もし沢田綱吉が不良だったなら。 (青クマ)
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イタリアから来た彼女

 

 俺こと沢田綱吉は不良である。

 

 パチンコ、酒、煙草も当たり前のように嗜み、学校も一か月に一度行くかどうかだ。

 物心ついた時から喧嘩に明け暮れていた俺は運動も出来たし授業をまともに聞かずともかなりの高得点を取ることが出来た。昔から勘がいいのか選択問題にいたっては間違えた記憶が無い。

 そんな訳で学校に行く必要性を感じずサボっては遊びに行く毎日を繰り返していた。

 もちろん義務教育も終えていない中学生の俺は学校をサボってうろついたり、ましてはパチンコ屋に入ることなど普通は出来ないのだが、警察などに止められることは滅多にない。ここ並盛はその平凡な字面とは裏腹に暴力がモノを言う町であるからだ。

 

 警察が止めなくても両親は、と思うかもしれないが俺に親はいない。

 正確にはいるのだが父親の家光なるおっさんは数年に一度しか顔を見せず、母親は俺が六つの時に蒸発した。生活費こそ毎月振り込まれる大量の金により何とかなっているがなんとも無責任な親たちである。

 よって喧嘩の強い俺に文句を言ってくる大人はおらず悠々自適に生活していた。

 

 そんなある日、近くのコンビニで夕食用のビニ弁と数個の菓子を買い、家に戻っている時だった。

 

 どうにも視線を感じる気がする。視線自体は数週間前あたりから感じていたのだが今日は特段に多い。どこかで恨みでも買ったかと記憶を探っても心当たりが多すぎて特定できなかった。

 近くにある車のサイドミラーで髪型を確認するフリをしながら背後を見ればば七三分けのいかにもリーマンといった容姿の男が一人。

 

「あっ、……飲み物買ってくるの忘れた」

 

 徐々に歩くスピードを緩めタイミングを見計らう。ぽつりと言葉を溢すし勢いよく振り返るとリーマンとぶつかった。その拍子に持っていたレジ袋をわざと落とした。

 

「おおっと、悪いな」

 

 そう謝罪をしながら落とた袋を屈んで拾いリーマンの顔を見る。途端にリーマンは会議の時間に遅れるといい焦ったように走り去った。

 現在の時刻は午後五時、この時間に使うにはお粗末な言い訳だ。

 

 そう思いながらポケットから二つの黒い物体を取り出す。

 一つは財布、中を見ると個人を特定できる物は無かったがおっさんの顔が描かれた日本円の札の他に玩具のようにカラフルなユーロ札が入っていた。

 もう一つは見るまでもない。L字状の金属で出来た物体、つまりは拳銃。

 当然自分の物ではなく、ぶつかった時にスった物だ。

 日本国内においてユーロ札と拳銃、この二つを持っていておかしくない者は限られてくる。つまりは不法入国したユーロ圏のマフィアだ。

 ユーロ札を持ったヤクザもいるだろうがこの並盛は風紀委員会がその役目を果たしている為にその線は薄い。

 

 マフィアねぇ、さっきのスられたのにも気付かない小物ならともかくもっと大物が来るとヤバいかもしれんな。

 なんでこの町にマフィアが来てるのかは分からんが下手にスリを働いたのは早計だったかもな。

 

 宣言通り飲み物を買ってきて家に戻るとインターホンの前に俺と同じくらいの年齢の少女がいた。横顔を見れば可愛らしい容姿をしているのが判るが頭に被っているやたらデカい白の帽子が印象の全てを掻っ攫っている。

 

「俺の家に何か用でも?」

 

 あまりの怪しさに声をかけるべきが数瞬悩んだがこの少女がいる限り家に入れない為、声をかけることにした。

 

「初めてまして沢田綱吉さん。私はジッリョネロファミリーのボス、アリアが一人娘ユニと申します。あなたを立派なボンゴレファミリーのボスにするべく家庭教師(かてきょー)に参りました」

 

 こちらに振り返りユニと名乗った少女は一息に言い切った。

 普段なら頭が逝かれた奴の戯言と一笑に付すが今日だけは事情が違う。先ほどマフィアが並盛に来ているのを見たばかりだ。話を聞くためにユニを家に上げる。

 

「で、それは町に見慣れない奴が沢山居たのと関係あるのかな?」

 

「はい、それはおそらくジッリョネロの者でしょう。並盛の地理を調べていたのだと思います。よく気づきましたね」

 

「そうか。……まぁ、コレが落ちていたんでね」

 

 見せたのは拳銃。道端に落ちてたんだ。スったなんて事実は決してない。

 

「じゃあ本題に入ろう。何で俺をボンゴレファミリーとやらのボスに?」

 

 拳銃について詳しく聞かれるのはマズいので先を促す。

 

「本来なら他の候補者がいたのですが抗争でみんな殺されてしまったので、ボンゴレ一世の血を継いでいる沢田綱吉さんに矢面が立ったのです」

 

 あどけない少女の口から放たれた言葉に顔が引きつる。

 殺し。リビングルームでお茶をすすりながら言うには重い言葉だ。

 

「綱吉でいい。……それは誰に頼まれたの?」

 

「大元は現在のボス、ボンゴレ九世ですね」

 

「大元って事は間に誰かいるの?」

 

「ええ、最初は凄腕ヒットマンのリボーンおじ様に頼まれたようですが、おじ様が私にと」

 

「じゃあもしもの話だけど……、俺がマフィアになるのを断るとどうなる?」

 

「それは……」

 

 ユニは顔を伏せ悲壮な表情で口籠る。答えは俺の予想通りだったようだ。海に沈むか誘拐されて飼い殺しのどっちかだろう。

 欲しい情報はだいたい揃ったかな。口振りから察するにボンゴレファミリーは相当大きいマフィア、つまり俺は大手企業の社長候補になったようなもんだ。この話を蹴るわけが無い。

 

「ふぅん。ま、その話受けるよ。家庭教師だっけ?何を勉強させられるのか知らないけどよろしく」

 

「……はい!でも私()役割は教育ではなく荒んだメンタルのケアらしいです」

 

 メンタルのケアって……。家庭教師のやる事じゃねーじゃん。

 それを伝えれば。

 

「ふふっ、そうですね。マフィアとしての下地は出来てるので後はマフィアとして経験を重ねる際のストレスを緩和させてあげればよろしいそうです」

 

 マフィアとしての下地って何だよ。チンピラ生活の事か?マフィア本当にそれでいいのかよ。

 

「ふーん、でもマフィアって拳銃とか使えなくていいの?」

 

「それはリボーンおじ様が今取り掛かってる仕事を終えれば追々教えに来るそうなので」

 

「あー、そうなのね。とりあえず今日は帰りな。そろそろいい時間だ」

 

 窓から外を見れば日も沈みかけている。ユニがどこに住むのかは知らないがこの辺りに空き家は無かったのでこの家かなり距離があるだろう。

 

「ぃぇ……その……」

 

 急に歯切れの悪くなったユニの顔を見れば朱色に染まっている。角度的に夕日ではない。

 

「まだ何か?」

 

「……あの、家がまだ決まってなくてですね。そのぉ、と、泊まり込みにという形に……」

 

「は?え、つまりは同棲って事?」

 

「……ほ、ほら家庭教師ですし?!」

 

 知らんがな。家庭教師だからとか言われても理由にならんだろ。

 

「……でもウチにはベッドも一つしかないし」

 

「わ、私はもう全然床でいいので!」

 

 良くねーよ。俺が良くねーよ。自分の家に知らない人がいるとか落ち着かねーじゃんかよ。他にも男のソロ活動とかどうすんだよ。そっちもうら若き乙女が男と一つ屋根の下はどうのこうのとかさ、もっとこう……あるだろう?!

 

「でも流石に二人っきりはマズいだろ」

 

「私はもう!全然!大丈夫なので!そちらも自分で言うのも何ですが可愛い女の子と一緒に生活できて役得くらいに思って貰えれば!それとも私可愛らしすぎて襲われちゃうんですかね?それなら仕方ないですが……」

 

「はっ、誰がお前みたいなちんちくりん襲うかよ。襲われたければ十年経ってから出直してこい」

 

 売り言葉に買い言葉。

 想像以上にユニがウザかったのでつい言ってしまった。

 つか最初とテンション変わってない?

 だいぶラリってるじゃん。マフィアの娘実はクスリやってますとかやめてな?

 

「じゃあじゃあ、おーけーという事で、いいんですよね?襲いませんもんね?」

 

「……。家事とか、やらせるからな」

 

 最低限の抵抗だった。

 

「もちろんですよ。料理洗濯お部屋の掃除何でもお任せあれです」

 

 それ家庭教師じゃなくて家政婦じゃねーか……。

 



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舎弟来る!

 

 あれから数日経ったがユニとの同居は酷いものだった。

 冷蔵庫の中にあった酒や買い溜めてあった煙草は見つかるそばから捨てられる。

 本人曰く、「もっと美味しい物を食べさせてあげてるから別にいいだろう」とのことだ。

 ユニの作る飯は確かに美味かった。だがそれとこれは別問題だろう。

 人はパンのみにて生きるにあらず、かの偉大な聖書に出てくる言葉である。実にその通りだ。三大欲即ち食欲、性欲、睡眠欲のみを満たし生きるのではそこらの畜生と変わらない。他の動物には出来ないニコチンを楽しむ事が人間の特権だと思う。

 そう反論しようにもニコニコと微笑む彼女には強く出られず俺は学校をサボって行くパチンコ屋で隠れて一服する日々だった。

 

 そう()()()のだ。パチンコ屋だけが唯一の癒し、そう思っていた俺にユニは止めを刺した。

 

「ツナ君、今日から私も学校に通いますね」

 

 いつも間にかあだ名で呼び始めた彼女の言葉は俺を一瞬呆然とさせる。彼女が学校に来るなら俺はパチ屋にも行けなくなってしまうじゃないか。それだけは避けねば。

 時刻は朝、寝起きで錆びついていた頭にエンジンが掛かり唸りを上げる。

 

「……。ユニに勉強はもう必要無いんじゃないかな?」

 

 実際のところユニの頭は頭は悪くない。イタリアで飛び級をしており義務教育レベルはとっくに終えている筈なのだ。

 

「実はですね、ツナ君と一緒に登校してみたいんですよ」

 

 フルスロットルに稼働している勘が嘘だと否定している。

 余談ではあるがこの勘、実はただの勘ではなく超直感というボンゴレの血族に伝わる特殊技能らしい。昨日ユニが子守唄代わりの寝物語に教えてくれた。

 あらゆる物事に対して的確な答えだけを教えてくれる、数学のワークで言えば途中式の載ってない解答集。

 歴代ボンゴレの中でもその力に差はあるが能力が完成形になれば擬似的な全知にも及ぶとか。うすら恐ろしいものである。

 

「嘘つきめ」

 

「はい、ですが本当に学校に行く必要はあるんですよ?」

 

「この前言ってた守護者っての?」

 

 ボンゴレワードその二・守護者。

 こちらはそう難しいモノでもなく、マフィアのボスこの場合は俺に仕える側近と解釈してくれていい。

 この守護者集めは俺のボス候補としての最初の仕事でもある。

 

「ええ、なんでも並盛中にイタリアに留学していたマフィアが帰国してくるそうでしてその方を是非守護者にと」

 

 そう言われると言い返せない。家政婦の真似事ばかりで忘れそうになるがユニは家庭教師で俺は生徒。マフィア関係の事には従うのが道理だ。

 うぅぅ、ニコチン……。

 

 

 

 所変わって学校。教室の扉をガラガラと音を立てて開ける。

 自然とクラスメイトの顔がこちらに向き喧騒に包まれていた教室から話し声が消えた。直接クラスメイトに何かをした覚えはないので噂に怯えているのだろう。噂だけで人を腫れ物扱いとは酷い奴らだ。

 真っ直ぐ席に向かい座るとこちらを伺っていた隣の席の女生徒と目が合う。

 

「何か?」

 

「いえ、何でもないです」

 

「あっそう」

 

 直ぐに逸らされたが明るい栗色の髪には見覚えがあった。ボクシング部と揉めたときにボコった中の一人、ボクシング部主将・笹川了平の妹だ。

 クラスメイトに対して興味は無かったため椅子の背もたれに身を預け寝ていると転校生紹介の時間になっている。

 欠伸を噛み殺し重い瞼を擦って前を向いた。

 黒板の前にはユニの言った通り転校生が二人立っている……二人?

