カオスな4人衆!?最強のSランク武偵を目指せ‼ (サバ缶みそ味)
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始まりのカオス
1話


やあみんな、被弾てか緋弾のアリアだ!この物語の主人公のひとりだぜ‼とりあえず名前は伏せておくけどすぐにわかっちゃうかもね!
作者はノリと勢いでやっちまったけどよろしくぅ!物語の最初だけど俺達の雄姿、見てくれよな!
それじゃあ『ビーストウォーズメタルス』、始まるぜ‼

え?違う?


 武偵_率直に言えば武装した探偵の略である。凶悪化する犯罪に対抗するために新設された国家資格であり警察と同様、逮捕権を有し活動する。

 しかし、武偵はあくまで金で活動するため、金さえもらえば武偵法に基づき行動する『何でも屋』のようなものである。

 

 立派な武偵になるためにアメリカやイギリス、日本も勿論、世界各国に武偵の学校、武偵校があり少年少女達が銃や剣を握り、Sランク武偵を目指して今日も励んでいる。

 

 …しかし、とある四人組を除いて…

 

__場所は東京、時は桜咲く4月__

 

 名は伏せておくがとある宝石店の前で黒い車のSVRが乱雑に停まっており、拳銃を構えた武偵校の少年少女が宝石店の前で厳戒態勢で待機している。宝石店で強盗が起き、強盗犯達は立てこもっている状況であった。

 

「‥‥キンジ、準備はできてるわね?」

 

 武偵校の少年少女の中で一番身長が低く小柄なピンク色のツインテールの少女は2丁のコルト・ガバメントを持ち、いつでも行ける体勢をとり自分の傍にいるやる気のなさそうな黒髪の少年、遠山金次に尋ねた。

 

「…アリア、俺はやる気がないんだが…」

 

 キンジは面倒くさそうにアリアと呼ばれた少女の呼びかけに答える。しかし、アリアはムスっとしてぶっきらぼうにキンジを叱咤する。

 

「何言ってんのよ。これはあんたとあたしのコンビの最初の事件で、あんたの実力を見極めるんだからシャキッとしなさい!」

「はぁ…あんま期待されると困るんだが…」

 

 やれやれとため息をついたキンジは腰に付けたホルスターからバレッタM92F引き抜きリロードした。埒が明かないので仕方なしとアリアの言う通りにしておく。

 

「いいわね?裏から周って突撃するわよ」

 

 こっちの意見も聞かずどんどんと話を進めていくアリアにキンジは気だるそうについていこうとしたその時、遠くからディーゼルエンジンの音を聞いた。キンジはピクリと反応しそのまま止まって音を聞き続けた。ディーゼルをふかす音とタイヤを回す共に重く鈍い音が聞こえる。耳をすませばその鈍い音はだんだんと大きくなっていく、まさかと音のする方へ目を向けると近づいてくる『それ』を見てギョッとした。

 

「キンジ‼なにボーっと突っ立ってry」

「アリア‼下がれっ‼」

 

 キンジは急いで駆けプンスカと怒るアリアをこちらへ引っ張る。その直後にアリアが立っていた場所をゴツゴツした見た目の黄土色の車が物凄いスピードで通り過ぎる。

 

『すぽおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ‼』

 

 どこに取り付けていたのか、拡声器から奇声を喚き散らしながら宝石店の入り口へと勢いよく突っ込んだ。突然起こった惨事にアリアも他の武偵達もあんぐちと口を開けて固まる。ハッとしたアリアは驚きながら叫んだ。

 

「な、なんでV-150コマンドウ装甲車が突撃してくんのよ!?」

「…たぶん、『あいつら』なんだろうなぁ…」

 

 キンジは呆れながら宝石店へダイレクトアタックした装甲車を見ていた。このようなバカをするのは世界中の武偵の中で『あの4人』しかいないだろう。

 一方、宝石店の中で立てこもっていた強盗犯達は突然入り口から装甲車がこんにちはしてきて戸惑っていた。ただ宝石を盗みに来ただけなのにまさかこんな重装なものが来るとは思ってもいなかった。警戒していると装甲車の左右のドアが荒々しく開いた。

 

「ちょ、バカじゃないの!?突撃するバカがいるかよふつう‼」

 

 ふわりとした黒髪でサングラスをかけた青年が焦りながら降りてきた。

 

「えー?こっちの方がかっこいいじゃん?『アムロ、突貫しまーっす!』って感じでさ!」

 

 栗色の長い髪を後ろにまとめた青年がニシシと笑いながら降りてきた

 

「うっせえクズが‼だからこいつに運転するのをやめろって言ってただろが‼」

 

 続いて般若のお面をつけた青年が罵声と怒声をあげながら降りてきた。

 

「‥‥こんな感じになると思った」

 

 最後にフルジップのパーカーで顔を隠しミラーサングラスをかけた青年がゆっくりと降りてきた。彼らの様子を見た強盗達は一瞬ポカンとしていたがすぐさま身構えた。彼らは年齢的、見た目的に武偵校の連中だが重厚そうな灰色と黒の迷彩柄のボディースーツを身に着け、髪が長い青年はショットガン、レミントンM870Pを構え、他の三人はAK47を構えていた。

 

「…で、どうするんだ?」

「行くぜオイ‼古に伝わりし、レミントン的なバトミントンスペシャルMKⅡエディションを味わうがいいー‼」

「あのバカ、また特攻していきやがったぞ‼とりあえずグレネード投げ込んでやるか」

「だーかーら‼作戦通りに動いてっていってるのにー‼」

 

___

 

「…何アレ」

 

 黒いセーラー服を着た黒髪の少女は激しい銃声と爆音と奇声と悲鳴が響く宝石店を遠くで眺めていた。突然起きた大惨事に呆れるしかなかった。

 

「理子、ホームズの孫娘と遠山金次の実力が如何なるものか高みの見物をしてたのに…明らかに場違いなあのバカな連中は何?」

 

 黒髪の少女は隣にいる武偵校の制服を着た長い金髪をツーサイドアップに結った少女、峰理子に尋ねた。理子も今起きている事態に半ば苦笑いで答えた。

 

「えーと…うちの武偵校の生徒なんだけど…理子達の計画の邪魔にはならないよ?」

 

 理子はカバンから資料を取り出す。その資料には宝石店へ装甲車で真正面に突撃した『バカ四人』の顔写真とデータが書かれていた。

 

「狙撃科(スナイプ)の吹雪カズキ、衛生科(メディカ)の天露ケイスケ、強襲科(アサルト)の江尾ナオト、そして超能力捜査研究科(SSR)の菊池タクト。Cランクの武偵だけど…武偵校で一番カオスで滅茶苦茶な4人組だよー」

 

 黒髪の少女、夾竹桃は苦笑いする理子を見てその4人組はかなりの問題児なのだろうと察した。そして理子と自分の計画の支障にもならないし、この先あの4人組には会うことはないだろうと考えた。

 

「…時間の無駄だったわね」

「かもねー♪」

 

 夾竹桃と理子はため息をついて今も尚銃声と爆音と奇声と悲鳴が鳴り響く宝石店には身を向かず去っていった。

 

 

 




 何べんも述べてしまいますが、ノリと勢いでやってしまいました。
戦闘描写、正確な文章と本当に下手なのですが楽しんでいただければ幸いです
不定期更新になるかもしれませんが何卒よろしくお願い致します



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2話

やぁ皆の者‼吹雪カズキだよーん☆あらすじといっても前回の仕事の愚痴になっちまうから省かせてもらいます‼
 台詞は誰が誰だか分からないかもしれないけど…特に顔文字をいれたがるのがたっくん、毒舌っぽいのがケイスケ、冒頭に「…」が入ってたり静かそうなのがナオトだ‼うん俺もよくわかんねーぜ‼


 レインボーブリッジを通り、人工浮島に設立された東京武偵高校。武偵を育成する教育機関であり、一般教育の他に強襲科、探偵科といった専門科目を履修し学園や民間からの依頼を受けて活動している。

 その武偵高校の西棟の1階の医務室にて、サングラスをかけた青年、吹雪カズキはムスッとした顔でベッドに寝転んでいた

 

「…解せぬ」

「解せぬじゃねえよ。人の医務室にいつまでも引きこもるな」

 

 そんなカズキに黒髪の短髪で眼鏡をかけた目つきの悪い青年、天露ケイスケが般若のお面を机に置いてからげんこつをお見舞いした。この医務室、ケイスケが建てた部屋であり武偵校の生徒たちの治療も行っている。衛生科の中でもケイスケの腕はかなりのものだが、治療後高額な治療費を請求してくることからヤブ医者ならぬ『鬼医者』と呼ばれている。

 

「いや解せぬだろ!?強盗犯を捕まえたっていうのによ、なんで俺達の武偵ランクがCからDにランクダウンしてんだよ!?」

「どっかのバカが装甲車で突っ込むわ、グレネード投げまくるわ、そしてフレンドリーファイアもするからだろうが‼」

 

 ケイスケの言う通り、装甲車で突撃した後は銃を乱射するわグレネードを投げまくり宝石店の中は戦場と化していた。さらには続けて入って来た他の武偵校の生徒に被弾する事態にもなった。

 

「ひだんのアリアだけに被弾ってかー‼」

 

 丸椅子に座っている栗毛色の長い髪をした青年、菊池タクトは丸椅子を回転しながら楽しそうにダジャレをいって回っている。そんなダジャレを聞いたカズキとケイスケは無言になった。滑った空気になりながらもタクトは気にせず回転椅子で楽しんでいた。

 

「…あの後、反省室に連れてこられて綴先生の第一声が『お前らバカじゃないの』だもんな」

 

 彼らのやり取りを離れて見ていたやや緑かかった黒髪の眠たそうな表情をしている青年、江尾ナオトはお弁当を食べながら話す。事件解決後、反省室に連れて行かれ綴先生にたっぷりと説教され、始末書を書かされた。

 

「というか、お前らと組んで碌なことがねえぞ」

 

 ケイスケは苛立ちながら椅子に深く腰掛ける。この4人と組んで去年の事を思い浮かべていた。初めて組んだ事件、4人組で行う4対4の実戦テストの『カルテット』、それ以降の活動とこの4人でバカやって派手にハチャメチャしていた事しか思い出せなかった。

 

「「そんなこと言うなよ‼俺達、今までやってきたソウルメイトじゃないか!」」

 

 カズキとタクトは口を揃えてケイスケを宥める。いつも身内の愚痴をこぼすと必ずこう返してくる、ケイスケは苦笑いしてため息をつく。実際、組んでいて退屈はしないから悪くない。

 

「というか、皆で話し合う予定じゃなかったのか?」

 

 退屈そうにしているナオトの一言を聞いて一同ハッとした。CランクからDランクに降格した時、これはヤバイと感じた4人はケイスケの医務室で集まって話し合おうと呼びかけていたのだった。医務室に集まった途端、話の目的を忘れて呑気に駄弁っていたり遊んでいたりと時間を無駄にしていた。

 

「そうだよ。話し合う予定だったんだ‼おらー、作戦会議の時間だー」

「何話すのー?昔話なら俺得だぜー‼むかーしむかし、ある所に…」

 

 突然昔話を始めたタクトをスルーしてカズキはスケッチブックに荒々しく書いたテーマを見せる。

 

「『どうやったらSランク武偵になれるか』を話し合おうとおみょいます‼」

「「「おみょいまーす」」」

「お前ら、俺のミスをリスペクトすんじゃねーよ‼」

 

 出だしで噛んだカズキの台詞をタクト達はオウム返しの如く返す。このテーマにタクトは一番に手をあげる

 

「はーい‼Sランク、Aランクの依頼をやればいいと思いまーす」

「たっくん、その意見はごもっともなんだけど…それ、いつもやってることなんよ…」

 

 カズキはショボンと悲しそうに項垂れて答えた。実際のところ、4人でSランク、Aランクの任務や依頼を受けてやっているが公共のものを派手に壊したり、他の武偵校の生徒を巻き込んで怪我をさせたりと4人がバカやって任務は成功するが教師に怒られて評価はプラマイゼロである。

 

「それに、最近はイギリスからきた神崎アリアってやつに全部横取りされてるしな」

 

 ケイスケは缶コーヒーを飲みながら愚痴った。4月早々、強襲科のSランク武偵、神崎アリアという少女にSランク、Aランクの任務を全て取られてしまっていたのであった。自分たちが遂行している任務も突如援護という名目で乱入してきたアリアに手柄をとられる始末。後者の方は4人がバカ騒ぎしてグダグダしているのが原因だがその原因である自分たちは何も反省はしていない。

 

「…じゃあCランク、Dランクの任務をちまちまやるか?」

「ナオナオ、その意見もごもっともなんだけど…」

「却下!そんなの面白くない!」(#`ω´)三3

「面白い面白くないの問題じゃないが、たっくんが嫌がるのも分かる。ちまちまやっても意味ねーだろ」

 

 ケイスケの言葉にカズキとナオトは頷く。低ランクの任務は探偵や猫探しといったものばかりでこの騒がしい4人でやるのは無理がある。積み重ねてやっていてもいつランクアップするか、気が遠くなる作業でもあった。最も、タクトに至っては退屈で刺激もなく面白くないという理由で反対している。

 

「じゃあどうすんだべや。このままいくとEランクまで下がっちまうぞ?」

 

 訛り交じりで呆れるようにケイスケは率直に言う。4人は唸る様に悩みしばらく医務室に低音ボイスが響く。色々考えた末、ナオトが最初に口を開いた

 

「…いつものやつでいくか?」

 

 その一声を聞いてカズキとタクトはハイテンションで喜び、ケイスケは嫌そうな顔をした。

 

「さっすがナオト‼お前ってば天才‼」

「やっちゃう?いつものやつやっちゃうー?」( ゚∀゚)o彡゚

「おまっ、結局それ頼りじゃねえか」

「…しゃーないだろ。あるとしたらそれしかないし」

 

 ケイスケにとってそれはあまりにも胡散臭いと感じてしまう方法である。しかし元のランクに戻り、更に上のランクに昇るにはこれしかもう方法がない。やけくそになりながらもケイスケは渋々と首を縦に振る。

 

「仕方ねえな。胡散臭そうな奴だけど、やるしかないか」

「ケースケもやっと認めたか。よーしそうと来ればさっそく出動だ‼」

「イヤッホォォォっ‼」(∩´∀`)∩ワーイ

 

_

 

 武偵高校から離れ、騒がしい4人組が向かった場所は東京が巣鴨を通りぬけ静かな住宅街の隅にある小さな教会。カズキ、タクト、ナオトはインターホンを押さずに扉を開けてそのままずかずかと入っていき、ケイスケは警戒する様に慎重に入っていった。

 

「へーい‼神父カモーン‼」( `ω´)ノシ

 

 タクトは入り口のすぐそばにある机に置かれている呼び鈴を激しく鳴らす。カズキは警戒しているケイスケの気を和らげようと気さくに笑う。

 

「そう慎重にすんなって、あれでもナオトの養親なんだぜ?」

「んなこと言ってもよ、これまでやってきた任務はどれも胡散臭かっただろ」

 

 そうこうしているうちに教会の書斎室から黒の祭服を着た黒髪で落ち着いた雰囲気の男性が出てきた。その男性はカズキ達を見てにこやかに迎えた。

 

「やぁナオト、今日はお友達を連れて何か用かな?」

「…ただいま、今日は…」

「ジョージ神父‼お助けくだされー‼迷える子羊を救いたまえー‼」(;Д; )三

 

 ナオトが言いきる前にタクトが割り込んで泣くようにジョージ神父にすがりつく。話を割り込まれたナオトをカズキはプギャーと笑うがナオト本人は割とどうでもいいようだ。

 

「おやおや、今日は懺悔でもしにきたのかい?」

「いや、ジョージ神父、今日はかくかくしかじかで…」

 

 カズキはこの教会に訪れ、ジョージ神父に会いに来た理由を話した。ジョージ神父はナオトの養親であり、カズキとケイスケは中学の頃からお世話になっているという。去年の高校1年頃から彼から頼まれる依頼や任務をこなしてランクを保ってきていた。

 

「そうか…私の仕事の手伝いにきたのか」

「…なにかないですか?」

 

 『Hmm』と神父は深く考えた。カズキとタクトはワクワクしながら、ナオトは眠たそうに、ケイスケは不審そうな面で答えを待っていた。そして神父は思い出したように手を叩いて頷く。

 

「そうだ。君たちにやってもらいたい『仕事』があるんだ」

 

 そう言ってジョージ神父は教壇の引き出しから小さな紙を取り出しカズキに渡す。

 

「今夜、コンテナ船で私の大事な『荷物』が港に届く。それをうちまで運んできてほしい。なにそんなに大きな『荷物』じゃないから安心したまえ」

「ほらやっぱり胡散臭いじゃねーか!」

 

 警戒して黙っていたケイスケは怒り大声で荒ぶった。ケイスケの怒りを鎮めようとカズキは必死に宥める。

 

「落ち着けって‼今までやってきてるようなものじゃないか」

「神父からの依頼や任務ってSランク、Aランクなのに…『護衛』といいながら旅行をしたり、『輸送』といいながら神父の畑仕事だっただろうが‼」

 

 『護衛』という任務では青森の恐山、熱海や箱根の温泉、京都などの観光地へ観光をし、『輸送』という任務では神父の畑で玉ねぎや唐辛子などの野菜を植えたり収穫したりといった畑仕事だった。高難易度のランクでありながらやっていることはケイスケにとって明らかに不正、胡散臭さマックスだと感じていた。

 

「そうキレるなって。もしかしたらトランスポーターみたいな仕事かもよ?そしたら俺はニコラスケイジね!」

「…たっくん、ジェイソンじゃないの?」

「はぁ!?おま…13日で金曜ってか!?」

「…そっちのジェイソンじゃねーよ」

 

 タクトとナオトのやり取りはスルーしてカズキとケイスケでジョージ神父の依頼をするかしないか話を進めた。カズキ、ナオト、タクトはジョージ神父の依頼に即OKしたが、ケイスケが中々首を縦に振ろうとしていなかった。

 

「無論、Sランク相当の依頼として君たちに依頼もする。それに高い報酬も用意しておこう」

「ケイスケ、すべてのものに無意味なものはないっていうだろ?俺達でやってのけようぜ?」

「はぁ…ずるしてランクアップするのも癪なんだが…その依頼でなんも無かったら速攻この神父と手を切るからな?」

 

 渋々とケイスケは了承し、契約は完了した。任務開始だと3人は意気揚々に教会を後にした。ケイスケはそれでもやっぱり胡散臭いとぶつぶつ文句を言いながら教会を出た。

 

「はっ!?ケイスケ、手を切るって言ってたけど…ディストカットはよくねえぞ!心配事なら俺にぶちまけろ‼」

「心配なのはたっくんの頭だ」

「…それでどこ行くの?」

「まずは準備だぜ。マイホームに戻って40分で支度しな‼」

「40分って…ずいぶんと優しいのな」

 

_

 

 相変わらず騒がしい4人組の『彼ら』を見送ったジョージ神父は静かになった教会に戻り書斎室に入った。日誌を書く机には分厚い古い本が沢山積まれている。

 かつて弟からもらった『とある探偵の伝記』や『魔法』に関する本や『吸血鬼』の話の本と様々。椅子に深く腰掛けた神父は懐から懐中時計を取り出す。それは金色の狼の装飾が施された時計…『仕事』で『彼女』から建前でもらった依頼料であった。

 

「さぁゲームスタートだ…私と彼らは裏方にまわらせてもらうぞ」




 ジョージ神父は皆さまがイメージするあのCVジョージの神父ですが…
この物語のジョージ神父は愉悦も悪っぽさもカリスマ性もない、ただオリジナルのジョージ神父です。

  感想、ご自由にどうぞ


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3話

どうも、天露ケイスケだ。
結局、胡散臭え神父の依頼を受けちまった。絶対変なことにしかならないってのに…
あのバカ共は疑うってことは知らねえのかよ。仕方ないしやるしかねーか。
というかこれ、いつまで続くんだろうな


「夜の港…英語でナイトターミナル。いわゆるナイトガンダム物語‼」

「うっせーハゲ。黙って行けよ」

 

 夜間のライトが明るく照らされるコンテナターミナルにて、4人は停泊中のコンテナ船へ向かっていた。積み木のように積まれたコンテナの間を迷路のように通る。先頭のタクトははしゃぎながら、ケイスケは先先に進むタクトを追いかけながら、P90を構えたカズキとAK47を構えたナオトは後方、前方と辺りを警戒しながら進んでいた。

 

「着いたー‼イェーイ、一番乗りぃ‼お前らおっそーい‼」

 

 コンテナの迷路を抜け、コンテナ船が停泊している港へたどり着いた。一番最初に出たタクトは大はしゃぎして騒ぐ、追いついたケイスケは勝手に先に行くなとタクトを叱り、カズキとナオトは万遍なく周りを警戒して危険はないと確認してから銃を下ろした。

 

「お前ら、一応Sランク任務なんだから少しは警戒しろよ…」

「うっせ。するもしないも俺の自由だ」( `Д´)

「あの神父の依頼なんだ。別に危なくねえだろ」

「…時間通りに来れたな。次はなにするんだっけ?」

 

 話を聞かない2人にカズキは項垂れ、もういいやと吹っ切れた。依頼の内容として時間内に港へ到着した後にライトで2,3回点滅して合図をおくる。そうすれば依頼の荷物を運んでいる船がわかるという。カズキは言われた通りにライトを数回点滅させた。

 こちらの合図に返事を返すかのように船から明かりが点滅するのが見えた。カズキ達はその船へと向かう。返事を返したのは小型のRO-RO船だった。するとRO-RO船の船首に備わっているランプウェーがゆっくりと開いた。ランプウェーから背の高く紳士服を着た白髪白髭で糸目の老人だった。無言のままこちらを見ているのでカズキ達は焦った。お互い沈黙のまま対峙していたが、カズキが緊張混じりに口を開いた。

 

「え、えーと。ど、どうも~、お荷物を受け取りに来ました~」

「…お待ちしておりました。ジョージ神父から聞いております。」

 

 老人は丁寧に軽く会釈し、パチンと指を鳴らす。暗い船内から長い茶髪でロングドレスのメイドさんが台車で大きな木箱を運んできた。木箱のサイズは横幅90㎝以上の大きな直方体で何か大きなものが入っていそうだ。

 

「こちらになります。どうぞお受け取りください」

 

 メイドさんは一礼してタクトに台車ごと渡した。メイドさんに渡されたタクトは戸惑いながらもお辞儀をして受け取る。ケイスケは当然ながらも警戒して見ていた。

 

「執事にメイドって、どちら様だよ」

「私共はジョージ神父に仕えるただの執事と奉公人でございます」

 

 ケイスケの質問に老人は会釈して返し、木箱を興味津々に見ているタクトの方を見た

 

「最後に忠告ですが、ジョージ神父の下に届けるまで決して中を見ないように。それではご武運を」

 

 老人とメイドはカズキ達に向けて一礼して船内へと戻る。ランプウェーもゆっくりと閉じられ、船を停めていたロープが外れRO-RO船は去っていった。颯爽と去る船にカズキ達はポカーンとしていた。

 

「…荷物も受け取ったことだし、さっさと帰ろうぜ?」

 

 ナオトの一言に3人は頷き、行動に移る。タクトはマジマジと木箱を見つめていた。軽く叩いたり、耳を澄ませていたりと中を確かめようとしていた。

 

「おいたっくん‼中は見るなって言われてただろ!?」

「んなこと言ってもよーカズキ、気になるものは気になっちゃうんだよねー‼」

「見るなといったら見ちゃうんだよな」

「‥‥」

 

 カズキの注意にも聞かず、タクトとケイスケは木箱の中身が気になって移動しようとしなかった。ナオトは呆れて黙って見ていた。カズキの制止も聞かないタクトが木箱の蓋についてるロックを解こうとした時だった。タクトが屈んだ直後、タクトのほほすれすれに弾丸が通り過ぎた。

 

「‼敵襲‼」

 

 ナオトの大声にとっさに反応したカズキは背負っていた防弾シールドを持ってタクトと木箱の前に立つ。ナオトはケイスケを引っ張ってドラム缶の陰に隠れる。そしてコンテナの上から銃弾の雨あられが降り注ぐ。防弾シールドはガンガンと金属音を喚くように発しながら弾丸を防いだ。

 

「ちょ!?え、なになに!?」((;゚д゚))

「はぁっ!?聞いてねえぞこんなの!?」

 

 突然のことでタクトとケイスケは驚愕していた。いつものように何事もなく意味の分からない任務がすんなりと終わると思っていた。しかし、いきなりの敵襲に焦っていた。

 

「カズキ、敵は見えるか!?」

「わかんねーよ‼こちとら必死に防いでるんだから‼てゆーかナオト助けて‼」

「わかった。フラッシュを投げるぞ‼」

 

 カズキの必死の懇願にナオトは頷き、腰に付けてたフラッシュ・バンをコンテナの上でカズキをハチの巣にしようとしている見えない敵に向けて投げ込んだ。フラッシュ・バンの低い爆発音が響いたのちに弾丸の雨は止んだ。

 

「ナオト、ナイスぅー‼FOOO!」

「お前ら大丈夫か?」

「んなことはどうでもいい‼なんなんだよあれはよ!?ふざけんじゃねーぞ‼」

「わちゃわちゃすんなって‼さっさと逃げるぞ‼」

 

 混乱しているケイスケとタクトを落ち着かせて急いで逃げるように駆けだす。木箱を乗せた台車を押して走るタクトを真ん中に、前方をシールドを渡されたケイスケが駆け、後方の守りをナオトとカズキに任せてコンテナターミナルの入り口に止めてあるハイエースワゴンの所まで急いだ。コンテナの迷路に入り込んだとき、カズキはハンドガンしか持っていないケイスケとタクトを見てギョッとする。

 

「つか、お前らなんでハンドガンしか持ってきてねーんだよ‼あれほど準備しとけって言っただろ!?」

「タクティカルハンドガン‼」(`ω´*)

「仕方ねーだろが‼こんなことになるとは思ってなかったんだし。Sランクのアリアはハンドガンしか持ってないんだぞ‼」

「うるせー‼あれは特別だっての‼」

「特別なハンドガン‼」(゚∀゚ )ノシ

 

 ギャーギャーと喚く三人をよそにナオトは黙々と追いかけてきている敵に向けてAKを撃つ。たまにフラッシュ・バンやスタングレネードを投げ込み牽制する。

 

「カズキ、右上」

「わーってるよ!ナオト、敵は見えたか?」

「…黒のボディースーツみたいな格好に…カボチャみたいなヘルメット。左右に4人ほどだから合わせて8。武器はバラバラ。スナはいなさそう」

 

 ガスマスクで顔を隠していたナオトはすごく落ち着いて敵を分析していた。カズキは安堵して謎の敵に向けてP90を撃つ。

 

「さすがナオトのれいせきな分析は助かるぜ」

「れいせき?…まあいっか」

 

 なんやかんやドタバタしているうちにコンテナの迷路を抜け、入り口に止めてあったハイエースワゴンの所にたどり着いた。ケイスケは一目散にワゴンのカギを開けて運転席に乗り込みドアのロックを開けてエンジンをかける。バックドアを開け、タクトとカズキが急いで木箱を車の中へ入れる。ナオトは追いかけてきている敵に向けて牽制をかける。

 

「はやく乗れクズ共‼」

 

 ケイスケの怒声に反応する様に3人は乗り込んだ。ケイスケはアクセルを強く踏み発進させた。バックドアは開けたままカズキとナオトは銃を撃ちまくる。もう襲ってこないと判断した二人はバックドアを閉め、4人はなんとかコンテナターミナルから脱出した。

 

「……」

 

 逃げて行ったハイエースワゴンを無言のまま、ハロウィンの置物のカボチャのようなヘルメットをした8人は立ったまま見ていた。緑色のカボチャのメットをした男が静かに無線をかけた

 

「…こちらグリーン。『標的』を逃がした。ボス、追いますか?」

『いや、いい。どうせ行く先はわかっている』

 

 無線から低い声が静かに響く。

 

「油断しました。ただのガキだと思っていましたが…」

『なに、気にはするな。どうせあのガキどもも中身は知らんだろう。中身を知ればすぐに捨てるだろう』

「了解です。すぐに例の神父を始末し、『裏切り者』も消します」

『私も合流しよう…我ら『イ・ウー』から逃げ出す『裏切り者』は粛清だ』

 

__

 

「ったく‥なんだったんだよあれは…」

 

 くたびれるようにケイスケは苛立ちながら愚痴をこぼす。突然の出来事で4人はくたびれていた。怪我は無かったものの、一気に疲労が押しあがった。

 

「あれじゃねーの?この箱を欲しがってたりして、なーんつって‼」

「だとすればマジでこの箱の中身が気になるんですけどー‼」

 

 否が応でも箱の中身が気になり箱を開けようとするタクトをナオトが無言で抑える。ジョージ神父に仕える老人から『箱の中は絶対に開けるな』と言われているので約束を守らなくてはならない。

 

「ひどい目にあったんだし開けてもいんじゃねーのか?あのクソ神父に文句言ってやる」

「そうだそうだー‼レッツオープン‼」

「だー‼俺達のジョージ神父に届けるまで開けるなって言ってるだろうが‼」

 

 車内はいっそう喧しくなった。箱を開けちまえと喚くタクトとケイスケを落ち着かせながら車で数時間、なんとかジョージ神父の教会までたどり着いた。ジョージ神父は教会の入り口でワイングラスを片手ににこやかにして待っていた。

 

「やあ、すこし遅かったけど。無事に持ってきたようだね」

 

 こちらが死にかけるかもしれなかったというのに何も知らずに赤ワインを飲んで微笑んでいるジョージ神父に対しケイスケの堪忍袋の緒が切れた。カズキは毒舌が飛び出す前にケイスケの口を手で押さえ苦笑いして答えた。

 

「で、でもなんとか無事に持ってきましたよ‼」

「…途中変なのに襲われそうになったけど」

 

 ナオトはガスマスクを外して、眠たそうな表情でありながらも若干不満そうに答えた。ジョージ神父はナオトの話を聞いて軽く頷きワゴンのバックに置かれている木箱を撫でた

 

「ふむ…」

「ねー‼もう開けてもいいよね?もう待ちきれないぜー‼」

 

 すぐにも中身が気になるタクトは木箱の蓋を開けようとした。すると今度はジョージ神父がタクトの手を止めた。

 

「任務の特別報酬だ。これは君たちに託しておこう」

「「「はあああああっ!?」」」

「‥‥」

 

 神父の答えに3人は驚愕の声をあげた。ケイスケは不満を爆発するかのように声を荒げる

 

「おま、ふざけんなよ!?こっちは死にかけたんだぞ!しかもこんなのもらったら追われるじゃねえか‼」

「ははは、安心したまえ。追手は私がなんとかしよう。君たちはそれをもらっても普通に過ごせば大丈夫だ」

 

 怒声をあげるケイスケをジョージ神父は笑顔で落ち着かせる。カズキもタクトもこのまま預って、わけのわからない連中に追いかけられると思っていたが神父が何とかするというので少し安心した。

 

「ケイスケ、ジョージ神父がああ言ってんだしここは乗ろうぜ?」

「ちょ、おま、正気か!?」

「大丈夫だぜ。安心と信頼のCVジョージのジョージ神父だぜ‼」

 

 どこが安心と信頼があるのかさっぱりだが反対しているのは自分だけだと察したケイスケは渋々了承した。ナオトは眠たそうな表情ながらもジョージ神父を心配そうに見る

 

「…大丈夫なのか?」

「心配ご無用だ。そうだ、ナオト。家に戻って箱を開けたのならこれを読んでくれ」

 

 ジョージ神父はナオトに封筒を渡した。無言のままナオトは受け取り、ワゴンに乗り込むカズキ達に続いて乗っていった。

 

__

 

 4人はマイホームとである一軒家へと戻った。普段、武偵校の生徒は男子寮や女子寮と寮で生活しているが中には彼らのように寮から離れた場所で生活していることもある。地下駐車場のある大きな家に4人で生活をしており、勿論費用などの諸々はジョージ神父がサポートしてくれていた。

 リビングのど真ん中にずしりと大きな木箱が置かれており、ナオトはソファーで静かに読書をし、カズキは木箱のそばで立ち尽し、タクトはすぐに開けたいとうずうずし、ケイスケに至ってはボディースーツのまま防弾シールドを持ち警戒をしていた。ケイスケの様にカズキは呆れていた。

 

「ケイスケ、そんなにびびんなって…」

「うるせえ。もし危険なものだったらどうすんだよ‼」

 

 ケイスケがそこまで警戒するのは皆一応理解していた。ここの最近、武偵殺しの模倣犯が武偵を襲うという事件が起きていた。自動車やバイクに爆弾が仕掛けられて被害にあっていたり、この前には自転車に爆弾が仕掛けられていたという。

 

「もしこれで爆死したらお前ら地獄に道連れだからな‼」

「ここでごちゃごちゃするのもあれだし、さっさと開けようぜ」

「いえーい‼オープンだぜー‼」

 

 喚くケイスケをよそにナオトに急かされたタクトは木箱のロックを外し、勢いよく箱を開けた。爆発することもなくただただ静寂が続いていた。いつものタクトなら箱の中身を見て奇声をあげるのだが、当の本人は目をぱちくりして開いた口から何も声が発せずにいた。何も言わないタクトにカズキは心配そうに声を掛けた。

 

「た、たっくん、どうしたの?」

「なあカズキ…これ、どうコメントすればいい?」

 

 タクトはどう言えばいいのかコメントに困っていたようだった。気になったカズキ、ナオト、ケイスケは近寄って箱の中身を覗いた。

 

「「「……」」」

 

 箱の中身は爆弾…ではなく、天然の金髪に白い肌、白いブラウスに紺色のロングスカートを身に着けた女の子が木箱の中に敷かれた藁の上でスヤスヤと眠っていた。意外な中身にナオトもケイスケも口をあんぐりと開けていた。これにはカズキも困惑した。

 

「こ、これは確かにコメントしずらいなぁ…」

 




 ヒロインはたぶんいない路線です。彼女は騒がしい4人と絡ませるが恋愛描写なんて一切ありません。むしろマスコットキャラみたいなものになるかも

 感想募集しております(切実


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4話

…江尾ナオト。木箱を開けたら中に女の子が。なんというか少し驚いた。
…しゃべることないし、お腹すいた。夕飯にしよう。


___

*注意

ここでは大いなる原作改変を致しております。原作と読み比べて、おや?と思う所がございます‼  

 本当に申し訳ございません‼


 箱の中身は金髪の女の子だった。しかもぐっすりと気持ち様さそうに寝ている。4人は沈黙のまま目を合わせ頷いたのち静かに蓋を閉じた。

 

「お前、これどうすんだよ!?」

 

 ケイスケの怒声がリビングに響く。カズキは慌てて静かにしろとジェスチャーをする。しかしケイスケの第一声を引き金にドタバタが始まる。

 

「おまえ‼これは言うなれば、古に伝わりし禁断のタツノコの人間型爆弾だ‼ヒャッハー‼ユアショック‼」

 

 タクトが嬉しそうにはしゃぎ突然世紀末救世主伝説の主題歌を歌いだす。どんどんと床を地団駄してリズミカルに動く。そんなタクトにナオトは冷静に止める。

 

「…いやたぶん爆弾じゃない」

「おい、ナオト‼あのクソ神父にすぐに電話しろ!」

「だーから、お前ら静かにしろって‼起きちまうだろ!?」

 

 

 いきなり喚きだして箱の中の少女が起きてしまうかもしれない、カズキはしどろもどろに慌てていた。そんなカズキにケイスケは掴んで何度も揺らす。

 

「知るかボケぇ‼こっちは事情を知りたいんだっつーの‼」

「わ、わかった。わかったからケイスケ、落ち着け!」

「あーついこころ鎖でつないでもー♪ヒャッハー‼」

「たっくん、静かにして‼ナオト、はやく電話してくれー‼」

 

 五月蠅い二人を抑えるのにやっとのカズキは必死にナオトに助けを求めた。そんなナオトはソファーに腰かけて携帯電話で電話をかけた。プルルルと電話につながる音が鳴る。3人はまじまじとジョージ神父が応答するのを待っていた。

 

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

 

 応答が来たのはジョージ神父ではなくよくあるウグイス嬢の声だった。ナオトは電話を切って何度もジョージ神父に電話をかけた。しかし帰ってくるのは現在その電話番号は使われていないという声だけだった。

 

「…繋がんない」

「あんのクソ神父ぅぅぅぅぅっ‼」

「やばい、ケイスケがお怒りだ‼静まりたまえ―‼」

「ヒャッハー‼トキは世紀末だぜー‼」(゚∀゚ )ノシ

 

 近所迷惑になるレベルに喚く3人。怒れるケイスケをカズキが必死に取り押さえ、タクトは誰も止めることなく歌い続け、そんな3人をよそにナオトは静かにほうじ茶を飲んでいた時、ゴトリと物音がした。ピクリと反応し動きを止めた4人は恐る恐る音の鳴る方へ振り向いた。

 木箱の蓋が外され、木箱からゆっくりと金髪の少女が起きて4人と目が合った。とっさに4人は後ろに下がり身構えた。カズキは静かに見ているナオトの後ろに隠れ、タクトは目をキラキラと輝かせて、ケイスケは少女に睨み付けながらグロッグ21を引き抜き銃口を少女に向けた。

 

「…っ!?」

 

 ケイスケが銃を構えているのを見た少女は目を大きく見開いてビクリと震えた。少女はどうしようかわたわたとしているうちに木箱が倒れ、箱から転がる様に出た。カズキは苛立っているケイスケを宥める。

 

「ケイスケ、そう身構えるなって。相手さんビビってるぞ」

「油断すんじゃねえよ。相手は何するかわかねぇんだ」

 

 ケイスケの意見も一理ある。正体不明の相手でもあり、こちらが油断している隙に皆殺し…なんてこともあるかもしれない。しかしカズキは少女からはそんな気はなさそうな感じがした。

 

「ねえねえ、もしかしたら外国の人じゃね?」

「…もしかしたら日本語がわからないのかも」

 

 金髪に白い肌、そして翡翠の瞳。タクトの言う通りヨーロッパかアメリカのどっかの方面の人なんだろう。だとすれば日本語は分からないかもしれない。

 

「よーし、ここは俺に任せろー‼」(`Д´ )

「頼んだぜ、たっくん‼」

 

 突然やる気に満ち溢れたタクトにカズキはわずかながらも期待した。ケイスケもナオトも黙って見ている。3人が機体の眼差しでタクトを見つめていた。するとタクトは両手を広げ、アゴしゃくれさせ所謂変顔をした。

 

「スシー、テンプラー♪スシーテンプラー♪」╰(´◉◞౪◟◉)╯

「」

 

 3人は固まった。タクトは寿司、天ぷらと変顔で変な踊りをしながら周りをまわる。カズキ達だけでなく金髪の少女もポカーンとしていた。

 

「何も解決してねぇじゃねえか」

「たっくん‼英語喋れてないじゃんか!」

「…たっくんに期待した俺達がバカだった」

「これぞボディランゲージ‼」( ・´ー・`)

 

 3人が呆れているのに対ししてやったりとタクトは満足そうにドヤ顔で返す。痺れを切らしたケイスケはタクトをスルーして銃口を再び少女に向けた。

 

「おい、お前は何もんだ?どうして箱の中に入っていたか話せ」

 

 般若のお面をつけたケイスケの威圧にビビったのか、少女はガクガクと身体を震わせ口を開いた。

 

「こ、殺さないで…‼お、お願いです…!」

 

 その少女は流ちょうな日本語で喋りだし土下座をするように上半身を床へと伏せた。今度はカズキ達がポカンと口を開けてしまった。日本語も上手で、身体を震わしながら土下座をしたのだから驚いてしまった。

 

「…ケイスケ、武器は持ってなさそうだ」

 

 ナオトはケイスケに話す。両手を広げ前にだしていることから武器は持っておらず、箱の中にも武器になるものは一切なかった。少女はうるうると涙で潤った瞳でカズキ達を見上げる。ケイスケも少女に敵意はないことを感じ銃を下ろした。

 

「だ、大丈夫さ。俺達は何もしないから、な?お、落ち着こ?」

 

 まずはお前が落ち着けよとケイスケにつっこまれながらもカズキは少女に落ち着くよう宥める。少女はゆっくりと上半身を起こし頷く。

 

「えっと…名前は?あとどこの人?」

「わ、私はリサ。リサ・アヴェ・デュ・アンク。オランダ生まれです」

「リス…阿部で……あんこ…」

「噛み噛みじゃねえか。」

 

 ケイスケは噛んでうまく名前を言えなかったカズキを下げてリサと名乗った少女の前に立つ。まだ般若のお面を付けているケイスケにリサは少し怯えた。

 

「名前はリサだな?次はなんで木箱の中に入ってたんだ?」

 

 ケイスケの質問に対し、リサはピクリと反応し言うべきかどうか躊躇っている様子を見せた。怯えるように上目遣いでケイスケを見る

 

「そ、それは…もし、この事を話せば貴方達にも危険が…」

「もしとか危険が云々とかどうでもいいんだよ‼どういう訳で日本に来たのか、なんでお前が神父の大事な『荷物』なのか知りたいだけだっつーの‼」

 

 躊躇うリサにイラッとしたケイスケは怒声を飛ばす。リサは「ひっ」と短い悲鳴を上げて再び涙目になりビクビクと震えだした。

 

「ケイスケ、そうカッカするなって。ほら、リサちゃん泣いちゃってるだろ!?」

「そうだぞー。カッカするやつは閣下に蝋人形にされちまうぞー」(`Д´ )

 

 カズキとタクトはケイスケを落ち着かせる。ケイスケ自身も何が何だか分からない事態が立て続けに起きているのでイライラしてしまっていることを感じ、少し反省しているようだ。ナオトはリサにハンカチを渡す。

 

「…俺達はジョージ神父に木箱の中身を託されてたんだ。ジョージ神父に事情を聞こうとしたけど聞けれない。話してくれないか?」

「ジョージ神父が…わかりました。…私は『イ・ウー』という組織にいました…」

「ジョン・ウー?」

「…イヌ?」

「ヤ・フー⤴」(。☉౪ ⊙。)

「イ・ウーな。うん、こいつらバカだから気にすんな。イ・ウーってなんだ?」

 

 4人中3人、真面目に話を聞いているのだろうかとケイスケは心配になりながらもリサに質問した。『イ・ウー』なんて聞いたこともないからだ。

 

「『イ・ウー』とは数多くの超人的人材を擁する戦闘集団です。超能力、飛びぬけた戦闘技術、暗殺等々を駆使し世界に暗躍する組織でもあります」

「所謂…世界征服的なやつだな‼」

 

 タクトの冗談交じりで言った答えにリサは黙って頷く。まさかの的中にタクトはマジかよと口をこぼしギャグで言ったつもりがガチになったとしょんぼりした。

 

「ということは、リサもなんか持ってるのか?なんかこう…すごいの」

「私は、リサは…傷の治りが早いのです。無限回復、というわけではありませんが傷跡も残さず人よりも早く治ります」

「すげぇ!?リジェネって言うヤツだな!」(; ・`д・´)

 

 今度こそはうまくいったとタクトは満面の笑みで笑った。そんなタクトを無視してカズキ達は話を続ける。

 

「…傷が早く治る。無茶な戦いをされたのか?」

 

 ナオトの質問を聞いたリサは悲しい顔をして頷いた。

 

「はい…最初の頃は非戦闘員とされてきたのですが…治癒能力があると知られた途端、敵陣の中へ爆弾1つ抱えさせられたり無謀な戦い方をさせられ何度も重傷を負ってきたのです‥」

 

 自爆テロ紛いのことをしても、すぐに傷を癒すことができ何度でも戦いへ使うことができる。いわば捨て駒として使われ来たのだ。それを聞いた4人は沈黙のままリサを見る。リサは涙でうるわせながら話を続けた。

 

「リサはもうついていくことができなかった。でも、組織を抜け出したとて行く先もありません…途方に暮れただただ泣いて過ごしすしかなかった。そんな時、私を助けてくれたのがジョージ神父でした」

 

 リサはジョージ神父との出会いを話した。抜け出すこともできず、行く先もない自分に絶望しオランダの教会で泣いていたある日、たまたま旅行をしてたジョージ神父に出くわした。リサはジョージ神父にすべてを打ち明けた。それを聞いたジョージ神父はにこやかに答えたという。

 

「『道に迷える君を助けよう』と言って手を差し伸べてくれました。ジョージ神父の協力で抜け出すことができ、教えられた方法でジョージ神父の元へ日本へ来たのですが…」

 

 気づいた時には見知らぬ家に運ばれていて、ギャーギャーと喚くカズキ達の姿を見てどうすればいいか、もしかして道中に捕まったのかとビクビクしていたという。

 

「あの…ジョージ神父は、一体何処へ…?」

「肝心のクソ神父と連絡が取れねえんだよなぁ」

「だからクソ神父いうなって。リサちゃんを助けてくれたんだぞ!?」

「…あ、忘れてた」

 

 ナオトは神父から木箱の蓋を開けた時に読んでくれと渡された封筒を取り出した。リサという少女、何故リサが中に入っていたのか、ジョージ神父との関連、リサの話を聞いてわかった。ジョージ神父はこうなることを見据えて渡したのだと。

 

「…ジョージ神父から手紙を預ってた」

「はぁ!?おまえそれを早く言え」(`Д´ )

「そんなのあったのなら早く言えよクズが」

 

 知らなかったんだからしょうがないだろ‼とナオトは反論してから封筒を開ける。案の定、中には一通の手紙が入っていた。ナオトはそれを取り出し、読み上げた

 

「『リサへ…残念だが私は君の主にはなれない。手伝えるのはここまでのようだ。後は君の好きなように、自由に生きるんだ byジョージ P.s ナオトたちは武偵憲章は忘れてないよね?』…だってさ」

「そんな…リサは…リサは…どうすれば…」

 

 手紙の内容を聞いたリサはポロポロと涙を流した。どうすればいいか再び途方に暮れてしまい振り出しに戻ってしまったのだ。そんな泣いているリサを見てタクトは3人の方に顔を向けた

 

「なあ、カズキ。リサを俺達の所にしばらくいさせてあげようよ」

「はぁ!?」

 

 タクトの突然の一言にケイスケが驚く。カズキもナオトもタクトのひらめきに少々驚いた。

 

「おま、正気か!?下手したら密入国してるんだぞこいつは‼」

 

 ジョージ神父が手を回しているかもしれないが、そうでなければリサはただの無法入国者。バレてしまったら仲良くお縄についてしまう。

 

「でもさ、このまま野宿にさせるのも追い出すのも、感じよくないよ。」

「たっくんの言う通り、助けてあげないとな。そうじゃなきゃ後味が悪くなるぜ」

「…それ意味が違くないか?それに…武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』3条『強くあれ。ただし、その前に正しくあれ』って言うしな」

「お前ら…」

 

 タクトに続き、カズキとナオトもリサを家に迎え入れるようだ。ケイスケは思い悩んだが、戸惑っているリサを見て考えた。

 

「お前…何ができるんだ?」

「…え?」

「だから、お前は治癒能力の他に何ができるんだってんだ‼ただ飯食えると思うんじゃねえぞ‼」

「は、はいっ‼えっと…会計と料理に家事や洗濯…看護や薬剤師も少し…」

 

 ケイスケの怒声にあたふたとリサは答えた。リサのできることを聞いたケイスケはふむ‥と低く唸り考えた。そんなケイスケの様子をリサはビクビクと見ていた。

 

「ったく…変なことをしたら追い出すからな」

「えっ…?」

「やったなリサちゃん‼ケイスケの許可をもらえたのなら、俺達のハウスにいていいだぜ‼」

「イェーイ‼パーティー‼」

「…しばらくは家に居候していい。よかったな」

 

 カズキ達の言葉を聞いてリサは再びポロポロと涙を流した。今度は悲し涙ではなく嬉し涙だった。

 

「そうだ、名前を言ってなかったな。俺は吹雪カズキ、武偵高校の生徒だぜ」

「この俺が、武偵高校の真紅の稲妻で有名な菊池タクトだぜー‼」\(`∀´)/

「天露ケイスケだ。怖がらせて悪かったな」

「…江尾ナオト。よろしくー」

 

 リサはカズキ達に涙をこぼしながら笑顔で何度も頭を下げた。

 

「みなさん…ありがとうございます…!」

 

 




 変更点…リサは戦役から自爆特攻役として酷使されてるところをすでにイ・ウーから酷使されております。

 説明不足で本当に申し訳ございません‼


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5話

 今回はほのぼのとしてます。カオス度はすっごく低いです。ごめんなさい‼


 一番最初に起きたのはケイスケだった。リサを迎え入れたあの後、リサの寝る場所、寝間着やお布団はどうするか4人で話し合った。その結果、4人の必死なじゃんけんにより負けたケイスケが自分の布団と枕、カズキが膝を入れてだぼだぼになってしまったジャージを渡すことになった。何度もすみませんと礼をするリサには1階の和室にとりあえず寝てもらうことにした。リサは畳にとても感動していた。

 ケイスケは欠伸をしながら部屋を出て階段を下りる。布団と枕無しだとなかなか寝付くことができず、未だ冷える4月の朝の寒さのダブルパンチで朝早く目覚めたのであった。リビングについた時、何か美味しそうな匂いがした。匂いがするほうへ向かってみると、キッチンでリサが朝食を作っていた。

 

「あっ、おはようございます、天露様」

 

 ケイスケに気づいたリサは明るい笑顔でぺこりと日本式のお辞儀をした。今日も白のブラウスに紺色のロングスカート。やはり昨晩のカズキのダサいジャージよりもこちらの方が見栄えがいい。

 

「ああ、おはよ…これリサが作ったのか?」

「はい。皆さまの為に作りました!」

 

 リサは満面の笑みで答えた。ケイスケは皿に乗っている料理を見た。チーズや焼いたベーコン、新鮮なサラダにスモークサーモン、目玉焼きがパンに載ったものだった。

 

「オランダの料理でアイツマイターというのですが…あの、お気に召しませんでしたでしょうか?」

 

 真剣に見たこともない料理をまじまじと見ているケイスケを見て、リサは気に障ったのかと心配そうにしていた。

 

「いや…ちゃんとした朝食で感動している」

 

 ケイスケは半ば驚き、半ば喜んで頷いた。4人とも起きる時間はバラバラでケイスケは食パンとコーヒー、タクトはサラダ、ナオトはカップ春雨、カズキは豆腐ともやし炒めと食事もバラバラだった。リサが作るような食べる量も食事バランスも取れているような朝食にありつけるのはありがたい。

 

「あ、あとコーンスープも作ってますが‥」

「でかした。せっかく作ってくれたんだ、あのバカ共を叩き起こしてくるか」

 

 スープも作ってあるとはなんと完璧か。ケイスケはにやりとしてリサを褒めた。リサはあたふたと嬉しそうに頭を何度も下げる。ケイスケは気分よく2階へあがり、スヤスヤと寝ているカズキ達を叩き起こす。

 せっかく気持ちよく寝てたのにとカズキ達はケイスケに不満を垂らす。しかしダイニングテーブルに並べられたリサが作った朝食に手の平を返す如く喜んだ。

 

「びゃああ!?うまいぃぃぃっ‼」(∩´∀`)∩

「うますぎるんですけど!この…アツイマイスター!」

「…アイツマイターだろ。でもすごく美味しい」

 

 お味はご覧の通り大好評だった。まともな朝食を食べてない連中にはとてつもないご馳走だろう。美味しそうに食べている4人を見てリサは手を合わせて喜んでいた。とても嬉しそうだ。

 

「ありがとうございます!皆様のお口に合ってよかったです」

「な?リサをお家に入れて正解だっただろ?俺をほめたたえろ」( ・´ー・`)

 

 ドヤ顔で自慢するタクトをスルーして3人は和気あいあいとリサと一緒に朝食を済ました。この後の皿洗いでは4人も皿洗いをした。リサは片づけは私一人でやりますよとあたふたと言っていた

 

「いやいや、俺達もこういうのはやらなくちゃ。ハティカラテュモニュキュベカラズってな」

「???」

「『働かぬ者食うべからず』だろ。朝から噛みまくりじゃねえか」

 

 まるでどこかの母国語かのように噛みまくりでしゃべるカズキの言葉にリサは首を傾げていた。その横でケイスケがびしりとツッコミを入れる。皿洗いを済ました4人は学校に行く支度をする。準備ができていざ出発となる前に4人はさてととひと息つく。

 

「…リサをどうするんだ?」

 

 さっそく最初の難問に引っかかった。自分たちが学校に行っている間、リサをどうするか。このまま留守番させるのが安打であるが、日本に初めて来たリサにとって、この地は未開の地で未知との遭遇だろう。すぐに迷いそうだ。

 

「やっぱ、俺達と一緒に武偵高校に行こうぜ‼」

 

 一番最初に口を開いたのはカズキだった。カズキはドヤ顔で話を進める。

 

「よく言うだろ?『森を隠すなら木の中』だと」

「それを言うなら『木を隠すなら森の中』じゃねーか」

「イエーイ!灯台モトクラシー‼」(`∀´ )

「…まあ何かあっても武偵高校なら安全だろうし。でも大丈夫か?」

 

 武偵高校にいれば他のSランク武偵や教師陣もいることだろうし安全だろう。しかし、リサは部外者。もし見つかってしまったら少々やっかいなことになるだろう。4人はそれをどうしようか悩んでいるとタクトがはっとし多様な顔をして口を開いた

 

「そうだ!私にいい考えがある」( ・´ー・`)b

 

 ドヤ顔でリビングを出てドタドタと階段を上がっていった。しばらくしてドタドタと階段を下りて戻って来た。タクトがドヤ顔で持ってきたのは女子用の武偵高校の制服だった。

 

「たっくん!?なんでそんなのあんの!?」

「えーと、SVRの授業で変装の練習があったんだ。で、俺は女子に変装しようと思ったけど無理だった」( ・´ー・`)b

「ドヤ顔で答えられても困るんだが…」

「…まあないよりかはいいんじゃない?リサ、着てみる?」

「あ、ありがとうございます。さっそく着てみますね?」

 

 タクトはリサに女子制服を渡し、リサは和室へと行った。数分後、照れながら戻って来たリサに4人は一瞬ピシリと固まる。

 

「あの…どうですか、似合いますでしょうか…?」

 

 リサは照れながらスカートの裾をすこしつまんで微笑みあいさつした。口をあんぐりとしていた4人だがはっとして答える。

 

「いい…メッチャクチャ似合うじゃんか!」

「…グッド。」

「やっぱ外国の子が一番似合うよなうちの制服は」

「似合うよ?でも、メロンパンが目立つな…」(;´・ω・)

 

 カズキ達は似合うと褒めていたがタクトは少々目のやり場に困っていた。それもそのはず、制服姿のリサを見て4人はまず最初に胸がけっこうあることに気づいて一瞬フリーズしていたのだった。そんなタクトのメロンパン発現にリサは首を傾げていた。

 

「メロンパン…?あ、でもスカートが少し短いのでちょっと恥ずかしいですね」

「よし、学校についたら購買に行ってサイズの合う制服を貰っておこう」(´_ゝ`)

「…これならいけそうだな。」

「って、やべぇ‼急がねえと遅刻するぞ‼」

 

 時計を見たケイスケの怒声に3人もあたふたとする。そんな慌ただしい4人組をよそにリサはポカンとしていた。

 

「遅刻ですか?まだ時間に余裕があると思うのですが…?」

「この国じゃ急がないと面倒な事が沢山あんだよ‼急いで車に乗っていくぞ‼」

 

__

 

「‥‥すごい(モーイ)です‼こんなに高いビルが沢山‼」

 

 道路を走るSUVの後部座席の窓から見える東京の高層ビルが建ち並ぶ景色に翡翠色の目をキラキラと輝かせながらリサは見入っていた。そんな様子に4人は微笑ましく思っていた。

 

「…リサにとって東京の景色は珍しいんだな」

「はい江尾様のおっしゃるとおりです‼地平線まで見える建物の景色‥オランダにはないくらいすごい(モーイ)です‼なんて大きな町なんでしょう!」

 

 リサは『モーイ』を連発してとても感動していた。喜びはつかの間、「あっ」と口をこぼしたケイスケは車を止めた。目の前から他の車がずらりと並んで数珠並びになっていた。ここからは車は止まっては進みと繰り返す。

 

「なにか事故でもあったのでしょうか…?」

 

 ひょっこりとリサが心配そうにのぞき込む。運転席のケイスケと助手席のカズキは心配そうにしているリサとは反対にスラッとして答えた。

 

「これが日本の道路名物、『渋滞』だ」

「この時間帯、車で通勤する人が結構来るんだぜ」

「!?」

 

 リさは目を白黒させて驚いていた。これぞカルチャーショック。皆さん忙しいのですねとリサは納得して頷いていた。

 

「このままだと結構時間を食うな。道を変えて高速に乗っていくぞ」

「ヨッシャー‼モーイモモーイ‼」(∩`∀´)∩

 

 信号を左折してルートを変えて進んでいった。この後、高速道路と高速道路から見える景色にリサは『モーイ』を連発した。

 

_

 

 なんとかして時間ぎりぎりに到着した。カズキ、ナオト、タクトは後の事はケイスケに押し付けてさっさと教室に向かっていった。ケイスケ専用の医務室もあることだしそこにリサをいさせれば問題はないだろうと思っていたのだ。後ろからケイスケの怒声が聞こえるが振り返ったら捕まり〆られるのでそそくさと走って行った。

 昼休憩時間、カズキはケイスケのいる医務室へと着いて恐る恐る扉を開けた。予想通り、般若のお面をつけてお怒り中のケイスケが椅子に深く腰掛けていた。その近くではタクトとナオトが正座している。

 

「よぉ…よくも置いていきやがったな?」

「ご、ごめんなさい…」

 

 ケイスケの怒りの威圧に圧されカズキも正座して説教をくらった。

 

「ったく、お前らバカ共が俺に押し付けた後が大変だったんだからな?購買部にリサの制服を採寸してもらって制服が貰えるかと思ったら…」

 

 ケイスケの話によると制服を貰う寸前、購買部にいた中等部の生徒に出くわし、リサを見て『もっと似合う制服にしてあげますの』とか言ってリサはその中等部の生徒に購買部の試着室へと連れて行かれ、それから数時間待ちぼうけされたという。

 

「そ、それでリサちゃんは…?」

「バカ共がそろったことだし…リサ、出てきていいぞ」

 

 ケイスケに呼ばれ、ベッドのカーテンを開けてひょっこりとリサが出てきた。フリフリのフリルやヘッドドレスが飾られた白いエプロンがついたメイド服のような制服だった。リサはにっこりと微笑んで赤いロングスカートの裾をつまんでお辞儀する。

 

「ちょう似合うんですけどー‼」

「言うなれば、冥道を極めたメイドさんEXだー‼」(`∀´ )

「…やっぱりロングの方がいいよな」

「リサ、そっちの方がとっても似合うぜ?」

 

 4人の高評価にリサは心嬉しそうににっこりと笑った。

 

「ありがとうございます。…あの、吹雪様、菊池様、天露様、江尾様。リサは申し上げなければならない事があります」

 

 微笑んだ後、リサは少し真剣な眼差しで4人を見つめた。すっと両手を胸の前で組み、祈る様に頭を垂れた。

 

「私の…ご主人様になってください」

「「「「はぃぃ?」」」」

 

 4人はどこかの警視庁特命係のような高い声を出して驚いた。突然のことで4人は目をぱちくりしていた。いつも眠たそうにしているナオトも珍しく目を見開いている。

 

「私の一族、アヴェ・デュ・アンク家の女は代々、強い武人たちに仕え、真心を込めて武人に尽くし、寵愛を受けて、守られて生きてきました」

 

 強い武人に仕え、その武人にとって有用な女であるように尽くし、生きてきた。複雑な生き方だとケイスケは感じていたがカズキとタクトは頭にハテナを浮かべていた首を傾げていた。とりあえず見なかったことにした。

 

「使えるメイドとしてイ・ウーに誘われた私は、その中にいるであろう武人、勇者様に仕えるべく入りました。ですがイ・ウーには女性が多く、仕えるべき勇者様もいませんでした…そして私の持つ治癒能力に気づき戦場へと連れて行かれたのです…」

 

 イ・ウーとやらにいて、戦場に駆り出されてもリサはずっと『白馬の王子様』みたいな人物が現れるのをずっと待ち続けていたのだろう。今のご時世、古い少女漫画的な考え方を持っているなんて珍しい。

 

「そして…ジョージ神父に出会い…皆様に出会えたのです。ですから皆様、どうかリサのご主人様になってください。どうぞ、リサをメイドとして置いてください」

 

 リサは翡翠の瞳をうるわせてカズキ達を見た。4人はしばらく考えていたが答えは決まっていた。

 

「いいry」

「「「無理」」」

「ごめん、無理」

 

 カズキが『いいよ』と言いかける前にタクト、ケイスケ、ナオトは口を揃えて断った。カズキも言い直して断った。リサは目を見開いて悲しい顔をしていた

 

「な、なぜですか…?リサでは無理なのですか…!?」

 

 ポロポロと悲しく涙を流すリサに4人は難しい顔をして答えた。

 

「俺…ご主人様というほどの器は無いよ」

「同感だ。このバカ共ならともかく、リサをいい様にこき使うことはできねえ」

「…実感がない」

「俺は誰かをシモベにするのはできない…」(;´・ω・)

 

 4人の答えを聞いてリサは涙を流すのは止まらなかった。リサにとって、この4人は勇者だと仕えるべき方だと感じていた。だが、自分たちは勇者じゃないと断られたのだ。途方に暮れて嗚咽をこぼしながら泣き続けた。

 

「リサは…リサはどうすれば…」

「そうだ!リサ、ご主人様になることはできないけど…ソウルメイトにはなれるぞ‼」

 

 ぱっと閃いたタクトはパッと明るく言った。リサは泣くのをやめてタクト達を見上げた。

 

「ソウル‥‥メイト…ですか?」

 

 ソウルメイト。『武人』や『勇者』、そして『ご主人様』と違い、リサにとって今まで聞いたことがない単語だった。ソウルは『魂』、メイトは『友』とも読む、『魂の友』という意味だろうか、とリサは首を傾げてる。

 

「ソウルメイト‼とってもとーっても大事な絆で結ばれた友や仲間達のことだぜ‼」(`∀´ )

「ソウルメイト‼俺もたっくんもケイスケもナオトも結ばれたサイキョーの絆だぜ‼」

 

 タクトとカズキが励ます様にリサにソウルメイトの全貌を話す。目をぱちくりさせおどおどしているリサにナオトも続けて話す。

 

「…あいつら曰く、ソウルメイトは宇宙ヤバイくらいすごい。ご主人様とか勇者様とか比べ物にならないくらいすごい」

「う、宇宙ヤバイ!?」

「リサ、ジョージ神父も『自由に生きろ』って言ってただろ?お前は自由なんだ。これまでの生き方を変えてみろよ」

 

 ケイスケの説得にリサは顔を曇らす。ぎゅっとスカートの裾を握り、うつむいた。

 

「ダメなんです。リサは…戦いたくないのです。絶対に、絶対に、傷つきたくないのです…」

「だからこそ俺達ソウルメイトがいるじゃないか!」(`Д´ )

 

 タクトの一声にリサははっとして見上げた。タクトはドヤ顔でにっこりして答えた。

 

「俺達が一緒にいるし支えてあげるからさ、リサは戦わなくていい、俺達が守ってあげるからさ!難しい事は捨ててちょっとずつ変えればいいさ。俺達は大事な仲間で…一緒にやってくソウル↑メイト↓じゃないか!」

「たっくん‥‥くさい。どっかのキンジみたいにくさいよ」

「うっせ‼」(`Д´#)

 

 空気を読めなかったカズキの言葉を聞いてタクトは怒って取っ組み合う。今崩れそうなソウルメイトをよそにケイスケは話を続けた。

 

「もう難しい事はしなくていい…俺達がお前の最初の仲間で友達だ」

「ソウル…メイト…」

 

 『このような』自分を受け入れてる仲間、友達。リサにとって今まで感じたことのないものだった。悲しみの顔から感動の涙を流した。

 

「カズキ様、タクト様、ケイスケ様、ナオト様…このような私を受け入れてくださってありがとうございます。リサも…リサも『ソウルメイト』になります‼」

 

 ケイスケもナオトも、いつの間にか取っ組み合いを止めていたカズキとケイスケもニシシと笑った。




 ソウルメイト‼ 宇宙ヤバイ

 なんか強引というかごり押し感があるような気がする…駄文ですみません

 感想お待ちしております‥‥


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6話

 前書きをどうしようか悩んでいる。まあなんでもいいかな?(;´Д`)


すごい(モーイ)です‼夜なのにあんなに明るくて…まるで星みていですね!」

 

 リサはベランダから東京の夜景を眺めて感動していた。あの後、カズキ達は放課後の活動はせずに速効に家へ帰りリサを東京の街中へ連れてって行った。人混みの多さに、コンビニエンスストアに、あらゆるお店に感動し、目を輝かせていた。

 

「この国はキレイで…素敵な国ですね」

 

 目をキラキラと輝かせ感動しているリサにカズキ達は少々苦笑いをした。サービスやおもてなし、礼節、清潔といった日本文化は素晴らしいものと感じているのだが、リサの目の前にいる野郎4人は少々汚いと実感している。

 

「よし、我が家にリサちゃんが来たということで何か食べに行こう!焼肉にしようぜ‼」

「たっくん、ナイスアイディア‼ピザが食べたいぜー‼」

「‥‥リサは何が食べたい?」

 

 焼肉がいい、ピザがいいとギャーギャーと喚いているカズキとタクトをそのままにしてケイスケとナオトはリサに聞いた。リサは目をぱちくりして首を傾げていた。

 

「夕餉ですか?それでしたらリサが作りますよ?」

「マジで!?ピザ作ってくれるの!?じゃあマルゲリry」

「お前には聞いてないし黙ってろ。今日はお祝いということで外食だ、遠慮しなくていいんだぞ?」

 

 ケイスケは作ってくれと懇願するカズキの口を塞ぐ。リサはというと照れながら少しモジモジしていた。

 

「で、でしたら…に、日本ならではの料理を食べてみたいです」

「それじゃあ…寿司で決まりだな」

「ヨッシャー‼スッシ食いねー♪」

「ケイスケ太っ腹‼回らない方だよな!」

「あ゛ぁ?」

 

 ケイスケに睨まれたカズキは蛇に睨まれた蛙のように畏縮した。寿司食いねぇとタクトは歌いながら『回る』『回らない』寿司とは何かとキョトンとしているリサを連れてすでに車庫に向かっているナオトに続く。皆で回転寿司屋に向かったのだが、そこでも案の定チェーンコンベアで流れている小皿に載った寿司に目を輝かせて『モーイ』を連発した。

 

__

 

 あれから数日が経過し、リサも日本文化にいくつか間違った知識を持っていたがここでの生活に慣れてきたようだ。彼らが驚いたのは彼女の料理の上手さだけではなく、買い物上手だということだった。騒がしい4人がいつも無駄なものを買って多く費やしていた食費が彼女のおかげで物凄く下がったのだ。おかげで何かとアンバランスだった4人の生活も健康的になったという。一方で料理上手ということでタクトが料理ではライバル視していることもちらほら。

 また、看護と薬剤師の技術も少々あるということで、武偵高校のケイスケの医務室にいるときはケイスケの手伝いや助手もやっているとのことだ。『ケイスケが美女の助手を雇った』という噂が広まり、仮病と称してリサを拝めようとやってくる男子共にはケイスケの破壊級足つぼマッサージや般若のお面を付けて威圧し追い出していた。最初の頃はビクビクとしていたリサだったが今はもう笑顔で明るく元気になり、4人の癒し系マスコットキャラとなっていた。

 そんなのほほんとした日々が過ぎたある朝の事、朝早く起きたナオトは眠たそうにしながらも門前にあるポストに入っているだろう新聞を取りに出た。ポストを覗きいつものように新聞を取ろうとした時、新聞紙以外にも何か入っていることに気づいた。手を伸ばして取ってみるとしっかり封をされた何かと分厚い茶封筒だった。誰宛てかと調べていると端っこに『byジョージ』と書かれていた。あれから連絡しても応答がなく、教会に行ってもいなかったあのジョージ神父からの物だとわかったナオトは一気に眠気が覚めて急いで皆の下へ戻った。

 

「おい‼神父から何か届いたぞ‼」

 

 のんびりと朝食をとっていたカズキ達は食べるのやめて驚いた。カズキ達はナオトの持つ分厚い茶封筒を見る。

 

「マジでか!?ジョージ神父からなのか!?」

「待ってたぜオイ‼」

「おい、ちゃんと中身を調べたのか?」

 

 カズキとタクトは喜んでいたが。ケイスケは警戒して聞いた。木箱を渡されたとき、中にはリサが入っていたことには気づいていなかったがあの後謎の武装集団が襲って来たあの時をケイスケは忘れていなかった。もしかしたらジョージ神父の名を騙って爆弾か何かを送り込んできたのかもしれない。

 

「じゃ、見るわ」

「おおい!?」

 

 そんなケイスケの考えにお構いなくナオトは茶封筒の封を開けた。ケイスケはぎょっとしてリサと一緒にテーブルの下へ隠れる。しかし、何も起こらなかったのでどうやら爆弾でもないことにケイスケは安堵した

 

「ぷぷぷー、ケイスケなにびびってんだー?」

 

 とっさに隠れたケイスケにカズキはニヤニヤと笑う。カズキはその直後にケイスケのアイアンクローの餌食となった。カズキの悲鳴の中、ナオトが茶封筒の中を覗いて取り出したのは透明のケースに入ったDVDのディスクだった。

 

「…DVD?」

「とりあえず見てみようぜ‼D・V・D!D・V・D‼」

 

 何かとリズムに乗ってはしゃぐタクトに急かされてナオトは茶封筒に入っていたディスクをDVDプレイヤーに入れてテレビをつけた。テレビの画面はしばらく砂嵐のままだったが、突然パッと映像が変わった。映っていたのは綺麗な砂浜と海をバックにビーチチェアでくつろいでいたハイビスカス柄の白いアロハシャツと赤いアロハズボンを身に着けたジョージ神父だった。しかも片手に青いカクテルを持って愉悦に浸っている。

 

『お、映ったようだな。やあナオト、皆。元気にしているかい?』

「どこのホームビデオだよ!?というかあのクソ神父なに寛いでいやがんだ‼」

「すっげえ‼ビーチだ、常夏のバカンスでしょ‼」

 

 ケイスケの怒りの怒声とタクトの興味津々の喜びの声をよそにジョージ神父は話を続けていた。

 

『私は今、タヒチ島で寛いでいるよ。たまには息抜きをしないとね…ところで、リサと一緒に過ごしているかい?』

「なんと…ジョージ神父はお見通しのようですね」

「ああ、もうびっくりだわ」

 

 まさにジョージ神父の予想が的中していることにカズキとリサは驚く。その後はやたらとジョージ神父のタヒチの高いホテルででる料理や海がきれいだとか自慢話が続いた。すぐにでもテレビを消してDVDを破壊してやろうとしているケイスケを抑えていた時だった。

 

『…さて話を変えようか。このDVDが届いてきたのなら君たちも警戒してくれ』

 

 ジョージ神父が真剣な眼差しに変わったことに気づいた4人は動きを止めて真剣に映像の方に集中した。ジョージ神父がこんな表情になったということは何かヤバイことなのだろうと察していた。

 

『まずは私がこの島にいる理由だ。『物騒な連中』から君たちにリサを預っていることを知られないためにデコイを使って引き離そうとしていたんだ。途中まで上手くいっていたんだが、バレてしまってね』

 

 映しているカメラが苦笑いしているジョージ神父の場所から右へ動く。そこには焦げ焦げに焼けていたリサと同じくらいの身長のある人形があった。本物に似ているというぐらいよくできていた人形だった。カメラがジョージ神父の方へ戻る。

 

『リサの話を聞いているなら『物騒な連中』のことはわかるだろう』

 

 カズキ達は木箱を渡されたときに突然襲って来たあの集団を思い出した。そしてリサがどこから来たのかどうして日本に来たかその理由を話した時も思い出す。

 

「『イ・ウー』…」

 

 4人は同じ単語を口にこぼす。超人的な戦闘集団が集う秘密結社みたいなもの。犯罪組織だということならあの時襲って来た連中も『イ・ウー』なのだろうか。4人は疑問に思いながらも映像を見続ける。

 

『たぶんリサが話をしてくれているのなら、『イ・ウー』であっているよ。リサを狙っているのは『ジャック・ランタン』と呼ばれる『イ・ウー』から抜け出した裏切り者を殺す『始末屋』だ』

「ジャンボ・ラーメン?」

「カボチャだってつってんだろ」

 

 どう聞いたらそう間違えるのかケイスケはカズキにツッコミを入れる。

 

『『イ・ウー』は裏切り者には厳しい連中もいるという。その理由として『司法取引』があげられる』

 

 司法取引。簡潔に言うと逮捕された被告人が捜査、裁判に協力することで求刑の減刑や罪状の取下げが為される制度のこと。捜査を協力し晴れて自由、その代り公安とかから監視の目もあるが社会復帰できるということだ。

 

「…何かとヤバイ連中がいる『イ・ウー』の誰かが捕まって、司法取引をするということなら…」

 

 ナオトはその後は黙った。捜査で共犯者や他の仲間のことをしゃべれば世紀の大検挙。ぞろぞろとお縄につくだろう。

 

『自分たちの情報をバラされるのを恐れている奴がわんさかといる。『始末屋』は司法取引した者や抜け出した者を執拗に追いかけて追い詰めて殺していく…勿論、リサも標的だ』

 

 リサはジョージ神父の話を聞いていて震えていた。ジョージ神父はリサを守るために自ら囮となって引き寄せていたということだった。しかし、デコイだとバレてしまったということは…4人の背に冷たい汗が流れる。

 

『『始末屋』は日本へと戻っていったよ。私は急いで戻るのだが…ナオト、カズキくん、タクトくん、ケイスケくん。リサを奴らから守ってやってくれ、これが新しい依頼だよ』

 

 突然のジョージ神父の依頼に4人は頷くこともせず黙ったままだった。どうすればいいのか戸惑っていた。悪の組織に追われる美しい女性をダンディなエージェントが悪の組織から守るというよくあるアクション映画みたいなことが起きていることに実感がないからだ。

 

『君たちならできることを期待している…それじゃあ失礼するよ。あ、言い忘れてたけどこの映像が終わったら自動的に壊れるから』

 

 「じゃあねー」と愉悦な笑顔で手を振って映像がぷつっと切れて黒い画面に戻った。そしてDVDプレイヤーからバチッと火花が散る音がして焦げた臭いがリビングに広がる。

 

「なんてことしやがる‼」

「ひぅっ!?ご、ごめんなさい‼リサの…リサのせいでこんなことに…‼」

 

 突然声を荒げて怒るカズキにビクッとしてリサは何度も頭を下げた。それでもカズキは怒りが収まらないのかプンスカと焦げた臭いを出すDVDプレイヤーを取り出す。

 

「このDVDプレイヤー、結構高かったんだぞ‼」

「え?えっ?」

「…カズキは大事なDVDプレイヤーが壊されて怒ってる。リサには怒ってないよ」

 

 ナオトがフォローを入れる。ナオト達もリサには怒っていないことを話してリサを落ち着かせる。しかし、それでも問題は残っている。

 

「それでどうするんだよ?」

 

 ケイスケの質問にカズキは深く頷く。これから何処かから襲ってくるであろう敵からどうするか、一同深く悩んでいた。

 

「リサを守る!」

「たっくん、言うのは簡単だが…相手は殺しに慣れている連中だぞ?」

 

 ケイスケの言うことに一理ある。『始末屋』は裏切り者を殺してきた腕のある殺し屋だ。そう簡単に守ることができるのだろうか。そんなケイスケの意見に顔を上げたカズキは答える。

 

「油断はしねえけど…俺達、今までSランクやAランクをやってきただろ?リサを守って敵のもうこんを切り抜けて逮捕、俺達ならできるはずだぜ?」

「…猛攻な。ジョージ神父がいない今、俺達がやらなきゃいけない」

「ナオトの言う通り!いつやるの?今でしょ‼」

 

 タクトの言うことはひとまず置いといて、リサを守れるのは今は自分たちしかいない、自分たちがやらなきゃならない。ケイスケはため息をついて首を縦に振る。

 

「やるしかないな。ま、もしもの事があれば他のSランク武偵に協力を仰げるしな」

「さっすがケイスケ、そうこなくっちゃな‼」

「…今までよりももっと警戒しなくちゃ」

「リサ‼このソウルメイトで一目置く俺達に任せろ‼」

 

 『イ・ウー』に狙われるかもしれないのに、それでも守ると決断して笑顔を見せる4人にリサはポロポロと涙を流し、何度も頭を下げた。

 

「皆さん…本当に、ありがとうございます…」

「んもー、リサは涙もろいなー‼」

 

__

 

 

 武偵高校の生徒であり、『イ・ウー』の一員である峰理子はほくそ笑んだ。バスに爆弾を仕掛け、UZIを付けた車も用意でき準備は完了。後は明日の早朝、実行するだけ。遠山キンジのアパートに侵入して時計も遅らせたし明日はどうやってアリアと挑んでくるか楽しみだ。自分はただ高みの見物をするだけ、そう思うとにやけが止まらない。そう思いながら真夜中の帰路について女子寮の駐車場にピンクのトゥデイを駐めた。

 

「ずいぶんと呑気にしているじゃないか、クソガキ」

 

 聞き覚えのある低い声にビクリと反応し、とっさにワルサーを引き抜き銃口を向けて振り向いた。駐車場の屋根にハロウィンに出てくる恐ろしい顔にくりぬかれたカボチャの形をした赤いマスクをつけた黒いコートを着た人物がヤンキー座りして理子を見下ろしていた。

 

「『ランタン』…あんた、何しに来たのよ…」

 

 理子は苦虫を噛み潰したような顔をしてランタンを睨む。表情が見えないランタンは低い笑い声を発しながら動こうとしなかった。『イ・ウー』の裏切り者を殺す『始末屋』、幹部さえ、子供さえ、『始末屋』の仲間でさえ躊躇いなく殺していくことから『イ・ウー』でも恐れられている。そんな連中がなぜ日本にいるのか、理子は気にしていた。

 

「そう汚い顔をするな。我々は『裏切り者』を始末しに来ただけだ」

「裏切り者…?私達はそんなつもりは…‼」

 

 理子は無いと言い切ろうとしたが後ろからカチリと金属音がした。ちらりと見ればランタンと同じカボチャの形をした青いメットを被った男と同じく緑のメットを被った男がサイレンサーのついた拳銃を向けていた。ランタンは「Humm」と低く唸る

 

「…そういえばてめえは『ブラド』からひたすら逃げたがっていたなぁ?」

 

 理子はその言葉を聞いてビクリとし目を見開いていたが、殺してやろうと言わんばかりにランタンを睨み付ける。

 

「お前には関係ない…っ‼」

()()()。今はてめえも夾竹桃も銀氷のガキもほっといてやる。だが…最近のガキは捕まったらすぐに裏切る…その時は覚悟するんだな」

 

 ランタンはさっと左手を上げた。理子に銃口を向けていた二人は銃を下す。ひとまず警戒を解かれた理子はほっと一息入れる。

 

「で、どこの『裏切り者』を始末するの?」

「てめえに答える義理はない…が、これには答えてもらう」

 

 ランタンは懐から4枚の写真を理子の方へ落とす。写っている写真を見てぎょっとした。写真に写っていたのは吹雪カズキ、菊池タクト、天露ケイスケ、江尾ナオト、理子が自分たちには関わりはないだろうと高を括っていた喧しい4人組だった。写真に写っている慌ただしそうにしている姿を見ると見ているだけで五月蠅そうに感じた。

 

「このガキ共の名前と知っていることを全て話せ」

 

 理子は彼らの名前と()()()()()()()()()()を話した。実際の所、今はアリアと遠山キンジの方に集中したい、喧しい彼らのことをばらしても理子にとっては義理もないし、関係もない事なのでどうでもよかった。ランタンは黙ったまま立ち上がる。

 

「分かった…我々は『裏切り者』と協力者を始末する。てめえのやることには邪魔はしない、勝手にしてろ」

「そうしてよ。理子にはやらなきゃいけないことがあるんだから。巻き込まないでくれる?」

 

 理子は皮肉交じりで睨む、ランタンはそんなことには気にはせず踵を返して暗闇へと去っていった。理子の後ろにいたランタンの部下もいつの間にかいなくなっていた。静寂な夜に戻った理子は警戒を解いて背伸びをした。

 

「それにしても…」

 

 理子は地面に落ちたままのあの4人組の写真を拾い、苦笑いして見つめる。あの4人ならいつかやりそうだなー、なんて思っていたらまさか本当になるとは思ってもいなかった。

 

「一体なにして『イ・ウー』に狙われるようなことになってんのよ…ま、理子には関係ないからいっか」




ジャック・オ・ランタン。
ハロウィンでおなじみカボチャさんですが、昔はカボチャではなくてカブを使っていたようですね。調べてみると…カブの顔こわっ!?めっちゃ怖い‼


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7話

 


「いいな?俺達はサイキョーなチームだ。いつも通りやっておけばいけるぜ」

「寝坊したやつが言うセリフじゃないよな」

 

今後からどう行動していくか、いつも通りにいけばいいという方向でカズキはドヤ顔を決めていたがケイスケたちは寝坊してしまったカズキに呆れていた。

 

「これから気を付けて行くぞっていいながらなに言い出しっぺが腑抜けてんだよ」

「…これだと遅刻間違いなしだな」

「フッフゥー‼カズキのどんけつー」

 

 ちくしょう、とカズキは悔しそうにしながらもリサが作った朝食は美味しくゆっくりと頂いた。早くしろとすでに支度をすましたタクト達が文句を垂らす。リサはというと苦笑いしていた。

 

「うるせー‼美味しいものはゆっくり食べるのが俺流だ‼」

 

 ゆっくりと食べ終わったカズキにケイスケ達の餌を請うひな鳥のようにピーピーと文句が飛び交う。やけくそになってばたばたと支度をする。制服を揃えるのも髪を整えるのも授業に必要な持参物を確認するのもやり投げにして準備を済ました。

 

「おら、急ぐぞ。このままだと3回目の遅刻だ。綴先生のきついお仕置きは勘弁だからな!」

 

 ケイスケに急かされ黒のSVRに乗り込み出発した。

 

 

『…対象、黒のSVRに乗り発進。ブルー、動きます』

 

___

 

「いけいけドンドーン‼」

 

 遅刻ながらも渋滞することなくスムーズに進んでいて助手席にいるタクトはノリノリだった。五月蠅いと思いながらもケイスケは運転をする。カーナビを見るとレインボーブリッジへの高速道路は空いている、しかしその周りの道路は渋滞のマークがついていたことに気づいた。今は難なく進んでいるがこの先は渋滞になるだろう。後ろの座席ではリサが寝癖が付いているカズキの髪を整えてあげており、ナオトに至ってはうつらうつらと眠たそうにしていた。ケイスケは今日も遅刻で怒られるだろうと悟り、苦笑いしてため息ついた。

 その時、車の両サイドでゴツリと鈍い音がした。何事かケイスケはサイドミラーを見ると車の両側を大型のバイクが通り過ぎた。どうやら両側を通り過ぎたバイクがわざとぶつけてきたらしい。ドライバーは黒のフルフェイスのヘルメットで顔を確認することはできなかったが明らかにこちらを見ていた。

 

「あの野郎、わざとぶつけやがったな」

 

 せっかくのお気楽気分を消され、更には自分の車を傷つけられたことにケイスケは舌打ちをして去っていくバイクに睨み付けていた。

 

「コノヤロー‼逮捕だー‼」

 

 ケイスケの苛立ちにタクトは悪乗りする。悪乗りに乗ったケイスケがアクセルを踏んでスピードを上げて追いかけようとした時だった。車内に夜8時に全員が集まりそうな踊りをするBGMが流れた。携帯でこのBGMにセットしているのはナオトの携帯だ。目を覚ましたナオトは携帯を取り出すと非通知の電話が表示されていた。

 

『コノ クルマニハ バクダン ガ シカケテ アリ ヤガリマス スピード ヲオトセバ バクハツ シ ヤガリマス』

 

 とぎれとぎれで『爆弾が仕掛けている』という機械音声が車内に響いた。カズキ達は一瞬キョトンとして無言のままだったが、機械音声はもう一度爆弾が仕掛けているということを告げてプツリと通話を切った。

 

「「「はあああああっ!?」」」

 

 カズキとタクトとケイスケが絶叫する。突然の宣告に驚愕するしかなかった。ナオトは五月蠅そうに耳を塞いでいた。

 

「ちょ、ば、ば、爆弾って!?早くね!?」

「これは古に伝わりし…スピードダイ・ハード、ワイルドスピードエディションだ‼」

 

 ケイスケは映画が混ざっているとツッコミを入れたかったがそれどころではなかった。車に爆弾を仕掛けるという手口は今話題に上がっている『武偵殺し』の模倣犯そのもの。まさか『武偵殺し』の犯人の正体は『始末屋』でずっとリサを狙っていたかと考えを張り巡らしていた。

 

「やべえって!?どうすんだよ!?」

 

 カズキはあたふたとしている。まさかもう襲って来たのかと、こちらはまだ何も備えていないというのにと戸惑っていた。

 

「カズキ、落ち着け。まずは爆弾をみつけなくちゃ。リサも落ち着いて」

「す、すみません…」

 

 こんな状況になっていても冷静にいたナオトはカズキを落ち着かせる。カズキと同様、ぱたぱたと焦っているリサも落ち着かせた。

 

「な、ナオトの言う通りだよな…よ、よーし、俺とナオトでどこに仕掛けられたか探す。ケイスケはスピードを落とさないようにしてくれよ」

「んなもん百も承知だ‼」

「ねーねー、俺はどうしようか?歌っておこうか?」

「…なんでそうなる。たっくんは周りになにか来ないかみてて」

 

 カズキとナオトは車のドアを開けて車の腹下を覗く。丁度車の腹下をラジコンカーが車と同じスピードで走っていたのを見つけた。しかし、このラジコンカー、車の速度に反応して赤いREDライトが点滅しているだけではなく、配線が難しくついており、更には緑色の固形物らしきものが黒のテープでグルグル巻きにされてくっついていた。

 

「うそでしょ…C4かよ…」

「…これはヤバイな」

 

 C4爆弾を見たカズキとナオトは顔を真っ青にし、完全に殺しにかかってきているんだなと察した。それを聞いたケイスケもハンドルを握る手を強める。このままスピードを出し続けてもきりがない。

 

「こうなったら…高速道路を通って海に落とすしかねえな」

 

 今なぜかレインボーブリッジへの高速道路がすいている。海に落とすことができればうまく脱出することができる。そう判断して動かそうとした時、今度はタクトの携帯が鳴る。

 

「はーい、モシモしモッシー?あ?キンジ?」

 

 こっちがやばい目に遭っているというのにタクトと同じクラスメイトが電話をしてくるんだとケイスケはイラッとしていた。そんなケイスケに構いなくタクトは電話を続ける。

 

「え?バスジャック?うんうん…レインボーブリッジ?で、手伝ってくれって?」

「たっくん、どういこと?」

 

 電話の内容が気になったカズキはタクトに聞いた。タクトはちょっと待ってねと言って携帯を放してカズキ達の方を見る。

 

「なんか通学用のバスで『武偵殺し』のバスジャックが起きたんだって。それで手伝ってくれってさ」

 

 タクトの話の内容を聞いてケイスケはプッツンと堪忍袋の緒が切れた。タクトにちょいちょいと指で携帯を貸してくれとジェスチャーをする。タクトから携帯を受け取るとすうっと息を吸う

 

「こっちも『爆弾』に追われて死ぬ目に遭ってるんだ、てめえで解決しやがれ‼そんなことで電話すんじゃねえぞボケが‼」

 

 車内に響くほどの怒声を飛ばし通話を切り、タクトに携帯を押し戻してアクセルを強く踏みスピードを速めた。

 

「くそっ‥だからレインボーブリッジらへんが空いているわけかよ」

 

 これは同時、もしくは『武偵殺し』と『始末屋』の別々の犯行のどちらか。バスジャックされたバスがレインボーブリッジ方面を通るから警戒され道路が空いていたということである。このまま自分たちもレインボーブリッジ方面へと向かえばバスジャックと巻き添えになるし、だからといって他の道路を通れば渋滞に巻き込まれ爆発。

 

「くそが、こうなったら…‼」

 

 カズキはハンドルを回し、アクセルを強く踏む。急に方向を変えて猛スピードで走らせるので車内にいるカズキ達は揺れた。

 

「ちょ、どこいくんだよ!?」

「海がダメなら…川に落とす!」

 

 レインボーブリッジや他の通路がダメならもう隅田川か荒川のどちらかに落とすしかない。ナビのマップを見てここら近いとすれば荒川。進行方向を決めたケイスケは急いだ。信号が変わろうが、車が進んでいようがお構いなく飛ばした。

 

「お、俺達は爆弾を何とかするぜ‼」

 

 カズキとナオトは再びドアを開けて車の腹下で並走する爆弾付きラジコンカーを見る。見るのはいいがどうすればいいのか迷った。ついているだろう発信機でラジコンカーはついてきているのだろう。その発信機を撃ち落としてやろうとカズキは腰のホルスターに入れているシグザウエル P226 を引き抜き、リロードして狙おうとした。同じ学年で同じ狙撃科にいる『狙撃の鬼』ことレキ程ではないがそれなりの腕はある。どこにあるか探っている時だった。

 

「さっきのバイクが戻って来た!」

 

 タクトが驚くように叫ぶ。両サイドに先ほどぶつけてきた大型バイクが戻って来たのだった。こちら側にゆっくりと近づいてきた途端、思い切りぶつけてきた。頑丈なバイクなのか急に強くぶつけて来てケイスケのSVRは強く左右に揺れる。その揺れに無防備だったカズキの身体が前へと押し出された。

 

「うおおおおっ!?」

 

 その寸前にナオトがとっさに動いてカズキのベルトを掴んで道路に落ちることはなかった。このまま戻してくれると安堵していたが、ナオトはそんな様子はなっかったようだ。

 

「…リサはしゃがんで防御態勢をとって。カズキ、わるいけど片方放すわ」

「え、それってどういう…」

 

 カズキはちらりと前を見る。自分たちの目の前に大型バイクが並走しており、そのドライバーの片手にはマイクロウージーが握られており、しかも銃口はこちらに向けていた。撃たれる寸前にナオトが9mm機関けん銃で牽制した。カズキはというとナオトが牽制している間、顔面がコンクリートすれすれで焦っていた。

 

「やばいって!?俺死ぬ‼俺死ぬ!?あっぶないっ‼」

 

 その間に反対側からもマイクロウージーで撃たれていた。弾丸が何度も金属に当たる音が響く。

 

「たっくん‼早く撃て!」

 

 ケイスケは叫ぶが助手席いるタクトは何かと座席の下を手探りしており、「あれ?どこだ?」と口にこぼしていた。

 

「たっくん、何してんの?」

「ケイスケ―、銃落とした―。届かない」

「お前マジで何してんの!?」

 

 ケイスケが運転に集中できなくなるくらいのツッコミをいれた。しかもよく見ればタクトはシートベルトをして床に落ちている銃が届かないことに苦戦を強いられていた。

 

「いやシートベルト外せよ!?」

「ケイスケ、交通法的に外したらダメじゃないの?」

「それどころじゃねえよ!」

 

 車内は外の銃撃と同じくらい喧しくなっていた。ナオトが牽制が取れたと判断しカズキを思い切り引っ張って戻す。

 

「ナオト‼早く助けろよ‼死にかけたじゃねえか!」

「でも生きてるじゃん。よかったな」

「そうだな!よかったぜ畜生!」

 

 やけくそになったカズキはナオトと共に銃を撃ち相手に撃たさないよう牽制する。敵の銃撃に苛立つケイスケはアクセルをさらに強く踏んでもっとスピードを上げる。スピードを上げるSVRは両サイドにいる大型バイクをぐんぐんと引きなしていった。

 

「おおっ!?どんどん引き離していく!」

「おらもうすぐ荒川だ‼いつでも飛び降りるようにしてろよ‼」

 

 荒川の川原をお構いなく猛スピードで走る。いよいよ運河が見えてきたところでカズキとナオトはドアを蹴り開ける。タクトもシートベルトを外してドアを開ける。最後に開けたケイスケは叫んだ。

 

「いくぞっ‼せーのっ!」

 

 ナオトとカズキはリサに怪我がないように抱き寄せて飛び降り、ケイスケは愛車のSVRを惜しむように飛び降り、タクトは大はしゃぎで飛び降りた。5人はごろごろと転がってなんとか降りることができた。SVRはそのまま勢いよく川へと落ちて行く。その数秒後大きな水柱を上げて爆発を起こした。5人は水しぶきで濡れながらも呆然としていた。

 

「おいおい…ガチじゃねえか」

 

 カズキはなんとかなったと安堵してヘナヘナと腰を落とした。まさかここまでガチになるなんて思ってもいなかった。リサは不安と恐怖に震えていた。そんなリサにケイスケはぽんと肩を叩き苦笑いをする

 

「ま、俺達はこんなの慣れっこさ。だからそう不安になるな」

「ケイスケ様…」

「ヒューッ‼どうだったリサちゃん、俺のダイ・ハードっぽさは‼風のヒューイでしょ‼」

 

 こんな事態にも関わらず明るくはしゃいでいるタクトにリサは不安をぬぐい、クスリと笑った。この後、爆発を聞いた他の武偵達が事情聴取にきたが受けた後は学校に行かず帰って寝た。

 

__

 

 昨日は本当に災難だった。朝早く起きたリサはほっと一息をつく。裏切り者の自分を仕留めようとさっそく『始末屋』からの先制攻撃がきた。それでも、危険に巻き込まれようとも死ぬかもしれないにも関わらずリサを守ってくれたカズキ達には本当に感謝していた。『こんな』自分を彼らは受け入れて、そして守ってくれる…でもいつか正体がバレてしまったらどうなるのか…そんな不安もよぎっていた。

 

「あまり深く考えてはいけませんね…」

 

 リサは気分を切り替えて、今だ寝ているカズキ達の朝ごはんを作り始めた。

 

「そうだ、新聞を取らなくちゃ」

 

 毎朝外のポストに入っている新聞を彼らは取りに行っている。今日はまだ起きてこないようなので先に取っておこう。そう考えたリサは玄関を出て、外のポストを覗いた。

 

「…?」

 

 しかし今日はなぜかポストの中には新聞紙が入っていなかった。休刊か、と考えたが今日はそんな日ではないはず。まだ届いていないのかと考えたとき、後頭部に金属がこつりと当たった。

 

良い朝だな(フッデモルヘン)、リサ」

「!?」

 

 リサはビクリと震えた。恐怖につられて振り向けば赤いカボチャのマスクをつけた男、『始末屋』のジャック・ランタンがサイレンサーのついたルガーMk1をこちらに向けて立っていた。

 

「ランタン…‼」

「デコイを使ったり、ガキ共のお守りをつけたりと…随分と舐めたマネをしてくれたなぁ、狼女」

 

 ランタンは低く唸ってリサのアゴをくいっと二本指で持ち上げる。マスクで素顔が見えないがかなり怒っていることにリサは恐怖を感じた。

 

「そんなこと…してもいいのですか?私が悲鳴をあげれば…」

「ガキ共が来ると?それはいい考えだな、リサ…だが、できればの話だがな」

 

 ランタンがぱちんと指を鳴らす。どこに隠れていたのかランタンと同じカボチャのマスクやヘルメットつけた男達、ランタンの部下が並ぶ。銃や刀剣の他には爆弾、ガソリンが入ったポリタンクを持っていた。

 

「銃殺、毒殺、爆殺、暗殺…お前は死ななくても、あのガキ共なら一瞬で殺せる。目覚めることもできずに永遠の眠りにつけさせることだって容易い」

 

 リサは戦慄した。自分は治癒能力がある。どんな重症を負おうが治ることができる。だがカズキ達にはそのようなものはない。傷つき、苦しみ、死んでしまうだろう。しかもランタンたちは『イ・ウー』の『始末屋』。瞬殺だってできるし嬲り殺すことさえ簡単にできてしまう。

 

「お前は運がいいな…抜け出した後でもお前は『イ・ウー』の大事な戦力。『戻る』というのなら、裏切り者のレッテルを剥がしてやる。『ジェヴォーダンの獣』よ、選べ。死ぬか戻るか」

「‥‥」

 

 リサは俯く。戻るを選んでも結局は死ぬだろう…それでもリサの考えは既に決まっていた。

 

「戻ります…その代り、彼らを見逃してくれませんか?」

「Humm?協力者は殺す。何のつもりだ、狼女?」

 

 低く唸るランタンの威圧にリサは少々怯んだが、それでも引き下がることは無かった。

 

「彼らは『ジェヴォーダンの獣』ことは知りません。もし見逃してくださるのなら…『ジェヴォーダンの獣』について話します」

 

 それを聞いたランタンはぴたりと唸り声を止めた。しばらく考えている様子を見せたが今度は低く笑う。

 

「いいだろう…これはいい土産になる…」

 

 指をぱちんと鳴らすと後ろにいた部下たちは武器を下ろす。ランタンはリサの腕をつかみ強引に引っ張り連れて行った。リサは寂しそうにカズキ達の家を見る。

 

「カズキ様、タクト様。ケイスケ様、ナオト様。リサは…リサは皆様と一緒にいれて、幸せでした…」

 

__

 

 

「あのカボチャ野郎。やってくれるじゃないの…」

 

 バスジャックも巧く行って、アリアもキンジも誘き寄せることができ自分の計画通りに進んでいた峰理子は朝のニュースに流れている昨日、荒川で起きた車の爆発事故を見て睨んでいた。ニュースやネットではバスジャックの同一犯、2つの爆発事故を起こそうとした犯人としてでっち上げられている。このまま自分に罪を擦り付けようとしているのだ。

 せっかくうまく進んでいる計画の邪魔をされて理子は良く思っていなかった。理子はすぐさま自分のパソコンを開いて電源を付けた。

 

「今に見てなさい…ただのクソガキだと舐めんじゃねえぞ」

 




 ドンパチできているかな…?銃火器とかはあまり知識がないです、ごめんなさい(;´Д`)
戦闘描写もうまくできてないかも…(´・ω・`)


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8話

 少々ごり押し感があります。戦闘描写も巧くできてないかもです。そしてネーミングセンスも微妙かもしれません…色々すみません…


「おい!さっさと起きろクズ‼」

 

 ぐっすりと寝ていたカズキはケイスケに叩き起こされた。もう起きる時間なのかとカズキは未だ眠たい頭を上げて時計を見た。時間はすでに9時を過ぎており、登校時間を既に過ぎていた。ケイスケの様子が慌ただしい、これは何かあったかと感じカズキはガバリと起き上がる。

 

「ケイスケ、何があったんだ…?」

「何があったじゃねえよ。リサが…リサがいないんだ」 リサが何処かへいなくなった。その言葉を聞いてカズキの眠気は一気に覚めた。急いで着替えてリビングに向かうと、ナオトは神妙な顔をしてソファーに座り考え込んでいる。いつもならリサは朝食を並べて下りてくるカズキ達に笑顔であいさつしてくれるのだが、そのリサがいない。これはかなり深刻な状況だとすぐに判断した。

 

「外の階段の所に見つけた!」

 

 玄関を開けてドタドタとタクトが大慌てでリビングに駆けつけてきた。テーブルに金色の狼の刺繍がされた財布を置いた。カズキ達はその財布に見覚えがあった。買い物で会計の時にリサが持っていた財布である。彼女の所持品があんな所に落ちていたということは、その答えを4人はすぐに思い浮かべた。

 

「リサに『何か』があった」

「…何かってもう始末屋しか考えられない」

 

 リサは『始末屋』に襲われた、それしか考えられなかった。ケイスケは無言でテーブルを叩く。自分たちが呑気に寝ている間にリサは『始末屋』に連れて行かれた、もしくは殺されたのかもしれない。

 

「たっくん、落ちてた場所に血痕とか何か無かった?」

「くまなく探してなんもなかった」

 

 カズキはとりあえずリサは襲われたのではなく連れて行かれたと判断した。まだリサは生きているという可能性がある。しかし、そんなことが分かってもどうすることもできなかった。

 

「じゃあ、リサはどこに連れて行かれたたんだよ…!」

 

 ケイスケの言う通りだった。リサが生きていても肝心の居場所が分からない。探知機もつけていなければ、その手がかりになるものも何一つない。守るといいながら何もできなかった。カズキ達はただただ悔しかった。4人は消沈仕掛けてた時だった。突然、インターホンが鳴った。4人はハッとしてモニターを覗く。もしかしたらリサが戻って来た、4人の杞憂だったとそう願いたい一心でモニターを見た。

 

『ヤッホー☆たっくんおっはー♪』

 

 モニターに映っていたのはリサではなくタクトのクラスメイトの峰理子だった。理子は楽しそうにウィンクしてポーズをしてた。4人は今はそれどころじゃないとイラっとした。ただこのまま居留守しても面倒なので要件をさっさと聞いてさっさと追い出そうと4人は玄関に向かいドアを開けた。

 

「やあやあ!皆理子に会いたかった―?」

「要件を言えや。そんでさっさと帰れ」

「ごめんね理子ちゃん。今日は元気がないの」

 

 ケイスケの毒づいたセリフと威圧に少々怖気ながらも理子はきゃるんと上目遣いでカズキ達を見る。

 

「実は~、たっくん達にやってもらいたい仕事があるの」

 

 

 

 だからそれどころじゃないとカズキ達はイラッとして追い返そうとした時、理子はこちらの気持ちなんてお構いなしに鞄からタブレットを渡した。そのタブレットにはマップが映っており、赤い点が点滅しながら道路を移動しているのが見えた。

 

()()()()()()()を捕まえて欲しいんだー」

「…武装集団?」

 

 ナオトはピクリと反応した。その反応を待っていたかのように理子は話を続ける。

 

「爆弾とか銃撃とかで騒がしい連中でね…皆、カボチャのようなヘルメットを付けてるの」

「爆弾…」

「カボチャ…」

 

 タクトとケイスケもその言葉を聞いてピクリと反応した。たしかジョージ神父が言っていた『始末屋』の名前と姿を教えてくれていたな…と思い出す。というよりも自分たちが思っているものに間違いないと確信していた。カズキはやや興奮気味に理子に話す。

 

「おま…そのじょうぶおうドコタラトゥトゥットゥ?」

「うん、何言ってるか分かんないよ…」

 

 興奮してしまって噛んでしまったカズキに理子は苦笑いして返す。ケイスケはタブレットを見ながら睨んだ。

 

「おい、この情報は確かなんだろうな?」

「もちの論ですぜ‼なんたって私は情報通で一目置かれてる探偵科だよー♪」

「イヤッホー‼流石俺達のリコリンだぜー‼」

 

 タクトは勢いを取り戻しハイテンションで理子とハイタッチをする。とりあえず理子はノリでハイタッチをし、カズキ達にウィンクする。

 

「お代は後でいいよ?理子はこれから()()()()()()()()()()()()があるの。だから理子の代わりにやってくれる?」

「よっしゃー‼任せとけ理子ちゃん‼泥船にのった気分でいてくれ‼」

「…泥船じゃだめだろ。これは俺達がやっておく」

「理子、ありがとうな。今度怪我した時は安くしてやるぜ」

「さあ行くぜオイ‼4秒で支度しな!」

 

 カズキ達は大急ぎで家に戻っていった。手を振り見送った理子は一息ついて踵を返してその場を去った。

 

「ざまあみろ、カボチャ野郎」

 

 理子はにやりと笑う。自分の計画の邪魔をした仕返しだ。あいつらはカズキ達をただのガキだと甘く見ている。だからあの時敢えて理子は言わなかった。あの4人組は騒がしくてチームワークはバラバラだけれども…4人目的が一致し、真面目に行動するときが一番恐ろしい。まぁたいていは騒がしい連中だけど…

 

__

 

「船で日本に来て、船で帰る…皮肉だろ?」

 

 ランタンは低く唸る様に笑った。リサが連れてこれた場所は自分は木箱の中にいたのだがカズキ達と最初に出会った場所、迷路のように積まれたコンテナのあるコンテナターミナルだった。夜のライトで停泊しているタンカーが照らされる。リサは港の向こうを眺めた。夜にもかかわらず絶えず光る夜景は本当に綺麗だ。

 

「さっさとしろ。今夜は嵐が来るからな」

 

 ランタンの部下がリサの背中に銃口を押し付ける。どうやら今夜は嵐が来らしい。このまま行けば証拠も残らないし追跡されることもないだろう。別れを伝えることはできなかったが彼らの命を守ることができたのならよかった。しかしこんな自分を優しくしてくれて守ってくれたカズキ達に申し訳ない気持ちと悲しみが込み上がり、リサは涙を流した。

 

「ボス、少し喧しくなるかもしれませんね」

「…ガキの泣き様は不快だ。さっさと眠らせておけ」

 

 ランタンは部下に命じてリサを黙らせようとした。ランタンの部下は懐から注射器を取り出した。中身は麻酔、このまま眠らせて『イ・ウー』に連れ戻し死ぬまで自分の体と能力を利用するだろう。リサは目をつぶり祈るしかなかった。もう何も頼るものはないのになぜ祈ったのか自分でも分からなかった。ランタンの部下がリサの腕をつかみ、注射器を刺そうとした。

 

「‥‥?」

 

 しかしいくら目をつぶって待っていても何も起こらなかった。リサの腕をつかんでいたランタンのは「うぅ…」と低い声を出して前へ倒れた。何が起きたのかリサもランタン達も分からなかった。近くにいたランタンの部下がカーボンナイフを取り出した。

 

「この狼女!何をした!」

 

 リサに向けてナイフを振り下ろした。しかしランタンの部下が握っていたナイフが金属音を上げて弾かれナイフが空中で回転する。続いてランタンの部下が後ろへ弾き飛ばされるような勢いで倒れた。

 

「狙撃だと…!?」

 

 ランタンが低い唸り声をあげて驚愕していた。左手を上げて防御にまわりつつ急ぎ船に乗り込むよう指示する。今度はランタン達に向かって空き缶程の大きさの金属の筒が何回もバウンドして転がって来た。スタングレネードかフラッシュ・バンか警戒したが金属の筒から勢いよく白い煙が噴き出す。

 

「ちっ、今度はスモークか…!」

 

 ランタン達が怯み隙ができた。その直後にどこからか「おおおぉぉぉっ‼」と勢いよくこちらに向かってくる声が聞こえた。声が近づいて周りに鈍い金属音が響いた。白煙が消えた時にはランタン達の目の前にはリサはおらず、代わりに部下がさらに二人倒れていた。別の方向を見れば長い栗毛色の男がリサを背負って般若のお面を付けている男と共に逃げている姿が見えた。ランタンは一瞬にして出し抜かれた、足元を掬われたことに怒りが噴き上がる。

 

「あのガキ共…!もういい、あの狼女ごと殺せ‼」

 

 ランタンは残りの部下と共に逃げるタクトとケイスケを追いかけた。

 

 

「リサちゃん、スポーン!」

「タクト様…それにケイスケ様!?」

「急にいなくなんじゃねえよ。びっくりするだろうが」

 

 リサはニヤニヤしているタクトと般若のお面で表情が見えないが怒っているケイスケに驚きを隠せなかった。どうやってここまでこれたのか、と聞きたい事は山ほどあったが言えることはただ一つ。

 

「どうして…どうして来たのですか!?リサは、リサは…皆様を危険な目に合わせないように…!」

 

 カズキ達に『イ・ウー』の毒牙がかからないように自分を身体を犠牲にして守ろうとしていた。そんなリサの言葉にタクトが答えた。

 

「そんなこと言うなよ‼俺達今まで一緒にやって来たソウル↑メイト↓じゃないか!」

 

 『ソウルメイト』。その言葉を聞いてリサはピクリと反応した。ソウルメイトはご主人様や勇者様よりもすごくて、宇宙ヤバイほどのサイキョーの絆。どんな困難が立ちふさがろうとも駆けつけて立ち向かう仲間。

 

「『イ・ウー』とかややこしいことはどうでもいい。リサの朝食がなきゃバカ共の食生活がまた崩壊するからな…勝手にいなくなるのは御免だぜ」

 

 ケイスケ達を殺さんとランタンの部下が2人、追い付いてきた。ケイスケは振り向いて、背負っていたMP5を構えて狙い撃つ。

 

「ケイスケ様、気をつけてください!ランタンの部下は近接にも長けた暗殺者でもあります‼」

 

 リサの言う通り、ケイスケの撃つMP5の弾丸を躱すかのように左右へ駆ける。そのままカーボンナイフを引き抜きケイスケに向けて斬りつけようとした。だが、ケイスケにその刃が当たることはなかった。遠くから聞こえる発砲音と同時にランタンの部下は後ろへ倒れた。

 

「…隙だらけ」

「ちょっと、お前ら速すぎだっつの‼」

 

 タクト達の後ろからAK47を持ったフルジップのパーカーとサングラスで顔を隠したナオトとSR-25を構えているカズキが駆けつけてきた。ケイスケはやっときたかと愚痴をこぼし、タクトはニシシと笑ってリサを降ろしてあげた。

 

「カズキ様、ナオト様…」

 

 リサはうるうると瞳を涙でうるわせていた。それを見たナオトは深く頷き、カズキはニッコリと笑う。

 

「…いなくなるのは寂しいからね」

「さあ行こうぜ‼カボチャ野郎に俺達のチームパーティーを見せつけてやれ‼」

「「「「チームパーティー?」」」」

 

 そこはチームワークではないのかと3人とリサは首をかしげる。ツッコミを入れてる場合じゃないだろとカズキは喚く。彼の言う通り、カズキ達が立っている先にランタンがゆっくりとこちらに歩み寄っていた。夜間のライトがランタンをバックから照らす。

 

「クソガキ共が…やってくれるじゃねえか…」

 

 ランタンは低く声を唸らせて怒りを露わにしている。そんなランタンの威圧に4人は恐怖すら感じていなかった。むしろ逆の様子だった。

 

「おまえ、言うなれば古に伝わりし…季節外れのハロウィン、お菓子が欲しかったけどなにも貰えなかったランボー怒りの帰宅エディションでしょ‼」

「やべえぞ、トリックorトリートじゃん!」

 

 緊張感のない様子にランタンは更に怒りを露わにした。裏切り者を葬って来た『始末屋』がこんな奴らにコケにされたからだ。ランタンは左手に厚い刃のジャックナイフを右手にM460を持ってカズキ達に向けて駆けた。

 

「速いっ!?」

 

 ケイスケはあまりの速さに驚く。ランタンはケイスケの喉元目がけてナイフを刺そうとした。その寸前、ナオトのAK47が割り込んだ。ナオトは鍔迫り合いのまま押し込むとランタンはM460の銃口をナオトの顔面に向けた。

 

「そうはさせっかよ‼」

 

 ケイスケがMP5を撃つとランタンは大きく後ろへ下がる。ナオトも下がり、カズキ、タクト、ケイスケとともにリサを囲むように動く。

 

「行くぞ、フォーメーション『姫ドリブル』だ‼」

「ただのおしくらまんじゅうじゃねえか」

「イエーイ!守ってナイトー!」

 

 あたふたとしているリサを4人は押す様に下がっていきコンテナの迷路へ入っていった。

 

「ガキ共が…逃がすか‼」

 

 怒り心頭のランタンはカズキ達を追いかけて行った。追いついては攻撃し襲うもカズキ達が応戦して塞がれる。その繰り返していくうちにカズキ達を行き止まりに追い詰めた。

 

「そんな…行き止まり…!」

 

 リサは追い詰められてしまい顔を真っ青にする。そんな様子を見てランタンは低く笑う。

 

「さあ追い詰めたぞクソガキ共…」

 

 ランタンはゆっくりとカズキ達に近づいていく。4人は何も言わず黙ったままだった。

 

「殺すこともできない武偵のガキ共が…てめえらのごっこ遊びと我々とじゃ格が違うんだよ」

 

 低く唸るように笑っているランタンに対し、4人は黙っていたままだったが最初にケイスケが口を開いた。

 

「じゃあ…そのごっこ遊びしてる俺達に出し抜かれたお前はなんなんだろうな?」

「なんんだと…?」

 

 ケイスケの挑発にピクッと反応したランタンは歩みを止めた。今も尚コケにしているケイスケに睨み付ける。そんなこともお構いなくカズキもにやりと笑った。

 

「俺達はただごっこ遊びをしているんじゃない…ガチでごっこ遊びをしているんだぜ‼たっくん、今だ‼」

「くらえっ‼レッドマウンテンブラストォォォッ‼」

 

 タクトはそう叫びながら、手榴弾のピンを外し投げつけた。ランタンに向けてではなくランタンの両サイドにあるコンテナに向けて投げたのだった。爆発を起こし抉れてバランスを崩したコンテナはひしゃげて上に積まれていたコンテナがランタン目がけてなだれ込むように崩れ落ちていった。

 

「なにぃっ!?」

 

 雪崩のように迫るコンテナの山に驚愕した。当たる直前に辛うじて避けることができたが武器を落とし、体のバランスを崩して倒れ込むように避けたので無防備の状態だった。案の定、カズキ達はランタンに銃口を向けていた。

 

「Holdup。動くんじゃねえぞ」

「ジャック・ランタン‼傷害と…えーと…爆発未遂と…えーと、なんか色々の罪で逮捕だ‼」

 

 ケイスケとカズキが銃を構えて動きを止めさせている間にナオトが黙ったまま、ランタンの腕に手錠をかけようとした時、ランタンは隠し持っていたカーボンナイフを取り出しナオトに襲い掛かった。

 

「このクソガキ共がぁぁっ‼」

 

 ナオトはランタンの刃物をひらりと躱すとランタンを背負い投げして倒れさせ、その鳩尾に掌底を叩きこんだ。ランタンはカハッと低い声でせき込み気絶をした。

 

「さっすがナオト‼マジカル☆八極拳‼」

「…リサ、これでもう自由だ」

 

 ランタンに手錠を付け終り、カズキ達はニシシと笑う。リサはポロポロと涙を流して微笑んだ。

 

「カズキ様、タクト様、ケイスケ様、ナオト様…今のリサは、とっても、とても幸せです…」

 

 彼女の涙を流してあげるかのように、彼らの勝利を祝うかのように、ぽつぽつと雨が降りやがて土砂降りかのように降り注いだ。

 

 

___

 

「‥‥解せぬ」

 

 昨日の大雨がウソのように晴れた翌日、ケイスケの医務室のベッドでカズキは不満そうに寝転がっていた。

 

「解せぬじゃねえだろ。俺の医務室のベッドでごろ寝してんじゃねえよ」

 

 そんなカズキに対してケイスケは毒づく。いつまでもここで寝転がられてもこちらの仕事の邪魔になる。そんなケイスケに対してカズキはプンスカと文句を垂らした。

 

「だってさー‼リサを守って、『イ・ウー』の悪い奴を逮捕したのにさー‼反省文書かされるのってどうなのさ!」

 

 決着後、他の武偵の応援も呼んで片付けをしたのだが、その後綴先生のお説教をくらってしまった。4度目のサボリ、勝手な発砲、手榴弾による公共物の破壊等々。一応武装集団の逮捕というお手柄のおかげでプラマイゼロにはなったのだが、それでもカズキは不満を垂らす。

 

「普通だったらAランクかBランクに上がるっていうのに…Cランクってありかよ‼」

「C!C!元気はつらつぅ~‼」

 

 そんな不満炸裂のカズキとは反対にタクトは大はしゃぎで回転椅子で遊んでいた。ナオトは黙々と林檎を食べていた。

 

「…でも、リサが戻ってこれてよかったじゃん」

 

 ナオトの一言にカズキ達は納得する様に頷く。そんな4人のやりとりを見ていたリサは優しく微笑む。もう追われることもない、自由になれて最初の頃より明るくなっていた。

 

「ありがとうございます…リサは決めました。リサは自分が生きるべき国、骨を埋めるべき国…ここ、皆様の祖国の日本に、皆様と一緒に住みます!」

 

 リサはフンスと張り切って言い切った。そんなリサを見てカズキ達も大喜びをした。

 

「いよっ‼俺達のソウルメイト‼」

「よく言ったぞリサちゃん‼よーし、今夜は焼肉だー‼」

「…それじゃあ行こうぜ。焼肉食べたい」

「お前らは…しゃあねえな。リサ、今から食いに行こうか」

 

 はいっ‼とリサは笑顔で答えた。4人はさっそく出かけようとはりきってリサを連れて医務室を後にした。

 




 カボチャに焼肉…書いている途中で焼肉が食べたくなってきた。(;^ω^)
 私は牛タン塩が好きですね(コナミ感)


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聖剣を尋ねて
9話


 とあるカオスな4名様は今年で7周年のようです。
7周年…とても短いようで長いですね!


 タクトはリビングにて愛用の青いギターを弾いていた。タトクの奏でる音は激しくもリズミカルでもあり、とても気分が高揚するような演奏だった。タクトの演奏が終わると終始傍で見ていたリサは目を輝かせて拍手をする。

 

すごい(モーイ)です‼すごい(モーイ)です‼とってもすごい(ヘール・モーイ)です‼」

 

 『モーイ』の上位版も出すほどリサは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。タクトは普段のタクトから見ることのないギター捌きに驚くリサにドヤ顔でガッツポーズを決めた。

 

「どうよ?俺のスーパージェネラルレボリューションは!」

「タクト様はギターの演奏が上手なのですね!」

 

 褒められたタクトはでへへへと照れるように笑った。リサと同様にタクトの演奏を終わるまで見ていたケイスケがコーヒーを飲みながらリサにパンフレットを渡した。

 

「もうすぐ武偵高校で『アドシアード』が開催されるからな。タクトはそのオープニングセレモニーの演奏を担当するんだ」

「アドシアードですか?」

「そうだぜ、チアシードォー‼」

 

 それは食い物だとケイスケはタクトにツッコミを入れて首を傾げるリサに説明をした。5月の末ごろに武偵高校で行われる国際競技大会である。いわばインターハイのようなスポーツ大会。スポーツとは言っても銃を使った競技をメインに行われている。タクトはその大会の開会式で演奏を行うのであった。

 

「去年でタクトが生徒会に提案し演奏したんだが、それが好評だったみたいでな。今年もやってくれと頼まれたんだ」

「武偵校ではそのような大会が行われているんですね…‼リサも見てみたいです!」

「リサちゃんが応援に来てくれるのならもっと頑張っちゃうぞー‼」

 

 タクトは張り切ってもう一度ギターを手に取り演奏し始めた。そろそろ近所迷惑だからやめておけとケイスケに注意されるが演奏に没頭して話を聞いていないタクトにケイスケは苦笑いする。

 

「ケイスケ様は『アドシアード』には出るのですか?」

「いや、俺は救護担当だから出場はしない。その代り、カズキとナオトは出場する」

 

 大会のほとんどは強襲科と狙撃科が行う競技が多いといわれている。強襲科の種目からはナオトが、狙撃科の種目からカズキが出場することになっていた。ケイスケの説明を聞いてリサは納得する様に頷く。

 

「なるほど…それでカズキ様とナオト様は学校で自主練してから帰ると言っていたのですね」

「注目される競技が多いからな。ポイント稼ぎ、アピールにはもってこいだからほとんどの生徒は腕を磨くのに必死さ」

 

 今後の進路にも関わる可能性もあり、生徒たちは腕の見せ所だと自主練に没頭していく。中には授業をさぼってでも訓練する輩もいるという。ピリピリしている中でそんなことは気にしないというくらいにタクトは楽しそうにギターを弾いていた。

 

「まあ、たっくんにとってはどうでもいいことなのかもな」

「???」

 

 色々と難しい事は考えないのだろうとタクトを眺めながらコーヒーを飲むケイスケにリサは頭にハテナを浮かばせながら首を傾げた。演奏が終わったタクトはハッとしたような顔をして慌て始めた。

 

「しまった‼衣装のことを考えてなかった!」

「たっくん、衣装はいらねえだろ」

 

 ばっさりと否定するケイスケに対しタクトはプンスカと反論した。

 

「うるせ‼今年は衣装を着たいんだよ‼」

 

 本人曰く、今年もやるのならばオープニングセレモニーで派手な衣装を着たいというのだ。去年は普通の武偵高校の制服で演奏し、終了後拍手喝采を聞いたタクトは『衣装を着ればよかった』と愚痴をこぼしていた。

 

「衣装を着られるのですか?リサも衣装を着て演奏するタクト様を見てみたいです‼」

「任せておけ!スター錦〇みたいなビラビラを付けた派手な衣装を着て決めるぜ‼」

 

 そう言ってさっそく衣装選びをしようと出かける準備をしているタクトにケイスケはため息をついてリサと共にタクトと同行することにした。このままタクトを放っておくと小〇幸子のような大掛かりな衣装を着てやらかすかもしれない。そういうわけで監視役としてついていくことにした。

 

__

 

「ウラー!今年こそは絶対に負けんぞー‼」

「‥‥」

 

 自主練を終えて帰路についているカズキは気合いを入れながら叫び、その隣でうるさそうにナオトは耳を塞いでいた。

 

「ナオト‼俺は決めたぞ。今年の狙撃科の競技は1位を取るぜ‼」

 

 学園島にある公園で売られているリーフパイを買って荒々しく食べるカズキは海に向かって吠えた。ナオトは黙々とリーフパイを食べてちらっと横目でカズキを見る。

 

「…1位は無理だろ」

「なん…だと…」

 

 ナオトに即否定されたカズキはしょんぼりとした。ナオトの言うことも一理ある。カズキと同じ狙撃科に所属しているレキという生徒がいる。彼女の狙撃の腕は神業と言っても過言ではないほど凄腕であり、去年のアドシアードでは見事狙撃科で1位という好成績を残した。ちなみにカズキは2位であった。2位というのも凄かったのだがレキとの差はとても大きかった。

 

「今年もレキは狙撃科の種目に出場するみたいだし、カズキが1位になるのは無理だな」

「きょ、去年は油断をしたんだ。今年こそ勝ってみせるぞ‼というかナオトも今年は真面目にやれよな!」

 

 強襲科の競技で出場していたナオトは前半はよく動いて上位に上がるほどの活躍を見せていたのだが、後半ははやく御飯を食べたいという理由でやる気をなくし結果6位という成績を残した。もっと真面目にやっていれば1位をとれただろうにと担任の綴先生も嘆いていた。

 

「…お腹が減らないよう頑張る」

「今年はリサが応援してくれるんだからな!張り切れよ‼」

 

 そう言って気合いを入れて張り切るカズキは眠たそうにしているナオトにも喝を入れようとしたが、ナオトは別の方向を見いた。何かを見て驚いている様子だったので何を見て驚いているのかカズキもナオトの視線の先を見た。

 視線の先には大きな黒のキャリーバッグをひいてこちらに手を振っている男性の姿が見えた。目を凝らして視ると黒の祭服を着て愉悦に満たされた笑顔で手を振っているジョージ神父の姿だった。

 

「やあナオト、カズキくん。元気だったかい?」

 

 タヒチのバカンスを満喫していたジョージ神父はにこにことしながらカズキ達の下にやって来た。久々に会うのでカズキもナオトも驚きの顔を隠せなかった。

 

「ジョージ神父!?久しぶりですね!」

「…『イ・ウー』には襲われなかった?」

 

 驚きと再会に喜んでいるカズキとナオトにジョージ神父はにこやかに頷いた。

 

「ああ、あの後は無事に日本に戻れたよ。そうだ、リサの一件は本当にありがとう」

「いえいえ‼もうお茶の子さいさいですよー!」

 

 一回詰みかけたけどなとナオトは口をこぼす。カズキは無事にリサを『始末屋』の魔の手から守ることができ、リサは今も自分達と一緒に暮らしていることを話した。

 

「やはり、君たちに頼んで正解だったよ」

 

 ジョージ神父はタヒチで買ったお土産を渡しながら満足そうに頷いた。その後はジョージ神父と一緒に話ながら歩いて移動した。リサが日本に来て驚いたこと、リサのおかげでより楽しくなったと話した。ナオトはジョージ神父に気になっていたことを聞いた。

 

「…リサはこれ以降も狙われることはない?」

「ああ、そのことなら心配ない。『始末屋』が逮捕され、どうやら連中もリサを追うことは諦めたみたいだよ」

 

 ジョージ神父が聞いた情報では『イ・ウー』の中には『始末屋』にいつ殺されるのかビクビクしていた者がいたという。その『始末屋』がいなくなったことでほっとし、『イ・ウー』の体制も少しは変わるだろうとのことだった。もうリサを追いかける者はいない、そう聞いたカズキとナオトは安心した。

 

「そうだ、また一つナオト達にやってもらいたいことがあるんだ」

「おお?さっそく依頼ですな?」

「…待って。その話はケイスケ達がいる時のほうがいい」

 

 ナオトは詳しく聞こうとしているカズキを止めた。知らないうちにジョージ神父の新たな依頼を受けてしまったらケイスケが激怒するのは間違いない。ナオトはそう確信していた。

 

「…家に帰る所だし、詳しい話は家で話して」

「そうだね。ケイスケくん達にもお土産があるしそこで詳しく話そうか」

 

 ジョージ神父も笑顔で頷き、カズキ達と共に家に向かっていった。

 

__

 

「目指せ!幸子マスター‼」

「だろうと思った。予算の事考えろやバカ」

 

 やはりタクトの着たい衣装はビラビラのついたスターの衣装よりも絶対予算オーバーしそうな大掛かりな衣装だと予想が的中したケイスケは毒づいて却下した。タクト達はメンズの服屋ではなくコスプレショップにいた。その店ではアニメのキャラの衣装だけではなく、女性が着るようなヒラヒラのフリルがついたドレスから可愛らしいキラキラのラメのついた服まで色々と売っていた。勿論、リサも興味津々に目を輝かせて服を見て、値札に書かれている高額な値段に驚いていた。

 

「とても可愛らしい服がいっぱいですね。でもほとんどがレディースのようですが…」

 

 リサは疑問に思っていた。この店に売られているのは女性が着るものが多く男性用の衣装は少なかった。もしかして女性の服を着るのか気になっていた。ケイスケはそんなリサの疑問に察したのかタクトを呆れるように見ながら答えた。

 

「売られている衣装を参考にして、購買部に自分の着たい衣装を作ってもらうようだぞ」

「そうでしたか。どんな衣装になるか楽しみですね!」

「ま、まぁな。でも生徒会に聞いた方が一番いいんだけどさ…」

 

 完成を待ち遠しくわくわくしてるリサにケイスケは苦笑いした。タクトが今まで作ったものは見るに堪えないひどいセンスなものばかりで、武偵の生徒や教師からも『腐った匠』と称されている。だからこそタクトが考える衣装はたぶんひどいものになるだろう。だからといって楽しみにしているリサにあまり期待しない方がいいと言うべきかケイスケは悩んでいた。

 そんなケイスケの憂鬱にはお構いなくタクトはずんずんと進んで参考になる衣装選びをしていた。ケイスケには買うなと怒られたのでとりあえず見て参考にすることにした。

 

「うーん…匠的にはやっぱり派手なものがいいなぁ」

 

 自称匠のタクトは製作する衣装のテーマを考えていた。幸子にするかそれともスターにするか、やはりここは間を取ってジャクソンマイケルみたいなかっこいいものしようと決めた。参考になる衣装はないかと探していると近くに参考になりそうな衣装がちらりと見えた。これはよさそうだと手を伸ばして取ろうとした時、これを取ろうとしていた別のお客の手とぶつかった。

 

「おとと…すみませーん」

 

 隣にいたお客に謝ったタクトは息を飲んで驚いた。隣にいたお客は2本の三つ編みにしつむじの辺りで結ったストレートロングヘアな銀髪をしたサファイアのような青い瞳の少女だった。肌も白くてきれいでまるで上品なフランス人形のように凛として美しかった。何処かの国からきた観光客かなとタクトは首を傾げた。

 

「いや、こちらこそすまない」

 

 流暢な日本語でぺこりと頭を下げて謝った。日本語も上手で日本が大好きなんだろうなとタクトは感心して頷いていた。そんな様子に少女は首を傾げる。

 

「?どうかしたのか?」

「いやー、日本語が上手いなーって思ってて‥」

 

 タクトの答えに少女はなるほどと口をこぼした。

 

「私の学校では日本語が必須科目なんだ。時折仕事で日本に来る事があるからな」

「なるほどなるほど、ほどなる~」

 

 納得するタクトに少女はクスリと笑った。タクトの滑ったギャグがよほどツボだったのかしばらく笑うのが止まらなかった。

 

「ふふふ…変わった奴だな。ところで、この服に手を伸ばしていたようだが買うのか?」

「いや、偉大なる衣装作りでちょっと参考になるかなっと思って見てただけだよー。うちの連れが金銭に喧しくてさ~」

 

 タクトはやや不満そうに口をへの字に曲げて愚痴をこぼした。それは大変だなと少女はタクトの話を聞いて頷いていた。

 

「たっくん、あいつらが帰って来たみたいだから帰るぞ!早く帰らないとあのバカ共は腹減ったと文句言ってくるからな」

 

 長話になっているうちにケイスケが早く来いと怒っていた。タクトはもうすこし話をしたかったと別れを惜しんでいたが早くしないとケイスケの怒りの鉄拳がくるかもしれないので急いだ。

 

「もう行かなきゃ…日本の観光楽しんでね!じゃあねー」

 

 少女は何も言わなかったがニッコリと笑って手を振っていた。タクトの姿が見えなくなった頃合いを見て少女はきりっと目つきを変えた。

 

「…あれが菊池タクトか。SSRの生徒と聞くが…いや、今は巫女を狙うことにしよう」 

 

 しばらく考えて少女は首を横に振った。今は彼らのことを考えるのはやめて自分がやらなければならない仕事に集中しようと少女はそう決めた。それでは計画を実行しようと動こうとした時だった。

 

「…?」

 

 少女は一瞬誰かに見られている気配を感じた。警戒して後ろを振り向くがそこには誰もいなかった。先ほどのタクト達かと疑問に思ったがそれはありえない、やはり気のせいだと考えた少女は早めに店を出た。そんな少女の後ろ姿を人混みの中にまぎれてじっと見ている者がいた。

 

『見つけましたぞ…やっと見つけましたぞ…我らの姫よ…!』

 

___

 

「…で、なんでクソ神父がいるんだよ‼」

 

 帰宅して早々、ケイスケはリビングのソファーで寛いでいるジョージ神父を見て怒声を飛ばした。激怒しているケイスケとは反対にタクトとリサは大喜びしていた。

 

「やあ、リサ。元気そうで何よりだ」

「神父様…‼よくご無事で!」

「ジョージィ‼俺達のジョージの帰還だー‼」

 

 ケイスケはジロリとカズキとナオトに睨み付けた。ケイスケの怒りの視線に二人はそそくさと目線を逸らした。言いたいことは山ほどあるが、リサがジョージ神父に会えてうれしそうにしていたので今日はやめておいた。

 

「ジョージ神父!リサの作る料理はすごくうまいんだ。食べてみてよ!」

「それは是非とも食べてみたいな。リサ、お願いしてもいいかな?」

「はいっ!神父様や皆様の為に頑張りますね!」

 

 そう言ってリサはキッチンへ向かい、楽しそうに鼻歌を歌いながら夕食を作り始めた。リサが料理を作っている間、ジョージ神父はカズキ達の方にニッコリと笑う。ケイスケは察した、神父がニッコリと笑った後は何か頼み事をしてくるからだ。

 

「さて、ナオト達には申し訳ないが…また新たにやってもらいたいことがあるんだ」

「このクソ神父!またあるのかよ!?」

 

 やっぱりと予感的中したケイスケは怒りと呆れが混ざった気分で項垂れた。『イ・ウー』に関わったからこの後も何かあるだろうと思っていたがまさかこうはやく来るとは思ってもいなかった。

 

「新たなミッションだー‼なになにー?」

「たっくん落ち着けって。ここはインポッピプルみたいに落ち着いて聞くんだ」

「…インポッシブルな。それで今度は何?」

 

 わくわくとしているタクト達にジョージ神父は口を開く

 

「『聖剣(デュランダル)』を見つけてほしい。見つけて『聖剣(デュランダル)』に迫る危機から守ってやってもらいたい」

「「「「‥‥なにそれ?」」」」

 

 聞いたこともない言葉を聞いて4人は声を揃えて首を傾げた。




 アドシアード・聖剣編に入りました。アドシアードの試合の内容が気になりますね。(コナミ感)


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10話

 独自展開があります、ご注意ください


「その…デュ、デュ…デュラハンナイトってなに?」

「おい、なんでそうなるんだよ」

「聖剣とか…かっけぇー‼」

「‥‥」

 

 カズキはさっそく間違え、タクトはその名前の響きに目を輝かせて聖剣(デュランダル)といういかにも厨二病くさい名前が気になった。

 

「鋼を軽く両断し、この世に斬れぬものはないと言わしめる剣を持つ騎士の名だ。地方によっては『魔剣』とも呼ばれている」

「うおおおっ!?ますますかっけぇーんだけど!?」

「ていうかそんな情報や依頼、どこで誰に頼まれたんだよ」

 

 さらに目を輝かせているタクトをよそにケイスケはジョージ神父の話を聞いて疑問に思った。先日の『始末屋』の件もそうだがどうやってそんな情報を手に入れるのか気になっていた。そんなケイスケの疑問に気づいたのかジョージ神父はにこやかに答えた。

 

「私は世界各地の教会を旅しているからね、そういう知り合いもできるのさ。今回の『聖剣(デュランダル)』も先代の方から頼まれたのだ。当代に危険が迫っていると、守ってほしいと昨日電話でね」

 

 

 電話で二つ返事したのかよ、とケイスケは口をあんぐりとあけて呆れていた。しかもそれを自分たちにやらせようとしているのだから増々呆れるしかなかった。ケイスケに対し、カズキとタクトは興味津々で神父の話を聞いていた。そんな中まったく興味を示さなかったナオトが口を開く。

 

「…それでデュランダルさんはどういう姿をしてるの?」

「それについては教えてくれなかった。なにやら事情があったようだ」

「おま、ふざけんなよ!?見たこともない奴を見えない危険から守れってバカじゃねえの!?」

 

 ジョージ神父の話を聞いてケイスケは怒声を上げた。何も情報がないまま訳の分からないものから守れというのは無理がある。だから見つけろっていうことかと納得しながらもケイスケは苛立っていた。

 

「だが、一つ手がかりはあるぞ?」

「ホント!?教えて教えて‼」

「教え―てしーんぷさーん♪」

 

 ドヤ顔でニッコリする神父にタクトとカズキは何処かの山脈の少女の歌を歌いながらワルノリして聞いた。そんなワルノリにケイスケが更に苛立っているのは二人は知らずに歌い続けた。

 

「どうやら当代は女性らしい。時折先代が『彼女』と口をこぼしていたからね」

「そんなんでいいのかよ先代」

 

 意外とガードが甘い先代さんにケイスケは呆れた。黙って話を聞いていたナオトは黙々とメモを取っていた。鋼を斬る剣を持ち、女性、最後にお腹空いたと余計なことも書いていた。そのメモを見てナオトは難しい顔をして唸った。

 

「…情報が足りない」

「そこはくまなく探すのが俺達だろ?」

「日本全国、世界各地に剣を持ってそうな女性を探そうってのか?」

「たっはーw」

 

 カズキの意見がケイスケにばっさりと切られ、無理があると感じたカズキも苦笑いをしてその話を流した。どんな女性で、何処にいるのか、手がかりが足らず振出しに戻ってしまいカズキ達は悩んでいた。

 

「…デュランダル、ですか?」

 

 そんな時、料理を終えてリビングのテーブルに運んでいるリサがカズキ達の話を聞いて興味を示していた。

 

「…リサ、聞いたことがあるの?」

 

 ナオトが尋ねるとリサは話していいのか少々おどおどしながらも悩んでいたが口を開いた。

 

「はい…『イ・ウー』にいた頃の話ですが、その中に『魔剣(デュランダル)』という名で呼ばれていた人がいました」

「マジで!?『イ・ウー』やばすぎるんですけど!?」

 

 カズキ達は驚愕した。まさかこんなところに重要な手がかりがあるなんて思ってもいなかった。タクトは嬉しそうにはしゃぎながらリサに聞いた。

 

「それでそれで?」

「すみません、お会いしたことがないのでどのようなお姿をしているのかは分からないです。ただ…強力な能力を持つ超偵を攫う誘拐魔だと聞いています」

「競艇?」

「超偵つってんだろクズが」

 

 カズキに厳しいツッコミをケイスケは入れた。超偵とは超能力捜査研究科、通称SSRに所属する武偵の中で攻撃的な超能力を持つ者の総称である。そんな話を聞いてタクトはドヤ顔で自分を指をさす。

 

「つまり…俺の事だな?」

「たっくん、それはない」

「お前は何を言っているんだ?」

「…ありえん」

 

 3人に即否定されてタクトは「おまえら…」と悲しい顔をしてしょんぼりとした。タクトもSSRの生徒でもあるが…3人はそれほど期待をしていないようだ。しかしこれまでの話を聞いてジョージ神父は納得する様に頷いた。

 

「なるほど…当代のデュランダルは『イ・ウー』の一員だから詳しいことを話さなかった…いや、話せなかったのか」

「でもなんで今なんだろうなー」

「…なんとなくわかってきたかも」

 

 ナオトは書き足したメモを見ながら納得していた。『イ・ウー』の一員で、強い能力を持つ超偵を誘拐するという情報も加えるとケイスケも何か閃いたようで口を開いた。

 

「アドシアードか…」

「おおっ?そうか国際競技大会だもんな。世界各国から選手も来るし外部の人もわんさか来るぜ!」

 

 アドシアードは各国から競技に参加する生徒もいる。また報道や一般の人等、外部の人間が入ることができる。デュランダルはこの隙を狙って超偵を誘拐しにやってくるはず。

 

「…誘拐を計画しているなら、もう下見に東京に来ているかもな」

「つまり…どういうことだってばよ!?」

「たっくん、話を聞いてた?」

「デュランダルはこの東京に潜んでいる。しかしわかんねぇな…」

 

 未だに疑問が残っている。どうして犯罪組織『イ・ウー』の一人でしかも誘拐犯を守らなくてはいけないのか。彼女を捕まえる武偵から守るのかまたはた別の何かから守るのか、分からないことばかりだった。そう深く考えるとナオトの腹の音が低く響いた。

 

「…お腹すいた。先に飯にしようぜ?」

「そうだぜ!ジョージ神父もリサの作る御飯を食べたいって言ってたんだ。食べようぜー‼」(`∀´ )

「私もお腹が空いたようだ。リサの作った夕食を頂こう」

「はい!腕によりをかけて作りましたので食べてください!」

 

 今はリサの美味しい夕食をいただくことを優先し、依頼のことはその後にしておいた。話は盛り上がったのだが、デュランダル探しをどうするかジョージ神父がウキウキ気分で帰った後に思い出した。

 

___

 

「エクスカリバーさーん?いませんかー?」

 

 誰もいない工事中のビルの中をカズキはP90を構え辺りを警戒しながら叫んだ。しかし返事はなくカズキの声だけが木霊した。カズキの隣でAK47を構えているナオトは呆れていた。

 

「…デュランダルだろ。ここも外れだな」

 

 ナオトは地図を取り出し赤いペンで今いる場所に×印をつけた。あの後、タクトはアドシアードのオープニングセレモニーや衣装を生徒会と話をしなければならないし、ケイスケも救護科で打ち合わせもあるということで二手に分かれることにした。カズキとナオトがデュランダル探しをし、タクトとケイスケは情報集めということになった。

 

「しっかし、見つからないなぁ。これで8件目じゃんか」

「…カズキがバラバラで探すからだろ。もっと効率よく探せよ」

 

 空きビルだけではなく廃屋や廃工場、公園のトイレなどカズキのここにならいそうなんじゃね?という山勘で探しているのだが、これまで全て外れ。自分の勘がすべて外れてカズキは少々イライラしていた。

 

「くそー‼エクスカリボルグの野郎はどこに居やがるんだ‼」

「だからデュランダルだって…‼」

 

 ナオトが言い直そうとしたとき、はっとした顔をしてカズキの口を塞ぎカズキを引っ張って柱の陰へ隠れた。

 

「ちょ、ナオト。何しやがる!?」

「静かに…誰か来た」

 

 ナオトがカズキに静かにするよう注意した。カズキも口を閉めて静かにしていると、コツコツと誰かがこちらにやってくる足音が聞こえてきた。カズキとナオトは気配を消す様に柱の陰から顔を覗かせると、武偵高校の制服を来た長いピンクのツインテールをした小柄の少女がいた。二人はその少女に見覚えがあった。

 

「あれって…アリアじゃん」

 

 同じ武偵高校の生徒で、ナオトと同じ強襲科に所属し、女たらしで有名な遠山キンジのところで居候しているSランク武偵の神崎・H・アリアだった。

 

「なんであいつがこんなところに来てんだ…?」

「…なんだか何かを探しているみたいだな」

 

 ナオトが観察していたとおり、アリアは2丁のコルト・ガバメントを構えて辺りをキョロキョロとしていた。しばらく見回した後、アリアはため息をついてガバメントをホルスターに戻す。

 

「やっぱり、こんな所にはいそうにないわね…」

 

 ひらりとツインテールをなびかせてその場を去っていった。人の気配が完全になくなってからカズキとナオトは柱の陰からでて一息ついた。

 

「あいつ、一人で何してたんだろうな?」

「…さあ。それより次はどこを探す?」

 

 なぜアリアが1人でこんなところに来たのかはひとまず置いておき、デュランダル探しを再開した。

 

「それじゃあ今度はこのラーメン屋に行こうぜ‼」

「…俺、豚骨よりもしょうゆのお店がいい」

 

__

 

「はぁ~…ほんとにどうしようかなぁ…」

 

 学園島の公園にてタクトはため息をついていた。衣装や演出の草案を持って自信満々に生徒会へ向かったのだが、生徒会長の星伽白雪さんがいなかったことと他の生徒会の人達に却下されたダブルショックでしょんぼりとしていた。生徒会が言うには『予算が足りない』とのことだった。

 

「ミラーボールに幸子並みの大掛かりな衣装をつけて…100人のバックダンサーと一緒にギターを奏でる…まさにこの俺の完璧でサイキョーのナイスアイディアだったのにー…」

 

 もっと良くするにはどうすればいいか、去年は生徒会長の星伽白雪さんに聞いてアドバイスをもらったのだが肝心の彼女がいなかったので生徒会からもう一度考え直してと言われ、生徒会室でタクトの話を聞いて呆れていた綴先生にも出直して来いと言われ追い出されてしまった。

 

「やはりここは…匠の出番だな!」

 

 通称、腐った匠と呼ばれているタクトは気を取り直して新たな衣装とパフォーマンスを考えようと張り切ったとき、海沿いの道を見覚えのある人が歩いているのを見かけた。長い銀髪にサファイアの瞳、フランス人形のような白い肌の少女、先日コスプレショップで出会った少女だった。

 

「やっほー‼また会ったね~‼」

 

 タクトは大はしゃぎで少女の方へ手を振りながら駆け寄った。少女はタクトを見てぎょっとして驚いていたが一回咳払いをして堅い笑顔でタクトを見た。

 

「ま、また会ったな…」

「先日ぶりだねー!観光はどう?‥‥あれ?ここは武偵校のとこだから一般の人は来るのは難しいんじゃ…」

 

 喜びを一転しタクトは頭にハテナを浮かべさせて首を傾げていた。銀髪の少女はというと額に汗をかいて目を見開いていたが、そんなことも気にせずタクトは一人で納得した。

 

「そうか!外国からきた武偵の生徒で日本へ観光してるんだ!」

「あ、ああ…パ、パリの武偵校から来たんだ…」

「パリ…どこ?パリパリ王国?」

「フランスだ!…本当にお前は変わった奴だな…」

 

 怒られてもなぜ怒られたのか首を傾げているタクトに少女はため息をついた。タクトはにこやかに少女に話を続けた。

 

「で、どうどう?日本の武偵高校は?」

「う、うむ…いい所だな。ここには()()()()()もいる」

「でへっへへ~。俺とか?」

「…お前は別の意味ですごいよ」

 

 明らかに褒めていないことにもかかわらずタクトは照れていた。ふとタクトは気にしていたことを口にした。

 

「そういえば、名前は?」

「…えっ?」

 

 少女はピクリと反応ししばらく考えて悩んでいたようだったが、タクトはまったく気にしていなかった。

 

「わ、私は…ジャンn‥ジャン…ジェ、ジェーンだ」

「ジャンジャン・ジェ・ジェーン?」

「違う、ジェーンだ‼」

 

 なるほどねーとタクトはニシシと笑った後、ドヤ顔でポーズを決めて自己紹介をしだした。

 

「この俺は…武偵高校の漆黒の堕天した真紅の稲妻で有名な菊池タクトだー‼」

「うん、黒いのか赤いのかはっきりできないのか」

 

 絶対に褒めてないのにタクトはさらにドヤ顔で決めた。ジェーンはため息をついて苦笑いをした。

 

「せっかく会えたのにすまないな、タクト。私はこれから用事があるんだ」

「そっかー、用事なら仕方ないね。観光、楽しんでって」

 

 ジェーンは手を振って踵を返して去ろうとした。するとタクトは思い出したようにジェーンを呼び止めた。

 

「そうだ!ジェーン、来週に武偵校で『アドシアード』が開催されるんだ。まだ観光してるならぜひ来てくれよな!」

「そうかアドシアードか…()()()()()()

 

 タクトはニシシと笑って手を振って去っていった。タクトの姿が見えなくなったことを確認したジェーン…『イ・ウー』の一員であり『魔剣(デュランダル)』と呼ばれるジャンヌ・ダルク30世はやれやれとため息をついた。

 

「あの男…一体何なんだ…」

 

 自分の計画のために武偵高校に潜入してあれこれ細工をしていた。変装もばれず、変装を解いても武偵に見つかることなく抜け出すことができていたのでザル警備だなと思っていたところ、タクトに出くわしたのだった。

 

「警戒すべきなのかそうでないのか…まったく読めない」

 

 ジャンヌはもしバレたのなら瞬殺してやろうと殺気を密かに放っていたのだがその殺気にも気づいていないのか勝手に自己完結し勝手に決めつけて去っていった。タクトの訳の分からない行動にジャンヌは戸惑っていた。

 

「ま、まあいい…このまま計画を進めよう」

 

 あいつは脅威にならない。そう判断したジャンヌは自分の計画を進めることを優先し動こうとした。その時、再び誰かに見られている気配を感じた。辺りを見回したが誰もいない。先日と同じ気配をしたのだがやはり気のせいだとジャンヌはそう考えた。

 

『‥‥おのれ‼下衆な輩め…我が姫になんたることを…‼』

 

 望遠鏡でジャンヌの行動を観察していた者がいた。その者は悔しそうに歯ぎしりをし、望遠鏡を強くにぎりバキリと真っ二つに握り潰した。

 

__

 

「ったく、役に立たねぇもんばっか」

 

 医務室にてノートパソコンとにらめっこをしているケイスケはため息をついた。デュランダルの明確な情報を得るために、諜報科のレポートやSSRで占いや預言をしている奴から情報を集めていた。

 しかし、どのところからもデュランダルはいる『かもしれない』だったり、いる『だろう』だったりと曖昧なものばかりで仕舞には「それって都市伝説だろ?」なんていう輩もいた。ため息をついているケイスケにリサはケイスケ専用のマグカップにコーヒーを注いで渡した。

 

「中々見つかりませんね…」

「仕方ない、相手は姿を隠している。そう簡単にいかないもんだ」

 

 デュランダルは存在する。自分たちが持っているのはその情報だけ。連中にそんなことを話しても混乱するだけであり、逆にこちらがなぜ知っているか聞かれてしまう。

 理子がいればな…とケイスケは思い浮かべた。理子なら正確な情報をすぐに手に入るだろう。しかし、肝心の彼女は長く欠席しているらしい。先ほどカズキから見つからないと文句のメールが送られてきた。これからどうすればいいかケイスケは悩んでいた時、ノックもせずに医務室に生徒が入って来た。

 

「よっす、ケイスケ‼ちょいとサボタージュさせてくれね?」

 

 どうどうとさぼらせてくれと元気よく聞いてきた彼はタクトと同じ教室の生徒でありクラスメイトの武藤剛気だ。車輌科の生徒でケイスケのかつての愛車だったSVRの整備などをしてくれたこともあった。そんな武藤にケイスケは鬼のような形相で睨み付けた。

 

「ほほぅ?俺のいる前で堂々と仮病と称すか…?」

「ちょ、ケイスケ先生…?めっちゃ怖いんだけど…って、おおっ!?金髪の美女だ‼ケイスケが美少女の助手を雇ったって噂は本当だったのか!?」

 

 ケイスケの威圧に圧された武藤はアセアセとしている中、リサを見てわざと話を逸らせようとした。リサは武藤にスカートの裾をつまんで笑顔でぺこりと会釈したがケイスケは手をぽきぽきと鳴らし般若のお面をつけて武藤に近づく。

 

「ありとあらゆる関節を外してベッドで寝かすことができるが、どうする?」

「い、いやそれはやめとく!そ、そうだ!切ったんだ‼指に切り傷がついちゃったんだった!」

 

 ちっ、と舌打ちをして消毒処置をして絆創膏をつけてやった。消毒してくれてるリサに武藤は照れていたがケイスケはぶっきらぼうに手当をしてやった。

 

「500円払え」

「これも取るのかよ!?やっぱり鬼だなお前!?」

「しかし…今年のアドシアードの準備はやけに手こずってんな」

 

 しぶしぶと500円を払う武藤にケイスケは気になることを話した。今年のアドシアードの準備が完了するまでやけに遅すぎるのだ。去年の今頃はもう準備ができており、出場する生徒は自主練に没頭し、そうでない生徒は出店などの準備をしていたりと賑やかだったのだが、今年はあちこちでどたばたとしている。

 

「ああ…生徒会でも話が中々進まなくてな」

「生徒会が?いつもなら白雪が指揮してスムーズに進んでるだろ」

 

 生徒会の生徒会長であり、ケイスケとカズキと同じクラスメイトである星伽白雪がてきぱきと指揮を執って作業は難なく行われているはずだ。しかし、武藤は苦笑いをして首を横に振る。

 

「いや…白雪さんは今頃、キンジの部屋にいる」

「はあ?何してんだあのバカは」

 

 ケイスケはそれを聞いて呆れた。あの女たらしは何してくれているのか、今まで気にしていなかったがさすがのケイスケもそれを聞いてため息をついた。

 

「キンジは今、アリアと一緒に白雪さんのボディーガードをしているんだ」

「ボディーガード?変態からか?」

 

 白雪は才色兼備、大和撫子と綺麗で可愛く料理も勉学もできて他の生徒からとても人気がある。ポスターやどこで撮ったのかというような写真まで売られているほどだ。ついに手を出す変態が出てきたのかと思っていた。

 

「違うみたいだぜ?噂じゃ白雪さんを誘拐する脅迫状が来てたとか…たしかアリアが言うには…デュランダルとかなんとか…」

 

 デュランダル。そんな単語を聞いたケイスケは即座にガッと武藤の両肩を掴み、般若のお面で威圧した。

 

「おい…その辺詳しく話せ」

「あ、アッハイ…」




 武偵高校ってピーチ城なみにザル警備だなーと思う所がありますね。たぶん、気のせいだったらいいな(コナミ感


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11話

 盗聴器とか逆探知とか云々の知識はないです。こうだといいなーっていう独自展開になっています。すみません


「…なるほどそういうことだったわけか」

「それって俺達の活動がホライゾンじゃねーか!」

 

 武藤から詳しい内容を聞いたケイスケはカズキ達を呼び戻して自宅にて作戦会議を行った。星伽白雪が『魔剣(デュランダル)』に狙われており、彼女を守るためにキンジとアリアがボディーガードを務めていることを話した。それを聞いてたカズキは自分の苦労が水の泡だとプンスカと怒っていた。

 

「はぁ?それを言うなら骨折り損だろ」

「イエェイ‼オリオリゾンゾン!ホネゾンゾン‼」

 

 カズキの文句は置いといて、デュランダルの狙いがわかれば話が早い。

 

「デュランダルが白雪を誘拐したい時、手始めに何をやると思う?」

「頑張る‼」

「うん…たっくん。間違ってはいないけど、違うよ…」

「…連携を崩す」

 

 標的にボディーガードが付いているというのならまずは守りの連携を崩すだろう。互いの信用、もしくは護衛対象との信用をバラシていく。当初はキンジとアリアの二人が白雪の護衛についていたのだが、キンジは白雪に付きっ切りでアリアは別行動でデュランダルを探している。お互い連絡をとらずバラバラに行動している。諜報科の情報によるとデュランダルの件で喧嘩していたことがわかった。

 

「デュランダルの存在を否定するキンジと存在していると確信しているアリア。そりゃバラバラになるわな」

「…他にもキンジ達の行動を観察しているかも」

「だとすれば盗聴器が上がるな」

 

 ケイスケは深くなずく。より標的と護衛の行動を掌握するには盗聴器を仕掛けている可能性が高い。一応彼らも武偵なのだがそれぐらいは警戒しているはず。デュランダルは身を隠しながら慎重に標的に狙いを済ましているだろう。

 

「でもあいつの家に上がるのは難しいんじゃないの?」

 

 カズキの言う通り、「盗聴器が仕掛けられているかもしれないから調べさせてくれ」と言うわけにはいかないし、厳重に護衛しているのなら部屋に入れさせてくれることもできない。何か理由があればいいのだが…カズキ達は悩んでいるとタクトは思い出したようにポンと手を打った。

 

「そうだ!白雪ちゃんにオープニングセレモニーの打ち合わせをしなくちゃ!」

「おおっ‼ナイスだぜたっくん‼やーるー♪」

 

 それを理由にキンジ宅に上がることができる。次にどう探知するか4人はひそひそと話し合った。別にこの家に盗聴器が仕掛けられていないのになんでひそひそと声を潜めて話しているのかリサは彼らの様子を見て終始首を傾げていた。

 

__

 

「キンジ、スポ―――ン!」

 

 遠山キンジは玄関のドアを開けるや否やなんで来たと言いたそうな顔をしていた。インターホンが鳴り、誰か来たのか玄関を開けてみればドヤ顔のタクトとノートパソコンを抱えたケイスケと眠たそうにしているナオトがいたのだった。

 

「お前ら…何しに来たんだよ」

「そりゃお前、白雪とオープニングセレモニーの打ち合わせをしに来たに決まってんじゃねえか」

「白雪ちゃん、やっほー」

 

 キンジの後ろで白雪が申し訳なさそうな笑顔で手を振る。キンジはそういうのがあったなと思い出したように頭を掻いて面倒くさそうにしていた。

 

「それってお前らでできないのか?」

「お前いいのか?全部タクトに任せるとジャイアンリサイタルよりもひどいことになるぞ?」

「それは…嫌だな」

「ふっふっふ。今のところ、デラックス幸子ならぬデラックスたっくんを建てようとry」

「よし、上がれ」

 

 アドシアードが世界初ひどいものになると察したキンジは即決で彼らを家に上がらせることを許可した。タクトは大喜び入っていき、ケイスケは部屋に入る前にナオトに目で合図をした。ナオトは頷きポーチからPHSのような形をした機械を何個か取り出した。

 

「白雪ちゃん!オープニングセレモニーの演出と衣装だけど…」

「たっくん…で、デラックスたっくんは予算がオーバーするしシンプルに行った方がいいと思うよ?」

 

 タクトの草案を聞いた白雪は苦笑いして速効で却下した。しょんぼりするタクトを見て当たり前だと飽きれるケイスケはノートパソコンを開き、ナオトに準備が出来たとハンドサインを送る。玄関でスタンバっていたナオトはPHSのような機械、盗聴器探知機の電源をつけて歩いた。

 するとピヨピヨと探知機からひよこの鳴き声の様な可愛らしい音が鳴る。いきなり鳴ったことにナオトとケイスケは驚きが隠せなかった。

 

「マジかよ…そこでさっそく一個目か」

 

 玄関の他に、トイレや洗面所、キンジの寝室‥リビングに辿り着くまで4個ほど盗聴器が仕掛けられていることがわかった。どんだけガードが甘いんだ、これだけ仕掛けられているのに気づかないのかとケイスケは呆れてしまった。

 今調べているのは無線式の盗聴器。追跡はできないが微弱な電波、周波数により相手を盗聴するにはせいぜい100m~200m。まずはデュランダルが潜んでいる距離が絞ることができた。リビングについても未だにピヨピヨとなる探知機にさすがのキンジもナオトの行動に不審がっていたのに気づいたケイスケはナオトに呼びかけた

 

「おいナオト、なんでいつもアラーム切るの忘れてんだよ‼」

「…眠いからしかたないだろ」

「それでそれで、ステージの下からプシューってガイナ立ちで登場するんだー‼」

「たっくん…それならできそう。あ、でもステージは既にできてるみたいだし…」

 

 喧しい3人にキンジはやれやれとため息をついて我関せずというそぶりでソファーに深く腰掛けていた。それでいいのかボディーガードとケイスケは思っていたが今やることに集中した。白雪がタクトと真剣に打ち合わせをしている隙にケイスケはナオトにハンドサインを送った。

 ナオトは首を横に振っているところをみると、無線式はリビングに合計4つ仕掛けられておりすべて無線式で有線式はなかったとのことだった。しかしこれでも追跡はできない。次の手に移るためにケイスケは携帯でメールを送った。しばらくすると白雪の携帯電話が鳴った。

 

「もしもし…?」

『いやっほ~♪羽の生えたカズキだよぉ♪』

 

 電話をかけてきたのはカズキだった。いきなり滑った登場に白雪はどう返したらいいか戸惑っていた。カズキ本人も滑ったことに察したのか最初の出だしを無かったことにして話を続けた。

 

『あのさ、今そこにタクト達いる?あいつら俺を置いていって先に行きやがっててさー』

「う、うん。今キンちゃんの所にみんないるよ?」

『あのやろー‼俺が折角お土産を持ってきてるのにさ!すぐにそっちに行くから2,3分待ってて‼」

 

 電話を切れた数分後にインターホンが鳴り、玄関を開ければタクトと同じドヤ顔でカズキがポーズを決めて立っていた。お前もかとキンジは呆れながらカズキも家に入れてあげた。カズキはにこやかに小さなケーキ箱を渡す。中には種類がバラバラの6個のケーキが入っていた。

 

「いやっほー、白雪ちゃんお土産ー。てめえらにはねえからなっ」

「とか言いながら人数分用意されてるじゃないですか」

「…ショートケーキがいい」

「いやったぁー‼ケーキィ~!キンジ、コーヒーを所望するぜ!」

 

 キンジはへいへいと二つ返事で動き、お湯を沸かしてインスタントコーヒーを用意した。引き続き、タクトは白雪と打ち合わせをし、カズキとナオトはキンジと駄弁り、ケイスケは黙々とパソコンを打っていた。

 

「まさかこれにも引っかかるなんてな…」

 

 ケイスケはそう呟いて作業を続けた。先ほどの携帯での会話、デュランダルは標的の携帯に脅迫状のメールか電話をするということでもしかしたら携帯電話にも盗聴の細工がされているのではないかということで探知をしていた。まさかあるわけはないだろうと思っていたが、これにも反応があったのに驚いていた。

 相手はどんだけ舐めプをしているのかそれとも策士策に溺れる状態なのか分からなかったが逆探知に成功したので後はどこに潜んでいるか調べるだけだ。

 タクトは白雪の必死の説得とアドバイスに納得し打ち合わせは着々と進んでいた。どうやら腐った匠の出番はないようなので一先ず安心した。カズキとナオトはキンジの愚痴を聞いていた。どうやらキンジはアリアの無茶苦茶な仕打ちに参っているようだ。

 

「へ~、真剣白刃取りの訓練されたり風穴開けられそうになったり大変だな」

「ほんっと困ってるんだ。『デュランダル』がどうのこうのとうるさいし…」

「「ふ~ん…」」

 

 カズキとナオトは知らないふりをして頷いた。デュランダルはいるよー、なんて彼らに言ってしまえば大惨事になるし、デュランダル本人もびっくり仰天どころかさらに警戒を深め身を隠してしまう。どうしても知っているとドヤ顔で自慢したいのかカズキはプルプル震えていた。絶対にしゃべるなとケイスケはカズキに睨み付ける。

 ようやく逆探知が完了し、場所の特定ができた。ようやくデュランダルを見つけることができるとケイスケは一息ついてパソコンを閉じて3人に目と口パクで合図した。

 

「白雪ちゃん、アドバイスありがとね!アドシアードのオープニングセレモニー、楽しみにしといてくれ‼」

「たっくんの打ち合わせも終わったことだし、お前ら帰るぞ」

 

 タクトとケイスケが立ち上がって、それに続けてカズキとナオトも立ち上がって帰ろうとした。

 

「…護衛任務、しっかりこなせよ?」

「それじゃあ頑張れよキンジ。いないのにいるとかいう『デュランダル』を探すのって大変だろうしな!」

「ああ、ちゃんとボディーガードは務めるさ」

 

 キンジは苦笑いして彼らを玄関まで見送ってあげた。ばいばーいとタクトは手を振って別れを告げ、ドアを閉めた。しばらく沈黙と静寂が経過すると4人はバッと急ぐように動いた。

 

「…探知できた?」

「ああ、ばっちりだ。場所も特定できたし急ぐぞ」

「やっとエクスカリバーさんとご対面かー!」

「ヨッシャー!カリバーーっ‼」

 

 カズキ達は急いで階段を駆け下りて、男子寮の前に停めておいたバンに乗り込みケイスケが特定した場所へと向かって行った。

 

__

 

「…なんて喧しい奴等なんだ」

 

 キンジの家を盗聴していた『イ・ウー』の一員である『魔剣(デュランダル)』ことジャンヌ・ダルク30世はうんざりしていた。盗聴中にタクトが奇声を上げるわ、突然カズキが歌いだすわ、ケイスケが怒声を飛ばすわで耳が痛かった。

 

「ただただ騒がしいだけの連中だな…」

 

 かつて理子が渡してくれた資料に書いてあった通り、多少は警戒していたが聞いていた様子では何にも脅威だと感じられなかった。Cランクの武偵だしその程度だろうとジャンヌは考えた。遠山キンジも自分『デュランダル』いないと見なしており、他の武偵も『いない』ものとみなし探そうとしないことにここの武偵は大したことはないなとにやりとした。

 

「…いや、ちょっと待て…」

 

 ふとジャンヌはぴたりと止まった。探すという言葉に一瞬違和感を感じた。先ほど、あいつはなんて言っていた?ジャンヌはカズキの言った台詞を思い出した。『()()()()()()()とかいう()()()()()()()()()()()のって大変だろう』。あいつはなぜ『いないのにいる』と言いながら『探す』前提で話していたのか…今のところいると信じて探しているのはアリアだけ…

 

「…まさか…‼」

 

 ジャンヌは背中に冷たい汗が流れたのを感じた。奴らはデュランダルは存在すると確信、いや知っているのではないか…もしそうだとすれば奴らが遠山キンジの家に来たのは仕掛けられている盗聴器を探し、自分の隠れている場所を特定しようとしていたのではないか…策略家と自負していたジャンヌは次第に焦りだした。

 

「まずい…考えていることが正しければ…奴等はここに来る!」

 

 奴らの偶然か、それともアリアが他の手を使ったのか、すぐにこの場を離れるか作戦を考えていたその時、小型のPHSがブザーを鳴らした。敵が侵入しようとした時に作動するトラップが動いたことを知らせるブザーだった。はっとしたジャンヌは咄嗟に床に刺していた鋼をも両断する自慢の愛剣、『聖剣(デュランダル)』を引き抜いた。

 

__

 

「なあ、本当にこんなところにエクスカリバーさんはいんのかよ?」

「だからデュランダルつってんだろ!」

 

 いちいちデュランダルを間違えるカズキにケイスケは叱った。カズキ達がデュランダルを追ってたどり着いた場所は男子寮から200m離れた場所にある誰も棲んでいない廃マンションだった。念のためボディースーツを身に着け装備も万全にした4人はそっと静かに廃マンションへと向かった。

 

「…たっくん、ストップ!」

「あえ?うおおっ!?」

 

 タクトはナオトに止められて、目の前にあったうっすらと見えるピアノ線に驚いた。このまま知らずに進んでいたら顔が切られていただろう。ナオトは目を凝らし、他にピアノ線が仕掛けられていないか確かめた。

 

「…?」

「ナオト、どしたの?」

 

 確かめている最中、首を傾げるナオトの様子にカズキは気になって尋ねた。

 

「…最初の一本を除いて全部切られてる。しかも焼き切った痕ばかり」

「それってどういうこと?」

「…わかんない」

「怖えな。慎重に進むぞ」

 

 ケイスケの意見に3人は頷いて、それぞれの銃を構えて慎重に進んだ。他の所にはトラップは仕掛けられていないようだ。ようやく特定したポイントの所まで着いた。4人は閉まっているドアの前に立ちごくりと生唾を飲んだ。カズキは恐る恐るドアノブを握りタクト達を見る。3人は頷いていつでも準備はできていると合図をした。頷いたカズキは勢いよくドアノブを回し、ドアを開けた。

 

「エクスカリバーさん‼お、おひゃなしぇがりみゃすっ‼」

「うおおおっ‼突撃隣のカリバーさん‼」

「だから違うつってんだろがクソ共‼」

「…だめだこりゃ」

 

 カズキは噛み、タクトは勢いで飛び出し、ケイスケはその二人に怒声を飛ばし、ナオトはもうバラバラだと呆れて部屋に入ろうとしたが中の光景をみて4人はぴたりと止まって驚いた。中はカチコチに氷漬けの如く凍っていた。床も天井も、ドアの裏側も氷が付いていた。

 

「寒っ!?ど、どうなってんだこれ!?」

「おま、これってアイスエイジでしょ!?」

「これは…もしかして『超能力(ステルス)』なのか…!?」

 

 ケイスケはそう口をこぼした。超能力の中には『念動力(サイコキネシス)』や『発火能力(パイロキネシス)』といった超常現象のような強力な力を持つ者がいる。それらを総称して『ステルス』と呼ばれている。目の前に光景に3人は驚いていたが、ナオトは警戒を緩めなかった。

 

「…中に誰かいるぞ‼」

 

 ナオトの言葉に3人はすぐに銃を構えた。慎重に進んでいくとリビングに誰かいた。薄汚れた茶色の外套に身を隠れていて顔が見えなかったが身長がかなり高く、右の鋼の手甲で燭台を模した槍を持っていた。

 

「お…おまえが、エクスカリバーだな?」

「だからデュランダルだっての」

 

 カズキとケイスケは警戒しつつ声を掛けたが、その人物は沈黙のまま窓が開いているベランダの方をずっと向いたまま動かなかった。

 

「…どうなんだ?」

「もしかして、人違いかも」

 

 タクトが声を掛けた途端、外套の人物はピクリと動いて振り向いた。それでも顔が見えなかったが様子がおかしかった。

 

「…そうか、貴様がそうか…‼」

 

 すこし低い声の男性のようだ。しかし声からして何か怒っている様子だった。カズキ達が警戒していると男はフルフルと身体を震わしていた。

 

「貴様には邪魔はさせんぞ…我が姫には指一本触れさせはせんぞ…‼」

「姫?…デュランダルのことか?」

 

 カズキがそう尋ねると、男は槍の石突を強く床に突き付けた。ギンッと金属音が響くと、一瞬部屋の中が蒸し暑く感じた。

 

「デュランダルだと…?貴様らの様な下衆な輩が‼我が神聖な姫を侮辱するとは‼」

「デュ…デュランダル様?」

 

 カズキが言い直して尋ねると、男は更に石突を床に強く叩きつける。今度は部屋の中が一気に蒸し暑くなった。

 

「なんという汚れた輩のことか‼我が姫を気安く呼ぶ出ないぞ‼」

「な、なんて聞けばいいんですか!?」

「カズキ、余計な事はしゃべんな‼なんかやべえぞ‼」

 

 ケイスケはカズキに注意した。ケイスケの言う通り、この男が怒るたびに部屋の様子がおかしい。蒸し暑くなっているどころかあちこち凍っていた氷が解け始めている。それどころか焦げ臭いにおいが臭ってきた。

 

「…みんな、ここはやばい。逃げるぞ‼」

 

 ナオトが大声で呼びかけた。カズキ達が急いでその場を去ろうとした途端、男の持っている槍に炎が纏っているのが見えた。これはマジでヤバイと察した4人は大急ぎで出口へと駆けだした。

 

「ああ主よ…‼我が姫を守るために我が愚行をお許しくだされ‼」

 

 男が槍を振るうと炎がカズキ達目がけて噴出した。カズキ達は出口へ駆けて二手に分かれて2方向へ避けた。炎は真っ直ぐかけて正面の壁を焼き焦がした。

 

「あっぶねえ!?髪の毛焦げかけたんですけど!?」

「おまえ言うなれば古に伝わりし、ジェラシーにまみれたファイアーダンス、世界の中心で姫をさけぶ田中くんでしょ!?」

「…田中くんやべえな」

「お前らそれどこじゃねえだろ!?」

 

 ケイスケは怒声を飛ばし、身構えた。初手はうまく躱すことができたがこのまま追いかけられたらまずい。しかし、炎を飛ばした田中くん(仮)は追撃はしてこなかった。寧ろ違っていた。

 

「ジャァァァァァァァァァンヌゥゥゥゥッ‼今私めが貴方の下へ会いに行きますぞぉぉぉっ‼」

 

 そう男の叫び声が聞こえたので恐る恐る入り口から覗いてみると男はベランダへ駆けて飛び出していった。4人は焦げ焦げになった部屋を駆けてベランダを覗く。すでに男の姿はなかった。一体何が何だか、4人は少しぽかんとしていた。

 

「…とりあえずわかったことがあったな」

 

 ナオトの言葉に3人は静かに頷いた。なんとなくなぜ『デュランダル』の姿を言わなかったのか、なぜ理由を話さなかったわかってきた。

 

「ああ…『デュランダル』を護衛しなきゃいけない理由も見つかったぜ」

「訳の分からんストーカーから守ること…それから」

「『デュランダル』の本名…えーと『ジャーン・ヌー』さんってことだな!」

 

 本物の『デュランダル』に出会うことはできなかったが、多くの情報を手に入れることができた。

 




 もうこれでストーカーさんが誰かなってのは分かってしまうかも…というか察しているかもしれない…まあいっか‼(白目)


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12話

中途半端かもしれませんが少し短めにしております…


「さて、次はどうするべや?」

 

 一先ず自宅に戻り、再び作戦会議となった。『デュランダル』をつきとめることはできなかったが『デュランダル』を狙っているストーカーの存在がわかった。しかし、あの場所に『デュランダル』がいなかったということはあのストーカーよりも先に逃げた、身を潜めてしまったということになる。

 

「…『デュランダル』を追いかけることはもう難しい」

「もうこの際、追跡はしないで迎撃にまわろうぜ‼」

 

 カズキはもう面倒な事はやめて、単純な方面に移ろうと意見をした。『デュランダル』の標的は白雪に変わりはないし必ず誘拐しようとするだろう。恐らく現れるとすれば3日後に行われるアドシアード。だとすれば白雪のお守りはキンジに任せ、もし『デュランダル』が現れたら自分達で捕まえ、彼女を守りながら襲ってくるであろうストーカーを捕まえる。2重のガードに一石二鳥の作戦であった。

 

「それならダブルタップは確定だな!」

「俺達の勝利だぜー‼アイムウィナー‼」

 

 カズキとタクトは喜んでハイタッチを交わしたが、ケイスケは悩んでいた。まだ問題が残っているのである。

 

「問題は、どう『超能力』と闘うか、だ」

「気合い‼」

「…そういう問題じゃないと思うんだが…」

 

 ストーカーは槍に炎を纏わして攻撃してくる超能力をもつ。『発火能力(パイロキネシス)』の類だろうが、超能力を持たない自分達にはかなり脅威になる。それだけではない、氷漬けになっていた部屋を見たところ、恐らく『デュランダル』も氷系の能力を持っているに違いない。4人はどうすか悩んでいた。

 

「『超能力』について悩み事ですか?」

 

 4人が悩んでいるとろこにリサが4人分のコーヒーを運んできてカズキ達の話に耳を傾けていた。

 

「リサ、何かわかるのか?」

「はい、私も『超能力』については少々知識をかじっていますので‥‥」

 

 そういってリサはリビングの窓を開けて夜空を見上げた。今夜は細い三日月が夜空に浮かんでおり、リサはしばらく空を見上げたがすぐに窓を閉めてカーテンを閉めた。

 

「3日後は新月…『超能力』の効果が薄く、能力者も全力は出すことはできないと思いますよ」

「マジで!?リサ、すごすぎるんですけど!?」

「夜空を見てわかるの!?」

 

 興奮してワクワクしているカズキとタクトにリサは少々照れながら微笑んだ。

 

「わ、私も、『イ・ウー』にいた頃はこういう事も勉強してましたので…」

「…月の満ち欠けや天候によって変わるのか?」

「はい、ナオト様のお考えの通りですね。超能力を阻害するものが雨みたいに降ったりするようです」

 

 なるほど~、と3人は頷いた。世の中にはこう変わったものがあるのだなとケイスケは納得していたが、リサが夜空に浮かぶ月を見た時、リサはかなり怯えていたように見えたのが気掛かりだった。リサも影響しているのだろうかと考えていたとき、インターホンが鳴った。モニターを見ると紙袋を抱えてにこやかにしているジョージ神父がいた。

 

「やあ、皆。順調に事は進んでいるかな?そうだ、松本屋のモモマンを買ってきたんだ。」

 

 リビングに入って来たジョージ神父はにこやかにモモマンを渡しながらカズキ達に尋ねた。手がかりがない中で苦労して『デュランダル』を追跡し、更にはストーカーに殺されかけたのになににやけているんだとケイスケはイラッとした。

 

「もちの論だぜ‼」

「もちもちもっちっち~!」

「…いろいろわかった」

 

 ナオトはとりあえず今分かったことを全て話した。『デュランダル』のこと、『デュランダル』に付き纏うストーカーのこと。そして両者とも『超能力』を持っている事を話した。それを聞いたジョージ神父は深く頷いた。

 

「やはり…『炎の十字架』だね」

「本屋の十時か?」

「お前の耳は腐ってんのか」

 

 ケイスケはカズキに毒づく。ジョージ神父は懐に一枚の写真を取り出した。その写真には燭台を模した槍が写っていた。

 

「その人物はこのような槍を持っていなかったかい?」

「…持ってた。これは何か関係あるの?」

 

 ナオトの質問にジョージ神父はにっこりと頷く。

 

「この持ち主は『イ・ウー』ではない」

「違うの!?これは一体全体どういうことなんんだ!?」

「『デュランダル』の先代に聞いたよ。彼らはこの槍の持ち主と再会することを恐れていた。この槍の持ち主は何百年何千年時が経とうも何代も何代も、精神が病もうとも道を踏み外そうとも歴史から一族の存在を抹消されようともずっとずっと…『デュランダル』を探し続けていたんだ」

「や、病んでるな…」

 

 ケイスケは息を飲んだ。このストーカーは先代からずっと『デュランダル』を探し続けていたということだ。かなりの執念を持っており、もしその『デュランダル』と出くわしたら一体何しでかすか分からない。カズキは少し苦笑いして尋ねた。

 

「も、もしかして…その持ち主の名前もわかってたりしてます?」

「勿論だとも。槍の事も話せばきっと対策が立てるだろうね。この槍の持ち主の名は…」

 

__

 

 アドシアード当日、武偵高校もスタジアムも多くの観光客や報道やマスコミで賑わっておりいつもより人混みが多かった。勿論、国際競技大会ということもあり、世界各国から武偵校の選手拳生徒が多く来ていた。

 観客席は満席でいつ始まるか待っていた。控室にいるケイスケとリサはそんな様子を携帯のモニターで見ており、同じく控室で待機してるタクトは緊張しているのかガクガクしていた。

 

「たっくん、そろそろ準備しとけよ」

「タクト様、頑張ってください!」

「おおうともさ…こ、これが俺達の明太子ロードだ…‼」

 

 ああ、これはかなり緊張してるなとケイスケは悟った。去年と同じなら余裕だしー、と5分前は元気だったタクトも外の様子を見て硬直してしまった。肝心のカズキとナオトは選手と出場しているため応援に来ることはできない。ケイスケは仕方ないともしタクトが緊張した場合の措置を考えていた。ケイスケはリサに目で合図するとリサは張り切ってうなずき、チアガールが使うポンポンを取り出した。

 

「た、タクト様!応援してます‼が、がんばれ♪がんばれ♪」

 

 リサは半ば恥ずかしながらもタクトを応援してあげた。そんな健気なリサを見てタクトは見る見るヤル気を取り戻していった。

 

「うおおおおっ‼俺のやる気がビビットきたぁぁぁっ‼」

 

 そう言うや否や、タクトは着替えて愛用の青いギターを抱えて駆け出していった。

 

「うぃぃぃぃぃぃっ‼」

「ちょ、たっくん!?まだ3分もあるよーっ!?」

 

 ケイスケの制止も聞かずにタクトは勢いよくステージへと駆けて行ったのだった。少しやりすぎたかなとリサもケイスケも半ばポカンとしていた。途中で落ち着いたのか時間通りにタクトはオープニングセレモニーのステージへと上がった。タクトは迷彩柄の武偵校の制服を着て満席になっている観客席の観客達に向けてピースをした。

 

「すぽぉぉぉぉぉんっ‼みんな―‼のってるかーっ‼これよりアドシアードの始まりだー‼」

 

 スタジアムに響き渡る歓声に応えるかのようにタクトはギターを奏でた。流れる音楽、タクトが奏でる音がスタジアムに広がる。まるで宇宙の様な無限大を感じる演奏に観客も生徒や教員たちも真剣に聞いて見惚れていた。ちなみにタクトはこの曲を『ヘイロー』と名付けているが由来は不明。数分間の演奏が終わり、タクトがどや顔で決めたと同時にスタジアム全体に拍手と歓声が巻き起こった。

 

__

 

「タクト様、とても凄かった(ヘール・モーイ)でしたよ‼」

「でしょー?俺は無敵だっ」

 

 タクトはリサに褒められて照れておりとても上機嫌だった。ケイスケはいつもこんな調子だったら疲れるなとため息をついていた。この後は受付付近に待っているジョージ神父と合流しリサを預け、ケイスケとタクトで白雪の護衛をこっそりつける予定だ。

 

「やあタクトくん、君の演奏はいつ聞いても素晴らしいな」

「やほー神父‼俺ってば天才だってばよ‼」

 

 いつの間にかブブゼラを買っていたジョージ神父と合流し、リサはジョージ神父と一緒にアドシアードを楽しんでもらい、ケイスケとタクトは白雪のいる生徒会のテントへ向かおうとしていた時だった。タクトはあることに気づいた。

 

「あれ?あそこの受付にいるのってキンジじゃね?」

 

 え?とケイスケは咄嗟にタクトの指さす方を見た。受付のテントにて入場客からチケットを受けっといるのはキンジで間違いなかった。今の時間、キンジは白雪の護衛をしなければならないはず…ケイスケとタクトは急いでキンジの所へ駆け寄った。

 

「キンジ、何してんんだってばよ!」

「ん?タクトとケイスケか。何してるって…受付だが?」

「おま…白雪の護衛はどうしたんだよ!?」

 

 何呑気に受付をしているのかケイスケはイラッとしてキンジに聞いた。デュランダルは護衛が薄い時に狙ってくるだろう。アリアと交代したと答えてくれることを期待していたがそれは叶わなかった。

 

「ああ…特に異常もないし、これだけ人目もあれば大丈夫だろ」

「「」」

 

 そんな答えを聞いてケイスケとタクトは口をあんぐりとあけてぽかんとしていたが、すぐさまケイスケの堪忍袋の緒が切れ、ケイスケは鬼のような形相で怒声を飛ばした。

 

「てめえはクソか!仕事を投げ出すボディーガードがいるかよ‼」

 

 例えるならとある重要人物に『お前を殺す』というような脅迫状が届き、ボディーガードが護衛しなければならない時、その情報がウソかもしれないし犯人なんていないかもしれないという状況下で、ボディーガードが『今日は狙われなさそうだし、大丈夫だろう』とか言い出して護衛をさぼっているようなもの。今まさにそれである。

 デュランダルが狙うとすれば白雪が1人の時、護衛もいない時、そして白雪が一人で行動できる時である。護衛をしていないこの時が狙い時だ。ケイスケは舌打ちして携帯を取り出す。

 

「デュランダルなんていないわけだし、それに生徒会もいるんだ。そんなに怒ることは…」

「いるとかいないとかそういう問題じゃねえ‼傍を離れてんじゃねえぞクズが‼」

 

 リサを守ろうとして一度守れなかった。ケイスケはその時の悔しさが残っているからこそわかっていた。ケイスケは急いで駆けだしていった。予定が変更し、急遽行動しなければならない。タクトは焦りながらキンジに伝えた。

 

「ご、ごめんね?あ、もしも気になるんだったら白雪ちゃんに聞いてみたら?じゃ、俺も行かなきゃいけないから」

「あ、ああ…ありがと…」

 

 タクトはあたふたとケイスケの後を追いかけた。ちらりと振り返ってみるとしばらく携帯をかけて携帯を見つめた後、血相を変えて駆け出していったキンジの姿をみてタクトは少しほっとした。

 

__

 

「はあああっ!?マジかよ!?」

 

 カズキは驚愕した。もうすぐ狙撃科の競技が始まるという中でケイスケから突然、『白雪がいなくなった』と怒声を飛ばしながら携帯で伝えてきたのだった。

 

『おそらくどっかでデュランダルに出くわしてる‼カズキ、急いでナオトを呼んで『準備』して来い!』

「いやいやケイスケ?どこに行けばいいんだよ?」

『知るかバカ‼俺とタクトで探す!てめえは試合放棄してでもこい‼』

 

 ケイスケの奴、なんで怒っているんだとカズキは首を傾げながら電話を切った。しかし何処に行ったのか場所がわからなければ意味がないのではと思うが、兎に角ナオトを呼び戻して『準備』をしなくてはならない。

 

「…どうかしましたか?」

「ああ、実は白雪がいなくな…あっ」

 

 落ち着いた口調がナオトに似てるのでついうっかり口をこぼしてしまった。カズキは恐る恐る後ろを振り向けば同じ狙撃科のレキが目をぱちくりしていた。カズキはやっちまったと焦りだした。このままだと全生徒に伝わってしまうと焦っていたがレキは落ち着いた様子で頷いていた。

 

「そうですか…白雪さんがいなくなったんですね」

「そうそう…じゃねえ‼えっと…いなくなったんじゃなくて、白雪が田舎にp@*;>?‘‘L」

「…わかりました」

 

 それはいなくなったことを理解したのか、それとも自分でも何言っているか分からない母国語の様な言葉を理解したのかレキが何を考えているのかわからなかった。レキはドラグノフを抱えて控室を出ようとしていた。

 

「カズキさん…探さないのですか?」

「…え?それって一緒にさがしてくれるのか?」

 

 ポカンとしているカズキの質問にレキは沈黙のまま頷いた。

 

「私はアリアさんにクライアント…白雪さんを見ておくように頼まれました。カズキさん達も白雪さんを探すというのなら協力します」

「ホントか!?そいつは助かりんべ!俺はナオトと合流すっから頼んでもいいか?」

 

 レキは静かに頷き、もし何かわかったらナオト達に伝えることを話した。

 

「さっすがレキだぜ‼お前の…あれには…えっと…すごい世界が受け入れて…うん…すごい」

「???」

 

 さすがのレキもカズキの言っていることが分からず首を傾げた。そうこうしているうちにナオトが急いでいる様子で狙撃科の控室に駆けつけてきた。

 

「カズキ、ケイスケから聞いた!急いで『準備』するぞ‼」

「そうだな。あれを用意するにはかなり時間が掛かるしな」

「…つかぬことを聞きますが、その準備にはどれくらい掛かるんですか?」

 

 カズキとナオトは顔を合わせて、これくらいかかるだろ、いやこれくらいだろと話し合いしばらく考えた後、レキにキッパリ答えた。

 

「「すっごいかかる」」

「…とりあえず早急に見つけるようにしますね」

 

 心なしか、無表情で考えが読めないレキが少し苦笑いしているように見えた。




 当初、原作を読んでそれでいいのかボディーガードと思っていましたが、まだキンジさんは学生、それにこの時はこういった戦闘に実感がないから仕方ないかなと…


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13話

レキ「ナオトさん?カズキさん達と共に車輌科の第三備品倉庫に向かったのでは?」
ナオト「…ここどこ?」
レキ「‥‥」


「デュランダル!逮捕よ‼」

 

 アリアは白雪を誘拐しようとした『イ・ウー』の一員である『魔剣(デュランダル)』ことジャンヌ・ダルク30世に手錠を掛けた。アリアとキンジ、そして白雪は車輌科の第三備品倉庫の地下での激闘の末、聖剣(デュランダル)を断ち切り勝利することができた。ジャンヌは鋼をも断つ剣が折られたこと自分が負けたことに呆然と立ち尽していた。戦いを終え、白雪はぺたんと地に着く。

 

「白雪、大丈夫か!?」

「キンちゃん…怖くなかった…?」

 

 氷を操る能力を持つジャンヌも強力だったが、刀に炎を纏わせ戦っていた白雪も凄かった。白雪はこの力を見てキンジが怖がってしまう、自分から離れてしまうのではないかと恐れていた。キンジは白雪に微笑む。

 

「怖いもんか。とてもきれいで強い火だったよ」

 

 アリアは白雪に優しく励ますキンジを見た。いつもは腑抜けているけど、こういう時は何故か強くて頼りがいがある。自分に優しくしてくれたように幼馴染である白雪にも優しく守ってくれる、そんなキンジを見てアリアもくすっと微笑んだ。

 

「それにしても…」

 

 ふとアリアは思い出した。自分が負けて意気消沈しているジャンヌの方に顔を向ける。まだ気になることがある、まだ気を抜いてはならないことがある、自分の持っている直感がそう言っているのだった。

 

「てっきり『魔剣(デュランダル)』は()()いると思っていたわ」

「…どういうことだ?」

 

 アリアの言葉を聞いてジャンヌは重たい頭を上げてアリアを睨んだ。『複数』という言葉を聞いてキンジも白雪もアリアの方を見る。

 

「別行動として調べていたんだけど…貴女の他にもう一人、貴女を追って行動していたのをレキが目撃していたの」

「アリア、それは本当か?」

 

 キンジは警戒して白雪を自分の後ろに隠れるように動いた。もう傍を離れるような愚行をしないためにもキンジは白雪の守りに専念していた。

 

「もしそうだとすれば貴女と行動してるかもと警戒していたけど…どうやら見捨てたようね」

 

 同じ『イ・ウー』なら一緒に行動しているか助けに来ているかのどちらかだったが、意外と仲間を見捨てる程薄情な組織だなとキンジは感じた。しかし、その話を聞いたジャンヌは驚いたような顔をしていた。

 

「そんな馬鹿な…『魔剣(デュランダル)』は()()()()()であり、星伽の巫女を攫おうとしたのも…()()()()()だ」

「なんですって…!?じゃあ一体誰なの…」

 

 それでは()()()()4()()()を除いてジャンヌを追いかけていたのは一体誰なのか、アリアは深く考えた。その時、向こうの壁にひびが入る音がした。

 

「みんな、伏せろ‼」

 

 気づいたキンジは叫んで白雪、アリア、そしてジャンヌを押し倒す。それと同時に壁が砕け破片や火の粉が飛び出してきた。

 

「ジャァァァァァァァァァンヌゥゥゥゥゥゥゥゥッ‼」

 

 火の煙の中から茶色の外套を纏い、右手に燭台を模した槍を持った男が現れゆっくりとキンジ達の方へ歩いてきた。キンジは咄嗟にバレッタM92Fを構えて男の方に向け、アリアもジャンヌの前に立ち、刀を引き抜いて身構えた。男はそんな二人をそっちのけでジャンヌをじっと凝視している。

 

「おぉジャンヌ…ようやく‥‥ようやく‥‥ようやくお会いすることができて至極光栄でございます!」

「お前は…誰なんだ…?」

 

 ジャンヌを見てオーバーリアクションで大喜びしている男を見てジャンヌは恐る恐る尋ねた。祖国に身を潜めていた時も『イ・ウー』にいた時もジャンヌはこんな男を知らないのだ。それを聞いた男はよほどショックだったのか悲しい声で呻きながら天を仰ぎ、外套を脱ぎ捨てた。白銀の鎧を身に着けた、少し長め青髪でどじょう髭を生やした大男。その男の眼はまるで陶酔しているのかやや虚ろだった。

 

「お忘れですか!?オルレアンにて共に戦い、忠誠の誓いを立てた…ジル・ド・レェという名をお忘れですか!?」

 

 マジかよ、キンジはギョッとした。アリアもジャンヌもジル・ド・レェという名を聞いて驚いていた。ジャンヌ・ダルクと共に戦い、そしてジャンヌ・ダルクと別れたその後は後に『青髭』という物語のモデルになるほどの猟奇殺人を犯した貴族。その人物も処刑されて歴史から消えたのだが、まさかその一族がいたなんて、目の前に火あぶりの刑にされたものの影武者を使って生き延びた一族がいるからもう驚くのをやめた。

 

「ジル…だと…!?」

「はい!私めで45代目…貴女達一族が生き残っていると聞き、何代も何代も…姫を探し続けておりました‼あぁ…見ていおられますか先代様方‼私は…私は、ついにやりましたぞぉぉぉっ‼」

 

 悲しんだり、喜んだりアップダウンが激しい奴だなと感じた。しかしジャンヌはジルとは目を合わさずずっと俯いていた。

 

「さあ姫様‼私とともに祖国フランスへ帰りましょう!そして…救われぬ者たちを救い導いていきましょうぞ!」

 

 お前はもう一度何世紀か前の百年戦争でもやるのか、そうツッコミを入れたかった。ジャンヌは首を横に振り悲しい顔をしてジルを見た。

 

「それは…できない」

「ナゼ…何故ですか!?」

「私は先代と違う。そして、導くこともできない…」

 

 先代の策略だったのか、それとも『イ・ウー』に身を置いているからか、ジャンヌはそれ以上理由を語らなかった。それを見ていたジルはわなわなと身体を震わす。それと同時にあたりが蒸し暑くなり周りの氷が溶け始めてきた。

 

「そうか…『イ・ウー』が姫を洗脳したか…それともそこにいる武偵共が姫を惑わしてるからなのですな…‼」

 

 持っている槍に炎が纏いだし、ジルはキンジ達の方へ駆けだしてきた。

 

「このジル・ド・レェ、お救い致しますぞ…そこの汚れた輩を排除し、貴女の洗脳を解いてみせましょう!」

 

 ジルはジャンヌの前に立っているアリア目がけて槍を振り下ろした。アリアは刀で受け止めるがジルの力が強く炎を纏わせた槍の刀身がアリアの顔に近づいていく。キンジはアリアを助けるべくバレッタを撃ち、弾丸を避けようとジルは大きく後ろへ飛び下がった。

 

「これはまずいわね…」

「ああ、まさか『超能力(ステルス)』がもう一人いたなんて…」

 

 アリアとキンジは焦りだした。白雪はジャンヌとの戦いで疲弊しており、能力を持たない武偵だけでジャンヌと白雪を守りつつ戦うのも逃げるのも厳しい。何かいい手はないか考えていた時、ジルめがけて弾丸が数発飛んできた。

 

「やっと見つけたぞストーカー野郎‼」

「なんでこんな所でドンパチやってんだよ!」

 

アリア達は後ろを振り向くと迷彩柄のボディースーツを身に着けたタクトとケイスケ、耐火服を着て防弾シールドを担いでいるカズキが駆けつけてきた。タクトは手錠をかけられているジャンヌを見て目を丸くした。

 

「あっ、ジェーンちゃん‼どうしたのそのコスプレ?」

「ジェーンじゃない。私はジャンヌ・ダルクだ!」

「たっくん、その人と知り合いなのか?」

 

 タクトはジャンヌの話を聞いていないのかカズキの方に振り向いて答えた。

 

「そうだよ。たしか…ジャンジャン・ジェ・ジェーンちゃんっていう人」

「いやだから私はジャンヌだ‼」

「え?ジャンジュンジョンさん?」

「そうじゃない‼私はジャンヌ…」

「あれ?ケイスケ、ジェンジョンジューンちゃんだっけ?」(・ω・?

