんだ、この魔力は?」

 

「何て……ドス黒いの」

 

「ら、藍しゃまぁ……」

 

 その場に居た全員がその異常な魔力に冷や汗を流し、全身に鳥肌が立つような感覚を覚える。

藍の式である化け猫の橙(チェン)に至っては藍にしがみ付いて身体を震わせている。

 

「これは確かに異常ね。それに加えて水晶越しでもコレだけの魔力……放っておけば幻想郷にとんでもない災害となりえるという事もありえるわ。……やはり私の勘は正しかったわ」

 

 先程まで寝ていた紫が突然目覚め、珍しく真剣な表情で水晶玉を睨みつける。

 

「もしかして……月に戦争を仕掛けた人間って」

 

「この魔力の持ち主かもね。これ程ドス黒く底知れない魔力の持ち主、月に手を出すという命知らずな真似をしてもおかしくないわ」

 

 輝夜の言葉に周囲の空気が更に張り詰めたものに変わる。

月の戦力は千年以上前に起きたと言われる月面戦争において紫率いる妖怪の軍勢を敗走させるほどのものである。

 

「鈴仙、その戦争を仕掛けた奴に関して何か情報は無いのか?」

 

 今まで黙っていた千冬が鈴仙に訊ねる。

 

「正直あんまり有力なものは無いですね。私がキャッチした波動で判明してる事は、その地上人は機械の人形を多数所有している事と、陣頭で年端も行かない少女がその機械人形を身に纏って戦っていたという事ぐらいです」

「……そうか」

 

 鈴仙からの情報に千冬は顎に手を当てて考え込む。

 

(機械人形……やはりISなのか?それに今の話を聞く限り無人機を使用しているとも考えられる)

 

 千冬の頭の中で彼女にとってあまり喜ばしくない仮説が浮かび上がってくる。

ISは(名目的には)宇宙進出のために作られたものだが、現状ではISの運用は兵器とスポーツに集中して宇宙への進出は殆ど無い。

第一にISで宇宙に上がったという話題すら聞かない程だ。

いや、実際には実験は行われているのかもしれないが失敗に終わったのだろう。

ISが宇宙で使えるような物でないという事実はにとりによって証明済みだ。

 

(つまり、月面への襲撃者はISを宇宙用に改造する事が出来て、尚且つ無人機を作れる人物……)

 

 千冬が知る限りそれは一人しか居ない。

 

「千冬、アナタが何を考えているのか大体分かるわ。ISと篠ノ之束の事でしょう?」

 

「……ああ。知っていたのか?アイツの事を」

 

「ええ、名前程度はね」

 

 紫からの指摘に千冬は肯定の意を示す。

 

「確かに束なら可能だと思う。だが疑問もあるんだ……一夏以外の皆は知らないだろうがアイツは他人に対して驚くほど無頓着で私と一夏、あと妹の篠ノ之箒以外に対してはまともに口も聞かない程なんだ。鈴仙が言うには陣頭に立って戦っていたのは年端も行かない少女との事だが、束が私達以外に心を許す者がいるのか?」

 

 千冬にとってはむしろそれは願望に近いものだった。

束に対して疑念は募るばかりだがそれでも千冬にとっては親友なのだ。

出来ることなら彼女を説得して一緒に罪を償って真っ当に生きていけるようになりたいと今でも千冬は思っている。

 

「アナタの気持ちは解るけど、現状では彼女が第一容疑者よ。これ程の魔力に月に襲撃をかける人間……幻想郷の存在を知らないとは思えない。調査する必要があるわね」

 

 千冬の言葉を一蹴するようにレミリアは言い放つ。

千冬は何も言えずに黙るしかなかった。

 

「外界に出るつもりですか?調べるのは仕方ない事ですが、外界に出るとなると私達幻想郷の住人ではそう大っぴらには動けませんよ。外界と幻想郷は剥離されているからこそ均等が保たれている、しかし下手に動き回れば外界を混乱に陥れてしまう可能性もあります」

 

 調査に対して難色を示したのは閻魔である四季映姫だ。閻魔である彼女にとって下手に動いて罪が増えてしまうのは見逃せないことなのだろう。

 

「そうね、だから大っぴらに動けるように隠れ蓑を考えているわ。一夏、千冬、アナタ達とお互いに協力する形になるけどね」

 

 嬉々とした表情で紫は計画を語る。自身が考えた壮大な計画を……

 

「な、なるほど……確かにそれなら男女平等に戻す事も出来るし堂々と調査も出来る」

 

「でしょ?ついでに言えば女尊男卑から男女平等に戻す際の反動も少なくなるわ」

 

 紫の計画に千冬は驚くと同時に賞賛する。

 

(そのやる気を偶には仕事にも向けてくださいよ、紫様……)

 

 藍が内心でそうぼやいていたのは彼女だけの秘密だ……。

 

「問題はそれを可能にする方法だけど……にとり、出来るか」

 

「フフフ……河童の技術力は世界一ィィィ!!」

 

 某奇妙な冒険漫画の第2部に登場するドイツ軍人のようなポーズでにとりは声高に叫ぶ。

 

「実は研究段階でその手の道具を作っておいたのさ!」

 

「おお!!」

 

 即効で解決した問題に一夏の目が輝く。

この時点で計画の準備はほぼ完了したといっても過言ではない。

 

「それじゃあ、調査に参加したい者は3日後に博麗神社へ。文、告知と人材集めはアナタに頼むわ」

「了解。その代わり私も行かせて貰いますよ。こんなおいしい新聞のネタ、滅多にありませんからね!!」

 

 紫と文の会話によって紅魔館での会議は締めくくられた。

 

 

 

 

 

「紫さん」

 

「あら一夏。何かしら?」

 

 会議に参加していた者達が帰路に付く中、一夏は一人紫を呼び止める。

 

「一つ教えてくれ。俺をこの幻想郷へ導いたのは、やっぱりアンタなのか?」

 

「何でそう思うのかしら?」

 

 考えの全く読めない笑みを浮かべながら紫は聞き返す。

しかし一夏はどこか確信のあるような表情で言葉を続ける。

 

「アンタはさっき、あの魔力を感じた時、『自分の勘は正しかった』って言っていた。それにアンタは束さんを知っていたし、千冬姉が束さんの事を考えているのも見抜いた。最初からあの魔力の持ち主は束さんだって確信があったんじゃないのか?だから束さんと関係のあった俺を……」

 

「4割程正解ね。でもなかなか良い回答よ」

 

 一夏の推理に紫は曖昧な表現で返し、直後に淡々とした口調で語りだす。

 

「まず、確かに私は篠ノ之束を確かに知ってるし彼女が怪しいとも思ってるけど確証があるわけではないわ。まぁ、確証なんていちいち得るのも面倒臭いし」

 

「……そ、そうですか」

 

 若干いい加減な態度に呆れつつも一夏はそれ以上何も言わなかった。

言っても無駄だと思ったから……。

 

「そして二つ目、お察しの通りアナタをココ(幻想郷)へ導いたのは私よ。けど、それは篠ノ之束の関係者だからではない、アナタだからよ」

 

「俺だから?」

 

 紫の思わぬ答えに一夏は目を丸くする。

 

「そう、正確にはアナタの底知れない資質ね……アナタを見た時、幻想郷へ導くべきだと感じたのよ。私の勘がね」

 

「また勘かよ」

 

 どこまで本気で行っているのか解らない紫の物言いに一夏は苦笑いを受かべる。

逆に紫は扇子で口元を隠しながら意味深な笑みを浮かべて一夏に背を向ける。

 

「どう捕らえるかはあなたの自由よ。それじゃあ、3日後にね」

 

 言葉と共に紫は己の能力で空間の境界を操り、虚空に裂け目を作り出し、どこか別の場所へと繋いで藍、橙と共に去っていく。

 

「スキマか。……いつ見ても訳の分かんねぇ能力だな」

 

 そんな事を呟きながら一夏も気持ちを切り替え、外界への帰還に思いを馳せながら自分を待つ千冬のもとへと向かった。

 

 

 

 

 

 外界への異変調査が決定したその日の夜。

この時点で既に参加を決意している者達も多数おり、皆それぞれの思惑を持っていた。

 

 

魔法の森

 

「やっぱりアナタも行くの?」

 

「ああ!あんな魔力を感じて指咥えて見てるだけなんてゴメンだぜ。一夏と千冬に協力するのも悪くないしな」

 

 ある者達は一魔法使いとして……。

 

 

紅魔館

 

「それじゃあパチェ、小悪魔。留守番とフランの事頼んだわよ」

 

「ええ、分かったわ。アナタに渡した例の日焼け止めの効果は1回で14時間だから気を付けてね」

 

「お嬢様、咲夜さん、美鈴さん。どうかご無事で」

 

「お姉さまぁ〜〜、お土産よろしくね」

 

「あの……私の門番の仕事はどうなったんですか?」

 

「あって無いようなもんでしょ……(必ず一夏を手に入れて見せる!!)」

 

 

白玉楼

 

「それでは幽々子様、行ってまいります」

 

「お土産よろしくね。あと出来れば一夏君も手に入れてくるのよ」

 

 

守矢神社

 

「まさか、信仰が薄れる一因となったISに関る事になるなんてね」

 

「でも、ある意味外界の方でも信仰を増やすチャンスかもしれないよ」

 

「あと、一夏君を手に入れるチャンスでもあります!!」

 

「その意気だよ早苗。絶対ものにして来い!!」

 

 

 またある者達は野心を胸に……。

 

 

妖怪の山

 

「はぁ〜〜」

 

「ん?どうしたの椛」

 

「……これ」

 

『射命丸文のお目付け役を命じる』

 

「……ご愁傷様」

 

 またある者は仕事で……。

 

 

 

 そして……

 

「千冬姉、荷物の準備できたよ。そっちは?」

 

「ああ、あと少しだ」

 

 万屋を閉め、数日後に待つ外界への帰還に向けて準備をする一夏と千冬。

荷物を纏める千冬の手を見つめ、一夏は突然その手を優しく握った。

 

「手、震えてるよ」

 

「……すまない」

 

「怖いの?」

 

「少しだけな……」

 

 僅かに声を震わせながら千冬は答える。

彼女にとってはこれから先に待ち受ける運命は自分の罪と真っ向から向かい合うものだ。

遅かれ早かれこうなる時が来るのは分かっていたものの、いざその時になるとやはり恐怖心が生まれてしまうのだ。

 

「……大丈夫」

 

 しかしそんな千冬を抱き寄せながら一夏は優しく笑いかける。

 

「俺が支えるから、千冬姉の事。……支えて、守るよ」

 

「ありがとう、一夏……愛してる」

 

 一夏の言葉に千冬は頬を赤らめながら微笑み、二人は唇を重ねた。

 

 

 

 

 そして3日後

 

「それじゃあ……行くぜ、皆!」

 

 さまざまな思惑を胸に幻想郷の住人達は外界へと旅立つ。

この先にどんな運命が待ち受けるのかを彼らはまだ知らない……。

 

 

 そしてこれより数日後、とある二つの記事が新聞の一面を飾る事となる。

 

『世界初の男性IS適正者発覚!!』そして『無名のIS企業、男性のIS使用方法を発見!!』と……。

 



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番外編 メイドインワンサマー

 主人公、織斑一夏とコンビを組むのはヒロインである千冬を差し置いて紅魔館のメイド長、十六夜咲夜!!

器用な何でも屋の一夏に終始クールな咲夜。二人はいったいどんな漫才を披露するのか!?

 

エントリーNo1341 メイドインワンサマー!!

 

(出囃子・フラワリングナイト)

 

一夏「はいどーも、メイドインワンサマーです」

 

咲夜「よろしくお願いします……はぁ」

 

一夏「どうしたんだよ咲夜?溜息なんて吐いて」

 

咲夜「溜息だって吐きたくなるわよ。知ってるでしょ?東方M−1ぐらんぷりの第1回と第6回でお嬢様と妹様が……」

 

一夏「ああ、紅魔館が全焼したアレか!」

 

咲夜「そうなのよ、あれ以来もうお金無くて……」

 

一夏「火事だけに火の車か」

 

咲夜「上手い事言ったつもりかもしれないけど、あんまり面白くないわよ」

 

一夏「あ……そう?」

 

咲夜「それでね、起死回生の手段として思いついたんだけど…」

 

一夏「ほう?」

 

咲夜「エッセイを出そうと思うの」

 

一夏「いや、エッセイって……まだ十代だろお前」

 

咲夜「いやいやいや、これでも結構波乱万丈な人生送ってるのよ私」

 

一夏「そうなのか?」

 

咲夜「ええ。だからね、私がそのエッセイを朗読するから聴いてほしいのよ。私が歩んできた全てを……」

 

一夏「何か言い方がやらしいな、オイ」

 

咲夜「じゃあ読ませてもらうわ……」

 

『私の名は十六夜咲夜。といってもこれは生まれついての名前ではない』

 

一夏「お、なんかそれっぽいな」

 

『今から17年前、某国の小さな町で産声を上げた赤ん坊、それが私だ。父と母は私が生まれてすぐ亡くなったらしい。物心付く頃、私は孤児院の中で育てられた。』

 

一夏「俺も親居ないからな、きっと辛かっただろう……」

 

『他の子供たちと全く同じように育てられた私だったが、私は他の子供とは決定的に違う点があった。それは「時を操る」という能力を持つという事だった……』

 

一夏「生まれ持った能力って奴だな」

 

『人は未知を怖れ、自らの常識を覆す存在を拒絶する。たちまち私は周囲から孤立した。』

 

一夏「人間の身勝手さがよく分かるぜ」

 

『だが、そんな私に一つ目の転機が訪れる日が来た』

 

一夏「あ、吸血鬼ハンターの下りか」

 

『ある本屋で見つけた日本の漫画だった』

 

一夏「え?」

 

『その作品の第1部、第3部に登場する時を止める吸血鬼。圧倒的な悪のカリスマを持つ彼を見たとき、私は彼のようになりたいと思った。いわゆる「そこにシビれる、アコガれるぅ!!」という奴だ。』

 

一夏「ちょっと待てぃ!!」

 

咲夜「何?」

 

一夏「おかしいだろ!何で吸血鬼ハンターが吸血鬼になりたがってんだよ!?」

 

咲夜「それはこれから分かっていくわ」

 

一夏「そ、そうか?」

 

咲夜「続きを読むわよ」

 

『彼のようになりたい……そう感じた私は彼のようになるためには必須のアイテム、石仮面を捜し求めた。しかしそんなものはどんなに調べようが探そうが無かった』

 

一夏「ある訳無いだろ!」

 

『やがて、石仮面は架空の存在だという事を私は痛感し、私は生まれ付いての吸血鬼達が急に妬ましく思えてきた……そんな私が吸血鬼ハンターになっていくのは当然の流れだった。』

 

一夏「全然当然じゃねぇよ!行き過ぎだって絶対!!」

 

『嫉妬心に駆られるままに私は数多くの吸血鬼達を狩り続けた。』

 

一夏「お前に倒されてきた吸血鬼たちが急に哀れに思えてきた……」

 

『だが、そんな私に二つ目の転機が訪れる時が来た。』

 

一夏「おお、遂にレミリアとの出会いか」

 

『永遠に幼き赤い月……紅魔館を統べる吸血鬼、レミリア・スカーレットに私は出会い、そして敗れた。まぁ、その後色々あって私は吸血鬼ハンターから足を洗って彼女のメイド長となり、彼女に忠誠を誓うようになった』

 

一夏「いやいやいや!お前ココ一番大事な所だぞ!!」

 

『やがて私は一人の男性と出会い、恋に落ちた』

 

咲夜「それが今私の隣で純白のタキシードを身に纏い、生涯の伴侶になろうとしている男、織斑一夏だ」

 

一夏「え?ちょ、待った!こんなの聞いてないぞ…って何で俺タキシード着てるんだ!?」

 

咲夜「決まってるでしょう。私が時を止めて着せてあげたの」

 

 いつの間にか咲夜もウェディングドレス姿に変わっていた。

 

美鈴「一夏さんゴメンなさい!!」

 

 直後に一夏は美鈴にロープで塞がれた。

 

一夏「ムグーーッ!!」

 

レミリア「それでは二人とも、色々面倒な事はすっ飛ばすから誓いのキスを」

 

咲夜「はい、一夏…愛してるわ」

 

一夏「んんーーーーっ!!?」

 

咲夜「んっ……ぷはぁっ。これで私達は夫婦に」

 

一夏「んな訳ねーだろ!いい加減にしろ!!」

 

咲夜「ありがとうございまし……」

 

”ズガアァァァン!!”

 

咲夜「!?……アナタ達は」

 

妖夢「殺す……」

 

早苗「コロス……」

 

千冬「KO・RO・SU!!」

 

咲夜「上等じゃない、相手になってあげるわ!!」

 

 大乱闘勃発!

 

一夏「ギャアアアア!!ま、幕を降ろせ!観客の皆さん見苦しいものを見せてすいませんでした……」

 

 

 

 これが、咲夜が現在まで東方M−1に出てない理由……なのかもしれない。

 

ルーミア「そーなのかー」




一時間後に設定集を投稿します。
そっちも是非見に来てください!!


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IS学園
驚愕と襲撃


 一夏達幻想郷の住人たちが外界に出て数日が経過した今もなお、世界は衝撃の真っ只中にあった。

女性にしか扱えないはずのISを動かせる男が発見された……それだけでも十分ビッグニュースだがそれが世界最強のブリュンヒルデの死んだ筈の弟であり、その上行方不明となり自殺説まで浮上していた千冬の生存。

そして紫によって設立されたIS企業(名目上は以前から存在した無名の企業)、『河城重工』によって開発された『男性用IS操縦特殊スーツ』の発表。

テレビや新聞などのメディアは連日連夜報道を繰り返し、今や河城重工は一躍世界の注目の的であり虐げられてきた男達にとっての希望の星、同時にIS委員会保守派を始めとする女尊男卑主義の女達から敵視される事となる。

『こちらが、最近世界中の注目の的となっている男性用IS操縦特殊スーツです。河城重工社長、八雲紫氏の発表によりますと、このスーツを着用してISを操縦する事により生体データを変換し、ISに女性が搭乗していると誤認させることにより男性でもISが操縦可能になるそうです。欠点としましては、スーツ越しのためどうしても適正ランクが最高でCまでしか出ないという点ですが、現在河城重工によって改善策が目下検討中との事です』

 

「予想通り、中々の効果ね」

 

 テレビのニュースに映る自分と河城重工の写真を眺めながら紫は呟く。

外界に出た直後から紫達の行動は素早かった。

まず一時的に同行してもらった慧音の能力でISに関する歴史を改竄し、現存するコアの数を増やし、河城重工の存在をでっち上げた。

直後に操縦スーツを政府と軍に売り込む事でIS業界に確固たる地位を確立し、女尊男卑の風潮の緩和を開始したのだった。

 

なお、一夏に関しては以下の内容で世間に生存が発表された。

『織斑一夏は第2回モンドグロッソの際に誘拐され、自力で誘拐犯から逃げ出したものの重傷を負ってしまい行き倒れになっていた所を偶然発見した河城重工社員が保護したが、その時のショックで記憶喪失状態になってしまい、行き場を失くしたためそのまま河城重工で働くようになった。

その後、一年掛けて身元を調べ上げることに成功し、秘密裏に姉である織斑千冬に連絡を取り、彼女の協力もあり記憶喪失から回復した。

なお、河城重工では以前からISを男性に使用できるようにする研究がされており、一夏はその研究に協力しており、戦闘訓練を受けているため、高い戦闘力を得ている。』

 

「それで藍、世間の方は?」

 

「はい、徐々にではありますが男性の権威が回復の傾向です。各企業(河城重工含む)や軍が男性のテストパイロットを募集しています。あと、今の所男性の女性への報復行為などはそれ程多くはありませんが、随時注意深く調査していく予定です」

 

 紫の質問に藍は淡々と答える。

男女平等へ戻す際の最大の懸念事項は男性の権威回復に伴う反動だ。

これまでの風潮によって不満の溜まった者が突然男女平等になってしまえばこれまでの反動から男女平等どころか男尊女卑に傾きかねない。

そうなってしまえば本末転倒もいい所だ。

そこでランクCまでしか出せない操縦スーツを先に出すことで女尊男卑を緩和し、順序良く男女平等に戻していくという計画が立てられたのだ。

 

(正直、妖怪である私からしてみれば別に男尊女卑になろうが別にどうって事無いんだけどね……ある意味こっちの女達の自業自得だし。でもそうなるとあの閻魔がうるさいし)

 

 面倒臭がりな妖怪の賢者、八雲紫も閻魔である四季映姫の説教は出来れば勘弁して欲しいもののようだ……。

 

「そういえば、例のIS学園だったかしら?一夏達が入学試験受けてる場所」

 

「ええ、正確には編入試験だそうですが……もうそろそろ始まってる頃だと思いますけどね」

 

「さっさと終わらせてこっちの仕事手伝ってくれないかしら?」

 

 そんな事を呟きながら紫は窓の外を眺めた。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハッ……う、嘘、でしょ?こんな事って……」

 

 IS学園編入試験会場のアリーナにてIS越しに膝を付く一人の少女、彼女は目の前の現実が信じられなかった。

目の前で仁王立ちして余裕すら感じさせるのは世界初の男性IS操縦者であり、河城重工で戦闘訓練を受けてきたという少年、織斑一夏……彼の実技試験の対戦相手として選ばれた時、正直言って自分は油断していた。

いくら世界最強である織斑千冬の弟であり、戦闘訓練を受けていようがISに関しては初心者、どんなに過大評価しても代表候補生ぐらいなものだと高を括っていた。

しかし蓋を開けてみれば出てきたのはとんでもない化け物だった。

ナノマシンで構成された水の防御を意図も簡単に突き破る圧倒的なド迫力のパワー。

クリア・パッションによる広範囲攻撃も即座に見抜き射程範囲外に瞬く間に退避してしまう洞察力と機動力。

そしてこちらの攻撃を全く恐れずに突っ込んでくるにも拘らず大半の攻撃を避ける柔軟性と突撃力。

そして何よりその強さを感じさせるのが彼から発せられる圧倒的な覇気。

 

(戦い慣れしてるというの?まるで命がけの戦いに常に身を置いているような……そ、そんな!あ、ありえない!!)

 

 圧倒的な一夏の強さを前にして、IS学園生徒会長にしてロシア国家代表、更識楯無は驚愕を隠せなかった。

 

「なかなか、上々じゃないか。さすがにとりだ、良い仕事してくれるぜ」

 

 楯無の驚愕など余所に、一夏は自分が纏う機体を見ながらそう呟いた。

一夏の専用機『ダークネスコマンダー(魔の拳士)』……武装は両手両足に装備された格闘用特殊アーマー『Dアーマー』と腕から拳にかけて装備された腕部荷電粒子砲『Dガンナー』の二つ、スタンダードな物のみで装甲も量産型と遜色無いものだが、その反応速度と機動性は一夏の能力にも付いて来られる程高いものに仕上がっている。

文字通り”シンプルイズベスト”とも言うべき機体だ。

 

「さて、プライド潰しまくって悪いけどさ、そろそろ終わりにさせてもらうぜ」

 ニヤリと不適に笑い、一夏はゆっくりと楯無に歩み寄る。

 

(ま、まだよ……私にはまだアレがある。油断してる所を狙えば……)

 

 しかし楯無はまだ勝負を諦めていない。

彼女にも国家代表としてのプライドがあり、それに加えて切り札もあった。

自身の専用機『ミステリアスレディ』最強の武器『ミストルテインの槍』……ナノマシンを一点集中させて攻撃する気化爆弾4個分のエネルギーを持つ一撃必殺の攻撃。

それさえ当てれば逆転も夢ではない……彼女はそう思っていた。

 

「(まだ…あと少し……………………)貰ったぁ!!」

 

 射程距離に一夏が入ったと同時に楯無はミストルテインの槍を繰り出した。

 

「っ!!?…………ガ……ぁ、……」

 

 絶対防御をも通り越して激痛と鈍痛が一気に襲い掛かり、轟音と共に声にならない呻き声が上がる。

しかしそれは一夏からではない、他ならぬ楯無自身からだった。

 

「悪いな。洞察力と瞬発力には結構自信があるんだ」

 

 一夏は最初から楯無が何かを狙っている事に気が付いていた。

それを知りつつも一夏はあえてそれを利用した。

楯無がミストルテインの槍を繰り出そうとしたその刹那、一夏は超人的な脚力で即座に楯無に接近、楯無の鳩尾に拳を叩き込むと同時に楯無ごとミストルテインの槍の攻撃範囲からイグニッション・ブーストで退避し、殆どダメージを受ける事無く攻撃と防御の両方を成し得たのである。

 

「安心しろ。内臓には一切傷をつけていない。……って言っても、聞こえちゃいないか?」

 

 地面に倒れ付し、ピクピクと痙攣する楯無を見下ろしながら一夏は背を向ける。

 

『――勝者、織斑一夏』

 

 無機質なアナウンスが一夏の勝利を告げる。

試験官たちは呆然とした表情で一夏の姿を見る。

世界初の男性操縦者とはいえ新人が国家代表を相手に圧勝したのだ。それもシールドエネルギーを6〜7割も残してだ。

余りにも現実離れした光景に試験官たちは自分たちの常識が根底から覆されたような衝撃を受けている。

そんな様子を一夏は全く意に介する事無くアリーナを後にした。

 

 

余談だがこの戦いを控え室のモニターで見ていたレミリアはこの戦いをこう評した。

 

「まるでゴリラ対犬ね」

 

 

 

「そ、それでは試験結果は後日報告しますので、本日はご帰宅していただいて結構です………」

 

 一夏の実技試験から約一時間後、他メンバーの実技試験も終わり、担当試験官は上ずった声で試験終了を告げた。

当然ながら一夏以外の面子の試験結果も全戦全勝。

河城重工メンバーの担当実技試験官達は試合後、全員口をそろえてこう言った。

「あいつ等に私たちの常識は通用しない」と……。

 

 当然ながら一夏達全員が合格した事は言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 やがて一夏達は帰路に着き、迎えの(大型)車に乗って河城重工へと向かう。

ちなみに運転席に座っているのは勇儀(なお、角には認識阻害の術式を施している)である。

 

「勇儀さん、免許なんて持ってたんですか?」

 

「いや、そんなの持ってないよ。紫に偽造品貰っただけ。あとこれ、河童が作った自動操縦のヤツだから」

 

 一夏からの質問に勇儀は運転する振りをしながら答える。

その言葉に一夏は少し安心するが同時に別の不安が頭を過ぎる。

 

(しかし、よりによって勇儀さんって……絶対人選ミスだろ)

 

 勇儀にせよ萃香にせよ幻想郷の鬼は酒豪のため、常に酒を飲んでいると言っても過言ではない。

もしも警察にアルコール検査でもされたら一巻の終りだ。

 

「まったく、外界ってのは酒飲みに厳しいねぇ。来る前に酔い覚ましなんか飲まされて酒気が消えちゃったよ。あ〜、帰ったらまた飲まなきゃ」

 

(何だ、良かった……)

 

 勇儀以外の全員が心の声をそろえて同じ事を思った。

 

 

 やがて車は博麗神社及び河城重工のある山中に入り、河城重工を目指す。

そんな時、一夏達は妙な予感を感じていた。

 

「ねぇ、何か近づいてない?」

 

「早苗さんも感じましたか?」

 

 早苗が真っ先に声を上げ、車内に緊迫した空気が立ち込める。

 

「椛!」

 

「はい、今探ってます!」

 

 文の言葉に椛は僅かに窓を開けて鼻を利かせる。

白狼天狗である彼女は嗅覚が犬並に鋭いのだ。

 

「数は15前後……この女性と機械のものが交じり合った独特の臭い……間違いありません、ISです」

 

「やっぱりか。早速来やがったか……」

 嫌悪感を含んだ表情を浮かべながら一夏達は身構え、待機状態のISをいつでも展開可能にする。

 

「恐らく例のIS委員会のタカ派でしょうね。まったく……無知とは恐ろしいものね。簡単に自分自身を破滅に持っていくんだから」

 

 呆れたように呟くレミリア。しかしその身体からはいつでも敵を殺せると言わんばかりの殺気を放っている。

 

「奴等が攻撃してきたと同時に出るぜ」

 

 魔理沙の言葉に全員が頷き、静かにその時を待つ。

そして車が駐車場に止まったと同時に量産型IS部隊は姿を現した。

 

 

 

「撃てぇぇーーーーー!!!!」

 

 出現と同時にワゴン車をアサルトライフルで集中放火するIS部隊。

リーダー格の女は勝利を確信したかのように口元をゆがめて笑みを浮かべるが直後にその表情は凍りつくことになる。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 絶叫と共に隊員の一人の腕がありえない方向に曲がる……いや、捩れた。

車から飛び出した一夏の繰り出した一撃が一人の女の腕の骨を粉々に砕いたのだ。

 

「ひ、怯むな!撃て、殺せぇーーーっ!!!」

 

 自己暗示をかけるようにリーダー格の女は隊員達に命令を飛ばすがそれは適わなかった。

 

「があああああっ!!?」

 

「うぐえぇぇっ!!?!?」

 

「た、助け…ギャアアアア!!!!!」

 

 次々に聞こえる断末魔にも似た悲鳴の数々、15名いたはずの隊員の内12人が一気に倒され、地面にたたきつけられた。

 

「ア゛ア゛ァァーーーーーーッ!!!」

 

 そしてより一層大きな悲鳴が聞こえ、反射的に残った二人の女は声のした方向を向いてしまう。

そして見てしまった。最悪の絵図を……

 

「まずい血……やっぱり私腹を肥やす豚みたいなヤツの血なんて不味いったらありゃしない。脂が乗りすぎよ」

 

 レミリアの指が隊員の顔、正確には左目を抉り取っているのだ。

まるでB級のホラー映画のように指先に付いた血をペロリと舐めるレミリアのその姿に襲撃者達の恐怖心が更に煽られていく。

 

「ひぃぃっ!…う、動くな!コイツを殺………グギャぁッ!!」

 

「鬼を人質に取ろうたぁ、良い度胸してるじゃないか」

 

 恐怖に駆られ隊員の一人は近くで静観していた勇儀を人質に捕らえるが逆に彼女の鉄拳で顔面が潰されてしまう。

 

「ば、化け物……」

 

 残ったのはリーダー格の女ただ一人。その彼女も最早戦意を失いただガタガタと震えるだけの存在になりさがっている。

そんな彼女に逃げる力すら残されている筈も無く、なす術なく拘束されたのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様。あとの始末はこっちでやるわ」

 

 襲撃部隊全員を拘束し、河城重工に戻った一夏達に紫は労いの言葉と共に捕らえた女たちを見据える。

 

「それで、教えてもらえるかしら?アナタ達が何処の誰で何が目的か」

 

 怯える女達に歩み寄り紫は静かに問いただす。

殆どの面子が怯えきっていたが唯一リーダー格の女は紫を睨みつけて声を上げる。

 

「あんた達があんなもの作るからよ!この裏切り者が!!」

 

 恐怖心を怒りに変換したように女は紫に噛み付かんばかりに喚き散らす。

そんな女の反応に紫はつまらなそうに溜息を吐く。

 

「何でよ!?何であんなもの作ったのよ!?アレが無ければ私達女の地位は……」

 

「アナタみたいなのが威張り散らす社会なんてつまらないから、これが理由よ。もう連れて行って、お約束過ぎてつまらないわ。このまま警察と政府に引き渡すからせいぜい独房で永久に後悔する事ね」

 

 襲撃者に対する興味を完全に失い、紫はいい加減な態度で白狼天狗達に襲撃者達を連行するように命じ、女達は白狼天狗達によって連行され、彼女等の表情は絶望に変わっていく。

 

「(私が終わり?そんな…せっかくIS委員会所属のパイロットになったのに……こんな下等な男や裏切り者共のせいで……)う、うぉぁああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「!(…手榴弾!?)」

 

 逆上したリーダー格の女は隠し持っていた手榴弾を取り出し、がむしゃらに投げつけようとするが、手榴弾の存在にいち早く気付いた一夏は素早く反応して女の身体に拳を叩き込んだ。

 

「げ…ガッ……」

 

 女の口から呻き声が上がると同時に血が流れ落ちる。

一夏の喰らわせた一撃は彼女の体中の骨を打ち砕き、砕かれた骨が内臓を破壊したのだ。

 

「あ……ぁ……いや…………死にたく…な……………」

 

 恐怖で引き攣った表情で女は目を見開いたまま絶命した。

他の女達はその光景に絶叫し、発狂して暴れまわるが白狼天狗や他のメンバー達に押さえつけられて強制的に連行される。

そんな中で一夏はたった一人その場に残り、突発的とはいえ敵を殺してしまった自分の手を呆然と見詰めていた。

 

「お、俺が……こ、殺し……たのか?」

 

 初めて知った殺しの感覚。今まで自分の命を懸けることは何度もあった、しかし直接敵を手にかけたのはこれが初めてだった。

 

「一夏……」

 

 いつの間にかやって来た千冬が心配そうな目で自分を見つめている。

 

「千冬姉……俺、人を」

 

「それ以上言わなくていい」

 

 千冬は一夏の言葉を遮るように彼の身体を抱きしめる。

その行動に一夏の瞳に少しずつではあるが生気が戻っていく。

 

(千冬姉……そうだ、いつかこうなる事は覚悟していたはずだ。悲しんでいる暇なんて、無いんだ)

 

 気を取り直し、一夏は再び自分の覚悟を再確認する。

世界を男女平等に戻す……それは女尊男卑主義者を全て敵に回すのと同じ事。

今回のような襲撃も再び起こる可能性だってある。

しかし自分はそれを覚悟の上で外界に戻ってきたんだ。

 

「ありがとう千冬姉……もう、大丈夫だよ」

 

 感謝の言葉と共に千冬を抱きしめ返す一夏の目から一筋だけ涙が零れる。

泣くのはこれまでだ。本気で泣くのは全て終わってからにしよう……一夏は固く決意した。

 

「一夏……お前の罪も悲しみも私が一緒に背負ってやる。お前が私にそうしてくれたように……」

 

 そして一夏の涙に同調するかの様に千冬も一筋だけ涙を流したのだった。

 

 

 

 

 

 それから数日後、襲撃者たちはさとりによる取り調べの結果、やはりIS委員会のタカ派の送り込んだ部隊である事が判明。

しかし、IS委員会は一部の人間による独断専行だと断言。結果として襲撃者達だけが切り捨てられる形で事態は収束した。

 

それと同時期に一夏達のIS学園への入学と千冬の教師就任が決まり、物語の舞台はIS学園へと移る。

 




次回予告

 IS学園に入学した一夏達。
入学早々一夏は幼馴染との再会やイギリス代表候補生との一悶着などトラブルが耐えない。
しかし、そんなトラブルも一夏にとっては外界での仕事の一つでしかない。

次回『IS学園入学』

一夏「随分程度の低い事で威張るんだな、お前は」

レミリア「スカーレット家に喧嘩を売るとどうなるか、身の程を以って教えてあげるわ」



IS紹介

※評価は上からA、B、C、D、Eでランク付けしています。

ダークネスコマンダー(魔の拳士)
パワー・C〜A(一夏のパワー次第)
スピード・A
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・D
射程距離・C

パイロット・織斑一夏

武装
格闘用特殊アーマー『D(ダークネス)アーマー』
両手両足に装備された特殊装甲。
一夏自身のパワーに比例して威力を上げる事が出来る

腕部荷電粒子砲『D(ダークネス)ガンナー』
威力に優れた射撃武器。
発射時は腕をまっすぐ伸ばす必要がある。
一夏は拳から弾幕などを発射する時と同じような感覚で使用している。

にとりによって製作された一夏専用機。
一夏の格闘能力を最大限に活かせるように設計されている。
カラーリングは黒地に白のライン。待機状態は腕輪。


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IS学園入学

 時は4月、編入試験を無事合格した一夏達はIS学園に入学した。

 

「……ったく、どいつもコイツも人を動物園のパンダみたいに見やがって」

 

 周囲から集まる好奇の視線にうんざりしたように一夏は愚痴る。

 

「腹立たしいわね、私の一夏に」

 

「まったく……家の執事長候補をジロジロと」

 

「おい!」

 

 さりげなく聞き捨てならない発言をする咲夜とレミリアに一夏は突っ込む。

ちなみにクラス分けは以下の通りである。

 

1組

織斑一夏

十六夜咲夜

レミリア・スカーレット

2組

紅美鈴

射命丸文

犬走椛

3組

東風谷早苗

アリス・マーガトロイド

4組

霧雨魔理沙

魂魄妖夢

 

 このクラス分けが決定した際咲夜が勝ち誇り、早苗と妖夢が憤慨して乱闘になったのはまた別の話……。

ちなみに一夏のルームメイトは彼にとって最も無害だという理由から千冬が強引に美鈴に決定した。

 

 

「ではSHRを始めます。私は副担任の山田真耶です、1年間宜しくお願いします」

 

 一夏が周囲からの視線に辟易とし始めた時、一人の女性が教室内に入り、声を出す。

女性は童顔で巨乳というアンバランスな見た目に相俟ってよく言えば小動物のような可愛さ、悪く言えば今一つ頼りないという印象を与える外見をした山田真耶と名乗る女性の存在に周囲は一度そちらを向くがすぐに興味を失ったのか再び一夏の方を向いてくる。

 

「えっと……では自己紹介をお願いします……」

 

(泣くなよ……いい大人が)

 

 そんな生徒達の反応に涙目になる真耶に一夏は内心呆れつつも黙って自分に順番が回ってくるのを待ち、やがてその時が来る。

 

「織斑一夏だ。所属は河城重工、趣味はビオラ、鍛錬、サッカー。嫌いなものは人種差別だ、以上」

 

 僅かに棘の含んだ言葉で自己紹介する。

前半はともかく後半は完全に女尊男卑の思考を持つものに対する皮肉だった。

入学してこの教室に入るまでの間に一夏は何度か自身に対して敵意の篭った視線を何度か感じており、その手の女子に対して一夏はいつでも鼻っ柱をへし折ってやるつもりなのでこれくらいの挑発はまったく問題無いのだ。

『キャアアアア!!凄く格好良い、しかもワイルド』

 

『女に生まれて良かったぁぁ!!』

 

 しかし一夏の考えに反し、周囲の女子達は更にヒートアップする。

そんな周囲に一夏はあきれを通り越して最早溜息すら吐く気になれずに黙って席に座る。

 

「静かにしろ馬鹿共が!!」

 

 そんなヒートアップする女子達を一括で静めたのはスーツ姿の千冬だ。

 

『本物よ!本物の千冬様よ!!』

 

『もっと叱ってぇ!でもたまには優しくしてぇ!!』

 

 しかし静寂も一瞬で終わりを迎え、一夏と同様に黄色い声が沸きあがる。

 

「黙れといってるんだ馬鹿共が!!」

 

 結局千冬の更なる一喝で漸くクラスは落ち着きを取り戻し、千冬の自己紹介を経て再び生徒達の自己紹介に戻るわけだが……。

 

「レミリア・スカーレットよ。一夏と同じ河城重工所属で誇り高きヴラド・ツェペシュの末裔……一つ忠告しておくけど、一夏は家の執事長候補だから。勝手に手を出さないように」

 

「十六夜咲夜。同じく河城重工所属、スカーレット家のメイド長も勤めているわ。レミリアお嬢様と執事長(候補)の一夏に害を及ぼす輩は容赦なく殲滅するから、肝に銘じておきなさい。ああ、あと年齢は訳あってアナタ達より二つ上だけど歳の事は気にしなくていいわ。以上よ」

 

「お前等なぁ……」

 

 レミリアと咲夜の突っ込みどころ満載な自己紹介に周囲が唖然とする中、千冬は出席簿で二人の頭を殴ろうとするが咲夜に素手で受け止められてしまう。

 

「何のつもりですか?織斑先生」

 

「お前等、もう少しまともな自己紹介をする気は無いのか?」

 

「あら?私はいたって真面目だけど?ねぇ、咲夜」

 

 殺気がダダ漏れな状態でにらみ合う咲夜と千冬。

更に煽るような口調でレミリアが口を挟む。

 

結局このまま時間が過ぎて、朝のSHRは終始グダグダのままに終わったのだった……。

 

 

 

「ちょっと良いか?」

 

 一時間目が終わった頃、黒髪ポニーテールの少女が一夏に声を掛けてくる。

 

「ん?おお、箒か。久しぶりだな」

 

 一夏の目の前に現れた少女、彼女は一夏の幼馴染にして篠ノ之束の妹、篠ノ之箒だ。

 

「ああ、6年ぶりだな……一夏、今までどうしていたんだ!?行方不明になったかと思えば急に出てきて河城重工とかいう企業に所属して……」

 

 先程まで無口だった箒だが一夏と一度会話を交わすと堰を切ったかのように感情的になる。

 

「いや、どうしていたなんて聞かれても、新聞やニュースでやってた通りだよ」

 

「そ、それはそうだが……」

 

 感情的になって支離滅裂になりつつある箒を一夏は宥める。

 

「ま、お前が感情的になるのも仕方ないし、心配かけて悪かったと思ってるよ。けど、俺も色々あったんだ。まぁ詳しくは聞かないでくれ。機密とか色々あるからさ」

 

「う、うむ……」

 

 納得していないような表情を見せるも箒は頷き、それと同時にチャイムが鳴り、箒は自分の席へ戻っていった。

 

 

 

 

 昼休みに入り、一夏は昼食をさっさと済ませて席に座って腕を組みながら昼寝としゃれ込もうとするが、周囲の環境は一夏にそれすら許そうとはしなかった。

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

 棘の含んだ声で金髪縦ロールの髪形をした少女が一夏に声を掛けてくる。

 

「……寝かせてくれ。朝からうるさくて神経すり減らしてんだよ」

 

「まぁ!何ですの、その態度は!?」

 

「……フン」

 

 完全な上から目線の態度に一夏は無視を決め込んで目を閉じる。

 

「言ってる傍からその態度…この私が!入試で唯一教官を倒したイギリス代表候補であるセシリア・オルコットが!」

 

「随分程度の低いことで威張るんだなお前は。威張りたきゃ国家代表になってからにしな」

 

「な!?」

 

 一夏からの辛辣な一言にセシリアは表情を屈辱に歪める。

 

「さっさと消えろ、俺は寝たいんだ……あと教官なら俺達も倒したぞ」

 

「そ、そんな出鱈目を!入試で教官を倒したのは私だけのはず……」

 

「俺等は入試じゃなくて編入試験だからな。解ったら消えろ、もう授業始まるぞ」

 

 感情的になるセシリアを一夏は終始冷静に一蹴する。

 

「クッ……また来ますわ!覚えてらっしゃい!」

 

「嫌だね…人の睡眠を邪魔しやがって」

 

 三下っぽい捨て台詞を吐いて去るセシリアを冷ややかに睨みつけながら、一夏はまた一悶着起きそうな予感を感じていた。

 

 

 

 

 そして一夏の予想通り、翌日に厄介事は起きた。

「さて、授業を始める前に対抗戦に出るクラス代表を決めたいと思う。……が、今年は専用機持ちが非常に多い、まぁ、殆どが河城重工のものだが。そこで今年は代表を1名、さらに補佐、及びチームメイトとして2名。計3名選抜してチーム戦を行うことになった。立候補でも推薦でも構わん、誰かいないか?」

 

「はい、織斑君を推薦します」

 

「私も」

 

(興味半分で推薦しやがって……けどまぁ、魔理沙や妖夢と戦えるのは良いかもな。どうせ他のクラスの代表はあいつ等だし)

 

 真っ先に推薦の声が上がったのは一夏だ。

興味半分な推薦に一夏は内心呆れていたが魔理沙を始めとした仲間と戦って腕試しが出来ると考えて文句を言う事は無かった。

「納得いきませんわ!!」

 

 しかしそんな中入る横槍。

声の主は確認する必要も無い。昨日一夏に因縁をふっかけたセシリアだ。

 

「クラスの代表ならば実力から考えて入試首席であるこの私、セシリア・オルコットの名前が真っ先に挙がるべきでしょう!?こんな極東の島国の猿の、しかも男にそれを渡すなどと!この私にそんな屈辱を受けろt…ヒャッ!?」

 

 憤りも露に暴言を吐くセシリア。

だがそんな彼女の顔面に炭酸飲料が直撃する事でその暴言を遮る。

 

「そこまでにしておけ金髪ドリル。過ぎた言葉は身を滅ぼすぜ」

 

 それは一夏からのものだった。

一夏が私物であるペットボトル入りのコーラをセシリアにぶっ掛けたのだ。

 

「な、何を……ひぃっ!」

 

 思わぬ攻撃に一夏に掴みかかろうとするセシリアだったがそれは適わなかった。

一夏の視線から出る圧倒的な殺気に当てられ、セシリアはまるで金縛りに遭ったかのように動かない。

 

「そこまでにしろ織斑。それは本来私の役目だ」

 

 セシリアに殺気をぶつける一夏を千冬が諌め、セシリアの前に出る。

 

「オルコット、お前はイギリスの何だ?言ってみろ」

 

「こ、国家代表候補ですわ……」

 

 千冬の冷淡かつ威厳のある姿にセシリアは萎縮しながら答える。

 

「そうだ。ではお前が今日本人に対して言った事は何だ?アレはイギリスから日本への挑発か?」

 

「そ、そんな事は!」

 

「お前にそのつもりが無かろうとも日本側はそう取ることが出来るんだ。候補とはいえお前はイギリスを代表してココに居る身だという事を忘れるな」

 

 千冬の指摘にセシリアは青褪め、更に萎縮する。先ほどまでの威勢が嘘のようだ。

 

「で、ですが……男を代表になどと」

 

「へぇ?じゃあその男である一夏の殺気にビクついていたアナタはこのクラスの中で一番代表に相応しくないという事ね?」

 

 それでも納得のいかないセシリアは話の論点をすり替えようとするがそんな彼女を鼻で笑う人物がいた。レミリアだ。

「グッ……だ、黙りなさい!IS界の恥さらしに与みする下女の分際で!!」

 

「げ!この馬鹿……」

 

 セシリアの言葉に一夏は『ヤバイ!』と感じる。

そしてそれとほぼ同時に咲夜は飛び上がるように駆け出し、セシリアの喉下にナイフを突きつけた。

 

「ひ、ひぃぃッ!」

 

「アナタ……私の前でお嬢様を愚弄するなんて、死にたいようね?」

 

「や、やめ……」

 

 咲夜の本気の殺意と怒りの篭った視線にセシリアの声は裏返り、身体はガタガタと震え上がり、表情は恐怖一色に染まる。

 

「「十六夜(咲夜)、やめろ!」」

 

「そこまでよ、咲夜」

 

 咲夜の行動に千冬、一夏、レミリアの声が重なる。

最もレミリアの場合制止の意味合いが一夏達とは少々違うが……。

 

「その程度の雑魚にいちいち反応してちゃこっちの品位まで落ちちゃうわよ」

 

 明らかにセシリアへの侮蔑の意思を見せていた……。

 

「ッ……決闘ですわ!!」

 

 雑魚呼ばわりされてセシリアは憤慨し、虚勢を張るようにレミリアに食って掛かる。

 

「決闘?アナタ面白いわね。アレだけ怖がっておきながら虚勢を張れるなんて」

 

「威勢だけは一人前って奴、いるんだな」

 

「ある意味尊敬するわ」

 

「何関係無いって顔をしてるんですか!?決闘はアナタ達にも申し込んでましてよ!!」

 

 ボロクソに言われるセシリアは怒りの矛先を一夏と咲夜にも向ける。

 

「あ、俺もか?まぁ、別にいいけど」

 

「私もよ。受けてたつわ」

 

 対する一夏達は大して不平不満を言うわけでもなく了承する。

 

「では決まりだな。一週間後にクラス代表を決定する試合を行う。最も戦績の高い者がクラス代表、2位と3位はその補佐。最下位が脱落だ」

 

 千冬の言葉により正式に試合が決定し、一夏達はそれぞれ頷く。

 

「私が勝ったらアナタ達を小間使い、いえ奴隷にしてさし上げますわ!!」

 

「フフ……何それ?小さいわねぇ」

 

 セシリアの敵意たっぷりな挑発をレミリアは更に嘲笑する。

 

「ち、小さい?」

 

「そうよ。決闘とは古来よりその者にとって最も大事なものを賭けて行われてきた。それは地位、富、誇りと様々なもの……だけど確実に言えるのは賭けるものはその者の命とも言えるもの……アナタは何を賭けるというのかしら?」

 

「な、何をって……」

 

 レミリアからの思わぬ言葉にセシリアは狼狽して後退る。

 

「私はそうね……この専用機を賭けようかしら?アナタが私に勝てたらこのレミリア・スカーレット専用機、スカーレットコンダクターをあげるわ。ついでにこの学園からも退学してあげてもいいわよ」

 

「な!?あ、アナタ!自分が何を言ってるか解っているのですか!?」

 

 レミリアが提示したものに今度はセシリアだけでなくクラス中が驚愕に包まれる。

専用機はそれを持つ者にとって命の次に大切な物と呼べる代物だ。それを賭けるなど正気の沙汰とは思えない。

 

「さぁ、どうするの?受けるの?受けないの?」

 

「う、受けますわ!!だったら私は代表候補の座とこのブルーティアーズを賭けますわ!!」

 

 引くに引けず、セシリアは半ば自棄になってその挑戦を受けてしまうのだった。

 

「フフ……その意気や良し。スカーレット家に喧嘩を売るとどうなるか、身の程を以って教えてあげるわ」

 

「フン!アナタ達のようにこんな野蛮な男と馴れ合うような女の恥さらしが私に勝てると思うなどなんておこがまs……ひゃぁっ!?」

 

 悪態を吐こうとするセシリアだったが再び咲夜にナイフを突きつけられる

 

「その口閉じなさい。アナタを今ココで不戦敗にするという選択肢も私にはあるのよ(お嬢様と一夏を同時に愚弄してただで済むと思ってんじゃないわよ、このクソガキィ!!)」

 

「十六夜!構わん殺れ(落ち着け)!!」

 

「建前と本音が逆だ!!」

 

「ギャン!?」

 

 思わず本音が出てしまった千冬に一夏は拳骨を喰らわせて気絶させる。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「あ〜、その……すいません、保健室連れて行きます。山田先生、授業続けといてください」

 

 呆然とするクラスの中、一夏は千冬を引き摺って保健室まで向かったのだった。

 

 

 

「千冬様を一発で……」

 

「織斑君って、実は凄く強い?」

 

「一夏……この6年でお前に何があったんだ?……絶対突き止めてやる」

 

「良いなぁ、一夏からのお仕置き」

 

「え゛!?さ、咲夜……」

 

「な、何でもありません……」

 

 それぞれ反応を見せるクラスメート達。

そんな事など知る由も無く、一夏は千冬を引き摺って保健室へ向かう。

このあと一夏は千冬から拳骨のお詫びとしてキスをねだられる事になるがそれはまた別のお話……。

 




次回予告

代表決定戦を一週間後に控えた一夏達だが、そんな事は何処吹く風。
一夏は自分達が設立した部活、『武術部』に精を出そうとする。
しかしそれを良しとしない箒は一夏を強引に剣道部に入部させようとする。
だがそんな暴挙を一夏を愛する女として、剣士として彼女が黙ってる訳が無い!!

次回『部活騒動!剣士の誇りをしかと見よ!!』


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部活騒動!剣士の誇りをしかと見よ!!

「おい、一夏。あんな事を言って大丈夫なのか?相手は仮にも代表候補生なんだぞ」

 

 セシリアとのいざこざを起こしたその日の放課後、教室を出ようとした一夏を箒が声を掛けて呼び止めた。

 

「ん?ああ、大丈夫だ。あんなのより強い奴なんて河城重工にはたくさんいる。だからといって油断してやる気も無いがな(完膚なきまでに叩き潰すためにもな)」

 

 箒からの問いに至極普通に答える。

 

「そ、そうか……もし良ければ剣道場に来ないか?私が稽古をだな……」

 

「悪いけど、気持ちだけ受け取っとく」

 

 恥じらいがちに本題を切り出そうとする箒だったが、即座に一夏から断られる。

 

「な、何故だ!?」

 

 一夏の返答に声を荒げる箒。

箒からしてみれば自分が想いを寄せる一夏と二人きりになるチャンスがふいになってしまうのは面白くないだろうが、そもそも彼女は前提から間違っている。

元々一夏は河城重工で訓練を受けている(という設定)ので、ISに関する正式な訓練はきっちり受けている。

加えて入試の際に教官に実力で勝利しているという実績もあり、実技は一夏の方が成績は箒より完全に上を行っているのだ。

そんな彼に箒が稽古をつけるなどおこがましい話だ。

 

「それに剣道場って……ISとどう関係するんだよ?それにさ、俺もう剣道やめて格闘に鞍替えしてるからなぁ」

 

「な!?剣道をやめただと!?どういう事だ!?」

 

 一夏の発言に箒は更に声を荒げて一夏の胸倉に掴みかかろうとする。

もちろん一夏からしてみればそんな理不尽な理由で掴みかかられる謂れはないので掴み掛かろうとする箒の腕を軽く回避してしまう。

 

「避けるな!!」

 

「嫌だよ。大体何で剣道やめただけで胸倉掴まれなきゃいけないんだよ?」

 

「理由を言え!何故剣道をやめた!?」

 

 一夏からの非難の声を無視して箒は噛み付かんばかりに問いただす。

 

「最初は俺も剣術を磨いてたよ。けどさ、それってどこまで行っても千冬姉の真似でしかなくてさ、ある程度鍛えた頃から限界感じて頭打ちになっちまってな……それで思い切って素手の格闘に鞍替えしてみたんだけどそっちが俺には合ってたんだよ」

 

 箒の態度に多少理不尽さを感じながらも一夏は淡々と戦闘スタイルを変えた理由を説明する。

 

「だから俺は拳(こっち)で上を目指すって決めたんだ。じゃ、俺これから部活だから。箒も興味があったら来ていいぞ、昨日俺達が作った武術部って部活だから。新入部員は歓迎だぜ」

 

 それだけ言って一夏は話を切り上げ、武術部の部室へ向かおうと教室を出る。

ちなみに武術部とは一夏が仲間である幻想郷の面子と共に設立した実戦用の武術を学ぶための部活である。

 

「ま、待て、やはり納得出来ん!!一夏、お前は今すぐ剣道部に入れ!!」

 

「はぁ?何でそうなるんだよ」

 

 しかし、それで納得するような大人な思考回路を箒は持ち合わせてはいなかった。

 

「いいから来い!!剣道を勝手にやめるような性根を叩き直してやる!!」

 

 挙句の果てに一夏の考えまで否定するような発言にまで発展し、一夏を強引に剣道場に連れて行こうとする箒。

 

「箒……お前が剣道に思い入れを持つのは勝手だがな、それで俺が選んだ道を否定するような権利は無いぞ」

 

 内心苛立ち始め、一夏は箒を軽く睨みつける。

 

「う、うるさい!!いいから黙って……」

 

「そこまでにしてもらえませんか?見苦しいですよ」

 

 それでも一夏を離そうとしない箒の肩を背後から何者かが掴む。

 

「妖夢。先に授業終わったんじゃなかったのか?」

 

「ええ、けど色々準備していたら遅くなっちゃって。それで出てきてみたらこれですから」

 

「なんだ貴様は?貴様には関係ないだろう!!」

 

 箒を止めに入った声の主は妖夢だった。

自分の邪魔に入った妖夢に対し、箒は敵意を露にして妖夢を睨みつける。

 

「関係ありますよ。私も武術部員ですから、目の前で勝手に仲間を持っていこうとするような人を見過ごせません」

 

 箒の睨みに妖夢も睨みで返す。

お互い譲る気はまったく無いようだ。

 

「そんなに剣を振るいたいなら剣道場に行きましょうか?そこでお話をつけても構いませんよ」

 

「良いだろう。邪魔した事を後悔させてやる!」

 

 妖夢の挑発に乗り、箒は剣道場へと足を進め、妖夢達もそれに追従する。

 

「おい、良いのか?」

 

「あの手のタイプは口で言うより実力行使のほうが手っ取り早いです」

 

 躊躇いがちに訊ねる一夏に妖夢はキッパリと断言する。

 

「はぁ〜〜、仕方ないか」

 

 実力行使する気満々な二人に一夏は溜め息を吐きながら『やれやれ』といった感じに首を横に振ったのだった。

 

 

 

 一方その頃、武術部の部室では……

 

「「!?……一夏(君)に悪い虫が付き纏ってるような気が」」

 

「そう、またなのね……」

 

 毎度おなじみの咲夜と早苗の一夏レーダーは箒の影を捉えたらしく、二人は剣道場へと一目散に向かった。

レミリアはレミリアでもう慣れたらしく、軽く溜め息を吐きながらそんな二人を見送っていた。

 

 

 

 

 

 そして剣道場では一夏を賭けた妖夢と箒の剣道対決が始まろうとしていた。

 

「さぁ、始めましょうか」

 

 静かではあるが凄みを利かせた口調で妖夢は言い放ち、竹刀を構える。

 

「何故防具をつけない!?私を馬鹿にしているのか!?」

 

 対する箒は猛犬のように吠えまくる。

箒は防具を着けているが妖夢の方は制服のまま竹刀を握り、箒の目の前に立っていた。

これが箒には自身に対する挑発行為だと思えたらしく、箒はその瞳を憤怒に燃え上がらせる。

 

「勘違いしないでください、私が使うのは剣道ではなく剣術です。防具は動きにくいから着ないだけです。それに防具なんかに身を守られていては底力も出せませんから」

 

「後悔するなよ、身の程知らずが……」

 

「御託はいりません、さっさと来てください。一本勝負、負けても文句無しですよ」

 

「ああ、一撃で終わらせてやる!」

 

 言葉と共に箒は踏み込み、妖夢の面目掛けて竹刀を打ち込みにかかる。

さすがに全国大会で優勝するだけあり、その太刀筋は同年代の中では群を抜いた威力と勢いを見せる。

しかし、あくまでそれは一般人レベルでの話でだ。

 

「ハァアアアアア!!」

 

「遅い…!」

 

「カッ……!?」

 

 苦悶の声を漏らしたのは箒の方だった。

箒の面打ちが自分に振り下ろされるその刹那、妖夢は素早く身を屈め、箒ののど元に突きを叩き込んだのだ。

 

「ゲホッ、カハァッ!?」

 

 防具越しとはいえ強烈な一撃に箒は数秒間窒息し、のどを押さえて咳き込む。

 

「私の勝ちです」

 

 蹲る箒を見下ろし、妖夢は無表情のままそう言い放った。

 

「ま、まだだ!もう一度私と戦え!!」

 

 しかし箒は諦めも悪く妖夢を睨みつけながら立ち上がろうとする。

そんな箒の態度に妖夢は呆れた目で彼女を見返す

 

「一本勝負と言ったはずですよ」

 

「お前が勝手に決めたルールだ!私がそれに従う理由は無い!」

 

 妖夢の正論に箒は暴論とも言える意見で反論する。

傍目から見ても見苦しい姿だ。

 

「見苦しいですよ、アナタも剣を持つものなら潔く自分の負けを認めたらどうですか?」

 

「だ、黙れ!」

 

「いいえ黙りません。アナタ、さっきこう言いましたよね?『剣道を勝手にやめるような性根を叩き直してやる』って……言っておきますが、一夏さんの実力は私と互角かそれ以上なんですよ。アナタは一夏さんが今の強さを得るためにどれだけ努力したかも知らないで、よくそんな勝手な事が言えますね?」

 

 妖夢の瞳に徐々に怒りの色が見え始める。

妖夢自身一夏と知り合ったのは一夏が剣から拳に鞍替えした後であり、一夏の努力や苦労を直接見てきたわけではない。

しかし一夏と幾度か手合わせし、自身も剣士の端くれである事から、一夏が今の実力を手に入れるための努力が並大抵のものではなく、それを維持するための日々の鍛錬を全く怠っていないという事は解っているつもりだ。

そんな一夏の努力を否定されるのは彼に想いを寄せるものとして、そして剣士として我慢ならない事だ。

 

「剣士としての誇りもなければ人の努力を知ろうともしない……アナタのような人に一夏さんをどうこう言う資格はありません!!」

 

 嫌悪感を露にしながら妖夢は吐き捨て、箒に背を向けて剣道場を出ようとする。

 

「貴様ぁ!言わせておけば!!」

 

 怒りに任せて箒は竹刀を再度握り、背後から妖夢に襲いかかった。

 

「いい加減にしやがれ!!」

 

「うわあぁぁぁっ!!……ガァァッ!!」

 

 だがそんな彼女の腕を横から割って入った一夏が掴み取り、そのまま一本背負いで箒の身体を背中から床に叩きつけた。

もちろん妖夢であれば箒の攻撃など簡単に避ける事も出来る。

一夏がわざわざ前に出なくとも問題は無かったのだが、それを抜きにしても一夏には箒の暴挙とも言える行動を許容できなかった。

 

「箒!敗けを認めないだけでなく、後ろから襲い掛かるのがお前のやり方か?恥を知れ!!」

 

「そ、そんな…一夏」

 

 箒の行為を怒鳴りつけて咎め、一夏は彼女に背を向け、妖夢と共に剣道場を去っていった。

 

 

 

「……クソぉっ!!」

 

 行き場の失くした苛立ちをぶつけるかのように箒は手に持つ竹刀を壁に投げつけ、粉々に破壊する。

一夏だけは自分の味方になってくれると思っていた……子供の時から一夏はずっと自分の味方でいてくれた……多少自分に対して注意したり怒ったりすることはあっても最後は必ず許してくれて優しい言葉をかけてくれた……。

 

(それなのに……何でお前は変わってしまったんだ!?)

 

 一夏は変わってしまった……箒にはそう思えたがそれは的外れとも言える意見だ。

確かに一夏は昔と比べれば青臭さが薄れ、自他共に厳しい一面も見られるようになったが彼本来の優しさは決して失われてはいない。

むしろ変わってしまったのは自分自身であるという事を考える余裕は今の箒には無かった……。

 

「私がお前を元に戻してやるぞ、一夏……」

 

 剣道場の中でたった一人、箒は歯軋りしながらそう呟いた。

 

 

 

おまけ

 

 妖夢が箒と剣道で対戦をしている中、影から彼女達を見守る影が二つ……。

 

「妖夢……今回だけはグッジョブと言っておくわ」

 

「あの箒って子、あれで少しは目が覚めると良いんだけど」

 

 咲夜と早苗……二人は箒の敗北した姿を眺めながらそう呟いた。

ちなみに、早苗は箒と同様に一夏の幼馴染ではあるものの、学年などが違うため箒とは余り親交は無く、お互い名前と顔を知っている程度である。




次回予告

 遂に始まったクラス代表決定戦。
初戦は一夏VSセシリア……一夏の圧倒的な実力が灼熱のマグマとなりてセシリアの慢心と傲慢を粉々に打ち砕く!!

次回『穿て一夏!その慢心を打ち砕け!!』

一夏「歯の2〜3本は覚悟してもらうぜ!」


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穿て一夏!その慢心を打ち砕け!!

 代表、一夏は一人武術部の部室で筋トレに励んでいた。

 

「197、198、199…200!!……ふぅ」

 

「随分精が出てるな」

 

 200回という回数の腹筋運動をこなしトレーニングを終えた頃、部室内に顧問である千冬が入り、一夏に声を掛ける。

 

「あ、千冬ね……いや、学校では織斑先生だっけ」

 

「それは授業中だけだ。二人きりの時は名前で呼べ……他人行儀みたいで本当は嫌なんだぞ」

 

 甘えたような声を出しながら千冬は一夏に抱きついてくる。

 

「ちょ、ここ部室……」

 

「大丈夫だ、私達以外誰もいないし、監視カメラも盗聴器も無い……だから」

 

「うん、分かったよ千冬姉」

 

 優しく微笑みながら一夏は千冬の頬に手を添えて自分の方に引き寄せ、そのまま唇を重ねた。

 

「んんぅ、一夏ぁ……」

 

 二人の口付けは触れるだけのものから舌を絡める濃厚なものへと変化し、そのままお互いに服を脱ぎあい、情事に発展するのに長い時間は掛からなかった。

 

 

 

「それで、どうだ?明日の事は」

 

「問題無いよ。機体も俺も不備は無いから」

 

「それは分かってるが、私個人としてはお前にはレミリアや咲夜にも勝ってほしいからな」

 

 情事を一通り終え、薄着のまま寄り添いあいながら二人は明日の事を語り合う。

一夏にとっては明日のメインイベントはレミリアと咲夜と戦うことにあるため、事の発端であるセシリアは既に眼中に無かったりする……。

 

「二人とも強いけど、俺だって負けてやる気は無いよ。思いっきりやって、思いっきり楽しむだけだ」

 

「そうだな……ああ、そうだ。一つ言っておくことがある。あのオルコットの奴の事だが……」

 

 一夏のやる気を確認し、千冬はセシリアの話を切り出す。

 

「アイツにはキッチリ実力差を見せ付けてやれ。あの女尊男卑の思想のままではいつかあいつは自分の身を滅ぼすからな」

 

 先ほどとは打って変わり、千冬は真剣な表情を見せる。

男女平等に変わりつつある今の世の中、今のセシリアのような女尊男卑の思想を持つ者は必ず時代の流れから取り残され、いずれ身を持ち崩す事になってしまうだろう。

千冬にとって仮にも自分の生徒がそんな目に遭ってしまうのは阻止したい事だ。

 

「分かってるよ。俺だけじゃない、レミリアも咲夜もそのはずだよ」

 

「ああ……それとだな」

 

 最後に付け加えるように千冬は口を開き、一夏はそれに耳を傾ける、が……

 

「あの小娘は完膚なきまでに徹底的に叩きのめせ!!お前を猿呼ばわりする等と……出来る事なら私の手で叩きのめしてやりたい……!!」

 

「わ、分かった」

 

 まさかの私怨でフルボッコを命じる千冬に若干引きながら一夏は頷いた。

 

(千冬姉がこれじゃ咲夜は……お、俺が先にアイツと当たって叩きのめして覚悟を決めさせてやったほうが良いのかもしれない……)

 

 

 

 

 

 そして翌日の朝、アリーナにて遂に一夏達のクラスにおける代表決定戦が行われようとしていた。

 

「では組み合わせを発表する。まず第1試合、織斑一夏VSセシリア・オルコット。第2試合、第一試合の勝者がレミリア・スカーレットと戦い、第3試合は第1試合の敗者が十六夜咲夜と戦ってもらう。第4試合はレミリア・スカーレットVS十六夜咲夜。5試合目以降はその時の順位で決める。なお今回は試合数が多いことを考慮し、40分という制限時間を着ける。それを過ぎた場合は判定で勝敗を決定する。以上だ」

 

 Aピットで千冬が一夏に説明を終えた頃、Bピットでは既に説明を終えたらしくセシリアが先にアリーナに出撃していた。

 

「さてと、それじゃ行くとするか」

 

「一夏。せいぜい遊んであげてきなさい」

 

「あの馬鹿の鼻っ柱をへし折ってきなさい」

 

 出撃しようとする一夏にレミリアと咲夜が一声かけ、一夏はそれに軽く手を振りながら応える。

 

「スカーレット、お前はさっさとBピットへ行け。次の試合が控えているんだからな」

 

「はいはい」

 

 Aピットに居座るレミリアを千冬が諌め、レミリアは面倒そうにBピットへ向かっていった。

 

「よし……行くぜ!」

 

 気合と共に一夏はアリーナへと飛び立った。

 

 

 

 

 

「あら、逃げずに来ましたのね?」

 

 アリーナに出た一夏にセシリアは開口一番憎まれ口を叩く。

 

「アナタに一つチャンスをあげますわ。このまま戦えば私が勝つのは火を見るより明らか、今すぐ謝れば許してあげないこともありませんでしてよ」

 

 慢心に凝り固まった発言に一夏は一度肩を竦めると、地面に脚で円を描いてその中に立つ。

 

「こっちからもチャンスをやるぜ」

 

「何ですって?」

 

「30分間俺はこの円から出ないし攻撃もしない、あくまで回避だけだ。勿論ブースターは切ってやる。俺に一撃でも与えてシールドエネルギーを削れたらお前の勝ちにしてやる」

 

 一夏が出したのはあまりにも大きなハンデ。普通に考えてそんなハンデを付けて勝てる訳が無い。

そんな一夏の行為にセシリアは顔を真っ赤にする。

 

「あ、アナタは……男の分際で何処まで私をコケにすれば気が済むのですか!?」

 

「男ってだけで勝てる気になってる馬鹿よりはマシだ。いいから来な、エリートさんよ」

 

「そうですか。それなら……お別れですわね!!」

 

 開始と同時にセシリアは怒りに身を任せて一夏にライフル『スターライトmkⅢ』を撃つ。

一夏はそれを身体を捻ることで簡単に避けてしまう。

 

「よく避けましたわね。ならこれでどうですか!?」

 

 続けざまにセシリアは自らの機体に装備された4機の遠隔操作ビットを射出する。

 

「踊りなさい!ブルーティアーズの奏でるワルツで!!」

 

 4機のビットによるオールレンジ攻撃が一夏に襲い掛かるが一夏は全く動揺を見せる事無く全ての攻撃を避けてみせる。

 

「ふぁ〜〜、その程度か?」

 

 さらに挑発するかのように大きく欠伸、この時セシリアの中で何かが切れた。

 

「ッ……この猿が、馬鹿にして!!」

 

 爆発する感情に伴い、更に激しさを増すブルーティアーズによるオールレンジ攻撃。

だがそんな攻撃も一夏はまるで手に取るように読み、軽々と避け続けていく……。

 

 

 

 

「す、凄い……あの状況であそこまで回避出来るなんて、織斑君って一体?」

 

(まったく、相手を過大評価しすぎじゃないのか一夏?お前なら円の大きさが半分でも勝てるだろうに……)

 

 ピットでは真耶が一夏の回避能力の高さに驚愕し、千冬は内心で一夏の背負うハンデが少々甘いのではないかと感じていた。

 

(やっぱりあの噂は本当なのかな?織斑君がロシア代表の更織さんを倒したって言うのは……)

 

 真耶は以前に聞いた噂を信じ始めていた。

一夏の編入試験での活躍は公にこそなっていないが学園内では噂として流れていたのだ。

 

「でも、織斑君はどうしてあそこまで……」

 

「あれぐらいアイツなら出来て当たり前だ。アイツは河城重工でも1、2を争う体術の使い手だからな。私とアイツが生身だけで戦えば、勝率は運が良くて3割といった所か?」

 

「お、織斑先生を相手に3割!?」

 

 世界最強のブリュンヒルデを生身だけの戦いとはいえ、その勝率に驚く真耶。

 

「違う逆だ」

 

「え?」

 

 しかし千冬の口から出た言葉は真耶の予想の斜め上を行くものだった。

 

「3割なのは、私の方だ」

 

「え、ええぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!?」

 

 余りにも予想外すぎる千冬の指摘に真耶は驚きの声を抑えられなかった。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ…な、何故……何故当たりませんの!?」

 

 試合開始から約25分が経過。

セシリアの顔に最早当初の余裕や怒りは全く無い。あるのは焦りという感情のみ。

ブルーティアーズによる攻撃は一発として一夏に命中する事は無く、ただただ精神力が削られていくだけの無意味な時間だけが流れていく。

 

「ライフルとビット、片方ずつしか使ってないところを見ると、どうやらお前はそのISを完全に使いこなせてはいないようだな。情けねぇな、そんな様でエリート面してたのか?」

 

「クゥッ……」

 

 図星を突かれてセシリアは悔しそうに唸る。

「ほら、あと3〜4分しかないぞ。最後まで頑張ってみたらどうだ?」

 

「この……馬鹿にして!!」

 

 屈辱を感じつつもセシリアはビットを操り、一夏を攻撃し続ける。

 

「照準が甘くなってるぜ。焦りが丸見えだ」

 

 しかし一夏の余裕は全く消えない。それどころか回避すればするほどその動きのキレは良くなっていく。

しかしセシリアもただ避けられているだけではなかった。

一夏がビットの攻撃を全て避けきった瞬間、セシリアは奥の手を発動した。

 

「かかりましたわね!ブルー・ティアーズは6機ありましてよ!!」

 

 ブルー・ティアーズの腰元から2本のミサイルビットが発射される。

セシリアにとっては回避した直後では一夏でもまともな回避行動は出来ないと判断しての行動だったが彼女はここでもまた実力の差を思い知らされてしまう事になる。

 

「だから甘いって言ってんだよ……フンッ!!」

 

 迫り来るミサイルに対して一夏は不適に笑ってみせる。

セシリアがそれに気付いた次の瞬間、一夏は凄まじい脚力でジャンプし、ミサイルを紙一重で回避してみせた。

 

「あ……ぁ……」

 

「切り札を先に見せるってのはなぁ、漫画じゃ王道かもしれないが実際は追い詰められてる証拠にしかならないんだよ」

 

 空中から地面へ降下しながら一夏は呆然とするセシリアに語りかけるが、今のセシリアに聞こえているかは定かではない。

そして一夏が着地する0.5秒前、試合開始から丁度30分が経過した。

 

「さて、ここから先はお前の地獄だぜ、オルコット」

 

 ニヤリと笑ってセシリアに向かって歩き出す一夏。

 

「こ、来ないで!!」

 

 その姿にセシリアは現実に引き戻され、スターライトmkⅢで一夏を狙い撃とうとするが、それよりも早く一夏は先日の楯無との戦いと同じように一瞬で距離を詰める。

 

「ひっ!い、インターセプタ……」

 

 恐怖と焦りから急いで接近戦用の武器を展開しようとするセシリア。

だがそれよりも一夏の頭突きがセシリアの額に叩き込まれる。

 

「アグァァッ!!」

 

 シールドや絶対防御で守られているのにも関わらず、まるでそれを無視したかのような衝撃がセシリアの額を襲う。

いままでに喰らったことのない痛みにセシリアは額を押さえてのた打ち回る。

 

「こ、こんなの聞いてない……」

 

「聞いてない?絶対防御だって完璧じゃないんだぜ。鎧通しの技術を使えば痛みや衝撃は簡単に通る。お前、そんな事も考えてなかったのか?」

 

 絶対零度よりも冷たい一夏の声がセシリアに突き刺さる。

勿論セシリアとて理論上は知っていたが現実で自分がそれを味わうなどと思ってはいなかった。いや、考えた事が無いといったほうが正しいだろう。

 

「お前等が使ってるのはそういう兵器だ。簡単に人を殺せて、自分が死ぬ事もある。どんなにスポーツだの何だのと着飾っても所詮兵器は兵器、それも理解してないような奴に力をひけらかす資格はおろか、力を持つ資格も無い!」

 

 この時セシリアは今更になって漸く自分がどういう人種を相手にしているかを痛感した。

そして自分がやってきた事は拳銃を丸腰の人間に突きつけるのと同じ意味だという事にも……。

 

「お仕置きだ……歯の2〜3本は覚悟してもらうぜ!」

 

 一夏の脚が一気に振り上げられ、そしてセシリアの身体を穿つように蹴り上げた。

 

「グォァッ……!」

 

 途轍もない衝撃にセシリアの口から胃液が飛び出し、彼女の身体は遥か上空に吹っ飛ばされる。

 

「安心しろ、加減してるから痛みは派手だが内臓には一切傷を付けてない」

 

 一夏が上空に吹っ飛ばしたセシリアを追いながら説明するが彼女に聞こえているかどうかと聞かれれば疑問符を出さざるを得ない。

そして落下するセシリアと上昇する一夏が再び接近したとき、再びセシリアに一夏の脚蹴りが叩き込まれる。

 

「あがががががががががががが!!!!」

 

「オラオラオラオラオラオラオラァァッ!!!!」

 

 目にも留まらぬ速さの両足による連続蹴りがセシリアの身体をまるでサッカーボールの様に蹴りまくる。

一夏の友人でありサッカー仲間である蓬莱人、藤原妹紅の得意技、『フジヤマヴォルケイノ(サッカー版)』だ。

セシリア側からしてみればさっさと気絶する事が出来ればどれだけ良かっただろうか?

しかし現実は非常にも蹴り飛ばされる痛みで彼女に気絶する事すら許してはくれなかった。

 

「ラストォ!」

 

「ふぎゃあああ!!」

 

 そしてフィニッシュにドロップキックを叩き込み、セシリアは成す術無く地面に激突し、砂埃が宙を舞う。

砂埃が晴れた先には身体をピクピクと痙攣させながら予告通り3本歯(左下、右上、右下の奥歯、内虫歯が一本)を折られたセシリアの姿だった(内臓や骨なども一夏の予告通り殆ど損傷無し)。

 

『勝者―――織斑一夏』

 

 無機質な機械音声が一夏の勝利を告げる。

観客達は圧倒的な一夏の力に唖然としていたが、数秒程した後に黄色い声が喝采となって鳴り響いた。

この時、学園の大半の女子達の一夏を見る目は『織斑千冬の弟』から『ブリュンヒルデをも超えるかもしれない強い男』に変わっていた。

その一方で残りの女子……女尊男卑の思想を持つ女子は『自分たちの地位を脅かす存在』として一夏に恐怖心を覚えた。




次回予告

 一夏の圧勝に終わった第1試合。続く第2試合は一夏VSレミリア。
幻想郷最強の万屋と紅魔館の主……ISバトルという形で実現した二人の初対戦。
軍配が上がるのは果たしてどちらか?

次回『激突!一夏VSレミリア!!』

一夏「お前とは一回ガチで戦ってみたかったんだ。本気で行くぞ、レミリア!!」

レミリア「咲夜を虜にしたアナタの実力、見せてもらうわ!!」


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激突!一夏VSレミリア!!

 第一試合が一夏の完勝に終わった直後、一夏は気絶したセシリアを控え室に連れて行き、その場に寝かせて機体のエネルギーを補充した。

補充と言っても殆どエネルギーを使用してないので(攻撃や高速移動等で武器エネルギーを少し使用した程度)補充したエネルギーは微々たる量だったが……。

 

(まさかレミリアとこんな形で戦うことになるなんてな……楽しみだぜ)

 

 補給が済んですぐに一夏はレミリアの待つアリーナへ出撃した。

 

「……ねぇ、千冬」

 

「織斑先生だ。何だ一体」

 

「お嬢様(主人)と一夏(想い人)、私はどっちを応援すればいいのかしら?」

 

 出席簿を咲夜目掛けて振り下ろしながら応対する千冬に咲夜は避けながら自分の葛藤を吐露する。

 

「知るか。自分で決めろ」

 

(お、織斑先生を呼び捨て……河城重工の人達って一体……)

 

 そんな会話があったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 そしてアリーナでは一夏とレミリアが相対し、臨戦体勢に入っていた。

 

「お前とは一回ガチで戦ってみたかったんだ。本気で行くぞ、レミリア!!」

 

「咲夜を虜にしたアナタの実力、見せてもらうわ!!」

 

 お互い好戦的に笑い合い、それぞれのISの武装を展開する。

一夏はDアーマー、レミリアは真紅のビーム展開装置付突撃槍『グングニル』を構え、互いに少しずつ距離を詰め合う。

 

「楽しみましょう。この最高の戦闘(あそび)を!」

 

「ああ!!」

 

 二人が声を発したその刹那、両者は一気に間合いを詰め、拳と槍がぶつかり合う。

 

「クッ……」

 

「チィッ……」

 

 武器を伝わってくる衝撃に一夏とレミリアは互いに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

(なお、ダークネスコマンダーのDアーマーは対ビームコーティングが施されており、多少傷は付いたものの破壊されてはいない。)

 

「ハァッ!」

 

「甘い!」

 

 直後にレミリアはグングニルを再度振り一夏を攻撃するが、逆に一夏は迫り来るグングニルの柄の部分を掴み、それを軸に回転するように跳び上がりレミリア目掛けて蹴りを放つ。

 

「グゥッ!」

 

 反射的に身体を反らせ、レミリアは致命的なダメージを防ぐも一夏の蹴りはレミリアをの身体を掠め、スカーレット・コンダクターのシールドエネルギーが削られる。

しかしレミリアもただやられるだけではない。一夏の攻撃を受けると同時に投擲用小型円盤型カッター『スカーレットシュート』を一夏目掛けて投げつける。

 

「痛っ!?」

 

 攻撃の直後という事もあり完全に避けることが出来ず、一夏もまたダメージを受けてしまう。

 

「甘いのはお互い様のようね」

 

「ああ……我ながら修行が足りないなって思うぜ」

 

 レミリアの皮肉に一夏は苦笑いしながら答える。

直後に二人は再び距離を取って構え直す。

 

「「仕切り直しだ(よ)」」

 

 この間僅か1分にも満たない戦いだった。

先のセシリア戦とは違い静かではあるが見るもの全てを魅了するハイスピードバトルはまだ始まったばかり……。

 

 

 

 

 

「何、ですの……あの二人は?」

 

 控え室のベンチの上で目を覚ましたセシリアの目に映ったのは圧倒的な戦闘力を以ってぶつかり合う一夏とレミリアの姿だった。

モニター越しでも分かってしまう……少し前に一夏が自分と戦っていた時、確実に手加減していた事、そして自分と彼等の力量差に……。

 

「あ、あんな人達を相手に私は……」

 

 セシリアは自分の声が震えている事に気付く。

自分はとんでもない怪物に喧嘩を売ってしまった……いや、それだけならまだ良い。

問題はその時勢いで受けてしまった賭け……。

 

『う、受けますわ!!だったら私は代表候補の座とこのブルーティアーズを賭けますわ!!』

 

 そう、あの時自分は観衆の目の前でそう宣言した。つまり言い逃れは絶対に無理!

この後に控える咲夜、レミリアとの戦い、それに負けてしまえば自分はもう代表候補ではいられなくなってしまう。

 

「あ…ア゛ァァァァ!!」

 

 絶望が叫び声となって部屋中に鳴り響く。

セシリアは自分の傲慢と慢心を今、心の底から後悔した……。

 

 

 

「す、凄い……」

 

 セシリアが控え室で震える中、観客席では別の意味で身体を震わせるものがもう一人居た。

 

「やっぱりまぐれなんかじゃない、彼があの人に勝てたのは……!」

 

 彼女は一年生(河城重工メンバーを除く)の中で『織斑一夏は編入試験の際に更織楯無を負かした』という噂が事実である事を知る数少ない者だった。

ずっと目標にしていた存在であり、自分のコンプレックスの源である姉……その姉を打ち負かしたという男、織斑一夏。

最初にそれを聞いた時何かの間違いではないのかと思ったがこの戦いを見ればそんな疑念は一瞬で吹き飛んでしまう。

彼の強さの秘密が知りたい、彼の強さが羨ましい……そして彼のように強くなりたい。

 

「彼の下に行けば、私も強くなれるかも……」

 

 1年4組クラス代表補佐、更織簪は希望を見つけたかのような表情でポケットから一枚のチラシを取り出す。

そこには『武術部員募集』という文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

「喰らえぇぇっ!!」

 

「落ちなさいっ!!」

 

 先ほどの接近戦とは一変し、戦いは遠距離からの撃ち合いに変化していた。

一夏はDガンナーによる高威力の砲撃にレミリアは両肩に装備されたレーザー砲『ダビデ』による連射で応戦する。

 

「いくら威力があったって、そんな連射の利かない武器で私に当てることが出来るかしら?」

 

「そっちこそ、連射は利いても威力の低いレーザーで俺を倒そうなんて、片腹痛いぜ!!」

 

 互いを皮肉り合いながら一夏とレミリアは撃ち合いを続ける。

二人の射撃は他の生徒から見れば途轍もなく正確且つ回避困難な射撃に見えるが二人はそんな射撃を回避し続けている。しかも自分側の攻撃の手を全く緩めずにだ。

一体どれだけの才能を持ち、どれだけの訓練を積めばこれほどの攻撃と回避が可能になるというのか?

文字通り別次元の強さだった……。

 

(このままじゃお互いジリ貧だな……)

 

 撃ち合いを続けながら一夏は内心で毒吐く。

お互い回避の甲斐あって致命的なダメージは防いでいるものの、それでもダメージが皆無という訳ではない。

このまま撃ち合いを続けてもどちらが先にシールドエネルギーが尽きるか分からないし時間内に決着がつかない可能性も高い。

 

「なら、そろそろ仕掛けるか!」

 

 意を決して一夏はDガンナーによる射撃を続けながらレミリアとの距離を詰める。

 

「行っけぇぇーーーー!!」

 

 ある程度近付き、一夏はDガンナーをフルチャージで発射する。

 

「そんなもの当たらなければどうって事ない!」

 

 だがそれを黙って喰らうほどレミリアはお人好しではなく、いとも簡単にそれを回避する。

 

「まだまだぁ!」

 

 しかしレミリアが回避した直後、一夏はレミリアの真正面から右手のDアーマーそのものをレミリアの顔面目掛けて射出した。

 

「!…ロケットパンチ!?」

 

 まさかの攻撃方法にレミリアは一瞬面食らうがすぐに正気を取り戻して即座に身を捻って回避する。

 

「っ!?」

 

 しかし回避したはずのレミリアは目を見開いて驚く。

先程までは自分の視線の真正面にあったため気が付かなかったが一夏の飛ばしたDアーマーにはワイヤーが装備されていたのだ。

 

「しまった!」

 

「もう遅いぜ!」

 

 レミリアの後悔も既に遅く、一夏の操作でワイヤーはレミリアに絡みつき、彼女の身体を捕縛する。

 

「そりゃあぁぁーーー!!」

 

 気合と共に一夏はレミリアをワイヤーごと振り回し、勢いよくアリーナの外壁に叩きつけた。

 

「うぐぅ……ッ」

 

「とどめだ!!」

 

 苦悶の声を漏らすレミリアに一夏はフィニッシュとばかりに左腕のDガンナーを発射する。

 

「まだよ!!」

 

 だがこれで終わるようなレミリアではない。

壁に叩き付けられダメージの残る身体とISに鞭打ち、身体を僅かに捻りながらグングニルのビーム刃を最大出力にして一夏に投擲する。

「何っ!?がぁぁ!!」

 

 荷電粒子砲を突き破る程の一撃が一夏を襲い、一夏は直撃こそ避けるものの大ダメージを受け、Dコマンダーのシールドエネルギーが大幅に削られる。

 

「ぐぁっ!」

 

 だがダメージを受けたのはレミリアも同じ事だった。

二人は同時に地面に落下するも即座に体勢を立て直して着地する。

この時点で二人のISのシールドエネルギー残量は10%を切っていた。

 

「負けて、たまるかぁぁーーー!!!」

 

「ハァァアアアアーーーーー!!!」

 

 そして着地と同時にお互い最後の力を振り絞るかの如くDガンナーとダビデを同時に発射し、その一撃はお互いを直撃した。

 

「…………」

 

「…………」

 

 一夏とレミリア、そして会場内を静寂が支配する。

それは一瞬の間でしかないがその場にいた全員にとっては数十分にも感じられただろう。

やがて静寂を掻き消すかのように機械音声が試合の結果を告げる。

 

『Dコマンダー及びスカーレットコンダクター、共にシールドエネルギーゼロ。両者引き分け』

 

 電光掲示板に試合結果が表示されると同時に観客席からの喧騒が場を支配する。

引き分けという結果にしては異例とも言える騒ぎようだ。

 

「引き分けねぇ……出来ればもう少し戦いたかったけど」

 

 退屈そうな表情を浮かべながらレミリアは武装を解除する。

 

「ああ、次は生身でやるか?勿論幻想郷でだがな」

 

「そうね……それも良いかもね」

 

 一夏も同様に武装を解除しながら軽口を叩き、レミリアはその言葉に笑みを浮かべた。

 

「またやろうぜ、レミリア」

 

「ええ、今回は引き分けだけど次はこうはいかなくてよ」

 

 互いに笑い合いながら二人はピットへと戻っていった。




次回予告

 クラス代表決定戦第3試合、咲夜VSセシリア。
もう後が無いセシリアにとって絶対に負けられない一戦だが力量差は明らか。
追い詰められたセシリアの運命は……

次回『折れるプライド、砕けた慢心』

咲夜「精々祈る事ね。アナタの信じる神か悪魔に」


IS紹介

スカーレットコンダクター(深紅の指揮者)
パワー・B
スピード・B
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・B
射程距離・B

パイロット・レミリア・スカーレット

武装
ビーム刃展開装置付突撃槍『グングニル』
突撃力を重視した接近戦用の武装。
最大出力での一点突破力は一撃必殺の威力を誇る。

投擲用小型円盤型カッター『スカーレットシュート』
扱いやすさを重視した中距離戦用の武装。
汎用性が高く、軽量で非常に扱いやすい。

肩部レーザー砲『ダビデ』
連射性能を重視した遠距離戦用の武装。


レミリア専用機。
バランス性を重視した性能で全体的に癖が少なく、汎用性が非常に高い。
また、接近戦用の武装であるグングニルの性能もあり、突破力に秀でている。
カラーリングは紅、待機状態はネックレス。


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折れるプライド、砕けた慢心

一夏VSレミリアの試合後、咲夜との試合を目前にして、セシリアは控え室の中で頭を抱えながら身体を震わせていた。

 

(あ、あんな人(レミリア)に勝てる訳無い……で、でも、最下位になってしまったら……)

 

 セシリアは今、自分で自分を殴り飛ばしてやりたい気分だった。

何故あの時自分は一夏に喧嘩なんか売ってしまったのだろう?

いくら男といえど彼は正式な訓練を受けているのだ。そんな彼が弱いはずが無いじゃないか。

いや、そもそも男という理由で相手を下に見る事自体が間違っていた。

あの時自分は今まで見下していた男が河城重工の活躍で急速に力を伸ばしている事が気に入らず、一夏に対して自分の優位を示そうとしていたが、その浅はかな行動の結果がこれである。

自分は何て馬鹿だったのか、社会の風潮に流されるだけで他人の本質を全く見ようともしない……これでイギリスの名家であるオルコット家の次期当主だなどとよく言ったものだ。

いや、最早それすら自分の前から消えかかっている。

レミリアとの賭けに負けてしまえば代表候補生を辞退、更には河城重工にブルーティアーズを奪われてしまう。

自国のISが他国に渡ってしまうという事の意味は自分でも解る。

 

「もし、そうなってしまえば……わ、私は」

 

 脳裏に浮かぶ様々なシチュエーション。

代表候補生ではなくなってしまった自分には最早イギリスは味方ではない。即座に強制送還、そして投獄と損害賠償の請求。

オルコット家は取り潰され、自分は良くて施設か刑務所送り、悪ければ国外追放。

そうなってしまったが最後、誰も自分を助けてなどくれない。当たり前だ、自国に大損害を与えた者など誰が喜んで引き取ってくれるものか。

 

「嫌…嫌ぁ……!!」

 

 気が付くとセシリアは涙を流していた。圧倒的な絶望に彼女の涙腺は耐え切れなかったのだ。

 

「お母様……もうお父様でも誰でも良い。誰か、助けて……」

 

 数え切れない不安に押しつぶされながら、セシリアは弱々しくそう呟いた。

 

 

 

 

 

 一方、Aピットでは咲夜が自身の専用機、『パーフェクトサーヴァント(完璧なる従者)』を展開、装着し、出撃準備を終えていた。

 

「咲夜、私まで回す必要は無いわ。叩き潰してあげなさい」

 

 親指を下に向けて突き出しながらレミリアは咲夜に命じる。

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 咲夜はその言葉に不適に笑みを浮かべると共に咲夜はアリーナへ出撃した。

 

 

 

「オルコットさん、そろそろ時間です。準備をお願いします」

 

「っ……は、ハイ」

 

 控え室で蹲っていたセシリアに真耶からの通達が入る。セシリアにとってそれは死刑宣告にも近いものだった。

 

(負けられない……勝たなければ私は終わってしまう……!)

 

 彼女にとって最後に残された道は唯一つ、咲夜に勝利して命を繋ぐ事……それが出来なければ自分は破滅だ。

 

「勝つしかない……勝つしか」

 

 自己暗示をかけるかのようにセシリアはただひたすらうわ言の様にその言葉を繰り返しながらブルーティアーズを展開し、出撃する。

出撃した先には咲夜が既に待ち構えており、セシリアは緊張した面持ちで武器を構える。

 

「ずいぶん余裕の無い顔ね。慢心が無いのは結構だけど、そんな状態で戦えるの」

 

「よ、余計なお世話ですわ!!アナタに負けたら、私は……」

 

 恐怖心を無理矢理押さえつけ、試合開始と同時にセシリアはブルーティアーズのビットを展開して咲夜に攻撃を仕掛ける。

 

「落ちろ!落ちろ!落ちろぉ!!」

 

 わらにもすがる思いで繰り出されるビットによる連続攻撃、しかしその攻撃も咲夜の顔色一つ変える事が出来ない。

全ての攻撃が先の一夏戦同様回避され、攻撃の一つ一つが虚しく空を切る。

 

「後が無いのは分かるけど、もう少し冷静になりなさい。そんながむしゃらな攻撃じゃ格上には絶対通用しない。遠距離攻撃っていうのはもっとピンポイントに狙うべきなのよ、こんな風にね」

 

 指摘と同時に咲夜は目を細め、自機の武装である投擲用短剣『Sナイフ』を展開、同時にビット目掛けて素早く投げつける。

 

「なっ……!?」

 

 僅か一瞬の出来事だった、咲夜の投げた一本のナイフは正確にビットを刺し貫き、破壊してみせたのだ。

 

「う、嘘……たった一本で」

 

 目の前の光景に愕然とするセシリア。

たった一本のナイフの投擲……たったそれだけでビットを破壊されたのだ。

これがライフルでの狙撃ならまだ分かる。だが(ある程度IS用に加工されているとはいえ)投げナイフでこれを成すには卓越された正確さ、俊敏性、そして瞬発力が無ければ絶対に不可能だ。

やはり相手が悪すぎた。自分とは戦闘力がまるで違いすぎる……もしも自分が最新式、咲夜が最旧式の機体に乗って戦ったとしても自分は手も足も出ない。

 

(だ、だけど……だけどだけど!!ココで負けたら私は、オルコット家は……!!)

 

 しかしもう後戻りできない。自分が蒔いた種故に逃げ場は何一つ残っていない!!

 

「う、うぁああああああああああ!!!!!」

 

 最早自暴自棄を起こしたかのようにセシリアはビットを乱射する。

しかしどれ一つとして咲夜の身体を掠めることさえ出来ず、逆に彼女のナイフで瞬く間に撃墜されていく。

それがダメならばと武器をスターライトmk-Ⅲに切り替えて咲夜を攻撃し続ける。

 

「無様ね。これなら一夏と戦ってる時の方がまだ良い動きだったわ」

 

 静かに、そして冷徹に咲夜は言い放つと同時に炸裂短剣『EXナイフ』をスターライトmk-Ⅲに投げ付け、投げられたナイフはライフルに突き刺さると同時に爆発を起こす。

 

「キャアアアアアアァァァァァ!!!!」

 

 自分の手に持つライフルが爆散し、セシリアは悲鳴を上げる。

これでセシリアのブルーティアーズの主武装は全て破壊された。残っているのは近接戦闘用の短剣『インターセプター』唯一つ。

しかしそんなものが残っていた所で格闘戦が不得手なセシリアではどうしようもない事はもう明白だった。

最早この時、セシリアに戦意など残ってはいなかった。

今のセシリアはただ、非情な現実に打ちのめされ身を震わせる弱い少女でしかなかった。

この時彼女は蛇に睨まれる蛙の気持ちを心の底から実感していた。

 

「終わりよ」

 

「ひぃぃっ!い、嫌ぁぁ!!」

 

 そして告げられる死刑宣告とそれに伴う無数の投げナイフ。それから必死にセシリアは逃げ続ける。

もう見栄も外聞もどうでもよかった。ただ目の前の恐怖から逃げること以外セシリアの頭の中には何も無かった。

 

「鬼ごっこはそこまで。悪いけどもう終わらせてもらうわ」

 

「な、何を……あ、ああぁぁっ!?」

 

 ただひたすら逃げ続けたセシリアに再び告げられる無情な宣告。

最初は意味も分からず戸惑ったセシリアだが周囲を見て表情を更に恐怖に歪ませる。

 

「驚いた?私のナイフにもアナタのと同じようにビット処理がされてるのよ。簡易的なものだけどね」

 

「あ…ぁ……」

 

 咲夜の説明も耳に入れることも出来ず、セシリアは声にならない声を上げながら絶望する。

セシリアの周囲には咲夜が先程までに投げたナイフの殆どが取り囲んでいた。

 

「そしてこの『Sナイフ』……これの正式名称は『ステルスナイフ』、その名の通りステルスを装備してその姿を隠すことが出来るわ。つまりアナタは詰んでたのよ、射撃武器を失ってナイフを迎撃できなくなったときからね……さて、これでチェックメイトよ」

 

「……して」

 

 とどめを刺そうとする咲夜だったが、不意にセシリアの口から出た言葉にその動きを止める。

 

「何?」

 

「許して、ください……謝りますから、アナタの言う事も何だって聞きます。……だから、私から…家を、取らないで……」

 

 それはセシリアにとって最後のプライドが砕けた瞬間だった。

セシリアは屈した……一夏、レミリア、咲夜、そして恐怖に……。

 

「その言葉は私じゃなくてお嬢様に言う事ね。生憎私はそれほど優しい人間じゃないから」

 

「そ、そんな……」

 

 目に涙を浮かべながらの懇願すら一蹴され、セシリアは失意のどん底に叩き落される。

そしてそんな彼女を静かに見据え、咲夜は口を開き、言い放つ……。

 

「精々祈る事ね。アナタの信じる神か悪魔に」

 

 それだけ言い、咲夜は指をパチンと鳴らす。

それと同時に大量のナイフがセシリア目掛けて降り注ぐ。

「ひっ……ギャアアアアア!!!!」

 

 降り注いだ大量のナイフが一斉にセシリアを襲い、瞬く間にブルーティアーズのシールドエネルギーを奪い取る。

そして攻撃が終わった後、その場に残ったのは無数の切傷と刺し傷が刻まれたブルーティアーズとそれを纏って泡を吹いて気絶しているセシリアの姿だった。

直後にセシリアの気絶によってブルーティアーズは解除され、セシリアは地面に落下するが咲夜がそれを抱きかかえる形で止める。

 

「勝者・十六夜咲夜」

 

 そして告げられる咲夜の勝利宣言。それを全く気にする事無く咲夜はセシリアを抱えてピットに戻っていく。

その姿に観客達は様々な反応を見せる……

 

「か、格好良い……」

 

「お、お姉さまって呼びたい……」

 

 華麗な戦いに心奪われた者

 

「な、何で男と馴れ合うようなヤツがあんなに強いのよ……」

 

 恐怖を感じる者

 

「忌々しい…専用機さえあれば私だってアレくらい……」

 

 嫉妬を抱く者(←箒)

 

 様々な視線を感じながら咲夜は主人の待つピットへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様。ご苦労だったわね、咲夜」

 

「いえ、お嬢様の命令を果たしただけですわ」

 

 ピットに戻った咲夜をレミリアは労いの言葉で迎え、それに対して咲夜は穏やかな笑顔で応える。

 

「さて、次は十六夜とスカーレットの試合だが……」

 

「あ、その事だけど千冬。私……」

 

 代表決定戦を進めようとする千冬だったが、不意にレミリアは口を開き、ある事を告げる。

そしてそれから数分後、代表決定戦は唐突に幕を降ろした。

 

 

 

 

 

 数時間後

 

 夕焼け色に染まった誰もいない屋上でセシリアは一人膝を抱えていた。

目が覚めたときはもう何もかも終わっていた。

結局自分は1勝も出来ないまま代表決定戦は終わってしまった。

クラス代表は一夏で決定したらしく、それを千冬と真耶から告げられる途中、事実を聞く事に耐えられなくなったセシリアは、保健室を飛び出して屋上で咽び泣いていた。

 

「あら、何やってるのこんな所で?」

 

 そんなセシリアの前に現れる一人の人影、彼女にとって今最も会いたくない人物レミリア・スカーレットだった。

 

「何しに来たのですか?」

 

 敵意を隠す事無くセシリアはレミリアを睨みつける。

 

「さぁ、何に見える?」

 

 余裕たっぷりの笑みを浮かべながら返すレミリアにセシリアは表情を憤怒に染め上げる。

 

「笑いたければ笑えばいいでしょう!!もう私は代表候補でも専用機持ちでもない!ただ自意識過剰な馬鹿な小娘だってそう言いたいんならさっさと言いなさいよ!!」

 

 目から溢れる涙を拭う事もせず、セシリアは声を荒げる。

 

「自意識過剰と馬鹿な小娘って所だけは当たってるわね。っていうか自分の事よく分かってるじゃない」

 

「っ……アナタはどこまで私を馬鹿にすれば……!」

 

「私がアナタと交わした約束、よく思い出してみなさい」

 

「っ……!?」

 

 唐突に出てきたレミリアの言葉にセシリアは言葉を詰まらせる。

 

「私はあの時こう言ったわ、『アナタが私に勝てたら専用機をあげる』とね。これが何を意味するか解る?」

 

「それが何だと言うのですか!?結局私はアナタと戦う前に気絶して不戦敗に……」

 

「だからそれが間違いなのよ。まぁ、勘違いでもしてなきゃ保健室を飛び出すような真似しないだろうし……私は、代表を辞退したわ。アナタが咲夜に叩きのめされた直後にね」

 

「……え?」

 

 意外すぎる言葉にセシリアは思わず間の抜けた表情になり、唖然とする。

 

「つまりアナタと私は戦ってすらいないという事、賭けは無効よ。理解していただけたかしら?」

 

「っ……!?」

 

 漸く事を理解したセシリアだがその表情に浮かんだのは安堵ではなく混乱、そして怒りだった。

 

「何故……そんな事を?情けでも掛けているつもりなのですか!?敵であるはずのこの私に!!」

 

「あら、よく解ってるじゃない」

 

 セシリアの叫びに対し、レミリアが見せた反応は肯定だった。

 

「セシリア・オルコット……ハッキリ言うけど、アナタは愚か者よ。下らぬ社会風潮に踊らされ、アレだけの殺気を一夏と咲夜から浴びても尚虚勢を張り続け、自分と相手の力量差から目を逸らし、理解しようともしなかった。その軽はずみは決して勇気ではない、ただ無知で低脳な狂犬と同類よ」

 

 完全に見下した目でセシリアを見つめ、レミリアは彼女を貶し続ける。

セシリアは怒りと悔しさの余り唇を震わせるが殆ど事実のため何も言い返すことが出来なかった。

 

「けど、たとえ無知とはいえアレだけ強がることが出来る威勢の良さ、自分へのリスクも理解しておきながら私からの賭けに乗る度胸、そして上に行こうとする上昇志向は評価できるわ」

 

 そして次に出た言葉は意外にも賞賛。

セシリアは目の前にいる自分より一回り小柄な少女がまるで自分よりも遥かに大きく感じていた。

 

(この人は…この人の器は……何て、大きい…………)

 

「這い上がってきなさい、セシリア。底辺を味わった小娘がどこまで強くなれるか、私に見せてみなさい」

 

 レミリアの全身から溢れ出る圧倒的なまでの威厳、そしてカリスマ。

それを始めて理解した時、セシリアの身体は無意識の内に膝を付き、跪いていた。

 

「う…うぇ……うぁあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 そして号泣。屈辱、感涙、安堵……様々な思いの入り混じった感情が涙となってセシリアの目から流れ、叫び声となって口から吐き出される。

そんな彼女を尻目にレミリアは何も言わず屋上を後にしたのだった。

 

 

 

 この翌日、セシリア・オルコットはクラスメート全員の前で日本とスカーレット家への暴言を土下座で謝罪。

更に武術部への入部希望書を提出し、己を一から磨きなおす事を決意する事となる。




次回予告

クラス代表決定戦後、武術部への入部希望者が大勢現れるが、その余りにも過酷な訓練に入部希望者は皆根を上げて逃げていく。
そんな中残った二人の少女、彼女達のコーチを担当することになった一夏と魔理沙はそれぞれの短所を挙げ、改善方法を考えるが……。

次回『武術部の壁』

一夏「お前のその欠点は致命的だ。直さないと負け癖が付くぞ」

魔理沙「追いつく、なんて考えじゃダメだ。目標は越えるためにあるんだぜ!」

IS紹介

パーフェクトサーヴァント(完璧なる従者)
パワー・D
スピード・A
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・A
射程距離・B

パイロット・十六夜咲夜

武装
光学迷彩短剣『S(ステルス)ナイフ』
ステルス機能を備えたナイフ。
簡易ビットとしての機能も兼ね備えており、咲夜の手元を離れても動くことが出来る。

炸裂短剣『EX(エクスプロージョン)ナイフ』
爆発機能を備えたナイフ。基本的な性能は『Sナイフ』と同じ。
対象に刺さるすると同時に爆発する特性を持つ。
『Sナイフ』と合わせて合計500本展開可能。

腰部荷電粒子砲『ミーク』
腰部に装備された荷電粒子砲。
咲夜はナイフを失ってしまった際の非常時用の武装として使用している。
威力はそれなりに高い。


咲夜専用機。
軽量かつ燃費が非常に良い機体。
パワーは低いが手数でそれを補っている。
ナイフには全て簡易ビット処理が施されており、ある程度遠隔操作も可能。
ただし出せる命令は『敵に向かって飛ばす』か『自分の手元に戻る』の二つだけだが元がナイフなので大した問題にはならない。

カラーリングは銀、待機状態はイヤリング


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武術部の壁

 代表決定戦から数日後、一組の代表は一夏に決まり、咲夜とセシリアはその補佐という形に収まった。

当初は一夏と咲夜が試合を行う予定であったがレミリアの辞退と同時に咲夜も代表を辞退して一夏に譲ったため、補佐という形になったのだった。

そして代表決定戦の直後、先の戦いにて圧倒的な実力を見せた一夏達への憧れから彼等の所属する武術部には大勢の入部希望者が入部希望書を携えてやってきたが……それから数日経った今現在の部員数は僅か10人。

創設時から2人増えただけだった……。

 

「ほら、どうしたんですか!?正拳突きのスピードが落ちてますよ!回し蹴りとあわせてあと30回以上は残ってるのに」

 

「も、もう無理!私入部やめる!!」

 

「私も抜ける!!」

 

 美鈴から飛ばされる檄に耐えきれず、今日もまた次々に入部希望者が去っていく。

 

「まったく、この程度で音を上げるとか……生温い連中」

 

「ISなんて玩具に守られてると思ってるからあんな風に軟弱になるんですよ」

 

 去っていく女子たちを見ながら呆れ顔で呟くレミリアと妖夢。

武術部のメンバーは一夏達幻想郷の(新聞部に入った文、手芸部に入ったアリスを除いた)メンバー8名、そこに代表決定戦後入部した2名が加わった計10名で構成されている。

一度は大勢いた入部希望者達だったが、今ではその見る影も無い。

ではなぜ入部希望者達は姿を消したのか?

理由は簡単だ。一夏達武術部の訓練は他の部活の練習とは比較することも馬鹿らしい程過酷だったからだ。

しかし、そんな武術部の訓練に辛うじてながら付いていく事が出来た者も2人だけだがいた。

 

「間合いの取り方も反応速度も甘い!いくら戦闘スタイルが射撃重視だからって接近戦を疎かにしていい理由にはならないぞ!!」

 

「はい!」

 

 一人目は先日一夏達と一悶着起こしたセシリア・オルコット。

現在彼女は一夏による指導の下、接近戦に弱いという弱点克服のため目下特訓中だ。

先の代表決定戦以来、彼女の一夏達に対する態度は180度ひっくり返ったかのように軟化し、今では一夏達を師の如く慕う程だった。

 

(まだ、もっと……もっと強く!一夏さんやお姉様、そしてレミリア様に少しでも近付くために!!)

 

 もっとも、慕い過ぎて咲夜を『お姉様』、レミリアを『レミリア様』と呼ぶという変な方向に向かってしまったが……。

 

「まだ隙が多い!」

 

「はうっ!?」

 

 一夏のパンチ(かなり手加減)を顔面に受けて鼻血を出して倒れるセシリア。

目標への道のりはまだまだ遠い……。

 

 

「どうした!?攻撃がまた一瞬遅れてるぜ!」

 

「ハァ、ハァ……」

 

 そして現在魔理沙が相手をしているこの少女がもう一人の新入部員。

魔理沙と妖夢のクラスメートで日本代表候補、更織簪だ。

 

「簪、攻撃する時に余計な事考えてたら勝てるものも勝てなくなるぜ」

 

「……ごめん」

 

 魔理沙の指摘に簪は顔を俯かせる。

 

「もっと自信持てよ、お前は基礎はしっかり出来てるんだ。それを完全に出し切ればもっと上にいけるんだから」

 

「…………私にそんな才能」

 

「ん、何か言ったか?」

 

「なんでもない……」

 

 簪が僅かに漏らした一言に魔理沙は反応するが、簪は何も無かったかのようにそそくさと次の特訓の準備に入る。

 

(……あいつ)

 

 どこか腑に落ちないものを感じつつ、魔理沙は簪に追従するように準備を始めた。

 

 

 

「んじゃ、次始めるぞ。ラケット2つとも持ったか?」

 

「はい、でも……」

 

「これで何やるの?」

 

 一夏から渡されたテニス用のラケットを両手にセシリアと簪は怪訝な顔をする。

武術部なのに何故自分たちはテニスをやらねばならないのか?

 

「これは集中力を磨くための特訓だ。これを見ろ」

 

 一夏が取り出したのは赤・青・黄に色分けされた3枚の的が2セット、そして的と同様にライン部分を色分けされたテニスボールだ。

 

「いいか、今から俺と魔理沙はお前たちにこのボールを投げる、お前等は投げられたボールをボールと同じ色の的に打ち返すんだ。勿論ラケットは両手とも使って良い」

 

「あぁ、そういう事ですか」

 

 納得したようにセシリアが声を上げる。

ボールの色を見間違えないための集中力とそれを維持する持続力、それでいて正確に的に当てる精密性……これらを磨くのにこの特訓は効果的だろう。

 

「これを一時間ぶっ続けだ。あと、最初は普通のボールを使うが後からどんどん重いボールにしていく。そして失敗したときのペナルティだが……」

 

 ペナルティという言葉に一夏と魔理沙がニヤリと笑い、セシリア達はビクリと身体を震わせる。

 

「失敗1回につき1ml、この特製激不味ドリンクを飲んでもらうぜ!!」

 

「「ひぃぃぃ!!」」

 

 魔理沙から発表されたペナルティの内容に二人の悲鳴がこだまする。

魔理沙特製激不味ドリンク……魔理沙が栄養剤として作った飲み物の失敗作。

栄養価自体は非常に高いのだが味を全く考慮せずに作ったためその味は滅茶苦茶不味い。

これは武術部においてある種の罰ゲームとして使用されており、武術部全員の恐怖の対象である。

 

「それじゃ、始めるぞ」

 

 一夏の合図で二人は身構え、ボールを迎え打つ。

 

「赤!」

 

「黄色!」

 

 飛んでくるボールを次々と見極め、打ち返していくセシリアと簪。

流石は代表候補というべきか、確実に一発一発打ち返し、的確に的に命中させている。

 

「気を抜くなよ、徐々にスピードアップするぞ」

 

 一夏の言葉通りボールが投げられる頻度は徐々に増えていく。

そして大体30分が過ぎた辺りで異変は起こった。

 

「これは…青!」

 

 即座にボールの色を見切り、簪は青の的へ狙いを絞るが……。

 

「それ、赤だぞ」

 

「へ?……っ!」

 

 一夏からの思わぬ言葉に簪は一瞬面くらい、慌ててボールを打つ軌道を修正する。

しかし……

 

「アウト!ボールと的の色が違います」

 

 審判役を務めていた妖夢が声を上げる。

簪が当てた的は赤、しかしボールは青だったのだ。

 

「ちょ、ちょっと待って!今の有りなの!?」

 

「有りだ。誰も妨害しないとは言ってない!それに今のは集中さえしていれば俺の言葉が嘘だとすぐ分かった筈だ!!」

 

「あ……」

 

 そこまで言われて簪とセシリアは気付く。

これこそがこの特訓最大の難関、長時間集中力を持続していれば次第にそれは衰えて注意力散漫になる。

 

「ほら続けるぞ!次からは球がどんどん重くなっていくぜ!」

 

 間髪入れずに一夏は特訓を再会する。

ここから先の結果は先程とは明らかに違うものだった。

 

「黄色、いや違う青……いや赤!」

 

「アウト!」

 

「ハァハァ……赤!あぁ、届かない」

 

「アウト!」

 

「黄色!……お、重い!?」

 

「アウト!」

 

 一度集中が削がれてしまうとそれを皮切りに次々に失敗が増えていく。

それに加えて体力の消耗も激しくなり、終盤に入った頃には二人の身体は疲労困憊で立っているのもやっとだった。

 

 

 

「はい終了」

 

「はぁ、はぁ……」

 

「も、もう……ダメ」

 

 満身創痍で倒れ込むセシリアと簪、そんな二人を見下ろしながら一夏は二人の能力をそれぞれ評価する。

 

「セシリアは技術面は高いが、純粋な身体能力が不足しているな。今後はそれぞれを底上げする事を目安にしよう」

 

「は、はい……」

 

 一夏の言葉にセシリアは力無く返事する。

 

「そして簪。お前は基礎はしっかりしてるし、能力的にはセシリアより上を行っててもおかしくない。……ただ、お前の場合メンタル面が問題だな」

 

「……メンタル?」

 

 一夏からの思わぬ一言に思わず簪は聞き返す。

それに対して一夏は表情を厳しくして頷く。

 

「ああ、何て言うか……お前は自分で自分の事を信じてない。って言うか、お前の戦い方からはお前らしさが欠けてるって言うか……何かを真似ているって言うか……。とにかくお前のその欠点は致命的だ。直さないと負け癖が付くぞ」

 

「っ……!!」

 

 『真似ている』……一夏が何気なく口にしたその一言に簪は過敏に反応した。

 

「アナタに……」

 

「え?」

 

「アナタに何が分かるって言うの!?」

 

 目尻に涙を浮かべて簪は部室を飛び出してしまった。

 

「あ、おい、簪!」

 

 突然飛び出した簪に一夏は思わず戸惑うもすぐに追いかけようとする、しかしそんな彼をある人物が止める。

 

「待てよ、私が行く」

 

「魔理沙?」

 

「アイツさ、何か放っとけないんだ。昔の私みたいでさ……」

 

 どこか遠い目をしながら、魔理沙は簪の後を追った。

 

 

 

 

 

「どうして……どうして私は、こんなに…弱いの?」

 

 部室を飛び出した簪は校舎裏で一人、自分自身への批判の言葉を呟きながら涙を流していた。

幼い頃からずっとそうだった……常に自分は実の姉である楯無の背中を追い続けた。しかしどんなに頑張っても努力しても姉との差はまるで埋まらない。

姉はいつだって自分の憧れでありコンプレックスだった。

専用機を自分の手で設計し、在学中に国家代表の座も得て……そんな事が続く度に自分ではどんなに頑張っても彼女には届かないのだと言われてる様な気がして、次第に簪は自分が更織家の落ちこぼれだと感じるようになっていた。

 

そんな時に入った衝撃的な知らせ……姉が世界初の男性ISパイロット、織斑一夏に負けた、それは簪にとって自分の常識を根底から覆すものだった。

そんな彼に近付き、彼と同じ訓練を受ければ自分は姉に追い付けるのではないのかという僅かな希望。

だがいざ武術部に入ってみれば待っていたものは想像を絶するほど過酷な訓練……そんな訓練を普通にこなす一夏達河城重工の面子の姿を見ていると自分の弱さを改めて痛感させられる。

「最初から、間違ってたのかな?……私みたいな落ちこぼれがお姉ちゃんに追い付くなんて」

 

「何を諦めるって?」

 

 やがて自嘲は諦めに変わり始めた頃、不意に背後から声を掛けられる。

自分のクラスメートでルームメートの少女、霧雨魔理沙だ。

 

「……何しに来たの?」

 

「連れ戻しに来たぜ」

 

 簪の態度にもお構い無しに平然と魔理沙はそう言ってみせる。

 

「放っといて。私はもう……」

 

「ストップ!……お前、そこで諦めちまったら本当の落ちこぼれになっちまうぜ。ただでさえ落ちこぼれになりかけてんのにさ」

 

 魔理沙の言葉に簪は魔理沙を睨みつける。だが魔理沙はそれを意に介する事無く簪の隣に座りこむ。

 

「お前さ、姉ちゃんが目標なのか?」

 

「盗み聞きしてたの?」

 

「聞いてんのは私だ。いいからさっさと答えろ」

 

「……そうよ。私はお姉ちゃんに追いつきたい、それが何なの?」

 

 横暴にも見える魔理沙の態度に不快感を感じながらも簪は渋々答えた。

 

「追い付きたいか……だからダメなんだよ、お前は」

 

「っ、アナタに何が……!」

 

「私にもな、目標にしてる人がいるんだ」

 

 魔理沙の言葉に声を荒げる簪。

だが魔理沙はそれを遮る様に言い放った。

 

「……え?」

 

「魅魔様…私の師匠なんだけどさ、私は元々出来の良い弟子じゃないってよく言われてたんだ。けど、そんな魅魔様が私の事で褒めてくれた事があるんだ。何だと思う?」

 

「…………何?」

 

 圧倒的な戦闘力を持つ魔理沙にも目標がいるという事を知り、簪は徐々に興味を引かれ、問い返す。

 

「『お前はどんな事があったって絶対に諦めずに努力し続ける。それは人が持つ事の出来る最高の才能だ』って、あの時は嬉しかったぜ。才能なんて無くたって諦めない心を持っていれば私だって認めてもらえるんだって」

 

(この人は、どうしてこんなに……私が勝てる訳無いじゃない)

 

 誇らしげに語る魔理沙に簪は自分には無い決定的な何かを感じる。

 

「簪、今のお前……いや、お前はずっと諦めたままだろ?」

 

「そんな事無い!私はお姉ちゃんに追い付くために今まで……」

 

「追い付くだけか?追い付いてまたすぐ差を付けられるのか?」

 

「!?」

 

 魔理沙の指摘に簪は何かを突き刺されたような感覚に襲われる。

そうだった……幼い頃、自分は姉を超えたいと思っていた。

しかしそれを適える事が出来ず、いつしか自分の心は腐り始め、目先の目標に追い付くだけで満足するようになっていた。

自分は姉の背中だけを見ていた。姉を追い続け、真似るだけの空虚で中身の無い人間に成り下がっていた。

 

「追いつく、なんて考えじゃダメだ。目標は越えるためにあるんだぜ!……簪、お前はどうしたいんだ?」

 

「……強く、なりたい。強くなりたいよぉ……私だってお姉ちゃんを超えたい、もっと強くなってやれば出来るって証明したい……諦めたくない!」

 

 気が付けば簪はまた泣いていた。

これだけ自分の感情を吐露したのはもう何年ぶりだろう……。

きっと自分は魔理沙の言うとおり諦めていた。自分に才能が無いと言い訳して僻み、姉の真似事で満足していただけだった……。

それを自覚したとき簪は己の小ささを嘆き、涙を流した。

 

「ならさっさと戻ろうぜ、皆待ってるんだからな。お前がいないと飯食いながら反省会出来ないだろ?」

 

「……うん!」

 

 快活に笑いながら手を差し伸べる魔理沙。簪はそんな彼女の手を握る。

簪の目元にはまだ涙が残っているが、その表情は魔理沙同様笑みを浮かべていた。

 

(霧雨さん……格好良い。私も努力すればこんな風になれるのかな?……ううん、なりたい。霧雨さん……魔理沙みたいに格好良く)

 

 手を引かれながら簪は魔理沙に見えないように頬を赤く染めたのだった。




次回予告

 クラス対抗戦を間近に控え、コンディションを整える一夏達。
そんな中2組に中国からの転校生、鳳鈴音がやってくる。
箒同様一夏に想いを寄せる彼女はクラス代表と一夏のルームメートの座を狙ってクラス代表の美鈴に試合を申し込む。
そして鈴音の想いを(一応)察し、一夏はどう対応するのか?

次回『中国代表候補?何それ美味いの?』

セシリア「嗚呼、情けない……私もアレと同類だったと思うと」

美鈴「怪我しちゃっても恨まないでくださいよ!」


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中国代表候補?何それ美味いの?

これでストックはラストです。
次回からは更新速度が落ちると思いますが今後ともよろしくお願いします。


「アンタが二組の代表で一夏のルームメイト?」

 

 その少女は、食堂で朝食を取っていた美鈴に突然話しかけてきた。

髪型はツインテール、背丈は150cm程の小柄な少女だった。

 

「そうですけど、それがどうかしましたか?」

 

 怪訝な表情で聞き返す美鈴に少女は不適に笑ってみせる。

 

「代表、代わってくれない?」

 

 

 

 

 

「ねーねー知ってる?2組に転校生が来たんだって」

 

 クラス対抗戦を数日後に控えたその日の朝、一夏達のクラスメートである布仏本音が発したその一言が発端となり、教室内がざわめき始めた。

 

「本当?この学校の編入試験って相当難易度高いはずだよ」

 

「いや、本当だぜ。昨日新聞部のダチ(文)から聞いたけど、どっかの国の代表候補だとか」

 

「そうそう!たしか中国の代表候補らしいよ」

 

 一夏の言葉で話の信憑性が増し、教室内のざわめきは大きくなる。

 

「……あんまり大した事じゃありませんわね。私達の同年代には常識破りな人達が沢山居ますから」

 

 早朝訓練で疲れきったセシリアがやつれた顔で呟く。

周囲の女子たちはそんな彼女を同情と肯定の眼差しで見つめる。

一夏達にボロ負けした当初、セシリアは周囲から嘲りの目で見られていたが、現在はそうでもない。

武術部に入部して以来毎日のように身体に痛々しい痣を作りながら日々訓練に励み、自分達があっという間に音を上げた武術部の訓練に付いて行っている彼女と簪は、ある意味一年生達(一部を除く)の英雄であり希望とも言える存在だった。

 

(ふん、あんなメイド如きに敗れた負け犬が何をほざいて……)

 

 最もそんなセシリアを……というよりも河城重工を認めようとしない者(箒や女尊男卑主義者)からは未だに蔑視されているが……。

 

「その情報、古いよ」

 

 そんな話で盛り上がっていると不意に教室の扉から声が聞こえる。

そこには髪をツインテールに纏めた小柄な少女がいた(貧乳と言ってやらんのは作者からせめてもの優しさ)。

彼女こそ今話題に挙がった中国代表候補生、そして一夏の幼馴染の一人である凰鈴音、通称・鈴だ。

 

「鈴?お前鈴か?久しぶりだなぁ!……でもその格好つけ方似合わないぞ」

 

「あ、アンタねぇ!久しぶりに再会した幼馴染に言う最初の台詞がそれ!?」

 

 再会の懐かしさと鈴の行為への突っ込みを同時にやってのける一夏に鈴は憤慨する。

 

(まさか、鈴が中国代表候補に……ある意味、一番会い辛い奴が)

 

 フランクに鈴に対応した一夏だったが、内心では頭を抱えていた。

凰鈴音……彼女は箒と同様一夏の幼馴染であり、彼に好意を寄せている。

その証拠に彼女は小学生の頃『料理が上達したら毎日私の酢豚を食べてくれる?』などと遠まわしな告白をしているのだ。

以前の一夏なら彼女の好意に全く気付かなかっただろうが千冬達との一件以来女心に多少は敏感になった今なら鈴の見え見えの行為に気付く事は(何とか)出来る。

箒のような暴力混じりの好意は流石に無理だが……。

 

(もし本当に鈴が俺の事意識してるんなら、振らなきゃいけないって事だよな……気が重い)

 

 目の前でゴチャゴチャと自分に向かって何か言っている鈴の言葉も耳に入らず、一夏は思考の海に落ちていった。

 

「ねぇ、一夏!アンタ人の話聞いて……あがっ!?」

 

「再会を喜ぶのは勝手だがもうHRだぞ。さっさと自分のクラスへ戻れ鳳」

 

 叫ぶ鈴の脳天に千冬の出席簿が振り下ろされる。

 

「ま、また後で来るわ!逃げんじゃないわよ!!」

 

 頭を抑えながら鈴は教室へ戻っていった。

 

 

 

 

「咲夜、牽制しなくて良いの?あの娘確実に一夏に惚れてるわよ」

 

 去っていく鈴を眺めながらレミリアは咲夜に問いかける。

 

「大丈夫でしょう、雑魚ですから」

 

 哀れ鈴……最早咲夜の眼中にすら無し。

 

「それよりも……厄介なのはあっちね」

 

 鈴を酷評する一方、咲夜は横目である人物を一瞥する。

 

「何なんだ、アイツは……一夏に馴れ馴れしく」

 

 咲夜が向けた視線の先にいる人物……篠ノ之箒は歯軋りしながら終始鈴を睨み続けていた。

 

(随分と暴力的な目ね……ああいうタイプってかなり厄介なのよね。一夏を奪われる心配は無いだろうけど、一夏に……いえ、私達に負担を掛ける可能性がある。まったく、妖夢に叩きのめされてまだ懲りてないなんて、スッポンみたいな娘ね)

 

 咲夜の中で箒は早苗達とは別の意味でマークすべき人物になりつつあった。

 

 

 

 そして昼休み

一夏達は鈴、そして何故か付いて来た箒と共に食堂で昼食を取りつつ昔話に花を咲かせる。

 

「なるほどな、それで代表候補に」

 

「まぁね、でもびっくりしたわよ。アンタが突然見つかったと思ったら世界初の男性ISパイロットでその上あの河城重工に入ってるなんて」

 

 近況報告を終えて再会を懐かしむ二人だったが、そんな一夏と鈴を不機嫌な表情で箒は睨む。

 

「おい一夏!その女とはどういう関係なんだ!?いい加減教えろ!!」

 

 そして我慢の限界に来たのか、箒は怒鳴るように二人の会話に割って入る。

 

「ああ、幼馴染だよ。箒とほぼ入れ違いに転校して来たんだ」

 

「そういう事、っていうか誰?」

 

「ああ、コイツは篠ノ之箒、お前と入れ違いになった幼馴染だ。昔話した事あるだろ?」

 

「ああ、そういえば。……ま、よろしくね。私の事は鈴って呼んでくれていいから」

 

「……ああ」

 

 鈴からの自己紹介に箒は多少表情に不機嫌さを残しながら返す。

 

「そういえばさ、一夏もクラス代表なんでしょ?」

 

「ああ……っていうか『も』って何だよ?二組のクラス代表はもう決まってる筈だろ?」

 

 まるで自分がクラス代表であるかのような物言いに疑問を感じ、一夏は聞き返す。

 

「そんなの代わって貰うに決まってるじゃん。ついでにアンタのルームメイトの座もね」

 

「はぁ?」

 

「な、何だと!?」

 

 鈴の言葉に一夏は呆れたような、箒は憤怒の表情を浮かべる。

 

「代わってもらうって、美鈴は了承したのか?」

 

「いえ、今日の放課後に試合で決める事になりました」

 

 一夏の後ろの席に座っていた美鈴が解説するように会話に参加する。

 

「そういう事、つまり今日の試合で勝てば私は晴れてクラス代表って訳」

 

 自信満々に答える鈴。勝つ気満々とでも言わんばかりだ。

 

「お前なぁ……随分無謀な」

 

「無謀って何よ?私はこれでも中国代表候補よ。そう簡単に負けたりしないわ」

 

「そうかい……じゃ精々頑張れ」

 

 幼馴染の余りに無謀な挑戦行為に一夏は溜め息を吐く。

 

「……なぁ鈴、クラス代表はともかくとして何で俺のルームメイトの座まで賭けるんだよ?」

 

「え?そ、それは……その……」

 

 赤面しながら鈴は視線を逸らす。

それに反応するかのように箒の睨みはより鋭くなる。

 

「それに…その、お前が小学生の頃言った『毎日酢豚を食わせてくれる』っていうアレだけど……アレって、やっぱ……そういう意味、なのか?」

 

「あ……う……それは……(覚えててくれたんだ)」

 

 自分の告白を覚えていてくれた事への喜びと自分の想いに気付いてくれたことへの喜び、そしてその気恥ずかしさに鈴は顔を茹蛸のように真っ赤にしながら僅かに頷く。

 

「き…貴様……!」

 

 箒は怒りで顔を真っ赤にして今にも鈴に飛び掛らんと拳を硬く握る。

しかしその拳が鈴に向く事は無かった。

 

「ごめん!俺、付き合ってる人がいるんだ!!」

 

「へ?………う、うそ」

 

 余りにも予想外すぎる一夏の言葉に呆然とする鈴。赤かった顔が一変して蒼白になる。

 

「……だ、誰よそれ?」

 

「それは言えないんだ。俺の立場なら言えない理由、分かるだろ?」

 

 頭を下げたまま一夏は答える。

一夏は世界で唯一操縦スーツ無しでISを操縦できる貴重な存在ゆえ、各国は一夏の身柄が喉から手が出るほど欲しい。

そんな一夏に恋人がいればその恋人が人質にされてしまう可能性があるためその存在を公には出来ない……これが表向きの理由。

本来その彼女である千冬は人質に出来るような存在ではないがこれが公になれば千冬の権威と名誉はガタ落ちする事は間違い無く、河城重工の活動にも支障をきたす恐れがある……これが本当の理由である。

 

「それは……そうだけど」

 

 理由を察して鈴は言葉を詰まらせる。

しかしとても納得できるような事ではない。

せっかく会えたずっと想いを寄せていた幼馴染に漸く想いを伝える事が出来たと思ったら一夏は既に彼女持ちだった等、天国から地獄へまっ逆さまである。

 

「すまない……俺は鈴の気持ちに応えられない」

 

 キッパリと言い放つ一夏。

鈴は身体を震わせながらそれを見詰める。

 

「一夏……」

 

 やがて震える声で鈴は一夏の名を呼び、彼に近付く。

そして右手で思い切り一夏の頬を張った。

 

「馬鹿ぁ!!アンタなんて大っ嫌い!!」

 

 目に涙を浮かべてそう叫び、鈴は踵を返す。

 

「対抗戦でメッタメタにしてやる!首洗って待ってなさい!!」

 

 そして捨て台詞を残して食堂を後にした。

 

「……ごめん」

 

 去っていく鈴の姿を眺めながら一夏は小さく呟いた。

 

 

 

「しゅ、修羅場ですよね?これって……」

 

「ああ……」

 

 一夏達とは少し離れた席で真耶と千冬は一夏達のやりとりを見ていた。

 

(鳳……すまない。お前の気持ちは痛いほど解る。だけど、私は一夏を手放せない。一夏がいないと生きていけないんだ)

 

 結果的とはいえ想い人を奪ってしまった事に千冬は心の中で謝罪した。

 

 

 

 

「そ、そんなぁ〜〜」

 

「織斑君が彼女持ち……」

 

「この世には神も仏も居ないのぉ〜〜!?」

 

 周囲からは一夏が彼女持ちだった事実に女子達が悲鳴を上げている。

 

(一夏に恋人だと?ふざけるな!!)

 

 しかしそんな中、鈴以上に納得していない者がいた。篠ノ之箒である。

最早彼女の頭の中に鈴の存在などこれっぽっちも無い。あるのは誰かも分からぬ一夏の恋人への怒りと憎悪のみ。

(認めん、絶対に認めんぞ!!……誰なんだそいつは?きっと身体を使って一夏を誑し込んだに決まってる!!必ずそいつを突き止めて叩き潰してやる!!)

 

 血が出る程に唇を噛み締め、箒はそう決意した。

それは独りよがりな決意でしかないが、今の箒ではそれを理解する事は出来ない……。

 

 

 

 

 

 そして放課後……2組のクラス代表をかけた美鈴VS鈴音の試合の時間が来た。

 

「美鈴とか言ったわね、戦う前に忠告してあげるわ。私今物凄く機嫌が悪いの、だから手加減なんて出来ないわ。絶対防御だって完璧じゃないんだから怪我しないうちに降参した方が良いわよ」

 

 アリーナ中央にて自身の専用機『甲龍』を纏い上から目線でものを言う鈴に美鈴はやや呆れがちに首を振る。

 

「あんまり調子に乗ってると手痛い竹箆返しが来ますよ。中国代表候補だか何だか知りませんけど、大物ぶるならまずはその短気を治したらどうですか?」

 

 挑発混じりに言い返し、美鈴は自身の専用機『紅龍』の武装である特殊装甲『極彩』を展開して身構える。

美鈴専用機『紅龍(ホンロン)』……一夏のダークネスコマンダーの兄弟機であり、スピードと瞬発力に重点を置いた高機動格闘戦型の機体だ。

 

「言っておきますけど、私の機体は一夏さんの機体と同系機です。私に負けるようじゃ一夏さんには絶対敵いませんよ」

 

「フン、調子に乗ってるのはアンタの方じゃない。私の甲龍を甘く見てるとどうなるか思い知らせてやるわ!」

 

 直後に試合開始のブザーが鳴り響く。

開始と同時に鈴は甲龍に装備された衝撃砲『龍咆』を展開する。

 

「喰らえ!」

 

 展開と同時に発射される不可視の砲弾。

龍咆……それは中国の誇る第三世代武装で空間に圧力を掛けて見えない砲身と砲弾を形成し、攻撃する射撃武器だ。

初見でこの不可視の一撃を見切れるはずが無い、故にこの戦いの主導権は自分のもの……と、鈴は思っていた。

 

「見え見えですよ!」

 

「え!?キャアア!」

 

 しかし鈴の目論見と射撃は見事に外れ、逆に紅龍の腕部荷電粒子砲『颱風』の連射を浴びてしまう。

 

「クゥッ……このぉ!」

 

 思わぬ手痛い一撃に動揺しながらも鈴は再び龍咆を連射して攻撃を仕掛ける。

しかし美鈴は余裕の笑みを浮かべて一つ一つを余裕で回避していく。

 

「怪我しちゃっても恨まないでくださいよ!」

 

 そう言い放ち美鈴は砲撃を掻い潜りながら鈴に飛び掛った。

 

 

 

「やっぱり凄い……衝撃砲を一発で見切るなんて」

 

 美鈴の戦闘を観客席で眺めながら簪は呟く。

簪だけでなく、一夏や魔理沙を始めとした武術部の面々は試合を観戦していた。

 

「それにしても無様ね。彼女、この状況になってもまだ実力差に気付いてないわ」

 

「以前の私と同じですわ。嗚呼、情けない……私もアレと同類だったと思うと」

 

「それに気付けただけ一歩前進だ。……じゃあ問題だ、美鈴はどうやってあの見えない砲弾の軌道を見切っている?」

 

 鈴への酷評が飛ぶ中、一夏は不意にセシリアと簪に問いかける。

 

「タイミングは分かりませんが、砲弾の軌道は……目、でしょうか?」

 

「正解だ」

 

 戸惑いがちに答えるセシリアに一夏は笑みを浮かべる。

いくら砲身が見えないとはいえ所詮それを操作するのは意思のある人間、狙い撃つ際に目は追ってしまう。

ましてや実戦経験の無い学生風情がそれを行えば尚更目に頼るのは必然。

 

「じゃあ第二問、発射タイミングはどうやって見切ってる?」

 

「!……表情!?」

 

 今度は簪が声を上げる。

これも正解だ。実戦経験の無い人間、つまり戦い慣れていない者は攻撃の際に必ずそれが表情に出る。それを見切ってしまえばどんなに攻撃自体が不可視であろうが恐れる必要は無いのだ。

 

「そうだ……攻撃しますって表情に出てたら避けてくれっていってるようなもんだ。さてココで第三問だ、俺が言いたい事言ってみろ」

 

「……目だけに頼るな」

 

「そして、戦いにおいて攻撃する事は当たり前」

 

 挑発的にニヤリと笑う一夏にセシリアと簪は強い口調で答えたのだった。

 

 

 

「クッ……射撃がダメなら、こっちで!!」

 

 何発撃っても当たらない射撃に業を煮やし、鈴は近接専用の刀『双天牙月』を展開し、美鈴目掛けて突進する。

 

「わざわざそっちから向かって来るなんて、私の事を嘗めるのもいい加減にしないと……」

 

 突進する鈴を美鈴は静かに、大地にしっかりと根を張るように脚を付けて立ち、迎え撃つ。

 

「ハァアアアア!!」

 

 そして鈴の双天牙月が振り下ろされたその刹那、美鈴はその刀をまるで払いのけるかのように受け流してしまった。

 

「え?」

 

「怪我じゃ済みませんよ!!」

 

 一喝と共にがら空きになった鈴の脇腹に美鈴の掌底が叩き込まれた。

 

「ガッ……!?」

 

 肺に襲い掛かる思いもよらぬ衝撃に鈴の呼吸が一瞬止まる。

皮肉にも鈴は試合開始前に言った『絶対防御は完璧ではない』という事実をその身を以って体感した。

 

「これで終わりです!」

 

 直後に美鈴は極彩を解除し、そのまま鈴の首を右手で鷲掴む。

 

「せぇーーのぉ!!」

 

 掛け声と共に勢い良く美鈴は鈴の体ごと跳び上がり、そしてそのまま鈴を背中から地面に叩き付けた。

 

「ウゴェェッ!!?」

 

 首と背中に落下の衝撃が一気に掛かり、鈴はその可憐な顔付きに似つかわしくない声を上げる。

直後に鈴の表情から血の気が失せ、そのまま鈴は白目を剥いて口から泡を吐いて失神し、甲龍は待機状態へ戻されてしまった。

 

『凰鈴音、戦闘不能。勝者・紅美鈴』

 

「……ふぅ」

 

 電子音声によって美鈴の勝利が告げられる。

それを聞き美鈴は一息吐いて気絶した鈴を担いでピットへと戻っていった。

 

 

 

「落ちたな……文字通り」

 

 管制室内で試合の監督を担当していた千冬は試合の様子を眺めながらそう呟いた。

「え、ええ…あの、凰さん……死んでませんよね?」

 

 余りにも無残な鈴の姿に真耶は若干引き気味に訊ねる。

 

「安心しろ。紅はきっちり加減している」

 

「よ、よかった……」

 

 千冬の言葉に真耶は胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

おまけ

 

「美鈴、お疲れ様。はいこれ、差し入れのサンドイッチよ」

 

「あ、咲夜さん、ありがとうございます」

 

「美鈴さん、よろしかったら今夜一緒に夕食でもどうです?私が奢りますから」

 

「あ、それなら私の部屋で皆一緒に食べませんか?丁度新しいレシピが完成したので」

 

「早苗さんに妖夢さんまで……」

 

 試合直後、美鈴に対して咲夜達は妙に優しかったとか……。




次回予告

遂に始まったクラス対抗戦。
第一試合は2組VS3組
試合開始ギリギリまで少しでも強くなるための知識を得ようとするセシリアと簪。
二人は第一試合で何かを掴むことが出来るのか?

次回『踊る人形VS紅の龍』

セシリア「驚いてばかりはいられませんわ。少しでも何かを掴まなければ……」



IS紹介

紅龍(ホンロン)
パワー・B
スピード・A
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・D
射程距離・C

パイロット・紅美鈴

武装
格闘用特殊アーマー『極彩』
両手両足に装備された特殊装甲。

腕部荷電粒子砲『颱風』
連射性と速射性に優れた射撃武器。
発射時は腕をまっすぐ伸ばす必要がある。

紅美鈴専用機。
一夏のDコマンダーの兄弟機であり、Dコマンダーと比べて若干機動性重視に設計されている。
カラーリングは紅をベースに緑のライン。待機状態はアンクレット。


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踊る人形VS紅の龍

漸く更新。
お待たせして申し訳ありませんでした。


 鈴との騒動から数日、遂にクラス対抗戦当日がやってきた。

 

『せぇぇい!!』

 

『ハァァァ!!』

 

「……千冬姉、束さんとの連絡はついたの」

 

 管制室の中で一夏は2組対3組の中堅戦、椛と早苗の戦い(先鋒戦は文が一般生徒に完勝)をモニターで眺めながら千冬に訊ねるが千冬は落胆したような表情で首を横に振る。

 

「いや、外界(こっち)に戻って何度か連絡を取ろうとしたが、以前と違って全く連絡が付かないし、束の方からも全く連絡を寄越そうとしないんだ。篠ノ之(箒)にもそれとなく聞いてみたんだが連絡は向こう側からだけでこちらからは全く連絡が取れないそうだ。一体どこで何をしているんだかな?」

 

「そうか……」

 

「今は向こうから連絡が来るのを待つしかない……ところで、そろそろ準備しに行かなくていいのか?試合もそろそろ大将戦になるぞ」

 

 束の話を切り上げ、千冬は対抗戦の準備を一夏に促す。

 

「うん、セシリア達の様子も見なきゃいけないし、そろそろ行くよ」

 

「ああ……一夏」

 

「ん?」

 

「……頑張れよ」

 

「……ああ」

 

 最愛の姉兼恋人の激励に一夏は力強く頷いてみせた。

 

 

 

 

『タイムアップ!試合終了です』

 

 一夏が観客席に来た頃には中堅戦が時間切れで終了し、試合結果は判定に委ねられる事となった。

 

「あ、一夏さん。どこに行っていたのですか?もう中堅戦が終わってしまいましてよ」

 

 かなり遅れてやって来た一夏にセシリアは咎める様に声を掛ける。

 

「悪い、ちょっと野暮用でな。で、どうだった?」

 

「見ての通り時間切れで判定に持ち越しよ」

 

 一夏の問いにレミリアが答えた。

 

「まぁでも、試合自体は早苗が押し気味だったから、多分……」

 

 一度そこで区切り、レミリアは電光掲示板を眺め、直後に掲示板に文字が浮かびだす。

 

『判定終了……勝者・東風谷早苗』

 

 アナウンスと共に早苗の判定勝ちが決まり、3組の客席から歓声が上がる。

 

「それにしても、やはり凄いですわね。河城重工の方々は……もう何回驚いたことか」

 

「その割りには結構冷静ね」

 

 言葉とは裏腹に落ち着いた口調で話すセシリアに咲夜は感心したように言う。

 

「いつまでも驚いてばかりはいられませんわ。少しでも何かを掴まなければ……」

 

 そう言ってアリーナを見つめるセシリアの瞳には最早慢心は無く、強くなろうとする向上心が滲み出ていた。

 

「なら、次の試合は良く見ておきなさい」

 

「はい(きっと簪さんも今頃私と同じ様に……)」

 

 自分にとって同志とも言える少女の事を考えつつ、セシリアは電光掲示板を見る。

そこにはこの後の組み合わせが表示されていた。

 

 

 

『これより大将戦、アリス・マーガトロイドVS紅美鈴の試合を開始します』

 

 アナウンスの声が響く中、アリスと美鈴は互いに専用機『ダンシング・ドール』と『紅龍』を纏って対峙する。

 

(咲夜とパチュリーの実力は知ってるけど、彼女の正確な実力は見た事無かったわね……とりあえず接近戦に持ち込まれないよう距離を取ったほうがよさそうね)

 

(魔法使いの基本的な戦い方はパチュリー様の戦い方を見てそれなりに解ってる。接近戦に持ち込みさえすれば勝機はある!)

 

『試合開始!』

 

 開始の合図と同時に互いに主武装を展開するアリスと美鈴。

アリスの駆るダンシング・ドールの主武装、6体の有線式人形型ビット『ドールズ』がアリスを守るSPのように展開され、それぞれが武器を構えて美鈴に襲い掛かる。

 

「行きなさい!」

 

 ドールズは装備された小型ランスとサブマシンガンによって四方八方から美鈴に襲い掛かる。

それはセシリアのブルーティアーズのような機械的な動きではなくまるで全ての人形が意思のある生物のように連携して美鈴を攻撃する。

 

「わわっ!」

 

 その6対1さながらの攻撃を美鈴は慌てて回避する。

しかし最初の一撃こそ回避できたものの直後に他の人形と本体であるアリスからの銃撃が嵐のように降り注ぐ

シールドエネルギーを削られる。

 

「グゥッ!……流石ですね。でも!」

 

 苦悶の声を漏らす美鈴だったが、不意に不適な笑みを浮かべて颱風で応戦しながら地面へと急降下する。

 

「……なるほど、考えたわね」

 

 美鈴の考えを察したかのようにアリスは僅かに顔を顰めた。

それとほぼ同時に美鈴は地面に着地してドールズを待ち構える。

 

 

 

「アイツは馬鹿か?自分から逃げ場を少なくするなど」

 

「いや違うな、美鈴の行動はアレで正解だ」

 

 (何故か)一夏達の近くに座っていた箒が美鈴の行動に否定的な言葉を漏らすが一夏は逆に美鈴の行動を的確だと判断していた。

 

「どういう事だ?」

 

「アリスの射撃と人形をアレだけ正確に動かせる処理能力はずば抜けて高い、ハッキリ言って俺や他の仲間でもあの射撃を全部避けるのは無理だ。だが地面に着地しておけば攻撃範囲は上空と地上のみに絞ることが出来る。要は避けられないなら迎撃と防御がし易くすれば良いって事だ」

 

 箒の問いに一夏は解りやすく答える。

 

「避けられないって、お前はオルコットの攻撃を全て避けたではないか!」

 

 しかし箒は納得できないのか反抗的に返す。

基本的に一夏以外の河城重工所属の者を敵視している箒は彼女達の実力を認めていない(というか認めたくない)ため、自分より一回り強いと思っている(実際は一回りどころか何倍も差がある)一夏がアリスの実力を評価するのが面白くないのだ。

 

「アナタ馬鹿ですか!?私とアリスさんのオールレンジ攻撃はハンドガンと対物狙撃銃ぐらいの差がありましてよ!」

 

「グッ……」

 

 箒の言葉にセシリアは呆れたように声を上げる。

その指摘に箒は悔しそうに唸る。

 

「お喋りするのもいいけど、試合の方に集中したら?本番はココからよ」

 

 会話に意識を向けていたセシリアたちを咲夜の声が再び試合の方へ意識を向けさせた。

 

 

 

「せいやぁぁっ!!」

 

 6体の人形から放たれる弾幕を防ぎ、掻い潜りながら美鈴は1体の人形に狙いをつけて一気に加速し、一直線に跳び蹴りを叩き込んで人形上半身を叩き潰す。

 

「次!」

 

 さらにイグニッションブーストを駆使して急旋回と同時に加速し低空飛行しつつ2体目の人形目掛けて接近しつつ颱風を連射し、2体目を破壊する。

 

「チィッ!……それなら!!」

 

 6体のうち2体を破壊され、アリスは戦法を切り替え、ドールズは美鈴の周囲を縦横無尽に飛び回りながら一定の距離を維持しながら。

 

「かく乱戦法ですか?そんなものに!」

 

 周囲を飛び回るドールズの攻撃を掻い潜りながら美鈴は颱風を駆使して迎え撃つ。

 

「無駄です!手数が減った以上アナタの戦力は大幅ダウンです」

 

「それはどうかしら?」

 

 美鈴の言葉にアリスは動じる事無く言い返して見せる。

直後に美鈴を攻撃していたドールの一体が素早く身を翻し、撃墜された2体のドールからサブマシンガンを拾い上げ、アリスに投げ渡す。

 

「これで多少は手数も埋まるでしょう?」

 

「チィッ!手数はどうにかなっても撃つ人数が変わってないなら大した事ありません!」

 

 思わぬ方法で手数を補うアリスに美鈴は一瞬面食らうもすぐに我に返って迎撃を再会する。

 

「残念、もうアナタは私の術中よ」

 

 しかしアリスは勝利を確信したようにニヤリと笑みを浮かべ、直後にドールズと自分を繋ぐワイヤーを引っ張り上げる。

 

「!?」

 

 美鈴は周囲の光景に『やられた』と感じる。

ドールズに繋がれたワイヤーが自分の周囲に張り巡らされ、そのままそのワイヤーが美鈴に絡み付いて縛り上げる。

最初からアリスはかく乱など考えていなかった。わざわざ撃墜されたドールから武器を拾ったのも美鈴の注意を逸らすためだ。

 

「貰ったわ!」

 

「グアァッ……ま、まだ!」

 

 集中砲火を受け、シールドエネルギーを瞬く間に削られる美鈴。

誰もが勝負あったと確信したが美鈴は思いも寄らぬ行動に出た。

 

「墳っ!!」

 

 何と右足を地面に突き刺して自身の体を固定したのだ。

あまりに意外なその行動に会場内の全員が唖然とする。

 

「そぉりゃああああ!!!!」

 

「!?」

 

 そのまま美鈴は自分を縛るワイヤーを掴み、それをアリス目掛けて勢い良く振り回した。

固定されて踏ん張りが利くようになった足腰に美鈴と紅龍のパワーが合わさり、ドールズは凄まじい勢いで振り回される。

 

「しまっ…キャアア!!」

 

 直前に4本のワイヤーを切断して直撃を避けたもののドールズ同士が叩きつけられた衝撃で爆発を起こし、その余波でアリスは少なくないダメージを負ってしまう。

 

「これで、とどめぇ!!」

 

 吹き飛ばされるアリスを追い、美鈴は極彩と颱風を同時展開し拳を振り上げる。

渾身の正拳突きとフルオートによる颱風の連射をゼロ距離から叩き込む美鈴のスペルカードを基にした紅龍必殺の一撃、『極彩颱風』だ。

 

「っ!!」

 

 だがこの状況においてもアリスは負ける気など更々無かった。

フルパワーで撃墜されたドールの一体を引き寄せ、起爆させる。

 

「破ぁぁぁ!!!!」

 

「っ!!」

 

 美鈴の拳とアリスの爆撃がほぼ同時に繰り出され爆煙と轟音が同時に上がり、会場内は静寂に包まれる。

果たしてどちらが勝ったのか……?

 

『……勝者、アリス・マーガトロイド』

 

 しばしの沈黙の後アナウンスによりアリスの勝利宣言が為され、直後に3組の観客席から歓声が鳴り響く。

僅かな差ではあるがシ−ルドエネルギーが先に尽きたのは美鈴だったのだ。

 

 

 

 

「……これ、実質私の負けね」

 

 試合終了の直後、控え室に戻ったアリスは美鈴を前にして不意にそう呟いた。

 

「え?」

 

「まぁ、これが実戦での話だけどね。絶対防御を先に発動させたは良いけど、機体の損害は私の方が遥かに大きい。あのまま戦えばやられたのは私の方……試合に勝って勝負に負けた気分よ。……っていうかアナタあんなに機転の利くタイプだったかしら?」

 

 少し悔しそうな表情を浮かべながらアリスは感じた疑問を率直に尋ねる。

 

「いやぁ……そりゃまぁ、一夏さんと良く組み手してますから昔と比べて結構実力も機転もレベルアップしたと思いますよ」

 

「あぁ、なるほどね」

 

 美鈴の答えに納得しながらアリスは着替えを終えて控え室を後にする。

自分もうかうかしてはいられないと頭の片隅で感じながら……。




次回予告

第1試合が終わり次に控えるは第2試合、1組VS4組。
先鋒戦はセシリアVS妖夢。
攻防一体の妖夢の剣技にセシリアの攻撃は全て防がれ、セシリアは瞬く間に追い詰められてしまう。
果たしてセシリアはかつての己の弱さを乗り越えることが出来るのか?

次回『特訓の成果、敵の力は己の武器!?』

セシリア「私は、もうあんな無様を晒さない!!」



IS紹介

ダンシングドール(踊る人形)

パワー・E
スピード・B
装甲・B
反応速度・A
攻撃範囲・A
射程距離・B

パイロット・アリス・マーガトロイド

武装
有線式人形方ビット『ドールズ』
1体約80cm程度の大きさの人形型ビット。
サブマシンガンと西洋風のランスで武装しており集団戦法を駆使して相手を追い詰める。
非常に汎用性が高いが扱うには非常に高い情報処理能力が必要。
人形の武器は本体であるアリスも使用可能。
最終手段として任意で自爆させる事も可能。
最大6機展開可能。

ハンドガン&ナイフ
本体に装備された護身用の武装。
威力は少々心許無い。

アリス専用機
人形型ビットを使用して戦うオールレンジ攻撃をとく意図する機体。
本体そのもののパワーは低いので付かず離れずを基本戦法として戦う。
現在射程距離を伸ばすための新武装が開発中である。
カラーリングは水色、待機状態は小型のぬいぐるみ。


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特訓の成果、敵の力は己の武器!?

 2組と3組の試合の興奮冷めやらぬまま1組VS4組の試合の開始が目前に迫る。

Aピット内では1組先鋒であるセシリアが出撃準備に入っていた。

 

「いいか、耳にタコが出来るぐらい言ったけど妖夢は剣術のエキスパートだ、その上アイツの機体は従来のISと比べて非常に小回りが利く。相手の土俵に立ったら即アウトだと思え」

 

「はい!……行きます!!」

 

 一夏からの忠告にしっかりと応えセシリアはブルーティアーズを纏いアリーナへ出撃した。

 

 

 

 セシリアが出撃する少し前、妖夢は専用機を身に纏い、目を閉じながらセシリアを待っていた。

 

「ねぇ、魂魄さんの機体って……」

 

「うん、小さいよね」

 

 妖夢の専用機『白楼観』は従来のISと比べかなり小型だった。

手足は従来のISの半分以下でISを『装着』していると言うよりは『着ている』と言った方がしっくりくる外観だ。

しかしそんな話し声も妖夢の耳には届いていない。精神を統一し、ただ対戦相手を持つのみの今の妖夢にとってそれ以外の事など有象無象に過ぎない。

 

「……来ましたね」

 

 妖夢が目を開くと同時にブルーティアーズを纏ったセシリアが姿を現す。

真剣な表情で自分を直視するセシリアに妖夢は口元に笑みを浮かべる。

 

「男子三日会わざれ刮目して見よ、という言葉は女性にも言えるようですね。一夏さん達と戦った頃よりずっと良い表情してますよ」

 

「それは光栄ですわ。けど変わったのは表情だけではありませんでしてよ……私は、もうあんな無様を晒さない!!」

 

 セシリアの決意の言葉と同時にセシリアはスターライトmkⅢを展開し、それに呼応するように妖夢は白楼観に装備された刀『白楼弐型』を展開して構える。

そしてその直後に試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

(『戦いの鉄則その1・迂闊に敵の土俵に立つな!格上が相手なら尚更!!』……下手に近付いたら負ける、距離を取らなければ!!)

 

 開始と同時にセシリアは一夏や千冬を始めとした武術部での教えを思い返し、妖夢から距離を取りながらライフルによる射撃を繰り返す。

 

「(やるわね。射撃の精度が前より上がってるわ)……どうしました?そんな一発一発撃ってても当たりませんよ!ご自慢のビットは使わないんですか!?」

 

 セシリアの集中力向上を内心で賞賛しつつ、妖夢は弾を回避しながら軽くセシリアを挑発する。

 

「(『戦いの鉄則その2・考え無しに敵の誘いには乗るな!』)伝家の宝刀は抜かない内が華でしてよ。以前の私ならともかく、今の私にそんな挑発は通じませんわ!」

 

 挑発を受け流し、セシリアはライフルを撃ち続ける。

悉く回避されるものの、その動きと射撃精度は以前とは格段に違っているのは明らかだった。

 

「やりますね。これじゃ完封勝利は出来そうにないかも……」

 

 苦笑しつつも妖夢は白楼弐型を構えて攻撃態勢に入る。

 

(この距離で接近戦用の武器?一気に距離を詰めて攻撃する気……いえ、武器に捕らわれてはダメですわ。『戦いの鉄則その3・武器への先入観は捨てろ!』あの刀が銃剣と同じ性能を持っているという事も十分ありえますわ)

 

 妖夢の動きに警戒心を強めるセシリア。

その刹那、妖夢は刀を振るうと同時に刀は発光し、光の刃となってセシリアに襲い掛かる。

 

「武器のエネルギーを飛ばして!?……クッ!!」

 

 紙一重でエネルギー刃を回避するセシリア。あと少しでも妖夢との距離が近ければ回避し切れなかっただろう。

 

「今度はこっちのターンです!」

 

 セシリアの驚きを余所に妖夢は攻守逆転とばかりにエネルギー刃を連続して放つ。

 

「チィッ!……威力はあっても連射性ならこっちが!!」

 

 セシリアも即座に反撃に移り、射撃を再開する。

しかし、セシリアの攻撃に妖夢は逆に「待ってました」とばかりに笑みを浮かべる。

 

「破ぁぁぁぁーーーーー!!」

 

「なっ!?」

 

 気合一閃と共に妖夢の奮った刀から放たれたエネルギー刃は正確にスターライトmkⅢから発射された弾丸を真っ二つに切り裂き、そのままセシリアに襲い掛かる。

 

「そんな…キャアアァァ!!」

 

 実力が自分より遥かに格上なのは解っていたがまさか弾丸まで真っ二つにされるとは思いもよらず、セシリアは面食らってしまい隙が生まれてしまい、直後にエネルギー刃の直撃を受ける。

そしてダメージを受けて動きを止めたセシリアを妖夢が見逃す筈も無く、機体のブースターを吹かしてセシリア目掛けて一気に急接近する。

 

「ぶ、ブルーティアーズ!!」

 

「それも読み通り!」

 

 逃げ切れないと悟ったセシリアは妖夢を近づけまいとビットを展開して迎え撃つ。

だが発射されたレーザーは妖夢に当たる前に弾き返された。

妖夢が展開した2本目の刀『妖(あやかし)』に備え付けられたミラーコーティングによってレーザーが反射されたのだ。

 

「キャアアア!!」

 

 弾き返された自らのレーザーを受け、セシリアは悲鳴を上げる。

 

「これでラスト!!」

 

 そしてとどめとばかりに妖夢はセシリアの目前まで接近し、白楼弐型を振り下ろす。

 

「戦いの鉄則その4、その5……」

 

 だがしかし、追い詰められたセシリアの瞳に諦めの文字は無かった。

その表情は咲夜との戦い、その中で起きた全く同じ状況で見せた怯えきった彼女とはまるで別人だった。

 

「絶対に諦めるな!……そして、死中にこそ勝機あり!!」

 

 叫びと共にセシリアは手に持つスターライトmk−Ⅲを刀を振り上げる妖夢の前に投げつけた。

 

(ライフルを!?)