 一人は知らない男。髪を銀に染めている。

 もう一人は緑がかった紺色の髪をショートカットした少女、左目の下にはオレンジの五弁花が咲いている。デカい帽子が無かったせいで一瞬誰かわからなかったがユニだ。あ、今目が合った、にこにこ三割り増し。こっちに手ぇ振ってんじゃねぇ。

 周りの「え?あの沢田に女の子の知り合いが?」みたいな視線が痛い。ザクザク突き刺さる。

 

 空いている席に座るよう促された二人が真っ直ぐ俺の方に向かってくる。空席は俺の後ろと笹川妹を挟んだ向こう側。先にこちらに来たユニが俺の後ろに座るも銀髪はそのまま直進し俺の机を蹴った。教室中から息を呑む音が聞こえる。

 

「おい銀髪。お前放課後に中庭の飼育池前な」

 

 いつもより心なしか低い声で告げる。セレブな僕ちゃん売られた喧嘩は全部お買い上げする主義なの。そこんところよろしくゥ!

 

 痛い、視線がまた痛い。「やっぱり沢田は沢田か」みたいな空気ホントやめて。クラスに馴染めてないとユニちゃんに怒られちゃう。

 

 

 

 放課後になったので池の前に行く。

 教師の紹介を聞きそびれたので未だ銀髪呼びな彼はもう既に待っていた。ん?何か口に咥えてる。ニコチン?それ俺が最近摂取できてないニコチンだよね。俺は我慢してるのに君は遠慮なく吸っちゃうんだ。へぇー、そゆことねぇ……。

 闘志に火が付くのを感じる。相手もマフィアだ、もう容赦はしねぇ。

 

「ハロー銀髪。旨そうだなそれ、見た事無いけどイタリア産?」

 

 銀髪がこちらに向き直る。

 

「……沢田綱吉。お前みたいなチンピラ風情を十代目にしちまったらボンゴレファミリーも終わりだな」

 

 会話しようぜ、会話。れっつとーきん。

 

「オレはお前を認めねぇ。 上からお前を殺ればこのオレが十代目だって言われてる。……だよなぁ、そこのジッリョネロの女ァ!!」

 

 銀髪の向く方向、つまり俺の背後を見ればユニが佇んでいた。

 

「ええ、獄寺君が十代目ですよ。殺せれば、の話ですが」

 

 ユニは喋り終えると俺にウィンクをした。これは信頼されてるって事でいいんかな。あと銀髪の名前、獄寺っていうのね。

 

「ちっ、このスモーキン・ボムと呼ばれたオレが舐められたものだぜ」

 

 スモーキン・ボムねぇ、超直感が場所をここに指定した理由がやっとわかった。

 獄寺がポケットに手を入れるのと同時に俺は獄寺に向かって走り出す。

 

「目障りだ、ここで果て……ッ!」

 

 俺がやったことは一つ、獄寺を池に蹴り落とした。

 スモーキン・ボムの異名と超直感が指定した池の前という場所。俺の予想が正しければ獄寺は爆弾使いだ。それも火薬を使用するタイプの。水に濡れれば火薬に火はつかない。ああ、証拠にダイナマイトらしき物が浮いている。

 

「獄ちゃ〜ん。僕、爆弾に詳しくないからわかんないんだけどぉ、その爆弾水に濡れても大丈夫なタイプぅ?」

 

 ニヤニヤと軽快に厭らしく。煽ってから潰すのが俺のスタイルだ。

 

「爆弾がなくてもお前くらい……!」

 

 これくらいじゃあ獄ちゃんが引かないことは直感していた。そもそも隙を突かれて蹴り飛ばされた時点で俺の方が体術は優れているのがわかっているのだがそんな時間のかかる事はしない。もっと手っ取り早く終わらせる。

 

「…………ッ!!」

 

 パァン!と銃声という名の雷鳴が轟いた。獄ちゃんの表情が驚愕に彩られ目が見開かれる。

 音の正体はもちろんこの間拾った物。マフィアなんだから拳銃くらい使って当然だろう。

 

「俺は優しいから別に降参しなくてもいいよ。……だけどその時は耳からな」

 

 死か服従か(DEAD OR ALIVE)を選ぶ権利は誰にでもある。

 獄ちゃんがどっちを選んでも俺の守護者ができるか敵対者が減るかの二者択一、これもまた一つのWinWinの関係だろう。

 

「好きな方を選べ、迅速にな」

 

 さーて獄ちゃんが選ぶのは?

 

「お見それしました。貴方についていきます、……十代目」

 

 --服従(ALIVE)

 

 パチパチと拍手の音が聞こえてきた。もちろんユニだ。振り返ればにこにこと笑っているがその目はまるで映画のワンシーンを生で見たかのように輝いている。

 

「ツナ君、お見事でした。マフィアとしての強さは間違いなく満点ですよっ!」

 

 結構ショッキングな演出にしたつもりだったのだが全く動じていない。ここまでいつも通り、いつもより楽しげにされていると同居人の人間性を疑う必要があるのかもしれん。

 

「はっ、いつになく褒めるな。楽しんで頂けたなら何よりだ」

 

「はいっ、格好良かったです!獄寺君を守護者にするのであとは五人ですね」

 

「なっ、あんなに無礼を働いたオレを十代目の守護者にして頂けるのですか?!」

 

 横から獄ちゃんの驚く声が飛んできた。

 

「当たり前だろ、その命で忠誠を誓え」

 

「はい!十代目のお役に立てるよう誠心誠意仕えさせて頂きます!何なりと申しつけください!」

 

 その言葉を聞いてまたユニがにこにこと嬉しそうに笑っていた。

 

 



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大喧嘩

「うっは、今日も勝った勝った……ヒック」

 

 並盛をご機嫌で歩くナイスガイがいた。もちろん俺である。

 なぜこまでご機嫌かと言うと、その存在を意識してからさらに精度が上がった超直感を使った台選びによりパチンコでいつにない大勝ちをしたからだ。

 勝率は元々高かったが最近は勝利の質にまで磨きがかかっている。この能力をフルに活用すればきっと宝くじを当てる事も不可能ではないのかもしれない。

 宝くじを当てる自分を想像すれば今朝にユニから死ぬ気弾という変な弾丸を無理矢理押し付けられたイライラも忘れられるってもんだ。

 未来が希望に溢れ過ぎてて勝利の美酒が美味い。勝った分の金全部使って飲んじまったぜ。

 

 帰路の途中に並中を通るとボールをバットで打つ小気味良い音がする。

 陽はもうすっかり沈みあたりは暗くなっているのにだ。

 超直感が様子を見に行けと告げた。行けば守護者が増える、とそんな予感がしている。

 グラウンドまで行けば野球部の部員が一人で練習していた。名前は思い出せないがあれは確か同じクラスの奴だった筈だ。

 高いフェンスを助走をつけて一息で乗り越える。

 

「うおっ!……誰だ?」

 

 着地した時の足が地面に擦れる音で気づかれた。ノックをしていたのによく気づけたものだ。これはいい耳をしていると言うよりも……。

 

「よう、えっと同じクラスの山内君だよな?」

 

「沢田か、つか俺の名前覚えてられてないのな。……山本だよ」

 

「ちょっとしたジョークだよ。ちゃんと覚えてる、山本剛だろ」

 

「俺は武なのな、剛は親父の名前」

 

「あぁ、うん。思い出した思い出しましたー。んな目で見るなよホントにホント本当だって。……で、お前何やってんの?」

 

「見ての通り野球の練習。最近スランプ気味でさ」

 

「わり、質問変えるわ。そんな適当に練習して上手くなるって本当に思ってんのか?」

 

「……どういう事だよ」

 

 うしっ!切れた、天然野郎に煽りが効くか不安だったが大正解!

 

「次の質問な。山本さ、何で俺が来たのに気づけたん?」

 

「そりゃあ後ろから音が聞こえたら普通気づくと思うのな」

 

「俺はボールを打つタイミングで着地したのにか、そうじゃなくても集中してたら周りの音なんて聞こえねーよなぁ」

 

 実は嘘八百だ。インパクトの瞬間に合わせるなんて面倒臭かったのでしていない。だが切れてる人間の思考は疎かになる、記憶なんて不確かなモノは一瞬でも信じた嘘で改竄されさらに信じ込むだろう。

 

「確かに集中出来てなかったかもしれねぇ、だけど沢田は何が言いたいんだよ」

 

「もっと親しげにツナって呼んでくれてもいーんだぜ、友達だろ?」

 

「……たいした用が無いんならまだ練習するから帰ってほしいのな」

 

「そう焦んなって。んじゃ本題って事で一つ予言しようか。……そのまま無茶な練習続けると身体壊すぞ」

 

 そう言って少し山本を小突いてやる。

 

「痛ッ!」

 

 よろけて転んだ山本にキッと睨まれた。

 

「おー怖い怖い。でもそんな強く小突いてないんだよなコレが。つまりそんだけ身体に負担がかかってるって事なんよ。まぁスランプなんて精神的なモンだから練習なんてしてないで休んだら?」

 

「……そんなに軽く言うんじゃねぇよ、沢田に何がわかる」

 

「全然わかんないけど?野球なんぞに必死になってる奴の気持ちなんか。つかボロボロになるくらいなら野球辞めたらいいのに」

 

「ふっざけんじゃねぇ!俺には野球しかねぇんだよ、野球辞めるくらいなら死んだ方がマシだ!」

 

 俺に飛びかかろうと山本が立ち上がろうとしている。これだけ意思が強ければ大丈夫かな?

 

「んじゃ、死ね」

 

 ズガン!なんて簡素な音じゃなかったが確かに鳴った。

 ここ一週間で二度目の発砲だ。射出された弾丸は山本の額に吸い込まれていく。

 装填されていた弾は死ぬ気弾、ユニ曰く撃たれた時に後悔した内容を死ぬ気で行うらしい。一歩間違えば死人が出る危険な賭けだが超直感はゴーサインを出したので多分大丈夫だろう。

 

 山本が倒れた。

 胸元の服が盛り上がり裂ける。

 

復活(リ・ボーン)!死ぬ気で身体を休めるのな!」

 

 脱皮するかの如く立ち上がった山本はもう一度座って寝始める。

 ふと見れば山本はパンイチ。

 全方位に怒りが湧き始めた。

 山本は俺をほっといて寝るし、ユニに言われた通りに自分に死ぬ気弾を使えば俺がパンイチだった事実にも腹が立つ。

 山本はその場に放置。あわよくば捕まれ。

 俺は無視されるのと情けない姿を晒すのが大嫌いだ。

 

 

 

 家に着くなり扉を勢いよく開けた。

 

「おい、ユニ!テメェ俺をパンイチにさせようとしやがったな!」

 

 ユニは食べていた饅頭を喉に詰まらせたらしく噎せている。ざまぁ。

 

「けほっけほっ。ち、違いますよ。ツナ君が使っていたらぱ、パンイチにはならなかった筈です!」

 

「人によって効果が変わってたまるかよ。現に山本は並中のグラウンドでパンイチで寝てるじゃねぇか!」

 

「それは死ぬ気状態に慣れてなかったからですよ!もっと深い死ぬ気モードに到達すらば服も裂けません!」

 

 ああ言えばこう言う、小癪な小娘だ。

 今日こそは許さんぞ。超直感を使って徹底的に詰ってやる。

 

「胡散臭ぇんだよ。だいたい深い死ぬ気モードって何だよ、催眠術みたいに言ってんじゃねぇ!山本のアレも本当は催眠術じゃねぇのか!?」

 

「なっ、催眠術なんかと一緒にしないでくださいよ。しかも死ぬ気弾はツナ君用の物です。勝手に山本君に撃たないでください!」

 

「勝手って言うならそっちも勝手に人に催眠弾押し付けんじゃねぇ!あと酒!煙草も!勝手に捨てんなよ!!」

 

「死ぬ気弾は最近のマフィアの嗜みですよ!あと未成年はお酒も煙草も法律で禁止です!」

 

「嗜みなら脱法してこそだろ!酒を飲む、煙草も吸う、パチンコも打つ、全部やってこそのマフィアだ!」

 

「飲む打つ吸うにそんな情熱をかけるマフィアなんて情けなくて私涙が出ますよ!」

 

「うるせぇぇぇぇ!!お前も飲んだらいいんだよ!」

 

「わっ、ちょ待っ、私ホントにお酒は飲めなっ、うむっ?!……。…………きゅう」

 

 ユニが顔を赤くして倒れた。

 一口しか飲んでねーだろ。マジか、コイツ。

 僅かに赤く上気した顔と目尻に溜まる涙。

 エロ可愛い、じゃなくて。

 俺多分酔ってたわ。パチ屋出た辺りから記憶が曖昧だもん。火照っていた体が急速に冷めてきた。

 ユニを見れば厳しくし過ぎてごめんなさいとかうわ言のように呟いている。

 今更遅いが正直申し訳ない事をしたと思っている。全部俺の我が儘だし、結局の所悪いの俺だし。

 そういえばユニは初対面の俺に凄く良くしてくれてるのを思い出した。人に避けられていたばかりだったから甘えていたのかもしれない。

 