「私はジャンry‥‥」

「知るかよ。そうか…つまり、そこのジョンがあれか」

「ええっ!?じゃあジョーンズちゃんが『デュランダル』だったの!?」(; ・`д・´)

 

 ジャンヌは人の話を聞かないカズキ、タクト、ケイスケを見て項垂れた。そんなジャンヌに同情するかのようにキンジとアリアはポンと優しくジャンヌの肩を叩く。そんなやり取りをしているうちにジルが激昂しているのに気づいていなかった。

 

「おのれぇ‼汚れた輩共が‼我が姫君を愚弄するか‼」

「ああっ!?ストーカー野郎を忘れてた‼キンジ、こいつは俺達がやるから…バックアップは任せとけ!」

「違うだろバカ。てめえは前衛だ‼」

 

ケイスケに足蹴されたカズキはそうだったー!と叫びながら前へ駆けだす。その後にケイスケはジャンヌの方に視線を向けた。

 

「名前は伏せるが、『デュランダル』を護衛しろっていう依頼があった。誘拐犯だが…一応守られてることに感謝するんだな」

「いや待て…お前たちは最初から『デュランダル』が存在していることを知ってたのか…!?」

 

 目をぱちくりさせて驚いているジャンヌにケイスケは般若の仮面をつけてにやりと笑い、タクトはドヤ顔で笑う。

 

「俺達の友達に()()()()()がいたからな」

「ジャンヌちゃん!俺達がボディーガードしてやるから安心してくれよな!」

 

 ジルの方へ再び顔を向けてケイスケはMP5を構え、タクトはP30を構えて無理やり突撃されたカズキの後に続いていった。

 

「邪魔をするなぁぁぁっ‼」

 

 激昂しているジルは炎を纏った槍を振るう。放たれた炎はカズキめがけて飛んでいくがカズキは咄嗟にシールドを前に出して炎を防いだ。

 

「うおおおおっ!?あっちぃぃぃぃっ!?」

 

 耐火服を着ても、シールドで炎を防いでも炎の熱さにカズキは変な声で叫ぶほど焦っていた。カズキのシールドを壊さんと槍の刃が襲い掛かる。ガンガンと弾かれる音と受ける振動にカズキはどんどん押されて下がっていた。カズキを助けようとタクトとケイスケの後方支援の射撃がジルに向けて放たれる。

 

「えええい‼鬱陶しい‼」

 

 槍と自慢の鎧で弾丸を防ぎ、ジルは再び後ろへ下がる。殺してでも押し通ろうとしているジルの血眼にカズキは冷や汗をかいた。苦戦を強いられているカズキにタクトとケイスケはプンスカと文句を言う。

 

「カズキ、火耐性ついてんだからしっかりしろや」

「そうだぞー!エンチェントファイアだこら!」

「まじで熱いんだっての‼ていうかナオト‼早く前に来いよ‼」

 

 二人の文句に八つ当たりをするかのようにカズキはやややけくそ気味に後ろへ振り向いて叫んだ。しかし、ナオトの返答は全くなかった。後ろにナオトがいるのかとキンジもアリアも白雪も振り向くがナオトの姿は無かった。

 

「あれれ?ナオトがいない…?」

「もしかして…ナオトの奴、道に迷った…?」

 

 タクトのこぼした言葉にカズキとケイスケは顔を合わせた。ナオトは武偵高校内でも道に迷うほどの方向音痴という悪い癖があるのだった。誰か一緒にいないとすぐに道に迷うということもある。

 

「カズキ‼なんで一緒についていかなったんだよ!?バカか!?」

「しかたねーだろ!?急いでいたんだからよー‼」

「まったくー、ナオトと言うヤツはー」┐(´д`)┌ヤレヤレ

「なんで敵前で揉めてんのよ、あのバカ達!?」

 

 なんて緊張感のない連中なのか、さすがのアリアもカズキ達のやり取りを見て呆れていた。彼らのいつもの光景をいつも目の当たりにしているキンジも苦笑いしていた。そんなことしているうちにジルはさらに炎の火力を強めてカズキ達に襲い掛かってきた。タクトとケイスケはカズキを盾にして応戦し、カズキは必死の形相で炎を防いだ。

 

「あづづづづっ!?熱いんですけど!?」

「おら、俺達が撃つから、つべこべ言わずしっかりガードしろ」

「くらえええ!タクティカルハンドガン‼」

 

 ジルは弾丸が鎧に当たろうが構わず突っ込んきて勢いよく槍をカズキ達に向けて突き立てた。やばいと感じたカズキは咄嗟にシールドを手放す直後に、刃がシールドを貫通してきた。

 

「やばっ!?シールドがっ…‼」

「よし、カズキ。今度は大防御だ」

 

 お前は鬼かとカズキはケイスケにツッコミを入れる。ジルは突き刺さったシールドを抜き取り投げ捨てゆっくりとカズキ達の方へと近づいていく。

 

「姫…今すぐこの汚れた輩共を排除し、お助けいたしますぞ…‼」

 

 

 『超能力』相手じゃカズキ達は勝てない、と感じたキンジとアリアは彼らを援護しようと武器を構えた。その時、再び遠くからジルに向けて弾丸が飛んできた。ジルは槍で防ぎ数歩下がった。カズキ達は後ろを振り向けばドラグノフで狙いを定めているレキがいた。いつもなら遠くで狙撃をするのにここにいるレキを見てアリアは驚いた。

 

「レキ…っ!?」

「カズキさん…お連れしました」

 

 レキの隣から重厚な装甲を身に着けた人物がドシドシと駆けて行きジルに向けて徒手空拳をかました。

 

「ジャガーノート…!?」

 

 キンジは驚きを隠せなかった。ジャガーノートとは耐爆スーツの上にさらに強化された装甲を着こんだ戦闘スーツであり、装甲の重みのせいで移動速度は遅くなるが、防弾や防爆、防火と防御面が優れており混戦とした銃撃戦での前線や防戦に立つという。カズキ達はジャガーノートを身に着けている人物にプンスカと怒っていた。

 

「ナオト‼来るの遅せぇぞ‼」

「てゆうか道に迷ってんじゃねえよクソが‼」

「まったく、ナオトはこれだからのろいんだぞー」(`Д´)

 

 そんな文句を垂らすカズキ達に構わずプロテクトでジルの槍を防いでいるナオトはフルフェイスでこもった声で答えた。

 

「仕方ないだろ、これ重いから歩くの遅いし。それに俺は方向音痴なんだからよ‼」

 

 どうやらナオトはカズキ達とはぐれて道に迷い、レキにここまで案内されたらしい。ナオトはジルの振るう槍を避けて、炎を防ぎながら拳で応戦する。カズキ達は目を合わせて頷いた。

 

「よし、ナオトが来たから…フォーメーションをとるぞ‼」

「いくぜ、フォーメーション『明太子』だ‼」

「そんなフォーメーションねえよ!」

 

 カズキはタクトが持っていたP30を借りてMP5で撃つケイスケと共にナオトを援護し、タクトは駆け足でジャンヌの所に駆け寄る。

 

「ジャンヌちゃん、これ借りるぜ!」

 

 ジルは苛立ちが止まらなかった。目の前にずっと探し続けていたジャンヌ・ダルクがいるというのに、それを遮ろうとしている輩に圧されどんどん離れてしまっていた。ジルは石づきを荒々しく地面に突き付ける、カズキ達のいる空間が一気に蒸し暑くなっていった。槍の切っ先から炎が勢いよく纏わっている。

 

「煩わしい汚れた輩共が‼主よ、お許しくだされ‼この者共を焼き殺す許可をぉぉっ‼」

「カズキ、上だ」

「オッケーイ‼」

 

 この時を待っていたかのようにケイスケとカズキは照準をジルからジルの真上の天井へ変えて撃った。天井にある金属のパイプにとスプリンクラーに当たり、ジルに向けて勢いよく水が噴き出した。あちこちから水が天井のパイプとスプリンクラーから噴き出し、炎が徐々に弱まっていった。

 

「凍ってたみたいだが、温められた水は体積が増えて勢いが増すんだ」

「よっしゃあ‼火は消火だぜ‼」

 

 炎が消されようともジルは攻撃をやめなかった。槍を振るいケイスケとカズキに襲い掛かるが、切っ先をナオトが受け止める。そこへタクトが勢いよく駆けてきた。よく見るとタクトはジャンヌが所持し、白雪の刀で折られた『聖剣(デュランダル)』を重たそうに持っていた。

 

「うおおおおっ‼ブルーマウンテン…エクスカリバァァァッ‼」

 

 折られていても鋼を断ち切る聖剣、デュランダル。タクトは勢いに任せて振り下ろし、ジルの槍を切り落とした。武器がなくなったジルにケイスケはMP5の銃口を向けた。

 

「ジル・ド・レェ、大人しく捕まりやがれ‼」

「まだだ…まだ終われんぞぉっ‼」

 

 ジルは銃口が向けられようとも腰に隠していた短剣を取り出しタクトに襲い掛かる。ナオトがタクトの前に立ちプロテクトで短剣を受け止め、カズキはシールドを拾い戻してジルにタックルをかました。

 

「いっけぇぇ‼スーパー盾アタック‼」

「ぐぅおっ!?」

 

 ボディに直撃したジルはよろめいて倒れた。倒れたジルにすかさずカズキは対能力者用手錠をかけた。

 

「よし‥‥任務完了だ‼」

「いよっしゃあぁぁぁっ‼」

 

 カズキとタクトは大喜びでハイタッチを交わす。ケイスケとナオトはやっと一仕事が終わりほっと一息ついた。そんな彼らを見てアリアは苦笑いをしていた。

 

「チームワークはバラバラなのに、中々面白いじゃないの…」

 

 キンジもアリアにつられて苦笑いをする。上の方でサイレンの音が響いた。どうやら教務科(マスターズ)が駆けつけてきたようだ。後はジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェの身柄を預ければ一連の事件はこれで終わるだろう。キンジ達も一息つこうとした時、ジルがこの地下に響き渡るほど大声を出して泣き出した。

 

「もう少しで…もう少しで出会えたのに…‼」

 

 慟哭するジルにタクトは近づき、少し悲しそうな顔をして答えた。

 

「出会い方がいけなかったんだよ。こういうのはね、槍とか物騒な物じゃなくて花束とか持って優しく笑顔で出あうのがいいと思うよ?」

 

 ジルはタクトの言葉を聞いて、ジルははっとしたように見上げた後不覚頭を垂れた。カズキとケイスケがジルを立たせ先に教務科に引き渡そうと歩いていった。ジャンヌの方へ通り過ぎる時、ジルは吹っ切れたかのよに、それでも悲く、ふっと笑った。

 

「ジャンヌ…いつかまた、お会いしましょう…」

「ジル‥‥」

 

 ジャンヌは通り過ぎて行ったジルの背中をずっと見つめていた。

 

__

 

「ジャンヌ・ダルクの一族はジル・ド・レェを騙し惑わせ、信仰に取り憑いて狂わせてしまったことにずっと責任を感じていたんだ」

 

 ようやく事件が解決した頃にはすでに閉会式、カズキ達はジョージ神父とリサと合流して観覧席で座っていた。タクトはポップコーンを頬張りながら、カズキはリサに軟膏を塗ってもらいながら、ケイスケはジュースを飲みながら、ナオトはうつらうつらと眠たそうにジョージ神父の話を聞いていた。

 

「もしジル・ド・レェの一族と出会ってしまったらどういう顔して出会えばいいか、許しを請うべきか、逃げた方がいいか悩んでいたようだ」

「素直に謝ればいいのに…不器用な一族だな」

 

 ケイスケはジュースを飲みほしてぶっきらぼうに答えた。ステージにはチアリーダーの服を着たアリアや白雪を含めた女子達がチアリーディングをしていた。どうやらサプライズらしく、観客や生徒が驚きの声を漏らしていた。

 

「でも、分かり合えたんならいいんじゃない?」

「タクトくんの言う通りだね。出会い方を間違えたけども…丸く収まったようだ」

 

 取り締まりの中で、ジャンヌはジルについて共犯ではないこと、今回の事件は自分ひとりで起こしたこと話していた。蟠りがとけてなによりであった。

 

「これで一件落着、終わり良ければ総て良しってな‼」

「おお、カズキとナオト。そこにいたのか」

 

 カズキが笑って締めようとしていたところに教務科の綴梅子がタバコを吸いながらにこやかにしてやってきた。

 

「お前らも遠くで白雪の護衛していたんだな…」

「綴先生っ‼どうですか、お手柄でしょ‼」

 

 大喜びしているタクトに対してタバコを吸いながら綴先生は頭を掻きながら申し訳なさそうに笑っていた。

 

「あー…それな。確かにストーカー犯を捕まえて、二次被害を未然に防いだのはいいんだけど…」

「「「「だけど?」」」」

「…ナオト、カズキ。お前ら無断で試合を放棄したろ?レキは事情を話していたが…それダメな」

「‥‥」

 

 カズキはサーっと顔を青くする。突然顔色が悪くなったカズキを見てリサは慌てていた。更に綴先生は話を続ける。

 

「あとタクトとケイスケも連れだしたということでアウトな。と、言うわけで悪いが反省室に…」

 

 ちらりとカズキ達のほうを見たがすでにおらず、カズキ達は一目散に逃げだしていた。

 

「お前ら待てやぁぁぁっ‼」

 

 逃げているカズキ達を綴先生の親友である長いポニーテールの女性、蘭豹先生が彼らをものすごい勢いで追いかけて行った。勿論この後捕まり、反省室に連れて行かれ滅茶苦茶反省文を書かされたという。




 ええ、教務科のキャラでは綴先生が好みですね。クールっぽいところが…
 ええ、ドSらしいのですが私は決してドMじゃないんです!信じてください!


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お宝奪還作戦
14話


 せめてアニメ2期をやってほしかったですね、それ以降が面白くなるのに、と思いました(作文


「たっくん、やることがなくて暇だねー」

「ねー」(*´ω`)

「ねー、じゃねえよ。だから人の仕事を邪魔すんなや」

 

 雨の日が多い6月、カズキとタクトはケイスケの医務室にてベッドの上でぐでっとしていた。ここ最近、SランクやAランクの任務をアリアに横取りされることは減り、カズキ達だけで遂行できることが増えた。しかし相変わらずの低評価でCランク止まりのままだった。コーヒーを飲みながらパソコンで作業をしているケイスケはいつまでもぐだっているカズキとタクトを叱る。

 

「あれあれ~?ケイスケ先生はなぁにやってんのですかぁ?」

「やってんですかぁ?」( ´థ౪థ)

 

 変な顔でふざけながらカズキとタクトは愚痴をこぼしながらパソコンを打ち続けているケイスケが気になっていた。ケイスケはブスッとした顔でカズキ達の方を見る。

 

「教員に提出する課題と論文だ。というかお前ら単位を忘れてないか?」

 

 あ、と二人は口をこぼした。武偵高校にも単位というものがあり、1学期のうちに一定の単位を取らなければ補修もしくは留年、最悪の場合退学になってしまう。カズキ達はその単位が足りておらず1学期が修了するまでに取らなければ留年してしまうのだった。その事実を思い出したカズキとタクトは真っ青になる。

 

「やっば!?忘れてた‼」

「てかずるいぞケイスケ‼抜け駆けかよ!?」

「一蓮托生とかごめんだし」

 

 急に慌てだすカズキとタクトをよそにケイスケは再度パソコンのほうに視線を向きなおして作業を再開した。着々と単位を稼いでいくケイスケに対し、二人は何もしていなかった。そんな時、ナオトが眠たそうにしながら医務室に入り、ナオトに続いてリサも入って来た。

 

「おまえ、リサは医務室までの道のりを覚えたのにいつまで迷ってんだよ」

「…眠気とヤル気による」

「頑張れよ!?リサちゃんいつもごめんな?」

「いえ、こう色々と見て回れるのが楽しいので大丈夫ですよ」

 

 呆れているケイスケとカズキに対してナオトは今にも寝そうな表情だった。リサが医務室まで連れて来てくれたのだった。ふと、何か思い出したのかナオトは眠気が覚め、携帯電話を取り出した。

 

「…そうだ、ジョージ神父から電話があって頼みたい事があるから来てほしいってさ」

「はぁ!?またかよ!?」

 

 ケイスケは嫌そうな顔をした。ここのところ、神父の依頼が物騒な連中に絡まれることが多いことに嫌気をさしていた。しかしそんなケイスケに対しカズキとタクトが大喜びをする。

 

「やった!神父様のお助けだー‼」

「やったねたっくん、単位がもらえるよ‼」

 

 ジョージ神父の依頼は内容がどうあれSランク、Aランクの任務でうまくいけば単位をかなり稼ぐことができ、留年を回避できるのだった。

 

「…俺はリサと買い物に行ってくるから。カズキ達は神父に会いに行ってくれ」

「ナオト様と一緒に『デパ地下』という所で買い物に行ってまいります!」

 

 リサは楽しそうに今朝の新聞に入っていた大安売りのチラシを広げて見せた。任せてくれとカズキとタクトは了承しすぐに医務室から出ようとしたが頑なにパソコンで作業をしているケイスケを見る。

 

「あれれ~?ケイスケは行かないの~?」

「誰が行くかよ。勝手に行ってろ」

「YO!俺たちゃソウルメイト‼一蓮托生‼」(∩´∀`)∩

 

 変顔しながら茶化してくるカズキとタクトにイラッとしながらも立ち上がる。正直なところ、論文や課題を提出してちまちま単位を稼ぐよりもSランク、Aランクの任務を一つこなした方が早い。しかしジョージ神父の依頼は碌な物がないと悩んでいた。行かないとこのバカ二人が喧しいので仕方なしとケイスケはやけくそ気味に頷いた。

 

「しゃあねえな‼ついて行けばいいんだろクソが」

「さっすが、それでこそケイスケ先生だぜー‼」

 

__

 

「あめっあめっふれっふれっばーちゃんが~っ‼」

「おぉ~、単位の⤴夢がー輝くー♪」

 

 降りやまない雨の中、クソみたいな歌を歌いながら教会へ向かうタクトとカズキに対しケイスケは我関せずといった態度で歩いていた。今度はどんな無茶苦茶な依頼をしてくるのか正直面倒くさいと感じている。

 教会の建物が見えてもう間もなく着くから二人の歌を止めさせようとした時、教会の前に黒のクラウンセダンが止まっているのが見えた。よく見ると教会の入り口にジョージ神父がおり、黒いスーツを着た白髪が見える壮年の外国人の男性とその男性の両サイドにボディーガードの男性二人と話をしているのが見えた。

 

「…それでは、頼みましたぞ」

「ええ、お任せください」

 

 壮年の男性はジョージ神父と握手を交わした後、ボディーガードの男性と共にクラウンに乗り去っていった。ケイスケは通り過ぎる車に青、黄、赤の色のある小さな国旗が付いていたのに気づいた。タクトとカズキは通り過ぎた車を気にはせずジョージ神父の下へ駆けつけた。

 

「お待たせ神父ー‼」

「今回はどんな依頼ですか?なんなりとこなしてみせますぜ‼」

 

 そんなことを言ったら今後面倒なことになるぞ、とケイスケは心の中でツッコミを入れる。3人に気づいたジョージ神父はにこやかに手を振る。

 

「やあ、待っていたよ。ここでは雨に濡れるし中で詳しく話そうか」

 

___

 

 リサにとって、デパ地下というものは初めて見るもので、スーパーのように品ぞろえのある食品やパン屋や和菓子や洋菓子、惣菜を売っている地下の広さに興奮して目を輝かせていた。

 

「デパ地下にはいろんなものが揃っているのですね!」

 

 ナオトは楽しそうに買い物をしているリサを見て微笑んだ。いつもはカズキ達と喚きあいながらデパ地下で買い食いをして楽しんでいるがウキウキ気分のリサとで買い物するのも悪くはないと感じていた。

 

「あ…」

 

 そんな時、リサはピタリと動きを止めて、元気がなさそうにしょんぼりした。どうしたのか気になったナオトはリサの視線の先を見る。その先には小さなペットショップがあり、そこのショーウインドーには可愛らしい子犬や子猫、小動物が見える。しかし、その動物たちはなにか怯えている様子だった。寧ろリサを見て怯えているようだった。

 

「…初めてみるものにはビックリするんだろうな」

 

 ナオトはしょんぼりとしているリサを励ました。しかし、リサは元気がなさそうに首を横にふり微笑む。

 

「ナオト様、ありがとうございます。でも…これは仕方のないことなのです」

「…?」

「ごめんなさい、買い物の途中でしたね。気を取り直していきましょう」

 

 どういうことなのかナオトは不思議に思った。リサは鼻歌を歌いながら買い物をしているがそれでも元気がない様子だった。ナオトは帰りの際に好物であるケーキ屋『百十字』のシュークリームをカズキ達には内緒で買ってやろうと決めた。

 

__

 

「で、今度はどんな無茶をさせるんだよ?」

 

 ケイスケはジョージ神父がくれたホットミルクを飲みながらぶっきらぼうに質問をした。そんな態度にタクトとカズキがプンスカと怒る。

 

「ケイスケ!ジョージ神父は俺達の為に単位をくれるんだぞ!?」

「俺達のジョージだぞ!もっと敬意を敬え?」

「カズキ、お前は何を言っているんだ」

 

 とりあえずケイスケは言ってる意味が分からないカズキにツッコミを入れてにこやかにコーヒーを飲んでいるジョージ神父の方に視線を向ける。

 

「さっき神父が会っていた人達は誰なんだ?どこかの国の大使のようだけどさ」

「え?集金の人じゃなかったの?」(・ω・?

「たっくん、違うぞ。あれは神父のファンだ」

 

 どっちも違う、とタクトとカズキを叱る。コーヒーを飲み干したのかジョージ神父は一息いれて答えた。

 

「彼らはルーマニア大使館からの使者、と言っておこう。これから手伝ってほしい事と関係あるからね」

 

 ジョージ神父は机に置いてあった茶封筒の封を開けてカズキ達に資料を見せた。資料には宝石が装飾された腕輪やネックレス、貴重そうな本や指輪などの写真が付いていた。タクトは興味津々に写真を見つめる。

 

「なにこれ?お宝?」

「その通り。昔、ルーマニアで『ある人物』に奪われた宝だ」

「それとルーマニア大使と関係あるのかよ?」

 

 ケイスケは『ルーマニア大使』、『奪われたお宝』といった単語聞いて嫌な予感がした。やっぱりついてこなきゃよかったと内心少し後悔している。

 

「ナオトには既に伝えているけど…今回の依頼はリサには内緒にしてくれ」

「「内緒?」」

 

 真剣な表情で話をしだしたジョージ神父にタクトとカズキは首を傾げる。その一方でケイスケはもう察してしまった。

 

「君たちには『ブラド』が奪ったルーマニアの宝を取り戻してほしい」

「も、もしかてその『ブラド』ってやつも『イ・ウー』なのか?」

 

 ケイスケは恐る恐る質問をした。絶対にやばいと感じているケイスケにジョージ神父はにっこりと首を縦にふる。

 

「『無限罪のブラド』と呼ばれていてね、彼は『イ・ウー』のNO.2の‥‥吸血鬼だ」

「ほらやっぱりやべえ奴じゃねえか!?」

「吸血鬼!?めっちゃかっこよさそうなんですけど!?」

「ドッドッドラキュラ~♪」

 

 ケイスケは憤然とし、カズキは目を輝かせ、タクトは理解をしているのか楽しそうに歌いだす。そんな彼らをみてジョージ神父はくすくすと笑う。

 

「ふざけんじゃねえぞ!?いきなりラスボスの一歩手前の奴から宝を奪えって、殺す気かよ!?」

「その事なら安心したまえ、今回は私がサポートしよう」

 

 そういう問題じゃないとケイスケは苛立つが、カズキとタクトは目を輝かせていた。

 

「奪われたものを奪い返すって…言うなればオーシャンズでしょ‼」

「たっくん、そこはミッション・インポッスブルァだよ‼」

「どっちもちげぇよ‼てかお前らマジでやる気か?」

 

 奪われたものを奪還する、聞けば正義の味方か庶民の味方の義賊のように見えるが完全な犯罪、窃盗である。たぶんジョージ神父は別の名義で彼らに依頼をするだろう。果たしてやっていいものか、ケイスケは悩んでいたがタクトとカズキに至っては留年がかかっているのだから受けるのだろうと察していた。

 

「心配すんなってケイスケ。今回はジョージ神父がサポートしてくれるんだ」

「あと俺達の将来がこれに影響するんだぞ。それにルーマニアの人たとも喜ぶんだしやろうぜ?」

「はぁ…こうなると思った。けど俺達は素人だぞ?ちゃんとサポートしてくれるんだろうな?」

 

 ケイスケはため息をついてジョージ神父を睨む。ジョージ神父はにっこりとして頷いた。

 

___

 

「…マジで?」

 

 『イ・ウー』の一員だった峰理子は驚いていた。これから変装して遠山キンジを女子寮に誘い込んで泥棒一味に入れる、もしくは追いかけてくるアリアも入れて自分が計画している泥棒作戦を頼もうと準備をしていたのだがその際に見えた光景を見て驚愕した。

 あの騒がしい4人組の1人、江尾ナオトと一緒に買い物から帰っている金髪の少女に見覚えがあったからだ。同じ『イ・ウー』にいたリサ・アヴェ・デュ・アンクで間違いない。

 

「あいつら…なんで絶対にキーくんが出会うことがないだろう隠れキャラと一緒にいるのよ…」

 

 絶対に縁がない、と思っていた彼らがなぜメイドとして、会計士として、薬剤師や看護師として優秀なリサを仲間として入れているのか分からなかった。やっぱり油断できない、警戒すべきか考えていたが理子はにやりとほくそ笑んだ。

 

「そうだ…いいこと思いついちゃった♪追加シナリオ、作っちゃお♡」

 

 理子にとってこれは好都合と考えた。彼らを利用すれば自分の計画がもっと効率良くなると思ったのだった。

 

「まずはキーくんとフラグを建ててー、それから実行しよっと」 




 そういえば彼ら4人はスニ―キングミッションやあるものをバレずに盗るとか苦手だったような…そこはなんとかなるかな(目を逸らす)


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15話

セイバー→ジャンヌ→セイバー(Zero)
絶対コレ狙ってたでしょ、スタッフ‼


ルーマニア大使から聞いた話によるとブラドは横浜にある自分の館、『紅鳴館』に奪った宝を地下に隠しているという。その館には今現在、ブラドは不在で代理の管理人が1人住んでいるということなので潜入するにはいいタイミングだという。

 

「そういうけどセキュリティとか厳重に張られているんじゃねえのか?」

 

 宝を隠しているのだから恐らく『紅鳴館』は外も中も鼠一匹も入れないほど厳重に守られているだろう。ケイスケの質問にジョージ神父はにこやかに頷く。

 

「確かに、セキュリティはかなり厳重な物だろう。だが、その面は私が手助けしよう」

「さっすが俺達の神父様だぜー‼」

「カズキ、喜ぶのはいいが忍び込むのは俺達だぞ」

 

 神父がサポートをするとは言っているが、忍び込んでセキュリティを掻い潜り、お宝を奪還する作業をするのは自分達だ。結局危なっかしいことをやらされるというのでケイスケは不満気味だった。

 

「君たち4人組ならどんな難しい事も難なくやりこなせる、私はそう信じているんだ」

「いや~、ジョージ神父がそうおっしゃるんですから、もうやっちゃいましょうね!」

「不可能を可能にする、インポッシブルなクソ野郎。それが俺だー‼」( ・´ー・`)b

「お前ら、うまく乗せられてんじゃねえよ」

 

 ケイスケはうまく乗せられて照れているカズキとタクトに流し目で受け流す。ブラドという『イ・ウー』のNO.2の吸血鬼と一戦交えるのかと焦っていたが、当人が不在というこで戦うことはないことにケイスケは安堵した。

 

「プランは私が用意しておく。それまでは各自備えてくれ」

 

 紅鳴館の潜入、そして宝を奪還する作戦内容はジョージ神父が考えてくれるらしい。実際の所、この自分達で考えるとしたら正面突破して殴り込むという無茶苦茶な作戦しか思いつかないだろうと感じていた。一歩間違えたら自分たちがお縄につくと覚悟しているケイスケとは反対にカズキとタクトは一大イベントのようにウキウキしていた。

 

「よーし、カズキ‼そうとくれば『オーシャンズ11』を借りて勉強するぞー‼」

「たっくん、そこは『ミッション・インポッシブル』でしょ‼」

 

 どこまで緊張感が足りないのか、ケイスケは苦笑いをしながらも二人に続いて教会を出て行った。

 

__

 

「本当に緊張感がねえな」

 

 ケイスケは自分の医務室のベッドで寝転がっているカズキとタクトに呆れていた。2日経過したものの連絡は未だ来ずなのでだらけを決めているかのようにだらけきっているのだった。

 

「いいじゃんかよ、ケイスケ。『紅鳴館』に潜入するために俺達は備えているんだぜ?」

「そうだぞー、果報は寝て待てっていうだろ?」

「いや、お前らの場合は急がば回れだろ」

 

 だらけている二人に突然指示がきたら慌てふためて失敗するんじゃないかとケイスケはやや心配だった。見捨てるか手伝うかどっちかだとすれば見捨てると内心即決はしている。

 まったりとしている二人をほっといて時計を見る。いい加減、ナオトが医務室に来てもいい時間なのだが来ていない。また道に迷ってリサに連れてってもらっているのかと思うと、うちのメンツはどんだけ緊張感がないのかため息をついた。

 

「…すまん、道に迷った」

 

 そんなことを考えていたら、ナオトが慌てて医務室に入って来た。リサの姿が見えない、もしかして自力で来れたのかケイスケは驚いた。

 

「ナオト、一人で来れたのか?」

「…いい加減ここまでの道は覚える」

 

 自力で来れたことに驚かれたナオトは少し不満そうに答えた。ということはナオトを迎いに行ったリサとは会っていないのか、カズキとタクトも気になりだした。

 

「じゃあ、リサと合流していない?」

「…?リサとは出会わなかったぞ?」

 

 ナオトは首を傾げた。それだとすればおかしい、医務室は端にあるのでリサはすぐに戻ってこれるし、途中でナオトと出会うはずなのだ。それともリサが道に迷ったのか4人は心配になった。その時、ケイスケの携帯電話が鳴った。携帯を開けばメールが1通受信されており、送り主はどうやらリサのようだ。内容をみると道に迷って今は屋上にいるということだった。それを見たケイスケはほっと安心した。

 

「リサは屋上にいるってさ。迎えに行くぞ」

「もー、リサちゃんってばお茶目☆」

 

 タクトの変顔して可愛らしく言ったことは聞かなかったことにして屋上へ向かうことにした。晴れたその日は夕焼けがきれいで夕陽が屋上のテラスをオレンジ色に照らす。カズキ達が向かうと案の定、屋上にリサがいた。屋上から見える景色を眺めていたのだろう。カズキは声を掛けて駆け寄るとリサは振り向いて微笑んだ。

 

「リサちゃん、お待たせ。ナオトの奴が出会わずにそのまんま医務室に来ちゃったから迷っちゃったよね」

 

 申し訳なさそうにわたっているカズキにリサは笑った首を横にふる。

 

「いいえ、お気に去らずにいてください。屋上からの景色を眺めて楽しかったですよ」

「そっかー、楽しんで何よりだぜ。お腹も減ったし帰ろっか」

「はい!それではご主人様達の為に美味しい夕飯をお作り致しますね!」

 

 カズキに相づちをうつようにリサは元気よく頷いた。すると、ナオトとタクトが咄嗟にハンドガンを取り出して構えた。

 

「カズキ、下がれ!」

「そいつはリサちゃんじゃない‼」

 

 二人は銃口をリサに向けているのでカズキは慌てて下がる。リサの方はキョトンとしていた。ケイスケは二人に恐る恐る聞いた。

 

「どいうことだ…?」

 

 警戒する様に銃を降ろさないナオトとタクトはお互い頷いたのち、ケイスケと下がったカズキの方を見る。

 

「リサは俺達の事を『ご主人様』だなんて呼ばない」

「リサのメロンパンが小さい…気がする」( ・´ω・`)

 

 答えが異なっていたのでナオトとタクトは顔を合わせて自分が正しい、お前が違うと口喧嘩しだした。カズキは結局どうなのか混乱するしケイスケは二人の喧嘩を止めようと喧嘩に乱入する始末。置いてけぼりになったリサは4人の様子を見てクスクスと笑いだした。

 

「…あーあ、まさか1発で見破られちゃうなんて、ちょっとショックかも」

 

 リサの姿で発した声はリサにあらず、どこかで聞いたことのある声だった。布を剥がすかのように衣装とフェイスを取ると、そこにいたのはリサではなくかつてカズキ達に『始末屋』のジャック・ランタンの居場所を教えてくれた峰理子だった。

 

「やっほー。たっくん、皆お久ぶり~☆」

 

 理子はキャピっとウィンクをしてみせた。久しぶりに出会い、リサに変装していた理子に彼らは驚くだろうと思っていたのだが肝心の4人は理子を見ずにもめていた。

 

「だーかーら‼たっくんが間違ってんだろ!?」

「うるせえ‼俺のほうが正しい‼俺がすべてだ‼」(`Д´)

「お前ら黙れや。結局どうなのかわかんねえんだろうが」

「わちゃわちゃすんなって‼もう一度考え直せばいいだけだろ!?」

「‥‥おーい?」

 

 カズキ達は理子の存在をすっかり忘れて自分達だけで盛り上がっていた。声を掛けても無視され蚊帳の外になっている理子はムスッとし大声で呼んだ。

 

「ちょっとー‼注目‼理子を無視するとかどういうことよ!?」

 

 プンスカとしている理子に対し、理子を見た4人の反応は別々だった。というより驚く様子は無かった。

 

「…何だ理子か」

「あ、リコリンやっほー」ノシ

「今お前どころじゃねえよ。後にしろや」

「理子ちゃん。ここら辺に可愛らしい金髪ロングのメイドさんみたいな女の子見なかった?」

「あ゛あ゛もう‼リサに変装してたのも私だし携帯でたっくん達を呼びよせたのも私だよ‼」

 

 本当に変装を見破っていたのかそれも分からなくなってきたし、人の話を聞かない緊張感のない4人組に苛立った理子は全部話した。

 

「あれ?…リコリンなんでリサの事知ってたの?」

 

 首を傾げるタクトにやっと話を持ってこれると一息入れて理子はにやりとする。はっと気づいたケイスケは理子を睨み付けた。

 

「おい、リサをどこにやった?」

「そう、その反応を待ってたの。安心して、リサはあそこでぐっすり眠ってるよ」

 

 理子は指をさす。指をさしたその先にある給水塔の隅にリサがスヤスヤと眠っていた。カズキ達は駆けよってリサの様子を見ると怪我などはなくただ眠らされただけのようなので安心した。

 

「待てよ…?リサを知ってるってことは…理子ちゃんも『イ・ウー』なのか?」

「ピンポーン、カズくんせいかーい☆ま、今は司法取引もして元『イ・ウー』なんだけどね」

 

 警戒しているカズキ達に理子は不敵に笑う。

 

「私の本当の名前は…峰・理子・リュパン4世。フランスの大怪盗アルセーヌ・リュパンの曾孫だよ。これを聞いたらわかるよね?」

 

 理子の名前を聞いたカズキ達は目を開いて驚いていた。わなわなと震えながらカズキは口を開いた。

 

「理子ちゃん…お前、キャッツ・アイだったのか!?」

「…ねずみ小僧?」

「そこはゴエモンだろ」

「つまり…シティーハンターってことだな!」

「ウン、絶対理子の話を聞いてないよね?」

 

 キンジとアリアに理子の正体を話した時、彼らは驚いていたのだが、この4人組は斜め上の反応をして理子は項垂れる。このままでは埒が明かない、理子はいちいち気にしていたら進まないということで話を進める。

 

「実はね…たっくん達にやってもらいたいことがあるの」

「いいよ‼」(`・ω・´)

「たっくん、はやいよ!?理子ちゃんの話を聞こうよ!?」

 

 カズキは内容も聞いていないタクトにツッコミを入れる。とりあえず自分の話を聞いてほしいと理子は苦笑いして話を続ける。

 

「理子達の…泥棒作戦を手伝ってほしいの」

 

 泥棒、その言葉を聞いてカズキ達はぴくりと体を動かす。彼らの反応を見て理子はにっこりと話す。

 

「私とキーくんとアリアの3人で『ブラド』に奪われた『理子の大事な物』を盗む、それを完璧にするためにたっくん達がサポートをするの」

「…なんで俺達なんだ?」

 

 ナオトの質問に理子はにっこりと少しグリップの大きいボールペンを取り出す。スイッチを押すと医務室で会話をしてるカズキとタクト、ケイスケの声が流れた。

 

「医務室にこっそり仕掛けたんだ。たっくん達もブラドの館に潜入する用事があるんでしょ?それだったらお互いを助け合っていこうよ」

 

 理子はカズキ達を囮にしようと利用するつもりだ。断るにも断り切れない、それを知っているかのように理子はふふんとほくそ笑んだ。

 

「もし断ったら…リサのことをばらすよ?無断で学校に入れているし、私の手でリサを密入国者としてでっちあげることだってできる。そうなれば…わかるよね?」

 

 もしそうなったらリサは無実の罪で捕まってしまう。そんなことはさせない、そう考えたカズキ達の答えはただ一つしかなった。4人は無言で首を縦に振る。

 

「さっすがたっくん達だね!そうこなくっちゃ。それじゃあ期待してるからね☆」

 

 理子はウィンクしてむすっとしてるカズキ達に手を振って去っていった。ただすやすやとリサの優しい寝息だけが響いていた。

 

「で、やっかいのが増えたけど…どうするんだ?」

「もうね、やるしかないでしょ」

 

 ケイスケの文句にカズキは苦笑いしながら答えた。そんな時、ナオトの携帯が鳴りナオトは電話をとる。何回か返事をしたのち電話を切った。

 

「…神父から、プランができたって」

「ったく、くんのが遅せえっての。たっくん、リサを連れて先に帰ってくれないか?」

「え?なんで俺なの?」

 

 首を傾げるタクトにカズキとケイスケは苦笑いをする。

 

「だって、たっくんは忘れっぽいもん」

「なんだって!?カズキ、俺だって真面目に聞くぞー‼」

「後で俺達が説明すっから、たっくんはリサを頼む。それも立派な任務だぞ?」

「よっしゃあ‼俺に任せておけ。俺は無敵だっ‼」

 

 タクトは自信満々に張り切ってリサをおんぶして行った。

 

_

 

「1本でーも、ニンジン♪フッ⤴2本でーもニンジン♪フッ⤴」♪(´ε`)♪

 

 カズキ達と別れたタクトはまだスヤスヤと眠っているリサをおんぶして歌いながら家へと向かっていた。潜入するプランはカズキ達から聞けば自分でも完ぺきにこなせる。自信たっぷりのタクトは上機嫌で歌いだす。

 

「相変わらず読めない奴だなお前は…」

 

 ふと聞き覚えのある声がしたので歌うのを止めたタクトは後ろへ振り向く。そこには5月のアドシアードに出会った『デュランダル』ことジャンヌがいた。武偵高校の制服を着たジャンヌはタクトを苦笑いして見ていた。

 

「おっ?ジェーンちゃん‼おっひさー‼」

「ジェーンじゃない、ジャンヌだ!」

 

 未だに名前を間違えるタクトに呆れながらタクトがおんぶしているリサの方を見た。

 

「リサか…どうやって出会えたのか不思議でならん。お前といい、あの喧しいお前の仲間といい、本当に不思議だな」

「そりゃあ、俺達は無敵だからな!」

 

 ドヤ顔でタクトは答えるがどういうことかさっぱり理解できないジャンヌは肩をすくめて笑う。一息入れたジャンヌは真剣な表情で本題に持ち込んだ。

 

「…理子から聞いたぞ。ブラドの屋敷に潜入するようだな」

「うん、チャーリーブラウンさんちに突撃隣の昼ご飯するんだ」

「誰だそれは…まあいい、ならばお前達にも話した方がいいな。もしブラドと戦闘になる場合だが…」

 

 ジャンヌはブラドについて話した。3代目ジャンヌ・ダルクの双子と初代リュパンの3人でブラドと闘っていたこと、理子がブラドに捕まりブラドから逃れるため自由を望んでいる事、そしてブラドには『魔臓』という4か所の弱点があり、4か所同時に攻撃しないとブラドを倒せないことを話した。タクトは何度も頷き、そして真剣な表情で答えた。

 

「なるほど…もう一回教えて?」

「うん…私もなんだか途中で聞いてるかどうか心配だったんだ」

 

 とりあえず気にしていたジャンヌはもう一度説明をする。タクトはなるほどと口にして頷くので一応理解できたであろうとジャンヌは一息入れた。

 

「それと…もう一つ、ブラドを倒す方法があるのだが…」

「あるの?教えて教えて‼」

 

 ジャンヌは話してもいいか躊躇っていたがあるのなら教えて欲しいと懇願するタクトにおされて仕方なしと話した。

 

「先代から聞いた話だが…吸血鬼と対の存在である『秂狼(ウェアウルフ)』は吸血鬼と互角に戦うことができ、その中でも『百獣の王』とされる『ジェヴォーダンの獣』なら勝てるといわれている」

「ウェルダンの獣?ステーキ屋さん?」

「『ジェヴォーダンの獣』…人狼だ。しかし私は見たこともないからな…世界のどこかにいると言われてる」

 

 さらにわからないことが増えて首を傾げるタクトにジャンヌはやれやれとため息をついて笑う。

 

「難しい事は考えるな。お前達ならできる…そんな気がする。応援はしているからな」

 

 そういってジャンヌはふっと笑って踵を返して去っていった。ぽかんとしていたタクトだったが応援していると聞いて一先ず頑張ろうと決めた。そうしているうちに「ん…」と眠たそうにリサは目を覚ました。

 

「あれ…私、途中で誰かに呼ばれて振り向いたら…って、タクト様、すみません!?」

「いいのいいの。お腹すいたし、このまま帰ろっか!」

 

 おんぶされて少々恥ずかしがっているリサをおんぶしながらタクトは再び歌いながら帰路についた。

 

__

 

「カズキくんにはこれを渡しておこう」

 

 教会でジョージ神父はカズキに黒いUSBを渡した。

 

「ジョージ神父、これは…?」

「なに、ちょっとしたセキュリティハッキングシステムソフトが入ったUSBさ」

 

 にこやかに軽々しく答える神父にカズキとケイスケはギョッとした。なんでそういうものを神父が持っているのか不思議でならなかった。他にも何やら用意しているらしく愉悦に浸っているジョージ神父に恐る恐る聞いた。

 

「あ、あんたは本当に神父なのか?」

「もちろん、世界各地を歩く迷える子羊を助けるただの神父さ」

 

 ケイスケは絶対お前の様な神父はいないと心の中でツッコミを入れた。眠たそうにしてるナオトはずっと黙ったまま神父の話を聞いていた。

 

「それじゃあ…『紅鳴館』へ潜入するプランを話そうか」

 

 こうしてジョージ神父とカズキ達の潜入お宝奪還作戦が開始された。




 ノリは『オーシャンズ』的な感じで。ミッション・インポッシブルも好きですが、オーシャンズ11、12が好きですね。


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16話

 キングクリムゾンにデウスエクスマキナが発生しすぎています…なんというか本当にすみません


「っていうことで以上がジョージ神父のプランだってさ」

「わぁお‼こいつぁかっこいいぜー‼ドキがむねむねーってやつだ‼」

 

 自宅に戻ったカズキ達はポカンとしているタクトにジョージ神父のプラン内容を全て説明した。それを聞いたタクトは気分ノリノリではしゃいでおり、理解できたかどうか分からなかった。カズキ達もこのプランを聞いた時はうまくいくのかどうか愕然としていた。

 

「これを俺達がやるんだよなぁ…」

「だから言ったべや。碌なことがないって」

 

 承った以上やるしかないとカズキとケイスケは腹を括ってやることにした。踊る様にして喜んでいるタクトをよそにナオトは帰りに買ったイチゴ大福を食べながら残る問題をあげた。

 

「…後はうまく『仕事』ができるかどうかだな」

「だよなー…俺達ってその『仕事』に向いてるかどうかわかんねえもんな」

 

 カズキは相づちを打つように頷く。怪しまれずに仕事をする、自分達にこれがこなせるどうかそれが心配だった。そんな疑問にケイスケはふと閃いた。

 

「それは大丈夫かもしれないぞ?…リサ、ちょっといいか?」

 

 ケイスケはキッチンで洗い物をしているリサを呼んだ。洗い物を終え、リサは頭にハテナを浮かばせながらリビングにいるケイスケ達の方へ向かう。

 

「ケイスケ様、何か用事でしょうか?」

「リサ、頼みたいことがある。俺達に‥‥メイドや執事の仕事を教えてくれないか?」

 

_

 

「まさか武偵校の生徒が来てくださるなんて自己紹介の手間が省けましたよ」

 

 横浜郊外にある大きな屋敷、『紅鳴館』の管理人であり、東京武偵高校救護科の非常勤講師である小夜鳴徹はにこやかにハウスキーパーとして来てくれた武偵高校の生徒のキンジとアリアににこやかに挨拶をした。

 

「Sランクの生徒もいてくれるのなら、地下の研究に没頭していても安心ですし」

「こちらのお屋敷のご主人様がお帰りになったら話のタネになりますね」

 

 ()()()()()に変装した理子はクスッと笑って相づちを打つ。小夜鳴はやや苦笑いをして話を続けた。

 

「ええ、それも話のタネになりますが…彼は今、とても遠くいおられましてね」

 

 小夜鳴曰く、この館の主はしばらく帰ってこないことや本人に会ったことも話したこともないと話した。どうやって主とコンタクトをとっているのかキンジは気になっていた。理子との長話が終わり、理子はキンジとアリアに「しっかりお勤めお願いしますね☆」とウィンクして去った。小夜鳴はキンジとアリアに仕事の内容を話そうとした時、思い出したようにはっとした。

 

「ああそうでした。遠山くん、神崎さん、仕事の内容は『彼ら』に引き継いでもらってくださいね」

「「彼ら?」」

 

 キンジとアリアは首を傾げた。ハウスキーパーの代理としての民間の委託業務でこの依頼を受けており、理子からも今現在この屋敷には小夜鳴先生だけだと話していた。自分達だけじゃないのかと不思議に思っている二人に察したのか小夜鳴はテーブルに置いてある呼び鈴を鳴らした。しばらくするとドタドタと慌ただしい音がしたと思えば扉が開いた。

 

「すぽおおおおおんっ‼」

 

 コックの服を着たタクトが気分ノリノリで入り、それに続くようにタキシードを着たケイスケがぶっきらぼうに、燕尾服を着たカズキがドヤ顔で、そして植木職人のような恰好をしたナオトが入って来た。彼らを見たキンジとアリアはギョッとした。

 

「お二人が来る1週間前にハウスキーパーの代理として来てくださったんです。4人とも、遠山くんと神崎さんに仕事の内容を教えてくださいね?それじゃあ私は研究の続きをやりますのでお願いしますね」

 

 小夜鳴はにっこりと笑って、応接室を出て行った。残された2人と騒がしい4人はしばらく黙っていたが、アリアが警戒する様にタクト達を睨んだ。

 

「なんであんた達がいんのよ!?」

「なーんでだっ?」

 

 アリアの問いにタクトは変顔をして答えたがそれをなかったかのようにキンジがはっとして驚く。

 

「もしかして…理子が言ってた助っ人ってお前らのことなのか!?」

「…成り行きで」

「目的は違うが、理子の奴が手伝えっていうから手を貸すだけだ」

 

 ナオトが頷き、ケイスケは嫌そうな顔をして話した。とりあえず自分達の作戦には影響がなく寧ろサポートをしてくれるということでキンジはほっと安堵する。

 

「ま、所謂ギョエツドゥーシューってことさ!」

「それを言うなら呉越同舟…ってそれじゃあ敵同士じゃないのよ…」

 

 四字熟語を噛むし意味も少し違うのにドヤ顔で話すカズキにアリアは呆れながらため息をついた。本当に自分達の助っ人になるのだろうか、かなり心配だった。一先ず、自分達が寝泊まりする部屋に入り着替えたキンジとアリアはカズキ達と共にハウスキーパーの仕事に就くことにした。

 

「ん?あれは何だ?」

 

 ふと廊下を歩いていると廊下の隅でのろのろと動いている3台の平べったい楕円形の機械に気づいたキンジはカズキ達に尋ねた。カズキは胸を張って自慢しながら答えた。

 

「あれはお掃除ロボット『どんとこいどすこいルンバくん』だ」

「ネーミングセンスひどいな」

「ネーミングセンスひどいわね」

 

 詰まる所、よくある掃除機であるルンバだろと肩をすくめた。カズキが持ち込んできたらしくカズキが掃除機をかけるよりも速いと小夜鳴先生は絶賛していたと自慢していた。執事が後れを取ったらだめだろとアリアとキンジは心の中でツッコミを入れた。

 

_

 

 その後の作業はアリアはカズキとケイスケ、キンジはタクトとナオトと別れて行った。カズキとケイスケは主に各部屋と廊下や階段の掃除、ベッドメイク等を担当していた。もたもたとしているカズキをよそにケイスケはアリアに一つ一つ教えていき、アリアはてきぱきとこなしていた。

 

「カズキ、新しく来たアリアにもう追い越されてるとか執事の風上にもおけねえな」

「うるせぇよ‼こういうのはインディペンデンスデイだっつーの‼」

「あんた達、よく1週間ももってるわね…」

 

 一方、ナオトは庭掃除やバラの手入れを担当し、タクトは主に料理を担当していた。料理の方は肉を軽く炙るだけ、ただニンニクは絶対に入れてはいけないとのことで、菜食主義ではなく肉食主義だそうだ。得意な料理をあまり発揮できないことにタクトはしょんぼりとしていた。

 

「お肉だけだなんて、せっかく堕天使のレピシをここで披露しようと思ったのになー」

「…小夜鳴先生は損をしてる。たっくん、何か作ろう」

 

 突然、ノリノリで料理をしだし冷蔵庫を漁りだしたナオトとタクトにキンジはただ呆れるだけだった。本当に彼らがハウスキーパーをしてて大丈夫なのだろうか心配になってきたのだった。

 

_

 

 カズキ達と仕事をこなし、1週間が過ぎた。日曜の夜、キンジとアリアは理子からの定期連絡を携帯でしていた。

 

『うっう~☆あっという間の1週間だったけどキーくん、アリア、どうだったー?』

 

 真夜中にも関わらず元気すぎて五月蠅い理子の声に二人はうるさそうにし、まず先に言いたいことを言う事にした。

 

「あいつら、本当に助っ人で大丈夫なのか?」

 

 キンジは不安いっぱいで理子に聞いた。それは無理もなかった。カズキはケイスケとギャーギャーと口喧嘩しながら作業をするわ、ナオトは庭の手入れを終えたら厨房に入り勝手にプリンを作るわ、タクトはハイテンションで料理をし、ニンニクを嫌う小夜鳴先生に『ニンニクが嫌いだなんて…まるで吸血鬼ですね!』とか言って小夜鳴先生は飲んでた赤ワインを噴いてしまいその後タクトは『あ、俺もニンニク苦手でした~☆』とか言い出す始末。彼らの所業を見ててアリアも呆れていた。

 

「いやほんとよく追い出されてないわよね…大丈夫なの?」

『大丈夫だ、問題ない』

 

 どこからそんな自信があるのか理子は自信満々に答えた。

 

『たっくん達が派手にやらかしているおかげで私達の行動は勘付かれてないでしょ?』

「なるほど…あいつらを囮にするわけね」

 

 彼らが目立つおかげで自分達の作戦が密かに行うことができている。カズキ達がなぜこの館にいるのか理由は分からないが、こちらとしては好都合だった。囮、ということにキンジは後ろめたさがあったが気になることがあった。

 

「それで、あいつらも一緒にお前のお宝を盗んでくれるのか?」

『うーん、それは分かんない。盗聴してるけど一切そのような感じはないし、もう寝てるかもね』

 

 すぐ隣の部屋にカズキ達がそれぞれの部屋にいるが耳を澄ましても声が聞こえない。もしかしたらもう寝ているかもしれない。4人そろえば騒がしいが別々になるとこれほど静かになるのか、キンジは不思議に思った。

 

 キンジ達の隣の部屋にいるカズキ達は夜中でもそれぞれノートパソコンを開いてモニターの画面を見ていた。そして黙々とキーボードを打っていた。

 

Takkun:【すぽおおおおん‼】

FUBU:【壁が薄いからあいつら五月蠅すぎんですけど】

Dr.A:【というか丸聞こえワロタ】

NAOTO:【さっさと話を進めようぜ?】

 

 カズキ達は自分達のスカイプを開いてチャットをしていた。理子に聞かれないように対策として黙って報告していたのだった。

 

Dr.A:【例のお宝は地下室にあるようだぞ。昨日小夜鳴先生とアリアと一緒に地下金庫に入って見てきた】

 

Takkun:【すぐに盗れそうな感じだった?】

Dr.A:【無理。床、天井にしっかり警報装置があるし、金庫は指紋認証じゃないと入れない】

 

 地下室の床には一歩でも侵入者が踏み込めば警報が鳴るシステムになっており、赤外線も張り巡らせていた。金庫には指紋認証のキーが掛かっておりかなり頑強な金庫だった。

 

NAOTO:【FUBU、システムの方はどう?】

FUBU:【ウーム…なんとかなりそう】

 

 カズキはジョージ神父からもらったセキュリティハッキングシステムソフトを使い、厳重なセキュリティーを突破する算段だった。使い方を何度も確認しているがやや難しそうだ。

 

Dr.A:【お前がカギなんだぞ?実行日まであと6日しかねえから早く慣れろ】

FUBU:【わーってるって‼潜入組もしっかりしてろよ?】

Takkun:【せいぜい頑張りたまえ~】

FUBU:【むwwかwwつwwくww】

 

 6日後、小夜鳴先生のスケジュールには朝から特別授業を行わなければならないので武偵高校に向かい授業をし、キンジとアリアも管理人が出勤ということで屋敷には来ない。その日がカズキ達が作戦を実行するには絶好の機会なのだった。

 

Dr.A:【それじゃあそれまで備えておくか。今日はここまでにしよう】

 

【NAOTOさんがログアウトしました】

 

FUBU:【あいつ寝るのはやっ!?】

 

__

 

 そうこうしているうちに6日目、カズキ達が実行する当日になった。小夜鳴先生はその日は授業を行わなければならない。車に乗り、屋敷から出たところを白いカラーに変えたバンに乗ったカズキ達は確認して屋敷の前に停めた。白いバンのサイドには『ニコニコ☆クリーン』と書かれたマークを付けており、周りから怪しまれないようにしていた。

 

「カズキ、最初は入り口までのカメラと警報器だ」

 

 水道局員のような青い作業着を着て大きなアタッシュケースやトランクとバッグを担いだケイスケ達は2,3台のパソコンとにらめっこしているカズキに合図する。

 

「おっけーい‼パソコンの作業は俺に任せろー」

 

 そう言ってカズキはパソコンを打ちこむ。中庭から入り口までの監視カメラと警報装置をハッキングし、一時停止をさせる。完了だとカズキは合図をした。ナオト達は頷いて屋敷の入り口まで一気に駆けていく。こけることなくたどり着いた3人は無線で知らせた。

 

「…ゲートまで着いたぞ」

『ちょい待てって‼速いっての』

「もたもたすんじゃねえよ。時間がないんだぞ」

 

 時間との勝負だった。小夜鳴先生は授業をしに武偵高校に向かったが特別報酬授業なので終わり次第すぐに戻って来る。車で速くて約30分でここに戻ってこれるしキンジ達も小夜鳴先生が戻り次第仕事に取り掛かるのだ。ケイスケの文句にカズキは渋々と作業を急がせ入り口のロックとセキュリティーを解除した。

 

「よし、金庫までナオトが先頭だ」

「え!?俺じゃないの!?」

 

 昨日まで打ち合わせしたのにタクトは自分が先頭に行うのじゃないのかと勘違いしていた。ナオトはため息をついたがポケットからラジコンのコントローラを取り出した。するとカズキが持ち込んでいた3台の『どんとこいどすこいルンバくん』がやって来た。自分たちが侵入したという足跡を残さないようにするために持ってきた道具だった。 ナオト達はそれぞれのルンバに足を乗せてナオトが動かして地下室までつづく階段までこれで移動した。

 

「よし…カズキ、地下のセキュリティーを頼む」

『おーし、やってやろ…ってうおっ!?』

「どしたカズキ?Toラブルか!?」

 

 突然驚いた声をあげたカズキにタクトは心配して声を掛けたがそれは杞憂のようだった。

 

『こっちのハッキングシステムが…まるで音ゲーだ‼』

 

 カズキがモニターを見て驚いていたのは波打つようなリズムの波長を型に納めるというリズムゲームのようなハッキングシステムだった。そんなことはいいからさっさとしろケイスケに叱られてカズキは早速取り掛かった。

 

『音ゲーは得意中の得意だ!いくぞ…?トゥントゥトゥトゥン!トゥントゥトゥートゥトゥン☆トゥトゥン、トゥントゥトゥン☆トゥトゥトゥトゥトゥン、トゥトゥトゥトゥトゥン‼』

 

 カズキがリズムを口にしながらハッキングをしているようでそうしているうちに地下室のセキュリティが停止した音が響いた。

 

『ほらね?』

「オオ‼すげえじゃんカズキ‼」

「…ちょっとうざかったけど」

『でも30分だけの停止だ。急いで回収しろよ』

 

 厳重なセキュリティをハッキングしてももって30分が限界のようだった。ナオト達は急いで地下の金庫まで駆ける。指紋認証のキーに取り掛かると、ケイスケは薄い透明のセロファンを取り出した。スプレーをかけるとくっきりと手形が浮かび上がった。

 

「夜なべして指紋をかき集めて組み立てた甲斐があった」

 

 これまで小夜鳴先生が手に取っていた道具や素手で触った窓から指紋を採取して組み立てていたのだった。指紋認証のキーに押し付けると青いランプが付き金庫のロックが外れた。中の警報装置もハッキングし、中へ入った。

 

「よーし、リストをにあげてるものを言うから写真を見ながらさっさと探せ‼」

 

 ケイスケがリストを一つずつ読み上げてタクトとナオトが写真を見ながら探してトランクやバッグに入れる。時間がないということなのでタクトもナオトもふざけないしワルノリもせずに大急ぎで取り組んでいた。宝石が装飾されたネックレスや腕輪、指輪や本など順調に回収していった。残りあと10分になりかけていたころには残りあと一つとなっていた。

 

「よし…最後は『ロザリオ』‼」

「「ロザリオ?」」

 

 タクトとナオトは口を揃えて言葉を返した。写真は小さなロザリオだったが他の宝を探している途中にロザリオをいくつか見かけていたのだった。どれが回収すべきロザリオなのか分からなかった。

 

「えーと、どれ?」

「…ロザリオはあちこちあったぞ?」

「青いロザリオだ。さっさとしろや」

 

 タクトとナオトは青いロザリオを探し出した。ナオトは下段の引き出しから、タクトは棚に置かれていたなにやら貴重そうに置かれている青いロザリオを取った。

 

「これだろ!いかにもこれってガイアがそう俺に囁いたぜ‼」

「…いやこれだ。たっくんのそれ明らかにトラップだろ」

「あと6分…もういい、両方とも持っていけ」

 

 ナオトはタクトが取ったロザリオが明らかに怪しそうなものだと心配したので自分が取ったロザリオを棚の方に置き替えた。

 

『おい、急げ!時間がねえぞ‼』

 

 カズキが焦る様に声を掛けるのでナオト達は重くなった荷物を背負って金庫から出て扉を閉めた後一気に駆けだした。ナオト達はバンに乗り込み、全員乗ったことを確認したカズキはハッキングをすべて解除した。運転席についたケイスケはアクセルを踏み、バンを教会まで飛ばした。

 

__

 

「どうっすか神父‼やりましたよー‼」

 

 教会についたカズキ達は回収してきたお宝をジョージ神父に見せた。ジョージ神父は満足そうににこやかに頷いた。

 

「うん…思っていたとおりだ。君たちならできると信じていたよ」

「イエェーイ‼コングラッチュレーショーン‼」

「ったく、もうこんな任務はやりたくねえや‥」

 

 タクトは大喜びし、ケイスケはもうこりごりだとため息をついていた。回収してきた宝を確認しているとジョージ神父はふと首を傾げた。

 

「おや?このロザリオは…」

 

 ジョージ神父はタクトが取って来た青いロザリオを手に取ってじっくりと見つめていた。

 

「…それ、たっくんが取ったロザリオだけどどうかした?」

 

 ずっと見つめたまま動かないジョージ神父を見てナオトは気になって声を掛けた。ジョージ神父はゆっくりとロザリオを置いて申し訳なさそうにカズキ達を見た。

 

「すまない。このロザリオはどうやら別の持ち主のようだ」

「「「え゛っ!?」」」

 

 回収すべくロザリオでなく、別の持ち主のロザリオだったことにカズキとケイスケ、タクトはぎょっとした。

 

「これは…ブラドが奪ったものの中で一番大事にしている物でね、恐らくブラドは今夜でも取り返しにくるだろう」

「まじかよ…」

 

 ケイスケは愕然とした。自ら取り返しに来るほど大事な物なのかと。すぐに荷物を纏めて逃げようかと思っていたがジョージ神父は話を続けた。

 

「私は本当の持ち主を知っている」

「ほんと!?誰なんですか!?」

 

 カズキは早く持ち主の下に返して矛先を変えてもらおうと考えていた。ジョージ神父はこのロザリオの持ち主のことを話した。それを聞いたカズキ達は驚愕し、黙った。

 

「…神父は渡すことができる?」

「うむ?もちろん、届けることはできる…ブラドは矛先をその持ち主に向けるだろう。君たちはどうするんだい?」

 

 カズキ達は黙ったまま頷いた。持ち主のこと、ブラドが持っている経緯を聞いたらもう断ることはできるはずがなかった。ケイスケはため息をつき、ナオトはパーカーとサングラスで顔を隠し、カズキはにやりと笑い、タクトは頷いてロザリオをジョージ神父に渡した。もう4人の答えは決まっていた。

 

「ここで借りを返しておけばもう面倒事を押しかけてこないしな」

「…やるしかないでしょ」

「たっくんから対策を聞いてるし…すぐにでも支度しないと。お前ら急ぐぞ‼」

「ジョージ神父はこのロザリオを届けて。そんで…俺達がブラドを足止めする!」

 




 
リズムをとるようなハッキングってCrysis3まんまです…
インポッシブルやアントマンとかのような金庫破りでもいいかなーと思ったのですがそんな描写を書く技量もないし、あの4人じゃ難しそうなのでごめんです


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17話

 硝煙と奇声と寒い逆だけと言ったな。実はウソなんだ…ちょっとファンタジーもあるんだ…
(遠い目)

 


 その夜、理子はメイド喫茶にてキンジとアリアと合流していた。明日の民間の委託業務最終日にて作戦を実行するため打ち合わせをしていた。金庫室の真上にあるビリヤードのある部屋でずっと穴を掘り進めレールを使ってロザリオを回収する作戦だったがキンジはずっと腑に落ちないことがあった。

 

「あいつら、本当に大丈夫なのか?」

 

 囮として使っているカズキ達がうまくサポートをしてくれるのだろうか、作戦を遂行しても彼らが怪しまれることはないのかキンジは心配していた。何分騒がしい彼らは隠密といったミッションは苦手のはず、何かとへまをしてしまうのではないか。そんな心配をしているキンジをよそに理子は上機嫌ににっこりと笑う。

 

「そこは心配ないよ。目立つたっくん達だからこその囮だし、怪しまれても彼らならうまくごまかしてくれるよ」

 

 理子は他人事のようにあしらい明日の作戦を確認していく。キンジとアリアは少し気にはしていたがやっと母親のロザリオが手元に戻って来るというのだから理子は機嫌がいいのだろうと理解した。

 

「…明日、君たちが動く必要はない」

 

 ふと理子達に背の高い黒の祭服を着た黒髪の落ち着いた雰囲気の男性が声を掛けた。アリアとキンジは警戒しホルスターに入っている拳銃に手をかけてにこやかにしている男性もといジョージ神父を睨む。

 ジョージ神父は敵意がないことを示すかのように両手を軽く上げてにっこりとしながらキンジ達を見た。

 

「オルメス、遠山くん‥君たちをどうこうするつもりはない。峰理子…リュパン4世に用事があるんだ」

「貴方…ブラドなの‥?」

 

 アリアはホルスターから手を離さずジョージ神父を睨み続ける。理子だけではなくアリアの名前も知っている神父により一層警戒心が湧いたからだ。ジョージ神父は笑顔を絶やさず首を横に振る。そして懐から小さな小箱を取り出し理子に渡した。

 

「これを君の下に返しておこう」

 

 小箱を開け中身を見た理子は驚愕した。中には取り戻すべき、明日の作戦で手に入れるはずだった大事なロザリオだった。理子は驚きとジョージ神父への警戒心が高まりジョージ神父を恐る恐る見る。

 

「どうしてこれを…!?」

「君に謝らなければならない。()()()が間違えてしまってね…君の誇りを傷つけてしまったことを深くお詫び申し上げる」

 

 ジョージ神父は深く頭を下げた。怪盗の一族として盗む標的を定め下準備しているうちに手元に渡ってしまった、取り戻すために計画を立てて準備しているうちに手元に戻って来た、やるせない虚しさ半分唯一自分を大事にしてくれた肉親、母親のロザリオが戻って来た喜びの半分で理子はどうすることもできなかった。ただロザリオをぎゅっと胸元に握りしめるだけだった。

 

「それともう一つ…明日から君は自由だ。それでは失礼するよ…」

「ま、待ちなさい!」

 

 くるりと踵を返して去ろうとするジョージ神父をアリアは2丁のガバメントを引き抜き呼び止めた。銃口は神父に向けたままアリアは睨み付ける。

 

「貴方はいったい何者なの…!?」

「私かい?私は…ただの旅行好きで物好きな神父だよ。では、また会おう」

 

 にっこりと答えたジョージ神父はそのまま店を出て行った。アリアはガバメントの引き金を引かなった、いや引けなかった。あの笑顔の裏から感じたよくわからない気配をアリアは感じたのだった。キンジはほっと息をつく。あのまま引き金を引いてしまったらどうなっていたのか、あの神父が敵だったらとんでもないことになっていたかもしれない。ふと理子は思い出したように顔を上げた。

 

「待って…理子達の作戦を知ってるのは他にたっくん達だけ…もしかして…」

 

__

 

 未だ消灯しないビルのライトが照らし絵になるような夜景が見える海沿いの公園の道にてカズキ達はずっと待ち構え続けていた。迷彩柄のボディーアーマーを身に着け、辺りを警戒すようにじっとしていた。

 ふと彼らの下に近づく足音が聞こえたのでカズキ達はすぐに銃口を近づいてきた対象に向けた。彼らの下にやって来たのは紅鳴館の管理人であり、東京武偵高校の非常勤講師である小夜鳴先生だった。それでも警戒を解かないカズキ達を見て小夜鳴先生はくすりと笑う。

 

「…まさかノーマークだった君たちがあのロザリオを盗み出すなんてね、正直驚きましたよ」

「はっはー、どうですか?俺達Cランクだってやればできるんですよ」

「…ほぼサポートがあったおかげだけど」

 

 カズキはドヤ顔をして言ってやったがナオトがこっそりと補足した。それでも小夜鳴先生は目は睨んだままにやりと笑う。

 

「まったく、リュパン4世もあれだけ盗める隙を作ってやったというのに…凡人に出し抜かれるなんて本当に無能な奴だ」

「俺達はただの凡人じゃない!凡人の天才ならぬバカと紙一重の凡人だ‼」

「それじゃただのバカじゃねえか。…とういうよりブラドもその凡人に出し抜かれてるんだから人の事言えないよな」

 

 タクトの反論はスルーしてケイスケの言葉を聞いて小夜鳴先生はぴたりと笑うのをやめた。よくみれば少しずつ小夜鳴先生の身体が大きくなってきてることにカズキ達は気づいた。身体はクマよりも大きく、牙も生え始めた小夜鳴先生の声は低く、獣のように唸り始めた。

 

「…ロザリオはどこにある?」

「「「「返した」」」」

 

 もはや化け物の姿になった小夜鳴に恐れることなくカズキ達はケロッと即答した。そんな態度をみた小夜鳴は憎しみを込めてカズキ達を睨み付ける。タクトは不敵な笑みをして指をさす。

 

「いいか?人の物を盗ったらドロボーなんだぞ?」

「小賢しいガキどもが…まずは貴様らからずたずたに引き裂いて殺してやる!」

 

 カズキ達が人このこと言えないよなとツッコミを入れる前に小夜鳴は空を仰ぐように雄叫びをあげた。狼の様な獣の叫び声とともに小夜鳴の姿が変わり始めた。頭は狼、体は獣の毛が密生し、大きな腕や足には鋭い爪が生え、体に白い紋章が3か所ついた化け物に変貌したのだった。変わり果てた姿にカズキ達は驚いた。

 

「あれが…ブラド…!?」

「マジか!?『イ・ウー』のNo.2の吸血鬼か‼」

「…全然吸血鬼じゃない」

「お前、言うなれば古いに伝わりし…吸いたいけど血を吸いそうにないゴリライモくんファイティングエディションでしょ!?」

 

 軽く貶されているように感じたのかブラドは怒り来るかのように叫びながらカズキ達に向かってきた。駆けてくるブラドを見てカズキはM16A1を、ナオトはAK47、ケイスケはMP5で迎撃をする。両腕で顔をガードをして動きが止まったブラドを見てナオトはタクトの方に向かって叫ぶ。

 

「たっくん、今だ‼」

「よっしゃあ‼タクティカル火炎瓶‼」

 

 タクトは火が付いた火炎瓶、モロトフ・カクテルをブラドに向けて投げつけた。モロトフ・カクテルが体にぶつかりブラドの身体が燃え出す。ブラドは焼ける体を踊る様に悶え動かす。

 

「ぐううっ!?」

「撃て撃て撃て!」

 

 撃ち続けるカズキの合図でタクトもAK47を構えて掃射に加わる。4人はゆっくり下がりながら撃ち続けた。するとブラドは大きく雄叫びを上げた。変身する前の雄叫びと比べ物にならないくらいうるさく、しかも突風を巻き起こし体を焼こうとしていた炎を吹き飛ばした。4人が驚いて銃撃をやめるとブラドの身体から撃ち続けていた弾丸がボトボトと落ちて行った。傷ついた身体が自動再生されたのだった。

 

「リジェネとか卑怯だろ…」

「舐めたマネをしてくれるじゃねえか…‼」

 

 ブラドは激昂して駆け出す。タクトは今度はブラドの足下にモロトフ・カクテルを投げつけ足止めをした。ケイスケはリロードして叫ぶ。

 

「カズキ、作戦Aがミスったぞ‼」

「次、作戦B‼急げ!」

 

 ケイスケを先頭にタクトが続いて走り、ナオトとカズキが撃ちながら下がっていく。ブラドは低く笑いながらカズキ達を追いかける。

 

「無駄なことを…1人ずつ八つ裂きにしてやる!」

 

__

 

「…皆さん、戻って来るのが遅いですね。どうしたのでしょうか…」

 

 リサは不安を感じていた。今日がカズキ達のハウスキーパーの仕事の最終日、はやくリサの作る御飯が食べたいと楽しみにしていたカズキ達の為に夕飯を作っていた。しかし、いくら待っても帰ってこない、すっかり冷めてしまった夕食と時計を何度も見ていた。

 まさか彼らに何かあったのではないか、いやそんなはずはないだろうと不安がぐるぐるとひしめいていた。するとインターホンの音が静かなリビングに響いた。彼らが帰って来たと急いでモニターを見ると、映っていたのはカズキ達ではなくジョージ神父だった。なにやら真剣な表情だったのでリサはすぐに玄関に向かい扉を開けた。

 

「神父様…どうなされたのですか?」

「…君に伝えなければならない。彼らは今、ブラドと戦っている」

 

 リサは目を見開いて驚愕した。ブラドは『イ・ウー』の吸血鬼、魔臓を撃ち抜かなければ何度も再生する怪物だ。

 

「な…なんでカズキ様達が戦っているんですか…!?」

 

 ジョージ神父は話した。ルーマニア大使からの依頼でブラドが奪った宝を奪還する任務をしていたこと、その際に峰理子から奪ったロザリオと取ってしまいブラドが動いてしまったこと、彼女を守るために戦うことを決めたことを話した。

 

「そんな…このままだとカズキ様達が殺されてしまいます!」

 

 今まで『始末屋』や『異能者』を相手にして勝っていたが、今度の相手は格が違う。再生もできる不死身の怪力の化け物相手じゃ勝てることはできない。

 

「彼らのことなら私が加勢にいく。私の大事な友を失うわけにはいかないからね」

 

 ジョージ神父はそう言って去ろうとした。その時、「お待ちください」とリサはジョージ神父を呼び止めた。振り向くとリサは震えながらも涙を流しながらも覚悟を決めた様な目つきでジョージ神父を見ていた。

 

「お願いします…リサを、私をつれていってください。そして…私がやります」

 

 ジョージ神父はぴたりと動きを止めてリサを見据えていた。そしてゆっくりと口を開いた。

 

「…君がどうなってしまうのかわかっているのかい?」

 

 ジョージ神父の問いにリサは深く頷く。

 

「アヴェ・デュ・アンク家はずっと守られ続け生き残り、そして取り残されていきました…」

 

 その者に愛されるように、守られるように生き続け、守ってくれた人がいなくなっていしまうとただ一人取り残され、また別の者に寵愛を受けるようにしてきた。

 

「…『少しずつでもいいから生き方を変えろ』と言ってくれたカズキ様達のおかげで変わろうとしてきたんです。もう誰かがいなくなるのは嫌なんです…」

 

「だが…君は戦うのは嫌じゃないのかい?」

 

 リサはその問いに涙を流して微笑んで答えた。

 

「リサは戦いたくない、傷つきたくないと思っています…ですが、大事な人達を守るのもメイドの務めですから」

 

 リサの答えにジョージ神父は真剣な表情で頷いて、懐から小さなカプセル錠をリサに渡した。

 

「彼らはリサが傷つくのを見たくないだろう。これを使うといい…」

「ありがとうございます…ジョージ神父、もう一つ、お願いがあります」

 

 リサは覚悟を決めたようにそして悲しそうな瞳をしてジョージ神父を見た。

 

「もし…私が彼らを傷つけるようなことを、命を奪うようなことをしたら…その時はリサを殺してください」

 

___

 

「走れクズ共‼」

 

 ケイスケは急いで走りながら怒声を飛ばす。カズキ達は追いかけてくるブラドから必死に走って逃げていた。カズキとナオトはブラドに向けて撃ち続けながら走っていたが、すぐに再生するブラドにはダメージは薄かった。

 

「ぐははは‼無駄弾だぞ小僧共‼」

 

 低く笑うブラドに対し構わず撃ち続ける。先頭を駆けていたケイスケが振り向き指で合図をした。それを見たタクトは叫んだ。

 

「カズキ、ナオト、作戦B‼」

 

 カズキとナオトは頷いて撃つのをやめてブラドから背を向けて走り逃げる。もう逃げるしかないと逃げ腰になったと感じたブラドはすぐにでも捕まえて殺してやろうと足を速めた。その時、足元に何か引っかかった感じがした。足元を見ると細いワイヤーが足に引っかかっており、勢いよくピンとワイヤーが外れた。その直後、足元から大きな爆発が起きた。

 さらに爆風と共に金属片が体に刺さる。片手片足が吹っ飛びバランスが崩れ、その時を待っていたかのようにカズキ達はブラドに向けて撃ち始めた。弾丸はすぐにでも抜け落とすことはできたが刺さった金属片はなかなか抜け落とせず、痛みが走る。

 

「どうだ‼トリップマインに銀の十字架を仕込んだ爆弾は‼」

「名付けてスカイラブ‼」

「…ハリケーン」

「全然関係ねえだろ。撃ち込めや」

 

 タクトとナオトの悪乗りにケイスケがツッコミを入れて撃ち続けた。硝煙の煙が巻き上がり、撃つのを止めたカズキ達は恐る恐る様子を見た。しかしそれでもブラドは倒れていなかった。身体に入った弾丸と銀の金属片を抜け落とし、吹き飛んだ片手片足が再生しブラドは立ち上がった。

 

「図に乗るなよ、ガキ共が‼」

 

 ブラドは再び雄叫びをあげて襲い掛かって来た。未だにぴんぴんしているブラドにケイスケは焦りだす。

 

「ちょ、作戦Bで仕留めるんじゃなかったのか!?」

「火力がまだ足りないか。作戦Cだ‼」

 

 カズキ達は再び走り出した。作戦Cとして用意しているポイント地点まで駆ける。あともう少しでたどり着いて作戦を実行しようとした。しかし、ブラドが足に力を込めて大きく跳躍する。カズキ達を飛び越してタクトの前に立ちふさがる。

 

「あ、やば」

 

 タクトが言い切る前にブラドの拳が直撃した。

 

「あ゛え゛え゛え゛っ!?」

「たっくん!?」

 

 タクトは奇声をあげながら吹っ飛ばされカズキは叫んだ。フェンスに当たり海に落下することはなかったがタクトは激痛に呻いていた。

 

「まずは1人!」

 

 ブラドはタクトをターゲットに定めタクトに止めを刺そうと襲い掛かる。そうはさせないとケイスケはフラッシュ・バンをブラドに向けて投げ込む。強い閃光を目に受けてブラドは怯んだ。その隙にケイスケはタクトの下へ駆ける。

 

「たっくん、大丈夫か!?」

「いってぇ…何重も鎖帷子を着てアラミド繊維のボディースーツを着てもむっちゃ痛い…」

 

 ケイスケの手を借りてなんとかして立ち上がるがブラドが襲い掛かる。ケイスケは咄嗟に防御するがブラドの力強い力に押されミシリと片腕の骨が悲鳴と激痛が走り投げ飛ばされる。

 

「ガキ共…絶望するがいい。この俺に嬲り殺されるがいい‼」

「このっ…そうはされてたまるかよ‼」

「カズキ、援護。たっくんはケイスケを助けて先にC地点へ‼」

 

 ナオトがブラドに向かって駆けた。ブラドの爪や拳を躱しながら撃ち、それを援護する様にカズキが狙い撃った。痛みに耐えながらタクトは倒れているケイスケの下へ向かおうとした。しかし、歩みを止めて視線の先にいる人物をみて驚愕した。

 

「リサ…!?」

 

 タクトの驚いた声にナオトもカズキは止まってその方を見た。ブラドも視線の先にいるリサを見て低く笑う。

 

「ふん、『イ・ウー』から逃げ出した臆病者か。今更何しに来た?」

 

 ブラドの威圧に圧されることなくリサは真剣な眼差しでブラドを睨んだ。

 

「ブラド…リサは貴方を止めに来ました」

「この俺を止めるだと?ぐははは‼臆病者の貴様がか?」

「リサ!ここはあぶねえ‼早く逃げるんだ‼」

 

 高笑いをするブラドと必死に叫ぶカズキにリサは聞かず、ポケットから小さいカプセル錠を取り出し口に含んで飲み込んだ。突然、リサはせき込み苦しそうにしながらうずくまった。それを見たブラドは笑うのをやめて低く唸った。

 

「貴様…本当にこの俺を止めれると思っているのか?」

「ええ…そのつもりです…命を賭してでも貴方を止めます」

 

 カズキ達はリサの方へ駆けようとしたが足を止めた。リサの腕がみるみる大きくなり白い毛並みの巨大な獣の腕に変貌していった。

 

「リサ…おまえ…?」

 

 ナオトは恐る恐るリサを伺う。リサは苦しそうにしながらもカズキ達に微笑む。

 

「かつての私は…この力を与えた神を呪ってた…ですが今は違う…」

 

 足も白い毛並みの獣の脚へと変わっていきリサの身体もみるみる大きくなっていく。

 

「カズキ様…タクト様…ナオト様、ケイスケ様を助けて、リサから離れて…ください…私の本当の姿は…『ジェヴォーダンの獣』…秂狼です」

 

 それを聞いたタクトはジャンヌが言っていた『百獣の王』、秂狼である『ジェヴォーダンの獣』の事を思い出した。まさかその正体がリサだったとは驚くことしかできなかった。苦しく悶えながらリサは夜空に浮かぶ満月を見上げる。みるみる巨大な狼へと変貌していく。

 

「『イ・ウー』はリサの血に伝わる力を知り、利用しようとしていました…でも彼らは知らない。この獣の姿を変えるには2つの条件が必要だという事を…その一つ『死の淵(アゴニサント)』しか…知らない」

 

 だから捨て駒のように戦地へ赴かせおもむろに瀕死状態にさせようとしていたのか、カズキ達は理解した。リサは狼と人の中間のような姿でもう一度満月を見上げる。

 

「そして…もう一つの条件は、満月。月から反射される、赤外線を減衰させたスペクトルの太陽光を、網膜に感受させることで…変貌するのです…‼」

 

 もう唸り声が狼そのものになったリサは身長…いや体長が5m至ろうとしていた。

 

「リサは満月を見てしまいました…間もなく、理性を失い、敵も味方も関係なく殺してしまう獣に変貌します…!」

 

 カズキとタクトはリサを止めようとした。しかしリサは首を横に振い苦しながらも悲しそうに微笑んだ。

 

「もういいのです…皆様をお守りするためなら、悔いはありません…お逃げください…!リサから…とおくへ…おにげください…!」

 

 その言葉が最後だった。翡翠の瞳から涙が流れたのちリサはしゃべらなくなり、巨大な金色の狼へと変貌していった。そして凶暴な顔つきになり遠吠えをした。鳴き声も、姿も、恐ろしい狼そのものだった。




 ヴァン・ヘルシングっていう映画の狼男vs吸血鬼が好きでやりたかったんです…まあ映画の内容は…うん、好きです

 武偵法9条で殺人を禁止してるので逮捕します。(例外あり)って書いてるけどダメなのかな…イギリスはあり、公安第0課とかは「殺しのライセンス」があったり…法律って難しいですね!(目を逸らす)


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18話

 ドッグショーを見に行った時、ボクサーという犬ちゃんを見たんですよ。厳つい見た目にも関わらず人懐っこくて可愛らしかったんです。
 撫でてたらボクサーの前脚がボディーブローをするかのように直撃。威力は本当にボクサー…シャレにならんです…大型犬の脚力はすごい。


 金色の魔狼となったリサはブラドへと襲いかかった。獣の吠え声と共に鋭い爪を、牙を振るう。ブラドの身体を切り裂き、食いちぎる様に噛みつく。ブラドは怒り任せに金狼の前脚を、口吻を掴み投げ飛ばす。空中でくるりと身を翻して着地をした。ブラドを睨む翡翠色の瞳は全てに敵意を向けた恐ろしい獣そのものだった。タクトは目の前の金狼の姿を見て驚愕し口をこぼす。

 

「リサが狼だったなんて…」

 

 カズキ達はただ呆然と立ち尽くしていた。吸血鬼と秂狼の対決といった空想上の出来事がいま目の前に起きている、自分たちが踏み入れる隙がないと感じて動けないでいたのだった。

 

「こ、怖すぎて割入ることができないな…」

「というよりあのゴリライモを倒せることができるんじゃ…?」

 

 カズキとタクトはどうしたいいかあたふたとしだす。吸血鬼と互角に戦える『ジェヴォーダンの獣』なら勝てるかもしれない、その話を聞いていたタクトは吸血鬼と秂狼の戦いを見ながらナオトの方を見る。黙ったまま見ていたナオトだったがすぐさまAK47のリロードをした。

 

「だめだ‥ブラドの回復が早い」

 

 ナオトはすぐにでも割入ろうと隙を伺っていること、ナオトの即答にカズキとタクトは驚きリサとブラドの戦いをまじまじと見る。金狼の牙や爪の攻撃で確かにブラドの体に傷をつけているのだが引っ掻き傷も噛まれた傷も、嚙み千切られてもすぐに再生をする。

 

 一方のリサの方は掴まれ、投げられ、叩かれ、切り裂かれてもすぐに体勢を立て直して飛び掛っている。しかし、傷の回復はできているがブラド程の早さは無く、金色の毛並みに赤い血が付着しており、勢いも徐々に弱くなっていた。

 

「魔臓をどうにかしないとダメだ。このままだと…リサが死ぬ」

「死ぬって…どうするんだよ!?」

 

 ナオトの観察にカズキは怒り叫ぶ。入る隙が無くて立ち尽している自分たちの無力さに苛立っていた。このまま見殺しにしてたまるか、とどうにかしたかったのだ。するとタクトが真剣な眼差しでカズキとナオトを見る。

 

「リサを止める!」

「止めるって…できるのか!?」

 

 カズキは心配そうにする。金色の魔狼となったリサは敵も味方も関係なしに襲い掛かる。タクトが近づいても襲い掛かって噛み殺されるのではないか。そんな心配するカズキにタクトはむっとして怒鳴る。

 

「俺達はソウルメイトだろ!?やんなきゃいけないだろ‼」

 

 ソウルメイト、宇宙ヤバイほどのサイキョーの絆。カズキ達のおかげでリサは少しずつ生き方を変えようとしている。自分達は彼女を助け、支えているのに自分達だけ逃げるわけにはいかない。タクトはそうカズキに言い寄る。

 

「たっくん…くさいけど、やるしかねえな!」

 

 くさい台詞だけど、今は仲間を助けるのが優先だとカズキはニッと笑う。

 

「犬畜生の分際で…この俺に勝てると思っていたのか!」

 

 獣の分際で貶され傷をつけられたブラドは怒り、金狼の爪を避けて脚と口吻を掴み首へと牙を立てた。強く唸り恐れをしないで猛る金狼から悲痛の吠え声が響く。怯んだところを地面へ叩き付け強く蹴とばす。よろよろと立ち上がり睨む金狼にブラドは舌なめずりしながら低く笑う。

 

「ぐははは…金狼の血、頂こうじゃねえか」

 

 吸血鬼は優れた遺伝子を持つ人間を吸血し、自分の遺伝子を上書きして進化していく。『ジェヴォーダンの獣』といった強力な生物の血を吸えばより強力な吸血鬼へと進化できる。ゆっくりと弱っているリサへ近づく。

 

「おい…そこの脳筋ゴリラ野郎…」

 

 ふと声を掛けられたのでブラドはジロリと後ろへ振り向く。そこには先ほどぶっとばされたケイスケが立っており、般若のお面をつけて表情が見えなかったがかなり怒っている様子だった。無力な人間如きが、また無駄弾をするかとブラドはあざ笑ってやろうとしていた。しかしそんなことは言わせないかのようにケイスケは怒号を飛ばす。

 

「倍返しじゃボケエエっ‼」

 

 ケイスケはM60機関銃をブラドに向けて乱射した。こっそりとC地点に自力で向かい、用意しておいたM60を取っていたのだった。作戦C、トリップマインや銀の十字架を含めた爆弾がダメだったら機関銃で一斉掃射。ケイスケの怒りが具現したかのように機関銃は火を吹く。

 

「おい‼リサをなんとかすんならさっさとしろ!」

 

 ケイスケは呆然としているタクト達にも怒声を飛ばす。3人は頷いてすぐに動いた。カズキはM60を取ってケイスケと共にブラドを足止めし、ナオトとタクトでリサを止めに入った。

 

「リサ…大丈夫?」

 

 タクトは恐る恐るリサへ近づく。しかし、牙を剥き出し、敵意に丸出しで唸り威嚇する。タクトは一瞬ビクッと震えたがそれでもゆっくりと近づいて行った。

 

「怖がらなくていいだぜ…?俺達が助けてやるからな」

 

 タクトはゆっくりとリサへ左手を優しく近づける。唸り続けたリサは牙を剥きだし左腕ごとがぶりと噛みついた。左腕に激痛が走る。

 

「い゛え゛あ゛っ!?」

「たっくんっ!?」

 

 タクトの奇声、悲鳴を聞いたナオトは咄嗟にAK47を向けた。しかしタクトは撃つなと首を振って、激痛に我慢しながらもニッと笑う。

 

「はは…いいコミュニケーションだぜリサ…よーしよしよしよしよしよし!」

 

 タクトは痛みに耐えながら右手でムツゴロウさんが動物をあやすようにリサの頭を、金色の毛並みを物凄く撫で始めた。

 

「逃げろだなんて言うなよ。俺達一緒にやってきたソウルメイトじゃないか!ソウルメイトは絶対に見捨てないぞ‼」

 

 タクトは顔も近づけ撫で続けた。今にもタクトの左腕が食い千切られるかと思われたその時、唸り声が止みリサは力を緩めた。タクトははっとしてリサを見る。敵意が消え、いつものような優しい翡翠色の瞳でリサはタクトを見つめていた。ゆっくりとタクトの左腕を口から離し、舌で優しく舐めた。一部始終を見ていたナオトは驚いていた。まるで奇跡か偶然だと、意外とすごいタクトの力に驚きで何も言えなかった。

 

「たっくん…すっげえ」

「どーだ‼この俺が第二のムツゴロウと言われたかったアニマルムツゴロウマスター、菊池タクトだー‼」

 

 タクトはドヤ顔をして叫ぶ。リサはタクトの襟を咥えてひょいと持ち上げタクトを自分の背中に乗せた。つやつやでふかふかな美しい金色の毛並みに触れてタクトはさらにテンションをあげた。

 

「いよーし、行くぞリサ‼一緒に倒すぞー‼」

「ずるいぞたっくん‼俺も乗せろ!」

 

 リサに乗って駆けるタクトを追うようにナオトは走った。一方、カズキとケイスケはM60を撃ち続けブラドを足止めしていた。肉片が飛び、ハチの巣になろうともブラドは倒れることは無かった。減りつつある弾数に二人は焦る。

 

「くそっ‼まだ倒れねえのかよ‼」

「ケイスケ、諦めるな。撃ちまくれー‼」

 

 弾切れしたら間違いなく殺しにかかって来る。それでもどうにかしなければならない、二人は必死に撃ちまくった。ふと後ろからタクトの叫び声が聞こえてきた。振り向けばリサに乗ったドヤ顔のタクトが駆けてきた。その後ろにちゃっかりナオトが追いかけている。

 

「カズキ、ケイスケ‼お待たせ‼」

「おおっ!?たっくん、なんかもののけ姫みてえ‼いやもののけ野郎か!」

「やるじゃんたっくん!」

 

 カズキとケイスケもタクトの活躍に喜んだ。ブラドは凶暴な『ジェヴォーダンの獣』が自我を取り戻し、彼らのいう事を聞いていることに驚愕していた。

 

「たとえ犬畜生を手懐けたとしてもこの俺を倒すことはできん‼」

「…次、作戦D。いくぞ」

 

 ナオトはカズキ達に呼びかけ、カズキ達は頷きにやりと笑う。まだ作戦があるのかとブラドは呆れ、低く笑う。どうせ無駄撃ち、無駄弾だろうと。

 

「いくぞー‼作戦Dはダメ押しのD‼」

「さっさと倒れろやクソが‼」

 

 カズキとケイスケが再びM60を撃ちだす。予想通り、無駄撃ちだとブラドはほくそ笑む。しかし、ナオトが()()()()()()()()()()()気づくのに遅れてしまった。ナオトは一発だけ撃つ、一発の弾丸がM60の7.62×51㎜NATO弾を潜り抜けブラドの舌を貫通させた。

 

「ぐるおぉぉぉぉっ!?」

 

 ブラドは突然苦しみ始めた。傷ついた身体は再生することなく血が吹きだす。苦しみ悶えるブラドにカズキとケイスケはポカンとしていたがナオトはタクトに合図する。

 

「たっくん、リサ、今だ‼」

「よーし、リサ行くぞ‼ゴールデンウルフマウンテンパンチだ‼」

 

 リサが、金狼が咆哮し、ブラドめがけて勢いよく駆け、ゴールデンウルフマウンテンパンチもとい強烈な後ろ蹴りをお見舞いした。ブラドは遠くまで吹っ飛ばされ倒れて動かなくなった。

 

「や、やっちゃったのか…?」

 

 勢いでヤっちゃたかとカズキは少し不安になった。ケイスケは血だまりの上で倒れているブラドに近づき脈と呼吸を調べた。

 

「大丈夫、気を失っただけだ。生命力はさすが化け物級だな」

 

 これだけやっても尚、生きていることにケイスケはため息をつく。人生はじめて吸血鬼という怪物と戦ったことに、もう化け物退治はこりごりだと苦笑いをした。カズキは自分たちの勝利だと喜んだ。

 

「や、やったー‼」

「というかナオト、よくわかったよな」

 

 ブラドの4つの魔臓のうち、最後の魔臓が舌だと気づいたナオトにケイスケは感心した。ナオトはパーカーとサングラスを外し疲れたかのように息をつく。

 

「あれだけ顔をガードしてたら嫌でもわかる。一応ヘッドショットを狙おうとしたけど」

「おおい‼一人だけ気づくとかずるいぞ‼」

「そうだぞナオトー!乗せてくれなかったからって一人だけかっこつけるなよ‼」

 

 ナオトが気づいたおかげで勝てたのにカズキとタクトはプンスカと怒る。喚く二人をよそにケイスケはリサを撫でる。サラサラとした金色の毛並みが靡いた。そんな時、遠くから多くの車が近づいてくる音が聞こえた。もしかするとこの騒動に他の武偵達が駆けつけてきたのだろう。このまま出くわしてしまうと事情聴取も面倒だが金狼となったリサを見て更に面倒なことになり兼ねない。

 

「リサを見たらとんでもないことになる…!」

「よし、リサ。このまま俺達を乗せて一先ず家に逃げ込むぞ」

 

 リサはカズキ達が乗れるように低く屈んだ。ケイスケとナオトはすぐに乗ったがカズキは残りのM60を回収して急いで駆けるがこけてしまい咄嗟に尻尾にしがみ付いた。するとリサはすくっと立ち上がって物凄い速さで駆けだした。

 

「ちょ、リサ!?俺も背中に乗せてくれぇぇっ!?」

 

 あまりの速さにカズキはびびりながら必死に叫ぶ。そんなカズキにケイスケはにんまりと、ナオトは哀れむかのように見る。

 

「悪いなカズキ。これ3人用なんだ」

「…しっかり捕まっとけ」

「ヒャッハー‼いけいけー‼」

 

 ビルの屋上まで跳躍し、ビルからビルへ飛び移る様に跳び、ひと気のない所では風の如く駆け我が家へと向かった。そんな彼らの戦いを、魔狼となったリサを人の心を取り戻させた彼らの一部始終をジョージ神父は遠くで見ていた。

 

「うむ…やはり彼らならやってくれると信じてよかった」

 

 ジョージ神父は彼らの活躍を満足する様に、駆けつけてきた武偵達、キンジとアリアそして理子に後を任せるように去っていった。

 

__

 

「納得いかねえ…」

「いちいち俺の医務室で不貞腐れるな」

 

 ケイスケは医務室のベッドで不貞寝しているカズキを叱る。リサはそんな二人のやりとりに苦笑いしていた。がばりと布団を蹴とばしてカズキが起き上がって文句を垂らす。

 

「しゃあねえだろ!なんでブラドを捕まえた手柄が俺達じゃなくてアリア達になってんだよ!?」

 

 吸血鬼で『無限罪』と呼ばれたブラドを倒したんだから俺達明日にでもSランクに昇格してるんじゃね?とカズキは楽しみにしていたが後日、武偵校掲示板や諜報科からの情報でアリア、キンジ、峰理子がブラドを逮捕し大手柄という情報を見てカズキは真っ白になっていた。

 

「俺達は倒しただけ。結局、逮捕したのはアリア達なんだから仕方ない」

 

 ナオトは眠たそうに正論を言う。戦ったのは自分達で、後始末をアリア達に押し付けたのだから文句は言えない。カーテンを開けてタクトは嬉しそうにする。

 

「でもさ、リサちゃんも助けることができたしいいじゃん」

「み、皆様、本当にご迷惑をおかけしました」

 

 リサは照れながらペコペコと頭を下げる。あの時の事を思い出した4人はピシッと固まる。あの後、無事に家に戻ることができたが巨躯の狼では中々入ることができなかったので地下駐車場へと入れた。

 

 どうすれば元のリサの姿に戻るのか4人は考えているうちに金色の毛が煙のように消えて行き、元の姿に戻った。だが戻ったのはいいが頭に可愛らしい犬耳、お尻辺りにフサフサの尻尾をちょこんとつけた一糸纏わぬ姿だったので4人は物凄く慌てふためいた。ケイスケはコーヒーを一気飲みしてリサに苦笑いする。

 

「こ、今度は気を付けるからな」

「ケイスケ様、ナオト様、カズキ様、タクト様…皆様のおかげでリサは一歩進むことができました」

 

 4人にリサは嬉しそうに微笑んだ。正体は巨躯の秂狼だとしてもリサを受け入れまたいつものようにいられることに4人もリサも笑いあう。ふとリサは思い出したようにはっとした。

 

「そうでした。皆様にお伝えしなければならないことがあるんです」

「え?どんなこと?」

 

「彼女は武偵高校に通学してもらいます」

 

 突然、医務室に現れた声も姿も服装も何もかもが日本の平均的特徴の男性の声と姿に4人はぎょっとした。彼らの目の前にいるどこにでもいそうな普通の男性、彼こそが東京武偵高校の校長の緑松武尊である。

 

「君たちの()()から頼まれましてね…リサさんは今日から2年A組、救護科の生徒として編入学していただきます」

「ということで皆様と一緒に学んでいきます。よろしくお願いしますね」

 

 4人は突然の事で一瞬驚いたが、もう見つからないようにこっそり連れていかなくてもいい、一緒に登校できることに喜んだ。

 

「よかったなリサ‼くれぐれもケイスケにこき使われないように気を付けるんだぞー」

「こき使うならてめえらだ。リサ、よろしくな」

「…リサ、おめでと」

「いやったー‼今日は祝うぞー‼校長先生、ありがとー‼」

 

 タクトは喜んで感謝するが既にそこには校長の姿は無かった。武偵校では『見える透明人間』として恐れられている。そんなことを4人は気にせずテンションをさらに上げる。

 

「よーし、そうなればさっそくリサの入学祝いをしよう!」

「たっくん、ナイス判断‼それじゃあ焼肉といこうぜ‼」

「行くか。今日は授業をサボタージュして祝うぞ」

 

 リサはもう授業をさぼる気満々の3人の行動にビックリするがすぐにくすっと笑って頷いた。

 

「はい!リサもお供いたしますね!」

「……」

 

 3人はリサを連れてドタドタと医務室を出た。最後にナオトはぺこりとお辞儀をして医務室を出て行った。

 

「…やれやれ、本当に賑やかな生徒ですね…」

 

 静かになった医務室の回転椅子に腰を掛けた緑松校長は4人に対して苦笑いをしていた。




 カオスな4人といえばM60。そんなイメージがあります。(個人的)

 


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ボーダーランズ_最悪の部隊で駆け抜けろ
19話


 カナさん見てると乱馬1/2を思い浮かべた。原作の絵を見てみると膨らみがあるし、女の子でいいじゃね?え?ダメか…


カズキ達は開けた森の中にある通り道を駆けていた。1人は般若のお面をつけ、1人はフルジップのパーカーとサングラスで顔を隠していたが4人とも必死の形相で走り続けていた。

 4人は普段よりも重厚そうな迷彩柄のボディースーツを身に着け、ナオトはAK47、ケイスケはMP5、タクトはM16、そしてカズキはM110狙撃銃を構えて辺りを警戒しながら進んでいる。

 

「あのクソ神父…生きて帰ってこれたら助走をつけてぶん殴ってやる!」

 

 ケイスケは嫌味たっぷりとかなり機嫌悪そうに悪態をつける。普段ならカズキかタクトがケイスケを宥めるのだが今回はそんな暇がなかった。カズキは苦笑いをしながらスコープを除いてその先を確かめる。

 

「まあ気持ちは分からんでもねえけど…今はとにかくこの戦場から脱出するんだ」

 

 ケイスケは気だるそうに頷く。今年の夏休みは最悪だった。祭りに行ったり、海に行ったり、花火を見たり、旅行をしたり夏を堪能するはずだった。まさかあのジョージ神父のせいでたった4人で小さな島で戦場のような修羅場を駆ける羽目になってしまったのだ。

 

 ケイスケは後ろにいるタクトと仲良く話している古めかしいスーツを着た白髪交じりオールバックの男性を睨む。壮年かそれともまだ30代かよくわからない男性を護衛するという任務のせいで死と隣り合わせの状況になっている。

 

「スナイパー‼」

 

 先頭を進んでいたナオトが大声で叫ぶ3人は咄嗟に身を屈め、カズキはナオトが指示した場所を狙撃する。それを皮切りに岩場から、茂みから白のボディースーツを身に着け、SG500やG36等のアサルト、レミントンM870といった散弾銃を構えた兵士達が飛び出しカズキ達に向けて発砲した。カズキはスナイパーをダウンさせたことを確認しナオトに叫ぶように呼びかけた。

 

「スナイパーダウン!」

「俺の夏休みを返せええっ‼」

 

 ナオトが頷く前にケイスケが怒りとともに敵陣へ駆けた。それを見たカズキとナオトがギョッとする。

 

「ちょ、ケイスケ、前にでるなってば!?」

「メディックのお前がやられたら意味ないっていってるだろ!?」

 

 二人の声も虚しく、ケイスケは怒声と神父の文句を言いながら銃の火を吹かす。かなりお冠だなと二人は仕方なしと頷いた。

 

「よし、たっくん‼」

 

 ナオトは前線へ駆け、ナオトを支援するようにカズキが狙い撃つ。ナオトに呼ばれたタクトは男性にカズキの近くで身を屈めて被弾しないように言った。

 

「行くぜオイ‼これが俺達のイームワークだ‼」

 

 タクトはナオトの下へ駆けて行き手持ちの銃で襲い掛かる兵士達を死なない程度で撃っていく。文句を垂らしがら、変に噛みながら、叫びながら、黙ったまま多くの敵兵と相手している4人組を男は面白そうに見ていた。

 

「彼らは面白いな…僕の予想の斜め上、いや斜めに行くがよくわからない方向に行く。実に興味深い…」

 

__

 

 事の始まりは数週間前に遡る。7月、夏真っ盛りの時のことであった。カズキ達は無事に単位を取り、留年は逃れることができた。医務室ではすでに夏休み気分のカズキとタクトが野球盤で遊んでいた。ルールを知らずに遊ぶ二人にケイスケは呆れていた。

 

「相手のゴールに…シューッ‼」

「ああくそっ‼たっくん強すぎなんですけど!?」

「お前ら本当に懲りねえのな」

 

 いくら怒っても反省しない二人にため息をつく。そればかりかここ最近はやけに疲れた。リサが正式に武偵高校の生徒になり、2-A組に編入することになるとA組の男子は勿論、男共はすぐに興味を示しだす。

 リサは優しさでどんな質問をにっこりと答えるのはまだいいが、リサを一目見たくて仮病と称して入って来る連中を追い出すのには手を焼いた。包帯で縛り上げたり激痛足つぼマッサージをしたり、お灸を添えたりして〆てやった。

 

「疲れた…仮病マンはほんとくたばれ」

「ケイスケ様、今日は大忙しでしたね」

 

 リサはにこやかにコーヒーをマグカップに注いでケイスケに渡す。リサはすぐにこの学校生活に慣れた。男子や女子にも人気になり、ジャンヌや理子といった元『イ・ウー』の生徒と仲良く話しているところもよく見かける。最初はどうなることかと心配していたケイスケだったが杞憂だったと安心した。

 

「もうすぐ夏休みだし、しばらくの辛抱だ」

 

 カズキとタクトの野球盤を退屈そうに眺めながらナオトがケイスケを励ます。それまでの間、仮病マンに荒治療しなければならないのか、とケイスケはそう思うと更に嫌そうにため息をついた。

 

「そうだ、夏休みは何処に行く?」

 

 タクトはウキウキしながらカズキ達に聞いた。海に行ったり、夏祭りに行ったり、旅行をしたりと夏休みを堪能しようと考えていた。

 

「そうだなー。去年は北海道に行ったし…リサを連れて北海道に行こうぜ‼」

「またかよ」

 

 結局北海道かよとケイスケはツッコミを入れた。去年は北海道に行ったり、北海道の海に行ったり、温泉行ったり…夏休みの半分を北海道旅行に費やしていた。

 

「日本の観光名所…リサはとても興味があります‼」

 

 リサは嬉しそうにはしゃぐ。しかしまだまだ夏休みまでほど遠い。ここ最近あの愉悦に浸る神父から無茶苦茶な依頼をされることから今月もあるんじゃないだろうかとケイスケは不安気味にコーヒーを啜る。

 

「久しぶりにここに来てみたけど…貴方達は相変わらずね…」

 

 ふと中性的な声が聞こえたので4人は声のした方を見る。入り口に立っている武偵高校の女子制服を着た茶髪の綺麗な三つ編みと、絹のように白い肌、華奢ながらも力強さを感じる凛々しさを持つ人物を見て4人は驚愕した。同じくリサもその人物を見て目を見開いたように驚いていた。

 

「カナさん…!?」

 

 カズキが口をこぼす。カナと呼ばれた人物はニッコリと笑って手を振る。

 

「弟が、キンジがお世話になってるわね」

「金一さん、あんたがいなくなった後、素っ頓狂な弟には手を焼いたんだけど」

 

 ケイスケは皮肉たっぷりにカナに話した。カナと呼ばれ、金一と呼ばれるこの人物こそ、一年前に起きた豪華客船沈没事故で死んだと思われたキンジの兄、遠山カナもとい遠山金一である。

 

「き、キンイチ様、お、お久しぶりです…‼」

 

 リサは口をパクパクしながらあたふたと頭を下げるた。そんなリサにカナは苦笑いをしながらも優しく微笑む。

 

「リサ、貴女が突然いなくなって心配したけど…彼らの所にいたのを知って安心したわ」

「…リサがカナさんを知ってて、カナさんもリサを知ってる…もしかして‥」

「か、かなさん…もしかして…」

 

 ナオトはふと気づき、カズキもわなわなと震えながらも答えを言おうとしていた。4人に対しカナは申し訳なさそうに笑う。

 

「最初、『始末屋』が貴方達に捕まったと聞いて偶然かと思ったけど…まさかブラドも倒すなんてね、正直驚いたわ。黙っててごめんなさいね。私もイ・ry」

「カナさんはやっぱり女の子だったんですね!」

 

 カズキの答えにカナはあうやくずっこけそうになった。自分も『イ・ウー』の一員であると話そうとしていたが更にケイスケが遮る。

 

「バカかお前。カナさんもとい金一さんは男だぞ?」

「いやいやいや!おかしいだろ。こんな綺麗な人が男のはずがねぇ!」

「えっと…今はその話を置いといて、貴方達に伝えてなければならないことが…」

 

 カナが話を変えようとしたが更にナオトが話に加わりヒートアップする。

 

「…俺も女子制服着てるから女の子かと思った」

「お前ら本当にバカだな。学校の生徒のリスト見てみろ。金一さんは男だと書いてるだろうが」

「それが偽装かもしんねえだろ!男(女)かもしれないぞ」

 

「あの…そろそろいいかしら?」

 

 今は男とか女とか討論している場合ではない、カナは彼らの話を終わらせようと声を掛けるがそれも虚しくタクトが話に加わる。

 

「お前ら落ち着けって。カナさんは両方なんだ」

「たっくん、お前天才か!?それはつまり…どゆこと?」

「いやだから金一さんは男つってんだろ」

 

「いやだから人の話を…」

 

 カナの話は虚しく遮られ、タクトがドヤ顔をして答えた。

 

「つまり…カナさんにお湯をかければいいんだ。カナさん‼お湯をかけたらどっちなんですか!」

「うん、やっぱり人の話を聞かないのも相変わらずね…」

 

 カナは肩を竦めてため息をついた。本題に入ろうとしているのにこんなに時間がかかることにやや呆れていた。

 

「き、キンイチ様。どのような件でお越しになられたのですか?」

 

 リサの鶴の一声でやっと本題に入れる。カナはやれやれと苦笑いをしながらカズキ達に話す。

 

「貴方達にお願いがあるの。しばらくの間、キンジに関わらないでほしい」

 

 突然のお願いに4人はきょとんとしていた。話は分かっていないだろうとカナはカズキ達に補足する。

 

「これから起こることに、リサを貴方達を巻き込みたくないの。私達のいざこざのせいで無関係な人を傷つけたくないからね」

「つまり…兄弟喧嘩するんですね!」

 

 タクトの率直な質問にカナは少し驚いたような顔をしたがすぐに苦笑いして答えた。

 

「まあ兄弟喧嘩のようなものかもね‥‥それもあるけれど、『イ・ウー』は貴方達を警戒しているわ。事が済むまでキンジやアリアに関わったら危険よ。貴方達も巻き込まれるわ」

 

「まっかせてくださいよ‼カナさん応援してますぜ!」

「金一さん、あの女たらしに喝をいれてください」

 

 カズキとケイスケの応援を聞いてちゃんと分かってくれているのだろうかとカナは少し心配になった。

 

「リサ、無茶なことを言うかもしれないけれど彼らのことをお願いね」

「は、はい!」

 

 リサは緊張気味でカチコチになりながらも懸命に答えた。言う事全て伝えたカナはほっと一息入れてカズキ達ににっこりと笑う。

 

「それじゃあ私は帰るわ。またいつか会いましょ」

 

 そう言ってカナは踵を返して医務室から出て行った。4人はしばらく黙ったまま顔を合わせた。沈黙が続いたがカズキが最初に口を開く。

 

「結局カナさんって男なの?女なの?」

「そこかよ!?」

 

 ナオトが呆れながらツッコミを入れた。リサを知っているという事はカナも『イ・ウー』の一員であること、そうでありながらもカズキ達に忠告しに来たこと、カナの真意が分からなかった。ケイスケは考えて話をまとめた。

 

「金一さんは危険が迫っていることを伝えに来たんだ。その渦の中心がキンジとアリアに関わっている事、関わればヤバイってことか」

「キンイチ様がああおっしゃるのですから…よほど危険なことなのですね」

 

 リサとケイスケは深く頷く。そんな二人をよそにカズキとタクトはギャーギャーと口喧嘩していた。

 

「だから、お湯か水をかければすべて解決なんだってば!」

「たっくん、それじゃあ分からないってば!お湯や水を駆けても結局どっちなんだよ!?」

「…もう性別不明でいいんじゃ?」

 

「「ナオト、お前天才か!?」」

 

 絶対にカナの話を理解してないだろうとそんな3人にケイスケは項垂れた。そんな時、ナオトの携帯が鳴る。電話の相手はどうやらジョージ神父のようだ。ナオトは何も考えずに携帯を取り、通話を開始した。

 

 全てはこのジョージ神父の電話から始まった。もし、カナの忠告をしっかり理解しジョージ神父の電話を無視ししていればあんなことにならなかっただろう…

 

__

 

「一応伝えたけども…やっぱり心配だわ…」

 

 カナは帰路につきながら騒がしい4人のことが心配になった。人の話を聞かないことに評定があるあの4人は恐らくきっとこれから描かれる『第二の可能性』に巻き込まれるだろう。彼らを守ってやりたいが、今はキンジとアリアの方で手一杯だった。

 

「全ては彼ら次第ね…それにしても…」

 

 ただ一つ、気になることがあった。『始末屋』のことも『ブラド』のことも、カズキ達の活躍だと聞いていたが独自で調べていると事の全てがジョージ神父という謎の人物が関連している事が分かった。ナオトの養親であること、カズキ達が関わっていることしか分からなかった。

 

「ジョージ神父…一度会ってみるべきね…」




  冒頭はWarfaceです。動画で見ましたがむっちゃ難しそうですね…
  こちらのカナさんは優しいデス(たぶん


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20話

 黒いスカラベといえばハムナプトラという映画を思い出します。あんなのが沢山でてきたら鳥肌物です

 1、2は面白かったのに3は面白くなかった…




カズキ達はジョージ神父から至急来てほしいとその言葉だけ伝えられ、教会へ向かった。急遽呼ばれたのでどたばたとしてしまいやっと着いたのは夕方。教会に入れば夕焼けの日差しが窓から照らされ、ジョージ神父は黙々と分厚そうな本を読みながらカズキ達が来るのを待っていた。

 

「やあ、来るのを待っていたよ」

 

 カズキ達に気づくとジョージ神父は本を閉じてニッコリと彼らを迎えた。哀愁を感じたのかナオトは気になりながらも尋ねる。

 

「神父、今日はどんな用?」

「今の俺達ならどんな御用も成し遂げれるぜ‼」

 

 余計な事を言うなとケイスケはタクトの足を踏んづける。下手に言ってしまうと本当に無茶苦茶なことを頼まれるかもしれない、というよりもどうせまた無茶苦茶なことを頼んでくるんだろうなとケイスケはやや諦め気味だった。

 

「そうだね、寧ろ君達じゃないと成し遂げられないだろう」

 

 ジョージ神父はにっこりと答えるとカズキとタクトはドヤ顔してガッツポーズをとる。あげられてるから乗せられてしまっているんだとケイスケは二人に呆れていた。

 

「君たちにはとある人物の護衛を頼みたい」

「とある人物?」

 

 タクトは突然頼まれた依頼に首を傾げ、ケイスケはやっぱりそんなことを頼まれるのだろうなと予想が当たりケイスケは項垂れる。

 

「…名前は?」

「すまないが、今は名前も姿も教えられない。機密事項だ」

「名前も姿も秘密って…名無しの権兵衛さんかよ!?」

 

 怒声をあげるところをカズキが驚いて代弁してくれたのでケイスケは怒りを鎮める。ジョージ神父は任務の内容を話し続ける。

 

「日時、場所は後日知らせる。その人物は私にとって大事な人でね…恐らく、君たちと出会う時は瀕死の状況だ。どうか私の大事な人を助けてくれないか?」

 

 ジョージ神父はカズキ達に頭を深く下げた。カズキ達は驚く。まさかカズキ達に愉悦な笑顔で依頼を頼むジョージ神父がここまでして頼むなんて、よほど大事な人なのだろうと。ケイスケも怒るに怒れずもやもやしていた。そんなジョージ神父を見たタクトはカズキ達に呼びかけた。

 

「ジョージ神父の大事な人の命がかかってるんだ。この依頼、受けようぜ?」

「たっくん、マジかよ!?こんなよく分からねえのやるのか!?」

「ケイスケもうやるしかないだろ。ジョージ神父には色々お世話になってんだし、ここで恩をリターンしようぜ!」

 

 それを言うならリバースだろとケイスケはツッコミを入れてナオトの方を見る。ナオトは無言のまま首を縦に振る。この3人がヤル気満々に対し、依頼の内容が不安すぎると警戒していたケイスケはやけ気味にジト目でジョージ神父を睨む。

 

「ったく、断る空気じゃねえから仕方なしにやってやるよ」

「そうか…ありがとう」

 

 ジョージ神父はカズキ達ににっこりと笑い頷いた。しかし、その直後笑顔が消えて真剣な表情でカズキ達を見た。

 

「君たちに言わなければならない…この依頼は死と隣り合わせの戦いになるだろう」

「ちょ、それを早く言えよ!?やっぱり断るぞこの依頼!」

 

 それを聞いたケイスケは手のひらを反す様に起こり怒声をあげる。カズキは今にも殴り掛かりそうな勢いのケイスケを抑えて落ち着かせた。ジョージ神父にタクトはニシシと笑って答えた。

 

「大丈夫だって!何度も死線を超えた俺達ならダイジョーブ!」

「…超えられてないと思う」

「たっくん、前線に特攻してすぐやられるイメージしかない」

 

「なんだとー!?お前らが俺を引っ張ってるんだろー‼」

 

 さらっと訂正したナオトとカズキに対しタクトはそんな事はないとプンスカと怒りながら反論する。

 

「この戦いに私は出ることができない。その代わり、君たちの助っ人を呼ぶ」

 

 ケイスケはジョージ神父の助っ人と聞いて、かつてリサが入った木箱を渡した老人の執事とメイドを浮かべた。彼らじゃ助っ人にならないのではと心配しているが、カズキとタクトは助っ人と聞いて喜んでいた。

 

「いよっしゃぁ!助っ人が来るなら勝ち確だぜ‼」

「イエーイ‼アイムウィナー!」

「その助っ人、本当に大丈夫なんだろうな?」

 

 彼らに代わってケイスケは怪しそうに神父を睨む。こちらに詳しく教えてくれないのだから助っ人もあまり期待できない。そんな疑心の目で見ているケイスケに対しジョージ神父はにこやかに頷く。

 

「心配する必要はない。君たちの手助けなら全力を揮おう」

「神父自らの手を揮ってもらいたいんだけど」

 

 ケイスケは皮肉たっぷりに言い返す。それを理解しているのかしていないのか、ジョージ神父は無言でニッコリと笑い頷く。

 

「詳しい事は随時連絡する。迷惑をかけるがよろしくお願いするよ」

「任してくださいよ‼火の船に乗った気分でいて構いませんよ‼」

「それ沈むじゃねえか」

「よーし、ちゃちゃっと熟してみせるから楽しみに待っててね!」

「‥‥」

 

 カズキ達は新たな任務に楽しみにしながら教会から出て行った。そんな元気な彼らを見送った後、ジョージ神父は一息つく。

 

「彼らには酷な事をさせることになるが…これを乗り越えれば、彼らはこの先の戦いについていけれるはずだ…」

 

__

 

 依頼から一週間経過し、未だにジョージ神父から連絡は来なかった。いつ連絡が来るのか念のため着々と準備はしているのだがカズキ達は少し忘れかけてしまうところだった。

 そんなある日、タクトは意味もなく華麗なステップを踏みながらケイスケの医務室に入るといつもなら遅れてやってくるはずのナオトが携帯を弄りながら寛いでいた。

 

「あれ?ナオトー、ケイスケは?」

 

 医務室でリサにコーヒーを注いでもらってレポートを書いているはずのケイスケが医務室にいなかった。そんな疑問を答えるようにナオトは眠たそうに答えた。

 

「ケイスケならリサと一緒に武偵病院にいる。何やら理子が眼疾を患ったらしくてその治療しに行った」

「なるほどー…つまりこの医務室は俺達の天下ってことだなー‼」

 

 ケイスケがいないので自由に使えることを知ったタクトは大はしゃぎしていつもケイスケが座っている椅子に腰かけ回転する。まさに鬼の居ぬ間に洗濯。そんな3日よりも短そうな天下にナオトは苦笑いをする。

 

「…たっくん、カズキは?」

「カズキの奴なら補習だってさ。プププー、居残りされてやんの‼」

 

 ケイスケとリサは病院、カズキは居残り、つまりはタクトとナオトだけの状態。ナオトはタクトの悪乗りを止めれるだろうかやや心配になった。

 その時、二人の目の前に黒いコガネムシのような甲虫が飛んで通り過ぎた。タクトはカブトムシを見つけた少年のように目を輝かせた。

 

「見ろよナオト‼カブトムシじゃねーか!」

「明らかにカブトムシじゃないんだが…いやカブトムシか?」

 

 医務室の中を飛んでいるコガネムシのような虫はカーテンに止まった。タクトはゆっくりと虫が逃げないように静かに近づいて虫を捕まえた。

 

「ナオト、虫かごみたいなもの!はやくはやく‼」

「ちょっと待ってろ」

 

 虫を捕まえてはしゃいでいるタクトに急かされながらナオトは虫かごになりそうなものを探す。ロッカーの上に長方形のプラケースがあったのでそれを取って虫を入れた。がさがさと動く黒い虫をタクトとナオトはまじまじと見つめる。

 

「すっげえ‼よく見ると腕とか頭とかギザギザしててかっこいい‼」

「…日本の虫じゃなさそう」

 

 見た目が普通にみかけるコガネムシとは違い腕や頭にギザギザついておりタクトはカッコイイと感じていた。

 

「分かったぞ‼これは新種のコガネムシだ‼名前はジェームズにしよう!」

「…なんでジェームズ?」

 

 ジェームズという明らかに虫らしくない名前にナオトは首を傾げるとタクトがドヤ顔で答えた。

 

「昔、ホームセンターで買って一日で死なせてしまったカブトムシにそっくりだからさ!」

「…ジェームズ、絶滅の危機」

 

 タクトに捕まってしまって絶滅の危機にさらされてしまっているジェームズにナオトは哀れと感じた。その時、後ろでパリンと何かが落ちて割れた音がした。二人は後ろを振り返ってみると、ケイスケが愛用している赤いマグカップが無残にも落ちて割れてしまっていた。二人の顔が一気に真っ青になる。

 

「これ、ケイスケが愛用しているマグカップじゃん…」

「や、やべえぞ‼急いで証拠隠滅だー‼」

 

 ケイスケに見つかったら間違いなく処せられる。焦った二人はマグカップの破片を回収して大急ぎで医務室を出て行った。

 

__

 

 カズキは必死こいて補習のプリントを書いていた。他の生徒がどんどん補習を済まして教室から出て行き、気が付けば教室にいるのはカズキだけになっていた。

 

「う、うおおおー…終わんねぇー!」

 

 まだまだ残っている横に積まれているプリントを見てカズキのやる気が一気に減っていく。下手したら今夜は教室で過ごすんじゃないかと頭によぎる。

 

「お前達は凄いのかそうじゃないのか、全く分からないな…」

 

 ふと声を掛けられたので顔を上げれば、呆れながらカズキを見ている松葉杖をついたジャンヌがいた。

 

「おお?ジョーンズちゃん、どうしたの、松葉杖をついちゃってさ?」

「ジョーンズじゃない、ジャンヌだ‼というかなんでお前達は私の名前をわざと間違えるんだ!?」

 

 名前を間違えられて怒っているジャンヌはテヘペロとしながら謝るカズキに肩を竦めてため息をつく。

 

「まあいい…ちなみこれは不覚に溝が足にはまった時にバスにひかれて骨折してしまったんだ」

「それは難儀だったなー…で、補習を手伝ってくれるの?」

 

 心配してくれてるのかそれとも自分の事しか考えていないのかそんなカズキにジャンヌは呆れながらもカズキの願いを無視して話を続けた。

 

「用はお前達に警告を伝えに来ただけだ。もうすでに『イ・ウー』の攻撃は始まっている。ほとぼりが冷めるまであまり目立ったことはするな」

「なるほどねー…お願い、手伝って」

「タクトといい、お前といい、なんで人の話を真面目に聞こうとしないんだ」

 

 絶対を話しを聞いていないだろうとジャンヌは確信し、仕方なしにカズキの補習を手伝ってあげた。

 

「…少し聞いていいか?ジョージ神父とは何者なんだ?」

「どしたの急に?」

 

 突然ジャンヌがジョージ神父の名を口に出したのでカズキは筆を止めて首を傾げた。

 

「いや…()()()()から聞かれてな。ジョージ神父という人物について詳しく知りたいんだ」

 

それでも頭には手をを浮かべて不思議がるカズキを見てジャンヌは慌てて補足する。

 

「し、心配するな。悪い人じゃない。寧ろ敬愛している人なんだ」

「うーん。ナオトの養親で、いつも俺達に依頼をしてくれる人なんだけど…世界中を旅してるから色んな事に詳しいんだ。例えば『イ・ウー』とかさ」

 

 カズキが自慢する様に話す内容を聞いたジャンヌはやや困ったような顔をしてカズキを見つめた。

 

「…何でも知ってて不審に思わないのか?」

「別に?物知りだなーって思っちゃうくらい」

 

 ニシシと笑うカズキに対し、ジャンヌは苦笑いして返した。

 

「そうか…お前達らしいな。邪魔して済まなかった」

「ちょ、待って!?俺の補習を手伝ってくれー‼」

 

 ジャンヌは助けを求めるカズキにあとは自分でやれと即答し教室を出て行った。その後カズキはケイスケとリサが迎えに来るまで補習とやり続けていた。

 

__

 

「…ああ、事が済み次第すぐに用意してくれ…うん、費用の方は私が負担する」

 

 教会でジョージ神父は年代物の雰囲気を醸し出す黒電話の受話器を戻した。ジョージ神父は一息入れると電話が終わるまでずっと殺気を放って待っている人物の方へ振り向く。

 

「すまないね、待たせてしまったかな?生憎、私は不器用だから人生相談はできそうにないがね」

 

 そんなニッコリとしているジョージ神父に対し、遠山カナこと遠山金一はジョージ神父を睨み付けていた。

 

「…あの子達に危険なことをさせているようだけど、何を企んでいるの?」

 

 殺気を放って睨んでいるカナに対し、ジョージ神父は笑顔のまま答えた。

 

「企み?それは違うな…私ではできなくて、彼らじゃないとできないんだ。私は彼らに託しているだけさ」

「ふざけないで。あの子達にこれ以上危険な目に会わせないと約束して」

 

 カナはさらに殺気を強めてジョージ神父を睨み付けた。しかし、殺気に押されることなくジョージ神父はクスリと笑って答えた。

 

「脅迫かね?すまないがそれは無理な話だ」

「…だったら力尽くで押し通してもらうわ」

 

 すぐに動いたのはカナだった。銃声と共にカナの手元で一瞬閃光した。カナが最も得意としている技の一つ、相手に見えない銃弾を放つ銃撃、『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』である。いつ銃を抜いたのか、いつ狙われたのか、いつ撃たれたのか分からない、反応することも反撃もすることができない技なのだ。

 

 しかし、カナが放った『不可視の銃弾』をジョージ神父は右へ避けたのだった。『不可視の銃弾』を避けた、カナは驚くも続けて撃ち続けた。ジョージ神父は見えない銃弾を見えているかのように避け続け一気にカナの懐まで近づき、カナの腕と襟を掴み投げ倒した。カナは起き上がって反撃しようとするが目の前にレイピアを突き付けられていたので動けなかった。

 

「…っ!?」

「睡魔に負けそうになっている今の君では私に傷をつけることはできないと思うがね」

 

 カナはそれを聞いて更にジョージ神父を警戒する。キンジの寮から出て行きこのままホテルへ『寝る』予定だったが、ジャンヌから連絡を聞いてこの教会へ来たのだった。ジョージ神父は自分のHSS(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)について知っているようだ。

 

「貴方は…一体、何者なの…?」

 

 耐えていた睡魔がこの時に一気に降りかかる。眠りそうになるのを堪えながらカナはジョージ神父に尋ねた。ジョージ神父はにっこりと笑って答えた。

 

「君がカズキくん達の味方であるように、私も彼らの味方だ。それ以外は…ただの世話好きな神父さ」

 

 そんな答えを聞いたカナは瞼で閉じそうになっている眠たい目でジョージ神父を見て思い出すのだった。すべてお見通しというような雰囲気を出すあの探偵と同じ感覚を感じたのだった。

 

「貴方は…まさか…」

 

 しかし、カナは答えることができず瞼を閉じてスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。




 原作を読んでいる時に金一ニキが「兄より優れた弟などいない」というセリフを見て、どこぞの世紀末のヘルメット助教授を思い出した。兄さん、それ言ったらアカンやつ


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21話

 スカイダイビングは死ぬまでに一度でいいからやってみたい。あ、でも高いとこ苦手や…(白目)


「右目の方はどうだ?」

 

 武偵病院にて白衣を着たケイスケが今日も理子の診察をしていた。リサは理子に無理やり着せられたのかスカートの短いナース服を着てケイスケの手伝いをしていた。

 

「いやー、ケー君のおかげでだいぶ良くなったよ!ありがとね☆」

「ね☆じゃねーよ。」

 

 急に呼ばれたので何事かと思いきや眼疾を患った右目は後どれくらいで治るのか見てくれとのことだった。あうっと理子は痛そうにおでこを撫でた後テヘペロしてケイスケを宥めた。

 

 

「まあまあ気にしないでって。こうしてリサのカワイイコスプレをプレゼントしたじゃーん?」

「理子様に貰ったナース服、かわいいのですが少しスカートが短いですね…」

「野郎共の前では目の毒だな…つか呼んだのは他に用があるからだろ?」

 

 ケイスケは気づいていた。最初に治療して診た結果、理子の右目は治るまで1週間ほどかかる。今日も診てみたが感知する日数はさほど変わっていない。理子は辺りを見回してからケイスケに話した。

 

「気づくのが遅かったけど…理子が眼疾にかかった原因は敵の呪術なの」

「呪術?イ・ウー絡みか?」

 

 こういったとんでも超能力の話になるとイ・ウーに関連することだろうと考える。ケイスケの予想通り、理子は頷いて肯定した。

 

「今回の相手は虫を使った蟲術。呪いを込めた物を相手につけることで相手に不幸を呼ぶの」

 

 リサはその話を聞いて少し不安そうにして恐る恐る理子に尋ねた。

 

「もしかして…パトラ様が関係してるのでしょうか…?」

「パトラ?誰だそれ?」

「元イ・ウーのNo.2でクレオパトラの子孫で砂と呪術を操る厄介者だよ」

 

 クレオパトラ…吸血鬼に続いて古代エジプトの王族と来たか、もうイ・ウーには何でもそろっているんだなと人材の多さにケイスケは呆れた。

 

「目的はわからないけど…私やジャンヌに呪術をかけてきたということはリサも狙ってくるはず。ケー君、虫に注意して」

 

 キンジやアリアに関わると危ない、金一からの忠告を思い出したが時すでに遅し。いつの間にかイ・ウーの毒牙が掛かっていることにやや焦りを感じた。ふとリサはあることを思いだした。

 

「そういえば…3日前にタクト様が新種の虫、『ジェームズ』を捕まえたと自信満々に語っていました」

「「ジェームズ?」」

 

 理子とケイスケは首を傾げた後顔を見合わせる。どうしても嫌な予感しかしないからだ。

 

「その…たっくんはジェームズをどうしてるんだ?」

「はい、とても珍しいからとおっしゃって今は医務室に置きっぱなしと」

「医務室ぅぅ!?」

 

 ケイスケが理子もリサも聞いたことのないような野太い声で叫んだ。まさかあのケイスケが奇声をあげるなんてと二人は仰天していた。

 

「あのバカ‼人の医務室に変なのを置いてるんじゃねえよ‼」

「あ、あとケイスケ様のマグカップを割ったことは内緒にしてとか…」

 

 それを聞いてケイスケはプッツンと堪忍袋の緒が切れた。どうりでマグカップが見つからないわけだ。ケイスケは殺気に満ちた形相で立ち上がる。そんなケイスケに二人はガクブルしていた。

 

「よし、急いで戻って〆る」

 

__

 

「たっくん…その虫、なんなの?」

 

 ケイスケの医務室にてカズキはプラケースに入っている黒いコガネムシを興味津々に見ているタクトに尋ねた。

 

「こいつは『ジェームズ』だぜ‼」

「いやジェームズって…」

 

 ドヤ顔で答えるタクトに呆れる。ホームセンターで購入してその次の日に死んでしまったカブトムシと同じ名前の虫に同情する。

 

「そこはジェームズ2号だろ…つか餌はどうしてんの?」

「パンの耳」

「…よくもってるなジェームズ」

 

 虫にパンの耳を与えていることを聞いてカズキとナオトは更に呆れる。タクト曰く、初代ジェームズの時にもパンの耳をあげたとのことだった。

 

「カズキ、後ろ」

 

 何かに気づいたのかナオトはカズキに呼びかけた。何事かと後ろを振り向くと目の前に黒いコガネムシが飛んできていた。驚いたカズキは咄嗟に後ろへ倒れて虫と衝突を躱した。

 

「おおっ!?もう一匹いたぞ!」

「こいつはすげえぞ、捕まえろー!」

 

 カズキも乗って黒いコガネムシを捕まえようとした。いつ隠していたのかタクトがベッドの下から虫取り網を取り出し捕まえて咄嗟にプラケースに入れた。タクトはカブトムシを捕まえた少年のように目を輝かせて喜んだ。

 

「…まさかもう一匹いたなんてな」

「ダブルタップだぜ‼今日からお前はマイケルだ!」

「そこはジェームズ2号じゃねーのかよ!?」

 

 どっちも同じ姿をしているのでジェームズかマイケルか区別がつかなくなってしまっている。そんな事を気にしないかのようにタクトは満足げに頷く。

 

「よし、夏休みの自由研究はジェームズとマイケルの観察日記で決まりだ!」

「たっくん‼無理そうな気がするけど応援するぜ‼」

「…絶対に3日目で白紙になりそうな気がする」

 

 カズキとタクトがはしゃいでいると医務室にジャンヌが入って来た。何やら慌てている様子だったので3人は気になりだす。

 

「ジャンゴちゃん、どしたの?」

「ジャンゴじゃない、ジャンヌだ‼というよりもリサからタクトが黒い虫を捕まえたと聞いていたが…?」

「ジャンヌもジェームズとマイケルの観察日記を手伝いに来てくれたんだな!」

 

 カズキとタクトは自慢げにプラケースに入っているジェームズとマイケルと名付けられた虫を見せた。その虫を見たジャンヌは途端に険しい表情になる

 

「その虫から離れろ!それは危険な代物だ‼」

 

 ジャンヌが叫ぶとそれに反応したナオトがカズキとタクトをその虫から引き離した。そして虫もろともその場を凍らせた。

 

「じぇ、ジェームズとマイケルがぁぁぁっ!?」

「おおい!?虫が嫌いだったのか!?」

 

 ジェームズとマイケルの突然の死にタクトが奇声をあげて悲しんだ。カズキも慌てているがジャンヌは冷静に説明した。

 

「あの虫は使い魔だ。相手に取り憑いて不幸を呼ぶ危険な呪いがかかっていたんだ」

「…意外と危なかったのか」

 

 ナオトは納得していたがカズキとタクトはプリッツの箱でジェームズとマイケルのお墓を工作していた。ジャンヌはそんな3人を呆れながら不思議そうに見る。

 

「普段は触れた相手、その場にいる相手に不幸の呪いがかかるはずなのだが…よく無事でいられたな」

 

「俺の医務室が無事じゃないんだが…?」

 

 その声を聞いた3人はビクリと震えて恐る恐る後ろを振る。彼らの後ろに氷漬けになった医務室の惨状を見てわなわなと震えているケイスケがいた。

 

「お前ら…生きて帰れると思うなよ?」

 

 ケイスケの後ろであわわと慌てふためいているリサを見てジャンヌも焦りだす。ここまでどす黒い怒りのオーラを感じさせる相手は初めてだった。

 

「いや、お、落ち着くんだ。お前達に不幸が降りかかる前に助けたのだ…」

「すでに俺に不幸が降りかかってるんだけど?俺の怒りが有頂天に達してんだぞ?」

 

 ケイスケの片手がジャンヌの肩を掴む。般若の面、鬼の形相とまさに怒りに満ちているケイスケにジャンヌは冷や汗を流す。

 

「ふぉ、フォロー・ミー!お、お前達もケイスケを落ち着かせてくれ‼」

 

 ジャンヌはカズキ達の方を見るがすでにカズキ達はおらず、廊下を必死に走って逃げている姿が見えた。ジャンヌを囮にして逃げ出したのだ。ジャンヌもなんとか逃げようとするが、ケイスケのもう片方の手がジャンヌの肩を掴み逃げないようにした。

 

「修理費払えや」

「ひぃっ!?」

 

__

 

 怒りのケイスケの魔の手から何とか逃れたカズキ達はジョージ神父の教会にいた。逃げていた途中、ジョージ神父から連絡が来ていたのだった。にこやかにカズキ達を迎えたジョージ神父はケイスケがいないこと、カズキ達が息をあげてやってきたことに首を傾げる。

 

「おや?もう一人来ていないけどどうしたのかね?」

「激おこぷんぷん丸を超えて、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームになってます」

 

 肩で息をしながらタクトがケイスケの状況を説明したがジョージ神父はわからず首を傾げたままだった。

 

「…後で伝える」

「うむ、それなら大丈夫だ。場所が特定できたから先に伝えておこう。実行は5日後の明朝、銃弾や武装も万全な状態で用意をしてくれ。足りないものは私が準備しておこう」

「い、いよいよですかぁ…!」

 

 カズキはごくりと生唾を飲む。ジョージ神父が今までにない過酷な任務になると聞いて緊張していた。補足するようにジョージ神父は話を続ける。

 

「とくに大事な事は弾の予備、衛生兵、狙撃手、突撃と役割は決めた方がいい」

「はいはいはい!なんかかっこいいから突撃兵やりまーす!」

 

 タクトははしゃいで突撃兵をやりたいと名乗りだす。カズキとタクトはタクトが特攻してすぐにやられるイメージしかなかったのでタクトを弾の予備を持つ役にさせた。二人に圧されタクトはしぶしぶ了承する。

 

「じゃあ俺は狙撃手でナオトが突撃。ケイスケがメディック、で大丈夫だよな?」

「…それしかない」

「決まりだね。当日午前3時にコンテナトラックが迎えに来る。それまでに準備を万全にしておいてくれ」

 

 報告を終え、ジョージ神父は帰る彼らを見送ろうとするがカズキ達はガクブルと震えなかなか動こうとしなかった。

 

「?どうしたのかい?」

 

「ぜ、絶対に家に帰ったら激昂しているケイスケが待ってるよなー…」

「死にたくない、死にたくなーい!」

「…腹を括るしかない」

 

 覚悟を決めて帰宅した3人に待ち受けていたのは案の定、怒りに満ちたケイスケだった。しかしリサがケイスケを宥めさせたり、励ましたりとしてくれたおかげで3時間の正座説教で済んだ。

 

__

 

 各々準備を進めて約束の5日目が来た。4人はすでに重厚なボディースーツを身に着けそれぞれの武器や道具を持て待っていた。タクトは両肩に大きなバッグをかけ、ケイスケは医療道具を積んだバッグを背負い、カズキは念のため防弾シールドを背負っていた。

 4人が緊張して黙っている中、時間通りにコンテナを積んだトラックが家の前に止まる。運転席の窓が開きジョージ神父に仕えているあの老人の執事が顔を覗かせた。

 

「お待たせいたしました。どうぞお乗りください」

 

 いうと同時にコンテナが開く。コンテナの中では小さい照明が照らされていた。4人は黙って頷いて乗り込むと、とことことリサも彼らに続いて乗り込んできた。

 

「リサも来るのか!?」

 

 カズキ達が驚くと、リサは申し訳なさそうに笑って頷く。

 

「申し訳ありません…リサはジョージ神父からカズキ様達がこれからやることを聞いておりました。ジョージ神父の大事な人を助けに行く、死と隣り合わせになる任務だというのに何もしないというわけにはいきません」

 

 トラックが動き出し揺れるコンテナの中、リサは4人に小さな巾着袋を渡した。その巾着袋はそれぞれ青、赤、緑、黄色と彩られている。

 

「リサが作ったお守りです。どうか見送らせてください…そしてどうかご無事にリサの所へ戻ってきてください」

 

 翡翠の瞳を潤わせてカズキ達を見る。4人は深く頷いてニッコリと笑った。

 

「任せな。どんなことだろうだってにょりきょえてやっからよ!」

「大事なところを噛むなよ」

「…絶対に帰って来る」

「大丈夫だぜ‼俺は無敵だっ」

 

 4人の緊張がほぐれ、和気藹々としているうちにトラックが止まりコンテナの扉が開く。いつの間にかついた場所は羽田空港の飛行場。そして彼らの視線の先には輸送機C-2Aグレイハウンドがカーゴハッチが開いた状態で停まっていた。カズキ達は輸送機の前にカナが立っているのが見えた。

 

「カナさん‼カナさんが助っ人なんですか?」

 

 カズキは嬉しそうに駆け寄る。彼女(彼)が助っ人であれば心強い。しかしカナは苦笑いをして首を横に振る。

 

「ごめんなさい。貴方達を見送った後、弟を助けに行かないといけないの…」

「結構修羅場になってるんですねー…」

 

 タクトは気の毒そうにカナを見る。彼がどんなイメージしているのかカナは気にはしていたが一先ずそれは置いておいた。

 

「あの神父に頼まれてね。こちらに干渉しない代わりに貴方達に襲い掛かろうとしたパトラの使い魔を全て駆除しておいたわ」

「さっすがカナさんだぜ!カナさんにはかなわないってかー‼」

 

 カズキがどや顔でダジャレを言うと一気にその場が沈黙し、輸送機のエンジン音が響いているだけだった。リサがカズキのダジャレに感心している間、ナオト達はカズキのダジャレが無かったかのようにカズキを無視して話を進める。

 

「…輸送機に乗り込むぞ」

「やったー‼一度乗ってみたかったんだよねー‼」

 

「か、カナさんには敵わな」

「黙ってろや」

 

 ケイスケがカズキの口を押えてリサと共に輸送機に乗り込む。カナは彼らを申し訳なさそうに見つめる。

 

「本当は貴方達がこのような危険な事に関わってほしくなかったけど…もう止まらないのね。気を付けて行きなさい。そして…これからも弟をよろしくね」

 

 ゆっくりとハッチが閉じていき、C-2Aグレイハウンドは滑走路を走り空へ飛び立った。カナは彼らを見送ったあと踵を返して動き出す。『第二の可能性』、大事な人を守るために戦う弟を助ける為に。

 

__

 

 どれくらい飛んだのだろうか、窓が見えない揺れる機体の中でカズキ達は立って待っていた。もう夏休みに入るというのに自分たちはどういう状況なのかとケイスケは雑然としていた。そんな時、老人の執事がタブレットを持って液晶画面に島の地図を映してカズキ達に見せた。

 

「それでは任務のご説明を致します。要人はこの無人島の南部の砂浜に到着します。要人を救助、護衛しつつ北へと進みこの飛行基地跡へ向かってください」

 

 老人の執事はケイスケに地図を渡した。やっと詳しい内容が聞けたと安堵していたが、カズキはふと気になった。

 

「それで…その島にはいつ到着するんです?」

 

「ご安心ください。()()()()()()()()()()()

 

 それはどういうことか4人は首を傾げていると老人の執事が指をパチンと鳴らし傍にいた茶髪のメイドさんがカズキ達に道具を身に付けさせた。それは明らかにパラシュートであり、4人は嫌な予感がした。

 

「よろしいでしょうか?時間との勝負です。どうかジョージ神父様の大事な人をお守りください」

 

 そういうと後ろのハッチが開いた。嫌な予感が的中しカズキとケイスケは一気に真っ青になる。

 

「す、スカイダイビングはしたことあるけどさ…かなり高くね?」

「おいおいおい…マジかよ」

 

 カズキとケイスケはこの任務がかなりやばそうだと感じ後ずさりをする。

 

「ナムさんっ‼」

「おおいっ!?」

 

 しかしタクトはのりのりで駆けだし、ナオトを押して落とすと自分も飛び降りた。いきなりの事でカズキとケイスケは一瞬止まったが焦りだして動く。

 

「たっくんマジでか!?行くのかいな!?ああもう、やけくそだー‼」

「ったくよー‼リサ、悪いけど行ってくる…」

 

 カズキが飛び降りたあと、ケイスケはリサに手を振って3人に続いて降りて行った。リサは涙ながらも笑って返した。

 

「はい…どうか、どうかご無事で戻ってきてください」

 

__

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「すぽおおおおおおおおおんっ‼」

 

 高速で急降下している中でもカズキの悲鳴とタクトの奇声が喧しいほど聞こえる。確かに降下していくその先には大海原に浮かぶ無人島が見え、到達地点である砂浜も見えた。

 4人は頃合いを見てパラシュートを広げゆっくりと降下していく。それでも尚、カズキの悲鳴とタクトの楽しそうな奇声が響く。風で別の場所へ飛ばされないように調整しつつ降りていき、目的の場所へたどり着いた。

 

「もうスカイダイビングはやだ‼」

「楽しかったー‼もう一回やろうぜ‼」

 

 カズキの文句とタクトの喜びの声が同時に重なる。ナオトは黙々とパラシュートを外し、ケイスケもため息をつきながら外してあたりを見まわした。

 

「で、要人が来ると言いながらなんもないじゃねえか」

 

 あたりは南の島かの様に白い砂浜に青い海で静かなところだった。建物も、人の気配も全くない、そんな場所にジョージ神父の大事な人とやらは来るのだろうか。

 

「…なんか、来てない?」

 

 そんな時、ナオトが不思議そうに遠くを眺めていた。3人は目を凝らしてナオトが指さす方向を見る。銀の針のように輝く太陽に照らされ、白い何かが飛んでいるのが見えた。ナオトはカバンから双眼鏡を取り出し近づいて着てるものを確かめた。

 

「…ウソだろ…」

 

 ぎょっとしたのかナオトは驚いたように呟いた。ナオトが何を見たのか3人は気になってナオトから双眼鏡をひったくって確かめた。

 

「まじか」

 

 ケイスケもナオトと同じようにつぶやく。カズキもタクトも双眼鏡を覗いたのち固まる。4人は顔を見合わせて沈黙する。やることはただ一つしない

 

「「「「逃げろぉぉぉっ‼」」」」

 

 4人は一目散にその場から離れようと駆け出した。慌てているうちにそれはもう近くまで来ていた。白い大きな物、大陸間弾道弾ミサイル、ICBMが不発のまま落ちて来た。




 ふと原作を見てると魚雷とかICBMとか乗り物に改造できるのかと気にはなります。

 魚雷は…〇天とか…まあ蛟龍とか海龍とか…あ、それは甲標的か。
 


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22話

 warfaceを見ていて、敵の多さ、堅さはきつそう。そして戦車を守れというのに戦車が勝手に先に進んでいくという…



「み、皆大丈夫か…?」

 

 カズキ達は巻き上がる土煙の中起き上がる。突然ICBMがこちらに向かって飛んできて滑る様に砂浜へと不時着したのだから4人はパニックになっていた。

 

「マジでビビったー…あのクソ神父、俺達を殺す気かよ」

「…ミサイルが来たときは死んだかと思った」

 

 ケイスケとナオトは冷や汗をかきながらカズキとタクトに続き墜落してきたICBMに近づく。砂浜を通り過ぎ木々をなぎ倒して止まったICBMは相変わらず土煙をあげたまま何も起こらなかった。

 

「これ、爆発しないの?」

 

 タクトは興味本位に木の棒で軽く叩く。3人は焦って止めようとすると、突然ICBMの先端の一部が白い煙を噴出させて扉のように開いた。4人は驚いて開いたハッチの方を凝視して固まる。

 そして開いたところから古めかしいデザインのスーツで正装した白髪交じりのオールバックの男性が出てきた。鼻は高く顔つきは端正、歴史の教科書に載ってそうな雰囲気を醸し出していた。男性はあたりをきょろきょろと見まわして背伸びをする。

 

「ふむ…調整を間違えたかな?予定より少し違う所に着いてしまったようだね」

 

 ミサイルの中から紳士が出てきた。突然のことで4人は更に混乱していた。男性は辺りを見回した後にカズキ達の方に視線を向けてにっこりとして尋ねた。

 

「ところで、君たちは僕に用があるのかい?」

 

 ビクリと4人は反応する。相手は不思議そうにカズキ達を見ていたが自分達は武装しているから不審がられているはず。カズキはあたふたと咄嗟に答えた。

 

「えっと、主要人ぶちゅを助けにきたんです!」

「主要人ぶちゅ?」

 

 カズキが噛んでしまったことに更に男性は首を傾げる。仕方なしとケイスケがフォローに入った。

 

「ジョージ神父からこの島に大事な人が来るから護衛をしてほしいと頼まれてここに来たんだ」

「ねえねえ、雰囲気が神父と似てる感じがするしこの人じゃない?」

「…そんな気がする」

 

 男性はジョージ神父という言葉を聞いて「Hum」と軽く唸って深く考えだした。そして納得したのかにこやかに頷いた。

 

「君たちから僕に対する敵意も感じられないし…うん、君たちの言う護衛する人物は僕であっているよ」

 

 にこやかに笑う男性に対し、4人は顔を見合わせてマジでかと口をこぼした。まさかミサイルでこの島に来たとんでも紳士がジョージ神父の大事な人で護衛対象だなんて。

 

「それで僕の護衛をしてくれるというのなら名前を知っておきたい」

 

「えっと、吹雪カズキです」

「天露ケイスケだ」

「…江尾ナオト」

「そして南の島に舞い降りた常夏のサマーバケーションマスター準決勝敗退、菊池タクトだー‼」

 

 男性はカズキ達の名前を聞いて深く頷く。

 

「なるほど、名前は覚えたよ。今度は僕の自己紹介だね。初めまして、僕は、シャーロック・ホームズだ」

「シャーロック・ホームズ!?あ、あの名探偵の…!?」

 

 シャーロック・ホームズと名乗った男性にケイスケは驚愕した。イギリスだけではなく世界中で有名な探偵であり、武偵の原型になった史上最高で史上最強の名探偵。本物の探偵にケイスケは驚いていたがカズキ達は反応が薄くそれどころか驚いてもいなかった。

 

「え?名探偵ってコロンボじゃないのか?」

「…ジェシカおばさんだろ」

「コナン!犯人は貴方ですよ!」

「お前ら本を読めや」

 

 シャーロック・ホームズについてあまり知識がなかったカズキ達にケイスケは呆れる。一方のシャーロックはおかしくてクスクスと笑っていた。

 

「あははは、君たちは彼らとは違って別の意味で面白いね。それじゃあ護衛をよろしく頼むよ」

 

 カズキとタクトは元気よく「はーい!」と返事をして進む。ナオトが黙々と先行して進み、ケイスケは地図を広げ方位磁石を取り出して目的地を確認する。飛行基地跡地という場所はこのまま北へ進んでいけばたどり着く。

 

「シャーロックさんはジョージ神父と知り合いなの?」

 

 森の中を進んでいる最中にタクトはシャーロックに聞いてみた。シャーロックはにこやかに答えた。

 

「実は、ジョージ神父という名前に心当たりしかないんだ。実際に会ってみればわかるのだが…僕の推理からすると僕と関係している人物だというのは間違いないね」

「おおっ!?さっすが名探偵だぜ!」

 

 カズキが関心しているが、何処をどうやって推理しているのかさぱっりわからないとケイスケは不審そうに見る。確かによく分からない雰囲気はジョージ神父と似ているが関連性が掴めない。

 

「…?」

 

 ケイスケが深く考え込んでいた時ナオトが止まり、辺りを見回しだした。そんな様子にカズキが気づく。

 

「ナオト、どうした?」

「…この島にいるのは俺達だけなのか?」

 

「ふむ、ナオト君は察しがいいね…僕も誰かに見られている気がしていたよ」

 

 シャーロックが感心して頷く。カズキもケイスケもナオトに続いて辺りを警戒しながら見まわす。しかし静観とした森林の中、何処からも気配を感じられなかった。一番警戒心していないタクトがニヤニヤしながらナオトを茶化す。

 

「おいおい、そんな怖いこと言うなって!夏だからって真昼間から怪談話はやめとけ?」

 

 タクトがナオトを小突こうと動いた時だった。金属が掠る音をしながらタクトのほほを弾丸が掠めて通り過ぎた。ほほにすこしできたかすり傷がついたことに気付いたタクトが一瞬固止まる。

 

「まじかスナイパーかよ!?」

 

 カズキの一声とケイスケ達が咄嗟に動いたと共に遠くから狙っているスナイパーによる銃弾が襲い掛かってきた。カズキ達は茂みや木の裏、岩の木陰に隠れる。岩の木陰に隠れたカズキとナオトが銃を構えて覗きこむ。

 

「ナオト、どっから撃ってるか分かるか?」

「…岩場の上に3人、ここから離れた木陰に2人」

「おい‼スナイパーだけじゃなくてなんか来てるぞ‼」

 

 木の裏に隠れていたケイスケが叫ぶ。向こうから白いボディースーツを来た黒い覆面を付けてSG500やG36、レミントンM870を構えた人物が複数出てきて彼らに向けて撃ちながら近づいてきた。

 

「うわああ!?なんかヤバそう!」

「カズキ、兎に角スナイパーを撃て!」

「言われなくても分かってるっつの‼」

 

 ケイスケの怒声に答えるようにカズキがM110狙撃銃で狙いをつける。武偵9条により殺しは禁じられている。カズキはヘッドショットはやめ、狙いを定めてスナイパー達の足、腕に向けて引き金を引く。

 

「よっしゃダウン!」

「行くぜオイ‼俺達の行く道を妨げた罪は重いぜー‼」

「たっくん、突撃するなよ!?」

 

 ナオトの制止も聞かずタクトがM16を構えて茂みから飛び出して敵に向けて撃ちだす。しかし飛んで火にいる夏の虫、敵はタクトに集中砲火をする。タクトは慌てて木陰に隠れて悲痛な叫びをする。

 

「ナオト―、ケイスケ―‼助けて―‼」

「あのバカ。無理なら突撃するなや‼」

「…カズキ、援護」

 

 ケイスケが悪態付けながら、ナオトは黙ってタクトの援護にまわる。ナオトがタクトに近づいている敵にAK47、近接では敵のアゴ、頭を狙って殴りダウンさせ、ケイスケがMP5で撃ちながらカズキの援護とともに倒す。痛みに呻たり気を失って倒れている敵兵を無視し辺りを見回して他に敵がいないかを確認する。

 

「クリア‼」

「クリアァァァァッ‼」

「うるせえよ」

 

 結局奇声しか挙げていないタクトにケイスケが叱る。他に敵兵はいないのは幸いだがまだ他にいるかもしれない。茂みに隠れていたシャーロックはカズキ達を見て関心していた。

 

「ふむ、迷いがないな。それぞれ個性が強いが…押し通しているようだ」

 

「ていうか何なんだよこいつら」

「シャーロックさんのファンかもしれねえな!」

「…こんなファンは嫌だ」

「シャーロックさん、この人たちに心当たりはある?」

 

 カズキとナオトが勝手に納得している中、タクトが尋ねる。シャーロックは深く考え込んむが首を横に振る。

 

「彼らのように僕を殺そうとして来る連中は星の数だけ会ったことがあるからね…多すぎて心当たりがありすぎるくらいだ」

「ほらやっぱりシャーロックさんのファンだろ」

「だからそんなファンがいてたまるか。さっさと行くぞ!」

 

 この辺は片付いているがもし他に同じ敵兵が潜んでいるならこの銃声を聞いて駆けつけてくるはず。ケイスケはカズキ達に急ぐよう呼びかける。

 

__

 

 急いだ先には案の定、敵兵が待ち構えていた。進んでいると突然先ほどと同じ武装をした敵兵達が出てきてカズキ達に狙いを定めて撃ちだす。

 

「またかよー‼」

「弱音吐かないで撃てや‼」

 

 弱音を吐いて叫ぶカズキにケイスケが怒声を飛ばして敵に向けて撃つ。AK47を撃ち続けていたナオトがカズキの方まで下がる。

 

「…弾切れ‼ってたっくんは?」

「あれ?補充役のたっくんは…」

 

 カズキとナオトが弾の補充を担当しているタクトを探す。気が付けばまたタクトが雄たけびを上げながら突撃しているのが見えた。

 

「うおおおおっ‼今度こそ見せてやるぜ、この俺のパワー‼」

 

 敵に向けてM16を撃つがタクトの前に防弾シールドを持った敵兵が突撃してきた。弾丸を防ぎつつタクトに向けて盾でタクトをタックルして押し倒す。

 

「うわあーっ!?盾持ち妻子持ちだー‼」

「たっくん!?何してんの!?」

 

 倒されたタクトにむけて銃を向けている盾持ちに向けてカズキが狙撃しナオトが駆けつけてタクトを起き上がらせる。

 

「サンキュー、ナオト‼礼は言わねえぜ?」

「…そんなことより弾くれ」

 

 スルーされてタクトは渋々提げている鞄から弾薬を装填しているマガジンをいくつか取り出しナオトに渡す。弾丸を再装填してナオトが突撃していく。

 

「カズキ‼たっくんに盾を渡しとけ。またあいつ突撃するぞ」

「渡しても突撃すると思うんだよなー…」

 

 ケイスケの指示通りにカズキは駆けつけてタクトに防弾シールドを渡す。

 

「よっしゃ‼アッセンブルだぜぇぇっ‼」

 

 予想通りタクトは大喜びしてナオトに続いて突撃していった。カズキもケイスケも諦めて弾の補充役のタクトが危ない目に会わないようにフォローする方針に変えた。

 

「君たちは見ていて面白いよ。僕の推理、『条理予知(コグニス)』で読めなかったシナリオだ」

 

 シャーロックが楽しそうにカズキ達を見ていた。ケイスケは疲れたようにくたびれながら肩を竦める。

 

「こんな見知らぬ土地で死ぬのはゴメンだっての」

「否定的に見るのはあまりよくない、楽しまなくてはね。生還したと思ったら即座に敵に命を狙われる…ライヘンバッハの滝から生きて戻れた途端に狙われた時以来だよ」

 

 シャーロックは敵兵を片付けたカズキ達の方へまるで冒険を楽しむ少年のように陽気に歩いていく。ケイスケはシャーロックを見て項垂れる。愉悦に満ちた笑顔はまるでジョージ神父にそっくりだった。

 

「その先を歩いて行っても敵兵が待ち構えているだろうね。ここは遠回りになるが方向を変えていこう」

 

「シャーロックさんの言う通りだな。よし、ここは右へ進もう‼」

「…左がいいんじゃないか?」

「じゃあ間を取って真ん中‼」

「たっくん、シャーロックが言った話を聞いてなかったのか?」

 

 どちらの方へ進むか4人はわちゃわちゃと騒ぎ出す。右か左か真ん中か中々決まらずにいるとタクトが木の棒を取り出した。そして木の棒を掲げて未来から来た青いネコ型ロボットのような口調で叫ぶ。

 

「どっか進むステッキー‼」

「たっくん、似てないけどそれで決めようか‼」

 

 悪乗りするカズキにそれでいいのかとケイスケはツッコミたかったが仕方なく見守ることにした。木の棒を立てて手を離すと右斜め上へ倒れる。

 

「いくぞー‼」

「おおー‼」

 

 タクトとカズキが右斜め上の方角へ駆けだしていった。本当にそれでいいのかとケイスケは不安になりながらも続き、ナオトは黙ったまま彼らに続いた。

 

「なるほど、運任せか。それもいいだろう」

 

 シャーロックは納得しながら彼らに続く。

 

 しかし運は虚しく外れ、進んだ先には敵兵達が隠れて待ち構えており、攻撃がさらに激しくなっていく。カズキ達は必死に隠れて応戦していた。

 

「やっばい!?弾が切れそう!」

「カズキ、弾やるよ‼」

 

 タクトが咄嗟にカズキに向けて弾倉を投げ渡す。渡された弾倉で再装填し狙撃をする。気が付けばメディック役のケイスケまでもが前へ出ている。ケイスケの横に弾丸が掠る。ケイスケは舌打ちして狙ってきたスナイパーめがけて撃ち返す。

 

「クソが‼あぶねえだろうが‼」

 

 そんな時、ナオトがケイスケに狙いを定めている敵兵が持っていた武装に気づいてケイスケに向けて叫んだ。

 

「ケイスケ、離れろ‼ロケランが来るぞ‼」

 

 ケイスケははっとしてロケランを構えている敵兵を見るが時すでに遅し、引き金が引かれケイスケ目がけてロケランが放たれた。そして爆炎が巻き上がる。




 シャーロック卿の能力がチートすぎぃ!?え?彼一人でいいんじゃないか?そこ、気にしない。


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23話

 色々と端折っている気がします。でも、押し通します!いろいろとすみません!


「ケイスケっ!?」

 

 巻き上がる爆炎にカズキ達は叫んだ。ケイスケがいた場所に向かってロケランが再び放たれようとしていた。カズキ達は必死に第二射はさせまいと狙い撃つ。

 

「…あれ?痛くない…?」

 

 ケイスケは目をつぶっていたが爆炎の熱さも、痛みも感じない。恐る恐る目を開けてみると、体は四散しておらず爆炎に当てられてもいない。寧ろ目の間に分厚い氷の壁ができていたことに不思議に思った。

 

「ただ見ているだけではつまらないからね、少しだけ手を貸してあげよう」

 

 気が付けばケイスケの後ろにシャーロックがにこやかにして立っていた。

 

「まさかあんたが…!?」

 

 ケイスケは目の前の氷とシャーロックを何度も見て驚く。まさかシャーロックが能力者だとは思いもしなかった。聞きたい事は山ほどできたが今はこの戦況を片付けることを優先し、敵兵に向けて駆けた。ぴんぴんとしているケイスケを見てタクトがほっと一安心する。

 

「ケイスケ、無事だったんだな!」

「ああ、ぶっ放した野郎をぶちのめすぞ」

「…メディックなんだから自重してくれ」

 

 ナオトのつぶやきも虚しく流されタクトとケイスケは奇声と怒声をあげながら突撃して敵をダウンさせていった。仕方なしにカズキとナオトが二人のフォローをしつつ待ち伏せしていた敵兵を全て倒した。

 辺りを見回して他に敵兵がいないことを確かめるとカズキが大きくため息をつく。スコープで覗いていた顔は疲労の色が見える。

 

「ふー…キティスギデュー!」

「…まだ半分も行ってない」

「う゛えええっ!?もうすぐゴールと思ってたのに…」

 

 タクトはしょんぼりとし疲れたかのようにオーバーにリアクションを取る。悪乗りする様にカズキもタクトに続いてオーバーリアクションをとってケイスケに訴えるがケイスケは無視して地図を広げ、空を見上げる。

 

「もうすぐ夕暮れか…暗くなるまで進みながら安全に野宿できそうな場所を探すぞ」

「おっけーい‼それじゃあ俺に続け―い‼」

 

 カズキが先導するように前進するがすぐにタクトに抜かされ追いかけっこをしている。ナオトはそんな二人を静かに見ながら歩き、ケイスケはシャーロックの方を横目で見て進む。

 

__

 

 暗くなる前に身を隠せそうな岩場を見つけ、そこで野宿をすることにした。ランプ、たき火は極力禁止し見つからないように最低限の明かりを灯す。カズキとナオトが交代で暗視ゴーグルを使い見張りを行う。ケイスケがカズキ達が負ったかすり傷などの傷を治療し、タクトが皆に携帯食料と水を渡していく。

 

「携帯食料だー。むしゃむしゃおいしー」

 

 カロリーメイトのような形をしたあまり味のしない携帯食料をタクトは棒読みで味の感想を言う。カズキ達は苦笑いして食べ始める。カズキは食べながら見張りをしていると辺りが濃霧に包まれていることに気づいた。

 

「あれ?いつの間にこんなに霧がかかってんだ?」

「おおっ!?まるでサイレントヒルだぜ!」

「…たっくん、それを言うならミストじゃないの?」

 

 カズキとタクトが興味津々に目を輝かせて見回す。先ほどまでは霧がかかっていなかったはずなのにこんなに濃霧になっていることに4人は不思議に思った。

 

「敵に見つからないようにカモフラージュをしておいたよ」

 

 するとシャーロックがにこやかに答えた。それを聞いたタクトは目を輝かせてシャーロックを見る。

 

「すっげえ‼名探偵ってこんなこともできるんだな!」

「あの時の氷といい、今の霧といい…あんたはいったい何者なんだ?」

 

 気になっていたケイスケは不審そうにシャーロックを睨む。シャーロックは深く頷いて答えた。

 

「詳しく話していなかったね。僕は探偵であり、そして『イ・ウー』のリーダーさ」

 

 イ・ウーと聞いて4人は驚愕する。目の前にいる人物がかの超能力者や吸血鬼といった種族がいる組織をまとめているとは思いもしなかった。

 

「まあ今は先の戦闘で()()()()()()()()()()()()()。一時的に組織を抜け、後の事を託した亡霊さ…」

 

「そんな気がしたぜ…」

 

 ケイスケはシャーロックを睨み付けて腰のホルスターからグロッグ21を引き抜き銃口を向けた。それを見たカズキ達が咄嗟にケイスケを止める。

 

「ちょ、ちょ、ケイスケ!?」

「こいつがすべての元凶なんだろ?リサや理子を苦しめて、自分は組織を抜けて後任せだ?全部押し付けてんじゃねえよ!」

 

 怒るケイスケをカズキ達が落ち着かせる。シャーロックは目をぱちくりさせ、自分を蔑むかのように軽く笑った。

 

「…その通りだね。同じような事を君たちと同じくらいの少年に言われたよ。でも、命短い老兵にすることはこれしかなかったんだ…リサ達のことは深く詫びよう」

 

 シャーロックはカズキ達に深く頭を下げた。ナオトは静かに頷き、カズキはおどおどとしてケイスケを見る。ケイスケはしばらく考え、舌打ちしてそっぽを向いた。

 

「ちっ…モヤモヤが収まんねえからもう寝る‼」

「でも命が短いってどういうこと?」

 

 タクトは首をかしげて尋ねる。シャーロックはにこやかに頷いて答えた。

 

「条理予知で僕の命はもうすぐで尽きてしまう。長く持ってもあと数日、だから全てを託さなければならなかったんだ」

 

 シャーロックの命はもう長くはない。白髪の割合が多く、顔にしわもできている名探偵は苦笑いをしてカズキ達を見る。

 

「150年以上も生きたツケだ、もう満足さ…」

 

「だとすれば…より急がなくっちゃな!」

 

 タクトは張り切って答えた。シャーロックははっとしてタクト達を見つめる。

 

「ジョージ神父はシャーロックさんに会いたがってるんだ!こんなところで命尽きちゃダメだぜ!」

 

 タクトの励ましに続いてカズキはにやりと笑って頷く。

 

「ほんとにさ、訳の分からない無人島で死ぬのはごめんだ!名探偵なら大往生しなくっちゃ!」

「それに俺達に謝るだけじゃなくて、リサにも謝ってもらうからな」

「…はやく皆でこの島を抜けよう」

 

 ケイスケがぷいっとそっぽを向きながら、ナオトが深く頷いて答えた。シャーロックは彼らを見てふっと笑う。

 

「君たちは実に面白いな。条理予知に逆らうように超えていく…僕も君たちの直感に頼りたくなってきたよ」

「その意気ですよ‼1週間しか生きれないセミだって2週間ぐらい生きるのもいますから‼」

 

「カズキ…それフォローになってない」

 

___

 

 濃霧が消え、空が少し明るくなった頃にカズキ達は動いた。昨日よりも速く、昨日よりも急ぎ、森の中を駆ける。老人の執事が言っていた「時間がない」とはシャーロックの寿命のことだとわかった4人はシャーロックを守りながら急いだ。

 

「走れクソ共ー‼」

「カズキ、遅れてるお前に言われたくねえよ!」

 

 後方を走っているカズキにケイスケが怒声で返す。休まず駆け、待ち伏せしている敵兵に出くわしても自棄にならず倒していくのだが案の定タクトとケイスケが奇声と怒声と共に前線へと突撃していく。

 

「うえぇぇぇぇぇい‼」

「俺の夏休みを返せえええ!」

 

「ちょ、バカでしょ!?俺の仕事を増やすなや!ナオト、止めに行こう…あれ?」

 

 気が付けばナオトまでもが突撃していた。ついにナオトまでもが彼らの制止をせずに加わってしまいカズキはやけくそになって敵兵を狙撃していく。

 

「ちくしょー‼お前らだけ突撃するなんてずるいぞ‼」

 

 ついにカズキもタクト達に続いて駆けつけてきた。遅れてきたカズキにタクトはニヤニヤしながら弄る。

 

「せんせー‼一人だけ遅れてる奴がいまーす」

「おまえ、ちゃんとシャーロックを護衛しろ?」

「だったらすぐに突撃するなよ!?」

 

 3人がギャーギャーと騒いでいるとナオトが咄嗟にカズキ達に向けて叫んだ。

 

「グレネードが来るぞ!」

 

 気が付けばカズキ達に向けてM26手榴弾が投げられていた。3人は慌ててその場を離れて伏せる。

 

「ナオト‼お前だけ率先して行くなよ!」

「そうだぞー、協調性が必要なんだぞ?」

「お前だけ離れて突撃してんじゃねえよ」

 

「…なんで俺は怒られてんだ?」

 

 爆発を逃れた3人になぜか文句を言われナオトはやや不満げだったがそれでも前へ進み襲い掛かる敵兵を倒していく。4人は勢いに任せてシャーロックを守りながら進んでいく。シャーロックはそんな4人を見てクスリと笑う。

 

 

___

 

「もうすぐ目的地に着くぞ‼」

 

 カズキはついて来ている3人と探偵に向けて呼びかける。と日が真上に昇る頃、ついに目的地の飛行場跡地へと近づいてきた。銃弾の雨を掻い潜りボロボロになりながらも、爆炎を飛び越えて焦げ臭い匂いと服が少し焦げていても4人は護衛をしながら駆け続けていた。

 

「も、もう少しだー!急げ急げ!」

「…!?ちょっとまて!」

 

 タクトが真っ先に駆ける寸前、ナオトが止める。飛行場跡地の前にいつもよりも倍の数の敵兵が待ち構えていた。カズキ達は足を止めて隠れる。

 

「まだあんなにいるのかよ!?」

「畜生、助っ人も来ねえし弾の残りもないってのによ‼」

 

 ケイスケとカズキは悪態をつく。ここまで来るのに多くの弾薬を消費し補充分の弾倉も残りわずかとなっていた。

 

「どうすんだ?このままだとやばいぞ?」

「…近接に持っていける」

 

 タクトは焦りながら、ナオトはAK47に銃剣を取り付け確認を取る。

 

「さて、君たちならこの状況をどうするのかな?」

 

 シャーロックは今の状況を楽しんでいるかのようにカズキ達を見る。4人は考え込むがやることはすでに決まっていた。

 

「行くぜ!レッツゴー消費税だぁぁっ‼」

 

 タクトが防弾シールドを持って駆け出す。それに続いてナオトとケイスケが飛び出しタクトをフォローするようにAK47、MP5で撃ち、カズキがシャーロックを先導しつつM110狙撃銃で狙撃していく。

 

「なるほど、正面突破か。君たちの場合なら…悪くないね!」

 

 シャーロックは突撃していくカズキ達を納得すように頷き後に続いた。4人は叫びながら突撃していく。その最中、防弾シールドを持った敵兵がタクトに向けて走って行くのが見えた。

 

「たっくん‼盾持ちが来たぞ‼」

 

 ケイスケが叫んでMP5で撃つが防弾シールドで弾かれ、敵兵はタクトに向けてタックルをお見舞いした。

 

「ちょ、またかよぉぉぉっ!?」

 

 タクトは防弾シールドに押し倒され、盾持ちがワルサーP99を引き抜き銃口をタクトの額に狙いを定めて引き金を引こうとした。その時、カズキは盾持ちの背中に弓矢が刺さり倒れるのが見えた。タクトの目の前に倒れるのだからタクトはいったい何が起きたのか戸惑っていた。

 それを皮切りに敵兵の背後から次々と弓矢が降り注ぎ射られていく。4人はポカンとしていたがシャーロックは理解しているかのように見上げた。

 

「どうやら君たちの言う助っ人が来てくれたようだね。このまま走ろう」

「ええっ!?助っ人なのかよ!?」

「シャーロックさん、心当たりがあるんですか!?」

 

 確かに飛んでくる弓矢はカズキ達には当たらず襲い掛かる敵兵に当たっている。助っ人だと信じたいと思いカズキ達は飛行場跡地に向かって走りだした。

 

「ほら、見てごらん。コンテナの上に立っているグレーのブレザーを着た、水色のリボンの女の子。彼女が君たちの助っ人だ」

 

 シャーロックはコンテナの方を指さす。タクトはナオトから双眼鏡をもらい確認をする。コバルト色のジト目、長いストレートの銀髪、クジャクの羽をあしらった鍔広の帽子を被った少女が見えた。自分の身長よりもある長洋弓を持ち、携えている矢筒から弓矢を取り、弓で狙いを定めて射る。カズキ達の後方、ロケランを構えている敵兵を撃ち倒す。それを見たカズキは驚嘆した。

 

「マジかよ…スナイパーよりすげえじゃん」

「彼女の名はセーラ・フッド。イ・ウーの一員で『颱風(かぜ)のセーラ』と呼ばれ、風を操る魔女でありかの有名なロビンフッドの末裔だ」

 

 シャーロックの解説を聞いてイ・ウーの人材の多さにケイスケは改めてうんざりする。秘密結社なんかやめて人材派遣会社にすればいいのにと心の中でツッコミをいれた。

 

「風を操れるのか!?お前言うなれば古に伝わりし…エクストリームマキシマムストーム!時代の流れについてきた風の谷のナウシカでしょ‼」

「…たっくん、風の谷のナウシカを言いたかっただけでしょ」

「しかもナウシカ要素は風だけじゃねえか」

 

 ナオトとケイスケに指摘され図星なのかタクトはセーラに向けて手を振りながら叫びながら突っ走る。そのセーラはこちらに向かってくるタクトよりも彼らについて来ているシャーロックを見て目を丸くした。

 

教授(プロフェシオン)!?生きてたの…!?それよりも…『彼ら』が来た。『彼ら』を狙う連中の足止めをお願い」

 

 コンテナの陰からカズキ達に向かって誰かが走ってきたのが見えた。4人は凝視して見ると白銀の鎧にドジョウ髭を生やした大男。見覚えのある人物でカズキ達は驚愕した。

 

「あれって…ジルじゃん!」

 

 かつてアドシアードでジャンヌを追いかけていた炎を操れるストーカーもといジル・ド・レェだった。ジルはにこやかにカズキ達に手を振る。

 

「皆さまお久しぶりですなぁ!このジル・ド・レェ、皆様方とプロフェシオン殿のお助けに参りましたぞーっ‼」

 

 修理してもらったのか燭台を模した槍を振り、地面に突き刺す。するとカズキ達の後ろで大きな火柱が噴き上がり敵兵の追跡を遮った。さらに強い風が吹き炎は勢いよく燃え出す。

 

「さあ今のうちにいきましょうぞ‼」

「つーか助っ人来るの遅いだろ!?」

 

 ケイスケは文句を垂らすが通ることなく、カズキ達はジルの後に続いて駆け出す。コンテナまで来るとセーラがコンテナから降りて待っていた。ジト目でカズキ達を見てつぶやく。

 

「遅い。あと少し遅かったら置いていくところだった」

「メンゴメンゴー、というか助けてくれてありがとね!」

 

 タクトがにやけながら感謝を述べるがセーラはジト目でぷいっとそっぽを向く。ふとナオトは辺りを見て迎えが来ていないことに気づく。

 

「…あれ?飛行機とかないの?」

「このまま走って」

 

 セーラはそれだけ言うと颯爽と走って行く。その先は断崖絶壁だったはずと4人の足が止まる。

 

「大丈夫ですぞ!ちゃんとお迎えは来ておりますからご安心くだされ!」

 

 ジルがカズキ達ににこやかに笑ってセーラに続いて走って行った。あの世へのお迎えじゃないんだろうかと心配するが仕方なしについて行く。

 

「ちょっと!?この先崖なんですけどー!?」

「いいからついてくる」

 

 セーラはカズキの叫びも軽くあしらいそのまま飛び降りた。4人はぎょっとするがジルもそしてシャーロックまでもが続いて飛び降りるのを見てカズキ達は覚悟を決めて飛び降りる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

「すぽおおおおおおおおおんっ‼」

 

 カズキの悲鳴とタクトの奇声が喧しく響き、ケイスケとナオトは飛び降りた先を見る。見える先は海だが何かが浮かんでいるのが見えた。セーラがすっと手を掲げると下から強風が巻き上がり、落下スピードが緩くなっていき、ふわりとゆっくりと落ちていくようになっていった。もうすぐ着地するころには浮かんでいるのがはっきりと見えた。ケイスケはそれが何かわかり驚く。

 

「潜水艦か!?」

「見るところ原子力潜水艦、スケートだね」

「えっ、スケット?」

 

 聞き間違えるカズキを無視してセーラはハッチを開ける。すぐさま中に入りハッチからひょこっと顔を覗かせジト目でカズキ達を見る。

 

「すぐに潜行する。急いで乗って。」

 

 気が付けば徐々に海へと潜行しており、カズキ達は急いで潜水艦へ乗り込む。全員が乗り切った所で最後にジルがハッチを閉めた。

 

「た、助かったのか…?」

 

 潜水艦の中でカズキ達は顔を見合わせる。達成感と疲労感でどうなっているのか漠然としていた。そんな彼らにシャーロックは軽く拍手をした。

 

「おめでとう、任務達成だよ。君たちは無事に僕を助けたということさ」

 

 カズキ達はしばらくお互いの顔を見て、そして大喜びをしてハイタッチをした。

 

「いよっしゃあああああっ‼」

「俺達の勝だーっ‼」

「もうこんな任務、やんねえからな!」

「…疲れた」

 

 そして疲労感がドッときてくたびれだした。そんな時、トタトタと走る音が聞こえると、リサが涙を流しながら駆けつけてきた。

 

「カズキ様、タクト様、ケイスケ様、ナオト様‼皆様ご無事で…ご無事で戻ってきてくれたんですね‼」

「リサ!?来てくれたんだ!」

 

 ケイスケの驚きに答えるようにリサは何度も何度も頷いた。

 

「はい!皆様の帰りを待ってました。本当に…本当によかった…‼」

 

 リサはうれし泣きをし、4人は笑いあいリサを慰めた。今度はコツコツと靴音を立ててジョージ神父がふっと笑う。

 

「ありがとう。よく戻ってきてくれたね」

 

 カズキとタクトはどや顔でピースをし、ナオトも軽く笑って返した。ケイスケは最初は殴ろうかと思っていたがもう疲れて殴る気力がないのでため息をついて苦笑いをした。カズキ達の無事を確認したジョージ神父はシャーロックの方に視線を向ける。

 

「やれやれ…幾年も経ってもお前の冒険心は変わらないな」

 

 シャーロックは目を見開いて驚いていたが、納得したように頷き苦笑いをする。

 

「そういう事だったのか…やっぱり兄さんには敵わないなぁ。」

 

「「「「兄さん!?」」」」

 

 シャーロックがジョージ神父に向けて兄さんと呼んだことにカズキ達だけではなく、セーラもリサも驚いていた。そんな彼らにシャーロックがにこやかに答える。

 

「ついでに紹介しよう。彼はジョージ神父こと…マイクロフト・ホームズ。僕の兄さんだ」

「今は世界を旅する旅行好きの神父、ジョージ神父と名乗っているがね」

 

 愉悦な笑顔をする兄弟を見て、ケイスケとリサとセーラが驚くが、カズキとタクトとナオトは首をかしげていた。

 

「マイクロソフト?」

「…誰?」

「つまり…マリオとルイージってわけだな!」

 

「お前ら、ちゃんと本を読めや」




 リサといい、セーラといい…イ・ウーには人材の多さ(意味深)にはビックリですなぁ(へつらいの笑み)

 特にセーラは最初はジト目の無表情キャラだったのに次第に可愛くなるとか…カワ(・∀・)イイ!!