 

 直後に投げられたライフルと妖夢の刀が一瞬ぶつかり合い、直後にライフルは爆発を起こした。

 

「クッ……」

 

「ブルーティアーズ!!」

 

 そして繰り出されるビットによる攻撃。

一発目は妖で防ぎ、直後に二発目が発射される。

しかしその照準は妖夢ではなかった……。

 

「これを待ってましたわ!アナタが動きを止める時を!!」

 

 レーザーとほぼ同時に発射されるミサイル。

発射されたその先にはビットのレーザーが一直線に飛んでいる。

 

「!!」

 

 レーザーとミサイルが同士討ちのように直撃し合って爆発を起こし、爆煙が妖夢を包み込んだ。

 

(め、目くらまし…彼女はどこに?)

 

 周囲を見回そうとする妖夢だったが突如として身体ををガッチリと掴まれた。

セシリアが妖夢の正面から抱き付いたのだ。

 

「ちょ!?あ、アナタ何やって」

 

「こうすればアナタの刀は使い物になりませんでしてよ!」

 

 セシリアの言う通り妖夢の刀は二本ともIS仕様のためかなり長く、組み付かれた状態ではまともに腕と長い刃先が邪魔になりその性能を十全に使用できない。

 

「だからってこんな事して恥ずかしくないんですか!?」

 

「恥なんて咲夜お姉さまとの戦いで出し尽くしましたわ!行きなさい、ブルーティアーズ!!」

 

 顔を赤くして抗議する妖夢を余所にセシリアはビットを操作し妖夢の背後からビットによる射撃を繰り出した。

 

「グァ!……クぅぅっ」

 

「このまま押し通しますわ!!」

 

 レーザーが直撃し苦悶の声を漏らす妖夢にセシリアは追撃を行うべく再びレーザーを発射しようとする。

 

「チィ!……調子に、乗るなぁ!」

 

 怒声と共に妖夢は妖を収納し、代わりにある物を展開した。

 

「グッ!?……た、短刀?」

 

「戦いの鉄則その6、最後まで気を抜くな!私の武器を長刀だけと思ったのは間違いでしたね!」

 

 展開した物、それは白楼観の持つ第3の刀『楼観弐型』である。

展開と同時に妖夢は楼観弐型をブルーティアーズに叩き込むように斬り付け、セシリアを振りほどいた。

 

「チェストォォーーーー!!」

 

「うぐぁっ!!」

 

 そして改めて繰り出される白楼による斬撃。

その強烈な一撃がブルーティアーズに叩き込まれ、残ったシールドエネルギーを一気に奪い取られたセシリアは為す術なく地に落とされた。

 

『試合終了――勝者・魂魄妖夢』

 

 そしてブザーと共に鳴り響く試合終了を告げる電子音。

それと同時に4組の観客席から歓声が上がった。

 

(やっぱり強い……完敗ですわ)

 

 仰向けに倒れながら、セシリアは自分に勝利した妖夢を見つめる。

 

「けど、まだ……まだ私は強くなれる」

 

 負けたとはいえ前回とは違い善戦できた。

慢心を捨て、一夏達に数日間鍛えてもらっただけでもココまでやれたのだ。まだまだ自分の実力が伸びる可能性は十分ある。

自意識過剰かもしれないがセシリアにはそう思えた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……ええ」

 

 自分に手を伸ばす妖夢の手を握りセシリアは起き上がった。

 

「今回は私の完敗ですが、次はこうはいきません事よ」

 

 そして挑戦的に笑ってみせる。

最早ココに居るのは慢心に凝り固まったエリート気取りの小娘ではない。

在るのは心身ともにエリートと呼ぶに相応しい高貴な誇り高き淑女の姿だった。




次回予告

先鋒戦を妖夢が飾り、中堅戦は咲夜VS簪。
憧れの存在が見守る中、簪はかつての自分の殻を破る事が出来るのか?

次回『意地と憧れと嫉妬』

簪「格好悪くたって良い、私はもう自分に負けない!!」



IS紹介

白楼観

パワー・C
スピード・A
装甲・B
反応速度・A
攻撃範囲・D
射程距離・C

パイロット・魂魄妖夢

武装
エネルギー展開装置付ブレード『白楼弐型』
妖夢の持つ白楼剣を基にIS用に作られた刀。
武器エネルギーを消費し、エネルギーの刃を生成してそれを飛ばす事である程度遠距離への攻撃も可能。
白楼観の武装の中で最も攻撃力が高い武器。

ミラーコーティングブレード『妖』
防御用に開発されたオリジナルの刀。
ミラーコーティングを施しており、ビームやレーザーを防ぎ、反射させて弾き返す事が出来る。

装甲短剣『楼観弐型』
白楼剣を基に作られた刀。
頑丈さに重点を置いて開発され、相手の近接攻撃への防御、カウンターを主な使用法として用いられる。

妖夢専用機
妖夢の剣術をフルに活かすため通常のISと比べて小型であり、非常に小回りが利く機体として設計されている。
戦闘ではその小回りの良さを活かしたヒット&アウェイや手数に物を言わせた戦法を得意とする。
その反面、小型故にパワー型の機体には力負けしやすい。
カラーリングは緑に銀のライン。
待機状態はオープンフィンガーグローブ。


設定集に河城重工のメンバーについて追記しました。


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意地と憧れと嫉妬

本作では原作と違って白式が登場しないため、打鉄弐式は完成しています。

推奨BGM 月時計〜ルナ・ダイアル or フラワリングナイト


 先鋒戦終了後、10分の休憩を挟み両クラスの中堅、咲夜と簪はアリーナの中央で対峙していた。

 

(戦わなくてもなんとなく解る、この人は強い。私なんかよりずっと……)

 

 咲夜の出す雰囲気に簪は本能的に実力差を実感する。

 

(けど、負けられない……魔理沙が見てる前で格好悪い姿見せたくない)

 

 今までの自分なら怖気づいていたかもしれない。しかし今は違う、自分の憧れの存在である魔理沙が見ている前で無様な姿は絶対に晒したくない。

というか最近魔理沙の事を考えれば考えるほど胸が熱くなって戦う事に勇気が湧いてくる。

そして簪自身もその想い……即ち自分が魔理沙に恋をしているという事実に徐々に気付きつつある。

 

「絶対に負けない……!」

 

 そんな彼女の表情が勇ましいと呼ぶに相応しい表情なのはある意味当然かもしれない。

強い気迫を醸し出しながら専用機『打鉄弐式』を纏った簪は対戦相手の咲夜を睨みつける。

 

(大した気迫ね……この娘、鍛えれば相当化けるかもね)

 

 セシリア同様武術部入部前と顔付きの変わった簪に咲夜は内心感心しつつナイフを構える。

 

『試合開始!』

 

 開始の合図と共に咲夜のパーフェクトサーヴァントから放たれる無数の投げナイフ。

 

「っ!」

 

 飛んでくる投げナイフを簪は振動薙刀『夢現』で弾き飛ばす。

 

(距離を取られると負ける……けど、)

 

「『距離を詰めれば何とかなる』……そう思ってるでしょ?」

 

「!?」

 

 内心を見抜かれ簪はギクリと顔を顰める。

 

「甘いわね。自分の機体の苦手分野は自分が一番理解してる……そしてどう戦えば接近され難いかも」

 

 余裕の表情を崩さず再び繰り出される咲夜の投げナイフ。

簪はそれに反応して再び薙刀で弾くが……

 

「グッ!……な、何が!?」

 

 突如背後からの刺されたような衝撃が左肩を襲い、簪は驚愕しながらも何が起きたのかを探る。

 

「これは…!?」

 

 打鉄弐式の左肩にはナイフが突き刺さっていた。

パーフェクトサーヴァントの武装、光学迷彩短剣『Sナイフ』だ。

 

「何で?防いだはずなのに!?」

 

「ミスディレクション、奇術の基本よ……相手の視線を別の一点に注視させて別の死角で攻撃するテクニック。ビットの機能を上手く使えばこれくらい可能よ」

 

 種明かしはこうだ……最初の投げナイフは囮で、別のナイフを同時に投げてビット操作で背後から簪を攻撃したのだ。

 

(つ、強い……解っていたけど、ここまで差があるなんて)

 

 震えそうになる手を硬く握り締めて簪は再び構えなおす。

 

(怯える必要なんて無い!武術部の特訓を思い出せば……)

 

 簪の脳裏に思い浮かぶ武術部での戦闘訓練……射撃に体術、どんな面でも自分とセシリアは他のメンバーに敵わず毎回同じ様にあしらわれ、ボコボコにされた。

しかしその中で自分はあるものを学んだ。

たとえ相手の実力が自分より上でも絶対に諦めず勝利を探し出す精神『不屈』を……。

 

「物思いに耽ってる暇は無いわよ!」

 

「どうせ避けられないなら!!」

 

 回避が不可能と察し、簪は背中に装備された2門の速射荷電粒子砲『春雷』を連射しながら咲夜との距離を詰めようとバーニアを吹かす。

 

「良い意味で我武者羅ね……でも!」

 

 再び繰り出される投げナイフの全方位連続攻撃、しかしそれでも簪は射撃を止めない。

攻撃は最大の防御とばかりに周囲に弾幕を張り必死に後退する咲夜を追いかける。

だがしかし、そんな簪の行動を読み取っているかのように咲夜は両手に持つ2本のナイフを投げる。

 

「クッ…こんなの!」

 

 春雷で投げられたナイフを眼前で打ち落とす簪。

だがここで予想外の事態が起きた。打ち落としたはずのナイフが小規模ではあるが爆発を起こしたのだ。

 

「え?ちょ、何!?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまう。

簪は知る由も無いが咲夜が投げたのは火薬が仕込まれた炸裂短剣『EXナイフ』。

これが迎撃された事で誘爆を起こし、簪の視界を爆煙で遮ったのだ。

 

「目晦ましって以外と使えるのよ。特に相手の虚を突くとね」

 

「!?……キャアァァッ!!」

 

 怯む簪を狙い撃つ様に咲夜の手から放たれた3本目のEXナイフが背後から強襲し、春雷を破壊する。

 

「グ…ゥ……ま、まだ……」

 

 爆風に吹っ飛ばされ、簪は体勢を崩す。しかしそれでも簪は戦意を失う事無く体勢を立て直す。

 

(今の私にあのナイフを避けきるのは無理……勝つには接近して組み付いてある程度シールドエネルギーを削って一気に『アレ』で勝負をつけるしかない……でも咲夜さんのスピードに追いつくには……!!…あった!これなら!!)

 

 天啓のように脳内に閃く策。それはある意味賭けではあるが今の状況で自分が勝つ可能性が最も高い作戦だった。

 

(残りのシールドエネルギーは59%……大丈夫、ギリギリ持つ!チャンスは一回、この一回に全てを賭ける!!)

 

 簪は意を決し、打鉄弐式最大の武装である八連装ミサイルポッド『山嵐』を展開する。

 

「勝負!!」

 

 気合と共に8発の内1発のミサイル、更にそのその中に内蔵されたの6発の小型ミサイルが発射される。

 

「!?」

 

 回避に移ろうとする咲夜だったが直後にそのミサイルの異質さに気付き、動きを止める。

ミサイルの軌道は咲夜に向かうどころか突如Uターンしたのだ。

そしてその先にはフルスピードで自分に近付こうとするミサイルを放った張本人である簪の姿があった。

 

「まさか!?」

 

 この時になって咲夜は簪の策に勘付いたが、しかしその時簪の目的は既に達成していた。

 

「グゥッ……行っけぇぇーーーー!!」

 

 自身の背後に6発のミサイルが命中し、爆風による衝撃とイグニッションブーストによる瞬発力が合わさり、一瞬ではあるが咲夜のパーフェクトサーヴァントを超えるスピードが生まれ、打鉄弐式は残りシールドエネルギーの大半を犠牲にしてパーフェクトサーヴァントに接近し、そのまま組み付いた。

 

「だぁああぁぁーーーー!!」

 

「ブッ!?」

 

 組み付くと同時に簪は咲夜の顔面目掛けて渾身の頭突きを数発喰らわせる。

傍から見ればお世辞にも格好良い攻撃とは言えない。しかし簪にとってそれはどうでも良い事だった。

 

「格好悪くたって良い、私はもう自分に負けない!!……これでも、喰らえぇぇーーーっ!!」

 

 山嵐から残り40発のミサイルが一斉に発射される。

これを喰らえばパーフェクトサーヴァントでも無事ではすまない。

 

「だけど、こっちにもプライドがあるのよ!」

 

 普段のクールな面とは違い、咲夜は強い誇りを感じさせる面持ちを見せる。直後に40発のミサイルが全て爆発し、二人は爆煙に包まれた。

 

 

 

「…………ど、どうなったの?」

 

「どっちが勝ったの?」

 

 アリーナを静寂が支配し、直後に観客席の生徒達は決着の行方を知ろうと騒ぎ立てる。

 

『試合終了――勝者、十六夜咲夜』

 

 それから数秒後、咲夜の勝利を告げる音声が鳴り響いた。

 

 

 

「まさか、非常時用武装(ミーク)まで使う事になるなんてね……」

 

 ミサイルによる煙が晴れ、姿を現した咲夜のパーフェクトサーヴァントの腰から伸びる腰部荷電粒子砲『ミーク』の砲身からは煙が上がっていた。

 

「まさか、あれだけの数のナイフを使い切ってミサイルを防ぐなんて……」

 

 山嵐のミサイルが迫る中、咲夜はパーフェクトサーヴァントに装備される全てのナイフを全方位にバリアのように展開してミサイルを防ぎ、直後にミークによる砲撃で打鉄弐式にとどめを刺したのだ。

 

「はぁ、やっぱり強い……私じゃまだ全然届かない」

 

 溜息混じりに簪は敗北を実感する。だがその表情は決して悪いものではない。

負けはしたが決して無駄な敗北ではなかった……それを実感しているようなどこか清々しさの残る表情を簪は浮かべていた。

 

「今の戦い、悪くなかったわ。アナタもセシリアもね」

 

「うん……でも、本気を出していない人に言われてもちょっとね……」

 

「気付いてたの?」

 

 簪の言葉に咲夜は意外そうな表情を見せる。

 

「アナタも妖夢さんも、その気になればもっと早く勝負を決める事が出来た筈。ちょっと考えれば解るよ」

 

「上出来よ、それが解るのならアナタも十分成長できてるわ」

 

 感心するように咲夜は笑う。

 

「セシリアも気づいていたの?」

 

「ええ、私が出る前にアナタと同じ事を私と一夏に聞いて来たわ」

 

「そう……次は本気を出させて見せる。覚悟しておいて」

 

 咲夜の話を聞き終え、簪は踵を返し、去り際に挑戦的な捨て台詞を残して自身のピットに戻る。

 

「アナタ達が相手だと本当にそうなりそうで怖いわ」

 

 そんな簪の言葉に咲夜は苦笑いを漏らした。

 

 

 

「お疲れ」

 

 ビットに戻った簪を魔理沙が労いの言葉と共に出迎える。

 

「うん……ゴメン、やっぱり勝てなかった」

 

「良いって事、私がキッチリ決めて来るぜ。簪の分もな」

 

 簪の謝罪を気にする事無く魔理沙は次に控える試合に向けて準備を進める。

 

「それよりどうだった?強くなったのを実感した気分は?」

 

「……最高!」

 

 魔理沙の問いに簪は満面の笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

「…………」

 

 試合の興奮の冷めやらぬ観客席の中で簪の姉でありIS学園生徒会長を務める少女、更織楯無は無人となった試合場を睨みながら表情を不快そうに歪めていた。

 

(何なの?この感情は……)

 

 自分を打ち負かした男、織斑一夏とその仲間の所属する部活に入ってから妹である簪は変わった。

いや、成長したというべきなのかもしれないがそれが自分にはどうしても喜べない。

今まで何度か簪の部活動をこっそり覗いた事があったが、日が経つに連れて彼女の表情はどんどん明るくなっていった。

今まで暗い表情ばかりだった簪が変わっていく。

何よりもルームメイトの少女、霧雨魔理沙と共に過ごす時、簪は目に見えて溌剌(はつらつ)としていた。

 

(気に入らない……簪ちゃんを守るのは私なのに……今までも、そしてこれからも、その筈なのに……)

 

 今まで殆ど感じた事の無い感情が楯無の中で沸々と煮え滾る。

『嫉妬』という黒い感情が……。




次回予告

 遂に迎えた大将戦、一夏VS魔理沙。
師弟にして親友の二人は存分に闘いを楽しもうとするが、そこに迫る黒い影が……。

次回『二人の強者に迫る悪意』

魔理沙「コイツの火力、見せてやるぜ!」




現在18禁サイドストーリーを執筆中です。
完成したら活動報告等でお知らせします。


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二人の強者に迫る悪意(前編)

今回は前後編に分けました。


 1組と4組の試合も大将戦を残すのみとなり、一夏と魔理沙はそれぞれ出撃準備に入る。

 

 

Bピットでは……

 

「魔理沙、頑張ってね」

 

「おう!行ってくるぜ!!」

 

 モジモジと照れながら応援の言葉を掛ける簪に魔理沙は気風の良い笑顔で応えた。

 

(……嗚呼、立場上いけない事と解っていても一夏さんの応援に行きたい)

 

 

 

Aピットでは

 

「何でアナタがココに居るの?早苗」

 

「応援です♪一夏君に声だけ掛けたら戻りますのでご心配なく」

 

 お互いに黒い笑顔を浮かべながら咲夜と早苗は互いを牽制しあう。

そんな二人をセシリアは呆然と、一夏は気まずそうに見ていた。

 

『試合開始一分前です。出撃をお願いします』

 

 そんな中救いの声のように響くアナウンス。

それを聞き一夏はそそくさと出撃しようとするが……。

 

(チッ……仕方ないわね、今回は特別に見逃してあげるわ。ただし右は私が貰うわよ)

 

(なら私は左側を……)

 

 時間的にヤバくなってきたので二人は一時休戦し、一夏に駆け寄る。

 

「「一夏(君)」」

 

「え……!?」

 

 一夏が振り向くと同時に咲夜は一夏の右の頬、早苗は左の頬にキスをした。

 

「「頑張ってね♪」」

 

「お、おう……」

 

 赤面しながら一夏はアリーナへと向かった。

 

(お姉様、私はアナタを応援しますわ!お姉さまと一夏さん……嗚呼、何とお似合いなベストカップルなのでしょう)

 

 セシリアは自分の世界に旅立っていた。

 

 

 

そして管制室では

 

「…………」

 

「あ、あの織斑先生……なんでさっきから壁を……」

 

 千冬は無言のまま壁を殴り続けていた。

 

「すまん、何か無性に腹が立つんだ」

 

(うぅ……怖い。助けて***ウさん)

 

 逃げ場の無い状況に真耶は心の中で故郷の古い知人に助けを求めた。

 

 

 

「ふぇっくしょい!……誰か儂(わし)の噂でもしとるのかのぉ?」

 

 

 

 

「魔理沙、俺との戦績忘れてないだろうな?」

 

「ああ、私の25勝17敗だろ?」

 

「その内5勝は俺が駆け出しの頃だろ。今回は俺がいただくぜ」

 

「そいつはどうかな?逆に差を広げて吠え面掻くなよ」

 

 アリーナに出て早々お互い強気な表情を浮かべて一夏と魔理沙は対峙する。

 

(しかし、河童の奴等ISまで私のスタイルに合わせてくれるなんて、本当に良い仕事してくれるぜ)

 

 自身の纏うISに魔理沙は感心する。

霧雨魔理沙専用機『バーニングマジシャン(爆裂の魔術師)』はアンロックユニットはおろか単体での飛行能力を持たず、ボード型の飛行ユニット『スプレッドスター』に乗る事によってサーフィンのように飛行することが可能になっている。

これは魔理沙が箒(言わなくても分かるが掃除用具の方)に乗って戦うスタイルを考慮して作られたものだ。

 

『試合開始!』

 

 アナウンスによって告げられる試合開始の合図。

開始直後に魔理沙は2本のビームバズーカ『レヴァリエ』を展開して一夏目掛けてぶっ放す。

 

「っ……開始早々派手にやりやがるぜ」

 

「派手なのはこれからだぜ!」

 

 回避する一夏に先回りし、魔理沙は肩に装着されたレーザーカノン『イリュージョン』を連射して一夏の背後にレーザーによる射撃を浴びせる。

 

「うおぉぉっ!?」

 

 想像以上の魔理沙のスピードと連続攻撃に一夏の口から驚愕の声が漏れる。

スプレッドスターの最大の利点はその速度にある。

重火力機であるバーニングマジシャンの持つ本来の機動性は決して高くない。

しかしスプレッドスターという高速移動の手段を得ることにより高機動と重火力という二つの両立に成功したのである。

 

「そら、もう一発!!」

 

「嘗めんな!!」

 

 怒涛の勢いでレヴァリエによる追撃を喰らわせようとする魔理沙だが一夏も黙ってやられているだけではない。

 

「コイツ(Dアーマー)にはこういう使い方もあるんだ!」

 

 迫り来るビームを前に一夏はまっすぐに腕を伸ばし、掌を突き出してビームを防いだ。

 

「おいおい、そんなの有りかよ?」

 

「有りなんだよ。特殊装甲嘗めんなよ!」

 

 驚く魔理沙に今度は一夏からの攻撃が飛ぶ。

レミリアとの戦いで見せたワイヤー付きロケットパンチだ。

 

「おぉっと!?こんなのに捕まっちゃ堪ったもんじゃないぜ」

 

 一夏のパワーを十分理解している魔理沙は即座にワイヤーの射程範囲外に逃げるがそれを見て一夏はニヤリと笑う。

 

「まだまだ!」

 

 直後にナックルから指の部分のみが切り離されて射出される。当然指もワイヤー付だ。

 

「ゲッ!マジかよ!?……!!」

 

 驚愕しながらも魔理沙は紙一重で指弾を回避するが直後に魔理沙の眼前に大きな足に似た何かが現れ、回避も間に合わず右肩にそれが叩き込まれる。

 

「アグァッ!?あ、足にまで……」

 

 魔理沙に直撃したのは両手同様にワイヤーを装着したDアーマーの足の部分だった。

ロケットパンチならぬロケットキックとでも言うべきだろうか……その威力はかなりのものでシールドエネルギーが防御したにもかかわらず魔理沙の右肩に鈍い痛みが残る。

 

「ったく、何でもかんでもワイヤー付けやがって……千冬相手に縛りプレイでもやってんのか?」

 

「(ギクッ)……余計な口叩いてる場合かよ?仕切り直しと行こうぜ」

 

 図星を隠しながらワイヤーを手繰り寄せてDアーマーを再度装着してファイティングポーズをとる一夏。それに呼応して魔理沙も接近戦用の西洋剣型ブレード『スターダスト』を展開して構える。

 

「行くぜ!一夏!!」

 

「ああ!」

 

 二本のビームバズーカをスプレッドスターに装着させ、凄まじい加速力で魔理沙は一夏に突撃する。

 

「行っけぇぇ!!」

 

「うぉおおおおお!!」

 

 突撃する魔理沙と迎え撃つ一夏、二人がぶつかり合うその刹那会場内に轟音が鳴り響く。

 

「「!?」」

 

 しかしそれは一夏達からではなくアリーナの上空、シールドを突き破り現れた『それ』は無機質な人の形をした機械人形だった。

 

 

 



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二人の強者に迫る悪意(後編)

「何の冗談だよ、こりゃあ?」

 

 顔を引き攣らせながら一夏は呟く。

 

「人の気配がしない。まさかコイツ等が……!?」

 

「ああ、永遠亭のウサギ(鈴仙)が言ってた機械人形かもしれないぜ」

 

 研ぎ澄まされた二人の感覚が目の前のモノが放つ異質さに気付く。

突如として現れた機械人形、正確には完全装甲のISが5体、その全てにおいて人が必ず持っている筈の気配がまるで感じられないのだ。

即ち目の前のISは全て無人機という事だ。

そしてその全ての照準は一夏と魔理沙にロックオンされている。

 

「やる気満々か……」

 

「人の勝負邪魔して、その上観客巻き込んでドンパチたぁふざけた人形だぜ。メディスンの方が全然可愛げがあるんじゃないか?」

 

 不機嫌な表情を隠さず一夏と魔理沙は臨戦態勢に入る。

 

「観客に被害は出せない。まずは食い止める!抜かるなよ魔理沙!!」

 

「ヘッ!誰に向かって言ってんだ!?コイツの火力、見せてやるぜ!!」

 

 無人機から放たれるビームを回避し、一夏と魔理沙はブースターを一気に吹かした。

 

 

 

 

「織斑君!霧雨さん!早く逃げてください!!」

 

 一方で管制室内にて、真耶は無線で一夏と魔理沙に避難を呼びかけようとするが(一夏と魔理沙はすでに通信を切っているため)応答は全く無い。

 

「チッ、貸せ!……全専用機持ちに告ぐ。今すぐ一般生徒の避難誘導を急げ!!壁などは破壊しても構わん!責任は私が持つ!!教師と2〜3年生は大至急アリーナへの隔壁を開ける事に専念しろ!!織斑、霧雨は増援が来るまで持ち堪えろ!!」

 

 真耶から通信機をぶん取り千冬はマシンガントークの如く指示を出す。

そんな千冬を真耶は呆然として見つめている。

 

「何をしているんだ!?私達も行くぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

 千冬の一喝に真耶は飛び起きるように反応し彼女の後を追った。

 

 

 

「そりゃあぁっ!!」

 

 ビームを発射しようとする無人機の一機目掛けて一夏はワイヤー付ロケットパンチで絡め取って引き寄せ、空いている右拳のDアーマーで無人機の胴体を殴り飛ばして地面に叩き落す。

叩きつけられた無人機は起き上がろうとしているがその動きはぎこちない。戦闘力を落としたのは明らかだ。

 

「……魔理沙!観客の方は?」

 

「あと少し!さっさと全員逃げろってんだ……よ!」

 

 魔理沙はイリュージョンを装着したスプレッドスターで急加速しながらすれ違いざまに無人機を斬りつけてバランスを崩し、直後にレヴァリエを取り外してビームを直撃させて無人機を吹き飛ばす。

 

「クソ……全員逃げてくれりゃ『アレ』で一網打尽だってのに」

 

「全くだ……こんな時こそ魔理沙のISの出番だってのによ」

 

 苛立ちながら無人機を蹴散らしていく魔理沙と一夏。

アリーナのバリアをも破壊できる武装を持つ無人機が相手では少しのミスが犠牲者を出す怖れがある。故に二人は観客席に配慮しなければならないため本気を出したくても出せないのだ。

 

「あと何人だ!?」

 

「……よし、もう全員……い、いや!あれは!?」

 

 魔理沙が向けた視線の先に一夏は驚愕する。

 

『一夏!男ならそんな奴等に勝てなくてどうする!?』

 

 そこにいたのは放送席を占領して叫ぶ篠ノ之箒の姿だった。

 

 

 

「何やってんのよアイツ!?」

 

 凰鈴音は一般生徒の避難誘導を進める中、突如として起きた箒の無謀すぎる行為に愕然とした。

彼女の行為は自分自身はおろか一夏や他の一般生徒をも危険に晒しているのだ。

これでは自分達の避難誘導は無意味になってしまう。

 

「アンタ、何馬鹿な事やってんのよ!?さっさと逃げないと……」

 

「離せ!私は自分の出来る事を……」

 

 すぐに箒を止めに入る鈴音だったが箒はまるで聞く耳を持たない。

箒の頭の中では自分は危険を顧みずに一夏を応援する勇敢な女性でそれを邪魔する鈴音はただの邪魔者でしかないのだろうが鈴音からしてみれば傍迷惑以外の何物でもない。

 

「下らない事言ってないでさっさと逃げ……」

 

 力ずくで箒を会場から追い出そうとする鈴音の表情が一気に凍りつく。

無人機の一つが砲身をまっすぐに自分達に向けているのだ。

 

「ちょ、ちょっと……!?」

 

 鈴音の表情が恐怖に凍りつく。

直後に発射体勢に入った砲身が発光する。

 

「ひぃっ……」

 

「鈴、箒!逃げろぉっ!!」

 

 一夏の声が聞こえるが恐怖に震える身体は言う事を聞かず、鈴音はその場に固まってしまう。

そして無人機から巨大なビームが放たれた。

 

「守れ、オンバシラ!!」

 

 しかしそこに突如として割って入る一本の柱が鈴音達を守るように高速回転してビームを防いだ。

 

「まったく、世話が焼けるんだから」

 

 呆然とする鈴音達の前に柱型格闘・防御ユニット『オンバシラ』の主……専用機『非想天則』を纏った早苗が現れ、無人機を相手に身構える。

 

「凰さん、彼女を連れて逃げて。早く!!」

 

「わ、分かった!」

 

「ま、待て!私は一夏を……」

 

「黙れこの馬鹿!」

 

 喚く箒を無理矢理抑え付け、鈴音は早苗に促されてアリーナを後にする。

 

「避難は完了したわ。一気に決めるわよ!」

 

「ああ!」

 

「今まで溜まった鬱憤、晴らさせて貰うぜ!!」

 

 アリーナに残された一夏、魔理沙、早苗は無人機を迎え撃つ。

 

「行くぜ人形野郎!」

 

一夏は先程地面に叩き落した無人機を掴み上げ、近くにあるもう一機の無人機に叩きつける。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァッ!!」

 

 直後に間髪入れずに接近して凄まじいラッシュを2機の無人機に叩き込む。

一夏の腕力とDアーマーのパワーが合わさった猛攻は瞬く間にシールドエネルギーを枯渇させ、絶対防御をも貫き無人機は僅か数秒にしてジャンクと化した。

 

「フルパワーでぶち込んでやるぜ!!」

 

 二本のレヴァリエと右肩のイリュージョンを合体、直結させ魔理沙は砲身を2機の無人機に向ける。

一方で2機の無人機は魔理沙目掛けてビームを発射する。

 

「行っけぇぇぇぇ!!!!」

 

 迫るビームにまるで物怖じせず、魔理沙はバーニングマジシャン最大の武器である超高出力ビーム砲『マスターキャノン』を発射する。

放たれた魔理沙のビームは無人機の砲撃を飲み込み、一瞬にして無人機を吹き飛ばした。

 

「最後は私ね!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら早苗はビームライフル『ドッズライフル』を残る一機の無人機に、無人機も早苗目掛けてビームを発射する。

互いのビームが交差し、同時に命中して爆煙があがる。

しかしそこから先の状況は全く違った。無人機はビーム砲を破壊され体勢を崩しているが早苗の方はオンバシラによって守られ無傷だ。

 

「これでとどめ!」

 

 気合と共に早苗は回転式ロケットパンチ『ブロウクンマグナム』を展開し、そのまま無人機に叩き込み、無人機は壁に激突すると同時に力なく地に落ちていった。

 

「これで全部だな?」

 

「ああ、残骸とか回収しとこうぜ。何かの手がかりに……!?」

 

 撃墜した無人機を回収すべく近付こうとした魔理沙だったが突如としてそこに一条のビームが放たれ、無人機を跡形も無く破壊してしまった。

 

「何だ!?」

 

 突然の出来事に一夏達はビームが放たれた方向を向くがそれと同時に再びビームが連続して放たれ、全ての無人機を破壊し尽くした。

 

「アレは……」

 

 呆然としながら一夏は呟く。

視線の先の上空には一機のIS……そしてそれを纏う少女の姿があった。

 

「…………痕跡は、全て消す」

 

「ま、待て!」

 

 少女は一夏達を一瞥すると背を向けて飛び去ろうとする。

それを阻止しようと魔理沙はレヴァリエによる射撃で牽制するがそのビームは少女に当たる事無く空を切った。

ビームが命中するその刹那、少女の姿は文字通り姿を消したのだ。

 

「何だったんだ?アイツは……」

 

 答える者の居ない問いを呟き、一夏は誰もいなくなったアリーナの空を見つめた。




次回予告

一夏達の活躍で無人機は退けられ、事件は事後処理を残すのみとなった。
事後処理の中、箒は己の無謀な行為を咎められるが……。

次回『後始末』

箒「私は私が出来ることをやったんだ!それの何が悪いと言うんだ!?」



IS紹介

バーニングマジシャン(爆裂の魔術師)

パワー・B
スピード・A(本体のみではD)
装甲・B
反応速度・A
攻撃範囲・C
射程距離・A

パイロット・霧雨魔理沙

武装
ビームバズーカ『レヴァリエ』×2
高出力のビームバズーカ。
高い威力を誇り、一撃だけで大ダメージが期待できる。

レーザーカノン『イリュージョン』
右肩に装備されたレーザーカノン。
速射性が高く、牽制に便利。

西洋剣型ブレード『スターダスト』
接近戦用の武装。
強度が高く、耐久性は抜群。

超高出力ビーム砲『マスターキャノン』
レヴァリエとイリュージョンを合体させて発射するバーニングマジシャン最大の武器。
その威力は絶対防御を簡単に貫くほど。
そのため、試合ではリミッターが掛けられている。
また威力が大きい反面燃費も非常に大きい。

飛行ユニット『スプレッドスター』
サーフボード型の飛行ユニット。
単体でも高い機動性を誇るがレヴァリエを装着する事で凄まじいスピードでの飛行が可能になっている。

魔理沙専用機
高いスピードと圧倒的な火力を誇る機体。
単体での飛行能力は持たず、スプレッドスターに乗る事によってサーフィンのように高速移動が可能になっている。
その反面、他の機体と比べて動きが大雑把で小回りが利かないのが欠点。



非想天則

パワー・B
スピード・B
装甲・A
反応速度・A
攻撃範囲・C
射程距離・B

パイロット・東風谷早苗

武装
ビームライフル『ドッズライフル』
貫通力に優れたビームライフル。

柱型格闘・防御ユニット『オンバシラ』×2
簡易ビットを装備した柱型のユニット。
基本的に本体の周囲に浮かんでおり、早苗の意思に応じて敵の攻撃を高速回転しながら自動防御する。
打撃武器としても使用可能。

ビームナイフ
近接戦闘用の武器。

回転式ロケットパンチ『ブロウクンマグナム』
貫通性と威力に優れたロケットパンチ。早苗のお気に入りの武器。

早苗専用機
防御力に優れた機体。
早苗の趣味が思いっ切り前面に出ているロマンを重視した設計になっている。


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後始末

 謎の無人機の乱入後、対抗戦は中止となり、事件の当事者である一夏と魔理沙、避難誘導を担当していた一年の専用機を持つ者達、そして放送席を占領した箒が管制室に集められ、千冬による事情聴取を受けていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 室内には重苦しい空気が流れているもののそれは事情聴取によるものではない。

室内に居る者の殆どの視線が箒に集まり、白い目を向けている。

それに対して箒も周囲を睨み返し、今にも飛び掛らんばかりの敵意が滲み出ている。

 

「では、先程も言った通り政府の方には私達から連絡しておく。余計な混乱は避けるため、証拠を隠滅した人物については一般生徒には他言無用で頼む」

 一通りの聴取を終え、千冬は方針を伝えて事情聴取を終える。が、その空気はまだ張り詰めたままだ。

直後に千冬の厳しい視線が箒の方へ真っ直ぐ向く。

 

「さて、次はお前の件だ篠ノ之」

 

「私、ですか?」

 

 突然向けられた視線と言葉に箒はやや戸惑いがちに反応する。

 

「わ、私が何か……」

 

「アナタ、自分のやった事を忘れたの?」

 

 戸惑う箒に背後から咲夜の冷たい声が突き刺さる。

 

「わ、私が何をしたというんだ!?」

 

 僅かに気圧されながらも箒は咲夜に食って掛かる。

そんな彼女を見る周囲の目はますます蔑みを増していく。

 

「決まってるでしょ!アナタが放送席を占領して一体何人の人が危険にさらされたと思ってるの!?」

 

 箒の態度に怒りを感じ、早苗は声を荒げて箒を糾弾する。

 

「ハッキリ言いますが、早苗さんが助けに入らなければ凰さんはアナタ共々死んでいましたよ。アレだけの威力の攻撃なら絶対防御だって通り抜ける可能性は大ですからね」

 

「お前が一人で勝手に突っ走って自滅するのは勝手だぜ。だけどそれで周りの人間まで巻き込むんで、それでお咎め無しなんて思ってんのか?」

 

「グ、ウゥ……」

 

 妖夢と魔理沙から続けざまに掛けられる糾弾と叱責に箒は唇を噛み締めながら握った拳を震わせる。

 

「そういう事だ。……篠ノ之、お前の身勝手な行動一つで凰だけでなく避難している者達全ての命が危険に晒されたんだ。それを解らんような者にIS(兵器)を扱う資格は無い。処罰の方は追って伝える、それまで当分の間反省室に入っていろ」

 

 俯く箒に千冬は冷淡に言い放ち、全員に解散するように伝える。

しかし、それで箒は終わらなかった。

 

「……納得いかない」

 

「何?」

 

 突然発せられた箒の言葉に千冬達は再び箒を見やる。

 

「何言ってるの?アナタ……」

 

「私は私が出来ることをやったんだ!それの何が悪いと言うんだ!?」

 

 箒は鬱憤をぶちまけるように大声で反論する。その表情に反省の色は全く見られない。

 

「何ですって……」

 

「アナタ、今さっき言われたこと解ってないの?」

 

 咲夜と早苗が目つきを鋭くし、怒気を発しながら箒を睨みつける。

しかし箒の勢いはまるで止まらず咲夜達に噛み付くように喚き散らす。

 

「うるさい!私は一夏があの連中に苦戦しているから喝を入れてやったんだ!!それの何が間違っているというんだ!?」

 

「コイツ……!!」

 

 妖夢は怒りに身を任せて箒の胸倉を掴む。

 

「ウグッ!」

 

「いい加減にしなさいよ!一歩間違えればアナタを止めに入った凰さんは死んでいたかもしれないのよ!!」

 

 感情を露にしながら妖夢は鬼気迫る表情で捲くし立てるがそれでも箒は睨み返す。

 

「止めてくれなどと頼んだ覚えは無い!第一死人は出てないんだから何の問題も無いだろうが!!」

 

 頭に血が上りすぎて完全に前後不覚になり、箒は遂に鈴音に対してまで暴言を吐く。

しかしその言葉は彼女にとってもっとも最悪の形となって返ってくる。

 

「……箒」

 

「え?いち、…………グガァッ!?」

 

 振り向いた箒を待っていたのは一夏の強烈な鉄拳制裁だった。

 

「い、一夏、何を……」

 

「お前、いい加減にしろよ!鈴や他の皆の命を危険に晒しておいて犠牲が出なかったからそれで良いだと!?ふざけるな!!お前の無意味な応援なんかの為に鈴達は危険な目に遭っても良いって言うのか!?ああ!?」

 

「ひっ……」

 

 今までに見た事の無い一夏の鬼気迫る表情と怒気、そして殺気に今までの勢いは完全に萎縮し、箒は震え上がる。

 

「謝れよ」

 

「え?」

 

「謝れって言ってんだ。お前のせいで危険な目に遭った鈴や学園中の皆に頭下げて謝れ!!」

 

 一夏は箒の胸倉を掴んで無理矢理彼女を立ち上がらせ、鈴音の方を向かせる。

この時一夏は殺気を押さえて箒の平常心を保たせようと配慮したものの、ある意味その行為は失敗だった。

 

(何で私がこんな目に……元はといえば一夏達が苦戦するから私が喝を……そ、そうだ!そうじゃないか!!)

 

「何やってんだ?さっさと……」

 

「お前等が謝れ!!」

 

『は?』

 

 箒の口から出た思いもよらぬ言葉にその場にいた全員が思わず声を揃える。

 

「元はといえば一夏と霧雨があんな連中に苦戦してもたもたしていたのが原因ではないか!だから私は喝を入れてやったんだ!!私に謝れと言うなら貴様等が先に謝るのが筋というものだろう!?」

 

 余りにもとんでもない箒の暴論に全員が呆れ顔になる。

箒の意見は素人そのもの、最初から一夏達は苦戦などしていないのは代表候補であるセシリアや鈴音にも解ることだった。

 

「篠ノ之……本気でそう思っているのか?」

 

 暴走を続ける箒に千冬が一歩前に出る。

 

「あ、当たり前です!そうでなければ私だってあんな危険な事はせずに……」

 

「そうか……なら」

 

 今までの無表情を怒りの表情に変え、千冬は箒の顔をがっしりと掴む。

 

「歯ぁ、食い縛れ!!」

 

「グゴァァッ!!?」

 

 直後に千冬から繰り出されたのは慧音直伝の頭突きだった。

額に叩き込まれる鈍器で殴られたような一撃に箒は悶絶し、のた打ち回る。

 

「笑わせるなよ素人が!織斑達が皆を逃がすために加減していた事も知らずに、よくそんな勝手な事が言えるな!!」

 

「ぐぐ……だ、だったらさっさと奴等を倒せば」

 

「だから素人だと言っているんだ。敵はバリアを破壊できるほどの武器を持っている相手だぞ、そんな奴を下手に破壊してみろ。武器が暴発して何処にビームが飛ぶか分かったものではない。織斑と霧雨はやつらが暴走しないように誘導していただけで倒そうと思えば簡単に倒すことが出来た。お前が凰に引き摺られた後の戦い方を見ていれば十分理解できる筈だ」

 

「う……うぅ……」

 

 悔しそうに唸る箒。そんな彼女を一瞥し、千冬は一夏達の方を向き直る。

 

「コイツは私が反省室に連れて行く。お前達は後で事後処理があるがそれまで休んでいろ。山田先生、政府への報告をお願いします」

 

「分かりました」

 

 千冬の言葉が号令となり、その場は解散となった。

 

 

 

「お前が束やISの事で辛い思いをしてきたことは分かっているつもりだ」

 

 反省室に入れられた直後、ドア越しに千冬は箒に語りかけた。

 

「勝手ではあるが、生徒の事は全員調べさせてもらった。……お前が要人保護プログラムのために辛い思いをしてきたこともな」

 

「…………」

 

「お前が一夏の事をどう思っているかも分かっている。だが、お前のそれは依存と同じだ……ただ独占しようとしているだけだ。お前が一夏を想っているなら、アイツを信じてアイツを射止められるように努力するべきだ(その時は……私も腹を括ってやる)」

 ある意味、これは千冬の女として最大限の配慮だったのかもしれない。

普段の千冬なら自分からライバルを増やす真似はしないが、自らも箒の辛い過去の原因の一端を担っている者としての負い目が、彼女への助言という形で現れた。

 

「最後に、もうあんな真似は絶対にするな。アレは一夏の為なんかではない。お前の自己満足のための身勝手極まりない行動だ。お前の過去を差し引いても到底許されることではない」

 

 その言葉を最後に千冬は反省室の前から去っていった。

 

「私は一夏の事を誰よりも解っている。信じているからこそ、アイツに変な虫が付かないように、私がアイツを元に戻してやらないといけないんだ……」

 反省室の中で箒の虚ろな呟きが虚しく木霊した。

 

 翌日、篠ノ之箒には2週間の停学、及び反省文50枚の処罰が与えられる事が決定した。

 

 

 

 

 

 そして箒が去った後、一夏達河城重工のメンバーは一夏と美鈴の部屋に集まっていた。

 

「……やはり、間違いないわね」

 

「ああ、僅かだけど魔力の気配が残っているぜ」

 

 非想天則のオンバシラを部分展開させ、アリスと魔理沙は顔を顰める。

無人機の攻撃を防いだオンバシラには僅かだが魔力の残り香のようなものが感じられたのだ。

 

「あれだけの威力を持っているビームにこの魔力、おそらくその用途は……」

「単純に考えて挙げられる可能性は、まずビームの威力増加、もしくは……」

 

「軌道コントロールだな。恐らく箒って奴にビームが当たらないための」

 

 真剣な表情で可能性を挙げるアリスと魔理沙。

もしもこれが後者なのであれば今回の無人機襲撃の黒幕はたった一人しかいない。

 

「束さん……って事か」

 

 室内を戦慄が走る。

凄まじい攻撃力を誇るビームの軌道をコントロールするには途轍もない魔力の量と卓越したコントロールセンスが必須だ。

それを可能にしているという可能性はその場にいる者全員に戦慄を覚えさせるには十分なものだった。

 

「そして最後に現れたなぞの少女……月に攻撃した無人機の指揮をとっていたという少女は彼女と考えてほぼ間違いなさそうね」

 

 レミリアの言葉にその場にいる全員が頷く。

 

「……?……誰か来ます」

 

 沈黙が支配する中、不意に椛が口を開き、ドアの方へ視線を向ける。

直後にやや控えめなノック音が部屋に響いた。

 

「誰だ?」

 

「あ、一夏?私だけど、今良い?」

 

 声の主は鈴音のものだった。

普段の活発なものではなく、寧ろ大人しい印象の声色だ。

 

「ああ、今開ける」

 

「ま、待って!このままで良いから、聞いてほしいの」

 

 一先ず話を中断して開けようとする一夏を鈴音はドア越しに止める。

 

「?……どうかしたのか?」

 

「うん、その……この前、食堂でアンタを殴った事、謝りたくて……アンタの気持ちも考えずに八つ当たりみたいな真似して、本当にごめんなさい」

 

 それだけの言葉を残し、鈴音はその場を静かに去っていく。

 

「…………」

 

「追って一声掛けなくて良いの?」

 

「そんな事する資格、俺にはねぇよ…………(鈴、ゴメンな)」

 

 レミリアの言葉を背に受けながら、一夏はかつて想いを寄せられた幼馴染に心の奥で謝罪した。

 

 

 

「……はぁ〜〜、解ってはいたけど、やっぱりちょっと辛いな」

 

 部屋から離れた場所で鈴音は溜息を吐く。その目には僅かだが涙がにじんでいる。

一夏に振られ、美鈴に叩きのめされたあの日、自分は悔しさの余り自室のベッドでルームメイトが居る事も気に留めずに泣き喚いた。しかしそれがきっかけで頭が冷めたのもまた事実だ。

そして今日、改めて一夏の戦いぶりを見て、何かを悟った気がした。

 

(もう、昔とは違うんだよね)

 

 戦っている時の一夏は今までに見たことが無いほど凛々しく、猛々しく、別世界の存在とさえ思えた。

一夏は成長したんだと思う。この数年で心も身体も自分より遥かに大人になった。

そう考えると自分が酷く矮小に思えた。

 

「もっと良い女になって、良い男見つけて……見返してやるんだから」

 

 涙を拭い、未練と決別して鈴は再び歩き出す。

その表情にどこか清々しいものを浮かべながら……。

 

 

 

 

 

 都内某所の精神病院、その中の剥離された一室の中に二人の女性がいた。

 

「それで、その後どうなったの?」

 

 薄紫のロングヘアーを揺らしながら、その女……篠ノ之束は患者用の服を着た女に尋ねる。

その女はかつて千冬を逆恨みから殺そうとした女だった。

 

「あ、あの男に頭を掴まれて、そしたら急に喋れなくなって……アイツ(千冬)は魔女みたいな格好した女が箒に乗せて、そのままどこかに飛んでいって……」

 

「ふ〜ん、そうなんだ」

 

 束は女の言葉にどこか冷ややかな目をしながら相槌を打つ。

 

「全部本当なんです!信じてください!!」

 

「んー?信じるよ。そういう事出来る奴等知ってるもん私」

 

 女の嘆願に束は興味なさそうに適当に答えると腰のホルスターに入れてある物に手を伸ばす。

 

「情報どーもね。あとさ、お前もう用済み」

 

「え?」

 

「だから死ね」

 

 無表情に、無慈悲に、無感情に束は取り出した拳銃の引き金を女の眉間に向けて引き金を引いた。

直後、まるでスイッチの切れたおもちゃのように女の身体は崩れ落ち、物言わぬ躯と化した。

 

「くーちゃん、居る?」

 

「ハイ。居ますよ、束様」

 

 束以外誰も居ない室内に一人の少女が突如として現れる。

『くー』と呼ばれたその少女は数時間前、一夏達の前に姿を見せた少女だった。

 

「消しといて、このゴミ」

 

「畏まりました」

 

 束の指示に従い、くーと呼ばれる少女は女の死体に近寄り、それに触れる。

すると女の身体は血液ごと消え失せた。まるで最初から何も無かったかのように……。

 

「ちーちゃん……ちーちゃんは、裏切ったりしないよね?」

 

 くーの手で消え失せる女の死体に目も向けず、束は独り言のように呟いた。

 




次回予告

 知る人ぞ知るあの男が河城重工を訪れる。
河城重工の日常に触れ、男は何を思うのか……。

次回『番外編・○○○○の○○○○○○と○○○の○○○ー○ー』

ネタバレ防止のためにタイトルは伏せさせてもらいます。

??「腹が、減った……」



18禁サイドストーリーを新規投稿しました!!
そちらも是非読んでみてください!!




申し訳ありませんが、この度アンケートを中止する事にしました。

感想でのアンケートは規約違反だったらしく、一時非公開になってしまい、知らず知らずの事とはいえ、このままアンケートを続けるといろいろと混乱してしまうかもしれないので、誠に勝手ですが、中止という形を取らせていただきました。


今後の予定(弾のヒロイン)としては、プロットで最も展開が纏まっていた美鈴でいこうと思いますが、展開次第では虚もヒロインに加える可能性もあります。

身勝手な行動を取ってしまい、まことに申し訳ありません。

今後とも東方蒼天葬をよろしくお願いします。


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番外編・河城重工食堂のおまかせ定食と牡丹肉のハンバーガー

Season3放送記念!
孤独のグルメとのクロス番外編です!!


 春も後半に入った今日この頃。

俺、井之頭五郎は、数日前に経営する輸入雑貨のホームページに注文が入り、依頼主にいくつかのサンプルを見せるために取引先へ車を走らせていた。

 

「しかし……まさかあの大物企業の社長が……」

 

 依頼人は八雲紫……そう、何を隠そうあの有名な河城重工の女社長だ。

そんな大物から注文を承るとは……正直な所、かなり緊張してしまう。

 

「たしか、待ち合わせはココだよな?」

 

 近くの100円パーキングに車を留めた後、待ち合わせ場所に到着し、俺は周囲を見回してそれらしき人物は居ないか探す。

 

「失礼ですが、井之頭五郎さんですか?」

 

 キョロキョロと辺りを見回す俺に背後から突然声が掛かる。

振り向いてみるとそこに居たのは金髪をショートカットに切り揃えたスーツ姿の若い女性だった。

 

「え?はい、そうですが……」

 

「お待ちしておりました。河城重工副社長の八雲藍です」

 

「ああ、これはどうも。私、井之頭と申します」

 

 軽く頭を下げながら俺に名刺を差し出す藍と名乗る女性に、俺は慌てて自身の名刺を取り出す。

 

「どうぞ、車の方へ。本社までお送りします」

 

 挨拶もそこそこに藍さんは俺を車に乗るよう促し、本社があるという山奥へと車を走らせて行った。

 

 

 

(おいおい……なんだか凄い所へ来ちゃったぞ)

 

 入り組んだ山道を車で走り数十分、河城重工本社へやって来た訳だが、山奥に科学の結晶であるISの工場が建っていて、その近くには神社っていうのはまた何と言うかミスマッチだなぁ……。

 

「…………」

 

 そして俺の目の前では河城重工の女社長、八雲紫が注文したインテリアが写って居る俺のノートパソコンをまじまじと見つめている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 このサンプルを品定めされるときの空気は、やはり緊張する。しかも相手が誰もが知る大物となればその緊張は格段にスケールアップするから厄介だ。

 

「……コレ良いわね。凄く良い、アナタのセンスの良さがよく解るわ」

 

 どうやら気に入ってもらえたらしい。

 

「井之頭さん、だったわね?アナタ良いセンスしてるわ」

 

 べた褒めされた。美人から褒められると年甲斐も無く嬉しく思ってしまう。

やはりそこら辺は俺も男って事か。別嬪さんには弱い……。

 

「あなた、自分の店とかは持っていないの?」

 

「いえ、そういうのはちょっと……」

 

 結婚もそうだが、趣味程度でならともかく、下手に自分の店とかを持つと守るものが増えて人生が重くなる。

男は自分の身一つでいたいもんだ。

 

「そう……この後、何か用事とかはあるかしら?出来ればもう少し他のサンプルを見ておきたいのだけど」

 

「ああ、大丈夫ですよ。今日は他に何も無いですし」

 

 これだけ有名な企業からの依頼だ。他の用事が重ならないようにしっかり気を使っておいて正解だったようだ。

 

「待っているだけなのも何でしょうし、良かったら昼食とかも兼ねてココを見物してみたらどうかしら?」

 

「え、良いんですか?」

 

 こういう所って機密とかそういうのがたくさんあるのではないだろうか?

 

「大丈夫よ。素人にわかるようなものではないし、それにそういうのはもっと秘密の場所で扱ってるから」

 

「そう、ですか?それじゃあ……」

 

 結局お言葉に甘える形になった。

何だかんだ言っても有名企業の見物なんてそうそう出来るもんじゃないからなぁ。

 

 

 

「ほらほらぁっ!拳に重みが足りてないよ!!もっと踏み込んで来い!!」

 

「押忍!!」

 

 とりあえず適当に歩き回っていると、最初に目に映ったのは道場らしき畳張りの部屋。

赤毛にバンダナを巻いた少年が、体操着にも似た服を着た金髪の女性に立ち向かい、軽くあしらわれている光景だった。

 

(中々良い筋だ……)

 

 俺も昔、祖父ちゃんから古武術を叩き込まれたから、何となくではあるが分かる気がする。

あのバンダナの少年はきっとまだまだ伸びる。

 

「よーし、交代だ。弾、少し休んでいな」

 

「ハァ、ハァ……押忍!」

 

 フラフラだが、威勢良く返事をして弾と呼ばれた少年は背を向けて歩き出し、やがて壁にもたれかかりながら座り込んだ。

精一杯頑張って、大物になれよ……。

 

 

 

 次に目に付いた場所は休憩所だ。

多くの従業員や訓練生達が他愛の無い世間話に花を咲かせたり、トランプなどで時間を潰したりしている。

 

「王手」

 

「げげっ……ま、待った!」

 

「ダメ。もう三回使ってるよ」

 

「うぐぐ……」

 

 帽子を被った二人の少女が将棋に興じている。

いや、将棋にしては駒が多い……これは、所謂大将棋という奴だろうか?

 

「そういえばさ、今日のお昼何食べた?」

 

「んー?おまかせ定食。今日は胡瓜のお新香が付いてたからね」

 

「え、本当!?うわぁ、知ってたら絶対それにしてたのに……」

 

「夜に食べれば?大量に入荷したって言ってたから、夜にも残ると思うって食堂のおばちゃんが言ってたよ」

 

 胡瓜のお新香か……そういえば昼飯まだだったなぁ。

それに何だか、食べ物の話を聞いてると……。

 

(腹が、減った……)

 

 

 

 

 約束の時間までまだそこそこあるし、昼飯を食えば丁度良い頃合いになるだろう。

向こう(紫)も「昼食とかも兼ねて」って言ってたしな。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 食堂に入ると同時に調理人らしき中年の女性が声を掛けてくる。

食堂内には俺以外にも何人かの客が席に座って飯を食っている。

 

「こちらお冷(水)になります。メニューはあちらの方に書いてますので」

 

 店員に案内されて壁に張られたメニューを一通り見回す。

 

(色々あるなぁ)

 

 こういうのを見てるとなんだか高校時代の学食を思い出すなぁ。

さて、何にするか……いや、ここはやはり。

 

「すいませーん、おまかせ定食ください」

 

「はい、少々お待ちください」

 

 注文を済ませると少し心にゆとりが出来て、俺は他の客の様子を眺める。

 

「んぐっ、んぐっ……プハァ〜〜ッ。美味い!」

 

 ふと目に付いたのは小柄な少女。いや、酒を飲んでるみたいだから女性か?

どうみても十代半ば(下手すりゃ前半)の少女が美味そうに酒を飲んでいる。

 

「萃香ちゃん、飲みすぎなんじゃないの?」

 

「ん〜?大丈夫大丈夫。この一本で最後だから。それに今日私非番だしぃ〜〜」

 

 慣れた様子で食堂の店員が萃香という女性(?)に注意し、彼女はそれを軽く受け流す。

 

「はい、お待たせしました。おまかせ定食です」

 

 お、来た来た。来ましたよ。

 

『おまかせ定食』 650円

・鮎の塩焼

良い色艶をした鮎の塩焼きが2匹、串に刺さった状態で皿に盛られている。

 

・キュウリのお新香

キュウリを丸2本使っている。

 

・豚汁

具沢山でボリューム満点。

 

・ライス

茶碗に並々盛られて程良い量。

 

(こりゃあ美味そうだ)

 

 肉、魚、野菜、米……皆揃ってて良いバランスだ。

さて、どれから手を付けるか……。

 

(ここはまず、魚から行くか)

 

 早速俺は串に刺さった鮎に手を伸ばして、それに齧り付いた。

 

(美味い!良い塩加減だ)

 

 噛む度に魚の旨味と塩気がミックスされ、口の中一杯に広がっていく。

無意識のうちに二口目、三口目と口が動き、その旨味を噛み締めていく。

 

(あっという間に一匹平らげてしまった)

 

 次は、豚汁だ。

 

(里芋、人参、大根にゴボウも入ってるな)

 

 コレも美味い!出汁は勿論、出汁が具に良く染み込んで味をより引き立てている。

合間合間に食べるライスとの相性も抜群だ。

 

(そしてこのキュウリ、コレも良い。濃い味が多い中でさっぱりした味わいは凄く爽やかに感じる)

 

 うん、美味い!美味すぎて箸を休める暇が無い。

気が付けば俺は、全部食べ尽くすまでノンストップで箸と口を動かし続けた。

 

「おばちゃーん、お酒の締めに牡丹肉のハンバーガー一つねー!」

 

(ん、牡丹肉のハンバーガー?)

 

 耳に届いた聞き慣れない単語に、俺は思わず怪訝な表情をしながら声の主である萃香に視線を向ける。

 

「お?おにーさん、この食堂初めて?だったらここのハンバーガーは食べとくべきだよ」

 

「へぇ……それじゃ、こっちもそのハンバーガーを一つ」

 

「は〜い」

 

 薦められると妙に食欲がまた湧いて、ついつい注文してしまった。

 

「にしてもお兄さん、いい食べっぷりだねぇ。どう、一緒に飲まない?」

 

「ああ、いや……私、全然飲めないんですよ」

 

 よく間違えられるが、俺は全くの下戸だ。

よほど前世で酒で痛い目に遭ったのだろうか……。

 

「へぇ〜、勿体無いねぇ〜〜。私なんか毎日飲んでるよ」

 

 どうやら彼女は見かけに反して随分な酒豪らしい。俺の逆バージョンだ。

 

「はい、牡丹肉のハンバーガー、お待たせしました」

 

『牡丹肉のハンバーガー』 130円

牛肉の代わりに猪の肉で作ったハンバーグを材料にしたハンバーガー。

織斑一夏考案のメニューで食堂一押しメニュー。

 

(おお!?これは……)

 

 見るからに美味そうだ。

おまかせ定食を食い終わったばかりなのに、見ているだけで食欲がそそられる。

 

(どれどれ、味は……う、おぉぉ……!!)

 

 凄く美味い!こりゃあ大正解だ。

脂身が少ないからか、同じひき肉でも普通のハンバーガーとは歯ごたえが違う。

何て言うか……良い意味で男の料理って感じだなぁ……。

 

「ふぅ〜〜、ごちそうさまでした」

 

 あっという間にハンバーガーを平らげ、俺は満腹感を感じながら一息吐いたのだった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、注文の品、よろしくお願いしますね」

 

「はい」

 

 食堂で美味い飯を食い終わったあと、俺は社長室で注文を確認して、その後副社長の藍さんに車で駐車場まで送って貰った。

 

「紫様……社長がまた注文するかもと言ってましたよ。その時はまたよろしくお願いします」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

「それじゃあ、私はコレで……」

 

 優しげな笑みを浮かべて去っていく藍さんを見送り、俺も自分の車へと戻る。

それにしても、良い場所だったな。

社長の紫さんは終始タメ口だったけど、それを不快に感じさせない何かがあったし……きっと、ISなんかが無くてもあの人は大物になっていただろうなぁ……。

 

「さて、帰って注文の品を発注しないとな」




次回予告

 新装備の受領と万屋の仕事を片付けるべく、一夏達は幻想郷へ戻る。
しかしそこには新たな異変が起きつつあった。
千冬、早苗、魔理沙、霊夢は異変解決に動き出すが……。

次回『未確認飛行物体を追え!!』


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星蓮船
未確認飛行物体を追え!!


聖蓮船編突入!


「なーんか、久しぶりに帰って来た気がするなぁ」

 

 博麗神社の境内にて、魔理沙は背伸びをしながら懐かしむようにそう呟いた。

クラス対抗戦から数日が経ち、学園は3日間の連休に入った。丁度それと同時期に河城重工から一夏、美鈴、椛の専用機の新装備が完成したと連絡が入り、河城重工所属の者達は、連休を利用して一度幻想郷に戻る事となった。

 

 そして新装備の受理と調整を行う一夏達三人を除き、魔理沙達は紫の能力で一足先に幻想郷へ帰還し、現在に至る。

 

「それじゃ、フランを待たせるといけないし、私たちは紅魔館に戻るわ。また明後日にね」

 

「私も白玉楼に戻ります。ココ暫く庭師の仕事も出来ませんでしたから」

 

 レミリアと妖夢を皮切りに皆、各々の帰る場所へ戻っていき、その場には千冬と魔理沙が残される。

 

「さて、私も帰るか……魔理沙、お前はどうする?」

 

「ん?私も一度家に戻るかな……へ?」

 

 魔理沙は何気なく空を見上げると同時に、魔理沙の表情は呆気に取られたようなものに変わる。

 

「魔理沙?どうした……は?」

 

 釣られて千冬も空を見上げる。

直後にその目に映ったものは…………。

 

「UFO?」

 

 現在では漫画やアニメにすら出てこないようなシンプルなデザインをしたそれ、未確認飛行物体……通称『UFO』がふわふわと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 一方、その頃河城重工の訓練用地下アリーナでは……。

 

「ハァアアア!!」

 

 気合の声と共に一夏から繰り出される新装備による一撃が訓練用ターゲットを粉々に粉砕する。

その様子と手ごたえに一夏は満足気に笑みを浮かべた。

 

「どう?新装備の調子は?」

 

「上々だ。相変わらずいい仕事してくれるぜ。サンキューな、にとり」

 

 新装備がかなり気に入ったらしく、一夏はにとりの問いに感謝の言葉で返す。

 

「この様子なら実戦でも十分使えそうだね。うん、もう上がって良いよ。あとはこっちで調整するから。あ、あと一夏にお客さんが来てるよ」

 

「客、誰だ?」

 

 怪訝な表情を浮かべながら一夏はDコマンダーを解除し、アリーナを後にする。

 

 

 

「一夏!」

 

 ロッカールームを出た一夏に慌てるような声である人物が近付いてくる。

燃えるような赤髪にバンダナを巻き、顔や腕には所々痣を作っているが、それは年齢以上の力強さを感じさせる雰囲気を持った少年だった。

 

「弾?お前、弾か!?」

 

 少年の名は五反田弾、数年前に幻想郷に転移する以前からの一夏の友人だ。

 

「この野郎!今までずっと音沙汰無しで、心配掛けやがって!」

 

 攻めるような口調で弾は一夏の首に腕を回す。しかし、その表情は怒りよりも再会の喜びの色が強い。

 

「悪い、でも何だってお前がココに居るんだよ?」

 

「俺もまぁ、色々あってなぁ……」

 

 一夏からの質問に弾は突然冷や汗を滝のように流し始めた。

 

「……お前の身に何があった?」

 

 

 

 

 

 場所は変わって再び幻想郷。

帰還早々UFOを目撃するという珍事に出くわした千冬と魔理沙は一度人里に降りていた。

異変解決の専門家である霊夢は神社から姿を消していたため、異変に関しての情報は皆無に等しい現状では何をすれば良いのかも分からない。加えて余分な荷物を家に置きに行きたいという考えもあったため、自宅である万屋を経由して人里にて情報収集を行っていた。

 

 現状で掴んだ情報は以下の通り

・数日前から不思議な大型船が浮かんでいるのがたびたび目撃されている。

・それに伴ってUFOも目撃されるようになった。

・空飛ぶ船の正体は宝船だという噂が広まっている。

 

(宝船というのが妙に引っかかるぜ……)

 

(あの俗物巫女の霊夢の事だから……)

 

「おじさん、袋頂戴!一番大きくて丈夫なヤツ!!」

 

 道具屋から鳴り響く霊夢の大声に魔理沙と千冬は「やっぱり…」と溜息を漏らした。

 

「待ってなさいよ、お宝〜〜!!」

 

 大きなリュックを背負い、霊夢は脇目も振らずに飛び去ってしまった。

 

「……面倒だが、私達も行くか。事が異変だとすれば放っておくことは出来ん」

 

 霊夢の暴走を眺めながら千冬は多少呆れがちに背負っていた大剣を構え直し、懐からPDA(改造済み)を取り出して一夏にメールを送る。

 

「だな。UFOはどうでもいいけど宝には私も興味があるから(もしお宝が物凄いマジックアイテムとかだったら霊夢より先に頂かないと大損だぜ)」

 

 魔理沙もまた、霊夢とは別の意味で邪な事を考えていた。

 

「それじゃあ……ん?早速手がかり発見だな」

 

 千冬の視線の先にはふわふわと浮かぶUFOが再び姿を見せている。

 

「UFO(あっち)は私が追う。お前は霊夢と船のほうを頼むぞ」

 

「おう!任せとけ!」

 

 それぞれの役割が決まると同時に二人はそれぞれの目標へ飛び立って行った。




次回予告

 異変解決に乗り出し、UFOを追う千冬はあるものを探す妖怪に遭遇する。
その一方、弾は一夏に自分が何故河城重工の訓練生になったのかを語る。

果たして異変の秘密、そして弾が訓練生になった経緯とは……。

次回『虎と鼠の探し物』

?????「まったく……ご主人は何でこんな大事なものを失くすのかねぇ?」


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虎と鼠の探し物(前編)

人里から少し離れた森の上空において千冬はふわふわ浮かび続けるUFOを追っていた。

 

「せりゃあぁっ!!」

 

 気合と共に武器の大剣でUFOを千冬は叩き落す。

撃墜されたUFOは落下と同時に機体のサイズ小さくなり、掌より少し大きい程度のサイズに収まると同時に地面に落下した。

 

「何なんだ?これは……」

 

 地面に降りた千冬は撃墜したUFOを拾い上げて千冬は怪訝な表情を浮かべる。

とりあえず撃墜してはみたものの、回収したUFOから得られる情報は現状では皆無だった。

 

「仕方ない、霖之介にでも調べてもらうか」

 

 

 

 

 

 

 話の舞台は変わり、河城重工の休憩室では……

 

「はぁ〜〜?書類ミスぅ〜〜?」

 

 休憩室に一夏の間の抜けた声が響き、それに対して弾は苦々しい表情で頷く。

 

「そうなんだよ……元々ココの食堂でバイトしようと思って履歴書送ったんだけど……何をどう間違ったのか、面接初日に適性検査受けさせられてよ」

 

「それで訓練生になったと?」

 

「ああ、まぁな……でもまぁ、後悔はしてないけどな」

 

 呆れ顔の一夏に弾は苦笑いしながら返す。しかし、その表情にはむしろ活気がある。

 

「勇儀姐さんや萃香さんに扱かれんのはキツイけど、その分身体もかなり丈夫になったし、それに10日後の最終試験に受かれば正式に新型機のテストパイロットになれるかもしれないからな」

 弾の表情が真剣なものに変わる。

現在河城重工では量産化を見越した専用機の開発が行われており、十日後にはそのパイロットの選考試験が行われ、それを通過した1名はIS学園に入学する予定になっている。

 

「そういや、もうそんな時期か。で、自信はあるのか?」

 

「正直、微妙だな。結構成績は良い方だと思うんだけど……正直合格ラインには届いてないと思うし……」

 

 少し気を落としつつ弾は自嘲する。

ちなみに、現在の弾の身体能力、及びIS操縦技術の評価は『並の代表候補生レベル』である。

まぁ、高々1ヶ月半そこそこで素人からココまでレベルアップ出来るだけ弾の根性と勇儀と萃香の指導力は大したものだが。

 

「そうか……まぁ、頑張れよ。俺も暇があったら訓練付き合ってやるからさ」

 

「ああ、悪いな。そういやお前さ、鈴から聞いたけどアイツの事キッパリ振ったんだってな。何でだ?」

 

「ん?ああ、まぁな……(鈴の奴、ちゃんと彼女が居る事は伏せといてくれたんだな)」

 

 内心で鈴音の気遣いに感謝しつつ一夏は照れくさそうに頭を掻く。

 

「実は誰かとは言えないけど、こっちで彼女が出来てさ」

 

「ブッ!?」

 

 一夏の口から出たあまりに予想外すぎる言葉に弾は飲んでいたスポーツドリンクを盛大に噴出した。

 

「うわっ!汚ぇ!!」

 

「ゲホッ!……す、スマン。で、でもマジかよ!?あんだけ鈍感だったお前に彼女が!?」

 

 咳き込みながら驚愕する弾。それほどまでにかつての一夏は鈍感だったのだ……。

その一夏に彼女が出来た等、弾にとってはまさに『スタンドも月までぶっ飛ぶ衝撃』以外の何者でもないだろう。

 

「ハァ、ハァ……まぁ、ダチとしては喜ばしい事なんだろうけどなぁ……なぁ、一夏」

 

 漸くせきが止まり、弾は少し間を空けて表情を厳しくする。

 

「どうした?」

 

「蘭の事なんだけどさ……アイツ、お前に惚れてるんだよ」

 

「……ああ」

 

 弾の口から出た彼の妹、五反田蘭の名に一夏は気まずそうに答える。

彼女もまた一夏に想いを寄せる少女の一人なのだ。

 

「アイツさ、お前が行方不明になったのでかなりショックを受けたみたいでさ、一時期結構荒れてたんだよ」

 

「!?」

 

「学校行く度に喧嘩起こして、悪い時には変な連中ともつるんでさ……あの頃は本当に参ったよ」

 

 苦い思い出を回想し、弾は表情を苦々しく歪める。

一夏の方は弾の話を呆然と聞いている。

 

「大体今年の正月過ぎた頃だったかな?蘭の奴、仲の悪いクラスメートの女子と近所で大喧嘩してさ……その時近くを通っていた小さい女の子に蘭が投げた石が当たって、大怪我させちまったんだ。それも、顔面に一生傷跡が残るぐらいの怪我を」

 

 気が付けば弾は自分の拳を強く握り、震わせていた。

まるで行き場の無い怒りを抑えるかのように……。

 

「その事で俺、初めて蘭の事ぶん殴って、そしたらあのクソジジイ切れまくりでさ。『蘭に何しやがる!』って俺に殴りかかってきやがったんだ」

 

 弾が一瞬見せた嫌悪の表情に一夏は驚く。

 

(弾の祖父さんは確かに蘭のことを溺愛していたけど、ここまでとは……)

 

「それで俺も完全に切れちまってよ。『こんな時になってまでテメェはいつまで蘭を甘やかしてんだ!?』って、そっからは血を見るまで大喧嘩だ」

 

「ごめん……俺の所為で……」

 

「お前が謝ることじゃねぇよ、俺や俺の家族が甘かっただけだ。自分にも蘭にもな」

 

 自嘲気味に弾は一夏の謝罪を受け流す。

完全ではないとはいえ一夏の事情を知っている分彼を責める事はしなかった。

 

「まぁ、そういう事があって蘭も自分のやった事が原因で俺達が殴り合うのを見て大泣きしちまってさ……それで今は割と落ち着いたんだけど、あれ以来俺はクソジジイと殆ど絶縁状態になってな。ただ同居してるだけって感じだ……」

 

「それで、ココに住み込みでバイトしようと……」

 

「ああ、その後はさっき話した通りだ。……それより蘭の事だが、お前に彼女が出来た事は暫く黙っててやってくれないか?アイツはお前と会えるかもしれないって聞いたとき凄く嬉しそうだったからさ」

 

「ああ、分かった。俺だってこれ以上蘭を追い詰めるような事はしたくないからな」

 

「悪いな。お前の事は時期を見て打ち明けるよ」

 

 一夏の言葉に弾は穏やかな笑みを浮かべ感謝の意を示した。

 

「あ、一夏さん」

 

 二人の会話が区切りを迎えるのとほぼ同時に、休憩室に美鈴が入室してくる。

 

「っっ!!?!?」

 

 美鈴の姿を見た弾の体が一瞬にして硬直した。

この時弾は全身に電流が走る感覚を覚えたと後に語っている。

 

「おお、美鈴。調整終わったのか?」

 

「はい、最高の出来でしたよ!私と相性抜群です!!ところでその人は?」

 

 一夏の問いに美鈴は意気揚々と答え、直後に美鈴は弾の方を向く。

 

「ああ、俺のダチで勇儀と萃香の所で訓練を受けてる五反田弾だ」

 

「そうですか。はじめまして、紅美鈴です」

 

「は、はは…はじめまして」

 

 どもりながら弾は美鈴の挨拶に応える。どっからどう見ても緊張している。

 

「私と椛さんはこれから向こう(幻想郷)に戻りますけど、一夏さんはどうします?」

 

「ああ、俺はもう少しこっちに居るよ。帰る時は紫さんを通してくれ」

 

「分かりました。椛さんにも伝えておきます」

 

 一夏に別れを告げ、美鈴は休憩室を後にした。

そして残された弾は…………。

 

「い、一夏ぁ!!」

 

 突然一夏に詰め寄り、大声を上げた。

 

「頼む!俺を鍛えてくれぇぇっ!!(絶対にIS学園に行くんだ!!)」

 

「あ、ああ(弾、惚れたな……)」

 

 友人に突如として訪れた春に一夏は呆然としつつも弾の訓練に付き合うこととなったのであった。

 

 

 

「春ですよー」

 

 春の訪れを告げる妖精、リリーホワイトは突然そんな言葉を発した。

 

「リリー、何言ってるの?もう春なんてとっくに来てるよ」

 

「んー、何か言わなきゃいけない気がして」

 

 これが弾に訪れた恋という名の春を告げたものなのかどうかは定かではない。

 

 

 

 

 その船の甲板で、彼女は一人鼻歌交じりに洗濯物を干していた。

明るい金髪をセミロングに揃え、顔付きはヨーロッパ系で非常に整っている。

外見は二十代半ばだろうか?しかしその佇まいは外見年齢とは不相応とも言えるほどに落ち着いており、どこか母性を漂わせている。

 

「エリザ、ちょっと良い?」

 

 エリザと呼ばれた女性の背後から別の女性が声を掛ける。

尼を思わせる頭巾を被り、その下からはセンター分けの水色の髪が覗いている女性だった。

 

「一輪様、何か御用で?」

 

 洗濯を中断してエリザは頭巾を被った入道使い、雲井一輪に丁寧に応対する。

 

「ええ、飛蔵の破片の事だけど、どうも私達以外にアレを嗅ぎ回ってる連中が居るみたいなのよ。ナズーリンだけじゃ戦力的に不安だから、ちょっと見て来てもらえないかしら?」

 

「分かりました」

 

 一輪の頼みを了承し、エリザは洗濯を切り上げて引き出しからあるものを取り出すと甲板から飛び立とうとする。

しかし、そんな彼女を不意に一輪は呼び止めた、

 

「けど、良いの?姐さんを解放するのに協力してくれるのはありがたいと思ってるけど、アナタは態々私達に付き合ってくれなくても良いのよ。地上に出られた以上、外界に戻る方法はあるんだから」

 

「一輪様、それは言わない約束ですよ。私が今こうして生きていられるのもアナタが瀕死の状態で地底に流れ着いた私を拾って、眷族にしてくれたからではありませんか。『恩を受けた相手には必ずそれを返す』……私は母からそう教わり、娘にも同じ事を教えました。聖という方を解放し終わった時こそ、改めて娘の所へ行かせて貰いますよ」

 

 一輪からの気遣いの言葉に対してにこやかに答え、エリザは甲板から飛び立った。

 

 

 

「さぁ、どこにいるのかしら?」

 

 ポケットから取り出した8本のクリスタル製のペンデュラムを指と指の間に挟む様に持ち、エリザはペンデュラムに魔力を込める。

直後に3本のクリスタルが動き出し、発光する。その内二つは激しく点滅している。

 

「近いわね、その上かなり強い反応が二つも……ナズちゃん、無事だといいけど」

 

 優しげな表情を厳しいものに変えてエリザは目的地へ向かった。

 




今作初のオリキャラ、エリザの詳しい詳細は次回の後書きで紹介します。


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虎と鼠の探し物(後編)

「あれ、千冬さんじゃないですか?」

 

 香霖堂へ向かう途中、千冬は背後から不意に声を掛けられ、振り向いた先には早苗の姿があった。

 

「早苗、守矢神社に戻ったんじゃなかったのか?」

 

 早苗の姿を確認した千冬はその場に静止する。

ふと見てみると早苗の手にも先ほど千冬が手に入れたUFOのミニチュアが握られていた。

 

「お前も異変調査か?」

 

「ええ、神奈子様と諏訪子様が妙な予感がすると言っていたので」

 

「そうか、一緒に行くか?」

 

「はい」

 

 千冬の誘いに二つ返事で了承し、二人は肩を並べて香霖堂へ向かったのだった。

 

 

 

 一方その頃、香霖堂では……。

 

「30000円!」

 

「45000円!」

 

「うぐぐ……なら35000!!」

 

「40000!!」

 

 鼠の妖怪と霖之助が値段交渉の真っ最中だった……。

 

 

 

 

 

「……千冬さん、聞きたい事があるんです」

 

「何だ?」

 

  香霖堂への道中、早苗は唐突に千冬に話しかける。

 

「篠ノ之箒さんの事です。私、昔から彼女の事、顔と名前ぐらいしか知らないんですけど、どんな子だったんですか?」

 

「……そうだな、意地っ張りで照れ屋で、今とあまり変わっていない……いや、昔はもう少し素直だったな。何故そんな事を?」

 

 怪訝な表情で千冬は聞き返す。

早苗にとって箒は身勝手な理屈で一夏に言い寄る厄介者の筈だが、そんな相手の事を尋ねられるのは余りに予想外だ。

 

「そりゃ、あの子は好きになれませんよ。だけど私、少しだけあの子の気持ちが理解できるんです」

 

 悲しげな目で早苗は語る。

彼女と箒には共通点がある。

幼馴染で初恋の相手である一夏と突然離れ離れになり、長年会いたいと思って漸く再会する事が出来たという、ある意味嫌な共通点だ。

しかしその共通点もある一点の違いで大きく形が変わる。

 

「私には、神奈子様と諏訪子様という支えがあったけど篠ノ之さんにはそれが無い。もしも神奈子様と諏訪子様が居なかったら私も彼女と同じ様になってたかもしれない……クラス対抗戦の後ぐらいからそう思うようになったんです。そう考えると、何かあの子の事が気になって……」

 

「…………」

 

 早苗の言葉に千冬は黙り込む。

自分と束の起こした白騎士事件のために箒は要人保護プログラムで家族と離れ離れの孤独な日々を強いられる事となった。

今の千冬にとってそれは箒に対する最大の負い目であり、自分の罪の象徴の一つだ。

 

「あ、別に千冬さんの事責めてる訳じゃないですよ。ただ、何て言えば良いのかな……私はあの子も自分の恋のライバルとして見たいけど今は見れないって言うか……。アハハ、安っぽい同情ですよね?今のは忘れてください」

 

「いや、そんな事ない……ありがとう」

 

 苦笑する早苗に千冬は感謝の言葉を漏らす。

何故そんな言葉が出たのかは千冬自身にも分からなかった。ただ何となくではあるが早苗の気持ちが千冬には嬉しく思えた。

 

「そろそろ着きますよ」

 

 そうこうしている内に二人は香霖堂の前に辿り着き、地上に降りて入り口へ向かう……。

 

 

 

「はぁ〜、やっと買い戻せた。あの半妖メガネ、人の足元見て。まったく……ご主人は何でこんな大事なものを失くすのかねぇ?」

 

 37500円という金を叩いて手に入れたものを眺めながら妖怪鼠の少女、ナズーリンは溜息を吐く。

彼女の右手には塔を象った置物のような物……『宝塔』が握られ、左手にはダウジング用のロッドが握られている。

 

「ん?」

 

 左手に持つロッドが反応する、コレは彼女の能力である『探し物を探し当てる程度の能力』が働いている証拠だ。

 

「こりゃ運が良いね。飛蔵まで向かってきたよ」

 

 思わぬ朗報にナズーリンはロッドが反応する上空を見上げる。

 

「ん、先客か?」

 

(ゲッ、強そう……しかも二人って)

 

 上空から降りてきた千冬と早苗にナズーリンは内心苦々しさを感じる。

しかしだからといって黙って見て見ぬ振りをする訳にもいかず、ナズーリンは千冬達に向かって口を開く。

 

「ねぇ、君達の持ってるそれ、この店に鑑定してもらいに来たんなら、こっちに渡してくれない?」

 

「?……突然何を言い出すんだお前は?コレ(UFO)の正体を知ってるのか?」

 

 初対面の妖怪の口から出た思いも寄らぬ台詞に千冬は一瞬困惑するが、目の前に居る妖怪が異変に関係していると勘付き、ナズーリンの言葉に質問で返す。

 

「まぁね、喋るつもりは無いけど。でも一つ言っておくよ、それは人間には無価値なんだ。だから渡してくれない?2万円ぐらいなら出してあげるから(どうせ経費はご主人が出してくれるし)」

 

「だったらコレの正体とアナタの目的を教えてください。そうでないと渡せません」

 

 ナズーリンから出された条件に早苗はさらに条件を加える。

 

「そういう訳にもいかないんだよねぇ。下手に喋って邪魔されちゃあ元も子もないからね……悪いけど、力づくでも頂くよ!」

 

 やれやれと首を横に振った直後、ナズーリンはロッドを構えて妖力弾を放った。

 

「っ!……おいおい」

 

「こっちの都合も無視していきなり……!」

 

 突然の弾幕戦に千冬と早苗は悪態を吐きながら弾を回避して自身も魔(霊)力弾で応戦する。

 

「お前がそういう手段を取るなら……《斬符『樹鳴斬』!》」

 

 振り下ろされた千冬の斬撃から発射される拡散レーザーと広範囲弾幕がナズーリンを襲う。

 

「わわっ!《捜符『ナズーリンペンデュラム』!》」

 

 千冬の攻撃に反撃するように発動されるナズーリンのスペル。

ナズーリンのペンダントと同じ形をした巨大なクリスタルがナズーリンを護るように展開され、先端から多数の妖力弾が発射される。

 

「その程度の防御で!《絶技『〈真〉零落白夜』!!》」

 

 しかし千冬のパワーの前にクリスタルは一瞬にして砕け散り、ナズーリンは一瞬にして丸腰の無防備状態になってしまう。

そして背後には彼女を逃がすまいと早苗が待ち構えている。

 

「アナタに逃げ場はありませんよ。おとなしく降伏しなさい!」

 

「クッ……(やっぱ強いじゃん、この二人。仕方ない、買い戻したばっかりだけど)」

 

 格上二人に挟まれ、ナズーリンは苦々しく舌打ちして手に持った宝塔を構えようとするが……。

 

「そこまでよ」

 

「「!?」」

 

 静かではあるがどこか凄みのある声と共に放たれる弾幕が千冬と早苗をナズーリンから引き離す。

 

「ナズちゃん、ココは私に任せて。飛蔵はアナタが集めた分と今船に向かってる分を合わせれば十分足りてるわ」

 

「エリザ、ナイスタイミング。でもそのナズちゃんって呼び方やめて……」

 

 感謝の言葉を口にしてナズーリンはその場を離れる。

一方でエリザは千冬達が追いかけられないようペンデュラムを構えて牽制する。

 

「貴様もあの船の関係者か?」

 

「ええ……アナタ達には申し訳ありませんが、邪魔されるわけにはいきませんので。ココで足止めさせてもらいますよ。織斑千冬さん」

 

「!?……何故、私の名を?」

 

 初対面の人物に名を知られ、千冬は僅かに驚く。

 

「まさかお前も外界から」

 

「ええ、1年程前に神隠しとかいう現象で地底の方に。そこであの船の方々に救っていただいたんです」

 

「そうか、そういう事情なら退いてくれそうも無いな」

 

 相手に退く意思が皆無だという事を理解して千冬と早苗は臨戦態勢を取る。

 

「そういう事、です!《感符『インコムクリスタル』!!》」

 

 エリザの指先に繋がれた魔力の糸と繋がったクリスタル付ペンデュラムがホーミング弾の様に千冬達を追いかけ、弾幕を放つ。

その規模と勢いは先程ナズーリンが見せたものの比ではない。

 

「(コイツ、さっきの鼠とは訳が違う……)早苗、私がコイツの動きを止めたら……」

 

「……了解です」

 

 弾幕を回避しながら早苗に小声で指示を出した直後、早苗の援護を受けつつ千冬はエリザへ向かって突撃し、大剣を振りかぶりながら弾幕を消し飛ばし、一気に接近する。

 

「ハァアアア!!」

 

「ッ!…戻れっ!!」

 

 そこから続けざまに放たれる千冬の大型の魔力弾にエリザはクリスタルを瞬時に自分の近くに戻して魔力のバリアを展開して防ぐ。

 

「今だ!行け、早苗!!」

 

「了解!」

 

 直後に千冬は指示を飛ばし、早苗にナズーリンの後を追わせた。

 

「悪いが此方も黙って異変を見逃すまねは出来んからな。二人同時に相手にしたかろうがサシで戦(や)らせてもらうぞ」

 

「……参りましたね。流石はブリュンヒルデ、弾幕戦(こっち)の腕も相当という事ですか」

 

 苦笑いしつつエリザは自身の持つ8個のクリスタルを確認する。

 

(レベル5……かなり腕の立つ使い手ね。ある意味1対1に持ち込めたのは幸運かもしれないわ。二人がかりじゃ時間稼ぎにならなかったかもしれない)

 

 エリザのクリスタルは8個の内5個が光を放ちながら点滅している。

これはエリザの持つ『対象の強さと位置を知る程度の能力』が働いている証拠だ。

 

「前言を撤回します。本気で足止めではなく、本気で潰す気で行きます…!」

 

「ああ……来い!」

 

 幻想郷の上空で、二人の美女が雌雄を決する……。

 

「戦うのはいいけどさ、店壊さないようにしてくれよ……」

 

 二人の戦いを眺めながら霖之助は冷や汗を流しながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 千冬達が追いかけている船、聖蓮船。

その中の一室で一人の女性が目を閉じながら静かに瞑想している。

所々黒が混じった金髪に腰に巻いた虎柄の布、彼女の外見を見た者は確実に『虎』を連想するだろう。

そんな彼女、寅丸星(とらまるしょう)は数分前、ナズーリンから受け取った放蕩を胸に抱き、一言だけ呟いた。

 

「もうすぐ、もうすぐですよ。聖……」

 

 彼女がそう呟いた直後、部屋に慌ただしい足音が聞こえてくる。

 

「星!変な賊が近付いてきてるわ。迎撃に出るから手伝って!!」

 

 駆け込んできたのはこの船の船長の船幽霊の少女、村紗水蜜だ。

 

「分かりました。すぐに行きます」

 

 村紗からの要請に快く承諾し、星は立ち上がった。

彼女達が霊夢、魔理沙、そして千冬の指示で一足先にやってきた早苗と戦うのはこれから1分足らずの事である。




次回予告

 異変を巡り、戦いを続ける千冬とエリザ。
自身の忠義から戦うエリザの決意に千冬はどう立ち向かうのか?
そして聖蓮船は主を目覚めさせるべく魔界への航路を突き進む。

次回『魔界へ一直線』

千冬「一夏のように上手くいくかは分からんが……やってやる!!」



オリキャラ紹介

エリザ
種族・人間(妖怪の眷属)
年齢・38歳(肉体年齢は20代半ば〜後半)
出身地・????(ネタバレ防止のため現在は伏せておきます)
役職・聖蓮船の乗組員(主に家事などを担当)
性格・おっとりとして温厚、しかし芯は強い
趣味・洗濯
武器・クリスタル付のペンデュラム

聖蓮船の乗組員の一員で入道使い、雲居一輪の眷属。
元々は外界で普通の生活を送っていたが、ある時轢き逃げ事故に遭って生死の境を彷徨う内に神隠しに遭い、幻想郷の地底に流れ着き、そこで一輪に拾われて彼女の眷属になる事によって妖力による治療を受け命を救われる。
一輪の眷属になった事で修行もそれ相応にこなしているため、肉体年齢は20代の状態を保っている。
一児の母であり、外界に残した娘を心配しており、一輪達の目的を果たしたらすぐに外界への帰還手段を探す予定である。

能力・『対象の強さと位置を知る程度の能力』
その名の通り探知対象となった生物の強さ位置、及びその周囲にいる生物の数を感知する能力。
8本のクリスタルで強さを測り、レベルは全8段階で表される。

一例
レベル1 雑魚(一般妖精、毛玉、動物霊など)
レベル2 大妖精
レベル3 チルノ、橙
レベル4 美鈴、椛、さとり
レベル5 千冬、咲夜、妖夢、早苗
レベル6 一夏、魔理沙、霊夢
レベル7 レミリア、フラン
レベル8 八雲紫、四季映姫

ただし、知る事が出来るのはあくまでも対象の『基本的な強さ』であり、底力や技量などは測れないため、あくまでも『大まかな基準』程度にしかならず、エリザもその事を理解している。
故に下位レベルが上位レベルの相手に勝利する事も珍しくない。



活動報告にてある募集をかけます。
そちらも是非見てください。


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魔界へ一直線

 早苗が去った後、香霖堂の上空では今も尚千冬とエリザの戦いが続いていた。

 

「《妙技『零落白夜・波』!!》」

 

「《屈折『クリスタルシールド』!!》」

 

 千冬の高密度の魔力弾をエリザのクリスタルが防ぎ、弾の軌道が屈折させられるが、完全に防ぎ切るに至らず魔力の斬撃弾がエリザの頬を僅かに掠める。

 

「痛っ!……流石に力強い。若さが羨ましいわね」

 

「若さって……お前私と大して変わらんだろ?」←現在24歳

 

 エリザの妙に年寄り臭い台詞に思わず突っ込みを入れる千冬だがエリザはにこやかに首を横に振ってみせる。

 

「あら、嬉しい事言ってくれるわね。でも今年でもう38なのよ、私」

 

「え゛ぇ!?」

 

「隙あり♪」

 

 絶句する千冬にエリザはすかさず魔力弾を放ち、千冬の顔面にキツイ一撃を見舞う。

 

「フゲェッ!……き、貴様、せこいぞ!!」

 

 ヒロインとしてそれはどうなのかと問いたくなる悲鳴を漏らし、千冬は抗議の声を上げる。

 

「避けられない方が悪いのよ。もう一発!《束縛『ジェイルネット』!!》」

 

 千冬の抗議を一蹴し、間髪入れずエリザはペンデュラムから糸のみを切り離して千冬を束縛しに掛かる。

即座に迎撃に移る千冬だが魔力が込められた糸は弾幕を蛇の様にすり抜けていく。

 

「チィッ、何だこの糸は!?……だったら叩っ斬るだけだ!!」

 

 弾幕による迎撃が無駄と感じた千冬は斬り落とそうと剣を構えて迫り来る8本の内1本の糸目掛けて剣を振り下ろす。

 

「ふふっ……無駄よ」

 

 千冬の剣が糸を切断しようと振り下ろされたその刹那、糸は一瞬力が抜けたように動きを止める。

そして刃が触れる瞬間糸はそのまま刃先に絡み付き、刃を伝って千冬の腕に絡みついた。

 

「グッ…何だと?」

 

「アナタの剣の切れ味は相当のようだけど、力の流れに沿って上手く糸を動かせば糸へのダメージは抑えられるわ。そして1本でも絡み付けば後は簡単に……」

 

 エリザが後の言葉を紡ぐ間も無く糸は次々と千冬に絡みつき両腕は後ろ手に、両足を一括りにされる形で縛られていく。

 

「うぐぅっ!……何だコレは!?」

 

 振り解こうと身体を捩らせる千冬。しかしもがけばもがく程に糸は深く千冬を縛り上げていく。

その上糸は上手い具合に力が入り辛くなる様に結ばれ、千冬は持ち前の怪力が発揮できず、千冬は瞬く間に無防備状態に陥る。

 

「流石のブリュンヒルデもそんな状態じゃ形無しね」

 

「その呼び方はやめろ。自分で自分が滑稽に思えてしまうだろうが」

 

 エリザの皮肉に千冬は目付きを鋭くして睨みつける。

 

「あら、ごめんね。それじゃ一思いに一撃で終わらせてあげる《突符『クリスタルトルネード』!!》」

 

 誠意が篭ってるとは思えない謝罪の直後、エリザは手に持つ全てのクリスタルを操作し、クリスタル同士が繋がるかのように魔力のバリアが展開され、巨大なクリスタルのような形が形成され、直後にそれは千冬目掛けてドリルの如く回転しながら凄まじい勢いで突っ込んでくる。

これを喰らえば千冬といえど無事では済まないのは火を見るより明らかだ。

 

「……掛かったな!《甲符『零落白夜〈鎧〉』!!》」

 

 しかし千冬が浮かべたのは焦燥ではなく笑みだった。

直後に千冬の身体が発光し、全身が刃状の魔力の鎧に包まれ、自らを拘束していた糸を全て引き裂いた。

 

「な!?」

 

「貰った!!《絶技『〈真〉・零落白夜』!!》」

 

 驚くエリザを尻目に千冬はその隙を見逃さず、攻撃を回避して一気にエリザとの距離を詰め、零落白夜による剣撃を見舞った。

 

「うぐぁぁっ!」

 

「ぶっつけ本番だったが、上手くいったな(……とはいえ、それほど長くは保てないな。もっと練習しなければ)」

 

 落下して地面に叩きつけられるエリザを見詰めながら、千冬は自身の新スペルを自己評価する。

 

「さて、私も船の方へ……」

 

 この時千冬はエリザが落下した地点が僅かだが光った事に気付かなかった。

そしてそれは千冬にとって致命的なミスでもあった。

 

「!?(まさか、確かに手ごたえはあったのに……)」

 

 千冬がその場の空気の変化に気付いた時には既に時遅く、千冬の周囲にエリザのクリスタルが瞬く間に配置されていた。

 

「まだ……やられる訳には、いかないのよ。一輪様の邪魔はさせない……!!

 

 殴られた顔を押さえもせずにエリザは立ち上がり、千冬目掛けて魔力弾を連射する。

 

「喰らいなさい!《反符『リフレクトクリスタル』!!》」

 

 迫り来る凄まじい威力の弾幕、千冬はそれを回避するが魔力弾は千冬ではなくクリスタルに命中し、反射して再度千冬を襲う。

いや、再度と言う表現は少々違う。反射は一度や二度ではなく何度も何度もクリスタルは向きを変え、位置を変えて魔力弾を反射させていく。

反射には際限が無い。終わりがあるとすればそれは千冬に迎撃されるか命中するまで乱反射は続いていく。

 

「な、何だこのスペルは!?うぐぁ!!」

 

 魔力弾一発程度であれば千冬も避け続けられるだろうがそれが何重にもなれば話は別だ。

更にエリザは自身が制御可能ギリギリの量の弾幕でオールレンジ攻撃を行っている。しかも自身の体力は完全に無視だ。

文字通り最後の切り札とも言えるスペルを前に千冬は瞬く間に劣勢に追い込まれる。

 

「負ける、訳には…いか、ない!」

 

 エリザは流れ落ちる鼻血を気にも掛けず鬼気迫る表情でクリスタルを操り続ける。

リフレクトクリスタル最大の弱点は持続性と脳への負担にある。

このスペルは弾を反射するクリスタルの配置と反射角を常時計算する必要があり、脳に掛かる負担が大きく、そのため、発動時間は短い。

無理をすれば伸ばすことも出来るが代償として酷い頭痛に襲われてしまう諸刃の剣なのだ。

しかも零落白夜のダメージの残る身体で使用すれば当然スペルの維持に掛かる負担は平常時より遥かに大きい。

だが、それでもエリザは攻撃の手を緩めない。

 

(負けられない……一輪様は、聖蓮船の皆は、死に掛けた私を助けてくれて、会った事も無いあの子の事を気に掛けてくれて……あの人達の恩に報いるためにも、負ける……訳には…………一輪、様…村紗さん……星、さん……ナズ……ちゃん……シャ……ッ…)

 

「うぐっ!ぐがぁっ!!……く、クソぉ、避けられない…!」

 

 怒涛のラッシュに千冬はスペルカードを発動する間も無く痛めつけられ続ける。

 

(だ、ダメだ……やられる……)

 

 己の倒れる姿をイメージし、千冬は観念するように硬く目を閉じるが……

 

「……………………ん?」

 

 しかし想像に反して攻撃はいつまで経っても来ない。

疑問に感じた千冬は恐る恐る目を開く。

 

「!……これは」

 

 視線の先には先ほどまで猛威を振るっていたエリザが倒れ付し、自分の周囲に配置されていたクリスタルは地に落ちていた。

元々精神力だけでスペルを維持していたエリザだったが、ココに来てその精神力も底を尽き、素終えるは解除されたのだ。

 

(恐ろしい相手だった……もしも後一秒でもスペルの発動時間が長かったら確実にやられて相打ちに持ち込まれていた。いや、それ以前に私自身も慢心していたな……)

 

 自身の戦いぶりを振り返り、異変が解決したら再び自分を鍛え直そうと千冬は密かに決心する。

その後、千冬は霖之助にエリザの身柄を預け、彼を介して永遠亭で彼女の治療を依頼した後、自身は早苗達の後を追って聖蓮船へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 その頃、河城重工では……

 

「よし、今日はとりあえずココまでだ。明日までには訓練メニュー作ってきてやるから覚悟しとけよ」

 

「ああ!どんな訓練でもやってやるぜ!!」

 

 一夏の言葉に弾は威勢良く返す。

約1〜2時間程だが一夏は弾に直接指導し、弾の基礎能力を大体把握した。

後は彼の能力に合わせて個人訓練メニューを考えてやるのみだ。

 

「さてと、そろそろ戻るか……」

 

「あら、もう帰るの?」

 

 突然一夏の背後に何の前触れも無く紫が現れる。

 

「うお!?紫さん……(相変わらず神出鬼没だな、この人)」

 

「フフ、神出鬼没は私の持ち味の一つよ」

 

 一夏の心を読んでいるかのように紫はくすくすと笑いながら呟く。

 

「それはそうと、千冬に伝えておいてくれない?そろそろ頃合だから計画を第二段階に移すってね」

 

「……了解」

 

 紫の言葉に一夏は一瞬目を鋭くしたが、直後に平常心を取り戻して了承する。

 

「ああ、そういえば幻想郷の方で変な異変が起きてるわ。千冬達が今動いてるらしいから、戻るなら早い方が良いわよ」

 

「んなぁっ!?それ早く言えよ!!」

 

 当たり前のように異変発生を伝える紫を恨めしげに一睨みし、一夏は脱兎の如く結界へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 聖蓮船は今も尚、目的地へ向かって航行を続け、到着も間近に迫っていた。

そして船の周囲では……

 

「《転覆『道連れアンカー』!!》」

 

「《秘術『グレイソーマタージ』!!》」

 

 霊夢、魔理沙、早苗の三人が聖蓮船の乗組員達と戦いを繰り広げていた。

 

「くぅっ……雲山!!《鉄拳『問答無用の妖怪拳』!!》」

 

「ぬぅううんっ!!」

 

「いくら図体でかくったって、こっちは一夏相手に拳骨攻撃なんて慣れっこなんだぜ!《恋符『マスタースパーク』!!》」

 

 一輪の使役する入道、雲山の巨大な拳と魔理沙のマスタースパークがぶつかり合い、鬩ぎ合う。

 

「《視符『ナズーリンペンデュラム』!》」

 

「《宝塔『レイディアントトレジャー』!!》」

 

「甘いわよ!《霊符『夢想封印』!!》」

 

 霊夢はナズーリンと星の二人掛かりの攻撃を自らのスペルで相殺する獅子奮迅の活躍ぶりを見せる。

 

「ハァ、ハァ……つ、強い」

 

「一人一人が私達と互角以上だなんて……」

 

 霊夢たちの猛攻に星達は一度聖蓮船の付近に集まり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

目的地である魔界の一角、法界への到着まであとわずかというところで躓いてしまったのはかなりの痛手だ。

 

「星……私が合図したら船に飛び込んで」

 

「村紗?何を……」

 

 村紗からの思わぬ言葉に星は思わず大きな声を出しそうになる。

 

「良いから聞きなさい!もうすぐ魔界への扉を突っ切る。そうすればこいつらだって簡単に追ってはこれない。宝刀を持ってるあなたさえ居れば聖は復活できます」

 

「なるほどね。私たちが囮になって星は姐さんの復活……良いわ。その作戦私達も付き合う、良いわね雲山?」

 

「…………」

 

 村紗の意図を読み取り一輪が真っ先に了承し、雲山も無言で頷く。

 

「まったくもう……柄じゃないけど、私もやるよ。一応私だってご主人の部下だからね」

 

「アナタ達……恩に着ます」

 

 さらにナズーリンも賛同の意を示し、星は思わず涙を零しそうになりながらも感謝の言葉を漏らす。

 

「ココで一気に決めるます!!」

 

 直後に村紗は大声でアピールするかのように全員に呼びかけた。

 

「《湊符『ファントムシップハーバー』!!》」

 

「《拳符『天綱サンドバッグ』!!》」

 

「《捜符『レアメタルディテクター』!!》」

 

 3人のスペルカードが一斉に発動し、霊夢たちに降りかかる。

 

「星!行って!!」

 

 そして放たれる合図。直後に星は背を翻し、聖蓮船の内部へと飛び込んだ。

そして直後に船は魔界への結界へと突っ込んでいった。

 

「ちょっと、まさか!?」

 

「魔界に突入する気!?」

 

「まずいぜ。あそこに入られたら追いかけられない!!」

 

 村紗達のスペルを迎撃する中、霊夢達は船の向かう先に気付くが、最早それを追い駆けることの出来る状況ではなかった。

しかし、この時一つの影がこの場へと接近していた。

 

「霊夢、魔理沙、早苗!そこを退け!!」

「「「千冬(さん)!?」」」

 

 その影の正体は千冬。エリザとの戦いを終え、ギリギリの所で霊夢たちの戦いに間に合ったのだ。

 

「クソ、逃がしはせんぞ!(一夏のように上手くいくかは分からんが……やってやる!!)」

 

 魔界へと逃げる船を睨み、千冬は右拳に魔力を一気に込め、直後に振り返り、聖蓮船に背を向けた。

 

「《砕符『デストロイナックル』!!》」

 

 一夏のスペルカードを直接真似て発動される千冬のスペルカード。

拳から放たれる魔力のレーザー砲、その反動で千冬は聖蓮船、そして魔界へ一直線に突撃する。

 

「ちょ!?私、射線上に……ギャン!!」

 

 しかも偶然射線上に居た早苗を巻き込んで……。

 

「あ゛あ゛ーーーーっ!!」

 

 早苗の悲鳴が木霊しながら千冬と早苗は聖蓮船の船腹に突っ込んでしまったのだった。




次回予告

聖蓮船に突っ込み、法界へ突入した千冬と早苗。
そして星は遂に自らと仲間達の悲願を果たし、遥か昔に封印された僧侶、聖白蓮を復活させる。
果たして、千冬と早苗の運命は……。

次回『封印された大魔法使い』

白蓮「ああ、法の世界に光が満ちる……」

今回登場したエリザのスペルカード、反符『リフレクトクリスタル』は青い人さんからの発案です。
青い人さん、スペルカードの提供ありがとうございました。

現在活動報告にてアンケートを実施しています。9月27日が締め切りなので、よろしければご協力お願いいたします。


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封印された大魔法使い

 敵の防衛網を突破した千冬、そしてそれに巻き込まれた早苗は聖蓮船の船腹に派手に突っ込み、船の内部に進入する事に成功した二人だったが……。

 

「あぅぅ……」

 

 早苗は突撃の衝撃で格好悪く目を回している。

いや、これはまだ良い。千冬に至っては…………

 

「むぐぅーーっ!ふぐぉーーっ!!」

 

 床に頭から突っ込んでしまい、見事な犬神家状態になっていた……。

 

「うぅ…………まったくもう、ファンがこんな姿見たら泣きますよ」

 

 意識を取り戻し、早苗は千冬の身体を床から引き抜いた。

 

「ブファッ!す、すまん……最近こんな扱いばっかりだな……私、ヒロインなのに」

 

 最近自分がギャグ担当になってきてる事に千冬は恨めしそうに愚痴る。

というかメタ発言は危険なのでやめろ。

 

「しかし、何なんだココは……」

 

 自分の開けた穴から外を覗きながら千冬は怪訝な表情を浮かべる。

周囲は赤一色に染まり、なんとも形容しがたい斑模様の空間と化していた。

 

「魔界……の筈ですよ。来た事無いから何とも言えないけど……そうだ!あの金髪の虎みたいな妖怪は?」

 

 一通り周囲を確認し終えた後、早苗は敵の中で唯一聖蓮船に乗り込んだ寅丸星の存在を思い出し、彼女を探す。

 

「いた!あそこだ!!」

 

 船首の先に佇んでいる星を発見し、すぐさま二人は星に近付こうと飛び立つ。

 

「遂に……遂に、この時が……」

 

 感動を前面にあらわし、星は手に持った宝塔を高々と掲げ、同時に宝塔は眩い光を発した。

 

「うっ!?……」

 

「何、これ?」

 

 宝塔の光は数秒ほどで消えてしまう。

一瞬コレで終わりかと思う千冬と早苗だったが、直後にそれは間違いだと悟る。

 

「何だ……魔界で、日の出?」

 

 地平線(と呼ぶには語弊があるかもしれないが)の先から上る光が千冬達の身体を明るく照らす。

そして『彼女』は姿を現した。

 

「ああ、法の世界に光が満ちる……」

 

 ウェーブの掛かった金髪に紫のグラデーションの長髪に金色の瞳。

白黒のドレスを身に纏った美麗な顔付きをした美くしい女性だった。

 

「ああ……聖、やっと……やっと……」

 

 現れた女性を前にして星は膝を付いて大粒の涙を流す。

聖と呼ばれた女性は星に近付き、星の手を自らの手で包み込むように優しく握った。

 

「星、アナタが…いえ、アナタ達が私を解放してくれたのですね」

 

「聖……私は、あの時、アナタを見捨ててしまった事を……ずっと」

 

 星の目からは涙が止め処なく流れ、聖はそんな彼女の肩を抱く。

 

「分かっています。だから、今はお休みなさい……その傷を癒すために」

 

 聖がその手を翳すと星は全身の力が抜けたかのように体制を崩してその場に倒れ込み、穏やかな顔で寝息を立てる。

先ほどまでの戦闘で星は既に体力と妖力を多量に消費していたため、聖の治癒魔法を切っ掛けに緊張の糸が解れ、気を失ったのだ。

 

(な、何?この人の魔力……まるでムラを感じない。凄く自然……一体この人は?)

 

「外の世界の方々ですね?はじめまして、私の名は聖白蓮。大昔の僧侶です……いえ、魔法使いと言った方が近いかしら?」

 

 独特な雰囲気に気圧される早苗を余所に白蓮は礼儀正しく頭を下げながら自己紹介をする。

 

「聖白蓮だと!?」

 

 その名を聞いて大きく反応したのは千冬だった。

 

「知ってるんですか?」

 

「慧音から聞いた事がある。千年前、伝説の僧侶と言われた聖命蓮の姉で、高名な僧侶だったが、裏では妖怪を助けていたが為に魔界に封印された魔法使いだ。妖怪僧侶とも言われていたな」

 

「よく知ってますね……」

 

 千冬の解説に早苗は感心と呆れが入り混じった反応を見せる。

 

「これでも一応寺子屋の教師だからな……歴史を教える事もある」

 

「少々誤解があるようですが、私は人間の味方でもあります」

 

 白蓮は穏やかな表情を崩さずに二人の会話にわって入る。

 

「私はかつて人間だった頃、妖怪と接し、気付いたのです。神も仏も妖怪の一種でしかなく、人が妖怪として退治するか神として崇めるかでしかないと。……結局は人も妖怪も神も皆平等なのだと。ですが、当時の人々にそれが受け入れられる事はありませんでした」

 

 悲しい思い出を語るかのように白蓮は淡々と過去を語る。

 

「やがて私は妖怪のために魔法を使い、妖怪との平等な共存を訴えたが為に、人々に忌み嫌われ、アナタの言う通り私はこの法界に封印されたのです。……アナタ達はどうなのですか?」

 

「貴様が平等主義を掲げるのは結構だ。だが、人間と妖怪とでは根本から違う。ある程度区別されているからこそ均衡(きんこう)が保たれているんだ。貴様が無用な混乱を招くと言うのであれば……」

 

 背中に背負う大剣を片手で持ち上げ、その切っ先を白蓮に向けながら千冬は威嚇するように白蓮を睨みつける。

 

「もう一度封印という事も覚悟してもらうぞ」

 

「わたしも大体同じ意見です。妖怪だから仲良くなれないなんて言わないけど、人は人、妖怪は妖怪です!」

 

「そうですか。……千年前より少しは良くなったとはいえ、結局人は私が寺に居た頃と大して変わらない……」

 

 白蓮の身に纏う雰囲気ががらりと変わる。

敵意と言うよりは千冬達に立ち向かう気迫とでも言うべきだろうか?

少なからず戦意に満ちている事だけは明らかであり、それを感じ取った千冬と早苗はそれぞれ身体全身に力を入れるように身構える。

 

「まことに浅薄で浅才非学である!……いざ、南無三!!」

 

白蓮の両手から右手と左手を繋ぐように光の帯が現れ、やがて光は文字となり、光の巻物とでも言うべき形になる。

 

「《魔法『紫雲のオーメン』!!》」

 

 光の巻物の形成に呼応するかの様に降り注ぐ弾幕。

その名に相応しい紫の魔力弾が雨の如く吹き荒れ、千冬と早苗を襲う。

 

「わわっ!?」

 

「初っ端からコレか!?」

 

 一撃目から放たれる高密度の弾幕に驚き、舌打ちする二人だが直ぐに回避と防御に集中して迎撃に移り、迫り来る弾幕を避け、あるいは叩き落していく。

 

「早苗下がれ!《妙技『零落白夜〈波〉』!!》」

 

 早苗に合図すると同時に千冬は大剣を振るって刃状の大型魔力弾を白蓮目掛けて放った。

 

(よしっ!直撃コースだ!!)

 

 放たれた刃は弾幕を薙ぎ払いながら白蓮に向かって猛スピードで飛んでいく。

しかしその一撃を前にしても白蓮に動く気配は無い。

 

「滅!」

 

 独特の気合の一喝と同時に突き出された白蓮の右手が光を放ち零落白夜の刃を掻き消した。

 

「何っ!?」

 

 遠当ての為直接攻撃スペルよりも威力の低いスペルとはいえ威力は十分にある一撃を事も無げに防がれ千冬は内心動揺を隠せない。

 

「それなら、《秘術『グレイソーマタージ』!!》」

 

 千冬の後に続くように早苗はスペルを発動させ、星状に広がる弾幕が多方向から白蓮を強襲する。

 

「無駄です!」

 

 早苗の弾幕から白蓮を守るように彼女の周囲に蓮華の花が咲き乱れ、そこから放たれるレーザーと弾幕の数々が早苗の弾幕を打ち消した。

 

『《魔法『魔界蝶の妖香』!!》」

 

 間髪入れずに2枚目のスペルカードが発動される。

蓮華の花から吹き荒れるレーザーと弾幕の数々が千冬と早苗を的確に狙い、迫り来る。

 

「くぅっ!」

 

「な、何て威力……」

 

 大剣と霊気の障壁で辛うじて弾幕を防ぐ二人だが、表情には焦燥の色が濃くなる。

 

「反撃の隙は与えない!《光魔『スターメイルシュトロム』!!》」

 

 防戦一方になりつつある二人に続けざまに繰り出される新たなスペル。

曲線を描くような変則的な魔力のレーザーが二人に撃ち込まれる。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

「キャアア!!」

 

 防御も虚しく被弾してしまい、二人は悲鳴を上げる。

 

「終わりです!《大魔法『魔神復誦』!!》」

 

 とどめの追撃の様に繰り出される新たなスペルカード。

蓮華の花からロケット噴射のように魔力が噴出し、弾幕が所狭しとばら撒かれ、二人を追い詰める。

 

(射撃じゃとても勝ち目が無い。……かと言ってこいつに近付くとなると……そうだ!)

 

 千冬の頭の中に天啓のように策が閃き、千冬は早苗にのみ聞こえる様に小声で話しかける。

 

(早苗、私が合図をしたら私に向かって撃て)

 

(!?……そういう事。了解)

 

 千冬の意図を察して早苗は霊力を高める。

 

「今だ!」

 

「《奇跡『白昼の客星』!!》」

 

 合図と共に小型の霊力弾が千冬の背後へ集中して放たれた。

 

「ぐっ……生徒の使った戦法を真似るのは少々気が引けるが、捕らえたぞ!《秘技『零落白夜〈双〉』!!》」

 

 背中へのダメージも気にせず衝撃を推進力代わりに千冬は急加速し、白蓮に接近し、千冬は魔力を一気に高める。

 

「ッ……そんな無謀な策で!」

 

 思わず驚愕して面食らう白蓮だがすぐに思考を切り替えて迎撃に移り、弾幕を千冬に集中させる。

 

「ぐぅっっ!」

 

 正面と背後から弾幕の板ばさみを受け千冬は苦悶の声を上げる。

しかし千冬は両腕で頭部をしっかりと防御し、当たる面積を最小限に抑えて弾幕に頭から突っ込み、決定的なダメージを避けながら接近する。

 

「貰ったぁ!!《秘技『零落白夜〈双〉』!!》」

 

 そして射程距離に入ると同時に白蓮目掛けて大剣と魔力の剣を振り下ろした。

 

「…見事!」

 

 千冬の己の肉体を省みぬ覚悟を賞賛しつつ、白蓮は即座に懐から独鈷杵を取り出し、持ち手を柄に見立てて先端から魔力の刃を生成した。零落白夜を受け止めた。

 

(何!?私と同じ様な技を!?……クソ!!)

 

 一瞬驚愕する千冬だが最早後戻りは出来ないとばかりに二刀流の零落白夜による連激を繰り出す。

 

「だぁあああああああ!!!!」

 

「ハァアアアアアア!!!!」

 

 雄叫びを上げるように声を張り上げ、連続してぶつかり合う刃と刃。

その苛烈さは早苗に援護射撃の余地を与えない程だ。

 

「ぬぁああ!!」

 

「墳っ!!」

 

 そして一際大きい衝撃音と共に二人の身体が反発する磁石のように離れる。

 

「く……こんな事が」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で千冬は愛用の大剣を見つめる。

 

「ああっ!?け、剣が!」

 

「今のは正直驚きました。まともに受けていれば無事では済まなかったでしょう。……アナタ達は強い、そして才能も十二分にあります。……だけど今のアナタ達では私に勝つ事は出来ない。基礎的な技量と経験が違いすぎるのです。……降参してもらえませんか?」

 

 千冬に代わって早苗が声を上げる。

大剣は刃先がボロボロに刃毀れして中心から根元近くまで罅(ひび)が入り、最早使い物にならないのは火を見るより明らかだ。

そんな愕然とする二人に追い討ちを掛けるように白蓮は断言する。

 

「クッ……まだです!《奇跡『海が割れる日』!!》」

 

 白蓮の言葉を跳ね除けるように早苗がスペルを発動させる。

 

「あくまで最後まで諦めないのですね。その見事な意気に報いる為、私も本気を出しましょう「《超人『聖白蓮』!!》」

 

 スペル発動と同時に白蓮の身体が発光し、白蓮は自ら早苗の霊力の津波に飛び込み、そして突き破った。

 

「う、嘘!?」

 

「覇ぁっ!!」

 

「ガハァァッ!!」

 

 驚き硬直する早苗の身体に穿たれる白蓮の蹴り。

魔力で強化された肉体の生み出す驚異的なパワーとスピードは早苗に防御することを許さず、早苗は為す術無く吹っ飛ばされ、聖蓮船の船体に叩きつけられた。

 

「早苗!クソ!!」

 

「甘い!」

 

 魔力で剣を生成し、千冬は白蓮に切りかかるがいとも簡単に剣は白刃取りで受け止められてそのままへし折られてしまった。

そしてそのまま白蓮の掌底が千冬の胸板に叩き込まれた。

 

「うぐぁぁっ!!」

 

 早苗の二の舞となり、千冬も船体に叩きつけられてしまう。

 

(く、クソ……私ではどう足掻いても無理なのか?)

 

 自身の不甲斐無さに千冬は唇を噛み締める。

思い起こせば今まで自分が関わってきた異変での自分の戦果はどれもこれも中途半端なものばかりだった。

永夜異変では鈴仙と戦い、追い詰めはしたものの結局は敗北。

大結界異変では咲夜と妖夢を相手に不毛な争いを演じただけ。

守矢神社の一件については土人形相手に勝利したがこれを戦果と呼ぶには微妙だ

逆に弟の一夏は霊夢、魔理沙と並んで異変解決のエキスパートと呼べるほどの実力者だ。

悔しくないと言えば正直嘘になる。

女として守られるのを嬉しく誇らしいと感じる。しかし弟に頼りきりなのは姉としてとても悔しかった。

 

「このままで、終われるか……」

 

「ッ…まだ立ち上がって?」

 

「こんな様にもならん負け方をしたとあっては一夏の姉として、格好がつかないだろうが!!」

 

 気力と執念で千冬は立ち上がり、白蓮を睨みつける。

そして立ち上がったのは千冬だけではない。

 

「私だって、異変の一つも解決できなければ風祝としても一夏君の恋人候補としても相応しくないじゃないですか!!」

 

 好戦的に笑みを浮かべながら早苗も立ち上がる。

 

(何て執念……これ程の精神力を持つ人が現世に存在するなんて)

 

 目の前に居る二人の精神力に驚き、感服する白蓮。やがて彼女は覚悟を決めたように表情を引き締める。

 

「アナタ方の執念は分かりました。ですが私も私を復活させてくれた星達の想いに応えるため、負けるわけにはいかないのです。……次で決めます!」

 

 己の魔力の殆どを攻撃に回し、白蓮は最後のスペルカードを取り出し、そして発動させた。

 

「《飛鉢『フライングファンタスティカ』!!》」

 

 白蓮の背後に現れる羽のような魔方陣から放たれる弾幕が円状に吹き荒れる。

だがしかし、その凄まじい弾幕を前にしても千冬は動かず、自身の左手にありったけの魔力を込める。

 

「これが私の最後(ラスト)の(・)切札(スペル)だ!!《消符『ゼロブレイク』!!!!》」

 

 千冬の左手から放たれる魔理沙のファイナルマスタースパークすら超える極大の魔力のレーザーが白蓮の弾幕を消し飛ばし、白蓮を飲み込もうとする。

 

(……こ、コレは受け止め、いや無理!)

 

 通常これ程の攻撃を前にすれば人間は多少なりともパニックを起こし、身体は言う事を聞かずにその場に硬直してしまうものである。

だが、白蓮は違った。本能で受け止めることが不可能だと察し、白蓮は即座にレーザーの射程範囲外に逃れたのだ。

 

「は、外した……」

 

「そのまま続けて!!」

 

 絶望の色を表情に浮かべる千冬を早苗が一喝する。

早苗の姿はゼロブレイクの射線上にあった。そしてその身体には専用機『非想天則』が纏われている。

 

(いくらISといえど千冬さんのラストスペルを防ぎきる事は出来ない。だけど私の霊力と能力(ちから)を使えば……!!)

 

 覚悟を決めてオンバシラを展開し、早苗は千冬同様ありったけの霊力をオンバシラに込める。

 

「弾き返せ!オンバシラ!!」

 

 強化されたオンバシラが高速回転し、千冬のゼロブレイクを弾き返した。

通常弾き返したレーザーを白蓮ほどの実力者に命中させるのは限りなくゼロに近い。それこそ奇跡的な確率だ。

だが、早苗の持つ『奇跡を起こす程度の能力』と併用させれば、それは決して不可能な事ではない。

 

「そ、そんな事が……アァァァァッッ!!」

 

 千冬の執念と早苗の奇跡の一撃に白蓮は遂にレーザーに飲み込まれた。

 

「ハァ、ハァ……や、やった……コレで、私も…少し、は」

 

 自身が放った一撃が白蓮に命中したのを確認すると同時に魔力を使い果たした千冬は甲板の上に倒れ込んで気を失う。

一方で早苗もまた霊力を使い果たし、フラフラの状態で収束しつつあるレーザーの光を見つめる。

 

「……ぅ…ぁ」

 

「……よかった。間違いなく、伸びてる」

 

 白蓮の気絶を確認し終え、早苗は何とか白蓮を担ぎ上げて 甲板に着地した。

 

(こういう時、パワードスーツって便利よね。……私も疲れちゃった。少し、休もう……後の事は、それから考えれば、良…いし)

 

 激闘を終え、3人の女は川の字に並んで静かに目を閉じている。

その表情は千冬と早苗は勿論の事、敗れた白蓮も穏やかなものだった。

この後、救出に来た一夏達に回収され、星を含んだ全員が永遠亭で治療を受けるのはコレから約15分後の事である。




次回予告

 異変を終え、霊夢達は聖蓮船の者達との対話を果たし、異変は終息へと向かっていった。
その一方で外界では河城重工による計画の第二段階が開始され、IS学園ではある妖怪がある人物へ接触していた。
そしてある女性は自身の愛する者が巻き込まれる陰謀をしる事となる。

次回『計画と妖獣と陰謀と……』

????「あの子猫は元気にしとるか?」


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計画と妖獣と陰謀と

「……うぅ」

 

 白蓮が目を覚ましたとき、視界に飛び込んできたのは病室の天井だった。

白蓮の乗るベッドの近くに設置された数台の椅子には監視を務める霊夢と魔理沙、そして治療を終えて体の至る所に包帯を巻かれ、絆創膏が張られた星の姿がある。

 

「聖!?目が覚めたのですね!?」

 

 白蓮の無事を確認し、星が安堵と喜びの混じった表情を見せ、それを皮切りに村紗や一輪も病室に入ってくる。

 

「アナタ達、皆無事だったのね?でもどうして此処に?……あら?此処は……」

 

 自分の居る場所が法界ではなく病室のベッドの上だと気付き、白蓮は今まで法界に居たはずなのにと周囲を見回す。

 

「あの後、聖と例の二人(千冬と早苗)が聖蓮船の甲板で気を失ってる所を彼女達が救助に来てくれて……」

 

 村紗が白蓮に大まかな事情を説明する。

法界での戦いが、霊夢達は合流した一夏の能力で魔界への結界を素通りして法界に入り、千冬と早苗を救出。

さらに村紗達の助命嘆願に応じ、白蓮と星を保護して現在地である永遠亭まで運んだのだ。

ちなみに、聖蓮船も村紗のコントロールを受けて回収され、現在は永遠亭の上空に浮かんでいる。

そして、白蓮が治療を受けている際に村紗達は現在の幻想郷と外界の実状と一夏達が外界にて行っている活動と調査を大まかではあるが説明を受けていた。

 

「では、その一夏という少年が……」

 

「はい、条件付で私達と彼女達の間を取り持ってくれたんです」

 

「条件?」

 

「ええ、助ける代わりにこちら側とキッチリ話し合えと……」

 

 白蓮の疑問に村紗が答える。しかし、その表情はどこか困惑している様だった。

 

「……どうかしたのですか?」

 

「いえ、ただその……彼の外見が……」

 

「……?」

 

 村紗の口調は妙に歯切れが悪く、星や一輪達も村紗同様顔を顰めている。

そんな仲間達に白蓮は怪訝な表情を浮かべ、平然としている霊夢と魔理沙に目を向ける。

 

「まぁ、もうすぐ来るから。会ってみりゃ分かるぜ」

 

 それだけ言うと魔理沙はドアの方に目を向け、直後に足音が近付いてくる。

やがて病室の前で足音は止まり、扉が音を立てて開く。

 

「よぉ、気が付いたって聞いたから見舞いも兼ねて来させてもらったぜ」

 

「!!?」

 

 扉の先から一夏が姿を見せる。

そしてその姿……性格にはその顔を見た白蓮の表情が固まった。

 

「……命、蓮?」

 

 白蓮の脳裏に懐かしい記憶が一気に湧き上がる。

かつて自分の身が若かりし人間であった時代、幼き頃より共に過ごし、自分に法力を伝え、死を極端に恐れる切っ掛けを作った僧侶としての師にして最愛の弟、聖命蓮と同じ顔がそこに在った。

 

「命蓮…ああ、命蓮っ!」

 

 湧き上がる懐かしさに何かが決壊したかのように目から涙が溢れ出し、白蓮は疲労の残る身体の事も気にせず、一夏に抱きついた。

 

「ぬぉぉおっ!?いいい、いきなり何を!!?」

 

 白蓮の(傍から見て)突拍子も無いその行動に一夏は瞬く間に混乱してしまう。

そしてそんな一夏と白蓮を見て星、村紗、一輪、ナズーリンは「あーあ、やっぱり」と溜息を吐いた。

 

「どうしたんですか?急に騒がしくなって……え?」

 

 さらにトラブルはトラブルを呼ぶかのように近くの病室に千冬、エリザと共に入っていた早苗が騒ぎを聞きつけて部屋に入ってきた。

 

「oh no……」

 

 一瞬にして全身が固まった早苗の姿に、この数秒後に起こる修羅場を想像し、魔理沙は右手で顔を覆って頭を振った。

 

「さ、早苗姉ちゃんっ!?ち、違うんだ!コレは……」

 

「命蓮、命蓮っ……!!」

 

「フフ…アハハハハハ!ソコノ僧侶ノ人、一夏君ニ何シテルノカO・HA・NA・SHIシテモライマショウカ?《秘術『グレイソーマタ……」

 

 そして魔理沙の予想通り、早苗は暴走した……。

 

「ギャアア!!こんな所でスペルカードなんて出すなぁぁ!!」

 

 結局この後、一夏達は10分近く掛けて暴走した早苗を止めるのだった……。

 

 

 

 

 

 同じ頃、外界のIS学園にて1年1組副担任の山田真耶は、駆け足で学園の校門に向かっていた。

事の切っ掛けは数分前、警備主任の者から自分に客人が来たとの連絡が入り、確認するよう頼まれた事が切っ掛けだ。

最初は自分なんかに客人とは一体誰なのかと不思議に感じはしたものの、客の風貌と「二ッ岩と言えば分かる」という伝言を聞き、客の正体が幼い頃から姉のように慕っている同郷の知人だという事を知り、逸早く彼女に会うべく走っていた。

 

「マミゾウさん!」

 

 喜色と懐かしみを顔に浮かべながら真耶は校門前で待つ女性の下へ駆け寄った。

肩の下辺りまで伸ばした長さの茶髪に丸メガネを書け黄緑色の紋付羽織を着た和装の女性だ。

女性の名は二ッ岩マミゾウ。真耶とは子供の頃からの近所付き合いで幼い頃から真耶を妹、もしくは娘のように可愛がってくれている女性だ。

 

「おお真耶、久しぶりじゃのう」

 

 独特の年寄りくさい言葉遣いでマミゾウは真耶を出迎える。

 

「お久しぶりです。でもどうしてココに?」

 

「何、ちょいとばかりココの近くに用事があって、そのついでじゃ。渡しておきたい物もあるしのう」

 

 真耶からの疑問をのんびりとした様子で返しながら、懐から葉っぱの刺繍が入った御守袋を取り出し、真耶に手渡した。

 

「これは?」

 

「ちょっとした御守じゃ。最近はあいえすの業界も物騒になっとるからのう。ま、気休めみたいなもんじゃが持っていて損は無いぞ」

 

「そのために態々こんな所まで……ありがとうございます」

 

 マミゾウからの気遣いに真耶は内心嬉しさを感じる。

幼い頃から真耶はマミゾウによく可愛がってもらっていた。

年齢不詳で年寄りくさい所はあるものの、真耶にとってマミゾウは尊敬する姉のような存在だった。

 

「この後何か予定とかありますか?何でしたら一緒にお茶でもしませんか?」

 

「いや、そうしたいのは山々なんじゃが、この後まだ予定があっての。また今度時間が取れた時にでもな」

 

 申し訳なさそうにに真耶からの誘いをマミゾウは断る。

その後は少しの間雑談を交わしていたして二人だが、やがて時間が流れ、別れる時が来た。

 

「もう時間か、お互いそろそろ戻らんとな」

 

「あ、そうですね。名残惜しいけど……」

 

「何、また会えるじゃろうて。それじゃあまた会おうぞ。たまには佐渡にも戻ってくるようにの」

 

「はい、お元気で」

 

 別れを告げ、真耶は学園へと戻って行き、マミゾウは背を向けて学園から離れる。

 

 

 

「…………そろそろその変化を解いたらどうだ?佐渡の二ッ岩」

 

 マミゾウが学園から離れ、人気の無い場所まで来た辺りで突然ドスの利いた声と共にスーツ姿の女性……八雲藍が姿を見せる。

 

「……おやおや、久しぶりじゃのう八雲の九尾。あの子猫は元気にしとるか?……それで、九尾の狐ともあろう者が儂(わし)に何の用じゃ?」

 

 藍の言葉を皮肉るように返し、マミゾウの姿は一瞬煙に包まれ、直後に別の姿が現れる。

背丈はやや低くなり、顔付きは基本的に先程の姿より少し幼く、服装は羽織から黄土色の無地のノースリーブに、頭には小さな葉っぱを乗せ、そして何より目を引く身の丈程大きく、丸みと太さを兼ね揃えた尻尾。

ココまで来ればその筋の知識を持つ者なら察することが出来る。二ッ岩マミゾウ……彼女の正体は化け狸、日本狸の重鎮であり『佐渡の二ッ岩』の異名を持つ大物妖怪だ。

 

「別にお前に用など無い。内偵の天狗(文)を迎えに来てやっただけだ。……それより、ISなんぞに無縁の貴様が何故此処にいる?」

 

「何、友人に万一の事が無い様、保険を掛けに来ただけじゃよ。人間社会に溶け込んでおると人間の知人や友人も多くての。……ついでにお主等に忠告に来てやったんじゃ」

 

 お互いにそっけなく相手の質問に答え合う。どう見ても二人が親密な関係ではない事は確かだ。

 

「お主等、最近は随分派手に動きまわっとるのう。最近じゃ何処も彼処も河城重工の名が飛び回っとるぞ」

 

「そうだろうな。……それで、忠告とは何だ?宣戦布告でもする気か?」

 

「フン、馬鹿を言うな。神も妖怪も満場一致でお主等の行動を黙認しとるわい。儂は未だしも、大抵の神や妖怪達はあいえすとかいう物には相当煮え湯を飲まされ続けておるんじゃ」

 

 皮肉交じりにマミゾウは吐き捨てる。

外界にも多少なりとも神や妖怪の類は存在し、それらの存在は人間からの信仰心(妖怪の場合は畏怖の念など)で力を保っているが、ISの登場以来世の中は女尊男卑の風潮が広がると同時に女性によるIS開発者、篠ノ之束と初代ブリュンヒルデ、織斑千冬を信仰すると言う宗教まで現れる始末(神奈子達、守矢神社の面々が外界で信仰心を失って幻想郷に流れた一因もISにある程)だ。

さらに世間の目がISにのみ向けられたとあっては妖怪が恐れられる事もめっきり少なくなってしまい、人を驚かす事さえ出来なくなってしまう。

外界の神、妖怪にとってもこれ以上のISの神格化は是が非でも避けたい事である。

 

「河城重工によってISを男女兼用になって汎用性が増せば、ISに対する選民やエリート意識が薄れ、信仰も取り戻しやすくなるという訳か」

 

「ああ、しかし忠告というのはそこではない」

 

 マミゾウは今までの飄々とした様子が失せ、真剣な表情で藍を見詰めて口を開く。

 

「……ココ数ヶ月の間、力を失いつつあった多数の神や妖怪の行方が知れなくなっておる。お主等の暮らす幻想郷に流れたとも思っていたが……」

 

「……それはおかしいな。私や紫様が確認した限りココ最近で幻想郷入りした神や妖怪はそれ程多くはない筈だ」

 マミゾウの言葉に藍は目を細める。

 

「……コレは儂の勘じゃが、そう遠くない内に外界と幻想郷を巻き込んだ異変が起きる。…………最悪、儂とお主が共闘せねばならんかもな」

 

「……笑えん話だ」

 

 皮肉気に苦笑いを零すマミゾウに藍は溜息混じりにそう呟いた。

 

「儂もそう思うわ」

 

 マミゾウのその言葉を最後に二人はどちらからともなくその場を立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 そして場所は再び永遠亭。

一夏達は漸く早苗と白蓮を落ち着かせていた。

 

「ぜぇ、ぜぇ……二人とも、落ち着いたか」

 

「「はい。……すいませんでした」」

 

 息切れしながらも割りと凄い剣幕になりつつある一夏の言葉に二人はしっかりと頭を下げて謝罪した。

 

「……でも、本当にそっくりですね」

 

 一夏を見ながら星が呟く。

 

「そんなに似ているのか?」

 

「ええ、昔死んだ弟にとても……」

 

 一夏の疑問に白蓮は感慨深く答える。目尻にはまだ涙の跡が残っている。

 

「あったよー、例の似顔絵」

 

 ナズーリンが一枚の紙を手に持った状態で室内に入り、それを一夏達に見せる。

 

「……うわっ!?そっくりだぜ!」

 

 開口一番に魔理沙は驚きの声を上げる。

他の者も一夏と似顔絵を見比べては驚き、白蓮や星たちの反応に納得する。

 

「マジかよ……コレ、俺じゃなくて本当に他人の空似?」

 

「これは間違えても仕方ないかも……」

 

 紙に描かれている命蓮の似顔絵は一夏と瓜二つ……それこそ双子と呼んでも差し支えない程にそっくりだった。

 

「ええ、先程アナタの顔を初めて見た時、本気で命蓮が生き返ったと思ってしまいました」

 

 一夏から似顔絵を受け取った白蓮は悲しげな表情を浮かべながら星達に似顔絵を大事に保管するよう命じて一夏達に向き直る。

 

「……それで、本題だけど、お前等はこれからどうするつもりなんだ?」

 

「ええ、やはり私達の目的は人と妖怪の平等な共存です。だけど、あなた達を見て今のこの世界(幻想郷)は魔法などが私が封印された頃よりも受け入れられているようですし……」

 

「それじゃあ、一度幻想郷を見て、それからゆっくり決めたらどう?私も態々封印しなおすとか面倒だし、第一悪人でもない連中を封印するのは流石に夢見が悪いし」

 

 霊夢からの提案に白蓮は穏やかな笑顔で頷き、承諾の意を示した。

そしてそれは対話が思いの外穏便に済んだ事を示していた。

 

「あ、あのさ。一つお願いがあるんだけど、良いかしら?」

 

 白蓮との会話が(思った以上に早く)一区切り付いた直後、一輪が口を開いた。

 

「そこの巫女と魔法使いにはもう言ったんだけど、エリザ……今、別の部屋で治療を受けてる私の眷属の人間なんだけどさ、彼女外界の出身で向こうの方に娘を置いてきてるのよ。あなた達が外界の方で活動してるって言うならエリザを娘さんに会わせてやってくれないかしら?」

 

 一輪は深々と頭を下げて一夏達に懇願する。

 

「ゴメン、面倒掛けると思うけどお願いするわ。エリザは態々私達に付き合ってくれたのよ。地底から開放されればすぐにでも帰る方法を探す事も出来たのに……」

 

「それぐらいお安い御用だぜ。なぁ、一夏?」

 

「ああ、仕事は増やしてしまうけどな」

 

 魔理沙は気風の良い笑みを浮かべて一輪の頼みを快諾し、一夏もそれに苦笑しながらも賛同した。

 

「ありがとう。恩に着るわ」

 

 一輪はより一層深く頭を下げて感謝する。

一輪だけではない、雲山や村紗、星達も同様に一夏達に感謝の意を示したのだった。

 

「それで、その娘さんの名前と出身地は?」

 

「確か、場所はフランスで、名前は…………」

 

 

 

 

 

「紫様、ただいま戻りました」

 

「おかえりなさい。……で、首尾はどうだった?」

 

 河城重工の社長室にて、帰還した藍を紫は出迎え、商談と調査の結果を確認する。

河城重工ではISの操縦スーツだけでなく、ISの武装(主にビーム兵器)の設計、開発もしており、それを各企業に売却する事で利益を得ているのだ。

(ただし、売却する兵器の設計図は試作機などが殆どであり、一夏達の専用機には最新式を使用している)

 

「はい、日本の倉持技研、イギリスの○○社、オーストラリアの○○重工との商談は成立。しかし、案の定と言いますか、女尊男卑が激しい企業の殆どは断固として此方からの商談を拒否しています。特に、フランスのデュノア社はそれが顕著ですね」

 

 報告書を紫に手渡し、若干呆れ顔になりながら藍は話を続ける。

フランスのデュノア社はIS業界では上位にランクする企業ではあるものの、近年ではかつての勢いは全く無くなり、E.U.が主導するイグニッションプランからも落選した落ち目の企業だ。

最早現状の所有技術で建て直しは見込めないだろう。

そんな企業が今までに無かった新たな技術(ビーム兵器)の買取を拒否するというのだ。

技術が増えれば利益を上げて自社を立て直す事が出来る可能性を自ら棒に振るのは自殺行為だ。

 

「業績が落ちた原因は、やっぱり社長婦人ね」

 

「ええ、社長のセドリック・デュノアが企業の手綱を握っていた頃は、業界でもかなり猛威を振るっていたのですが、現在は婦人であるクローデット・デュノアが会社を乗っ取ったのを切っ掛けに業績は一気に落ちています。一応それの裏付けも取れていますが……まったく、とんだ毒婦ですね。女尊男卑主義者の過激派を体現したような女ですよ」

 

 溜息を吐きながら藍は内心でセドリック・デュノアに同情を感じ、調査報告書に備え付けられたクローデットの写真を破り捨ててゴミ箱に投げ捨てた。

 

「それと、射命丸の調査ではセドリック・デュノアの愛人の子供がフランス代表候補としてIS学園に転入するとの事ですが……」

 

 藍は懐から転入生の写真を取り出し、紫に見せる。

写真には中性的な外見をした金髪の人物がIS学園の男子制服を身に纏った姿で移っていた。

 

「あら?この子……」

 

「ええ、男装してはいますが、れっきとした少女です」

 

「……きな臭いわね」

 

 紫は写真を見詰めながら目を細める。

女尊男卑主義者の巣窟になっているデュノア社から男装した女がIS学園に……ハッキリ言って妙な企みがあるのと考えるのが自然だ。

 

「目的は大体見当が付きますが、調査しますか?」

 

「お願いするわ」

 

 報告書を机の上に置き、紫は静かに調査を命じる。

 

「あと、外界(こちら)側の妖怪(二ッ岩マミゾウ)から聞いたのですが……」

 

「それは私の方にも話が来てるわ。ココから少し離れた神社の下級神からね。『顔馴染みの下級神の行方が分からなくなった』って」

 

「……そうですか」

 

 外界での怪現象に二人は神妙な面持ちになり、暫くの間重苦しい沈黙がその場を支配するのだった。

 

 

 

 

 

「何にせよ、異変が大事になる前に事が済んで良かったよ。まぁ、異変って言えるのか分かんないけど」

 

「……そうね」

 

 永遠亭の廊下で一夏は早苗に話しかけるが早苗は素っ気無く返事をして拗ねる様にそっぽを向く。

 

「……どうしたの?」

 

「別にぃ……せっかく初めて異変解決したのに目が覚めたらあんな光景見せられたからって拗ねてる訳じゃないんだから」

 

 遠まわしに先程白蓮に抱きつかれた事が不満だと言う早苗に、一夏は困り顔で溜息を吐く。

 

「……悪かったって。何か一つお願い聞いてあげっから機嫌直してよ」

 

「……何でも?」

 

 一夏の言葉に早苗はピクリと反応する。

その目は何かを閃いたように光っていたが一夏からは死角になって見えない。

 

「う、うん。出来る範囲でなら」

 

 そしてこの言葉を言ったのが一夏にとって最大の不覚だったのかもしれない。

 

「それじゃあ、今からする事に一切抵抗しないでね♪」

 

「へ?」

 

 直後に早苗は一夏の顔をガッチリとホールドするように両手で掴み、自分の顔の方に引き寄せてそのまま唇にキスをした。

 

「んんんんっぅぅうぅっ!??!?」

 

「ぷはっ……抵抗しないって約束でしょ?せっかく異変解決したんだもん。ご褒美ぐらい、良いでしょ?」

 

 早苗の姿と声色は、今までに見た(聞いた)事が無い程に色っぽく、官能的だった。

 

「だから、ね」

 

「何がだから?んむぅぅっ!?」

 

 間髪居れずに再び早苗は一夏の唇を奪う。

しかも今度は舌まで入った濃厚なものだ。

 

「んんっぅ〜〜〜〜!!(こ、これはヤバイって!だけど言う事聞くって言っちゃったし……)」

 

 変なところで律儀な一夏少年だった。

しかし、そんな二人の甘くて酸っぱい一時も唐突に終わりを告げる。

 

「さ、な、えぇ……貴様ぁぁ……」

 

「ち、千冬姉!?」

 

 白蓮との戦いでの怪我とラストスペルの使用で全身疲労で療養中の千冬が松葉杖を突きながら現れた。

 

「抜け駆け何て言わないでくださいね。こんなのやったもん勝ちですから」

 

 疲労困憊のブリュンヒルデなど恐るに足らずとばかりに早苗は再び一夏にキスをする。

 

「き、貴様…………だったらこっちだってなぁ!!」

 

 疲労でまともに動かない身体に鞭打ち、千冬は一夏を早苗から引き離すように飛びついた。

というか一夏の方に倒れ込んで押し倒したと言った方が正しいだろうか?

 

「早苗にしたんだから、私にもご褒美をくれたって良いよな?」

 

 そしてそのまま千冬も一夏にディープキスをかました。

 

「むぐぅぅぅ〜〜〜〜〜っ!!?!?」

 

「ちょっと!横から入るとか、キスの味が変わっちゃうじゃないですか!!」

 

「やかましい!お前より私の方が重症なんだからこっちを優先にしたって良いだろうが!!」

 

 千冬を一夏から引き離そうとする早苗に、怪我と疲労で体力に劣る千冬は恥も外聞も無く一夏にしがみ付いてそれを阻止する。

 

「ええい!さっさと諦めて離れろ!!」

 

「そっちが離れなさいよ!全身疲労なんだから無理せず入院してなさい!!」

 

「……誰か助けて」

 

 自分の真上で組んず解れつな姉と幼馴染に一夏の小さな悲鳴が溶けていった。

結局二人の争いはこの後永琳に鎮静剤を打たれて漸く収まり、二人は丸一日の間仲良く入院するのであった。

 

 

 

 

 

 そして時間はあっという間に流れ、連休は最終日となった。

異変発生からコレまでの間、白蓮達は1000年前と変わった幻想郷を知り、多少区別はされつつもしっかり共存できている人間と妖怪の関係に満足し(同時に外界での男女差別という大きな問題に対して酷く嘆いた)、今後はより一層平等な関係でいられるよう人里の近くで寺を建て、命蓮寺と名付けた。

 

一夏と千冬は万屋の仕事を一時再開して依頼や書類の片付けに奔走。

その他の仲間達もそれぞれの居場所でそれぞれの時間を過ごすのだった。

 

 そしてこの日、河城重工によって新たなIS操縦スーツ『汎用操縦スーツ』が発表された。

汎用操縦スーツ……このスーツはISへの適正の低い者の為に使用される特殊スーツであり、ランクE〜Dの者でもこのスーツを着用すればCランク並の操縦適正を得る事が出来る。

このスーツの発表により河城重工は今まで低かった女性からの支持を得る事に成功、IS業界内での地盤をより固めていく……。

 

 

 

「これは、本当なの?」

 

 命蓮寺の一室にて、自身の娘の現状が書かれた報告書を読み、エリザは目の前に居る千冬に訊ねた。

 

「ああ、間違いない。まさか、アナタの娘が……」

 

 藍から貰い受けた報告書を片手に千冬も苦々しい顔付きになる。

エリザの娘は今、とある企業の陰謀に巻き込まれていた。

それも非常に胸糞悪いものだ。

 

「私達にも協力できる事があれば是非言ってください。助けと必要としている子を放ってはおけません」

 

「私も、眷属の家族を放ってはおけないわ」

 

「聖がやるというのなら私達も協力しない訳にはいきませんね」

 

「……ありがとうございます」

 

 千冬と仲間達からの気遣いと優しい言葉にエリザは深々と頭を下げ、直後に拳を握り締めて決意を固める。

エリザの手は震えていた。娘が陰謀に巻き込まれたことへの不安、そして巻き込んだものへの怒りに……。

 

「シャルロット……必ず助けてあげるから、待っていて」




おまけ

 目当てにしていた宝船だったが、その目論見は見事に的を外し、風呂敷代を損しただけという結果だけが残った霊夢は……。

「ねぇねぇ魔理沙。この風呂敷結構大きくて便利なんだけどさ、2千円で買わない?」

 何とかして損害額を取り戻そうとしていたが……。

「寝言は寝て言え」

 当然、そんな事が上手くいく訳が無かった。

「うぅ……さようなら、お金持ち。そしてこんにちわ貧乏……」

 霊夢の財政難はまだまだ続く(笑)。





次回予告

 連休が終わり、学年別トーナメントを控えたIS学園にフランスとドイツの代表候補、そして見事最終試験をパスした弾が転入してくる。
陰謀に巻き込まれ、自由を失った少女は幻想郷に生きる者との出会いで何を得るのか?

次回『覚悟の有無』

咲夜「自由や平穏は貰うものじゃない、勝ち取るものよ。被害者面してるだけでは絶対に得る事は出来ないわ」

※本作において真耶は新潟県佐渡島出身と言う設定です。
また、文は他のメンバーと違い、学園内の調査のため半日ほど遅れて幻想郷に戻っています。


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デュノア社騒乱
覚悟の有無(前編)


 河城重工地下アリーナ……ココではIS学園推薦入試枠と専用機のテストパイロットを賭けた最終試験が行われていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 訓練用に倉持技研から使用料を支払って2機だけ製作した改造型の打鉄を身に纏い、弾は対戦相手の男と睨み合う。

この戦いの勝者はIS学園への編入を推薦され、さらにその編入試験に合格すれば開発予定の量産機のプロトタイプ、実質専用機を与えられるのだ。

既に試合開始から30分近くが経過し、

 

(自分でもびっくりだ。まさか俺なんかが、一夏に一対一(サシ)で鍛えてもらったとはいえ、ココまで上り詰める事が出来るなんて……)

 

 内心で湧き上がる高揚感を感じながら、弾は冷静に相手の動きに細心の注意を払い、一方で闘志は音を立てて熱く燃え上がる。

ココに来るまでの壁は決して低くも薄くも無かった。

座学テスト、基礎身体能力テスト、勇儀と萃香の二人を相手に組手(何分耐え切れるかを競うもの)、そして今、彼は念願への第一歩であるIS学園への入学権を目の前にしている。

 

(勝てばIS学園入学(出来るかもしれない)。それはつまり……美鈴さんとお近付きする事が出来る確率が大幅アップって事だよな!?俺は……俺は…………)

 

 恋は人を変えるという事だろうか。そういう意味で彼は、魔理沙に恋して結構アグレッシブになった更識簪の同類と言って差し支え無いだろう。

 

「うおおおおぉッ!!」

 

 対戦相手の青年が意を決して弾に飛び掛り、近接戦用のブレードで斬りかかる。

迫る対戦相手を前に弾は一瞬、時間にして約0.2秒程軽く目を閉じる。

 

「俺は、勝つ!!」

 

 直後に目を”カッ”と見開き、自らもブレードを展開してカウンターの要領で弾き返す。

しかし相手も伊達に最終試験にまで残っているわけではなく、即座に体勢を立て直して再びブレードを振りかぶる。

 

「今だ!」

 

 刃が振り下ろされるその刹那、弾は飛び込むように相手の懐に入り相手の右腕を掴んでアームロックの体勢で関節を極める。

 

「どぉりゃああぁぁっ!!」

 

 そしてその体勢のまま勢いを付けて相手を投げ飛ばした。

 

「ぐぅっ……こ、この程度!」

 

「コレで終わると思ってんのか!?」

 

 投げ飛ばされた対戦相手は受身を取って着地しようとするが、弾は相手が着地する地点目掛けてブレードを投げつける。

 

「ぬぉっ!?」

 

 思わぬ追撃に対戦相手は慌ててスラスターを吹かし、空中で制止し投擲された剣を回避する。

しかし、これこそが弾の狙いだった。

 

「捕らえたぜぇっ!!」

 

 空中で制止する相手の更に上空に弾は既に先回りし、降下と同時に相手に蹴りを連続して叩き込む。

 

「うぐぁっ!!」

 

 呻き声を上げて相手は落下し、アリーナの床に叩きつけられる。

そしてその真上で弾はアサルトライフルを展開して一気にトドメと駄目押しに掛かる。

 

「これでも、喰らいやがれぇぇ!!」

 

「う、うわぁぁっ!!」

 

 『泣きっ面に蜂』という諺を体言するかのように降り注ぐ銃弾の雨に対戦相手は為すすべなく飲まれてしまう。そしてそれは勝敗が決した瞬間だった。

 

『試合終了――――勝者、五反田弾』

 

「か、勝った………クク、ハハハ……勝ったぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 試合の勝敗を告げるアナウンスがアリーナに流れ、直後に一瞬の間をおいて弾が叫び声をあげる。

ただのバイト志望から成り上がり、専用機持ちにまで上り詰めた喜び、そして己の初恋成就への第一歩を踏んだと言う事実を噛み締めた勝利の雄叫びを……。

 

 この翌日、弾には専用機が与えられ、約一週間の慣熟訓練を受けた後、IS学園への編入が決定した。

 

 

 

 

 

「ま、参ったわ。もう勘弁して」

 

「フン、雑魚が……」

 

 IS学園の剣道場で行われる剣道部の朝練での模擬戦で部員の少女が尻餅をついて弱々しい声を上げる。

彼女の目の前には殺気立った雰囲気を出しながら仁王立ちする箒の姿があった。

 

「篠ノ之さん……やり過ぎだよ」

「何よアイツ、あんな真似して停学になったくせに剣道部のエース気取りな訳?」

 

「ちょっと中学の頃に大会で優勝したからって好い気になって……」

 

「私、剣道部辞めようかな……もう嫌だよ、あんな人と一緒に部活やるの」

 

 周囲から小声でヒソヒソと声が囁かれる。

先のクラス対抗戦で箒は独断による問題行為から停学処分になり、それ以来彼女の評判はガタ落ちだった。

箒の行動に関しては大っぴらに公表はされていないものの、彼女の行動を目撃した者も数人存在し、加えて箒の停学処分……事実が噂となって学園中に広がるのに大して時間は掛からず、最近では箒への陰口が学園を飛び交っている。

「クソッ!どいつもこいつも……」

 

 自分の陰口を叩く者達を箒は一睨みすると、その鋭い視線に周囲の女子達は揃って目を逸らす。

 

(フン!陰口叩くしか能の無い弱者共が……腹立たしい。それもこれも皆アイツ等の所為だ!!)