 のろのろと立ち上がった。

 水道からコップに水を汲んできてユニにゆっくりと飲ませる。気分も多少はマシになってくれればいいのだが。

 水を飲ませ終えた後はベッドまで運び布団を掛けてやった。

 

「……いつもごめんな、あとありがとう」

 

 まだ酔いが残っていたから言えた言葉だ。こんな恥ずかしい事、素面だったら絶対言えなかった。

 

「……あの」

 

 いつの間にか正気に戻っていたユニに声をかけられた。

 

「どうした」

 

「私こそ、いつも厳しくしてごめんなさい。それにありがとうございます」

 

「その言葉はもう聞かせてもらったよ、つかさっきの聞いてたのか」

 

「はい、しっかりと。……忘れませんからね」

 

「……好きにしろ」

 

「ふふっ、そうします。あと……大好きですよ。言葉にするのって恥ずかしいのに今なら言えます。お酒の力も良いものですね」

 

「……気持ちは、何となく知ってた」

 

「超直感ですか?」

 

「ああ、あの時ばかりは使ったのを後悔した。……会って間もないのに俺のどこが好きなんだ?」

 

「うーん、それ…は、まだ……恥ず、かしいので……内緒、です……」

 

 途切れ途切れに言った後はスースーと寝息を立てて寝ていた。

 未だに新しいベッドを買っていないため同じ布団に入る。最初は意識していた事も当たり前のようになっていた。

 



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泣き虫牛の子元気の子


そういえば俺の好きなエジプト神と恋愛するスマホゲーの新作がリリースされてた。
嬉しい。



 ピンポーン。

 ユニとの恥ずかしい感情暴露大会の翌日、隣に眠るユニを見てもどかしい気持ちに包まれていた俺の休日はその音から始まった。

 

 基本的に俺に来客はこない。獄ちゃんなら来るかもしれないが家を教えてないのでそれもない。という事は宅配便かユニへの来客だろう。

 ユニは珍しく俺が起きている時間になっても目を覚ましていなかった。つい感情的になり日付が変わるまで言い合いをしていたので当然なのかもしれない。育ちが良く、中学生にも関わらずいつも早寝するユニには未知の時間帯だったとしてもおかしくはなかった。

 

 ユニを起こす事も考えたが自分のせいでまだ寝息を立てている事を鑑みると罪悪感からかどうにも起こす気にはなれない。一瞬起こそうかと伸ばしていた手は、急遽予定を変更し布団の掛け直し作業を行った。

 一つ欠伸をしてから玄関の扉を開ける。

 ……誰もいない。

 

「……誰もいねーじゃんかよ」

 

 ピンポンダッシュかと思い扉を閉める。

 

「ランボさんはここにいるもんね!」

 

 いや、さっきまではおらんかったろ。とか思いながら先ほどより乱暴に扉を開けた。

 

「ぐぴゃっ!……ぐすっ、ランボさん泣かないんだもんね」

 

 軽い衝撃。謎の声。なんか吹っ飛ばした。

 よくよく見ればアフロ頭に牛柄の服を着た五才程のガキが転がっている。最初に扉を開けた時は小さかったので気づかなかったのか。

 ガキは嫌いだ。昔からよくガキには懐かれるがそんな事をされたら煙草も吸うことが出来ない。こう見えて俺は副流煙に気を使う男だ。そう言う割には昨日ユニに無理矢理酒を飲ませたが。

 ともかくウチに来るという事はマフィア関係だろうし、扉をぶつけた詫びもあって家に上げる。

 

「ランボとか言ったっけか、お前は何でウチに来たんだ?」

 

 屈んで目線を合わせてから話を聞く。

 

「ぐすっ、ランボさんはボスにボンゴレの十代目を見てくるように言われたんだもんね」

 

 マフィア関係者ではあったが珍しく俺への来客だったようだ。

 

「あー、扉をぶつけたのは謝る。……なんかジュースでも飲むか?」

 

「……ランボさんはブドウジュースを要求するもんね」

 

 冷蔵庫から出した葡萄ジュースをコップ三つに注ぐ。

 

「あらら〜?コップが三つ。ランボさんが二つ飲むんだもんね!」

 

「ちげーって。おかわりはまだ沢山あるからコップは一つで飲め」

 

 トントントン、とユニが階段から下りてきた。

 ジャストタイミング。超直感の精度は今日も良好な模様である。

 

「……おはよう、ユニ」

 

「おはようございます、ツナ君。……そちらの子供はどうしたんですか?」

 

 ユニは平然を装って朝の挨拶をしたが心なしか顔が赤い。記憶はバッチリ残っているようだ。

 

「えと、コイツは……」

 

「オレっちはランボさんだもんね。ブドウとあめ玉が好きな五才だもんね!」

 

 何と説明しようか迷っていたらランボが自分で答えた。ちゃんと自分で挨拶出来る所は嫌いじゃない。

 

「なんでもコイツのボスに俺を見に来るよう指示されたらしいぜ」

 

「あらあらツナ君も人気者ですね。マフィアとして名前が売れるのは良いことですよ」

 

「だからって様子見に来るのがガキってどういうことなのよ」

 

「ランボさんはガキじゃないもんね!」

 

「ふふふ、だそうですよ?あっ、私お夕飯の食材を買いに行ってきますね。ツナ君は何か食べたい物ありますか?」

 

「んー……。おいランボ、なんか食いたいモンあるか?」

 

 俺は特に無かったのでランボに話を振る。何でもいいと言われるのが一番困ると聞いた事があるが故の配慮だ。

 

「ランボさんはカレーが食べたいもんね!」

 

「はい、わかりました。それでは行ってきますね」

 

  ユニが買い物に出かけてから気づいた。流れでランボに夕飯を食わせる約束をした挙句コイツの面倒を見るの俺じゃねーか!

 嘆いても仕方ないのでとりあえずリビングルームに連れていきユニが俺に見せようと持ってきた任侠物のヤクザの映画を見せる。ランボにはまだ早いかもしれないがランボも男ならユニ用の恋愛映画よりは悪くないだろう。その証拠にランボは組を守るために一人敵対組織に立ち向かう主人公をキラキラした目で見ている。

 ちなみに余談だが俺もよく一緒に恋愛映画を鑑賞させられるが男目線からだと面白くも何ともなかったりする。

 

 

「ランボ。お前ってどこのファミリーから来たんだ?」

 

 そこまで興味は無かったが話題作りの為に聞いてみた。ないとは思うが敵対ファミリーだった場合扱いも変わってくる。

 

「気になるぅ?気になっちゃうのぉ〜?仕方ないから特別に教えてあげるもんね。聞いて驚けボヴィーノファミリーだもんね!」

 

 うっざ。

 いやかなりウザかったが確かに驚いた。ボヴィーノと言えば弱小ファミリーだがユニ曰くマフィア界でも有数の技術力を保持しているファミリーだ。

 

「へぇ……!じゃあランボは十年バズーカとかも見たことあるの?」

 

「ランボさんそれ持ってるから映画のお礼に特別に見せてあげるもんね」

 

 ランボはもさもさとアフロに手を突っ込み明らかにアフロに収まらないサイズのバズーカを出して見せた。

 見た目は普通のバズーカと変わらず訝しげな目で見ているとランボは銃口を自分の頭に当て引き金を紐で引く。

 

 激しい爆発がドォン!と起こりモクモクとした煙が晴れるとランボの居た場所には長身の片目を閉じたイケメンがいた。

 

「やれやれ、どうやら十年前に呼ばれちまったみてーだな」

 

「お前、ホントにランボか?随分とイケメンだな」

 

「お久しぶりです、若き日の十代目。昔のオレが世話になってます。……ところで、ユニ姐さんはどちらに?」

 

「買い物。つか十年後だと姐さんとか呼ばれてんのな」

 

 少し意外と思う反面何故か予想通りでもあった。

 

「えぇ、それはもう。姐さんの立ち位置を考えれば。何たって姐さんは……いえ、無粋な話は止めておきましょうか。思えば姐さんにも随分と世話になった」

 

 目を細めながら懐かしむ十年後ランボの姿は現在のランボからは想像出来ないほど様になっていた。

 

「ま、無理には聞かねぇよ。ちなみに十年後の俺はどうしてるんだ?」

 

「はは、マフィアで最も強くて恐ろしい男だって言われてますよ。僭越ながら守護者をやらせて頂いてるオレから見ても最強のボスですね」

 

「はっ、お前、俺の守護者やってんのかよ。今のランボ見てると想像出来ねーけどな」

 

「時系列から考えればじきにオレの方から頼みに行く筈ですよ。若かったオレはお恥ずかしいことに素直に言えませんでしたがね」

 

「せいぜい楽しみにしとくよ。……そろそろ五分か、じゃーな」

 

「ええ、それでは失礼します」

 

 ボフンと間抜けな音と白煙をあげながら十年後ランボは今のランボと入れ替わった。

 

「十年後でブドウのあめ玉沢山貰ってきたもんね!」

 

 十年後から帰還したランボは手にいっぱいの飴の袋を抱えて喜んでいた。

 

「おい、ランボ」

 

「およ、何かランボさんに用だもんね?」

 

「ボヴィーノのボスにランボはボンゴレファミリー十代目の沢田綱吉が預かるって手紙を書いとけ」

 

 ガキは嫌いだが使える男なら嫌いじゃない。十年後のランボは今の俺では到底太刀打ち出来そうにない実力を持っていた。なら今のうちから側に置いておくのもいいだろう。

 

「でもランボさん字、書けないもんね」

 

「……はぁ、そこらも教えてやるよ。そろそろユニが帰ってくるからそれまでにア行だけでも覚えろ」

 

「えー、ランボさん面倒臭いからやりたくないもんねー」

 

「ばっか、格好良いマフィアは字も書けるのが嗜みなんだよ」

 

「……!天才で格好良いマフィアのランボさんには余裕だもんね!」

 

 さすが五歳児チョロい。まぁ話してる限りは会話もスムーズに行えるし地頭は良いのだろう。

 ランボに字を教えているとユニが買い物から帰ってきた。

 

「ただいま戻りました」

 

「おかえり。それとランボの事だけど暫くうちで預かる事にしたから」

 

「はい、わかりました!守護者にするんですね!」

 

 ユニは超直感も持っていない筈なのに当たり前のように見透かされた。

 何故考えてる事がわかるのか聞いたらきっと愛情とか言われるんだろう。俺は誰かを愛した事は一度もないが誰かを愛せば他人の心が読めるようになるのだろうか。

 今回ばかりは超直感も何も教えてくれなかった。

 

 



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極限にご機嫌なボクサー


ランキングの日間(加点・透明)に乗ってたので記念投稿。

サブタイなんですけど言うほど原作をもじってませんでしたね。



 今日は月曜日。足を滑らせて川で溺れてた緑中の変な女をユニに助けさせられてから学校に向かう。お陰で服はべたべただ。

 教室に入れば真っ先に獄ちゃんが挨拶に来る。

 

「おはようございます、十代目!それとユニさんもおはようございます!」

 

「おー、おはよ」

 

 普段ならこれで終わるが今日は違った。

 

「……あー、ツナ。おはようなのな」

 

 若干気まずそうに声をかけて来たのは山本である。夜の並中グラウンドであって以来今日が初めての会話だ。

 

「テメェ、沢田さんに何の用だ!」

 

 獄ちゃんが山本に食ってかかる。狂犬みたいな男である。

 

「別にいいよ、獄ちゃん。……で、何の用だ」

 

「その……この前はありがとな!あの日グラウンドでぐっすり寝てから野球の調子も戻ってきたんだよ」

 

「え、撃たれてお礼言うとかマジなんなの、……マゾヒスト?」

 

 え、頭撃ったら逝かれちゃったとか?