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24話

 昔はシャーロック・ホームズの本を読んでいたのに、シャドーゲームでホームズの兄がいたことに驚いた。


「その…マイクロソフトってどんな人なん?」

 

 いつまでも首を傾げているカズキにケイスケは苛立ち押し寄せるように言い寄った。

 

「だからマイクロフト・ホームズっていうのは名探偵シャーロックの実兄で、卓越した頭脳を持ち英国政府の政策にも携わり、弟のホームズが政府そのものっていうぐらいの凄い奴だよ‼」

「つまり、シャーロックのお兄さんってことだな!」

「そういってるじゃねえか!バカか」

 

 何度も説明してカズキとタクトがやっと理解したことに物凄い疲労感を感じた。

 

「ところで兄さん、僕の所に来るという事は…MI6絡みかい?」

 

 MI6、イギリスの外事諜報組織、英国情報局機密情報部(SIS)の通称であり、捜査の他に戦い、防諜、内偵を行う組織である。ジョージ神父はにこやかに首を横に振った。

 

「いや、もう英国政府から隠居している身でね。今回は私個人の行いだ」

「やっぱり、兄さんに遺書を送ったのはまずかったかぁ」

 

 名探偵らしくなくシャーロックは苦笑いして頭を掻く。ホームズ兄弟のやり取りを見ているとカズキ達の前いるのは名探偵ではなくよくあるような兄弟そのものに見えた。

 

「ここで長話は酷だろう。広間があるからそこでゆっくり休むといい」

 

 ジョージ神父はそう言ってシャーロックを連れて長い廊下を進んでいった。カズキ達もついて行くが恐竜の骨格標本や天然大理石の彫刻、大きな書庫や人工芝の大温室等、目を見張るものがあった。

 

「すっげぇぇっ!?ここに暮らしたいんだけど!」

 

 タクトとカズキが目を輝かせて興奮し、ケイスケは大理石の床や潜水艦の中の自由な造りに驚く。そして寛げるにはペルシャ絨毯が敷かれた広いホールに着いた。

 

「弟の2番煎じの造りだが…ここで休んでくれ」

 

 ジョージ神父とシャーロックはロッキングチェアに座る。ケイスケは躊躇っていたが、タクトが遠慮なしに喜びながらど真ん中に置かれてあったキングサイズのベッドにダイブした。

 

「いやっふぅぅっ‼」

「すっげえ‼ふっかふかだー‼」

 

 タクトに続いてカズキもベッドにダイブして跳ねながら遊ぶ。まだまだ元気があるじゃないかとケイスケは呆れる。そしてナオトに至っては、大きなクッションを枕にしてスヤスヤと眠っていた。リサとジルはシャーロックと話をしているジョージ神父の近くに立ち、セーラはベッドで遊んでいるカズキとタクトをジト目で見ていた。

 

「なぁ、この潜水艦、どこへ行くのか分かるか?」

 

 ケイスケは取り敢えず話を聞けれそうなセーラに尋ねた。しかしセーラはムスッとした顔をして首を横に振る。

 

「知らない。教授の潜水艦に向かう途中、突然あの神父が現れて私を連れるし『君を雇いたい』と言って報酬を渡して、詳しい依頼内容を話してくれなかった」

 

 セーラにも詳しい内容を話していない。そうとなると直接聞くしかない、そう考えを察したのかジョージ神父がにこやかにケイスケに伝えた。

 

「心配することはない。1日ほどの回遊だ。浴場や食堂、寝室もある。それまで自由にしてくれたまえ」

 

 読心術でも備わっているのかとケイスケとセーラは苦虫を噛み潰したような顔をする。全くもってあのジョージ神父ことシャーロックの兄は読めない。

 

「ケイスケ‼すげえぞ、マリ夫カートもあるぞ‼」

「この俺のドライビングテクを見せてやるぜー‼」

「しゃあねえな…俺もやる‼ナオトをたたき起こせ!」

 

 テレビゲームをしだす緊張感のない二人につられ、ケイスケものることにした。セーラはそんな4人を見てため息をついて呆れていた。

 

__

 

 潜水艦は浮上して島へと停泊した。ハッチを開けて景色を見るとコバルトブルーに透けたの海、真っ白な砂浜、遠くから見える緑の木々の森に目立つような病院のような白い建造物が見えた。

 

「常夏の島だぁぁっ‼」

 

 艦橋から垂れ下がる縄梯子を真っ先に降りたタクトがはしゃぎながら白い砂浜を駆け回る。セーラ、リサ、カズキ達、ジル、シャーロックとジョージ神父の順で降りていき、島を見渡す。

 

「いやいやいや、ここどこだよ」

「地図上では南太平洋にあるフィジー諸島の近く。英国政府にいた頃の私のプライベート用の島だ」

「懐かしいなぁ。僕がライヘンバッハから帰ってきて、兄さんに世界旅行したいからと頼んで買い取ってもらった島だね」

 

 さらっと凄い事を言う兄弟にケイスケとセーラとリサはぎょっとする。砂浜を通り、削って作られた石の階段を上がり、森の一本道をぬけると開けた草原に建つ白いホテルのような建物に辿り着いた。

 ジョージ神父が扉を開け、カズキ達を中へ入れる。中は大理石の床に、豪勢なシャンデリアが吊るされた病院とホテルが掛け合わせたようなロビーが広がっていた。

 

「シャーロック。少しの間、治療を受けてもらうぞ」

 

 ジョージ神父が指をパチンと鳴らすと白衣を着た医者と思える人達がやってきた。そんな医者達を見てシャーロックは納得するように頷く。

 

「なるほど、ルーマニア国立加齢科学研究所(INGG)のマーリア女史に依頼したのか」

「その通り。彼女に頼み、お前を蘇生するとともにNMNでサーチェイン遺伝子の活動を亢進させ若返りも行う」

 

 ホームズ兄弟の会話を聞いてケイスケとリサは驚く。

 

「INGGにNMNって…ほんとジョージ神父のコネはどうなってんだよ」

「蘇生治療、若返りも行うんですか…!?」

 

 二人が驚いている一方でカズキとナオト、タクトに至っては難しい事ばかりで目が点になって首を傾げていた。

 

「つまり、どういうことだってばよ?」

「あれじゃね?シャーロックさんがショッカーになる的な手術を受けるんじゃね?」

「…しょっかー」

 

 ナオトのくだらないギャグを聞き、3人はドッと笑いあう。そんなやり取りをケイスケとセーラは無視をする。するとシャーロックがカズキ達に近づきにこやかに手を差し伸べた。

 

「カズキくん、ケイスケくん、ナオトくん、そしてタクトくん。君たちには本当に感謝している。君たちのおかげでまた冒険をしたくなったよ」

 

 カズキ達は少々照れながらシャーロックの手を取り握手をする。次にシャーロックはリサの方に視線を向けた。

 

「リサ、君には辛い思いをさせてしまったね。助言を伝えれられなかったこと、危険な目に会わせてしまったことを心から詫びよう」

 

 頭を下げているシャーロックにリサは慌てていたが、優しく微笑む。

 

「教授様…お気になさらないでください。今はもう…リサは大丈夫です。ですからお顔をお上げください」

 

 顔を上げたシャーロックはほっと一安心したように微笑む。そしてセーラに申し訳なさそうににこやかに見た。

 

「セーラ、君には大変申し訳ないのだが…彼らの手助けをしてくれないかい?」

「えっ」

 

 シャーロックに頼まれたセーラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚く。立て続けるかのようにジョージ神父がにこやかに彼女の肩に手をポンと置く。

 

「そうだ。言うのを忘れていたのだが、シャーロックが生きている事は『イ・ウー』や他の組織には秘密だよ」

「えっ…あっ!」

 

 セーラはハッと気づく。今、『イ・ウー』の一員としてシャーロックが生きている事を知っているのは自分だけ。他はシャーロックは死亡、イ・ウーは崩壊したと見ており、()()()()()()()()()に備えて動いている。

 もしシャーロックが生きている事を知ればその場は混沌とするだろう。この事実を知っている自分を口封じするのかとセーラは警戒するがジョージ神父はにこやかにする。

 

「そこで…君をしばらくの間、本格的に雇いたい。依頼料である24金、99.99%(フォーナイン)以上の金地金(インゴット)。60㎏は勿論、それの数倍の報酬も用意しよう」

 

 セーラは頭にしわを寄せて考え込む。ちらりと視線を変えれば目をタクトがキラキラと輝かせこちらを見ており、シャーロックは苦笑いしてセーラに補足する。

 

「兄さんの財力は底無しだ。セーラ、僕からもお願いする」

「金の他に…君の好物であるブロッコリーを栽培できる畑も手配しよう」

 

 好物のブロッコリーを聞いて、セーラはぐぬぬと悔しそうにするがやっけになって頷いた。

 

「前金として依頼料の2倍!くれないとすぐに手を切る」

「いやったー‼セーラありがとぉぉっ‼」

「ウォーウォー,セーラ~♪迷わなーいでー♪もーっと感じるままにー♪」

 

 喜んで抱き着くタクトに、セーラを励ますかのように音程を外して歌うカズキにセーラはムスッとする。そんな彼らを見てシャーロックはクスリと笑い、医師たちの方へ歩み寄りカズキ達の方に顔を向けた。 

 

「そろそろかな…しばらくの間、僕は療養する。それまで会えないが…いずれまた会おう」

 

「シャーロックさん‼今度会うときは…皆で桃鉄でもやりましょー‼」

 

 タクトは手を振って去るシャーロックに向けて叫んだ。なんで桃鉄なのかとカズキ達はずっこけそうになった。シャーロックに至っては笑いながら去っていった。シャーロックは医療棟へ去っていき、ロビーにはカズキ達とジョージ神父だけが残っていた。

 

「さて…カズキくん達にはお礼をしなければな」

 

 一息いれたジョージ神父がにっこりとカズキ達の方に視線を向ける。

 

「やっと終わったかよ。これから帰るのか?」

 

 ケイスケがこれまでの仕返しかというようにぶっきらぼうにジョージ神父を軽く睨む。それは察していないのかジョージ神父は愉悦な笑顔で返す。

 

「そうだな…君たちの夏休みを削った分、ここで休暇をとるといい。水着、花火、遊ぶのに必要なものがあるのなら用意してある」

 

 子供じゃあるまいし、そんなお返しに乗るかとケイスケは言おうとしていたがカズキとタクトが大喜びしていた。

 

「マジっすか!?たっくん、これから海へ泳ぎに行こうぜ‼」

「よっしゃー‼海も泳ぐし、虫取りもするし、花火もするぞー‼」

 

 マジかよとケイスケが頭を抱える。さっさと帰ろうと意見をしようとするが、リサも興味津々にしていた。

 

「そ、それでしたら…リサも花火をしてみたいです」

 

 少し控えめに、少し照れながら言うリサにカズキとタクトはさらにテンションをあげる。

 

「そうこなくっちゃな‼さっすがリサだぜ‼」

「ケイスケも、セーラちゃんも皆で行こう!」

「なっ、わ、私も!?」

 

 ノリノリで手を取るタクトにセーラは慌てる。ジト目で冷静なセーラだったがハイテンションなタクトに振り回されて焦っていた。

 

「もちの論だ!多い方が楽しいじゃん!」

「わ、私はいい。お前達で勝手に…」

「ヒャッハー!バケーションだぜー‼」

「話を聞け!」

 

 話を聞かないタクトに引っ張られセーラは咄嗟にケイスケの方に顔を向ける。助けが欲しいようだがケイスケはやれやれと首を横に振った。

 

「諦めろ。たっくんは人の話を聞かないからな」

 

 さーっと顔を青ざめるセーラをよそにタクトはセーラの手を取りそのまま外へ走って行った。タクトに続き、カズキが歌いながら駆け出していく。ケイスケもため息をついて彼らの後を追いかけて行った。

 

「ナオト様は行かないのですか?」

 

 話に入っていなかったナオトが気になってリサはナオトの方に振り向く。すでに水着に着替え、イルカの浮き輪を抱えているナオトがいた。

 

「…思い切り楽しまなくちゃ」

 

 用意周到であるナオトにリサはくすっと笑う。

 

「そうですね。それでは私も着替えて、セーラ様の水着も用意いたしますね」

 

 

 

「彼らは面白いな…。ベイカー街遊撃隊の少年たちを思い出すよ」

 

 シャーロックは広いベランダから海辺で遊んでいるカズキ達を眺めていた。

 

「兄さん、この先に起こるであろう戦いに彼らも参加するのかい?」

 

 シャーロックの隣でカズキ達を眺めているジョージ神父の方に視線を向ける。ジョージ神父は真剣な表情で頷きふっと笑う。

 

「彼らでないとできないことがあるんだ。君の言う、アリアとキンジ君に『緋弾』を託すように、私も彼らに託している」

 

 『緋弾』と聞いてシャーロックは目を丸くするが納得したように笑う。『緋弾』の事を知っていたジョージ神父に参ったと軽く両手をあげる。

 

「兄さんにはお見通し、か…色金をめぐり、世界を渦巻く戦役に彼らはどう関わるのか、興味を持ったよ」

「まずは…ジル、すまないがヨーロッパに向かい調べてほしいことがある。頼めるかな?」

 

 ホームズ兄弟の後ろにいたジルはすっと跪いて承知した。

 

「お任せくだされ。ジャンヌと私を救ってくださった恩人、タクト殿のためにもこの役目、務めましょう」

 

 

___

 

 

「‥‥え?それってマジか?」

 

 

 広い豪邸の中、男は今耳に入った報告を聞いて呆然としていた。男に伝えた白のボディースーツを着た兵士は恐る恐るもう一度、伝える。

 

「は、はい…シャーロックを仕留めることができず、そのまま逃げられたとのことです…」

 

 それを聞いた男はわなわなと震え、立ち上がる。

 

「ファァァァァァァッック‼」

 

 男は激昂し、もっていたノッキーン・ポチーンの瓶を思い切り床に投げつけ、氷を入れたウィスキーグラスも投げ割る。

 

「何故だ!?何故だ!?奴のICBMもあの島に落ちるように細工もして、沢山の兵も事前に潜ませて、死にかけのあいつならいつでも殺せたはずだぞ!?」

 

 怒り狂う男に兵士はびくびくとしながらさらに報告を続ける。

 

「そ、それが…奴には、シャーロックに4人ほどの護衛がいて…更に2人の異能者に邪魔をされ…」

「4人!?たった4人に百ほどの兵が負けたとでもいうのか、くそったれが‼」

 

 男は怒り任せにガラス製の灰皿も床に叩き付けて割り、叫びながら壁を怒り任せに殴る。

 

「クソが‼ライヘンバッハで奴が生還した時といい、カムデン・ハウスの時といい…なんでシャーロックを殺せないのだ‼」

 

 フーッと息を荒げながら男はわなわなと震えて怒り喚く。

 

「おのれ…‼我が一族が敬愛し、崇拝する『教授』の名を盗んだ忌々しい探偵め…‼今に見ていろ!こうなったら貴様と貴様の相棒の曾孫共の息の根を止めて血筋を絶たせてやる!」




 原作20巻でマーリア女史についてシャーロックが話してたけど…人間に擬態しているブラドの『人間』の夫人でいいのかな?
 色々ごっちゃになってるけど…これでいいや‼(白目)


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京都無双乱舞(弱)
25話


 ジャッキー・チェンにジェット・リー。そんな2人が共演する映画『ドラゴン・キングダム』。2人のアクションは好きですね。でも、すごすぎて主人公が空気。


「なぁケイスケ…」

 

 キンジは右隣の席に座っているケイスケに尋ねた。9月1日、ほとんどの学校がその日から2学期が始まり始業式が行われている。武偵高校もその日から始業式が行われ、世界初の武偵校・ローマ武偵高の制服を模した『防弾制服・黒(ディヴィーザ・ネロ)』と呼ばれる黒ずくめの制服を着るのが国際的な慣例である。

 校長が演説している中、キンジはあることが気になって仕方なかったのでケイスケに聞いてみた。左隣に座っているキンジの親友である不知火も武藤も気になっていた。尋ねられたケイスケは横目で返す。

 

「あ?どうかしたのか?」

「なんであのふたりはFXで有り金全部溶かしたような顔してんだ…?」

 

 ケイスケとリサの隣に座っているカズキとタクトがFXで有り金を全部溶かしてしまったかのように、いろいろな感情を追い越した完全な無の表情、または魂が抜けたかのように呆然としていた。そんな二人を全く哀れむことなくケイスケは即答する。

 

「ヒント、あいつらの夏休みの宿題が終わったのは1時間前な」

「あっ…」

 

 キンジ達はその一言を聞いてすべてを察す。あの島で夏休みのほとんどを費やし、帰ってきても遊び尽くし、夏休みの宿題の存在に気づいた頃は夏休み最終日。既に済ましたケイスケにしごかれながら取り掛かった結果、あのような無残な姿になってしまったのである。不知火はそんな二人に苦笑いをする。

 

「災難だったね…」

「不知火、夏休みで遊びすぎた末路を辿ったバカどもに同情する必要はないぞ?」

「お、鬼だな…」

 

 きっぱりと切り捨てるようにあしらうケイスケにキンジと武藤は苦笑いする。

 

「そう言えば、遠山君。君、また女性関係でスキャンダル起こした?」

 

 哀れな二人の話を変えて不知火がニコニコとしながらキンジに聞いてきた。それを聞いてキンジは苦虫を食い潰したような表情をとる。

 

「何でそんな事知ってんだよ」

「強襲科の剣道の朝練で神崎さんが大荒れだったし…今朝、遠山君が狙撃科のレキさんと女子寮から登校したって話を聞いたからね」

 

 不知火はキンジの足下にいる白いコーカサスハクギンオオカミのハイマキの背を撫でる。武藤は恨めしそうに、ケイスケは呆れてキンジを見る。

 

「マジかよ。今度はレキか!何となくわかる気がするけど…レキは隠れファンが多い見たいだしよく、背後から狙われるぜ?」

「理子の次はレキかよ‥‥お前ほんと爆発すればいいのにな」

 

 ガックリと項垂れるキンジに不知火とケイスケが同情するようかのよに視線を向ける。

 

「神崎さん、レキさんとは仲良かったからね。友達と恋人を失って少し鬱気味だったよ?」

「キンジ、頼むからスクールデイズみたいな感じで刺されて死ぬんじゃねえぞ」

「俺を何だと思ってんだ」

 

 うんざりするようにキンジは更に項垂れる。最近キンジの周りではアリア、白雪、理子と女の子とイチャコラしている噂が絶えない。いつか昼ドラのようにドロドロなことが起きるんじゃないかと予感はしていたが既に起きかけている事にケイスケはため息をつく。

 

「『修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)』があるんだから、さっさと解決しとけよ?」

 

 修学旅行。武偵高では、2年次に2回の修学旅行が行われる。その一回目が『修学旅行Ⅰ(キャラバン・ワン)』であり、普通の修学旅行に見えるが実際には生徒間でのチーム編成の最終調整を行うための行事である。

 

 2年生になると、9月末までに2~8人のチームを組んで学校に登録しなければならない。チーム制度は重要視され、国際武偵連盟に登録される。武偵はチームで将来も活動し、仮に進路で分かれていてもチームの協力関係は最優先とされている。

 

「心なしかキンジのチームが何となくわかってきた」

「奇遇だなケイスケ。実は俺もだぜ」

 

 ケイスケと武藤がジト目でキンジを見る。チームには強襲系、通信系、混成系と様々な種類があり、それぞれのチームが連携し合う。組み合わせもただ仲良しグループが集まるといった班を作るわけではなく、戦略的に優れたチームを作らなければならない。

 

「お前らな…俺はまだ決まってないからな」

「天露君のチームはもう決まってるのかい?」

 

 不知火がニコニコとケイスケに聞いてきた。ケイスケは視線を向ける。ハテナと首をかしげているリサ、FXで有り金全部溶かしたような顔をしたカズキとタクト、そして鼻提灯を膨らませながら寝ているナオト。

 

「…リサ以外まともな面子じゃねえな」

 

 結局此奴らと組むんだろうなと頭を抱えた。

 

___

 

「いぇええい‼俺復活なんですけどー‼」

 

 始業式が終わり、貸衣装である防弾制服・黒を返却した後、カズキは魂を取り戻したかのようにハイテンションで更衣室を出て行った。そんなカズキにナオトはうるさそうに耳を塞いでいた。

 

「宿題さえ終わっていればこっちのもんだぜえええっ‼」

 

 同じく無事に始業式が終わったことでタクトも調子を取り戻していた。二人仲良く騒ぎ出してナオトはやや疲れ気味に項垂れる。

 

「なんで俺に任せるんだよ…」

 

 肝心のケイスケとリサは始業式終了後に行われる『水投げ』で出てくるであろう怪我人に備えて先に救護科棟に行っていた。

 『水投げ』とは、校長の母校で行なわれていた「始業式の日には、誰が誰に水をかけて良い」という変わった喧嘩祭が武偵高校では「徒手なら誰が誰にでも喧嘩をふっかけてもいい」というストリートファイト的なルールになって伝播しているのである。

 

「よし、そうと来れば救護科棟に逃げ込むぜ!」

「あぁーい!逃げるが勝ちぃー」

 

 カズキとタクトは救護科棟に急いで移動する。去年もカズキとタクトは「水投げ」からひたすら逃げ続けていた。タクトに至っては「スーパー弱いね!」と言われて誰も吹っ掛けてこなかった。

 

「もうセーラに言われたことを忘れたの?」

「はっはっはー。ナオトは心配しすぎだぜ」

「そうだぞナオト、急がば回れだぞ?」

 

 ナオトの心配をよそに二人は笑って流す。日本に戻ってきた時、ジョージ神父は少しの間、セーラを連れてヨーロッパへ出かけてくると言っていた。別れる際にセーラがカズキ達に「これから起こる戦いに備えろ。もしくは腕をあげておけ」と言い残したのだった。

 

「そもそもどうやって鍛えろって話だよなー」

「頑張る!」

「…たっくん、それ答えになってない」

 

 どうすればいいかここで考えても答えはない。というよりも水投げの標的になり兼ねないので3人は路地裏へ歩いて行った。

 

「あれ?あそこで絞められてるのってキンジじゃね?」

 

 路地裏を歩いていくとキンジの姿が見えてきた。よく見ると清朝中国衣装を着た黒髪のツインテールの少女に裸絞めされている。まさか路地裏なら被害に会わないと思っていたのにまさかここまでつけられているとは、3人はこっそりと近づく。

 

「キンジ、何してんだ?」

 

 カズキが声を変えると、少女はハッとした顔で、キンジは藁にも縋るかのように苦しみながらもカズキの方を見た。

 

「きひっ‼キンチの助っ人ネ?」

 

 少女はにやりと笑い、妙な訛りで声を掛けてキンジから離れて好戦的な目でカズキ達を睨む。拘束から外されたキンジは咄嗟にカズキ達の方へ転がり込む。

 

「助かった…気をつけろ、こいつは本気で殺しにかかってくるぞ!」

 

 キンジの焦り様を見てカズキとタクトはぎょっとする。少女は「きひっ」と甲高い笑い声をあげて挑発していた。

 

「武偵の男共は情けないヨ。名前、ココというネ。お前も名乗るネ」

「えっと…と、遠山キンチだ」

「同じく、シティーハンター・遠山きんちだ!」

「‥‥キンジ」

 

 この流れからすると明らかにキンジ絡みの厄介事。巻き込まれるのは面倒なので会えて他の人の名で名乗る。それを聞いたココは目を丸くする。

 

「ファッ!?ま、まさかお前ら()あるか!?」

「嘘をつくなよ!?ココ、こいつらは吹雪カズキに菊池タクト、江尾ナオトだ」

「キンジてめこのやろー‼ごまかそうと思ったのに!」

「空気読めよ‼これからジェットストリームアタックをかけるところだったんだぞ‼」

 

 そんな三連星を見たくねえよとキンジはツッコミを入れる。驚いていたココはほっと胸をなでおろして拳を構えた。

 

「変わった奴等ネ。面白そうだからお前達も試してやるヨ」

「まあまあ、そう気を立てないでさ。ここはピースフルにいこうぜ?」

 

 タクトがココを宥めさせようと近づくとタクトの腕を掴み投げ倒し、腕と足を絡めて裸絞めをしてきた。

 

「ピースフルゥゥゥッ!?」

「きひっ‼お前弱すぎネ!」

 

「当たり前だろ!たっくんは格闘に至って『スーパー弱いネ』なんだぞ‼」

「カズキ、それフォローになってねえぞ」

 

 キンジは横目でカズキを見ながらツッコミを入れる。吞気にしている場合ではないがココの変則的な動きに中々近づけずにいた。もし助けようと近づけばすぐに標的を変えて襲い掛かってくるに違いない。

 

「な、ナオトー!た、助けて―‼」

 

 タクトの必死な叫びにナオトはすぐに動いた。ナオトは一歩踏み込みを入れて、すぐに二歩目を踏まず、一気にココの目の前まで飛んだ。目の前まで近づかれたことにココは驚きを隠せずにいた。ナオトは肩、体を使い体当たりをした。ココはとっさにタクトの拘束を外し、防御して吹っ飛ばされる。しかし空中でくるりと回転し着地をする。

 

「靠撃…面白いヨ。お前、八極拳を使うネ」

 

 いいのか悪いのか、ココは更に好戦的に笑う。ナオトは無言で拳を構える。その時、キンジの後ろにいたハイマキが背中の毛と尻尾を逆立たせて唸り声をあげナオトの横に並ぶ。

 

「…姫の飼い犬の方がキンチより役に立ちそうネ」

 

 ココは身軽にゆっくり後ろに下がり路地裏の方へ引いいき、キンジ達に向けてアカンベーとベロを出した。

 

「私は『万武(ワンウー)』ココ。『万能の武人』ネ。キンチ、お前0点ネ」

「万武って…お前、まさかお前こそ真の三国無双だったのか!?」

 

 なんとか体が自由になったタクトが目を輝かせてココのほうを見た。それを聞いたココは少し驚いたような顔をしたがニッ笑う。

 

「三国無双‥‥タクト、お前は及第点やるネ。ナオトは85点ネ。キンチは追試ネ。また採点してやるヨ、再見(ツァイチェン)

 

 ココは手を振って角の向こうに姿を消していった。ナオトは腕を降ろして一息つき、キンジは呆然とし、タクトはバイバイと手を振っていた。ぼーっと見ていたカズキはあることに気づく。

 

「おおい!?俺は無視かよ!?俺は一体何点だよ!?」

 

___

 

「しっかし、お前も派手にやられるんだな」

 

 救護科棟にてケイスケはアリアの手当てをしていた。傷はかすり傷程度で軽い。リサに消毒してもらったり、絆創膏を張ってもらっているアリアは相当苛立っていた。

 

「あのあたしそっくりの奴に拳銃戦(アル=カタ)で引き分けるなんて…‼あーもうムカツク‼」

 

 ツインテールをフリフリと振り回すアリアを見て不知火が言っていたことを思いだす。かなり荒れているとは言っていたが相当お冠のようだ。

 

「その2Pカラーは置いといて…他の理由でかなり機嫌が悪そうに見えるな」

 

 ケイスケに言われて図星なのか視線を逸らすがムスッとして愚痴を言いだす。

 

「当たり前じゃないの‼レキが…あたしに断りもなく、勝手にキンジと2人チームの申請をしてたのよ‼」

 

 ケイスケの予想通り、すでにドロドロしだしていたことに内心ぎょっとする。チームの登録の際、すでに組んでいた戦っていた生徒を横取りするのは禁止事項とされている。

 

「あの寡黙なレキがな…」

 

 ケイスケはコーヒーを飲みながら考えた。かの誰にでも対して無表情でいるレキが積極的にキンジに寄りかかるなんて、よっぽどのことがあったのだろうか、いやあの女たらしにはよっぽどのことがあるに違いない。そう考え込んでいるケイスケにアリアはプンスカと怒る。

 

「飲んでいる場合じゃないわよ‼これは私にとって大問題なのよ!?ったく、レキに文句言わないと‼」

「そう言えばレキ様でしたら…」

 

 今朝女子寮からキンジと学校に登校したと言おうとしたリサにケイスケは黙って首を横に振る。言ってはならない。言ってしまえば余計面倒な事になると静かに伝える。

 

「もう‼プンスカが止まらないわ‼ももまんでも食べに行く!」

 

 アリアは苛立ちながら医務室を出て行った。やっと静かになったことにケイスケは一息つく。

 

「よろしいのですか?アリア様に伝えなくて」

「いいんだよ。あいつらの問題だ。振り回されているキンジが悪い」

 

 こっちにはこっちで問題がいくつかあるのだ。それを勝手にキンジ達のいざこざまで乗せられたらたまったもんじゃない。というよりもキンジの奴はいつか刺されるのではないかとケイスケは心配する。

 

「えっと…それにアリア様は治療費を払わずに出て行きましたけども…」

「‥‥よし、次治療するときは倍にして請求してやる」




 李書文の八極拳、葉門の詠春拳、spiritのジェット・リーが演じる霍元甲の秘宗拳、ジャッキー・チェンが演じた酔拳。

 皆さんはどんな中国武術が好きですか?


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26話

 京都の修学旅行、バスの多さで道に迷ってしまいなかなかお寺を回れなかったという苦い記憶しかない…(白目)


「え゛ぇぇぇ⤴!?レキがキンジと!?」

「なんなのアイツ‼爆発すればいいのに!」

 

 帰宅してケイスケからレキがキンジにアタックしていることを聞いたタクトとカズキは苦虫を噛み潰したような顔をして憤慨していた。ケイスケはパソコンの画面を見ながらコーヒーを飲みさらに話を続ける。

 

「諜報科から聞いた話だと三角関係な状況になって、アリアとレキが喧嘩をしたようだ」

「「~っ‼」」

 

 殺虫スプレーをかけられて悶えているゴキブリのように二人はジタバタとしだす。ケイスケはそんなバカ二人を無視してコーヒーを飲む。

 諜報科の情報によると、レキがキンジとイチャコラしているところアリアに目撃され、最初は3人絡みの口喧嘩だったのだがレキがアリアにビンタしたことでゴングが鳴り、徒手格闘でアリアが有利だったがレキが銃剣を使いだし、しかも殺す勢いで襲い掛かったという。キンジがレキを止めて何とかなったが、関係は最悪の状況になったという。ケイスケは予想以上に振りまされていることに苛立ちを感じた。

 

「あのバカ。何やってんだか…」

「リア充は爆発しろ!」

「その通りだ!爆発四散だ‼」

 

 嫉妬で怒っている二人はとりあえず無視することにした。他人の昼ドラはひとまず置いといてこちらの問題に取り掛かることにする。

 

「で、俺達のチーム編成はどうするんだ?」

「ケイスケ、何って言ってんだ。もう決まってるだろ?」

 

 カズキはケイスケに向けてドヤ顔で答える。カズキ、タクト、ケイスケ、ナオト、リサと確かにこうして一緒に住んでいるのだからすでに決まっている事であるが一つ問題が残っている。

 

「じゃあ聞くけど、リーダーは誰だ?」

「「リーダーは俺だ‼」」

 

 バッと自分を指さすカズキとタクトはお互いを見た後すぐに取っ組み合いをした。誰がリーダーを務めるか、これが問題だった。

 

「ケイスケがリーダーだとなー…しごかれそうだし」

「あぁ?カズキ、はっ倒すぞ?」

「そうだ!ここはリサをリーダーにしようぜ!」

「わ、わ、私ですか!?そ、そ、それはリサに勿体無さすぎます!」

 

 リサはあたふたと断り、ケイスケは睨みながらカズキの胸ぐらを掴む。どの面子もリーダーにしては濃すぎる気がする。ふと、タクトはナオトがリビングにいないことに気づく。

 

「あれ?ナオトはどこ行った?」

「そう言えば、宅配便が来たから取りに行っているが…」

 

 そんな話をしているとナオトが大きな段ボールを担いで戻って来た。重たそうにしているので中は結構な量がるように見える。テーブルに段ボールをずしりと置いてナオトは一息ついた。

 

「…ジョージ神父から、荷物が届いた」

「おお!?マジで!?」

 

 今も尚ヨーロッパからなかなか戻ってきておらず、連絡がこないジョージ神父から贈り物が来た。タクトは喜んですぐに段ボールを蓋を開ける。中にはチョコや洋菓子、調味料や置物などあっちの国でのお土産屋で売ってありそうなものが詰まれていた。

 

「さっすが神父!これでお菓子を買わなくて済むぜ!」

「修学旅行に持っていこ!」

 

 カズキとタクトはさっそくお菓子の取り合いをする。そんな二人をよそにケイスケとリサで整理をしていると奥から紙で包装された大きな物が出てきた。しかも手紙が付いておりナオト宛に書かれていた。

 

「ナオト、神父から贈物のようだぞ」

「…俺に?」

 

 ナオトは手紙を見る。手紙には『ナオトへ これは君が使うといい byジョージ』と短く書かれていた。手紙を読み終えてすぐさま封を開ける。

 

「…フライパン?」

 

 中身は黒く輝く底が浅いフライパンだった。グリップは良く、振り回すに丁度良い重さ、軽く叩いて頑丈そうな音がする。無言のままフライパンを凝視し、満足したのか高く掲げた。

 

「ずるいぞナオト‼」

「お前だけいいもん貰ってんじゃねー‼」

 

 未だにお菓子を取り合っているカズキとタクトがプンスカと怒る。ジョージ神父はナオトの養親だしこのぐらいいいのではないだろうかとケイスケは心の中でツッコミを入れる。

 

「…俺の分はいいからお菓子はお前たちにやるよ」

「さっすがナオトだぜ‼」

「よっ、お前こそナンバーワンだ‼」

 

 お好み焼きを返す様にすぐに手の平を返す二人にケイスケは呆れる。

 

「たっくん、さっそく鞄に詰め込むぞ‼」

「おうよ‼今年の修学旅行は俺達がサイキョーだぜ‼」

「お前ら、チーム編成の最終調整する行事だからな?」

 

 カズキとタクトは修学旅行に持っていく鞄にこれでもかというぐらい菓子を詰め込む。ただの修学旅行じゃないというのに緊張感のない二人にケイスケは肩を竦めてナオトの方を見る。しかしナオトはそんなケイスケに同情することなく、リサと一緒に『るるぶ京都編』や旅行ガイドを開いていた。

 

「今年は京都に行くみたいだ。リサは何処に行ってみたい?」

「そうですね…京都には金ぴかのお寺があるって聞きました。リサはそれが見てみたいです!」

 

 ひたすら菓子を詰め込む二人、旅行プランを立て始める二人、そんな彼らを見てケイスケは深く頭を抱えた。

 

___

 

「‥‥」

 

 レキは新幹線の窓側の席に座り、無表情のまま窓から景色を眺めていた。レキの隣に座っているキンジは落ち着けなかった。

 9月14日。修学旅行という名のチーム編成の調整旅行が始まり、これから京都へと新幹線で向かっていたのだが、キンジはうんざりとしていた。レキが付きっきりというからではなく、武偵校の女子がこちらを見てひそひそと話しているからではなく、隣の座席に座っているカズキとタクトが親の仇とでもういかのようにこちらをずっと見続けているからであった。

 

「キンジ…お前、爆発しろよ」

「そうかそうか、つまりキンジ君はそんなヤツだったんだな」

「あのな…ケイスケ、なんとかしてくれ」

 

 キンジは嫉妬の塊の二人の向かい側に座っているケイスケに助けを求めた。しかしケイスケはぶっきらぼうに返す。

 

「知るか。お前がしっかりしてないから起きた結果だろ。自分で何とかしろ」

 

 キンジは項垂れた。ケイスケの隣にいるナオトかリサに助けを求めようとしたが既に寝ていたのでやっけになって自分も寝ることにした。

 

「ね、ね、レキちゃん!お二人が付き合ってるってホント!?」

「あれでしょ?ドッキリってやつでしょ?」

 

 キンジの眠りを妨げるかのようにカズキとタクトがレキに興味津々に聞いてきた。そんな二人にレキは無表情のまま顔を向けた。

 

「…キンジさんとは婚約者の関係です」

「」

 

 その一言で二人は固まる。火に油を注ぐどころではなく火にガソリンをぶちまけてしまったレキをよそにキンジは飛び火が掛からないように必死に寝たふりをした。

 

___

 

「‥‥」

 

 レキは無表情のまま金箔で装飾された金色の寺、金閣寺を眺めていた。流石世界遺産に登録された日本の金色の寺だけあって他県からの観光客だけではなく外国の観光客も多い。

 キンジは項垂れていた。人が多いからではなく、人混みの中離れないようにレキがキンジの腕を組んでいるからではなく、時折ばったり会ってしまう武偵の生徒に何か言われるからではなく、カズキとタクトがこちらをずっとなまはげのような顔で見ているからだ。

 

「お前ら…そんなに俺達に見せつけたいのか…」

「この野郎!ボンバーヘッドになればいいのに!」

「というかなんでお前達に出くわすんだよ!?」

 

 キンジは逆に聞きたかった。京都駅に降りてガイドブックを開いて即席で立てたプランで、最初は清水寺へ行っていたがそこでカズキ達に出くわし、あえて人混みが多いから見つからないだろうと金閣寺へ向かったところ、またしてもカズキ達に出くわしたのだった。

 

すごいです‼(モーイ)本当に金ぴかです‼」

「…八つ橋が売ってる。買いに行こう」

 

 そんな彼らをよそにリサとナオトは楽しく観光しいた。2度も出会ってしまったのでさすがのケイスケも呆れてため息をつく。

 

「あのな、見せつけるのもイチャコラするのもお前らの勝手だけどな…さすがに目立つぞ。なんとかしとけ」

「わ、わかってるっての。次に銀閣寺か三十三間堂のどっちかに向かう予定だが…まさかお前らもか?」

 

 次に向かう場所を話し、ちらりとカズキとタクトの方に目を向けると二人は苦虫を思い切り嚙み潰したような顔をしていた。考えていることが同じだということにキンジは頭を抱えた。

 

「しかたねえな…俺達が別の所へ向かう」

「す、すまないケイスケ。恩に着る」

 

 ケイスケは嫉妬の鬼と化した二人を引っ張って移動する。通り過ぎる際、キンジに耳打ちした。

 

「その代わり…アリアとは仲直りしとけよ?あいつ治療費払ってないからな。そうしないと倍にしてお前に請求するぞ」

 

 ナオトとリサを呼び戻してここから去る前にちらりと視線を向けるとキンジはものすごく項垂れていた。

 

___

 

 

 結局、次に向かう三十三間堂はカズキとタクトが嫉妬の鬼から嫉妬の神にランクアップしてしまうので地図上で近くにある仁和寺へと向かうことにした。

 

「リア充は爆発しやがれ!」

「ほんとにさ!大爆発でもしろっての‼」

 

 道中、カズキとタクトは爆発しろと愚痴を言い続けていた。あれだけ見せつけられたらああ言うしかないだろうなとケイスケも頷く。

 

「あいつもあいつなりで何とかしようとしてるみたいだが…気が遠くなりそうだな」

 

 果たして仲直りはできるのだろうかと気にはしていた。そんな時、タクトの歩みがぴたりと止まる。

 

「うん?たっくん、どしたの?」

「なあカズキ、あそこに人が倒れてね?」

 

 タクトが指さす先には裏道のど真ん中で黒の革ジャン、黒のレザーパンツを身に着けた大男がうつ伏せで倒れていた。カズキ達はその男の所に駆け寄りケイスケが脈をとる。

 

「脈は…あるな」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 カズキが恐る恐る尋ねると男は顔だけあげてこちらを見る。黒のオールバックで黒い太い眉に鋭い目つきとまるで怒れる虎、憤怒する鬼のような顔つきだった。カズキ達はギョッとして焦るが男は弱々しく声を発する。

 

「み、水…それと…飯…」

「は、腹が減ってるんだな!?たっくん、水と何か食べる物!」

 

 カズキに呼びかけられたタクトはすぐさま水とカズキのお菓子を男にあげた。ついでにナオトもお店で買った八つ橋をあげた。男はすぐさま水を飲み、菓子をがっつくように食べだす。

 

「ふぅ…」

 

 食べ終わった頃には元気を取り戻し立ち上がった。体格もがっちりとしており、身長は180は軽く超えている程の大きさにカズキ達は愕然としていた。男はふっと笑って左手で右手の拳を包み頭を軽く下げる。

 

謝謝(シェシェ)。お前たちのおかげで助かった」

「いえいえ、武偵として当たり前のことをやったまでですよ」

 

 タクトは胸を張って返す。俺達は武偵として当たり前の事はそんなにやってないのになとケイスケとカズキは心の中でツッコミをいれる。ナオトは気になっていたことを尋ねる。

 

「…どうして倒れてたんです?」

 

「うむ、俺の上司が人使いが荒くてな。人探しをして来いと言われ中国から日本まで自力でやってきたのだ。その道中で腹が減ってしまってな…」

 

 男は不覚をとったかのように落ち込んで答えた。それを聞いたリサは心配そうに男の方を見る。

 

「自力ですか…大変ですね」

「なに、『猿』の相手をするよりかはまだ楽な方だ」

「人探しをしてるって…どんな人を探してるんですか?」

 

 タクトが興味津々に尋ねると男は少し考え込んでいた。話すかどうか考えていたようだがふっと笑って答えた

 

「『璃巫女』と呼ばれる少女を探している」

「りみこ?」

 

 カズキとタクトは首を傾げる。変わった名前の女の子だと感じた。

 

「俺の仲間の話だとこの京都にいると聞いた。これから人探しを再開する」

「りみこちゃん見つかるといいですね!もし猫の手も借りたい時は俺達を呼んでください!」

 

 ドヤ顔でポーズを決めるタクトに対し、男は高笑いをする。

 

呵呵呵呵(かかかか)‼面白いなお前たちは。気に入ったぞ」

 

 男は踵を返して去ろうとした。その前に目線をこちらの方にむけた。

 

「おっと、助けてくれた礼として俺の名を教えよう‥‥俺の国ではルーブーと呼ばれている。お前たちの国ではry」

「オケーイ‼わかりましたぜ、ルーさん!」

 

 カズキは男の話を遮って即答した。ルーさんと呼ばれた男は目を丸くしていたが高笑いして手を振って去っていった。

 

「うん?ルーさんは中国から来たって言ってたからルーブーは中国語の読みだろ?」

「ケイスケ、どうかしたのか?ルーさんはルーさんだろ?」

 

 ルーブーと聞いてケイスケは何か引っかかったような感じで首を傾げていた。

 

「どっかで聞いたことがあるんだよな…」

 

 ケイスケは気になって仕方なかったのだが、その後『アリア、激おこぷんぷん丸』という題名で送って来た理子のメールを見て深く考え込むのをやめた。




 太郎は日本では『たろう』と読みますが、中国語では『タイラン』と読みようですね。
タイランて…かっこよすぎ(コナミ感)

 ルーブー 中国でググルと…


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27話

 シャー・ペイってどんな犬かなーと思って調べてみると…むっちゃくちゃシワクチャでビックリした…

 チャウチャウといい、チベタン・マスティフといい…ごっつくてしわくちゃなんね…


「うぷ…気持ち悪い…」

 

 京都の北東、比叡山の山中にある民宿の一室にてカズキは気分悪そうにして寝転がっていた。居間でくつろいでいるケイスケが呆れてみる。

 

「お前、食い過ぎだろ」

 

 ジョージ神父のお土産のお菓子を食べ、京都の寺を見て回る間に喫茶店やお土産屋で買い食いし、神戸でも買い食いし、そして民宿の料理も食べた結果である。

 5人で泊まる宿にしては安く、障子窓から見える枯山水の庭の先は比叡山の森、夜の虫の声だけが響く静かな空間で落ち着ける所だった。温泉から戻って来たタクトとナオトが布団を敷いて枕投げをし合う、タクトの喧しい声とカズキの吐きそうとつぶやく弱音だけが喧しく響く。

 

「チーム編成の調整の行事だっていうのに…本当に大丈夫かこれ」

 

 ケイスケは項垂れる。組めるとしたらこの面子しかないが、チームワーク、チームリーダーと心配事が山積みなのである。そう言った細かい事は押し通すしかないだろうと吹っ切れる。そんな時、リサが障子窓を開けて枯山水の庭の先に森を不安そうに眺めているのに気づいた。

 

「リサ、どうかしたのか?」

「ケイスケ様…この森、比叡山のどこかで銃声が聞こえました」

 

 それを聞いたケイスケは森の方へ視線を向ける。ただ静観とした森で銃声のような音は聞こえなかった。気のせいだろうと言おうとしたがリサは更に不安そうにしている。

 

「銃声だけではありません。獣の血と、何頭かの猛犬の臭いがします」

 

 ケイスケはリサが秂狼であることを思いだす。嗅覚、聴覚ともに優れており、遠くまで察知できるのだ。そうとなればもしもの時に備えガンケースからMP5を取り出す。枕投げをしているタクトとナオトに武器を持って警戒するよう呼びかける。タクトとナオトが渋々ガンケースから銃を取り出しているのを見て、顔面蒼白になっているカズキがよろよろとしながら起き上がる

 

「え?ケイスケ、迎撃態勢って…おれ吐きそうなんだけど」

「だったらさっさと吐いてこいや」

 

 気分が悪いカズキがケイスケに催促されてガンケースからM110狙撃銃を取り出してトイレへ向かおうとした時、庭先の森の茂みからがさがさと音がした。何かが近づいてきている、ケイスケとナオトが咄嗟に銃口をその茂みの方へ向ける。

 茂みから出てきたのは白い毛並みの狼、レキが飼っているコーカサスハクギンオオカミのハイマキだった。ケイスケ達は銃を降ろす。よく見ると銀色の毛が何か所か赤く染まっていた。何かに噛まれ、爪でひきさかれた傷を負っており、少しよたよたと力なく歩いていた。

 

「ハイマキじゃないか。どうしたんだ、その怪我は」

 

 ケイスケは庭へ降りて傷だらけのハイマキに駆け寄る。ハイマキは吠えることもせず、ただケイスケ達を力強く見つめていた。

 

「なにか…あったんだな」

 

 ナオトが察するように頷く。ハイマキがこんなに傷だらけになってここまで来たのだからきっとキンジとレキに何かよからぬことが起きたのだと感じた。

 

「ケイスケ様、ハイマキを連れて離れてください!猛犬たちが来ます‼」

 

 リサが急ぐように叫ぶ。確かに森の先から何頭かこちらに駆けてくる音が聞こえてきた。ケイスケはハイマキを抱き上げ急いで戻る。その途中、茂みからハイマキを追いかけて来たのであろう、中国では軍用犬や猟犬として扱われる闘犬、シャー・ペイの群れが飛び出してきた。

 

「ここは私が…えいっ‼」

 

 戻って来たケイスケと代わるように前へ出たリサはシャー・ペイの群れに向けてキッと睨み付けた。気合いを入れて睨み付けるまでは良かったのだが、気合の声と共にぴょこっと頭に犬耳が、スカートの後ろからふんわりとした尻尾が出てきた。

 それを見ていたケイスケ達はブッと吹きだして驚くがハイマキを仕留めようと怒り狂って追いかけていたシャー・ペイの群れが急に立ち止まり、キャンキャンと恐怖におびえるような声をあげて逃げ出していった。

 

「さっすがリサだ‼あのワンコロ達、リサの可愛さに恐れをなして逃げて行ったんだな!」

「…さすがは『百獣の王』」

 

 興奮して目を輝かせるタクトとナオトにリサは照れながら尻尾を振る。可愛さではなく、明らかに『百獣の王』であるジェヴォーダンの獣に恐怖を感じて逃げて行ったのだとケイスケはこっそりツッコミを入れる。そんな中、和気藹々としているタクト達をよそに顔面蒼白のカズキがプルプルと震わせながら手をあげる。

 

「あ、あのー…吐きそうなんでトイレ行ってもいい?」

「まだ行ってねえのかよ。さっさと行けつってんだろ」

 

 まだトイレに行ってないカズキにケイスケがイラッとしてすぐに行くよう言った。カズキはすぐにでもトイレへ行こうとした時だった。

 

「きひっ!シャーペイの群れがものすごい勢いで逃げて行ったのだから気になって来てみたら…お前達か」

 

 甲高い笑い声と共に茂みから清朝中国の民族衣装を着た少女、ココがニっと笑って出てきた。

 

「真の三国無双ちゃん‼」

「ココさん…!?」

 

 タクトが名前を間違え、リサがココを見て驚く。タクト達を見ていたココもリサを見て目を丸くし、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「げぇっ!?なんでリサが武偵のところにいるネ!」

 

「リサ、ココってやつを知ってるのか?」

「もしかして真の三国無双ちゃんもイ・ウーなの?」

 

 ケイスケとタクトの質問にリサは頷く。

 

「はい、ココさんは中国の秘密結社『藍幇(ランバン)』の構成員の一人で…よくイ・ウーに武器を売り込んできていたんです」

 

「商売で売りに来たのにいっつもリサに値切られて商売にならないネ!」

 

 補足する様にプンスカとココは怒る。リサは買い物上手だから武器も安値で値切られるのだろう。ココははっとして話を戻した。

 

「お前達、そこの姫の飼い犬をこっちによこすネ。こいつはキンチ達のいい人質になるネ」

 

 ココはケイスケが抱き上げている傷だらけのハイマキを指さす。ケイスケはココを睨みかえし下がる。

 

「はいそうですか、ってそう易々と渡すわけねえだろ」

「はっ、くっさい仲間意識カ?」

 

 あざ笑うかのようににやりとするココに対し、ケイスケは首を横に振る。

 

「ハイマキを治療して、あとであいつらに面倒事を巻き込んだ仕返しに治療費を請求してやるんだからな」

「うわー…」

 

 明らかに面倒事に巻き込まれ、苛立っているケイスケにタクトとナオト、そしてココも引いた。奴らのペースに流されないよう、ココは気を取り直してケイスケ達を睨む。

 

「もう一度言うネ‥‥その飼い犬をよこすヨ。さもなくば…皆殺しにするネ」

「だから嫌だっつってんだろ!この2Pカラーが‼」

 

 ココの要請を即拒否したケイスケにココは殺気立つ。ココは長い袖を振って、香水の容器(アトマイザー)のようなものを取り出した時、すっとカズキが手をあげた。

 

「なにヨ、グラサン‼」

「あ、あのー…マジで吐きそうなんで先にトイレ行ってもいいですか?」

 

 顔面蒼白で吐きそうにしているカズキがプルプルとしている中、しばらくの間沈黙していたがココは怒った。

 

「もうこいつらむかつくヨ!これでもくらって消し飛ぶネ!『爆泡珠(バオパオチュウ)‼」

 

 シュッと霧吹きのように吹きかけ部屋から照らされる光できらりと光る、シャボン玉がカズキ達に向かって飛んできた。

 

「シャボン玉ぁ?あれだなシャボン玉避けゲームか!」

 

 タクトが恐るるに足らずと飛んでくるシャボン玉を遊ぶように避ける。そんなタクトにリサが叫ぶように呼びかけた。

 

「気をつけてください!ココさんが使う爆泡は気体爆弾です‼破裂して空気の酸素と混ざると爆発します‼」

「「「え゛っ!?」」」

 

 それを聞いたカズキ、ナオト、ケイスケはぎょっとする。そして飛んでいるシャボン玉が部屋の壁や天井にぶつかり弾けると、シャボン玉から激しい閃光と衝撃が上がる。

 

「やっべえええっ!?」

「そんな爆弾、あるのかよ!?」

 

 タクトとケイスケは叫んだ。リサの忠告のおかげでシャボン玉からすぐに離れていったカズキ達は爆泡の爆発から逃れたが衝撃が大きいためココの前へ飛ばされる。

 

「きひっ‼さっさとその飼い犬をよこすネ!」

 

 ココは再び爆泡、気体爆弾のシャボン玉を飛ばす。今度は明かりがない所から飛ばしてきたのでシャボン玉がどこからきているか見えなかった。

 

「逃げるぞ、走れ!」

 

 ケイスケはリサにハイマキを渡してすぐ足下の枯山水の砂利を掴んで投げる。投げた砂利はシャボン玉にを割り、空中で衝撃と閃光が巻き上がった。

 

「カズキ、ケイスケ、リサ‼大丈夫か!?」

 

 衝撃で巻き上がる土煙の中、ナオトが大声が聞こえた。さっきの爆発でカズキ、ケイスケ、リサの三人とナオトとタクトの二人に分断されてしまった。

 

「ナオト、たっくんと一緒に山を下りろ‼安全が取れたら知らせる‼」

 

「…わかった!」

「みんな、無事でいてくれよ‼」

 

 カズキ達は二手に分かれて駆けて行った。ココの狙いはハイマキ、追いかけてくるとすればこちらだろう。なんとか巻いて逃げなくては。森の中を駆ける、ふと逃げている最中にカズキがついて来ていないことに気づく。

 

「あれ?カズキは…?」

「カズキ様は吐きそうでしたので恐らく…」

 

 ケイスケとリサは後ろを振り向く。すぐにでも吐きそうだと顔を真っ青にしながらドタドタと遅れて走ってきていた。

 

「おまえ、さっさともどしとけよ‼バカか!」

「だ、だって…タイミングないんだもん…」

 

 ケイスケの怒号にカズキはひぃひぃと悲鳴を上げながら答えた。このままだと追いつかれてやられる。ケイスケはカズキをさっさと吐かせようとした。その時、前方の茂みからケイスケ目がけてココがUZIを構えて撃ってきた。

 

「なっ!?もう先回りしやがってたのか!?」

 

 ケイスケはカズキを押し離して咄嗟に伏せる。いくつか弾を掠めたが大事にはならなかった。MP5を撃って反撃をする。

 

「きひっ‼お前達はもう袋の鼠ネ!」

 

 UZIを撃ちながら近づいてくるココにリサと負傷しているハイマキを守りながら下がっていく。途中押し離したカズキの方を気にした時、カズキ()()()()()()()()()()()()姿()のココがいたのが見えた。

 

「まずは1人ネ!」

「ぐえっ!?」

 

 もう一人のココがカズキに裸絞めをする。ケイスケはカズキを助けに行こうとしたが、UZIで撃っているココに遮られる。

 

「ちょ、ちょっと…待って…‼」

 

 ジタバタとカズキはもがきながらココに訴えかける。しかしココは聞く耳を持たずツインテールの髪で首を絞め手と足でカズキの腹と身体を絞める。

 

「や、やめ…そんなことをしたら…うっぷ…」

「きひっ‼今更命乞いカ?もう遅いネ!『双蛇刎頚抱(シャンシケイケイパー)』‼」

 

 ココは力を込めてカズキを絞める。その絞め技でカズキの腹はつよく押された。いままで我慢してきたのだがカズキは我慢の限界だった。押されたカズキは今まで食べた物を口からリバースしてしまった。

 

哎呀(アイヤー)!?お、お前、何てことするネ!?」

 

 多面で絞めていたココの顔面に、体に今まで食べたものがかかりそうだったのでココは大慌てで拘束を放して下がる。リバースしてすっきりしたのか、カズキは鼻水を垂らしながら、涙目になりながらも上機嫌に返す。

 

「お前のおかげでスッキルしたぜ‼」

 

 M110狙撃銃を構え、ケイスケ達にUZIを撃ち続けているもう一人のココに向けて撃つ。こちらが狙われてると気づいたココは撃つのをやめて身軽に後ろへ下がる。カズキのリバースがかかりそうになったココも下がってUZIを持ったココの方へ駆け寄った。

 

炮娘(パオニャン)‼こいつらなめてかかったらまずいネ」

猛妹(モウメイ)、キンチとは違って別の意味で厄介ネ」

 

「あいつら、双子だったのか…」

 

 身なりも顔も、髪も、同じ姿にケイスケとカズキは驚く。しかし猛妹の方は絞め技や爆弾などの近接、炮娘の方は銃を使う遠距離と戦い方に違いがあった。

 

「確か…ココさんは『ツァオツァオ』と呼ばれ、3,4人姉妹だと聞いたことがあります…」

「マジかよ。同じ顔があと1,2人いるのかよ…」

「あれだな。ココだけに個々のここがすごいってかー‼」

 

 調子を取り戻したのか、調子に乗り出したのか、カズキはドヤ顔でダジャレを言う。ケイスケとハイマキはカズキのダジャレを無視してココ姉妹を睨む。一方のココ姉妹はプルプルと怒りで震えていた。

 

猛妹(モウメイ)、あのグラサン…明らかにバカにしてるネ」

「どうする炮娘(パオニャン)、あいつら処す?処す?」

 

 猛妹は青竜刀を取り出し、炮娘はUZIを構えてこちらに近づいてきた。カズキも調子を取り戻したが、見えにくいシャボン玉の爆弾、爆泡を出されたらこちらの手の打ちどころがない。カズキとケイスケはジリッと身構えた時だった。

 

「…お前ら、どうやら手こずっているようだな」

 

 後ろから野太い、ドスの聞いた声が聞こえた。カズキとケイスケは振り向くとそこには仁和寺に向かう途中、空腹で倒れていたあのルーブーがいた。

 

「る、ルーさん!?」

「る、ルーブー!?な、なんでお前が来てるネ!?」

 

 カズキは後ろにいたことに驚いていたが、ルーブーの姿を見てココ姉妹は目を見開いて驚いていた。

 

「ふん…お前らガキ共と共に『璃巫女』を連れてこいと諸葛に命じられたまでだ」

 

 ルーブーは低い声で答え、ココ姉妹を睨むように見る。ココ姉妹は蛇に睨まれた蛙のように動かなかった。

 

「見たところによると『璃巫女』を捕え損ねて、犬を人質にしようとしたが手こずっているところか」

「う、うるさいネ!ルーブー、お前が手を貸せヨ!」

 

 キッと睨むココ姉妹に対し、ルーブーは首を横に振る。

 

「残念だが、こいつらには借りがある。『璃巫女』や優れた人材を連れ去るならいくらでも機会があるだろう?ここは俺に免じて引いてはくれないか?」

 

 ルーブーの問いかけにココ姉妹は唸るようにカズキ達を睨んでいたが、ルーブーは虎を仕留めるかのような鋭い眼光で睨み付けた。

 

「…なんなら俺が相手になろうか?貴様らと()()()()()()()()()()()()()()、まとめてな」

 

 ルーブーに睨まれてココ姉妹はビクリとする。冷や汗をかいているようで、炮娘はカズキ達の方を睨みつけた。

 

「お前達、運がよかったネ…だが、次はないヨ」

 

 ココ姉妹は後ろへ下がっていき森の中の闇の中へ消えていった。静かになったところでカズキ達はほっと安堵する。

 

「た、助かったー…」

「ルーさん、ありがとうございます!」

 

 カズキ達に感謝されたルーブーはふんと一息つく。

 

「これで借りは返したぞ…次合うときは、敵やもしれん。せいぜい気を付けるのだな」

 

 そういってルーブーはココたちが消えていった森の方へ足を進めて去っていった。

 

「なんなんだよ、あいつらは…」

 

 ケイスケはうんざりと項垂れる。『イ・ウー』の他にも『藍幇』といった秘密結社があるなんて…改めて世界の裏側の深さに改めて思い知らされた。

 

「ま、まあ助かったんだしいいんじゃね?」

「カズキの言う通りだな…今は良しとするか」

 

 これから別れたタクトとナオトに連絡をとって合流するか、それともキンジ達の方へどうなっているのか確かめに行くか、行く先を考える。すると体力を取り戻したのかハイマキがリサから降りて歩き出した。こっちに振り向いて「ワンッ‼」と一声かけてきた。

 

「どうやら飼い主…レキの下に行きたいようだな」

「よーし、それじゃあそこに向かおう‼いくぞ、ハラマキ‼」

 

 名前を間違えたカズキに自分はそんな名前じゃないとでもういうようにハイマキは強めに吠えた。




 
 戦闘中、げろっちゃったけど…気にしない‼(目を逸らす)
 皆さんも食べすぎには注意しましょう。胸やけどころか本当にひどいことになります(遠い目)


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28話

 
 黒髪、巫女服、たゆんたゆん…実にヨイゾ(ゲス顔)

注意‼

原作改変、原作クラッシュを起こしてります‼ご注意ください!


ハイマキの後に続いて歩き続け、気が付けば夜が明け小ぶりの雨が降っていた。真夜中から山道を抜け、アスファルトの道を歩くケイスケは疲労感が溜まっていた。その一方でココとの戦いでリバースしたためかカズキは疲れている様子を見せずハイマキと並んで歩いていた。

 

「おーい、ケイスケ。早くしないと置いてくぞ☆」

「あの野郎…後で殴る」

 

 調子に乗り出しているカズキにケイスケは苛立つが一緒に並んで歩いてくれるリサが励ましてくれるのでとりあえず我慢はする。カズキは良しとして、はぐれてしまったタクトとナオトが気がかりだった。早く連絡が付きそうな場所へ行き、合流をしたい。

 ふとハイマキが歩みを止める。そこは武家屋敷のように守られた漆喰の堀に囲まれ、大きな鳥居が佇む正面入り口のみ石段で通れるようになっている神社だった。

 

「なあケイスケ、京都にこんなすごい神社ってあったか?」

「ガイドブックにも載ってなかったぞこんな場所…」

 

 カズキとケイスケは少し不安になる。こんなところに神社があっただろうか、本当にここにレキがいるのか二人は躊躇っていたがハイマキは気にせず神社に向かって歩き出す。

 カズキ達はハイマキの後を追うように神社に向かう。石段を何段か上った時、鳥居の下に赤い和鎧を着こみ、和弓を携えている巫女服を着た黒髪の少女が立っており、警戒してこちらを見ていることに気づいた。

 

「止まりなさい。ここより先は立ち入り禁止です」

 

 レキと似たような無表情な顔で警告をしてきた。いつでも弓矢を取りすぐ射れるよう矢筒に片手を添えて睨んできた。ハイマキは巫女の警告に退かず唸り声を上げる。低く唸っているが毛は逆立っていないので敵意がないこと、ただ軽く威嚇をしている。

 

「悪いがここを通してくれ。この神社にハチマキの飼い主がいるんだ」

「だからハイマキだっつってんだろ、このハゲ」

 

 カズキを叱るケイスケと同様にハイマキも自分はそんな名前じゃないと言うかのようにカズキに向かって吠えた。しかし少女はカズキの言い分を無視してここを通さないように一歩前に出て矢筒から弓矢を一本取りだす。

 

「ハイマキ‼」

 

 その時、少女の後方からキンジが飛び出す様に駆け、石段を降りて来た。

 

「ハイマキ…お前、無事だったか…よかった…‼」

 

 キンジは傷だらけのハイマキを抱きかかえ、ハイマキの背中を撫でる。キンジに答えるかのようにハイマキは喉を鳴らす。そしてすぐ傍にいるカズキ達の方を驚いたように見る。

 

「カズキ、ケイスケ、リサ…お前達がハイマキを助けてくれたのか」

「遠回しに言えば巻き込まれたんだけどな。おかげでここまでずっと歩いてくたびれた」

「ハイマキのおかげで俺はすっきり元気になったぜ‼」

 

 お前は吐いてただけだろ、とケイスケは肘鉄でカズキの横腹を小突く。道中でハイマキの応急処置をしたため大事には至らないことを話すとキンジは安堵したように息をつく。

 

「…ケイスケ、本当にすまない」

「すまないんなら、後で治療費を高額で請求してやるからな。おかげで死にかけたんだからよ」

 

 せっかくの修学旅行、チーム調節の旅がキンジの厄介ごとに巻き込まれ、ココにも狙われ台無しになってしまったのだ。ケイスケは皮肉をたっぷり込めて言うが聞いていないのか理解していないのかキンジは何度も頷いていた。

 

「ああ…いつでも請求してこい。今は…良いんだ…ハイマキ、レキは無事だ!」

 

 キンジはハイマキを抱きかかえたまま石段を上り、心配そうにキンジ達を見ている巫女服を着ている白雪の方に駆け寄り、話をしだした。白雪は心配そうに見つめカズキ達の方に降りて来た。

 

「カズキ君、ケイスケ君、リサちゃん、ありがとう。その、まき込んだお詫びを兼ねてカズキ君達も神社に入って。ここなら安全だろうし…」

 

 カズキ達は顔を見合わせて頷く。ここに着くまで雨に濡れながらも歩いて空腹と疲労感でいっぱいだった。白雪がこの神社にいるということはこの神社がどういった場所なのかカズキとケイスケは気づいた。

 

「なあこの神社ってもしかして…」

「うん、カズキ君の想っている通り、ここは星伽神社の分社よ」

 

___

 

 星伽神社の分社と云えども、境内はかなり広かった。ハイマキはレキがいる救護殿に連れて行き手当をした。カズキ達は白雪に案内され膳殿という場所へ向かっていた。リサとカズキは中の広さに驚き、キョロキョロと見まわす。屋根付きの渡り廊下を歩く途中、黒髪の寵巫女と通り過ぎるがキンジを見ると廊下の端で正座をし頭を下げる

 

「キンジ、お前ビップだな。ずりぃぞ!」

 

 キンジに向かって嫉妬しだすカズキに対し、白雪が申し訳なさそうに見る。

 

「ごめんね…星伽は元々男子禁制の神社で、遠山家の男性だけが特例で入れるの。今回はキンちゃんの頼みと緊急事態ということで特別なの」

 

 それを聞いたカズキとケイスケはぎょっとする。この神社は他と比べて特殊な神社ということであり、遠山家とつながりが深いということなのだ。

 

「む?カズキ達じゃないか。お前達が来るとは珍しいな」

 

 ふと聞き覚えのある声がしたのでカズキ達が振り向くと神社内を興味深く歩いていたジャンヌがいた。

 

「おっ、ジャ…パリジェンヌちゃん‼」

「パリジェンヌじゃない、ジャンヌだ‼というか今わざと間違えただろ!」

 

 「バレちった?」とテヘペロしているカズキにジャンヌはプンスカと怒る。

 

「ジャンヌはどうしてここに?」

「遠山から電話が来てな…『ケースE8』だ」

 

 ケースE8、内部に犯人がいる可能性が高いため周知は出さず、信用できるもののみに連絡をとり、当事者の手で事件を解決しろという意味の符丁である。

 

「お前達も遠山から連絡を受けてきたのだろう?」

「いや…ただ単に巻き込まれただけだ」

 

 首を傾げるジャンヌにケイスケは嫌そうな顔をして返す。それを聞いたジャンヌは察したのかケイスケの肩に軽く手を置き「災難だったな」と苦笑いする。

 膳殿についたカズキ達は食事をとることにした。エプロンをつけた寵巫女たちがお膳や漆塗りの丸湯桶を運んできた。高価な和食の料亭が出すようなものばかりでリサは目を輝かせて、カズキは舌鼓を打ち喜びながら叫ぶ。

 

「うますぎるんですけど‼めっちゃうますぎるんですけどー‼」

「うっせーよクズが」

 

 やかましいカズキを小突き、ちらりとキンジの配膳の方を見る。心なしか大盛りで、白雪が御飯をよそう。大盛りのごはんを渡されキンジは苦笑いする。こいつはこいつで苦労しているのかと感じるが一切同情はしなかった。

 

「キンジ、レキがどうして大怪我してんのか説明してくれるか?」

 

 ケイスケは時折救護殿の方を心配そうに見ているキンジに声を掛ける。とりあえず今はどうしてこうなっているのか情報と状況を把握し整理しなければならない。

 

「ああ、レキと二人で宿に泊まっていたんだが…」

「「二人で…!?」」

 

 それを聞いたカズキと白雪が固まり箸を止めた。絶対に勘違いしている二人をよそに話を続けろとケイスケは目で促す。

 

「それで…泊まっているところを狙撃され、比叡山付近で襲撃を受け戦闘になり、レキが負傷してしまったんだ…」

「遠山の話によると、レキは()()()()()()()()()()()()()大怪我をしたらしい…」

 

補足するジャンヌの話を聞いてケイスケは全てを察した。見えない爆弾と聞いてあいつの仕業しかない。

 

「もしかして…ココって奴の仕業だろ?」

 

 ケイスケが尋ねるとキンジは驚いたようにハッとする。

 

「そうだ…ケイスケ達もココに襲われたのか?」

「ああ、ハイマキを人質にしようとして襲ってきやがった。おかげでたっくんとナオトと分かれてしまった。キンジ、さっき狙撃されたと言ってたな?となると、ココは3人いるってことか…」

「ココが3人だと?ケイスケ、どういうことだ?」

 

 キンジとジャンヌは首を傾げていた。恐らく二人とも別々のココの事しか知っていないのだろう。

 

「気をつけろ、結構厄介な奴だぞ。リサ、説明を頼む」

 

 リサは頷いてキンジ達に説明した。ココは中国の秘密結社『藍幇』の構成員であること、同じ顔、同じ成りの姉妹がいること、爆弾、銃撃、狙撃とそれぞれ得意とし、シャボン玉の形をした見えない爆弾『爆泡』を使ってくることを話した。リサの説明を聞いたキンジは驚きを隠せなかった。

 

「くそっ…だからレキは爆弾に巻き込まれたのか…‼」

 

 レキが狙撃担当のココと戦っている間にもう一人のココが放った『爆泡』に当たってしまったことにキンジは悔しそうに低く唸る。

 

「それに…ココだけじゃない。もう一人、奴らに仲間がいる」

「もう一人!?」

 

 ケイスケの話にキンジは驚く。ずっと美味しそうに黒豆を食べ続けていたカズキが話した。

 

「ルーブーさんっていう人で…確か『りみこ』って人を探してるんだ」

「「璃巫女!?」」

 

 今度は『璃巫女』と聞いてジャンヌと白雪が驚愕していた。特に白雪が顔を曇らしており、しばらく考えているとすっと立ち上がる。

 

「キンちゃん、ジャンヌ…話しておかないことがあるの。カズキ君達は…悪いけど少し待ってて」

 

 白雪はキンジとジャンヌを連れて膳殿を出て行った。取り残されたカズキ達は気になっていた。黒豆を食べながらカズキはリサに頼み込む。

 

「リサ…犬耳で聞くことができる?」

「できますけど…いいのでしょうか…?」

「気にすんなって。教えてくれないあいつらが悪いんだからよ」

 

 ケイスケにもお願いされ、リサはえいっと犬耳をぴょこんと出して聞き耳を立てた。ぴょこぴょこと犬耳が動きながらリサは白雪達の話を聞こうとした。

 

「え、ええっとですね…レキ様が璃巫女…ウルス族の一人で…すごいです!レキ様は源義経、チンギスハンの末裔だそうですよ!?」

「ふむふむ…つまりレキが『りみこ』でワロスの一族で…ジンギスカン専門店の店長、源さんの娘ってことか‼」

「どうやったらお前の脳内でそう理解されるんだよ」

 

 全く理解していないドヤ顔で頷くカズキにツッコミを入れる。『いろかね』だのウルスだの全く意味が分からない事ばかりだったので盗み聞きしてもらったリサには申し訳なかった。そうこうしているうちに先にジャンヌが戻って来た。リサは慌てて犬耳を戻す。

 

「ジャンヌ、話は終わったのか?」

「うむ…話が何なのか気になるのだろうが、白雪から秘密にしてくれと頼まれてな」

 

 盗み聞きをしてしまったけど、内容は自分達には知られたくない、もしくは巻き込ませないようにしているのだろう。ケイスケは頷いて返す。

 

「ジャンヌ、お前はどうすんだ?ココの襲撃に備えるのか?」

「いや…そうしたいのだが、私は行かなければならない用事がある」

 

 ジャンヌは済まなさそうにケイスケ達と救護殿の方を見る。

 

「それと遠山と白雪も私と同じくもうすぐ京都を離れなければならない」

 

 ケイスケはやれやれとため息をつく。ココやルーブーはレキ、もしくはキンジを狙ってくるだろう。早々と離れるのは構わないが、連中も襲撃してくるはず。恐らくアリア絡みのことだろう、仕方なく頷く。

 

「遠山と白雪の頼みだ。代わりにレキを看てくれないか?」

「そうだと思ったよ…用事は構わねえが、あいつ等に迎撃ぐらいは備えてろって言ってくれ」

 

 ケイスケの忠告にその通りだなとジャンヌは苦笑いをして返す。ジャンヌが踵を返して去る前にカズキがジャンヌを呼び止めた。

 

「ジャンヌちゃん!少し聞きたいことがあるんだけど、ルーブーって知ってる?」

「ルーブーか…確かどこかで聞いたことがあるのだが、すまない。私もよくわらないんだ」

 

 申し訳なさそうに返すジャンヌにカズキは「そっかー」と頷く。

 

「ココは『ツァオツァオ』って呼ばれるからルーブーにも別の呼び名があるかなーって思ってさ」

「ツァオツァオ…だと?」

 

 『ツァオツァオ』と聞いてジャンヌはピクリと反応した。何か知っているのかなとカズキは伺おうとしたがジャンヌは「すまない」と手を振って去っていった。

 

「‥‥」

 

 ジャンヌは早足で星伽神社を後にする。星伽の運転手に続いて歩くジャンヌは考えながら歩いていた。ふと決めたかのように顔を上げ、携帯を取り出す。電話番号を打ち、電話をかける。何回かそれを繰り返し、やっと電話の相手と繋がった。

 

「もしもし、アリアか?私だ、ジャンヌだ…少し無理を頼みたい。ああ…すまないが、少し時間が欲しいんだ」

 

___

 

 ナオトはうんざりするようにルンルン気分で歩くタクトに続く。山道を駆け降りて、駅に着き、タクシーに乗って、夜が明けたら気づけばビルが立ち並ぶ京都市内にいた。

 

「たっくん、いつまで歩くんだよ…」

「ふっふっふ…カズキ達をビックリ仰天させるための作戦なのだよ」

 

 深く笑うタクトに対してナオトはため息をつく。タクトの企みは碌な事がない。先ほど携帯でカズキから連絡があって自分達は星伽神社の分社にいると知らされた。すぐに合流したいのだがタクトがひたすら歩き続けていた。

 

「ナオト、着いたぞー‼」

 

 タクトがどや顔で止まる。着いた場所は大きなビルで一階のフロアは大型車や高級そうな外車、重厚感のある大型バイクが展示されており、『菊池商事』と看板に書かれていた。

 

「たっくん、もしかして…」

 

 看板を見てナオトは全てを察した。そんなタクトは堂々と入っていった。中に入ると黒いスーツを着た厳つい男性の他、受付の女性社員などがおり、タクトを見るや否や驚いていた。

 

「た、タクト様…!?」

「大変だ…サラコ様のご子息がお伺いに‥‼」

「た、タクト様、本日は如何様なご用事で…」

 

 タクトの所に白髪交じりだが体格が逞しいスーツ姿の男性が慌ててやって来た。

 

「うん。菊池サラコ…母ちゃんに電話つなげて。頼みたい事があるんだけど…」

 

 

____

 

 

 キンジと白雪がカズキ達にレキを看てほしいと頼み、先に京都を離れなければならない用事があるので神社を出て行ってから数時間が経った。カズキ達はタクト達が迎えに来るまで待つことにし、客殿という場所で待っていた。

 

「たっくんとナオト、来るの遅いなー…」

 

 カズキは畳の上で大の字で寝転がっていた。救護殿でレキとハイマキを看て戻って来たケイスケは暇そうにしているカズキを呆れる。

 

「あのなぁ、お前も迎撃に備えとけって」

「大丈夫だって。白雪ちゃんも言ってたろ?ここは安全だって」

 

 確かに武装した巫女も見かけるし、男子禁制の場所でもあるし、砦のよな守りだし、安全ではあるがレキが『りみこ』という事ならばいつルーブーが襲ってくるか分からない。

 そんな時、どたばたと寵巫女たちが慌ただしく渡り廊下を駆けているのを見かけた。一体何事かカズキ達は障子を開けて様子を見ると救護殿からレキとハイマキが付いてくるのが見えた。

 

「あのバカ‥‥‼大人しくてろって言ってんのによ‼」

 

 ケイスケは怒りながらレキを追いかけていく。カズキとリサも続けて追いかけていくとテレビのある広間で幼い寵巫女達が騒ぎ立てながらテレビを見ていた。そのテレビには緊急速報として新幹線が何者かにジャックされ、速度を上げていないと爆発が起こる爆弾が仕掛けられていると流れていた。

 

「なっ…あの時間帯の新幹線って、あいつらが乗ってる新幹線じゃねえか!」

 

 カズキは驚いて声を上げる。それを聞いたカズキの近くにいたレキがバッと動く。まだ少しふらつくレキの腕をケイスケが掴みレキを止める。

 

「…ケイスケさん、離してください」

「お前も怒るんだな…だが、今の怪我で行くのは無茶だ」

 

 キッと睨むレキにケイスケは怯むことなく睨み返す。ハイマキが唸り声をあげて威嚇しているがリサがケイスケを守るようハイマキの前に立ったのでハイマキがケイスケに飛びかかることはなかった。

 その時、爆発でも起きたかのような大きな音が響いた。その音を聞いて寵巫女達が、和弓を携えていた巫女、白雪の妹である風雪が焦りだした。

 

「そんな…星伽の結界が破壊された…!?」

 

 風雪が急ぐように外へでると同時に他の巫女達も武器を取り出し一斉に外へ出ていく。カズキ達も続けて外へ出ると鳥居の近く、神社の壁が派手に壊されて土煙が上がっていた。土煙の中から黒の革ジャンを着た見覚えのある大男が現れた。

 

「ルーブーさん!?」

「む…どうやら出会ってしまったようだな」

 

 ルーブーはやれやれとため息をつく。ルーブーの片手には槍の刀身の横に三日月型の大きな刃が付いた赤く長い武器を持っていた。ルーブーは刃先を巫女達の後ろにいるレキの方に向けた。

 

「『璃巫女』、ついに見つけたぞ。貴様を連れ去り、残りのウルス一族すべてを藍幇のものにする」

 

 虎のように睨み付けるルーブーにレキはいつの間に持っていたドラグノフを構え、ハイマキはレキを守るように前に出て毛を逆立て唸る。

 

「ふん…忠実な獣だな。気に入ったぞ。貴様も連れて行こう」

 

 ざっとルーブーが一歩進むと星伽の巫女達が武器を構えた。弓矢を取って狙いを定めている風雪がルーブーを睨む。

 

「あなたの思い通りにはさせません。ここは星伽の神聖な場所。それでもこの地に踏み入れるなら強制的に退いてもらいます」

 

 巫女達が一斉にかけルーブーに武器を振ろうとしたその時、ルーブーは息をすっと吸い出す

 

「喝っっっ‼」

 

 ルーブーの怒声がビリビリと痺れるように響き渡る。巫女達は武器を落とし、へなへなと腰を抜かす。ルーブーの目つきが、威圧が、完全に人を殺すような勢い、戦場を駆ける猛将の如くだった。

 

「雑魚に用はない。死にたくなくばそこで大人しくしてろ」

 

 ルーブーは視線をドラグノフを構えているレキ、ルーブーの覇気に耐えたカズキ達の方に向けて歩みだす。

 

「そうはさせんぞ‼」

 

 その時、ルーブーの頭上めがけてジャンヌがデュランダルを振り下ろしてきた。ルーブーは長い武器で防ぎ、力任せに振るう。くるりと宙返りしたジャンヌはカズキ達の前に立ち、デュランダルを再び構えなおす。

 

「カズキ、ケイスケ、無事か!?」

「ジャンヌ、来てくれたのか…!」

 

 ジャンヌは武偵校の制服からアドシアードの時に来ていた甲冑を身に着けていた。驚くケイスケにジャンヌはふっと笑う。

 

「カズキのおかげで思い出すことができた…ルーブーという名をな」

 

「ほう…ジャンヌ・ダルクの末裔か。面白い、相手に不足はない」

 

 ルーブーは不敵に笑い、刃先を向けた。

 

「長い槍に月牙のついた武器…間違いない『方天画戟』だ」

「方天画戟!?ということはもしかしてあいつは…‼」

 

 ケイスケもその武器の名を聞いて思い出した。歴史上、中国の歴史小説上、そんな武器を使う有名な武将はと聞かれたらまず一人思いつく。ジャンヌは額に汗を流して頷く。

 

「ルーブー…中国ではそう読まれるが、この国でのあいつの呼び名は『呂布』だ」

 

「りょ、りょふぅぅぅぅぅっ!?」

 

 カズキは三国志で最強の武将、マジモンの三国無双、呂布という名を聞いて驚愕して叫んだ。




 呂布といえばいろんなゲームがありますが、真三國無双2を思い出します、虎牢関の戦い、初期能力に初期武器だっていうのに…強すぎでしょぅ…


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29話

  圧倒的ごり押し。戦闘描写が下手ですみません…(´;ω;`)

 


「ちょ、呂布とか無理ゲーちゃいますのん!?」

 

 カズキは焦りながら叫ぶ。目の前にいるのは三国志でも最強と言われ、どのゲーム、漫画、小説でも強敵のポジションにいることで有名な三国志の武将、呂布。銃を持っているカズキ達、助けに来てくれたジャンヌ、その周りで腰を抜かしている巫女達、この人数でも圧倒的にやられてしまうのではないか。

 

「そう弱音を吐くな。わざわざ時間を潰して助けに来てやったんだ。私に続け(フォロー・ミー)

 

 ジャンヌは呂布から出ているビリビリと感じる威圧に耐えながらもカズキ達に向けて不敵に笑う。それを見たケイスケは決意したようでMP5をリロードして構える。

 

「ジャンヌ、援護は任せろ」

「えぇっ!?ケイスケ、マジでやんのか!?」

 

 いつまでもびびっているカズキにケイスケはケツに思い切り蹴りを入れる。

 

「やるしかねぇだろ!そうじゃなきゃ俺達も、レキもやられるんだからな!」

 

 ケイスケはカズキに喝を入れる。呂布の狙いはレキだ、キンジ達は今ジャックされた新幹線の中でココと戦っているだろう。だとすれば守り、戦えるのは自分達しかいないのだ。蹴られたケツをさすりながら躍起になりながらもカズキはM110狙撃銃を構える。

 

「ああ畜生‼もし無事に済んだらあいつらに文句いってやるしハーゲンダッツを買ってやる!」

「お前がハーゲンダッツを買うのかよ」

 

 ケイスケは安い請求にツッコミを入れ、後ろにいるレキとポカンとしている風雪の方に視線を向ける。

 

「おい、キンジの話だとこの神社にヘリがあったよな?レキを乗せてキンジの所へ連れてってやれ」

「ケイスケさん…いいのですか?」

「レキさんを!?しかし…」

 

 キョトンとするレキに、負傷しているレキを連れて行くべきかどうか迷っている風雪にケイスケは怒声を飛ばす。

 

「あいつの狙いはレキなんだぞ‼あのバカの所に向かわせた方が手っ取り早いんだよ‼」

 

 怒鳴られて風雪はビクッとするが、レキは理解したようで頷いた。

 

「ケイスケさん…ありがとうございます」

「礼なんていらねえよ。早くあのバカ共を助けに行ってこい、あとちゃんと仲直りしろよ?」

 

 それを聞いたレキがくすっと笑い、「善処します」とつぶやいたのをかすかに聞いた。ケイスケに怒鳴られていた風雪はやっと意を決したようで星伽の運転手、蒔江田さんを呼んだ。

 

「レキ様、こちらへ‼」

 

 レキは蒔江田さんに続いて向かおうとした。それを見ていた呂布は鋭い眼光で睨み駆ける。

 

「この俺が、そう易々と逃がすと思うか‼」

 

 呂布は方天画戟を振るう。しかし、ジャンヌが呂布の前に立ちはだかりデュランダルで防いだ。

 

「お前の相手は私達だ‥‼」

「ふん、すぐに捻り潰してくれる!」

 

 呂布は方天画戟に力を入れる。デュランダルは押され、方天画戟の月牙の刃がどんどん顔に近づいてくる。

 

「ジャンヌ、下がれ!」

 

 ケイスケの叫びにジャンヌは答えるように力いっぱい方天画戟を押し返し下がる。彼女を援護するようにケイスケはMP5で撃ち、カズキは狙いを定めてM110狙撃銃で撃つ。呂布は方天画戟で防ぎつつ避けるように横へ駆ける。

 

「リサ、風雪、ほかの巫女達を安全なところに避難させてくれ‼」

 

 カズキの呼びかけにリサと風雪は頷き周りにいる巫女達を避難させた。このまま被弾されたらまずいことになる。呂布はちらりと視線を向ける。レキは蒔江田に案内され裏道から神社から抜けて出ていった。彼女の所へ行かさないとカズキ達が立ちはだかり、そしてハイマキが毛を逆立て唸っている。

 

「どうやらお前達を倒せねば追いかけることができんようだな…」

「マジで怖えけど…ここは通さねえーぜぇー‼⤴」

 

 どこかの世紀末のモヒカンのようにカズキが叫びながら撃つ。呂布は避けつつカズキの方へ迫るがジャンヌがデュランダルを振るう。

 

「すっげえ‼よく映画で見る剣戟みたいだ」

 

 カズキは興奮しながら奮闘しているジャンヌを応援する。呂布が力強く振る方天画戟の刃を避け、防ぎ、デュランダルで攻める姿は京都で言えば牛若丸と弁慶の戦いのように見えた。しかし圧されているのはジャンヌの方だ。時折防ぎきれず細く白い体に方天画戟の刃が掠る。

 

「ジャンヌ、離れてろ!」

 

 ケイスケの叫びにちらりと視線を向けるとケイスケが腰のポーチからMK3手榴弾を2個、ピンを抜いて呂布に向けて投げつけていた。それを見たジャンヌは大慌てでケイスケの元まで下がる。ピンが抜けたMK3は呂布の付近に落ちて爆発を起こす。本能的か呂布は大きくバックステップをして爆発から逃れる。衝撃はぎりぎり防いだのか気付けするように頭を左右に振っていた。

 

「おまっ、境内で爆発を起こしてどうするんだ!?」

 

 ジャンヌは慌ててケイスケに注意する。しかしケイスケはジャンヌの忠告を無視するかのようにもう一度MK3を取り出してピンを抜いて再び呂布に向けて投げつけた。

 

「バカか。こう無茶苦茶しないとこっちがやられるんだぞ」

「うおおー‼俺もポイポイ投げちゃうぞー‼」

 

 カズキとケイスケは方天画戟で撃ち返されないようにギリギリの距離を狙って投げる。その爆発で境内の庭に穴が開くわ、石塔や近くの壁や渡り廊下が破壊するわで無茶苦茶だった。星伽神社は神聖な場所、あとで物凄い額の請求が来るのじゃないかとジャンヌは心の中で焦る。

 

「というかジャンヌ、こうパァって氷を出さないの?」

 

 ふとカズキが気になっていたことを聞いた。キンジ達の話によるとジャンヌは氷を操る超能力者だと聞いている。しかし呂布との戦いを見ているとデュランダル一本で戦っているのだった。ジャンヌは少し困った顔をして答えた。

 

「実は…世界中で超能力者の超能力が弱まり、うまく使えない現象が起きている。私もその被害にあってて思うように使えないんだ」

「それはまずいな…」

 

 ケイスケは焦りだす。能力が使えないジャンヌはデュランダルで対抗しているが呂布の力は強く、押し負けている。そしてこちらの弾数もココとの戦いで消費しすぎたため底をつきかけていた。

 

「グレネードももうない、このままだとやばいぞ…‼」

「ふん、どうやら万策尽きたようだな」

 

 呂布は不敵に笑いこちらに向けてゆっくり歩いてきた。カズキ達はゆっくりと後ずさる。その時、何処から遠くからディーゼルエンジンの激しい音が響いた。呂布もカズキ達もピタリと止まって音のする方に視線を向ける。その音はどんどん近づいてくる。

 すると石段を強引に上って来たのか、飛び出す様にカーキ色のゴツゴツした装甲車、クーガーHEが呂布めがけて突っ込んできた。

 

「なっ…!?」

 

 さすがにぎょっとしたのか呂布は慌てて避ける。そのままクーガーは木製の縁側に突っ込んで止まった。突っ込んだクーガーはゆっくりバックしてカズキ達の前に止まった。

 

「いやっふー‼待たせたなぁ‼」

 

 タクトがどや顔でドアを蹴り開けて降りて来た。続くようにフルジップとサングラスで顔を隠したナオトもゆっくりと降りて手を振る。

 

「たっくん、ナオト‼お前ら遅いぞ!」

「ははっ、ヒーローは遅れてやってくるのが鉄則だろ?」

 

 カズキの文句にまったく詫びないタクトはちっちと指をふる。

 

「遅れるにもほどがあるだろボケナス共が。さっさとこいや」

「…途中、道に迷った」

「「やっぱりな」」

 

 星伽神社にいるっと伝えても方向音痴のナオトに滅茶苦茶運転するタクト、この二人が運転するとなると必ず遅れてくるだろうとカズキとケイスケは納得するように頷いた。

 

「後、補充分持ってきた」

 

 ナオトはクーガーからマガジンが沢山入っているバッグをカズキとケイスケに渡す。

 

「ナイスだナオト、これで戦える」

「とういか、カズキ。ルーブーさんがなんでいるの?」

「たっくん、よく聞いてくれ。ルーブーさんの本当の名は呂布だ。それと倒さなくちゃならないんだ」

 

 カズキが呂布の方を指さすとタクトは目を丸くして驚き奇声を上げた。

 

「ホワァァァァァっ!?な、なんだってー‼お前、それじゃあ言うなれば古に伝わりし…真の三国無双はお前だ、最強のゴキヘッドストロングファイターでしょ!?」

「だからそうだって言ってるじゃん」

 

 タクトの激しいリアクションにナオトは冷静にツッコむ。

 

「長話は終わったか?」

 

 呂布は待ってくれていたようで、方天画戟の刃先をカズキ達の方に向ける。

 

「どうするんだ、お前達。面子が揃っても一筋縄ではいかない相手だぞ?」

「ジャンヌ、俺達を甘く見ちゃいけないぜ?こういう時こそ俺達のチームパーティーを見せつけてやるぜ‼」

 

 それを言うならチームワークではないのかとジャンヌはツッコミを入れる。M110の弾を補充したカズキはタクト達に指示を出す。

 

「合図を出したら、ジャンヌとナオトは前衛、たっくんとケイスケは俺と一緒にジャンヌとナオトの援護射撃」

「ナオト、前衛いけるのか?」

「…準備はできてる」

 

 ナオトはAK47に銃剣を取り付けて準備はできていた。タクトはM16を構えてニッと笑う。

 

「よし、俺が突っ込めばいいんだな!突撃なら俺に任せろー」

「たっくん、話を聞いてた!?もう行くぞ‼」

 

 タクトを勝手に突っ込んでいかないように抑えてカズキが合図を出す。それと同時にナオトとジャンヌが呂布に向けて駆け出した。

 

「むんっ‼」

 

 二人を迎撃するかのように呂布が方天画戟を振った。初撃を躱した二人はデュランダルと銃剣を振るい反撃をする。ジャンヌが防ぎナオトが反撃、ナオトが防ぎジャンヌが振るう。

 

「ナオト、ジャンヌ!下がれ‼」

 

 ケイスケとカズキの大声で二人は下がり、カズキ達が呂布を狙い撃つように掃射する。呂布が銃弾を避けるように下がるとナオトとジャンヌが駆けて接近戦に持ちかける。二人が接近戦をし合図で下がるとカズキ達の掃射、射撃を止めると二人が再び接近戦をする、それを何度か繰り返した。

 

「ふん…俺を疲弊させようということか。無駄な事を」

 

 呂布はふんと鼻で笑うと、方天画戟を強く握りしめて、ナオトとジャンヌが迫ってくると強く一歩踏み込んだ。

 

「覇ぁぁっ‼」

 

 先ほどまでとは比べ物にならない強烈な一撃を放った。二人は防ぐが衝撃までは防ぎきれず、ジャンヌはカズキ達の方まで吹っ飛ばされ、ナオトは持っていたAK47が真っ二つに斬られてしまったことに驚いていた。

 

「ぬおおっ‼」

 

 呂布の怒声とともに方天画戟の刃がナオトめがけて振り下ろされる。カズキ達が咄嗟にナオトに叫ぼうとした時、ナオトは咄嗟に背負っていたナップサックから『ある物』を取り出し防いだ。堅く鈍い金属音が響きナオトが取り出した物を見て呂布は驚いていた。

 

「なんだと…フライパンだと!?」

 

 ナオトが持っていた物はジョージ神父がナオトに贈ったフライパンだった。ナオトは力いっぱい押し返し、呂布に向けてフライパンを振るった。方天画戟の刃をフライパンが受け止める、フライパンによる鈍い金属音が響き攻防戦がシュールに見える。

 

「ナオトやるじゃんか!あいつフライパンで互角に戦ってるぞ‼」

「カズキ、ナオトの援護をするぞ‼たっくんはジャンヌの手当を頼む!」

 

 カズキとケイスケはナオトを援護する様に呂布に向けて撃ちだす。タクトはジャンヌの方に駆け寄る。吹っ飛ばされたものの外傷はなく無事だった。

 

「ジャンヌちゃん、大丈夫?」

「な、なんとかな…あいつら、なかなかやるではないか」

 

 痛みに耐えながらジャンヌはふっと笑う。タクトの手を取り立ち上がるジャンヌにタクトは尋ねた。

 

「そういえば、氷の力は使わないの?」

「いや…今は超能力者の超能力がうまく使えない現象が起きていて、私も能力が使えない…」

 

 先ほどカズキ達に話した通り超能力がうまく使えない現象が起きており、ジャンヌはうまく使えることができなかった。もし、使えるのなら今の戦況が少し変わるのだろうと、ジャンヌは悔しそうに言うとタクトがドヤ顔で答えた。

 

「だったら、俺に任せて‼」

「む?タクトがか…?」

 

 ジャンヌが首を傾げるとタクトは自信満々に胸を張る。

 

「もちろん‼俺はこう見えてSSRで超偵なんだぜ‼」

「うん、今超能力が使えない現象が起きているって言っているのだが…」

 

 タクトも超偵なら能力が使えないのではとジャンヌは肩を竦める。しかし、そんなことを理解していないのかタクトはジャンヌの後ろに回って肩に手を置く。

 

「さあいくぞ‼俺の厨二パワー‼」

 

 タクトが力を込めたその時、ジャンヌの体に物凄い力が流れ込んでくるのを感じた。

 

「なんだこれは…!?力が溢れる!?」

 

 ジャンヌは驚愕した。超能力者の力がうまく使えない現象が起きているのにタクトだけ使えている事、普段は超能力者らしい力が全く見られないはずのタクトに秘められた力に驚きを隠せなかった。

 しかし今はそれを気にしている場合ではない。ナオト達が必死に戦っている。溢れんばかりに輝いているデュランダルを握りしめた。

 

「これならいける…‼見せてやる、オルレアンの氷花を‼」

「よし、ジャンヌとの合体技‼ブルーマウンテンブラスト・エクスカリバーエディション‼」

 

 ジャンヌはデュランダルを思い切り振った。すると空色の閃光が氷柱を出しながら地を駆ける。カズキとタクトの間を抜け、呂布めがけて駆けていく。

 

「なにっ!?」

 

 能力者は能力が使えない。藍幇にてその情報を聞いていたのだがジャンヌが能力を使いだしたことに驚愕して咄嗟に方天画戟で防ぐが衝撃に押され、方天画戟がどんどん凍りついていく。呂布は方天画戟を手放して離れた。

 

「馬鹿な…‼能力が使えないはずだぞ…‼」

「よし、カズキ‼今だ‼」

「おっしゃぁ!」

 

 ケイスケの合図でカズキはM110狙撃銃で狙いを定めて撃った。放たれた弾丸は境内の岩を跳弾し呂布の左足を掠め、アキレス腱を撃ち抜いた。

 

「どうだ!レキ直伝、エリュシュニャイピュだ‼」

「『跳弾狙撃(エル・スナイプ)』な。肝心なところを噛むなよ」

 

 障害を利用した跳弾による狙撃で、レキが得意とする技だった。カズキは必死に練習し、レキにやり方を教えてもらったりとなんとか習得したのだった。

 

「ぐっ…!?」

 

 ガクリと崩れるように呂布は前へと倒れていく。そのできた隙を逃さんとナオトがフライパンを呂布の顔、顎先(チン)に思い切り叩き付けた。顎が揺れ、体がふらついた呂布は前のめりに倒れた。ナオトはすぐさま手錠をかけた。

 

「ロープ、もしくは鎖‼ありったけ持ってきて‼」

 

 ナオトの指示にカズキ達はリサと風雪、巫女達に鎖とロープを持ってくよう頼んだ。ある分だけロープと鎖が運ばれ、倒れている呂布の体を縛った。

 

「よっしゃー‼どうだ、俺達も真の三国無双だぜ‼」

 

 呂布を逮捕できたことにタクトは大喜びしてはしゃぐ。倒れている呂布を見てカズキ達は疲れたようにため息をついた。

 

「もう歴史人物と戦うのは懲り懲りだ…」

「ほんとにさ、リアルチートでしょ」

「…というか、神社の物結構派手に壊したな」

 

 ナオトの呟きに「あ」とカズキ達は口をこぼす。あちこち壊された惨状を見てケイスケとカズキはやばいと青ざめる。神聖な場所で更には立派な造りな星伽神社。下手したらやばいくらいの修理費を請求されるのではないだろうかと。

 

「もう終わり良ければ総て良しだな!」

「カズキの言う通りだな!すべて呂布のせいにしよう‼」

「…投げ出した」

「イエーイ‼エンパイヤ―‼」

 

 もうどうにでもなれと喧しくはしゃぐカズキ達を見てジャンヌは苦笑いする。

 

「やれやれ…本当に賑やかで、よくわからない奴等だ」

 

__

 

「ココ‼逮捕よ‼」

 

 東京のプラットホームで3人のココを縛り、動けなくした。新幹線での戦いが終わり、キンジはほっと一息ついた。こことの戦いの途中、突然レキがヘリに乗って助けに来たおかげでなんとかココを捕えることができた。

 

「今度こそ、これで一件落着だな…」

「まさかココ、4人目とかいないわよね?」

 

 アリアは縛った3人のココを睨み、辺りを見回しながら警戒する。無人の東京駅の新幹線ホーム、爆弾を解除しギリギリ止まった新幹線、注意しながら見ていないことを確かめた。すると三女のココ、猛妹がにやりと笑う。

 

「くくく…たとえ私達を捕えても無駄ネ」

「どういうことよ…?」

 

 アリアはキっと猛妹を睨み付ける。しかし、猛妹は怯むことなくにやりとする。

 

「私達の他に…ルーブー、『呂布』がお前達とレキを倒しにやってくるヨ」

「なっ、呂布だと…!?」

 

 星伽神社の分社でカズキ達が言っていたルーブーという仲間がいるという話を思い出した。しかも呂布ということにキンジだけではなくアリアも焦りだす。呂布と言えば三国志屈指の猛将、もし戦うとなれば勝てるかどうかわからない相手だ。

 

「呂布は強い。お前達もうおしまいネ…」

 

 その時、可愛らしい音楽が鳴り響く。音のする方を見ると、理子の携帯が鳴っていた。アリアにココごとドロップキックされていた理子はなんとか起き上がって携帯を取る。

 

「も、もしもし~…あ、カズくん?」

 

 カズキからの電話に理子は何度も頷き、電話の通話を切った。理子はにこやかにアリア達の方に近づき電湾の内容を伝えた。

 

「キーくん、アリア!カズくんから伝言‼『ツモ、国士無双』だってさ」

 

 ニシシと理子は笑い、ココの方を見る。アリアは理解できず首を傾げていたがキンジとココはその意味を理解できた。

 

「あいつら、よくやったな…」

 

 キンジはほっと一安心し、ココ達は驚き、もう打つ手なしと首を垂れた。




 麻雀のルールはよくわからないけど、こういうセリフを入れたかっただけです(汗)
 
 
 


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リベンジofデス
30話


 宣戦会議でこれをやりたかっただけです(目を逸らす)


「いやー、随分と時間が掛かったよなー」

 

 武偵校のケイスケの医務室にてカズキは京都で買った宇治茶を沸かして湯呑に注ぎ飲んでまったりとしていた。

 

「掛かったよなじゃねえよ。掛かりすぎだろうが」

 

 ケイスケはカズキが京都で買った焼き八つ橋をひったくって食べる。呂布を逮捕できたその後、星伽神社に関西の武偵校の教務科達、大阪警察庁のお偉いさん方、さらには星伽の関係者たちがやってきて事情聴取という長い後始末を受けていた。

 その後は星伽神社の境内が滅茶苦茶になっていたので弁償されるのではないかとビクビクしていたが、風雪や寵巫女たち、白雪が関係者たちに説明してくれたおかげかしばらく神社の手伝いをするということでチャラになった。これからもこの先も神社に装甲車でダイナミックお参りをしたはタクトだけだろう。

 

「…戻ってきた後もドタバタしたな」

 

 カズキの隣でお茶を飲んでいるナオトもしみじみと呟く。京都から東京へ戻ってきた後も大変だった。綴先生に早々、「クーガーで神社に突っ込むとかお前らバカじゃないの?」という第一声の後、反省室に連れて行かれ始末書を書き、その後は理子に「三国無双にどうやって勝ったの!?そこらへんkwsk‼」と迫られるわ他の生徒たちに詳しい内容を話せと迫られるわでわちゃわちゃしていた。そんなこんなことをしているうちに気づけば9月下旬である。

 

「ふっふっふ、遂にこの偉大なる堕天使である俺のパワーに気づいて恐れをなしたようだな」

「たっくん、それはない」

「たっくんに恐れをなしたら世界の終わりだし」

「…ありえん」

 

 ドヤ顔して決めるタクトをカズキ達は即否定する。またしても否定されたタクトはしょんぼりして不貞寝をしだした。

 

「うふふふ、こうしてチームメイトのやり取りもいつもと変わらないですね」

 

 楽しそうに微笑むリサの言葉を聞いて4人はピタリと動きを止めた。何か大事なことを忘れているようなことがある、4人の頭にそれがよぎる。

 

「そういえば…カズキ、申請書はどうした?」

「えっ俺?」

 

 急にケイスケにふられてカズキは慌てだす。

 

「それってケイスケが持ってなかったか?」

「馬鹿か。修学旅行Ⅰの数日前にお前に渡しただろうが」

 

 必死に頭の中で時間を遡って申請書の行方を思い出そうとした。何か物凄く嫌な予感がするのだった。そんな二人にタクトが思い出してポンと手を叩く。

 

「そうだ!その申請書はカズキが医務室で俺に渡してたよー」

 

 ピキリとカズキとケイスケは固まりゆっくりとタクトの方に視線を向ける。

 

「た、たっくん…その申請書、その後どうしたの?」

「うーん…わかんない」

「分かんないじゃねーよ‼」

 

 ケイスケは怒りながらタクトを揺らし、ケイスケの怒りを沈めようとカズキが抑え、ギャーギャーと騒がしくしていると、ケイスケの机の上を漁っていたナオトが冷や汗を凄い流して3人を呼ぶ。

 

「…あった…」

 

 ナオトが見つけたのは何も書かれていない真白な申請書だった。カズキとケイスケは大理石の彫刻の如く真っ白になる。しばらく白紙の申請書を見て動かなかったが数秒後、カズキ達はがたりと立ち上がる。

 

「は、早く書いて出すぞ‼ケイスケ、時間は‼」

「9月23日11時半…タイムリミットまであと30分しかねえ‼」

 

 チーム編成はチームの代表が申請を行い、修学旅行後に教務科が電話で確認の応答をすることで承認され、登録の写真を撮るのが流れである。しかし、修学旅行後にチーム編成で変更もあることがある。そこでチームのメンバーを書いた紙を教務科へ提出し、集合写真を撮ってもらえば登録される『直前申請』というものがある。〆切は9月23日の12時ジャスト。それまでに滑り込みで申請書を出し撮影すればいい。

 

「お前らさっさと着替えろよ‼」

 

 ケイスケはロッカーから『防弾制服・黒』人数分取り出し投げつける。カズキ達は急いで着替え撮影会場まで駆け足で向かった。

 

___

 

「あーうん、お前ら絶対ギリギリにやって来ると思ってたわ…」

 

 教務科の蘭豹は腕時計で時間を確認しながら息を切らしているカズキ達をみて呆れていた。

 

「それとケイスケ、ナオト、お前らそれでええんか‥?」

 

 蘭豹は気になっていた。カズキとタクトは普通のスーツような防弾制服で、リサはメイド服のような白いヒラヒラのついた防弾制服だが、ケイスケはスーツのような防弾制服だが般若のお面をつけ、ナオトはフルジップのパーカーで顔を隠し、サングラスとニット帽をつけていた。二人はこれでいいと首を縦に振る。

 

「ま、まあいいけどな。それで申請書はちゃんと持ってきたか?」

「勿論ですぜ‼」

 

 カズキは自信満々にポケットから申請書を取り出し蘭豹に渡した。申請書の内容をケイスケ達も覗き込む。そこに書かれていたのは

 

チーム名『イクシオン(Ixion)

 

メンバー

 

 天露ケイスケ(救護科(メディカ))

〇江尾ナオト(強襲科(アサルト))

 菊池タクト(超能力捜査研究科(SSR))

◎吹雪カズキ(狙撃科(スナイプ))

 リサ・アヴェ・デュ・アンク(救護科(メディカ))

 

「い、イクシオン?」

 

 ケイスケが眉をひそめて首を傾げているとカズキは自信満々に胸を張る。

 

「どうだ?かっこいいだろ!なんかこう…究極の力っぽくてさ!」

「えー‼もっとかっこいいのがいい‼」

 

 タクトが文句を言いだすとカズキはポケットからメモ帳を取り出した。

 

「えーと他には…『スーパーウルトラフェニックス』とか『IRON―鋼鉄の魔人―』とか『滅びろ☆悪魔の化身』とか…」

「「「イクシオンで」」」

 

 タクト達は即答した。ネーミングセンスがひどすぎるカズキの中で『イクシオン』はとってもまともに見えた。

 

「ネーミングセンスは置いといて…さっさと配置につけ‼」

 

 申請書を受け取った蘭豹の怒声が響く。カズキ達はあたふたと撮影の配置についた。

 

「オラァ!斜向け!…て、カズキィ、タクトォ‼変顔して正面を向くな‼」

 

 変顔しているカズキとタクトに蘭豹は怒号を飛ばす。撮影の際、武偵の集合写真は正体をぼかすために正面を向かず撮影される。カズキは横を向くがタクトは厨二らしく片手で顔を半分隠してドヤ顔をしいていた。これがダメだとタクトはポーズを何回かしようする、時間がヤバイのでカズキが声を上げる。

 

「チーム・イクシオン。吹雪カズキが直前申請します‼」

「よっしゃ、9月23日11時57分、チーム・イクシオン、承認・登録‼」

 

 腕時計を見て時間を確認した蘭豹は持っていたカメラでシャッターを押した。この日カズキ達、武偵一喧しいメンバーはチーム『イクシオン』として登録されたのだった。

 

___

 

 平穏な日々が過ぎ、気が付けば9月の末にまで至っていた。カズキ達は修学旅行であれだけ頑張ったのに未だにCランクのままだったので只管高ランクの依頼を受けていくがプラマイゼロの評価が続き中々ランクアップすることができなかった。

 

「どうしてランクアップしないんだよ‼」

「そりゃぁ街中でグレネード投げるわ、装甲車でダイレクトアタックするわ、公共の物破壊するからじゃね?」

 

 怒りながら買い物の帰路につくカズキにケイスケは自分たちがやらかしてることをリストアップしていく。

 

「…どうすればランクアップできるんだろうね」

「もっと派手にアピールすればいいと思うよ‼たとえば戦車でry」

「やめろ」

 

 絶対に碌な事じゃないことだろうとタクトの提案を即却下する。カズキとタクトの目標はSランクになることなのだがこれだと当分先かなることはないだろうとケイスケはため息をつく。最近ではCランクでもいいじゃないかと思えてきた。そんな時、ふとリサが歩みを止めた。

 

「うん?リサどったの?」

「教会の前に立っておられるのは…神父様では?」

 

 リサは教会の方を指さした。いつも買い物の帰りに通る教会の門前で立ち、にこやかにこちらに手を振っている黒い師祭服の男は間違いなくジョージ神父だった。

 

「やあ皆、元気にしてたかい?」

「ジョージ神父‼ヨーロッパ旅行から帰ってきてたんですね!」

 

 2か月ぶりのジョージ神父との再会にカズキとタクトは喜んで駆けつける。ナオトは教会の庭を覗いてキョロキョロとする。

 

「…セーラは?」

「彼女は『イ・ウー』の集会に呼ばれてね、終わり次第戻って来るそうだ」

 

 その後ジョージ神父はにこやかにヨーロッパ旅行の話をしだした。イギリス、オランダ、ドイツ、フランス、イタリアと観光名所やら郷土料理やらカズキとタクトが目を輝かせて話を聞いているが、ケイスケは嫌な予感しかしないと少し警戒してジョージ神父を見ていた。

 

「そうだ、カズキ君達には出てもらいたい集まりがあるんだ」

「「集まり?」」

 

 カズキとタクトは首を傾げケイスケはやっぱりと項垂れる。

 

「…なんの集まり?」

「今夜、0時に行われる…『宣戦会議(バンディーレ)』だ」

宣戦会議(バンディーレ)…!?遂に行われるのですか…!?」

 

 宣戦会議という名を聞いてリサはとても動揺していた。リサの動揺からしてその会議はとても危険な物ではないかとケイスケは警戒しだす。

 

「神父様、カズキ様達を『戦役』にまき込むべきでは…」

「リサ、君の気持ちは分かる。だが私も、シャーロックもこの戦役で彼らの力が必要なんだ…」

 

 ジョージ神父の弟、シャーロックの名を聞いて絶対にただの集まりじゃないとケイスケは察する。ジョージ神父の説得を聞いてリサは少し戸惑っていたようだが、決意したのか真剣な表情でカズキ達を見る。

 

「リサは決めました。カズキ様達のお力になるよう、リサも頑張ります‼」

「いやリサ、それでいいのかよ」

 

 うまく神父に丸められたようでケイスケはリサを心配する。タクトは目を輝かせてジョージ神父に尋ねる。

 

「その集まりってどんな人が来るの?」

「うむ…例えるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()だ]

 

それを聞いてタクトは「すっげえええ!」と嬉しそうに叫びだした。

 

「待て待て待て!絶対にその集まりやばいじゃねえか!」

 

 ケイスケは神父を睨みながら喚くタクトを抑える。『イ・ウー』や『藍幇』、裏側にはかなりヤバイ奴らがわんさかいる。自分たちが片足で浸かってもいいレベルではないはずだ。

 

「ケイスケ、俺達も仲間入りだぞ☆」

「嬉しくねえよバカ‼」

 

 理解していないだろうカズキはニコニコしながらケイスケを宥めるが逆に叱られた。ケイスケはナオトの方を見て助けを求めるが、ナオトもどうやらやる気のようで張り切っており、肩を竦めて諦めるしかなった。

 

「もう後戻りはできないってか…畜生、やってやろうじゃねえか」

「おっ!ケイスケ先生、その意気ですぜ‼」

「そういえば、今夜は冷えるっていってたね…」

 

 喜んでいるタクトがふと思い出す。確かに今朝の天気予報では夜は冷えると言っていた。

 

「深夜に集まるならみんな寒くないのかな?」

「眠たくなるし、お腹もすくんじゃね?」

「うん、それお前ら基準だよな」

 

 真夜中に集まるなら寒いし、眠たくなるだろうとカズキとタクトが心配しだす。するとタクトが何かを閃いたらしくポンと手を叩いた。

 

「そうだ!この俺にいい考えがある‼」

 

___

 

 キンジは空き地島に着き、曲がり風車とあだ名がついた曲がった風力発電機の所まで歩き出す。ジャンヌの手紙と電話により、ここまで来たのだが辺りは深い霧に包まれていた。

 

「遠山、こっちだ」

 

 声を掛けられてキンジは振り向くと、少し離れた場所で白銀の鎧を着たジャンヌが立っていた。

 

「時間通りに来てくれたようだな」

「ジャンヌ、こんな所に夜分遅く呼び出して何の用だよ」

 

 急に呼び出されてキンジは不審がる。ジャンヌは重装備しているし、妙に霧が漂っているし、気になることばかりだった。

 

「そのうちわかる。だが…」

 

 詳しく説明してくれなかったことにキンジはムッとしたが、ジャンヌが困った顔をして視線を左の方に向けていた。視線の方になにかいるのかとキンジもその方を向く。霧が漂ってなかなか見えないのだが、耳をすませばぐつぐつと何かを煮込んでいる音がした。

 音だけではなく匂いもしだす。気になって目を凝らすと6人のシルエットが見え、そして見覚えのある連中だとキンジは気づいた。

 

「いやー、温まるな!」

「こら‼そう言いながらもやしを入れるんじゃねえよ‼」

「おいぃ‼ナオト‼俺の鳥団子を取るな‼」

「…たっくんが食べないのが悪い」

「タクト様、まだありますから大丈夫ですよ…」

 

 

「あいつら何してんだよ!?」

 

 この霧がかかった真夜中の空き地島でカズキ達が神父と一緒に茣蓙を敷いて鍋をしていた。キンジは咄嗟にツッコミを入れるが、ジャンヌは本当に困っている様子だった。

 

「わ、私がここに着いた時には既に鍋をしていててな…まさかカズキ達も呼ばれたのか…?」

 

「あれ?あそこにいるのキンジじゃね?」

「これ見よがしに食べちゃおー。ムシャムシャオイシー」

 

 カズキとタクトがキンジに向けて美味しそうに食べるが逆にキンジは呆れていた。なんでここにいるのか、何故あの神父と一緒にいるのかキンジは問い詰めようとした。

 

「…間もなく0時です」

 

 聞きなれた声を聞いたキンジはピタリと止まって上の方を見る。動かない風車のプロペラに制服姿のレキがドラグノフを体の前で抱えて座っていた。かなり警戒を高めている雰囲気なので眉を顰める。

 

 その時、曲がり風車を囲むように複数の強力なライトが灯った。キンジは眩しさで腕で目を覆い、再び周りを見ると目を丸くした。気づけば自分の周りにはいくつもの影が見えた。どれも普通の人ではなく異形で、不気味な物ばかり。

 

「こいつら…やばい‥っ‼」

 

 キンジはヒステリアモードにならなくてもすべてを察した。見えているのはただの仮想したコスプレ集団ではなくどれもこれもタダ者ではない。その中にいる色鮮やかな中国の民族衣装を着た丸眼鏡をかけた糸みたいに細い目をした男がキンジに頭を下げるた。

 

「先日はココ姉妹達がとんだご迷惑をおかけしたようで。陳謝いたします」

 

 その男から離れた地面から黒い影が蠢き、人の形をしだして起き上がると白と黒のゴスロリな服を着た、金髪のツインテールの少女の姿となりキンジの方を見た。

 

「ふぅーん、お前がリュパン4世と共にお父様を捕えた男か。信じ難いわね…」

 

 

「カズキ、てめえは野菜を食え」

「俺の所に春菊を入れるなよ‼たっくんに食わせろよ‼」

「…リサ、ポン酢とって」

「神父!ゴマダレとポン酢どっちがいいです?」

「うむ、私はポン酢にしようかな」

 

 キンジは目の前にいるコウモリのような翼を背に生やした少女や頭を下げてきた中国の民族衣装を着た男、すぐ近くで武装をした巨大な者、大剣を背負ったシスターや魔女の衣装を着た少女と、見たことのない者達に戸惑っていたが、外野にいる騒がしい連中が鍋をしているせいで集中できなかった。

 

「仕掛けるでないぞ、遠山の。今宵はまだじゃ。儂も大戦は86年ぶりで気が立って…って、あそこで鍋をしてるのは誰じゃ‥…?」

 

 キンジは気づけば自分の傍にアリアよりも小柄な梵字描かれた藍色の和服を着た、狐のような耳を立てた少女がいた。他にはトレンチコートを着た長剣を背負った白人の青年、トラジマ模様の動物の頭付きの毛皮を被ったワンピースの少女に、イヤホンで音楽を聞いている姿勢の悪いピエロ、異様な者ばかりだった。視界の端で砂金が舞い、キンジにとって見覚えのある人物が二人見えてきた。

 

「パトラ…‼カナ‥!?」

 

 砂礫の魔女、パトラはキンジに向かって高笑いし、カナは『ハーイ』とにこやかに手を振り、カズキ達の方を見てギョッとしていた。キンジは再び周囲を見回し(カズキ達を無視して)、額に滲んでいる汗を拭う。自分も周囲の連中と同じく、『普通』の人ではないとされている事に項垂れた。これで揃ったようで、ジャンヌが周囲を見て語りだした。

 

「では始めようか。各地の機関・結社・組織の大使たちよ。宣戦会議(バンディーレ)…イ・ウー崩壊後、求める物を巡り、戦い、奪い合う我々の世が…次へ進むために(Go For The Next )

 

_GO For The Next__

 

 怪人達もバラバラに唱和する。キンジはそんな連中を半ばやけくそで睨んでいた。

 

 

「イエーイ‼ゴーフォーザネクスト―‼」

「だから他の物を入れてる時にもやしを入れるなっつってんだろがクズ‼」

「誰だよ‼俺のお肉をとったのはー‼」

「…取らないたっくんが悪い」

「ま、まだお肉もありますよ‼」

「ははは、初めての宣戦会議(バンディーレ)だが、実に面白いな」

 

 怪人達の近くで鍋をして騒いでいる緊張感がないカズキ達を見てキンジもジャンヌもこれだけはわかった。

 

((あいつら…この状況を絶対に理解してない‼))




 イクシオン…最初はわかりやすく『幾四音』にしようかなと思ったのですが、5人だしカズキがはぶれてしまうのでカタカナにしました。エ?なんか違う?


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31話

 ぐだぐだしてるかもです。長くなりそうなのでここで斬ります


「…『宣戦会議』に集いし組織・機関・結社の大使たちよ、まずはイ・ウー研鑽派残党(ダイオ・ノマド)のジャンヌダルクが、敬意をもって奉迎する」

 

 ジャンヌは周りを見ながら歓迎するようなことを言っているが、その声は奥歯に刃を秘めた様な感じであった。周りから感じられる敵愾心、全員が一触即発のムードであることをキンジは嫌ほど感じていた。

 

「まぁまぁ、そうピリピリしなくてもさ。鍋の具材はたっくさんあるよー」

「冷えるし鍋でも食べて温まろうぜ‼」

 

 そんな空気を察していないのかタクトとカズキの呑気な呼びかけが周りに響く。緊張感がない連中のせいでキンジの集中力が削がれていく。

 

「…初顔の者もいるので、序言しておこう。かつての我々は諸国の闇に自分達を秘しつつ、各々の武術・秘術を伝承し、求める物を巡り、奪い合ってきた。イ・ウーの隆盛と共に争いは休止されたが…イ・ウーの崩壊と共に再び砲火しようとしている」

 

 キンジは思い出す。超人たちが集う組織、その組織のリーダーで、アリアの曾祖父であるシャーロックとの戦いでイ・ウーは崩壊したはずだった。しかし、イ・ウーを壊滅したせいで目の前でまた新たな戦いに巻き込まれようとしていることに焦りを感じる。

 

「カズキ、つまりどういうことだってばよ」

「あーと…たぶんあれじゃね?鍋の具材の奪い合いをしてたんだろ」

「…すき焼きにしなくてよかったな」

 

 違う。そんなわけあるかとキンジは心の中でツッコミを入れる。そんな時、純白のローブに身を包み、十字架を模した大剣を背負った金髪のシスターが一歩前に出た。

 

「…皆さん、あの戦乱の時代に戻らない選択はないのですか」

 

 キンジはこんな厄介事を起こしたくない、同じ意見を持つ者がいてほっと一安心する。シスターはイ・ウーの影響のおかげで誰もが沈黙を通し、誰もが手を出さなかったことによって長い休戦と平和を保つことができた。その平和を保ちたいと述べた。

 

「なあ、ケイスケ、あのデカメロンシスターさんは何を言いたいのかな?」

「たっくん、あれだろ。鍋よりおでんがよかったんじゃね?」

「…おでんなら具材もたくさんあるしね」

「そろそろもやし入れてもいい?」

 

 違う、そうじゃない。鍋とかおでんとかそんな話をしてるんじゃないとキンジは再び心の中でツッコミを入れる。

 

「私はバチカンが戦乱を望まぬことを伝えにここへ参ったのです。平和の体験を学び、皆さんの英知を持って和平を成し、無益な争いを避ける事はry」

「はっ…‼できるわけねえだろ、メーヤ。この偽善者が」

 

 彼女の斜め後ろにいた、旧ナチス・ドイツ軍のハーケンクロイツのマークがついた眼帯をし、魔女の帽子や黒いローブを身に着けたオカッパ頭の小柄の少女は睨みながら話を遮った。

 

「てめえらはちっとも休戦しなかっただろうが。何が平和だ、どの口がほざいてんだ」

「…黙りなさい、カツェ=グラッセ。この汚らしい不快害虫が」

 

 今までお淑やかな雰囲気だったシスターが突然毒舌を吐いてカツェと呼ばれた少女を睨み返す。

 

「たっくん、てめえ‼俺の育てたツミレを取るんじゃねえよ‼」

「はぁ?こんなでかいツミレは取りたくなるだろ?」

「てゆうかカズキは野菜を喰え」

 

 一触即発な雰囲気を醸し出しているのに喧しく騒ぐカズキ達にキンジは項垂れる。それにしてもこんだけ騒いでいるのにあの連中はよく無視しているなと感心していた。ジャンヌは一度咳払いして話を進行させていく。

 

「…では古の作法に則り、3つの協定を復唱する。86年前の宣戦会議ではフランス語だったが、今回は私が日本語に翻訳したことを容赦頂きたい。

 …第一項。いつ何時、誰が誰に挑戦することも許される。戦いは決闘に準ずるものとするが、不意打ち、闇討ち、密偵、奇術の使用、侮辱は許される。

 …第二項。際限無き殺戮を避けるため、決闘に価せぬ雑兵の使用を禁ずる。」

 

「へー…86年前にフランスで鍋パーティーをしてたんだってよ」

「寄せ鍋だけど、皆も遠慮しないで食べてね!あ、それともよそってあげようか?」

 

 だから鍋じゃねえよ。ジャンヌの話を全く聞いていないカズキ達にキンジは呆れる。

 

「第三項。戦いは主に『師団(ディーン)』と『眷属(グレナダ)』の双方に分かれて行う。それぞれの組織がどちらの連盟に属するか、その場での宣言で定められるが、その際に黙秘、無所属も許される。また、鞍替えもできるがその場合、誇り高き各位によりそれ相応の扱いをされることを心得よ」

 

 

「『師団』と『眷属』?どいうことだ?」

「ケイスケ、あれだろ。『ポン酢』か『ゴマダレ』かどちらか選ぶんだろ」

「…どっちも捨てがたいな」

 

 ジャンヌはそれを聞いて危うくずっこけそうになったが、咳払いして改めて語りだす。

 

「つ、続けて連盟の宣言を募るが…まずは私達イ・ウー研鑽派残党は『師団』となる事を宣言させてもらう。バチカンの聖女・メーヤは『師団』、魔女連隊のカツェ=グラッセは『眷属』。よもや鞍替えは無いな?」

 

 ジャンヌはルールを語り終えたジャンヌは名指しをしてその方を見る。メーヤはデカメロンな胸の前で十字を切る。

 

「ああ…再び剣を取る私をお赦しください…はい。バチカンは元よりこの汚らわしい者共を討つ『師団』。殲滅師団(レギオ・ディーン)の始祖です」

 

「ああ、あたしも当然『眷属』だ。あんなシスターと仲良くなれるかっての。ヒルダもそうだろう?」

 

 フンと鼻で笑うカツェは近くにいたコウモリのような翼を持った金髪のツインテールの少女の方に視線を向けた。ヒルダと呼ばれた少女はにやりと笑う。

 

「当たり前じゃないの…私は生まれながらにして闇の眷属。戦も大好きだし、おかげで血も沢山飲めれるわ」

 

 

「たっくん、あのコスプレすごくない?」

「やべえよ。古に伝わりし…早すぎるハロウィン、お菓子大好きトリックオアトリートエディションでしょ」

「…リサ、春菊取って」

 

 ヒルダは喧しい外野を無視してキンジの隣にいるキツネ少女の方に視線を向ける。

 

「タマモ、あなたもそうでしょう?」

「…すまんのう、ヒルダ。儂は今回は『師団』じゃ。未だ仄聞のみじゃが、今日の星伽は基督教会と盟約があるそうじゃからの。パトラ、お主もこっちに来い」

 

 星伽という言葉を聞いてキンジはピクリと反応する。一方、水晶玉を指の上でくるくる回していたパトラはアヒル口をして返す。

 

「タマモ。かつて先祖が教わった諸々の事、感謝はしておるのぢゃが。そこにいるイ・ウー研鑽派の優等生共には私怨もある。イ・ウー主戦派(イグナテイス)は『眷属』ぢゃ…あ、あー‥カナ?お前はどうするのぢゃ?」

 

「そうね…私は『無所属』とさせてもらうわ」

 

「カナさん‼カナさんも一緒に鍋でもしませんか!」

「今ならお餅もありますぜ‼」

 

 カナの方にカズキとタクトが喜びながら呼びかける。ちらりとパトラはカズキ達の方に視線を向ける。

 

「か、カナ?さっきから喧しいあの連中は…?」

「パトラ、今は見なかったことにする方がいいわ…」

 

 カナは即答してカズキ達を見なかったことにしようとしていた。キンジもカナもなんであのおバカ達(カズキ達)がいるのか分からなかった。

 

 リバティー・メイソンという組織を名乗ったトレンチコートの青年は『無所属』、Looと呼ばれたよくわからない奴も『無所属』、ハビと名乗った本人よりもでかい斧を持った少女は『眷属』とカズキ達をよそにキンジの周りではどんどん宣言していく。

 

「遠山、『バスカビール』はどちらにつくのだ?」

「えっ…?」

 

 突然、ジャンヌに振られキンジは慌てだす。

 

「な、なんで俺の方に振るんだよ」

「お前はシャーロックを倒し、イ・ウーを崩壊させ、この戦いの口火を切ったのだからな。『バスカビール』という組織名を作り、そのリーダーの連盟宣言が不可欠だ」

「ま、待てよ‼俺はいきなり呼び出され突然そんなことを言われたって…‼」

 

「キンジ‼男なら決めろ‼」

「選べよ『ポン酢』か『ゴマダレ』か…好きな方をよ‼」

 

「「だからそうじゃないってば!」」

 

 外野で喧しくするカズキ達にキンジとジャンヌは声をそろえてツッコミを入れる。どうしてそこまでふざけれるのか呆れていた。慌てふためくキンジにヒルダはクスクスと笑う。

 

「新人は皆、無様に慌てるのよねぇ…ジャンヌ、いじめちゃダメでしょ?遠山キンジ、お前たちは『師団』よ。そうじゃなきゃ『眷属』の偉大なる竜悴公・ブラド、お父様のカタキを取れないわ」

 

 そういってヒルダはキンジに睨み付けた。ヒルダが吸血鬼であること、あのブラドの娘であることにキンジは冷や汗を流す。

 

「…それではウルスが『師団』に付くことを代理宣言します…私個人は『バスカビール』の一員ですが、同じ『師団』になるのですから問題はないでしょう。私が代理大使になることは、既にウルスの許諾を得ています」

 

 風力発電機のプロペラに腰を掛けていたレキは微動だにしなかった。そんなレキを中国服の男がにやりと笑う。

 

「では藍幇の大使、諸葛静幻が宣言しましょう。私達は『眷属』。ウルスのレキには先日、ビジネスを阻害された借りがありますので…それで、そこで音楽を聞いてる貴方はどうするんです?」

 

 諸葛静幻は一番端でずっと携帯音楽プレイヤーで音楽を聞いていた派手な衣装を着た迷彩柄の男はその音楽プレイヤーを投げ捨てた。

 

「チッ、美しくねえな…」

 

 その男は舌打ちして苛立たしい声を上げて周りを睨み付ける。

 

「馬鹿馬鹿しいぜ。どんな強ぇ奴が集まるかと思って来てみりゃ…ただの使い走りの集いかよ。ケッ、来てて損したぜ」

GⅢ(ジーサード)、ここに集うのは『大使』だが、戦闘力ではなく本人の希望、組織の推薦、使者の適正や一定の日本語を理解できるかの基準に選出された者たちだ。お前の求める者たちでない事を認めるが…いいのかGⅢ?このまま帰ればお前は『無所属』になるぞ」

 

 ジャンヌはGⅢと呼ばれた男に忠告をするが、GⅢは舌打ちして睨み返す。

 

「関係ねぇ。最近てめえらの周りで強ぇ野郎が出たって聞いてみて来たまでだ。いいか、次は一番強ぇ奴を連れてこい、全殺ししてやる」

 

 GⅢはそう言って身体から壊れた蛍光灯の音がした途端に姿がどんどん見えなくなっていき消えていった。

 

「すげえぞたっくん‼スケルトン中二病だぞ‼」

「スケルトン中二病くん…鍋が嫌いだったんだね」

「‥‥」

 

 タクトがしょんぼりし、ナオトは別の方向をじっと見ていた。静まり返った霧の中でヒルダが溜息をついた。

 

「よく吠える子犬ね。殺す気も失せるわ…ジャンヌ、これで全員済んだかしら?」

「いいえ、まだ残っていますよ」

 

 諸葛静幻がカズキ達の方に視線を向けた。その声と共にキンジだけではなくヒルダもカツェも周りにいた全員が鍋をしているカズキ達の方に視線を向ける。

 

「えっ?あいつらもか?ただのバカかと思ってたぜ」

「そうね。ただの野次馬かと思ったわ」

 

 カツェもヒルダも呆れた声を上げる。キンジはやっぱり全員が気になっていたことにほっと一息つく。注目されている中、ジョージ神父がすっと立ち上がった。

 

「それでは私、ジョージ神父が代表して宣言しよう。私達も遠山くんと同じく新参者でね、私達は『無所属』としてもらうよ」

「む…そのようだが、『イクシオン』はどうなのだ?」

 

 ジャンヌは仕方ないとため息をついてカズキ達に一応尋ねた。カズキ達は悩んでいるようだったがすぐに答えた。

 

「そうだなー…なんか響きがいいから『眷属』‼」

「馬鹿か、『師団』だろ」

「…無所属」

「り、リサもジョージ神父とナオト様と同じく『無所属』です」

「俺、ポン酢派‼」

 

 予想通りのバラバラの意見にジャンヌは聞くんじゃなかったと項垂れる。ジョージ神父はそんな彼らを見てにこやかにする。

 

「ははは、私も彼らもまだ戦況を把握していないのでね。そこのところご容赦頂きたい」

 

 にこやかにしているジョージ神父の態度にジャンヌも遠くで見ていたカナも眉をひそめていた。ヒルダはジョージ神父と鍋をしているカズキ達を見てクスクスと笑う。

 

「少し面白くないわねー…まあどこかのマヌケよりかはマシかしら。ジャンヌ、これで全員が済んだわね」

「…その通りだ。最後に、この闘争は宣戦会議の地域名を元に名付ける慣習に従い…『極東戦役(Far East Warfare )』、FEWと呼ぶことを定める。各位の参加に感謝と、武運を祈る」

 

「あれ?なんか終りっぽい?」

「ねえ、みんなで鍋を食べないの?」

「…シメはラーメンなのに」

 

 終始鍋の事しか話していないカズキ達にキンジはため息をつく。しかし、ヒルダがずっとこちらを見ていることに気づき、嫌な予感がよぎる。

 

「それじゃあ…()()()()()()()()()いいわね?」

「…もう、やるのか?」

 

 キンジはジャンヌとヒルダがずっとこちら見ていることに焦りを感じた。嫌な予感が段々と当たりそうになってきている。ジャンヌが慌てた表情で短縮マバタキ信号で『逃げろ』と合図していたことに目を見張る。

 

「…っ‼」

 

 ヒルダが影となってキンジめがけて蠢きだす。会議が終了し、誰もが誰と戦っていいことに気づいたキンジは急いで下がろうとする。

 

「遠山‼30秒は縛る‼すぐに逃げろ‼」

 

 ジャンヌはジャベリンのようにデュランを蠢く影に向けて投げた。デュランダルは蠢く影に刺さり、影の動きが鈍る。どこへ逃げるべきかキンジは迷ったその時、遠くからエンジン音が響いた。その音の方に目を向けると空き地島に向かって小型のモーターボートが近づいてきてる。

 

 ボートは壁に衝突するように接舷すると、ひょっこりと小さな手がふちに捕まるのが見えた。

 

「SSRに網を張らせて正解だったわ!あたしの目の届く所に来るなんてね…パトラ!ヒルダ‼そこにいるんでしょ‼」

 

 甲高いアニメ声と共にアリアがよいしょと登ってきた。

 

「イ・ウー残党‼まとめてセットで逮捕よ‼これでママの高裁に手土産が…ってあんた達、何呑気に鍋をしてんのよ!?」

「アリアも鍋しにきたんだー」

「遅かったな。もうそろそろシメに入る所だぞ」

 

 そういう問題じゃない。アリアもキンジもツッコミを入れる。というよりも火に油を注ぐ事態になり兼ねないとキンジは焦りだす。気づけばよそではメーヤは大剣を振るい、カツェに襲い掛かっていた。

 

「厄水の魔女、討ち取ったりぃぃぃっ‼」

 

 両断しようと振り下ろすメーヤの大剣をカツェは短剣で受け止めた。

 

「メーヤ…お前ほんといっぺん死なないと治らねえな、そのアホさ!」

 

 カツェは大剣をいなすと金ぴかのルガーP08を構えて撃つ。あっちこっちで戦いが勃発していることにやっとカズキ達は慌てだす。

 

「なんかすごいことになってるぞおい‼」

「やべえな…ポン酢かゴマダレか、争いがヒートアップしてるぜ‼」

「…やっぱりおでんがよかったんじゃない?」

「ナオト、そんなこと言うなよ‼」

 

 ジョージ神父はふうと一息ついて鍋に蓋をして、鍋掴みで鍋を持ちげる。

 

「どうやらお開きのようだね。私達も帰ろうか」

 

 ジョージ神父の呼びかけにカズキ達は頷いてそそくさと食器と茣蓙と片づけていく。風呂敷にまとめてナオトが背負い込む。

 

「それじゃあみんな、バーイ‼」

「今度はおでんにするから!」

 

 タクトとカズキは大声を上げて呼びかけた。誰もが返事の無い中、カズキ達は霧の中を駆けて去っていった。終始鍋しかしてなかったカズキ達にキンジは呆れる。

 

「…あいつら、何がしたかったんだよ…」

 




 宣戦会議で鍋をしてシリアスな雰囲気をぶち壊す…ただこれがしたかっただけでした(焼き土下座)


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32話

 文化祭ではっちゃけて次の日燃え尽きているタイプ。
 燃え尽き症候群っていうのは怖いね!


 武偵校から離れ、千代田区にある小さな音楽スタジオにてカズキ達はいた。タクトは愛用の青いギターを弾き終わりふぅと一息ついた。

 

「ひゅーっ‼リサ、俺達のバンド、どうだった?」

 

 近くでカズキ達の演奏を見て聞いていたリサは目を輝かせ、興奮気味に喜びながら拍手をした。

 

モーイ(すごいです)ヘール・モーイ(とってもすごいです)‼皆さん、とてもかっこよくて素敵です‼」

 

「でへへー、こう褒められたらうれちーっ‼」

 

 カズキはへにゃりとにんまりして照れだす。へにゃりとしているカズキにケイスケが呆れて小突く。

 

「ったく、なんで文化祭に備えてこんなことやんなきゃいけねえんだよ」

「…人生初めての音楽スタジオ…」

 

 ケイスケとナオトにとっては初めて音楽スタジオに入って、初めて練習することに少し戸惑いを見せていた。

 

「ふっふっふ、アドシアードの演奏が好評でさ、今年は文化祭で音楽バンドをやることにしたんだぜ‼」

「たっくんの突然の思い付きだろうな…」

 

 2年生は食堂を借りて変装食堂(リストランテ・マスケ)という各々がくじで着る衣装を決め、その衣装の職業をきちんと演じ振る舞わなければならない食堂をやることになっていた。本来ならば〆切までに衣装を用意しなければ教師陣による楽しいお説教があるのだが、カズキ達は特別に許されたようだ。

 

「今年も俺達が『プリン』を作るよって先生に言ったら、蘭豹先生が『衣装は後でいいから、バンドの練習してこい』って即決で許可をもらったんだー」

「タクト様達はプリンを作るのが上手なんですか?」

「リサ…『プリン』の事は詳しく聞かないでくれ」

 

 自分達が作ったプリンの事に対してケイスケもカズキも青ざめているのでリサは首を傾げていた。何かあったのかと気にはしていたが、彼らの様子を見てそっとしておくことにした。

 

「俺がギター、カズキはシンセ、ケイスケがベースでナオトがドラム!いいバランスだぜ‼」

「一昨日思いついたぽっと出のバンドだけどな」

 

 宣戦会議の鍋パから翌日、文化祭があることを思い出してタクトが思い付きで始めたものであり、曲も数時間前にカズキとナオトが作ったものでうまくできるかどうか心配な物ばかりだった。ケイスケの心配をよそにタクトは大はしゃぎする。

 

「ってなわけでこれを土台に、目指せ武道館ライブ!」

「たっくん、それじゃあ作品が違う」

 

 カズキがメメタなツッコミを入れ、ふと単純な疑問を口にする。

 

「ところでたっくん、ボーカルはやるの?」

「…一応カズキと俺で歌詞も作ったけど」

「うーん、俺でもいいけど…」

 

 音楽だけのバンドも悪くはないが、ボーカルも入れたらより盛り上がるだろう。タクトは唸る様に深く悩み、チラリとリサの方を見る。

 

「リサ、ボーカルやってみない?」

「ええっ!?わ、私ですか!?」

 

 急に振られてリサはあたふたと慌てだす。突然のことでビックリしたのかぴょこりと犬耳が出てきてしまいぴょこぴょこと動いていた。

 

「ご、ごめんなさい、リサには難しそうです…」

「たっくん、ボーカルのことは後にして今は練習をした方がいいぜ?」

「むーん、仕方ないか。そんじゃもう一回合わせるよー‼」

 

 気を取り直して皆で合わせて演奏しようとしたその時、ふつっとスタジオの中が薄暗くなり、シンセサイザーもスピーカーからも音が出なくなってしまった。

 

「おおい、こんな時に停電かよー…」

「もー‼これからだっていうのに!帰る‼」

 

 しばらく停電から回復が見込まれないようなのでやる気が削がれたカズキ達は仕方なしにスタジオから出ることにした。外に出れば昼間でも交差点や横断歩道の信号の明かりが消え、ビルや近くの店の中も薄暗いことからかなりの停電だとうかがえる。練習が中断されたのかタクトは不機嫌な様子だった。

 

「ありゃりゃ。たっくん、怒ってるなー」

「どこのどいつだよ。たっくんを怒らしたバカは」

 

 カズキとケイスケは怒っているタクトを「帰りにケーキでも買おう」と言って宥める。そんな様子を見ていたナオトだったが、ふと近辺でパトカーのサイレンが響いているのに気づいた。ちらりとその方を見ると遠くの交差点のど真ん中に白銀のICBMが電話ボックスのように突き刺さっているのが見えた。

 

「…‼」

 

 ナオトは一瞬ギョッとしたのだが、あれに関わればまた変なことに巻き込まれるのではないかと感じ見ていないふりをして帰路についているカズキ達の後に続いた。

 

__

 

「カイザー、遠山キンジ及びアリアとコンタクトできた。これより任務を実行するよ」

 

 武偵校の男子寮の一室にて、灰色のブレザーを着た、黒髪の青年、リバティー・メイソンの一員であり、かの名探偵シャーロック・ホームズの相棒であるジョン・H・ワトソンの曾孫のエル・ワトソンは衛星電話を通して電話をかけていた。

 

『ご苦労。ワトソン君、道中トラブルはなかったか?』

「ない事はなかったが、丁度ヒルダと交戦中だったようでね…でも彼女が退いてくれたことは幸いだったよ」

 

 ワトソンはやれやれとため息をついた。昼間、遠山キンジがヒルダに手も足も出なかったことに失望し、怒りを感じていた。

 

「いち早くアリアをリバティー・メイソンに入れて『眷属』へと組み入れる」

 

 リバティー・メイソンは混迷していた。『師団』に付くべきであると主張するハト派と『眷属』に付くべきであると主張するタカ派と組織内で分かれてしまっている。ヒルダがアリアから奪い取り撒き散らした『殻金』は『師団』が2つ、『眷属』が5つと圧倒的に後者が有利だ。

 アリアを遠山から取り上げ、『眷属』に帰属すれば彼女の安全はとれる。いや、そうしなければならないのだ。ワトソンはそう言い聞かせる。そして『師団』派である先輩に申し訳なく返す。

 

「カイザー…『師団』派である君に無茶を頼んで申し訳ない」

『いやいいんだワトソン君。君の意見も大事だからな…』

 

 ワトソンはほっと胸をなでおろす。ここまで支えてくれる先輩に感謝をする。これから遠山キンジからアリアを引き離す段取りに取り掛かる前に、ふと気になる事があった。

 

「…ところで、遠山キンジとは別の資料に載っている連中は何者なんだい?」

 

 ワトソンはカイザーから渡されたもう一つの資料と写真を見た。写真には美味しそうに鍋をしているカズキ達とジョージ神父が写っていた。資料に至ってはただ名前しか載っていない。遠山の仲間なのかそうでないのかワトソンは疑問に思っていたのだが、カイザーの声は本当に申し訳なさそうにしていた。

 

『その…よくわからん』

「…What!?」

 

 カイザーの意外な答えにワトソンは驚いてつい英語で返してしまった。

 

『宣戦会議で鍋をしていた訳の分からない連中だ。ジョージ神父という男が代表して『無所属』と宣言していたが…他の連中は理解しているのかどうかも分からなかった』

 

 ワトソンは呆れた。まさか宣戦会議で鍋をしているなんて前代未聞だ。写真から見て大したことはない、警戒すべき相手ではないと判断した。

 

__

 

「エル・ワトソンです。これからよろしくね」

 

 この日、2年A組にマンチェスター武偵校から留学生が来た。男子にしては少し高めの少年っぽい声に、忠誠的な成りにクラスの男子も女子も興味津々にワトソンを見ていた。アリアは目を丸くして、キンジは凄く嫌そうな顔をしてみていたが、睡魔に負けかけているナオトにとってはどうでもいい事だった。

一番後ろの席、ナオトの隣の席についた時、朝のHRの終了のチャイムが鳴った。それと同時に女子達が黄色い声を上げてワトソンの席を取り囲む。

 

「前の学校では、専門家はどこだったの!?ここではどこに入るの!?」

「ニューヨークでは強襲科、マンチェスターでは探偵科、東京では衛生科だよ」

 

 ワトソンの笑顔に女子達は目をハートにして黄色いを上げる。黄色い声でナオトの眠気は吹っ飛ぶ。五月蠅そうにため息をつき、チラリと見ればキンジがワトソンを白い目で見ていた。

 

「王子様みたい!」

「うちは王家じゃない。子爵家だよ」

 

「肌が綺麗‼女子よりきれい‼」

「…あ、ありがとう」

 

「サインください!」

「えっ」

 

 気づけば女子達の輪の中にタクトが目を輝かせて色紙をワトソンに渡そうとしていた。突然のことでワトソンも周りの女子達もキョトンとしていた。ワトソンは戸惑いながらも色紙を受け取りサインしタクトに渡す。

 

「ぼ、僕のサインでいいのならば…」

「やったー‼カズキに自慢しよっと。女優?俳優のサインを貰ったぜー‼」

 

 サインを貰ってはしゃぐタクトにワトソンだけでなく、女子達も男子達もキョトンとしている。その意味を知っているのかキンジがツッコミを入れる

 

「タクト、あいつは『エマ・ワトソン』じゃなくて『エル・ワトソン』だ」

「なん…だと…!?」

 

 クラスの皆はどこぞの新喜劇のようにずっこける。椅子からずり落ちそうになったワトソンは心の内でタクト、ナオトは脅威にならないと判断した。いち早く遠山からアリアを引き離す作戦を実行するのであった。

 

__

 

 バレボールの球が顔面に当たり、キンジは尻もちをつく。翌日の4限目の体育では体育館でバレーをやり、試合をやっているのだがワトソンが狙ってきたかのようにアタックをしてきた。

 

「ゴメン、トオヤマ。大丈夫かい?」

「…気にするな」

 

 言葉で流すがキンジはムッとしていた。前にアリアがヒルダにやられそうになった時、助けに来てくれたのはよかった。しかし、ワトソンはアリアの婚約者であると名乗り、お前はアリアのパートナーではないと言ってきたのだった。

 彼の事だから自分に対する嫌がらせでもしてきているのだろうと感じていた。キンジの予想通り、しばらくラリーが続いたことにワトソンがキンジを狙ってアタックしきた…のだったが、

 

「キンジ‼お前にいいかっこうをブベラっ!?」

 

 タクトがキンジの前にしゃしゃり出て顔面にボールが当たる。ワトソンが謝り、試合は再会されるのだが何度もキンジを狙うアタックがしゃしゃり出るタクトに全て当たった。

 

「き、菊池君!?なんで当たるんだよ!?」

「ふっ、成功するまで諦めないのが俺の性だ‼ワトソン、もう一回来い!」

 

「いや、諦めなくても試合終了なんだけど…」

 

 キンジは呆れてツッコミを入れる。この試合、タクトが体を張ったせいで負けとなった。

 

__

 

「‥‥」

 

 昼休み、キンジは気が合わないといったくせにワトソンが一緒にお昼にしようと誘い、金欠のキンジは安物のパンを、ワトソンは学食で一番高いステーキ・プレートを購入して食べようとしていたのだったが、向かいの席でカズキとタクトがおにぎりだけ持って座っていた。二人がじーっとステーキを凝視していたのでワトソンは困惑していた。

 

「えっと…」

 

「いいよ気にしないで。俺達はこれで十分」

「だな。あれだぞ?かば焼きの臭いでメシを食べる的な…そうだろキンジ?」

「おい、お前らと一緒にすんな」

 

 ワトソンは気になりながらも十字を切り、食前の祈りをしてからステーキをナイフで切る。綺麗な仕草だとキンジは感心し、チラリと見るとカズキとタクトは既に食べ終わっていた。おい、ステーキの臭いを嗅ぎながら食べるんじゃなかったのかとツッコミを入れた。食べ終わったタクトはふと思い出し、ニシシと笑う。

 

「そういえば、キンジがワトソンを嫉妬してるって女子達が噂してたぞ?」

「遠山が僕を嫉妬?それはよくないな」

 

「いや、なんで俺が嫉妬してるんだよ」

 

 キンジは少し焦りながら文句を言う。実際の所、ワトソンを警戒している。何を企んでいるのか、自分に何をしようとしているのか危険を感じていた。そんな警戒しているキンジにカズキはゲラゲラと笑う。

 

「つまるところあれだな。嫉妬している程気にしているってことだから、キンジはワトソンに気があるってことだ‼」

 

 その言葉にキンジは飲んでいた水を吹き、ワトソンは喉を詰まりそうになった。近くで女子達の「やっぱり…‼」「このままではワトソンくんに毒牙がっ」「キンジ×ワトソン…濡れるっ!」とヒソヒソ声が聞こえた。

 

「き、き、君は何を言うんだ!?」

 

 ワトソンは顔を真っ赤にしてカズキにプンスカと怒り出す。タクトとカズキはジョークだと笑って返すが、食べ終わったワトソンは顔を赤くして席を立って行ってしまった。ワトソンの態度を見ていたキンジはため息をつく。

 

「…あいつもアリアと同じくガキっぽいところがあるんだな」

 

__

 

 武偵高では2学期でも月に1回、屋内でプールで体育を行う。ワトソンは水泳が苦手なのか、黒い長袖長ズボンのスポーツウェアを着てシャネルのサングラスをかけ見学していた。

 

「よーしガキ共‼プールを20M往復しろや!サボった奴は射殺だからな‼」

 

 ワトソンの横で蘭豹がスターター代わりにM500を撃ち、どこかへ行ってしまった。教師がほっといていいのかよと言いたいところだったが、鬼の居ぬ間に洗濯になった。生徒たちは横向きにさっと20M往復し自由時間となり適当に泳いだり、プールサイドで駄弁ったりしていた。

 

「…?」

 

 キンジはワトソンの方を見るとワトソンは泳ぐ男子達を見て顔を赤くしていた。ときには「あわっ」と声を漏らして恥ずかしがったりとその様子に首を傾げる。

 

「ワトソン、顔が赤いぞ?体調が悪いなら救護科にでも行けよ」

 

 キンジは声を掛けるとワトソンはキンジの胸や肩を見て、バッとすぐに顔を反らす。

 

「キンジ!これにAKBが載ってるぞ!不知火も来いよ。総選挙しようぜ‼」

 

 蘭豹の授業放棄を予測していたのか武藤がグラビア雑誌を広げて示してきた。不知火もノリがいいのか苦笑いしていた。

 

「でも3人じゃ投票にならないんじゃないかな?」

「それもそうか。ワトソン、お前もやるか?」

 

 武藤がにこやかにグラビア雑誌を広げてワトソンに見せた。ワトソンはこっちを見ないようにそっぽを向ける。

 

「そ、そんな本を公共の場で広げるなっ」

 

 そっぽを向いているが耳まで赤く、熱っぽいのかキンジ達が気になりだしたその時、すぐ近くで喧しい声が響いた。

 

「いくぜ‼ビッグサンダーマウンテンスプラッシュっ‼」

「たっくん‼それだと水飛沫がやばい‼」

 

 声の方を見るとすぐ近くでタクトが助走をつけてジャンプして飛び込みをした。ナオトの注意したとおり、タクトは回転して背中から着水し大きな水飛沫が飛び上がった。

 

「うおっ!?あぶねっ!?」

「きゃっ…!?」

 

 飛んできた水飛沫に武藤はグラビア雑誌を濡されないようにと避けてしまい、ワトソンにかかってしまった。女の子っぽい声を上げて尻もちをついた。

 

「たっくん、やりすぎ‼」

「あははは。ワトソン、ごめん!」

 

 タクトはにこやかにワトソンに謝るが、上下のスポーツウェアは濡れてしまいピッチリと張り付けかけていた。ワトソンは「‼」と飛び上がる。

 

「ぼ、僕は帰る‼」

 

 甲高い声を上げてワトソンは慌ててるかのように微妙にジグザグ走行しながら逃げ出していった。一部始終にタクトはきょとんとしていた。

 

「…あれ?」

「『あれ?』じゃなくて後で謝らなくちゃ。先にタオル渡してくる」

 

 ナオトはタオルを取ってワトソンの後を追った。素早く着替えて、ワトソンはどこに行ったか探し出す。床にぽつぽつと水滴が落ちておりナオトはそれを辿っていった。辿った先は意外と近く、水泳道具の倉庫だった。

 

「???」

 

 そこの倉庫は誰も使わないし滅多に人は入ってこない。しかし着替えるならば男子更衣室でもいいのになぜここに入ったのかナオトは疑問に思った。静かに入り、落ちている水滴の後を辿る。ひょっこりと除けばワトソンの後ろ姿がちらりと見えた。

 

「ま、まさか下着まで濡れるなんて…油断した…」

 

 この声は間違いなくワトソンだ。しかし、ナオトはワトソンの声色になにかと違和感を感じた。その違和感がなんなのか分からない。シュルシュルと何かを外す音が聞こえる中、ナオトは意を決して進みだす。

 

「ワトソン、濡れてるならタオルを‥‥」

 

「ふえっ!?」

 

 ナオトはぴしりと固まり、もっていたタオルを落としてしまう。目の前にいる、ナオトを見て驚愕しているワトソンは、黒のズボンは脱いで白いショーツを履いており、足元には包帯のようなバンドが落ちており、濡れてぴっちりとした黒のスポーツウェアから大きすぎず小さすぎず形も左右均等で美しいお椀形の胸の膨らみが見える。

 

「わ、ワトソン…もしかして…」

 

 わなわなと震えているナオトにワトソンは自分の()()を隠す様に自らを抱き、へたりと座り込み涙目でナオトを見た。

 

「そ、そんな…みられてしまうなんて…」

 

 誰かに見られてしまったことに立ち上がれず、きゅっと自らを抱きしめて涙を流し、震えているワトソンを見てナオトは確信した。

 

 

 エル・ワトソンは『転装生(チェンジ)』。男の子ではなく、女の子であると。





 だいぶ前にある女子高生が男子に惚れて男装して男子校に入学。とかいう少女漫画があったようななかったような…


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33話

 展開は微動だにしていないのでグダグダしてます…色々とすみません…
 言えることがあるとすればワトソンはカワイイ(オイ


「お、お願いだ…だ、誰にも言わないでくれ…!」

 

 涙を流して震えているワトソンはナオトに乞う。ナオトはワトソンが女の子であったこと、見られて狼狽していることに戸惑っていた。相手を油断させて口封じをするかもしれないし、何かしてくるかもしれない。どう返したらいいか悩んでいるとワトソンが更に言い寄る。

 

頼む(プリーズ)頼むよ(プリーズ)!もし…クラスの皆に、アリアに…遠山に女だとバレてしまったら、僕はもうお終いだ…‼」

 

 まるで世界の終わりを見ているかのように怯え、絶望して、震えて泣きじゃくるワトソンを見てこれは嘘偽り無く必死にお願いしている。

 

「日本で言う『土下座』だってする、君の言いなりにもなる!だから、だから…っ‼」

 

 土下座しようとしたワトソンにナオトは無言のままブレザーをワトソンの肩に掛け、タオルを渡した。突然無言のまま渡され、ワトソンはきょとんとして顔を上げてナオトを見つめる。

 

「え…」

「…体を冷やす。後ろは見ないから着替えて」

 

 ナオトはそう言ってワトソンに背を向ける。そんなナオトにワトソンはおどおどしながら見つめ続ける。

 

「き、君は…ど、どういうつもりなんだい…?」

 

 半分戸惑いながら、半分警戒しながら尋ねるワトソンにナオトはため息をついてチラリと視線を向けた。

 

「…俺は人の弱みを握ってどうこうするつもりは無いし、ヤル気もない」

 

 ワトソンは目を丸くしてナオトを見る。頬を赤らめて「うん…」と小さく声を出して頷き着替え始めた。ナオトはしばらく彼女が着替え終わるまで後ろを見ないでぼーっとしていた。

 

「も、もう大丈夫だ…」

 

 声を掛けられてナオトは振り向くと、ワトソンは男子生徒の制服を着替え終わっていた。しかし顔を赤らめ、恥ずかしそうにモジモジしていた。ボーイッシュなワトソンならこの姿であれば中性的な男子生徒に見えるし違和感はないとナオトは納得して頷く。

 

「そ、その…な、ナオト。こ、この事は…」

 

 タオルとブレザーを返そうとしているワトソンは未だにビクビクと震えながらこちらを見ている。受け取ったナオトはにっこりと頷いた。

 

「事情は知らないが、クラスの皆にもアリアやキンジにも言わない」

 

 そのことを聞いたワトソンは驚くが、目を潤わせて微笑んだ。

 

「ナオト…ありがとう…!」

 

 そんな顔を見てワトソンは男装しても、男子として装っても、やはり女の子なのだと納得して頷いた。秘密にしてくれて嬉しいのかワトソンはナオトの手を握り何度も振る。

 

「ナオト、君は命の恩人だ…‼この恩は絶対に忘れないよ…‼」

「そんな大袈裟な…まだ誰にも知られてないんだから普通にry」

 

 ナオトはオーバーにするワトソンを落ち着かせようとするが、他に視線を感じたのでチラリと他の所に視線を向けると、ナオトとワトソンを見てポカーンとしているタクトがいた。

 

 タクトの存在に気づいたワトソンはナオトと一緒にぴしりと固まった。そんな二人にタクトは申し訳なさそうに笑う。

 

「えっと、ワトソンに謝りに来たんだけど…ダメ?」

 

「た、タクト君…き、君はいつからそこにいたの…?」

 

 ワトソンは恐る恐るタクトに尋ねると、タクトはうーんと考え込んだ。どうか「ついさっきだ」という答えを望んでいたが、現実は甘くなかった。タクトはニッコリと笑顔で親指を立てて答えた。

 

「『お、お願いだ…』からだぜ‼大丈夫、着替えてるところは見ないようにしたから‼」

「そういう問題じゃないよぉぉぉっ!?」

 

 ワトソンは涙目でタクトの服を掴んで何度も揺らした。つまりタクトは最初から聞いて、見てしまったのである。

 

「落ち着けって、男装してるならバレないって」

「男装っていうなぁぁぁっ‼」

 

 ワトソンは泣きじゃくりながらタクトの身体を揺さぶる。ナオトはこれでは埒が明かないとため息をつき、ワトソンにハンカチを渡して宥めさせる。

 

「…たっくん、ワトソンが女の子だっていうのは秘密にしてあげて」

「お願いだ!この事は誰にも言わないで‼」

 

「任せな?誰にも言わないからよ。こう見えて俺はがま口財布のように口が堅いぜ‼」

 

 すぐにでも開きそうな口だなとナオトは心配する。取りあえず秘密にしてくれるそうなのでワトソンはほっと一安心した。時間は既に放課後、この時間ならば誰にも見つかることはないだろうと3人は倉庫から出た。

 

「おー、お前らそこにいたのかよ」

 

 倉庫から出るとすぐ近くにカズキがいた。ワトソンはびくっと反応し慌ててナオトの後ろに隠れた。そんなワトソンの様子にカズキは首を傾げタクトの方を見る。

 

「たっくん、今日の練習はどうするんだ?ケイスケとリサは医務室で待ってるぜ?」

「あー…今日はお休み。これからワトソンとお茶しに行くんだぜー」

 

 カズキは「ぬーん」と羨ましそうに頷いた。ワトソンはナオトの後ろから顔を覗かせ恐る恐るカズキに尋ねた。

 

「か、カズキ君…さっきの話は聞こえてた?」

 

 ビクビクとしているワトソンにカズキは頭にハテナを浮かべさせ首を傾げた。

 

「え?何のこと?チーパーティーのことか?」

「い、いやいいんだ。聞こえてなかったらいいんだ」

 

 カズキにまで話を聞かれていないかと不安になっていたワトソンだったが、カズキが知らないと答えたのでほっとした。そんなワトソンを見てカズキはにこやかに笑う。

 

「いやー、それにしても驚いたぜー。ワトソンが女の子だったなんてな‼」

 

 ワトソンはどこぞの新喜劇のように盛大にずっこけた。

 

「な、な、なんで知っているんだ!?」

「え?先ほどたっくんがメールで送って来た」

「たっくん!?なんでばらしてんだよ!?」

「いやー、見た直後にカズキにメールで送っちゃってさー。メンゴメンゴ☆」

 

 テヘペロしているタクトにワトソンが再び涙目で体を揺らす。ナオトはタクトに呆れながらカズキにお願いをする。

 

「…カズキ、この事は誰にも言うなよ?」

「任せな。この事は秘密にするぜ‼…さっき、ケイスケとリサにもメールしちゃったけどな‼」

 

 ドヤ顔で答えているカズキを見てワトソンは貧血で倒れるかのようにナオトに寄りかかって倒れた。

 

「もうダメだ…お終いだぁ…」

「ちょ、ワトソンしっかりしろ!?」

「やっべ、ワトソンが昭和初期になってる‼ナオト、カズキ!ケイスケの所に運ぶぞ!」

「…どうしてこうなった」

 

___

 

「」

 

 ケイスケは送られてきたメールを見て無言のまま固まっていた。カズキが言うには、ワトソンが実は女の子であると、タクトとナオトがそれを間近で見てしまったことが書かれている。これは絶対にばらしてはいけない奴じゃないのかとケイスケはその不安を頭の中でよぎらせる。

 

「なあケイスケ、どうかしたのか?」

「いや、なんでもねえ。カズキが世迷言を言ってるだけだ」

 

 キンジが不思議そうにこちらを見て尋ねた。ケイスケは即携帯を閉じてぶっきらぼうに返した。多分、キンジがワトソンを嫉妬しているという噂が本当ならば、絶対に此奴に話してはいけないと確信する。

 

「というかケイスケ、俺の相談をちゃんと聞いてんのか?」

 

 キンジはムスッとして聞いてきた。キンジが医務室にいるのは周りがワトソン押しで、ワトソンがどんどん自分の外堀を埋めてきているのでどうすればいいかと相談してきたのだった。

 

「お前が言うには…ワトソンはアリアの婚約者で、お前を引き離そうとお前を孤立さてきてるんだな?」

「ああ、平賀さんも、武藤もクラスの皆もワトソンの味方になっちまった。頼れるのはお前なんだ」

 

 ケイスケはため息をついて、リサが注いでくれたコーヒーを飲んで答えた。

 

「クズか。早く対策を立てなかったお前が悪い」

「いや、そんなこと言われてよ…」

 

 キンジが困ったように項垂れる。そんな時ピロリンと携帯のメール音が響く。どうやらリサの携帯らしく、リサがメールを見ると驚いたようにケイスケを見た。

 

「ケイスケ様!カズキ様からメールで…やはりワトソン様はおんryむきゅっ!?」

 

 「女の子」というワードが出る前にケイスケは急いでリサの口を塞いで、『言ってはいけない』と目と口パクで合図した。そんな様子を見てキンジが不審がっているので慌ててアドバイスをする。

 

「悪い。ワトソンの奴、たっくんやナオトを味方に入れようとしている。チーム内の分裂を避けたいから俺は手を貸せん。ジャンヌや理子、レキとかお前を信じている奴を味方に付けろ。後は中空知とかか?」

 

「俺を信じている奴か…アドバイス助かったぜ」

 

 キンジはすぐに理子やジャンヌとコンタクト取るとか言ってリサが注いでくれたコーヒーをグイッと飲み医務室から出て行った。適当に言ってやったがあいつなら何とかするだろうとケイスケはため息をつく。その数分後カズキ達が気を失っているワトソンを運んできた。

 

___

 

「どうだ、落ち着いたか?」

 

 ケイスケはコーヒーをワトソンに渡す。ワトソンは意気消沈して項垂れていた。コーヒーを受け取ったワトソンは力なく頷く。

 

「なぁ、どうして男装しているのか話してくれるか?」

 

 取りあえずワトソンがなぜ女の子で、男装しているにのか理由を知りたかった。ワトソンは顔を上げてカズキ達を見て口を開く。

 

貴族の社会的責任(ノーブル・オブリケーション)。英国貴族は名誉のため、表社会における成功だけではなく、誰にも知られる事なく、無償で秘密裏に世の中を救う活動が求められる…リバティー・メイソンはその活動をする気高い秘密結社なんだ」

 

「成程、ワトソンはリハビリ名人だったのか…」

「リバティー・メイソンだろ、クズが。ワトソン、こいつらバカだから気にせず話を続けてくれ」

 

 ケイスケはカズキにアイアンクローをして、戸惑っているワトソンに話を続けてもらった。

 

「でも加盟したワトソン家はこの活動に於いて、30年程前から凋落傾向にあったんだ。ワトソン家は必ず成功させ上位幹部に取り立てられる、でも表社会で成功しても、逆に蔑まされてきた…そこでワトソン家の先々代はこの活動に共鳴していたホームズ家に生まれる後に名探偵、有名な武偵になるであろうアリアとの婚約の密約を結んだんだ」

 

「つまり…どういうことだってばよ」

「…先々代がアリアの誕生を知って、ワトソン家に生まれる子と結婚させて再興させようとしたんだ」

 

 その通りとワトソンはナオトの答えに頷き、話を続ける。

 

「でも生まれたのは僕…女の子だった。ワトソン家は僕が女の子であることをホームズ家に隠し、話を進めた。僕は祖母の決まりによって男の子として生きる事にされ、僕の父は男子として生きるよう厳しく躾けた」

 

 よく少女漫画であるような、男として教育される女の子どころか、お家騒動でお家再興の為厳しく強制させられたドロドロとしたものだとカズキ達は感じた。

 

「もし…女の子だとアリアにバレてしまったら、僕は捨てられるかもしれない…」

 

 きゅっとワトソンは拳を強く握りしめる。それは焦りと不安、恐怖に震えていた。

 

「それに、この戦役はどうしてもアリアを『眷属』に入れなければならない。アリアを守るために遠山から引き離さなければいけないんだ。あいつにバレたら、きっと僕を蔑むに違いない…」

 

「ほんっとお前も大概だな…」

 

 ケイスケはため息をついてワトソンにデコピンをした。突然デコピンをされたワトソンは慌てだす。

 

「ぼ、僕は真剣に悩んでるんだぞ!?」

「お前は考えすぎだっての。あいつらを見ろ」

 

 ケイスケは指をさす。カズキは真剣に考えてるふりをして頷いており、タクトはポカンとしており、ナオトは眠たそうにしていた。

 

「カズキ、ワトソンの話を聞いてどう思った?」

「ケイスケ…さっぱりわからん」

 

 さっぱりだと即答されてワトソンはずっこけそうになった。真剣に悩んでいるというのに彼らときたら、何を考えているのか分からない。そんなワトソンに対し、タクトはうんと考えながら答える。

 

「やっぱり…ワトソンは考えすぎだよ。難しく考えすぎず、やりたい事をやるべきだよ?」

「僕のやりたい事…?」

 

 ワトソンは深く考え込んだが、カズキ達を見てクスリと苦笑いし吹っ切れた。

 

答えは単純(シンプルイズベスト)、か…何というか君たちらしい答えだ。ありがとう…少し勇気が湧いてきたよ」

 

 すくっと立ち上がって、ワトソンは意を決したように頷いた。何とか気を取り戻したことにケイスケは安心したがふとあることを思い出してワトソンに尋ねる。

 

「というかキンジからアリアを引き離すっていうけど手強いぞ?」

「遠山は強いのかい?見た感じ強そうに見えないのだが…何か知ってるの?」

 

 カズキ達はうーんと考えてこれまでのことを思い出しながら順番に述べた。

 

「あいつは朴念仁の女たらしだ。だが女絡みになると急に強くなるぞ」

「リア充爆発すればいいのに」

「女の子の前で『げへへ』と笑うぜ‼」

「…ラッキースケベマン」

 

「ケイスケ以外まともな情報じゃないね…」

 

 カズキは願望だし、タクトはウソの情報だし、ナオトはただ見た感じのことだし、ろくな情報でないことにワトソンは肩を竦める。

 

「…ワトソン、俺達はこの事は秘密にするし誰にも言わない。危うくなったらフォローする」

「ナオト、皆、ありがとう…君達の事は大したことじゃないと思ってたけど…本当はすごいんだね…」

 

 きゅんと顔を赤くして微笑む姿はやはり女の子だとカズキ達は感じた。そんな時、タクトがふとさりげなくワトソンに尋ねた。

 

 

「ところでさ…戦役とか『眷属』とかリバティー・メイソンとかって何?」

 

 他の3人もタクトと同じように疑問を持った顔をしてみていた。ワトソンは再び盛大にずっこける。彼らは本当に凄いのか、全く理解していないのか、それともふりなのかふりじゃないのか、ワトソンはこの4人組は何を考えているのか、理解できなかった。

 

__

 

 ワトソンは自分のくじ運の悪さに嘆いた。転入生は後から『変装食堂』の衣装を決めるのだが期間は短いので自作を求められずに済む、しかしくじは一度のみで変更もできない。そしてくじを引いた結果は『女子制服(武偵校)』、一番の外れくじであった。

 

「うぅ…」

 

 ワトソンは少し狼狽える。いつもならこの状況を利用してすぐに着替えて装うことはできる。しかし、昨日ナオトに自分の体を見られ、カズキ達にバレてしまっていることで恥ずかしさが増していた。

 女子達は自分の制服を渡そうと我先にとジャージを手にしてトイレへ駆け込み、男子達は目を輝かせており、そして遠山は『ざまあみろ』と内心思っているかのようにこちらを見ていた。

 

「ワトソン、あれだぞ。『GOに入ってGOに従え』っていうしな」

「それを言うなら『郷に入れば郷に従え』だろうが」

 

 カズキがにししと笑い、ケイスケがそんなカズキを足蹴してワトソンをフォローした。カズキ達もこれから着替えるところだろうか、段ボール箱を持って廊下へ出て行った。

 

「郷に入れば郷に従え…うん、やるしかないね…!」

 

 ワトソンは勇気をもって女子制服を着ることにした。廊下に出ると見せかけて天井裏に潜み、着替えた後天井から降り立ち、クラスの皆に披露した。女子達も男子達も歓声を上げる、なんとかバレることはなかったが皆に見られて内心少し恥ずかしかった。

 

「あれ…?カズキ達、遅いな…」

 

 ワトソンはふと気づいた。廊下へ出て行ったカズキ達が一向に戻ってこない。着替えに時間が掛かっているのかと気になりだした。

 

「すぽおおおおおん‼皆の者、待たせたなぁ!」

 

 廊下からタクトの喧しい声が響いたと思えばドアを勢いよく開けてタクト達が入って来た。タクト達の衣装を見てキンジもワトソンもクラスの皆も目が点になった。

 

 リサはメンソレータムに描かれているナース服の衣装を着ていて実に可愛らしかった。しかし、問題はカズキ達である。カズキは赤いネクタイに黒のスーツにサングラスと地味で、ケイスケはフルフェイスのヘルメットを被りパワードスーツみたいな物を着ており、ナオトは青のTシャツにジーパンと私服ではないかと思われる衣装を着て、そしてタクトに至っては緑の恐竜みたいな着ぐるみを着ていた。

 

「お前らなんだよそれ!?」

 

 クラスの代表としてキンジがツッコミを入れた。そんなツッコミをされた4人はドヤっとポーズをとる。

 

「それって言われても…くじで引いた奴の衣装だけど?」

「どんな衣装だよ!?ちゃんとくじを引いたのか!?」

 

 カズキはそこまで言うなら見てみろととキンジにくじを見せた。

 

「…『ビップ』?」

 

「どうだ!なんかビップ的な雰囲気をさらけ出しているだろ?」

「それを言うなら醸し出すだろ。いや、うん…地味だな」

 

 クラスの皆も「…地味だな」「…地味ね」とカズキの衣装の感想を言う。キンジは次にさっきからずっと黙っているケイスケの方を見る。ケイスケは引いたくじを荒々しくキンジに押し付ける。

 

「『マスターチーフ』…そんな職業があんのかよ…」

「‥‥‼」

 

 フルフェイスのせいでうまくしゃべれないのか、息で曇ってしまうのか、ケイスケは無言のままキンジに足蹴する。

 

「いてっ‼わ、わかったっての…で、ナオトは?」

「…『スティーブ』」

 

「誰だよ!?」

 

 クラスの皆も一斉にナオトにツッコミを入れた。カズキが「とりあえず林檎でももってけ」とナオトに林檎を渡す。増々誰なのかわからなくなってきた。そしてキンジは無視したかったのだがタクトが目を輝かせているので仕方なしに尋ねるのであった。

 

「その…タクトのはなんだよ…」

「聞いて驚け、見て笑え‼これが俺のソイルだぜ‼」

 

 そういってタクトはドヤ顔でくじを見せるのであった。くじには『でっていう』と汚く書かれていた。

 

「『でっていう』ってなんだよ!?」

「お前、『でっていう』はあれだぞ。食物連鎖の頂点だぞ‼」

「知らねえよ‼というか職業でも何でもねえじゃねえか!」

 

 キンジは項垂れる。なんでこいつらに限って変な衣装になるのか、くじ運がいいのか悪いのか、取りあえず深く考えるのをやめた。

 

「えっと…ぼ、僕はこれでいいのかな…?」

 

 カズキ達のインパクトの強いカオスな衣装のせいで置いてけぼりの雰囲気の中でワトソンは苦笑いをした。




 
 カズキ達の衣装のくじはバンドの練習をしてる間に引いて、衣装を作った感じです。
 


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34話

 パチスロでワトソンやカナさんが出てるのに…緋弾2期はまだですかねぇ(チラッ
 AAは…志乃ちゃんがかわいかったからヨシ(コナミ感)


 それからワトソンは誰からも疑われることなく、クラスの女子、男子達とより一層親しくなっていった。クラスの寵児となり、どんどんと友達を増やしていくワトソンだがカズキ達にどうしてもお礼をしたいとお昼を奢ったり、外食に誘ったりとしてくるのだった。カズキ達もそこまで気にしていないから構わないと思っていた。そんなある日、外食に誘われ食事をした時、ワトソンは真剣な表情でカズキ達の方を見た。

 

「明日の夜、僕は遠山と戦う」

 

 ワトソンの決意にリサは目を丸くしていたがケイスケとナオトは「ふーん」と返し、カズキとタクトは目を輝かせていた。微妙な反応だったのでワトソンは困った顔をする。

 

「そ、それぞれ反応が違うね…」

 

「実際のところ、キンジがどうなろうとどうでもいいんだけどな」

「ワトソン、リア充を爆発させてやってくれ‼」

「頑張れワトソン‼俺達は応援しているぞー‼」

 

「あ、あははは…」

 

 止めるどころか逆に応援されてワトソンは苦笑いをする。無関心だったナオトが口を開く。

 

「…方法は?」

「すまない、やり方は言えない。明日の戦いでリバティー・メイソンが『師団』に付くか、『眷属』に付くか、僕の婚約者と僕の将来が決まるからね…」

 

 ワトソンはすまなそうに答えた。婚約者…アリア絡みの戦いになることと、お家だけではなく組織の今後が関わるほど深い戦いになる、とケイスケは察した。

 

「ワトソン、以前も言ったがキンジは女の事となると人が変わったかのように強くなる」

「…後、女の子にはすっごく優しくなるから、逆に取り込まれないように」

 

「ふふっ、僕を心配してくれるんだね。ありがとう、肝に銘じとくよ」

 

 ワトソンは優しくケイスケとナオトに微笑む。男装して男と装っても、笑う仕草はやはり女の子である。ナオトのアドバイスに納得し頷いているタクトがさらに付け足す。

 

「母ちゃんが言ってた。『優しい男ほど、女共を手籠めにする朴念仁野郎だ』って」

「タクト君の母親ってどんな人なんだ!?」

「簡単に言うと、たっくんの母親はサラ・コナーみたいな人だ」

 

「いや、本当にどんな人だよ!?」

 

___

 

 その翌日、ワトソンが遠山と戦う当日であるがカズキ達はジョージ神父の教会に向かっていた。その日は珍しくケイスケがカズキ達に神父に会いに行こうと言い出したのだった。カズキは珍しそうにケイスケを見る。

 

「めっずらしいなー、アンチ神父のケイスケが率先して教会に行こうって言うなんてな!」

「カズキ、明日は雨どころか血の雨が降るんじゃね?」

 

 ゲラゲラと笑う二人に対し先頭を進んでいるケイスケが振り返って睨み付ける。というよりもお怒りの様子だったのでカズキとタクトはビクッと震えあがる。

 

「情報収集に決まってんだろうが。あのクソ神父、あれ以降何も教えてくれてねえんだぞ?」

 

 イ・ウーや藍幇、リバティー・メイソンといった組織や結社、そして戦役について情報が少ない。日本から出てアメリカや中国、ヨーロッパ諸国など戦役に関わっている世界情勢がどうなっているのか知っておく必要がある。ある程度知っていれば今後、自分の周りにどんな敵が迫ってきているのか分かるはずだ。そこで世界各国を歩き、知ってそうな顔をしているジョージ神父に伺おうというわけである。

 そうしているうちに教会に辿り着いた。さっそく教会の中に入ろうとした時、待っていたかのようにそよ風がカズキ達を通り抜けた。吹いた方向に視線を向けると、庭でガーデニングしているジョージ神父とそんな神父を見ながらテラスの椅子に座って塩ゆでしたブロッコリーを食べているセーラ・フッドがいた。

 

「セーラ‼」

「おおっセーラじゃん!ヤッホー」

 

 カズキ達の声に気づいたセーラはジト目でカズキ達の方を見てため息をつき、ジョージ神父は庭いじりをやめてにこやかにカズキ達を迎えた。

 

「来るの遅すぎ…」

「やあ、そろそろ来る頃かなと思っていたよ。セーラがお土産に紅茶と茶菓子を持ってきてくれてね。お茶にしながら話でもしようか」

 

 ジョージ神父はカズキ達を客間へ案内した。ジョージ神父は紅茶を人数分注ぎ、スコーンと一緒に持ってきた。

 

「うーん、いい香り。アップルティーですな?」

「…いや、ダージリンだけど…」

 

 ドヤ顔するカズキをセーラが速攻で否定し、ナオトは無言のままスコーンを頬張り、リサとタクトは紅茶を飲んでまったりとしていた。

 

「あ、そうだ!神父、セーラちゃん‼俺達文化祭でライブするんだぜ‼是非とも見に来てよ‼」

「それは面白そうだ。これは見に行かなくてはね」

「…え?私も?」

 

「いや、こうまったりお茶してる場合じゃねえぇぇぇ‼」

 

 危うく自分もまったりしそうになったケイスケは怒号を飛ばし、当初の目的であるジョージ神父に戦役のこととかを聞くことを行うのであった。

 

「おい、戦役とかそれに関わっているものとか教えろ‼」

「ははは、そうだね。それを話すのをすっかり忘れていたよ」

 

 反省をしておらず、愉悦な笑顔で忘れてたと言い出す神父にケイスケは項垂れた。紅茶を一飲みしたジョージ神父はにこやかに話しだす。

 

「戦役は組織、結社、ある物を奪い合い、勢力を広めていく古くからおこなわれてきた戦だ。カズキくん達風に言えば…古から伝わっている争奪戦という感じかな」

 

「へー、てっきり鍋の具材で喧嘩してたわけじゃなかったんだ」

 

 カズキが納得する様に頷いているのを見て紅茶を飲んでいたセーラが吹きそうになり咽ていた。

 

「宣戦会議で鍋をしてただなんて…お前達は本当にバカか」

 

 セーラは呆れるようにカズキ達をジト目で睨み付ける。そんなセーラにタクトとカズキがテヘペロして返すので更に項垂れていた。

 

「すでにヨーロッパでは戦いが始まっている。私が話すよりかは代表選士であるセーラが教えた方が早いかな?」

 

 ジョージ神父はいつ用意していたのかとホワイトボードを持ってきて、にこやかに黒ペンをセーラに渡した。急なキラーパスにセーラは戸惑ったが、やむなしとため息をついてカズキ達に説明をした。

 

「…まずはアジア方面から。中国では『眷属』である中国の秘密結社『藍幇』が『師団』の47人の傭兵、『ウルス』と睨み合っている状況。まだ大きな闘争にはなっていないけど、藍幇はすでに日本にいる遠山キンジ、神崎・H・アリアに向けていつでも攻撃を仕掛けれるよう準備をしているみたい」

 

 セーラはホワイトボードに藍幇とウルス、キンジ達と書き、膠着状態と書いて丸で囲った。

 

「次にヨーロッパ。すでに戦っていて、眷属では『魔女連隊』と『イ・ウー主戦派』が手を組んで師団の『バチカン』と『イ・ウー研鑽派』と争っている。まだ初戦だけど、その内にイギリスの『リバティー・メイソン』やアフリカの『鬼達』も加わり大規模な戦いになる」

 

 ホワイトボードに魔女連隊やイ・ウー主戦派、バチカン、イ・ウー研鑽派と書き、その後混戦と書いて丸で囲う。

 

「吸血鬼、ヒルダは既に日本に来て遠山とアリアと戦っているみたい。無所属はこれらの戦いを見てからどちらに付くか決める。決めてないと双方から叩かれるから」

 

 ボードの端にヒルダと書いてキンジとアリアの方に矢印を引いて戦闘中と書き、残りの無所属である組織名を書いていった。ボードを見てケイスケはセーラに質問をする。

 

「アジアやヨーロッパは書かれているが、アメリカとかはどうなんだ?こういった戦役に名乗り出そうな気がするんだが」

 

 セーラはケイスケの質問に首を横にって答える。

 

「アメリカは今回の戦役に関わってないみたい。恐らく、GⅢを台頭にした武装集団、『ジーサード・リーグ』を潰すことにいっぱいであるから、もしくは…既に『イロカネ』を持っているからと思われるんだけど…」

 

 セーラはボードに『アメリカ?』と書いてGⅢに矢印を引いて『敵意?』と書き、少し困った顔をしてジョージ神父の方を見る。どうやらアメリカに関しては情報が乏しいらしくジョージ神父はどうなのかと見ていた。ジョージ神父はにこやかに頷いて口を開く。

 

「セーラの考えてる通り、アメリカは『ジーサード・リーグ』と敵対している。すでにデルタフォースや特殊部隊を向けているようだ」

 

 すでに世界では眷属と師団の抗争が始まっており、世界にはイ・ウーだけじゃなく多くの結社、組織がいることにケイスケは驚きを隠せなかった。情報をまとめることができて何も知らないでいるよりかはマシだと頷く。

 

「たっくん、南米大陸とオーストラリアが空いてるみたいだぜ‼」

「よし、俺達はオーストラリアからスタートしようか。目指せ天下統一!」

「…南米にしてアメリカと同盟結んだら?」

「世界版信長の野望じゃねえよ」

 

「こいつら疲れる…」

 

 セーラは深くため息をついた。こうしてセーラ先生のパーフェクト世界情勢教室を受けてどんな組織や結社がいるのかある程度知ることができた。ケイスケはリサとセーラの説明を聞いてある程度理解できたがカズキ、タクト、ナオトの3人は全く理解できていなかった。取りあえず『ドラゴンボールを巡って戦ってる』と例えたら目を輝かせて納得してくれたようで、ケイスケとセーラは呆れていた。

 気が付けば夜の22時を回っていた。ワトソンは決着はついたのだろうかと気になっている所、眠たそうにしていたナオトがふと思い出しかの様にセーラに尋ねた。

 

「‥セーラ、リバティー・メイソンとかは知ってる?」

「知ってる。リバティー・メイソンは『貴族の社会的責任』を掲げている組織だけど…実際は内部で対立が起きている」

 

 セーラはボードにリバティー・メイソンと書き、ハト派とタカ派の二つを書いた。

 

「今でも『師団』につくハト派と『眷属』につくタカ派に対立してて…ハト派は殲魔士(エクソサイザー)達を中心にした貴族、騎士達、タカ派は『コマンダー』という男を台頭にどちらに付くか言い争っている」

 

 ワトソンはリバティー・メイソンの一員だと言っていたが、彼女もかなりの渦中にいるのだなとケイスケ達は頷いた。

 

「私もリバティー・メイソンの連中に出くわす事はあったけど…『コマンダー』っていう奴は見たことがない」

「セーラ、その『コマンダー』ってのはどんな奴なんだ?」

 

 ケイスケは『コマンダー』について質問するとセーラは眉をひそめた。

 

「リバティー・メイソンで一番の過激派で、勝つためならどんな手段でも使って勝つ男って聞く。それにあいつは兵を仕向けて何回かイ・ウーに攻撃してきた。」

 

 『コマンダー』という男は厄介な奴なのだとセーラは付け足して話した。今後は更に面倒事に巻き込まれないよう気をつけなくてはとケイスケは心に決めた。

 

「神父とお前達は無所属だと宣言していたが今後はどうするの?」

 

 セーラはカズキ達の方を見て尋ねるが、どうしようか?とカズキ達は首を傾げるのだった。

 

「…取りあえずジョージ神父の指示に動く」

「今後も私達は無所属のままだ。どちらに付くかそのうち決めるさ」

 

「ジョージ神父‼この際だから第三勢力を作りましょうよ‼」

「『師団』と『眷属』に対抗して‥‥『ポン酢派』を作ろうぜ‼」

 

 未だに鍋の話をしているタクトとカズキにセーラは呆れてため息をついた。この連中だと『色金』は全くの無縁なのだろう。タクトは目を輝かせてセーラを見る。

 

「セーラはどうするんだ?『ポン酢派』に入る?」

「ポン酢派はやだ…私はイ・ウー主戦派だけどもジョージ神父に雇われた身。誰かが神父以上の報酬を用意するまでタクト達の味方になる」

 

 取りあえず自分たちの味方になると言ってくれたセーラにケイスケはほっと一安心し、タクトは大はしゃぎしてセーラに抱きつく。

 

「イエーイ‼ポン酢派にようこそー‼」

「やめろ離れろ‼それにポン酢派じゃない‼」

「Oh、セーラ♪嫌がらなーいで♪かーんじるままーに♪」

「うるさい歌うな!」

 

 抱き着くタクトに、歌いだすカズキにセーラがギャーギャーと喚く。多分話を聞いていないだろうなとケイスケは肩を竦める。思った以上に話が長時間に至った。既にうたた寝をしているナオトを見てケイスケも欠伸をする。

 その時、客間の隅の机に置いてある黒電話が鳴りだした。急になったのでカズキ達はその電話を凝視し、ジョージ神父が受話器を取った。

 

「もしもし…ああ、お前か。用事とは?…ふむふむ…」

 

 ジョージ神父はその電話でなんども頷き、時には親しそうに笑う。するとジョージ神父はカズキの方に受話器を向けた。

 

「カズキ君、どうやら君に言伝があるそうだ」

 

 電話の主が誰なのか気になっていたカズキは恐る恐る受け取り、耳を傾けた。

 

「も、もてぃもてぃ…?」

 

 つい緊張して噛んでしまったが、電話の主はそれを聞いてクスクス笑っていた。

 

『やぁカズキ君、久しぶりだね。元気にしてるかい?』

 

 紳士のような雰囲気のある、楽しそうな声色を聞いてカズキはこの電話の主が誰なのかすぐにわかり、驚きのあまり大きな声で答えた。

 

「しゃ、シャーロックさん!?」

 

 突然、夏の無人島で出会い助けた元イ・ウーのリーダであり世界的有名な名探偵であるシャーロック・ホームズが電話してきたことに驚いた。シャーロックがかけてきたということでケイスケ達もセーラもカズキを凝視する。

 

「シャーロックさん、体の調子はどうですか?」

『あの後長い休養しておかげさまで元気になったよ。これも君たちのおかげだ』

 

 シャーロックに褒められてカズキはてへーへーと照れ笑いをする。その後何事もない会話をしているが、シャーロックがなぜ電話してきてたのかケイスケとセーラは理由を知りたいとイライラしていた。二人の苛立ちを察したのかカズキは慌てて本題を出した。

 

「そ、それで俺達に言伝って…?」

 

『ああそうだったね。実は君たちに頼みたいことがあるんだ』

「た、頼みたい事…?」

 

 頼み事と聞いてケイスケは嫌そうな顔をした。この兄にしてこの弟あり、この兄弟は本当に無茶苦茶な頼み事をしてくる。

 

『僕の推理が正しければワトソン君は日本に来ているだろう。僕の相棒であるJ・H・ワトソンの曾孫、エル・ワトソンを助けてくれないかい?』

「わ、ワトソンをですか?」

 

 ワトソンを助けてほしい。それはキンジからかそれとも他の勢力からかカズキは戸惑っていたがシャーロックは話を続けた。

 

『もしワトソン君に会えるのなら『敵は身内にいる』と伝えてほしい』

「それって…『コマンダー』の事ですか?」

 

 敵は身内にいる。それを聞いてカズキはすぐに思い浮かべたのはリバティー・メイソンにいる過激派である『コマンダー』という人物だった。するとシャーロックから感心したかのように「Oh」と口をこぼした。

 

『その通りだよ。『コマンダー』という人物…やっぱり少しでもリバティー・メイソンに関わればと僕は少し後悔しているんだ。あの男は今でもホームズ家とワトソン家を憎んでいるようでね。『空き家の冒険』…カムデン・ハウスの件で彼は懲りたかと思っていたがかなりの執念の持ち主だ』

 

「空き巣の探検…?ってシャーロックさん、『コマンダー』の正体を知ってるんですか!?」

 

 その話を聞いてケイスケ達もセーラも身を乗り出す。その人物の正体を知っているならば今後の対策がとれる。セーラは緊張してごくりと生唾を飲む。

 

『ああ、知っているとも。夏の無人島で僕を殺そうと兵を仕向けていたのも彼の仕業だ。あの執念深さは僕がライヘンバッハの滝から生還した時を狙ってきた時と同じだ。そう、『コマンダー』の正体はry』

 

 その時ブツっと電話の通話が切れたと同時に電気が切れて真っ暗になった。電気を使いすぎてるわけでもなく、外の明かりも街灯も消えている。

 

「ちょ、こんな時に停電かよぉぉぉっ!?」

「おおい‼誰だよ、停電をさせた空気を読めないクズはよ‼」

 

 あともう少しで手がかりが掴めたのに、突然の停電にカズキとケイスケは怒りだし叫んだ。セーラはムスッとして窓から外を眺めた。

 

「…ヒルダ、空気読んで…」

 

___

 

 ケイスケはくたびれてため息をついた。リサも疲れてたのかスヤスヤと椅子に座って眠っていた。ケイスケとリサは武偵病院にいた。あの後深夜にワトソンから緊急の電話がかかり、至急手を貸してほしいと頼まれ駆けつけてみれば理子と全身大火傷したゴスロリの少女が瀕死の状態で運ばれており、治療するのを手伝ってくれとワトソンに頼まれ、救護科の矢常呂イリン先生と共に治療したのであった。

 

「ケイスケ、リサ、本当にありがとう…」

 

 やっと一通り終わったのかICUから白衣を着たワトソンが出てきた。ワトソンは申し訳なさそうに何度も頭を下げて来た。そんなワトソンの様子にケイスケはやれやれとため息をつく。

 

「救護科、衛生科の仕事だから気にすんな。それにしても…初めて吸血鬼を治療して焦ったぜ」

 

 あの後ゴスロリの少女はヒルダと呼ばれ、吸血鬼でありあのブラドの娘と聞いて驚きが隠せなかった。どうやって治療すればいいか焦ったが体に入った弾丸の摘出手術、魔臓の縫合をした。しかし、血液不足で同じ血液型の血が必要になっていた。

 

「ワトソン、血液の方はどうなった?」

「それなら理子が同じ血液型でね。彼女が献血してくれることで一命をとりとめたよ」

 

 取りあえず何とかなったとケイスケはほっと一安心した。ワトソンはケイスケの隣に座り、すまなそうに笑った。

 

「ケイスケの言う通り、遠山は強かったよ…遠山は誰よりもアリアを想い、仲間を守る、優しい男だった」

 

 少し頬を赤らめるワトソンを見て察した。どうやら遠山の戦いに負け、更には女の子とバレてしまったのだろう。

 

「だから、僕はアリアや仲間を守る遠山の味方になる…リバティー・メイソンは『師団』になるよう伝える」

 

 ワトソンもアリアとキンジの味方になる事を決めたようだ。その事でケイスケは思い出した。

 

「なあワトソン、実は()()()()()()()()からと言伝があってな…『敵は身内にいる』。『コマンダー』という男には気をつけろ」

 

 ケイスケの忠告にワトソンはピクリと反応した。キョロキョロと辺りを見回し、少し焦りながらケイスケに尋ねた。

 

「ど、どうして『コマンダー』のことを知っているんだい?遠山やアリア達には話していないのに…!?」

「クソ神父の弟がそこら辺について詳しいんだよ。かなりの過激派って聞くぞ?」

 

 ワトソンは『コマンダー』という男については不安そうに頷いた。

 

「うん…でもリバティー・メイソンが『師団』に付くことが決まればあいつも手を出さないはずだ。身内の事は身内で片づける。だから心配しないでくれ…」

 

___

 

 男は物凄くつまらなそうにため息をついた。長年使ってきたスプリングフィールド1903小銃を下げ、咥えていた煙草をふかす。男は持っていた双眼鏡で覗く。自分のいるビルの屋上から遠く離れたところ、武偵校の寮の前でアリアがキンジに思い切り体当たりして怒って騒いでいた。

 

「‥‥あれがホームズの曾孫娘とか…張り合いがねぇ」

 

 男は再びつまらなさそうにため息をつく。隙だらけのアリアに、こちらに全く気付いていないホームズの曾孫娘に呆れていた。警戒されることなく、いつでもドタマを狙って狙撃できてしまうことに退屈を感じていた。

 

「まあ…いつでも殺せることには変わりねえか」

 

 ヒルダの一件からずっとホームズとワトソンに狙いを済まし隙を伺っていた。たった一人の『眷属』を倒せたことにすっかり気を抜いている奴等を狙う好機だ。男は無線機を取り出した。

 

「ああ、私だ…『コマンダー』だ。邪魔者は消えた。これより復讐を始めるぞ」




 やっとこさ敵さんの登場…少し長かった気がする…
 warfaceにするか、Codにするか…


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35話

 ご都合主義なところがあるけど…まあいいよね!(目を逸らす)
 
 ムスカ大佐が使っている銃はエンフィールド・リボルバーだったって一昨日知ったのはみんなに内緒だよ‼
 ほかのジブリでも出ているらしくて宮崎駿監督はこの銃が好きなんですね…


「だからさー、俺達も手伝うってよー」

 

 カズキは困惑した。シャーロックの頼みでワトソンを助ける為にワトソンに手を貸そうと言っているのだがワトソンは首を横に振り、頑なに断っているのだった。

 

「すまない…気持ちは嬉しい。でも、これは僕たちリバティー・メイソンの問題なんだ。この事でアリア達、そして君達を巻き込むわけにはいかない」

 

 カズキが説得する前に、ケイスケやタクトもワトソンに同じことを言っていたのだが、いくら説得しようとしてもワトソンはヒルダの一件の後なので、これ以上キンジやカズキ達を巻き込ませたくないと一点張りで断り、首を縦に振る事は無かった。

 

「もう間もなくグランド・ロッジでリバティー・メイソンは『師団』に付くと議決される。だから心配する必要はない」

 

 『師団』に付くことが決まればタカ派の連中も手を出せないし、何も言えないだろう。ワトソンは逆にカズキを説得させてにこやかに去っていった。校庭のど真ん中でぽつんと突っ立ったままカズキは苦笑いで手を振る。その直後ケイスケのラリアットが炸裂した。

 

「馬鹿か‼何逆に言いくるめられてんだよ!?」

「ぶべらっ!?だ、だってワトソン、説得力があるもん!」

 

 カズキとケイスケがギャーギャーと口喧嘩している傍で、ケイスケと共にカズキの一部始終見ていたタクトが上から目線でニヤついく。

 

「いやー、滑舌が悪いカズキじゃダメだと思ってたんだよねー。ダメダメ、まーるでダメ」

「たっくん、ワトソンにものの10秒で論破されてただろ」

 

 タクトのでっかいブーメラン発言をケイスケが即論破する。頑なに断るワトソンの頑固さにカズキ達は参っていた。

 

「どうする?ワトソンの奴、意外とがんこちゃんだし」

「護衛も付き添いも全部断ったしな…できるとすれば気付かれないようにするしかねぇか」

「スニ―キングってやつだな!任せろ、初めてだけど得意だぜ‼」

 

 絶対に不向きだろうとカズキとケイスケは大はしゃぎするタクトに呆れてため息をついた。動くとすればすぐに行動しなければならない。こうちんたらしているうちに相手は既に潜み、狙っているかもしれないのだから。

 

__

 

 一方、ナオトは自宅の地下室で黙々と銃の手入れを行っていた。いつでも行けるよう準備は万全にしておこうとしていたのだった。

 

「PGMへカートⅡに、パンツァーファウスト…お前達は本当に武偵か…?」

 

 地下室に入って来たセーラは地下室のガンルームを見て目を丸くしていた。武偵法9条により殺人は禁じられているのだがこの部屋にあるものは()()()()()()()()()()()()()ものばかり。それにこの騒がしい4人にこれだけの武器や弾丸を集めれる資金がどこにあるのかと気になっていたが、ナオトはAK47の手入れをしながらちらりと目を向ける。

 

「…死ななきゃ安い」

 

 答えになっていないとセーラは呆れた。ふと気づくと机の上に何冊か本が積まれている。気になってその本を手に取ってみると『探偵シャーロック・ホームズシリーズ』と書かれた推理小説だった。

 

「なんで『シャーロック』の本を?」

 