 

 箒の脳裏に浮かぶ河城重工の面々、そして顔も分からぬ一夏の恋人。

行方不明になった一夏を助けてくれた事は感謝するが、連中の所為で優しかった筈の一夏は変わってしまった…………箒はそう考えている。

小さい頃から一夏はとても優しかった。箒にとっては子供の頃、自分に優しくしてくれた一夏こそが一夏本来の姿だった……。

しかし現実(いま)の一夏は……

 

「一夏さえ、一夏さえ元に戻せば……」

 

 唇を噛み締めながら箒は一人孤独に更衣室へ向かった。

今の彼女には一夏と自分以外殆ど何も見えていない……。

 

 

 

 

 

『目的は、分かっているだろうな?』

 

「……分っています」

 

 空港内に一人の少女が携帯電話を耳に当てながらベンチに腰掛けている。

その表情は決して明るくなどなく、寧ろ悲壮感が滲み出ている。

 

『では、抜かりの無いようにな……』

 

「……はい」

 

 電話越しに流れる声が途切れ、少女は持参した荷物を覗き込む。

バッグの中には一夏の物と同じIS学園男子制服が入っていた。

 

「何で、こんな事になったんだろう……」

 

 虚空を見つめ少女はぼやく。

 

 彼女はつい最近まで父の顔を知らず、母親と二人暮しだった。

しかし、それを不幸に感じた事は一度も無い。母との生活は、慎ましくも平穏な心安らぐ日々だったのを今でも覚えている。

しかし、そんな幸せな日々は、突然すぎる母の訃報によって跡形も無く崩れ去った。

死因は轢き逃げ事故……犯人は逃亡し、母の身体は撥ねられた際に近くの川に落下し、そのまま遺体は見つからなかったという。

余りにも現実味を欠いた物事の連続に悲しむ暇も無く母の葬式が始まり、突然現れた父の使いと称する黒服の女に連れられたのは父の経営するデュノア社。

そこで初めて自分はデュノア社社長、セドリック・デュノアとその愛人だった母との間に生まれた子供だと知った。

訳も分からぬままに社長婦人に『泥棒猫の娘』と罵倒され、IS適正の高さからISのテストパイロットを強制された。

平穏な日々から一転して敵意の視線の中での押し付けられた仕事を淡々とこなさなければならない日々。

しかしそれが出来なければ自分は捨てられてしまう。そうなったが最後、生活基盤も何も無い自分は身体を売って無様に生き永らえるか野垂れ死ぬしかない。

そんな時、突然父から直々に入った『男装してIS学園に編入し、織斑一夏とその専用機のデータを盗め』という命令。

男性でもスーツを使えば操縦可能になった今、何故そんな真似をしなければならないのかは分らないが、結局自分に断る事など出来ず、日本へ送り込まれた。

 

「ボクは、どうすればいいの?教えてよ、お母さん……」

 

 目から一筋の涙を流しながら金髪の少女、シャルロット・デュノアは悲痛な声で呟いた。

 

 

 

 

 連休が明けて九日程が過ぎた頃、IS学園校舎内に設けられた大型掲示板には一週間後に控えた学年別トーナメントの案内が出ていた。

当初、トーナメントでは前回のクラス対抗戦のような不慮の事態に備えて二人一組のタッグマッチで行うと予定であった。

しかし、それとは別に今年の一年生に関して問題視されたことがあった。それは河城重工所属の者達の戦闘力の高さだ。

誰もが知る通り河城重工に所属する一夏を始めとする者達の戦闘力は代表候補を遥かに上回り、国家代表にも匹敵するという噂が流れている程だ(当然実際は国家代表をも軽く超えている)。

そこで問題になるのは一年生のトーナメントへの参加意欲の低下だ。

専用機持ちの代表候補生や、河城重工を激しく敵視している女尊男卑主義者ははともかく、一般生徒にとって一夏達は勝つ事はおろか一矢報いる事も夢のまた夢と言う雲の上の存在だ。

 

そこで、教師陣は一つの解決策を出した。

まず、ダッグマッチ制は取り消し、同時に河城重工所属の一夏、レミリア、咲夜、美鈴、文、椛、早苗、アリス、魔理沙、妖夢の10名の出場を停止し、当日の会場警備を担当させる事にした。

そしてトーナメント上位5名には一夏達10名の内の誰かとエキシビジョンマッチで対戦する権利を与えるという方法を取った。

この処置により、学園は会場の安全と一年生の出場意欲の確保に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 そしてこの日、一夏の所属する1組ではある変化が起きる事となる……。

 

「今日は転校生が来ます!しかも三人も!!」

 

 いつも通りSHRが始まり、開口一番に真耶はそう告げ、生徒達(一夏、レミリア、咲夜除く)はざわめき始めるが、千冬の一喝で静けさを取り戻し、直後に真耶が合図をして三人の生徒が入ってきた。

 

「え、えぇ!?」

 

「だ、男子が……二人?」

 

 一人目は長い金髪を背中で束ねたスマートな少年。

二人目は赤毛にバンダナを巻いた少年、河城重工所属のテストパイロットで一夏の友人、五反田弾。

そして三人目は長い銀髪と片目を覆う眼帯が特徴の小柄な少女だ。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。日本の事はよく分からないので、慣れないこともありますがよろしくお願いします」

 

「五反田弾だ。河城重工でテストパイロットをやってる。データ収集も兼ねてココに通うことになった、これからよろしくな!」

 

『キャアアア!二人とも美系!!』

 

『守ってあげたくなっちゃう!!』

 

『もう一人は織斑君とは違う意味でワイルド!!』

 

 微笑みながら無難に自己紹介するシャルルと快活な笑みを見せる弾にクラスの女子達が一斉に沸きかえって黄色い声が教室中に広がる。

 

「黙っていろ!グラウンドを20周走りたいのか!?」

 

 再び千冬の一喝が教室内の騒ぎを鎮める。

騒ぎが収まったのを確認し終え、千冬は銀髪の少女へ目を向ける。

 

「(まったく、昨日は激しかったから眠いのに)……ボーデヴィッヒ、自己紹介しろ」

 

「はい、教官!」

 

 千冬の指示に敬礼しながら銀髪の少女は答える。

 

「ここでは織斑先生だ」

 

「はい!」

 

 軍人然とした態度に若干引き気味な周囲に目もくれず銀髪の少女は冷めた目をしながら生徒達の方へ向き直る。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。……以上」

 

 余りにも淡白かつ簡潔な自己紹介に周囲は呆然とする。

いや、レミリアと咲夜だけは呆れた表情を浮かべ、一夏の方は……

 

「zzz…っ……あ゛ぁ〜、眠ぃ」

 

 昨夜河城重工での書類整理や整備などの雑務を手伝って疲れ始めた所を、千冬共々ビタミン剤と間違えて興奮剤を飲んで姉弟揃って発情してしまい、そのまま千冬とヤりまくった疲れからいびきを立てて寝ていたが、何とか目を覚ます。

疲れた所で興奮状態になって激しい性交を連続してすれば流石の一夏も疲れきってしまう。

千冬も自分が原因の一端である以上、大っぴらに諌める事も出来ず、HR中は黙認していた。

 

「っ!……貴様がっ!!」

 

 しかし、そんな一夏の存在を確認するや否や、ラウラは彼に近付き、そのまま左手で一夏の顔を殴ろうとする、が……

 

「ガアァァッ!!?」

 

 悲鳴を上げたのはラウラだった。

ラウラの平手が一夏の頬を張る前に一夏はラウラの振り上げた腕を素早く掴んでアームロックに固めて床に押さえつけたのだ。

 

「お、折れるぅぅぅっ!?」

 

「あ!す、スマン……やりすぎた」

 

 余りに予想外な反撃にラウラの身体は無防備状態であり、その上一夏のパワーが加わった強烈な関節技(サブミッション)にラウラは苦悶の声を上げ、そこで一夏は漸くまどろみから覚め、ラウラの腕を開放した。

 

「ぐぐっ……み、認めない、貴様があの人の弟などと」

 

「いきなり殴りかかってきておいて随分な言い草だな、オイ。まぁ腕の事は悪かったが」

 

 涙目になって睨み付けるラウラに呆れがちに一夏は反論する。

そんな二人の間に割って入るように千冬は近付く。

 

「ボーデヴィッヒ、あまり身内贔屓の様な事は言いたくないが、今の行為は代表候補としても軍人としても恥ずべき行為だ。今回は実害が無いから見逃すが、今後同じ様な真似をすれば何らかの処罰を与える。肝に銘じておけ。あと織斑、お前も咄嗟の事とはいえもう少し穏便に済ませろ」

 

「……了解しました」

 

「分かった」

 

 千冬からの注意を受けて二人はそれぞれの席に座る。

最も、ラウラはこの後、授業が始まるまでずっと一夏に殺気を送り続けていた。

 

 

 

 

 

「あれが例の男装少女、流石に素人程度は騙せるレベルの変装ね……私達には丸分かりだけど」

 

「ええ……」

 

 騒ぎの余韻が残る教室内でレミリアは小声で呟き、咲夜はそれを返す。

小声と言う点を除けばある意味大胆な行為だが他者の視線は一夏とラウラに向けられているので意外と気付く者はいなかった。

二人の視線の先にいるのはシャルル・デュノア……本名、シャルロット・デュノアだ。

彼女こそが前回の異変の際、千冬と戦ったエリザの実の娘だ。

 

(…………確かに、彼女(エリザ)の娘だ。よく似ている)

 

 千冬もシャルロットの方をドサクサ紛れにちらちらと彼女の事を見ている。

 

「千冬、芝居下手ねぇ……状況が状況じゃなかったら一発で怪しまれるわよ」

 

「……まったくですね」

 

 冷めた視線を向けながら千冬の演技力を酷評するレミリアに咲夜は苦笑いしながら肯定する。

 

「……お昼辺りに仕掛けましょう。千冬からも早い内にやってくれと頼まれたので」

 

「へぇ、千冬がアナタにね。珍しい……」

 

 (恋の)ライバルであるはずの咲夜に千冬が頼み事をするという珍事にレミリアは目を丸くする。

 

「『私は演技が下手だからボロが出ない内に』……との事です」

 

「……自覚あったのね」

 

 レミリアの呆れ声と共に二人は会話を打ち切り、1限目の授業を受ける準備のため、更衣室へ向かった。

 

 

 

 

 

「まさかお前と同じクラスになれるなんてな」

 

「ああ、学園側は俺やお前みたいな男や専用機持ちの代表候補を一箇所に集めて監視しやすくしたいんだよ。それにしても、よく最終試験パスできたな」

 

 SHRが終わり、更衣室に向かいながら一夏と弾は会話を交わす。

二人とも再び同じ学校に通うことが出来るようになったためか、表情は柔らかい。

 

「お前に鍛えてもらったからな。アレからかなり成績上がってさ、正直自分でも吃驚って感じだ」

 

「それもあるだろうけど、一番の理由は美鈴だろ?」

 

「え!?い、いやその……それはだなぁ……」

 

「顔真っ赤だぞ、お前。……安心しろ、彼女フリーだから」

 

「ま、マジでか!?」

 

 あからさまに動揺してみせる弾に一夏は愉快そうに笑い、弾にとって超が付くほどの吉報を教え、それに過敏に反応して弾は顔に喜色を浮かべる。

 

「あ、あの……織斑君と五反田君だよね?」

 

 そんな二人に背後から控えめに声が掛けられる。

声の主は三人目の男性パイロット(という事になっている)、シャルルだ。

 

「ああ。確かシャルルだったな?……これから男同士よろしくな」

 

「う、うん。よろしk……」

 

「おい、そろそろ行かないと……」

 

 挨拶を交わす弾とシャルルを尻目に一夏は廊下の先に目を向ける。

二人は一夏の行動に怪訝な表情を浮かべるが、直後にその行動の意味を思い知る事になる。

 

「あ!噂の転校生二人組発見!!」

 

「しかも織斑君も一緒よ!!」

 

 突如として別のクラスの女子達が一夏達に殺到し、その場は一気にカオスと化した。

 

「逃げるぞ!」

 

 一目散に更衣室に向かって走り出す一夏。それに追従するように弾とシャルルも走り出す。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

「何で皆こんなに騒いでるの?」

 

「男が俺達だけだから男に餓えてるんだろ。スピード上げるぞ!付いて来れなくても文句は言うなよ!」

 

 説明終了と同時に一夏は走るスピードを速め、一気に女子たちを引き離す。

弾とシャルルは一夏のスピードに少し驚愕するが、直後に気を取り直して訓練で鍛えた身体能力を活かし、一夏のスピードに付いていく。

 

「お?二人とも結構足速いな」

 

「誰に鍛えられてると思ってんだ?鬼教官二人から毎日扱かれてたんだぜ」

 

「ぼ、僕も実家のほうで結構訓練受けてきたから」

 

 一夏の言葉に弾は自慢げに、シャルルは少し気を落としたような声で返す。

 

「それより一夏、お前武術部って部活やってんだろ?それ今からでも入れるか?『向こうでちょっとでも鍛錬をサボったらぶちのめす』って勇儀姐さんと萃香さんに脅されてんだよ」

 

「おう、前回以上に扱きまくってやるよ」

 

 冷や汗を掻く弾に一夏はニヤリと笑いながら、入部を承諾したのだった。

数分後、いよいよ弾とシャルルにとって初の授業が始まる……。

 



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覚悟の有無(中編)

予想以上に長くなってしまい、3編に分けました。

先に言っておきます。
ラウラファンの方、ごめんなさい!!

そして椛のキャラが崩壊してるかも?


 女子たちの追っかけを振り切り、一夏達三人は何とか遅刻する事無くグラウンドに到着した。

 

「全員揃ったようだな。今回はまずこちらが指定した二人と模擬線を行う。……織斑、前へ出ろ」

 

 千冬の指示に従い、一夏は他の生徒達より前に出て千冬の隣に立たされる。

 

「全員知っているだろうが、織斑は正式な訓練を受けており、実力もそん所そこらの代表候補程度では一撃も与えられん。……もう察しは付いただろうが、一人目の対戦相手は織斑だ、そしてもう一人は……」

 

「ひゃぁぁぁ!!ど、退いてください〜!!」

 

 千冬の言葉を遮るように悲鳴が響く。

振り向いた生徒達の視線の先からはラファール・リヴァイヴを装着した真耶が落下してくる。

制御が上手くいっていいないのか、落下地点は予定を大きく外れている。

このままでは地面に落下するのは時間の問題だ。

ISを装着しているので致命傷を負う心配は無いだろうが落ち方が悪ければ骨折の危険はあるだろう。

そんな中、一人の人影が瞬時に専用機を展開して飛び上がった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがとうございます、犬走さん……」

 

 専用機『白牙』を身に纏い、椛は地面に激突する寸前の真耶を抱えて救助する。

 

「もう一人は…彼女、山田先生だ」

 

 呆然とする生徒達を千冬の言葉が現実に引き戻す。

 

「お前達はそれぞれ二人一組になって戦ってもらう。ただし、制限時間は一戦につき5分、それ以前に決着が付きそうなのであれば私が止める。……だれか対戦相手に立候補する者は?」

 

「「私がやります!!」」

 

 真っ先に挙手したのは箒とラウラだ。

二人の挙手を切っ掛けに他にも数人の生徒が挙手し、箒達と合わせて計7人だ。

そしてその中にはセシリア、弾、鈴の姿もあった。

 

「……ジャンケンで4人決めろ」

 

 これから約数分後、数回の相子を経たジャンケンの結果、一夏の相手に箒とラウラ

、真耶の相手には弾とセシリアが選ばれたのだった。

 

「決まったようだな?5分だけ時間を与える。その間作戦と連携を打ち合わせるように」

 

『はい!』

 

 千冬の指示に頷き、4人はそれぞれのチームに分かれてその場から少し離れ、その場には残りの生徒達と千冬と真耶が残された。

 

 

 

「オルコットだっけ?転校初日だが、今回はよろしく頼む」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 フレンドリーに声を掛ける弾にセシリアもそれ相応の態度を持って返答する。

お互い第一印象は悪くないようだ。

 

「それで、連携の事だけど、どうする?一応俺は訓練の時に何度か他の奴と連携した事もあるけど……」

 

「私は、生身でなら多少はありますが、ISの訓練では殆ど経験が無いですわ。……それ以前に初対面同士の私達では碌な連携も出来ないでしょう?」

 

 表情をお互いに真剣なものに変えて二人は苦々しく唸る。

以前の二人だったら真耶が相手では油断していただろうが現在はお互い訓練の甲斐あって『相手の外見や非戦闘時の素振りで判断したら痛い目を見る』という事を痛感している。

ちなみにセシリアの連携訓練でのパートナーは専ら簪である。

 

「それなら、お互いが出来る限り邪魔にならない事を心掛けるか。……俺は近〜中距離の格闘戦が得意だけど、オルコットは?」

 

「それなら丁度良いですわね。私は遠距離、射撃がメインですから。余り手の込んだ武器(ビット等)を使わず、主武装でお互いの得意距離を担当、というのがベターでしょう」

 

「ああ、打ち合わせ時間も碌に無いし、シンプルに行くか。後は、合図(サイン)を決めておくか……」

 

 お互いに決して自己主張せず、かと言って決して謙虚になるわけでもなく、5分間の作戦会議は忌憚無く進んだ。

 

 

 

(一夏、ココで私の力を示して目を覚まさせてやる!!)

 

(織斑一夏!さっきは不覚を取ったが、今度こそ教官や他の連中が見ている前で潰してやる!!)

 

 逆に一夏と対戦する箒・ラウラ組は無言のままお互いの目的のみを考え、パートナーである相手との会話など殆ど無かった。

 

「……邪魔だけはするな」

 

「こっちの台詞だ……貴様は後ろで指でもしゃぶっていろ」

 

「なんだと……!」

 

 そして口を開けばこの有様……弾・セシリア組とは雲泥の差だった。

 

 

 

 

 

「準備は出来たな?ではこれより模擬戦を開始する。まずは五反田とオルコットからだ。山田先生、お願いします」

 

「はい」

 

 千冬からの指示を受け、三人はグラウンドの中央に集まる。

直後にセシリアはブルーティアーズ、弾は約一週間前に手に入れた専用機『ヒートファンタズム(熱き幻想)』と、それぞれ専用機を展開して真耶のラファールを迎え撃つ。

 

「始め!」

 

「(先手必勝だ!)行けっ!!」

 

 千冬の合図と同時に真っ先に動いたのは弾。

両手に投擲用丸鋸型カッター『メタルブレード』を展開して真耶目掛けて投げつける。

 

(っ!?……速い、だけど狙いが甘いです!)

 

 真耶はメタルブレードの直線的な動きを即座に見切って回避すると同時に両手に装備されたアサルトライフルを発射する。

 

「Right(右)!」

 

 しかし真耶の攻撃とほぼ同時にセシリアからが大声で指示を出し、弾は即座に右に回避する。

そして、弾が回避すると同時にセシリアのライフルが火を噴き、真耶目掛けて弾丸が放たれる。

味方の回避を援護し、敵に追撃を加える……連携において基本中の基本とも言えるパターンだが、基本だからこそ集団戦において非常に重要な要素であると言える。

 

「やりますね。…でも!」

 

 しかし流石は元代表候補とでも言うべきか、真耶の反応速度もかなり高く、これを回避してみせるが……

 

「そこだ!」

 

「!?」

 

 間髪いれずに弾が急接近し、それとほぼ同時に弾の手には近接戦用可変ビームランス『ブリッツスピア』を展開、そのまま接近する勢いに乗せて槍を突き上げた。

 

「チィッ!」

 

 息も吐かせぬ2人の連携による連続攻撃に真耶は一瞬苦悶の声を漏らすが、それでも彼女は弾の槍を紙一重で回避する。

 

「…取った!」

 

「クゥッ!!」

 

 しかし弾は周囲の予想に反し、笑みを浮かべてみせ、突き出した槍をそのまま振り下ろし、そのまま真耶の身体を薙ぎ払おうとする。

槍の利点であるリーチの長さは使い様によって突きだけではなく薙ぎ払い等でも大きな効果が期待できる。

懐に入られると弱いと言う弱点はあれど、それは逆に言えば槍の有効範囲内ではあらゆる局面に対応できるという事でもある。

 

「まだ!」

 

 しかし刃先が相手を向いていない状態では決定的なダメージを与えられる武器にはなりえない。

それを熟知している真耶は即座に反撃に移り、槍の柄の部分に掴み掛かる。

平たく言えば一夏が対レミリア戦で見せた戦法の真似である。

 

「掛かった!」

 

「!?」

 

 しかし真耶の反応に弾はさらに口の端を吊り上げてみせ、真耶は『ギョッ』と目を見開く。

突然槍の刃先の関節が稼動し、真耶の方を向いたのだ。

さらに、出力を一気に上げる事でビームはその刃を伸ばし、槍は大鎌へと変化した。

 

「グゥッ…な、何て無茶苦茶な武器……」

 

「今だ!オルコット!!」

 

 間一髪直撃を避け、刃が胴に掠める程度のダメージに抑えた真耶を余所に弾の大声が響く。

 

「貰いましたわ!!」

 

「!?」

 

 真耶の視線の先にはセシリアが既にスタンバイしていた。

そして回避直後の真耶目掛けて間髪入れずに狙撃を見舞った。

 

(避けられない!?……だったら!!)

 

 回避直後でほぼ硬直状態の真耶に回避する術は無い。

だが、防ぐというのであれば話は違う。

真耶は即座に手に持った二丁のアサルトライフルの内、片方を自身とセシリアの射線上に来るように投げ捨てた。

火薬の詰まった重火器(アサルトライフル)はレーザーとぶつかると同時に爆発を起こし、結果的にセシリアの撃ったレーザーは真耶に命中する事無くアサルトライフルの爆発の中に消えてしまった。

 

「そこ!!」

 

「キャァッ!!」

 

 さらに間髪入れずに真耶のラファールはレールガンを展開、発射しセシリアにダメージを与えることに成功する。

 

「オルコット!」

 

「よそ見している暇は無いですよ!」

 

 ダメージを受けたセシリアに弾は一瞬気を取られるが、それが命取りだった。

その僅かな隙を見逃さず、真耶は武器をアサルトライフルに切り替えて弾目掛けて連射した。

 

「うわっ!?」

 

 何とか回避行動を取るものの、それも虚しく弾は数発の弾丸を喰らってしまった。

 

 

 

「中々、良い具合じゃない?」

 

 弾・セシリア組の戦いを眺めながらレミリアは呟きを漏らす。

 

「ああ、二人とも慣れないチーム戦で自分達の力が出来るだけ潰し合わないように立ち回っている。でも、やっぱりまだ個人技中心ってのは否めないな」

 

「そうね。今の二人なら、チーム戦よりもシングル戦の方が良い結果が出せるわ」

 

 レミリアの言葉に一夏と咲夜も揃えて口を開き、弾とセシリアの能力と戦闘を冷静に分析する。

 

 

「チッ…余裕ぶって戦闘分析か。調子に乗って……」

 

 一方でラウラは後方から一夏達を睨み付けながら舌打ちする。

弾達の試合は眼中に無いかのように終始目もくれない状態だ。

 

「……調子に乗ってるのはどっちだか?」

 

 そんなラウラの隣から冷めた視線と言葉が飛ぶ。

2組に在籍する椛だ。

 

「今何と言った?」

 

「別に…ただ少しは軍人らしく冷静に見るべきものを見たらどうです?」

 

 ラウラの怒りの篭った視線を物ともせず、椛は冷めた表情と視線を向け続ける。

真面目な椛にしては珍しく喧嘩腰だった。

 

(あら、珍しい……あの椛が)

 

 そんな様子に文は目を丸くする。

普段の椛ならココまで露骨に喧嘩腰になることは滅多に無い事だ。

 

「そこまで!試合終了だ!」

 

 そんな彼女達を尻目に、千冬から試合終了の合図が掛かり、文は再び視線を弾達に向けた。

 

 

 

 

 

「はぁ……最後ら辺は結構押されっぱなしだったな」

 

「ええ、チーム戦の経験が薄いのが恨めしいですわ」

 

 額から流れる汗を拭いながら弾とセシリアはお互いに苦笑いしながら試合を振り返る。

真耶からダメージを受けて以降、二人は序盤での勢いが無くなり、真耶の目と勘が二人の連携に慣れた事も手伝い、連携は的確に妨害され、二人は真耶に決定的なダメージを与える事も出来なかった。

しかし、それでも決して二人は足を引っ張り合う事無く、最後まで粘り、真耶も二人にそれ以上のダメージを与える事も出来ず、結局時間切れという結果に終わった。

 

「ハァ、ハァ……そんな事無いですよ。二人共良い連携でしたし、これでも結構危なかったんですよ」

 

 少し肩を落とす二人を激励するように真耶は肩で息をしながら弾とセシリアを賞賛する。

その言葉に二人も好感を覚えたのか、表情を少し緩めた。

 

「二人共、初めての連携にしては上出来だ。今後も精進するようにな。……次の試合、織斑、篠ノ之、ボーデヴィッヒ、前へ出ろ!」

 

 真耶が弾とセシリアに労いの言葉を掛けた後、千冬は次の試合に移るべく、一夏達の名を呼び、三人はそれぞれ機体を駆ってグラウンドの中央に集まった。

(なお、箒は訓練機、打鉄を使用)

 

 

 

 

(一夏、今すぐに私がお前の目を覚まさせてやる!)

 

(漸くだ、漸くコイツを潰せる!)

 

(……コイツ等、この授業の目的解ってねぇな)

 

 お互いにパートナーであるはずの相手への気遣いなど全く見せず、戦意のみ前面に押し出す箒とラウラの様子に一夏は内心で溜息を吐く。

 

「始め!」

 

「行くぞ一夏ぁ!!」

 

 千冬から開始の合図が飛び、猪の一番に箒が飛び出し、一夏目掛けて近接専用の日本刀型ブレードを構えて飛び掛った。

 

「ハァアアアアア!!」

 

 気合の一喝と共に振り下ろされる刀に一夏は全く動じる事無く当たる直前に軽く身を捻ってかわして見せる。

箒の剣速は一般生徒と比較すればかなり速く、接近戦だけで言えば下位の代表候補にも決して引けは取らないだろう。

しかし一夏はこれ大きく上回るの剣速、太刀筋を持つ妖夢や、凄まじい密度の弾幕を繰り出す幻想郷の実力者を相手に戦い、修羅場を潜り抜けた経験を持つ猛者だ。

剣道の延長程度の太刀筋でしかない箒の一撃は虚しく空を切り、無防備に晒した背後に一夏の裏拳をモロに喰らってしまう。

 

「あぐっ!……く、クソ!」

 

「!?」

 

 箒が悔しそうに唸るのを余所に一夏は別方面からの殺気を察し、即座にその場から飛び退く。

 

「待t…うわぁっ!!」

 

 一夏を追い掛けるべく、自身もブースターを吹かしてその場から移動する箒だったが、突如として暴風に吹き飛ばされる。

上空からラウラの放ったレールカノンの一撃が箒ごと一夏を狙い、地面に着弾して、その余波を受けた箒を吹き飛ばしたのだ。

 

「き、貴様!何をする!?」

 

「黙れ、突っ込むしか能の無い愚図が。囮として使ってやっただけ役に立てたと思え」

 

 まるで悪びれる様子の無いラウラに箒は表情を歪めて睨み付ける。

しかしそんな事はまるで気にも掛けず、ラウラは一夏の方に目を向ける。

 

「私を他の生温い連中と一緒だと思ったら大間違いだぞ。教官の恥さらしが」

 

「俺が千冬姉の恥?なら、お前はドイツの恥だな」

 

 敵意をむき出しにするラウラに一夏は静かに怒気を孕んだ声で悪態を吐く。

 

「ほざけ!!」

 

 怒りの咆哮と共に再びレールカノンを発射するラウラ。

一夏は弾道を読んでこれを回避し、先程ラウラが一射目で破壊した床の瓦礫を拾い上げ、それを幾辺かに割って野球ボールの様にラウラ目掛けて投げ付けた。

 

(フン、一応それなりの冷静さは持っているようだな……だが、こんな石礫など私には無意味だ!)

 

「……AICか」

 

 迫る石礫の動きが突如として停止する。

ラウラの専用機『シュバルツェア・レーゲン』最大の武装、AIC(アクティブイナーシャルキャンセラー)……慣性を打ち消して対象の動きを止める1対1での戦いではある意味反則とも言える武装だ。

河城重工の情報網にもこの武器の概要は既に掴んでおり、一夏は目を細めて軽く舌打ちする。

 

(だけど、強力な武器ほどそれに頼りやすい……破ってしまえばどうにでもなる!)

 

 表情を引き締め、一夏は守勢から一転、ラウラとの距離を詰めて攻勢に打って出る。

 

「発動前に叩こうとでも言うのか?馬鹿め!」

 

 一夏の突撃を嘲笑い、ラウラは再びAICを発動しようとするが……。

 

「甘いぜ!!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ一夏は突然体勢を崩して地面に手を着く。

直後、一夏のDコマンダーに先日追加された関節部のスプリングが働き、腕だけで高く跳躍してラウラの頭上を飛び越えた。

 

 

「な、何だ!?」

 

 思わぬ一夏の行動にラウラのAICは不発に終わる。

一見無敵にも見えるAICだが、その実対象のイメージがはっきり集中して出来ていないと効果を発揮しないという弱点がある。

詰まる所、操縦者であるラウラの対応出来ないフェイントやトリッキーな動きには全く効果が無いのだ。

 

「この動きについてこれるか?」

 

 全身の関節部のスプリングをフル活用し、床を跳ね、時にはラウラと箒を踏み台にしてアクロバットを披露して見せ、トリッキーに跳ね回る。

 

「は、速過ぎる……」

 

「しょ、照準が定まらん……!?」

 

 箒とラウラは一夏を捉えようと目を走らせるが、一夏のアクロバット、かつトリッキーな動きはまるで捉えきれず、焦燥を募らせていく。

 

「く、クソォ!このぉぉぉーー!!」

 

 焦燥に耐え切れず先に飛び出したのは箒だった。

 

「(ニヤッ)…掛かったな!」

 

 飛び出した箒が振るう刀を、一夏の足蹴りが打ち据え、刀は弾き飛ばされた。

 

「ッ!?」

 

「隙ありだぜ、箒!」

 

 武器を失い、動揺する箒の身体を一夏はがっしりと掴み、そのままフルパワーで振り回し……

 

「せぇーーのぉっ!!」

 

 そしてラウラ目掛けて一気に投げ付けた。

 

「うわぁぁっ!!」

 

「ば、馬鹿!来るな!!」

 

 自分に激突しそうになる箒にラウラは冷や汗を流しながらAICで箒の動きを止めるが、それは悪手だった……。

 

「態々そっちで動き止めてくれてありがとよ」

 

 動きを止めたラウラと箒の視線の先には、荷電粒子砲『Dアーマー』を展開した一夏の姿。

ココに来て二人は自分達がまんまと一夏の策に引っ掛かった事を理解した。

 

「喰らいやがれ!!」

 

 Dガンナーから放たれるフルチャージショットの一撃が二人を襲う。

最早ラウラはともかく、箒には回避不可能だ。

 

「チッ!!」

 

「グァァァッ!!」

 

 回避不能な箒を見捨て、ラウラは一夏の砲撃から何とか身をかわした。

逆に、一夏の砲撃が直撃した箒の打鉄のシールドエネルギーはあっという間に底を突き、箒は脱落となる。

 

「お前、箒を助けて一緒に避ける事も出来ただろうが!?」

 

「こんな雑魚、足手纏いにしかならん!切り捨てて当然だ!」

 

 一夏の非難にラウラは苛立ちながら言い返す。その言葉に一夏の顔色が変わる。

 

「そうかい……それじゃあ、今からお前が晒す事になる無様な姿も、実力が無かったと諦めるんだな!!」

 

「黙れぇ!!」

 

 一夏の発言に激昂しながらラウラはワイヤーブレードを展開して一夏を捕らえようと躍起になるが一夏は再びスプリングによるアクロバットでそれを回避してみせる。

 

「クソッ!ちょこまかと!!」

 

「そこぉ!!」

 

 ワイヤーブレードを振るうラウラ目掛け、Dアーマーの右拳が発射される。

 

(こ、これはワイヤー……いや、違う!!)

 

 情報とは違い、Dアーマーに装備されているのはワイヤーではなく、ホース状のコードだった。

これこそDコマンダーの新武装の一つ、『LAA(ロング・アーム・アタッカー)』……ワイヤーを伸縮自在の配線コード式に変える事でより詳細なコントロールと手の動作を可能にした物だ。

 

「だ、だがこんな物AICで!」

 

 一瞬驚くも、ラウラはすぐに判断を切り替えてAICを発動してDアーマーの動きを止める。

しかし……

 

「ごがっ!!」

 

「一箇所に集中しすぎなんだよ!」

 

 突然側面から顔面に強烈な一撃が叩き込まれた。

残った右のLAAが、ラウラが左拳に集中している間に大きく旋回してラウラの死角から彼女の顔面を殴り飛ばしたのだ。

 

「き、貴様ぁ……」

 

「これで終わりだと思うか!?」

 

「フゴォッ!!?」

 

 ラウラの集中が途切れたため、解除されたAICの支配から解放された右拳が復活し、ラウラの顔面の中心……正確には上唇と鼻の間にある人間の急所の一つ、人中に拳が叩き込まれた。

ココに衝撃を受ければ人間はまともに動けなくなる。ISのシールドエネルギーで守られていようと衝撃自体は防ぎきれない。

故にラウラはふらふらとその場に倒れ込む。

 

「これで、トドメだ!」

 

 そして最後のダメ押しとばかりに一夏はラウラに組み付き、腕を極める。

HRで喰らったものと同じアームロックだ。

 

「ギャアアアアア!!!」

 

 HRで受けたもの以上の関節技にラウラは悲鳴を上げる。

この状況では自慢のAICも意味を成さない。

箒が生き残っていればこの状況から脱出出来ただろうが、当の箒は既に脱落して真耶に戦闘範囲外に運ばれている。

そして彼女の脱落の原因を作ったのは他ならぬ自分自身だ。

 

「そこまで!」

 

 一夏がラウラの腕を締め上げる中、千冬から試合終了の合図が飛ぶ。

ここまでの試合時間、約4分の経過だった。

 

 

 

 

 

「クソ、クソぉ……この借りは、絶対倍にして返してやる……!!」

 

 目に涙を浮かべ、痛めつけられた腕を押さえながら、ラウラはシュバルツェア・レーゲンを纏ったままの状態で他の生徒達の下へ戻る。

 

「無理ですね。今のアナタじゃ……」

 

 そんなラウラに皮肉が浴びせかけられる。

相手は試合前に一悶着起こした犬走椛だ。

 

「き、貴様……!!」

 

 表情を怒りに歪め、プラズマ手刀を展開して身構えるラウラに椛もISを腕だけ部分展開し、蛮刀型ブレード『白蘭鋼牙』を展開してラウラの眼前に突きつける。

 

「気に入らないんですよ、アナタ……軍人でありながら、下らない私情で動いて。それで代表候補なんてよく言えますね」

 

(ああ、なるほどね……)

 

 そんな椛を見つめ、文は一人納得する。

椛は元々生真面目な性格をしており、妖怪の山という組織的な環境で育ってきた。

そんな彼女にとって、形は違えど自分と同様に組織(軍隊)に所属する者でありながら、私情のみを優先しているラウラの姿勢は非常に気に入らないものと言える。

 

「やめんか二人共!!」

 

 そんな一触即発の雰囲気を千冬が一喝する。

 

「…すいません」

 

「申し訳ありません、教官」

 

 椛とラウラはそれぞれ一言ずつ謝罪して矛を収め、事態はとりあえずの収束を向かえた。

 

「さて、全員今の戦いを見てチーム戦における連携の重要性が理解できたと思う。ISで試合を行う以上、タッグ戦やチーム戦は避けては通れない壁だ。以後、しっかり頭に叩き込むように」

 

 千冬の言葉で締めくくられ、授業は一段落を迎え、以後は滞りなく授業は進んだ。

最もその授業中、ラウラは終始一夏と椛を睨みつけていたが……。

 

 

 

 

 

「……あ、あんな強い人相手にどうやってデータなんて盗めっていうの?」

 

 授業が終わり、シャルル……いや、シャルロットはロッカールームで一人頭を抱えていた。

織斑一夏の実力が非常に高いという噂は聞いていたが、実際に見てみれば想像していた以上の化け物だった。

自分とてカスタム機とはいえ専用機を持つ代表候補である以上、そん所そこらの雑魚よりは強いという自信はあるが、一夏相手に太刀打ちできるとはとても思えない。

そんな彼、牽いては彼の所属する河城重工を敵に回してしまったら自分はどうなってしまうと言うのだろうか?

 

「ボクは、どうすれば……」

 

「随分と下らない事で悩んでいるわね」

 

「!?」

 

 突如として背後から聞こえる冷たい声にシャルはギョッとして振り向く。

直後にシャルは壁に押さえつけられ、喉元にナイフが突きつけられる。

 

「ヒッ……」

 

「大声出さない方が良いわよ。咲夜の手元が狂ってしまうかもしれないわ」

 

「悪いな。本当は手荒なことはしたくないんだが……」

 

 シャルの背後に自分を押さえつける人物とは別に二人の人影が現れる。

 

「お、織斑…一夏。……ど、どうして?」

 

 その二人は織斑一夏とレミリア・スカーレット。

そして自身にナイフを突きつけている少女は十六夜咲夜

 

「アナタの事、洗いざらい喋ってもらうわよ。……シャルロット・デュノアさん」

 

「!……うぅ……」

 

 自身を偽名ではなく、本名で呼ばれ、シャルロットは目を強く閉じて項垂れる。

それはシャルロットが観念した瞬間だった……。




椛専用機名『白牙』は影鴉さん、近接戦用ブレード『白蘭鋼牙』はたけしさんの案から取らせて頂きました。

文と椛の専用機名の多数の応募、ありがとうございます!!

一夏の新装備については次回、弾達の専用機の情報は後々(本格的な活躍を見せる際に)公開します。


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覚悟の有無(後編)

「アナタの事、洗いざらい喋ってもらうわよ。……シャルロット・デュノアさん」

 

「!……うぅ……分かり、ました…………」

 

 最早逃げ場など無いという事を実感し、シャルロットは力無く項垂れ、硬く目を閉じる。目元には少しではあるが涙も浮かんでいる。

 

「もう、分かってると思うけど、ボクは女だよ。実家に……ううん、お父さんに命令されて、男装してこの学園に入学したんだ」

 

 そこからシャルロットの独白は続いた。

突然すぎる母親の訃報、デュノア社の経営難、自分が本妻からどう思われているかなど……話せば話す程シャルロットの表情は青褪め、暗くなっていくが一夏達は何も言わずにシャルロットの言葉に耳を傾け続ける。

 

「……これで、ボクの知っていることは全部話したよ」

 

「なるほどね。まぁ、大体こっちの予想通りだった訳だけど……」

 

 シャルロットの独白を聞き終え、レミリアは自分達の予想と全く同じ答えに拍子抜けとばかりに肩を竦める。

 

「それで、アナタはどうしたいの?」

 

「どうするって、こんな事が公になったんじゃ、良くても牢獄行きかな……」

 

「そうじゃないでしょ?私はどうなるかじゃなくて、『どうしたいか』って聞いてるのよ。それともアナタは自分から牢獄に入りたいとでも言うの?」

 

 レミリアの問いに意気消沈しながら答えるシャルロットだが、レミリアはやや強めの口調で再度詰問する。

 

「……嫌に、嫌に決まってるよ!でもどうしろっていうの!?お母さんが死んで、身寄りも無くて、デュノア社以外に行く所なんて僕には無いのに!何も解ってないくせに勝手な事言わないで!!」

 

 レミリアの言葉に激昂するようにシャルロットは吼える様に言い返す。

しかしそんな彼女の態度に咲夜は冷たい視線を投げかける。

 

「よく言うわね。そんなにデュノア社が嫌なら家出でも何でもすりゃ良いじゃないの。デュノア社のスキャンダルにせよ、データを盗むにせよ、担保になるものなんていくらでもあるでしょうが」

 

「そんな、犯罪紛いの事、出来るわけ……っ!!」

 

「犯罪?アナタが今やってる事の方が重大な犯罪でしょうが!アナタは逃げてるだけよ。『命令されたから』って言い訳して、それで助けてくれるかどうかも分からない父親に甘えてるだけ。結局アナタは覚悟も決められずに被害者面してるだけの甘ったれなのよ!」

 

 吐き捨てるように咲夜は言い放つ。

一方で容赦のない冷徹な言葉にシャルロットは拳を硬く握り締めて、唇を血が出るほどに噛み締める。

 

「う…うる、さい……ボクがどんな気持ちかも知らないで!!」

 

 シャルロットの声色が絞り出すような声から一気に叫び声に変わり、内に秘めて激情を爆発させる。

一度爆発させた感情は、決壊したダム、あるいはリミッターが弾け飛ぶかのように歯止めが利かなくなり、叫び声となって吐き出されていく。

 

「何で皆勝手な事ばっかり言うの!?ボクはただお母さんと一緒に平穏に暮らせればそれでよかったのに!勝手にISのパイロットなんかにされて、愛人の娘愛人の娘って馬鹿にされて!ボクが何したって言うの!?なんでこんな目に遭わなきゃいけないの!?もう、嫌だよぉ……ふぇぇぇ……うぇぇぇぇ……」

 

 そこから先はもう嗚咽しか出ず、シャルロットは床に膝を付いて泣き崩れた。

シャルにとって今の今までずっと溜め込んでいた鬱積が全て吐き出された瞬間だった。

母を失ったあの日から抱え続けた悲しみが、今漸く溢れ出たのだ。

 

「…………お嬢様、一夏……少しの間、彼女と二人にさせていただけませんか?」

 

 泣き崩れるシャルロットを見つめながら、咲夜は振り向かずに他の二人に話しかける。

そんな咲夜の意図を察し、一夏とレミリアは無言のままロッカールームを退室する。

二人の退室を確認し終えた後、咲夜は再びシャルロットを見据える。

 

「……アナタにとっては一生分の不幸を背負ったも同然でしょうね。正直、同情は禁じえない……だけど、同情(それ)だけよ。正直な所、私はアナタの不幸なんか興味は無いし、被害者面して甘ったれてるようにも見えるわ」

 

 咲夜の言葉にシャルロットは涙の残る目で軽蔑と憎しみの念を以って咲夜を睨み付ける。

 

「アナタに何が…」

 

「解らないし不幸自慢にも興味は無いわ。悪いけどね……。だけど、アナタ如きが受けた不幸なんて私は生まれた時から何度も経験してるわ」

 

「?……どういう事?」

 

「語るようなものではないわ。けど、敢えて言うなら、私は物心付く前から親の顔なんて知らないし、戸籍はおろか名前も無い。咲夜という名もお嬢様から頂いた名前よ……」

 

「……ストリートチルドレン」

 

「似たようなものね」

 

 呆然としたシャルロットの呟きに咲夜は無表情に答える。

実際はもっと込み入った事情があるのだが、咲夜は態々それを語ろうとはしない。

 

「私はずっと生きるために戦ってきた。盗みを働いたのも残飯漁って飢えを凌いだ事も一度や二度じゃなかった。……そんな戦い続けてきた私に選択肢をくれたのが、お嬢様だった」

 

「…………」

 

 シャルロットは言葉を失う。

ストリートチルドレンの生活をハッキリと知っている訳ではないが話半分だけでもとても悲惨という事は知っている。

そうだとすれば、孤独ではあれど衣食住が保障されている自分に対して甘ったれてると思うのも仕方の無い事かもしれない。

 

「あなたにも選択肢をあげる。……河城重工の力を使えばアナタを保護してあげられるし、平穏な生活を保障できるわ。ただし、それは全てを捨てて一からやり直す事と同じ意味。……いわば自分との戦いよ。アナタにその覚悟はある?」

 

「そ、それは……」

 

 咲夜の問いにシャルロットは言い淀む。

平穏は非常に魅力的だが、全てを捨てた後自分はどう生きていくのか?

そこに不安が無いといわれれば嘘になってしまう。

 

「返事は今夜聞くわ……よく考えて答えなさい。今の話も、アナタを篭絡するために私が作った嘘っぱちかもしれないし。それ以前にこの学園は建前上でえはあるけど、どこの国家機関・組織の介入は許されていない。仮にこちらの誘いを蹴っても多くて3年間の時間はあるわ。……でも、これだけは言っておく、自由や平穏は貰うものじゃない、勝ち取るものよ。被害者面してるだけでは絶対に得る事は出来ないわ。……そして、それに覚悟と勇気は絶対に必要よ。お嬢様が私に眷属になるかどうかの選択肢をくれた時、今までの自分と決別して差し延べられた手を掴む勇気を必要としたようにね」

 

 その言葉を最後に、咲夜はロッカールームを退室し、扉の傍で待つ一夏、レミリアと共に教室へと足を進める。

 

「…………」

 

 そして、ロッカールームには無言のまま俯くシャルロットだけが残されたのだった。

 

 

 

 

 

「にしても、咲夜……アナタも人が悪いわね」

 

「何の事ですか?」

 

 教室へと戻る途中、不意にレミリアは不適に笑みを浮かべて咲夜に声を掛ける。

そんなレミリアに咲夜はわざとらしく白を切ってみせる。

 

「分かってるくせに……どっち道あの子を母親と再会させてあげるのは決定事項なのに、わざわざあんな説教するなんて」

 

「お嬢様の真似をしてみたかっただけですよ。アナタが私と初めて出会った時の様に……。それに、裸一貫なんて口で言うほど簡単じゃないですから」

 

「ああ、そこに良い例がいるものね」

 

 二人は同時に一夏を見る。

駆け出し時代から一夏を知る者として生活基盤作りの大変さはそれなりに解っているからだ。

 

「それはそうとさ……コレ、いつ彼女(シャルロット)に見せるんだ?」

 

 今まで黙っていた一夏がポケットから一個のUSBを取り出す。

それはシャルロットと接触する数分前に紫から送られてきたデータが入った物だ。

 

「今夜彼女の返答を聞いた後ね。後でこっそり印刷して纏めておきましょう」

 

 レミリアは汚物を見るような視線をUSBに向けてながら返答する。

いや、その視線はレミリアだけではない。一夏と咲夜も同様だった……。

 

「本妻(クローデットデュノア)……反吐が出るぜ。クズが……!」

 

 USBを睨みつけ、一夏は吐き捨てる。

送られてきたデータファイル名…………それは、『デュノア家の現状、及び現在判明している罪状』。

 

 

 

 

 

 フランスのとある屋敷……その最上階のとある一室はドア周辺に警備員と思われる女性が数名が配置され、更には最新式のセキュリティシステムを使用している厳重ぶりだ。

しかしそんな厳重に警備された部屋であるが、中にいるのは一人の男のみ。

歳は30代後半から40代前半辺り、そして顔は痩せている。

いや、痩せているというよりは、衰弱しているといった表現が正しいのだろうか?

もう数日は何も食べていないといった様相だ。

 

「旦那様、お食事をお持ちしました」

 

 そんな時、一人の女性が入室してくる。

女性は男の様子に溜息を吐きつつ、台の上に食事を置く。

 

「また食べてないのですか?いい加減食べてくれないと、こっちも気が引けてしまうのですが」

 

 呆れた様子で女は口を開く。

敬語こそ使っているが、その態度はとても目上の者に対する態度とは思えないものだ。

 

「フン、餓死では都合が悪いか?……だろうな。事件性が疑われては引継ぎに時間と金が掛かるだろうからな」

 

 痩せ衰えはしているが男は強い意志を孕んだ目で女を睨む。

女は男に背を向ける。

 

「食事に何を盛ったか知らんが、生憎だったな。昨日、出された食事を窓際を飛んでいた鳥に食わせたら……結果は案の定だ。あの鳥には可哀想な事をしたがな……」

 

 男の言葉に女は男には見えないように忌々しそうに表情を歪めた。

ここ数日の間出した食事には全て薬を、一種の自白剤、幻覚剤の類を混入していたが、それを知られてはもう男に食事を食わせるのは無理だろう。

 

「無理に食わせてみろ。その前に私は舌を噛み切ってやる。そうなれば事件性が出て、警察の手入れは確実だな!……クハハハハ!」

 

「!……男風情が!」

 

 女は思わず本音を口にしてしまう。

目の前に居るのは衰弱しきった男の筈なのに、何故自分はこうもこの男に手玉に取られなければいけないのか、と。

女尊男卑に染まった女には解らない。

目の前にいる男の意思、そして覚悟が……。

 

「フン!あの女……クローデットに言っておけ。無能の貴様に社長など務まらん。私共々デュノア社の瓦礫に埋めてやるとな!!」

 

 男の言葉を聞き終えないうちに女はドアを乱暴に閉めて部屋を出る。

 

「フン、小物が。貴様等の好きにはさせんぞ……」

 

 それを見届け、男は静かに洗面所へ向かい、蛇口から水を出してそれを乱暴に飲む。

娘を送り出して数日、男はその日からこの部屋に幽閉され、水道の水のみを糧に生きてきた。

このままこの生活を続けて、自分は後何日生きていられるだろうか?

だがそれも是非も無し……心の底から愛した女も守れず、父としての務めを果たせなかった自分にはこんな末路が相応しいのだろう。

 

「シャルロット……お前は、お前だけは、幸せになってくれ。…………エリザ、お前を……守ってやりたかった」

 

 窓から見えるフランスの夜景を眺めながら、男は……セドリック・デュノアは力無くそう呟いた。




Dコマンダー・新武装紹介

LAA(ロング・アーム・アタッカー)
Dアーマーのワイヤーを伸縮自在のホース型コードに変更したもの。
これによってより詳細な動きと手の動作が可能になった。

関節部内蔵型スプリング
関節部に高弾力スプリングを内蔵し、機体関節部の弾力性が大幅にアップし、よりアクロバティックな動きが可能となった。

???
本編に出たら改めて紹介します。



次回予告

 覚悟を試されるシャルロット。そんな彼女が選んだ選択は?
そして河城重工では、ある大掛かりな計画が実行されようとしていた。

次回『発進!!』

にとり「光学迷彩起動!いつでも行けるよ!!」

村紗「聖蓮船、発進!!」


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発進!!

 転校初日の夜、シャルロット・デュノアは咲夜とレミリアの部屋へと足を進めていた。

咲夜との問答の後、シャルロットはずっと考え続けた。

正直、先の見えない未来への不安は大きく、いっその事学園に留まって三年間じっくり考えようかとも思った。

しかしそれも結局は問題の先延ばしに過ぎず、たった三年で事態が好転するとは限らない……。

それならば、河城重工の申し出に賭けてみるのも悪くないのではないか?

 

(本当、ボクも馬鹿だよね。出会ったばかりの人に頼ろうなんてさ……)

 

 ある意味、それはヤケクソであり、勇気でもある。

赤の他人からの甘い話などそうそうある物ではない。……だが、シャルロットは心のどこかで自身に掛けられた咲夜の言葉を信じている。

口では言い表せないが、自身の前に現れた咲夜、一夏、レミリアの三人には、その言葉を信じさせる何かがあった。

ある意味本能とでも言うべきだろうか……。

 

「……十六夜さん、スカーレットさん、居る?」

 

「入りなさい、開いてるわよ」

 

 ドアの前に着き、シャルロットは扉をノックし、扉の奥から返事が聞こえるのを確認して中に入った。

室内には咲夜とレミリアだけでなく、昼間の問答の際に同席していた一夏、そして2組に所属する紅美鈴と射命丸文の姿もあった。

 

「随分早かったわね。……それで、返答の方は?」

 

 玉座に腰掛けるようにベッドに座り、威風堂々とした様子でレミリアは口を開く。

シャルロットは若干雰囲気に気圧されつつも、気を引き締め、軽く拳を握る。

 

「ボクは……」

 

 震えそうになる声を必死に抑える。

『覚悟を決めろ、今勇気を見せずにいつ見せる!?』と、心の中で自分を叱咤する。

 

「申し出、受けさせてください。……僕に出来ることなら何でもします。だから……ボクを、保護してください!」

 

 言った。遂に言った……。

目の前の者達に助けを求めたシャルロットは、自分の中で何かが軽くなったような気分を感じた。

思えば今まで自分はずっと一人で抱え込んできた。

人に頼る事が出来ず、鬱積を溜め込み続け、自分にも他人にも追い詰められていた。

だが、それが無くなった今、残っていた嫌なものが水に流されていくような爽快感がシャルロットの心を満たしていった。

 

「……覚悟、ちゃんと決められたじゃない」

 

 そんなシャルロットに咲夜は前回とは打って変わり、穏やかな笑みを浮かべながらシャルロットの肩に手を置いた。

 

「十六夜さん……」

 

「これでまだウジウジやってるなら、一発殴ってたわ」

 

 どこか感極まったシャルロットに、普段のクールな姿とは違い、姉のような暖かさを感じる態度で咲夜は冗談っぽく返す。

 

「よし、そうと決まれば、早速やる事を済ませようぜ!にとり、出てきて良いぞ」

 

 シャルロットの覚悟と決意を見届け、一夏は誰もいないはずの壁に向かって声を掛ける。

シャルロットは一瞬怪訝な表情を浮かべるが、すぐにその表情は驚愕に変わる事となる。

 

「OK。いやぁ〜、やっと喋れるよ。それにココって人間ばっかりだから結構緊張しちゃうし」

 

「ちょっ!?…ど、どこから!?それに、にとりって……まさか、あの河城にとり!?」

 

 驚愕に声が裏返りながらもシャルロットは声を上げる。

にとりは男性用IS操縦スーツを開発した人物として公に公表されており、紫と並ぶ河城重工の有名人である。

ただし、にとりの場合、紫と違って顔出しはしていないので、にとりの存在はIS業界の大きな謎の一つとして知られている。

 

「うん、そうだよ。顔出ししてないから、よく疑われるけどね」

 

「え……あ、その……」

 

 (外見的に)自分と大差ない筈の少女が超有名人で、しかも自分にフレンドリーに話しかけているという事実と光景にシャルロットは混乱し、口を金魚のようにパクパクと動かす事しか出来ない。

そんな彼女を尻目に、一夏はにとりの背負うリュックに目を向ける。

 

「それで、にとり。例の物は?」

 

「うん、バッチリ持ってきたよ!」

 

 にとりはリュックから一着の黒地の服を取り出す。

にとりが常時装備している光学迷彩を応用して製作された光学迷彩(ステルス)スーツだ。

 

「よし、シャルロット、詳しい事は後で話すからコレを着てくれ」

 

「え?」

 

 予想外すぎる話の展開に着いて行けず、シャルロットは唖然としてスーツと一夏を交互に見やる。

 

「今は時間が惜しいんだ。俺は向こう向いてるから早く!」

 

「言う通りにしなさい。余り時間をかけてると誰かに見られる可能性もあるわ」

 

 自体を飲み込めないシャルロットを急かす様に一夏はスーツを手渡し、レミリアはそれを煽る。

 

「わ、分かった」

 

 呆然としながらも、シャルロットは二人の言葉に従い、急いで服を着替え始める。

 

「もしもし椛、そっちはどう?」

 

『今の所、そっちの部屋に向かってる人影はありません。監視カメラの類もアリスさん達が上手く処理してくれてます』

 

 一方で文は監視役の椛と連絡を取り、周辺の状況を確認する。

 

「き、着替えたよ」

 

 まだ醒めぬ混乱から吃りながらシャルロットは着替えを済ませる。

 

「よし、それじゃ…起動!」

 

 着用を確認し、にとりはシャルロットの着用するスーツの袖元のボタンを押し、シャルロットの身体は透明人間のように姿を消してしまった。

 

「!?……す、凄い」

 

 鏡にも映らぬ自分の姿に驚くシャルロット。

そんな彼女を尻目に一夏達は自分達の荷物を纏める。

 

「よし、今から河城重工に行く。俺達の方は千冬姉が学園の方に根回しして外出許可を取ってるが、デュノアは見られると拙い。外で待ってる車に乗るまでは極力声は出さないように俺達に着いて来てくれ」

 

「わ、分かった……」

 

 自体をまだ完全に飲み込めてはいないものの、シャルロットは再び覚悟を決めて一夏達と共に歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

「本当に知らんのか?」

 

「だから知らねぇって言ってんだろ?しつこいぞ、お前……」

 

 一夏と弾の部屋(本日付で美鈴と交代した)の前にて、箒は弾に一夏の居場所を問い詰めていた。

 

「クソ!何処に行ったんだ、アイツは!?」

 

 苛立ちを隠さずに箒は地団駄を踏む。

そんな箒を弾は冷めた目で見ていた。

 

「なぁ、お前さ、鈴から聞いたんだが、一夏の幼馴染だからって、ちょっとアイツに踏み込み過ぎなんじゃないのか?」

 

 鈴から今までに聞いてきた箒の行為と目の前での態度を見かね、弾は苦言を呈す。

 

「貴様には関係無い!私と一夏の問題に首を突っ込むな」

 

「直接関係無いからこそ見える事だってあるんだよ。お前がアイツの事をどう思ってるかなんて、お前の顔色見れば大体分かるけどさ。お前、一夏の事ちゃんと見てないだろ?」

 

「何だと、ふざけるな!私はずっと昔から一夏の事を知っている!アイツが変わった事を気にも留めない癖に友人面してるだけの貴様とは違うんだ!!」

 

 弾の指摘に激昂し、箒は今にも噛み付きそうな勢いで弾の胸倉を掴んで吼える。

 

「其処(そこ)だよ、其処!何でアイツが変わったって思うんだ?どっちかって言うと成長したって感じだろ?」

 

「アイツは、一夏は昔からとても優しかった!なのに、あの訳の分からん連中に変に影響されて……。対抗戦の時だってそうだ、私の行為が危険だからって私がどんな想いでアイツに活を入れたのかも知らないで……」

 

「……お前馬鹿か?ガキの喧嘩じゃねぇんだぞ。命懸った局面で他人巻き込んでそんな真似すれば一夏だってキレて当然だろ!?……っていうか、例の事件の犯人ってお前だったんだな」

 

 箒の言い分に弾は呆れと軽蔑の眼差しを見せながら、胸倉を掴んでいる箒の腕を振り解く。

対抗戦での事件は弾も噂程度には聞いていたが(当事者が誰かまでは聞いていなかった)、話半分だけでも非は箒の方にあるのは明らかだという事は弾も十分に理解していた。

 

「もういい!貴様などと喋るだけ時間の無駄だ、帰らせてもらう!!」

 

「チッ……そっちから勝手に来ておいてよく言うぜ!」

 

 取り付く島も無い箒に弾は愛想を尽かすように吐き捨て、乱暴にドアを閉める。

箒は箒で不快感に表情を歪めてその場を早足で立ち去った。

 

(ったく、ストーカー女が……あんな風にだけはなりたくないな)

 自身も現在進行形で片想い中という点は箒と同じである事から、弾は箒を片想いの悪い見本として見定めたのだった。

 

 

 

 

 

「何、コレ……」

 

 河城重工に向かう車の中で、シャルロットは手渡された資料を見て声と手を震わせていた。

 

「コレ……本当なの?」

 

「間違いなく事実よ。そこにいるパパラッチ烏が調べ上げたから。……それにこんなことで嘘をつく理由なんて無いわ」

 

 震える声で確認するシャルロットに咲夜は文を見ながら答える。

『烏』という言葉の意図は解りかねるも、シャルロットは再び資料に目を向ける。

 

 

 シャルロットの父、セドリック・デュノア……彼は重工系企業、デュノア社の三代目に当たる。

 

 シャルロットの母、エリザとは学生時代に知り合い、十代の頃から恋愛関係にあった。

エリザが大学卒業直前、シャルロットを妊娠した為、二人の結婚は周囲から確実だと思われていた。

しかし、この頃当時デュノア社のスポンサーだった資産家の意向により、当時の資産家令嬢、クローデットとの縁談が持ち上がった。

エリザの妊娠から数ヵ月後にクローデットは女児を妊娠(この件に関してセドリックは身に覚えが無く、寝ている隙に何らかの逆レイプの類が行われたのではないかと当時のセドリックは推測している。実際は少し違うがその概要は後述)、この事実を武器にクローデットの実家はセドリックにクローデットの婚約を迫り、政略結婚が決められ、エリザとは無理矢理破局させられてしまう。

おまけにクローデットという女は、当時から異常なまでに気位が高く、財力で勝る自身の家柄を鼻に掛け、セドリックだけでなく彼の両親すらも見下し、隙あらばデュノア社を乗っ取らんばかりに増長を強くしていった。

 

 しかし、そんな中でもセドリックはエリザへの想いを捨てる事無く彼女を想い続け、エリザと彼女との間に出来た娘、シャルロットに不自由をさせぬよう、結婚後も密かに資金援助を惜しまなかった。

父として名乗り出る事も出来ない辛さを抱えつつも、セドリックはシャルロットを娘として愛し続けた。

いつの日か彼女達と一緒に暮らせる日を夢見て、デュノア社を大きくし、クローデットの離婚を誰からも反対されぬよう、自身の地位を高め続けた。

 

 学生時代から経営学の分野で高い資質を見せていたセドリックは、大学卒業から数年後、父親から社長の座を受け継ぎ、それを遺憾なく発揮して見せ、デュノア社をフランス有数の大企業に成長させる事に成功した。

ところが、クローデットとの離婚が時間の問題になりつつあった時、不運にもそれがISの登場と重なってしまい、社会風潮が女尊男卑になったのを良い事にクローデットのデュノア家での権力が回復してしまったのだ。

 

 更に、蛙の子は蛙と言うべきだろうか、クローデットの娘、ノエル・デュノアは母と同様に徹底した女尊男卑主義者であり、父である筈のセドリックを見下すという、ISによる女性優遇の社会においても非常に性質の悪い部類に入る人種だった。

しかも、ノエルは確かにクローデットの娘であるが、セドリックの娘ではなかった。

彼女の実の父親は既に故人……クローデットが精子バンクから優秀な精子を買い取って人工授精によって生み出された子供、それがノエル・デュノアだ。

 

 しかし、そんな四面楚歌な状況においてもセドリックは、社長の地位、自分に着いて来た社員達、そして愛するエリザとシャルロットを守るために戦い続けた。

しかし、クローデットの魔の手は遂にエリザ達母娘にも向けられた。

 

 エリザが巻き込まれた轢き逃げ事故……これは事故などではない、クローデット母娘とその一派によって仕組まれたれっきとした殺人(未遂)事件だ。

 

 心の底から愛した女性を失い、そのショックで生まれたセドリックの隙、そこにクローデットは付け込み、デュノア社の実権を掌握したのだ。

セドリックが気付いたときには既に解き遅く、子飼いだった社員達は全て解雇され、デュノア社の主だった幹部と社員は全てクローデットのイエスマンのみに挿げ替えられ、エリザとの娘であるシャルロットの身柄も既に押さえられていた。

 

 この時、セドリックは覚悟を決めていた。

子飼いだった社員達には自身の個人資産(ポケットマネー)から可能な限り退職金を支払った上で再就職を斡旋し、社員達が路頭に迷うのを防ぎ、愛娘であるシャルロットをIS学園に送り出し、クローデットの手が届かぬようにした。

そしてその直後、シャルロットを学園に送り出した事に気付いたクローデットによってセドリックは拘束、自室に監禁されたのだった。

 

 

「…許、さない……絶対、許さない!……アイツ等、殺してやる!!」

 

 整った顔を憤怒と憎悪に歪め、シャルロットは搾り出すように声を上げる。

右拳は血が出るほど硬く握り締め、専用機の待機状態であるペンダントに左手を伸ばすが、咲夜にその腕を掴まれる。

 

「落ち着きなさい。アナタが屑(クローデット)に殺意を抱くのは構わないけど、今のアナタは私たちの保護下よ。冷静になりなさい」

 

「けど……!……………………分かった」

 

 

 咲夜の言葉にシャルロットは僅かだが冷静さを取り戻し、矛を収める。

 

「今はこれから起きる事に備えなさい。これから、アナタは自分の常識を覆す体験を何度もしなければならないのだから……。それに、向こう(重工)にはアナタに会いたがってる人も居るしね」

 

 レミリアの言葉にシャルロットは一瞬怪訝な表情を浮かべるものの、レミリアは意味深な笑みを浮かべるだけでそれ以上は何も語らなかった。

 

「そろそろ着くよ。あ〜、やっと酒が飲めるよ」

 

 運転席の勇儀が愚痴るように一夏達に声を掛ける。

それから一分も経たぬ内に、車は駐車場に止まり、一夏達は車から降りる。

 

「ねぇ一夏、"アレ"はもう外して大丈夫よね?」

 

「ああ、そうだな。デュノアも少し慣れておいた方が良いし」

 

「慣れるって……何に?」

 

 内容の解らぬ一夏達の会話にシャルロットは思わず一夏達に訊ねる。

 

「こういう事さ」

 

 返答して見せたのは勇儀だ。

返答と同時に勇儀は徐(おもむろ)に左腕に手を伸ばし、二の腕に取り付けられた認識疎外用の腕輪を外した。

直後に勇儀の額に突如として一本の角が生えるように現れ、それを見たシャルロットは驚愕に目を見開く。

 

「!!?…つ、角ぉ!?ど、どうなってんの!?この人、角が生えて……」

 

「ハッハッハ!そりゃ当然さ。私はれっきとした『鬼』だからね!」

 

 驚きの余り声が裏返るシャルロットに、勇儀は豪快に笑ってみせる。

 

「お、おお、鬼?そ、それって日本の童話とかに出てくる……」

 

「そう、妖怪よ。でも安心なさい、別にアナタを取って食おうって訳じゃないんだから」

 

「!……す、スカーレットさん、射命丸さん。そ、その背中に生えてるのって?」

 

 再びシャルロットは驚愕し、今度はそのショックで硬直してしまう。

レミリアと文の背中には、それぞれ形こそ違うものの、共通したある物が生えていたのだ。

 

「羽ですよ。私は烏天狗でレミリアさんは吸血鬼ですから」

 

「吸血、鬼……」

 

 ホラーやオカルトにおいて、非常に馴染みの深い単語に、今度は一瞬で理解してしまう。

この時シャルロットの頭の中は真っ白になる寸前だった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 混乱の真っ只中にいるシャルロットに一夏は肩に手を置きながら声を掛ける。

 

「まぁ、驚くのは理解できるけど、安心しろよ。さっきレミリアも言ったけど、俺達はお前を害するつもりは全く無い」

 

「そういう事。取り敢えず……ようこそ、シャルロット・デュノア。幻想に生きる者達の楽園、幻想郷の入り口へ……」

 

 混乱から抜けきれないシャルロットにレミリアは静かに笑みを浮かべながら歓迎の言葉を掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 デュノア社の社長室内、此処には二人の女がいる。

現社長婦人、クローデット・デュノアとその娘、ノエル・デュノア……二人の母娘が何かを会話している。

その表情は悪意に満ちており、見る人が見れば如何にも悪巧みといった印象を受ける表情だ。

 

「ママ!何でアイツをさっさと殺さないの?あの女の時みたいに車で轢き殺して事故死にでも見せかければそれで良いじゃない?」

 

「私だってさっさとあんな男始末したいわよ。だけど、あの男は泥棒猫程度とは違って一応社長なのよ?下手に始末したら警察が何を調べに来るか……」

 

それぞれが苛立ちを見せながら言葉を発する。

彼女達にとってセドリックの殺害は既に決定事項。いや、それ以前に二人の中で自分達の意にそぐわない者や気に入らない相手を殺すことに何の躊躇も罪悪感も無いのだから余計に性質が悪い。

 

「……明日」

 

「え?」

 

「明日の朝、水道管に薬を流すわ。後はあの男がフラフラ外に出た所を轢き殺せば良い。……司法解剖の危険があるし、改竄するのにも金が掛かるから嫌だったけど、仕方ないわ」

 

 クローデットの言葉にノエルは歪んだ笑みを浮かべる。

愉悦、嘲り、侮蔑の入り混じった邪悪な笑みを……。

 

(最初からそうすりゃ良いのよ。無能の臆病者が……アンタなんか私がデュノア社を引き継ぐまでのお飾りでしかないのんだから余計な事するなっての。この前だってあんな見え見えの横領なんてしやがって、アレで私がどんだけ苦労して隠蔽した事か……)

 

 ノエル・デュノア……ある意味において、彼女は実の母であるクローデット以上の邪悪さと外道の資質を秘めた女である……。

 

 

 

 

 

 河城重工社内の休憩室、シャルロットは自身の会うべき人物の到着を待つ中、一夏達から幻想郷の大まかな説明を受けていた。

 

「よ、妖怪や魔法使いなんて……いきなりそんな事言われても……」

 

最も話を聞いただけでは実感が無いのでシャルロットは如何にも『信じられない』といった表情でその話を聞いていたが。

 

「これを見ても?」

 

「幻想郷じゃコレくらい序の口だぞ。修行さえ積めば人間だって、ホラ」

 

 そう言ってレミリアは羽をパタパタと動かしてみせ、一夏は宙に浮いてみせる。

 

「はわわ……!?」

 

(面白いわね、この娘……)

 

 弄り甲斐のある相手を見つけたレミリアは心底愉快そうに笑みを浮かべる。

 

「こ、コレ本当に現実なの?」

 

「頬でも抓って確認すれば?」

 

「……痛い。夢じゃ、ないんだね」

 

 本当に抓って確認したシャルロットは諦めた様に漸く現実を受け入れたのだった……。

 

「一夏さん、命蓮寺の方達、着きましたよ!」

 

 やがて駆け込むように文が休憩室に入ってくる。

 

「おう、今行くよ。デュノア、来いよ。お前の関係者が来てるぜ」

 

「?」

 

 関係者と言われても今一つピンとこないシャルロットは怪訝な顔を浮かべながら、一夏の後に着いて行く。

 

 

 

「ココだ」

 

 一夏に連れられ、着いた場所は客室の前、近付くたびにシャルロットの緊張は強まる。

一体誰が自分に会いたいというのだろうか?一夏達は自分の関係者だと言っていたが自分と河城重工、引いては幻想郷を結びつけるものなど自分は知らない。

 

「失礼します、シャルロット・デュノアを連れてきました」

 

 目上の人間に接するように一夏は控えめにドアをノックする。

 

「入ってきて」

 

「え?」

 

 中から聞こえてきたのは女性の声。

その声にシャルロットは聞き覚えがあった。

だが、ありえない。この声はもう二度と聞く事が出来ない筈だとシャルロットは頭を振る。

しかし、頭の中で急速に先程の説明が思い出される。

 

外界から幻想郷に流れ着く者は大きく分けて3種類いる。

一つ目は外界で殆ど忘れ去られ、幻想郷に流れる『幻想入り』。

二つ目は守矢神社の面々の様に、自らの意思とその足で幻想郷へと渡る『外来者』。

そして三つ目、何らかの突発的転移で幻想郷へ流れ着く『神隠し』。

 

 もしもあの時、“あの人”の遺体が見つからなかったのは神隠しが原因だったとしたら……。

 

 雲を掴むような話、余りにも現実離れした想像……そんな仮説が一瞬のうちに構築されていく。

気付いた時、シャルロットは一夏がドアを開けるよりも早く、ドアノブを奪い取るように掴んでその扉を開いた。

 

「……あ……あ…………お母、さん?」

 

 そして視界に現れた人物に驚愕し、歓喜する。

 

「……シャルロット」

 

 目じりに涙を浮かばせながら目の前の女性……エリザは娘であるシャルロットに微笑む。

それを見た途端、シャルロットの中で何かが爆ぜる様に溢れ出し、シャルロットの足は母に向かって駆け出していた。

 

「お母さぁぁん!!」

 

「シャルロット……!!」

 

 お互いに駆け寄り、母と娘は一年近く会えなかった時間を埋めるかのように名を呼び合い、抱きしめ合う。

 

「シャルロット……ごめんなさい、ずっとアナタに、辛い思いを……!」

 

「お母さん、お母さんっ……うああぁぁぁぁ!!」

 

 もうそこからは二人とも嗚咽しか出ず、ただただ歓喜の涙を止め処なく流すのみだった。

だが二人にはそれで十分だった。

今はただ、再会出来た喜びだけを感じて……。

 

 

 

「俺達も無粋だよなぁ。親子水入らずの場面を盗み見とかさぁ……」

 

 ドアの隙間から母娘の再会をこっそり眺めながら、一夏は苦笑いしながら呟いた。

だが、苦笑いではあるものの、その表情には安堵感のある優しい笑みだった。

 

「エリザ……良かったわね」

 

「…………」

 

 エリザの主人である一輪は涙ぐみながら優しく微笑む。

彼女の相棒の雲山(現在身体のサイズを小さくしている)も無言のまま男泣きしている。

 

「シ゛ャルロット゛さ゛ぁん……良かった、良かったよ゛ぉ……」

 

「美鈴、アンタは泣き過ぎよ」

 

「すいません、私こういうの弱いんです……」

 

 鼻水垂らして号泣する美鈴に突っ込みながらも咲夜も満更ではないといった表情だ。

 

「でもまぁ、良い結果で何よりですね」

 

「あら、写真は取らないの?パパラッチ烏のアナタが……」

 

「流石にコレを新聞のネタにしようとは思いませんよ」

 

 ドアとは少し離れた位置で文とレミリアは軽口を叩き合う。

 

「さてと、お邪魔虫は退散。コレからが今夜の本番よ」

 

 妖しく笑みを浮かべ、レミリアは外を……正確には上空に浮かぶあるものに目を向けた。

 

 

 

 

 

 改造エンジンと光学迷彩を装備された船が河城重工上空で鎮座している。

それは、カスタマイズされた聖蓮船……IS並の速度で飛行し、フランスへも一晩の内に往復でき、重力制御もバッチリだ。

コレに搭乗して一夏達はフランス、デュノア社へ突入、セドリックを救出するという算段だ。

 

「にとり、白蓮さん。どうだ?準備の方は?」

 

 聖蓮船に乗り込み、一夏は最終整備を行うにとり、それに付き添う白蓮に声を掛ける。

 

「うん、整備はもうすぐ終わるよ。ただ、通信担当が居ないのはちょっと残念だけどね」

 

 にとりは工具を持ったまま受け答える。

聖蓮船は船長と砲撃は村紗で賄えるが、通信に関しては専門の知識を持つ者が必要になってくるため、幻想郷のものでは

にとりが同行できればそれに越したことはないが、にとりは航行中は砲撃と出力調節を離れる事が出来ないため、残念ながら通信にまで手が回りそうになかった。

ちなみに、他の河童は機体の開発や整備があるため重工を離れる事が出来ないので同行は不可能である。

 

「こっちも準備万端です。」

 

 白蓮は窓の方に目を向け、底から光の球が船内に入ってくる。

 

「お待たせ……ったく、数が多いから凄く面倒だったよ」

 

 光の球が言葉を発すると同時に左右違う型の異形の羽を生やした黒髪ショートボブの髪型をした少女が姿を現す。

彼女の名は封獣ぬえ、地底に封印されていた頃からの村紗の知り合いで、聖蓮船の異変の際に飛蔵の破片をUFOの姿に変えた張本人である。

彼女は異変後、霊夢に退治され、その後は白蓮たちに受け入れられて命蓮寺で暮らすようになった妖怪だ。

 

「ほらよ。人間に協力するのは癪だけど、世話になってる奴(白蓮)からの頼みだからね」

 

 ぶっきらぼうな態度を見せつつ、ぬえは一夏にある物が入った袋を手渡す。

小さな蛇を象った様な彫刻らしきものだ。

 

「これが……」

 

「ああ、私の能力(ちから)で作った種の改良版。それを身に着けておけば見る者には全員真っ黒な影にしか見えないよ」

 

 ぬえの能力は『正体を判らなくする程度の能力』。

ちなみに、その能力で作られた『正体不明の種』を使用すれば一夏達の招待は隠す事が出来る。

隠蔽工作にはこれほど適した能力は無いだろう。

 

「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」

 

「お、お礼なんて言わなくて良い!別にお前みたいな人間のために作ったわけじゃないんだからな!」

 

 素直に礼を言われ、ぬえは少々動揺しながらそっぽを向いた。

 

「あらあら、素直じゃないわね」

 

「そんなんじゃないってば!」

 

 素直になれない子供を見るように微笑みながら自分を見る白蓮にぬえは顔を真っ赤にして否定するのだった。

 

 

 

 

 

 それから数十分後、シャルロットを連れてきたメンバーである一夏、レミリア、咲夜、美鈴、文の五人とエリザを除く命蓮寺のメンバーが聖蓮船の甲板に集まった。

 

「さて、エリザが戻り次第、私達はフランスのデュノア社に向かって幽閉されたデュノア社長を救出する。ここまでは良いわね?」

 

 場を仕切るようにレミリアが全員を前に目的を確認し、その場に居る者達は無言のまま頷いた。

 

「全員、ぬえから受け取った種は身に着けてるな?コレが無いと正体がばれるから、ISに乗ってる奴は絶対落とさないようにな」

 

「……ご主人。良かったね、IS乗りじゃなくて」

 

(……言い返せない)

 

 ナズーリンの指摘に星は内心かなり凹んだ。

 

「あ、エリザさん来ましたよ!」

 

 外を見張っていた美鈴から声が上がる。

船体の下から甲板に向かって一人の人影が近付いてくる。

シャルロットに幻想郷に来た流れ着いた際の経緯を説明し終えたエリザだ。

 

「お待たせしてしまって、すいません。準備が終わりました」

 

「構わないわ。こっちも丁度準備が終わったところよ」

 

 遅れてしまった事に申し訳なさそうに謝罪するエリザ。

そんな彼女の謝罪を受け流し、レミリアはエリザに甲板に来るよう促す。

 

「よし、それじゃあ……」

 

「待って!!」

 

 いよいよ出発しようとする聖蓮船。

しかし下方からスピーカーを使った大声が飛んでくる。

声の主は訓練用の打鉄を纏ったシャルロット。彼女は重工から借りたこの機体で聖蓮船に乗り込んだ。

 

「シャルロット!?アナタどうして?」

 

 驚く様子を見せるエリザを余所にシャルロットは一歩前に踏み出す。

 

「お願いします!僕も連れて行ってください!!」

 

 シャルロットは床に手を付いて頭を下げた。所謂土下座である。

 

「シャルロット、この件は私達に……」

 

「危険なのは解ってる。だけど……ボク、ずっと自分の事ばっかりだった。お父さんがどんな想いでボクをIS学園に送り出してくれたのかも気付かないで、だから……ボクもお父さんを助けたい!助けて、ちゃんと話をして、お母さんとお父さん、一緒に暮らしたい!だから、お願いします!!」

 

「シャルロット……」

 

 額を床にこすり付けて頼み込むシャルロットにエリザは言葉を失ってしまう。

そんな二人の間に割って入るようにレミリアが近寄る。

 

「通信士の席が空いているんでしょう?私達は彼女がそこに入る事に文句をいうつもりは無いわ」

 

「レミリアさん!?」

 

 驚いて振り向くエリザ。

しかしレミリアは余裕を崩さずエリザと向き合う。

 

「決めるのはシャルロットと……そしてアナタよ、エリザ」

 

 そして静かに言い放つ。

その言葉にエリザとシャルロットとの間に沈黙が流れる。

 

「……私、母親失格かもしれないわね。娘をわざわざ危険な任務に連れて行くなんて」

 

 困ったような、諦めたような表情を一瞬浮かべ、直後にエリザは真剣な表情でシャルロットと向き直る。

 

「じゃあ……」

 

「シャルロット、一緒にあの人を助けましょう。だけど約束して、アナタも私も、そしてあの人も、皆で生きて、此処に戻ってくるって」

 

「お母さん……うん!!ありがとう!!」

 

 母に感謝の意を示しシャルロットは強く頷いてみせる。

それを眺め、快活な笑みを浮かべて一夏はにとりと村紗に向き直る。

 

「よし、話は決まりだな!にとり、村紗!頼むぞ!!」

 

「OK、光学迷彩起動!いつでも行けるよ!!」

 

 一夏の言葉に、にとりは威勢良く返事をして光学迷彩を起動させ、船は無色透明になったかのようにその姿を消した。

 

「聖蓮船、発進!!」

 

 そして村紗の声が飛び、船は凄まじい速さで飛び立つのだった。




機体紹介

打鉄(河城重工仕様)

河城重工が倉持技研に使用料を支払って作った訓練用の機体。
改良が加えられており、飛行が可能。
武装はアサルトライフル、近接戦闘用ブレード、投擲用カッター。


次回予告

 フランス、デュノア社に突入する聖蓮船。
漆黒の影を身に纏い、一夏達は敵を討つ!

次回『空中決戦!!』

一夏「外界に出た時から、覚悟は出来てる!」

エリザ「落とし前は付けさせて貰うわ!」


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空中決戦!!

今回ちょっとグロいです。


「反応は……こっちだよ、エリザ!」

 

 ダウジングロッドを両手に握りながらナズーリンは自身の能力を用いてセドリックの居場所を探し当て、エリザと共に最上階の部屋へ向かっていた。

 

「もうすぐ……もうすぐよ。無事でいて、リック」

 

 愛する男の名を呟きながらエリザは足を速めた。

 

 

 

 

 

 フランス・デュノア社周辺の上空、一夏達はデュノア社のIS部隊を相手に空中戦を演じていた。

敵はデュノア社の警備部隊のみではなく、クローデットがデュノア社の経済力と影響力に物を言わせて得たコネにより援護を要請されたフランス軍のIS部隊も一部ではあるが出ている。

 

「まさか、市街地の上でドンパチしなきゃならねぇとは、なっ!!」

 

「キャアアア!!」

 

 そしてまた一人、一夏の手でISを駆るクローデットの私兵の一人がデュノア社の敷地内に叩き落され、地面に激突する。

落とされた女はピクピクと身体を痙攣させ、直後に気絶した事によりISは強制的に解除される。

落下の衝撃は想像以上に大きかったらしく、女の両腕と両足は不自然に曲がり、開いた口から覗く歯は殆ど折れているという、見るも無残な状態だ。

いや、彼女はまだマシなほうかもしれない。少なくとも『大怪我』で済んだという意味では……。

 

「畜生ぉ!死ね!死ね!!死ねぇぇぇーーーー!!!!」

 

 恐怖心と焦燥を憎悪と怒りに変換し、一人の女が一夏目掛けて上空からアサルトライフルを連射する。

地上への被害などまるでお構い無しだ。

 

「ッ!!」

 

 即座に一夏は急上昇し、女より上方へ移動して市街地への流れ弾を防ぐ。

 

「死ぬのは……お前の方だ!!」

 

 普段の闘志とは違う明確な殺意を醸し出しながら、一夏は一気に女に接近し、その身体目掛けて手刀を突き出した。

 

「ガッッ………え?」

 

「……《手刀『零落白夜〈改〉』》」

 

 女は自分の身に何が起きたのか一瞬理解できなかった。

一夏の発動したスペルにより、刃と化した手刀と、Dコマンダーのパワーが併さった一撃は女を切り裂いた。

それは身体に切傷を負わせたという意味ではなく、文字通り真っ二つに……上半身と下半身を搭乗していたISごと分断したのだ。

 

「ア゛ア゛ッァァァァァアァッッ!!!!!!!???!」

 

 声にならない耳障りな叫び声が上半身のみと化した女の口から響き渡る断末魔の叫びが一夏の鼓膜に反響する。

それに伴い一夏の全身に不快感が走る。

 

「分かってたとはいえ、やっぱり嫌なもんだな……だけど!」

 

 一瞬だけ表情を不快感に歪め、ISと共に爆ぜる女の姿を眺めながら一夏は数時間前の作戦会議を思い出す。

 

 

 

 

数時間前 聖蓮船・船内

 

「じゃあ大まかな作戦は、まず民間人に避難する時間を与えるため、真っ向から船を突っ込ませるわ。そして私達IS部隊が上空でドンパチやって、その隙に光学迷彩を装備したエリザ、文、ナズーリンがデュノア社内部に潜入。エリザとナズーリンは社長を救出して、文はデュノア社の不正を流出させる。それが済み次第、船に戻って脱出。追撃部隊が来たら即座に撃墜、此処までは良いわね?」

 

 会議を仕切るレミリアの言葉に全員が無言のまま頷く。

 

「だけど、この作戦ではどうしても市街地の上で戦わざるを得ない……。例え避難誘導しても完全とまではいかないでしょうし、いくら私達でも被害ゼロは難しい、敵を生かす事を前提にしている以上はね」

 

 レミリアの言葉の意図に一部の者は表情(かお)を顰める。

詰まる所、自分たちが今からやる事は大義名分はともかく、立派な犯罪行為なのだ。

少なくとも戦闘中、義は相手側がほぼ独占するだろう。

義の有無は意外と大きい、特に市街地の上で戦闘を行う以上、民間人に被害が出ようものであれば此方側は簡単に悪役になってしまう。

逆に言えば大儀さえあれば大抵の事は許容されてしまうのだ。クローデット一派は多少民間人を犠牲にしても構わないというアドバンテージを持っているのだ。

 

「民間人の命と敵の命……どっちを優先するかは選ぶまでも無いな」

 

 言葉を発したのは一夏だった。

 

「良いのね?一夏……」

 

 咲夜が静かに訊ねる。

一夏が敵を殺したのは後にも先にも学園入学前の過激派による襲撃事件の際だけだ。

この戦いに参加すればそれと同じ事を何度もしなければならないだろう。

 

「俺は……外界に出た時から、覚悟は出来てる!……他の皆にも聞く。もし、敵とはいえ人を殺す事が出来ないっていうなら今の内に言ってくれ。無理ならこの戦いに参加しなくて構わない。俺達は誰もそれを責めない!」

 

 一夏のまっすぐで真剣な眼差しが船内に居る全員に向けられ、全員がそれに真っ向から見つめ返す。

 

「自分から敵を殺そうとは思っていない。だけど、私はあの人を助ける。その為なら自分の手が汚れたって後悔はしないわ」

 

「ボクも、今までずっと流されっぱなしで、何も出来ないまま後悔してきたけど……もう逃げちゃいけないって解ったから!だから全力で皆をサポートしてみせるよ」

 

 最初に返答したのはエリザとシャルロットの母子だ。

それに追従するように他の者達からも声が上がっていく。

 

「殺生は決して許される行為ではない……それは私達にも、これから戦う方々にも言える事です。私は私の出来る範囲で守れる命を守りたいのです。たとえ、その結果他者から恨まれようとも」

 

「眷属が覚悟決めてるのに、主人の私が決め兼ねてちゃ、格好悪いわよね。ねぇ、雲山?」

 

「…………」

 

 エリザ達に続いて白蓮が、そして一輪も参加意思を表明し、雲山も無言ではあるが力強く頷いてみせる。

 

「今夜だけは、昔みたいに船幽霊の本分を発揮してやろうじゃないの!」

 

「仲間が覚悟を決めて、私だけ覚悟を決めないなんて、出来る訳無いじゃないですか」

 

「ま、相手の親玉は悪人だし、ちょっとばかし残酷になっても抵抗感は少ないよね」

 

「私は元々人間が嫌いだ。それが悪党なら尚更ね」

 

 村紗、星、ナズーリン、そしてぬえ……コレで命蓮寺のメンバー全員の参加が決定した。

 

「私達紅魔の者達は既に準備出来てるわ」

 

「あややや、コレで私一人残ったら完全に悪者じゃないですか」

 

 そして最後にレミリアと文が発言し、戦闘員全員の参加が決定したのだった。

 

「コレで決まりね。一時間後に行動開始よ」

 

 不適に笑みを浮かべるレミリアの一言により、作戦会議は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

「シャルロット!市街地の被害状況と住民の避難状況は!?」

 

 回線を開いて一夏はシャルロット(苗字ではデュノア社長やエリザ(厳密には違うが)と被ってしまうため、一夏はシャルロットを名指しで呼ぶようにしている)に周辺状況を確認する。

 

「街への被害は10%未満。こっちはまだ許容範囲だから問題ないけど、避難の方はまだ少し人が残ってるから注意して!」

 

「了解だ」

 

 確認を取り終えた一夏は再び敵を迎え撃つ。

己が覚悟を胸に抱きながら……。

 

 

 

 

「何、なのよ……こいつ等は?」

 

 専用のラファールを身に纏い、後方で突如現れた謎の集団の戦闘力を目にしてノエルは声を震わせる。

 

 

「落とす!《『レイディアントトレジャー』!!》」

 

「ギャアアアアアァァッ!!」

 

「逃がさない!《湊符『ファントムシップハーバー』!!》」

 

「ひっ……キャアアアアァァッ!!」

 

 レーザー状の光と巨大な錨が、それぞれ警備部隊の者達を容赦なく襲い、次々に落としていく。

警備部隊も抵抗こそしているが、その抵抗もまるで意味を成していない。

 

「雲山、やれ!!」

 

「ぬぅうううん!!」

 

「な、何で雲が動いて……グゲアアアアアァァッ!!!?!」

 

 そして頭巾を被っているような女が使役するかのように巨大な雲の手が落とされた者達を合掌して叩き潰し、一網打尽にする。

あんなやられ方では絶対防御も大して役に立たずに最低でも全身の骨が折れているだろう。

 

(……冗談じゃないわ。こんな連中の相手なんてしてたら命がいくつあっても足りない。デュノア社の後ろ盾を失うのは惜しいけど命の方が大事よ!専用機を持ち逃げすれば行き先なんていくらでもある。そうよ、この私がこんなところで終わっていいはずが無い!!)

 

 引き攣った笑みを浮かべてノエルは戦場に背を向ける。

彼女にとってデュノア社は自身の装飾品(アクセサリー)の一つでしかない。

自身の安全と再起への可能性さえ残っていれば何度でもやり直せる自信が彼女にはあったし、自分の安全と再起のためならば、実家(デュノア社)や母親(クローデット)が潰されようと知った事ではない。

早い話、ノエルという人間は極端なまでの自己中心人間なのだ。

彼女にとっては社会風潮である女尊男卑も周辺の男を顎で扱き使う口実に過ぎない。

本来の彼女は女尊男卑など関係なく自分以外の大抵の人間など等しく下等生物でしかないのだ。

 

「あら?引き際を見極める程度の頭脳は持っているようね。」

 

「!?」

 

 ノエルの目の前に突如現れる槍を構えた黒い影――レミリア・スカーレット。

小柄ではあるが、何処までも不気味で底の知れない覇気を醸し出すその姿は、大きな不安と恐怖心を煽ってくる。

 

「でも、部下を見殺しという点はいただけないわ。所詮は外道の娘は外道……」

 

「っ……この、化け物がっ!!」

 

 嘲笑しながら槍の切っ先を向ける影を前に、この状況で逃げるのは不可能と判断し、僅かでも相手に隙を作るべく、ノエルは自身のカスタム型ラファールの専用武装であるガトリングを左腕に展開し、撒き散らすように弾幕を張る。

 

「この程度の弾幕で……っ!?」

 

 槍を高速回転させてガトリング弾を防ぐレミリアだが、視界が突然煙に覆われる。

ノエルが撃ったのは爆煙が大量に出る炸裂弾、そして同時にノエルはIS用音響閃光弾を投げつけ、それを爆発させてレミリアの視界と聴力の自由を奪ったのだ。

 

「引っ掛かったな、馬鹿が!一生煙の中で遊んでなさい!!」

 

 炸裂弾の粉塵に包まれるレミリアを嘲笑いながらノエルはブースターを吹かして撤退しようとするが……。

 

「《紅符『スカーレットシュート』》」

 

 一瞬、たった一秒にも満たないその一瞬だった。

煙と閃光の中から紅い円盤状の光が飛び出し、光は刃と化してノエルの左腕を斬り落とした。

 

「ガァァアアアアアアアアアッッ!?……な、何で…………!?」

 

「臭うのよ、アナタ。私腹を肥やした人間特有の脂が乗りすぎて糞不味い血の臭いがプンプンと……。それだけで十分に位置が分かる程にね」

 

 切断された左腕を押さえてもだえ苦しむノエルの様子に、レミリアは視界の自由と聴力の何割かが利かない事を残念に思いつつ、レミリアは自らの手に持つ妖力の槍をより一層大きくする。

あらゆるものを軽々と貫く一撃必殺のスペルカード「神槍『スピア・ザ・グングニル』」……先程のスペル(スカーレットシュート)と同様、この一撃の前には絶対防御など薄い鉄板程度の厚さでしかない。

 

「あ……ぁ…………」

 

 恐怖で痛みも忘れて声が出なくなり、身動きも取れなくなる。

ノエルは本能で察した。目の前に居る相手は自分達の常識をはるかに超えた存在……。

自分達は人外とも言うべき化け物に目を付けられてしまったのだと……。

 

「さよなら。死神によろしくね」

 

 そしてレミリアは極々自然に、同時に無慈悲に、槍(グングニル)をノエルへ投げつけた。

 

「ノエル様!」

 

 しかし、その一瞬……ノエルの耳に飛び込んできた一人分の声、デュノア社の警備部隊の一員はノエルを救出するべくノエルに向かって一直線に飛んでくる。

それを理解した時、ノエルは醜く歪んだ笑みを口元に浮かべた。

 

「私は死ねないのよ。こんな所でこの私が終わって良い筈が無い。だから……!」

 

「……え?」

 

 助けようと自身に差し延べられた手ではなく腕を鷲掴み、ノエルは歪んだ笑みを崩さぬままそう言った。

 

「アンタが代わりに死ねば良いのよ」

 

 そしてそのままノエルは部下の身体を地震とレミリアの間、即ちグングニルの射線上に放り投げた。

 

「ア゛ァァァァッァアアァアァアッァァァッッッッ!!!!?!?!」

 

 フランスの市街地上空に鳴り響く一際大きな断末魔。

その身を槍で貫かれた女性パイロットの怨嗟、呪詛、悲痛、絶望……あらゆる負の感情を一纏めにしたような叫び声を残して身に纏うラファール諸共女は爆発の中に消え去った。

 

「フフ、アハハハ!私は生きるのよ……生きて、そして勝つ!勝利者は私一人だから」

 

 狂った笑いと共にノエルは急降下して大地を目指す。

地面に降りさえすればあとはISを解除して身を隠し、戦闘の混乱に乗じて逃げれば良い。

デュノア社は潰され、自分は行き場を失うだろうがそんなのは知った事ではない。

自分には専用機もあるし、能力もある。女尊男卑主義の過激派団体にでも自分を売り込めば後はどうにでもなる。

自分は勝利者となるべく生まれた人間、絶対に此処で終わって良い筈が無い。

いずれはこの化け物共すら皆殺しに出来る……ノエルはそう信じて疑わない。

 

「……調子に乗るなよ。ごみ屑が」

 

「……え?ヒィッ!!」

 

 まるで気が付かなかった。

ノエルの意識が元々レミリアの居た位置に向いていた事も差し引いても気が付かない程に。

目の前に居る影を纏った少女は影越しでも解る程に冷たい眼をしていた。

文字通り絶対零度と呼べる程に。

 

「此処まで見ていて不快な人間も珍しい……」

 

 静かに、しかし一瞬の内に、ノエルの反応が間に合わない速度でレミリアは静かに彼女の顔の前に、その手を……鋭く獰猛な爪を立てて近付け……

 

「故に、アナタに相応しい絶望を送るわ」

 

 そして顔面から下半身まで、一直線に裂いた。

 

「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 顔面から股先まで裂かれ、傷口から血が噴出す。

なまじ致命傷でないだけ痛みがダイレクトに伝わり、ノエルは喉が潰れかねない程の悲鳴を上げた。

 

「吸血鬼の私ですら吐き気を催す人間の底辺にも満たぬゴミよ、消え失せなさい」

 

「ゴガァッ!!」

 

 そしてレミリアはノエルをその細い腕で地面目掛けて叩き落す。

ISの絶対防御なら落下の衝撃自体は問題無いだろうが、ノエルのあの出血では最早誰かに救助でもされぬ限り生存は難しいだろう。

しかし、レミリアにとってそれはどちらでも良い。

ノエルが死ねば、彼女はそのまま地獄で絶望し、生き残れば顔と身体に残った醜い傷に絶望し、生き地獄を味わう運命になる事は明白だ。

 

「ノエル・デュノア……この私を本気で不快にさせ、あまつさえ好まぬ力技を使わせた愚者よ、アナタの運命は絶望以外許されない」

 

 吐き捨てるように言い放ち、レミリアは無言のまま背を向け、戦場へと戻る。

最早この時、デュノア社側の戦力は大半を失い、IS部隊員達の士気も駄々下がり状態となっており、多少ではあるが逃亡するものも居た。

デュノア社の陥落は最早時間の問題だった。

 

 

 

 

『け、警備部隊約65%壊滅!協力を要請していた軍も撤退していきます!!』

 

『そ、そんな!ど、どうすれば良いのよ!?』

 

『こっちが聞きたいわよ!!誰か何とかしなさいよ!!』

 

「ぐ…く……この、役立たず共が!!」

 

 最上階の一室……セドリックを監禁している部屋の中で、通信機の先から聞こえる管制室内の混乱と恐怖の罵詈雑言にクローデットは醜く表情を歪めて備品である机を蹴飛ばす。

 

「フン……どうやら、貴様も年貢の納め時だな、クローデット」

 

 衰弱した顔に嘲笑を浮かべてセドリックはクローデットを皮肉る。

 

「黙れぇっ!!」

 

 しかし、その反応が癪に障ったのかクローデットは通信機をセドリックに投げつける。

 

「ウグァッ!」

 

「まだよ、私が生き残る手はまだ有る……今すぐアナタの私有財産全てを私に寄越せ!!」

 

「馬鹿か貴様は。そんな真似した所で何になると」

 

「私が逃げられるわ!」

 

 クローデットの口から出た言葉にセドリックは驚愕する。

目の前に居る女は何と言った?

『自分が逃げられる』……つまりそれは

 

「き、貴様!自分一人だけ生き延びようとでもいうのか!?」

 

「そうよ!それの何が悪い!?」

 

 悪びれもせずにクローデットは言い放ち、セドリックは絶句する。

クローデットは自分一人だけ金を持ち逃げして他の者は全て見捨てようというのだ。

いや、娘のノエルをどうするのかは定かではないがそれでも十分性質が悪いことに変わりは無い。

この一件が収束したら間違いなくデュノア社は公安に調査されるだろう。

そうなればクローデットの横領などは即座に見つかり、デュノア社は即倒産、財産は差し押さえられて逮捕も免れないだろう。

だが、クローデットはその前にセドリックの私有財産を奪って整形と高飛びの費用に当てて逃げてしまおうというのだ。

 

「貴様という奴はどこまで……グォッ!!」

 

「口答えするな!下等な男風情が!!」

 

 怒りの篭った視線で睨み付けるセドリックをクローデットは懐から取り出した銃の底で殴りつけて喚き散らす。

 

「どいつもこいつも……私の!このクローデット・デュノアの命令一つ満足に実行できない役立たずのゴミを捨てて何が悪い!?お前も!!この私と結婚出来たという名誉も忘れて、誰のお陰で貴様の虫けら同然の企業を大きくしてやれたと思ってる!?この恩知らずが!!」

 

 口汚く暴言を撒き散らし、クローデットはセドリックを何度も何度も殴り続ける。

例え流血しようが白目をむきそうになろうがその手を緩める事はなく、感情のままヒステリックに腕を振るい続ける。

 

「ハァ、ハァ……最後のチャンスよ、セドリック。今すぐあなたの私有財産を寄越して責任を全て被りなさい。そうすれば命は助けてあげるし出所後も面倒を見てあげるわ。さぁ、言いなさい!この私に従うと!!」

 

 銃を突きつけ、先程とは一転した猫撫で声でクローデットはセドリックに迫る。

 

「……断る!!生憎だが私の私有財産は既に貴様が解雇した社員達への退職金に使った!第一、私は貴様と結婚した事を名誉に思った事など一度たりとも無い!!貴様はココで終わる、私と共にな!!」

 

 だがセドリックは動じない。

彼は既に覚悟を決めた人間。そんな彼が拳銃を突きつけられた程度で何を恐れる事があると言うのか?

セドリックはデュノア社と共にクローデットを道連れにすると決めた時、この日が来るのを待っていたのだ。

そんな彼に恐れるものなど何も無かった。

 

「そう……だったら望み通り始末してやるぁぁっ!!テメェ殺して遺産と保険金せしめれば同じ事だぁっ!!」

 

 口調が変わるほどに顔を狂気に歪めてクローデットは指に掛けた引き金を引き絞る。

セドリックは最早これまでとばかりに覚悟を決め、硬く目を閉じる。

そして次の瞬間一発の銃声と一人分の悲鳴が室内に木霊した。

 

「ギャアアアァァーーーーー!!!!」

 

「!?……な、何が?」

 

 だが、銃弾はセドリックに命中する事無く壁に穴を開けただけであり、悲鳴を上げたのは他ならぬクローデット自身だった。

思わぬ展開にセドリックは目を見開いて何が起きたのかを確認しようとする。

まず目を引いたのはクローデットの肩に深々と突き刺さっているクリスタルだ。

クローデットが銃を撃つよりも先にクリスタルが彼女の右肩に突き刺さり、狙いが逸れたのだ。

 

「よくも、よくもリックをこんな目に……!!」

 

 静かながら熱い怒りが込められた声と共に室内に入る二人の黒い影。

一人は小柄で頭部に鼠の耳のようなものが付いた少女、そしてもう一人はスレンダーで美しい体つきをした女性のシルエットだった。

そして女性の声、言葉を耳にしたセドリックは驚愕の表情をより一層強くする。

自分の事をリックという愛称で呼ぶ女性は今は亡き彼の母親以外ではたった一人しか居ない。

 

「ひっ!だ、誰かぁ!!し、侵入者が……」

 

「ッ!!」

 

「グガァアアア!!!!」

 

 大声を上げて助けを求めようとするクローデットに再び女性……エリザの手からクリスタルが放たれ、クローデットの左脚を穿つ。

 

「《束縛『ジェイルクリスタル』」

 

 そして直後にエリザは千冬との戦いで見せたスペルを発動して魔力で強化された糸を操作し、クローデットの身体を壁に磔状態にする。

 

「許さない……アナタだけは、絶対に……!!」

 

『いつでもイケるよ!計算はこっちに任せて!!』

 

 イヤホンから聞こえるシャルロットの言葉にエリザは手に持った全てのクリスタルに魔力を込め、己が最大のスペルを発動する!

 

「《反符『リフレクトクリスタル』!!》」

 

「ギィぃヤアアアアアア゛アアアアア゛アアアアアア゛アアアアアアアアぁああっっっっい゛アアァァアァァァ!!?!?!?!!?」

 

 魔力の弾が暴風雨の如くクローデットを打ちのめす。

何度も……そう、何度もだ。たとえ顔面の形が変形しようが一部の骨が砕けようが攻撃の手は決して緩まない。

そして今回のリフレクトクリスタルには、前回と比べて制限が大きく緩和されている。

聖蓮船にて通信を務めるシャルロットがにとり特製の演算機を用いてエリザが本来行うべき入射角と反射角の計算を行っているため、発動時間が格段に長くなっている。

 

「や、やめろぉぉあおぉぉぉおおぉ!!!!私を、誰だと思…… げごぁぉおぉおぁおおぉぉ!!!!???!?」

 

 クローデットの制止の声も誰一人として届く事は無い。

エリザとシャルロットの怨念を体現したかのように魔力弾はクローデットを決して許そうとはしなかった。

 

「ひぃぎやああああああああああッ!!?ぐぇぉぉおおおおオオオおおおぁああぁぁぁアアアアア!!?!?!!?!??!!?!?」

 

「…………解ってはいたけど、やっぱり気なんて晴れないわね」

 

 やがてクローデットの顔面が血に塗れ、全身の骨の至る部位の骨がへし折られた頃、エリザは唐突に攻撃を止める。

 

「だ……助け、て……お金なら、いくらでも……あげる、から」

 

 ボロボロの状態で無様に命乞いをするクローデットを、エリザともう一人の侵入者であるナズーリンは冷めた目で見つめる。

 

「助けて?……そうやって助けを求める相手を、アナタは今まで何人蹴落としてきたと思ってるの?」

 

「お前のやってきた犯罪行為はキッチリ調べてるよ。随分汚い手で何人もどん底に落としてきたようで……」

 

 言葉を一蹴され、クローデットの表情が絶望に染まっていく。

そんなクローデットを鋭く睨みながらエリザは再び口を開く。

 

「アナタを殺しはしないわ。アナタの様な人、殺す価値も無い……だけど、落とし前は付けさせて貰うわ!」

 

 そう言い放ち、エリザは隣に立つナズーリンに目を向ける。

 

「ナズちゃん!」

 

「OK!さぁ皆、餌の時間だよ。ただし、右腕と左脚だけだからね!!」

 

 ナズーリンの合図と共に、彼女の支配下にある多数の鼠が一斉に室内に入り込み、壁に張り付けられたクローデットの右腕と左脚に群がり始める。

そして直後、ネズミたちはその歯を立ててクローデットの右腕と左脚の肉に齧り付いた。

 

「ぎぃぃややあぁぁぁぁぁあああああああああああああああああぁっぁっっあーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!?!??!」

 

 同時にクローデットの絶叫が鳴り響く。

ネズミは本来肉食、クローデットの右腕と左脚は、今まさにネズミ達に喰われているのだ。

そして自身を拘束する糸が止血の役割を果たしているため致命傷には至らず、神経も先程のリフレクトクリスタルで痛め付けられた為、痛覚が麻痺してショック死することも出来ない。

クローデットは、生きながらに腕と脚を喰われるという地獄をその身と心で味合わされているのだ。

 

「私の腕が、私の脚がぁぁぁあああ!!??!?嫌ァァッァァァッァァァァあああああああーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 やがて右腕と左脚が喰い尽くされ、その頃にはクローデットは口から泡を吹き、目は白目を剥き、大量の失禁と共に失神していた。

 

「…………お前、いや君は……まさか……エリザなのか?」

 

 クローデットの受ける地獄の断罪を呆然と見ていたセドリックが、恐る恐るエリザに声を掛ける。

外道が相手とはいえ、残虐な行為に及んでしまったエリザは、気まずそうに一度俯くが、やがてぬえから受け取った正体不明の種を外した。

 

「え、エリザ……」

 

「リック……」

 

 お互いの名前を呼び合い、二人はお互いに相手の存在をしっかりと認識する。

やがてセドリックの目から涙が流れ落ち、それに釣られてエリザの目からも涙が零れ落ちる

 

「エリザ……!生きて、いてくれたんだな…………!」

 

「ええ……!……シャルロットも無事よ。リック……アナタのお陰で」

 

 二人は静かに歩み寄って抱擁を交わす。

長く引き裂かれていた二人の距離は、今漸くかつての青春時代のものと同じ距離にまで戻ったのだった。

これより数分後、エリザとナズーリン、そしてデュノア社(正確にはくローデット一派)の犯罪行為をフランス中に流出させる事に成功した文と合流し、聖蓮船に帰還した。

 

 そして、クローデットが目を覚ました時、既にデュノア邸内には警察の手入れが入り、クローデットは保護の名の下に拘束、やがて不正の証拠が摘発されて逮捕されたのだった。




次回予告

 無事に保護されたシャルロット、エリザ、セドリックは長い間失っていた家族の時間を取り戻し、今後について語り合い、一夏達は事件の後始末に奔走する。
そして、自業自得で全てを失い、絶望の淵に叩き落されたクローデットはどのような末路をたどるのか?

次回『取り戻した絆と新たなる生活、そして罪人は……』

???「……駒、確保します」

オリキャラ紹介

ノエル・デュノア
デュノア社社長夫人、クローデット・デュノアの娘。精子バンクからの人口受胎で生まれた存在。
表向きには女尊男卑主義者だが、その実態は自分以外の殆どの存在を見下す正確の持ち主。
自分のために他人を利用しようが殺そうが全く沿ぐわぬ者を決して認めない支配欲を持っており、母親に負けず劣らずな外道。
しかし、クローデットとは違い、非常に優秀な遺伝子を持つ父親(詳細不明)の才覚を受け継いでおり、状況を見抜く観察力や、クローデットの不正を隠蔽出来るだけの高い情報処理能力を持っている優秀な人物でもある。
幼き日からの英才教育と母の無能さを反面教師に物事を客観的に見極める洞察力に関してはセドリックですら認めるものであり、セドリックはノエルがクローデットの異常な自尊心と支配欲を受け継ぎさえしなければノエルは人の上に立つ器を持つ事が出来ただろうと常々思っていた。
レミリアに顔面と身体を引き裂かれ、撃墜されたが……。


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取り戻した絆と新たなる生活、そして罪人は……

 フランス、デュノア邸跡地近くの市街地……。

一人の女が誰もいない路地を這うように動いている。

女の顔面には……いや、顔面から身体にかけて真っ直ぐ4本の傷が入っている。

切り傷……というよりは浅く抉れていると言った方が正しいのかもしれない。

そして左腕は肩から先が無かった。

どちらにしてもこの女の命は風前の灯だというのは明らかだ。

 

「……だ、誰か……何で、誰も………出ないの、よ?」

 

 そんな醜く大きな傷を負いながら、その女……ノエルは手に持った携帯電話で部下と連絡を取ろうとするがそれも叶わない。

彼女が連絡しようとする部下たちは先の戦闘で既に戦死、よしんば生き残っていても警察に拘束、もしくはそれから逃れようと躍起になって逃走中だ。

そんな部下達にノエルからの連絡に応じる余裕などある筈も無かった。

 

「誰か……助、けて……し、死んじゃう……」

 

 誰一人として見えぬ虚空に手を伸ばし、直後にノエルは力尽きて気を失う。

まさにこの時、ノエルは地獄への入り口に片足を踏み入れつつあったが……。

 

「…………駒、確保」

 

 ノエル以外誰もいない筈のこの場所に、煙のように一人の少女の姿が現れ、無機質な声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 日本へと帰還する聖蓮船の一室、デュノア邸から保護されたセドリックは即席で用意された医務室へ搬送され、エリザとシャルロットに見守られ、事の経緯について説明を受けながら治療を受けていた。

最も、外傷はクローデットに殴られた傷のみで、衰弱の原因は基本的に数日間水しか口にしていなかった事による栄養失調のため、治療は栄養補給の点滴と包帯を少し巻く程度で済み、ある程度点滴が済み次第食事を採れば、ほぼ問題無く回復すると診断された。

 

「シャルロット、エリザ……すまなかった」

 

 ベッドの上に横たわったまま、セドリックはシャルロットとエリザを見つめ、そう呟いた。

 

「リック……」

 

「私が至らぬばかりに、クローデットを増長させてしまい……挙句の果てにお前たちまで巻き込んで……」

 

「そんな事無い!!」

 

 セドリックの言葉にシャルロットが大声を上げる。

 

「……お父さんは、ずっとボクの事を守ろうとしてくれたんでしょう?なのに、ボクは……お父さんの気持ちも知ろうともしないで、ずっと流されるだけで……」

 

 初めて父に思いの丈を打ち明け、シャルロットは嗚咽を漏らす。

そんなシャルロットの肩に手を置き、エリザは口を開く。

 

「リック……アナタが今まで私たちを守るために色々と手を回してくれたことを私は知っているわ。……だから、自分を責めないで。それに、それを言ったら私だってアナタと改めて一緒になるための努力を全部アナタに任せっきりになってたわ。それに、アナタを助けるためとはいえ、あんな残忍なやり方に手を染めてしまった。……それにね、私はもう人間とはいえない身になっている……こんな私でも、アナタは受け入れてくれる?」

 

 悲壮感の漂う表情でエリザは問う。

自身は既に妖怪である一輪の眷属、一般の人間と比べて寿命はかなり延びているし、身体の中には妖怪の力も混じっている。

その上、現代社会においては自分はもう死亡扱いとなり戸籍は無い。

今までと同じ生活を送るのはほぼ不可能だろう。

 

「……お前は正真正銘エリザなんだろう?なら、何も問題ないじゃないか。私はお前とシャルロットが無事に生きてさえいてくれれば、他には何も……」

 

 そこで一旦言葉を区切り、セドリックは震える手を伸ばす。

そして、体力が落ち、衰弱してはいるが、父として、夫としての包容力を持つその腕で二人を抱きしめた。

 

「お父さん……っ……」

 

「リック……っ……」

 

「シャルロット、エリザ……もう離さないからな」

 

 気が付けば三人は涙を流していた。

此処まで来るのに長い時間をかけた。しかし、それでも本来あるべき絆を取り戻すことが出来た三人はそれを噛み締めるようにしっかりと寄り添いあうのだった。

 

 

 

「失礼、少し良いかしら?」

 

 シャルロットら三人が再会した喜びに浸って十分ほどが過ぎた頃、部屋の外からノック音と共にレミリアが顔を覗かせる。

 

「スカーレットさん?どうぞ……」

 

 ひとまず再会の興奮も収まり、シャルロットたちはレミリアを迎え入れる。

 

「失礼するわ。アナタ達の今後について先にいくつか話しておこうと思ってね」

 

 思わず出てきた現実的な話題にシャルロットたちは一瞬目を丸くするが直後に真剣な表情でレミリアの言葉を一元一句逃さないように心がける。

デュノア社が壊滅した以上、クローデットの不正の責任は社長であるセドリックも負う事になる。

それ以前の問題として、建前上セドリックは誘拐されたという事になるため、表社会で生きていくのはかなり難しい。

 

「とりあえず、選択肢は大きく分けて二つ。一つ目は戸籍と顔を変えて表社会に戻る事。まず、エリザとセドリック。アナタ達の場合、こっち側で戸籍は何とか用意できるし、整形手術も可能よ。ただ、シャルロットの場合はIS学園に所属しているし、戸籍を変える事は出来ないわね」

 

 下手に騒ぎが大きくなるとシャルロットやシャルロットがスパイを行おうとした河城重工にも何らかの調査が入るだろう。

調査を欺くのはそれほど問題ではないが、シャルロットはいくらIS学園所属とはいえそれにも限度がある。

 

「そしてもう一つ選択肢。こっちはリスクが少ないけど、その分覚悟は必要よ。裸一貫からやり直す事になるわ」

 

「……例の、エリザの言っていた幻想郷という所か?」

 

「ええ、その通りよ」

 

 セドリックの問いにレミリアは頷く。

確かに幻想郷へ移り住めば外界からは干渉の仕様がない。

しかし、生活基盤などを一から作り直すというのは口で言うほど簡単ではないという事をセドリックたちは知っている。

 

「返事は、明日ぐらいまでなら待てるわ。じっくり考えなさい」

 

 用件を伝え終え、レミリアは部屋を後にする。

セドリックは暫し目を伏せ、やがて何かを決意したかのように目を開いた。

 

 

 

 

 

 翌日、デュノア社壊滅が知らされた後のIS学園では、ある事件で大騒ぎとなっていた。

 

「…………ど、どうですか?」

 

 1年1組副担任である真耶は、震える声で学園を訪れている鑑識官の男性に尋ねる。

 

「…………大変、申し上げにくい事ですが、この筆跡はシャルロット・デュノア本人のもので間違いありません」

 

 鑑識官の男の言葉に周囲の教師達の間にどよめく。

鑑識官の手元に置かれた一通の手紙と便箋、そこに書かれていたものは……。

 

 

『遺書

 

デュノア社がこのような事態に陥り、私の性別詐称とスパイ行為が判明するのも時間の問題でしょう。

母を失い、父をも行方不明となった今、生きる事に疲れてしまいました。

愚行と不孝をお許しください

 

                                     シャルロット・デュノア』

 

 

 本日早朝、デュノア社壊滅の報せを受けたシャルロット・デュノアは、この遺書を残して姿を消した。

その後、学園から最も近い海岸にて、シャルロットの靴と待機状態のラファールが発見され、彼女が死亡した確率は濃厚なものとなるのは、これから約数時間後の事である。

 

 

 

 その日は昼まで授業は殆ど自習となり、3限目から漸くまともな授業となった。

学生達にとっては七面倒臭い授業が2時間分自習になったのは普通なら嬉しい事だが、今回に限ってはそうもいかなかった。

特に渦中の人物であるシャルロットが所属していた1年1組では深刻かつ重苦しい空気が流れ続けている。

そして3限目になって千冬と真耶が教室に入り、教壇に立った時、不意に生徒の一人が立ち上がった。

 

「あ、あの織斑先生!」

 

「……何だ?」

 

「でゅ、デュノア君……じゃなくて、デュノアさんが自殺したって…………本当なんですか?」

 

 戸惑いがちに尋ねる生徒に千冬は一瞬目を伏せ、直後に真剣な表情で口を開く。

 

「……本当の事だ」

 

 千冬の言葉に場の空気がより重くなる。

余りにも現実感を欠いた(と、生徒たちは捉えている)事柄に誰もが閉口して黙り込む。

 

「この際だから言っておく。このような事態はこの業界において決して珍しい事ではない。ISはスポーツ用品でもアクセサリーでもない。関わっていけば少なからず汚い仕事や世界にも直面しなければならない……。それが受け入れられないのなら悪いことは言わん、ISから手を引く事だ。国家所属のISパイロットはテロリストや内紛、果ては戦争にだって駆り出される事もある。それでもISに関わることを望むのなら学園で学ぶ内に覚悟を決める事だ。……さて、話はコレまでだ。授業を始めるぞ」

 

 千冬はハッキリとそう言い放ち、話題を締め括ったのだった。

 

 

 

 

 

 幻想郷、人間の里。

 

「また一からやり直しか……。お前たちにはつくづく面倒を掛けてしまうな」

 

 用意された家屋を眺め、セドリックは後ろに立つ二人に申し訳なさそうに声を掛ける。

 

「そんな事無いよ。僕だって、心機一転できる良い機会だし、お母さんも一輪さんたちと離れ離れにならずに済むでしょ?」

 

「ええ、それに何より夢にまで見た夫と娘と一緒に暮らせるんだもから、これ以上の選択は無いと思ってるわ」

 

 セドリックの背後に立つ二人……シャルロットとエリザは穏やかな笑みを浮かべて返す。

 

当然ながらシャルロットは自殺などしておらず、発見された遺書や海岸の靴などは全て偽装工作だ。

セドリックは幻想郷で妻子と共に生きる事を選んだ。

家屋や今後の事業への着手金は、河城重工に協力する事(量産機のテストパイロット等)を条件に借受け、これから先は文字通り振り出しからのスタートだ。

 

「エリザ、シャルロット……。色々大変だと思うが、着いてきてくれるか?」

 

 セドリックの問いに二人は力強く頷く。

後にセドリック達一家は家具等の修理業者を開業し、かなり早い段階で幻想郷に完全に馴染むようになるが、それはまた別の話……。

 

 

 

 

「全…アイツ、…の……だ。みな…し、………てやる……」

 

 フランスのとある拘置所内の房の一つ、その角で右腕と左足の無い女がブツブツと独り言を呟き続ける

 

「全部アイツ等のせいだ!殺してやる!!皆殺しにして八つ裂きにしてやるァァあっ!!!!」

 

 突然その女……クローデット・デュノアは立ち上がり叫び声をあげる。

同じ房の囚人達は驚き、目の前でクローデットの放つ狂気から距離を取ろうとする。

 

デュノア社壊滅後、不正の証拠を(文の誘導で)全て摘発されたクローデットは即座に拘束され、失った腕と脚は簡易な治療のみしか受けられず、今や裁判を待つ身だ。

その裁判も弁護・弁解の仕様が無く、実質結果のわかった出来レースの魔女裁判同然だ。

横領や殺人教唆など挙げればキリが無い罪状だ、どう見積もっても極刑、良くても終身刑は間違いないだろう。

元々クローデットが掌握していたデュノア社の評判は非常に悪い。

経営は落ちる一方だというのに何かにつけて威圧的に振舞い、素人の癖にフランスの軍事にも口を出していたクローデットに人望など殆ど無く、彼女の下に着いていた部下達も所詮女尊男卑の思想を捨てきれず、その風潮が色濃く残るクローデット支配下のデュノア社に入った連中でしかない。

 

そんな絶望の真っ只中にいるクローデットには顔も分からぬ侵入者達、自分をこんな目に遭わせ

挙句の果てには腕と脚をネズミに喰わせた者達への復讐心に縋る以外無かった。

 

 

 そんな時だった……突然轟音が拘置所内に鳴り響いたのは。

 

「な、何だ!?何が起き、ウワァァァ!?」

 

「な、何だこのISは?ギャアアア!!」

 

 室外から聞こえてくる声に、クローデットは混乱して目を白黒させるが、直後に房の扉が吹っ飛ばされる。

そこから現れたのは完全装甲(フルスキン)のIS。

 

「ココに居たのね?……ママ」

 

 やがてそれはクローデットと目を合わせると顔のバイザーを開いた。

そこにあった顔は大きな傷跡こそ残り、顔の3〜4割をフェイスマスクで覆っているものの、絶対に見間違える筈も無い。

まごう事無き自身の娘、ノエル・デュノアだ。

 

「ノエル!?」

 

「ママ、話は後でするわ。まずはココを出ましょう」

 

 淡白にそう答え、ノエルはクローデットを担いで壁に風穴を空け、拘置所を飛び立った。

この時、クローデットは安堵していた。

自分は助かる。コレで死刑にならずに逃げる事が出来る。

そしていずれはノエルと共に力を着け、あの連中や自身を(クローデットから見て)裏切ったフランス軍に復讐できる。

そう考えただけでクローデットの顔は邪悪な笑みに歪んでいく。

だが、クローデットは気付かなかった…………自身を担いでいるノエルが、それ以上に邪悪な笑みを浮かべていた事に……。

 

 

 

 

 

 何処とも知れぬ場所……ラボらしきその場所に一人、多数のPC画面を睨みながらキーボードを猛スピードで操作する女が一人……篠ノ之束である。

 

「……ん?」

 

 キーボードを叩く音以外の別の音を聞き取り、束はPCから目を離し、携帯電話を手に取る。

送信者の欄には『くーちゃん』と表示されていた。

 

「はいは〜い、束さんだよ〜」

 

「私です。ノエル・デュノアが動き出しました。……束様の読み通りです」

 

 ふざけた態度で対応する束にくーは慣れたように冷静に返す。

 

「ふ〜ん」

 

 くーからの連絡に束はさほど興味の無い様子で応える。

まるで『どうせこうなる事は分かっていた』という様子だ。

 

 

 約20時間程前の事だ。

フランスの市街地で、くーは瀕死の状態で倒れたノエルを回収し、束から受け取った義手とフェイスマスクを使用して治療した。

やがて、目を覚ましたノエルと画面付きの通信機越しに会話した束の会話をくーはキッチリ覚えている。

 

「し、篠ノ之束博士!?」

 

『やぁやぁ、随分酷い目に遭ってるみたいだねぇ』

 

 驚くノエルに束は小馬鹿にした態度を見せる。

 

「な、何故アナタが……」

 

『どうでも良いじゃん、そんなのさぁ〜〜。それより、あの化け物が何なのか知りたくない?』

 

 束の言葉にノエルの顔色が変わり、徐々に顔色が怒りと憎悪へと染まっていく。

 

「し、知りたいわ!いえ、ぶち殺してやる!!私をこんな目に遭わせやがったあのクソ虫共を!!」

 

『ふぅ〜〜ん。じゃあさぁ、束さんの言う事聞いてくれれば、協力してあげても良いよぉ』

 

 ノエルの醜く歪んだ顔を眺め、束はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「何でもするわ!何をすれば……」

 

「簡単だよ。くーちゃんに渡してある*を使って、君のお母さんを……」

 

「!?」

 

 束の言葉にノエルの顔は一瞬で驚愕の色に変わる。

 

『無理にとは言わないよ。2〜3日ぐらいなら待ってあげるからゆっくり考えて……』

 

「やるわよ……」

 

 束の言葉を遮るようにノエルは口を開く。

その顔には狂気を秘めた邪悪な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 フランスのとある安ホテルの一室、ノエルはクローデットと共に顔を隠してチェックインし、ベッドに腰掛けるクローデットにコーヒーを差し出す。

 

「ママ、大変だったでしょう?コレ飲んでゆっくりして」

 

「ええ、ありがとうノエル。アナタは最高の娘よ」

 

 ノエルに言われるがまま、クローデットはコーヒーに口を付ける。

それから先はノエルによる現状報告だ。

ノエルが束と接触した事を知り、クローデットは当初驚いたものの、すぐに先のノエル同様邪悪な笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、あの化け物を殺せるのね?……いえ、それだけじゃない!篠ノ之博士と接触出来たのなら前以上の権力を得る事も……」

 

 欲望に満ちた笑みがクローデットの顔に浮かび上がる。

その辺りはまさに親子というべきだろうか、邪悪な表情を浮かべる様はノエルそっくりだ。

 

「ええ、そうよ。……もうそろそろ迎えが来るわ。外の様子を見てくるから、ママはここで待っていて」

 

 そう言い残してノエルは部屋を去る。

黙って見送るクローデットの顔には一変の疑念も無かった。

これから起きる地獄も知らずに……。

 

 

 

 ノエルが部屋を出て十数分程経った頃、部屋の角から不意に物音が聞こえてきた。

怪訝に思って振り向くとそこにいたのは……。

 

「ひ、ヒィィッ!!く、来るなぁぁ!!!!」

 

 そこにいたのは一匹のネズミだった。

だがネズミに腕と脚を喰われたクローデットにとっては、たとえ一匹だろうとそれだけで恐怖を与えるには十分な存在だ。

恐怖に駆られたクローデットは手元にある小物などを手当たり次第に投げつけ、ネズミを追い払う。

だが、そんなクローデットの背後からドアが開く音が聞こえる。

ノエルが戻ってきたのかと思い、クローデットは背後を振り向くが……。

 

「い、いたぞ!クローデット・デュノアだ!!」

 

「ほ、本当だ!放送通りだ!!」

 

「ひっ、ぎ、……ア゛ァァァァァァァァァァぁぁぁァァァァァあっぁぁあぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁァあぁぁぁぁぁアアァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 断末魔にも近い叫び声が部屋だけでなく廊下にまで響き渡る。

クローデットの目に映るのは巨大なネズミ……人間と同じ大きさはあろうかという程の化け物ネズミの群れだった。

 

「く、来るな!!ネズミ共がぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 わめき散らしながら左腕を振り回して抵抗するクローデットだが、その行為が目の前のネズミ達の感情に火をつけた。

 

「こ、このババァ……犯罪者の癖に……!!」

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

「そうだ、殺っちまえ!!」

 

 たがが外れたようにネズミ達はクローデットに襲い掛かった。

腕と脚を一本ずつ失っているクローデットに碌な反撃など出来るはずも無く、クローデットは為す術無く拳と蹴りの嵐をモロに受けた。

 

「グギャアアァァァァァァーーーーーーーーッ!!!!や、やめt……ガァアァアァアアァァァァッ!!痛い!!嫌!!!!やめてぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇえっぇぇぇっぇ!!!!!!!」

 

 とまらぬ暴力による苦痛に叫び声を上げるクローデットだが目の前のネズミ達は全く意に介さない。

必死に逃げようと身をよじったそのとき、不意にクローデットは窓の外にある一人の影に気が付いた。

 

「の、ノエル……助け………!?」

 

 対面のビルの屋上でこちらを見る娘の顔は、笑っていた。

そしてノエルの唇が動いたとき、クローデットは娘が何を言っているのかをハッキリ理解した。

 

 

  ”ざまあみろ”と………

 

 

「ノエルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

 この時、クローデットは漸く理解した。

自分が見ているこの光景は、目の前のネズミ達による暴力は、この地獄の苦痛は……全て娘が仕組んだものだという事を……。

 

 

 クローデット・デュノアがリンチの果てに絶命するのは、コレより数分後の事である。

 

 

 

 

 

「しかし、束様……なぜクローデット・デュノアを始末しなければならないのですか?」

 

「ああ、そういえばくーちゃんにはまだ教えてなかったね」

 

 通信越しにくーは、束に疑問を問う。

その質問に束は忘れていた事を思い出したかのような表情を見せる。

 

「肉親……特に親子ってのは魔力とか霊力の質がよく似るんだよ。能力次第ではそこから足が着く事もある程にね。束さんはそんなのノープロブレムだけどさ」

 

 おどけた調子で束は説明する。

 

「それに、束さんが作った薬と研究成果も調べときたかったから。……結果は上々、さすが私。自分で自分に惚れ惚れしちゃうよ」

 

 そして満足気な表情でノエルに渡したものと同じ薬を見る。

ノエルがコーヒーに盛った薬は束特製の魔法薬、これを飲めば飲んだ者のトラウマが刺激され、近くにいる人間の殆どが(ハッキリ認識できるほど親しい者などを除いて)、自身がトラウマを感じているものに見えてしまうというとんでもない幻覚剤だ。

最も原料を手に入れるのはかなり面倒なため、束は実験程度にしか捉えていなかったが。

詰まる所クローデットが見た巨大ネズミは全て人間であり、幻覚とリンチによってクローデットは心身共に抹殺されたと言っても過言ではない。

 

「あと、アレがどんだけ外道な事出来るか確認する意味もあったしね。……でなきゃ捨て駒にもならないもん」

 

 そして束は、最後にノエルの映る画面を眺めて吐き捨てる。

くーを見るときとは明らかに違う、見下し、蔑み、軽蔑といった感情を孕んだ目で……。




次回予告

 トーナメントを間近に控えた弾、セシリア、簪は椛の協力の下、特訓とコンディションの仕上げに入る。
しかし、武術部を快く思わない者達、そして一夏と椛に恨みを抱くラウラが牙を剥いて襲い掛かるが……。

次回『武術部のプライド』

弾「テメェ等みたいな腐った連中にやられてちゃ、俺をココまで強くしてくれた勇儀姐さんと萃香、そして一夏に申し訳がたたねぇんだよ!!」

ラウラ「こんな群れなければ何も出来ないクズ共と一緒にするな!!」


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ラウラ・ボーデヴィッヒ
武術部のプライド


 シャルロットの性別詐称と(偽装)自殺騒ぎから数日が経過し、騒ぎは一先ず落ち着いたものの、主に一年生の間では未だ重い雰囲気が漂いつつあった。

今の今まで華やかに見えていたISの世界の闇の一端を知り、今まで自分が抱いていたイメージとのギャップは多かれ少なかれ生徒達に影響を与えていた。

 

 

 

 そして、IS学園では……

 

「ドイツに戻ってください!アナタはこんな学園の教師で収まって良いような人ではない筈です!!」

 

 人気の無い通路でラウラは千冬に詰め寄っていた。

 

「この学園の連中はISをファッションとしか思っていない!そんな連中に何を教える事があるというのですか!?」

 

「……その認識を改めさせるのが私の役目だ。何度も言わせるな」

 

 ラウラの言葉に千冬はキッパリと答える。

 

「ラウラ、私を慕ってくれるのは嬉しいと思っている。だが、いい加減私だけでなく周りにも目を向けろ」

 

「教官!どうしたというのですか!?以前のアナタはもっと凛々しかった。なのにこの学園に来てからのアナタは……」

 

 千冬の態度にラウラは声を荒げる。

自分の知る千冬は今よりもずっと凛々しかった。

例えるのであれば世界でたった一つ、至高の刀のように触れる事さえ恐れ多い程に、ただそこに居るだけで威圧感のあるような存在だった(とラウラは認識している)。

なのに今は何だ?あの頃のような鋭い視線はなりを潜め、今ではただ優秀な教師程度でしかなくなっている。

 

「私には……無いんだ。……お前に教官と呼んでもらう資格も、慕ってもらう資格も……最初から無かったんだ」

 

「!?」

 

 千冬が一瞬だけ見せたその表情にラウラは驚愕する。

それは余りにも弱々しい、悲壮感を帯びた表情だった。

 

(あの時と、一緒だ……)

 

 ラウラは思い出す。訓練時代一度だけ、夜中に偶然こっそりと見た千冬の表情を。

あの時、千冬は一夏の生存を知らなかった頃……消灯時間を過ぎ、一人で部屋に居る時、一夏を失った悲しみを忘れられずに、ずっと声を押し殺して泣いていた。

涙の有無こそ違えど、あの時と全く同じ表情が今目の前にある。

 

「な、何で……何故なんですか!?何でそんな顔をするのですか!?」

 

 それをラウラは受け入れる事が出来ない。

自身の中の千冬の偶像が崩れそうになる事に対して必死で抗おうとする。

 

「織斑一夏(アイツ)の所為なのですか!?教官の名を汚した上に今更生き返って……なんであんな男に感化されなければいけないのですか!?」

 

「……アイツは私なんかよりずっと立派だ。私はアイツを守ってきたつもりでいたが……もう逆なんだ。私はアイツに守られっぱなしだ」

 

「っ!?」

 

 千冬の言葉にラウラは絶句し、そして唇を震わせる。

まるで現実を受け入れまいと抵抗するように……。

 

「アイツが誘拐されたのだって、私がアイツの安全を十全に確保しなかったのが原因。モンドグロッソの一件は言ってみれば私の自業自得だ。それにな……」

 

 一旦区切って千冬は再び口を開く。

そこから出た言葉は、ラウラにとって何よりも信じがたい言葉だった……。

 

「一夏はもう私など既に超えている。心も身体もな……。私はもう一夏には敵わないだろうな」

 

「…………え?」

 

 ラウラの時間が静止する。

超えている?誰が誰を?

織斑一夏が……自身が教官の恥さらしと断じたあの男が、その教官を超えている?

有り得ない……無敵の初代ブリュンヒルデが……自分にとって世界、いや宇宙最強の織斑千冬が敵わない相手がよりにもよってあの男などに……。

 

「私だけに囚われるな。その考えはいつかお前を不幸にする。……話はコレまでだ。教室に戻れ」

 

 静かにそう言い、千冬は背を向けて歩き出す。

その場には呆然と立ち尽くすラウラのみが残った。

 

「うそ、だ……嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だぁっ!!」

 

 そして千冬が去って数分後、ラウラの叫びが通路内に木霊した。

 

 

 

 

 

「何かさ……一気に暗くなっちゃったわね」

 

 食堂のテーブルに腰掛け、鈴は頬杖を突きながら周囲を見回して呟く。

その向かいには昼食のカツ丼を掻き込む弾の姿もあった。

偶然にも昼食時間が重なった二人は旧友のよしみで相席していた。

 

「そりゃ、同じ学年の奴が自殺なんかしたんだ。暗くなるなってのが無理な話だろ。……けどさ、何も死ぬ事はないよな」

 

「まぁね……でもさ弾、もしもアンタがその手の事件とか騒ぎに巻き込まれたら、どうする?」

 

 淡々と返す弾に鈴は尋ねる。

 

「決まってる。俺は何をやってでも生きる」

 

 鈴の問いに弾は何の迷いも無く即答して見せた。

 

「俺は決めたんだ。糞ジジイと縁を切ったあの日から……必ず独立して、俺が蘭を立ち直らせてやるってな……。そして、あの糞ジジイに後悔させてやる……!!」

 

 普段は決して見せない弾の激しい怒りと憎悪に鈴は一瞬狼狽する。

鈴も弾の抱える事情はある程度知っており、彼の怒りを否定する事はしなかった。

だが、同時に血の繋がった者を憎む弾に何もしてやれない事に歯痒さを感じる。

鈴とて両親が離婚しており、片親と離れ離れの辛さを味わっているが、離婚した両親を恨んではいない。

だが、弾は肉親である事を差し引いても憎悪の感情が消えない程の怒りを抱いている。

そんな彼に対して、大した力になれない自分が恨めしく思えた。

 

「ごめん……嫌な事聞いちゃったわね」

 

「良いんだよ。事実なんだからな……」

 

 鈴の謝罪に弾は普段の調子に戻って答える。

数秒前までとは別人とも思えるほどの変わりようだ。

 

「それよか、鈴は武術部に入らないのか?お前だって代表候補なんだから、練習に着いて行けないって事は無いと思うんだが……」

 

 暗くなりかけた空気を戻そうと弾は話題を変える。

 

「う〜ん、考えなかったわけじゃないんだけどさ……自分を振った相手(一夏)が部長やってる部活に入るってのもねぇ……。ま、私は私のペースで腕磨くわよ。偶に美鈴さんに太極拳教えてもらってるし」

 

「なぬ!?…………ずるい」

 

「た、偶によ。あくまで偶に教えてもらってるだけで……」

 

 自分の想い人に直々に指導を受けている事を羨む弾だった。

 

 

 

 

 

「クローデット・デュノアが死んだ?」

 

「ええ、先日死体が発見されたらしいわ」

 

 その日の放課後、一夏の部屋に椛と文を除く河城重工所属のメンバーが集まり、河城重工から連絡を受けたアリスが纏めた報告書の内容に目を細める。

 

「しかも、あのゴミクズ(ノエル)はまだ生きている……」

 

「お嬢様に身体を引き裂かれてまだ生きてるなんて……信じられません」

 

 報告書を睨みながらレミリアは目を細め、美鈴は少し困惑する。

 

「第三者に救助されたのであれば有り得ない話ではないわ。だけど問題なのは痕跡を一切残していない事、そして娘(ノエル)だけが助かり母(クローデット)は殺されたという事よ」

 

 一切の痕跡を残す事無くノエルを回収する事が出来る人物、もしくは組織……状況が状況とはいえ数は絞られてくる。

そしてノエルだけが生き残っているという事実を考えれば、ノエルは恐らく自身を回収した者の下に着いている可能性が高い。

クローデットを殺したのも何らかの証拠隠滅とも取れる。

 

「私の甘さね……やはりあの時止めを刺しておくべきだったわ」

 

「レミリアだけのせいじゃない。こんなの予想なんて出来ないし、トドメを刺す余裕があったのは俺達全員に言える事だ」

 

 臍を噛むレミリアを一夏は気遣う。

もしもノエルが生きており、第三者の下に居るのであれば再び戦わなければならないのは確実だろう。

一夏達はその戦いに備える必要がある事を内心で感じていた。

 

「とにかくだ。今、文が現地に向かってこっそりクローデットとノエルとその周辺を調べているんだ。それが終わるまでは何とも言えないな。……あと、シャル達には折を見て話すか」

 

 魔理沙の言葉で締めくくられ、緊急の会議は終わりを告げたのだった。

 

「そうね、続きは文が帰っていてから……それはそうと、武術部の方は?」

 

 思い出したように咲夜は武術部について訊ねる。

 

「ああ、今日は椛に任せてる。アイツなら真面目だし……あと30分ぐらいして文からの連絡が無かったら手伝いに行くかな?」

 

 気楽に返しながら一夏はベッドに寝転がった。

思わぬ騒ぎが近付いている事も知らずに……。

 

 

 

 

 一方、アリーナではセシリアと簪、そして先日入部した弾の三人が椛のサポートの下、間近に控えた学年別トーナメントに向けて特訓を行っていた。

 

「行け!!」

 

「……クゥッ!」

 

「っ……ブルーティアーズ!!」

 

 中型誘導ミサイルランチャー『ダイブミサイル』を放つ弾からの攻撃を簪は回避し、セシリアはビットで迎撃と反撃、そして簪への攻撃を同時にこなす。

 

「そこ!」

 

 だが、簪は堅実に守りを固め、攻撃の隙間を縫うようにセシリアに接近して夢現による一撃を見舞おうとするが……

 

「まだ!」

 

「!?」

 

 ブルーティアーズの腰部からミサイルが発射され、簪は咄嗟に身を逸らして回避し、再びセシリアとの距離が開く。

 

「オラァッ!」

 

 そしてそこに弾が乱入するように割って入り、体勢を崩しつつある簪に槍を振り下ろす。

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちしながら簪はスピアの攻撃を夢現で柄の部分を狙って受け止める。

ビームの部分に触れてしまえば夢現が破損してしまう恐れがあるからだ。

 

「ググ……(なんて力強さなの?)」

 

 男と女の腕力の差というべきか、簪は徐々に押されていく。

弾とて幻想郷が誇る鬼二人に訓練を受けた者、萃香と勇儀には遠く及ばないがそれでも平均を大きく上回る腕力を持っている。

 

「貰いましたわ!!」

 

「「っ!?」」

 

 だが、その腕力勝負も長続きする事無く、セシリアのライフルから放たれたレーザーに割って入られ、二人は慌てて距離を取って回避する。

 

(格闘能力と身体能力は弾さん、遠距離での射撃能力はセシリアさん、全体的な技量と汎用性は簪さんが突出している。だけど全員が良い具合に基礎能力が高水準に纏まっている。……定石だけど、トーナメントまでの訓練メニューは全員それぞれ可能な限り自分の得意分野を伸ばすか、苦手な部分をより改善するかがベターかな?どっちにするかは本人たちに選ばせれば良いし…………ん?)

 

 三人を見守りながら各々の能力を評価し、今後の訓練メニューを考える椛だが、突然こちらに近付く臭いに気が付き、自身の能力である千里眼を発動して周囲を見回す。

 

「全員ストップ!訓練は中断です!!」

 

 そして直後に大声を上げる。

弾達三人は突然の椛からの大声に動きを止め、椛を見るが椛は険しい表情でアリーナの出入り口を睨みつけている。

 

「性質の悪いお客さんが揃ってお出ましですよ」

 

 椛がそう呟いた直後、アリーナ内に15機のラファールと打鉄が入り、椛を含めた武術部メンバー4人を取り囲む。

パイロットは全員覆面などで顔を隠してはいるものの、全員揃って椛たちに敵意を向けている。

 

「何ですの?この人達は……」

 

「分からないけど、一緒に訓練しようって雰囲気じゃない事は間違いない」

 

「ああ、如何にも俺達の事が気に入らないって面してやがるぜ」

 

 警戒を顔に浮かべながらセシリア、簪、弾はそれぞれ主武装を構えて身構える。

 

「大方、私達河城重工を嫌っている女尊男卑主義者でしょうね。家の会社、その手の人種からの評判最悪ですから」

 

 椛もまた専用機・白牙を展開し、自身を取り囲む者達を一瞥する。

 

「良く解ってるじゃないの。女の恥さらしが」

 

 椛の言葉にラファールを装着した女の一人がマシンガンを展開して皮肉気に返す。

それ切っ掛けに周囲の者達も各々武器を構える。

 

「アンタの所が作ったあの訳の分からない服のお陰で私達の立場はガタ落ちよ。どう責任取ってくれるの?」

 

 リーダー格の女の言葉を皮切りに周囲の女達も次々に口を開いていく。

 

「千冬様の弟だけでも厄介なのに、また男を入学させて……どこまでISを汚せば気が済むの!?」

 

「男なんてこの学園……いえ、IS業界に必要無い!私達に奉仕さえしてればいいのよ!!」

 

「男と馴れ合っているアンタ達も同罪よ!」

 

「全員粛清してやるわ。武術部ぶっ潰して、部員全員二度とこの学園に近づけないようにしてやる……!」

 

「私達は選ばれた者なのよ!男や適性の無い能無しとは違う!!」

 

 次々に飛び出す罵詈雑言の嵐の中、椛達4人は無言ではあるが、徐々に表情を怒りに染めていく。

 

「言いてぇ事はそれだけか?どいつもコイツも腐ってやがるぜ。……下衆が!!」

 

「こんな低俗な人達と同類だったなんて……。自分で自分が許せませんわ……!!」

 

「…………最っ低!!」

 

 怒りを露に弾達は襲撃者達を睨み付ける。

 

「遠慮はいらない様ですね。……そっちがその気ならこっちも容赦はしませんよ。どっちが恥さらしか、思い知らせてあげます!!」

 

 近接戦用ブレード『白蘭鋼牙』を敵に向け、陣頭指揮を執る指揮官の如く一歩前に踏み出す。

その行動に襲撃者たちは不快そうに表情を歪める。

 

「この人数相手に、図に乗ってんじゃないわよぉ!!」

 

 激昂する感情を醜く歪んだ表情に表し、襲撃者の内の一人の女がブレードを構えて、打鉄のブースターを吹かし、椛に斬りかかる。

 

「このガキがぁぁっ!!」

 

「……そんなものですか?」

 

 怒りの咆哮と共に刃を振り下ろす女を、椛は一瞬だけ一瞥し、静かに呟きながら右手に持つ白蘭鋼牙を振るった。

 

「カッ……?」

 

 振るわれた椛の刃は、打鉄のブレードを根元から叩き切り、袈裟切りに近い形で女に叩き込まれた。

 

「フグォッ!?」

 

 直後に椛の蹴りが女の下顎に打ち込まれ、女の身体は宙を舞い、地に倒れ付した。

 

「素人に毛が生えた程度なその腕前で選ばれた者気取りですか?随分と滑稽ですね」

 

「こ、コイツ……よくも!!」

 

 椛の嘲りを含んだ挑発が引き金となり、残り14人の女尊男卑主義の女達は椛達に一斉に飛び掛った。

 

「全員ぶっ殺してやる!!」

 

「上等だ!どっからでも来やがれ!!」

 

 残る襲撃者14人を弾達は迎え撃ち、アリーナは4対14の乱闘の様相となった。

 

 

 

 

 

「喰らえ!」

 

「そんな射撃で!」

 

 ラファールのマシンガンから発射される弾丸を回避し、簪は春雷の連射を浴びせる。

 

「グッ!?……く、クソ!!」

 

「それなら皆で攻めれば!!」

 

 ラファールが2機と打鉄が1機が簪を取り囲み、それぞれがブレードを構えて同時に斬りかかる。

 

「そんな攻撃……通用しない!!」

 

 だが簪の顔に焦りの色は一切浮かぶ事は無い。

逸早く一歩前に前進し、夢現で打鉄のブレードを払い除け、そのままの勢いで駆け上るように打鉄を操縦する女もろとも踏みつけた。

 

「ふげぁっ!?……わ、私を踏み台に!?」

 

 ある意味お決まりとも言える台詞を吐く女を無視し、簪は夢現を再度握り締め、残る3機目掛けて一気に飛び掛る。

 

「ハァァァーーーーーッ!!」

 

 雄叫びと共に簪は夢現を横薙ぎに振るい、他の2機に斬撃を同時に叩き込む。

一ヶ所に集まっていた襲撃者達はいとも簡単に夢現の一撃を喰らい、そのダメージに動きを止めてしまう。

 

「これで、ラスト!」

 

「「「キャアアアアーーーーッ!!!?!」」」

 

 続けざまに発射される山嵐による48発ものミサイルの嵐が吹き荒れ、襲撃者2人を一気に爆煙が包み込んだ。

 

「な、何で……更織の落ち零れが、こんな?……ヒッ!?」

 

 呆然と尻餅を付きながら後退る女生徒に簪は向き直り、春雷の銃身を向けて近付く。

 

「確かに私は落ち零れだった。……だけど、今は違う!」

 

 強い意志を孕んだ瞳を見せ、簪は静かに、そして力強く返す。

 

「魔理沙が教えてくれた。……本当の落ち零れは、自分で強くなる事を諦めたり、他人に八つ当たりして現実から目を背け続けて心まで弱くなってしまう人だって事を。……それなら、私はどんなに負け続けてでも自分の足で強くなってみせる!!」

 

「ギャアァァッ!!」

 

 春雷から荷電粒子の弾丸が発射され、襲撃者の打鉄は瞬く間にシールドエネルギーを全て使い果たし、機体を強制解除させられたのだった。

 

 

 

 

 

「一転突破よ!専用機でも所詮は射撃型、防御を固めて接近さえすればどうにでもなるわ!!」

 

 スターライトMk-Ⅲを構えるセシリアに、打鉄を纏った襲撃者は4人程の徒党を組んで一箇所に集中して襲い掛かる。

 

「……浅はかですわね」

 

 静かにそう呟き、セシリアはライフルの銃身を真っ直ぐ襲撃者に向け、狙いを定める。 

 

「アナタ達如きにビットは必要ありませんわ!!」

 

(コイツ、嘗めやがって……でもチャンスよ!代表候補だって油断した状態なら)

 

 先頭に立つ女はセシリアの言葉に内心癪に障るものを感じるが、同時にセシリアが油断していると確信して笑みを押し隠す。

 

「ぐぁっ!?」

 

「アグッ!!」

 

 ライフルから放たれるレーザーに4人中2人がバランスを崩し、戦列から離される。

 

(クッ、何て命中率なの!?男と馴れ合ってる軟弱者の癖に!!……だ、だけどコレで終わりよ!!)

 

 予想以上に高いセシリアの実力に先頭に立つ女は苦虫を噛み潰したような表情を一瞬見せるが、すぐにそれは一転して獲物を狩る野獣の如き笑みを浮かべる。

 

「今よ!飛びかかれ!!」

 

 好機とばかりに2人はブレードを構えて飛び掛る。だがしかし……

 

「……だから、浅はかだと言ったのですわ」

 

 静かにセシリアがそう言い放った次の瞬間、今まで動く様子の無かったビットが突然動き出し、2機の打鉄を全て迎撃し、更には先程狙撃でダメージを与えた2機の打鉄に止めを刺して見せた。

 

「「「キャアアーーーーッ!!?」」」

 

「そ、そんな!?ビットは使わないって……」

 

「戦いの鉄則その7『敵の言葉に一々踊らされるな』!態々次の攻撃を宣言する馬鹿がいますか!?騙された方が間抜けなのですわ!!」

 

 非難するような視線を向ける敵に、セシリアはキッパリと断言する。

セシリアは油断によって生じる竹箆返しの重さを嫌というほど知っている。

そんな彼女が訓練機とはいえ、多数の相手を前にして油断などする筈も無かった。

そして、それは逆に言えば相手に油断させればこちらが勝利する確率は大きく上がるという事も熟知している事でもある。

それを見越しての芝居だったのだ。

 

「な、何でよ?アンタだって男は奴隷だと思っていたじゃない!それなのに何故こんな連中に尻尾を振るのよ!?この恥知らずが!!」

 

 リーダー格の女に続き、迎撃された残り1人も喚き立て、セシリアを糾弾する。

 

「恥知らず?……確かに、一度あれだけ手痛い目に遭わされた人達に教えを請うというのは、お世辞にも格好良いとは言えませんわね。……ですが、私は後悔などしてません。武術部の方々は恥を忍んででも教えを請う価値がある強さを持っている!!以前の私や今のアナタ達のように狭い視野では絶対到達できない強さを!!」

 

「黙って聞いてりゃ、偉そうな事ほざきやがって!!接近戦に持ち込めばアンタなんて!!」

 

 セシリアの熱弁を無理矢理否定するかのようにリーダー格の女はブレードを手に持ってセシリアに斬りかかるが、セシリアは軽く身を捻って回避してみせる。

 

「ク!!……このガキ、!?」

 

「戦いの鉄則その8……」

 

 刀を空振り、一瞬バランスを崩した後、女が振り返った先にはライフルの銃身部分をバットのように持ったセシリアが構えていた。

 

「ブゴァッ!!!?」

 

 フルスイングによる一撃が女の顔面にぶち込まれ、意図も簡単に女の身体は仰け反り、そのまま地面に仰向け状態でダウンした。

 

「『苦手分野への対応はしっかりと!!』。接近戦での対応もそれ相応に訓練していましてよ。そして鉄則その9……」

 

「ウゲッ!?」

 

 セシリアは足で女を踏みつけて押さえつけ、ビットを操作して砲身を残り2人に向けた。

 

「『トドメは確実に!何度でも刺せ!!』……ですわ」

 

「ヒッ……もんぎゃあああああーーーーーっ!!!!!」

 

「ギャアアアア!!!」

 

 ニッコリと笑ってセシリアはビットによる射撃を連射し、打鉄を纏う女達はレーザーの雨による強烈な一撃をモロにくらい、ノックアウトされたのだった。

 

 

 

 

「ヘッ!なんだよお前ら、3人がかりでその様か?」

 

「く、クソォ!!なんで、何で男なんかに……」

 

 肩で息をする3人の女(全員ラファールを使用)を前に、ブリッツスピアを肩で担ぎながら弾は余裕綽々と言った様子で嘲笑を浮かべる。

 

「ね、ねえ……逃げようよ。今ならまだ顔見られてないし逃げられるよ。このままやられちゃったりしたら……」

 

 ラファールに搭乗する襲撃者の一人は処罰を怖れて撤退を提案するが、3人組のリーダー格の女は憤怒の表情を浮かべて振り返り、撤退を進言した者を殴り飛ばした。

 

「あぐぅっ!?」

 

「ふざけんじゃないわよ!なんでこの私が男なんかから逃げなきゃいけないのよ!?」

 

 目を血走らせて激昂するリーダーに、内心では撤退に賛成しようとしていた三人目の女も閉口する。

一方でリーダー格の女は一人憎悪の篭った目で弾を睨み付けるが、当の弾は目の前の仲間割れに呆れ顔だ。

 

「殺してやる……男なんかが私より、代表候補であるこの私より強いなんて事あってたまるか!!」

 

「馬鹿かお前は?自分から正体のヒントばらしてどうする?」

 

 目の前の襲撃者が代表候補だという事実には少しばかり驚いたが、それ以前にそれをこの状況でばらすという馬鹿な行為に弾は失笑する。

 

「うるせぇ!!お前を潰せばそんな事無意味だぁぁっ!!」

 

 ブレードを構えて突っ込む女に弾は表情を真剣なものに切り替え、ブリッツスピアを構え、女目掛けて突き出す。

 

「馬鹿が!引っ掛かりやがって!!」

 

 女の顔に醜い嘲笑が浮かぶ。

槍が繰り出されたその刹那、女は武器をブレードからマシンガンに切り替えて素早く飛び退き、槍の射程範囲外に逃れたのだ。

槍からミサイルへ武装を切り替える時間の分断には隙が生じ、その時間の分弾は全くの無防備。そこにマシンガンを連射する……それが女の作戦だった。

 

「馬鹿はお前だ!」

 

 弾が浮かべたのは焦りではなく笑み、それも勝利を確信した笑みだ。

女がマシンガンの引き金を引き絞るよりも先に、弾は取っ手に備え付けられたボタンを押す。

 

「な!?フガァッ!?」

 

 次の瞬間ブリッツスピアのビーム刃がボウガンのように発射され、ラファールに直撃した。

弾の専用機・ヒートファンタズムは遠距離から近距離まであらゆる場面に対応できる汎用性を重視して設計された機体だ。

その主武装たるブリッツスピアに射撃能力が備わっているのはある意味当然と言える事だ。

 

「コレで終わりだ!」

 

 ビームの直撃を受けてバランスを崩した女を尻目に、弾は即座に武装を切り替え、鉄球型ハンマー『ナイトクラッシャー』を展開して女目掛けて一気に振るった。

 

「……あばよ!!」

 

「ウゴェェッ!!!?」

 

 鳩尾に叩き込まれる凄まじい一撃に、女は口から胃液を撒き散らして吹っ飛ばされた。

 

「テメェ等みたいな腐った連中にやられてちゃ、俺をココまで強くしてくれた勇儀姐さんと萃香さん、そして一夏に申し訳がたたねぇんだよ!!」

 

 気絶する女と、恐れをなして逃げていく2人のに取り巻きに向かって弾は親指を下に突き出しながら吐き捨てたのだった。

 

 

 

 

 

「カハッ、ゲホッ!!ば、化け物……」

 

「4人掛りなのに、いくら専用機だからって、こんな事……」

 

 体中に擦り傷や切り傷を作り、椛を取り囲んでいた女4人は身体を震わせる。

彼女達は学園内では余り目立っている方ではないが、成績は中の上ぐらいの部類には入り、襲撃メンバーの中でも精鋭と呼べる実力を持っていた4人(内1名は代表候補)なのだ。

にも関わらず、この様は何だ?自分達の攻撃は全て見切られ、防がれ、一矢すら報いる事も出来ずにやられた。

このとき彼女たちは自分達の認識の甘さを後悔した。

そして同時に目の前にいる白髪の少女に恐怖を抱いていた。

 

「下らないですね。そんな様で女尊男卑を謳うなんて。……ISの恩恵に縋っているだけの連中なんて所詮この程度か。だから専用機持ちになれないんですよ」

 

「な、何ですって!?」

 

 失望したような声で首を横に振る椛に、女の一人は食って掛かるが椛は冷たい視線を返す。

 

「少なくとも、専用機を持つ人達はそれ相応のものを背負っている。以前のセシリアさんとて背負うもの(実家の名誉を守るという目的)があり、専用機を手に入れる努力を怠らなかった!それだけは女尊男卑など関係無しに賞賛できます!それに比べて、アナタ達にはそれがありますか?」

 

「そ、それは……」

 

 椛の指摘に襲撃者達は黙り込む。

セシリアは実家を守るため、鈴は日本で初恋の相手と再会するため、簪は姉を目指し、弾は自立して妹を立ち直らせるため、必死の努力の末に専用機を勝ち取ったのだ。

一方で襲撃をかけた女達は女尊男卑の社会に満足し、エリート校であるIS学園の将来性のみに満足し、それを崩されて今回の襲撃行為に走った。

どちらが評価されるべきかは一目瞭然だろう。

 

「アリーナ内でのアナタ達の言葉は全て録音して、既に仲間と学園に流しています。精々反省室で自分達のやった事を振り返る事ですね」

 

「グ……クゥ〜〜〜〜!!」

 

 椛の取り出した端末を襲撃者達は最早逃げ場が無い事を悟らされ、悔しさの余り唸り、涙を流す。

しかし、それを余所に椛は出入り口を突然睨み付けた。

 

「いるのは分かってるんです、出てきたらどうですか?」

 

「……フン、鼻の利く奴だ」

 

「う゛ぅ……痛いよぉ……」

 

「助、けて……」

 

 直後に出入り口よりシュバルツェア・レーゲンを纏ったラウラが姿を現す。

その足元には先程弾から逃げた女子が2人転がっていた。

 

「観察を兼ねた高みの見物ですか?趣味悪いですね」

 

「フン、こんな群れなければ何も出来ないクズ共と一緒にするな!!」

 

 椛の言葉にラウラは不快そうに表情を歪め、床に転がる2人を放り投げる。

 

「集団行動が基本の軍人とは思えませんね。ワンマンズアーミーなんて漫画の中だけで充分ですよ?」

 

「黙れ……織斑一夏の前に貴様から片付けてやる!その上で奴を誘き寄せる、貴様を餌にしてな。……そして、奴を潰して教官の目を覚ます!!」

 

 プラズマ手刀を展開しながら、ラウラは歯を軋ませ、椛を射殺さんばかりに睨みつける。

 

「…………やっぱり、気に入りませんよ、アナタは!!」

 

 そんなラウラに対する鬱憤を晴らすかのように椛もまた声を荒げ、2人は敵意を剥き出しにして、お互い同時に飛び掛った。




IS紹介

ヒートファンタズム(熱き幻想)

パワー・B
スピード・C
装甲・B
反応速度・B
攻撃範囲・A
射程距離・A

パイロット・五反田弾

武装
近接戦用可変ビームランス『ブリッツスピア』
ヒートファンタズムの主武装である槍。
先端部は可変式になっており、ビームの出力と上手く組み合わせることにより鎌状に変形させる事が出来る。
また、ビーム刃は銃弾の様に発射可能で射撃戦にも対応出来る。

投擲用丸鋸型カッター『メタルブレード』
丸鋸型の投擲用カッター。
多少の慣れは必要だが、コントロールが非常に容易で扱いやすく、威力も高い。

中型誘導ミサイルランチャー『ダイブミサイル』
ホーミング式の中型ミサイルを発射する6連装ランチャー。
射程距離が非常に長い。

鉄球型ハンマー『ナイトクラッシャー』
チェーンに繋がれた鋲付き鉄球。
鉄球には推進ブースターが備え付けられており、ある程度の遠隔操作も可能。
また、チェーンを縮めれば短棒の代わりとして至近距離での戦いにも対応出来る。
ヒートファンタズムの武装の中では、最も単体での破壊力が高い。


五反田弾専用機
河城重工が後の量産機製作を見越して開発したテスト機。
『あらゆる距離、戦況に対応できる機体』をコンセプトに設計された汎用性重視の機体。
スタンダードながら応用の利く武装が豊富なのが強み。
データ取得とIS学園編入者の専用機として開発され、最終試験をパスした弾の専用機となる。
カラーリングは赤と白のツートンカラー(ガンダムSEED Destinyのソードインパルスをイメージ)、待機状態は額当て(NARUTOに登場する額当てのマーク無しをイメージ、弾はバンダナの変わりにしている)。


次回予告

※今回は次話と番外編の二つを同時に予告させていただきます。

椛とラウラ、互いに組織の中で育ちながらも、真逆のスタンスを持つ2人は遂に激突する。
ラウラの怒りが椛を襲い、椛の怒りがラウラを穿つ!!

次回『椛VSラウラ 白狼の咆哮』

椛「怯えろ!竦め!機体の性能を活かせないまま散っていけぇーーっ!!」



番外編

万屋の少年と輸入雑貨の中年……実はこの2人は出会っていた!?
大晦日の博麗神社にて語られる一夏達の年越し、中年は不思議な年明けを迎える事となる。

番外編『万屋少年お手製の○越し○○』

中年「俺は、夢でも見ているのだろうか?」



番外編の方は、何とか元旦ぐらいに更新できればいいけど……。


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番外編・万屋少年お手製の年越し蕎麦

皆さん明けましておめでとうございます!!
今年もよろしくお願いします!!

今回は正月記念特別番外編・孤独のグルメとのコラボ第二弾です!!


 これは一夏達が外界に出て、IS学園に入学する約4ヶ月前の12月31日、大晦日の出来事である……。

 

 

 

午後6時30分

 

「はぁ〜〜、参ったなぁ……どこだココ?」

 

 車を運転しながら、俺(井之頭五郎)は一人愚痴る。

今年最後の商談を終え、晩飯を食うために店を探して適当に車を走らせていたら、いつの間にか見知らぬ森の中に居た。

 

「大晦日だってのに、晩飯抜きなんてシャレにならんぞ……ん?」

 

 視界の先に僅かだがうっすらと明かりが見えてくる。

助かった……こりゃあ僥倖だ。

 

「建物……だよな?」

 

 一軒家、というよりは小屋を改造して大きくしたような家が見える。

ご丁寧に看板も出ている。何かの店だろうか?

 

「え〜っと、『万屋・ORIMURA』?」

 

 おりむら……テレビで聞いた事がある名前だが、まさかなぁ。

 

 

 

 五郎が店の前に辿り着く数分ほど前。

 

「フフフ……遂に、遂に完成したぜ」

 

 目の前に置かれているものを見つめながら、一夏は不適に笑う。

 

「す、凄い……見ただけで最高の出来だというのが解るぞ」

 

「ああ。あとは持って行って向こうで仕上げれば……」

 

 完成したそれ(+α)を重箱に包み、一夏と千冬は厚着に着替えて外へ出る準備を整える。

そんな時だった……。

 

「ごめんくださ〜い」

 

 男の声がドアの外からノックオンと共に聞こえてきた……。

 

 

 

 店の中から声がしたので、人が居ると確信した俺は、ドアをノックして声を出す。

 

「?……はい。今出ます」

 

 中から聞こえてきたのは男の声、しかもかなり年若い少年のような声だ。

 

「すいません、今日はもう店じまいで……」

 

 出てきたのは15歳前後の少年だ。

少年は俺を見て少しではあるが目を見開き、驚いたような表情を浮かべだす。

 

「あ、すいません。ちょっと道に迷っちゃったんで道を教えてもらいたいんですけど……」

 

「(この人、迷い込んだのか?)……ああ、そうだったんですか。ここら辺は入り組んでますからね……。これから、神社に向かうんですけど、そこになら道に詳しい人が居るんで、一緒にどうですか?」

 

 何だか複雑になってきたけど……帰るにはそれ以外なさそうだし、仕方ないか。

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 一夏という名の少年の申し出に同意し、俺は少年の案内で彼とその姉と共に神社へ車を走らせる(といっても、元が入り組んでいる道なのでゆっくりとだが)。

だが、この女性って……。

 

「姉ちゃん、よく似てるでしょ?織斑千冬(ブリュンヒルデ)に」

 

「え、ええ。そうですね」

 

 本当にそっくりだ……本人なんじゃないのか?