 

「ち、ちげぇって!」

 

「でもパンイチだったし。露出の気もあるとしか……。わりぃ、もう少し距離おこーぜ」

 

「アレは絶対ツナが悪いと思うのな……。じゃなくて!そんな訳だからツナに困った事があったら言ってくれよな」

 

「ふぅん、……お前、野球は命と同じくらい大事とか言ってたよな。つまり俺は命の恩人って訳だ。この貸しは高くつくぜ?」

 

「おう!」

 

 よし、二人目の守護者ゲット。ランボはじきに自分から頼みに来ると十年後ランボが言っていたので実質的には三人目。もう既に半分が集まった。我ながら恐ろしい求心力だ。あと二人程はアテがあるし足りない一人も超直感を使えばどうとでもなるだろう。

 

 授業の殆どを寝て過ごし放課後になった。まぁ寝る度にユニに起こされていたが。

 

「あ、あのっ、沢田君」

 

 帰りの支度を整えていたら笹川妹に声をかけられた。全くもって今日はよく話しかけられる日だ。

 

「……ああ?」

 

「ひっ、そ、そのお兄ちゃんがボクシング部の部室に来て欲しいって……。さ、さようならっ!」

 

 そう言って笹川妹は逃げるように去っていった。それにしてもホント幸先いいな。気乗りはしないが近いうちにボクシング部には行くつもりだったので手間が省けた。

 

「って訳で獄ちゃん、ボク部行くぞ。新しい守護者集めだ」

 

「了解です。ですがボクシング部にそんな強いのがいるんですか?」

 

「んー、それなりだな。悪くはない……っと着いたか」

 

 ボクシング部の扉を開ければ濃密な汗の匂いが漂ってきた。だからここ好きじゃないんだよなぁ。

 

「むっ、沢田か。極限に待ってたぞ!」

 

「いよぉ、了平先輩。俺を呼んだらしいじゃねーか」

 

「うむ、極限にスパーリングをするためだ。今度こそ俺が勝つ!」

 

 毎度ながら極限極限うるせぇな。

 

「……はぁ、仕方ねぇな。俺が勝ったらいつも通り飯奢れよ……って言いたいところだが」

 

「ん?今回は違うのか?」

 

「おうよ。今回俺が勝ったら舎弟になれ」

 

 了平以外のボクシング部員がどよめく。俺は今まで舎弟集めはしてこなかったから当然と言えば当然かもしれない。

 

「極限に構わんぞ」

 

「お兄ちゃん、舎弟なんてダメだよ!?」

 

 よく見れば笹川妹もいた。ったくこんな汗臭い所に女連れてきてんじゃねーよ。

 

「ええい、キョーコ!これは男と男の勝負なのだ。それに俺が極限に勝つから問題ない!」

 

「ははっ、だってよ。んじゃリングに上がれや」

 

「十代目、頑張ってください!」

 

 

 獄ちゃんの応援には答えず俺もリングに上がる。了平との賭けボクシングは勝率八割で俺が勝ち越しているが、これは守護者を賭けた試合だ。万が一の事を考えると油断はできない。

 

「むっ、来ないのか?」

 

「はっ、俺がどうせ勝つから先手を譲ってやってんだよ。ばーか」

 

 もちろん嘘だ。試合中に相手を煽ることはあっても舐めプはしない。いつも最善手で戦ってきた。

 超直感を研ぎ澄ませた。了平の初手は顔面ストレートからのラッシュだと直感する。ならば俺の狙いはカウンター。

 こういう戦いに於いて最も見る場所はパンチを繰り出す手ではなく、予備動作を行う足だ。

 

「なっ、バカとは何だ、バカとは!」

 

 了平の重心が移動する。

 

「……だがそういう事ならこちらから行かせて貰うぞ」

 

 --左足が動いた!

 

「極限ッ!」

 

 予想通りのストレート。了平の拳が俺の顔面を捉えようとするが上半身のみをを僅かに後ろに反らし避けた。

 了平が出したストレートを戻している間に俺は一歩、もう一歩と踏み込みほぼ密着状態からのアッパー。

 

「……ちっ」

 

 思わず舌打ちが漏れた。了平はスウェーバックで俺のアッパーを避けたのだ。それでも避けきれず軽くは入ったが致命打にはならない。

 当たり前の事だが前回の試合より強い。事前に下剤でも盛っておくべきだったかと後悔する。

 ルールを守ったお上品な喧嘩は俺に向いていないのはわかっていた。だが相手の土俵でも勝てないようじゃあボスとしてやっていけないだろう。了平を守護者にした後も、更に強い奴が残っているのだ。

 

 ともあれ状況は振り出しに戻り再び睨み合う。

 次の了平の行動はインファイト。インファイトの対処は苦手なので今度はこっちから攻める事にする。

 

 一歩で間合いを詰め顔面にジャブ、と見せかけてフェイントだ。顔をガードするために了平の腕が浮きボディーが僅かだが空いた。

 その隙を逃さず腰を大きく使いストレートォ!

 

「……ぐっ!」

 

「さすが十代目!」

 

 了平が痛みに呻いた。獄ちゃんの歓声が上がる。

 そのままラッシュで畳み掛けた。顎を中心に狙いガードの場所が変わればその隙に重いのを入れる。超直感も併用し、確実に入るものだけをしっかり叩き込んだ。

 俺もパンチの隙を突かれていくつか貰ったが了平のダメージと比べれば問題ない。

 了平がたたらを踏みそこで先ほどは決まらなかったアッパーを入れた。

 

「うぐっ……!」

 

 了平が倒れ試合終了のゴングが鳴った。

 

「……っふぅ」

 

「おっしゃぁ!おめでとうございます十代目!」

 

「おう、応援ありがとな」

 

 獄ちゃんから渡されたタオルで汗を拭う。

 やっぱキツいわ、ボクシング。ルール無用の喧嘩と違って精神的な疲労が半端ない。

 

「じゃ、俺が勝ったから了平、今日から舎弟な」

 

 守護者集めもランボを含めたらあとは二人。集め終わったらどうなるかは知らん。ドラゴンでも出てきて願いを叶えてくれるのかしらね。

 

「うむ、極限に承ったぞ。にしても何で今更舎弟を集め始めたのだ?」

 

 よろよろと立ち上がった了平に問われる。

 結構しっかり顎を決めたのに平然と立ち上がれる所を見ると流石ボクシング部と賞賛したくなった。

 

「ここでは言えねぇけど必要になったんだよ。……次は風紀委員会にも行くつもりだ」

 

 周りで話を聞いていたボクシング部員が並中二強の全面戦争だと騒ぎ出す。

 

「風紀委員っていうと雲雀とも戦いに行くのか?あいつは極限に強いぞ」

 

「まぁな、恭弥には俺も勝てるかわかんねぇ」

 

「十代目、その風紀委員会ってのはそんなにヤバいんですか?」

 

 転校生なため一人、風紀委員会を知らない獄ちゃんが口を挟んできた。

 

「風紀委員会っつか委員長の雲雀恭弥がな。あいつは俺でも五分だ」

 

「なっ!?そんなに……!」

 

 実際、誇張も謙遜も無しに五分だ。

 小学生の時から喧嘩する仲だが、勝ち越せた時期は一度もない。負け越した時期もないけどもね。

 

「そんな心配すんな。まともに戦るつもりはさらさらねーし」

 

「すいません!自分が十代目を心配なんて恐れ多い事を!」

 

 相変わらずの信望っぷりに苦笑する。

 

「でも獄ちゃんにも手伝って貰うからダイナマイト沢山用意しとけよな。あと煙草も」

 

 前に吸わせて貰ったけどイタリア産のは美味かった。イタリア産じゃなくても普通に高いヤツだったし。

 それにしてもうーむ。群れるのが嫌いな恭弥だが群れなければ確実には勝てないときた。どうしたもんかね、割と詰んでる気がしなくもない。

 

「はいっ!お役に立てるように精一杯頑張らせていただきます!」

 

 まだ見ぬ敵を想定して燃えている。そのうちシャドーとか始めそうだ。

 

「ん、じゃあ帰ろうぜ」

 

 とりあえずは保留にする。どうせ今日は戦わんから恭弥攻略も今日じゃなくていつか考えればいいじゃんね。

 

 獄ちゃんと道中にあったハンバーガーを買い食いしながら帰る。

 それと痣つけて帰った俺を見てランボは泣いたし、ユニには死ぬほど怒られた。

 



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VS雲雀恭弥

 体が重い。

 了平を守護者にした日から数日が経過し、ついにこの日が来てしまった。メンバーは少なく、俺と獄ちゃんの二人だけで風紀委員会に殴り込みに行くのだ。

 委員長の雲雀恭弥と戦う事を想像すれば更に足が重くなった気がする。それ程までに恭弥は強いのだ。強いなんてものじゃない、俺の知っている中では間違いなく最強。

 

 初めて恭弥と喧嘩したのは小学校低学年の時だった。それまでは年上と喧嘩しようが無敗を誇っており、自分に勝てる人間は存在しないと慢心盛りな時に恭弥と出会い引き分けたのだ。

 当時の俺にとっては天地がひっくり返る程の驚愕。いくら引き分けでも初めて勝てなかったという事実が俺の心にしこりを残す。

 俺の短い人生に於いて恭弥ほどよく知っている人間はいないし、恭弥ほど親しくしている人間はいない。そしてまた、恭弥ほど苦手意識を持っている人間もいないだろう。

 

 恭弥にとっても俺は特別な人間になった。

 おそらく彼もあの日、あの時の引き分けが初めての勝利に終わらない戦いだったのだ。

 そして恭弥は俺を唯一の自分に勝てる人間だと思ったのだろう。俺と同様、自分を最強と信じて疑っていなかった恭弥の心中は察して余りある。

 もともと戦闘狂(ジャンキー)だった恭弥は引き分けたその日から俺を追い回すようになった。

 

 俺は怖かった。

 敗北という未知を叩きつけられるのが怖くてしかたなかった。負けて地に伏せた情けない自分を晒すのが怖かった。自分は完全なる勝利者でないと知るのが怖かった。

 でも逃げるのはもっと情けないと思い立ち向かった。そして何戦かの後に人生初の敗北を迎えた。

 

 そこからはしばらくの間、鬼ごっこをしていた。

 情けないと思っていたが更に敗北を積み重ねるのが嫌で恭弥から逃げ回っていた。単純なスピード勝負、少しつまらなそうな顔をしていたが恭弥はそれすらも楽しんでいた。

 

 小学校高学年になった時に俺は吹っ切れ、恭弥と再び戦い始めるようになる。恭弥はこの時から風紀委員に所属をしており、俺と喧嘩をする頻度が減ったのも理由の一つだったかもしれない。

 並中に入ってからはお互いに会いに行く事は無くなった。それでも顔を合わせれば喧嘩をしたが多くて半月に一度、もっと少ない時もあっただろうし内容自体も軽い小競り合いで終わることも少なくなかった。

 

 そして今日、何年振りかのガチ喧嘩に行く。

 ここまで情けない所を晒したがあくまで勝率自体は五分。二回に一回は勝てる計算だ。前回は俺が勝った、今までのパターンなら今回は俺が負ける。

 

 だが、何がパターンだ、何が勝率だ。

 そんなもんはクソくらえ。前回勝って今回も勝つ、そして次もその次もまたその次も。

 俺は弱い。ふと思ってしまうくらいには弱い。

 この前の了平との試合は辛勝だった。相手の土俵だったが本来なら圧勝する事も出来た。思えば初めての敗北から思うように勝てなくなった。もちろん恭弥以外には負けた事はないが以前より勝つまでに時間がかかるようになったし、手古摺るようになった。

 恭弥なら前の方が強かったと言うだろうし、自分でもそう思う。

 

 七歳の時、初めての負けた日、地面に伏しながら見る大空に隠した勝ち方をもう一度この手に。

 

 

 歩いていたら並中に到着する。

 覚悟は出来た。準備もしてきた。

 教室の入り口まで行くと獄ちゃんを呼び出す。

 

「おはようございます、十代目!」

 

 獄ちゃんのいつも通りの挨拶に少し緊張が解れる。

 

「ああ、おはよう。……準備は万端か?」

 

「はいっ!ありったけのダイナマイトを持ってきました!」

 

「ならいい、下す指示は一つだ。……屋上から俺たちに向かって無差別に爆撃しろ」

 

「了解です!」

 

 十代目である俺にも爆弾を投下する事に抵抗を覚えるかもしれないと危惧したが杞憂だったようだ。獄ちゃんの目に浮かぶ色は信頼、必ず俺が勝つと信じている色。

 

「俺は恭弥を誘い出すから先に屋上に行っておけ」

 

「はいっ!ご武運を祈っています!」

 

 獄ちゃんは俺に背を向けて走り出した。

 さて、俺も恭弥の所に行きますかね。

 

 

 来たのは応接室、恭弥はこの時間大抵ここに一人でいる。静かに軽く深呼吸をしてから扉を蹴り開けた。

 

「誰だい、ここは僕のいる場所と知っての狼藉かな?」

 

 恭弥は分厚い書類に目を向けながら言う。

 

「俺だよ。久しぶりだな、恭弥」

 

 ここで恭弥が俺をしっかりと視界に捉えた。

 

「……!へぇ、久しぶりだね綱吉クン。君がここに来るなんて珍しいじゃないか。それに最近は会ってなかったけどどういう心の変化だい?」

 

 恭弥は書類を脇に放り立ち上がった。

 

「……最近は居候が出来たからちょっと忙しくてな」

 

「で、そんな事を報告しに来たんじゃないんだろう?」

 

「おう、ちょっとグラウンドまで来いよ。今日はお前と本気の喧嘩に来た」

 