 ケイスケはまだしもほかの3人はこういった本は読みそうもない。どうしてこんな所に置かれているのか不思議に思っていたがナオトは少々面倒くさそうに答える。

 

「…手がかり集め。シャーロックさんが『コマンダー』の正体を知っているってことはもしかしたらシャーロックさんに関連する人物かと。ただ、読むの疲れて飽きたけど」

 

 セーラはなるほどと感心した半分と、そんな気がしたと飽きれた半分の気持ちだった。確かにシャーロックは自分と関わりのある人物であると示唆していた。しかし、彼が活躍した時代の他、イ・ウーにいた時を含め、彼を狙おうとしている人物、組織などは星の数ほどいる。なぜ、ナオトが誰もが一度読んだことがあるだろう『シャーロック・ホームズシリーズ』から調べているのだろうかセーラは気になった。

 

「なんで本を?」

「カズキから聞いたんだけど…シャーロックさんは『コマンダー』はホームズ家とワトソン家を憎んでるとか、ライヘンバッハや『空き巣の探検』、カムデンハウスとか言ってた。だから本からの登場人物の誰かが『コマンダー』かなって…」

 

 セーラは『空き巣の探検』じゃなくて『空き家の冒険』ではとツッコミを入れる寸前、動きを止めた。ライヘンバッハ、『空き家の冒険』、カムデンハウスと聞いて頭の中で整理をしだす。深く考えた後、セーラはナオトを見つめた。

 

「『コマンダー』の正体がわかった…」

「ホントか…!?」

 

 ナオトは驚いて目を丸くしてセーラを見る。セーラは頷くが焦っていた。もし、自分の考えがあっているなら…非常にまずいことになる。

 

「このままだと…ワトソンだけじゃない、神崎アリアも殺される」

 

___

 

「カイザー、あれから連絡が来なかったのだけど議決の結果はどうなっているんだい?」

 

 あれから数日後の夕刻、黒一色の防弾・防刃ベストを着こみ、防弾コートを羽織り男装しているワトソンはホテルの一室にて衛星電話を使い『師団』につくハト派である先輩のカイザーにかけていた。あれから数日たっても議決の結果どころかカイザーからの連絡が来ていなかったのだ。待ちくたびれワトソンは自らから聞いてその答えを知ろうとしていた。

 また、寮の中ではなく離れたホテルの一室で電話をかけたのはキンジ達に盗聴されないためである。自分とキンジがスカイツリーで戦った時、中空知の力を借りて盗聴して追いかけて来たというのである。自分の行動を気になった彼らがまた盗聴してこないよう、聴音不能の場所へ移動したのだった。

 

『ワトソン君…君も『師団』へと来てくれた事、『師団』に付くよう他の者たちに呼びかけてくれた事は実に助かった。だが、今もなお議論中なんだ』

 

 ワトソンはそれを聞いて驚いた。グランド・ロッジの会議の期限はとうに過ぎている。しかしそれでも未だに組織内で対立しているのだった。カイザーは更にすまなそうに話を続けた。

 

『それだけじゃない。今では『師団』派が押され、『眷属』派の勢いが増しているんだ』

「そんな…!?」

 

 それを聞いて怒りと苛立ちを感じた。『眷属』の一人、ヒルダを倒したキンジ達『バスカビール』は覚悟を決めて『師団』になる事を決めた。彼らの勇気と、彼らの力の可能性を信じているのに、まだ決めていない自分達は何なのかと。

 

『『師団』派の仲間が1人()()()()暗殺され、1人は()()()()()()()、1人は()()()()と、『眷属に付くべきでは』という者も出て来ている…』

「…コマンダー…っ!」

 

 ワトソンは舌打ちをした。そのような事をするのはただ一人しかいない。『コマンダー』が師団派の仲間を次々に手をかけているのだ。

 

『だが、私達はそれでも師団に付くべきだと主張し、リバティー・メイソンを師団に入るよう努める。』

「カイザー…ありがとう…」

 

 ワトソンはほっと一安心してカイザーに感謝した。そして自分も気を付けることにした。このまま『コマンダー』は黙っていないだろう。何かしら手を打って来るに違いない。

 

『だか…トソ…ダーに‥」

「カイザー?すまないんだがノイズが混じって聞こえないんだ」

 

 突然、ノイズが入り通話が遮られ徐々に砂嵐のような音しか響かなくなった。不審に思ったワトソンは電話を切り、ホルスターからシグザウエルP226を引き抜き、辺りを警戒して見回す。気配を探るが何もいそうにない事に一息つく。今も尚グランド・ロッジで会議が行われている。

 まさかこんな所にはくるはずがないと考え直したその時、携帯のメール音が響いた。いきなりの事で驚いたワトソンは恐る恐る携帯をとる。発信者は不明、メール文も空白だったが、スクロールを続けていると最後の一行に文字が書かれていた。

 

 

__Behind you__

 

 

 その一文と後ろの壁を見て全てを察したワトソンは急いでソファーの後ろへ隠れて伏せようと駆け出した。動いたと同時に後ろの壁から銃弾が雨あられと飛び出す。ホテルの一室で喧しい銃声が鼓膜が敗れそうになるほどに響く。

 

「…っ‼」

  

 ワトソンは戦慄した。あと数秒、反応が遅れていたらこの一室と同じようにハチの巣にされていただろう。そうしているうちにドアを強引に開けられ、白のボディースーツを身に着け、顔はマスクで隠した兵士達が15人ほど入って来た。兵士たちはMINIMIやXM8を構えており、銃口をワトソンに向けていた。その兵士たちの後に、グレーのスーツを着て、灰色の防弾コートを羽織った大男がゆっくりと入って来た。白髪交じりのオールバックで、鼻下に黒いちょび髭を生やし、鋭い目つきをしていた。

 男はワトソンをじっと見た後、顎だけ動かして指示を出す。兵士が4人ほど動き銃を構えたままワトソンに近づいてくる。たとえここで抗って近づいてくる4人を倒そうとしても、目の前にいる大男を倒そうと動いても周りにいる兵士に射ち殺される。圧倒的な力差にワトソンはなす術もなかった。シグザウエルP226は奪われて、兵士がボディチェックしようとした。体を触られそうになったワトソンは慌てて動く。

 

「さ、触るな。銃以外に何も持っていない!」

 

 その様子を見ていた男はため息をつき、「連れてこい」と低く指示を出した。両腕を掴まれて男の前へ連れて行かれる。ワトソンはこの男が誰なのか雰囲気で感じ、睨み付けた。

 

「そうか…お前がコマンダーか…」

 

 睨み付けているワトソンに男は大きくため息をついたのち、エンフィールドNo.2Mk1を引き抜きワトソンの右足を撃ち抜いた。

 

「あぐぅっ…!?」

 

 撃ち抜かれて激痛と熱で倒れるワトソンに男はワトソンの髪を掴み無理やり起こしたと同時に鳩尾に強烈な拳を入れた。

 

「実に失望したぞ…ホームズのガキンチョといい、貴様といい、長年憎み続けた怨敵がここまで落ちぶれてしまうとはなぁ」

 

 男は煙草を加えると近くにいた兵士がライターを取り出し煙草に火をつけた。男は煙を吐くと同時に再びため息をついた。

 

「貴様らがヒルダと戦っている間、ずっと狙いを定めていたが…警戒もせず、簡単に殺せてしまうことに俺は呆れてしまったぞ。牢屋で蓄えてきた恨みをこうも呆気なくはらせてしまうことに虚無感を感じた。だから…お前達を嬲り殺すことにした」

 

 男は再びワトソンの髪を掴み、強く何度も顔面を床へ叩き付けた。顔を打ち付けられ口の中を切っても、鼻血を流しても睨み付けるワトソンに男はため息をつく。

 

「たかが吸血鬼一匹倒して『師団』につくとか貴様らはマヌケか?リバティー・メイソンではホモガキ(カイザー)といい、『師団』つく奴らといい、シャーロックがいなければ貴様らはただ烏合の衆だ」

 

「僕を殺すのか?他の仲間達が黙っていないぞ…!」

 

 睨み続けるワトソンに男は拳で顔面を殴り、横腹へと何度も蹴りを入れた。

 

「愚問だな、ワトソン。ならば()()()()()()()()()()にすればいい。お前をミンチにして作ったミートパイをオルメスのガキに送り届けるか、コンクリに詰めて海に沈めるか、フッ化水素酸か苛性ソーダを使って溶かすか…手ならいくらでもある」

 

 男は咥えていた煙草をワトソンの右手の甲に強く押し付ける。熱さに悲鳴を上げるワトソンに対し、ただ呆れるように見つめていた。

 

「グランド・ロッジではもう間もなく『眷属』になると議決するだろう。決まったと同時に神崎・H・アリアと『バスカビール』の仲間を皆殺しにする。たった一人に敵に勝って気を抜いているからな…あのガキ共は戦役を舐めている」

 

 そう言いながら男がワトソンの頭を強く踏みにじっていると、兵士がそっと男の傍により腕時計を見ながら伝えるのであった。

 

()()、そろそろ止めを。例のガキ共に勘付かれるかもしれません」

「それもそうか…まずは1人。これでカムデン・ハウスからの恨みを晴らせるなら本望だ」

 

 まだ物足りないのか残念そうにエンフィールドNo.2Mk1を引き抜き、リロードをする。『大佐』という名前と男の話を聞いてワトソンは思い出したかのように顔を上げて睨み付けた。

 

「そうか…わかったぞ。コマンダー、お前の本当の名前を…」

 

 男はピタリと動きを止めてワトソンを見つめる。銃口が向けられても尚、ワトソンは話を続けた。

 

「お前の正体は…モラン大佐。セバスチャン・モラン…あのジェームズ・モリアーティーの右腕だった男だ…!」

 

 コマンダーと呼ばれていた男、モラン大佐は図星であるかのように体をわなわなと震わせ、ワトソンを殴り倒す。

 

「長かった‥‥‼実に長かった‼牢の中でお前達への復讐を誓い、教授の遺産を使って所を抜け、兵や武器を集め、顔を変え、延命手術をし、『コマンダー』と名乗りリバティー・メイソンへ潜み、ずっとお前達をいつ殺してやろうかと狙っていたのだ‼」

 

 積もった恨みを吐き出すかのようにモラン大佐は唾が飛ぶ勢いで大声を出す。

 

「シャーロックはわが師、『教授』の名を騙りのうのうと生きてやがる…‼だからこそあいつの、あいつの相棒の一族を根絶やしにしてやる…‼」

 

 息を荒げ興奮しているモラン大佐は部下に宥められながら落ち着かせていく。大きく息を吐き、再びエンフィールドNO.2MK1の銃口を向ける。

 

「お前が俺の、『コマンダー』の正体を知ろうとも、お前は死ぬのだ。そしてお前を殺した後は神崎・H・アリアを殺す。あの世で仲良く探偵ごっこでもしてるがいい」

 

 ワトソンは自分が死ぬ恐ろしさよりも、自分が殺される前に何とかアリアやキンジ達にこの事をどう伝えるか、どう手がかりを残しておくか必死に考えていた。しかし武器や道具も無く、携帯も奪われどうすることもできなかった。ただただ、外の強風でベランダと繋がる窓ががたがたと音を立てて揺れているだけだった。

 

「‥‥風…?」

 

 しかし、ワトソンは違和感を感じていた。外では台風でも吹いているかのような暴風が吹き、建物が揺れている。天気予報ではそんな風は吹かないと言っていたのだが外の様子がおかしいのだ。そんなワトソンの気も知らずモラン大佐は引き金を引こうとした時だった。突然窓ガラスが割れ、一本の矢が勢いよくモラン大佐の横顔を掠めるように飛んできた。その数秒後に他の窓を割る様に弓矢が次々にモラン大佐や兵士に向かって飛んできたのだった。

 

「What!?」

Incoming(敵襲)Incoming(敵襲)‼」

 

 モラン大佐は憤慨しながら突然の事に叫び、兵士たちはモラン大佐を守る様に囲い銃を構えた。そして窓から弓矢だけではなく暴風も吹きだしてきた。

 

「俺はいい‼さっさとあのガキを連れてこい‼」

 

 モラン大佐が怒号を飛ばして部下に命じる。兵士たちは人質に取ろうと窓際へ向かうワトソンを捕まえようとした。しかし、飛んでくる矢に射られるだけでなく誰かに狙撃されたかのように四肢を撃たれ倒れていく。

 

「狙撃か…Fuck‼どこにいやがる‼」

 

 怒り狂うモラン大佐をよそにワトソンは窓際から外を覗く。一体何処から、誰が撃ったのか探し出した。すると暴風に乗って一本の矢が自分がいる部屋の上のコンクリートに深く突き刺さる。その矢には太いジップ・ラインがついており、どこから飛んできたのかがわかることができた。遠くの高いビルから、誰かがこちらに向かってワイヤーを使って空中移動するかのように滑走してきた。プーリーを手放し勢いよく転がって着地した人物にワトソンは目を丸くした。

 

「ナオト…!?」

 

 灰色の迷彩柄のボディーアーマーを着こんだナオトはワトソンの無事を確認するや否やポーチからフラッシュ・バンとM84スタングレネード、M18発煙手榴弾のピンを一気に抜いてモラン大佐達に向けて投げつけた。

 

「目をつぶり、耳を塞いで、口開けて‼」

 

 ワイヤーをかけ、ナオトはワトソンを抱き寄せて勢いよく降下していった。その直後に閃光と爆発音と煙幕が巻き上がるのが見えた。

 

「ナオト…どうしてここに…!?」

「話は後。片付けてから話す」

 

 ナオトは今説明するのが面倒なのかぶっきらぼうに返した。降下し終わり道路へと着地するとそれを待っていたかのようにフォードスポーツトラックがクラクションを鳴らしてナオト達の前に止まった。広く開いたラゲッジスペースからカズキが顔を覗かせる。

 

「ナオト、ワトソン!早く乗れ!」

 

 カズキの手を取りワトソンはナオトとともにラゲッジスペースの方に乗り込む。運転席に座っているケイスケはバックミラーでワトソン達が乗ったことを確認すると無線機を取る。

 

「たっくん、セーラ。ワトソンを救出した。今から目的地に向かうからお前らも合流できるよう動けよ」

 

 返事が返ってくる直後に無線を切り、ケイスケはアクセルを強く踏み、スポーツトラックを飛ばした。

 

__

 

「セーラ、ワトソンは無事に救出できたってさ!」

 

 タクトはうきうきしながら今も尚弓矢を放っているセーラに声を掛けた。風を操り弓矢を正確に相手に撃ち射るセーラはジト目でタクトの方をチラ見する。

 

「たっくん…狙撃下手すぎ」

 

 風を操っているせいでもあるが、それでも2,3人程度に当たったぐらいでそれ以外は威嚇射撃かのように壁や相手の体スレスレに当たっているだけだった。しかしタクトはそんなことを気にしていないかのように照れ笑いをする。

 

「いやー、俺ってばタクティカルエディションになればチョチョイノチョイなんだけどねー」

「意味わからないんだけど…」

 

 セーラは呆れながら狙いを定めて弓を射る。ケイスケ達がある程度の距離を進むまで足止めをする。ジップ・ラインもあるため場所を特定され反撃されかねないか考えているとタクトはノリノリでセーラに尋ねた。

 

「セーラちゃん‼こいつをぶっ放してやろうぜ‼」

 

 セーラは面倒くさそうにチラ見したがタクトの持っているものを見て思わず二度見した。タクトが構えていたのはRPG-7だった。絶対に普通の武偵校の生徒が持っているはずがない代物にセーラは目を丸くする。

 

「いや、それはさすがにまずいんry」

「よっしゃ、ファイアー‼」

 

 セーラの抑止も聞かずに、全く話を聞いていないタクトはノリノリで標的に向けてRPG-7の引き金を引いて撃ったのだった。

 

__

 

「早く動け‼」

 

 モラン大佐は激昂して喚きだす。逃げられたワトソンに、突然現れワトソンを助けた奴に、油断していた自分に怒りを感じていた。あの武装や身なりは夏の無人島でシャーロックの護衛についていた連中だと気づき地団太を踏む。

 

「またあのガキ共か…‼」

「大佐‼RPG-7です…っ‼」

 

 部下が驚きの声を上げて報告してきた。遠くからでも対戦車擲弾発射器(グレネードランチャー)がこちらに向かって飛んできているのがわかる。ギョッとしたモラン大佐は咄嗟に叫ぶ。

 

「全員退避ぃぃっ‼」

 

 モラン大佐達は大急ぎで駆けてこの部屋から出る。飛んできているRPG-7は暴風のせいか反れてこの部屋の一つ上の階に当たり爆発を起こした。上から瓦礫と黒煙が降りかかる。黒煙にせき込みながらモラン大佐は飛んできた方向に強く睨み付けた。

 

「あのガキ共…舐めやがって…‼」

 

 復讐をするよりも自分を舐めてかかっている邪魔者を排除することに優先した。無線機を取り出し下の階や他の場所にいる部下たち指示を出した。

 

強襲部隊(ボルゾイ)殲滅部隊(ディアハウンド)は俺と共にワトソンとワトソンを助けたガキ共を追うぞ‼追跡部隊(サル―キ)は屋上にいる奴らを追跡し殺せ‼暗殺部隊(グレーハウンド)はアリアとその仲間達を殺していけ‼」

 

 少数であるが作り上げた部隊に指示を通したモラン大佐は無線機を切り、すぐに動いた。

 

「年季の違いを見せてやる…‼屋上に行くぞ‼リンクスを動かせ‼」

 




人肉ミートパイ…ジョニーデップ主演の映画で産業革命(?)時代のイギリスを舞台にした殺人床屋と殺した人でミートパイを作ってたパイ屋の話だったけど、終始歌ってたイメージしかない‥

ボルゾイ、ディアハウンド、サル―キ、グレーハウンドは犬ちゃんですね。どれもすらっとした細い体の大型犬ですが走る様は優雅でかっこいいです。


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36話

 なんだかバトルフィールドっぽく、CODっぽくしようかなと思ってたらごっちゃになってGAT5みたいになった気がする…(目を逸らす)


「ナオト、カズキ…どうして僕がここにいる事が分かったんだい?」

 

 応急処置をしたワトソンは気になっていたことを尋ねる。ナオトはずっと黙ったまま後ろを見張っていたがカズキがドヤ顔で話す。

 

「コマンダーの正体が分かった後、準備をしてからワトソンの動向を探ってたんだ。まあうちの面子で目がいい奴がいたおかげで見つけることができたんだけどな」

 

 その話を聞いてワトソンは不思議に思った。狙撃科のカズキより目がいい奴なんているのだろうか。それに突然の起きた暴風は恐らく異能者の力だろう。彼らの中に風を使う能力者なんていないはずだ。飛んできた弓矢、そして風…イ・ウーになら一人心当たりがあるのだが、彼らに関わりはないはず。

 

「カズキ、来るぞ‼」

 

 ワトソンが深く考えている間にナオトが警戒する様に叫んだ。気づけば後方から何台ものエクストレイルや大型バイクに乗ったモラン大佐の部下たちが追いかけてきていた。大きく開いたサンルーフからMINIMIやXM8を構えた兵士がカズキ達を狙って撃ち始める。カズキは慌ててしゃがみ、ナオトはワトソンを守る様に防弾シールドで銃弾の嵐を防いだ。

 

「周りの事はお構いなしか。僕たちを完全に殺す気でいるつもりのようだ」

「やる気満々だな…カズキ、追い払おう」

「よっ、待ってましたー‼」

 

 ナオトは背負っていたAK47を構え対抗する様に撃ちだす。そんな中カズキはラゲッジスペースの隅で置いてあったものを掴み、取り出した。ワトソンはカズキが持っているものに目を丸くする。

 

「へ、へカート!?」

 

 完全に武偵法9条に助走をつけて殴りつけるような兵器を持っていることにワトソンは驚いていた。そんなことを気にしていないカズキはPGMへカートⅡの銃弾をリロードし狙いを定める。ラゲッジスペースからはみ出す銃口は完全に敵の方に向けている。

 

「よし、ほーろーびろ!」

 

 低く鈍い発砲音を上げて撃ちだす。へカートⅡから放たれた弾丸はモラン大佐の部下が乗っているエクストレイルの前輪をぶち抜く。車はバランスを崩し、道路から外れ派手に横転した。カズキは再びリロードして別の車輛も同じように狙っていった。

 

「カズキ、ナイス」

「はっはー‼どんなもんですかナオトさーん‼」

「いや、無茶苦茶だよ!?」

 

 ただの武偵が下手すりゃ相手をひどい感じで殺してしまう武器を持っていること、カズキ達の無茶苦茶さにワトソンは思わずツッコミを入れてしまった。呑気にハイタッチしているカズキとナオトは頭にハテナを浮かばせて首を傾げる。

 

「…こうでもしなきゃ俺達が死ぬし」

「そうだぞー。『こちらに殺す気が無くても、相手は殺す気満々だから、殺さないように殺していけ』ってたっくんの母ちゃんが言ってた」

「たっくんのお母さん、無茶苦茶で物騒すぎるよ!?」

 

 ワトソンがツッコミを入れているうちに、フォードスポーツトラックは乗っているカズキ達を振り落とすかのような勢でカーブしていき方向を変えて走らせていった。突然のカーブでカズキ達は振り落とされないように伏せていた。

 

「おおい‼ケイスケ‼俺達を落とす気かコノヤロー!」

 

 カズキは起き上がって文句を言うが、場所が場所なのでケイスケには全く聞こえていなかった。

 

「ところで、何処へ向かっているんだい?」

 

 ワトソンは気になって尋ねた。このまま安全な場所まで逃げて体勢を立て直すのか、それとも他の仲間と合流して反撃していくのか打ち合わせをしているはずだ。しかし、カズキとナオトはきょとんとしてお互いの顔を見ていた。

 

「あれ?ナオト、ケイスケからどこに行くか聞いてるか?」

「いや、お前がたっくんから聞いていると思って詳しくは聞いてないし…というかカズキは聞いてないのか?」

 

 カズキとナオトは聞いた、聞いてないと言い合いをしているのを見てワトソンはもしやと冷や汗を流す。やっと結論が見つけたのか二人はワトソンに視線を向けて声を合わせて答えた。

 

「「とりあえず戦いやすい所」」

「なんで肝心な所はバラバラなんだよ!?」

 

 チームワークが取れているのかバラバラなのかそんな彼らにワトソンは肩を竦める。嘆く暇を与えないかのようにモラン大佐の部下達が追い上げてきた。カズキが狙撃して車がこちらに来ないように阻止しているが、狙撃されないように左右へ大きく離れた大型バイクがサイドに付こうと近づいてきている。

 

「ナオト、サイドは頼んだぜ‼」

「おk」

「ナオト、僕も戦うよ」

 

 ナオトはAK47を構えてこちらに近づかせまいと狙い撃つ。今は彼らを信じて戦うしかないとワトソンは決意を固めた。ただ気がかりなのは恐らく激昂したモラン大佐は他の部下に命じてアリア達に手をかけようとしているかもしれないことだった。

 

__

 

「大佐から指令だ。標的を暗殺せよ」

 

 モラン大佐から指令を受けた暗殺部隊はすぐに動いた。屋上から1人はバレットM82を構え、1人は双眼鏡で対象者の動きを観察していた。

 

「標的、窓に接近」

 

 双眼鏡で覗いている先には男子武偵寮で遠山キンジの部屋で居候しているアリアが見えた。ヒルダとの戦いを終えてすっかりと油断していることに兵士たちはほくそ笑む。自分が狙われているとも知らず、警戒もせず呑気にしており、撃たれたら突然起きたことに理解もできずに死んでいくだろう。

 標的までの距離と風向きを伝え、すぐに撃てるよう動く。標的のアリアを撃ち、次に遠山キンジ、そして『バスカビール』の仲間を手早く暗殺しなければならない。スナイパーはゆっくりと引き金を引いていく。

 

「ギャッ!?」

 

 後ろから仲間達の悲鳴と放電音が響いた。何事かと思い振り向けば、そこには倒れている仲間達のど真ん中でゴスロリチックな服を着た金髪のツインテールの少女が立っていた。

 

「ヒルダ…!?」

 

 先の戦いでアリア達に敗れ入院しているはずの吸血鬼、ヒルダがいることに兵士たちは慌てだす。ホルスターからハンドガンを取り出して撃とうとしたが、それよりも早くヒルダが直径1mほどの雷球を飛ばした。直撃した兵士たちは物の数秒で昏倒した。周りが静かになったのち、ヒルダはため息をついた。

 

「病院で眠っている私を叩き起こして無理やり連れてくるなんてねぇ…リサ、貴女すこし性格変わったかしら?」

 

 ヒルダはやや呆れ気味で後ろにいるリサの方を見る。リサはにっこりと笑ってぺこりとお辞儀をした。

 

「ヒルダ様、無理を頼んで申し訳ございません」

「ふん…まあ、あいつらに借りを一つ返せたから別にいいわ。それにしてもそこの神父は一体何者よ?」

 

 ヒルダはリサに軽く笑って返した後、リサのすぐ近くにいるジョージ神父の方に視線を向けた。まだ力が上手く使えていない自分をサポートするようにジョージ神父が相手に気づかれないように次々に倒していったことに驚きを隠せなかった。そんな不審がるヒルダに対しジョージ神父はにこやかに答える。

 

「なに、私はただの旅行好きで物好きな神父さ。手伝ってくれて感謝するよ」

「貴方のような神父がいてたまるか…リサ、少し疲れたわ。私は寝るわよ」

 

 ヒルダは眠たそうに欠伸をした後、影になってリサの影へと潜んでいった。無事に片付いたリサは無線機を取り出し報告した。

 

「タクト様、こちらは無事に終わりました!」

 

__

 

「ありがとー‼後は俺達に任しておけ‼」

 

 RPG-7を背負ったタクトはノリノリで返事を返し無線機を切った。セーラの風の力でビルから降りることができたタクトはあらかじめ停めておいたGSX1300R隼に乗り、フルフェイスのヘルメットを被りエンジンをかける。

 

「セーラちゃん、乗って‼このままケイスケ達と合流だぜ‼」

 

 セーラはやや不安そうにするが仕方なしとタクトの後ろに乗った。リサから聞いた話によるとタクトは装甲車に乗って建物や神社にダイレクトアタックをかけること、ケイスケからタクトの運転テクはカズキよりかはマシだがヒドイらしいと聞いている。

 

「いくぜっ‼落とされるんじゃないぞー!」

 

 タクトは隼を猛スピードで飛ばした。勢いよく駆け、信号も行き交う車をも無視していく。どこぞのアクション映画のようだとタクトは気分爽快で更にスピードを上げていく。そんなタクトをよそにセーラは冷静にミラーで後ろの様子を見る。後ろからモラン大佐の部下たちが大型バイクに乗って追いかけてきていた。

 

「たっくん、追手が来た」

「ヒャッハー‼言うなれば風のヒューイでしょ‼」

 

 全く話を聞いていないタクトにセーラは呆れて項垂れる。サイドミラーで様子を見ていると兵士の一人が構えているものに気づく。

 

「たっくん、ロケランが来る‼」

 

 セーラはすかさず後ろに向いて弓を構えて風の能力を使い、勢いよく風と弓矢を放つと同時にSMAWロケットランチャーが放たれた。砲弾は弓矢と風にぶつかりタクト達から逸れて爆発を起こす。

 

「わーお!?アドレナリンフルスロットルだぜ‼」

「ちゃんと運転して!?」

 

 追いかけてくる敵にタクトは蛇行しながら隼のスピードを上げていく。落ちないようにセーラは弓矢を射るが、矢筒に入っている弓矢の数を確認した。カズキ達と合流して本隊を叩きたいので弓矢をこれ以上消費したくない。

 

「たっくん、遊んでる場合じゃない!?」

「遊んでーる場あーいーじゃないー♪」

 

 歌っている場合でもないとツッコミを入れて、セーラは項垂れる。どうしてこんな奴と同行しているのか自分でも分からなくなってきた。そんな時、タクトは腰のポーチからF1手榴弾を取り出しピンを抜くや否や後ろに向けて投げだした。Fi手榴弾はワンバウンドしたのち爆発を起こす。その衝撃で追手の兵士はバランスを崩して横転するわ道路から外れスリップしていた。タクトの突然の行動にセーラはポカンとしていたがタクトはニシシと笑う。

 

「セーラちゃん、まだあるからどんどん投げちゃって‼」

「…たっくん達、本当に武偵?」

 

 敵に対して遠慮なくぶっ放す彼らにセーラは苦笑いをする。そんなセーラにタクトは気にもせず答えた。

 

「父ちゃんが言ってた。『やられたら何倍にもして倍返ししてやれ』って」

「いや、どんな人なの…」

 

 セーラは呆れつつも感心した。これぐらい無茶苦茶をしてでもしないと戦役は乗り越えられないだろう。少数だけではなく多数と戦うこともある。ヨーロッパではこれの比じゃないくらい混戦しているという。公の場で派手にドンパチしているのは問題であるが、彼らがどういう風に戦役に巻き込まれていくかセーラは少し興味を持った。そんな時、タクトが「あ」と口をこぼした。

 

「そう言えばさ、ケイスケ達とどこで合流するんだっけ?」

「…えっ」

 

___

 

『ケイスケー‼どこで合流するんだっけ?』

 

 ケイスケが敵から逃れようと目的地へ必死に運転している最中にタクトから子供が興味本位で親に質問する感じで無線を通して聞いてきた。

 

「はあぁっ!?お前、作戦開始前に打ち合わせしたのにもう忘れたのかよ!?」

『そうだよ。ていうか俺どこ?』

『たっくん、またロケランが来る!』

 

 タクトの会話を遮るようにセーラが叫ぶ。『あぶねぇ⤴』とタクトが慌てて声を出し、遠くで爆発音が響くのが聞こえた。ケイスケは仕方なくGPSを使いタクトの位置を調べた。

 

「たっくん、次を左に曲がれ」

『左!?左ってどっち?』

 

 慌てているからなのかそれとも素で分からないのか、ケイスケはイラッとした。その時、車が強くぶつけられ左右に揺れると同時に金属音が響く。ちらりと外を見れば車輌が両サイドにつき、こちらに強く車体をぶつけ、XM8を構えて撃ってきている。いくら武藤に防弾改装してもらったとはいえ何度も撃たれればやられてしまう。無線からカズキが焦って声を上げて来た。

 

『ちょ、ケイスケ‼もっとスピードだせねえのかよ!?』

「ちょっと待ってろ!というかサイドの敵を何とかしろ!」

『…こっちに向けて撃ってきてる。カズキ、後方をやって。俺がサイドやる』

 

『あ、カズキ‼左ってどっち‼』

 

 カズキとナオトとの会話を遮るようにタクトが無線で大声を上げて来た。それよりもこっちに通して無線で会話してくるなとケイスケは更に苛立つ。

 

『はぁ?たっくん、自分の手をみりゃわかる事だろ』

『俺の手!?あれか!?お椀持つ方か!?で、ケイスケ。どこに行けばいいんだっけー?』

 

「豊洲の工場跡地つってただろうが‼いい加減覚えろや‼」

 

 呑気に返してくるタクトに堪忍袋の緒が切れたケイスケは怒号を飛ばし、強くアクセルを踏んだ。フォードスポーツトラックはスピードを上げて追いかけている敵の車輛を引き離す。

 

「カーチェイスは嫌いなんだよ‼」

 

 銃弾を浴びて車体や窓に傷やひびが入っているだろうから修理費が半端ないことになるだろうと思い、ケイスケは悪態をつく。早く目的地に着くようケイスケは真剣になり車を飛ばしていく。

__

 

「なんで怒られたんだろ…」

「怒られて当たり前だと思う…」

 

 セーラはため息をつく。しかし合流場所が分かれば後は向かうだけ、しつこく追いかけている連中を一気に片付けることにした。

 

「セーラちゃん、どしたの?」

「しつこい奴等を片付ける。たっくんはこっちを見ないで走らせることに集中して」

 

 タクトはジト目でこっちを睨んでくるセーラに首を傾げながら言う通りにした。セーラの周りに微弱な風が漂っているのを感じた。セーラは追いかけてきている連中に向けて手を向けた。

 

「…竜巻地獄(ヘルウインド)

 

 セーラが小声で唱えて手を振り下げた。その瞬間、セーラを中心に烈風が巻き上がり、風速50mを超えるような暴風が敵兵に向けて叩き付けた。街路樹の木はなぎ倒され、敵兵が乗っている大型バイクはぶっ飛ばされていく。サイドミラーでその様子を見ていたタクトは目を輝かせている。

 

「すっげー‼セーラちゃんかっこいいじゃん!」

「…邪魔者は片付いた。このまま合流する。それで場所はわかるの?」

 

 照れ隠しかセーラはふんと鼻で笑って返した後、目的地は把握できたかタクトに確認した。タクトはうーんと唸って考えた後、マイペースで返す。

 

「ダイジョブダイジョブ。俺に任せとけって」

「不安しかないんだけど…」

__

 

 カズキはへカートⅡで狙いを定めて撃ち、ナオトはAK47で両サイドに回り込んできている大型バイクに乗っている敵兵を撃ち落としていく。ナオトに渡されたP90を持ったワトソンは彼らを見て息を飲んだ。多少のトラブルはあるもののそれぞれの役割を担当し正確に対処していく。『バスカビール』とは違った戦い方をしている。

 

「よし、あらかた片付いて来てるぜ!」

「カズキの『あらかた』は適当すぎる」

 

 カズキの言う通り、追手の数は最初の時よりかなり少なくなってきている。それにこれだけ派手にやっていれば他の武偵達も気づくし、応援が来るだろう。そうすれば形勢逆転になるだろうとワトソンが一息ついた。その時、

遠くから風を切る音、ヘリがプロペラを回して飛ばしている音が聞こえて来た。

 

「あれ?なんかヘリがこっちに来てね?」

「いや、明らかにこっちに来てるぞ…」

 

 遠くから見えていたヘリが次第にこちらに近づいてきていた。ヘリの全容が完全に見える距離まで飛んできたころにはそれが何なのか、彼らはすぐに分かった。

 

「リンクスAH7…!?」

「やっべえぞ‼しかもミサイルついてるし!?」

 

 ワトソンが驚愕し、カズキが焦りだした。するとリンクスAH7からBGM-71「TWO」対戦車ミサイルが一発放たれた。警戒してM67破片手榴弾を2個持っていたナオトがヘリからミサイルが発射される数秒前にピンを抜いて思い切りミサイルにに向けて投げた。手榴弾は空中で爆発を起こし、その爆風により逸れていき路上に止められていた車に直撃し爆発を起こした。

 

「うえぇぇっ!?マジで殺す気じゃねえか!?」

「というより都内でミサイルを撃つなんて…モラン大佐は正気か!?」

「カズキ、へカートでヘリを狙って‼ケイスケ、未だ着かないのか!」

 

『うっせーバーロ‼もうすぐ着くから何とかしやがれ!』

 

 無線で逆に怒鳴られてナオトは仕方なしにミサイルを対処しようと考え残りの手榴弾の数を確認した。その時リンクスAH7の左サイドの扉から人が体を出してこちらにL96A1を構えて狙っているのが見えた。

 

「ワトソン、カズキ‼伏せろ‼」

 

 ナオトはすかさず防弾シールドを持って伏せているワトソンの前でしゃがんだ。それと同時に弾丸を弾く鈍い金属音と振動が響く。そしてワトソンをしつこく狙っているようで何度もこっちに向かって撃ってきていた。

 

「…あのスナイパー、しつこい」

「ナオト、僕に向けて撃ってきているあの男がモラン大佐、『コマンダー』だ」

 

 ヘリの振動でぶれるかもしれないのにこちらに向けて狙い撃ってくるモラン大佐にナオトは警戒した。そんなナオトとワトソンを見ていてカズキがプンスカと文句を言ってきた。

 

「ナオト‼なんで俺の所には守って来てくれねえんだよ‼」

「…カズキなら何とかできるかなって思った」

 

 それでも不服だとカズキがギャーギャーと文句を言ってきてる間にリンクスAH7が対戦車ミサイルを装填し、2発目を撃って来た。

 

「ちょっと!?ミサイルが来てるよ!?」

「なんとかしてくれケイスケ―‼」

『うるせえっての‼』

 

 カズキの叫びに答えるように無線を通してケイスケが怒鳴り、スポーツトラックがスピードを上げて躱すことができた。ミサイルの爆風にスポーツトラックは一度浮いたようにガタンと激しく揺らす。

 

『ああくそっ‼もう二度とカーチェイスはやんねえからな!』

 

 ケイスケが大声を上げて悪態をつく。そんな戦闘ヘリから逃走劇をしている最中、豊洲工場跡地の工事中という看板が見えた。もうすぐ目的地に到着する、カズキとナオトはほっとひと息ついた。

 

「よし、もうすぐだ!」

「…後はたっくん達が合流できればいいんだけど」

 

「それで…目的地に着いたらどう戦うんだい?」

 

 ワトソンは何気なく聞いてみたが、カズキとナオトはポカンとしてお互いの顔を見合わせた。まさかとワトソンは嫌な予感をする。そんなワトソンを不安にさせないようにとカズキはドヤ顔でナオトは張り切って答えた。

 

「がんばって迎え撃つぜ!」

「とりあえず迎撃」

 

「うん…まぁ、そんな気がしたよ…」

 

 いつも通りの彼らにワトソンは苦笑いをした。




 緋弾はもっとドンパチするべき…ヒルダ編が終わってからキンちゃんがサイヤ人並みに人離れしていき、『バスカビール』のヒロインたちが影薄くなってくる気がする(コナミ感)
それから出てくる子はカワイイからいいよね!(オイ


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37話

 作者です。法律ガバガバじゃねえか!?と見返して気付いたけども…緋弾の方もガバガバだし、まあいいよね。
 さて、今回は
 特殊な訓練を受けたフライパン
 少しOTONAのお話し(?)
 イチゴ大福 
 の3本をお送りいたします


 工事中のフェンスをぶち破り、フォードスポーツトラックは工場跡地の土壌を駆け抜けていく。その車を追いかけるようにリンクスAH7は飛んできて対戦車ミサイルを撃ちこんでいった。ケイスケは車を大きくドリフトしていき対戦車ミサイルを躱していく。大振りで避けていく様をラゲッジスペースにいるカズキは目を輝かせて興奮していた。

 

「すっげー‼まるで特撮みたいじゃねえか!」

『さっさとヘリを何とかしやがれ!』

「ミサイルはあと2発…カズキ、狙えるか?」

 

 ヘリを観察していたナオトはカズキにへカートⅡで狙撃できるかどうか確認した。カズキは残りの装填数を確認し首を横に振る。

 

「無理。弾がない。グレネードは?」

「あと2個。1発分は躱すことができるけど、後がねえな…」

 

 後がもう無くなってきたのにそれでも慌てていない二人にワトソンは息を飲む。こんな状況に慣れているのか、それともただ緊張感がなく呑気にしているのか腹の内が読めない。そんな時、何処からともなく喧しい叫び声が遠くから響いてきた。

 

「いやっふぅぅぅぅっ‼」

 

 GSX1300Rに乗ったタクトとセーラがフェンスを飛び越えて工場跡地に入って来た。ヘリに追いかけられているカズキ達を見てタクトは親指を突き立ててポーズを決める。

 

「待たせたなぁ!ヒーローは遅れてやっ(ry」

 

『たっくん‼来るの遅いよ‼』

『作戦通りさっさと来いやハゲ‼』

『…そんなことより早く来てくれ』

 

 折角かっこよく決めようとしたところを3人に遮られてしまった。セーラの予想通り、途中道に迷いかけていた。セーラは自業自得だとしょんぼりするタクトにポンと肩を叩いた。

 

「みてろー‼さすがたっくんって鰯絞めてやる!」

「言わしてやるんじゃ…?」

 

 ムキなったタクトはセーラに言葉を直されつつもRPG-7を構えた。狙っている先は明らかにリンクスAH7。下手したら9条破りになり兼ねないことにセーラは心配気味にタクトを見る。

 

「大丈夫なのか…?」

「ダイジョーブ‼たぶん‼」

 

 全然大丈夫じゃないと言おうとしたが時すでに遅し、タクトはRPG-7の引き金を引き、発射させた。RPG-7の弾頭がテールローターに当たり爆発を起こす。テールローターを失ったリンクスAH7は操縦不能となり錐もみ回転しながら落ちていく。高度を低めで飛行していたのが幸か不幸か、地面を引きずりながら滑っていき、山土にぶつかって止まった。

 

「ど、どうだ?」

「‥‥」

 

 スポーツトラックが止まり、カズキ達は降りて車を盾にして様子を伺っていた。するとリンクスAH7の扉を蹴り開けてモラン大佐が出て来た。髪のセットが乱れ、顔もやつれ気味で、墜落した衝撃がまだ収まっていないのかフラフラしながらもL96A1を構えて怒号を飛ばした。

 

「この…このクソガキ共がぁ!舐めてんじゃねえぞ‼」

 

 怒りと憎しみと気力だけで体を奮わせて、ワトソンに狙いを定めて撃って来た。カズキ達は慌てて車の陰に隠れる。

 

「ちょ、あのおっさんしつこすぎだろ!?」

「…しかもワトソンばっかり狙ってきてる」

「おい、あのおっさんに何か恨みでもかわれてんのか?」

 

 あまりのしつこさにカズキはうんざりし、ケイスケは少し皮肉っぽくワトソンに尋ねた。だいぶ昔、曾お爺様の時から恨まれていることにワトソンは苦笑いして返す。そうしているうちに残りのモラン大佐の部下が駆けつけて来てモラン大佐に加勢しだす。

 

「残りも来やがったな」

「ケイスケ、フラッシュ・バンとスタグレはある?」

 

 ナオトはカズキにAK47を渡しつつ、ケイスケに確認をする。ケイスケはにんまりとして持っている事を見せた。隼でやっと合流できたタクトとセーラにも確認をした。

 

「ケイスケとたっくんが投げたあと、俺とカズキでアタック。ワトソンとセーラは援護」

「短期決戦に持ち込むんだね?任せてよ!」

 

 ワトソンは張り切り、セーラはやっと落ち着いて矢を射ることができるとほっと一息入れる。カズキはAK47を持って自信満々に答えた。

 

「よっしゃ、どこまでもお供しやすぜ隊長‼」

「カズキ、おまえリーダーだからな?」

 

 ケイスケに注意され、チーム―リーダーの姿勢の低さにワトソンとセーラはやや呆れ気味に肩を竦める。そんなことをよそに話を理解していたのかそうでもないのかタクトはすかさずフラッシュ・バンとスタングレネードを投げたのであった。

 

「よーし、援護はませろー。ポイポーイ♪」

「ちょ、たっくん!?早いってば!」

 

 フライングしたタクトにケイスケは慌てて続いて投げ、閃光と爆発音が響いた数秒後にナオトとカズキが乗り出して駆け出す。ナオトが先導して駆け、その後ろからカズキが続く。眩暈とスタンを起こしている敵兵をカズキが撃ち、逃れて二人を狙っている連中をワトソンが狙い撃ち、セーラが射抜く。

 二人の駆ける先、閃光と爆発音から離れていたモラン大佐はL96A1の銃口をナオトの方に向け、脳天を狙いを定めていた。

 

「俺の復讐の邪魔をするなああぁぁっ‼」

 

 ある程度の距離まで来たときに、モラン大佐は引き金を引いた。しかし、ナオトはそれを待っていたかのように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()背負っている物を持って防いだ。それは穴が開くことなく、カキンと鈍い金属音を響かせた。

 

「ばっ…!?フライパンだと…!?」

 

 フライパンで防いだことにモラン大佐は驚愕していた。その隙を逃さないようにカズキがモラン大佐の足を狙い撃つ。膝を落とすモラン大佐に追い打ちをかけるようフライパンを顔面に思い切り打ち付けた。両膝を突き倒れるモラン大佐に更にカズキとナオトが顔面に向けてダブルキックをして倒れさせた。

 

「ナイスだぜフライパン紳士」

「さっさと援護しろよ」

 

 カズキとナオトは軽く交わしてハイタッチをした。倒れているモラン大佐に手錠をかけたと同時に、他の武偵の車輛、警察庁からのパトカーが大勢駆けつけて来た。やっと応援が来たことに、パトカーのサイレンが響いてきたことにカズキ達は戦いが終わったとほっと一息をついた。

 

「や、やっと終わったー‼」

「もう面倒事は勘弁な」

 

 タクトとケイスケがくたびれたと声を上げる。ワトソンが苦笑いをしてナオトとカズキの方を見た。二人が教務科の人たちにモラン大佐の身柄を引き渡そうとした時、モラン大佐はワトソンの方を睨みつけた。

 

「ワトソン…覚えていろ…‼俺は死ぬまで諦めんぞ‼いつか、いつか必ず、貴様とシャーロックの一族を根絶やしにしてやるからな‼次の代、その先の代も俺が殺してやる‼」

 

 捕まっても尚、復讐に燃えて吠えるモラン大佐にワトソンは臆することもなく、怯むことなく、ただ黙って見つめるだけだった。

 

「厄介な奴に付け狙われてるな」

 

 セーラがワトソンをジト目で見て、肩を竦めていた。ワトソンが彼女がイ・ウーの一員であることは話で聞いていたが、今はただ共に戦ってくれたパーティーとして彼女にふっと笑って返した。

 

「まあね。でも、ワトソン家は厄介事に巻き込まれるのは慣れてるさ」

 

 ワトソンは警察と教務科の人たちに事情聴取されている騒がしくも賑やかな4人組の方を見つめた。

 

__

 

「今回は派手にやらかしてくれたなぁ」

 

 会議室にて、警視庁公安部公安0課の獅堂はため息をついて武偵検事、武偵庁の官僚の方に視線を向けた。官僚たちは表情が硬く、体を縮こまっていた。しかし東京武偵校校長、緑松は無表情で微動だにしなかった。

 

「今までは軽い監視対象であしらってたが…街中でへカートやRPG-7をぶっ放すわグレネード投げまくるわ、相手にミサイルぶっ放されるわ。武偵としてどうなんだ?」

 

 ただでさえ、あの4人組は警視庁や警察庁の胃袋を殴りつけている上に、今回の件はやりすぎではないかと思うくらい派手にやっているのだ。もはや武偵どころか部隊みたいなものになっている。

 

「もうあのクソガキ4人を厳重に監視し、あいつ等が持っているだろう武器を押収…そして武偵免許を剥奪、退学じゃねえのか?」

「…‥‥」

 

 獅堂の威圧に緑松はただただ黙ってお茶を飲むんでいたが、武偵検事と武偵庁の官僚たちはびくびくしながらそうすべきだという雰囲気になっていた。あの4人は一歩道を間違えれば危険になりかねない。あともうひと押しかと獅堂は考え行動しようとした。

 

「獅堂くん。そう決めつけるのはよくないんじゃないかい?」

 

 和らげのある声を聞いて獅堂は嫌そうな顔をして振り向いた。ドアの前に小柄でありながらも和らげのあるおっとりとした雰囲気の七三分けの黒髪で、黒みのかかったスーツを着た男性がにこやかに立っていた。

 

「すまないね。ちょっと移動に時間が掛かってしまったよ」

「…菊池雅人…‼」

 

 獅堂は苦虫を噛み潰したよう顔をしてその男性を睨み付けた。男性は鼻歌を唄いながら椅子にどっしりと座る。

 

「遅れてしまって申し訳ない。菊池財閥の副社長、菊池雅人だ。あ、一応ノリで弁護士もやってる」

 

 菊池財閥。星伽と肩を並べる日本の裏方の重鎮でもあり、唯一こうして口を挟む厄介者である。そして菊池雅人はあの喧しい4人組の一人、菊池タクトの父親である。雅人はにこにこしながら話を進めた。

 

「えーと、それで何の話だっけ?彼らの武偵免許剥奪かい?」

 

 にこにこしている雅人に獅堂は嫌そうにしてぶっきらぼうに返す。

 

「ああ、あのクソガキ共は派手にやってくれたからな。だから監視対象にし(ry」

「君たちは実にバカだなぁ」

 

 こいつはいつもこうやって人の話を遮って来ると獅堂はため息をつく。ここからこいつの長話が始まると思うとうんざりする。

 

「彼らは武装集団、テロリストに勇敢に立ち向かい、そして事件を解決したじゃぁないか」

「で、ですが…被害は甚大ですよ…」

 

 武偵庁の官僚がそう言うと雅人は「お前は何を言っているんだ?」みたいな顔をして席を立った。

 

「被害が甚大?バカ言っちゃいけない。被害は最小限に抑えれたんだ。それともあれかい?人を殺すことを禁じられて、玩具みたいな銃と近接しか役に立たない格闘技を備えた、戦争みたいな戦闘を経験していない武偵達でMINIMIやXM8、ロケランや対戦車ミサイルを備えたヘリを使う殺す気満々の戦闘集団に挑むのかい?」

 

 雅人の話がヒートアップしだしたと気づいた獅堂はため息をついて黙って見続けた。

 

「それとも司法で縛られた警察か公安が挑むのかい?たぶん、沢山の死人が出てただろうねぇ。あ、君達の事だけど。武偵の教務科や機動部隊、公安0課とかいったつよーい人達は()()が出てから動く…それじゃあ遅い遅い。君たちはいっつも後手に回るんだ。後手じゃあだめなんだよ」

 

 雅人は一息ついてお茶を一気飲みする。

 

「彼らを見たまえ。彼らは()()()()9()()()()()()戦った。戦争みたいな武装をした連中を倒すためにはああするしかなかったんだ。そもそも警察も武偵も日本の司法は甘すぎるんだよ。あのような戦闘をしたことがないし…あったとしても隠している。『藍幇』然り、『イ・ウー』然り…」

「雅人、てめえ何が言いたい」

 

 獅堂は殺気を込めて雅人を睨み付けた。溢れんばかりの殺気に官僚たちは度肝を抜かすが雅人は恐れもせずににこにこして返す。

 

「彼らは然るべき対処をした。法律ギリギリを守って戦ったんだ。当たり前の事を守っている彼らにそのような処置はないんじゃないかい?」

 

「武偵法も武偵憲章も守った…貴方の仰ることは最もですね。武偵免許剥奪、退学、留年は免除しましょう…ですが、それ相応の対処は致しますよ」

 

 ずっと黙っていた緑松が口を開いた。獅堂は目を見開く。武偵庁だけではなく、警視庁も警察庁も周りの官僚たちもその通りだと頷いている。公安の監視は軽度、若しくは無しとされ、周囲が完全に菊池雅人の口に乗せられたことに獅堂は舌打ちした。

 

「皆様の寛大な処置、誠にありがとうございます。被害のあった道路、建物は私達菊池財閥が対処いたしましょう。あ、それと今後も監視は優しくお願いいたしますね」

 

 にこやかにこちらに笑顔を見せている雅人に獅堂は悪態をつく。「それでは」とにこやかに会議室から出て行った雅人を獅堂は追いかけて行った。

 

「半沢ぁ‼」

 

 獅堂はかつての監視の対象としていた旧友の名を怒鳴り声を上げて叫んだ。雅人はピタリと歩みを止めてこちらに振り向く。

 

「今は半沢雅人じゃない。菊池雅人だ」

「てめえ、何の真似だ…日本の司法に殴り込みか?それとも俺への復讐か?」

 

 殺気を放って睨み付ける獅堂に雅人はうーんと唸って考えて軽く返す。

 

「そうだね‥‥言うなれば、だいぶ遅めの倍返しだ。まあ昔の僕だったら君への仕返しを考えていたけど…今は愛する妻と愛する息子を守るためにいるよ。子供の為なら親は何だってする」

「はっ、嫌なモンスターペアレントだな」

 

 皮肉をつく獅堂に何のためらいもなく雅人は話を続ける。

 

「言った筈だ。君たちはいつも後手に回るからダメなんだよ。それに?獅堂くんの公安0課だなんて権利はこーーーーーーーーーーっれぽっちもない。いつか人事異動されるがいい」

 

 獅堂は逆に雅人に嫌味を言われて苛立つ。

 

「君たちがタクトやタクトの友達を追い詰めようとも、僕が、更子が、菊池財閥全員が束になって守る。それは覚悟しておくんだね。じゃ、僕は息子にあってデコピンしてくるから失礼するよ」

 

 雅人は手を振って去っていった。口だけ達者な奴が去って獅堂は大きくため息をついた。獅堂の後ろにいて一部始終を見ていた不知火が口を開く。

 

「本当に嵐のような人ですね‥‥」

「ああやって口だけで上り詰めた野郎だからな。不知火、遠山キンジの他にあのクソガキ共の監視を続けてくれ」

 

 獅堂は携帯を開き電話をかけた。そろそろ他の面子が行動に移っている頃合いだとみて連絡を入れた。

 

『もしもし、獅堂さんですか?』

「おお。可鵡韋、他の面子とともにへカートⅡやRPG-7、今件に使われたあいつ等の武器を押収しろ。少しでも証拠になる物をかき集めるんだ」

 

 またしてもあの口八丁手八丁な男に邪魔をされたが、陰で少しずつ証拠となる物を集めていく。しかし、可鵡韋と呼ばれた青年の声は少し戸惑っていた。

 

『し、獅堂さん、それが…先を越されました』

「あ?」

 

 獅堂はピクリと怒りを漂わせた。可鵡韋は獅堂の怒りに押されつつも申し訳なさそうに答える。

 

()()()()()()が指名手配犯であるセバスチャン・モランが逮捕されたと聞いて、いち早く証拠となる武器や物を押収した物を引き取ったようです』

「いくらなんでも速すぎじゃねえか‼」

 

 獅堂は怒号を飛ばす。なぜイギリス政府がいち早くこの情報を聞いて動いたのか分からなかった。雅人から『お前達は後手で遅すぎる』と言われたことを思い出し、苛立つことしかできなかった。

 

__

 

「隠居した身だと言ったくせに、こういう事はするんだ‥‥」

 

 セーラは塩ゆでしたブロッコリーを食べながらジト目で電話をし終えたマイクロフト・ホームズことジョージ神父を見る。

 

「ははは、日本の時代劇でいう『水戸黄門』になった気分だよ」

 

 愉悦な笑顔を見せるジョージ神父にセーラは呆れてため息をついた。あの弟にしてこの兄ありである。

 

「それで、次はどうするの?他の奴等が黙っていないんじゃ?」

 

 今回の件で彼らも遠山キンジと同様注目の的になる。藍幇か、またはヨーロッパにいる連中も動くだろう。今のうちに師団か眷属か決めておくべきなのだがジョージ神父は笑って答えた。

 

「激しい運動をした後はゆっくりと体を休めて次に備える。セーラも今は休むといい」

「‥‥むぅ」

 

 傭兵どころか、完全にジョージ神父の助手、カズキ達のチームになりつつあるとセーラは今後の心配をしながら塩ゆでしたブロッコリーを食べ続けた。

 

__

 

 あの戦いから数日後、ナオトは屋上でまったり天高い秋空を見上げていた。いつも騒がしくしているが久々の静寂に寛いでいた。

 ニュースにもなって、武偵でも話題になったことから免許剝奪されるんじゃないかと焦っていたが、タクトの父親が来てタクトにコブラツイストをかました後、緑松校長が来て菊池財閥とタクトの父親に免じて数週間の謹慎、一定期間の武偵活動禁止となった。

 

 いくらなんでも軽いんじゃと思ったがイギリス政府からへカートⅡやRPG-7といった今事件に使った兵器を押収されたのは痛かった。しかし、その次の日にタクトの母親から『武器が無くちゃ死ぬからこれ使え』と()()こっそり送られてきたのは焦った。手紙の最後に『父ちゃんに感謝しな』と書かれていたので裏でタクトの父親が奮闘していたのがわかり、タクトの父親には本当に感謝している。

 

「‥‥暇」

 

 いくら登校謹慎されているとはいえ、学校にいてもすることは無いのは暇である。白くて丸い雲を見てイチゴ大福が食べたいとぼーっとして考えていると誰かが屋上に入って来たのに気づいた。

 

「…ワトソン?」

「な、ナオト、暇そうにしてるね」

 

 ワトソンは何故か顔を赤くして照れていた。そして何故か女子生徒の制服を着ていた。ナオトは眠たそうな目をぱちくりして首を傾げる。

 

「ぶ、文化祭の準備中にちょっと暇ができたんだ…隣いいかい?」

 

 本当は謹慎中なので他の生徒とは会っていけないのだがどうせ暇なので頷いて返す。ワトソンはナオトの隣に座る。ナオトはイチゴ大福食べたいと考えつつ黙ったまま空を見上げ、ワトソンも黙ったまま、お互い口を開くことなくしばらくの時間が経過した。

 

「…君は命の恩人だ」

 

 どれくらい時間が経ったか分からないが最初にワトソンが口を開いてこちらを見た。

 

「ナオト達がいなかったら…僕は死んでいた。そしてアリアも殺されていたかもしれない」

「『仲間を信じ、仲間を助けよ』、ただそれをやっただけ」

 

 神父から武偵憲章は徹底しておこうね、と言われているのでその通りやったまでである。そんなナオトにワトソンはクスクスと笑う。

 

「ナオト、君は素直だね…その‥えっと…僕は、それがいいんだ」

「???」

 

 突然ワトソンが顔を赤めながら空を見上げてよく分からないことを言ってきたのでナオトは首を傾げる。空を見上げるとイチゴ大福のような雲が浮かんでいるのでもしかしたらとナオトは納得して頷く。

 

「ああ、俺も(イチゴ大福が)好きだ」

「!?」

 

 するとワトソンがこっちを目を丸くして驚いているのでさらによく分からなくなった。イチゴ大福が好き、という女の子っぽいことにワトソンはモジモジしているおだろうとナオトは憶測する。

 

「そ、そうなんだ‥うん…よかった…この気持ち、初めてだよ…」

「(イチゴ大福が)好きなのはいいことだ。俺もそう思う」

 

 それを聞いたワトソンは更に頬を赤らめる。うん、イチゴ大福は酸味と甘みが掛け合わせた美味があることで自分も好きだ。ナオトは眠たそうにしながら頷く。

 

「本当に君は素直すぎるな…でも、君なら、君とならいいと思えて本当によかった…」

 

 ワトソンは余程のイチゴ大福好きだなとナオトは感じた。今度、うまいイチゴ大福を売っている店があるから一緒に買いに行こうかとこれからの予定を考える。その間にワトソンが何か言おうとしているところ、また誰かが屋上に入って来た。

 

「いた!ナオト、こんな所でサボってやがったのか‼」

「お前だけのんびりしてんじゃねーよ‼」

 

 カズキとタクトがブーブーと文句を言いながらやって来たのだった。突然のことでワトソンが慌てふためく。ナオトは眠たそうに文句を垂らす二人を宥めた。

 

「ナオト‼暇だから文化祭のバンドの練習するぞ‼」

「えー…謹慎中じゃないの?」

「謹慎だからいいんだよ‼持ち味を活かせ?」

 

 これ以上軽く返してもこの二人が喧しくなるので仕方なくついて行くことにした。

 

「ワトソン‼俺達の練習を見に来てよ‼」

「えぇっ!?たっくん、僕も!?」

 

「今なら生演奏が見られるぜ!ほら行くぞナオト‼」

「仕方ねえなー‥‥あ、そうだワトソン」

 

 ナオトが思い出したようにワトソンの方に視線を向けた。ワトソンはドキッとして顔を赤くする

 

「…今度、好きなイチゴ大福を食べに行こ」

「うん!‥‥えっ」

 

 咄嗟に頷いてしまったが、ワトソンはキョトンとした。




 
 フラグは折るもの
 でもワトソンちゃんくんはカワイイのでもっと彼女の活躍を見たい…(遠い目)
 


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38話

 今回はほのぼのとしております。これといったドンパチはなさそうです…


「やぁ、今日は文化祭だなぁ!」

 

 食堂の厨房でカズキはわざとらしく高い声を出していた。文化祭当日、学園島に校外の人々が往来し、道端に露店があちこちに立ち、強襲科や尋問科も一般公開している。一般の人や親御さん、または取材も来るので物騒な物は地下に押し込み、薬莢が一個も落ちていないくらいに清掃し、どの棟も平和的に開放している。

 

 各学年、各学科はそれぞれ出し物をおり、2年は変装食堂を行っている。調理や接客の他、変装している職業らしくやっているか、各生徒の潜入捜査の練度をアピールをし、教務課に評価されるようやっている…のだが、約4名はそんな事を気にしていないようであった。

 

「こんな日はプリン曜日だし、プリンを食べたいことってあるよね!」

 

 厨房にいる誰もがプリン日和では?と心の中でツッコミを入れている中、ケイスケとナオトは面倒くさそうに返す。

 

「…そうだな」

「俺達はチームメイトだからな…」

 

 棒読みなケイスケとナオトの近くで緑の恐竜の着ぐるみを着ているタクトが高笑いしながらのしのしと歩いてきた。

 

「ふっふっふ、『イクシオン』のカズキ、ケイスケ、ナオト‼古に伝わりしプリン作りをしようではないか‼」

「「「プリン作り…‼」」」

 

 あの4人組はいつまで茶番劇をしているのか、彼らに関わらないよう他の生徒たちはせっせと調理に集中し続ける。

 

「そう‼世の中には『良い』プリンと『悪い』プリンの2種類がある…‼」

 

 ドヤ顔するタクトの台詞を聞いて生徒たちもその場の空気も凍り付いた。しかし、4人の茶番劇はそんな空気でも続くのであった。

 

「と、言うわけで各自でサイキョーのプリンを作るのだー‼」

「「いえーい!」」

「‥‥」

 

 

「やめろ」

 

 さっそくそれぞれのプリン作りに取り掛かろうとした所、蘭豹が真顔で4人を止めた。カズキとタクトはきょとんとする。

 

「え、でも蘭豹先生、俺達は厨房の担当だし…プリン食べたいなーって思って(ry」

「やめろ」

 

 いつもなら怒ってげんこつを入れる蘭豹なのだがカズキ達がプリン作りをすると聞いて怒らず真顔で止めているのであった。

 

「そうですよ‼ただのプリンじゃなくて見たこともない、アッと驚くプリンを作るんですぜ‼」

「…じゃあお前ら、これからどんなプリンを作るつもりなんだ?」

 

 一応確認しようと蘭豹は尋ねたのであったが、ナオトとケイスケは面倒くさそうに、タクトとカズキはドヤ顔で答えるのであった。

 

「…一人用のぷりん」

「杏仁豆腐」

「名付けて‼古に伝わりしデビルピッコロプリンだぜ‼」

「必殺のレバープリン‼食べるラー油を添えて!」

 

「よーし、お前らはフロアに行ってこいや‼」

 

 完全に作ってはいけないプリンだと判断した蘭豹は4人をフロアの方へ蹴とばしていった。とりあえずこの食堂が大惨事になるのは避けたので厨房の皆はほっと一安心した。

 

「そういえば…あいつら接客できたっけ…?」

 

 武藤のつぶやきでまた再び空気が凍り付く。一難去ってまた一難。蘭豹は咄嗟に指示を出す。

 

「遠山‼お前もフロアへ行ってあのバカ共をフォローしてこい‼」

「えっ!?俺!?」

 

 突然の指名でキンジはぎょっとする。なぜ自分なのかと言いたかったのだが、厨房の生徒たちから期待の眼差しで見られいう事が出来なかった。

 仕方なしに厨房からフロアへ出てみると嵐のような忙しさだった。女子生徒は華やかな衣装で男性客には人気で、まるでコスプレ喫茶のような雰囲気が出ている。それでもオーダーを受け、料理を運んだりと賑やかであった。キンジは女子のコスプレをあまり見ないようにしつつ、おバカ4人を探す。まずは1人、カズキを見つけることができた。カズキはどうやら注文のオーダーを受けている最中だった。

 

「えーと…ロースカツ定食に、メロンソーダですね。それではオーダーの確認をします。えーと、ロージュカチュと…マロンソーダですね!」

 

「え?あ、いえ、ロースかつとメロンソーダ(ry」

「はいっ‼オーダー入りまーす!メロンカツソーダ入りまーす!」

「ちゃんと話聞こうな!?しっかりしろよビップ‼」

 

 キンジはあがってしまっているカズキを落ち着かせてちゃんとオーダーをとってあげた。取りあえずカズキは噛み噛みなのでウェイターではなくお会計の方に向かわせた。

 カズキを向かわせたところでキンジはケイスケを見つけた。ケイスケは黙々とお客に炒飯を置く。フルフェイスで表情が見えないし、何も言わないので怖いオーラを出しているように見え、その男性客はビクビクしながら炒飯を食べるのであった。

 

「いや、何ビビらせてんだよ!?」

『はぁ?これがマスターチーフの職業なんだけど文句あんのか?』

「そんな職業あってたまるかよ!?」

 

 これではお客は寄ってこなくなる。こちらの仕事もなくなるし、お客も入りづらい。取りあえず客寄せの看板を渡して客寄せをするよう頼んだ。ケイスケだけでは不安なので『西部のガンマン』の衣装を着ている理子に頼んで一緒に行ってもらった。

 

「うおー!?やめろー!?」

 

 残りのおバカ2人を探さなくてはと気を取り直して探そうとした時、入り口付近でタクトの必死な声が聞こえたので駆けつけていく。そこには小学生の子供たちが緑の恐竜の着ぐるみを着たタクトに馬乗りするわ、尻尾を引っ張るわ、頭をつついたりと、浦島太郎に出てくる海亀のようにいじめていた。通りかかる子供たちも「あ、でっていうだ‼」と言ってでっていう弄りに加わるのだった。

 

「や、やめろー‼でっていうをいじめるなー‼」

「…おい、食物連鎖の頂点じゃなかったのかよ」

 

 キンジはただ呆れるしかなった。食物連鎖の頂点だと言っていた恐竜が哀れにも子供たちにいじめられていた。その後、女教師の衣装を着ている白雪と看護婦さんの衣装を着たリサに引率されるまででっていうはポカポカとやられていた。

 その後は白雪の的確な指示と接客上手なリサのおかげで食堂は盛り返していく。接客が苦手な生徒たちも巧く行くようになってきたのでキンジはほっと一安心した。

 

「あ…ナオトはどこだ?」

 

 ふとキンジは思い出した。最後の問題児、カズキとタクトに続いて接客が向いていないであろうナオトを探す…のであったが、庭のイスで寛いでいたのが見えたので思わずこけそうになった。青いTシャツにジーパン姿なので一般の客と間違えそうだった。

 

「おい、なにちゃっかり人混みに紛れてんだよ…」

「…キンジ…」

 

 呆れつつも声を掛けると、ナオトは何やら真剣に悩んでいるようだった。何事かとキンジは不思議に思って首を傾げる。ナオトは真剣な眼差しでキンジを見て口を開く。

 

「‥‥『スティーブ』って何?」

「…知るか!?てかそれをずっと悩んでたのかよ!?」

 

 自分の役職をどう演じるべきか、ナオトはそれをずっと考えていたようだった。一般人のような姿のおかげで蘭豹に見つからずにいた。文化祭の一日目でこの4人は接客にも向いていないことが分かってキンジはただただ呆れるしかなった。

 

__

 

「…解せぬ」

「いや解せぬじゃねえだろ。怒られて当然だったし」

 

 あれこれあって10月31日。文化祭の2日目、ちゃんと接客できていなかった4人組は案の定、蘭豹に怒られてしまったのでった。接客も理由であったが、彼女がついうっかりカズキが試作していた必殺のレバープリンを食べてしまったこともある。文化祭終了前に食堂で行われる自分たちのバンドを『盛り上げなかったら射殺するからな』と八つ当たり気味に言われ、プレッシャーに押されつつも音楽室で最終調整をしていたのだった。

 

「むーん…」

「たっくん、何悩んでるの?」

 

 一通り打ち合わせて問題は無かったのだが、最後の最後でタクトは納得いかないように悩んでいた。

 

「ラストにやる曲…やっぱり女の子のボーカルが欲しいなぁ」

 

 カズキとナオトは「あ…」と口をこぼす。ほとんどはタクトが歌うか、音楽だけを奏でる曲なのだが、最後の曲はカズキとナオトが歌詞を作って作曲した曲がどうしても音程が高く、タクトには歌えなかった。

 

「やっぱりリサに歌ってもらう?」

 

 カズキはリサに歌ってもらおうと思ったのだが、ケイスケが首を横に振る。今頃リサはジョージ神父とセーラと一緒に文化祭巡りをして楽しんでいるだろう。ここはやはりボーカルはやめて演奏だけの曲にしようかと決めようとした。

 

「みんな、頑張ってる?」

 

 そんな時、ワトソンがひょっこりと音楽室に入って来た。シフトが終わったばかりなのか、女子制服を着たままであった。ワトソンはたこ焼きとイチゴ大福を持ってきたのだった。

 

「ナオト達はバンドの準備中だって遠山から聞いてさ…これ、お裾分けだよ」

 

「さっすがワトソン‼ありがてえーぜ‼」

「イチゴ大福…でかした」

 

 大喜びするカズキとナオトを見てワトソンは照れだす。ふと、気づけばタクトがこちらをじっと凝視しているのに気づいてワトソンは焦りだす。

 

「た、たっくん?ぼ、僕に何かついてる?あ、そ、それともこの格好…へ、変かな?」

 

「カズキ、ケイスケ、ナオト‼確保―‼」

「そういう事か…ワトソン、許せっ‼」

「うおぉぉーっ‼」

 

 ケイスケとナオトがワトソンが逃げ出さないように両腕を掴み、カズキが教室のカギを閉めた。突然の事でワトソンは慌てふためく。

 

「えぇっ!?ちょ、ちょっと待って!?こ、心の準備がっ…」

「ワトソン‼ボーカルやってー‼」

 

 慌てるワトソンにタクトはスライディング土下座をした。いきなり頼まれ込み、目の前で土下座をしている緑の恐竜(タクト)にワトソンは戸惑う。

 

「ぼ、僕が…ボーカル!?」

 

「お前、たっくんがここまでしてるんだぞ?とりあえずやれ?」

「たっくん、今度はローリングスライディング土下座にしようぜ‼」

「…ワトソン、頼む」

 

 ワトソンは困りだす。歌ったことはないし、しかもこの格好で歌うことになる。ナオトにまでお願いされたワトソンは悩みだしたが、覚悟を決めたのか首を縦に振った。

 

「わ、わかったよ…これまでの借りもあるし。()()()()()()にもなる…その頼み、受けるよ」

 

「いよっしゃぁ‼そうと来ればさっそく特訓だー‼」

「俺の指導は厳しいザマスよぉ!」

 

 音痴のお前に言われたくないと、ケイスケはカズキを小突く。本番が始まるまでみっちりと練習をしたのであった。

 

__

 

「うわー…めっちゃいるねー」

 

 いよいよ本番となり、食堂のスペースを空けて建てられたステージの裏でタクトは様子を覗いていた。ただノリでやった提案だからそんなに来ないだろうと思っていたら、予想を超える生徒達とお客の数に驚いていた。機材を用意してくれた武藤と平賀が「俺達が宣伝をしてやったぜ!」と親指を立ててポーズをとる。

 

「そろそろ時間になるぞ。準備はいいか?」

「け、ケイスケちょっと待って!そ、素数を数えればいいんだよな!1、2、3、5、10…」

「…カズキ、素数でも何でもないし」

「いくぞっ!俺達の伝説はこれからだぜ‼」

 

 完全に打ち切りになりそうなセリフを言ってタクトが最初にステージへ駆けだした。おどおどするカズキをケイスケがステージへと蹴とばし、最後にナオトがゆっくりと出て行った。

 

「すぽおおおおんっ‼みんなお待たせ―‼」

 

 愛用のギターを持ってタクトは手を振ると観客達は歓声をあげて返す。タクトはニシシと笑って位置に付いた。もうやってやると集中するカズキもマイペースなケイスケとナオトも位置に付くのを確認し、タクトはマイクをチェックする。

 

「さあ、文化祭のトリを盛大に盛り上げていくぜー‼一曲目スタートだ‼」

 

 タクトはさっそくギターを奏で、シンセサイザーのカズキもベースのケイスケもドラムのナオトも合わせて奏でていく。いつもわちゃわちゃしている4人だが、そんな4人が合わせた演奏は観客達を魅了していく。演奏だけではなく、タクトの意外な歌唱力にも息を飲み、驚き、さらに盛り上げていった。

 

 時に幻想、時に厨二っぽい演奏や歌に盛り上がり、時間の経過を忘れさせていく。そうしていうちにいよいよ最後の曲へと移っていった。

 

「さあいよいよ最後の曲だぜ‼」

 

 最後となって別れが惜しいのか、えーっ‼という声が響く。アンコールの声もあったが、時間が時間なので終わらせるしかなったのが名残惜しい。

 

「最後の曲は、スペシャルなゲストに歌ってもらうよー‼」

 

 生徒達もノリに乗って歓声を上げる。タクトはにやりと笑ってステージの端の方を指さす。

 

「さあ甦れ!IRONシェフ‼」

「たっくん、シェフじゃないでしょ」

 

 カズキのツッコミにドッと笑いが上がるが、それでも中々ゲストが来ない。一体誰なのかザワザワと声が上がる。そんな様子を見ていたワトソンは緊張して出ることができなかった。キンジやカズキ達以外には男子として通しているのだが、女の子として、そして女子制服を着たまま皆に見せるのことに緊張と焦りがあった。

 

「みんなー‼応援して勇気づけてあげるんだー‼」

 

 タクトの指示に観客達は従い「がんばれー!」といった応援の声が上がる。それでもワトソンはどうしたらいいか戸惑っていた。そんな時、ナオトがひょっこりと顔を出し、手を差し伸べた。

 

「…ワトソン、行こう」

「‼…うん!」

 

 ナオトに勇気づけられたワトソンは覚悟を決めて手を取り、ステージへと向かった。女子制服を着たままのワトソンを見て、観客達は驚きと喜びの声を上げる。

 

「と、言うわけで、スペシャルなゲストは…ワトソンだぜぇ!」

 

\ウオオオオオオオッ‼/

 

 女子達も男子達のまるで外人4コマのように興奮して歓声の声を上げて盛り上がる。そんな様子を見ていたワトソンは照れながらもマイクを取る。タクトはニシシと笑ってギターを持つ。

 

「じゃあ最後の曲、行くよー‼テーマは『THE WORLD』だ‼」

 

 カズキのシンセから始まり、タクトのギターが盛り上げていく。ナオトのドラムとケイスケのベースも奏でていきついにワトソンは緊張しつつも歌いだす。ワトソンの歌声と歌詞に皆息を飲んだ。曲名通り、世界を、描かれていく世界の壮大さを彷彿させるような歌と演奏に魅了してく。そしてワトソンが歌い終わり、ほぅと息を吐いた。それと同時に盛大な拍手と歓声が響き渡った。

 

 そんな様子にワトソンはきょとんとしていたが、すぐに達成感と感動がこみ上げ、目を潤わせつつも笑顔で頭を下げた。タクト達も満面の笑みで手を振って返した。

 

「ナオト、皆…ありがとう。僕は…勇気を貰えたよ…」

「イエーイ‼みんな、ありがとーう!」

 

 タクト達は手を振ってステージから去っていった。そんな彼らの演奏を、歌を離れて見ていたリサはかなり感動して拍手をしていた。

 

「皆さん…すごいです(モーイ)すごすぎです(ヘール・モーイ)‼」

 

 ジョージ神父も拍手をし、ちゃっかり来ていたセーラも彼らの歌を聞いてふっと笑っていた。

 

「WORLD、か…中々いい事言うね…」

 

 彼らの歌のように、この世界も誰もが愛せればいいなとセーラは心の中で感じていた。

 

__

 

 文化祭の演奏は大成功になった。その後の打ち上げも盛り上がった。特にトリで歌ったワトソンは大好評で、『ワトソンくんちゃんがめっちゃ可愛かった』とか『ワトソンちゃんくん、歌手デビューしたら?』とかそんな声が上がっていた。こうして、文化祭も無事終了したのだった。

 

 無事に終わったその深夜、タクトはパタパタと学園島の公園をあたふたと走っていた。終わって自宅に帰り、いざ寝ようとしたところ、肝心の愛用のギターをステージに置きっぱなしだったのを思い出し、大急ぎで取りに戻っていた。

 

「いやー、すっかり忘れてたぜー…あ、帰りにカズキに頼まれたプリン買わなくちゃ」

 

 愛用のギターを背負いつつ駐車場へ向かう。その途中、タクトは学園島の公園を通っていると、綺麗に切れている街灯を見かけた。それだけではなく、スパッと切断されいる車もあった。

 

「え…?ナニコレ、スゲー‼」

 

 綺麗に切れていることにタクトは目を輝かせる。一体どうやって綺麗に切られたのか不思議に思っていると、どこかで金属音と空を切る音が聞こえた。何事かと思いタクトは音のする方へ向かう。

 

「あれは…白雪ちゃんと…誰?」

 

 抜き身の日本刀を構えている白雪と体の各所にマットブラックのプロテクターを装着し、目には猫耳のような形装置が付いた半透明の赤いバイザーかけた茶髪の小柄の少女がいた。その少女は自身の身長よりもある大型のタクティカルナイフのような刀を構えていた。

 白雪の近くには同じ武偵校の制服を着た茶髪の短いツインテールの小柄の少女が気を失って倒れていた。タクトはその少女はアリアの後輩である間宮あかりだと気づいた。

 

「この状況…あれか‼ハロウィンだな!」

 

 もう深夜だけども10月31日だし、打ち上げ終わった後にハロウィンパーティーもあったし、ハロウィンが続いていると納得する。となると、あの少女はお菓子欲しさに白雪と間宮あかりに悪戯をしているのだろうとタクトは考える。そうとなれば自分も乗ろうとタクトは駆けだした。

 

「白雪ちゃん‼俺もハロウィンやるー‼」

 

「えっ!?た、たっくん!?」

 

 タクトの突然の乱入に白雪は目を丸くして驚き、少女も驚いていた。そんな彼女たちを見てタクトは首を傾げる。

 

「あれ…?ハロウィンじゃないの?」

「たっくん‼ここは危ないからあかりちゃんを連れて逃げて‼」

 

 白雪は悲痛な叫びを出す。しかし、状況を理解していないタクトは親指を突き立ててドヤ顔をする。

 

「あれだな!本格的なハロウィンってやつか‼」

「あはっ!貴方も気づかなきゃよかったのにねぇ。非合理的ぃー」

 

 少女は標的をタクトに変えたようで、タクトめがけて襲ってきた。頭をにハテナを浮かべているタクトの前に白雪が立ち、日本刀で少女が振り下ろした刀を防いだ。しかし、少女の力が強いのか白雪は押されてしまった。

 

「健気ぇー。でも、分かってるんでしょ?今夜は璃璃色金の粒子が濃い。能力者には良くない夜なんだよ」

「くっ…‼」

 

 白雪は悔しそうに少女を睨み付ける。そんな様子を見ていたタクトは今の状況を見て納得して頷く。

 

「そうか‥‥白雪ちゃん‼俺が力を貸してやるぜ‼」

「「えっ…?」」

 

 そんなタクトに白雪も少女もきょとんとする。早速タクトは白雪の手を握りだす。

 

「悪戯してくるオバケを追い払う…そんなシナリオ、好きだぜ‼」

 

 タクトが力を込め始めた。すると、白雪は体全体に強い力が流れ込み、溢れんばかりの気と力が込み上がって来るのを感じた。白雪はこの状態に驚いていたが、今すべきことに集中した。

 

「たっくん、ありがとう…いくよっ!緋火虜鎚(ひのかぐつち)‼」

 

 白雪は自身の刀に松明のような炎を纏わせて斬撃を繰り出した。その炎は白雪自身が思っていた以上の大きさと威力に驚いていたがすかさず少女に向けて繰り出す。

 

「きゃぁっ!?」

 

 白雪の炎の威力と大きさに少女は驚き、防いだ。なんとか防ぎきったものの、今の威力に驚きを隠せなかった。

 

「ウソ…!?璃璃色金の粒子で能力が使えないはずなのに、なんで!?」

 

 白雪と慌てている少女はタクトの方を見る。タクトはドヤ顔してブイサインしている。能力が使えたこと、そしてそれ以上の力が出たのはもしかして彼の力なのか、二人は考えた。

 

 

『…時間だ、ジーフォース』

 

 その時、どこからか男の声が聞こえた。姿は見えずとも声が響く。それを聞いた少女は焦りだした。

 

「嘘でしょ…もう少しでお兄ちゃんの邪魔者を始末できるのに…‼」

『部外者に見られた上に、手こずってるじゃねえか。そいつはもういい。さっさと遠山キンジを誘き寄せるぞ』

 

 ジーフォースと呼ばれた少女は男の指示に納得いかないようで、猛犬のように白雪を睨み付ける。

 

「待ってよ。あと数秒…あと数秒であの女を半殺しにしてやるんだから…‼」

 

『…フォース。てめえ、俺を怒らせてぇのか?』

 

 殺気が籠った男の声が響く。それを聞いたジーフォースはびくりと恐怖におびえるかのように震えだした。

 

「ご、ごめん…ジーサード、い、勢いがついちゃっただけだから…」

『ふん…おい、運が良かったな。てめえらはその内俺が殺してやる』

 

 ジーサードと呼ばれた男の声はすぐに消え、ジーフォースも白雪を睨み付けた後、闇夜に消えていった。一体どういうことなのかタクトは分からなかった。ほっと一安心した白雪はガクリと膝をついた。

 

「たっくん…私、ちょっと休むね…あかりちゃんを起こして一緒に病院へ連れてって…」

 

 白雪はそう言って力尽きたように眠ってしまった。その代わり気を失っていた間宮あかりが起きようとしていた。

 

「…あれ?ハロウィンやらないの?」

 

 結局、ハロウィンだとタクトは勘違いしたままだった。




 Sは抜けてるけども…『THE WORLDS』は好きな曲ですね…

 文化祭終わったと思ったら、もう次の敵と…原作の展開の速さには焦った。
 敵さんハヤスギィ!?
 フリーザ終わったと思ったら人造人間登場ぐらいの速さかな…


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殴り込みアメリカン
39話


 ジーフォースもとい遠山かなめ編、ということなのでAAの皆さまもご登場…したのですが、なんだか余計にごっちゃに…ウゴゴゴ


「お前ら…俺を過労死させてえのか?」

 

 武偵病院の一室、眠気と苛立ちがつのっているケイスケは病院のベッドで座っているアリア、理子、レキ、白雪を睨み付けていた。

 

「深夜、寝てる最中ににたっくんから病院に来いって電話で起こされ武偵病院に行って白雪治療しようとしたら、急にワトソンから電話がかかって残りの3人が搬送されて合わせて4人の手当を一睡もせずにやったんだぞ?」

 

 俺の休日を返せとケイスケは愚痴をこぼす。しかしアリア達はそんなケイスケに申し訳ないとも思わずムスッとしていた。治療を手伝ってくれたワトソン曰く、ジーフォースという少女に一方的にコテンパンにやられたらしい。白雪の方はタクトが偶然その場に出くわしてなんとかなった為、軽症ですんでいる。ケイスケはカルテを見ながらため息をつく。

 

「とりあえず、お前ら4人はハイマキ含めて1週間の入院だからな」

 

 治療期間を告げるとアリア達はさらにムッとして一斉にケイスケに文句を言いだした。

 

「急に襲ってきたんだし…次は負けないんだから!さっさと退院させなさいよ‼」

「ケイくん、やられたらやり返す。だからもう少し治療おねがい‼」

「…納得いきません。もう少し日を短くしてください」

「ま、待って‼それ以上ケイスケ君に文句を言ったら…‼」

 

 白雪が止めようとしたが時すでに遅し。それを聞いたケイスケは鬼の形相でアリア達を睨み付けた。般若が怒りのオーラが漂っているように見え、アリア達はビクッと驚く。

 

「あぁ?自動販売機に圧し潰されて全身打撲に全身損傷してるのを、瓦礫に埋もれて大怪我してるのを、破片手榴弾(M67手榴弾)をくらって顔と頭以外の体に破片が刺さった奴を、入院1週間で済むよう必死こいて手術したり治療してやったのにまだ文句を言うかぁ?」

 

「ケイスケ先生、滅相もございません」

「ケイスケ先生、そのような事あろうはずがございません」

 

 怒りオーラ満載のケイスケにアリアと理子は即答して頭を下げる。俺はブラックジャックじゃねえんだぞとケイスケは愚痴をこぼしながら4人に紙きれを渡した。その用紙と書かれている物を見てアリアは目を丸くする。

 

「ちょっと‼請求書の書かれてる額がおかしいんだけど!?」

「け、ケイくん。0が一つ多いのは理子の気のせいかなー…?」

「一、十、百、千、万、十万…」

「さ、3人ともそんなに高いの!?」

 

 アリアと理子は予想を超えた額に目を白くさせる。ケイスケは当たり前だろと言うような顔をして話を進める。

 

「白雪は軽症だったからいいとして…お前ら3人は当然の額だろうが。それに、ジーフォースとかいうキンジの妹と自称する奴が自分が原因だと謝って、半分の額を払ったんだから有り難く思えや」

 

 ジーフォースと聞いてアリア達はムスッとする。戦闘も金銭面も完膚なきまでやられてしまったことに悔しさがつのる。もう少し安くしてくれと訴えようとしたがケイスケが先制をかける。

 

「キンジを含め、お前ら『バスカビール』はこれまで俺に治療費払ってねえからな?今月中に払わねえと…訴える。それが嫌なら1()()()()()にして、払え」

 

 ケイスケは一応4人に釘をさして病室を出て行った。この先ちゃんと払ってくれるかどうか心配しつつ、ワトソンから聞いたジーサード、ジーフォースの事に不安と焦りを感じていた。戦いは休む暇を与えてくれない。次から次へと厄介事に巻き込まれていくことにため息をついた。

 

 その翌日、アリア達4人は安静を破って長距離狙撃銃だの繊維弾だのM60だの武器を病室に持ち込んで、キンジと共にお見舞いに来たジーフォースと一触即発になりかけたことに様子を見に来ていたケイスケは激怒し武器を全部没収し、治療費の値上げをした。

__

 

「カズキ、ケイスケはなんで怒ってたんだ?」

「うーん、知らね」

 

 学園島の公園のベンチでタクトとカズキはのんびりとリーフパイを食べていた。昨日からケイスケは不機嫌のままで、自分の医務室をリサ以外立ち入り禁止にしてカズキ達を追い出したのだった。いつもの場所でぐうたらできないので二人は仕方なしにここで時間を潰すのだった。

 

「ここんところ、ケイスケは忙しかったからな。チアノーゼマンになりかけてるんだろ」

「カズキ、それを言うならノイローゼマンじゃね?」

 

 あ、そうだったとカズキとタクトはガハハハと笑いあう。しかし、いつもの場所でないのでこれからどうしようか2人は悩みだす。

 

「カズキ、次は何して遊ぶか?」

「そうだなー。たっくん!マクロスごっこでもしようぜ‼俺バルキリーな‼」

 

 カズキはいきなり「バルキリーだぞー。ブーン」と言い出して走り回る。タクトは自分がバルキリーをやりたかったと拗ねていた。

 

「じゃあ私がガウォークやるね!」

 

 そんな時、何処からか女の子の声が聞こえた。二人がキョトンとしていると茂みから武偵校の女子制服を着た茶髪の少女が飛び出してきた。その少女はカズキに向かって駆け、懐に近づいてきたや否やカズキの腕をつかみ背負い投げをした。

 

「一機撃墜っ‼」

「あばす!?」

 

 カズキを投げ倒した少女は今度はタクトにターゲットを変えて駆け出してきた。慌てだすタクトはホルスターから銃を取り出さず、咄嗟に手に持っていた紙袋から多めに買っていたリーフパイを取って前に突き出した。

 

「はむっ!?」

 

 少女は突き出されたリーフパイを口に咥えて止まった。美味しそうに食べるのでタクトはもう一枚リーフパイをあげてみた。少女はサクサクとリーフパイを食べていく。

 

「んぐんぐ…んっ…ふぅ、さすがはタクト先輩ですね!」

 

 リーフパイを食べ終わった少女はタクトにニッコリと笑顔を見せるがタクトは首を傾げていた。

 

「…誰?」

「イヤイヤイヤ!?文化祭が終わった深夜に会ってますよ!?私ですよ!ほら、白雪とかいう人と戦ってた‼」

 

 ずっこけそうになった少女はタクトに会っていると話して会ったその日を説明する。しかしタクトはそれでも頭にハテナを浮かべて首を傾げる。

 

「あのね…たっくんは忘れっぽいんだ」

 

 カズキがこっそりと少女に伝える。それを聞いた少女はため息をついて苦笑いをする。

 

「はぁ、仕方ないですね…凄いのか凄くないのか、タクト先輩達はおかしな人達です」

「それで…えーと、誰だっけ?」

 

 少女は満面の笑みを見せて二人にぺこりとお辞儀をした。

 

「初めまして!遠山キンジの妹の遠山かなめです‼いつもお兄ちゃんがお世話になっております!」

 

「あー。キンジの妹さんね!ほんとねー、キンジの奴のリア充さにはまいっちゃってさー」

「かなめちゃんも大変だよね。お兄さんが色々と‥‥ん?キンジの妹…?」

 

 カズキとタクトはピタリと動きを止める。『妹』という言葉を聞いてかなめをじっと凝視しだした。そんな固まった二人に今度はかなめが首を傾げる。

 

「「え゛えええええっ!?」」

 

 二人は驚愕し大声で叫んだ。そんな二人のリアクションの遅さにかなめは苦笑いをする。

 

「すげええ!?あー確かに、言われてみるとそんな気がしてきたぜ‼」

「どちらかというとカナさん似っぽいし…あいつ、お兄さんだけじゃなくて妹がいたなんて、だんご大家族かよ‼」

 

 言ってる意味が分からない。タクトとかなめは喚くカズキにツッコミを入れる。それよりも妹だと聞いたカズキとタクトは驚くよりも納得しだす。そんな二人にかなめはきょとんとしていた。

 

「普通だったら皆驚くのに、タクト先輩達は斜め上の反応をするんですね」

「まああれだ。あいつ、妹いますよー的なオーラ出してたし?いてもおかしくねえと思ったぜ」

「それよりも、かなめちゃんはキンジの妹なんでしょ?当たり前の事じゃん」

 

 かなめは二人の答えを聞いて、少し驚いていたがニッコリと満面の笑みで頷いた。

 

「えへへ…ありがとうございます!あ、そうだった。実はタクト先輩にお願いがあるんです」

「ええっ?俺にお願いが?もしかして…世界の半分をくれとかか!?」

「たっくん!もしかしたら、焼きそばパン買ってこいとかでしょ‼」

 

 ふざけているタクトとカズキをよそにかなめは大きく頭を下げた。

 

「タクト先輩‼私と戦徒(アミカ)を組んでください!」

 

「…えっ?」

「う゛ええええええっ!?」

 

 タクトは目を点にし、カズキはかなめのお願いを聞いて凄く驚愕していた。戦徒とは先輩の生徒が後輩の生徒とコンビを組み、訓練や指導を一年間行う制度である。男子が組めば戦兄弟(アミコ)、女子が組めば戦姉妹(アミカ)と呼ばれる。勿論、異性同士で組むことも可能である。

 頼まれたタクトよりもそれを聞いていたカズキが慌てだす。タクトに至っては理解していないようで首を傾げていた。慌てているカズキがかなめに確認した。

 

「か、かなめちゃん!?そ、それってマジで言ってるの!?」

「はい!カズキ先輩、マジです」

 

 ウィンクするかなめにカズキは心配しだす。それもそのはず、タクトは後輩である1年生の間で出た『絶対に戦徒申請したくない先輩ランキング』でベスト1位に輝いている。理由としては『何を考えているのかわからない』『何をしでかすか分からない』『たっくんスーパー弱いね!』と色々ある。ちなみに2位はケイスケで3位はカズキ、4位はナオトである。

 

「ホントはお兄ちゃんに申請したかったんだけどー、既に他の女がお兄ちゃんと組みやが…組んでるので。それで白羽の矢が立ったのはタクト先輩なんです!」

「ど、どうしてタクトなの?」

 

 未だに理解していないタクトの代わりにカズキが恐る恐る聞いてみた。かなめは目を輝かせてカズキに答えた。

 

「すごいじゃないですか!一見弱そうに見えるけども…タクト先輩の潜在的なパワーや、先輩たちの活躍を聞いてお兄ちゃんの次に凄いですよ‼」

 

 貶されているのか褒められているのか、分からないが取りあえず褒められているとカズキとタクトはでへへと照れだす。

 

「それに、お兄ちゃんと親しいですし…お兄ちゃんを真人間にするのを手伝ってほしいんです‼」

 

 お願いします‼とかなめはもう一度頭を下げてお願いした。カズキはタクトがどう返すのかドキドキして見守る。

 

「た、たっくん!どう答え(ry」

「いいよ‼」

 

「「はやっ!?」」

 

 タクトの即答にカズキもかなめも咄嗟にツッコミを入れた。タクトはにししと笑って頷く。

 

「キンジは最近女たらしっ気が増してるからねー…かなめちゃん‼この漆黒の堕天使的存在、菊池タクトがキンジをパーフェクト真人間にするよう手伝ってあげよう!」

 

「ほ、本当ですか!?タクト先輩、ありがとうございます!」

 

 かなめは大喜びしてタクトの手を握り何度も振る。カズキは多分タクトは半分しか理解していないだろうなと遠い目をしていた。

 

「そうと決まれば善は急げですね!タクト先輩、早速申請しに行きましょう!」

「フハハハ‼アミカになった以上、俺は天才だー‼カズキ、行こうぜ‼」

 

 ルンルン気分で歩くかなめ、俺は天才だと叫びながら歩くタクトを見てカズキは仕方なしにその後ろについて行った。

 

「たっくん…それアミカちゃう、アミバや」

 

__

 

「マジか…」

 

 医務室にて、ケイスケはカズキから【たっくん、かなめちゃんとアミバになる】というメールが送られてきてギョッとする。ジーフォースもとい、遠山かなめの行動の速さにケイスケは驚きを隠せなかった。それよりももうすでに巻き込まれてしまっていることに項垂れる。

 

「ケイスケ、誰からメールが来たんだ?」

 

 医務室の座椅子に座っているキンジが気になって伺った。伝えるべきかやらないべきか悩んでいたケイスケは大きくため息をついてキンジの方をジト目で睨む。

 

「お前の妹が‥‥たっくんに戦徒申請した」

「なっ!?マジかよ!?」

 

 キンジはうげっと嫌そうな顔して驚く。嫌そうな顔をしたいのはこっちだとケイスケはため息をつく。

 

「お前の妹は早速俺達を巻き込むつもりだぞ」

「あいつは俺の妹じゃねえよ…ていうかこういう時は頼りになる奴に助けを求めろって言ったのはケイスケだろ」

 

 キンジはかなめが妹ではないと否定し、ケイスケにプンスカと文句を言いだす。キンジは今、ジーフォースもとい妹と名乗るかなめに付き纏われている。この現状をどうにかしようとケイスケに助けを求めたのだった。ケイスケはリサに注いでもらったコーヒーを飲んでキンジを睨む。

 

「あのな、俺はカウンセラーじゃねえぞ。それにできたとしてもアドバイスしかやらね」

「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ。ジャンヌやワトソンに助けを求めたらいいのか?」

 

 ケイスケはため息をついてコーヒーを飲んだ後、キンジを呆れるように見る。

 

「今回は逆だ。外堀を埋めるんじゃなくて、外堀を増やして守りを固めている」

「そ、それってどういうことだ…?」

 

「俺達を利用しようとしたり、周りに味方を付けてお前にアリア達が寄ってこないようにしている。下手したら…アリア達は殺されるぞ」

 

 ケイスケの話を聞いてキンジは驚愕し危うくコーヒーをこぼしそうになった。キンジはガタリと席を立ち焦りだす。

 

「どすればいいんだよ!?アリア達を死なすわけにはいかねえんだ‼」

「そうかっかすんな。方法はある‥‥かなめを妹と認めろ」

 

 キンジは「はぁ!?」と声を出す。アリア達を襲い、傷つけ、勝手に妹と名乗っている少女を妹だと認めろと聞いて納得はいかなかった。ワトソンやメーヤ、他の師団からもそれを利用してジーフォースを味方に入れろと似たようなことを言ってきていたのだった。納得いかないキンジを見てケイスケは一言付け足した。

 

「…お前。ジーフォースに名前を付けて妹と扱っちまったんだからな?」

「あっ…」

 

 キンジは自分がやってしまったことを思い出す。女子生徒達に名前を聞かれ、ジーフォースだとおかしいのでキンジは咄嗟にかなめと名付け、妹として扱ってしまった。既に先手を打たれてしまったことを思い出して目をそらした。

 

「お前にぞっこんなら、『アリア達に手を出すな』とか言っておけばすぐ簡単に手を出さねえだろう。後はお前次第だけど」

「結局、俺次第かぁ…」

 

 そんな自分の力量と話術によって自分や仲間達が左右されると項垂れているキンジにケイスケは一つ注意をした。

 

「しかし…お前も気を付けろ。特に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「フラグ…?お前、理子みたいなこと言われても分かんねえよ」

 

 呆れているキンジを見てケイスケはベッドの下からタクトが勝手に持ってきていた道具箱を取り出して中を漁り始めた。何をしているのかキンジとリサも不思議に思っているとケイスケは一枚の音楽CDをキンジに渡した。

 

「え…『ヤンデレの妹』?何だよこれ?」

「いいか?それを嫌になるほど聞いて学習しろ。お前の場合は絶対に聞かないと死ぬ」

 

 「俺死ぬのか!?」とキンジはギョッとするがケイスケは話を進める。

 

「キンジ、かなめがお前に狂っている程ぞっこんな場合…お前の行動一つ一つ見られていると思え。変なフラグ立てんな、ラッキースケベすんな。あと俺達を巻き込むな」

「いやいやいや!?そんな急に言われても困る‼」

 

 焦るキンジにケイスケは窓の方をチラッと見た後、問答無用で外へ追い出そうとしだした。

 

「うるせえ。アドバイスはこれで終わりだ。俺の休みをこれ以上削んな!帰れ‼」

 

 何かと言おうとしているキンジをケイスケはケツに蹴りを入れて追い出した。やっと医務室が静かになったとケイスケはふぅと一息つく。そんな疲れているケイスケにリサはコーヒーを注いで落ち着かせる。

 

「遠山様はこの先大丈夫でしょうか…?」

「さあな。あいつ次第だ…ま、俺はどうでもいいんだけど」

 

 ケイスケはコーヒーを飲みながら窓の方を見る。先ほどキンジにアドバイスしている最中に誰かに見られている気配を感じたのですぐにキンジを追い出した。気配はもう消えたが、この先の事を考えるとケイスケは深くため息をつく。

 

「…あ、そういえばナオトは何処行った?」

 

 ケイスケは今度はナオトの心配をする。カズキとタクトはかなめと、自分とリサはキンジと行動してしまっている中、ナオトはどうするのか、これ以上チームが本当にバラバラになってしまいたくないので不安になっていた。

 

__

 

 ナオトは道に迷っていた。ケイスケに医務室から追い出されたその後、暇だから好きなイチゴ大福を買いに行こうと最中に理子からメールが来て、『力を貸してほしい。武偵病院まで来てくれ』という内容が書かれていたので武偵病院へと向かおうとしていたのだが、どう道を間違えてしまったのか全く別の所を歩き続けていた。

 

「…無視して屋上で寝過ごせばよかった」

 

 ナオトは自分の方向音痴性と行動に後悔していた。気が付けば人目の付かない路地裏を歩き、どんどん知らない道を歩き進めている。これ以上歩いて行ったら帰れなくなるかもしれない。ナオトは来た道を戻ろうとした。

 

「…?」

 

 しかし、ナオトは歩みを止めた。何故か来た道にかすかにワイヤーが張られているのに気づいた。まるで蜘蛛の巣のようにきめ細かく張られているワイヤーに違和感を感じた。

 

「…歩みを止めて正解よ。喧しい蟋蟀さん」

 

 女性の声を聞いてナオトは後ろへ振り向く。そこには武偵校の女子制服を着た長い黒髪の背の低い少女が物静かにこちらを見て立っていた。ナオトは何処かに蟋蟀がいるのかとキョロキョロしだす。

 

「…初めまして。私は夾竹桃。『元』イ・ウーで今は武偵校の生徒よ」

「…蟋蟀どこ?」

 

 イ・ウーと聞いて反応するかと思いきや、只管コオロギを探していて話を聞いていないナオトに夾竹桃は肩を竦める。

 

「いや、うん…ごめん、貴方のことだから」

「俺?俺は江尾ナオトだけど…?」

 

 どこまで天然で自覚がないのか、夾竹桃は呆れだす。このままだと話が全く進まない。そう考えた夾竹桃は行動に移った。

 

「ごめんなさいね。少し、貴方を試すわ」

 

 何を試すのかナオトは首を傾げていると、夾竹桃はすっと袖からナイフを出しナオトに向けて投げた。こっちにナイフが飛んできている事に気づいたナオトはそのナイフを躱す。ナオトは夾竹桃が近くのワイヤーをピンと指で弾くを見た。鼻がひくりと動いたナオトはすかさず背負っている鞄からガスマスクを取り出し吸気缶の蓋を外し身に着ける。

 

「危険察知は早いのね‥‥大丈夫、ただの催眠ガスよ」

 

 夾竹桃は左手の手袋外し、何色もの色が付いたネイルをした左手を見せるや否や素早くナオトへめがけて駆けていき左手で貫手をする。ナオトはそれも躱し、両手で夾竹桃の左腕を絡めるように掴み投げ倒す。左手を使わせないように腕を掴んで拘束をする。

 

「…多数しか戦っていないからサシなら勝てそうと思ったんだけど…」

 

 夾竹桃は目をぱちくりさせて頷く。どういうことなのかナオトは首を傾げる。

 

「まぁ私の左手の毒に気づいたのかどうかは分からないけど、その対応や動きも考えて…大体合格ね」

「???」

 

 独り言のように話を進めていく夾竹桃にナオトは一体どういうことなのか分からなくなってきた。困惑しているナオトを見てため息をつく。

 

「理子が言ってた通り、貴方達なら頼りになりそうだわ。あかり、出てきていいわよ」

 

 夾竹桃は後ろの方に視線を向けて声を掛けた。するとひょっこりとアリアの後輩である間宮あかりが申し訳なさそうに出て来た。

 

「あ、あの…アリア先輩も言ってたのですが…お願いがあります」

「江尾ナオト…遠山かなめは武偵校を支配しようとしているの」

 

 ナオトは更に困惑する。いきなり襲われるわ、急にお願いされるわ、遠山かなめはいったい誰なのか知らないし、一体何の話をしているのかさっぱり分からなかった。拘束から外された夾竹桃は一息入れて話を進めた。

 

「貴方の実力はどうか知らないけど…力を貸してほしいの。遠山かなめは危険な存在。下手したら武偵校で死人が出るわ」

「ナオト先輩‼お願いします、志乃ちゃん達を…アリア先輩達を助ける為に力を貸してください!」

 

 

「えー…」

 

 面倒くさそうに、眠たそうに返すナオトにあかりと夾竹桃はずっこけそうになった。

 

 

「ね、ねえ…ナオト先輩で大丈夫なの…?ケイスケ先輩に頼んだ方が…」

「うん、ごめんなさい…私も幸先が不安になってきたわ…」




 アニメAAの夾竹桃さんはすっごいいい声してたのでメッチャ盛り上がった
 漫画の方もスタイル良し、下着、プリケツの三拍子で…
 水蜜桃?…知らない子ですね(目を逸らす)


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40話

 かなめが登場して、10巻を何度も読み直しても「ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて眠れない」CDを思い浮かべてしまう…
 キンちゃんさんはフラグ乱立してますし、シカタナイネ


「さあかなめちゃん!一緒に取り掛かるとしよう!」

「はい、タクト先輩‼…ところでどうしてキッチンにいるんですか?」

 

 気合いを入れて答えたものの、かなめは首を傾げる。かなめはタクトとカズキと共に買い物をし、今現在タクト達の自宅のキッチンにいた。エプロンを付け料理する気満々のタクトは自信満々に答えた。

 

「かなめちゃん…やっぱりね、真人間にするには相手の胃袋を制することが一番大事なんだ」

「たっくん、たぶんそれ違う」

 

 同じくエプロンをしているカズキがそっとツッコミをいれるが、かなめは成程と呟きながらメモを取る。

 

「それでタクト先輩、どんな料理を作るんです?」

「ふっふっふ、男が好きなものと言えば…カレーだぜ‼」

 

 タクトはふふんと胸を張りながら先ほどお店で買ったカレールーを掲げた。するとかなめは購入した食材を確認しつつ首を傾げる。

 

「カレーですか?それだったら一番料理法を調べてやった方が…」

「かなめちゃん、一番大事なのは自分の力で自力で作ることさ‼愛情が籠っていればどんな一流シェフの料理よりも勝る‼」

 

 力説のようで力説ではないようなことをカッコつけて語るタクトにかなめは目を輝かせて何度も頷く。そんな二人をカズキは心配そうに見る。

 

「たっくん、質問だけど…なんで食材が肉ばっかりなの?」

「甘いぞカズキ。世の中には『良い』カレーと『悪い』カレーがある…男の子と言えば皆お肉が大好き。だから肉のみのカレーを作るぞ‼」

「おーっ!」

 

 タクト曰く、男なら誰だってやってみたい肉だけのカレー。今ここに男の夢を実現してやろうではないか。タクトはヤル気満々だし、かなめもタクトに続いてのり出したのでカズキももうツッコまずにのることにした。

 

 鍋に水とルーやスパイスを入れつつ、片方のコンロを使って牛肉と鶏肉、豚肉、ラム肉、挽き肉やベーコンやウィンナーをフライパンで順番に炒めつつ鍋へ投入していく。ホールトマトや調味料を入れて味を調整して、こうして男の夢(?)である肉ばっかカレーが完成した。

 

「古に伝わりし肉ばっかカレーの出来上がりだ‼これで男のハートもイチコロだぜ‼」

「すごいです!お兄ちゃんのハートをイチコロどころかお兄ちゃんの胃袋をイチコロですね!」

 

 なんの工夫も入れていない、ただくどいだけのカレーになっているかもしれない。しかし、レシピを見ないで一生懸命に一から作ったことにタクトもかなめも達成感を感じていた。カズキはこのカレーをどうするのかその行く先を憂いていた。かなめは一通りレシピをメモした後、満面の笑みでお辞儀をした。

 

「タクト先輩、カズキ先輩、ありがとうございます!どんな最先端技術でも愛情が勝る…とっても参考になりました!この肉ばっかカレー、自分なりにアレンジを加えて作ってみます!」

 

「頑張ってねかなめちゃん!健闘を祈るぜ」

 

 ドヤ顔するタクトにかなめは再びお辞儀をして手を振って帰っていった。それを見送った二人はさてとと完成している肉カレーを見る。

 

「たっくん…これどうすんの?」

「ケイスケに怒られる前に全部平らげるぞ。もうご飯は炊けてるから」

 

 ああやっぱりとカズキは遠い目をした。タクトはお皿にご飯を盛り、肉カレーをかけていく。4,5人前ほどのこのカレーを二人がかりで食べていき、その日カズキとタクトは胃もたれを起こした。

 

__

 

「キンジ、顔色が悪いようだが何かあったのか?」

 

 1週間後、ケイスケとリサは校庭でキンジにばったり会った。キンジに至っては何やら顔色が悪いように見える。

 

「いや…昨日、かなめが作ったカレーですっごい胃もたれをしててな。美味しかったんだが流石に肉ばかりは…」

「はぁ?お前こんな時に胃を痛めてどうすんだ。この先やっていけなくなるぞ?」

 

 ケイスケはそんなキンジに呆れてため息をつく。この先、かなめのプレッシャーにどんどん押されていくかもしれない。初っ端からこの状況だとすぐにでもやられてしまうだろう。リサは鞄から処方箋を取り出してキンジに渡した。

 

「遠山様、気休めかもしれませんが胃腸に効く漢方薬をご用意いたしました。どうかお使いください」

「あ、ありがとうな。そうだ、ケイスケ。これを返しとくぞ」

 

 キンジは昨日ケイスケが渡した『ヤンデレの妹』のCDを返した。ちゃんと聞いて理解したのだろうかケイスケは念のためキンジに確認をとる。

 

「キンジ…ちゃんと聞いたんだろうな?」

「ああ。とういうか…下手したらマジで俺死ぬのか?」

 

 キンジは冷や汗をかきながら尋ねた。ちゃんと聞いて色々察してくれたようだ。CDの内容とかなめの行動を重ねてみて、行動を一つでも間違えたらどうなるか理解をしたようだ。ケイスケは黙って頷いて答える。

 

「これでわかったろ。回りに気を付けるんだぞ。それでお前なりに防衛線を張ったか?」

「まあな…これから一般校区の公園に行き、風魔に状況を聞く」

 

 それを聞いたケイスケは肩を竦める。風魔とは1年C組の風魔陽菜のことでキンジの後輩であり戦徒の()()()()である。昨日の忠告を聞いていないのかとケイスケが呆れているのを察したキンジは咄嗟に弁解する。

 

「だ、大丈夫だ。かなめに見られないようひと気のない所に行からさ」

 

 風魔を待たせているとキンジは駆け足で去っていった。そんなキンジを見送ったケイスケはため息をつく。甘い、実に甘すぎる。ひと気のいない所にいけば見つからないだろうと油断している所をあいつは、遠山かなめは見てくるだろう。それにキンジのことだから軽々とフラグを立てていき、かなめのヤンデレ度をあげてしまうに違いない。

 

「あいつ…今のうちに手を打たねえと、妹に殺されるな…」

 

 ジャンヌといい、ワトソンといい、そして風魔といい、キンジには男の仲間はいないのかとケイスケは案じた。今すぐにキンジを止めておきたかったのだが、するのをやめた。

 ケイスケはキンジの後を気配を消してついて来ていたかなめの方を見る。かなめは殺気を放ちながらケイスケを睨んでいた。いつケイスケを襲ってくるか分からない、リサが警戒してケイスケの前に立とうとしたがケイスケはそれを止めた。

 

「そう殺気立つなって。俺はあいつの相談役だ。別にお前とキンジとの仲を引き裂くつもりは全然ない」

「‥‥」

 

 ケイスケの話を聞いてもかなめは殺気をビンビンに立てて睨んでいる。そんなかなめを見てケイスケはやれやれとため息をつく。

 

「お前ら兄妹はどうして理解力がねえんだか。お前はあいつの妹なんだろ?何の問題がある?」

 

 それを聞いたかなめは殺気が消えてキョトンとケイスケを見つめる。面食らったようで少し戸惑っていた。

 

「け、ケイスケ先輩は私を止めないんですか…?」

「んなもん知るか。ただあいつがお前を妹と認めていないだけだ。俺はあいつにかなめとどう接するかアドバイスしているだけ。俺達は巻き込まれているだけであいつらがどうなろうと知ったこっちゃねえし」

 

 ケイスケの愚痴混じりの話にかなめは少し驚きつつも、クスリと笑った。

 

「ごめんなさい…私、ケイスケ先輩を警戒していました」

「目的とか理由は知らねえ。ただあいつの浮気性ぐらいは多めに見てやれよ?」

 

 ケイスケは苦笑いしてかなめに言っておいたがかなめはニッコリと満面の笑みで頷く。

 

「大丈夫です!これからお兄ちゃんが約束守ってるかどうか様子を見るだけですから!」

 

 そう言ってかなめは失礼しますとお辞儀をして走って行った。ケイスケはため息をついて肩を竦める。どうして遠山兄妹は人のアドバイスを無視するのか。タクトと戦徒を組んだようだが、変な影響は出ていないかやや心配しながら遠くに見えるかなめを見る。

 

「なあリサ、今度からカウンセリング料もとるか」

 

__

 

 学園島の公園をとぼとぼと歩いている間宮あかりは心配気味だった。遠山かなめの手によって周りの友達の仲がバラバラになり自分は孤立してしまった。かつて戦った敵でもあり、今は同じ武偵校に通う夾竹桃の助言により入院しているアリア先輩や理子先輩に話をした。

 先輩たちは『こういう時は状況に流されないあの4人組を利用すればいい』とアドバイスを聞いて、さっそく4人組の1人である江尾ナオトに協力を昨日から頼んだ。しかし、あかりはちらりと視線を向ける。

 

「‥‥」

 

 肝心のナオトは和菓子屋で買ったイチゴ大福を黙々と食べていた。どうしてこうものんびりできるのか夾竹桃もあかりも不安そうにナオトを見つめる。視線に気づいたのかナオトは首を傾げる。紙袋からイチゴ大福を二つ取り出す。

 

「…食べる?」

「いや、食べないから…」

 

 夾竹桃は呆れながら断る。ナオトは美味しいのにと呟いて残りのイチゴ大福を黙々と食べだす。痺れを切らしたあかりはナオトに訴えかける。

 

「ナオト先輩、どうしてそうのんびりできるんですか!?今もこうして遠山かなめに追い詰められていっちゃうんですよ!?」

 

「…落ち着け。慌てたら負け」

 

 あかりの訴えはあっさりとナオトに返された。ようやく残りのイチゴ大福を食べ終わったナオトは一息ついてあかりの方に視線を向ける。

 

「相手は勝手に自滅するのを待っている。今は動きを潜めるか地盤を固め直すかだ」

「地盤を固め直す…志乃たちの仲を治すことが先決ね。」

 

 ふっと出たナオトのアドバイスを聞いた夾竹桃はこれからやらるべきことを決めた。今、あかりが動けば遠山かなめはよりもっとえげつない手を使ってあかり達のチームワークを傷つけていくだろう。自分はあまり動くなと言われたあかりはそれでも不安だったようで、ナオトは眠たそうに欠伸をしながらベンチに座る。

 

「急がば回れ。あかりは他の味方を入れるべきだ…キンジとか」

「ええっ!?遠山キンジ…先輩ですか…!?」

 

 あかりは少し嫌そうな顔をする。尊敬しているアリア先輩をたぶらかす遠山キンジを味方に入れろと言われてもどうしてもできない。確かに風魔陽菜から聞いた話によると女たらしで不甲斐ない男だけども本気になると強いと聞く。しかし今のキンジは遠山かなめが独占している。

 

「ナオト先輩ー、それは非合理的ですよー」

 

 あかりと夾竹桃は聞き覚えのある声を聞いて咄嗟に身構える。ナオトは一体何事かとキョトンとしていたが自分の頭上に布切れのようなヒラヒラした物が空中に飛んでおり、それがナオトめがけて飛んできたのでナオトは咄嗟にベンチから離れた。

 

「うおっ!?なにこれ!?」

「ナオト先輩‼それは遠山かなめの武器です!」

 

 いきなり飛んできた物に驚くナオトにあかりは叫んで説明する。あかりと夾竹桃は警戒して辺りを見回す。どこに遠山かなめが潜んでいるか、どこから襲ってくるか、息を飲んでいた。しかし、ナオトは飛んでいる物体に目を輝かせていた。

 

「お兄ちゃんと私の仲を邪魔するなら、たとえ先輩でも容赦しませんよ?」

 

 彼女たちの警戒に答えるようにかなめはニコニコしながら現れた。あかりと夾竹桃はぎりっと歯ぎしりするようにかなめを睨み付ける。そんな二人にかなめは養豚場の豚を見るような冷めた目で見つめる。

 

「ふん、ドブネズミのようにしつこいなぁ…どっかでひっそりと死んでるかと思ったら、助っ人を呼んだつもり?やっぱり、二度と私に歯向かわないようにしてや(ry」

「ねえ、これなに?」

 

 かなめの話を遮るようにナオトは目を輝かせながらヒラヒラと飛んでいる物を指さす。いきなり話しかけられたのでかなめはきょどる。

 

「え、えっと…磁気推進繊盾(P・ファイバー)って言いまして、米軍の次世代無人機です」

「UAVか‼俺もこれほしい‼」

 

 まるで欲しいものをねだる子供のようにナオトは物欲しそうに磁気推進繊盾を見ていた。そんな様子にかなめは苦笑いする。

 

「高いですよー。粗品でもだいたい5百万ドルもしますよ?」

「マジか…安くなったら教えて!」

 

 この先端化学兵器がいつ安くなるのか、それは当分先の事になるだろうとかなめは再び苦笑いした。そんな事よりも話が脱線してしまっていることにあかりは気づく。

 

「ナオト先輩‼気を付けてください!」

「あの子が‥‥えーと、誰だっけ?」

 

 話が振出しに戻っていることに、結局ナオトが話を聞いていなかったことにあかりもかなめもずっこける。緊迫した雰囲気が台無しであることに夾竹桃も呆れ果てる。

 

「あ、あははは…ほんとナオト先輩は天然ですね。初めまして、遠山キンジの妹の遠山かなめです」

 

 かなめはニッコリと笑い、ぺこりと頭を下げた。キンジの妹であることを聞いたナオトはポカンとして立ったまま動かなくなった。そんなナオトをあかりとかなめが心配する様に見ていたが、ナオトは納得したのかポンと手を叩いた。

 

「ああ。なんだ、キンジの妹か。どーりで…」

「えっ…?」

 

 ナオトは納得する様に何度も頷いていた。さっきのような相手を警戒している様子が全くなくなり、勝手に自己完結しだすナオトにかなめとあかりは困惑した。

 

「えっと、ナオト先輩は違和感を感じないのですか?それに戦わないんですか?」

「ナオト先輩‼遠山キンジに妹なんかいないんですよ!?」

 

 お兄ちゃんを呼び捨てするなとかなめは殺気を込めてあかりを睨み付ける。一方のナオトは首を傾げていた。

 

「妹なら妹でしょ?それに妹泣かしたらキンジに怒られるし」

 

 まさかの天然に3人は呆気にとられた。しかしかなめは少しムッとした様子でナオトをジト目で睨みだした。

 

「それはいいとして…ナオト先輩、ちょっと失礼ですよー。そう簡単に泣きませんし!」

 

 かなめの掛け声とともに先ほどから浮遊していた磁気推進繊盾が3つ、ナオトに向かって飛んできた。それはナオトの足や腕に巻き付くように飛んでくるがナオトは縫うように躱していく。避けきったと思いきやいつの間にかかなめがナオトの懐まで迫ってきていた。かなめはジャックナイフを取り出して振るおうとした。しかし、咄嗟にその手を止めた。

 

「!?」

 

 かなめは驚いていた。自分のナイフはナオトの首の前に突き立てていたが、それと同時に自分の首の近くにナオトのカーボンナイフが突き立てられていたのだった。驚くかなめにナオトは申し訳なさそうに謝る。

 

「わるい。ビックリするとつい動いてしまうんだ」

「いえ…これは引き分けですね」

 

 謝るナオトにかなめはくすりと微笑む。ジャックナイフをしまい、ぺこりとお辞儀をする。

 

「ナオト先輩、失礼しました。また今度、お手合わせお願いしますね!」

「考えとく…そんなことより仲良くね」

 

 そんなナオトの一言にかなめは苦笑いしながら「善処します」と答えた。しかし、あかりを見る目はいつか仕留めてやると言わんばかりの殺気が込められていた。かなめは再びお辞儀をして去っていった。ナオトは一息ついて一部始終を見ていたあかり達の方を見る。

 

「疲れたし、帰ろっか」

 

 先程の戦いがまるで嘘のように脱力して欠伸をしているナオトを見て夾竹桃は息を飲む。

 

「…速かったわね」

「え?そ、そうだね…遠山かなめの動きは。もっと厳しい戦いになりそうかも」

 

 そう答えるあかりに夾竹桃は首を横に振る。

 

「違うわ…ナオトの振るったナイフの方がかなめより速かったのよ」

 

 それを聞いたあかりはギョッと驚く。夾竹桃が言うにはかなめがナオトの懐まで一気に迫った時、ナオトはびっくりして振ったナイフ、『びっくりナイフ』は既にかなめの首まで迫っていた。かなめ自身もそれに気づいて驚き動きを止めたというのである。

 

「まさかびっくりして先手を取るなんて…凄いのか凄くないのか、本当によく分からないわ」

 

 呆れる夾竹桃にあかりは苦笑いをする。しかし、あかりはナオトの助言通り動くことにした。少しでも自分の力で大事な友達を救えるよう、力を尽くそうと決めたのだった。

 

__

 

「ゆーやけこやけのーばあさんがー♪えんやこらせー♪」

 

 夕陽に照らされながらカズキは即席で自作した歌を歌いながら買い物の帰り道を歩いていた。肉カレーを食べて胃を痛めたタクトはケイスケに自業自得だと言われ、タクトは呻いていたが、自分の胃袋は慣れていたのか胃もたれは全くしなかった。かなめからメールで『肉カレー大成功♡』と返事が来たので今度作るときは是非ともレシピを教えてもらおうと考えた。

 

「そういえば最近学校はギスギスしてんなー…」

 

 カズキはふと思い出す。アリア達は何かと苛立っているし、1年の女子達は何かとピリピリしてるし、近頃の学校はやけに殺気立っている。

 

「まさか‼何かの陰謀んか…たはっ」

 

 噛んでしまった台詞に自分で笑ってしまったことに哀愁を感じてしまった。そんな時、反対方向からかなめが歩いているのが見えた。夕陽に照らされて、なにやら元気がなくしょんぼりとしているの顔がくっきりと見えた。物凄く落ち込んでるようでこのままだと信号無視して横断歩道を歩いてしまい兼ねないと見たカズキは大きな声でかなめを呼んだ。

 

「おおーい‼かーなめちゃーん‼」

 

 カズキの必死の素振りに気づいたかなめは横断歩道の前で立ち止まる。青信号になってから駆けつけてみると、本当に元気がないような顔をしているのに気づく。

 

「カズキ先輩…」

「どしたの?元気ないようだけど」

 

 抑揚のない声をするかなめにカズキは心配しだす。かなめは話すべきかどうか戸惑って俯いていたが顔を上げて口を開く。

 

「…私、お兄ちゃんの妹としてやっていけるのかな…」

 

 かなめが言うにはキンジの帰りが遅いので様子を見に行こうとしたら、SSR棟の屋上でアリアがキンジに妹と同棲していることに問い詰められていた時、キンジが『あんな奴、妹じゃない。自称妹に付き纏われて迷惑している』と話し、それを聞いてかなりショックを受けたというのである。それを聞いたカズキはプンスカと怒り出した。

 

「あいつ、自分の妹になんてこと言いやがるんだ‼」

「それで…お兄ちゃんの妹でいられるのか、不安になってきて…」

 

 俯くかなめにカズキはポンとかなめの肩を軽く叩く。

 

「かなめちゃん、落ち込んだらだめだ。ほら、キンジは高2だろ?恐らくあいつは高2病で、可愛い妹がいると回りから囃し立てられてダスティネーションなんだよ」

「…こ、コンプレックスですか?」

 

 かなめに訂正され、カズキは「そうそれだ‼」深く頷く。

 

「…カズキ先輩、先輩たちは私に違和感を感じないのですか?パっと出の妹を見ておかしいと思わないんですか?」

「おかしいなわけあるか。今いるのは遠山かなめ、遠山キンジの妹だ。だからかなめちゃん、あいつに何言われようが、回りが何言おうが、君はキンジの妹だと胸を張りなよ‼」 

 

 俺達が応援しているぜ!とカズキはニッと笑う。そんなカズキを見たかなめは少し目を潤わせて微笑む。

 

「カズキ先輩…ありがとうございます。私、自信を取り戻せそうです」

「その調子だぜ!そうだかなめちゃん、ストレス解消にゲーセンに行こうぜ‼」

 

 カズキは近くのゲーセンを指さす。かなめは大きく返事をして一緒にゲーセンへ行った。ガンシューティングをしたりレースをしたり、かなめはカズキと一緒に時間を忘れて大いに楽しんだ。この後カズキは帰りが遅いとケイスケに滅茶苦茶怒られた。

 

__

 

『ジーフォース、貴女正気?』

 

 ジーサードの部下であるロカはかなめの言った事に耳を疑った。通信を通してかなめはもう一度答える。

 

「うん、正気だよ。あの4人を仲間にしようよ。それがダメなら同盟とか…」

 

 かなめはカズキ、ケイスケ、ナオト、そしてタクトの写真を見ながら伝えた。それを聞いたロカはため息をついた。

 

『無理よ。先の武装集団の戦いの映像を見たけど…滅茶苦茶じゃないの。サード様も口をあんぐりと開けて呆れていたわ』

「うん。それでもあの人達は強いよ。サードも納得するよ」

 

 かなめもカズキ達がモラン大佐と戦っていた映像を何度も見た。やることは滅茶苦茶だけども他の武偵達と比べたら随分とマシだ。

 

『フォース、そんな事よりも早くミッションを遂行しなさい。時間がないわ』

「え?もうそんなに時間が迫ってるの?」

 

 かなめは首を傾げる。目的である遠山キンジとの接触、そしてミッションの遂行、まだ時間はあるはずだ。

 

『他の米軍特殊部隊が動いたわ。予定の変更よ』

「ちっ…あいつら本当にしつこいなぁ。じゃあさっさとするから…あ、勿論あの4人を連れてってもいいよね?」

 

 それを聞いたロカはため息をつく。サードとフォース、自分達の命を狙う連中が動いているというのにそこまでして欲しいのかと。

 

『…サード様に一応聞いておくわ。それにしても、貴女がそこまで推すなんてね』

 

 ロカはそう言って通信を切った。切り終わったかなめは嬉しそうに微笑む。正直な所、嬉しかったのだ。洗脳でもなく、暗示でもなく、強制でもなく、彼らは自分を当然のようにキンジの妹と見てくれたことが、兄に褒められた時と同じくらい嬉しかったのだ。

 

 かなめは早速、当初の目的であるミッションを速く遂行するよう動いた。




 肉のみのカレー…肉だけとは確かにやってみたいと思うのだけども…すっごく胃もたれしそうですね(白目)


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41話

 緋弾の世界ではアメリカはじゃんじゃんと先端科学や人工兵器を作り出し、ヨーロッパは魔女連隊だの、MI6だの、バチカンだのハチャメチャなのに…日本ェ…


「ナオトがー夜なべしーててー♪」

「ズッ友編んでくれた―♪」

 

 カズキとタクトは歌いながら学園島の海沿いの道を歩いていた。二人は合わせる気のない歌をそれぞれ歌いつつ最近学校の雰囲気に違和感を感じていた。

 

「たっくん。やっぱりね、前より一層殺伐している気がするんだ」

「え?サツバツナイト?」

 

 タクトはふざけて返す。確かに武偵校は普段と変わらず殺伐としているが、遠山かなめがこの学校に来てから特に女子の間がより殺伐としている。強いて言うならアリア達『バスカビール』の女子と周りの女子、1年の女子の間がそんな雰囲気を漂わせる。

 

「カズキ、あれだよ。もしかしたら女子の間で総選挙が行われてるんだぜ!それは苛烈極まる熾烈な戦いさ!」

「わお、じゃあ俺は誰に1票入れようかな!」

 

 二人はふざけ合いながら深く考えることをやめた。もし総選挙をやっているのなら自分達はチームメイトのリサに清き一票を入れる予定だ。そう笑いあっていると、歩いている先にかなめがいるのに気づいた。その様子は落ち込んでおり、元気が無くてしょんぼりとしていた。カズキ達は気になってかなめに声を掛ける。

 

「おーい、かなめちゃん!」

「どうしたんだ!?元気がないぞ?」

 

 そんな二人に気づいたかなめは視線を向ける。余程ショックな事があったのか物凄く落ち込んでいるように見える。

 

「タクト先輩、カズキ先輩…」

「何か嫌な事でもあったの?」

「よかったら相談にのるぜ!俺達ソウルメイトだもんな!」

 

 かなめはドヤ顔するカズキとタクトの顔をじっと見つめると、ポロポロと涙をこぼし声をあげて泣き出した。

 

「泣いた!?たっくんが泣かしたー!」

「ばっ、泣かしたのはカズキだろ!その顎しまえよ!」

「ふぇぇ…お兄ちゃんが、お兄ちゃんが約束破ったー!」

 

 二人がどっちが泣かしたのか喧嘩する前にかなめは泣きながら事情を話した。かなめが言うにはキンジはかなめに『アリア達に手を出すな』と言い、かなめはその約束を守る代わりに『他の女を触ったり、抱きしめたりしないで』と約束しキンジは承諾した。

 かなめはキンジの約束を守り続けたのだが、一方のキンジはかなめに見つからないようにひと気のない場所で他の女を触ったり抱きしめたりしていたというのであった。それを聞いたカズキとタクトはプンスカと怒り出す。

 

「はぁ!?あいつクズか‼」

「何自分だけイチャコラして…リア充爆発しろ‼」

「グスッ…一度だけなら許してあげたのに…お兄ちゃん、約束を3回も破ったんですよ‼」

 

 約束をしっかり守っている健気な妹をよそにキンジは3回も他の女とオサワリをしていたというのであった。二人は更に怒りだす。

 

「あの野郎、マジ許さねえ‼」

「私は約束を守ってるのに、お兄ちゃんは約束を破ってて…私、どうしたらいいのか胸が痛くて…」

 

「分かるよかなめちゃん。我慢しなくいいんだ」

「タクト先輩…?」

 

 タクトはポンポンとかなめの頭を撫でてあげた。かなめは泣き止み、タクトを見つめて首を傾げる。

 

「お婆ちゃんが言ってた、『女の約束を破る野郎は半殺しにしてしまえ』って」

「タクト先輩のお婆さん、物騒すぎるんですけど!?」

 

 それを聞いたかなめは涙がぶっ飛ぶくらいぎょっとする。驚くかなめを落ち着かせながらタクトは話を続ける。

 

「お婆ちゃんはね、『女の約束を破って他の女とイチャコラする男はその女の気持ちを踏みにじっている。でもだからと言って泣き寝入りしちゃいけない。そんな野郎は自分の気持ちを分からせるまで灸をすえてやらないとわからない』…って、キャバクラ帰りのお爺ちゃんを殴りながら言ってた」

 

「たっくん、途中までよかったのに最後で台無しだよ」

「確かに最後でなんか台無しですね…」

 

 いいこと言ったのに何だか最後で台無しになったとカズキとかなめはツッコミを入れる。そんな事は気にせずタクトはポンとかなめの肩に手を添える。

 

「だからかなめちゃん、ガツンと言ってやりなよ!あの分からず屋は灸をすえないと反省しないからさ!」

「そうだなかなめちゃん!あの女たらしを懲らしめちゃいな‼」

 

 応援してくれる二人を見てかなめは次第に元気になっていった。落ち込んでいる雰囲気が消え、笑顔でカズキ達を見つめる。

 

「タクト先輩…私、やってみます!お兄ちゃんにお灸を据えてやります‼」

「いいぞかなめちゃん‼その調子だぜ‼」

 

 元気になったかなめにカズキとタクトはのりだす。

 

「かなめちゃん、ユー、やっちゃいなよ!」

「はい♪ヤっちゃいます!」

 

 うん?とカズキはピタリと止まる。タクトとかなめの間で『やる』という意味が違っているように聞こえた。よからぬ方向に行ってしまっているのではとカズキは次第に心配になってきた。

 

「タクト先輩、カズキ先輩!ありがとうございました!私、頑張りますね!」

「頑張ってね!成果を期待してるぜ‼」

 

 かなめは笑顔でお辞儀をして手を振って走り去っていった。見送ったカズキとタクトは手を振りながら、これでキンジの悪い癖が直ればいいなと期待をした。そんな時、後ろからものすごい勢いでこちらに走って来る音が聞こえて来た。

 

「なにしてくれんのお前えええええっ!?」

 

 何処からともなくケイスケが駆けつけて来てタクトにドロップキックをお見舞いした。背後から蹴られたタクトは奇声をあげながら吹っ飛んでいく。

 

「キンジから最近、かなめの様子がおかしいと聞いて気になって見てたら…原因お前か!?」

「何言ってんだケイスケ、俺の教えの賜物だぜ」

 

 その賜物のせいで変になってるんだよ‼とケイスケは怒りながらタクトに頭突きをお見舞いした。のた打ち回るタクトをこっそり後を付けていたナオトとあかりも見ていた。

 

「あ、あの…遠山キンジ先輩はこの後どうなるんですか…?」

 

 おどおどしているあかりにナオトは他人事かのように眠たそうに答えた。

 

「よければ半分死ぬ。悪かったら死ぬ半分」

「結局死にかけなんですね!?よく分からないです!?」

「まあどちらにしろ、これでキンジは反省してくれるだろー」

 

 カズキは笑いながらこのひと悶着を終わらせようと強引に閉めようとした。そういう問題じゃないとケイスケはため息をつく。

 

「たっくんの一言でキンジの生死が分けられることになったが…あいつが約束を破ったのもいけないけどな」

 

 あれほどヤンデレの妹には気を付けろとアドバイスをしてやったのに、理解をしていなかったキンジにも原因がある。ケイスケは仕方ないと愚痴をこぼしながらキンジに『今すぐ逃げろ。若しくは今すぐかなめに謝れ』とメールをしてやった。

 

__

 

 それから数日が経った。キンジから『胃が痛い』というメールが来てからケイスケの医務室の押しかける事はなくなり、更にタクト達にかなめが接触するということもなくなった。やっと身内だけでできるようになったとケイスケはほっとひと息つく。

 カズキの感じていた女子生徒間だけの殺伐とした雰囲気も消え、いつものような武偵校の雰囲気へと戻っていったのも確かに感じ取れる。周りを巻き込んだごちゃごちゃした争いがやっと終わったとケイスケは肩の荷が下ろされたように背伸びをしつつ医務室へと入っていった。

 

「ケイスケ。来るの遅いぞー!」

「あ、ケイスケ先輩‼医務室お借りしてますね♪」

 

 前言撤回である。医務室にはカズキ達、いつもの面子の他に、キンジやアリア達『バスカビール』の面子と間宮あかり、そしてかなめがいた。医務室のベッドが部屋の隅に片づけられ、部屋のど真ん中にテーブルと食材と鍋が置かれていた。

 

「いや‥‥何してんだお前ら?」

「見て分からないの?鍋パーティーに決まってるじゃない」

「しかもただの鍋じゃないぞ…チーズフォンデュだぜ!」

 

 アリアとカズキが当たり前のように答えるのでケイスケはキッとキンジの方に睨みを付ける。ケイスケの怒りの睨みを察したキンジは申し訳なさそうに視線を逸らす。

 

「いや、あのな…俺は止めようとしたんだぞ?なのにタクト達が…」

「つべこべ言わず、事情を話せやクソが」

「ケイスケ先輩ー、あまりお兄ちゃんに怒らないでくださいよー」

 

 にこにこしながらかなめはケイスケを宥めて事情を話した。かなめは色々あった後、アリアやあかり達と仲直りしたという。それを聞いたタクトが「それじゃあ親睦を深めて何かしようぜ!」と言い出し、その結果医務室で鍋パをすることになったという。タクトは笑いながらケイスケに肩をかける。

 

「ほらよく言うじゃんか?鍋食って地固まるって」

「またお前かよぉっ‼」

 

 ケイスケはそれを言うなら雨降って地固まるだとツッコミを入れつつアッパーカットをお見舞いした。タクトは再び奇声をあげて倒れていく。

 

「ほんとたっくんって盛り上げ上手だよねー。まさか医務室を貸し切りにしてくれるなんてさ」

「ケイスケ君、ごめんなさい!ちゃ、ちゃんと片付けもするからね!」

 

 理子はニヤニヤし、白雪は申し訳ないと何度も謝ってきた。レキとナオトは止めもせずに黙々と食べ続けるし、カズキはクソ歌を歌いだすわでケイスケのイライラが最高潮に達した。ケイスケの怒りを察しているのはキンジとあかりとリサの常識人ぐらいだった。ケイスケも最初はかなめが嬉しそうにしているからまあ良しとしようと思ったのだが、アリアとタクトがドヤ顔をしだした。

 

「まあ、感謝しなさい。こうやってなんとか丸く収めたんだし、治療費を少し安くしなさいよ」

「ケイスケー、出遅れたからって拗ねちゃダメだぞ☆」

 

 プッツンとケイスケの堪忍袋の緒が切れる。それを察したキンジとあかりが青ざめ、ナオトとレキがこっそりと鍋と食材を持って逃げ出し、カズキはリサとかなめを連れて猛ダッシュで廊下へ出た。

 

「お前ら…しばくぞおおおおおっ‼」

 

 武偵校内に行き渡るくらい怒声が響いた。その後タクトとアリア、そして逃げ切れなかったキンジ達は正座をさせられケイスケに滅茶苦茶説教をされた。そしてケイスケの医務室には『鍋禁止』とでかでかと張り紙が張られた。

 

__

 

 それから更に数日が経過した。間宮あかりは志乃やライカ達と帰り道を歩いていた。かなめは女子生徒たちにかけていた暗示を解き、自分が志乃たちの仲を引き裂いたことを志乃達に深く頭を下げて謝った。志乃達は最初は警戒していたが、あかりやナオト達の説得もあってかなめを許し、そして仲直りすることができた。

 

「しっかし、あかりも災難だったな。ケイスケ先輩の逆鱗に触れるなんてさ」

 

火野ライカは苦笑いしながらあかりを励ましてあげた。あかりはケイスケの般若のような怒りのオーラを思い出し項垂れる。

 

「あれは本当に怖かったー…まさかの4時間も正座をさせられての説教だよ」

 

 あかりの遠い眼差しを見てライカ達はどれだけ大変だったか察する。1年の間でも怒らしてはいけない先輩と恐れられているのであった。志乃はそれを聞いてぎりぃっと歯ぎしりをする

 

「あかりちゃんを正座させて説教だなんて…うらやま(ry…許せん…!」

「あー、志乃?やめとけ」

 

 志乃を宥めつつ苦笑いするライカにあかりはくすっと笑う。またこうしていつもの仲に戻れたことが、一緒にいられることが嬉しかった。かなめという新しい友達もでき、楽しい日常になることが嬉しくてたまらない。

 

「あれ?…あそこに歩いてるのってかなめじゃないか?」

 

 そんな時、ライカは人混みの中を歩いているかなめに気づいた。いつもならキンジと一緒にいるはずなのだがこの日はただ1人で歩いており、恐らく端子振動刀を入れているに違いない竹刀袋を背負ってキョロキョロと周りを見た後、ひと気のない路地へと入っていった。

 

「かなめちゃん、どうしたんだろう…?」

「あかりちゃん、後を追ってみますか?」

 

 志乃に尋ねられ、あかりは無言のまま頷きかなめの後をこっそりと追いかけて行った。かなめは路地を歩いて行き、どんどんひと気のない場所へと足を進んでいく。一体どうしたのか、あかり達は気になりつつも後を追う。気づけば廃工場へと歩みを進んでいた。どこまで行くのか伺っていた時、かなめは大きくため息をついた。

 

「…ねえ、一体どこまで後をつけるつもり?いい加減出てきたら?」

 

 じろりとかなめがあたりに睨みをかける。かなめは殺気を放ち当たりを見回す。ビクリとあかり達は自分たちの尾行がばれたかと驚き、勝手についてきたことを謝ろうと出ようとした。一歩出る寸前、かなめの周りにすっと、黒の迷彩柄の服にボディーアーマーやプロテクトを付け、HK416やM231を構えたフルフェイスの武装集団が出てきた。

 

「いやー、すごいね!さっすが人工天才(ジニオン)‼気づかなかったら一斉掃射しようと思ってたんだよー」

 

 その武装集団の中に白衣を着たぼさぼさの茶髪で眼鏡をかけた細身の男性が拍手をしながら歩いてきた。かなめは警戒の手を緩めず睨み付ける。

 

「貴方…アメリカの特殊部隊ね?ジーサードを追いかけてここまで来たの?」

 

「そう怯えないで。初めまして、ジーフォース。僕はアメリカの政府機関、ロスアラモス・エリートの一人、えーと確か名前は…なんだっけ?」

 

 男はにこにこしながら部下である兵士たちに問いかける。兵士たちはどよどよしだすが、近くにいた一人が男に耳打ちする。

 

「ああ‼そうだったね!僕は博士。ジキル博士と好きなように呼びたまえ」

 

 ジキル博士はそう名乗り、にこにことかなめに握手の手を差し伸べた。しかしかなめはその手を叩き、背負っている武器に手をかける。兵士たちが一斉に銃を構え撃とうとしたが「ノンノンノン」とジキル博士に止められた。

 

「だめだよー。まずは仲良くお話をしなくちゃ」

「何が目的なの?あたし?ジーサード?それとも…お兄ちゃん?」

 

 警戒しているかなめにジキル博士はポケットからチュッパチャプスを取り出し咥えると、にっこりと笑って大きく頷いた。

 

「そうだね。最初はジーサードか、遠山キンジを捕獲しようと決めてたんだけど、やっぱり君を連れて行った方が早いと思ったんだ!君を攫えば奴らも来る。それを捕獲すれば一石二鳥‼どう?すごいでしょ!」

 

 まるで子供の様にはしゃぐジキル博士にかなめは殺気を放つ。この男にキンジを、兄を近づけさせてはいけないと決めた。

 

「ただの兵隊が人工天才に敵うと思ってるの?」

 

 まずは目の前にいる男を倒すことに専念した。背負っている武器を握り、今にでも斬りかかろうとした時、子供のようにはしゃいでいたジキル博士が突然、真面目な顔になって見つめてきた。

 

「そうだね、その通りだよ。()()()()()()()()君ら『遠山』にコンタクトをとると思ってたかい?」

 

 ジキル博士はポケットから子供の玩具の様な銃を取り出しこちらに銃口を向けた。かなめは咄嗟に後ろに下がって躱そうとした。その時、首筋に何かが刺さる感触がした。どこからか吹き矢で撃ってきたのだ。毒でも仕込まれたのかとかなめは焦りだす。突然、体が熱くなり、手や足の力が抜けへたりと座り込んでしまった。

 

「ビックリした?ビックリしたでしょ‼これはただの玩具なんだよね!」

 

 ジキル博士は悪戯した子供の様に笑ってはしゃぐ。玩具をしまってかなめに近づいた。

 

「よし、お前達は近づくな。下手こくと彼女を『()()()()()()()()()』よ?」 

 

 その一言を聞いたかなめはビクリと反応した。かなめはわなわなと震え、ジキル博士を見上げる。

 

「なんで…?なんで、貴方が()()()()()()…」

 

 ジキル博士はいじめっ子の子供の様に笑い、かなめの首筋に刺さっている針をとった。

 

HSS(ヒステリア・サヴァン・シンドローム)…それはある人間にある特異体質のことで、性的興奮をすることによりある分泌物が一定の量を分泌すると神経伝達物質を媒介し中枢神経をの活動を強化、人離れしたスーパーマンになれるんだ。そして、今君に打ち込んだのはβエンドルフィンと同じ成分を含む所謂『薬』。君は今、『ヒステリアモード』になっている。男は『女を守れる強い男』になる」

 

 ビクビクと震えだすかなめにジキル博士はゲスな笑みでそっとかなめの耳に囁く。

 

「女のHSSはその逆、『男に守られる弱い女』になる…HSSの研究をしていたのはサラ博士だけと思っていたかい?」

「!?」

 

 女のHSSはどうなるか知っていることとサラ博士の名を知っているジキル博士にかなめは更に震えだす。すでに怯えきっているかなめにジキル博士は無邪気に笑う。

 

「安心したまえ。使い物にならないと処分する連中とは違って僕はちゃんと利用するよ。そうだねー…種馬とか?」

 

 ジキル博士は兵士たちに連れて行けと指示を出した。兵士たちはなるべくかなめに目を合わせないように連れて行こうとかなめの腕をつかむ。

 

「待ちなさい!」

「武偵です!その子を放しなさい!」

 

 かなめが危険な状態になっていると状況を理解したあかり達が飛び出して銃と刀を構えた。兵士たちは一斉に銃を構えたが再びジキル博士に止められる。ジキル博士はにこにことあかり達の前に近づいた。

 

「日本の武偵かい?これは僕達アメリカの問題だ。国際問題になるし、君達はしゃしゃり出ないことをお勧めするよ?」

 

「何言ってやがる!お前らがしてんのは人攫いだろうが‼」

「かなめちゃんは私の友達です!かなめちゃんに手を出さないで‼」

 

 ライカとあかりはジキル博士を睨み付ける。ジキル博士はうーんと唸りながら考えると無邪気な子供のように首を傾げた。

 

「君たちは…実験から逃げ出した危険なモルモットを処分しないで飼育するのかい?」

 

 かなめの事をモルモットと聞いてあかり達の怒りが爆発した。ジキル博士に向けて志乃は峰打ちを、ライカが殴りかかろうとした。その瞬間、あかりは物凄い殺気を感じた。

 

「志乃ちゃん、ライカちゃん、危ないっ‼」

 

 あかりは咄嗟に二人を後ろへ押し倒す。するとあかりの頭上を熱い一閃が通り過ぎた。ジキル博士は後ろへ下がっており、目の前には死んだ魚の様な目をした黒のオールバックの髪型をしたサラリーマン姿の男がいた。その男の手には赤熱した日本刀を模した刀が握られていた。

 

「…ちびガキ。自分の背の低さで助かったようだな」

 

 自分はチビじゃないとあかりは男を睨み付ける。ジキル博士はにこにこしながら男を宥める。

 

「だめだよ『ハンター』。殺したら余計面倒事になる。『チャージャー』や『タンク』、そして僕の『お気に入り』だって我慢してるんだよ?」

「博士は相手を怒らせすぎです…ここにガキ共はいなかった事にすればいいのでは?」

 

 それを聞いたジキル博士は「それいい考えだね!」と手を叩く。『ハンター』と呼ばれた男は武器を構え、兵士たちに合図をおくる。この男は強い、あかりはそう自覚する。志乃やライカを守りつつ連中を倒し、かなめを救えるか焦りだす。

 

「あかりちゃん!みんな逃げて‼」

 

 かなめの悲痛な叫びが届く。あかりは自分が傷つこうとも必ず助けると決め一歩前に出す。その時、あかり達の後ろから強い風が吹き、弓矢がハンターめがけて飛んできた。ハンターは赤熱した刀で打ち払い後ろへ下がる。

 

「ちっ、余計なガキ共も来やがったか…」

 

 あかり達は振り向くとそこには夾竹桃とセーラがいた。セーラが今度はジキル博士めがけて弓矢を射る。1発目はジキル博士を掠め、2発目はハンターがジキル博士の前に立ち打ち払う。

 

「夾竹桃!?それと…誰!?」

 

 ライカが驚くが、夾竹桃はすかさず持っていた煙玉をハンターめがけて投げつけた。バフンと白い煙が巻き上がる。

 

「イ・ウーか…!博士の安全の確保、そしてジーフォースを連れて速やかに去るぞ‼」

「そうだね!早くジーサードが来るよう準備しなくっちゃ!みんなバイバーイ‼」

 

 博士のはしゃぐ声が聞こえたと同時にガタガタと慌ただしい音がする。相手が逃げるとライカが追いかけようとしたが夾竹桃に腕を掴まれ止められた。

 

「なんで止めやがる‼早く追いかけないとかなめが…!」

「あなた、殺されるわよ。武装した集団にその武器で勝てると思って?」

 

 夾竹桃の一言にあかり達は言い返せなかった。もしこのまま3人だけで戦闘になっていたら、一斉掃射されてハチの巣になって殺されていただろう。しかしあかりはそれでもかなめを助けたかった。

 

「でも、かなめちゃんが‥‥っ!」

 

 あかりの悲痛な声に夾竹桃は頷き、セーラの方に視線を向ける。

 

「セーラ、ちゃんとつけた?」

 

 セーラは物静かに頷き電子機器を見せた。

 

「博士とサラリーマン、それと兵士の一人に探知機を付けた」

「じゃあ早く遠山先輩たちに知らせなくちゃ‼」

 

 早速動こうとするあかりに夾竹桃は止めた。

 

「確かにいい手だわ…でも、もう少し手を加えた方がいいわ」

「え?それって…」

 

 夾竹桃の一言にあかりはきょとんとする。夾竹桃はセーラの方に視線を向ける。ジト目で見ていたセーラが口を開く。

 

「40秒で支度できるバカ達なら知ってる」




 体育祭をやろうと思ったけども、4人が『リア充爆発しろ』と叫んで大暴れするしかなかったのでカット(遠い目)
 HSSに関してはちょっと間違ってるかもしれません。すまぬ


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42話

 いよいよ、アメリカ特殊部隊に殴り込み…緋弾世界のアメリカにケンカを吹っ掛けるなんて…
 ヒャッハー!もうどうにでもなーれ☆


「さあ早く来ないかな?待ち遠しいよ‼」

 

 ジキル博士は無邪気な子供の様にはしゃいでいた。ジキル博士らはニミッツ級原子力空母、ニミッツに乗り太平洋沖の海を渡っていた。空母の船内にあるラボの中でジキル博士はいつジーサードが来るか、いつ遠山キンジが来るか待ち遠しくしていた。

 そんな博士に緑の迷彩柄の軍服を着た糸目の男がハンバーガーとジュースを乗せたプレートを渡しつつ苦笑いをする。

 

「博士、ジーフォースを捕獲しただけで大きな成果なのですよ。ジーサードが来れば大きな被害は免れないでしょう」

 

「それは愚問だな、ハリソン君。僕は楽しみで仕方ないんだ!あいつらをとっちめてDNAだけ残して標本にしてやろうと思うんだ」

 

 ジキル博士はハンバーガーを頬張りながらモニター画面の方を見る。モニターには広い部屋にベッドだけ置かれ、そのベッドにジーフォースこと遠山かなめが泣きながら座っているのが映っていた。

 

「ジーフォース…今はHSSになっておりますが、効果が切れて暴れることはないのですか?」

「ハリソン君は心配性だなぁ。僕の作ったβエンドルフィンと同じ成分の薬、『ヒステリア・イミタシオン』は現段階では女性にしか効かないし、解毒剤を使わない限り解くことはない」

 

 心配そうにしているハリソンにジキル博士はケラケラと笑いながらジュースを飲み干す。

 

「哀れなモルモットだよ。双極兄妹(アルカナム・デュオ)なんて机上の空論だし、何の為に造られたのか…ま、強い子孫を残せる種馬しか使い道はないんだけどね!」

 

 ゲラゲラと笑うジキル博士をよそに、「可哀想に」、とハリソンが口をこぼしたその時、突然通信が入った。

 

『ジキル博士‼所属不明の航空機が1機、近づいて来ます‼』

 

 それを聞いたジキル博士は飛び上がって大喜びしながら通信を取る。

 

「やっと来たか‼ジーサードか?それとも遠山キンジか!?」

『わ、わかりません…航空機はC-2グレイハウンド!どうしますか?シ―スパローで撃ち落としますか?』

 

 撃ち落とすか、聞かれたジキル博士はプンスカと怒りながら通信に答える。

 

「ダメダメダメ‼ヒーローが変身する前に攻撃するバカがいるかい?ヒーローのご登場は盛大に拍手をしながら迎え入れないと‼」

『で、ですが博士…』

 

 通信のおどおどしている声にジキル博士は子供の様に苛立ったが、通信はさらに続ける。

 

『も、物凄い勢いでこちらに突っ込んできますが…よろしいのですか?』

「‥‥は?」

 

 その数秒後に上の方ですごい勢いで引きずりながら何処かにぶつかる音が響き、船内が少し揺れた。ジーサードがアイアンマン見たいに1人で着地するかと思いきや予想の遥か斜め下の結果にジキル博士は気になり、急いで甲板へと向かった。

 

「わお!?まさかこの歳で神風アタックを見れるなんて驚きだよ…‼」

 

 甲板にはグレイハウンドが引きずりながら壁にぶつかって着地をしていた。ジキル博士を守る様に兵士達が囲みながら近づいていく。するとハッチがゆっくりと開きだした。兵士が警戒して銃を構えるとジキル博士が撃つなと手で指示をする。開いていくハッチの隙間からポンと何かがこちらに向かって飛んで転がってきた。コロコロと落ちている物を見ると兵士の1人が咄嗟に叫ぶ。

 

「フラッシュ!?」

 

 転がってきたフラッシュ・バンが閃光と衝撃を放って爆発起こす。ジキル博士を守りながら兵士たちはしゃがむ。反撃して撃とうとしたがすぐにスモークが投げられ煙幕が上がる。その中に5人の人影が走っているのが見えた。

 

「うらー‼」

「レッドマウンテンブラスト―‼」

 

 煙の中からカズキとタクトが飛び出し、兵士のひとりにダブルキックをお見舞いした。隣にいた兵士が驚き二人を撃とうとしたがAK47を構えているナオトに手と足を撃たれ、ケイスケが二人に下がれと怒鳴りだす。

 わけのわからない連中の突然の襲撃に兵士達が戸惑いジキル博士に指示を伺うが、肝心のジキル博士は腹を抱えて大笑いしていた。

 

「ははっ‼ジーサードか遠山キンジかと思ったら…訳のわからない奴等が出てきた‼」

 

 ジキル博士は笑いながら突然現れた連中を見る。そこには重装備をしているカズキとタクト、ケイスケ、ナオト、そしてボディーアーマーを身に着けた間宮あかりがいた。

 

__

 

 それは数時間前に遡る。セーラがタクト達に伝えたその3分後にタクトから羽田飛行場に来てくれと返信が来た。あかり達は羽田飛行場へと向かった。飛行場内にいると聞いて進んでいくと、そこにはすでに重装備にAK47やM4、SR25と武装しているタクト達とその近くにC-2グレイハウンドがあるのが見えた。彼らの姿を見てあかりは目を丸くする。

 

「タクト先輩…それに先輩達、その武装と輸送機は…!?」

「あ、これ?母ちゃんに頼んで持ってきてくれたんだぜ‼」

「ちょっくら殴り込みに行ってくる‼」

 

 タクトとカズキはにやりと当たり前のように答える。まるで喧嘩でも吹っ掛けるかのような彼らにあかりや志乃、ライカはギョッとするが、セーラと夾竹桃は半ば呆れに苦笑いをする。

 

「セーラ、かなめは今どこにいるか、あいつを攫ったバカ野郎共は何処にいるか分かるか?」

 

 般若のお面を付けているケイスケにセーラは頷いて電子機器を渡す。

 

「あいつらは船に乗って太平洋沖に進んでる…早くしないとアメリカへ持ち帰りされる」

「よーし、そうと来れば今すぐ飛ばすぜ‼」

 

 タクトがすぐにでもグレイハウンドに乗り込もうとした時、あかりが意を決して一歩前に出た。

 

「先輩‼お願いします…私も連れってください!」

 

 あかりの一言にライカと志乃が驚いた。相手はアメリカの特殊部隊。自分達の力じゃ全く手足も出すことができなかった連中である。

 

「あ、あかり…お前本気か!?」

「そうよあかりちゃん…‼私達が今まで戦った相手とはケタが違います‼」

「でも…私はかなめちゃんを助けたい‼」

 

 あかりは目に焼き付けていた。かなめの恐怖に怯えるあの瞳が、彼女を助けようとしたが助けることができなかった悔しさが。そんなあかりにケイスケは睨み付ける。

 

「お前、わかってんのか?お前も経験したことがない、戦争みたいな戦闘になるぞ?下手したら死ぬぞ?」

「分かってます…‼『仲間を信じ、仲間を助けよ』…かなめちゃんを見捨てたりしたくないんです‼」

 

 ケイスケの威圧に耐えながらあかりはキュッと睨み返す。どうなるのか志乃達がどきどきして見ていたその時、ナオトがあかりにボディーアーマーを投げ渡す。あかりは慌てて受け取りキョトンとナオトを見つめる。

 

「え…?ナオト先輩…」

「時間が無いし、助けたいなら来ればいい…でも、勝手に死ぬな」

 

「ナオト、やっるー‼さあ行こう、あさりちゃん‼」

「おい、人の名を間違えてんじゃねえよ。ほら、武器は貸してやるからさっさと来い」

 

 カズキがあかりの名を間違えつつあかりを誘い、ケイスケがカズキを小突いてあかりに早く来いと指示する。あかりは目を潤わせつつ「はい!」と大きく返事してついて行こうとした。

 

「‥‥イギリスの武装集団の次はアメリカかい?カズキ君達は凄い事をするんだね」

 

 その時、聞き覚えのある声がしたのでカズキ達は振り向くとキンジのクラスメイトである不知火が苦笑いして歩いてきた。

 

「ぬいぬい‼まさかぬいぬいも駆けつけて来たんだね!」

 

 タクトは嬉しそうにするが、不知火は申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「その逆だよ…僕は君達を止めに来た」

「はあ?」

 

 その一言にカズキとケイスケはムッとする。彼らの怒りを分かっているように不知火は話を続ける。

 

「公安はジーサード、ジーフォースの件について、これは無かった事にしようとしている。遠山君は彼らを味方に入れようとしているけど、彼らが巻き起こしたことに首を突っ込めば…アメリカは黙っていないだろう」

 

 ジーサードの件はアメリカでも悩みの種であり、アメリカ自身が彼らが他の手に渡らないように始末しようとしているのだ。もしこれに手を出してしまえば国際問題だと言ってくるだろう。

 

「僕もカズキ君達の気持ちはわかるよ…でも、この件は危険だ。すでに公安の人たちも遠山君を止めようとしている。ここは手を引いて…」

 

「よーし、いつでも飛ばせるぜ‼40秒で乗りな‼」

「たっくん、その台詞好きだねー…」

「…あかりはMP5Kでいい?」

「ええっ!?こ、これですか!?」

 

 カズキ達は不知火の忠告を無視してすぐにでも行けるように乗り込もうとしていた。全く話を聞いていないことに不知火はずっこける。

 

「ちょ、僕の話を聞いてた!?」

 

「不知火、やめとけ。こいつらに難しい話は無駄だ」

 

 ケイスケが溜息をつきながらこけている不知火を起こす。不知火はカズキ達がこれからすることに焦りを感じていた。

 

「いいのかい?君たちがこれからやることは…下手したら大問題以上の事態になるよ!?」

「あのな不知火…確かに国の法律ギリギリどころかもろアウトな事になるかもしれない。お前ら武偵や公安共の言ってることも正しいかもしれない…でもな」

 

 自分たちがすることはアウトな事かもしれない、しかしケイスケはそんな事を気にせず不知火を睨み付ける。

 

「お前…たった一人の仲間も救えなくて世界を救えると思ってんのか?」

 

 ケイスケの一言に不知火は目を開き、何も言えなくなった。そんな不知火にタクトは申し訳なさそうに見る。

 

「ぬいぬい、ごめん。俺達は行くよ‥‥大事な後輩を助けに行かなくちゃ。後は菊池財閥に任せとけ!」

「不知火‼公安の人たちに言っとけ!俺達はミョンストッポングってな‼」

「…なぜそこで噛む」

 

 不知火はそれ以上何も言わなかった。ただ無言で頷き、グレイハウンドに乗り込み飛んでいった彼らを見送る。

 

「あ、いけね!早く遠山先輩やアリア先輩達に知らせなくちゃ‼」

「その心配はいらないわ…すでに理子に伝えているから彼らも動いているはず」

「でも私達で手伝えることがあるはずです。急ぎましょう!」

 

 ライカ達も急いでキンジ達の下へ向かうことにした。ただ1人飛行場に残された不知火はふうと苦笑いを込めた溜息をして携帯電話をかける。

 

「もしもし…獅堂さん?ええ、僕が言った通り、彼らには無駄でしたよ。あっ、そんなに怒らないでくださいよ」

 

 携帯電話から獅堂の荒々しい怒鳴り声が響く。不知火は獅堂の怒りようから、すでに菊池財閥が動いていること、または何処からかの圧力により動きが抑えられたと察する。

 

「菊池財閥が動いているのなら…恐らく穏便に物事を納めるのでは?いえいえ、僕は彼らに肩を貸すつもりじゃなくて、一人の武偵としての意見を…」

 

 不知火は苦笑いしつつ、携帯電話で話を進めた。彼らがただ無暗に暴れるだけじゃなくて何のために向かうのか分かった気がしたのであった。

 

「いやー…止められそうになった時は焦ったぜー」

 

 揺れる機体の中で沈黙していた中、カズキは今頃呟く。ケイスケは今頃かと緊張感のないカズキを見て呆れる。あかりはボディーアーマーを身に着け、MP5Kの銃身を握りしめる。これから行く戦いはイ・ウーでもなく、先端科学でもなく、アメリカの特殊部隊。今まで集団との戦闘はしたことがない、経験したことのない戦いになる事に緊張していた。そんなあかりにナオトとカズキがポンと肩を叩く。

 

「あかりちゃん‼俺達がフォローしてやっから任せときな!」

「…俺達が頑張る」

 

「せ、先輩たちは怖くないんですか…?」

 

 不安そうにしているあかりにカズキ達はニッと笑う。

 

「俺達は慣れっこだからな‼怖いもんなしだぜ‼」

「どっかのバカが装甲車で突撃したりするもんな。なんか慣れた」

「‥‥恐れたらいけない」

 

 いつもハチャメチャで滅茶苦茶な彼らだからこそ、恐れを知らない。あかりは苦笑いしつつ、緊張が解けていった。

 

『よーし、皆見えてきたぜ‼あの空母にかなめちゃんがいるぞ‼』

 

 運転席からタクトの声が響く。どうやらかなめを攫った連中に追いついてきたようだ。いよいよ戦闘になると気を引き締めるが、ふとカズキは思い出す。

 

「ん…?今操縦してるのって、たっくんだよな…?」

 

 カズキの一言にケイスケもナオトもピタリと止まる。あかりはどうしたのかおどおどするが、カズキ達に嫌な予感がよぎった。

 

『なあ、ケイスケー』

「ど、どうしたたっくん…?」

 

 タクトがさりげなくケイスケに尋ねてくるのでケイスケは物凄く嫌な予感を感じながら頷く。

 

『これ…どうやったら着陸できるんだっけ?あと、スピード止まらないんだけど、教えて?』

 

「…シートベルトしてしがみ付け‼」

「やっべえ‼あかりちゃん、早く‼後しゃべると舌噛むから気を付けて‼」

「だからたっくんに運転を任せたらダメだって言ってただろうがー‼」

 

 タクトの質問に3人は慌てだし、あかりも慌ててシートベルトをしだす。タクトの『ブルーマウンテンスクラップアターック‼』と叫んだその直後、物凄い勢いで空母に着陸したのであった。

 

__

 

「ナオト、カズキ‼シールド‼」

 

 ケイスケの指示に大きめ防弾シールドを背負っていたカズキとナオトが防弾シールドを前に出し、銃弾を防いでいく。その合間にケイスケがM4で、タクトがM16で撃ちだす。銃弾を防ぎつつ、壁へ下がり、その合間に撃つ。しかもノーキルで倒していく、そんな彼らを見てジキル博士は何度も頷き、兵士たちに攻撃を中止させた。

 

「いやー、すっごいね。どっかの凡人かどっかのテロリストかと思ったけど…中々面白いじゃないかい‼スカウトしてほしいのかい?それとも僕の首が狙いかな?」

 

 子供のようにはしゃぐジキル博士にタクトはプンスカと怒りながら叫んだ。

 

「こらー‼かなめちゃんを返せコノヤロー‼」

「そうだぞ‼お前ら人攫いの罪で全員逮捕だ‼」

 

 目的がジーフォースの奪還である事、そして彼らの中にあかりの姿が見えたことにジキル博士はやれやれと肩を竦めた。

 

「なんだ、武偵か…そこまでしてモルモットが欲しいのかい?君たちのその感情はよく分からないなぁ」

 

 ジキル博士のその一言にケイスケは睨みを利かせ怒鳴り声を出す。

 

「ふざけんな!あいつは、遠山かなめはたった一人の人間で、遠山キンジの妹だ‼」

「…あかり、あの博士は半殺しにしていい。そうまでしないと反省しない」

 

 カズキ達の怒りを感じたのかジキル博士は悪戯っ子のようににやりと笑いだした。

 

「成程。君達のその考え、興味を持ったよ。いいだろう、取り返すならやってみなよ…できるものならね!」

 

 ジキル博士がゲスな笑みをしだしたその時、ジキル博士の横をドラム缶が物凄い勢いで過りカズキ達めがけて飛んできた。カズキ達は慌てて左右に避けて直撃を免れた。ジキル博士の後ろのハッチが開いておりそこから投げられたのだろう。

 

「ウィィィィハァァァァッ‼」

 

 何処からともなく大きな雄叫びが聞こえたと思えばゆっくり上がって来るハッチから何かが飛び出し、ジキル博士の横に着地した。それは上半身はすっぽんぽんだが、筋骨隆々で強靭な肉体を持ち、腕も上半身の肉体も筋肉ででかい大男だった。

 

「博士ー‼ジーサードじゃねえじゃねえか!こんな虫けらすぐに潰れちまうぞ‼」

 

 雄叫びをしながら大男はジキル博士に文句を言う。ジキル博士はニヤニヤしながら大男を宥める。

 

「落ち着き給え。これはただの前座だ。君が派手に暴れれば…ジーサードは来てくれるかもよ?」

「マジでか!?ウ゛オオオオオッ‼じゃあこいつらぶっ潰してやるぜ‼」

 

 大男はゴリラの様に胸を叩きながら雄叫びをする。そんな大男を見てカズキ達はギョッとした。

 

「ちょ、お前言うなれば、古に伝わりしプロテイン大好き筋肉モリモリマッチョマンファイティングエディションでしょ!?」

「いやたっくん、名付けてる場合じゃないでしょ!?」

「つかプロテインどころじゃねえぞあれ‼」

 

 焦りだすカズキ達にジキル博士はニヤニヤしながら話を進める。

 

「紹介しよう。彼は対ジーサード用に用意した人工兵器、コードネーム『タンク』だ。仲良く遊ぶといいよ」

「Woooooooooo‼」

 

 博士が遊んでおいでと言い出す前にタンクが雄たけびを上げながらカズキ達目がけて走り出した。カズキ達は一斉に銃を撃ちだすが、ビクともしていないのかタンクは構わずこっちに来た。

 

「やべえって!?」

「みんな走れ!」

 

 ナオトの叫びで一斉に走り出す。その直後にタンクが右手で力いっぱい叩き付けてきた。ケイスケはあかりを引っ張り避ける。頑丈な甲板が握り拳の形に凹んでいた。あと一歩遅ければトマトの様に潰れていただろう。

 

「あれって反則でしょ!?」

「カズキ、落ち着いて対処するしかない。ケイスケ、フラッシュは…?」

 

 フラッシュが効くかどうかわからないがやるしかない。ナオトはケイスケに持っているかどうか聞くが返事が来ない。どうしたのか視線を向けると、そこにはケイスケだけでなくタクトもあかりの姿もなかく、落とし穴の様に床が開いていた。

 

「ああ、そうそう。ジーサードが来るまで僕の退屈しのぎに付き合ってもらうよ?」

 

 ジキル博士は兵士達を連れて甲板にあるエレベーターに入る前に悪ガキの様に歯を見せてニッコリ笑っていた。その手にはよくお笑い番組であるような落とし穴のスイッチを持っていた。ジキル博士の手によりカズキとナオト、ケイスケとあかりとタクトに分断されてしまった。

 

「それじゃあタンク。たっぷり遊んで、たっぷり楽しませてくれ」

 

 ジキル博士はそう言ってエレベーターに乗って戻っていった。カズキとナオトはジキル博士を追いかけようとしたがタンクに遮られる。

 

「Yeaaaaaaaaaaaaah‼」

 

 タンクが力いっぱい拳で叩きつける。カズキとナオトは必死に避けて撃ちながら下がった。

 

「ナオト‼ここはごり押しでやるしかないな‼」

 

 いつものように力を合わせて、ナオトは前衛でカズキが後方で支援しながら倒していく。カズキは作戦をナオトにそう伝えたのだが、頷くも様子がおかしい。

 

「ヘヘッ…」

 

 ナオトの頷くもタンクを見ながら引き笑いしだしたことにかずきは「あ…」と口をこぼした。これまで組んで行動した時もあったが、ナオトが引き笑いするときはいつもヤバい時だ。つまり、今の現状はまずい状態であるというのであった。

 

__

 

「いててて…あかりちゃん、大丈夫?」

「は、はい、なんとか…」

「おい、お前ら重いぞ。さっさとどけや」

 

 突然開いた床に落ちたタクト達は船内の洗濯室に落とされていた。何重も敷かれたシルクの布団のおかげで怪我はしなかったものの、甲板に残されたカズキとナオトが心配だった。

 

「カズキ先輩達、大丈夫でしょうか…」

「あの二人なら大丈夫さ…たぶん」

 

 たぶんで大丈夫なのあかりは心配しつつもさっさと進むケイスケとタクトの後に続く。洗濯室からでると船内はかなり広く、廊下も白の大理石の床で広い通路になっており、まるで大きな研究施設の様な雰囲気を漂わせていた。

 

「妙だな…兵士たちの数はかなり少ないぞ…?」

 

 ケイスケは覗きながら通路の様子を伺う。中は閑古鳥が鳴くかのようにがらんとしており、見回る兵士もかなり少ない。船内の兵士たちは20~30名ぐらいではないかと推測する。

 

「よし、急いでかなめちゃんの所に行こう!」

 

 タクトが先頭して進みだす。ケイスケとあかりは部屋の入口や中を一つ一つ注意して見ながら進む。もしかしたらすぐ近くにかなめがいるかもしれない。

 

 

「あらぁ?タンクったら、ネズミちゃんを仕留め損なったのかしらぁ?」

 

 後ろから野太いおかま口調が聞こえた。ケイスケとあかりは恐る恐る振り向いた。二人が振り向いたその先にはタンクと同じように上半身はすっぽんぽんだが、タンクとは違い肥満体型で禿頭で派手な化粧をした世紀末な肩パッドを付けた大男がいた。その大男の右腕はでかく、サイボーグのような機械をした右腕をしていた。

 ケイスケとあかりは咄嗟に銃を構えたが、大男はうふふふと笑いながらデカイマシンな右腕を振る。おおらかな雰囲気に見えるが二人には物凄く嫌な予感がよぎっていた。

 

「そう怯えなくていいわぁ。あたしはコードネーム『チャージャー』。仲良く遊びましょ?」

 

 まずい。この男、いやこのおかまはヤバイとケイスケとあかりは焦りだす。ケイスケは冷や汗を流しながらあかりに視線を向ける。

 

「あかり、手を抜くな。手を抜くとお前が殺されるだけだからな…‼」

「わ、わかりました…‼タクト先輩も…って、あれ?」

 

 さっきからタクトの喧しい声が聞こえない。あかりは気になってタクトの方を見ると、肝心のタクトの姿が無かった。

 

「け、ケイスケ先輩‼タクト先輩がいませんよ!?」

「ハァ゛ァ゛ッ!?あのバカ、何処に行きやがった!?」

 

 他の戦闘員と戦闘になるという時にタクトが何処かに行った。ケイスケは高めな声を出して慌てだす。そんなケイスケを見ていたチャージャーはじっとケイスケを見つめていた。

 

「…慌てだす姿は可愛いわね‥‥嫌いじゃないわ‼」

 

 チャージャーのうっとりしている姿を見て、ケイスケは背筋が凍り、そして…何かがはじけた。

 

 

「もうヤダヨォォォォッ!!」

「ちょ、ケイスケ先輩!?」

 

 ケイスケは甲高い声を出して叫びながら逃げ出していった。あかりもケイスケから今まで発したことのない高い叫びを聞いてギョッとするが急いでケイスケの後に続いて走り出した。チャージャは肥満体型と思えないスピードで走りだして追いかけていく。

 

「うふふふふ!逃がさないわよー‼」




 ここらで登場するジキル博士が用意した対ジーサード用人工兵器、『ハンター』『チャージャー』『タンク』について、彼らはゾンビじゃなくて人工天才みたいなエージェントにしております…

 ゾンビじゃねえじゃねえか!?という方、ごめんなさい
 前話でジキル博士が言っていた『お気に入り』はL4Dからではなくオリジナルです‥‥たぶん


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43話

 ここからハチャメチャになってきてしまってます…原作も色々とはっちゃけてるしもういいよね!(目を逸らす)
 さて、本日は
 
 ケイスケ、発狂する
 親方、空から…
 マジカル八極拳
 
 の3本でお送り致します。じゃんけんポーン、うふふふ


「ああくそどもがっ‼」

 

 ケイスケはやけくそ気味にM4を撃つ。船内で激走して逃げている間に巡回している兵士達と出くわし戦闘中の状況になってしまった。通路の角に隠れながら応戦していく。あかりもなんとか追いついてケイスケの援護を行っている。

 

「あかり、フラッシュ‼」

「は、はい!」

 

 先程の発狂がウソのように冷静になったケイスケの指示にあかりはすぐさまポーチからフラッシュ・バンを取り出し、ピンを抜いて投げた。閃光と衝撃音が響いた後、ケイスケは角から身を乗り出して撃っていく。

 

「撃て撃て撃て‼」

 

 撃ちだすケイスケを援護する様にあかりもMP5Kで撃っていく。あかりが撃った銃弾は6,7発程命中した後、標的から外れるがケイスケがフォローをするように狙っていく。何とか遭遇した敵兵達を倒したケイスケはちらりとあかりの方に視線を向ける。

 

「あかり、何か撃っている時は手癖でもあんのか?」

「い、いえ…射撃はどうしても6,7発が限界でして…」

 

 あかりが申し訳なさそうに返すと、ケイスケは少し考え込むが辺りを警戒しつつ進んでいった。

 

「無暗に当てることを考えんな。足とか狙っていけ、または6,7発撃った後リロードでもして切り替えろ」

 

 ケイスケはあかりにアドバイスをして歩みを進めていく。ぶっきらぼうながらも後輩に気をかけているケイスケにあかりは軽く微笑む。敵に遭遇しないでいち早くかなめを助けに行かなくては、あかりはそう自分に言い聞かせケイスケに続いて行こうとした。

 

「…ん?何だこの音?」

 

 ピタリとケイスケは足を止めた。気が付けばどこから遠くから壁を壊すような音が聞こえてくる。その音は次第に近づいてきた。近くなればなるほど音が大きく、そして揺れだしてくる。ケイスケとあかりのすぐ近くの壁が壊れ、大きな機械化した右腕でタックルするようにチャージャーが突っ込んできた。

 

「みぃぃぃつけたぁぁぁぁっ‼」

 

 チャージャーは世紀末に出てきそうな満面の笑みをケイスケとあかりにしてきた。ギョッとするケイスケとあかりにチャージャーは舌なめずりする。それを見たケイスケは再び…何かが壊れた。

 

「チャァァァァァジャァァァァァだァァァァッ!?」

「け、ケイスケ先輩ぃぃっ!?」

 

 絶対にケイスケが発しないような甲高い声で叫び、ケイスケは物凄い勢いで走って逃げていった。今まで聞いたことのないような叫び声にあかりはギョッとしながらも逃げ出すケイスケを追いかけていった。

 

「まちなさーい‼」

 

 チャージャーはタックルするような構えをしてケイスケ達を追いかけていった。

 

___

 

「うらーーーっ‼」

 

 カズキは雄たけびを上げてこっちに向かって走り出すタンクに向けてSR25を撃ち続ける。しかし、いくら当たってもビクともしないのか怯まずに迫って来る。

 

「ちょ、あいつ効かねえのかよ!?」

「カズキ、上半身はダメだ!顔か下を狙って撃て‼」

 

 タンクがカズキに向けて拳を振り上げる前にナオトが前に出てタンクの顔面を狙ってAK47を撃つ。タンクは腕で顔を守り、左腕でナオトを振り払うように振るう。ナオトはひらりと躱して距離を取っていく。

 

「ちくしょー、4人で一点集中して一斉に撃てば勝てるかもしれねえのに…っ」

 

 カズキは悔しそうに唸る。2手に分断されたことがかなり痛かった。残りの弾数とカートリッジを確認しつつ、タンクを睨み付ける。するとナオトはAK47に銃剣を取り付けタンクに接近戦を吹っ掛けて行った。

 

「カズキ、こいつにグレネードをありったけ投げろ!ここで全部使う!」

「おK‼じゃんじゃん投げつけてやる‼」

 

 ナオトを援護する様にカズキはタンクに向けてMK3手榴弾やRGD-5手榴弾を投げていく。爆発の衝撃を腕で防ぐタンクにナオトは駆けていき、足の脛を狙うように銃剣で斬りつけようとした。

 

「Woooooooooo!」

 

 しかし、銃剣より早くタンクの拳がナオトを襲った。ナオトは咄嗟にAK47を盾にして防ぐが壁にぶち当たるまで吹っ飛ばされた。カズキは大慌てでナオトの方へ駆けつけていく。

 

「ナオト!?大丈夫か!?」

「いてぇ…AKがひしゃげた」

 

 ナオトはなんとか無事であったが、AK47がUの字にひしゃげてしまった。予想を上回るタンクの力に二人は焦りだす。

 

「ナオト、火炎瓶持ってくれば良かったな…」

「いや、あれでも一応人だから…爆風には怯んでたからうまくいけば、いける。カズキ、援護をお願い…」

 

 ナオトはカーボンナイフを取り出し、タンクに向かってもう一度走り出していった。そのナオトを援護する様にグレネードを投げつつ、SR25で足を狙い撃っていく。ふとカズキは上を見上げるとはるか上空に何かが飛んでいるのが見えた。それが一体何なのか気になるのだが、今はナオトの援護をしつつタンクを倒すことに集中した。

 

__

 

『博士‼船上空に所属不明の航空機を探知‼』

 

 ラボのモニターで甲板で戦っているカズキとナオト、そしてタンクを鑑賞していたジキル博士に通信が入った。ジキル博士はポップコーンを頬張るのをやめて、がばりと席を立ち、子供の様に無邪気にはしゃぎ出した。

 

「どんな航空機がわかるかい!」

『は、はい…全長20m、全幅50m…形からして恐らく、垂直離着陸機(VTOL)かと!』

 

 機体の正体を聞いたジキル博士は応援しているメジャーリーガーがホームランを打ち上げたことに大喜びするかのように声をあげた。傍にいる軍人姿のハリソンは喧しそうに耳を塞ぐ。

 

「それでそれで‼何か、いや誰かこっちに向かって落ちてきていないかい!」

『いえ‥‥あっ!たった今こちらに向かって何か落ちてきているようです!』

 

 ジキル博士はさらに大喜びしてデスクを叩く。子供の様に興奮して鼻息を荒くする。

 

「さあ来るぞ来るぞ‼ジーサードのご登場だ‼」

 

 無邪気にはしゃいでいるジキル博士にハリソンは軽くため息をつく。勝手に2手に分断したことには「少年漫画みたいな展開で面白いじゃないか」と言うし、ジーサードが来たことにはヒーローショーを見ている子供の様に喜んでいる、ハリソンはあまりいい事態ではないことに心配しだした。このままタンクとチャージャーがまとめて片付けてくれることを願う。

 

___

 

 突然、甲板に何かが落ちてきたことにカズキとナオトもタンクも戦うのを止めて視線を向けた。それは黒と金のプロテクターを身に着けた黒髪の青年だった。まるでアイアンマンの様な着地をしててかっこいいとカズキとナオトは感じていたのだが、何処か見たことがあるような雰囲気で違和感も感じていた。

 

「来たぞ来たぞ来たぞ来たぞぉぉぉっ‼」

 

 一方のタンクは青年を見て喜びながらゴリラのように胸を叩き雄たけびを上げる。タンクはカズキとナオトを無視しだし、青年に標的を変えた。

 

「待っていたぜ、ジーサード‼ジーフォースを助けに来たのか?だが俺はてめえをぶっ潰したくてうずうずしてたんだぜ‼」

 

 ジーサードと呼ばれた青年は何も言わずスタスタと近づいていく。その眼はタンクなんてアウトオブ眼中なのか、それとも怒りを隠しているのか、カズキとナオトは考えだす。タンクはそれでも構わず雄たけびを上げてジーサードめがけて駆け出していき、雄叫びととも拳を振りおろした。しかし、ジーサードはひらりと躱し、タンクの顎に強烈なストレートをお見舞いし、もう一発、顔面を思い切り殴りつけた。よろよろとして前のめりに倒れるタンクにジーサードは舌打ちして睨み付けた。

 

「ごちゃごちゃうるせえんだよ、この筋肉ダルマが」

 

 自分たちがかなり苦戦を強いられたタンクをこうもあっさり倒したことにカズキとナオトは驚いた。カズキは恐る恐るジーサードに近づいて行った。

 

「あ、あんたすっげえ強いんだな!ジーフォース…かなめちゃんを助けに来たんだって?俺達も手伝うぞ!」

 

 そうニコニコするカズキにジーサードは視線を向けた。その瞬間、カズキは強い殺気を感じなんかヤバイと咄嗟に後ろへ下がる。ジーサードはカズキに向かって襲い掛かってきた。カズキを守る様にナオトが前に出てジーサードの拳を防ぐ。自分の攻撃を防いだナオトにジーサードは不敵に笑う。

 

「ほぉ…?見た目以上にいい線いってるじゃねえか」

「‥‥っ」

「ちょ、何しやがる!?危ねえじゃねえか!?」

 

 慌てだすカズキにジーサードはキッと睨み付けた。

 

「おめえら、勘違いしてんじゃねえぞ?俺は確かにフォースを助けに来た。だが、てめえらも遠山キンジもフォースを攫った野郎共も皆殺しにしてやる」

 

 完全に敵意剥き出しのジーサードにカズキは焦りだす。ここはどにかして説得しなくてはならないとカズキは説得を試みる。

 

「ま、待って!?落ち着いて話しましょ、お兄さん‼」

「誰がお兄さんだ‼ぶち殺すぞ‼」

 

 説得は虚しく失敗し、ジーサードはナオトに向けて肘鉄をしだす。ナオトはそれをいなし、一歩前に出て拳を向ける。ジーサードの右の拳とぶつかり衝撃が走る。ナオトは右手を痛そうに手を振りカズキの元まで後ろへ下がる。ジーサードは自分の右のガントレットを見た後ナオトに向けてにやりとした。

 

「八極拳か?面白れぇじゃねえか…気に入った。てめえは半殺しにして俺の傘下にしてやるよ」

 

「ねえねえ、俺は?狙撃も得意だし、歌も歌うぜ‼ジーさ~ど♪おれすごいぜー♪」

「お前は殺す」

 

 即答されたことにカズキはショックする。これは怒られて当然だろうとナオトは同感するがジーサードの蹴りが襲い掛かる。ナオトはそれを防ぎカウンターしようとするが、それよりも早くジーサードの飛び蹴りがナオトに炸裂する。

 

「ナオト、大丈夫か!?」

「めっちゃ強い…やるかこの野郎」

 

 ナオトは防いだ右腕を痛そうに摩りながらジーサードに睨み付ける。早さも、威力も1発1発がかなり重い。銃撃よりも格闘がとてつもなく強いのだ。敵味方問わず牙を向けるジーサードは不敵に笑みを見せる。

 

「てめえらゴミは邪魔なんだよ。フォースの『双極兄妹』を邪魔し、俺が遠山と決闘をする計画も台無しにしてくれた…」

「?俺達なんかしたっけ…?」

「さあ…?」

 

 キョトンとしているカズキとナオトにジーサードはピキリと苛立つ。完膚なきまで叩きのめしてやろうと進みだそうとした時、ナオトが何かに気づいて叫んだ。

 

「ジーサード、後ろ‼」

 

 ナオトの叫びに答えるかのように後ろを見るとさっき倒したはずのタンクが襲い掛かってきた。タンクの強烈な一撃を左腕で防ぐが、その衝撃が体全体に行き渡る。

 

「Woooooっ‼」

「ちぃっ‼さっさと退場しやがれ、この脳筋ゴリラが‼」

 

 ジーサードはタンクの拳を躱して再び目にも見えないほどの拳を放とうとした。しかし、その拳は防がれタンクの強烈な一撃がジーサードの体に直撃する。プロテクターにひびが入り、体にメキメキと痛みが走る。タンクは力いっぱい振るい、相手を吹っ飛ばした。

 

「うおっ!?だ、大丈夫か!?」

 

 カズキは焦りながら叫ぶ。ジーサードはフラフラと起き上がり、血の混じった唾を吐いてタンクを睨み付ける。

 

『あー…あー…おーい、ジーサード。聞こえるかーい?』

 

 そんな時、ジキル博士の声が音響機器から響いてきた。この声を聞いたジーサードはピクリと反応する。

 

「てめえか、フォースを攫ったクソ野郎は…‼」

種馬(ジーフォース)のことなんてどうでもいい。早く君のサンプルが欲しいんだよー』

 

 つまらなそうに返すジキル博士の言葉にジーサードは怒りだした。

 

「てめえ…いま、フォースのことを種馬って言いやがったな…‼ぶち殺してやる‼」

『おお、怖い怖い。でも…それは無理だろうね』

 

 ジキル博士が子供の様に挑発してきた。その間にジーサードに向けてタンクが襲い掛かる。

 

『タンクは君のデータを集めて、作り上げた対ジーサード用の人工兵器さ。』

 

タンクがジーサードの向けて拳を振り下ろしてきたその時、ナオトがジーサードを引っ張り、カズキがSR25でタンクの右足を狙い撃った。

 

「こっちを見やがれこの筋肉野郎‼」

 

 カズキは咄嗟にフラッシュ・バンを投げた。閃光と衝撃が放たれ、タンクは少し眩暈をして怯んだ。ジーサードはカズキとナオトを睨み付ける。

 

「てめえら…なぜ俺を助ける!?お前らの力なんて借りなくても…!」

 

 怒るジーサードにカズキとナオトは当たり前のように答える。

 

「妹を助けに来た弟を助けることに理由はいらないでしょ」

「キンジの弟なんだ…手を貸すのは当たり前だろ」

 

 二人の答えにジーサードは目を丸くして驚くがすぐさま睨み返す。

 

「うるせえ!俺は完璧な人間兵器だ…‼フォースの兄でも、遠山キンジの弟でもねえ‼」

「この、わからず屋パンチ‼」

 

 カズキの痛くもないパンチにジーサードはキョトンと戸惑ってしまうが、カズキはプンスカしながらジーサードを叱る。

 

「完璧な人間なんていないし、死んだら意味ねぇだろうが‼お前自身、一番分かってるだろうが‼」

 

 ジーサードはその言葉を聞いて目を丸くして驚いていた。そしてそれ以上何も言わず俯いた。

 

「お前は人で、かなめの兄で、キンジの弟なんだ。お前の…認められる…世界が、褒められて…すごいぜ!」

「最後めちゃくちゃじゃねえか!?台無しだろ!?」

 

 かずきが最後をうまくまとめられなかったことにジーサードは顔を上げてツッコミを入れた。ツッコミの早さはやはりキンジと同じだなとナオトは納得する様に頷く。

 

「いや、なんか納得するなよ!?」

 

 咄嗟にナオトにツッコミを入れるが、そうしているうちにタンクが雄たけびを上げて迫ってきた。カズキとナオトはジーサードを守るように前へ立つ。

 

「おい、あの脳筋ゴリラを仕留めれる方法はお前らにあんのか?」

 

 やや心配気味に二人に尋ねると、カズキはドヤ顔をし、ナオトは頷いて答えた。

 

「ないぜ」

「…ある」

「どっちだよ!?」

 

 バラバラに答える二人に思わずツッコミを入れてしまった。ジーサードは戦うことよりもこの二人にツッコミを入れることに疲労感を感じてきた。

 

「えぇ!?ナオト、あるのか?」

「一か八かだけど…腕が痛くなるけど、やるしかない。カズキ、ちょっと気合い入れるから時間を稼いで」

 

 ナオトはそう言うと大きく息を吐いて気合いを入れ出した。何をするのかカズキはわからなかったが、ナオトの指示通り時間稼ぎをしようとタンクに向かって駆け出した。

 

「おらー‼ゴリラ野郎、俺が相手だー‼」

 

 カズキはSR25を何度も撃ち続ける。タンクは雄叫びをあげて標的をカズキに定めて追いかけていった。タンクの追いかけるスピードよりもカズキが逃げる足の速さは遅く追いついてしまった。

 

「ひ、ひえー!?ナオト、まだー!?」

「Yeaaaaaaaaaaaaahっ‼」

 

 カズキに向けてタンクの拳が振り下ろされる。その寸前、ジーサードがその拳を防ぎ、タンクの左胸に向けて右拳で音速のような速さの一撃を当てた。

 

「もう少し、時間を稼げよ‼」

 

 ジーサードはこけてるカズキを起こしてタンクの方を睨む。左胸に一撃をくらったタンクは少しよろめくが体勢を立て直し二人を追いかけだした。ジーサードがタンクの攻撃を防ぎ、カズキが援護する様に撃っていく。それでも怯まないタンクのタフさにカズキは焦りだす。

 

「カズキ‼こっちに誘き寄せろ‼」

 

 準備が出来たのかナオトがカズキに大声で呼びかける。ナオトは拳を構えていたが、その気迫は今までに感じたことのないほど強いものだった。これで仕留めれるのか、心配になりながらもカズキとジーサードはナオトの方へタンクを誘き寄せていく。タンクは標的をナオトに変え、襲い掛かった。しかし、タンクの拳よりも早くナオトは一歩前に出た。その一歩は強い衝撃を放ち、甲板が凹むほど強いものだった。

 

「…ジョージ神父直伝…‼」

 

 ジーサードは見た。ナオトがタンクの左胸に放った拳の一撃はかなり強烈で、炸裂音やタンクに当たった衝撃が響き渡るほどだった。自分が持っている技よりも強く、速い技に息を呑む。

 

「八極拳…无二打(にのうちいらず)か…!」

「え?八宝菜、ニラレバ炒め?」

 

 何処をどう聞いたらそう間違えるのか、カズキの言葉は無視した。八極拳の使い手、李書文が編み出した、フェイントをかける初撃や一撃で相手を倒す武術。どうしてそんな技を持っているのか、気になりだした。

 その一撃をくらったタンクは拳の跡が凹むように付いた左胸を抑えて、弱々しく低い唸り声をあげて倒れた。ナオトは動かなくなったタンクの脈を調べ、脈があることにほっと一息つく。

 

「とりあえず手加減は少しした…」

「すっげえよ、ナオト‼それさえあればどんな敵もワンパンだぜ‼」

 

 そんな技を持っていたナオトにカズキは目を輝かせて肩を叩くが、ナオトは嫌そうにして首を横に振る。

 

「腕、めっちゃ痛い…一日一回しかできないし、めんどいからあんましたくない」

 

 痛そうに腕をぶん回し、テンションがダダ下がりのナオトにカズキはちぇっと悔しそうにした。まずは面倒なのを片付いたことにジーサードは一安心する。

 

「今なら奴らは疲弊しているぞ‼撃て撃て‼」

 

 休息は与えられないようで、タンクが倒されたことで兵士達が甲板に駆けつけて撃ちだしてきた。カズキ達は慌ててタクトが神風アタックしたC-2グレイハウンドの陰に隠れる。

 

「くそ、しつこい雑魚共だ…‼」

「ナオト、腕は大丈夫か?」

「ハンドガンなら撃てる…」

 

 ナオトが腰のホルスターからFN5-7を引き抜き、リロードをする。SR25の残こりの弾もカートリッジも少なくなってきた。タンクとの戦いでかなりの弾を消費してしまった。カズキはこのまま突破できるか心配しだす、ジーサードは行けるのかどうか気になって声を掛けようとした。しかし、ジーサードは何も言わず上を見上げていた。

 

 上に何か見えるのか、ナオトとカズキは見上げると空にヘリが飛んでいるのが見えた。そこから白いものが2つこちらに向かって降下してきてるのが見える。

 

「あれって…パラシュート?」

「おいおい…来るのが遅せぇだろ…!」

 

 ナオトが目を凝らし、ジーサードが少し嬉しそうににやりとする。一体何のことかカズキは首を傾げている。そんなカズキをよそにナオトがグレネードとフラッシュ・バンを敵兵に向けて投げまくり、降りてくるパラシュートに標的を変えないように援護をしだした。パラシュートが甲板に無事降り立ち、誰が来たのかカズキはやっと理解した。

 

「カズキ、ナオト‼すまない、遅れた!」

「このバカキンジ‼もう少し丁寧に下ろしなさいよ‼」

 

 キンジとアリアがやっと駆けつけて来た。アリアに至っては顔を赤くしてキンジにプンスカと怒っている。キンジも少し雰囲気が違う。道中、何かあったのか気になったがカズキはそれよりもプンスカと文句を言いだす。

 

「遅いっての‼こっちは死に掛けたんだから早く来いよ‼」

「…弟の危機にはもう少し駆けつけてこい」

「弟…?」

 

 弟とは一体何のことかキンジは首を傾げるが、ジーサードの姿と顔を見て驚く。そんなキンジにジーサードはやや呆れてため息をついて睨み付けた。

 

「…本当は、てめえを今ここでぶちのめしてやりてえ」

 

 しかし、そんな表情を一変してジーサードは苦笑いをしてキンジに向けて拳を前に出した。

 

「だが、事態が変わった。俺達の喧嘩に漁夫の利をしようとした、フォースを…妹のかなめを攫った野郎をぶん殴りに行くぞ‥‥兄貴」

「!‥‥ああ、お前も素直じゃねえな」

 

 キンジもそんなジーサードに苦笑いしながら拳を合わせ、互いにふっと笑いあった。そんな二人の空気を読まないかのようにカズキが割り込んできた。

 

「ジーサード…呼びにくいから三ちゃんでいい?」

「いや呼ぶな‼つか、空気読めよ‼」

「ジーサード、お前も苦労してんな…」

 

「ちょっと!?私を無視するとかどういうつもりよ‼まずあんた達から風穴開けるわよ‼」

 

 男の友情からぽつんと取り残されたアリアがプンスカと怒りながらキンジに足蹴する。ナオトは面倒くさいし喧しいしということで我先に敵陣に突っ込んでいっていた。

 

「ああっ!?ナオトの奴先に進んでるし!?」

「なんであんた達のチームはバラバラなのよ!?」

「おい‼俺の分も残しとけよ‼」

 

「‥‥胃が痛い」

 




 (強制的?)男の友情…ジーサードはツンデレなのでいいよね?(目を逸らす)
 李書文の八極拳、无二打は割と好き(コナミ感)
 ヒーローは遅れてやってくるノリで来たキンちゃん様は道中、アリアのおかげ(?)でヒステリアモードになっております。どんなシチュでなったかは…ご想像のままに…


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44話

 漫画版緋弾のアリアAAを、アニメ11話を見ても、間宮家の技って女の子を素っ裸にする技にしか見えなくなってきた…龍虎の拳みたく脱衣KOじゃないんだから…まあ眼福だからいっか!