いや、でもその人って行方不明だし……いや、逆にこんな山奥だから……。

 

「よく間違われます。名前も一緒だから特に」

 

「はぁ……」

 

 そこまで一緒だと本人だと思うなというほうが無理な気もするが……。

 

「大体、その人は弟さんが亡くなってるんです。私には弟が健在なんですよ。全く違います(うぅ……自分で言っててなんて白々しい……)」

 

「確かに、そうですね」

 

 千冬さんの言葉にとりあえず納得する。

まぁ、仮に本物だとしても、ココで暮らすだけの事情があるんだろう。

それを態々追求するのも野暮なものだろう……。

 

「あ、もう着きますよ。裏庭から入るんで分かり難いから注意してください」

 

 一夏少年の言葉に従い、俺は車のスピードを落としつつ、注意深く前方を観察する。

一分もしない内に、神社が見え始め、俺は目的地である神社に辿り着いたのだった。

 

 

 

「へぇ〜、道に迷って……けど、運が悪かったわね」

 

 庭に足を踏み入れた俺を待っていたのは巫女服を着た少女だった。

そんな彼女の視線の先には……。

 

「キャハハハ!」

 

「よっしゃあ!!もう一杯行ってみよーー!!」

 

 大宴会中だった……。

 

「こういう訳でさぁ〜〜、私も道案内どころじゃなくてさぁ……」

 

「あ、大丈夫ですよ。別に急ぎの用事があるわけでは無いんで、どこか宿泊所でも教えていただければ」

 

 年明けを見知らぬ土地で過ごすのはアレだが、背に腹は変えられない……。

 

「それはそれで悪いし……何ならココに泊まっていけば?食事は……見ての通り宴会中だから事欠かないし」

 

「え?……良いんですか?」

 

 かなりありがたい話だが、部外者の俺が宴会に参加というのはどうなんだろうか?

 

「良いのよ。どうせ皆飲んで騒ぐために来ただけの連中だし、おじさんも好きにしていきなって」

 

 何だかものすごい事になってきたような気がしてきたぞ。でも……

 

『ぎゅるるる……』

 

 腹の虫は正直……。

腹が減った…………。

 

 

 

 

「それじゃあ、申し訳ありませんが、お言葉に甘えて……」

 

「決まりね。じゃ、ゆっくりしていってね♪」

 

 こうして、俺の不思議な年越しが始まった。

 

 

 

 

 

 それにしても、周囲の人達は皆奇妙な服装や装飾品を着けた者ばかり……何かの仮装大会だろうか?

 

「ほら、おっちゃんも食えよ。美味いぜ!」

 

「あ、どうもすいません」

 

 三角帽子を被った金髪の魔理沙という少女が御椀に並々入った汁物を差し出してくれる。

ほぅ……さつま芋の味噌汁か、良いじゃないか。

 

芋汁

秋姉妹ご自慢の芋と野菜がたっぷり入った味噌汁。

これだけでも結構腹に溜まりそう。

 

「どれ……」

 

 早速一口飲んでみる。

 

(甘いな……)

 

 さつま芋独特の甘味が味噌汁に溶け込んで味噌のしょっぱさと絶妙に混ざっている。

だが、これがまた良い味だ。コレは良い、実に美味い!

 

「おーい、ミスティアの所から八目鰻貰ってきたぞ」

 

 芋汁を堪能していると一夏少年が皿に盛られた蒲焼の料理を運んでくる。

八目鰻……聞いた事はあるけど、食った事はおろか見た事すらない。

 

八目鰻の蒲焼

幻想郷で最も有名な料理の一つ。夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライの営む屋台でお目に掛かる事が出来る。

ビタミンAが豊富でレバーのような食感が特徴。

 

「お!コレコレ!酒にはやっぱり八目鰻だよな!!」

 

 運ばれると同時に魔理沙は蒲焼を一つ手に取って豪快に齧り付く。

よし、それなら俺も……

 

「あむ……んっ!?」

 

 これは、思ったよりイケるぞ!?

レバーみたいな食感で好き嫌いが真っ二つに分かれそうだが、俺は嫌いじゃない。

彼女の言う通りきっと酒、特に日本酒とかに合うんだろうなぁ……。

う〜〜ん、酒が飲めない自分が何とも恨めしい。

俺ってつくづく、酒の飲めない日本人なんだなぁ……。

 

 

 その後も、鍋物やおつまみ系の料理など、様々な料理を堪能させてもらった。

思いがけずに厄介な事になったと思いきや、こんな風に賑やかな場所で年越しとは……まったく、事実は小説より奇なりとはこの事だろうか?

 

「お〜〜い、年越し蕎麦出来たぞーー!!」

 

 感慨にふけっていると一夏少年が境内全域に響き渡るような大声で蕎麦の歓声を告げ、蕎麦が配られていく。

年越し蕎麦……もう今年もあと十数分って所か。何だか例年通りの一年だったけど、年越しはかなり特殊な形になっちゃったなぁ。

けど、この賑やかでいて、尚且つ風情のある年越しは凄く貴重な体験だと思う。

 

「はい、蕎麦お待ち」

 

 お!良いタイミングで蕎麦到着。

……ん?これって……。

 

「これって手打ち蕎麦ですか?」

 

「ええ、一夏がそば粉から作ったんです。姉の私が言うと贔屓に聞こえるかもしれませんが、凄く美味いですよ」

 

 千冬さんの言葉に期待が高まる。

あの少年……若い歳の割に凄くハイスペックだなぁ。

 

年越し蕎麦

織斑一夏自信作、特製手打ち蕎麦。

具は葱と蒲鉾、お好みで書上げなどのトッピングも可能。

蕎麦はコシのある食感、出汁はシンプルながらも深い味。

今年最後の食事の締めにはピッタリ!!

 

「いただきます」

 

 香ばしい出汁の臭いに食欲を掻き立てられ、俺は蕎麦を口に含む。

 

「!!……美味い」

 

 思わず口に出してしまった。

目茶苦茶美味いぞ。これ、店出せるレベルなんじゃないのか?

結構満腹だったのに、いくらでも箸が進む……美味い、最高に美味い!!

 

「ああ゛ぁ〜〜……ごちそうさまでした」

 

 こうして、俺の今年最後の飯は最高の形で締めくくられた。

 

 

 

 さて、いよいよ年明けまで秒読み段階に入った。

 

「5…4…3…2…1…」

 

『明けましておめでとう!!』

 

 遂に午後12時を回って新年を迎え、皆それぞれ年明けを祝う。

何だか、見ていて穏やかな気分になってくるじゃないか。

 

(……あれ?)

 

 ふと気付くと、先程まで近くにいたはずの一夏少年と千冬さんがいなくなっている。

不思議に思って周囲を見回すと……

 

「あけましておめでとう、千冬姉」

 

「ああ、今年もよろしくな、一夏……んっ」

 

 会場の角で思いっきり濃厚な接吻をかましていた!?

俺は、夢でも見ているのだろうか?あの二人って姉弟だったんじゃ…………まぁ、恋愛は人それぞれ十人十色、今のは見なかった事にしておこう。

一宿一飯の恩もあるわけだし。

 

「今年は……騒がしい一年になりそうかな?」

 

 新年を向かえ、ワイワイガヤガヤと騒ぐ周囲を見つめながら、俺はそう呟いた。

 

 

 

「それじゃ、あとは道なりに進んでいけば山を下りられるから。そこから先は大丈夫でしょ?」

 

「はい、色々お世話になりました」

 

 翌日、霊夢という少女から道を教えてもらった俺は、車に乗って独り帰路に着く。

 

「不思議な場所だったな。でも……」

 

 良い所だった。一晩だけだが別世界の理想郷にいたような気分だった。

まるで夢みたいな話だが……。

 

「夢じゃないんだよなぁ……」

 

 宴会の終了間際、文と名乗った黒髪の少女が撮った宴会参加者全員の集合写真を眺めて、俺はそう呟いたのだった。

 

 

 

 これより数ヵ月後、テレビのニュースに織斑姉弟が映り、俺は驚愕と同時に納得したのは言うまでも無い。

あの二人、近親相姦なんだろうけど……幸せになってほしいと願う。




如何だったでしょうか?

次回からは本編に戻ります。
今後とも東方蒼天葬をよろしくお願いします!!


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椛VSラウラ 白狼の咆哮

先に言っておきます。
ラウラファンの方、ごめんなさい!!


 椛とラウラ……片や静かに、片や激しく、しかしながら確かな敵意を持って二人は睨み合い、相対する。

 

「貴様は以前からずっと気に入らなかった……あの男(一夏)の仲間というだけでも腹立たしいのに、赤の他人の癖に偉そうな台詞を並べて……何様のつもりだ!!」

 

「そっちこそ何様のつもりですか!?国を代表する軍人でありながら私怨で動き、挙句の果てには他人への危害を加えることも厭わない……お前に軍人の資格なんて無い!織斑先生の恥晒しはお前の方だ!!」

 

 ラウラの罵声に椛も罵声で返す。

形は違えど組織の中で生まれ育ったという共通点を感じさせない程に二人は相容れない。

やがてそれは互いに強い敵愾心を生み、今まさに激突しようとしている。

 

「貴様などにこれ以上でかい顔をされて堪るか……教官から直々に鍛え抜かれた私の力の前では貴様など足元にも及ばんということを教えてやる!」

 

「はっ!その一夏さんに手も足も出ずに叩きのめされた人が言う台詞ですか!?」

 

「ほざけ!!」

 

 罵声を皮肉で返され、ラウラは激昂しながらプラズマ手刀で襲い掛かる。

 

「っ!」

 

「馬鹿め!」

 

 襲い掛かるラウラの一撃を椛は跳躍して避けてみせる。

そんな椛を嘲笑うようにラウラはAICを起動させるが……。

 

「AIC以外に芸が無いんですかアナタは!?」

 

 静止結界が発動されるよりも先に椛の手に持ったハンドビームガン『白雷』が火を吹き、ラウラを襲う。

 

「チッ!」

 

 ラウラは舌打ちして椛に発動したAICを解除して身をかわす。

AICは実弾などには効果覿面だが、ビームなどの光学兵器には効果が薄い。

仮に椛をAICで捕らえてもビームによるダメージを受けてAICが解除されてしまえば元の木阿弥だ。

 

(クソ……ビーム兵器を装備していたのか。だがハンドガンなら対処のし様はある)

 

 苛立ちつつも冷静さを保ち、ラウラは一度距離を取ってレールカノンを展開してハ

ンドガン特有の射程の短さを突く戦法に移る。

 

「キレてばかりかと思ったら、少しは知恵も回るようですね?それなら……!」

 

 距離を取るラウラに対して椛は砲撃を避けつつ、白雷の銃身を取り外す。

そして銃とは別に長い筒のような物を展開して、銃身を失った白雷に取り付ける。

筒は長い銃身と化し、白雷はハンドガンからライフルへと姿を変える。

 

「銃身の換装型か!?」

 

「これなら射程は五分。西部劇の真似でもしますか?」

 

「いちいち癪に障る態度を取って……!」

 

 目を鋭く細めてレールカノンを発射し続けながらラウラは椛との距離を詰め直す。

 

(やはり下らん小細工など無用だ!奴が反撃できない状態で静止結界に捕らえてしまえば私の勝利は確実。要は奴に隙さえ作らせれば勝てる!!)

 

 ある程度距離が詰まった時、ラウラは武装をワイヤーブレードに切り替える。

 

「喰らえ!」

 

「そんな物!」

 

 ラウラはワイヤーブレードを椛目掛けて発射し、一方で迫り来るワイヤーブレードに対し、椛は両腕に円形のシールドを一つずつ展開してそれを投げつける。

投げつけられたシールドはフリスビーのように回転し、盾から八方手裏剣の様に刃が飛び出した。

ワイヤー装着型万能シールド『白舞(はくぶ)』だ。

 

「ヨーヨーの化け物か?その武器は……」

 

 ブレードと盾がそれぞれぶつかり合って互いに勢いが殺され、それぞれワイヤーを引き戻して再び体勢を立て直す。

 

「そろそろ……マジで行きますよ!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、椛は自らラウラとの距離を詰めにかかる。

 

「一気に決める!それっ!!」

 

 ラウラへと真っ直ぐ前進しながら椛は再び白舞を投擲する。

 

「愚図が!同じ手を二度も喰らうか!」

 

 ラウラは白舞の一撃を冷静に回避しながら白舞のワイヤーを狙い、ブレードを発射してワイヤーを切断してみせるが……。

 

「二度も同じ手を使う愚図がいますか!?」

 

「何!?」

 

 直後にラウラの目が驚愕に見開かれる。

回転する盾の表面に六つの穴が開き、そこから弾丸がガトリングの様にばら撒かれる。

 

(バルカンだと?こんな物まで内蔵していたのか!?……待てよ、さっき最初に盾(これ)を使った時にバルカンを同時に使っていたら……)

 

 初見ではワイヤーブレードで勢いを相殺した事で自分は盾への警戒心を緩めていた。その状態でこれを使われていたら避けるのは難しかっただろう……。

 

(こ、コイツ……私で遊んでいたというのか!?)

 

 屈辱から来る怒りにラウラは一瞬だが表情を歪める。そしてその一瞬を椛は逃さない。

 

「気付いたようですね。だからこそ、思考に気を取られて隙が出来る!!」

 

「しまっ……グァァァ!!」

 

 僅かに出来たラウラの隙を突き、椛は白蘭鋼牙の斬撃を連続して叩き込む。

 

「せぇぇぇい!!」

 

「ガァァァァ!!!!」

 

 そして締めの一撃とばかりに回し蹴りがラウラの顔面に叩き込まれ、ラウラの身体がシュヴァルツェア・レーゲンごと数秒程の間宙に浮き、そのまま地面に叩き付けられた。

 

「カハッ!……く、クソが」

 

 並みのパイロットなら既に気絶している筈のダメージを受けてもなお、ラウラは立ち上がり、憎しみに染まった目を血走らせ、執念で椛に近づく。

 

「負けられん……負けるわけにはいかないんだ!教官の顔に泥を塗ったあの男、そして奴と馴れ合う貴様にもだ!!」

 

 息も荒くラウラはプラズマ手刀で椛を襲う。

だが体力を消耗したラウラの一撃など椛に通じる筈もなく、軽々と避けられてしまう。

 

「顔に泥を塗った……本当にそれが理由ですか?」

 

「何だと?」

 

 椛からの指摘にラウラは思わず動きを止めて椛を凝視する。

 

「一応アナタ達の様な専用機持ちの事はある程度調べています。アナタが織斑先生からドイツ軍で鍛えられた事も……それで一夏さんを逆恨みしてるしている事もね」

 

「逆恨みだと!?教官の名誉を汚した男を恨む事が逆恨みだと!?馬鹿も休み休み言え!!」

 

 自身の怒りを逆恨みと断言され、ラウラは言葉を荒げる。

そんなラウラにも椛はまるで動じない。ただひたすら冷め切った視線を向ける。

 

「一夏さんの一件が無ければアナタは織斑先生と出会う事も無かった……逆に言えばアナタが織斑先生と出会えたのは一夏さんという存在があったから。これで一夏さんを恨むって、逆恨み以外の何だと言うのか?結局アナタ、嫉妬してるだけでしょ?それを如何にもな理由で正当化して……私情で動く癖して本音はひた隠し……余計ムカつきますよ。個人技だけの不適格軍人が!!」

 

「黙れぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 自身に対する正論を混じえたヒートアップする椛の批判にラウラはキレた。

怒りに身を任せてプラズマ手刀を振るい、我武者羅に椛をAICに捕らえようとする。

 

「殺す!お前だけは絶対嬲り殺しにしてやる!!」

 

「……無様な」

 

 静かに吐き捨て、椛は両手に数発の手榴弾、そして顔には顔の上半分を覆う大型のゴーグルを展開し、ラウラの攻撃を上手くかわしながら手榴弾を周囲にばら撒いた。

 

「これで終わりです!」

 

 ばら撒かれた手榴弾から大量の煙が椛とラウラを包み込む。

スモークチャフ『幻霧(げんむ)』……ハイパーセンサーすら無効化するナノマシンを含んだ煙によって相手の視界を遮断する煙幕爆弾だ。

そしてそれを唯一無効化する高感度索敵ゴーグルを装備する事によって戦況を大幅に有利に持ち込む武装だ。

もっとも椛は元々鼻が利き、千里眼(試合中は使う気は無いが)を持つためゴーグル無しでも十分有利に持ち込めるが……。

 

「な、何だこの煙は!?ま、まずい……!」

 

 煙で遮られる視界にラウラは一瞬で自身の圧倒的ハンデに気付く。

AIC発動に最も重要かつ必要なのは集中力と敵の姿形のイメージ、それにはどうしても目に依存しやすくなってしまう。

その視界を遮られたという事はシュバルツェア・レーゲン最大の武装たるAICが潰された事に他ならない。

 

「言った筈ですよ。これで終わりだと……」

 

「!?……グガァァ!!」

 

 動揺するラウラの背後から声と共に白蘭鋼牙の一撃が見舞われ、ラウラは悲鳴を上げる。

 

「怯えろ!」

 

「ぐあっ!」

 

 そして続けざまに叩き込まれる二度目の斬撃をラウラは成す術無く喰らう。

 

「竦め!!」

 

「ガッ!!」

 

 続けざまにアッパーカットのように繰り出される白舞での殴打にラウラの身体はまたしても宙に浮く。

そして椛はとどめに、数日前に追加された白牙最大の武装を展開する。

 

「機体の性能を活かせないまま散っていけぇーーっ!!」

 

 展開されるは白舞とは違うシールド。ハモニカ型ビーム砲内蔵シールド『ディバイダー』だ。

そして椛の咆哮と共に、ビームの雨が弓矢のようにラウラを打ち据えた!

 

「ギャアァァァ!!」

 

 ビームに飲まれ、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーはおろか、ラウラの体力は完全に底を突いたのだった。

 

「自分の心にも向き合えない者に、力を誇示する資格は無いんです。人と向き合うという事を覚えて出直す事です」

 

 地に倒れ伏すラウラを確認し、椛は静かにラウラに背を向けたのだった……。

 

 

 

(負け、たのか……?私は、あんな奴に……こんなにも無様に……)

 

 椛からかけられる言葉を耳にしながらラウラは悔しさの余り涙を流す。

悔しい……負けた事も、何一つまともに言い返せなかった事も、一矢報いる事も出来なかった己の無様さも……。

 

『汝、力を欲するか?』

 

 突如として頭の中に声が響く……。

まるでラウラを何かに誘うかのような囁き声で……。

 

(寄越せ、私に……私に力を!!)

 

 ラウラはその囁きに魅入られた。

そして手を伸ばしたその時…………。

 

『そんなダサいの使うの?そんなんじゃ面白くないよ』

 

 突然頭に響く声が変わる。

まるで子供のようなふざけた口調でラウラの中に何かが入ってくる。

 

「ッ…あああああぁぁアァアァ亜ぁぁっ亞あぁぁああAaaアアアァァッッ!!!!」

 

 そして、ラウラの世界は闇に包まれた……。

 

 




IS紹介

白牙

パワー・C
スピード・B
装甲・C
反応速度・A
攻撃範囲・B
射程距離・A

パイロット・犬走椛

武装

近接専用ブレード『白蘭鋼牙』
接近戦用の青龍刀型ブレード。
非常に軽量で切れ味が抜群。

バレル換装型ビームガン『白雷』
射撃戦用の武装。
銃身を換装する事により射程範囲を変更できる。
バレルは近、中、遠距離の三種類がある。

ワイヤー装着型万能シールド『白舞』
汎用性を重視して設計された特殊な盾。
内部にカッターとバルカンが内蔵されている。
また、ワイヤーも装着されており、投擲してもヨーヨーのように手元に戻すことが可能。

ハモニカ型ビーム砲内臓シールド『ディバイダー』
広範囲拡散型ビームキャノンを内蔵した盾。星蓮船異変と同時期に追加された武装である。
広範囲かつ高火力であり威力は抜群に高い。

スモークチャフ『幻霧』
ハイパーセンサーすらも無効化する手榴弾型の白煙爆弾(スモークボム)。
ナノマシン内臓の煙の粒子により相手の視界はおろか、ISのハイパーセンサーすら無効にする。

高感度索敵ゴーグル
幻霧の煙を無効化できる索敵ゴーグル。


白兵戦と索敵能力に優れた椛専用機。
椛の持つ高い嗅覚と千里眼との相性は抜群。
トリッキーな武装を用いたかく乱戦法を得意とする。


次回予告

 突如として発生した謎の力に飲まれ、ラウラは暴走する。
その圧倒的な力を感じ取り、駆けつけた一夏を巻き込みアリーナは常識はずれの乱戦の様相を見せる事に……。

次回『魔性の力を打ち破れ!!一夏と椛の鉄拳!!』

ラウラ「これだ!この力だ!!」

一夏「決着(ケリ)つけに来てやったぜ……!!」


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魔性の力を打ち破れ!!一夏と椛の鉄拳!!(前編)

久々に前後編に分けました。


 椛とラウラの戦いとほぼ同時刻。

一夏は職員室にて、椛から送られてきた女尊男卑主義の生徒たちによる襲撃の証拠を提出していた。

 

「……これは、取り繕い様も無いな。十分な証拠だ」

 

 レコーダーから流れる襲撃犯の言葉に職員室内が重苦しい雰囲気になる中、千冬は苦々しく口を開いた。

 

「犬走に喧嘩を売ったボーデヴィッヒも処罰の必要はあるが、集団で襲撃をかけた連中はそれ相応に重い対応が必要だな」

 

「それなら、すぐに何人かで止めに行かないと!」

 

「いや、ボーデヴィッヒはともかく、他の連中は既に鎮圧されているし、私一人で十分だ」

 

 慌てふためきながら席を立ってアリーナに向かおうとする真耶だったが、千冬がそれを遮った。

 

「織斑、一応武術部の方にも事情聴取の必要があるからお前も来い。一応お前が部長なんだからな」

 

「了解」

 

 二人は共に席を立ち、アリーナに向かうため、職員室を出ようとするが……

 

『ッ…あああああぁぁアァアァ亜ぁぁっ亞あぁぁああAaaアアアァァッッ!!!!』

 

 突如としてレコーダーから響くラウラの絶叫。

その尋常ではない様子に職員室内の全員が驚愕する。

 

「っ!?」

 

(こ、これは……魔力だと!?)

 

 絶叫と共にアリーナの方角から爆発するように溢れだす禍々しき魔力。

それを感じ取った一夏と千冬はすぐさまアリーナへ駆け出した。

 

 

 

 

 

「こ、これは……」

 

 目の前で起こるラウラと鈍く黒い光を放つシュヴァルツェア・レーゲンの様子に椛は狼狽しながら僅かに後退さる。

目の前で直接感じる分、椛はハッキリと理解出来る。目の前の少女と彼女が纏う機械の鎧が出す魔力の圧倒的なまでの禍々しさが……。

 

「ッ!……全員ココから離れて!!コイツはやば過ぎる!!」

 

 硬直していた思考をフル回転させて椛はセシリア達武術部メンバーと襲撃を行った女子グループに対して怒鳴りつけるように叫ぶ。

魔力を持ったISの力が振るわれれば、ココにいる者達に対抗手段は無い。

それどころか、下手をすれば死人が出てしまう……!

 

『ウ…ギ、ガァァァァアアアアア!!!!!』

 

「ヒッ……」

 

 椛の呼び掛けも虚しく、ラウラは凄まじい瞬発力で困惑に動けなくなっていた襲撃グループの一人に急接近し、その腕でなぎ払った。

 

「グェエエエ!!?」

 

 攻撃を受けた女子の身体からベキリと嫌な音が鳴る。肋骨がへし折れたのだ。

直後に襲撃グループの女子達から悲鳴が上がり、彼女達は半狂乱になって逃げ惑う。

そんな様子を尻目に、ラウラは自身が振るった腕を見詰める。

 

「…………」

 

 数秒前までの絶叫が嘘の様にラウラは静まり返る。

だが、その瞳には先ほど椛と戦った時以上の狂気を秘めている。

 

「…フ、フフ………ハハ、…クハハ!…………………………アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」

 

 そして直後に狂ったように大口を開けてラウラは嗤い、己の力に打ち震える。

 

「これだ、この力だ!!これこそ私が求めていた力だ!!!!この力さえあれば教官を取り戻せる!!兵器と玩具の違いも解らんクズ共を粛清できる!!そして、織斑一夏、犬走椛!!奴らにも勝てる!!」

 

 そして全身で喜びを表すかのように嗤った後は、先程重傷を負わせた女へ視線を向けると再び腕を振り上げる。

さながらその姿は死刑の執行人だ。

 

「い、嫌ぁぁ!!殺さないでぇぇぇーーー!!!!」

 

 標的にされた女生徒は震え上がり、必死に助けを求めるが、自身の味方だった筈の仲間たちはラウラの凶行とも言える行為に恐れをなして逃げた後だ。

もはや自分の味方など一人もいない状況に女生徒の心は絶望に埋め尽くされる。

 

「喜べ。貴様はこの私による粛清の第一歩だぁーーーーー!!!!」

 

 泣き叫ぶ女生徒を嘲笑いながら腕を振り下ろし、その身体を押しつぶそうとするラウラ。

だが、そこに一人の人影が割って入り、女性徒を抱え上げてラウラの攻撃を回避する。

 

「貴様、何の真似だ?」

 

「ケッ!こんなクソ女でも、目の前で殺されちゃ夢見が悪いんだよ!!」

 

 女生徒を救ったのは敵であるはずの弾だった。

更には弾の言葉に続くようにアリーナの出入り口付近から二組の射撃が飛んでくる。

 

「ッ……貴様ら!」

 

「何が粛清ですか!力に溺れてこんな凶行に走るなんて……!!」

 

「弾!早くそいつから離れて!!悔しいけど、私たちじゃそいつを倒せない!!」

 

 訓練で磨いた洞察力と直感を働かせ、セシリアと簪の二人はラウラと距離を取りつつ、弾と女性徒を逃がすべく援護射撃を行う。

そして同時にもう一つの人影がラウラに上空から襲い掛かる。

 

「アナタの相手は、私です!!」

 

「犬走ぃ……!良いだろう。まずは貴様からだぁ!!」

 

 白蘭鋼牙の一撃を腕でガードし、ラウラは撤退する弾達を無視し、椛への殺意を露にしながら襲い掛かった。

 

「ハァアアアア!!」

 

「ッ!?」

 

 プラズマ手刀を構え、椛に襲い掛かるラウラの攻撃をかわす椛だが、プラズマ手刀はアリーナの地面に大きなクレーターを作った。その大きさは通常のISのパワーで出来る物の比ではない程の巨大さだ。

 

「(なんてパワー……まるで鬼がISに乗ってるような破壊力。油断すればやられてしまう!)弾さん達はその連中の拘束と安全圏まで退避を!織斑先生たちを呼んできてください!!それまで私が何とか抑えます!!」

 

「分かった!無理はするなよ!!やばくなったらすぐ逃げろ!!」

 

 暴走するラウラとシュヴァルツェア・レーゲンの他の追随を許さぬパワーに戦慄を覚え、椛は弾達に指示を出しつつラウラに対抗する手段を頭をフル回転させて考える。

 

(とにかく、まずはAICを封じる!)

 

 敵の圧倒的なパワーの前に一撃の直撃が命取り、もっとも厄介なのは動きを拘束されると感じ、椛は幻霧による煙幕を張ってAICを封じる。

 

「チッ、また煙幕を……!?」

 

 煙幕による目くらましに舌打ちするラウラだったが、すぐに表情は驚愕と喜びに変わる。

 

「わ、分かる……分かるぞ!貴様がどこにいるのか分かるぞ!!」

 

「!?」

 

 視覚ではなく聴覚、直感、第六感が研ぎ澄まされ、ラウラは椛の気配を捉えることが出来るようになっている自分に気付き、狂ったように笑みを浮かべて椛に襲い掛かる。

椛はそれを辛うじて回避するも、狂戦士と化したラウラに戦慄を禁じえない。

 

「フハハハ!!これ程の力とは、もはやAICなど使えずとも問題無い!!基本装備だけでも貴様を十分に殺せる!!」

 

(パワーだけじゃなくてスピードまで上がっている。このまま長引いて彼女が私の動きに目を慣らせば不利……。となれば、少しでも多くのダメージを与えて短期決戦で決めるしかない!)

 

 覚悟を決め、白蘭鋼牙とディバイダーを構え直す椛。

そして静かに一瞬だけラウラを睨み、煙に紛れながら一気に距離を詰め、ラウラもそれを感じ取って迎え撃つ。

 

「この、馬鹿軍人がぁ!!」

 

「死ねぇぇ!!犬走ぃぃぃっ!!」

 

 両者共に怒りの咆哮と共に繰り出される白蘭鋼牙とプラズマ手刀が交差するその刹那、不意に椛は刀を自ら落とし、ラウラの手刀を装甲を纏ったその腕で受け止めた。

 

「何ぃっ!?」

 

「ウグゥッ……貰い、ましたよ!!」

 

 ベキベキと音を立ててへし折れる己の腕をまるで気にしないかのように、椛ラウラに肉迫していく。

 

「貴様!腕を犠牲に……!?」

 

「今のアナタにまともにぶつかってもパワー負けは目に見えてる。だったら腕の一本ぐらい、くれてやりますよ!!」

 

 文字通り白い狼を彷彿とさせる獰猛な笑みを浮かべ、椛はラウラの懐に入ることに成功し、残った左手に展開されたディバイダーの砲門を開き、ゼロ距離からラウラにディバイダーの砲撃をぶち込んだ。

 

「グァアアア!!!!こ、こんな……私は、また……!!!!」

 

 断末魔にも近い叫び声と共にディバイダーのビームにラウラは飲まれ、シュバルツェア・レーゲンは見る影も無くボロボロに大破し、地面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 時間を遡る事数分前、先行してアリーナに向かった一夏と千冬だったが、アリーナに入った時、それは現れた。

 

「っ!?……コイツら、あの時の!」

 

 二人の前に通路の天井を突き破って現れたのは先のクラス対抗戦で乱入した謎の無人IS。

それが2機、一夏と千冬の前に立ち塞がる。

さらに状況は更に悪い方向へ流れ、二人の背後のアリーナの出入り口……正確にはアリーナの周囲全体がバリアで覆われて出入りできなくなってしまっている。

 

「嵌められたって事か……」

 

「一夏、コイツらは私が抑える……先に行け!」

 

 打鉄を纏った千冬は一歩前に出てブレードを構えながら一夏に声を掛ける。

 

「千冬姉……」

 

「ラウラを頼む。……アイツを助けてやってくれ」

 

「任せろ!」

 

 千冬の言葉に頷き、一夏は敵機を振り切ってアリーナの中央……椛とラウラが待つ場所まで向かう。

その場には千冬と無人機のみが取り残される。

無人機は一度は一夏を追おうとするも、千冬はそれを阻止して無人機を睨みつける。

 

「貴様らと遊んでいる暇は無い。速攻で終わらせてもらうぞ!!」

 

 ブレードを握る手に力を込め、千冬は2機の無人機に向かって剣を構えた。

 

 

 

 

 

「ウ……グ……ガァアアああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

「……嘘、でしょ?」

 

 目の前の光景に椛は絶句する。

先程ゼロ距離からの砲撃で間違いなく倒したと思われたラウラだったが、なんと彼女は三度立ち上がった。

身に纏うISは更に変形し、まるで中世の鉄騎兵のように全身を覆い尽くし、原形をとどめているのはプラズマ手刀とワイヤーブレード、そしてレールガンという武器だけだ。

だが、驚くのはそこだけではない。椛が与えた攻撃による傷がなぜか完全に塞がっているのだ。

搭乗者のラウラがどうなのかは定かではないが、これだけは言える……最早シュヴァルツェア・レーゲンはもシュヴァルツェア・レーゲンではなくなっている。

目の前のISは最早原形すら留めぬISの名を借りた搭乗者を操る魔性の鎧に成り果ててしまっているのだ。

 

「せっかく、腕一本折ってまで倒したと思ったのに、こんなの無いでしょ……」

 

 膝を付きながら苦々しくそう呟く椛。もう彼女に戦う力はほとんど残ってなかった。

 

「犬、走ぃぃっ!!」

 

 最早意識があるのかも怪しい声でラウラは今まさにプラズマ手刀を椛の脳天めがけて振り下ろそうとしている。

 

(ココ、まで……なの?)

 

 目の前で振り下ろされる凶刃にも近い一撃に椛は硬く目を閉じる……が、しかし

 

「何とか、間に合ったな……!!」

 

「い、一夏……さん」

 

 寸での所で一夏のDアーマーの手がシュヴァルツェア・レーゲンの手刀を防ぎ、椛を救った。

 

「大丈夫か、椛?」

 

「わ、私は大丈夫……じゃないですけど。他の皆は?」

 

「今、魔理沙や他の皆が地中を掘り進んでアリーナへの道を作ってくれている。弾達はそこから脱出させる予定だ。……よくコイツを抑えてくれたな。後は任せろ」

 

 椛の問いに頼もしい笑みを浮かべて答え、一夏は静かに暴走するラウラを見据える。

 

「ラウラ、決着(ケリ)つけに来てやったぜ……!!」

 

「織斑、一夏ァァ……!!」

 

 第2ラウンド、開始……!!

 

 

 



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魔性の力を打ち破れ!!一夏と椛の鉄拳!!(後編)

 一夏とラウラが対峙する頃から遡る事数分前、アリーナでの異変を察知した魔理沙達幻想郷の面々、それに加え教師陣と生徒会長の更識楯無を初めとした2~3年生の専用機持ちはアリーナの前でシールドに遮られ、アリーナへの侵入を阻まれていた。

 

「ダメです!ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしません!!」

 

 嘆くように声を上げ、真耶は臍を噛む。

守るべき生徒が中に取り残されているのに何も出来ない自分が、真耶にとっては何よりも恨めしく感じていた。

 

「全員下がれ!私のマスターキャノンの最大出力で!!」

 

 バーニングマジシャンを装着し、魔理沙は地に足をつけて身体をしっかりと固定し、照準を合わせる。

 

「皆離れてろ!下手すると巻き添え喰らっちまうぜ!!」

 

 周囲の人間に避難するように勧告し、魔理沙は引き金に掛けた指に力を込める。

 

『リミッター解除、モードを試合用から戦闘モードに移行……』

 

 バーニングマジシャンから流れる無機質な機械音声。

それを聞きながら魔理沙は目を鋭く細める。

 

「行っけぇぇーーーー!!」

 

 そして凄まじい破壊力を持つ極大のビームが放たれ、バリアに直撃してそれを突き破った……ように見えた。

 

「!?……ヤバイ!!」

 

 突然何を思ったのか、魔理沙はビームの軌道を慌てて逸らす。

結局、狙いを大きく外されたビームはアリーナの外壁を抉るのみに留まり、ビームは遥上空へと飛んでいった。

 

「ちょっと、どうしたのよ?折角バリアを突破したのに……あ!」

 

「突破?コレを見てそんな事言えんのか?」

 

 魔理沙の思わぬ行動に一瞬非難の視線を向ける楯無だったが、すぐに状況を察して口を噤む。

 

「何これ?……バリアが直ってる?」

 

「バリアを破る攻撃は防がず素通りさせてアリーナに風穴を開けさせるように仕向ける……。器用なバリアだこと」

 

 種明かしをするとこうだ。

魔理沙のマスターキャノンはバリアを突破し、破壊できるだけの攻撃力はあった。

だが、発射されたビームがバリアに直撃したと同時にバリアはマスターキャノンのビームに合わせて自ら風穴を空けたのだ。

勢いが相殺されずに飛ぶマスターキャノンのビームの威力は当然落ちることなくアリーナを砲撃するので、もしも魔理沙がこの事実に気づかなかったら……。

 

「あのまま撃ってたら中にいる一夏や簪達もドカンって訳だぜ……」

 

 冷や汗の混じる魔理沙の言葉に楯無は顔を青くする。

危うく妹が味方の砲撃で吹き飛ばされる所だったなど、考えただけで身の毛がよだつ……。

 

「でもアリーナのバリアにこんな機能は無い筈ですよ!」

 

「これはアリーナのバリアではないわ」

 

 レミリアと魔理沙の分析に真耶は反論するものの、背後から現れたアリスが口を挟む。

 

「アリーナ周辺を調べてみたけど、至る所にバリアの発生装置が見つかったわ。ただ、それ全部バリアの中なんだけどね。無理に砲撃で破壊すれば間違いなくアリーナは崩壊。中の人間もろとも潰れてしまうわ」

 

 アリスから知らされる新たな悪い情報にその場にいる全員を沈黙が支配する。

 

(だったら私のミストルテインの槍で一点突破すれば……)

 

 一方、会話を余所に楯無は思考を切り替えて別の策を思いつくが……。

 

「一点突破はもっと無謀よ。仮にバリアを破れるとしても、魔理沙の時と同じ方法で受け流されるわ。そして無防備に身体半分入った状態でバリアが閉じられたら……どうなるかは言わなくても解るでしょ?」

 

「う……(確かに、あの反応速度でビームの太さにあわせて開閉するバリアでは……)」

 

 心を読まれたかのように飛び出すアリスの指摘に楯無は黙り込む。

流石に絶対防御があるとはいえ、目の前のバリアの展開に巻き込まれればISごと真っ二つにされかねない。

 

「そんな……それじゃあ、私達は指を咥えているしか出来ないんですか!?」

 

 真耶は悲痛な声を上げ、打つ手を思い浮かべることが出来ない自分に苛立ち、唇を噛み締める。

 

(簪ちゃん……このままじゃ簪ちゃんが……)

 

 そしてそれは楯無も同じ事だった。

自分は仮にも生徒会長であり、簪の姉なのに……今この時に何も出来ず、妹を守れない自分が何よりも憎かった。

 

「……一つ方法があるわ」

 

 だがそんな空気を吹き飛ばす者がいた……レミリアだ。

 

「品の無い原始的な方法だけど……上がダメなら下からいけば良い。そこまでバリアが伸びていなければの話だけどね」

 

「……地中!?」

 

 レミリアの言葉に勘の良い者はすぐにその意図に気付き、それぞれその《行動》に適した武装を展開する。

 

「文、内部の一夏と千冬に連絡を、アリスは周辺の警戒、後はそれぞれ得意分野を活かして穴を掘りなさい!敵の妨害と小分けでの避難を想定して穴は複数掘って!!異論は無いわよね、山田教諭?」

 

「か、構いません。私達も作業に役に立つ道具を用意します!」

 

 レミリアの外見からは想像も付かない程の完成度の高い指揮に周囲の者達は全員彼女が一年生だという事実も忘れて作業に取り掛かった。

 

(掛かる時間は早くて数十分。それまで持ちこたえるか、片を付けるか……。頼んだわよ一夏、千冬)

 

 

 

 

 

 一夏と千冬が文からの連絡を受けた頃、救援を求めて退避していたセシリア達だったが、彼女達もまた通路内で無人機2機と出くわし、交戦を余儀なくされていた。

 

「クッ!もう少し広い通路を選ぶべきでしたわ……こう狭いと、ライフルとビットでは……」

 

 後衛を務めるセシリアが愚痴るように言葉を漏らす。

元々広範囲の攻撃をベースにしているセシリアのブルーティアーズに通路という狭い空間は機体の性能を十分に発揮できない悪環境だった。

そのため、必然的に弾と簪が前衛、セシリアはその援護という図式が出来上がるという流れになっていた。

 

「クソ!コイツら思ったよりパワーがあるぜ……一応負ける気はしねぇけど、この状況じゃ……」

 

「ビーム砲を使わないのはありがたいけど、流石にこうも足枷があると……」

 

 前衛を務める弾と簪はそれぞれが敵と鍔迫り合う。

不幸中の幸いか、現在交戦している無人機は先の対抗戦とは違い、ブレードとマシンガンで武装し、耐久力がアップした白兵戦仕様のものとなっているが、それでも弾達が遅れを取る程の相手ではない。

だが、弾たちには決定的な足枷が存在した……

 

「おいお前ら!いつまでそうやってるんだ!?助かりたいなら俺達を手伝え!!」

 

「い、嫌ぁ!助けてぇっ!!」

 

「ごめんなさい!許して!!もう二度と悪い事なんてしません!!男を差別したりしませんからぁ!!」

 

「私生まれ変わって良い子になります!まじめに勉強します!!だから命だけはぁっ!!」

 

 弾の怒鳴り声にも反応せず、襲撃メンバーはガタガタと震えて泣き叫ぶだけで全く動かない。

いや、恐怖で体中が竦んで動けないと言ったほうが正しいのだろうが、どっちにせよ弾達にとってはとんだ足手纏いでしかない。

 

「ハァ、ハァ……コイツら、あんだけ目茶苦茶な事言いながら襲撃かけといていざと言う時にこの様かよ!?」

 

「クッ……同感。これ、無事に終わったらこの人達全員から有り金巻き上げても罰当たらないよね?」

 

 息を切らしながら悪態を吐く弾と簪。

震えて戦力にならない女達を守りつつ無人機と戦い、更には訓練時から連戦続きで疲労もピークに達しつつある弾達にとって3対2とはいえ、戦況は非常に厳しいと言わざるを得ない。

 

「っ!……何か来ますわ!」

 

 センサーが複数の機影を捉えたのを確認し、セシリアは声を上げる。

一瞬弾と簪は援軍が来たのかと期待するが……。

 

「て、敵ですわ!しかも背後から2機!!」

 

 セシリアのやや悲鳴混じりな凶報に弾と簪は揃って表情(かお)を顰める。

唯一優勢だった人数の多さが逆転されては最早勝ち目は絶望的だ。

 

「は、挟み撃ち……このままじゃ……」

 

「どうすりゃ良いんだよ……畜生!」

 

 前門の虎、後門の狼とでも言うべき状況に三人の表情は徐々に焦燥の色が浮かんでいく。

 

「っ!?……また機影?これは、打鉄!?」

 

 崖っぷちの状況の中、セシリアは再び声を上げる。

その直後、三人は別の意味で驚愕する事になる。背後に迫っていた無人機が一機、突如バチバチと火花を走らせて崩れ落ちたのだ。

 

「な、何だ……?」

 

「オルコット、更識、五反田……よく持ち堪えてくれた。後は私に任せろ」

 

「織斑先生!!」

 

 そして崩れ落ちた無人機の先から、身に纏う打鉄を返り血のようにオイルで汚し、刀を抱えて仁王立ちする千冬の姿がそこにあった。

 

「言いたい事は色々あるが、まずはこいつらの大掃除だな。……全員伏せていろ。10秒で片付ける」

 

 有無を言わせぬ眼光でその場にいる全員を従わせ、千冬は残り三機の無人機と対峙する。

もちろん無人機もただ黙ったまま立っている筈もなく、それぞれがマシンガンとブレードを構えて千冬に攻撃を開始するが……。

 

「遅い!」

 

 まるで素人のパンチを避けるボクサーの如く、3機からの集中攻撃を軽々とかわし、千冬は無人機に接近、すれ違いざまにブレードを振るい、無人機を1機斬り裂いて見せ、無人機に深い傷を刻み付ける。

直後に千冬は傷を負わせた無人機を抱え、対面の無人機に投げつけた。

 

「終わりだ!」

 

 そして仕上げとばかりに残り1機の無人機をブレードで器用に一本釣りの様に引っ掛け、重なり倒れている2機の無人機に叩き付けた。

 

「ハァアアァァァァッ!!!!」

 

 そして雄叫びと共に千冬は高々と飛び上がり、ブレードをしっかりと握り締めて固定しながら急落下、そのまま無人機3機をまとめて串刺しにして見せた。

 

「……フンッ!」

 

 とどめを確認し、千冬は3機の無人機を纏めてブレードに刺さったまま引き上げ、壁に投げ飛ばしてしまった。

投げ捨てられた無人機は壁を突き破ってアリーナの外へ放り出され、そのまま機能を停止したのだった。

 

「す、凄ぇ……」

 

「こ、これが初代ブリュンヒルデ……織斑先生の力……」

 

「で、でも、昔ビデオで見た試合より強いんじゃ……」

 

 圧倒的な千冬の強さを前に弾達3人は呆然としながらそう口にするのがやっとだった。

 

「昔より強い?当たり前だ。……今の私は現役時代より強いからな」

 

 余裕と頼もしさを感じさせる笑みを見せ付け、千冬は弾達へと歩み寄ったのだった。

 

 

 

 

 

 そして場所は変わりアリーナ中央。

椛とラウラの戦いに乱入し、ラウラの凶刃を止めた一夏はラウラと睨み合いを続けていた。

 

「本当……良いタイミングで来ますよね、一夏さんって。妖夢さん達が惚れるのもなんか納得しますよ」

 

「そんだけ軽口が叩けるなら心配の必要は無さそうだな。……あとは任せとけ、コイツは俺がキッチリ引導を渡す」

 

 傷ついた椛を一瞥し、一夏はラウラに向き直る。

対するラウラは憎悪に満ちた瞳で一夏を射殺すように睨む。

 

「織斑、一夏ぁぁァァっ!!」

 

 余裕すら見せる一夏の態度が気に食わないのか、ラウラは激昂しながら一夏をAICで捕らえようとするが……。

 

「そらっ!」

 

「うわっ!?」

 

 前もってラウラの動きを察知していたかのように一夏は足元に転がっている粉々に砕けている瓦礫を蹴り上げ、ラウラの顔に浴びせる。

 

「ぐ……下らん真似を!」

 

「効率的な行動を取っただけだ。批判される謂れは無い」

 

 顔に掛かった砂埃を手で払い落としながら非難するラウラを一蹴して一夏はラウラと距離を取り、再び構えなおす。

 

(……とはいえ、ちょっとやそっとで倒せる相手じゃないな。追加された武器全部使って叩くしかないか)

 

 ラウラが纏うISから放たれる禍々しくも凄まじい魔力を間近で感じ、一夏は鋭く目を細めて表情をより真剣なものに変える。

 

「お前さえ……お前さえいなければぁぁっ!」

 

 視界を回復させてすぐにラウラは臨戦態勢を取り、怨嗟の声と共に一夏めがけてレールカノンの砲撃を見舞おうとする。

 

(速い!)

 

(私の時より威力とスピードが上がっている!?)

 

 紙一重で回避する一夏、そして後方から観戦する椛はラウラの攻撃に内心戦慄を禁じえない。

ラウラは、正確に言えば彼女の愛機シュヴァルツェア・レーゲンの戦闘力は確実に向上している。

 

「貴様がァァぁぁっ!!!!」

 

「!?……うぐぁっ!」

 

 回避した先にラウラは文字通り目にも止まらぬ速さで先回りし、一夏にプラズマ手刀の一撃を見舞う。

間一髪で反応して一夏は身体を宙に浮かして魔力を腕に集中させてガードすることによって、クリーンヒットを避けるが受けたダメージは決して低くはない。

下手をすれば先の椛同様腕がへし折れていただろう。

 

「こりゃ、とてもじゃないがISの武装でどうこう出来る相手じゃないぞ……仕方ない!!」

 

 軽く舌打ちした直後、一夏は体中に魔力を循環させ、己の肉体を強化する。

 

「いくぜ!」

 

 気合と共に一夏は踏み込み、先程とは比較にならない速度でラウラに接近し、拳を繰り出した。

 

「ぐぅっ!!」

 

 咄嗟にプラズマ手刀で応戦したラウラだったが、一夏の勢いは止まらず両者共にその場に仁王立ちしたまま鍔競り合う形となった。

 

(こ、これは……レーゲンのパワーと互角だと!?)

 

 一夏とダークネスコマンダーのパワーにラウラは思わず驚いてしまう。

椛との戦いで思わぬパワーアップを果たし、最強のISに進化したと思っていた自分の専用機と互角に鍔迫り合えるなど思っても見なかったのだ。

 

「クソッ!」

 

 苛立たしげに悪態を吐き、ラウラは鍔迫り合いの体勢を解き、レールカノンを展開して至近距離から一夏に見舞おうとする。

 

「遅い!」

 

 だがその手は悪手だった。

いくらシュバルツェア・レーゲンがパワーアップし、それに伴い機体の影響でラウラ自身の集中力や感性も高くなっているが、身体能力と反応速度はそれに比例しているという訳ではない。

身体能力と反応速度という面では魔力で肉体を強化している一夏には敵うはずもなく、レールカノンの銃身は発射体勢を取る前に掴み取られ、押さえられてしまう。

 

「我流・火縄封じ……!!」

 

「ガハッ!!」

 

 直後にラウラの顔面を一夏の裏拳が捉える。

火縄封じ……元は近距離戦において魔理沙のゼロ距離マスタースパークを封じるために一夏が昔プレイしたゲームを基に編み出した体術だ。

 

「クゥ!一発喰らった程度で……!」

 

「一発喰らわせれば、追撃には十分だ!!」

 

 一夏の攻撃をもろに喰らって出来たラウラの隙……それを一夏は見逃さない。

間髪入れずにラウラ目掛けて足蹴りを叩き込む!

 

「ぐぁぁッ!!」

 

 強烈な蹴りにラウラは堪らず悲鳴を上げ、身体は後方に吹っ飛ばされる。

 

(く、くそぉ!……だ、だが奴は致命的なミスを犯した!!)

 

 ラウラは口元に笑みが浮かべ、そのまま先程展開したレールカノンを構える。

 

(奴の射撃武器は腕を真っ直ぐ伸ばす必要がある!それはつまり射撃戦に切り替える瞬間、奴の攻撃が緩むという弱点。そこを突きさえすれば!!)

 

 過去の試合映像と資料から得たダークネスコマンダーの特性を見抜いていたラウラは思わぬ形で到来したチャンスを決して見逃さない。

格闘から射撃へ切り替えるその一瞬を狙い、レールカノンをぶっ放した!

 

「だから、お前は甘いんだよ!!」

 

 レールカノンの砲撃を見据え、一夏はDガンナーを展開して腕を曲げたままジャブを繰り出すかのように荷電粒子の弾丸を連射してみせた。

 

「何ぃ!?」

 

「いつまでも欠点を放っておくかよ!」

 

 驚愕するラウラに、一夏は余裕の笑みを見せつけ、誇らしげに返す。

先日の聖蓮船での異変の折、一夏のダークネスコマンダーは追加武装と同時にDガンナーの改良を済ませていた。

元々Dガンナーにはジェネレーター接続の問題から発射時に腕を真っ直ぐ伸ばす必要があったが、にとり達河童によってその弱点が改良され、フルチャージでなければ腕を真っ直ぐ伸ばさずとも発射可能となり、更に連射性を向上させたのだ。

 

「くそぉ!何で……何で貴様なんかが!!」

 

 唯一優位に立てる筈だった射撃戦すらも一夏を追い詰める事が出来ず、ラウラは血が出るほどに唇をかみ締め、激昂しながら一夏目掛けてなりふり構わずに突っ込む。

 

「貴様がぁっ!!」

 

「チッ!」

 

 振るわれるプラズマ手刀を一夏は舌打ちしながらDアーマーで受け止める。

一方でラウラは憎悪をよりむき出しに力任せに押し込もうとする。

 

「貴様が!貴様さえいなければ!!貴様が生き返ったりしなければ!!私は教官の傍に居る事が出来たのに!!」

 

 極限まで達した怒りと激情にラウラは己の本音を全てぶちまける。

 

「…………それが、お前の本心かよ?」

 

 そう返した一夏の目は、ただひたすら静かで冷たく、しかしどこかに怒りを覗かせるようだった。

 

「それの何が悪い!教官は私の全てだ!!教官は私の家族になってくれたかもしれない人だったのに!!なのにお前がそれを奪った!弟というだけで!!私の方が教官の役に立てるのに!私の方がぁ!!!!」

 

「甘ったれんなぁぁーーーーっ!!!!」

 

 ラウラの言葉に一夏の瞳が一瞬で怒りに燃え上がる。

そしてそれに呼応するかのように一夏のDアーマーはラウラのプラズマ手刀を破壊し、そのままラウラを弾き飛ばした。

 

「なっ!?……ぐがっ!!?」

 

 直後にDアーマーの手がラウラの頭を鷲掴み、一夏はそのままラウラをアイアンクローに捕らえたまま投げ飛ばす。

ただ投げ飛ばすだけではない。LAAを用いてアームを伸ばし、ラウラの頭部を捉えたまま投げ、彼女をアリーナの壁に叩き付けたのだ。

 

「がはぁっ!!」

 

 体中に掛かる強烈な衝撃にラウラは肺の中の空気が一瞬全て排出されたような感覚を覚える。

 

「う…が……っ!」

 

 一夏は声にならない呻き声を上げるラウラを掴んでいるアームを引き戻し、再び目の前でラウラを睨みつける。

 

「笑わせんなよ、千冬姉以外を見ようともしないで、手前勝手な都合だけ叫んで、それで『千冬姉が自分の全て』だと?甘ったれるのも大概にしやがれ!!」

 

 体中に渦巻く激情を叩きつけるかのように一夏は再びラウラを投げ飛ばし、地面へ叩きつける。

 

「ガッ!」

 

「歯ぁ食いしばれ!!」

 

 とどめの一撃とばかりに一夏は飛び上がり、右拳に力を集中してラウラ目掛けて振り下ろす。

 

「私は…私はぁ!!」

 

 だが、ラウラはこの時まだ諦めてはいなかった。

全身の残った力を振り絞り、一夏の攻撃を寸での所で回避した。

 

「何!?」

 

 満身創痍の筈であるラウラによるまさかの回避成功に一夏は勢いを止めるのを一瞬忘れてしまい、Dアーマーの拳は地面に深々と突き刺さる。

 

「し、しまった!?」

 

「貰ったぁぁっ!!」

 

 まさにそれはラウラにとって千載一遇の好機だった。

腕が地面に突き刺さり、一瞬完全に身動きが取れなくなった一夏をラウラは見逃さず、遂に一夏をAICに捕らえた。

 

「やっと、捕まえたぞ!!」

 

「クッ!」

 

 狂喜に満ちた表情を浮かべ、ラウラはレールカノンを展開してゼロ距離から連射を叩き込んだ。

 

「グァァッ!!」

 

「フハハハ!!最後の最後で私の執念が勝ちを得た!!これで終わりだ!死ねぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 レールカノンを連射しながら狂喜乱舞するように叫び、ラウラは一夏の眼前に砲身を突きつける。

 

「……だから甘いって言ったんだよ」

 

 砲撃に晒される中、一夏はニヤリと笑みを浮かべる。

それもただの笑みではない。勝利を確信した笑みだ。

ラウラがその事実に気づいた直後、ラウラの背後の地面から何かが飛び出してきた。

 

「え?……ぐぁぁっ!!?」

 

 それはLAAのによって伸びたDアーマーの手だった。

遠隔操作で動かされたDアーマーの拳がラウラの背後に叩き込まれたのだ。

 

「ま、まさか……地中で、既に腕を伸ばして……」

 

 ラウラは全てを察した。

Dアーマーの腕が地面に突き刺さった際、既にDアーマーの拳はLAAで地面を掘り進んでいた。

AICで動きを止められるのはあくまでも目で視認し、イメージをしっかり把握できているものだけ。

地面に突き刺さったDアーマーの右腕、即ち一夏の右腕はその対象外だ。

 

「……お前が、千冬姉の事をどう思ってるかは解った。けどな、千冬姉とも他人とも向き合わないで勝手抜かすのは気に入らない。……キッチリ向き合ってから出直せ。それがお前のためでもある!」

 

 最後にそう言い、一夏は今度こそラウラにとどめの一撃を叩き込んだ。

 

「がはっ……」

 

 僅かに呻き声を漏らし、ラウラは遂に地面に倒れ伏す。

その表情は今までの狂気と憎悪とは違い、どこか穏やかさを感じさせるものだった。

 

「………はぁ、手間かけちまったな。椛、大丈夫か?」

 

 ラウラが倒れた事を確認し、一夏は一息吐いた後、椛の方へ歩み寄る。

 

「ええ、何とか……でも腕一本折れちゃってます。我ながら様ぁ無いですよ」

 

 椛は苦笑いしながら答え、立ち上がる。

一夏と椛はこの時、完全に安心していた。

事態は漸く収拾されたのだと、二人はそう信じて疑わなかった。

この時までは……

 

「ぐ……あ……うぁアアああああああああアアアアあぁっっぁぁっ!!!!!」

 

「「!?」」

 

 突然響き渡るラウラの悲鳴。

数分前にシュバルツェア・レーゲンが変化した時とは違い、今度は間違いなく悲鳴と呼べる叫び声だ。

 

「な、何アレ!?」

 

 思わず椛は声を上げる。

ラウラのシュバルツェアレーゲンは更に形を変えつつあった。

それも最早原型の名残すらない、正真正銘の異形の姿へと……。

 

「ち、違う……こんなの違う!私はこんな姿、望んでないのに……!!」

 

「ボーデヴィッヒ!ISを解除するんだ!!早く!!」

 

「で、出来ない……レーゲンが、言う事を、聞かない……い、嫌だ……何かが、私の中に……助け……」

 

 助けを求める声を最後にラウラの声は途切れた。

後に残ったのは異形の怪物と化したシュバルツェア・レーゲン。そしてそれと対峙する一夏と椛だけだ。

 

「ア゛ア゛ア゛ァァッッーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

 

 異形のISは 言葉にもならぬ無機質な咆哮を上げる。

直後に、両腕が触手のように伸び、一夏と椛を襲った。

 

「グッ……さっきよりも感じる魔力が多い。完全に暴走しているのか!?」

 

「それより、このままじゃ中にいる彼女の身が危ないですよ」

 

 シュバルツェア・レーゲンだったものを前にして一夏達は戦慄しつつも、予断を許さぬ状況だという事だけはしっかりと理解する。

 

「椛、千冬姉達に暗号通信を送って退避してくれ。緊急用コード0だ」

 

「!……了解です」

 

 一夏の言葉に椛の表情が一瞬強張るも、椛は言われたとおり携帯端末から千冬達にメールを送る。

緊急用コード0……それは外界において能力、およびスペルを使用するという禁じ手だ。

 

「だけど、後半部分は拒否。私も戦います」

 

「おいおい、お前その腕で」

 

「足止めぐらいは何とかなります。それに、早く片をつけないとあの馬鹿軍人の命が危ないですからね。……さすがに、誰とも向き合えずに死ぬなんて、可哀相っていうか、見てられないっていうか……とにかく私も戦います!!」

 

 僅かに意地を張って見せ、椛は白蘭鋼牙を展開し、無事な左手で持って構える。

 

「……分かったよ。その代わり、一撃で決めるぞ!」

 

「分かってます!!」

 

 一夏も了承し、二人は臨戦態勢を取る。

そして少しの間間を置いて、椛が駆け出した。

 

「私が触手を引き付ける!一夏さんは本体を!!」

 

 襲い来る触手に、左手の剣だけで応戦する椛。

敵の一撃一撃は非常に重く、それを弾く椛の全身に強い負荷が掛かるが椛はそれを意に介さず、全身全霊の力で応戦する。

 

「だぁぁぁーーーーっ!!!!」

 

 雄叫びと共に椛の渾身の一撃が触手を弾き飛ばし、シュバルツェア・レーゲンに大きな隙が生じる。

 

「今です!!」

 

「よっしゃあ!!」

 

 椛の合図に一夏は気合と共にスペルカードをスタンバイし、シュバルツェア・レーゲンへと突貫していく。

だがその距離が残り数メートルに迫った時……

 

「!?」

 

 一夏は思わず絶句した。

シュバルツェア・レーゲンの胴体から更にもう一本の触手が生えたのだ。

後数メートル、そしてスペルカードを準備しているところを攻撃されては作戦は失敗してしまう。

一夏は身をかわして距離を取り直そうとするが……

 

「そのまま行って!!」

 

 だが、椛の一喝がそれを遮った。

椛は新たに生えた触手に飛びつき、そのまま自分の身体に巻きつけて触手の攻撃を防いだのだ。

 

「今です!!」

 

「《魔拳『貫掌』!!》」

 

 椛によって生じた隙を突き、一夏のスペルカードがシュバルツェア。レーゲンに叩き込まれる!

いや、正確に言えばそれは機体に対してではない。

絶対防御、機体の装甲……それらの全ての防御を打ち砕き、ラウラに直接衝撃を与え、シュバルツェア・レーゲンから押し出し、彼女の身体を解放したのだ。

 

「椛!」

 

 ラウラが解放され、すぐに一夏は方向を転換し、椛に巻きつく触手に向かう。

直後、Dアーマーの肘部から刃物が飛び出して触手を断ち切った。

追加武装の一つ肘部ブレード『聳狐角』だ。

 

「とどめは任せた!やれ、椛!!」

 

「《狗符『レイビーズ・バイト』!!》」

 

 触手から解放された椛から繰り出される牙を象った弾幕が放たれる。

 

「オ゛オ゛ォォォッッッ!!!!?!!?」

 

 弾幕はシュバルツェア・レーゲンを噛み砕くように襲う、文字通り完全に破壊し尽くした。

ラウラ・ボーデヴィッヒ専用機、シュバルツェア・レーゲンはたった今、完全に破壊されたのだ。

 

「ハァ、ハァ……終わり、ましたね」

 

「……ああ」

 

 全身から来る疲労感に椛はその場に座り込む。

一方で一夏は気絶しているラウラを抱え上げる。

アリーナの通路からは徐々に声が聞こえ始めている。どうやら外側での作業や無人機との戦いも終わりを迎えたようだ。

一夏はアリーナに入ってくる救助隊を眺めながら、この後の後処理に思いを馳せるのだった。

 

 




ダークネスコマンダー追加武装紹介

Dガンナー改
Dガンナー最大の欠点だった『発射時に腕を伸ばす必要がある』という問題を解決した改良型の射撃武器。
フルチャージでなければわざわざ腕を伸ばす必要が無く、連射性と速射性がアップしている。
しかし、その反面エネルギーの燃費も増えた。

肘部ブレード『聳狐角(しょうこかく)』
肘部に内蔵されたナイフ状のブレード。
フェイントや牽制に便利。


次回予告

 暴走した謎のシステムから解放され、自身が起こした現実に打ちのめされるラウラ。
そんなラウラに椛は、そして千冬は……

次回『向き合うべき時』

千冬「お前には、全て話す……私がお前に慕われる資格なんて無い、その理由を……」


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向き合うべき時

 生まれた時から、自分には家族というものが存在しなかった。

軍によって戦うために生み出された試験管ベビー……それが自分、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。

兵器として生まれ、育てらた自分にとって戦う力こそが存在意義……。

それに疑問を感じた事は無い……だが、そこに温もりが無かったのは確かだ。

 

 だが、そんな自分にも温もりを知る出来事があった。

事のきっかけは、普段眼帯で覆い隠している片目……ナノマシン処理された義眼『ヴォーダン・オージェ』だ。

IS適正を上げるために作られた義眼……理論上は100%適合するはずだったこの目が自身の身体に合わず、結果として自分は部隊随一の優秀な兵士から落ちこぼれへと転落した。

そんなどん底にいた自分を、ドイツ軍に出向していた織斑千冬は救ってくれた。

落ちこぼれと蔑まれる中、彼女は自分を真っ直ぐに見てくれた。

そんな彼女から指導を受け、自分は部隊最強の座に返り咲き、シュヴァルツェア・ハーゼの隊長にまで上り詰める事が出来た。

千冬は決して自分を兵器や道具としては見ない。一人の人間として接してくれた。

それは今まで戦う事しか知らなかったラウラにとって新鮮過ぎるものだった。

 

 故に、ラウラは千冬に憧れ、尊敬し、慕った。

生まれて初めて暖かさを教えてくれた存在にラウラは心を奪われ、それはやがて崇拝の域に達した。

そんな自身にとって神にも等しい千冬が弟である織斑一夏の喪失を嘆く姿だけは見るに耐えなかった。

千冬にとっての一番は自分ではなく一夏だと言われているようで……無償に腹立たしかった。

自分は死人にも劣る存在なのかと何度も自問した。

だが、同時に一夏がもういないのであれば自分が千冬の支えになる事が出来る……それは即ち、自分は千冬の家族になれるという悪魔の誘惑だったのかもしれない。

 

 千冬が日本へ戻った後も、その願いを糧にし続けたラウラだったが、そんな中耳に入った二つの凶報。

一つ目は千冬の行方不明……それを聞いた時はわき目も振らずにISで日本へ向かおうとしてシュヴァルツァ・ハーゼの全隊員に無理矢理止められたのは記憶に新しい。

 

そして二つ目……行方不明になっていた千冬が再び姿を現した、そこまでは良い。

しかしそこ死亡した筈の織斑一夏まで生き返ったという事実にラウラは憤った。

折角千冬と再会出来るのに、自分は最早千冬の支えになる事は出来ないという事実を突きつけられたも同然だった。

 

 

 故に、ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑一夏を妬み、憎んだ。

 

 

 それから先は一夏を潰すために動き続けた。

しかし、編入初日に宣戦布告の一撃を喰らわせようとした自分は逆に組み伏せられ、模擬戦では惨敗……挙句には何の興味も無い存在だった犬走椛から痛烈な批判を受ける破目になった。

兵器をファッションにしか見てない周囲への苛立ちもあり、ラウラは日に日に怒りを募らせ、武術部を襲撃するに至った。

 

 だが、その結果は無様な敗北と暴走の果てに終わった。

 

 

(私は……どこで何を間違えた?)

 

 気が付けばラウラは闇の中にいた。

真っ暗で自分以外に何も無い黒い空間の中、たった一人立ち尽くす。

 

「私は……何がしたかったんだ?」

 

 答える者などいない筈なのに自然と問いが自身の口から出る。

 

『これだ、この力だ!!これこそ私が求めていた力だ!!!!』

 

(こ、この声は……)

 

 不意にどこからか鳴り響く狂った声……その言葉を聴いてラウラは絶句する。

それは先の戦いで自分が言った言葉と全く同じもの……つまりこの声は。

 

(わ、私の……声?)

 

『喜べ。貴様はこの私による粛清の第一歩だぁーーーーー!!!!』

 

 再び響く耳障りな声。

自分がどれだけ狂っていたのかを改めて認識させられる狂気に満ちた声だ。

 

(や、やめろ……やめてくれ!)

 

『ギャアアァァァァッ!!!!』

 

 断末魔の叫びと共に視界が黒から赤に染まる。

そして目の前には血まみれで倒れる襲撃グループの一員である少女の姿。

 

『アハハハハハ!!死ね!死んで後悔しろ、クズ共ぉぉ!!』

 

「や、やめろぉっ!!やめてくれぇぇっ!!私は、私はそこまでするつもりは無かったんだ!!」

 

 狂気に身を任せてがむしゃらに力を振り回す己の姿にラウラは叫び声を上げる。

しかしそれは何の意味もなさずに周囲には亡骸だけが増えていく。

 

「カッ……!?」

 

 突然背後から何かが己の身体を貫く感覚を覚える。

 

「……え?」

 

 突然の事に困惑し、自身の胸を見下ろす。

そこからは一本の刀が生えていた……そしてその刀の持ち主は。

 

「この、人殺しが……」

 

「犬、走……?」

 

 犬走椛……自分を叩きのめした一人。

その彼女が先の戦い以上に憎しみの視線を送って自分を睨みつけている。

 

「ち、違う……違うんだ。私は……ここまでする気は……」

 

「……だが、この力を欲したのはお前……選んだのは、お前自身だ」

 

 椛の姿は一夏の姿へと変わり、ラウラへの糾弾をより強くする。

 

「……これで満足か?千冬姉の恥晒しである俺にも勝てず、八つ当たりでこんな真似した薄汚ぇクズ野郎が!!」

 

「ウアァァァァアァァーーーーーーーーーーッッ!!!!!!」

 

 目の前の一夏から放たれた言葉にラウラは絶叫し、直後にラウラの世界は闇一色に染まった。

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 絶叫し、目の前が真っ暗になった後、ラウラは悪夢から現実に引き戻される。

全身から噴き出る嫌な汗が現実を認識させる。

 

「わ、私は……私は……」

 

 そして興奮と暴走が消え失せ、冷静さを取り戻した頭は自身の行いを改めて認識させてくる。

気が付けばラウラは自分の両手を見つめて震え始める。

 

「あ、あぁぁぁぁ……!!」

 

 取り返しのつかない事をしてしまった……混乱しそうな頭でそれだけは理解する。

機体の暴走があったとはいえ、何人かの生徒を負傷させ、挙句には殺人未遂にまで及んでしまった……自分のしでかした事は重大だ。

 

「ア゛ア゛ァアアアアァァァァァッッッ!!」

 

 今度は現実で絶叫する。

ラウラはこの時、自分の犯した過ちを痛烈に後悔していた。

 

 

 

 

 

 救助された生徒達(負傷者除く)が集められた会議室では、殺伐とした空気が漂っていた。

ある者は先程の戦闘での恐怖が頭から離れず震え続け、

またある者は自分達が受けるであろう処罰に頭を抱える。

襲撃グループの者達に最早逃げ場など無かった。

自分達を手引きし、訓練機の使用記録を改ざんしてくれた味方(女尊男卑主義)の教師は既に不正行為の証拠をあっさりと掴まれた挙句、先程千冬に叩きのめされ、ズタボロの姿で自分たちの目の前に転がった。

その際の千冬の形相を見れば彼女の処分はコレだけでは終わらないという事は嫌でも理解出来る。

それはつまり、自分達の受ける罰も大きいという事……それを察した時、襲撃グループの女子達は全員絶望のどん底に落とされた。

 

「……ふむ、大体分かった。取り敢えず、暫くこの事件の詳細は他言無用で頼む」

 

「了解ッス」

 

「分かりました」

 

「畏まりました」

 

 逆に襲撃された側である弾達は、勝敗や被害率はどうアレ、法的には被害者側に当たるため、ある程度の取調べと情報規制を命じられる程度で済んでいた。

 

(さて、一夏達は概ね五反田達と同じとして、あとはコイツら(襲撃グループ)の処遇だが……)

 

 千冬は考えを切り替え、絶望に震える女子達を見下ろして表情を厳しくする。

しかし、その時……

 

「お、織斑先生!大変です!!すぐに来てください!!」

 

 普段以上に慌て、血相を変えた真耶が室内に駆け込んでくる。

緊急事態だというのは誰が見ても明らかだ。

 

「どうした?」

 

「ボーデヴィッヒさんが…じ、自殺しようとしてるんです!!」

 

「何だと!?」

 

 

 

 

 

「や、やめてボーデヴィッヒさん!!」

 

「お、落ち着きなさい!!」

 

「離せ!離せぇっ!!」

 

 割れた花瓶の破片を握って自身の身体に突き刺そうとするラウラを保健医と監視を担当している教師が必死になって取り押さえようとするが、軍事訓練を受けているラウラの腕力は思いのほか強く、何度も振り放されそうになる。

 

「離してくれぇ!!私は、私は……取り返しのつかない事を…………もう教官にも、祖国にも合わせる顔がないんだぁ……」

 

 目から滂沱の涙を流し、ラウラは戦闘での負傷も気に留めずに保健医達を振り払って自身の喉下に花瓶の破片を突きつける。

だが、そこに何処からか小石らしきものが飛び出し、花瓶を持ったラウラの手に直撃してラウラは花瓶を床に落としてしまった。

 

「痛っ!?……何が?」

 

「さっきから騒がしいですね。うるさくて治療に専念できないじゃないですか」

 

「犬、走……!」

 

 小石を投げた者の正体は椛。

先の戦闘で骨折した腕をギブスで固定し、三角布で吊るしているが雰囲気や覇気は戦闘前と全く変わらない姿でラウラの前に姿を現し、静かに近づいてラウラを見据える。

 

「犬走………殺してくれ」

 

 現れた椛に対し、ラウラは涙を流し続けながら懇願する。

 

「…………」

 

 そんなラウラを見下ろし、椛は無言のまま冷めた視線を向ける。

 

「取り返しのつかない事をしてしまった……もう私には生きる価値も無いんだ。

だから頼む。私を殺してくれぇぇ……」

 

 絶望と失意だけしか残らぬ表情で椛に縋り付くラウラ。

そんな彼女に椛は静かに空いている腕を振り上げ、そして……勢いよくラウラの頬を張った。

 

「ッ!?」

 

「いつまで甘ったれてりゃ気が済むんですか、アナタは?」

 

 視線を冷めたものから鋭いものへ変え、椛は静かに言い放つ。

平手で頬を打たれたラウラは尻餅をつきながら呆然と椛を見つめることしか出来ない。

 

「アナタが自殺しようが泣き喚こうが私の知った事じゃないです。だけどアナタ一人死んだだけで何が解決するんですか?

結局アナタ一人が死んでもアナタが閻魔様の下に行くだけで、残りの後始末は全部学園とドイツ軍に丸投げ。本気で反省してるんなら迷惑掛けた人達に土下座して回る覚悟でもした方が有意義なんじゃないんですか?」

 

「う……うぅ……」

 

「いつまでも私情だけで動いてないで、自分のやるべき事を考えてみたらどうですか?

自分の感情を無視しろとは言いませんが、組織の一角である軍人たる者、己の感情と理性を上手く使い分けてこそでしょう?」

 

 言いたい事を言って椛はラウラに背を向けて医務室を後にする。

医務室内には嗚咽を漏らすラウラと呆然とする教師と保健医の3人が残された。

 

 

 

「すまない。世話を掛けてしまったな、椛……」

 

 医務室を出た椛を千冬は出迎え、声を掛ける。

 

「私の事より、さっさと彼女の所へ行ってください」

 

「ああ……いい加減、私も向き合わないとな」

 

 自嘲気味に呟き、千冬は医務室へ入っていった。

 

 

 

「っ!き、教官……」

 

「「織斑先生!?」」

 

 医務室に入ってきた千冬の姿にラウラ達はそれぞれ驚きの表情を浮かべる。

 

「……済まないが、ボーデヴィッヒと二人きりにさせて貰えないか?」

 

「は、はい……」

 

 千冬からの頼みに保健医と監視役の教師は二つ返事で了承し、医務室を後にする。

 

「……ボーデヴィッヒ」

 

「教官……わ、私は……」

 

 二人きりとなった医務室の中、文字通り合わせる顔が無いとばかりにラウラは千冬から目を逸らす。

そんなラウラに千冬は何を言うわけでもなく静かに歩み寄り、そして……

 

「すまなかった!」

 

 突如として千冬はラウラの目の前で膝を突き頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

土下座である……世界最強と名高い織斑千冬が一代表候補でしかない教え子に対して土下座をするなど、本来あっていい光景である筈がない。

 

「え……え?」

 

 一方ラウラはラウラで目の前の光景に唖然とし、金魚のように口をパクパクと動かすことしか出来ない。

 

「お前には、全て話す……私がお前に慕われる資格なんて無い、その理由を……」

 

 土下座の姿勢を崩さず、千冬は静かに白騎士事件の真実を語りだす。

それはつまり、自分自身がISの進出、そしてヴォーダン・オージェが開発される切っ掛けであるという事を。

 

「私があの時、束を止めさえしていれば、お前にヴォーダン・オージェが移植される事も無かった。

お前が部隊の落ちこぼれになる事も無かった。

全ては私と束の責任だ!私はお前を落ちこぼれにした元凶も同然なんだ!!

それなのに私は今までそれを隠し、お前の心を弄び続けた!!

今更許してくれなんて言わない。……だけど、頼む!これ以上過去に囚われて不幸にならないでくれ!力だけが自分の価値だ何て思わないでくれ!頼む!!」

 

 千冬は頭をより一層深く下げ、床に頭をこすり付ける。

一方ラウラは千冬の言葉に耳を疑い、ただ呆然と千冬を見ている。

もうその目に涙は無い……あるのは驚愕から来る虚無感だけだ。

 

「教、官が……白、騎士……?……私を、落ちこぼれにした、張本人……?

……う、……ウ…………うっ…………………ウアァァァァァァァアアァァァァア!!!!!!」

 

 絶叫と共にラウラは千冬に飛び掛った。

 

「嘘だったのか!?全部嘘だったのか!?

私を真っ直ぐ見てくれたのも!鍛え上げてエースに返り咲かせてくれたのも!!

全部……全部嘘だったのか!?」

 

「グッ……ぅぅ…………」

 

 馬乗りになって自分を何度も殴り続けるラウラの言葉に、千冬は何も答えられない。

言葉にすればどんな言葉も嘘になる……あの時の自分は一夏を失った悲しみで頭が一杯で、その悲しみを紛らわすためにドイツ軍へ出向したといっても過言ではない。

だが、当時のラウラの姿に、落ちぶれてしまった自分の姿をダブらせ、助けてやりたいと思っていたのも事実だ。

 

「何とか言えぇぇっ!!言い訳ぐらいしろぉぉっ!!何泣いてるんだぁぁ!?」

 

 気が付けばラウラも、そして千冬も泣いていた。

 

「ハァハァ……卑怯だ………アナタは卑怯だ!!

今更そんなこと教えられて、そんな顔されて……今更どうやってアナタを憎めというんだ!?」

 

 いっその事千冬が下衆な悪党だったら良かった。敵対でもしていればまだ良かった……。

そうすれば自分は心置きなく千冬を憎む事だって出来た。

だが今の千冬の顔を、千冬の涙を見て……千冬が本気で泣いている姿を見て、それでも千冬を憎む事が出来るほどラウラは図太くも非情でもなかった。

その上、理由はどうあれ自分に温かみを感じさせてくれた相手を憎めなかった。

 

「…………もう、アナタを教官とは呼びません」

 

「…………」

 

 ひとしきり殴り終えた後、ラウラは千冬に背を向けて静かにそう言い放った。

千冬はその言葉を聞きながら自嘲的な表情を浮かべる。

元々期待などしているわけではなかったが、やはり面と向かって決別の言葉を受けるというのは辛いものがある。

 

「……ただ」

 

「え?」

 

 不意に出てきたラウラの言葉に、千冬は思わず顔を上げラウラの背中を凝視する

 

「ただ……少しでいい、少しでいいから……生徒としてでも良いから…………私の事、ドイツにいた頃みたいに、見てください」

 

「………ああ…!」

 

 ラウラの声は震え、泣いていた。

顔は見せていないが泣いている事は十分に解る声だった。

そんなラウラを千冬は後ろからゆっくり、そして優しく抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、襲撃グループおよびラウラ・ボーデヴィッヒの処罰が決定した。

 

襲撃グループに関しては未遂とはいえ集団リンチという悪辣な行為に及ぼうとした事により、率先して参加した11名が退学。

残りの者……弾から逃げようとしてラウラに撃墜された二人の女子を始めとする4名は半ば強引に参加を強制された部分があるという事実が判明し、多数の反省文と停学処分となった。

ただし、この4名は周囲からのバッシングやいじめを恐れ、反省文を書いた後、武術部に謝罪した直後に自主退学。

グループを手引きした教師に関しては、千冬から物理的な制裁を加えられた後、懲戒免職及び、教育委員会から破門状を突きつけられた。

 

そしてラウラ・ボーデヴィッヒ。

後の調査でシュバルツェア・レーゲンに条約で禁止されている『VTシステム』が搭載されていた事とそれがハッキングされていた事実が判明した(なお、ハッキングの犯人は判らずじまい)。

ただし、椛への攻撃意思、学園と襲撃グループへの実害はかなり大きく無視出来ないもののため、学年別トーナメントへの参加を停止と反省文100枚。及び臨海学校の準備期間に入るまで停学処分。

ドイツ軍においては、部隊長資格の剥奪と2階級降格処分が決定された。

 

 

 

 

 

 それぞれの処遇が決定したその日の朝、朝連中の武術部に、千冬に連れられた一人の来訪者の姿があった。

 

「ボーデヴィッヒ、さん?……何でココに?」

 

 思わぬ来訪者にやや呆然としながらセシリアが尋ねる。

それに対してラウラは神妙な態度で一歩前に踏み出した。

 

「先日の一件、どうしても謝っておきたくて、

教官……いや、織斑先生に無理を言って来させてもらった。

あれから色々と考えて……私がどれだけ身勝手な事をしていたか、少しは理解したつもりだ。

本当に、すまなかった!」

 

 そして一夏、椛、セシリア、簪、弾をそれぞれ一瞥し、ラウラは深々と頭を下げて謝罪した。

その表情は先日までの苛立ちに満ちた表情ではなく、どこか憑き物が落ちたような表情だった。

 

「犬走、お前の言うとおり、私は軍人として失格だった。今回の一件でそれがよく解った。

シュヴァルツェア・ハーゼの……私の元部下達にも昨日の夜に通信越しではあるが謝罪してきた。

だから、勝手な願いかもしれないが停学期間が終わったら、私も武術部に入れてもらえないか?もう一度、一から自分を磨き直したいんだ!」

 

 しっかりと頭を下げ、ラウラは自身の願いを口にする。

そんな彼女の言葉に一夏達は快活な笑みを浮かべる。

 

「俺は構わないぜ。お前、根性ありそうだし」

 

「前のお前ならともかく、今のお前なら上手くやっていけそうだしな」

 

「以前から、軍人の動きも参考にしてみたいと思っていましたので、丁度良いですわ」

 

「……早く処罰、済ませてきて。アナタとも戦ってみたい」

 

 一夏、弾、セシリア、簪はそれぞれ快諾の意思を見せ、他の者達も『来る者拒まず』といった態度を見せる。

 

「あ、あと……これは、個人的な頼みなんだが……い、犬走……いや、姉御!!」

 

「へ!?あ、姉御……?」

 

 突然の変な方向な呼ばれ方に椛は思わず間抜けな声を上げてしまう。

 

「アナタの戦いぶりと心構えは軍人としても、パイロットとしても尊敬に値する。

だ、だから……舎弟にしてください!!」

 

 ラウラの思わぬ言葉とぶっ飛んだ展開に武術部内が一気に愕然とする。

たった一人……椛当人を除いては。

 

(姉御……姉御……何て、何て甘美な響き!!)

 

 椛は口から涎を垂らしながら恍惚の表情を浮かべていた。

元々哨戒担当という低めな地位にいた椛にとって舎弟という存在と『姉御』と呼び慕われるという事に慣れていない事もあり、ラウラの言葉は目茶苦茶刺激的だったのだ。

 

「も、もっと呼んでください」

 

「はい!姉御!!」

 

「……もう一回!」

 

「姉御ぉ!!」

 

 こうして、何とも奇妙な舎弟関係が生まれたのであった。

 

 




次回予告

 学年別トーナメントを翌日に控え、弾達3人と鈴音を始めとした出場者達は上位入賞を目指してそれぞれ準備に入る。
一方で束はある目的のため、動き始める。
そして箒は……

次回『目標への道』

弾「俺と戦って、アンタを認めさせることが出来たら……」

束「……手に入れてきたいものがあるんだよ」

箒「姉さん……頼みがある……!」


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学年別トーナメント
目標への道


今回はライブアライブの要素があります。

ただし、東方ライブアライブとは一切関係ありません。


 ラウラと女尊男卑派による襲撃騒ぎから数日が経過し、いよいよ学年別トーナメントは後3日と迫り、出場する生徒達はそれぞれのコンディションを整えるべく、様々な対応に追われていた。

ある者は己の持つ技術を磨き、またある者は要注意人物の攻略法を考えるなど、皆それぞれ多種多様の対策を練っていた。

武術部も例外ではなく、基本的な基礎体力作りや体術の訓練を除けば、弾、簪、セシリアの三人は基礎訓練が終わればそれぞれ単独で自主練習を行う。

三人は仲間であると同時にそれぞれライバルでもあり、三人とも虎視眈々とトーナメント優勝を狙っていた。

 

 

「…………う〜ん」

 

 自室でパソコンのキーボードを操作しながら簪は自分の実力とライバル達のスタイルを照らし合わせ、来るべきトーナメントでの戦いをシミュレートする。

当然実践とシミュレーションでは必ず違いが現れる事は承知している。

故にシミュレートに割り振る時間は決して長すぎず短すぎず、残りの時間は基礎能力の向上に当てている。

対処法を覚え、それを実行できるように身体を鍛える……これが簪の選んだ対策だ。

 

「ねぇ、魔理沙」

 

「ん、どうした?」

 

 不意に簪はベッドに寝転がる魔理沙に声をかける。

 

「一夏って、お姉ちゃん……生徒会長に勝ったんでしょ?」

 

「ん……ああ、入試の時な。

まぁ、向こうが油断してたってのもあるけどな」

 

 あの時の楯無が油断したのもある意味当然だった。

一夏は当時訓練を受けたとはいえぽっと出の新人。

訓練を受け、かつ才能に恵まれていると考えても良くて代表候補レベルの実力を想定するのが関の山だろう。

その上一夏達の強さの基は根底から種類が違うというのもある。

そう考えれば油断した楯無に非あまり無いと言える。

 

「じゃあ……もし最初からフルで飛ばしていれば、結果はどうなったと思う?」

 

「そうだなぁ……油断しててもSEを4割削ってたからなぁ。

最初から本気で行けば一夏でもSEの7割から7割半ぐらいは削られてたと思うぜ」

 

「……そう」

 

 魔理沙の言葉に簪は難しい表情を浮かべる。……やはり姉という壁は決して低くない。

だが、それでも簪は諦めようとは思わない。

自分は決心したのだ。姉を超えてみせる……そして魔理沙の隣に立てるだけ強くなって見せると……。

その決心をさせてくれた魔理沙の前でそれを揺るがせるなど、余りにも格好悪すぎる。

同性であることを差し引いても強く惹かれる存在である魔理沙……その魔理沙に失望されるのだけは負け犬になることよりも耐えられない。

そう思うだけで簪は良い意味で我武者羅になれた。

今の簪にとっては自身が強くなる事が重要だ。

超えるべき目標に向かってひたすら走り、それを超える……そしてその目標には姉の楯無だけでなく、魔理沙達も含まれている。

姉を超え、いずれは魔理沙から白星を奪える程に強くなり、ライバルとして隣に立つ。それが簪の目指す目標だった。

 

 

 

 

 

「うぉおおおおっ!!」

 

 武術部の部室にて、弾は美鈴を相手に組み手を行い、実戦形式で己の実力を磨く。

 

「まだ連撃に隙が多いです!」

 

 弾の槍と体術による攻撃は全て美鈴に見切られ、躱され、そして受け流されてしまう。

もちろん弾の攻撃が悪いという訳ではない。並の人間であればこれらの攻撃を全て見切るのは不可能と言える精度を持った動きだ。

だが、国家代表レベルとなればそういう訳にはいかない。ましてやそれをも超える美鈴では相手が悪すぎるだろう。

 

「攻撃から攻撃につなぐ際はもっと素早く!こんな風に……」

 

 一喝の後、美鈴は弾との距離を一気に詰めて懐に入り、両拳を繰り出した。

 

「グガッ!?」

 

「……心山拳体術・連環撃」

 

 美鈴の両拳から繰り出された拳撃を弾はまともに受ける。

しかも喰らった攻撃は二発だけではない。美鈴は二発の拳撃の中に肘打ちに蹴り上げを混ぜており、それらを全て僅か1秒弱で繰り出している。

弾にとっては自分の反応速度を超えた攻撃をかわす事など出来る筈もなく、結局成す術無く吹っ飛ばされ、床に叩きつけられる結果となった。

 

 

「はぁ〜〜、やっぱ強ぇや……実力、遠過ぎだろ」

 

 床に座り込みながら弾はぼやく様に呟く。

あの後も弾は美鈴に立ち向かったものの、結果は全く変わらず……美鈴との差を実感させられるばかりだった。

正直な所、先日の1対3での戦いに勝利した事もあって内心少し調子に乗っていたのだが、ある意味良い戒めになったかもしれない。

 

「でも、弾さんはちゃんと強くなってますよ。

それに、私が見た限りまだまだ伸びます。今の鍛錬と向上心を持続し続ければ国家代表クラスも夢じゃないです!」

 

 美鈴からの言葉に弾は顔が綻びそうになるのを抑える。

年上(美鈴の外界における年齢設定は18歳)の想い人からの褒め言葉はやはり嬉しいものがある。

 

「そういえば、美鈴さんが使ってたあの技……心山拳、でしたっけ?

アレってどんな拳法なんですか?聞いた事無いですけど……」

 

「中国のかなり古い流派です。昔縁があって学んでいたんです」

 

 美鈴は心山拳に関して掻い摘んで説明する。

心山拳は明治時代以前から中国に伝えられていた拳法で、心に重きを置いて己を鍛え、『人』としての強さを追及する拳法である。

最も、現在は時代の波に埋もれ、最早中国本土に僅かに記録が残っているのみであり、美鈴が学んだというのも日本で言う所の明治時代の話である。

 

(人としての強さか……あのクソジジイに叩き込んで貰いたいぜ)

 

 話を聞きながら弾は一瞬苦い思い出を頭に浮かべるが、すぐに頭を振って思考を切り替え、今更そんな事を思い出しても意味は無いと自分に言い聞かせる。

 

「さてと、今日はココまでにしましょうか。下手にやりすぎてトーナメントに差し支えるのは良くないですしね」

 

「ああ。……あの、美鈴さん」

 

 雑談を終え、立ち上がって部室を後にしようとする美鈴に、弾はやや戸惑いがちに……しかし、何かを決意したような声で呼び止める。

 

「ん、何か?」

 

「美鈴さん……俺はトーナメントで上位に入ったら、アンタを対戦相手に指名しようと思っている。

それと、一つ頼みがあるんだ」

 

「え、私をですか?それに頼みって……」

 

 弾からの思わぬ挑戦状に美鈴は呆気に取られる。

美鈴の予想では一夏辺りとの対戦を希望すると思っていた。

河城重工のメンバーの中では一夏、レミリア、魔理沙など目立った面々を差し置いて自分が選ばれたのは正直意外だった。

「でも、情けない話だけどさ、正直アンタと試合で戦っても勝てる気がしない。

だから、『俺が勝ったら』何ておこがましい台詞は言えないし、言う資格も無いと思ってる。

だから美鈴さんが嫌なら断ってくれても構わない

……俺と戦って、アンタを認めさせることが出来たら……俺と、その……」

 

 歯切れを悪くしながらも、弾は最後の言葉を何とか口に出そうとする。

 

(ええい!しっかりしやがれ俺ぇ!!このときのため三日掛けて考えた言葉だろうが!!)

 

 必死に心の中で弾は想いを口にするべく、自分を奮い立たせる。

ある意味その手の経験に乏しい弾にとって今から言おうとしている言葉は一世一代の大勝負だ。

 

「俺がアンタに認められる男だったら……お、おお、俺、俺と…………デートしてくださいぃぃっ!!!」

「ふぇ?……え、えええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っっ!!!?」

 

 生まれてこの方優に100年は超える妖怪人生の中、紅魔館の門番になって以来男っ気の殆ど無い生活を送ってきた美鈴にとって、非常に免疫の無いお誘いだった……。

 

「へ、返事は、トーナメントの後で良いんで、考えておいてください!!」

 

 パクパクと金魚のように口を動かしながら唖然とする美鈴を余所に、弾は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてその場を去っていく。

その場には赤面する美鈴だけが残された。

 

「あ、あわわ……わ、私どうすれば良いんですか!?

教えてくださいお師匠様ぁ〜〜〜〜!!」

 

 全く経験の無い出来事に美鈴は叫び、その声はグラウンドにまで聞こえたとか聞こえなかったとか……。

 

 

 

 

 

「良い?肝心なのはイメージと、それを当たり前にする事。

もっと言うならイメージによって動かす物を己の身体の一部とする事よ」

 

「……身体の一部、ですか?」

 

 アリーナではセシリアがビット技術を磨く為、アリスの指導を受けている。

 

「ええ。例えば、自転車とかの乗り物って運転できるようになるまでは練習が必要だけど、それが出来るようになれば運転する時に身体の動かし方を意識する必要なんて無いでしょ?」

 

「何となく解ります。

……そういう意味なら私はまだ教習所も出ていない仮免許も同然と言う事ですわね」

 

 アリスの言葉にセシリアは苦々しい表情を浮かべる。

入学時より多少マシになったとはいえ、自分がビットを操作する際は本体である自身が無防備になってしまうという弱点はまだ克服出来ておらず、加えて本来ブルーティアーズが可能とされている偏向射撃も成功した例が無い。

それも出来ずに国家代表を目指すなどという事がどれほど身の程知らずかは身に染みて解っている。

 

「ええ、その通りよ。

並列思考は確かに難しいわ。だけど、私やアナタの機体を完璧に使いこなすにはそれが必須。

アナタの思い浮かべやすい形で良いわ、とにかくイメージし続けなさい。

それが専用機に相応しくなる為の最大の近道、私はそう考えてるわ」

 

「自分の思い浮かべやすい形……」

 

 アリスからのアドバイスにセシリアは深く考え込む。

 

「それじゃ、最後にもう一つアドバイス。ヒントは意外と身近なものにあったりするわよ。

例えば私のダンシングドールには踊るように相手を翻弄するという意味合いで名付けられた。

そして私はそれをビットの動かし方を考えるヒントにしているわ」

 

「名前の、意味?」

 

 アリスの言葉を受け、セシリアは自身の専用機、ブルー・ティアーズの名が持つ意味を考える。

 

(ブルー・ティアーズ……蒼い、雫…………ッ!)

 

 何かに気付いた様に目を見開いたセシリアは、アリーナのバリアを的代わりに特訓を開始する。

それを見つめるアリスは僅かに笑みを浮かべてセシリアを見守り続けたのだった。

 

 

セシリアが……彼女が思い浮かべるは水の一滴……。

 

 

 

 

 そしてその頃、学生寮の千冬の部屋では……

 

「よし……出来たよ、千冬姉」

 

「ああ、ありがとう」

 

 キッチンに立つ一夏がお手製の料理を皿に盛り付けながら千冬に声をかける。

ココ最近は食堂での食事がメインだったが、今日は久しぶりに二人揃って時間が空いたため、千冬は久しぶりに一夏の作った料理を堪能できる事になった。

 

「……やっぱりお前の作った料理が一番美味いな」

 

「そう?」

 

「ああ。それに最近は色々とあったから、お前の料理が余計に恋しくなってたからな」

 

 謙遜する一夏に千冬は喜々として箸を進める。

ちなみに、一夏の手料理はお世辞抜きに美味い。

元々が家事万能だった上、幻想郷では万屋の仕事で屋台や食堂の仕事を手伝う事も多く、加えて紅魔館で咲夜から料理を教えてもらったこともあり、レベルとしては店を出してもおかしくない程の者だ。

 

「色々、か……そういやボーデヴィッヒはどうしてる?千冬姉、よく様子を見に行ってるみたいだけど」

 

「ああ、あれ以来落ち着いたみたいでな、今は部屋で自習と自主訓練(筋トレ等)を続けている。

早く停学を終えて武術部で自分を鍛え直したいと言っていたな」

 

「へぇ。そりゃ楽しみだ…………あれ?千冬姉」

 

 会話を楽しむ中、不意に一夏はある物に気づく。

 

「ん?どうした」

 

「ほっぺたにご飯粒付いてるよ。取ってあげるから動かないで……」

 

「ん……頼む」

 

 微笑ましい姉の姿に、一夏は身を乗り出して千冬の顔に近づく。

そんな一夏に千冬は……

 

「んっ……」

 

「んんっ!?」

 

 隙ありとばかりに千冬は不意打ち気味に一夏の唇にキスをした。

 

「ちょ……不意打ちとかずるくね?」

 

「これぐらい良いだろ?最近はする暇が無くて一夏分を補給出来なかったんだから……」

 

 お互いに赤面しつつ、いつしか二人は無言で見つめ合う。

 

「……だったら、今日は折角時間が空いたんだからたっぷり補給しないとね。お互いにさ」

 

「い、一夏……」

 

 不適に笑って見せる一夏に千冬はうっとりとした表情になってしまう。

 

「飯食い終わって少し休んだら、しようか?」

 

「ああ……!!」

 

 ココから先は敢えて語るまい。

追記しておくことがあるとすれば、次の日の二人の肌はやけに艶が良かったとか……。

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァッ…………クソォ!」

 

 剣道場にたった一人残り、一心不乱に竹刀を振るっていた箒は突然手に持っている竹刀を投げ捨てる。

 

(何故だ!?何で奴と同じ速度が出せない!?

あんな奴のスピードを真似る事も出来ないとでも言うのか!?)

 

 脳裏に浮かぶのはかつて自身を突き一つで下した妖夢、

そして1対2という状況にも関わらず自分とラウラに完勝した一夏。

二人の攻撃スピードと同等の一撃を自分も繰り出そうと竹刀を振るうが何度振るっても突いてもまるでそのスピードに届かない。

 

「私が……あんな奴に、劣るというのか?

……あんな、奴に…………クソォォッ!!!!」

 

 唇が切れて血が出るほどに噛み締め、目には悔し涙を浮かべて箒は激昂する。

思慕の対象である一夏はまだ良い。だが、敵意しか抱いていない妖夢に劣るというのは箒にとって己のプライドが許さない。

いや、それがプライドと呼べるものかどうかは正直なところ疑わしい。

プライドは時として糧にもなり、己の能力を研鑽する砥石にもなるが箒のそれは視野を狭めて太刀筋をただ力任せにしているだけであり、砥石どころか刃を鈍らにする出来の悪い鑢も良い所だ。

 

(私にも専用機があれば、あんな奴らに負けないのに……一夏の隣に立てるのに)

 

 最早力のみに囚われ、それ以外の全てを見失った箒は、新たな力を望む。

しかし彼女の求める専用機と言う力は決して彼女自身の力ではない。

 

 専用機とは一種の称号である。

実力が周囲や所属する企業から認められ、個人特有の武器を持つことを許された証なのだ。

それに見合わないと判断されれば専用機は簡単に剥奪される。故にそれはIS乗りにとっては最大の恥に値する。

そのため、専用機持ちに過ぎた慢心は許されないのだ。

かつてセシリアはその過ちを犯し、絶望の淵に立たされかけた。

レミリアからの温情が無ければ今頃セシリアは祖国において史上最大の愚者というレッテルを貼られ、何もかもを失っていただろう。

箒は気づいていない。自分は未だそのセシリアと同じ位置にも立てていないのだ。

そして篠ノ之箒は、かつて自身が負け犬と称したセシリア以下だという事実にも……。

 

「畜生、畜生ぉぉ……………?」

 

 いつの間にか悔し涙が目から流れ、四つん這いになって床を殴り始める箒だったが、不意にある物音に気づく。

ふと見るとバッグの中から自分の携帯が鳴っていた。

 

「…………もしもし」

 

 感情を発奮させていたのを邪魔され、やや不機嫌気味に電話を取る箒だったが、直後にその不機嫌は驚愕で吹っ飛ばされる。

 

『ハロハロ〜〜。箒ちゃんの頼れるお姉さん、束さんだよ〜〜〜〜!』

 

「ね、姉さん!?」

 

 電話の相手はISの生みの親にして、自分の生活を狂わせた張本人であり、実の姉である篠ノ之束その人だった。

 

『そっちの事は大体知ってるよ。何かさぁ、すっごく目障りな連中に邪魔されてるんでしょ?いっ君との事』

 

 まるで全てを見透かすように束は箒の近況を言い当てる。

それを聞いた時、箒の中で何かが弾けた。

 

「姉さん……頼みがある……!

私に専用機を作ってくれ!!あいつ等を倒せて、一夏の隣に立てるだけの力を!!」

 

『んふふ〜〜、そう言うと思ってたよ。

喜んで箒ちゃん、今まさに箒ちゃん専用機を開発中なのだぁ!』

 

 束は終始ふざけた口調だが、箒にはそんな事どうでもいい。

その知らせだけで箒の口元には歪な笑みが浮かんだ。

 

「いつ完成するんですか!?専用機(それ)さえあれば私はあいつらに……」

 

『まぁまぁ、落ち着きなよ箒ちゃん。

今度臨海学校、あるでしょ?その時渡すから、楽しみに待っててねぇ〜〜。

…………あ、そうだ。これ大事な事だから言っとくけど』

 

 おどけた口調で喋る束だが、突然声のトーンが落ちる。

 

『この会話の事、誰にも言わないようにね。

河城重工のクソ共もだけど、いっ君やちーちゃんにも絶対にね』

 

「っ!?……わ、分かった」

 

 突如として代わった姉の態度に箒は戸惑いながらも承諾する。

その言葉の裏には普段見せないまっ黒い敵意が感じられた。

例外である一夏や千冬に関しては敵意というよりは警戒の意味合いが強いが、どっちにせよ普段の束からは考えられない事である。

 

『じゃ、束さんは箒ちゃん専用機を作ってるから、また今度ね〜〜』

 

 そう言い残して束は電話を切った。

箒にとっては何とも言えず奇妙な疑問だけが残ったが、やがてそれも専用機という喜びにかき消されるのは時間の問題である。

 

 

 

 

「…………さてと、くーちゃーん!」

 

「はい、何でしょう?」

 

 電話を終えた束はくーを呼び出し、くーはそれに落ち着いた様子で答える。

 

「アレ(ノエル)の調子は?」

 

「はい、既に睡眠学習で基礎は完全に叩き込んでおります。才能に関しては………まぁまぁ、ですね。

ですが、例の能力との相性は十分です。

束様の睡眠学習装置を使っていけば能力の発現も時間の問題でしょう」

 

 くーの報告を聞きながら束はニヤリと笑う。

 

(やっぱりああいう支配欲の塊ってその手の能力って相性良いよねぇ……)

 

 笑みを浮かべつつ束は手に持った『Revival』と書かれたラベルが張られた試験管に入った薬品を見つめ、やがてくーに向き直る。

 

「ああ、そうだ。くーちゃん……ちょっとお遣い行って貰える?」

 

「はい。それで、何を調達すれば?」

 

 束の言葉に冷静な態度のまま答えるくー。

そんなくーに束が出したお遣いの内容は……。

 

「亡国機業に行ってさ、コイツの遺骨と資料全部盗(も)ってきて。

たぶんコイツだよ、いっ君の……………は」

 

 束が見せたのは一枚の似顔絵と一冊の文献。

それを見たくーは僅かに驚いたような表情を一瞬だけ見せるが、すぐに納得したような表情に変わる。

 

「……了解しました。一日ほどで戻ります」

 

 それだけ言うとくーは姿を消す。

そして、その場に残された束は箒の専用機の製作を再開する。

 

「……今に見ていろ。幻想郷のクソ共が」

 

 製作に戻った直後、束は一瞬だけ表情を変える。

未だかつて、くーや箒にすら見せた事の無い憎悪と怒りに染まった悪しき表情を……。

 




※東方ライブアライブとは違い、美鈴の師匠はユン・ジョウではなく、レイ・クウゴです。


次回予告

 遂に始まった学年別トーナメント。
皆それぞれ自身が望む結果を出すべく奮戦する生徒達。
そんな中、組まれる対戦カードは……

次回『良い女の意地』

?「負け犬風情が、偉そうな事を!!」

?「アンタにだけは、死んでも負けない!」


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良い女の意地(前編)

復活した勢いで早速一話アップしました!!
今回は短いですけど、ウォーミングアップって事でw


 この日、IS学園は一際大きく賑わっていた。

生徒達……特に出場者にとっては待ちに待った学年別トーナメントが遂に開催日を迎えたのだ。

生徒達にとっては国家や企業に自分を売り込めるチャンスであり、ココで結果を出すことは自分の将来において重要な意味を持っているため、皆虎視眈々と優勝を狙っていた。

 

 そして、1年生の一回戦第一試合……篠ノ之箒は1年2組に所属する女生徒と対戦していたが……。

 

「ダアアアアァァァァッ!!」

 

「あぐぅっ……!

……も、もう……やめて……」

 

 試合開始早々に箒は腕力に任せて突っ込み、相手を滅多打ちにしてみせた。

対戦相手の女子にとって最悪な事に接近戦が不得手だったがため、碌に反撃する事も儘ならず、結局箒が相手を一方的にサンドバッグにする形で勝利した。

 

 

 

 

 

「……ひでぇ戦い方だな」

 

 箒の戦いぶりに観客席からブーイングが飛ぶ中、弾は選手用の控え室でそう呟いた。

 

「あんなの戦いでもなんでもない。我武者羅に突っ込んで相手をタコ殴りにしただけ……」

 

「まったくですわ……」

 

 弾に同意するように簪、セシリアも苦言を漏らす。

対戦相手が弱い事にも問題はあるが、箒の戦い方はチンピラか子供の喧嘩そのものだ。

正直な所、仮にもスポーツの試合でこんな戦いを見せられるのは不快でしかない。

 

「次で叩きのめせば良いだけよ。

あんな馬鹿がそう何回も連勝できて堪るかっての」

 

 そう言葉を発し、第二試合にて出番を控えた鈴は立ち上がる。

 

「じゃ、行ってくるわ」

 

「おう、頑張れよ鈴!」

 

 弾からの激励に軽く手を振りながら鈴はピットへと歩を進めた。

 

 

 

 

 

「お〜い、交代の時間だぜ」

 

 第2試合が始まる頃、アリーナ南側の警備を行っていた咲夜、美鈴、早苗の下に一夏と妖夢、そして文の3名が交代のためやって来る。

(他のメンバーや教員は別の場所を担当)

 

「お疲れ様です、異常はありませんか?」

 

「ええ。無さ過ぎて暇なぐらいよ」

 

 労いつつ警備状況を確認する妖夢に咲夜は面倒そうに返す。

 

「おまけに酷い試合見るしか暇潰しが無くて、美鈴の居眠りを咎める気にもなれないわ」

 

 小型端末に映るモニターを見ながら咲夜は辛辣な言葉を吐く。

咲夜にしてみれば腕力だけのゴリ押しで勝った箒にしてもそうだが、そのゴリ押し戦法に負けた対戦相手も情けない事この上ない。

 

「……何て言うか、ゆとりの無い戦いでしたね。

心が荒みきって暴れる事しか出来なくなっているような……」

 

「ああ……。

流石に、ココまで荒れてるなんて……」

 

 美鈴の言葉に一夏は悲しげな表情を浮かべる。

箒に対して今まで厳しい態度を取る事が多かったが、それでも一夏にとって彼女は幼馴染の友人という事に変わりは無かった。

最も、箒の一夏に対する認識は全く別物……即ち恋愛感情である。

その辺の差異が二人の溝を深めてしまっていると言っても過言ではない。

 

「………あのね、一夏君。

気付いてるかどうか分からないけど、篠ノ之さんは一夏君の事どう思っているか知ってる?」

 

 箒の様子を見て苦々しい思いを抱く一夏に対し、不意に早苗は問いかけた。

 

「へ?……そりゃ、幼馴染で数少ない友達だと思ってるんじゃ……」

 

 一夏の返答に一夏を除く全員がため息を吐いた。

忘れがちになっているかもしれないが、一夏は元々異性関係に関してはとてつもなく鈍感である。

千冬と付き合い、咲夜達からアピールされてそれなりにまともにはなっているが、決して完全に治っている訳ではない。

 

「はぁ……あのね、これ言っちゃうのはマナー違反だけど、

あの娘は一夏君の事、異性としてみてるわよ絶対!」

 

「え!?んな馬鹿な!」

 

 一夏は信じられないといった表情を浮かべる。

一応一夏の名誉のために言わせて貰うとすれば、これは決して一夏だけの所為ではない。

箒の取る一夏への態度は、一夏の考える『好きな人への態度』とはまるで違うものの為だ。

 

「馬鹿なって……アレ見て気付かないんですか?」

 

「いやだって、好きな相手が自分が薦めた部活に入らないだけで胸倉掴むか!?」

 

 呆れ声の文に一夏は反論する。

一夏からしてみれば好きな相手を思いやり、自分の魅力をアピールして意中の相手と恋人になろうとするならともかく、自分の意にそぐわないからと殴りかかるのは、好意を寄せる相手にする事ではないという認識が強いのだ。

 

「……一夏さんの意見も一理ありますけど、ねぇ」

 

「女の子って、複雑なのよ。ああいう表現しか出来ない娘もいるって事は覚えておきなさい。

ただ、あれが良いアピールとは絶対に言えないけど」

 

 咲夜と妖夢は論する様に一夏の疑問に答える。

それを聞いた一夏は多少釈然としないながらも、やがて真剣な表情を浮かべる。

 

「むぅ……一回、アイツと腹割って話した方が良いのかな?」

 

 咲夜達の指摘に、一夏は近い内に箒と向き合ってしっかりと話し合う必要を感じ始めた。

 

 

 

 

「……あれ?美鈴さん、さっきから黙ったままですけど、どうかしました?」

 

「い、いえ……別に何でもありませんから!」

 

 先程までずっと黙っていた美鈴を疑問に思い、声をかける文に美鈴は挙動不審になりながら答える。

 

(弾君とデート……するかもしれない。

でも、行くかどうかは私が決めるわけだから……いや、でも!弾君って凄く努力してるし、結構優しいし、あんなに実直にデートの誘いをしてくれたんだから……)

 

 一夏たちの恋愛話の裏で、美鈴はまた新たな複雑な乙女心を胸の奥で揺らめかせていた。

 

 

 

 

 

『試合終了――勝者・鳳鈴音』

 

 一夏達が雑談を終えた頃、アリーナでは鈴音が見事勝利を決め、歓声に包まれていた。

先の第一試合と同様にほぼ完封しての圧勝だったものの、箒と違い相手の隙を的確に突き、上手く距離を掴みながら反撃を物ともしない見事な防御・回避で勝利だった。

そしてこの勝利で、後に続く準々決勝にて、箒と鈴音の戦いが決定した。

 

「……」

 

 ピットから控え室に戻る廊下で、鈴音は箒を見つけ、静かに近づく。

 

「……何の用だ?」

 

 そんな鈴音に対して箒は不機嫌な表情で睨みつける。

そしてそれに応えるかのように鈴音は箒を見据え、口を開いた。

 

「アンタにだけは、死んでも負けない!

一夏に依存して、周りの事を何一つ考えない、アンタみたいなガキにだけは絶対に!」

 

「貴様!あんな締まらない面構えの女(美鈴)に負けただけで一夏を諦めた負け犬風情が、偉そうな事を!!」

 

「その言葉……後悔させてやるわ」

 

 箒の暴言に怒りの色をより一層濃くし、鈴音は静かに去っていったのだった。

 

 

 

 



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良い女の意地(後編)

鈴ちゃん大活躍の回です。

推奨BGM・在中国的戦闘


 箒と鈴がそれぞれの試合を終えた後もトーナメントは順調に進む。

 

『試合終了――――勝者 五反田弾』

 

 第7試合、弾は先の鈴と同様に快勝を決める。

既に第4試合は簪、第6試合はセシリアが制し、武術部メンバーは全員二回戦進出を決めた。

 

「ちょっと良いかしら?」

 

「ん?……誰?」

 

 突然初対面の女子から弾は声を掛けられる。

 

「二回戦でアンタと当たる3組の奏衣杏子(かなでい あんず)よ」

 

(奏衣……どっかで聞いたような……誰だっけ?)

 

 奏衣杏子……彼女は3組の代表補佐であり、クラス対抗戦にて文に瞬殺された一般生徒である。

 

「これから一回戦をサクッと決めて、その後は二回戦でアンタ、準決勝と決勝で他の二人を片付けてあげるわ。

そして、私こそが1年最強だって証明して見せる……!」

 

 そう言い残し、奏衣は控え室を後にして試合へ望むが……。

 

 

 

十数分後

 

「ふえぇぇぇぇ〜〜〜ん(泣)」

 

 一回戦第八試合、奏衣杏子は…………普通に負けた。

 

(カッコ悪……)

 

 部屋の隅で膝を抱えながら泣く奏衣の姿に、弾は内心でかなり容赦の無い評価を下した。

ある意味、それを口に出さないのがせめてもの優しさだろう……。

 

言っておくが、この奏衣杏子は……単なる出オチのネタキャラである。

今後活躍とか再登場とか、そういう予定は全くありません。悪しからず。

 

 

 

 

 

『これより、2回戦第1試合・篠ノ之箒VS鳳鈴音の試合を行います』

 

 そして戦いは2回戦へと移り、箒と鈴音はアリーナの中央にて互いに向かい合って睨み合う。

 

「ねぇ…アンタってさ、接近戦が十八番なのよね?全国大会優勝らしいし」

 

 試合開始の合図を間近に控え、不意に鈴音は箒に問いかける。

ただし、それはただ単に質問しているというよりは挑発を交えた口調だが……。

 

「だったら何だと言うんだ?後ろに逃げながら射撃で攻撃する臆病な戦法で戦う気か?」

 

 そんな鈴音に対して箒はあからさまな皮肉で返す。

ところが、箒の皮肉に対して鈴音の顔に浮かぶ表情は怒りではなく、笑みだった。

 

「逆よ。アンタが接近戦をお望みって言うならこっちも接近戦で戦ってやるわよ。

私も接近戦(こっち)の方が最近得意になってきてるから」

 

 そう返し、鈴音は静かに身構える。

しかし武器は展開しない。美鈴から教わった徒手空拳の太極拳をベースとした構えだ。

 

「貴様……!私を嘗めているのか!?」

 

 鈴音の発言と行動に、箒はかつて自分に防具無しで戦いを挑んだ妖夢の姿をダブらせる。

もう既に2ヶ月近く経っているのに未だに(逆)恨みを忘れていない辺り執念深いというかしつこいというか……。

 

「そうよ、嘗めてんのよ!悪い?」

 

「なっ!?」

 

 即答で肯定してみせる鈴音に箒は絶句し、やがて顔を真っ赤にする。

最早怒りの余り出す言葉が見つからない状態だ。

 

「私が嘗めプレイして勝てば流石のアンタも自分の思い上がりが少しは理解出来るでしょ?

そんなに自分が強い正しいって言うなら私に本気出させて勝ってみせなさいよ」

 

「貴様…………もう許さん!!」

 

『試合開始!』

 

 鈴音の挑発に、ただでさえ低い箒の沸点は限界を突破し、試合開始直前にも拘らず今にも襲い掛かりそうなほどに殺気立つ。

そんな時とほぼ同時に試合開始時間が来たのは不幸中の幸いかもしれない。

 

「ダァアアアアアアアァーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 開始の合図と全く同時に刀を構え、面打ちの要領で鈴音に襲い掛かる箒。

だが、鈴音は臆する事無く迫る刀を見切りそれを回避してみせる。

 

「避けるな負け犬が!!」

 

 回避された事に苛立ちつつ、箒は連続して刀を振るい続ける。

 

(まず、地に根を張るようにしっかり体勢を整え、相手の攻撃をしっかりと見る事)

 

 箒の悪態を交えた連続攻撃に対し、鈴音は美鈴からの教えを思い出すことに努め、箒の悪態を聞き流しながら回避に専念する。

 

「糞が!いつまで逃げてるんだ!?」

 

「逃げるのだって立派な戦法でしょうが!

我武者羅に突っ込んで美鈴さんと戦った時の二の舞なんて御免よ!」

 

 箒の罵倒を正論で返しながら鈴は的確に箒の斬撃を捌いていく。

 

「あんな腑抜け面との負け戦なんか参考になるか!」

 

「アンタ、それ弾の前で言ったら殺されるわよ……」

 

「うるさい!死ねぇぇっ!!」

 

 怒りに身を任せ、箒は一気に勝負を決めようと刀を大きく振りかぶる。

その時、遂に鈴音は動いた!

 

「貰った!」

 

 そこから先は殆ど一瞬だった。

箒が刀を振り下ろすより前に刀を白刃取りで掴み、同時に箒の顔面に膝蹴りを叩き込む!!

 

「グガァッ!?」

 

 鈴音の膝は綺麗に箒の鼻っ柱に入り、シールドを通してその衝撃が諸に伝わって箒の鼻から鼻血が噴き出す。

 

(大降りになったときこそカウンターのチャンスってね。

そして、相手のバランスを崩したときこそ一気に畳み掛けるチャンス!)

 

 美鈴からの教えを活かし、鈴音は鼻血を出してふらつく箒の左腕を掴み、一気に関節を捻り上げる。

 

「グアアァァッ!!」

 

「まだまだ……!」

 

 続けざまに今度は左肩を極め、更には右脚に蹴りを入れて痛めつける。

 

「ガッ!アグゥッ!?」

 

 そこから更に、まるで舞を踊るかの如く次々に至る部分の関節を極められ、箒は苦悶に満ちたうめき声を上げる。

 

「美鈴さん直伝……」

 

 そしてフィニッシュに残った右腕の肘の関節に掌底を叩き込む!!

 

「ギャァァァァッ!!」

 

「心山拳体術・老狐の舞!!

…………どうよ?アンタが馬鹿にした人(美鈴)の技に痛めつけられた感想は?」

 

「う……ぐ……こ、こんな……」

 

 全身の関節を痛めつけられ、まともに立つことさえ儘ならない箒を見据え、鈴音は静かに、しかししっかりと脚に力を入れて構える。

 

「これで、とどめ!セヤァァーーーーッ!!」

 

「グボァッ!!」

 

 気合一閃……その言葉が似合う掛け声と共に繰り出される鈴音の回し蹴り。

関節を痛めた箒に避ける術など無く、鈴音の華麗な蹴りは箒の顔面に叩き込まれた!!

 

『篠ノ之箒、試合続行不可―――――勝者・鳳鈴音!』

 

 鈴音の一撃にKOされ、アナウンスは鈴音の勝利を告げた。

 

「やっぱりさ、アンタ弱いわ」

 

 無様に転がる箒を見下ろし、鈴音は静かにそう呟いた。

直後に観客席から鈴音への歓声が溢れるのは、これより約数秒後の事である。

 

 

 

 

 

 




次回予告

 2回戦を順調に突破し、トーナメントも準決勝という局面に入る。
そこで実現する武術部員同士の戦い……セシリア・オルコットVS五反田弾。
果たしてこの二人の戦いの行方は?

次回『オールレンジVSマルチウェポン』

「「計画通り……!」」



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オールレンジVSマルチウェポン

今回の推奨BGM
SFCソフト
ライブアライブ・現代編戦闘BGMより

KNOCK YOU DOWN!



「何で……私は、負けたんだ?」

 

 控え室の片隅にて、壁に凭れ掛かりながらへたり込み、自問する。

どうして自分は武器も使用していない相手に一撃も入れられなかった?

何で自分は負けなければならない?

自分のどこが弱いというのか?何が間違っているというのか?

それが解らない………。

 

今までは相手が専用機持ちという事を理由にいくらでも負けの言い訳が出来た。

しかし、今回の鈴音は武装を何一つ使用していない上、機体の基礎スペックもフルに使用していない。

そんな相手に全く歯が立たなかった。

 

少なくとも自信はあった……。

剣道全国大会優勝という実績、そして父から教わった篠ノ之流の剣を持つ自分ならそこら辺の代表候補にだって接近戦にさえ持ち込めれば勝てると思っていた……。

しかしその結果がこれである。

 

――アンタにだけは、死んでも負けない!

一夏に依存して、周りの事を何一つ考えない、アンタみたいなガキにだけは絶対に!――

 

「違う!私は悪くなんかない!!

勝手に変わった、一夏が……一夏を変えたアイツらが……悪いんだ……!」

 

 脳裏に響く鈴音からの糾弾の声。

それに対して箒は頭を振りながら否定するが、その口調と表情は弱々しい。

……この時、篠ノ之箒は僅かに、ほんの僅かではあるが揺らいでいた。

 

 

 

 

 一方、アリーナでは準決勝が開始されていた。

対戦カードは先の戦いで箒に勝利した鈴音、そして二回戦でも快勝を決めて勝ち上がった簪だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

 既に試合開始からそれ相応の時間が経った頃、

鈴音と簪、それぞれのシールドエネルギー残量は鈴音が37%に対し、簪は43%。

僅かに簪がリードする中、二人は地上で一度距離を取り合って睨み合っている。

 

(このままじゃジリ貧……なら一か八か!)

 

 端を切るように鈴音は龍咆で牽制しながら簪との距離を詰め、接近して双天牙月による斬撃を繰り出す。

 

「っ!」

 

 対する簪は夢現で迎え撃ち、鍔迫り合いの体勢に入ろうとするが……。

 

「甘いわ!」

 

 ココで鈴音は思わぬ行動に走る。

手に持った双天牙月を投げつけたのだ。

 

(ッ………フェイント!?)

 

「貰った!シマリス脚!!」

 

 投擲された双天牙月を夢現で防ぐ簪に鈴音は笑みを浮かべ、直後に足に力を入れて一気に地を蹴り、簪に蹴りかかる。

美鈴直伝・心山拳体術の一つ、シマリス脚……その名の通りシマリスの如き俊敏かつ機敏な動きで敵を強襲する跳び蹴りだ。

 

「クッ!(しまった、夢現が!)」

 

「取った!」

 

 鈴音の跳び蹴りが夢現を弾き飛ばし、簪に一瞬の隙が生じる。

その隙を見逃さずに鈴音は先の対戦で見せた老狐の舞を決めようと簪の腕を掴み取る。

 

(操縦技術じゃ私に分が悪い。

なら、相手の身体に直接ダメージを与えてパワーダウンさせてやる!)

 

 掴んだ簪の腕を捻り上げ、一気に勝負を決めるべく鈴音は関節を極めにかかるが……。

 

「これで!」

 

「ぐッ……関節技には…………」

 

 しかし、関節を捻られる簪は思いのほか冷静に、尚且つ大胆な行動に出た。

まず足を極められる前に自ら地面を蹴った。

 

「無理に力任せに外そうとしないで、相手の力が掛かる方向に……身体の動きを、合わせる!」

 

「え?」

 

 鈴音の口から思わず気の抜けた言葉が出てくる。

簪はISの飛行機能を利用して宙に浮いて腕に掛かる負担を軽くしたのだ。

そしてその行動と、それに対する驚愕から鈴音は思わず手に込めていた力を緩めてしまった。

 

「そして力が緩んだ所を……振り解く!」

 

 その一瞬の隙を簪は見逃さず、一気に掴まれた腕に力を込めて鈴音の手を振り解いた。

まさに飛行能力を持つISならではの回避方法だ。

そして当然ながら、振り解かれた側の鈴音には大きな隙が生じる。

その隙こそ、この試合の結果を決定付けるものだった。

 

「しまっ……!」

 

「喰らえぇぇーーーーっ!!」

 

「きゃああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 鈴音が逃げる間もなく展開され、発射される『山嵐』による48発のミサイルの強襲。

その直撃を受けた鈴音の駆る甲龍にシールドエネルギーを残す術は無かった。

 

『―――――勝者・更識簪!』

 

  簪の山嵐によるフィニッシュが決まった直後、観客席から歓声が上がり、アナウンスが簪の勝利を告げた。

簪の決勝進出が決まった瞬間だった。

 

「ハァ……負けたぁ〜〜!老狐の舞が破られるなんて……完敗だわ」

 

「前の試合で見る事が出来たから……それに、生身では絶対破れなかった」

 

 悔しがりながらも納得するような表情を見せる鈴音に簪はフォローを入れる。

勿論慰めなどではなく本心からだ。

老狐の舞を破ることが出来たのはIS戦という土俵があったからこそだ。

地上戦限定の生身での戦いにおいては残念ながら逃げる以外に防ぐ方法を思いつきそうもない。

 

「ま、今度はISでも振り解けない程強力な技にパワーアップさせてやるわ。

その時はもう一回戦ってよね!」

 

「うん……!」

 

 お互いに笑みを浮かべあい、二人は再戦の約束を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

『間もなく、準決勝第2試合、セシリア・オルコットVS五反田弾の試合を開始します』

 

 そして準決勝第2試合。

弾とセシリアは互いに専用機を纏ってアリーナ中央にて対峙する。

 

「そういえば、お前とガチで戦うのはこれが初めてだよな?」

 

「ええ。ですが勝負は私が頂きますわ!

ISに関わってきた期間なら私の方が遥かに上、先輩として年季の違いをお見せして差し上げましょう」

 

「ヘッ!年季なんざ量より質だぜ!

鬼教官二人から直々に扱かれた俺を嘗めるなよ!!」

 

 お互いに軽く挑発し合いつつ身構える。

 

『試合開始!』

 

 そして響き渡る試合開始。

まず一瞬早くスターライトMk-Ⅲによる射撃で先手を繰り出したのはセシリアだ。

 

「っ!!」

 

 発射されるレーザーに対し、弾は水泳の飛び込みにも見たフォームで飛び上がって回避する。

 

「まだ!」

 

「今だっ!!」

 

 初撃を外しながらも続いて二射目に移るセシリアに弾はメタルブレードを二枚展開して迎え撃つ。

まずは左手に持った一枚を眼前に突き出す。

今の自分の体勢と位置ならセシリアに狙える部位は限られてくる。

故にメタルブレードは盾の役割を果たし、弾はダメージを最小限に抑えることに成功する。

 

「まさか!?」

 

 思わぬ防御に一瞬驚愕するセシリア。

それはまるで先の対抗戦で魔理沙の攻撃を防いだ一夏を再現したかのような防ぎ方だ。

 

「貰い!」

 

 そして繰り出される二枚目のメタルブレードによる投擲。

回避しようと後へ飛び退くセシリアだが、ここでも弾は予想を裏切る行動に走る。

メタルブレードがヒットしたのは直接セシリアにではなく、彼女の居た地点の少し手前。

 

(外した?……違う!)

 

 油断しそうになる頭をすぐに切り替える。

地面に命中したメタルブレードはバウンドしてセシリアに向かって襲い掛かる。

 

「グッ……!」

 

 間一髪で身を逸らして直撃を避けるセシリアだが、僅かにブレードが掠めてシールドエネルギーが僅かに削られる。

 

「だぁああーーっ!!」

 

 直後に響く弾の雄叫びとそれに伴うブリッツスピアーによる追撃。

一気に距離を詰められ、観客の殆どが射撃型のブルー・ティアーズの圧倒的不利を予測するが……。

 

(目には目を、投擲には……投擲!)

 

 即座に近接戦闘用の短剣『インターセプター』を展開したセシリアは、即座にそれを投げナイフの要領で弾目掛けて投げる。

 

「っ!」

 

 当然ながら、弾は難なく槍で投げられた短剣を弾き返すが、防御に費やす事で生まれたごく僅かなロスタイムをセシリアは見逃さず、槍の攻撃範囲から遠ざかる事に成功した。

 

「ブルーティアーズ!!」

 

 距離を取ることに成功し、セシリアはブルーティアーズの本領とも言うべき4つのビットを以って反撃に打って出る。

 

(恐らく弾さんと私の基礎的な身体能力と実力はほぼ五分と五分。

ならば全力で押して圧倒するのみ!この際、出し惜しみはしませんわ!!)

 

 覚悟を極め、セシリアは集中力を高めて4つのビットを操作して弾を狙い撃つ。

 

「そうそう喰らって、堪るかよ!」

 

 一方で、弾も黙って攻撃を喰らうつもりは毛頭無く、ビットの位置を見極めて飛び交う攻撃を躱し続ける。

 

「そこ!!」

 

 だが、より磨きの掛かったビットの操作精度を前に、回避は長くは続かず、弾は一瞬の隙を作ってしまい、そこを狙って1機のビットの銃身が弾を狙う。

 

「何の!」

 

 今まさに繰り出されようとするレーザーを弾は再びメタルブレードによる防御で防ごうとするが……。

 

(取った!!)

 

 弾が防御の姿勢に入ると同時にセシリアは自身の持てる集中力を最大限に発揮し、脳裏にあるイメージを浮かべる。

それは水面に落ちる一滴の水。ブルー・ティアーズの意味である水の雫である。

一滴の水が水面に波紋を生み出し、水の流れる向きを僅かに変えるそのイメージを浮かべる。

それと同時に放たれたレーザーは弾の手元でメタルブレードを避けるかの様に屈折し、ヒートファンタズムにクリーンヒットした。

 

「ぐぁっ!……れ、レーザーが、……曲がっただと!?」

 

 弾の驚愕と共に会場内がざわめく。

偏向射撃(フレキシブル)――――ブルー・ティアーズが高稼働状態の時に発動出来るレーザーを屈折させる高等技術。

制度自体はまだ未完の状態であるものの、セシリアはアリスのアドバイスを基に発動させる事に成功していたのだ。

そしてこのクリーンヒットによって弾にはより大きな隙が生まれる。

それこそがまさにセシリアにとって最大の好機だった。

 

「貰いましたわ!!」

 

「くっ……!!」

 

 当然セシリアがこの機を逃す筈も無く、4機のビットは一気呵成に弾目掛けてレーザーを乱射した。

 

 

 

 

 

 

「セシリアのペースね……」

 

 選手用の控え室では先の試合で戦った簪と鈴音がモニターで試合の様子を観戦していた。

 

「まさか偏向射撃まで……これ、弾が逆転するのは難しいわよ」

 

 一気に不利に陥った弾の姿に、鈴音はセシリアの勝利をほぼ確信するが……。

 

「いや、まだ分からないぞ」

 

 不意に背後から声を掛けられ、後ろを振り向くとそこにいたのは先程まで警備を行っていた一夏達の姿があった。

 

「一夏?何でココに?

アンタ警備に行ったんじゃないの?」

 

「たった今交代してきた。観客席じゃ込んでるからこっちで試合を見ようと思ってな」

 

 簡潔に答え、一夏はベンチに腰掛けてスクリーンを眺める。

 

「……さっき言ってた『まだ分からない』って、どういう事?」

 

「今は圧倒されているが、暫く耐え切れば弾の目も慣れる。

そこから先だ。弾の本領が発揮されるのはな……」

 

 首を傾げる鈴音と簪に対し、一夏は意味深に笑みを浮かべる。

 

「弾は、戦いながら強くなる。…………ラーニングの才能(センス)が有るんだ」

 

 

 

 

 

 そして試合ではセシリアが弾を追い詰め、決着まで残り僅かという雰囲気を出していた。

弾も何とか攻撃の隙間を見つけては反撃を試みていたが、状況から来る余裕の差に、殆どが回避され、決定打といえる攻撃を与えることが出来ないでいた。

加えて弾のシールドエネルギーはあと一撃でもまともに喰らえば尽きてしまう所まで追い詰められていた。

 

「これで……終わりですわ!!」

 

 獲物を追い詰め、セシリアは遂にとどめを刺しに掛かる。

だが、そんな中でも弾の目には闘志が溢れていた。

 

「……漸く、覚えたぜ!」

 

 迫るレーザーの中、唐突に弾は笑みを浮かべた。

それはハッタリや虚勢ではなく、勝機を見出した者が浮かべる笑みだった。

その笑みを浮かべたと同時にレーザーの一斉砲火を回避して見せた。

 

「!?」

 

「良い技(もの)、学ばせてもらったぜ!!」

 

 土壇場での回避に僅かに驚くセシリアを余所に弾は両手に多数のメタルブレードを展開する。

 

「喰らいやがれ!!」

 

 気合と共に、弾は両手のメタルブレードを繰り出す。

勿論直線的な動きで迫る攻撃などセシリアが見切れないはずも無く、当然これは回避。

だがしかし、これで終わる弾ではなかった。

 

「これが俺の偏向射撃(フレキシブル)だぁ!!」

 

 続けて繰り出される二撃目のメタルブレード。

先程の攻撃を上回るスピードで投げられたそれはセシリアではなく、先程投げられたメタルブレードだ。

 

「な!?」

 

 思わぬ展開に今度は大声で驚きの声を上げてしまうセシリア。

一撃目のメタルブレードはを二撃目のメタルブレードとぶつかり、その軌道を屈折させて変え、再びセシリアを襲う刃として蘇ったのだ。

 

「あぐぅっ!!」

 

 驚愕からの硬直は回避行動を鈍らせる。

ココに来てセシリアはクリーンヒットを許してしまい、弾に反撃の糸口を与える事になってしまった。

 

「命中させる角度、屈折させるタイミング。お前が教えてくれたことだぜ、セシリア!!」

 

「グ……クッ!ま、まさか……このような事が……」

 

 続けざまに同じ攻撃を繰り出す弾。

困惑から覚めぬセシリアはその攻撃を回避しきれず、次々にヒットを許してはシールドエネルギーが削られていく。

 

「で、ですが!やられる前に決めてしまえば!!」

 

 漸く平常心を取り戻してセシリアはビットを操作し直す。

エネルギー残量ならこちらがまだ有利。ならば先にヒットを奪って勝利を得ようとする算段だ。

 

「そうは、行くか!!」

 

 ここで弾は武装をダイブミサイルに切り替え、セシリア目掛けて全ミサイルを発射する。

 

「!?……ぶ、ブルー・ティアーズ!!」

 

 ホーミング式のミサイルが相手では撃ち落す以外に今の自分には防御法がないセシリアにはビットかライフルで撃ち落すしかない。

ライフルでは時間が掛かると踏み、セシリアは一度距離を取ってからビットでミサイルを全て撃ち落す。

 

「読み通り!!」

 

「しまっ……うぐぅっ!!」

 

 そしてココでも弾の猛攻は続く。ブリッツスピアのビームボウガンでミサイルを迎撃したビット、そしてがら空きになったセシリア本体を狙い撃ちにしたのだ。

 

「これで厄介なビットは全部潰した!あとはお前だけだ!!」

 

(くっ!!こうなったらこっちもミサイルで……いえ、回避されて接近されたらそこまでですわ。

かといってライフルだけでは手数不足……。

インターセプター……余計勝ち目がありませんわ!!)

 

 瞬く間に形勢を逆転され、苦虫を噛み潰すようにセシリアは唸る。

残っている武装は誘導型ミサイル2発とスターライトMk-Ⅲ、そしてインターセプター。

この3つで逆転する方法をセシリアは必死に考える。

だが、そんな事を考える余裕を与えるほど弾はお人好しではない。

今度は自分が勝負を決めるべく一気に動き出し、ナイトクラッシャーを展開してセシリアに襲い掛かる。

 

(クッ!ですがこの程度のスピードなら……)

 

 自分に飛んでくる鉄球をセシリアは難なく回避。

ナイトクラッシャーは威力こそ大きいが、ヒートファンタズムの武装の中では最もスピードが遅いという欠点があった。

 

「残念。本命は俺自身(こっち)だぁ!!」

 

「ガッ……!!」

 

 更にココでも弾は型破りな手段に出る。

ナイトクラッシャーを回避したセシリア目掛けて自らが突進し、タックルを決めたのだ。

 

「ぬぅおおおおおぉぉぉっ!!!!」

 

「カハッ!?」

 

 セシリアに体当たりを喰らわせ、弾はそのままの体制で更に突き進み、セシリアの背を壁に叩き付けた。

これでセシリアに残された数少ない武装の一つであるミサイルは封じたも同然だ。

何故なら至近距離で爆発すれば自分も巻き込み、共倒れになってしまう為、相打ち狙いでない限りミサイルを使用する選択肢は失われた事になるからだ。

 

「とどめだ!」

 

 最早ブルーティアーズのエネルギーは風前の灯。

遂に弾は最後の一撃を繰り出すべく、ブリッツスピアを振り下ろす!

 

「ま、だ…まだですわ!!」

 

 だがセシリアも諦めない。

突如としてライフルを展開し、先の女尊男卑派の一般生徒と戦ったときと同じく、ライフルであるスターライトMk-Ⅲを鈍器代わりに弾の手からブリッツスピアを上空へ弾き飛ばしたのだ。

 

「これで!!」

 

「させるか!!」

 

 しかし弾もセシリアと同じ要領でスターライトMk-Ⅲを上空へ蹴り飛ばし、難を逃れた。

そして二人は武装を展開する間もなく取っ組み合いの体制を取った。

最早勝負の行方は誰にも分からない……と、思われたが。

 

((計画通り……))

 

 何故か二人は全く同じ事を考えながら心の中でほくそ笑んでいた。

 

(俺の槍を吹っ飛ばしたとでも本気で思ってんのか?

馬鹿め!同じ武術部員としてお前も簪の火事場のクソ力が馬鹿に出来ない事は十分承知済みよ!!

地球には『重力』ってもんがあるのを忘れたのか?俺の悪知恵を甘く見るなよ!!)

 

(フフフ……アナタが私の技術を学んだように私もアナタの悪知恵を学んで差し上げましたわ!

何故私がライフルを弾かれた直後にインターセプターを展開させずにアナタの動きを封じたのか、身の程を以って教えて差し上げますわ!!

地球の『引力』を以ってしてね!!)

 

 さて、二人がそれぞれ吹っ飛ばされたブリッツスピアとスターライトMk-Ⅲはどうなったかというと……。

勿論重力に逆らえるはずも無く、現在進行形で落っこちていた…………二人の頭上に、お互いの狙い通りに。

と、なると当然……。

 

「アガッ!!」

 

「ギャン!!」

 

 まるでコントの一幕のように全く同時に二人の脳天にお互いの武器が直撃し、

これまた全く同時に二人のシールドエネルギーは……。

 

『両者共にシールドエネルギーゼロ――――両者引き分け』

 

 まさかの結果に会場内は騒然となる……変な意味で。

 

「ま、まさか……同じ手を……考えていたなんて」

 

「う、嘘、だろぉ……」

 

 槍とライフルが直撃した頭を手で押さえながら二人は武術部での説教を覚悟したのだった。

 

 

 

結局、この引き分けにより、暫定的に決勝進出を決めていた簪が(本人は非常に不本意ながら)優勝。

その後、準々決勝で敗退した者達の中から5位決定戦を行い、エキシビジョンマッチへ移ることになったのだった。

 

 

 

 

 

 




次回予告

 いよいよ始まるメインイベント・河城重工所属者とのエキシビジョンマッチ。
誰もが固唾を呑んで見守る中、組まれる対戦カードは?

次回『幼馴染として』

箒「だったら私はどうすれば良かった!?どうすれば一夏に認めてもらえたんだ!?」

?「何故昔にばかりこだわるの?今の彼にだって良い所はたくさんあるじゃない!」



要望があったので幻想郷メンバーの外界での年齢設定

レミリア・13歳(飛び級)
美鈴・18歳
文・17歳
椛・15歳
アリス・15歳
妖夢・15歳


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幼馴染として(前編)

 トーナメント優勝者が簪に決まり、その後行われた5位決定戦は、篠ノ之箒が辛うじて5位に入る結果となった。

なお、5位決定戦時の箒は二回戦での敗北で流石に頭を冷やしたのか、一回戦の時よりもまともな動きになっていた(ただし、力押しな戦法は変わらず)。

 

こうして、エキシビションマッチに出場する5人のメンバーが決定したところで、一日目は終了。

続く二日目にエキシビションマッチが行われる事となった。

 

 

 

 

 

 トーナメント(1年生部門)終了後のとある一室。

簪、セシリア、弾、鈴音、箒の上位入賞者5名は千冬に呼び出され、明日のエキシビションマッチの打ち合わせを行う事となった。

 

「さて……まずは上位入賞おめでとう。

これから諸君には明日のエキシビションマッチでの対戦相手を決めて貰うわけだが、

まずはこれから配る紙に対戦を希望する相手を書いてもらう。

なお、希望する相手が被ってしまった場合、1位の更識から優先とする。

同率の五反田、オルコット、鳳は不本意かもしれんが被ってしまった場合じゃんけんで決めてもらう。

あと、一応更識以外のものは第3希望まで挙げておくように」

 

 一通りの説明を終え、千冬は簪達に紙を配り、受け取った紙を5人はそれぞれ真剣な表情で見つめる。

 

(魔理沙と戦うのも捨てがたいけど、

ココはやっぱり、お姉ちゃんとの差を確かめるためにも……)

 

(あの人が戦っている所は殆ど見た事がありませんが、

一夏さん達の言う最速のスピードを持つというのであれば、私の射撃がどこまで精密なのか試すのも有りですわね)

 

(俺が指名する相手は決まってるぜ!)

 

(う〜ん、誰にしようかなぁ?)

 

(あの時の借りを返してやる!

だが、他の奴に取られた時は……コイツにしておくか)

 

 5人はそれぞれそれぞれの思いを胸に自分の希望する対戦相手の名前を書いていく。

やがて全員が作業を終えた後、千冬の手で用紙が回収され、千冬はそれに目を通す。

 

「ふむ……ほぼ重複は無いが、篠ノ之と鳳の希望が被ってしまったな。

篠ノ之、悪いがお前には第二希望の相手と対戦してもらうぞ」

 

「…………分かりました」

 

 やや不満げな表情を僅かに浮かべるも、箒は何も言わずにこれを了承。

この時点で、エキシビションマッチの対戦カードが決定した。

 

 

 

 

 

『エキシビションマッチの組み合わせが決定しました。電光掲示板をご覧ください』

 

 対戦カードの発表を残すのみとなった会場(アリーナ)に流れるアナウンス。

それを耳にした観客達は待ってましたとばかりに電光掲示板を凝視する。

簪の姉でもあるIS学園生徒会長・更識楯無もその一人だ。

 

(簪ちゃんは、誰を指名するの?

やっぱりあの霧雨魔理沙って娘かしら?

他に考えられるのは……以前に対戦した十六夜咲夜とか、同じクラスの魂魄妖夢ぐらい……。

織斑一夏……まさかね、私に勝った相手に、態々勝ち目の無い戦いを挑む筈無いし……。

ああもう!考えてると妙にイライラするわ!!

あの訳の解らない連中が来てから調子狂わされっぱなしよ。私らしくない……)

 

 乱れる思考を頭を振って無理矢理正常に戻す。

川城重工の面子……特に簪と一番仲の良い魔理沙の顔を思い浮かべると妙に心の中に何とも言い難い不快感が込み上げてくる。

簪は彼女のお陰で明るくなった。それは解っているし感謝もしている。

だがそれ以上に簪と魔理沙が近付くのが気に入らない。

まるで簪が取られてしまうような気さえしてくる。

勿論簪は誰のものでもないという事は楯無も理解している。

だが理解はしていても納得が出来ないのだ……。

 

(あの連中、本当に何者なの?

一人一人が国家代表……いえ、それ以上の戦闘力を持っているだけでも異常だというのに……。

いえ、何よりおかしいのは、そんな化け物みたいな集団が何の野心も持たず、今の今まで日本の辺境に隠れ住んでいたなんて。

あれだけ強いなら男女汎用ISスーツを開発しなくたって成り上がる事なんて十分可能なのに……。

その上、全員の経歴に何の不明点も無い…………本当、訳が解らないわ)

 

 堂々巡りになってしまいそうな所で楯無は一度思考をストップし、取り敢えずは当初の目的である対戦表を見ることに専念する。

 

「え……う、嘘!?」

 

 直後に絶句し、驚愕する楯無。

彼女の予想とは真逆の組み合わせがそこにあったのだ。

 

 

第1試合

篠ノ之箒 VS 東風谷早苗

 

第2試合

セシリア・オルコット VS 射命丸文

 

第3試合

鳳鈴音 VS 魂魄妖夢

 

第4試合

五反田弾 VS 紅美鈴

 

第5試合

更識簪 VS 織斑一夏

 

 

「どうして、よりにもよって……」

 

 対戦カードの結果に騒ぐ観衆の中、楯無の苦々しい呟きが虚しく消えていった。

 

 

 

 

 

 その日は対戦カードの発表で終わり、生徒達はその場で解散となった。

一般生徒達は寮に戻って明日の試合観戦を逃さないため休むのみだが、簪達5人はそうはいかない。

明日の試合開始お時間ギリギリまで、自分の対戦相手の対策を練る事に努めなければならない。

何せ相手は国家代表をも上回る猛者の集まり、生半可な特訓や対策では一矢報いる事さえ敵わない…………。

 

 

 

「良いか?相手がその蹴り繰り出してきたら是が非でもその脚を掴め!そのためなら多少SEを削られたって良い」

 

「ああ!」

 

 弾は一夏から新たな体術を学び、技のレパートリーを増やし……

 

 

 

「また姿勢が乱れていますよ!」

 

「アグぅッ……ま、まだまだ……、

私の集中力はこんなものではありませんわ!」

 

 セシリアは椛監督の下、時折肩を叩かれながら座禅を組んで精神統一で集中力を高め……

 

 

「反応がまだ遅いです!

一夏さんの攻撃はもっと素早く動かないと速攻でやられますよ!!」

 

「ハァ、ハァ……解ってる!」

 

 簪は美鈴からの攻撃を避け、反応速度を養う。

 

 

……エキシビションマッチまで、あと僅か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も知らぬ秘密基地……その中で篠ノ之束は無数のモニターを無表情で睨みつける。

 

「箒ちゃんのお相手は守矢の巫女、か……あれ、巫女だっけ?それとも現人神だっけ?

ま、いっか。どーでもいい事だし。

それよか……この巫女が箒ちゃんに変なこと吹き込まなきゃ良いけど。

ただでさえあのひんにゅー(鈴音)が余計な説教たれやがったせいで箒ちゃんのメンタル傷つきまくりなのに。

蛙と蛇に仕える爬虫類巫女が……私の箒ちゃんに何吹き込もうとしてんだ?」

 

 無表情が徐々に不快感を覗かせるものに変わり、束はモニターに移る早苗の顔に『ペッ』と唾を吐きかける。

 

「……一応、保険は掛けとかないとね」

 

 不意に束はニヤリと口元を歪めてあるものを手に取る。

それは『Jealousy』と書かれた薬品入りの試験管、そして一個のUSB……。

 

「失礼します。

……束様、食事が出来ました」

 

 そんな時、不意に手に丼と箸を持ったくーが室内に入る。

 

「んー、今日のメニューは?」

 

 くーの声に束は顔を普段のお気楽なものに戻す。

最も食事自体に大した興味は無いらしく、丼には一瞥すらしていないが。

 

「カツ丼です。

ノエルが作りました。美味しいですよ」

 

「ふーん、フランス人の癖に日本食ねぇ……あ、美味しい」

 

「彼女、日本通ですので」

 

 暗いラボの中、そんなミスマッチな一幕が展開される中、モニターに移る箒は一心不乱に竹刀を振り(回し)続けていた。

彼女は自分の身に大きな異変が近づきつつあることを知る由も無い。

 




前話のレミリアの年齢を修正しました。

また、pixivにノエルのイメージ画像をアップしてますので、まだ見ていない人は是非見に来てください。


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幼馴染として(後編)

 トーナメント二日目……いよいよ大勢の人間が待ちに待ったエキシビションマッチが開幕の時を迎え、アリーナの観客席は観客達の騒ぎ声で沸き立つ。

観客は勿論の事、謎に包まれた河城重工の面子の戦闘力の秘密の一端を知る事が出来るかもしれないという思惑も有り、企業や国家からの来賓は昨日よりも多い。

そして試合開始まで残り5分を切り、いよいよ試合開始へのカウントダウンが始まる。

 

 

 

 

 

「よし、準備完了っと……」

 

 河城重工側の控え室にて、早苗は準備を整える。

軽い口調ではあるが、それとは裏腹に表情からはどことなく真剣さが滲み出ている。

 

(しかし箒は絶対妖夢と当たると思ってたのに、まさか鈴も妖夢を選んでいたなんてな……)

 

 一方で(ある意味)渦中の人物である一夏は、この試合の組み合わせに内心で驚いていた。

鈴音に続いて二度目となる幼馴染同士の対決に、流石に内心心苦しいものを感じてしまう。

 

「それじゃ、行ってくるわね。それと一夏君……」

 

「ん?」

 

「お膳立てはしっかりしてやっておくから、後は篠ノ之さんとしっかり話し合ってね」

 

「え?……まさか!?」

 

 早苗の言葉に一夏は察する。

早苗は自身の持つ『奇跡を起こす程度の能力』を少しだけ使い、箒以外の者が妖夢を選び、自分と箒が当たるように仕向けたのだ。

 

「東風谷早苗・非想天則、行きます!」

 

 一夏の驚きを余所に早苗はアリーナへと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと来たか」

 

 アリーナでは先に箒がスタンバイし、早苗を待ち構えていた。

その雰囲気は先の鈴音との対戦時とは違い、今にも暴れまわりそうな獰猛さは成りを潜めている。

だが早苗を睨むその瞳は黒く濁り、敵意と悪意に満ち溢れている。

ある意味、鈴音戦での野獣そのものな敵意より、今の静かな敵意の方が不気味だ。

そうでなくともお互い実家が商売敵だった事もあり(当時の早苗が住んでいた家では守矢神社の分社を運営していた)、幼少の頃はお互い大した会話も殆ど無い非友好的な関係だったため、早苗的には鈴音との対戦時以上に敵意をむき出しにすると思っていた。

 

「お待たせ……とでも言えばいいのかな?この場合」

 

「嘗めた態度を取って……!」

 

 早苗としては普通に答えたつもりなのだが箒にはそれが挑発に思えたらしく、眉間に皺を寄せて目つきをより鋭くする。

 

「まぁいい。東風谷……戦う前に答えろ。

貴様、仮にも私と同じ一夏の幼馴染でありながら、何故一夏の変化を許容出来る?」

 

「…………は?」

 

 箒の問いに、早苗は思わず間抜けな声を上げてしまった。

 

「何を言ってるの?」

 

「答えろ!何故貴様は一夏が変わってしまった事を受け入れられるんだ!?

あんなに優しかった一夏が変わってしまったというのに、どいつもコイツもそれを気にもしない!

貴様だって仮にも幼馴染ならあの頃の一夏の魅力は十分知っているはずだろう!?

なのに何故だ!?」

 

「……」

 

 箒の言葉を聞く中、早苗は苛立ちを感じ始める。

『変わってしまった』、『あの頃の一夏』……それではまるで……

 

「何故昔にばかりこだわるの?今の彼にだって良い所はたくさんあるじゃない!

一夏君が昔よりも劣化したとでも言いたい訳!?」

 

「ああそうだ!力だけ強くはなってもあの頃の優しさが無ければ何の意味も無いではないか!!

なのに何だ貴様らは!貴様も鳳も五反田も、昔を知っていながらなんでそんな平然としていられる!?」

 

 箒はヒートアップしてどんどん口調が荒くなっていく。そんな彼女を見る早苗の目はどこまでも冷ややかだった。

 

「……漸く解ったわ。

アナタがどうしてアレほどまでに私たちと相容れないかが」

 

「何?どういう事だ!?」

 

 問い詰めてくる箒に、早苗は僅かに溜息を吐き、両腕にブロウクンマグナム、そして周囲にはオンバシラを展開して構える。

 

「戦いながら教えてあげる。

今の頭に血が上ってるアナタじゃ言葉だけでは理解できないだろうから」

 

「何だと、貴様ぁ!」

 

『試合開始!』

 

 箒が激昂してブレードを構えた事で両者共に臨戦態勢となり、試合開始の合図が響く。

 

「調子に乗るなぁ!この三流巫女が!!」

 

 試合前での様子が嘘の様に感情的になった箒はブレードで斬りかかる。

先の鈴音戦と唯一違う点があるとすれば、的確に狙いを定めている所だろう。

鈴音との戦いでは怒りに身を任せて刀を振り回すだけに近かった動きだが、この戦いにおいては剣道の動きをキッチリ取り入れて的確さが上がっている。

 

(流石に学習は出来てるみたいね。この動きが出来れば鳳さんとの対戦でも善戦出来たでしょうに)

 

 回避しながら早苗は思う。

多少は鈴音との戦いで学ぶものは学んだという事を確信し、箒とて何も反省出来ない様な人間ではない事を理解する。

 

(だからこそ、今の彼女は徹底的に頭を冷やす必要がある。

今の状態で一夏君と対話したって、『何で変わった?』『昔が良かった』と言うだけの堂々巡りになるのは目に見えている。

なら、ココで私が悪役になってでも彼女の思い上がりを徹底的に叩く!!)

 

 一瞬だけ目を鋭く細め、早苗は振るわれるブレードの刀身をブロウクンマグナムの装備された右手で乱暴に受け止めた。

 

「何!?」

 

「動きが的確な分、先読みもしやすいってね。行け!ブロウクンマグナム!!」

 

 驚く箒を無視して早苗は空いている左手のブロウクンマグナムを稼動させ、箒の胴体に打ち込んだ!

 

「ぐぉぉっ!?」

 

 回転ドリルとロケットパンチの性能を併せ持つ一撃に箒……牽いては訓練機の打鉄が耐え切れるはずも無く、箒の身体は後方に吹っ飛ばされて体勢を崩した。

そして吹っ飛ばされた打鉄に早苗は飛び掛るように接近し、箒が手に持ったブレードを踏みつけてへし折った。

 

「ああっ!?き、貴様、刀を……うぐぁっ!!」

 

 箒の抗議の声を遮るかのように残った左手のブロウクンファントムによる拳撃が顔面に叩き込まれる。

 

「まだまだ……!」

 

 だがそれだけでは終わらない。

早苗はそのまま箒を押し倒し、馬乗りになって二度三度と殴り続ける。

普段の早苗からは考えられないラフファイトだ。

 

「グゥッ、ぐがっ!!き、貴様、こんな品の無い戦い方を……あぐっ!!」

 

「アナタだって一回戦で同じような戦いをしてたでしょうが!」

 

 箒の文句を早苗は拳と言葉で返す。

直後に拳を一度止め、箒の腕を取ってそのまま一気に背負い投げを決めた。

 

「グアァッ!!」

 

「さっきから聞いてれば、一夏君が変わっただとか劣化しただのと好き勝手な事ばかり言って……私はそうは思わないわ。

確かに厳しい態度や言動は増えたと思う。だけど、他人(ひと)を思いやる心は昔と変わらない。いえ、昔よりもずっと強くなった!

 

 

アナタは昔の一夏君に依存して、今の一夏君の成長を受け入れきれないだけよ!!」

 

 早苗は箒を背中から地面に叩きつけた後、今度は胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせ、アリーナの壁に押さえつける。

 

「違う!!私は一夏に変わってほしくなかっただけだ!!」

 

 だが箒も何も抵抗せずに黙っている訳ではない。

指摘に反論しつつ、早苗を振り解こうと躍起になって抗っている。

 

「変わった変わったって……それは寧ろアナタの方じゃないの?」

 

「何?」

 

 突然早苗の声色が今までの激情的なものから冷徹なものへ変化し、驚いた箒は一瞬抵抗を緩める。

 

「千冬さんは言っていたわ。

昔のアナタは、今と同じで意地っ張りで、負けず嫌いで、頑固だった。

だけど、自分が間違いを犯したら、それを認めてちゃんと謝る事が出来る素直な心を持っていたって!!

なのに今のアナタは何?一夏君に自分を見て貰う事しか考えずにそれ以外の人に迷惑や危害を加えても何の反省も謝罪も無い。その上それを咎められたら逆ギレして暴れる始末。

……こんな人に一夏君が振り向くと本気で思ってるの?」

 

「ち、違う!私は、一夏のためを思って……」

 

「一夏君を言い訳にしないで!!

二言目には一夏一夏って、一夏君の名前を出せば免罪符になるとでも思ってるの?

人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!!」

 

 矢継ぎ早に飛び出す指摘に狼狽しながら反論しようとする箒に、早苗は一際大きな怒声を浴びせる。

 

「アナタはこの学園に入学してから一度でも自分のやった事を思い返したり反省した事がある?

無いわよね?あるならそんな言葉は出る筈無い!

一回ぐらい一夏君やアナタに一方的にやられた人達の気持ちを考えてみなさいよ!!」

 

 怒りを多分に含んだ言葉と、それに呼応するように繰り出される平手打ちが箒の身体を横殴りに吹っ飛ばす。

 

(私がしてきた事を一夏がどう思ったかだと?そんなの………………あ、あれ?)

 

 脳裏に思い返されるクラス対抗戦での無人機襲撃時の出来事。

あの時自分は一夏のためをと思って放送室を占領した。だが一夏はそれを咎めた。

今の今まで何故一夏が怒ったのか考えた事など無かった。ましてや『もしも自分が一夏の立場だったら』など……。

そして考えた先に出た答えは今まで自分の思っていたものと真逆だった。

 

「わ、私は……邪魔になった、だけ?

ち、違う!!そんな筈は無い!!私は自分の身を危険に晒してまで応援したんだぞ!!

なのに、それが間違い何て、あって良い筈が……」

 

「自分を危険に晒した?それは他の皆を巻き込んでまでやるべき事なの?

結局アナタはただ一夏君の気を引くためだけに自分の命も他人の命も軽く扱っただけじゃないの!!

それで一夏君がアナタに感謝すると本気で思ってるの!?ふざけるのもいい加減にしなさいよ!!」

 

 両手で頭を抱え、必死になって結論を否定しようとする箒に早苗からの追い討ちの言葉が突き刺さる。

 

(ち、違う……違う!私は、間違ってなんか……)

 

(…………そろそろ、頃合いね)

 

 そして、箒の精神が限界に近付いている事を確認した早苗は、ココでとどめの言葉を言うべく口を開いた。

 

「……やっぱり、姉妹よね」

 

「え?」

 

「周りの事を考えないで他人を巻き込んで傷付けて、自分のやった事にはまるで無自覚。

そういう自分勝手な所、そっくりよ。…………アナタの姉、篠ノ之束にね!」

 

「っ!!?」

 

 それは箒にとって最大の禁句だった。

篠ノ之束……自身の姉にしてISの生みの親。

そして自分を家族から、そして一夏から引き離されるきっかけを作った張本人。

箒にとってそんな姉は恨みの対象だった。

自分が生まれてから受けた多くの不幸……その殆どの根底に姉が関わっている。

にもかかわらず姉はいつもどこかでヘラヘラ笑っている。

そんな姉と同類と呼ばれる事は、箒にとって何よりも屈辱だった。

 

「違う……違う…………。

一緒にするな……私は、私は…………私は身勝手なんかじゃないぃぃっ!!!!!」

 

 束の名が引き金となり、箒は叫び声を上げて立ち上がり、勢いに任せてあらん限りの力で拳を振り上げ、早苗の顔面に叩き込んだ!