「ワオ!普段ならこの場で嚙み殺すんだけどね特別に行こうか。……何年も本気の君と戦れる日を待っていたよ」

 

 肩を並べて歩き出す。他の生徒はみんな教室に引き篭もり遠目に俺たちの様子を伺っていた。

 

「わりぃな、でもやっと覚悟が出来た。それとオレが勝ったらある取り引きをしようぜ」

 

「取り引きが何なのかは知らないけど僕は負けないよ、嚙み殺されるのは君だ」

 

 グラウンドで向き合った。

 まずは超直感で恭弥の初手を探る。探れば間合いを詰めてからトンファーでのアッパー。

 

「……やってみろよ」

 

 恭弥が俺に向かい駆け出した。それを導火線を最大限に短くしたダイナマイトを放り爆発させ牽制する。ダイナマイトは瞬時に行われたバックステップで避けられたようだが煙が上がる。今度は煙を隠れ蓑に懐から出した拳銃で二、三発ほど撃ち追撃した。

 

 見えてはいないがギイィィィン!と甲高い金属音が響き渡りトンファーで銃弾が撃ち落とされた事を察した。煙幕の中から出てきた銃撃を落とすとは凄まじい反射神経だ。

 

「ふぅん、前には無かった武器が増えてるね」

 

 煙の中から恭弥の声がした。

 当たり前だ。今日は勝つために用意出来た武器を最大限、それこそ仕込み過ぎて体が重いと感じるまで持って来たのだから。

 ダイナマイトに拳銃、ナイフや人を殺せるまでに違法改造したスタンガンを体中に詰めて来た。

 

 超直感が大きく反応した。頭上には獄ちゃんが屋上から投げた数百のダイナマイトが降り注ごうとしている。

 

「…………!」

 

 恭弥はダイナマイトをトンファーで捌く。だがそれでも多少の火傷は負うだろう。

 俺は超直感が示した安全地帯に避難し恭弥に拳銃を撃って妨害する。さらに俺は制服の下に着込んだ耐熱チョッキにより火傷も負わないというオマケ付きだ。

 

ダイナマイト(そんなん)じゃあ僕は倒せないよ」

 

 煙で視界は閉ざされているが超直感で恭弥がトンファーでダイナマイトの導火線を切りながら接近するのを感じる。

 これほどまでに不撓不屈と言う言葉が似合う男もいない。

 

 あった。

 超直感が地面の水脈を見つけた。

 並中の地下に水脈があるのは戦闘場所を厳選するときに調べていたので後は戦いながらそれを見つけるだけだったんだ。

 手持ちのダイナマイトを足元にばら撒き少し下がった後にタイミングを見計らって拳銃で撃てば激しい爆発音と共にグラウンドが割れ、地下水が噴き出す。

 噴き出した地下水はそれを脅威と見做さなかった恭弥に降りかかった。

 

「今度は水?そろそろ逃げてばかりじゃなくてこっちおいでよ」

 

「水が大切なのさ、恭弥のよく言う草食動物の浅知恵ってヤツだよ」

 

 ニヤリと口角が上がった。

 スタンガンのスイッチを入れて地面に放る。

 

「…………ッ!」

 

 地面に出来た水溜りから全身濡れている恭弥に流れたのは致死量の電撃。それも象が死ぬレベルのものだ、分散される電撃でもこの量なら十分に致命傷にまで持ってける。

 

「随分と余裕の無さそうな表情してるじゃねーか。ははっ、お望み通り今度はこっちから行くよ」

 

 ナイフを懐から出し恭弥に向かって走る。俺の靴は絶縁素材を使っているので感電の心配も無かった。

 恭弥にナイフを振り下ろせばトンファーで止められたが腹を蹴り飛ばした。いくら恭弥でも象が死ぬレベルの電流には耐えられなかったようで動きのキレが無い。よって容易に蹴り飛ばせた。

 

「そこ、あぶねーよ?」

 

 先ほどまでは噴き出した地下水でダイナマイトの火が消えていたが恭弥が飛ばされた場所は水がかかっていない。

 容赦なくダイナマイトが降り注いだ。

 やり過ぎたかも、……死んだかな?

 急いで携帯を使い獄ちゃんにストップを入れた。

 

「…………はぁ、もう立てないよ」

 

 爆心地から恭弥の微かな声が聞こえた。生命力強すぎ。

 

「あっれ〜、ダイナマイトじゃ倒せないのって誰でしたっけ〜?」

 

「そこも相変わらずだ。それにしても綱吉クン、強くなったね」

 

「それはちげーよ、恭弥は強さに拘った。俺は勝利に拘った。それだけだ」

 

「それでも……、いたたっ、強くなったよ。取り引きにも応じよう。どうせそこまで僕に悪い内容じゃないんだろう?」

 

 恭弥はフラフラと立ち上がってきた。

 

「俺が指示した奴を嚙み殺して貰えればいい、礼に俺が定期的に戦ってやる」

 

「そうかい、願ってもない事だ。……次こそ僕が嚙み殺すから」

 

 恭弥は言い終えたら俺に背を向け去っていく。

 

「はっ、次も俺が勝つよ。……またな」

 

 背後から声をかけた。だいぶフラフラしていたので聞こえてるのかは知らない。

 怪我こそ負っていないが今日は真っ直ぐ帰宅する。恭弥を実質守護者にしたのだ。ユニもこの後の学校をサボっても怒らないだろう。差し引きプラスでむしろ褒められるかもしれない。

 

 懐から拳銃を取り出した。結局使わなかった死ぬ気弾が装填されているものだ。今まではこれで撃たれても後悔せずにそのまま死んだかもしれないが、じきに使えるようになる気がした。

 銃は日に照らされ鈍く輝いていた。





念のため補足しておくと今話に登場した水脈は学歴詐称教師の回のアレです。

それと学校が始まったので更新頻度が下がる事をご容赦ください。


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激闘・体育祭!

今話は自分でもつまんないなって。(露骨なハードル下げ)
ならそんな物を投稿するなって話なんですけどね。


 中学校生活に於いて生徒が盛り上がる行事というのは主に二つある。一つは文化祭、もう一つは体育祭だ。それは我が並盛中も例外ではなかった。

 

 

 

 季節は夏、燦々と輝く太陽の日差しは未だ厳しい今日この頃である。

 俺はイライラしていた。

 普段なら俺が登校しようとすると、他の生徒は怯え道を譲り悠々と登校できるのだが最近はそうもいかなくなっているからだ。体育祭が近づくにつれて皆浮かれ周りが見えなくなっている。体育祭とは普段勉強出来ない奴の活躍の場であり、いいところを異性に見せれば甘酸っぱい学校生活が送れるチャンスでもある。

 中学生の青春にかける熱は凄まじいものであり全校生徒での総量は太陽の如き熱だ。そしてそんな熱に冒された馬鹿が隣にも一人。

 

「ツナ君!ツナ君は体育祭何の競技に出ますか?」

 

 お察しの通りユニだ。

 

「……どれにも出ない」

 

「折角の体育祭なんだから出なきゃダメですよ!」

 

「いや、出たらどうせ勝つから楽しくないし」

 

 そう、どうせ勝つ。恭弥ならまだしも他の生徒と競ったら俺が負ける訳ないのだ。俺が体力測定を行ったとしよう、そうすれば結果は全て学校記録が出る。自惚れる訳ではないが基礎的な身体能力に隔絶とした差がある時点で勝負が成り立たない。

 確かに勝利は好きだ。だがドーベルマンがチワワを虐めて得た勝利になんの価値があるのか。もちろん奮戦したチワワ側からしたらそれは価値の有る一戦かもしれないがチワワの視点からの話でありドーベルマンからしたらただの作業なのだ。

 勝負は同じ土俵の相手と行ってこそ意味がある。勝利は同じ土俵の相手から奪ってこそ意味がある。

 つまり何が言いたいかっていうと作業ゲーは嫌でおじゃるってこと。

 

「わかりませんよ、ツナ君でも勝てないかもしれないじゃないですか」

 

「俺の身体能力で誰に負けるんだよ」

 

 まず恭弥は体育祭には出ない。全身にダメージを負ったので療養するのと俺に勝つために修行をするからだ。次に俺に勝てる可能性があるのは獄ちゃん、山本、了平だが三人合わせればまだしも二人は同じクラスで敵対するのは了平しかいない。一人なら今の俺には確実に勝てないだろう。

 

「ツナ君は負けますよ、予言します」

 

「随分と自信有り気に言うな。……賭けるか?」

 

「ええ、構いませんよ。私は予言を外した事が無いですからね、ツナ君が勝ったら何でも言う事を聞きましょう」

 

 予言を外した事が無い、ねぇ。

 

「じゃあ俺が負けたら何でも言う事を聞こう。競技は?」

 

「うーん、棒倒しがいいです!やっぱり目玉競技ですからね、そこしかないでしょう!」

 

「……はぁ、わかったよ」

 

 溜め息を一つ吐いて了承した。

 言動や表情と裏腹に恭弥と喧嘩してから身体の調子は常に最高潮を保っている。

 負ける筈がない。

 文字通りの一騎当千、それを行える自信がある。

 今の獄ちゃんと喧嘩したら開幕ワンパンだし、了平と試合したら最初のアッパーで沈めれる、恭弥と戦っても小細工無しに勝てるだろう。

 もう一度言う、負ける筈がない。

 

 

 

 体育祭当日、棒倒しが始まる三十分前に学校に到着した。俺の所属するA組を探す。聞けば了平もA組で総大将をしているとか。

 

「すぅーー、……極限必勝!!」

 

 すぐに見つかった。姿こそ大勢の人に囲まれて見えないが馬鹿でかい声がビリビリと響いてくる。

 

「……邪魔だ、どけ」

 

 低い声で一声かけて了平の周りの生徒を退かした。

 

「むっ、沢田か。お前も棒倒しに参加してくれるのか?」

 

「そうだ、それと俺が総大将をやる」

 

「だがオレがやると既に決まって……」

 

「強い奴が大将だ、ボクシングでもそうだろ?」

 

「うむ、極限にそうだな!勝つために総大将を譲ろう!」

 

「それでいい」

 

 次は恭弥にメールをした。

 棒倒しをA組対残りのチームに変えるようにと。

 

 十分も経たないうちにピンポンパンポーン、と間抜けな音がした。

 

「えー、急遽、協議の結果として今年の棒倒しはA組対B・C合同チームとなりました。繰り返します……」

 

 流石の恭弥だ、仕事が早い。

 たがこれでも俺が勝つと超直感は告げる。

 ユニは予言を外した事が無いと言っていたがここから如何にして俺を負かすつもりなのだろうか。

 

 

 体育祭最終競技の棒倒しがついに始まった。

 急な総大将の変更と多勢に無勢な相手チームでA組の士気は著しく低い。

 例外はあそこの三人。

 

「極限に勝つぞー!」

 

「絶対に十代目を勝たせます!」

 

「やるからには勝とうぜ」

 

 立てられた棒に登る。その分太陽が近くなりヂリヂリと焼けるような感覚さえ覚えた。

 戦力差は単純計算ではおよそ二倍だが、上から見ると更に差が大きく見えた。多い分はおそらくユニのジッリョネロファミリーの人間だろう。合同チームの総大将にいたっては金髪の白人で隠す気すらなく思わず苦笑が漏れた。

 これでも負けない。勝つのは俺だ。

 

 空砲が開始を報せると同時に金髪の所まで飛び移る。総大将が地面に落ちなければ負けないという競技の性質上、棒倒しは俺にとって個人競技と変わらない。

 金髪を蹴り空中で腹に追撃をした。蹴り落とされた金髪は地上の人間を土台に地面には着かない。

 おーけー、土台削りゲームか。

 金髪を追い棒から降りると合同チームが群がってきた。死角から足を掴もうと腕が伸びてくるのを超直感で察知し逆に足場にする。

 馴染む、超直感が馴染む。今までは攻撃が来るのを察せられるだけだったが、今はどの方向に何が有るのかが正確に判る。まるで頭の中に立体マップが存在するかのようだ。

 身体も実によく動く。スイスの時計の様に精密に動き、思考に身体が置いていかれる事もない。水の中から陸に上がったかの様に、自らを縛る鎖から解き放たれたかの様に常にイメージ通りの動作を再現し続ける。

 

 うじゃうじゃと沸いてくる足場を踏みつけながら更に金髪に攻撃する。満身創痍の金髪と倒れ伏しだいぶ数を減らした足場たち。

 次で最後だ。

 延髄直撃コースで首を掌で打って気絶させ、人の少ない方向に蹴り飛ばした。

 吹き飛んだ金髪は地面に落下し、

 ーー数瞬遅れて喧しいブザーが鳴る。

 

 俺の勝ちだ。結局殆ど消耗していなかったA組の歓声が沸いた。

 

 

 

「ツナ君、お疲れ様です!」

 

 A組の観客席に戻るなりユニに労われた。

 

「宣言通り俺が勝ったぞ。予言、外したな」

 

「うーん、外したって言うより元から予言は使っていませんでしたからね」

 

「使っていなかった……?じゃあ何がしたかったんだよ」

 

「ふふっ、体育祭楽しめましたか?」

 

 予想だにしていなかった言葉に思わず虚を突かれ目が点になった後にユニの言葉を理解した。

 あー、くそっ、いい女だ。素直にそう思った。ここまでされれば認めるしかないだろう、尤も絶対に口には出さないが。

 …………楽しかったよ。

 

「来年は一緒に二人三脚やりましょうね!」

 

 こちらの心情を知ってか知らずか、いつもより更ににこやかに笑いながら言う。

 

「……覚えてたらな」

 

「あ、それと賭けのお願いは何にしますか?」

 

「ランボもどうせ応援に来てるんだろ?」

 

「はいっ、向こうの日陰でジュース飲んでますよ」

 

 ユニの指差す方向に視線をやればランボはサングラスかけジュースを飲んでいた。ジュースを持っていない方の手には菓子を抱えている。あ、目が合った。こちらに駆け寄ってくる。

 

「ならこのまま三人で飯でも行こうぜ、それでいい」

 

「なら私、新しく出来たラーメン屋さんに行きたいです!」

 

「わかったからそんなに押すなっての」

 

「ツナ格好良かったもんね!」

 

 駆け寄って来たランボが飛びついて来た。

 

「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだ」

 

「ツナだもんね!」

 

「……ラーメン食いに行くぞ」

 

 脚にしがみ付いていたランボを引っ掴み肩に乗せた。肩の上で暴れるのは勘弁してほしかった。

 

 

 

 



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天敵来る!