「あの野郎…もういやなんだけど」

「ケイスケ先輩、大丈夫ですか…?」

 

 ケイスケとあかりはチャージャーから逃げて一体何処まで進んでいるのか分からないくらい走り続けていた。大声で悲鳴をあげ、猛ダッシュで走ったことにケイスケは余計疲労感を感じていた。カズキとナオトは無事なのかそしてタクトは何処へ行ったのか、色々と考えを張り巡らせる。しかしその考えを振り払われるように遠くから壁を突き破る音が近づいてくる。ケイスケは舌打ちをしてM4のリロードをした。

 

「くそっ、あの機敏なデブが来る!あかり、構えろ!」

 

 ケイスケがあかりに言いかけると同時にチャージャーが壁を突き破って突進してきた。二人は右へ避けた直後にチャージャーが壁へと激突する。チャージャーの機械的な大きな右腕から蒸気が噴出され、その腕を壁から引き抜くと同時にこちらを見てにっこりとしてきた。

 

「あらぁ?もう鬼ごっこはお終い?」

 

「うっせーバーロー‼変な野郎に追い回されるのは懲り懲りだっての‼」

 

 ケイスケとあかりはM4とMP5Kをチャージャーめがけて撃ちまくる。チャージャーは大きな右腕で防ぎ、にんまりとしてきた。

 

「うふふふ、それじゃあ今度はおままごとかしら!」

 

 いちいちニヤニヤすんなとケイスケは怒鳴り、撃ちながら後ろへ下がる。これまで観察をしていたがチャージャーの突進は一直線だけ、途中で角へ曲がったりすればタックルは当たらずに済む。

 

「あかり、奴が突進してきたら角へ避けるぞ…!」

 

 あかりはケイスケの指示に頷き、後ろへ視線を向ける。しかし、通路の先を見たあかりは目を見開き、咄嗟にケイスケに焦る様に伝えた。

 

「ケイスケ先輩、だめです‼この先…曲がり角もない一直線です‼」

 

 あかりのその言葉にケイスケは撃つのをやめてすぐに後ろを振り向く。この先は曲がり角もない直線で、狭い通路となっていた。焦りだすケイスケを見てチャージャーはにんまりとにやけた。ケイスケはしてやられたと舌打ちをする。あの野郎はただ無暗に突進したり、壁を壊したわけではない、この狭い曲がり角もない通路へと追い込むようにして追いかけていたのだった。

 

「Woooooooooooooooooowッ‼」

 

 チャージャーがフルスロットルのエンジンのような叫び声をし、大きな右腕を前に出す様にして猛スピードで突進してきた。

 

「あかり、離れろっ‼」

 

 ケイスケはあかりを横へ蹴っ飛ばす。あかりが横へコケると同時にチャージャーのタックルがケイスケに直撃した。

 

「やっぱりおれかよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!?」

「ケイスケ先輩っ!?」

 

 高い声と打って変わって今度は野太い悲鳴を上げてチャージャーのタックルをくらって通路の先の扉を突き破り吹っ飛ばされた。あかりは起き上がり急いでケイスケが吹っ飛ばされた先へと駆けていく。

 

「いってー…めっちゃ痛ぇ」

 

 吹っ飛ばされたケイスケは痛みに耐えながら起き上がり周りを見渡す。テーブルとイスが並び立つ無人の広間で、どうやら食堂のようだ。ブラド戦のように何重ものアラミド繊維やケブラー、そしてダイラタンシーのボディーアーマーを身に着け、備えていたのだが思った以上に威力が強かった。首と頭を何とか守り、致命傷にならなかったことにはほっと一安心し、チャージャーがどこから襲ってくるか警戒した。その時背後から殺気を感じ、急いでその場を離れた。

 

「Wooowッ‼」

 

 背後からチャージャーが右腕を振り上げ思い切り叩き付けてきた。ケイスケは足がふらつきながらもM4で撃ちだす。チャージャーは右腕で防ぎながらゆっくりと近づいてくる。あの右腕に捕まっていはいけない、捕まったら最後、何度も叩き潰してくるとケイスケは察しながら下がる。しかしまだぶつかって吹っ飛ばされた衝撃が治っておらず、足がおぼつかず膝をついてしまった。そうしているうちにM4から弾丸が放たれなくなり、空撃ちをしだした。

 

「しまっ…弾切れかよっ‼」

「待ってたわよぉぉっ‼」

 

 ケイスケが急いでポーチからマガジンを取り出そうとするよりも早く、チャージャーが襲い掛かってきた。チャージャーの大きな右手が大きく開きケイスケを掴もうとしてきた。

 

「ケイスケ先輩っ‼」

 

 その直前、あかりが駆けだし、チャージャーめがけてMP5Kを撃ちながら近づいてきた。チャージャーは右腕で防ぎながら、ハエを払うように振り回す。

 

「このちっちゃい子犬ちゃんが‼邪魔っ‼」

 

 チャージャーは標的をあかりに変えて、右腕を振るって襲い掛かる。あかりは振り回す右腕を躱しながらケイスケの下へと駆けつけようとした。しかし、それよりもはやくチャージャーの右手はあかりの体を掴んだ。掴んだ右手を高らかに掲げチャージャーはにんまりとあかりを見る。

 

「可哀想な子犬ちゃんねぇ。モルモットなんかを助けにいくから痛い目をみるのよ?」

 

 哀れむような眼でにやつくチャージャーにあかりはキッと睨み付けた。握りつぶされそうな痛みに耐えながらも、そんな恐怖に耐えながらも怒りを込めてあかりは叫んだ。

 

「かなめちゃんはモルモットなんかじゃない…‼私の、私の大事な友達だもん‼」

 

 そんなあかりの怒りにそそられたのかチャージャーは満足しているような笑みを見せ、強く握りしめだした。

 

「青春ねぇ…そんな友情、嫌いじゃないわ!でも、それをぶっ潰すのももっと嫌いじゃないわ‼」

 

「ぐぅっ…‼」

 

 メキメキと体中に悲鳴と痛みが走る。チャージャーはあかりを握り絞めながら思い切り床へと叩き付けようとした。

 

「そうはさせっかよ‼こっちを見ろ、豚野郎‼」

 

 ケイスケはポーチから瓶を取り出し、チャージャーめがけて投げつけた。その瓶にはやや半透明な液体が入っており、宙を飛んだ瓶はチャージャーの顔面に当たり、割れたと同時に液体がチャージャーの顔にかかる。

 

「うおおっ!?ナニコレ!?クッッッサ!?」

 

 強烈な悪臭がかかり、チャージャーは狼狽えだす。握っているあかりを投げ飛ばし、必死に顔を吹こうとしだす。その隙にケイスケは発煙手榴弾をチャージャーめがけて投げる。発煙手榴弾はチャージャーの足下に落ち、白い煙幕を吹きだして視界を遮った。

 

「臭いし見えないし‼あんのガキ共‼なんども潰して嬲り殺しにしてやる‼」

 

 臭いをふき取ろうとしながらチャージャーは怒りの雄叫びをしだす。ケイスケはすぐさま投げ飛ばされたあかりの下へと急いだ。

 

「あかり、大丈夫か…!」

 

 キッチンの奥へと投げ飛ばされたあかりは痛みに耐えながらも起き上がり苦笑いをする。

 

「は、はい、なんとか…ケイスケ先輩、さっき投げたのは…?」

「あれはまだ試作段階だが、まだまだ改良の必要があるな」

 

 対異能者用なのか、それとも今回の為に作られたのか、ケイスケはそれ以上は言わなかったがあかりもそれ以上質問することはなかった。今は時間を稼いでいるだけであり、すぐにでもチャージャーが襲い掛かってくるだろう。

 

「あの機械の右腕が厄介だな。あれを壊せば簡単に倒せるのだが…」

「ケイスケ先輩…それなら方法があります」

 

 マジかとケイスケは口をこぼして驚く。しかし、あかりは言うべきかどうか躊躇っていた。

 

「その…これからやること、私の戦いを、秘密にしてくれませんか…?」

 

 それはどういうことかケイスケは首を傾げる。あかりは躊躇いながらも事情を話した。元々、間宮とは公儀隠密の一族であり、人々を守るために一族秘伝の暗殺術を駆使するという。かつてはイ・ウーの襲撃で一族は離散し、あかり自身はアリアに出会うまではその技と母の教えを守るために武偵に入った。間宮の技は殺人を前提としており、武偵の法に触れるのでずっと隠してきたという。今では夾竹桃や、間宮ひかり、そしてかなめに力をうまく制御しつつ間宮の技を使ってきたと話した。

 

「そういうことか‥‥」

 

 全てを聞いたケイスケは深く頷いてあかりにデコピンをした。「あうっ」と声を出して痛そうにデコをさするあかりにケイスケは軽くため息をついてニッとする。

 

「躊躇ってる暇はねえぞ。友達を助けたいなら全力でぶつけてこい」

 

 ケイスケの言葉にあかりは一瞬驚くが、「はい!」と笑顔で大きく返事をした。ケイスケは右腰につけている大きなポーチから厳重に閉めてある小型のケースを取り出す。

 

「それで、方法は?」

「はい、時間と距離がいります…」

 

 一方のチャージャーは鼻についた悪臭が取れず、苛立ち荒々しく唸っていた。白い煙幕で周りが見えず、どこへ逃げたのかキョロキョロとしていた。

 

「どこだ…?どこへ行ったぁ‼」

 

 おかま口調がなくなるほど怒りを込めて右腕であたりを叩き付けながらうろうろして探し出す。見つけたらすぐにでもタックルをして何度もミンチになるまで叩き潰してやろうと怒りと唸りをあげながら歩きだす。ふと、遠くで影が走って行くのが見えた。どこへ逃げるのかチャージャーは追いかけると、煙幕を抜けた場所は直線の狭い通路で、その先にケイスケとあかりがいた。

 ケイスケはM4をリロードして構え、あかりは銃を持たず、ただ拳を構えていた。何処かの拳法でもやるかのような変わった構えをしていた。そんな二人を見てチャージャーはにんまりとにやつく。

 

「あらぁ?なんのつもりなのかしら?」

 

 おかま口調が戻ったチャージャーを完全に無視するかのようにケイスケはあかりに視線を向ける。これから何をするのか、検討はつかない。

 

「あかり、うまくいけるのか?」

「たぶん…いえ、必ず成功させてみせます」

 

 今までと雰囲気が変わり、真剣な眼差しと覚悟を決めたあかりにケイスケはふっと笑い、M4を構えなおしチャージャーに狙いを定める。

 

「安心しろ。もしもの時は、9条破ってでもお前を助けてやる」

「…ケイスケ先輩、ありがとうございます」

 

 お互いに不敵な笑みで返し、いま目の前にいる的に集中した。そんな二人にチャージャーはにんまりし、右腕を前にしてタックルの構えをする。

 

「二人まとめて叩き潰してあげるわよぉぉっ‼」

 

 チャージャーは二人めがけて猛スピードで突進してきた。それを待っていたかのようにケイスケは引き金を引いて撃つ。チャージャーの右腕めがけて飛んだ弾丸はぶつかり爆発を起こす。

 

「今回の弾はただの弾丸じゃねえ、爆発弾だ‼」

 

 ケイスケはチャージャーの機械の右腕に向けて爆発弾を撃つ。爆発は起こすものの、機械の右腕に傷は見えずそれでもチャージャーはスピードを緩めず突進してくる。

 

「それで腕を壊すつもり?無駄よ無駄無駄ぁーっ‼」

 

 チャージャーは雄たけびを上げながら近づいてくる。それでもケイスケは撃つのをやめず、何度も引き金を引く。そしてチャージャーが一定の距離まで近づいてきた時にあかりが駆けだしていった。ケイスケは駆けていくあかりに大きく叫んだ。

 

「決めろ、あかりっ‼」

 

 爆発の煙を掻い潜り、あかりはジャンプをし、横に回転しながら相手に突っ込んでいった。チャージャーは身構えるが、あかりが回転しながら突き出した貫手に当たると機械の右腕を通してチャージャーの体全体に強い振動と衝撃が走る。そして機械の右腕は当たった場所から全体にひびが入り一気に破壊されていく。

 頑丈と強靭さを誇る右腕が破壊されたことにチャージャーは叫びたかったが、体全体に振動と衝撃が走り、叫ぶこともできず意識が薄れ、倒れていった。倒れて意識を失って動かなくなったチャージャーを見てあかりはほっと一息ついてケイスケの方を見る。

 

「やった…『鷹捲り』、うまくいきました…‼」

 

 あかりはケイスケに向けてニッと笑った。『鷹捲り』とは、間宮の長子に伝われる技の一つで、人体にある微細な電流による振動『パルス』を、特殊な構えで整え、横回転によるジャイロ効果で増幅、集約し、あらゆるものを破壊をする振動技である。一部始終を見たケイスケは納得したように頷く。

 

「成程、絶天狼抜刀牙かサイコクラッシャーだな」

「どっちも違いますよ!?」

 

 どっちも作品が違うとメタなツッコミを入れる。そうしているうちにどこからかブザーが鳴り響いた。恐らく、ジキル博士がモニターで一部始終を見て、兵士達をこちらに仕向けるよう手を加えたのだろう。

 

「ったく、休む暇も与えねえか。あかり、いけるか?」

 

 ケイスケは爆発弾の入ったマガジンを引き抜き、通常弾、武偵弾の入ったマガジンを装填しリロードをして、あかりにMP5Kを渡す。あかりは笑ってMP5Kを受け取る。

 

「はい!はやくタクト先輩達と合流してかなめちゃんを助けに行きましょう!」

 

 あかりは自信満々に微笑むが、ケイスケは違ってた。

 

「もし、たっくんが無傷でへらへらしてたら全力で殴る」

「ええっ!?」

 

 ケイスケのタクトに対する怒りにあかりはぎょっとしていた。願わくば、タクトはどこかで頑張って戦っている最中であってほしいとあかりは少しお願いした。

 

__

 

 上のフロアで激闘が行われている最中、巡回中だった兵士二人は男子トイレにいた。

 

「なあジョン、俺達呑気にトイレに行ってていいのかよ?」

「気にするなマックス。どーせ博士の人間兵器には勝てねえって」

 

 ジョンとマックスは小便器に用を足しながらのんびりと会話をしていた。ジョンは船内を気にしながらマックスに尋ねる。

 

「ところでマックス、ジーサードが来るってのになんで兵士の数は少ないんだ?」

「ジキル博士曰く、あまり銃器でドンパチしてほしくないんだってさ。もし激しくドンパチすると、博士の『お気に入り』が敵味方問わず皆殺しにするからだ」

 

 その理由を聞いたジョンは身震いをする。博士の人間兵器である『タンク』や『チャージャー』、『ハンター』の他にもっと物騒なのがいることに不安と焦りを感じた。

 

「そう怖がるなって。そうなった時は、博士たちと脱出する予定だ」

「じ、ジーフォースを連れてか?というかジーフォースは何処にいるんだ?」

 

 マックスは鼻歌を歌いながら社会の窓を閉じ、洗面所で手を洗い出す。

 

「トイレから出て左の先にある博士の生体管理室にジーフォースはいる。非常事態になったらそいつも連れていってアメリカへ逃げるさ」

「あ、暴れないのか?あのジーサードの凶暴な部下だぞ?」

 

 いちいち心配しだすジョンにマックスはため息をついて肩を軽く叩く。

 

「そう心配すんなって。その管理室の隣にある薬品庫に保管してる博士の作った解毒剤を飲まさない限り、ジーフォースは手も足も出ないんだってさ」

「そうか、それを聞いて安心した‼さ、巡回して侵入者をぶっ殺してやろうぜ‼」

 

 安心したジョンは手を洗ってさっさと出て行った。社会の窓を閉め忘れている事を忘れているジョンにマックスは苦笑いして男子トイレから出て行った。男子トイレにしばらく静寂の間が流れるが、大きい方のトイレで水が流れる音が響いた。カラカラとトイレットペーパーを取る音が響き、しばらくしてもう一度水が流れる音が響く。ゆっくりと扉が開き、タクトはすっきりしたような顔をして出てきた。

 

「はー…すっきりした。いやー、一時はどうなるかと思ったぜー」

 

 タクトはケイスケとあかりがチャージャーに出くわす前、タクトに突然の腹痛が襲い掛かってきた。そしてトイレというオアシスを求め、たった一人でかなめとトイレを探していたのだった。

 カズキとナオト、ジーサードがタンクと戦っている間、ケイスケとあかりがチャージャーと戦っている間、タクトは腹痛と戦っていたのだった。無事に勝利をおさめ、ドヤ顔でタクトは鼻歌を歌いながら手を洗い、トイレから出た。

 

「確か、この先にかなめちゃんと解毒剤があるんだよな。いくぜっ‼」

 

 タクトはかなめがいるとされる生体管理室へと向かった。巡回している兵士にも出会わず、がらんとしている通路になんの違和感も感じずタクトはかなめの下へ駆けつけた時のかっこいい台詞を考えながら歩いていた。兵士に出くわさないのはそのはず、タクトが腹痛に勝利した頃にはタンクもチャージャーも敗れ、博士の下に行かせまいと船内にいる兵士たちはカズキ達を止めに行っているのであった。

 

「えーと…生体管理室は何処だっけな?」

 

 目的の場所は何処か辺りをキョロキョロしながら歩いていく。

 

「‥‥まさかこんな所にまで来るとはな」

 

 ふと、後ろから声がしたのでタクトは振り向いた。振り向いた先には死んだ魚の様な目をした黒髪のオールバックをしたサリーマン姿の男性がいた。

 

「ただの弱小武偵かと思っていたが、油断した。だが、俺は油断もしないし、手加減をしな(ry」

「あ、すみませーん。生体管理室ってどこですか?」

 

 タクトに話を遮られ、男はピシリと額に血管を浮かべタクトを睨み付けた。

 

「貴様は人の話を最後まで聞くつもりは無いのか?いいか?人の話は最後までき(ry」

「えーと、右ですか?左ですか?あ、もしかしてこの先ですか!」

 

 再びタクトに話を遮られ、男はもう一本、額に血管を浮かべタクトを睨み付け、殺気を放つ。

 

「どうやら貴様は死にたいらしいな…俺はコードネーム『ハン(ry』」

「そうだ!お前はサリーマンHIROSHIだ!なんかヒロシっぽいしな」

 

 完全にタクトに話を遮られ、しまいにはHIROSHIとか意味の分からない名前を付けられ、コードネーム『ハンター』はもう一本、額に血管を浮かべ、鬼のような形相でタクトを睨み付けた。腰に提げている日本刀を模した刀を引き抜き、刃先をタクトに向けて構えた。

 

「いちいち癪に障る野郎だ…‼」

「で、HIROSHIさん。生体管理室ってどこ?」

 

 恐れも知らず、名前も勝手につけ、人の話を全く聞かないタクトにハンターの堪忍袋の緒が切れた。ハンターは一気にタクトに迫り、怒りを込めて刀を横へ薙いだ。ぎょっとしたタクトは咄嗟に身を屈めた。頭上に熱気と大きく空を切る音が響いた。タクトは後ろを見ると、壁が横に斬られた跡がついており、赤く焼き切られていた。ハンターが構えている刀は赤く、赤熱していた。

 

「この刃は先端科学兵器の一つ、『電孤環刃(アーク・エッジ)』。お前の様な意味の分からない奴には勿体無いくら(ry」

「かっけぇぇっ‼HIROSHIさんはあれか‼古に伝わりし元気ハツラツジェダイのサラリーマンでしょ‼」

 

 完全に貶しているように言っているタクトにハンターは鬼の形相で刀を振り下ろす。タクトは慌てて後ろへ下がり、刃を躱した。

 

「この…ゴキブリのように小賢しいガキが‼」

 

「あのなぁ、俺は無敵だっ」

 

 高い声を出してドヤ顔するタクトにハンターはさらに苛立ちを見せ襲い掛かる。

 

__

 

 かなめは消沈していた。ケージのような場所に閉じ込められ、ここから脱出する力も意気も出てこない自分に悲しんでいた。このまま誰かに助けを求めるのか、キンジやジーサードが助けてくれるのを待つのか、そんなことを考えていることすら悲しく感じた。

 ヒステリアモードになると非力になる自分をジーサードは助けてくれるのか、強大な力を持つ奴等からキンジは荷物となる自分を助けてくれるのか、それすらもわからなくなってきた。

 

「私は…どうすればいいの…」

 

 死ぬことも許されない、何もできないことにただ泣くことしかできなかった。そんな時、何処からか騒がしい音が聞こえてくる。誰かの奇声と怒声が段々と近づいてきた。何事か、キョトンとしていると近くの壁が十字に斬られ崩れていく。そこからタクトが転がり込んできた。

 

「あっぶねー…あ、かなめちゃん‼スポーーン‼」

「た、タクト先輩!?どうして…どうして先輩が助けに来たんですか…!?」

 

 突然現れたタクトにかなめは驚いていた。そんなかなめにタクトはニッと笑って答えた。

 

「後輩を、友達の妹を助けるのは当たり前だろ?俺達ソウルメイトなんだぜ!」

 

 そう笑って答えるタクトにかなめは目を丸くし、ポロポロと涙をこぼした。こんな自分を、後輩とキンジの妹だと見てくれるタクトに心から嬉しかった。

 

「さ、かなめちゃん。皆待ってるし、さっさと脱出しようぜ!」

 

 タクトはドヤ顔をしてかなめの手を取ろうした。そうはさせないとハンターがタクトに襲い掛かるがタクトはかなめの手を取って急いで避けた。

 

「ちっ…舐めたマネをしてくれるな!」

「はっはっはー‼これぞバケツで掘るってな!」

「タクト先輩、それを言うなら墓穴を掘るです…」

 

 ドヤ顔をするタクトにかなめはこっそりと修正しなおす。ハンターはキッと睨み付けるがふんと鼻で笑った。

 

「たとえジーフォースを助けたとしても、解毒剤を飲ませない限り、ただの荷物だぞ?」

 

 かなめは焦りだす。今はジキル博士の薬品のせいで強制的にヒステリアモードされ、解毒剤を飲まないと解除することはできないのだ。戦うこともできず、タクトの邪魔になってしまう。

 

「さて、それはどうかしらね?」

 

 ハンターの後から声が聞こえた。ハンターは振り向いた瞬間に頬に弾丸が掠めた。どこから、いつ撃ってきたのか見えない弾丸だった。

 

「なんだと…!?何故お前がここにいる!?」

 

 ハンターは目を疑った。見えない弾丸を撃ち、コルトS.A.A(シングル・アクション・アーミー)をこちらに構えている人物に驚いていた。

 

「本当は無所属の立場で戦わず、キンジ達の戦いを見届けるつもりだったけど…タクト君達の頑張り免じて、大事な妹を泣かした貴方達に灸を据えてあげるわ」

 

 その人物を見てかなめは目を丸くして驚き、タクトは嬉しそうに叫んだ。

 

「か、カナさぁぁぁぁん‼」




 妹を泣かしたということで、キンジ、ジーサードに続いてお兄姉ちゃんも参戦し、遠山家でジキル博士を殴りに行くつもりです…あれ?この遠山家、なんか怖いぞ…(白目)


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45話

 区切るいい頃合いが見つからず…気が付いたら9000…(白目)
 ちゃんと区切れるよう、気を付けないと…


「かなめちゃん‼カナさんだ‼カナさんが来てくれたよ‼」

 

 タクトは大喜びで手を振る。そんなタクトにカナは苦笑いして手を振り、キョトンとしているかなめに優しく微笑んだ。

 

「かなめ…もう大丈夫よ」

 

 かなめはこんな自分に助けに来てくれたタクトに、優しく微笑んでくれたカナに心からうれしくて、涙が止まらなかった。

 

「ありがとう、お兄ちゃ、いやお姉ちゃ…タクト先輩、お兄ちゃんって呼んだ方がいいんでしょうか?それともお姉ちゃんの方が…」

「かなめちゃん、それは俺にも分かんない」

 

 タクトの影響なのか、ヒステリアモードでありながらも平常運転なかなめになりつつあることにカナは苦笑いし、切り替えるようにずっとこちらを睨んでいるハンターに視線を向ける。ハンターは標的をタクトとかなめからカナに変え、不敵に笑い、赤熱した刀の刃先を向けた。

 

「遠山キンジ、ジーサード、ジーフォース、そして遠山金一。これで『Gの血族(コラテラル・ブロス)』が揃った。貴様が相手なら不足はない!」

「あら?私に挑むのかしら…?」

 

 そんなハンターにカナはくすっと笑い、すっとハンターに手を向けた途端に銃声と共に手元が閃光しだす。銃声が聞こえたことにすぐさま反応したハンターはすぐさま横へ転がるように動き、焦る様にカナを睨む。

 

不可視の銃撃(インヴィジビレ)か…!?」

 

 ハンターに喋る暇を与えないかのようにカナは見えない銃弾を撃ち続けた。ハンターは銃声を頼りに必死に避け続ける。ハンターには不可視の銃弾を撃つカナは一見穏やかに見えるのだが、目は違っており、かなり怒っていることに気づいた。コルトS.A.Aの弾は6発、次の弾を装填するまでの隙を伺い、カナが不可視の銃弾を撃つのを病めたと同時にハンターはカナめがけて一気に駆け、刀の一閃を振るった。

 

「私に標的を変えてくれるのを待ってたわ」

 

 カナはひらりと躱すと三つ編みに隠していた金属片を連結させ、襟に隠していた三節棍のような金属棒と組み合わせ、出来上がった大鎌を構えてくすりと笑う。

 

「大事な妹に手を出したこと、覚悟することね…タクト君、この部屋から出た先にある薬品庫に向かって。これを使って開く金庫に解毒剤があるわ」

 

 カナはそう言うとタクトにカードキーを投げ渡した。タクトはそれを受け取るとニッと笑ってかなめの手を取る。

 

「カナさん‼ありがとうございます!さ、かなめちゃん、行こうぜ‼」

 

 かなめの手を取り、部屋から出ようとするタクトを逃がさないというようにハンターはタクトへと襲い掛かろうとした。しかし、視界に鎌の刃が物凄いスピードで迫り、驚愕したハンターは足を止めてに防いだ。赤熱した刃に当たると焼き切られるはずの鎌の刃が赤熱した刃に当たると大きな金属音と強い衝撃が響く。

 

「余所見はダメよ。今は私だけを見なさい…」

 

 微笑むカナは大鎌をバトンのように軽く回す。最小限に指を動かしているだけなのに、それは速く刃先が見えない程だった。明らかにこれは怒っているとハンターは察する。しかし、ハンターは怯むことなく苛立つように睨み付けた。

 

「ジキル博士の人間兵器をなめるなよ…!」

 

 カナの振るう音速を突破するような速さの大鎌の刃とハンターの振るう赤熱した刃が何度も衝突し、金属音と強い衝撃を船内に響き渡らせた。

 

__

 

「あった!薬品庫ー‼」

 

 かなめを連れて走り出すタクトは薬品庫へと辿り着いた。扉を蹴り開け転がり込むように入っていく。かっこよく決まったとかっこつけるが、ただ無人の部屋なので余計シュールだとかなめは苦笑いをする。

 

「この部屋のどっかに解毒剤があるはず!」

「タクト先輩、手分けして探しましょう…!」

 

 タクトとかなめは手分けをして解毒剤が入っているとされている金庫を探し出す。棚の中を、ケースの中をひたすら探り続けるが、解毒剤とされている薬品が見つからない。

 

「クソ―‼どこに隠してるんだあの博士野郎は‼」

「いや博士そのものなんですが…あいつは子供の様な性格をしてた。もしかしたら隠した場所はとっても簡単な所に…」

 

 かなめとタクトはキョロキョロしながら辺りを見回す。二人はふと無人の部屋でありながらも作動し続けている冷蔵庫に目を向けた。まさかこんな所に隠しているはずがないだろうと、タクトは冷蔵庫を開けた。すると中にカードキーで開くタイプの金庫がひんやりとした状態で置かれていたのを見つけた。

 

「うそぉ!?あったよここに!?」

「た、タクト先輩、開けましょう!」

 

 予想通りにあったことに二人は焦るが、落ち着いてカードキーを通して金庫を開けた。中には確かに解毒剤と思わしき小瓶が入っていた。しかし、タクトとかなめは中身を見て焦りだした。

 

「解毒剤ってどれ…?」

 

 タクトが口をこぼしたとおり、中には同じラベルの小瓶がいくつも入っていた。どれも同じ透明の液体が入っており、見分けがつかなかった。

 

「も、もしかしたらこれ全部が解毒剤かもしれません。タクト先輩、お願いします‼」

 

 タクトは迷った。もしかなめに飲ました薬が毒だったら、もしこれを飲んでかなめに悪い影響を与えてしまったら。しかし、かなめの真剣な眼差しにタクトは覚悟を決めて、適当に小瓶を取った。

 

「かなめちゃん、この『かいどくやく』を使って‼」

 

 それをいうなら『げどくやく』だとかなめはツッコミを入れたかったが、そんな暇はなかった。早く治って、お兄姉ちゃんであるカナの下へ、兄であるキンジとジーサードの下へ行きたい一心だった。瓶のふたを開け、苦いにおいと味がするけども一気に飲み干した。

 

__

 

 一方、激戦を繰り広げらているカナは違和感を感じた。自分の振るう大鎌にハンターは最初は追いついていなかったが未だ反撃できずに防いでいるものの、目で見えているかのような立ち回りをしていた。

 

「どうやら気づいたようだな…」

 

 カナが違和感を感じていることに気付いたハンターは距離を取って刀を構えた。

 

「俺はタンクのようなバカ力も、チャージャーのような腕力もない。だが、俺は奴ら以上に洞察に優れている。相手の出方を見抜き、相手の目を見るだけでどこでどう動くのか読めることができる」

 

「そう、それは凄いわね。…でも、予想の遥か斜め下へ突き抜けて行動をする人達を知ってるからあまり驚かないわよ」

 

 ハンターの力をまるで感心してないかのようにカナは軽く返した。ハンターは一気にカナへ迫り、赤熱した刀を振るう。大鎌の刃で何度も防いでいくが、次第に振るう速さに追いつき、一手先を振るってきた。カナの振るう大鎌よりも速く、赤熱した刃が襲い掛かる。カナはそれを躱して後ろへと大きく下がるが、頬を軽く掠めたのか、一筋の血が流れていた。

 

「どうだ、貴様の動きはもう読めた。次はその首を貰うぞ…‼」

 

 不敵に笑い、刀を構えるハンターに対し、カナは頬を拭うと大きくため息をついてハンターを睨み付けた。

 

「なめないでちょうだい。この程度で遠山の血に勝ったと思わないでもらいたいわ…!」

 

 怒りのオーラを漂わせているカナに構わずハンターは赤熱した刃を振るおうとした。しかし、その寸前に物凄い速さで自分の懐まで迫られてきたのを感じ後ろへと下がった。ハンターにジャックナイフを突き立てようとした、カナの隣にいるかなめに目を丸くする。

 

「やはり来たか…ジーフォース!」

 

 ハンターの怒りの混じった睨みを一切無視してかなめはカナにニっと笑う。

 

「カナお兄姉ちゃん!あたしも戦う!」

「かなめ…!タクト君、ありがとう」

 

 解毒剤でヒステリアモードが解けて、いつものかなめに戻ったことにカナは追いついたタクトに優しく微笑み、タクトはドヤ顔でピースをする。そんなかなめとカナにハンターは赤熱した刃の切っ先を向けて睨み付ける。

 

「ジーフォース…貴様の戦いは博士が集めた過去のデータを見た。貴様の動きなぞ、すでに見えているぞ‼」

 

 そんなハンターにタクトはギョッとしたように目を丸くして、大声でかなめに呼びかけた。

 

「かなめちゃん!あいつ変態だぞ‼」

 

「うわー…そんな趣味なの?超非合理的ぃー」

「まさか妹をそんな目で見ていたなんてね…ますます許せないわ」

 

「いや、見て来たってそう言う意味じゃねーよ‼」

 

 ドン引きするかなめに、より怒りを見せるカナに思わずツッコミをいれていしまった。すべてはあのわけのわからない男のせいだ。ハンターはひとまず、タクトへと襲い掛かろうとした。そうはさせないとかなめが素早くハンターへジャックナイフで斬ろうとした。ハンターはその攻撃を躱し、袈裟切りで斬りかかろうとするが、カナの大鎌の刃が横から来たため斬るのをやめて後ろへと下がった。

 

「やはり誰か1人、遠山の人間を殺さなければ勝てんか…」

 

 さすがのハンターも遠山の人間を二人相手するのに長時間かけてしまうと負けてしまう。ハンターはより殺気立てて、まだ解毒剤で解けたばかりであるかなめに標的を定める。その時、カナとかなめの二人の間から割って出るようにタクトがハンターめがけて走り出してきた。

 

「うおおお‼俺が突破口になってやるぜー‼」

 

 タクトは「ジェットストリームアタックだぜ!」とドヤ顔をしながら駆けていく。ただの凡人が人間兵器に勝てるかとハンターは不敵に笑い刀を構えた。自分の目で相手がどこからどういう風に攻撃してくるか読んで、見切った後に胴体を真っ二つにしてやろうとほくそ笑む。右からか、左からか、上からか、どこからくるかタクトの目を見る。

 

「‥‥?」

 

 しかし、ハンターは分からなかった。タクトの目を見ても、どこから攻めてくるか、どう攻撃してくるのか、何を考えているのか、全く読めなかった。焦り、思考を張り巡らせてしまったせいでいつの間にかもうすぐ近くにまで来ていることに反応が遅れてしまった。

 

「ブルーマウンテンスプラッシュアッタチメントォォォッ‼」

 

 タクトはそう技名を叫ぶや否や、ハンターめがけてスライティングをした。ハンターも、カナもかなめもタクトの行動は全く読めなかった。無論、タクトの突然のスライディングをハンターは見切ることができず、足を取られて体勢を崩してしまう。

 

「かなめちゃん、今だぁぁっ!」

 

 タクトの叫びにかなめはすぐに動いた。体勢を崩し隙ができたハンターの顔面に飛び膝蹴りを当て、ふらつくハンターにカナとかなめの怒りの鉄拳が炸裂した。もろに直撃し、吹っ飛ばされたハンターは気を失い、動かなくなった。

 

「ひゅーっ‼どうだ俺達のコンビネーション!」

「いや、タクト君のスライディングは全く読めなかったんだけど…」

「どんな動きを読める相手も、タクト先輩の行動は読めなかったね…」

 

 かなめとカナはドヤ顔でカッコイイポーズをするタクトに苦笑いする。こうして無事に解毒剤で解除することができ、戦うことができる。そう安堵しているかなめに自分の名を呼ぶ声が聞こえた。ふと振り向けばあかりが手を振ってこちらに走ってきていた。

 

「かなめちゃん‼」

「あかりちゃん…!?」

 

 あかりの後ろについて来ているケイスケが来ているのは分かった。しかしあかりまでも来ていることにかなめは驚いていた。どうしてきたのか言おうとしたが、あかりはにっこりと笑うとかなめを優しく抱きしめた。

 

「『仲間を信じ、仲間を助けよ』…友達を助けるのは当たり前だよ!」

 

 そんなあかりの言葉にかなめは目を丸くして驚くが、ポロリと涙をこぼして抱きしめた。

 

「あかりちゃん…ありがとう…!」

 

 そんな二人を見てカナとタクトはほっと一安心して笑う。しかし、約一名はそれどころではなかったようだ。

 

「たっくぅぅぅんッ‼」

 

 タクトはケイスケが怒声を飛ばしながらこちらに向かって走ってきているのが見えた。自分の無事を安堵してくれるのだろうと思ったタクトはドヤ顔をして駆け出す。

 

「はっはー‼見たかケイスケ‼俺のかっこいい伝説がまた一つ(ry」

「死ねこのクズがぁぁぁっ‼」

 

ケイスケは怒声とともにタクトにドロップキックをお見舞いした。もろに当たったタクトは奇声をあげて飛ばされる。

 

「あ゛え゛えぇぇぇっ!?」

 

「「ええええええっ!?」」

 

 ケイスケの突然の行動にかなめとあかりは声をあげて驚いた。ケイスケは有無も言わずタクトの胸倉をつかみ怒りのオーラを漂わせて睨む。

 

「たっくん…おまえ、今までどこに行ってた?」

「え、えーと…か、かなめちゃんを探しに(ry」

「いや、その前だ‥‥正直に答えろ」

 

 怒れるケイスケにタクトはガクブルしながらかなめとあかりに目で助けを求める。しかし、二人はケイスケの突然の怒りに驚愕していた。今度はカナに助けを求めて視線を向けた。カナはごめん、無理とでもいうかのように無言で首を横に振る。観念したタクトは震えながら正直に答えた。

 

「と、トイレに行ってました…」

「よし‥‥殴る…!」

 

 ぷっつんと堪忍袋の緒が切れたケイスケはタクトを殴ろうとした。それどころじゃないとかなめとあかりは焦りながらケイスケを止めようとする。カナはやれやれとため息をついて苦笑いをした。

 

「さ、皆急ぎましょ。早くキンジ達と合流しなくちゃ」

 

__

 

「いやー…思った以上にやるね、あいつら」

 

 モニターで観戦していたジキル博士は感心しながらポップコーンを頬張っていた。タンク、チャージャー、ハンターがやられ、今度は全員でこちらにやってくるとジキル博士の傍に立っているハリソンは焦りだした。そんなハリソンを見てジキル博士はいたずらっ子のようにケラケラと笑う。

 

「そう焦ることはないよ、ハリソン君。あとは『キミ』がいるじゃないか」

「ですが博士…‼」

 

 ハリソンは焦りながら必死にジキル博士を説得しようとした。ハリソンを他所にジキル博士はケラケラと笑いながら放送のスイッチを押してマイクに口を合てた。

 

『あー…船内にいる意識のある諸君に伝言だよ!これより『あれ』を使うから、皆は武器を捨てて全員脱出‼軍用ヘリを使って撤収したまえ!』

 

 ジキル博士はそう船内に放送をしスイッチを切り、すぐ近くにある甲板へと続くエレベーターのスイッチを押した。

 

「さてと、僕もお暇する支度をしなくちゃ。ハリソン君、君は彼らを迎い入れるようにコーヒーを淹れ給え」

 

 ジキル博士の指示にハリソンはうんざりしながらコーヒーを入れる準備をした。これからやる事、これから起こる事にハリソンは憂鬱になっていた。

 

__

 

「あれ?さっきの放送ってどういうこと?」

 

 船内の通路を駆けながらカズキは首をかしげる。なぜジキル博士は兵士達に武器を捨てて逃げるよう指示を出したのか、なぜジーフォースを置いて逃げていくのか疑問に思った。

 

「そんなこと考えている場合じゃないでしょ‼あいつら逃げるつもりなんだからさっさと捕まえに行くわよ‼」

 

 アリアはそんなことを考えている暇はないとカズキを注意していく。キンジもジーサードもいち早くジキル博士のいる場所へ向かおうとしていた。

 

「ナオト、そのジキル博士とか言う奴の居場所はわかるのか?」

 

 キンジは駆けながら後ろについて来ているナオトに尋ねる。ナオトは無言のまま頷いて探知機のセンサーを見せる。

 

「この先…まっすぐにいる」

「そうか‼あの野郎…首を洗って待っていろよ‼」

 

 ジーサードはいち早く駆けていく。通路の先、大きな扉が見えた。キンジ達は扉を蹴り開けて中へと入った。その中はとても広く、モニターとテーブル、部屋の壁には刀剣やいくつもの銃が飾られていた。その先に、のんびりとコーヒーを飲んでいるジキル博士と、迷彩柄の軍服を着た糸目の男がいた。

 

「やあ、遠山キンジ君にアリアくん。初めまして、僕が君の妹を連れ去ったジキル博士だよ」

 

 キンジ達に気付いたジキル博士はにこやかに手を振った。それを見たキンジとアリアはむっとして銃を構える。軍服の男がピクリと動こうとしたが、ジキル博士はにこやかに止める。

 

「まだだめだよハリソン君。おや、ジーサードじゃないか。まだいたんだね。あと…おまけの人たちも来てたんだ」

 

 銃を向けられても尚、呑気にコーヒーを飲んでいるジキル博士にキンジとジーサードは苛立ちを隠せなかった。

 

「おい‼かなめはどこにやった!」

「次に種馬なぞ言ったら…その顔をぶん殴ってやるからな!」

 

 怒鳴り声をあげる二人にジキル博士は五月蠅そうに耳を塞ぎ、大きくため息をつく。

 

「いやーあれにはびっくりさ。君たちのお兄さん?も来て、そこのおまけの人達のせいで無事に助けられちゃったよ」

 

「マジでか!?カナさんも来てたのか‼」

 

 カズキだけでなくキンジ達もカナが来ていたこと、そしてかなめが助けられたことに驚き、安堵した。ほっとしたアリアはジキル博士を睨み付ける。

 

「じゃあ残るはアンタをとっちめて事件解決というわけね」

 

 ジキル博士はコーヒーを飲み干すと大きくため息をついた。

 

「僕はね…ジーサードやジーフォースのような人間兵器を欲しかったんだよ。あれさえあればアメリカはどの国にも負けない、最強の国になるはずだったんだ。でも…サラ博士が僕の邪魔をしたんだ。彼らを使って平和にする?バカげている、実にバカげている!僕の、アメリカの理想をぶち壊したサラ博士には腹が立ったよ。横取りしたけども今度は君たちは逃げ出したり…君たちには本当にがっかりしたよ」

 

 それを聞いたジーサードはピクリと反応し、強く殺気を放ってジキル博士を睨み付けた。

 

「そうか…そうだったのか。お前が、お前があの人を、サラ博士を殺したのか…‼」

「ああ、あれ?事故に装ったけども…我ながら傑作だったよ」

 

 ゲスな笑みを見せるジキル博士にジーサードの怒りは爆発した。一気に駆けてジキル博士を殴ろうとした。

 

「ダメだジーサード‼」

 

 キンジが止めようとしたがすでに遅く、ジーサードの拳はジキル博士の顔面にふりかかる。しかし、ジキル博士の傍にいたハリソンに止められる。身体を挺してジキル博士を守ったハリソンは前のめりになって倒れた。

 

「次はてめえだ、クソ野郎…!」

 

 殺気を放って睨むジーサードにジキル博士は全く気にしていないかのようににっこりとしていた。

 

「君達が逃げ出した後…僕は遠山の人間の様な特異体質を持つ人間を欲しかった。欲しかったらどうするか、じゃあ作ればいい。君達と同じような人間を造ればいいと、何度も試行錯誤して造ったんだ。その完成形がこれだよ」

 

 ジキル博士はケラケラと笑いながらポケットから拳銃を取り出した。ジーサードは何をするのか身構えたが、ジキル博士は倒れているハリソンの近くに向けて発砲した。何度も何度も別の場所を撃ち、銃声を響かせた。

 

「なんのつもりだ…‼」

「遠山キンジやジーサードのように特異体質になるにはトリガーがある。彼の場合はこれさ」

 

 ジキル博士はそうニヤニヤして答える。すると突然、倒れていたハリソンが起き上がった。しかし、ようすがおかしく、糸目だった目は見開き、興奮しているかのように呼吸も荒く、人が変わったかのように凶暴な様子だった。

 

「URAWAAAAAAAッ‼」

 

 ハリソンは大きな雄叫びをあげてジーサードに襲い掛かった。背中に隠していたククリナイフを取り出し、物凄い速さで振るいだした。

 

「紹介しよう。彼はコードネーム『フリッピー』。実験体を何度も死地や死ぬ目に合わせ戦争神経症を引き起こさせ、銃声や戦争に関するものにより、興奮して凶暴化し豹変する戦闘人間だ。君達と対抗する為に、殺す為に造られた人間兵器さ」

 

 ジーサードはハリソンの振るうククリナイフを避け、裏拳を顔面にお見舞いするが、怯むことなく雄たけびを上げて斬りかかってきた。首を斬られそうになった寸前、キンジがハリソンに狙いを定めてデザートイーグルを撃つ。ハリソンは弾丸を躱し、今度はキンジに狙いを定めて走り出した。

 

「うおっ!?こっちに来るぞ!?」

「キンジ、あいつ…やばいわよ‼」

 

 カズキもアリアも咄嗟に撃ちだした。ハリソンは笑い、腰につけていたマークⅡ手榴弾のピンを引き抜き投げつけて来た。それを見たナオトはギョッとして叫ぶ。

 

「下がれ!破片手榴弾だ‼」

 

 ナオトはすぐに飛んできている手榴弾を狙ってFN5-7を撃つ。弾丸が当たった手榴弾はコンと音を立てて宙を飛び爆発を起こした。キンジ達は伏せて、ハリソンは直立したまま低く笑い声を飛ばす。近くで見ていたジキル博士は開いたエレベーターに乗り込んでキンジ達に手を振る。

 

「それじゃあ僕は一足先にアメリカへ帰るよ。フリッピー、好きなだけ遊んで帰っておいで」

「このっ…待ちやがれ!」

 

 キンジがジキル博士に向けて銃を構えようとしたが、ハリソンがククリナイフを構えて襲い掛かってきた。その時、キンジを守る様に大鎌の刃がハリソンの目の前に迫った。ハリソンは仰け反って躱し後ろへと下がる。

 

「よかった…間に合ったわね、キンジ」

「カナ…‼」

「お兄ちゃん、サード‼助けに来たよ‼」

「フォー…かなめ…っ‼」

 

 キンジとジーサードの後ろにはカナとかなめが駆けつけていた。カズキ達の下にはケイスケとタクト、あかりも合流できた。

 

「やっほー、皆お待たせ‼」

「アリア先輩…‼」

 

 ぞろぞろと大勢そろったのを見てジキル博士は呑気に拍手をしていた。

 

「いやーすごいね。『Gの血族』に、大団円かい?感動的だね、だが無意味だ」

 

 ジキル博士はそう言うと、ポケットからスイッチを取り出して押した。すると船内にブザーが響く。

 

「爆弾を作動させてもらったよ。彼に皆殺しにされるか、爆発して皆殺しにされるか、どの道君達は助からないさ!それじゃあバイバーイ」

 

 ジキル博士はにこやかに手を振って、エレベーターの扉が閉まり逃げていった。どこで爆弾が作動しているのか、凶暴化したハリソンを止めながら見つけることができるか、あかりは焦っていたが、カズキ達はすぐに判断して動いた。

 

「キンジ‼俺達で爆弾を見っけてなんとかするから、そっちは頼んだぞ!」

「ああ、任せろ!アリア、カズキ達の援護を頼む…!」

 

 キンジはアリアに視線を向けて頼んだ。アリアは躊躇っていたが意を決して頷く。

 

「そうね…あの4人だけじゃ心配だから行くわ。だからキンジ…絶対に勝ちなさいよ」

 

 アリアはあかりを連れてカズキ達の後を追った。ハリソンと対峙するジーサードとかなめは張り切っていた。

 

「兄貴…こうやって兄弟4人そろって戦うのって最初で最後じゃね?」

「サード、これからもこの先もずっとだよ!」

「キンジ、サード、貴方達はすぐに張り合うからちゃんと息を合わせなさいよ?」

 

 キンジはやれやれとため息をつく。しかし、今はやるべき事ある。キンジは頷いて構えた。

 

「カナ、サード、かなめ…あいつに『遠山家なめんな』って思い知らせてやるぞ」




 遠山4兄弟VS人間絶対殺すマン…あれ?キンちゃん達が主役になってる?あれ?原作主人公だし、いいよね!(目を逸らす)
 カズキ達騒がしい4人組は陰で支えるのさ…(震え声)

 ちなみにフリッピーはまんまあれです。ハートフルボッコフラッシュアニメ、『ハッピー〇リーフ〇ンズ』から…グロ耐性が無い人は絶対見ないように‼


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46話

 随分と長った気がするサード・フォース、アメリカ編がやっと終盤に…これで9000字オーバーは抑えれる…かな?


 カズキ達4人は無人になった船内を駆け回る。一体どこに仕掛けたのか、一刻も早く見つけなければならない焦りと不安を抱きながらも走り続けた。その最中にカズキが最初に口を開く。

 

「それでさ、何処に仕掛けてると思う?」

 

「俺の心の中!」

 

 ドヤ顔で即答するタクトを無視して3人は走りながら考える。この大きな空母を一発で沈めるか、またはた面倒臭い状況にして沈めるか、それならばどこに仕掛けているか深く考え込んだ。そう考えているとナオトはふと思い出した。

 

「この船って原子力空母だっけ…?」

「そうなれば…原子炉がある制御室か!」

「よし、まずはそっちに行ってみるか‼」

 

「あと、俺の心の中にも爆弾が‼」

 

 3人はタクトを無視して原子炉のある制御室を探そうと走りだした。

 

__

 

 ハリソンは雄たけびをあげて壁にかかっているMK48を荒々しく掴み、キンジ達に向けて乱射をする。ヒステリアモードになっているキンジ、カナ、ジーサード、通常時が強いかなめには弾道が見え、躱すことができる。二手に分かれて避けたのを見たハリソンはこちらに早く迫ってきているカナとかなめに銃口を向けて撃ちだす。

 

「そうはさせるかよ‼」

 

 やらせはしないとジーサードがハリソンに迫り、速い拳を繰り出す。ハリソンはそれを躱すと左袖に隠していたダガーを取り出しジーサードの喉を掻き切ろうとした。キンジがデザートイーグルで狙い撃ち、ハリソンが持っていたダガ―を弾き飛ばす。その隙にジーサードはハリソンの腕を取り背負い投げで投げ飛ばした。

 

「兄貴、あの野郎に武器を使わさせるな!」

 

 投げ出されたハリソンは受け身を取り、低く不気味な笑いをする。ジーサードが突っ走ってハリソンに迫り蹴りを入れろうとした。しかし、ハリソンはそれを前方宙返りをして躱す。その間に両手を合わせて開いたハリソンの両掌には目を凝らさないと見えないワイヤーが張られていた。攻撃を躱したハリソンは長く引かれたワイヤーをジーサードの腕や首に巻き付かせる。

 

「っ!?」

「FUHAHAHAっ‼」

 

 残酷そうにあざ笑うハリソンはそのまま両手を思い切り引いて腕と首を切断しようとした。それを割って入る様にカナの大鎌の刃がワイヤーを断ち切り、その隙にかなめがハリソンを蹴り飛ばす。

 

「サード、1人で突っ走ったらダメよ」

「カナ…わりぃ」

 

 かなめに蹴り飛ばされたハリソンはすぐさま受け身を取り、かなめへと襲い掛かる。キンジがかなめを守る様に前へ出てデザートイーグルを撃つが、ハリソンはそれを弾道が見えているかのように躱していく。

 

「ちっ…だったら、これでどうだ!」

 

 デザートイーグルをホルスターに戻し、拳を構えた。ハリソンが一定の距離まで来ると体の各部位を連動させ加速させた超高速の拳を当てる技、『桜花』を放った。桜花はハリソンの腹部に直撃した。このまま後ろへ倒れて終わるかのように見えたが、ハリソンはそのまま受け身を取って起き上がり、懐に隠していた刀身を飛ばすスぺツナズ・ナイフを何本も刀身を飛ばしてきた。

 

「なっ…!?桜花に耐えた!?」

 

 飛んでくる刀身は見えるのだが、動きが遅れてしまった。桜花は体の筋肉や骨格を連動させて加速させる技だがその反動は大きい。それに加え、桜花をくらっても倒れ無かった事、不意を突かれた事で反応が鈍らせてしまった。そのキンジをかなめが押し倒し、飛んでくる刀身を躱した。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「かなめ、助かったぜ…あいつ、なんで桜花をくらってもヘッチャラなんだ…?」

 

 キンジはかなめに微笑み、低く笑い声を出しているハリソンを睨む。ジキル博士が言ってた通り、対ヒステリアモードに造られた、HSSと似たような特異体質を持つ人間兵器なのか、戦いが長引くたびに増々戦闘力を増しているように見える。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの桜花は当たってる。でも、そのダメージをあいつはなるべく小さくしたの」

「かなめ、それは本当か?」

 

 かなめの観察眼は確かなものだ。そのダメージをどうやって抑えたのか、当てた瞬間を思い出そうとする。その答えをカナが話した。

 

「人は驚いたり、身に危険が迫ると硬直して身構える。でも彼は緊張も硬直もせず、脱力、リラックスした状態で打撃の威力や衝撃を吸収させたのよ」

 

「あの野郎、マジで殺しを楽しんでやがる…」

 

 ジーサードが舌打ちして言うように、凶暴化したハリソンは殺しを、今の戦闘を狂ったように楽しんでおり、恐れを知らない。言っていたとおり戦闘マシーンである。

 

「じゃあ、全員で桜花でもすれば倒せるかもな…」

 

 そう呟いたキンジにジーサードとカナがつい吹いてしまった。傍にいるかなめも声を出して笑いまいとプルプルしていた。

 

「ははっ‼やっぱ兄貴は天然だな…!」

「お、お兄ちゃん、笑わせないでよ…プフッ」

「キンジはやっぱり面白い子ね」

 

「あのなぁ。こっちはマジで言ってんだぞ?」

 

 キンジはムスッとして3人をジト目で睨む。一方で低く笑い続けているハリソンは近くにあったガラスのケージを叩き割り、展示されていた対戦車ミサイル『FGM-148 ジャベリン』を撃ちだした。船内で遠慮なく撃って来たことに4人はギョッとした。

 

「あの野郎マジかよ!?」

「兄貴‼一か八かで合わせるぞ‼」

 

 キンジとジーサードは初めて力を合わせた。ミサイル目がけて走り、足下を蹴りミサイルの横へ跳ぶ。振り上げた両こぶしを叩き込み、ノールック・キックを当て遥か上へと軌道を変えさせた。上へと飛んだミサイルは広い天井に当たり爆発を起こし、天井に大穴を開けた。

 

「はっ!やってみればできるもんだな‼」

「全身を使って銃弾逸らし…もう二度とミサイルでやりたくねえ」

 

 成功したことにジーサードは笑い、キンジは冷や汗とため息をつく。兄弟全員の力を合わせないと倒すことができないのかもしれない。ハリソンはジャベリンを投げ捨て再び高笑いをする。

 

「どうやら本当に皆殺しにしないと気が済まないようね…」

「戦えば戦うほど厄介になる…短期決戦じゃないと終わらないかも」

「兄貴の言う通り、すっげえの何度も打ち込まねえとな」

 

 キンジは頷いて拳を構える。兄だけじゃない、弟と妹とこう共に戦えることが正直嬉しかった。4人揃えば、怖いものはない、そう感じていた。

 

「殺戮の人間兵器だろうが…この桜吹雪…」

 

 並び立った4人は息を合わせ、構えた。今の4人なら、皆殺しをする人間兵器だろが何だろうが、立ち向かえれる。

 

「「「「散らせてみるなら、散らせてみなっ‼」」」」

 

__

 

「おお?なんか揺れたぞ?」

「おい、そんなことより爆弾なんとかしろよ」

 

 よそ見をするカズキにケイスケは注意して爆弾の方に集中させる。キンジ達がハリソンと戦っている方で、カズキ達は原子炉のある制御室へと辿り着いた。中に入ると案の定、タイマーのセットされた大きな円柱形の金属の時限爆弾が置かれていた。タクトは目を輝かせて思い切り触りまくる。

 

「うおおお!?なにこれ、大きな目覚まし時計だ‼」

「そんな目覚ましあってたまるかよ‼つかあぶねえから触んな!」

 

 ケイスケはべたべたと触るタクトにゲンコツを入れて、爆弾のタイマーを見る。時間は既に進んでおり、残り時間は5分となっていた。

 

「どでかいC4か、金属ナトリウムかなんかのヤバイ爆弾か…」

「ケイスケ‼なんとかして爆弾を止めねえと‼」

 

 爆弾を解体する気満々なのか、カズキとナオトの手にはプラスドライバーとマイナスドライバーが握られていた。マジでやるのかとケイスケは目を丸くするが、今やれるのは自分達しかいない。

 

「爆死したらお前らあの世でぶん殴るからな!」

「おーし任せろ‼手品師と呼ばれたかった俺の腕を見せてやるぜ‼」

 

 手品師関係ないし、しかも呼ばれたかったのかよとケイスケはカズキにツッコミを入れる。ナオトが慎重にドライバーで開けていく。タイマーの近くを開けると何色ものコードが多くつながっていた。それを見た4人は一瞬固まる。

 

「…おい、自称手品師。どのコードから切るんだ?」

「うーん…勘?」

 

 首を傾げるカズキにケイスケは遠慮なくゲンコツを入れる。勘でコードを切って死んだら本当に死にきれない。

 

「お前はバカか!?」

「焦るなケイスケ、慌てたら負けだぞ?」

 

 それどころじゃないとケイスケは怒るが、その一方でタクトがノリノリで黒いコードを切ろうとしていたのを見てケイスケとカズキは急いで止めた。

 

「ちょっとたっくん!?何勝手に切ろうとしてんの!?」

「こいつが言ってた…『YOU、切っちゃいなよ』って」

「おい、つべこべ言わねえでどうすんだよ!」

 

 ギャーギャーと騒ぐ3人を他所にナオトがニッパーでコードを一本切った。カズキとケイスケはギョッとするが、時限爆弾のタイマーが5分から20分になった。

 

「おお‼ナオトやるー‼」

「お前、勘で切ったろ」

「落ち着いて、配線盤とコードがどこに繋がってるか見ればわかるかも…」

 

「よーし、このままナオトに続くぜ‼」

 

 タクトは3人の制止を聞かず、思い切り黒いコードを切った。切ったと同時に制御室にアリアとあかりが追い付いてきた。

 

「やっと見つけた…‼あんた達、無暗に爆弾を触ったらダメよ‼」

「あ、あのアリア先輩?カズキ先輩達の様子がおかしいですよ…?」

 

 どうしたのかアリアとあかりは首をかしげるが、ケイスケとカズキは恐る恐る振り向いた。二人の顔は青ざめている。

 

「あ、あのーアリアさん…」

「爆弾…すごいやばい事になってんだけど…」

 

 タクトが黒いコードを切ったことにより、20分もあった時間がストップウォッチよりも物凄い速さで時間が減っていたのだった。タクトはテヘペロしてこつんと額を軽く叩いた。

 

「やっちゃったぜ☆」

「ちょっと、何してんのよ!?」

 

 ぎょっとしたアリアは思わず怒声をだして慌てだした。アリアは急いでケイスケからニッパーを取り、配線盤をじっと見た後にコードを切った。すると物凄い速さで時間が経過していたタイマーのスピードは元に戻り、残り時間5分となった。

 

「おー、さっすが」

「さすがー…じゃなくて‼あんた達爆弾は解体したことあんの!?」

 

 感心するタクトを他所にアリアは怒りながら尋ねる。そんなアリアに4人はドヤ顔で、当たり前のように答えた。

 

「ないぜ‼」

「あるわけないだろ」

「…なんとなく」

「ボンバーマンなら得意だぜ‼」

 

「よかった‼いち早く追いついてよかった‼だから思い切り殴らせて‼」

「あ、アリア先輩、落ち着いてください!?」

 

 今にでも殴ろうとするアリアをあかりは必死に止める。今は殴るよりもいち早く爆弾を止めなければならない。アリアはふぅと自分を落ち着かせて爆弾の解体を優先させた。

 

「理子に教えてもらった方法をやるしかないわね…一先ず時間内に止めるわよ」

「よーしサポートは任せろ‼」

 

 アリアが取り掛かる前にカズキが思い切り水色のコードを切った。すると時間が2秒ごと減りだす。

 

「いやなにやってんのよ!?」

「馬鹿か‼時間を減らしてどうする‼」

 

 ケイスケがカズキを叱った後急いで白いコードを切った。今度は時間が5秒ごと減ってきた。やっちまったとケイスケはテヘペロをしだす。

 

「あんたも!?ちょっと、爆弾から離れなさい!」

「…これだ‼」

 

 焦るアリアを他所にナオトが咄嗟に銀色のコードを切る。時間は元の1秒ごとに減る様に戻った。何とかなったとアリアはほっと一安心する。

 

「よ、よかったー…さすがはナオトね。さ、この調子で(ry」

「よーし、今度はこれを切っちゃお」

 

 ナオトに続いてタクトがノリノリで金色のコードを切ってしまう。すると制限時間が10秒ごとに減っていく。その光景を見たアリアは白目になりかけた。

 

「」

「あ、アリア先輩!?しっかりしてください!」

 

 この4人に任せてしまうといつ爆発してしまうか、心臓に悪いし何としてでも止めなければならない。しかし、自分の力量でこのバカ4人を止めれるだろうか、アリアは早くキンジが駆けつけてほしいと願った。

 

__

 

「FUHAHAHAHA‼」

 

 不気味に高笑いをするハリソンは2丁のミニUSIを持ち、撃ちだす。キンジ達は二手にわけれ弾丸を躱していく。避けていく中でジーサードはキンジに尋ねる。

 

「それで、どうするんだ?」

「あいつの不意をつく。じゃないと何度も桜花をやってもすぐに起き上がって襲い掛かるぞ」

 

 受け身やいなし、打撃を受け流しているハリソンは戦いの中でどんどん攻撃に慣れていく。恐怖や驚きを知らない状態の奴に少しでも不意をつかせれば、僅かな隙ができる。その隙に強力な一撃を加えることができれば倒すことができる。

 

「だったら『流星(メテオ)』をぶつけてやるか」

 

 ジーサードはニッと笑い、右肘を相手に向け、体を横向きに、腰と頭を落とし、左足を後ろに引き、左拳を大きく振りかぶった構えをした。超加速狙いの構えから放つ、桜花と似たような一撃を放つのだとキンジは見抜く。しかし、それだけでは奴を倒せない。

 

「…兄貴なら、その後どうするかすぐにわかるだろ?」

 

 ジーサードは真剣な眼差しでキンジを見る。ジーサードが流星をハリソンに当てた後、どう動くべきかヒステリアモードのキンジにはすぐに分かった。しかしそれは相手の不意をつくことができるかどうか一か八かの賭け、それでもやるしかないとキンジは頷く。

 

「カナ、かなめ!」

 

 キンジはカナとかなめに目で合図をする。頷いたかなめは背中に背負っていたハンターから奪った電孤環刃を構えてハリソンめがけて走り出した。ハリソンは雄たけびを上げてミニUSIを乱射していく。

 

「-剣は銃より強し(Sword beats guns)

 

 かなめは銃弾を掻い潜る様に躱していき、ハリソンの持っている2丁のミニUSIを切断する。切断されたミニUSI捨て、背中に隠していたククリナイフを取り出し斬りつけようとした。ククリナイフの刃よりも速く、カナが振るう大鎌の刃がハリソンの持っていたククリナイフを弾き飛ばす。カナの攻撃を身構えていたが、カナはクスリと笑った。

 

「頃合いね…」

 

 カナとかなめが横へ避け、その間からジーサードがミサイルよりも速く、低姿勢でハリソンめがけて突っ込んできていた。超音速に至った左拳とプロテクターから流星が尾を引くような勢いでハリソンの腹部を狙って放たれた。

 衝突する衝撃音が大きく響いた。ジーサードは手応えがあったかどうか見据えていたが、腹部に直撃していたハリソンがピクリと動き出した。

 

「FU…HA‥HAHAHAHA…‼」

 

 鈍く低い笑い声をあげながら睨み付ける。腹部に直撃する寸前、右手を犠牲にして防いだのだ。ジーサードは舌打ちして引こうとするが、ハリソンは大刃のサバイバルナイフを取り出しジーサードの左腕を突き刺し、切り落とそうとした。すると、何かが外れる音がするや否やジーサードの左腕が肩から先が外れていった。

 

「…バーカ、こっちは義手なんだよ」

 

 ハリソンに向けて右手で中指を立て後ろへ倒れていく。ジーサードが後ろに倒れ、今度はキンジがジーサードよりも速いスピードで突っ込んできていた。左腕が義手だったことに不意をつかれたハリソンに一瞬の隙ができた。

 

「これで…どうだぁっ‼」

 

 全身の筋肉と骨格を連動させ、いつもの桜花よりも数倍の速さで放った数倍桜花。何倍もの速さと威力を織り成す一撃は衝撃したと同時に衝撃音を轟かせた。直撃したハリソンは獣の様な叫びをあげながら倒れていき気を失っていった。

 キンジは倒れたハリソンを見た後、放った数倍桜花の反動で足と手に痛みが走る。倒れそうになるキンジをカナとかなめが支え、仰向けに倒れているジーサードはキンジを見てニッと笑った。

 

「…やったな、兄貴」

「ああ…後は、あいつらに任せるか」

 

 ハリソンに手錠をかけた後、キンジ達は甲板へと向かった。

 

_

 

「よし、アリア。俺歌うぞ!アリアが―いまーかがやーくー」

「いや歌わなくていい‼気が散る‼」

 

 カズキの歌を止めさせてアリアは再び爆弾の解除に専念する。タクトのへまをフォローした後、理子から教えてもらった爆弾解体の仕方を思い出しつつ解除していった。しかし、残り時間が1分を切り、焦りが生じてきた。

 

「まずいわね。後一本を切れば止まると思うのだけど、どっちを切ればいいかしら…」

 

 アリアは困惑した。よくある爆弾の解除するときのシチュエーションのように残りあと赤い配線と青い配線の2本となっていた。どちらかを切れば解除できるのだが、間違えれば爆発を起こしかねない。

 

「そんなときは2本とも切れや」

「あ、これは赤は切らない方がいいぜ?運命の赤い糸ってかー!」

「…残りあと30秒」

 

 外野が喧しく、アリアの集中力が削られていく。アリアは覚悟を決めて青いコードを切ろうとした。その時、タクトがさり気なくアリアに尋ねた。

 

「アリア―、今日のラッキーカラーは何色だった?」

「…え?ピンクだけど?」

 

 タクトは「あっそう」と言ったのち、爆弾の後ろ側でごそごそとしていたのが見えた。一体何をしているのかアリアは首を傾げていたが、すぐに思い立った。

 

「ちょ、まさかアンタ‥!?」

「ほいっ♪」

 

 アリアがタクトを止めようとしたが既に遅く、バチンと切断する音が制御室内に響いた。一瞬固まってしまったが、爆弾の方を恐る恐る見る。時間が10秒で止まっており、それ以上動くことはなかった。カズキとケイスケはタクトの方に歩み寄ると、爆弾の裏側に黒いコードを中にピンク色の配線が一本、切られていた。

 

「すげえ‼たっくん、爆弾を解除できた‼」

「たっくん、ある意味すげえぞ‼」

 

「はっはっはー‼俺を崇め奉るがいいー‼」

 

 ドヤ顔して胸を張るタクトを他所にアリアはへにゃりと座り込んでしまった。あかりは慌てて支え、起こしてあげる。アリアはやや疲れたようにため息をつく。

 

「…もうこのバカ4人と組みたくないわね…」

「アリア先輩、甲板へ行きましょう…たぶん遠山先輩達が待ってますよ」

 

__

 

 カズキ達は甲板へ出て、キンジ達と合流できた。外は一夜を過ぎて、日の出が出始めようとしていた。キンジ達はなんとか終えてほっと一安心していたが、甲板には一台の大型ヘリCH-47が止まっており、その近くにスーツを着た小柄の男性が経っているのが見えた。キンジ達が身構えるが、それを見たタクトが手を振って大喜びで駆けだしていった。

 

「父ちゃーん‼」

「タクト‼またやってくれたな―」

 

 CH-47の前に立っていた男はタクトの父である菊池雅人だった。駆け寄るタクトに雅人はにっこりしながらアイアンクローをする。

 

「「父ちゃん!?」」

 

 キンジとアリアはギョッとしていた。なぜ、タクトの父親がこんな所に来ているのか、カズキ達は色々察したようで苦笑いをしていた。

 

「タクト…お前、僕を過労死させる気かい!?母さんがタクトがアメリカに吹っ掛けたって聞いたから、急いで大統領とテレビ電話をしたんだぞ‼人生初めて大統領に話してマジで死ぬかと思ったんだからな!」

 

「まぁまぁ。終わり良ければ総て良しだぜ、父ちゃん‼」

 

 それは爺ちゃんの口癖だと雅人はタクトにプンスカと怒りながら思い切り撫でまくった。撫でた雅人はジーサードとかなめの方に視線を向けて歩み寄った。

 

「やあ初めまして、ジーサード。僕はタクトの父、菊池財閥の副社長の菊池雅人だ」

 

 にっこりする雅人にジーサードは恐る恐る頷く。そんな彼に雅人は話を続ける。

 

「今回の件は…大統領を説得させて、君達や日本の武偵、そして日本にはお咎めなし、そしてジーサードの事は見逃す事になったよ。アメリカのロスアラモスはやり過ぎたという事でチャラだ」

「‥‥あんた、すげえな…」

 

 大統領を説得させたことにジーサードもキンジ達も度肝をぬく。カズキ達は雅人に「ありがとうございます。」と言ってぺこりとお辞儀をした。そんな時、甲板にジーサードの垂直離着陸機が着陸してきた。扉が開き、ジーサードの部下と思える少女がひょっこりと顔を覗かせる。

 

「もう間もなく、FBIやCIA、アメリカの武偵、日本の武偵達も来る…大統領が許しても、他の所は黙っていないかもしれないだろうね」

 

 雅人の話を聞いてジーサードは頷いて、垂直離着陸機へと向かいだす。キンジが止めようとしたが、カナがキンジを止めて首を横に振る。ジーサードはキンジ達の方を振り向いてふっと笑った。

 

「兄貴!また今度、ちゃんとした喧嘩でもしようぜ‼」

「…ああ、いつでもかかって来い」

 

 キンジは苦笑いして返した。ジーサードは自分はどうしたいいか戸惑っているかなめに視線を向けた後、カナとキンジの方を見る。

 

「カナ、兄貴‥‥かなめをよろしく頼んだぜ」

「…っ‼サード…‼」

 

 かなめは目を潤わせてサードを呼ぶ。サードはすでに背を向けて手を振り、垂直離着陸機に乗り込んだ。垂直離着陸機は飛び立ち、薄明るい空へ高く飛んでいった。ジーサードを見送った後、カナは大きく一息入れる。

 

「さぁキンジ、かなめ、アリア…私達も帰りましょう」

 

 キンジとかなめは笑って頷く。アリアはジキル博士を捕まえることができなかった悔しさもあるが、今は無事に戦いが終えたことに安堵して頷いた。

 

「いやー、今度は俺達アメリカに名が轟き渡るかもな‼」

「そうしたら、俺達アメリカンデビューしようぜ!」

 

 一方でカズキとタクトはウキウキしながらあるわけがない今後の話をしていた。二人に対してケイスケとあかりは物凄く嫌そうに首を横に振る。

 

「もう、アメリカは嫌だ」

「もう懲り懲りです…」

「…なにかトラウマなことでも?」

 

 ナオトは気になって尋ねるが、ケイスケはチャージャーとの戦いを思い出して身震いする。あかりはそれを察したのかケイスケを励ましていく。

 

「あー…タクト?君達の事なんだけど…」

 

 そんな時、雅人が申し訳なさそうに話を割って入った。一体何のことかカズキ達は首を傾げていると、雅人は口を開く。

 

「公安と武偵庁と武偵校を説得したよ…その代り、君達4人は1か月の謹慎と武偵活動の禁止だけど」

 

「「「「え゛えええええっ!?」」」」

 

 朝の海上に4人の驚愕した声が響いた。

 

___

 

 ジキル博士は鼻歌を歌いながら軍用ヘリの中でポップコーンを頬張っていた。まさか大統領が誰かに説得されて動いていたのは予想外だったが、遠山の連中を見ていいデータと成果が取れたと半ば満足していた。

 

「さて、アイツらがアメリカに来るとすればだいぶ先かー」

 

 もう間もなく、自分の基地へと辿り着く。そうのんびりしていると、自分の横に置いてある古いテレビの様な機械が作動し、青い光を発しながら映りだす。写る映像を見てジキル博士はため息をつく。

 

「はいはい、分かってます。大きな失態ですが、いい成果も得られた。今後の計画にも良い影響を与えてくれますよ」

 

 テレビの様な機械には髭の男が映っていた。何やら文句を言っているがジキル博士は苦笑いして頷く。

 

「ええ、勿論『アレ』のことは話してません。ですから今は計画の為にも潜んでいましょう…」

 

 そう言うとテレビの映像は消えて暗くなった。ジキル博士は大きくため息をついて深く座席に座る。

 

「…ああー早く来ないかなー」




 遠山兄弟姉妹が相手だと一人じゃきついね(白目)
 爆弾のことは…本当に無知ですごめんなさい(焼き土下座)


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47話

 今回はカオスさもハチャメチャさも全くありません…
 ただただ日常的なお話です(たぶん)
 


「…解せぬ」

 

 セーラ・フッドは不満そうに口をこぼした。なぜ自分はこの男に連れて行かれているのか、何故こちらの意見を聞かずにこうも連れまわすのか、セーラはジト目で隣で歩いている男、菊池タクトを睨む。

 当の本人であるタクトはセーラの思考を無視して鼻歌を歌いつつ、辺りを見回しながら歩いている。ジト目で見ているセーラに気付いたタクトはニッと笑う。

 

「セーラちゃん、どったの?あれか長い時間飛行機に乗ったから酔った?」

「違う。なんで私までお前の両親のお呼ばれについて行かなきゃならないんだ」

 

 セーラはムスッとしてタクトを睨む。しかしタクトは首を傾げるので、ため息をついて諦めるしかなかった。タクトとセーラは北海道が旭川市の街中を歩いていた。タクトの両親に呼ばれ、どういう風の吹き回しかタクトはセーラを呼んで北海道に来たのだった。タクトは携帯のメールを見てニシシと笑う。

 

「カズキ達はリサを連れて札幌市内を観光してから旭川に来るってさ。俺達は先に実家に行こうか」

「お前達、謹慎中なんじゃ…」

 

 セーラは呆れて肩を竦める。この4人を束縛するものはないだろうと心なしか思えてきてしまった。そんな時、二人に向けてクラクションが軽く鳴った。すぐ近くに銀色のプリウスが停まり、開いた窓からひょっこりとタクトの父親である菊池雅人がにこやかに手を振ってきた。

 

「タクト、こっちだ」

「父ちゃーん‼迎えに来てくれたんだ!」

 

 タクトは遠慮なくすぐに乗り込み、セーラは恐る恐る乗り込む。雅人はプリウスを運転しながらタクトに学校はどうだとか、友達とは仲良くやっているのか、友達に迷惑かけてないかといった、普通な会話をしていった。至って普通なのでセーラは恐る恐る核心を尋ねた。

 

「なんでタクト達を呼んだの…?」

「ああやっぱり気になる?母さんの思い付き」

「母ちゃんすげー!」

 

 何か考えがあっての呼び出しかと思いきや、ただ単にタクトの母親の思い付きで呼んだということにセーラはずり落ちそうになった。

 

「正直な所、俺も母さんも12月と年末年始が忙しくなってさ。じゃあこの際だから母さんの誕生日で盛大に祝おう、と母さんが思いついた次第だよ。まあ僕に関しては公安の連中の目くらましになるし、ざまあみろってところなんだけね」

 

 セーラは半分納得した感じに頷いた。タクト達がアメリカの機関ロスアラモスと戦ったことで公安は更に目を付けるようになったとジョージ神父から聞いた。菊池財閥の力で公安の監視は抑えられているようだが、中には約束を破って秘密裏に探っている者(獅堂)がいるようだ。そうしているうちに市街地を抜け、一面広大な山と畑の大地が広がってきた。タクトと雅人が仲良く話しているのを他所にセーラは外の景色をずっと眺めていた。

 

「さ、我が家に到着だ」

 

 山の麓をバックに広大な土地に立つ武家屋敷のような家に到着した。ガレージに駐車され、タクト達は車から降りる。

 

「タクト、カズキ君達はいつ頃旭川駅に到着する予定だ?」

「うーん、たぶん15時ぐらい」

 

 そんな日常的な会話をして玄関へと向かっていると、玄関の戸が荒々しく開き、そこから黒い革ジャンを羽織り、黒いスーツを着て、茶色のサングラスを付け、煙草を咥えた茶髪の女性がゆっくりと出てきた。物凄いインパクトでセーラはギョッとするが、タクトは大喜びで女性に駆け出していく。

 

「母ちゃーん!ただいまー‼」

 

 女性は無言で無表情でタクトを見つめていたが、タクトが近づいてくるとへにゃりとにっこりしだしてタクトに抱き着いた。

 

「お帰り、バカ息子ー‼」

「いやっふぅぅぅっ‼」

 

 先程の威圧がふっとび、親バカのオーラ丸出しになったことにセーラはポカンとした。恐らくあの女性がタクトの母親で菊池財閥のボス、菊池更子。カズキ達がタクトの母親はサラ・コナーに似ていると言っていたがその通りに見えた。

 

「タクト、すこし背ぇ伸びたか?成績は上がってるかい?あとそれから…」

「ふははは、漆黒の堕天使は常に成長しているぜ‼」

 

「…更子?なんか焦げ臭いんだが?」

 

 水を差すように雅人が玄関から匂う焦げた臭いが気になって聞いてみると、更子が「あ」と口をこぼしドヤ顔で話した。

 

「忘れてた。ケーキ作ってる最中だったけど、漆黒のケーキになってしまったようね」

「ようは丸焦げじゃないか!?ケーキとかは僕が作るってあれほど言ったのに!」

「母ちゃん、チャーハンだけはうまいのにねー」

 

 それは余計だと更子はニコニコとタクトの額に軽くデコピンをする。それどころじゃないと雅人が猛ダッシュで玄関へ入り、キッチンへと向かった。そんな雅人を他所に更子は煙草をふかせながらセーラの方を見る。

 

「タクト、あの子は…あれかい?」

 

 更子はニヤニヤしながら小指を立てて動かす。タクトは首を傾げているが、セーラは顔を真っ赤にしてプンスカと怒り出した。

 

「違う!無理矢理連れてこられただけだ!」

 

「おばあちゃーん!タクトが女の子連れて来たわー‼今日はドンペリよー‼」

 

 セーラの話を無視して更子は大喜びで家の中へと走り込んでいった。この息子といい、両親といい、どうして菊池家の人間は人の話を聞かないのだろうか、セーラはため息をついて項垂れる。

 

「そんじゃ、ゆっくりしていってね!」

 

 全く理解していないタクトは満面の笑みでセーラを家へと向か入れた。菊池財閥の実家と聞いて高級そうな所かと思えば庶民的で素朴な感じだった。ただ枯山水のような中庭、いくつものある畳の部屋と中々な物もである。キッチンと思える場所では更子が雅人に赤飯作れとああだこうだ言っているのが見えた。

 

「あらタクト、お帰り」

 

 廊下を通っていると襖が開いている和室から藤色の着物姿の白髪交じりの女性がニコニコとタクトを見ているのに気づいた。タクトはにっこりとして手を振る。

 

「おばあちゃん、ただいまー」

 

 セーラはこの人がタクトの祖母なのかと見ていたが、ふとタクトの祖母の部屋に偃月刀や金棒、M60やG8やらが飾られているのを見てギョッとした。この人もタクトの両親と同じようにとんでもない人物なのかと焦りだす。タクトの祖母はこちらにおいでと手招きをした。

 

「タクト、友達と仲良くやってる?」

「もちの論!とっても仲良くやってるぜ!」

 

 仲良くやってるどころか仲良くやらかしているとセーラは心の中でツッコミを入れた。それでも両親も祖母も同じようにタクトの学校生活がどうなっているか、親として心配してるのだなと感じた。そうセーラが感心してるとタクトの祖母はセーラの方をにっこりと見つめてきた。

 

「こんな別嬪さん連れて来て…おばあちゃん、もっと長生きしなきゃね」

「ばあちゃんなら200歳も長生きするって」

 

 前言撤回である。菊池家の人は皆、思い切り勘違いをしている。そして連れてきた当の本人はその意味を全く理解していない。セーラは何とかして弁解しようとしたのだが、そこへ更子が割って入ってきた。

 

「おばあちゃん!今夜は鍋よ、赤飯よ、お酒解禁よー‼ちょっと酒の肴買ってくる!」

 

 ドンペリ片手に、飲みながらハイテンションである。エプロンつけた雅人とタクトが「飲酒運転はやめて!」と必死に止めようとしていた。静かな和室が一気に騒がしくなった。菊池家の人間は何時も騒がしいのかとセーラは呆れた。

 

「あれ?おじいちゃんは?」

「そういえば今朝から見当たらないのよね。雅人さん、純次は何処へ行ったのかしら?」

「み、光子さん、えーと純次さんは…札幌へ…」

 

 雅人がそう言うと、ピシリと空気が凍り付いた。更子もタクトも騒ぐのをやめ、ピタリと止まる。タクトの祖母、光子がニコニコしながらメリケンサックを握りだした。光子から黒い怒りのオーラが漂っているのがセーラにも何となく見えた。

 

「まったく、あの人ったらタクトが帰って来るのに女遊びでもしてるのかしら…うふふ」

「うちのばあちゃん、漆黒の年寄って呼ばれてるからねー。怒った時が怖い」

「漆黒の年寄…?」

 

 タクトが冷や汗をかきながらセーラに話した。セーラは『漆黒の年寄』と聞いて、ふと思い出した。昔、イ・ウーで未だ下っ端の生徒として活動していた時、主戦派の壮年のOBから『漆黒の年寄だけは怒らしてはいけない』とガクブルしながら話していた。まさかこのタクトの祖母がイ・ウー主戦派で恐れられている伝説の漆黒の年寄というのか、セーラは気になりだした。

 

「ただいま~!あっ、タクトおかえりー」

 

 そんな時、日焼けた肌の白髪と少し顎髭の生えた男性がニコニコしながら和室に入ってきた。この呑気ににこにこしている男性が間違いなくタクトの祖父だとセーラは瞬時に理解した。何故ならタクト達よりも速く、光子がその男性の胸倉をつかんでいた。

 

「あら純次さん、お帰りなさい。どこへ行ってたのかしら?」

「いやー、いい男でゴメンねー。ちょっと女遊びに…」

 

 言い切る前に光子がメリケンサックで殴りかかろうとしていた。雅人は必死にそれを止めた。

 

「光子さん!?それはタンマ!セーラちゃんの目の前でメリケンサックはダメだって‼」

「そうよお母さん。せめてグーで腹パンよ」

 

 それもダメだと雅人は更子も止めた。やっぱりこの菊池家の人間はハチャメチャすぎるとセーラは改めて感じた。純次はニコニコしながらセーラの方を見る。こんどはお前かとセーラは項垂れる。

 

「君カワイイね。12か13か14か15ぐらい?」

「‥‥」

 

 祖父の空気の読まなさと母と祖母のハチャメチャさと父の誠実さと中二病が混ざってできたのがこのタクトだとセーラはジト目でタクトを見る。そのあとタクトの祖父は祖母のキャメルクラッチをくらって悲鳴を上げていた。

 

__

 

 それからしばらくしてカズキ達が旭川に着いたとメールが来ていたので雅人が迎えに行き、純次はまたふらっとどこかへ行ってしまった。タクトとセーラは日の当たる縁側でのんびりとしていた。タクトはうたた寝をし、セーラはまさか自分がこんなに静かな場所で束の間の休息を取れるとは思いもしなかった。そんなとき更子が煙草をふかしながらお酒片手にやってきた。

 

「小さな傭兵さん、戦役の方はどうなってるのかしら?」

 

 更子が先程と違ってやや真面目な目で戦役の話をしだしたのでセーラは少し身構えた。

 

「そう焦らなくていいわ。菊池財閥は海外へ更に足を伸ばそうと思っててね。昔のコネもあるし、仲良くしたいのよ」

 

 一体何処と仲良くしたいのか、イ・ウーか、藍幇か、魔女連隊か、それとも別の組織かセーラは思考を張り巡らす。更子はニコニコしながら煙草をふかす。

 

「ま、そこら辺は私達で何とかするわ。『颱風のセーラ』、戦役が終わったらどうするの?」

「…その辺はまだ決めていない」

 

 今でもジョージ神父に雇われており、戦役が終わるまでか、あるいはその先か、いつになったら契約が解消されるのか分からない。そして何より自分の名が菊池財閥に、そのボスに知られていることに警戒しだす。

 

「もしその後フリーなら、菊池財閥の一員として正式に雇いたいわ」

 

 絶対に言ってくるとセーラは予想していた。航空機や装甲車、武器をほいほい出せたり、あれやこれやと出せる程の財力は確かに凄い。しかし、首を縦に振ればこのおバカ(タクト)の相棒にされるかもしれない。セーラはそのまま沈黙して更子を見る。更子はニコニコして頷いた。

 

「答えはいつでも待つわ。でも願わくばこの子が1人になった時、傍にいてほしいわ」

「どうしてそこまでして…?」

 

 この騒がしい馬鹿4人がバラバラになって1人になることはないだろう。なぜ自分なのか疑問に思ったが、更子はニシシと笑う。

 

「誰しも無敵だったと思う中二病の精神を忘れ、大人になる。親は誰だって子供の将来を心配するのよ。それにこの子は寂しいと死んじゃうし」

 

 お前の息子はウサギかとツッコミを入れた。しかしこの菊池財閥は戦役と聞いて『色金』のことには全く興味なさそうに見える。ジョージ神父といい、菊池財閥といい一体何を求めて戦役に割り入るのか疑問に思った。そう深く考え込むと、光子が更子を呼んだ。

 

「更子ー、ちょっと台所が焦げ臭いわよ?」

「やっべ‼ローストチキンを焼きっぱなしだったわ!?」

 

 どうして料理を放り出して来たのか、やはり彼女も滅茶苦茶であるとセーラは呆れた。この後カズキ達を連れて来た雅人に正座されてこっぴどく叱られた。結局、盛大に祝うどころか鍋をしただけで菊池更子の誕生日は過ぎていった。

 

__

 

 北海道の菊池家で1か月を過ごし、謹慎期間と武偵活動禁止期間が解禁されてカズキ達は東京へと戻ってきた。祖父の純次がリサをナンパしたり、酔った更子がセーラに土下座して『どうかバカ息子を頼んだ』と言い出すし、光子がナンパする祖父を締め上げたり、雅人が胃薬を飲み干したり、やはり菊池家の人々は相変わらずハチャメチャだった。一部始終を見て来たカズキとケイスケは苦笑いしてタクトを見る。

 

「いやー、たっくんの家族は相変わらず元気だったね」

「久々に来てみて元気そうで何よりだな」

 

 肝心のセーラに至っては『もう二度と北海道に来たくない!』と涙目で言いだし、空港で別れた。更子に酒を飲まされるわ、光子や純次に早くひ孫の顔見たいとか言い出すし、彼女が一番大変だっただろう。

 

「母ちゃん達はまたセーラちゃんを連れて来てねって言ってたぜ!」

 

 そんな彼女の苦労を知らずタクトはにっこりとしてウキウキしていた。こればかりはカズキとケイスケもセーラに同情した。一方のナオトとリサは観光できたり、お土産を買えてご満足の様子。

 

「北海道、広い大地に豊かな自然…美味しいものがあったり、とても楽しかったです!今度は雪まつりを見てみたいですね!」

「…後は小樽にも行ってみよう」

 

 こちらはのほほんとしているのでカズキとケイスケは良しとした。しかし、まだやらねばならない問題がある。それは単位だった。

 

「長い間休んだ分、しっかり単位を稼がねえと留年にされるぞ」

「それでケイスケ、この短い期間で単位を稼ぐという事は…ジョージ神父に頼み込むんだな?」

 

 そうニヤニヤするカズキにケイスケは足蹴をする。絶対にジョージ神父に頼む込むと碌な事がないのはテンプレである。

 

「誰がするかよ。修学旅行・Ⅱでみっちり稼ぐぞ」

 

 修学旅行・Ⅱ、日常がサツバツナイトしている武偵高生達に用意した、毎年クリスマスに用事がない生徒達の為の修学旅行である。この期間で単位を稼ぐ生徒も多く、3年次に向けていい経験をすると言われている。

 2年生は東京の他、上海、香港、台北、ソウル、シンガポール、バンコク、シドニーの何処かを選ぶのだが、最近では希望者がいれば3年次に選べるヨーロッパやアメリカにも行けるらしい。

 

「藍幇の事もあるからな…アジア圏はダメだ」

 

 ケイスケは秋の修学旅行でココや呂布との戦いを思い出す。あの件で藍幇からは警戒されているかもしれないし、わざわざ敵地に向かう愚行はしない。そうとなれば何の情報もないオセアニアの方が安全であろう。

 

「シドニーだな!よっしゃ、カンガルーだぜ‼」

「いえーい!コアラー‼」

 

 カズキとタクトは大喜びではしゃぎだす。日本が冬ならばオーストラリアは夏、常夏気分をもう一度味わえるなら絶対に行きたいとウキウキしていた。これで修学旅行は決まりだとケイスケは満足して頷いていた。

 

「やあ、皆。丁度よかったよ」

 

 短い休息だったとケイスケは項垂れだした。振り向けばジョージ神父が手を振りながら愉悦な笑顔でやってきていた。ケイスケを覗く3人はにっこりとお辞儀をし、ナオトは無言で頷く。

 

「あ、ジョージ神父!お久しぶりです!」

「…これお土産」

「あれ?神父様、何処かへお出かけするところですか?」

 

 リサはジョージ神父が大きなキャリーバッグを引いているのを見て気になって尋ねた。ナオトからお土産を受け取ったジョージ神父はにこやかに頷いた。

 

「ああ、ドイツ教会から依頼があってね。これから出掛けねばならないんだ」

「ジョージ神父も引っ張りだこですねー」

 

 タクトは大変そうだなと見ているとジョージ神父はにっこりとしてカズキ達を見る。ケイスケはもう嫌な予感しかしなかった。

 

「実は…君達に手伝って欲しい事があるんだ」

 

「やったなケイスケ‼単位を稼げるぞ‼」

「ジョージ神父!俺達は何処へでもお供しやすぜ!」

「…お土産、食べる?」

 

「そんな気がしたよ、畜生!」

 

 すぐに乗り出すこの3人にケイスケはため息をついてガクリと頭を抱えた。そんな苦労するケイスケにリサは優しくケイスケの背中をさする。

 

__

 

 修学旅行当日、羽田空港にてワトソンは藍幇と戦うため香港へ向かったキンジ達を見送った。自分は彼らの拠点となる東京での守備役を務めることにした。敵の工作を阻止したり、彼らの帰りを迎えなければならない。張り切るワトソンだが、ただ一つ気になる事があった。

 

「そういえば、ナオト達は何処へ行くんだろうか…」

 

 いつもどこからともなく滅茶苦茶と暴れて周りを混沌と成すカズキ達の動向がワトソンもジャンヌも勿論キンジ達も分からなかった。まさか、同じ香港に行って、巻き込み、巻き込まれていくのか心配しだす。

 

「あれ?ワトソンじゃん」

「やっほーワトソン、スポーン‼」

 

 そう心配していると大きなボストンバックやキャリーバッグを持ったカズキ達がやってきた。どうやら彼らも海外へ修学旅行をするのだろう。ワトソンは心配気味にナオト達に尋ねた。

 

「や、やあ。ナオト達も海外へ行くのかい?」

「へっへー‼すげえだろ!俺たち海外デビューするぜ!」

「デビューはしねえよ」

 

 ノリノリのタクトをケイスケは小突くが、何やら少し不機嫌のように見えた。ワトソンは彼らがどこへ行くのか気になりだした。

 

「それで、皆は何処に行くんだい?香港?それともシドニー?」

 

「ふっふっふ、どれも違うんだなこれがー」

「…最初はシドニーに行こうとしたんだけど、予定を変えた」

 

 ドヤ顔するカズキをよそにナオトは当初の予定を話した。どうやら香港には行かず、キンジ達の戦いに巻き込まれることはないとワトソンは安堵した。しかし彼らは何処に行くのか疑問はまだ残っている。

 

「みなさーん!こっちの便に乗るみたいですよー!」

「おら、武器のチェックは長いんだからさっさとしろ!」

 

 リサとケイスケが武装職従事者専用のゲートの前でカズキ達を呼びだす。カズキとナオトは急がなきゃとワトソンに別れを告げで走りだし、タクトはドヤ顔でワトソンに行先を話した。

 

「俺達ドイツに行ってくるぜ!」

 

「‥‥えっ?」

 

 それを聞いたワトソンは目を点にしてピシリと動きが止まった。今、ドイツと言わなかったか?自分の耳を疑った。もう一度聞こうか試みようとした。

 

「ドイツードイツー‼」

「たっくん、ノリノリじゃん!ドイツは何処のどいつだってかー!」

 

 タクトは歌いながら、カズキは下らないギャグを言って武装職従事者専用のゲートへと入っていった。

 

「えぇぇぇぇっ!?」

 

 驚愕したワトソンは思わず叫んでしまった。藍幇やキンジ達どころではない。彼らは混戦としているヨーロッパ、眷属の本拠地、魔女連隊とイ・ウー主戦の拠点のドイツへと堂々と向かって行くのだ。師団と眷属の戦いがさらにややこしくなってしまうかもしれないワトソンはあたふたとしているが、カズキ達はゲートを通過していき飛行機へと向かって行った。




 今回は菊池家の紹介とその日常でした(たぶん)
 
 そして遂にドイツ、ヨーロッパへと…ドイツ、カオスな4人といえば…


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ゾンビ☆パーティー
48話


 ドイツの土地は広いですね…それだけでなく、シュトロハイムやラウラやシュピーゲルやらネタが満載(?)
 原作とは違う展開があります。『やがて魔釼のアリスベル』との時間軸を変えているところもあります。すみません


 羽田空港から飛んで12時間。長い飛行時間を終え、ドイツがフランクフルトへと到着した。税関を抜け、空港のロビーへとたどり着いたカズキ達はくたびれたように背伸びをする。

 

「きたぜドイツー‼」

「うおおお、どこのどいつじゃー‼」

 

 飛行機の中でぐっすりと寝ていたカズキとタクトはすでにテンションが高く、すでにノリノリである。ケイスケは軽くため息をついてこれからの行動を話そうとした。

 

「あのな、ノリノリなのはいいがまず先にやることがあるだろ?」

「ケイスケの言う通りだな!まずは記念撮影だ‼」

 

 カズキは嬉しそうにデジカメを取り出す。記念撮影じゃないだろとケイスケはカズキを小突く。そうしたいのはやまやまだが、やらねばならないことがある。

 

「フランクフルト空港でジョージ神父と合流して移動するんだろ。覚えとけよ」

 

 今回、ドイツに来た目的はジョージ神父の依頼を行う事であり、そして以来の内容も現地で聞くというドタバタとしたスケジュールとなっている。カズキとタクトは思い出したようにポンと手を叩く。これで大丈夫かと心配しつつ、空港を出ようとした。そんな時カズキは約一名、ついて来ていない事に気付いた。

 

「ちょっとまって、ナオトは何処行った?」

「あ、それならナオトは両替すんの忘れてたから、リサと一緒に両替店探しに行ったよー」

 

「おおい!?なんで忘れてんだよ‼しかも勝手にどっか行くなよ!?」

 

 ケイスケとカズキは頭を抱えてしまった。両替店に行ったナオトとリサを探しだすが、今度はタクトがトイレに行きたいと言い出すわ、カズキが空港のお土産店で興奮して買いだそうとするわ、空港から出るのに30分以上もかかってしまった。

 

「あのな…修学旅行・Ⅱだぞ。観光しに来たんじゃないからな」

 

 空港からやっと出て馬鹿3人にゲンコツをいれてケイスケはため息をつく。この先本当に大丈夫だろうか、半ば心配でもあった。そうして空港の駐車場へと進んでいくと、黒のメルセデス・ベンツの近くでジョージ神父がにこやかに手を振っていた。

 

「やあ、ドイツへようこそ。来るのを待ってたよ」

 

 カズキとタクトは大喜びしてジョージ神父の下へと駆け出していく。正直のところ、ケイスケはすぐにジョージ神父に出会えてほっと一安心していた。カズキとタクト、ナオトはドイツへ行くというのにドイツ語の勉強を少しもしていなかったのだ。「ドイツって英語じゃないの!?」と前日に口を揃えて驚いていたので半ば諦めていた。

 

「それじゃあ目的地へと向かいながら依頼の内容を話そうか」

 

 にこやかに乗り込むジョージ神父に続いてカズキ達は乗り込むと、すでに先客が乗っていた。カズキ達が乗り込むや否や、セーラがギョッとしていた。

 

「げっ…またお前達か」

「あっ、セーラちゃん‼やっほー」

「もうジョージ神父の助手みたいになってんじゃん。傭兵やめて雇われたどうだ?」

 

 苦笑いしているケイスケのジョークにセーラはムスッと頬を膨らませてそっぽを向く。タクトがセーラの隣で空の旅は大変だったと語り、セーラはジト目でカズキとケイスケに助けを求めるが二人は無理と首を横に振る。

 

「それで俺達はなにをすればいいの?」

 

 空気を読んだのか、読んでいないのか、ナオトがさり気なく運転しているジョージ神父に当初の目的である依頼の内容を聞いた。

 

「そうだね…ドイツ、ベルリン教会から僕に頼まれてね。彼らが保管している『レリック』が盗まれ、司教が誘拐されたんだ。僕達は司教を捜査するのと、『レリック』の奪還をしなければならない」

 

「『レリック』?」

 

 カズキ達が首を傾げて聞くよりも早く、セーラがいち早く不思議がって神父に尋ねた。どうやらセーラも知らない代物のようだ。

 

「とても古く、遥か昔から教会の人々が保管をしていた物でね。誰が何のために造ったのか誰も分からないんだ」

「それは所謂、パンパースですな?」

 

 それを言うならオーパーツだとセーラとケイスケはカズキにツッコミを入れる。ジョージ神父はクスリと笑い、話を続けた。

 

「それを最初に保管していた者の書記には『死者の魂を静まらせる神器』と書かれているが、誰も信じていないようだ。『レリック』を盗んだのは魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の仕業だと騒いでるようだが、どうなんだい?」

 

「魔女連隊?特撮モノか‼」

「え?ネギ麺を減らせ?」

「どうやったらそう聞こえるんだよ。つかなんだよそれ」

「…それドイツ語?」

 

 セーラが答えるのを遮るようにカズキ達が首を傾げた。セーラはうんざりするように項垂れ、ジト目でカズキ達を呆れるように見る。

 

「お前達…人の話をすぐに忘れる。魔女連隊は大戦後、イ・ウーに逃亡した旧ナチス・ドイツの秘密部隊であり、アーネンエルベの超能力部隊のことだ。今はその残党でまとまり、イラン、リビア、北朝鮮等にも雇われるスパイ・テロリスト部隊だ」

 

「「「「ふーん」」」」

 

 いくら説明してもこの4人はどうでもいいように返すのでセーラは肩を竦めてため息をつく。気を取り直して、ジョージ神父の質問に答えることにした。

 

「イ・ウー主戦派も魔女連隊もその『レリック』とかいうのは知らないしそんなのがあったなんて初耳」

「成程、誰の手にも渡らないようにずっと秘密裏にされていたようだね」

 

 セーラも知らないということは、眷属も師団もその存在は知らないようだ。『レリック』について増々謎が深まるばかりである。目的と依頼の内容を知ったタクトは目を輝かせている。

 

「つまり…古に伝わりし宝探し、インディージョーンズスペシャルをやるんですね!」

「よっしゃー‼宝探しなら任せろ!こういうのは得意だぜ‼」

 

 ノリノリであるタクトとカズキにセーラは呆れて肩を竦める。本当に呑気な連中である。師団と眷属の混戦の真っただ中であり、眷属の魔女連隊の拠点であるドイツに堂々とやって来て、しかも恐れていないから本当に厄介だ。

 

「それで、今どこへ向かうんだ?」

「司教が最後に目撃されたドレスデンへ向かうのだけど、その前に君達は長旅で疲れただろう?私の別荘があるラウタ―タールへ行き、休もうか」

 

 それまではのんびりとした車での旅。ケイスケは車窓から見える景色を眺め、カズキとタクトはリサのパーフェクトドイツ語教室を受けていたり、ナオトはパーカーを被ってぐっすりと寝ていたりと各々でドイツの旅を楽しんでいるようだ。

 セーラは何時伝えておこうか悩んでいた。カズキ達がドイツに来る数日前に『妖刕』、『魔釼』とよばれる強い異能者とその他2人が魔女連隊に雇われたという事、実際に見てはいないが、その『妖刕』、『魔釼』は異能者に強いと聞くが、彼らは果たして相手となったら勝てるのだろうか心配であった。

 

__

 

 デュッセルドルフ郊外の草原に建つ古城、ノイエアーネンエルベ城は魔女連隊の宿営地である。今現在は戦役を兼ねてイ・ウー主戦派と共に師団と戦う活動拠点となっている。

 その一室にある指令室にて、魔女連隊の長官を務めているイヴィリタ・イステルはイスに深く腰掛け、視線の先にいる黒い外套を羽織った黒髪の青年と日本の女子高生な制服を着た黒髪のツインテールの少女、艶やかなドレスを着たプラチナ色の髪と藍玉色の瞳をした女性と、ヘラジカの様な角を持つピンク色の髪をしたゴスロリの服を着た少女に目を向ける。

 

「…貴方達にやってもらいたいことがあるの。セイジくん、できるかしら?」

 

 セイジと呼ばれた青年もとい、原田静刃は無言のままこくりと頷いた。イヴィリタはニッコリとして依頼の内容を話した。

 

「ある武偵がドイツに来ているの。貴方達には彼らを捕まえて欲しい。彼らは何をしだすか全く分からないし、少し危険な連中で私達の抗争の邪魔になる。だけど…使えるとなれば即戦力にもなるわ」

 

 武偵と聞いて静刃はピクリと反応した。その静刃の反応をみたプラチナ色の髪の女性、獏はイヴィリタに尋ねた。

 

「捕縛ならば、お前達にもできるのでは?」

「それがね‥‥難しいの。ハッキリ言ってただの武偵と甘く見ない方がいいわ。彼らに常識は通じないし、寧ろ彼らの方が別の意味でおっかないわ」

 

 獏はしばらく考えた。もしかしたら、その武偵は()()()()()()()()()()()()()かもしれない。頷いて再び尋ねた。

 

「報酬の額面は?」

 

 獏は報酬の額を聞いた。この依頼を受ける可能性があるということに黒髪のツインテールの少女、アリスベルは少し不安そうな顔をした。それを見た静刃はアリスベルを落ち着かせる。もしかしたらその武偵は自分達の運命を左右する藍幇に関わってるかもしれない。イヴィリタは笑顔を崩さず頷いて答える。

 

「そうね、ユーロ建てにはさせていただくけど、セイジ君で1億、アリスベルさんで1億、どちらかが成功しても構わないわ。あ、捕縛が難しかったら殺しても構わないわ」

 

 笑顔で物騒な事を言っているイヴィリタに静刃は苦笑いをする。獏は成程と呟いて、核心に迫ろうとした。

 

「ターゲットは誰なんだ?」

「…標的はこの4人よ」

 

 イヴィリタは封筒から4枚の写真を静刃達に渡した。一枚はドヤ顔でダブルピースをしているサングラスをかけた青年、一枚は変顔で「シェー」のポーズをしている青年、一枚はカメラ目線で睨み付けている機嫌が悪そうな青年、そして眠たそうにしている青年だった。その写真を見た獏と静刃はキョトンとし先ほどまでの緊張感が吹き飛んだ。イヴィリタはもう一枚写真を渡して続けた。

 

「彼らの名は順に、吹雪カズキ、菊池タクト、天露ケイスケ、江尾ナオト。あとこれが彼らのブレーンであろうジョージ神父。この神父を暗殺か捕縛をしてくれればさらに倍の額を出すわ。もし、受けるのならばあとで詳しい情報を伝える」

 

「‥‥わ、私達4人で一旦相談する。ショールをくれ。少し外の空気を吸いたい」

 

 獏は酒瓶を抱えて寝ているピンク色の髪のゴスロリ少女、鵺を叩き起こし、静刃とアリスベルの手を引き外へ出た。静刃達はノイエ・アーネンエルベ城の外で『仕事』について相談しようとしたのだが、何を言い出せばいいか皆迷っており、静刃が最初に口を開いた。

 

「‥‥誰だこいつら」

「わ、私も遠山キンジがくるのかと思ってたのですが‥‥誰ですかこれ?」

 

 2013年の時代からとある事情で2010年、2009年へと過去へと渡ってしまっている静刃もアリスベルも神崎アリアか、遠山キンジがくるのかと身構えていたがまさかの変化球で反応に困ってしまっていた。そして獏も困り果てていた。

 

「私にもわからん…だが、過去の人間を殺してしまうと私達も、そしてその先に彼らに関わるであろう人間達に影響を与えてしまう」

「ここはやはり受けるべきなのでしょうか…?」

 

 アリスベルは不安気味に結論を伺った。あちらも武偵ならば抵抗してくるだろうし戦闘になるだろう。静刃はポンとアリスベルの頭を撫でて落ち着かせた。

 

「殺さずに捕えればいい。連中は武偵なら殺してはこねえだろ」

「静刃の言う通りだな。遠山キンジ、神崎アリアでなければ苦戦する相手ではないだろう」

 

 獏も静刃の意見に同意し、この依頼を受けることにした。イヴィリタに話をして来ようと城内へ戻っていった。静刃もアリスベルも城内に戻ろうとしたが、4枚の写真をみて唸っている鵺に気付いた。

 

「おい、どうかしたのか?」

「うーん…この4人組、どっかで見たことがあるじょ。どこだったかなー」

「何か心当たりがあるんですか?」

 

 アリスベルが気になって聞いてみたが、鵺はずっと唸って考え込んでいた。お酒の飲みすぎで酔っているのだろうと静刃は鵺を引っ張りながら城内へと戻った。

 

__

 

 獏達がこの依頼を受けると承諾し、正式な眷属の傭兵になってくれたことにイヴィリタは安堵した。これで一段と師団の連中を追い詰めることができるだろう。アジア圏の方は藍幇と遠山キンジらが戦っているが、藍幇の雲行きは怪しい。いずれ遠山キンジ達はこのヨーロッパへ来るだろう。その時はこちらの流儀でもてなしてやろう。

 

 イヴィリタは大きく息を吐いて真剣な表情で窓の景色を見る。いくつか問題がある。無所属でハチャメチャしているあの4人組だけじゃない、この眷属と師団の抗争とは別に何か不穏な気配があるのだ。

 

 イヴィリタが考え囲んでいる時に、ノックの音が聞こえた。ドアが開くと黒いおかっぱ頭で眼帯を付け黒の軍服に黒のベルベットのローブ、とんがり帽子を被った少女が入ってきた。ビシリと敬礼をし、イヴィリタに視線を向けた。

 

「西方大管区フランス管区所属、魔女連隊連隊長、カツェ・グラッセ、帰参しました」

「ご苦労…崩していいわよ。それで捜査の方は何か進展はあった?」

 

 イヴィリタはカツェに尋ねると、カツェは申し訳なさそうに視線を落とす。

 

「いえ‥‥未だに手がかりは見つからず、行き詰まっております…」

「そう…カツェ、ごめんなさいね。香港へ偵察へ向かう予定だったけども急遽貴女とパトラを呼び止めて捜査をさせてしまって」

 

 本来ならば、エースである連隊長のカツェを偵察を兼ねて香港へ向かわせる予定だったが。しかし、その前にこちらで事件が起きたため、急遽予定を変えて捜査をさせていた。カツェは首を横に振ってキッと真剣な眼差しで見る。

 

「そのようなことはありません!同志5人を無残に殺した猟奇殺人犯を捕え、逆さ磔打ち首獄門にしてやります!」

「そうね‥‥同志である魔女5人の頭蓋骨を引き抜くなんてよっぽど恨みがある奴か、いかれている奴だわ」

 

 数日前、5人の同志が殺される事件が起きていた。どれも殺された後に頭蓋骨が引き抜かれた遺体で発見されたのだ。こんな殺しをするのはリバティーメイソンやバチカンといった師団の仕業ではない。まるで何かの儀式の生贄のようだ。一体何が起こるのか、イヴィリタには分からない。

 

「それと、セーラはどうしているのかしら」

 

 一先ず猟奇殺人犯は捜査を続けるものとして、イ・ウー主戦派であるセーラ・フッドの動向を尋ねた。彼女も傭兵であるが故、行動が読めないのだ。彼女が言うにはジョージ神父のスパイをしていると言っているが、信用は薄い。あのセーラが契約金を無視して主戦派の代表戦士として出ているのが珍しいのだ。

 

「パトラの星占術によると、セーラは今ジョージ神父と例の4人組と共にラウタ―タールにいるようです」

 

 またあの神父と4人組か、イヴィリタはため息をつく。セーラは今敵なのか味方なのか見定める必要がある。

 

「カツェ、セイジ君達にすぐに出るよう伝えておきなさい。彼らに武器や弾薬の用意を‥‥あと『なめてかかっていると殺される』と言伝をお願い」

 

 カツェは敬礼して部屋を出て行った。イヴィリタは手元の資料の写真に写っている騒がしそうな4人組を見る。リバティーメイソンの主力部隊、アメリカのロスアラモスに恐れもせずに噛みつき、辺りを混沌と化する。まさか師団ではなく無所属の連中に悩まされるとは思いもしなかった。

 

「はぁ…このドイツの地で何が起きるのかしらね…」




 カツェとパトラは香港に向かうところを、猟奇殺人があったため香港行きをやめて同志を殺したヤローを探しております

 アリスベルも物語は好きですね…とくに女性キャラのおっぱゲフンゲフン


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49話

 やがて魔剱のアリスベルは既に終了となっておりますが、緋弾のアリアの方で静刃と鵺がひょっこりと出てたり、繋がっている事には嬉しいです…魔剱の話の方も好きでしたので…


「いやっふぅぅぅぅっ‼ふかふかのソファーだー‼」

 

 ドイツがラウタ―タール、静かでのどかな町村の端にある草原と森林が広がる丘の上に建っているジョージ神父の別荘にて、カズキ達は寛いでいた。タクトは広いリビングにあるふかふかのソファーにダイブして遊んでいた。ジャンケンで負けて荷物持ちをしていたカズキはくたびれたように荷物を置いて座り込む。

 

「あ゛ーもう疲れた」

「もうひと頑張りだ。神父、銃器の調整と準備がしたいんだけど…」

 

 ナオトはくたびれているカズキを起こさせ、ジョージ神父に尋ねた。今回、カズキ達は手持ちの銃器はハンドガンだけにしていた。AK-47やSR25やグレネードといったものだと警戒されてしまう。修学旅行の準備をしている間にジョージ神父に銃器等の用意を頼んでおいたのだった。ジョージ神父はにこやかに頷いた。

 

「それなら地下の部屋に用意してある。好きなのを使うといい」

「わかった…カズキ、ほらいくぞ」

「えぇー…ピザ食べたーい」

 

「カズキ様、それでしたらリサが腕によりをかけてドイツ料理をご用意いたしますね!ドイツにはソーセージの他にアイスバインやマウルタッシェ等美味しい料理がありますよ」

 

 リサはフンスと張り切りながらキッチンへと向かい、カズキは「早く食べたーい」と叫びつつ、ナオトに引きずられながら地下室へと向かった。一方でケイスケは荷物を背負って神父に尋ねる。

 

「なあ、俺が頼んでおいたものは用意してくれてんのか?航空での入国審査とかだと間違えられて面倒事になるから持ってきてないからさ」

「勿論だとも。これで何か作るのかい?」

 

 ジョージ神父はケイスケに黒いアタッシュケースを渡した。開けて中身を確認したケイスケは頷く。

 

「戦役でヨーロッパは混戦中と聞いたし、無いよりかはマシだと思ってさ。それと風通しの良い部屋を一室借りたいんだが…」

「それならば二階に空き部屋がある。そこを使うといいよ」

 

「…その前に一つ、伝えとかないといけない事がある」

 

 セーラはケイスケが部屋に移動する前に、伝えてるべきことを話そうとした。数日前に眷属の宿営地であるノイエアーネンエルベ城に『妖刕』と『魔剱』、そして他二人の計4人が加わったこと、特に『妖刕』と『魔釼』の力と能力が強く、手強いらしいという情報をジョージ神父とケイスケに説明した。

 

「おいマジかよ。また更に面倒な事になってんな」

「ふむ‥‥成程ね」

 

 ケイスケは面倒くさそうに溜息をつき、ジョージ神父は成程と頷いて深く考えていた。セーラも実際に見たことはないのだが、その後に地元民の目撃情報、証言を聞いて情報を整理した。

 

「イ・ウーには星占術で予測する者がいる。たぶんお前達のドイツ入りも予測はしているだろうし、魔女連隊も既にお前達の事には気づいてるはずだ」

「もしその『妖刕』達を雇ったとすれば…いつ来てもおかしくない、か」

 

 連中がカズキ達のドイツ入りを予測または気づいているのならば、後を付けていることもあるしその雇った奴等を使って襲い掛かって来るだろう。ケイスケの考えにセーラは頷く。

 

「お前達に高い報酬を付けているならすぐに動くはず。来るとすれば…夜間だと思う」

「そうとくれば…たっくん!」

 

「あいー?」

 

 ケイスケはソファーですでに寛いでいるタクトを呼び起こした。タクトはすることがないのか欠伸をしながらケイスケの方へ歩み寄る。

 

「たっくん、暇なら迎撃に備えて準備をしてくれ」

「えー、俺は今から暇をする仕事をしようとしてたのによ」

 

 そんな暇があるなら動けとケイスケに小突かれる。セーラもその通りだと呆れてため息をついた。

 

「セーラやジョージ神父に手伝ってもらえ。後で俺達も用事が済めばさっさと取り掛かるからよ」

「しょうがないなー。で、なにをやんの?」

 

 迎撃の準備をするというならば何をするのかセーラは気になっていた。この4人のことだから少し嫌な予感がする。ケイスケはにやりと笑って答えた。

 

「辺りは草原に森もある…あとはわかるよな?」

「おぉっ?ジャングルポッケだな!任せておけ‼神父、手伝ってくださいぜ‼」

 

 それを聞いたタクトは目を輝かせてジョージ神父の手を引っ張って外へと向かって行った。一体何をするのかセーラは首を傾げていたがケイスケはそれ以上は言わなかった。

 

「あとはたっくんの指示を聞いときゃ大体わかる。俺はリサとカズキとナオトに伝えたら作業に移るから」

 

 ケイスケは荷物とアタッシュケースを持つとすぐに行ってしまった。セーラはこれからやる事、起こる事はハチャメチャな事になるだろうと感じていた。

 

__

 

 ラウタ―タールの森の夜は思った以上に暗い。街から外れると一気に灯りも少なり、暗闇が広がる。静刃達は草原を避け、森の中を通って標的達がいるであろうジョージ神父の別荘へと向かって行っていた。

 

「見るからに警戒はされてねえみたいだな」

「静刃、あまり油断はするな。武偵とはいえ前回闘った黒服やシスターの連中とは違う」

 

 貘は静刃を軽く注意する。昨日、カツェやパトラが言っていたことが気になっていた。この4人について、カツェが言うには『宣戦会議で堂々と鍋をする馬鹿』と言い、パトラは『カナが言うにはかなりメチャクチャする』と言っていた。情報が少なく、戦闘力は未知数であるが、アリスベルは首を横に振る。

 

「ですが…私達がいた2013年、2010年の時代には彼らの名は聞いたことがありません」

「確かにそうだ。だがもしかしたら私達がただ知らないだけなのかもしれん」

 

 前に来た時代で彼らが何処かで関連しているのかもしれない。ただそれは可能性の話であり、確信はない。だが彼らは武偵であり、異能者ではないだろう。静刃は早くもといた時代に戻りたい。さっさと標的を捕えて報酬金を貰い、眷属の連中から離れて直ぐにでも戻る準備をしたかった。

 

「…しかし、やけに静かだな」

 

 ジョージ神父の別荘である屋敷からの光を目指して森の中を進んでいるが、静刃の『バーミリオンの瞳』発動させ右目が緋色に光る。辺りを見回しても表示(ガイド)には警戒信号(アラート)目標方向指示(ターゲットロケーター)もつかない。本当に警戒していないようで、静刃は標的は手強い敵でもないと判断した。しかし、ずっとしかめっ面をしていた鵺が呆れたように静刃とアリスベルを見ていた。

 

「はあ…お前達、油断しすぎだじょ。足元を既に掬われているじょ」

 

 鵺の言葉を聞いて静刃達は歩みを止めて振り向いた。一体どういうことなのか聞こうと、静刃が一歩踏んだ時だった。足にワイヤーが引っかかり、すぐ近くでカラカラとロープにつるされた木の板がぶつかり合い乾いた音を鳴らす。鵺はやっちまったなと言わんばかりにため息をつく。

 

「道にやけに無造作に枝が沢山落ちていたり、あのような仕掛けをされていることに気付かなかったのか?連中に耳がいい奴がいるじょ。奴らに場所がばれたじょ」

 

__

 

「…ケイスケ様、こちらから北西方角、900m先に鳴りました」

 

 屋上にてぴょこんと犬耳をぴこぴこしながらリサはケイスケに伝えた。ケイスケとセーラは地図を広げ場所を確認し、双眼鏡タイプの暗視スコープで探る。

 

「マジでいたな…リサ、そのまま耳と鼻で探ってくれ」

 

 ケイスケはヘカートⅡのリロードをした後、無線をつなげて辺りでスタンバっている面子に報告をする。

 

「こちら般若…別荘から北西900m『妖刕』と『魔剱』あとその他2名を確認。ぼろぞうきんぐ、玉ねぎ、アルパカ、ファーストアタックをかけるぞ」

 

『ぶろっちょ、こちらぼろぞうきんぐ。リロードおっけいだぜ!アルパカ、正面から突撃。玉ねぎはタイミングを合わせ…えーとびっくりさせろ‼』

『…それを言うなら奇襲だろ』

『おっけーい‼魔剱には負けんぞー!』

 

 無線を通しても喧しい連中だとセーラは肩を竦めて苦笑いをする。妖刕達はおそらく彼らをなめているだろう。なめていると痛い目を見ると少し敵に同情してしまった。ケイスケは無線を続けヘカートⅡのスコープを覗いた。

 

「おし…まずは妖刕からだ」

『りょー『わか『俺は無敵だ』った』かい』

「返事ぐらい統一しなよ…」

 

 

 鵺の言った通り、音が鳴った数秒後に表示から目標方向表示が1つついた。詳細はでないが1つの標的がこちらにまっすぐやってくる。

 

「はやく構えるじょ!一人突っ込んでくるじょ‼」

 

 鵺がプンスカしながら唸っていた。静刃は自分の潜在能力を上昇させる能力、準潜在能力開放(セミオープンアウト)をして拳を構え、アリスベルは環剱を展開して構えた。向かってくる相手は1人とはいえ実力が分からない。そうしているうちにこちらにめがけまっすぐ走ってくる、菊池タクトの姿が見えた。

 

「スポーーン‼この俺がドイツに舞い降りし漆黒のアルパカ的な存在で噂されている菊池タクトだぜ‼」

 

 出会って早々、自分の名を名乗るのかと呆れている暇はなかった。タクトはすぐさまM16を撃ちだしてきた。

 

「っ!?遠慮なく撃ってきやがった‼」

 

 リバティーメイソンの黒服達が撃ってきた拳銃とは違い、アサルトライフルをこちらに撃ちだしてきたのにはさすがの静刃達もギョッとした。アリスベルは貘と鵺を守る様に後ろへ下がり、静刃は真っ直ぐ走り出した。黒套で体に当たる銃弾は防げているが拳銃とは違い、威力は上がっている。タクトめがけてはしっているとタクトは今度は腰のポーチからMK3手榴弾を取り出すピンを抜いてアンダースローで投げ出す。

 

「アリスベル、離れろ‼」

 

 宙に放り出されたMK3を見た静刃はすぐにアリスベルを離れるよう叫び防御をする。爆発と衝撃が響きだす。爆風で土煙が上がるが、タクトは直撃しても尚、立ってこちらを睨んでいる静刃を見てむむむとしわを寄せる。

 

『こちら般若。妖刕はどうだ?』

「うーん、すっごい頑丈。言うなれば古に伝わりし俺の邪眼がヤバイ、真っ黒に染まった中二病青春マックスレボリューションでしょ」

 

『ぶろっちょ、人かどうかわかんねえな。玉ねぎは奇襲をかけて、ケイスケはその隙を狙って撃ってくれ』

 

 無線でケイスケとカズキの指示を聞いたタクトはM16を妖刕達に狙いを定めて撃ちだす。木陰に隠れた静刃達はタクトを動きを伺っていた。静刃は直ぐにでも打って出ようと構えていた。

 

「静刃、気を付けろ。あいつら…遠山キンジや神崎アリアとは全く違う戦い方をしている」

「だが1人ならいける…」

 

 これまでやってきた戦いと比べ、あれはメチャクチャしているだけだ。すぐに打って出て反撃すればすぐに倒せる。そんな時、表示に目標方向もう一つ表示される。タクトとは別の方向、おそらくこちらがタクトを襲おうとすれば奇襲をかけるのだろう。だったらその逆をつき奇襲側に反撃をかけ纏めて片付ければいい。静刃は一気にタクトめがけて駆け出した。

 

「うおっ!?速すぎでしょ!?」

 

 タクトは焦りながら迫ってくる静刃に向けて撃ち続ける。黒套の防御力で弾丸が当たっても少し痛いだけ、静刃は後ろへずっこけているタクトへ蹴りを入れようとした。瞳に警戒信号は表示され、横の茂みからAK47を構えていたナオトが飛び出してきた。予測通りと、静刃は標的をタクトからナオトへ攻撃を入れようとした。しかし、ナオトは無線を繋げていたのに静刃は気づいた。

 

「般若…シュート」

 

 その言葉を聞いた途端に静刃の右の瞳に警戒信号が遠くからくると表示されたと同時に左胸に激痛が走った。静刃はいつの間にか後ろへ吹っ飛ばされているのに気づく。

 

「静刃くん!?」

 

 アリスベルが悲痛な叫びあげて、タクトとナオトを睨み付けて連射できる光弾、連射砲(ウラヌス)を撃とうとしていた。瞳に第二射が来ると表示されてることに気付いた静刃は受け身を取ってアリスベルを茂みへと引っ張り出す。

 

「静刃くん、大丈夫ですか!?」

「いってぇ…あいつら本当に武偵か!?ヘカートⅡを撃ち込んできやがったぞ!?」

 

 静刃は荒々しく愚痴をこぼした。完全に武偵法を無視している兵器を持っているし、こちらに向かってグレネードを投げ出してきてるし、殺す気満々の武偵なんて聞いたこともない。一先ず、狙撃から逃れようと静刃達は走り出すが、ナオトが追いかけてきているのに気づく。

 

「ちっ、しつけえやろうだ‼」

 

___

 

「ヘカートⅡに撃たれてもへっちゃらとか、チートだろ」

 

 ケイスケは舌打ちして茂みへと隠れていった静刃達を双眼鏡で後を追った。1人は暗い中を堂々に動くわ、こちらの動きが分かってるかのように戦うわ、弾丸に当たってもへっちゃらと化け物級だが動きを見て人間であると判断した。人間ならばヘカートⅡを打ち込むことはこれ以上はまずい、ケイスケはヘカートⅡで撃つのをやめた。

 妖刕は厄介だが、残りの3人はそうでもないらしい。セーラはケイスケに詳細を伝える。

 

「情報だが、1人は戦力になるかわからないし、残りの2人は遠距離型の攻撃をしてくる。特に魔剱は服が脱げるビームを撃ってくるようだ」

「はぁ?見た目に反して変態じゃねーか」

 

 厄介なビームを撃ってくるならば近接に持っていけばどうにかなる。リサに音を探知させどこへ向かっているか追跡し、地図を見る。

 

「よし…ぼろぞうきんぐ。相手を分断させた後、妖刕と戦う玉ねぎの援護。アルパカは魔剱を追跡、俺も行く」

 

 ケイスケは無線でカズキ達に伝える。そうすると案の定、バラバラの返事が返ってくる。ワイヤーを付け降りようとする前にケイスケは再び全員に無線を繋げた。

 

「ナオト…いつでも『ゲロ瓶』を投げ込めれるようにしろ」

『おk』

「全員、ガスマスクの用意」

 

 セーラはゲロ瓶とは何ぞやと首を傾げていたが、すぐ横でリサがガスマスクを付けていたのに気づく。

 

「セーラは弓矢で狙撃してくれ。あと…必要だったらガスマスクつけとけ」

 

 ケイスケはガスマスクを付け、ワイヤーをつたって下へと降り、タクト達の下へと駆けだしていった。

 

__

 

「くるぞ‼」

 

 静刃とアリスベルは茂みから飛び出して来たガスマスクを付けたナオトを迎え撃った。ナオトは二人めがけてAK47を撃ちだす。静刃がガードをしつつ迫り、蹴りを入れる。避けたナオトは後ろへ下がると同時にグレネードを投げ込む。静刃はすぐさま上へと蹴り飛ばし爆発から逃れる。

 

「お前ら、本当に武偵かよ!?メチャクチャじゃねーか!?」

 

 静刃は怒りを込めて遠慮なく投げてくるナオトに向かって睨み付ける。アリスベルが光弾を撃とうとした時、遠くから弾丸が飛んできて足を掠める。続けざまにこちらに向かって撃ちだしてきた。

 

「っ…‼撃たせないつもりですか…!」

 

 わざと足や環剱を狙って撃ってきているようでこちらを分断させるつもりのようだ。バックにいる鵺は現状に苛立っていた。

 

「もう遠慮なくぶち殺してもいいじょ‼」

 

 獏の抑止を振り払い、痺れを切らした鵺はナオトめがけて紅い光、極超短波増幅砲(メーザー・ピアス)を撃ち込んだ。ナオトはギョッとしてギリギリ躱すが隙ができた。

 

「今のレーザー…すごい‼」

 

 キラキラと目を輝かせているナオトに思い切り、自らの骨格を固め全体重を載せたドロップキックを叩きこんだ。AK47が宙を飛び、武器を失ったても尚、受け身をとって立ち上がるナオトに追撃を入れようとした。放った右拳に鈍い金属音が響いた。静刃はナオトが手に持って防いでいる物を見て目を丸くする。

 

「フライパン…!?」

 

 まさか自分の攻撃をフライパンで防がれるとは思いもしなかった。これ以上戦闘を長引かせたらあちらのペースに持っていかれる。やむを得ないと判断した静刃は妖刀を引き抜いた。妖刀を鞘から抜刀したとき潜在能力解放という能力が発動し、大幅に能力が上昇するが、現段階では3分しか持たない。時間との勝負だが、一気に片付けることにした。

 

「お前ら全員、3分で片付けてやる…」

 

『3分!?俺達4人だから…カップラーメン4つは食えるぜ‼』

「たっくん、計算が全然違うし理屈もよくわかんない」

 

 ナオトがそうツッコミを入れている間に静刃が妖刀を振るってきた。ナオトはすかさずフライパンで防ぎ、乾いた金属音が響く。自分が振るう妖刀の速さについて来ているのに静刃は内心驚いていた。妖刀とフライパンの攻防と乾いた金属音が鳴り響いていく。アリスベルは静刃が妖刀を抜いて戦っているのに気づき焦りだした。

 

「静刃が刀を抜いた…‼」

「アリスベル、私達は後でいい。すぐに静刃の援護だ‼」

 

 貘はすぐにアリスベルに指示を出す。確かに妖刀を引き抜けば自分の身体能力も上がるが、3分しかもたない。もし長引いて時間を切らすと非常にまずい。静刃の援護をしようと駆けだすが、こちらに狙いを定めていたケイスケとタクトが遮る。

 

「くっ…どいてください!」

 

 アリスベルは咄嗟に後ろへ跳び下がって光弾を撃とうとした。しかし、足元でぐにゃりと変な感触があった。足元とすぐ傍をみるともじゃもじゃした草の塊があり、アリスベルの足下から草の塊のようなものを身に着け、ガスマスクをつけている、ぼろぞうきんぐもといカズキが見ていた。

 

「ぶ…ぶろっちょ…」

 

 アリスベルは足下にいたカズキを見て、真下にいたことと真下から見られた恥ずかしさと、オバケの様な姿のカズキに驚愕してしまった。

 

「きゃああああああああっ!?」

 

「うわ何アレ!?気持ち悪いじょ!?」

「妖の類か!?」

 

 アリスベルの悲鳴を聞いた静刃はすぐさま悲鳴のした方を見る。そこには緑の毛むくじゃらの変な奴(カズキ)がアリスベルに襲い掛かろうと(?)していた。心なしかアリスベルが顔を赤くして何度も緑の毛むくじゃらの奴(カズキ)を足蹴しているように見える。

 

「あの野郎…‼アリスベルを狙いやがって…‼」

 

 時間はまだある。すぐさま駆けつけて蹴とばしてやろうとカズキに標的を定めて動こうとしていた。ナオトはこの隙を逃さなかった。すかさず腰のポーチから黄緑色の液体が入っている瓶3つ取り出し、投げつけた。2つは静刃めがけ、もう一つはアリスベル達の方へ遠投する。

 

 瞳の表示に警戒信号が2つつく。黄緑色液体が入っている瓶だが、表示は『???』と書かれていた。よく分からないものだが煙幕系の類だろうか。静刃は妖刀で打ち払おうとした。しかし、妖刀に当たると瓶はいとも簡単に割れてしまう。そして連中がなぜガスマスクを付けているのか理由に気付いてしまった。

 

___

 

「…なにあれ」

 

 双眼鏡でセーラは屋上から遠方で緑色の煙がもやもやしているのが見えた。煙幕のように見えるが何か変だ。

 

「ケイスケ様曰く、『ゲロ瓶』だそうです」

 

 ガスマスクを付けているリサが説明しだした。あれはケイスケが開発した対異能者、対人外種用に作った催涙ガスの類という。だから嗅覚が優れているリサがガスマスクを着用しているのだとセーラは納得する。

 

「でも、なんで『ゲロ』?」

「ケイスケ様が言うには『タクト様がそれを嗅いでしまって戻してしまったからゲロ瓶』とのことです」

 

 好奇心旺盛なタクトのことだからすぐに気になって臭いをかいでしまったのだと想像がつく。そしてそうとも知らずくらってしまった相手はどうなっているのかあらかた想像もついた。

 

__

 

「何だコレ…くさっ!?」

 

 静刃の視界は緑になり物凄く歪んでしまっていた。前もまともに見えなくなり、そして鼻が曲がるほどの悪臭がにおいだしてきた。潜在能力解放で身体能力をあげてしまっているから目と鼻がより敏感になっている。視界は歪んだ緑の景色で見えていないがアリスベルも同じ状態で、獣人である貘と鵺も自分と同じ、それ以上の影響が出ているだろう。

 

「ぐぅ…!?このニオイはまずい…‼」

「くっさ!?めっちゃ臭いじょ…ウップ…昨日飲んだ酒がリバースしそうだじょ…」

「くぅ…目が…‼」

 

 ガスマスクを付けているカズキ達は何ともなく、視覚と嗅覚をやられて膝をついているアリスベルと貘、鵺に手錠をかけていった。静刃も能力の限界時間が来て解除せざるを得なかった。膝をつきこちらを睨んでいる静刃に対し、ナオトは手錠をかけた後、静刃の首の後ろを打ち気絶させた。

 

「ナオト、ゲロ瓶で気絶するんだからやらなくていいのに」

 

 リバースして弱々しくなっている鵺の背中をさすってからおぶってあげたカズキが気を失っている静刃の方を見ながらナオトに話す。

 

「仕方ないだろ。ヘカートⅡもヘッチャラだったし、ゲロ瓶の臭いも少しは耐えてたみたいだから」

「でもさ、とりあえず作戦は成功だね!」

 

 気絶しているアリスベルを担いでいるタクトはノリノリではしゃいでいた。なんとか相手の攻撃をさせないで捕縛できたが、ケイスケは少し心配そうに考えていた。

 

「ジョージ神父から言われたけど…マジで連れて帰るのかよ」

 

 セーラから『妖刕』と『魔釼』話を聞いてジョージ神父は興味津々になり、戦闘になる直前にカズキ達に捕まえて来てくれと頼まれたのであった。もしかしてこいつらも雇うつもりなのか、ケイスケは不安でしかなかった。




 ブーマーの胆汁や排泄物を集めた液体こと『ゲロ瓶』。ブーマーの胆汁をくらうと視界が緑になって歪みだし、ゾンビがそこに集まってくるようですが…あれ臭そうですよね…いや臭いですよね

 人にゲロ瓶ぶつけたらどうなるか…そんな感じで、静刃さん達が犠牲になったのだ…ゲロ瓶のな(目を逸らす)


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50話

 今回は戦闘もなく、ぐだっています…ドイツ編も長くなりそう…(遠い目)

 


 静刃は目を覚ました。視界は元に戻ったが、未だに鼻にあの臭いがわずかに残っており少し頭痛がする。辺りを見回すと寝室のようで自分はベッドの上で寝かされていたようだ。

 むくりと起き上がり状況を把握した。いつの間にか背中に背負っていた妖刀は取られている。黒套までは脱がされなくて済んだが、自分の周りにアリスベル達がいないことに気付く。

 

「あの…お気づきになられましたか?」

 

 声を変えられてバッと声の方へ視線を向けた。ドアの近くでリサが心配そうに静刃を見ていた。静刃は相手はメイドであるが警戒を解かず睨み付ける。

 

「他の方達はご無事です。今、階段を降りて下のリビングの方にいらっしゃいますよ。消臭、解毒の手当はしておりますが、もし何かありましたらそちらの呼び鈴でお呼びくださいませ」

 

 リサはぺこりとお辞儀をして部屋から出て行った。静刃は袖に鼻をつけて臭いを嗅いだ。確かに緑の煙からでていた鼻が曲がりそうな臭いは消えている。敵を生け捕りにして手錠も外し、しかも手当もするなんて、彼らが何を考えているのか分からない。リサの言っていることを信じていいものか考えていたが、ここにいても何も始まらない。静刃はドアを開けて辺りを警戒しながら慎重に廊下を通り、階段を静かに一階へと降りていく。

 

 リサが言う通り、リビングにはアリスベル達はいた。彼女達は無事のようだが、その近くにはあの4人組とリサ、セーラそしてジョージ神父がいた。静刃はどうするか潜んで様子を伺っていたが、気配に気づいたのかジョージ神父がこちらを見て愉悦な笑顔を見せた。

 

「どうやら、彼も起きてきたようだね。降りてきたまえ。安心してくれ、私達は何もしないよ」

 

 ジョージ神父がにこやかに静刃の方に視線を向けて語り掛ける。アリスベル達も静刃がいるのかと階段の方を見る。神父は何もしないというが、信用できない。だからと言って降りてこなかったらアリスベル達が危ない。静刃は仕方なしに降りてきた。

 

「静刃くん…よかった、大丈夫だったんですね」

「主役は遅れてやってくる…お前主人公だったのか!?」

 

 タクトが意味の分からない事を言ってくるのを静刃は無視してほっと一安心しているアリスベルと目が合う。彼女も怪我もなく無事の様で一安心した。目と目が合う二人を見てカズキは苦虫を噛み潰したよう顔をしていた。

 

「あいつらリア充かよ…爆発しろよ…」

 

「おい、これで全員が揃った。私達をどうするつもりなのかさっさと話せ」

 

 貘はジト目でジョージ神父を睨み付けた。アリスベルと静刃は現状に気付く。今は戦いに負けて捕虜にされている状態だ。自分も武器を取られているように、アリスベル達も武器は取られている。鵺は未だに手錠をされているようで、静刃は近接戦闘に持ち込めれるが彼女達を守りながらは難しい。それよりも目の前にいるにこやかにしている神父には何故か勝てる気がしないのだ。ジョージ神父はにこやかに口を開く。

 

「そうだね…率直に言うと君達と取引をしたい」

「取引だと…?」

 

 貘はピクリと反応しジョージ神父を睨み続ける。取引と言えど、今は捕らわれの身。こちらが断ると何をするかわからない、一方的な状況である。静刃達はじっとジョージ神父を見据えていた。

 

「…どういった取引か内容を聞きたい」

 

「簡単な事だ。君達はしばらく私と協力してほしいんだ」

 

 つまり手を組む、若しくは雇われるといったところなのか。にこやかにしているジョージ神父の考えと腹の内が全く分からなかった。

 

「つまり仲間になるってことか‼」

「やったねケイスケ、仲間が増えるぜ‼パーティーしなきゃ‼」

「いやパーティーはやらないだろ」

「…まずは親睦を深めなきゃ」

 

 ケイスケが言った通り、自分達はパーティーをやる気なんて満更ない。というかどうしてそんな発想を持っているのか静刃達は取りあえず騒いでいる4人組のことは無視した。

 

「それで…私達の見返りは?」

「君達の望むもの…たとえば、()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いて静刃達はピクリと反応した。なぜ神父が自分達がこの時代の人間ではないと気づいているのか、それとも鎌をかけているのか貘は確かめようとした。

 

「…神父は面白い事を言うな。何のことかさっぱりわからないわ」

 

「隠す必要はない。これらを見れば私だって興味を持つさ」

 

 ジョージ神父はパチンと指を鳴らす。するとリサが小さな小箱を持ってきてジョージ神父に渡した。ジョージ神父は箱を開けると静刃達の所持していた携帯が入っていた。

 

「申し訳ないが、すこし弄らせてもらったよ。日本製だが見覚えのない機種、機能していないiモード…そして、最初に使われた日付が2010年。君達は何かしらの魔法を使って過去に来た、未来の人間。と、推理しているのだがどうかな?」

 

 ジョージ神父の推測に静刃達はこれ以上隠し切れなかった。どうするか、静刃と貘は考えを整理しようとしたのだが、カズキとタクトは目を輝かせているのに気づく。

 

「お前ら…トランクスだったのか!?」

「いやドラえもんでしょ‼」

「どちらかというと朝比奈さんじゃね?」

「…未来少年コナン」

 

 あの4人は何を言っているのか全く分からなかった。取りあえずツッコミはしないでジョージ神父の話の方に集中しようとした。

 

「…確かにお前の言う通り、私達はこれより先の時代に来た。だが、神父にはできるはずがない。過去と未来を跳躍する式は複雑だ。それに私達は2013年から2010年、さらに2009年へと2度時代を跳躍している…できたとしても地球の復元力で遮られるだろう」

 

 貘の言う通り、『刻の結晶』を使っての時間の跳躍を試みたが、それも遮られこの時代に来てしまったのだ。それにクエスという獣人に取引して未来へ戻る術式をやってもらうつもりだ。

 

「ふむ…神父じゃ信用ならない、か。私としては妖の方が信用できなくてね、特に狸は騙すから苦手なのだよ」

 

「えー、神父はドラえもんが嫌いなのか」

「たっくん、それ猫型ロボット」

 

 残念そうにしているタクトにカズキがツッコミを入れる。話に集中できないから少し黙ってほしいと静刃達は願う。静刃とアリスベルは悩んだ。ジョージ神父との取引は確かにこちらのリスクは低いのだが、不確定要素が多い。人間に時代を跳躍できる式はこの時代にはないはずだ。

 

「私の弟は過去へと繋ぐ術式『暦鏡』の研究をしていた。そして『緋緋色金』を使うことで研究はうまくいったのだが…『暦鏡』のきっかけとなった『雲外鏡』があるがどうかな?」

「雲外鏡だと…!?まだ残っていたのか」

「ほほう…おもしろいじょ」

 

 雲外鏡という言葉を聞いて貘は驚き、鵺はにやりとギザギザした歯を見せた。静刃とアリスベルはそれが何なのか分からなかった。

 

「貘、その『雲外鏡』っていうのはなんだ?」

「雲外鏡というのは暦鏡の術式を構成する際に使われる魔法具のことだ。暦鏡を展開する前に、雲外鏡へ術式を送ると術式の構成が反転を起こす。雲外鏡で反転されたことにより、過去へ跳躍するのを未来へ跳躍するシステムへと変わる」

 

「…カズキ、つまりどういうことだってばよ」

「あれだ。過去へしかいかないタイムマシンにひらりマントを使うことで未来へと行けるようんなったんじゃね?」

「ややこしいな。タイム風呂敷でいいだろ。つかそんなタイムマシン嫌だし」

 

 外野はドラえもんから離れてほしい。自分達はそこまで遥か未来へ来ていないのだから変に期待されると反応に困ると静刃は心の中でツッコミを入れた。アリスベルは雲外鏡の存在を聞いて納得しながら頷く。

 

「まさかそんな魔法具があったなんて…」

「だがデメリットもあるじょ。よっぽど実力のある術者じゃなきゃ途中で雲外鏡が維持できずに割れて暦鏡に入る前に消失、体が真っ二つになるじょ。それに…未来へ行った術者は誰も戻ってこなかったじょ」

「鵺の言う通り、危険な代物と見なされ雲外鏡は全て破壊された…のだがそれを持っていたとはな」

 

 貘はやや皮肉を込めてジョージ神父を見る。ジョージ神父は愉悦な笑顔でにっこりとする。

 

「なに、私と弟は収集家でもあるのでね…交渉の一つとして君達に雲外鏡を差し上げるのだが?」

「確かに神父の交渉はいいものだが…まだ信用できん」

 

 貘の言う通り、雲外鏡があればすぐに戻ることができる。しかし、ジョージ神父やクエスもどちらもなかなか信用できかねる。静刃達も暦鏡のことを知っている神父を警戒しているが、それを気にしていない神父はしばらく考え、ポンと手を叩き立ち上がった。

 

「それならばもう一つ、君達がすぐに食いつきそうなものがある。少し待ってくれ」

 

 そう言ってジョージ神父はどこかへと向かって行った。数十分後、ジョージ神父は何故か三角巾を被り、腰につけるタイプのエプロンをつけていた。一体何をするのか静刃達は目を見張っていたが神父はにこやかにしている。

 

「もし、取引を受けてくれるのなら…君達にこれを渡そう」

 

 どこから取り出したのかジョージは持っていた出前箱をテーブルに置き、開けて中身をカズキ達に渡した。静刃とアリスベルはそれを見て目を丸くしていた。

 

「「ラーメン…!?」」

 

 カズキ達とセーラとリサに渡したのは本物のラーメン。 出来立てで温かい湯気が立ち上る。カズキ達は大喜びして箸を持つ。

 

「やったー、ラーメンだぞ‼」

「いやーお腹空いてたんだよねー‼ジョージ神父の作るラーメンは美味しーからなー‼」

 

 カズキとタクトは静刃達にこれ見よがしに見せて、わざとこちらを見ながら美味しそうにラーメンを啜る。静刃とアリスベルは凝視し、獏はしまったとジト目で神父を睨み、鵺は何だコレと呆れてみていた。

 

「お前らがっつきすぎ。トッピングを忘れてんじゃねえよ」

「…神父、トッピングが欲しい」

「おお、私としたことが忘れていたよ。ナオトには味付け卵をつけよう」

 

「「味付け卵…!?」」

 

 静刃とアリスベルは声をそろえて驚愕し、ナオトのラーメンに追加される味付け卵をじっと見ていた。貘はしてやられたと唸る。二人はこれまでの戦いでそんな平穏な時に食べる物をずっと食べていない。更には日本ではないドイツの地で、食べ飽きたドイツ料理の中でラーメンなんて見たらすぐにがっついてしまう。

 

「静刃、アリスベル。耐えるんだ…ラーメンの誘惑に負けてはいかん」

「で、ですが…美味しそうです…」

「これに耐えろって…酷な事言うじゃねえか」

 

 タクトが調子に乗って二人の目の前でラーメンを美味しそうに食べ始め、ナオトも悪乗りし静刃達に向けて食べ始めた。

 

「あ、ジョージ神父‼俺チャーシューが欲しい‼」

「よし、カズキ君には厚切りチャーシューをつけよう」

 

「「厚切りチャーシュー!?」」

 

 目の前でカズキのラーメンに厚切りチャーシューが入れられるのを目の当たりにし、アリスベルは生唾を飲み身体を震わせてる。

 

「んっ…はぁっ…静刃くん…わたし、もうダメっ…」

「アリスベル、しっかりしろ…!あいつらが満腹になるまで耐えるんだ…‼」

 

 静刃は今にでも誘惑に負けそうになっているアリスベルを励ます。厚切りチャーシューと聞いて思わずぐらつきかけたが、自分が耐えなくてはアリスベルが負けてしまう。静刃は自分を奮い立たせ、耐えようとした。

 

「…あれ?いっけね、食べきっちゃったよ」

 

 二人の目の前で美味しそうに食べていたタクトは麺を全部食べてしまったことに気付いた。静刃はまずは1人片付いたと内心ほっとしていた。

 

「ジョージ神父、替え玉1つー」

「いいとも。すぐに用意しよう」

 

「「替え玉…!?」」

 

 すぐにタクトのラーメンに替え玉が追加され、タクトは再び静刃達の目の前でこれ見よがしに麺を啜る。油断させてからの攻撃に静刃は危うく誘惑に負けそうになった。アリスベルは涙目で静刃の手を握る。

 

「せ…静刃くん…んっ…お願い…耐えて…!」

「わかってる…‼俺は絶対に誘惑に負けねえ…‼」

 

 自分の体にムチ打たせるように奮い続ける。カズキ、タクト、ナオトの3人が静刃達の前で食べているのをよそにケイスケはすっと手をあげてジョージ神父の方を見た。

 

「神父…麻婆豆腐一つ。あと餃子も」

「お安い御用だ」

 

「‥‥まじかよ」

 

 まさかそんな伏兵があるなんて…静刃は遂にラーメンの誘惑に負けてしまった。一部始終を見ていた鵺はつまんなさそうに呆れていた。

 

「…なんだこれ」

 

_

 

「それで私達はどうすればいいのだ?」

 

 美味しそうにラーメンを食べる静刃とアリスベルをよそに貘はジト目でジョージ神父の方を睨む。食べてしまった以上、取引は成立しいう事を聞かなければならない。警戒心が強い貘を他所にジョージ神父はにっこりとして答える。

 

「支度が出来次第、ドレスデンへ向かう。行方不明になった司教のある教会へ行き『レリック』の手掛りを探していく」

 

 気づけばラーメンを食べ終えたカズキ達はすたこらと荷物をまとめて支度をしていた。静刃達が来たということはこれ以上長居をしてしまうと他の魔女連隊達が来てしまう可能性がある。

 

「おい、忘れ物はないか?」

「ああ、俺の心の中に忘れ物をしちまったぜ…」

「たっくん、その台詞すきだね。じゃ、記念撮影でもしよっか」

 

 カズキがデジカメを取り出しドヤ顔でポーズをするタクトをパシャリと写真を撮る。自分達はこんな呑気で考えが分からない連中に負けたのかと少し前までの自分をはたいてやりたいと静刃は少し悔やんだ。

 

「これだけの大所帯、どうやって移動するつもりだじょ?」

 

 鵺はいつの間に取ってきたのかワインを沢山抱えてナオトからもらった唐草模様の風呂敷にせっせと酒を入れて背負う。お前は何処の火事場泥棒かと静刃はツッコミを入れる。ジョージ神父は腕時計で時間を確認をした。

 

「ふむ…もうそろそろ、到着する頃かな?」

 

 一体何を待っているのか気になっていたのだが、しばらくすると上の方で風を切るような激しい音が近づいてきた。

 

「お、丁度来たようだね。それじゃ行くとしよう」

 

 神父を先頭に屋上へと向かうと、屋上の広いスペースに大型ヘリのNH90が着陸していた。パイロットはジョージ神父を見るとにこやかに手を振ってくる。

 

「おおー‼ヘリだぜ‼しかもでけー‼」

「これでそーらも自由に飛びたいなができる!」

 

 目を輝かせているカズキとタクト、見ても驚かないナオトとケイスケ達を他所に静刃達はあんぐりとしていた。この別荘といい、先程のラーメンといい、そしてNH90といい、この神父はいったい何者なのかますます気になっていく。にこやかにしている神父に続いて乗り込んでいき、NH90はドレスデンへと飛び立った。

 

_

 

 ドレスデンの街は少し古風な建築物が立ち並び、街並みは古典的な風景を醸し出していた。路地では演奏会の様なものが行われており、美術や音楽と落ち着いた雰囲気がある。そんな賑やかな朝の街中をカズキ達は観光気分であちこち写真を撮りながら歩いていた。

 

「いい画になるな。来ててよかった」

「ドレスデンは‥‥どえらスゲーでんってかー‼」

「…カズキ、それ面白いな」

 

 無表情でカズキのダジャレを評価しているナオトにカズキはうるせえと顔真っ赤でポカポカと叩く。移動中で仮眠を取り、日の出の時間に到着をした。よく呑気に寝ていられるなと静刃はやや呆れていた。そんな静刃の様子に気付いたのか、セーラは静刃に小声で伝えた。

 

「その程度で呆れていたら、いずれ胃に穴が開くぞ…」

 

 セーラのアドバイスを聞いて、彼女も同じ目に遭っていたのだなと遠い眼差しで見つめる。ジョージ神父は先導して歩いているが、いつになったら目的地に着くのか、隙を伺って逃げるかどうするか聞こうと後ろを振り向く。

 

「ナオトから聞いたんだけど、鵺ってビーム撃てるんだ‼すげーカッコイイ‼」

「お?お前、鵺の緋箍來(ひこり)に興味あるのかじょ?面白い奴だじょ」

 

 後ろではいつの間にかタクトと鵺が仲良く話しをしていた。何仲良くなってんだよと静刃は危うくずっこけそうになる。

 

「SSRの超偵だし俺もビーム撃てるようになりたいなー。こう手からはーっ‼って感じでさ」

「緋箍來はできないが、似たような術式はあるじょ。その前に素質はあるかどうか少し見てやるじょ…」

 

 鵺はじーっとタクトを見ながら何やらタクトの能力値を測ろうとしてた。タクトの方はドヤ顔でポーズをとる。武偵には超能力者、所謂異能者の武偵ことは超偵と聞く。まさかタクトがその異能者だったなんて静刃もアリスベルも気づかなかった。どんな能力なのか二人は少し気になり、鵺の結果を待つ。

 

「どれどれ…ステータス…式力1!?」

 

 全くの能力もないまさかの式力1の結果に鵺は驚き、静刃とアリスベルはずっこける。それじゃビームは撃てない。というかよく超偵になれたなとツッコミを入れた。

 

「えー、俺じゃビーム撃てないのー?」

「いやそれ以前の問題だじょ」

 

「たっくんスーパー弱いねだからね」

「いやよく分かんねえよ」

 

 カズキのフォローでもそうでもない言葉に静刃はツッコミを入れる。この先こんなことが何回も怒るのかと思うと静刃はなんだか胃が痛くなってきた。

 

 道中で昼食を取り、しばらく歩き続け真上にあった太陽が日の入りへと傾きだした頃にやっと行方不明になった司教がいた教会へと到着した。ドレスデンの街並みからかなり離れた場所にあり、中世のような小さな教会だった。ジョージ神父は入り口の扉のロックを解除し堂々と入っていく。それを見てアリスベルは焦りだした。

 

「ふ、不法侵入にはならないのですか!?」

「なに心配はいらないよ。ドイツ教会から依頼されているからね。もしもの時は武偵もいることだし捜査と言えば問題は無い」

 

 カズキとタクトはドヤ顔で、ケイスケとナオトはいたって普通に武偵の手帳を取り出して見せる。

 

「いやお前ら日本の武偵だろ」

 

 静刃と貘はやたらと絡んでくる騒がしい4人組に肩を竦める。教会の中は静寂でこじんまりとしていた。別に争った形跡もなく、何一つおかしい所はない。そんな時白いゴム手袋を付けたケイスケが静刃達に透明な液体の入った霧吹きを渡していく。

 

「とりあえず机や床、隅から隅まで吹き付けてくれ」

 

 カズキとナオトも白いゴム手袋をつけて部屋という部屋に霧吹きを吹きかけていた。タクトが素手であちこち物色しているのは見なかったことにした。ある程度進んだらケイスケはリサに指示を出した。

 

「リサ、カーテンを閉めてくれ」

 

 カーテンを全て閉めて、明りを消し暗くした。書斎室のような部屋の床から入口へと青白く光るラインがべったりとついていた。カズキはその青白い光を見て頷く。

 

「ルノワール反応、有りだな」

「いやルミノールな」

 

 ケイスケは即、カズキの間違いを修正する。血液やヘミン・ヘモグロビンがルミノールの溶液に発光反応を起こし暗所で青白い蛍光色で発光する。この反応が出たという事にアリスベルは息を呑む。

 

「ここで司教は殺されたのでしょうか…?」

 

「可能性は高いね…レリックを奪われ殺されたことになる」

 

 この場所で何が起きたのかは大体わかってきた。しかし一体誰が、何故レリックを奪い、司教を殺し、その遺体を何処へやったのか疑問がいくつか出てきた。セーラは深く考えつつ口を開く。

 

「戦役では無関係の人間の殺害は禁じられている。師団はまずありえないし、魔女連隊も眷属もバチカンに火に油を注ぐようなことはしない」

 

 もしこれが魔女連隊の仕業だったら戦役どころかガチの戦争になり兼ねないし大問題になる。こんな余計な事をしない。師団でも眷属でもなかったら残るは無所属の仕業となるがそれもありえない。

 

「…第三者の仕業?」

「誰かが師団と眷属の抗争の邪魔をしようとしているのだな…」

 

 ナオトや貘の考えのように他の誰かの仕業となる。その答えはもしかしたら書斎室にあるかもしれない、カズキ達は書斎室を調べることにした。

 

「なにこれ、かっこよさそうな装飾した本なのに全く読めねー!」

 

 カズキ達よりも早くタクトが書斎室を物色していた。本棚に並ばれている本はどれも分厚く、黒い装飾がされていた。鵺はタクトが持っている本をとりあげて読む。

 

「ドイツ語を勉強しろだじょ。この本は…すごーい昔の術式の歴史書だじょ」

 

 鵺が面白くなさそうに本を放り投げて本棚の本を物色しだす。どんな昔の術式が書かれているのか静刃達は気になるがドイツ語は読めないので分からない。分からない静刃とアリスベルに鵺はニヤニヤしながら説明をする。

 

「魔女裁判より古い時代、まだ魔術というものが未発達の時代だじょ。この時代の式術はどれも生贄を使って行われるじょ。人身御供だから中には強力な術式があるが、術者が未熟なためどれも失敗ばかりだったじょ」

 

 鵺は物騒な事を言っているが、もし魔術もある程度発達している時代にそんなことをしたらとんでもないことが起きそうだと静刃とアリスベルはぞっとする。鵺に続いてカズキ達も本棚からぽいぽいと本を取り出していく。

 

 そして本棚が空になりかけた時、奥に古めかしい本が数冊並んでいるのが見えた。その並べられている真ん中は大きな円柱形の空洞になっていた。

 

「ふむ、ここにレリックを隠していたようだね…」

「ねえねえ。これ、何の本か読める?」

 

 タクトは鵺に奥にある本を一冊取り出して渡した。鵺はそれを広げて読むがやや難しい顔をした。

 

「これは…フラクトゥールだじょ」

「その、フラクトゥールってなに?もうちょっと激しく言って?」

「激しく!?」

「それを言うなら詳しくだろ!?」

 

 何をどうしたらそう間違えるのかアリスベルと静刃はカズキにツッコミを入れる。騒がしい4人組はどっと笑いあい、鵺は苦笑いしながら答えた。

 

「ドイツが第二次世界大戦頃まで印刷に使ってた書体のことだじょ。内容は…うん?レリックにスカルキー?術の構成?…儀式のようだが何の術式か分らんじょ」

 

 どれもそう言った内容で一体何の儀式なのか分からなかった。一先ず分かったことはレリックを使って何かの儀式をやるようだ。

 

「残るは場所だが…何処かわかるのか?」

 

「後は…もうひとつ、ここの司教が管理していた古い聖堂がある。次はそこへ向かおうか」

 

 また移動するのかと静刃達はうんざりする一方でカズキ達は切り替えて動いていた。静刃達は心なしかカズキ達がなんだか旅行気分のように見えてきた。本当に緊張感がない奴等だとため息をついた。セーラとリサはこの戦役の中で何やら異変が起こりそうで緊張していた。レリックを使って何が起こるのか、誰が何を企んでいるのか、分からないことはまだ多い。




 
 ラーメンは美味しいよね!豚骨、しょうゆ、味噌、塩…色々あるけれどどれも好きです

 今回は嵐の前の静けさ…かも


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51話

 気づけば12月下旬…年末が近づくにつれ忙しくなってきましたね
 え?クリスマス?…静かにローストチキンとケーキを食べてますが(血涙


ドレスデンから離れ、ドイツとチェコの国境付近の森の中、カズキ達は目的地である聖堂へと向かっていた。カズキ達4人は既に武装していたのだが、先頭を進んでいる鵺は物凄く不満だった。

 

「いやなんで鵺が先頭なんだじょ!?お前等が前へ行けじょ‼」

 

 武器を持っていない鵺が先頭でカズキ達は鵺に続いて後方からついてきていた。プンスカと怒る鵺にカズキ達は当たり前じゃないかと言わんばかりに答えていく。

 

「えー、だって鵺はビーム撃てるじゃん」

「何かあったらビーム撃てばいいだろ」

「…ビームすごい」

「最高のショーだと思わんかね‼」

 

「お前らただビームを見たいだけだろだじょ」

 

 鵺の緋箍來に興味津々な4人に鵺はやれやれと肩を竦める。カズキ達は鵺を先頭に聖堂へ向かい、静刃、アリスベル、セーラは後方支援として待機していた。残りのリサと貘はジョージ神父と共に遠方で待機。聖堂を調査、レリックがあれば奪還し、後方で待機しているメンバーと合流して帰還という作戦であった。

 

「…あれが例の聖堂?」

 

 カズキ達は森の中に進んでいくと小ぢんまりした古い聖堂が見えてきた。ナオトは持っていた写真と照らし合わせ目的地である聖堂かどうか確認する。

 

「あれで間違いないな。何かあるか分からないから慎重に…」

「いやっふー‼俺が一番だー‼」

「たっくん!聖堂だけに正正堂堂だね!俺も続くぞー」

「だから鵺の手を引っ張るなじょ!」

 

 何があるか分からないのに、タクトとカズキは鵺も巻き込んで突撃兵の如く走り進んでいく。もっと慎重に行けよとケイスケは怒りながら、ナオトはため息をつきながら後に続いた。聖堂の入り口前まで何もなかったことに安堵し息を潜めて軽く扉を押す。カギはかかっておらず、開いているようだ。カズキ達は静かに銃器のリロードをする。

 

「開いてるな…誰かいるかもしれない」

「どうする?いちにのさんで突撃する?」

「いや、ここは敢えて鵺を突撃させ…ビームを撃つ!」

 

「だからビームはすぐには撃てないじょ。ていうか武装しているお前らが突撃しろだじょ」

 

 どっちが先に突撃するかああだこうだ言っているうちにナオトが転がりこむように突撃していった。カズキ達は呆気にとられていたがすぐにナオトに続いて入っていった。中は前の教会と同じように閑散としており、木製のイスには埃が被っており、蜘蛛の巣があったりと長い間使われていなかったのか埃っぽかった。

 

「ナオト‼なんで先先いくんだっての‼」

「そうだぞー。俺より目立ったらだめだぞ」

 

「人の気配はしなかったし…てか、突撃したのになんで怒られてんだ」

 

 どうしてこうもバラバラなのか鵺はため息をつく。しかし、中の内装を見回し臭いを嗅いでいくと違和感を感じた。

 

「ここ最近誰かが来ていたようだじょ。人の臭いと血の臭いがするじょ」

「血の臭いって…もう少し慎重に(ry」

 

 ケイスケは鵺の嗅覚を頼りにあたりを慎重に調べていこうとカズキとナオトに言おうとしていたのだが、タクトが遠慮なくあたりを物色しているのを見てギョッとした。

 

「たっくん!?なにやってんだ!?」

「ふふふ、俺も何処かの名探偵っぽくあちこちを調べまくって…あ」

 

 祭壇を調べていたタクトは勢い余って十字架のオブジェをバキリと壊してしまった。カズキ達は目を点にしてタクトを見ていたが、タクトはしばらく考えてテヘペロして返した。

 

「あれれ~、おかしいぞ~?」

「どっかの少年探偵みたいにふざけてもダメだろ!?」

「おい、このバカを抑えろ‼」

 

 ケイスケとカズキがタクトを抑えようとギャーギャーしていると、後ろの祭壇が石をこするような音を立てて児童に横へスライドしていき、地下へ続く階段が現れた。カズキとケイスケがポカーンとしているのを他所にタクトはドヤ顔でピースした。

 

「どや?これぞ名探偵たっくんの実力‼」

 

 ドヤッとするタクトをほっといてナオトと鵺は階段を降りていく。カズキとケイスケも後に続いていき、ドヤ顔をしたままのタクトが残された。

 

「ふっ、どうやらこの俺の推理力に驚きが隠せてないようだな」

 

「ああ言ってるけどどうするんだじょ…」

「…とりあえず無視」

 

 ドヤ顔して自慢してくるタクトをスルーして階段をどんどん降りてく。道中はランプが付いており中はほのかに明るい。階段を降りていくと今度は長い一本道へと着いた。

 

「まだこんなにあんのかよ」

「ふむ‥‥ナチスの迫害に逃れるための隠れ家か、それともナチスの秘密基地かもしれないじょ」

 

 ケイスケは面倒くさそうに言っている横で鵺は辺りを見回して観察していた。どうしてそう思えるのかカズキ達は鵺に視線を向ける。

 

「聖堂も第二次世界大戦中のものだと思うじょ。見てなかったのか?聖堂内にハーケンクロイツの紋章があったのを」

「ハーゲンダッツならチョコクッキーが好きだぞ?」

「たっくん、それ違う」

 

 取りあえずカズキはタクトにツッコミを入れる。鵺は説明しても無駄だろうと軽くため息をついて地下の一本道を進んでいった。カズキ達も鵺に続いて進んでいったが、突然鵺が歩みを止めた。鵺はカズキ達に止まるよう手でサインを出す。

 

「この先から血の臭いが物凄く濃いじょ…」

 

 鵺が警戒するほどだから何かヤバイものがあるかもしれない。カズキ達はいつでも撃てるよう身構える。ナオトと鵺は突撃していくタクトを抑えて慎重に進んでいった。辿り着いた場所は開けた空間で、何本も松明が飾られて明るかった。しかし、中央の場所には5つの頭蓋骨のオブジェが地面に突き刺さっており、その周りには赤い魔法陣のような模様が書かれていた。これが一体何なのかカズキが近づこうとすると鵺が止めた。

 

「触れてはならんじょ‼これは人間の頭蓋骨と血で作った術式だ!何が起こるか分からんじょ‼」

 

 本物の血と頭蓋骨にカズキはギョッとして慌てて下がった。鵺もこの術式なのか分からないようで物凄く警戒していた。

 

「…ここに来るのはシャーロックだと思っていたが。まさか別の客人が来るとはな」

 

 そんな時、人の血で作られた魔法陣の先にある祭壇から落ち着いた低い声がした。そこには黒いローブで顔と体を隠した男性と思える人物がいた。その男の片手には妖しく光る石で作られた円柱形の物を持っていた。それを見たカズキはすぐに気づいた。

 

「ナオト、あれって…」

「…間違いない。あれがレリックだ」

 

 黒いローブの男の人物が持っているのは探しているレリックで間違いなかった。黒いローブの男はカズキ達をじっくり見た後に冷静に話を始めた。

 

「お前達の目的はこれだろう?生憎、今は儀式に使う大事なものだ。返すわけにはいかないな」

 

「それは人の物だ‼盗んだら泥棒だぞー‼」

「たっくん、それよりもあいつは殺人容疑がかかってるんだ」

 

 警戒しているケイスケの言う通りこの男は司教を殺しレリックを奪った。そしてこの人間の頭蓋骨をどうやって手に入れたのか、気になるが聞いてはいけないような気がするものもある。タクトの注意に男は低く笑う。

 

「中々面白い事を言うな。せっかくの客人だ。いいものを見せてやろう」

 

 男はレリックを高く掲げた。すると地で書かれた魔法陣が赤く妖しく光だし、頭蓋骨のオブジェがずぶずぶと地面へと沈んでいった。

 

「この膨大な式力…お前、何をするつもりだじょ‼」

 

 魔法陣から感じた膨大な式力に鵺はキッと男の方を睨みつけた。睨まれても男は冷静に話していく。

 

「この術は…5人の魔女を生贄にしてスカルキーを作らなくてなならなくてね。()()の目的はこの戦役をメチャクチャにすることさ」

 

 男は頭のローブをゆっくりとはずした。黒のオールバックで、落ち着いた眼には何やら深い野望を感じられる男性だった。

 

「紹介が遅れた。私はブラックウッド卿。シャーロック・ホームズの使いなら彼に伝えてくれたまえ。『お前ならどう挑む?』、と…まあ()()()()()()()()()()()()()だがね」

 

 ブラックウッドはそう言うとレリックを赤く光る魔法陣へと投げ込んだ。魔法陣のど真ん中に落ちたレリックは光が消えると3つに割れて飛んでしまった。2つはブラックウッドの手に渡り、残り1つは未だに宙に浮かんでいる。

 

「それを取られてはならんじょ‼」

 

 鵺の咄嗟の叫びにカズキ達は反応して駆け出す。カズキは土台になり、ナオトがカズキの背中を踏んでジャンプしてレリックの1つを取った。なんとか1つを取り返した頃にはブラックウッドの姿はなく、魔法陣から赤い光が消えていた。一体何が起こるのか様子を見ていたが、突然地面から大きな唸り声が響いてきた。

 

__

 

「…遅い」

 

 遠くから聖堂を伺っていたセーラがジト目のまま愚痴をこぼした。カズキ達が突撃してから大分時間が経つ。寒い冬の夜の森で静刃とアリスベルも鵺たちが戻って来るのを待っていた。

 

「だいぶ時間が経ってますね…何かあったのでしょうか?」

「分からないな。あいつらの考えることも行動も全く読めない」

 

 静刃もカズキ達がどういう理屈で行動しているのかも読めなかった。どちらかというとどれもゴリ押しで通しているような気がするが…と深く考えていると、聖堂の扉が勢いよく蹴り開けられ鵺を先頭にカズキ達が走って出てきたのが見えた。やっと来たかと静刃は重い腰をあげた。

 

「…なにかおかしい」

 

 セーラが静かにカズキ達の様子がおかしい事に気付いた。アリスベルも静刃もカズキ達の様子をよく見ようとした。カズキ達は何やら必死な形相で走りっており、まるで何かから逃げようとしているように見えた。

 

「静刃くん、鵺までも何か必死に駆けているように見えますね…」

「ああ、きっとあの聖堂でなにかあったんだ。アリスベル、いつでもあいつらを追いかけている連中の迎撃を…」

 

 静刃はアリスベルにカズキ達を追っている何かの迎撃の準備をしようと呼びかけたが、カズキ達が出た後に聖堂から出てきたもの、その周辺の地面から出て来たものを見て驚愕した。

 聖堂から、地面から顔が腐りかけていたり、体から骨や臓器が見えたり、白目をむいて獣の様な呻き声を出してゆっくりと進んでいる軍服を着た死体、所謂ゾンビがぞろぞろと出てきたのだった。それを見たセーラもアリスベルも驚愕していた。

 

「何ですかあれ…‼」

「ゾンビだと…!?」

 

 セーラは警戒していたがアリスベルはどんどん出てくるゾンビを見て青ざめていた。このままだとアリスベルが危ないと判断した静刃は彼女の手を握り、遠方で待機しているジョージ神父達の下へと急いで駆けだしていった。セーラは弓を構えて様子を見ていたが、どんどん湧いて出てくるゾンビを見て今の戦闘じゃまずいと判断し下がっていった。

 

 

「ちょ、あいつら先に逃げやがった!?」

「どうすんだよ‼吸血鬼とか妖怪ならまだしも…ゾンビとか聞いてねえぞ‼」

 

 カズキは物凄く焦りだし、ケイスケは怒声をあげて駆けていた。ナオトはAK47をゾンビに向けて撃ちながら逃げていく。ナオトの銃弾を体に撃たれたゾンビは後ろへと倒れるが魔法陣が光るとすぐに起き上がった。しかし、次にヘッドショットを撃たれると倒れて動かなくなった。

 

「体はダメだけど、ヘッドショットなら倒せるぞ‼」

「ゾンビって武偵法9条は大丈夫だっけ!?」

 

 武偵は殺しはいけないけども、ゾンビの場合はどうするのかそんなものは書かれていなかったので分からなかった。

 

「もー疲れたー‼鵺ちゃんお願いー‼」

 

 走ってへとへとのタクトは四つん這いに走っている鵺の右角を掴んだ。ぐいっと鵺の首が右へ傾く。

 

「あだだだ!?こら!鵺の角を掴むなじょ‼」

「よし、バランスをとればいいんだな!」

 

 カズキはすかさずタクトにギャーギャーと文句を言っている鵺の左角を掴んだ。

 

「ふごごごごっ!?だからお前ら鵺の角を掴むな!いい度胸してるじょ‼」

「てへー‼たっくん、なんか褒められたな!」

「俺達褒めて伸びるタイプだからさ!」

 

 絶対後で怒られるだろうなとケイスケは横目で見る。彼らを他所にナオトは遠慮なくM67破片手榴弾のピンを外し、ゾンビの群れへと投げ込んだ。ゾンビの群れの中で爆発を起こし、ケイスケはM16を構えてカズキ達を呼びかけた。

 

「お前等、なんかナオトが殿を務めてんだ。少しは減らしながら下がれよ」

「むーん…仕方ないじょ。一発撃ち込んでやるか」

「いや、ちょっと待って!?ゾンビに武偵法とかは(ry」

「よし!薙ぎ払えー‼」

 

 カズキの疑問を遮ってタクトはノリノリで鵺を抱き上げる。あとで殴ると呟いた鵺は右目を緋色に光らせ、緋箍來を撃ち込んだ。ゾンビの群れに打ち込まれた緋箍來は爆発を起こしゾンビの腐った四肢や頭が飛び散った。一瞬グロイなと思っていたが、すぐさま後に続くかのように地面から軍服を着たゾンビが出てきた。

 

「うん、これ以上やっても無駄だじょ‼逃げるが勝ち!」

「…三十六計逃げるに如かず」

 

 グレネードも全部投げ終えたナオトも鵺に続いて走り出していった。ゾンビの戦闘能力も分からない。カズキ達も急いでここから離れることにした。幸か不幸か、ゾンビの歩みは思った以上に遅く、追いつくことはなかったがどんどん地面から湧いて出てくるのでどれくらい増えていくのか分からなかった。

 

__

 

「お前等先に逃げるなよ!」

「そうだそうだ!こっちは死にかけたんだからな!」

 

「…むっちゃくちゃ元気じゃねえか」

 

 聖堂からかなり離れ、先に離れていた静刃達とフィヒテ通りで合流した。カズキとタクトは静刃にプンスカと文句を言っていた。

 

「アリスベルがゾンビを見て怯えきっていたから戦闘は無理だった。というより戦闘が長引きそうだし、私達もゾンビが出るなんて想定してなかった」

「すみません…」

 

 アリスベルは申し訳なく頭を下げ、セーラはフォローする。歩みは遅いが何をしてくるか分からないし、噛まれたら感染するのか、全く分からないまま戦闘をするのもまずいとみていた。

 

「あの術式…死人を呼び寄せる式だったのかもしれん。そのカギを握るのはレリックだじょ」

「とにかくジョージ神父に報告しないとわかんねえな。ゾンビもそうだけど、シャーロックを知ってたブラックウッドとかいう奴の事も」

 

 ケイスケは軍服を着ていたゾンビが気になっていた。あの軍服は間違いなく第二次世界大戦、ナチスの軍隊の物。出てきたゾンビはどれもナチスの軍隊だった者だろう。だとすればブラックウッドは魔女連隊と関係しているのか。

 

「…前も言ってた通り、魔女連隊は関係してないと思う。死んでいった兵士をゾンビにするほどいかれていないはずだし、魔女連隊はこれ以上過去を抉りだすつもりはない」

 

 ケイスケの考えを読んだのかセーラは答えた。セーラもゾンビをしっかり観察していたようだ。そう考えていると白のハイエースワゴンがカズキ達の近くで止まり、開いた窓からジョージ神父がにこやかに手を振ってきた。

 

「やあ皆お待たせ。ナオトから携帯で事情は聴いたよ。乗るといい」

 

 カズキ達は早速乗り出し、ジョージ神父にこれまでの事を話した。ブラックウッドの事を話すとジョージ神父はうーむと呟いていた。

 

「ジョージ神父、ブラックウッドって知ってるの?」

「知っているさ。彼はロンドンの魔術師で、猟奇殺人犯だった。シャーロックとワトソンがブラックウッドと戦い、ブラックウッドは死亡した、と言われていたが‥‥まさかまだ生きていたとはね」

 

「それで、ゾンビはどうなるんだ?」

 

 静刃は今でも這い出て増え続けているだろうゾンビをどうするか、ジョージ神父に尋ねた。

 

「ゾンビに関しては…何とかして止めるしかないね。レリックがカギとなるなら残りの2つも取り返さないといけなくなる」

「這い出たゾンビは式力は弱いじょ。朝は地面にでも潜って、夜に再び動き出すだろうな」

 

 よくある朝の光に弱いゾンビのようで安心したが、いち早くレリックを取り戻して何とかしなければ終始増え続けるだろう。

 

「ですが、私達だけじゃ止めるのは難しいと思いますよ」

 

 アリスベルの言う通り、静刃もアリスベルも式力は有限であるし銃弾もいつか弾切れを起こすだろう。そんな時タクトは何か閃いたかポンと手を叩く。

 

「じゃあ眷属さんに手伝ってもらおう‼」

「「「‥‥は?」」」

 

 タクトの考えに静刃、アリスベル、鵺はキョトンとしていたが、カズキ達は納得したように頷く。

 

「たっくん、ナイスアイディーアでしょ‼」

「特に魔女連隊にあれを見せたら効果あるかもな」

「‥‥誰に見せるの?」

 

 それよりも誰にどうやって見せて手伝わせるのか、明らかに無計画じゃないかと静刃がツッコミを入れようとしたが、セーラが遮った。

 

「それなら魔女連隊の連隊長、カツェ=グラッセを連れてくればいいかも」

「よし!そうとくればその‥‥マロングラッセを強引に連れて行こうぜ!」

「突撃隣の昼ごはーん‼」

「…お腹すいた」

 

 強引に連れて行くとカズキが言ってたのでもしかして、眷属の宿営地にわざわざ突撃していくのかと静刃とアリスベルはぎょっとした。

 

「いい考えだね。それならば私も手伝おう。宿屋で待っているリサと貘もつれて実行しよう」

「それじゃあ突撃する際だが…誰か内部とか覚えてるか?」

「ウェヒヒヒ、それなら覚えているじょ」

 

 セーラに続いて鵺までも悪乗りしだして静刃とアリスベルを除いて何やら本当に眷属の所へ向かう話をしていた。話の内容を聞いた二人は顔を見合わせる。

 

「眷属のカツェさんを連れて、眷属の矛先をゾンビたちに向けるって…静刃くん、これってもしかして…」

「ああ、間違いない…こいつら、カツェ=グラッセを誘拐するつもりだ」

 

 魔女連隊の連隊長で眷属の代表戦士であるカツェを連れ出すどころか、本気で眷属たちがいるノイエアーネンエルベ城へと入るつもりだった。静刃は悪巧みをしてるみたいなゲス顔をしている4人を見て頭を抱える。

 

「…こいつら、絶対に武偵じゃねえ」




 ゾンビ‼

 ついに(ちょっとだけ)ゾンビのご登場。完全にゾンビアーミートリロジーですが…
 ちょっとご都合主義なところがあるけども…ごめんなさい‼

 ブラックウッドは映画『シャーロックホームズ』から。魔術スゲーと序盤は見てたけども…まさかの化学スゲーになって、最終的にはペテン師と見えてしまったブラックウッド卿にはしょんぼり…シカタナイネ

 次はゾンビに気づかなかった眷属さん達の所へ突撃訪問。カツェを攫いにいくよー


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52話

 カオスな4名様方のマインクラフト小説が発売‼と、いうわけでアニメイトへ突撃だー‼
  ↓
 ここにはまだ置かれてないだと…!?(;゚Д゚)


 デュッセルドルフの郊外から離れた草原に建つ古城、ノイエアーネンエルベ城に静刃達は戻ってきた。標的を捕縛するよう依頼したイヴィリタは静刃達が戻ってきたと聞くや否やすぐに指令室へと来るように部下に伝えた。

 

「さて…成果はどうだったのかしら?」

 

 2日ほど時間を費やしていたようだが一体どうなったか気になっていた。静刃達が指令室に入ってくると、セーラに続いて手錠をかけられ、頭に麻袋を被せられた4人組が入って来た。

 

「随分時間が掛かったようだけど…セーラも静刃くん達もご苦労だったわね」

 

 イヴィリタは労いの言葉をかけた。彼女から見ても心なしか静刃とセーラが疲れているように見えた。あのセーラまでもが疲れるとはこの4人は思った以上の相手だったのだろう。イヴィリタは麻袋で顔が隠れている4人組をちらりと見る。イヴィリタの近くにいたカツェがずっと気になっていたのかセーラに話しかけた。

 

「おい、セーラ。なんでこいつらに麻袋を被せてんだ?」

「…喧しいから」

 

 カツェの疑問にセーラは嫌そうな顔をして即答した。麻袋を取らない理由を知らないカツェは更に問い詰めた。

 

「捕まえた野郎は本物かどうか確認しなきゃなんねえ。イヴィリタ様、どうか許可を」

「そうね…申し訳ないけど確認させてもらうわ。麻袋を取って」

 

 静刃とセーラは仕方なしと麻袋を取っていく。麻袋を取るとずっと被っていたカズキ、タクト、ケイスケが辺りをキョロキョロと見回した。イヴィリタは写真を照らし合わせる。写真と同じく、標的であるカズキ達で間違いなかった。

 

「ようこそ、魔女連隊の宿営地のノイエアーネンエルベ城へ。貴方達は(ry」

 

「すっげえええっ‼ここなんかゴージャスだ‼」

「ハリーポッターだ‼なんだかワクワクすっぞ‼」

 

 イヴィリタの話を遮り、カズキとタクトはキラキラと目を輝かせて感動して叫んだ。セーラはまた始まったとため息をつき、イヴィリタとカツェはポカーンとしていた。イヴィリタは一度咳払いをして話を続けようとした。

 

「さ、さて…騒がしいのは構わないけど、貴方達は捕虜の(ry」

 

「ケイスケ、俺ここに住みたいんだけど!」

「はあ?維持費とか光熱費とかやばそうだがお前払えるのか?」

「すごい‼全部魔女っぽいぜ‼」

 

 イヴィリタの話を再び遮り自分達で盛り上がっているカズキ達にイヴィリタの額にぴくりと青筋が浮き上がる。カツェは緊張して固まり、セーラと静刃はジト目でカズキ達を呆れるように見つめる。

 

「貴方達は捕虜の身なのよ?状況をよく見て人の話を(ry」

 

「ああっ。ナオトが寝てる!?」

「あえ?」

 

 イヴィリタの話を全く聞いていないカズキ達は寝ぼけているナオトにどっと笑いだす。完全にスルーされているイヴィリタはプルプルと怒りを抑えて震えていた。

 

「寝るなよお前‼」

「ほんとだよ」

「ナオト、お前寝ぼけてんじゃねーぞ?」

 

「俺の…AKが寝てる…」

 

 寝てんのはお前だと3人にツッコミを入れられる。再び笑い出し、指令室には喧しい4人組の笑い声しか響いていなかった。それ見たことかとセーラは呆れたようにカツェに視線を向けた。まさか想像以上の馬鹿だと思わなかったカツェは申し訳なさそうに手でサインをして、騒がしい4人組の前に立つ。

 

「おい!いい加減に黙らないか!イヴィリタ様の前だぞ‼」

「いやいいのよカツェ…取りあえず、ようこそノイエアーネンエルベ城へ。私はイヴィリタ、ここの長官を務めているわ」

 

 なんとか怒りを抑えてイヴィリタはカズキ達にコンタクトを取る。カズキ達は今の状況を理解していないのか物凄くフレンドリーな様子であった。

 

「ここめっちゃ豪華じゃん!ここで寝泊まりしたい‼」

「ねえねえ!魔女の皆って魔法が使えるんでしょ?みんなハリーポッターでしょ‼」

「たっくん、ハリーポッターじゃないぞこれ」

「…ふかふかのベッドで寝たい」

 

 

「地下牢へ連れていきなさい」

 

 イヴィリタは話を続けるのをやめて即座に部下たちに命じた。この4人組がバラバラに話し、しかも喧しい上に、この状況を理解していないし何を考えているのかもわからない。これ以上騒がれると頭が痛くなると感じていた。

 

「イヴィリタ様、奴らに尋問しなくていいのですか?」

「カツェ…あれ無理。しばらく大人しくさせておきなさい」

 

 それで捕まえるのに2日かかるわけだとイヴィリタは大きく息を吐いて椅子に腰を掛ける。

 

「静刃くん達には本当にご苦労様としか言えないわね。それで報酬の事だけど…」

 

「いや、それよりも捕え損ねたジョージ神父を追いかけなくてはならない」

 

 報酬の用意について話そうとしていたが貘が代表して報酬を受け取るよりもやらねばならない事を話した。

 

「ジョージ神父はかなり手強くてな…あれを捕まえなければあの4人組を助け出すやもしれん」

「俺達はすぐにジョージ神父を追いかけに行く。報酬はその後でいい」

 

 貘に続いて静刃も報酬を今すぐ受け取る事を断った。あの4人組のブレーンであろう神父を野放しにしていては何かされかねない。イヴィリタはしばらく考えて首を縦に振った。

 

「…いいわ。神父の追跡の許可を出すわ。でも、報酬の上乗せはしないわよ?」

 

 貘は感謝すると言って静刃達を連れて出て行った。静刃達が出ていった後、セーラは一息ついてカツェに視線を向ける。

 

「カツェ、色々と伝えておかなければならないことがある。何処か部屋で話さないか?」

「ほお?セーラがか?珍しいな。いいぜ、あの騒がしい馬鹿4人や神父の情報とか日本にいた時の話とか知りたいからな」

 

 セーラはカツェと共に指令室を出て行った。やっと静かになった指令室でイヴィリタは大きくため息をついた。まかさ予想以上の騒がしい連中だとは思わなかった。不安要素が取り払われこれで戦役の抗争も落ち着いて取り掛かることができる。イヴィリタは窓から景色を覗いた。静刃達が乗っているだろう車と通り過ぎるように宿営地に補給物資を積んだトラックがやって来たのに気づいたイヴィリタは思わず二度見してしまった。

 

「‥‥おかしい」

 

 補給物資がこの時間帯に来るのに違和感を感じていた。クリスマスが近いせいか城内には里帰りするメンバーもいるためそこまで人数は多くはない。師団の連中は押し負けているし最近はまだそこまで大きな抗争は起きていないため補給物資はあまり必要としていない。考えすぎなのか悩んでいたが、ここは慎重に確認しておかなければならないとイヴィリタは考えた。

 

 一室で寛いでいたカツェはセーラから神父やあの騒がしい4人組について話を聞いていた。リバティーメイソンのタカ派の連中に遠慮なくRPG7やヘカートⅡを撃ち込んだり、ジーサードと共にアメリカのロスアラモス機関の空母に殴り込みをしに行ったりと少し耳を疑うことが多く、カツェは少しアングリとしていた。

 

「そ、それまじか?本当だとすればあいつら武偵じゃねえぞ」

「本当の話。それに9条も守ってるから厄介」

 

 カツェは深く考えた。ただミラクルを起こしまくる遠山キンジらバスカビールや、未だに盾と剣を持って神のご加護と突撃してくるバチカンのシスター、暗器や拳銃を使ってくるリバティーメイソンと比べ、武偵の癖にアサルトライフルを担いで遠慮なくグレネードを投げたり撃ってくる騒がしい4人組はある意味厄介であることに気付いた。