 

「グゥッ!」

 

 剣道全国大会優勝者である箒の拳を直で喰らい、早苗の身体は仰け反った。

 

 

「………………フフッ」

 

 だがそれだけだった。

早苗は脚で地を踏みしめ、踏ん張りを利かせて箒のパンチを耐え切り、不適に笑みを浮かべて見せた。

 

「アナタのパンチなんか、全っ然効くもんですか!!」

 

「何…だと……?」

 

「軽いのよ!アナタの拳は!!」

 

 箒のパンチをものともせず、早苗は目には目をとばかりに武装無しの拳を叩き込む。

こちらの一撃は箒を強制的に後退る程の威力がある。

少なくとも仰け反らせるだけだった箒のそれよりは大きい。

 

「ガハッ!!……なら、どうすれば良い?

だったら私はどうすれば良かった!?どうすれば一夏に認めてもらえたんだ!?」

 

「そんなの!自分で考えなさいよ!!」

 

 我武者羅になって拳を振るう箒とそれに応えるように殴り返す早苗、

IS戦においては非常に珍しい原始的な殴り合いの構図だった。

 

「クソ!クソ!!クソ!!!畜生ぉぉっ!!!!

何で私じゃなくてお前らなんだ!!何で私は一夏に認めてもらえない!?

私とお前らの、何が違うって言うんだぁーーーーーーっっ!!!?」

 

「そういう台詞は、一夏君と向き合ってから言いなさいよぉーーーーっ!!!!」

 

 両者の拳がほぼ同時に二人の顔面を捉えて打ち込まれる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 一瞬だけアリーナ全体が一気に静まり返り、直後に二人の身体が同時に動き出す。

 

「……何で、私は…………勝てないんだ?」

 

 箒の身体は音を立てて地面に倒れ伏したのだった。

 

 

 

「…………一夏君は」

 

「え?」

 

「一夏君はね、アナタの事を友達だって今でも思ってる。

受け入れなさいよ。折角の友達なのに、否定してばっかりじゃお互い辛いだけじゃない」

 

 ざわめく観衆を気にせず、早苗は倒れている箒に声を掛ける。

 

「…………」

 

「お互い、理解し合って、ちゃんと話し合って、向き合ってみなさいよ。

お互い友達意識が残っているなら、歩み寄れるはずでしょ。

あと、もう一つ……私も一夏君の事が好き。彼に恋人がいるって解っててもね。

だけど諦めるつもりは無いわ。私は私の魅力を磨いて、彼を振り向かせてみせる。

アナタも一夏君が好きだって言うなら、私にライバルだって思わせて見せなさいよ」

 

 殴られた痕が僅かに残る顔に優しい笑みを浮かべて早苗は論するように箒に語りかける。

それに対し、箒は早苗から顔を背けて身体を奮わせる。

 

「…う……ぅぅっ…………!

(敵わない……コイツには、コイツらには…………とても、敵わない)」

 

 

 篠ノ之箒――――完全敗北

 




次回予告

第一試合は早苗の勝利で終わった。

続く第二試合・セシリアVS文。
圧倒的なスピードを持つ文はセシリアにとって相性の悪い相手だ。

そんな中でセシリアの取る手段は…………?

次回『風向きを読め!!』

セシリア「相性が悪い……上等ですわ!」



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幕間 マイナスからゼロへ

「痛つつ……痛くない訳、無いのよね結局……」

 

「早苗姉ちゃん、大丈夫か?」

 

 エキシビションマッチ第一試合終了直後、控え室に戻ってきた早苗は今までの平然としていた表情を一気に崩し、涙目になって殴られた頬を押さえる。

試合での殴り合いでは平気なふりをしていたが、実を言えば殆どやせ我慢だったのだ。

 

「大丈夫じゃないから優しく抱きしめt「「じゃあさっさと治療してきなさい」」…………チッ」

 

 ドサクサ紛れに抜け駆けしようとする早苗だったが、咲夜と妖夢はそうはさせまいと早苗の肩をがっしりと掴んで阻止する。

 

「ま、まぁ色々とありがとう。嫌な役やってもらって……。

あとは、俺がしっかりやるよ。アイツがああなったのは、俺の責任でもあるから」

 

 やや引きながらも一夏は早苗にしっかりと礼を告げ、Bピットへ運ばれる箒の姿をモニター越しに見つめた。

 

 

 

 

 

 第一試合を終え、会場は第二試合開始の時を今か今かと待ち侘び、観客達が沸き立つ中、箒は医務室のベッドで蹲っていた。

 

『一夏君を言い訳にしないで!!

二言目には一夏一夏って、一夏君の名前を出せば免罪符になるとでも思ってるの?

人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ!!』

 

『アナタはただ一夏君の気を引くためだけに自分の命も他人の命も軽く扱っただけじゃないの!!』

 

『周りの事を考えないで他人を巻き込んで傷付けて、自分のやった事にはまるで無自覚。

そういう自分勝手な所、そっくりよ。…………アナタの姉、篠ノ之束にね!』

 

「やめろ……もう、嫌だ……!」

 

 頭蓋に反響する先の試合での早苗からの罵倒と糾弾。

悔しかった……あれだけボロクソに言われても一矢すら報いる事が出来なかった事が。

憎かった……心のどこかでそれに納得し、何一つまともに言い返せなかった自分が。

 

「私は、どこで間違えたんだ?」

 

 思えば数年前、一夏が誘拐された末に死亡認定された日からIS学園に入学するまでの間、自分には絶望しか無かった。

要人保護プログラムで家族と引き離され、孤独な日々を送る中で数少ない希望であった一夏。

彼との思い出は箒にとって糧の一つだった。

元々不器用だった箒はどこに転校しても友人を作る事が出来ず、日に日に孤独感が強くなっていくのが自分でも実感できた。

そんな箒にとって一夏(との思い出)への依存が強くなるのはある種の必然だったのかもしれない。

……それなのに一夏は誘拐されて行方不明となり、無情にも最大の糧は現実によって容赦無く奪われた。

それ以降、箒の内面はより一層荒れた。

やり場の無い怒りと苛立ちは常に消える事が無く、長年続けていた剣道もいつしかそれを発散させる手段になるまで落ちぶれてしまった。

それが周囲の人間をより遠ざけたのは言うまでもない。

 

同情してくれた政府の役員や学校の教師は「一夏の事は忘れた方が良い」「新しい生き方を見つけなさい」と言ってくれたが、箒には到底受け入れられない。

それ程までに一夏への依存度は高くなっていたのだ。

 

 しかし、そんな中一夏が生きていてIS学園に入学するというニュースを聞き、箒は歓喜した。

一夏と再会出来る、彼との時間を取り戻す事だって出来るのだと、そう思っていた。

 

だが、6年という空白の時間は余りにも長かった。

箒の知らぬ間に一夏は大きく成長を遂げていた。

幼き日の優しさに戦う者としての厳しさが加わり、視野は大きく広まり、それに比例するように逞しくなっていた。

かつて少年だった頃の一夏は最早存在しない。

箒が出会ったのは少年から男へと変わった一夏だった。

 

それ故、6年前から心が子供のまま時間が止まってしまった箒には現在(いま)の一夏を受け入れる事が出来なかった……それが今の箒を形作った経緯だ。

 

 

 

「箒、いるか?」

 

「っ……い、一夏!?」

 

 箒がジレンマに頭を抱える中、訪れる一人の来客

箒は焦って一夏が来るであろう方向に背を向ける。よりによって一番会いたくない時にやって来るとは……。

早苗と戦う前の自分なら「やはり一夏は自分に未練があるのだろう」と歓喜しただろうが早苗から指摘を受けて頭を(強制的に)冷やした今、そんな自信過剰も甚だしい事は考えられない。

 

「…………何をしに来た?無様な私を笑いにでも来たのか」

 

「何言ってんだ、そんな趣味ねぇよ。

ただ、お前と腹割って話がしたいと思ってな……」

 

 一夏の言葉に箒は思わず振り向きそうになるがそれを抑える。

今の自分の顔を見られたくないのもあるが、一夏を見るとまた自分は暴走してしまうのではないかという恐れが箒の中にあった。

 

「今更、話をして何になると言うんだ?

お前を変わってしまったと連呼して、お前の為と称しながら邪魔や文句を垂れる事だけしかしなかった滑稽な私に……」

 

「そうやって振り返ることが出来ただけ前進したと思うけどな」

 

 自嘲する箒に返しながら、一夏はベッドの傍に椅子を移動させ、そこに座る。

 

「私は、お前に変わって欲しくなかった。……ずっと昔のままでいて欲しかった。

それは……そう思うのは、そんなにいけない事なのか?」

 

 震えた声で問いかける箒を一夏は真剣な表情と視線で見詰め、やがて静かに口を開いた。

 

「いけないって事はないと思うけど、人間変わらずにいる事は出来ないんだ。

……俺やお前がそうだった様にな」

 

「…………」

 

「俺さ、一度記憶喪失になって(神隠しに遭って)何もかも失ったも同然だった時、魔理沙や他の皆に支えられて、鍛えられて、千冬姉とは違う自分だけの力を得た時、凄く誇らしかった。

真似事なんかじゃない、本当の力を持つ事が出来たんだって……その誇りをくれた河城重工の皆には、感謝してもし足りない。

だから、俺はもう、昔の俺に戻る事は出来ないんだ」

 

 一夏の言葉に箒は目から流れる涙の量が増えるのを感じる。

自分が一夏に望んでいた事は全て無意味で無駄だった事を宣告されたも同然だった。

 

しかし、不思議と抵抗感は抱かなかった。

早苗からの喝で自分自身も変わってしまった事を理解させられた今、そんな気になれなかった。

 

「箒、ゴメン。

俺、早苗姉ちゃんから指摘されるまで、お前の気持ちにまるで気付かなかった。

お前が俺の事でそこまで思い詰めていただなんて……本当に、ゴメン」

 

 自分の偽らざる本音を伝え、一夏は箒に深く頭を下げる。

 

「私の気持ちを知ったのなら、私じゃ……ダメなのか?

お前が付き合っていると言う女は、そんなに良いのか?」

 

 箒の声は徐々に絞り出すようなものになっていく。

箒にとってはある意味これが最後の希望だった。

いや、仮にダメだったとしても、ここで事実を全てハッキリさせておきたかった。

これ以上話が拗れると、自分はきっとまた周りが見えなくなってしまう。

ならば、想いを抱き続けるにせよ、断ち切るにせよ、一夏の心をしっかりと知っておきたかった。

 

「……俺にとっては、最高の女(ひと)だ。いつかは子供作って、所帯を持つ事も考えてる」

 

「そうか……」

 

 覚悟はしていたがやはり悲しみが込み上げる。

そして、それと同時に大きな敗北感と納得を感じた。

あれ程鈍感だった一夏にココまで言わせるほど思われている相手……今までの、そして今の自分では決してたどり着けない領域だった。

 

「……お前の気持ちは解った

悪いが、ココから出ていってくれ。暫く一人になりたいんだ」

 

「……分かった」

 

 一夏の顔を見ないまま、箒はそう告げる。

一夏はそれに従い、静かに立ち上がって保健室の扉まで足を進める。

 

 

 

「…………一夏!」

 

 一夏が扉に手を掛けた時、不意に箒は一夏を呼び止め、一夏は足を止める。

振り返った視線の先にいた箒は、真っ直ぐに涙の残る目で自分を見詰めていた。

 

「…………すまなかった。

お前の心を無視して、勝手な事ばかりして……私が、馬鹿だった」

 

「……俺の方こそ、悪かった。

箒の気持ちに気付かないで、傷付けちまった」

 

 箒からの謝罪の言葉に、一夏もまた謝罪で返す。

 

「私、皆に謝って、やり直すから……だから、いつかまた、友達に……戻ってくれ」

 

「……何言ってんだ、元から友達だろ?」

 

 箒の言葉に一夏は笑顔を浮かべ、保健室を後にしていった。

 

それは、今までマイナスだった2人の関係は、漸くゼロに戻った瞬間だった。

 

 

 




出来るだけ相互理解にしようと思ったが、
弱った所に優しい逃げ道を用意して……分かりやすい落とし方だなぁw

でも、まだ箒関連のイベントは拗れますけどね。

だって天災がいるし。


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風向きを読め!!

 第1試合の早苗と箒の戦いが大盛況で終わり、続く第2試合・セシリアVS文の対戦カードはいよいよ幕開け間近となり、セシリアは自分と同じく試合を控えている弾、簪、鈴音と共にAピットで試合に備えていた。

 

『試合開始まであと5分です。選手両名は、至急出撃準備を』

 

「いよいよ、ですわね」

 

「セシリア」

 

 出撃準備に入るセシリアに、不意に鈴音は呼び止めた。

 

「何か?」

 

「解ってるだろうけど、文さんのスピードはとにかく速い。

それでいてあの人は今まで殆ど手の内を明かしていない。たぶん、射撃型のアンタじゃ私達の中で一番文さんと相性が悪いわよ。大丈夫なの?」

 

「承知の上ですわ。

寧ろ相性が悪いからこそ、そんな相手にどこまで自分が通用するか解ると言うもの……それはココにいる皆さんにも言える事ではないのですか?」

 

 鈴音の言葉にセシリアは挑戦的な笑みを浮かべながら答え、その答えに鈴音達も同じ様に笑う。

 

「確かに、ね……」

 

「今の私達じゃ、まだあの人達には遠く及ばない。それは解ってるけど……」

 

「自分よりもずっと格上に挑みもせずに強くなれる訳ないからな。

だったら、勝ち目が無くても喰らいつける所まで喰らいついてやるぜ!!」

 

 底の知れない河城重工の面々の強さだが、少なくとも今の国家代表を相手にしても圧勝できる程の強さがあるのは間違いない。

そんな者達を目標に特訓を続けた自分達の力を試すまたとない機会……相性云々など関係ない。全力を持ってぶつかり、自分の力を試すのみだ。

 

「相性が悪い……上等ですわ!

Go for broke(当たって砕けろ)の精神で一矢でも二矢でも報いて見せますわ!!」

 

「それ良いかも。今の私達にピッタリ」

 

「ああ、格上相手にするんならこれほど似合う言葉は無いぜ!!」

 

 軽口を叩きつつ、4人はそれぞれ戦意を高めていく。

そして……。

 

『試合開始1分前です。両選手、出撃願います』

 

「では……行ってきますわ」

 

 いよいよ出撃の時となり、曇り無き瞳を携えながらセシリアはアリーナへと出撃したのだった。

 

 

 

 

 

 

「あやや、ちょうどタイミングぴったりですね」

 

「ええ。今回はよろしくお願いします」

 

 セシリアとほぼ同時に専用機『迦楼羅(かるら)』を纏った文もアリーナへ入ってくる。

 

「まさか、私を指名してくるとは思いませんでしたよ。

ほら、私って一夏さん達と比べて目立った活躍とかしてませんし」

 

「ですが、一夏さん達からアナタの強さについてはお聞きしていますわ。

河城重工で最速のスピードを持つというアナタに私の射撃がどこまで通じるか、確かめさせてもらいますわ!」

 

『試合開始!!』

 

 セシリアがライフルを展開し、構えた直後に試合開始の合図が鳴り響き、それと同時にセシリアは先手必勝とばかりにライフルの引き金を引いた。

 

「あぐっ!?」

 

 だが、苦悶の声を上げたのは文ではなくセシリアだった。

殆ど一瞬の出来事で見ていた観客達はおろか、セシリア当人にさえも何が起きたか理解できない。

 

(一体何が?射命丸さんがレーザーを上空に避けたと同時に、何か腕を振るって……)

 

「私から易々と先手を取れるなんて、思わない事です!!」

 

 上空から顔に好戦的な笑みを浮かべた文が再び腕を振るう。

 

(!?……いけない!)

 

 直感で何かの危機を感じ取り、セシリアはすぐさまその場を離れる。

衝撃音と共に地面に粉塵と共に斬り傷が生まれたのはその直後だった。

 

「あややや……流石に2発連続ヒットとはいきませんでしたか」

 

(これは……衝撃砲に近い斬撃?)

 

 文の攻撃に冷や汗を流しつつセシリアは、文がその手に持っている武器を見る。

特殊鉄扇『八ツ手ノ葉』……文を始めとした烏天狗が普段から使っている紅葉型の団扇をモデルに作られた特殊鉄扇であり、近接武器としてだけでなく、振るうことで真空の刃を飛ばす事が出来る、甲龍の龍咆と白楼観の白楼弐型を足し併せた様な武装だ。

 

「まだまだ行きますよ!」

 

「クッ!ならば私も……っ!?」

 

 続けざまに繰り出される真空の刃。当然セシリアは態々それを喰らおうとは思わず、即座に回避行動を取りつつ、自らもライフルで応戦するが……。

 

「い、いない?」

 

「こっちです!」

 

「え?……キャアア!!」

 

 狙いを定めようとライフルを向けた筈が文の声は背後から聞こえ、続けざまに風の一撃がセシリアを襲う。

 

(は、速い……)

 

 文の超高速とも言えるそのスピードにセシリアは戦慄する。

ハイパーセンサーを使ってやっと見える……あくまでも見えるだけだ。

とても普通の感覚や肉眼で捉えられるというレベルのそのスピードである。

これで戦慄しないのであれば余程の強者か馬鹿のどちらかだ。

 

「私のスピードに点で攻める狙撃は、相性悪いですよ。アナタが思っているよりずっとね!」

 

「がっ、グッ……うぐぁ!!」

 

 続けざまに繰り出される風の刃と鉄扇による直接攻撃。

まさに徹底した中距離とヒット&アウェイに、ブルーティアーズのシールドエネルギーは試合開始僅かにも拘らず3割近く減少してしまう。

 

「こ、このままじゃ、完封負けより無残な事に……だったら、出し惜しみなんてしませんわ!!」

 

 相手との実力・相性の差を早い段階で察し、セシリアはアリーナの角へと移動してビットを展開する。

 

「その戦法は……美鈴さんの?」

 

「ええ!これなら多少は攻撃の方向も読みやすくなるというものですわ!!」

 

 美鈴がアリスとの戦いで見せた戦法を見様見真似で再現したセシリアは再び攻撃を再開。

 

「あややや、やりますね。良い戦略のチョイスです。

でも、こっちは根競べをする気は無いんですよ」

 

 セシリアの行動に感心を見せつつ、文は八ツ手ノ葉を格納して新たな巨大な手裏剣状の武装を展開し、それをセシリア目掛けて投擲する。

 

「それっ!」

 

(この状況で投擲武装なんて、何をする気ですの?とにかく攻撃は回避しなければ……!?)

 

 飛んで来る手裏剣に身構えるセシリアは一瞬驚いて眼を見開く。

手裏剣は突然軌道を変え、地面を這うように飛んできたのだ。

 

「ッ!」

 

 思わぬフェイントに面食らいはしたものの、セシリアとてそれで呆ける様な馬鹿ではない。 

当然ながら跳躍してそれを躱すが……。

 

「かかりましたね!」

 

「え?……キャアアアアアッッ!!?」

 

 セシリアが疑問を挿む間も無く突如真下から凄まじい程の風が音を立てて舞い上がる。

その風圧に耐え切れず、セシリアは上空に成す術無く強制的に上昇させられる。それも、ISを身に纏っているにも拘らずだ

これこそが文が展開した武装、超高風圧竜巻発生機『トルネードホールド』の真価だ。

 

「う、動けない……」

 

 そして一度その竜巻に捕らえられれば身動きは取れなくなり、ただ天井に押し付けられるか、文からの追撃を待つだけとなり……。

 

「せーーーのぉ!!」

 

「キャアアアアアッッ……ガハァッ!!」

 

 竜巻に囚われ、乱回転するセシリアのボディに文の踵落としが炸裂し、竜巻が消失する。

自身の身体を浮かせていた竜巻が無くなった事で文の踵落としの衝撃が一気に掛かり、セシリアは地面へまっさかさまに落ち、強かに叩きつけられてしまった。

「うぐ……ぁ……」

 

 強い……強すぎる。

相性一つ悪いだけでココまで手も足も出ないだなんて……僅かな自信もあっという間にぶち壊してくれたものだ。

しかし、だからといってココで何も出来ずに終わればそれこそかつての咲夜戦の二の舞……セシリアにとってあの戦いは自分を変えるきっかけになった戦いであると同時に、最大の恥でもある。

 

「このまま、終われるものですか……!!」

 

 その恥を再現することだけは我慢できない。

残りシールドエネルギーが3割半を切ろうともセシリアは諦めるつもりは毛頭無かった。

 

(戦いの鉄則その10『勝つ為にはあらゆる手段・戦法を考えろ!!』

考えを放棄すればそれでもう終わり!ならば最後の一瞬まで考えるべき!!

何か……何か手を!!点で攻めるライフルではあの身軽さを持つ射命丸さん相手に当たる可能性は皆無!かと言ってビットでは私が無防備に……。

クッ!同時操作出来ない弱点がココで仇になるなんて……せめてショットガンか追加砲台のような武装があれば…………ん?)

 

 猛スピードで脳内で策を練るセシリアだが、突如としてそれをストップする。

自分の考えの中に大きなヒントがあったように感じたのだ。

 

(砲台……同時操作……こ、これなら出来るかも!そしてあの身軽さなら逆に言えば!!)

 

 天啓の如く閃いた策にセシリアは笑みを浮かべそうになるのを抑える。

ほんの少しでも文に強く油断させるために。

 

「完封で悪いですけど、トドメ行きますよぉ!!」

 

「!!」

 

 フィニッシュを極めるべく突っ込んでくる文を見据え、セシリアはライフル、そしてビットを自身の周囲に展開する。

彼女の策はぶっつけ本番の賭けだが、それで尻込みする様なセシリアではない。

 

「どの道勝てなくて当然。……ならば、どんな賭けでもやってみせるのみ!

やってみせますわ!Go For Broke(当たって砕けろ)!!」

 

 出撃前に言った意気込みで自分を鼓舞し、セシリアは文からの一撃を回避し、集中力を最大限発揮し、ライフルとビットを同時に操作してレーザーを広範囲に発射してみせた!!

 

「え!?何で同時に……うわっ!!」

 

 セシリアはビットと本体の同時操作が出来ない筈……その考えが根付いていた文にとってセシリアの行動は余りにも予想外過ぎた。

それ故、文の反応は一瞬遅れ、レーザーの命中を許してしまった。

 

「で、出来ましたわ!!」

 

 初の並列操作の成功にセシリアは歓喜の表情を浮かべる。

セシリアは自身の周囲に限定してビットを取り囲むように展開・配置し、それを移動式の固定砲台代わりにするという方法で、簡易ではあるが並列操作を実現させたのだ。

当然まだ操作に慣れていない以上、偏向射撃は使えなくなったが、そこは使い分ければ言いだけの話。

即ちセシリアは、自身の弱点を僅かにではあるが改善することに成功したのである。

 

「そろそろ眼と勘も慣れる頃……これで、まだまだやれますわ!!」

 

 遂に見つけた反撃の一手にセシリアは威勢良く空中を飛び回りながらレーザーを散弾銃のようにばら撒くが……。

 

「同じ轍は、二度も踏みませんよ!!」

 

 だが文も負けじと三つ目の武装を展開する。

黒い鳥を象った戦闘支援ユニット『子鴉』が文の周囲を高速で飛び回り、気流を発生させ、風の壁を生み出した。

 

「っ……レーザーが!?」

 

 気圧変化によってレーザーの軌道が変わり、無力化してしまう。

風のバリアによって守られている迦楼羅は、ブルーティアーズとの相性をと余計最悪にしていると言っても過言ではない。

 

「ですが、それぐらい許容範囲!!」

 

 ココでセシリアは新たな策を発動。

文目掛けてミサイルを発射し、使用する武器をライフルだけに絞り、狙いをより鮮明にする。

 

「目には目を!風には、風ですわ!!」

 

 そして放たれたレーザーは子鴉の風に巻き込まれかけているミサイルを撃ち、爆発させた。

 

「わわっ!……しまっ、わーーーっ!?」

 

 爆風にあおられ、文の迦楼羅はややオーバーリアクション気味にバランスを崩してしまった。

 

(やはり思った通り!あれだけ身軽なら機体そのものは非常に軽量。

ならば吹き飛ばされやすい筈!!そして……)

 

 バランスを崩す文目掛け、セシリアは突撃。

そのまま文の腕を取り、アームロックを掛けた!!

 

「アガガガ!!ちょっ、アナタまでアームロックって!?コレ流行ってたりしてるんですか!?」

 

「軽量故にパワーはやはり低い!これで……さっきの、お返しですわ!!」

 

「うぎゃっ!!」

 

 文の腕を極め、そのままセシリアはアリーナを覆うバリア壁まで全速力で接近し、そして……一気に壁に叩きつけた!!

 

「もう一発!」

 

「ググ……だから、同じ轍は」

 

 再びアームロックを極めるセシリアに、文は目付きを鋭くし、腕に力を込める。

 

「二度も踏みませんってば!!」

 

 直後に『ゴキッ』という嫌な音がセシリアの耳に響いた。

 

「え!?お、折れ……」

 

「関節外した、だけですよ!!」

 

 関節が外れる音に驚くセシリアに、ニヤリと笑って文は無理矢理アームロックを振り解く。

 

「ああっ!さ、させな……ブッ!!」

 

 慌てて再び文の腕を掴もうとするセシリアだが子鴉がセシリアの顔面に体当たりを喰らわせ、それを阻止し、更に文がキックを叩き込み、セシリアの身体を引き離す。

 

「ぐぁぁっ!」

 

「今度こそ、トドメぇ!!」

 

「ウアアァァッッ!!」

 

 そして、その隙を突き、再び繰り出されるトルネードホールドによる拘束。そしてその次に来るのは……。

 

「ラストォォォォッ!!!!」

 

「カハァッ!!」

 

 抵抗する間も無く再びセシリアは地面に叩きつけられる。

言うまでも無くブルーティアーズのシールドエネルギーは底を突き、勝敗は決した。

 

『試合終了―――――勝者・射命丸文』

 

 機械音声が文の勝利を告げ、例によって開場は大歓声に包まれる。

今回は勝利した文だけでなく、土壇場で追い上げたセシリアすらも称える声が上がっている。

 

(追い詰められるほどに強くなる……これだから、人間って馬鹿に出来ないのよねぇ。

その分、興味も尽きないわ)

 

 文もまたセシリアの健闘に素直に感服していた。

知能の低い下級妖怪は短命の人間を見下しがちだが、頭の良い妖怪ほど逆に人間の脅威というものを良く理解している。

短命ゆえに限られた生の中であらゆる知識・策を巡らせ、結果の出る努力をする人間は妖怪への様々な対抗手段を見出しているのだ。

セシリアにしても、ISという土台での戦いでは自分達に勝利する事は決して夢ではない……文は何となくではあるがそう思ったのだった。

 




次回予告

 エキシビションマッチ第3試合・鈴音VS妖夢。
美鈴直伝の心山拳で挑む鈴音は、妖夢の剣術にどこまで通用するのか?
そして、そんな中で美鈴は、自分も知らない鈴音と自分の繋がりを見る。

次回『面影』

美鈴「あ、あの動き……まさか!?」




IS紹介

迦楼羅
パワー・E
スピード・A
装甲・D
反応速度・A
攻撃範囲・B
射程距離・C

パイロット・射命丸文

武装
超高風圧竜巻発生機『トルネードホールド』
大型手裏剣状の武装。
高速で打ち出して竜巻を発生させて敵を拘束する。

投擲特殊鉄扇『八ツ手ノ葉』
紅葉型の団扇をモデルに作られた特殊鉄扇。
近接武器としてだけでなく、振るうことで真空の刃を飛して攻撃出来る。

戦闘支援ユニット『子鴉』
鳥の形をした2機に支援兵器。
迦楼羅の周囲を旋回しながら追従し、高速飛行で気流を発生させて風の障壁を生み出す。
これにより大半の実弾は防がれ、光の屈折でステルスや光学兵器を無力化できる。

文専用機。
スピード重視の機体。現状では最速のISである。
文の動体視力をフルに活用できるように設計され、風を用いた攻撃と防御を得意とする。
しかし、軽量故にパワーはダンシングドールと同レベルに低く、組み付かれるとパワー負けしてしまう。




おまけ ISキャラの現在までの戦績 その1

一夏 10勝0敗1分1無効 勝率83%
やはり主人公だけあってほぼ勝ってる。

千冬 4勝2敗 勝率67%
一夏戦・鈴仙戦と、どちらかといえば序盤の黒星の戦いが印象に残りやすいが、勝率自体は低くない。
同格以上の相手では、エリザ・白蓮に勝利している。
(ただし、白蓮戦は早苗とのタッグ)

セシリア 1勝4敗1分 勝率17%
戦闘では実力者と対戦することが多いため、クラス代表決定戦以降は、『善戦虚しく敗れる』というパターンが多い。



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面影

「あぎぎぎ……痛っ〜〜〜〜!ちょっと椛、もう少し優しくやってよぉ!」

 

「関節戻すのに優しいも何も無いでしょう。第一私はまだ左腕しか使えないんです、よっ!」

 

「うぎぃぃぃっ!!」

 

「はい、治りましたよ」

 

「あ、アンタねぇ……他人事だと思って、そんな涼しい顔して……」

 

「そりゃそうですよ。他人事ですもん」

 

 河城重工側の控え室にて、先の戦いで肩の関節を外してセシリアのアームロックから逃れるという荒業をやってのけた文は、椛に手伝ってもらいながら肩の関節を元に戻していた。

悲鳴を上げて関節を治し、涙目になりながら肩を押さえる姿は先の対戦での凛々しさとは真逆だが……。

余談ではあるが椛の右腕はあと10日程で完治する予定である。

ついでに、本作において椛は両利きである。

 

「慣れない事するからそうなるんですよ。

何年ぶりですか?関節外しなんてやったの」

 

「ざっと、500年ぶりかしら?

しょうがないでしょ。ああでもしないとまだ粘られそうだったのよ」

 

 椛の呆れを含んだ指摘に文は唇を尖らせる。

実際、関節外しで動揺を誘っていなければ試合はもう少し長引いていただろう。

 

「相性が良い私がこれじゃ、他の皆も苦労するわね。さっそく新聞部の取材の準備を……」

 

「……これ以上は手伝いませんよ」

 

 どんな目に遭おうとも変わらぬ文に、椛は溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

『さぁ、エキシビションマッチ中堅戦。

対戦カードは、中国代表候補・鳳鈴音VS河城重工の誇る剣客・魂魄妖夢だぁーーーー!!』

 

 スピーカー越しに聞こえる実況の大声に、先の対戦での興奮の残る観客達は待ってましたとばかりに歓声を上げる。

各国や各企業の重役達も一瞬一秒たりとも目を離さぬようにアリーナを凝視している。

 

(剣で戦えば即アウト。かと言って衝撃砲だけじゃ心許ないし……。どうやって相手の武器を封じるかが鍵ね)

 

(美鈴さん直伝の拳法か……。距離の取り方が重要になるわね。

近付けば有利だけど、近付きすぎて懐に入られると逆に不利……案外やり辛くなりそう)

 

両者共に睨み合いながら、脳内でそれぞれ戦法を確立させる。

ピリピリとした空気を醸し出す中、試合開始時刻は残り十秒を切った。

 

「全力で行くわよ……」

 

「望む所です」

 

 鈴音と妖夢……それぞれが挑発的な言葉を掛け合う。

それと試合開始の合図が響いたのはほぼ同時だった。

 

『試合開始!!』

 

 

 

 

「《シマリス脚!》」

 

 開始早々に先手を取ったのは鈴音。

先の簪との対戦で見せた高速の跳び蹴りで妖夢を強襲する。

 

「甘『……と、見せかけて』……えっ!?」

 

 これを難なく回避しようとする妖夢だが、直後に出た鈴音の言葉と行動に虚を突かれ、動きが一瞬鈍ってしまい、そこを鈴音は狙った。

 

「《山猿拳!》」

 

「グッ……このっ!!」

 

 跳び蹴りから体勢を変え、真横に避けた妖夢目掛け繰り出される拳撃。

何とか反応して防御し、反撃に転じようとする妖夢だが、鈴音は攻撃の反動を活かして後方へ飛び退き、これを回避して見せた。

 

「まだまだ、もう一発!!」

 

「やらせない……!」

 

 続けて龍咆を展開して衝撃砲を発射して追い討ちをかけようとする鈴音。

だが、これを易々と喰らうような妖夢ではなかった。

衝撃砲が発射される前に跳び上がり、俊足とも言える速度を以って鈴音との距離を詰め、白楼弐型による斬撃を叩き込んだ。

 

「あぐぅっ!!……は、速い」

 

「魂魄流・燕返し……地上で私相手にちょっとやそっとの間合いは、意味ありませんよ」

 

「クッ!言ってくれるじゃない、のっ!!」

 

 改めて衝撃砲を発射する鈴音。

当然これは避けられるが、再び距離を開く事に成功し、鈴音はそこから更に距離を開け、今度は燕返しでも届かない距離まで下がった。

 

「仕切りなおしよ。次は今みたいにはならないんだから!」

 

「こちらも同じ手は通じませんよ」

 

 お互いに闘志を燃やし、再び構えなおす二人。

ここまでは所詮小手調べ。本当の戦いはここからである……。

 

「一気に行くわよ!ダァァァーーーーッ!!」

 

 気合の叫びと共に鈴音は妖夢目掛けて一気呵成に攻め込む。

元々血気盛んな鈴音にとって、箒との戦いで見せた搦め手はあくまでも格下を相手にした時に使える遊び技術程度の域を出ない。

つまり鈴音にとっては、疾風怒濤の攻めこそが自分の本領が発揮される時なのだ。

 

「《百里道一歩脚!!》」

 

「これは…!?」

 

 そして繰り出される蹴りの連打に妖夢はそれを回避し続けると同時に戦慄を覚える。

鈴音はただ蹴りを乱射している訳ではない。全ての蹴りで妖夢の顎、鳩尾、人中など、人間の持つ急所を的確に狙っているのだ。

 

(シールドや絶対防御があっても動かすのは所詮人間。

急所に衝撃を受ければ動きは必ず鈍り、麻痺する。でも……)

 

 顎下目掛けて繰り出される鈴音の脚。しかし、それを妖夢は剣を一度手放し、その手で受け止め、掴み取った。

 

「っ!?」

 

「狙いが正確な分、動きも読みやすい!」

 

「うわぁぁっ、ふぎゃっ!!」

 

 甲龍の脚部を掴み取った手に力を込め、そこを軸に回転し、鈴音を地面に叩きつける。

プロレスなどで使用される投げ技、ドラゴンスクリューだ。

 

「ぬぐぐ……まだまだぁ!!」

 

「上等です……!」

 

 しかし鈴音の闘志は衰えることを知らずに燃え続け、再び立ち上がって身構える。

そんな彼女に触発されたのか、妖夢は口元に浮かぶ笑みを隠せなかった。

 

「ちょっと早いけど、見せてやるわ!今日のために作っておいた私の新技を!!」

 

 再び妖夢との距離を取り、鈴音は脚に力を込め、全身系を集中させる。

今から出す技は美鈴も知らない、密かに特訓して作ったまだ名前も無い新技だ。

 

「行くわよ……!

ハアァァァァァァァァッ!!!!」

 

 ISのパワーを活かして鈴音は飛び上がり、妖夢との距離を詰めにかかる。

そして彼女の周囲を旋回しながら急降下キックを繰り出した!

 

「この程度で!」

 

 しかし、その一撃は妖夢の持つ楼観弐型を盾代わりに使って防御する。

 

「アンタを倒せるなんて思ってないわよ。だけどねぇ……」

 

 不敵に笑みを浮かべ、鈴音は妖夢からまたしても距離を取り、再び飛び上がっての旋回キックを繰り出す。

 

「クッ!」

 

「一撃だけじゃ軽くても何度も繰り返せば!!」

 

「ググッ(……こ、これは、まずい!)」

 

 幾度も繰り返される鈴音の旋回蹴りに、妖夢は内心臍を噛む。

鈴音は連続して繰り出す蹴りを全て妖夢の持つ楼観弐型に打ち込んでる。

これを繰り返されれば如何に妖夢と言えど腕に疲労が溜まり、いずれ防御が崩れる。

仮に反撃しようとも小型の白楼観ではリーチ差が仇になるのは明らかだ。

 

「ならば!」

 

 判断を切り替え、妖夢は自分と距離を開けようとする鈴音を追い掛けるように自らも飛び上がった。

 

「!!」

 

「攻撃前から接近すれば『かかったわね!』な!?」

 

「《龍虎両破腕!》」

 

眼前に迫る妖夢の姿に鈴音は笑みを浮かべながら妖夢の肩目掛け拳を突き出した!

 

「グアァァッ!!う、腕が……」

 

鈴音からの思わぬ一撃に妖夢の両腕は力なくダラリと下がる。

肩の関節に強い衝撃を受けて腕が一時的に麻痺したのだ。

 

「イケる!これでぇぇ!!」

 

千載一遇のチャンスに鈴音は双天牙月を展開して大きく振りかぶるが……。

 

「腕が、無くとも……」

 

だが妖夢の顔に焦燥は無い。

鈴音が刀を降り下ろすよりも先に身を屈め、鈴音目掛けて踏み込み……

 

「足と、口がある!!」

 

「え!?うわっ!!」

 

なんと口に楼観弐型を銜え、鈴音の手元に一撃を加えたのだ。

その衝撃はさほど大きいものではないが、鈴音が双天牙月を落としてしまうには十分なものだった。

 

「あ……しまっ」

 

「取ったぁ!」

 

「あぐっ!」

 

鈴音に生じた一瞬の隙を突いた妖夢は、鈴音の身体に蹴りを打ち込み、彼女を後方へ弾き飛ばす。

そして腕の痺れが治まり始めたのを確認し、再び白楼弐型を握って構え、上空高く上昇し、そのまま一気に鈴音目掛けて落下していった!

 

「《魂魄流・竜角落としぃ!!》」

 

「クガァッ!!」

 

妖夢の剣技による破壊力に落下スピードが加わった斧のような衝撃。

その直撃を受け、そのまま地面へ落下し、激突する鈴音、そして甲龍。そして……

 

『試合終了―――――勝者・魂魄妖夢』

 

甲龍のシールドエネルギーが底をつき、勝敗は決したのだった。

 

「ハァ、やっぱ強すぎよ。

いや、それ以上に私って詰めが甘いわ」

 

「自分で気付いた欠点なら十分直せますよ」

 

気落ち気味に呟いて立ち上がる鈴音に手を貸しながら妖夢は賞賛の言葉を送る。

 

(私もまだまだ精進が必要……それがよく解りました。

鈴さん、アナタに感謝します)

 

そして妖夢もまた自分を見詰め直し、今後更なる精進を決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの動き……まさか!?…………水鳥、脚?」

 

試合を観戦しながら美鈴は僅かに身体を震わせていた。

鈴音が見せた連続旋回蹴り……その動きに美鈴は既視感が、もっと言うなら鈴音の動きに似た心山拳の技『水鳥脚』を美鈴は習得していた。

だが、あり得ない。水鳥脚はまだ鈴音に教えてないし、自分も学園に入ってからまだ一度も使用していない技の筈だ。

 

「お師匠様……」

 

無意識の内に美鈴はそう呟いた。

美鈴は確かに見た。鈴音が見せたその姿に……自らの敬愛する師、レイ・クウゴの面影を……

 

 

 

 

 




次回予告

エキシビションマッチも残す所あと2戦。
副将戦は弾vs美鈴。

美鈴に想いを寄せる弾の魂の叫びは美鈴に届くのか?


次回『燃えろ弾!男の底力!!』

弾「負け、ねぇ……負け、られるかよ……」


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燃えろ弾!男の底力!!

今更ですがあけましておめでとうございます。

今年初の投稿です。


 

「アームロックは手技へのカウンターアンクルホールドとドラゴンスクリューは相手の足技の種類に合わせて使い分ける懐に入られたら上手く距離を取る但し絶対慌てたらダメ…………」

 

 中堅戦が終わり、エキシビションマッチも後半を迎え、副将戦を間近に迎える中、弾は一心不乱に今まで教わってきた技の掛け方や対処法などを呟き続けている。

その表情はやや緊張気味だ。

 

「弾さん……緊張するのは解りますけど、句読点が無くなってますわよ」

 

「す、スマン……分かっちゃいるんだけどな」

 

「まぁ、気持ちは解るよ(私だって魔理沙が相手だったら……)」

 

 やはり意中の相手、しかもデートが懸かった試合ともなれば緊張してしまう。

残り後2分という状況で、弾は何とか落ち着きを取り戻そうと思考を巡らせる。

 

(こ、こういう時は……そうだ!勇儀姐さんと萃香さんから受けた特訓を思い出すんだ)

 

 

 

 

 

『ホラホラァ!もっと速く避けないと大怪我しちゃうよぉ~~!!』

 

『うわぁぁぁ!!な、何で瓢箪なんかでコンクリートの床をぶち割れるんだよぉーーーー!?』

 

 萃香の瓢箪という名のハンマー攻撃を必死に避け続け……。

 

 

『ぐへぁぁっ!!!!』

 

『おいおい、この程度で気絶しちゃ、専用機なんて夢のまた夢だぞ』

 

 勇儀の怪力で叩きのめされ……。

 

 

『何だよその蹴りは?まるで腰が入ってないじゃん。ついでに身体も軽すぎるよ!』

 

『のわぁ~~~~~!!』

 

 萃香にジャイアントスイングで投げ飛ばされ……。

 

 

『101…102…103…104……グァッ…………も、もう……限k、カハッ…………』

 

『そこのバンダナ坊主、たるんでるぞ!!』

 

『ギャヒーーーーッ!!』

 

 腕立てでへばって勇儀に蹴っ飛ばされ……。

 

 

『ほら飲んで飲んで♪』

 

『ちょっと待って!俺まだ未成年……』

 

『あぁん!私らの酒が飲めないってぇのかい!?』

 

 しまいにゃ酒飲みに付き合わされる始末……。

 

 

 

 

 

(よく生き残って合格出来たよな、俺……。やっぱ美鈴さんに惚れたのがでかいよな)

 

 涙も流れる前に蒸発してしまいそうな過酷な訓練を思い出し、それを突破するきっかけを弾は再認識する。

そして、これから行われる戦いは、その集大成なのだと弾は思う。

 

「よっしゃあ!やってやるぜぇ!!」

 

 落ち着きを取り戻した弾は両手で顔を叩いて気合を入れ、アリーナへと飛び立った。

偶然にもそれは、美鈴がアリーナに姿を現したのとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「お互い、良いタイミングですね」

 

「ああ」

 

 アリーナ中央で2人は立ち止まり、美鈴は落ち着いた様子で口を開く。

こちらも先の鈴音VS妖夢での驚きから冷め、落ち着いたようだ。

 

「最初から全力で行かせて貰うぜ!そして、絶対に俺を認めさせてやる!」

 

「ならば、私もその気で行かせて貰います!病院送りになっても恨まないでくださいよ」

 

 挑発を含んだ軽口を言い合い、両者共に身構える。

だが両者共にまだ武装は展開していない。

まるで西部劇の早撃ち勝負の様に、いつでも武器を出せるようにして相手の様子を伺っている。

 

『試合開始!!』

 

「オラァッ!」

 

「セイッ!」

 

 試合開始の合図と同時に展開されたのは、ナイトクラッシャーと極彩。

鉄球による殴打と特殊装甲による拳撃がぶつかり合い、火花が散る。

続けざまに2発目、3発目と打撃が繰り出されていくが、徐々に地力の差が出始め、弾は美鈴の勢いに押されていく。

 

(やっぱり強ぇ……パワーもスピードも俺や鈴よりずっと上だ)

 

 流石は鈴音の師匠格とでも言うべきか、全体的に鈴音の身体能力の数段上を行っている。

 

(真っ向勝負じゃ勝てねぇか……。

それがどうした!だったらそれ以外で攻めりゃ良い!!)

 

「ハァァッ!」

 

 弾の考えを余所に美鈴の蹴りは弾の脇腹を捉えてより一層鋭い蹴りを放つ。

 

「ぐっ!肉を切らせて……骨を断つ!」

 

「わわっ!?」

 

 しかし、弾は脇腹に喰らった蹴りをがっちりと抱え込んで固定し、そのまま先の試合で妖夢が見せたドラゴンスクリューを繰り出した。

 

「クッ!」

 

 しかし、その程度でダメージを受けるほど美鈴は甘くはない。

即座に両手で受身を取り、地面に叩きつけっれる衝撃を最小限に抑えた。

 

「まだまだぁ!」

 

「ウグッ……こ、これは……!?」

 

 美鈴が体勢を立て直すよりも先に、弾は掴んだ足を持ち上げて美鈴の膝から足首にかけての関節を極め、締め上げる。

やや変形型だが、IS版アンクルホールド(足固め)だ。

 

「ウググ……このっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 美鈴も負けてはいない。力任せに技を外し、逆立ち状態のまま弾の身体を足で挟み込むように掴み、勢いをつけて投げ飛ばした。

 

「チッ!まだまだぁ!!」

 

 だがしかし、投げ飛ばされても尚、弾は追撃の手を緩めない。

吹っ飛ばされながらも、可能な限り体勢を整え、ブリッツスピアのビームボウガンを展開し、美鈴目掛けて連射した。

 

(チィッ!避けきれない……ならば!!)

 

 迫るビーム刃に美鈴は僅かに舌打ちして、紅龍の爪先部分にナイフ状の刃を展開し、飛んでくるビームを全て蹴りで迎撃して見せた。

先の聖蓮船の異変の際に新たに追加されたビーム展開装置付小型ブレード『鶴足』だ。

 

「う、嘘だろ……」

 

 思わず声が漏れる。

飛んでくるビームを避けずにキックで全て相殺してしまうなど、どれほどのスピードと動体視力、そしてこちらの動きを読む洞察力を有しているというのか?

解っていたつもりだったが改めて確認させられてしまう。自分はとんでもない実力者の女に惚れてしまったという事を……。

 

(上等じゃねぇか……!

だったらそれに見合う男になりゃ良い!!)

 

 果てしない目標に弾は笑みを浮かべる。

かつて実家と決別し、何もかもを捨てて自立を目指してひたすら我が道を突っ走る弾にとっては、自分自身の価値を上げる事は絶対に避けては通れぬ道。

そんな彼に恐れるものなどは無い!

 

「これで終わりと、思うなよ!!」

 

 気合を入れ直し、弾は武装をダイブミサイルに切り替えて攻撃する。

 

「これなら蹴りで迎撃するのは無理だろ!」

 

「甘い!」

 

 弾の台詞を切り捨てるように遮り、美鈴の操る鶴足は突如として発光し、蹴りと共にビームの刃が発射され、ミサイルを迎撃し、撃ち落した。

 

「ゲゲッ!俺の槍と同じ事が……」

 

「元々同時期に開発されたものですからね!……今度はこっちの番です!」

 

 防御から攻撃に打って変わり、美鈴は空中から弾目掛けて連続蹴りによるビームの雨を降らす。

自らの得意とする弾幕を基にした技『彩雨』である。

 

「セイヤァァーーーーーッ!!」

 

「うおおぉぉっ!?ちょ、待てって……グオッ!」

 

 慌てて避けようと後退するが、密度の高い弾幕はそれを許さず、弾はクリーンヒットを許してしまう。

 

「まだまだぁ!!」

 

「だぁぁしゃらくせぇ!!どうせ避けらんねぇなら!!」

 

 続けざまに来るビームの連射に弾は思考を守りから攻めに切り替え、ビームの雨の中に頭から飛び込んだ!

 

「うぉおおお!!」

 

(ヤケクソ?……な訳無いわよね。

…………あ!?……そういう事か。考えましたね!)

 

 一見無謀な自殺行為に見える弾の行動だが、実際は全く違う。

ビームが来る方向に当たる面積を少なくしてダメージを最小限に抑えているのだ。

 

「喰らえぇぇーーーー!!」

 

「だけど、甘い!」

 

 一気に接近してブリッツスピアによる刺突を見舞おうとする弾だが、美鈴はこれを難なく受け流し、そして……。

 

「グガァァッ!!」

 

 美鈴のカウンターパンチが弾の顔面に直撃した…………が、

 

「やっと、隙見せたな……オラァ!!」

 

「な!?」

 

 殴られたまま弾はニヤリと笑い、美鈴の腕を弾き、その勢いに乗せて美鈴の首筋……牽いては頚動脈のある部位に手刀を打ち込んだ!!

 

「ガッ!…カハッ……!」

 

「貰ったぁ!!」

 

 急所に受けた衝撃に美鈴の息が一瞬止まる。

それを見逃さず弾は紅龍の両脚部を掴み、抱え上げ……。

 

「萃香さん直伝だ!どぉりゃああぁぁぁっっ!!」

 

「うわぁぁ!!」

 

 そのままジャイアントスイングで一気に振り回しアリーナのバリアに叩き付けた!!

 

「グアァァッ!!」

 

「これで終わりじゃねぇぞ!コイツも喰らいやがれ!!」

 

 弾の手を緩めない怒涛の追撃はまだ続く。

再びナイトクラッシャーを展開し、美鈴目掛けて振るい投げる。

平常時の美鈴であれば、ヒートファンタズムの武装の中では最も鈍重な武器であるナイトクラッシャーの一撃など楽に凌げるだろうが、脳震盪でふらついている状態では話が別だ。

結果として美鈴はナイトクラッシャーを諸に喰らってしまうという憂き目に遭った。

 

「ガァァッ!!」

 

 衝撃に流されるまま、美鈴の体は真っ逆さまに地面に叩き付けられる。

この時点でも大ダメージだが、これで終わらないのが戦いの常……。

すぐさま弾はブースターを吹かし、美鈴目掛けて突貫。

更に少しでもダメージを増やそうと、ありったけのメタルブレードを乱射するという徹底ぶりだ。

 

「オラオラオラオラァァッッ!!!!」

 

「ぐ、が……っ!!」

 

 凄まじいラッシュに苦悶の声を漏らす美鈴。

そしていよいよ美鈴との距離が僅かとなった時、弾はフィニッシュとばかりに再びナイトクラッシャーに武装を切り替える。

 

「終わりだぁぁーーーー!!」

 

 直接殴打を喰らわせようとナイトクラッシャーを振りかぶる弾。

もはやこの時、弾は勿論ながら、控室で試合を見守っていた簪達、そして観客席の一般生徒や教員も弾の勝利を疑わなかった。

 

「……ッ!」

 

「へ?」

 

 一瞬の出来事に弾の口から間の抜けた声が出る。

ほんの一瞬だった……弾の一撃が当たるその刹那、美鈴は身を翻した。

その結果、確実に入る筈だったナイトクラッシャーの一撃が空を切ったのだ。

 

「……《シマリス脚!》」

 

「カッ!?」

 

 思わぬ一撃に悲鳴を上げる間も無く弾の体はアリーナの外壁へ吹っ飛ばされ、そのまま壁に激突し、まるでボールのようにバウンドした。

 

「《連環撃》……!!」

 

「ぐおぉぉぉぉっっっ!!!!」

 

 続けて繰り出されるは目にも留まらぬ拳と蹴りの連撃。

絶対防御ですら完全には防ぎきれぬ鈍痛と衝撃が弾の身体を穿ち、上空へと打ち上げる。

 

「黄……震……」

 

 そして落下してくる弾を美鈴は静かに見据え、その長くしなやかな脚を振り上げ……

 

「……脚!!」

 

 弾の背中を着地と同時に踏み抜いた!!

 

「ゲハァァァァァッ!!!」

 

 凄まじい衝撃に弾は胃液を吐き散らし、やがて白目を剥いて崩れ落ちた。

 

「っ!…………やってしまった」

 

 見るも無残な弾の姿に美鈴は漸く我に返る。

 

(出してしまった……体術のみとはいえ、本気を……)

 

 最後の連続攻撃の際……美鈴は本気を出していた。

弾の執念ともいえる怒涛の猛攻は美鈴の本気を引き出していたのだ。

 

(もしIS戦でなければ……いえ、気や妖力が加わっていたら、私は弾さんを殺してしまう所だった……)

 

 自分の行動にやるせなさと後悔を感じ美鈴は倒れている弾から目を背けるが……。

 

「待…て、よ」

 

「!?……そ、そんな馬鹿な!?」

 

 背後からの声に美鈴は動揺を露わにする。……弾が立ち上がったのだ。

足元はフラフラで体全身が疲労でガタガタに震え、ブリッツスピアを杖替わりにしながらも、その瞳に映る闘志は一切の曇りなく燃えている。

 

「ま、まだ意識があるなんて……」

 

「負け、ねぇ……負け、られるかよ……俺は、まだ…………負け、て…………な……い…………………」

 

 片膝を着いたままながらも、弾は槍を構える。

だがしかし、突如としてそこでISは解除された。

 

「!……立ったまま気絶してる…………」

 

『試合終了―――――勝者・紅美鈴!』

 

 

 弾の気絶とIS解除が確認され、試合終了の音声が会場に鳴り響く。

それからしばらくの間、会場内は静寂に包まれたが、やがて会場中から拍手の音が吹き荒れた。

 

「前言撤回ですね……。アナタは殺したって死ぬような軟(やわ)な人じゃない。

……とても魅力的で、立派な、男です」

 

 気絶する弾に美鈴は穏やかに微笑みながら深々と頭を下げて一礼し、敬意を表する。

戦いの中、どんな状況にも屈せずに攻め続け、決して闘志を揺るがす事の無かった弾に、美鈴は心の奥底で痺れ、憧れ、敬意を感じていた。

それがこの礼に表れていた。

やがて美鈴は、弾を背負って皆が待つ控室へと歩き出す。

 

「あれだけ凄い戦いぶりを見せられたら。デートの誘い断れないなぁ。

何て言って承諾すれば……」

 

 この日この時、美鈴には悩みが一つ増えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

いよいよ最終戦・簪VS一夏。
姉をも破った一夏の猛攻に、簪はどう立ち向かうのか?

次回・『今を超えろ!!』

楯無「う、嘘……でしょ?」


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今を超えろ!!(前編)

長い事間を開けてすいません。

スランプに加え、最近ノベマスにハマってしまい、執筆が進まず、加えて試合が少し長くなりそうだったから前後編に分けました。



あと、楯無ファンの方々……すいません!!(平身低頭)


 エキシビションマッチ副将戦の直後……、

大将戦まではまだ準備時間が残っているが、開場は副将戦までの興奮が消える事無く残り、観客達は大将戦を心待ちにしている。

そんな中、別の場所では……。

 

「うぅ……ん?知らない天井……………じゃねぇか。

しかし、まさかあそこまで強かったなんて……」

 

 医務室のベッドにて弾は目を覚まし、一先ず先程の試合を思い出す。

追い詰め、後一歩と思った矢先に驚異的な力による反撃を受け、そして敗北……まだまだ目標への道は険しいようだ……。

 

「あ、起きましたか?」

 

「め、美鈴さっ、イデデデ!?」

 

 不意打ち同然な美鈴の登場に思わず飛び起きそうになる弾だが、身体の節々から来る痛みにそれは遮られた。

 

「あ、無理しちゃダメですよ。結構傷酷いんですから。

……怪我させた張本人の私が言うのもアレですけど」

 

 気まずそうに頭を掻きつつ、美鈴は弾をベッドで安静にさせる。

 

「すいません。

……にしても、やっぱ美鈴さんは凄ぇや。強いってのは解ってるつもりだったけど、俺とはものが違うってのが改めて思い知ったよ」

 

「そんな事ありませんよ。実を言うと、最後は本気を出しちゃいました。

正直言うと、いつか本当に負けるんじゃないかって、内心冷や汗かいてますよ、私。

……あ、あと、ですね、その…………デートのお誘いの件、ですけど…………」

 

「!?」

 

 思わぬ言葉に弾は傷の痛みも忘れて身体をビクッと跳ね上がらせる。

 

「あの、そのぉ……私、こういうの初めてで、上手く言えないんですけど、

ふ、不束者ですが……謹んでお受けいたします」

 

「………………………………………………」

 

 顔を真っ赤にしてデートを承諾した美鈴。

その言葉に弾は暫し固まり、やがて…………

 

「う、うぉぉおおおおおおおおお!!!!!やっっっったぁぁぁぁアアアアアアアアアアーーーーーーーっ!!!!!!!!」

 

 凄まじい声量の歓喜の声が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

『―――――インストール、及び最適化完了』

 

「…………良し」

 

 試合を目前に控える中、簪は打鉄弐式の最終調整を終え、カタパルトを見詰めながらこれまでの訓練や対策に思いを馳せる。

一夏と戦うため、これまで出来る事は何でもしてきた……。

自分の身体能力と得意傾向を知るため、そしてそれを最大限に活かせるようになるために色んな武器や格闘術を試した。

過去の映像資料から一夏のデータを徹底的に見直しもした。

それらは決して無駄ではないと、簪は確信している。

 

「覚悟は決めてる。……だから、もう何も怖くない!」

 

 引き締まった表情で簪は打鉄弐式を身に纏い、カタパルトにて発進準備に入る。

 

『試合開始時刻です。発進してください』

 

「行きます!!」

 

 全身に力を込め、簪はアリーナへと飛び立った。

最早彼女に恐れは無い。今はただ目の前の敵に全力を以って戦う事のみを考えている。

かつて負けを恐れ、自分に自信が持てなかった者の顔は存在しない。

強敵、好敵手との戦いを楽しみ、己の力を研磨する事に価値を見出した戦士……それが今の簪の表情を現す言葉だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、観客席では、多くの観衆が固唾を飲んでいよいよ始まる試合に胸を躍らせる中、簪の姉である楯無は険しい表情でアリーナを睨んでいた。

 

「よぉ、隣良いか?」

 

「!?……アナタは」

 

 そんな中、アリーナを凝視していた楯無に近付き、声をかける一人の少女……霧雨魔理沙。

彼女の姿に楯無は相手に悟られないように目を細めて睨みつける。

 

「何か用?アナタ達ならココじゃなくても専用のモニターが付いた部屋があるでしょう?」

 

「そりゃお前、モニター越しより、生で見た方が臨場感あるだろ?」

 

 楯無の棘の含んだ言葉を気にする事無く、魔理沙は楯無の隣に座り込み、ビニール袋の中から売店で購入したイカ焼きを取り出し、それに齧り付く。

 

「美味ぇ〜〜。お前も食うか?遠慮しなくてもまだたくさんあるぞ」

 

「いらないわよ!」

 

「イカ焼き嫌いだったか?

ま、それは良いとして、簪の姉貴としてはこの試合どう見る?」

 

 腹立たしげに返す楯無を見詰め、魔理沙は本題を切り出す。

 

「どう見るって……分かりきってるくせに。

簪ちゃんには悪いけど、織斑君相手に勝てる見込みは無いわ。

良くて精々SEを2割から4割ぐらい減らせるのが関の山なんじゃないの?」

 

「妹なのに随分過小評価なんだな?

同じ武術部の弾は美鈴相手に本気出させたってのに」

 

 魔理沙の言葉に楯無は額に汗を浮かべる。

先の試合の終盤で見せた美鈴の体術……あれを見れば察しの良い者なら他の河城重工所属メンバーもまだ真の実力を隠していると考えるのが普通だろう。

仮に一夏の本気が美鈴の本気と互角だとすれば、自分でも惨敗してしまうというビジョンまで見えてくる。

 

「……何が言いたいのよ?」

 

「簪は強いぜ。お前が思っているよりずっとな。

そしてこれからもっともっと強くなれる。お前も簡単に抜かれないように気を付けとけよ」

 

「アンタ達が勝手に強くしてるだけでしょう!?

私が簪ちゃんに抜かれる?そんな事あって堪るもんか!」

 

 魔理沙の警告にも似た言葉に楯無は最早不快感を隠せず、声を荒げて魔理沙の胸倉を掴む。

 

「……だから、お前は底が知れてるんだよ。

いつまでも妹を見下せるなんて思ってると、いつか泣きを見るぜ」

 

 楯無の手を引き剥がしながら喋る魔理沙の目は、どこまでも冷ややかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『これより最終戦、更識簪VS織斑一夏の試合を開始します』

 

 魔理沙と楯無の言い争いなど知る由も無く、簪と一夏はアリーナ中央へ立ち、身構える。

 

「一夏、お願いがあるの」

 

「何だ?」

 

 試合を前に簪は静かに口を開き、一夏もまた静かに応える。

 

「私は最初から全力で行かせて貰う。だから、一夏もその気で来て欲しいの。

…………お姉ちゃんに勝った時みたいに」

 

「……本気で、とは言わないんだな?」

 

「それは試合で出させるから。自分の実力で、絶対に!」

 

 握り拳に力を込め、闘志を燃やす簪。そんな彼女に一夏は笑みを浮かべる。

その瞳には簪と同じく闘志を燃やしながら……。

 

「分かった。後悔すんなよ……」

 

「大丈夫。超えるって決めてるから…………!!」

 

「上等!それでこそだ!!」

 

 好戦的な笑みを隠さずに一夏はDアーマーを展開して身構え。それに呼応して簪も夢現を構える。

そして……。

 

『試合開始!!』

 

 エキシビションマッチ最後の戦い……その火蓋が今、切って落とされた!!

 

 



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今を超えろ!!(後編)

「オラァッ!!」

 

「っ……(速い!?)」

 

 試合開始と同時に一夏は真っ先に動き、簪目掛けてDアーマーを装備した右拳でボディブローを繰り出す。

簪はその拳の速さに内心驚くが間一髪で夢現を盾にする事でこれを防ぎ、更に身体を宙に浮かせて拳の衝撃を受け流し、後方へ吹っ飛ばされる代わりにダメージを和らげる。

 

(解ってるつもりだったけど、何てパワーなの!?……まともに受け止めていたら夢現は確実に折られてた。

これがお姉ちゃんをノックアウトした力……やっぱり凄い。でも、負けてられない!!)

 

 スタープラチナに殴られた悪役の気持ちになりそうになりながらも夢現を握る手に力を込める。

 

「ッ、ダァアアアーーーーッ!!!!」

 

 気合の掛け声と共に簪は夢現で一夏目掛けて突撃する。

格闘戦を得意とする一夏を相手に接近しての戦いを挑むのという自殺にも等しい行動だが、簪の表情に迷いは全く無かった。

 

「ハァァッ!!」

 

「遅いぜ!」

 

 接近するや否や、簪は夢現の刃先を一夏目掛けて振り下ろすが、一夏のDアーマーに覆われた手がそれを阻み、鷲掴む。だが……

 

「そこぉっ!」

 

「あぐっ!?」

 

 直後に苦悶の声を上げたのは一夏だった。

夢現を受け止められたその刹那、簪は一夏の太腿にローキックを繰り出したのだ。

 

「〜〜っ!!」

 

 装甲で守られていない部分を蹴られ、一夏の表情は苦悶に歪む。

それもISを纏った足でである。いくらシールドエネルギーで防御されているとはいえ痛みは半端なものではないだろう。

 

(人間誰しも、自分の自信がある事には、正攻法で対応したがる。

だからこそ動きもある程度予測できるし、搦め手や奇襲が有効になりやすい!!)

 

「ウグァッ!!」

 

「まだまだ……っ!」

 

 続けざまに簪は一夏の顔面に頭突きを見舞い、一夏を怯ませて掴み取られた夢現を格納して消し去り、再び距離を取る。

そこから今度は春雷を展開し、距離を取りつつそれを連射する。

 

「チッ!…………嘗めんなぁっ!!」

 

 だが、一夏とて黙ってやられる訳ではない。

地上にある壁目掛けて両手で貫手を打ち込み、Dアーマーの持つ凄まじいパワーでコンクリートの壁を一部刳り抜き、それをバリアの様に用いて荷電粒子の弾丸を防ぎ切った。

 

「そりゃあぁぁっ!!」

 

「ちょっ、嘘、ブッ!?」

 

 更に瓦礫の一部を持ち上げ、それを簪目掛けて投げ付ける。

自分に負けず劣らずな、突拍子も無く豪快な攻撃に面食らい、簪は岩石攻撃を諸に喰らってしまった。

 

「あぅぅ……は、発想のスケールまで大きすぎる」

 

 顔を抑えつつ簪は体勢を立て直し、身構えながら愚痴を溢すが、まだ闘志は衰えた様子は無い。

 

「お前こそ、さっきの戦法は大胆だったな。自分が慢心してたのが思い知らされたぜ。

思わずちょっとだけ本気出した」

 

(嘘に聞こえない上に、あれで”ちょっと”ってのが恐ろしすぎるけどね……)

 

 苦笑いを浮かべ多少なりとも本気を出させた事に手応えを感じ、自分と同じく体勢を整える一夏を見据える。

 

「仕切り直しだ。今のと同じ手が通じると思うなよ!」

 

「言われなくても、そのつもり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、嘘……でしょ?」

 

 簪の試合を観戦する楯無は動揺を隠せなかった。

油断していたとは言え、自分がまともに一撃を入れる事も出来なかった織斑一夏を相手に簪が先制攻撃を決めたのだ。

自分とて最初から全力で飛ばして意表を突く事が出来れば同じ事を出来る自信はある。

だが、1年前……つまり1年生当時の自分が同じ事を出来るかと問われれば正直言って余り自信が無い。

 

「そんなに狼狽するほどの事か?言ったろ、簪は強くなってるって」

 

(くっ……!コイツら、一体簪ちゃんに何をしたっていうの?

あんな戦い方、以前の簪ちゃんでは絶対に出来なかったわ!)

 

 呆れた口調の魔理沙を睨み、楯無は奥歯を噛み締めて激情を抑える。

以前の簪ならば、先程のように敢えて相手の土俵に立つという真似はせず、出来る限り相手に優位な状況を避けていただろう。

故に、簪には決め手に欠けやすいという弱点があった。

つまり簪の戦い方は、『負けない』事に重点が置かれている……良く言えば慎重、悪く言えば臆病な戦法だった。

しかし、今は違う。

この戦いにしても、先の対鈴音戦にしても、簪は攻めるべき時は迷わず攻め、守りを固める時は守りに徹する。

利口(クレバー)かつ大胆……それが今の簪の戦いぶりを表す言葉だろう。

 

(変わっているっていうの?コイツに影響されて、簪ちゃんが……。

何でよ……何でこんな女に…………。

簪ちゃんを守るのは、強くしてあげるのは、私の役目なのに……。

私の、誇りなのに…………)

 

 簪は強くなっている……それはもう否定できない。

しかし、それが目の前にいる女、霧雨魔理沙の影響だという事実が、楯無には堪らなく悔しかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くよ!」

 

「ああ、かかって来な!」

 

 一気呵成とばかりに再び春雷を乱射しながら一夏目掛けて突撃する簪。

対する一夏はその場から動かず、襲い掛かる弾丸をDアーマーで防御、あるいは身を捻ってかわし、捌いていく。

さらにその中で自らもDガンナーを広範囲に連射して牽制する。

 

(まだ、もっと近付かないと……)

 

(もっとだ、もっと近付いて来い……)

 

 両者牽制しながらお互いに仕掛けるタイミングを見計らう。

やがて二人の距離が一定に達したとき、試合は大きく動き出した。

 

「っ!!」

 

 先に動いたのは簪だ。

春雷を格納して一気にスピードを上げ、一夏に再び肉薄しようとしたその刹那、

突如として簪は、先程一夏が砕いた瓦礫を拾い上げ、そのまま一夏に投げつけた。

 

(!?……俺と同じ真似を!

だが、これだけの筈が無い!!)

 

 投げ付けられた瓦礫を軽く払いのけ、一夏はより一層警戒心を強めて簪の出方を窺う。

 

「!?」

 

 直後に来る攻撃に一夏は僅かに目を見開いて驚く。

簪の持つ夢現には、本来有る筈の刃が無かったのだ。

 

「ハァァッ!!」

 

 直後に先端部からビームの刃が形成され、そのまま刺突を繰り出し一夏を襲う。

 

「チィッ!」

 

 紙一重でコレをDアーマーで防ぎ、一夏は難を逃れる。

 

「薙刀を改造、してたのか?」

 

「まぁ、ねっ!!」

 

 口元に笑みを浮かべて簪は一夏の腹目掛けて蹴りを放つ。

これは一夏に簡単に防がれ、弾かれてしまうが、それは問題ない。

元々攻撃する為ではなく、距離を取るために放ったものであり、後方に弾き飛ばされた時点でそれは達成されたと言える。

 

「行っけぇーーっ!!」

 

 弾き飛ばされながら簪は夢現を握る手に力を込め、直後にそれを一夏目掛けて投げ付けた!

 

「遅い!」

 

 だが、一夏に直撃を許すほどの速度には至らず、Dアーマーを装備した左手で柄の部分を掴まれ防がれてしまった。

だが…………

 

「取った!」

 

「!?」

 

 ココで一夏は簪の狙いに気付く。

夢現は刃を取り外してビームを新しい刃にしている。

では元々あった筈の刃は何処へ行ったのか?

答えは簡単だ――――――『簪が隠し持っている』のだ。

 

「せぁぁぁっ!!」

 

 叫びと共に繰り出される夢現の刃。

短剣と化したそれはその軽さを活かしたスピードで一夏に襲いかかる。

 

「クッ!まだまだ……っ!」

 

 しかし一夏も負けてはいない。空いている右腕のDアーマーでコレを弾き受け止め、反撃に聳狐角による斬撃を繰り出す。

 

「グゥッ!!」

 

 やはり攻撃力で大きく差を開けられている分、簪の腕は簡単に弾き返される。

 

「オラッ!」

 

「ガ……ッ!!」

 

 その際に生じた隙に乗じて一夏は簪の身体に拳を叩き込み、大きなダメージを与える。

直撃を受けた簪は苦悶の声を漏らすが……。

 

「肉を切らせて…………」

 

(!?……しまった!)

 

 聞き覚えのある台詞に一夏は”やられた”とばかりに表情に焦りの色を浮かばせる。

それと同時に簪の手が動いた!

 

「骨を断つ!!」

 

 先の試合で弾が見せた戦法と同様、直撃を与えた際の隙を突いて繰り出される一撃。

武器を持たない徒手空拳のアッパーカットが、一夏の顎下を強襲し、渾身の一撃を見舞う!!

 

「ぐぁぁっ!!」

 

 自らのお株を奪う拳撃を急所に喰らい、一夏の身体は大きく仰け反る。

それこそが簪にとって最大の好機だった。

 

「ハァァアアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!」

 

 一際大きな叫びと共に簪はビーム薙刀と短剣の二刀流を振るい、連続して一夏に斬撃の雨を喰らわせる!

 

「ガァァッ!!!」

 

「これで、ラストォ!!」

 

 仕上げの一撃に簪は薙刀のビームを最高出力にして一気に振り下ろす!

コレで一気に一夏のSEを減らし、戦況は自分に大きく傾く……それが簪の算段”だった”。

 

「…………っ」

 

「!?」

 

 一瞬の内に全てが変わった。

一夏の目つきと雰囲気、簪に傾いた戦況……それら全てが一瞬の内に変わった。

 

「カッ……!?」

 

 一瞬、簪は何が起きたのかわからなかった。

瞬く間に一夏が身を屈め、その勢いに乗せて足で夢現を蹴り上げ、そのまま簪の肩口に踵落としを決めたのだ。

 

「っ、おおおぉぉぉぉーーーーーーっ!!!!」

 

 咆哮と形容するに相応しい雄叫びがアリーナに木霊する。

それと同時に簪は全身に衝撃を受ける。

 

「ガ、ハッ……?」

 

 殆ど何も見えず、簪は自分の身に何が起きたのかが一瞬解らなかった。

だがその疑問もすぐに解けた。直後に受けた更なる一撃において…………。

 

「あぐぁぁっ!!」

 

 視界が一瞬だけある物で覆われた。それは一夏のDアーマーの拳だ。

この時簪は、漸く自分が一夏の拳を叩き込まれたという事に気が付いた。

 

「うぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 気が付くとほぼ同時に簪の身体は吹っ飛ばされ、地に激突して小規模ではあるがクレーターが出来上がる。

正にそれは、先の戦いにおいて、弾が美鈴の本気の実力で叩きのめされた時の再現だった。

 

「あ、ぐ……ぅ……」

 

 打ちのめされながらも、簪は辛うじて意識を保っていた。

不意を突かれたに等しい弾とは違い、美鈴の本気を見ていた事で、ある程度一夏の本気に対して予想と覚悟が出来ていた事がココに来てプラスに働いたのだ。

 

(残りのSEは、29%……。

たった数発受けただけで7割近くも……。

これが、一夏の本気……やっぱり、強い。でも……)

 

 まだ終わりではない。SEが尽きるか気を失うまでは敗北ではないのだ。

それを理解している簪は己を奮い立たせる。

そして考える……逆転の一手を…………。

 

(逆転するには、もう『アレ』を使うしかない。問題はどうやって当てるかだけど……!)

 

 思考する中、簪はすぐ近くにある瓦礫に目を向ける。

たった今自分が地面に激突した際に散らばったそれは、思いの外大きく、身体半分を隠す事が出来る程の大きさを保っていた。

 

「これなら……イケる!!」

 

「とどめだ!」

 

 簪が策を見つけるとほぼ同時に、一夏はとどめを刺すべく、Dガンナーを連射しながら簪目掛けて一気に急降下する。

簪が動いたのはその直後だった。

 

「っ、アアァァァァァァァーーーーーーーー!!!!」

 

 瓦礫を盾の様に構え、自らも突撃する簪。

迫り来る射撃を瓦礫で防ぎ、ダメージを最小限に抑える。

そして射程距離間近になった所で、手に持った瓦礫を一夏目掛けて投げつけた!!

 

「そんなもんが!」

 

「効くなんて思ってない。だけど……!」

 

 難無く瓦礫を払い除ける一夏。

だが、簪は尚も真っ直ぐに突っ込み、そして……

 

「視界を遮って、近付いて山嵐(これ)を展開する時間は、稼げる!!」

 

「何!?ま、まさか……!?」

 

 思わぬ簪の行動に一夏は愕然とする。

目の前には山嵐を展開し、笑みを浮かべる簪。

ココに来て一夏は簪の狙いに気が付いたが、それでも信じられなかった。

なぜなら簪は、山嵐を”至近距離から”発射しようとしているのだ。

 

「簪、お前!?」

 

「爆風ってね、主に上と横に広がるんだよ!」

 

「!?」

 

「喰らえぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!!!」

 

 零距離から放たれた48発のミサイルその全てが一夏を遅い、爆発で飲み込んだ!!

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「グゥゥッ!!」

 

 爆発を諸に喰らった一夏は吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突し、そこからバウンドして地面に倒れ伏す。

そして、その煽りを受けた簪もまた、その身を再び地面に打ち付ける。

最も、簪は下方(風下)から撃ったため、受けたダメージは一夏と比べて遥かに軽く、SEも僅か3パーセントながらも残っている。

 

(クッ!一夏は……)

 

 簪はすぐに一夏を見やり、その状況を確認する。

一夏は大ダメージを受けてこそいたが、自分と同じく戦闘不能には至っていない。

だが同時に、自分よりも大きく体勢を崩している。

正にそれは簪にとって勝負を決める最後にして最大のチャンスだった。

 

(あと一撃、後一撃決めれば……!)

 

 意を決し、夢現を展開し、残りの簪は身構える。

もうビームを出すだけのエネルギーは無いが、刃自体は無事だ。

再び刃を装着し直し、夢現は改造前の振動薙刀と同じ物となった。

 

「私は、勝つ!!」

 

 そして四度目の突撃。

己の残りの力を振り絞り、簪は勝利を掴みに行く!

 

「っ……うぉおおぉぉぉーーーーーっ!!!!」

 

(!?……このタイミングでパンチを!?)

 

 迫り来る夢現の一撃に、一夏は崩れた体勢を無理矢理立て直して拳を突き出した。

しかしそのパンチは夢現と比べてリーチ差は歴然。さらに射程外だ。

仮にLAAを試用したロケットパンチを繰り出しても間違いなく夢現の方が先にヒットするだろう。

だが、しかし……

 

「俺の、狙いは……」

 

(しまった!!……………………その手が!?)

 

「夢現(ココ)だぁ!!」

 

 一夏の狙いは簪ではなく夢現!

Dアーマーはビームすらも防ぐ特殊装甲。

夢現を真正面から拳で打つ事で夢現を破壊し、その勢いのまま簪の身体を打つ!!

 

「ガハァァァッ!!(……………………やっぱり、強いや)」

 

 凄まじい一撃に倒れながら簪は素直にその力に敬意を覚える。

一夏の行った正面からの武器破壊からのカウンター……これを成すには絶妙なタイミング、針の穴を通すが如く緻密かつ正確な拳筋が要求される。

並の実力ではとても出来ない事を一夏はやってのけたのだ。

 

『試合終了―――――勝者・織斑一夏!』

 

 勝者を告げるアナウンスが流れる中、それをかき消すかの如くこの日一番の喝采が吹き荒れる。

それは勝者となった一夏、そして凄まじい執念で大健闘を見せた簪への祝福にも似た大喝采だった。

 

 

なお、余談ではあるが一夏の残りSEは22%だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、こんなのって……」

 

 楯無は目の前の出来事を前に、ふらふらとその場にへたり込む。

簪が、今までずっと自分より弱いはずの存在だった簪が自分の予想を大きく超え、一夏を苦戦させたのだ。それは簪が一夏との戦いを想定して訓練、研究を重ねに重ねた結果だった。

簪の善戦は入念な下調べと準備による賜物といって良いだろう。

故に、仮に今楯無と戦えば、まだ勝敗は分からない。

楯無が勝つ確立も十分にある。

だが、楯無にはそれが、今の簪の強さがどうしても受け入れられない……。

 

「何なのよ……アンタ達は一体、何者なの!?」

 

 簪の姿を満足気に見詰める魔理沙に向かって、楯無は激情にも近い感情をぶつけるが、魔理沙は静かに楯無を見据え、やがて一言呟いた。

 

「何者でもないさ。

普通の、魔法使いだぜ」

 

「…………はぁ?」

 

 呆然とする楯無を一瞥し、魔理沙はその場を後にしたのだった。

 




次回予告

 トーナメントも無事に終わり、一夏達は祭の後の打ち上げを大いに楽しむ。
一方その頃、幻想郷に移住したシャルロット達は……。

次回『シャルロットの一日』

シャルロット「発破工事にでも使うの?」

にとり「うん、大体そんな所」




新武装紹介

夢現(改)
倉持技研初のビーム兵器。
刃部分が付け外し可能になり、ビームの刃を生成する事が出来る。
さらに切り離した刃部分は短剣として使用出来るため、変則的だが二刀流も可能になった。



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臨海学校(準備編)
シャルロットの一日


 学年別トーナメント、及びエキシビションマッチ終了から一夜明け、時刻は現在午前11時。

一夏達武術部の面々は……。

 

『かんぱ〜い!』

 

 トーナメント後の休日を利用し、部室で打ち上げを行っていた。

 

「姉御!ジュースお注ぎします!」

 

「私……武術部じゃないのに参加して良かったの?」

 

「お前はまだ良い……。私は今まで散々因縁つけてきたのに……」

 

 ちなみに、この宴会には停学が解けたばかりのラウラ、エキシビションマッチに参加した鈴音と箒も参加している。

 

「小さい事気にすんなって!宴会ではそういうのを水に流すもんだぜ!」

 戸惑う鈴音と箒に魔理沙は豪快に笑いながら声を掛け、2人に料理を盛り付けた皿を差し出す。

 

「食えよ。一夏の手料理だ、めちゃくちゃ美味いぜ」

 

「あ、ありがと……」

 

「……頂こう」

 

 差し出された料理を受け取り、戸惑いがちにそれを口に運ぶが……。

 

「ちょっ!?何コレ超美味しい!!」

 

「う、美味い……すまん、お代わり貰えるか?」

 

「おう、どんどん食え!」

 

 久しぶりに食べた一夏お手製の料理に、2人は今までの戸惑いを忘れて箸を進めたのだった。

 

「ただでさえ料理上手だったのに……もう、店だせるレベルよこれ。何か女として負けた気分……」

 

「美味い……こんなに美味いなんて感じた食事は、久しぶりだ……」

 

 

 

「やっぱ宴は良いよなぁ〜〜、これで酒があれば最高」

 

「ん?一夏、お前酒飲めるのか?」

 

「まぁな、宴会の時とかには騒ぎに乗じて……」

 

 自身の言葉に反応する弾に、一夏は極々普通に返す。

 

「酒か……勇儀姐さん達によく付き合わされたなぁ…………。

あの人達の肝臓、セラミカルチタン合金なんじゃないのか?」

 

「ハハッ、あながち間違いでもないな、その例え」

 

「飲酒にツッコミを入れるのは置いといて、

何ですの?そのセラミカルチタンとは……」

 

 2人の会話にセシリアは顔に『?』マークを浮かべる。

なお、セラミカルチタン合金とは、ISの武装開発中にとある河童が偶然精製に成功した合成金属であり、軽量かつ頑丈な強度を持った新素材としてあらゆる分野から注目されている代物である。

ちなみに、弾の使用するメタルブレードもそれで作られた物である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、武術部メンバー(+2名)がドンチャン騒ぎを送る中、河城重工の地下に設置された訓練用アリーナでは……。

 

「…………っ!」

 

 飛び出してくる複数の訓練用ターゲットユニットを見据え、少女は目を鋭く細める。

そして身に纏うIS……いや、ISに似たパワードスーツの手に鋏型の刃物を展開し、それを標的目掛けて投げ付けた。

鋏型のカッターは弧を描くような軌道でユニットを真っ二つに切り落とし、撃墜していく。

 

「!?」

 

 ところがココで異変が起きた。

少女の背後から新たなユニットが飛び出してきたのだ。

だが、少女はそれで怯む事無くブーメランのように戻ってきたカッターをキャッチし、そのまま振り返りざまにユニットを叩き切って見せた。

 

『切れ味、及び強度のノルマ達成。じゃあ、ラスト行くよ!』

 

 スピーカーから流れるにとりからの通信の直後、大型の丸太がアリーナの中央に置かれる。

少女は静かにそれに近付いてカッターでそれをカットし始める。

 

「…………よし、出来たよ!」

 

 そして数分後、丸太は星を象ったオブジェへと姿を変えたのだった。

 

『精密動作も十分だね。OK、ご苦労様!』

 

 にとりからの労いの言葉に、少女……シャルロット・ビュセール(旧名:シャルロット・デュノア)はアリーナから退出して身に纏うパワードスーツを解除する。

 

「乗り心地はどうだった?」

 

「うん、ISとほぼ同じだった。作業機としては十分すぎるぐらいだよ」

 

 スポーツドリンクを受け取りながらシャルロットは問いに回答する。

シャルロットが先程まで乗っていたのはISをベースに開発された工業作業用パワードスーツ『スカイ・ワーカー(略称SW)』の試作機。

ちなみに、使用していた装備は材木伐採用鋏型カッター『ローリングカッター』という。

 

「ローリングカッターとスーパーアームはこれで完成。

次はハイパーボムのテストをするから、その時はよろしくね。

はいコレ、スペック表」

 

 スペックの書かれたプリント用紙を受け取り、シャルロットはそれに目を通す。

それに写っていたのは非情にシンプルな球状の爆弾を模した物だった。

 

「如何にもって言うか、シンプルなデザインだね。

爆弾かぁ……発破工事にでも使うの?」

 

「うん、大体そんな所。用途としては主に不要建造物と岩盤の破壊作業だね。

取り敢えず起爆方法は時限式と遠隔操作式、あと接地式の三つを考えてるよ」

 

「OK。じゃあ日取りが決まったら連絡をお願いね。それまでにスペック表は頭に叩き込んどくから」

 

 笑みを浮かべてシャルロットはその場を後にした。

 

(爆弾で発破工事か……。

豪快にドッカ〜ン、みたいな感じに……ちょっと楽しみだったり)

 

 ちょっとアレな事を考えながら……。

 

 

 

 

 

「八雲社長、ビュセールです」

 

「入って」

 

 昼食を終えた後、シャルロットは社長室へとやって来る。

紫の隙間で幻想郷に戻るためだ。

ノックと共に苗字を名乗り、それに対して紫からの返事を確認してから入室する。

 

「お疲れ様。どう、幻想郷での暮らしは?」

 

「ええ、凄く良いですよ。お父さんの仕事も最近軌道に乗ってきたし。里の人達とも大分打ち解けて」

 

 紫の問いにシャルロットは嘘偽りの無い本心である事が見て取れる満面の笑顔で答える。

 

「そう、それは良かったわ。……あら?」

 

 シャルロットの答えに笑みを浮かべる紫だが、不意に壁の方を向く。

 

「どうかしました?」

 

「来客よ」

 

「え!?ボク、隠れときましょうか?」

 

 紫の言葉にシャルロットは慌てるが紫はそれを手で制する。

 

「大丈夫よ、彼らは幻想郷側(私達)の協力者で、後ろ盾だから」

 

 視線を逸らさず壁を見詰め続けながら、紫はシャルロットに手招きしながら自分の傍に来るように促す。

 

「……予定より少し早かったわね」

 

 紫がそう呟いた数秒後、紫の視線の先にある空間が突如歪み始めた。

 

「な、何?」

 

 シャルロットが驚きの声を上げる中、空間の歪みは大きくなり、やがてそこから一人の男が現れた。

逆立った茶髪を一部金髪に染め、額には×型の傷が刻まれ、服装は上は袖を肘あたりまで捲くったスカジャン、下はややボロくなっている長ズボンを履いている。

一言で表すなら硬派な不良という外見をしている男だった。

 

「ん?何だ、先客か?」

 

「早かったわね、アキラ。何かあったの?」

 

「いや、他の仕事が速く済んだから早めに来させて貰っただけだ。それより、先客がいるようだが?」

 

 アキラと呼ばれた男はシャルロットを見て警戒するような表情を浮かべる。

 

「この娘なら大丈夫よ。

アナタも知っているでしょう?デュノア社の事は。彼女はその当事者よ」

「!……なるほど。アンタのシマで引き取ったっていう娘か」

 

 警戒を解き、アキラは視線を紫に戻す。

 

「で、ご用件は?」

 

「いつも通り、報告だけだ。ただ、俺は今回までだがな」

 

「あら、どういう意味?」

 

 シャルロットそっちのけで会話を進める二人。

その雰囲気からは多少は気心の知れた友人同士といったものが感じられる。

 

「数日後にIS学園に警備員としてウチから一人派遣する事が決まった。それが俺だ」

 

「それは残念。アナタからのお土産楽しみにしてたのに」

 

「そりゃ嬉しい褒め言葉だ。

ま、安心しろ。アレぐらいたまにアンタの所の連中に持たせて渡してやるよ。

ほらコレ、今日の分。そっちの嬢ちゃんも持ってけ。そこら辺の冷食よりずっと美味いぜ」

 

 アキラは手に持ったビニール袋から紙袋で包んだものを取り出し、シャルロットに手渡す。

 

「あ、どうも」

 

 戸惑いがちにそれをシャルロットは受け取って中身を確認する。

袋の中からは、香ばしい甘い匂いが漂っている。

 

(たい焼き……しかも凄く良い匂い)

 

「良かったわね。それ、かなりの絶品よ」

 

 紫の言葉にシャルロットは内心納得する。

匂いだけでも十分美味と解る程にそのたい焼きの出来は良かったのだ。

 

「さてと、ココからはちょっと込み入った話になるわ。

シャルロット、悪いけど、先に幻想郷に戻ってもらえるかしら?」

 

「はい、分かりました」

 

 多少この後の話に興味は感じるが、シャルロットは紫の言葉に素直に従い、スキマを通って幻想郷への帰路へ着くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いわ、その感覚を維持して。

維持した分だけ魔力の消耗を減らしやすくなるわ」

 

「はい」

 

 時刻は昼12時。

幻想郷に戻り、シャルロットはそのまま飛行で命蓮寺へ向かい、白蓮指導の下で魔力のコントロールを学ぶ。

 

「凄いわね。エリザより覚えが早いわ」

 

「やっぱり若いと身体が覚えるのも早いのかしら?」

 

 その様子を眺めながら一輪は感心し、エリザはやや羨ましそうにシャルロットを見詰める。

 

「身体が若返ってるのによく言うよ。

お父さんもお父さんで修行して徐々に若々しくなってさぁ、昨日だって夜中に二人してイチャイチャしてた癖に。このままじゃ来年か再来年には……」

 

 母の年寄り染みた発言にシャルロットは呆れ顔で突っ込みを入れるが……。

 

「わひゃっ!?」

 

「シャルロット、『口は災いの元』って言葉、知ってる?」

 

「い、今覚えました……ゴメンナサイ」

 

 失言の代償として額に極小の魔力弾を喰らい、シャルロットは母の強さの一端を思い知らされたのだった。

ちなみに、これから約1年半後、シャルロットの考えは本当になる事を今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 午後3時。

その日の修行を終えて、シャルロットは寺子屋近くの広場へと出掛ける。

 

「あ、シャル姉ちゃ〜〜ん!」

 

「お待たせ。待った?」

 

 シャルロットを待っていたのはサッカーボールを持った寺子屋の生徒達だ。

 

「大丈夫。俺達も今終わったばっかりだから。それより早くサッカーしようぜ!

今日こそシュート決めてやる!!」

 

「OK!今日も簡単には勝たせないよ!!」

 

 子供達のはしゃぐ姿にシャルロットも自然に顔に笑顔が浮かび、子供達の輪の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもすまないな。ほら、タオルだ」

 

「あ、慧音さん。お邪魔してます」

 

 サッカーを終え、一息吐いた所に寺子屋の教師である慧音がタオルを持って現れる。

 

「一夏が外界で働き始めて、サッカーに付き合ってくれる奴が見つからなかったからな。正直助かってるよ」

 

「いえ、ボクも結構楽しんでますから、お互い様です」

 

「そうか、そう言ってくれるとありがたい。」

 

 シャルロットからの返答に慧音は嬉しそうに笑みを浮かべる。

だが、直後にその表情に翳りが浮かぶ。

 

「なぁ、シャルロット。外の世界と幻想郷を見比べて、お前はどう思う?」

 

「そうですね……幻想郷は危険はあるけど、凄く良い所だと思います。

逆に、外界は目に見える危険は無いけど、歪んでる。…………幻想郷(こっち)に来てから、そう思うようになりました」

 

 表情を真剣なものに変え、シャルロットはそう答える。

幻想郷には人を襲う妖怪や異変といった人間に危険なものがすぐ近くにある。

しかし、一方で人間に友好的な妖怪も居るし、人間側も対抗できる術を持っている。

それ故か、種族による差別などは殆ど無い。

一方で外界は、河城重工の活躍でかなり緩和できたとはいえ、未だに女尊男卑思考を持つ者も多い。

それに反発して過激な報復を行う男性がいつ出てきてもおかしくないのだ。

 

「そうか……。やはり、外界には女尊男卑が未だに根付いているのか?」

 

「大分マシにはなったんですけどね。でも、どうしてそんな話を?」

 

 シャルロットの問いかけに慧音は遊び疲れて座り込んでいる子供達を見やる。

 

「幻想郷は、外の世界で力を保てなかった者や、存在をも保てなかった者達が集まる最後の砦であり、楽園だ。

そんな場所だからこそ、あの子達には人種で……ましてや、男と女というだけの理由による差別なんて知らないままでいて欲しいんだ。

ココに、幻想郷にまで差別主義の社会が流れてあの子達がそれに苦しめられてしまう事を想像すると、凄く怖い」

 

「……大丈夫です。そうならないために一夏達は頑張っているんですから。

だからボクも、出来る限りそれを手伝うつもりです。

それがボクと、ボクの家族を助けてくれた幻想郷の人達への恩返しなんですから……!」

 

 不安を覗かせる慧音の手を握りながら、シャルロットは力強い笑みを浮かべて答えてみせる。

その姿に、慧音は安心した様に表情を緩めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜7時。

シャルロットは帰宅し、先に帰っていたエリザと共に夕食の準備にかかる。

 

「ただいま」

 

「あ、お帰り、お父さん」

 

 仕事から帰宅したセドリックを迎え、食卓を囲み、家族団欒を楽しむ三人。

家族というものの大切さ、かけがえの無さを知っているデュノア一家……いや、ビュセール一家にとって、その当たり前とも言える風景が、この一家にとって何よりの幸せだった。

この幸せを守るため、セドリック、エリザ、そしてシャルロットが戦わなければならなくなる日はそう遠くない未来の事なのかもしれない……。

 




SWと装備について解説

スカイワーカー
現在河城重工にて開発中のISを基に作られた作業用のパワードスーツ。
ISと違いコアは存在せず、遠隔操作による機能停止が可能となっている。
大きさは通常のISよりも一回り小さく、パワー、スピード、SE量などはISの約5〜7割。
(ただし、コストをかけて改造すれば通常のIS並みの性能を持たせる事も可能)

一言で言えば『ISの下位互換か劣化コピー』

しかし、男女共に操縦できる汎用性に加え、ISと比べて量産性が高く、操縦も容易のため、訓練や作業には非常に適している。
一機での戦闘力はISより下だが、数やパイロットの腕前次第ではISに勝利することも出来る。

名前は影鴉さんの案から命名。
提案していただいた皆さん、遅れてしまいましたが真にありがとうございます。




鋏型カッター『ローリングカッター』
鋏をモチーフにした森林伐採と木材加工を目的としたカッター。
セラミカルチタン製で切れ味が良く、
投擲すればブーメランのように手元に戻ってくる性質がある。
弾の持つメタルブレードと比べると、破壊力は低いが生産性が高く、作業に適している。
手に持って直接使用することも可能。



碗部追加装甲『スーパーアーム』
土木作業、建築作業を目的とした特殊装甲。
装備する事で通常のISを大きく上回るパワーを得ることが出来る。
しかし、非常に大型かつ重量級のアームなので、期待の機動性は下がってしまう。



大型不要物破壊爆弾『ハイパーボム』
不要建造物と岩盤を破壊するために作られた球体形の爆弾。
シンプルなデザインだが、導火線は火をつけるタイプではなく、電球を発光させて起爆する仕組みになっている。
起爆法は時限式、遠隔操作式、接地式の3タイプがある。





次回予告
臨海学校の準備を兼ね、ショッピングモールへ出掛ける武術部員達。
一方弾は、美鈴とのデートに気合を入れて挑むが、果たして結果は?

次回『デートと騒動』

美鈴「こんな所で何物騒なモン出してるんですか?」

弾「こんな奴、殴る価値も無い」




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デートと騒動

 学年別トーナメントが終了し、次に控える行事は臨海学校だ。

生徒達にとって堂々と大人数で海へ行く事が出来る絶好の機会である。

それに備えて生徒達は水着を新調すべく、生徒達は最寄のショッピングモールに挙って集まる。

勿論、今日が休日という事も相まって遊び目的も多かれ少なかれ含んでいる。

当然武術部の面々も例外ではなく……

 

 

 

モール内の映画館では……

 

『偶には先輩を立てなさいって!』

 

『最後の仕上げは、君達に任す!』

 

『っ!』

 

 スクリーンに映し出されるクライマックスシーンに、魔理沙、簪、早苗の三人は揃って手に汗を握りながらスクリーンを見詰めていた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、凄かったなぁ!」

 

「うんうん!凄く興奮した!!」

 

「私も!ロボット物の興奮とラブロマンスの切なさがもう最高!」

 

 映画終了後、魔理沙達は興奮の残る表情で感想を言う。

尤も、魔理沙の場合は初めて見る映画そのものに対して興奮している部分が大きいが。

 

「しかし、早苗も簪も本当ロボットものが好きだよな?」

 

「うん。私ね、信じられないかもしれないけど、昔本物の巨大ロボットを見た事があるの」

 

「それ私も!…………え?」

 

 魔理沙の言葉に返答した簪に同調した早苗だが、直後に場の空気が凍りついた。

 

「そ、それ見たのってもしかして、11年前に筑波でだったりする!?」

 

「う、うん。親戚の家に遊びに行った時に外で遊んでたら、あの黒くて巨大なロボットが空を飛んで戦車や戦闘機を薙ぎ払って……。

言っても誰も信じてくれないし、メディアにも取り上げられてなかったから、夢だったんじゃないかと思ってたけど…………」

 

「わ、私と全く同じ……」

 

「?」

 

 顔に疑問符を浮かべる魔理沙をそっちのけで簪と早苗は再びヒートアップするのだった。

彼女達が件のロボットの関係者と邂逅するのは、そう遠くない未来だったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてブティックでは、念願のデートを得た弾が美鈴の水着と服選びに付き合っていた。

 

「ど、どうですか?」

 

「…………」

 

 試着室で水着を着用し、頬を少し赤く染めながら姿を見せる美鈴に弾は言葉も無く目を見開く。

 

「や、やっぱり似合ってないですかね?」

 

「い、いや全然!似合い過ぎて言葉が出ないっていうか、見惚れちまったっていうか……」

 

 不安げな表情になる美鈴に、弾は顔を茹蛸のように真っ赤にして漸く言葉を出す。

まぁ、思春期真っ只中の少年にとって、美鈴の様に顔もスタイルも抜群な女性とデート、それも水着選びという眼福極まりない状況では緊張してしまうのは当たり前であるが……。

 

「そんなに似合ってますか?」

 

「そりゃもう……(興奮して危うく鼻血が出そうな程に)」

 

「じゃあ、これにします!」

 

 嬉しそうに笑う美鈴に、弾はいつだったかネットで見た『守りたい、この笑顔』という言葉の意味が何となく理解出来た気がした。

 

 

 

 

 

 

「すいませんね。私の買い物に結構時間使っちゃって」

 

「いやぁ、全然構わないっすよ(……むしろ眼福でした)」

 

 申し訳なさそうにする美鈴だが、弾は心底幸せそうな表情だ。

 

「買い物済ませたし、これからどうします?」

 

「そうっすね……昼飯食ってから、その後は映画とかどうっすか?……折角のデートだし」

 

 デートという単語を少し強調して弾は出来る限り自然な動きで美鈴の手を取った。

美鈴はそれに反応して一瞬身体を強張らせるも、抵抗する事無くそれを受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 初々しいやりとりの中、二人はオープンカフェへ向かい、少し遅めの昼食を取る。

そんな時だった……。

 

「アンタ、もう一遍言ってみなさいよ!」 

 

 突然皿の割れる音と共に甲高いヒステリックな声が聞こえてくる。

弾達を含む周囲の者が目を向けた先には、派手な服装をした女がテーブルに座る男に食って掛かっていた。

 

「ふざけんじゃねぇよ。何で俺が見ず知らずの女の飯代払わなきゃいけないんだ!?」

 

 男の言葉で弾達は大体の状況を理解する。

要するに騒ぎを起こしてる女は男にカフェの食事代を強請っているのだ。

ISの進出以来女尊男卑が社会に浸透して以降、その尻馬に乗る女が増える中、少数ではあるが、このような露骨な態度を公私問わず取り続ける悪質な者も出てきた。

この女はまさにその典型だろう。

河城重工の開発した男女共用スーツで、それもかなり成りを潜めたものの、それでも女尊思想を捨てきれず、悪質な行為を繰り替えす女はいる。

中には『男女共用にするなどISを汚す行為に他ならない』、『河城重工を今すぐ抹殺すべき』などと過激な思想を叫び続ける権利団体まである程だ。

 

「何よ!逆らう気!?警察に突き出すわよ!!」

 

「やってみろよ!逆にお前が捕まるだけだがな!!

大体女が上なんて時代はもう終わってんだよバ〜〜カ!!」

 

 男は嘲笑を浮かべながら、女に唾を吐きかける。

普通なら下品極まりないと白い目で見られる行為だが、相手がそれ以上に問題があるので誰もそれを咎めない。

寧ろ女に対して『ざまぁみろ』といった視線の方が強い。

だが、女はコレで終わるような利口さを持ち合わせていなかった……

 

「グ……グ……男が、私に逆らってんじゃないわよぉぉっ!!」

 

 絶叫と共に女はポケットからある物を取り出して男に飛び掛った。

 

「うわっ!?ま、待てお前それシャレに……」

 

「うがああぁぁぁ!!!!」

 

 男の言葉も耳に入らず、目を血走らせながら女は手に持ったナイフを振り回し続けるが……、

 

「こんな所で何物騒なモン出してるんですか?」

 

「ギャアアアッ!!」

 

 突如として飛び出した美鈴はナイフを振り回す女の腕を掴み、そのまま地面に組み伏せる。

 

「ハァ、ハァッ……こ、このアマぁっ!!」

 

 ナイフの恐怖から解放された男は、先ほどまでの恐怖が怒りに変換されたように表情を憤怒に歪ませ、組み伏せられる女に殴りかかろうとするが。

 

「止せよ!」

 

 しかし、振り上げられた男の腕を弾が掴み、それを止めた。

 

「な、何だよお前!?放せよ!!」

 

「こんな奴、殴る価値も無い。

それにアンタ、今こいつを殴ったら……コイツと同類になっちまうぞ」

 

「うっ……わ、分かったよ」

 

 抵抗して弾の手を振り解こうとする男に対し、弾は目付きを鋭くして睨みつける。

弾のその眼光と言葉に気圧されたのか、男は抵抗するのをやめ、手を降ろした。

 

「さて……アナタ、傷害と殺人未遂の現行犯ですね。誰か警備員と警察を呼んでください!」

 

「ち、チクショォーーーーーッ!!」

 

 押さえつけられながら女は断末魔にも似た叫びを上げる。

これから数分後、女は駆けつけた警備員に拘束され、そのまま警察に逮捕されたのだった。

ちなみに、騒動を鎮圧した弾と美鈴には周囲から拍手が送られ、店側からお礼として映画の無料券を渡されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、某所のホテルで、一夏と千冬は……

 

「早いうちに水着買っといてよかったね。凄く似合ってるよ、千冬姉」

 

「ま、まじまじと見るな。恥ずかしい……んんっ!!」

 

 買ったばかりの水着を着ながら赤面して恥らう千冬の口を、一夏は自らの唇を押し付けて塞ぎ、そのまま舌を絡ませて千冬の抵抗力を奪っていく。

 

「ごめん、目茶苦茶興奮した。っていうか、今現在進行形で興奮してる」

 

「い、一夏ぁ……早くきてぇぇ」

 

 この後目茶苦茶セックスした。…………とだけコメントしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………///」」

 

 時刻は夕暮れ。

弾と美鈴は、二人揃って顔を真っ赤にしながら劇場から出てくる。(魔理沙達とは違う時間帯なので鉢合わせすることは無かった。)

 

「す、凄かった、ですね……///」

 

「あ、ああ……」

 

 お互い土盛りながら言葉を交わす二人。

二人が見た映画は、分かり易く言えばラブロマンス物である。ただし、目茶苦茶濃厚な奴だが……。

 

「し、舌が絡み合って……あ、アレとそれが合体……」

 

(や、ヤバイ……無意識の内に映画のあの光景を美鈴さんに置き換えてしまう……)

 

 初心な二人には刺激が強かったらしく、それぞれ別の意味でおかしくなりそうな理性を必死に抑える弾と美鈴。

暫しの間沈黙が場を支配する。

 

「あ、そうだ!喉渇いてませんか?私、買って来ます!

弾さん、何か飲みたいものあります?」

 

「え?ああ、じゃあコーラで」

 

「はい!ちょっと待っててください」

 

 沈黙を破り、美鈴はそそくさと少し離れた場所にある自動販売機へと向かったのだった。

 

「……あ、俺が行きゃ良かった。

こういうのは俺が奢るもんなのに……」

 

 混乱していたとはいえ、気を回せなかったことを少し後悔しつつ、弾は何とか落ち着きを取り戻し始めた。

 

そんな時…………

 

「……お兄?」

 

「ん?…………蘭!?」

 

 不意に声を掛けられた弾の視線の先に現れる一人の少女……見間違える筈も無い。自身の妹である五反田蘭だ。

 

「お前も、来てたのか?」

 

「……うん」

 

 弾の言葉に、蘭は気まずそうに頷く。

 

無理も無い反応だと弾は思う。

以前蘭が同級生との喧嘩の際に起こした傷害事件(過失)以降、弾と実家(というよりは家長である祖父)との関係が悪化して以来、二人は碌に会話する事も出来なかった。

だが、そんな中でも弾は、通っていた学校を退学同然の形で別の中学へ転校した蘭に、何もしてやれない事を後ろめたく思っていた。

そして蘭もまた、日に日に家庭内で孤立していく弾の姿に心を痛めていた。

 

「…………元気してたか?

お袋から話しだけは聞いてたけど、今の学校上手くいってるのか?」

 

「うん。大丈夫」

 

 気まずそうにしながらも、しっかりと頷く蘭に弾は安心したように息を吐く。

それに釣られて、蘭も顔に僅かながら笑みが浮かぶ。

 

「お兄、専用機のパイロットになったんでしょ?

IS関連の雑誌に載ってたよ。代表候補の人と互角に戦ったって」

 

「マジか!?全然知らんかった……」

 

 自分がいつの間にか誌面デビューしていた事実に驚く弾に、蘭の表情は徐々に明るさが戻ってくる。

 

「でも、お兄は凄いよね。

家を出て一人で働いて、今じゃ専用機のパイロットだもん。

それに比べて、私なんか……」

 

 しかしすぐに表情を曇らせてしまう。

兄の躍進に比べ、自業自得で身を持ち崩した自分の情けなさ。

そしてその兄を家から出す原因を作ってしまったのは、他ならぬ自分だという変えようの無い事実に、蘭の心は締め付けられる。

 

「お兄……家に戻ってくる事は、出来ないの?」

 

「……無理だ。正直あの糞ジジイの面を見たら、俺はアイツをぶっ殺しちまうかもしれねぇ」

 

「っ!」

 

 弾の暗くもハッキリとした返答に蘭は言葉を失う。

弾の言葉には嘘偽りの無い本気の意思が感じられた。つまりはそれ程までに弾は祖父を憎んでいるという事だ。

そしてその憎しみを生んでしまったのが自分であるという事実が蘭に重くのしかかる。

 

「言っとくけど、お前だけの所為じゃない。

たぶん事件が起きなくたても、俺はいつか糞ジジイと決別してたと思う。根拠は無いけどな。

あの事件は、きっかけに過ぎないんだ……。

ま、気にするな何て言わねぇけど、思い詰めるな」

 

 蘭の肩に手を置き、弾は蘭に対して優しく笑い掛ける。

 

「お兄……」

 

「蘭、コレだけは言っとくぞ。

俺は何があっても、お前の……」

 

「弾さ〜〜ん、買ってきましたよ!」

 

 弾が言葉を言い終わらない内に美鈴が買出しから戻ってきた。

 

「あ、美鈴さん」

 

 美鈴の姿を見て、弾は先程のベタ惚れモードに戻り、シリアスな空気は一気に払拭される。

 

「あれ?弾さん、この子は?」

 

「お兄、その人……誰?」

 

「あーその、えーと……」

 

 想い人と妹の思わぬ邂逅に、弾はやや狼狽するものの、一先ず落ち着き、咳払いしてから美鈴に向き直る。

 

「まず美鈴さんから、コイツは俺の妹の五反田蘭です。

コイツも買い物に来てたみたいで、美鈴さんと自販機に言ってる間にたまたま会ったんです。

蘭、この人は俺と同じ河城重工のパイロットの紅美鈴さんだ。今日は一緒に買い物に来ててな……」

 

「あ、はじめまして。紅美鈴です」

 

「こ、こちらこそ……兄が世話になってます」

 

 弾からの紹介に美鈴と蘭は顔を見合わせ、お互いに深々と頭を下げる。

 

(お兄……まさか、この人の事…………)

 

 しかし、蘭は内心でかなり動揺していた。

弾の美鈴に対する態度と、今までに見た事の無い表情に、蘭の頭の中で不意にそんな疑問が過ぎる。

 

「……もしかして、デート中だったり?」

 

「「…………///」」

 

 郷だけで何度目か分からない頬の紅潮に、蘭は自分の推測が事実であると確認する。

しかも、デート相手の美鈴も脈ありと見受けられる反応だ。

 

「へ、へぇ……お兄、デート出来る相手見つけたんだ。

凄いじゃん。リア充って奴?」

 

 蘭は顔で笑いつつも、その言葉の端々には動揺が表れている。

今の今まで女っ気(鈴音は一夏に惚れていたのでノーカウント)の無い兄の姿しか知らなかった蘭にとってその光景は鮮烈だった。

それと同時に、蘭は心の中で影が差していくのを感じ始める。

 

(こんな表情のお兄、初めて見た。……何か、複雑だなぁ)

 

 兄に春が来た事は喜ばしい事だとは思いつつも、長年一つ屋根の下で過ごしてきた兄が自分の知らぬ場所で自分の知らぬ相手を見詰めているという事実に、何とも言えない複雑な思いが込み上げてくる。

 

「じゃあ私、そろそろ帰るね。お父さん達心配させるといけないし……」

 

「あ、ああ……」

 

 別れを告げ、蘭は逃げる様にその場を去っていく。

蘭が去った後には、呆然と立ち尽くす弾と美鈴が残されたのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 日も落ちた頃、弾と美鈴は帰りのモノレールから降り、そのまま寮への帰路に着く。

 

「今日は色々とありがとうございました。凄く楽しかったです」

 

 多少のハプニングはあったものの、デート自体は十分楽しめた美鈴はにこやかに笑い掛ける。

 

「そんな……俺の方こそ、こんな突拍子もない誘いを受けてくれて本当嬉しいっす」

 

 美鈴の笑顔に弾もはにかみながら笑みを浮かべる。

 

「美鈴さん……もし良かったら、いつかまた今日みたいにデートとかしてくれませんか?

今度は、試合の結果とか、そういうの抜きで」

 

「は、はい……私なんかで、良いなら」

 

 やがて二人はどちらからとも無く自然と手を握り合う。

それは、二人の関係がまた一歩前進した証なのかもしれない。

 

 

 

ちなみに、寮に帰った後、美鈴はレミリアにデートの事で散々弄られる事になるのはまた別の話。

 

「ねぇ美鈴、私は一向に構わないわよ。

彼を幻想郷……牽いては紅魔館に迎え入れても。

もちろん紅魔館で働けるぐらい鍛えてあげるから」

 

「あぅぅ……で、でも種族の違いとか色々ありますし…………///」

 

「なら彼を私の眷属に……」

 

「も、もう許してくださぁ〜〜い!」

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 久しぶりに二人きりの時間を過ごす一夏と千冬。
そんな時、ふとしたきっかけから二人は、ある出来事に思いを馳せる事になる。
それは幻想郷で暮らし始めた頃に遡る……

次回『出生の謎』

一夏「最近、夢を見るんだ」


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出生の謎

お知らせ
『シャルロットの一日』の会話シーンを一部修正。
IS学園に派遣される人物をアキラ一人に変更しました。


「ふぁ……ヤベ、寝落ちしてたか」

 

 ラブホテルの一室、そのベッドの上で一夏は目を覚ます。

 

「4時半か、丁度良い頃合いだな。

千冬姉、起きて。そろそろ出る準備しないと」

 

 時間を確認し、一夏は隣で寝息を立てている千冬を揺さぶって起こす。

 

「んーー、あと5分……」

 

「…………何てベタな。仕方ないなぁ」

 

 ベたな寝惚け方に一夏は呆れ顔になりつつも、直後にニヤリと笑い、千冬の上半身を抱き起こし……。

 

「んっ…んむぅーーーーーーっ!?」

 

 そのまま超濃厚なディープキスをかましたのだった。

 

「ぷはぁっ……い、一夏ぁ?」

 

「おはよう、千冬姉。そろそろ時間だから、準備しないと」

 

「ん……分かった。

あの、あと出来れば……」

 

 一夏の言葉に頷きながら、千冬はもじもじと身を捩じらせながら上目遣いで一夏を見詰める。

 

「分かってるって。寮に戻ったらまた、ね」

 

「///」

 

 千冬の様子に一夏は不適に笑い、そのまま千冬を抱き寄せて耳元で呟いた。

 

 

 

 

 

 数分後、二人は身支度と変装を整え、ホテルをチェックアウトして繁華街を並んで歩く。

少し前までラブホで合体していたため勘違いしてしまうかもしれないが、二人はデートの真っ最中なのである。

 

「こういう所は、殆ど来た事が無いが……何か、思ったより悪くないな」

 

「デートの定番、だからね。……あ、ミスった」

 

「こっちもだ……。意外と難しいな」

 

 ゲームセンターにて、音ゲーに興じながら雑談する一夏と千冬。

特に千冬の場合、十代の頃はIS関係の仕事や活動に明け暮れていたため、遊ぶ時間など殆ど無く、今回のように羽目を外して遊びに興じるというのは本当に久しぶりだ。

 

「何というか、自分が寂しい青春時代を送ってきたと実感してしまうな。

ISばかりにかまけていて、遊びなんて碌に経験してなかったから、ずっと心にゆとりが無いままで……」

 

「それはこれから、作っていけば良いよ。人生まだまだ先は長いんだから。

それにさ、将来子供と一緒に遊びに出掛ける事だって出来るし」

 

「こ、子供って……何真顔でとんでもない事を。

き、気が早すぎるぞ///…………………あ!またミスった!?」

 

 平然と凄い事を言ってのける一夏に千冬は思いっきり動揺してしまい、それがゲーム画面にミスという形で表れる。

 

「へへ、コレで俺の勝ち♪」

 

「くっ……せこい真似を」

 

 画面に表示される1P(一夏)の勝利に千冬は顔を引き攣らせる。

 

「でも、子供作るって部分は、本気だから」

 

「……だ、だからそういう事を真顔で言うな。

………………母親か。そういえば、丁度一年前だったな。あの事をお前に話したのは」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 それは一年程前、永夜異変を解決してから千冬が寺子屋で働き始めるまでの間の出来事である。

 

 

 

『……アナタは素晴らしい才能を持っているわ』

 

 

『どうして?今まではコレと同じ方法で力を引き出せたのに!?』

 

 

『今の技術力じゃどうにもならないというの?』

 

 

『ダメなお母さんで、ごめんね…………一夏』

 

 

 

 白衣を着たその女性の声が優しく自分に語り掛けてくる。

その暖かく、母性に溢れた姿と声に一夏は千冬に感じるものとは違う種類の安らぎを感じる。

会った事はおろか、見た事も無い筈の人物なのに、まるでずっと前から彼女の事を知っているような気がする……。

 

 

 

 

 

「また、あの夢か……」

 

 まどろみから目覚め、一夏は窓の外の景色と時計を見比べる。

時間はまだ午前4時、隣にいる千冬はまだ寝息を立てている。

一夏が千冬と再会し、幻想郷で共に暮らし始める少し前から見るようになった夢だ……。

 

「本当に、あの人が……俺の、母さん……なのか?」

 

 この夢を見るようになってからというもの、今まで気にも留めていなかった母親という存在に一夏は強い興味を惹かれるようになった。

それと同時に、自分の中にある異常な部分を徐々にではあるがハッキリと自覚し始めた。

そして、それが確かな疑念へと変わった時、一夏は……。

 

 

 

 

 

「千冬姉、聞きたいことがある。

俺の……いや、俺達の親って、どんな人達だったんだ?」

 

「っ!?」

 

 その日の朝、一夏は遂に千冬に対してその疑問をぶつけた。

それに対し、千冬は『親』という単語に強く反応し、やがて一夏から目を逸らすように背を向ける。

 

「私の家族は、お前一人だけだ」

 

「答えになってねぇよ」

 

 搾り出すようにして出した千冬の言葉を一夏は一蹴する。

一夏はそんな曖昧な言葉ではなく、もっとハッキリとした答えを求めているのだ。

 

「最近、夢を見るんだ。

白衣の女の人が、俺に語りかけてくる夢でさ、その人はハッキリ自分の事を母親だって言ってた。それに、今の技術力がどうこうとも言ってたよ……。

その技術ってさ、俺が小学生より前の記憶が無い事に何か関係があるんじゃないのか?

だっておかしいだろ?小学生より前って言ったって普通は少しぐらい記憶があったって良い筈なのに!

なぁ、教えてくれよ!俺たちの親は……」

 

「やめろぉっ!!」

 

 千冬の叫び声が一夏の言葉を強引に遮る。

千冬は震えていた。怒りとも怯えとも取れる表情で唇を震わせ、目元には僅かに涙も浮かべている。

 

「あんな……あんな奴の事なんて言いたくない!思い出したくもない!!

私達を捨てたあんな女の事なんか!!」

 

「あの女って、母親だけ?父親の事は知らないの?」

 

「っ!」

 

 激昂する千冬に一夏は冷静に返し、千冬を真っ直ぐに、そして真剣な眼差しで見詰める。

 

「千冬姉……酷な事を聞いてるかもしれないけど、教えて欲しいんだ」

 

「……………………聞いても、胸糞が悪くなるだけかもしれないぞ。それでも良いのか?」

 

 長い沈黙の後、千冬は観念するかのように目を伏せ、先程とは打って変わって淡々とした声で一夏に問いかける。

その問いに対し、一夏は強く頷いたのだった。

 

「分かった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達の母親の名前は、織斑夏菜(おりむら かな)。

父親は知らない。私を産んだ時、母は既にシングルマザーだったからな。

 

職業については、これも良く分からない。

ただ、お前が夢で見た通り白衣を着ているのは私もたまに見た事がある。

私に対して何度か健康状態を調べるという名目で採血や検尿を行った事もあった。

尤も、医者なのか科学者かは定かではないが。

 

私が8歳の頃、突然『妊娠した』と言ってきた時は本当に驚いた。

何せ父親は居ないし、母には再婚の話など一言も出なかった。

そして本当に母のお腹は大きくなって、お前(一夏)が生まれた。

結局最後まで父親が誰かは教えてくれなかったな……」

 

「それじゃ、俺と千冬姉って……」

 

「種違い、の可能性もある……。

 

話を戻すぞ……。

お前が生まれてからも、生活は暫くは今まで通り続いた。

母は私にもお前にも優しく接してくれたし、母としての勤めも立派に果たしていた。

ただ、その頃から母の行動に妙な部分が出てきた。

時折、お前を自分の職場に連れて行く日があったんだ。私にはそんな事しなかったのにも関わらずな……。

 

そして私が中学2年に進級する直前になって、母は私達の前から姿を消した。

金だけを残して、母親同士で親友だった篠ノ之の家に私達の面倒を見るよう頼んでな……。

 

後は、前に話した通りだ。

私は束の誘いで白騎士事件を起こした。自分の境遇を呪って……いや、母親に捨てられた事に対する、ただの八つ当たりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………これが、私の知っている事の全てだ」

 

 重苦しい空気の中、千冬は暗い表情のまま俯いた。

 

「……どうしてだろうな?

あんなに優しかったのに、母親として模範的な人だったのに……。

どうして……私達を、捨てて……っ……うぅっ……!」

 

 やがて声は嗚咽へと変わり、千冬は唇を噛み締めながら肩を震わせる。

 

「もういいよ。

辛い事を思い出させて、ごめん」

 

「一夏ぁ……!」

 

 咽び泣く千冬の身体を一夏は抱きしめ、千冬は一夏の胸で泣き続ける。

 

母が何故自分たちを捨てたのか分からない。

だが、どんな理由があろうとも千冬の心に深い傷を残したのは決して変えようのない事実だ。

心から尊敬し、信頼していた母だからこそ、その悲しみは途轍もなく大きいだろう。

いつの日か、母の真意を知りたい……いや、知るべきだと、一夏は密かにそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「母親か……。私は、良い母親になれるのかな?

いや、それ以前に母親になる資格があるのか?」

 

「それは、俺達次第だよ。

綺麗事かもしれないけど、子供を立派に育てて、幸せにしてあげようって気持ちがあれば、それが親としての資格なんじゃないかな?」

 

「そう、だな……」

 

 不安げな表情になる千冬の手を優しく握りながら、一夏は微笑みかけ、千冬もそれに釣られて笑顔を浮かべたのだった。

 

「そろそろ帰ろうか?」

 

「そうだな。

あ、その前に、アレをやっていかないか?」

 

 千冬が指差した先にあるのは、カーテンのかかったボックス型の筐体だった。

 

「プリクラ?」

 

「折角久しぶりのデートだからな、記念撮影みたいな事をするのも良いだろう?」

 

「良いね。やってくか」

 

 二人はボックス内に入り、変装用の衣装(帽子・眼鏡など)を外すし、コントロールパネルを操作して撮影準備に入る。

 

『撮影準備完了しました。よろしければ撮影ボタンを押してください』

 

「一夏」

 

「何?」

 

「ん……」

 

 ごく自然な仕草で、千冬は一夏に顔を寄せ、唇を軽く突き出す。

一夏は千冬の考えを察し、撮影ボタンを押した直後に千冬を抱き寄せ、千冬の唇に口付けた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 シャッター音が鳴り、フラッシュが焚かれて数秒後、撮影完了の音声が流れ、二人の唇が離れる。

 

「永久保存ものだな、このプリクラは」

 

「そうだね」

 

 満足気に笑い合いながら二人は、プリクラを回収し、寄り添い合いながら帰路についたのだった。

 

 




次回予告

束に拾われ、彼女の下に身を寄せる女……ノエル。
日々扱き使われ、知識と力を叩き込まれる中、彼女はある人物と共に買出しに行く事になるが……。

次回『外道少女と人造少女』

ノエル「この国はいつから動物が喋れるようになった訳?メス豚は豚小屋で残飯でも食ってろブス!」




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外道少女と人造少女

長々とお待たせして申し訳ございません。

8月はコミケやら職場の部署異動やらでバタバタしてしまい、書く気力が沸かず……本当にすいません。



 一夏達がそれぞれの休日を満喫する頃、某所に建造された研究所の中では……

 

 

 

「まだ魔力の流れにムラがあります。コレで何度目ですか?」

 

「うるさいわね!そんな事ぐらい自分でも分かってんのよ!!」

 

 呆れた口調で指摘する少女……『くー』ことクロエ・クロニクル。

彼女の指摘に対して金髪の少女……ノエル・デュノアは声を荒げて返答する。

 

先のフランスにおけるデュノア社襲撃と壊滅事件の際、束とクロエに拾われたノエルはクロエ指導の下、魔力の扱いを叩き込まれていた。

 

「くーちゃーん!悪いけど後でアレ(ノエル)と一緒に食材の買出しに行ってくれる?」

 

「了解しました。

ノエル、訓練は中断です。行きますよ」

 

(あのイカレ女……またかよ!)

 

 束からは様々な雑務を押し付けられており、しかも束はノエルの事を名前ではなく『アレ』と呼んでほぼ道具扱いだ。

ぶっちゃけノエルの魔力が乱れる原因の半分は束にあったりする。

 

(こっちに来て早々変な薬を注射されるし(これといった異常は無かったから良いけど……)、こんな無表情の人形女に息が詰まりそうな雰囲気で指導されて、挙句の果てには雑用って……。

いつか私が天下取った日にはコイツら絶対奴隷以下にしてやる……!)

 

 復讐心を密かに募らせながら、ノエルはクロエの後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本 中国地方のとある繁華街

とある方法で日本へ上陸した二人は人目につかない場所で準備を整える。

 

「それじゃ、お金は渡しましたから。買う物を買って、後でココで落ち合いましょう」

 

「それは良いけどさ、こんなに金必要?」

 

 財布の中身を見ながらノエルは呆れた表情でぼやく。

その中には実に数十万分の札束が入っている。元々大量に食料を買う予定があるにしてもこれは多すぎる。

というか、コレだけの金をどこから調達してきたのか甚だ疑問だ。

 

「さぁ?……束様は余った分は好きに使って良いと言ってましたので、それで良いのでは?」

 

 クロエの方はあまり興味が無いようで、無表情で準備を進める。

 

「それじゃ、私は行きます。また夕方にココで……」

 

「フン……」

 

 去っていくクロエの背を眺め、ノエルは鼻息を鳴らしてから自分もまた買出しへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

「はむっ……ん〜〜、やっぱたこ焼きは最高ね♪

始めはムカついたけど、買出しに出て正解だったわ」

 

 それから約一時間後、買出しを早々に終えたノエルは残りの金(かなり大金)で買い食いを楽しんでいた。

日本文化に造詣が深い彼女にとって、たい焼きやたこ焼きを始めとした好物のジャンクフードに舌鼓を打っていた。

元々フランス在住の上に母の目もあった為(クローデット曰く『高貴な身分の自分達は下等な貧乏人の猿のジャンクフードなど食すべきではない』という理由でジャンクフードは禁止されていた)、めったに味わえない食べ物なので、結果的ではあるがそれを手に入れ、ノエルは上機嫌だった。

 

「あの糞ババア(クローデット)ってば本当見る目無いわね。

値段でしか食べ物の価値を見出せてない馬鹿が食を語るなっての」

 

 ノエルは生まれてこの方、母であるクローデットに愛情を感じた事など全く無かった。

そしてそれは『母親として』という意味で言えば自覚の有無は違えどクローデットも同様だったかもしれない。

幼い頃からノエルはクローデットに様々な英才教育を強いられてきた。

教養から軍事に至るまであらゆる分野を学び、そして常に優秀な成績を求められ続けた。

そしてクローデットの求める結果を出した際に必ず出て来る褒め言葉は決まってこの一言……

 

 

  『さすが私の娘よ』

 

 

 中学に入学した頃、ノエルは何となく理解した。

母であるクローデットは自分のことなど全く見ていない。

良い点数を取れば自分の娘だから当然だと言い、期待に応えられなければ父の若い頃の成績や実績と比較してヒステリックに怒鳴り散らす。

クローデットにとって自分は、自身の名声を上げるためのアクセサリーでしかないのだと。

 

 悲しみは沸かなかった。

元々母に愛情なんて持ってなかったし、寧ろ無能の癖に自分を装飾品にしているクローデットに対する怒りと屈辱が強かった。

 

父親であるセドリックに関しては、自分の事を血の繋がりに関係なく娘として見ようとしていたが、プライドの高いノエルにとって彼は目の上の瘤としてしか見れなかった。

 

「チッ……嫌な事、思い出したわ。…………ん?」

 

 母を思い出し、一瞬表情を顰めるノエルだが、直後にある人物を目にする。

 

「クロエ……まだ買い物終わってないの?」

 

 メモ用紙を手に周囲をキョロキョロと見回しているクロエの姿にノエルは呆れ顔で近付く。

 

「アンタ私より買うもの少ないのにまだ時間掛かってるわけ?」

 

「すいません……私、こういうの苦手で……。

正直、どこで何を売ってるのかよく解らないんです」

 

「はぁ……ちょっとメモ貸して」

 

 申し訳無さそうに俯くクロエにノエルはため息を吐き、メモを受け取って残りの買い物を確認する。

 

「これなら、そこの店(スーパー)で大体買えるわ。

場所は店員に聞けばすぐ分かるから、さっさと買ってきなさい。

それぐらいアンタのお粗末な頭でも出来るでしょ?」

 

「……助かります」

 

 的確に指示をこなすノエルに、クロエは一瞬意外そうな表情を見せつつも、やがて頭を下げて店へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。漸く終わりましたよ」

 

 ノエルの指示もあり、クロエは無事に買い物を終え、ノエルと再び合流した。

 

「遅すぎよ。買い物ぐらいまともに出来るようになれ間抜け。……はむっ」

 

「…………」

 

 手に持ったたい焼きを齧りながら文句を垂れるノエル。

そんなノエルに対し、クロエの視線はある一点に釘付けになる。

 

「…………な、何よジロジロ見て」

 

「……………………………い、いえ何も」

 

 明らかに挙動不審なクロエ。

彼女の視線の先に写る物は、たい焼きである。

 

「食べたいなら食べたいって素直に言え!たい焼きの2〜3個ぐらい言えばあげるわよ!

ホラ、コレあげるからその鬱陶しい視線をどうにかしなさい」

 

「す、すいません。…………はむっ。

〜〜〜〜〜〜〜〜っ!……美味しいです」

 

 差し出されたたい焼きを頬張り満足そうに笑顔を浮かべるクロエ。

そんなクロエにノエルは呆れ顔だ。

 

「アンタ腹ペコキャラだったっけ?」

 

「ノエルの作るご飯が美味しい所為です。お陰で私は食欲に目覚めました」

 

 ちなみに、クロエの言葉に嘘は全く無い。

何故ならクロエと束は料理が出来ない。

クロエの場合、料理など碌に知らずに生きてきたため、知識も技術も不足している。

束は練習すればすぐに覚えられるかもしれないが、そもそも覚える気自体が全く無いので意味が無いのだ。

 

「そ、そりゃどうも。……ん?」

 

 自分に合うまで食に関心の無かったクロエを若干気の毒に思いつつ、ノエルは自分に近付く人影に気が付いた。

 

「ねぇ、そこの金髪の娘ちょっと良いかしら?」

 

「あ?」

 

 近付いてきたのは柄の悪そうな女だった。

所謂不良かチンピラの類だろうか、ノエルとクロエを見ながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。

 

「随分羽振りが良さそうじゃない?実はさぁ、私今お金無くて困ってんの。

だから恵んでくr「消えろ雌豚」……は?」

 

 チンピラ女が言い終わる前にノエルは口を開いてそれを遮る。

 

「聞こえなかった?消えろって言ったのよ。

大体さぁ、雌豚の分際で人間様相手に何のたまってんの?」

 

「て、テメェェ!!」

 

「フン……!」

 

 豚呼ばわりされて逆上し、遅いかかって来るチンピラ女だが、ノエルはその攻撃を難無く避けてチンピラ女の顔面に膝蹴りを叩き込んでその鼻をへし折った!

 

「ガァアアアッ!!」

 

「まったく……この国はいつから動物が喋れるようになった訳?メス豚は豚小屋で残飯でも食ってろブスが!」

 

「ギャアアアアっ!!」

 

 鼻を押さえて蹲るチンピラ女の顔面をノエルは容赦なく掴み、そのままコンクリートの地面に何度も叩きつける。

 

「や、やべ、…て………ゆるじ、て…………」

 

 無様に命乞いをするチンピラ女。

その様子にノエルは目付きをより一層鋭く、そして冷たいものに変える。

 

「虫唾が走んのよ、アンタ。能無しの癖して偉そうにして……あの糞ババアみたいでさぁ!!」

 

 嫌な思い出に表情を歪めながら、ノエルは感情の向くまま倒れているチンピラ女の胸板を踏みつける。

 

「グエェェッ!!」

 

 『ベキッ』という音が幾重に重なって鳴り響く。

それと同時にノエルは足の裏にチンピラ女のあばら骨をへし折った手応えを感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

「まったくもう……変な騒ぎ起こさないでくださいよ。逃げるのも結構面倒なんですよ」

 

「良いじゃない別に。どうせ世界中から追われる身よ、私達は」

 

「はぁ……もう良いです。どっち道買い物は済ませられましたからね」

 

 チンピラを再起不能にした後、二人は周囲の人間が騒ぎ立てた事でその場を離れ、そのまま野次馬を撒いて束のラボへの帰路に着く。

 

「ところでノエル、今日の献立は?」

 

「アンタねぇ……たい焼き食ったすぐ後だってのに、もう晩飯の事考えてんの?」

 

「仕方ないじゃないですか!ノエルの作るご飯が美味しい所為です!!」

 

 腹ペコキャラが板に付き始めたクロエに呆れるノエル。

対してクロエは頬を赤く染めて抗議する。

 

「…………ありがと」

 

 自分の料理を何だかんだ言いつつも賞賛するクロエの言葉に、ノエルは小声で返答した。

 

(……『ありがとう』か、らしくないわね。たかが料理褒めてもらったぐらいで)

 

 自分の言葉にノエルは内心自嘲する。

思えば家柄や立場などのしがらみ無しで褒められたのはこれが初めてかもしれない。

それでこんな言葉が出てしまったのだろうとノエルは自分にそう言い聞かせたのだった。

 

(まぁ、今はコイツらの機嫌取っておいて損は無いし、今日は美味いもの作ってやろうかな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、コレが件の調査結果です」

 

「ありがとうございます」

 

 同時刻、IS学園の武術部の部室では、美鈴が文から一通の書類を受け取っていた。

調査の内容は先のエキシビションマッチで習っていないはずの技を繰り出した鈴音に関してだ。

あの後美鈴は鈴音に技の事を聞いてみたが、返ってきた答えは『昔拳法をやっていた祖父の動きにアレンジを加えた』というものだった。

その話を聞いた時、美鈴の脳裏にある予感が走った。

 

「こ、これは……!?」

 

 受け取った資料に目を通し、美鈴は目を見開いて動揺を露にする。

 

「あらあら……これはまた、奇妙な縁ね。ココまで来れば運命とも言えるわ」

 

 横から資料を除き見ながら彼女の主であるレミリアが呟く。

 

「まさか、鈴音さんが、お師匠様の……」

 

 気が付けば美鈴の目には涙が浮かび始めていた。

資料に書かれたある項目……彼女の家系図の書かれた鈴音の先祖の名前、

……その名はレイ・クウゴ。かつての美鈴の師匠である心山拳師範だった。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

臨海学校も遂に目前。
その前にやるべき事がある者、それが出来た者はそれを成す。
臨海学校はあともうすぐだ。

次回『それぞれの役目』

勇儀「嬉しいねぇ。最近は本当に嬉しい事だらけだ」

紫「アナタを、雇いたいの」


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現在まで登場しているIS紹介

要望があったので(今更ながら)IS紹介のまとめを投稿します。


ダークネスコマンダー(魔の拳士)

パワー・A

スピード・A

装甲・C

反応速度・A

攻撃範囲・D

射程距離・C

 

パイロット・織斑一夏

 

武装

格闘用特殊アーマー『D(ダークネス)アーマー』

両手両足に装備された特殊装甲。

一夏自身のパワーに比例して威力を上げる事が出来る

 

腕部荷電粒子砲『D(ダークネス)ガンナー』

威力に優れた射撃武器。

発射時は腕をまっすぐ伸ばす必要がある。

一夏は拳から弾幕などを発射する時と同じような感覚で使用している。

 

Dガンナー改

Dガンナー最大の欠点だった『発射時に腕を伸ばす必要がある』という問題を解決した改良型の射撃武器。

フルチャージでなければわざわざ腕を伸ばす必要が無く、連射性と速射性がアップしている。

しかし、その反面エネルギーの燃費も増えた。

 

LAA(ロング・アーム・アタッカー)

Dアーマーのワイヤーを伸縮自在のホース型コードに変更したもの。

これによってより詳細な動きと手の動作が可能になった。

 

関節部内蔵型スプリング

関節部に高弾力スプリングを内蔵し、機体関節部の弾力性が大幅にアップし、よりアクロバティックな動きが可能となった。

 

肘部ブレード『聳狐角(しょうこかく)』

肘部に内蔵されたナイフ状のブレード。

フェイントや牽制に便利。

 

にとりによって製作された一夏専用機。

一夏の格闘能力を最大限に活かせるように設計されている。

カラーリングは黒地に白のライン。待機状態は腕輪。

 

 

 

スカーレットコンダクター(深紅の指揮者)

パワー・B

スピード・B

装甲・C

反応速度・A

攻撃範囲・B

射程距離・B

 

パイロット・レミリア・スカーレット

 

武装

ビーム刃展開装置付突撃槍『グングニル』

突撃力を重視した接近戦用の武装。

最大出力での一点突破力は一撃必殺の威力を誇る。

 

投擲用小型円盤型カッター『スカーレットシュート』

扱いやすさを重視した中距離戦用の武装。

汎用性が高く、軽量で非常に扱いやすい。

 

肩部レーザー砲『ダビデ』

連射性能を重視した遠距離戦用の武装。

 

 

レミリア専用機。

バランス性を重視した性能で全体的に癖が少なく、汎用性が非常に高い。

また、接近戦用の武装であるグングニルの性能もあり、突破力に秀でている。

カラーリングは紅、待機状態はネックレス。

 

 

 

パーフェクトサーヴァント(完璧なる従者)

パワー・D

スピード・A

装甲・C

反応速度・A

攻撃範囲・A

射程距離・B

 

パイロット・十六夜咲夜

 

武装

光学迷彩短剣『S(ステルス)ナイフ』

ステルス機能を備えたナイフ。

簡易ビットとしての機能も兼ね備えており、咲夜の手元を離れても動くことが出来る。

 

炸裂短剣『EX(エクスプロージョン)ナイフ』

爆発機能を備えたナイフ。基本的な性能は『Sナイフ』と同じ。

対象に刺さるすると同時に爆発する特性を持つ。

『Sナイフ』と合わせて合計500本展開可能。

 

腰部荷電粒子砲『ミーク』

腰部に装備された荷電粒子砲。

咲夜はナイフを失ってしまった際の非常時用の武装として使用している。

威力はそれなりに高い。

 

 

咲夜専用機。

軽量かつ燃費が非常に良い機体。

パワーは低いが手数でそれを補っている。

ナイフには全て簡易ビット処理が施されており、ある程度遠隔操作も可能。

ただし出せる命令は『敵に向かって飛ばす』か『自分の手元に戻る』の二つだけだが元がナイフなので大した問題にはならない。

 

カラーリングは銀、待機状態はイヤリング

 

 

 

紅龍(ホンロン)

パワー・B

スピード・A

装甲・C

反応速度・A

攻撃範囲・D

射程距離・C

 

パイロット・紅美鈴

 

武装

格闘用特殊アーマー『極彩』

両手両足に装備された特殊装甲。

 

腕部荷電粒子砲『颱風』

連射性と速射性に優れた射撃武器。

発射時は腕をまっすぐ伸ばす必要がある。

 

紅美鈴専用機。

一夏のDコマンダーの兄弟機であり、Dコマンダーと比べて若干機動性重視に設計されている。

カラーリングは紅をベースに緑のライン。待機状態はアンクレット。

 

 

 

ダンシングドール(踊る人形)

 

パワー・E

スピード・B

装甲・B

反応速度・A

攻撃範囲・A

射程距離・B

 

パイロット・アリス・マーガトロイド

 

武装

有線式人形方ビット『ドールズ』

1体約80cm程度の大きさの人形型ビット。

サブマシンガンと西洋風のランスで武装しており集団戦法を駆使して相手を追い詰める。

非常に汎用性が高いが扱うには非常に高い情報処理能力が必要。

人形の武器は本体であるアリスも使用可能。

最終手段として任意で自爆させる事も可能。

最大6機展開可能。

 

ハンドガン&ナイフ

本体に装備された護身用の武装。

威力は少々心許無い。

 

アリス専用機

人形型ビットを使用して戦うオールレンジ攻撃を得意とする機体。

本体そのもののパワーは低いので付かず離れずを基本戦法として戦う。

現在射程距離を伸ばすための新武装が開発中である。

カラーリングは水色、待機状態は小型のぬいぐるみ。

 

 

 

白楼観

 

パワー・C

スピード・A

装甲・B

反応速度・A

攻撃範囲・D

射程距離・C

 

パイロット・魂魄妖夢

 

武装

エネルギー展開装置付ブレード『白楼弐型』

妖夢の持つ白楼剣を基にIS用に作られた刀。

武器エネルギーを消費し、エネルギーの刃を生成してそれを飛ばす事である程度遠距離への攻撃も可能。

白楼観の武装の中で最も攻撃力が高い武器。

 

ミラーコーティングブレード『妖』

防御用に開発されたオリジナルの刀。

ミラーコーティングを施しており、ビームやレーザーを防ぎ、反射させて弾き返す事が出来る。

 

装甲短剣『楼観弐型』

白楼剣を基に作られた刀。

頑丈さに重点を置いて開発され、相手の近接攻撃への防御、カウンターを主な使用法として用いられる。

 

妖夢専用機

妖夢の剣術をフルに活かすため通常のISと比べて小型であり、非常に小回りが利く機体として設計されている。

戦闘ではその小回りの良さを活かしたヒット&アウェイや手数に物を言わせた戦法を得意とする。

その反面、小型故にパワー型の機体には力負けしやすい。

カラーリングは緑に銀のライン。

待機状態はオープンフィンガーグローブ。

 

 

 

バーニングマジシャン(爆裂の魔術師)

 

パワー・B

スピード・A(本体のみではD)

装甲・B

反応速度・A

攻撃範囲・C

射程距離・A

 

パイロット・霧雨魔理沙

 

武装

ビームバズーカ『レヴァリエ』×2

高出力のビームバズーカ。

高い威力を誇り、一撃だけで大ダメージが期待できる。

 

レーザーカノン『イリュージョン』

右肩に装備されたレーザーカノン。

速射性が高く、牽制に便利。

 

西洋剣型ブレード『スターダスト』

接近戦用の武装。

強度が高く、耐久性は抜群。

 

超高出力ビーム砲『マスターキャノン』

レヴァリエとイリュージョンを合体させて発射するバーニングマジシャン最大の武器。

その威力は絶対防御を簡単に貫くほど。

そのため、試合ではリミッターが掛けられている。

また威力が大きい反面燃費も非常に大きい。

 

飛行ユニット『スプレッドスター』

サーフボード方の飛行ユニット。

単体でも高い機動性を誇るがレヴァリエを装着する事で凄まじいスピードでの飛行が可能になっている。

 

魔理沙専用機

高いスピードと圧倒的な火力を誇る機体。

単体での飛行能力は持たず、スプレッドスターに乗る事によってサーフィンのように高速移動が可能になっている。

その反面、他の機体と比べて動きが大雑把で小回りが利かないのが欠点。

 

 

 

非想天則

 

パワー・B

スピード・B

装甲・A

反応速度・A

攻撃範囲・C

射程距離・B

 

パイロット・東風谷早苗

 

武装

ビームライフル『ドッズライフル』

貫通力に優れたビームライフル。

 

柱型格闘・防御ユニット『オンバシラ』×2

簡易ビットを装備した柱型のユニット。

基本的に本体の周囲に浮かんでおり、早苗の意思に応じて敵の攻撃を高速回転しながら自動防御する。

打撃武器としても使用可能。

 

ビームナイフ

近接戦闘用の武器。

 

回転式ロケットパンチ『ブロウクンマグナム』

貫通性と威力に優れたロケットパンチ。早苗のお気に入りの武器。

 

早苗専用機

防御力に優れた機体。

早苗の趣味が思いっ切り前面に出ているロマンを重視した設計になっている。

 

 

 

 

白牙

 

パワー・C

スピード・B

装甲・C

反応速度・A

攻撃範囲・B

射程距離・A

 

パイロット・犬走椛

 

武装

 

近接専用ブレード『白蘭鋼牙』

接近戦用の青龍刀型ブレード。

非常に軽量で切れ味が抜群。

 

バレル換装型ビームガン『白雷』

射撃戦用の武装。

銃身を換装する事により射程範囲を変更できる。

バレルは近、中、遠距離の三種類がある。

 

ワイヤー装着型万能シールド『白舞』

汎用性を重視して設計された特殊な盾。

内部にカッターとバルカンが内蔵されている。

また、ワイヤーも装着されており、投擲してもヨーヨーのように手元に戻すことが可能。

 

ハモニカ型ビーム砲内臓シールド『ディバイダー』

広範囲拡散型ビームキャノンを内蔵した盾。星蓮船異変と同時期に追加された武装である。

広範囲かつ高火力であり威力は抜群に高い。

 

スモークチャフ『幻霧』

ハイパーセンサーすらも無効化する手榴弾型の白煙爆弾(スモークボム)。

ナノマシン内臓の煙の粒子により相手の視界はおろか、ISのハイパーセンサーすら無効にする。

 

高感度索敵ゴーグル

幻霧の煙を無効化できる索敵ゴーグル。

 

 

白兵戦と索敵能力に優れた椛専用機。

椛の持つ高い嗅覚と千里眼との相性は抜群。

トリッキーな武装を用いたかく乱戦法を得意とする。

 

 

 

迦楼羅

パワー・E

スピード・A

装甲・D

反応速度・A

攻撃範囲・B

射程距離・C

 

パイロット・射命丸文

 

武装

超高風圧竜巻発生機『トルネードホールド』

大型手裏剣状の武装。

高速で打ち出して竜巻を発生させて敵を拘束する。

 

投擲特殊鉄扇『八ツ手ノ葉』

紅葉型の団扇をモデルに作られた特殊鉄扇。

近接武器としてだけでなく、振るうことで真空の刃を飛して攻撃出来る。

 

戦闘支援ユニット『子鴉』

鳥の形をした2機に支援兵器。

迦楼羅の周囲を旋回しながら追従し、高速飛行で気流を発生させて風の障壁を生み出す。

これにより大半の実弾は防がれ、光の屈折でステルスや光学兵器を無力化できる。

文専用機。

スピード重視の機体。現状では最速のISである。

文の動体視力をフルに活用できるように設計され、風を用いた攻撃と防御を得意とする。

しかし、軽量故にパワーはダンシングドールと同レベルに低く、組み付かれるとパワー負けしてしまう。

 

 

ヒートファンタズム(熱き幻想)

 

パワー・B

スピード・C

装甲・B

反応速度・B

攻撃範囲・A

射程距離・A

 

パイロット・五反田弾

 

武装

近接戦用可変ビームランス『ブリッツスピア』

ヒートファンタズムの主武装である槍。

先端部は可変式になっており、ビームの出力と上手く組み合わせることにより鎌状に変形させる事が出来る。

また、ビーム刃は銃弾の様に発射可能で射撃戦にも対応出来る。

 

投擲用丸鋸型カッター『メタルブレード』

丸鋸型の投擲用カッター。

多少の慣れは必要だが、コントロールが非常に容易で扱いやすく、威力も高い。

 

中型誘導ミサイルランチャー『ダイブミサイル』

ホーミング式の中型ミサイルを発射する6連装ランチャー。

射程距離が非常に長い。

 

鉄球型ハンマー『ナイトクラッシャー』

チェーンに繋がれた鋲付き鉄球。

鉄球には推進ブースターが備え付けられており、ある程度の遠隔操作も可能。

また、チェーンを縮めれば短棒の代わりとして至近距離での戦いにも対応出来る。

ヒートファンタズムの武装の中では、最も単体での破壊力が高い。

 

 

五反田弾専用機

河城重工が後の量産機製作を見越して開発したテスト機。

『あらゆる距離、戦況に対応できる機体』をコンセプトに設計された汎用性重視の機体。

スタンダードながら応用の利く武装が豊富なのが強み。

データ取得とIS学園編入者の専用機として開発され、最終試験をパスした弾の専用機となる。

カラーリングは赤と白のツートンカラー(ガンダムSEED Destinyのソードインパルスをイメージ)、待機状態は額当て(NARUTOに登場する額当てのマーク無しをイメージ、弾はバンダナの変わりにしている)。

 

 



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それぞれの役目

 この日、IS学園・アリーナ内にてある模擬戦が行われていた。

 

「ぐ……ぅぅっ……ま、参ったわ。降参よ」

 

 ダメージを受けた箇所を手で押さえ、息を切らせながら打鉄を纏った女性は降参を宣言する。

彼女は学園の警備主任を勤める教師だ。

 

「これで採用って事で良いんだよな?」

 

「ええ、悔しいけど完敗よ。これだけの実力を見せられたら誰も文句は言えないわ」

 

 逆に対戦相手(主任と同様打鉄を使用)は平然とした様子で膝を付く警備主任を見下ろしている。

彼の名は田所アキラ。以前に河城重工に出入りしていた(『シャルロットの一日』参照)、とある組織の構成員である。

 

今日付けでIS学園に警備員として出向する事になった彼は採用試験を兼ねた模擬戦を行い、見事勝利して見せたのだ。

 

『田所様、ご苦労様でした。

後は手続きを済ませて、早速明日から研修を受けてもらうことになります』

 

「了解だ」

 

 通信機から伝えられる報告にアキラは淡々と返答し、ピットへ戻る。

 

(採用(こっち)はほぼ問題無し。

後は……尻(ケツ)に火が付きかけた嬢ちゃんだけだな)

 

 その内心では既にもう一つの目的に目を向けながら……。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室内の片隅でカタカタとキーボードを叩く音が鳴る。

この部屋の現在の主である楯無は非常に険しい表情でPCのモニターを睨んでいる。

 

「ぬぐぐ……犬走椛(コイツ)も白。

何で目立つ所一つ見つからないのよ!?逆に怪しすぎるわ……」

 

 河城重工所属のメンバー(弾は除く)の経歴を調べ、何の成果も無い現実に楯無は臍を噛む。

個人的な確執もあるが、元々河城重工に対して警戒心を抱いている楯無は、時折暇を見つけては河城重工に探りを入れているのだが、その成果は全くと言って良い程芳しくない。

河城重工、牽いてはその所属メンバーをいくら調べようとも出てくる結果は決まって『不審点無し』の一言。

ISを男女共用にするという功績に加え、国家代表以上の実力者を複数抱えている超大物企業でありながらこの結果は逆に怪しい。

それこそ『実は篠ノ之束と繋がっている』、『裏社会との関係を持っている』といった妙な噂の一つぐらいあった方が返って普通の大企業だと安心できるぐらいだ。

 

(こんな得体の知れない連中に簪ちゃんは……)

 

 簪と共に笑い合う武術部員達(特に魔理沙)の姿を思い浮かべ、楯無は無意識の内に歯を軋ませる。

 

「渡さない……あんな女に、簪ちゃんは渡さない!」

 

 表情を怒りと苛立ちで歪め、楯無は再びPCを睨んで粗探を再会するが……。

 

「悪いが……探偵ごっこはそこまでだ」

 

「!?」

 

 突如として背後から聞こえた男の声に楯無は即座に振り返り、その勢いに乗せて裏拳を繰り出す。

 

「っ……いない!?」

 

 だが、拳を繰り出した先に男の姿は見えず、楯無の一撃は空を切る。

そしてその直後、またもや背後から……より正確に言えば先程まで睨めっこを続けていたPCから『ブツッ』という嫌な音が聞こえてきた。

 

「!……PCが!?」

 

「中々良い反応速度してるじゃねえか。

だが、まだまだ経験不足だ。俺が進入した事ぐらいもう少し早く気付け。

まぁ尤も、進入自体に気付く事は期待してないけどな」

 

「あ、アナタは……!?」

 

 PCの電源が切れたと同時に再び聞こえてきた声。

そして楯無は今度こそその男……田所アキラの姿を肉眼に捉えた。

 

「アナタ、何者!?」

 

「…………」

 

 問い詰める楯無。が、対するアキラは無言。

ただ無言のまま冷ややかな視線を楯無に向けている。

それは以前、トーナメントの折に魔理沙が楯無に向けた視線に限りなく近いものだった。

 

「答えなさい!!」

 

 苛立ちの混じった声を挙げると同時に、楯無は自身の専用機『ミステリアス・レディ』の右腕部と武器である槍を部分展開してアキラに突きつけようとするが……。

 

「…………フリーズ」

 

「っ……!!?!?」

 

 アキラがその言葉を発した直後、状況は一変した。

 

「な…何、これ?…………か、身体が…動かな、い!?」

 

 現実離れした出来事に楯無は混乱を隠せない。

自分の身体がまるで凍り付いてしまったかの様に全く動かなくなってしまったのだ。

 

「暴れられると面倒なんでな、悪いが暫く動きは封じさせてもらう。

まぁ、安心しろ。今回来たのはあくまでお前に警告しに来ただけだからな」

 

「警告、ですって……!?」

 

 アキラの言葉に楯無は疑問の表情を浮かべる。

自分が警告されるような事に心当たりが無かったのだ。

 

「更識楯無……貴様、及び全暗部に対し、河城重工及びその関係者への調査を禁ずる。

及び、河城重工への対応は今後全面的に我々の組織が行う。例外は一切認めない」

 

「な、何ですってぇ!?」

 

 思わぬ宣告に楯無は思わず大声を出してしまった。

よりにもよって自分の天敵とも言える連中への調査を打ち切られてしまうなど、あまりにも唐突かつ不愉快極まりない話だ。

 

「くっ……アナタ、一体何の権限があってそんな事を!?

仮にアナタが私と同じ暗部の者でも、私の行動を制限する権限は無い筈よ!!」

 

 楯無の言う通り日本政府直系の暗部というものは基本的に徹底した横社会なのだ。(←※独自設定です)

それぞれに担当する専門分野が分けられており、それに対する越権行為は余程の事でない限り絶対に許されない行為である。

 

楯無の実家である更識家の場合、敵対国や組織の暗部に対抗する対暗部用の暗部であるが、

河城重工に関してはまだハッキリとした区分が出来ておらず、あらゆる暗部組織が様子見を行っているのが現状だ。

 

「何事にも例外って奴はある。例えば……」

 

 アキラは懐に手を伸ばし、一枚の黒いカードと何かの端末らしきものを取り出した。

そして端末を近くにあったノートPCに接続し、その後カードを端末に通すと……。

 

「ほらよ」

 

「な!?……こ、ここ、こんな馬鹿な!?な、何で…………」

 

 目の前に出されたノートPCに楯無は絶句する。

画面に映し出されたのは国家機密情報の数々。

とても普通の暗部構成員では見る事など出来ないものばかりだ。

更識家当主の自分でさえココまでの権限は持っていない。

これ程の権限を持つ者は政府の中でも数少ないだろう。

 

「あ、アナタは、一体……?」

 

 慌てふためく楯無を無視し、ノートPCの電源を切り、アキラは去っていく。

 

「……………………『炎魔』。コレだけいえば解るだろ?」

 

 去り際にそう言い残しながら。アキラはその姿を消した。

室内にはただ一人、金縛りが解けた楯無を残して……。

 

「え……炎、魔…………あ、ああぁぁぁぁぁ…………!!」

 

 金縛りが解けたにも拘らず今度は全身の震えで動けなくなる。

『炎魔』…………徹底した横社会である暗部組織のたった一つの例外。

日本政府が唯一独立行動権を認めた組織にして、全ての暗部を束ねる暗部の頂点に君臨する組織の名だ。

通常の暗部の者にとってその発言力は時として政府よりも優先される。言うならば”暗部の中の暗部”である。

そして炎魔が直々に動く理由はただ一つ…………『並の暗部では手が出せない事態』という事だ。

 

(え、炎魔が直接、動く……か、河城重工はそれ程までの相手だって言うの!?

そ、そんな奴等の近くに簪ちゃんは…………!)

 

 楯無の震えはこの後も暫く止まる事は無かった。

そしてこの時、彼女の中で河城重工への警戒心、そして簪を求める感情はより一層大きくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 一方、楯無への警告を終え、IS学園における用事を済ませたアキラは、一度荷物を纏めるために宿泊しているホテルに戻って、昇降口へと歩を進めていた。

そんな時……。

 

『〜〜♪』

 

「ん?……紫か」

 

 携帯の着信音に気付き、ポケットから取り出された携帯の画面には発信者である紫の名前が表示されている。

アキラは一瞬訝しげな表情を浮かべえるが、一先ず電話に出るべく通話アイコンを押した。

 

「もしもし。…………ああ、その名前で合ってるけど、見つかったのか?

……………………んなぁっ!?……マジかよそれ?…………分かった、すぐ行く。

はぁ……。あの野郎、漸く見つかったと思ったらコレかよ?」

 

 紫からの報告に一度大きく反応した後、アキラは一先ず会話を切り上げ、ため息を吐いて人気の無い場所へ移動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間はアキラが採用試験を受けていた時に遡る。

この日、いつも通り訓練生達の訓練を行っていた河城重工の訓練道場に、ある異変が起こった。

ちなみに、現在訓練生は2期生が加わって人数は増え、1期生の何割かは卒業してIS関連の企業や軍に就職している。

他にも来年度からIS学園に入学・編入が決まっている者もいる

 

「たのもーーーーーっ!」

 

 やや時代遅れな言葉と共に、その男は訓練場の扉を開けた。

 

「志願者以外の男の来客たぁ珍しいねぇ。……アンタ、名前は?」

 

 突然現れた男に、訓練生達が怪訝な表情を浮かべる中で勇儀は胡坐を掻いたまま応対する。

しかし、そんな不遜な態度の中で、勇儀の顔には獰猛な笑みが浮かんでいる。

男の外見は頭にはバンテージを巻き、顔付きこそ30〜40代程だがノースリーブの服から覗く傷跡が多数刻まれたその非常にしなやかな筋肉は屈強かつ強靭な印象を与え、彼が百戦錬磨の猛者である事を物語っている。

 

「俺の名は高原日勝……格闘家だ。

とんでもなく強ぇ鬼教官がいるって聞いて来たんだが、アンタの事か?」

 

「ああ、そりゃ間違いなく私と、今は飲みに行ってる萃香の事だ。

で、それでアンタは何をしに来た?」

 

 勇儀の問いに日勝もまた獰猛な笑みを浮かべて勇儀を見据える。

 

「そりゃお前、格闘家が強ぇ奴を前にしてやる事なんざ一つだろ?」

 

「クク……違いない。

この御時勢に道場破りたぁ、面白い男だ。だが、そういうの嫌いじゃないよ!」

 

 目付きを鋭くしながら勇儀は立ち上がり、直後に日勝と勇儀は同時に身構え、一気に駆け出し、そして……

 

「うらぁっ!!」

 

「フンッ!!」

 

 二人の拳がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は大きく変わり、中国のとある山……その山頂の丘に設けられた4つの墓。

その墓前には花束を手に持った美鈴の姿があった。

 

「お久しゅうございます、お師匠様。先輩方に老師様も……」

 

 それぞれの墓に花を添え、美鈴は合掌し、傅いて黙?しながら頭を垂れる。

墓標に彫られている名前は美鈴の拳法の師匠であるレイ・クウゴ。

そして残りの墓は、かつて悪漢との戦いで命を落としたレイ・クウゴの兄弟弟子達とその師匠である当時の心山拳老師である。

 

「お師匠様……かつてアナタを師と仰ぎ、免許皆伝を頂いて早数百年。

何の運命か、アナタの血を引く人に巡り会う事が出来ました。

そして、結果的にではありますが、それが彼女に心山拳を伝授する事にも繋がりました」

 

 墓前に向き合いながら美鈴は師匠に己の周囲で起きた出来事を伝える。

その顔には喜び、寂しさ、戸惑いなど、様々な感情が浮かび上がった何とも言えない複雑な表情が浮かんでいる。

 

「数百年立っても、未だ未熟な私ですけど、

必ずアナタの子孫……鈴音さんは私が責任を持って守ります。

守って、鍛え上げて……そして立派になった姿を見届けます!