 

 頭痛がした。

 珍しく学校へ登校し、これまた珍しく授業を受け、いたって普通の学生のように帰路についた時の事だった。

 

 頭痛。

 結論から言わせて貰うとこれは超直感から齎されるモノ、超直感が予測した、俺にとって不都合な未来への拒否反応だろう。頭が痛いときは決まって良くない事が起こる。

 鈍痛ならまだいい、良くないが。

 刺すような痛み、つまり今回の頭痛のときは殊に凄惨な未来が俺を待ち受ける。

 

 最初にこの頭痛を感じた時は恭弥と出会った日だった。

 今となっては良い結果に収束したが、それでも当時の俺にとって人生初の引き分け、耐え難い苦痛だったのだろう。

 二度目はもっと単純、自動車事故だ。

 幸いにして最初よりも感を冴え渡らせていた俺はギリギリで回避したが。

 三度目、四度目と、待ち受ける不運を超直感で回避してきた。

 超直感をフルで使えば回避は不可能ではない。だけどそれでも恭弥の時のように避けえないモノは往々にして存在する。

 

 

 普遍にして無謬、つまらなくも一切の無駄を許さず配置された街並みをぼんやりと無感動に眺めながら歩く。

 何もせず徒に歩く時間をどう思うだろうか。

 無意味だとか、無駄だとか思うかもしれない。だけど思考に没頭するのにこれほど適した時間も中々無いと俺は思っている。

 他愛ない事を考えながら歩く。

 痛みの質が変容する。刺すようなモノから締めつけるモノに。

 次の角を左折すれば家だ。

 頭が痛いなら早く帰ろうと、理性が囁く。痛みに堪えて引き返すべきだと、本能が告げる。

 

 本能を理性で捩じ伏せ、帰宅を選択した。

 一歩、足を踏み出し────。

 

「────ッ!?」

 

 ────今度こそ本能に従い、転倒するかの様に身を屈めた。

 間一髪、風を切る凶弾が頭上を掠める。

 一瞬遅れて轟く雷鳴。

 更に数瞬、火薬と鉄の匂いが鼻腔を擽る。

 

 

「……いい勘してるじゃねえか、事前情報よりも僅かに反応が早い」

 

「ああ? 誰だよお前」

 

 不躾に放たれた感想に反射で答える。

 未だ硝煙を上げる拳銃を持っているのは驚くことに赤ん坊だった。

 

「ちゃおっす!」

 

 黒いスーツをキッチリ着こなし、同色の帽子の上に緑色のカメレオンを乗せている赤ん坊。

 

「お前が次期ボンゴレファミリー十代目候補の沢田綱吉だな?」

 

 マフィアに憧れるませた餓鬼だ、なんて惚けた感想は微塵も抱かなかった。例え発砲されずとも思わなかっただろう。

 身体が酷く重い。赤ん坊の放つ威圧感がそう錯覚させる。

 

「オレの名はリボーン。

 お前の家庭教師(かてきょー)に来た────って言いたいところだが今回ばかりは別件だ」

 

「じゃあ何の用だ。それに家庭教師は間に合ってる」

 

「そう言うな、守護者の教育も必要だろ」

 

「……質問に答えろよ」

 

「やれやれ、気の早い男はモテないぞ?」

 

 いちいち頭にくる赤ん坊だった。

 俺の憤りを他所に、超直感は警鐘を鳴らし続ける。これは例えるなら満腹のライオンを目の前にしたときの感覚に近い。再び腹を空かせる前にそこから逃げてしまえ、奴が飢えていたならお前なんか丸齧りだぞ、と。

 事実、俺がどれだけ警戒心を露わにしてもリボーンは気にも留めない。力量が遥かに上だからこその強者の余裕。

 

「オレがここに来たのはヒットマンとしてだ。どうやらマフィアの実験体だった奴らがここに逃げたらしくてな。実験体だった恨みを十代目候補のお前に晴らそうとしているんだ」

 

「はンッ、で、だよ。

 何でヒットマン様がわざわざ日本に来やがった。ピッツァやパスタ食いながらユニ伝いで指令を俺に飛ばせばよかったじゃねえか。

 それとも何だ、まさか俺じゃあ敵わない相手だとか言わねえだろうな」

 

「そのまさかだ。少なくとも六道骸は死ぬ気弾も使えねえ小僧が勝負になる相手じゃねえ」

 

 腹がたつ、頭にきた。

 恐怖とかプレッシャーだとかが諸共に吹き飛ぶ。

 予め調べてきた事前情報に、俺はナメられるのが嫌いってなかったのかよ。

 確かに平和な国にいて、更に学生。本場イタリアンマフィアから見たらただのガキかもしれない。だけどな経験値なんて関係無いんだよ。気にくわない奴は相手が何であろうが打ちのめしてやる。

 

 ふと脳裏を通り過ぎた映像は、長身の色男になったリボーンの姿。

 果たしてそれは未来にて成長した姿か、遙か過去のモノか。

 とにかくそれが合図だった。重要なのは見た目通りの赤ん坊じゃないこと。それ判れば遠慮なく、警戒を怠らずに戦える。

 

「死ぬ気弾なんか要らないって、その小せえ体躯(カラダ)に教え込んでやるよ」

 

「……こっちこそマフィアの強さ、家庭教師(かてきょー)してやる」

 

 頭脳(アタマ)回転(マワ)せ、感を働かせろ。

 俺は格上に無策で挑むほど馬鹿じゃない。沢田綱吉という個体が無意識下で直感、学習してきた事が線を結び実像を型作る。

 例えば学校で習った剣道。その初歩的な技術に摺り足というモノがあった。足裏を地面から極力離さず、相手の行動に対し瞬時に反射出来るようにする歩法。

 例えば球技。バスケットボールやサッカーにはフェイントと呼ばれるモノがある。行動に自然と発生する予備動作を見て、こちらの行動を予測しようとする敵を欺く技術。

 それらを直感したリボーンの意識の空隙に合わせる。

 幾重にも掛けたフェイントにより隙が、それを逃さず距離を殺す。

 

 縮地。

 そう呼ぶに相応しい速さだった。

 一秒を延ばし、距離を縮める。絶え間なく分泌されるアドレナリンで世界が遅延しスローになる。

 重心が極めて滑らかに移動する。決定された軸足に体重かかる。

 もう一方の脚で行われた掬い上げるようなトゥキックがリボーンの胴に吸い込まれていく。

 

 ────瞬間、天地が逆転した。

 

「────カ、ハァッ」

 

 叩きつけられた身体。圧迫された肺から息が漏れる。

 何が起こった俺に何をしたフェイントも縮地も攻撃も完璧だった相手の予測を裏切った筈だまさか見てから反応したのか。

 リボーンの動きが見えすらしなかった。

 どういう事だ、とあり得ない出来事に無数の疑問符が湧く。

 

「オメーのあだ名はダメツナで決定だな。

 死ぬ気弾ってのは言わばガソリンなんだ。いくら最上級の乗り手を用意してもチャリじゃあ原付より速くは走れねえ。

 これは競輪じゃなくてモーターレースだ。そもそもマシンが違う。勝てる相手はエンストした車がせいぜいだぜ」

 

 俺には茫洋とした顔で聞くことしか出来なかった。

 恭弥に勝って調子を取り戻して、また敗北か。しかも今度は言い訳もできない完敗。これじゃあ明智光秀を笑えない、三日天下にも程があるだろ。

 だけど立ち上がらないと。負けたままではいられない。

 

「…………待てよ」

 

「何だ?」

 

「さっきの脱走者とやらを殺すの、少し待ってくれ。

 リボーンに勝てないのはわかった。マシンの性能(スペック)が違うのが身に染みた。だけどそれは現状の話だ」

 

「…………」

 

「骸って奴を踏み台にしてガソリンの入れ方を勉強する。そんでアンタと再戦して勝つ」

 

「…………成る程な」

 

 オレ好みの展開だぜ、とリボーンの口角が釣り上がるのを見た。嫌な予感しかしない、気に入られるのは積極的に避けたかった。

 でも後悔もしない。

 己が矜恃の為なら何でもする。負けたままの無様な敗北者ではいられない。気に入らねえ奴は一旦そいつに降ってでも俺の道から除ける。

 

「じゃあオレはダメツナに未練、後悔でも作ってやればいいのか?」

 

 ニヤニヤと問うてくるリボーン。

 死ぬ気弾を使わない、使えない理由まで見通されている。この分ならきっと俺の返答まで見通されているのだろう。

 気に食わない、全てを知悉し達観しているような顔がひたすら気に食わない。

 

「別にアンタから何かをして貰うつもりはない。ただ俺がそっちのレースに参加するのを待っていればいいんだ」

 

 何だか柄になく熱くなれそうな気がする。

 楽しく闘えるのなら恭弥、いい汗をかけるのは了平。けどリボーン相手なら人間らしくどこまでも感情的になれる。

 嫌いな人間を潰したい。

 たったそれだけの純粋な感情。

 原初の闘争心が俺の中でそっと燃え始めた。

 

 



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原初の理・知覚の法


「容疑者は溢れる厨二心が抑えきれなかったなどと意味不明の供述をしており────」

冗談は置いときまして、今回の話ぶっちゃけルビとか文体がクドいかもです。14の頃を思い出して胸焼けするというか身悶えするというか、水銀汚染というか。
あ、別にクロスオーバーする気はないのでそこだけはご安心を。

要するに、元々の文章自体が酷いのに身の丈に合わない設定ぶっ込んだから更に酷いよってこと。
それでも構わん、っていうドの付くマゾは是非お付き合いください。




 

 彼の話をする。

 世界の均衡を保つ機構(システム)主要人物(メインキャラクター)、至高の三天が一角、極大の炎、楔にして特異点、なるべくして生まれた突然変異の錨。(オレンジ)の光を冠す極天の天空(オオゾラ)

 

 沢田綱吉。

 血を受け継ぐ者。点でも横でもない縦の系譜。

 これは、彼の知らない物語(ハナシ)

 沢田綱吉が死ぬ気弾を使えない理由。

 彼自身も決して知ることのない、否、思い出すことのないお伽話。

 

 

 彼、沢田綱吉と言う人間に死ぬ気弾の使用が出来ない事実を詳らかに明かし、その何故を問えば彼と親しい者は何と答えるだろうか。

 

 ある者は、至高の彼にそんな物は必要ないからだ、と尊敬の眼差しを向けるかもしれない。

 

 ある者は、そんな事に興味ない、ただ彼と闘えればよい、と吐き捨てるかもしれない。

 

 ある者は、彼が常に極限だからだ、と猛るかもしれない。

 

 ある者は、自分には彼を理解出来ない、と苦笑するかもしれない。

 

 ある者は、質問を理解せず、ただ憧れているだけかもしれない。

 

 では、彼と似通った視座を持つ彼女は何と答えるのだろうか。彼方の未来にて出逢う白き青年は何と答えるだろうか。

 