 

「早めに捕えて正解だったぜ…あいつらを利用できないものか」

「無理。あの4人組に統制は聞かない」

 

 イヴィリタ長官の前であれだけ騒いでいたのだ無理もない。洗脳も難しいだろうとカツェは考え込む。そんな時、セーラがずっと時計の時間を気にしていたことに気付く。

 

「?どうかしたのか?」

「いや…そろそろ時間かなと思っただけ」

 

 セーラは時計がジャスト10時になったのを確認した。いよいよ作戦実行の時間である。

 

__

 

 地下牢は思った以上地味で暗かった。地下牢に入れられたカズキ達は地下牢が地味だと文句を言っていた。

 

「おいー‼ここも豪勢にすべきだろ!」

「そうだぞ‼たっくんがお怒りでデンジャラスアタックするぞ‼」

「いや地味で当たり前だろ」

「ふかふかのベッドがない…‼」

 

 お前もかよとケイスケはツッコミを入れた。というよりもこの城に来たのはただ捕まりに来ただけではなく、お城の見学をしに来たわけでもない。目的であるカツェ=グラッセを連れて出ることである。

 

「ナオト、ちゃんと持ってるか?」

「…ばっちり」

 

 ナオトは被っていたパーカーのファスナーを開けて顔を晒し、口の中に隠していた手錠のカギと針金を取り出す。入れられる前にボディチェックはされたがナオトがフルジップのパーカーで顔を隠していたため魔女連隊の連中が不思議がってスルーしたのは幸いだった。全員の手錠を開錠していき、針金を使って牢屋のカギを開けて出ていく。

 

「よーし、さっそくこのゴージャスなお城の中を探検だー‼」

「この俺が隊長である!さっそくお宅のお昼ご飯を…」

「お前らさっそく目的を忘れてんじゃねえよ!?」

 

 ケイスケはカズキとタクトにげんこつを入れる。のた打ち回る二人をほっといてリサの言っていたことを思い出す。

 

「この地下牢を出てすぐ左に食糧庫がある。そこにリサは()()()()()()()()()

「じ、時間通りにしないとね…ナオトが先頭でケイスケは最後尾ね」

 

 カズキは頭をさすりながら、ナオトを先頭に地下牢を出ていく。ナオトは地下牢の入り口で見張っている兵士をごり押しで気絶させ安全の確保をし進んでいく。

 

「なあケイスケ…俺達スニーキングとか無理じゃね?」

「当たり前だろ。いっつもうるさいもんな」

 

 今更だとケイスケは呆れながら周囲を警戒しながら続いていく。見つからないように、途中タクトが感動して叫びそうになったのを抑えつつ食糧庫に辿り着いた。キッチンとつながっている食糧庫の隅に大きな黒い箱が置かれていた。カズキ達はその黒い箱の所へ歩み寄り中身を確認する。中にはそれぞれのボディーアーマと銃器が入っていた。カズキ達は急いで着替え、黒いローブを身に着け奥底に置いてあるトランシーバーを取った。

 

「もしもし?こちらカズキ。物資を無事に回収」

『やあ、こっちは既にリサと共に無事潜入できているよ』

 

 トランシーバーからジョージ神父の声が響く。ジョージ神父とリサは補給物資のトラックを装って補給物資を届けるとともに潜入。食糧庫でカズキ達の武器を設置し、次の作戦の実行中だった。鵺がノイエアーネンエルベ城の中の配置を覚えていたためよりスムーズに行けた。

 

『カズキ様、パトラ様対策用の物は2階東廊下に置いてあります。セーラ様は既に3階の客間にカツェ様といるようですよ』

 

「おっけーい。そうとくれば直ぐに行かなきゃな」

「ひゃふもふもっふ(訳:それならさっさと行こうぜ‼あ、このチーズ美味しい」

「たっくん、何つまみ食いしてんだよ!?」

 

 タクトはお腹が空いていたのか冷蔵庫からチーズを盗み食いしながら無線を聞いていた。時間をあまりかけてはならない。今はクリスマスが近いため、内部の魔女連隊は少ないがどれも異能者だ。長引いてはこちらの身が危険である。

 

『カズキ君達はリサと合流してセーラのいる場所へ向かってくれ。もしもの時は私が時間を稼ごう』

「わかった…急いでいく」

 

 再びナオトを先頭にいざ潜入ミッションを開始した。城内のいる魔女連隊の兵士に見つからないように3階のフロアへと目指していった。

 

 

 

 

 

Achtung(敵だ)Achtung(侵入者だ)‼」

 

 

 しかし2階へあがってわずか3秒で見つかってしまった。城内に一斉に警鐘が鳴り響く。

 

「いきなり見つかってんじゃねえか!?」

「やっぱ俺達はこうでなくっちゃね!」

 

 やっぱり自分達には潜入ミッションは不向きだとケイスケは改めて実感し、タクトはすかさずフラッシュ・バンを投げ込んでいく。カズキとケイスケは後ろから追われないように発煙手榴弾とMK3手榴弾を何個も投げていき、4人はごり押しで突っ走っていく。

 

「おらー‼魔女がなんぼのもんじゃーい‼」

「おりゃーっ‼物理魔法だー‼」

「たっくん、それもう魔法でも何でもないし」

「…‼ストップ‼」

 

 前から迫ってくる魔女連隊にむけてフラッシュ・バンやスタングレネードを投げ込むタクト達をナオトは止めた。すぐ近くで砂が沢山舞い上がり、どんどん砂でできた動くアヌビス像が出現してきた。

 

「ほっほっほ。飛んで火にいる夏の虫とはおぬしらの事ぢゃな」

 

 アヌビス像の前にエジプトチックな装飾をした少女、イ・ウー主戦派の一人であるパトラがクスクスと笑っていた。そんなことを気にせずカズキは真顔で返す。

 

「え?いま冬だけど?」

「いやそういう事じゃなくて…と、兎に角‼このまま大人しく地下牢にいればいいものを。目的は知らんがこのまま無様にアヌビス像達に殺されるがいい」

 

 パトラは不敵に笑んでカズキ達を見るが、カズキ達は今の状況を理解しているどころかパトラの話を聞いてもいなかった。

 

「なああれって、パトラくれ代じゃね?」

「お前、言うなれば古に伝わりしエジプトっぽくないデコレーションシステム、その名もジェノサイドくれ代・パトラッシュ推定80歳でしょ‼」

「言ってみれば確かにエジプトっぽくねえな」

「…カナさんは元気?」

 

 

「そうそう、最近カナから連絡が無くて心配ぢゃ…じゃなくて‼お主等、言わせておけば好き勝手言いおって‼もう容赦はせんぞ‼」

 

 パトラはアヌビス像達にカズキ達を抹殺するよう命じた。半月型の斧を手にしたアヌビス像達はカズキ達めがけて駆け出し、斧を振り下ろそうとした。しかし、アヌビス像達の前にカズキはある物を持って高く掲げるとアヌビス像達はピタリと動きを止めた。それどころか怖気づくように後ろへ下がっていく。パトラもナオトが持っている物を見て驚愕していた。

 

「お前達、何故それを持っている…‼」

 

「へっへー、リサから聞いたぜ?パトラはこれだけは攻撃できないってな」

「ニャー」

 

 ドヤ顔をしているカズキは白毛の猫を両手に掲げてパトラに見せた。カズキが猫を持って一歩前にでるとアヌビス像達もパトラも一歩後ろへ下がる。

 

「かつて古代エジプトでは猫は神聖な生物だって聞いた。もし猫を殺しちゃったら死罪になるほどらしい」

「いやー、リサが用意してくれてなかったらヤバかったな」

 

 パトラはぐぬぬと悔しそうにカズキ達を睨み付けていた。時代は違えど猫は神聖な生物として代々教えられてきた。それよりもすでにリサまでもがこの城内に侵入しているとは思いもしなかった。カズキは猫を盾にしてどんどん前へ進んでいく。

 

「こ、こら!これ以上猫を持って近づくな!」

「いくぜ‼猫シールド‼」

 

 パトラの注意も無視してカズキは猫を持って駆け出していく。猫を盾にされてしまったら手を出すことができない。何もできないアヌビス像達もパトラも一目散に迫ってくるカズキから逃げるように走り出す。

 

「うっひゃっひゃっひゃ‼どうだ!手も足も出ねえだろー‼」

「うわー。カズキの顔、物凄いゲスな顔してるぜ」

「さすがの俺もひくわー」

「…サイコパスっぽい」

 

 猫シールドをして先頭を走っているカズキを見て3人は少し引き気味だった。パトラを追い回している道中、魔女連隊の兵士がカズキ達に向けて撃とうとしたがパトラに止められる。

 

「う、撃つな!猫に当たったらどうするのぢゃ‼妾の前で猫を殺したら死罪なるぞ‼」

 

 パトラも魔女連隊の兵士達もカズキが持っている猫をどうにかしなければあの4人組を攻撃することはできなかった。カズキ達は猫シールドを使ってなんとか目的地へと目指そうとしていた。

 

__

 

「ん?警鐘が鳴ってるな…侵入者が出てきたようだぜ?」

 

 セーラと話をしていたカツェは響き渡る警鐘の音に気付いた。セーラはあれほど見つからないようにしろと言ったのにまさかすぐに見つかってしまうなんてと頭を抱えていた。カツェは無線機を使ってイヴィリタから指示を聞いていた。

 

「へっ、どうやらあのバカ4人が地下牢から抜け出してドンパチしているようだ。今パトラが戦闘中だけども俺達もいって一気に片付けてやろうぜ!」

 

 カツェは不敵に笑って行こうとしたが扉の前にセーラが立って遮られた。カツェは静かにセーラを睨み付ける。

 

「…セーラ、何のつもりだ?」

「悪いけど、ここから先へは行かせない」

 

 セーラのジト目を見てカツェは色々と悟った。ふっと笑ってルガーP08をホルスターから取って銃口を向けた。

 

「へっ、銭ゲバのお前が無償で眷属についてたからおかしいと思ってたぜ‼あの神父に雇われたみたいだな‼」

「無理やり雇われただけ」

 

 セーラはカツェの撃ったルガーP08の弾丸を巻き起こした突風で逸らしていく。カツェは指をパチンと鳴らすと周りから水がうねうねとうねりながら出てきた。うねる水は次第に集まり水の弾となってセーラめがけて飛んでいった。セーラも負けじと再び風邪を巻き起こす。風と水玉がぶつかり合い水飛沫が部屋中に飛び散る。

 

「まさかお前と戦うことになるなんてなぁ。遠慮なく楽しませてもらうぜ?」

 

 好戦的に笑うカツェに対し、セーラは来るのが遅いあのバカ4人に少しだけイラっとしていた。弓矢を使いたいがこの狭い中でカツェに向けて飛ばすのは難しい。ここで時間を稼ぐからなるべく早く来てほしいとセーラは願った。

 




 古代エジプトでは猫を神の使いとか?で崇拝していた時代があったとか
 前はライオンだったけども飼育係が食い殺されるんで猫に変えて崇拝したとか
 ペルシャ軍がエジプトに攻め込む際、猫を盾にしてたのでエジプト兵は手も足も出ず、陥落したとか…古代エジプトってすごい
 
 


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53話

 皆様、新年あけましておめでとうございます。

 おせちに、お年玉に…正月はお腹も胸もいっぱいですね。
 まさか初夢がゾンビって…今年は大丈夫かなー(白目)


「わああああっ!?だからそれを持って追いかけてくるなあぁぁぁっ‼」

 

 パトラとアヌビス像達は猫を前に出して走っているカズキに追い回されていた。猫を盾にされている以上攻撃はできないし、後方から魔女連隊の兵士が攻撃しようとするがナオト達が遠慮なくグレネードを投げ込んでくる。城内は猫の声とカズキのゲスな笑い声と爆発音で騒がしく響いていた。

 

「カズキ、もうそろそろ着くよ‼」

 

 タクトがメモを見ながら戦闘を走るカズキに伝える。作戦ではセーラがカツェを足止めしており、そこへカズキ達が突撃、なんやかんやでカツェを捕まえ、なんやかんやで脱出するという。

 

「おい、ほとんどなんやかんやじゃねえか」

「…最後らへんで適当になってたし、仕方ない」

「おし‼突撃だー‼」

 

 カズキとタクトが目的地である部屋の扉を蹴り開け、転がるように入っていった。ケイスケとナオトは銃を構えて突入したが、その部屋は誰もいなかった。

 

「たっくん、ここであってるの?」

「うーん…メモでは確かここであってるはずなんだけど」

 

 この部屋にはセーラもカツェもいない。不審に思ったケイスケは窓を開けて下を見下ろすと、すぐさまタクトとカズキに向けて怒声を飛ばした。

 

「ここ3階じゃなくて4階じゃねえか!?」

「「え゛えええっ!?」」

 

 タクトとカズキはギョッとした。ついうっかりパトラ達を追い回すことに集中しすぎて3階を通り過ぎ、4階を駆けまわっていた。カズキとタクトは反省の色を見せずにテヘペロしながらケイスケに謝る。

 

「猫シールドを持って追い回すのが楽しくて忘れてたぜ‼」

「なんてこったい、急いで戻らなきゃ‼」

 

 タクトは急いで部屋のドアを開けて出ていこうとしたが、目の前にはパトラとアヌビス像達、銃を構えた魔女連隊の兵士たちがどっしりと待ち構えていた。

 

「ふっふっふ、お主等袋のネズミぢゃのう」

 

 パトラは額に青筋をピクピクと浮かばせて怒りを込めた笑みでカズキ達を見る。怒りオーラが漂っている眷属たちに対し、タクトは変顔をしながら挑発しだす。

 

「へっへー!こっちには猫がいるんだ。こんな状態でも手は出せないだろ~!」

 

 タクトはカズキの方をちらりと見た。猫がいる限り、連中は手を出すことはできない。しかし、カズキの手には肝心の猫がいなかった。思わずタクトは二度見して身が凍りつく。ナオトもカズキが猫を持っていないことに気付く。

 

「‥‥カズキ、猫は?」

「え?猫ならあそこに…あっ」

 

 カズキは猫ならそこのソファーに置いたと言おうとしたが、猫はタクトの間を通り抜け、何事もなかったかのように部屋から出て行った。両者ともしばらく見つめ合ったまま静寂が流れていたが、タクトが引きつった笑みでテヘペロをした。

 

「ゆ…許してニャン♪」

「殺せええええっ‼」

 

 魔女連隊の兵士達が一斉掃射する前にナオトがすかさずグレネードと発煙手榴弾を投げ込む。カズキとケイスケは本棚や箪笥を倒したり、ソファーを運んだりとバリケードを作っていく。

 

「急げ!バーケード、バーケードを作って何とかするぞ‼」

「バリケードだつってんだろ!ぶち殺すぞ‼」

 

 ケイスケはカズキに怒声を飛ばしながら身を低くしてMP5を撃ち込んでいく。タクトはM16A4をナオトはAK47を撃ち込み、相手に手榴弾を投げさせる隙を作らせないようにしていく。

 

「このままだとジリ貧だ!」

 

 SR25のスコープを覗きながらアヌビス像をヘッドショットするカズキが焦りながら叫ぶ。カズキの言う通り、このまま籠って迎え撃っていても相手側の方が物量も多く、異能者もいる。こちらが弾切れが起こるのが先であり、時間の問題である。

 

「…この真下にセーラがいるんだっけ?」

 

 ふと、ナオトが思い出したように呟く。タクトのメモが正しければこの真下の部屋でセーラがカツェを足止めしているのだ。ナオトが一体何を考えているのかケイスケとカズキは首を傾げた。

 

__

 

「…遅すぎる」

 

 セーラは愚痴をこぼしながら風を巻き起こしカツェの能力で飛ばす水の塊を防いでいく。いくら待ってもカズキ達が突入する気配も無ければ喧しい銃声がどこか遠くの方で聞こえてもこない。あのバカ4人がしくじったか、まさか部屋を間違えたかのどちらかに違いない。そんなことを考えていると小さな水玉が頬を掠める。

 

「へっ、雑念が多いんじゃねえのか?」

 

 カツェがヘラヘラしながら能力で水を浮かばせていく。セーラはジト目でカツェを睨み舌打ちする。このまま待たされるとこちらが危ない。こうなれば無理をして能力をフルに使って捕えるしかないとセーラは仕方なしに手加減するのをやめようとした。その時、カツェの真上の天井で白い火花が円を作る様に出ているのに気づいた。何かと思いしばらく見ていた途端、爆風と爆発音が天井に響き渡る。

 

「な、なんだ!?」

 

 突然のことでカツェは焦りだした。穴が開いた天井からまだ白い煙があがっていると思いきや、カツェの真上からカズキ達が飛び降りて来た。ぎょっとして身動きができなかったカツェはカズキとぶつかり、下敷きになってしまった。

 

「むきゅっ!?」

 

 カズキとぶつかっただけではなく次から次へと飛び降りてくるタクト達の下敷きとなったカツェは押しつぶされそうな小動物のような声をあげる。セーラは呆然としていたがケイスケが耳をさすりながらナオトにゲンコツをいれた。カズキもプンスカと怒りながらナオトに文句を言いだした。

 

「ナオト‼テルミットで床に穴をあけるならさっさと言えよ‼巻き込まれて死ぬかと思ったじゃねえか!」

「なんかペタペタと張ってるから気になったけど、ヒートテックを張るならそう言え‼」

「だからさっき張るよーって言ってただろ!てかヒートテックじゃなくてヒートチャージな」

 

 気絶しているカツェの上でナオトとカズキとケイスケがギャーギャーと口喧嘩をしだす。セーラはまさか場所を間違えていたのかとカズキ達に呆れるようにジト目で見つめる。そんなセーラの視線に気づいたタクトは何事もなかったかのようににこやかに手を振る。

 

「オタコン、待たせたなぁ‼」

「いや、たっくん遅すぎ。というかオタコンって誰?」

 

 一先ずこれ以上能力を使わなくて済んだとセーラはほっと一息入れた。カズキはふと思い出したように辺りを見回す。

 

「セーラ、この部屋にいるマロングラッセは何処にいるんだ?まさか、さっきの爆発でどっかに隠れたんだな!」

「マロングラッセじゃなくてカツェ・グラッセ。カズキの真下にいる」

 

 セーラに指摘されてようやくカズキの真下でカツェがのびていることに気付いた。カズキ達はそそくさと退いていく。ナオトとカズキはカツェの頬をツンツンとつつく。

 

「…さっきの爆風に巻き込まれたのか」

「『厄水の魔女』っていうからどんな危険な奴かと思ったら、意外とお茶目な奴だな!」

 

 いや、お前達が踏み台にしたのだとセーラはツッコミを入れる。何とか作戦は成功したものの、ここで長居するつもりはない。このままのんびりしているとすぐに追いつかれてしまう。カズキはカツェに手錠をかけておんぶをする。

 

「よし!このまま逃げ切るぞ‼」

 

 いざこの城から脱出しようと動き出そうとした時、天井からアヌビス像が次々と降りて来た。パトラが追いかけて来た。ケイスケが扉を蹴り開け、セーラを先頭にカズキ達は大急ぎで通路へと出る。

 

「逃がすな!殺せ‼」

「拷問にかけてなぶり殺してやる‼」

 

 魔女連隊の兵士達が怒声を飛ばしながら追いかけてくる。相手も遠慮なく撃ってくるのでカズキ達は必死に走り続けた。

 

「カズキ様‼こちらです‼」

 

 そんな時、メイド服を着て潜入していたリサが手を振っているのが見えた。カズキ達はすかさずリサの方へと駆けていく。

 

「神父様が車をご用意しております、急ぎ合流しましょう!」

「やっとかよ。もう追いかけられるのは嫌だぜ」

「さっすが神父‼用意がいいぜー‼」

 

 逃走用の車が用意されて待っていることにカズキ達は俄然やる気が出て来た。そんなカズキ達を追いかけているパトラはリサに向けて不敵な笑みを見せる。

 

「ふん!お主もこの喧しい4人組の仲間ぢゃったとはな…だが今更お主が来ても無駄ぢゃぞ?」

 

「いいえ…少し()()()()をここにお連れするのにお時間がかかっただけですよ?」

 

 リサがにっこりとパトラに微笑み返す。するとドタドタと何処からか何かがこちらに向かってくる音が響いてきた。何が来るのかカズキ達がキョトンとしていると階段から、窓から、野良猫の群れが一斉に駆け出してきた。犬耳をぴょこりと生やしたリサは合図する様に指をさす。

 

「さあ猫の皆さん、お願いします!」

 

「わ、ちょ、来るなぁぁぁぁっ!?」

 

 これだけの猫の群れにパトラもアヌビス像達も手を出せなかった。押し戻されるアヌビス像に押され魔女連隊もすし詰め状態になり身動きが出来ず、猫たちの群れにのまれていく。

 

「すっげえ、猫まみれだー」

「さすが百獣の王」

 

 カズキ達に褒められてリサは生えた尻尾をふりふりとする。ノイエアーネンエルベ城内に駆け込んできた猫たちの足止めのおかげで魔女連隊はカズキ達を追いかけることができなかった。城外へと出たカズキ達は神父が待っているであろうトラックが停められている場所へ向かった。

 

 トラックの周りには魔女連隊の兵士達が倒れていた。おそらく逃がさないようにトラックを始末しておこうとしていたのだろう。そうはさせないとジョージ神父に返り討ちにされていた。ジョージ神父はあらかた片付いていて待っていたようで、カズキ達の姿が見えるとにこやかに手を振る。

 

「やあ、逃げ場は既に確保しているよ。このまま退くとしようか」

 

 これジョージ神父に全部任せた方が早かったんじゃないかとケイスケとセーラはしかめっ面でジョージ神父を睨む。カズキ達はコンテナに乗り込み、トラックは飛ばしてノイエアーネンエルベ城を背にして去っていった。

 

「…まったくもってしてやられたわね…」

 

 猫まみれになっている指令室にてイヴィリタは遠くへと去っていくトラックを睨み付けていた。魔女連隊の兵士達は猫を追い出すことで手一杯だ。猫を射殺して片付ければ早いのだが城にあふれるくらいにいるのだから死骸の山を作ってしまっては怪しまれる。先程から静刃達に連絡をとろうとしているのだが、一向に連絡も取れていない。セーラと静刃達は裏切ったのか、それとも既に神父の手中だったのか。

 

「彼らの目的はさっぱりだわ‥‥」

 

 静刃達を駒にして、この宿営地に来たというのならば、なぜ襲撃もせずに、他の眷属へ攻撃もせずにただ魔女連隊の連隊長であるカツェを攫っただけだったのか、使い魔であるカラスのエドガーも連れて行かず、このまま追いかけてくれとでも言うような逃走にイヴィリタは疑問と不審でいっぱいだった。

 

「まるで私達の矛先を師団とは別の方向へ向けさせるようね…エドガー、カツェの追跡をして頂戴」

 

 イヴィリタは窓を開けてカツェの使い魔であるカラスのエドガーを外へ放った。エドガーは羽ばたき、カツェを攫った連中の跡を追いかけていった。

 

__

 

 カツェは目を覚ました。気が付けば毛布を掛けられて横になっており、両手には手錠をかけられていた。見回すと中はコンテナの中だろうか天井にはLEDの電球が明るい光を照らしながら吊らされていた。

 

「…目が覚めた?」

 

 ふと声が聞こえたので視線を向けるとセーラと静刃がいた。二人とも心配していないようで、カツェは舌打ちをして睨み付けた。

 

「けっ、セーラだけじゃなくてお前ら傭兵も裏切り者ってか」

「俺達はあの神父に無理矢理雇われただけだ」

 

 静刃はむすっとした表情でセーラを見据える。結局静刃達もあの騒がしい4人組に負けて無理やりやられたのだろうと判断した。これからどうなるのか、このまま拷問されるのか、それともナチスが大っ嫌いな連中に引き渡されるのかそんなことを考えていると、カズキがひょっこりやってきた。

 

「お、元気になったみたいだな!えーと…カツ・コバヤシ?」

「だからカツェ・グラッセ」

「俺の時といい、カツェの時といい、わざと人の名前を間違えてんのか?」

 

 セーラと静刃に一声にツッコまれてカズキはてへへーと苦笑いをする。カズキはカツェにフレンドリーに近づくがカツェはカズキの指に噛みつくかの勢いで睨み付けて威嚇する。

 

「私を拷問にかける気か?私は何をされても口を割るつもりは無いぜ?」

「えっ?」

 

 カズキが思わずキョトンとするのでカツェも思わず「えっ?」と返してしまった。強気で構えていたのにまさかの変化球に戸惑ってしまう。

 

「えーと…ごーもんにごー、モーン」

「「「…‥‥」」」

 

 カズキが何を言っているのか、意味の分からない糞ギャグにカツェだけではなくセーラも静刃も沈黙してしまい、コンテナ内に沈黙が続く。

 

「カズキ、それ面白いな!」

「うるせー‼言おうと思って言った事じゃねえんだよ‼」

 

 顔を覗かせてきたナオトのツッコミが鶴の一声で、何とか場を流すことができた。

 

「カズキ、カツェを連れて来て。ジョージ神父が待ってる」

「今連れてく所だから待ってろ‼」

 

 ナオトに急かされカズキは渋々とカツェを外に連れて行こうとするが、先ほどの威嚇が聞いていたのか少し身構えているようで、カツェは呆れながらため息をつく。

 

「指とか嚙み千切らねえから、さっさとしてくれよ」

 

 カズキ達の様子を見て、どうやら拷問にかける気は全くないと判断したカツェは抵抗せずにカズキについて行く。外はデュッセルドルフからかなり離れた場所の様で、高い丘のような場所だった。もう真夜中の様で暗く、冬の寒さが身に染みた。外には静刃だけではなくアリスベルや貘、そして鵺もおり、その先にはジョージ神父がにこやかにしてカツェを待っていた。

 

「初めまして。君を強引に連れてきてしまったことを先に詫びておこう」

「…あれだけ暴れて私を連れ去るってのはどういうつもりなんだ?あのバカ共は私を拷問にすらかける気もねえ見たいだし、何を企んでやがる?」

 

 にこやかにしているジョージ神父に対し、カツェは敵意剝き出しで睨み付ける。しかし全く効果がないのか笑みを崩さずジョージ神父は話を続ける。

 

「そうだね…率直に言うと君にも協力をして欲しい事があるんだ」

「協力?テロか?それならこんな事をしても無駄だぞ。私を人質にとっても魔女連隊はお前の言う事は聞きやしねえぜ?」

 

 神父の企みは一体何なのか、カツェは神父の腹の中を探ろうとしていた。神父のポーカーフェイスは崩す様子もなく、ただひたすらにこやかにしており何を考えているのか分からなかった。

 

「神父ー‼昨日よりもすっごい増えてるよ‼」

「やべえぞ。数が増えててより不気味だ」

 

 そんな時、茂みからタクトとケイスケがあたふたとしながら戻ってきた。一体何のことかカツェは首を傾げていたが、カズキがカツェに双眼鏡を渡した。

 

「すこし、ドイツ内で厄介な事が起きていてね。どうしても君達眷属の力も必要なんだ」

「こっから南東側にいる」

 

 ナオトの付け足した説明を聞いてカツェはその方角に双眼鏡を使って覗き込む。何か人の形をしたものが沢山いてゆっくりと進んでいる。ピントと倍率を合わせて見ていくと、ドイツ兵の軍服を着たゾンビの群れだった。カツェは思わず双眼鏡を落とし、わなわなと震わせる。

 

「おい…あれは何だ?」

 

「ブラックウッドという魔術師が『レリック』を使った術式で呼び起こした死人…第二次世界大戦時で死んでいった兵士達をゾンビにしたようだね」

 

 カツェはキッとジョージ神父に睨み付ける。その様子は魔女ではなく、軍人のようだった。

 

「あれは…何処へ向かっているんだ?」

「方角からすれば…ベルリンへと向かっていると思うね。ゾンビを止めないとベルリンだけじゃない、眷属や師団、ドイツ、いやヨーロッパ中がゾンビの被害に遭うだろう」

 

 このまま数を増やし続けるゾンビを止めるには『レリック』を取り戻すしかない。そのためには自分達だけじゃなく、他の協力も必要である。カツェは舌打ちしてジョージ神父を睨み付ける。

 

「お前の様な腹の底が見えない奴のことだ。私の事も調べがついてるだろうな…そのブラックウッドとかいう空気を読めない馬鹿野郎とその馬鹿野郎が呼び起こしたゾンビの始末、少なくとも私は手を貸してやる」

 

 協力してくれる、と聞いたカズキとタクトは喜んで駆けつけようとしたが、カツェは「その代わり!」と付け足して話を続ける。

 

「宿営地を滅茶苦茶にして、私を攫ってきたんだ。それなりの報酬を用意しやがれ!」

「…勿論、報酬として用意はしておこう。君の協力、感謝するよ」

 

 結局崩すことなく愉悦な笑みを続ける神父に対し、カツェはふんと鼻で返してそっぽを向こうとしたが大喜びで手を握ってくるカズキとタクトに動揺する。

 

「よっしゃー‼魔女っ子サリーちゃんが加わればゾンビなんかこわくねえぜ‼」

「エクスペクトパトローナムだ‼もう何も怖くない!」

「…たっくん、それフラグ」

「ゾンビ相手とか嫌だからな。お前等前衛しろよ?」

 

「こ、こいつら…本当に大丈夫なのか?」

 

 これからゾンビ退治と元凶を追跡するというのに呑気にしている4人組を見てカツェは不安と心配でいっぱいだった。




 少しグダグダになっておりますが…カツェとの取引については少しマイルドに。
 ナチ大っ嫌いな方々がいたりと、結構シビアな所ですが、こちらでは少し優し目にしております…

 次回からやっとゾンビ退治に専念できそうな気がする…


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54話

 緋弾のアリア、24巻がいつの間にか発売してましたね
新キャラ、ベレッタさんに続いてキンジの周りにはどんどん女の子が‥‥

‥‥(#^ω^)ピキピキ



ドイツの真夜中の草原に薄気味悪い霧が漂い、不気味に光る眼が燦々と蠢き、呻き声が響き渡る。骨を剥き出し、臓器が飛び出ていたりドイツ軍の死人の群れがベルリンを目指して進行していた。

 

 そんなゾンビ達の進行を止めるかのように4つの人影がゾンビの軍勢へと飛び込んでいく。ピンクのゴスロリ姿の少女を先頭に、迷彩柄のボディーアーマーを身に着け突撃していた。

 

「って、また鵺が先頭かよ!?お前等そんなにビームが見たいんかいな!?」

 

 ナイフやバール、鋭い爪を突き立てて襲い掛かってくるゾンビの攻撃を躱し、爪で切り裂いていく鵺は思わずノリツッコミをした。カズキはバールでゾンビの頭部を叩き、ケイスケは日本刀で斬り、ナオトはAK47で冷静に撃ちながら倒していっていた。

 

「うらー‼ゾンビ狩りじゃー‼」

「今宵の般若ソードは血に飢えてるぜ‼これまでの鬱憤、ここでぶつけてやる‼」

「お前ら、ちゃんと撃てよ」

 

 カズキとケイスケはノリノリで近接武器を担いだままゾンビの群れへと突撃する。目の前のゾンビを倒せるのだが、彼らの視界の外からゾンビが襲いかかるのでナオトがヘッドショットをしてカバーしていく。鵺は群れの中に飛び込んで近接で倒していくカズキとケイスケに加わり、ゾンビを切り裂く。

 

「そんなに突っ込んで大丈夫かじょ?」

「「ナオトがカバーしてくれるから問題ない」」

 

 カズキとケイスケが完全にナオト任せで突き進んでいくので鵺はナオトを哀れと横目で見る。ナオトは黙々とヘッドショット、装填、ヘッドショットと繰り返して狙い撃っていた。そんな時鵺はふとこの騒がしい連中が1人足りていない事に気付いた。

 

「おい、一番騒がしい奴は何処行ったんだじょ?」

「そういえば…カズキ、たっくんは何処だ?」

「ゾンビ退治の武器選びしていた時、何か閃いたとか言ってたけど…」

 

 カズキが思い出そうとしていると、遠くから喧しいエンジン音が聞こえてきた。その音はどんどん近づいてきており、更にはタクトの楽しそうな叫び声も聞こえてきた。

 

「ちょっと!?たっくん、それ危ないって‼」

 

 ナオトが焦りながらタクトを注意して大声を出しているのが聞こえ、カズキ達は振り向くとタクトが振り回している物を見てギョッとした。

 

「イヤッフゥゥゥゥゥッ‼」

 

 タクトはフル稼働しているチェーンソーを持ってグルグル回りながらこちらに近づいてきていた。ゾンビを横に切断し、ゾンビの血肉を飛び散らせながらこちらに楽しそうに向かってきている様は一種のホラーに見えた。

 

「回転ノコギリアターック‼」

 

「あぶねえっ!?たっくん、それを振り回しながら近づいてくなよ!?」

「ていうかよりにもよってなんでチェーンソーなんだよ!?サイコパスか!?」

 

「いや、お前等の持っている物も十分サイコパスっぽいじょ」

 

 バールと日本刀を持っているカズキとケイスケに鵺はツッコミを入れる。そうしてタクトはテンションをあげてチェーンソーを振り回していく。

 

「たっくん‼味方を巻き込まないようにしろって‼」

「俺は何も退かないし、媚びないし、省みないっ‼」

「省みろ、馬鹿‼」

 

 チェーンソーを振り回すタクトを先頭にするとタクトは調子に乗って突き進みだした。

 

「ひゃっはー‼ここは通さねーぜぇー⤴!」

「たっくん‼前と周りを見て進めよ‼」

 

 タクトが仕留め損ねたゾンビをカズキとケイスケが片付け、取り囲んでいこうとするゾンビをナオトと鵺が倒していく。

 

「後方から来てくれる連中の事も考えてほしい…」

 

 渋々と狙い撃っていくナオトは軽く愚痴をこぼした。そんな時、ゾンビの群れの中から雄叫びの様な声が聞こえてきた。まるで走りながら叫んでいるようなのでナオトはポケットから単眼鏡で覗く。見ると体にダイナマイトを巻きつき、ピンを抜いたのであろうM24型柄付手榴弾(ポテトマッシャー)を掲げながらこちらに走って向かってきているゾンビが3,4体見えた。

 

「たっくん‼自滅覚悟のゾンビが来てる‼」

 

 タクトに向けて叫んだナオトはすかさずAK47を撃ちだす特攻してきているゾンビを2,3体狙い撃ち、ゾンビの群れの中で爆発をさせることができたが残りの数体はそのままタクトへと向かって駆けぬける。

 

「ちょ、特攻!?神風、神風ゾンビが来てるぅ!?」

 

 タクトがやっと気づいた頃には数メートルまで来ていた。タクトは慌てて回れ右してカズキ達の方へ逃げだしていく。

 

「お、お助けーっ!」

「たっくん‼チェーンソーを動かしたままこっち来るなよ‼」

「おおいっ!?あぶねえだろうが‼」

 

 タクトは神風ゾンビから、カズキとケイスケはチェーンソーを持ってこちらに走ってきているタクトから逃げ出す。ゾンビがタクトへと特攻しようとした時、遠くから飛んできた弓矢が脳天に刺さりその場で倒れて爆発を起こした。カズキとタクトはほっと胸をなでおろす。

 

「あ、あぶねー。ゾンビが走るとか反則だろ…」

「助かったー!セーラちゃん、ありがとー‼」

 

 タクトは喜びながら後方へ手を振った後、再びチェーンソーを動かして突撃しだした。最後尾で進んでいるナオトの後方からセーラ、静刃、アリスベル、そしてカツェが続いていた。静刃とアリスベルは躊躇いなく突き進んでいくカズキ達の様子を見ながら呆れていた。

 

「あいつらの武器の選定おかしいだろ…」

「正直、ゾンビよりあの4人が別の意味で怖いです…」

 

 ゾンビに全く恐れず、しかも武偵法外なら遠慮なく倒していく様は本当に武偵なのだろうかと疑ってしまう。一方、セーラは何時でも援護射撃できるよう弓矢を用意しながらゾンビの群れを見て分析していた。

 

「特攻してくるゾンビも出てきた。他のタイプのゾンビもいるかもしれない」

 

 そんなセーラの横でじっとカズキ達を見ていたカツェは内心複雑な心情だった。過去の兵士達をゾンビにしたブラックウッドという輩の事は許さない。しかし、自分の手でやっていいのだろうかという葛藤をも気にせず遠慮なくばっさばっさと倒していくカズキ達には少し自重してほしいというところもある。

 

「ていうか、この先に進めばいいのか?」

 

 カツェはジョージ神父の出した指示に少し不安があった。レリックという道具がゾンビと関連するキーであり、3つに分解されたレリックを揃えることにより浄化させることができる。その分解されたレリックは設置することでゾンビが湧き続け、守る様にどんどん進行していく。なのでこの先を突き進めば残りのレリックがある、ということである。そんなカツェの疑問にセーラは落ちつた表情で返す。

 

「今はたっくん達を信じて進むしかない」

「って言われてもなぁ…大丈夫なのかよ?」

 

 陣形は前進していくカズキ達を援護する様に後方で支援しつつ、カズキ達が疲弊しだしたら静刃とアリスベルを先頭に交代で前進する。肝心のジョージ神父は後の支援の準備をすると言って貘とリサを連れてベルリンへと向かって行った。騒がしい4人と自分達を置いて何をするつもりなのか分からない。

 

 ただ、ジョージ神父から伝えられた『今夜中にレリックを取り戻せないと少々まずい事になる』という事が気になっていた。静刃達はその理由が薄々と気づいていく。

 

「段々と霧が濃くなってきているな…」

 

 ゾンビが数が多ければ多いほど白い霧が広がっているのだった。濃いければ濃い程、光が遮られていく。朝になってもこの濃霧が晴れていなければ日中でもゾンビは増えて進攻し続け、ドイツ中は愚かヨーロッパ全域に広がっていくかもしれない。だからいち早く残り二つのレリックを取り戻し、再生しなければならない。

 

「…あれ?静刃くん、カズキくん達がこっちに戻って来てませんか?」

「確かに…もう疲弊したのか?いや、様子がおかしい‥‥」

 

 カズキ達がこちらに向かって走ってきていた。しかし、なにやら慌てているようで必死な様子だった。神風ゾンビが沢山襲い掛かってきたのだろうかと見ていたが、カズキ達を追いかけているであろうゾンビの姿が見えてきた。ヘルメットを被り、ハーネルMP28を構えて撃ってきてるゾンビが3体、ゆっくりと追いかけてきていたのだった。

 

「ちょっと‼ゾンビが銃を使うとかダメだろ!?」

「いやお前らも銃持ってんだから撃って出ろよ」

 

 慌てだすカズキに静刃が交代する様に通り過ぎてツッコミを入れる。静刃は『バーミリオンの瞳』を発動させ右目が赤く光りだす。

 右目に相手が撃ってくるハーネルMP28の弾道がガイドされる。ガイドの通り飛んでくる弾丸を躱して、ゾンビの首に身体強化させた強烈な回し蹴りを入れる。直撃したゾンビの首は吹っ飛び首を失った体は倒れる。残りの2体は装填したトーラス・レイジングブルでヘッドショットを決める。

 

「お前等もこれぐらいや(ry」

 

 静刃は呆れながら振り向こうとしたが、タクトはチェーンソーを持ったまますぐ近くまで突っ走て来ていたので慌てて避ける。

 

「あぶねえなおい!?」

 

 警告信号が出ていなかったら間違いなく掠りかけた。焦りながら怒る静刃にタクトはテヘペロしながら謝る。

 

「いやー、メンゴメンゴ。所謂対抗心ってやつ?」

「いらねえ対抗心だ‼つか誰かこのバカからその物騒な物を没収しろよ!?」

「たっくんが飽きるまでの我慢だ」

 

 ずっと前線を張ってAK47で撃ち続けていたナオトが静刃を宥める。カズキとケイスケはこれで突撃するのが懲りたようでバールと日本刀を片付け、SR25とMP5に持ち替えて狙い撃ちながら進みだす。

 

「いやー、弾の補充役をナオトに任せて正解だったな」

「たっくんだったら間違いなく突撃して補充どころじゃないしな」

「おい、そのバカ張り切り過ぎてかなり突撃してんだけど!?」

 

 カズキとケイスケがほっとしている間にカツェがタクトが調子に乗って1人で突き進みすぎていることに気付いた。気が付けばタクトは孤立していしまいゾンビに囲まれていた。

 

「うひー!?これが四面楚歌っ!」

「たっくん!?なにやってんの!?」

 

 カズキは援護しようとスコープを覗いて狙撃しようとしたが、タクトがチェーンソーを持ってぐるぐる回転しながら動き回るのでフレンドリーファイアしそうになる。カズキは狙い撃つのをやめて怒り出す。

 

「あーもう‼たっくん、弾道の中に入ってくんなよ!?」

「あれじゃ近づけないですね…」

 

 援護しようにも急にタクトが来るのでうまくできない。というかチェーンソーを持っていることで近づくことすらできない。そんなタクトにセーラは肩を竦めながら鋭い鏃が付いた矢を何本も放った。空を切る弓矢はタクトを囲むゾンビの頭を次々に射止めていく。それを合図に静刃とアリスベルが一気に駆けて残りのゾンビを切り倒していく。

 

「お前等ほんとチームワークの欠片もねえな…」

「もう!それモーレツに危ないので没収です‼」

 

 静刃は呆れ、アリスベルはプンスカと怒りながらタクトのチェーンソーを没収した。タクトはお気に入りの玩具を没収された子供の様にションボリとする。

 

「俺のアイデンティティーがー…」

「たっくんに個性を取ったらなんも残らないな」

 

「いやそんなアイデンティティーも個性もいらねえよ」

 

 励ますケイスケにも静刃はツッコミを入れる。これ以上この4人組を前衛を任せたらこっちが余計に疲弊する気がしてきた。タクトが突撃しすぎたおかげなのが皮肉だが、かなり進んだ方だと思える。

 

「そろそろ頃合いだ。俺達が前へ出る、お前達は後ろから援護しろ」

 

「よーし背後は任せておきな!」

 

 カズキが自信満々に言うが、不安でいっぱいであった。静刃とアリスベルを先頭に、セーラとカツェが援護する形で進んでいく。後方にいる鵺と騒がしい馬鹿4人が大人しくついて来てくれるはずがないと静刃は気でいっぱいだった。そんな静刃をアリスベルは気に掛ける。

 

「静刃君、彼らが心配ですか?」

「いや‥‥別の意味で心配だ」

 

 静刃はレイジングブルで飛び掛ってきたゾンビにヘッドショットを撃ち込み少し後ろの方から走っていついて来ている連中をチラ見する。アリスベルは環剱でゾンビを両断してから静刃を宥める。

 

「今は力を合わせて目の前の敵に集中しましょう。あまり思い詰めると体に悪いですよ」

「…そうだな。この一連を片付けて、さっさとおさらばしてあいつらの事を忘れ(ry」

 

「タクティカル火炎瓶っ‼」

 

 静刃とアリスベルは思わず「「え?」」と声を揃えて後ろを振り向く。火のついたモロトフカクテルをタクトとカズキがゾンビの群れへと遠投していた。弧を描いて飛んだモロトフカクテルはゾンビに当たり、一気に他のゾンビ達へと燃え広がる。燃えているゾンビ達が悶えながらこちらに近づくので慌てて歩みを止める。

 

「もう無茶苦茶じゃねえか!?」

 

「うらー‼」

「撃って撃ちまくれ!」

 

 あっという間に前衛と合流したカズキ達は手榴弾を投げ込んだり、撃ちしだしたりとやることが滅茶苦茶であった。しまいには鵺までもが悪乗りしだして火炎瓶を投げ込んでいた。アリスベルは慌ててカズキ達に注意をする。

 

「か、火炎瓶を投げるなら早く言ってくださいよ!?」

「どうだ明るくなったろう」

「やかまわしいわ‼」

 

 ドヤ顔するナオトにツッコミを入れた静刃は深く項垂れる。こんな連中に振り回されてしまえば忘れもしないだろう。勿論、初めて彼らの戦い方を目の当たりするカツェも静刃とアリスベルと同様に焦っていた。

 

「おい、セーラ‼あいつら本当に武偵か!?武偵のくせにやる事どっかの部隊か強盗じゃねえか!?」

「カツェ、彼らに常識は通用しない…」

 

 これまで彼らの戦い方を見て来ていたセーラはどうせ彼らが勢いで突っ走り、連携どころじゃない状況にいずれなるとある程度察していた。これ以上混乱してしまえば歩みが揃わなくなってしまう。

 

「たっくん、次はどうするの?」

「全速前進DA‼」

 

 やっぱり後方でうずうずしていたのだろう、レミントンM870Pを構えてまた先頭へと走りだした。そんな気がしたとセーラは苦笑いしてまた勝手に取り囲まれないように後に続いた。ぽかんとしているカツェ達にカズキとケイスケが苦笑いする。

 

「狙撃が下手なたっくんは突撃することで真価を得るぜ‼」

「すぐ取り囲まれるがな」

 

 カズキとケイスケは突き進みすぎているタクトを追いかけて走り出していく。

 

「ぎゃっはっは‼こっちの方が楽しいじょ‼」

「この先は確かゾンビが最初に沸いた聖堂…」

 

 鵺は久々の戦闘を楽しみながら爪や術式でゾンビを切り裂き、ナオトはタクト達に向かって迫ってきている神風ゾンビをヘッドショットで仕留めながら進んでいく。

 

「ああもう‼やってやるよ‼魔女連隊の連隊長なめんな!」

 

 遂にカツェは躍起になって金メッキに装飾されたルガーP08を構えて突き進むカズキ達の跡に続いて走って行った。置いてけぼり感の静刃とアリスベルはぽかんとしていた。

 

「遠山キンジもそうだがこいつらもやばい…」

「この先も…できればあまり関わりたくないですね…」

 

 後ろを見ずに前進していたが彼らにばっさばっさとなぎ倒されていったゾンビ達はどうなっているのか気になり振り向く。ゾンビの死骸の山となっているかと思いきや、ただ白い霧が広がっているだけであり、すぐ近くに倒れているゾンビは黒い煙となって消えていっていた。死人は式術で動かされ、また一度倒されることで術は解けて消えていくようだ。それでも霧は晴れずどんどんと広がっていく。

 

「こんな悪夢みてえな戦い、さっさと終わらせるぞ」

「そうですね、私達も続きましょう」

 

 二人は互いに頷き、ノリノリで叫びながら突き進むタクト、そのタクトに怒声を飛ばしながら追いかけるカズキとケイスケとセーラ、冷静に撃ち損じたゾンビやタクトに襲い掛かるゾンビを仕留めていくナオトと鵺、そしてやけくそになっているカツェの後に続きゾンビが沸き続けている聖堂へと向かった。




 
         《《 ごり押しキングダム‼ 》 》

 手榴弾や火炎瓶を投げて突き進み…ごり押しですみません…

 ゾンビにチェーンソーといえばロリポップチェーンソーやデッドライジングとか…色々ありますね。(コナミ感


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55話

 カオスな4名様とマイクラのコラボ小説を読み終えた…まさに笑いあり涙ありカオスそのものでした(オイ

 


「ゾンビー‼」

「イエーイ‼ゾンビイ‼」

 

 先頭を突き進んでいたタクトを自重させようと追いかけていたカズキも悪乗りしだしてタクトと並んで突き進んでいた。

 

「弾の無駄遣い…」

「おい‼誰かあのバカ共を止めろー‼」

 

セーラとケイスケが二人を止めようと駆けつけているが追いつくことができず、カズキとタクトはそのまま聖堂へと駆けこんでしまった。

 

「こいつらに連携という言葉はねえのか!?」

「これが俺達の連携だ」

「「やかましいわ‼」」

 

 静刃に指摘されても動じずきりっとしているナオトにすかさずカツェと静刃がツッコミを入れる。その時、開いていた聖堂の扉が閉まり、地面に幾つもの魔法陣が現れた。赤く不気味に光る魔法陣からゾンビの群れが這い出てきた。

 

「思い切りトラップに引っかかってんじゃないか!」

「たっくんとカズキが聖堂に入ったままなんだけど…」

 

 ケイスケが怒声を飛ばしながら怒り、ナオトは肩を竦めながら呆れだす。彼らにとってこれが日常茶飯事なやりとりのようでセーラはまたかとため息をついていた。このまま強引に突き切ろうとするが静刃の瞳に警告信号が表示される。ゾンビの群れから飛んできた弾丸を躱して咄嗟に叫んだ。

 

「気を付けろ‼あっちにスナイパーがいるぞ‼」

「聖堂の屋根に数人…ゾンビがスナイパーってありなの!?」

 

 静刃と同じようにナオトも気づいたようで、スナイパーゾンビがこちらを狙って撃ちだして来る前に木陰へと隠れる。

 

「おおい‼狙撃担当のバカが先に行っちまってるしどうすんだ‼」

「…カズキに代わりにセーラがスナイパーを弓矢で射る。その間に俺と静刃、鵺で突撃、ケイスケとカツェ、アリスベルが支援して」

 

 突然の事態でも冷静に分析して打開策を出す。ナオトの行動力に静刃とアリスベルは感心していたが、ナオトが指示し終えたと同時に単身で駆けだしていった。

 

「合図とかはなしですか!?」

「何言ってんだ、ナオトがそんな考えをすると思ってんのか?」

「ちくしょう、感心した俺がバカだった!」

 

 纏まっているのかバラバラなのか、もう考えるのはやめた。今はなんとかしてついて行くしかないと静刃はナオトに続いて駆け出していく。聖堂の屋根でKar98Kを構えていたスナイパーゾンビ達は聖堂に向かって駆けだしているナオトに狙いを定めようとした。その時を待っていたかのように先に狙いを定めていたセーラの弓矢が放たれ、次々にゾンビの脳天を射抜いていく。

 その間に前衛で駆けるナオト、静刃、鵺の突撃で群がってくるゾンビを次々に倒していき聖堂の扉までたどり着いた。ナオトは押し開けようとするが強く閉ざされており開くことができなかった。その間にどんどんゾンビが沸きだし近づいていく。

 

「ちっ‼いくら撃っても沸いてくると厄介だな!」

「扉が開かない…C4持ってくればよかった」

「ここは私が一掃します…‼」

 

 力強くで扉を開けようとしている間にアリスベルがゾンビの群れの前に立つ。環剱上にビー玉程の光の弾が沸々と生じていた。

 

荷電粒子散弾銃(カナビス)!」

 

 アリスベルはゾンビの群れへと狙いを定めていくつもの小さな荷電粒子砲を放った。それらは金色の尾を引きながらゾンビを次々に貫いていく。貫かれたゾンビは断末魔をあげて黒い霧となって消えていく。それを見ていたケイスケは目を点にしていた。魔剱には能力を無効化にする技があると聞いていたが実際に見てみると凄まじいものだと感じた。

 

「ここにたっくんがいたらすげえ興奮してただろうな…ってかその技すげえな」

「この時代なら通用しますが、元いた時代では子供騙しの技ですよ。それに、荷電粒子砲は式力の消費が大きいのであまり長くは撃てません」

 

 照れながら苦笑いしているアリスベルに謙虚だなとケイスケは感心する様に頷く。その間に鵺が聖堂の扉を蹴り開け中に入れるようになった。聖堂の外で再び沸きだすゾンビの中にマシンガンを撃ってくるゾンビも出現しだした。これ以上カズキとタクトをほっといて外で相手する必要はない、ケイスケ達は急ぎ聖堂の中へと入る。聖堂の中も案の定、ゾンビで沸いていた。ケイスケは嫌そうな顔をして舌打ちをする。

 

「やっぱそうだよな…はやくバカ二人を見つけないと」

「…?何か聞こえない?」

 

 何かを聞いたセーラは首を傾げて耳を澄ませる。ゾンビの呻き声の中に誰かの歌か、誰かが喚いている声が聞こえてきた。

 

「ぴ…ぴるぴるちゅーん‼ぴるぴるちゅーん‼」

「うおおおお‼骨骨ロックだー‼」

 

 喚いている声は間違いなくカズキとタクトの声だった。声のする方へ目を凝らして視ると、ゾンビと骸骨の群れの中、祭壇の上でカズキとタクトが群がってくるゾンビと骸骨を必死に蹴っていた。どうやら持っている銃は弾切れを起こしているようでカズキは振り回しながら喚いていた。

 

「ぴるぴるちゅーん!」

「ほーねほねロック‼ホーネホネロック‼」

 

「…カツェ、やるよ」

「ええー…なんかあのバカを助けるのやる気ねぇんだけど」

 

 セーラはため息をついて手をかざし、カツェは焼きる気がなさそうに液体の入った小瓶を取り出す。セーラの周りから風が、カツェの取り出した小瓶から液体が飛び出し周りに大きな水玉を幾つも浮かばせる。

 

竜巻地獄(ヘルウルウインド)…」

爆泡(バオパオ)の水弾だ‼ぶっ飛べ!」

 

 聖堂内に強烈な暴風が吹き荒れ、水弾が飛び出す。爆泡の弾に当たったゾンビは爆発して肉塊を飛び散らせていき、暴風に吹かれたゾンビは飛ばされてミンチよりひどい事になっていた。無論、骸骨は哀れ粉みじんになっていく。水弾と暴風から必死に逃れていたカズキとタクトはポカンとしていた。

 

「…たっくん、これで懲りた?」

「ひゅー‼セーラちゃん、助かったぜ‼」

 

 ニシシと笑うタクトは相変わらず反省していないようでセーラは肩を竦める。カツェは呆れながらカズキの方へ近づく。

 

「お前らホント馬鹿なのかっての…ってかぴるぴるちゅーんってなんだよ」

「俺の魂のお助けコールだ。俺の歌が響いたわけだな!」

 

 タクトと同じように反省の色を見せずドヤ顔するカズキに、んなわけあるかとカツェはため息をつく。どんな状況にもぶれないその精神力だけは見習っておくことにした。ドヤ顔し続けるカズキと反省の色を見せないタクトにケイスケはげんこつを入れる。

 

「このクズ共!だからあれ程突っ走るなって言ってるだろうが‼」

「そう怒るなってケイスケ。俺達はノンストップだろ?」

「時と場合を考えて」

「それでどうだった?俺とたっくんの魂のコール」

 

 カズキの意見はスルーして、ゾンビが最初に沸いた場所、聖堂の地下へと向かうことにした。地下への道はゾンビは一人もおらず、罠ではないかと逆に疑うぐらい静寂だった。静刃達は警戒していたのだが、あの騒がしい4名は全く気にしていないかのように先先と進んでいった。行きついた先、地下聖堂もゾンビも他の気配も全くなかった。タクトは祭壇の上にレッリクのパーツの一つが置かれていることに気付く。

 

「おっ、こんな所に置かれてるなんてラッキィ‼」

「おい、ちょ、待つじょ‼あからさまな罠だじょ‼」

 

 鵺がタクトを止めようとしたが時すでに遅し。タクトがレリックを取ろうとした瞬間に祭壇に魔法陣が展開される。その魔法陣からドイツ軍将校の軍服を着た、髭の付いたゾンビが現れ宙に浮かぶ。赤く光るオーラを纏っておりいかにも他のゾンビよりも違う雰囲気を醸し出していた。

 

「イヤイヤイヤ!?ゾンビが宙に浮かぶとか卑怯だろ!」

「おい。あのゾンビ、なんかヤバそうなんだけど…」

 

 カズキが憤り、カツェが嫌な予感を感じているとおり、そのゾンビは光る両手を下へ振り下ろすと、真下の地面から沢山のゾンビが召喚された。

 

「あのゾンビ、メッチャ召喚してきやがったぞ!?」

「すっげえ‼オカルト将軍だ‼」

 

 ケイスケが焦り、ナオトは目を見開いて驚き、タクトは目を輝かせていた。ワラワラと近づいてくるゾンビにカズキ達4人は入り口付近で立てこもるようにして、タクトとナオトが近づくゾンビを撃ち、カズキとケイスケがバールや日本刀で斬っていく。近くでゾンビを迎え撃っている静刃達は二度見してしまった。

 

「いや何そこでこもってんだ!?」

 

 思わずカツェはツッコむが4人はノリノリな様子でドヤ顔をしていた。

 

「これが即席版、刻命館スタイル‼」

「籠城して近づいてくる奴をねちねちと倒していくスタイルだぜ‼」

「一応、相手の分析しようとしてるだけなんだけど」

「おい‼メッチャ沸いて来てるぞ‼」

 

 こういったしょうもなさそうな事には連携しているなとカツェは肩を竦める。しかしオカルト将軍に召喚されたゾンビは数でどんどん押し寄せてくる。カツェは大元のオカルト将軍に向けてルガーP08で狙いを定めて撃った。しかしヘッドショットを決めたものの手応えはなく、それどころかオカルト将軍は再び大量のゾンビを召喚していく。手応えが無かった事に静刃とカツェは舌打ちをする。

 

「ちっ…頭を撃てばどうにかなるんじゃないのか!」

「あれは別の式術で守られているじょ。それを潰せばどうにかなる」

 

「所謂ゾンビバリヤーってヤツだな!」

 

 鵺の説明にタクトは目を輝かせる。間違ってはいないが、一先ずその術式を解くことに集中していく。オカルト将軍の周りに何個もの髑髏が不規則に飛び回っている。あの怪しい光を纏っている髑髏がオカルト将軍を守っているのだろう。

 

「よーし‼あの飛びまわる髑髏を壊せばいいんだな!」

「狙撃なら任せろー」

 

 カズキ達はゾンビから飛び回る髑髏へと狙いをかえて撃ちだす。髑髏の方に集中しているカズキ達に近づいてお襲い掛かろうとしているゾンビをカツェはルガーP08で、鵺は爪で切り裂いていく。

 

「あたしらがカバーしてやる。しっかり狙って撃てよ?」

「任せとけ!このスナイパー哲郎の腕に変えればポコミチミエル」

 

 最後に噛んでしまって締まりがない。それでもカズキは狙い定めてSR25で次々と髑髏を撃ち貫いて壊していく。残り一つを撃ち抜くとオカルト将軍の赤いオーラが消え、ゾンビが召喚されなくなった。タクトはドヤ顔でピースをする。

 

「どうだ!この漆黒の堕天使の撃ち捌き‼」

「たっくん、一個しか当たってなかったよ」

 

「アリスベル!一発撃ちかませ‼」

「いつでもいけますよ‼」

 

 静刃の掛け声に答えるように既に撃てるよう、環剱に光をため込んでいたアリスベルはオカルト将軍の頭を狙って荷電粒子砲を撃った。頭を貫かれたオカルト将軍は断末魔をあげて黒い霧なって消えていった。カズキ達は残りのゾンビを一掃して、地下聖堂に再び静寂が戻った。

 祭壇に近づいたタクトは背負っていたカバンからレリックを取り出し、置かれていたレリックのパーツの近くへ置いた。パーツはまるで磁石の様にレリックに引き寄せられくっついた。

 

「まるで強力磁石だね!家に一台欲しいぜ‼」

「いやいらねえよ」

 

 レリックのパーツの一つを取り戻せてノリノリのタクトにケイスケは疲れたようにバッサリと返す。

 

「…あと一つ」

「あれ?残りのパーツは何処にあるんだ?」

 

 残りのレリックのパーツはあと一つ。それを取り戻せばゾンビは浄化されるが、残りの一つはいったい何処にあるのか手がかりがなかった。そんな時、カズキ達が入って来た道から一羽の大きなカラスが飛んできた。そのカラスはカツェの肩に止まり一声鳴く。

 

「エドガー!お前ここまで来たのか‼」

 

 カツェは嬉しそうにカラスのエドガーを撫でる。撫でていると、エドガーの足に小さな紙の筒が付いていることに気付いたカツェはその紙を取り広げる。カズキは覗き込むが何が書かれているのか読めなかったので分からなかった。それと同時にナオトが持っていた無線からジョージ神父の声が聞こえてきた。

 

『やあナオト。聞こえているかい?』

「神父…地下でレリックの一個を取り戻した。残りの一個を探してるところ」

「つうか、一体どこで何してんだよクソ神父‼」

 

 ナオトが冷静に報告してケイスケが嫌そうな顔をして怒っているとジョージ神父は気にしてもいないようににこやかな笑い声が響く。

 

『あはは、それは申し訳ない。今、僕たちはドイツ政府の軍部と話をしててね。ちょっと伝えに来たんだ』

「伝えに…?貘もそこにいるんだよな?」

 

 静刃は神父はなぜドイツ政府の軍部と話をしていたのか、考えが読めなかった。

 

『地上のゾンビは未だに沸いてベルリンへと近づいてきている。少しの間、()()()にゾンビを足止めしてもらっているが…そこから3時間後、協力者が撤退した後にドイツ軍が爆撃をすることになったんだ』

 

「「「はああっ!?」」」

 

 突然の報告にケイスケと静刃、鵺が驚愕した。というよりもなんてことを伝えに来たんだと驚きが隠せなかった。そんな事に動じてないナオトとタクトは呑気にしていた。

 

「ナオト、まるでダイ・ハードだな!」

「どちらかというとターミネーター?」

 

「ったく…神父はふてえ野郎だぜ」

 

 手紙を読み終えたカツェは苦笑いしていた。一体何が書かれていたのか、カズキは終始首を傾げていたのでカツェは伝えることにした。

 

「そこのジョージ神父、あたしらの宿営地に再び乗り出して、イヴィリタ長官にゾンビの事を話したようだ。軍部はこの一件に目をつぶる代わりに、魔女連隊にゾンビの駆逐を任せるってさ。眷属をパチらせるとか神父、お前何者だよ?」

 

『私はただの物好きな神父さ。ゾンビがベルリンに向かっているということはそこから何処かに残りのレリックがあるはずだ。武運を祈るよ』

 

 ジョージ神父はそのまま通信を切る。しばらく静寂が漂っていたが、ケイスケが鬼の形相で怒りだした。

 

「あのクソ神父ぅぅぅぅっ‼俺達をぶち殺す気かクソ野郎‼」

 

 怒れるケイスケをナオトは必死に宥めようとした。3時間後に爆撃と聞かされ静刃とアリスベルは焦りだす。残りのレリックを探すとしても時間が無さすぎる。

 

「カズキ‼なんか盛り上がってきたな!ワクワクすっぞ」

「うーん、何かよくわからんけどそんな気がしてきたぜ‼」

 

 そこで盛り上がっている場合じゃないとセーラは肩を竦める。一方でカツェは壁の方を探っていた。カズキは気になり尋ねた。

 

「何やってんだ?もしかして隠し通路さがしってか!」

「察しがいいな。ここがナチスの隠れ家ならどっかに通路があるはずだ。チェコとの国境付近だし、過去の大戦ならベルリンへとつながる隠し地下通路なんて山ほどあったって聞く」

 

 それを聞いたカズキはワクワクした気分で壁を探るのを手伝いだす。そこに積極的なカズキにカツェは苦笑いして話を続ける。

 

「それに地上であれだけ進んでもレリックが見つからず、今もゾンビの群れがベルリンへと進んでんなら…後は地下道しかないだろ」

「なるほど!地下で近道ってかー‼」

 

 ドヤ顔して言うカズキの寒いギャグは無視してカツェは探ぐりだす。カズキはションボリして探しているとどかでカチリとスイッチを押したような音がした。するとカズキの前にあった壁が地鳴りしながら横へとスライドしていき大きな通路が開いた。

 

「すっげえ‼カズキ、やるじゃん!」

「うおっ!?マジであったよ‼」

 

 通路の先からかすかに呻き声が響き渡る。この先にゾンビがいて、残りのレリックのパーツがあるに違いない。迫る時間を気にしつつも急がなければならない。

 

「あのクソ神父…無事に戻ってきたら絶対にぶん殴ってやる‼」

「ケイスケ、かなりお冠だ…」

「よっしゃ、第二ラウンド始めっか」

 

 憤慨しているケイスケをナオトは落ち着かせ、カズキはやる気満々で張り切りだす。状況に流されず、マイペースな連中に静刃達は苦笑いする。

 

「こいつらホントぶれねえな」

「…兎に角、進むしかない。たっくん、ここは慎重に(ry」

 

 この先は何があるか分からない。慎重に進もうとセーラはタクトに言い聞かせようとしたが、タクトは既に単身で突き進んでいた。

 

「いくぜ‼俺のソウルがここを進めと轟き叫ぶー‼」





 自爆特攻の神風ゾンビ、マシンガンを撃ちまくるエリートゾンビ、狙撃してくるスナイパーゾンビ、そしてゾンビを召喚してくるオカルト将軍…ゲームでは戦闘すればいいだけですがこう書こうとすると表現といい、戦闘描写も難しいですね(白目


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56話

 ドイツゾンビ編ももうすぐ佳境に‥‥なるかなぁ(オイ

 もう魔法もあったりでハチャメチャだけど…ゾンビでハチャメチャだからいいよね!


 ゾンビ達の呻き声が響く地下道を勢いに任せて駆けていく人影が三つ。地面に赤く光る魔法陣から這い出てきたゾンビをタクトが驚きながらもレミントン870Pを撃ちだす。

 

「うおっ!?マーシーis a pen!」

「マーシーイズアペン‼」

 

 咄嗟に出てきたタクトの言葉に続いてカズキもSR25でゾンビ達をヘッドショットしていく。

 

「マーシー is a penだ‼」

 

 カズキとタクトに続いてケイスケまでもが刃物を持って襲い掛かってきたゾンビを焦りながらMP5で撃ち倒していく。そして3人は「マーシーイズアペン‼」と連呼しながら前進していく。なぜマーシーなのか、静刃達は聞かない事にした。

 

「‥‥」

 

 その騒ぐ3人の後ろから撃ち漏らしを仕留めていくナオトは全くぶれずに黙々とついて来ていた。悪乗りしているカズキはナオトが乗っていないことにしわを寄せる。

 

「おおい‼ナオト、お前も乗れや!」

「そうだぞー‼乗らないお前はかくも神々しいぞ!」

 

 それならいいじゃないかとナオトは軽く返してカズキとケイスケにマガジンを、タクトに薬莢を投げ渡して先に進んでいく。遠方からM24型柄付手榴弾を掲げてこちらに向かって走ってくるゾンビにはセーラが弓を射って対処していく。セーラは矢筒に入っている弓矢の残りの本数を確認する。まだまだ進むのならば弓矢が先に尽きてしまう。

 

「カツェ、この先はどうなっているかわかる?」

「過去の資料によりゃ隠しの出入口の通路が小枝状に広がってる。でもどれも真っ直ぐ進めばベルリンに着くぜ」

 

「よっしゃ、全ての道はベルリンに続くっ‼」

 

 カズキはそう言ってノリでスピードをあげていく。正しくは全ての道はローマに通ずだがあながち間違ってはいない。前線を騒がしい4人組と鵺に任せ、静刃達が後方から続いて行くように突き進んでいく。

 

「はやく片付けてここから抜けないとな…」

 

 静刃は時間を気にしつつ走っていた。地上では魔女連隊がゾンビの掃討をやらされ、その3時間後、魔女連隊が撤退した後に爆撃をしてくるのだ。地上は愚か、この地下にまでも影響は及ぶだろう。この地下を突き進み、残りのレリックのパーツが見つかることを願った。

 

「アリスベル、大丈夫か?」

「ええ…でも、こんなに走るのは久しぶりです」

 

 静刃はアリスベルを気にかけていた。自分は黒套で身体強化はされているがアリスベルは荷電粒子砲といった相手の能力を無効化にする術式を持っているが、体力は比べて低い。彼女は心配いらないといっているが長時間駆け続け少し疲労気味だった。体力が下がっていると荷電粒子砲はうまく発動できない。

 

「こらー‼そこでいちゃつくなー‼」

「やっぱあいつらリア充だったのか‼爆発しろー‼」

 

 静刃とアリスベルの様子を見ていたカズキとタクトがプンスカしながら文句を垂らしていた。そんなこと言っている場合ではないと二人は少し焦りながら宥める。

 

「むぅ…二人が気にかけてるとおり、能力者はスタミナ切れを起こすと能力の調整もできないじょ」

「鵺の言う通り…それに矢も少なくなってきてる」

 

 鵺やセーラも言うように、辿り着く前にこちらがスタミナ切れを起こしてしまう。しかし時間も迫っているので急がねばならない。

 

「スタミナ…すたみな太郎は美味しいよね!」

「たっくん、今その話じゃない」

 

 ポンと手を叩いて自分で納得しているタクトにナオトは冷静にツッコミを入れる。ケイスケは何かいい方法がないか考えていたが思いつかなかった。

 

「こう一気に突き進めることができればな…」

「ん?一気にドーン…そうだいいこと思いついたぜ‼」

 

 一方でカズキが何か閃いたようで、目を輝かせながらカツェの方に視線を向ける。突然の期待の眼差しを受けてカツェは少し身構える。

 

「カツェの能力は水を操るんだよな?」

「あ、ああ…確かに『厄水行』っていう魔術で水を操るけども…」

 

 なぜこうも興味津々に迫って来るのか、ずいずいと迫るカズキにカツェは焦りだす。そしてカズキはポンとカツェの肩を叩く。

 

「じゃあ、波乗りもできるよな!」

「‥‥は?」

 

__

 

 地下道の広間、レリックのパーツを持っているブラックウッド卿は自分を中心にゆっくりと進んでいくゾンビを興味もなく見据えていた。このまま進めばゾンビの群れはベルリンへと辿り着き、ベルリンの町は霧に包まれていきドイツ全体、ヨーロッパ全域に広がりゾンビに埋め尽くされるだろう。

 レリックの一件は計画のほんの一かけらのようなものだがこう広がっていくのなら構わない。ブラックウッドは軽く鼻で笑った。

 

 その時、遠くから喧しい叫び声が響いてきた。後ろの通路から響いてきており、その声は次第に大きくなってきた。

 

「イヤッフゥゥゥゥゥッ‼」

「イエエエエエエエイ‼」

 

 大きな水の塊の上にカズキ達は板を乗せてウォータースライダーの如く勢いよく流れ込んできた。カズキ達はノリと勢いで、静刃達は冷静に乗り込んできた。水流を操っていたカツェはやや疲れ気味にカズキ達に文句を言いだす。

 

「あたしを足に使うとか…高くつくからな!」

 

「いやー楽しかったな、ウォータースライダー!」

「よし、もう一回やろうぜ!」

「やめて差し上げろ」

「…主犯がいるぞ」

 

 カツェの文句に4人は全く反省していないようで、残りのレリックのパーツを持っているブラックウッドの存在に気付く。

 

「いたぞ‼あいつがブラックビスケッツだ‼」

「たっくん、違うぞ。トップハムハット卿だぜ」

「…ヘンリーウッド?」

「お前等ちゃんと覚えろや。カツェ、あいつがこのゾンビを操ってる主犯のブラックウッド卿だ」

 

 ケイスケが3人の間違いをズバリと指摘する。無関心に見つめてくるブラックウッドにカツェは敵意を込めて睨み付けた。

 

「お前か…先人達の眠りを無理やり妨げて操っているファッキンでこすけ野郎は‼」

 

「ふ…魔女連隊か。まさかここまで押しかけてくるとは、なかなか面白いではないか」

 

 ブラックウッドはカツェの殺気をまるで気にしていないかのように軽く拍手をする。

 

「とりあえず私の下まで来た勇気は褒めてあげよう。だが、これ以上私の邪魔をしないで欲しい」

 

「そうは豚屋が大根おろしだぜ‼」

「『問屋が卸さない』な。そのレリックのパーツを返せ。俺はさっさと神父を殴りに行きたいんだ」

 

 カズキの言葉を訂正してケイスケはブラックウッドを睨み付ける。ブラックウッドはピクリと眉を動かし、眉をひそめてカズキ達を見る。

 

「ホームズが来るかと少しは期待していたのだが…よもや訳の分からん連中に足止めされるのは少し癪だ」

 

「へへーんだ‼ホームズに何回も捕まってるから相手にされてないんじゃないのー?」

 

 少しイラついていたブラックウッドにタクトは変顔をしながら挑発した。するとブラックウッドの額に青筋が浮かぶ。ブラックウッドは声を低めてレリックのパーツを掲げる。

 

「‥‥いいだろう。そこまで言うなら、遊んでやる」

 

 その合図とともにベルリンへと進んでいたゾンビの群れが急に回れ右をして一斉にカズキ達に向かって進んできた。カズキ達は銃を構えて一斉に撃ちだす。近づいてくるゾンビを掃討している間にケイスケは後ろにいる静刃達に大声でかける。

 

「あのM字頭を逃がすな‼」

 

「一発目、撃つじょ‼」

 

 ケイスケの合図に答えるように鵺が右目から緋箍來を放つ。緋色のレーザービームがゾンビを貫きブラックウッドめがけて飛んでいく。しかし途中で見えない壁にぶつかったかのようにブラックウッドの目の前で爆発を起こした。爆風で巻き上がる土煙から静刃が飛び出す様に駆け、ブラックウッドの顔めがけて蹴りを入れた。それもブラックウッドの前で止められてしまった。

 

「ちっ…防壁の術式か!」

「人間の癖に小賢しいことをしてくれるじょ」

 

 静刃が舌打ちをし鵺は嫌そうに睨み付ける。ブラックウッドは不敵に笑い、左手の指をパチンと鳴らす。彼の周りに幾つもの光の弾が出現し静刃達に向かって飛び出す。

 

荷電粒子散弾銃(カナビス)を撃ちます‼下がって‼」

 

 アリスベルの声に答えるように静刃と鵺は下がり、アリスベルは荷電粒子散弾銃を放った。アリスベルが放った幾つもの光弾は飛んできた光の弾と相殺していく。残りの光弾はゾンビに当たり、黒い霧へと消えていくがブラックウッドには当たらなかった。アリスベルはブラックウッドが放った光の弾を見て目を丸くする。

 

「同じ系統の術式…!?まだこの時代にはできていないはず…‼」

 

 自分達のいた2013年と比べて今現在の2009年の魔術ではアリスベルと同系統の術式はできていない。それをブラックウッドはいとも簡単に発動させた。ブラックウッドは右手にもっているレリックを掲げゾンビを盾にし、再び左手の指を鳴らす。今度は炎の弾と土の塊が幾つもの現れカズキ達目がけて飛ン行く。

 

「これやべえぞ!?」

「お前、言うなれば古に伝わりしワル落ちしたガンダルフM字ハゲエディションポッター祭でしょ!?」

「指輪物語なのかハリーポッターなのかはっきりしろや!」

「黒魔法ヤバイ」

 

 こちらに飛んできた炎の弾をカズキ達は焦りながら当たらないように駆けていく。炎の弾がカズキに向かって飛んできたがカツェが水の壁を張り、防ぐことができた。

 

「あのM字ハゲ…シャーロックみたいに複数の能力を使えるのかよ…‼」

 

 カツェは苦虫を噛み潰したような顔をしてブラックウッドを睨み付ける。ブラックウッドは光や炎や土の他に、静刃達に向けて水や風の魔術を使っており、複数の魔術を駆使していた。近づこうにもゾンビに阻まれ近づくことができない。

 

「こうなったら…みんな‼フォーメーション、地を這う芋虫作戦を行うぞ!」

「いや初耳なんだけど?」

「芋虫って常に地を這ってるよ」

「カワバンガ‼」

 

 カズキの合図に3人はバラバラに答えた。一応事前に話しておけとカツェとセーラは肩を竦める。カズキの言う作戦について時折噛んだり、途中意味が分からなかったりしたが言いたいことはなんとなく理解できた。空気を読んで時間を稼いでくれた静刃が横目でカズキに伺う。

 

「おい‼作戦会議は終わったんだろうな?」

「まっちりだぜ‼」

 

 そこで噛むなと心の中でツッコミを入れる。噛んだことに気付いておらずドヤ顔をしているカズキを見てうまくいくのかどうか少し不安になってきた。その間にもゾンビの群れが襲い掛からんと近づいてきている。

 

「よっしゃ。セーラ、一掃したって‼」

「…作戦通り、動いてよ?」

 

 セーラは少し心配な様子ながらも手をかざし、暴風を巻き起こす。次々にゾンビを吹き飛ばしていくがブラックウッドまでには届かず目の前で防がれてしまった。ブラックウッドは無表情なまま鼻で笑う。

 

「一体何の子供騙しか(ry」

 

 あざ笑おうとしたが視線の先にはパンツァーファウストを構えていたケイスケが見えた。盾にしていたゾンビ達が薙ぎ払われ、こちらが丸見えになっていることに気付く。

 

「持ってきてよかったパンツァーフォー‼」

 

 それファウスト、とセーラが言い切る前にケイスケはパンツァーファウストを撃った。弾頭は勢いよく放たれ、ブラックウッドめがけて飛んでいく。虚を突かれたブラックウッドは咄嗟に黒いマントで防ぎ、爆発と黒煙を巻き上がらせる。それでもダメージが無かったようで、ブラックウッドは大きく後ろへ下がる。

 

「この…舐めたマネを…‼」

 

「うおおおおおっ‼」

「…」

 

 悪態をついている間にタクトが叫びながら、ナオトは無言で真正面から突っ走ってきた。ゾンビを召喚させる隙を与えないためなのか、それでも隙だらけのタクトに向けてブラックウッドは炎の槍を発現させて投げつけた。

 

「ナオトー‼おねがーい‼」

「一か八かだぞ‼」

 

 焦るタクトにナオトは仕方なしに答え、タクトの前に立つと背負っていたフライパンを持ち、飛んでくる炎の槍に向けてフルスイングをした。フライパンは炎の槍を受け止め、打ち消していき赤熱する。フライパンでふさがれたことにブラックウッドは目を丸くする。

 

「ダークゴッドレッドマウンテンブラストォォォッ‼」

 

 タクトは叫びながら火炎瓶を投げ込んだ。弧を描いた火炎瓶はブラックウッドまで届かず手前に落ちて燃え上がる。どうやら失敗したようだ、とブラックウッドは鼻で笑おうとした。すると炎を掻い潜ってカズキが飛び出して来た。

 

「うらあああっ‼」

 

 意表をつかせようとしたのか、それとも勢いだけで突っ込んできたのかカズキは叫びながらSR25を構えて引き金を引こうとした。しかし、それよりも早くブラックウッドの指から放たれた一本の光の槍がカズキの体を貫く。

 

「「…‼」」

 

 それを見たタクトとナオトが目を見開くが、ブラックウッドはどんどん光の槍を発現させカズキの体を貫かせていく。

 

「…君達のヒーローごっこには付き合っていられないのだよ。私をイラつかせないでくれたまえ」

 

 ブラックウッドは冷たい視線のまま、光の槍を発現させカズキの脳天を貫いた。その時、カズキの体がぐにゃりと歪みだし、ドロドロのゲル状の塊と変貌した。

 

「バーカ。そいつは水人形(ダミー)だ」

 

 後方から声が聞こえ、振り向くとゾンビの群れの中に紛れていたカツェが中指を立ててニッと笑っていた。

 

「しかもそいつは爆泡(バオパオ)入りだぜ‼」

「なっ…」

 

 しまったと言うよりも早く、水人形は爆発を起こす。閃光と衝撃に怯み隙ができた。そしてゾンビの群れを搔き分ける様に本物のカズキと静刃が勢いよく飛び出して来た。

 

「うおおおおっ‼ダイナミックアターック‼」

「しまりがねえなおい!?」

 

 適当に名付けたカズキのタックルとツッコミを入れつつ静刃の蹴りがブラックウッドの体に直撃した。倒れたブラックウッドの手からレリックが離れ宙を舞う。静刃はそれをキャッチした。

 

「よし…‼」

「てめえは動くんじゃねえぞ?」

 

 カツェは倒れているブラックウッドの頭にルガーP08の銃口をごりごりと当てる。カズキはブイサインを出してドヤ顔をした。

 

「どうだ!俺達の力をあなばるな!」

 

「だからそこで噛むなっての」

「おいー‼カズキがやられちまったって焦ったぞ‼」

「それをやるなら先に言って」

 

 折角決まったのに3人はカズキに起こりながら文句を言いだす。これでレリックをすべて取り戻すことができた。後は修復しゾンビを鎮静化させ、爆撃を行われる前にここから急いで脱出するだけ。すると、銃口を当てられているブラックウッドは低く笑った。

 

「このっ…何がおかしい‼」

 

 カツェは睨み付けて怒りを込めて強く銃口を当てる。それでもブラックウッドは不敵に笑っていた。

 

「少し見縊っていたよ…いやはや油断をした。シャーロックや『ヒヒイロカネ』を持つ者が脅威かと思っていたが、君達の方が脅威だったようだ」

 

 負け惜しみを言うのかとカツェは殺意を込めて睨みつけた。ブラックウッドは低く笑いながら地面に手を置くと、黄色い魔法陣が発現し地震が起きたかのように揺れ出した。

 

「こいつ…まだこれだけの式力を隠していやがったか‼」

「早くそいつを仕留めるじょ‼」

 

 鵺は咄嗟にカツェに指示を出したがすでに遅く、ブラックウッドの体は霧状になって消えていこうとしていた。

 

「君達にこれだけは言っておこう…『色金』を集めようが、眷属と師団が結束して戦おうが、『十四の銀河』がある限り我々が敗れることはない…いずれまた会おう」

 

 ブラックウッドはそう言い終えると黒い霧となって消えていった。仕留め損ねたとカツェは舌打ちをするが、ここにいる以上危険である。崩落する前にここから抜けなければならない。

 

「レリックは奪い返せた!ここから出るぞ‼」

 

 ケイスケの合図に皆一斉に来た道を走りだす。地下道は揺れ続けている。後ろを振り向けば落盤を起こし瓦礫が落ちながら崩れていく。更には道中にゾンビが襲い掛かってくる。

 

「ちょ、レリックが揃えばゾンビは消えるんじゃなかったのかよ!?」

「クソが邪魔だ!」

 

 やはりここでも先頭を駆けていくカズキ達は未だに襲い掛かってくるゾンビの猛攻を避けながら道中見つけた別の出口へと突き進んでいた。焦っているタクトとケイスケにナオトは冷静に伝える。

 

「というか完全に直してないでしょ」

「おっ?ナオトのれいせきな分析(ry」

 

「つべこべ言わず走れ!」

 

 静刃が一喝してカズキ達を急がせる。出口の通路まであと僅か。もうすぐで見えてきた矢先、カツェは躓いていしまった。足元を見れば地面を這うゾンビが足を掴んでいた。崩れかける最中にゾンビの群れが襲い掛かろうとしていた。

 

「ウラー‼今助けっぞー‼」

 

 カズキがSR25でカツェの足を掴んでいたゾンビにヘッドショットを決め、駆けつけて来た。今にも崩れて落ちてきそうなところに来たカズキにカツェは睨む。

 

「馬鹿‼先に行け‼あたしに構うな!」

 

 このままだとカズキまでも巻き込まれてしまい兼ねない。それにカツェはいつでも死を覚悟して戦ってきた。魔女連隊に入っている以上、いつ自分が死ぬかわからない。こうして魔女連隊の為ならば構わなかった。しかしそんなカツェにカズキは手を差し伸べる。

 

「ダメだぞ‼皆で…脱出するんだ‼」

「‼」

 

 カズキに言葉にカツェは目を見張った。カズキはカツェの手を取りおんぶをして駆け出す。後ろから襲ってくるゾンビの群れをケイスケ達が狙い撃つ。

 

「早くしろバカ!」

「カズキー‼走れー‼」

 

「ふぬおおおおおおっ‼」

 

 カズキは全力疾走で走りなんとか追いついた。後ろから瓦礫が崩れ落ちて道が塞がっていく。あと数秒遅れていたら瓦礫の山に埋もれていただろう。階段を駆け抜け、一斉に外へと飛び出した。

 

「「「「出れたああああっ‼」」」」

 

 カズキ達は嬉しそうに叫ぶ。喜ぶ4人を他所にアリスベル達は肩で息をするぐらいに疲れだす。静刃はタクトにレリックのパーツを投げ渡す。

 

「さっさと終わらせろ」

 

「よーし‼復活!」

 

 タクトは鞄からレリックを取り出しレリックのパーツを繋ぎ合わせ高く掲げた。修復したレリックは白く輝きだした。すると遠くからポツポツと白く光る玉が上がっているのが見えた。白い玉は空へと昇るかと思いきや勢いよくタクトが掲げたレリックへと一斉に戻ってきた。

 

「すげえ…まるで蛍みてえだ」

「遠くでゾンビが浄化して消えていくのが見える…」

 

 ケイスケが目の前の光景に息を飲んでいる間にセーラとナオトが単眼鏡で遠くの様子を見ていた。所謂成仏のようなものだろうと静刃と鵺は判断した。すべてのゾンビが浄化し、白い玉となった魂が全てレリックの中へと戻っていくと、役目が終わったかのように輝きは次第に消えていき元のオブジェへとなった。

 

「完全☆成仏‼」

「もうゾンビゲーしなくても満足するほどゾンビと戦ったな‼」

 

 タクトがドヤ顔でポーズを決め、カズキはこれで終わったとにこやかに笑う。カズキの言葉にアリスベルと静刃は納得して頷く。

 

「もうゾンビは懲り懲りです」

「二度とゾンビを相手するのは御免だ」

 

 カツェは時間を確認した。爆撃をされる30分前に片付くことができた。遠方では魔女連隊が引き上げていくのが見える。やっと終わったとほっと一息いれ安心するや否や、自分はカズキにおぶされているのに気づく。

 

「お、おい‼もう歩ける!さっさと下ろせ‼」

 

 セーラは心なしかカツェが顔を赤くして焦っているようにみえた。




 
 本編のゾンビアーミートリロジーはまだまだ続いているようですが、こちらはここで〆ておきます。まさかあっちでヒ〇ラーのゾンビが出てるなんて…

ドイツ編、もうちょっとだけつづくんじゃ


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57話

 ちょっとしたプロローグみたいなものです…はい…

 少しお砂糖成分もあるです…


「昨日までゾンビと戦ってたのがウソみてえなくらい静かだな」

「…ドイツに何日かいたのにゾンビしか印象に残ってない」

 

 ゾンビとの戦いが終わり、ドイツ旅行最終日の夜。フランクフルト市内にあるホテルのレストランでカズキ達は談笑していた。カズキ達は笑いながら話していたが、ケイスケだけ納得いかないようでムスッとしていた。そんなケイスケにタクトはニヤニヤしながら宥める。

 

「ケイスケ、すっごく不満そうだなー」

「いや不満でいっぱいだっつーの」

 

 ケイスケは不満イッパイな顔をしてぶっきらぼうに答えた。あの後、ジョージ神父がヘリで迎えに来て、にこやかに「ご苦労様」と言ってきたことに対しケイスケは殴りかかろとしていたがリサが嬉し泣きしながら迎えて来てくれたのでうやむやに終わったのだった。

 そしてイヴィリタ長官率いる魔女連隊とパトラを含めたイ・ウー主戦派の連中が合流し、カツェとセーラ、静刃は達とはその場で別れたのだった。

 これだけ大きな騒ぎだったのに翌日の新聞には全く載っておらず、()()()()()()()()()()()()()()()ぐらいしか書かれていなかった。ドイツ政府もこの件は目をつぶるといっていたし自分達の戦いは秘密裏に隠したのだろう。公に出しても眉唾物だと見られるだろう。ケイスケはそこは気にしていなかったが、不満である理由を愚痴る。

 

「結局はあの神父に振り回されただけだろ?」

 

 あの神父に任せておけば片付く事だったはず。冬休み期間を利用した修学旅行Ⅱはゾンビ退治に全振りされて費やされたということだった。しかしカズキ達はそんなことは全く気にしていないようで逆に満足しているようだった。

 

「まぁそうカッカするなってケイスケ。ゾンビ退治なんてめったに経験しない事だったし、終わり良ければ総て良しだぜ?」

「カズキ様のおっしゃる通りです。皆様がこうご無事にいることでリサは嬉しいのですから」

 

「はぁ…まあそういう事にしておくか。神父にはたっぷりと報酬を請求してやる」

 

 ケイスケは軽くため息をついて苦笑いをし、食事を続けた。この後タクトが調子に乗ってソーセージを食べすぎて胃もたれを起こした。

 

__

 

「そんじゃ明日なー」

「…たっくん、明日まで胃もたれ治しとけよ?」

 

「あ゛ー…俺は無敵だぁ…」

「ったく、無茶しやがって」

 

 タクトはリサとケイスケに担がれ部屋へと入っていった。最終日に泊まるホテルはそれぞれの個室で寝ることになっていた。カズキはナオトと別れて部屋へと入り、すぐさまベッドの上で大の字になる。これまでドタバタしていたり走り続けていたりしたので疲労感で一杯だった。

 

「うへぁー…ずっと叫んで走りまくってたもんなー。疲労感がマジパネェ」

 

 大の字で寝ていると眠気が一気に押し寄せてきた。今日は早めに寝ようと決めた時、ドアのノックの音が聞こえた。ナオトかケイスケかが来たのだろうか、カズキは眠たそうにしながらも起き上がりドアのロックを外して開けた。ドアを開けると、そこにはナオトでもケイスケでもなく、魔女連隊の連隊長であるカツェがいた。ハーケンクロイツのマークがついた眼帯ではなくお花のマークに変わっており、ハーケンクロイツの腕章も外していた。

 

「およ?カツェじゃん、どしたの?」

「…よっ。ちょ、ちょっと話をしてもいいか?」

 

 カツェは少しぎこちなさそうにしながらも微笑んだ。丁度時間もあるし構わないとカズキは頷いてカツェを部屋にいれた。カズキはそのままベッドに座るが、カツェもその隣に座った。何やらもじもじしているようでカズキは首をかしげる。

 

「…えっと、そうだ。まずはイヴィリタ長官から言伝だ。『お前達には大きな借りができた。いつかこの借りは返す』ってさ。正直今回のゾンビ騒動はお前達がいなかったら眷属もろとも大きな被害になっていたかもしれなかった。眷属の代表として感謝するぜ」

 

「いやはは…なんか照れますなー!」

 

 カズキは照れ笑いしながら頭を掻く。そんなカズキにカツェは苦笑いしつつ、少し真剣な眼差しで見つめた。

 

「なあ、あの時…どうしてあたしを助けようとしたんだ?」

「どのとき?」

 

 素で首を傾げて即答したカズキにカツェはずっこけそうになった。

 

「あの時だっての!ゾンビに足を掴まれて、死を覚悟したあたしを助けた時だ!あたしは魔女連隊で、テロリストだぞ。いつお前の寝首を掻くかわからないんだぞ?」

 

「あー…あの時ねー」

 

 カズキは納得して、眉間にしわを寄せて腕を組み、唸りながらしばらく深く考えていた。深く考えていたようだがケロッとした顔をしてニッと笑って答えた。

 

「助けたいって思ったからかなー。それに俺達ソウルメイトには敵味方関係ねえぜ」

 

 単純な答えを述べてニシシと笑っているカズキにカツェはポカンとしていたがふっと笑って頷いた。

 

「ほんと…お前らしい答えだな…」

 

 その後何故か顔を赤らめてもじもじとしているカツェにカズキは首を傾げた。そしてカツェは腹を括ったような顔をしてカズキを見つめた。

 

「き、決めたぞ…‼か、カズキ、お前少し目をつぶれ!」

 

 突然のことでカズキはハテナと不思議な顔をする。

 

「え?なぜ?」

「い、いいから‼つべこべ言わず早くしろ!」

 

 カツェは顔を赤くしてプンスカと怒り出す。仕方ないとカズキは目をつぶった。サングラス越しなのでカツェには分からなかったようでぐぬぬと唸っていた。

 

「ちゃ、ちゃんと目をつぶったんだろうな?」

「ほいほーい、ちゃんと閉じてますよー。それで一体何を…」

 

 何をするのかと聞こうとした時、頬に柔らかな感触が当たった。何事かとカズキは目を開けると顔を赤くしたカツェが頬に口づけをしていたのが見えた。カツェの顔がカズキの頬から離れるとカツェはより顔を赤くして見つめる。

 

「こ、これは盟約の契りだからな!あたしは…お、お前を使い魔にする‼」

「」

 

 カツェは制服の胸元を全開にしカズキに抱き着こうとした。

 

「す、すぐに終わる話だからな…‼それに…」

「」

 

 カツェは少し寂しそうにしながらも、少し嬉しそうな声をかけた。

 

「それに…家訓にもあるんだ。命を助けてくれた相手と、む、結ばれろって…だからお前を…」

「」

 

 覚悟を決めて顔を近づけようとした時、やっとカズキの異変に気付いた。カズキは終始無言でしかも無表情になって固まっていたのだった。

 

「」

「…か、カズキ?」

 

 何も言わないカズキにカツェは焦りながらも身体をつつく。するとカズキは大木の様に後ろへと倒れた。まるで冷凍マグロのようにカチカチで微動だにしなかった。その様子にカツェはぎょっとして驚いた。

 

「き、気絶してる…!?お前どんだけうぶなんだよ!?」

 

 気絶してしまったカズキにカツェは呆れてため息をついた。制服のボタンを閉じ、苦笑いして立ち上がる。

 

「まったく、お前っていう奴は…ま、いっか。本命はまたいつか、な…」

 

 カツェはニッと笑って部屋を出て行った。

 

___

 

「なあケイスケ、昨日の事全く覚えてないんだけど?」

「それはカズキだからな」

「空っぽだもんな」

「あーたま空っぽの方が夢つめこめるー♪」

 

 フランクフルト空港にてカズキ達は他愛ない会話をしていた。カズキは昨晩、カツェが部屋に入って来て仲良く話しをしたその後の事が全く思い出せなかった。なんか軽く馬鹿にされているようだとカズキは少しムッとするがまあいいやと開き直った。

 

「やあお待たせ」

 

 カズキ達の下に大きなキャリーバッグを引いたジョージ神父が同じくキャリーバッグを引いているセーラとその後ろからついて来ている静刃達とともにやって来た。タクトは大喜びで手を振って尋ねた。

 

「神父もセーラちゃんも同じ便で帰るんですね!」

 

「ようやくドイツ教会に報告し終えたからね。用事も済んだし帰るところさ」

「私は神父に雇われている身だけども、眷属からお前達の目付け役としてついてくるだけだ」

 

「とか言って、俺達と鍋したいんだろー?」

 

 カズキとタクトはニヤニヤとセーラを小突くが「なぜに鍋?」とムスッとした顔をしてプイっとそっぽを向く。

 

「リサのブロッコリーを使った料理を食べたいんじゃ…」

「‥‥ち、違う」

 

 セーラはナオトの問いに間を開けて答えた。ごくりと生唾を飲んでいたので間違いないだろう。

 

「おい、図星じゃねえか」

「うふふ。セーラ様、日本に戻ったらうんと用意しますね!」

「こ、こら。お前も悪乗りするな」

 

 あたふたとするセーラにジョージ神父までもがにこやかに笑う。そんなジョージ神父に貘がちらりと横目で見つめて尋ねた。

 

「神父よ、取引の件は忘れていないな?他の者までも巻き込んでまでやったのだから、今度はお前が答える番だ」

「安心したまえ。雲外鏡は必ず渡そう。引き渡しは来月でも構わないかい?」

 

「すぐに欲しいのですが…眷属の方はまだ立て直していないようで私達も手伝わなければなりませんし、いいですよね?」

 

 アリスベルは静刃と貘の方に目を合わせて伺う。魔女連隊がゾンビを相手している間に各地で師団の襲撃があったという。その小競り合いを終わらせるため、自分達もあちこちで動かかなければならないようだ。静刃は首を縦に振って頷く。

 

「帰れるならそれでも構わない…やっとこいつらとおさらばできるぜ。次ぎ出会う時は敵かもしれないな」

 

「ええっ!?ウソだと言ってよバーニィ‼」

「静刃、そんなこと言うなよ‼俺達ソウルメイトじゃないか!」

 

 驚いて静刃に言い寄るタクトとカズキに静刃は項垂れる。この先もこの喧しい連中と仲良くなってしまうのかもしれない。正直胃が痛くなるので願わくばあんまり関わりたくない、それが静刃の切実な願いだった。そんな崩れゆく静刃の願いをよそに鵺はニッと歯を見せて笑う。

 

「にっししし…お前達とドンパチやった方が楽しかったじょ。また仲良く暴れような!」

 

 そう話しているうちに帰りの便の時間が近づいてきた。カズキ達は武装職従事者専用の出国ゲートに向かい、タクトは静刃達に向けて笑って手を振った。

 

「それじゃみんな、ばぁぁぁい‼」

 

 

「本当に賑やかすぎる人達ですね…」

「ああ、正直あんまり相手にしたくねえ…」

 

 アリスベルと静刃はそんな喧しい連中に向けて笑って見送った。

 

__

 

「カツェ、今回は本当にご苦労だったわね」

 

 宿営地であるノイエアーネンエルベ城の司令室にてイヴィリタはカツェを労った。カツェは照れながらも微笑んで頷く。

 

「本当にあの者たちには色々とやられましたね…」

「そうね。でも、満更でもなさそうね」

 

 イヴィリタはクスッと笑ってカツェを見据える。虚を突かれたカツェは顔を赤くして慌てふためく。

 

「…まあ、貴女があれを使い魔にするつもりだし、これ以上は不問にするわ」

「えっ、あっ、あ、ありがとうございます」

 

 赤裸々なカツェにイヴィリタはふっと笑った後、本題に移ることにした。

 

「今回の騒動の主犯…ブラックウッド。あの男には必ずけじめをつけてやらなくてはね…」

「はい…祖国を守るために戦った兵たちを死人に変え、操ったあの者の罪は重い」

 

 イヴィリタも今回の件は不意打ちだった。ブラックウッドという過去でイギリス全土を騒がせた魔術師が存命で、しかも自分達が知らない術などを使ってドイツをゾンビで溢れさせようとしたことに驚きを隠せなかった。

 

「しかし…あの男の目的は何だったの…?」

 

 それでもブラックウッドの目的が分からなかった。眷属と師団の戦役を邪魔をするつもりだったのか、それとも色金をまとめて奪うつもりだったのか、本心が読めなかった。

 

「カツェ…あの者が何か言っていなかったかしら?」

「そういえば…変わったこと言っていました。『色金』とは別に…確か、『【十四の銀河】がある限り我々は敗れることはない』と」

 

 その言葉を聞いたイヴィリタは目を見開いて驚愕した。

 

「【十四の銀河】…!?」

「い、イヴィリタ様…!?その【十四の銀河】を知っているんですか!?」

 

 深刻な剣幕で考え込んだイヴィリタにカツェはギョッとして焦りだした。イヴィリタはブツブツと呟くが真剣な表情でカツェを見る。

 

「まさか本当に存在するなんて…かつて魔女連隊の始祖、ヒムラー長官や私の曾祖母である戦乱の魔女イルメリア・イステルが探し求めた、世界を覆す秘宝よ」

「そ、それは相当なものなのですか…!?」

 

 かなり深刻に考え込むイヴィリタにカツェはおどおどしながら尋ねた。

 

「そうね…眷属と師団が『色金』で争っている場合じゃない程、かなり重要の代物よ。【十四の銀河】は手に入れるだけで世界を思い通りにさせる力があると言われているわ」

 

 色金よりもやばい代物だと聞いたカツェは戦慄する。そんなものが存在しているなんて知らなかった。イヴィリタはさらに話を続ける。

 

「【十四の銀河】は他にも4つの秘宝があるの。【究極魔法・グランドクロス】、【最強装備・ラグナロク】、【極限宝具・エクリプス】、【終焉兵器・ビッグバン】…どれも一つあるだけで国に混沌を巻き起こす代物と言われているわ」

 

 すこし中二病っぽい名前がついた物だがイヴィリタ長官がかなり焦っているようで、どれも色金並みの代物だということが伺えた。

 

「これでブラックウッドだけでなく、あの神父の行動がわかった…あの神父は【十四の銀河】と4つの秘宝を探している。これらの存在が明らかになった以上、戦役どころじゃなくなるわね…」

 

 イヴィリタは椅子に深く腰掛け大きく息を吐いた。これはかなり深刻な事なのだとカツェも生唾を飲んだ。

 

「あの…イヴィリタ様。どうして【十四の銀河】のことをご存知なのですか…?」

 

「子供の頃、祖母が私に曾祖母から聞かされたことをよく話していたのよ…【十四の銀河】と4つの秘宝の話は耳に胼胝ができるぐらい聞かされたわ。その秘宝が揃うと凄いことが起こるってね」

「す、凄いこと…?」

 

 一体何が起こるというのか、世界の終わりでも起こるのかカツェは緊張して伺う。イヴィリタはやや苦笑いして答えた。

 

「曾祖母曰く、『宇宙ヤバイ』って」

 

 カツェは盛大にずっこけた。





 フラグは押し倒すもの

 カツェさんはめげずに何度もトライするようで…

 今回の【十四の銀河】と4つの秘宝はM.S.〇.planetという曲と本が元ネタです
 歌詞も、本の物語も中二病っぽくて好きです


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58話

 ドイツ編も無事終わり、次のステップへのプロローグになります。
 うまくいくといいなぁ…(遠い目)


 日本に帰国したカズキ達の日常は騒がしくとも平凡な日々を過ごした。大晦日を過ごし、その翌日の元旦。カズキとタクトはテーブルに置かれているものを見て目を輝かせていた。

 

「おぉ…マジモンのおせちだ…‼」

「すげえよ‼すっげえうまそう!」

 

 目の前にある三つの重箱に敷き詰められている田作りや煮しめ、栗きんとんや黒豆、ブリの照り焼き、数の子等々豪華絢爛な料理に二人は目を輝かせ涎を垂らしていた。べた褒めするカズキ達に対しリサが照れながら微笑んでいた。

 

「うふふ、ケイスケ様と一緒に作ったんですよ。喜んでいただけてリサは嬉しいです」

「リサがいてくれたおかげで今年はまともな正月を過ごせそうだ」

 

「おせちぐらいで大袈裟な…」

 

 ほっと一息ついて安心しているケイスケの横で大晦日の夜に泊まり込みに来たセーラがジト目で大喜びしているカズキとタクトを見つめる。そんなセーラにケイスケはため息をつく。

 

「ちなみに去年の元旦は…スライムみたいな餅を食わされ、カズキとタクトのバカが肉ばかりのおせちを作って全員胃もたれを起こしてたからな?」

「‥‥なんかごめん」

 

 ケイスケが遠い目をしていたので去年がどれだけ大変な目にあったのかが話を聞いただけで想像がつく。しかも肉料理だけのおせちなんて思い浮かべるだけでも胃もたれが起きそうになる。

 

「うまい」

「おおい‼ナオト‼お前先に伊達巻を食うなよ‼」

「俺の栗きんとんは取らせはせんぞー‼」

 

 いつの間にかナオト、カズキ、タクトがおせちの取り合いをしており熾烈な争いが勃発していた。リサの手作りということもあって我先にと伊達巻、煮しめ、栗きんとんを独り占めしようとしていたのだった。

 

「お前等、新年早々みっともねえぞ!」

「醜い争い…」

 

 新年もまた騒がしくなるだろうとセーラは肩を竦めてため息をつく。最初はこの騒がしい4人組に嫌々ついて来ていたのだったが、次第に楽しく感じてしまっている自分がいる。

 次は何時何処で彼らが混沌とした騒動を巻き起こし、巻き込まれるのか、セーラは苦笑いして初めて食べるおせち料理に箸を取った。

 

「ところでケイスケ、今年はお年玉はくれるの?」

「あ゛ぁ?たっくん、寝言は寝て言え」

 

__

 

「香港での藍幇討伐、大儀であった」

 

 都内にある緋川神社の拝殿の奥の座にて、狐耳の少女こと玉藻はキンジ達『バスカビール』のメンバーとワトソンに伝えた。キンジ達は香港にて藍幇と戦いで孫悟空の猴や諸葛静幻に勝ち、藍幇は師団についたのだった。玉藻はふわふわした狐の尻尾をふりふりしながら話を続けた。

 

「これでアジア圏の方は師団が有利に進んでいる。じゃが、欧州の方は未だに混戦じょうたいでの、陣地を奪われたり奪ったりと泥沼化しておるようじゃ」

 

「それにリバティーメイソンからの連絡で、眷属側に『妖刕』、『魔剱』と呼ばれる強力な傭兵がついて師団は苦戦をしているんだ」

「かなめが言っていた二人の傭兵か…」

 

 玉藻に付け加えたワトソンの話にキンジは低くつぶやいて頷く。香港で勝利を取った後、妹のかなめから電話があり、眷属の情報を聞いた。

 欧州には魔女連隊と呼ばれるナチス残党の能力者集団にパトラ率いるイ・ウー主戦派に、その二人の傭兵がついて眷属が有利に進んでいるという。アリアは次なる敵に備えて情報を整理するために玉藻とワトソンに尋ねた。

 

「その『妖刕』と『魔剱』はどんな奴なの?」

「話によると『妖刕』は男で刀や銃を扱い、遠山のように強力な格闘技を使う武人じゃ。もう一方の『魔剱』は女で未知なる最新魔術を使い、相手の能力を打ち消す遠距離型の術を使ってくるようじゃ」

 

「それはまずいね…理子も見たことも聞いたこともないよ」

 

 理子は気まずそうに頷く。理子の言う通り、キンジもアリアもあまり良くない事態だと理解した。情報通の理子も師団の誰もその二人組の存在も知らない。つまりは何をしてくるのか読めないし分からない相手だということだ。下手にかかれば返り討ちに合い全滅し兼ねないの。

 

 玉藻はさらに話を続けた。欧州では先に述べた通り、陣地の奪い合いになって混戦している。どちらかと言えば師団が苦戦しており、援軍を要請している状態だ。

 バスカビール全員で行きたいが、眷属は薄手になった日本やアジア圏へ侵攻する恐れがある。そこで玉藻の作戦として、少数で欧州へ行き派手に暴れて眷属を強力なままの極東へと誘い込む『ランペイジ・デコイ』を取ることにした。その作戦にアリアも賛同しているようでキンジをちらりと見つめる。

 

「それだったら大きな釣り針がいいわね…」

「おい、なんで俺の方を見る」

「あはっ!きーくんなら皆飛び掛って来るね!」

 

 まさかのキンジを欧州に行かせてカツェ、パトラ、その他の敵を釣り上げるという無茶苦茶な作戦になってしまった。キンジ本人は嫌がっていたが、白雪もレキも玉藻もそれがいいと頷き強制になった。ワトソンはただ苦笑いして見つめていた。アリアは胸を張って自信満々に頷く。

 

「よし!これなら欧州も難なく行けそうだわ‼」

 

「あ…それともう一つ、厄介な奴等がおったわ」

 

 そんなアリアの出鼻をくじくように玉藻は思い出したかのようにポンと手を叩きた。『厄介な奴等』と聞いてまさかとキンジとアリアと理子は嫌な予感がよぎった。

 

「お主等が香港にいた間、もう一つ…『イクシオン』と『ジョージ神父』という未だに無所属でありながら欧州で混沌を巻き起こした連中がおった」

「またあいつらかよ…」

「あのバカ共…今度は何をやらかしたのよ」

 

 アリアは項垂れ、キンジはため息をついた。自分達と同じくこの戦役に参加した、騒がしい連中がいたことを思い出した。玉藻も彼らの分析には困っていたようで苦笑いして話を進める。

 

「彼奴等はただ鍋をしていたおかしい連中かと思いきや…その『魔剱』と『妖刕』に勝ち、さらには魔女連隊の宿営地とされるノイエアーネンエルベ城へと襲撃したようじゃ」

 

「「「あのバカ達ならやりかねない」」」

 

 キンジとアリア、理子は声を揃えて即答した。武偵なのかと疑うハチャメチャな戦い方、武偵法ギリギリアウトな銃器を使ったりと別の意味でひどい。玉藻も頭を抱えているようで困ったように頷く。

 

「あの連中は結局何がしたかったのか、よく分からなん。じゃが…その連中と戦った後の眷属の行動が奇妙での」

「奇妙?どういうことだ?」

 

 首を傾げるキンジにワトソンが答えた。

 

「各地の師団の拠点を占領していた魔女連隊が急遽撤退してドイツへと集まったんだ。その後は自分達の拠点だけを奪還、防衛したりと守りに固まって魔女連隊の動きが静かになっていったんだ。それに続くかのように各地の眷属達もあまり攻めなくなった」

 

 師団の領域へと侵攻していた眷属が急遽攻めるのをやめて大人しくなったということだ。まるで師団を相手しないかのように何かに備えて守りに徹しているという。

 これで敵地へといつでも行けるとアリアも玉藻も気にしていないようで、こうなったのはあの4人組と神父が関連していると玉藻は唸る。ずっと静かに聞いていたレキが初めて口を開いた。

 

「つまり…眷属はカズキさん達と関わって何かを知った、ということでしょうか?」

「れきゅの言う通りだね。真相はカズくんよりも、あの『ジョージ神父』という人が握っていると思うんだ」

 

 レキの意見に理子は頷く。キンジもアリアも勘付いたように、カズキ達のブレーンであるジョージ神父が真相を握っている。なぜ未だに無所属を貫き通りしているのか、なぜ欧州へと向かったのか、全てがわかるはずだ。

 

「キンジ…私、あの神父に初めて会った時、昔どこかで会っているような気がしたの」

「アリア…」

 

 キンジは少し不安そうにしているアリアを見つめた。アリアの直感はよく当たる。アリアがこう言うなら、過去でアリアはその神父に会っているということである。キンジもこの戦役に関わっている身として、同じ武偵としてカズキ達に関わろうと決心した。

 

「兎に角…カズキ達を問い詰めるべきだな」

「キンちゃん、それはちょっと難しいかも…」

 

 キンジの意見に白雪が申し訳なさそうに述べた。

 

「カズキ君達は口を割りそうにないし…それに菊池財閥がそうさせないと思うの」

 

 菊池財閥は星伽と並ぶ日本で有力な存在。白雪の話によると最近は世界各地にも足を伸ばしていき星伽よりも大きくなっていくという。無理に問い詰めたら菊池財閥が何してくるか分からない。そしてワトソンも続けて述べる。

 

「それに菊池財閥だけじゃない…遠山と同じようにカズキ達も他に仲間が増えている。リバティーメイソンにも彼らに大きな借りがあるし、無理に手を出すべきじゃないと思うんだ」

「ワトソンの言う通りじゃの。師団からは奴等は眷属と繋がりがあるやもしれんと警戒しておる」

 

 玉藻までもが言うようにキンジは仕方なしとカズキ達を問い詰めるのをやめた。もし敵として戦うことになってしまったら…容赦なく装甲車で突っ込んで来たり、手榴弾や銃弾の雨霰、バラバラながらもごり押していくので相手にしたくない。とりあえずこのバカ達の話はそこまでにしておこう。

 

「玉藻、話が変わるんだが‥‥」

 

 キンジは玉藻に藍幇の戦いで勝ち取った、緋緋色金の殻金を渡した。いち早く、眷属たちが持っている色金を取り戻し、世界を巻き起こすこの戦いを終わらせアリアを救いたいと願っていた。

 

___

 

 

「…ってことをカツェから聞いた」

 

 おせちを食べながら、セーラはカツェから聞いた【十四の銀河】と4つの秘宝のことを話した。セーラの話を聞いたケイスケとリサは驚愕しながら頷いていた。

 

「そういう事か…これで何となくわかった」

「まさかそんな恐ろしいものがあるなんて‥‥」

 

 

「うーん、数の子おいちーっ!」

「ああっ!?ナオト、俺が最後に食べようと思っていた海老を取りやがったな!?」

「取らないたっくんが悪い…」

 

 残りの3人は全く話を聞いていないようで未だにおせち料理を堪能していた。本当にぶれないなとセーラは呆れていた。

 

「…たっくん、人の話を聞いてた?」

「勿論‼田作りは美味しいって話だろ?」

 

 ドヤ顔するタクトにケイスケは無言のゲンコツを入れた。やっぱりそうだろうなとセーラは頭を抱えてため息をつく。無論、カズキもナオトも人の話は聞いていなかったようで、ナオトは海老を食べながら尋ねる。

 

「それで…その二十四の瞳がなんだって?」

「いや違うぞナオト。十五の夜だろ」

「【十四の銀河】な。神父はそれを探しているってことだ」

 

 これで神父の目的が分かった。しかし、その世界を覆すほど恐ろしい力を持つ秘宝を何に使うのか、それが分からなかった。自分達を利用して悪用するのか真相を問わねばならない。もし悪用するのならば自分達の手で止めなければならないとケイスケは焦りを感じていた。

 

 その時、インターホンが鳴った。一体誰かとモニターを覗くと、ジョージ神父がニコニコしながら手を振っているのが映っていた。焦りをさらに増やすかのような事態に、ケイスケとセーラは冷や汗をかいた。そんな事情も知らないタクトははしゃぎながらジョージ神父を迎え入れた。

 

「やあ、皆。新年あけましておめでとう」

「「あけおめーっ‼」」

「神父様、新年あけましておめでとうございます」

 

 愉悦な笑顔で挨拶するジョージ神父にタクトとカズキはノリノリで、リサは礼儀正しく挨拶をする。一方でケイスケとセーラは警戒する様に見つめ、ナオトは無言で煮しめを食べ続ける。そんなケイスケ達の視線に気づいたジョージ神父は察したようで軽く微笑んだ。

 

「そろそろ話そうかと思っていたけど、どうやら既に話を聞いたみたいだね…」

 

「というか一体何が目的なんだ?なんで俺達を利用するんだ?」

 

 にこやかにしている神父にケイスケは敵意を込めて睨み付ける。ここまで怒っているケイスケにカズキ達は緊迫し、カズキがケイスケを宥める。

 

「…少し話が長くなるが、構わないかい?」

 

 ジョージ神父が真剣な眼差しでカズキ達に尋ねた。これまでにない真剣さにカズキ達も緊張して頷く。

 

「【十四の銀河】は悪用されれば世界が混沌に呑まれ戦乱の世が延々と続く。それらの存在とその事に気付いた私と弟のシャーロックは【十四の銀河】を誰の手に渡らせないように破壊することを決めたんだ」

「それって元から神父達の手にあったの?」

 

 タクトの素朴な疑問にジョージ神父は首を横に振る。

 

「いや…その当時は世界を暗黒時代へと戻し、世界に戦火を広げさせようとした男、モリアーティー教授が【十四の銀河】を使って企んでいたんだ。シャーロックは死闘の末、モリアーティーに打ち勝ち【十四の銀河】を破壊することができた」

「あれ?それならもうハッピーエンドじゃね?」

「馬鹿、まだ残りの4つの秘宝があるじゃねえか」

 

 首を傾げるカズキにケイスケが小突く。ジョージ神父は頷いて話を続けた。

 

「私もシャーロックもその4つの秘宝の存在に気付いたのは第一次世界大戦後のことだ。私は神父として、弟はイ・ウーのリーダーとして世界各地を転々し…誰にも見つからないように封印をし、これで終わったと思っていた…しかし何者かの手によって【十四の銀河】は復元され、4つの秘宝の封印が解かれてしまっていたんだ。世界の裏側で暗躍し再び世界を混沌へと貶めようとされている」

 

「神父様はそれらを探しながら世界各地を旅していたのですね…」

「それで、なんで俺達に探させようとしているんだ?」

 

 ケイスケがようやく核心へと問い詰めると、ジョージ神父はややすまなさそうに笑って答えた。

 

「私とシャーロックの条理予知でね…無限の可能性を秘めていると言われている君達でなければ【十四の銀河】は封印できない、と推理されたんだ」

「推理ってアバウトすぎるだろ…」

「無限の可能性って…やっぱりこの漆黒の堕天使はすげえんだな‼」

 

 ケイスケが呆れている横でタクトはドヤ顔でポーズをとっていた。無限の可能性どころか、中二病の塊と思われる自分達でそんな大それたことができるのか、ケイスケは不安だった。そんなケイスケの不安をよそにカズキは目を輝かせて頷いていた。

 

「つまり…俺達が勇者ってことだな‼たっくん、ナオト、ケイスケ‼俺達でその中二病をどうにかしようぜ‼」

「まずはお前の頭をどうにかしろや」

 

 突然やる気満々になっているカズキにケイスケはチョップを入れる。下手したら世界が大戦争を勃発、今までにない危険なものに自分達が巻き込まれる恐れがある。

 

「神父がここに来たってことはその一つの在処が分かったの?」

「なっ!?ナオトお前もかよ!?」

 

 さっきからおせちを食べて話を聞いていなさそうなナオトがカズキと同じくらいやる気を溢れさせて訪ねていたことにケイスケは焦って驚く。ジョージ神父は頷いて話す。

 

「そうだね…イタリア、バチカンに4つの秘宝の一つ【究極魔法・グランドクロス】が隠されているとシャーロックから聞いた。私はイタリアへ向かう前に君達に伝えに行こうと思っていたんだ」

 

 4つの秘宝の一つがイタリア、バチカンにある。しかしカズキ達は修学旅行Ⅱは修了しておりどうにかして向かうことができない。今回ばかりは行く手がないことに悔しい半分、複雑な心境であった。それでもタクトは諦めていないようで神父に伝える。

 

「神父‼俺達が何とかして行けるようにするから少し待ってくれませんか!」

「たっくん、お前もマジでやる気かよ…」

 

 結局、自分以外やる気に満ちていることにケイスケは呆気にとられる。そんなケイスケにタクトはノリノリで頷く。

 

「だって世界を救うかもしれねんだぜ?なんかかっこいいじゃん‼」

「ケイスケ、俺達じゃなきゃできないんなら、俺達でやるしかないだろ!」

「誰かがやらなきゃ取り返しのつかない事になりそうだしな」

 

 タクトは兎も角、カズキやナオトまでもが言い出しケイスケはどうするか悩んだ。ちらりと見ればリサもヤル気満々のようで、セーラは同情の眼差しでこちらを見ている。お前も巻き込まれるんじゃね?と思いつつケイスケはヤッケになって頷く。

 

「畜生。やってやるよ‼どうせほっといても巻き込まれるんならこっちからやってやる‼」

 

 俺の平凡を返せとケイスケは怒りながらのることにした。そんなカズキ達を見つめながらジョージ神父は微笑んだ。

 

「…ありがとう。君達を全力でサポートしよう」

 

「セーラ様、私達もカズキ様達を支えてあげましょ」

「結局こうなると思った…」

 

 絶対にやろうというリサとは反対にセーラはこうなることは予想していて、仕方ないとため息をついた。

 

___

 

 冬休み終了間近である武偵校にてカズキ達は校長室へと向かっていた。なんでも急遽蘭豹先生や綴先生から電話があり『至急、武偵校に来るように』と言われやって来たのだった。苦笑いしている綴先生と不機嫌気味な蘭豹先生に教務科の5階にある校長室へと連れてこられた。

 

「緑松校長、失礼します。綴です。『イクシオン』の5名を連れてきました」

「はい、はい。どうぞ」

 

 中年男性の声に続いて綴先生がドアを開けてカズキ達を校長室へ入れた。カズキ達は緑松校長に会うのはリサの件以来で、どんな男性だったかは覚えていなかった。緑松校長はにこやかにカズキ達を迎える。

 

「まずはおめでとう。君達『イクシオン』には二つ名がつけられました」

「二つ名‼もしかして『情熱のサイコパス』とかですか!」

「そんな物騒なもんつくか」

 

 わくわくするカズキに蘭豹先生はげんこつを入れる。というよりもなんでそんなものが思いつくのか、緑松校長は苦笑いして話を続ける。

 

「君達にはチーム1つで『混沌(カオス)』という二つ名を。『(エネイブル)』という二つ名がついた遠山キンジ君に続き、正式開校時から5年、在学中の国際武偵連盟による認定は当校の歴史上15人目。2年次では3人目の快挙です」

 

「皆様…本当に凄いです!」

「なんかすごいもんが付いちまったな…」

「えー、俺は武偵界に君臨せし真紅の稲妻スーパー堕天使フォーエバーがよかったなー」

「というか、キンジすごくね?」

 

 二つ名が付いたという事にバラバラの反応に綴先生も蘭豹先生もやれやれと肩を竦める。緑松校長は一度軽く咳払いをして話を続けた。

 

「それともう一つ…ここから先は君達の進路に関わる話です」

 

 先程の明るい様子から一変し、真剣な様子へと変わった緑松校長にカズキ達はビシリと固まって姿勢を正した。

 

「君達の評価は…バラバラでありながらもやることはキチンとやる。やり方は多少やり過ぎなところもあります。外交面ではドイツ、アメリカから君達を肯定的に見ているようで、そこそこ良い所ですね」

 

 一応褒められているようなのでカズキ達はほっと一安心しているようだがそれは束の間、緑松校長は苦笑いしてカズキ達を見つめる。

 

「外交、内部の方は問題ないのですが…単位の方があまりよろしくありませんね。ケイスケ君とリサさんはどうにかなりそうですが、このままだと折角のチームがバラバラになってしまいますよ」

 

 外交や内部に関しては菊池財閥やジョージ神父らがバックアップしておりどうにかなるが、単位の方は自分達がどうにかしないと解決できない。というより単位が取れない理由なら嫌というほど思い浮かべれる。

 

「それに…修学旅行Ⅱのレポートは出しましたか?」

「「「あっ…」」」

「おおい!?忘れてんじゃねえよ!?」

 

 修学旅行と言えども授業の一環なのでレポートの提出は単位を稼ぐのなら必須だ。それをカズキとタクト、ナオトはすっかり忘れていた。マジかよとケイスケだけでなく蘭豹先生も綴先生も頭を抱えていた。ケイスケもリサもレポートを書いて提出していたが、ドイツでゾンビしか印象に残っていなかったから書くのに一苦労した。

 

「それでは単位を落としてしまいますね…こちらとしても折角二つ名が付いた君達を留年させるわけにはいきません。そこで、君達には一つ提案があります」

 

 緑松校長はカズキ達に一枚の資料を渡した。資料には『海外短期研修について』と書かれていた。一体どういうことなのかカズキ達は首を傾げる。

 

「簡単に言えば数週間程度の留学を行ってもらいます。海外の武偵校に行き、授業を受けて頂くだけで単位を取れますのでカズキ達の留年は免れることができますよ」

 

「すげえよたっくん‼俺らやっぱり海外デビューも夢じゃないぜ‼」

「校長先生‼俺、世界的スターになる!」

「たっくん、それジャンルが違う」

 

 一応緑松校長の救済措置なんだけどな、とケイスケは興奮するカズキとタクトとナオトを宥める。

 

「喜んでくれて何よりです。尚、行先は…中国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスそしてイタリアの6つの国のどれか一つの武偵校に行ってもらいます」

 

 緑松校長の話を聞いてケイスケは「あっ」と口をこぼす。ケイスケの嫌な予感は的中してしまい、カズキ達は声を揃えて即答した。

 

「「「イタリアでお願いします‼」」」

 

「ふふふ、元気がよろしい事で。では、ローマ武偵校に連絡を入れておきますね」

 

 にこやかにしている緑松校長と声をあげて大喜びしているカズキ達をよそにケイスケはやっぱりこうなるんだとため息をついた。




 
 次はイタリアへ…『ダヴィンチコード』や『天使と悪魔』『インフェルノ』を読み直さなきゃ(使命感)
 原作の緋弾のアリアの方はなんかモリアーティー教授がなんか生きてるみたいな事を話してますが、こちらの物語はモラン大佐のこともあって、ここではモリアーティー教授は死んでいる事にします。ややこしくなりそうなのですみません


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ドタバタチェイス_イタリアのステッラ
59話


 
 イタリア編スタート
 イタリアは映画やアニメや小説と色んな作品の舞台になってますね…
 
 


 

「神父から手紙?」

 

 ノイエアーネンエルベ城にて静刃は突然やって来たセーラから手紙を受け取った。静刃達は戸惑っていたが手紙を持ってきたセーラ自身も困っていた。

 

「神父が私にお前達以外に見せないように渡してくれと頼まれた」

「神父には雲外鏡を要求しておるのに、一体どういうことだ?」

 

 貘は憮然としてため息をつき手紙を受け取った。あの騒がしい4人組の考えていることも読めないが神父も何を考えているのかさっぱりだ。

 取引で雲外鏡が渡され、すぐにでも元いた時代に帰るつもりだったのに、また先延ばしされそうだと静刃とアリスベルは心配になった。

 

「‥‥これはどういうことだ?」

 

 手紙の封を開けて書かれている内容を読んだ貘が更に目を尖らせた。一体何が書かれていたのか静刃とアリスベルもその手紙に目を通した。

 

「『誰にも気付かれないようにローマへ向かえ』…?」

「このままイタリアへ行けと…神父は何を考えているのでしょうか?」

 

 他に陸路での手配はするしか書かれておらず、神父の無茶苦茶な頼みに静刃達は困惑した。魔女連隊や眷属、そして同じ獣人であり、『胡蝶の魔女』と呼ばれたクエスに気付かれないようにイタリアへ行く理由が分からなかった。ローマと聞いてセーラはピクリと反応する。

 

「確かたっくん達がイタリアのローマ武偵校に短期研修としてやって来る」

 

「つまり…イタリアでひと悶着あるってわけか」

 

 またあのバカ達を中心に何かが起こるということであり、自分達は彼らを助けにいくことだろう。しかしなぜ突然イタリアへ行けと頼んできたのか考えていると、さっきから酒を飲んでへべれけになっていた鵺がゲラゲラと牙を見せながら笑う。

 

「ケケケ…隠密に動けってことだじょ。【十四の銀河】絡みとなりゃ下手すりゃ第三次世界大戦が勃発する代物だからなぁ」

 

「【十四の銀河】…?あの時ブラックウッドが言っていたことか。鵺は知っているのか?」

 

 その【十四の銀河】とは何か静刃もアリスベルも知らなかった。そんな二人に鵺は悪そうな笑みをする。

 

「獣人も喉から手が出るほどのやばい神器だじょ。貘、知っているくせに教えないというのはお主もワルよのぅ」

 

 ニヤニヤと見ている鵺に貘は図星かのように睨み返した。獣人達も知っているということはかなり有名な物なのだろうと静刃は読み取った。

 

「二人に教えなかったのは、静刃とアリスベルを巻き込んでいけないと考えていただけだ。だが…神父の頼み事は実行するしかないな…」

 

 貘は自分なりに静刃とアリスベルをこの危険な代物に関わらせないようにと考えていたが、こうなってしまった以上、隠しきれないと判断し神父の手紙の通りにやるしかないと決めた。躊躇い気味の貘に対し鵺はノリノリのようで酒瓶の酒を一気飲みしてにやりと笑う。

 

「それじゃあ、善は急げ。さっさとローマへと向かうじょ!」

 

「…やっぱり私もやるのか」

 

 セーラも手紙の内容を知ってしまったからにはやらなくてはならない状況になったとため息をついた。すぐに出発だと急かす鵺に静刃とアリスベルもこの先の事に不安でいっぱいだった。

 

「今度は何に巻き込まれるんだっての…」

 

 再びあの4人組の騒動に巻き込まれることに静刃は頭を抱えた。

 

 

 カズキ達がローマに訪れる3日前の出来事であった。

 

___

 

 飛行機が飛び立つ音が響き、地中海の海がすぐに見えるイタリアのフィウミチーノ空港。その到着ロビーに喧しい声が響き渡る。

 

「すぽおおおおんっ‼」

「うるせえよ!」

 

 喧しく叫ぶノリノリのタクトにケイスケが小突く。これはあくまで旅行ではない、短い期間だがローマ武偵校に留学するのだから気を引き締めてもらいたいとケイスケは注意しようとした。

 

「ケイスケ‼俺はピザが食べたい‼」

「ローマの休日…」

 

 カズキは既に食い気に満ち溢れているし、ナオトはたぶん名所にでも行きたいようで、それぞれ考えている事がバラバラな事にケイスケはため息をついて呆れた。

 

「あのな、先にローマ武偵校に行って挨拶しに行くんだっての」

「じゃあそれが終わったらピザだな!」

「トレビの泉にも行きたい」

「そんな事よりナポリタン食おうぜ‼」

 

 明らかにローマ武偵校に挨拶しに行くのを二の次としか考えていないことがみえみえである。1人はイタリアンではないのだが。長い空の旅の事もあって疲れているだろう、ケイスケはやれやれと肩を竦める。

 

「しょうがねえな。明日から授業だからな、そこは弁えろよ?リサ、案内を頼む」

「はい、空港からローマまではシャトルバス、ローカル線、直通列車があります。時間を気にせずゆったりと景色を眺めたいのでしたらシャトルバスがいいですね」

「よし、それで決まり!バスターミナルまで全速前進だ‼」

 

 そう乗り出すや否やタクトははしゃぎながら駆け出していった。迷子になるから先に行くなとカズキとナオトがタクトを止めようとする。一応、イタリアに行くまでの間にリサのパーフェクトイタリア語教室のおかげである程度は理解できるようになった。リサがいなければ4人全員でボディランゲージのままだっただろう。

 

「ほんとリサがいてくれて助かった…」

「うふふ、ケイスケ様達のお力になれて何よりです」

 

「ケイスケー‼ナオトとたっくんが迷子になったー‼」

 

 目を離すとこれである。ケイスケはなんですぐにこうなるのか、怒号を飛ばしながらナオトとタクトを探し出した。結局、空港から出てバスターミナルに着くまで30分以上かかった。

 

__

 

 空港からローマまで40分、カズキ達は車窓から見えるローマの街並みを堪能しつつテルミニ駅へ。更にバスに乗り換えでローマ郊外にあるジョルジオーネへ向かい、緑の多い敷地にある平たいビルに見えるローマ武偵校へと辿り着いた。リサ以外の4人組は想像以上のボロさの武偵校に口をあんぐりと開けていた。

 

「め、名門の割には…ふ、風情があるな!」

「カズキ、下手に褒めなくていいんだぞ。昔からあるんだ、老朽化してもおかしくねえよ」

「持ち味を活かせ‼」

「…たっくん、使い方間違ってる」

 

 あまりもの古さにカズキ達は戸惑いつつも、荷物を持ってローマ武偵校へと向かった。ここの担当の教師に挨拶をして、武偵校内にある寮へと泊まる。これだけ古いのだから寮も相当古いだろうなとカズキ達は苦笑いしながら歩いていたが、正門が見えてきたところで歩みが止めた。

 

 正門前には大人数の黒い制服を着た武偵校の生徒が待っていた。イタリアの武偵校では黒の制服を着るのが通常だが、これだけの数でいると少し威圧感を感じる。しかも生徒たちは皆険しい顔をしており、明らかに出迎えムードではないことにカズキ達は察した。その中でタイトな黒制服を着た縦ロールの少女がにこりとカズキ達に微笑む。

 

「貴方達が日本から来た武偵…『イクシオン』のメンバーですわね?初めまして、ローマ武偵装備科のロゼッタですわ」

 

「うわっすげえドリル」

「カズキ。あのドリル頭、天元突破できそうじゃね?」

 

 第一印象から殴り込むように見ているカズキとタクトの発言にロゼッタは眉間にピキリと青筋を浮かべる。ロゼッタは咳払いをしてカズキ達に敵意を込めた笑顔を見せた。

 

「ローマ武偵校へようこそ、とお迎えをしたいところですが‥‥貴方達を逮捕いたしますわ」

 

「「「「…は?」」」」

 

 突然の逮捕宣言にカズキ達はキョトンとしていた。何か悪い事したわけでもないのに、彼女含め彼女の周りの強襲科であろう所謂イケメン男子達も逮捕する気満々のようだ。ジョークではない事に気付いたケイスケは焦りだす。

 

「おい、待てよ!俺達何もしてねえぞ!?」

「おほほほ、理解しなくてもよろしくてよ?ローマ武偵校にバチカンから、貴方達を逮捕するよう要請がありましたの。何やら、枢機卿の1人を殺害未遂したとか」

「…俺らさっき来たばっかりなんだけど!?」

 

 あり得ないことにナオトもぎょっとしていた。さっきイタリアに来たばっかりなのに身に覚えもない罪に問われ、しかも武偵に狙われるとは思いもしなかった。ドリル頭と言われて頭にきたのか、ロゼッタ達は聞く耳を持たないようだ。

 

「貴方達の言い訳は逮捕してバチカンへ引き渡す間に聞きますわ…」

 

「ケイスケ…これ、やばくない?」

「やばいってレベルじゃねーよ‼いいか…ことは荒げないように逃げ(ry」

「武器よさらばっ!」

「たっくん、それダメだろ!?」

 

 ケイスケが言い終える寸前に、ナオトが制止する前にタクトは鞄からフラッシュ・バンを取り出し、ロゼッタ達に向けて投げた。閃光と衝撃が響き、不意を突かれたロゼッタ達は怯んだ。こうなってしまってはもう誤解は解けない。カズキ達は回れ右をして走り出した。

 

「だから荒げるなっていってんだろがクズ‼」

「え?イタリア版逃走中じゃないの?」

「どこが!?マジでガチだぞあれ‼」

「というかどうするんだ!?」

 

「と、兎に角、日本大使館へ逃げましょう!」

 

 リサの提案に頷き、カズキ達は一目散に駆け出す。閃光と衝撃に怯み後れを取ったロゼッタはギリギリと歯軋りをして怒りだす。

 

「舐めた真似を…‼お前達、お行きなさい!」

 

 ロゼッタの取り巻きであろう黒の制服を着た男子達は彼女にアピールしたいと我先にカズキ達を追いかけだす。残ったロゼッタは同じく正門に残った自分より身長が低い少女に軽蔑の視線を向けた。

 

「あら?ベレッタお姉様、もうSランク武偵じゃないのにおいでなさったの」

「…別に。バチカンの枢機卿を襲った連中の顔を見に来ただけよ」

 

 装備科で元Sランク武偵であるベレッタ・ベレッタは無関心に返す。ベレッタは春季に車輌科へ転科、Eランク武偵として移るのであった。ベレッタはロゼッタとあまり話す気はないのか、フンと鼻で返す。

 

「ロゼッタ、あんなマヌケ面の連中に殺害未遂ができると思うの?」

 

「やですわぁお姉様。人間見た目に反して何を考えているのか分からないのですよ」

「ふーん…別にいいけど」

 

 ベレッタは興味ないように踵を返して学園へと戻っていった。ベレッタにとってあの連中ことはどうでもいい、今は奨学金でサポートしている遠山キンジに留年フラグが立っていることに危機感を感じていた。奨学金付与を自社のベレッタ社に進言したのも自分であり、留年してしまったら社内の立場が危うくなる。

 

「あのブタ…留年したらとっちめてやる…‼」

 

___

 

「あいつらどこまでも追いかけてきやがる‼」

「こんなにしつこいなんて、マスタング大佐かよ‼」

 

 ケイスケとタクトはうんざりと悪態をつく。ローマの街中をカズキ達は必死に走っていた。逃げているカズキ達を捕まえようとローマ武偵校の生徒達が追いかけている。あちらの方が地理に勝っておりこのままだと挟み撃ちにされるか追いつかれて捕まってしまう。

 

「次の角を曲がって逃げよう!」

「角って幾つもあるけどどっち!?」

「んな事言わなくても分かるだろ‼せーので曲がるぞ‼」

「せーのっ‼」

 

 ナオトの合図で角を曲がろうとしたが、カズキとナオトは左へ、ケイスケとリサは右へ、そしてタクトは真っ直ぐとバラバラに分かれてしまった。

 

「えええっ!?なんで!?」

「もう戻れない‼カズキ、兎に角逃げるぞ‼」

 

 案の定、ここでもバラバラなことにカズキは苦笑いしながら驚き、ナオトはやむを得ないと走り続けた。

 

「あんのバカ共‼やっぱりこうなるのかよ‼」

「け、ケイスケ様‼必ずカズキ様達とは合流できます!今は逃げる事を第一にしましょう!」

 

 リサに宥められながら、ケイスケは怒りながら走って行く。リサの言う通り今は安全な場所へと逃げるしかない。そうすれば必ずカズキ達と合流できるとケイスケは言い聞かせながら駆けていく。

 

「うおおおお‼お前等、俺についてこい‼」

 

 タクトは後ろを顧みず、寧ろカズキ達とはぐれたことには全く気付いていないようで、ただひたすら真っ直ぐ走り続けていた。

 

___

 

「くそっ…めんどくさい連中だぜ‼」

 

 ケイスケは舌打ちして追いかけてきている武偵の生徒達に悪態をつく。ケイスケはついて来ているリサの方を見る。リサは少し疲れているようで、疲れを見せまいと何とか走ってついて来ている。ドイツのゾンビ戦の時といい、自分は長距離を走り慣れているがリサは慣れていない。

 

 このままだと大使館に着く前にお縄についてしまう。まずいとケイスケは焦るが、まだ手は一つ残っている。

 

「理子に教えてもらったが…一か八かやるしかねえ!」

 

 ケイスケは鞄から癇癪玉を取り出してやけくそ気味に後ろへ投げつける。青や赤、黄色といった玉が追いかけてきている生徒が踏んで大きな破裂音を響かせる。生徒が驚いて怯んだ隙にケイスケはリサを姫抱っこして人混みの多い道へと駆けだす。

 

「ケイスケ様!?」

 

 リサは突然の事に焦って目を丸くするがケイスケは構わず走る。屋台や市場で観光客で賑わう中を駆け、花屋に目を付けたケイスケは突然止まる。

 

「こ、これいくら!?」

 

 ケイスケは流暢なイタリア語で話して白いバラの花束を買おうとしており、どうするのかリサはきょとんとしていた。値段を聞いたケイスケは支払う。

 

「釣りはいらない‼…リサ、これを持って!」

 

 ケイスケは買った花束を渡して再びリサを姫抱っこして駆け出す。ケイスケはキョロキョロしながら走っており、屋台に目を付けて駆けこんだ。

 

「すみません!追われているんです、助けてください!」

 

 ケイスケは再びイタリア語で助けを求めた。コック帽を被った黒髪の女性はいきなり助けを求められて一瞬驚いていたが、リサを姫抱っこしているケイスケをマジマジと見つめてフーンとニヤニヤしだした。

 

「青春だねぇ…いいっスよ‼こっちに隠れるといいっス!」

 

 ノリでOKを貰えて屋台の中へと隠れることができた。その数分後にドタドタと武偵校の生徒が追いかけてきたようで「何処に行った」とか「くまなく探せ!」と騒がしく荒げる声が聞こえてきた。そうして足音が次第に遠くなっていき聞こえなくなった。

 

「…もう大丈夫っスよ」

 

 うまく撒けたと女性はにこやかにケイスケに声を掛ける。理子が教えてくれた『イタリアの人はノリがいい』ということは眉唾物だったが、うまくノリで難を逃れたでケイスケはほっと一安心して息を吐く。

 

「リサ…取りあえず、見つからないように宿に泊まって状況を整理するぞ」

「それがいいかもしれませんね…」

 

 今は安全な場所まで逃げて、どうしてこうなったのか調べていかなければならない。ケイスケは匿ってくれた女性にありがとうございますとお辞儀をした。

 

「ま、助け合いってことで!そうだ、うちの名物、鉄板ナポリタンでも食っていきなよ‼お熱いお二人にお似合いっスよー!」

「‥‥なんてこった」

 

 ケイスケはポカンとしていた。まさかあれほどイタリアでナポリタンを食べたいと言っていたタクトより先にイタリアでナポリタンを食べる羽目になるとは思いもしなかった。

 

___

 

 

「ナオト、ここやばなーい!?」

「狭い道なら大丈夫かなって思ったけど…ここどこ!?」

 

 適当に道を走るカズキ、方向音痴のナオトが合わさり道に迷ってしまい、気づけば狭い路地へと駆けていた。地理を理解していない二人は慌てふためきながら駆けていく。入り組んだ道をあっちこっちと曲がって進んで行けば行くほどここが何処だか分からなくなっていく。

 

「ナオト‼これって綾小路じゃん!」

「袋小路だろ。もう進むしかないって‼」

 

 そこは冷静にツッコむんだとカズキは感心していたのだが、それは束の間、後ろから追いかけてきている武偵の生徒だけでなく、前方からも追いかけてきているのが見えた。

 

「こ、これって挟み撃ちじゃん!?どうするんだナオト‼」

「こうなったら…もう力づくでやるしかない…‼」

 

 相手は恐らく強襲科の生徒、格闘ができるナオトは覚悟を決めて拳を構えたが、近接は得意じゃないカズキは焦っていた。

 

 その時、路地のマンホールから勢いよく水流が噴き出した。まるで意思でもあるかのように水流がうねり出し、後方から追いかけていた武偵の生徒達を勢いよく押し流していく。

 

 今度は前方から迫ってきている武偵の生徒達の頭上から発煙手榴弾が幾つも落ちてきた。巻き上がる何色もの煙はどうやら催涙ガスのようで武偵の生徒達は「目が、目がぁぁぁ!?」と喚いていた。

 

 上から煙、下から水と突然起きたことにカズキとナオトはポカンとしていたが、上からトレンチコートを着てお面を付けた見覚えのある人物と黒のとんがり帽子に軍服とお面とこちらもお見覚えのある人物が降りて来た。

 

「「こっちだ‼」」

 

 その二人はカズキとナオトの手を取って走り出す。入り組んだ道を駆けていき、ひと気のいない空き家へと隠れた。追いかけてくる気配がないようで何とか逃れたことにカズキとナオトは安堵し、助けてくれた人物に視線を向ける。

 

「い、いや~、助かったぜ、カツェ‼」

「…ワトソン、助かった」

 

 カズキとナオトは笑って助けてくれた人物の名を言って感謝を述べた。一方、カズキ達を助けたカツェとワトソンはお面を外した後、お互い敵意剝き出しで睨み合っていた。

 

「魔女連隊のカツェ・グラッセ…眷属の命令かい?ナオト達を危険な目に遭わすなんて…」

「はっ、リバティーメイソンのエル・ワトソンか…おい、師団は頭沸いてんのか?カズキ達をどうするつもりだ?」

 

 まさかの師団と眷属のご対面のようで、一触即発の状態だったのだが、カズキとナオトはのほほんとしていた。

 

「二人とも仲いいんだな!」

 

「「違う‼」」





 色んなものがごっちゃになってより混沌となっていきそう…これもドイツ編より長くなりそうな気がする(白目


 パスタはナポリタンが好きです(コナミ感)


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60話

 カオスな4名様の新曲PVを見て、幻想さとカオスさと、そして4人全員で歌ってるというところにほんと感動しました…


*無理やりな所もあったので少し修正を加えて再投稿しております。
 本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません


 入り組んだ道が続くローマの街をタクトはただひたすら走り続けていた。ローマ武偵校から走ってどのくらいの時間が経過したのか、一体何処を走っているのか、そしてカズキ達はついて来ているのか、そんな事は全く気にしていないようで夢中になって駆けていた。

 

 

「うおおおおっ‼皆、俺についてこい‼」

 

 タクトは追いかけられている事すら忘れて駆けていくが、やけにカズキ達の喧しい声が聞こえないので気になって後ろを振り向く。肝心のカズキ達はついて来ておらず、自分一人だけ突っ走っていることにやっと気付いた。

 

「うえぇぇっ!?なんてこった…遂に俺だけになったのか‼皆の分まで逃げきってやるぜ‼」

 

 相変わらずイタリア版『逃走中』だと思っているようで、タクトは捕まったみんなの分まで逃げ切ろうと張り切っていた。因みに当の本人達は無事に逃げ切れたようで、未だに追いかけられていたのはタクトだけであった。

 

 タクトがいくら走って逃げようとも、ここはイタリアのローマ。地理に弱いタクトはどこを走っているのか考えず逃げ回っていたので遂に行き止まりに突き当たってしまった。迫ってくるローマ武偵校の強襲科の生徒達にタクトは焦り身構える。

 

「やばい…これは滅びの一手ぇぇぇぇっ!?」

 

 あたふたとしていたその時、タクトの背後から暴風が巻き起こり、武偵の生徒達を吹き飛ばした。軟弱そうな武偵の生徒は吹き飛ばされていくが、暴風を掻い潜ってタクトに襲い掛かる者にはタクトの横を通り過ぎた見覚えのある黒套の青年と学生服の少女が蹴り、投げ倒していった。

 

「…たっくん、無茶しすぎ」

「おおっ!?セーラちゃん‼」

 

 後ろからジト目でタクトを見つめるセーラに気付いたタクトは嬉しそうに手を振る。危機感を持っていないのかとセーラは苦笑いしてため息をつく。同じようにドイツからローマへ駆けつけて来た静刃とアリスベルは肩を竦める。

 

「お前達はいっつも何かと面倒事を持ち込んでくるな…」

「そしてなんで武偵に追われてるんですか…」

 

「うーん…これはあれだな。今週のビックリドッキリってやつ」

 

 意味が分からない。どうしてこうなったのか状況をちゃんと説明してくれる他のメンバーを先に見つけるべきだったと静刃は項垂れる。

 

「タクト以外の仲間達は見つからん…振り切って逃げているようだな。今はタクトと共に隠れつつさがすしかない」

 

 貘は他の追手が来ていない事を確認して静刃達にすぐ動くよう指示を出した。今は追手を倒したが、次はもっと厄介な相手が追いかけてくるかもしれない。兎に角安全な場所へ隠れつつカズキ達を見つけるしか方法はない。

 

「たっくん、どうして追われていたのか教えて」

「えっとー…何だっけな?確かバカチンが俺達を捕まえろってローマ武偵校に命令して…俺っていつの間にか有名になってたんだな!」

 

「…それを言うならバチカンです」

 

 アリスベルは苦笑いをしてツッコミをいれた。バチカンと聞いてセーラは少し低く唸って考え込んだ。獏も同じように眉をひそめて考えていた。

 

「タクト…今度はかなり厄介な相手に睨まれたようだな。どうりで神父が現れないわけだ」

「バチカンとなると師団にも狙われる。たっくん、しばらくローマから離れた方がいいかも」

 

 貘もセーラもイタリアから離れるべきとタクトに進言した。バチカンとなると下手したら宗教戦争待ったなしになり兼ねない、寧ろこの4人組が絡むなら間違いなく起こるかもしれない。タクトは「なるほどー」と能天気に頷くとポンと手を叩いた。

 

「そうだ!母ちゃんから手紙があった!」

「手紙…?」

 

 セーラは首を傾げた。なぜこんな時にタクトの母親、菊池財閥の社長が出てくるのか。タクトは構わず鞄から一通の手紙を取り出した。

 

「母ちゃんが、『イタリアで困ったことがあったらここに行け』って。セーラちゃん、場所わかる?」

 

 タクトから手紙を受け取り、内容を読んだセーラは目を見張って驚愕した。

 

「た、たっくんの母親はなんでこんなのと知り合いなの…!?」

「おっ、セーラちゃんならわかるんだな!野菜っぽい名前で場所わかんないから道案内頼んだぜ‼」

 

 ニシシと笑うタクトにセーラは焦りと驚きでいっぱいだった。一体何のことか、静刃達は分からず首を傾げていた。

 

「あれ?貘さん、ぬえっちは何処行ったの?」

「ぬ、ぬえっちって…鵺はお前達の仲間を探しに行った。彼奴の方が私より地理に詳しいようでな…すぐに見つけてくれるだろう」

 

 貘は軽く微笑んで返した。なぜバチカンが彼らを捕えようとしたのか、この騒動の件でバチカンは何を企んでいるのか、【十四の銀河】と関係があるのか、今は分からない事ばかりだが一つ一つ整理しなければならないと考え込んだ。

 

__

 

「カズキ、今は武偵の連中だけだが直に師団共が動く。今はローマから離れよう。あたしはこの辺りの眷属の拠点を知ってるからな、そこへ案内するぜ」

「ナオト、この騒動で眷属が何か企んでるかもしれない。今はローマから離れて、師団の拠点へ逃げよう」

 

 カツェとワトソンが同時に案を述べ終わると、お互いを鋭い剣幕で睨み合う。

 

「だからお前の頭は沸いてんのか?師団の所へ逃げると捕まっちまうだろうが」

「君こそ何を考えているんだい?ドイツで何があったか知らないけど、惑わすのはやめてくれないか?」

 

 ドイツで何があったかワトソンに問われたカツェはボンと顔を赤くして慌てだす。

 

「な、な、何もねーよ‼そう言うお前こそ…男かと思ったら女じゃねーか‼惑わしてんのはお前だろうが‼」

「ばっ、ぼ、僕は『男』だ‼そんな事より…二人とも、真面目に聞いてないでしょ!?」

 

 焦って墓穴を掘るワトソンはわざと話を逸らそうとカズキ達の方に視線を向ける。カズキとナオトは「ピザ食べたかったな…」としょんぼりとしていたようで、聞かれたカズキはニッと笑って答える。

 

「分かってるって。つまり…今はローマから離れてリバティー眷属の隠れ家でピザパーティーをするんだろ?」

 

「話がごっちゃになってるよ!?」

「というかピザが食べたいだけじゃねえか!?」

 

 ワトソンとカツェにツッコミを入れられカズキは「メンゴメンゴ」と軽く詫びる。ようやく二人の喧しさが落ち着いたようでそれを待っていたナオトは状況を述べる。

 

「今はバチカンからあられもない容疑を吹っ掛けられて武偵に追われてる」

 

「バチカンか…おい、眷属が嫌なら戦役関係なしにあたしのプライベートの隠れ家がある。そこでいいか?」

「カツェの?そこなら師団、眷属関係なしだけど…どうして眷属の拠点にしないんだい?」

 

 ワトソンに問われたカツェは少し困ったように口ごもる。言うべきかどうか迷っている様子だった。言わなければワトソンに疑われる、カツェが言い出す前にナオトが頷いた。

 

「今は安全な場所で状況を整理して次の行動の方針を決めたい。そこでいい」

「よっしゃ‼カツェの隠れ家でネッツピザパーティーだ!」

 

いい加減ピザから離れろと全員からお叱りを受けた。

 

__

 

「やっぱりおかしい…」

 

 追手から逃れたケイスケとリサは簡易なホテルで身を隠していた。ケイスケはテレビのチャンネルを何度も変えてニュースを確認したり、携帯のニュースを何度も確認していた。

 

「ケイスケ様、新聞に目を通しましたが…どの新聞にも枢機卿が襲われたという記事は載っていませんでした」

 

 リサは近くにあったイタリア版コンビニことタバッキで新聞を購入して確認した。テレビやネット、そして新聞記事にも枢機卿が殺害未遂に遭ったというニュースはなかった。そもそもそんなことがあったらイタリア全土が大変な事になっているはず。

 

 何故バチカンが武偵校に嘘の知らせをしたのか、一体誰がこんな事をやったのか、不可解な事が山積みになっている。

 

「全部バチカンが絡んでやがるな。あいつらとどうやって合流していくか…」

 

 ケイスケは深刻な顔をして悩んだ。肝心のジョージ神父は見当たらないし連絡もない。ジョージ神父は【4つの秘宝の一つ、【究極魔法・グランドクロス】がバチカンに隠されていると言っていたことを思い出す。バチカンにいる何者かがこの事を知って先手を打ってきたのか、色々と思い詰めてしまう。

 

 

「シシシ、合流するならさっさとここから出た方がいいじょ」

 

 ふと後ろから聞き覚えある声が聞こえたので振り向くと、ピンク髪のゴスロリ妖女こと鵺が窓を蹴り開けてニッと笑って手を振っていた。

 

「鵺!?ということは静刃達もローマに来てたのか!」

「ホッと一安心してる場合じゃないぞ?さっき武装したシスターの連中がこのホテルに入ったのを見た。早く出ないとシスター共が来るじょ」

 

 ほっとしていたのも束の間、鵺の言う通り廊下からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた直後にドアを蹴り開けてようとしてきた。もうバチカンの連中が来たのかとケイスケはぎょっとする。

 

「来るの速過ぎだろ!?鵺、リサを頼む!」

 

 鵺はガッテンと頷き、リサを抱えて2階の窓から降り、ケイスケはテーブルに宿泊代を置いた後、スタングレネードのピンを抜いて投げてから窓から飛び降りた。ケイスケが地面に着地したと同時に爆発音と閃光が響き、武装シスターと思われる女性たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

「このまま静刃達の所へ走るじょ‼」

「ローマに来てから走ってばっかりだ‼」

 

 ケイスケは嫌そうな顔をして皮肉を言い、鵺の後に続いて駆け出した。武偵のみならず、バチカンの武装シスターまでも動いてきた。このまま逃げ続け静刃達と合流した方がカズキ達を速く見つけることができる。カズキ達の行方が心配になっているケイスケは足を速めた。

 

 そんなケイスケを邪魔するかのように武装シスター達が行く手を阻む。ホテルに突入していた連中と別れて待機していたようで、ケイスケ達を取り囲んでいく。シスター達は片手に銀色の片手剣、もう片方にバチカンの紋章・聖ペテロの鍵マークが入った小型盾を携え近づいてくる。ケイスケは舌打ちして腰のホルスターからグロッグ21を引き抜きリロードをする。

 

「くそっ…めんどくせぇ‼」

「このまま強行突破するか?」

 

 鵺はヤル気満々のようでいつでも戦闘に入れるようだ。ケイスケも本当はMP5でぶちまかしたかったがここはローマ、下手にドンパチ騒ぎをすると警察、武偵、さらにはもっと面倒な連中がすぐに駆けつけてくるだろう。リサを守りつつごり押していこうと身構える。

 

 その時、武装シスター達の足下からバチバチと眩い閃光と激しい放電音が巻き上がった。感電したシスターたちはバタバタと気絶して倒れていく。一体何が起きたのかケイスケは目をぱちくりする。

 

「…素晴らしいわね(フィー・ブッコロス)

 

 どこからかタクトが聞いたら『ぶっ殺される⁉』と誤解されかねない声が聞こえたと思いきや、リサの影がぐにゃりと蠢き、ガイナ立ちのように金髪の縦ロールのツインテールをしたゴスロリの少女が現れた。突然の事でケイスケは戸惑ったが、リサがその少女に目を丸くして驚いてた。

 

「ひ、ヒルダ様!?」

「久しぶりねリサ…というか今度はバチカンに狙われているとか、何をやらかしたのよ?」

 

 ヒルダと呼ばれた少女はリサに苦笑いをして微笑む。どうやらリサの知り合いのようでケイスケはほっと胸をなでおろす。一安心していたケイスケの背中をトンと誰かが突いた。反射で振り向くと、後ろでニシシと笑っている理子がいた。

 

「ヒュー‼ドイツに続いてイタリアでも大暴れだね、ケイくーん‼」

「な…理子!?」

 

 今現在、日本にいるはずの理子がこのイタリアに、しかも自分の前にいるのか、ケイスケは驚きが隠せなかった。

 

「つかお前、なんでここにいるんだよ!?」

「ウフフ、ひ・み・つ」

「真面目に話せや」

「アッハイ」

 

 ぶれないケイスケの威圧に理子は素で謝る。猫撫で声をやめた理子は真面目な表情に変えて答えた。

 

「バチカンの圧力で動けないジョージ神父の依頼が半分と、たっくんの挑発にカチンときたのが半分だね」

「ジョージ神父の依頼ってのは何となくわかるが…たっくんの挑発って?」

 

 理子はプンスカと語り始めた。時はバスカビールのリーダーあるキンジがチームを外され、別のチームへ配属されジャンヌと共にフランスへ行く前に遡る。

 

 キンジはチームを外されたこと、フランスへ行くことをタクトとナオトについ話してしまったようで、タクトは思わず『お前らソウルメイトなら何もしないよりも助けるべきだぜ‼』とドヤ顔で力説しだした。

 

 アリア達バスカビールのメンバーはキンジをヨーロッパへ向かわせて相手を誘き寄せる『ランペイジ・デコイ』の作戦を取っていたこと、アリアは上の関係で動けないでいたこと、タクトの悪気はないがさり気ない挑発にカチンときたということなのだ。そんな時、理子個人にジョージ神父から依頼の電話が来た。東京で守備を任せれてフリーになっていた理子はすぐに乗ったという。

 

「あのバカ…理子、後で謝らせとくからな」

「くふふー、ジョージ神父からは元イ・ウーの峰理子として頼まれた。理子の代わりにブラドを倒した時の借りは返さしてもらうよ?」

 

 理子はゲスそうな顔でニッコリと笑う。そういえば理子は元イ・ウーだったなとケイスケはさりげなく思い出した。

 

「ええっ!?お父様はキンジじゃなくてこのマヌケそうな面した4人組に負けたの!?」

 

 理子の話を聞いていたヒルダはギョッとして驚いていた。ヒルダは宣戦会議で呑気に鍋をしていた時しかケイスケ達に会っていないし、ただ場違いな連中だとしか見ていなかったようだ。まさかヒルダの父、ブラドがそんな連中に負けたとは思いもしなかった。そんな驚愕しているヒルダに鵺はニヤニヤとしながらヒルダの肩を叩く。

 

「こいつらは躊躇いなく掃射したり爆弾を投げたり、くっさいガス兵器を使うからな。お前さんの父親も油断したんだろう」

 

「あまり長話をしてる場合じゃねえな…理子、頼めるか?」

「任せなさーい‼神父の手紙では『教会を目指せ』って場所を示して書いてある。裏道にフェラーリを停めてあるからついて来て‼」

 

 理子は自信満々にケイスケを道案内していく。一先ず安心できるとケイスケはほっとひと息ついた。

 

__

 

「たっくん…ここだよ」

 

 セーラの案内の下、武偵や武装シスター達の追跡を掻い潜り、タクト達は夕方に目的地へ着いた。ローマ街を南下していき、離れた郊外に大きなホテルのような建物があった。タクト達はその入り口の前に立ち止まっていた。セーラは少し緊張しているようでタクトに視線を向ける。

 

「たっくん、いい?下手に変な態度を取ったらいけな(ry」

「突撃隣の晩御飯でーす‼」

「「人の注意を聞いて!?」」

 

 セーラの忠告が言い終える前にタクトはノリノリで扉を開けて入った。静刃とアリスベルが口を揃えてツッコミを入れるのも虚しく、タクトはドカドカと突き進んでいく。

 

 ホテルかと思ったそのロビーにはスーツを着た厳つい顔で体格もよい男達ばかりで、突然入って来たタクト達を見てギロリと睨み付けた。彼らの様子を見て静刃達はここはどこで彼らは誰なのか気づく。

 

「こいつらって…マフィアじゃねえか!?」

 

「兄ちゃんら、ここを観光地と間違ってないか?」

 

 黒のスーツを着てタクトへと近づいてくる。なんでこんなところに来たのかタクトの方を見るが、肝心のタクトはマフィア達の威圧に圧されることなくニコニコとしていた。

 

「あのー、ディーノさんかロマーリオさんいる?母ちゃんからの手紙でここに来たんだけど…」

 

 にこにこするタクトの言葉を聞いて、先ほどの相手を威圧だけで押し殺すような重い雰囲気が一変して軽やかな雰囲気へと変わった。

 

「母ちゃん、手紙…もしかしてMs.サラコの息子、菊池タクトか?」

「そうだよー」

 

 タクトが男性の質問に即答するや否や、その男性は大喜びでタクトの肩を軽く叩いた。

 

「おお‼あのタク坊か‼ちょっと待ってな、今ボスを呼んでくるからよ‼」

 

 男は喜びながら受付に置いてある電話をとる。その間にタクトの周りに他の男達が歩み寄り、「久しぶりだな!」とか「サラコさんにはお世話になってるぜ‼」とかフレンドリーに話しかけてきていた。一体全体どうしたのか静刃達がポカンとしていた。そんなタクトの下に、ダークグリーンのモッズコートを羽織った一番若そうな金髪の男性と黒髪でちょび髭を生やした男性が大喜びで駆けつけて来た。

 

「タク坊じゃねえか!懐かしいなー‼最後に会ったのは中学卒業時か?こんなにビッグになってよ‼」

「いつも日本に訪れる時はサラコさんに世話なってるな」

「あ、ディーノさん、ロマーリオさん‼お久しぶりぶり!」

 

 ディーノとロマーリオと呼ばれた男性にタクトはにこやかにしている様子をセーラは驚いたように見ていた。

 

「…たっくんといい、たっくんの母さんはどんなパイプがあるの…」

「な、なあセーラ。あの人達はいったい何者なんだ…?」

 

 静刃はセーラに尋ねた。自分達が完全にほっとかれているが、この男たちはただ者じゃないというのはなんとなく分かる。セーラは少し引きつった表情をして答えた。

 

「彼らは『キャバッローネファミリー』。コーサ・ノストラ、ボンゴレと並ぶイタリア最大のマフィア」

 

 それを聞いた静刃達も表情を引きつる。なんでマフィアにコネがあるんだよと静刃は頭を抱えた。




 モスクワやノストラにしようかと思ったけども…笑顔で中指突き立ててBANG間違いなしなので修正。
 他に知ってるとしたら…ジャンプのリ○ーンしかなかった。反省してます(焼き土下座)
あとキャバッローネが好きなので…


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61話

 いろんなものがごっちゃになってる感が半端ない…イタリアだし、シカタナイネ‼(オイ


 原作という原作を殴り壊してます。


「よし、じゃあ一から整理していくぞ」

 

 ローマ郊外から北へ離れた場所にある湖が見える町、ブラッチャーノ。中世の雰囲気を醸し出すその静かな町の片隅にある少し立派な一軒家のカツェのプライベートの隠れ家にて、カズキ達は一息入れて状況を整理しようとしていた。

 

 カツェと共にワトソンも状況を整理しようとしていたのだが、肝心のカズキとナオトは自分の家かのように寛いでいた。

 

「すげえ‼ソファーがふかふかなんですけどー‼」

「冷蔵庫にお酒が‥‥チーズもある」

 

「おおい!?何呑気に寛いでんだよ!?」

 

 ソファーで寝転がっているカズキと冷蔵庫を漁っているナオトを止めて、真面目にやるように注意した。もう一度、状況を整理し直していく。カズキ達が言うには、イタリアに着くや否やバチカンから枢機卿の一人がカズキ達に襲われたというウソの情報をローマ武偵校に知らせ、逮捕しようとしていたという。話を聞いたワトソンは首を傾げる。

 

「バチカンがそんな嘘を…それはおかしい。師団ではそんな情報は伝わってすらないよ」

「はっ、相変わらず師団はやる事が遅れてんなぁ」

 

 横で貶していくカツェにワトソンはムッとして睨み返す。

 

「ふーん、じゃあ眷属はどうなんだい?君達こそ良からぬことを企んでいるんじゃないのかい?」

「ふざけんじゃねえよ。こっちはただ、バチカンの動きが怪しいという話を聞いたから偵察に来たんだ」

 

 言葉に怒りを込めて睨むカツェにワトソンはふーんと呟いてニヤニヤしだす。

 

「へー、じゃあカズキ達のところに来たのは偶々なんだねぇ?」

「あ、あ、当たり前だろ!別に後を付けてきたわけじゃねえんだからな!」

 

「二人の話を聞いてると、なんかバカチンが怪しというわけか…」

「「バチカンね」」

 

 チーズを食べながらドヤ顔して間違えるカズキにカツェとワトソンは呆れるように即ツッコミを入れる。ワトソンは一度咳払いをして話をまとめる。

 

「つまり…この件はバチカンが一つ絡んでいる。ナオト、カズキ、やっぱり今回は一度イタリアを離れてキンジ達がいるフランスの師団の方へ避難した方がいいかもしれない」

 

「いや…ワトソン、師団はやめた方がいい。今の様に眷属も師団にもつかずに無所属を保たせた方がカズキ達だけじゃない、お前の為だ」

 

 頑なに師団につくことを否定するカツェにワトソンは疑問の眼差しで見つめる。

 

「カツェ…何故眷属の君がカズキ達だけじゃなくて、僕にまで肩入れするんだい?」

「それはバチカンが‥‥」

 

 カツェは言いかけたところで何かの気配に気づいたかのようにガタリと立ち上がり、身を隠す様に窓を覗いた。突然の事でカズキ達は驚く。

 

「か、カツェ?どした?」

「おいおい嘘だろ…!?ここはあたしだけしか知らない場所だってのに、もう師団のシスター共が来やがった!」

 

カツェは焦りだした。何故自分しか知らない場所をこうも突き止めることができたのか。窓からコッソリ覗き込むとシスターだけでなく、黒のトレンチコートを着たリバティーメイソンの連中も加わって取り囲んでいるようだ。

 

「ああくそっ‼折角カズキ達に会えたんだから少しぐらいゆっくりさせてくれっての‼」

 

「カツェ、何時でも動けるぜ!」

 

 舌打ちするカツェにカズキとナオトは既に迷彩柄のボディーアーマーを身に着け、カズキはTRG-42を、ナオトはAK47を用意していた。このまま籠城か、それともくぐり抜けて別の場所へ逃げるか。4人は少し考えるが答えはすぐに出た。

 

「おい、ワトソン。少し離れた所の車庫に車があるんだが…お前、車飛ばせるか?」

「…勿論。入り口の方は細工したからすぐには出てこないハズ。裏口から(ry」

 

「イエーイ‼最後のガラスをぶち破るぜぇー‼」

「だからお前が先に出るなって」

 

 裏口から出ようとワトソンが言い終える前にカズキとナオトが窓をぶち破って飛び出していった。まさかの行動にカツェとワトソンはギョッとする。

 

「「そっち!?」」

 

 庭の芝生へナオトが転がり出ると武装していたシスター達は身構える。ナオトをカバーするようにカズキは狙いを定めてシスター達の持っている盾と剣を撃ち落としていく。カズキの狙撃にシスター達は盾を構えて集まりだし弾丸を防ごうと防御態勢に入って近づいてきた。ナオトはそれを待っていたかのようにスタングレネードのピンを抜いてアンダースローで投げ込んだ。盾の隙間へと転がり込んだスタングレネードはシスター達の足下で衝撃音と閃光を響かせた。

 

「ここから一気に突っ走るぞ‼」

 

「はっ!ざまあみろ‼カズキ達をただの武偵と甘く見たら痛い目みるぜ‼」

 

 ナオトの掛け声にカズキ達は外へと駆け出る。カツェは目と耳を抑えてのた打ち回るシスター達に中指を突き立ててついて行った。先程の衝撃音を皮切りにシスターだけでなくリバティーメイソンの連中も追いかけてきた。

 迷路のような小道を駆けていくと角から黒のトレンチコートを着た男が3人、飛び出す様に襲い掛かる。どの男もSIG SAUER P226を引き抜き撃ってきた。飛んでくる弾丸を躱す様にナオトは身を屈めてAK47で撃ち、ナオトに近づいた男はワトソンに投げ倒された。

 

「ごめん…‼後で事情は話すから!」

 

 ワトソンは気を失った男性に謝り、駆けて行った。事情をすぐにでも話したいが止まるわけにはいかない。後ろからの追跡から逃れつつ、正面から現れてくる相手はカズキとナオトが支援しながらごり押していった。カツェの案内であともう少しのところで車庫へと着く。しかし、カツェはもうすぐの所で歩みを止めた。

 

「どうりであたし達の隠れてる場所を突き止めたわけか…」

 

 カツェは苦虫を噛み潰したような顔をして車庫の前で待ち構えているシスター達に睨み付けた。その中で白銀の大剣を構えているシスターがカツェを待っていたかのように睨み返す。

 

「やっと炙り出ましたね…汚れた眷属、カツェ・グラッセ」

「はっ、てめえの幸運であたしらを見つけたってことか。メーヤ・ロマーノ」

 

 メーヤと呼ばれたシスターは大剣を片手で勢い良く振って剣先をカツェに向けた。

 

「よくもまあ眷属のゴミ虫がのけのけとイタリアに潜んでるなんていい度胸してますね。バチカンの指示でイタリア全土の眷属の拠点を虱潰しに探りましたが…こんな所で隠れていたとは」

 

 

「ねえワトソン。あのシスター、めっちゃ毒を吐くんだけど?」

「め、メーヤは戦闘になると人が変わったかのように怖くなるみたいだよ?」

 

 一見お淑やかに見えるのにここまで口が悪いシスターにカズキとナオトは引き気味だった。一方でメーヤの話を聞いたカツェはピクリと反応した。

 

「やっぱりそういう事か…」

 

「どういう事を察したか分かりませんが、貴女達はここでお縄につき、裁きを受けてもらいましょう」

 

「ん?ちょっと待って、『達』ってもしかして俺達も!?」

 

 まさか自分達も標的にされていることにカズキはギョッとする。そんなカズキに対しメーヤは頷いて答えた。

 

「貴方達は遠山さんのご親友とお聞きしましたが…眷属と手を組み、師団のジャンヌを誘拐した容疑があります。貴方達も拘束した後、バチカンへ送ります」

 

 ん!?、とカズキとナオトは目を丸くして驚いた。バチカンの枢機卿を襲った容疑に続いて、ジャンヌが誘拐されたという全く身に覚えのない容疑が追加されていた。さすがのワトソンも身も蓋もない事態に慌ててメーヤを止める。

 

「ま、待ってくれメーヤ‼ナオト達は今日イタリアに着いたばっかりだ‼枢機卿を襲うどころかジャンヌを誘拐するなんてありえない‼」

 

「ワトソンさん…私はバチカンの代表戦士。それに私の能力もあってバチカンの枢機卿のご命令は疑わずにただ信じてやるのみです」

 

 メーヤはワトソンに申し訳なさそうに返す。メーヤの能力は戦運が良くなる事。被弾も怪我もすることなく幸運に護られている。しかし、欠点は仲間を疑うことで能力の効果が薄れてるということ。たとえ上からの命令には嘘っぱちだと感じても信じてやるしかないのだ。

 

「さあワトソンさん、お二人に手錠を。私は因縁の怨敵、カツェを相手します」

 

 メーヤは殺気をカツェに向け、じりじりと大剣を構えて近づいてきた。ワトソンはどうすべきか悩んでいたが、意を決して、煙幕手榴弾をメーヤめがけて投げた。

 

「メーヤ、ごめん!」

「なっ!?」

 

 煙幕が勢いよく巻き上がり、大剣をカツェめがけて振り下ろそうとしていたメーヤは怯んだ。まさか師団で仲間であるワトソンが敵を庇うような事をするとは思いもしていなかったのか突然の事でメーヤ達も動けないでいた。

 

「こっちへ逃げよう!」

 

 ワトソンの合図にカズキ達は車庫とは別の方向へと逃げ出していった。車があるか、逃げる手段はあるかというよりも、今はメーヤから逃げることが先決だった。

 

「おのれ…まさか同胞を洗脳するとは‼汚い、さすが眷属汚い‼カツェ、貴女だけは首吊り磔獄門にしてやるわ‼」

 

「おいあれ絶対にシスターじゃねえって‼」

「アマゾネス…!」

 

 お淑やかに見えるシスターとは思えないほどの怒号を飛ばすメーヤにカズキとナオトは青ざめる。絶対に捕まりたくない、その一心で走り続けた。

 

「へへ…ワトソン、助かったぜ」

「もう‼これで僕も裏切り者だ…‼一つ提案なんだけど…師団、眷属と関係なしに手を組まないかい?」

 

 ワトソンの提案にカツェはニッとして頷いた。

 

「ああ勿論だ!それに…今回で誰が眷属と師団の争いを泥沼化しやがってんのか分かったぜ」

「僕もやっと分かったよ。眷属に師団の情報を流している裏切り者を」

 

 二人の話にカズキとナオトは入ってこなかった。それよりも鬼の様な勢いで追いかけてきているメーヤを食い止めようと精一杯だった。カツェとワトソンは頷いて答えた。

 

「バチカンが裏切り者だ」

「そうだね…師団に眷属の情報を、眷属に師団の情報を流して戦局を長引かせた」

 

 このヨーロッパでの戦役はバチカンが裏で手を引いていた。両陣営に情報を流して戦況を弄り、泥沼化させどちらかが倒れても被害が出ないように保険をかけていたのだった。また、師団と眷属が共倒れしても影響が出ないようにバチカンのひとり勝ちできるように手引きをしていた。

 

「でもどうしてバチカンが両陣営に叩かれかねないのにこんな事を…?」

「やっぱ【十四の銀河】が関係しているんだろ」

 

 ワトソンは初めて聞く名前に首を傾げる。【十四の銀河】とは何か聞こうとしていたが、カズキが焦るように喚きだした。

 

「ちょ、あのメロンパン、弾が当たらないんですけど!?」

「メロンパンの加護か…‼」

「今のメーヤは戦運で弾丸が当たらないんだ‼」

 

 幸運で護られているメーヤには弾は当たらない。重厚な大剣をしょって物凄い勢いで追いかけてきている様はまさにシスターの皮を被った鬼。

 

「カツェ、メロンパンの加護はどうやったら消えるんだ!?」

「メロンパンじゃねえって‼さすがにあの幸運を打ち消すのはあたしでも難しいぞ…」

 

 そんなナオトとカツェの会話を聞いたカズキは何か閃いたのかポンと手を叩く。

 

「そうだ…いい事思いついた!」

「お前の閃きには碌な事がない」

 

 ナオトにダメだしされてカズキはうるせえとプンスカと返しながらポーチから黄緑色の液体が入った小瓶を取り出した。

 

「くらえ!今年のおみくじで凶を引いた男の『ゲロ瓶』攻撃‼」

 

 カズキはやけくそ気味に小瓶を投げた。小瓶は石の床に当たるが割れることなくバンドし、近づいてきたメーヤの目の前で小瓶が割れて緑色の煙が巻き上がる。

 

「これは…くぅっ!?臭いが…卑怯な…‼」

 

 目に染みる煙と鼻が曲がりそうな異臭にメーヤは怯んで足が止まった。メーヤを足止めできたことにカツェは驚き喜びあがる。

 

「すげえじゃねえか!あの幸運鬼畜シスターを足止めできるなんてな‼」

「どうだすげえだろ!今年運がない俺の力によって…えー…巡ってくる幸運が逆流してメーヤにふりかかって世界がすご(ry」

「まとめから言ってよ!?」

 

 うまくまとまっておらずしどろもどろになっているカズキにワトソンはツッコミを入れる。どういいたいのか分からないがメーヤを止めたことは大きい。このまま別の場所へと逃げようとするが、リバティーメイソンの連中に取り囲まれてしまった。

 

「またかよ…‼ナオト、フラッシュはまだある?」

「…もう無い。弾数も少なくなって来たし、ごり押しでいくか?」

 

 シスター達から撒くのにフラッシュバンは使い果たした。ここからは力づくで切り抜けるしかないが、相手は暗器も駆使するリバティーメイソン。容易に抜け出すことは難しい。

 

「…ここは僕が足止めをする。カズキ達はその隙に…‼」

 

 ワトソンが自らを囮にしてカズキ達を逃そうと前へ出た。どのくらい時間を稼げるか、どうやって逃がすかワトソンは焦りながら考えた。

 

 その時、リバティーメイソンの連中の背後からふわりと何かが投げられたのが見えた。弧を描いて宙を飛んでいるのはフラッシュバンだとナオト達はすぐに気づいた。

 

Duck(ふせろ)‼」

 

 何処からか大声で合図が聞こえ、カズキ達は咄嗟に目をつぶり、耳を塞いだ。一瞬で強烈な閃光が起こり、取り囲んでいたリバティーメイソンの連中は怯んだ。

 

 一体何が起きたのかカズキは恐る恐る目を開けると、上下男性用のスーツを着た金髪のツインテールで褐色肌の女性がたった一人でウィンチェスターM1897で撃つわ、殴るわ蹴るわで意を突かれた男たちを次々に撃ち倒していっていた。

 

「…貴方達が『カズキ』と『ナオト』ね。こっちよ、ついて来て」

 

 女性はカズキとナオトを見て、先導しようとしていた。なぜ彼らの名前を知っているのか、カツェとワトソンは疑いの眼差しで見ていた。

 

「よっしゃ‼藁にも津軽海峡だ‼」

「それを言うなら藁にも縋る」

 

 カズキとナオトは全く疑いもせず、その女性について行こうとしていた。彼らの言うようにあっちにもこっちにも追手ばかりで今は藁にも縋りたい状況だ。

 

「大丈夫…『神父』の依頼で貴方達を助けに来たわ」

 

 神父というワードにピクリと反応する。彼らと関係する神父はただ一人、ジョージ神父しかいない。ここは一か八かで信じてついて行くしかない。ワトソンもカツェも目を合わせて頷き、女性の後に続いて行った。ついて行った先には白いバンが停車しており、女性は運転席の窓にノックをした。

 

「フェルミさん、彼らを救出したわ」

 

 バンの乗車席のロックが解除されドアが開くと、女性はすぐさま乗り出す。

 

「さあ乗って‼もたもたしてると追手がくるわよ‼」

 

 カズキ達は安物のバーゲンセールかのように勢いよく駆けてバンに乗り込む。全員が乗り終わるとバンはスピードを上げてその場から離れた。何とか追ってを振り撒いたことにカズキ達はほっと安堵の息をつく。

 

「な、なんとか助かったー…助かったぜ。えーと…」

 

 名前を聞いていなかったためカズキはどう答えようか戸惑っていたが、女性は先ほどの冷静に戦っていたのが嘘のようにフレンドリーに微笑んだ。

 

「トリエラよ。いつ手助けしようか見てたけども、ハチャメチャな戦い方をするのね」

「よく言われる…」

 

 初対面なのに和気藹々としだした雰囲気にカツェは戸惑いながらも尋ねた。

 

「というか神父の依頼ってなんだ…?」

「ジョージ神父からは貴方達を無事に救出した後、私達の『教会』へ案内するよう頼まれてるの。まあこの一件は利害の一致で取引したんだけど」

「利害の一致…?」

 

 ワトソンは首を傾げる。彼女が何者か、何故ジョージ神父の依頼を受けたのか、更に気になる事が増えたのだが、カズキとナオトは全く気にしていなかった。

 

 

「私達、元『社会福祉公社』との戦いで壊滅した五共和国派(パダーニャ)の生き残りがバチカンに潜んでいたこと、そしてその頭目、シディアスという男が裏で引いてるってこと。その男を止めるために協力しているの」

 

 

___

 

 

「結局、嘘の情報を流してもシスター達はおろか武偵すら彼らを捕えることはできなかった、と?」

 

 バチカンのカトリック教会の総本山である、サン・ピエトロ大聖堂にある一室にて白の法衣を着た白髪の男性は椅子に深く腰掛けて、近くにいるブロンドのロングヘアーに白のヴェールをかけた女性、ローレッタを見つめる。ローレッタはその男から静かに伝わる威圧と恐怖に押されつつも深く頭を下げた。

 

「も、申し訳ございませんシディアス卿…メーヤを使いに出してもまさか逃げられるなんて…」

 

 ビクビクと震えているローレッタにシディアスは深くため息をつく。

 

「仕方ない…師団もローマ武偵校も彼らを甘く見ていた。それで流しておこう。公には出さず、貴女達は師団の連中を利用して追跡しなさい」

 

「か、畏まりました。師団にはあの遠山キンジもいます。彼らを利用して必ず捕えてみせます」

 

 ローレッタはもう一度頭を深く下げて部屋から出て行った。シディアスはやれやれとため息をつく。師団と眷属に情報を流しつつ両陣営を共倒れさせようと企んでいたが、無所属であるジョージ神父とその武偵にバチカンに隠してある『秘宝』の存在に気付かれた。

 

 そこであの手この手を使って彼らを排除していこうとしていたが、眷属は頑なに動かず、師団は思いのほか役に立たない。仕舞にはバラバラに分かれて追跡を混乱させようとしている。このままでは埒が明かない。その時、自分の周りにひらひらと蝶が飛んできた。

 

「…クエスか、何か用かね?」

 

 シディアスは部屋の隅にいつの間にかいたウェーブのかかったブラウンの髪をした、赤いドレスを着たおっとりとした雰囲気のある女性に視線を向ける。

 

「随分と楽しそうな事をしてるわねぇ。私には地味な仕事を押し付けるくせに、面白くないわ」

 

 クエスはおっとりと微笑みながら、シディアスに近づくがべったりとくっつかず距離を取り、それ以上は近づかなかった。

 

「『胡蝶の魔女』である君も私が持っている『秘宝』が欲しいのだろう?」

「そうね…でも迂闊に近づけば返り討ちに合うからやめておくわ」

 

 クスクスと微笑むクエスにシディアスはじろりと威圧を込めた視線で見つめた。

 

「クエス、魔力はちゃんと回収しているのかな?」

「勿論。今回は銀氷の魔女、ジャンヌダルクの魔力も奪えて大漁よ」 

 

 クエスの答えにシディアスは深くほくそ笑んだ。やっとまともな成果を聞くことができて満足して頷く。

 

「もうすぐだ。魔力をかき集め、この『秘宝』を使えば…‼バチカンは光に包まれ、私の手中になるのだ…」

 

「そ、楽しそうで何よりね」

 

 低く唸るように笑うシディアスにクエスはおっとりとした様子で軽く返す。シディアスは深く腰掛けて次の手を考えた。

 

「師団はもう役に立たん…モールと五共和国派の残党を使わせるか…」




 出そうか出さまいかで悩んでいたけども…やりました。
 IFとしてもし彼女が新トリノ原発で(1期生の)彼女だけ生存してたら…という感じで
 原作ファンの皆様、すみません

 あとなんでシディアス!?と感じた方は

 ローマ  シス  で検索‼

 


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62話

 それほど展開はなく、準備回みたいな感じです…たぶん

 シディアス卿はあくまでスタウォーズのパルパティーン議長もといシディアスをモデルにしておりますので…あくまであっちのあれではないので(?)ええ、ほんとです


「イヤッフー‼今日は漆黒の堕天使のワンマンライブ、イタリアバージョンを弾き語りするぜぇぇぇっ‼」

 

「「「「うおおおおお‼」」」」

 

 キャバッローネファミリーのアジトで夕食を取り、ボスであるディーノに事情を話すはずが何故かギターを担いで現れたタクトの突然のライブで大盛況になっていた。

 

「って、呑気にギター弾いてる場合か!?」

「へいへーい、静刃っちノリが悪いぜー!」

 

 静刃のゲンコツによってなんとかタクトのワンマンライブは未遂に終わった。

 

「ははは、タク坊のノリは相変わらずだな。その静刃達が更子さんが言ってたお友達か?」

「そうだぜ‼カズキ、ケイスケ、ナオトと別の…ニューエイジフレンドってやつ!」

「ちゃうわ‼」

 

 静刃はタクトのジョークとノリにツッコミを入れ続け、心なしか胃が痛くなってきていた。そんなタクトとディーノが仲良く会話をしている様子を見ていたセーラはただ驚いたまま見つめていた。

 

「まさかたっくんがあの『跳ね馬ディーノ』と知り合いだったなんて…」

「セーラさん、そのキャバッローネファミリーって他のマフィアと違うんですか?」

 

 アリスベル達は意気揚揚な雰囲気のディーノ達に不思議と感じていた。マフィアと聞けば物騒な雰囲気を感じるのだが、彼らには全くそんな気が感じられない。

 

「キャバッローネファミリーはイタリアでも3番目に大きく、5000もの組織を傘下に入れたマフィア。でも同盟しているボンゴレと同様に、地域の民衆を助け、ある時は武偵や警察、政府と協力し、ある時はテロリストと戦う、マフィアの中でも異質というか『善い』方のマフィアって思った方がいい」

「善いと悪いマフィアってあんのかよ…というかよく知ってるな」

 

「『颱風のセーラ』とは時たま雇ったりして協力する時があるからな。それにしても守銭奴のお前がタク坊の傍にいるなんてな」

 

 ディーノはニヤニヤしながらセーラの頭を撫でる。セーラはムッとしてジト目で睨み返す。

 

「べ、別に他の奴に雇われて無理矢理付き従っているだけ」

「照れ隠しちゃってさー。更子さんの所で務めたらどうだ?」

「うるさい。それよりも『跳ね馬』、タクトに事情を聞いたの?」

 

 ディーノに頭をくしゃくしゃに撫でられるセーラはムスッとした顔のまま話を無理矢理戻した。先ほどまで楽観的な様子だったのが一変してディーノは真剣な表情で話しを始める。

 

「ああ…丁度こっちでも色々と厄介な事が起きていてな。一つ目はバチカンの連中がコーサ・ノストラを雇って俺達とボンゴレファミリーに攻撃を仕掛けてきた」

「その件にボンゴレも動くの?」

「いや。生憎、当10代目は日本にいてな…今は門外顧問チェデフと暗殺部隊ヴァリアーが防衛を張って調査している」

「ヴァリアーの主力部隊が動いたら戦争になる…ボンゴレは硬直状態で動けないみたいだね」

 

 ディーノとセーラの会話に静刃達はついて行けずポカーンとしていた。要はマフィア間との抗争から大きな混戦どころかバチカン、宗教絡みの争いに勃発し兼ねないので両陣営とも慎重に動いているというのは何となくわかった。貘は気になっている事をディーノに尋ねる。

 

「しかし何故バチカンがその様な事を?武偵に嘘の情報を流しタクトを嘘の容疑で逮捕させようとしたり、マフィアを雇い抗争させるのだ?」

 

「バチカンに五共和国派っていうかつてイタリアを騒がせたテロリストの生き残りが潜んでいるんだ。確か…シディアスという男が教皇の座を狙っている。そいつがまずはイタリアを我が物にしようとあれやこれやと仕掛けているんだ」

 

 いかにもダークサイドにいそうな名前だと静刃は思わず口にしそうになった。口にしてしまえば横で全く話を聞いておらずギターを弾き語りしているタクトが悪乗りするに違いないからだ。ディーノの話を聞いていたセーラは首を傾げる。

 

「相手は教皇ではなく枢機卿の1人でしょ?他の穏健派の枢機卿や国際エクソシスト協会に証拠を出せば奴は下ろせるはず。なのになぜ動いていないの?」

 

「シディアスに力があるからだ。金、兵力だけじゃない、シディアス自身に強大な力が備わっている。リボーンが言うには、シディアスに【究極魔法・グランドクロス】というボンゴレリングと同じ若しくはそれ以上の力を持つ秘宝を持っているからだと聞いた」

「あの赤ん坊がそこまで言うのか‥‥【十四の銀河】はやはり恐ろしいね。というかたっくん、話を聞いてる?」

 

「勿論‼バチカンへ殴り込みに行こうぜ!」

 

 全く話を聞いておらずノリノリでドヤ顔をするタクトにセーラと静刃は頭を抱え、ディーノは盛大に笑った。

 

「ハハハ、タク坊の言う通りだな!タク坊の気持ちは分かるが、正面から行くと色々と面倒な事になるからな。まずはタク坊の親友を見つけることから始めるか。ロマーリオ、他のファミリーと連携を取ってシスター達を抑えつつタク坊の親友の行方を探らせてくれ」

 

「ボス、久々に大仕事できそうですな」

 

 ロマーリオだけでなく、キャバッローネファミリー全員がやる気に満ち溢れていた。ディーノは頷いて見上げた。

 

「この雰囲気…懐かしいな、ツナ達と共に戦った日々以来だ。さあやるぞお前等‼いつも日本に訪れるたびに世話になっている更子さんへの恩返しだ‼」

「「「「うおおおおお‼」」」」

 

 ディーノの合図とともに部下たちは威勢よく声をあげる。そんな様子を見ていたタクトは納得したかのように頷いていた。

 

「へー…ディーノさんってマグロ漁もやってたんだ」

「たっくん、そっちのツナじゃないと思う」

 

 セーラは静かにツッコミを入れる。ディーノはニッと笑ってタクトの肩を軽く叩く。

 

「タク坊、明日から忙しくなるぜ!シディアスを止めるには多くの味方を付けることが大事だからな」

「まっかせてくださいよ‼この漆黒の魔導士的破格のお安さで有名な俺のパワーで大団円ですぜ‼」

「静刃くん、タクトさんが活躍したところってありましたっけ…?」

「ねえな」

 

 ヒソヒソと静刃とアリスベルはこれまでのタクトの活躍を思い出しながら話す。あったとしてもタクトのコネの広さぐらい。

 

「それで跳ね馬。ボンゴレ以外に当てはあるの?」

「ああ、部下たちには他のマフィアと連携をとってコーサ・ノストラと師団の動きを抑え、その間に『教会』に協力を依頼する。後は…穏健派の枢機卿や国際エクソシスト協会と味方につける」

 

___

 

 理子が猛スピードで飛ばすフェラーリに乗ってどれくらい時間が経過したか、ケイスケはそんな事は気にせず窓からの夜の景色を眺め、何度目かのため息をついた。

 

「もー。ケー君、ため息つきすぎー!折角いい雰囲気なのに台無しだよー」

「どこがいい雰囲気だ。お前のくれた変装セットで、なんでお前と夫婦のフリをしなきゃなんねえんだよ」

 

 ケイスケは武偵校の制服から少し派手なハイビスカス柄のシャツを着て、金髪のカツラを被ってナウな旅行者の変装をしていた。因みにその娘役として変装しているリサは何故かムスッとしてこちらを見ており、鵺はいびきをかいて寝ていた。

 

「メディアには流れてないものの、ケー君達は師団とローマ武偵校に顔バレしてるんだから変装は当たり前じゃん。ね、ダーリン?」

「誰がダーリンだ。というか師団に付け狙われるとか心当たりが全くねえんだけど」

 

 ケイスケはため息をついてこれまでの経緯を思い出す。確かに、ドイツで眷属である魔女連隊と協力してゾンビと戦ったが、それでも無所属を通しているし師団に影響を与える事すらしていない。そうなれば師団の内部で悪巧みをしている奴がいるに違いない。

 

「師団に俺らを引きずり出そうとしている奴がいるなら…ヨーロッパの師団は足並み揃っていないんじゃないのか?」

「確かにケー君の言う通りだね。バチカンはカトリック、リバティーメイソンはプロテスタント…協力して手を組んでるけど、内心はお互いいがみ合っている感じ。内部の事情を早く知ってたら『ランペイジ・デコイ』なんてしなかったのに…」