ですから、どうか見守っていてください」

 

 表情が徐々に決意を帯びたものに変わり、美鈴はやがて力強く立ち上がったのだった。

 

「あ……あと、知らずの事とはいえ子孫である鈴音さんを叩きのめしてしまって申し訳ありませんでした……。

本当マジで怒んないでくださいね……」

 

 これで最後にヘタレなければ完璧なのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぐぐぐ……!!」

 

「ぐぎぎぎ……!!」

 

 そして再び視点は河城重工へ戻り、日勝と勇儀は手四つつで取っ組み合い、両者一歩も退かない力比べを展開していた。

 

「あのオッサン、化け物かよ!?」

 

「勇儀姐さん相手に力比べ……しかも互角!?」

 

 愕然とする周囲。

しかし当人達はそんな事は全く意に介さず戦い続ける。

 

「クク……やるじゃないか。

外の人間でここまで強い奴がいるとはねぇ!」

 

「お前も大したもんだな!

女でこんだけ強いのは昔知り合った中国の拳法家以来だぜ!」

 

「嬉しいねぇ。最近は本当に嬉しい事だらけだ。

鍛えてやったガキ共が独り立ちする様を拝めて、アンタみたいな強い奴と戦えて……。

本っ当、退屈しないねぇっ!!」

 

 鬼の名に相応しい獰猛かつ好戦的……悪い言い方をすれば凶悪な笑みを見せ、勇儀は日勝を両腕の力だけで投げ飛ばした!

 

「うおぉっ!?……とっ!」

 

「貰った!」

 

 空中高く投げられながらも、日勝はすぐに体勢を立て直して床に着地する。

しかしそこへ勇儀が迫る。

 

「甘いぜ!オラオラオラァ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 迫る勇儀に繰り出される日勝の張り手の連打。

その凄まじい拳圧が風を巻き起こし、小型の竜巻となって勇儀を吹っ飛ばす!!

 

「チィッ!とんだ芸当だ。

生身でこんな芸当が出来る奴は初めて見たよ。

まったく……余計に血が、騒ぐだろうが!!」

 

「こっちの台詞だぜ!!」

 

 再び駆け出し、二人の拳が互いの顔を捉え、繰り出される……が、

 

「そこまでだ!」

 

「っ!?な、何だこりゃ?

……って、その声はまさか!?」

 

「身体が……?

おいおい、邪魔しないでくれよ。折角の良い勝負をさぁ……」

 

 新たに横から入った男の声が響くと同時に二人の動きが止まる。

 

「ごめんなさいね。これ以上やったらアナタ達に重工(ココ)を壊されかねないから」

 

「ったく、やっと見つけたと思ってたら……人の商売相手の会社でドンパチかよ。

この格闘バカ……」

 

 道場に入室する二人の人影、一人は河城重工社長・八雲紫。

そしてもう一人は先程までIS学園で楯無に警告(脅し)を行っていたエージェント・田所アキラだ。

 

「おぉ!アキラじゃねーか、久しぶりだなオイ!」

 

「久しぶりだなじゃねぇよ。

お前今までどこにいた?こっちは散々探したんだぞ」

 

「ん?エベレストに修行しに行ってたぜ」

 

 金縛りを解除しながら質問するアキラになかなかぶっ飛んだ返答をする日勝。

 

「二人とも、色々と昔話に華を咲かせたいだろうけど、先にこちらの用件を言わせてもらって良いかしら?」

 

 そして二人の間に割ってはいる紫。

その言葉にアキラは一度会話を切り、一歩下がって紫に主導権を譲る。

 

「アンタが八雲紫か。

一応、アンタの事は昔アキラから色々聞かせてもらってるぜ」

 

「それは結構。話が早くて助かるわ。

とりあえず、単刀直入に用件を言わせて貰うけど……」

 

 一呼吸間を置き、紫は口元から笑みを消し、真剣なまなざしで日勝を見詰めて口を開いた。

 

「アナタを、雇いたいの。…………戦力としてね」

 




次回予告

遂に始まった臨海学校。
普段のしがらみを忘れ、海を満喫する生徒達。

だが、そこに近付き始める不穏な影が……。



次回『海DE大騒動』

魔理沙「しょっぺぇ!本当にしょっぱい!!」

レミリア「うーうー……」


※アキラと日勝のプロフィールは次回の後書き辺りで書きます。


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臨海学校
海DE大騒動(前編)


「凄ぇ!コレが海か!?初めて見たけど本当に凄いぜ!!」

 

「な、何と広大な……」

 

「……うわ!?しょっぺぇ!本当にしょっぱい!!海水ってこんなにしょっぱいのか!?」

 

 臨海学校当日……海での自由時間を目前にしながら、魔理沙が初めて見る海にはしゃぎ、妖夢も驚きの表情を見せている。(※幻想郷には海が無いため)

 

「海が初めてって、どういう事?」

 

「ん?言葉通りの意味だぜ。私達は殆ど皆山岳地帯で生まれ育ってるから、泳いだり釣りをするのは川とかが中心なんだ。

(やべぇ……言い訳作っといて良かったぜ)」

 

 簪のある意味当然とも言える疑問に魔理沙は真顔で返すが、思わず失言をしてしまったことに内心冷や汗をかく。

 

「そういえば魔理沙さん、最近お師匠さんとは連絡とか取ってるんですか?」

 

「魅魔様の事か?

いや、全然。あの人は今長期出張中だ。そろそろ戻ってきても良い頃とは思ってるんだけどなぁ……」

 

 妖夢からの助け舟に内心で感謝する魔理沙。

ちなみに、魔理沙の師匠格である魅魔は現在魔界にて魔力を蓄えるために冬眠中である。

 

「魔理沙の師匠って、どんな人?魔理沙以外にも弟子とか居るの?」

 

 緊急回避的に出した魅魔の話題だが、運良く簪の興味を引く事に成功する。

 

「まぁ一言で言えば……偉大な人だな。私的にはレミリアよりカリスマがあると思ってるぜ。

兄弟弟子は、よく知らん。私が弟子入りするよりも前に居たらしいけど、その事についてはあんまり教えてくれなかったからな……」

 

 

 

「全員注目!」

 

 魔理沙が師匠との記憶に思いを馳せようとする中、不意に千冬の声が響き、魔理沙を含む生徒達は千冬に視線を向ける。

 

「これから今日の夕方まで自由時間とするが、浮かれすぎて羽目を外し過ぎないようにしろ。

明日はISを使った講義を行うから、今の内にしっかりと楽しんでおけ。以上、解散!」

 

 千冬の号令の直後、生徒達はそれぞれ海へと繰り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

case1

 

「日差し強いわねぇ……日焼け止め(パチュリー作)いつもより多く塗っといて良かったわ」

 

 波打ち際を歩きながらレミリアは照りつける太陽に顔を顰める。

 

「お嬢様、少々海に近付きすぎかと」

 

 そして、そのすぐ近くでは咲夜が日傘を準備して付き添い、海との距離が近いレミリアを諌める。

(※吸血鬼は流水に弱い)

 

「フッ……私を誰だと思っているの?いくら流水と言ってもこの私には致命傷にはなり得ない。

たかだか足に掛かる程度の波など大した事無いわ。

むしろ足の裏が気持ち良いぐらいよ。

故に私の心配は要らないわ。それより咲夜は一夏にアピールする事を優先すべきではないの?」

 

 自信満々にレミリアは答える。

元々力が強く、位の高い吸血鬼であるレミリアは流水にもある程度耐えられるぐらいの耐性はあるのだ。

が、その時……

 

「わわっ……くぁwせdrftgyふじこlp;!?」

 

 通常よりも大きな波がレミリアを襲い、それによってバランスを崩したレミリアは波に飲まれるように倒れ、そのまま全身で海水を被ってしまった。

 

「お嬢様!?」

 

「うーうー……しょっぱい、目に染みるぅ……。

やっぱ素直に砂で遊ぶ、うー」

 

 今までシリアス担当だったレミリアの本作初のカリスマブレイクが決まった。

 

 

 

 

 

case2

 

「ほら、いつまでも恥ずかしがってないで」

 

「うぅ、姉御ぉ……私、背も胸も小さいから、ちょっと自信が……」

 

「大丈夫ですって!一時間かけて似合うの選んだんだから」

 

 赤面して身体をバスタオルで包んだラウラに、それを外すように促す椛と文。

 

「一度タオルを取っ払えば恥ずかしさなんて吹っ飛びますって。それっ!」

 

 業を煮やした文はラウラからバスタオルを奪い取り、ラウラは水着姿を晒す。

そこには普段のシンプルな服装とは打って変わり、髪をツインテールに纏めてフリルの付いた可愛らしい水着を纏ったら裏の姿があった。

 

「へぇ、結構可愛いじゃん」

 

「うん、良く似合ってる」

 

「ほ、本当か?」

 

 近くに居た鈴音と簪はこれを賞賛し、ラウラは顔を真っ赤にしながら俯きがちに上目遣いで周りを見渡す。

周囲から視線は集まっているものの、それは不快なものではなく、むしろ好印象なものだった。

 

「ね、言ったでしょ?大丈夫だって」

 

「そうそう、小さいのが何よ!誰かが言ったでしょ?『貧乳はステータス』って!」

 

 安堵するラウラに肩を置きながら椛は笑い掛け、鈴音は同じ貧乳としてラウラを激励する。

ちなみに簪も同意見らしく、鈴音の言葉にうんうんと頷いていたりする。

が、そんな時……

 

 

 

「お待たせしました。すいません、着替えに手間取っちゃって……」

 

「うぉぉっ!?……い、いえ、全然大丈夫っす!(ヤベェ、海で見るとより一層凄ぇ……)」

 

 

 

 スタイル抜群・超人胸度1000万パワーの中華娘、紅美鈴が水着姿で現れた。

 

「「「……………………(完全敗北!!)」」」

 

 対する胸度……いや、あえて数値にはしないでおこう。

とにかく胸にコンプレックスのある胸ぺったんガールズの三人娘(鈴音、ラウラ、簪)はただただ己と美鈴の胸を見比べ、静かに肩を落とした。

しかし、その直後……

 

「……ねぇ、美鈴さんに弾。私達とビーチバレーで勝負しない?」

 

「あ、良いですね。やりましょう!」

 

 三人は真っ黒なオーラを、その全身から溢れさせたのであった。

 

「「私達審判やります」」

 

 当事者以外から見てあからさまに黒いオーラを出している鈴音達を目の当たりにし、二人の天狗は安全策(静観)に徹することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、胸ぺったんガールズVS弾&美鈴組のビーチバレー対決の火蓋が機って落とされた訳だが……。

(※美鈴は群を抜いて強いから人数差でハンデをつけてます)

 

「巨乳が、なんぼのもんじゃあーーーー!!」

 

「貧乳はステータスだ!希少価値だぁーーーーっ!!」

 

「胸が小さくて何が悪い!世の中DカップやEカップばかりじゃないんだぁーーーーっ!!」

 

「ちょっ!?何で今日に限っていつもより動き速いんですか!?」

 

「つーか、顔面狙いのラフプレイかよ!?痛っ!」

 

 普段の3割増とも言えるパワーとスピードで鈴音達の疾風怒濤の如き猛攻が火を噴いた!!

 

 

 

「そう何度も、やらせはしない!」

 

「カバーとサポートは俺がやる!」

 

「そしてパワーが要る事は私の担当!!」

 

 しかし、美鈴はやはり強かった!

弾の好フォローもあり、中盤からは一気に巻き返して反撃に転じ、そして……。

 

「そりゃぁーーーーっ!!」

 

 美鈴の弾丸スマッシュが鈴音達のコートに突き刺さった!

 

「「「…う……ぅぅっ…………!

敵わない……コイツには…………とても、敵わない(胸囲的な意味で)」」」

 

 鈴音、簪、ラウラ……完全敗北。

 

 

 

 

 

case3

 

 浜辺が騒がしくなる一方で、海はというと……。

 

「ィヤッホォォォゥッ!!」

 

 当然こちらも例外ではなく、海面では魔理沙がハイテンションでサーフボードを乗りこなし、波乗りをエンジョイしていた。

 

「魔理沙さん、あっという間に乗りこなして……、わぷっ!」

 

 逆に、同じくサーフィンに興じている早苗はというと、中々上手くバランスが取れずに海へ落下を繰り返していた。

 

「うぅ……格好良く決めて一夏君に『格好良い早苗お姉ちゃん』をアピールしようと思ったのに……。

っていうか、一夏君はどこに……?」

 

「一夏なら千冬と妖夢と三人で沖の方まで泳ぎに行ってたぜ」

 

「…………」

 

 早苗、完全に空回りである……。

 

 

 

「ハァ、ハァ……ま、魔理沙のサーファー姿、撮影しなきゃ……あとで、焼き増し」

 

 余談だが、ビーチボールでの疲労でフラフラの身体を引き摺りながら、簪は必死に魔理沙を撮影していた。

 

 

 

 

 

 

 

case4

 

 沖の方では千冬と妖夢が水泳対決の真っ只中だった。(一夏は審判担当)

 

「貴様には負けん!」

 

「こっちの台詞です!」

 

 ちなみに、勝敗は一夏の身体に触れた時点でゴールというルールである。

 

「「うぉおおおお!!!!」」

 

(二人とも怖ぇよ……)

 

 鬼気迫る表情で猛スピードで一夏に接近する千冬と妖夢。

終始互角の戦いを展開する二人だが、ゴール間近になって千冬が僅かにリードし始める。

 

「やった!勝った!仕留めた!!この勝負貰ったぁっ!!」

 

 ゴール間際、遂に千冬は一夏の身体を抱きしめようとする。

まさに勝敗決すると思われたその時……。

 

「させるかぁーーーっ!!」

 

「な…ブッ!?」

 

 妖夢の叫びと共に、千冬の身体が横殴りに吹っ飛ばされた。

 

「半霊……だとぉ!?」

 

「邪魔しちゃいけないなんてルールは、設定してませんよねぇ!!」

 

 衝撃の正体は普段妖夢の周囲を浮遊している大きな人魂……半霊だった。

千冬がゴールする直前に妖夢は半霊を飛ばして千冬を妨害したのだ。

 

「これで、私の……」

 

「へ?」

 

 妨害されたい冬を尻目に妖夢は、一夏の腕を掴んで自分に引き寄せ、そして……

 

「勝ちです!!」

 

「んむぅっ!?」

 

 そのまま一夏の唇にキスを決めた!!

 

(今まで他の連中に後れを取った分、ココで巻き返す!)

 

「むぐぅ~~!(またこの展開かよ!?)」

 

 次第に濃厚になってくる妖夢からのキス。

それはまさに早苗との初キスの再現だった。と、なるとこの次の展開は……

 

「ヨ・ウ・ムぅ~~~~っ!!貴様、ぶっ殺す!!!!」

 

「こっちこそ海底に沈めてやる!!」

 

 当然、ぶち切れた千冬との乱闘だった。

 

「よくも一夏の唇を!」

 

「勝てば官軍!負けたアンタが悪いのよ!!」

 

(……よし、逃げよう)

 

 激化必至な水中大決戦の中、一夏は水中を泳いで浜へと向かったのだった。

 

「アトランティスドライバー!!」

 

「ええい、猪口才な!セントへレンズ大噴火!!」

 

 悪魔超人さながらのバトルを繰り広げる二人を残して……。

 

 

 

 

 

 

「な、何か今、シャレにならない技が繰り出されたような気が……」

 

 浜辺で日光浴をしていたセシリア(イギリス出身)が何故か冷や汗をかいたのはまた別の話である。

 

「おーい、セシリア。ビーチバレーやるからお前も来いよ。

箒やアリス達もよんだら参加するって言ってたぜ!」

 

「あ、はい。今行きますわ!」

 

 そんなこんなで、海での時間は過ぎていったのだった。

 

 

 

 




次回予告

 騒ぎの余韻の残る夜、箒は自分が姉に力を求めた事実を千冬に打ち明け、相談する。
一方で日勝を新たに雇い入れた河城重工では、彼の専用SW開発を急ぐ。
そして臨海学校2日目、遂に天災が姿を現す。

次回『海DE大騒動(後編)』

にとり「カナダのIS研究所が爆発事故か……物騒だねぇ」

箒「私は、どうすれば良いんでしょうか?」






『炎魔』設定

『ライブアライブ』に登場する主人公の一人・おぼろ丸が所属していた忍者組織『炎魔忍軍』を前身とする組織。
幕末以前より日本の影で活躍した最強の忍集団が、日本政府直轄の暗部として現代まで存続し、今なお全暗部を影から統括している。
また火遁を始めとした、忍術・妖術にも精通しており、現在では(外界において)悪質な妖怪退治も行っている。



経歴

中世時代に誕生した憎しみの化身・魔王オディオによって剣と魔法が発展していた大国・ルクレチアが滅ぼされ、
当の魔王オディオは、あらゆる時代において憎しみの権化を倒した英雄の皆殺しと、それに伴う歴史改編を目論んだ。

だが、オディオの存在を危険視した当時の八雲紫は、オディオによる歴史への直接的干渉を妨害し、各時代から7名の英雄(おぼろ丸や、美鈴の師匠もその一人)を召喚するという方法で対処した。
(妖怪の自分では逆にオディオに取り込まれる可能性があった為、直接戦う事は出来なかった)

結果としてオディオは倒されたが、オディオが(当時魔法の先駆的存在の国だった)ルクレチアを滅ぼしてしまった為、魔法を始めとした妖怪、魔法などの反科学的な存在は大きく衰退してしまった。

後に紫は、オディオを倒した英雄の一人、おぼろ丸と接触し、彼を通じて炎魔忍軍と調停を結び、幻想郷のバックアップを得た。
(見返りとして、炎魔忍軍にはより優れた魔術・妖術の知識や道具を提供)


河城重工の件はある程度黙認しているが、社会を過度に混乱させないように注意深く監視している。






ライブアライブからのゲストキャラ紹介

田所アキラ

炎魔の構成員。28歳。
かつて、とある組織によって画策された大規模な大量殺戮(実際は少し違うが)を巨大人型ロボット『ブリキ大王』を使用して阻止した青年。
魔王オディオを打倒したメンバーの一人でもある。
事件直後に紫の伝により炎魔からスカウトされ、ブリキ大王の封印と事件の収拾を条件に炎魔に参加した。

超能力者(サイキッカー)であり、他者の心を読むなどの脳波に干渉する能力を持つ。
更に、炎魔での訓練を経て現在では体術や火炎妖術などもマスターし、その実力は炎魔でも指折りのものとなっている。

不良っぽい外見をしているが、その外見に反してIQはかなり高い。

 

※日勝のプロフィールは次回載せます。






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海DE大騒動(後編)

遅れてしまいましたが、明けましておめでとうございます。

今年はもっと更新速度を上げたいなぁ……と思いつつ久々に更新出来ました。


「射撃武器は本当に無しでいいの?」

 

「おう!そこら辺は他の装備と俺の技でカバーできるしな。

それに、遠距離攻撃自体はこの武器でも出来るんだろ?」

 

 IS学園一年生達が臨海学校をエンジョイする中、河城重工の開発部では河童達が新たに戦力として雇い入れた高原日勝の専用SWの開発に取り掛かっていた。

既に機体の開発状況は、骨組みは完成し、残るは装甲と武装の取り付けのみとなっている。

 

「カナダのIS研究所が爆発事故か……物騒だねぇ」

 

「にとり〜!もう休憩終わりだよ〜〜」

 

「ん?分かった」

 

 仲間に呼ばれ、休憩していたにとりは読んでいた新聞を机の上に放り、作業場に戻って機体の設計図を見詰める。

 

「手足の装甲はDアーマー、腕はスーパーアームがベースかぁ……。

こういうシンプルイズベストな機体って開発も整備もしやすいのが良い所だよね。

よーし、パパっと仕上げちゃうよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。場面は再び臨海学校へと戻り、生徒達は旅館にて夕食の刺身や天ぷらなどの和食に舌鼓を打った後、就寝時間まで各々自由時間に入る。

 

「…………」

 

「…………」

 

そんな中、千冬は自分の泊まる部屋にて、一人の生徒と向き合っていた。

 

「織斑先s『今は自由時間だ。名前で呼んで構わん』……千冬さん、姉さんの事でお話があります」

 

 その生徒……先日まで妖夢や早苗達と幾度と無くトラブルを起こしてきた少女、篠ノ之箒は緊張した面持ちで千冬を見詰めながら口を開いた。

 

「……束が、どうしたんだ?」

 

「明日、来るそうです。…………私が頼んだ専用機を持ってくるために」

 

「!?…………詳しく、話してくれ」

 

 束の名と遂にその姿を見せるという事実に千冬は内心の動揺を押し殺しながら、努めて冷静に箒に尋ねた。

やがて箒は重々しく語り始める。

自分が河城重工の面々に対する憎しみに身を任せ、姉に専用機を頼んだ事、そして束が河城重工に対し、明確な敵意を抱いているという事を……。

 

実を言えば、箒はこの事を千冬に相談するかギリギリまで迷っていた。

いくら自分が撒いた種とはいえ、束に千冬達に電話の事を喋らないと約束した手前、それを破ってしまう事に箒は戸惑っていた。

しかし、早苗との殴り合い、そして一夏との対話で頭を冷やし、自分が『憎しみ』という邪な感情の赴くまま力を求めてしまった事を理解し、そこから来る罪悪感が勝り、箒は千冬に相談する事を決めたのだった。

 

「……そうか、そんな事が」

 

「はい。正直言って、今でも専用機が欲しいという気持ちは少しだけ残ってます。

だけど、私にはそんな物を得る資格は無いし、もし手に入れたらまた前みたいになってしまう気がして……凄く怖いんです。

……私は、どうすれば良いんでしょうか?」

 

 束と専用機の情報を語り、箒は俯きながら自分の心中を漏らす。

その問いに対して、千冬は暫し目を伏せて考え込み、やがて静かに目を開いて箒を真っ直ぐ見詰めて口を開いた。

 

「私個人の意見になるが、お前の立場を考えれば自衛の意味でも専用機は必要だろう。

嫌かもしれないが、お前は束の妹だ。

それも束が情を向ける数少ない存在となれば、人質にしようとする輩の存在も決して否定は出来ない。

そういう連中から身を守るためにも、ある程度それに対応できる力と武器を持っておく必要はある。

勿論、お前の言う通り、お前が専用機を得るのは時期尚早とも思うが、それを自覚しているのなら、特に言う事は無い。

明日までまだ時間は有る。じっくり考えて決めろ。

仮に専用機を得るとしても、その専用機に相応しくなれるよう、努力すれば良い。今のお前なら一夏達だって力を貸してくれるだろう」

 

「はい。……ありがとうございます」

 

 千冬の言葉に、自分はまだやり直せるという希望を感じ、箒は顔に安堵の色を浮かばせて千冬に頭を下げる。

そしてそのまま箒は部屋を去ろうとするが……。

 

「あ、箒……ちょっと待ってくれ」

 

 去ろうとする箒を千冬は呼び止め、戸惑うような表情を浮かべて箒を見る。

 

「……どうかしましたか?」

 

「その……一夏の恋人の件なんだが……」

 

「っ!」

 

 千冬の言葉に箒は絶句して目を見開く。

一夏の恋人……その存在は箒にとって、かつて自分を絶望の淵に叩き落し、ただでさえ酷かった自分の気性をより一層酷くした原因の一端とも言える存在である(残りは自分の視野の狭さと器の小ささだが……)。

勿論今でもその正体は気になるし、恨みが全く無いといえば嘘になる。

だが、少しは頭も冷えた今、以前のように絶対に叩き潰してやろうなどという物騒な考えは鳴りを潜めている。

 

「……教えてくれるんですか?」

 

「……お前が、望むならな。

少なくとも、お前には……知る権利はあるかもしれないから……」

 

 千冬は内心葛藤していた。

一夏の恋人……つまり自分の正体を明かせば、確実に箒から恨まれ得るし軽蔑もされるだろう。

だが、今までひた隠しにしてきたがために箒を追い詰め、数々の暴挙に走らせてしまったのも事実だ。

 

それはつまり、自分が間接的に箒を追い詰めた事に他ならない。

 

ならば、たとえ恨まれるにせよ、自分ひとりだけ恨まれている方がまだ良いのではないか?

ここで全てを話して後腐れを無くしてしまった方が却って彼女のためになるのではないのか?

そう考え、千冬はこの際自分と一夏が近親相姦の関係にある事を白状するのも一つの選択だと思っていた。

 

そんな千冬の言葉に、当の箒は……

 

「……いえ、今はまだ、知らなくて良いです」

 

 少し考え込んだ末、箒が選んだ答えは断る事だった。

 

「正直、そいつの正体は今でも気になってるし、恨み言を言ってやりたい気持ちもあります。

けど、今知ったらまた私は感情をコントロールできずに暴走してしまう気がするんです。

ですから、もう暫くして、私が人並みに落ち着きを取り戻すことが出来たら、その時に改めて教えてください」

 

「ああ……分かった」

 

 再び箒は千冬に頭を下げる。

そんな箒の態度に、千冬は心が痛むのを感じながらも、それ以上の言葉は発せず、静かに箒を見送ったのだった。

 

「私は、最低だな……箒、ごめん……本当に、ごめん……っ!」

 

 そして箒が去った後、千冬は声を押し殺して嗚咽を漏らす。

結果的にとはいえ、彼女の心を未だに踏み躙り続けてしまっている罪悪感に心を痛めながら。

 

 

 

 

 

「千冬姉……」

 

 そしてそんな千冬の姿を一夏は密かに見守っていた。

元々は窓から入って千冬と一晩明かそうと考えていたのだが、箒との会話を盗み見て千冬が罪の意識に泣く姿に、一夏は部屋に飛び込んで千冬を抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。

 

ここで千冬を慰めるのは簡単だ。

だが、事の原因の一つでもある自分がそれをすれば千冬は自分を許せなくなってしまうだろう。

そう考えながら、一夏は屋根の上に腰を下ろし、千冬が落ち着くまでじっと見守り続ける。

千冬が気持ちを整理し終えた時、しっかりと彼女の身と心を抱きしめるために……。

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

「束様、ただいま戻りました」

 

 束の所有する移動式ラボの中で、クロエはノエルを伴ってその姿を現す。

 

「ご苦労様。で、成果は?」

 

「問題なく完了しています」

 

 束はクロエ達に目を向けずに返し、クロエはそれに淡々と応える。

ノエルはというと、自分の出る幕は無いとばかりに壁に寄りかかって懐からガムを取り出してそれを口にしている。

 

「そう。それじゃ明日は結構大きいイベントになるから二人とももう寝て良いよ」

 

 そう言って束は再び目の前にある一機のISの最終調整に再び取り掛かる。

 

「もうすぐ会えるね。ちーちゃん、箒ちゃん。

……ちーちゃん、私の事を裏切ってないか見極めさせてもらうよ。

もし、裏切るって言うなら……」

 

 眼前のIS、そして端末に繋いでいるUSB……正確にはその中に保存された画像を見て目を細める。

 

「幻想郷なんかに味方するなら、容赦はしないから……!」

 

 

 




次回予告

臨海学校も二日目に入り、課外授業として専用機持ち達による演習が開始される事となる。
そして遂に現れる天災・篠ノ之束。
彼女から差し出された専用機『紅椿』を前に、箒が出した結論は……?

次回「力を持つ資格」

箒「身勝手な事を言っているのは重々理解してるつもりです」

?「この国も随分とハイカラになったのぉ!」





人物紹介

高原日勝(たかはら まさる)

流浪の格闘家。44歳。
魔王オディオを倒した英雄の一人。
あらゆる格闘技の技を操る格闘技の達人。

かつて格闘家の名を借りた殺戮を繰り返す破戒僧、オディ・オブライトを倒し、世界最強の座に着いた後、格闘技界の王者として君臨していたものの、まだ見ぬ強敵と新たな好敵手を求め、数年後にその地位を返上し、世界中を旅する流浪の旅を続けている。

歳は取ったものの、その強さは未だ健在。
尚且つ技は更に磨きがかかり、その戦闘力は勇儀と素手のタイマンが張れる程である。

長らく行方を眩ませていたが、河城重工で教官を勤める勇儀と萃香の噂を聞きつけて道場破りに来た所、戦友のアキラと再会し、八雲紫直々にスカウトされ、戦闘員として河城重工に所属する事になる。
(立ち位置的には傭兵に近い形である)


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力を持つ資格

な、なんとか2月中に間に合った……。


「……どうなってんのよ、コレって?」

 

 就寝時間を控えた旅館の一室で、鳳鈴音は困惑した表情で携帯端末を凝視していた。

 

「心山拳が……既に、消滅した拳法?」

 

 切っ掛けは、些細な好奇心だった。

美鈴から伝授された心山拳……そのルーツに興味を持った鈴音は、暇な時間を利用してはネットなどで中国拳法の歴史を調べ、その中にあると思われる心山拳の名前を探し、そして今日、遂にその名に見つけたのだが……。

 

 

 

『今は亡き拳法 其の四拾壱 

 

心山拳

 

かつて中国の一地方で発祥した拳法であり、力よりも精神と心を磨く事を主とする流派(それ故に師範格の人物は人格者が選ばれ、荒くれ者を多数更生させた実績もある)。

しかしながら、拳法自体の技術も非常に高かったようであり、野盗や猛獣退治に大いに貢献した記録が存在する。

日本の年号に換算して明治時代前後、当時中国でも屈指の悪名高き非道の格闘集団『義破門団』を討伐した事でその名は広まり、一時期は大きく隆盛し、繁栄を極めた。

 

しかし、第二次世界大戦の折、当時の師範、及び次期師範候補者と門下生が相次いで死亡したため、心山拳の歴史は完全に途絶えてしまった。

 

余談だが、当時の心山拳師範の子供は生き残っていたという記述がある。』

 

 

 

「じゃあ、美鈴さんはどうして心山拳を?

もしかして、分家筋とか何か?今度直接聞くしかないか……」

 思わぬ形で生まれた新たな疑問を抱えつつ、鈴音は何とか考えを切り替え、床に就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 そして夜が明け、日付は臨海学校2日目に入り、河城重工所属者や代表候補生といった専用機持ち達は、各国より代表候補生に送られた専用機の追加パッケージの運用テストとデータ収集を目的とした演習を行うべく海岸に集まっていた。

なお、ラウラのシュバルツェア・レーゲンは、先の暴走事件にてコア以外が大破したため、現在は予備パーツで急造された代替機を使用している。

 

「あの、織斑先生……何故専用機持ちでない篠ノ之さんがココに居ますの?」

 

 そしてメンバーの中には箒の姿もあった。

当然ながら彼女の事情を知らないセシリア達は顔に疑問符を浮かべる。

 

「その事については追々話す。

まずはお前達の国から届いた武装の確認だ。河城重工所属の者にも間も無く新武装が届くはずだが……ん?」

 

 不意に千冬は上空を見上げ、それに釣られて生徒達も上空へと目を向ける。

やがて、徐々にけたたましい音と共にひとつの機影が目に映る。

 

「何だありゃ、ヘリか?」

 

「あれは……VTOL(垂直離着陸機)だ!」

 

 弾とラウラの声が上がって間も無く、VTOLは一夏達のほぼ真上に位置し、扉が開いた。

 

「着いたか……しかし、この国も随分とハイカラになったのぉ!」

 

 直後に銀髪の少女が姿を現す。

少女の名は物部布都(もののべの ふと)。ラウラの暴走事件と同時期に幻想郷で起こった神霊異変の当事者の一人で、現在は主である豊聡耳神子(とよさとみみの みこ)共々幻想郷に定住し、同時に外界での活動に協力するようになった尸解仙である。

ちなみに、当の神子は現在自らの本拠地である霊廟の移動作業のため、布都は河城重工の手伝いに一人出向している状態である。

 

「先に降りるぞ。とぁーーーっ!」

 

 言うや否や布都はSWを纏い、そのままVTOLから飛び降りる。

そしてくるくると回転しながら落下し、そして……

 

「ふごっ!?」

 

 頭から砂に突っ込み、見事な犬神家状態を披露したのだった。

 

「何やってんのよアイツは……」

 

「あらあら……」

 

 そんな布都を見て、VTOLに同乗していた雲居一輪はため息を吐き、聖白蓮は苦笑いを浮かべたのであった。

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

「……見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。

我は物部布都と申す。今回新しい武器とやらの運搬と護衛を任され、馳せ参じ、あだっ!?」

 

「アナタ、喋り方もう少し考えなさいよ。物凄く変な目で見られてるわよ」

 

 犬神家状態から抜け、古めかしい口調で自己紹介に入る布都の頭を一輪が軽く小突く。

傍から見たらその様子はさながら漫才のようだ。

 

「お久しぶりです、白蓮さん」

 

「ええ、こちらこそ。その節はどうもお世話になりました」

 

 一方で最後の護衛役である白蓮は千冬と厳かな雰囲気で会釈しあっている。

見る人が見たら『この差は何だ?』と突っ込みたくなる絵面だ。

 

「とにかく、早い所例の物を機体に組み込まないとね。

えーと、五反田弾さんとアリス・マーガトロイドさんと十六夜咲夜さん、来てくれる?」

 

 一輪から名前を呼ばれた三人は前に出てそれぞれ量子格納された状態の新装備をコンテナから取り出す。

 

「まず咲夜さんは……固定装備型のアームビームガン『クロック』よ。早速装備してみて」

 

 一輪に促される形で咲夜は新武装を自らのパーフェクト・サーヴァントに装着し、直後に空になったコンテナを見詰める。

 

「あれで試し撃ちしても良いかしら?」

 

「ええ、良いわよ。元々試し撃ちの的も兼ねてるからね」

 

「ありがと。ついでに悪いけど、コレ上空に投げてもらっていいかしら?」

 

 咲夜の頼みを快諾し、一輪はSWを展開・装着。スーパーアームを装備してコンテナを軽々と持ち上げた。

 

「せぇーーのぉっ!」

 

 そのままコンテナを投げ飛ばし、コンテナは上空高く飛んでいく。

 

「うわ、凄いパワー……」

 

「あの人が乗ってるのって、最近噂になってる作業用のパワードスーツだよね?」

 

「作業用でこのパワー……。

さすがに基礎スペックでISに劣るとはいえ、あの性能……その上、大量生産出来るとなると、完成度はISを超えているな」

 

 SWの性能に驚く鈴音達。

だが、それを余所に咲夜は新武器であるクロックを構えて、コンテナ目掛けてそれを連射した。

 

「連射性、精密性、威力……どれも十分及第点ね。気に入ったわ」

 

 一頻り撃ち終え、クロックを格納して咲夜は元居た位置に戻る。

見るも無残にバラバラになったコンテナが落下し、砂浜に叩きつけられたのはその直後の事だった。

 

 

 

「次は五反田弾とやら、お主にじゃ」

 

 続いて布都が弾の前でコンテナを開ける。

 

「何だこれ、星型のビットか?

俺ビット兵器の適正無かった筈だけど?」

 

「うむ。詳しくは知らんが、『すたぁくらっしゅ(スタークラッシュ)』という名のしぃるどびっと(シールドビット)という物らしいぞ」

 

 布都の言葉に怪訝な表情を浮かべつつも、弾は早速をインストールを開始する。

やがてインストールを終え、すぐさま弾はスタークラッシュを展開するが……。

 

「お?」

 

 展開された3基のビットは弾の周囲をぐるぐると旋回し、シールドバリアとは別の新たなバリアを展開し始めた。

 

「成る程、これなら適性は関係無いな。それに……」

 

 弾は面白い事を思い付いたかの様に笑みを浮かべて空のコンテナ目掛けてバリアと化したビットを投げ付けた。

 

「攻撃や仲間の援護にも使えるな。気に入ったぜ!」

 

「うむ。ただし、使える時間は限られておるから過信は禁物じゃ」

 

 

 

 

 

「最後はアリスさんですね」

 

「ええ、私のは元々注文していたやつだから説明は良いわ」

 

 白蓮から手渡されたコンテナの中身を見詰め、アリスは一瞥してから仕様書を見て納得したように頷く。

 

「ほぼ注文通りね。河童達の事だから変な追加機能つけてないか冷や冷やしてたけど、これなら十分許容h『ち〜〜ちゃ〜〜〜〜〜ん!!』……!?」

 

 突然場の雰囲気をぶち壊す声が響き渡る。

何事かとアリス達が周囲を見回したその瞬間、轟音と共に上空から何かが降ってきた。

 

「な、何じゃ、何が起こった?……って、あーーーーっ!?へ、へりが……我らが乗ってきた機械が……」

 

 見るも無残にぶっ壊れたVTOLの惨状を前に、布都が悲鳴をあげる。

一方でその元凶はというと……。

 

「束……」

 

「やあやあ!久しぶりだねち〜ちゃん!箒ちゃん!

二人が待ちに待った頼れる天災お姉ちゃん束さんだよ〜〜!」

 

 ふざけた口調と共に姿を現した女性……ISの生みの親にして天災と呼ばれる女・篠ノ之束が、遂に千冬達の前にその姿を見せた。

 

「束……その、久しぶりだな」

 

「うんうん!ちーちゃんったら急にいっくんと同じように行方不明になっちゃったから心配したよ〜。

じゃあ再会のハグしよハグ!」

 

「やめろ!そんな事するような歳か!?」

 

 抱き付こうとする束を押さえる千冬。

そんな二人にある人物が静かに近付く。

 

「おい、お主。騒ぐ前に我らに対して言う事があるのではないか?」

 

 額に青筋を浮かべ、布都は束の肩を掴んで強制的に振り向かせる。

 

「………………………………消えろ」

 

「っ!?」

 

 振り返り、束は静かに布都を睨みつけ、ただ一言そう呟いた。

その様子に布都は思わず狼狽してしまう。

 

(な、何という冷たく鋭い眼光……。

まるで、死に掛けの者を容赦なく踏み潰し、その事に呵責も躊躇も無い……そんな眼をしておる)

 

 その瞳は先程までの千冬に向けていた能天気なそれとはまるで違う。

まさに絶対零度と呼ぶに相応しいものだった。

 

「き、貴様……他人の乗り物を壊しておいて言う事はそれだけか!?」

 

 しかし、布都も黙っては居ない。

VTOLを壊した挙句、それに対して何の詫びも無く、こちらを見下すような視線を投げかける相手への怒りを再び燃やして束に詰め寄る。

 

「飛んで帰れば?天下の河城ご自慢の劣化版ISのガラクタでさぁ」

 

「貴様ぁ!もう許さ『お待ちなさい』」

 

 横暴極まりない束の言葉に怒り、布都は思わず拳を振り上げるが背後に居る白蓮がそれを制止する。

 

「聖殿、何故止める!」

 

「腹立たしいのは解ります。勿論私とて彼女に対してお咎め無しにする気は毛頭ありません。ですが……」

 白蓮は静かにある人物を見詰める。

その人物……篠ノ之箒は、暗い表情を浮かべ、怒りとも悲しみとも付かない表情を浮かべていた。

 

「どうやら我々よりも重い話をしなければならない方も居るようです。

私達の話は彼女の後でも良いでしょう」

 

「…………」

 

 白蓮の言葉に少しではあるが冷静さを取り戻し、布都は束を掴んでいた手を離す。

束はそれに一瞥する事も無く、再び表情を柔和なものに戻し、箒の方へ歩いていく。

 

「やあやあ箒ちゃん!ごめんね遅くなっちゃって」

 

「い、いえ……それより、その……」

 

「うんうん!

皆まで言わずとも解ってるよ!さぁ、箒ちゃんお待ち兼ねの専用機のお披露目タ〜〜イム!!」

 

 有無を言わせぬ勢いで捲くし立て、束は真紅のISを展開して見せた。

 

「これぞ!箒ちゃん専用機にして現存するすべてのISを凌駕する世界初の第4世代IS・紅椿!!」

 

 束は胸を張りながらその機体・紅椿を見せびらかす。

一方で箒は拳を握り締め、何かを言いたげに唇を振るわせる。

 

「あ、あの姉さ『さぁ箒ちゃん早速コレに乗ってみよう!』……」

 

 箒の言葉を遮るように束は箒に紅椿に乗るよう促す。

 

「さぁ、早く乗って『姉さん!』……なぁに?箒ちゃん」

 

 捲くし立てる束を大声で遮り、箒は束に向き合い、申し訳無さそうに硬く目を瞑り、深々と頭を下げた。

 

「姉さん、すいません。……自分で頼んでおきながら、こんな事を言うのは身勝手な事を言っているのは重々理解してるつもりです。

だけど、今は……今の私には、その機体に乗る事は出来ません」

 

「え?…………どうして?箒ちゃんが欲しいって言ってた専用機だよ?

これがあればいっくんの隣に立てるんだよ!?なのに何で?」

 

「……それは、違います。

確かに今でも一夏の隣には立ちたいです。一夏の彼女とやらに対しても悔しい思いはあります。

けど、鳳や東風谷と戦って、一夏や千冬さんと話して、

いくら力があったって、どれだけ凄い機体に乗ったって、それに私自身が見合わなければ、何の意味も無いって……そう教えられたんです。

それで色々と考えて、今までの自分の行いを振り返って……、

今の私は、力を持つ資格は無いと、今のままでは専用機を活かせないと、そう思ったんです!!

我侭だというのは解っている。

だけど、お願いします!!専用機を受け取るのはもう少し待ってください!

私が十分に心身共に強くなるまで、それが無理でもせめて、その期待が必要になる時まで、その機体を預かっていてください。

お願いします!!」

 

 胸の内を吐露し、箒はいつしか土下座をしながら束に懇願していた。

箒は苦悩していた。いくら気まぐれで自由気ままな性格の束が相手とはいえ、自分のために態々作製し、用意してくれた専用機を、いざ受け取るときになってそれを断るという、余りにも相手の気遣いを無碍にしている行為、

元が自分の我侭同然の願いからという負い目も加わり、その罪悪感が箒を土下座という行為に走らせた。

 

「…………」

 

 それに対し、束は無言。

あれだけハイテンションだったのに、それを真逆にしたような態度は、見るものに不気味な雰囲気を感じさせる。

 

「……箒ちゃんさぁ」

 

 やがて束は静かに、そして不気味に口を開く。

 

「ちょっと、河城の連中に影響されすぎなんじゃない?」

 

「っ!?」

 

 初めて聞く姉のドスの利いた言葉に箒は思わずたじろいでしまう。

しかしそれを気にする事無く束は箒に一歩近付いてくる。

 

「あれだけそこの人外連中を憎んどいてさぁ、ちょっと説教されたら心変わり?

それで専用機いりませんなんて、そりゃないよ箒ちゃん」

 

「ち、ちがう!専用機が必要無いんじゃない。私がそれを持つにはまだ至らない所があるだけで、それを克服すれば改めて……」

 

「それいつになるの?

明日?明後日?一週間後?一ヵ月後?それとも十年後?」

 

「そ、それは……」

 

 先程とは打って変わって威圧的に捲くし立てる束。

返す言葉が見つからない箒は後退りながら口を噤む事しか出来ない。

 

「うん、分かってるよ。箒ちゃんが専用機を無碍にする気なんて無いって事は。

けどねぇ、今貰っとかないと損だよ?色々と、ね……」

 

「う、うぅ……」

 

 淡々と責める様に詰め寄る束に箒は言葉を失ってしまう。

その様子に束は徐々に勝ち誇るような笑みを僅かに浮かべ始める

 

「ね、だから受け取るだけ受け取って『おい、やめろ束!』……何、ちーちゃん?」

 

 そんな中、横から口を挟んだのは千冬だった。

 

「お前が妹に専用機を渡す事自体をどうこう言う気は無いがな、今お前がやってるのはただの押し付けだ。

箒は箒なりに考えた末に出した答えが受け取りの延期なんだ。

だったら彼女が自分で納得出来る実力を得るように手助けしてやれば良い。そうだろ?」

 

「…………」

 

 千冬からの叱責の言葉に束は箒に向けていた冷めた視線を千冬に向ける。

 

「ちーちゃん、前から聞きたかったんだけどさ、

ちーちゃんってさ、束さんと河城重工……どっちの味方?」

 

「何?」

 

 不意に投げかけられた問いに、千冬は眉を顰める。

 

「……河城重工には大きな恩があるし、友人も居る。

だが、私はお前の事も友達だと思っている……という答えではダメか?」

 

「ふ〜ん、友達って思ってくれてんだ。嬉しいなぁ。

でも結局は河城重工の味方な気がするんだけど?

だって、愛しのいっくんが所属してるから……私といっくんが敵になったら、どっちを取る?」

 

「っ!?」

 

 自分の答えに対する束の意味深な言葉に千冬は思わず息を呑む。

同時に相手が相手なだけに自分と一夏の関係も既に察知しているのではないかと言う不安が脳裏を過ぎる。

 

「…………ま、良いよ。今はそれでも。

で・も・ね、箒ちゃんはすぐに紅椿が必要になる、間違い無くね」

 

「?……どういう意味『お、織斑先生!大変ですぅ〜〜!!』っ!?」

 

 束の予言の如く意味深かつ不気味な言葉を問い返す間も無く、突如として響き渡る悲鳴にも近い真耶の声。

直後に駆け込んできた真耶は一目散に千冬に駆け寄り、手に持ったディスプレイを千冬に見せた。

 

「!? ……全員よく聞け! 演習は現時点を以って中止!! 一般生徒はすぐに旅館へ戻れ!!

白蓮さん、あなた方には後で説明するので生徒達の引率をお願いします。

専用機持ちは私達と一緒に来い!!」

 

 ディスプレイを見た千冬は血相を変え、大声で生徒たちに指示を出す。

それに従い生徒達は旅館へと戻り、全ての生徒が旅館内に入った事を確認し、千冬と真耶、そして専用機持ちのメンバーも旅館へと入ったのだった。

 

 

 

 

 

「…………さ〜てと、驚天動地のビッグイベントの始まり始まり〜〜!」

 

 残された束は、一人不気味に笑いながら、その場に佇んでいた。

 




次回予告

突如として入る知らせ……軍事用IS『銀の福音』の暴走事件。
そしてその裏で暗躍する束一派。

そしてある少女は最悪の現実を知る…………。

次回『凶宴の幕開け』

?「あ、あぁ……う、嘘だ…………何で…何で!」

ノエル「さぁ、蘇れ……」

束「あっはっは!感動のご対めぇ〜〜ん!!」


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凶宴の幕開け

さ、3月中に間に合った……。

2ヶ月連続月末ギリギリって……。


 束が一夏達の前に姿を現す数時間前……。

とある無人島にその女達……クロエ・クロニクルとノエル・デュノアの姿はあった。

 

「時間です。……始めましょう」

 

「ええ、サポート頼むわよ」

 

 普段とは違う真剣な雰囲気を身に纏わせながら、クロエは地面に魔法陣を描き、ノエルがその中央付近に立つ。

 

「準備完了です。ノエル」

 

『……黄泉の国を彷徨いし者。集めし糧を以って、我の従者として主を彼の地へと呼び戻さん』

 

 クロエの合図とほぼ同時に発動されるノエルの術式。

直後にノエルの纏うISから夥しい量の血液と魂が噴き出し、魔方陣の周囲をぐるぐると旋回し、やがて中心へと吸い込まれていく。

 

『血は肉となり、御魂は血となり、そして……』

 

 最後にノエルが取り出したのは一本の骨……人骨である。

 

『己が遺骨を魂の器として!』

 

 魔法人の中心に集められた血と魂が投げ入れられた遺骨へと集まり、それは徐々に人の……青年の姿へと変化していく。

 

『さぁ、蘇れ……!!』

 

 ノエルの言葉に呼応し、それは遂に紛う事無き一人の人間に変わったのだった。

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

「今から約2時間ほど前、ハワイ沖で試験稼働中にあった軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れ、無人で暴走するという事態が発生した。

衛星による追跡の結果、福音はここから2km先の空域をおよそ五十分後に通過し、そのまま日本領空に入る可能性が高いことが分かった。

学園上層部は教師陣で海域を封鎖し、お前達専用機持ちでこれに対応するように言ってきた。

一応、アメリカ軍も追っ手を出しているが接触するのはこちら側のほうが早いらしい」

 

 旅館の大広間に仮設された即席の指令室にて、千冬から説明を受けた専用機持ち達の間に張り詰めた空気が流れる。

 

(軍用機を学生に迎撃……こんな事を考えた奴の良識を疑うわね)

 

 話を聞き終えて周囲が沈黙する中、レミリアは心底小馬鹿にしたようにため息を吐く。

一方で、千冬も内心では苦虫を噛み潰す思いで一杯だった。

 

「とまぁ、ここまで学園からの通達通りに話したわけだが、この作戦に関わるか否かは各自自由に判断してくれ。

ハッキリ言って今回の一件はアメリカの失態の尻拭いでしかないし、例年よりレベルが高いとは言え、学生であるお前達が態々戦場同然の戦いに出る必要は無い。

だから、参加したくないのであれば今の内に言ってくれ。たとえ拒否したとしてもこの件に関して処罰するような事は絶対にしない事を約束する。

まぁ、専用機持ちである以上、旅館の警護には回ってもらうがな」

 

「お、織斑先生、それは……」

 

 千冬の隣に立つ真耶はオロオロと慌て始める。

簡単に言ってはいるものの、今の千冬の発言は学園はおろか、政府からの命令を独断で無視しているのにも近い。

いくら初代ブリュンヒルデの威光があるとはいえ、下手をすれば千冬の責任問題にも発展しかねない事でもあるのだ。

 

「山田先生、口出しは無用だ。責任は私が取る」

 

「……」

 

 有無を言わせぬ千冬の眼光に真耶は黙り込む。

心情的には真耶も千冬と同意見なのだが、責任を千冬一人に背負わせる事には内心心苦しく感じていた。

 

「日本に向かってるって事は、日本にも被害が出かねないって事だろ?

だったら俺は無関係じゃない。やれる事はやってやる!」

 

 真っ先に離脱を拒否し、参加の意を示したのは弾だった。

そしてそれを皮切りに周囲の者達も徐々に反応を示す。

 

「それなら、日本の代表候補の私は参加しないわけにはいかない」

 

「まぁ、阿呆な連中の命令に従うのは癪だけど、逃げるのは私のプライドが許さないってのもあるしね」

 

 簪とレミリアが弾に続き、参加の意思を表明し、その後他の者も次々と作戦参加の意志を見せる。

結果、専用機持ち全員が誰一人欠けることなく作戦に参加することが決まったのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 全員の参加が決まり、次に待っているのは福音迎撃の作戦会議だ。

福音の機体性能を考慮した結果『高速で接近し、破壊力の高い攻撃で大ダメージを与えて離脱』という大掛かりなヒット&アウェイ作戦を行い、他の者は福音を取り逃がした際に備えて近海で待機して待ち伏せを行う事になった。

 

福音強襲の参加メンバーに関しては、

攻撃担当は一撃必殺のパワーを持つ一夏。

味方の運搬には専用機の装備に飛行ユニットを持つ魔理沙。

さらに、防御に秀でた早苗が援護役に選ばれた。

そして最後に……

 

「早速新装備が役に立ちそうね」

 

 アリスが数十分前に白蓮から受け取った新装備を展開する。

 

「無線自立行動式人形型ビット『蓬莱』……これに搭載されたカメラを中継役にすれば旅館内からでも詳細に状況把握が出来るわ」

 

「よし、では十分後に出撃だ。各員、しっかり準備をするように」

 

 最後にアリスの新装備『蓬莱』の参加が決まり、作戦会議は終了し、一夏達先行隊は準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、あれって織斑君達だよね?」

 

「え?」

 

 客間に戻った箒は、同室のクラスメートの言葉に窓を覗き込む。

窓の外では、魔理沙が専用機・バーニングマジシャンと飛行ユニットであるスプレッドスターを展開し、その両脇では一夏と早苗がスプレッドスターにそれぞれ左右から取り付き、しっかりとボードを掴む手を固定してから飛び立っていった。

 

「一夏……」

 

 そんな一夏達を心配そうに箒は見詰める。

もしも、自分が姉から素直に専用機を貰っていれば自分もこの事態に関わることが出来たのではないかという考えが一瞬脳裏を過ぎるが、箒は頭を振ってその考えを捨てる。

一夏のために行動を起こす事は必ずしもプラスになる事とは限らない。

クラス対抗戦での失敗を漸く理解した今、以前のように感情のまま我武者羅に動くという彼女の悪癖は大分鳴りを潜めていた。

 

「ね、だから言ったでしょ?今貰っとかないと損だよってね……」

 

「!?」

 

 突如として背後から聞こえる声……聞き間違う筈も無い、自身の姉・束の声だった。

そしてそれとほぼ同時に周囲の同級生達が音を立てて倒れだす。

 

「ね、姉さん、何を!?」

 

「ん?邪魔だったから気絶させただけ。まぁ、こんな居ても居なくても一緒なモブ連中はどうでもいいとして……、

箒ちゃん、本当に良いの?いっくんと一緒に行かなくて。

束さんが作った紅椿ならいっくんと一緒に大活躍間違い無しだよ」

 

「だからそれは断った筈です……!」

 

 この期に及んでなお、しかも無関係の者まで巻き込んでまで機体を勧めてくる姉に箒は徐々に苛立ちを募らせ始める。

 

「姉さんの御好意を無碍にしてしまったのは、本当に申し訳なく思っています。

その事で怒っているなら、何度でも謝るし、専用機を持つに相応しい実力を持つよう努力だってします。

だけど、今の私は余りにも未熟で、余りにも弱過ぎる!

そんな私が一夏達に着いて行っても足手まといにしかならない!

それを解っていながら行くなんて、そんな恥知らずな真似……出来ません。

……この部屋で姉さんが皆を気絶させた事は千冬さん達には内緒にします。だから、今はもう帰ってください。」

 

 罪悪感、苛立ち、怒り……それらが入り混じった形容しがたい声で箒は束に今日だけで二度目になる土下座を行う。

 

「はぁ〜〜……仕方ないなぁ。顔を上げて、箒ちゃん」

 

それを眺める束は、暫く間を置いてため息を吐き、箒に土下座を終わらせるよう促した。

 

「姉さん……」

 

 姉が自分の願いを解ってくれた……この時箒はそう思い、顔に安堵感から来る笑みを浮かべて束に向き直った。

 

だが……

 

「コレ見れば、行きたくなる筈だよ……」

 

 暗い……ただひたすら暗い。

そんな笑顔を見せながら束はタブレット型のPCモニターを取り出し、箒の眼前に付きつけた。

 

「な、何ですか?河城重工の者達の映像なんて見せて?

 

「コイツら、こうやってると普通の人間に見えるよね。

でも、ちょっとタネを明かすと……」

 

 不意に束の手が箒の額に触れる。その直後、箒の視界にある変化が生じた。

 

「な、何を……っ!?

な、何だ、コレは……!?」

 

 箒の目に映ったのはレミリア、文を始めとした河城重工の面子の何名かの体から生える羽・尻尾などの人間には存在し得ない筈の器官。

 

「私さ、さっき河城の連中を人外連中って言ったでしょ?

あれさ、言葉の彩とかそういうのじゃないんだよねぇ……」

 

「え……?」

 

「妖怪……って言ったら信じる?」

 

「よ、妖怪……」

 

 束の言葉に箒は口をパクパクと動かす事しか出来ない。

そして、束は最後の煽りへと移行する。

 

「じゃあ、それを踏まえて……コレ、見て」

 

 束の操作によってタブレットに映る映像が別のものへと切り替わる。

 

「…………え?…………っ……!!?」

 

 その映像に箒は絶句する。

画面に映ったのは一夏と千冬。

それだけなら問題ではない。だが、映像の内容そのものが箒にとって余りにも……いや、そんな言葉では形容できない。

それほどまでに信じがたいものだった……。

 

「あ、あぁ……う、嘘だ…………何で…何で!

何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ!!!!!!

ナンデイチカトチフユサンガァァッッ!!!!?!!?!?!?!???」

 

 画面に映る信じがたい光景……一夏と千冬、姉弟である筈の二人が一糸纏わぬ姿で抱き合い、愛を囁きながら深く交わっていたのだ。

その現実離れした、それでいて自身にとって途轍もなく残酷な事実を見せ付けられ、箒はただただ絶叫するしかなかった。

 

「で、最後はこれ」

 

 そんな箒の様子を気にする事も無く、束は箒の額に手をかざし、そのてから淡い光が溢れ出す。

 

「あ……ぁ………………幻、想郷……妖怪…………一夏、を、変えた、ば……しょ?」

 

「そう、人と妖怪が馴れ合ってる世界。そこで常識も倫理もぶっ壊されちゃったんだろうね。いっくんは……。

だから、元に戻してあげないといけないよね?箒ちゃんと紅椿の力で、いっくんを……」

 

「私が、戻す…………一夏を……?」

 

 束の口から言葉が発せられる、その一言一言が鼓膜に響く、その度に箒は己の胸の中で沸々と音を立てながら、一度は消えた筈のドス黒い感情が沸きあがってくるのを感じる。

 

「箒ちゃん……紅椿、要るよね?」

 

「……取り、戻す…………一夏を」

 

 再び箒の目の前に紅椿は展開され、箒はその誘いにとうとう手を伸ばしてしまったのだった。

 

「妖怪共を………………倒して、取り戻す!!」

 

 受け取った紅椿を身に纏い、箒は飛び立って行く。

その様子を満足げに見つめながら、束は懐から携帯を取り出す。

 

「もしも〜し。くーちゃん、そっちはどう?」

 

『先程、福音を追跡しに来たアメリカ軍の部隊を例の者のテストを兼ねて迎撃して、たった今無事完了しました。

流石は伝説と呼ばれる存在ですね。凄まじい戦闘力です』

 

「ほほぅ、流石はいっくんのオリジナル……いや、お父さんって言っても良いかな?

これはこの後のビッグイベントが楽しみだよ♪」

 

 クロエの言葉に束は満面の笑みを浮かべて静かに海上へと生身のまま飛翔する。

 

「フフ……アハハ…………アーハッハッハ!」

 

 そして大口を開けて盛大に笑う。

まるで大掛かりなイタズラに成功した子供のように……。

 

「あっはっは!感動のご対めぇ〜〜ん!!

さぁさぁ!世紀の親子対決とそこに乱入する恋する女戦士・箒ちゃん!

果たして勝つのは誰かなぁ〜〜?」

 

 笑いを狂笑へと変え、やがて束は自らも動き出す。

 

 

 

 狂宴の幕開けは近い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

福音迎撃に向かう一夏・魔理沙・早苗の三人。
だが、そこに謎のISとそれを駆る一人の男、そして暴走した箒が現れる。

そして旅館に待機する千冬達の前には束が現れ……。

次回『悪夢の死闘劇』

一夏「こ、コイツは……この顔は……!?」

箒「イィチィカァァァッ!!!!」

千冬「束……!貴様という奴は!!」

束「あーもう、糞ウザイよ……!」



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悪夢の死闘劇(前編)

23日から13連休で実家に帰省するため、急いで書き上げました。

ちょっと早いですが皆さん、良いGWを!!


「あ…うぅ……」

 

 ハワイ沖、海上の小島の岸に打ち上げられたアメリカ軍の軍人……本来、福音のパイロットになるはずだった女性、ナターシャ・ファイルス。

全身がボロボロになりながらも、彼女はISスーツに備え付けられた緊急用の小型通信機を起動させる。

 

「き、基地本部……こちら、ナターシャ・ファイルスより、緊急報告。

福音追跡部隊……わ、私を、除き…………全、滅」

 

 息も絶え絶えになんとか報告を言い終え、ナターシャは意識を失った。

自分を打ちのめし、仲間の命を瞬く間に奪った男の記憶に怯えながら。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 福音との戦いは事のほか順調に進んでいた。

途中密漁船が戦闘圏内に進入するというアクシデントはあったものの、早苗の乗る非想天則のオンバシラによる防御で船は上手く守られつつ安全圏へと移動させて事なきを得た。

福音に関しても一夏と魔理沙の二人掛りでは大した脅威にはならず、今や撃墜も時間の問題だった……。

 

「これで、最後だッ!」

 

 一夏による渾身の一撃が福音へ打ち込まれ、福音はボロボロの状態になりながら海面へとまっ逆さまに墜ちていく。

 

『!!?!!?!?!』

 

 海面に叩き付けられたその刹那、福音から火花が走り、そのまま福音は海上で爆ぜた。

 

『よし、良くやった。後は撃墜位置をアメリカ軍に送り次第、こちらに帰還しろ。今通信コードをそちらに送る』

 

「了解!」

 

 千冬からの通信に一夏達一息吐き、安堵の表情を浮かべる。

軍用機である福音を相手にしたとはいえ、一夏達3人にはまだまだ体力的にも精神的にも余裕は十分にあった。

 

『お、織斑先生!!あ、開けてください!篠ノ之さんが……!!』

 

 だが、思わぬ事態は誰もが予期し得ない場所からやってくる。

箒と同室の少女・布仏本音が司令室の扉を叩き、篠ノ之箒の異変を知らせた、その時に……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 千冬達司令室の面々は思わぬ来訪者の出現に色めき立つ。

部屋からの出入り禁止令を出しながら、加えて本音の慌て様はただ事ではないのは容易に理解できるものだった。

 

「布仏、篠ノ之がどうしたんだ!?」

 

「い、居なくなったんです。

皆、いつの間にか倒れてて、気が付いたら篠ノ之さんが居なくなってて……」

 

「何だと!?……くそッ!」

 

 本音からの報告に千冬は懐から携帯を取り出し、旅館近辺に待機中の白蓮へ電話をかける。

 

「……白蓮さん、千冬です!生徒の一人が行方を眩ませた!

そちらにも捜索の協力を頼みたい!

ああ、名目は私個人による依頼で構わない。すぐに……『無駄だよ』…!?」

 

 白蓮に対し、協力を要請しようとする中、不意に聞き覚えのある声が割り込んでくる。

 

「た、束……」

 

「箒ちゃんなら、もう行っちゃったよ。紅椿に乗っていっくんの所にね……。

まぁ、束さんが行かせてあげたんだけど」

 

 束の言葉に周囲が騒然となる。

箒は専用機受け取りを拒否していたにも拘らずそれを使って一夏の下へ向かった。

一体どんな手を使って箒を心変わりさせたのか……誰も見当がつかない。

 

「束……お前、箒に何をした!?」

 

「んー?教えてあげてもいいけど……」

 

 ニヤニヤと笑いながら束は広間の扉へ目を向ける。

それとほぼ同時に足音と共に白蓮、一輪、布都の三人が駆け込んできた。

 

「千冬さん、一体何が!?」

 

「おぉー、早いねぇ。さてと、これで観客は全員揃った訳だし、始めようか。

盛大な秘密暴露タイムをね」

 

「っ!?」

 

 この時、千冬が見た束の顔は、今までに見た事が無い程、邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「た、束……お前、一体何を……」

 

「教えてあげたんだよ。箒ちゃんに、真実をね」

 

「真、実……」

 

 千冬の脳裏に最悪の考えが過ぎる。

あれだけ頑なだった箒を一気に心変わりさせてしまう事実に心当たりがあったからだ。

 

「お、お前……まさか……」

 

 声が震える。それだけはやめてくれと言わんばかりに千冬の顔が青褪めていく。

 

「その、ま・さ・か♪どうだったちーちゃん、いっくんのお味は?」

 

「っ!!」

 

 図星を突かれた千冬の顔が絶望に染まる。

そしてそれに呼応して周囲のざわめきも大きくなる。

 

「え、何?い、一夏の味って……」

 

 思わず口を挟んでしまったのは鈴音だった。

かつては一夏に思いを寄せた彼女にとって、束の言葉は今まで謎だったある疑問に最悪の答えを出すものだったからだ。

 

「あ、意外と察しが良いね。

その通り!実はいっくんとちーちゃんは……」

 

 口の端を吊り上げて、束は手に持ったディスプレイを起動させ、音量を全開にして祖の映像を映し出した。

 

「なぁ!?」

 

「えぇっ!?」

 

「嘘!?」

 

「こ、これは……!?」

 

「あ、あわわ……!」

 

「い、一夏の…一夏の彼女って……!?」

 

 弾が、セシリアが、簪が、真耶が、ラウラが、そして鈴音が目を見開いて驚きの声をあげる。

映し出された映像、それは数分前に束が箒に見せた一夏と千冬の情事の光景だった。

 

「そう!実は二人は禁断の近親相姦だったのです!!」

 

 まるでイベントの司会者が行う重大発表のように大げさな身振りで答える束。

しかしそれが気にならない程にセシリア達の動揺は大きく、全員が硬直したように動けずにいた。

 

「それじゃあ、次の真実……これは説明するの面倒だから」

 

 そこまで言った直後、束の目が突如として金色に光りだす。

 

「ッ!(ま、魔力!?)……み、皆ココから離れ『必要ないよ』」

 

 束の体から魔力を感じ、千冬は急速に理性を取り戻してセシリア達に逃げるように促そうとするが、それも虚しく束の体から魔力の光が放たれる。

 

『―――――っ!!?』

 

 成す術無く光を浴びた千冬達。

直後に頭の中に多大な量の情報が流れ込んでくる。

 

幻想郷、妖怪、魔法、霊力、それらは全て河城重工の者達が隠し続けてきた事実の数々。

そして先のクラス対抗戦とラウラの暴走事件、この二つの事件に使われた無人機とハッキングシステムのデータの詳細。

それらが事細かに、そして鮮明に脳内に直接刻み付けるように送り込まれたのだ。

 

「な、何だよ?これ……」

 

「げ、幻想郷?……そんなのが、本当にあるっていうの?」

 

「あ、姉御達が……妖、怪?」

 

 この情報に最も混乱しているのは弾や簪を始めとした幻想郷の存在を知らない者達だ。

これまで親しくしていた者達の多くが人間ではない事を無理矢理理解させられた、それによって生じる衝撃と混乱は計り知れない。

 

「……これは、記憶写しの魔術。やはりアナタ、魔力を持っていたのね。

その上あの事件も裏で糸を引いていたなんてね。

大方妹にもこの術を使って色々と吹き込んだとって所ね」

 

「束……!貴様という奴は!!

何の関係も無い者達を巻き込んで、その上、自分の妹にまで何て事を!!」

 

 アリスが冷静に判断する中、千冬は束の所業に憤りを露にする。

 

「あれぇ〜〜?そこの試験管から生まれたおチビちゃんはともかく、箒ちゃんの事はちーちゃんが撒いた種でしょ?」

 

「結果が分かっていながら自分の妹をどん底に落とした奴が何を!」

 

 まるで悪びれる様子の無い束に千冬の顔色に浮かぶ怒りの色が増す。

 

「ふ〜ん、生徒のために怒り心頭ってヤツ?しばらく会わない内にすっかり先生らしくなったねぇ〜。

でも、そろそろ束さん以外を見た方が良いんじゃないの?…………いっくんの方とか」

 

「何?」

 

 束の言葉に千冬は一夏達の姿を映すモニターに振り向く。

そして通信越しに会話を聞いていた一夏達もそれに反応し、周囲を見回して警戒心を強めた。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「っ!…………何だ?何か来る!?」

 

 通信越しに聞こえた束の言葉により、周囲を警戒する中、不意に魔理沙が何かに気づく。

だが、その時……

 

『――――――!!!!』

 

 一瞬、僅か一瞬の出来事だった。

閃光の様な“何か”が一夏達の間を通り過ぎ、直後に一夏達の戦闘を中継していた人形型ビット『蓬莱』が突如として声にならない機械音を立て、真っ二つに分断された。

 

「な……」

 

「何だよ?今のは……」

 

「み、見えなかった……?俺の目にも、ISのセンサーにも、まるで……!?」

 

 驚愕から一夏達は身動きも取れず、ただ呆然とその人物を見る。

その身体には純白のISを身に纏い、手には巨大なブーメランの様な刃物をもった男だった。

そして最も目を引くのは金髪に紫のグラデーションが掛かったその髪だ。

 

「……………………」

 

 やがて背を向けていた男は、静かに振り返り、一夏達にその素顔を見せる。

 

「こ、コイツは……この顔は……!?」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 時間を僅かに戻し、旅館の広間にて……

 

「あ……あぁぁっ…………!!」

 

 中継映像が途切れるその刹那、蓬莱に搭載されていたカメラは、男の顔を確かに移していた。

そしてその顔を見たある人物が、声と身体を震わせ、その場で膝を突いて座り込む。

 

「何で……何で……!?どうしてアナタが…………」

 

 その女性、聖白蓮は悲鳴に似た声を上げながら悲壮の表情を浮かべる。

最後の一瞬に映った男の顔……それは白蓮にとって何よりも信じがたいものだったからだ。

 

「命蓮っ…………!!」

 

 かつて千年以上前に死に別れた最愛の弟、聖命蓮。

彼の姿が、其処に在った…………。

 



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悪夢の死闘劇(中編)

何とか5月中に間に合った……。
短くてすいません。


 復活した聖命蓮が一夏達の前に現れる少し前、河城重工では、社長室に数名の人員が招集されていた。

 

「たった今、アリスから暗号通信で連絡があったわ。

例の女……篠ノ之束が一夏達の前に現れたってね」

 

 束の名を出した紫の様子に、社長室に集められた面々に緊張が走る。

普段の胡散臭いほどに飄々としたそれとは違い、紫の表情は真剣そのものだった。

 

「そして、その直後にアメリカ軍の軍用ISの暴走。

確証こそ無いけど……この一件、かなり厄介なものになるかもしれないわ」

 

「それで、俺達に援軍になれって事か?」

 

 紫の説明を聞き、最初に口を開いたのは先日河城重工に雇われることが正式に決まった高原日勝だ。

 

「えぇ。そうなるかもしれないから準備して……」

 

 そこまで言って紫は言葉を止めて、視線を別の方向へ向ける。

その直後、紫が目を向けた先の空間が突如として歪み出し、やがてそこに一人の男……IS学園に出向している筈の、田所アキラが姿を現した。

 

「紫!たった今、炎魔(ウチ)の協力者から連絡が入った!

篠ノ之束による敵対行動と魔力反応を確認、すぐに応援を送ってくれ!俺も一緒に行く!!」

 

 アキラからの凶報に紫は細めた目をより鋭くする。

どうやら事態は紫自身が考えているよりもずっと深刻のようだ……。

 

 

 

 

 

「その話、私も乗らせてもらおうか」

 

「アナタは……」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「どうなってるんだ?俺と、同じ顔……?」

 

「驚いてる場合かよ?コイツ、いかにも臨戦態勢って感じだぜ」

 

 目の前に現れた一夏と瓜二つの顔を持つ男……聖命蓮に対して、一夏達は警戒しながら身構える。

 

「…………」

 

 一方で命蓮は全くの無言。

不気味さまで感じさせる無表情のまま、彼は手にしたブーメラン型の刃を構えなおす。

 

「来るわ!気をつけて!」

 

 警戒心を強め、早苗は命蓮を迎え撃つべくドッズライフルを展開して、命蓮を牽制するが……。

 

「…………っ!」

 

 一瞬、命蓮の目が鋭く細められたとほぼ同時に、早苗の視界に閃光が迸った。

 

「え『……遅い』ガッ!?」

 

 時間にして1秒未満。

その僅かとさえ呼べない時間で、命蓮の姿は早苗の背後に移り、手に持った刃で早苗を背後から斬り付けた。

 

「な、何が……?」

 

「……墜ちろ」

 

 背中にダメージを受けた早苗を命蓮は容赦なく蹴り飛ばし、早苗は海面へ真っ逆さまに落ちていく。

 

「キャアアッァァーーーーッ!?」

 

「「早苗(姉ちゃん)!」」

 

 落下する早苗を追いかけ、一夏と魔理沙は間一髪の所で早苗をキャッチする事に成功する。

 

「大丈夫か!?」

 

「うぅ……な、何とか、生きてるけど」

 

「喋ってる場合か!また来るぞ!!」

 

 魔理沙の言葉に一夏と早苗は慌てて周囲を見回す。

魔理沙の言葉通り命蓮は凄まじい速度で水上を滑空して一夏達に迫ろうとしていた。

 

「クソッ!」

 

 回避が間に合わないと考えるや否や、魔理沙は一夏達を蹴飛ばし、その反動で自分も後方へと移動して間一髪で命蓮の攻撃を回避した。

 

「は、速ぇ……このスピードは、文以上だ!」

 

 嘗て無い超スピードに一夏は戦慄を隠す事が出来ない。

命蓮が真上を通った海面は大きく裂け、その様はまるで水で出来たクレバスを思い浮かばせるものだ。

もしも魔理沙の機転が無ければ、自分達がこうなっていたのではないかという思いが嫌でも湧きあがってくる。

 

「弾幕だ!広範囲に弾幕を張るんだ!!」

 

 一足速く正気を取り戻した魔理沙の怒鳴り声が響く。

その言葉に一夏と早苗も我を取り戻し、即座に指示通りに弾幕を張る。

ISの装備は勿論、今回に限って言えば魔力・霊力弾も織り交ぜ、三人がかりで全方位に弾幕を張り巡らせる。

 

「…………無駄だ」

 

 しかし、その高密度の弾幕の中であっても命蓮は無表情を崩さない。

迫る弾幕にブーメランを構え、自身に襲い来る弾を次々と斬り捨てていく。

 

「来た!上からだ!!」

 

 だが、結果としてそれが幸いし、掻き消された弾幕から命蓮の動く軌道を知る事が出来た。

 

「そこだ!!」

 

 接近する命蓮に対し、一夏は聳狐角を展開してカウンターを狙う。

 

「っ!!」

 

 だが、直後に命蓮は全身を発光させ、更にそこから目にも留まらぬ速さで急加速。

そのまま一夏とすれ違うように駆け抜け、二つの刃が交差した。

 

「っ!?」

 

「うぐぁっ!!」

 

 すれ違い、再び距離が出来た一夏と命蓮。

両者共に刃が相手に命中し、それぞれが呻き声を上げる。

 

命蓮はブーメランを持った右腕を左手で押さえている。

SEと絶対防御の影響、そして攻撃の入りが少し浅かった事もあり、外傷は特に見られないが命蓮の様子から察するに、右腕を痛めたのは間違いないだろう。

 

「一夏君!?」

 

「ぜ、絶対防御が……!?」

 

 一方、一夏は胸元を手で押さえ、顔から大量の汗を流しながら苦悶の表情を浮かべる。

押さえられた胸からは薄っすらと血が滲んでいる。

先程早苗が受けたものよりも鋭く、そして強烈な一撃は、絶対防御とSEを突き抜け、一夏の肉体にダメージを与えたのだ。

それが機体の能力故か、はたまた命蓮の攻撃がそれ程までに凄いのか……。

どちらにせよ一夏達にとって戦況をより悪くする最悪の情報だと言う事に変わりは無い。

 

「つ、強すぎる……」

 

 圧倒的なスピード、そしてそれに見合う攻撃力……その二つを併せ持つ嘗てない強敵に、早苗の呟きは一夏と魔理沙の思いも代弁していた。

 

「…………一夏、早苗」

 

 不意に、魔理沙が口を開く。

その様子はいつもと違い、とても真剣で、そして何かの覚悟に満ちていた。

 

「私に考えがある……しばらく時間を稼いで、それとアイツを上手く引き付けてくれないか?

……かなりヤバイ賭けだけどな」

 

 引き攣った笑みを浮かべる魔理沙。

果たして、魔理沙の策とは?そしてそれは命蓮に通用するのか……?

 

 

 

 

 



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悪夢の死闘劇(閑話)

遅くなってしまい、その上短くて大変申し訳ございません。
本筋は次は来週か再来週には更新するつもりなので、暫しお待ちを。


「何故……どうして命蓮が……」

 

 時は一夏達が命蓮と戦い始めた頃に遡る。

何の前触れも無く蘇り、画面に一瞬だが映し出された命蓮の姿に、白蓮はただただ呆然とするしか出来なかった。

 

「生き返らせてあげたに決まってるじゃん?

最近手に入れた駒が良い具合にその手の能力に適合してくれてさぁ♪」

 

 子供のように笑いながら束は『Revival』と書かれたラベルの貼った試験管を見せびらかす。

 

「それは……?」

 

「束さんお手製の魔法薬。

これを飲ませると、あら不思議。飲んだ奴の適正次第で『反魂の能力』が手に入っちゃいま~す」

 

 若干顔を青褪めさせて訊ねるアリスに束はご機嫌な様子で説明する。

そして、それを聞いたアリスの表情がより一層青くなる。

 

「能力を付加する魔法薬!?

材料全てが最高ランクの希少種でしか作れない伝説級の物じゃない!そんな物を作ったというの!?

そ、それに……反魂の魔術は、禁術中の禁術。

どんな狂人や天才と言われた者でも、それを成す事は出来なかったし、

仮に出来るとしても、デメリットが大きすぎて結局は思い止まり断念した程の禁忌!

そ、それを……ウグッ!?」

 

 驚きの余り、早口で捲くし立てるアリスの言葉が急に途切れる。

今までのヘラヘラした様子が急に冷たいものに変えた束の手がアリスの首を掴み、そのまま軽々とアリスの身体を持ち上げてしまったのだ。

 

「ガ…カッ……!」

 

「あーもう、糞ウザイよ……!

狂人?天才?……束さんがそんな井の中の有象無象と同レベルだと思ってんの?

それとも、高々人形動かすしか能の無いありふれたボンクラ魔女には、理解出来ないのか、な!!」

 

「ガハッ!?」

 

 そのままアリスは投げ飛ばされ、壁に激突する。

 

「束、貴様!」

 

 思わぬ暴挙に、千冬は激昂して束に掴みかかろうと手を伸ばすが、その手が束に届くことは無く、簡単に受け止められてしまう。

 

「落ち着きなよ、ちーちゃん。

せっかく特別出血大サービスで、いっくんと命蓮の関係教えてあげようと思ってるのに。

出生の秘密も込みでね♪」

 

「っ!?」

 

 思わぬ言葉に千冬は一瞬硬直し、その隙を突くように束は千冬の腕を振り払い、再び千冬に向き直る。

 

「命蓮(アレ)はね……血縁上で言えば、いっくんの『お父さん』なんだよ」

 

 『父』という言葉に室内の束を覗いた全員に動揺が走る。

 

「ち、父親って……何を言ってるんだ?第一、生まれた時代が違いすぎるだろ?」

 

「そ、そうです!それに、命蓮は生涯独身を貫いていました。

その命蓮に、息子なんて……」

 

 真っ先に反論したのは一夏と命蓮に最も深く関わる千冬と白蓮だ。

その反応を眺めながら束は溜息を吐いて呆れたように首を振る。

 

「だぁかぁらぁ、『血縁上』はだよ。

生まれた場所や結婚暦は一切関係無いよ。

まぁ、一番解りやすい言い方をすれば……クローンだね。

もっと言えば、『ハイブリッド・クローン』って所かな?」

 

「……どう言う、事だ?」

 

 いつの間にか千冬の声は震えていた。

生まれが特殊という事はある程度予測していたとはいえ、まさかそれがクローンだという答えは予想の遥か斜め上を行くものだった。

 

「昔、ある遺伝子学者の女が提唱したプランでね。

過去の偉人や実在した伝説の人物の遺伝子を片っ端から集めて、それを受精卵の中にいる胎児の父親、若しくは母親の遺伝子とそっくりそのまま入れ替えて人工的に歴史上の人物の子供を作ってしまうっていう面白い計画だよ。

そして、聖命蓮の遺伝子を組み込まれて彼の息子として生まれたのが……」

 

「それが、一夏……」

 

 束の口から語られる余りにも壮大、且つ衝撃的な事実に、千冬達はただ呆然と立ち尽くすのみだった。

 

 

 

 



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悪夢の死闘劇(後編)

予定を4日もオーバーしてしまい申し訳ありません。

コミケ前に何とか更新できました。


「《魔符『ショットガンスパーク』!!》」

 

 一夏の両手から放たれる魔力の光線が幾重にも拡散し、命蓮を撃ち抜かんと襲い掛かるが、その光線を命蓮は瞬く間に回避、あるいは負傷した右手から無事な左手に持ち替えたブーメラン型ブレードで迎撃してしまう。

 

「クソッ!『一夏君、後ろ!!』……っ!?」

 

 命蓮の神速とも言うべきスピードに臍を噛む一夏。

だが、不意に援護を行っている早苗の大声で命蓮が瞬時に自身の背後に回りこんでいることを察知し、間一髪で振り下ろされる刃を防いで見せた。

 

「魔理沙さん!チャージはまだなの!?」

 

「あと50秒だ!」

 

 そして魔理沙は、早苗のオンバシラによって守られながら、マスターキャノンをチャージし続けている。

 

「残り一分切ったか、こうなったら……」

 

 魔理沙の言葉を聞き届け、一夏は意を決したように目を鋭く細め、全身に待とう魔力を一気に高めた。

 

「ラストスパートだ!行くぜ、偽者野郎!!」

 

 高められた魔力を一気に解き放ち、一夏は命蓮目掛けて一気に突撃した!

 

「……っ!」

 

 鬼気迫る一夏に、命蓮に逃げる素振りは無い。

その場に留まり、両手にブーメランを構えて迎え撃つ姿勢だ。

 

「うぉおおおおお!!!!」

 

「っ!!」

 

 そして肉迫すると同時に一夏と命蓮、それぞれから繰り出される拳と刃の連打。

息吐く間も無いラッシュとラッシュのぶつかり合いに空気が震える。

手数の多さこそ命蓮が上だが、対する一夏は手数の差をパワーで補って対抗する。

 

命蓮は先の打ち合いで利き腕である右腕を負傷したこともあり、攻撃スピードが僅かに落ちていた。

一夏も負傷はしたが負傷箇所は胸であり、戦闘に支障が出るほどではなかったのが幸いし、二人のラッシュはほぼ互角に近いものとなっている。

しかし、それでも命蓮との実力差が徐々に浮き彫りとなっていき、次第に一夏は押され始め、体中に切り傷が刻まれていくにつれてラッシュの勢いは衰え、隙が生まれやすくなっていく。

 

「ッ!!」

 

「うぐぁぁっ!?」

 

 そしてラッシュ合戦開始から約20秒、遂に二人の差は決定的なものとなり、隙を突いて命蓮は一夏を胸元の傷をなぞるかの如く再び斬りつけた。

 

「う……ぐ…っぁ……」

 

 傷口を広げられた事で出血量は大きく増え、一夏の顔からは血の気が引き、同時に意識が薄れそうになる。

 

「一夏君!!」

 

「っ!?……来るな!!」

 

 そんな一夏の危機に早苗は思わず飛び出しそうになる。

しかし、早苗の叫び声で意識を取り戻した一夏はそれを制止し、命蓮に再び掴みかかる。

 

「さ、早苗姉ちゃん以外に、誰が無防備な魔理沙を守るって言うんだ!?

あと少しぐらい、俺がコイツを……抑えてみせる!!」

 

 言うや否や一夏は先程の打撃攻めから一転、命蓮の胴体を己が腕で抱え込み、そのまま一気に両腕に力を込め、命蓮の身体を締め付けた!

プロレス技で言う所の『ベアハッグ(サバ折り)』である。

 

「ぬぉおおおおっっ!!」

 

「うぐっ……ガッ……!」

 

 全身に残った全ての力を搾り出し、命蓮の身体を締め上げる一夏。

鬼気迫る表情とそれに比例して強まる力にこれまで無表情だった命蓮に苦悶の色が浮かび始める。

だが、命蓮もただ攻められているだけではない。

締め上げられたままブーメランを振り上げ、それを一夏の右肩目掛けて突き立て、サバ折りから抜け出そうとする。

 

「ぐぁぁっ!!……は、離す、もんか……!!」

 

 肩を刺されながらも、最後の執念で一夏は命蓮に喰らい付き、決して力を緩めようとはしない。

そして遂に残りのチャージ時間は10秒を切った。

 

「…………れ」

 

「え?」

 

 不意に、一夏の耳に届いたその言葉。

それは今、自身がその腕で締め付けている命蓮の口から出たものだった。

 

「早…く、僕、を……こ、ろ………して、くれ」

 

「な、何…を?」

 

 思わず問いかけてしまう。

この時、一夏が命蓮の表情は、ほんの僅かではあるが今までの機械的な無表情から深い悲しみを持ったものに変わっていた。

 

「……グハッ!?」

 

 だが、それに唖然とする事は隙を生じさせる事と同じ事。

一瞬だけ力を緩めたその隙を突き、命蓮は再び無表情に戻り、サバ折りの体勢から抜け出し、一夏を蹴り飛ばしてしまった。

 

「し、しまっ『いや、もう十分だぜ!』……!?」

 

 思わぬ失敗に後悔の声を上げた一夏だが、それを阻む魔理沙の声。

振り返った先には、マスターキャノンのフルチャージが完了した魔理沙の姿があった。

 

「一夏ぁ!ボードに捕まれぇ!!」

 

 叫び声を上げると同時に魔理沙はスプレッドスターから飛び降り、マスターキャノンを構えて海面へ落下しながら発射体勢に入る。

同時に、魔理沙の元を離れたスプレッドスターは一夏目掛けて高速で飛ぶ。

そして一夏がそれに捕まって命蓮から距離を取った事を確認し、マスターキャノンの引き金に指を掛けた。

 

「!?」

 

 マスターキャノンを前に、命蓮はすぐさま回避行動に移るべく身を翻す。

如何に大規模な破壊力と攻撃範囲を持ったマスターキャノンと言えど、命蓮程のスピードを持った相手に当てるのは至難の技。ましてや、それが自由落下しながらであれば尚更だ。

だが、魔理沙の表情に焦りは無く、ただ不敵な笑みを浮かべるのみである。

 

「お前に喰らわせるのは、ビームじゃない…………大量の潮水だぜぇ!!」

 

「っ!!?」

 

 魔理沙が砲身を向けた先は命蓮ではなく、海面。

そして着水とほぼ同時にマスターキャノンから放たれたビームにより、海面から凄まじく巨大な水柱が上がり、それが津波となって命蓮を飲み込んだ!!

 

「や、やった!今のは違いなく直撃よ!!」

 

「へへ、ちょこまか動く奴には面で攻めるってな!」

 

 そして早苗が魔理沙を回収し、魔理沙は水中への落下を免れたのだった。

 

「た、倒せたのか?」

 

「いや、あれ程の強さだ。ダメージはでかいだろうけど、あれで死ぬとは思えないぜ。

それは直接戦ったお前なら解るだろ?」

 

「…………」

 

 合流した一夏の呟きを魔理沙は否定する。

そして、その言葉に一夏は複雑な表情を浮かべる。

先程自らの死を願う命蓮の言葉が頭から離れないのだ。

 

「とにかく、周りの警戒は私と早苗がやっておく。一夏、お前は魔力を集中させて傷口を出来るだけ塞ぐんだ。

次に奴が出てきた時が勝負所だぜ……!」

 

 再び気を引き締めながら指示を出す魔理沙と、それに従って警戒態勢を維持する早苗。

一夏も魔理沙の指示通りに傷口を塞ぐ事に専念しようとするが……。

 

「待って、何かこっちに来る……この機体反応は!?」

 

 不意に早苗の非相天則のレーダーが新たな機影をキャッチする。

そして、その先から来た機体と、それを駆る人物は…………。

 

 

 

 

 

「イィチィカァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 狂気、怒り、嫉妬、憎しみ……あらゆる負の感情に飲まれ、禍々しい魔力と血の様に紅いISをその身に纏った少女、篠ノ之箒が叫び声を上げながら一夏達に迫る…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 憎しみに飲まれ、怒れる獣の如く荒れ狂う箒。
そして、秘められし狂気を解き放ち、遂に牙を剥く束。

しかし、そんな絶体絶命の状況の中、思わぬ人物が現れる。

そして、箒の身にある異変が……。

次回『援軍と二つの心』

?「やれやれ、目覚めて早々馬鹿でかいヤマに関わることになるとはねぇ」

箒「お前らが!お前らみたいな化け物が!!」

?「もう、やめてくれ……。もう、こんな気持ちのまま暴れたくない」



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援軍と二つの心(前編)

大変遅くなってしまい、申し訳ありません。

仕事でのミスやココ(ハーメルン)でアカウントロックが1段階になってしまったためモチベーションが下がりまくってました。

ちなみに原因は主に攻撃的な感想との事です。
よってしばらくは他作品へ感想を書くのを控えます。


皆さん、感想を書くときはよく考えて言葉を選びましょう。




あと、今回少しだけオリキャラが登場します。


 日本国内某所の上空。

複数の人影が千冬達が束と対峙する旅館を目指し、それぞれSW(ステルス装備・戦闘用カスタム)を身に纏い飛行していた。

その先頭に立つのは炎魔のエージェント、アキラである。

 

「チッ……あの船(聖蓮船)があればあっという間なのに、わざわざ飛んでいかなきゃならないとはねぇ」

 

「隊長、アンタのテレポートで行けないの?」

 

 アキラの後を飛ぶ二人の女性がうんざりした様にぼやく。

一人は重工から今回の戦いに志願した星熊勇儀。

そしてもう一人はバイザーをかけた少女……アキラの部下である戦闘部隊隊員・天野晴美(あまの はるみ)である。

 

「愚痴るなよ。あっちは海上の連中(一夏達)の救援だ。

あと、俺のテレポートは術式を刻んだ所以外は短距離しか移動できないんだよ。

それより晴美、何だそのバイザーは?全然似合ってないぞ」

 

「私だって好きでこんなの付けてる訳じゃないわよ。

ただ、約一名顔を見られるわけにはいかない子がいるのよ」

 

 アキラの指摘に苦々しい表情になりながら晴美は返答する。

 

救援部隊の目的地到着まで、あと十数分。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「イィチィカァァァッ!!!!」

 

「っ……箒!?」

 

 命蓮との戦いで漸く有効打を与えたと思った矢先、突如として現れた箒の姿に一夏達は驚くも、そんな事はお構いなしに箒は両手に持った二本の刀を振り上げて三人に襲い掛かってきた。

 

「うわっ!?お、お前何を……」

 

「死ねェ!化け物ォォッ!!ッゥア゛アァァァァァッッーーーー!!!!」

 

 狂気と怒気が入り混じった悪鬼羅刹の如く目を血走らせ、自分の最も近くにいた魔理沙に斬りかかる箒。

福音との戦いの前での彼女との余りの豹変ぶりに一夏達は狼狽を隠せない。

命蓮と戦う前に通信で聞こえた千冬達と束の会話で箒が束に何かを吹き込まれていたのは知っていたが、それを差し引いてもこの狂乱振りは異常だ。

 

「どうしちまったんだよ、箒!?

それに、その機体……専用機はまだ受け取らないって言ってたじゃないか!?」

 

「うるさい……煩い五月蝿いウルサァァァーーーーーイッ!!!!」

 

 横から止めに入る一夏を強引に振り払いながら、箒は絶叫する。

その姿はまるで以前、一夏と仲直りする前までの荒れきっていた頃と…………いや、それを数倍酷くしたような狂乱振りだ。

 

「クソッ!何でったってこんな時に……!!」

 

「やめて、篠ノ之さん!!」

 

「黙れ!お前らが……お前らが!お前らみたいな化け物が!!この、妖怪共がぁぁーーーーーーっ!!!!」

 

 再び殺意を魔理沙と早苗に向けて箒は二人に向きかえる。

そして、それと同時に箒と、彼女が纏っている紅椿が禍々しい光を発する。

 

「お前らが、一夏を変えた……おまえらのセイでイチカハチフユサントアンナタダレタカンケイニ……、

コロシテヤル……オマエラミンナ、コロス!!」

 

「やめるんだ箒!!」

 

 最早意識があるのかさ疑わしい声を発しながら箒は魔理沙と早苗に刀を振るい続ける。

しかし、一夏はそれを止めるべく箒の身体を掴んで強引に動きを封じた。

 

「クッ!……何故だ?何故止めるんだ一夏!?

コイツらは!コイツらのせいでお前は!!」

 

「……千冬姉との事を隠していたのは、俺の責任だ。お前にいくら謝っても謝りきれない。

だけど、千冬姉を選んだのは俺自身の意思だ!魔理沙達は関係無い!!

だから、魔理沙達には手を出すな!恨むんなら俺だけを恨め!!」

 

「っ…………!!」

 

 一夏の叫びに箒は一度目を見開き、やがて動きを止めた。

 

「なんで……」

 

「箒……?」

 

「なんで、そんな事を……言うんだ?」

 

「!?」

 

 振り返った箒が一夏を見詰めるその瞳は、黒く濁りきっていた。

 

「だったら……お前モ敵ダァッ!!」

 

 今まで河城重工の者達を始めとした者達に向けてきた憎悪の視線を遂に一夏に向け、箒と彼女が纏う紅椿から赤黒い光が溢れ出す。

 

「ま、魔力!?」

 

「霊力も感じる!どうなってるの!?」

 

「この、ウラギリモノォォォォッ!!!!」

 

「ぅグッ!!」

 

 驚く周囲を余所に箒は憎悪のまま一夏へと斬りかかる。

一夏は自らも魔力を纏いこれを受け止めるが、箒と紅椿の予想以上のパワーと命蓮との戦いで疲弊した体では力負けしてしまい、ガードした腕へのダメージはかなり大きい。

 

「クッ……やめるんだ、箒!目を醒ましてくれ、頼む!!」

 

「ウルサイィッ!死ネェ!」

 

 一夏の呼びかけにも応じる事無く、箒は刀を振り回す。

最早今の箒にとって一夏は思慕の対象ではなく明確な『敵』として認識されていた。

 

『…め……れ』

 

 だが、同時に彼女の中で異変が起きつつある事を、今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「一夏!糞っ、いい加減に……」

 

 一方で、箒の暴走を見かね、魔理沙は二人の間に割って入ろうと武器を構えるが……。

 

「ま、魔理沙さん、危ない!」

 

「っ…うわぁっ!?」

 

 早苗の悲鳴と同時に巨大な水柱が打ち上がる。

そしてその中から現れたのは、先程魔理沙が起こした津波に飲み込まれた命蓮の姿。

津波による攻撃で所々傷を負っているものの、その霊力と威圧感は未だ健在だ。

そして、命蓮は水中から飛び出すと同時にブーメラン型ブレードを魔理沙目掛けて投げ付け、魔理沙はそれを避けきれずに大きくバランスを崩してしまった。

 

「こ、こんな時に……っ!?」

 

 苦々しく苦悶の声を上げる魔理沙の目が大きく見開かれる。

眼前には先程投げたブレードを瞬く間に回収し、今まさにそれを突き立てようとする命蓮の姿が……。

 

「魔理沙さぁぁん!!」

 

(や、やられ……)

 

 オンバシラによる援護も間に合わず、早苗の悲鳴が木霊し、魔理沙は恐怖を感じる事も目を閉じる暇も無く、ただただ刃が振り下ろされる光景を見詰める事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしな……!」

 

「っ!?」

 

 しかし、刃が魔理沙を捕らえる間際、一条の光線が命蓮と魔理沙の間を通り、直後に飛んできた一本の杖が命蓮の身体に命中し、彼を吹っ飛ばした。

 

「い、今の、声…………あ、あぁぁっ!!」

 

 混乱する思考の中、魔理沙はたった一つの事実を理解した。

 

「まったく、いつまで経っても世話の焼ける弟子だねぇ」

 

「み、魅魔様!」

 

 己が敬愛する師匠、魅魔が目の前に現れ、自分を助けてくれたという事実に……。

 

 

 



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援軍と二つの心(後編)

今回で箒の行く末が決定します。

さて問題、箒は救済か?アンチ継続か?


「やれやれ、冬眠から目覚めて早々こんな馬鹿でかいヤマに関わる事になるとはねぇ」

 

 命蓮の攻撃から魔理沙を守り、二人の間に割って入るように現れたSWを身に纏ったその人物・・・魅魔は、目の前で無表情に刃を携える命蓮を見ながら愚痴るように呟く。

その一方で、彼女の背後で守られている魔理沙は驚きの余り目を見開いている。

 

「み、魅魔様、どうしてココに?」

 

「見れば解るだろ?助けに来てやったのさ。

聖蓮船とか言う船に乗ってきてたんだが、一先ず私が先行したんだが……。

お前達、なかなかえげつない相手と戦ってるじゃないか」

 

 再び視線を命蓮に戻し、魅魔は目を鋭く細める。

そして静かに手に持った杖を握りなおして臨戦態勢を取る。

 

「魔理沙、あとそこの緑髪の早苗とか言う奴。お前達は小僧(一夏)が抑えている小娘の相手をしろ。

命蓮(コイツ)とは、私が戦う」

 

「ま、待ってくれ魅魔様!そいつの強さは、いくら魅魔様でも一対一じゃ……痛っ」

 

「生意気抜かすんじゃないよ。私は弟子に心配されるほど耄碌した覚えは無い」

 

 心配する魔理沙を軽い拳骨で黙らせ、魅魔は不敵に笑みを浮かべる。

 

「さてと、それじゃあ……!」

 

 直後に魅魔と命蓮の周囲が光に包まれ、やがてそれは光の結界となって二人を包み込む。

 

「一緒に潜水と洒落込もうじゃないか!」

 

 そして二人は結界共々海中へと落下したのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ウァ゛ァァァァァァ!!

殺ス!殺す殺す殺す殺す!!コロォォォォス!!!」

 

 魅魔乱入の傍らで、箒と対峙する一夏は、命蓮戦での負傷と疲労、更に箒への負い目から反撃も儘ならず防戦に徹していた。

 

「うぐっ!ほ、箒…………!」

 

「お前が、変わらなければ……カワリサエシナケレバ、私はァァァァッ!!」

 

「っ!?……お前……うぐぁっ!!」

 

 二本の刀を振り回し、尚も止まら斬撃が一夏の身体を傷付け、堪らず箒を引き離し、距離を取る中、一夏は箒のある変化に気が付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………箒は泣いていた。

その目に浮かぶ涙は怒りと憎悪からか、はたまた悲しみと悔しさから来るものなのかは定かではないが、それを見た一夏の心は言い様の無い罪悪感に締め付けられる。

 

(……俺のせいなのか?

俺が、もっと早くにお前と向き合っていたら、こうならずに済んだのか?)

 

 もしも箒の想いに早い内に気付き、向き合っていたら……。

箒に千冬との関係を打ち明けて謝罪していたら……。(これはこれで大問題が起こる可能性大だが)

 

 そう考えると箒を放置していた事への罪悪感が溢れ出す。

 

(どうすれば良い?……どうすれば今の箒を止められる?)

 

 力ずくで止める事は出来なくもない。

だが、これ以上問題を先延ばししても事態は悪化の一途を辿るだけ。

それならば、今すぐに箒を正気に戻すべきだと一夏は思う。

 

『一夏君、聞こえる!?こっちは増援が来てくれたから、今そっちに向かうわ。

だからそれまで何とか無事でいて!!』

 

 思考する中、早苗からの通信が入る。

どうやら戦っているうちに随分距離が開いてしまったらしい。

 

「早苗姉ちゃん……っ!」

 

 早苗の存在に一夏はハッとなってある出来事を思い出す。

 

(そうだ……あの時、早苗姉ちゃんは……)

 

 思い出したのはエキシビションマッチでの一戦。

あの時早苗は嫉妬と独り善がりな怒りで暴走し続ける箒に対し、

『お前は自分の嫌っている姉と同類だ』という言葉で大きな精神的ショックを与え、箒の頭を冷やしたのだ。

それと同じ様に箒の心に大きな衝撃を与える事が出来れば……。

 

(今の箒に言葉は通じない……だったら、それ以外の方法なら!)

 

 漸く思いついた策に、一夏は覚悟を決める。

そして空中で制止したまま直立不動の姿勢となり、自身を射殺すように睨みながら突っ込んで来る箒をただまっすぐと見据えた。

 

「死ネェェェェーーーーーーーッ!!!!」

 

 怨嗟と殺意に満ちた叫びを上げながら、箒は刀を一刀流に切り替え、一気に一夏目掛けて振り下ろし、その凶刃は一夏の左肩へと落とされた!

 

「ぐがぁぁっ!!…………ぐ…クッ……!」

 

 機体の絶対防御、そして魔力による防御を超えて肩に食い込んだ刃をDアーマーの手でガッチリと握りながら、一夏は不意に不敵な笑みを浮かべた。

 

「な!?き、貴様……何故!?」

 

 その様子に箒は驚愕する。

 

何故一夏はこの状況で笑うのか?

なぜ避けようともしなかったのか?

 

 そして、その疑問は驚愕へと変化し、箒の心に動揺が走ったのを一夏は決して見逃さない。

 

「どうしたよ箒?こんな攻撃じゃ俺は殺せないぞ。

俺を殺すんなら、これぐらい力入れて攻撃しろォっ!!」

 

 雄叫びの如き大声を上げ、一夏は掴んだ刃を更に己の肩に食い込ませる!

そして広がった傷口から血が噴き出し、箒の顔に目潰しのように飛び散った。

 

「う、うわっ!?な、何を…………っ!?」

 

 思わず刀から手を離して箒は手顔に付いた血を拭う。

そして拭った手に付着した真っ赤な血により一層の動揺が走る。

 

「血……一夏の、血…………あ、あぁぁぁぁっ!」

 

 目の前にいる血まみれとなった一夏の凄惨な有様、そして己の手についた血は自身が犯した凶行を無理矢理認識させる。

いくら暴力沙汰を多く経験した箒と言えど、人を直接刃で斬り付けた経験など無い。

そしてそれが如何に陰惨な結果を生むのか、箒は今、身を以って知ったのだ。

 

「ハァ、ハァ……や、やっと落ち着いたな。箒……」

 

 そして一夏は、息も絶え絶えになりながらも、一夏は箒に向き直り、口を開く。

 

「箒……俺は、確かにお前に憎まれても仕方ない。

姉弟なのに、千冬姉の事を女として愛してしまった。…………それが、お前や鈴を裏切っている事も承知している。

けど、魔理沙達は……幻想郷の皆は、俺達の命を助けてくれた。本当にただ、それだけなんだ。

だから、もうこんな事はやめてくれ。

俺が憎いなら、いくらでもその憎しみをぶつけてくれて良い。

だけど束さんの言葉に踊らされて、こんな凶行に走るのだけは!!」

 

「ぐ、うぅ…………!!」

 

 肩の激痛に耐えながら箒に語りかける一夏。

対する箒はその言葉に耳を塞ぎながら首を横に振り続ける。

 

「う、うるさい……うるさいうるさいうるさい!!

全部お前が、お前らが悪いんだ!私を裏切ったお前が、勝手に一夏を変えた化け物が『違う……』……だ、誰だ!?」

 

 不意に聞こえてきた声に箒は周囲を見回すが、誰も居ないし通信も入っていない。

 

「ど、どこに『もう、やめてくれ……。もう、こんな気持ちのまま暴れたくない』……黙れ!どこにいるんだ!?姿を見せろ!卑怯者が!!」

 

「ほ、箒……?お前、一人で何を……」

 

「え?」

 

 一夏の言葉に箒は気付く。

まるで泣いている様に語りかけるその声は、自分の口から出ているものだという事に……。

箒は今、一人で……自分一人の口で会話しているのだ。

無意識に出てくるその声と…………。

 

『あの時、千冬さんは自分と一夏の事を教えてくれようとしていた……。

一夏だって私の事を、気にかけてくれたじゃないか……。

もう嫌なんだ!これ以上私の身勝手で誰かを傷付けるなんて!

そんな事を続けていたら、本当に独りぼっちになってしまう……そんなの、嫌だ』

 

「だ、黙れ!そんなの関係無い!!

私は悪くない!悪いのは全部コイツらなんだ!!

殺してやる!私を裏切った一夏も、一夏を変えた妖怪共も、千冬(あの女)も!!皆殺してやる!!」

 

 相容れることの無い二つの意思。

それに反応するかの如く、突如として紅椿が輝き出した!

 

「な、何だ!?」

 

 強烈な光に、視界を遮られる中、一夏は箒から感じる魔力と霊力の変化を肌で感じ取る。

箒の持つ魔力と霊力、そして心は今まさに暴走し、真っ二つに別れたのだ。

 

『やめろ』

 

「黙れ!」

 

『やめろ』

 

「黙れ!」

 

『やめろ』

 

「黙れぇぇっ!!もう、お前のような心……要るものか!私の中から消えろぉーーーーっ!!」

 

『もうやめてくれぇぇーーーーーっ!!』

 

 ぶつかり合う二つの心に呼応し、紅椿の光は更に増し、周囲を閃光で照らす。

 

「っ!?」

 

 眩い光の中、一夏は一瞬だが確かに見た。

紅椿が箒の体中に吸い込まれるように消え失せ、直後に箒の肉体が二つに分裂し、二人の箒が誕生した瞬間を…………。

 

 

 




次回予告

 二人に分裂した箒。
その混乱の中で刺客として現れたクロエ。

そして、魅魔と命蓮の戦いの行方は……。


次回『水中戦と二人の箒』

?「一夏……すまない、一夏……」

?「これで邪魔な感情は消えた!」

クロエ「流石に、想定外です……!」











前書きの答え・両方(無理矢理感はあるけど)

読者の皆、オラに感想を送ってくれ~~!




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水中戦と二人の箒

やっと更新できた。
長々と間を空けて本当にすいません。


 命蓮共々海中へと落下した魅魔……二人は海中深くで相対する。

なお、水中において足枷となるISとSWは(武器以外)既にパージしている。

 

「っ……!」

 

 真っ先に動いたのは命蓮だ。

魔力弾を片手で連射して牽制し、顔の周囲に空気の膜を精製し、マスクの要領で口元を覆って窒息を防ぐ。

 

(なるほど。海中に潜る寸前、空気を確保しておいたか。

見事な判断力と迅速さだ。魔理沙達が苦戦するのも理解出来る。

まともに戦り合えば私でも無事じゃ済まないね)

 

 魔力弾を捌きながら魅魔は命蓮の力量の一端を認識し、目を鋭く細める。

 

「……あくまで、まともに戦えばだけどね!」

 

 それと同時に不敵に笑い、左手に込めた魔力を一気に高め、散弾銃のようにぶっ放す。

 

「っ……!?」

 

 命蓮は即座に回避に移り、魔力弾の射程範囲から即座に逃れる。

しかし、逃げた先には……

 

「スピードが落ちてるぞ!

まぁ、そのためにわざわざ水中に連れ込んだんだがな!」

 

 命蓮の眼前には、顔に余裕の表情を浮かべた魅魔が迫り、魔力を携えた杖を構えていた。

魅魔の言葉通り、水による抵抗と先の戦闘での負傷と疲労が命蓮の動きを阻害しているのだ。

 

「っ!!」

 

 高機動戦が不利ならばと、命蓮は即座に接近戦に切り替え、ブーメランを手にして魅魔に斬りかかる。

 

「ぅおっ!?」

 

 水圧で勢いが落ちたとはいえ、それでもその斬撃は十分に速く、紙一重でそれを避けた魅魔の髪を僅かに切り落とした。

 

(スピードダウンしても、これだけの速度とは恐れ入る。

もしも勝負が空中戦、もしくは奴が万全だったら私でも危なかったかもね。

…………故に、貴様はココで仕留める!)

 

「っ!?」

 

 魅魔の放つ雰囲気が一変し、凄まじい敵意と殺気を放つ。

そして魅魔の全身から魔力が吹き荒れ、命蓮の身体を吹き飛ばした。

 

「手間は掛けん。これで終わりだ……!」

 

 そして、直後に右手に魔力を集中させ、その魔力を極大のレーザー状にして一気に放った!

弟子である魔理沙の得意技、マスタースパークを魅魔独自に真似たものだ。

 

「グ…ォ…!!」

 

 さしもの命蓮もバランスを崩していた体勢では回避が儘ならず、成す術無く光に飲まれたのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「……ど、どうなってるんだぜ?」

 

「し、篠ノ之さんが……二人?」

 

「お、俺にも何がなんだか……さっき箒の機体が光ったと思ったら突然……」

 

 二人に分裂するという(幻想郷側の視点から見ても)余りにも現実離れした現象に、それを目撃した一夏達は二人の箒を抱きかかえながら呆然としていた。

(なお、分裂した箒はそれぞれ髪の色が黒髪と白髪になっており、一夏が黒髪と早苗が白髪を抱きかかえている。)

 

「う……ぁ……い…一、夏……」

 

「あ!ほ、箒……大丈夫か?」

 

 最初に目を醒ましたのは一夏の抱える黒髪の箒だった。

まだ意識が完全にハッキリしているわけではないが、一夏の姿を見て目元に涙を浮かべる。

 

「一夏……すまない、一夏……」

 

「……良いんだ。お前が謝る事なんて、何も無いよ」

 

 泣きながら謝罪の言葉を口にする箒(黒髪)に、一夏は申し訳無さそうに目を伏せ、箒の身体をしっかりと抱え直す。

 

「ぅ……くっ……!」

 

 箒(黒髪)の目覚めに呼応するかのように今度は早苗の抱える箒(白髪)が動き出す。

 

「あ!こっちも気が付い『ウア゛ァァッ!!』……え?キャアァァッ!!」

 

 それは完全に早苗の不意を突いた出来事だった。

目覚めた箒(白髪)は咆哮を上げると同時に瞳が赤く光り、消え失せていたはずの紅椿を身に纏い、それと同時に魔力が噴き出して早苗を吹き飛ばした。

 

「早苗!こ、コイツ……何を?」

 

「…………」

 

 吹き飛ばされた早苗をキャッチし、魔理沙は箒(白髪)を睨みつける。

一方で、箒(白髪)はそんな魔理沙達に目もくれず自分の身と分裂したもう一人の箒(黒髪)を暫し見詰め、やがて口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「クク、フハハハ!これで、これで邪魔な感情は消えた!

もう邪魔者は居ない!貴様ら、全員皆殺しだぁーーーっ!!」

 

 そして哄笑を上げながら再び先程と同じかそれ以上の殺意を見せ、箒(白髪)は一夏に襲い掛かろうとするが……。

 

「……そこまでです」

 

「ガッ!?」

 

 突如として姿を現した一機のISとそれを身に纏う少女、クロエ・クロニクルによる当て身を受け、箒(白髪)は気絶させられ、そのままクロエに抱えられる。

 

「まったく、そんな未完成な魔力ではこの人達に敵わないというのに……。

流石に、想定外です……!」

 

 苦々しく呟き、クロエは一夏達から距離を取って退却しようとする。

だが、一夏達はそれを良しとせず、逃げ場を塞ぐように取り囲む。

 

「待て!逃がさねぇぞ!!

お前、何者だ?束さん……いや、篠ノ之束の仲間か!?」

 

「……まぁ、今更隠す必要も無いですね。

私の名はクロエ・クロニクル……束様の駒です」

 

「こ、駒?」

 

 問いに対して自身を『駒』と称したクロエの応対に一夏は目を丸くする。

 

「あと、私はアナタ達といちいち戦う気は無いので……ノエル!」

 

 クロエがその名を呼んだ直後、一夏達から少し離れた場所で水柱が上がり、その中からISを纏ったノエルと、彼女が抱える形で全身を負傷した命蓮が姿を現す。

 

「ノエル・デュノア!?……生きてたのか?」

 

 ノエルの姿に驚く一夏達。

そんな彼らを一瞬だけ睨むも、結局無視してノエルは命蓮と共にクロエに駆け寄る。

 

「そろそろ無人機での足止めも限界です。退却しましょう」

 

「ええ……」

 

 そしてクロエはノエルの身体を掴み、それと同時は二人は煙のようにその場から“消失”したのだった。

 

「ま、また消えちまった……どうなってんだ?

あ!それより魅魔様は?」

 

 唖然とする中、魔理沙は魅魔の身を案じ、周囲を見回す。

直後に、先程の得るが出てきた海面のすぐ近くから魅魔が姿を現す。

しかもその手には以前にクラス対抗戦時に現れた無人機の残骸を握っていた。

 

「魅魔様!無事だったのか!?」

 

「当たり前だ。

しかしすまない、コイツら機械人形どもと目付きの悪い女(ノエル)に邪魔されてあの男を逃がしちまった」

 

 命蓮を取り逃がしてしまった事に、魅魔は苦虫を噛み潰したように表情を顰める。

しかし、すぐに魔理沙達に向き直って真剣な眼差しで三人を見詰めた。

 

「詳しい事は移動しながら話す。とりあえず、すぐに他の連中のところに向かうぞ」

 

 この会話のすぐ後、一夏達はこちらに向かってきた聖蓮船と合流し、千冬達とこの事件の元凶たる女、篠ノ之束の元へと向かうのだった。

 




次回予告

 命蓮を辛くも退け、千冬達の待つ旅館へと急ぐ一夏達。
そして、旅館では束が遂にその恐るべき力を見せる。


次回『天災』

束「消えろよ……!」

千冬「ココには無関係の生徒達もいるんだぞ!?」




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天災

やっと更新できた。
今更ですが、あけましておめでとうございます!


 一夏達と命蓮、そして暴走した箒の入り乱れる戦いが決着を迎える少し前、

旅館の広間において、一夏の出生を語った束を前にしながら、千冬は彼女と睨み合う。

 

「さてと、束さんの説明タイムはこれで終~了ぉ~~。

ここまでで何か質問ある?今束さんは結構ご機嫌だから答えてあげるよ♪」

 

 緊迫した空気の中で、尚も異質な気配を醸し出す束の姿に誰も声を出せず、そして動けない。

 

 

 

 

 

ある、たった一人の人物を除いては……。

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

「ん?……ガッ!」

 

 不意に、一瞬の内にある人物が動き出す。

そして束がその人影に目を向けたと同時にその人物……白蓮は束の頭を鷲掴み、瞬く間に壁へと叩きつけてしまった。

 

「よくも……よくも、命蓮を…………!!」

 

 普段の温厚を絵に書いたようなそれが嘘のように、表情(かお)を阿修羅の如く憤怒に染めた白蓮は束の頭を捕らえた手に万力の如く力を込め、そのまま彼女の身体を持ち上げていく。

 

「痛いなぁ……。何?折角弟生き返らせてやったのに、くれるのは感謝の代わりにアイアンクロー?

さすが妖怪僧侶、訳が解らないy『黙りなさい!!』…………」

 

 凄まじい握力で締め付けられているにも拘らず、ふざけた態度を取り続ける束。

だが、激昂する白蓮はそんな事も気にせずに怒声を上げる。

 

「反魂の術……人一人生き返らせるその術を行うにはそれ相応の対価が必要とされるもの。

ましてや、それが命蓮ほど徳の高い者となればその対価は人間一人どころでは済まない筈…………!

命蓮を生き返らせるために一体どれ程の犠牲を強いてきたのですか!?」

 

「んー?ざっと血液を成人男性約百人ぶんでしょ。あと、魂はきっかり五百人分ね。

いやぁ、カナダの研究施設が試験管ベビーたくさん作っていてくれて助かったよ。

お陰で施設一つ吹っ飛ばしただけで簡単に材料が手に入ったんだから」

 

「なっ……!?」

 

 ヘラヘラと笑いながらさらりととんでもない台詞を言ってのける束に周りにいる全員が絶句する。

そして驚愕、あるいは恐怖を覚える。

目の前にいるこの女は大量殺戮を行ったと自ら語っているのだ。

そして、それをまるでコンビニに買出しに行ってきた事を何気なく話すような口調が彼女の異質さにより拍車を掛ける。

 

「くっ……!アナタという人は、命蓮にどれ程の業を背負わせて……!!」

 

「良いでしょ、別にさ?業って言っても、有象無象が少し減っただけだs……」

 

 束の軽口はそこで止まった。

言い終わる前に白蓮による怒りの鉄拳が顔面に叩き込まれたのだ。

 

「この、外道……!貴様の勝手で、命蓮を……私の、最愛の弟を…………!!」

 

 怒りの余り唇を震わせながら、白蓮は搾り出すように声を発する。

束を殴ったその一撃に手加減は無かった。最愛の弟、命蓮を最悪の形で蘇らせ、途方も無い業を背負わせた存在への怒りは白蓮の自制心を失わせるには十分すぎるものだったのだ。

 

「…………痛いなぁ」

 

 だが、束はまるで動揺するそぶりも見せない。

それどころか、顔面に押し付けられた白蓮の拳をまるで鼻先に止まった虫でも見るかの様に眺める。

 

「あーあ、鼻血出ちゃった。……ちょっとムカついたなぁ」

 

 束は静かに白蓮の腕に手を伸ばし……。

 

「だから嫌いなんだよ、お前ら……!」

 

 そして、そのまま白蓮の腕を凄まじい力で捻り上げた!!

 

「っ、ア゛ぁァァァーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 室内に絶叫が響き渡る。

白蓮の右腕はありえない方向に曲がり、さらにそこから『ベキベキッ』と嫌な音が鳴った。

 

「姐さん!?」

 

 白蓮の悲鳴に重なる一輪の叫び声……それが合図だった。

 

「咲夜っ!美鈴っ!」

 

「「はい、お嬢様!!」」

 

 真っ先に動いたのはレミリアと咲夜。

更に続いて他の幻想郷メンバーも続いて束を取り押さえるべく飛び掛かるが……。

 

「うざいって、言ってんだろ……!」

 

『っ!?』

 

 暗く、そして敵意に満ちた声色。

直後に束の瞳が再び金色に光り、凄まじい量の魔力の風が束の身体から吹き荒れ、飛び掛かってきた者達を弾き飛ばした。

 

「た、束……な、何なんだ、その魔力は?」

 

「黙っててごめんねちーちゃん。私、頭脳も然る事ながら他の面でもオーバースペックなんだ。

それこそ、万事全てにおいてね…………」

 

「……っ!?」

 

 思わず千冬は後退る。

初めてだった……つい数年前まで親友だった束がだす圧倒的な威圧感を見た事。

そして、それが自分に向けられ、心底から恐ろしいと感じてしまったのは。

 

「ちーちゃんとは、まだ色々お喋りしたい事があるから。だからちょっと待ってて。

先にココにいる邪魔なもの、全部片付けるから」

 

 そう言って束は両手に魔力を集め、そこから魔力弾を作りだす。

 

(な、何だこの魔力は!?い、今まで感じてきたどんな力より強大過ぎる!!)

 

 自分の作る魔力弾とは比べ物にならない程の魔力が掌に集まり、巨大かつ高純度の魔力の塊。

これが直撃しようものなら人間はおろか妖怪の肉体でも無事では済まない事は想像に難くない。

いや、直撃せずとも魔力弾を爆ぜさせれば今居る広間など簡単に吹っ飛んでしまう。

 

「や、やめろ!ココには無関係の生徒達もいるんだぞ!?」

 

 慌てて束を制止する千冬。

しかし、束は顔色一つ変える事無く一言だけ、こう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だから何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、魔力弾が束の手を離れた。




次回予告

切って落とされた火蓋……。
天災の名に違わぬ束の持つ圧倒的、かつ規格外の力を前にして、千冬は……。


次回『降り注ぐ厄災』


?「あ、アナタ……××じゃない…………誰なの?」

?「万一の備えはしておくもんじゃのう」

束「最後にもう一回聞くよ。ちーちゃんは私の味方?それともいっくんを含めた幻想郷の味方?」



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降り注ぐ厄災(前編)

お待たせしました。
仕事を満了退職し、遂に完全復活しました!


(な、何が......起きてるの?)

 

目の前に在る悪意に満ちた光の塊を前にして、更識簪の脳内は混乱を極めていた。

自身が思慕の情を寄せる魔理沙、更には彼女が所属する河城重工の者達の大半が人間ではなく、妖怪や魔法使いといった人外の存在であるという事実。

それだけでも十分だが、目の前では天災と称されるISの生みの親がその魔法とやらの

力を以って旅館ごと自分達を吹き飛ばそうとしているのだ。

 

「あ……ぁ……」

 

身動きが取れないどころか、声も出なかった。

魔力を持たず、感じる事も出来ない自分達でも解る程にその力は圧倒的で、決して逃れようも無い絶対的な『死』を感じさせるものだった。

そして、それはセシリアや弾達も同様だった。

目に映る現実味を欠いた光景に思考を奪われ、ただ『自分達はこれから目の前に居る天災の手によって死ぬ』という未来だけを理解していた……いや、させられていたのだ。

 

「や、やめろ!ココには無関係の生徒達も居るんだぞ!?」

 

「…だから何?」

 

千冬の制止の声などまるで意味を成さず、束の手元を離れる魔力弾。

それがより一層強い光を放ち、爆ぜようとしたその瞬間……。

 

 

「変化『百鬼妖界の門』!!」

 

 

ある人物が簪達を庇う様に飛び出し、声高に叫ぶ。

直後に、突如として大広間の床に鳥居が現れ、そこから飛び出す異形の怪物達。

輪入道、ぬリかベ綱切、提灯お化け……日本の怪談話で有名な妖怪が群れを成し、

行進するかの如く飛び出し、束の身体と束の放った魔力弾を天井突き破って上空へと押し上げてしまったのだ。

 

「……とんでもない女子(おなご)じゃのう。

普通の人間ではないとは思っておったが、これ程までに常軌を逸した奴とは思わなんだ。

本当に、万一の備えはしておくもんじゃのう……(わし)自ら出向いて正解だったわい」

 

「の、布仏?…………布仏がスペルを!?」

 

普段ののんびりとした口調と違う、どこか年寄り染みた口調で喋りながら、その少女......布仏本音は束を睨みつける。

 

「あ、アナタ……本音じゃない……誰なの?」

 

「そ、その喋り方って……まさか! ?」

 

最初に反応したのは本音と古い付き合いである簪。

そして本音の口調に聞き覚えのある真耶だった。

 

「もう隠す必要も無いの。真耶、騙していてすまなんだな。儂も妖怪なんじゃ」

 

真耶へ向けた謝罪の言葉の直後に、本音の身体が煙で包まれる。

そして、煙が晴れた直後、現れたのは丸々とした大きな尻尾を持つ妖怪……『佐渡のニッ岩』の異名を持つ化け狸、ニッ岩マミゾウがその姿を見せた。

(※真耶が戸惑っているのは人間に化けた姿しか見た事が無いため)

 

 

 

 

 

「わ〜お、化け狸の大物か。

流石に人を化かすことに長けてるねぇ。束さんでも気づかなかったよ。

……まあ、いちいち気づく必要も無いんだけどね」

 

マミゾウの出現にも全く動じる事無く、上空で静止しながら挑発交じりに余裕の表情を見せる束。

 

「な、何あれ?」

 

「う、浮いている?生身で……」

 

呆然としながら疑問を口にするしか出来ない鈴音とラウラ。

無論、それは他の4人も一緒だった。

 

「しっかりしろ!」

 

『っ!?』

 

しかし、そんな彼女達を千冬の一喝が現実に引き戻す。

彼女は何かを覚悟したように前に出て、右手に魔力の剣を作り出て束を真っ直ぐに睨みつけた。

 

「お前達は今すぐ他の生徒を連れて逃げろ。このままココにいたら確実に死ぬぞ!

文、椛……悪いが生徒達の護衛を頼む。束は私が止める! !」

 

「移送にはバスとスーパーアームを使えば良いわ。

生徒全員バスに詰め込めば2台ぐらいで済むし、後はそれをスーパーアームを使って数人掛かりで持ち上げれば長距離移動も出来るでしょう?」

 

「…………分かりました。皆さん、来てください!」

 

臨戦態勢を取りながら千冬と、それに追従するようにレミリアが指示を出す。

二人の言葉に真耶は暫し困惑したものの、やがて意を決して頷いてセシリア達に指示を出し、その場を立ち去っていった。

 

「さーてと、結果的に邪魔な連中も消えてくれたし、やっと二人でお話できるね。ちーちゃん」

 

「話、だと?」

 

逃げる者達に見向きもせず、束は自身の目の前にやって来た千冬達を見詰めながら妖しく笑う。

 

「お話って言っても、束さんがちーちゃん聞きたい事は一つだけだよ。

ねぇ、ちーちゃん。最後にもう一回聞くよ。ちーちゃんは私の味方?それともいっくんを含めた幻想郷の味方?」

 

不意に束の顔から笑みが……いや、表情そのものが消える。

文字通りの無表情だ……何の感情も想いも、一切を押し殺したかのようなそれは、見る者に一種の恐ろしさを予感させるものだった。

 

「こんな真似をする人間に味方できるとでも思っているのか?

漸く決心がついたぞ……束、私はお前を止める!

それが、例え馴れ合っていただけの関係だとしても、私が友人としてお前にしてやれる唯一の事だ!!」

 

「そう.……残念だなあ。本当に、残念……。

 

 

 

それじゃあ............

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くたばれ、裏切り者! !

 

怒りと憎悪に満ちた言葉と共に、海から無人機の大群が出現した。



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降り注ぐ厄災(後編)

「くたばれ、裏切り者!!」

 

「束ええーーーーっ!」

 

怨嗟と憤怒、二つの叫びが木霊すると同時に、その声の主同士が上空で激突する。

 

「ハァァァァッ‼︎」

 

両手に構えた魔力で作られた大剣を振り下ろし、千冬は束に斬りかかる

対する束は素手の徒手空拳で身構え、振り下ろされた剣を左手で受け止める。

 

「へぇ〜〜 ? ……流石ちーちゃん。

腕力だけなら白蓮(さっきの糞尼)を越えてるよ、凄い凄い……!

でも、ちょっと甘いんじゃない?魔力の撃ち合いじゃ勝てないから接近戦ってのは解るけど、私こっちも結構イケるんだよねぇ〜〜」

 

「ぐ…っ!まだだ! !」

 

片手、しかも利き手ではない方の手のみで本気で打ち込んだはずの一撃を受け止められ、千冬は臍を噛む。

しかしすぐに思考を切り替え、千冬は左手を剣から離し、そのまま左手から魔力弾を放った。

 

「ヘブッ!?」

 

「今だ!」

 

顏面に魔力弾を喰らって怯んだ隙を突き、千冬は再び大剣を構え、束目掛けて振り下ろす。

 

「っ!」

 

「カハッ!?」

 

しかし、束は素早く身を屈めて千冬の腹を蹴飛ばして斬撃を防ぐ。

 

「痛た……。こりゃまたびっくり!ちーちゃん、射撃やフェイントも様になってるじゃん?

いやぁ~~、人間変われば変わるもんだね。昔は剣術オンリーだったのは随分技巧派になっちゃって」

 

「いつまで減らすロを! !」

 

強がりや虚勢ではない束の余裕を感じさせるふざけた態度に苛立ちを感じながらも、千冬は再び接近戦に持ち込む。

 

「秘技『零落白夜〈双〉』! !」

 

「フン……来なよ!」

 

一気に片をつけるべく、千冬は二刀流で束に斬りかかる。

そして、それに応えるかのように束は魔力の盾を展開して迎え撃つ!

 

「ハアァァァッ! !」

 

「グッ……ク…ゥ……ッ! !」

 

二振りの剣と盾が轟音を立ててぶつかり合い、鬩ぎ合う。

そして互いに譲らぬとばかりにその力は拮抗し合い、鍔迫り合ったのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「急いでバスに乗ってください!」

 

千冬と束の一騎打ちが行われる最中、一般生徒と旅館の従業員達は真耶主導の下、避難の為に大型バスへ押し込まれ、

レミリアを始めとした幻想郷のメンバーは突如現れた無人機の集団と戦い、生徒達を守っていた。

 

「山田先生、この子で最後です!」

 

「良かった、これで……?」

 

束に気絶させられ、身動きが取れなくなっている生徒達の内、最後の一人を鈴音が運んで来て、漸く作業が終了すると思われたその時……。

 

「鳳さん、危ない!」

 

無人機が背後から鈴音に接近し、アサルトライフルの銃口を鈴音に向けて襲い掛かろうとしていた。

 

「あ……I ?」

 

悲鳴を上げる間も無く、無人機の指がライフルの引き金に掛かり、今にも鉛玉が鈴音を蜂の巣にせんと発射されようとした、その時……。

 

「墳っ!」

 

電光石火の如きスピードで現れた人影......美鈴が放った貫手が無人機の胴体を貫いた。

 

「め、美鈴さん……?」

美鈴の姿に鈴音は呆然とする。

普段の暢気で温厚なそれとは違い、目付きは鋭くなり、醸し出す雰囲気は彼女の専用機の名の表す通り、紅い龍を思わせる闘志と怒気……そして妖力に満ちている。

 

「ま、まだ来ますよ!?」

 

真耶の悲鳴と共に新たに2機の無人機が美鈴に襲い掛かろうとする。

しかし、美鈴はそれに動じる事無く、先程胴をぶち抜いた無人機を放り投げて襲い掛かる2機の内の片方に叩きつけ、もう一方の無人機の頭部を鷲掴む。

 

「私達が狙いだって言うんなら、無関係の人まで……巻き込むなぁっ! !」

 

解き放つように怒声を上げ、そのまま掴んだ無人機を倒れた無人機に叩きつけ、計3機の無人機を一度に叩き潰した!!

 

「す、凄い……」

 

(つ、強すぎる……これが、妖怪の力……いや、美鈴さんの本気だっていうの?)

 

「何やってるんですか!早く逃げてください! !」

 

「は、はい!」

 

唖然とする真耶と鈴音に美鈴が柄にも無く怒鳴り声を上げる。

その言葉に我を取り戻し、真耶はすぐに搭乗するラファールにスーパーアームを装着し、バスを持ち上げるスタンバイに入る。

 

「……無事に終わったら、全部聞かせてもらうんだから」

 

「分かってます……ごめんなさい。ずっと、アナタ達を騙してしまって」

 

少しだけ言葉を交わし、鈴音もバスの護送に取り掛かる。

そして文と椛を護衛として、大型バスは空を飛んで旅館を離れたのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ぬうううっ! !」

 

「グ、グ……っ!」

 

長く続く千冬と束の鍔迫り合いだったが、ココに来て変化が生じる。

少しずつではあるが、千冬が束を押し始めたのだ。

 

「ど、どうした?……減らず口を言う余裕もなくなったか! ?」

 

「く、クソッ!こ、の……脳筋の馬鹿力が! !」

 

少し前までの余裕が嘘のように焦りを見せ始めた束。

その様子に千冬は今こそが攻め時だと確信し、魔力を限界まで高めていく。

 

「これで決めてやる!」

 

一気に魔力を放出させた千冬のパワーに、束の魔力盾に(ひび)割れが起こり始めた。

 

「そ、そんな……このパワーは! ?」

 

「う おおおおおおっ!!」

 

魔力を最大限両手に集中し、千冬は己の出せる最高の一撃を盾へと打ちつけ、遂に束の盾が音を立てて砕け散った!!

 

「そ、そんな!?こ、こんなのありえない! !」

 

「これで最後だぁーーーーーっ!!!!」

 

絶対の自信を持っていた防御を崩され、慌てふためく束。

その姿にほんの一瞬だけ哀しい想いを抱くも、千冬はそれをすぐに振り払ってトドメの

一撃を咆哮と共に繰り出した!!

 

「う、うわあああああ!

 

 

 

 

 

 

 

……なーんちゃって♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に緊迫した空気が変わる。そして異変が生じる。

 

束の言葉を千冬が耳にした、その直後…………束の右腕が振るわれ、千冬の手にあった二振りの剣は瞬時に砕け散ってしまったのだ。

 

「え…… ?」

 

突然の出来事に思考が追いつかなかった。

つい1秒前まで自分は束を相手に優位に立っていた筈なのに、それがまるで嘘のよう

に束の態度は戦闘前と同じ……いや、それ以上に余裕と嘲りに満ちている。

千冬は決して加減などしていない。

先の零落白夜は全身全霊をかけた一撃だった。

例えそれで束を殺してしまったとしても、それを背負う覚悟を込めて放った一撃だった。

にも拘らずその刃は簡単に砕かれ先程まで熾烈な鍔迫り合いを繰り広げた束は疲労の色一つ見せていない。

 

(まさか、今までのは全て演技とでも言うのか?)

 

その事実に気づいた時、千冬は脇腹に鋭い痛みを感じる。

 

「ガッ…は……?」

 

何が起きたのか解らず、千冬はただ吐血しながら後退る事しか出来ない。

 

「勝ったと思った?ねえ、今勝ったと思った?

ごめんね、束さん結構好きなんだよねぇ~~。上げて落とすってやり方♪」

 

耳障りな嘲笑と共に束は血に染まった人差し指と中指を千冬の脇腹から引き抜く。

それを見て漸く千冬は理解した。

束は魔力で強化された指によって自分の脇腹は貫かれたという事を。

そして零落白夜は束にとって何の脅威にもならず、一瞬にして砕かれてしまった。

とどのつまり、自分は束の掌の上で踊らされていただけだったのだ。

 

「あ……あ…………!」

 

悟ってしまった……それと同時に心が折れ、ある感情が支配していく。

(か、勝てない……どう足掻いてもどんな手を使っても……コイツには…束には……絶対に敵いっこない!!)

 

絶対的な差に完全に戦意が喪失してしまう。

大きすぎる挫折が生み出す絶望に身体が震え上がり、目から涙が溢れ出す。

千冬の心の中に残ったのは、たった一つ…………『恐怖』だけだった。

 




次回予告

無残な敗北……決定的な挫折に、千冬は戦意を喪ってしまった。
咲夜、妖夢を始めとした幻想郷の強豪達は千冬に代わって束に挑むが、それは彼女の恐ろしさにより一層拍車を掛ける結果となってしまう。
そして無人機の圧倒的な数もまた、次第に苦戦を強いてくる。
しかし、そこに遂に到着する援軍。

そして思いもよらぬ事実に困惑する弾達6人は、ある決断を迫られる。


次回『絶望の差×希望の援軍と決断』

束「これが私の『全てに抗う程度の能力』……」

晴美「さっさと下がれ、×ぃ! !」

弾「美鈴さん、俺は……」


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絶望の差×希望の援軍と決断(前編)

最近文章の質が落ちてきてる気がする……。


「後もう少しで例の合流ポイントだ!皆頑張れ!!」

 

 戦闘空域から少し離れた上空、弾を始めとした専用機持ち達はIS学園側の救助部隊と合流するべく、バスを追撃する5機もの無人機と交戦しながら移動を続けていた。

 

「この、鉄屑……しつこいんですよ!こっちが下手に撃墜できないのを良い事に!」

 

「わざわざバスまで狙ってくる辺り、本当趣味悪いんだから……!

なんか前よりかなり堅くなってるし……、しかも魔力まで感じると来てる」

 

 バスの防衛に敵機の地上への墜落阻止と、足枷が非常に多い状況。

更に無人機は魔力強化されており、文と椛は苛立ちを募らせている。

バスを運ぶ傍らで、弾達も援護射撃をしてくれてはいるものの、戦況は決して良いものではなかった。

 

「ん?」

 

 そんな時、不意に椛の纏う白牙のセンサーが無人機部隊から発生するある異常を捉えた。

即座にそれを解析し、ウィンドウ画面に詳細が映し出されるが……。

 

「機体内部にエネルギーの増加反応?……ま、まさかっ!?」

 

 その反応の意味を理解した直後、椛の表情(かお)が突如として青褪める。

エネルギーはそれを排出する事無く、機体内部で増大し、蓄積し続けている。

しかし、如何にISといえどエネルギーを蓄えていられる容量には限界というものがある。

そして溜まりに溜まったエネルギーが機体の容量限界を超えた時、何が起きるかというと……。

 

「ま、まさか……自爆する気!?」

 

『っ!?』

 

 椛の言葉に文達は絶句する。

無人機に使用される多大なエネルギー、加えて貯蔵された魔力……これらが爆発すれば民間用の大型バスなど簡単に木っ端微塵になってしまうのは火を見るより明らかだ。

 

「こ、こうなったら……」

 

 苦々しくも表情を歪めつつも、文は覚悟を決めたように目を鋭く細め、妖力を一気に高める。

 

「椛、私がコイツらをフルスピードで全部纏めて足止めするから、アンタはバスの守りに徹しなさい!」

 

「……一人でやるつもりですか?アナタのキャラじゃないでしょ、そういうのは」

 

「そんなの分かってますよ。正直な所、さっさと逃げたくてしょうがないですよ。

けどね、私は自分が後味悪い思いして、その上『他の生徒を見捨てて逃げた外道鴉』なんてゴシップに晒されるのはもっと御免なんですよ!」

 

「……ったく、アナタって人は」

 

 “普段ゴシップ同然の記事ばっかり書いてる癖に”と出掛かった言葉を飲み込み、椛は文の意志を汲んでバスの方へと退く。

 

「さてと、それじゃあ……」

 

 椛の後退を確認した文は覚悟を決め直し、無人機を目掛けて突撃体勢に入る。

 

そして……

 

「行きm『格好付けてる所悪いけど』……へ?」

 

 突如、どこからともなく声が響き、直後に一機のSWが現れ、無人機を蹴り飛ばした。

 

「コイツらは私が片付けてやる」

 

 現れたのはSWを纏い、バイザーで目元を隠した少女。

炎魔の戦闘部隊隊員、天野晴美(あまの はるみ)の姿だった。

 

「アナタは……?」

 

「炎魔の者だ。後は私達に任せろ……!」

 

 晴海は獲物を目の前に捉え、舌舐めずりしながら、両手に携えたビームガンを構え、突撃してくる5機を見据える。

 

「ちょ、ちょっと待って!あれは自爆寸前……」

 

「んなモン分かってる……ぶっ壊れろォっ!」

 

 文の止める間も無く、獣の如き咆哮と共に二丁の銃が火を吹く。

放たれたビームの弾丸は5機全てのコアを正確に撃ち抜き、瞬く間に無人機を破壊して見せた。

 

「よーし、取って来いジンヤ!」

 

 そして機能を停止し、墜落していく無人機の落下先に、一人の人影が待ち構えていた。

 

「僕は、犬じゃないんだけど……!」

 

 現れた茶髪の少年……晴美と同じく炎魔戦闘部隊の隊員、神埼(じんざき)ジンヤ。

彼が左腕を落下してくる5機の無人機に向けて掲げたその直後、無人機は物理法則を無視したように空中で制止した。

 

「ハァァァァァッ……!」

 

 そして、ジンヤが気迫を込めるように声を出しながら腕に力を入れると同時に5機の無人機は、まるで弾き飛ばされるように上空へと昇っていく。

 

「ナイスよジンヤ。……良い位置だ!」

 

 自身の居る高度大きく超えて上空へと昇っていく無人機を眺め、晴美は武器をバズーカに変更してそれを構え、引き金を引く!

放たれた砲弾は見事無人機に直撃し、無人機部隊は成層圏付近で大爆発を起こしたのだった。

 

「自爆するなら、人のいない所でやれっての。……ん?」

 

「す、凄い……」

 

「こ、コアだけを正確無比に撃ち抜くなんて……。下手をすれば誘爆の危険もありましてよ……」

 

「あの男、一体どんな武器を使ったんだ?あんな芸当AICでも出来ないぞ」

 

 爆産する無人機を身ながら吐き捨てる晴海だったが、バスがその場で静止してしまっている事に気づく。

自身の銃撃とジンヤの能力に驚いて呆然と立ち尽くしてしまっていたのだ。

 

「何やってんだ!さっさと下がれ、簪!!」

 

「は、はい!」

 

 思わず名指しで一喝され、簪は慌てて踵を返して他のメンバー(護衛の文と椛も含む)共々その場を離れていった。

 

(……あれ?何であの人、私の名前を?)

 

 ほんの些細な疑問を残しながら……。

 

 

 

「更識の子には極力接触しないんじゃなかったの?」

 

「あ、いけね」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「勝負ありだね、ちーちゃん。どうだった、束の間の好勝負感は?

でも、ごめんね。私ってばちーちゃんより強いんだ」

 

「かはっ……ぅ…ぐ……!」

 

 指に付いた血を拭き取りながら千冬を見下ろし、束はニコニコと笑いながら千冬に近付いて行く。

そんな束の不気味な雰囲気に呑まれ、千冬は脇腹の激痛に苦しみながら後退さる。

 

「あれ、どうしたのちーちゃん?普段だったら、すぐにでも反撃する筈なのに」

 

 白々しい態度で束は千冬に顔を近付け、覗き込むように彼女の顔を見詰める。

 

「ひっ…………!?」

 

 吐息が掛かるほど束の顔が自分の顔に近付く。

その瞳は金色に美しく輝きつつも、奥底は何よりも黒い。

……まるで彼女の内に秘めたドス黒い感情を表すかの如く、見る者を飲み込んでしまう凄みを秘めたそれは、千冬の中にある恐怖の感情をより強くしていく。

 

「や、やめろ……来るな……!来ないでくれ!!」

 

「あれぇ~~?もしかしてちーちゃん、怖いの?ねぇ、怖いの?

でもさ、私の事を裏切ったんだから、この程度じゃ済まないよ……!!」

 

「ガッ……ああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 凄みを帯びた声色で、束は千冬の頭を鷲掴み、万力の如く締め上げながら宙へと徐々に浮いていく。

 

「私さ、これでもちーちゃんの事、親友だって思ってたんだよ?

ちゃんと友情だって感じてたんだよ。

ちーちゃんだったらいつまでも、どんな時でも私の味方でいてくれるって信じてたんだよ。

いっくんだって、ちーちゃんの弟で凄い才能を持ってたから気に掛けてたんだよ。

なのにさ、いっくんは幻想郷に簡単に馴染んじゃって、

ちーちゃんはそのいっくんに、実の弟に恋しちゃって……、

挙句の果てには私の大っ嫌いな奴等の味方に着くなんて……本当、残念無念失望絶望期待外れの的外れ。

ただで済むと思うなよ、裏切り者が……!!」

 

「う、うわあああぁぁぁぁーーーーーっっ!!」

 

 圧倒的な力と、それに秘められた悪意が解き放たれる。

それが自身に向けられた時、千冬は最早恐怖を抑える事が出来なかった。

溢れ出した恐怖という感情が悲鳴となり、表情(かお)は恐怖一色に染まる。

 

そして、恐怖に支配された千冬の顔面に、束は容赦なく膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐがぁあっ!?」

 

 鉄製の鈍器のような一撃に、鼻の骨が叩き折られる。

しかし、束は手の力を緩めず、千冬の頭を掴んだまま、砂浜へと急降下していく。

 

「があぁぁぁぁぁっぁっっっ!!」

 

 砂浜に叩き付けられ、千冬はその場に倒れる。

そして、束は倒れ伏す千冬へと静かに歩み寄り、後ろ髪を掴み上げて再び顔を近づけ、千冬の鼻血を流して苦しむ表情を見て不気味に笑う。

 

「あ~あ、ちーちゃんったら鼻血出しちゃって。折角の美人さんが台無しだね。

でも安心して、束さんじわじわとなぶり殺し、なんて趣味は無いから。だから……っ!?」

 

 千冬に問いかける束の口が不意に止まる。

その直後、ある人物が刀を構えて束に襲い掛かった。

 

「セアァァッ!!」

 

 現れた影の正体……魂魄妖夢は刀を振り上げ、束の首を狩らんとばかりにそれを振り下ろす!

 

「……チッ!」

 

 割って入った邪魔者に束は不機嫌そうに舌打ちして向き直り、振り下ろされた刀を魔力を纏った手で乱暴に受け止める。

 

「咲夜!」

 

「任せて!」

 

 しかし、妖夢は動じる事無く咲夜の名を呼び、それに応えるように返答と共に咲夜が姿を現す。

 

「さ、咲夜……?」

 

 そして、その腕には負傷を追った千冬の身体を抱えられている。

時を止めて束の下から千冬の身柄を奪還したのだ。

 

「半人にお子ちゃま吸血鬼のメイドか。……邪魔しないでもらえるかな?」

 

「そうはいかない。貴様のこれ以上の暴挙を許すわけには行かない。今度は私達が相手だ!」

 

 心底面倒臭そうに呟く束に対し、妖夢は戦意を剥き出しにして身構える。

そして、咲夜もまた普段は見せない殺気を隠す事無く出し、千冬を守るように前に出る。

 

「アナタが如何に危険な存在かは理解させてもらったわ。

生かしておくわけには行かない。全力を以って、アナタを殺す……!」

 

 

 

 第2ラウンド、開始…………。

 

 

 

 

 




オリキャラ紹介

天野晴美

年齢・16歳(楯無と同い年)
容姿・アイドルマスターの天海春香

田所アキラ率いる戦闘小隊の隊員。
あらゆる重火器に精通し、早撃ち0.3秒かつ正確無比という天才的な射撃の腕前を持つ天才ガンナー。
特にハンドガンの扱いに関しては右に出る者は居ないと言われている。
(ちなみに、接近戦では徒手空拳の格闘を駆使して戦う。)

性格は皮肉屋で毒舌、更には下ネタを平気で言ってのける下品な言動に加え、欲望には忠実というチンピラ染みた態度が目立つものの、
根は仲間想いで優しく、筋の通らぬ真似を許さない親分肌。


元々はとある暗部の一族に仕える家系の出身だったが、ある事情から一家断絶となり、根無し草となった所を射撃の才を見込まれて炎魔にスカウトされた。





神埼ジンヤ
(※ギアルさん考案のオリキャラ)

年齢・16歳
容姿・茶髪で童顔の少年
能力・念力を扱う程度の能力

田所アキラ率いる戦闘小隊の隊員。
元は父が優秀な政治家という事以外はごく普通の少年だったが、
女尊男卑の風潮に反対した父が、風潮によって成り上がった女性政治家を次々と失脚させた事で、それを逆恨みし、危険視した過激派の女権団体によって目の前で両親を無残に殺害された過去を持つ。

その際の心的ショックがきっかけで念力(サイコキネシス)の能力に目覚め、その場にいた刺客を全員皆殺しにし、後に駆けつけた炎魔の部隊に保護され、そのまま炎魔の一員となった。

両親を喪う大元の原因となった篠ノ之束、そして社会風潮に乗った女尊主義者に対し底知れない憎悪を内に秘めている。




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絶望の差×希望の援軍と決断(後編)

「よし、ここまでくれば大丈夫ですね」

 

紆余曲折があったものの、予定された合流ポイントに辿り着き、文は安心したように息を吐く。

ポイントには学園の救援部隊は到着までまだ数分掛かるが、晴海とジンヤが呼んだ炎魔の部隊が既に到着し、彼らの手によって一般生徒達の安全は確保され、結果として護衛任務は成功したも同然だった。

 

「安心してる場合じゃないですよ。これから他の皆の加勢に行かなきゃ行けないんですから」

 

「分かってるわよ、まったく気が重いわね……」

 

そう、ココからが彼女達にとって本当の戦いなのだ。

先の旅館での一件を直接見た彼女達によって篠ノ之束の脅威が如何ほどのものかは充分解っている。

だが妖怪や幻想郷への憎悪や敵意を剥き出しにしていた彼女を野放しにすれば幻想郷そのもの の脅威にもなりかねない以上彼女との戦いを避けるわけにはいかない。

 

「準備出来てる?出来てるならさっさと行くわよ!」

 

「了解です。椛、アンタは?」

 

「大丈夫です。いつでも行けます!」

 

先程無人機を撃退した晴美、ジンヤも加わり、それぞれが準備を完了し、出撃の体勢に入る。

 

「予備のエネルギーパックは準備しています。射命丸さん、遠慮なく全力で飛ばしてください」

 

「ええ、かなり速いですから、舌噛まないでくださいよ」

 

3人が文の操縦する迦楼羅の腕などをしっかりと掴み、固定されたことを確認し、迦楼羅はフルスピードで飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったわね……」

 

「うん……」

 

呆然とそう呟きながら、鈴音は猛スピードで旅館へと戻っていった文達を眺める。

それは簪達武術部員達も同様だった。

頭はまだ混乱している。だが、それ以上にある思いが心から離れずにいた。

 

「ねえ、皆……私達、このままで良いのかな(・・・・・・・・・・) ?」

 

簪の問いかけに皆黙り込む。

これまで学友として共に過ごして河城重工の者達が人間ではなく妖怪だったという事実に対する驚きと戸惑いはまだ消えない。

だが、それでも彼女達に対する仲間意識や尊敬の念、あるいは思慕の情は自分達の心の中に消える事無く根付いているのだ。

そんな者達を戦場に残し自分達は安全な場所に引っ込んでしまって良いのか?

そんな思いが簪達の中で渦巻き、心をきつく締め付ける。

 

「美鈴さん、俺は……」

 

絞り出したような声を出し、弾は苦々しい様子で目を閉じ、やがて何かを決意したかのように目を開いた。

 

「悪い、皆。……俺、行って来る」

 

「え?」

 

不意にそう言って背を向けた弾にすぐ隣に居た鈴音は目を丸くして彼を見る。

 

「やっぱり、見殺しになんて出来ねえよ……!」

 

言うや否や弾は専用機を展開し、空へと飛び上がる。

 

「あ、オルコットさん達、ココに居たんですか?これから他の人達と一緒に…………ご、五反田君、アナタ何をして……!?」

 

丁度その時、専用機持ち達を呼びに来た真耶と他の一般教師達の目の前で弾は来た道を引き返し、旅館へと向かって飛び立って行った。

 

「ちょ、ちょっと!何やってるの!?」

 

「あ、アナタ達、彼をすぐに止めに! !」

 

突然の出来事に慌てふためく教師達、そんな教師達を余所にセシリア達は顔を見合わせる。

そして、どこか吹っ切れたような清々しい笑みが浮かべながら、彼女達は頷きあい、そして……。

 

「先生方、申し訳ありません。ですが……!」

 

最初に動いたのはセシリア。

弾と同様、専用機を展開して空へと飛び立つ。

 

「弾一人に良い格好はさせないんだから!」

 

「私達は姉御達より遥かに弱い。だが、それでも弾除けぐらいにはなれる!」

 

「学園側に伝えておいてください。謹慎でも退学でも好きにしろって。

だから、今回だけは無理を通す……!!」

 

鈴音、ラウラ、そして簪もそれに追従し、教師達の制止を振り切り仲間達の救援に向かったのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「あ~、面倒臭い。束さんの最優先事項は裏切者(ちーちゃん)への報復だってのに、何で邪魔するのかなぁ?予定が狂っちゃうよ、もう」

 

心底面倒臭そうに頬を膨らませて抗議する。

しかし、それがただ慢心しているだけではなく、確固たる力に裏づけされた絶対の自信である事を知る咲夜と妖夢は、戦慄から来る冷や汗を流しながら、手に持った武器を握りなおす。

 

「や、やめろ……やめるんだ。あ、アイツに…………束に敵うはずがない!逃げろ、逃げてくれ……!!」

 

怯えた表情のまま、千冬は二人を制止する。

その様子を一瞥しつつ、二人は制止の声を無視して前に出る。

 

「あれだけ気丈な千冬さんの心をココまでへし折るなんて、とんでもない相手ですね」

 

「ええ、妖夢、この際くだらないプライドは捨てなさい。全力で奴に仕掛けるわよ!」

 

覚悟を決め、二人はISを展開して静かに身構えて動き出し、束を挟み込む形で立ち並ぶ。

 

「二人の魔力と霊力、それとISも合わせて、ちーちゃん3.5人分って所かな?

哀しいよ。束さんはたかがそれくらいの評価って訳?」

 

「さあ、どうかしらね! !」

 

最初に動いたのは咲夜だ。

両手に展開したナイフを素早く束へと投げ付け、直後に自身も瞬間加速を駆使し、束の頭上目掛けて飛び上がる。

 

「遅すぎるよ……」

 

「うぐあっ! ?」

 

しかし束は直立不動のまま飛んできたナイフを左腕一本で全て薙ぎ払って防ぎ、更には頭上から飛び掛かってきた咲夜を魔力弾で難無く迎撃してしまった。

だが、ココで妖夢が動き、束を背後から強襲する!

 

「ハアァァァァッ! !『だから、遅いんだって』カハッ! ?」

 

が、これも不発に終わる。

妖夢の剣が届くよりも先に束の後ろ蹴りが妖夢の鳩尾に叩き込まれた。

 

「まだよ!」

 

今度は再び咲夜の攻撃。

吹っ飛ばされながらも、EXナイフを一本展開して束の顔面目掛けて投擲する。

しかし無理な体勢で投げたが為に、その軌道は余りにも読み易く、束は首を傾げてそれを避けようとする。

 

「今だ!!」

 

「っ!?」

 

直後に、妖夢が大声と共に楼観弐型を展開と同時に投げる。

しかし、その狙いは束ではない。束が避けたEXナイフだ。

妖夢の投げた短刀と咲夜のEXナイフが束の顔の間近でぶつかり合って爆ぜ、束は至近距離での爆発を諸に喰らう。

 

「やった!いくら奴でも零距離での爆発なら『はいはい、負けフラグ乙』……な! ?」

 

尚も変わらず余裕と嘲りの声が響く中、晴れた煙の中から現れたのは、眩いばかりに輝く白金色のISを身に纏って平然と立っている束の姿。

汚れ一つ無いその姿には、先の一撃でダメージを受けた様子はまったく無い。

 

「うん、なかなか良い攻撃だよ。

確かに、生身でアレを喰らってたら流石に束さんでも火傷しちゃうからね。

けど、私がISの生みの親って事を忘れたの?その私自身が機体を持ってないわけが無いじゃん。

この機体の防御力なら、これくらいの爆発なんで全然平気なんだよねぇ〜〜。

 

「そ、そんな……ぐがああッ! ?」

 

当てが外れ、狼狽する妖夢の身体に束の足蹴りが容赦なく打ち込まれ、それと同時に脇腹付近から『ベキッ』と嫌な音が鳴る。肋骨が圧し折れたのだ

 

「が、ぁ……」

 

吐血しながら砂浜に膝をつく妖夢。

しかし束は妖夢の首を掴んで倒れ込む事を阻止しその体を咲夜の方へと向ける。

 

「……盾にする気?」

 

「まぁね。吸血鬼の飼い犬の君にこんなのが盾や人質になるのかどうかは知らないけど?」

 

「そうね……でも、ちょっと勘違いしてないかしら?」

 

言葉と同時に咲夜は妖夢へと目を向ける。そして次の瞬間……

 

「私を舐めるなあっ!!」

 

自身の首を掴む束の手を無理矢理振り解き、妖夢はそのまま束の腕に組み付き、腕ひしぎの体勢で関節を極める。

 

「ぐっ……!こいつ、まだ!?」

 

妖夢からの思わぬ反撃に束は表情(かお)を顰め、妖夢を振り解こうするが……。

 

妖夢(その娘)のタフさをね。

そして、私に盾なんて意味を成さない……! !」

 

世界が静止する……咲夜が己の能力を発動し、時間を止めたのだ。

 

「アナタが如何に化け物染みた力の持ち主だとしても、この能力(ちから)の前では、アナタの時間は私のもの……幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』」

 

静かに、呟くようにスペルを発動し、咲夜は束の背後に回り、大量のナイフを至近距離まで投げる。

 

「これで終わりよ……!」

 

そして、再び束の前へと回り、彼女の開いている口の中目掛けて最後に残ったの一本のナイフを投げる。

 

(絶対防御といえど、体内への攻撃は防げない。卑怯かもしれないけど、手段は選んでられないわ)

 

口内に刀身が進入した所で動きを止めたナイフを確認し、咲夜は勝利を確信して束に背を向ける。

後は能力を解除してしまえば空中で静止したナイフは再び動き出し、束の喉を突き破り、背中は針鼠の如く姿へと変わり果てるだろう。

 

「そして、時は動き出s『ところがギッチョン!』…… !?」

 

突然聞こえたその声に、咲夜は目を見開いて振り返り、そして目にする。

口の中で静止しているはずのナイフをその手で掴んで取り除き、止まった時の中を平然と何事も無かったかのように動く束の姿を.……。

 

「な、何故……まだ、時は止まって……」

 

ありえぬ光景に、咲夜は動揺を抑えきれない。

如何なる強者であっても自分の『時を操る程度の能力』によって生み出される時の止まった世界に入ってくる事など、ただの一度だって無かった。

それが今、覆されたのだ。何よりも最悪な形で……。

 

「覇ぁっ!!」

 

「あ、ありえ……きゃああああっ!?」

 

動揺する咲夜を余所に、束は気迫の声と共に衝撃波を全身から放ち、動揺して無防備な咲夜、更に背後からのナイフも全て吹き飛ばしてしまった。

 

「これが私の『全てに抗う程度の能力』……」

 

「っ!?…な、何が…フゴォッ!?」

 

束が呟くのとほぼ同時に止まっていた時が動き出す。

そして、突然目の前で咲夜が吹っ飛ばされるという光景に困惑する妖夢の顔面が砂浜へと強かに叩き付けられた。

 

「が……ぁ……」

 

呻き声が妖夢の口から漏れ、全身が脱力して砂浜に倒れ伏す。

そして妖夢の意識が完全に落ちるのと同時に纏っていた白楼観が解除されて元の待機状態にまで戻ったのだった。

 

「はい、一丁あがリっと。

トドメは、まあ後で良いか。本命がそろそろ来る頃だしね……」

気絶した妖夢を払い除けるように蹴飛ばし、束は静かに虚空を見上げる。

 

「か、ハッ…う……ぐっ、っ…………っ!?」

 

束に吹き飛ばされ、心身共にダメージを負った咲夜はふらつきながらも何とか起き上がり、動きを止めた束の様子に不信を感じて、彼女の視線の先を追う。

そして彼女は見た。水平線の先に現れ、徐々に大きくなるある人物の人影を……。

 

「篠ノ之束…………よくも、千冬姉を……皆を…………!」

 

織斑一夏、到着。

 




次回予告

聖蓮船より先んじ、遂に到着した一夏。
しかし、束の狙いは他でもない一夏自身にあった。
千冬達3人を容易く破った束の強さを知りつつも、戦いを挑む一夏。
彼にはある秘策があった…………。

そして、次々と現れる無人機の大群に援護を阻まれるレミリア達の前には、簪達が決死の覚悟を胸に駆けつける!

次回『覚悟の戦士達』

一夏「今の俺じゃ、逆立ちしたってアンタにタイマンで勝ち目なんて無いって事ぐらい解ってるさ。……だがなぁ!!」

弾「……そんな事、関係無ぇ!!」









読者の皆、オラに感想を送ってくれ〜〜!