 真実彼ら彼女らの答えは正答であり誤答あった。

 正しく彼は至高であり、無意であり、極限であり、理解が及ばず、偶像で、答えなど存在しなかった。

 それでも無理に答えるならば、彼に死ぬ気弾を使用出来ない理由は多々あるが元を辿れば総て超直感に集約される。

 

 超直感。

 その事の起こり、起源は初代ボンゴレまで遡る。初代ボンゴレ・ジョットの身に起こった突然変異。ボンゴレの血(Blood・of・Vongole)。血に宿された呪い。世界の均衡を保つ三天の大空にチェッカーフェイスが人知れず施こした祝福の一つ。

 彼は、大空は、沢田綱吉はその超直感を歴代で最も強く受け継いで産まれ、その生誕の瞬間に総てを直感した。

 

 文字通りの総て。自分が産まれてから死ぬその刻まで一秒も余すことなく総てを。

 物心ついてない時期だった故に忘れているだけ、思い出せないだけ。だけどそれでも無意識に覚える既知感。既知で構成される牢獄(ゲットー)

 

 総てを知っている、どうすればどうなるかを知悉している。だからこその諦観、無気力、無感動。本人がどう思おうがその情動は常人程の熱量には及ばず、喜びも、悲しみも、怒りも、総ての感情がフラットに保たれる。

 例え自身が死に瀕しても彼には既に判っていたことで“ああ、ついにこの刻が来たか”としか思えない。過程も結果も判りきり何の感慨も、感動も、未練も、後悔も抱かぬ人生の何と無為なことか。

 

 そして彼は願うのだ。

 あゝ、天に在します主よ、どうか俺に未知を与え給えと。

 

 

 

「…………、…………ただいま」

 

「おかえりなさい、ツナ君」

 

 どんよりと曇った感情で、更に幾ばくかの時間をかけ、漸くと声を出して帰宅を告げる俺を見てもいつも通りに返事をするユニがどうしようもなく有り難かった。

 リボーンの前では虚勢を張っていたが家に帰ると途端に気が抜けた。本物(ホンモノ)を見た。成人もしてない人間には大きすぎる壁。越えなければ俺に未来はないと直感する。

 

「遅かったですね、寄り道でもしてたんですか?」

 

 もう晩御飯できてますよ、とユニは朗らかに言う。

 ユニとは同じ時間に下校して、そのまま帰路につくのに気が向かなかった俺はフラフラと街を歩き回った結果、リボーンにあった。正直一緒に帰ればよかったな。

 

「ま、ちょっとな。……ランボはどうしてる?」

 

「まだお昼寝してますよ。何か用でもあったんですか?」

 

「いや、いいんだ」

 

 イタリアに居たことのあるランボならリボーンの事を知っているかと思ったが辞めておく。わざわざ寝ているところを起こす程の用件じゃない。

 それに知る事に意味なんか無いのだから。

 知ったところで勝てる訳でもないならその時間は違うことに費やした方が効果的だ。

 

「ふふっ、そうですか。

 じゃあちょっと早いですけどご飯にしましょうか。今日はツナ君の好きな物ばっかりですよ!」

 

「おう、いつもサンキュな」

 

 余りにも最適な対応に、ユニは俺に何かあったのを判っているんだろうか、と勘繰ってしまう。いや本当に判っているんだろう、判ってしまうんだろう。

 

 

 晩御飯を食べ終える頃には失った余裕も流石に取り戻した。

 いつもと変わらない態度でランボの相手も出来たし、ランボを寝かしつけた後、ユニに風呂を勧められた時には、“一緒に入るか?” なんて冗談を飛ばし、顔色を紅潮させて気を失ったユニの介護だってしてのけた。

 

「ユニ」

 

「…………何でしょうか、沢田さん」

 

「そう膨れんなって、俺が悪かったから」

 

「だってだってツナ君がぁ……もうっ」

 

 痛い痛い。

 ポカポカ殴ってくんなよ、肩にしてくれ肩に。

 

「ははは。────六道骸って知ってるか?」

 

「それは…………。いくらツナ君でもそれは教えてあげられません」

 

 とりあえず知ってはいると。

 後は詳しい情報。ユニから反応を見て直感するか、何とか聴きだすか。前者も後者も恐らくは可能だ。

 

「骸がこの街に来てるって知ってもか?」

 

 選んだのは後者。気持ちの問題だけで結果は変わらないけど、結果が変わらないからこそ気持ちを優先した。

 ユニにだけは絶対に隠し事はしない。これは普段のお礼、こんなんじゃあ足りないけど俺に示せる精一杯の誠意。

 

「ううぅっ、…………はぁ。まあ、こうなる予感はしてましたけどね。私もあんまり詳しくはないので少しだけですよ」

 

 目を伏せて悲しそうに呻くユニはポツポツと語りはじめる。

 凡そはリボーンから聞いた話と変わらないが有益な情報も聴けた。

 

 六道骸。

 とあるマフィアの実験体だった彼は、手下二人とそのマフィアに反逆。以来マフィアを潰して回るようになる。しかし五年前、遂に捕まりマフィアの刑務所に収監されていたところを脱獄、並盛へ辿り着く。

 容姿は非常に整っており、赤と青のオッドアイを持つ。

 戦闘方法は幻術と三叉槍を主に使用。

 

「────と、まあこんな所ですかね」

 

 そう締めくくりユニは渇いた喉を潤すためにお茶を飲んだ。

 

「やっぱり戦いに行くんですか?」

 

「まぁな、それに俺が行かなくても向こうから来るし」

 

「で、でも……。ツナ君が行かなくても……、その……ええとぉ」

 

「リボーンの事だろ」

 

「…………はい、ごめんなさい」

 

 気にするな、とは言わなかった。俺がそう思ってるのはユニも知ってるだろうし、ユニは言っても気にするだろうと俺も知っているから。

 

「やっぱリボーンの事も知ってたか」

 

「はい、リボーンおじ様が日本に来る事は事前に知らされてました。……その用件もです」

 

「リボーンには俺が頼んだんだ。骸は俺が殺るから待ってくれってな」

 

「何でですか。危険です、危ないです、デンジャラスです、守護者の方々の時とはワケが違います」

 

「何でって言われたら、必要だから。としか言えないな。俺には骸と戦う必要がある」

 

 リボーンと同じステージに上がりたい。対等に戦えるようになって俺の道から除外する。その為に骸と戦う必要があるんだ。

 

 綺麗な正座をして俯くユニをそっと抱きしめた。

 あんなに大きく見えるのにこんなに小さいユニを。極力優しく、できる限り柔らかに、それでも確かに。少し力を込めれば折れてしまいそうで、この腕を離せば消えてしまいそうで。

 

「うぅ、いつ行くんですか」

 

「明日すぐにでも」

 

「怪我しちゃダメですよ」

 

「かすり傷一つ負わないに決まってるだろ」

 

「…………約束してください」

 

「ああ、約束するとも」

 

 そっと抱きしめ返された。

 互いに抱き合い元々無い距離が更に縮まる。少しでも相手に触れていたいと、まるで一つに合わさってしまいたいと。

 ユニの頭に顔を(うず)めた。目を閉じる。綺麗に整えられた髪からジャンプーの匂いがする。女の子特有の柔らかく甘い匂いがする。総て抱擁する大空の香りかもしれない。

 

「もうツナ君のする事に口を挟みません。だからちゃんと帰ってきてくださいね。そしたらご褒美、あげますから」

 

 俺はマフィアの端くれだし何より男だ。

 言われて止まるような性分じゃあない。それをユニも理解してくれてるんだろう。だからせめてちゃんと帰って来てねと言う。

 

 ユニからは受け取ってばかりだ。

 やっと恩を返せばまた倍になってやってくる。男として情けない、人間として問題がある。こんな有様ではユニに口を開く資格なんてないだろう。

 

 だから、だから抱きしめる腕の力を、ほんの少しだけ強くする事で返事をした。

 

 



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点火

 

 

 同日未明。

 俺は黒曜ランドに来ていた。戦う事を決めてからなんと数時間での決行だった。

 巧遅は拙速に如かず。諺にもなるこの言葉は語らずとも至言である。

 

 宣戦布告(アポ)無しでの奇襲。騎士道精神の風上にも置けないが相手が相手であり、そもそも俺は騎士でも何でもないから良しとしよう。

 罠に計略、いいじゃないか。卑怯姑息、何とでも言うがいい。俺の領地(シマ)を荒らされるより何倍もマシだ。礼儀を弁えない奴には相応の態度で返してやる。

 

 ジャリと、土を踏み歩く。

 廃墟となったここが不良ではなくマフィアの溜まり場になっているとはまさか誰も思うまい。現時点では、超常の力、総てを知る直感を持つ俺だから知り得たにすぎない。故に裏返せば、六道骸もこの奇襲を予期できる筈がないのだ。

 

 

 

「──って訳で初めましてだな、六道骸くん?」

 

 骸の元へ直行した俺は、そう声をかける。

 残りのその他諸々は放置して来た。全員が全員、骸の様な傑物ではない。盤上に黒のキングは二駒も存在する事は稀であり、想像通りに残りの人員が骸の私兵(ポーン)なら頭を潰せばチェックメイトとなる。

 

「ええ初めまして沢田綱吉。……クフフ、まさかこんなに早く来客が来るとは思いませんでしたよ」

 

 チェックをかけられても尚、微塵も動揺せずに答えられた。ならば骸にとってこの程度は詰み足り得ないのだろう。

 

「悪りぃな、チェスではいきなりキングを取りに行くタイプなんだ」

 

「なるほど、それはまだルークに守りを固めさせていなかった私の落ち度でしょう。────ですが、そう易々と取られるキングだとでも?」

 

 そして貴方もまた王であるのなら、敵陣に特攻するのは悪手ですよ?

 

 その言葉を引き金となった。

 吐き気を催す強烈な悪臭が鼻腔を殴る。発生源を探せば地面が急速に腐敗し、大口を開ける。

 俺は反射的に跳び安全圏へ移ろうとするが、着地したそばから足場が消失、天井の梁を掴むことで何とか難を逃れた。

 

「……これがお得意な幻術ってヤツか」

 

「クフフ、地獄の果てより手に入れた力、お気に召しましたか?

 そしてさようなら。術中に嵌ると言う事は五感を掌握されたという事。その意味をとくと教えて差し上げましょう!」

 

「なッ────!?」

 

 掴んでいた梁が異形の怪物に変化する。

 ただしそれは決して知らない生物ではなかった。暗紫色の不可測に蠢く躰。一点を無機質に見つめる硝子のような瞳孔。 八本の触手(あし)を持つその生き物は西洋に於いては悪魔の魚(デビルフィッシュ)と呼ばれ畏れられていると言う。ああ、生理的に受け付けないとはこう言う事か。

 

 俺は腕を這いずりまわる触手から逃れようと、梁を手放した。

 宙に放り出され眼下の奈落へと自然落下する。

 

「クフフフ。……さあ、チェックメイトです」

 

 骸の声が頭上から響く。

 

 そうだな、確かにチェックメイトだ。ここら辺でお遊び(チェス)は終わりにしようか。

 

 急に消失した地面に驚き回避行動をとった。

 おぞましい化け物から逃れようとした。

 そんな当たり前の行動をして、より悪い方向に作用した。そんな事がどうしようもなく────

 

 

「────安心する」

 

 

 俺は真実、人間だった。

 俺の人生には驚きも恐怖も存在する。それだけが知りたかったのだ。

 闘争の中にこそ人間の真価が発揮される。然り、内より出でる感情がどれほど矮小であろうとも存在が確認できるだけで十分だ。

 

 目を瞑る。

 視界が闇に閉ざされ、足の裏には何の感触を感じず、それでも俺は何処にも落ちないだろう。

 骸と会った時から何一つ変化していない、草臥れた床の上に立っていると直感しているのだから。

 

「一つ言い忘れたんだけどよ。俺って五感を奪われても平気なんだわ」

 

「もしや第六感ですか。噂には聞いていましたがまさか本当だとは……!」

 

「そういう事。今も俺は奈落に落ち続ける幻覚を見てはいるが、それを現実だとは微塵も思っていない」

 

「……つまり貴方は私の天敵であると」

 

「敗北を認めるなら今のうちだぜ?」

 

 ゆっくりと、目を開いた。

 そこにはただの廃墟が当然の如く存在している。無駄だと悟った骸が自ずから幻覚を解いたのだろう。事実、超直感が幻覚に囚われていない事を、裏付けるかのように教えてくれる。

 

「クフ、クフフ、何を馬鹿な事を!