 

 理子もこればかりは不満そうにしており、愚痴をこぼしていた。内部が仲違いしているのならば、陰でどちらかが相手を陥れようと仕掛ける。そしてそれを仕掛けたのがバチカン…つまりは今回の騒動はバチカンが黒幕となる。

 

「ヨーロッパが混戦してるならバチカンが操作してるんだろ。両陣営を疲弊させ共倒れを狙う。そして奴らにとって俺達がその計画の邪魔になるから排除させようとしている、ってところか」

「ケー君の考えている通りっぽいね。でも、それだけじゃないと思うの。ま、詳しい話は着いてからってことで」

 

 気づけばローマの街道から離れ、広い草原と森林が見え、そのど真ん中にぽつんと白い壁の塀で囲まれた建物が見えてきた。どうやらあれが理子が言っていた『教会』というようで、フェラーリはその門前に停車した。

 

 理子は携帯を取り出し、イタリア語で誰かと会話していた。携帯の電話を切ったと同時に門のロックが解除されたようで自動に門が開門した。そのまま中へ入っていき、駐車場へと駐車した。

 

「はいとうちゃーく!」 

 

 『教会』と言っていたが幾つか建物があり、すぐ近くには家庭菜園のような畑も見えた。どちらかというと田舎の小学校の様だと思われる。ケイスケは背伸びをして疲れを飛ばし、鵺を叩き起こして理子の後についていった。キョロキョロと辺りを見回すが、人という人がいるような気配が見られない。

 

「理子、『教会』には誰がいるんだ?」

「うーん…超簡単に言うと元イタリアの公安みたいな組織の人達。ごく少数だけどね」

 

 公安みたいな組織とは何ぞやと首を傾げていたが、校舎のような建物の中へ入ると入り口前にスーツを着た金髪の鋭い目つきをした男性が待っていたかのように立っていた。

 

「Ms.理子…彼が神父の言っていた人物か?」

「ええ、神父が言っていた4人組の一人です」

 

 金髪の男性はじっとケイスケを睨むように見つめてきた。鋭い視線にケイスケは押されそうになったが、咳払いをして一礼する。

 

「あのクソ神父が言ってた4人組の、天露ケイスケだ。何が何だかわかんねえから何か変な期待をされても困る」

「ふ…威圧をすまなかったな。ジャン・クローチェだ」

 

 ジャンと名乗った男性は軽く笑ってケイスケと握手を交わす。

 

「今は新右翼を監視する諜報組織の局長をしていてな…バチカンにシディアスという五共和国派の生き残りがいて、そいつを捕えようと動いている。そこへジョージ神父から似たような話を聞き、君達と協力する取引をした」

「で、俺達を助けて一緒に俺達に嘘の罪を擦り付けた野郎をぶちのめすってことか」

 

 折角のイタリア研修を台無しにし、進路に余計な影響を与えられた恨みもあり、ケイスケは怒りを込めて尋ねた。

 

「君も色々と災難に巻き込まれたようだな…シディアスを止めるには多くの味方がいる。ケイスケくん、神父から『この戦いを止められる力がある』と聞いたのだが、力を貸してくれないか?」

 

 あのクソ神父、余計な事を言いやがって、とケイスケは内心神父への怒りを唸らせていたが仕方ないと項垂れて頷いた。

 

「解決できるなら力を貸します。でも、あまり期待はしないでくださいよ?」

 

 マフィアだの、宗教絡みだの、こっちはハチャメチャすることで評定のある武偵。しかも相手は三大宗教の一つでもあり自分がどこまで敵うか分からない。そんな不安を抱えているケイスケに察したかのようにジャンは軽く肩を叩く。

 

「なに、我々が全力でサポートをする。しばらく走り続きで疲れているだろう、今日は仲間と共に休むといい」

 

 兎に角今は疲れを取って、情報を整理して次に備えて動くことが大事。ケイスケは軽く笑って頷いた。

 

「それじゃお部屋まで理子が案内するよー」

 

 こちらの苦労を気にせず理子はグイグイとケイスケとリサの手を引っ張り、休む部屋へと連れて行く。何がともあれやっと休むことはできるとケイスケは安堵のため息をついた。

 

「「‥‥あっ」」

 

 前言撤回である。理子に案内された部屋には、机で黙々と読書をしている眼鏡をかけた黒髪の少女の他にもう一人、これまでの疲れを取っているかのように寛いでいる、遠山キンジがいた。キンジとケイスケはしばらく目があったまま気まずそうに苦笑いしていた。

 

「…ど、どーも、ケイスケさん」

「…またお前絡みかよ」

 

「あ、言うの忘れてたけど、ケー君を助ける前に師団から追われる身になったキーくんを助けてたんだー♪」

「それならそうと早く言えやぁぁぁっ‼」

 

 ニヤニヤとしている理子にケイスケは容赦なくアイアンクローをお見舞いした。キンジが言うには、フランスの修学旅行Ⅱと称してヨーロッパの師団の援護をしてに来ていたのだが、そこで共に訪れていたジャンヌがいなくなるわ、フランスの拠点を襲撃されるわで大打撃を撃たれ、更には眷属に情報を流したとジャンヌとキンジに裏切り者の容疑が掛かれ逃亡していた。そんなところに理子とヒルダに助けられイタリアへ、『教会』へと逃げ込んでいたという事であった。

 

「眷属は一向に動いてねえから、内部の仕業と思ったんだが…やっぱり内部に裏切り者がいたわけだな」

「ああ、バチカンのなんかダークサイドにいそうな名前をした野郎の仕業だ。おかげで俺達も追われてる身だ」

 

「と…いう訳でバスカビールとイクシオンで手を組んで、難敵を倒そう!」

 

 ノリノリの理子にキンジとケイスケはため息を漏らす。今のところ、バチカンの五共和国派の生き残りであるシディアスが黒幕であること、彼の手によってメーヤを含む師団のシスター達は意のままになっていること、ジャンヌは眷属ではなくバチカンに攫われたということ。

 

 カズキ達は今バラバラに逃れて行っていると願うが、一日でも早く残りのメンバーを見つけ、早く解決の道へとのり出したいところだ。

 

「…あまり敵を甘く見ない方がいいわ」

 

 ずっと読書をしていてこっちは関係ないかのような様子だった少女がケイスケ達の方に視線を向けた。

 

「五共和国派は躊躇いなく人を殺すテロリスト集団…貴方達の様な生半可な武偵じゃ無理よ。それにバチカンとなればもっと無理」

 

「君は…その五共和国派とかいう連中を知っているのか?」

 

 キンジはその少女に尋ねた。と言うよりも少女の言われたことが気になっていた。

 

「キーくん、五共和国派っていうのはイタリアに根付いていた過激派もといテロリストのことだよ。3年前、イタリア全土を騒がせた同時多発テロ、新トリノ原発テロ事件を引き起こした後、根こそぎ摘発されて壊滅したと聞かれたけど…まさかバチカンに生き残りがいたなんてね…」

 

「社会福祉公社や五共和国派…たった3年過ぎただけで人は出来事を忘れられる…」

 

 少女は悲しくもそれでも仕方ないように呟いた。

 

「私はクラエス…五共和国派との戦いをずっと覚えているわ。多くの人の命を奪った相手に貴方達は勝て(ry」

 

「いやー‼やっと着いたぜー‼助かりんべー‼」

「もうへとへと…‼寝たい‼」

「ただいまークラエス!この人達の話ほんっと面白いんだけど!」

 

 クラエスの話を遮るように部屋にカズキとナオト、そしてトリエラが勢いよく入って来た。それに続いてカツェとワトソンもひょっこりと顔を覗かせる。

 

「おお‼ケイスケ、リサー‼無事だったんだな!ハッピーウレピー!」

「うるせえよバカ‼折角重要な話になる所だったのに台無しじゃねえか!?」

 

「なんで理子や鵺がいるの…?」

「カズくん達ってやっぱり空気読めないよねー…」

「お前等にシリアスは似合わない気がするじょ…」

 

「げえっ!?遠山キンジ!?」

「お、お前は魔女連隊のカツェ・グラッセ!?てかなんでワトソンもいるんだよ!?」

「あ、あははは…かくかくしかじか?」

 

「ね?クラエス、話を聞いたんだけどもあの4人組は中々やるわよ?」

「…勢いだけは認めてあげるわ。後は知らない」

 

 クラエスはため息をついて本を手に取り、再び読書に集中した。




 やっとこさパーティーが次第に集まって来ました…全員集結するまで長くなりそう(遠い眼差し)

ボンゴレもガンスリもそれぞれ原作のその後の状態ですね。色々と原作ブレイクしちゃってますが…


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63話

 ほぼほぼ会話回です。
 2月18日はカオスな方々の武道館ライブだそうで…ほんと凄いです


 結局キンジは一晩中カズキ達が大騒ぎしていたせいでよく眠れなかった。胃痛と頭痛に魘されつつ朝日が照らされる施設の外へと出た。

 

「あいつら…ほんっとぶれねえな」

 

 自分は師団や眷属の両陣営から追われる身になっているというのに、無所属でしかも眷属との繋がりもあるカズキ達が少し羨ましかった。ワトソンとカツェが言うにはすべての黒幕はバチカンであり、そしてその頭目であるシディアスを止めることができれば自分の濡れ衣だけでなく、混戦としたヨーロッパの戦役も終えることができるという事だ。あの喧しい4人組が宗教大国の組織とどう戦うのか気になるのが半分、心配なのが半分である。

 

「…朝は早いのね」

 

 そんな色々と頭に不安がよぎっている時に声をかけられた。キンジは振り向くと麦わら帽子を被り、片手に如雨露を持ったクラエスがいた。

 

「ああ、あのバカ達が五月蠅いせいで眠れなかったんだ。それより君は…?」

「毎朝菜園に水やりをするのが日課。ただそれだけ」

 

 彼女は笑わず、あまり関わりたくないというより我関せずとでも言うような態度でスタスタと通り過ぎていく。キンジはそんなクラエスの様子にポカンとしていたが、ただここにいてもすることがないのでさり気なく後についていった。

 

 勝手について来ていることにクラエスは何も咎めなかった。白と赤のレンガで囲った小さな菜園だがイタリアンパセリやルッコラ、ハーブやミントと立派なもので、クラエスはただ黙々と如雨露に水を入れては菜園に水をやっていた。

 

「…これ一人でやったのか?すごいな」

「そう、ありがと」

 

 こうも黙っては話しかけづらい。キンジは何とか話そうとするがクラエスは1人の方がいいのか即答してすぐに話を切る。レキのような寡黙で何を考えているのか分からないタイプではなく、違ったパターンにキンジは困惑した。何か話をしていこうと悩んでいたが、昨日彼女が言いかけた話を思い出す。

 

「な、なあ。社会福祉公社とか五共和国派との戦いとかってなんだ?」

 

 彼女たちが何者なのか、そして自分達とどう関わるのか、知る必要がある。キンジは気さくに尋ねてみた。すると今までこっちを見ないで黙々と作業をしていたクラエスがすぐに振り向いた。その速さに焦るが、彼女の無関心というよりもお前は何を言い出すんだとでもいうような眼差しに気付く。

 

「…日本の武偵が私達のことを知って何になるの?同情するつもり?それとも哀れむの?」

 

 クラエスの黒い瞳に冷静さだけでなく、静かな怒りが出ていると感じ、キンジはまずい事言ってしまったと気づき謝ろうとした。

 

「いや。あんた達が何者なのか、まずはそれを知る必要があるだけだ」

「ケイスケ…!?」

 

 キンジが謝る前にケイスケが遮った。いつの間にいたのかと言いたいが今はそれどころじゃない。ケイスケと一緒についてきていたカツェが苦笑いしてクラエスを宥めた。

 

「こいつもあたし達と同じで味方と敵に追われる身でな、あいつなりに情報をまとめようとしただけなんだ」

「そう…トリエラもジャンさん達も何も言わなかったのね」

 

 クラエスはため息をついて如雨露を置いた。

 

「魔女連隊の貴女もイタリア政府の公営組織、社会福祉公社は分かるわね?」

「ああ、それぐらいは当たり前だ。障碍者支援を目的に活動し、足や手が不自由な者、病気や事故で止む無く切断した者に当時のイタリアの医療技術で開発した『義体』を提供する公益法人だと…()()()

 

 表は?とキンジは首を傾げすぐにこういったものには何かあると気づき、ケイスケはあのクソ神父と知り合いだという事は絶対裏があると察して身構える。カツェの話にクラエスは黙って頷いた。

 

「そうね…本当は義体を付けた少女達と共にスパイ活動や暗殺活動、テロ組織に実力行使を行わせる組織よ」

 

 その話にキンジは目を丸くするがケイスケと同じように驚くようなリアクションを取らずただ黙って頷く。すぐ隣には自分と同じくらいの年でテロリストやってる魔女の隊長さんがいるのだから。

 

「全ての発端はイタリアで起きたクローチェ事件という五共和国派が起こしたテロ事件から始まった。クローチェ事件で政府や警察の信頼を失い、その事件から家族や職を失った者や首相の声掛けのもと政・官・軍が集い五共和国派に復讐するために設立されたのが社会福祉公社なの」

 

「そして五共和国派を潰すために開発されたのが『義体』だ。所謂サイボーグみたいな奴だけどな。重症負傷者や重度な身体障害者を選び義体を取り付ける。そしてそのデータをもとに民生用義肢へフィードバックし実績をあげる。世間を欺くのにいい隠れ蓑となったわけさ」

「じゃあクラエスだけじゃなく、トリエラって子もその義体がついているのか?」

 

 キンジの質問にクラエスは黙って頷いた。ジーサードの様な義手みたいなものかとキンジは納得したようだがケイスケは話を聞いてクラエスに尋ねた。

 

「公に知られてないってことは…義体に何かあるんだな?」

 

「察しの通りよ。義体を取り付ける際に脳に『条件付け』と呼ばれる洗脳措置をされるの」

「せ、洗脳!?」

 

 クラエスの発した言葉にキンジはぎょっとする。そんなキンジにカツェはヤレヤレとため息をついて肩を竦める。

 

「あのな、あたしら魔女連隊だって捕虜の中で使える奴がいたら洗脳手術だってする。裏じゃ当たり前だぜ?」

 

「魔女連隊のやり方とは違うけども…『条件付け』によって洗脳処理を終えた後、義体を使い、体の8割が強力な人工物に変えられ通常以上の身体能力が備わるの。でもその条件付けというのが薬物、暗示、電気的刺激を用いて『義体の担当官及び社会福祉公社に忠実である事』、『殺人に抵抗を持たない事』『目的の為には自己犠牲を厭わない事』を植え付けていく」

 

「義体とされた人間を忠実な兵士に仕上げる反面、記憶障害や味覚障害、薬物依存、短命化っていう副作用が生じるんだ。そんでその義体の適合者が脳の適応力により、未成年女性だけだ。その少女達に大人の担当官がつき、銃器の扱いを教え、訓練させ、躊躇いなく相手を殺せる兵士へと作り上げていった」

 

 キンジは何も言えなかった。ただの武偵として、世界にはイ・ウーといった秘密組織やカツェのようなナチス残党のテロ組織だけではなく、政府が裏で設立した少女を人殺しを躊躇いなく行わせる兵士に変える組織もあるなんて知らなかった。という事はクラエスもトリエラもその洗脳措置をされたというのかと察するが、決して『可哀想だ』なんて思わなかった、いや思ってはいけなかった。ケイスケは真剣な表情で頷いた。

 

「そうしなきゃならない程、政府は五共和国派に復讐したかったんだな‥‥」

「そうね…政府は社会福祉公社を使い、何度も五共和国派の連中を駆逐していったわ。私はその途中で担当官がいなくなってその戦いに出る機会があまりなかったけど…トリエラは他の仲間たちと共に銃器を手に持ち、多くの人を殺めてきたわ」

 

 クラエスがその話をした途端に急に虚しく、そして悲しそうな瞳をして一瞬俯いたのをキンジは見た。

 

「色々と五共和国派と戦って最後に起きたのが新トリノ原発テロ事件だ。社会福祉公社に絞られて弱体化した五共和国派が建設途中の新トリノ原発発電所を占領。政府は社会福祉公社を投入させ鎮圧させた」

「でもその戦いで多くの仲間や職員の人たちが死んでいったわ…」

 

 クラエスは無表情ながらも語っていたが、その声はとても虚しく悲しそうであった。

 

「その戦いで五共和国派は完全に壊滅。復讐を終えた時、公社もテロの被害や政府の軍事介入により崩壊寸前。でも規模を縮小することによって依存され、職員は元の職へ復帰。研究職は残り純粋な義体研究機関となり、他の義体の子達は洋上に浮かぶ大型船の本部へと研究職員と共に移っていったわ…」

 

 これが社会福祉公社だとクラエスは付け加えて語った。そんな裏にしか生きていく道しかない者もいる。ただそれを噛みしめることしかできなかった。

 

「でもそれで終わりじゃない。初期から戦い続け役目を終えた義体の子は船上の施設へ移り…短命の副作用や持病で亡くなったわ。そしてトリエラだけはこのイタリアの地に残った」

「トリエラだけ?なんでだ?」

 

 クラエスが言うには船上の施設へ移る際、トリエラだけは頑なに断りこの地へと残ったという。

 

「条件付けは時には欠陥がある。トリエラは新トリノ原発テロ事件で致命傷を負い死んでもおかしくない程の重体になるけども、奇跡的に生還した。担当官がその戦いで殉職したからその記憶を消すため条件付けを行ったのだけど…担当官との絆がとても強く根付いてて、名前や顔は忘れても自分には命よりも大事な人がいたという記憶だけが残ったの」

 

 条件付けを終えて目覚めたトリエラは何かとても大事な物を失った虚無感を抱き、泣いていたという。

 

「トリエラはフリーの傭兵になって自分の中に残った虚無感を埋めるために戦い続けている。彼女の身を案じた人たちは政府の諜報組織の局長となったジャンさんを筆頭に『教会』という小さな組織を設立させ彼女をそこへいさせてあげているの」

「クラエスもトリエラが心配なのか?」

 

 ケイスケの質問にクラエスは初めて苦笑いをして頷いた。

 

「ええ。エッタ、リコ、アンジェ、エルザ、ペトラ…たった3年で多くの友達を失ったわ。そしてバチカンにシディアスという五共和国派の生き残りがいる…トリエラはその戦いで死ぬつもりかもしれない。私はそんな彼女を止めたい…のかもね」

 

 それは自分にそんな力があるのかという不安と自分の力では彼女を止められない諦めを含めた苦笑いだった。これまで黙って聞いていたキンジは自分の拳を強く握りしめていた。

 

「俺達に何かできないのか‥‥」

「できないことはないけど…ただ何も知らず、彼女と接してあげるべきなのかもね。丁度あの賑やかな人たちの様に」

 

 今までキンジに対して無表情だったクラエスは軽く微笑み向こうを指さす。その先には賑やかに話すカズキとナオト、彼らの話を聞いているトリエラの姿が見えた。

 

「うーん…貴方達の言う『たっくん』ってどんな人なの?」

 

「たっくんはすっごい喧しくて、すぐに突撃して、なんか自滅する。あと足臭いんだぜ!」

「あながち間違ってないけど、足は臭くないだろ。あと断末魔がすっごく五月蠅い」

 

 カズキとナオトはタクトの印象を思い出しながらトリエラに説明する。カレーが好き、よく叫ぶ、『たっくんスーパー弱いね!』等とタクトがどんな人か話すがトリエラは苦笑いして頷く。

 

「よ、要は凄く賑やかな人ってことね。たっくんまで揃うと何かお祭り騒ぎになりそうね…」

 

「でもたっくんは盛り上げ上手なんだぜ!」

「次お祭り騒ぎになるとしたら冬が過ぎて春の花見かなー…」

 

 カズキとナオトは去年の花見を思い出しながら語る。そんな二人の話にトリエラはキョトンと首を傾げた。

 

「花見…?お花でも見るの?」

 

「花見ってのはあれだ。春になると暖かくなって桜の花がこうプワッて咲くんだ。その景色が綺麗だから皆で桜の花でも見ましょってわけでお祭り騒ぎするんだぜ!」

 

 桜の花と聞いてトリエラは成程と頷く。それならローマにも日本の散歩道と呼ばれた桜の街道がある。自分は見たことは無いが、今でも数千本の桜の木が春になると咲かせると聞く。

 

「へー、並木道でお祭り騒ぎするの」

 

「へっへー、甘いぜトリエラちゃん。ローマにも桜があるけども俺達がいつもやる花見の場所は桜がやべえ程あるんだぜ‼ナオト、見せてやりな!」

「俺かよ。ほら、こんなの」

 

 ナオトはスマートフォンを使って、花見の写真を見せた。その写真を見たトリエラは目を見開いて驚いた。辺り一面、鮮やかな桃色の花を満開させる何百、何千以上もの桜が景色を見栄えさせ美しいものへと変えていた。そんな驚いているトリエラにカズキはニッと笑う。

 

「そうだ!今度トリエラちゃんも見に来て一緒に花見をしようぜ‼」

「え!?わ、私も!?」

 

「たぶんたっくんがいたら言いそう」

 

 カズキの提案にナオトもふっと笑って頷いていた。突然の事にトリエラは戸惑うが、カズキ達はウキウキしていた。

 

「わ、私なんかが貴方達と一緒に楽しんでいいのかな…?」

 

「そんなこと言うなよ!俺達は友達、ソウルメイトじゃないか!来るもの拒まず、がモットーなんだぜ‼」

「そのモット―、初耳なんだけど?でも面白いし楽しいと思う」

 

 カズキとナオトのニッとする笑顔を見てトリエラは大きく息を吐いて苦笑いをした。

 

「ふふ…お誘いしてくれてうれしいわ。でも…やらなきゃいけないことがあるから、またいつかね」

 

「よーし‼そうと決まればいつかやろうぜ‼ナオト、忘れずメモしとけよー?」

「いや、カズキが覚えとけよ。俺忘れっぽいし」

 

 それならケイスケに頼もうぜとカズキは言いだし、すぐ近くにケイスケの姿が見えたので二人はケイスケの下へと駆けだしていった。そんなカズキとナオトの後姿を見ていたトリエラは少し切なそうにつぶやく。

 

「…その日まで、生きているかしら…」

 

___

 

 その夜はカズキ達は会議室のような場所に集められ、これからどう動くか今後の動きについての話になった。ジャンの言う話によると、ローマの各地を自分含め大人数で探し回ったがタクトの姿が見当たらなかったこと、バチカンの穏健派の情報でシディアスはローレッタ、メーヤを使い更には他の祓魔使いと人員を増やして虱潰しに探しているとの事だった。

 

 幸運の能力を持っているメーヤがいるならいつここへ辿り着くか分からない。時間の問題だとキンジは固唾を飲む。一方でシディアスが動いたと聞いてトリエラとクラエスは真剣な表情で頷く。

 

「シディアスが…あいつが動くというなら…五共和国派の残党を使ってくるに違いない」

 

「シスター達を欺くことはできるが、連中は厳しいだろう…シディアスを引きずり下ろす証拠は揃ってきている。動くとすれば迅速にバチカンに向かい、シディアスを捕えるのが先決となるな…」

 

 そうなれば長居は無用になる。ジャンのここをすぐに離れるという話を聞いたカズキとケイスケはどうしてもタクトを見つけてここへ連れて行きたかった。

 

「あの‼もう少しだけたっくんを見つけるまで待ってくれませんか‼」

「あのバカはかくれんぼだけはうまいからな…俺達も一緒に探す」

 

「しかし…君達は『たっくん』を見つける方法があるのか?」

 

 探すというなれば手はもっと必要になるし、カズキ達までも探させるわけにはいかない。尋ねられたカズキ達は唸りながら深く考え込んだ。

 

「町のど真ん中にカレーを置いて誘き寄せる!」

「たっくんの暴露話をして誘き寄せる」

「…たっくんの母さんを呼んで誘き寄せる」

 

「お前等チームメイトを何だと思ってんだ」

 

 樹液の臭いに誘き寄せられるカブトムシかとキンジはツッコミを入れた。というよりもこんな面子によくそんな方法をお構いなく述べれるなと肩を竦める。同じようにクラエスと理子は呆れていた。

 

「ま、まあ、君達の気持ちもなんとなーく分かるが…今は時間がない。一日でも早くシディアスを捕えなければならない」

 

 今夜でもすぐに移動して、バチカンへ向かうという方針になり各々準備をするようになった。タクトの行方が気がかりである中、大部屋で支度をしていたカズキはふと思い出した。

 

「あれ?というか何でジャンヌは攫われてんだっけ?」

 

 そのカズキの言葉にカツェもワトソンも理子もふと気づいた。もとはキンジを裏切り者として偽らさせ両陣営に追われる身にさせる手だと思っていた。

 

「そういえば、ジャンヌはバチカンに攫われたという事になるけど…」

「誰がジャンヌを攫ったんだ?」

 

 バチカンと疑っていたが、メーヤもローレッタもその他のシスター達もそんな事は立場上できない事になる。となれば五共和国派の残党か?否、ジャンヌは能力者であり不意を突かれない限り後れを取らないはず。

 

「そうなると…シディアスに誰か協力者がいるってことになる。キーくん、これはちょっとまずいかもよ」

「じゃあ敵は五共和国派以外に別の誰かがいるのか!?」

 

 カズキのさり気ない一言で気づいたキンジ達だが、その隅にいたリサがふとピクリとした。

 

「リサ、どうかしたのか?」

 

「ケイスケ様、リサにも何の臭いか分からないのですが…何かよからぬものが近づいてきてます…!」

 

 リサはかなり焦っている様子で不安そうに見つめた。リサは鼻と耳が優れている。ケイスケはその言葉の意味を理解した。

 

「カズキ、ナオト‼急いでトリエラ達に伝えろ‼もう襲撃が来てるぞ‼」

 

 ケイスケの怒声を飛ばしたと同時にどこかで爆発音が響いた。もう来たのかとカズキ達はギョッとしていたが、すぐさま部屋にトリエラが扉を蹴とばす勢いで入ってきた。

 

「あんた達、すぐに戦える用意をして‼」

 

「トリエラちゃん、一体何があったの!?」

 

 カズキは焦りながら尋ねる。

 

「正門の方からメーヤ率いるシスター達、裏門から五共和国派の残党が壁を爆破させて入ってきた‼」

 

 その言葉にキンジと理子はギョッとした。前の方からはメーヤを筆頭に師団のシスター、後ろの方からはテロリスト集団こと五共和国派の残党が押しかけて来て挟み撃ちになってるという事になる。その言葉を聞いてカズキはごくりと生唾を飲みドヤ顔をする。

 

「なるほど…ゼンミウノトリャコウモノオオカミュってやつだな‼…」

「そこで噛むなよ!?」

 

 緊迫した雰囲気が台無しである。キンジのツッコミが虚しく響いた

 




 無理やり嚙ませるというのってなんか難しいですね
 動画を見てどう噛んでいるのかよく観察しないと…(白目


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64話

 冬の風邪は治ったと思ったらぶり返してくる…皆さんも寒さに気を付けつつ、手洗いうがいをして風邪にお気を付けて…


「襲撃とか早すぎでしょ!?」

「兎に角、板挟みになるから蹴散らさなきゃな‼」

 

 今までやる気なさそうにしていた鵺がフンスと鼻息を立てて好戦的な態度を見せる。よほどここで待機しているのが退屈だったのだろう。前方からはメーヤ率いる武装シスター、後方からはテロリストこと五共和国派の残党。すでに後者は屋内に襲撃し攻撃しているとの事。

 

「キンジ、理子、ヒルダ、鵺はシスターを、俺達で五共和国派の方を叩くぞ!」

「よっしゃー待ってました‼」

「いや、ちょ、俺達でか!?」

 

 キンジはまさかシスターの相手をしろと言われると思っていなかったようで、メーヤを相手にするのは少し厳しいと言おうとしたがすでにケイスケとカズキは銃器をしょって駆け出していった。後に続いて出ようとしたナオトとカツェが面倒くさそうな顔をして振り向く。

 

「シスターの相手、面倒くさいもん」

「右に同じく、メーヤの相手とか二度としたくねえし」

 

「結局投げ槍かよ!?」

「ほらほら、キーくん、私達がやるしかないんだから頑張ろ」

 

 面倒くさいのを押し付けられたが、ここは何としてでも乗り越えなければならない事態。鵺はすでにヒャッハーと叫びながら外へ駆けだしていき、理子とヒルダに引っ張られたキンジは仕方なくやるしかないとため息をついた。

 

__

 

 1階はすでに銃声が激しく鳴り響く戦闘と化しており、侵入してきた五共和国派の武装集団との攻防が起きていた。ソファーやテーブル、箪笥をバリケードにして敵の銃撃を防ぎつつ迎え撃つ。ベレッタARX160やシグSG551、フランキ・スパス12を持った武装兵がとめどなく撃ってくる。

 

「ホントに容赦ねえな…」

「ヒャッハー!祭りの会場はここか‼」

「…カズキ、言葉と裏腹にビビり過ぎ」

 

 緊迫した空気に全く動じてないかのようにカズキ達は援護に入る。Minimiを持っているクラエスをはじめ応戦している職員達は武偵が、ましてやなんか空気が違う彼らがこの場に出て大丈夫だろうか不安げに見る。それにもかまわずカズキ達は進みだしていった。

 

「俺とナオトで突撃、カズキとワトソンは援護。カツェは連中にでかいのぶちまけてくれ!」

 

「おし、少しでもイタリアに借りを作ってやるか!」

 

 カツェは好戦的な笑みを見せて指をパチンと鳴らす。近くに飾られていた花瓶や給水器から水が勢い良く飛び出し、彼女の頭上で大きな水塊となってふわりと浮かぶ。

 

「そーら、ぶちまけろ‼」

 

 カツェの大声とともに水塊は物凄い勢いで飛び、武装集団へと直撃させる。前線に大打撃を与えたと同時にケイスケはM4を、ナオトはAK47を持って駆けていった。

 

 ケイスケは敵が密集している場所に向けてスタングレネードを投げ込み、転がり出てきた相手をナオトが肩や四肢に向けて狙い撃つ。相手の反撃にはソファーや壁に隠れ、その隙にナオトとケイスケを援護する様にTRG‐42を構えたカズキが狙撃していく。日本の武偵は武偵法により殺人はできないが、敵に対して冷静に対処していき容赦なく撃っていく姿にジャンやクラエスは納得して頷く。

 

「それなりにはできるのね…」

 

 しかしそれでも相手の数が多く、敵の火力の多さに前線に出ている二人は焦りだす。

 

「火力が足りない‼」

「カツェ、ワトソンも続いてくれ!」

 

「その声を待ってたぜ!」

「カツェ、いいとこ見せようと調子に乗って出過ぎないようにね!」

 

 カツェは金メッキのルガーP08を持ち、ワトソンはステア―AUGを持ってナオトとケイスケの支援へとまわる。

 

「ちょっと‼また俺をボッチにすんなよ!」

 

 ポツンとその場に残されたカズキはプンスカと喚きながら、前線にいるナオト達の援護をするように狙撃していき愚痴をこぼしながらこっそりと追いかけていった。

 

「い、一応カズキがチームリーダーなんだよね!?」

「そうだっけ?」

「…覚えてない」

 

 チームのリーダーとしての威厳らしさがないせいか、ケイスケとナオトにそのことを忘れられているカズキにワトソンは思わず苦笑いをした。その時、ケイスケ達をトリエラが追い越して敵陣へと突撃していった。

 

「おい!?単身で突撃って!?」

 

 ケイスケは慌てて突撃していったトリエラを支援しようと身を乗り出す。しかし、その先に見えたのは敵の銃撃を身軽に躱し、ウィンチェスターM1897で撃ち、銃身で叩き、接近してナイフで斬りつけようとした相手にはいなして蹴り飛ばしていく。弾丸を掠めても顔色一つ変えずに戦うその姿はまるでここを死地にするかの様に見えた。

 

 自分の中にある虚無感を埋めるために戦い続け、この五共和国派の残党との戦いで死ぬつもりかもしれない。クラエスが言っていたように彼女は死を待っている、戦って死ぬ気でいる。ケイスケがそんな彼女を見ている間に敵兵がトリエラに向けてM67手榴弾を投げ込んできた。トリエラは周りにいる相手に気を取られていて気づいていない。

 

「カズキはアップル、ナオトはフォローを‼早くしろ!」

 

 ケイスケの怒声にカズキとナオトはすぐに動いた。駆けたナオトはAK47で撃ちトリエラの周りにいた敵を撃ち倒し彼女を引っ張り、カズキは弧を描いてトリエラに向けて落ちてきているM67手榴弾に向けて狙い撃ち、弾丸に当たった手榴弾は明後日の方向へ飛んで爆発を起こす。なんとか飛んでくる破片から逃れることができ、キョトンとしているトリエラにナオトは苦笑いし、ケイスケはムッとした表情をする。

 

「…俺達並みに無茶しすぎ」

「ったく、バカか!死んでもなんも解決しねえっての…‼」

 

「ありがとね…でも、死んでもやらなきゃいけないこともあるのよ」

 

 トリエラは二人に優しく微笑み、そして切なそうに呟いた。

 

「トリエラ、二人とも‼すぐ離れて‼」

 

 クラエスの叫びに3人はすぐに反応した。手榴弾を投げてきた方向から飛び出す様に黒いローブを着た男が駆け出し、両手に持っているマイクロUZIを構えて撃ってきた。ケイスケ達は慌てて壁の陰へと隠れる。身体に弾を掠めたがあと少し遅れていたらハチの巣になっていただろう。

 

 ローブを着た男は顔を隠していたフードを取る。赤をベースに黒の模様を混ぜたフェイスペイントをした禿頭の厳つい顔をしていた。男は不敵に笑い無言のまま両手に持ったマイクロUZIを連射しながら近づいてくる。その様子にケイスケはギョッとした。

 

「片手でUZIとかあいつの腕はゴリラ並みかよ!?」

「あの赤いフェイスペイント…!あいつはモール。シディアスに雇われた殺し屋よ!」

 

 トリエラがそうケイスケ達に伝えたと同時にまたしても単身でモールと呼ばれた殺し屋に向かって駆け出していった。モールは待っていたかのようにトリエラに向けてマイクロUZIを連射する。トリエラは素早く駆けてモールへと近づき、ウィンチェスターで叩き殴ろうと振り下ろす。モールはその攻撃を身軽に躱しウィンチェスターを蹴り上げる。宙に飛んでいったウィンチェスターの代わりにH&K M23とH&K P7を引き抜いて撃ちだす。

 

 その近接の激しい攻防の姿はまるでガン=カタ。そんな様子にカズキ達は呆然としていたが、彼女の援護をしなければとすぐに動いた。モールが大きく後ろに下がったと同時に武装集団がなだれ込み掃射してきた。

 

「くそっ‼敵の猛攻が激しい‼」

「愚痴ってる暇があるんなら気張って撃ちまくれや!」

「…ん?カズキ、猛攻が激しいって日本語的におかしくない?」

 

「お前等冷静過ぎるだろ!?」

「カツェ、ツッコミを入れてる暇はないよ‼」

 

 敵数の方が圧倒的に多く、流れが押されている中でもカズキ達はめげずに弱音を吐かずに前線を防衛し続けていた。武偵なのに戦場のような戦況にも恐れず戦う姿に職員達も奮い立ち、単身で突撃し続けるトリエラを、その彼女に続いて突撃していくカズキ達を守ろうと戦う。

 

 クラエスもその一人で、無茶苦茶に戦う彼らを援護しようとMinimiを撃ち続けた。そんな時、彼女に視界に隅でひょっこりと彼らの戦いを見守っているリサの姿が映った時、あることを思い出す。クラエスはリサに近づき尋ねた。

 

「貴女…確かリサと言ったわね。少し聞いていいかしら?」

「わ、私ですか?」

 

 あわわと焦るリサを落ち着かせ、気になっていたことを尋ねる。

 

「貴女、ケイスケ達から聞いたけど臭いで襲撃に気付いたのよね?」

「え、ええ…」

「貴女が嗅いだその臭いは硝煙の臭い?」

 

 クラエスの問いにリサは首を振り、訝しい表情で答えた。

 

「いえ…甘くふわりとした香水の様な匂いでした」

 

 五共和国派の残党が撃つ銃器の硝煙の臭いではなく、シスターが使っているかもしれない香水の匂いと断言せず、香水の様な匂いだという答えにクラエスも訝しく考え込む。ではリサは誰の匂いで敵の侵入に気付いたのか、もしや別の敵なるものがすでに侵入していたのか、考えれば考える程疑問は深まるばかりだった。

 

 その時、ここから反対側の方向つまりはエントランスへと繋がる通路からキンジと理子が急いで駆けてくる姿が見えた。もうシスターの方は片付いたのかと気になっていたが彼らの表情は凄く焦っているようで、よく見るとキンジは鵺を、理子はヒルダをおぶって走ってきていた。鵺とヒルダの様子はぐったりとしているようだ。

 

「みんな‼ここから逃げろぉぉっ‼」

 

 キンジの叫ぶ声が聞こえてきたと同時に二人を追い越すかのように赤褐色の蝶、クロケットマダラの大群が飛んできた。

 

__

 

 事態は時間を遡って、キンジ達が1階のエントランスへと向かった頃になる。エントランスでは既に侵入してきた武装したシスターとの攻防となっていた。白い法衣のシスター達は銀の片手剣に片手の盾、こちらは銃器と何分優勢なのだが、相手は聖職者。銃器を構えた職員達は何かと手を出しにくく何とかして致命傷を避けて撃っていた。

 

「おうおう、荒事なら鵺に任せとるじょ‼」

 

 鵺は好戦的な笑みをこぼし「げひひ」、とゲスな笑い声をして飛び込んでいった。シスターの1人が鵺に向けて銀の剣を振り下ろすが鵺はそれを掴んで焼き菓子のように砕き割り、そのシスターを投げ飛ばすわ、殴るわ蹴るわとまるで三國無双のゲームの様にシスター達をなぎ倒していっていた。

 

「へぇー…あれが鵺七宝浮図乃塔(ぬえしっぽうふずのと)の戦いね。はじめてお目にかかるわね」

 

 理子の影からヒルダが現れ、大暴れしている鵺を興味深く見つめていた。

 

「ヒルダ、あいつを知っているのか?」

「勿論、超有名な獣人よ。大昔から存在していて、あの姿からアニメの魔法少女のモデルにもなったともいうし、魔法少女の先駆者よ」

「マジで!?あの凶暴そうなのが魔法少女!?」

 

 ヒルダの言葉を聞いてキンジよりも理子が物凄く驚愕していた。別の意味で驚愕している理子を置いといてヒルダは話を続ける。

 

「見た目に反して時間跳躍の術も使えたり、目からビームも撃てたり私よりもかなり凶悪よ?」

 

 ヒルダよりもはるかに強く凶悪であると聞いてキンジは啞然とする。戦闘狂な鵺をどうやってカズキ達は勝って、しかも仲良くなれたのか。

 

「さて、長話はいいかしら?私も大暴れさせてもらうわよ?」

「あ、ああ。ヒルダが手を貸してくれて助かるぜ」

 

 ヒルダは褒められるとやる気が出る。キンジは何となく扱いに慣れてきたようで、ヒルダは意気揚々と敵陣に向けて雷球を飛ばしまくる。敵を容赦なく倒していく鵺、雷球を飛ばしたり放電したりとシスターを気絶させていくヒルダ、正直この二人が先陣を切って暴れてくれるだけで戦況は押していた。

 

「ほらほら、キーくん。ぼさっとしてないで私達もやるよ!」

 

 そんな中、理子がぐいぐいとキンジを引っ張っていく。キンジはもう全部あいつら二人だけでいいんじゃないかなという状況に自分がしゃしゃり出る場面なんてないのではないかと思っていた。

 

「なんとかしてメーヤを説得させないと!」

 

 鵺がシスターをなぎ倒していく中、彼女めがけて大剣の刃が振り下ろされた。ひらりと躱して間合いを取る鵺とこちらに気付いたヒルダに対し、地面に突き刺さった大剣を引き抜いたメーヤが苦虫を噛み潰したような顔をして睨み付けた。

 

「竜悴公姫、『紫電の魔女』であるヒルダ、貴女とも戦うことになるとは…そこの妖諸共その首を切り落としてあげるわ」

 

「あぁん?やんのかじょ?」

「メーヤ…貴女、能力故、人を疑わないから別に構わなかったけども、まさかここまで大馬鹿だとは思わなかったわ」

 

 鵺は好戦的にシャドーボクシングの動きをし、ヒルダは物凄く呆れた様にメーヤを見つめる。メーヤと一触即発になる寸前に二人の間にキンジが大慌てに割り込んで止める。

 

「待て待て‼メーヤ、落ち着けって‼」

 

「遠山さん…‼よかった、ご無事でしたのですね!」

 

 先程の敵意剝き出しの表情が一変し、キンジが無事であることにメーヤはうれし涙をこぼしてほっとしていた。

 

「フランスで裏切り者の容疑が掛かり逃亡したとお聞きしたのですが…お怪我も無くてよかった‼待っていてくださいね、眷属のゴミ虫共を一掃して、遠山さんの容疑を晴らしてあげます!」

「ちょ、タンマタンマ‼キーくんの話を聞いてってば!?」

 

 フンスと鼻息を立てて今すぐにでもヒルダに向けて大剣を振り下ろそうとするメーヤを理子が慌てて止める。

 

「メーヤ、話を聞いてくれ。俺やカズキ達はバチカンにいるシディアスという男に嵌められたんだ。あいつは師団や眷属を共倒れしようと企んでいる。今は両陣営でいがみ合っている場合じゃない。一刻も早くシディアスを止めなきゃならないんだ‼」

 

 それだけでなくシディアスは五共和国派の生き残りであること、ジャンヌを攫ったのは眷属でない事、カズキ達から聞いたこと、今までの話を聞いて分かった状況など全て話した。メーヤはキンジの話を聞いて目を丸くしていたが、悲しそうに首を横に振った。

 

「遠山さん…私を思って説得してくれたことは嬉しいです。ですが、私の幸運の能力は人を疑うことで能力は低下し、今まで受けた恩恵の反動で悪運が降りかかります…死も免れないでしょう」

「メーヤ!能力云々じゃなくて…!」

「それに、私は聖職者。私は信じる者。感づいていても、疑わないのです。それが信じる事ですから」

 

 メーヤも薄々感づいていたのかもしれない。しかし、彼女は疑うことができなかった。上からどんな指令を受けようとも、決して疑わずただ信じ続けてきた。誰も疑わず、悪意のない彼女はただ最前線で戦い、バチカンに情報を伝え、そのバチカンが眷属に情報を流したということになる。

 

「遠山さん…この窮地を抜けるには私を止めるしかありませんよ?」

「キーくん…!メーヤを止めるにはもうやるしかないかも…!」

「くそっ!やるしかないのか…!」

 

 止めるにはメーヤを倒さなければならない。しかし逆に倒してしまうと余計に容疑が掛かりバチカンの、シディアスの思う壺になる。武装したシスターに囲まれ、メーヤと対峙する状況になり、キンジはここは無理をしてでも理子に協力してヒステリアモードになって止めるしかないと動こうとした。

 

 その時、キンジはふわりと甘い匂いがしてきたことに気付く。ふと周りを見るとひらひらと赤褐色の蝶が飛んでいるのがかすかに見えた。あれは西ヨーロッパ渡り蝶、クロケットマダラかと気を逸らした。

 

「そろそろ頃合いかしらぁ…?」

 

 ふとキンジの耳にそんな甘ったるい声が聞こえた。その瞬間にバチンと何かがはじける音がした。音がしたかと思えば囲っていたシスター達、メーヤ、そして鵺とヒルダまでもが苦しそうに呻き倒れていった。

 

「な、なんだ!?」

「ヒルダ、しっかりして!」

 

 理子がヒルダを支えて起こす。先ほどまで雷球を飛ばし、放電していたヒルダが力が抜けたようにぐったりとしている。一体何が起こったのか、キンジは戸惑っていると鵺が苦しそうにしつつも起き上がり空を睨む。

 

「この…クエス、なんのつもりだ?」

 

 そんな奴がどこにいるのかキンジは見回していると、暗い所からカツンカツンとハイヒールの音を立てて妖艶な赤いドレスを着たクエスがクスクスと笑いながら現れた。

 

「思った以上に大漁ね。予想外の獲物からも魔力を奪えることができたし」

 

「あれは…『胡蝶の魔女』!?お前はこの戦役に興味がなかったはず…‼」

 

 苦しそうにヒルダがクエスを睨み付ける。

 

「胡蝶の魔女…あいつはいったい何者なんだ?」

「遠山…クエスは獗(ケツ)と呼ばれる狸の様な妖だ。人間や異能者、私達のような獣人の生気や魔力を奪い取る…‼」

 

 クエスはメーヤやヒルダなど興味が無いように無視し、呻いている鵺を見下す様に妖艶に笑っていた。

 

「ようやくわかったじょ…クエス、貴様は最初から静刃達だけでなく眷属も騙してたんだな…‼」

「あら?貴女達が未来に帰るために魔女連隊を騙していたくせに。まあいいわ…この戦役を滅茶苦茶にした方が面白そうだったからシディアスに協力しているだけ。ただそれだけよ?」

 

 ただ面白いから、その理由だけで相手を騙し、眷属の情報をバチカンを経由して師団に流し、メーヤを通して師団の情報を眷属に流し、ヨーロッパの戦役を泥沼状態にした。キンジは怒りを込めてクエスを睨み付けた。そんなキンジにクエスはクスクスと笑う。

 

「あら怖い怖い。そう睨んでくるけども…私に勝てると思って?」

 

「キーくん、ちょっとこれはまずい状況かも…」

 

 理子もごくりと生唾を飲む。気づけば戦っていた職員達も力が抜けたように倒れ気を失っている。今立っているのは自分と理子だけ。辛うじてヒルダと鵺が起き上がるがこれ以上は戦えない。そしてクエスの周りには沢山のクロケットマダラがヒラヒラと飛んでいる。今はヒステリアモードにもなれず、理子と二人だけであの妖には勝てない。と、言うよりもここにいたら危険すぎる。敵味方関係なく力を奪うクエスの力に今は対抗できる手段がない。

 

「あ、言い忘れたけど、そこで倒れているシスターの連中は使い物にならないから捨てていいってシディアスが言ってたから遠慮なく魔力を頂いたわ…それじゃ、貴方達の力も頂くわね」

 

「理子、ここから逃げるぞ‼」

 

 前言撤回である。メーヤ達をここにいる自分達諸共ここで消すつもりであった。キンジは鵺を、理子はヒルダをおぶり、カズキ達に知らせるために急いでクエスから、飛んできたクロケットマダラから撤退した。

 

___

 

 キンジの叫びも虚しく、クロケットマダラの大群は一気にカズキ達のいる場所へと飛来していった。バチンと音がするや否や次々に職員達が倒れていく。飛んでくる蝶の大群とその様子を見てたカズキはぎょっとする。

 

「蝶々が‼やばいぞ、蝶々が超超やべーぞ‼」

「吞気にクソギャグを言ってる場合かよ!?クソ…あれは間違いねえ。クエスの野郎、裏切ってたか‼」

 

 カツェはカズキにツッコミを入れつつカズキ達を守る様に水の壁を張る。蝶にぶつかるたびにバチンと音が鳴り水の壁が次第に薄くなっていく。水の壁が消え、蝶の襲撃が収まった頃には立っているのはキンジと理子、隅に伏せて隠れていたクラエスとリサ、そしてカズキ達だけになっていた。カツェは肩で呼吸するほど疲弊しガクリと膝をつく。

 

「流石は魔女連隊の連隊長ね。おかげで沢山の魔力を頂けたわ」

「はぁ…はぁ…やっぱりてめえが絡んでやがったか…‼」

 

 武装集団の前にふわりと現れたクエスをカツェは苦しそうに悔しそうに睨み付けた。しかしそんな事はどうでもいいようにクエスはクスクスと笑う。

 

「ふふふ、だって眷属なんかよりもバチカンと、いやシディアスと手を組んだ方が面白いもの。知っているでしょ?【十四の銀河】の秘宝の一つ、【究極魔法・グランドクロス】のこと」

 

「分かんないからぜひ教えてください!」

「知るわけねえからここにいるんだろうが‼」

 

 即答して教えを乞うカズキと怒声を飛ばすケイスケにクエスはずっこけそうになる。キンジも今はそんな状況じゃないだろと心の中でツッコミを入れる。

 

「呆れた…いいわ、ついでだから教えてあげる。【究極魔法・グランドクロス】は所有者に万物の理を覆す魔法を授ける究極の魔法具。でも魔法だけを授け、魔力は授けないわ」

 

「つまり…レベル1の魔法使いがイオナズンを覚えてもMPが足りないから使えないということか」

 

 カズキはそう納得して頷く。何故かその例えを聞いて同じく納得してしまっている自分がいるとキンジと理子は苦笑いをする。

 

「魔力が多ければ多い程、その究極の魔法を多く扱える。私は奪い溜まった魔力を【究極魔法・グランドクロス】を持っているシディアスにあげる…これから彼が何をするか分かる?」

 

 シディアスはバチカンに潜んでいた五共和国派の人間。テロ行為さえ辞さない組織の人間である。その言葉を聞いたトリエラははっとする。

 

「まさか…‼」

 

「彼が言うにはバチカンを含めローマ内で魔法を使った大規模な同時多発の爆破テロをするんですって」

 

 その言葉を聞いて絶句するトリエラに対し、クエスはクスクスと笑いながら話を続けた。

 

「ローマ内を吹っ飛ばすくらいのね。何百、何千、何万以上もの人間を犠牲にし、師団と眷属の仕業として、シディアスが台頭になり、バチカンは宣戦布告。宗教戦争に持ち込んでヨーロッパ内の師団、眷属を駆逐していきイタリアのみならずヨーロッパを掌握するつもりよ?」

 

 その計画だけでどれだけの人間が血を流し、犠牲となるのか。キンジは考えるだけでぞっとした。

 

「ふふふ、特に嫌われ者の魔女連隊はいい餌になりそうね」

 

 まず最初に叩かれるとすればナチの残党、そしてテロリスト集団の魔女連隊だろう。カツェは歯を食いしばってクエスを怒りを込めて睨み付けた。

 

「てめえ…それだけ言うなら覚悟はできてるんだろうなぁ…‼」

 

「そうだぞ、モジャモジャ女‼二うさぎ追うもの一個も得ずだぞ‼」

「二兎追う者一兎も得ずだし、使う所違うけども‥‥やる事は許せない…‼」

「珍しくナオトがオコだ!俺も聞いてて腹立った‼」

 

 今の状況にも恐れずカズキ達はクエスに戦う意思を見せる。その姿にカツェもワトソンもそしてトリエラも奮い立つ。そんな様子をみてクエスはクスクスと笑い、ギロリと睨む。

 

「面白い事を言うわね…ここで死んでみる?」

 

 クエスの後ろには殺し屋モールを筆頭とした武装集団。それに対し動けるのは自分達だけ。数は明らかに圧倒的不利の状況だ。

 

「お前等…この状況、どうするんだ?」

「決まってんだろ、気合」

「勢いで頑張る」

「ガッツだぜ‼」

 

 ドヤ顔するケイスケ、ナオト、カズキに思わずずっこける。このままではまずい。キンジは額に冷や汗を流した。その時、何処か遠くから車のエンジン音が響いたのが聞こえてきた。一体何の音かと全員はたりと動きを止めて耳を傾ける。

 

 その音は次第に近づいてきて、しかもディーゼルの、重厚なエンジンの音が轟いてきた。この音には聞き覚えがある。キンジはヒステリアモードになっていないにも拘らず直感で感じた。

 

 そして彼の予感通り、轟音を立てて、フレッチャ歩兵戦闘車が壁をぶち壊してクエスと武装集団に向かって突撃してきた。突然の事でクエスもモール含め武装集団もぎょっとして慌てて退避する。

 

「あの無茶苦茶な突撃と運転はもしかして…‼」

 

 キンジは肩を竦める。装甲車で敵陣に向かってダイレクトアタックするバカはたった一人しかいない。

 

『スポ―――ン‼皆の者!待たせたなぁ‼』

 

 タクトのドヤ顔をしたような声がマイク音声で響く。その声を聴いたカズキ、ケイスケ、ナオトは嬉しそうに叫んだ。

 

「「「た、たっくーーん‼」」」

 




 短いようで長い。やっとカオスなメンバーが集結しました。(吐血
 モールはあれですね…ダー〇・モールです、はい…
 クエスはアリスベルにしか登場していないようですが、緋弾のアリアの方には静刃と鵺が出たし、彼女もいつか出てくるのでしょうか…


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65話


 フレッチャ歩兵戦闘車やチェンタウロ戦闘偵察車は装甲車といいながらもうあれ戦車ですね。どちらも『戦闘車』だし、いいよね?


 フレッチャ歩兵戦闘車のハッチが開き、タクトがドヤ顔をしながら顔を覗かす。

 

「はっはっは‼ヒーロは遅れてやって(ry」

 

「たっくん‼遅せえよ‼もっと早く来いよ‼」

「ていうかお前は何処に行ってたんだよバカが‼」

「…無事なら早く知らせてよ」

 

 タクトの久々のご登場にカズキ達3人は一斉に文句を言う。ものすごい早い手のひら返しにキンジはずっこけた。さんざん言われてもタクトはぶれていないようでニシシと笑う。

 

「そう皆まで言うなって。照れ隠しはよせやい」

 

「うるせーハゲ。んな事いいからさっさと助けろ‼」

 

 ケイスケの怒りが籠った文句にタクトは渋々とフレッチャ歩兵戦闘車のハッチを閉じた。そして後部のハッチが開くとタクトが敵陣に向けてM16を構えて叫びながら突っ走っていく。

 

「そこはフレッチャを使えよ!?」

 

 キンジのツッコミも虚しくタクトは構わず敵陣へとM16を撃ちながら突撃していく。終始無言のモールもクエスも単身突撃していくタクトに呆れ、武装兵に一斉掃射を差し向けた。しかしタクトを守る様に鞭が撓りながら撃とうとした敵兵を次々に倒し、モールに向けて弓矢が何本も飛んできた。

 

「タク坊をやらせはしないぜ‼」

「たっくん、無暗に突撃しすぎ…」

 

「あれは…『跳ね馬』!?なんでキャバッローネファミリーのボスがたっくんといるの!?」

「セーラ‼やっぱお前も来てたか!」

 

 ハッチから出て鞭を撓らせ敵を次々に倒していくディーノの姿に理子はぎょっとし、走るタクトをため息をつきながら止めるセーラを見てカツェは喜んだ。遅れて出てきたロマーリオが無線機を取り出した。

 

「よーし、お前等今だ‼」

 

 ロマーリオの合図とともに先ほどタクトがダイレクトアタックでブチ開けた場所から一斉にスーツを着た男たちが飛び出して来た。それを見たカズキ達も流石にぎょっとする。

 

「た、たっくん!この人達は何なの!?」

「カズキ、この人たちはかーちゃんの知り合い」

「なんだ。またお前のかーちゃんか」

「いやいやいや!?キャバッローネファミリーと知り合いとか、たっくんのお母さんはどうなってるんだい!?」

 

 タクトの説明を聞いてケイスケは呆れながら納得していたが、ワトソンや理子、カツェは驚きを隠せなかった。それよりもなんでイタリアのマフィアと知り合いなのか、タクトの母親のコネはおかしいとツッコミどころ多い。

 

 遅れてフレッチャのハッチから静刃達が出てきた。静刃とアリスベルはキンジに背負われてぐったりとしている鵺とタクトとディーノと対峙しているクエスを見て目を丸くした。

 

「鵺!?大丈夫か!?」

「く、クエスさん!?これは一体どういうことなんですか…!?」

 

「クエス…貴様、私達を騙していたのだな…‼」

 

 この状況から貘は全てを察したようでクエスを睨み付けた。そんな貘に対し、クエスはクスクスと嘲笑う。

 

「運が良かったわねぇ。あのまま大人しく騙されてくれてたらあなた達の魔力を奪えたのに」

「貴様…‼」

 

「『胡蝶の魔女』クエスか…このまま相手になってやろうか?」

「おらー、かかって来い‼胡蝶なだけに絶好調だぜ‼」

 

 鞭を構えいつでも臨戦態勢であるディーノと勢いだけでドヤ顔をするタクトを見たクエスは、無言のまま見渡す。タクトと同様にやる気満々のカズキ達とどういう状況なのか立ち尽しているキンジと理子、そして大勢いるキャバッローネファミリーをじっくり見て肩を竦めながら首を横に振った。

 

「今『跳ね馬』と戦って得することは無いわ。それに魔力を奪う目的も達成したし長居は無用ね。今のあなた達の力ではもうシディアスを止めることは無理だし、精々足掻く事ね」

 

「お?逃げる気かこのやろー」

「無理とかわかんねえだろ!いってみよーやってみよーだぜ‼」

 

 余計な挑発をするなとキンジはケイスケとカズキにツッコミを入れる。そんなカズキ達の威勢にクエスはクスクスと笑い、彼女たちの前でクロケットマダラの大群がクエスやモールたちを隠す様に舞い飛ぶ。蝶の大群がいなくなった頃には既に蛻の殻となり、クエスやモール率いる武装集団の姿はなかった。

 

「くそ…逃げられたか…‼」

 

 クエスを逃したことにディーノは舌打ちをする。クエスはローマに、バチカンにいるシディアスの下へと向かった。クエスがシディアスに今まで奪った魔力を与えることで【究極魔法・グランドクロス】は起動し、ローマで大規模なテロ、寧ろクーデターが起こる。ローマやバチカンにいる人たちが何百、何千、何万もの犠牲が出る。

 

「今すぐローマに行かなきゃ…‼」

 

「トリエラちゃんの言う通りだぜ‼たっくん、フレッシュに乗せてくれ‼」

「フレッチャな。というか今すぐ行くのかよ!?」

 

 早速行動に移ろうとするカズキ達にキンジは思わず驚く。しかし早くしなければ取り返しのつかない事になるのは実感しているが、動けるのは自分達とタクトとともにやって来たマフィアの人達だけでありこの人数だけで止めれるのか少し不安だった。

 

「貴方達を…行かせはしません…!」

 

 そこへカズキ達を止めようと、メーヤが大剣を杖にして支えながらふらふらとやって来た。クエスに魔力を奪われても、自力で立ち上がるのがやっとでも、意地でも止めようとしていた。

 

「お前…どんだけバカなんだよ‼上に見限られても、仲間に騙されてもまだ神の為だとか抜かして戦うつもりか‼」

 

 止めようとするメーヤにカツェは怒り叫ぶが、メーヤは覚悟を決めているようで力を振り絞って大剣を向ける。

 

「たとえ裏切られようと…見捨てられようとも、私は疑わずただ信じることしかできないのです。上の為に戦うのではありません…‼」

 

 どこまで頭でっかちなのかとカツェは舌打ちする。力ずくでも止めるしかないかとワトソンとカツェが動く前に、メーヤの前にキンジが立った。

 

「メーヤ、もうよそう」

「遠山さん…どいてください。私はもう戦うしかないのです」

 

 さもければ貴方とも戦うことになるとメーヤは告げるが、キンジは臆せず下がろうとはしなかった。

 

「メーヤ、今は師団や眷属の戦いどころじゃない。早くしないとローマで多くの人が死ぬことになる。お前もそれを分かっているんじゃないか?」

 

 キンジの言葉にメーヤは迷った。剣と心の揺れをキンジは逃さず、話を続ける。

 

「この戦いに意味はない。俺達のこのヨーロッパの戦役はシディアスの手の上で転がされていた。今自分が戦っても、たとえ負けても勝っても意味がないということをわかっているはずだ」

「…っ」

 

 握っていた大剣は地面へと落ち、メーヤはへたりと座り込む。わなわなと震え、ほろほろと涙を流していた。

 

「遠山さん…私は、私は一体誰を信じればいいのですか…!」

 

 ずっと信じて戦い続け、最後は信じていたものから見捨てられ、裏切られた。疑う事を知らなかった、できなかった彼女にキンジは真剣な表情で見つめた。

 

「今は主とか神とかじゃなくていい…俺を、俺達を信じてくれ」

 

 

「へー…キンジはアリアのようなタイプの他に年上もいけると」

「たっくん、空気を呼んで黙って」

 

「ほほう。あの遠山ってやつ、少しツナに似てるな」

「え?マグロみたいな目ですか?」

「だからあんた達は空気を読めっての」

 

 タクトはセーラにつねられ、ディーノとカズキは理子にツッコまれる。頼むから雰囲気を読んで欲しいとキンジは心の中で項垂れる。キンジの言葉を聞いたメーヤは目を潤わせ、頷いた。

 

「遠山さん…!ありがとうございます…私は、貴方達の事を信じます。嗚呼、主よ…どうか、彼らにご加護を…」

 

 メーヤはキンジに祈りを入れた。何とか説得できたとキンジはほっと一息入れ、カズキ達の方に振り向く。

 

「さあカズキ、皆。急ごう」

 

「おうよ‼行こうぜキンジ‼40秒で支度しな!」

 

___

 

「クエス、ご苦労であったな…」

 

 サン・ピエトロ大聖堂の一室にてクエスから魔力を受け取ったシディアスは満足そうに低く笑う。クエスはあまり興味ないかのように微笑んだ。

 

「これからテロ紛いなことをするなんて規模が小さいわねぇ」

 

 【究極魔法・グランドクロス】の力をもってすれば富や名声、そして地位すらも欲しいものすべてが手に入れるはず。どうしてこんなクーデター若しくはテロを起こすのか。首を傾げるクエスにシディアスはイスに深く腰を掛ける。

 

「力を示すのだよ…師団や眷属、長く裏の世界に居座る連中を、異能の者共を潰し、下らない戦争ごっこを終わらせ、支配するのだ。隠し続けた国や政府も、そして未だに古い栄光に縋りつく五共和国派の残党も一掃する」

 

「ふーん…五共和国派の残党も捨て駒にするのね」

 

 シディアスは残党も切り捨て皆殺しするつもりだ。その事にもクエスもシディアスもどうでもいいと考えていた。

 

「時代の流れは速い。今はその流れについて行ける者と力を持つ者だけが生き残るのだ」

「そう。で、反乱分子はどうするつもり?」

 

 クエスはカズキ達を殺さず戻ってきた。咎めるつもりもなくシディアスは低く笑う。

 

「小さな不安要素なぞどうでもいいさ。ローマに行こうとも既に武偵共に阻まれ、その先はコーサ・ノストラや五共和国派の残党の武装集団…例えそれらを掻い潜っても、この【究極魔法・グランドクロス】の前には誰も止められんよ」

「慢心するのは構わないけど…気になるところは私が手を貸してあげるわ」

 

 シディアスの慢心よりもクエスは残りの不安分子である静刃とアリスベルを始末しようと考えていた。そしてシディアスはもう一つの不安分子を片付けている気でいるのだろうと思っていたが、彼女自身どうでもよかったので敢えて言わなかった。

 

「ふふふ…それなら後ほど高額な報酬を送ろう」

「そ、ありがと。まあ成功すれば話だけどね」

 

 クエスは金と【究極魔法・グランドクロス】には興味あるがシディアスには全く興味はなく、軽く返して消えていった。静かになった空間にシディアスは置かれいる受話器を取る。

 

「オーダー666を開始せよ」

 

 ただその一言だけを伝え、受話器を戻した。シディアスは再びイスに深く腰を掛けて大きく息を吐く。後はただ待つだけ。各地で爆破テロが起こり、テロリスト達が無差別に殺戮を行い、最後は自分が究極の魔法を放ち、ローマの町を火の海に変えるだけ。後は洗脳や抹殺を図り、教皇の座に就き全てを意のままにするだけ。窓から見えるローマの夜景を眺めシディアスは低く笑う。

 

「…随分と楽しい事があったようですね、シディアス卿」

 

 ふと後ろから声がかかる。いつの間に入ってきたのか、誰が入ってきたのかシディアスは振り向くとそこには愉悦な笑顔をしているジョージ神父がいた。

 

「おや…誰かと思えば神父殿ではないか。いや、マイクロフト・ホームズと呼べばいいかな?」

「どちらともお好きなように」

 

 お互い笑みを崩さず微笑み合う。しかしシディアスの目は笑っていなかった。

 

「君は確か、バチカン教会から入国禁止のお咎めを受けていたはずなのだがねぇ」

「確かにそのような事がありましたが…話は変わった」

 

 ジョージ神父はにこやかにしながら机に分厚い書類を置いた。

 

「魔術協会は貴方の持っている【究極魔法・グランドクロス】は危険な物であると判断し、その没収をしに来た」

「ほほう。没収、と…イギリスの君が私を止められるのかな?」

 

「それだけじゃない。シディアス卿、貴方は五共和国派の残党の頭目であること、聖職者の身でありながら数々の賄賂や謀殺、テロリストの首謀者としてイタリア政府は貴方を捕える事を下した」

 

ジョージ神父の言葉を聞いたシディアスは暫く無言のままだったが、にこやかな笑顔が一変し真顔となった。

 

「君はそんな事を言うのかね…政府も何を証拠に(ry」

「元五共和国派の中堅幹部、クリスティアーノ・サヴォナローラ氏が貴方の正体を全て話してくれたよ。『今までどこに隠れていたかと思えば、そんな所にいたのか、パルパティーンよ』と懐かしむかのように話してたね」

 

 にこやかに話す神父とは裏腹にシディアスはわなわなと震えていた。

 

「これから警察や公安が君を捕えにやってくる。武偵局の人間をいいように駒として操っていたようだが、もう君の思うままにはいかないよ」

 

「そうか…それならば、最初から君達はここにいなかったことにすればいい…!」

 

 シディアスは勢いよく右手を前に出す。その右手から紫色の電撃の様なものが放たれた。ジョージ神父は大きく後ろへ下がり電撃を躱す。

 

「そうやって教皇も殺すのかね?あらかじめ教皇殿を避難させておいて正解だったよ」

「どうりで人出が少ないと思ったら貴様の仕業か。だが、もう遅いぞ!」

 

 聖堂内に下がったジョージ神父に向けて両手から電撃を放った。ジョージ神父に当たる寸前、神父の前に炎の壁が現れて電撃を防いだ。炎が消えると、神父の前に白銀の鎧を着て燭台を模した槍を構えた男、ジル・ド・レェが立っていた。

 

「いやー…ないわー。うちの姫を攫うとか、バチカン、マジでないわー」

 

 ジルはぶつぶつと文句をこぼしながら青いドジョウ髭を触る。そんなジルにジョージ神父はにこやかにして宥めさせる。

 

「ジル、今すぐジャンヌを攫った首謀者を懲らしめたいのはわかるが、彼が首に提げている十字架のロザリオ…【究極魔法・グランドクロス】の前では厳しいね」

 

 青白く光る十字架のロザリオを手にシディアスは不敵にほくそ笑む。

 

「もう私を止めることはできんぞ‼このまま葬ってやろうか!」

 

「今は止めることはできないが…君を止めるのは私ではない。ジル、今はジャンヌを探すのが先決だね」

「はっ‥‥ジャァァァァァンヌゥゥゥゥゥッ‼今、このジル・ド・レェがお助けに参りますぞぉぉぉっ‼」

 

 ジルはそう叫ぶとシディアスに向けて炎の壁を発現させ迫らせた。勢いよく燃え盛る炎の壁をシディアスは片手で消し飛ばす。炎の壁が消えるとそこにはジョージ神父とジルの姿は消えていた。

 

「誰が私を止めるというのかね…ふふふ、それならば少しだけ早く手を打とうではないか」

 

___

 

 イタリア武偵校の生徒、ベレッタ=ベレッタはため息をついた。イタリア武偵局から、バチカンの知らせで枢機卿の1人を殺人未遂したという日本の武偵、チーム『イクシオン』の5人がこの道を通ってローマへ向かうと通達が来た。彼らを取り逃していたロゼッタ含め、強襲科の武偵校の生徒達が包囲網を張って待ち構えていた。

 

 たかが日本の武偵、しかも成績はCランクと低い。AランクやSランクの武偵の手に取りかかればお手の物。ロゼッタ達はすぐに捕えてみせてやると意気揚々としていた。数日前は取り逃がしたくせにとベレッタは愚痴をこぼす。またBランク、Cランクと同ランク位の武偵の生徒もおり、どうやら捕えれば成績が、ランクが上がると尾ひれがついて広まっているようだ。

 

 この大人数を相手にたった5人で逃れる事はできないだろう。ベレッタも遠山キンジのことと彼の留年の恐れがあることで頭でいっぱいであり、その5人の事はどうでもよかった。双眼鏡で視線の先を覗いた前までは。

 

「‥‥なにあれ」

 

 ベレッタの第一声がそれである。鈍いディーゼルエンジン音が聞こえてきたので何事かと思って双眼鏡で見ればフレッチャ歩兵戦闘車が物凄い勢いでこっちに向かってきていた。フレッチャ歩兵戦闘車がなんでこんな所に?と疑問と驚愕するだけでは終わらなかった。

 

「「「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」」

「」

 

 やかましい雄叫びと共にフレッチャ歩兵戦闘車の後ろから何百台もの車やバイクが物凄い勢いでこっちに向かってきていた。その光景にベレッタはあんぐりと口を開けた。ベレッタの他にもその光景を見た武偵の生徒達もぎょっとしており、すぐさま迎撃しようとした。

 

「う゛お゛ぉおおおおおい‼」

 

 やかましい雄叫びの中にひと際五月蠅い叫び声が響いた。何事かと思い目を凝らしてみるとその車の集団の中で1人、物凄い勢いと剣幕で走ってきている人の姿が見えた。

 

「うおらぁ‼跳ね馬ぁ‼久々にドンパチできるって聞いて来てみりゃあなんだあれはぁ‼殺し合いも知らねえガキ共じゃねえか!」

「そんなこと言うなって。これを乗り越えた先で楽しめるから。足止め、頼んだぜ」

「ちっ…‼今回だけはMs.サラコの息子に免じて、てめえの口車に乗ってやらぁ‼おらぁガキ共ぉぉ‼この俺を死ぬ気で止てこねえと死ぬぞぉぉぉっ‼」

 

 

 男は長い銀髪をなびかせ、武偵の生徒達へと飛び掛っていった。ダッシュで車に並走し、カズキ達よりも喧しく叫びながら大暴れする姿にキンジは驚きで口が閉まらなかった。

 

「何なんだよ…あの人。車と並走しるわ、たった一人で大人数の武偵をいとも容易く相手してる」

「キーくん、あれ関わったらすっごいヤバイ人。というかたっくんの知り合いってどうなってんの…」

 

「ははは、世界は広いってことさ。頑張れよ少年!」

 

 たった一人で軽々と倒していく男を理子は知っているようでガクブルと震え、ディーノはそんな二人を見て笑っていた。兎に角、今はローマへと向かいシディアスの企みを阻止しなければならない。

 

「よっしゃ‼もうすぐローマだぜ‼」

「たっくん、もしかしてこのままサン・ピエトロ大聖堂まで行くつもり?」

「そうだけど?」

 

 セーラの質問にタクトは当たり前のように即答する。先ほどフレッチャ歩兵戦闘車で壁にダイレクトアタックしたように、サン・ピエトロ大聖堂にも同じようにダイレクトアタックするつもりのようだ。タクトの運転するフレッチャ歩兵戦闘車に乗っている静刃とアリスベルはそれを聞いて冷や汗を流す。

 

「おい、世界文化遺産を壊すなよ‼絶対に壊すなよ‼」

「というか絶対に壊す未来が見えるんですけど!タクトさん、絶対にやめてくださいよ!」

「えー…どうしようかなー」

 

「というかローマ内にフレッチャ歩兵戦闘車を突っ走ること自体おかしいことなんだけど…」





 長い銀髪の喧しい人…跳ね馬の知り合いという事でもうあの人です。サメさんです
 〇ァリアーの方々も魅力があっていいですよね。



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66話

 いよいよ武道館ライブが始まりますね…!
 どんなカオスになるのか、武道館に行ける人たちが羨ましい…いつか武道館ライブのDVDは発売されるかな…


 哀れ、とばっちりをくらってしごかれている武偵達を無視しカズキ達、キャバッローネ、その他一行はフレッチャ歩兵戦闘車を先頭に車でローマへの道を飛ばしていく。

 

「もうすぐローマへ突入するぞ‼」

 

 ディーノの掛け声にキンジ達は身を引き締める。ここから先は敵のホーム。五共和国派の残党である武装集団がわんさかと待ち構えているであろう。それらの猛攻を搔い潜り、シディアスのいるサン・ピエトロ大聖堂へと突き進まなければならない。キンジの緊張感を他所にフレッチャ歩兵戦闘車の車内にいる静刃とアリスベルは必死にタクトを止めようとしていた。

 

「いいな‼絶対に所かまわず突撃するなよ、機関砲を撃つなよ‼」

「いいですか‼ローマの街には世界遺産の建築物や古い歴史の建築物がたくさんありますからね‼」

 

「ああ、知ってるぜ!要は壊さないように突撃すればいいんだよな!」

 

 笑顔で親指を突き立ててウィンクするタクトを見てそれ絶対壊すやつだと二人は察して更に必死に止める。そんな様子を見ていたセーラがやれやれとため息をつく。

 

「そう大袈裟な…機関砲は任せて」

「だからこいつらが関わると嫌な予感しかしないから‼」

「お願いですからこれ以上大変な事にならないようにしてください!」

「人生でこんなに胃が痛くなるのは初めてだな…」

 

 アリスベルと静刃は騒ぎ、獏は遠い目をしているフレッチャ歩兵戦闘車を他所にケイスケが飛ばすメルセデス・ベンツの中では殺気立っている鵺の威圧に同乗しているカツェとワトソン、クラエスはしゃべれない空気の中で縮こまっていた。明らかに怒っている鵺の殺気に気付いていないのかカズキがにこやかに話しかける。

 

「ぬえっち!滅茶苦茶怒ってるけどどしたの?」

「あぁん?激おこだじょ‼クエス…あの糞狸め‼よくも鵺を騙してくれやがったな!毛皮をひん剥いて売り捌いてやるじょ‼」

「鵺、頼むから怒りながら角を振り回すのやめてくれ。マジで危ねえから」

 

「な、なあ…戦闘車が突撃するのはいいとして、【究極魔法・グランドクロス】を止める方法はあるのか?」

 

 カツェはずっと気になっていたことを尋ねた。鵺は渋い顔をして考え込む。

 

「一つだけ方法はあるじょ…アリスベルの魔力を打ち消す術式だ。所有者の魔力を空にすれば【究極魔法・グランドクロス】は発動しない。だが、クエスの奴がシディアスにどれくらいの魔力を与えたか…相手の魔力次第ではアリスベルが押し負けるだろうな」

 

 ましてや【十四の銀河】の一つであり、究極の魔法を秘めた秘宝を相手に太刀打ちできるか不安要素は多いし、後はアリスベル次第である。敵でアリスベルの魔術を知っているのはクエスだけ。間違いなく彼女はアリスベルを殺しにかかるだろう。

 

『なんかローマの町の様子がおかしくね?』

 

 無線からナオトが不思議そうに伝えてきた。カズキは車窓から街の様子を覗き込む。ローマの夜の街は街灯や屋内の照明で明るく照らされているが人の気配が感じられない。よく目を凝らしてみると街中に赤褐色の羽を持つクロケットマダラの大群が飛び交っている。

 

「クエスの仕業だじょ…!街中の人間の生気を奪ったな!」

「ちょ、この先メッチャ車が止まってやがるぜ!?」

 

 突き進む道の先にこの先へと行かせないかのように車輛が止まっており、よく見ればARX160やシグSG551等銃器を持った武装集団が待ち構えており、その中には対装甲車両ロケット弾発射器ことMATADORを構えている者が複数見えた。

 

「やべえ!?ロケランを持っている奴がいる!ちょっくら迂回するぜー‼」

「一発はまだしも何発もくらって車内で火葬されるのはゴメンだし」

 

 MATADORに気付いたタクトはセーラのゴーサインですぐさま進行方向をすぐさま右折して狭い道路へと突き進んでいく。装甲のごり押しでガリガリと削られていく壁の音に静刃とアリスベル、獏はビクビクとする。

 

「神様どうか世界遺産が壊されませんように…‼」

「もうやだこいつら…‼」

「静刃、アリスベル…もう覚悟を決めるしかないぞ」

 

「ちょ、あいつら勝手に迂回しやがった!?」

 

 目の前で迂回していったフレッチャ歩兵戦闘車にケイスケはぎょっとする。というよりも目の前の障害を押し付けて行ったことに呆れる。

 

『お前らはタク坊を頼む!ここらは俺達に任せな‼』

 

 無線を通してディーノがカズキ達に指示を出した。この戦いの要は魔力を打ち消すアリスベルと無限の可能性(?)を持っているタクトと彼らにかかっている。

 

「まっかせてくださいよ‼ケイスケ、たっくんを追いかけるぞ‼」

「当ったり前だ‼これ以上ローマで迷子になられちゃこっちが困るっての‼」

 

 ケイスケは愚痴混じりにハンドルを大きく回す。メルセデス・ベンツは派手に迂回しタクトが運転するフレッチャ歩兵戦闘車を追いかけて行く。

 

「よし、このまま追いかける‼ナオト、こっちにこいよ‼」

 

 

『…え?どこ?』

『ていうかあんた達どこ行ってんの?』

 

 キョトンとするナオトとトリエラの声にカズキとケイスケは「あっ」と声を揃える。

 

「しまった‼ナオトは方向音痴だった!」

 

「「「えええええっ!?」」」

 

 カツェ、ワトソン、クラエスは声を揃えて驚愕する。つまりは大型バイクに乗って突き進んでいったナオトはトリエラを乗せてローマの街中で迷子になっている。

 

「と、トリエラがいるし…大丈夫、よね?」

「おらぁ、ナオト‼お前だけ遠回りとかかくも神々しいぞ‼」

「カズキ、それ使い方おかしくねえか!?」

「てゆうかローマ入りして数秒後に迷子とか、ナオトの方向音痴はおかしいよ!?」

「お前等少しうるさいじょ!?」

 

 車内はギャーギャーと喧しく騒ぎ立て、堪忍袋の緒が切れたケイスケは無線機を取り、怒号を飛ばした。

 

「ナオトぉ‼お前はとりあえずさっさとサン・ピエトロへ向かえや‼」

 

『わかった…ところでなんで怒っ(ry』

 

 キョトンと尋ねてくるナオトに対し、これ以上苛立つのはゴメンなのでケイスケは無線を切ってアクセルを荒立ちながら強く踏み込んだ。猛スピードでメルセデス・ベンツを飛ばし、お構いなく街中を駆けていくフレッチャ歩兵戦闘車の後を追いかけていく。

 

___

 

「お前等‼いくぞ‼」

「「「「「うおおおおおおっ‼」」」」」

 

 ディーノの合図とともにキャバッローネファミリーの男達は武装集団と銃撃戦を始める。ディーノは鞭を撓らせ次々に倒していく。飛んでくる銃弾を軽々しく躱していき、放たれるMATADORさえも鞭で後ろにいる部下に被弾しないようにと安全な方へといなしていく。単身で突撃するディーノにキンジは唖然として見ていた。その戦いぶりは自分の背へとついてくる部下達を守る様に見えた。

 

「坊主、集団戦は初めてか?」

 

 ロマーリオに声をかけられハッとしたキンジは無言で頷く。ホームズ、ヒルダ、猴との戦いはサシだったり少人数との戦いばかりで、こんな戦場のような戦いは実際初めてになる。しかしこの戦いではディーノの単騎特攻でどうにかなるのではと疑問が残る。

 

「うちのボスはファミリーや街の人達を守りたいが為にあそこまで強くなった。だがその気持ちが強すぎて…あ、ボス‼あまり一人で突っ走り過ぎないでくださいよ‼」

 

 ロマーリオの声にディーノはピタリと止まり、遠方から狙撃してきた弾丸を躱す。

 

「…っと、調子に乗り過ぎちまったかな?」

 

 弾丸を掠めた頬をさすりながら好戦的に笑う。そんなディーノにロマーリオはやれやれと苦笑いしながら肩を竦める。

 

「うちのボスは1人になると極度の運動音痴になっちまうからな。俺達で部下を守ろうとするボスを支えてやらねえと…いいか坊主?どんなに強かろうが、1人じゃどうしようもない時だってある。チームやファミリーと力を合わせることも大事だ」

「はい…‼」

 

 キンジは頷いた。信頼し合ってチームで力を合わせて戦っていく、それが集団戦であるが、脳裏にカズキ達を思い浮かんだ。あれは個性の押し付け合いでハチャメチャしているが、力を合わせて乗り越えてきた。だからこそ彼らは集団戦が得意なのだろう。

 

「じゃあキーくんも負けてられないね‼キーくん、早速本気モードになろうか♪」

「え?ちょ、理子?なにを(ry」

「えーい♡」

 

 理子はむぎゅりとキンジに抱き着いてキンジの顔に胸を押し付ける。キンジは声にならない声をあげてもがくが理子はそんなキンジを逃がさないようにさらに強く胸を押し付けていく。

 

「いっつもアリアばかりだったから今回は理子で本気になってよ♡」

「ほー…坊主も隅に置けねえなぁ」

 

 ロマーリオはニヤニヤしながら一部始終を見つめる。やがてキンジはジタバタしなくなり、理子を引き離した頃にはヒステリアモードへと変わっていた。

 

「全く…悪い子だ」

「えへへへ、たまにはいいでしょ?」

「理子、バックは任せたぞ。行こうか!」

 

 アイアイサーと理子はにこやかに返事をして駆けていくキンジの後ろへと続いて行った。前線で戦うディーノの下へと駆けたキンジはデザートイーグルを引き抜き、ディーノの死角から狙撃してきた弾丸に狙いを定めて撃つ。デザートイーグルから放たれた弾丸は見事相手の銃弾を弾いた。気づいたディーノはニシシと笑う。

 

「おお、お前もなかなかやるな!」

「ディーノさん程じゃありませんよ」

 

 前方から一斉掃射された銃弾を鞭で一発残らず叩き落すディーノの技量にキンジは苦笑いして答える。陰からマチェットナイフを構えて2人に迫ってきた相手には理子が2丁のワルサーP99を容赦なく撃ちこむ。

 

「あは♪理子も久々に暴れさせてもらうよ♪」

 

「いい仲間じゃないか。お前のコレかい?」

 

 ディーノがニヤニヤしながら小指を立てる。理子はボンと顔を赤らめるがキンジは苦笑いする。

 

「話せば長くなるので…また後ほど」

「やーん、ディーノさんったらー…ウフフフ」

 

 そんな事をしている時に、後ろからひと際喧しい叫び声が近づいてきた。振り向けばたった一人で武偵の生徒達を足止めしていた長い銀髪の黒い戦闘服を着た男が猛ダッシュで駆けつけて来た。

 

「う゛お゛おおい‼跳ね馬ぁ‼骨のねえガキ共を俺に押し付けやがって!」

 

 男は怒鳴りながら腕につけている剣の切っ先をディーノに向けてる。というよりももう武偵の生徒達を片付けてきたのかとキンジは驚愕する。

 

「まあまあ、こっから楽しめるって。というよりもスクアーロ、飛んでいる蝶に気を付けろよ?」

「あぁん?あれは…胡蝶の魔女の使い魔か…それに五共和国派の残党とコーサ・ノストラの武装集団。少しは楽しめるみてえだなぁ」

 

 スクアーロと呼ばれた男はジロリとキンジと理子を睨み付ける。まるで凶暴な鮫に睨まれたような威圧に二人はビクリとするが臆せず持ちこたえる。

 

「ふん…イタリア武偵のガキ共よりかはマシ、か。いいかガキ共ぉ!死にたくなければ死ぬ気で抗え‼」

「さあ行こうか二人とも。しっかりついて来いよ‼」

「「はい‼」」

 

 キンジと理子は意気揚々に返事をし、前線を駆けていくディーノとスクアーロの後に続いて行った。眺めていたロマーリオはやれやれとため息をついて肩を竦める。

 

「ボス、新しい弟弟子ができたみてえに喜んでるな…俺達も続くぞ‼飛んでくる蝶に触れるなよ‼」

 

___

 

「おらー‼俺達のロードに不可能はねえぜ‼」

「たっくん、飛ばし過ぎ…次は右折して」

 

 やっと広い通路に出たものの、相変わらずタクトはノリノリでフレッチャ歩兵戦闘車を飛ばし、もう慣れたかか諦めたかのように冷静にナビしていくセーラに未だに静刃とアリスベルは道中にある古い歴史の建築物や世界遺産を壊していないかガクブルしていた。

 

「どうかこいつらがバカしませんように…!」

 

「ねえ、なんか蝶の大群が追いかけ来てるんだけど?」

 

 タクトが興味津々に訪ねてきた。モニターを見ると戦闘車の周りにクロケットマダラの大群が飛んでいた。それを見た獏が焦りだした。

 

「しまった…‼気を付けろ、クエスが来る!」

 

 獏の忠告通り、フレッチャ歩兵戦闘車の行く先にクロケットマダラの大群をカーペットにして立っているクエスが見えた。

 

「思ってた通り、障害になるわね。特に…アリスベルの能力が厄介になるわ。ここで殺してあげる」

 

 本性を現したクエスは獣のようにギラリと犬歯を見せて笑う。目の周囲から頬にかけてパンダの様に浅黒く色づき、ドレスのスカートを持ち上げるかのようにふわりとした大きな茶色の尻尾が現れた。

 

「すっげえ‼お前、言うなれば古に伝わりし21世紀にきた狸型ロボット、平成狸合戦ぽんぽこ!婚期を逃したたぬきBABAAエディション‼」

「意味が分からないんですけど!?」

「絶対に相手を貶してんだろ!?あとドラえもんは猫型ロボットだ‼」

 

「ツッコミを入れてる場合じゃない‼」

 

 セーラの言う通り、フレッチャ歩兵戦闘車の周りに飛び交うクロケットマダラの大群の動きが激しくなっていく。魔力を持った蝶が重厚な装甲にガンガンとぶつかる音が強く響いてきた。対抗してエリコンKB25mm機関砲を撃ち込んでいくがクロケットマダラの数は減らない。

 

「敵を縛り、力を奪い、それから戦う…これが獗の戦い方。貴方達のなら簡単に殺せるわ」

 

 蝶の大群に囲まれて戦闘車は身動きができなくなってしまった。重厚な装甲に何度も強くぶつかり、いずれは装甲に穴を開け兼ねない。このままだと生気と魔力を奪われてしまう。

 

「いたぞクエスゥゥゥゥッ‼」

 

 その時、鵺の怒声が聞こえたかと思えば鵺が勢いよくクエスに向かってドロップキックをしてきた。クエスは防ぎ後ろへ下がる。

 

「貴様、よくも鵺をコケにしてくれたな!てめーはマジでぬっころす‼」

「おお、こわいこわい」

 

 激昂している鵺に対してクエスはクスクスと笑う。そこへクエスとフレッチャ歩兵戦闘車の周りに飛んでいる蝶の大群に向けて紫色の雷が降りかかる。クエスはひらりと躱すが、クロケットマダラの大群は丸焦げになりぼとぼとと落ちていく。鵺の影からヒルダが現れ、クエスを睨み付ける。

 

「同じく、吸血鬼をコケにした落とし前、つけさてもらうわよ…‼」

「あらあら…やれるものならやってみなさいな」

 

 クエスは殺気立つ鵺とヒルダに対して不敵に笑う。ふと遠くから、彼女たちの後方からクエスに向かって弧を描くように何かが飛んできた。黒い円筒のような物が見えて何かと思った瞬間にクエスの目の前で閃光を炸裂させる。

 

「…っ!?」

「っしゃあ‼今じゃあ‼」

 

 怯んだクエスに向かって鵺は容赦なく右手で視認できない鎌鼬を水平に放つ術式『女平刃(めひらば)』を放った。危険を察知したのか本能的なのか、クエスは咄嗟に魔力を持ったクロケットマダラの大群で壁を形成する。蝶を次々に両断していくがクエスには届かなかった。

 

「この…舐めた真似を」

 

 視覚が戻ってきたクエスはキッと睨み付けるがその間にもクエスに向かって黒い円筒の物が弧を描いて飛んできた。先ほど閃光であろうと蝶で防ごうとしたが、今度は閃光でなく強烈な爆炎を巻き起こした。一気に燃え広がり蝶を焼き、爆炎はクエスにまで迫ってきた。クエスは炎から大きく後ろへと下がる。

 

「ちっ、TH3焼夷手榴弾に引っかからなかったか」

 

 TH3焼夷手榴弾を投げてたケイスケは舌打ちする。そんなケイスケに鵺はナイスと親指を突き立てる。

 

「おしいじょ。あともう少しで焼き狸ができあがったのにな」

「イヤイヤイヤ!?武偵が投げていい代物じゃなかったでしょ!?明らかに殺す気満々でしょ!?」

 

 仲良くハイタッチをするケイスケと鵺にヒルダは思わずツッコミをいれる。

 

「たっくん‼ぼさっとしてないでさっさと行け‼」

「おうよ‼サンキューケイスケ‼お前にはいつかハーゲンダッツを奢る権利を与えよう!」

「そんな事はいいから早くいくよ」

 

 セーラに小突かれてタクトはすぐにフレッチャ歩兵戦闘車を飛ばす。強行突破され、焼き狸にしようとしたケイスケと鵺にクエスは殺意を込めて睨み付けた。

 

「まずは貴方達から嬲殺してやるわ‥‥‼」

 

 そんなクエスに対しケイスケと鵺は中指を突き立てる。

 

「はっ、かかってこいや‼あとこいつを舐めてると痛い目みるじょ‼」

「もっと焼夷弾投げ込んで信楽焼の狸にしてやる」

「というか貴方、運転はどうしたのよ…」

 

 ヒルダは心なしか、父であるブラドが何故この喧しい4人組に負けたのか何となくわかったような気がした。

 

 一方、ケイスケと運転を代わってカズキが運転をして別のルートでタクトを追いかけていた。

 

「か、カツェ…この道をどこへ行けばいいの?」

「このルートなら右だ。このスピードで行けばたっくんに追いつくぜ」

「カズキも運転できるんだ…バランスのとれたチームだね」

 

 ワトソンは納得しながら頷く。ケイスケは運転の他に狙撃ができ、タクトは突撃はするけども運転はでき、誰もが何かしら出来るようになっている(?)。カズキもアクセルを踏んでスピードを上げてメルセデス・ベンツを飛ばしていく。

 

「…あのー、ちょっと聞いていい?」

「あ?どうした?」

 

 助手席でナビをしているカツェが首を傾げる。カズキの様子が少しおかしい。運転している本人は物凄く焦っている。

 

「‥‥アクセルとブレーキってどっちだっけ?」

「」

 

 苦笑いしながら尋ねるカズキにカツェもワトソンもクラエスもあんぐりとする。

 

「ちょ、あなた何言ってんの?」

「も、もしかして…知らないで運転してるの?」

「いやちょっと待て。カズキ、運転したことあんのか?」

 

「初めてだけど?」

 

 笑顔で即答するカズキに対して3人は凍りつく。

 

「ありえない‼なんでケイスケに『よーし、俺に任せろー』なんて言ったの!?」

「カズキ、今すぐあたしに代われ‼もう嫌な予感しかしない‼」

「ちょ、カズキ!すぐに右折して‼ぶつかる‼その前にブレーキ‼」

 

「えーと…ウィンカーってどれ?」




 
 死亡フラグを回避したキンちゃんはここでディーノとスクアーロを特別講師に集団戦の中で鍛えられる、というわけで…一方的な集団戦になりそうだけど(視線を逸らす


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67話

 ここでクエスさんが戦うことになってるけども…赤松さんは緋弾の方でクエスさんを登場させるのかしら…蝶を操ったり魔力を奪う能力だからこんな感じかなと独自展開でお送りいたします…

 


 静寂な夜のローマの道路を黒のメルセデスベンツが猛スピードで駆け抜ける。ただ蛇行したり、建てられている標識や街灯にぶつかりそうになったり運転がおぼつかない。それもそのはず、人生で初めてハンドルを握るカズキが運転をしていた。

 

「だからなんで雨でも降ってねえのにワイパーを動かしてんだよ!?」

「違うってば!曲がる所をウィンカー入れようと思ったらなんかパーって動いてんだもーん!」

「というか余所見しないで運転して!?ああっ‼またぶつかるっ!?」

 

「どうして運転代わったのよ…目的地に着く前に事故が起きそうなんだけど…」

 

 助手席でカツェがツッコミを入れ、ナビをするはずのワトソンは顔面蒼白に慌てだし、クラエスは遠い目で騒ぐ彼らを見つめていた。

 

 というよりも何故ケイスケが運転をカズキに交代させ、鵺と共にクエスと戦うことにしたのか。カズキ曰く、対獣人専用の道具があるとか、鵺たちのサポートをできるのはケイスケしかないとか。彼等チーム間での信頼があるからこそ交代したのだと思いたい。

 

「あぶねっ!?また街灯にぶつかりかけたぞおい‼」

 

「あれっ?おっかしいなー…マリオカートや頭文字Dならドリフト得意なんだけど」

「ゲームじゃないからね!?ほら余所見しないで真っ直ぐ見てよ‼」

 

「そういえば…リサっていう子が乗ってないわね…?」

 

 クラエスは気づいた。彼らのメンバーの一人であるリサという少女はこの車に乗っておらず、姿が見当たらない。そんな彼女の心配にカズキはニッと笑って振り向く。

 

「リサならちょっと()()してるんだ。すぐに追いついてくるぜ!」

 

 準備とは一体何なのか、クラエスは首を傾げた。彼女は戦闘向きでもないし、寧ろ後ろでサポートする方だと思っていたのだが遠方からの狙撃が得意なのだろうか。そんなクラエスの疑問を他所にカツェは少し引きつっていた。

 

「準備って…お前、まさか…」

「カズキ‼後ろを向かないで前を見て‼ほら、ぶつかるってば!」

 

___

 

 一方、ケイスケ、鵺、ヒルダはクエスと激闘を繰り広げていた。クエスが操る魔力を持った蝶が群れをなして3人に襲い掛かる。触れれば魔力や生気を奪われ、当たれば鉄が凹むほどの衝撃を受ける。

 

 ケイスケはポーチからすぐさまTH3焼夷手榴弾をピンを抜いて蝶の大群へと放り投げる。TH3焼夷手榴弾は爆音と爆炎を放出させていき蝶の大群を一気に焼き尽くす。サーメートの炎を避けるように飛んできた蝶達はヒルダが放つ紫色の雷球に巻き込まれて焼き焦がしていく。

 

 放たれた雷球のいくつかはクエスへ向かって飛んでいく。クエスは蝶を盾にしながら躱してヒルダへと迫る。猛獣の様な鋭い爪を振るおうとするが一気に迫ってきた鵺の蹴りに阻まれる。鵺は戦闘狂の様な笑みをこぼして両手から鎌鼬を放つ。クエスは下がって距離と取ると片手で一つずつ鎌鼬を打ち払った。

 

「ケイスケ‼今だじょ‼」

「おうよっ‼」

 

 鵺の大声に答える様にケイスケはM67手榴弾をクエスへと向かって遠投した。目の前まで飛んできた寸前に蝶で盾にして防ごうとするが爆発と共に飛んできた破片がクエスの体に突き刺さる。

 

 手応えがあったとケイスケは見据えた。しかし、黒煙が一気に吹っ飛んで見えたのは傷がみるみるうちに自然に癒えていくクエスの姿。ケイスケは舌打ちして睨みつけた。

 

「くそっ…あいつもリジェネ持ちかよ。めんどくせぇ」

 

「街中の人間の生気を奪っているからな。その力を再生能力にむけているようだじょ。まだ焼夷手榴弾があるなら遠慮なく投げつけてやれ」

「任せろ。あと5個ある」

「いやあなた武偵でしょ!?容赦ないわね!?」

 

 遠山キンジやアリアとは違って完全に殺す気でいるようなケイスケに思わずヒルダはツッコミを入れた。そんな3人のやり取りを見ていたクエスはクスクスと笑う。

 

「賑やかな人達ねぇ…でも、さっきから蝶を燃やしてくる輩は目障りだわ」

 

 殺気を込めて睨み付けたクエスは蝶の群れを標的をケイスケに絞って向かわせ、自分は鵺へと襲い掛かる。勢いよく飛んできた蝶の大群に焼夷手榴弾を投げようとするが、別方向からも蝶の大群が迫ってきていた。

 

「くそっ‼こっちからも来てたのかよ‼」

 

 舌打ちをするケイスケは手榴弾を使うと此方も巻き添えになる距離まで迫ってきた蝶の大群に向けてM4を撃ちだす。何匹か撃ち落としていくが放つ弾数が蝶の大群に追いつかず段々と近づいてきた。目の前まで迫りくる寸前に紫色の電光が放射状に放電された。蝶の群れが焼き尽されるとケイスケの前にヒルダがひらりと降りて来た。

 

「全く、獣人同志の戦いによくついてくるわね…」

 

 ヒルダはやや呆れ気味にケイスケを見る。正直チートじみた戦いをする遠山キンジとは違う戦い方をするケイスケには驚いていた。しかしこれといった特殊な力がないためかヒルダはサポートの方に回っている。自身に雷を打ち付けより強力な力を得れる『第3態』になって戦った方がより有利になれる。

 

「けれど…電気が足りないわ」

 

 ヒルダの能力は雷を操る能力だが、強力な雷球や放電、そして『第3態』になるためには町から電気を奪う必要がある。かなりの量を消費するため、クエスとの戦いでかなり消費するだろうしその次に控えているシディアスとの戦いにもあるのであまり奮発して使いたくない。鵺はそれならケイスケ達の力も借りればいいといっていたがこの男に渡り合える力があるのか半信半疑だった。

 

「電気か…いいこと思いついた」

 

 ヒルダの話を聞いたケイスケはニヤリと好戦的な笑みをこぼした。

 

 一方、鵺とクエスは爪や魔力を込めて放つ鎌鼬やらと激しい攻防が行われていた。距離を詰めて迫ってきた鵺の横から蝶の群れが飛んでくる。鵺は集るハエを打ち払うかのように片手で真空破を放った。蝶は一気に粉微塵になるが、鵺の視線が蝶に向けられていた隙にクエスの貫手が突かれる。鵺は咄嗟に両腕で防ぎ押されるが、クエスに対してギラリと鋭い歯を見せて笑う。

 

「ケケケ…おっとりとした見た目に反して随分と戦闘狂のようだな。そうやって油断した相手を騙し討ちしてきたのか?」

「ふん、よく言われるわね。でも騙される方が悪いのよ?」

「おうおう、よくもまあぬけぬけと…この鵺を騙した罪は重いじょ。そのでかい尻尾を引き抜いて狸鍋にしてやる!」

 

 鵺は殺気を込め、更にスピードを上げてクエスに襲い掛かる。迎え撃つクエスは鵺の爪や鎌鼬を蝶を盾にして防いでいく。未だにクエスに一撃を加えられていないと鵺は苛立ちを見せた。

 

「この糞狸‼こっちを見やがれ‼」

 

 鵺との激闘を繰り広げている所へケイスケが怒号を飛ばし走りながらM4を撃ってきた。クエスはチラ見しただけでただただ目障りだと鬱陶しく感じ、蝶の群れを仕向けた。

 

 それを待っていたかのようにケイスケはTH3焼夷手榴弾を2個投げつけた。焼夷手榴弾が爆発して放たれるサーメートの爆炎に蝶の群れは巻き込まれ、炎の手はクエスへと近づいてきた。汚らわしいものを払うかのようにクエスは振り払う。

 

「鵺!消火栓へ蹴とばせ‼」

「何を考えているか分からんが…任せろ!」

 

 ケイスケの指示に鵺は隙を出しているクエスを思い切り蹴とばした。直撃したクエスはそのまま少し古い消火栓へ直撃する。壊れた消火栓から勢いよく水が噴き出し、羽ばたいている蝶達やクエスを濡らしていく。しかし蹴とばされ消火栓に直撃したクエスには全くダメージが通っていないようだった。

 

「ふふふ…こんなんで倒せると思ったのかしら?目障りで生意気な小僧が。やっぱり真っ先に貴方から殺しておくべきかしら?」

「そんなんで倒せるわけねえし。ま、思い切り慢心してくれて作戦通りうまくいったけどな」

 

 一体何を言っているのかクエスは訝し気に睨む。その時、ふつりと街灯や屋内の電気の明かりが次々に消えていった。そして上からバチバチと電気が弾く音がした。まさかと見上げると真上の上空でヒルダが小さな黒翼を羽ばたかせながら片手を上げて巨大な雷を起こそうとしていた。

 

「知ってるだろ?水道水ってのは電気を通しやすいんだぜ?」

「貴様っ…‼」

 

「…堕ちろ」

 

 ヒルダはサディスティックな笑みを浮かべて巨大な雷を放った。クエスは蝶の群れと共に紫色の閃光に呑まれていった。放電する電気の音が激しいため悲鳴すらかき消していく。ケイスケと鵺の前にパタパタと小さな黒翼を羽ばたかせながら降りたヒルダは満足したような笑みを見せるが、思った以上の威力に流石のケイスケも引き気味だった。

 

「うわー…マジでえげつねえな」

「当然よ。この私をコケにしたのだから。これぐらいやっておかないと」

「獣人は簡単に死なないから安心するじょ。ま、助かったとしても丸焦げだけどな」

 

 『第3態』をしない代わりに街の電力をフルに吸収して放った雷電の威力はかなりのもので水に濡れた電灯も通路のレンガも焦がしていく。すこしやりすぎではとケイスケは引き気味に苦笑いをした。

 

 突然、未だに紫色の閃光を放っていた雷電が破裂した風船のように打ち消された。ケイスケ達は目の前で起きた事に驚愕するが、鵺とヒルダはケイスケとは別の反応をしていた。かき消えて発生した煙と一緒に何かが漂っているのが見えた。

 

「あれは…鱗粉?」

 

 空中に漂う赤褐色の粉塵は蝶や蛾の羽根につている鱗粉のように見える。その粉塵はケイスケ達の方へと漂いだす。

 

「ケイスケ、無暗にあの粉塵を吸うんじゃないぞ。間違いなくヤバい事になるじょ」

「ヤバイって、あの狸の仕業か!?」

「少しまずいわね…クエスの奴、『第3態』になったわ」

「なんだよそれ!?あいつデスタムーアだったのか!?」

 

 思わずカズキやタクトと同じようなリアクションをとってしまった。立ち込めていた煙が消えてクエスの全貌が見えてきた。先ほどの赤いドレスとは打って変わってアゲハチョウの羽根のように色鮮やかなドレス、綺麗なドレスに反する様に狸の様な獣の耳、鋭く伸びた犬歯と爪、狂気を込めた妖艶な瞳と凶暴さも感じられる。そして彼女の周りには赤褐色の粉塵が自我を持っているかのように渦巻く。

 

「本来、獗は無駄な労力を使わず獲物をしとめるためにあの手この手と騙して苦しめて、生気や魔力を奪ってから戦うのだけど…まさか私をここまで本気にさせるなんて、随分となめた事してくれたわねぇ…‼」

 

 先程の穏やかさが何処かへ行ったかのように怒りを込めて手から赤褐色と黒色が混じった粉塵の様なものが勢いよく放たれた。

 

「げえっ!?あれは流石にマズイっ‼」

 

 ギョッとした鵺は咄嗟に右目を緋色に光らせ極超短波増幅砲こと緋箍を放った。粉塵と緋色の閃光が相殺するようにぶつかるが、クエスの方が力を勝っているのか段々と押されていった。

 

「っ‼貴方は離れていなさいっ‼」

 

 危険を察知したヒルダはケイスケを押し飛ばす。押し飛ばされたケイスケは難を逃れたのだが、鵺とヒルダは鱗粉の粉塵に巻き込まれた。粉塵の波が通り過ぎるとそこには鵺とヒルダが力を奪われたかのように倒れていた。

 

「鵺、ヒルダっ‼てめえこの野郎…‼」

「ふふふ…次は貴方の番よ?」

 

 相手を見下す様に嘲笑うクエスに対し、ケイスケは反撃しようとしたが周りに漂う粉塵に着火し粉塵爆発を起こしかねないと気づき銃を降ろす。彼女達を助けつつクエスを苦しめる方法は一つしかない。ケイスケは意を決して片手で腰につけているポーチの中身を探る。

 

「銃を撃たない貴方に何ができるのかしら?ナイフで斬りつける?その前に…お前の首を切り落としてやるわ」

 

 クエスは舌なめずりしながら、爪をケイスケへと向けて近づいてきた。ケイスケは相手がギリギリの距離まで来るの待った。

 

「あるさ…獣人であるお前を苦しめるなら手はあるぜ‼」

 

 ケイスケはすぐさまポーチから黄緑色の液体が入った小瓶を取り出してクエスへ投げつけた。飛んできた小瓶をクエスは爪で割る。しかし割れた小瓶から黄緑色の煙が目の前で巻き上がる。

 

「なっ…これは…うぐっ!?く、くっさぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ざまあみろ‼獣人であるてめえならこんだけの『ゲロ瓶』でも効果覿面だろ!」

 

 ケイスケはざまあみろと中指を突き立てる。嗅覚や視覚がより優れている獣人ならともかく更に獣人の能力を引き上げる『第3態』は『ゲロ瓶』から発生される悪臭と煙により敏感になる。案の定、悪臭が鼻に入り、目には強烈な煙が入ったクエスは声にならない悲鳴を上げてのた打ち回っていた。

 

「で…でかしたじょ、ケイスケ!ごり押しの緋箍をくらえ!」

 

 フラフラと立ち上がった鵺は鼻をつまみながら、無理やり気味に緋箍をもう一発放った。のた打ち回るクエスに直撃し爆発を起こす。撃ち終わった鵺はバタンキューと仰向けに倒れる。

 

「よし、流石にこれで…」

 

 これで倒したろとケイスケがいい終える前に煙からクエスが飛び出してきてケイスケの首を掴み持ち上げた。クエスの瞳にはもう穏やかさが消え、狂気と怒りで満ち溢れていた。

 

「この…下等な人間風情がぁぁぁっ‼獗である妖をここまでコケにしてきたのは貴方が初めてだわ‼貴様の生気なぞもういい、このまま殺してくれるわ‼」

 

 クエスは怒りまかせにケイスケの首を絞めていく。すぐにでも首の骨が折れそうなのに、すぐにでも首が引きちぎられるかもしれないのに、ケイスケは苦し紛れに笑っていた。

 

「何がおかしい…‼」

 

「お前も…バカだなぁ…こんな日に大層なことをしなきゃよかったのに」

 

 死ぬ間際にトチ狂ったのかと思っていたが、ケイスケはクエスを無視して話す。

 

「なんたって…今日は()()だからな」

 

 一体何のことかと訝し気に睨む。その瞬間、狼の遠吠えの様なものが響き渡った。そしてクエスの目の前に疾風のような勢いで金色の巨大な何かが駆けつけ、クエスをぶっ飛ばした。強力な一撃をくらいつつも起き上がったクエスは視線の先にいるものを見て驚愕した。

 

「金色の狼‥‥まさか、ジェヴォーダンの獣!?」

 

 美しく輝く金色の毛並みを靡なびかせる巨大な金狼、妖の中でも最強クラスの『百獣の王』であるジェヴォーダンの獣がケイスケを守る様にしてこちらを睨み付けていた。ケイスケは安堵してに金狼を優しく撫でる。

 

「サンキュー…助かったぜ、リサ」

 

「おお…すっげえ激レア。まさかジェヴォーダンの獣を手懐けていたとはな」

「というか…あいつら、いつの間にリサの秘密を…しかもあの子積極的だし、あいつら何をやったのよ」

 

 グロッキーながらも鵺は面白そうににやつき、ヒルダは驚愕していた。あの戦闘を嫌うリサが金狼になってでも戦おうとしていた。彼らが彼女の何を変えたのか、ヒルダは分からなかった。

 

 リサはこの戦いはカズキ達の力になって戦いたいと感じていた。『教会』でクエスの侵入、危険を察知できなかったこと、力にもなれずただお荷物となっていたことを悔いていた。国の危機にも匹敵する程の戦いに自分も力になりたいと、意を決して金狼となってカズキ達を手助けすることを決めたのだった。金狼はケイスケの頬を舐めると襟を軽く甘嚙みして背中に乗せた。

 

「ああ…一緒にあの狸を懲らしめるぞ!」

 

 金狼は声高く吠え、勢いよくクエスへと迫った。

 

「ありえない…‼こんな奴らに金狼が…ジェヴォーダンの獣が味方になるなんて…‼」

 

 クエスは咄嗟にケイスケと金狼に向けて先ほどよりもより強大な粉塵を放った。しかし金狼は怯むことなく、勢いよく咆哮を放つ。霧を晴らすかのように粉塵は吹き飛び、更にはクエスの周りに漂っていた粉塵もかっ消していく。更にもう一発咆哮を放つ。それは衝撃波かのように勢いよく飛び、クエスに直撃する。

 

 直撃して建物へと激突したクエスはフラフラと起き上がる。今まで奪ってきた魔力や生気が一気に吹き飛ばされたかのように力が無くなっていた。気が付けば目の前に金狼が、金色の毛並みを靡かせて睨んでいる。

 

「リサ…お手」

 

 ワン‼と大きく吠えたと同時に大きな前肢でクエスをぶっ飛ばした。高く飛ばされたクエスを見てケイスケは大きく息を吐いた。

 

「ふー…すっきりした!」

 

 これまで溜まっていた鬱憤が吹き飛んだ気分でケイスケはほっと一安心した。しかし、あれでも獣人はタフ。また隙を狙って反撃してくるかもしれないと思ったケイスケは金狼とともに吹っ飛ばされた先へと向かった。

 

 向かった先にクエスはうつ伏せに倒れていた。しかし、少し変わった所は体が縮んでいたということ。妖艶な姿とは違って幼い子供の姿に。化けているのかと警戒していたが、クエスはよろよろと思い頭を上げた。

 

「こ、こにょ…お、覚えていなしゃい…魔力が戻ったあかちゅきには…必ずあなた達を殺してあげりゅわ…‼…キュー」

 

 そしてよくアニメや漫画にあるグルグル目になって気を失った。果たしてこのままほっといていいのかとケイスケは戸惑う。

 

「獗は魔力や生気が空っぽになると幼子の姿になる。此奴の場合は何百年も生気や魔力を奪って贅沢してきたんだ。元に戻るには…何百年後先になるじょ」

「散々奪ってきたんだから、自業自得ね…ま、しばらくは悪さはできなくなるからほっといても大丈夫よ」

 

 鵺とヒルダはお互い肩を組みながらケイスケとリサの下へ来た。これでクエスは大人しくなるのならもう追撃する必要はない。ケイスケはリサを撫でる。

 

 

「リサ、ありがとな。これもお前のおかげだ」

「貴方、彼女をどうやって手懐けたのよ。金狼は凶暴で大暴れするはずなのに…」

 

 ヒルダは興味津々にケイスケに尋ねた。『たっくんの厨二パワーで落ち着かせた』とでしかナオトは言ってくれなかったのでケイスケは苦笑いしてその場を流した。

 

「まだ終わっておらんじょ。後は【究極魔法・グランドクロス】。まだまだ戦う必要がある。ジェヴォーダンの獣よ、力を貸せ」

 

 鵺の言葉に答える様に金狼は高く遠吠えをする。そしてヒルダと鵺を乗せて勢いよく駆けた。タクト達が向かっているサン・ピエトロ大聖堂へと駆け抜けていく。

 

___

 

 

「狼の遠吠え…お前、どうやってジェヴォーダンの獣を味方にできたんだよ!?」

「すべてはたっくんのおかげ!」

 

 狼の遠吠えを聞いたカツェはギョッとしながらカズキに尋ねる。眷属や師団ですら恐れる『百獣の王』をどうやって味方につけたのか、この騒がしい4人組の底力がよく分からなくなってきた。ドヤ顔するカズキは直線の進路なら慣れたのかアクセルを思い切り踏み込み猛スピードでメルセデスベンツを走らせる。

 

「よ、よし…これならたっくん達に追いつくよ‼」

「ワトソン、敢えてカズキが運転しやすような道を選んでくれたのね…」

 

 ワトソンはやつれ気味に地図を持って大きくため息をつく。そしてその苦労を目の当たりにしたクラエスは生優しい眼差しで見つめた。

 

「よーし、これで一気に大聖堂へダイレクトアタックだぜ‼」

「いやお前もそれだけはやめろよ!?…って、カズキ、気を付けろ‼」

 

 カツェはツッコミを入れるが車の通路の先を見た途端、カズキに注意するよう呼びかけた。その先には待ち構えていたかのように武装集団が銃を構え一斉に撃ってきた。カズキは咄嗟にハンドルを回して正面から当たらないように車を横に向ける。

 

 待ち伏せしていた武装集団の真ん中には赤と黒の模様のフェイスペイントをした禿頭の男、シディアスが雇った殺し屋モールが待ち構えていた。

 

「ちっ…あの野郎、この先へは行かさねえってか‼なめやがって、やってやろうじゃねえか!」

「カズキ、ここは僕とカツェが‥‥」

 

 ワトソンとカツェが外へ出て撃って出ようとするが気づけば陰から潜んでいた敵に囲まれていた。このままだと一斉掃射でハチの巣になり兼ねない。

 

 そこへバイクのエンジン音が大きく響いた。気づけばトリエラを乗せて大型バイクを走らせるナオトが駆けつけて来たのが見えた。トリエラは勢いよく跳んで着地した後、ウィンチェスターM1897を撃ち、殴り、ナオトはバイクを走らせて囲っている敵を蹴散らしていく。

 

「ナオト、トリエラちゃん‼追いついたんだな!」

 

 カズキはほっと一安心して喜んでいるが、肝心のナオトとトリエラは逆にカズキよりもほっと一安心して喜んでいた。

 

「やっと合流できた」

「いやー…人生で初めて迷子になったわ」

 

「まだ迷子になってたのかよ!?」

「トリエラなら迷わないと思ってた私がバカだったわ…」




 どうしても金狼を再登場させたかった(オイ

 原作ではこの冬の時期にリサは金狼になってたし…満月限定だしいいよね!(白目
 ちょっと無理矢理感がするけど…一歩踏み出したという事で‼(視線を逸らす) 


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68話

 
 少しシリアスにしようかと思ったけどもシリアスにできなかった。
 とても反省している(遠い目


 モールの手のサインで武装した殺し屋達が動き出す。ある者はSG551やARX160、ある者はトカレフやFNハイパワーやらあらゆる銃器を構えて撃ってくる。

 

 このままナオトとトリエラだけでは戦いが厳しくなる。カズキ達は銃撃されてない反対側からドアを開け狙われないように素早く出ていく。

 

「ナオト!援護するぜー‼」

 

 転がり出たカズキはすぐさまTRG-42でナオトの死角から撃とうとする敵を狙撃していく。AK47で撃ち倒していったナオトはバイクをバリケード代わりにしているカズキの下へ転がり込む。

 

「近接相手とか、スナとか思った以上に数が多い!」

「そこをごり押しで蹴散らしていくのが俺達でしょ‼いつものパティ―ンでやるぞ!」

 

 カズキはドヤ顔しながら愚痴をこぼすナオトを鼓舞をする。ナオトはいつものようにやや面倒くさそうにため息をついてAKにマガジンを装填させて身を乗り出して突撃した。突き進むナオトをカバーするようにカズキが要所要所狙撃していく。

 

 狙撃しているカズキの背後から身を潜めて隙を伺っていた殺し屋の一人がククリナイフをかざして気付かれないように襲い掛かる。そうはさせないとどこからともなくボーリングほどの水の弾が飛んできてその殺し屋の横腹へ直撃して吹っ飛ばす。

 

「ったく、なんで肝心なところは隙だらけなんだよ」

 

 カツェが呆れながらカズキの背中を守る様に立つ。そんなカズキは当然だと言うように笑って親指を突き立てる。

 

「そりゃあ、カツェに背中を任せてるからな!これで心置きなく撃てるというわけだ、アムロ!」

「う、うるせーよバーロー!しかも赤い彗星のマネ似てねえし!」

 

 カツェは顔を赤くしつつも戦いに集中する。内心喜んでおり、カズキの背を守りながら水の弾幕を飛ばしていく。敵陣へ突き進んでいくナオトはカズキのサポートのおかげで死角を気にせず進めることができた。

 

「最初の時よりも多い…!」

 

 ナオトは相手の所有している武器を見ながら気づく。五共和国派の残党である武装集団も混ざっているが、他の殺し屋達は武器の統一感がなくバラバラ。他の殺し屋を雇ったのか、そのため『協会』に襲撃してきた数よりも多くいる。

 

 あまり深く考える暇はないとナオトは首を振って考えるのをやめた。今は目の前の敵に集中するのみ。ナオトは縫うように相手の銃撃を躱し、相手の拳やナイフをいなし、撃って反撃し、殺し屋のリーダーであろうモールへと迫った。

 

 モールは2丁のマイクロUZIを構えて撃って出る。ナオトが撃つ前に飛び掛る様に跳んで乱射してきた。ナオトは咄嗟に前へと転がって被弾を避け、その間に銃剣を取り付けたAK47で刺突していく。モールは突きを躱し、向けてきた銃口を打ち払い、片方のマイクロUZIの銃口をナオトへと向けて引き金を引こうとする。

 

「あんたの相手は彼だけじゃないわ!」

「やらせはしないよ!」

 

 ナオトを飛び越してトリエラがH&K M23とH&K P7を、ワトソンがSIG SAUER P226を構えて撃っていく。モールは咄嗟にナオトを撃つのやめて蹴り飛ばして標的を変えてマイクロUZIで迎え撃つ。迫ってきたワトソンの拳銃を払い落として蹴とばす。追撃して狙いを定めるがその隙にトリエラが迫ってきた。

 

 モールは左のマイクロUZIの引き金を引こうとした刹那、綺麗に切断される。モールは無言で目を見開かせるが、光に当ててやっと見えるくらいの極細のワイヤーが見えた。漂うワイヤーの糸はメジャーのようにワトソンの左袖へ戻っていく。

 

「余所見をすんなぁぁぁっ‼」

 

 トリエラが叫ぶように2丁の拳銃で撃っていく。モールの体に当たるが、重厚なボディーアーマーで防弾をしっかりしたようでただ当たって痛みに顔を顰めて右のマイクロUZIの銃口を向ける。しかしモールが引き金を引くよりも早くトリエラの後ろから飛んできた弾丸がモールの右肩を直撃する。

 

「私もそれなりに戦えるんだから、頭数に入れるのを忘れたら困るわよ」

「クラエス、ナイスよ」

 

 Minimiを構えて狙い撃ちをしていたクラエスにトリエラはウィンクをする。撃たれた右肩を抑えながらモールは後ろへと下がる。痛みに耐えながら近くにいた部下に視線を向ける。

 

「…ところかまわず射ち殺す。あれを用意しろ」

 

 モールの指示で数人の部下がいそいそと銃器を用意する。三脚を立てて設置されたその銃器を見たトリエラとナオトは目を見開いた。

 

「ちょっとあれってもしかして…!」

「あいつしゃべれたの…!?」

 

「ナオト、驚くところ違うよ!?あれはM134‼マズイ、急いで退くよ!」

 

 三脚に設置されたガトリング砲、M134の引き金が引かれる前にナオト達は急いで身を隠せる場所まで駆けだした。そしてモールはM134の引き金を引き、勢いよく火を噴くように乱射した。停められている車を蜂の巣にしていき、レンガの壁を削り、ありとあらゆる物を引っ掻き回す様に荒らしていく。

 

「ちょっ!?ガトリングとか卑怯だろ!?」

「あぶねえー…内蔵ぶちまけるレベルでやばいぞこりゃぁ」

 

 カズキとカツェも慌ててバイクから離れて弾が当たらない物陰へと隠れる。ナオト達も隠れて被弾しない物陰から伺う。ガトリングの弾幕は止んだが、下手に出るとミンチよりひでえことになる。だからと言ってもここにこもってもここからあぶり出される。この状況にクラエスは眉をひそめる。

 

「このままだとまずいわ…」

 

「あのガトリングさえ押さえればなんとかいけるんだが」

 

 ナオトはあのガトリングをどうすべきか対処を考え込む。むやみやたらと突撃しても蜂の巣にされる。

 

「…だったら、私が行く!」

 

「トリエラ!?だめっ‼」

 

 考えているうちに、意を決してトリエラが飛び出して駆けていった。クラエスが悲痛な声をあげてトリエラを止めようとしたが、トリエラが飛び出したと同時にM134の激しい発砲音を響かせて声をかき消した。

 

「あのバカ‼死ぬ気か!?」

「ちょ、あれってまずいんじゃね!?」

 

 後方で伺っていたカツェもカズキもギョッとする。トリエラは火を噴くように乱射するM134の弾幕から躱す様に駆けたり跳んだりしていく。だがいくら普通の人間の数倍の身体能力を得られる義体というものをつけていてもモールが乱射するガトリングとともに放たれる殺し屋達による一斉掃射も加わると対処しきれない。トリエラはM134の弾丸だけ当たらないよう必死に駆けていた。弾丸を掠め、四肢に当たろうとも足が止まることなく突き進んでいった。

 

「トリエラ!やめて‼」

 

 クラエスは必死に叫んだ。トリエラは、彼女はこの戦いで死ぬ気だとクラエスは気づいていた。五共和国派との戦いに生き残るも共に戦って死んでいった仲間達、心から愛した担当官のことも忘れてしまい、胸にぽっかり空いた虚無感をいくら満たそうと戦いへ出ようとも埋まらない。それならばいっそ全てを捨てていなくなりたいと、トリエラが心の隅で願っていたこともクラエスは知っていた。それを知りながら、彼女を止めることができなかった自分が許せなかった。クラエスは必死に叫ぼうとも死ぬ覚悟で特攻していくトリエラには届かなかった。

 

「ナオト行くぞぉぉぉッ‼」

「カズキ、絶対に仕留めろよ‼」

 

 突然カズキが叫びながら飛び出して駆け出していき、ナオトも同じように飛び出してカズキと共に突撃していった。それを見たワトソンはギョッとして止めようとしてももう止まることはなかった。

 

「二人とも!?危なすぎるよ‼」

 

「ああ畜生‼背中を任せてる身にもなれっての!絶対に死ぬんじゃねえぞ‼」

 

 カツェはやけくそ気味に飛び出して水の弾幕を張って飛ばす。駆ける二人の邪魔をしようとして来る敵に当てていった。全速力で駆けるナオトはトリエラに飛び掛って取り押さえる。

 

「カズキ、しくじんなよ!」

「わーってらぁっ‼」

 

 ナオトの声に答えるようにカズキは狙いを定めて引き金を引いた。飛んでいったTRG-42の弾丸はM134で乱射しているモールを撃ち倒した。火を吹くガトリングは止まり、銃弾の弾幕が消える。

 

「ほーら、みーたかさ‼」

「みたかさ…?ほら、さっさとガトリングに近づかさせないようにして」

 

 ドヤ顔して噛んだカズキにナオトは首を傾げてすぐに次の指示を出す。褒められなかったカズキは渋りながら撃っていった。

 

「なんでよ…戦って、戦い抜いて、死ぬつもりなのに…なんで生かすのよ…‼」

 

 

 トリエラはナオトの胸倉をつかんで問い詰めた。彼女の眼には熱がこもっていて、潤わせていた。

 

 

 『この人と一緒に 必死に生きて そして死のう』 条件付けで消されてしまった記憶の中で唯一記憶に残っていた言葉。『この人』とは誰だったのか、そして何故こんな誓いをしたのか、生き残ってしまったトリエラには分からなかった。それを知っているであろう大人達は教えてくれず、その理由を知っているであろう仲間は次々に死んでいった。一期生で唯一知っているクラエスも語ってもくれなかった。

 

 いくら忘れようとも、いくら自分で思い出そうとしても、ただただ虚しさだけが残って心の中を空っぽにしていく。なんで自分は生き残ってしまったのか、自分達の事も戦い抜いてきたことも忘れ去ってしまうのなら意味がないのではないか。

 

 それならばいっそのこと、戦って、戦い続けて、死のう。胸の残る虚無感を満たすために、死と隣り合わせの戦いをし続けた。戦って死ぬならば、『この人』に、死んでいった仲間達に会える。その為に死ぬつもりで戦い続けた。

 

 

 そう決意していたトリエラにナオトは怒る事もなく、それを悲しむ事なく答えた。

 

「誰かが死んだら、その人を知っている人が悲しむって神父が言ってた」

 

 その答えを聞いたトリエラは胸倉を掴んでいた手を放す。それと同時に頬に痛みが走る。トリエラはクラエスにはたかれたのだった。

 

「クラエス…?」

「馬鹿な事言わないで…!」

 

 クラエスは瞳を潤わせて体を震わせてトリエラを睨んだ。

 

「貴女が死んだって貴女の事を覚えている私達が悲しむだけ…‼死んだ人にはもう会えないし、死んだ人は貴女の死を悲しめないのよ‼」

 

死ねば死んだ人に会えるなんて誰にも分からない。トリエラはへたりと座り込んで涙を流した。

 

「じゃあ…じゃあどうしたらいいのよ…」

 

「生きなさい。死ぬつもりで生き抜くんじゃなくて、必死に生きて、生き続けていくの。それが…戦いで死んでいった仲間達への私と貴女のやらなきゃいけないことなのよ…‼」

 

 トリエラは顔を上げて見上げた。クラエスも生き残って、自分達がいたことを、自分達が戦い抜いた日々を忘れないように必死に生き続けている。彼女も彼女なりに戦っていることにトリエラは気づいた。クラエスは手を差し伸べる。

 

「立ちなさい。この戦いで、愛する国の為に、貴女の為に戦って死んだヒルシャーさんの為に、五共和国派との戦いにけじめをつけるわよ」

「クラエス…!私…(ry」

 

 

「ちょっとおぉぉっっ!?弾幕がやばすぎるんですけどぉぉぉっ!」

 

 いい雰囲気をぶち壊してしまうようにカズキが焦りながら叫ぶ。このやり取りの間、カズキは1人で必死に抑えていた。

 

「は、話はすんだよな!?てかナオトぉ!お前は手伝えよ‼」

「カズキ、そこは空気を読まないと」

 

 ナオトはカズキの手伝いはせずにクラエスとトリエラの話をずっと見つめていた。トリエラとクラエスはお互いの顔を見つめ、苦笑いをする。

 

「取りあえず…話はここまでにしてやらなきゃね」

「そうね…続きは終わってからにしましょうか」

 

 クラエスもトリエラも銃を手に取り戦いを再開する。大将は既に討ち取った。後は数は多いけれども残りの敵を蹴散らすだけ。早くしないとタクトがサン・ピエトロ大聖堂にダイレクトアタックをしかねない。

 

 その時、武装集団の前に氷と炎の柱が立ち上る。一体何事かカズキ達はギョッとしたが、屋根からカズキ達の前に降り立った2人の姿を見てナオトとカズキは喜ぶ。

 

「ジルさん…!」

「おおっ‼ジャンピエールちゃん!」

 

「お久しぶりですぞ、お二方‼」

「ポルナレフじゃない、ジャンヌだ‼いい加減覚えろ‼」

 

 ジルはニッと笑ってドジョウ髭の青いひげをさすり、ジャンヌはプンスカと怒り出す。ジャンヌの姿を見たワトソンもほっと安堵した。

 

「ジャンヌ、無事だったんだね!」

「うむ、捕まっていたところを神父とジルが助けてくれてな…」

 

 ジョージ神父とジルが見つけて助けに来てくれたのだが、自分が十字架に磔にされてたところを目撃してしまったジルが激昂して相手を燃やさんとするほどの勢いで大暴れしたのは敢えて言わなかった。たぶん神父が止めてくれてなかったら流血沙汰になっていただろう。ジャンヌはワトソンの後ろで視線をそらしていたカツェを見る。

 

「厄水の魔女、カツェ・グラッセ…今は師団と眷属が争っている場合ではないことは承知している。今宵は共に力を合わせて戦おう」

 

「何で師団の奴等は頭が固そうなやつばっかなんだよ…分かってるっての。ただ今回だけだからな!」

 

 カツェは少々照れながらそっぽを向いた。ふっと笑ったジャンヌはデュランダルを敵の方に向ける。

 

「今回はあまり活躍させてもらえてなかったからな…暴れさせてうぞ。ジル、私に続け!」

「勿論ですぞ姫様‼このジル・ド・レェ、姫様の刃となりましょう!」

 

 何百年ぶりか、ジャンヌと共に戦えることにジルは喜び、ジャンヌと共に前線へ駆けていく。あちこちで氷と炎が飛び交う中、カズキ達はポカンとしていた。

 

「お、俺達も急いだほうがいいかな…?」

「でも車がないぞ?」

 

 さきほどのM134による乱射でメルセデスベンツもバイクも蜂の巣にされておじゃん。走って行ってもタクトの下へ着くのに時間が掛かる。

 

 するとカズキ達の所に一台の赤いフェラーリが猛スピードで来た。

 

「やっほー☆カズくん、ナオト!神父の要請で応援にきたよー!」

「カズキの事だから車で来て正解だったな…」

 

 フェラーリから理子とキンジが降りてきた。ディーノとスクアーロ、キャバッローネファミリーと共に前線を駆けて行く途中、ジョージ神父と合流。別の場所でカズキ達が足止めされているとのことで二人が駆けつけて来たのだった。

 

「ここは俺達がやる。カズキ、ナオト、後は頼めるな?」

 

「おうよ‼俺に任せておきな?クライマッキュスで仕上げるぜ‼」

「カズキ、お前運転したことないだろ。キンジ、理子、助かる」

 

 運転席に乗り込もうとするカズキを抑えてナオトが乗り込んだ。

 

「ワトソン、カツェ、こいつらのサポートを頼んだよ。彼らを任せれるのは二人しかいないからね」

 

「けっ、お前に言われなくてもやるっての…てか遠山、何か雰囲気変わった?」

「ほ、ほらカツェ、早く行くよ!」

 

 キリッとしているキンジにカツェは首を傾げながらもワトソンに押されて乗り込んだ。カズキはトリエラ達の方に声を掛けようとしたが、二人はそれよりも早く首を振った。

 

「貴方達の突破口は私達が開いてあげる」

「二人とも…任せたわよ!」

 

 トリエラとクラエスは敵陣へと駆けて行く。見届けて行ったナオトは頷いてアクセルを思い切り踏んで飛ばして突き進み、タクト達が向かって行ったサン・ピエトロ大聖堂へと向かった。

 

「ね、キーくんも行けばよかったのに」

「理子、俺達に俺達の戦いがあるように、あいつらにもあいつらなりの戦いがあるんだ。こういうのは背中を押して手助けしてやるのが一番だよ」

 

 キンジは苦笑いしてデザートイーグルを引き抜く。理子もカズキ達のこれまでの行動を思い出して「だよねー」と苦笑いして微笑んだ。

 

「む、遠山!理子!お前達も来ていたのか‼」

 

「やあジャンヌ。無事で何よりだよ」

「ジャンヌ…なんか今日はかなり張りきってるよね?」

 

「ああ‼今宵のエクスカリ…じゃなかったデュランダルは一味違うぞ!フォローミー‼」

 

 これまでの鬱憤を晴らすかのようにジャンヌは突撃していく。キンジと理子はお互い苦笑いし合って続いて行った。

 

 

___

 

 

 サン・ピエトロ大聖堂の入り口の前でシディアスは立っていた。静寂なこのローマの町に響き渡る爆発音と銃声を聞きながら星空を見上げていた。

 

「戦況が奴らの有利になろうとも、捨て駒がいなくなろうとも…もう手遅れだ」

 

 シディアスはほくそ笑む。どんなに相手が強くともこの【究極魔法・グランドクロス】とそれを扱える魔力を蓄えた自分に敵う者はいない。あとはこの究極の魔法を発動させローマを全て消し去るだけ。

 

 頃合いかと思い行動に移ろうとした時、遠くから鈍いエンジン音が聞こえてきた。はて、何事かと思ってその音がする方へと視線を向けると。この大聖堂へと続く道の先に何かが来ているのが見えた。それは段々とエンジン音を響かせながら此方に近づいてくる。それと同時に何か変な声が聞こえてきた。

 

『スポォォォォォォォォォンッ‼』

 

 耳障りになるほど喧しい声を上げながら、フレッチャ歩兵戦闘車が猛スピードでサン・ピエトロ大聖堂広場へと突っ込んできた。

 

「た、タクトくん、ブレーキ、ブレーキ‼」

「アリスベルちゃん、この俺にブレーキなんてねえ‼あるのは突撃するのみ!」

「バカヤロウ‼いいから止まれっての‼」

 

 アリスベルと静刃は必死にタクトを止めてブレーキをかける。ブレーキがかかったフレッチャ歩兵戦闘車はブレーキ音を響かせながら止まろうとする。猛スピードを上げていたためか中々止まることなく真っ直ぐ進んで行く。

 

「うん…これまずい」

「みんなでタクトを止めるぞ‼」

 

 さすがに世界遺産にツッコむのはまずいとセーラと貘も加わりタクトを止めてブレーキを踏む。やっとスピードが落ち着いて行き、サン・ピエトロ大聖堂広場の中央にある建築物、バチカン・オベリスクにぶつかって止まる。思い切りぶつかったのだが、オベリスクは倒れることはなかった。ぶつかったことに静刃とアリスベルはギョッとするが事なきを得てほっと一安心した。

 

「た、助かった…」

「静刃くん、まだ戦いはこれからですよ…って何か聞こえますね…」

 

 ハッチから出て外の様子を見た静刃とアリスベルの安堵を打ち払うかのように遠くからフェラーリが物凄いスピードで来るのが見えた。

 

「ちょ、ちょ、ナオト、スピード出し過ぎでしょ‼」

「お前程じゃねえよ。やっと追いつたー…」

 

「お前等安心してる場合じゃねえよ!?このまま行くと戦闘車にぶつかるっての‼」

「は、はやくブレーキ‼」

 

 車内で騒ぎだすカズキ達にナオトはやれやれと一息ついてブレーキを踏む。喧しいぐらいのブレーキ音を立てながらフェラーリは止まりだす。フェラーリは戦闘車にゴンとぶつかって止まった。その衝撃でバチカン・オベリスクが揺れたのを見た静刃とアリスベルは全身に冷や汗が流れる程に戦慄する。

 

「せ、せ、静刃くん…!」

「あ、慌てるな…と、止まれ‼倒れるな!」

 

 静刃の願いが通じたのかバチカン・オベリスクは倒れはせずに揺れが止まった。ほっと一安心したのも束の間、遠くから金色の大きな生物が駆けてきているのが見えた。

 

「カズキ、ナオト、たっくん!やっと追いついたぜ‼」

 

「おお、ケイスケ‼それにリサも!」

「これで面子は揃ったな!」

「大集結…」

 

 外に出ていた3人は喜んで手を振る。金狼が高い所から飛び降りて着地をするとずしんと揺れた。その衝撃で戦闘車が少し前へコツンとバチカン・オベリスクに当たる。するとサン・ピエトロ大聖堂広場の中央で、目印であるバチカン・オベリスクは大きな音を立てて倒れて行った。

 

「」

 

 カズキ達が集結したことを喜んでいるのに対し、静刃とアリスベルは白目で倒れたオベリスクを呆然と見ていた。

 

「や、やっぱりやらかしやがった…」





 さすがにサン・ピエトロ大聖堂を崩壊させたらたっくんのおかんもそりゃ無理だと首を振るのでオベリスクで…え、それでもダメ?

 黒幕もローマを破壊する気満々だし、いいよね!


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69話


 カオスにしては少しくさいところもあったり、ご都合主義なところもあるけども、シカタナイネ
 こういうベタなのも好きなので


 シディアスは無言のまま騒いでいるカズキ達を見ていた。一方のカズキ達はシディアスのことはすっかり忘れているようで全員集合したことを喜び合っていた。

 

「たっくん、もう勝手に突っ込むんじゃねえぞ!」

「というかナオトの方向音痴を治すべきじゃねえの?」

「それよりも俺にナビをつけてくれよ」

「もっふもふ‼リサの毛並みもっふもふ!」

 

「おおーい‼なにしてくれてんのお前等ぁぁぁっ!?」

 

 やっと我に返ることができた静刃はカズキ達を叱る。無残にも倒壊しているオベリスクに指をさす。

 

「絶対やらかすと思ったけども…さっそくオベリスクを壊すとかお前らバカなの!?」

「ゴッドハンドクラッシャーでダイレクトアタックだ!」

「何言ってんだお前、戦いには犠牲がつきものだぞ?」

「やかましいわ!」

 

 全く反省の色を見せないタクト達に静刃は項垂れる。後ろではセーラやカツェ、ワトソンがやっぱりやらかしたんだなと遠い間でカズキ達を見つめていた。

 

「し、静刃くん、悔いている暇はないです。先にやらなければならないことがありますよ」

 

 同じく我に返ったアリスベルが静刃に呼びかける。確かにそうだ、自分達は倒さなければならない相手がすぐ近くに待ち構えている。仲良く騒いでいる4人組は一先ず置いといて、サン・ピエトロ大聖堂の入り口で静刃達を見下しているシディアスに視線を向ける。

 

 シディアスはずっとカズキ達を見ていたが、我慢できなかったのかプルプルと震えだし高らかに笑い出した。

 

「ふふふ…ふははははは‼私を止める輩が現れるとマイクロフトは言っていたが、誰かと思えば小童共じゃあないか!」

 

 

「へっ、ただの小童だと甘く見ない方がいいぜ‼」

「そうだぞー‼俺達はサイキョーの中二病の小童共だ‼」

 

「たのむ…お前達と一緒にしないでくれ…」

 

 不敵に笑うカズキとタクトを他所に静刃は頭を抱えた。戦う前から胃が痛む、こんな経験はきっと元いた時代に戻ってもないだろう。シディアスは低く笑い、カズキ達を睨み付ける。

 

「面白い…ならば私を止めてみるがいい」

 

 シディアスは左手から紫色の電撃が放たれる。バチバチと放電音を響かせながらカズキ達に襲い掛かるが彼らの前にセーラとカツェが立ち、水と風の壁で防ぐ。電撃は相殺されていくがかなりの威力があるようで、セーラとカツェは辛そうに睨む。

 

「くっ…かなりの威力…」

「ちっ…あれが【究極魔法・グランドクロス】ってやつか…‼」

 

 

「どうした?まだこの究極魔法のほんの一部分しか使っておらんぞ?」

 

 シディアスは更に力を込めて電撃を放ち、水と風で防いでいたセーラとカツェを押していく。シディアスが電撃を放っている合間に鵺と金狼となったリサがシディアスへと駆けて飛び掛り、シディアスの影からヒルダが飛び出し持っていた三叉槍で突こうとする。

 

「ふふ…威勢がいいのはいいことだ。だが、私を見縊っては困るな」

 

 シディアスが右手を振るうとピタリと鵺とリサ、ヒルダの動きが止まった。強制的に動きを止められたのか力を入れて何とか動こうと体が震えていた。

 

「ぐぬぬ…やってくれるじょ…‼」

「この老いぼれが…‼」

 

 ヒルダの挑発にもシディアスは聞いていないかのように鼻で笑って彼女達に電撃を放ち吹き飛ばす。

 

「鵺さん‼この…っ!」

 

「…待つじょ、アリスベル‼」

 

 髪の毛からプスプスと少し焦げた煙を上げながら鵺が起き上がってアリスベルを止めた。

 

「お前の術式は彼奴の究極魔法を打ち消す可能性があるじょ。だから自分が持っているありったけの魔力使って荷電粒子砲を放て。今は力を最大限に溜めることに集中しろ!」

 

 アリスベルの術は相手の魔力を消して脱力させる。だからこそこの【究極魔法・グランドクロス】止める有効打。シディアスに打ち勝つにはこれしかない。

 

「わかっているな、静刃‼お前は全力でアリスベルを守って戦え‼」

「鵺、お前にしては随分と優しいんだな…いいぜ、やってやるよ‼」

 

 まさかこれまで鵺と死闘を繰り広げていたこともあったのに、鵺がこれほど協力的になるとは思わなかった。あの4人組のおかげなのか鵺は楽しんでいる。こればかりは静刃はカズキ達に少し感謝をし、バーミリオンの瞳を発動させ、準潜在能力開放をしてシディアスへと駆けていく。

 

「静刃がいった‼たっくん、ケイスケ、ナオト、俺達も行くぜー‼」

「おおーっ‼中二病筆頭に続け―‼」

「やっぱあいつも中二病だったんだな」

「‥‥俺達と同じだ」

 

 前言撤回である。やっぱりあのバカ4人に関わると胃が痛い事ばかりだ。静刃は心の中でツッコミを入れてシディアスに向けて蹴りを放つ。

 

「無駄だと言っている」

 

 シディアスは余裕綽々と左手で静刃の動きを止める。静刃は力強くで動こうとするが空中で止められて身動きができない。シディアスの右手からはバチバチと電撃が飛んでいるのが見えた。その右手を振りかざされる寸前、シディアスの頬に弓矢が掠る。弓矢を放っていたセーラが悔しそうに睨んだ。

 

「っ、まさか風の流れも強制的に変えられてるなんて…!」

 

「うらーっ‼その余裕面をドッキリさせてやるぜ!」

「あの野郎をその場からずり落としてやる‼」

 

 カズキはTRG-42で、ケイスケはM4でシディアスに狙いをつけて撃ち続ける。それに続けてナオトもAK47で撃つが、シディアスは右手をかざすとシディアスに向けて飛んでいた弾丸が空中で止まる。

 

「私に、そんな豆鉄砲で対抗しようとは…片腹痛い」

 

 シディアスは弾丸を跳ね返すとともに紫電の一撃を放った。撃っていた弾と紫色の電撃がカズキ達に襲い掛かるが金狼が前に出てその攻撃を体を張って防ぐ。

 

「リサ‼大丈夫か!?」

 

 ケイスケはすぐに呼びかけるが、金狼は心配ご無用と言うかのように『ワン!』と力強く吠えた。無暗に撃ってもシディアスに防がれてお返しされる。何とか隙を狙って撃つしかない。

 

「この…っ‼いい加減下ろしやがれ!」

 

 空中で止められていた静刃はシディアスを睨み付ける。そうだっと言わんばかりにシディアスは静刃を放った紫電とともに吹き飛ばす。その静刃の後ろからカツェとセーラが水と弾幕と鎌鼬を放つ。飛んできた弾幕をシディアスは軽々と電撃を放って防いでいく。そんなシディアスの隙を狙って肘から手首、手の甲からカードナイフのような小さな刃物を展開させたワトソンと拳を構えたナオトが飛び掛る。

 

「ふん…そんな子供騙しに引っかかると思っていたか?」

 

 すべてお見通しとでも言うようにシディアスは二人に向けて電撃を飛ばし吹き飛ばす。

 

「痛っ…付け入る隙がない…!」

「手強すぎる…」

 

 ワトソンとナオトは起き上がってシディアスを睨み付ける。静刃も同じように睨むが、あのシディアスの実力が想像以上に強く。生半可な力では倒せないと察する。

 

「くくくく…よもやそんな力でこの私を止められると思っていたのか?貴様らの様な小童共に私はたお…っ!?」

 

 

 高笑いして罵ろうとした瞬間、突然膝ががくりとなりバランスを崩してサン・ピエトロ大聖堂の階段から転げ落ちた。一体何が起こったのか、驚きを隠せなかったシディアスは起き上がり自分がいた場所に視線を向ける。

 

 そこにはタクトがドヤ顔をして、立っていた。何故自分の背後にいたのに気づかなかったのか、そんな理由よりもこの自分に何をしたのかが分からなかった。

 

「貴様…‼この私に何をした!」

 

 先程まで余裕綽々で相手を貶していたが、まさかこんなよく分からない奴に階段から転げ落とされるのは屈辱的だった。怒り、睨むシディアスにタクトは再びドヤ顔をする。

 

「ふっ…名付けて、漆黒の堕天使的スーパーミラクルダイナミックアタック膝カックン!」

 

 よく分からない技名にシディアスはポカンとする。

 

「なんでえええっ!?なんでそこで膝カックンなんだよ‼馬鹿か‼」

「たっくん‼折角のチャンスに何してんの!?」

 

「たっくん…空気読んで」

「ぎゃははは‼見ろよ、ヒルダ、獏‼あやつのポカンとした顔‼ざまあみろだじょ‼」

「やはり彼の行動はよく分からんな…」

 

 

 ケイスケとカズキはプンスカと怒って文句を言い、セーラと貘、ヒルダ、静刃は呆れ、鵺は腹を抱えて大笑いをしていた。

 

 やっとシディアスは気づいた。あんなちっぽけな男に足元をすくわれた。まさか最初に膝カックンとやらにやられたという事に。自分が立つべき場所を容易く蹴落とされたことにシディアスは激昂する。

 

「この下郎がぁぁぁっ‼」

 

 怒りに任せてタクトに向けて電撃を放った。慌てるタクトの前にセーラが立ち、風の壁で防ぐ。タクトへの怒りに集中しすぎたシディアスに隙ができた。金狼が前肢の爪を立ててシディアスに振るう。

 

「このっ、野犬が…邪魔をするなっ‼」

 

 電撃で防ぎ、左手で全力の放電を放つ。金狼は「キャイン‼」と悲鳴に近い声を上げて吹っ飛ばされる。

 

「これならいける…‼3分で片を付けてやる‼」

 

 タクトのおかげでシディアスは取り乱して隙ができている。静刃は妖刕を抜刀し、潜在能力開放を発動させる。二振りの妖刕を構えて一気にシディアスへと迫った。反応が遅れたシディアスは電撃を放って防ぐが、身体能力をフルに上げた静刃の力が強く、どんどんと押していった。

 

「おおおおおっ‼」

「この…っ‼小童共がっ‼」

 

 静刃を弾き飛ばし、シディアスは息を荒げる。その様子は血眼で、怒り心頭であった。

 

 

「シディアスは近接に慣れていない…一気に叩き潰せばいけるぞ‼」

 

 

「…【究極魔法・グランドクロス】をこの程度の魔法だと思っていたのか?」

 

 静刃の一言に癪に来たのかシディアスは殺気を込めて睨み付けた。そうして片手を空へとかざす。

 

「究極の力、とくと見せてやる‥‥‼」

 

 シディアスは力を込める。すると見つけている十字架のロザリオが白く光りだす。その威圧にカツェ達異能者達はビクリとする。

 

「あの野郎…まだあんなに魔力があったのかよ!?」

「嘘…あの量は膨大過ぎます‼」

「まさかその塊の一部を放つつもりじゃ…‼」

 

「いや何々!?よく分かんないんですけど!?」

「ようはマジでやっべえんじゃないのか!?」

 

 カツェやアリスベル、ヒルダは驚愕するが、異能者ではないカズキやケイスケは困惑する。また手から電撃を放ってくるのかと静刃は身構えたが、ふと自分達がいる場所が少し明るくなってきたのに気づく。静刃は見上げると目を見開いた。

 

「おい…嘘だろ…!?」

 

 その声に続いてカズキ達は空を見上げると此方に向かって上空から光の大柱の様なものが落ちてきていた。

 

「なにあれ!?サテライトキャノン!?」

「やっべえ‼今日は満月だった!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないじょ‼くそっ…こうなったら最大出力で撃ってやる‼」

 

 鵺はそうツッコミを入れると右目を緋色に変えて今まで放った時よりも大きな緋箍を放つ。光の柱と大きな緋色の閃光がぶつかるが若干こちらが押されている。

 

「お前ら!全力で防げ‼じゃないとみんな丸焦げになるじょ‼」

 

「ちっ…んなこたぁ分かってんよ!」

「あの膨大な魔法…無茶苦茶すぎるわ‼」

 

 カツェもヒルダもセーラも水や雷、風を放って鵺の放った緋色の閃光とともに落ちてくる光の柱へと全力でぶつけた。ありったけの力でぶつけ、光の柱を相殺させる。爆発した衝撃と閃光がカズキ達に降りかかった。

 

「っ‼くぅ…さっきの緋箍で限界か…」

「2戦連続は少しきついわね…」

 

 鵺とヒルダはクエスとの戦いのこともあって限界が来たようで辛そうに膝をつく。セーラとカツェはぜえぜえと息が上がっていた。

 

「皆さん…‼やっぱり私も…っ‼」

 

「ならぬ、アリスベル‼今は耐えろ…‼」

 

 最大の魔力で当てるために力を溜めていたアリスベルは獏に止められて悲痛に悔やむ。

 

「リサ、おま、大丈夫か!?」

「無茶をするな…!」

 

 カズキとナオトは焦る。金狼はカズキ達を衝撃から体を張って守っていたが、衝撃にかなりの威力があったようで、流石に体に応えた。金狼はへたりと伏せる。ケイスケとタクトはそんな金狼を優しく撫でる。

 

「お前も俺達みたいに無茶をして…リサ、あとは任せろ」

「ここからは俺達のターンだ‼」

 

 静刃も負けていられない。潜在能力開放の限界時間はあと2分。第二破が放たれる前に一気に決着をつかなければならない。

 

「まだ分からないのかね?私の究極の魔法には手も足も出ないのだと…‼」

 

 シディアスは手を再びかざした。すると静刃の体が急に重力がかかったかのようにずしりと重くなり地に這いつくばる。いくら反抗しようとも体が上がらない。シディアスの力にかかったのは静刃だけではない。ワトソンもカツェも獏も、そしてアリスベルも重力が押し付けてきたように地に伏せて動けないでいた。

 

「どうかね?究極の魔法と君達の実力では天と地の差があるのだよ…‼」

 

 

 いくら足搔こうとも体が動かない。静刃の潜在能力開放が2分を切る。押し付けられる力が増々強くなっていく。このままでは全員圧し潰されてしまう。

 

 

「ふふふ…ふははは…‼どうだ、誰も私を止められないのだよ‥‥‼」

 

 シディアスは体が動けず地にへと押しつぶされそうになっている静刃達を見下して高らかに笑った。もう誰にも止められない。そう確信したシディアスは高く見上げて笑いあげる。

 

 

 

 

 

「レッドマウンテンブラストォォォッ‼」

「アバッシングハイッター‼」

 

 横からどかっとタクトとカズキの飛び蹴りがシディアスの横腹に直撃して突き飛ばす。油断してもろに当たったシディアスはよろめきながら起き上がる。

 

「『ゲロ瓶』はもうねえけど…これでもくらいやがれ‼」

 

 起き上がるシディアスに追い打ちをかけるようにケイスケがポーチから透明な液体の入った小瓶を投げつけた。小瓶から液体が漏れて気化し鼻が曲がるような臭いが法衣につく。

 

「馬鹿な…何故お前達は動けるのだ!?」

 

 驚愕するシディアスは咄嗟に紫電の電撃を放った。カズキ達に向けて襲い掛かるがフライパンを持ったナオトに防がれる。

 

「やっぱ神父印のフライパンはすげえな…」

「いやージョージ神父はすごいよ。様様だぜ‼」

 

「ふっ…なぜ動けるか、教えてやるぜ‼俺達は無敵だからだ‼」

「たっくん、それじゃ理屈が分かんねえよ」

 

 ケイスケがツッコミを入れた通り、なぜ動けるのか全くもって分からない。彼らにその魔法の耐性があったのか、それに対抗する魔力が秘められているのか、それとも本当に無敵なのか、いくら考えても思いつかない。

 

 

「言ったはずだぜ?中二病はすげえんだぞ‼」

「だからその理屈はおかしいつってんだろ、クズ」

 

 シディアスは何度も何度も電撃を放つ。しかし、それを次々にナオトがフライパンで防いでいく。

 

「このっ…くるな、くるな…‼」

 

「…今だっ‼」

 

 拘束が解かれた静刃は起き上がって一気にシディアスへと迫る。今のシディアスはカズキ達に気を取られている。峰打ちながらも妖刕をシディアスに叩き込んだ。よろめくシディアスに続けてナオトがフライパンでフルスイング。シディアスは高く飛ばされたが、空中で起き上がり宙を飛ぶ。

 

「もう許さんぞ…‼こうなれば…【究極魔法・グランドクロス】を発動させ、このローマごと消し去ってくれるわ‼」

 

 シディアスは血眼になって空高く上空へと飛んでいく。一体何をするのか静刃は構えるが、シディアスが空を飛んだことにカズキ達は目を輝かせていた。

 

「すっげえ‼舞空術だ‼」

「俺も空を飛びたいな―‥‥」

「いや呑気に言ってる場合じゃなさそうだぞ」

 

 一体何が来るのか、また先ほどの光の柱を落としてくるのか、静刃は見上げた。そしてシディアスが発動した究極の魔法に唖然とする。

 

「んだよ‥‥そんなのありか…!?」

 

 上空には巨大な十字架の形をした光が浮かんでいた。その大きさはローマの街を壊滅できるほどの巨大なものだった。

 

_

 

 

「跳ね馬‼上を見上げろぉ!」

 

 武装集団と交戦中、スクアーロが咄嗟にディーノに呼びかけた。一体何事かとディーノは見上げると上空に輝く巨大な十字架の光を見て絶句した。

 

「おいおいマジかよ…あれが【究極魔法・グランドクロス】か…!?」

 

 あれが落ちてくると間違いなく甚大な被害が出るどころじゃすまない。シディアスは敵も味方も全部ひっくるめてこのローマを破壊するつもりだ。

 

「やべえぞ…ありゃぁ。ボスでもあれは止めらんねえぞ…」

 

 スクアーロも額に冷や汗を流している。ディーノはごくりと生唾を飲んだ。

 

「頼むぞタク坊…‼あれを止めれるのはお前等しかいねえんだからな…‼」

 

__

 

 

「キーくん‼上‼上‼なんかやばそうなのが‼」

 

 同じく殺し屋集団と交戦中、上空を見上げた理子はギョッとしてキンジに呼びかける。

 

「なんだあれは…!?」

 

 上空に浮かぶ光の十字架を見てキンジもジャンヌもギョッとしていた。これまで緋緋色金に関わる戦いをしてきたが、アリアや猴が放った緋色の閃光よりも何十倍もの大きいものは見たことが無かった。

 

「まずいぞ、遠山。あれが落ちてきたら間違いなく私達も巻き込まれる…‼」

 

 ジャンヌの言う通り、全員巻き込まれるがそれ以上にこのローマの街が崩壊しかねない。

 

「あいつら…絶対に止めろよ…‼」

 

__

 

 

「やべえぞたっくん‼ノストラダムスの大予言並みにやべえぞ‼」

「落ち着けカズキ‼あれを何とかしてでも止めるしかねえ!」

 

 焦るカズキをケイスケがげんこつを入れて落ち着かせる。

 

「そうだ!アリスベルちゃん、これを止めれるよね?」

 

 タクトははっとしてアリスベルの方に視線を向ける。静刃も同じようにアリスベルに視線を向けて駆け寄る。しかし、上空の究極魔法を見上げていたアリスベルは絶望していた。

 

「無理です…私では…あれは止められません…」

 

 今まで、これまでの戦いの中で、あんな膨大な魔力と強大な力を込められた魔法は一度も見たこともない。今の自分ではそれに対抗できる、あれを打ち消す程の力がない。へたりと座り込んだアリスベルは体を奮わせてポロポロと涙を流す。

 

「ごめんなさい…‼静刃君が…皆が傷ついて戦っているのに…何もできなかったうえに、止める力もない…‼」

 

 

 【究極魔法・グランドクロス】を、究極の魔法の力を完全に見誤った。沢山の期待に応えられなかった自分が悔しかった。もうあれを止める術はない。アリスベルは絶望し続ける。

 

 

「アリスベルちゃん…諦めちゃだめだよ」

 

 そんな涙を流しているアリスベルをタクトは立ち上がらせる。アリスベルは諦めていたのにタクトは、タクト達4人は諦めていなかった。

 

「母ちゃんが言ってた。『どんな絶望的な状況でも、諦めることを考えちゃいけない。切り抜くために、生き抜くために、全力で足掻け。そうすれば切り開ける』って」

 

 

「たっくんの事だから諦めたらそこで試合終了とか言うと思ってた」

「カズキ、空気読もうな」

 

 ぼそっと呟くカズキにケイスケは容赦なく横腹に肘鉄を入れる。

 

 

「で、ですが…私の力じゃ…」

 

 タクトの言葉にアリスベルは戸惑う。そんなアリスベルの様子を見かねたのかタクトはムスッとして静刃の腕をつかむ。だんだん光の十字架が降下してきているのに何をするつもりだと静刃は焦るが、そんな事を気にしていないタクトは静刃の手を掴み、アリスベルの手へと触れさせる。

 

「爺ちゃんが言ってたぜ。『好きな女の子が悲しんでたら手を差し伸べて助けてやるのが男だ』って」

「いやなんで俺なんだよ!?」

 

「せ、せ、静刃…くん…」

 

 静刃はタクトにツッコミを入れるが、アリスベルが頬を赤くして静刃を見つめていた。そんなアリスベルを見て静刃もドキッとする。どうするか考えるが、もう時間がない。タクトの考えに身を任せるしかない。

 

「…1分だ。俺はあと1分が限界だ。アリスベル、これで決めるぞ」

 

 静刃は少し照れ隠ししながらもアリスベルの手を握る。潜在能力開放の残りの力をアリスベルの魔力へと供給できるか試みる。

 

「静刃くん…私、やってみます、やり遂げてみます‼」

 

 自信を取り戻せることができたアリスベルは静刃の手を強く握る。静刃の手は自分の手よりも大きく、優しい。傍にいてくれるといつでも感じられた。

 

「お前等‼これも使え‼」

 

 そんな時、よろよろと立ち上がったカツェが眼帯の封を開けてある物を静刃に投げ渡した。緋色の金属のようなものだがこれは何かと首をかしげる。

 

「他人の所有物だけども…緋緋色金の殻金だ。付け焼き刃かもしれねえけど、力になれるはずだ」

「おまえ、そんなレア物隠し持ってたのかいな…」

 

 仰向けに倒れている鵺はやや呆れながらも苦笑いをする。静刃にはどういったものかは分からなかったが、その殻金とやらにも力を感じる。静刃とアリスベルは一緒にそれを握りしめた。

 

「静刃くん…いきます。かなりモーレツですよ?」

「ああ…安心しろ。傍にいるから全力でぶつけろ」

 

 アリスベルは微笑み、環剱を二人の頭上へと浮かばせフルに回転させる。バチバチと放電させる。照準をこちらに向かって落ちてきている巨大な光の十字架とそれを落として高笑いしているシディアスへと向ける。環剱に溜められた魔力が光り出し、静刃とアリスベルの周りがまばゆい光で明るくなる。

 

「よーし‼俺も手伝うぜ‼」

 

 突然、タクトが静刃とアリスベルの方に手を置いた。いきなりの事で二人は驚く。

 

「いや、タクトくん!?」

「お前、何かできるのか…!?」

 

 先程励ましてくれたのは確かに助かった。しかし彼にそんな力があるのは感じられない。

 

「任せろって‼俺の漆黒の中二病パワー、お熱い二人に手を貸すぜぇぇぇっ‼」

 

 タクトは力を込めた。すると静刃とアリスベルの体に大量の魔力が流れ込む感覚と同時に力が漲ってきた。

 

「この底の付かない魔力…タクトくん、貴方は…!?」

「なんだこれ…お前、こんな力を隠してたのか…!?」

 

 アリスベルも戸惑っていたが、特に静刃が戸惑っていた。1分を切って警告信号が出ていた潜在能力開放が復活したのだ。正常になり、自分の潜在能力開放の力をアリスベルにリンク、魔力放出量が100%を超えるだの、情報が沢山流れ込む。そんな多すぎる情報の中に気になる物が見えた。

 

 

【M.■.■■■:カ■■■■■ー】

 

 静刃のバーミリオンの瞳は相手の異能の技もコピーする力もあるが。情報量が多いためかコピーが失敗したようだ。もしかしたらこれがタクトの能力なのかもしれない。一体これが何なのか、どんな能力なのかは分からない。ただ分かるとすれば、彼らは恐れを知らないし決して恐れなかった事。だからこそ彼らは戦えたのだ。

 

 

「静刃くん…‼」

「ああ、思い切りぶつけてやれ‼」

 

「今こそ見せてやれ‼二人の…スーパーラブラブマウンテンブラスト青春真っ盛り!」

「「そんな技じゃない‼」」

 

 静刃とアリスベルはツッコミを入れ、二人は環剱からこれまでになかった強大な荷電粒子砲を放った。落ちてきている十字架の光にぶつかり押し上げる。それでも巨大な光なため、力を入れないと逆に押し負けてしまう。二人の手はより強く握りしめ合う。

 

「二人とも、もっと気合いを入れろー‼」

 

 タクトに応援されさらに力を入れていく。

 

「すげえぞたっくん‼所謂ミナデインってやつか‼俺も力を貸すぞ‼」

「…なんか違う気がする」

「ああもう‼死んだら絶対にあのクソ神父を祟ってやる‼」

 

 カズキ、ナオト、ケイスケもタクトの肩に手を置く。彼らには異能は無いが、それでも力を自分達に送ってくれている感覚がした。静刃とアリスベルはありったけの力を込めた。

 

「「いっけえええええええっ‼」」

 

 二人の叫びに答えるように環剱は輝き、荷電粒子砲をより強く放つ。荷電粒子砲はどんどんと巨大な光の十字架を押し上げ、そしてど真ん中を撃ち貫く。

 

 

 

「な、なん…だと…!?」

 

 上空にいたシディアスは撃ち貫かれ次第に消滅していく究極の魔法と次第に迫ってくる荷電粒子砲に驚愕する。この瞬間、自分は負けたという事が全身に伝わってきた。

 

 

「馬鹿な‥‥この私が、【究極魔法・グランドクロス】が‥‥‼」

 

 

 シディアスはこちらを見上げている静刃とアリスベル、その二人を支えていてドヤ顔しているタクトを見た。彼らを、あの中二病と名乗る青年に敗北したと全てを察した。その刹那、シディアスは光に包まれる。

 

 

 

 十字架の光は消え、静かな夜に戻る。静刃とアリスベルは荒い息遣いをしながらお互いを見つめ合う。辺りはかなりの衝撃だったのか地面や柱、建物にヒビがはしっていた。

 

「これで…終わったのか…?」

 

「静刃くん…あれ…!」

 

 アリスベルは上空を指さす。見上げると空から法衣がボロボロになって気を失っているシディアスがゆっくりと落ちてきた。ふわりと地面に落ちると、光り輝いていた十字架のロザリオは光を失う。【究極魔法・グランドクロス】のを扱えるほどの魔力が無くなった証拠だ。

 

「静刃くん…!」

「ああ…これでお(ry」

 「「「「終わったぁぁぁぁぁっ‼」」」」

 

 抱きしめ合う静刃とアリスベルを他所にあの喧しい4人組が大喜びで叫んだ。

 

「あー、もう疲れた。休ませてー」

「たっくん!?そこで寝ちゃダメだぞ!?」

「ったく、何とか終わったな。このダークサイド野郎、面倒かけやがって」

「‥‥ピザ食べたい」

 

 やっぱりぶれないなと静刃とアリスベルは苦笑いをして微笑んだ。そしてお互い抱きしめ合っていることに貘が指摘するまで気づかなかった。





 静刃とアリスベルの二人はもっとイチャイチャしていいと思ったので甘々増々

 ちなみにたっくんの能力の名前はすぐに分かってしまいそうでコワイ(ガクブル

 planetの曲はほんと好き



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70話

 丁度キリがいいので投稿しますた。
 今回はイタリア編エピローグでございます。

 意外とイタリア編も長かった‥‥(白目


 サン・ピエトロ大聖堂の広場でカズキ達の歓喜の声が響く中、上空にヘリが数機飛んできて広場へと着陸していく。

 

「やあ…無事に終わったようだね」

 

 その1機のヘリからにこやかにジョージ神父が降りてきた。久々に会う神父の姿にカズキ達は喜びの声を上げた。

 

「神父ぅぅぅっ‼来てくれたんですね!」

「おいこのクソ神父‼今更来たのかよ‼こちとら何回死ぬ目にあったと思ってやがる!」

「神父が来た‼これで勝つる!」

「…たっくん、もう終わってんぞ」

 

 ギャーギャーと騒ぎ立てるカズキ達をにこにことしながら宥めさせ、倒れているシディアスが身に着けていた十字架のロザリオを取った。

 

「カズキ君、タクト君、ケイスケ君、ナオト…よく頑張った。これで一先ず落着だね」

 

 ヘリからぞろぞろとスワットのような武装をした人達やスーツを着た公安の者たちが降りて来て、シディアスに手錠をかけ、ヘリへと乗せていった。

 

「あの人達は…?」

「彼らはイタリア政府の公安や警察の方々だ。すべて片付いたことだし、後の収拾は彼らに任せておこう」

 

「これで終わったんですね…」

 

 アリスベルは安堵したように一息ついて静刃に微笑む。

 

「ああ。アリスベル…ありがとな」

 

 静刃は照れ隠ししながら答えた。後は事情聴取やら色々とありそうな気がするが、二人はその間互いの手を握っていた。

 

「おおい‼リア充だ、リア充がいるぞー‼」

「リア充は爆発だー‼」

 

 先程応援してくれていたのに手のひらを返すかのようにカズキとタクトが騒ぎ立てる。終わっても尚、疲れを知らずに騒ぐ4人組に静刃とアリスベルは苦笑いをした。

 

__

 

 巨大な十字架の光が打ち消されてから数10分後、ローマ上空に何十機ものヘリやら軍用ヘリが飛び交い、道からはサイレンを喧しく響かせるパトカーやら更には迷彩柄のボディーアーマーを身に着け、MinimiやMK5を構えた陸軍の兵士達が大勢やって来た。

 

 五共和国派の残党の武装集団や殺し屋集団は次々に銃を降ろして手を挙げていく。自分達の敗北を察し、もう抵抗する様子はない。戦闘が終わったとキンジはほっと一息ついた。

 

「あいつら、勝ったみたいだな」

「いやー、一時はどうなるかと思ったけど何とかなったみたいだね!」

「ふぅ…これで一件落着か」

 

 理子もジャンヌも安堵して笑う。トリエラとクラエスは空を見上げていた。上空には飛びすぎていくヘリ、辺りに鳴り響くサイレンの音。戦いが終わり、勝利を祝うかのように夜の空に響き渡る。

 

「やっと…五共和国派の戦いに終止符がついたわね…」

 

「うん…終わったよ。皆…ヒルシャーさん…‼」

__

 

 事件後は色々なことがあった。カズキ達は事件が終わったその2日後にローマ武偵局の方々が謝罪にきた。一体全体どういう事かカズキ達はキョトンとしていたが、付き添いで来ていたディーノ曰く、事件の事を聞いたタクトの母である更子がローマ武偵局とローマ武偵校に「人の息子を誤認逮捕しかけたにも拘らず謝罪がないとかいい度胸してんな?」と笑顔でやって来たという。

 

「終わり良ければ総て良しじゃね?」

 

 タクトのその呑気な一言で何とか事なきを得た。容疑を解消されたカズキ達はローマ武偵校がお詫びとして彼らの短期研修を受け入れ、残りの期間で研修を受けた。武偵校の教師たちはカズキ達をSランクのクラスへと入れようとしていたが、カズキが「恐れ多い」と焦って断り、Cランクのクラスへと入ったとのこと。その後カズキは何故断ったと3人にボコられ怒られていた。

 

 ついでにという事でキンジ、理子、ジャンヌもカズキ達と共に研修を受けた。本当はジャンヌの修学旅行Ⅱ付き添いで来ただけだったがまんざらでもないようでひと時の休息に疲れを取る事ができた。

 

 無論、カズキ達だけではなく周りも慌ただしくなっていた。シディアスがローレッタやメーヤを使い、師団と眷属、両陣営の情報を流し、混戦状態にしていたという事、おかげで両陣営は疲弊していたという事で停戦協定を結んだとの事だった。カズキ達が研修を受けている間、ワトソンとカツェはドタバタとしていた。しかもその仲介役がキャバッローネファミリーのボス、ディーノとボンゴレファミリーの暗殺部隊ヴァリアーのボスだったという。まさかのヴァリアーのボスが介入してきたという事に師団も眷属も血相を変え、すぐに停戦を結んだとカツェが遠い目をしながら語っていた。

 

「なあ理子、スクアーロさんのボスってどんな人なんだ?」

「キーくん…知らない方がいいよ…ヤバイから、マジでやばいから」

「流石の私も灰になりたくないわ…というかよく流血沙汰にならなかったわね…」

 

 スクアーロの上司がどんな人かとキンジは気になって尋ねたが、理子とヒルダはガクブル震えて教えてくれなかった。知らない方がいい事もある、キンジはとりあえずこの事は気にする事をやめた。

 

「そういえば…カズキ、『妖刕』と『魔剱』達はどうしたんだ?」

 

 キンジは当初師団が警戒していた『妖刕』と『魔剱』といった異能の傭兵の事を尋ねた。会って話はしてないが、事件後以降彼らに一度も会っていない。

 

「それならあいつ等ならもう帰ったぞ?」

「俺達が先に見送ってあげたんだぜ‼」

 

 タクトはドヤ顔しながら自慢する。いつどこで見送ったのか、キンジは首を傾げる。日本に帰ったのか、それとも別の傭兵の仕事へと向かったのか、気になるがあまり考えても思いつかないのでそれ以上は聞かなかった。

 

___

 

「遅くなってすまないね。これが『雲外鏡』だ」

 

 ジョージ神父は貘に『雲外鏡』を渡した。魔法具を受け取った貘は安心したように微笑む。

 

「すまないな、神父。これを渡す前に私のわがままに付き合ってくれて感謝する」

「なに、彼らも私の知り合いでね。『心函』の事は安心するといい、ちゃんと彼らにも君の伝言を伝えておいた」

「何から何まで…本当に助かった」

 

 貘はジョージ神父に何を頼んだか静刃は気になったが、今はやっと元の時代に帰れることに嬉しさが募る。

 

「やっと、帰れるんだな…」

「ええ、これまで随分と色んな事がありましたね」

 

 アリスベルと静刃はこれまでのことを思い出す。2010年からこの時代に飛んで、まさかあの騒がしい4人組のハチャメチャな戦いに翻弄されるわ、彼らと共にゾンビと戦うわ、物凄い強大な魔法を使ってきた相手と戦うわと多くの困難があった。けれども騒がしい4人組に巻き込まれてからは一度も辛いと感じることは無かった。

 

 

「もう帰っちゃうのか?」

「なー、もう少しゆっくりしてけよー。俺のワンマンライブとか聞かせてあげるからさ!」

「少しぐらい休んだらどうだ?」

「…急がなくていいんじゃないか?」

 

 まさか胃を痛めてくれた彼らが心配するとは思いもしなかった。目を丸くしていた静刃は笑って答える。

 

「わりいな。俺達にはまだやらなきゃいけないことがあっちの方で残っている」

「ひひっ、また鵺と一緒に大暴れしたいなら、すぐにでも遊びに行くじょ?」

 

 鵺も珍しく嬉しそうにギザギザした歯を見せケラケラと笑う。暴れるのが好きな鵺なら彼ら4人組とウマが合うかもしれない。ただもっとひどい事になりそうだと静刃は苦笑いをする。

 

「さあ、皆。元いた時代に帰るぞ」

 

 貘は術式を雲外鏡に投影させ魔方陣を展開させる。静刃達を囲うように空色の立体魔法陣が光りだす。飛び交う光の粒子が集まりだし、静刃達を包み込む球体へと形を変えていく。

 

「貘、この光量ならうまくいけそうですか?」

「大丈夫だ。雲外鏡に反映され4年後の時代へと還れることができる」

 

 カズキ達は何の事やらと首を傾げているが、光量や式力から見てうまくいったとアリスベルと貘は安心していた。もしあのままクエスに騙されていたのなら何をされていたのか、静刃は自分達を雇ってくれたジョージ神父に感謝した。

 

「ふふふ…やっぱり、こ奴等がキーマンだったか」

 

 そんな中、鵺は満足したように頷いて笑いだす。

 

「鵺、一体どういう事ですか?」

「お前等気づかなかったのか?タクト達に関わってから、《《一度も存在劣化症候群にかかっておらんのだぞ?》》」

 

 それを聞いた静刃とアリスベルははっとする。2度も時代を跳躍した静刃達は未来から来たことにより起こる歴史の改変を修正する地球の歴史の復元力、未来からの来たものを消す存在劣化症候群に襲われていた。自分達の存在を消すために色んな災難に遭ったが、彼らに関わってからその症状は一度もなかった。

 

「じゃ、じゃあそれってつまり…タクト君達に関わったことで歴史の復元力から逃れることができた、という事ですか!?」

「理屈は分からんが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、消されることが無かったんだろうな。おかげで貘がピンピンしておるわい」

 

 ケラケラと笑う鵺に言われ、獏は苦笑いをしてタクト達の方に視線を向ける。

 

「よもや私までも助けられるとは…お前達の力は不思議なものだな…」

 

「へへっ、俺達はサイキョーの中二病集団だからな!」

「たっくん、その理屈はおかしい」

 

 ニッと笑ってガッツポーズをとるタクトにナオトは冷静にツッコミを入れた。

 

「これでお前達のハチャメチャに振り回されるのは最後か…ありがとな。結構楽しかったぜ」

 

「静刃!元いた時代でも俺達の武勇伝を伝えてくれよな!」

 

 カズキの言葉に静刃はふっと笑った。敵陣に一番に突っ込み、装甲車で世界遺産にダイレクトアタックしかけたタクト。よく嚙みよく寒いギャグを言う、よく置いてけぼりにされる狙撃が得意なカズキ。4人の中でよく怒鳴り、よく悲鳴をあげる、自分達を苦しめたあの『ゲロ瓶』を作ったケイスケ。冷静で寡黙、戦闘も強いのにすぐに迷子になるナオト。これからもこの先も、そして元いた時代にも、武偵のくせにこんなハチャメチャな戦い方をする喧しい馬鹿は彼らだけだろう。

 

「ああ…一応、考えとく」

 

「後それから、静刃、アリスベルちゃん‼末永くお幸せにねー‼」

 

 ニシシと笑って手を振って叫んだタクトに静刃とアリスベルは思わず吹き、顔を赤くした。

 

「な、な、なんて事を言うんですか!?」

 

「お前等もうイチャイチャしとけ?」

「…お祝言、いつか送る」

 

「お前等も悪乗りするなよ!?」

 

 まさかケイスケとナオトまで悪乗りしてくるとは思いもせず、二人はわたわたとするが満更もないようで、落ち着いた二人はすぐに手をつなぎ微笑み合う。

 

「ああーっ‼これでもかと俺達に見せつけやがって‼リア充爆発しろや!」

「いつかお前の実家に味噌汁のワカメ1年分送りつけてやるからな―‼」

 

 お前達が言ってきたんだろ、と静刃とアリスベルは騒ぎ出すカズキとタクトに心の中でツッコミをいれた。そうしているうちに包み込んでいる光が強く輝きだしてきた。もう間もなく、元いた時代へと時間跳躍が行われる。

 

「お前達のおかげで無事に帰れること、感謝しているぞ。この恩、貘は忘れん…さらばだ」

 

「ひひっ‼これまでのドンパチ大騒ぎ、楽しかったじょ‼やがてまた、会おうぞ‼」

 

「皆さん…本当にありがとうございました。タクト君達の事、絶対に忘れませんから!」

「これまでさんざん胃を痛められたが…お前らと一緒に戦えたこと悪く無かったぜ。じゃあな‼」

 

 そうして光は静刃達を包み込み、見えなくなっていく。

 

「またなー‼俺達ソウルメイトの絆は不滅だぜ‼」

「あっちの時代でも頑張れよー‼」

「じゃあなー‼何かあったらそっちの時代の俺達に頼れー!」

「‥‥末永く幸せに」

 

 タクト達はそれぞれ叫んで手を振ったが、静刃達を包み込んだ光の球体は強く輝き、一瞬に消えていった。その場にはもう静刃達の姿はなく、ただ静寂が流れる。カズキ達はしばらく黙っていたが、タクトが神父に尋ねた。

 

「ねえ神父、静刃達は無事に帰れたかな?」

「うむ…雲外鏡を使っての時間跳躍は効果があるか、それは実際に受けた者にしかわからないが…彼らなら無事に帰れる、私はそう思うよ」

 

「たっくん、そこは当たり前だろ!あいつらも俺達のソウルメイトなんだからな!」

 

 カズキはニッと笑ってタクトを励ました。それを聞いたタクトは頷いて笑う。一緒に戦って冒険したソウルメイト、静刃達はきっと、絶対に元いた時代へと帰還しただろう。

 

___

 

「ほら、お前に返すぜ」

 

 フィウミチーノ空港にて、カツェは眼帯の小物入れから緋緋色金の殻金をキンジに渡した。突然の事でキンジは目を丸くして驚く。

 

「おまえ、これいいのか!?」

「ああ…師団と眷属は停戦協定も結んだし、もうこれもいらねえだろ」

「だ、だけどカツェ、お前そんな事して大丈夫なのか?」

 

 キンジは気に掛けた。カツェは魔女連隊の連隊長でもあるが、殻金を持っていれば有利なのにこんな勝手な事をしては処刑物のはず。

 

「気にすんな。あたしにこれは無用の長物だし、これのおかげで助かったんだ。借りは返しとくぜ?」

「そ、そうか…ありがとな」

「結局は第三者にコロコロ転がされた戦いだったし徒労に終わっちまったしな」

 

 カツェとキンジはお互いに苦笑いをする。このヨーロッパでの戦役はシディアスの手の上で行われていた争い。どっちも損したまま終わり、これ以上の被害も出さずに終わったので良かった。バチカンも教皇たち、ローレッタ、メーヤも共に建て直していくようで、これで一件落着である。

 

「キーくん、そろそろいくよー♪」

「ああ…またなカツェ。今度もまた敵同士じゃなくて一緒に戦ってくれることを願うぜ」

「へっ、どうなるかなー…水の流れるまま、身を任せるさ」

 

 理子に引っ張られキンジは出国ゲートへと向かって行った。キンジ達が見えなくなったとこでカツェは一息ついて背を向けて去ろうとした。

 

「カツェ、カズキ達を見送らなくていいの?」

 

 そんな時、セーラに止められた。セーラはジョージ神父と一緒に空港へと来ていた。

 

「セーラ…てかお前はどこ行くんだ?」

「私はこの後神父と一緒にロンドンへついて行かされる…」

「回収した【究極魔法・グランドクロス】を魔術協会へ届ける所さ。今度こそもう誰の手に渡らないよう封印する」

 

 にこやかに笑う神父に対してセーラはジト目で見つめる。戦役が終わっても尚、ジョージ神父に雇われているようだ。

 

「カツェ…これからどうするの?」

「あたしか?ドイツに戻ってもなぁー…『異性恋愛罪』で処刑されるし、殻金を渡しちまったし、もう裏切り者同然。うーん…しばらくジョージ神父の傭兵として雇われようかなー」

「…やめといたほうがいい。神父にあれこれ振り回される」

 

 セーラはジト目でカツェに注意する。よっぽど色んな事で振り回さたんだなとカツェは見つめる。

 

「私の傭兵かい?それは大歓迎だ…ああそうだ。君に渡しておかなければならない手紙がある」

 

 ジョージ神父は思い出したように懐から一通の手紙を取り出してカツェに渡した。

 

「君の上司が君に渡してくれと私に頼んできたのでね」

「イヴィリタ長官が…?」

 

 カツェは手紙の封を開けて読みだす。内容を見てカツェは目を丸くした。手紙にはイヴィリタ長官の字で『もし、辛いことがあったり耐えきれないことがあったらいつでも帰って来なさい。貴方のお家でもあるのだから』と書かれており、他には部下たちのエールが書かれていた。

 

「彼女は君を心配していたよ。これから先歩んでいく君を応援し、いつかまた帰ってくる日を待っているようだ」

 

「長官…みんな…!」

 

 カツェはプルプルと震え、涙を流していた。こんな自分を心配し、応援してくれている。自分は愛されいるんだなと実感した。

 

___

 

「結局、神父の野郎は見送りなしかっての」

 

 ケイスケはムスッとしたまま不貞腐れていた。

 

「仕方ありません。神父様はこれからの事でお忙しそうにしておられましたし、ケイスケ様達を見送りたくても見送れなかったのですよ」

 

 不機嫌なケイスケをリサは宥めさせていく。キンジ達は先に別の便で日本に帰っていったようだし、神父はイギリスへと行くと言っていたし、仕方ない。

 

「ま、あたし達が見送りしてあげるんだからいいじゃないの」

 

 トリエラとクラエスが笑いながらケイスケを宥めさせていく。一方でタクトとカズキがお土産を沢山かって両手に紙袋を提げながらはしゃぐ。

 

「いやーイタリアでは色んな事があったけど、スッゲー楽しかったな!」

「ああ、もうてんやわんや‼」

 

「タク坊、今回はお前達のおかげで無事に終わった。ありがとな!」

「サラコさんにまた日本に遊びに来るって伝えてくれ」

 

 ディーノとロマーリオも見送りに来ていたようで、道に迷いかけたナオトを止めてくれていたようだった。

 

「まーたお前、迷子になりかけてたのかよ」

「ナオト―、もう少し落ち着け?」

 

「俺もお土産をもっと買いたかったな…」

 

 もうイタリアでバラバラになるのは懲り懲りである。ドタバタ騒ぎだったのが昨日の様で、短い間で本当に色々なことがあった。

 

「ドイツといい、イタリアといい…もうヨーロッパは勘弁な」

「何言ってんだケイスケ、お次はフランス、イギリスでデビューだぜ‼」

 

 もうやめてとケイスケは必死にタクトに願う。そうしている間に時間が迫ってきていた。

 

「ほら、そろそろ行くぞ。イタリアでのドタバタ、何だかんだで楽しかったぜ」

 

「トリエラちゃん、クラエスちゃん‼絶対に花見にきてくれよ!その時はたっくんが漆黒の堕天使的スーパーライブ、披露してやるぜ‼」

 

「ふふふ、楽しみにしているわ。みんな、ありがとう」

「喧しい気がするけど…必ず日本へ行く」

 

「‥‥その時は俺達が案内する」

「じゃあ、イタリアの皆‼ばーーーーい‼」

 

 タクト達は手を振って出国ゲートへ向かって行った。

 

___

 

「あっという間、だったわね‥‥」

 

 トリエラは空港の窓から空へと飛び立っていった飛行機を見上げていた。恐らくあの飛行機にタクト達は乗っているだろう。

 

「そうね…騒がしい人達がいなくなるとこうも静かになるなんて」

 

 クラエスはくすりと笑いながら飛んでいった飛行機を見送った。

 

「ねえ、クラエス‥‥やっぱり私、洋上施設には行かずにこのローマの街で暮らしていくわ」

「…貴女なら言うと思ったわ。『教会』も改修されるし、私も残るわよ」

「でもね、クラエス‥‥私、死ぬまでに沢山、たっっくさん、やりたい事が見つけたの。あの人が…ヒルシャーさんが愛したこのローマで、皆の分まで精一杯生きていくわ」

 

 クラエスはトリエラを見つめた。前までの虚無感に満ちていた悲しい顔はなくなり、今の彼女はやりたい事が見つけた、明るく楽しそうな笑顔をしていた。クラエスはふっと笑う。

 

「そうね…義体の技術のおかげで短命ではないのだし、一杯、いっっぱい、やっていきましょ。私も一緒にいいかしら?」

 

 クラエスの問いにトリエラは頷き、元気いっぱいな笑顔を見せた。

 

 

 

 

「勿論‼私達、ソウルメイトなんですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____

 

 

「ネモ…やっぱりうまういかなったでしょー?」

 

 

 

 ジキル博士はチュッパチャプスを口に咥えながら、不機嫌そうに白い椅子に腰かけている軍服を着た水色のツインテールの少女、ネモに向けてケラケラと笑う。

 

「だから僕はあれほど言ったんだ。遠山キンジだけじゃない、脅威となるのは純粋な精神を持つ彼らだ。彼らが君達の計画の障害となるんだと…『可能を不可能にする女(ディスエネイブル)』である君も足下掬われちゃうよー?」

 

「…だまれ、道化」

 

 ネモは殺気を込めてジキル博士を睨み付けた。しかし、ジキル博士はネモの殺気を恐れておらず、いたずらっ子の様にゲラゲラと笑う。

 

「さっそく4つのうち一つがなくなっちゃったねー。次はどこかなー?」

 

「‥‥お父様はもう見切りをつけていた。どれも無くなったとしても、【終焉兵器・ビックバン】、【十四の銀河】があればどうにでもなる」

 

 ネモはそれでも不機嫌なようで、持っていたワイングラスを握りつぶした。ジキル博士はケラケラと貶す様に笑っていた。

 

「流石は『N』のトップでいらっしゃる」

「余計な口を抜かすな。次はその首を落とすぞ」




 マフィアや宗教、そして少女達の戦いも無事に終わりました。

 アリスベル組たちも一時のお別れ…また登場させたいですね

 【究極魔法・グランドクロス】も無事回収して次なる舞台へ…‼


 3月の投稿ですが、お引っ越しも兼ねてしばらく一月くらいお休みいたします。
 しばしの間、投稿できないので申し訳ございません‼


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ロンドン、霧の幻惑
71話


長らくお待たせいたしました。

 少し長く空いてしまったのでジャブ程度に‥‥と思ったらまさかの9000!?シカタナイネ

 今回はプロローグな感じに…


「わっはっはっはぁ!私はバレンタインデーに限ってもてない魔王だ‼」

 

 武偵校の探偵科棟にある家庭科室にて、なぜか電動泡立て器をもっているカズキがただ1人高笑いしていた。

 

「バレンタインデーに限ってもてないっていうのは不思議な事だけど…基本的にもてない私はこの世からチョコを消すことでこの世からバレンタインデーを無くしてしまおうという悪い考えの持ち主だー!」

 

 カズキは何言っているのか分からないのを自覚しているようで半ば半笑いしていた。そんなカズキの様子を家庭科室の隅でケイスケ達はクスクスと大声で笑うのを我慢していて見ていた。

 

「この俺を止めるものは誰かいるのかな!」

 

「まてーい‼」

 

 そんなカズキのもとへスプレータイプ消臭元を持ったタクト、設置するタイプの消臭元を持ったケイスケ、そしてウォークマンを面倒臭そうに持ったナオトがやって来た。

 

「な、何だお前達は!」

 

「そろそろあいつを止めてあげないと大変なことになるぞ」

「俺達は、バレンタインデーに限ってる男達だー‼」

 

 オーバーに驚くカズキにケイスケは薄ら笑いし、タクトはノリノリで名乗り上げる。

 

「ぐぬぬ、現れたか宿敵ぃ‼」

「俺達はー…なんかバレンタインに限ってもてないというよくわかんない魔王を倒す勇者一行だぜ‼」

「そんな魔王が入るのか…」

 

 ついにナオトまでも笑い始めよく分からない人形劇はなかなか進まないでいた。そんな4人のところへひょっこりと毛糸で編んだキンジ人形を持ったかなめがひょっこりとやってきた。

 

「でもカズキ先輩、一年に一回しか持てないならすごいリア充じゃないですか?」

「そうだー‼そんな魔王は俺達は許せないのだー!」

「たしかにこっちは年に一回しかもてないからな!」

 

 ケイスケとかなめも悪乗りし、更に場は盛り上がっていく。カズキは泡立て器のスイッチを入れながらニヤニヤしながら話を進める。

 

「そんな事いうのなら、俺にバレンタインデーという大切な日をことを、おー思い出せせるために美味しいチョコを俺にたべさせてみせろ!」

 

「お前はバレンタインデーにもててるんだからそれはお前自身よく分かってんだろうが」

「よーし、こうなったら俺達がお前に本当のバレンタインデーを教えてやる!なんせ俺達はバレンタインデーにもててるからな!」

 

「タクト先輩、なんかもうぐちゃぐちゃでよくわからなくなってません?」

 

 かなめは苦笑いしながらツッコミをいれる。ナオトに至ってはもう面倒くさくなってあくびをしていた。

 

「それならば勇者共、チョコ作りで勝負だー‼」

 

 カズキの合図とともに全員持っていたものを片付けてからエプロンを身に着けて集まった。

 

「‥‥と、いうわけでチョコを作るぞ‼」

「「おーっ‼」」

「下りが長げえよ!」

「そんなことよりイチゴ大福を食べたい…」

 

 タクトとかなめは気合十分で元気よく拳を上げているがケイスケはグダグダな人形劇にツッコミを入れた。バレンタインデーという事でさっそくチョコ作りに取り掛かる前にかなめは不思議そうに首を傾げていた。

 

「この武偵校では誰もバレンタインだとか騒がないし、その言葉を聞くとみんな真っ青になるのはどうしてですか?」

「それはねかなめちゃん、アンチバレンタイン連合の陰謀さ!」

「たっくん、ちげえだろ。武偵校では何故かバレンタインという言葉が禁忌だ」

 