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覚悟の戦士達(前編)

「まったく……何体あるのよこいつら……!」

 

 一夏と束の戦いから少し離れた場所、

飛び交う弾丸を掻い潜りながら、レミリア達残留組は無人機を相手に戦い続けていた。

無人機の数は一向に減る事無く、次々と現れ、レミリア達は千冬達の援護に行く事ができずにいた。

 

「結構撃墜したけど、この数は異常ね……。

何かからくりが有る……と見るべきでしょうね」

 

「その通りじゃ。アレを見てみい」

 

 考察するアリスにマミゾウから口が挟まれる。

マミゾウは目を細めながら、ある一体の無人機を指差した。、

 

「何あれ、木の葉?」

 

「アレは儂がつけたものじゃ。

実は儂も際限なく出てくるコイツらを妙に思ってのぅ。それで撃墜した機体の残骸に落下する直前にいくつかに木の葉を貼り付けておいたんじゃが……」

 

 撃墜した機体の残骸に付けておいた木の葉……その木の葉を貼り付けた機体が目の前で戦闘している。

つまり、その事実が現す事は……

 

「自己再生機能……!なるほど、海や砂の中なら再生してるのを隠すには打って付けね」

 

「となれば、対処法は簡単ですね……!」

 

「コアを破壊するか、修復できないぐらい粉々に破壊してやればいい訳ね……!」

 

 アリスの言葉に美鈴、そしてそれに釣られてレミリアがニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 織斑一夏が辿り着いた時、目にした光景はまさに悪夢だった。

 

能力を打ち破られ、茫然自失とした咲夜、

叩きのめされ、砂浜に倒れ伏す妖夢、

そして、鼻から血を流して震える最愛の姉、千冬……。

 

それらを目にして込み上げてくる怒りをその身に感じ、硬く握った拳を震わせながら、一夏は砂浜に降り立ち、悠然と立つ束の前に歩み寄る。

 

「束さん……いや、篠ノ之束……!

アンタ、自分が何したか……千冬姉(親友)()に何をしたか分かってんのか!?」

 

「……箒ちゃんの事は(戦ってる片手間で)くーちゃんから通信で聞いたよ。

いやぁ、こればっかりは想定外だよ。まさか、分裂しちゃうなんて。

紅椿に付けた魔力と霊力の増幅装置が、生体修復の効果と掛け合わさってこんな結果になっちゃうなんてね」

 

「そんな事を聞いているんじゃ『ねぇ、いっくん聞いてよ』……?」

 

 怒り交じりの声を束は遮り、そのままゆっくりと今だ震えている千冬に目を向ける。

 

「ちーちゃんさ、酷いんだよ。

私、ちーちゃんの事を親友って思ってた。これに関してはマジなんだよ。

ちーちゃんも私の事親友って今でも思ってるみたいだけど、私と決別する道を選んだ。

私はね、ちーちゃんには味方でいて欲しかったの。

いずれ攻め込む幻想郷との戦いでも一緒に戦ってくれると思ってたんだ。

なのに、コイツは…………!!」

 

 徐々に束の表情が冷徹なものから激情を内包したものへと変わっていく。

瞳の奥で憎悪の炎を燃やし、その炎は今にも目に映る千冬を焼き殺す勢いだ。

 

「何故そうまでして幻想郷を嫌う?幻想郷がアンタに何をしたんだ!?」

 

「……言う必要は無いでしょ。

ただ、あえて言うなら……ムカつくんだよ。モノホンの化け物の癖に人間の真似してのほほんとしちゃってさぁ……」

 

 束のその言葉が言い終わるよりも前に、一夏は地を蹴っていた。

 

「オラァッ!!」

 

 繰り出された渾身の一撃。

だが、これも千冬や妖夢達の時と同じように簡単に防がれ、腕を掴まれてしまう。

 

「猪突猛進で考え無しな所は昔と同じなのかな?

今のいっくんの力量なら、束さんの実力の察しぐらいつくと思うんだけど?」

 

 束は余裕の笑みを浮かべながら、掴んだ腕を握る手に徐々に力を込め、一夏の腕をへし折らんとする。

しかし、一夏は…………

 

「確かに、今の俺じゃ逆立ちしたってアンタにタイマンで勝ち目なんて無いって事ぐらい解ってるさ。……だがなぁ!!」

 

 一夏が自身の怒りと激情を開放するように目を見開いたその刹那、その怒りに呼応するかの如く肉体から出る魔力の輝きがその強さを増し、束に掴まれている右腕からはその光がスパークとなって迸る。

 

「っ…何これ、魔力が増大して!?」

 

 一夏の身に起こった異変に束が思わず疑問符を浮かべたその一瞬を一夏は見逃さなかった。

 

「この、外道がぁぁーーーーっ!!」

 

 即座に掴まれた右腕を振り解き、逆に束の左腕を掴み返して、その腕を一気に捻り上げる。

 

「グゥゥゥッッッ!?」

 

 捻られた左腕から『ベキィッ!』と嫌な音が激痛と共に脳髄にまで鳴り響く。

つい数分前に自身が白蓮にそうしたのと同じように、束の腕はへし折られたのだ。

 

「ダアァァァァァァーーーーッ!!」

 

「うぐぁぁっっ!!」

 

 束が折られた腕を押さえる間も無く、一夏の怒りが咆哮となって木霊し、同時に彼の正拳突きが束の顔面に打ち込まれ、束の身体を吹っ飛ばした!!

 

(……どうなってるの?私の計算ではいっくんの戦闘力は精々ちーちゃんの約1.3倍ぐらい。

それが突然数倍にアップしている……命蓮との戦闘の影響を加味しても絶対ありえない……!?)

 

 吹っ飛ばされ、砂浜に叩き付けれて全身に砂を被りながらも、束は一夏の異常な力を冷静に分析する。

 

「うおぉぉぉぉぉっ!!」

 

 しかし、そんな分析を余所に一夏は追い討ちをかけるべく、束目掛けて飛び掛かると同時に右拳を振り下ろす。

 

「ちっ!」

 

 だが、一夏からの追撃に束は逸早く反応し、振り下ろされた腕を掴み取って、そのまま勢いを利用して一夏の身体を放り投げる。

 

「消えろ……!」

 

 空中に放り出された一夏を狙い、束は右手から巨大な魔力弾を発射する。

 

「クッ……!!」

 

 迫り来る魔力弾に、一夏は両手を突き出してそれを受け止める。

 

「ぐぐ……ハァッ!!」

 

「……やっぱり、おかしいね」

 

 魔力弾は数秒ほど一夏の手に留まり、直後に掻き消された。

そしてそれを静かに眺め、折られた腕を治療しながら束は目を細める。

 

「やるね、いっくん。

今の弾、束さんはいっくんの力量じゃ防げないレベルのものをぶっ放してやったつもりなのに、それを防いで掻き消したなんて。

見た所、魔力の量も大きく底上げされてるみたいだけど……」

 

「いちいち説明する義理なんて無い!」

 

 語りかける束を無視して、一夏は再び突貫する。

それに応えるかのように束の表情(かお)に好戦的な笑みが浮かぶ。

 

「じゃあ、良いよ。

自分で考えるし、大体想像付くから……!!」

 

 そして自らも魔力を高め、一夏目掛けて拳を突き出す。

それに対して一夏も拳撃を繰り出し、二人の拳がぶつかり合った!

 

「ハアァァァァァッ!!」

 

「…………っ!!」

 

 ぶつかり合った二つの拳が鬩ぎ合い、鍔迫り合う。

そして、両者から溢れる凄まじい魔力が突風となって砂を巻き上げ、二人のパワーを物語る。

 

(クッ……予想してたとはいえ、なんて強さだ!即席とはいえ魔力を数倍に底上げしたってのに!!)

 

「魔力の波長が命蓮との戦闘前に比べて変化してる……それに加えて、霊力と、妖力も感じる?

…………あぁ、そう言う事か」

 

 束が確信めいた言葉を発すると同時に二人の身体が離れ、弾け飛ぶように二人の距離が再び開く。

そして、着地しながら束はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、こう言った……。

 

「いっくんもなかなかずるい真似してくれるね。

まさか、実質とはいえ数人掛かりも同然で来るなんてね」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 時は数分前に遡る……。

 

「……なんという魔力だ。これが本当に人間の持つ力なのか?」

 

 聖蓮船に収容され、一夏を医務室に運んだ後、魔理沙達は旅館側の仲間達との合流を急いでいたが、旅館までの距離が縮まるにつれて束の持つ異常な魔力を魅魔は感知していた。

 

「やばいぜ。速く行かないと……!」

 

「村紗さん!もっとスピードは出ないんですか!?」

 

「全速力で飛ばしてるわよ!けど、どう少なく見積もっても後10分は掛かる!」

 

 悪化する戦況を前にして、魔理沙達の心中で焦燥感が増す。

既に千冬の魔力は著しく減少し、束と戦っていると思われる咲夜と妖夢も劣勢に立たされている。

10分という決して短くない時間を彼女達が持ちこたえきれるかはかなり厳しいだろう。

 

「こうなったら、私が先に行って時間を稼ぐぜ!私の機体なら全力で飛ばせばこの船より速く着ける筈だ!」

 

「待て!」

 

 痺れを切らし、魔理沙は踵を返してブリッジから出ようとするが、それを魅魔が静止する。

 

「あれ程の魔力を持つ相手だ。無策に行った所で瞬殺されるのがオチだ」

 

「くっ……!でも、このままじゃ……!」

 

「何か手は無いんですか?」

 

 師から論破され、苦虫を噛み潰しながら魔理沙は唸る。

そして、早苗からの問いに、魅魔は一度目を伏せ、やがて重苦しそうに口を開いた。

 

「無い事は無いが、危険な手段だ。

使った後、どれ程の反動が来るか私でも分からんぞ」

 

「どんな方法だよ?」

 

「簡単さ。一人の肉体に数人掛かりでエネルギーを送り込めば良い。霊力に魔力、妖力問わずにな。

そうすれば戦闘力は何倍にも跳ね上がる」

 

「あ、なるほど。ドラ○ン○ールみたいな感じですね。それなら解りやすいです!」

 

 魅魔の説明に早苗は納得したように笑みを浮かべる。

しかし、それとは対照的に魔理沙は冷や汗を流す。

 

「感心してる場合じゃないぜ……。

数人分のエネルギー、しかも自分とは違う性質の力も一人の身体に詰め込むんだぞ?

一体どれだけの負担が掛かるか……」

 

「その通りだ。人であれ妖怪であれ、持つエネルギーの絶対量は決まっている。

それに過剰なエネルギーを送り込めば肉体は過負荷を起こし、やがて自壊する。

最悪の場合、再起不能……いや、運が悪ければ命すら危ない」

 

 魅魔の言葉に二人は息を飲み、暫く沈黙する。だが……

 

「でも、ここでアイツらを見殺しにしたら、この先ずっと後悔する。だから、私はやるぜ!

魅魔様、すぐにやり方を『待ってくれ』……一夏!?」

 

 覚悟を決めて名乗り出た魔理沙だったが、不意に横槍が入る。

その声の主は治療を受けているはずの一夏だ。

 

「一夏君、治療中の筈じゃ?」

 

「もう応急処置は済ませたよ。それより、先行する役、俺にやらせてくれないか?」

 

「何言ってんだ!?そんな状態で行かせられるわけないだろ!」

 

 思わぬ一夏からの言葉に、魔理沙は声を荒げて静止するが一夏の意志が変わる様子は無い。

 

「無茶なのは分かってる。

だけど千冬姉は、千冬姉は自分の手で助けたいんだ。

だから、頼む!俺に行かせてくれ!!」

 

「い、一夏君……」

 

 深々と頭を下げ、懇願する一夏。その勢いに魔理沙と早苗は思わずたじろいでしまう。

 

「……小僧、一夏と言ったな?

確かに、お前のやろうとする事は余りにも無茶だ。はっきり言って自殺行為も良い所さ。

だが、この方法は肉体が頑丈な者が適任だ。そういった意味では、男であるお前が最も適している」

 

 神妙な表情で魅魔は口を開く。

その言葉に一夏は表情をより引き締め、彼女に向き合う。

 

「なら、決まりだな。魅魔さん、それに皆も、俺に力を貸してくれ!」

 

 再び頭を下げる一夏。

しばしの沈黙が流れた後、不意に魔理沙のため息がそれを打ち破る。

 

「ったく、さっきもそうだけど、無茶しすぎだぜお前は。

……絶対死ぬなよ。それが行かせてやる条件だぜ!」

 

 魔理沙からの激励の言葉を皮切りに、他のメンバーも一夏を旅館へと向かわせる準備に入ったのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「いやー、まさかそんな手があったなんてねぇ。束さんもびっくりだよ。

ココまで効果を出すこともだけど、そんな捨て身の戦法をやってのけるいっくんの胆力もさ……。

うーん、参ったなぁ。長期戦でいっくんのスタミナ切れを狙いたい所だけど、それじゃ魔女っ娘と糞巫女に合流されて面倒になちゃいそうだし……」

 

「考え込んでる暇は無いぜ!」

 

 一夏の強さの秘密を察し、束は困ったように首を傾げながら考え込む。

だが、そんなふざけた隙を一夏は見逃さず、一気呵成に攻め込み、突貫する。

 

「うわわっと!?危ない危ない。」

 

 しかし、やはり束に隙は無く、繰り出した拳は紙一重で受け止められてしまう。

 

「しょうがないなぁ。それじゃあ……」

 

 束の表情(かお)から笑みが消える。

それと同時に、先の戦いで千冬に向けられたと同じ……いや、それ以上の殺気が一夏を捉えた。

 

「ちょっと本気、出しちゃうね……」

 

 そして、束の身体から眩く、神々しい光が溢れ出した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「神と(あやかし)を喰らって得た、この力……実験台になってもらうよ!」

 

 

 

 

 



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覚悟の戦士達(後編)

「何なんだ……この力は?これって、俺がやったのと同じ……」

 

 束から発せられた奇妙な力に一夏は戸惑いながらそう漏らすと同時に、有る既視感を覚えた。

莫大な魔力の中から感じられる別の力……霊力、妖力、そして神々の持つ特有の力が入り混じった、禍々しさと神々しさを共に持ったその力。

それは、一夏が魔理沙や早苗達から力を借りて得たものと似通っていた……。

 

「そう、いっくんが行った強化方法と原理は近いよ。

尤も、私の場合は妖力と神の力……神力をこの肉体(からだ)に直接取り込んだものだけどね」

 

「まさか、神と妖怪を喰ったってのは……」

 

「そう、何の比喩も無い事実だよ。外界(こっち側)にいる下級の神や妖怪、その魂を私は倒し、そして喰らった。

そして、その力を私の物とした……!」

 

 狂気の笑みを浮かべ、己の所業を語る束に一夏は自分が額から冷や汗が流している事に気づく。

ハッタリではない……本能でそう感じる。

自身の付け焼刃のものとは違い、束はそれを完全に自分の力として使いこなしている。

それだけでも束が如何に規格外の天才かが解る。

 

「さてと……ねぇ、ちーちゃん」

 

「ひっ……!?」

 

 不意に束はこれまで蚊帳の外だった千冬へと声を掛け、威圧感を発しながら彼女を見据える。

 

「私ね、さっきからずーっと考えてたんだ。私の事裏切ったちーちゃんに対する一番の罰って何かなぁ~~、って。

それで今思いついたんだけどさぁ…………」

 

 そこまで言ってから、束は視線を一夏へと再び向け、“ニィッ”と口角を吊り上げて笑った。

 

「目の前で、今度こそ本当の意味でいっくんを喪ったら、どんな気持ちになるかなぁ?」

 

「や。やめろ……逃げてくれ一夏ぁぁーーーーーー!!」

 

 砂浜に響く千冬の叫び声……それが合図だった。

千冬が声を発したその刹那、束は地を蹴り、瞬く間に一夏の眼前へと移動した。

 

「クッ…『遅いね!』アグッ!?」

 

 束の急襲に逸早く反応し、一夏は防御の構えを取る。

しかし、構えると同時に束の姿が一夏の視界から消え失せ、背後から衝撃が走る。

 

「い、今の一瞬で……」

 

「驚いてる暇なんて無いよ!」

 

 先の命蓮を髣髴とさせるスピードに、一夏は狼狽を隠せず膝を突く。

そこへ更に打ち込まれる束の追撃の蹴りが一夏の鳩尾へと入る。

 

「ガ、ハッ…!?」

 

 絶対防御の存在も忘れるほどに凄まじい衝撃に、一夏は己の肺の中の空気が全て吐き出されたような感覚に陥り、そのまま成す術無く膝を突く。

 

「く、そぉっ!!」

 

 だが、一夏は未だ闘志を保ち続け、再び立ち上がって束を睨みつけ、拳を振るう。

 

「流石いっくん。耐久力も大したもんだね。それなら……」

 

 攻撃を軽々と受け止めながら口元に浮かぶ笑みをより一層不気味なものとし、束の両手に魔力が集中していく。

その姿はまるで魔力で出来た手甲を纏った拳闘士を髣髴とさせる姿だ。

 

「これは耐え切れるかな!?」

 

「っ!ま、魔纏『硬』!」

 

 繰り出される束のボディブローを、一夏は防御用のスペルで防御するが……

 

「っ…ぐがあああぁぁぁぁっ!!」

 

 魔力の膜が一瞬にして砕け散る。

絶対防御をも超える強度を持った一夏の防御を突き破った束の拳が一夏の身体に叩き込まれ、胸元付近から“ベキベキッ”と嫌な音が鳴り響き、一夏は吐血した。

 

「あ、が……かっ……ぁ…………」

 

「あらら?身体に風穴空けてやろうと思ったのに、肋骨が折れただけか?」

 

 呆れと関心が混じったような目で束が見つめる中、一夏は力なく砂浜へと仰向けに倒れ、ただピクピクと痙攣する事しか出来なかった……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「……余り、良くありませんね」

 

 戦地となっている海岸よりかなり離れた海上に浮かぶ一隻の潜水艦。

その中でクロエ・クロニクルは画面に映る残り少なくなった無人機部隊の様子に顔を顰めていた。

 

(束様は問題ありませんが、出撃させた無人機だけでは他の連中を抑え切れそうに無い。

鴉天狗達の合流はもう防げないし、足止めしている鬼と炎魔の部隊長も合流するのは時間の問題。

あの連中が束になってかかってこられると少々面倒ですし……)

 

「どうする?何ならもう一回命蓮(コイツ)を出す?」

 

 思案に耽るクロエにノエルは声を掛け、呪符で身体を拘束されている命蓮を見るが、クロエは静かに首を横に振った。

 

「いえ、アレはまだ完全に制御出来ている訳ではありません。

その上、彼の実姉が居る以上、イレギュラーな事態になる可能性は摘むべきでしょう。となれば……」

 

 そこまで言ってクロエは一度言葉を切り、室内に置いてあった一台のアタッシュケースを取り出し、それを開く。

 

「仕方ありません、残りの無人機を投入。私も出ます」

 

 ケースに入った多数のIS(待機状態)を取り出し、クロエは自らもISを纏い、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「あやや、何とか間に合いましたね」

 

「遅いわよ鴉天狗。もう残り少なくなってるわ」

 

 無人機部隊の半数以上を片付け終えた頃、一般生徒達を避難させ終えた文達はレミリア達と漸く合流を果たしていた。

 

「隊長達は……まだ来てないのか?僕達より先にこっちに向かったはずだけど……」

 

「どっかで足止めでも喰らってんじゃないの?

ま、心配しなくてもあの隊長の事だから簡単にくたばりゃしないわよ。

それよか、今はコイツらの始末よ」

 

 文と椛に続き、砂浜に降り立つ炎魔からの増援、晴美とジンヤもそれぞれ武器を抜いて構える。

 

「こっちの敵は私達だけでも何とかなるわ。何人かは一夏達の援護に向かって……」

 

 そこまで言いかけて、レミリアは言葉を切る。機体のレーダーが敵影を捉えたのだ。

 

「まったく、行かせる気は無いって訳?」

 

 呆れ混じりに呟くレミリア。

直後に現れたのは、これまでのものとは違う多数の無人機。

それらが武器を構えて一斉に襲い掛かる。

 

「いい加減しつこいわね……!」

 

「まったくね。さっさと終わらせるわよ」

 

 アリスを始め、皆が苛立ちを浮かべつつ、敵機を迎え撃つ。

既に敵機の特性を知っている異常、最早無人機など相手にならない。

早々に片をつけようと息巻くが……。

 

 

 

『生憎ですが、そうは行きません』

 

 

 

 不意に背後から聞こえた聞き覚えの無い声。

それに反応したレミリアが振り返った視線の先にはライフルの銃口を向けた見慣れぬ銀髪の少女……クロエ・クロニクルの姿がそこにあった。

 

「!?」

 

「お嬢様、危ない!!」

 

 不可解な現れ方をしたクロエに、レミリアを含む全員が困惑する中、美鈴が飛び出し、レミリアの身体を突き飛ばした。

 

「グゥゥゥッッ!!」

 

 ライフルから放たれた弾丸を右肩に受け、美鈴は苦悶の声を上げる。

 

「……貴様っ!!」

 

「チッ!」

 

 間髪入れずにレミリアはクロエ目掛けて手に持ったグングニルを投げ付ける。

しかし、それがクロエの身体に刺さる寸前、彼女の姿は消え去ってしまった。

 

「不意打ちとは、随分と味な真似をしてくれる……。

私を狙った挙句、私の許可無く私の従者に傷をつけた罪は重いわよ……!!」

 

「消えた?姿だけでなく気配まで完全に……これが、奴の能力?」

 

 完全に消え失せたクロエに対し、レミリアは怒りを露にする。

だが、そんな彼女を嘲笑うかのように、クロエの気配はまったく感じられない。

 

「椛、アンタの千里眼と鼻で奴の場所、分からないの?」

 

「駄目です。さっきから探してますが、全然見つかりません……」

 

 文からの問いに椛は冷や汗を流しながら答える。

姿だけではなく、匂いも完全に消え失せてる。まるで最初から何もなかったかのように、クロエの存在は消失していた。

 

「無駄です。“存在を隠した”私を見つける事は絶対に出来ない……」

 

「っ!?」

 

 突如として言葉を発し、姿を現すクロエ。

逸早く反応したジンヤが念力で彼女を捕らえようとするが、再びクロエは姿を消し、攻撃は空振りに終わる。

 

「存在を隠した?それが奴の能力だっていうの……」

 

「その通り……」

 

 再び聞こえる声。

自訴の声を頼りに、皆が上空へと視線を向けた先にクロエの姿はあった。

 

「存在を隠し、消失させる……それが私の能力(ちから)。そして……」

 

 まるで勝利を確信したかのような不敵な表情を浮かべクロエは指を鳴らした。

その直後……

 

「なっ!?」

 

「グッ!し、しまった!?」

 

 レミリア達の間近に突如として無人機が出現し、各々の身体をガッシリと羽交い絞めにして動きを封じた。

 

「うぐぐ……は、離せ……!」

 

「へ、変化が出来ん。こ、コイツら……妖力封じの術式を!?」

 

「隠せるのは自分以外も含まれます。これでもう反撃は出来ません」

 

 身動きが取れず、もがくレミリア達を見下ろしながら、クロエは自身の機体に装備された大型ビームランチャーを展開し、それに続くように残りの無人機もビーム砲を展開する。

 

「これだけの数のビーム砲なら、いくらアナタ達が妖怪や魔法使いであっても無事では済みません。これで、チェックメイトです……!!」

 

 勝利を確信し、クロエと彼女に従う無人機は引き金に指を掛けた。

その時……

 

「ブルーティアーズ!!」

 

 甲高い声と共に四基のビットが飛来し、周囲を囲んでいる無人機をレーザーで射抜いた!

 

「っ!……何者!?」

 

「やらせない……行け!!」

 

 続いて飛来したのは多数の小型ミサイル。それらが先のビットと同じく無人機に撃ち込まれ、体勢を崩す。

簪の打鉄弐式最大の武装『山嵐』によるものだ。

 

「セシリアに簪!?戻ってきたの?」

 

 思わぬ人物達の出現に驚くアリス。だが、まだ終わりではない。

 

「どりゃあぁぁあぁっ!!」

 

「姉御はやらせん!!」

 

「さっさと離しなさいよ、このガラクタ!」

 

 更に、弾のナイトクラッシャー、ラウラのプラズマ手刀、鈴音の双天牙月が美鈴、椛、レミリアを羽交い絞めにしていた無人機に叩き込まれ、美鈴達の身体を解放する。

 

「言いたい事は色々あるけど、感謝するわ!」

 

 思わぬ助けに驚きつつも、解放されたレミリア達は他の仲間を拘束する無人機を次々に撃墜していく。

 

「クッ!よくも、邪魔を……!何のつもりですか!?

そこにいる連中は人間ではない上に、アナタ達を騙し続けた者達なのに……!!」

 

「……そんな事、関係無ぇ!!」

 

 苛立ちを隠せず、クロエは邪魔に入った弾達を睨みつけ口を荒げる。

しかし、その様子に弾達の向ける視線は冷め切ったものだった。

 

「騙されたって言われてもねぇ、別にそれで何かされたって訳でもないし」

 

 最初に口を開いた鈴音は頭を掻きながら、そう返した。

 

「私は、魔理沙と出会えたから自分に自信を持つ事が出来た。

魔理沙が居なかったら、今の私は無かった!!」

 

「私も、一夏さんやレミリアさん、咲夜お姉さまがいなかったらエリートの風上にも置けない高慢な女のままでしたわ!」

 

「私だってそうだ!姉御は私を助けてくれた。あれだけ身勝手な真似をして、身勝手な理由で醜態を晒した私をだ!

その恩を忘れるなんて真似、出来るものか!!」

 

 簪、セシリア、ラウラ……それぞれが幻想郷メンバーへの想いを口にする。

彼女達にとって、例えレミリア達が人外の存在だとしても、これまで共に過ごしてきた時間は決して嘘ではないのだ。

 

「妖怪だとしても、人間じゃなくても、そんなの関係ないし、どうでもいい。

例え美鈴さんが妖怪だとしても、俺が美鈴さんに惚れてるって事に変わりはないんだ!!

分かったか、この野郎!!」

 

 想いの丈をぶちまけ、弾は呆然とするクロエ目掛けて啖呵を切ると同時にダイブミサイルをぶっ放した!

 

「クッ!……訳が分からない。アナタ達、不快です!!」

 

 自身に放たれたミサイルを迎撃しながら、クロエはただ激昂した。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ぐ……ぁ……ッ」

 

 砂浜に倒れ、束に見下ろされながら、一夏は息も絶え絶えに虚空を見上げる。

折れた肋骨が内臓を傷付けているらしく、呼吸をするたびに痛みを感じる。

 

「いやぁ~~、こんなに手間が掛かるとは思ってなかったよ。いっくん強くなったねぇ。

あと1年ぐらい本格的に修行してたら束さんもちょっと危なかったかも?なんて思っちゃったよ」

 

 それに対して束は所々傷を負いながらもダメージは大して残っておらず、未だその余裕は崩れない。

 

「さてと、名残惜しいけど、束さんはちーちゃんの相手もしなきゃいけないから。もう終わらせるね」

 

 右手に魔力を集め、束はそれを静かに一夏に向ける。だが……

 

「…………」

 

「何でかな?これから跡形もなく吹っ飛ぶってのに、なんでそんな生気溢れる目が出来るのかな?

『俺はまだ終わらない。必ずお前を倒してやる!』なんて思ってるの?」

 

「…………俺、は…く、っ……しな、い……千、冬姉も……アンタ、なんかに……負けない!」

 

「……何下らない寝言言ってんの?」

 

 静かに吐き捨て、束は右手に集めた魔力を一夏目掛けて解き放とうとした、その時……。

 

「やめろぉぉぉぉーーーーーっ!!」

 

 凄まじい叫び声と共に、これまで震えていたはずの千冬が飛び出し、束に斬りかかった。

 

 




次回予告

 目の前で命を奪われそうになる最愛の存在。
その危機に恐怖を無理やり抑え付け、千冬は無我夢中のまま束に再び挑む。
そして、クロエとの戦いに駆けつけた弾達の下に、思わぬ人物が現れる……。

次回『決死の反撃』

一夏「最後の賭けだ……時間を、稼いでくれ……!」

??「これ、下手したクビかも……」

レミリア「クビになったら重工(ウチ)で雇ってやるわよ」




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決死の反撃

「ちーちゃん、何のつもり?」

 

「一夏は……一夏は、絶対にやらせない!!」

 

唇を震わせ、目から涙を流しながらも、千冬は束の肩口に叩き込んだ魔力の大剣を両手でしっかりと握り、彼女を睨み威嚇する。

一方、僅かながら肩に剣が食い込み、そこから血を滲ませながらもダメージのまるで無い様子で、束は千冬を冷ややかな視線で見詰める。

 

「へぇ、意外だなぁ?きっちり心折ってやったつもりなのに、こんなに早く復活しちゃうなんて」

 

「 ……今でも怖いさ。

怖くて怖くて仕方ないし、膝だって震えてる。

だけど!一夏を失ってしまうのはそれ以上に怖いんだ!

それに比べればお前なんか……お前なんかぁぁ!! 」

 

破れかぶれも同然に再び大剣を振るうが、束はISを纏った腕でそれを引き剥がし、そのまま千冬の身体を引き寄せ、彼女の首を鷲掴み、そのまま砂浜に叩きつけ、その首を締め上げる。

 

「かっ…ぁ……!?」

 

ふざけた口調ながら、それに反して鬼気迫る表情を浮かべ、束は千冬の首にかけた手の力を強めていく。

それに伴い、徐々に千冬の顔から血の気が失せ始め、首下からミシミシと嫌な音が漏れ出す。

 

「じゃあね、裏切り者」

 

そして、束の手が千冬の首をへし折ろうとしたその刹那……

 

「させるかあっ!」

 

不意に背後から聞こえた叫びに、思わず振り返った束の視界に入った者がいた。

先程、束に叩きのめされ、気絶していた筈の妖夢だ。

 

「喰らええぇっ!!」

 

接近と同時に妖夢は白楼弐型を振り上げ束に切りかかる。

 

「チッ!」

 

思わぬ伏兵に束は舌打ちし、振り下ろされた刀を空いている方の手で防ぎ、そのまま振り払うと共に白楼弐型をへし折った。

 

「っ……今だ!」

 

だが、妖夢は突然笑みを浮かべる。

そして次の瞬間、脚を振り上げてから一気に振り下ろし、砂浜目掛けて蹴りを放ち、束の顔面に向けて砂を蹴り上げた!

 

「うわっ!?……め、目が……!!」

 

砂の目潰しを喰らい、束は思わず千冬の首にかけた手を離してしまい、目を押さえてたじろぐ。

 

「咲夜!」

 

「任せて!」

 

そして妖夢の合図と共に、今度は咲夜が飛び出すように突撃し、束の背後に組み付いた。

 

「どうやら、一夏を倒して強化を解除していたみたいね?好都合だわ!!」

 

そして、千冬が付けた肩の傷口にクロック(腕部ビームガン)を密着させ、その引き金を引いた!!

 

「グゥぅぅぅっ!!」

 

零距離から放たれた熱線(ビーム)の連射が傷口を焼き、そして抉る。

さしもの防御力を誇る束であってもこればかりは苦悶の声を上げ、表情(かお)を歪めた。

 

「二人とも、今の内に!」

 

そして、その隙を見逃さず、妖夢は傷ついた一夏と千冬を抱きかかえ、咲夜と共に束と距離を取ることに成功したのだった。

 

「くっ……どいつもコイツも、どうしてこんなにしぶといのかなぁ?本気で腹が立つんだけど……!!」

 

目にかけられた砂を払い落とし、不快感を露にしながら妖夢たちを睨みつける束。

ダメージを受けても尚、自分達を圧倒して余りある力を感じさせるその姿に、妖夢達は戦慄を覚えながら倒れている一夏を守るように前に出て身構える。

 

「ち、千冬姉……妖、夢……咲夜……」

 

「一夏さん!?今喋ったら傷に」

 

倒れた身体を僅かに起こし、一夏は自分を守る三人に声をかける。

息も絶え絶えながら、その表情には強い意志と覚悟を浮かべいる。

 

「聞いてくれ。このまま奴と戦っても勝ち目は無い。

だけど、一つだけとっておきの手があるんだ。最後の賭けだ……時間を稼いでくれ」

 

「そのとっておきとやらで、勝てるの?」

 

「分からない。けど、ダメージを与えるには、もうこれしかない!」

!」

 

咲夜からの問いに一夏は僅かに表情を曇らせつつもはっきりと返答する。

その姿を確認した三人は、それぞれ顔を見合わせて頷き合い、束の方へと向き直った。

 

「良いわ。どの道、三人掛りでも勝ち目なんて見えないんだから」

 

「それなら、大好きな人(一夏さん)の賭けに乗るのも一興」

 

「信じているぞ、一夏。

咲夜、妖夢……行くぞ!!」

 

それぞれの決意を胸に、三人は一斉に束へと飛び掛ったのだった。

 

「皆、頼む。……俺の身体、持ってくれよ!」

 

突撃する三人を見届けた後、一夏は静かに魔力を右手に集中させていく……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「姉御、今です!」

 

「良い位置です!」

 

「美鈴さん、下って!」

 

「わわっ!?すいません、助かりました」

 

ラウラが敵機の動きを止め、椛が止めを刺す。

また一方で弾がスタークラッシュで美鈴を防御する。

駆けつけた武術部メンバーの的確な支援と援護は確かな成果を挙げ、無人機はその数を瞬く間に減らしていった。

 

「くっ……!まさか、魔力も使えない者達が加わっただけで、こんなにも戦力が減るとは……こうなったら!」

 

腹立たしげに自身の能力を駆使して他の者と距離を取りながら、墜ちていく無人機を眺め、クロエはISスーツの腕部に備え付けられた通信機を起動する。

 

「ノエル、予定が狂いました。

こうなった以上、仕方ありません。追加の無人機をあるだけ出してください!」

 

通信機越しにノエルに命令を飛ばし、クロエは再び能力を発動し、自身の存在を隠して姿を消し、細心の注意を払って敵陣に近付き、他者の視線からも死角となる位置を見定め、ビーム砲を構える。

今度の狙いはレミリア達幻想郷のメンバーではない。

突然横槍を入れて邪魔をしてくれた武術部のメンバーだ。

 

(どんな小さい戦力でも、今回のような大きなイレギュラーになる可能性がある者は早々に始末する。少しでも敵の戦力を削るために!!)

 

視界に映るスターライトmk-Ⅲ(レーザーライフル)で必死に援護射撃を行う蒼い機体を身に纏った少女……セシリアへと狙いを定めて、引き金に指をかける。

 

「能力、解除!消えr『ひゃあああ〜〜〜!ど、どいてぇ〜〜〜〜!』え!?」

』え! ?」

 

突然聞こえてきた場違い且つ間抜けな悲鳴に思わず引き金に掛けた指を止め、振り返ったクロエの視線の先に映ったもの……それは、ラファールを纏った山田真耶が自分に向かって一直線に突っ込んでくる姿だった。

 

「ちょ、待っ……ギャン! ?」

 

「へぶっ!?」

 

突然の出来事に対応できず、クロエは真耶と正面衝突し、セシリアを撃つ筈だったビームは見当違いの方向へと飛んでいってしまった。

 

「や、山田先生?どうしてココに……J

 

自身の危機を思わぬ形で救った真耶の存在を確認し、セシリアは彼女に駆け寄る。

 

「な、何でって、追いかけて来たに決まってるじゃ『動くな!』···ひっ!?」

 

何とか体勢を立て直して起き上がろうとした真耶。

しかし、それを憤怒の表情を浮かべたクロエが止め、真耶の頭とセシリアの身体にアサルトライフルをそれぞれ突きつける。

 

「さっきから次々と邪魔をして、もう許さな『そこまでだ』……な、何?体が動かない!?」

 

怒りのまま二人を撃とうとしたクロエの身体が突如として凍りついたかのように止まった。

そして、その直後に背後に一人の人物が現れる。

 

「ったく やっと合流できたぜ」

 

「あ、アナタは警備員の ?」

 

「き、貫樣は……グアアッ! !」

 

SWを纏い、逆立った茶髪を靡かせながら現れたその男、田所アキラが姿を現し、動きを封じられたクロエの背後から肘打ちを叩き込んだ!

 

「アキラ、やっと来おったか!」

「隊長、遅すぎですよ」

 

「まったくだ。どこで油売ってたのよ?」

 

「うるせぇな。無人機(ガラクタ)共に邪魔されてたんだよ」

 

騒ぎに気づたマミゾウと炎魔の隊員二人がアキラの下に近付き、それを見てアキラは肩をすくめつつ、倒れているクロエに近付き、彼女の身体を押さえつける。

 

(くっ……な、何とか、逃げなければ)

 

「おっと、妙な真似はさせないぜ」

 

能力栈区使して逃れようとするクロエに対し、アキラの目が光を放ち、彼女の脳波に干渉し、盛大にかき乱す。

 

「うっっっっ! ?き、気持ち悪い…………一体、私に何をした?」

 

脳波をかき乱され、込み上げる不快感がクロエの精神を大きなダメージを与え、能力を封じる。

 

「能力は封じさせてもらったぜ。大人しくしな!」

 

(ま、まだだ!まだ無人機はある!何とか隙を作って逃げれば……『どぉりゃぁぁぁぁっ!!』……!?)

 

突然上空から聞こえた雄叫びにクロエは視線を空へと向ける。

目に入ったのは三人の男女の姿、

周囲の無人機を徒手空拳の格闘を以って次々に豪快且つ華麗に撃墜していく屈強な肉体を持つ男、高原日勝。

同じく拳を振るいその豪腕で無人機を次々とぶち抜いて額から一本の角を生やした女、星熊勇儀。

そして、両の手に大量の破壊された無人機の残骸を握り、それらを砂浜へとたたきつけるのは、巨大な体躯(能力による巨大化)を誇る二本角の少女、伊吹萃香。

河城重工より派遣された肉弾戦最強の三人だ。

 

「ったく、ようやく到着か。アキラの奴、一人で先に行きやがって。

つーか、殆ど敵倒した後か?」

 

「残ってても、向こうの(かしら)以外はこの鉄屑だけどね」

 

「ココに来るまでに増援も潰しちまったし、後は残りの片付けと、親玉の相手だけだ」

 

三人それぞれがぼやくように呟きながら、三人はアキラの下へと降下し、組み伏せられているクロエを囲むような形で砂浜へと着地した。

 

「勝負ありだ。お前はこのまま拘束させてもらうぞ」

 

「くっ !」

 

宣告にも近いアキラの言葉にクロエは苦虫を噛み潰したように俯く。

しかし……

 

「クク……私を拘束して、束様への人質にでもする気ですか?

そんなもの無意味だ。どんな手を使おうとも賁様ら如きが束様に敵う訳が無い……グッ! ?」

 

「黙ってろ」

 

不気味な笑みを浮かべながらこちらを醜みつけるクロエをアキラは押さえつける力を強めて黙らせる。

 

「ぐ……くっ……あと、もう一つ。私が貴様なんかの思い通りになると思うな!」

 

その言葉を発した時、クロエの身体に異変が起こった。

両腕が突然発光し、その直後にクロエの両腕が眩い閃光を発しながら爆ぜた(・・・)のだ。

 

「な、何だ!?」

 

両腕に埋め込まれた小型の閃光爆弾。

その不意打ちにも近い捨て身の策に、アキラは驚愕から一瞬クロエを抑えていたカを一瞬緩めてしまう。

 

「今だ!」

 

「し、しまった!!」

 

その一瞬をクロエは見逃さず、能力を発動して姿を肖し、逃げ果せたのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「はぁ……飛び出した生徒を追いかけるためとはいえ、私も勝手に飛び出したちゃったし、

これ、下手したらクビかも……」

 

「クビになったら重工(ウチ)で雇ってやるわよ」

 

余談だが、真耶とレミリアの間でそんな会話があったのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「奇術『エターナルミーク』!!」

 

「絶技『《真》零落白夜!!』」

 

満身創痍の状態の中、咲夜の手から放たれる繰り出される大量の投げナイフ。

そして、それに続く千冬の剣擊。

同時に襲い掛かるそれらを前にしても束は怯まず、魔力だけで全て弾き飛ばしてしまう。

 

「何で解んないのかなぁ?お前らの力じゃ不意打ちしても束さんに軽い怪我を負わせるのがやっとなの。

小さいナイフ3本でダイヤの鎧を壊せる?無理だよね?

お前らがやってるのはそういう事だってのがなんで解らないのかなぁ!?」

 

「グゥッ!」

 

「ガハッ!」

 

魔力弾を用いて千冬と咲夜を吹っ飛ばし、そのまま砂浜へと叩き付けながら、いい加減うんざりした様子で千冬の方へ近付き、容赦なくその顔を踏みつける。

 

「ぐ、ぁぁぁぁっ!!」

 

苦悶の声を上げる千冬。

それに対して束は、まったくの無表情で徐々に力を強めていく。

 

「この、やめろぉーーーっ!!」

 

だが、それ阻止せんと妖夢が残された二本の刀、楼観弐型と妖を手に束に襲い掛かる。

 

「邪魔!」

 

だが、束はこれを払い飛ばし、そのまま勢いに乗せて妖夢を一本背負いで砂浜へと叩き付け、そこから更に、倒れている妖夢の両肩を魔力のレーザーで撃ち抜いた!

 

「あ゛ぁぁっぁぁーーーっっ!!!!」

 

「うるさいなぁ……黙ってろ半人が!!」

 

「ギャアァァァァッッ!!!!」

 

絶叫が周囲に木霊する。

苦しみもがく妖夢を見下ろす束は、不快そう表情(かお)を歪め、更に両脚を容赦なく踏み潰す!

 

「本当、妖怪とか幽霊もだけど、コイツらってどうしてこんなに見ててムカつくのかなぁ?

まぁ、良いや。真面目に相手してやるのも飽きてきたし……」

 

最早動く事さえ儘ならなくなった三人を眺め、束はニヤリと不気味に笑い、やがて静かに上空へと浮かび上がっていく。

 

「元が付くとはいえ親友のちーちゃんに最大限の敬意を込めて、

最後に束さんのスペル、見せてあげるよ」

 

口調を少し前までのふざけた態度に戻し、ニヤニヤと気味の悪い、しかし満面の笑みを浮かべて束は右手を上空に掲げ、その掌に魔力を集中させる。

 

「災厄『カラミティ・スパーク』!!」

 

スペルの宣言と共に溢れ出す禍々しき魔力の奔流。

これまでのただ破壊力に満ちただけそれとは違う

例えるならば、それは純粋な悪意……目の前の憎悪の対象を苦痛を与え、悶え苦しみながら散リ逝く様を見たいと言わんばかリの漆黒(クロ)よりも黒い意志の表れ。

それが今、千冬へと向けられているのだ。

 

「さよなら、ちーちゃん。

大好きだったよ、裏切られるまでだけどね」

 

そして、束の手から巨大な魔力がレーザー状となって放たれた、その刹那……

 

「やらせねぇ! !」

「!?……いっくん!?」

 

その斜線上に一夏は現れ、束の放ったレーザーの前に立ちふさがった。

 

「粉砕『デスジェノサイド』!!」

 

迫りくる光に向かって放たれる一夏のファイナルスペル。

束のスペルと形の似た魔力の光線が、束のスペルとぶつかり合った。

 

「何のつもりかな、いっくん。

いっくんのパワーじゃ束さんには敵わないってさっき証明したよねぇ!!」

 

突如割って入った一夏に一瞬面食らった束だが、すくに余裕を取り戻す。

束の言葉通り、二人のパワー差は歴然、魔力同士の押し合いになったは良いが徐々に束の魔力が一夏の魔力を押し、千冬諸共一夏を飲み込むのは時間の問題だった。

 

「あぁ、そうだな。

だから こうするんだ!!」

 

叫ぶと同時に、一夏は自身のこめかみに空いている左手の人差し指と中指を充てがい、そして……。

 

「俺自身のリミッターを打ち砕く!!」「!?」

 

一夏の言葉に束は目を見開いて驚愕する。

一般的に、人間の身体は脳がリミッターがけられており、平常時は肉体の持つ力の30%程度の力しか出せず。

もし、出せたとしても肉体がその力の負担に追いつけず、身体に大きなダメージを負ってしまうとされている。

それを一夏は自身の能力を用いて強制的に外し、自身の肉体の持つ全ての力を一気に引き出したのだ。

 

(ただでさえいっくんは魔力の過剰補充で身体に負荷が掛かってるのに、それに加えて脳内リミッターを解除……そんな、下手すれば死にかねない真似を!?)

 

「ウオォォォォォォォォォッッ!!!!」

 

驚愕する束、その隙を逃すまいとする一夏は、雄叫びにも似た叫び声を上げ、デスジェノサイド(魔力レーザー)の光は爆発的に勢いを増し、束の魔力を一気に押し返した!

 

「そ、そんな……私が押し負け……」

 

束が言い終わるよりも早く、一夏の魔力は瞬く間にの魔力を押し込み、束の眼前に迫る!!

 

「これで、最後だぁぁーーーーっ!!!!」

 

そして、光は束を飲み込んだ…………。




次回予告

天災・篠ノ之束との戦いは一先ずの終結を迎えた。
しかし、それは幻想郷を揺るがす真の異変の序曲でしかなかった。

全ての力を使い果たし、倒れる一夏。
己の無力さを噛み締める千冬。

そして、幻想郷の存在を知った弾達は、ある一つの決意をするに至る。

次回、臨海学校編最終話。

『決意〜強くなるために〜』

束「あ、はは……すごい、凄いよいっくん」

千冬「今のままじゃダメだ。今のままじゃ、勝てない……」

セシリア「これは、私なりのケジメですわ」


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決意~強くなるために~

「あ、はは……すごい、凄いよいっくん。凄すぎて、腕……吹っ飛んじゃったよ」

 

 一夏のスペルによる光が収束し、煙が晴れた先……篠ノ之束の姿はそこにあった。

息は荒く、額には脂汗を滲ませ、右肩から先を失い、そこから夥しい血を流しながらも、彼女は生きていた。

 

「流石に、ココまでやってくれるとは思ってなかったよ。

これだけ無茶するなんて……そんなにちーちゃんが大事なんだ」

 

「……」

 

 溢れ出す血を魔力で無理矢理止血しながら、束は一夏を観察するように見据えるが、一夏は無言のまま仁王立ちし続けている。

やがて、束はどこか納得した表情を浮かべ、視線を千冬へと向ける。

 

「さてと、ちーちゃん達(こっち)の方はどうしよっかなぁ?

別に片腕でも今のボロ雑巾状態の相手なら3人ぐらい問題ないけど……」

 

 そこまで言って束は一度言葉を切り、千冬達とは別方向……海へと目を向ける。

正確には水平線の先からこちらへと近付く大きな影にだ。

 

「あれは……聖蓮船!?魔理沙達か!!」

 

 千冬が声を上げるのとほぼ同時に、聖蓮船から3人分の人影が現れ、こちらへと飛来する。

一夏と共に福音迎撃に出た魔理沙と早苗、そして増援として駆けつけた魅魔の3人だ。

 

「一夏、皆!無事……じゃなさそうだけど、生きてるな。やっと合流できたぜ」

 

「魔女っ娘に爬虫類巫女、それに……」

 

 駆けつけた三人を見回し、不意に束は魅魔を睨むように見詰める。

 

「まさか外界(こっち)に来てるなんてね。……魔法使いの大先生」

 

「誰が先生だ。私ゃ今生きてる弟子は魔理沙以外にいないよ。

第一、アンタとは初対面だろうが」

 

 束の思わぬ言葉に訝しげな表情(かお)を浮かべる。

 

「酷いなぁ。私もある意味、アンタの弟子だよ。……頭に孫が付くけどね。お祖母ちゃん♪」

 

「孫弟子、だと……?」

 

 思わぬ台詞に今度は魅魔だけでなく、千冬や魔理沙達も驚く。

先程まで死闘を繰り広げた相手の化け物染みた強さのルーツが自分達の身近な所にあったなど、思いも寄らないものなのは当然だろう。

 

「あ、でも、私の師匠は破門された奴だから。あんまり弟子とかどうとか考える必要ないかも」

 

「そう言う事か……。あの大馬鹿が貴様の……」

 

「そうそう。あ、ついでに教えちゃうけどアンタの馬鹿弟子(師匠)は私が責任持って始末しておいてあげたから♪」

 

「っ!?」

 

「あ、もしかしてショックだった?破門はしてもやっぱり弟子だから『勘違いするなよ小娘』……ん?」

 

 魅魔は思わず表情を歪め、歯を軋ませる魅魔。

その様子に笑みをより深めて束は捲くし立てるが、唐突に魅魔はそれを遮った。

 

「奴が何を思い貴様を弟子にして、どんな思いで貴様に殺されたかなど私の知った事じゃない。

無論、元とは言え師弟関係となった者に対して思う所が無いわけではないがな。

だが、既に奴と私は決別している。奴が貴様を弟子にして、失敗したのは全ては奴の選択した事の結果だ。そこに私の入る隙間などない。

だが、私の魔法が形を変えたとはいえ、貴様のような輩に使われる事は我慢ならん!」

 

 言い終わると同時に魅魔は束に魔力弾を放つ。

同時に魔理沙と早苗も束を取り囲むように回りこみ、それぞれバズーカとライフルで束を狙い撃つ。

それらの攻撃を束は軽々と回避し、笑みを挑発的なものに変える。

 

「流石大魔導師、魔力弾一発でも凄い威力。

他の増援も来ちゃいそうだし、束さんでも片腕だけで戦うのはきついなぁ。

まぁでも、良いか。時間稼ぎは十分済んだし」

 

 口の端をより一層吊り上げて笑い、束は自身の背後に目を向ける。

 

「ハァ、ハァ……た、束様」

 

 束の背後より現れたクロエ。

両腕を失い、息を荒くしながらも、彼女はそれを気にする事無く束の下へ近寄る。

 

「ご苦労様、くーちゃん。

腕の方は大丈夫?後でちゃんと治してあげるからね」

 

「はい。……申し訳ありません。

私は結局誰一人、仕留められず……」

 

「大丈夫、大丈夫。くーちゃんはちゃんと自分の役目を果たしてるんだから」

 

 謝罪するクロエに対し、束の表情はとても穏やかだった。

クロエの肩に手を置きながら優しく慰めるようなその様子は、まるでこれまでの狂気や憎悪が嘘であるかのような印象さえ覚えるほどに……。

 

「それじゃ、今日はもう帰るから。

でも、そう遠くない内に決着つけに行くから。そっちの胸糞悪い幻想郷(世界)も纏めてぶっ壊しちゃうかも?

そこん所、忘れないでよね……裏切り者(ちーちゃん)

 

 そして、束はクロエと共に消え失せた。

 

 

 

 

 

 

「今のままじゃダメだ。今のままじゃ、勝てない……」

 

 己が無力さに打ちひしがれる千冬達を、そして……。

 

 

 

 

 

 

「撤退、したの?」

 

「恐らくは、な……。どっち道、これ以上戦わずに済むならありがたいがな」

 

「それより……一夏、お前大丈夫か?まったく、無茶な真似しやがって……一夏?」

 

 束に深手を負わせた直後、ずっと無言のままな一夏に、魔理沙は怪訝な表情を浮かべて一夏に近寄るが……。

 

「…………」

 

「い、一夏?……こ、コイツ、意識が!?」

 

 立ったまま意識を失った一夏を残して……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 銀の福音から始まった篠ノ之束とその一派との戦いは終わった。

結果だけ見れば死者無しという上々と言えるものだが、束によって刻まれた傷は決して浅くは無いものだった。

 

「急いで船室に運べ!止血と脈拍チェックは忘れるなよ!」

 

 この戦いで最も重傷を負った一夏と妖夢。

そして、一夏達に保護された篠ノ之箒の3名はアキラの指示の下、聖蓮船に担ぎこまれる。

3人はこのまま河城重工へと直行し、永遠亭へと運ばれる予定だ。

一夏達と同じく束と戦った千冬と咲夜も永遠亭行きを勧められたが、二人は一夏と妖夢と比べればまだ怪我は軽く、千冬に関しては教師としての職務があるという理由でそれを断った。

 

 

 

 そして、今回の一件にて最も後処理が複雑な人物達は……。

 

「以上が幻想郷と、我々炎魔に関して説明できる事の全てです」

 

 旅館内のとある一室を借り、武術部員達に鈴音と真耶の6人は、

千冬とレミリアが立会う中、炎魔の隊員であるジンヤから幻想郷に関しての説明を受けていた。

 

「魔法に妖怪、更には超能力……そんなものが、本当に?」

 

「まるで漫画かアニメの様な話だ。

正直言って、未だに信じられない、が……あんなのを見たら、信じるしかないか……」

 

 最初に口を開いたセシリアとラウラはただ呆然と呟き、虚空を見上げながら目を泳がせる。

 

「それで、私達はどうなるの?

成り行きではあるけど、その手の事を知ったんだから、何も無い訳には行かないと思うけど……」

 

「基本的に守秘義務さえ守っていただければ、何もしませんよ。

第一、これらの事実は世間一般からすれば、非現実的ですから。そうそう信じられる話ではありません。

ただ、形式上は暫く監視が付くと思いますが、その点に関してはご理解ください」

 

 簪からの問いに、ジンヤは努めて穏やかな口調で説明する。

その内容に簪達は一先ず安堵の表情を浮かべる。

 

「つまり、秘密さえ守れば後は俺達の好きにして良いって事か……」

 

 そんな中、弾は一人何かを考え込むように目を伏せ、やがて何かを決断したように立ち上がり、千冬へと向き直った。

 

「なぁ、織斑先生」

 

「な、何だ?」

 

 突然真剣な表情で自分を見詰める弾に、千冬はやや緊張しながら返す。

 

「一夏とアンタの関係の事とか、聞きたい事や言いたい事は山程あるけどよ、それは後回しで良い。

それより、その幻想郷って所で修行すれば、俺も奴らに対抗できる戦力になれるか?」

 

「……は?」

 

 弾の口から出た思わぬ言葉に千冬は思わず間抜けな声を漏らす。

 

「ご、五反田……何を言ってるんだ?」

 

「決まってるだろ。アンタ達の側に着いてあの篠ノ之束(ふざけた野郎)と戦う!

それに、俺は元々河城重工所属だ。あの女が重工の敵だってんなら、俺にとっても敵って事だろ?」

 

 千冬のみならずその場にいる者達全員が弾の発言に唖然とする。

幻想郷の存在を受け入れるのみならず、篠ノ之束(規格外の存在)と敵対する道を選ぶと、弾は言っているのだ。

 

「お、お前!自分が何を言っているか解っているのか!?

お前も束の力は見ただろう。あれと敵対すると言う事がどれほど……」

 

「命知らずな選択なんてのは解ってる!!正直このまま逃げたいってのはある。

だけど、仲間(ダチ)や好きな()を見捨ててテメェ一人だけ引っ込んでるなんて、俺は死んでも嫌だ!!」

 

 困惑する千冬を畳み掛けるかのごとく、弾は声を荒げて己が決意を表す。

そして……

 

「フン、代表候補でもない男にだけ良い格好されては、軍人の立つ瀬が無いな。

私も、姉御にはまだ恩を返しきったつもりは無い!」

 

 弾のその言葉を皮切りにラウラが立ち上がり、彼に追従する。

 

「わ、私も……魔理沙達を見捨てるなんて出来ない!」

 

「まだ美鈴さんに心山拳の技、全部教えてもらってないんだから。

途中で終わるなんてまっぴら御免よ!!」

 

「これは、私なりのけじめですわ。

あのような非道な女の造ったものに乗って、驕り昂っていた挙句に誇りにさえ思っていた自分に対するけじめをつけさせてくださいまし!」

 

「正直、マミゾウさんや皆さんが妖怪だったなんて、まだ信じられません。

けど、妖怪であろうと何だろうとマミゾウさんは私の大切な友人で、皆さんは生徒です!

生徒にだけ危険な事をさせるなんて、教師としてこれほど恥ずべき事はありません!」

 

 簪、鈴音、セシリア、そして真耶も立ち上がる。

その光景に暫く呆然としながら、やがてレミリアは降参と言わんばかりに首を振った。

 

「参ったわね。ここまで言ってくれるなんて、正直思ってなかったわ。

良いわ。そこまで言うなら、私の方で八雲紫に口利きしてあげる」

 

「お、おい、レミリア!」

 

 独断で弾達の修行を了承したレミリアを咎めようとする千冬だが、レミリアはそれを手で制す。

 

「今は戦力が少しでも欲しいのは事実よ」

 

「そ、それは……」

 

 レミリアの鋭い眼光と共に放たれた正論に、千冬は言葉を失う。

 

「無論、この子達が戦力になれるかまではまだ決まったわけではないわ。

丁度近々夏休みだし、それを利用して修行して、それで十分に戦力に加えられるか判断するわ。

それで良いかしら?」

 

 レミリアの言葉に6人は全員揃って頷く。

その様子にレミリアは満足げに笑みを浮かべたのだった。

 

(好きな娘、か。

美鈴、アナタが落とした男、なかなか優良物件じゃない?)

 

 部屋の扉のすぐ近くに待機させてある美鈴の恥らう様子を想像し、ニヤニヤしたい気持ちを抑えながら……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

(あ、あぅぅ……す、好きな子だなんて。そ、それに……)

 

『妖怪だとしても、人間じゃなくても、そんなの関係ないし、どうでもいい。

例え美鈴さんが妖怪だとしても、俺が美鈴さんに惚れてるって事に変わりはないんだ!!』

 

(あ、あんな格好良い告白……ど、どどど、どうしよう!

わ、私、弾さんの事……本気で好きになっちゃったよぉ~~~~~!!)

 

 レミリアの想像通り、美鈴は弾の告白を思い出しながら、全身を茹蛸の如く真っ赤にしていたのだった。

 

 

 

 

 




次回予告

夏休みの幻想郷合宿が決定し、弾達6人はその準備に入る。
しかし、妹を得体の知れない者達には預けられないと、楯無が立ち塞がる。

そんな彼女に、ある人物が動き出す……。



次回、幻想郷大合宿編

『仇敵と親友』

アキラ「四の五の言わずに会いたきゃ会って来い!!」

魔理沙「お前見てるとクソ親父を思い出すんだよ!!」

楯無「あいつの話はしないでって言ってるでしょ!!」








今夜活動報告であるアンケートをとります。
よろしければご覧になって下さい。





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幻想郷大合宿
仇敵と親友(前編)


新章・合宿編スタート!
※今回から暫く楯無へのアンチ展開が続きますので、苦手な人はご注意を。


『あっひゃっひゃっひゃっ!これで私の40連勝だなぁ!』

 

『う、ぐぐ……ま、また負けるなんて』

 

『護衛対象より弱いボディガードじゃ話にならないでしょうが!』

 

 

 

『**!しっかりして!ねぇ、**ってば!!』

 

『何、しけた面で泣いてんのよ……本当、刀奈は……泣き虫なんだから』

 

 

 

『**ちゃんが、たった今除名された。

**家は一家断絶。金輪際、彼女との接触は禁じられるそうだ……』

 

『**が、除名って…………どういう事なの!?

あの子が**家のクーデターを密告したお陰で事態が解決したのに……!』

 

『分かってる。だが、彼女は**家唯一の生き残りなんだ。

**家の犯した責任は、生き残りである彼女が背負うことになってしまうんだ……!』

 

『そんな……そんなの……!』

 

『…………すまない。もう、私ではどうする事も出来ない』

 

 

 

 

 

 

「……様…………お嬢様!!」

 

「ハッ!?」

 

 ルームメイトの呼びかけに、更識楯無は飛び起きる様に目を覚ます。

瞼を開き、広がった視界に移るのは自身の従者で側近とも言える存在、布仏虚が心配そうな顔で自分を見詰めていた。

 

「大丈夫、ですか?随分魘されていましたが……」

 

「……ええ、大丈夫よ。嫌な夢見ただけだから」

 

 虚の問いに先程の夢を思い出しながら楯無はベッドから降りて洗面所まで向かい、顔を洗う。

 

(最悪……よりにもよってあの日を夢で見るなんて……。

アイツを失ったあの日の事なんて……)

 

 脳裏に焼きつく先程の夢に楯無は思わず両手に力が入ってしまう。

夢に出てきた少女……かつて自身がまだ楯無の名を告ぐ前、本名である刀奈の名を名乗ってた頃からの従者であり、唯一白星を挙げられなかった幼馴染にして最大の目標だった親友……。

そして、最高の親友だった存在を守れなかった唯一にして最大の失敗の過去を。

 

「もう、あんな思いは絶対に嫌……!

全部私が守る。私が全て……他の誰にも任せたりしない……!!」

 

 1年生達の臨海学校で起きた銀の福音暴走と謎の無人機の大群による襲撃事件。

更に、妹の簪が河城重工での合宿に参加するという報せ。

楯無からしてみれば絶対に受け入れられないものだ。

それを阻止するべく、楯無は目を鋭く細め、部屋を出た。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「あぁ、話はこっちで聞いたよ」

 

『そうか。じゃあ、俺と鈴が言いたい事、分かるよな?』

 

 臨海学校での事件から2日後、永遠亭にて入院中の一夏は弾と電話で会話していた。

 

「分かってる。俺と千冬姉の事だな?」

 

 目を伏せ、神妙な表情になりながら一夏は答える。

鈴音にせよ、弾の妹の蘭にせよ、彼女達の初恋を実の姉との禁断の関係で裏切ってしまったのは紛れも無い事実だ。

 

『とりあえず、退院したら一発殴らせろ。それと、蘭にはキッチリ詫び入れとけ。俺の言いたい事はそれだけだ』

 

「良いのか?」

 

『俺が殴るのはあくまで蘭の兄貴としてのけじめだ。それ以上の事は蘭本人にしか決める権利は無いだろ?

それによ、惚れた腫れたが理屈じゃないって事は痛いほど良く解るからな』

 

「すまない……」

 

 自身も異種族の女に恋心を抱くという普通ではない恋愛生活を送っている弾としては、一夏の千冬への想いも多少は察する事が出来る。

故に彼は一夏を必要以上に責めはしない。一夏が蘭達にけじめさえつければ文句を言うつもりは無いのだ。

 

「そっちに行ったら徹底的に鍛えるからよ。お前もそれまでに怪我治しとけよな」

 

「ああ、待ってる」

 

 幻想郷での再会を約束し、二人はどちらかとも無く電話を切り、やがて一夏は病室へと戻っていった。

 

「電話、終わったのか?」

 

 病室に戻った一夏をある少女が出迎える。

 

「ああ。とりあえず一発殴らせろってさ。その程度で済んで少しほっとしてる」

 

「そうか……。なぁ、一夏」

 

「なんだ?」

 

 その少女、篠ノ之箒は一夏の答えに納得したように頷き、一夏がベッドに戻るのを確認してから再び口を開いた。

 

「一つ、聞きたいんだが……お前が幻想郷(ココ)に来た時、すぐに元の世界に戻ろうとは思わなかったのか?」

 

「……考えたさ。最初の内はすぐにでも怪我を治して帰ろうと思っていた。

だけど、幻想郷(ここ)で生活して、外の世界の女尊男卑がどれだけ酷くて、そして異常かが解って、幻想郷(ココ)がどんどん好きになっていった……。

勿論、千冬姉の事は気がかりだったけど……、千冬姉なら俺が居なくたってきっと大丈夫、大事な試合で誘拐された足引っ張った俺なんて居ない方が足枷が無くなって肩の荷が下りるって、勝手にそう思ってたんだ。」

 

 嘗ての心情を語りながら、一夏は情け無さそうに俯く。

ある意味、当時の自分は編入当初のラウラと同類だった。

姉はきっと自分を失った事を悲しむだろう。だが、誰よりも強い姉なら……自分にとって無敵のヒーロー同然の千冬ならば、その悲しみをすぐに乗り越えてくれると、そんな風に思っていた。

 

「だけど、それは大間違いだった。千冬姉はヒーローでも無敵でもなかった。

再会した千冬姉は、俺を失った悲しみでもうボロボロだった……」

 

 脳裏に浮かぶ自身を抱きしめ、泣き縋る千冬の姿。

それは、嘗ての強さや凛々しさなど微塵も無い弱々しい、一人の女としての彼女の本来の姿。

 

「それから、また千冬姉と一緒に暮らすようになってから、外界に居た頃には見なかった千冬姉の色んな一面を見てさ……、

それが凄く魅力的で、いつの間にか惹かれてた。

そして、千冬姉から告白された時にそれを自覚したんだ」

 

「…………そう、だったのか」

 

 目を伏せながら一夏の独白に耳を傾けていた箒は、やがて静かに目を開き哀しげな表情を浮かべながら口を開いた。

 

「箒……すまない。

俺はお前や鈴の気持ちを最悪の形で踏み躙って……」

 

「良いんだ、もう吹っ切れた。

あんなに鈍感だったお前があんなに一途になったんだ。

悔しいけど、完敗だ」

 

 目元に涙を浮かべながらも、箒は笑みを浮かべる。

やがて箒は涙をぬぐい、真剣な表情で一夏に向き直った。

 

「一夏。夏休みの合宿、私も参加させてくれ。

私も姉さんを、そして分離した私自身を止めたい!

そして、今度こそ友達(お前)の助けになりたいんだ!」

 

「箒……。ありがとな、心強いよ」

 

 箒の強い意志に一夏は心底から感謝の意を示す。

やがて二人は、どちらからともなく右手を差し出し合い、その手をしっかりと握り合ったのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「どういうつもりなの?お姉ちゃん……」

 

「どうしたも何も、聞いての通りよ。

簪ちゃん、あなたの合宿への参加は認められないわ」

 

 IS学園内の生徒会室……楯無と虚が待つその教室に、突如として呼び出された簪と魔理沙。

彼女達を待っていたのは突然の宣告だった。

 

「どうして!?上の人達にはもう話を付けて許可も貰ってるのに!」

 

「そんな事は解ってるわ。だけど……!」

 

 一度言葉を区切り、楯無は魔理沙へと目を向ける。

 

「こんな謎ばかりで、訳の分からない連中の所へ、大事な妹を預けられる訳がないわ!」

 

 彼女を射殺さんばかりの殺気を出しながら睨みつけ、口調を荒げる楯無。

一方でその殺気をまるで気にせず、魔理沙は楯無に対してトーナメントの時と同様に冷めた視線を向けている。

 

「……簪ちゃん、まだ遅くないわ。河城重工の連中とは手を切って。

あなたが居るべき場所はこんな得体の知れない連中の所じゃないわ。

私の所に戻ってきて。そうすればずっと私が守ってあげるから……」

 

「っ!!」

 

 楯無が何気なく発したその一言、それが決定打だった。

『ずっと私が守る』……捉えようによっては自身を完全に下に見たその言葉は、簪の中にあったコンプレックスを強く刺激した。

それとほぼ同時に、簪は乾いた音と共に楯無の頬を平手で打ち、その衝撃で楯無は床に尻餅をついていた。

 

「か、簪ちゃん……?」

 

「私、今までずっとお姉ちゃんに憧れてた。

だけど!今のお姉ちゃんになんて、これっぽっちも憧れない!!

何が『ずっと私が守ってあげるから』よ!私はお姉ちゃん無しじゃ何も出来ない無能だとでも言いたいの!?

私だって強くなりたい!魔理沙や他の皆に負けないぐらい強くなりたい!!

なのに、お姉ちゃんは私にただ守られるだけの存在に甘んじてろって言うの!?

冗談じゃない!!そんな思い上がった人なんかに、守られたくなんてない!!

お姉ちゃんが何言ってきても合宿には絶対参加するから。

これ以上邪魔するなら、こっちから姉妹の縁なんて切ってやる!!」

 

 遂には決別の言葉を吐き捨て、簪は足早に生徒会室から去って行く。

残された楯無達はそれをただ呆然と眺めている事しか出来なかった。

 

「ま、待って簪ちゃん!違うの、今のはそういう意味じゃ……」

 

 我に返った楯無は、簪に追い縋ろうと走り出すが……。

 

「チッ……」

 

「きゃぁっ!?」

 

 駆け出そうとする楯無の足を魔理沙が躓かせて転ばせる。

床に倒れる楯無を見るその目はどこまでも冷ややかで、嫌悪感に満ちたものだった。

 

「本っ当に情けねぇ奴だぜ。そんなに簪に追い抜かれるのが嫌か?

自分より強くなって、守る事が出来なくなるのが怖いのか?」

 

「ち、違う!!私はただ、簪ちゃんを……」

 

「何が違うってんだ?お前が言ってたのはそういう意味にしか聞こえねぇよ。

今の簪に何が必要か良く考えてから出直せ。じゃあな、駄目無(だめなし)生徒会長さんよ。

私も帰るぜ。これ以上その腑抜けた面見ててもムカつくだけだしな」

 

 楯無の言葉をばっさりと切り捨て、侮蔑と皮肉の言葉を吐いてから、魔理沙は彼女に背を向け、部屋を後にしようとする。

 

「待ちなさいよ!」

 

 だが、魔理沙がドアに手を掛けるよりも先に、立ち上がった楯無が彼女の肩を掴んだ。

 

「何だよ?」

 

「アンタなんかに、何が分かるのよ?

私がどんな思いで、あの子を守ろうとしてるかなんて……」

 

 唇を強く噛み締めながら、凄まじい形相で魔理沙を睨みつけ、今にも飛び掛からんばかりの殺気を出しながら、楯無は魔理沙の肩に掛ける手の力を強める。

 

「勝負しなさい、霧雨魔理沙!!

アンタを倒して、アンタ達なんか簪ちゃんには必要ない事を証明してやるわ!!」

 

「……へっ!良いぜ、受けてやるよその勝負!!」

 

 水と油のように反発しあう二人は、遂に直接対決へと至る……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「良いのか?会いに行かなくて。

お前の幼馴染、随分荒れてるぞ……」

 

 生徒会室の隣の教室にて、アキラは楯無と魔理沙の会話を盗み聞きながら、目の前に居る自身の部下に問いかけた。

 

「接触禁止はもう解かれているんだ。会わない理由は無いだろ?」

 

「私はもう除名された死人も同然の身よ。

それに、クソ兄貴がやった事とはいえ、クーデターを起こした家の人間がどの面下げて会いに行けばいいのよ」

 

 その少女はアキラから目を逸らしながら、彼からの問いにぶっきらぼうな態度で返す。

そんな彼女にアキラはため息を吐きながら首を横に振った。

 

「ったく、内心じゃ会いに行きたくて仕方ないくせに何言ってやがる。

どんな顔して会えば良いのか分からないから行かねぇだけだろ?」

 

「チッ、またお得意の読心術?本当こういう時に厄介な能力なんだから、この覗き魔野郎が……」

 

「うるせぇよ、下品女が。四の五の言わずに会いたきゃ会って来い!!

会わずにあのガキが潰れちまうのが嫌ならな」

 

 アキラからの檄に、少女は目元を覆うバイザーを外し、静かに歩き出した。

 

「すまねぇな、隊長……恩に着ます……!」

 



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仇敵と親友(中編)

今回の話には(伏線は張っていましたが)追加設定が多いです。
また、楯無の扱いが非常に悪いため、ご注意ください。


「それ、本当なの?」

 

「う、うん……お姉ちゃんにもさっき聞いて確認したけど、間違いないって。

1時間後に試合開始って言ってたよ」

 

 楯無による魔理沙への決闘宣言から十数分後。

瞬く間にその情報は学園内に広がり、虚の妹である布仏本音を通じて簪の耳にもすぐに入っていた。

 

「お姉ちゃんってば、あれだけ言って早々にこんな……」

 

「どうするの?」

 

「とりあえず、見に行く。

お姉ちゃんが魔理沙にどこまでやれるかも気になるし」

 

 姉の起こすトラブルを苦々しく思いつつも、やはり試合自体は気になる簪はすぐにアリーナへと足を向けるが……。

 

「そこの二人、ちょっと良い?」

 

「え?」

 

 不意に掛けられた声に簪は足を止める。

その声には聞き覚えがあった。数日前の臨海学校にて、自分を助けてくれた二人組みの片割れである、女と同じ声……。

それに気づいて振り返った時、簪は思わぬ光景を目にした。

 

「あ、あ……な、何で……?」

 

「あ、あなたは……!?」

 

 本音と簪、二人の表情が愕然としたものへと変わる。

そこにいたのは、本来ならもう二度と会う事の出来ない筈の人物……。

 

「久しぶりね……簪、本音」

 

 バイザーを外し、素顔を見せたその人物、天野晴美の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 アリーナの使用許可を得た二人は、それぞれがピットへ入り、30分後に行われる試合に備え、準備に入る。

 

「お嬢様……本気で霧雨さんと戦うつもりですか?失礼な言い方ですが、あの子の実力は……」

 

「そんな事、分かってるわよ。けど、こればっかりは譲れないの……!

それに戦闘データだって頭に叩き込んでるんだから、簡単に負けたりなんかしない!」

 

 未だ殺気立つ楯無の様子に虚は悲しげな、しかし同時に真剣な表情を浮かべる。

 

「はっきり言って、さっきの件はお嬢様の方に非があります。

簪様にだって意地とプライドがあるんです。お嬢様はそれを無視し過ぎています。

あなたの簪様を思う気持ちは間違ってはいませんが、やり方が間違ってます!

そんな暴走も同然の心持ちでは霧雨さんに勝てる訳ありません!!」

 

「ぐっ……そ、それは……」

 

「試合を中止して、もう一度霧雨さん達を交えて簪様とお話するべきです。

話した上で、簪様が信じている霧雨さん達を信じられるかしっかり見極めるべきです」

 

「それが出来れば苦労しないわよ!!

けど、今の簪ちゃんは霧雨達(あいつら)の実力の高さに心酔して、盲目的になっているのよ。

そんな状態の簪ちゃんに何を言っても信じてくれない!

だから、私がアイツに勝って、簪ちゃんの目を覚まさないといけないの!!」

 

 声を荒げる虚に、楯無は一瞬たじろぐが、自身も声を荒げて言い返す。

 

「信じていないのはお嬢様(あなた)の方ではないですか!」

 

「っ……今、何て言った?」

 

「何度でも言います!今のお嬢様は、簪様を心配するあまり、河城重工の人達だけでなく、簪お嬢様の事さえ信じようとしていません!!

あなたがしているのは、妹を子ども扱いしてずっと自分の手元に置こうとするだけの行為です!!」

 

「ぐ……ぐっ…………」

 

 虚からの指摘に図星を突かれ、楯無は悔しそうに歯を食いしばりながら、虚を睨むことしかできなかった。

 

「何でこんな……実の妹を信じてあげられないなんて……。

何でこんな事になってしまうんですか……!?」

 

 虚の脳裏にある記憶が過ぎる。

それは、楯無がまだ刀奈(本名)を名乗っていた頃、あの頃の今以上に明るく、簪との中も良好だった時、

あの頃には布仏と同じく、更識家に仕えるもう一つの一族があった。

だが、その一族はもう存在しない……家長の長男だった男が起こしたクーデターの果てに、その一族は断絶されたのだ。

 

「こんな時に、あの子が……」

 

 その一族……天野家の次女にして、常に自分達を引っ張ってくれた頼れる姉御的な存在だった幼馴染の少女の姿を思い浮かべ、虚はその名を口にする。

 

「晴美が居てくれたら、こんな事には……」

 

 その名前……天野晴美の名を口にしたその直後、室内に乾いた音が鳴り響いた。

 

「……あいつの話はしないでって言ってるでしょ!!」

 

 虚の頬を打った感触を掌に感じながら、楯無は感情を抑えきれずに爆発させ、凄まじい剣幕で虚を睨みつける。

 

「っ!?」

 

「何が解るのよ……あいつを、親友(晴美)を失った時、私がどんなに惨めだったか、虚ちゃんに解るって言うの!?」

 

「お、お嬢様……っ!?」

 

 虚の表情が驚愕に変わる。

楯無は表情(かお)を憤怒に染めながらも、目に涙を浮かべていたのだ。

 

「あの時みたいな思いは、もう絶対しない!みんな私が守り抜く!!

誰にも頼らない……全部私が……!!

あんな奴に、いきなり出てきて簪ちゃんを掻っ攫っていくような奴なんかに……!!」

 

「っ!お嬢様……」

 

 それは虚に向けたものか、それとも自分に向けたものか……そんな不安定な感情が滲み出た楯無の言葉に、虚は押し黙る。

 

「……っ…………ごめんなさい。取り乱したわ」

 

「いえ……私こそ、約束を破って晴美の話を……」

 

 お互いに何とか落ち着きを取り戻し、二人は謝罪し合う。

やがて楯無は専用機を展開し、アリーナへと歩き始めた。

 

(虚ちゃんが言う事が間違ってない事は、私にだって解ってる。

けど、私はもう決めたの。私は私自身の力で私の守りたいものを守る……。

晴美を失ったあの日に、そう誓ったの……!

だからこそ、私は霧雨魔理沙(あいつ)を認めない……。

簪ちゃんを、身内(みんな)を守るのは私の役目、誰にも渡さない……!!)

 

 それは人間一人が抱くには余りにも重過ぎる想いと決意だった。

それが守ろうとしている簪への重石、更には自分自身に対する足枷になっている事に気付く事は、今の楯無には出来なかった……。

 




設定

・天野家
元は布仏と同じく、更識に仕える暗部の一族で、主に武力面を補佐していた。

・天野晴美の経歴
天野家の次女として生まれ、当時の主である楯無とは幼馴染で親友同士。
当時から戦闘力が非常に高く、模擬戦では小~中学時代の楯無を幾度となく負かし、彼女が唯一白星を得られなかった相手である。

以前は歳の離れた姉と兄がそれぞれ1人ずつおり、姉は人格者だったが、兄は次期当主である事を鼻にかける傲慢な人物だった。
しかし、ISのに台頭による影響で兄が次期当主から外され、姉が変わって次期当主の座に着いた。

これを不服に感じた兄はクーデターを画策。
それを察知した晴美が更識家にこの事を密告し、鎮圧作戦が決行される。

しかし、その際の戦闘で晴美の両親と姉が死亡。
晴美本人も楯無を庇い、重傷を負う。
(クーデターの首謀者である兄はその場で射殺された)

事件後、晴美は天野家最後の生き残りとして責任を取る事となり、天野家は暗部から除名及び断絶処分を受け、追放された。

その後、根無し草となった晴美を炎魔がスカウトした。


親友の受けた理不尽な処遇を止める事が出来なかった事は、楯無の心に深い傷を残し、
それ以降楯無は、『自分の手で身内を守り抜く』という事に固執するようになった。



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仇敵と親友(後編)

お久しぶりです。
大変長らくお待たせしました!

就職後、やっと安定してきたので更新再開します!


注意!
今回の話にて、楯無がかなり弱体化してしまっていますので、苦手な方はご注意を。


簪と本音が晴美と思わぬ再会を果たした頃、アリーナでは魔理沙と楯無が試合開始を間近に控え、アリーナ中央の上空で対峙していた。

 

「絶対にアンタに勝って、簪ちゃんを取り戻す!」

 

「前から思ってたけどさ、お前見てるとクソ親父を思い出すんだよ!

簪がどう生きてどう強くなるかなんてあいつ自身が決める事。

たとえ肉親であっても、それに必要以上に口を挟むもんじゃないぜ!」

 

「アンタの親の事なんて知らないわよ!

赤の他人のアンタに私達姉妹の問題に口出しされる筋合いは無いわ!!」

 

お互いに不快感を隠そうともせずに殺気を出しながら二人は睨み合う。

片や友として、片や姉として、同じ相手を想う気持ちは同じ筈なのに、二人の意見は水と油の如く決して交わらないものだった。

 

『試合開始!』

 

そして鳴り響く試合開始の合図。それと同時に二人はそれぞれ近接武器であるスターダスト ()蒼流旋()を展開する。

 

「今回ばかりは遊び抜きだ。速攻で決めてやるぜ!」

 

「やれるもんならやってみなさいよ!こっちだって簡単に負ける気は無いんだから!!」

 

敵意を剥き出しにして、二人はほぼ同時に動き出し、互いに相手目掛けて接近していく。

 

「喰らいなさい!」

 

先制したのは楯無だ。

接近しながら蒼流旋に内蔵されたバルカンを発射し、牽制する。

だが、魔理沙はそれをボードに乗ったまま器用に回避する。

 

「弾を一箇所に集中させすぎだ。

それじゃ避けてくれって言ってるのと同じだぜ!」

 

「その通りよ!」

 

魔理沙の動きに楯無は計画通りとばかりに笑みを浮かべ、直後に魔理沙……延いては魔理沙が回避行動を取った直後の隙を狙って意識を集中させ、自身が操るナノマシンを操作する。

熱き熱情(クリア・パッション)……ナノマシンを用いて水蒸気爆発を起こすミステリアス・レディの誇る荒技だ。

 

「本命は、こっちよ!クリア・パッショ『そらよっ!』…なっ!?」

 

爆発が起こるその刹那、不意に魔理沙は自らの乗るスプレッドスター(飛行ボード)を足で蹴り飛ばし、蹴り飛ばされたボードは楯無の足元に直撃し、文字通り彼女の足元を掬った。

 

「キャアッ!?」

 

思わぬ攻撃にバランスを崩した事で楯無はその場で宙返りする形となる。

一方で魔理沙はボードから離れた事で重力に従って落下し、爆風が直撃するのを回避して見せた。

 

「クッ……よくも!」

 

「まだまだ行くぜ!」

 

苦々しい表情を浮かべながら体勢を立て直し、反撃に移ろうとする楯無。

だが、それよりも早く魔理沙が動いた。

 

最大出力(フルパワー)だ!」

 

地面に着地する直前に魔理沙は展開した2丁のレヴァリエ(ビームバズーカ)を地面目掛けて放ち、その反動で上空の楯無目掛けて突っ込んでいった。

 

「捕まえたぜ!」

 

「っ!?」

 

そして、そのまま楯無の腰元を掴み抱え、がっちりと固定した。

 

「こ、この!放しなさ『詰み(チェックメイト)だぜ』……何ですって!?」

 

しがみつく魔理沙を振り解こうとする楯無。

しかし、魔理沙はニヤリと笑い先程蹴飛ばしたボードを遠隔操作で自身の下へ引き寄せる。

そしてボードはバーニングマジシャンの背中へと近付き、そのまま磁石が吸い付くように接続された。

 

「今まで言ってなかったけど、スプレッドスター(コイツ)は乗って飛び回るだけじゃなくて、機体の背中にドッキングする事も可能なんだぜ。

スピードは出るけど普段以上に小回りが利かなくなるから、あんまり使う機会が無かったからな。」

 

「だ、だから何よ!?」

 

突然の説明に困惑する楯無に、魔理沙の笑みはより一層深みを増す。

 

「こういう事だぜ!点火(イグニッション)!!」

 

そして魔理沙は楯無を抱えたまま上空へと猛スピードで飛び上がった。

 

「ま、まさか!?」

 

「その、まさかだぜ!!」

 

ココに来て漸く楯無は理解する。

魔理沙と自分が飛び上がった先にはあるのは青空……ではなく、それを遮るアリーナのシールドバリアだ。

 

「ガハァァッ!!」

 

魔理沙の狙いに気づいたその直後、楯無は成す術無くバリアへと頭から強かに叩き付けられた。

 

「が……ぁ……」

 

「言ったろ?詰みだってな」

 

「こ、こんなのって……」

 

脳震盪を起こし、意識が朦朧としかけながら楯無は自身を冷めた目で見詰める魔理沙を睨む。

 

(認めてやるわよ。

アンタは私よりずっと強い、私にもう勝ち目なんて無いわ。

だけど……私がこのまま終わると思わないで! )

 

唇を噛み締め、楯無は残る力の全てを振り絞って体勢を立て直し、魔理沙の右腕を掴んで彼女を逃がすまいとする。

 

「何ィッ!?」

 

「アンタも、道連れよぉっ!!」

 

そして右手に持った蒼流旋に全てのナノマシンを集中させ、それを振りかぶる。

ミストルテインの槍……ナノマシンを一点集中させて攻撃する気化爆弾4個分のエネルギーを持つクリア・パッション以上の大技であリ荒技。

それを楯無は至近距離で使用し、自分諸共魔理沙を爆発に飲み込もうとしているのだ。

 

「喰らえぇぇーーーーっ!!」

 

そして振るわれる必殺の一撃。

“決まった”……楯無はそう確信した。

たとえ魔理沙が槍を避けたとしても、槍が(バリア)に当たった際に生じる大爆発は免れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……チッ!」

 

「っ!?」

 

だが、思わぬ攻撃でそれは阻止され

ミストルテインの槍が繰り出されたその刹那、魔理沙は機体の空いている左腕部のみを部分解除し、生身となった左手……その人差し指と中指を突き出したまま楯無の両目を突いたのだ。

 

「ギャアアアアアアッッ!!目が、目がぁぁぁぁっっ!!」

 

目潰し(サミング)というIS史上前例の無い攻撃に楯無は堪らず手に持った槍を落とし、そのまま両手で目を押さえて悶絶した。

そして、それが決定的な隙となったのは言うまでもない。

 

「今のはちょっとヒヤッとしたぜ。……あばよ」

 

「きゃああああああああああああああ!!!!」

 

ダメ押しにビームバズーカが放たれ、楯無を吹っ飛ばす。

それで終わりだった……。

 

『試合終了ーー勝者、霧雨魔理沙』

 

「ったく、胸糞の悪い試合だったぜ」

 

 




次回予告
魔理沙に手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめされ受け入れがたい現実に打ちひしがれる楯無。
そこにあらわれたのは……。

欠回『再会は拳骨と共に』

魔理沙「冷静さを欠いてなきゃ、あそこまで無様な姿は晒さなかっただろうな」

楯無「私、どうすれば良いの?教えてよ、晴美 」

??「ったく、何年経っても泣き虫なんだから 」


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再会は拳骨と共に

お久しぶりです。

毎日残業のため、書く時間が取れず、昨夜ようやく執筆完了しました。
今回から楯無へのアンチを少々緩和します。


「う……うぅ…………っ!」

 

「よぉ、起きたのか?」

 

「あ、アンタは……!」

 

 試合より数時間後、夕日の差し込む保健室のベッドの上で楯無は目を覚ます。

起きてすぐに目に映る憎き仇敵とも言うべき魔理沙の姿に、楯無は自身が敗北したという事実を否応無しに痛感する。

 

「目は、大丈夫みたいだな?咄嗟とは言え、流石に目潰しはまずかったと思ってたから安心したぜ」

 

「…………私、負けたの?」

 

「ああ、言っちゃ悪いけど私の完勝。お前は惨敗だぜ。

せめて、冷静さを欠いてなきゃ、あそこまで無様な姿は晒さなかっただろうな」

 

「クッ……!!」

 

 辛辣な返答に楯無は返す言葉もなく魔理沙から顔を背け、唇を噛み締める。

そんな楯無の様子を暫し見詰め、やがて魔理沙は溜息を吐いてから口を開いた。

 

「試合の時に言ったけどさ、お前見てると家の親父を思い出すぜ。

私の親父は、私が今の道に進む事に大反対でな、毎日言い争いの繰り返しだった……」

 

「……いきなり何よ?」

 

 唐突に始まった魔理沙の昔語りに楯無は不機嫌さを残しつつも、魔理沙を再び見詰める。

 

「親父は親父なりに()を心配してる事は解ってる。

だけど、私が選んだ道だって私なりに真剣に考えて出した結論の結果なんだ。

私の選んだ道を、ただ頭ごなしに否定しやがる……そんな親父が嫌で嫌で堪らなかった。

それで結局、私は家出して、親父も親父で私を勘当した。

その事を後悔してるわけじゃないけど……お前と簪見てたら、どうしてもそれを思い出すんだ」

 

 怒るわけでも、悲しむわけでもなく、ただ淡々と楯無を見詰めて魔理沙は語る。

そんな彼女の言葉に楯無はより一層表情を厳しくしていく。

 

「私と簪ちゃんも、いずれそうなるとでも言いたいの?」

 

「さぁな。けど、お前のやってる事って結局そう言う事だろ?

私達の事が信用出来なくて気に入らないから、無理矢理にでも簪を引き離そうとする。

それってさ、簪の意見を頭ごなしに否定してるのと同じだろ?」

 

「くっ……!」

 

 言い返せない。

楯無とて本心では魔理沙の言う通りだと自覚はしていた。

それでも尚、認めたくなかった。自身にとって突然現れて大事な妹を掻っ攫っていく魔理沙達が……ましてや簪が自分ではなく魔理沙達を必要としている事実が楯無をより意固地にさせていた。

 

「頭冷やして良く考え直せ。あと、合宿の件は了承してもらうぞ」

 

「…………勝手にしなさい」

 

 搾り出すような声で答えたその言葉を聴き、魔理沙は保健室から去って行く。

そして、室内には楯無ただ一人が残される。

 

 

 

 

 

「……………………っ!!」

 

 魔理沙が部屋を出てから少し間を置き、楯無は唐突にベッドを殴りつけた。

 

「う、うぅっ……!!」

 

 一度振るわれた拳は止まる事無く動き、二度三度とベッドに振り下ろされる。

無残な敗北、妹と分かり合えない辛さ……それらから来る悔しさと悲しみに、楯無は唇を血が出る程に噛み締め、最後の意地で声だけは押し殺しながらベッドを殴りつ続け、楯無は涙を流した。

 

「どうして……どうしてよ……!?

私が、簪ちゃんを……妹を守る事の何が悪いって言うの!」

 

 無人となった室内に楯無の悲痛な声が響く。

こんな筈ではなかった……自分の手で家族や仲間を守り続ける筈だった。

自分にはそれを成す才能も覚悟もあり、そのための努力を怠たっていない……そのつもりだった。

 

だが、現実はどうだ?

突如として現れた織斑一夏には油断してあっさり敗北し、

挙句に霧雨魔理沙には全力で戦っても尚、完膚なきまでに敗れ、これまで持っていた自信と覚悟はあっという間に崩れてしまった。

 

「私、どうすれば良いの?教えてよ、晴美……」

 

 打ちひしがれ、意気消沈しながら、楯無は嘗ての親友に無意味と解りつつも問いかけた。

 

「そんなモン知るか。自分で考えなさいよ馬刀奈(ばかたな)が!」

 

「っ!?」

 

 そんな彼女に浴びされる罵声……その言葉に驚いて振り返った楯無の視線の先に居た人物……天野晴美の姿に楯無は目を見開き、そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハっ……きっとそう言うんでしょうね。晴美は……。

こんな幻覚まで見ちゃうなんて…………私もう駄目なのかなぁ?」

 

「……オイ」

 

 苦笑いしながら目の前に居る晴美を幻覚と勘違いした。

 

「幻覚じゃないわよ!アンタ目の前の幼馴染の姿も分かんないの!?」

 

「でも、幻覚なら……私が作った幻覚なら、もう少し優しい言葉ぐらいかけて欲しかったな……」

 

「いや、だから……」

 

「ごめん……ごめんね晴美……。

私が不甲斐無いから、無力だから、アンタを守れなかった。そして今度は、簪ちゃんも……」

 

「話聞けってんだボケェッ!!」

 

「アガッ!?」

 

 噛み合わない会話に業を煮やし、楯無の頭に晴美の拳骨が炸裂した。

 

「痛っ~~~!?は…………晴、美…………本当に、晴美なの?

本当に、ココに居るの?」

 

「やっと気付いた?

ったく、久々に会ったってのに何て様よ?」

 

 漸く目の前に居る存在が実物だと認識し、楯無は呆然としながら晴美の顔を見詰め、恐る恐る手を伸ばしてその顔に触れる。

目の前の晴美がそこに存在するのを確認するために……。

 

「ちょっ、触りすぎでしょ?いつまでペタペタ触って……」

 

「晴美ぃぃっ!」

 

「わわっ!?」

 

 そして堰を切ったかのように楯無は大声を上げて晴美に抱きついた。

 

「晴美、晴美ぃっ!!

本当に、本当に晴美なのよね?幻覚じゃないのよね!?本当にココにいるのよね!?」

 

「……ああ、まごう事なき本物よ。久しぶりね、刀奈」

 

「晴美、晴美ぃぃっ、うわあああああああああああああああああん!!」

 

「ったく、何年経っても泣き虫なんだから……」

 

 自身の胸にしがみ付いて声を上げて泣き続ける楯無を、晴美は穏やかな笑顔を浮かべながら彼女の頭を優しく撫でたのだった。

 




次回予告

親友との再会……それは楯無にどんな影響を齎すのか?

そして、遂に始まる夏休み。
退院した一夏、箒と合流した武術部メンバーはいよいよ幻想郷へと出発する。

次回『幻想の地へ』

晴美「今度は信じてみなさいよ……」

一夏「実はもう一人、合宿に参加する事になった奴がいるんだ」

??「皆、久しぶり!」





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幻想の地へ(前編)

やっと更新、でもまた前後編に分けてしまった……。


「……じゃあ、晴美は今、炎魔に?」

 

「ああ。そこに所属してる。

いつの間にかアンタより立場が上になっちゃったわね」

 

 親友との再会に、一頻り泣き終えた楯無……いや、更識刀奈は晴美の現状を説明されて驚きの表情を浮かべていた。

 

「何ですぐに教えてくれなかったのよ?

私が、晴海の事どれだけ心配してたか解って……」

 

「ごめん。正直、合わせる顔が無かった

だって、クソ兄貴がやった事とはいえ、主だったアンタの家に泥塗る真似したってのに、今更どんな顔して会えば良いか分からなくてさ……」

 

「馬鹿……晴美の無事が分からない方がずっと迷惑よ」

 

「ごめんね、刀奈……」

 

 再び泣きそうになる刀奈を晴美は抱きしめ、優しく頭を撫でた。

 

「簪の事は、心配するな。

少なくとも悪いようにはしないし、河城重工の奴らだって責任持ってあいつを鍛える事を約束してるんだから」

 

「それは……」

 

 簪の名を聞き、刀奈の表情は曇る。

こればかりはまだどうしても整理がつかないようだ。

 

「妹思いも結構だけど、そんな風に意地ばっかり張ってないで、少しは信じてみたら?」

 

「そんなの、無理よ……!

アイツらを、簪ちゃんを掻っ攫っていく連中を、どうやって信じろって言うのよ!?」

 

 晴美の言葉に刀奈は表情を険しくする。

そんな刀奈の肩に手を置き、晴美は真剣な面持ちで彼女を見据える。

 

「信じろって言うのは、河城重工(そっち)じゃない。

簪だ。……()を信じろって言ってるのよ」

 

「…………え?」

 

 晴美の思いも寄らぬ言葉に刀奈は呆然となる。

そして、それと同時に試合前に言われた虚の言葉が鮮明に蘇る。

 

“何度でも言います!今のお嬢様は、簪様を心配するあまり、河城重工の人達だけでなく、簪お嬢様の事さえ信じようとしていません!!

あなたがしているのは、妹を子ども扱いしてずっと自分の手元に置こうとするだけの行為です!!”

 

「私が……私が簪ちゃんを信じてないって言うの?」

 

「あぁ。もっと言えば自分以外誰も信じてない。

そして、霧雨に負けた事で自分自身さえ信じられなくなってる」

 

「そ、そんな事……」

 

 否定しようとするも、刀奈は言い淀む。

本心では分かっていた…………晴美を失って以来、自分は自分の大切な者達を自分の手で守ろうと決意した。

自分自身の手で、誰の力も借りずにだ。

 

 だが、それは誰の己の力のみを信じ、誰にも頼らないと言う事でもあった。

その結果、自分は簪の気持ちを蔑ろにしてしまい、いつしかその決意が独り善がりなものに変わっていってしまったのだと、心の奥底で感じていた。

 

 だが、認めたくなかった。

認めてしまえばこの数年をかけて、確固たる決意の下に築いてきた自身の誇りが崩れ去ってしまう。

それが怖くて堪らなかった……。

 

 しかし、遂にはそれも崩れ落ちる日が来てしまった。

魔理沙との勝負に負けた事で、余りにも脆く……。

 

「わ、私は……」

 

「やり直し……とは言わないけどさ、今度は信じてみなさいよ。

簪は、アンタの妹は人を見る目がない様な馬鹿でも間抜けでもない。

妹の巣立ちを認めて見守るのも、姉の役目でしょ?」

 

「巣立つ……簪ちゃんが…………」

 

 呆然としながら、楯無は晴美の言葉に聞き入る。

そんな事、考えもしなかった。

自分にとって簪はいつだって庇護の対象だったのだ。

そんな彼女が巣立ち、自分とは違う強さを得る。

それは簪を守る事に執着していた刀奈にとって有り得ないものだった。

そうなってしまえば簪を守れない……そんな風に考えてしまっている刀奈にとっては。

 

「まだ、納得出来てないって表情(かお)ね。

けどな、守るって事はただ庇護する事とイコールじゃない。

まずはそこからじっくり考えてみな」

 

優しく論するように言いつつ、晴美は立ち上がって刀奈に背を向ける。

 

「あ……もう、行っちゃうの?」

 

「あぁ、私も合宿に付き合う事になってるから、その準備だ」

 

 名残惜しそうな表情を浮かべる刀奈を尻目に晴美は静かに保健室の扉に手をかける。

 

「また、会えるわよね?」

 

「あぁ、接触禁止ももう無いからね。また、会いに来させて貰うわ」

 

最後に刀奈に笑顔を向け、晴美は保健室を後にしたのだった。

 

「…………晴美……っ」

 

去っていく晴美を見つめた後、刀奈は暫し無言のまま俯き、

やがて再び、今度は静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして日は流れ、IS学園は終業式の日を迎えた。

1学期最後のイベントを終えた生徒達が皆それぞれ夏休みを迎える中、武術部(鈴音と真耶含む)メンバーは送迎バスで河城重工へと移動し、そこで一夏・箒と合流し、八雲紫の待つ社長室に集まった。

(余談だが、約束通り一夏は弾から顔面に強烈な右フックを一発お見舞いされた)

 

「ようこそ、河城重工へ。

もう聞いているかもしれないけど、私の名は八雲紫。

表向きは河城重工の社長、本来の姿は幻想郷の管理者であり妖怪の賢者よ」

 

 相も変わらず妖しい雰囲気を醸し出しながら、紫は集まったメンバーへと口を開く。

 

「まずは協力の意を示してくれた事と、私達人ならざる者の存在を受け入れてくれた事にお礼を言うわ。

これからアナタ達には、夏休みの間幻想郷で修行を行ってもらう事になるけど、その結果次第では本格的に篠ノ之束が率いる一味との戦いに身を投じる事になる。

逆に修行しても戦力にならないと判断すれば幻想郷に関する記憶は消させて貰うわ。

それでも良いわね?」

 

 妖しくも鋭い眼光が弾達を見据える。

それに気圧されつつも、弾達7人はしっかりと頷いた。

それを確認した紫は静かに席を立ち、虚空に手をかざして隙間を開いた。

 

「覚悟が出来たなら入りなさい。全てを受け入れる残酷な楽園。

幻想郷へと続くこの隙間に」

 

「こ、これに入んの?」

 

 若干顔を痙攣(ひきつ)らせて鈴音が呟く。

何もない空間に開いた穴、それだけでもかなり不気味だが、穴の中に所々浮かぶ目玉がより一層ホラー感を増している。

こんな穴に進んで入りたがる者はそう居ないだろう。

 

「大丈夫だ。紫さんに害意が無い限り通る側にも害は無いから。

俺が先に行くから、安心して着いて来い」

 

 尻込みする鈴音に、一夏は激励するように自ら率先して隙間へと飛び込んだ。

 

「……ええい、ままよ!」

 

 一夏の行動に後押しされ、鈴音が飛び込む。

そして、それを切っ掛けに他のメンバーも次々に動き出す。

 

「よし、俺も初っ端から尻込みしてられねぇぜ!」

 

「わ、私も!今更引いたりしない!」

 

「オカルトやホラーは覚悟の上だ!」

 

 弾、簪、ラウラが……。

 

「ああっ、待ってくださ〜〜い!」

 

「あの、山田先生。なんで私の腕を掴んでますの?」

 

「だ、だって私こういうの苦手なんですよぉ〜〜!」

 

「ああもう!さっさと行きますわよ!ほら、手を握っててあげますから」

 

「うぅ、すいません……」

 

 一足遅れてセシリアと真耶が、

そして最後に千冬やレミリア達も隙間に入り、全員が幻想郷へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 全員が隙間を通り終えたのを確認した紫は隙間を閉じ、再び椅子に座る。

やがて彼女は(おもむろ)に一冊のファイルを取り出し、それを見詰める。

 

「さて、どうしましょうかね?……この子は」

 

 紫が開いたファイルのページにはある人物の顔写真と名前が載っていた。

 

「いずれ、この子と会う必要がありそうね」

 

 その写真の少女、更識刀奈を見詰めながら、紫はそう呟いた。



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幻想の地へ(後編)

「あ痛っ!?痛た……尾骶骨打っちゃった。……ココは、神社?」

 

 隙間を抜けた鈴音は盛大に尻餅を突きながら周囲を見回す。

直後に弾や簪といった他のメンバーも続々と隙間を抜け鈴音と同様に幻想郷の土を踏んだ。

 

「皆来たな?ココは博麗神社。

幻想郷を覆う結界を管理する博麗の巫女、博麗霊夢が管理する神社で、幻想郷の入口だ」

 

 一夏の説明に鈴音達はキョロキョロと周囲を見回す。

まず感したのは空気の違い。

外界の機械やコンクリートの臭いが混じったそれと違い、自然そのままの澄んだ空気だ。

この空気を吸うだけで今自分達が先程まで居たものとは別の世界に来たのだと実感出来る。

 

「本当に別の世界に来たのか?」

 

「ああ。それじゃ今から下宿先に向かう。

大丈夫だと思うが、道中で妖怪とかに出くわす事もあるかもしれないから気をつけろよ」

 

「え?ココの巫女さんに挨拶してか無くて大丈夫なの?」

 

「大丈夫大丈夫。霊夢の奴は今(金欠で)バイト行ってて留守だから」

 

【巫女なのにバイト?】

 

 仮にも管理者である霊夢の現状に、鈴音達の心の声が見事にハモった。

ちなみに、霊夢のバイトの中には一夏が経営するよろず屋の仕事も含まれていたりする。

 

「では行くぞ。ココからは飛んでいくから、全員ISを展開しろ」

 

 そして、千冬の指示を受け、弾達はISを展開。

それを確認し、一夏達は宙へ浮き上がった。

 

「こんなこと言うのもあれだがよ、本当に生身で飛ぶんだな ……」

 

「先に見てきた者として言わせて貰えば、生身で飛ぶだけなら可愛いものだ。生身で弾幕をぶっ放したりするのに比べればな……」

 

 若干唖然とする武術部員達と諦めたように溜息を吐く箒を尻目に、一行は飛び立つのだった。

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 太平洋の真ん中、その海の奥底にそれはあった。

周囲を深海魚や海草が漂う中それとは不釣合いな機械的な建造物……篠ノ之束の移動式ラボだ。

そのラボの一室……その室内に禍々しい気配が立ち込めている。

 

「…………これが、霊力……これが、魔力……これが、私の新しい力……!!」

 

「おぉ~~。こんなに早く力に目覚めるなんて、束さんもびっくりだよ、箒ちゃん」

 

 その人物、分離した箒のもう片割れ……白髪の篠ノ之箒を見詰めながら束は手を叩いて喜ぶ。

臨海学校にて回収された彼女は、束とクロエからの手解きを受け、たった今霊力及び魔力に目覚めたのだ。

 

「箒ちゃん、今の気分はどう?」

 

 力そのものはまだ小さいものの、禍々しい光を放つ己の掌を見詰める箒(白髪)に、問いかける束。

その問いに対し、箒は静かに束へと振り返り、口の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「感謝します、姉さん。これであの化け物や裏切り者達を殺せる。

そのためにも、もっと……もっと力を!」

 

 狂気を孕んだ瞳で箒(白髪)は力を渇望する。

ただ憎しみに身を委ね、その対象を潰す為の破滅の力を……。

 

「あぁ、そうだ」

 

やがて、彼女はふと思いついたように束に向き直った。

 

「ん、何?」

 

「私に新しい名前をつけてくれないか?

私はもう以前のような中途半端な甘い私ではない。言わば生まれ変わった別の存在だ。

だからこそ新しい名前が欲しいんだ」

 

「ふ〜〜む、なるほど。新しい名前ねぇ……」

 

 妹からの要望に束は顎に手を当てて暫し考える。

そして十数秒程経った頃、何かを思いついたように笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、元の名前をベースにして箒星……つまり彗星だね。

そこから取って『(すい)』 なんてどうかな?」

 

「彗か、悪くないな。

たった今から私の名は彗……篠ノ之彗だ!」

 

 この日、一夏達にとって新たな敵、篠ノ之彗が誕生した。

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「見えたぞ。あそこが今回の合宿で世話になる命蓮寺だ」

 

 博麗神社を飛び立って数十分後、道中何度か妖精や妖怪を目撃してその都度驚きはしたものの、is学園のメンバーは一夏達に先導され、人里の近くへと辿り着いていた。

 

「皆さん、お待ちしておりました。ようこそ、命蓮寺へ」

 

境内に降り立った一夏達を白蓮を始めとした命蓮寺の面々が出迎える。

 

「これからお世話になリます。

それと、白蓮さん 腕の方は?」

 

 一行を代表して頭を下げる千冬。

それと同時に、先の戦いで束に折られ、今も痛々しく三角巾で吊り下げられている白蓮の右腕へと視線を向ける。

 

「えぇ、大丈夫です。

永遠亭で治療して頂いたので、後5日もあれば治るかと」

 

「良かった……後は、アイツを待つだけか」

 

 一先ず安堵の息を漏らす千冬達。

しかし、千冬の言ったある言葉に弾達は怪訝な表情(かお)を浮かべる。

 

「『アイツ』って、誰だ?」

 

「ああ、実はもう一人、合宿に参加する事になった奴がいるんだ」

 

 弾からの問いに一夏が代わって笑みを浮かべて答える。

そして、それと同時に人里の方向からある人物が飛んでくるのが見えてきた。

 

「おーい!」

 

「お!噂をすれば、だな」

 

声を上げて近付くその人物に弾達の視線が集まる。

 

「ん?」

 

「んん!?」

 

「へ?えぇ〜〜〜〜っ!?」

 

 そして徐々に明らかになってしくその人物を確認し、弾達は一斉に固まった。

 

「皆、久しぶり!」

 そして、その少女……シャルロット・ビュセールは満面の笑顔を浮かべて皆の前に降り立った。

 

『……………………』

 

 そんな彼女に対し、弾達7人は暫し固まったまま動かない。

さて、賢明な読者の皆様は覚えているだろうが、シャルロットは外界において自殺したと

言う事になっている。

と、なればこの後の7人の反応は……

 

 

 

 

 

『ギャアアァァ〜〜〜〜ッ!!!!』

 

 

 

 

 

 当然、悲鳴である。

 

 

 

「しゃ、しゃしゃしゃ、シャル!?お、お前死んだんじゃ!?」

 

「ななな、何故死んだ人間がココに!?」

 

「お、おば、お化け!お化けが目の前に!?」

 

「成仏して!成仏して!!お願いだから!!」

 

「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!!」

 

「…………」←気絶した

 

「取り憑かないで呪わないで!まだやりたい事たくさんあるんだから!」

 

 弾達は完全にパニクってしまった。

(ちなみに、上から弾·ラウラ·真耶·鈴音·箒·セシリア·簪である)

 

 

 

「一夏、ボクの事説明してなかったの?」

 

「悪い。良い洗礼になると思ったんだけどな……」

 

 始まった矢先にこの始末……前途多難な合宿がいよいよ始まる。

 

 




次回予告
 シャルロットも合流し、いよいよ始まる幻想郷での大合宿。
そこで待ち受けていたのは強烈な洗礼……実力テストとして行われた実戦で、弾達はその力を目の当たりにする。

次回『幻想郷の洗礼』

勇儀「鈍ってないか見てやるよ。かかってきな!!」

弾「なぁ、勇儀姐さんと萃香さんって……」

一夏「ああ、鬼だ」


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幻想郷の洗礼

工場退職、パソコン修理、バイト探し……、
それらを乗り越えて遂に俺、復活!!

今回は短いですが、またよろしくお願いします。


「という訳で、シャルは死んじゃいない。向こうで自殺を偽装してこっちに移住してたんだ」

 

「そ、そうか……。

何でも有りとは思ってたが、ここまでとは……」

 

 死んだはずのシャルロットの復活による大騒ぎから約20分程経過し、パニックになった弾達7人は事情を説明されて漸く落ち着きを取り戻した。

 

「それで、デュノア……じゃなくて、ビュセールさんも合宿に参加するのですか?」

 

「うん。これからまたよろしくね。

あ、僕の事は普通に名前で呼んでくれていいから」

 

 漸く再会の挨拶を済ませ、合宿メンバーはシャルロットを含めた8人となった。

 

 

 

 

 

「さて ……それじゃあ、これからまず全員の基礎的な実力をテストする。

お前達には河城重工(こちら)で用意した相手と一人ずつ対戦してもらうぞ」

 

 再会の挨拶も程々にと千冬が切り出し、その含葉に8人の表情が引き締まる。

この合宿における第一歩が遂に始まるのだ……そう思うだけで不安と緊張で身体が強張りそうになる。

 

「まず、戦う相手だが『お〜〜い!』……アイツらだ」

 

「い゛ぃっ!?あ、あの声は……」

 

 千冬が指した先からやって来る声の主達に弾の顔が大きく引き攣る。

無理も無い……その人物は彼にとって畏怖の対象にして絶対に頭の上がらない存在なのだ。

 

「よぉ弾!久しぶりじゃないか!」

 

「まさか幻想郷(こっち)でアンタに会えるとはねぇ。

この前(束襲撃時)は会えなかったから、会うのを楽しみにしてたよ!」

 

「ゆ、勇儀姐さんに萃香さん!?」

 

 そう、弾が訓練生だった頃の教官コンビ、星熊勇儀と伊吹萃香である。

 

「この方達が、弾さんの教官……というか、あれって」

 

「"角”だよね?」

 

 空を飛んだり、羽根や獣耳が生えているのを見ても、やはり初めて見る角には驚きを隠せないセシリア達。

そんな中、弾は何かに気付いた様な表情を浮かべて一夏に向き直る。

 

「なぁ、勇儀姐さんと萃香さんって……」

 

「ああ、鬼だ」

 

「 納得」

 

 鬼(みたいな)教官と思ってた二人が本物の鬼だった事に、弾は死んだ魚の目をしながらがっくりと項垂れたのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「さて、弾以外の奴らは初対面だから自己紹介させてもらう。

私は星熊勇儀。誇り高き鬼の四天王が一人『カ』の勇儀だ。

怪力乱神を操る程度の能力を持っている」

 

「同じく鬼の伊吹萃香。

能力は密と疎を操る程度の能力だよ」

 

「程度……?」

 

 とても“程度”で片付くような物ではない能力にラウラが思わず疑問符を浮かべて呟く。

 

「細かい事は気にしなくて良いぜ。

ここでは能力の大小に関わらず『程度の能力』で表すんだ」

 

 ラウラの問いに魔理沙が補足・説明する。

 

「まぁ、そう言う事だ。

私達はお前達8人の基礎戦闘訓練を任されている。

合宿の間、定期的に私達と組手を行うから覚悟しときな!

特に弾、今回は外の世界の時みたく甘くないぞ!」

 

「お、押忍!!」

 

 萃香からの檄に半ば反射的に返事する弾。

他の者達も返事こそ無かったが、より一層緊張した面持ちとなる。

それを一瞥し、勇儀は一歩前に出て口を開いた。

 

「それじゃ、早速始めるとするか。

まずは私と一対一(サシ)で組み手をしてもらう。勿論生身でな。

武器は一夏達が用意してくれてるから自由に使って構わない。

さぁ、誰から来る?」

 

 一夏達の手で準備される訓練用の武器を尻目に、好戦的に笑いながら勇儀は一歩前に出る。

その威圧感に8人は思わず身じろぎ、押し黙る。

だが、数秒程沈黙が続く中、ある人物が端を切った。

 

「お、俺だ!俺がやる!!」

 

 その人物は勇儀と萃香に最も動揺していた筈の弾だった。

 

「弾、アンタ一番ビビッてたんじゃ?」

 

「ああ、正直言って今でもビビってる 」

 

 鈴音からの最もな指摘に弾は真剣な表情で返す。

 

「けど、あの人達のとんでもない強さは俺が一番良く分かってる。

だからこそ、皆よく見とけ!俺達が相手しなきゃいけない相手がどんだけ桁外れかをな!!」

 

 自ら当て馬になる覚悟を決め、弾は歩を進めて勇儀の前に立つ。

 

「まずはお前か、弾。

ルールはお前が訓練生だった頃にやってた組み手と同じ、

私が持った杯に注がれた酒を一滴でも零させる事が出来れば合格とする。

異存は無いな?」

 

「押忍!!」

 

 手に持った杯の9割近くを占める量の酒を注ぎ、勇儀は仁王立ちしながら弾に問い、弾はそれに力強く頷いてみせる。

そんな教え子の覚悟に勇儀は満足気な表情を浮かべる。

 

「よーし、良い返事だ。

それじゃ、鈍ってないか見てやるよ。かかってきな!!」

 

 地獄の合宿開始!!




次回予告

 訓練以来、久方ぶりに勇儀に挑む弾。
学園生活で鍛え上げられた弾の実力は、果たしてどこまで勇儀に届くのか?

次回『弾VS勇儀 恐るべき鬼の力』

勇儀「ハッハッハッ!!随分器用になったじゃないか!!」

弾「どこまでだって足掻いてやらぁっ!!」


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弾vs勇儀 恐るべき鬼の力

 杯を片手に威風堂々と仁王立ちする女 星熊勇儀。

そんな嘗ての教官を目の前にしながら、弾は手に持った訓練用の槍を構えて身構える。

そんな二人の様子に、セシリアは訝しげな表情を浮かべながら、首を傾げていた。

 

「それにしても、杯の9割近い量のお酒を一滴だけでも、だなんて……。

いくら何でも、私達を侮りすぎでは?」

 

「そうでもないさ。弾が訓練生だった頃はあれ以上の量で表面張力ギリギリの状態でも微動だにしなかったんだ。

ま、見てれば分かる……」

 

 セシリアの疑問に一夏が答える。

その回答に少し驚いたものの、セシリア達は視線を戻し、弾達を見守るのだった。

 

「最初から全力だ。行くぞ!!」

 

 気合の掛け声と共に槍を強く握り、突貫する弾。

 

「オラァッ!!」

 

 速攻で繰り出される刺突の連打。

その一撃一撃がそれぞれ勇儀の顔面や喉といった急所を狙って放たれる。

 

「前より狙いが上手くなったな。だが、まだ遅いぞ!」

 

 だが、勇儀は繰り出される連打を次々と避け、遂には槍を軽々と掴んで受け止めてしまった。

 

「まだだ!」

 

 だが、彼女の強さを知る弾にとってこの程度は想定内だった。

槍をつかまれるや否や、手刀で槍をへし折って拘束を解いてみせた。

 

「喰らえっ!」

 

 更に地面を蹴り、砂を勇儀の顔面に砂を浴びせる。

 

「うぉっと!?」

 

 間一髪で首を傾げ、勇儀は砂を避ける。

だが、そこに生じた一瞬の隙を弾は見逃さなかった。

 

「今だあっ!!」

 

「うぉっと!?」

 

 大声と共に弾は折れた槍の取っ手を勇儀の持つ杯目掛けて投げ付けた。

投げ付けられた柄は杯に直撃し、杯は大きく揺らされそうになるが、勇儀は杯を握るカを強めてバランスを取る。

 

「まだまだぁっ!!」

 

 だが、弾はこの時を待っていたとばかりに右拳を振り上げ、渾身の力を込めた正拳突きを勇儀の鳩尾へ打ち込んだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐあぁぁぁっ!?て、手が……」

 

 だが、苦悶の声を上げたのは弾の方だった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「な、何故ですの!?弾さんのパンチは確実に入った筈なのに……」

 

「簡単だ。勇儀の身体の方が五反田のパンチが効かない程に頑丈なだけだ」

 

 驚きの余り疑問の声を上げたセシリアに千冬が回答する。

 

「そんな……いくら弾が武器主体の戦闘スタイルといっても、あいつのパワーは相当の筈。それを腹筋だけで……」

 

 ラウラが呆然と言葉を漏らす。

『とんでもない強さ』…… 弾の言っていたこの言葉に偽りや誇張など無かった。

いや、恐らく当の弾さえも、勇儀がこれほどまでに強靭な肉体を持っていた事など想像してなかったであろう……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ハッハッハッ!!随分器用になったじゃないか!!

……だが、まだ力不足だ。言った筈だ、『外の世界の時みたく甘くない』ってな。

その程度じゃ、私の身体に傷一つづけるどころか、仰け反らす事も出来ないよ!」

 

「ち、畜生……まだだぁっ!!」

 

 痛めた手を押さえながら、弾は再び身構え勇儀に飛び掛る。

 

「まだやる気かい?」

 

「当たり前だ!俺だって腹括ってこの合宿に参加したんだ!どこまでだって足掻いてやらぁっ!!」

 

 ダメージを受けても尚、弾の目は闘志に燃えていた。

最後の足掻きとばかりに杯を直接狙って攻撃を繰り返す。

しかし、その攻撃も全て見切られ、やがて受け止められてしまう。

 

「その意気と覚悟は及第点だ。成長したな、弹。

これからお前が更に成長する事を期待しての餞別だ。しっかり受け止めな!!」

 

「うぉぉぉっ!?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、勇儀は掴んだ弾の腕を大きく振り上げ、弾の身体を軽々と放り投げた。

そして、腰を落として左腕を構え、落下してきた弾目掛けて一気に振るう!!

 

「ガアアッ!!?」

 

 勇儀からの餞別(ラリアット)を身体に受け、弾の身体は吹っ飛ばされ、地を転がったのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「う、嘘でしょう?こ、これが……」

 

「鬼の、力なのか?」

 

「ちょ、ちょっと弾、大丈夫!?」

 

 ぶっ飛ばされ、ピクピクと痙攣する弾に戦慄する代償候補生たち。

そんな彼女達を見ながら勇儀と萃香は余裕綽々といった笑みをうかべている。

 

「さーて、次は私だよ。誰が相手になる?」

 

「わ、私が行きます!」

 

「なら、その次は私だ!私も弾に負けてられない!!」

 

 だが、戦慄こそすれど、彼女達の目に諦めの色など無かった。

死力を尽くした弾に続くべく、簪が萃香の対戦相手に名乗り出る。

そして、そこから他のメンバーも次々と闘志を燃やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 これより数十分後、簪達8人が満身創痍となって地面に転がる事になるのは言うまでもない。

だが、8人の誰一人として、勇儀と萃香を失望させる事はなかった。

 

「全員見込み有りだ。今日は美味い酒が飲めそうだよ!」




次回予告

 基礎実力テストを終え、武術部メンバーは早速基礎訓練の初歩となる魔力・霊力こ手解きを受ける事になる。
一方、外界の更識家にて、楯無は晴美に言われた言葉を思い返しつつも、魔理沙への雪辱を果たすべく、ひたすら特訓に明け暮れていた。

次回「魔力を感じ取れ!」

魔理沙「初歩とはいえ、最初の内はめちゃくちゃ疲れやすいから、気をつけろよ」

千冬「私は4日程かかったがな」

楯無「ココにいると、あの時の事が頭の中に鮮明に浮かんでくるのよ」


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魔力を感じ取れ!!

「 はい、終わったわよ」

 

「凄い、本当に身体が……」

 

 弾を始めとした8名が勇儀と萃香に見事に倒された後、8人はアリスと魔理沙による治療(回復魔法、魔法薬etc)を受け、全員無事に回復したのだった。

 

「さてと、全員回復したし、早速能力を発現させてみるか」

 

「能力って魔理沙達が使ってる魔力とかの事?」

 

「ああ。これからお前達にはその適性検査を受けてもらうぜ。

まぁ、早い話が気質が魔力か霊力かの違いを知る訳だぜ」

 

 魔理沙からの説明を受け、シャルロットを除く全員の顔に緊張が走る。

やはりいざ特訓開始となると“自分に一夏や魔理沙達が持っている力があるのだろうか?” という不安が湧いてくる。

 

「心配ないよ。魔力や霊力みたいな力は誰でも持ってるんだ。

気質によって力の性質が霊力か魔力か分かれるだけで、生き物が内在的に持ってるって事に変わりはないんだから。ほら、こんな風に……」

 

 皆を安心させるように一足先に幻想郷を経験し続けたシャルロットが前に出て左手の人差し指に魔力を集中させる。

集められた魔力はきれいなオレンジ色の球体となり、シャルロットはそれを上空目掛けて発射してみせた。

 

「凄い……修行すれば出来るようになるの?」

 

「勿論。もっと凄い事だって出来るよ」

 

 鈴音からの問いにシャルロットは笑顔で答える。

その返答に鈴音達の不安は多少和らぎ、改めてこれからの基礎訓練への意欲を高めていった。

 

「さて、まずは全員に自分の魔(霊)力を感じ取って外に出す事から始めるぜ。

皆には俺達が魔力や霊力を放つから、それを感じ取って防御しろ」

 

「え?それって危険なんじゃ……」

 

「問題ない。精神的にキツイが、一夏達に悪意が無い限り危険は無い。

例えるなら目に見えるプレッシャーを受けて、それを防御できるようになるための訓練だ」

 

 いきなりの攻撃宣言にも近い一夏の台詞に顔を引き攣らせる真耶。

そんな真耶に千冬は補足・説明し、彼女を落ち著かせる。

 

「それじゃ始めるぞ。皆、俺と早苗姉ちゃんの前に一列に並んでくれ。

シャルはもう出来るだろうけど、皆の手本役として一緒に並んでれ」

 

「分かった!」

 

 一夏の言葉に従い、一列に並ぶ弾達。

8人を前に一夏と早苗は立ち、真剣な表情で向かい合う。

 

「皆、準備は良い?」

 

「じゃあ、行くぞ!!」

 

 そして、二人が目を見開くと同時に魔力と霊力が8人目掛けて放たれた。

 

『ーーーーーっ!!?!?』

 

 自分達に放たれた魔力と霊カの波動……その表現の出来ないが、巨大なプレッシャーにシャルロットを除くメンバーの表情が驚愕と戦慄に変わる。

 

(な、何だ?何なんだよこれ!?)

 

(何てプレッシャーなの……!!)

 

(ま、まるで全身の急所という急所を一度に見えない力で鷲掴みにされたような……)

 

(立っているだけで精一杯……少しでも力を抜いたら、それだけで気を失ってしまう)

 

(こ、これが一夏さん達の持つカ)

 

(に、こんなのどうやって防げばいいんですかぁ〜〜〜〜!?)

 

(防ぐどころか、耐える事だって出来ないわよ!)

 

「皆しっかりして!!」

 

 全身に襲い掛かる波動に、弾達はただただ圧倒される事しか出来ない。

だが、そんな7人をシャルロットが一喝する。

 

「最初は耐えるだけで良いよ。逃げずに立ち続けることを第一に考えて!」

 

 平然と、とはいかずとも他のメンバーより遥かにダメージの少ないシャルロットは皆に言い聞かせるような大声を上げながら、一歩前に出る。

 

「まず耐えて、それからゆっくりで良いからイメージするんだ。自分の身を自分の中にあるエネルギーで攻撃を防ぐ姿を!!こんな風に……」

 

 全身に力を込めながら、シャルロットは目を閉じて魔力を自らの身体を包む様に展開し、一夏達の発する波動からその身を守る。

そして、その姿に感化され、他のメンバーも波動に耐えながら、自分なりにイメージを開始するのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 武術部の合宿が開始される一方で、外界の日本の都内某所に存在する更識家の屋敷では……。

 

「お嬢様一、どこですかー?お嬢様ーー」

 

 屋敷内を歩き回りながら、虚は主である楯無を探す。

先の魔理沙との戦いの後、楯無……いや、刀奈は災難続きだった。

 

 まずは日本·ロシアの両政府からの叱責……仮にも国家代表ともあろうものが超が付く程の有力企業である河城重工の一員とはいえ、1年生の魔理沙相手に惨敗したという事に対する罵倒(叱責)だった。

加えて、学年別トーナメントでのエキシビションマッチにおいて、妹の簪を含む代表候補達が河城重工のメンバー相手に善戦したという事実が刀奈の立場をより一層悪くした。

 

『代表候補の妹があれだけ善戦して、国家代表の君がその様か?』

 

 そう言われた時の楯無の屈辱に満ちた表情は今でもハッキリと覚えている。

そしてもう一つは更識本家からの叱責と処罰だ。

元々炎魔から釘を刺されたにも拘らず。河城重工所属の魔理沙を相手にトラブルを起こしたのだ。

それは炎魔の更識家に対する心象を悪くするには十分なものだ。

 

その処罰として、刀奈には学園卒業までの間、更識家当主の権利の一時凍結処分が言い渡され、当主の名である楯無の名を名乗る事を禁じられた。

 

 

 

 そして、当の刀奈本人は夏休みに入ってから屋敷のトレーニングルームに籠るようになり、一心不乱にトレーニングに取り組むようになった。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、そっちに居た?」

 

「いえ、見つからないわ」

 

 そんな中、突如として刀奈が訓練場から姿を消し、虚は妹の本音と共に屋敷中を探し回っていたが、今だ見つかる気配はない。

 

「どこに行ったのかしら?あ、もしかしたら……」

 

「あ、待ってよ、お姉ちゃん〜〜」

 

 不意に何かを思い出し、虚はある場所へ向かう。

 

「あれ?ココって……」

 

 唐突に走り出した姉を追い、本音がたどり着いた場所……屋敷の敷地内にある別館だった。

そこは、今でこそ殆ど使われていないが、かつては晴美を始めとした天野家が暮らしていた場所であり、幼き頃の刀奈と晴美、そして自分達の遊び場だった。

そして当時の天野家長男が自らが起こしたクーデターの末に射殺され、晴美の両親と姉がその犠牲になり、晴美自身も大怪我を負った忌まわしい場所だ。

 

「……お嬢様!」

 

「あ、虚ちゃん……」

 

 そして、別館内のとある部屋に刀奈の姿はあった。

 

「うっ……この部屋って」

 

「そうよ。天野家の元長兄・天野伸之が死んだ場所よ」

 

 血の染み込んだ壁や床から放たれる悪臭に本音は思わず口元を押さえ、そんな彼女に対し、顔を怒りで歪ませながら刀奈が答える。

 

「お嬢様は訓練で行き詰った時、いつもココに来るのよ。そうですよね?お嬢様……」

 

「そうよ……。ココにいるとあの時の事が頭の中に鮮明に浮かんでくるの。

そうすれば、反吐が出そうになって、また訓練に没頭できるって寸法よ」

 

 忌まわしい記憶を思い出し、拳を堅く握り締める刀奈。

そんな彼女を虚は心配そうに見詰めている

 

「お嬢様、まだ霧雨さんにリベンジを……」

 

「勘違いしないで。別に処罰された事とかを恨んでるわけじゃないし、今更力づくで簪ちゃんを取り戻そう何て思ってないわ。

でも、簪ちゃんがアイツに傾いてるのはムカつくし、気に入らない奴に負けっぱなしなのが嫌なだけよ」

 

 虚の言葉に刀奈は真剣な表情で返し、そのまま踵を返して扉へと歩き出す。

 

「心配掛けてごめんね。そろそろ訓練場に戻るわ」

 

「あ、あの!」

 

 部屋を去ろうとする刀奈だったが、不意に本音が彼女を呼び止めた。

 

「何?本音ちゃん……」

 

「あの……私、やっぱりかんちゃんともう一回、ちゃんと話し合ったほうがいいと思うんです。

だから、その……河城重工に行って、かんちゃんと会う事って出来ないんですか?」

 

『は?』

 

 本音からの思わぬ提案に刀奈と虚は揃って間の抜けた声を出す。

 

「あ、あのね本音ちゃん。炎魔から河城重工に探りを入れるなって釘を刺されてるから、接触するのは 」

 

「だから、探りを入れるのが駄目なんでしょ?関わる事自体は駄目って言われたわけじゃないし」

 

「あ……」

 

 本音の言葉に刀奈は思わずハッとする。

 

「色々と言われたりはすると思うんだけど、かんちゃんとの面会ぐらいは大丈夫だと思うんです。……駄目、ですか?」

 

「い、いえ 確かにそうよ。接触自体が禁止されているのなら簪ちゃんだって、とっくに武術部から切り離されている訳だから」

 

 本音の言葉に刀奈の表情は徐々に喜色が浮かび始める。

 

「虚ちゃん来て!すぐに手続きするわ!」

 

「ちょっ、待ってください!まだ溜まってる仕事があるんですから!」

 

 刀奈と虚は急して部屋を出て屋敷の本館へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 主と姉が出て行く姿を見届け、本音はポケットから携帯電話を取り出し、ある人物へ電話をかける。

 

「あ、もしもし本音です。

はい、上手く行きました。近い内にそっちに行く事になると思います」

 

 普段ののんびりとした様子とは打って変わり、本音は真剣な面持ちでその人物と会話する。

 

『そう。手間かけたわね。こっちに来たら色々と大変になるだろうけど、頼んだわよ』

 

「はい。……これでお嬢様とかんちゃん、仲直りできるかな?」

 

『後は二人次第よ。けど、お膳立てはしてやらないとね。

そうしなきゃ、いつまで経っても意地の張り合いよ。本当、変な所で似たもの姉妹なんだから……』

 

「それは、うん……確かに」

 

 通話相手の言葉に本音は思わず苦笑いしてしまう。

刀奈と簪……対照的な二人だが、根本的に負けず嫌いで譲れなものに対する意地の強さはそっくりだ。

そういう所を見るとやはり二人は姉妹なんだなと思う。

 

『こっちに来た後は私が何とかする。それまで頼んだぞ、本音』

 

「うん、任せて。晴美お姉ちゃん!」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ぬぐぐぐ!!」

 

「うぎぎぎ!!」

 

 場面は幻想郷へと戻り、特訓開始から約5〜6時間。

7人はこれまで、ダウンを何度か繰り返しつつも、特訓を続けていた。

そして、長々と続く訓觫の中、遂に動きがあった。

 

(思い出せ、思い出すんだ!あの時を!!)

 

(忌まわしいが、あの時に一時的に得たあのカを思い出すんだ!!)

 

 最初に動いたのは、箒とラウラだ。

この二人にはある共通点がある。それは、過去に魔力・霊力を身に纏った経験が有る事だ。

ラウラはVTシステムハッキングの際、箒は臨海学校にて彗と分裂する直前、機体の暴走があったとはいえ、その身に魔力・霊力を確かにその身に纏っていた。

二人にとっては忌まわしい記憶だが、今この状況を打破するために必要な力だと言う事を二人は理解していた。

 

(あの力、あのカを自分のものにする事が出来れば……いや、出来なければこの合宿を生き残る事は出来ない!!)

 

(ならば、あの忌むべき記憶だって乗り越えて、あの力を使いこなしてみせる!!)

 

「ダアァァァァ!!!!」

 

「グウゥゥゥゥッ!!!!」

 

 そして、二人が全身に力を入れて叫んだ瞬間、二人の身体は光を発した。

箒は薄紅色の霊気、ラウラは銀色の魔力……それぞれが美しい光を放ち、一夏達から発せられる波動を見事に防いだ。

 

「で、出来た!出来たぞ!!」

 

「こ、これが私の魔力(ちから)なのか?」

 

 自分の内から発せられた力に驚く二人。

そして、初の成功者が出た事で、他のメンバーにもそれが伝播する。

 

「わ、私だって……こんのぉぉっ!!!!」

 

「くっ……クソがぁぁーーーーっ!!!!」

 

 続いて覚醒したのは鈴音と弾。

鈴音は赤、弾は黄色の霊気だ。

 

「ぐ、ぐ……ハァァァァッ!!!!」

 

「グウゥゥゥゥッ!!!!」

 

 更に簪は水色、セシリアは蒼色の魔力に覚醒してそれに続く!!

 

「わ、私だけまだ……くうぅぅぅぅっ!!!!」

 

 生徒達に先を越され、焦りと悔しさが混じった唸り声を上げたと同時に、真耶の身体も他のメンバーと同様に光り輝く。

そしてその光は緑色の魔力となって彼女の身体を包み込んだ。

 

「で、出来た……私にも出来た!!」

 

 そして真耶の覚醒を以って全員が魔力・霊力に目覚め、合宿第1の試練を見事全員が突破に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼェ、ゼェ……霊カ使うってこんなに疲れるの?」

 

「ど、同感だ……これで初歩なのかよ?」

 

 一夏と早苗によるプレッシャーから開放され、7人は全員その場に精根尽き果てたように倒れ込み、息を荒げる。

 

「全員上手く行ったな。これからしばらくは毎朝この訓練を続けるぜ。

初歩とはいえ、最初の内はめちゃくちゃ疲れやすいから、気をつけろよ。

まぁ、でも安心しろ。何日か続けていれば身体が力の扱いに慣れて、後は簡単に出来るようになる」

 

「ああ、ちなみに私は4日程かかったがな」

 

 7人を励ますように言う魔理沙と千冬。だが……

 

「え?ボク、3日で慣れたけど… 」

 

「え…………?」

 

 シャルロットの思わぬ一言に、千冬は少し凹んでしまったのだった……。

ちなみに、一夏の記録は1日半だったりする。

 

「さて、今日は晩飯の時間まで基本の反復練習。明日からはそれに加えて個別訓練に入るぞ。

(俺と千冬姉も、鍛え直さないといけないからな…… )」

 

 一夏の言葉で締めくくられ、この日の8人は再び気を引き締め、訓錬に励むのだった。

 

 




次回予告
全員が霊力・魔力に目覚め、メンバー全員はそれぞれ個別の修行に入る。
幻想郷各地において、それぞれ師匠となる者と共にマンツーマンで行われる訓練は、
どのような結果を齎すのか?

次回『修行開始!!』

簪ラウラ((し、師匠同士の因縁に巻き込まないで……))

?「私に一撃でも当てる事 それが第一関門です」

?「狙いも連射も甘過ぎんのよ!」

?「アタイの方が姉弟子だからな!」

?「最初に一つ、詫びなければいけない事があります」

?「まずは魂を安定させましょう」

真耶「えっと 私は、どこに行けば ?」


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修行開始!!

明けましておめでとうございます。
今年初の投稿です。


「3……2……1……0 !よーし、ここまでだ!」

 

合宿二日目

 

 時刻は朝の7時半。

早朝5時に起床した合宿メンバー、加えて今日から本格的に合宿に加わった一夏と千冬は前日に行った魔(霊)力特訓を1時間、更に30分の休憩を挟んで基礎体力作りと筋カトレーニングを合わせて1時間行った。

 

「ゼェ、ゼェ……。

な、何でアンタ達姉弟は息一つ乱れてないのよ?」

 

「ぐ、軍の訓練でもココまで疲れた事は無いぞ……」

 

 早朝からハードなメニューをこなし、一夏と千冬を除く全員がヘトヘトになって地に座り

込む。

 

「皆さーん、食事が出来ましたよ〜〜!」

 

 そんな中、下宿先の命蓮寺から門下である山彦の妖怪・幽谷響子の大声が広場に響く。

 

「飯(ご飯)っ!!』

 

 当然ながらハードなスケジュールをこなしてきたメンバーは空腹な訳で、『食事』の一言に過剰反応し、皆我先にと室内へと駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

「ガッ…ガツ……ガツ!」

 

「はむっ……はむっ……!」

 

「ングッ…ングッ……ぷはぁ〜〜〜〜っ!!」

 

 テーブルの中央に山積みにされた白蓮お手製のおにぎり、村紗の作った味噌汁、一輪が漬け込んだ漬物、星が淹れたほうじ茶を囲み、メンバーは凄い勢いで食す。

 

「ハグッ……塩が良く効いて美味いな。具も色々とあるから飽きが来ない」

 

「お粗末さまです」

 

 ちなみに、おにぎりの具は鮭、梅干、おかか、昆布、高菜、明太、焼肉など多数である。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 そして、朝食後再び広場に集まったメンバーは

……。

 

「よし、これからは個別訓練に入る。各自、前もって渡した地図に書かれた場所に行ってくれ。

そこで、それぞれに宛がわれた専属の教官が待っている」

 

 千冬から受け取った地図に従い、メンバーはそれぞれ、師匠となる存在の元へと向かう。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《五反田弾の場合》

 

「えーっと、ココ……だよな?」

 

 紅魔館近くの霧の湖の湖畔に設置されたテントを前に弾は怪訝な表情を浮かべるが……。

 

「ん?」

 

 不意に、弾はテントの裏手から聞こえる物音を捉え、そちらへと足を運ぶが……。

 

「どりゃああ!!」

 

「良い浴びせ蹴りだ!俺が教えた通りに使いこなせてるじゃねぇか。

だが、まだまだ遅いぜ!!」

 

「ひでぶっ!?」

 

 そこには、額にバンテージを巻いたオッサンと氷の羽根を生やした少女が格闘している光景があった。

 

(何なんだ、この光景……?)

 

「ん?おぉ!お前か、俺の担当する奴ってのは?」

 

 男は弾の存在に気づき、少女との組み手を中断して弾へと近づく。

 

「は、はい!五反田弾です。よろしくお願いします!」

 

「おう!俺は高原日勝、格闘家だ」

 

(え?高原日勝って あの勇儀さんとタイマン張って互角に渡り合ったっていう……)

 

 高原からの自己紹介に弾は以前に訓練生仲間から聞いた噂を思い出し、唖然とする。

 

「で、今そこで倒れてるのがチルノ。少し前に俺に挑戦して負けたから弟子になった妖精だ」

 

 唖然とする弾に高原は倒れて悔しそうに唸っているチルノを指差す。

 

「ま、これから二人纏めて面倒見てやるから、よろしく頼むぜ!」

 

「お、押忍!!」

 

 高原の豪快な笑みを浮かべた挨拶に、弾はやや戸惑いながらもしっかりと返事をしたのだった。

 

 

 

 

「おい、お前!」

 

「ん?」

 

 そんな中、いつの間にか復活したチルノは弾に近寄り声を掛けた。

 

「アタイの名はチルノ!一夏も霊夢も高原のおっちゃんも超えて最強になる妖精だ!

あと、アタイの方が姉弟子だからな!よく覚えとけ!!」

 

(何抜かしてんだ、このチビは?)

 

 この奇妙な組み合わせに、弾は一抹の不安を覚えたのだった。

 

 

 

五反田弾

 

師匠・高原日勝

姉弟子・チルノ

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《セシリア・オルコットの場合》

 

 セシリアが地図に従いやって来た場所は、人里から離れた場所にある未開地の草原地帯だった。

 

「来たわね。待ってたわ」

 

「あなた達は、合宿の時の……」

 

 セシリアを待っていた人物……それは以前、臨海学校での事件の際に助けられた炎魔所属の少女、天野晴美と神埼ジンヤの二人組だった。

 

「ジンヤの方は、幻想郷(ココ)の説明の時に自己紹介してるから知ってるだろうけど、私は名乗ってなかったわね?

炎魔所属の天野晴美よ。

アンタの指導は私が担当するわ。で、ジンヤはそのアシスタントね。ま、これからよろしく」

 

「は、はい!よろしくお願いします!」

 

「早速で悪いけど、アンタの射撃の腕を見せてもらうわ。ジンヤ、アレを」

 

 挨拶もそこそこに晴美はジンヤに指示し、大型のケースからあるものを取り出す。

 

「……ドローン?」

 

 セシリアが疑問符を浮かべるのを余所にジンヤは取り出したドローンを起動させ、それを空中に飛ばす。

 

「今からISのライフルでアレを狙撃してみせなさい。

ただし、ハイパーセンサーは無しで」

 

「……解りましたわ」

 

 ある程度ドローンが離れたところで、晴美は指示を出す。

晴美の意図は解かりかねるものの、セシリは指示に従ってブルーティアーズを身に纏い、スターライトmk-Ⅲを展開して、ドローンに狙いを定める。

 

(センサー無しでというのは少々難しいですが、これくらいなら……! )

 

 狙いを定め、動き回るドローンを狙い撃つセシリア。

流石に一発二発程度では当たらなかったが、数発程撃った所でレーザーがドローンのプロペラに命中し、落としてみせた。

 

「ケッ!話にもならない豆鉄砲ね!」

 

「んなっ!?」

 

 セシリアの射撃を眺めながら、唐突に晴美は下品な口調で悪態を吐いた。

 

「い、いきなり何を言うのですか!?」

 

「あー、ごめん。晴美は銃の事になると普段以上に毒舌だから」

 

 いきなり罵倒され慟既するセシリアにジンヤはフォローに入る。

一方、晴美はそんな事にお構い無しに腰のホルスターに下げられた二丁の拳銃を取り出す。

 

「ジンヤ、もう一回ドローン飛ばして。残りの分全部」

 

「了解」

 

 晴美の指示に従い、ジンヤによって残りのドローン12機が次々に飛ばされていく。

そしてセシリアが狙撃した時と同じ距離になった時、晴美は両手の拳銃を静かに構える。

 

「狙いも連射も甘過ぎんのよ!そんなんじゃ、これから先の戦いであっけなく死ぬわよ。

せめてこれくらい出来るようにならないとね ……!」

 

(え?ま、まさかハンドガンで、しかも生身でアレを!?)

 

 セシリアが目を見開いたその刹那、晴美の銃が連続して火を吹き、瞬く間に発射された多数の弾丸、それらが一発の無駄も無くドローンの中心を撃ち抜き、12機ものドローンは一斉に地に落ちた。

ISも装備せず、ライフルより射程のはるかに短いハンドガンにも関わらず完璧な狙擊、 更には自身の遥か上を行く常識はずれの連射にセシリアは開いた口がふさがらず、呆然と立ち尽くす。

 

「ま、ざっとこんなもんだけど、私に教わる事に何か文句ある?」

 

「ありません……御見それしましたわ」

 

 

 

セシリア・オルコット

 

師匠・天野晴美

アシスタント・神埼ジンヤ

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《更識簪&ラウラ·ボーデヴィッヒの場合》

 

「この竹林、だよね?」

 

「うむ……」

 

 奇しくも渡された地図の行き先が同じ迷いの竹林入り口だった簪とラウラ。

だが、入り口まで来たのは良いものの、自分達の担当者の姿が見えない事に首を傾げる。

 

「ん?おい、簪……。アレを見ろ」

 

「……光?」

 

 竹林の奥から見える赤い光、それに導かれるように竹林に入る二人。

 

「くたばれ!この蓬莱クソバカ姫が!!」

 

「あんたが死になさいよ!アホバカぼっちが!!」

 

 そこでは、二人の女がガチバトルの真っ只中だった。

 

「「これで最後d…『いい加減にしなさい!』うぎゃっ! ?」」

 

 二人がお互いの顔面をその拳に捉えた時、どこからか飛んできた二本の矢が二人の尻を射抜いた。

 

「まったくもう、やっぱり姫様だけに出迎えに行かせるべきではなかったわ」

 

 矢を射ったその人物……八意永淋は部下の鈴仙とてゐを引き連れて現れる。

そして、矢(痺れ薬付加)で射られて地に伏せて痙攣する二人……蓬莱山輝夜と藤原妹紅を見下ろし、頭を抱えながらそう呟いたのだった。

 

 

 

 

「……と、言うわけで、ラウラさんは私達の永遠亭に、簪さんは妹紅さんの下へ行ってもらう事になります」

 

 妹紅と輝夜を強制的に落ち着かせた後、永淋から説明を受け、簪とラウラは漸く自分の担当者が誰か理解するのだった。

 

「ラウラだったかしら?これからよろしくね。

ま、大船に乗った気でいなさい。私達が鍛えるからにはどこぞのアホバカ案内人から指導受けるより遥かに強くなれるから」

 

「簪って言ったな。

安心しろ。私がきっちり鍛え上げてやる。どっかのクソボケ姫の駄目指導なんか目じゃなからな!」

 

((し、師匠同士の因縁に巻き込まないで……))

 

 未だ二人のケンカ腰は収まらないままだが……。

 

「ラウラ……私達、ずっと友達でいようね」

 

「ああ、私達はずっと友達だ簪……」

 

 簪とラウラ……二人の新密度が大幅に上がった。

 

 

 

更識簪

 

師匠・藤原妹紅

 

 

 

ラウラ・ホーデヴィッヒ

 

師匠・永遠亭メンバー

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《篠ノ之箒の場合》

 

「い、石畳の下にこんな場所が?」

 

「うむ、ココが我らの修行地、神霊廟じゃ!」

 

 地図に従い、博麗神社へとやって来た箒は、そこで待ち構えていた尸解仙の少女・物部布都に連れられ、神社の石畳から神霊廟へと入っていた。

そこで待っていたのは獣耳のように二つに尖った金髪に、耳当てを着用した少女だった。

 

「お待ちしていました。篠ノ之箒さん。

私は豊聡耳神子。この神霊廟の長だ」

 

「は、はじめまして。篠ノ之箒です。今回はよろしくお願いします!」

 

 どことなく感じる風格に、箒は深々と神子に頭を下げる。

 

「話は布都達から聞いている。……君の身体の事を含めてね」

 

「……」

 

 神子の言葉に箒は表情を顰める。

分裂する以前の自分、そして分裂したもう一人の自分……どちらも自分の醜い面を思い出させる存在だ。

 

「君の身体は魂が分裂してしまった事で不安定だ。

まずは魂を安定させましょう」

 

 

 

篠ノ之箒

師匠・豊聡耳神子

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《シャルロット·ビュセールの場合》

 

「ハァ、ハァ……ぜ、全然当たらない。

まるで全て見透かされてるみたいだ……」

 

「その通りです。これが私の【心を読む程度の動力】。

アナタの考えは全て読めています」

 

 地底に聳え立つ館『地霊殿』の庭にて、シャルロットは館の主、古明地さとりに出迎えられ、到着早々彼女との組み手を指示されたのだが、遠距離から弾幕を撃っても、接近して格闘戦に持ち込んでも一撃与える事すら出来ずにただただ体力を消耗するのみだった。

 

「アナタの強みは豊富な手数だと聞きましたが、当たらなければ何の意味もありません。

今は生身だけですが、仮にISでアナタが得意とする高速切替(ラピッドスイッチ)を用いたとしても、私は全て避けてみせる自信があります。

まずは私に一撃でも当てる事……それが第一関門です」

 

 

 

シャルロット・ビュセール

 

師匠・古明地さとり

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《山田真耶の場合》

 

「えっと……私は、どこに行けば?」

 

 参加者の中で唯一地図を渡されなかった真耶は困惑しながら、その場に立ち竦む。

 

「真耶、お主はココで儂と実戦形式で修行じゃ。

お主は他の者と違って既に戦闘スタイルが完成されとるからの。

後は基礎を鍛え、地力を徹底的に底上げするだけじゃ」

 

「は、はい!」

 

山田真耶

 

師匠・ニッ岩マミゾウ

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

《鳳鈴音の場合》

 

「ココが、紅魔館……。本当に真っ赤なのね」

 

 鈴音は目の前に聳え立つ紅魔館の外観に鈴音は圧倒されていた。

 

「待ってましたよ、鈴音さん!」

 

 門の前で待っていたのは、紅魔館の門番で鈴音にとっても合宿前からの師匠格である紅美鈴だ。

 

「やっぱり私の担当って美鈴さんだったんだ」

 

「はい……ですが最初に一つ、修行の前に、詫びなければいけない事があります」

 

「え?」

 

 突然すぎる『詫び』の言葉に呆然とする鈴音。

そんな彼女に美鈴は深々と頭を下げる。

 

「改めて自己紹介します。私は心山拳門弟、紅美鈴。

今から約300年前の心山拳師範 アナタのご先祖様に当たるレイ・クウゴの弟子です!」

 

「は?は、はいぃぃ〜〜〜〜〜っ!?

い、今、何て?……私が、美鈴さんの師匠の?」

 

「私も知ったのは学年別トーナメントの後でした。

知らぬ事とはいえ、大恩ある師匠の血を引くアナタへのこれまでの無礼の数々、深くお詫びします」

 

 いきなりの爆弾発言に鈴音は盛大に混乱する。

それを余所に美鈴は鈴音に対し、頭を下げ続けている。

 

「鈴さん、私はアナタに私の持つ心山拳の技全てを伝えたい。

ご指導、受けていただけますか?」

 

「あ、うん。それは勿論……。

これからもよろしくお願いします……。

あ、あと変に肩肘張らなくていいから……」

 

 若干変な方向に話が行きつつも、二人の師弟関係は無事継続となったのだった。

 

 

 

鳳鈴音

 

師匠・紅美鈴

 

 




次回予告

 簪達学園組が修行を開始する中、一夏と千冬もまた、命蓮寺で白蓮指導の下、己を鍛え直す修行を開始する。
新たな修行で二人は何を得るのか?
そして、血縁上とはいえ、実の父と敵対する事になった一夏は何を思うのか?

次回『父を追って』

白蓮「普通に伯母さんと呼んでくれても構いませんよ」

一夏「いや、姉と見た目年齢が変わらない人を伯母さんと呼ぶのはちょっと……」


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父を追って……

4ヶ月ぶりに俺、復活!!
長いことパチンコと学校であった怖い話にかまけてしまい、更新サボってすいませんでした!!


 弾達が各々の師匠の下へ向かった後、一夏と千冬は命蓮寺に残り命蓮寺の面々指導の下、自分達の修行を開始していた。

 

「フンッ!ぬぐぐ……!!」

 

「そう、その状態を維持するのです。長く続ければ続けるほど魔力量と体力

が鍛えられます」

 

一夏は自身のスタミナと魔力を徹底的に底上げする為に常に魔力を全力で出し続ける状態を維持し続け……

 

「千冬さん!また魔力が漏れてますよ!もっと全体に気を配って!」

 

「う、うむ……こうか?」

 

 千冬は自身の苦手分野であった魔力の微細なコントロール技術を磨く。

 

それぞれ体力の底上げと弱点克服に励むという、スタンダードな修行。

最初の1日はこれをメインに行って身体を慣らし、明日から更に厳しい修行を追加する予定だ。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 織斑姉弟の修行が開始される中、他のメンバーも各々の師匠の下、独自の修行を開始していた。

まず、一夏を除けば唯一の男性メンバーである弾は……。

 

「よし!坊主……弾って言ったな?

早速質問だが、お前素手で戦う時は手技と足技どっちが得意だ?」

 

「へ?べ、別にどっちでも大丈夫ですけど……どっちかって言えば手技、かな?」

 

 師匠である高原日勝からの突然の質問に疑問符を浮かべながらも弾は答える。

弾は基本的に武器を使った戦いを得意としている。

IS戦である以上それは当たり前だが、弾の場合はどんな武器でも(特殊なものでない限りは)早々に習熟して使いこなす事が出来るのだ。

物を使う器用さという点で言えば一夏や咲夜以上の才能だろう。

一方で素手での戦闘も勇儀と萃香との組み手の繰り返しでそれ相応に対応できるようになっている。

 

「手技か。よし、なら決まりだな」

 

「?」

 

 何かを決したよう高原は弾と距離を取って向き合う。

 

「お前に教えてやるのは一つ、見切りだ。

お前は俺と同じで相手の技を真似て盗むのが才能があるって聞いた。

だが、戦ってる内に技を盗むのには時間が掛かりすぎる」

 

「う……」

 

 身に覚えのある指摘に弾は言葉を詰まらせる。

思い出すのはトーナメントでの対セシリア戦。

彼女の偏向射撃(フレキシブル)を見切り、それを元にメタルブレードでの変則投法を編み出した弾だが、試合結果自体は引き分け。

反撃に転じるまでが長く、かなりSEを削られて漸くセシリアの動きを見切って反撃する事が出来たのだ。

もしもあの時に、もっと早く見切れていたらと思った事は一度や二度じゃない。

 

「俺と組み手をやって動きを見切ってみろ。

俺が使う手技を一つでも見切って盗めたら次の修行に進めてやる」

 

「押忍!」

 

 高原の意図を汲み取り、弾は威勢良く返事を返し、自らも構える。

 

「よーし!チルノ、開始の合図頼むぜ!」

 

「OK!じゃあ行くよ!よーい、始め!!

(へへん!天才のアタイが覚えるのに5日かかった高原のオッちゃんの技だ。

弾って奴がどれ程のもんか知らないけど、最低でも一週間以上は掛かるのは確実だね!

アイツが苦労して覚えたらアタイの記録を教えて姉弟子の威厳を見せ付けてやる!)」

 

 チルノの合図と共に始まる二人の組み手。

他方でちょっと邪な事を考えるチルノ……だったのだが、

弾はこれから4日程で高原の技を覚える事になるのを彼女まだ知らない。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「(……そろそろ夕暮れですね。良い頃合でしょう。)

一夏さん、一旦修行はココまでにしましょう。」

 

 一夏が修行を開始して5時間近くが経過し、日も暮れてきた頃、白蓮は一夏の修行を制止し、二人に近付く。

 

「ハァ、ハァ……もう終わりですか?

確かに疲れはあるけど、俺はまだやれます!」

 

 体力的な余裕か、はたまた束の強さへの焦りか一夏は続行の意思を見せるが、白蓮は首を横に振る。

 

「これ以上は却って負担になります。

それに、これから貴方に特殊な修行を施すので、体力は残してもらわねばなりません」

 

「特殊な、修行?」

 

 白蓮の言葉に一夏は怪訝な表情を浮かべる。

 

「早速ですが、これを着てください。」

 

 そう言って白蓮が取り出したのは1枚の表面に文字のような模様が細かく刻まれた黒いTシャツだった。

 

「これは?」

 

「今回の修行用に作ってみたものです。試作ではありますが、貴方なら恐らく問題ないでしょう」

 

「へぇ、それじゃ早速……」

 

 白蓮の言葉に納得し、一夏はそのシャツに袖を通す。

着てみた感じは、ごく普通のTシャツと同じものであり、これが一体修行にどう関係するのかと一夏は首を傾げる。

 

「では、失礼して、…………絶ッ!」

 

「ん?……うおぉぉっ!?」

 

 白蓮によって流し込まれた魔力にシャツの文字が一瞬光り、それと同時に一夏は突然地面に倒れ伏した。

 

「な、何だこれ!?お、重い……!」

 

 全身にかかる大きな重力に身動きが取れなくなり、何とか立ち上がろうとするも身体はまったく動かない。

 

「私が封印されていた頃に使われた封印術と道具を基にして、私と魅魔さんとで作った特殊な法衣です。

魔力や霊力などのあらゆる力を押さえ込み、肉体は動けなくなります。

この状態から脱するには封印を上回る魔力を身に纏って、封印の力を中和せねばなりません」

 

「ぬぎぎ……こ、こうか!?」

 

 白蓮の説明に従い、一夏は全身に纏う魔力を高めていく。

すると、今まで身体に掛かっていた重力が弱まり、一夏の肉体は拘束から開放された。

 

「どうやら完成度は申し分ないようですね。

まず今日はこれを着たまま生活、明日からは修行もそれを着たまま行います」

 

「な、なるほど……常時修行になって力を付けられるって訳か」

 

「はい、千冬さんや他の方にも、調整を終えたら順次配っていく予定です」

 

 白蓮の説明を余所に、既に一夏は立ち上がって身体を動かし始める。

 

「これなら命蓮(アイツ)のスピードにも着いて行けるように……あ」

 

 思わず口に出してから一夏は“しまった”と後悔する。

 

「…………」

 

 目柄の前には悲しげな表情を浮かべる白蓮。

そうだった、自分が戦うべき相手の一人は白蓮の実の弟であり、更には血縁上は自分の実の父親なのだ。

 

(正直、実感なんて無いけど……)

 

 一夏にとって、これまで家族は千冬だけだった。

そんな中で血縁だけの関係とはいえ、突然現れて敵に回った存在が父と知り、当然戸惑いはあったが、感情は思いの外変化しなかった。

だが、白蓮は違う。父が生前の頃から彼を愛し続けた彼女にとって、今回の事件は彼女の心に大きく傷をつけるものだ。

 

「すいません、無神経でした……」

 

「いえ、良いんです。それに、あの者達に操られるのは命蓮にとっても苦痛でしょうから……」

 

 一夏からの謝罪を白蓮は首を横に振って受け流す。

 

「あ、あの……時間があるなら、教えてもらえませんか?

命蓮……俺の父さんに当たる人がどんな人だったか?」

 

「ええ。良いですよ」

 

 重い雰囲気を変えようと一夏が発した言葉に白蓮は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 

そして、一夏は知る事になる……己が父、聖命蓮という男を。

 

 

 

 

 

「ところで、一夏さん」

 

「何です?」

 

「私の事は普通に伯母さんと呼んでくれても構いませんよ」

 

「いや、姉と見た目年齢が変わらない人を伯母さんと呼ぶのはちょっと……」

 

 なお、白蓮は既に一夏を甥っ子として見ているようである。

 

 

 

 




次回予告

白蓮の口から語られる伝説の大僧侶・聖命蓮。
彼の生前の活躍、そして嘗て唯一交わした言葉に一夏は……。

次回『幕間~聖命蓮という男~』

一夏「白蓮さん、もしかして……」

白蓮「ええ、愛していました。
……いえ、今でも愛しています」




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幕間〜聖命蓮という男〜

今回は独自設定多いです。


「さて、どこから話しましょうか……。

私と命蓮は今で言う平安時代の後期に信貴山の小さな山村で生まれました」

 

縁側に一夏と並んで腰掛け、白蓮は幼き日の思い出を振り返り、語り始める。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

昔、まだ日本に霊力や妖怪などの類が一般的に認知されていた時代。

私が3歳の頃に命蓮が生まれ、しばらくの間は両親と共に極々平凡な暮らしをしていました。

ですが、私が10歳、命蓮が7歳の頃、父が流行病で亡くなり、程なくして母も父を失った心労から倒れ、そのまま帰らぬ人になってしまいました。

両親を失った私達姉弟は他に身寄りも無く地元の寺院に引き取られ、其処の住職様に育てられる事になり、仏門に入りました。

 

 

 

入門した当初から、命蓮は法力に対して凄ましいほどの才覚を見せ、加えて命蓮自身の勤勉さと真面目さもあって僅かな年月で様々な法術を修め、元服を迎えた15歳の頃には、住職様はおろか都の大僧正様でさえ上回るほどの法力を有していました。

大僧正様からは都へ来て自身の後継者にならないかという誘いを受けた命蓮でしたが、彼は『その力をより多くの人を救うために使いたい』と言ってそれを断り、やがて日本全土を旅して回るようになりました。

それから命蓮は多くの人を救い、時に悪人や悪い妖怪を懲らしめ、いつしか伝説とまで称される僧侶へとなっていったのです……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

白蓮の口から語られる命蓮の英雄譚とも言うべき偉業・功績の数々。

身内びいきな表現を込みにしても、どれも伝説と呼ぶに相応しいものたった。

そして、それを語り続けながら徐々に頬を赤く染め、高揚感を増す白蓮の表情に一夏はある事に気付いた。

 

(あれ?白蓮さんの表情(かお)……何か、千冬姉に……?)