 得意とする幻覚が効かないのは予想外でしたが、ならば貴方にも効果のある手段を取ればいい話です」

 

 そう言って骸は手に持っていた三叉槍を構える。

 しっかりと手入れされた槍は鈍光を放ち、その構えが見た目だけのモノでなく経験に裏打ちされたモノだと感じさせられた。

 

「そんな吠えんなよ、犬っころ」

 

 煽る。

 

「ってか幻術主体だった野郎が肉弾戦主体でやってきた俺に勝てるとでも思ってんのか? ホントにそうなら頭がめでた過ぎて腹痛くなるぜ」

 

 煽りに煽る。

 今まで理性で戦ってきた奴をキレさせて悪いことはない。キレれば動きが、攻撃が単調になるからだ。

 俺はユニに無傷で帰ると約束した。だからせいぜい激昂しろや。

 

「ッ──この、マフィア風情がァ!

 技術の差がなんだと言うのですか! 文字通り私と貴方では存在の位階が違うと教えなければいけないようですねェ!」

 

 そうだ、存在の位階が違う。

 これはリボーンと同じ所まで、俺の位階を押し上げる前哨戦なんだよ。だから、だからお前は練習台になってくれ。

 そう心の中で独白し、二人は動き出した。

 

 

 

「クフフフ、どうした沢田綱吉! 貴方の力はそんなモノですか!?」

 

 後半戦が開始(スタート)し、およそ十分が経過した。

 大した事ない時間ではあるが、こと戦闘中に於いての十分は永劫にも思えるほど長い。

 

「──こっから本気出すんだよ。テメェは黙って殴られてろ!」

 

 俺は宣言通りに無傷で、骸のみが攻撃を受けている、だと言うのに押されているのは俺という異常な状況だった。

 理由は明白。いくら殴ろうともダメージが全く通らないのだ、まるでコンクリ製の壁を殴ったかのように。

 硬い。固い。とにかく堅い。殴りつけた拳からは血が滲み、このままでは腕が拉げそうだ。

 

「っ────と、危ねぇ」

 

 三叉の槍は次第に鋭さを増す。骸が俺の動きに慣れてきたのだろう。余裕綽々と避けられていたのも最初の数分、遂に傷を負う、とまではいかずとも頬を掠めるまでに至る。

 

「どうです追い詰められる気分は?」

 

「最高だな。このまま死に瀕すれば俺も死ぬ気になれるかもしれないし、よッ!」

 

 不意を見て殴る。狙い通り急所にヒット。けれどもグワンと、鈍い音を響かせるのみだった。

 

 あーあ、ダメだ。このままでは確実にダメだ。一体全体どうしたものか。位階を上げる方法は分かってる、死ぬ気モードとやらに成ればいいんだろう。だけど死ぬ気になる方法が全くわからない。

 

「クフ、無様ですね。あれだけ挑発しておいてその体たらくとは」

 

 紛うことなき事実だ。俺は何も言い返せない。

 

「……はぁ。沢田綱吉、貴方には感謝をしましょう。貴方のお陰で私の課題点が見えた。せめてもの慈悲です、幸せな光景の中で逝くといい」

 

 幸せな、記憶……?

 眼前の景色が消失し、視界は俺の家の中に跳んだ。

 

「さあ輪廻の輪へと囚われろ。そして巡りなさい」

 

 骸が三叉槍を振り上げるのを直感した。でもそんな事はどうでもいいんだ。

 幸せな景色。

 幸せな記憶。

 俺が最も幸福である瞬間。それが()()だというのか。

 どこかでカチリと歯車が噛み合う音がした。

 

「クフフ、地獄の果てから私の復讐を見届けなさい」

 

 復讐か、マフィアへの復讐。

 少なくとも、俺の周りは皆殺しになるなぁと、そこまで考えて額から火が灯った。

 

「あ────ァァあああああ゙あ゙!!」

 

 熱い。

 熱い、熱い熱いアツいアツい、アツい!

 物理的な熱量すら伴って大空が噴き出した。噴出する灼熱の炎に総身を焼かれる。俺の身体だけでは飽き足らず炎はリノリウムの床を舐め回し融解させていく。

 

「何ッ────!?」

 

 骸の焦る声がどこか遠くから聞こえる。それ以外にも、炎の猛る音、燃え尽きた建物が崩落する音、近隣の動物が尾を巻いて逃げ出す音。延長されて鋭敏に研ぎ澄まされた聴覚が、音という音を捕まえて離さない。

 視覚だってそうだ。より細かくより鮮明に、今なら百メートル先を通りすぎる小鳥だって正確に模写できる。

 

「────、収まれッ!」

 

 俺は骸に向けて、炎を振り払うように、無造作に腕を振った。たったそれだけで赤熱の焔は骸を呑み込もうと襲いかかる。

 骸は炎を消そうと、足掻くがその総てが無駄だった。自慢の幻術も、三叉の槍も、目に刻まれた数字も、悉く赤橙に調律される。

 

 そして、そこまで認識して、俺の意識は連続性を消失した。

 

 

 気を失ってから一体何分が経っただろうか。少なくとも陽は昇り学生は登校する時間だと伺える。

 

「う────は、ぁッ、げほッ、」

 

 肺の中からナニカを絞り出すように咳き込む。

 ふと顔を上げるとそこには辛うじて絶命だけは免れた骸が横たわっているだけだった。彼には熱意があった。少なくとも非道を潰さんとしていた。だけどその結果がこれだ。世の常は無情、何もかもが酷く無意味で虚しい。

 

「……へぇ、よくやったじゃねぇか。だが酷い有様だ。制御がまるでなってねぇ」

 

 パチパチと乾いた拍手が木霊する。小さな黒い影がようこそ(Benvenuto)を告げた。俺もそちら側に辿り着く事ができたのか──だけどな、今はそんな事どうでもいいんだよ。

 虚ろな空間から伸びた鎖が骸を連れ去るのを、俺は目を伏して見送る。

 

 面識無い他人同士で、私欲の為に行われた諍いは、黒曜ランド全焼という形で幕を閉じた。

 



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大空は日常の中に、されど遠く、脆く

 

それは何時(いつ)でもない一日のこと。

黒曜ランドが全焼してからの暫くの間、彼ら彼女らは平穏と微睡みの中で停滞していた。

 

停滞なんて間違っている。

沢田綱吉を次期ボンゴレファミリーの首領として相応しい人間に育て上げることが自分に下された使命であると自覚はしていたし、それを遂行しようとも努力してきた。

9代目より家庭教師(かてきょー)を託された教科は道徳。ファミリーとの絆に関わる大切な科目だ。

 

そして彼女、ユニを家庭教師に任せた人選も、ユニの育て方も、周りの環境も、全てが上手く噛み合っていた。

 

沢田綱吉は己を慕うファミリーとの友情を、己の背を追う部下への庇護を、そして愛情を知った。

皮肉にも立派なマフィアになる為の教育が彼を立派な人間に変えようとしている。守るものを知って、守る方法を知った沢田綱吉は更に強くなる。

 

 

   ◆

 

 

その日の沢田綱吉は平日であるにも関わらず正午まで惰眠を貪っていた。

 

最近はユニに厳しく言いつけられ、学校に通うようになっている筈の彼がどうして未だ寝ているのか。それは先の六道骸との戦いの最中に起きた成長が理由となっている。成長を遂げた超直感と、制御しきれぬ覚悟の炎が彼の精神を蝕んでおり、それを観たユニが彼を安静にさせる事を選んだのだ。

 

「……はぁ」

 

ユニは静かに溜め息を吐く。やはりツナ君を六道骸の所へ行かせるべきではなかった。全部リボーンおじ様に任せてしまえばよかったのだ、と悔恨の念を禁じ得なかった。

 

「ツナ君……」

 

二階で眠る少年の事を考えながら覚束ない手捌きで家事をこなす。

六道骸と戦い、案の定ボロボロになりながらもまるで近所のコンビニにでも行ってきたかのような気軽さで「ただいま」と言う沢田綱吉の姿を見て何度も自分の無力を恨んだ。されどどれだけ現実を呪ったところで現実は変わらずひっそりと涙するしかないのだ。

 

自分の愛しい人が傷つく姿を見たくない。

その一心が沢田綱吉をマフィアに育てようとする決心を鈍らせる。

彼が傷つくくらいならマフィアになんかなって欲しくない。一般人として生きて人並みの幸せを掴んで生きて欲しい。それがユニの偽らざる願いであり、自分が涙を浮かべて懇願すれば沢田綱吉はきっとその道を選んでくれるのだろう。だからこそ自分はその選択を出来なかった。沢田綱吉の道を縛りつけたくは無かったのだ。

 

「そろそろツナ君起きてきますかね。……お昼ご飯作りましょうか」

 

 

   ◆

 

 

俺、沢田綱吉は久しぶりに学校をサボり、億劫な朝を寝て過ごした。

 

気を抜くと吹き出しそうになる炎を抑え、寝汗でじっとりと湿ったベッドから抜け出す。最近の俺は朝起きればまず体を解すことから始める。只でさえ小さなベッドをユニに半分占領されて寝返りも打てないとなれば凝り固まってしまうのが道理だ。

 

「…………んんっ」

 

大きく伸びをしてから大欠伸を一つ。体の凝りと共に寝不足も俺を苛む。夜中に啜り泣くユニの声がどうにも寝かせてくれないから。

 

「一回、色々話し合うべきか」

 

家族だしな、という一言はもう一度訪れた欠伸と共に噛み殺す。こんな言葉をもし聞かれたらと思うとぞっとする。あまりデレデレするような人間だと思われても癪だ。

 

とりあえず淀んだ空気を入れ替えたかったので窓を開ける事にする。窓を開けた途端に机の上に置いてある紙が風に煽られて飛んでいく未来を日に日に成長する超直感が見せたので紙束を安全な所に移動させてからだ。

ガラッと勢いよく窓を開くと直感した通りの風が心地よく頰を撫でた。今日は雲一つない快晴、澄み渡った青空は全てを等しく包み込む。

 

「…………」

 

六道骸との一件が終わってからは、こうして何かをぼうっと眺めながら感傷に浸ることが多くなった。あいつに見せられた俺の幸せな光景。そこに居たのは獄寺と山本、ランボに雲雀、そして俺の隣で笑っているユニ。アレらが俺の大切に思ってるものなんだろう。

大切なものはそのまま弱点になる。知ってしまったからには、自覚したからにはもう引き返せない。見なかった事には出来ない。全部背負って前に進む事だけが俺に許された道なのだから。

 

拳を血が滲むまで強く握りしめた。

 

「俺を残して死なないでくれ……」

 

命と引き換えにしてでも守るから。俺はお前に生きていて欲しいんだ。

 

心の中だけの慟哭は、突如として部屋に入ってきたユニに遮断される。彼女が数瞬後に昼食が出来た事を告げながらこちらに歩み寄り、足を縺れさせて転ぶ未来を直感する。

 

「おはようございますツナ君。お昼ご飯ができましー--ーひゃあ!?」

 

だから足が縺れて体勢を崩した瞬間に受け止めた。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい。その……ありがとうございます」

 

「気にしなくていい。ユニは……軽いから」

 

「もうっ! そんな事言われなくてもお昼はツナ君の好物で揃えてあるから無駄ですよっ!」

 

みるみる顔を紅潮させたユニはそっぽを向いて部屋から出ていき階段から食堂へと降りていった。

 

今日まではユニの手料理をなんの気兼ねもなく味わっていられる。

 

「でも明日からはヴァリアーか」

 

俺はまだ知るはずのない部隊の名前を口にした。これも全て超直感が未来と一緒に教えてくれる。

明日はヴァリアーと接触して、それが終われば十年後へ。そしてシモンファミリーと戦ったその次はーー

 

超直感は全てを教えてくれる。

()()()()()()()()俺たちは幸せになれない。最良の結末を迎えられない。きっと俺が、違う俺だったならハッピーエンドだったのに。掛け違えたボタンは戻らないし、時間は俺を待ってはくれない。

 

彼女が幸せになるにはどうすればいいのだろうか。

もし俺が居なくなっても彼女は涙を我慢して笑っていてくれるだろうか。

 

ずっと、ずっと笑っていて欲しい。その人生に幕を下ろすその瞬間まで幸せに包まれていて欲しい。

そう願うのは罰当たりなのだろうか。

 

俺は、頰を伝う涙を拭ってから食堂へと降りる。

 

 

   ◆

 

 

彼は類稀なる才能を持って生まれたがその身は確かに人間であった。人間であり、人間でしかなかった。

血と共に継承されてきたチカラは異能の域へと至り、少しずつ確実に宿主を蝕んでいく。人の手に余るチカラを身に宿すには人ならざる者にならなければならない。さもなくばその代償を身をもって知ることになるだろう。

 

それは何時(いつ)でもない一日のこと。

澄み渡る大空は永遠には続かない。誰もが永遠の停滞を得られない。人は、何時かは先へと進まなければならない。

 

子供が、大人へと成長する時間がきた。

 

 



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