 

自分と二人きりの時の千冬に似ている。

それはつまり、姉ではなく女としての表情である。

 

「白蓮さん、もしかして……命蓮、父さんの事を……」

 

「ええ、愛していました。

……いえ、今でも愛しています。弟としても、男性としても。

子供の頃から、それがいけない事と解かっていても、抑えられなかった。

だからせめて、彼の近くに居たくて、仏門に入門したのです」

 

目から一筋の涙を流し、白蓮は己の想いを語ったのだった。

 

(あの人は、俺に『殺してくれ』と言っていた。

だけど、もし助ける事が出来るなら……)

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

その頃、篠ノ之束のラボの片隅で呪符で身体を拘束された一人の男が、床に転がされる。

その傍らで肩で息をする少女……篠ノ之慧は、倒れている命蓮に追い討ちを掛けるように、腹に蹴りを入れる。

 

「お前が!お前が私を裏切ったりしなければ!!

あんな女なんかを選ばなければ!よりにもよって実の姉を選ぶなどと……このクズが!!

死ね!死ねッ!死ねェッ!!」

 

激昂する慧によってサンドバッグの如く殴られる一夏と瓜二つの顔を持つ男、 聖命蓮。

彼が血反吐を吐こうが慧の暴力は留まる所を知らず、慧は命蓮を殴り続ける。

 

「はいはい、慧ちゃん。ストレス発散はそこまでだよ。

それにコイツはいっくんじゃなくて、いっくんのお父さんだから」

 

「っ……姉さん」

 

そんな彼女の肩に手を置いて止める存在、篠ノ之束。

ヘラヘラとした表情ながらも有無を言わせぬ雰囲気に慧は手を止め、やがて舌打ちして部屋を後にする。

 

「束様、無人機(ゴーレム)の量産はほぼ要望通りの数を揃えました。

いつでも戦闘に移行できますが……」

 

「んー、今は良いや。

あ、命蓮(コイツ)の治療と収容お願いね」

 

慧と入れ替わりに入室したクロエからの報告に東は首を横に振りながら命蓮の首根っこを掴んでクロエに引き渡す。

 

「ゴーレムじゃ数揃えても幻想郷相手じゃ戦力不足だからね。

それより、もっと面白い方法、思い付いちゃった。

早速その準備しなきゃね。 ちょっと1〜2週間らい部屋に篭るから、 研究所(ココ)の管理お願いね♪」

 

満面の、しかし同時に邪悪な笑みを浮かべて立ち去る束。

その場にはクロエと、傷だらけの命蓮のみが残された。

 

(何て、恐ろしい女性だ……)

 

呪符で身動きが封じられ、口を利く事すらも出来ない状態で、命蓮は感じ取っていた。

篠ノ之束の内に潜む底知れぬ悪意と禍々しき力に、命蓮はただ戦慄する事しか出来なかった。

 

(誰か、彼女を止めてくれ !

誰でも良い……その為なら、僕を、殺してくれて構わない……。

姉さん、僕の息子……どうか、死なないで)

 

最愛の姉、そしてかつて自分を追い詰めた己が血を引く存在を脳裏に浮かべながら、命蓮は静かに意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ】

 

「そういえば父さんって結婚とかはしてなかったんですか?」

 

「いいえ、女性からはよくモテていましたが命道はその手の事に対して非常に鈍感でして……。

あ、でも……子供の頃、私と一緒にお風呂に入るのを早い内から恥ずかしがるようになっていましたね」

 

「…………俺のシスコンって、もしかして?」

 

一夏のシスコンは父譲りだった。

 




次回予告

各々修行着を身に着け、特訓に励むIS字園メンバー達。
果たしてその結果は?

次回 『レベルアップへの茨道』

ラウラ「クラリッサが言っていた!こういう時は……」

鈴仙「ねえ、アンタって……」


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レベルアップへの茨道(前編)

長々と間が空いてしまった上に短いですが、投稿します。

あと気が付いたら100話目。


 合宿開始5日目。

合宿参加メンバー全員が霊力・魔力のコントロールに無事慣れる事が出来たのを皮切りに、数日前に一夏に渡されたものと同じ修行着(霊・魔力養成ギプス服)が千冬達残りのメンバーに手渡され、それを着用しての修行が開始された。

(なお、修行着は各メンバーの力量に合わせて調整されている)

 

「お、重いぃぃ……」

 

 余談だが、何故かチルノも修行着を貰っていたりする。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

迷いの竹林

 

「オラァッ!!」

 

「ちょっ!?待って!ひ、火って!?」

 

「問答無用だ!」

 

「ぐえぇぇっ!!

熱っっ~~~~!!うぅ……」

 

 結界で仕切られた即席の修行用エリアで簪は妹紅の拳を喰らって悶絶する。

それもただの拳ではない、魔力の……それも火炎妖術による炎を纏った手で放った渾身のパンチだ。

いくら纏った魔力で防御していても熱さと痛みは半端なものではない。

 

「何びびってんだ!お前火に弱い獣か!?今のは十分避けれる程度のパンチだぞ!!

それに熱がる暇があるなら反撃の一つでもしてみろ!!」

 

「う、うぅ……。反撃って言っても、どう反撃すれば良いか……」

 

「そんなのはお前のその薄い胸に手を当てて自分で考えろ!」

 

 殴られた部位を手で押さえ、少し弱音を吐きながらフラフラと立ち上がる簪。

そんな彼女に妹紅の檄が飛ぶ。

 

「…………」

 

 無言のまま再び身構える簪。

この時妹紅は気付いていなかった。簪のこめかみに血管が浮き出ている事に。

 

「…………あ、輝夜さん!」

 

「何ッ!?」

 

 不意に妹紅の背後を見て、大声で輝夜の名を呼んだ簪の言葉に妹紅は脊髄反射的に振り向く。

だが、そこには輝夜はおろか、誰一人として人影は無かった。

 

「薄い胸は、余計なお世話!!」

 

「ホゲェッ!?」

 

 振り向いて隙を晒した妹紅の顔面目掛けて、簪のヤクザキックがぶち込まれた。

 

「言われた通り反撃したけど」

 

「そうかそうか。そんなに手加減して欲しくないんだな……!」

 

「……構わない!元々強くなるためにやってる。

だったら、思いっきりやった方が良い!!」

 

 引き攣った笑みを浮かべる妹紅に簪も珍しく好戦的に笑って身構える。

この日、竹林から凄まじい音が鳴り響いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

地底

 

 訓練用に作られた結果を張った広場で、シャルロットはさとりを相手に戦っていた。

 

「ハァ、ハァ……このぉっ!!」

 

「甘いです」

 

 繰り出される魔力弾の連射を次々と回避していくさとり。

特訓の第一関門として出された課題『さとりに攻撃を当てる』という目標は未だ達成できずシャルロットは臍を噛む。

 

(心を読まれるのが、ココまで厄介だったなんて……。

今のままじゃ駄目……チマチマ撃ってたって当たりっこない!なら……!!)

 

「え゛っ!ちょ……アンタ何考えて!?」

 

 シャルロットの心を読み、彼女の策を察したさとりの表情に始めて動揺が走る。

 

「新技行くよ!」

 

 両手に大量の魔力を集め、シャルロットは完成したばかりのスペルを発動させる!

 

「まとめて吹っ飛ばす!爆撃『マインスイーパー』!!」

 

 両手から生み出される大量の球状の魔力弾。

シャルロットはそれを周囲全体に放り投げた!

 

「爆ぜろ!!」

 

 そして全方位に放たれた魔力弾が爆発し、結界内全体を爆炎が包んだ。

 

「ゲホッ、ゲホッ……結界で仕切られてた事、すっかり忘れてた。すっかり

で、でも攻撃、当てたよ」

 

「ま、まぁ……良いでしょう。ちょっとズルいけど……」

 

 爆発によって、さとりのみならず自分も髪型をアフロヘアにしながらも、シャルロットは第一関門を突破した。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

永遠亭

 

 訓練用に用意された長距離廊下(訓練所)

それをISを纏って必死に駆けるラウラ。

多数の妨害やトラップを掻い潜ってゴールまでたどり着く事……これがラウラに与えられた課題だ。

 

「よし!前回失敗したポイントはクリアしたぞ!」

 

 事の始まりは数日前、永遠亭にやってきてすぐに鈴仙と組み手を行うよう指示された。

以前に千冬を破った事もある実力者である鈴仙を相手に、ラウラは心して掛かったものの、結果は当然完敗。

そしてその試合を通して言われた指摘……。

 

 

 

『いい、ラウラ?

戦ってみて分かったけど、アナタには2つ重大な弱点があるわ。

ココでの特訓はそれを直す事に重点を置いて訓練するわ』

 

 

 

 そしてラウラは日々この長い廊下を駆け続ける。

多数設置されたトラップ(てゐ作)、鈴仙からの妨害によって毎回ボロボロになりながらも……。

 

「くっ……来たな!」

 

 設置されたトラップから放たれる矢の雨霰。

初日はこれをAICで受け止めようとして別方向から奇襲され、痛い目に遭った。

 

(ウドンゲ教官が言っていた……『弱点その1・AICに頼りすぎて、何でもAICで片付けようとする傾向がある』。

確かにその通りだ……AICは強力な武器、それ故に私の戦い方はAIC中心になり過ぎていた。

それを使う事自体は良い。だが、それだけに頼りすぎてはその性能も十分に発揮できなくなる!ならば……!!)

 

 迫る多数の矢にラウラは一瞬だけ意識を集中させ、AICで矢の一部を止める。

それで十分だった。

 

(以前の私なら矢を止め続けていたが、今は違うぞ!

止めるのは一瞬だけで良い!!)

 

 そして一瞬だけ止まった事で他の矢と着弾するタイミングが変わり、その合間を縫うようにして避ける。

 

「見えた!」

 

 さらにそこから自分に目掛けて発射された鈴仙の妖力弾を回避してみせた。

 

「っ……やるようになったわね。なら、次はこれでどう!?」

 

 ラウラの成長をその目にして、鈴仙はニヤリと笑みを浮かべて己が妖力を高める。

 

「ぬぅっ!な、何だ……め、目が?」

 

 鈴仙の眼が赤く変色すると同時にラウラの視界から鈴仙の姿が消えた

かつて千冬を苦しめた時と同じく、鈴仙の能力がラウラの波長を狂わせ、視界を狂わせたのだ。

 

「弱点その2・アンタは目に頼りすぎている。

AICを使う事が多かった影響でしょうけど、目で追えない敵や視界を奪う相手にはとことん弱い!

身に覚えがあるんじゃないかしら?」

 

「うぐっ、確かに……」

 

 図星を疲れてラウラは言葉を詰まらせる。

以前戦った一夏にせよ椛にせよ、その弱点が如実に出たがために完敗を喫したと言っても過言ではない。

 

「これが第2関門よ!私の攻撃、全て避けるか防ぎきってゴールしてみせなさい!!

散符『真実の月(インビジブル・フルムーン)』!!」

 

 鈴仙から放たれる弾幕がラウラを襲う。

迫る弾幕を前にラウラは直立不動のまま身構える。

 

「……甘く見るなよ。私だって策ぐらい用意している!!」

 

「何ですって!?」

 

「クラリッサ(元副官で現シュバルツェア・ハーゼの隊長)が言っていた!こういう時は……」

 

 自信満々に言い放ち、ラウラは静かに己が目を閉じた……。

 

「心眼……即ち心の眼で見れば良いんだ!!」

 

 

 

 

 

 

「……フッ」

 

 目を閉じて数秒、不意にラウラは口元に笑みを浮かべ、そして……

 

「……真っ暗で、何も見えん」

 

 閉じたラウラの眼から涙が一筋流れた。

それとほぼ同時に妖力弾はラウラに着弾したのだった。

 

「ひでぶぅっ!!」

 

 全身に妖力弾を諸に浴び、ラウラはものの見事に墜落し、床に這い蹲った。

 

「ねぇ、アンタって…………」

 

「控えめに言って、馬鹿ですね」

 

「阿呆ウサ」

 

「いいえ、馬鹿で阿呆よ」

 

 永遠亭メンバー全員がラウラを憐れむ目で見詰めたのだった。

 

「心の眼って言う発想は間違いじゃないわ。

けど、それは視覚のみならず、聴覚、嗅覚、触覚といった全ての感覚を研ぎ澄ます直感(もの)の事を言うのよ。

断じて心に目があるとかそんなんじゃないから。

分かったらさっさと立つ!次は姫様とてゐ相手に組み手よ!!」

 

「い、イエッサー……!

うぅ……クラリッサの嘘つき……(泣)」

 

 ラウラの苦難はまだまだ続く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




残りのメンバーは次回。
そして、次々回より楯無を本格的にレギュラー入りさせます。


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レベルアップへの茨道(後編)

長々とお待たせして申し訳ありません。

並行連載中の魁‼インフィニット・ストラトスの方に感想が来てくれてそっちにばかりやる気が向いてしまいました。
やっぱり感想が書く意欲を盛り上げてくれるんだなぁって痛感しております。


 合宿メンバーが各々個別の修行に入って約4時間が経過した。

神霊廟の一角にて、箒は神子が見守る中、座禅を組みながら、己の霊力を制御し続けていた。

 

「……よし、そこまで!」

 

「ふぅ……」

 

 神子の言葉と同時に、長時間霊力制御に集中し、精神力を大きく消耗していた

箒は額に大量の汗を浮かばせながら体勢を崩す。

 

「だいぶ制御がしっかりしてきたのう。

これなら今日から組み手の量を増やしても問題無さそうじゃ」

 

箒の成長ぶりに布都が感心したように笑う。

不安定になった魂を安定させるために行った霊力制御の特訓を始めて数日。

神子達の予想よりも早く箒は霊力制御のコツを掴み、魂も安定していた。

 

「今日はSWを使って組み手を行います。勿論霊力を使って構いません。

武装はこちらで用意したので、好きなものを使ってください」

 

「武器、か……」

 

 目の前に並んだ武器を眺め、箒は思案する。

最初に目に付いたのは剣だが、箒はそれを頭を振ってそれを否定した。

 

「剣じゃないのか?」

 

 神霊廟の一員である亡霊、蘇我屠自古が箒の様子を察して声を掛ける。

 

「もう私には剣を持つ資格は無い……剣道をただの暴力として使ってしまった私には……。

ん?これは……」

 

 気まずそうに剣から目を離した箒の視界に、ある物が映った。

 

「これだ!これにする!!」

 

「え?それって作業用の奴じゃ……」

 

「構いません。これが良いと感じたんです。

それに、以前戦闘用に転用出来ると聞いているから、たぶん大丈夫です!」

 

 自身の新たな武器を見出し、箒は神子との組み手に臨むのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「遅い!」

 

「キャアアッ!!」

 

 晴美からの怒声と共にセシリアの身体にペイント弾が直撃する。

 

「うぅ……こ、これでもう20回も連続で完敗……」

 

 ペイント弾で汚れた顔を拭いながらセシリアは嘆く。

いくら訓練用の修行着で負担をかけた状態といえ、これだけ無残な結果だと自信も失いそうになるというものだ。

 

「狙いはよくなったけど、まだ狙ってから撃つまでのタイムラグがあるね」

 

「そう言う事。狙って撃つんじゃ遅すぎなの。

“狙うと同時に撃つ”……これが今のアンタがクリアすべき課題よ」

 

「狙うと同時に……やってみますわ!」

 

 ジンヤと晴美からの指摘と激励に、セシリアは気持ちを切り替えて再び立ち上がった。

 

「よし、じゃあ次は接近戦の訓練行くわよ!その次はジンヤ相手に狙撃訓練!!」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ふぅ……ハアァァァッ!!」

 

 紅魔館の外れの広場。

そこに用意された大岩目掛け、鈴音は気と霊力を集中させた拳を打ち込む。

 

「……う~ん、やっぱり美鈴さんみたいにはいかないか」

 

 自身のパンチで出来た小さな窪みを見詰めながら、鈴音は溜息を吐く。

修行を開始して間もない頃、美鈴は手本として現在使用しているものよりも一回りは大きい岩を正拳突き一発で真っ二つに破壊して見せた。

それと同様に自らも何度か挑戦してはいるものの、現状では窪み一つ作るのがやっとだった。

 

「そう一朝一夕で出来るものではありませんからね。

それに、鈴音さんは十分成長してますよ。最初の頃は傷一つ付けられなかったんですから」

 

「そりゃあね……」

 

 初めて大岩割りに挑戦したときの事を思い出し、鈴音は苦い表情を浮かべる。

最初の頃は霊力を上手く集中させる事ができず、殆ど素手に等しい状態で岩を殴って悶絶したものだ。

 

「力を極めれば肉体は鋼の如く強靭となるが、技が無ければそれを活かせない。

技を極めれば負担は最小限となり力を最大限発揮できるが、その力そのものが無ければ意味を成さない……。

力と技……この二つのバランスを保ちつつ鍛えていきましょう。

さて、次はこれまで教えた技の反復練習です」

 

「押忍!」

 

(思ってた以上に成長速度が速い……。

これなら合宿が終わるまでには奥義を見せても良いかもしれませんね)

 

 弟子の成長に胸が躍るのを抑えつつ、美鈴は鈴音への指導に向き直るのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ふぅ~~、終わったぁ~~……」

 

「お、お疲れ……」

 

「皆さん疲れきってますわね。私もですが……」

 

 日が沈んだ頃、個別訓練を終えたメンバーは皆ヘトヘトになりながら下宿先の命蓮寺へと戻る。

 

「た、ただいま……」

 

「あ、アタイ……もう、駄目……」

 

「うわっ!?だ、弾……また今日も一段と……」

 

 そんな中、最後に戻ってきたのは弾だ。

その姿は見事なまでに全身ボロボロ……。

傷など数えるのも馬鹿らしい。切傷、擦り傷、噛み痕、打撲、引っ掻き傷と何でもござれだ。

師匠である高原の意向で幻想郷中のあらゆる妖怪と戦うという、実戦あるのみの修行のため、ほぼ毎日傷だらけになって帰ってくるのが定例となっていた。

 

「相変わらずズタボロだな、大丈夫か?」

 

「あぁ、何とかな。チルノは分からんが」

 

「アタイは最強だから問題ないの!ご飯食べて寝れば治る!」

 

 軽口を叩き合うあたり、見かけほどダメージは重くないようだ。

 

「今日は誰と戦ったの?地底の方で見かけたけど……」

 

「ああ、水橋パルスィって奴だ

何か、常に『妬ましい妬ましい』とか言ってる奴でさ。

……何だったんだアイツは?

でもまぁ、お陰で良い技思いついたぜ。それに……」

 

 一端言葉を切り、弾はニヤリと笑って霊力をコントロールする。

その直後、足が地を離れ、弾の身体は宙に浮いた。

 

「え!?五反田君……飛べるようになったんですか!?」

 

「へへっ!チルノや他の奴と戦って飛ぶ姿を見てる内にコツを掴んだぜ!!」

 

「織斑先生やシャルロットでも飛べるようになるのに一週間は掛かったのに……私達も負けてられないな。

明日中には私も飛べるようになってやる!」

 

 得意気に笑いながら空中で胡坐をかく弾の姿に、合宿メンバー達は対抗意識を刺激される。

これより数日後、全員が無事飛行術をマスターしたのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 数日後、東京都内・更識家

 

「それじゃあ、行くわよ!二人とも、しっかり気を引き締めてね!」

 

「気を引き締めてって、決戦に行くわけじゃないんですから……」

 

 ある日の朝、礼服に身を包み、刀奈は従者である虚、本音の姉妹を引き連れて門の前に待つ送迎車へと向かう。

三人が向かう先、それは……河城重工。

 

 

 




次回予告

簪に会うべく河城重工へとやって来た刀奈、虚、本音。
だが、彼女達の前に社長である紫が直々に姿を見せ、事態は思わぬ展開に……。

次回『更識一行幻想郷珍道中』

??「うらめしや~~!」

刀奈「何なのよこの人外魔境は~~~~っ!?」





※真耶の修行パートは基礎訓練の延長なのでカットしました。




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更識一行幻想郷珍道中(前編)

遅ればせながら明けましておめでとうございます。
今年も東方蒼天葬をよろしくお願いします。


「お待ちしていました、更識様。社長室までご案内いたします……」

 

 簪に面会すべく河城重工に訪れた刀奈、虚、本音。

到着と同時に、三人は案内係に出迎えられ、社長室へと案内されていた。

 

「間も無く社長が来ますので、それまで暫しお待ちください」

 

 三人を社長室へと案内し、一礼して案内係は退出した。

 

「……おかしいわ」

 

「え?どう言う事ですか?」

 

 不意に小声で呟く刀奈に虚は首を傾げる。

 

「ここまで案内されて見ただけだから、ハッキリとは言えないけど、住み込みの訓練生はともかく、簪ちゃん達がいる形跡が少しも見当たらないのよ。

それに、訓練生の動き……確かに悪くは無いけど、武術部の部員のレベルと比べると明らかに低い。

これでは武術部の合宿には適していないわ」

 

「確かに……どこか別の場所でしょうか?」

 

「恐らくね。正直、敷地内かどうかも怪しいところね」

 

 眼を細めながら小声で会話する二人。

そんな時、不意に扉が開きある女性が姿を現した。

 

「お待たせしちゃってごめんなさいね。

私が河城重工社長の八雲紫よ。ようこそ、更識刀奈さん」

 

(っ……私の本名を!?

権限を凍結されているとはいえ、外には漏らさないよう配慮してるのに……)

 

 対峙する相手の情報網に若干戦慄しつつも、刀奈は平静を装いながら紫を見詰める。

 

「この度は急な来訪に応えていただき、感謝しています。

今日は私の妹の更識簪について、お伺いしたい事があって『素直に会いに来たって言っていいのよ?』うぐっ……」

 

 早くも会話のペースを握られ、楯無は押し黙る。

楯無も会話の主導権を握るのは得意な方だが、八雲紫の醸し出す胡散臭さと掴み所の無い態度がそれをさせてくれない。

本能的に察してしまう……この女は自分より、自分の見てきたどんな大物よりも格が違うのだと言う事を。

 

「そこまで分かっているのなら、単刀直入に言います。

妹に、簪ちゃんに会わせてください!」

 

「えぇ、良いわよ。ただ……」

 

「ただ、何ですか!?」

 

「彼女に会う前に、アナタ達にも知ってもらいたいのよ幻想郷をね」

 

『ゲンソウキョウ?』

 

 聞き慣れない単語に思わず声を揃える三人。

 

「そう言う事。それじゃ、行ってらっしゃい♪」

 

 紫がにこっり笑って指を鳴らしたと同時に刀奈達の足元にスキマが開かれ、刀奈達を飲み込んでしまった。

 

「きゃあぁぁっ!?」

 

 悲鳴を上げながら、成す術無く落ちていく三人。

ISを展開して飛ぼうにも刀奈の専用機は学園に預けられてしまっているためどうしようもなかった。

 

「迎えは行かせるから、そっちで合流して頂戴」

 

 紫の暢気な声をバックに刀奈達は落ちていった……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「はぁ~~、暇だなぁ。

おなかは空いてるけど、カモれる相手もいないし……」

 

迷いの竹林の付近。

唐傘の妖怪(九十九神)、多々良小傘は宙に浮かびながら一人呟いていた。

彼女は人を驚かす事で腹を満たす妖怪なのだが、最近は簡単に脅かせそうな人間に乏しく、くわえて本人の脅かし方が下手な為、常に腹ペコ状態だ。

 

『ど、どこよココぉぉーーーーっ!?』

 

「ふぇっ!?な、何今の声?」

 

 突然聞こえてきた叫び声に小傘は周囲を見回し、その先に見慣れない服を着た少女達が視界に入った。

 

「外から来た人?

…………ラッキー!良いカモ発見!!」

 

 思わぬ僥倖に小傘は顔をニヤつかせ、出来る限り気配を殺しながら三人の少女の背後に回った。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「どうなってるの一体?」

 

「わ、私達……社長室に居た筈ですよね?」

 

「こ、こんなの聞いてないよぉ……」

 

 一方、刀奈達は混乱の真っ只中だった。

突然足元が開いたかと思えば、ギョロギョロと動く目玉が多数見える空間に落とされ、直後に屋外の何故か竹林の傍に居たのだから混乱するのも無理からぬ事だが。

 

「と、とりあえず落ち着きましょう。まずはココがどこか調べないと……」

 

「でも、お嬢様……ココ、携帯圏外なんですが……」

 

 混乱する思考を押さえ、冷静に努める刀奈。

やはり流石は暗部の当主なだけあって切り替えは早い。

 

「う~ん、まずは周囲の様子を知りたいわ。とりあえず竹を昇って周囲を見渡しましょう。

まず私が昇ってみるから……」

 

 少しでも情報を得る為に、刀奈は身近な竹に手を掛ける。

 

「上まで上ったらカメラで周囲を撮影してみるから『うらめしやー!!』……ひゃああぁぁっ!!」

 

 よじ登ろうと、意を決して手に力を込めて地面を蹴ったその時、不意に何者かが飛び出し刀奈の眼前に現れた。

突然の不意打ちにも近い第三者の出現に驚き、刀奈は大声を上げて尻餅を突いてしまった。

 

「はぁ~~……久々に満たされる~~」

 

「だ、誰よアナタ?」

 

「いきなり脅かしてごめんね。

私、付喪神の多々良小傘。お姉さん達、外から来た人でしょ?」

 

「(つくもがみ?何言ってるのかしらこの子……)え~と、ココはどこか、出来れば教えて欲しいのだけど……。

あと、他に人はいないの?」

 

 突然現れて無邪気かつご満悦な表情を見せるオッドアイの少女……多々良小傘。

突然現れた彼女に警戒しつつも、刀奈は彼女から何か情報が引き出せないか試みる。

一方で小傘はフレンドリーな笑顔を浮かべている。

 

「え~とね、ココは幻想郷。外の世界で忘れられた存在が住む場所で……。

あ、人が居る所を探してるなら向こうに人里が……」

 

 振り返って人里を指差す小傘。しかし、それがまずかった……。

さて、読者の方々には周知の事実だろうが、多々良小傘は唐傘の付喪神である。

彼女の持つ傘は彼女と一心同体の妖怪傘である。

無論それが普通の傘な訳が無く、大きな単眼と長い舌が覗く口も付いているという、いかにもな外観だ。

先程までは小傘の身体で隠れていたが、彼女が振り向いたことでそれは刀奈達の視界に入り、それを直視した三人は一瞬にして固まった。

CGアニメなど目じゃない本物の目と口が生えた傘が刀奈達を見詰めているのだ。

そんな光景を諸に見た刀奈達は……。

 

 

『ギャアァァァ~~~~~~~~~~~~ッ!!』

 

 

 最早何番煎じか分からないリアクションと共に、三人は絶叫しながら一目散に竹林の方へと逃げ去っていった。

 

「…………あれ?」

 

 その場に首をかしげる小傘を残して……。

 

 

 

 




今年はちゃんと月一以上で更新したいなぁ……。
最近毎日遠い町の店舗へ出向させられてるから疲労が半端ない……。


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更識一行幻想郷珍道中(後編)

「ハァ、ハァ……!!

何アレ!?め、めめ、目が!傘に目と口が!!」

 

「ば、化け傘……本物の化け傘とそれに取り憑かれた女の子……!!」

 

「お、落ち着いて二人とも!お、お化けなんて存在する筈が……」

 

「アレを見てそんな事言えますか!?」

 

「そ、それは……」

 

 多々良小傘の持つ妖怪傘を諸に見て、慌てて逃げた刀奈、虚、本音の三人は、未だ驚愕の冷めない様子で竹に囲まれた竹林内で座り込んでいた。

 

「と、とりあえず落ち着きましょう……慌てて竹林の中(こんな所)に入っちゃったけど、改めて位置と方角を確認して……」

 

「で、でも竹林を出たらまたさっきの化け傘がいるんじゃ……」

 

「うぐ……そこはいなくなってる事を願うしかないわね……。

それにあの傘はともかく、あの女の子に敵意みたいなのは感じなかったし……」

 

 だとすれば逃げたのは失敗だったのでは……と、刀奈は思うが、今更どうなるわけでもないのでその考えを掻き消す。

 

「幸い、携帯のコンパス機能は生きてるから、それを使って……っ!?」

 

「お嬢様?」

 

「静かに……!何か近付いてくる」

 

 突如、何かに気付いた様子を見せる刀奈に虚は首を傾げるが、刀奈はそれを小声で制した。

 

 

 

 

 

「ひっく……昼間の酒はよく回るなぁ」

 

 現れたのはリボンをつけた赤髪のショートカットに赤いマントを身に着け、酒瓶を片手に持った少女だった。

酔っ払ってるのか、顔は赤くなっている。

 

「また女の子?っていうか未成年ですよねあれ」

 

「うん……まぁ、それは良いわ。見た感じ変な傘も他の道具も持ってないみたいね。

お酒もコンビニで売ってる奴(大吟醸)だし……。

一か八か、あの子にココについて聞いてみるわ」

 

 意を決して赤毛の少女に向かって踏み出す刀奈、虚と本音はそれに続く。

 

「あ、あの……すいませ~ん」

 

「ん、人間?……うわっと!?」

 

 酔ってふらついていたのが災いしたのか、少女は後ろから近付いてきた刀奈に振り向こうとするが、バランスを崩してし尻餅を突いてしまった。

 

「あ、大丈……ぶ……」

 

 尻餅をついた少女……を助け起こそうと刀奈達は彼女により近付くが、三人は先の小傘の時と同様、凍りついた。

近付いたその刹那、その赤毛の少女……赤蛮奇の首が胴体から転がり落ちたのだ。

 

「く、首、首が!?」

 

「あー、悪い悪い。転んだ拍子に外れちゃったよ。酔ってるとどうにも取れやすくてねぇ」

 

 そして何事も無かったように胴体は立ち上がり、首は宙に浮かんで再び身体と繋がってみせた。

 

「に……」

 

「ん、どうした?何か私に用があるんじゃないの?」

 

「に……」

 

「に?」

 

『ニ゛ャア゛ア゛ァァァァーーーーーーッ!!!!!』

 

 本日二度目の大絶叫と共に三人は再び全力疾走した。

 

「抜け首ぃ~~~~~~~!!」

 

「誰が抜け首だ!私はろくろ首だ、間違えんな!!

…………行っちゃったよ。何だったんだアイツら?」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

~一方、その頃~

 

「ん?」

 

「どうした、簪?」

 

 刀奈達が赤蛮奇と遭遇した地点からやや離れた位置で、簪は不意に振り向いた。

 

「なんか、聞き覚えのある声が聞こえたような……悲鳴みたいな声で」

 

「どうせ妖精か低級な妖怪が弾幕戦でもやってんだろ。

それより、修行の続きやるぞ。今日はいつもより短めだけど、その分いつもより厳しく行くぜ!」

 

「了解!」

 

 まさか自分の姉がすぐ近くにいるとは夢にも思わず、簪は妹紅との修行に集中するのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……な、何なのよこの人外魔境は~~~~っ!?」

 

 赤蛮奇から逃げて数時間が経った夕方、竹林中を駆け回った刀奈達はすっかり疲れ果ててその場に座り込んでいた。

ココまで逃げる途中にも彼女達は幾度と無く妖怪達に遭遇した。

蝶の羽根の生えた少女、兎の耳が生えた少女、、お面を身体の周囲に浮かべた少女と常識的に考えてありえない光景ばかりで三人の思考回路はショートしかけていた。

 

「や、やっぱり妖怪の世界に迷い込んだんじゃ……」

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

「も、もう認めるしかありません。妖怪は本当に居たんです!

きっと、他にもいる筈です……障子の付いた黒雲に乗って漫画を描くのが趣味の熱風を吐く一つ目妖怪とか、お腹から小だるまを出してくる手足の生えた巨大なだるまとか、ちょっとエッチでロリコンな鏡の中に住む爺妖怪とか……」

 

「落ち着いて虚ちゃん!」

 

 もはやそれは別のアニメの妖怪である。

 

「はぁ……お腹空いたなぁ……」

 

 そんな中、本音が呟いた一言に刀奈と虚は自分達の腹が鳴る音を聞き取る。

昼過ぎから今まで飲まず食わずで走り回ったのだ。腹も空くというものである。

 

「どうしましょうか……周りは妖怪ばっかり……いっそ覚悟決めて相手が妖怪でも助けを求めましょうか?」

 

「話せば分かる相手なら良いんだけどなぁ……ん?」

 

 途方に暮れる中、本音は突然何かに気付いたように顔を上げて立ち上がった。

 

「本音?」

 

「何か、良い匂いがするよ……」

 

「え?……本当だ、何か香ばしい匂いがする……」

 

「確かに、これは……うなぎの蒲焼みたいな……」

 

「も、もう妖怪が相手でもいいわ。ココで空腹で倒れるよりは……」

 

 三人は匂いに導かれるように竹林の奥へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「お、来た来た。おーい、こっちだ」

 

 所変わって竹林の入り口には一夏達が集まっていた。

今日は修行は早めに切り上げ、修行メンバー全員が親睦を深めるべく皆で飲みに行く予定だ。

そして今、最後のメンバーである箒と神霊廟の面々が到着し、全員が揃った。

 

「教師としては、未成年の飲酒は止めた方が良いでしょうか?」

 

「堅い事を言うな。幻想郷では十代以降は多かれ少なかれ誰でも酒を飲むんだ」

 

 やや難しい表情を浮かべる真耶に、千冬は肩に手を置いて笑い掛ける。

 

「で、竹林に飯屋なんてあるのか?」

 

「ああ、美味い飯が食える屋台がな」

 

 




次回予告

竹林を彷徨い、たどり着いた先で飢えを凌ぐ刀奈達。
そして、一路竹林を進む一夏達。

予想し得ない再開のときは近い。

次回『夜雀食堂の混沌(カオス)な飲み会』

刀奈「ヒック……何よ何よぉ!どいつもこいつもさぁ~~」

刀奈「……うわぁ~~~ん(泣)!簪ちゃんの馬鹿~~~~!霧雨のアホぉ~~~~~!!」

本音「お姉ちゃん、妖怪さんって案外友好的なんだね」

晴美「ほら、お前ら頭下げろや」








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夜雀居酒屋の混沌(カオス)な飲み会

某同人誌と被ってしまうためタイトルを若干変更しました。



竹林の中を彷徨い、空腹に苦しむ刀奈達。

そんな中、不意に漂う香ばしい蒲焼の匂いに釣られ、三人はその匂いを頼りに歩く続けた先には……

 

「いらっしゃい」

 

 翼を生やした少女が屋台(テーブル席有)を準備する姿だった。

 

「つ、翼……やっぱりあの娘も妖怪……」

 

「い、今更後戻りできないわ。一か八か交渉してみるしかないわ」

 

(何してんだろコイツら?……一夏の連れじゃないの?

……もしかして、さっきの人間が探し回っていた外の世界から来た人間?)

 

 尻込みしている刀奈達に、その少女……ミスティア・ローレライは数時間前に血眼になって竹林中を駆け回っていた“ある人”物を思い出す。

 

「アンタ達、外から来た人間?

そんなビビらなくても、取って食ったりしないわよ」

 

「ほ、本当に?」

 

「本当よ。それより、お腹空いてるなら、鰻食べていけば?

金さえ払ってくれれば料理ぐらいちゃんと出すわよ。

今日は人間達の予約も入ってるから、道はそいつらに聞いてね」

 

 思いの外友好的に接してくるミスティアに刀奈達は困惑しつつも彼女に誘われるまま席に着く。

 

「何にする?とりあえず八目鰻の蒲焼で良い?」

 

「え?……あ、うん。じゃあそれで」

 

 注文を確認し、ミスティアはいそいそと炭火で鰻を焼く。

 

「お姉ちゃん、妖怪さんって案外友好的なんだね」

 

「え、えぇ……私達が今まで必死に逃げてきた意味って……」

 

「完全に無駄……」

 

 まさか自分達の行動が事をややこしくしていたなどとは夢にも思わなかった三人は仲良く肩を落としたのだった。

 

「はい、出来たわよ」

 

「「「い、いただきます!」」」

 

 そんな三人の前に出される八目鰻の蒲焼。

三人は初めて見る八目鰻に若干訝かしみながらも、その匂いに食欲が刺激され、蒲焼を口に運んだ。

 

「うまっ!?」

 

 思わず刀奈が声を上げる。

肉厚で引き締まった身と確かな歯ごたえ、それを最大限引き立たせるタレの旨み。

加えて空きっ腹だった事もあってより美味く感じる。

三人はあっという間に出された八目鰻を平らげた。

 

「はぁ……美味しかったぁ……」

 

 空腹から開放され、刀奈は一息吐くとコップに手を伸ばして水を飲む。

 

「う゛っ!?ゲホッゲホッ!!……何コレ、お酒!?」

 

「何驚いてんのよ?屋台なんだからお酒ぐらい当たり前でしょ?」

 

「わ、私達未成年なんだけど……」

 

「え?こっちじゃ十代でも普通に飲んでるわよ?」

 

 文化の違いにお互いに戸惑う布仏姉妹とミスティア。しかし……

 

「ヒック…………もう一杯頂戴」

 

「お、お嬢様……」

 

 まさかのおかわり宣言に虚は目を点にする。

 

「あと鰻とご飯も追加!

ヒック、もう良いわ。今日は落ちる所まで落ちてやろうじゃないの!」

 

『酔い回るの早っ!?』

 

 刀奈は酒に目茶苦茶弱かった!

 

「わ、分かったわ。……さっきの人に渡された通信機ってどう使うんだっけ?」

 

 料理を続ける傍らで、ミスティアは通信機の電源を入れるのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

「ココだ。お~い、ミスティア!約束通り来たぞーー!」

 

「いらっしゃい!テーブル席用意してるから適当に座っといて」

 

 刀奈達がミスティアの屋台に入店してから30分後、一夏達はミスティアにやって来たのだが。

 

「ヒック……何よ何よぉ!どいつもこいつもさぁ~~」

 

 不意に屋台から聞こえてくる声。

先客かと思った一夏達だが、約一名顔を引き攣らせる。

 

「え?今の声……ま、まさかね」

 

 余りにも聞き覚えのある声に簪はまさかと思うものの、頭を振ってその創造を否定しようとする。

 

「私だって好きで暗部の当主なんかになった訳じゃないのに!

アイツの抜けた穴埋めるために必死に頑張ってきたのに!なのに河城重工なんてのが出来てから何もかも狂ったのよ!

大体何よ!霧雨の奴は!偉っそうに説教垂れてさ!あんた私より年下でしょうが!!

簪ちゃんも簪ちゃんよ!私が暗部の重責を背負わせないために断腸の思いで突き放したのも知らないで……、

挙句の果てに霧雨の奴に懐いちゃって……いつから私の妹は百合に目覚めたのよ!?」

 

『…………』

 

 今度は簪だけではなくメンバーの殆どが沈黙した。

ココまで来れば嫌でも先客の正体が分かるというものだ。

一方で当の本人は簪達の存在に未だ気付かず、愚痴が徐々に悲壮感を帯び始め、やがて涙声へと変化していく。

 

「……うわぁ~~~ん(泣)!簪ちゃんの馬鹿~~~~!霧雨のアホぉ~~~~~!!」

 

「馬鹿で悪かったね」

 

「へ?……ゲェーーーーーーーッ!!!?

か、簪ちゃんなんでココに!?」

 

「こっちの台詞なんだけど?」

 

 この時、酔いが一気に冷めたと、後に刀奈は語ったとか……。

ちなみに、布仏姉妹は刀奈の隣でゲッソリとしていた……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 その後、八雲紫とミスティアが通信機で呼んだ晴美と頭にタンコブを作った小傘と赤蛮奇も合流し、刀奈達に幻想郷とこれまでの経緯について詳しい説明が行われた。

 

「悪かったわね。本当は晴美に迎えに行ってもらう予定だったけど、送った先ですぐに妖怪に出くわすなんて運が悪かったわ」

 

「まったくだわ……。ほら、お前らも頭下げろや」

 

「「ご、ごめんなさい……」」

 

 相当絞られたらしく、小傘と赤蛮奇は大人しく晴美に従って刀奈達に謝罪する。

 

「やっぱり本当に妖怪っていたんだ……今更だけど」

 

「えぇ、」

 

「えぇ・・・でも合点が行ったわ。突然河城重工が出てきた事も、男性でも操縦する術を確立出来た事も……。

何より、実力の見合わない野心の薄さもね……。

篠ノ之束と敵対してる事までは予想できなかったけどね。

……正直、簪ちゃんを連れ戻したくてしょうがないわ。

そんなとんでもない相手と戦わなきゃいけないなんて知ったらね」

 

「お姉ちゃん!」

 

 姉の言葉に簪は思わず大声を上げる。

しかし、刀奈は険しい表情を崩さず、言葉を続ける。

 

「分かってるわよ。今更、言ったって簪ちゃんの意思が変わらないなんて事は。

だから……」

 

 一端言葉を区切り、刀奈は紫と晴美を見据える。

 

「私も合宿に参加する!私が簪ちゃんを守る!!」

 

「「はぁ!?」」

 

 まさかの宣言に簪と晴美は目を丸くし、逆に紫は笑みを浮かべた。

 

「他の子達と条件は同じよ。それで良いかしら?」

 

「えぇ、それで構わないわ」

 

 こうして、刀奈が合宿メンバーに加わった。

 

 

 

 

 

「話は纏まったか?」

 

「あ、織斑先生……」

 

 思わぬ方向に向かう話の中、千冬は刀奈達のテーブルに酒と猪鍋を持ってやって来た。

 

「お互い言いたい事も色々あるだろう。

酒の力で本音をぶつけ合うも良し、親睦を深めるも良し。

折角の飲み会だ、しっかり楽しんでいけ」

 

 微笑を浮かべながら千冬は背を向け、自分の席(一夏の隣)に戻っていった。

ついでに紫ドサクサ紛れに別の席に移った。

 

「…………」

 

 暫しの沈黙の後、簪は酒に手を伸ばしそれを一気に飲み干した。

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ~~!」

 

「か、簪ちゃん?」

 

「おぉ~~、良い飲みっぷりだな」

 

「お姉ちゃんも飲んで!こうなったら今日は朝まで言いたい事言ってやるんだから!」

 

「……あー、もう!上等よ!私だって言いたい事が山ほどあるんだから!!」

 

 妹に促され、再び酒に口を付ける刀奈。

混沌(カオス)な飲み会はまだ始まったばかりである。

 

 

 




次回予告

沢山の美味い飯と美味い酒……これが揃えば宴の始まりだ。
そしてただでさえ濃い面子が飲み、食い、騒いげばそれはもう混沌(カオス)の幕開け。

次回『夜雀居酒屋の“超”混沌(カオス)な飲み会』

レミリア「アナタがこんなに深酔いした姿は初めて見たかも」

簪「このシスコンストーカー女!」

刀奈「何よ!妬み嫉みの姉不孝者が!!」

千冬「いちかぁ~~!最近イチャイチャ出来なくて寂しいんだよぉ~~!!」



※人間友好度最悪とされるミスティアですが、本作では客商売を始めたことで軟化したという設定です。


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夜雀居酒屋の『超』混沌(カオス)な飲み会

4ヶ月ぶりの更新・・・待っててくれた人、いますかね?


 思わぬ再会(ハプニング)があったものの、刀奈達を加えて予定通り飲み会は開催され、皆酒と料理を堪能していた。

 

Table1 欧州組+さとり、天狗コンビ

 

「んぐっんぐっ……ぷはぁ~~~~っ!!

ビールって初めて飲んだけど、美味しいですね」

 

「はむっ……んん~~っ!!

このソーセージも良いです!!」

 

「当然です!ビールとソーセージの本場であるドイツ出身の私が厳選して持ってきたんですから!……ヒック」

 

 ラウラが持ち込んだビールとソーセージは文、椛に大好評。

慕ってる相手とその先輩格に褒められ、酒も入ってラウラはご機嫌だ。

既に瓶ビール一本分は飲んでおり、顔は赤くなっているがまだ理性を保っている辺り結構酒に対する耐性があるようだ。

 

「それにしても意外だね。ラウラって意外とお酒イケる口だったなんて」

 

「本当ですわ。私なんて酎ハイでも少しずつ飲むのがやっとですのに」

 

「最初は飲めるか不安だったみたいですけどね。飲んでみたら意外と美味しくて上機嫌になったみたいです。

……本当に美味しいわねコレ。地霊殿へのお土産に何本かもって帰ろうかしら?」

 

 シャルロット(日本酒2杯目)とセシリア(缶酎ハイ1本目)が呆れと感心の混じった視線を向ける中、さとりはソーセージを齧りながらラウラの内心を読み取っていた。

 

 

 

 

 

Table2 織斑姉弟・サブヒロインズ・命蓮寺・神霊廟組(箒含む)

 

「いちかぁ~~!最近イチャイチャ出来なくて寂しいんだよぉ~~!!」

 

 顔を赤くしながら千冬はキャラ崩壊など気にせずに一夏に抱き付こうとする。

 

『酔った勢いに託けてイチャつこうとするな!』

 

「グヘッ!?」

 

 が、そんな千冬を妖夢と早苗が羽交い絞めに、咲夜が時を止めて一夏と千冬の間に割って入り、千冬の顔面にヤクザキックをぶちかます。

 

「き、貴様らぁ……久々に一夏とイチャイチャしようと思ったのに……!!

良いだろう。この際決着つけてやる!そして。私こそが一夏の嫁だと言う事を嫌というほど教えてやろう!!」

 

『あ゛!?誰が誰の嫁だって……!?』

 

 そのまま4人は空中乱闘に突入するのだった……。

 

 

 

 

 

「千冬さんって、こっちではこんな感じなのか?」

 

「あー、普段はともかく、宴会の時は割とな……」

 

 そんなドッグファイトを眺めながら呆然とする箒と、冷や汗を流す一夏。

 

「でも……羨ましいな。あんな風に気兼ねなく喧嘩したり、酒を飲み交わしながら騒げる仲間がいるのは。

そんな仲間を一夏と千冬さんは一年以上前に得ていたんだな」

 

「今はお前だって仲間の一員だろ、箒?」

 

 羨望の眼差しを向ける箒に笑いかけ、一夏は酒瓶を箒に差し出す。

 

「箒ぃ~~、この猪鍋凄く美味いぞ!おぬしも食え!!」

 

「やっぱり久々に堂々と飲む酒は美味いわ~~!」

 

 更に、普段の対立も気にせず肩を組みながら笑い掛ける布都と一輪。

そんな光景に箒は思わず笑みを零す。

 

(……そうだな。私は、もう孤独じゃないんだ)

 

 充足感を噛み締めながら、箒は再び酒に口を付けた。

 

「はぁ~~、美味い……!」

 

 

 

 

 

Table3 暗部姉妹とその従者達

 

「このシスコンストーカー女!」

 

「何よ!妬み嫉みの姉不孝者が!!」

 

 酔いが回った更識姉妹はお互い顔を真っ赤にしながらお互いに口論……というか、口喧嘩に発展していた。

 

「大体ねぇ!アンタみたいな大人しい子が暗部の職になんか向いてるわけ無いでしょうが!!

だから私は断腸の思いでアンタを遠ざけたのに!!」

 

「はぁ!?その結果が『アナタは無能のままでいなさい』発言!?

こっちのプライドも気持ちも全く考えない気遣いなんてありがた迷惑でしかないんだけど!!

根本的にシスコンの癖して妹の気持ちを考えないってどんだけ面倒くさい性格してんの!?」

 

「ぬわんですってぇ~~!!」

 

 こんなやりとりがかれこれ15分近く続いていたりします。

 

 

 

「ねぇねぇ、晴美お姉ちゃん!修行したら魔法とか使えるようになったりするの」

 

「まぁね。何ならアンタ達も修行してみる?」

 

「え、良いの?『だったら是非!私も修行させてください!!』……お姉ちゃん?」

 

 晴美と本音の話に虚が割って入った。

……コレまでに無い程に目をキラキラと輝かせながら。

 

「う、虚……?」

 

「す、すいません。……こ、これはアレです更識家の従者として主との差が開きすぎるのはよくないと思って……」

 

「そういえば……お姉ちゃん子供の頃、『将来は魔女っ娘になって箒で空を飛びたい』とか言ってような……」

 

「ほ、本音!昔の事なんて掘り返さないで!!」

 

 普段生真面目な虚の思わぬ一面に唖然とする本音と晴美であった。

 

 

 

 

そして……

 

「大体何よ!霧雨みたいな男口調な魔女っ娘に懐いてちゃって!!

一緒に箒に乗ってツーリングならぬホーキングでもする訳!?」

 

「ふーんだ!それならもうやったもん!箒は使ってないけどこんな風に空を飛んでね!!」

 

 未だ続く句姉妹喧嘩の中、簪は飛行術で空を飛んでみせた。

 

「んなぁっ!?か、簪ちゃんが飛行(非行)少女に…………」

 

「うわぁ、古い駄洒落だね、それ」

 

 愕然とする刀奈の隣で日本酒を堪能していたジンヤが静かにツッコミを入れたのだった。

 

 

 

 

 

Table4 紅魔組とその新メンバー候補

 

「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ~~~~!ひっく……梅酒お代わり!!ストレートで!!」

 

 紅魔館組の席では、美鈴が顔を真っ赤にしながら酒を浴びるように飲んでいた。

 

「珍しく深酒じゃないの美鈴?もう4杯目、アナタがこんなに深酔いした姿は初めて見たかも?」

 

「だってぇ~~、聞いてくださいよお嬢様ぁ!」

 

 やや呆れた様子で自分を見るレミリアに対し、美鈴は若干呂律の回らない口調で返す。

 

「私、この前の臨海学校で弾君の事本気で好きになってぇ、実質両思いになったんですよぉ!

でも、合宿に入ってから訓練ばっかりで全然進歩無し……。

今でも弾君は勇儀さんと萃香さんのお酒の相手ですし……普通、合宿って男女の仲を進展させる最高のイベントじゃないですか!なのに、なのにぃ~~~~!!」

 

 勇儀と萃香に挟まれている弾の後ろ姿を恨めしげに見つめる美鈴。

そんな彼女の様子にニヤニヤと笑うレミリアを始めとした紅魔組の面々(別席の咲夜除く)。

 

「へぇ~~、もしかしてとは思ってたけど、やっぱり両想いなんだ」

 

「まさか能天気な貴女に春が来るなんて、100年近く生きてきて一番の驚きよ」

 

「彼が紅魔館の一員になったら私の後輩ですよね!前から後輩欲しいと思ってたんですよ!!」

 

「ねぇねぇお姉さま!弾が家に来たら何の役職にする?厨房係とか?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!まだ告白もしてないのにそんな気が早いんじゃ?」

 

 既にカップル扱いの主達に美鈴は慌てて訂正しようとするが……。

 

「じゃあ本人に聞いてみましょうか?ねぇ、弾?」

 

 パチュリーがそう言って指を鳴らすと背後から顔を真っ赤にした弾の姿が現れた。

 

「へ?え、ええぇぇ~~~~~っ!!?

だ、弾君!?な、何でココに!?あっちで勇儀さん達と飲んでたんじゃ?」

 

思わぬ想い人出現に美鈴は勇儀達の席を見るが……。

 

「ぬっふっふ……上手くいったようだね」

 

「可愛い教え子の恋路は見事成就!最高の酒の肴が手に入った気分だよ!」

 

 何と、勇儀と萃香の隣に居た弾と思われた後ろ姿はカツラをかぶせたマネキンだったのだ。

 

「じゃ、じゃあ、今までの会話は全部……」

 

そして、当の弾はパチュリーの魔法で姿を消し、美鈴とレミリアの会話を後ろで聞いていたのである。

そう、全ては二人の仲を進展させるべくレミリア、勇儀、萃香が結託して仕組んだ計画だったのだ!!

 

「め、美鈴さん!!」

 

「は、ハイ!!」

 

 不意に名前を呼ばれた美鈴は思わず大声で返事をした。

 

「お、俺……め、美鈴さんの事、初めて会った時から一目惚れして好きになって、今でもそれは変わってないです!!

俺はまだ美鈴さん達より全然弱くて、未熟だけど!いつかきっと、いや必ず美鈴さんを守れるぐらい強くなる!!

だ、だから……俺と、正式に付き合って下さい!!」

 

「……は、はい。

ふ、不束、者ですが……よろしくお願いします///」

 

 こうしてココに周囲の吸血鬼、鬼、小悪魔、魔法使いの祝福の拍手が送られ、一組のカップルが誕生したのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 翌日

 

「おえぇぇ~~~~!!」

 

「ぐえぇぇぇぇ…………!!」

 

 当然ながら、慣れない深酒により更識姉妹は仲良くリバースしたのは言うまでもない。

 

 

 




次回予告

正式に合宿に参加する事になった刀奈、虚、本音。
それぞれに師匠が付き特訓が開始される中、刀奈は未だ簪を戦いに巻き込む事に難色を示していた。
そして、そんな姉を煩わしく思う簪……そんな二人に晴美はある提案をする。

次回『姉妹の確執×晴美の提案』

刀奈「私は簪ちゃんが戦わなくてもいいぐらい強くなるつもりよ……!」

晴美「言葉で駄目なら身体でぶつかりあってみろ!」

千冬「今のお前は昔の私とよく似ている……」



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姉妹の確執×晴美の提案

 竹林での飲み会から一夜明け、合宿メンバーはいつも通り個別修行へ向かい、それと同時に新たに合宿に加わった刀奈、虚、本音の三人は霊夢と白蓮監督の下、早速魔力・霊力を得る為の修行を開始した。

 

※なお、二日酔いは永琳の作った薬で無理矢理覚ましている

 

「ふぅぅぅっ……ぐ、クゥゥゥゥゥッッ!!」

 

 修行開始から6時間半近くかけ、刀奈が霊力を覚醒させた。

霊力と魔力の違いこそあれど、その霊気は簪と同じ水色の輝きを放っていた。

 

「こ、これが……霊力?」

 

「そうよ、これで全員目覚めたわね。それにしても……」

 

 霊夢が若干呆れた表情で一足先に覚醒を完了した布仏姉妹……正確には虚を見る。

 

「アンタ何者よ?魔力と霊力の両方を併せ持つなんて超が付くほど稀な適性よ」

 

「な、何者と言われてましても……」

 

 ジト目で見られて萎縮する虚。

彼女の覚醒した力は霊力と魔力の両方の性質を持った物だったのだ。

ちなみに妹の本音は魔力に覚醒。色は姉妹共々桃色である。

 

「それでは、刀奈さんは予定通り霊夢さんの下で修行していただきましょう。

虚さんと本音さんにはそれぞれ、得意な事や適性に合わせてこちらが選抜した方の下で修行していただきます。

それでよろしいですか?」

 

『ハイ!』

 

 意気揚々と返事する三人。

その後、本音はメカニックとしての腕を磨くべく、河城にとりの工房に、

虚はマジックアイテム作製に興味を持ち、紅魔館にてパチュリー指導の下、付与魔法を学ぶ事になった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 そして、それから約1週間後。

 

「ハァ、ハァ……まだよ!熱き熱情(クリア・パッション)!!」

 

「残念だけど、もう終わりよ!!」

 

 命蓮寺の境内広場を舞台に、ISと霊力を使用しての霊夢(カスタム型打鉄搭乗)と実戦形式で訓練する刀奈は傷だらけになりながらも挑み続けるも、その戦意も虚しく霊夢は刀奈の攻撃を悉く回避し、直後に放たれた彼女の弾幕に刀奈は撃ち落とされてしまう。

(※博霊神社ではISやSWで戦うには手狭なので訓練場から除外)

 

「まだ霊力の扱いが粗いわね。でも、動きは良くなってるわ。

このペースなら明日はもう少しレベルを上げても良いかもね。

とりあえず、今日はココまでよ」

 

「ぐ、うぅ……ま、まだやれるわ!」

 

「……そんな状態で?」

 

 立ち上がって身構える刀奈だが、霊夢は冷静に返す。

既に刀奈のミステリアス・レディ(学園と更識家の許可を得て刀奈の手に戻された)のダメージは大きく、これ以上の戦闘は到底不可能だ。

 

「じゃあ、生身だけで構わないわ!私はまだやれ……ッ!?」

 

 激昂するように叫ぶ刀奈だが、それを霊夢の平手打ちが遮った。

 

「この程度の平手打ちも避けられない程フラフラで何が出来るって言うの?

オーバーワークの危険性も分からない馬鹿じゃないでしょ、アンタは?」

 

「……クッ!」

 

 霊夢に諭され、刀奈は苦虫を噛み潰しながらも、漸く構えを解いた。

 

「焦りすぎなのよ、アンタは。

そりゃ、他の連中より遅れて修行始めた身だから、その時間の差を埋めたいのも分かるけど、修行の時点で潰れちゃ意味無いわよ」

 

「そんなの解かってるわよ……だけど、無茶してでも私は強くならなきゃいけないの。

…………簪ちゃんが戦わなくてもいいぐらいにね」

 

「は?それ、どういう……」

 

 刀奈の口から出た言葉に霊夢は怪訝な表情を浮かべて聞き返そうとするが……。

 

「今の言葉、どういう意味なの?」

 

「っ……簪ちゃん」

 

 間の悪い事に、妹紅との修行から戻ってきた簪が、会話する二人と出くわし、口を挟む。

 

「どうしたも何も、言葉通りの意味よ。

私は簪ちゃんが戦わなくてもいいぐらい強くなるつもりよ……!」

 

「いい加減にしてよ!お姉ちゃん、まだそんな事言ってるの!?」

 

 姉の言葉に激昂する簪。

だが、刀奈は一歩も引かずに簪をにらみつける

 

「何度だって言うわよ!

相手は織斑先生(ブリュンヒルデ)や河城重工の人達が勝てない程の天災なのよ。

妹がそんな化け物染みた相手と戦うなんて、そんなの認められる姉がどこにいるって言うのよ!?」

 

「私は、私なりに覚悟してこの戦いに参加したの!

なのに、お姉ちゃんはそれを否定して私をずっと弱虫扱い……!

私を守る?誰がいつそんな事頼んだって言うの?いい加減うっとおしいんだよ!!

だったら私はお姉ちゃんより強くなる!お姉ちゃんがそんな独り善がりな台詞言えないようにね!!」

 

「さっきから言わせておけば……!いくら簪ちゃんでも、許さないわよ!!」

 

 互いにヒートアップして刀奈と簪は互いの襟首に掴みかかろうとするが、それを寸での所で霊夢と妹紅が二人を羽交い絞めにして止める。

 

「やめなさいよ二人とも!」

 

「こんな所でまで姉妹喧嘩する気か!?」

 

「離して!もう我慢出来ない!今日という今日は一発入れてやらないと気が済まない!!」

 

 羽交い絞めにされる二人だが、お互い昂った感情は収まらず、拘束を振り解こうとする。

 

「やらせてやったら?」

 

 だが、そこに割り込む声……セシリア、ジンヤと共に修行から帰ってきた晴美だ。

 

「さすがに今すぐ、とは言わないけどさ、丁度来週全員実力テストで模擬戦でもしようって話だったじゃん。

それで思う存分戦えば良いわ。

酒飲んで本音ぶつけても譲れないって言うなら、言葉で駄目なら身体でぶつかりあってみろ!」

 

「……分かったわ」

 

「私も、それで良い。絶対、負けないから……!」

 

 晴美の仲介により、一先ず矛を収める二人。

しかし、姉妹の溝は未だ埋まらぬまま……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「…………」

 

 夕食を終え、他のメンバーが就寝する中、刀奈は一人外に出て、霊力制御の訓練を続けていた。

オーバーワークになってしまう事は理解していたものの、彼女の中の焦りが休む事を許さず、修行を続けずに入られなかった。

 

「……随分、荒れているな」

 

「っ……誰!?」

 

 そんな中、不意に背後からかけられる声。

振り返った先には見知った人物……千冬が立っていた。

 

「織斑先生?」

 

「立ち話もなんだ、こっちに座れ」

 

 縁側に座りながら、隣に来るように促す千冬。

多少戸惑いながらも、刀奈はそれに応じて千冬の隣に座った。

 

「……何の用ですか?」

 

「時間外に無理な修行する生徒を注意するのは当たり前だろ?

あと、お前とは一度茶でも飲みながらゆっくり話してみたいと思っていたからな」

 

 湯飲みを二つ出し、用意していた緑茶を注いで飲み、千冬は一息吐く。

 

「今のお前は昔の私とよく似ている……。そう思うと放っておけないんだ」

 

「私が、織斑先生とですか?」

 

「ああ、性格とかそんな事じゃなくて、考え方がな……」

 

 疑問符を浮かべる刀奈に対し、千冬はどこか悲しく、寂しそうな表情を見せる。

 

「一夏が行方不明になっていた事とその経緯は知っているな?

それより以前、私がIS選手として現役だった頃……その頃の私はお前と同じ考えだった。

姉なんだから、弟を守るのは当然、弟より強くて当たり前。

一夏を守るために力を求め、ブリュンヒルデの称号を得て……今だからこそ言える。あの時の私は有頂天だった。

…………それが、私が欲していた力が、砂上の楼閣に過ぎない物とも気付かずにな」

 

「砂上の楼閣って……どういう意味ですか?

守るために力を欲するのは当然の事でしょう!?」

 

 思わず大声が出てしまう。

まるで今必死に力を付けようとしている自分の努力を否定されているように感じ、刀奈は不快感を抑え切れなかった。

 

「別に力を求めた事は間違ったと思っていない。

ただ、私は自分だけにしか力を求めていなかった……。

自分だけの力に、権力に満足してしまっていた。

もしも、あの時一夏に護衛や武器といった身を守る術や力を持たせていれば……何度そう思った事か……」

 

「…………」

 

 弱々しく呟く千冬。

刀奈はそんな千冬の言葉を無言で聞き続ける。

 

「結局私は力を持ちながら、守れなかった。

一番大切な者も守れず、失ってしまった悲しみに押し潰されて、どんどん落ちぶれていった。

一夏と幻想郷(ココ)で再会するまでの堕落ぶりはお前も知っているだろう?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 直接接触はしていないものの、当時の千冬の落ちぶれ様は更識家の情報網を通じて刀奈も知っていた。

弟を守れずなかった挙句に酒に溺れた堕落した英雄の姿に、内心同情と軽蔑の念を抱いていたのは今でも覚えている。

 

「そして、再会した一夏と幻想郷(ココ)で一緒に暮らすようになって、私は今まで求めていた力の虚しさを知ったんだ。

一夏は幻想郷で自分独自の力を手に入れ、私を超えていた。

正直、悔しかったさ……今まで守る対象だった弟に追い抜かれて、私も魔力を得ればすぐに追い抜き返すと思ったが、一夏との差はなかなか埋まらない。

今でもアイツとの模擬戦じゃ私の方が勝率低いからな。

でもな……一夏が強くなって、一緒に仕事で悪事を働く妖怪と戦ったりしてるとな……何と言うか、安心できるんだ」

 

「……安心、ですか?」

 

「そうだ。私の背中を一夏は守ってくれる。そして、一夏の背中は私が守る。

そう思うだけで心が軽くなった気分だった。

それまで一人だけで戦っていた頃の私には、そんな余裕なんて無かった。

何もかも自分一人で出来ると思って、周りの事なんて見なかった。

……それが、思い上がりだという事にも気付かずにな」

 

「その言い方だと、私が思い上がっているって言ってるように聞こえるんですが……」

 

 刀奈の表情が曇る。

そいて、まるで自分のやり方では誰も守れないと言われたような気がして、内心苛立ちを募らせていく。

 

「そうだ。今のお前は思い上がっている。

お前は妹を安全な所まで遠ざけて守ってるつもりだろうが、そんな事をしてもそれが通用しない相手だっているし、人間一人に出来る事には限界がある。

それから目を背けている今のお前では私と同じ轍を踏むのが目に見えている。

教育者の端くれとして、生徒にそんな思いをして欲しくない『もう良いです!』……」

 

 千冬の言葉を遮るように刀奈は大声を上げる。

 

「私にはアナタの考えなんて理解できない!するつもりもない!!

私は私の守りたい人は自分の手で守り抜く!!

アナタみたいに守るべき相手に追い抜かれた挙句、甘えて頼るような真似はしない!!

誰にも頼らない、頼れば自分が弱くなるだけだから……!!」

 

 口調を荒げながら立ち上がり、早足で刀奈は立ち去っていく。

そんな彼女の後姿を眺めながら、千冬は残った緑茶を飲み干し一人呟いた。

 

「……更識、私は確かに弱くなった。だが同時に、それ以上に強くなれたと思ってる。

お前もいずれ理解出来る。孤独な強さでは、どうにもならない事もある事をな……。

弱さも誰かに頼る事も、決して罪ではない。それを強さに変える事だって出来るんだ」

 

 

 

 刀奈と簪の試合まで、あと一週間。

 

 

 

 

 

 




次回予告

 来るべき戦いに備え、特訓に励む更識姉妹。
そんな中、ラウラは刀奈に前哨戦を申し出るが……。

次回『好敵手(ラウラ)の忠告』

ラウラ「私が目を覚まさせてやる……!」

刀奈「甘く見られたものね……!!」


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好敵手(ラウラ)の忠告

久々に一ヶ月以内に更新出来ました。


「更識刀奈……私と戦え」

 

 更識姉妹の模擬戦が3日後に控えた頃、いつも通り霊夢との修行を終えた刀奈の前に現れたラウラ・ボーデヴィッヒは突然彼女に対して試合を申し込んだ。

 

「いきなり何よ?」

 

「聞こえなかったのか?簪の前にまず私と戦えと言ったんだ」

 

 試合を間近に控えてピリピリしていた事もあり、ぶっきらぼうに返す刀奈を真っ直ぐ見据えながら、ラウラは目を鋭くして再度言い放つ。

 

「悪いけど断るわ。私にはアナタと戦う理由ないわ」

 

「それは私だって同じだ。貴様一人の問題ならいちいち口出しするつもりは無い。

だが、今の貴様をこのまま簪と戦わせるのは正直我慢ならん」

 

 簪の名前と棘のある物言いに刀奈の目がピクリと動く。

 

「どういう意味かしら?」

 

「今の思い上がった貴様では簪が勝っても負けてもマイナスにしかならない……。私にはそう思えてならないんだ」

 

「……アナタまで織斑先生と同じ台詞を言うの?」

 

 ラウラの指摘に不機嫌さを隠そうともせず刀奈は目付きを鋭くする。

だが、ラウラはそれに怯まずただただまっすぐ刀奈を見詰めている。

 

「何だ、織斑先生にも言われていたのか?なら話が早い。

貴様のそんな油断して腑抜けた状態で簪と戦おうとする、そのふざけた考えは今の内に正しておかんといかんからな!」

 

「油断してるですって?私が……」

 

「ああ。油断してるな。

簪に負けるという事が考えられない、その思い上がり……まさか、自分で気付いてないのか?」

 

「私が簪ちゃんに負けるですって?面白くない冗談ね……!!」

 

 刀奈の苛立ちが怒りに変わり始める。

その様子にラウラは口元に嘲笑を浮かべた。

 

「フン、考えられないんじゃなくて、考えないようにして思考放棄してるだけか?底の浅い暗部当主もあったものだな!それでも簪の姉か?」

 

「甘く見られたものね……!!良いわ。その見え透いた挑発に乗ってあげる」

 

「甘く見てるのはそっちの方だ、更識刀奈!私が目を覚まさせてやる……!

着いて来い、邪魔の入らん場所で勝負だ!」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 霊夢と紫に許可を取り、一時的に外界のに出た二人は河城重工のアリーナで相対していた。

 

「簪との試合に支障をきたす訳にもいかんからな。

ルールは、魔力・霊力無しのIS戦で一撃必殺。先にクリーンヒットを奪った側の勝利という事でどうだ?」

 

「えぇ、それで構わないわ」

 

『二人とも、準備は良い?それじゃ……試合開始!!』

 

 にとりのアナウンスによってスタートの合図が切られ、ラウラ・刀奈の両者は互いに武器を展開して身構える。

 

(正直、IS戦で助かったわ。霊力の扱いに慣れていないから、そっちはまだ私に不利。

でも、ISなら私に一日の長がある!!)

 

 試合のルールに内心安堵していた刀奈。だが……

 

「はあぁっ!!」

 

「っ!!」

 

 猛スピードで接近し、懐に飛び込んだラウラは、プラズマ手刀で刀奈に斬りかかった。

 

(速い!?)

 

 思わぬスピードに刀奈は思わず目を見開く、単に接近する速度の問題ではない。

接近してからの手刀を繰り出すタイミング、振り抜かれる刃の速度、隙の無さ……それら全てが合宿前より遥かに向上していたのだ。

 

「何を驚いている?やはり私を甘く見ていたか!」

 

「くっ!」

 

 苦虫を噛み潰したように表情を顰め、刀奈は蒼流旋に水を纏わせ、これに応戦。

辛うじてだが、ラウラの手刀を受け流し、距離を取る事に成功する。

 

「喰らいなさいっ!!」

 

 間髪入れずに発射されるバルカンの連射。

ばら撒くように発射されたそれはラウラを捉えたかに思われた。

 

「フン、甘いな!」

 

 しかし、ラウラは弾の軌道を見切り、身体を僅かに動かし、最小限の動作で回避して見せた。

 

「まだよ!!」

 

 続けざまに繰り出される熱き熱情(クリア・パッション)による水蒸気爆発がラウラを襲う。

 

「チィッ!!」

 

 舌打ちしながらもラウラはこれを先読みし、爆発の射程範囲から離脱してみせた!

だが、刀奈はこれにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「貰った!!」

 

 回避で出来た隙を突き、繰り出されたのは蒼流旋……牽いてはその先端にナノマシンを集中させて放つミストルテインの槍だ!!

 

(っ!体勢が悪い!避けられん!?)

 

(さぁ、AICを使いなさい。それを使って槍を止めた時こそ、アナタが負ける瞬間(とき)よ!)

 

「っ!!」

 

 刀奈の狙い通り、ラウラはAICを使用し、槍を止めた。

それを見た刀奈は勝利を確信し、再びクリア・パッションを繰り出そうとするが……。

 

「……やはり、貴様は私を甘く見過ぎだ」

 

「な!?」

 

 刀奈の笑みが凍り付く。確かにラウラはAICを使った。

だが、それは“ほんの一瞬だけ”だったのだ。

 

「一瞬だけで、十分だ!後は新武装の実験台になってもらうのみ!!」

 

 その一瞬こそが勝負の分かれ目だった。

AICで一瞬だけ槍を止めたラウラはその僅かな時間で体勢を立て直し、槍を回避すると同時にイグニッションブーストを駆使し、再び刀奈の至近距離に接近した!

 

「あ……!」

 

 接近を許し、慌てて身構え、格闘でラウラを引き離そうと構える刀奈。

だが、身構えた時点で全てが遅かった。

 

「セットアップが遅い!喰らえぇっ!!」

 

 振り上げられたのはプラズマ手刀……いや、それよりも刃は遥かに短く、しかし手元が凄まじいエネルギーの刃を生み出し、文字通り一撃必殺の威力を込めた手刀(てがたな)となって刀に振り下ろされた!!

 

「ベルリンの、赤い雨ぇーーーーっ!!」

 

「きゃあぁぁーーーーーーっ!!」

 

 まさに乾坤一擲の一撃が刀奈に打ち込まれ、彼女を地へと叩き落した!!

 

『クリーンヒットォッ!!勝者・ラウラ!!』

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「……負け、た?私が……代表候補に、負けた?」

 

 にとりのアナウンスがラウラの勝利を告げる中、起き上がった刀奈は呆然と膝を付いたまま放心する。

 

「……負けを認められないか?それとも本気を出していれば結果は違ったとでも言い訳でもするか?」

 

「っ!……ぐ、くっ!!」

 

 そんな刀奈に投げかけられるラウラの冷淡な言葉。

それに対して刀奈は悔しそうに唸る事しか出来なかった。

 

「一つ良い事を教えてやろう。私と簪は師匠同士の因縁でよく模擬戦をするんだが、私とアイツの戦績は、ほぼ互角だ」

 

「っ!?」

 

 刀奈の目が驚愕に見開かれる。自身を破ったラウラと互角……つまり、今回の戦い、もし対戦相手がラウラではなく簪だったならば……

 

「ココまで言ってもまだ簪を見下し、侮るというなら、勝手にしろ。

だが、油断した挙句に簪に負け、油断(それ)を理由に言い訳なんてしてみろ。

……もしそうなったら、簪の好敵手(友達)として、貴様を絶対に許さない!!

それは簪に対する最大の侮辱だ!!

精々気を引き締め直して、三日後の戦いに臨む事だ……」

 

 毅然とした態度でラウラは言い放ち、刀奈に背を向けて去っていく。

その場には呆然とした刀奈だけが残された。

 

「…………」

 

 ラウラに投げかけられた言葉に刀奈は暫し俯き、そして……

 

「ッ、ウアアアアアアァァァァーーーーーーッ!!!!」

 

 凄まじい咆哮と共に、刀奈はアリーナの壁に己が額を叩き付けた!

 

「やるわよ……。本気でやれば良いんでしょ?本気でやれば!!」

 

 普段の彼女から考えられない程、憤怒に目を吊り上げ、額から流れる血も気にせず刀奈は立ち上がった。

 

「やってやるわよ……!もう手加減なんてしない!するもんか!!全力で叩き潰してあげるわ!!」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

「これで、良かったのか?」

 

 アリーナを去り、ラウラは待ち合わせていた人物と合流し口を開いた

 

「ええ……悪いわね。汚れ役押し付けて」

 

「フン、別に構わん。私としてもアイツに言いたいことを言えたからな。

それに、奴を見てると以前の私を見ている気がして気分が悪いのでな。むしろ良い機会だ」

 

 その人物、晴美からの謝罪を受け流し、ラウラは彼女と共に帰路に着く。

 

「しかし、良いのか?刀奈(ヤツ)は相当追い詰められていたぞ」

 

「……良いのよ。刀奈は、背負う必要の無いものまで背負って自分を追いつめすぎてるから。

いい加減、楽にしてあげなきゃ……」

 

 悲しげな表情で虚空を見上げ、晴美はそう呟いたのだった。

 

 




次回予告

遂に始まる姉妹対決。
驕りと油断を捨て去り、全力で挑む刀奈。
そして、修行の成果は、簪と打鉄・弐式に新たな力を生み出す!

次回『簪VS刀奈 因縁の姉妹対決』

刀奈「ま、まさか……セカンドシフト!?」

簪「これが、妹紅さんや皆との修行で得た力……!!」



武装紹介

ベルリンの赤い雨
シュバルツェア・レーゲン(予備パーツを基に河城重工によって製作された性能が向上した複製機)に装備された強化型プラズマ手刀。
リーチは極端に短いものの、一撃必殺級の切れ味と威力を持つ。
懐に飛び込んでの一撃は他の追随を許さない。


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簪VS刀奈 因縁の姉妹対決

大変長らくお待たせいたしました!
お待ちかねの姉妹対決です!!


 ラウラとの前哨戦から3日後。

遂に簪と刀奈による試合の日が来た。

 

「もう、やるしかない……!」

 

 控え室内で刀奈は先日のラウラとの戦いを思い返し、握る手に力を込める。

心のどこかで所詮代表候補と侮った挙句、無様に負けたあの時の屈辱。

それをまた、それも簪相手に受けてしまえば、もう自分は立ち直れない……。

もう油断など出来ないし、許されない。

 

「絶対に負けない……!絶対に、負けるわけにはいかないの……!!」

 

 自己暗示のように呟きながら、刀奈は専用機を装備してアリーナへと向かっていく。

背後に心配の表情を浮かべて見守る虚と本音、師匠である霊夢を背にして……。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「奴には三日前に言い含めてある。最初から本気で来ると思っておけ」

 

「うん、分かってる。……それでも、絶対に勝ってみせる!」

 

 一方、張り詰めた空気の刀奈側とは逆に、簪側は緊張感こそあるものの、こちらは良い意味で気合が入っている様子だ

 

「よし、それじゃあ……あれ?」

 

 出撃しようと専用機を展開した簪だが、展開と同時に打鉄弐式に起きたある変化に気付いた。

 

「これは……どうする?必要なら慣らし運転の時間を貰えると思うが?」

 

「良い。このまま行けると思う……!」

 

 その変化を目の当たりにして、ラウラは簪を気遣うが簪は力強い笑みを浮かべ、ウィンドウに映る承認ボタンをタップし、機体の情報をを確認し、そのまま出撃準備に入る。

 

「言う必要も無いと思うが、負けるなよ!」

 

「勿論、絶対に勝つ!」

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 観客席で他の合宿メンバーや師匠格の面子が固唾を飲んで見守る中、先にアリーナ中央に出たのは刀奈だ。

そして、それから間も無く簪側のピットから機影が飛び出す。

 

「来たわ、ね……?」

 

 ピットから出てきた機体に刀奈は目を見開く。

そこにあったのは打鉄弐式ではなかった。

打鉄弐式の面影を残しつつも、全身を完全装甲(フルスキン)で覆い、まるで簪の好きなロボットや変身ヒーローを

髣髴とさせる容貌だ。

 

「お待たせ、お姉ちゃん」

 

「その声、簪ちゃんなの?その機体は一体……?

ま、まさか……セカンドシフト!?いつの間にシフトしたの?」

 

「ついさっきシフトしたの。コレが、妹紅さんや皆との修行で得た力……打鉄(ほむら)式!!」

 

「くっ……いくらセカンドシフトしたと言っても、シフトしたばかりの機体で私に勝てると思わないで!」

 

「勝てるよ……ううん、勝ってみせる!」

 

 睨み合いながら戦意をぶつけ合う姉妹。

そんな中、管制室からにとりによるアナウンスが流れる。

 

『あー、二人とも、試合の前にもう一度確認するね?

ルールは通常のIS戦と同じ。霊力や魔力の使用は禁止、使用したらその時点で失格だよ。それで良いね?』

 

 にとりの言葉に二人は頷き、それぞれ定位置について試合開始の合図を待つ。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 刀奈と簪がアリーナに出た頃、管制室では……。

 

「この勝負、どうなると思う?」

 

「同じ武術部員としては、簪さんを応援しますが、刀奈さんとて国家代表。一筋縄ではいかないでしょうね」

 

「ああ。それにボーデヴィッヒとの一件もある。もう油断する事も無いだろう」

 

「けど、簪だって相当力をつけたんだ。勝てない筈は無い」

 

 口々に評する合宿メンバー達。そんな中で一夏は刀奈を見詰めて一人思案する。

 

(現状、簪の方が刀奈さんを基礎能力で上回っている。順当に行けば、勝つのは十中八九簪だ……。

だけど、刀奈さんは霊夢と同じ天才型。格上との実戦を積めば積む程強くなるタイプだ。

油断や慢心……そして、余計なプライドを捨て去って、簪を完全に、心底から認める事が出来れば、あるいは……)

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 合宿メンバーや師匠格の面々が固唾を呑んで見守る中、睨み合う二人。

そして遂に、試合開始まで秒読み段階に入る……!

 

『3…2…1…試合開始!!』

 

「燃やし尽くす……!」

 

 試合開始と同時に打鉄・焔式の両腕が銃口状に変形し、そこから発せられる高熱の炎が発射される。

焔式の名が示すに相応しい火炎放射器『ファイヤーストーム』だ。

 

「火炎放射器!?だけど……!!」

 

 繰り出された炎を、刀奈は水の防御壁で打ち消す。

 

「炎で水に勝てるわけないでしょ?」

 

「それは、違う!」

 

 思わぬ武装に面食らいはしたが、水と炎という相性に刀奈は余裕を取り戻しかける。

だが、簪の戦意は決して削がれず、水が蒸発して事で発生した大量の水蒸気に紛れて刀奈に接近。

そのまま近接武装である火炎剣『フレイムソード』で斬りかかった。

 

「っ!」

 

 即座にコレに反応し、刀奈は水を纏わせた蒼流旋でコレを受け止める、が……

 

「こ、このパワー……それにこの火力は!?」

 

「理科で習わなかった?半端な量の水じゃ、蒸発して火を強めてしまうだけだって……!」

 

 水を纏って繰り出した蒼流旋だが、フレイムソードの火力は水をいとも容易く蒸発させ、更に凄まじいパワーで押し込んでくる。

 

「ぐ、くっ……この、離れなさい!」

 

 フレイムソードの熱に蒼流旋が溶かされるよりも先に、刀奈は簪の身体を引き離そうと蹴りを繰り出す。

簪はそれに反応し、刀奈の脚が届くよりも早くバックステップで後ろへ下がる。

 

「今よ!」

 

「っ!!」

 

 距離を取った瞬間を見計らって放たれるクリア・パッション。

だが、簪も同時に荷粒子砲『春雷改』を展開・発射する。

 

「ぐぅっ!!」

 

 相打ちに近いか形で双方の攻撃は命中し、互いにシールドエネルギーが削られる。

 

「はあぁぁっ!!」

 

「!?」

 

 刀奈が体勢を立て直すよりも早く簪が動き、爆煙の中から飛び出して再び刀奈に接近する。

 

「ダメージが少ない!?」

 

「この機体の耐熱性を甘く見ないで!」

 

「くっ!!」

 

 再びフレイムソードを振り上げる簪。

それに苦虫を噛み潰しながら蒼流旋で受け流そうと身構える刀奈だが……。

 

「二度も同じ手は……」

 

「同じ手、使うと思った?」

 

 不意に簪はフレイムソードを収納し、徒手空拳に切り替えて蒼流旋を左手で払い除けた!

 

『武装を損傷・バルカン使用不可』

 

「なっ!?」

 

 突然の自機からの警告に刀奈は驚愕する。

ただ払い除けられただけの筈なのに蒼流旋が損傷するほどのダメージを負ってしまったのだ。

 

(剣を引っ込めたのは単なるフェイントじゃない?……槍が少し溶けてる!?ま、まさか!!)

 

 何が起きたのかを察した刀奈。

だが、それに気付いた時、既に簪の右手が振り上げられていた!

 

「そ、装甲が熱を……!?」

 

「ファイヤー……」

 

「しまっ……」

 

「フィストォォーーーーーッ!!」

 

 刀奈の防御も間に合わず、焔式の特殊装甲『烈火』から発する炎を纏った掌底が、刀奈の身体に打ち込まれた!!

 

「ガハァァッ!!」

 

 強烈な一撃に吹き飛ばされ、刀奈はアリーナの壁に成す術無く叩き付けられた!

 

「が……はっ……!」

 

 簪からの一撃と、それによって壁に叩きつけられた二つの凄まじい衝撃に刀奈は肺から空気が一気に吐き出され、その場に倒れ込んでしまった。

 

(な、何で……?何で、簪ちゃんが、こんなに、強いのよ……?

ま、負ける……このままじゃ、負けちゃう……!)

 

 薄れそうになる意識の中、刀奈は簪から受けた重い一撃に自身の敗北を強く感じる。

それと同時に、自分が妹に負けてしまうという重圧が、刀奈の心を一気に押し潰していく。

 

(ダメ!……負けちゃいけない!負けちゃいけないの!!

晴美を失った時、誓ったのに!!『もう二度と誰も失わない!誰にも負けない!負けちゃいけない!!皆私が守り抜く!!全て私一人で背負う!!』って!!

なのに、なのに……!!)

 

 刀奈の中で膨れ上がる焦燥感、そして守るべき存在であるはずの妹に負けてしまいそうになる自分自身への激しい怒り。

その二つが入り混じり、彼女の心を満たした時……

 

 

 

 

 

刀奈の箍は外れた……

 

 

 

 

 

「ッ…ウあああああぁぁアァアァ亜ぁぁっ亞あぁぁああAaaアアアァァッッ!!!!」

 

 己の霊力を暴走させ、撒き散らしながら、刀奈の咆哮はアリーナに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 霊力を暴走させ、我を失ってしまった刀奈。
だが、そんな主の姿に従者の少女達、そして簪は……

次回『決着~背負う事と分かち合う事~』

虚「私は、アナタにただ守ってもらうだけの存在に甘んじた事など一度もありません!!」

本音「私達もかんちゃんも、皆お嬢様の家族で、友達で、仲間なんだよ?」

晴美「アンタが嫌って言っても、私達はアンタを守り続ける!」

簪「最後までやろう。とことん付き合ってあげる!」



「私って、本当……バカ……!」





機体紹介

打鉄焔式(ほむらしき)

パワー・A
スピード・B
装甲・A
反応速度・A
攻撃範囲・D
射程距離・D

パイロット・更識簪

打鉄弐式がセカンドシフトした形態。
妹紅との修行で得た経験、魔理沙や姉への想いから、炎を武器とした機体と化し、結果として移行前と殆ど別物に近い機体となった。
火炎機器を武器として扱うため、機体デザインはフルスキンに変化し、耐熱性と温度調節機能に優れる。

武装

火炎放射器『ファイヤーストーム』
高温の火炎放射器。
後にこれを基にした装備がSW用に量産され、有機物の焼却処理用装備として採用される事になる。

荷電粒子砲『春雷改』
弐式から変化のない唯一の装備。
基本は移行前と同じだが、機体の出力向上により威力が大幅に上がった。

火炎剣『フレイムソード』
超高温の炎を纏った西洋剣。
斬れ味・破壊力共に抜群の代物。

特殊装甲『烈火』
装甲から熱を発し、炎を身に纏う焔式最大の武器。
そこから繰り出される技は一撃必殺級の破壊力を秘める。


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決着~背負う事と分かち合う事~

刀奈編完結!!


「ッ…ウあああああぁぁアァアァ亜ぁぁっ亞あぁぁああAaaアアアァァッッ!!!!」

 

 アリーナ中に響き渡る刀奈の叫び。

敗北への恐怖・焦燥の入り混じったそれは、刀奈の理性を崩し、霊力を暴走させたのだ。

 

「負けられない……!私ハ負ケチャイケナイノ!!

負ケタラ、私ハまた失ウ!誰モ守れナクなル!!私は!私ガ!!全テ!守らナきゃいけないノ!!

また失ウナンテ絶対イヤッ!!耐えられナい!!

ダから、簪ちゃんも!虚ちゃんも!本音ちゃんも!皆!!私ガ、守らなきゃイケナいのにィッ!!」

 

 己が心の内に秘めた想いを爆発させ、血走った目をギラつかせながら立ち上がる刀奈。

そして、そんな姉を前にして、簪は……

 

「……そう。それが、お姉ちゃんの本当の想いなんだね?」

 

 どこか、哀しそうな、それでいてどこか怒っているような声色で、静かに姉を見詰めていた。

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 刀奈の暴走した姿は管制室で試合を見守っていた他のメンバーの目にも映っていた。

 

「な、何あれ……?」

 

「お、お嬢様……」

 

「まずい!あの時の私と同じだ!完全に暴走しているぞ!!」

 

 呆然とする布仏姉妹を尻目にラウラが声を上げる。

理性を半ば失い、爆発した感情が霊力に変わる刀奈の姿は、かつてラウラが椛との戦いで陥った状態と殆ど同じものだ。

 

「ああ、すぐに止めに、『ちょっと待ってくれる?』……晴美さん?」

 

 アリーナへ向かおうとする一夏達を晴美が制止する。

その表情はどことなく今の簪に近いものを感じさせるものだった。

 

「ちょっとマイク借りるわよ。あと全員耳塞いどいて」

 

 有無を言わせず半ば強引にマイクを奪い、晴美は大きく息を吸い、そして……

 

 

 

 

 

「刀奈ぁぁーーーーーっ!!この、大馬鹿野郎ぉーーーーーーーーーーーっ!!!!」

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「は、晴美……?」

 

 耳を劈く晴美の怒号に刀奈は激情が嘘のように治まり、呆然と立ち尽くす。

 

『何よそのザマは!?独り善がりなふざけた責任感に振り回されて、挙句の果てに逆ギレして暴走?もう一辺自分の姿と虚達の顔を見てみなさいよ!?』

 

「あ……あ、ぁぁ…………!!」

 

 理性を取り戻して己が姿を省み、刀奈は膝を突いて頭を抱える。

 

「私……私…………っ!!」

 

 声を震わせ、刀奈は涙を流す。

取り返しのつかない事をしかけた……プレッシャーに押し潰され、負けてしまう事への恐怖から霊力を暴走させてしまった。

下手をすれば自分の……いや、簪の身も危険に晒してしまう所だった。

それを痛感すればする程、刀奈の心を絶望が埋め尽くす。

それと同時に込み上げる敗北感……全てにおいて負けてしまった。

守る筈の妹・簪に対しても……何より、己自信に……己の弱さに対し、自分は負けたのだ。

 

「お姉ちゃん……」

 

「っ!」

 

 そんな姉に、簪はゆっくりと歩み寄り、ISを解除すると同時に右手を振り上げ、刀奈の頬を打ち、そして……

 

「この、馬鹿!!」

 

 直後に刀奈の身体を引き寄せ、強く抱きしめた。

 

「……え?」

 

 唐突な簪の行動に呆けた声を上げる刀奈。

そんな彼女の混乱などお構い無しに簪は刀奈を抱きしめる腕の力をより強める。

 

「守る守るって……勝手に背負い込んで、勝手に自分を追い詰めて!!

どうして……どうしてもっと私達を頼ってくれないの!?」

 

「だ、だって……だって、頼ったら、甘えたら……また失っちゃうから」

 

「それが間違ってるの!!

一番守らなきゃいけない自分の心も守れてないのに、何が守るよ!?

私達を守ってお姉ちゃんだけが傷つくなんて、そんなので私達が平気でいられると、本気で思ってるの!?」

 

「で、でも……でもぉ……!」

 

『……馬鹿野郎』

 

 子供のように泣きながら言葉を詰まらせる刀奈。

そんな彼女に再び晴美の言葉が管制室から届いた。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「私の兄貴が馬鹿な事やっちまって、それで私が怪我して、除名されちゃって……それで刀奈を傷付けて、

刀奈……アンタには本当に悪い事をしたって思ってる。

でも、勘違いしないで。アレはアンタが悪いとか、弱かった所為だなんて思った事、私は一度も思った事が無い」

 

『晴美……でも、あの時私がもっと上手くやっていれば、もっと早くあの男の企みに気づいていれば……』

 

「私だって同じよ。“もっと上手くやっていれば父さんと母さん、お姉ちゃんを失わずに済んだんじゃないのか?”っていつも思ってる。

けどね、どんなに強くたって、上手くやったって、どうしようもない事はあるの。

だから、いつまでも自分を責めないでよ。私の所為で親友(アンタ)が潰れちゃうなんて、私の方が耐えられないわよ」

 

 悲しげな表情で刀奈を諭す晴美。

そんな中、彼女に続き虚が管制室のマイクを取る。

 

「お嬢様、こんな時に言うのも何ですが……私、怒ってます。

私は、アナタにただ守ってもらうだけの存在に甘んじたつもりなど一度もありません!!

たしかに私には、お嬢様や晴美のような戦闘の才はありません。

だけど、私に出来る事でアナタを支えてきたつもりです。

お嬢様にとって、それは余計な事なのですか?不必要なお節介だったのですか?」

 

『そ、そんな事……』

 

「だったら、もっと頼ってください!少しぐらい甘えてください!

主が憔悴してるのに、私が平気でいられる訳ないじゃないですか!!」

 

 普段とは打って変わり、感情を露にして叫ぶ虚。

そんな中、次は本音がマイクをとって口を開く。

 

「お嬢様……私達もかんちゃんも、皆お嬢様の家族で、友達で、仲間なんだよ?

なのに、一人で何でもかんでも背負い込もうとするなんて、そんな悲しい事言わないでよ。

私じゃ頼りないかもしれないけど、それでも一人よりも皆で一緒に背負った方が良いよ」

 

「そういう事よ。アンタが嫌って言っても、私達はアンタを守り続ける!

除名されていようが立場が変わろうが、それは変わらない!

アンタが道を間違えたなら引っ叩いてでもそれを止める!アンタが私達を守り続けてくれる限り、私達はアンタの背中を守って、一緒に戦う!

それが私達の……アンタの味方(家族)としての私達の役目(誇り)だ!!」

 

『う……ぅあぁぁぁぁ……っ!!』

 

 従者(仲間)達からの厳しくも温かい言葉……その一言が胸に突き刺さるように響き、刀奈は自分の心が重荷が外れたように軽くなっていくのを実感する。

それと同時に涙が更に溢れ、刀奈は顔を手で覆い声を上げて咽び泣く。

 

ずっと一人だと思っていた……ずっと一人で戦っていたと、自分一人で全て背負えば良いと思っていた。

しかし違った。虚は晴美が抜けた分まで自分を支えようとしてくれた。

本音は心が離れた自分と簪に心を痛めてくれた。

簪は自分に追いつこうと血の滲む努力を繰り返し、自分に対等以上に渡り合う実力を得た。

そして晴美は除名されてもなお、自分の味方で在り続けてくれた。

 

自分は決して一人などではなかったのだ。

ただ、それに目を背けて、気付けなかっただけで……。

 

『私……何、やってんだろう?』

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 嗚咽を漏らす刀奈に簪は少し距離を開け、口を開いた。

 

「簪ちゃん……?」

 

「立って。まだ、試合は終わってないよ」

 

 簪の口から出たのは試合続行の言葉だった。

 

「で、でも……私はもう、反則負けじゃ……」

 

 刀奈の言う通り、この試合は魔力・霊力の使用が禁じられている。

本来なら刀奈は既に反則負けである。

 

「暴走しかけたけど、まだ使ったわけじゃない。

……最後までやろう。とことん付き合ってあげる!」

 

 こじ付けにも近い理屈で刀奈の反則負けを取り消し、簪はフレイムソードを展開し、その切っ先を刀奈に向けた。

 

「簪ちゃん……。

分かったわ。もう、油断も慢心もしない。全力で、アナタに勝つ!!」

 

「その言葉、そっくりそのまま返す!!」

 

 互いに真剣な眼差しを向け合い、それぞれ蒼流旋()フレイムソード()を持って構える刀奈と簪。

やがて、二人はどちらからともなく地を蹴り、激突した!

 

「「はあぁぁぁっ!!」」

 

 二度、三度、四度……激しくぶつかり合う刃と刃。

最早二人とも射撃と防御を捨て去り、互いの意地を懸けて鍔競り合う!!

 

「こ、のぉっ!!」

 

「ぐぅっ!」?

 

 先に体勢を崩したのは刀奈。

簪のパワーはやはり凄まじく、刀奈の蒼流旋は弾かれ刀奈はバランスを崩して後退る。

 

「これでっ!」

 

「まだよ!!」

 

 一気に勝負を極めようと剣を振り下ろそうとする簪。

だが、刀奈はバランスを崩したままの体勢で飛び上がり、そのまま宙返りして簪の腕を蹴飛ばし、剣を吹っ飛ばした!

 

(サマーソルトキック!?)

 

 思いも寄らぬ攻撃に面食らう簪。

その隙を刀奈は見逃さず再び蒼流旋を手に刺突を繰り出す。

 

「くぅっ!!」

 

 しかし、簪も負けてはいない。

烈火(装甲)から熱を展開し、両腕でガードしてコレを弾き返す!

 

(凄いパワーと反応速度……ココまで強くなってるなんて……。

簪ちゃん、アナタ本当に、強くなったわね……)

 

(もう、動きに目を慣らしてる……。コレがお姉ちゃんの本当の実力!

やっぱり、お姉ちゃんは凄い……!!)

 

 内心でお互いの力を賞賛する二人。

思えば、ココまで来るのに、お互いに意地を張り合って随分と遠回りし続けてきた。

だが、二人の姉妹は、今ようやく柵を捨て、全力でぶつかり合っているのだ。

 

「だけど……」

 

「勝つのは……」

 

『私よ!!』

 

 叫びにも近い咆哮と共に刀奈は蒼流旋にナノマシンを集中、簪は全身の装甲から熱を発して赤く発光する。

互いの全身全霊を懸け最大の武装で一気に勝負をかける!!

 

「コレで決める!アトミック・ファイヤー!!」

 

「望むところよ!!」

 

 全身を炎で包むような赤い光を身に纏い、猛スピードで突撃する簪。

それに対して刀奈も蒼流旋を構えて迎え撃つ!!

 

(直撃すれば間違い無く私の負け……だけど!!)

 

 突撃してくる簪を見据え、刀奈は仁王立ちして構え、カウンターを狙う。そして……

 

「(まだ、あと少し……今よっ!)クリア・パッション!!」

 

 ギリギリまで引き付け、簪の体当たりがぶつかるその刹那、刀奈は自身の真横にクリア・パッションを放ち、自身の身体を吹っ飛ばした!

 

「!?」

 

 姉の思わぬ回避行動に驚く簪。慌てて立ち止まるが背後を一瞬だが無防備に晒してしまった。

 

「貰ったわ、コレで、終わりよ!!」

 

 最大にして最後のチャンス……そのチャンスに懸け刀奈は残り全てのナノマシンを蒼流旋に集め、簪目掛けて振り下ろす!!

 

烈火(ファイヤー)……」

 

「っ!?」

 

 だが、簪はまだ諦めていなかった。

咄嗟に全身にまとっていた熱エネルギーを右脚に集中させ、左足を軸に回転し、そして……!

 

爆裂蹴(キィィック)!!」

 

 そのまま放たれた師匠である妹紅直伝の蹴り!!

槍と蹴りが交差し、両者に襲い掛かった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、はっ……!」

 

 刀奈の口から呻き声が漏れる。

軍配が上がったのは簪……刀奈の槍が命中するよりも速く、小回りの利く簪の蹴りが刀奈の身体に打ち込まれたのだ。

 

『試合終了!勝者・更識簪!!』

 

「はぁ、はぁ……か、勝った……お姉ちゃんに、勝った?」

 

 告げられる自身の勝利宣言に簪は息切れしながらも呆けたような声を上げる。

今まで目標であり、壁だった姉に、遂に勝ったのだ……長年夢見ていた出来事に、簪は自分が夢の中にいるかのような錯覚に陥る。

 

「えぇ、私の負けよ。簪ちゃん……。

…………今まで、ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉と共に姉の口から告げられる敗北宣言。

その言葉に簪は己が勝利を実感し、観客席からは歓声と拍手が送られたのだった。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

「やったな簪!」

 

「かんちゃん、かっこ良かったよ!」

 

「ありがとう……!!」

 

 仲間達から祝福され、目に涙を浮かべる簪。

そんな彼女を遠くから眺める刀奈に晴美が歩み寄る。

 

「お疲れ……気分はどうよ?」

 

「全力で戦ったから悔いは無い……って言いたいけど、最悪よ。

皆の前であんな無様晒した挙句、守る筈の妹に負かされるなんて……悔しくて、情けなくて……」

 

 晴美の問いに刀奈は目に涙を浮かべながら答える。

だが、その表情にはこれまでのものとは違い、憑き物が落ちたような穏やかさがあった。

 

「でも、こんな悔しい気持ちを……私は、ずっと簪ちゃんに強いていたのね。

それに目を背けて、気付きもしないで……虚ちゃん達の気持ちも蔑ろにしてさ。

どうしてかなぁ?……ちょっと考えれば、すぐ分かる事なのに……。

私って、本当……バカ……!」

 

 自嘲の言葉と共に涙を流す刀奈。

直後に流した涙をゴシゴシと腕で乱暴に拭ってから、刀奈は晴美に向き直った。

 

「晴美、ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 1時間後、試合後の興奮も冷めた頃、ミーティングルームにて……。

 

「皆、お待たせ」

 

「お姉ちゃん!?その髪……」

 

 治療を終えて戻ってきた刀奈の姿に簪は目を見開いて驚いた。

 

「これ?晴美に切ってもらったの。私なりの反省の表し、かな?」

 

 カットを終えた髪を撫でながら刀奈は苦笑する。

外ハネのショートだった刀奈の髪はバッサリと切られ、ベリーショートに切り揃えられていた。

 

「簪ちゃん。さっきも言ったけど、今まで辛い思いをさせてごめんなさい。これからは、私も一緒に戦うわ!

……あと、次は私が勝つからね!」

 

「お姉ちゃん……。私も、負けないから!」

 

 刀奈の言葉に簪は力強い笑みを浮かべて頷いた。

長い遠回りを経て、一組の姉妹はかつての関係を……かつて以上に強い繋がりとなって取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

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 その女は約百年も前からそこにいた。

 

「おのれ……オノレェ……!」

 

 地獄……それは世界が違えど共通して存在する死後の世界の一つ。

生前に悪事を働いたものがその懲罰を受け、次の輪廻転生を迎えるまでに魂を浄化する世界である。

世界によってそのシステムに差異と相違点はあれど、その根本は変わらない。

 

「許さない……許セナイ……!!」

 

 女が自身の属する世界の地獄に墜ちて約百年……魂を浄化される苦痛は際限無く続いていた。

既に自分と共に地獄に墜ちた親友を含む仲間達は浄化の苦痛によって心が壊れ、ただ転生を待つ物言わぬ抜け殻の様になってしまった。

そんな中で、女は未だ心を保っていた。

 

彼女の中にあるのは己を殺した男とその仲間に対する憎悪と怒りのみ……。

だが、どれ程憎悪と怒りを募らせても彼女には地獄から出られる術が無い。

いずれはこの憎しみも怒りも浄化されしまう……その筈だった。

 

『あはっ♪見ーつけた!』

 

「っ!?」

 

 並行世界の親友が、その手を差し伸べるまでは……。

 

『私の味方で在り続けてくれた、この世界の××ちゃん!私と一緒に戦ってよ!』

 

「……クク、ハハハハ!!」

 

 哄笑を上げ、彼女は差し伸べられた手を掴んだ。

何という幸運、何という僥倖!悪鬼羅刹と化したその女は百年もの間、溜めに溜めた憎悪を爆発させる好機を得た……得てしまったのだ!

 

「殺してやるぞ……一夏!!」

 

 己を殺した憎むべき存在・織斑一夏……例え並行世界であろうと例外なく殺す!

その思いを胸にその女……並行世界の××××は地獄からの脱走を成し遂げた。

 

 

 




※刀奈の髪型はエウレカセブン中盤のエウレカをイメージしてます。

打鉄・焔式の必殺技

ファイヤー・フィスト
右手に熱エネルギーを集中させて放つ掌打。

アトミック・ファイヤー
全身に炎を身に纏い、猛スピードで突撃する。

烈火爆裂蹴(ファイヤーキック)
右脚に全熱エネルギーを集中させて放つ一撃必殺の蹴り


次回予告

 更識姉妹が和解したのも束の間、動き出した篠ノ之束とその一派。
その新たな戦力として現れる謎の女……。
その一方で地獄からの脱走者を追い、並行世界からの使者もまた、動き始める。

そして、五反田家では大きな転機が訪れようとしていた。

次回・『並行世界からの来訪者』

次回からichikaさんのインフィニット・ストラトス・アストレイとのコラボ編に入ります。



千冬「これは、本来機密なのですが……既に学園は今学期だけで3回もテロ行為に遭遇しています」

弾「お前は蘭を戦争に行かせたいのか!?」

?「ウルセェ!ウルセェ!!蘭の汚名返上のチャンスなんだぞ!
テメェ如きに出来て蘭に出来ねぇ筈なんてねぇ!!」

?「もうやめて!やめてよぉ……!」









追伸

感想を、ください……(ガチ)。


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並行世界からの来訪者

今回からichikaさんの『インフィニット・ストラトス・アストレイ』とのコラボに入ります。


 並行世界……それは本来ならば決して交わる事の無い世界……。

小説などでよく耳にするその言葉、果たして架空の存在と言えるのだろうか?

宇宙は決してただ一つとは限らない。

いくつもの宇宙が……より言えば世界が並行して存在し、似て非なる歴史を、あるいはまったく違う歴史を歩んでいる世界もあるかもしれない。

 

篠ノ之束が善人な世界

織斑千冬が悪人な世界

織斑一夏が誘拐された際に本当に死亡してる世界

女尊男卑の無い世界

ISが存在しない世界

別の機動兵器が存在する世界

幻想郷が存在しない世界

科学ではなく魔法・霊力が発達している世界

世界そのものを一人の神が管理している世界

神が存在しない世界

妖怪が存在しない世界

人間が存在しない世界

 

 そんな数多の可能性……それこそ無量大数にも達する数のIFのうちの一つ、それがこの世界なのではなかろうか?

 

そして、そんな数多ある世界の一つ……其処から異変は始まる。

 

 

 

 

 

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―――燃えている…―――

 

街が、大地が、空が……。

 

 その世界を構成し、造り上げていた全てが焔に呑まれ、焼かれ、最期の狂演の只中にあった……。

そこに生命の息吹は感じとれず、まもなく全てが死に絶える間際だと、見る者全てに理解させるものであった……。

 

言い表すならばただ一言、地獄。

この世のモノならざる光景を、それ以外に表現することなど出来なかった。

 

そうして悟る事だろう。

今まさに、ひとつの世界が、滅びを迎えようとしている、と…。

 

「ひ、ひぃぃ……!」

 

 その業火の中を、脇目も振らず逃げ走る影があった。

幾人、いや、数名と数えた方が早いその一団は、等しく恐怖に駈られ、正気と言うものが消え失せていた。

その先頭を誰よりも先じて走る男、見た目から考えれば20にもなっているかどうか怪しい彼は、どうしてこうなったと自問自答する他なかった。

 

 

 

 何時もと変わらない、何度と繰り返し過ごしてきた日常のはずだった。

 

嘗ての彼は、どこにでもいるただの学生に過ぎなかった。

ある理由からこの世界に転生し、別の人間として新たな人生を歩む事となった。

 

彼が生きる事となったこの世界は、彼の理想を形にしたと言っても過言ではなかった。

 

自分を慕うヒロイン達、ヒトの身には剰る力、この世界に来るにあたり与えられた整った容姿、全てが自分の思うままになっていた。

 

その力の代価として、何かを命じられたハズだった……何かを為さねばならなかった。

この世界で起こるであろう厄災を事前に止める。あるいは、それによって生じる犠牲を可能な限り抑えるという文字通り天より与えられた天命。

初めの内は、使命感を以て新たな生を歩んでいたが、次第にそれも崩れていった。

 

何故自分がやらねばならないのか、なぜ自分が人身御供な真似をしなければならないのか。

冗談ではない、愚かにも今ある幸福を投げ捨ててまでそのような事をしなければならない、そんなものは自分じゃない誰かがやればいい。

 

やがて、厄災は起きた……。

しかし、それは別の存在によって被害は最小限に抑えられた……この世界(物語)における本来の主人公の手によって。

彼の命と引き換えに……。

 

『自分が出張る必要なんて無い。現に俺が手を下さなくてもアイツが勝手に止めてくれたじゃないか』

 

 そんな言い訳を盾に、彼は背を向け、何も行動を起こす事無く、ただただ周りに在った快楽にのめり込んでいったのだ。

女を抱けば誰もが皆等しく彼に魅了され、喧嘩紛いをすれば右に出る者はなく、正に自分のために世界が在るものだった。

全てが満たされ、順風満帆だった、このままこの世界で生を全うすることが出来る筈だった。

 

厄災の余波によって生じた貧困や紛争など何処吹く風とばかりに、男は自分の為の楽園を作り、そこに篭った。

自分とヒロイン達のみ入る事を許された神聖なる国だ。

外の厄災や争いなど知った事じゃない。

外で何人死のうが、主人公が犠牲になろうが関係無い。

彼の彼による彼のための箱庭の中で、快楽に耽るだけだ。

 

あの時、あの瞬間までは……。

 

『充分楽しんだよね、そろそろ、お仕事してもらおうかな?』

 

 いつぞや、自分をこの世界に送り込んだ、神を自称する女がその姿を現した。

タイムリミットだと告げるように、口調は優しげなままでも刺すような鋭さがあった。

それに気付かないほど、その男は愚鈍ではない。

 

『まだ、ギリギリ間に合うよ?厄災で苦しむ人達に手を差し伸べなさい?

溜め込んだお金やら食料やら搾り出せば、出来るでしょ?

出来ないわけないよね?』

 

 だが、それでも手に入れた物全てを今さら投げ捨てる事など出来るはずもなかった。

故に、男はNOと答えるしかなかったのだ。

 

『残念だなぁ、それじゃあ、後は頑張って生き延びてね』

 

 心底残念そうに、だが次の瞬間にはそれさえも消え去り、残されたのは酷薄なまでに冷たい言葉だけだった。

彼女が消えると同時に、まるで入れ替わる様にして三人の男女が姿を現した。

何かのパワードスーツにも近しい鎧を纏う三人は、その瞳に狂気を湛えたままに彼を見ていた。

 

『告げる、この刃から逃れてみせよ』

 

 それを彼に悟らせる間も無く、中心にいた男は背中にマウントしていた大剣を引き抜き、天へと掲げる様にして突き上げた。

刹那、切っ先を中心に大気に罅が走り、その範囲を広げていった。

 

そこから先は、地獄だった。

罅割れた空間から漏れ出る様に焔が溢れ、世界を覆い尽くしていく。

人工物も自然も、そして人も、平等にその焔に焼かれ、元から何もなかった様に消え去っていく。

彼の仲間もまた、その三人に挑んで消えていった。

今、彼と共に逃げ惑っているのは、その残りと言うわけであった。

 

走る、ただ走る、走って走って走って走って……

 

『さて、そろそろ終わりにしようか?』

 

どれほど走った時だったか、死神の魔手は彼等を捉える。

 

黒い鎧を纏う男が彼等の前に舞い降り、大剣の切っ先を突きつける。

 

地獄の果てまで、いいやその遥か先まで追い詰める、決して逃がさないと言う絶対的な事実がそこにはあった。

 

「ッ……!!」

 

 それを見た彼の取り巻き、その内の幾人かは恐怖に引き攣った表情のまま、短く悲鳴を上げその場から逃走しようと向きを変え走り出そうとした。

 

『アははははっ!!そっちは行き止まりぃ!!』

 

 だが、狂気じみた哄笑と共に降り注ぐ光の柱が直撃し、逃げようとした者達を一瞬にして溶かし、消し去った。

 

「ひぃっ…!い、嫌…!死にたくない…!!」

 

 仲間を一瞬の内に消し飛ばされたからか、彼の一番近くにいた女は、愛していたであろう男を突き飛ばし逃げ出そうとした。

そこに愛などなく、ただ自己を護る防衛本能のみがあった。

 

『あぁ情けない、所詮、惑わされていただけでしたか?』

 

 嫌悪を込めて吐き捨てられる言葉と共に、クナイの様な短刀が彼女の額、胸、腹に突き刺さる。

 

「え、あ―――」

 

 悲鳴をあげるよりも早く突き刺さったクナイが爆裂、その身体を大小の物言わぬ肉塊へと変えた。

 

「う、うわぁぁぁ……!?」

 

 目の前で行われる暴虐、殺戮。

自分が目を背けた全てを突きつけられた男は、悲鳴をあげて蹲る。

恐怖、後悔、そして絶望の入り雑じった表情を浮かべながらも、彼は、自身に迫る終焉を見る他なかった。

 

「なんで…!なんでなんだよぉぉ…!俺は、俺はただ幸せに、優雅に生きたかっただけなのに………!!」

 

 泣き叫ぶような本心の吐露、それは己が欲望にまみれた答えであったとしても、人間が誰しも有する願いだった。

使命など忘れて、生きていきたかったと…。

 

『転生を受け入れた時点で、俺達にそれ“だけ”を求める資格は永劫に失われる、人ではなく、世界と言う作品を構成する歯車だ、他の何よりもな』

 

 だが、神に見初められ、それを受け入れた時点でそれは叶わぬ願いであると男は告げる。

どれほど理不尽であったとしても、それは契約であり、人を越える事を赦された証であり、義務なのだから。

 

『故に、お前が汚し、貶めた世界を救済しよう、永遠の眠り、それが真なる救済だ』

 

 世界、いいや神の視点から見れば絵物語か、自分の駒となる人間が望まぬ行動を取り、あまつさえそれが物語を侵食し台無しにしてしまうのは不愉快極まり無い事だ。

故に、男の仕事は定められた。

神の望まぬ行動を取る転生者の排除、そして世界のリセット。

 

その男が神の遣いとなる以前、人の形であった頃からの役割であった。

 

『さらばだ、貴様はこの世界ごと虚無に落ちろ。』

 

 大剣を一振、それだけで仕事は終わっていた。

世界は概念ごと断ち切られ、崩壊し虚無へと還っていく。

足場を失った男は一瞬の浮遊感に包まれるが、それもすぐに終わり、急速な落下が始まる。

 

『嫌だ…!いやだぁぁぁ…!!助けてぇぇぇ……!!』

 

 落下の最中、男の身体も崩壊を始める。

世界が消えるのだ、その一部となった彼もまた消えるのは道理であった。

伸ばした手も、終ぞ取る者も無く、男は虚無へと還った。

 

『ふん、くだらん……。

命が惜しいなら、幸せとやらを掴みたかったのであれば義務を果たせばよかったものを。

義務を果たす覚悟が無いなら人を超える力など求めなければ、分不相応な転生などしなければマトモで在れたろうに……。

せめて、義務を果たしてから幸せになるべきだろうに。アイツ等のようにな……』

 

 脳裏に浮かぶ嘗て人間だった頃、自分と共に転生を経験し、それぞれのやり方で己が責務を果たした嘗ての弟と友。そして、これまでに何度か見てきた義務を全うして幸せを掴んだ、正しき心を持った転生者達。

 

(それに比べ、コイツは……)

 

 剣を納め、臨戦体勢を解いたその男は嘆息し、虚無を眺める。

いつぞや自分達も立った白き地、世界の狭間と呼ぶべき場所。

神に選ばれ、人として生きる事を棄てて以来、時間に当て嵌めるなら既に1世紀以上は経っている、最早見慣れ過ぎて飽き飽きするほどだ。

 

仕事が終われば何時もこの世界に戻され、また次の仕事まで待機する。

 

未だ修行の身である彼等はまた、ここで暫しの間己が力を高めるのだ。

 

『力を伴った転生を断れる程の聖人であるならば、最早私達を越えている様なモノですわ』

 

『そうそう、むしろ人間らしくて羨ましいぐらいだね』

 

 彼のもとに薄金髪と濃金髪の女二人が戻り、人として在れるのは羨ましい限りと宣う。

だが、それも所詮は表面的なものだ。

何せ彼女達は、彼と共に在りたいと願うその一心のみで人を棄て、神の遣いとなる事を是としたのだから。

故に思うのだ、何故人を棄てる覚悟を持てないのか、何故人で在りたいと願わないのかと、半端な思いしか抱けない者達に失望を抱いていた。

それは男も同感であっただろうが、最早言及するに及ばないと。

 

『心にも無いことを言うよ。ま、それはさておき、暫くはフリーだな』

 

 その本心を見抜きながらも、彼は一先ず休憩だと言わんばかりに一息吐く。

最早慣れたものとは言え、そして人の身を超越し、疲労を感じないモノだとしても、精神に安らぎは必要なのだ。

しかもここは虚無の世界とは言えど、彼等しかいないプライベートな空間である。

ナニをしていようが勝手でもある。

それは彼女達も同意する所だと、彼の傍に寄り、一先ずの休息と洒落込もうとした。

 

 

 

だが……。

 

『にゃはは~♪そうは問屋が卸さない~♪』

 

 唐突に響き渡る陽気な、いや、パッパラパーと形容した方がしっくりくる声が彼等に届く。

その声に、彼等は折角休もうとしたのにと言わんばかりに表情をしかめるが、もう永い付き合いだ、慣れきってしまっていた。

 

『何の用だ?仕事は終わらせたばかり、千里眼で見てたろうから報告も要らんだろうに』

 

 煩わしいと言わんばかりに男は問う。

用があるなら手短に済ませろと、言外に告げていた。

 

『やー、悪いねー、女神として、というよりは君達を見初めた張本人として伝えときたい事があってさー』

 

 彼の問いに悪びれた様子もなく、女神を名乗る女は調子を崩す事無く、何処までも残酷で美しい笑みを浮かべたまま宣う。

 

『君達と因縁深い相手が、浄罪の間から脱け出して何処かの世界に紛れ込んじゃったみたいなんだー』

 

『なに?』

 

 告げられた言葉に、彼は僅かに驚いた様な反応を見せる。

 

浄罪の間……それは言ってしまえば地獄であり、罪に穢れた魂を浄化する場である。

一度そこに堕ちてしまえば、人間の身では脱け出す事など出来ず、仮に脱け出そうとするならば人を棄て神に近い存在になるか、それに近い者の手引きを受けるかのどちらかしか無い。

その相手に心当たりがあるが故に、神に至れる程の器を持たない上に神にしようと見初める神もいないと踏んでいる。

 

であるならば、考えられる原因は1つ。

それに近い存在が脱獄を手引きした者がいると言うこと。

それは彼等にとっても脅威になり得ると言うことだ。

 

『しかも行き先もちょーっと危ないと言うか、私達の管理する世界には無い力で満ちた。

私達でさえ超常の存在になり得ない世界だからさー、そこで力を付けられると困るんだよねー』

 

『なるほど、そこでの理を手に入れられたら相性が良くない、と…、面倒な事だな』

 

 異常事態に更に悪い条件が重なる事ほど面倒な事はない、女神も彼もそれは意見の一致するところだった。

然るに、彼等が取るべき行動は……。

 

『告げる、我が遣いの三柱、これより浄罪の間より逃亡した者の粛清に当たれ。』

 

 軽薄だった笑みを消し、威圧とも取れる雰囲気を纏った女神は彼等に向けて任務を言い渡す。

対等では無く主従として、ただ告げるだけだった。

 

『『『御意、我等三柱、破壊神の名に懸けて、任務を遂行しよう』』』

 

 その命に応じ、三人、いや、彼等三柱は騎士の礼とも取れる様に膝をつき、頭を垂れた。

その命を必ず遂行すると、誓いを立てる様に。

 

『じゃあ、早速行こうか、向こうでの身体は用意してあるから、思いきってやってきてね~!』

 

『ハッ!人間の身体で行けってことか?なるほど、承知した。』

 

 短いやり取りの中で、彼は人間の身体でその世界に向かう事を承諾した。

それが意味する所は恐らく、神のまま現界すると不都合が起きる故に、力を人間の内に留めておくと言う事なのだろう。

 

だが、どちらにせよ変わることの無い事実がある。

終末の厄災が、迷うこと無くかの世界へと向かうのだと言う事実は…。

 

『では行こうじゃないか、楽しいパーティーの時間だ、クックックッ…ハーッハッハッハッ!!』

 

 

 

 

 

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「何だとぉっ!?テメェ、もう一遍言ってみろ!?」

 

 話は外界へと移る。

都内某所に建てられた一軒の食堂……弾の実家である五反田食堂にて、店主である五反田厳の怒鳴り声が響き渡る。

そんな祖父の怒声に臆する事無く、弾は目の前にいる祖父を静かに睨みつけている。

 

「何度でも言ってやるよ。口利きなんてしてやる気は無いって言ってんだ」

 

 鼻息も荒く殺気立つ厳に対し、弾は不機嫌さを隠そうともせずに返す。

その隣では彼に同行してきた千冬も真剣な表情を浮かべている。

何故、弾が嫌っているはずの実家に、千冬を伴って戻っているのか……その理由は前日まで遡る。

 

簪と刀奈の姉妹対決を終え、和解した姉妹共々修行に励む日々に戻ろうとした矢先に、弾にかかってきた一件の電話。

妹の蘭にISの適性が判明、それも高ランクであるAという形で発覚したというのだ。

そこで、厳は学園内において1年生の中でもトップクラスに入るとされている弾に対し、蘭のIS学園入学を口利きして後押しするように要求してきたのだ。

 

祖父からの一方的な命令に内心怒りを覚えた弾だったが、妹の蘭の将来を考えると、放っておくことも出来ず、担任である千冬に頼み、彼女と共に実家へと一時帰宅し、母親の蓮と妹の蘭も交え、話し合いの席に着いたのだが……。

(ちなみに、父親は現在他県に単身赴任中)

 

「落ち着いてください。

厳さん……アナタには悪いが、この件に関しては私も弾と同意見です」

 

「何だとぉっ!?」

 

 千冬の言葉に厳はより一層大声を上げ、今度は千冬を睨みつける。

 

「ISはもう単なる競技用のパワードスーツではなく、軍隊などに使用される立派な兵器です。

IS学園に入るという事は、否応無しに兵器(それ)に関わるという事です。

そして……これは、本来機密なのですが……既に学園は今学期だけで3回もテロ行為に遭遇しています。

それらを鎮圧するのもIS……牽いてはそのパイロットです。

今後、SWの普及や女権団体の過激派の動向次第によっては、暴徒やテロの鎮圧などに駆り出されるのは日本でも当たり前になるし、下手をすれば戦争にも使用される可能性もあります。

失礼ですが、蘭は……彼女はそういった荒事に対してトラウマを持っている。

そんな状態の者を推薦する事は出来ませんし、仮に受験しても不合格になるのが目に見えてます」

 

「そんな事、やってみなきゃ分からねぇだろ!?」

 

「受験する以前の問題なんだよ。そんな事も分からない程ボケたか?」

 

「何ぃっ!?」

 

 声を荒げる厳に弾は皮肉を交えて返す。

その言葉に厳は顔をこれ以上に無い程真っ赤に染める。

 

「さっきから聞いてりゃギャーギャー喚きやがって。

第一にだ……蘭、お前はどうしたいんだ?学園を受験したいのか?」

 

「わ、私は……」

 

 兄に声を掛けられ、隅の席で縮こまっていた蘭は気まずそうに口ごもる。

 

「本人が決めてすらいないのにコネ入学の準備か?ふざけるなよこの糞ジジイ……!!」

 

「ぐっ……お、俺は蘭の為を思って言ってるんだ!お前らが口利きさえすれば蘭はIS学園に入れるんだ!

蘭が今通ってる中学がどんなモンか知ってるだろ!?あんな底辺みてぇな学校を卒業したって行ける高校なんかたかが知れてる!

お前は蘭の学歴に傷がついたままで良いってのか!?」

 

「学歴に傷?ああ、確かに付いてるな。

だけど、それは蘭自身の自業自得。それは蘭だって自覚してる事だ」

 

 弾の言葉に蘭は怯えるように顔を伏せる。

蘭がかつて起こした傷害事件以降、蘭は元々通っていた学校に居場所を失くし、退学同然に転校。

転校した先は都内でも最低レベルとされる底辺校だった。

今の蘭の経歴で入れる高校はそう多くは無い事は明白だった。

それでも、弾は蘭をIS学園に入学させる気など更々無かった。

 

「それに、織斑先生も言ってただろ?学園はもうただのエリート校なんかじゃない。

お前は蘭を戦争に行かせたいのか!?」

 

「ウルセェ!ウルセェ!!蘭の汚名返上のチャンスなんだぞ!

何が戦争だ!何がテロだ!!そんなもんお前らだけで勝手に相手してろ!!

仮に蘭が巻き込まれたって、そんな連中蘭なら簡単に片付けられる!!

テメェ如きに出来て蘭に出来ねぇ筈なんてねぇ!!」

 

 とうとう逆上して支離滅裂な言葉を並べて弾に殴りかかる厳。

しかし、そんな祖父の拳を軽く受け止め、弾は侮蔑の篭った目で厳を睨む。

 

「いい加減にしろよ……!このゴミ野郎!!」

 

「ガッ!グエェェ……!!」

 

 怒りの炎をその眼に宿し、弾のボディブローが突き刺さった!

 

「ケッ!一家の大黒柱も腐りきっちまえばただの老害ジジイだぜ!!」

 

「ぐがぁぁっっ!!」

 

 胃液を吐き散らして蹲る厳を見下ろしながら弾は忌々しげに唾を吐き、厳の顔面を殴り飛ばした。

 

「だ、弾!もうやめて!!」

 

「五反田、やり過ぎだ!」

 

「もうやめて!やめてよぉ……!!」

 

 殴り合いに発展し、厳を叩きのめした弾を周囲の三人は必死に止めに入る。

蘭に至っては泣き崩れてしまっている。

そんな周囲(特に蘭)の様子に弾も多少落ち着きを取り戻しバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「……すまねぇ。お袋、蘭とジジイを部屋に連れて行ってくれ。

その後に、外で今後の事を話そう」

 

「……分かったわ。さぁ蘭、お父さん、行きましょう」

 

「ひっく……うん……」

 

「ぐ、うぅ……」

 

 蓮に連れられて奥の部屋へと引っ込む蘭と厳。

そんな二人の後姿を見つめながら、弾は忌々しげに舌打ちしたのだった。

 

「クソ!やっぱ、来るんじゃなかったな……」

 

 

 

 

 

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 弾と千冬が五反田家を訪れる数日前。

篠ノ之束のラボの最深部……束に見守られながら,

その部屋の中央に描かれた魔法陣から眩い光と共に、その人物は現れた。

 

「……ココが並行世界?」

 

「そう、君のいた世界とは違う歴史を歩んだ、似て非なる世界だよ」

 

「なるほど……たしかに、何となく私の知る束と、お前は違うようだ」

 

 その人物は束を一瞥した後、自身の身体を見遣り、腕を、手を動かしてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「久しぶりの感覚だ。久しぶりの、生の感覚……!」

 

「さ~て、召喚したからには、私のやる事手伝ってもらうよ。

報酬は、この世界特有の力……それで良いね?」

 

「勿論だ……!この世界で力を得て、奴に復讐する……!!その為に来たのだからな!!」

 

 その答えを聞いた束は満足げに笑い、彼女に手を差し出す。

 

「契約成立。よろしくね……ちーちゃん♪」

 

 そして、その差し伸べられた手を彼女……並行世界より来訪した織斑千冬は握り返した。

 

「お前の計画とやら、全力で協力するぞ、束!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




導入部分はichikaさんに書いていただいたものを手直ししました。
ichikaさん、ありがとうございます!!



次回予告

 決定的な祖父との決別……そんな息子の姿に、弾の母・蓮は、一つの大きな決断をする事になる。
一方で、一夏・霊夢・魔理沙は刀奈達を引き連れて新たに起きた異変を解決すべく、空中に浮かぶ逆さまの城・輝針城へと足を運んでいた。
だが、同時に新たな戦力を加えた束は遂に幻想郷への侵攻を開始しようとしていた。

突如として現れ、襲い来る無人機部隊。
そして、それらを率いるは凶悪な力を得た並行世界の千冬。
専用機をメンテナンスに出している事もあり、瞬く間に窮地に追いやられる一夏達。
だが、地獄より脱走した罪人を追い、三人の来訪者が駆けつけた!

次回『来訪!一人の悪鬼と三人の破壊者!!』

蓮「もう、潮時なのかしらね……」

一夏「お前、誰だ?」

千冬(並行)「紛う事なき貴様の姉だ!実の弟である貴様に殺された、織斑千冬だ!!」

?「フン!相変わらず下らん恨み辛みをほざきやがる……!」

シャルロット「ど、どうなってるの?」

セシリア「私達が、二人!?」





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来訪!一人の悪鬼と三人の破壊者!!(前編)

長々とお待たせしてしまい大変申し訳ありません。

※便宜上蒼天葬側からの呼び名が定まるまでアストレイ側の千冬はチフユと表記します。


 時は弾と千冬が五反田食堂を訪れる前日まで遡る……

 

「どう、ちーちゃん?暮桜と白騎士をベースに作った『紅桜』の出来は?」

 

「ああ、上々だ。それにしても驚きだ。Gタイプ……私が元いた世界の最高レベルの機体と比べても遜色無い」

 

 新たな専用機『紅桜(べにざくら)』の性能に驚きつつ、満足げに笑みを浮かべるチフユ。

 

「それにしても……」

 

 言葉を区切り、チフユはモニターに映るこの世界における自分と一夏の姿を、そしてそのすぐ傍でこちらを睨む慧を見る。

 

「この世界の私は束を裏切った挙句、一夏と男女の関係か……ふん!胸糞悪い……!!

それと、いい加減私を睨むのはやめて欲しいのだが?箒……いや、その半身か」

 

「睨んで何が悪い?あの女と同じ顔をしている奴を目の前にしているんだ。

私としては今すぐにでもその首掻っ切ってやりたいのを我慢してやっているんだぞ」

 

「戯言を……!」

 

「はいはい、そこまで!ちーちゃんと慧ちゃんには、一緒にやってもらう事があるんだから喧嘩は後回しだよ!」

 

 今にもお互いに飛び掛りそうな殺伐とした雰囲気を出す二人を静め、束は目を細めて口元にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「明日、くーちゃん達が戻って来たと同時に幻想郷に侵入。拠点を確保してきてもらうよ」

 

 

 

 

 

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 祖父とのひと悶着の後、弾と千冬は蓮と共に近場の公園のベンチに腰を下ろしていた。

 

「ごめんなさい。まさか、(お父さん)があんな事を言い出すなんて……」

 

「あの糞ジジイにまともな感性なんて期待してねーよ。

で、お袋はどう思ってるんだ?蘭をIS学園に入れたいか?」

 

「まさか!蘭には無理よ……戦争とか、そういうのを抜きにしても、あの子には人を傷付けるなんて出来ないし、させたくないわ」

 

 父の一存で進学先を決められそうになり、()の磨耗した心を無視した暴挙に憤りを露にしながら蓮は申し訳無さそうに目を伏せる。

 

「弾、本当にごめんなさい……!

本当なら、あの時……蘭が傷害沙汰を起こした時、叱るのは私達両親の役目だった。

なのに、私達が(お父さん)に逆らえないばっかりに、アナタが……!」

 

「お袋と親父は、仕方ねぇよ。

あんな糞ジジイでも、お袋にとっては実の親で、親父は婿養子だから、立場も弱いし……」

 

 顔を両手で覆いながら、蓮は謝罪と共に咽び泣く母に対し、弾はぶっきらぼうながらも決して責める事はせず、理解の意を示す。

そんな息子の姿に、蓮は涙を拭い、何かを決意したように弾に向き直った。

 

「もう、潮時なのかしらね……。

弾、アナタが毎月送ってくれる仕送り、もうしなくていいわ」

 

「仕送りって……五反田、お前そんな事を?」

 

 驚いたように千冬は弾を見るが、弾はバツが悪そうにそっぽを向く。

誰にも言わなかった事だが、弾はテストパイロットとしての給料の一部を母の口座に毎月振り込み続けており、それで五反田食堂はギリギリの所で経営出来ていたのだ。

 

「……良いのかよ?仕送り無しじゃあの店潰れちまうぜ?」

 

「もう、いいの。お父さんとも話し合って、決めたのよ。

店を畳んで売れるものを売ったら、お父さんの仕事だけでも何とか食べていけるから。

蘭の方も、県外の学校に移して、やり直させるわ」

 

「糞ジジイが納得するとは思えないけど?」

 

「無理矢理にでも押し通すわ。

いえ、本当ならもっと早くこうするべきだったのよ……。

たとえ、あの人が何を言ってきても、ね……」

 

「……分かった」

 

 若干強い口調で答える母の表情に揺ぎ無い意志を感じ、弾は納得したように笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 そんな時だった……。

 

『~♪』

 

「ん?ああ、すまない。私の携帯だ」

 

 不意に鳴った千冬の携帯電話。

画面に表示されていたのは八雲紫の名前だ。

 

「もしもし、紫か?どうした?……何だと!?」

 

 驚愕の表情を見せる千冬。

それを見て弾もただ事では無いと察し、目を鋭く細める。

 

「分かった、すぐ戻る!……五反田、非常招集だ!」

 

「ああ、分かってる。

お袋、すまん。話の続きはまた今度に」

 

「え、ええ……」

 

 呆然とする蓮を余所に、二人は車へと駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 話は約1時間前へと遡る。

数日前、幻想郷内にて突如として上下逆さまの城が出現。

謎の城の出現に当初は様子見していた霊夢たちだったが、弾と千冬が外界に出た直後、突如として城から魔力嵐が起こり、道具が勝手に動き出したり、普段大人しい妖怪が暴走し始めるという異変が発生した。

原因を探るべく霊夢、魔理沙、咲夜、一夏は魔力嵐の中心となる逆さまの城……輝針城へと突入。

更に修行の一環になると紫からのお達しで、殆どの専用機を大規模メンテナンスに出していた合宿メンバー(+勝手に着いて来たチルノ)も異変解決へと同行。

妖精や怨霊を相手に弾幕戦を行い、実戦経験を積む事になった。

 

 そして……

 

「きゅぅ……」

 

「ち、ちくしょお……博霊の巫女が、こんな大勢で来るなんて、予想外だろうが……!」

 

「いやー、手伝いがいると楽で良いわ。雑魚掃除しなくて済むんだから」

 

 他のメンバーが露払いしている間に、霊夢と魔理沙は異変の実行犯である小人・少名針妙丸と、彼女を唆した異変の首謀者である天邪鬼・鬼人正邪を瞬く間に撃破し、制圧してしまった。

 

「思ってた以上に皆魔力の扱いが上手くなってるわね」

 

「ああ、これなら皆十分合格ラインだな。……それにしても」

 

 感心した様子で殆ど無傷で戦い抜いた合宿メンバーを一瞥する一夏と咲夜。

だが、二人はある人物の姿に若干冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべる。

二人の視線の先には……

 

「お、お願い。あんまりジロジロ見詰めないで。自分でも恥ずかしいんだから……」

 

 にとりから借りた即席の飛行ユニット(プロペラ付ランドセル)を背負って宙に浮かぶ刀奈の姿だった。

更識刀奈……霊力の扱いを覚え、弾幕も撃てるようになった彼女なのだが、

唯一、飛行術の適性が極端に低く、未だ生身で飛ぶ事は出来ずにいたのだった。

 

「まさか、飛行術の適性だけがココまで低いなんて、ある意味レアよ貴女」

 

 一応フォローしておくが、別に刀奈に霊力の才能が無い訳ではない。

ただ単に飛行術に関してのみ、適性が低いだけなのである。

ちなみに、霊夢からは「飛行できるようになるまで3ヶ月は真面目に修行する必要がある」と言われた。

 

「お姉ちゃん、元気出して。霊無さんだって昔は空飛ぶ亀に乗ってたって言うんだから」

 

「うぅ……そう言ってくれるのは簪ちゃんだけよ……。

晴美の奴なんて、コレ見て大笑いしてたのに……」

 

 妹に慰められて抱きつく刀奈……数日前まで大喧嘩していたとは思えないぐらい打ち解けようだ。

 

「ホラ、漫才やってないで、後始末してさっさと帰るわよ!

まったく、これじゃ大した実戦訓練にならない……っ!?」

 

「どうした、霊夢?」

 

 不意に霊夢の表情が強張る。

そんな彼女の様子に魔理沙は訝しむように首を傾げるが、霊夢はそんな事は目に入らないように虚空を見上げる。

 

「結界が、一瞬途切れた……?」

 

「何?」

 

「……っ!?何か、来るわ!」

 

 霊夢の呟きに驚いたような表情を見せる魔理沙。

直後に咲夜が接近する者の気配を感じ取り、顔を上げる。

そしてその直後、輝針城の壁が破壊され、そこから侵入するISを纏った一人の女が姿を現した。

 

「な、何だ!?」

 

「あれは……千冬さん?」

 

 血のような紅い……というよりも、赤黒いISを纏い現れたその女の顔は、織斑千冬とまったく同じだった。

 

「千冬?お前、弾と一緒に外の世界に戻ってたんじゃ?」

 

 突然現れた千冬に首を傾げながら近付こうとするチルノ。

だが、その刹那……

 

「チルノ、待て!そいつは千冬姉じゃない!!」

 

「死ね……!!」

 

「へ?……うわぁっ!?」

 

「チルノ!」

 

 一夏の一喝とほぼ同時に、突然振るわれる紅いISの右手に展開された刀がチルノの首を斬り落とさんと振るわれる。

咄嗟にそれを精製した氷塊を盾にして防ぐチルノ。

直撃こそ避けたが、千冬のパワーに吹っ飛ばされ、真耶がそれを受け止める。

 

「チルノちゃん、大丈夫?」

 

「う、うん……けど、千冬!お前、何するんだよ!?

一夏が千冬じゃないって言ってたけど、偽者か!?」

 

「フン……その首落としてやろうと思ったが、ガキの癖に良い反射神経だ。

真耶……貴様も思ったより素早く動くじゃないか?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、不気味な黒い魔力を見せながら、ゆっくりと近付く千冬と同じ顔を持つ女。

その場にいる全員が身構える中、一夏が一歩前に出てその女と睨み合う。

 

「お前、誰だ?千冬姉はそんなドス黒い魔力なんて出さないぞ……!」

 

「紛う事なき貴様の姉だ!実の弟である貴様に殺された、織斑千冬だ!!」

 

 その眼を憎悪に満ちたものへと変え、その女……チフユの身に纏う魔力が爆発させるように増し、それと同時にチフユの空けた穴から現れる10体余りのゴーレム(無人機)

それを合図にチフユは一夏目掛けて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

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 都内某所の寿司屋。

 

「大将、私とこの子にトロサーモン追加。

ところで……あの食堂、さっき随分と騒がしかったけど、何かあったんですか?」

 

 近くの店から聞こえる騒々しい怒鳴り声が収まってから暫くたった頃、その店で寿司を堪能していた2人組の外国人の少女は寿司を握る初老の店主に問いかけた。

 

「ああ、五反田食堂の事か?

あの様子じゃ、また厳の奴がトラブル起こしたみてぇだな……。

孫娘の蘭ちゃんが傷害沙汰起こしてから、いつもあんな感じだが、今日はより一層ひでぇや。

まったく、蘭ちゃんを溺愛するのは解かるけどよ、それでも叱るべき時は叱らなきゃいけねぇだろうが。

ありゃあ、越えちゃいけねぇ一線越えてるぜ。弾の坊主が家出して独り立ちしたくなるのも解かるってもんよ。

おっと、トロサーモンだったね?待ってな」

 

 溜息を吐きながら五反田食堂を一瞬眺めた後、店主は再び寿司を握り始める。

 

「へい、トロサーモンお待ち!」

 

「どーも♪

…………五反田蘭、使えそうね」

 

「はむっ……♪

……織斑千冬と五反田弾、河城重工に戻ったようですし、食べ終わったら戦力補充の仕上げと行きましょう。

彼女は良い捨て駒になります」

 

 寿司に舌鼓を打ちながら、小声で不穏な会話を交わす二人の少女、ノエルとクロエ。

彼女達の手元にあるタブレットには、五反田蘭の顔写真が映っていた。

 

「それにしても、お寿司美味しいですね。後で束様達にお土産で買って帰りましょう」

 

「そうね。別に急ぐ必要は無いし、今は食事を楽しまないとね。

あ、大将!エンガワと大トロ追加!」

 

「私も大トロ。あといくらも!」

 

「はいよ!」

 

 不穏な企みを余所に二人はこの後も寿司を堪能したのだった。

 

 

 

 

 

 




アイテム解説

『にとり製飛行ユニット』

にとりが飛行能力を持たない者を対象として作った飛行ユニット。
にとり愛用のリュックを元に製造したもので、使用者の魔力・霊力・妖力などを動力として飛行する事が出来る。
安全性にも配慮されており、予備エネルギー貯蔵タンクや脱出用のパラシュート式着地機能が常備されている優れ物。

なお、にとりはコレを量産して飛行が苦手な者向けの道具として商品化しており、主に人里の自警団などを相手に売りつけ、個人的な資金源の一つとしている。

刀奈に渡した物は普段使ってる材料が無く時間も無かった為、有り合わせの材料で急造した物。
性能は正式な物と同じなので問題無いが、有り合わせの材料で急遽作ったためデザインは蓋の無いランドセルからプロペラが出ているという、お世辞にも見栄えが良いとは言えないものになっている。
(にとり曰く「間に合わせで作ってんだから文句言うなよな」)


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来訪!一人の悪鬼と三人の破壊者!!(中編~新たな力~)

久しぶりの更新です。
リハビリも兼ねてなのでかなり短いですが、今後ともよろしくお願いします。


「到着まで、後7分強って所か?」

 

 漆黒の闇の中、所々に光る白い光……それ以外に何も無い空間の中を移動する船のような物体と、それに乗る三人の男女。

その中の一人で黒一点である男が目を細めながら呟く。

 

「ええ。ですが私達の世界とあちら側の世界での時差を考えると、ターゲットと私達の到着時刻には、およそ49時間の誤差が生じますわ。

恐らく、ターゲットは既に篠ノ之束と合流し、準備を整えているでしょう」

 

「ボク達が到着するまで、向こう側のボク達が何事も無ければいいんだけどね。

折角用意した手土産が無駄になるのも嫌だし」

 

 男に付き従うように続く二人の女。

二人を一瞥し、男は口元に不敵な笑みを浮かべ、自らの向かう世界を見詰め、浄罪の間より逃れた罪人に思いを馳せる。

 

「罪を悔い改めてさえいれば浄罪の苦痛は和らぎ、ただ静かに転生の時を待つ事も出来ただろうに、結局奴は己が罪を自覚もせず、更に罪を重ねて……何処までも愚かだ。

そんな事をしても罪からは逃れられない。より重くなり、より己を汚し、そして苦しむ……。

そんな当たり前を100年以上経っても解ろうともしない……本当に貴様は愚かだ、嘗ての姉よ。

貴様にはコレまでの100年が極楽と思える罰をくれてやる……!」

 

 口元には不敵かつ残忍な笑みを浮かべ、瞳の奥底には怒りの炎を宿し、三人の破壊神達は静かに到着の時を待つ。

これから起きるであろう戦いに思いを馳せながら……。

 

 

 

 

 

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輝針城に現れた千冬と同じ容姿を持つ女・チフユと、彼女の率いる20機もの無人機。

それらが一斉に一夏達目掛けて襲い掛かる。

 

「死ねェ!一夏ァァッ!!」

 

「くっ!!」

 

 振り下ろされる刀を紙一重で回避し、一夏は右手に魔力を纏わせながら反撃に移る。

 

「千冬姉と同じ顔と声で、物騒な台詞言ってんじゃねぇよ!!」

 

「ぐぁっ!!」

 

「魔理沙!霊夢!」

 

「分かってる!マスタースパーク!!」

 

「夢想封印!!」

 

 チフユの顔面目掛けて叩き込まれる一夏の拳。

更に霊夢と魔理沙がスペルを発動させて追撃を加える。

 

「デストロイナックル!!」

 

「ぐ、ガアアァァァッ!!」

 

 更に一夏が魔力レーザーを放ち、3人分の魔力と霊力がチフユに襲い掛かり、チフユは成す術無く集中砲火を浴びてしまうが……

 

「おのれぇ……オノレェェ!!」

 

 容赦の無い集中砲火に一瞬苦悶の表情を浮かべるチフユだが、爆煙から再び姿を現したその姿は殆ど無傷。

怨嗟の声を吐きながら血走った眼で一夏達を睨みその身体に纏う禍々しい魔力は増大していく。

 

「何だ!?コイツ、どんどん魔力が上がっていくぞ!?」

 

「よくモ、ヤってくレたな……ゴミ共がぁぁーーーーっ!!」

 

 チフユの雄叫びに呼応するかの如く、身に纏う紅桜の色がより赤黒く変色していく。

それに共鳴するかのように周囲の無人機(ゴーレム)にも禍々しい魔力が溢れ始めていった。

 

「まずいわね……ISやSW無しでどうにか出来る相手じゃないわよ……」

 

 霊夢が冷や汗を浮かべながら周囲を見渡す。

10体の無人機とチフユに囲まれ、文字通り四面楚歌の状態だ。

 

「殺してヤル!殺してやるゾ!!一夏ァァーーーーッ!!」

 

 そんな焦りもお構い無しにチフユの纏う紅桜の持つ刀剣は禍々しい赤い光を放ちながら一夏を斬り殺さんと迫りくる。

 

「うわっ!?」

 

 紙一重で斬撃を回避する一夏。

しかし、僅かに刃が掠めた頬が僅かに裂け、血が流れる。

魔力による防御膜を纏っているにも拘らず、それを素通りするかのようにだ。

 

(魔力の防御を切り裂いた!?まるで、零落白夜じゃないか!?)

 

 姉の千冬の得意技の名前元にして現役時代の専用機に装備していた刀剣を思わせるその切れ味と威力に一夏は内心冷や汗をかく。

 

「こんなの直撃したら、真っ二つだぞ……。」

 

「ああ。それに、この魔力と防御力……とても普通じゃない。専用機無しで勝てる相手じゃないぜ」

 

「最悪ね……。私の専用機、急いで仕上げさせるべきだったわ」

 

 有効打も無く、取り囲まれて逃げる事も出来ない状況に臍を噛む三人。だが……

 

「なら、アタイに任せろ!!」

 

 威勢の良い声と共に三人を守るようにある人物がSWを身に纏って割って入った。

 

「やい、この偽者ヤロー!さっきはよくも不意打ちなんてセコイ真似してくれたな!

お前は最強のアタイの最強の専用機『アブソリュートフリーザー』でカッチカチに凍らせてやる!!」

 

 こんな日の為に河童に頼んで作らせておいた専用SWを引っさげ、チルノはチフユに堂々と啖呵を切った。

 

「邪魔をするなガキがァっ!!」

 

 

 

 

 

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 一夏、魔理沙、霊夢がチフユと交戦する中、咲夜を始めとした他のメンバーも、無人機部隊を相手に戦闘を開始していた。

 

「まずいわね、この無人機……」

 

「ええ、コレまでの無人機とは違う。明らかに魔力で強化されてます」

 

 無人機部隊を相手取り、咲夜と妖夢はそれぞれ自分達を取り囲む無人機を睨む。

 

「生身でISと戦えるようになったのは良いけど……」

 

「こんな形で修行の成果を実感する事になるなんて……」

 

 魔力・霊力の扱いを習得した事で、生身のまま無人機と渡り合うという合宿前には想像も付かなかった程の実力アップ。

本来なら喜ばしい事だが、それをこのような危機的状況で実感するというのは甚だ不本意である。

 

「一夏達の方も梃子摺ってる以上、無理に戦うのは得策じゃないわ。何とか、隙を突いて撤退した方が良さそうね……」

 

「なら、殿は……」

 

「ボク達が引き受けるよ!!」

 

 勇ましさを感じる声と共に前に出たのは箒とシャルロット。

チルノと同じく先日完成したばかりのそれぞれの専用機を展開し、無人機部隊と相対する。

 

「生まれ変わった私の力、見せてやる!来い、『鋏刃(きょうじん)』!!」

 

「ボクの幻想郷(第二の故郷)で、好き勝手はさせないよ!行くよ、『ラファール・ブラスター』!!」

 

 それぞれの新たなIS()を身に纏い、二人の少女が侵略者を迎え撃つ!!

 

 

 

 

 

 

 

 



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来訪!一人の悪鬼と三人の破壊者!!(後編~氷拳VS凶刃~)

今年二回しか更新出来てない……。
何やってんだろ俺?


「邪魔をするなガキがァっ!!」

 

「ガキだからって甘く見んなよ、偽者ヤロー!」

 

 凶悪な気迫と共にチルノに斬りかかるチフユ。

迫り来る刃をチルノは怯む事無く見据え、自身の身体に氷をバリアの様に纏って突撃していく。

 

「馬鹿が!そんな氷でこの剣が防げるか!」

 

「防ぐんじゃない!弾き返すんだ!」

 

 刃が触れようとするその刹那、チルノは独楽の様に素早く回転し、そのままの勢いでチフユに激突。

宣言通り紅桜の剣を弾き返して見せた。

 

「グゥッ!な、何だと!?」

 

「見たか!これが厄神の雛と戦って会得したアタイの新必殺技、タップスピンだ!!」

 

 まさか真っ向から弾き返されるとは夢にも思わず、狼狽するチフユ。

その隙を突くようにチルノは即座に体勢を立て直し、チフユに突撃していく。

 

「まだまだ行くよ!でぇりゃあぁぁっ!!」

 

 空中で身体を捻り、華麗なフォームで繰り出される浴びせ蹴り。

師匠である高原日勝直伝の体術だ。

 

「ぐがっ!?」

 

 顔面にチルノの踵が諸に入り、悶絶するチフユ。

完全にチルノのペースに呑まれ、先程までの暴れっぷりが嘘のように手玉に取られてしまい、蹴られた顔を手で押さえながらのた打ち回る。

 

「へっへーん!やっぱり偽者は偽者ね!

修行で戦った本物の千冬はもっとタフだったよ!」

 

 小馬鹿にするように壁にもたれ掛かって腕を組み、千冬を上空から見下ろすチルノ。

その行為にチフユの表情に怒りの色がより一層強く浮かび上がる。

 

「貴様ぁ……私が、あんな腑抜けに劣ると言うのか!?」

 

「何よ?だってアンタ実際弱いじゃん。

悔しかったらかかって来いよ、このヘッポコ弱虫偽者女!

アッカンベーだ!!」

 

 舌を出して挑発するチルノ。

自分より明らかに幼い、それでいて頭の悪そうな子供に手玉に取られた上に挑発され、もはやチフユの理性は音を立てて崩れてしまった。

 

「殺す……殺してやるぅぅっ!!!!」

 

 真っ直ぐ、そして一直線に眼にも留まらない速さでチルノの首を突き刺そうと刀を構えて突進するチフユ。

 

だが……

 

「危なっ!?」

 

 間一髪、チルノは真下に移動してそれを回避。

そのまま紅桜の刀は壁に深々と根元まで突き刺さった。

 

「び、ビビッた~~!こんなの喰らったらアタイでも死んじゃうよ!!。

だけど…………!!」

 

 自分を貫こうとしていた刃の鋭さに、冷や汗を流すチルノ。

だが、同時にチルノは『狙い通りだ』とばかりに口元に笑みを浮かべる。

 

「コレでアタイの勝ちね!アイススラッシャー!!」

 

 チルノの専用機・アブソリュートフリーザーの腕部に装備された武装、瞬間氷結銃『アイススラッシャー』が発射され、壁に突き刺さった刀をチフユの腕ごと一瞬で氷漬けにした!

 

「な!?う、腕が!?」

 

「コレでとどめ!!氷拳『アイスバーンパンチ』!!」

 

「ま、待て……!!」

 

 締めくくりに繰り出されるチルノの新スペル。

拳から放たれた冷気をミックスした妖気の極太レーザーがチフユの身体を飲み込み、彼女の首から下を全身氷漬けにしてしまった。

 

「ま、マジかよ……?」

 

「前から修行してたのは知ってたけど……」

 

「チルノの奴、こんなに強くなってたのか?」

 

「へへっ!やっぱり、アタイってば最強ね!!」

 

 驚く一夏、霊夢、魔理沙を尻目に、チルノは鼻を鳴らして勝ち誇って見せたのだった。

 

 

 

 

 

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 時は少し遡り、チルノとチフユの戦いが始まった頃、

 

「ざっと10体か……やれるか?」

 

「任せて、集団で来る相手ならボクの機体には御誂え向きだよ」

 

 問いかける箒に、シャルロットは不敵な笑みを浮かべる。

 

「針妙丸さんだっけ?アナタの城ボロボロにしちゃうかもしれないけど、良いよね?」

 

「う……よ、よく分からないけど、あの殺意剥き出しな奴に暴れられるよりはマシかな?好きにしなよ……」

 

「了解♪それじゃあ、皆は上手く脱出してね。無人機部隊(こっち)の方は……」

 

 ニヤリとより深い笑みを浮かべるシャルロット。それと両手に複数の爆弾を持って構え始める。

 

「出血爆弾大サービス!吹っ飛ばしてあげる!!」

 

 やや獰猛な笑みと共に、シャルロットは両手に持った爆弾・ハイパーボム改を無人機部隊目掛けて放り投げた。

 

『―――――――!!』

 

 投げられた爆弾が大爆発を起こし、言葉にもならない機械音を上げ、爆発に巻き込まれる無人機(ゴーレム)部隊。

その衝撃で吹っ飛ばされる無人機を箒の駆る挟刃が狙う。

 

「良い位置だ!喰らえ!!」

 

 箒によって投擲される鋏型カッター・ローリングカッター改。

それらがブーメランの如く動きで縦横無尽に旋回しながらゴーレムを切り刻んでいく。

 

だが、ゴーレムもただやられてばかりではない。

爆発と斬撃のダメージから体勢を逸早く立て直した一機がブレードを構えて箒とシャルロットに斬りかかる。

 

「甘い!」

 

 しかし、それは意味を成さなかった。

箒は先程まで投擲武器としていたローリングカッターを手に持ち、ゴーレムのブレードを受け止めた。

 

「投擲武器だからって接近戦が出来ない訳じゃない!!」

 

「後、迂闊に近づくのはもっと危険だよ!」

 

 ニヤリと笑いながら、シャルロットは即座に武装を切り替え、腕部にあるものを展開した。

 

「風穴空けてあげる!!」

 

 それは何と、ドリル。

手元に展開したをゴーレムの腹部にぶち込み、直後にドリルのみを切り離し、ゴーレムを蹴飛ばして距離を取り、そして……

 

「内側から吹っ飛んじゃえ!!クラッシュボム、起動!!」

 

 直後にゴーレムに突き刺さった爆薬内蔵ドリル・クラッシュボムが発光し、爆発。

ゴーレムを内部から破壊し、粉々に破壊して見せた。

 

「さぁ、次はどいつだ!?」

 

「皆が逃げ切るまで、なんて言わずにここで全滅させてあげても良いんだよ!?」

 

 意気揚々と残りのゴーレムを見据える箒とシャルロット。

しかし、そんな時だった……。

 

「っ!……ほ、箒さん!シャルロットさん!何か、何かが近付いてきますわ!!」

 

「な、何なの?この霊力とも魔力ともつかない、それでいて大きな力は……!?」

 

 セシリアと咲夜の声が上がると同時にその場にいた全員が感じ取った。

禍々しくも神々しい……そんな奇妙な、そして強大な力の接近を。

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 一方、それと同時にチルノとチフユの戦い

 

「おの、れ……オノレェェーーーーーッ!!!!」

 

 身体を氷で封じられ、憎悪のままに表情を歪めてもがくチフユ。

その怒りに呼応するかの如く、徐々に身体を覆う氷に罅が入っていく。

 

「お、おい……これ、何かパワーアップしてないか?」

 

「見りゃ分かるわよそんなの。

チルノ!もっと氷を厚く張って!!」

 

「任せて!」

 

 霊夢の指示に従い、氷を寄り強固に固めるチルノ。

しかし、チフユと紅桜の纏う魔力はチフユの狂乱に呼応するかように、より禍々しさを増していく。

それこそチルノによる氷の補強スピードを凌ぐ勢いでだ。

 

「クソガキ共がぁーーっ!!どいつもこいつも、私をコケにしおってぇーーーーーっ!!」

 

 そして咆哮と共にチフユは自身を拘束する氷を粉々に砕き、吹き飛ばした!

 

「な、何だよ、コイツ……どんどん強くなっていくぞ!?」

 

 今も尚増していくチフユの魔力に一夏は戦慄する。

少し前までも十分な力を持っていたチフユ。しかし、彼女の怒りと憎しみに比例し、彼女の力は増えていく。

 

“このまま行けば本当に自分達をこの場で皆殺しに出来るのでは?”

 

そう思えてしまうほどの速度で……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フン!相変わらず下らん恨み辛みをほざきやがる……!」

 

 不意に鳴り響くある男の声……。

それと同時に輝針城の壁に大きな穴が音を立てて空き、そこから三人の男女が姿を現した。

 

「な!?」

 

「貴様は……!!」

 

 三人組の中の一人の男の姿に一夏、そしてチフユの目が大きく見開かれる。

 

「百年も掛けて逆恨みを募らせるだなんて、ココまで来ると呆れを通して逆に感心しますわ」

 

「尤も、同時にアナタはどうやっても救えないと、証明されたけどね」

 

 その男に付き従うように寄り添う二人の女。

その姿に皆が……特にシャルロットとセシリアが大きく反応する。

 

「ど、どうなってるの?」

 

「私達が、二人!?」

 

 その三人……一夏、セシリア、シャルロットと全く同じ容姿を持った三人の姿に、皆ただただ困惑する他無かった。

 

「イィチィカァァァッ!!!!」

 

 たった一人、もう一人の一夏目掛けて飛び掛るチフユを除いては……。

 

 

 

 

 

 




次回予告

 現れたもう一人の自分達。彼らは敵か?それとも味方か?
圧倒的な力を見せ、瞬く間にチフユを退けるもう一人の一夏。

彼の口から語られるチフユの正体。
それは、一夏達を待ち受ける新たな試練の前兆だった。

次回『破壊神の力』

一夏(?)「お前らには、もっと強くなってもらうぞ。あのイレギュラーな存在を殺せる程に、な……」

シャルロット(?)「持ってきたお土産、早速役に立ちそうだね」



新機体の解説は次回以降に記載する予定です。

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