 ケイスケはタクトを小突いてから本当の理由を話した。原因は蘭豹先生が昔好きだった書店員にチョコレートを渡したところ、恐怖のあまりに店を閉めて雲隠れをしてしまった事がすべての始まり。激怒した蘭豹先生は強襲科の生徒に八つ当たりをするだけでなくバレンタインというイベント事態にも矛先を向けた。それ以降はバレンタインという言葉は禁句となり、またその日だけはチョコを渡すということを禁止にしたのである。バレてしまったら教務科から楽しい体罰コースが待っているのであった。

 

「ふーん、要は自業自得ですよね?」

「まあ確かにそうなんだけが…それ本人の前で言ったらだめだからな」

 

「そこで俺は考えた!誰にももらえないのなら自分で作っちゃえばいいじゃないか!俺達の俺達による俺達の為のバレンタインチョコを‼」

「よっ、たっくん‼お前は天才だー‼」

 

 大はしゃぎしているタクトとカズキを他所にかなめとケイスケはせっせと板チョコを湯煎して溶かしていく。

 

「それに好きな人にチョコをあげるのがダメなら家族にあげるのはいいと思いますよね?」

「その通りだぜかなめちゃん!俺なんか毎年母ちゃんから鼻血が出るほどチョコが送られてくるぜ」

「タクト先輩‥‥い、一応お兄ちゃんにあげるチョコが余ったらあげますね…」

 

 ドヤ顔をして自慢するタクトにかなめは生温かい視線で微笑んだ。そうしているうちに用意していた板チョコを全てとかし終え、本格的なチョコ作りへと移ろうとしていた。

 

「それじゃあどんなチョコを作りますか?」

「じゃあ俺から。まずはこれをチョコに混ぜるか」

 

 ケイスケがポケットから取り出して置いたものにかなめは思わず二度見してしまった。ケイスケが置いたものは鯖の味噌煮の缶詰だった。明らかにチョコに混ぜてはいけないものが出でかなめは焦りだす。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいケイスケ先輩!これ明らかにおかしいですよね!?」

「お前は何を言っているんだ?チョコはすげえから。何でも合うから」

「かなめちゃん、バレンタインデーに限ってもてない魔王的には、美味しいチョコはこの世ではいくらでもありふれている。そうじゃなくて挑戦的に作って美味しいチョコを魔王は求めているんだ」

「まだその設定続いていたんですね!?よくわからないです!?」

 

 普通ならばチョコを溶かしてから誰かの為に美味しいチョコを作る。だが、この喧しい4人は自分の為に作るのであり、そしてよく分からない挑戦をしているのである。と言うよりも彼らの行動がよく分からない。キンジが、兄が胃を痛めながらツッコミを入れている苦労がようやくかなめは理解できた。

 

 そうしている間に鯖の味噌煮の缶詰を開けて身を解してからチョコをかけて混ぜ始めた。明らかに猫まんまにしか見えないチョコとサバの香りがするものをケイスケは小分けして冷蔵庫へと入れる。

 

「次は誰がやるんだ?蘭豹先生に見つかったらまずいからさっさとしろよ」

「じゃあ次俺」

 

 ナオトが取り出したのはカレールー。しかも甘口のルーなだけにかなめは引き気味に苦笑いをする。

 

「カレーにチョコを入れる事もあるしその逆バージョンでもありかなーって」

「なるほどー…その考えはいたっておかしい」

「おかしいんですよね!?おかしいのに止めないんですね!」

 

 かなめのタクトへのツッコミも虚しく、ナオトはルーを砕き、お湯を少量入れてからチョコを混ぜて小分けにして冷蔵庫へと入れた。

 

「さて、次はこのチョコ作りマスター菊池タクトの出番だな!」

「タクト先輩…タッパーに入ってるのは何ですか?」

 

 かなめは恐る恐る、ドヤ顔しているタクトが手に持っているタッパーの中身を尋ねる。そんなタクトは当たり前かのようにさり気なく即答する。

 

「ニンニクだけど?さっき炒めたやつ」

 

 即答したタクトにかなめは苦笑いしたままさーっと青ざめる。そんな事を気にもしていないタクトは笑顔で話を進めていく。

 

「実は元気になるためにニンニクを毎日食べる習慣があるんだ。だからチョコをかけて食べないと気が済まない、チョコなだけにね!」

「「「「‥‥?」」」」

 

 ダジャレのつもりで言ったのようだが、何を言っているのかよく分からないとかなめだけでなくカズキ達も首を傾げた。

 

「たっくん、よく分かんないんだけど?」

「カズキ、まあ慌てるな。次で分かるぜ。そんで俺は更に健康になりたいために納豆も入れる‼チョコをかけて食べないと気が済まないからな、チョコなだけにね!」

「タクト先輩、結局よくわからないです」

 

 タクトは納豆を混ぜてからニンニク、溶かしたチョコを入れてさらに混ぜ、何かよく分からない納豆の糸を引く固形物が出来上がった。小分けをして冷蔵庫へと入れるが、誰もがあのチョコはヤバイと確信していた。

 

「ようし、最後は俺だな!チョコ魔王的に甘くない、斬新なチョコを作るぞー‼」

「カズキ先輩、さっきまで全部甘くないチョコだったんですけど…」

 

 かなめにツッコミを入れられ、カズキはたははと笑うが、彼が取り出したのはピザソースととろけるチーズ、そしてベーコンだった。

 

「やっぱりね、俺と言えばピザ!ピザチョコを作ろうと思う‼」

「結局ピザ頼りじゃねーか」

「去年はそれにシーフードを混ぜてたもんな…」

 

 残りのチョコに全部ぶち込んで混ぜ、小分けした後冷蔵庫へと入れた。こうして4人組は明らかにカオスすぎる斬新かつ残酷なチョコを作り上げたのであった。

 

「あとは冷蔵庫で固まったら出来上がり!完成が楽しみだなー」

「わ、私はその完成が恐ろしすぎて怖いんですけど…」

「そんじゃあ次はかなめちゃんだな!かなめちゃんはチョコに何入れるの?」

 

 カズキが楽しみにしながらウキウキ気分でかなめに尋ねる。ここは真面目に普通の甘いチョコを作るべきか、彼らのノリにのって斬新なチョコを作るべきかかなめは悩みだす。

 

 そんな時、家庭科室の扉を荒々しく蹴り開けて鬼の形相の蘭豹先生が乗り込んできた。片手にM500を持ってカズキ達を睨み付ける。

 

「くぉらぁ‼お前等、私にバレねえようにチョコ作りたぁいい度胸だなぁ‼」

 

「落ち着いてください蘭豹先生‼俺達は俺達による俺達の為のチョコを作ってるんですぜ‼」

「しかもありきたりじゃなくこれまでにない、最新かつサイキョーなチョコですぜ‼」

 

 最新なのは確かだが、味覚は別の意味で最強であることは間違いない。カズキとタクトの言い分を聞くことなく蘭豹先生は冷蔵庫を開け、カズキ達が作ったチョコを取り出した。

 

「自分の為というのなら…一応体罰は見逃してやる。だが、バレンタインに向けてチョコを作ったことは許さん‼お前らのチョコは没収する!」

 

「あっ、そ、そのチョコは…‼」

 

 蘭豹先生が没収したのはカズキ達が作り上げた絶対に食べてはいけないであろうカオスなチョコ。かなめは止めようとしたが、蘭豹先生はずかずかと荒々しく家庭科室から出て行った。持っていかれたチョコにカズキ達は沈黙する。

 

「…おい誰か試食ぐらいはしたか?」

「誰も食べたいとは思ってなかったけど…?」

「あ、あのー…もし先輩達が作ったチョコを蘭豹先生が食べてしまったら…」

 

 かなめのその言葉を聞いて4人は青ざめた顔で見合わせる。しばらく沈黙が続いたが、もし蘭豹先生が知らずに食べてしまったらどうなるか結末は誰も知っていた。

 

「逃げろーっ‼」

「やめろー、死にたくなーい!」

 

 カズキ達は一斉に家庭科室から出て一目散に逃げだしていった。その後、武偵校内では激昂した蘭豹先生が片手にM500、もう片方に鉈を持って鬼の形相で探し回っていたと言われ、もう二度とバレンタインと言う言葉を聞きたくないとのことであったという。

 

__

 

「…遅い…」

 

静かな料亭の席で獅堂は苛立っていた。わざわざ呼んでおきながら呼んだ当の本人が30分以上も来ていない事に怒りを露わにしていた。獅堂の怒りを察しているのか恐れているのか、周りに他の客は寄らず、店員もびくびくしながら獅堂の様子を伺っていた。

 

「やあ待たせてしまったね!」

 

 そこへタクトの父親である菊池雅人がニコニコしながらやってきた。遅刻してきたことは一切詫びを入れず、全く反省の色を見せていない雅人に獅堂は殺気を込めて睨み付けた。

 

「半沢ぁ、てめえこちとら忙しいってのに呼んでおいて遅刻するたぁいい度胸してんなぁ…」

「獅堂くん。君は実にバカだな。デートをするわけでもないのに、寧ろ嫌いなやつなら嫌がらせするのは当たり前じゃないか」

 

 平気の平左で毒を吐く雅人に獅堂は頭を抱える。ここでああだこうだ言っても余計に嫌味を言われるだけだ。獅堂はさっそく呼んだ理由を探ることにした。

 

「犬猿の仲とでもいうのに、なんで俺を呼んだ?」

「お互い忙しい身だし、率直に話しておこうか…その前に君達の公安0課は政権交代したと同時に事業仕分けで解体されたようだね」

 

 さっそく痛いところを嫌な奴に突かれ獅堂は眉を顰める。突然行われた衆議院総選挙にて発足された『民由党』を中心にした民社国連立政権は、財政難に対応しようと様々な国家事業を廃止、縮減された。その中に公安0課も入っているのであった。

 

「突然のお触れだ。いきなり解体され、まとめあげるのに精一杯だ。それがどうした?」

 

「ざまあw」

 

 雅人はゲスな笑顔でニッコリと笑って指をさす。獅堂は額に青筋を浮かべさらに殺気を込めて睨み付けた。

 

「てめえはわざわざそれを言いに来たのか‼帰るぞ‼」

 

「まあまあ落ち着き給え。だから言ったじゃないか、君達公安0課は個々は強いけどそれ以外はめっっっっちゃくちゃ弱いから意味がないって。もうちょっと頭を使わないとただの無能集団になると」

 

 雅人の挑発に獅堂はぐうの音も言えなかった。解体が知らされたと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を追跡しなければならない羽目になった。

 

 

「東京地検特捜部となった君達はある危険人物を追わなければならない。国外へ亡命されたのならもっての外、君が集めた屈強なチームは各々国の外へと追いかけなきゃいけないみたいだね」

 

「笑いたきゃ笑え…お国の指示なら仕方ねえだろ。俺達は何を考えているのか分からんお前等と違って従うしかない」

 

 半ばやけくそ気味に返すが、雅人はお前は何を言っているんだと言わんばかりの視線を向けていた。

 

「だから君は実にバカだな。君はそのまま従っていいのか?イエスマンみたいに何も考えずに承るのかい?」

「どういうことだ…?」

 

 獅堂は初めて真剣に雅人へと疑問を持ち掛けた。いつも嫌がらせをするかのように毒を吐くこの男が敵対している自分に真面目に問いかけるのは珍しかった。

 

「君は考えたことがないのかい?君ほどの実力のあるチームが日本を出ると誰が今の政府を監視する?誰が今の政府の暴走を止める?」

「俺達がいなくても星伽が止めるだろ」

 

 日本には星伽という政府へ関与できる一族がいる。これまでも飛行機ジャック事件や新幹線爆弾事件、スカイタワーでの戦い等々、遠山キンジと神崎アリアに関することは星伽の圧力で公に暴露されることは無かった。元公安0課の自分達がいなくても星伽がいるのなら問題がないはずだ。しかし、雅人は硬い表情が崩れることは無かった。

 

「おい…まさか今の政府に星伽でさえも抑えることができない事があんのか…?」

 

 獅堂は雅人の様子に焦りを感じた。雅人は無言で頷き、持っていたバックから分厚い書類を獅堂に渡した。

 

「これは今の民由党の天下り先のリストだ。そのほとんど下り先が猿楽製薬という会社だ」

 

 猿楽製薬という言葉を聞いて獅堂はしわを寄せた。一見ただの製薬会社に見えるのだが、裏では私設軍隊を所有しており、民由党に資金を送り、民由党は政治活動金をこの会社に寄付していることが分かっていた。

 

「この会社と俺達に何が関係しているんだ?」

「猿楽製薬の社長、木村雅貴が君達が追いかけている伊藤マキリの亡命を協力したと言われている」

 

 それを聞いた獅堂は目を見開いた。追いかけるべき相手は既にこの国におらず、しかも亡命に手を貸した者もいることに驚きを隠せなかった。

 

「それはマジか…‼だとすれば…‼」

「君の考えている通り、すでに彼女は『N』の一員であり、この国は既に『N』の魔の手がかかっている。君までも国へ出るともう誰にも止められなくなるぞ」

 

 『N』。超人的な国際テロリストを束ねている組織といわれ、目をつけられると国が滅ぶとも言われているほど恐れられている組織である。その『N』が日本の首根っこを掴んでいるというのならこれは危険な事態だ。

 

「おい、お前は俺にどうしたいんだ?てめえら菊池財閥は一度も政治には口を出さなかった。そんなお前らが動くということはよっぽどの事態なんだろ?」

 

「物分かりが早くて助かるよ。君達は遠山キンジ君達を助けて欲しい。彼らを助けることができるのは獅堂くん、君しかいないからね。その代わり…君達がやろうとしている事を僕らに任せてくれないかい?」

 

 獅堂はぴくりと反応する。つまりは今自分達が受け持っている仕事を取り換えっこするということだ。しかし獅堂は嫌な予感がした。伊藤マキリを追跡するのを彼らに任せるということに色々と察してしまった。

 

「ということはお前まさか‥‥」

「安心してくれ。もうすでに話はつけているから」

 

 にっこりとする雅人に獅堂は項垂れた。

 

__

 

 カズキ達は東京武偵局の会議室にいた。突然、緑松校長に呼ばれて東京武偵局に来るようにと言われたのであった。カズキ達はきょとんとしているが、リサは緊張してガチガチになっていた。一体なぜ呼ばれたのかカズキ達は考えても理由が思い浮かばなかった。

 

「なあカズキ、なんで俺達は呼ばれたんだ?」

「たっくん、あれじゃね?この間俺達が作った激マズチョコをお偉いさんが食べてしまったから、その仕返しじゃね?」

「というか激マズってことは既に自覚してたんだな」

 

 ケイスケはため息をついて苦笑いをした。正直もうすぐ春休みに入るというのに、どうしてこんな面倒な所に呼ばれたのか、早く帰って寝たいという思いだけで4人はまとまっていた。

 

 そんな時、会議室のドアが開き、紺のスーツに無地のネクタイをした、一見ただのサラリーマンのような男が入ってきた。

 

「すまないね、突然のお呼びかけに来てもらって」

 

 ニコニコとしている男性にカズキ達は少し身構える。ケイスケは男性の襟についている秋霜烈日章のバッジに気付いた。

 

「もしかして…武装検事か?」

「ええ。如何にも、私は武装検事です」

 

「ケンジさんだな‼俺は漆黒の堕天使的存在で有名な味噌汁大好き菊池タクトだぜ!」

「たっくん、あの人ケンジちゃう」

 

 ノリノリになったタクトにカズキはツッコミを入れるが、タクトは理解していないようで首を傾げる。

 

「ええっ!?あの人ケンジじゃないの!?」

「うん、検事だけどもケンジじゃないの」

「でもケンジなんだろ?」

 

 ナオトが割り込んだことにより、カズキは「ぬん?」と言って首を傾げた。

 

「ナオト、だから検事じゃなくてケンジを否定してるんだっての」

「じゃあケンジさんなんだな!」

「たっくん、ケンジであって検事…あれ?どういうことだ?」

 

「私は黒木とお呼びください」

 

 混乱しているカズキ達を見て、絶対に収拾がつかないと察したのか武装検事の男性は黒木と変わらない笑顔で名乗った。

 

「よろしく、黒木ケンジさん‼」

「だからもうケンジから離れろよ」

 

 ケイスケは呆れながらタクトにツッコミを入れる。相手がどういう者なのか分かった所で早速本題に入ることにした。

 

「その検事が俺達を呼んだのはどうしてですか?」

 

獅堂達(私の部下)からぜひ君達にやってもらいたいことがあって頼みに来たんだ」

 

 笑顔でいう黒木をみて何処かあの神父に似た雰囲気を感じ、ケイスケは嫌そうな顔をした。それを見た黒木はニコニコと話を続ける。

 

「内容を話す前に…君達は3年生へと進級するのは確定しているみたいだね。そろそろ将来の事考える時期になるとおもうけども、君達は何になりたいんだい?」

 

「俺達は世界ですげえといわれている武偵になりたい‼」

「たっくん、それ大雑把過ぎじゃね?」

 

 即答したタクトにカズキはもう少しよく考えてとツッコミを入れた。タクトはもう一度考えるが、「うーん」と唸りながら深く考え込んだ。

 

「うーん…父ちゃんが『絶対に公安にはなるなよ』って言ってたからねー、やっぱ世界を駆けるサイキョーな武偵になりたいのが一番かなー」

 

「成程…君達4人は公安でもなく、武装検事でもなく、国際武装警官になりたいんだね」

「そうだぜ‼‥‥あ、リサの事も忘れるんじゃないぞ!5人でなるんだ‼」

 

「なんか俺達もまとめられた?」

 

 

 ナオトは同じ目標だと認識されたと呟く。黒木は成程といいながら何度も頷いた。

 

「ふむふむ…日本で起きた事件の他、ドイツ、イタリアにおける君達の活躍を聞くと悪くはない。個々ではなくチームで動く、良い仲間がいる武偵は良い武偵だと聞くからね」

 

 黒木はにっこりしながらカズキ達に一枚の写真を渡した。その写真には軍用のロングコートを着た髪の長い女性が写っていた。

 

「これは何ですか?奥さん?」

 

「これは君達がその国際武装警官になるための最初の試験のようなもだ。国の武偵局、検事局として君達に任務を授ける。カズキ君、ケイスケ君、ナオト君、タクト君、そしてリサ君。君達には『伊藤マキリ』という女性を捕え、この国だけじゃない、世界に降りかかろうとしている脅威を止めてほしい」

 

「いいよ‼」

「たっくん、はやいよ‼」

 

 

 即答するタクトにケイスケはげんこつを入れた。いきなりよく分からない、若しくは内容から明らかにヤバイ件に即了承してはならないと警戒していた。

 

「明らかにヤバすぎる一件じゃねえか!?すぐにOKするんじゃねえよ‼」

「ケイスケ、だってこれ俺達の新たなる挑戦じゃね?こういうのは受けて立つのが俺達ってもんよ‼」

 

 そんなポリシーは要らないとケイスケはさらにげんこつを入れる。リサはその伊藤マキリという女性の写真を見て黒木に尋ねた。

 

「あの…この女性がどう関係しているのですか?」

「彼女はこの国を亡命し、『N』と呼ばれる国際テロ組織に入ったと言われている。彼女はこの日本を変えようという危険な思想を持っていてね、『N』に入ったというのなら更に危険になった」

 

「わたしはNです」

「たっくん、それを言うならLじゃね?」

 

 タクトとナオトに至ってはもうしょっぱなから人の話を聞いておらず、他人事の様にしていた。黒木はそのギャグをスルーして話を続ける。

 

「更にはもう既に『N』はこの日本にも潜んでいると言われいる。これ以上、この国に危険を及ば差ないためにも君達にも協力してほしいんだ」

 

 イ・ウーやこれまで戦ってきた眷属やら師団やらの他にもこんな厄介なものにも巻き込まれる。正直ケイスケはうんざりしていた。けれども半ば嫌そうでもないので仕方なくカズキ達の方に視線を向けた。

 

「俺はもう反論しねえ…お前らはどうなんだ?」

 

「もちやる‼世界に瞬くスターになるんだぜ。やるっきゃないぜ‼」

「どうせ巻き込まれるんだから、やるしかないでしょ」

「り、リサも皆さまのお力になれるよう何処までもついていきます‼」

 

「おうさ‼俺達がその伊藤マキリを捕まえてまきわりマンバーワンになるぜ!」

 

「「「「「マンバーワン!?」」」」

 

 カズキの噛んだ言葉にタクト達はとっさにリピートし、どっと笑いあった。そんな様子に黒木は満足そうにうなずく。

 

「聞いていたとおり賑やかですね…それでは早速現地へ赴き、お願いします」

 

「早速現地へ?あ、あの、その伊藤マキリは一体何処に…?」

 

 ケイスケは嫌な予感がして、恐る恐る尋ねた。黒木は頷いて笑顔で答える。

 

 

「新しい目撃情報では‥‥伊藤マキリはイギリス、ロンドンにいると言われています」

 

 

 それを聞いたケイスケは頭を抱えた。まさかのまたヨーロッパ。ドイツのゾンビといい、イタリアのドタバタチェイスといい、ヨーロッパにはいい思い出がない。今度はイギリスだと喜んでいるタクト達と反対にケイスケは深くため息をついた。

 

 

「もうヨーロッパは懲り懲り‥‥」




 国際武装警官を目指す(?)彼らに新しい戦いが…

 伊藤マキリをチェイス、N陣営との戦い(たぶん)、イギリス編スタートです

 N陣営ですが原作では何かよく分からない敵ばかりなのでネモ以外出ません。
 あとキンちゃんパパには男3人(カナ兄姉さん、キンジ、サード)女2人(かなめ、???)と言われいるようですが、ややこしくなるのでこちらでは妹はかなめだけにします。

キンジ「なんか姉か妹がいるような気がしていたが別にそんなことはなかったぜ‼」


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72話

 いよいよイギリス編スタート

 ブラックウッドの登場する映画『シャーロックホームズ』は好き嫌いが分かれるような感じがします。武闘派のホームズもいいと思います(コナミ感
 その次の『シャドーゲームズ』もなかなか。特にモリアーティー教授の声が渋い


 黒木から伝えられたのは伊藤マキリを追ってイギリスへ行け、という依頼だった。またもや世界デビューだとカズキとタクトは喜んでいるが、ケイスケは半ば困惑していた。

 

「た、たしか今のイギリスは異常気象が起きて空港が麻痺しているって聞いているんけど…」

 

 数日前からニュースではイギリスで異常気象が起きており、空港はどこも出ておらずどうやってイギリスへ行くのか、今から行けと言われもどうすることができない。しかしそんな心配をしているケイスケに対して黒木はニッコリとする。

 

「問題はありません。()()()()()()()()()()()に君達がイギリスへ向かうという事をお話ししたら喜んで協力してくださるとのことですよ」

 

 ()()()()()()()()()()()と聞いてケイスケはうげっと嫌そうな顔をした。自分達に協力的なそんなイギリス政府の人と聞くとあの神父しかいない。

 

「それに、イギリスの方でも少々問題が起きているようで、是非とも君達の力を借りたいとおしゃっていました」

 

 これを聞いて間違いなくイギリスにいるジョージ神父の事だとケイスケは確信する。いつも自分達にこんな面倒なことを押し付けてくるのはあの愉悦の笑顔を見せる神父だけだ。

 

「明日、羽田空港でその方の使いの人が迎えに来ます。牡鹿については後程お伝えしますのでそれまでに支度をしてくださいね」

「おっけーい‼てめえら40べようで支度しな!」

「そこは噛むなよ…」

 

 すでに3人はやる気満々のようで、明日の遠足を楽しみにしてはしゃいでいる小学生のようにウキウキしていた。この先大丈夫かケイスケは心配していたところ、黒木が真剣な眼差しでカズキ達を見つめた。

 

「それとあと一つ…伊藤マキリや『N』には気を付けてください。連中はテロ組織、あなた達を脅威と見れば本気で殺しにかかってきますので」

 

「そこは任せてくださいよ‼この漆黒のパーフェクトヒューマンと呼ばれたかった男、菊池タクトの手にかかればチョチョイノチョイだぜ‼」

「伊藤だか佐藤だかわかんないけどやってみせるぜ‼」

 

 たぶん話していた大半の事は理解していないだろうと黒木も思わずこれには無言で苦笑いをした。

 

___

 

 伝えられた時間は早朝4時には羽田空港に着くようにと意外と早く、張り切っていたカズキとタクトは寝坊しかけ、ケイスケが二人を叩き起こして無理やりにでも連れてきた。

 

「昨日早く寝ろって言ってただろうが‼遠足じゃねえんだぞ!?」

「ケイスケ、好きな事に興奮すると思わず眠気が無くなっちゃうでしょ?それと同じ」

 

 全然違うと寝ぼけているタクトを小突く。まだ眠たそうにしているカズキは後ろからゆっくりとついて来ているナオトにニヤニヤとする。

 

「ナオト、お前ついてくるの遅そいじゃん。もうちょっと早くしないと遅刻するぞー?」

「じゃあ早く荷物を持てよ」

 

 ナオトは今自分の荷物に加えてカズキとタクトの荷物を持っている。寝ぼける二人にもう既にやる気をなくしかけているナオト、真面目について来ているのはリサだけで、こんな調子で大丈夫なのかとケイスケは頭を抱えた。早朝4時には来るように言われているのだが果たしてこんな早い時間に行けるのかと気になった。

 

「…やっぱり来るの遅すぎ」

「ほんとお前等ってマイペースだよなー」

 

 入り口前に立って待っていたのはセーラとカツェだった。二人ともやる気が伺えないカズキ達を見てセーラはジト目で睨み、カツェは苦笑いをしている。久々にセーラを見れてタクトは喜んで抱き着いてきた。

 

「やっほーセーラちゃん‼お久しブリーフ」

「いちいち抱き着いてくるな!」

 

 セーラはプンスカと抱き着いてくるタクトを押し離す。いつもならジョージ神父が愉悦な笑みを見せて自分達を迎えるのだが、今回は違う事にケイスケは思わず面食らった。

 

「意外だな…てっきりあのクソ神父が待ってるのかと思ったけど、まさかカツェまで来るとはな」

「ジョージ神父は今イギリスで起きている事でちょっと忙しいようでさ、代わりにあたし達が迎えに来たってわけだ。それに今のあたしは一時魔女連隊を抜けてジョージ神父に雇われている」

 

 

 どうりでカツェがハーケンクロイツの腕章や眼帯をしておらず、普通の黒い眼帯をしているわけだと納得した。セーラは「神父に雇われても碌な事がないのに」と不満そうに呟いていた。それに対してカツェは満足そうに胸を張る。

 

「神父は来るもの拒まずというお心の持ち主だからな!それに…か、カズキとまた一仕事できるのならあたしは構わねえさ」

「ぬーん、ところで飛行機とか飛ばせるの?」

 

 カズキはもじもじしているカツェの話の意味を理解していないようで、セーラは無言でカズキをチョップしてから話を進めた。

 

「その事なら神父がすでに用意してくれている。こっちに来て」

 

「ねえリサ、なんで俺叩かれたの?」

「カズキ様は乙女のお心を理解していないからです」

「そりゃあカズキは男だもんね」

「たっくん、そういう意味じゃないと思う」

 

 この喧しい連中と絡むといつも調子が崩れる。セーラはため息をつきながら案内をした。何事もなく中を通り、そのまま滑走路へと辿り着いた。

 

「すでにジョージ神父がこの空港には伝えているから問題なく飛ばせる。私達はあれに乗って行くよ」

 

 セーラはこれから乗る飛行機に指をさす。その先にあるのはガルフストリームG650ER。セレブとかがよく使うと言われているビジネスジェットであった。目の前に見えるビジネスジェットにカズキ達は思わず興奮した。

 

「たっくん‼すげえよ俺達あれに乗っていくんだぜ‼」

「ついに俺達も古に伝わりしセレブの仲間入りってやつか!俺はシャンパンを注文するぜ!」

「快適な空の旅…!」

 

「こんな豪華な奴に乗っていいのか…?」

 

 あれほど遠足じゃないとカズキとタクトを叱りつけていたケイスケも驚いていた。神父はこう大判振る舞いすると見せかけえげつない事を頼んでくるかもしれない。そう身構えているケイスケにカツェはニシシと笑う。

 

「そう心配すんなって。あたし達もこれに乗って来たし、居心地は悪くないぜ?」

「すっごーい!これでイギリスまでひとっとびなんだね!」

「いや、イギリスまで行かない」

 

 はしゃいでいるタクトのテンションを一気に叩き落すかのようにセーラはきっぱりと告げた。カズキとタクトは何故なのかと物凄く悲しそうな視線をセーラに向ける。

 

「今は飛行機さえも飛ばしたり着陸できない程の状況になってる。一先ずベルギーまで飛んで、そこから神父の船で行く」

「あれ?何で行けないんだっけ?」

 

 首を傾げるカズキにセーラはジト目で睨んでため息をついき肩を竦めた。

 

「新聞やニュースを見てないの?まあ…行ってみればわかる」

 

 ここで話しても時間を費やすだけ、現地に着いてから詳しい内容を話すことにした。というよりもビジネスジェットに乗れることで大はしゃぎしている連中に話してもすぐに忘れてしまうだろうとセーラは心配になった。

 

 早速カズキ達を乗せたガルフストリームG650ERは滑走路を駆けて離陸していった。機内は快適で、想像以上の広さにカズキとタクトははしゃぎながら騒ぎ、ナオトは持参のアイマスクで眠りにつきだした。

 

「ホントこれから大変な仕事をするというのにお前達ときたらなんでこうも緊張感がないんだ?」

 

 ケイスケは本を読みだしてしまい、緊張感が全くない連中にセーラは呆れ果てた。こうやる気が見えないのにこれまで難関を乗り越えて戦ってきた。この4人組は今もなおよく分からない。

 

「今ここで言っても実感が無いしな。早くあのクソ神父に会って文句を言ってやる」

「ところで英語とか大丈夫なのか?お前等外国語には疎い様に見えるんだけどもさ」

 

 カツェのさりげない一言にケイスケは「あ」と思わず口をこぼした。流石に英語くらいは勉強してきただろうかとケイスケは不安一杯でタクトに視線を向ける。

 

「たっくん、カズキ、ナオト。英語とか大丈夫か?」

「ケイスケ任せとけ?This is アッポーペン!」

「I can not speaking Englishだぜ‼」

「Yes.We can」

 

「よーし、リサ。このバカ共に英会話を教えてやってくれ!」

 

 こればかりは本当にリサがいてくれて助かる。飛行時間の間に簡単にできるリサのイギリス英会話教室が開かれた。やっぱりこうなるとセーラと肩を竦め、カツェは大笑いをした。

 

__

 

 快適な空の旅を11時間。ベルギーがブリュッセル空港に到着し、ベルギーと言ったらチョコが有名なのでチョコを買いたいとお土産屋に行こうとしたタクトとナオトを抑えつつ、車でオーストエンデの港まで車で移動した。飛行機ではしゃぎ、車の中ではしゃいでいたカズキとタクトは船に乗るや否やすでに疲れ気味になっていた。

 

「だからあれほどペース配分を考えろといったじゃねえか」

 

 ぐったりしている二人にケイスケは呆れ気味にため息を漏らす。

 

「そう言えばケイスケ、船の時刻表を見たけどもイギリス行きの便が物凄く少なかったな」

 

 カズキはふと思い出した。イギリス行きの船の便はとても少なく、3時間に片道の一本とその少なさに驚いてた。その事にセーラとカツェは少し深刻そうな表情を見せる。

 

「まあ理由はすぐにわかるさ…もうそろそろ見えるしな」

 

 カツェの言葉の意味に首を傾げる。そうしているうちにドンドンと霧がかかってきたのに気付く。最初はほんのわずかの薄さで気づかなかったが、次第に霧が濃くなってきていた。

 

「もうイギリスに入っているぜ」

「ええっ!?さ、さっきまでこんなに晴れてたのにいきなり霧が濃くなってきた!?」

 

 突然の濃霧にカズキとタクトは慌てだした。ここに来るまでは快晴で、霧なんてかかるはずのない気候だった。イギリスだけ天気が悪いのかと思っていたがセーラは首を横に振った。

 

「衛星の天気予報じゃイギリスは晴れている。でも、イギリスだけ濃霧に包まれている」

 

 そうしているうちに陸地が見えてきた。船から見える景色も建物も、港も濃霧に包まれて視界が悪い。やっと理解したかとケイスケはため息をついてから話した。

 

「ニュースでも話題になっている。何故かイギリスだけが濃霧で飛行機や船、交通が麻痺している。学者たちも最初はロンドンスモッグかと思っていたが、この霧のことはよく分かっていないんだとさ」

「まさに『霧の街ロンドン』…」

 

 ナオトが呟いたようにまるで何世紀前かの霧に包まれた街のようだ。船から降りればより一層霧に包まれた街が幻想的に見える。しかし飛行機も飛べない、船も本数が少ない、車も渋滞が起きるとなれば本当に厄介である。荷物を担いで一息ついたナオトは不思議そうに尋ねた。

 

「なあ、これとジョージ神父が忙しいってのとどう関係あるんだ?」

 

「それについては僕から話すよ」

 

 ふと聞き覚えのある声がかかり後ろを振り向くと、ダークブルーのスーツの上にトレンチコートを羽織り、黒のつば付きニット帽を被ったワトソンがいた。

 

「ワトソン‼ワトソンも来てんたんだね!」

 

「うん、僕はリバティーメイソンから緊急の要請と、イギリスに来る予定になっているアリアから頼まれてね。数日前からイギリスに来てたんだ」

「セーラにカツェ、そんでワトソン…これも結構ヤバイ一件なのか?」

 

 いつものメンバーが集合したことで、ケイスケは自分達が追いかけている伊藤マキリの一件の他に別に何か起きていることに嫌な予感がしていた。

 

「そうだね…詳しい事は移動しながら説明しよう」

 

 ワトソンは辺りをキョロキョロしながら警戒しつつ、カズキ達を案内した。8人乗りのブルーのセレナに乗って移動することになった。車の移動でも、道行く道は先が見えない濃霧でライトを付けてスピードを上げずに進んで行く。

 

「霧がイギリスを包みだしたのは2週間前に遡るんだ。事件の始まりは女王陛下が庭園でお茶会を開いた時に起きたんだ」

 

 ワトソンが言うには霧が発生する2週間前、イギリスの女王陛下が皇族や貴族や議員の方々を招いて王室御用達庭園でお茶会をしていたことから始まったという。

 

「最初は何事もなかったんだけど、突然、庭園が霧に包まれたんだ。ガードマンや衛生兵達が女王陛下を守ろうと辺りを警戒しようとした時…女王陛下の目の間に、ブラックウッドが現れたんだ」

 

 ブラックウッドという言葉を聞いてカツェは眉を顰めるが、タクト達は首を傾げていた。

 

「「「「誰?」」」」

 

 興味なさそうに声を揃えて尋ねる4人に思わずワトソン達はズコッとこけそうになった。

 

「もう忘れたのかよ!?ほら、ドイツでゾンビを召喚したあの魔術師だよ‼」

「あー、回れタイミングってやつな」

「それはブラックビスケッツ‼ほんと興味ない事はなんですぐに忘れるんだい!?」

 

 ワトソンはツッコミをいれて話を続けた。このぶれない4人はちゃんと話を聞いてくれるのかセーラとカツェは心配になった。ブラックウッドはレリックを使い、ゾンビを召喚させドイツ中をゾンビだらけにしようとした魔術師。そのブラックウッドが再びイギリスに現れたのであった。

 

「ブラックウッドは女王陛下に『これまで犯した私の罪を帳消しにし、名誉の回復と共に王位を私に授けてほしい』と脅迫し、更には『これを拒めばイギリスは崩壊への道を辿る』とも言ってきたんだ」

 

 ブラックウッドの要請に女王陛下は恐れることもなくそれを拒み、ガードマンや衛生兵達はすぐにブラックウッドを捕えようとした。しかしブラックウッドは低く笑いながら霧となって消えていったという。それがこの濃霧の始まりであった。

 

「最初はロンドンだけに薄く霧がかかっただけで誰もどうも思わなかったんだ。けれども次第に霧は濃くなっていき、かなりの濃霧になると航空はストップし交通にも影響が出始めたんだ」

 

 深刻になった所でようやくこの霧はブラックウッドの仕業だと気づき、ロンドン警察や武偵、更にはリバティーメイソンやイギリスの諜報機関もブラックウッドの捜索に乗り出したという。しかしイギリス各地を探ってもブラックウッドの姿は見当たらず、しかもこの濃霧により困難になっているのであった。

 

「ジョージ神父はブラックウッドがイギリス全土に霧をかける何かを使ったと考え、たっくん達の力を借りようとした。今も神父は手掛りを探ってるみたい」

 

「俺らってやっぱり頼りにされてるんだな!」

「余計な迷惑だけどな」

 

 カズキはてへへと照れ笑いをし、ケイスケはぶっきらぼうに渋る。

 

「でも、霧だけじゃなさそうだな…」

 

 ナオトはこれまでの話を聞いて考えた。この霧とブラックウッドの一件に自分達が探している伊藤マキリの一件とどう関係するのか、まだ事情があると見ていた。

 

「うん、ナオトの言う通り問題はそれだけじゃない。2つほど深刻な事件が起きているんだ。一つは霧に乗じて所属不明の武装勢力による襲撃事件が起きている」

 

 ワトソンが言うには黒づくめの強盗なのか、それともテロリストなのか、銀行やら警察署、貴族のお屋敷を襲撃してきたという。いつ、どこで起こるのか今は厳重に警戒されているが、詳しいことは今だに分かっていないという。

 

「諜報機関が調べてやっと分かったのが、そのテロリストの中に『伊藤マキリ』がいるというくらいなんだ。まだブラックウッドと関係しているのかは分かっていない」

 

 ワトソンの話を聞いてナオトとケイスケは察した。そのテロリスト集団は間違いなく『N』とやらの連中だろう。これで自分達が呼ばれた理由もなんとなくわかった。

 

「それからもう一つは?」

 

 タクトはさりげなく尋ねるとワトソンは深刻そうな表情をする。

 

「もう一つは霧が深い夜に起こるんだ…まるで過去にイギリスが捜査しても解決ができなかった事件の再現かのようにね」

 

 一体どういうことかタクト達は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「イギリスで起きた未解決の連続通り魔事件‥‥切り裂きジャックが再び現れたんだ」

 

 切り裂きジャックと聞いてケイスケは思わず驚くが、他の3人は興味なさそうに首を傾げていた。

 

「ジャックが犯人じゃないか。これで事件解決じゃん?」

「‥‥なんでジャック?」

「トムの勝ちデース」

 

「ほんと興味ない事は知らないんだな…」

 

 きょとんとしている3人にセーラは頭を抱えた。





 ロンドン…霧…切り裂きジャック…うっ、頭が…か、課金しなくちゃ…!

 ガチャは悪い文明


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73話

 まだまだ進展がなくグダグダに…イギリス編もかなり長くなりそう(白目
 
 

 


「それで、ジャクソンがどうしたの?」

「ジャクソンじゃなくてジャック・ザ・リッパー。かつてイギリスを震撼させた世紀の猟奇殺人犯のことだよ」

「リッパーだけにご立派ってか?」

 

 してやったりとドヤ顔でこちらを見ているカズキを無視してワトソンは話を続けた。

 

「霧が深い夜に起きた傷害事件なんだ。一般人のほか議員や貴族が対象に襲われ、今ではベーカー街、ホワイトチャペル、イーストエンドで被害が出ている」

「切り裂きジャックだなんて結構昔だろ?模倣犯や愉快犯の仕業じゃねえのか?」

 

 今のご時世、切り裂きジャックとか昔の猟奇事件をネタにして本や小説、ゲームだとかのモデルになったり、混乱を楽しんで自らなりきって名乗って騙る便乗する輩もいる。ケイスケの質問にセーラは首を横に振った。

 

「今回はそんなレベルじゃない…未だに死人は出てないけれども被害者が多い。ブラックウッドが混乱を更に上塗りさせるために仕組んだと思う」

 

 ブラックウッドが起こした濃霧だけでなく、霧に乗じて伊藤マキリがいるといわれている武装組織によるテロ事件、そして切り裂きジャックの事件。ロンドンで一度に3つの事件が起きているのだ。これはロンドン中が恐怖と混乱に塗れてしまう。整理がついたナオトは納得しながら頷いた。

 

「だから神父は俺達を呼んだんだな…」

「それもあるんだけど、実はもう一つ頼み事があるんだ」

 

 もう一つカズキ達にやってもらいたいことがあるとワトソンが申し訳なさそうにちらりと視線を向けた。いったいどういう事なのかタクト達は首をかしげる。

 

「今回起きている3つの事件を解決するために、イギリス政府は諜報機関を使って捜査しているんだけど、より早期解決を試みてシャーロック家にも捜査を協力するよう要請したんだ」

 

 あのシャーロックかとケイスケはうなずいた。イギリスにはかの名探偵シャーロック・ホームズゆかりの地でもあり、イ・ウーのリーダーであるシャーロック、シャーロックの兄で政府の重鎮でもあるジョージ神父ことマイクロフト・ホームズ、そしてSランク武偵である神崎・H・アリアがいる。

 

「神父に捜査の要請しているなら俺達がやることなくね?」

「いや、もう一人いるんだ。ホームズ家に異母妹の推理の天才児、メヌエット・ホームズがいる」

 

 まさかの妹の登場にカズキ達はポカンとした。あの怒ってはすぐに拳銃を抜いて風穴開けようと大暴れするアリアに妹がいるとは思っていなかった。気性の荒い彼女とは正反対な性格であってほしいとケイスケは願った。

 

「彼女は持前の推理力でどんな難事件も解決させるからね。彼女の力を評価しているイギリス政府はメヌエットにブラックウッドの捜査、切り裂きジャック事件の解決に協力するよう頼んだんだ。それからメヌエットは遠山とアリアが探している色金の事も知っているから協力するよう頼んだのだけど…彼女はすべて断ったんだ」

 

 それを聞いたケイスケとカズキは眉をひそめた。これだけのイギリスで起きている事件を解決するのならばより大きな貢献と名声を得られるというのに何故断ったのかわからない。タクトはもったいなさそうにしかめっ面を見せた。

 

「もったいなーい。俺なら即OKしちゃうもんね」

「いやたっくんじゃ解決できないでしょ…」

 

 ナオトに即否定されたタクトは「なんだとー!?」とプンスカとしながら取っ組みあった。ケイスケがなぜメヌエットは断ったのか理由を聞いたがワトソンは首を横に振った。

 

「理由は分からない。メヌエットはこの事件には係わらないようにしているみたいだし、特に遠山とアリアの件は頑なに協力したくないと言ってきたんだ」

 

 メヌエットは誰とも会わないようにしているようで、その相手がイギリス政府の要人であろうと諜報機関の者であろうとコンタクトをすべて断っているという。そんな話を聞いているうちにケイスケはワトソンの頼みごとの内容が何となくわかってきた。考えているうちにワトソンは車を止めた。外の様子を見れば濃霧で全体が見えづらくなっているが、古風な雰囲気が漂うベイカーストリート。

 

「実は僕がメヌエットにナオト達のこと話したらすごく興味をもってね…彼らがイギリスに来ると聞いて、是非とも会いたいと君達だけにコンタクトする許可を貰えたんだ」

「おいワトソン、お前の言う頼みたい事ってもしかして…」

 

 ケイスケの嫌そうなじと目の視線にワトソンはものすごく申し訳なさそうにうなずく。

 

「うん…メヌエットが捜査に協力するよう話をつけてほしいんだ」

「ほらなやっぱり!神父といい、武装検事といい、なんでこんな面倒なことばかりなんだよ!?」

 

 ケイスケはうんざりしたように頭を抱えるが、タクトは興味津津な様子でワトソンに尋ねる、

 

「そのメヌエットちゃんは俺達に会いたいんだよね?」

「う、うん、そういうことになるね」

「つまりは俺達のファンってやつじゃないか!やったねたっくん、世界中にファンが増えるぜ!」

「やっべー!いきなりファンができちまったぜ!さっそくサインする練習しなきゃ!」

 

 絶対にそういう意味じゃないとカツェとセーラは大はしゃぎしているカズキとタクトを半ば呆れてい見ていた。とりあえずその意味を理解しているのはリサとナオトとケイスケの3人のようで何とかなりそうだと安心した。

 

「それで行けるのは俺達だけ?」

「ナオト、ごめんね。これから僕はリバティーメイソンの会合、明後日にはアリアがロンドンに来るみたいだから迎えに行かなきゃいけないんだ」

「そんであたしとセーラはジョージ神父に報告しに行くんだ。メヌエットが捜査に協力してくれるか否かはお前らにかかってる。頑張れよ!」

 

「おっけーい!このコンタクトだけには絶対的な自信があるといわれているであろうコンタクトレンズの天才、菊池タクトに任せておけ!」

「もう不安しかない…」

 

 セーラは彼らに任せていいのかという不安といやな予感しかないという気持ちでいっぱいだった。彼らがメヌエットにうまく言いくるめられるのではないかと心配である。

 

__

 

 タクト達は車から降りてワトソン達と別れた。濃霧に包まれたベーカーストリートを歩き、目的地であるベーカー街221番地。かつて名探偵シャーロック・ホームズが住んでいたアパート。今では改装され、アリアの妹であるメヌエットがこのアパート丸々所有しているといわれている。

 

「すっげー…こんなでかいアパート丸々住んでるとか、すっげえセレブじゃん!」

 

 タクトは目を輝かせて見上げていた。リサから詳しく聞くと、ホームズ家はこのアパートの他、この通りにある左右の店や公園、さらには土地までも持っているという。あのアリアがそんなにセレブだっとは思いもしなかった。

 

「不動産の他にも土地とかもってるとか…そんなにセレブなら医療費をケチんじゃねえよ」

 

 事情を知ったケイスケはぶっきらぼうにつぶやく。今度からアリアだけには医療費を増し増しにして請求してやろうと考えた。ともかく、入ってメヌエットに出会って説得させないと始まらない。カズキは強く呼び鈴を押した。すぐに白地に黒い縁取りをした木のドアが開き、白黒のステレオタイプのメイド服を着た金髪碧眼の双子のメイドの少女が玄関の左右にいた。

 

「スポーン!メヌエットちゃんの大ファン、漆黒のレジェンドサポーター菊池タクトだぜ!」

 

 突然のよくわからない自己紹介にメイドの二人はきょとんとして目をパチクリしだす。これは一発で不審者扱いされるとケイスケがあわてて訂正した。

 

「天露ケイスケだ。メヌエットにコンタクトする許可をもらったから会いに来た」

「てうゆうかたっくん、それじゃあ俺達がファンじゃね?」

 

 さりげなくカズキが訂正するが、二人のメイドはそのことは全く気にしていないようで無愛想にあいさつをした。

 

「サシェです。ようこそ(ウェルカム)

「エンドラです。ようこそ(ウェルカム)

「イエーイ!来るもの拒まずウェルカーム!」

 

 タクトはノリノリで歌いだすが、二人のメイドはそれも無視してカズキ達を屋内へと案内していく。リサとは違って愛想がないとナオトとカズキは少し残念そうにするが、ケイスケは内装や置かれているものに視線が行く。控えめで落ち着きのあるアンティークさだけでなくバリアフリーな内装、それに反して廊下の窓から中庭のハーブ園が見え、一階のフロアには恐竜の化石や動物の骨格標本などなど珍しいものが飾られている。シャーロック同様に博識があり、蒐集好きだと伺える。

 

「お嬢様のお部屋はこの先の2階にあります。お嬢様は是非とも貴方方にお会いしたいようでここから先は私共は入ることを許可されておりません」

 

 付き添いなしで話がしたいとのことで、それを告げた無愛想なメイドはお辞儀をしてその場を後にした。果たしてどうしたものかとケイスケとリサは顔を合わせるが、それに対してカズキとタクトは全く警戒しておらずずかずかと進んでいった。

 

「ちょ、もうちょっと慎重に行けよ!」

「ケイスケ、心配しすぎ!ここは堂々と行こう!」

「待ってろよメヌエットちゃん!サインの準備はいつでもできているぜ!」

 

 簡易エレベーターで上がり、薄暗い廊下をカズキとタクトはまるで自分の家かのようにどたどたと走って行き、ケイスケがそれを止めようと進み、リサとナオトはそれを見ながらゆっくり進んでいった。メヌエットがいるであろう部屋のドアをタクトはノックもせずに入って行った。

 

「おじゃましまーす!」

「ちょ、ノックぐらいしろ!おまえんちじゃねえんだぞ!?」

 

 ケイスケが叱ってもタクトとカズキはドタバタと部屋へと乗り込んでいった。薄明るい部屋の中は物静かだがテーブルや本棚は雑然としており、誇り被った蓄音機やタイプライターと少し古風を漂わせる。デスクにはその時代に合わないような最新のデスクトップパソコンが置かれていた。肝心のメヌエットがいるのかどうかカズキ達はキョロキョロと部屋を見渡した。

 

「…喧しい人達だわ」

 

 カーテンを半分開いた窓際に唐草の様な金属で縁取られた車椅子に腰を掛け、ゴシック風な服を着たツーサイドアップの金髪の小柄の少女がこちらをジト目で見つめていた。

 

「ワトソン卿からお話は伺ったけれども…2人は警戒心が無く不用心に歩き、2人はその二人を気に掛けながら要人に会うというわけでそれなりの態度で入り、そして約一名どうでもいいような感じで入ってきた…ほんと貴方達は武偵なの?」

 

 少女はカズキ達を見るや否や半ば呆れ気味に語りだした。カズキとタクトはいかにも自分は武偵だと自信満々に胸を張る。恐らくこの少女がメヌエットだろうとケイスケは確信して話しかける。

 

「確かに俺達はワトソンが言ってた武偵だ。質問を質問で返すようで悪いが、あんたがメヌエットだな?」

 

 相手はシャーロックホームズの血筋、少しばかり警戒して尋ねると少女は「Hum」とうなってから頷いた。

 

「…55点といったところかしら。無粋な方々にしては良しとしましょう。如何にも私がメヌエット・ホームズ。ホームズ4世ですわ」

 

 見た目からして冷静沈着、相手を観察するだけで全てを察するほどの推理力を持っていそうな理的な少女だった。

 

「普段なら男は臭くて汚いから半径5m以上近づけさせないと決めているのですが…今回だけはワトソン卿に免じて面会を許してあげますわ」

 

 そして冷徹さと相手を見下している雰囲気も醸し出していた。メヌエットは少し不貞腐れながらカズキ達を見据える。

 

「ここは私の屋敷であり私の部屋。本来なら男性方は私よりも先に名乗るのが礼儀でしてよ?」

 

「俺が吹雪カズ「悪かったな。俺は天「メンゴメンゴ☆「江尾ナオト」あ、気軽にたっくんって呼んで!」露ケイスケだ」だぜ‼」

「うん、一斉に喋れといってないのだけど?」

 

 出だしからの喧しさでメヌエットは眉間にしわを寄せて頭を抱えた。

 

「人生で初めてですわ…こんなに喧しいお客を相手にするなんて。それで、貴女は彼らのメイドかしら?」

 

 メヌエットは喧しい連中をなかったことにしようとすぐにリサに視線を向けた。リサはスカートを広げ、ぺこりと笑顔でお辞儀をした。

 

「お嬢様、この度は突然お伺いいたしまして申し訳ございません。私はカズキ様達の『ソウルメイト』、リサ・アヴェ・デュ・アンクでございます」

 

 ソウルメイトという言葉にメヌエットはハテナと首を傾げるが、納得したように頷いた。

 

「ソウルメイト…?まあそれは良しとして、かわいいメイドね。ふむ…貴方達はさしずめ98点ってところかしら」

「おっ、すっげえ高得点じゃないか。やっぱ俺らってスゴイんだな!」

 

 高得点にカズキは嬉しそうにするがメヌエットはジト目で喧しい4人を睨んだ。

 

「勘違いしないでくださいな。リサで90点、ケイスケで4点、ナオトで3点、カズキで1点ですわ」

「あれ…?俺は何点?」

「貴方は0点です」

 

 キッパリとメヌエットに告げられ「0点!?」とタクトはギョッとし、カズキはそんなタクトを指さしてゲラゲラと笑っていた。そんな二人を見てメヌエットは目糞鼻糞を笑うとはまさにこの事だとため息をついた。

 

小舞曲(メヌエット)の如くステップを踏む必要もありません。武偵らしくない振る舞い、そして淑女に対する態度。見るからにして個性の殴り合いをしている方々は見たこともな(ry」

 

 

「「始まりはゼロ♪終りならゼット‼」」

「リサが90点て凄いな。イクシオンの90%はリサなんだな」

「…やっぱお前がナンバーワンだ」

「うん。貴方達、人の話を聞く気はないのですか?」

 

 カズキとタクトは歌いだすわ、ケイスケとナオトはリサが凄いと納得しているわで真面目に話を聞いているリサを除いて全く人の話を聞いていなかった。そんな様子を見ていたメヌエットは呆れていた。

 

「貴方達、非常識すぎますわ。初対面の女性の話を真面目に聞くのも礼儀なのよ?」

「えっ、リサはすごいってことでしょ?」

 

 きょとんとしているタクトにメヌエットは車椅子からずり落ちそうになった。

 

「…いくら理屈を述べても無駄ですわね。貴方達の国のことわざで言うには馬の耳に念仏ね」

「そうだ!ややこしい話は耳から豆腐だ!」

「そんな諺、初めて聞くのだけど…はあ、こんなんでお姉様と対抗できるのかしら…」

 

 メヌエットは不安そうに頭を抱えて大きくため息をついた。彼女の愚痴にケイスケはピクリと反応した。

 

「ん?姉、アリアと対抗ってどういうことだ?」

「やっとまともな会話ができそうね…貴方達が私の所に来たのはさしずめワトソン卿やイギリス政府が私に捜査を協力するよう説得しに来たのは見え見えですわ」

「あっ、わかっちゃった?」

 

 テヘペロするカズキにメヌエットはジト目で見つめて肩を竦めた。

 

「例えバレたとしても最後まで隠すのが普通なのだけど…まあいいわ、答えはNOよ。特にお姉様の件は絶対に拒否するわ」

「それほどまでに姉が嫌いなのか?」

「よく言うよね、兄より優れた弟なぞいねえって」

「たっくん、それちゃう」

 

 メヌエットはタクトとカズキの会話は無視してナオトの質問に首を横に振った。

 

「いいえ。その逆ですわ。私はお姉様が好きでたまらないの。お姉様の物は私の物、私がお姉様を愛している証。でも私からお姉様を奪った遠山キンジと一緒にいるというのは許せない。特に今回の件は本当は腸が煮えくり返る程許せないの」

 

 根暗な雰囲気が一変し、メヌエットは熱く語りだした。そんな熱いメヌエットに対し、カズキ達は意味を理解してないようで余程お姉ちゃんっ子なんだなとほんわかと見ていた。

 

「いくらお姉様と言えども色金の件で尋ねてくるのなら門前払いをしようと思いましたが…いずれ来るであろう遠山キンジが相手では私でも油断して足元を掬われるかもしれない。だけど、今回ブラックウッドが起こした3つの事件、そして貴方達の訪問にこれはチャンスだと思いましたわ」

 

 メヌエットは愉悦な笑みを見せてカズキ達を見つめた。その笑みを見てやはりあのクソ神父や名探偵の血筋だとケイスケは嫌そうな顔をした。もう嫌な予感しか残らないのだ。

 

「一つ条件を受けてくださるのなら私は今事件の捜査を協力いたしますわ」

「いいよ‼」

「だからたっくん、はやすぎだっての‼」

「なんでお前はすぐにOKするんだよ!?」

 

 即答するタクトにカズキとケイスケはすぐに止めて落ち着かせようとした。

 

「私にしばらく仕えなさい。貴方達が私に良い事をして私が気を許すまでの間…訪問に来るお姉様やイギリス政府の方々を追い払ってくださいな」

 

 武装検事に頼まれ、ワトソンに頼まれ、メヌエットに頼まれ、依頼のたらい回しにケイスケは項垂れた。伊藤マキリの追跡やメヌエットの説得、そして今度はアリアに対抗すべく自分達を使ってアリアを追い払うという事に。やる事が多すぎて困惑してしまう。話の内容を理解しているのか、タクトはドヤ顔で頷いた。

 

「ようはガードマンってやつだな!任せとけ、こういうのは初めてだけと得意だぜ‼」

「初めてなのに得意ってどういうことなのかしら…ところで貴方達は武偵以外になにができるの?」

 

 しばらく仕えるというのなら戦う武偵以外にできることが必要だ。メイドのリサならば心配は無用なのだが、メヌエットは喧しい4人組に興味を持った。彼らは銃を持つこと以外に何ができるのか興味深く見ていると、ケイスケはぶっきらぼうに、ナオトは面倒くさそうに、タクトとカズキはドヤ顔で答えた。

 

「とりあえず…運転と相手の健康管理、家事全般はそれなりにできる」

「…プリンとシュークリーム作り」

「料理ができるぜ‼あとギターがあったらワンマンライブとかやっちゃう!」

「えーと…歌って踊れるぜ‼」

 

「不安しかないわね‥‥」

 

 この面子で本当にアリアと対抗できるのかどうか、メヌエットは大丈夫なのかとため息をついた。




 ブラックウッドに伊藤マキリに切り裂きジャック(課金)…イギリス編は3つの事件が入り乱れてごちゃ混ぜに…なんとかなるさ!(視線を逸らす)

 


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74話

 よくよく考えるたら日本だけじゃなくドイツ、アメリカ、イギリス、そしてイタリアと…キンちゃんさん色んなところでフラグを建てまくってるよ…プレイボーイや‼


 メヌエットを捜査に協力してもらうため、カズキ達はメヌエットのガードマン兼執事を務めることになった。主な作業としては、埃がかぶった部屋や玄関の清掃、庭園の手入れ、タイムズやエクスプレスといった高級紙(ブロード)大衆紙(タブロイド)の記事を切り取ってスクラップを作成したりと、メイドの仕事をリサが熟していった。特にリサが作成したスクラップをメヌエットは気に入り、精油パイプを片手に興味深く読みだした。

 

「ここ最近、殆どの記事は霧の事ばかりで退屈だったのよ」

 

 そう呟きながら読んでいる間にリサは車椅子の横についてメヌエットの髪を梳いていく。かなり器用な手つきで髪を梳くのでメヌエットはかなり満足したようだ。

 

「いい手つきね。これから毎朝お願いするわ」

 

 お昼になれば栄養のバランスを考えたメニューやら食後のデザートにはプディングなどリサの作る料理にもメヌエットは満足していた。

 

「って、貴方達何もしてないじゃないの…」

 

 リサのメイドとしてのスキルにはメヌエットは予想以上の良い結果であったが、自分の横でまるで居候の様に寛いでいるカズキ達は何もしていなかった。これまでの間、カズキとタクトは庭園で『マクロスごっこ』をし、ケイスケはリサが切り取り終えた新聞を読みふけっており、ほとんどリサがやっている状況だった。カズキはその事にはまったく詫びずにドヤ顔で答える。

 

「イクシオンの96%はリサだからな」

「いやそれじゃダメでしょ…というかあと一人は何処行ってるのよ」

 

 メヌエットは呆れながらため息をつく。しかもこの昼食の場にナオトの姿が無かった。そんな話をしているとナオトがムスッとした表情で食堂へと戻ってきた。

 

「昼にしてるなら呼んでくれよ…」

「ナオト、お前何処に行ってたんだよ‼メヌエットちゃんがプンスカだぞ!」

「いや私は怒ってないんだけど」

 

「で、ナオトは何してたんだ?」

「門番」

 

 ケイスケの問いにナオトは少し拗ねたように即答した。一応ガードマンとして務めてもらっており、アリアや政府の要人が来たとしても何時でも門前払いできるよう門番を務めていた。そこまでは頼んでなかったが、一応理解してやったナオトにメヌエットは納得したように頷く。一方で納得していない者もいるようで、カズキとタクトはプンスカしながら文句を垂らす。

 

「お前ずるいぞ‼何1人だけ真面目にやってる感だしてんだ!」

「ナオト!抜け駆けは卑怯だぞ!」

 

「なんで俺は怒られなきゃいけないんだ?」

「お前らもナオトを見習って真面目にやれ?」

「それ半日ずっと新聞を読みふけっていた人の言うセリフじゃないと思うのだけど」

 

 メヌエットはケイスケにツッコミを入れる。完全にツッコミどころが多い連中で彼らに任せて本当に大丈夫なのかと不安になってきた。というよりもリサがいるだけでそちらが有利だと言うのに何故プラスをマイナスにしてプラマイゼロにしてしまうのか行動がかみ合わない4人組に呆れていた。

 

__

 

 翌日、4人も少しは真面目になったのか、午後のティータイムにはケイスケが紅茶の代わりにハーブティーを用意してきた。

 

「ハーブティー?私は香りが強いのが嫌いなのだけど」

 

 メヌエットは訝しげにムスッとするが、逆にケイスケはしかめっ面でぶっきらぼうにハーブティーを注いで押し付けてきた。

 

「アイブライトのハーブティーだ。無愛想なメイドから聞いたが新聞や本の他にもパソコンで夜更かししてるんだってな。目の疲れにも効くし飲め」

「ヨーロッパでは古くから視力の低下の対策として使われてるし、その他にも集中力と記憶力も高める効果もある。健康に気をかけてるので一応良しとしましょう…」

 

 上から目線だけれどもケイスケの対応と答えには丸を付けてあげた。情報を取り入れ、生活サイクルを確認。少しでも改善していこうという判断にメヌエットは少し微笑む。

 

「でも良薬は口に苦しと言えども私は苦いのは嫌よ」

「もう少し待っとけって。ナオトがシュークリームを作って持ってくるから。てか飲め」

 

 ドクターのお告げだと強要してきた。ここでああだこうだ言っても面倒なのでメヌエットはハーブティーを飲もうとしたが、どたどたと騒がしい足音を立ててタクトとカズキとナオトが部屋に入ってきた。突然の事でメヌエットは飲んでいたハーブティーを思わず吹きそうになる。

 

「ちょ、もう少し落ち着いて入って来なさい!」

「さすがはナオト。今日からお前はシュークリーム大臣だ!」

「これから毎日シュークリームを作ろうぜ‼」

「つまみ食いはダメだと言ってるだろ!」

 

 シュークリームを山積みにした大皿を片手にナオトはむしゃむしゃとシュークリームを頬張るタクトとカズキを追いかけ、メヌエットの周りをグルグルと走り回る。いくら言っても止まらない二人にメヌエットはあわわとティーカップ片手に焦っていた。

 

「オイコラ。主人が困ってんだろ」

 

 ケイスケが逃げ回る二人にゲンコツを入れて事なきを得た。焦っていたメヌエットは咳払いをしてシュークリームを取って食べた。思った以上の出来にメヌエットは満足そうに頷く。

 

「悪くないわ。これからも午後のティータイムにはこのシュークリームを頼むわね」

「シュークリーム食べたい大臣のご命令だ。頑張れよナオト!」

 

 何気なくつまみ食いしているタクトに背中を叩かれた。ナオトはマジかよと少し面倒くさそうに呟く。

 

「それで、午前中はマクロスごっことやらで遊んでた貴方達は何もしてないのだけど?」

 

 メヌエットはジト目でシュークリームを食べている二人を見つめる。あれからこの二人は庭園ではしゃぐわ、一階に展示している化石や骨格標本に目を輝かせていたりとずっと遊んでばかりであった。そう言われるとカズキは少し悩んだように考え込む。

 

「うーん…じゃあスーパームーン音頭とかどうですかね?」

「はあ?」

 

 聞いたこともない言葉にメヌエットは眉を顰める。カズキは歌と踊りが得意だと言っており、ライオンキングのような急に歌いだすのか、またはた歌手の様にテノールで歌うのかと考えていたのだが、曲名を聞いて明らかに嫌な予感がする。

 

「…ど、どんなのか見せてもらうかしら」

 

 本当はやめてと断ろうとしたがカズキのよく分からない自信に満ちた眼差しに負け、仕方なしに見ることにした。するとカズキはドヤ顔で荒ぶる鷹のようなポーズをして歌い踊りだした。

 

「スーパームーン!スーパームーン‼俺と、お前はスーパームーン‼」

 

 メヌエットはポカーンと口を開けたまま呆気にとられた。声は張りがあって良いのだが、キレッキレのよく分からない踊りと歌詞で打ち消された。言うなれば不思議な踊り、理解ができない謎の舞だった。

 

「満月若しくは新月と、楕円軌道による月の地球への最接近が重なって月が大きく見えることで、中々会えない遠距離恋愛をしているカップルを例え、数少ない再会を喜ぶ歌なのだろうと推理…というかそうであってほしいと願ったのだけど想像の斜め下をいったわね」

「ねえメヌエットちゃん、外で遊ばない?」

 

 タクトは何気なくメヌエットに声を掛けた。というよりも未だに「スーパームーン‼」と叫びながら踊っているカズキを完全にスルーしており、メヌエットもとりあえず見なかったことにしようとした。

 

「嫌よ。外の空気はキライです。しかも濃霧だしもっと嫌だわ」

「そんなこと言うなよー。子供はツチノコ元気な子っていうし」

 

 嫌がるメヌエットにタクトは構わず車椅子を押す。それを言うなら「子供は風の子だ」とツッコミを入れて文句を言うが、完全に人の話を聞いていないようでメヌエットは焦りだす。

 

「だから嫌だと言ってるじゃないですか!?それに私は車椅子だし…ケイスケ、貴方も止めなさい!」

「この部屋は埃っぽい。空気も淀んでるし体に悪い。気分転換に外へ出るとけ」

 

 ケイスケまでも外へ出ろと言い、咄嗟にナオトの方へ視線を向けるが理解をしてないようで、ナオトは親指を突き立て『いいね!』のサインを送っていた。カズキは…まだスーパームーン音頭を踊っているので見なかったことにした。4人の行動にメヌエットは遂に折れ、渋った様子でタクトをジト目で睨んだ。

 

「私は歩けない足です。外へ連れて遊ぼうと言っても何も面白くありませんよ?」

「だいじょーぶ!俺達がいるもん」

「はあ…まあ貴方達なら少しは退屈はしないでしょうがね。肩掛けとひざ掛けを用意しなさい」

 

 メヌエットは皮肉を込めて頬を膨らませそっぽを向いた。肩掛けとひざ掛けを掛けさせタクトは鼻歌交じりにメヌエットの車椅子を押していく。簡易エレベーターを降り、庭園へと出た。ハーブ園もある広い中庭は白い霧につつまれ薄っすらとしていた。まだ寒い中庭で白い吐息を出してメヌエットはタクトに視線を向ける。

 

「で、ここで何をするのかしら?ボール遊び?それともテニス?」

「うーん…ジェットストリームアタックごっこ」

「はあ?」

 

 スーパームーン音頭に続いてまたよく分からない言葉に更に眉をひそめた。一体何をするのか考えているとタクトが車椅子を速く押し進めだした。

 

「マッシュ、オルテガ、メロンパンナ。ジェットストリームアタックをかけるぜ‼」

「いや、ちょ、なんでメロンパンナ!?そ、その前に飛ばし過ぎですわ…‼」

 

 色々とツッコミたいところなのだが、遂にはタクトが全速力で駆けて行き、今まで車椅子でここまで速く駆けたことが無かったのでメヌエットは慌てだす。要はこの庭の中で走り回るだけということ。先ほどカズキとタクトがやってたマクロスごっこと変わりない。そう冷静でいたいのだがあまりの速さに冷静でいられなかった。

 

「も、もう少しスピードを緩めなさい!」

「ダメダメ!サラマンダーより速くしなきゃ‼」

 

 もう何を言っているのか、タクトが何を考えているのか推理すらできなかった。ジェットストリームアタックごっこをやって5分経過した。ようやくスピードが落ちて来てゆっくりと車椅子を押していった。

 

「ふーっ!どうだった?」

 

 タクトは息を切らさずにこやかに尋ねる。一方のメヌエットは息が上がっており、落ち着いてから少しやつれ気味に苦笑いをした。

 

「はあ…人生で初めてこんなに速く駆けられたのには驚きましたわ…走るってこういう事なのね」

 

 自分の足はもう歩く事も走る事もできず、車椅子で押さなければ進むことはできない。まさかこんな日に『走る』という事を体感するとは思いもしなかった。彼は自分の『障害』に同情することなく、普通の人と同じように見てくれているのか、タクトが何を考えているのか推理しながらメヌエットは大きく息を吐く。

 

「…たまには外の空気を吸うのも悪くはないわね。霧がかかっていなかったらよかったのに…」

「大丈夫大丈夫!霧はいつか晴れるさ!」

「ふふ…止まない雨はない、か。少し疲れたわ…今度はゴリ押しで駆けないようにね」

 

 ポジティブに笑うタクトにメヌエットはクスリと笑っい、車椅子を押して中へと入っていった。今度は少しまともな遊びをしてほしいと考えていると玄関の方から喧しい声が響いてきた。その声の一つは聞き覚えのあるアニメ調の高い声が混ざっていた。メヌエットはこっそりと玄関の方を覗き込んだ。

 

__

 

「だからなんであんた達がメヌのところにいるのよ!?」

「俺達はメヌエットちゃんに忍び寄るお姉ちゃんの魔の手から守るガードマンだぜ!」

「だーかーら‼その経緯を聞いているって言ってるでしょ!?」

 

 玄関にはアリアが苛立ちながら門番となっているカズキとケイスケと言い争っていた。アリアが何度も喧しく言っても暖簾に腕押しのようで、カズキがどや顔で「ガードマンだ!」と一点張りだった。声を荒げているアリアにケイスケはぶっきらぼうに答えた。

 

「わけ合って今はメヌエットのガードマンをやってる。お前やイギリス政府の連中を追い払うように言われてるからな、という訳で帰れ」

「いや答えになってないわよ!こっちだってメヌに用事があって来てるんだから‼」

 

 色金についてメヌエットは何かしらの情報を持っている。アリアは自身を取り込もうとして来る緋緋神をどうにかする為、メヌエットに会いにロンドンへ来たのだった。しかし、霧の事件でそれどころじゃない状況にもなっているし、更にはカズキ達に阻まれるとは思いもしなかった。カズキはプンスカしながら文句を言い、ケイスケは腕を組んで強めに威圧してきた。

 

「姉が妹をよそに野郎とイチャコラしているのが悪いんだぞー!俺だってイチャコラしたいのに!リア充爆発しろ!」

「メヌエットは今、お前に会いたくないんだとよ。日を改めて来い。てかそんだけセレブならちゃんと真面目に治療費払え」

「半分よく分からないんだけど!?と言うよりも何でメヌのいいなりになってるのよ」

 

 アリアは呆れながら尋ねた。こっちとしてはキンジがアメリカに行っている間にメヌから情報を手に入れたかった。ここはうまく言いくるめてやろうとしたのだが、カズキはドヤ顔で答えた。

 

「そんなこと言うなよ!メヌエットちゃんとはソウルメイトだ!」

「そ、ソウルメイト?」

「おら、こっちだって忙しいんだ。集金も新聞の勧誘もお断りだ。帰れ帰れ!さもないと未払い分の治療費を請求するぞ」

 

 ケイスケとカズキがずいずいと押してきた。さすがのアリアも2人のよく分からない威圧に押されてしまい、ぐぬぬと悔しそうに睨む。

 

「う、うるさいわね!今日の所はこれぐらいにしてあげるわ!今度は力ずくでも押しかけるんだから‼」

 

 アリアはプンスカと踵を返して出て行った。カズキとケイスケはしてやったりと満足そうに一息つく。

 

「どうだ!俺とケイスケの連携ガードは!」

「ちっ…今度来たときは請求書を押し付けてやる」

 

「‥‥」

 

 メヌエットはこっそりと一部始終を見ていた。相手を力でもなく、口舌でもなく、ごり押しで追い払ったことに驚かされた。まさかあの姉であるアリアを追い払えるとは思いもしなかった。

 

 しかし『ソウルメイト』という気になる言葉が引っかかった。リサにソウルメイトとは何か聞いていたが、リサは言葉通り『魂の友』、彼らが言うにはサイキョー絆で結ばれた宇宙ヤバイ程の友であると話した。メヌエットは大きく息を吐く。今、『親友』と呼べる人間は1人もいない。どうせ彼らも自分に認められるための口実だろうとメヌエットは考えていた。

 

「‥‥どうせ、彼らも嫌になるわ」

 

 自分と釣り合うわけがない…自分が持っている知性のせいですぐに嫌になるかもしれない。メヌエットは静かにその場を後にした。

 

___

 

「で、何で今日は入り口の前で突っ立ってるんだよ?」

 

 ケイスケはため息をついて愚痴をこぼした。この日、ケイスケ達4人はずっと入り口の前で立っていた。家事全般はリサがやってくれるだろうが、入り口前でずっと待ちぼうけの状態であった。そんな面倒くさそうにしているケイスケにカズキはドヤ顔で答える。

 

「昨日、アリアが押しかけて来ただろ?また来るかもしれないから今度は万全の態勢で待ち構えてやるのさ!」

「二人ぐらいで何とかなるのにさ…」

 

 ナオトが渋々呟くとカズキはそれは違うと言い出す。

 

「何言ってんだ。よく言うだろ?三人寄ればもんじゃの知恵って」

「文殊な。てかそれはお前を除いての場合か?」

 

 ケイスケは的確にツッコミを入れる。確かにアリアは一度追い払ってもしつこくやってくるに違いない。4人で力を合わせて行けば何とかなるかもしれないが結局ゴリ押しになるだろう。

 

「みんな、そう言っている間に来たぜ!」

 

 タクトがワクワクしながら指をさす。濃霧を抜けてやって来たのは金色のホイールのついた空色の車、イギリスの高級車であるベントレー・アルナージだった。その車はカズキ達の前に停車をする。目の前の高級車にカズキとタクトはポカンとした。

 

「なあ、これ…ちがくね?」

「ケイスケが金払えって言うからアリアがいっちょセレブっぽく来たんじゃないの?」

 

 そんな馬鹿なと言おうとしている間に、車の扉が開いた。そこから白いスーツを着こなし、空色のマフラーを軽く掛けた金髪碧眼の姿勢正しい男が出てきた。完全にアリアじゃないと4人はポカーンとしていた。

 

「まったく…この辺りも濃霧がかかって嫌になる」

 

 第一声が皮肉かつ嫌味を言いだしたところから、4人はムッとしだした。男は一歩前に出てカズキ達に視線を向けた。

 

「ふむ…珍妙な連中だな。余はメヌエットに用事があって来た。そこをどいてもらうか?」

「ヤダ‼」

 

 高級車からして政府の要人であろうという事でタクトは即答して断った。男はきょとんとしたが、やれやれと肩を竦めた。

 

「やれやれ…見たところ異国から来た平民のようだが、余とお前達とは天地の差だぞ?」

「お前は何を言っているんだ。人類皆平等だぜ?」

「というか会って早々偉そうだな」

 

 少し苛立ちながらカズキとケイスケは言い返すが、男はふんと鼻で笑った。

 

「どうやら余を一体何者かを話せなば分からぬようだな。余はクリーブランドのry」

「分かってるさ!カレーうどんの使者でしょ‼」

 

 突然思い出したかのように言い出したタクトに男はずっこけそうになった。

 

「か、カレーうどん…?と言うよりも余の話を遮るな!」

「何言ってんだぜ‼白のスーツをする男はカレーのシミを一つもつけることなくカレーうどんを啜れる証‼」

「確かにたっくんの言うとおりだ…!こいつカレーうどん好きそう!」

 

 タクトに便乗してカズキもその男に肩を組んだ。

 

「なっ…貴様、その汚い手で余に触れるな!」

「立派にマフラーまでしちゃって…こいつ、絶対にカレーうどんをこぼさずに食える自信がありそうだ。ナオト、すぐにカレーうどん作って食わせてやれ」 

「こ、こらっ…‼やめないかっ‼」

 

 ケイスケも皮肉たっぷり込めて男が掛けているマフラーを引っ張る。タクトとカズキが男の腕を掴んで逃げ出さないようにし、ナオトは玄関に入ってすぐに戻ってきた。片手にはシュークリームを持ってる。

 

「昨日のクリームたっぷり入ったシュークリームならあった」

「それでもいっか。おい!白のスーツを着ているならこぼすことなくシュークリームを食べやがれ‼」

 

 カズキがシュークリームを受け取り、必死にもがいて逃げようとする男の口にシュークリームを押し付けようとしていた。

 

 その時、すぐ近くで一台のポルシェが止まり、ワトソンが車から降りて来た。

 

「やあ皆、そっちの方は順調…って、何やってんだい!?」

 

 ワトソンはカズキ達の今の状況を見るや否や物凄く驚愕しだした。そんなワトソンに対しカズキ達はきょとんとする。

 

「何って…この白スーツ野郎にカレーうどんの試練を与えてるんだ」

「シュークリームだけど白スーツ野郎にやってもらうんだぜ!」

 

「す、すぐにやめるんだ‼そしてすぐに頭を下げるんだ‼」

 

 ワトソンはその男を見て声を震わせて慌てだす。一体どういうことか理解をしていない4人はハテナと首を傾げた。分ってない4人にしびれを切らしたワトソンは声を荒げて話した。

 

「この御方はクリーヴランド公・ハワード王子であらせられるんだぞっ‼」

 

 クリーヴランド公とはイギリスの侯爵の一つであり、貴族である。ましてやイギリス国の王子にこんなことをしているのは大問題になりかねない。

 

「やっと立場を理解できたようだな…早くその汚い手をのけ給え」

 

 ハワード王子はやっと理解してもらえたと思い、早く退けるよう言ったのだが、4人は未だに理解していなかった。

 

「「「「で?」」」」

 

 全く理解していないということにハワード王子もワトソンもずっこけた。




イギリス国の王子対アボカド王国の王子(嘘)

スーパームーン音頭…ええ、動画にもありますが…少し悲しくなります…(視線を逸らす


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75話

007シリーズではロシアより愛をこめてや黄金銃とかが好きですね
 スカイフォールは…うん…

 ゴールデンアイはよく友達と遊んではしゃぎまくった


「で?じゃないんだよ!?相手は英国王子なんだぞ!?」

 

 ワトソンは王子相手に頭も下げることなく平然としている4人組に注意をするが、4人はそれでも尚詫びる様子もなく寧ろ逆効果だった。

 

「これが英国の王子ねえ…王子っぽくねえし」

「うーん、どこか小物臭がする」

「国際問題発言!?」

 

 メディアに聞かれたら大炎上間違いなしの発言をしだすケイスケとカズキにワトソンはギョッとするが、ハワード王子は気にもせずにふんと鼻で笑う。

 

「よいよいワトソン卿、余は気にはしておらん。というよりもこの異国の者はサル並みようだな」

「何言ってんだ。人類の先祖はサルだぜ?」

「哺乳綱、霊長目、真猿亜目、狭鼻下目、ヒト上科、ヒト科、ヒト属、ヒト種だから人もサルなもんだぞ?というかチンパンジーの方が凶暴だし」

 

 ああ言えばこう言う。皮肉を込めて言ってへでもない彼らの態度にハワード王子は笑顔で額に青筋を浮かべていた。そんな様子を見ていたワトソンは青ざめる。

 

「お、面白いこと言う…本当に王族や貴族すら見たこともないのであろう」

「そっちがイギリス国の王子なら俺はアボカド王国の王子にして古に伝わりしレバガチャ王だ!」

 

 対抗して言っているのか、タクトは胸を張って自慢をしだす。聞いたこともないしそれで張り合うつもりなのかとシェイクハンドをしようとしているタクトをハワード王子は睨む。

 

「恐れを知らないとは…蛮勇かただのバカか。貴様らの態度、余は少し気に入ったぞ…今日だけは大目に見てやろう」

 

「いやー、なんか褒められちゃった?」

「褒められてないよ!?次はないんだから気を付けて‼」

 

 カズキは理解をしてないようで照れており、そんなカズキにワトソンは注意をする。恐らくこう言っても彼らは直さないので、いつハワード王子が本当に怒るか、ワトソン焦っていた。これ以上、ハワード王子の機嫌を損ねないように話を変えようとした。

 

「そ、それでハワード王子。今日はどのようなご用件でメヌエットのところへ…?」

「ふむ、そうだ。イギリス政府がいくら協力を要請しても頑なに断るメヌエットに余が直々に説得しようとわざわざこの霧の中で来てやったのだが‥‥そこのニホンザル共に阻まれてしまってな」

 

 ハワード王子はしかめっ面で入り口の前で立ちはだかっている4人組を指さす。メヌエットを説得してもらおうと頼んだカズキ達が逆にメヌエットの門番になっていて英国王子に絡むという国際問題になりかけることをしている。余計な事をしてしまったのかもしれないとワトソンは項垂れる。

 

「どうしてこうなった‥‥」

「兎に角、余はメヌエットに用事がある!お前達下々の者はそこをどいてもらうか」

「それは無理。メヌエットはアリアやイギリス政府の人達には会いたくないみたいだし」

「そうさ、俺達は古に伝わりしグレートガーディアンだぜ!」

 

 ナオトもタクトも誰も入れさせないようにしており、中々通してもらうことができなかった。しびれを切らしたハワード王子はぐぬぬと睨む。

 

「この、こっちが紳士として振る舞っているというのに何という傲慢な態度か・・・!というよりも‥‥サイオン!何故余が絡まれているのに手を出さない‼」

 

 ハワード王子は後ろに視線を向けて苛立ちながら怒鳴った。後ろに誰かいるのかとカズキ達は首を傾げてその先の方を見るが、ハワード王子の後ろには誰もおらずただ無人となったベントレー・アルナージしかなかった。

 

「王子、お戯れを」

 

 ふと声が聞こえると思えば、カズキ達の隣にベストのある三つ揃いのダークグレーのスーツを着た、五厘狩りのグレーの髪、青と緑の中間色の瞳をした同い年位のイギリス男子が立っていた。

 

「いつの間に…!?」

 

 ワトソンは驚愕した。気配もなくカズキ達の隣に立っていた男の存在に気付けかなった。同じようにカズキ達も驚いているようで、ケイスケは咄嗟に身構えた。

 

「お前、一体何者だ?」

「…ボンド、サイオン・ボンドだ」

 

 イギリス男子はサイオンと名乗り、ワトソンは『ボンド』という言葉を聞いてまさかと口をこぼした。

 

「まさか…MI6!?」

「いかにも、00セクションのナンバー7」

 

 イギリスの諜報機関の中でも最強と言われている外事諜報組織、MI6。その中でも悪党がイギリスに悪い事をしようとするものならば裁判抜きで殺しても構わないマーダー・ライセンスを持った特戦隊が00セクションである。それを聞いたワトソンは目を見開く。

 

「そんな…その役職のミスター・ボンドはキミのような少年じゃなかったはずだ…‼」

「少し外遊している間にアンテナが緩くなったようだな、ワトソン卿。父は引退し、私が跡を継いだ。会った事は無いが、私は書類上、彼の養子だ」

 

 いつの間に役職を交代し、歴代00セクションの中でも最年少となったのかワトソンは更に驚かされる。しかし、ワトソンとは反対にカズキとタクトは目を輝かせていた。

 

「も、もしかして…007?」

「その通り。私が君達のよく知っている007だ。まあ、映画のあれは先代の007達の活躍を少しオーバーに着飾っているがね」

「すっげえええっ‼握手してもいい?サインもらってもいい?」

「たっくんずるいぞ。俺もサイン欲しい」

 

 タクトは大はしゃぎし、ナオトもカズキもサイオンと握手しサインを貰って嬉しそうにしていた。握手をしてもらったタクトは更に目を輝かせる。

 

「すげえ‼本物の007と握手したぜ!サイオン、実は俺も007とかになってみたくて全シリーズの映画を見たんだぜ‼」

「君達は『007』というよりも『特攻野郎Aチーム』の方が似合っていると思うな」

 

 サイオンは大はしゃぎしているタクトに軽く苦笑いしながらも冷静に対処していく。かのイギリス諜報機関を相手に平然とやってのける彼らに対し、ハワード王子は苛立ちながら怒鳴った。

 

「サイオン‼何をしている!そこの者たちは無礼を働いたのだぞ!」

 

 王子の一言でいつでも007を動かすことができる。下手をすればここで殺されるかもしれない。ワトソンはすぐにでもカズキ達を助けようと武器の用意をするが、サイオンは殺気を放たずに冷静に首を横に振った。

 

「殿下。お言葉ながら、私は彼らに手を出すことは許されておりません」

「む…なぜだ?余の命令も従わぬのか?」

「生憎、事前にマイクロフト卿から彼らの事を聞いており、『MI6も彼らと共に事件解決に協力するように』と言われております。殿下、彼らがマイクロフト卿の言っていたあの4人です」

 

「ぬう…‼おのれ、あの隠居め…余計な事をしてくれたな‼」

 

 ハワード王子は悔しそうに歯ぎしりをする。ジョージ神父ことマイクロフト・ホームズがあらかじめ00セクションに彼らの事を話し、手を出さずに協力するようにと言っていたようで、MI6の矛先がこちらに向くことは無いとケイスケはほっとした。

 

「あのクソ神父…やるときはほんと頼れるんだけどな…」

 

「え?ま、マイクロフト…?」

 

 一方のワトソンは一体どういうことかキョトンとしていた。カズキ達と一緒にいたジョージ神父がかのシャーロックの兄でイギリス政府の重鎮であるマイクロフト・ホームズであるとはまだ知らないようだ。

 

「殿下。彼らは何を考えているのか分からないような底辺の武偵に見えますが…かのマイクロフト卿の生徒でもあり、モラン大佐によるリバティーメイソンの内乱、イタリアでのシディアス卿によるクーデターを阻止した、とそれなりの実力の持ち主です。彼らがメヌエット女史の下にいるのはマイクロフト卿の考えがあってのことでしょう」

 

 彼らをうまく使えばメヌエットは捜査に協力してくれるかもしれない。王子をもつためにサイオンは静かにフォローしていく。ハワード王子はしばらく考え、未だに納得できないようで不満そうに頷いた。

 

「ふん、それならばよい。気が変わった。お前達が余の代わりに働いているのなら問題は無いだろう。せいぜい余の為に尽くすのだな」

 

 また来るぞ、とハワード王子は言い残して車に乗った。サイオンも続いて乗ろうとするが、その前にカズキ達の方へ振り向いた。

 

「噂通り怖いもの知らずのようだな…次会う時はそれなりの礼儀を持っていてくれ」

 

 サイオンは軽い苦笑いをして車に乗り、その場を去っていった。取りあえず大問題にならなくて済んだとワトソンはほっと胸をなでおろしたが、カズキ達はドヤ顔で満足していた。

 

「はっ、次来るときはあの王子にカレーうどんを用意して食わしてやる」

「塩でもまいとく?」

「やったねたっくん、007のサイン貰っちゃったぜ!」

「サイオンかっこよかったなー!俺もいつか00セレクションになりてー‼」

 

 下手したらその場で流血沙汰になっていたかもしれないというのに、まったく動じていないカズキ達にワトソンはずっこける。

 

「なんてことをしてたんだ‼相手は英国王子だったんだぞ!?次はもうちょっと理解してくれ‼」

「そうかっかするなってワトソン。ほらスタンダードフィッシュな感じでいこうぜ?」

「何言ってんの!?」

 

 言っている意味が分からないのにしてやったりという顔をしているカズキにツッコミを入れる。またハワード王子に出くわしたらどうしようかとワトソンは心配になる。彼らの態度次第で大問題になりかねない。心なしか遠山が胃を痛める気持ちが何となくわかってきた。

 

「全く、外でも騒がしいわね‥‥」

 

 すると入り口のドアが開き、メヌエットがムスッとして出てきた。玄関ではメヌエットが自ら外へ出ようとしたことにサシェとエンドラの双子のメイドが目を丸くして驚いていた。

 

「貴方達をいくら呼んでも来ないし、外が騒がしいし気になって来たけどもなにがあったのよ?」

「メヌエットちゃん!俺達ちゃんと門番の務めをしてたんだぜ!」

「ちゃんと職務を果たしている」

「アリアだって英国王子だって追い払りまくるぜ!」

 

「そう、ちゃんと真面目にやって…ん?英国王子?」

 

 メヌエットはピクリと反応した。姉のアリアを追い払ってくれたのは有難がったが、イギリス政府ならまだしも『英国王子』という言葉には初耳で、嫌な予感がした。メヌエットは恐る恐るカズキ達に尋ねた。

 

「あの…さっきまで誰が来てたの?」

 

「ハワード王子」

「あの白スーツの生意気そうな奴、今度こそカレーうどんを食わしてやるつもりだ」

「あとサイオンもきてたぜ!」

「すっげーよなー。007も来るなんて、メヌエットちゃんは人気者なんだな‼」

 

「」

 

 確かに人払いを頼んだのだが、まさか英国王子までも追い返すとは思いもせずしかもMI6までも喧嘩腰で相手にしていたことは予想外だった。メヌエットは思わず白目をなり車椅子からずり落ちそうになった。見たこともないメヌエットのリアクションに双子のメイドもギョッとした。

 

「貴方達…本当に色んな意味で凄いわね…」

 

 写真からして大したことがないと思っていたのに、彼らの情報をもっと探って知るべきだった。メヌエットは胃がキリキリとなりそうでお腹をさする。また王子が来たら絶対に首を垂れる事すらせずに平然とするだろう。

 

「こ、今度ハワード王子が来たときは先に私に伝えてちょうだい…」

 

「どうした?調子が悪そうなら看てやろうか?」

「よし勝利を祝って歌ってやるぜ!あぁ~メヌエットが輝くー♪」

 

 誰のせいで調子が悪くなっているのかとメヌエットは心の中でツッコミを入れてジト目で睨んだ。彼らに暫く門番を任せるのはよそうか考える。知らない間にまた何かやらかすかもしれない。

 

「う、歌わなくていいわ。それよりもワトソン卿、色々と言いたいことがあるからあなたは入って来てもいいですわ」

 

___

 

「…話はあなたがしてきたのだけども…なんなのあのバカ4人は」

 

 客間にてメヌエットは紅茶を飲みながら物凄く疲れたようにため息をついて愚痴をこぼした。しばらくの間、彼らはメヌエットの執事として務めていたようだが、かなり手を焼いているようだと感じたワトソンは苦笑いをする。

 

「あ、あはは…ナオト達は誰の言いなりにもならず、彼ら自身で突き進むからね。僕達の考えている遥か斜め上へ行くんだ」

「ほんと、何を考えているのか…今までに相手にしたことのないタイプで困ってますわ」

 

 いつもなら推理をして毒舌で相手を言いくるめるのだが、それすらも全く効かないし何を考えているのか推理すらできない。英国王子にカレーうどんを食わせるような予想外の行動もするので胃が痛くなってきた。

 

「彼らは身分や地位とか気にせず、フレンドリーにしてくるんだ」

「おかげで恐れ知らずと思われるし…なぜなの?」

「うーん…カズキ達なりに言えば『ソウルメイト』だからじゃないかな?」

 

 また『ソウルメイト』という言葉が出てきてメヌエットは眉をひそめた。リサといい、ワトソンといい、なぜ嬉しそうに語って来るのかメヌエットには分からなかった。

 

「リサから聞きましたわ。サイキョーの絆で結ばれた宇宙ヤバイくらいの友、と…よく分からないのだけども」

「最初は僕も分からなかったよ…でも、今ならわかる。カズキ達は君と友達になろうとしている」

 

 友達と聞いてメヌエットは嫌そうな顔をした。両手でひざ掛けをキュッと握り絞め、少し震えてワトソンを睨んだ。

 

「友達…?私には友達なんていりませんわ。友達なんて…まやかしよ…!」

 

 腰掛の布をさらに強く握りしめる。自分には友達と呼べるものなんていない。かつて通っていた学校では自分の知性に嫉妬して生徒から執拗にいじめを受けた。車椅子から落とされ、服に火をつけられ、泥水を掛けられ、そんな所業をしてきた相手をいくら追い払っても次から次へと現れる。仕舞には学校から追い出され、ずっとこの家に引きこもってきた。そんな自分と仲良くなろうとする人なんているわけがない。

 

「メヌエット…カズキ達は本気だよ。彼らは君を蔑まないし、君の名も地位も関係ない。手を差し伸べてくれる…彼らと一緒にいるとわかるんだ」

 

 ワトソンは首を横に振る。自分も女だとカズキ達にバレた時、彼らは誰にも言いふらさず、秘密を守ってくれ、そして自分の命を助けてくれた。そしてイ・ウーのセーラや魔女連隊のカツェ、どんな相手にも友の為に身を投げ助けら彼らの戦いを見て来たからわかる。

 

「だからメヌエットとも仲良くなろうとしているし、君を励まそうとしている。賭けてもいい。彼らは君を必ず助けてくれる」

「賭ける…?いいでしょう。その話、本当かどうか試してもいいわ」

 

 メヌエットは少しやっけになって頷いた。彼女が話に乗ったことにワトソンはヨシと心の中でしてやったりとこぶしを握る。少しでもカズキ達の力になろうとワトソンなりに彼らの手伝いをしようと決めていた。

 

「それで、あなたは何を賭けるのです?」

「じゃあ‥‥僕の『秘密』を。僕は転装生、本当は女の子だ。この賭けに負けたのならアリアにも、リバティーメイソンにもホームズ家に関連する連中にも、色んなところでバラシていい」

 

 ワトソンは女の子である、それを聞いたメヌエットは目を丸くした。このことを知っているのはキンジやカズキ達だけであり、アリアやリバティーメイソン、その他の貴族にバレれば驚くだろうし、ワトソン家は崖っぷちにもなるし、自分は勘当され追い出されるだろう。

 

「貴女の仕草を見て、本当は女の子ではないのかと推理をしていたけども、やはりそうだったのね。その賭けに応じて、貴女の話に乗ってあげましょう…後は彼ら次第ですけどね」

 

 何とかしてメヌエットに興味を持たせることができた。彼女の言う通り、後はカズキ達に任せるしかない。ワトソンは彼らならきっとメヌエットの力にもなり、大事な友になってくれるだろうと信じていた。

 

「この事件に関わろうとしても…どうしようもならないのに…」

 

 メヌエットはこそっと呟いた。それは一体どういう意味なのかとワトソンは不思議に思って訪ねようとした。しかし、どこからか焦げ臭いにおいがしてきた。

 

「うん?何か焦げ臭くないかい…?」

「む…台所から臭ってきてるようですね」

 

 不思議に思った二人は匂いのする下へと向かうと、台所ではカズキとタクトが狼狽し、ケイスケが怒鳴りながら消火器を持ってきて、ナオトは彼らを静かに傍観していた。よく見るとオーブンから炎が出ていた。

 

「ちょっと、何をしてるの!?」

 

「あ、メヌエットちゃん!ケーキを作ろうと思ってたんだけど…紅蓮の炎を抱いた真紅のケーキになっちゃった!」

「お前等油を入れすぎなんだよ!?バカか!」

「いかん、レシピなしで作るもんじゃなかった!誰かリサを呼んでー‼」

「…リサの偉大さがよく分かるな。作り直すか」

 

 そんな事よりも先に消火をしてくれとメヌエットは頭を抱えた。本当に彼らに任せて大丈夫なのだろうか、少しとんでもない賭けをしてしまったとワトソンは心配と後悔に胸に抱いて肩を竦めた。

 

__

 

「ほんと、リサは良しとして貴方達は何やらかすか…困った連中ですわね」

 

 メヌエットはやつれ気味にカズキ達を見てため息をついた。これまでの間、騒がしい彼らと一緒にチェリーパイを作ったり、途中でタクトが「デビルピッコロプリンを作りたい」と言い出して皆でそれを止めたり、カズキに自分が勝つまで賭けナシポーカーをやらされたりとどたばたとした。今までこんなに振り回されることは無かった。

 

「メヌエット、ポーカー超強い…次こそは負けねえからな!」

「カズキじゃ無理だ。お前、こういったかけ引き弱いしな」

 

 ケイスケにズバリと言われてカズキはしょんぼりとする。タクトもナオトもカズキをフォローすることなく納得したように頷いていた。

 

「貴方達のことはよく分かりました。だから、貴方達を試します」

「試す?これまでずっと試していたように見えたが?」

「印象だけではつかめない事もある…今度は行動で示してもらうわ」

「よーし、何だってやってのけて見せるぜ‼」

 

 張りきるタクトと反対に執事の次は何をやらされるのかとケイスケは面倒くさそうに溜息をつく。その時、玄関の方で呼び鈴が鳴った。誰かが来たのかとカズキ達が向かおうとしたが、メヌエットは止めた。

 

「私が呼んだのよ。サシェ、エンドラ、お迎えしてあげなさい」

 

 メヌエットは双子のメイドに命じてサシェとエンドラは一礼して玄関へと向かった。しばらくすると双子のメイドが戻って来て、彼女たちに続いて部屋に入ってきた人物にカズキ達は目を丸くした。

 

「やあ皆、しばらくぶりだね」

「よっ、カズキ。頑張ってるかー?」

 

 入って来たのはいつものようににこやかな笑顔を振りまくジョージ神父と神父の護衛をしているカツェだった。メヌエットはジョージ神父にぺこりと頭を下げる。

 

「おじ様、お久しぶりです。これまでおじ様をここへお呼びしなくて申し訳ありません」

「なに、気にしなくていいさ。でもメヌから私を呼んできてくれたのは嬉しかったね」

 

 ジョージ神父はにこやかにメヌエットを撫でる。メヌエットはまんざらでもないようで嬉しそうに微笑む。

 

「なあ…ジョージ神父を呼んだのは?」

「貴方達のことに興味がわきました。ですので、貴方達がどう事件を解決するのか見たくなりましたの」

「それってつまり、捜査に協力してくれるんだな!」

 

 カズキは嬉しそうに聞くがメヌエットはしかめっ面で首を横に振る。

 

「いいえ、協力するつもりはありませんわ。私なりに貴方達使って、私なりに解決していこうと思いましたの。私の為に働いてもらいますわ」

 

 イギリス政府の体たらくに見ていられなくなり、ここは自分なりに解決しようと乗り出した。その為なら伯父の力も借り、カズキ達を使ってやろうとしていたのだった。

 

「なんだよ、結局使いッパシリか」

「うん?じゃあなんでジョージ神父を呼んだの?」

「調査の為、これから貴方達に向かってもらう場所へ案内してもらうの」

 

 メヌエットは愉悦な笑みを見せて微笑む。一体何処へ向かわされるのか、カズキ達はごくりと生唾を飲む。そんな彼らにジョージ神父は愉悦な笑みを見せて答えた。

 

「これから私と一緒に魔術協会の本部で魔術師の学校、『時計塔』へ来てもらう」





 序章がすんでやっと次の話の展開へと…

 型月のようなかなり凝った設定は無しで、超シンプルでマイルドにしていきます。


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76話

 序破急でいうと序の終わりの部分かなと思ったけどもそんな事はなかったぜ!(吐血)
 絶対に長くなると確信しました…1月ぐらいかなー(遠い目


 これからジョージ神父と共に魔術協会の本部、時計塔へ行くと聞き、カズキとタクトは目を輝かせ、ケイスケはマジかと口をこぼした。タクトは元気いっぱいに手を挙げる。

 

「魔術って、もしかして魔法とか学べるんですか!」

「ふむ…希望とあらば可能ではあるね」

 

「やったよたっくん‼俺達ホグワーツに入学できるぜ!」

「いやっふー‼俺、グリフィンドール!」

「ハッフルパフ」

 

「お前等ホグワーツじゃねえし、入学しに行くんじゃねえんだぞ?」

 

 ケイスケははしゃぐ3人を叱咤する。カズキとタクトは頬を膨らませて文句を言うが、ケイスケの言う事にメヌエットは頷く。

 

「ケイスケの言う通りですわ。貴方達は私の助手として務めなさい。一応、貴方達の監視も兼ねてついていくことにしますわ。リサ、肩掛けと膝掛けを用意して頂戴」

 

 まさかのメヌエットも外へ出かけるという事を聞いてサシェとエンドラは物凄く驚愕する。滅多に外へと出かけないようで、メヌエット自ら外出するという事が珍しいとの事であった。

 

「おじ様、忙しい身なのに私の我儘に付き合ってすみません」

「ははは、構わないよ。メヌがここまで積極的になったのが嬉しいくらいさ。それじゃあ行こう」

 

 ジョージ神父はにこやかにメヌエットの車椅子を押していった。これから魔術協会の本部であり魔術師の学校に向かうという事でカズキとタクトは物凄くワクワクしていた。

 

「イエーイ!エクスペトロパトローナム!」

「エクスベットロ◎>゜☆△ーム‼」

 

「噛み噛みじゃねえか」

 

 明日の遠足を楽しみにしている子供の様にはしゃぎながら『エクスペトロパトローナムごっこ』をしている二人にケイスケはため息をつく。このまま普通について行っても大丈夫なのだろうか、先が思いやられる。

 

__

 

 濃霧の中を車で40分。ロンドンのベイカーストリートから南へ離れた場所にあるクラパムへ辿り着いた。濃霧の為、行き交う人々は少なれどクラパムジャンクション駅や上質なヴィクトリアン建築の建物など優雅な雰囲気が感じられる。カズキ一行は車から降りて、ジョージ神父が先導して目的地まで徒歩で向かった。濃霧でよく見えにくいがケイスケは辺りをキョロキョロと見回して首を傾げる。

 

「ここら辺に時計塔があるのか?何かビッグベンみたいのを想像してたんだが」

「まだ油断はならないぜケイスケ!どっかの壁に秘密の通路があって、そこをくぐればホグワーツだ‼」

 

 はしゃぎまくるタクトにケイスケは項垂れる。タクトを静かにするため早く着かないかと願った。

 

「もう間もなく到着するよ…ほら、見えてきた。あれが時計塔だ」

 

 ジョージ神父がにこやかに指をさす。濃霧で隠れた黒いシルエットが段々と明らかに見えてきた。

 

「おおー‼…ってあれ?なんか大学っぽくね?」

「ほ、ホグワーツじゃない‼」

 

 次第に建物が見え、時計塔を楽しみにしていたカズキとタクトは目を丸くする。確かに名前の通り特徴的な時計台が見えるが、ビッグベンほどの大きさは無く、どちらかと言えばオクスフォード大学と似たような建築をしたものだった。

 

「う、嘘だ‼ホグワーツのようなファンタジックがないじゃん!」

「だからホグワーツじゃねえっつってんだろ‼」

 

 プンスカと怒るカズキにケイスケはげんこつを入れる。しょぼくれる二人をスルーして時計塔へと進んで行く。正門が見えてくると、門前にセーラが待っていた。随分と待たされていたのか不満そうに不貞腐れていた。

 

「神父、カツェ、来るの遅すぎ…ってお前達も来たか」

 

 セーラはムスッとして神父に文句を言おうとしたが、タクト達の姿を見る更に眉をひそめてジト目でタクト達を見る。そんな彼女の気分を気にもせずタクトは嬉しそうに手を振る。

 

「やっほー、セーラちゃん!セーラちゃんも来たんだね!」

「一応、コネがあるけど…」

 

「羨ましいよなー。セーラの奴、イ・ウーに入る前はこの時計塔にいたんだぜ?」

 

 カツェがセーラを羨ましそうに笑いながら小突く。セーラはムスッとしてそっぽを向いた。今日のカツェは普段よりもテンションが高く、嬉しそうにしているように見えた。

 

「カツェ、やけに楽しそうじゃん?」

「当たり前だろ?この時計塔は魔術師の総本山。魔女連隊は独学で魔術を学んだけども、一度でもいいから行ってみたかったんだー!」

 

「その気持ちわかるぜ‼人生に一度でもいいからネズミーランドに行ってみたい感じでしょ!」

 

 よっぽど嬉しかったのか、カツェは嬉しそうに「魔術具が」「礼装が」と熱く語りだす。魔法を一括りというわけでもなく多系統の魔術を学ぶことができる学校でもあり、それぞれのテーマで魔術の研究とやらも行われているともいう。熱心にカツェの熱弁を聞くカズキ達にメヌエットとセーラは軽くため息をついた。

 

「貴方達、社会見学じゃないのよ。早くいきますよ」

「さっさと入るよ。忙しい中、先輩を待たせているんだから…」

 

 見た目が大学だったが、正門をくぐり玄関へ入ってどんどんと進んでいくと、星を数えるほどの量の魔術本が収容されている大きな図書室、大学の教室と似た木製の講堂、幾人の生徒が魔術具で魔法を発現させたりと正真正銘の魔術師の学校であった。兎に角目を見張るものばかりでジョージ神父たちが進んでいる間に興味を持ったタクトとカズキ、ナオトがふらっと何処か行こうとし、セーラやリサ、ケイスケに止められることが何回かあった。

 

「そういえば、時計塔でも忙しいって言ってたけど何かあったんだ?」

 

 ふと、ナオトが気になってセーラに尋ねる。セーラは肩を竦めて横目で見つめて話した。

 

「魔術協会でもこの濃霧について調べているんだけど…タイミングが悪かった。丁度各魔法学部の代表教師、君主(ロード)や院長がみんな海外に行ってて中々ロンドンに戻ることができない。だから急遽、副院長のオルガマリーさんと学生首席の先輩が指揮してててんやわんや」

 

 時折、いくつもの書類を持った生徒達が廊下をドタバタと慌ただしく走り通り過ぎる。セーラ曰く、霧について何日も調べており、この霧が何なのか、解決方法は無いかと休みなしで動いているとの事だった。

 

「セーラの先輩って実はジョージ神父の教え子なんだってさ!すっごい魔術師だと聞くぜ‼」

 

 カツェがうきうきしながら話に割り込んだ。自分達の他にもジョージ神父と関わっていた人物がいると聞いたカズキとタクトは目を輝かせ、ケイスケは驚いた。

 

「マジでか!じゃあ俺達の先輩ってやつだ‼」

「あのクソ神父の事だし、色々と苦労してそうだな…」

「へー…俺みたいに超イケてる堕天使的存在かもな!」

「逞しい人かも…」

 

 どんな先輩とやらとそれぞれ想像しながら会うのを楽しみにしていた。そうしているうちにセーラはある講堂に入っていった。待ち合わせ場所らしく、静かで広い講堂に黒髪の長めのツーサイドアップ、黒のスカートを穿き赤いタートルネックのシャツを着た碧眼のスレンダーな女性がただ1人待っていた。その女性にセーラはぺこりと軽くお辞儀をした。

 

「先輩…お待たせしました」

 

「そこまで畏まらなくていいわよ、セーラ。貴女がこっちに戻ってくるのは珍し…」

 

 その女性はくるりと振り向きセーラににっこりと笑うが、ジョージ神父の姿を見るや否やピシリと固まった。ジョージ神父はその女性ににこやかに手を振る。

 

「やあ。久しぶりだね、凛」

「げえっ!?クソ神父っ!?」

 

 凛と呼ばれた女性はジョージ神父に対して途轍もなく嫌な顔をした。二度と会いたいくなかったとでもいうかのような様子にケイスケは思っていた以上に苦労をしていたと察した。

 

「紹介しよう。彼女が時計塔の学生首席で私の教え子の一人、遠坂凛だ」

「貴方達がクソ神父が言ってた新しい教え子達ね?まあ…うん…かなり個性的な面子ね」

 

 凛は目を輝かせているカズキとタクト、同じような境遇を感じているケイスケ、明後日の方向を向いているナオトを見て、少しコメントに困っていた。

 

「霧のことについて詳しく知りたいって聞いたから待ってたんだけど…彼らで大丈夫なの?」

 

 凛はジト目でジョージ神父を睨む。神父は気にもせずににこやかに頷いた。

 

「心配ない。彼らがイタリアで【究極魔法・グランドクロス】を奪還したんだ」

「ありえん」

 

 凛はきっぱりと即答した。まさかこの個性あふれるどころか個性の殴り合いをしている4人がイタリアの事件を解決したとはあまり信じきれなかった。しかしながらこれでも神父の教え子とでもいうのだからと一応納得した。

 

「まあクソ神父が言うんだからどうにかなるわね…まずは時計塔で調べたことから教えry」

「凛先輩っ!魔法を教えてくださーい‼」

 

 タクトは凛の話を遮って元気よく頭を下げた。突然のことで凛は困惑する。

 

「いや、ちょ…貴方、今はそれどころじゃry」

「教えて教えて教えてー‼俺も古に伝わりし魔法使いになりたい!」

 

 ずいずいと迫りながら何度もお願いをするタクトに凛は更に困惑し頭を抱える。

 

「ほんと人の話を聞きなさいよ…ああもう、分かったわ。後で簡単なのを教えるから!」

 

 それを聞いたタクトは「やったー‼」と大はしゃぎしながら講堂内を走り回る。凛は肩を竦めてため息をつきジョージ神父をジト目で睨み付けた。

 

「まったく、ちゃんと指導しておきなさいよ。こっちだって忙しいのに、魔法を教えてくれとせがまれるのはこれで二人目よ」

 

 二人目と聞いてケイスケは首を傾げた。タクトの前に誰かが来たのか、タクトと同じように人の話を聞かない奴だと訝し気に頷く。そう考えているとトタトタと廊下を走る音が聞こえ、誰かが講堂のドアを勢いよく開けて入って来た。

 

「凛先輩!今日も指導をお願いしま…ってまたあんた達!?」

 

 講堂に入って来たのはアリアだった。アリアはタクト達の姿を見るとギョッとした。また出くわして邪魔をしてくるのかと身構える。

 

「アリアじゃん。アリアも魔法を学びに来たのか」

「なーんだ、アリアも俺達と同じ中二病だったんだな」

 

「いやあんた達と一緒にしないでくれる?というかなんで魔女連隊のカツェまでもいるのよ…」

「へへーんだ。あたしは今、セーラと一緒にジョージ神父の傭兵だぜ」

 

 どうして眷属がいるのかと睨むアリアにむけてカツェはあっかんべーとする。アリアはぐぬぬと睨むが、カズキ達の傍にメヌエットがいることに気付き目を丸くした。

 

「メヌ…‼久しぶりね。あんたもここに来たってことはやっと捜査に協力する気でいるのね」

「お姉様、生憎私は自分の力で推理して解決つもりでいるので。それにお姉様の頼みは一切聞く気はありませんわ。まあ…遠山キンジと別れてくださるのなら、話は別ですが」

 

 アリアと久しぶりに再会するというのにメヌエットはズバリと毒舌を出す。相変わらずの毒舌っぷりだとアリアは肩を竦めた。

 

「そうだと思ったわ。だから私も自分なりに方法を探ってたのだけど…まさかここでまた喧しいバカ4人に出くわすとは思いもしなかったけど」

 

 アリアが時計塔に来た目的は、自身の心に潜んで乗り移って暴れまわる隙を伺っている『緋緋神』を抑える方法を見つける為、緋緋色金の事について詳しく調べる為である。もっとも前者の目的は多忙の身でありながらも無理を通して、学生首席である遠坂凛にその方法を教えてもらう予定だったのだが、カズキ達に出くわしたことにより雲行きが怪しくなってきた。そんな彼女の考えなんて気にもせずカズキがにこやかにする。

 

「よーしアリアも『エクスペトロパトローナムごっこ』しようぜ‼」

「そんな変な遊びするつもりはない‼というか私の邪魔をしないでくれる!じゃないと風穴!」

 

「はいはい、ここで喧嘩しない。もうまとめて教えるから場所を変えるわよ」

 

 凛はプンスカと怒るアリアを宥めさせる。冷静に対処する凛を見てジョージ神父はクスリと微笑んだ。

 

「ふふ、君も大人になったようだね」

「もう慣れたわよ…アリアだっけ?あの子を見てると昔の私を思いだすわー…ああ、黒歴史だわ」

「ところで、『シローくん』はいるのかい?彼がいてくれれば更に心強いのだが」

「今は修行で諸国行脚の旅をしてるわ。ホントいてくれたらよかったんだけど…」

 

「彼氏さん?」

 

 遠い目をしていた凛にナオトが突然聞いてきたので凛は物凄い勢いで噴き出して咽た。

 

「べ、べ、別に違うんだからね!ただ同じ高校で一緒に留学してきただけだから‼というかそんな話よりもさっさと行くわよ‼」

 

 凛は顔を赤くしてずかずかと講堂を出る。そんな凛を見てカズキ達はキョトンとしており、セーラはジト目でため息をついた。

 

「たっくん達…鈍すぎ…」

 

__

 

「ここが私のラボ。少し散らかっているけど気にはしないで」

 

 凛が案内したのは現代魔法学部棟にある自分の個室。学校の教室分の広さがあるが、デスクには何冊にも積まれた書籍や乱雑に置かれた書類、隅にはよくわからない魔法具の数々とすこし散らかっていた。魔法具やら魔術本やらにカツェとカズキは目を輝かせる。

 

「すげ…‼これマジモンじゃん!」

「ああやば…あたし、嬉しすぎて感動しそう…」

 

「あれ?たっくんは?」

 

 気付いたナオトは辺りを見回す。さっきまでついて来ていたタクトの姿がない。また勝手にどこかに行ったのかと探しに行こうとすると凛が止めた。

 

「魔法希望者の彼は、私の後輩達と一緒に訓練所へ行ったわ。まあ教えてあげれるとすれば超が付くほど簡単なやつなんだけど」

 

「たっくんだけで大丈夫か…かなり心配だ」

 

 ケイスケはタクトが真面目に魔法を学ぶかどうか心配していた。SSRでもステータス、能力値は1なので『たっくんスーパー弱いね!』と言われるほどだ。習得できるかどうかも不安である。そんなタクトに対してナオトは羨ましそうに呟く。

 

「いいな…俺も教えてもらおうかな…?」

 

「さてと、メヌエットちゃんかしら?霧について聞きたいことがあるようだけど…」

 

 凛はメヌエットに視線を向ける。メヌエット頷いて軽くお辞儀をした。

 

「ええ、私が知りたいのはまず霧の正体について…」

「そう。今はまだ調査中だけど、今分かっている事程度なら教えれるわ」

「失礼ながら聞いてもよろしいですか‥‥本当はもうこの霧が何なのか正体を暴いているのでは?」

 

 ストレートに尋ねて来たメヌエットに凛はピクリと反応して真剣な眼差しで見つめた。

 

「…そう思えるのは何故かしら?」

「では小舞曲の如く、順を追って話しましょう…まず魔術協会ならばすぐに調べて報告ができるはず。たとえ各学部の君主がいなくても生徒は星の数だけいますし、それに貴女だっている。原因は遅かれ早かれ数日で判明できていたと。次に私の曾お爺様は収集好きでして、時には変わった物も集めていますの。その中で魔力に反応する魔法具もあり、この濃霧に反応した。ただ自然発生したモノではないのなら生徒総員で調べにかかっていらハズですわ」

 

「んーつまり分かっていたという事なんですねー。私にはさっぱりですー」

「カズキ、古畑任三郎のマネ全然似てねえぞ」

 

 カズキがケイスケにツッコまれながらも古畑任三郎の物まねをしているが、メヌエットは全く気にせず話を続ける。

 

「でも何で隠す必要があるんだ?」

「それともう一つ、正体に気付いてもそれはイギリス政府に報告すべきではない結果が出た。またはイギリス全土がパニックに陥るからあえて伝えていない、ということでしょう」

 

 メヌエットの話を聞いて、凛はヤレヤレとため息をついて肩を竦めた。

 

「‥‥流石は名探偵の血を引いていることもあるわね。貴女の言う通り、良くない結果が出たの」

「良くない結果?」

 

「ええ、黒魔術師ブラックウッドが発現させたこの霧はただの霧じゃないわ。この霧には物を腐食させる力があるとわかったの」

 

 突然の事実にアリアとカツェ、セーラはギョッとしたが、カズキ達は実感がなく頭にハテナと浮かべながら首を傾げる。

 

「分からないのも仕方ないわ。確かに腐食の力があるのだけど、それは微量なもの。普通なら何の危害にもならない…でも、この霧の魔術は日が進むにつれ力が強くなってきている」

 

 腐食の力が日に日に増しているというのなら、このまま進むとどうなるか、アリアはあまり考えたくなかったが、凛は事実を告げる。

 

「最悪な事に侵食のスピードも徐々に速くなってきている。もしブラックウッドを捕えられないままだと…5日後にはロンドン橋やビッグベンは崩落し、1週間後にはイギリス全土の建築物は崩壊、そして一月後にはもうイギリスは誰も棲むことができない腐食の島と化するわ」

 

 衝撃の事実を聞いてアリアとカツェは驚愕する。まさかたったひと月でイギリスという国が無くなるかもしれない事態はありえないし聞いたことがない。

 

「そんな、ありえないぜ!あんなМ字ハゲの魔術師がそんな大層な魔術を使える筈がねえ‼」

 

「確かにその通りだわ…でも、()()()()()()()()()

 

 メヌエットは静かに口をこぼした。アリアはちらりとメヌエットの方に視線を向ける。

 

「メヌ…『例外』っていどういうことなの?」

「お姉様は色金の事ばかりを気にして見落としているのですわ。色金の他にももっと気をつけねばならないものがあるのです…使用者の能力だけでなく、周りの環境さえも巻き込んで最悪の極限へと登り詰めさせる魔法具が」

 

 一体何のことかアリアはキョトンとしているが、反対にケイスケはまさかと嫌な予感がして嫌そうな顔をした。『色金』とやらは何のことか知らないが、それ以外にもっと厄介なものがある。しかも5つもあり、自分達がその一つに出くわしている。メヌエットは頷いて告げた。

 

 

「おそらく、ブラックウッドは【十四の銀河】の4つの秘宝の一つ、【極限宝具・エクリプス】を発動させたのですわ」




 みんな大好き、凛さんのご登場(?)

 学生首席とか生徒会長みたいなもので。
 いろいろと押し込めました…

 しろーさんはチートなので今回は登場しません…


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77話


 77‼777だったらいいのに…(?

 緋弾のアリアの最新刊‥‥新たな敵はなんか滅茶苦茶強いし、キンちゃんもパワーアップしたりと、読み応えありますね!

 あっちもあっちで何か英霊みたいなものもでちゃってるし、いいよね?(オイ


「きょ、【極限宝具・エクリプス】?何よそれ…?」

 

 初めて聞く名前にアリアは困惑していた。【十四の銀河】と呼ばれる世界を覆せるほどの力を持つ秘宝と同じようにあるだけでも国を世界を変えてしまう力を持つ言われる4つの秘宝の一つということも彼女にとって初耳であった。そんなアリアにメヌエットはジト目で見つめる。

 

「お姉様は足下の事しか見ておられないのだから、分からないのも仕方ありません。お姉様方が知らない間に世界は動いておりますのよ」

「それで、その…極限うんたら、エクスプレスって何?」

「エクリプスな」

 

 カズキとケイスケのやり取りは無視してメヌエットは話を進める。

 

「名前の通り、発動者や周りの環境…あるもの全てを極限へと高めていく秘宝。例えば熱気に影響を与えれば全てを枯渇させるほどの灼熱へ変えて大地を砂漠化させ、雨ならば大地を氾濫させる豪雨に変えて水没させる。ありとあらゆるものに限りなく影響させていくのです」

 

「レベルがカンストせずにずっとレベルが上がってステータスが伸び続けるって感じ?」

「よく分かんねえ例えだな。もしイギリスが腐食の島になって誰も止めずにこのままだとどうなるんだ?」

 

 メヌエットはカズキのよく分からない例えはスルーしてケイスケの問いに答えた。

 

「もし誰も止めることができなかった場合…イギリスを中心に世界中へと腐食の霧は広がっていくでしょう」

 

 このままだと世界中が霧に包まれ腐食していく。告げられた真実にケイスケやカツェ、リサは驚愕するがアリアとカズキはそこまで実感がなくきょとんとしていた。

 

「よ、ようはあれでしょ?単純にそれを発動させた主犯者を倒せばいいんでしょ?」

「簡単じゃねえか!一か月以内にブラックウッドをとっちめれば俺達の勝ちじゃん!」

 

「ほんと…お姉様も貴方達も単純なプラス思考で羨ましいですわ。逆に聞きますけども、そのブラックウッドは何処に潜んでいるのかわかるのですか?」

 

 溜息をついてジト目で睨むメヌエットにアリアは吃るが、カズキはドヤ顔をして答えた。

 

「勘っ‼」

「うん、思った以上のポジティブさには驚きです。ここに空気銃があったらすぐに撃ってやりたいですわ」

「いやー、これが俺の売りでさー」

「だから褒めてないってば…ああもう、調子が崩れるわ」

 

 言っても反省しないカズキに項垂れるメヌエットの代わりに凛が説明に入った。

 

「魔術協会はブラックウッドの追跡をしているのだけど…武装集団による霧に乗じてのテロ紛いの強襲事件、それから突然現れた切り裂きジャックが偶然にも同時に発生しているのだからこっちもてんやわんやなのよ。だからどの事件も手が回らずに進み切っていない状況なの」

「それなら武装集団の方はMI6に任せて、残り2つの事件を担当できるんじゃ?」

 

 あっちにはサイオンを含めた00セレクションといったエージェントもいるし、彼らに任せれば少しは肩の荷が下ろせるのではとナオトは尋ねるが凛は首を横に振った。

 

「うまいこと足並みが揃わないのよ…まああたし達が原因でもあるんだけど…」

 

 凛は少し遠い眼差しでため息をついた。彼女達が何かやらかしたのかと気になったがこれ以上追及することはやめた。ようやく調子を取り戻せたようでメヌエットは凛の方に視線を向けた。

 

「ここは一つずつ紐を解いてブラックウッドの隠れ蓑を壊していく必要があります…まずは私達が切り裂きジャックの事件から取り掛かりましょう」

「「え゛っ」」

 

 メヌエットの提案にカズキとケイスケがギョッとした。そんな彼らの事なんかお構いなくメヌエットは話を続けていく。

 

「死者が出てないのが奇抜ですが…手口も起きた周りの状況も奇しくも過去の切り裂きジャックと同じ。まるで本人が再びこの地に舞い戻ったかのよう。この謎を解けば突破口が見つかるはずですわ」

「ちょ、ちょっと待て‼俺達がその猟奇殺人犯を相手にしなきゃいけねえのか!?」

 

 焦るケイスケにメヌエットは愉悦の笑みを見せて微笑んだ。

 

「あら、お姉様や英国王子さえも追い払うのですから。貴方達は怖いもの知らずなのでしょう?」

 

 確かに怒れば風穴を開けようと銃を撃ってくるアリアや英国王子相手に一歩間違えれば国際問題になりかねない事をしたり、ゾンビやら宗教国家やらテロリスト集団みたいな連中とも相手をしたが、今度は幽霊みたいなのを相手にするというのは流石にヤバい気がした。

 

「貴方達は私の助手なのですから、しっかりと務めてもらいますわ。凛さん、その間に霧を止める方法やブラックウッドの追跡をお願いできますでしょうか?」

「うーん、確かにそれなら捗れるけれども…彼らに任せて大丈夫なの?」

 

 見た感じではどこか頼りない雰囲気を出しているので本当にその件を任せていいのかと凛は心配そうにカズキ達を見つめるが、メヌエットはキッパリと答えた。

 

「そのあたりは問題はないですよ」

「いや大問題なんだけど!?」

「メヌ、やめておきなさいって。こんな人の話を聞かない4人を言いなりにはできないわよ?」

 

 この喧しい4人組のこれまでやらかした所業を知っているからこそ、アリアはメヌエットの行動を止めようとした。しかしメヌエットは首を横に振って否定をする。

 

「お姉様、これは私が取り掛かる事件ですわ。生憎ですがお姉様の忠告は一切聞きませんので。それに彼らには他の繋がりがある」

 

 メヌエットはチラリとセーラとカツェに視線を向ける。セーラはうげっと嫌そうな顔をした。

 

「彼らだけじゃない、セーラやカツェにも手伝ってもらいますわ。あ、勿論リサは私のメイドとして務めてもらいます。他にも彼らのサポートを頼みますわ」

 

 こちらに拒否権はない。まさかここまで面倒なことになるとは思いもしなかったとセーラは項垂れた。これだけ躍起になっているメヌエットを初めて見たとアリアは少し心配した。

 

「ケイスケ、俺達どうする?勢いでやっていこうぜ?」

「どうするも何も…やるしかねえだろ。俺達がヘマしたらリサが屋敷から追い出されるかもしれねえしよ」

 

「どうしてこうなった…って、カツェはなんでやる気満々なの?」

「当たり前だろ?あのМ字ハゲ魔術師にはドイツの仕返しをやんなきゃいけねえし、それに…カズキとまた組めるんだからよ!」

 

 ニシシと笑うカツェにセーラはため息をつく。そんな時カズキ達の携帯がメール受信の音を鳴らす。どうやら送り主はタクトのようで、『すっごいのができたから中庭に集合!』と書かれていた。

 

「たっくん、魔法ができたっぽい」

「ナオトそれは本当か!?ついにたっくんが大魔法使いにランクアップしたのか‼」

「なんかたっくんに魔法を教えちゃいけないような気がするんだが‥‥取り敢えず見に行こうぜ」

 

 3人はこちらで勝手に話が盛り上がって、メヌエットそっちのけでリサを連れて外へ出て行った。これから指示を出すはずだったのに勝手に行った3人にメヌエットは頭を抱える。

 

「ほんと、手綱の扱いが難しすぎるんだけど‥‥」

 

___

 

 

 霧がかかった中庭ではタクトが胸を張って嬉しそうにしながら待っていた。あの様子では何か満足するものができたのだろう。喧しい3人とリサはわくわくしながらタクトの魔法お披露目を待っており、その傍らではセーラやアリア、メヌエットがもう不安しかないという眼差しで見ていた。

 

「た、タクト君…この短時間で本当に魔法ができたの…?」

 

 代表として凛が不安いっぱいに尋ねた。後輩にノウハウを教えてもらったと思うが魔法の完成あまりにも早すぎる。普段なら礼装やら、魔法具、術者の能力次第で完成は早くても1日、普段ならそれ以上の研究が必要である。それを彼は数時間でできたというのだから眉唾物だ。しかし、タクトは自信に満ちた笑顔を見せた。

 

「見てくださいよ、凛先輩‼この味噌汁はワカメと豆腐がメインの味噌汁マスター菊池タクトの手にかかればお手の物ですぜ!」

 

 タクトはドヤ顔で右腕につけている小さな黄色のトンボ玉がついたブレスレットを見せた。それを見た凛は少し納得して頷く。

 

「なるほど…簡易魔法具ね。それなら頷けるわ」

 

 簡易魔法具。魔力が0にも等しい新米魔術師が最初に身に着けるもので、そこから1つ、若しくは2つほど扇風機ぐらいのそよ風を起こしたり、懐中電灯ほどの光をともすぐらいといった超が付くほどの魔法ができるだけ。特撮ヒーローの武器を模した玩具みたいなものだ。できたとしてもあまり期待はできないものだろう。凛は肩を竦めてチラリとタクトを見つめる。

 

「じゃあ試しに私に使ってみなさい」

「いいんですか!よーし、見てくださいよー‼はああああっ‼」

 

 タクトはブレスレットのトンボ玉を光らせ、気合いの掛け声とともに凛に向けて片手を広げた。

 

 それと同時に凛はふわりと下へ落ちた感覚が少し下と思えば、いつの間にか自分がタクトを見上げている状況になっていた。

 

「‥‥は?」

 

 キョトンとして改めて自分の状況を見てみると、自分はぽっかりとあいた穴に腰の所の高さまで落ちていた。つまりは自分の足下に穴が開いて落ちていたのだ。一体どういうことかと凛は少し混乱していた。

 

「えっと…タクト君?これは何?」

 

「聞いて驚け!これぞ俺の新たなる境地!名付けて、新魔法『UNKO VURASUTO』‼」

 

 ドヤ顔するタクトにセーラとアリアは呆れた眼差しで見ることしかできなかった。

 

「ひどい名前‥‥」

「ネーミングセンス、最悪ね」

 

 一方のカズキ達はひどい名前の魔法よりもタクトが魔法を使えるようになったことに驚きと喜びの声を上げていた。

 

「すげえええっ‼たっくんが魔法を使ったー‼神魔法じゃーん!」

すごいです(モーイ)‼タクト様、素敵です‼」

「いいなー…俺も使いたい」

「名前はクソだけど、すごいじゃねえか。名前はクソだけど」

 

 カズキ達に褒められたタクトは更にふふんと喜びながら胸を張る。そんな彼らを呆然と見ていた凛は我に返って穴から這い出る。

 

「ちょっと藤丸‼マシュ‼これはどういうことなのよ!?分類不明の魔法が使えるっておかしいわよ!?」

 

 焦りながら怒っている凛に対して、恐らく後輩であろう黒髪の少年と藤色の髪の少女は申し訳なさそうにしていた。

 

「そ、それが凛先輩…俺達でもよく分からないんです」

「『自分が使う魔法をイメージして使ってみてください』って教えていたのですけど…」

「それで一体どうして穴掘り魔法ができるのよ‥‥」

 

 使用者の思考が無限大なのか、それとも何を考えているのか意味不明だったのか、結局どうしてこうなったのかよく分からない。

 

「と、兎に角タクト君、その魔法は無暗に使っちゃダメ…」

 

「UNKO VURASUTO‼UNKO VURASUTOぉぉぉっ‼」

 

 使えるようになって嬉しいのか、タクトは所かまわず中庭に穴を開けていく。人には干渉されないのはまだいいが、中庭やら壁やらが次々に穴が開いていく。

 

「もう言ってる傍から使いまくってるし!?」

「ああっ、中庭が穴だらけに…‼副院長に怒られる…‼」

「せ、先輩、急いで止めましょう!」

 

 慌てる魔術師3人を他所にカズキ達ははしゃぐタクトを生温かい目で見ていた。

 

「なあ、ケイスケ。これ…俺達怒られる?」

「魔法に取りつかれたたっくんのせいにしとけ」

 

 とりあえず我関せずという態度でタクトを無視していこうとした。そんな時、遠くの方で時計塔の生徒達がざわついているのが見えた。よく見ると白のスーツを着た何処か見覚えのある人物がこちらにやってきていた。白スーツに金髪碧眼の姿勢の正しい男、カズキ達がカレーうどんの使者だと勝手に名付けたハワード王子だった。ハワード王子はメヌエットに向けてにこやかに手を振りながら近づいてきた。

 

「サイオンから聞いたぞ。メヌエットよ、時計塔に来たということはやっと余の頼みをきいヌワーッ!?」

 

 足元を見ていなかったハワード王子はそのままタクトが『UNKO VURASUTO』で開けた穴に落ちてしまった。それを見たメヌエットやアリア、その場にいたカズキ達以外の人達はギョッとした。

 

「殿下ぁぁぁぁっ!?」

 

 気配を消してついて来ていたサイオンもまさかの王子が穴に落ちたことに物凄く焦って出て来た。

 

「あ、カレーうどんの使者だ」

「しかも穴に落ちたぞ。渾身のギャグかな?」

「日本にも通ずる落とし穴ギャグ」

 

「あんた達は何呑気に言ってんのよ!?というか英国王子に何てことしてんの!?」

「し、心臓が止まったかと思いましたわ‥‥」

 

 メヌエットは冷や汗が流れており、セーラは目を丸くして驚いたままで、タクトを止めようとしていた凛たちは「あ、ヤバ…」と固まっていた。アリアとメヌエットは急いで王子の下へ駆け寄る。

 

「は、ハワード殿下、あの者たちのご無礼をお許しください」

「王子、お怪我はございませんか‥‥!?」

 

「し、心配はいらぬ…だが今日と言う今日はあのニホンザル共に言ってや…」

 

 力尽くで這い上がったハワード王子はハンカチを渡そうとしていたアリアをじっと見つめ始めた。一体どうしたのかとメヌエットもサイオンも心配しながら見ている。そうしているうちにハワード王子の頬がポッと赤く染まる。

 

「そ、その…えーと…余はクリーヴランド公・ハワード王子である!そ、そなたの名は…?」

「えっ?えと…神崎・H・アリアですが‥‥」

 

 突然名前を尋ねられてアリアは戸惑うが、名前を聞いたハワード王子は嬉しそうに頷く。

 

「そうか、アリアか…よ、良い名前であるな」

「で、殿下…?」

 

 照れ始めたハワード王子をサイオンは心配そうに伺う。まさか頭の打ちどころが悪かったのかと色々と考えがよぎった。そこへ穴を開けた主犯であるタクトが

 

「あっ、カレーうどんの使者‼王子も魔法を学びに来たのか!」

「誰がカレーうどんだ!?だが、怪我の功名とはこの事か…ニホンザルのくせにでかしたぞ!」

 

 ハワード王子は嬉しそうにタクトの背中を叩く。どういうことなのかとタクトは首を傾げていた。するとハワード王子はアリアを見て嬉しく笑った。

 

「アリアよ、余はそなたに惚れた!」

「ええええっ!?」

 

 いきなりの告白にアリアはピンとツインテールを跳ね上げ驚愕の声を上げた。そんあアリアにメヌエットはニコニコとわざとらしく笑ってわざと驚いた素振りを見せる。

 

「よかったですわね、お姉様。殿下の下でしたら玉の輿ですわ」

「ちょ、め、メヌ!?わ、わ、私は‥‥‼」

「丁度よい機会です。ハワード殿下、実はお姉様は今ある事情を抱えておりまして、お力添え頂けないでしょうか」

 

 しまったとアリアは口をこぼした。このままだとメヌエットの話術でハワード王子の玉の輿にされ、キンジから、自分から離れさせようとしている。相手は英国王子であり、断り切れないし自分にはキンジがいると考えると焦ってうまく言えずにいた。

 

「ふむ…それならば余の、余だけの武偵…Rランクの称号を与えれば如何様にも…」

「へいへーい、ハワード王子。そいつはいただけねえぜ」

 

 そこへタクトが慣れ親しむようにハワード王子を止めた。ハワード王子にいきなり友達かの様に肩を組んできたのでメヌエットとアリアは身の毛がよだった。サイオンは笑顔で額に青筋を浮かべ、静かに殺気を放っており、いつ手を出すかと見ていたセーラは焦る。

 

 そんな彼女たちの気をも知らずにカズキ達も集まって来た。様子を見ていたのかカズキもケイスケもハワード王子を呆れてみていた。

 

「お前、権力で物を言わすとか、クズだろ」

「権力じゃ女の子はおとせない、男ならガチンコ勝負してハートで言わすもんだぜ?」

「む…?それはどういうことだ…?」

 

「アリアには好きな人がいる」

「なっ!?それはまことか!?誰だ‼」

 

 まさかの先約というかライバルがいることを知ったハワード王子は焦り始めた。タクトはニヤニヤしながら話す。

 

「遠山キンジって野郎がいますぜ!」

 

「むぅ‥‥そやつはどんな男なのだ?」

 

「ロリコンで年上好きの守備範囲が広い奴。本気になると多くの女の子を口説いた女たらしだ」

「グレートラッキースケベマン」

「リア充爆発しろ!」

「女の子の前でげへへーって笑うぜ‼」

 

「ちょっと!?変な事を吹き込ませないでよ!?」

 

 アリアはツッコミを入れる。けれどもあながち間違っていないから否定はできなかった。げへへと笑うのは真っ赤な嘘だが。しかし彼らの話を聞いたハワード王子は信じ切ってしまい、驚愕と絶句の表情をしていた。

 

「な、なんという解せぬ男だ‼ますますアリアを余のものにしたくなったぞ‼」

「応援してるぜ、ハワード王子‼」

「あわわわ‥‥」

 

 アリアはもう焦る事しかできなかった。というよりももしキンジがこっちに、イギリスに来てハワード王子に出くわしてしまったらと考えるだけでも額に汗がだらだらと流れた。

 

「そ、それで余はどうすればいいのだ?」

「そりゃあ、キンジよりもカッコいい所を見せればいいんじゃね?」

「キンジがカッコイイことしただけでも惚れてる」

「アリアはチョロインだから王子がかっこいいとこ見せたらイチコロですぜ!」

 

「むむむ…そうか。よし…サイオン、メヌエット。余は決めたぞ‼」

「で、殿下。な、何をお決めになられたのですか…?」

 

 バカ4人に唆されて何かを思いついたハワード王子にサイオンとメヌエットは恐る恐る伺う。もう嫌な予感しかしない。

 

「余はアリアを余に惚れさせるために‥‥メヌエットとこのニホンザル共に協力する!サイオン、お前も手伝え!」

「えっ‥‥」

「で、余は何をすればいいのだ?」

「じゃあ一緒に切り裂きジャック探しだ!」

「うむ‼」

「」

 

 何という事をしてくれたのでしょう。まさか事態にメヌエットは白目になりかけた。英国王子がカズキ達と一緒に切り裂きジャックの捜査に取り掛かることとなると王子に身に何かあったら自分までもヤバイ。白目になりかけてる妹にアリアはギョッとした。

 

「ちょ、メヌ!?し、しっかりしなさい!」

 

「り、リサ‥‥胃薬とかあるかしら?スッゴイ効く奴」




 これで本当に本当の序編が一先ず終わり、次の展開へと…

 紹介した魔法具、ポケモンで言う簡易版ひでんマシンみたいなものです(コナミ感

 騒がしい4名のせいでキンジのことを勘違いしてしまったハワード王子。
 アメリカからイギリスへと向かうキンちゃんの運命はいかに!?…


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78話

 
 『007スペクター』を見て再び007熱が燃え上がり(?)007シリーズを鑑賞中。
 ロシアより愛をこめてとかサンダーポール作戦とか好き(コナミ感
 ボンドガールはワールド・イズ・ノットイナフのソフィーマルソーがお好き(異論は認める)


 仄かに照らされる街灯の明かりすらもかすんで見えてしまう濃霧の夜。人通りには誰一人もおらず、霧のせいでよりいっそう静観としたイーストエンド・オブ・ロンドンのストリートをひたひたと歩く人影が一つ。黒いローブを羽織り、黒の軍服姿のカツェが辺りを警戒しながら歩いていた。

 

「‥‥なあ、一つ聞いていいか?」

 

 カツェは少し歩いて振り向く。半ば呆れ気味にその先を見つめた。

 

「なんでぞろぞろとついて来てるんだよ…」

 

 カツェは自分の後ろからついて来ているカズキ、タクト、ケイスケ、ナオトへと視線を向けた。

 

「やっぱ大所帯の方が心強いじゃん?」

「カツェ、これが俺達の最強フォーメーションなんだぜ!」

「お前、ナオトはすぐに道迷うんだぞ?誰かがついてやんねえと」

「道に迷いかけた」

 

「お前等…メヌエットの指示を全く聞いてなかったのかよ…」

 

 彼らは本当に人の話を聞いてもいないし聞いても覚えてすらいない。恐らく彼らの様子を見ているメヌエットは今頃また胃を痛めているのかもしれないとカツェは肩を竦める。

 

「この辺りは余は臭くてかなわんし、薄汚れるから歩きたくは無かったのだが…アリアの為ならば余は構わんぞ!」

「…ん?おい、ちょっと待て…」

 

 どこか高飛車な野郎な声が聞こえたと思いカツェはよく目を凝らしてみると、カズキ達の後ろからちゃっかりハワード王子がついて来ていた。

 

「王子、汚れた仕事もかっこよくこなせばアリアは惚れてまいますぜ!」

「そうかそうか!カズキよ、それでアリアは余への好感度がアップするのだな?」

 

「イヤイヤイヤ!?なんで王子ついてきてんの!?」

「ほら、チームに王子がなんかかっこいいかなーって。水戸黄門みたいでさ!」

「原因お前か!?」

 

 カツェはタクトの頭をスパーンと叩く。王子の身に何かあったら一大事だし、メヌエットもMI6などの諜報員達もハラハラドキドキで胃を痛めているのは間違いないとカツェは確信した。

 

___

 

 時間は6時間前に遡る。一度時計塔で凛やアリア達と別れたメヌエット達は再び自宅に戻ってこれからやる切り裂きジャック探しの支度に取り掛かっていた。

 

「いいですか?この濃霧に起きている切り裂きジャックの事件は過去の事件と共通点があります」

「凄くヤバイ」

「…たっくん、すぐに人の話に割り込まない」

 

 メヌエットがこれから話そうとしているのにタクトはナオトが作ったシュークリームを頬張りながら口を挟む。セーラがいつものようにタクトにツッコミをいれ、出鼻をくじかれたメヌエットはずっこけそうになる。メヌエットは咳払いをしてから仕切り直す。

 

「事件が起こるのはイーストエンドかホワイトチャペルで霧の濃い深夜。そして被害者は女性という事です」

「霧の濃い深夜で被害者は女性ってか…つまりどゆこと?」

「だからさっき言ってたじゃねえか」

 

 カズキとケイスケのやり取りを聞かなかったことにしてメヌエットは話を続ける。

 

「そこで、貴方達は濃霧の深夜にイーストエンド、ホワイトチャペルへ見回りを言ってもらいますわ」

「被害者が女性なら…カツェかセーラが先頭に?」

 

 ナオトの問いにやっと真面目な質問が来たと待ちかねたようにすぐに頷く。

 

「ええ。お二方は異能者でもありますし、彼女たちの後ろから貴方達がいつでも戦えるよう待ちかまえます。もし、切り裂きジャックが彼女達の前に現れたのなら一斉に飛び掛り捕えるのです」

「いや、ちょ、俺達でやるのかよ!?」

 

 相手は模倣犯の通り魔か、もしくは本当に本物の切り裂きジャックかまたはた亡霊か、未知の相手をすることにケイスケは焦るが、そんなケイスケを見てメヌエットは愉悦の笑みをこぼす。

 

「勿論、やってもらいますわ。貴方達の戦い、彼女達からは高評価のようですので」

「…絶対に何かやらかすと思う」

「今回は装甲車はねえから安心だ…」

 

 おそらく彼らをやる気にさせるための口上だと思うが、あの騒がしい4人のハチャメチャな戦い方を見て来たセーラとカツェは遠い目をしていた。

 

「深夜になる前にイーストエンド、ホワイトチャペルへと二手に分かれて動いてもらいますわ」

「うむ…で、余は何方へ行けばいいのだ?」

「…えっ?」

 

 メヌエットはちゃっかり紛れ込んでいたハワード王子の方へギョッとする。まさか王子は本当にこの捜査に乗りかかるつもりなのか。

 

「いえ、これは危険ですし、ハワード殿下は見ているだけの方が…」

「何を言うか。余が活躍すればアリアの株が上がるとこやつらが言っておったぞ」

 

 本当に何という事をしてくれたのでしょう。メヌエットは状況を理解しておらずドヤ顔をする馬鹿4人の方をキッと睨んだ。彼らに難題をふっかけるつもりが彼らが爆弾を抱え込んできた。心なしか胃がキリキリいいだした感じになりそうになりながらもそれを抑えながらメヌエットは一度咳払いをする。

 

「と、兎に角。これは危険ですので。ハワード殿下は彼らの応援だけでよろしいのです」

「むぅ…確かに余に何かあったら一大事だな。ここはお前達に任せry」

 

「キンジなら火中の栗を拾う勢いで立場や危険を顧みずに乗りかかるもんなー」

「だからキンジはリア充だもん。爆発すればいいのに」

「それでげへへーっていうし」

「モテル」

 

「余は負けておられん‼余も出るぞ!」

「殿下、やめたほうがいいです」

 

 うまいようにカズキ達に言いくるめられてしまっていた。サイオンに諌められようともハワード王子は聞く耳を持たず、やる気満々になっていた。

 

「お願いです殿下。絶対に、ぜっっったいに彼らについて行かないでくださいね!?」

 

___

 

 全力でフラグが立つ台詞を言ったメヌエットの説得も虚しく、ハワード王子はカズキ達について来てしまった。

 

「というかお前達、二手に分かれていくはずじゃなかったのかよ」

 

 本来ならばカツェと一緒に行動するのはカズキとケイスケのはずだったのにちゃっかりホワイトチャペルへと向かうはずのナオトとタクトがついて来ていた。

 

「え?俺とたっくんはイーストエンドじゃなかったの?」

「いやナオトがケイスケとホワイトチャペルだったんじゃね?」

「お前等覚えとけよ。俺とたっくんがイーストエンドだろ」

「俺、東アジアね‼」

 

「本当に人の話を聞いてなかったよこいつら!?」

 

 言う事がバラバラだし、聞いたこともバラバラ。アリアが言っていたとおり、上が『左』と指示を出すと4人とも人の話を聞かずにバラバラに行動する。統率がきかない連中を抑え込むのは至極至難の業である。よく4人でまとまって動けるのかと疑問に思えてくる。

 

「一応、あたしが囮なんだけどお前等ちゃんとすぐに戦える準備はできているのか?」

 

 カツェは心配気味に尋ねると4人はそれぞれの銃器を見せる。しかし、4人のど真ん中に突っ立っているハワード王子はキョトンとする。

 

「何を言っている。お前達が余の武器だ!」

「王子ぃぃぃっ!?」

 

 素なのか、それともこの4人の影響なのか、本当に大丈夫なのかと不安になってきた。もし何かあったら速攻でドイツへ逃げ込もうとカツェは内心で決めた。

 

 その時周りの霧が一層に濃くなり、ぞくりと背筋に寒気を感じる気配がした。カツェはすぐさま懐中時計を取り出し確認をする。時計の針は長針短針とも12時をさしていた。

 

「霧の深夜か…お前等距離を取れ」

 

 カツェはカズキ達に少し距離を取って離れるように指示を出す。これまでの被害者の女性は真夜中を独りでこの道を歩いていて襲われた。ならば同じような状況でいけば切り裂きジャックは現れるのではないか、少々ゴリ押しではあるがこれで霧の事件の突破口となるならばいいだろう。

 

 先程まで静観としていた霧に包まれた道がまるで誰かにじっと見られているような、不気味な雰囲気へと変貌したことにカツェは緊張を押し殺しながら慎重に歩き出す。カツェの懐には水の入ったウィスキーボトルを入れており、もしもの時には能力を使うつもりであった。

 

 進みながら警戒しつつ、後ろでカズキ達はちゃんとついて来ているのかとふと気にかけていた時、視線の先で何かが揺らいだ。黒くて小さくて見えにくかったが確かに何かが動いていた。目を凝らしても何もいないので気のせいかと安堵した。

 

 

 

 

「‥‥ねえ」

 

 

 

 その刹那、物凄い悪寒と殺気がぞくりと体を駆け巡った。カツェはピタリと止まって、恐る恐る目で真横を見た。自分のすぐ横に、頭を隠せるほどのボロボロの黒いローブを羽織った自分よりも小柄の人物がいた。気配を探れることなく、すぐ傍に現れた事にカツェは戦慄する。よく見るとその人物の手には刃が大きなナイフが握られていた。間違いなく、この人物が切り裂きジャックだということを確信した。

 

 カツェはぞくりとする恐怖と混乱に堪えながら考えだす。直ぐに水の能力を使って離れるか戦うか、懐にかくしてあるワルサーP99を引き抜いて撃つか。けれどもここまで近づかれたことに気付けなかったこと、近づいた相手を咄嗟に反撃できる隙があるのか悩みだす。後ろにはカズキ達がいるはずだが、彼らがこの状況に動けるかどうかすら怪しい。色々と必死に考えを張り巡らしているカツェにその人物は気にもせずに話しかけて来た。

 

「‥‥あなたは、わたしたちのおかあさん?」

 

 問われたことにカツェは更に混乱する。こいつは何を言っているんだ。その言葉に何の意味があるのかとさらに焦っていく。しかもナイフを突きつけてきだしたので増々厄介になる。違うと言っても襲い掛かってくるだろうし、そうだと言っても間違いなく襲い掛かってくるだろう。カツェは差し違える覚悟を決めてウィスキーボトルを取り出す。このまま水の能力を使って反撃に移ろうとした。

 

 

「レッドマウンテンブラストーッ‼」

「うらーっ‼」

 

 そんなカツェの考えを漁っての方向へ投げ飛ばす勢いで霧の中からタクトとカズキが飛び出して来た。突然の子ことで黒ローブの人物はビクリとしてカツェから離れた。

 

「あなたがおかあさん?」

「いや!俺は母ちゃんじゃない。母の味の再現率で定評のある漆黒のシングルマザー的な存在、菊池タクトだぜ!」

「???」

 

 一体彼は何を言っているのか、ドヤ顔で自己紹介しだしたタクトに対してその人物は頭にハテナを浮かばせて首を傾げていた。それでも尚、両手にナイフを持って身構えている。

 

「じゃあおかあさんじゃないの?」

「いや、母さんならあいつ」

「俺的にはあいつがぴったりだぜ!」

 

 カズキとタクトは後ろの方へ指をさす。その先には今の状況に目を丸くしていたハワード王子がいた。

 

「…えっ?余の事?」

「いやお前らなにしてんのぉぉぉっ!?」

 

 矛先をハワード王子に向けたことにカツェは焦りだす。彼女の考えた通り、黒のローブの人物は疾風の如くハワード王子へと駆けだした。目にもとまらぬ速さにカツェは驚愕しすぐにナオトとケイスケの方へ叫んだ。

 

「気を付けろ‼そっち行ったぞ‼」

 

 ハワード王子にむけて刃渡りがでかいナイフが振りかざした寸前、ハワード王子の前にでたナオトが咄嗟にジャックナイフを取り出して凶刃を防いだ。

 

「…‼びっくりした…」

「おらあっ‼」

「確保だーっ‼」

 

 ナオトの驚いた瞬間に取り出したビックリナイフで防いでいる間にケイスケとタクトが飛び掛った。しかし黒のローブの人物はひらりと身をかわし、二人はナオトにダイレクトアタックしてしまった。

 

「いってえ!?たっくん、ケイスケ何してんだ‼」

「わたしたちはおかあさんにあいたいの。じゃましないで」

 

「させるかよっ‼」

 

 ハワード王子に近づこうとする黒いローブの人物に向けてカツェはウィスキーボトルの蓋を開け、流れた水で弾幕を飛ばす。相手は弾幕を躱したり、ナイフで斬ったりと素早く動いていく。中々当たらない事にカツェは苛立たずにしっかりと相手の隙を伺っていた。

 

「カズキ、今だ‼」

「おけーい‼」

 

 自分の傍でSR-25を構えて狙いを定めていたカズキに合図を出し、カズキは引き金を引いてSR-25を撃った。空を掛ける弾丸が水の弾幕の間を通り抜け黒のローブの人物へと迫る。黒のローブの人物は飛んできた弾丸に気付き、スレスレを躱した。弾丸は頭のフードを掠め、ハラリと外れた。

 

「なっ…!?」

 

 露わになった相手の顔を見たカツェとハワード王子は驚愕した。銀色の短い髪の翡翠色の瞳をした女の子だった。幼い見た目だが、顔には傷跡が付いていた。

 

「そうまでして邪魔をするの…だったら貴方達から解体する!」

 

 少女はキッと睨み付け、カズキの方へと勢いよく迫った。カズキはすぐさまSR-25を撃つがそれすらも身軽に避けて迫ってくる。カズキへナイフの刃が迫る寸前にナオトが蹴り上げる。

 

「ナオト、ナイス‼フォローは俺に任せろー‼」

「うおおおっ‼レッツトライ!」

 

 せっかくナオトが防いでくれたのに今度はカズキとタクトが少女に飛び掛り、案の定少女はひらりと躱し、またしてもナオトが二人のダイレクトアタックの餌食となった。

 

「なんですぐに飛び掛るんだよ!?小学校のサッカーか!」

「たっくん、武器を使えよ!持ち腐れか!」

「だからお前等わちゃわちゃするな!」

 

 敵前でギャーギャーと騒ぎだす4人に少女はどうしたらいいのかと戸惑っていた。やはり彼らが騒いでる隙にとターゲットを再びハワード王子に向け、迫った。

 

「‼サイオンっ!」

「…御意」

 

 ハワード王子がサイオンに呼びかけると、ずっと気配を消してハワード王子の護衛をしていたサイオンが勢いよく飛び出し、少女の腕を掴んで強く握りしめ持っていたナイフを落とさせる。

 

「…っ‼」

 

 痛みに耐えながら睨み付けている少女にサイオンは冷静に冷徹に見つめる。

 

「すまないな、これも任務だ。殿下の命を狙うのならばたとえ女とて加減はせんぞ」

 

 サイオンは強く拳を握って鳩尾へと拳を放った。鳩尾を抑えながらへたりと座り込み、痛みに涙目になりながらも耐えようとしていた。

 

「か、確保ーっ‼」

「…三度目の正直」

 

 相手が逃げ出さないようにとタクトとナオトが飛び掛り、やっとのことで捕えることができた。カツェは想像以上の実力を持っていたサイオンに驚きを隠せなかった。

 

「流石は007、か…出来れば相手にしたくねえぜ」

「見事だったぞサイオン!流石は余の伝家の宝刀よ!」

 

 自分の手柄のように胸を張っているハワード王子にサイオンは軽く笑って一礼する。一応これで切り裂きジャックらしき人物を捕え、霧の通り魔事件を終止符が打てるはずであるが、彼女が一体何者なのか何のためにこの事件を起こしたのか調べなくてはならない。一度メヌエットとセーラに報告をしておくかとカツェは考え込む。

 

「…二人とも、そのまま逃がさないようにしてくれ」

 

 サイオンはナオトとタクトに声を掛け、少女に近づくと懐からグロッグ18Cを取り出して銃口を少女に向けた。流石のサイオンの行動にはカズキ達も驚愕していた。

 

「さ、サイオン!?」

「止めるな。こいつは殿下の命を狙ったのだ。私は殿下の命を守る者、殿下の命を狙うのならばいなる相手も容赦なく仕留める」

 

 00セレクションのエージェントは任務で相手を殺しても罪に問われないマーダー・ライセンスを持っている。それでも尚タクト達はサイオンを止めようとした。

 

「いくら何でもそいつはダメだろ!」

「マーダー・ライセンスを持ってもマーダーだめ!」

「カズキ、クソギャグ言ってる場合じゃねえだろ」

「ならばどうするのだ?このまま殺さずに捕えてもこいつは間違いなく人に刃を向けるぞ?」

 

 サイオンの言う事にも一理あるが、相手は幼い少女。本当にこのままサイオンの言うとおりにしてはいけないとカズキ達は目で訴える。どうすべきか考えていたタクトは何か閃いたのか、ポンと手を叩く。

 

「そうだ!ハワード王子‼」

「ん?よ、余に何か用か?」

 

 何を考えたのかハワード王子は身構えるがタクトはそのまま耳打ちしてヒソヒソと話した。タクトの考えを聞いたハワード王子はギョッとする。

 

「なっ…!?余にそれをやれと言うのか!?」

「これを止めるのはハワード王子しかいないって‼できたらかっこいいぜぇ?」

「む、むぅ…」

 

 ハワード王子は躊躇いつつも、少女の方に視線を向ける。少女は未だに痛みに耐えながら涙目でハワード王子を見つめた。

 

「お、おかあさん…いたいの、いたいのいやだよぉ…」

「‥‥」

 

 少女の涙を見てハワード王子は何か決心がついたのか、少女に歩み寄った。サイオンがすぐさま近づこうとしたがハワード王子は手で止めた。

 

「…お前に問うぞ。お前は切り裂きジャックか?」

「う、うん…わたしたちはジャック。ジャック・ザ・リッパー」

 

 やはり彼女で間違いなかった。しかし、この少女が本当に過去の切り裂きジャックと関連しているのかは未だに分からない。ハワード王子はそのままジャックに問い続けた。

 

「では、なぜこんな事をしたのだ?」

「こんな事?おかあさん探し?霧の夜に女性を斬ればおかあさんに会えるっておかあさんが言ってた」

 

 彼女の言うおかあさんとはハワード王子の事ではないのは分かっているが、誰かがこの少女に過去の切り裂きジャックの事件と同じように事件を起こす様に指示を出していたという事が分かった。

 

「それはいかん…そんな事をしてもお前の母には会えんぞ」

「ええっ!?おかあさんに会えないの…?」

 

 ジャックはポロポロと涙を流し、泣きだした。ずっと純粋に信じ続けていたのだろう。そんなジャックにハワード王子は少しどもりながらも話しかけた。

 

「だ、だから…もう通り魔事件を起こさないのなら…よ、余が…余がお前のおかあさんとやらになってやろう‼ええい、というか余についてこい‼」

 

「え…ほんと‼おかーさーん‼」

 

 先程の涙が嘘のように晴れ、ジャックは大喜びでハワード王子に抱き着いた。潔癖症なのか薄汚れたローブを着ているジャックに嫌々と離れさせようとする。

 

「よ、余に抱き着くな!って、お前下はどうした!?下着だけではないか!?薄汚れるから抱き着くなー‼」

「で、殿下。この者の始末は…」

 

「サイオン、そんな事はもういい‼こんな所で余の前で死体を見せるような真似をするな!こ、こらいい加減抱き着くな!ええい、このままメヌエット女史に知らせ、時計塔へゆくぞ‼」

 

 ハワード王子はやけくそ気味に荒ぶりながら向かいだす。サイオンはあんぐりとしていたがタクトの方へ視線を向けた。

 

「…殿下を説得させ、私を止めたのか」

 

 英国王子の命令ならば例え007とて従わなければならない。これなら彼女は殺されずにすむ。彼らの行動には自分の予想とは違うとサイオンは苦笑いした。

 

「…正直な所、殿下の前で死人を出すのは躊躇っていたところだった。しかも相手は幼子…タクト、少しながらもお前には感謝する」

 

 そう言ってくれたサイオンに対してタクトはケロッとした表情をしていた。

 

「ん?ハワード王子にお前がママになるんだよ‼って言っただけだど?」

「」

 

 それを聞いたサイオンは再び目を丸くして口をあんぐりと開けた。自分の予想を上回るどころか遥か斜め下をいく彼らに頭を抱える。というよりも王子になんてことを言ったんだと呆れることしかできなかった。サイオンの気持ちを代表してカツェの鉄拳がタクトへと飛んだ。

 

「お前何してくれてんだぁぁぁっ!?」

「あ゛ええぇぇっ‼」

 

 

____

 

 

 

「‥‥傲りましたね、ブラックウッド卿」

 

 

 軍服の様な黒のロングコートを着た、薄茶色の長い髪をした女性、伊藤マキリは濃霧の中で深くため息をついた。

 

「切り裂きジャックに単純な指示だけをして、そのまま放置するなんて…嗅ぎ付けられるとは思っていなかったのですか?」

 

 もしあの子が全てを話し、彼らが一つ一つ事件を紐解いていくと必ず自分達の下へと辿り着いてしまうだろう。ましてや【極限宝具・エクリプス】の在処まで突き止められ、この計画は完膚なきまで潰されるだろう。

 

「いや、これでいいのだよ。次の段階へ移れる」

 

 霧の中からゆらりと同じような軍服の様な黒いコートを着た、オールバックの男性、ブラックウッドが伊藤マキリの隣に立つ。

 

「奴等はこのままおびき寄せられ、自ら落とし穴へと落ちていく。そうすれば私の願望は叶うのだ」

「‥‥それよりも()()()()を使うおつもりで?」

 

「ああ。彼らも私も同じ目的だったから馬が合った。彼らもそろそろ動くころだろう‥‥その時はお前も手伝ってもらうぞ、伊藤マキリ」





こちらの型月スペックは色々とどの英霊も、魔術もずば抜けてヤバイ能力ばかりなので、かなり控えめにしております…


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79話

 ゴールデンウイークは9連休だったり、5連休だったり…温泉行ったり、温泉行ったり、温泉行ったり‥‥5日連続で日帰り温泉旅行だった!?

温泉はヨイゾ(コナミ感


「よいな?もう一度言うぞ?余のことは『おうじ』と呼ぶのだぞ?」

「はーい、おかあさん‼」

「いやだからお母さんじゃなくて王子!」

「???」

 

 時計塔の中庭でハワード王子は必死こいてジャックに自分をお母さんと呼ばないように教えているようだが、暖簾に腕押しの状況のようだ。その傍らではメヌエットは死んだ魚の様な目で遠くを見つめていた。

 

「ほんとあんた達なんてことをしてくれたのよ…」

 

「どう?凄いでしょ!」

「俺達の実力ならあんな風にチョチョイノチョイだぜ」

「いやそういう意味じゃなくて…ああもう、胃が痛くなってきたわ」

 

 カズキとタクトは全く反省しておらず、やり切った感が満載の笑顔を見せる。そんな二人にメヌエットはガクリと頭を抱えた。騒がしいバカ4人がどや顔でハワード王子と共に切り裂きジャックを家につれて来た時は卒倒しかけた。人の話は聞いていないわ、とんでもないことをしでかすわで予想の遥か斜め下を突き抜ける彼らの行動には困りかけていた。

 

「固く考えすぎだぞ?事件も一つ解決したし、もっとこうマイペースで言った方が気苦労が減るぜ?」

「紅茶が美味しい」

「貴方達のペースに合わせると余計に気苦労が溜まるのだけど」

 

 このバカ達をうまく抑えるにはどうすればいいのかと考えるが、セーラもカツェも既に匙を思い切り投げ捨てているようで諦めているようだ。どうしたらいいものかと悩んでいると凛がこちらへやって来るのが見えた。彼女も彼らの様子を見て半ば呆れているようだ。

 

「ロリコ…げふんげふん。ハワード殿下のおかげでうまく丸く収まったようね」

「あのバカ4人のせいで殿下が心配です‥‥それで、あの切り裂きジャックについて何かわかりましたか?」

 

 メヌエットは時計塔に来た際、切り裂きジャックと名乗っているあの少女が一体何者なのか凛に調べてもらっていた。そのことについて、凛は少し訝しそうにして頷く。

 

「そうね…ぶっちゃけて言えば、とても奇妙なものだったわ」

「奇妙、ですか?」

「ええ。あの子は魔力で構成された人形なのか、またはたブラックウッド卿が洗脳させたものなのか、肉体と魔力を調べたのだけど‥‥あの子の肉体は一度死んでいたのよ」

 

 一度死んでいるという事を聞いたメヌエットは目を丸くした。

 

「死んでいた…という事はあの子は死人ですの?」

「いいえ、あの子は別の人格を持って造られた。簡潔に言うと少女の死体に別の魂を埋め込ませ蘇らせたというべきかしら」

 

 凛の話を聞いてメヌエットは深く考え込む。一方でカズキ達はキョトンと首を傾げていた。

 

「つまり…ドラゴンボール‼」

「んなわけねえだろ。人が蘇るなんて不可能じゃねえの?」

「という事はジャックちゃんは死の淵から蘇ったスーパーサイヤ人!?」

「その時不思議な事が起こった」

 

「うん、どれも違うから」

 

 セーラがまとめてツッコミを入れる。凛は一先ず彼らの事はスルーして話を続けた。

 

「中国で言えば『跳魂(チャオゴン)』、日本で言えば『御霊降ろし』…瀕死の人間若しくは死んだ人間の体を器にし、魂を埋め込む呪術ね。魂なら他の生きている人間や過去に死んだ者でも可能よ」

「じゃあジャックはモノホンの切り裂きジャックの魂を入れられたのか?」

 

 もしそうならばあんな純粋な子供の様な精神ではなく猟奇殺人をお構いなくやるサイコパスな人格になっている可能性があった。不思議そうにするナオトに凛は首を横に振る。

 

「彼女は猟奇殺人犯そのものではないわ。表現が難しいのだけど…恐らくブラックウッド卿が彼女の肉体に入れた魂は切り裂きジャックがいた時代で流産や病気といった理由で産まれる前に死んだ胎児の魂だと思われるわ」

「それはつまり‥‥どゆこと?」

 

「切り裂きジャックのいた19世紀のイーストエンドやホワイトチャペルは貧困の街で、売春婦や幼児の死亡が多かったの。切り裂きジャックの事件現場でもあることからブラックウッド卿は幼児の魂を利用して人々が恐れた猟奇殺人犯という人格を作り上げたという事になるわ」

 

 いわば刷り込みのようなもの。幼児であるが故に純粋であるが故に、かの少女は切り裂きジャックという霧の様にはっきりしない者にされてしまった。無垢な少女を猟奇殺人犯に仕立て上げたブラックウッドを許せないようで、カズキ達はプンスカと怒り出した。

 

「隠れ蓑にするためにそこまでするのかよ…ますます腹が立つな」

「許せねえ!たっくん、これは事案ですぜ‼」

「おおう!俺の怒りが有頂天だぜ!凛先輩、はやくM字ハゲを捕まえにいこうぜ!」

 

「そ、そうね…そのためにもあの子から幾つか聞き出さないといけない事があるし」

 

 凛は頷いてチラリと視線を向ける。今も尚、ハワード王子はジャックに王子と呼ぶように説得をしているようだ。一方のジャックは楽しそうにはしゃいでいた。

 

「あーもう、『おうじ』と呼ぶのだ‼それと淑女らしく下着の上にスカートか何か穿け‼」

「えー、こっちの方がはやく動けるもん」

「それじゃあいかんのだ‼なんかこう余のモラルとか色々…と、特にアリアに見られたら…‼」

 

「凛先輩‼今日もお願いしま…あ‼ハワード…おう…じ…?」

 

 噂をすればなんとやら、丁度そこへアリアが凛の下へやって来たのだ。案の定、アリアはハワード王子の傍にいるジャックを凝視してピタリと制止する。ハワード王子とメヌエットはやっちまったと叫んでしまいたいそうな顔をしていた。アリアの視線に移るは裾丈の短いノースリーブのジャケットに黒の紐パンときわどい恰好をした少女。アリアはわなわなと手を振るえながらジャックの方に視線が釘付けになる。

 

「は、は、ハワード王子…そ、そちらの子は…」

「あ、アリアよ、よーく聞くのだ。余はそういう趣味は一切なry」

「おかーさん?あの人だれ?」

「」

 

 ジャックの一言でハワード王子は終わったと真っ白になった。無論、それを聞いたアリアもビシリと彫刻の様に固まり、ギギギと首をタクト達の方へ向けた。ハワード王子もタクト達に助けを求めるかのように涙目で訴える。

 

「王子、大丈夫だぜ!アリアもそう身長とか見た目とか変わらないし。セーフセーフ」

「そ、そうなのか…?」

「そうそう、寧ろアリアの奴がキュンと来たに違いないぜ」

「そうなのか!よ、よかったー…」

「くぉらぁ‼あんた達、ハワード王子に何変な事を吹き込んでいるのよ!?」

 

 アリアもジャックと同様見た目はそうも変わらないという事で大丈夫だと言われ、身長とかサイズとか色々と気にしているアリアはカズキとタクトに怒りだす。

 

「というか寧ろジャックの方があぶねえぞ?キンジの奴はジャックも射程圏内だ」

「な、なんだと!?ケイスケよ、それは誠か!?」

「こんなの見たら間違いなくキンジはヒャッハーしてくる」

「そうかだからアリアも…許せん‼ジャックの無垢とアリアは余が守るぞ‼」

「ちょ、本当にキンジの事を勘違いされるから‼」

 

 ケイスケとナオトのせいで更にハワード王子はキンジの事を勘違いし拍車をかける。あながち間違っているとは言えないのでアリアも中々うまく否定できなかった。打倒遠山キンジに燃え上がるハワード王子にサイオンも少々困っているようで、どうやって抑えていくべきか悩んでいた。

 

「殿下、自分の立場を少しはお考えになった方がよろしいのでは…?」

「何を言うかサイオン。余がやらなければジャックは遠山キンジの毒牙にかかってしまう!タクト達よ、余の為にも力を貸せ!」

「おかーさん、がんばれー‼」

 

「メヌ、とんでもないババを引いたわね…一体何をやらかしたのよ」

「お姉様、ババというよりもバカといった方がいいですわ」

 

 アリアとメヌエットははしゃいでいるジャック、肩を竦めているサイオン、やる気満々のハワード王子とこれを楽しんでいるタクト達を遠い目で見つめていた。

 

___

 

「そういう事だったのね…」

 

 アリアは一部始終をメヌエットから聞いて納得した。このままでは王子が勘違いされるということでメヌエットは全てをアリアに話したのであった。

 

「それで、メヌはそのブラックウッドとかいう奴を捕まえる手掛りは手に入ったのかしら?」

「これからですわ。けれどもあの子からどれだけの情報が手に入るのか、少し不安ね」

 

 ジャックは純粋すぎるためブラックウッドについて情報がどこまで本当か眉唾物である。手掛りが手に入れるのか、メヌエットは多少不安気味であった。ましてやハワード王子にすっかり懐いているためこちらの話を聞いてくれるかどうかと不安要素はいくつかあった。

 

「あの子はこの事件の突破口。私にかかればすぐにでも解決への道筋が見つけることができますわ」

「メヌ、気になったのだけど…貴女、何故急いでいるの?あたしにこの事件を関わらせないようにしているように見えるのだけど」

 

 アリアは気になってしょうがなかった。これまで自分の妹がここまで事件解決に焦っている事は無かった。しかしメヌエットはそっぽ向いて精油パイプを咥える。

 

「また根拠のない直感ですの?お姉様には関係のない事ですわ」

 

 メヌエットはアリアに視線を向けることは無く考え込む。そんな妹をアリアは心配でたまらなかった。この子は何かを知っている。それは自分と関係していることに違いないとアリアは直感していた。

 

「よし、サイオンよ。余は決めたぞ!ジャックはお前と組ませて余のボディーガードにする!」

「殿下、それはさすがにまずいのでは?」

「余の決めた事だ、構わん!」

 

 一向に首を横に振らないハワード王子にサイオンはヤレヤレと肩を竦めた。彼らのせいでいい方向に進んでいるのか、悪い方向に進んでいるのか、分からない。

 

「おかーさん、あそぼー‼」

「む、余は少し疲れた。サイオン、遊んでやれ」

 

 サイオンは仕方ないとため息をついてジャックと玩具のナイフで組手をした。両者目にも止まらぬ高速のナイフ捌きにカズキ達は目を点にしていた。

 

「‥‥お前達には感謝しているぞ」

 

 ふとハワード王子の呟きを聞いて視線を向ける。

 

「あの夜、余は怯えるジャックを見て思い出したのだ。余が子供の頃は王子であるがために優雅に高貴に紳士として立ち振る舞わなければならんと、両親から厳しく躾けられた」

 

 ハワード王子は最初に出会った時のような傲慢さはなく、少し落ち着いた様子で自分を蔑むように苦笑いをして話を続けた。

 

「特に母はひと際厳しく、ひどい場合は手を出す時もあったのだ。期待に応えようと励んでいても、王家とあらば当たり前の事だと母は褒めてさえくれなかった。ジャックを見て幼き頃の余を思い出したのは…きっと余も母の愛が欲しかったのであろうな」

 

 母の顔すら見る事さえできずに死んだ幼児の魂を入れられ母を求むジャック、子供の頃からずっと母親の愛を受けることがなかったハワード王子。王子にとってどこか共感するものがあったのだろう。

 

「おかげで少し目を覚ますことができた。それを思い出させてくれたことに、感謝する」

 

「じゃあ俺の言ってたことはあながち間違ってなかったんだな!」

「たっくん、それ言うと台無しになるから」

 

 ドヤ顔をするタクトをケイスケは肘鉄を入れた。このまま王子の性格が少し良くなればいいだろう。多少、彼らに関わったことで間違った方向に進むのは過言でもない。

 

「さて、後はジャックの証言を伺いこの霧の根源である輩を突きとめるか」

 

 ふんすと鼻息を立てて王子は乗り出す。この事件を自らの手で解決すれば間違いなくアリアは自分に惚れると考えていた。

 

「ハワード殿下、それは少し待っていただけないでしょうか?」

 

 ふと声がかけられたので振り向くと、黒いオールバックで彫が深い顔をしたグレーのスーツを着た男が此方に向かって歩いて来ていた。その男の後ろには黒のスーツを着たサングラスをかけた男達が数名ついて来ている。ハワード王子はグレーのスーツの男を少し警戒して睨む。

 

「お前は何者だ?」

「これは申し遅れました。ハワード殿下、ご無礼を。私はアンドリュー・デンビー、『D』と呼ばれています」

「お前は‥‥MI5か、殿下に何の用だ」

 

 サイオンは王子を守る様にDの前に立ちはだかった。MI5はMI6と同様、イギリスの国内治安維持のために活動する情報機関である。Dは警戒するサイオンを全く恐れずに笑顔で答えた。

 

「切り裂きジャックを捕えたと他の者から聞きましてね。捜査の為、その切り裂きジャックをこちらに引き渡してもらえないでしょうか?」

「断る。これは我々MI6の管轄だ。お前達が出る幕ではない」

 

 ハワード王子が口を開く前にサイオンがDを睨み付けながらその要求を蹴った。Dは「それは困りましたなー」とわざと困り果てたかのようにオーバーに素振りをしていた。凛もDの方に警戒する様に睨み付ける。

 

「MI6の方々はちゃんとアポをとって時計塔にくるのだけど、あんた達はアポなしで来て対応に困るのだけど?」

「それは参りましたねー…其方の責任者となる方々がいらっしゃらないようで」

「一応副院長がいるのだけど、貴方達にかまっている暇はないのよ」

 

 今はMI6がいるのにMI5まで来られるとてんやわんやになるし、彼らに霧のことを知られると間違いなくまずい事になる。凛はD達がすぐに帰ってもらうように塩対応するが、Dはそんな事も気にせず絶えず笑顔を見せた。

 

「時計塔もこの霧を解消する方法に手を焼いているようで、時間を費やすのならば時計塔はこの件から手を引いて我々に任せて頂きたい」

「冗談じゃないわ。あんた達に任せても碌な事がなさそうだし、お断りよ」

 

 サイオンや凛が睨みをきかせていてもMI5のDは折れることは無かった。そこへメヌエットがDの下へやってきた。

 

「これはこれは、メヌエット女史。我々の要請には全く聞く耳を持たなかった貴女がこんな所にいらっしゃるとは」

「お生憎様、この事件は私の力で解決しようとしているのですわ。ところで、貴方達MI5は霧に乗じて現れる武装集団の追跡をしているようだけど、ああだこうだ言っているくせに捜査が難航しているようね」

 

 出会い様に毒を吐くメヌエットにDは笑顔のままピクリと眉を動かした。そんな彼の様子を伺う事無くメヌエットはさらに話を続けた。

 

「ましてや証拠となるものも上がらず、手がかりを一切つかめていない…まるで捜査する気のないようにも伺えますわ。そんな人の為に私は自分の頭脳を使うつもりはありませんの」

「それは痛い所をつかれましたなー…こちらとしては切り裂きジャックを匿っているように見えますが…」

 

 Dは舐めるような視線をジャックに向ける。ジャックは咄嗟にハワード王子の後ろに隠れひょっこりとDを伺っていた。ハワード王子はジロリとDを睨み付けた。

 

「Dよ。貴様は余の機嫌を損ねたいのか?上に伝えればお前を解任させることができるのだぞ?」

「あはは…殿下、これは失敬。折角就任された身ですし、解任は困りますね。では、日を改めてお伺いいたしましょう」

 

 Dは軽く会釈をしてくるりと踵を返し、黒スーツの男達と共にこの場を去っていった。去っていく連中に向けてタクトはあっかんべーをしていた。

 

「さっすが王子だぜ!職権乱用で追い払うなんてそこに痺れる憧れるー‼」

「痺れもしねえし憧れもしねえよ。一応塩でも撒いておくか?」

 

 ケイスケとカズキは何処から持ってきたのか、伯方の塩をパラパラと振り撒く。ナオトはサイオンとDのやりとりを見て気になっていたことがあった。

 

「MI6とMI5は仲が悪い?」

「ああ、ジェームズ・ボンド、父が引退する前の一件が原因だがな…」

 

 サイオンはため息ついて頷いた。嫌そうな顔をしているサイオンから余程のことがあったのだろう。メヌエットは厄介者が去ってほっと一息入れる。

 

「ここでMI5も動き出した‥‥少し急がねばなりませんわね」

 

 メヌエットは考え込む。どうして今になってDと名乗るMI5のエージェントが現れたのか、何故ジャックを引き渡せと言って来たのか彼女にとって気がかりな事が多かった。

 

「おかーさん、かっこよかったよー‼」

「こ、こらいきなり抱き着くな!」

__

 

 今日もワトソンはナオト達が頑張っているのかどうか気になって朝早くからメヌエットの下へと向かっていた。アリアは『バカ4人共は色々とやらかした』と遠い眼差しをしながらワトソンに語っていたのでかなり心配である。

 

「ナオト達…うまくやってくれてたらいいのだけど…」

 

 これまでの経験上、うまくやってくれていないの気がするので余計に心配になってきた。そんな心配する気分を伸し掛かる様に心なしか、霧が昨日よりも濃くなっているように見えた。

 

 ようやくメヌエットとカズキ達がいるアパートが見えてきたところでドアが開き、そこから白のスーツを着た人物が階段を降りていくのが見えた。アリアの情報からハワード王子がメヌエットの所にいると聞いているが何故か帽子を深くかぶっており顔が見えない。

 

 MI6のサイオンやメヌエットの隙を狙ってお忍びでアリアの所へ向かうのかと気になって様子を見ていると、突然濃霧の中から黒のベンツが数台、彼の下へと猛スピードで飛び出して来た。急ブレーキをかけて囲うように止まるや否や、ドアが開いて彼を無理矢理車へと連れ込むと颯爽と去っていった。

 

「‼しまった…‼」

 

 明らかに穏やかなものじゃないと気づいて動こうとしても時はすでに遅し、黒のベンツ達は濃霧の中へと消えていった。間違いなくハワード王子の拉致を目的としていた。

 

「大変だ…皆に知らせないと‼」

 

 ワトソンは急いでメヌエット達の下へと駆けだした。ドアをノックもせずの開けてドタドタと大急ぎでメヌエットの部屋へと入る。突然の来客にメヌエットはギョッとして驚いていた。

 

「ワトソン卿、ノックもせずにいきなり押しかけてくるのは少し焦り過ぎなのでは?いくら賭けているとはいえそこまでするのは無粋ですわよ?」

「今はそれどころじゃない‼大変なんだよ!ハワード王子が攫われた!」

「‥‥‥はあぁっ!?」

 

 いきなりの事でメヌエットはキョトンとしていたが、すぐさま驚愕した。

 

「どうりで朝から車の騒がしい音がしたと思っていたら…そんなことが…‼」

「もしかしたら霧に乗じて現れる武装集団の仕業かもしれない、何とかしないと‼」

 

 英国王子が攫われたとなると一大事である。ましてやMI6に知られてしまうと更にまずい事になってしまう。

 

「というよりもあのバカ達は何をしてるのよ‼」

 

 メヌエットは憤然として自ら車椅子を動かしてカズキ達が入る所へ向かった。簡易エレベーターで1階に降りると食堂から喧しい声が聞こえてくる。食堂に向かうと、カズキ達は呑気に朝食の準備をしている最中だった。カズキはメヌエットに気付くと呑気に手を振る。

 

「おっ、メヌエットちゃんおっはー」

「リサに起こされることなく自ら降りてくるなんて珍しいな」

 

「貴方達何を呑気にしているのよ‥‥‼」

 

 王子が攫われたというのに全く無関心な様子を見せる彼らにメヌエットは怒りを隠せなかった。状況を理解していないのかカズキとケイスケとナオトは首を傾げる。

 

「何って…朝ご飯の準備をしているんだけど?」

「今日は思考を変えて和食だぜ。メヌエットちゃんにとっては和食なだけにワーショックかもしれないけど!」

「というかワトソンも来てたのか?お前も食うか?」

 

「3人とも、それどころじゃないよ!?」

 

 言わないと分からないのか、いまだに分かっていない彼らにメヌエットは激怒した。

 

「貴方達がそうやって呑気にしている間にハワード王子が攫われたのよ!?どうしてこうも事の重大さを分からないの‼貴方達に悩まされている身にもなっry」

「騒がしい‥‥余がどうしたというのだ?」

 

 キッチンからゆっくりと出て来たハワード王子にメヌエットとワトソンは目が点になった。普段、白のスーツで決めているハワード王子が今はカズキ達と同じ武偵校の制服を着ていた。

 

「は、ハワード王子?そ、それは一体…」

「うむ、タクトが言うには遠山キンジに勝つためには庶民の味を理解しなければならないというわけでな。庶民の格好をして、『ナットウ』とかいう食べ物を食えば強くなるという事で挑戦するところだ」

「すまないな。私も止めようと説得をしたのだが…」

 

 サイオンが申し訳なさそうにしてメヌエットに頭を下げた。一体どういうことなのかメヌエットとワトソンは理解に追いつかない。つまりはハワード王子は攫われていないという事になるのだが、ワトソンが見た攫われた白のスーツを着た人物とは一体誰だったのか。ふとメヌエットは気づいた。

 

「‥‥ところで、タクトの姿が見当たらないのだけど?」

 

「たっくんなら王子の服を着て納豆を買いに行ったぜ」

「近くにコンビニもあったし、すぐに戻って来るだろ」

「それにしてもたっくん帰って来るの遅いな」

 

「「‥‥」」

 

 彼らの話を聞いてメヌエットとワトソンは全てを理解した。ワトソンが見た白のスーツを着た人物はタクトで、ハワード王子と間違えられて攫われてしまったのだ。

 

「何だそういう事ね‥‥って、彼、ハワード王子と間違えられて攫われたのだけど!?」

 

「「「え゛ええええっ!?」」」

 

 メヌエットのノリツッコミでカズキ達はタクトが攫われたという事にやっと理解して驚愕した。




 ジャックちゃんはカワイイ

 MI5のDさんことアンドリュー・デンビーさんのモデルは007/スペクターに登場したMI5のCさんを演じたアンドリュー・スコットさん



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80話

 少し短め?いや、いつも9000字ぐらいに言ったりしている時があるからもう感覚がががが(白目)

 5月は肌寒かったり、急に暑くなったり…ますます春の季節が短くなってきているような気がします(コナミ感)

 そういえばカオス4名様の武道館DVDが出るとか…早く欲しい‼


 それはタクトがキッチンにハワード王子を無理矢理連れてきたことが発端であった。寝起きなのかハワード王子は物凄く機嫌が悪ようでタクトを物凄く睨み付けた。

 

「なぜ余がこんな所にいなければならんのだ。料理なぞ手が汚れる」

「甘いぜ王子!料理できる男子がもてる傾向がある。料理ができる王子ってことでキンジと差をつけアリアを惚れさせることができるぜ!」

「よし、余に料理とやらを教えよ!」

 

 王子のやる気のなさが一変、手のひらを軽々と返した。その意気やよしとタクトは張り切ってエプロンを身に着けた。

 

「してタクトよ。何を作るのだ?」

「豚汁だけど?」

 

 お前は何を言っているんだという面をしているタクトに対しハワード王子は聞いたこともないものを見るように目を点にしていた。

 

「王子は庶民の味を知る必要がある。という訳で、庶民の味で評定のある菊池タクトによる堕天使的庶民の豚汁を作るだー‼」

「なんでお前豚汁なの?」

 

 どいうわけか訝しそうにそう尋ねたカズキにケイスケとタクトは思わず吹き出した。

 

「なんでお前豚汁なのって、たっくんは豚汁じゃねえぞ」

「お前は俺をなんだと思ってんだよ!兎に角俺に続けーっ‼」

 

 タクトの指示で豚汁の調理が進められた。ナオトはひたすら黙々と玉ねぎの皮をむき、カズキが低いボイスで「目薬飲む魔神」の歌を歌いだすわ、そんなカズキをケイスケが叱るわ、王子の覚束ない手つきで人参を切っていく様をサイオンがはらはらしながら見守ったり、ジャックのナイフ捌きに感心したりとキッチンは朝から騒がしく賑やかになっていた。

 

「たっくん、御飯は炊いておいたぞ」

「ナオトさっすが‼やっぱり豚汁といえば白飯だよね!そんで…御飯にはやっぱり納豆だぜ!」

「む?『ナットウ』?なんだそれは?」

 

 王子にとっては豚汁といい、ナットウといい、初めて聞くものばかりで興味津々であった。

 

「ナットウ…それは庶民の味であり、そして男がモテル秘訣!」

「なん…だと…!タクトよ、それは誠か!?」

「たっくん、俺は沢庵がいいなー…」

 

 しょんぼーんとさりげなくカズキは言ってみたが、今日は納豆がいい!という一点張りで却下された。王子に変な知識が付くとサイオンは心配しているのだが、タクトはそんな事はお構いなしで話を進めた。

 

「日本の大和男子は誰だって食べる食材であり、遠山キンジは毎日これ食べてるからアリアや他の女にモテルのだ!」

「そうか…余もその『ナットウ』とやらを食べたくなったぞ!」

「じゃあ王子は庶民の味をより深く知るために庶民的な服に着替えなきゃね!」

 

 タクトがどういう思考をして王子にそんな事を言っているのか、サイオンは頭を抱えた。どうして服を着替えなきゃならないのか王子は困惑していた。

 

「な、何ゆえそんな事をしなきゃならんのだ!?」

「白スーツで納豆なんて似合わないぜ。じゃないと納豆も豚汁の味も一生分からねえぞ?」

「まあ納豆のにおいがつくしね」

「微妙にたっくんが正論言ってるのがなんか少しむかつく」

 

 カズキとケイスケの呟きはいいとして、ハワード王子はぐぬぬと額にしわを寄せて悩んでいたがジャックが期待の眼差しで見ていたのでやむなく頷いた。タクトは大喜びでハワード王子を連れてキッチンから出て行った。しばらくすると、武偵校の制服を着たハワード王子と白のスーツを着てドヤ顔を決めているタクトが戻って来た。

 

「むぅ…余の為だ。仕方あるまい」

「どうだ!これが菊池タクトの古に伝わりしスーパーロイヤルえらいぞマックスフォームだぜ‼」

 

「すっげー!たっくんがそれを着ると本当に七光りに見えるぜ‼」

「というかお前、その服装で納豆を食うんだぞ?」

「…本末転倒じゃね?」

 

 3人がタクトの白スーツ姿を酷評しても皆まで言うなとタクトは照れていた。これで準備もできたという事でいざ納豆の用意とのり出したのだが、リサが申し訳なさそうにしていた。

 

「タクト様、申し訳ありません…冷蔵に納豆がないようです…」

「え゛ええーっ⤴」

「そりゃあイギリスだもんな」

 

 タクトが日曜夕方6時半のアニメのキャラの様な声を上げ、ケイスケは当然だと頷く。ここはイギリス。外国であり、日本ではないので納豆がないのは至極当然である。物凄くしょんぼりとしているタクトにリサは慌ててフォローする。

 

「こ、この近くにコンビニもありますしもしかしたら売っているかもしれませんよ?も、もしくはイギリスではマーマイトという調味料があり、納豆の代わりになるかもしれません」

「よーし…ちょっくらコンビに行ってくる!」

「ちょ、たっくん!?そのままで行くのか!?」

 

 タクトはナオトの制止も聞かず、帽子を深くかぶって白スーツのまま外へ出て行ってしまったのだった。

 

___

 

「‥‥バカなの?」

 

 ここまでの流れを聞いたメヌエットはさっきまでの緊張感が嘘のように抜け、危うく車椅子からずり落ちそうになった。誘拐した犯人たちも気の毒である。ハワード王子を狙ったつもりが全く別の人物を攫ってしまったのだから。

 

「さっすがたっくんだぜ!俺達にできねえことを平然とやってのけるー!」

「痺れもしねえし憧れもしねえけどな。どうすんだ?たっくんが何処に連れ去られたのか分かんねえぞ?」

 

「そう案ずるな。もしもの時のこともあって余のスーツにGPS、探知チップが入れられておる」

 

 それならばすぐにでもタクトの追跡ができる。カズキ達はこれならばすぐに追いつけると安堵していたが、そこへリサが物凄く申し訳なさそうに手を挙げた。

 

「じ、実は…タクト様が『納豆を食べるのに邪魔だから』と言ってこれを…」

 

 リサの手のひらにあるのはGPS、探知チップそのもの。それを見たメヌエットと王子は目を丸くした。

 

「彼…本当にバカなの!?なんで余計な事をしてくれてんの!?」

「そりゃあたっくんだもん」

「たっくんだもんな」

「たっくんだから仕方ない」

「何当たり前みたいな事を言っているんだい!?」

 

 ワトソンは当たり前だみたいな顔をしているカズキ達にツッコミを入れる。これでは追跡ができない。何か手はないかと考えているとカツェが慌てて入って来た。

 

「おい‼セーラから聞いたぞ!王子が攫われたって‼」

 

「あ、攫われたのはたっくん」

 

 ナオトは軽く訂正するとカツェはやっぱりと言うように肩を竦めてため息をついた。

 

「うん、なんかそんな気がしたぜ。取り敢えず今はセーラが必死こいて追跡してる。すぐにあのバカを助けに行くぞ!」

 

「おし、たっくんだけじゃ間違いなく心配だから俺達も行くぜ!っとその前に豚汁食べたい…」

「だな。冷めたらおいしくねえし」

「たっくんが作る豚汁は美味しいしな」

「豚汁を食べてる場合じゃないでしょ!?さっさと支度していきなさい!」

 

 メヌエットは仲間のピンチよりも豚汁を優先したバカ3人にツッコミを入れる。本当に大丈夫なのか心配である。

 

「む…これは友のピンチというやつか。友を助けばアリアの好感度が上がると言っていたな…サイオン、ジャック!すぐに行くぞ!」

「殿下、流石にここは行かない方が…」

「わーい!」

 

 やる気満々になっている王子も本当に大丈夫なのかメヌエットは物凄く心配になった。

 

__

 

 コンビニへ行こうと張り切って外へ出た途端に車が止まって、黒づくめの男達に連れ去られた。一体どういうことなのかタクトは困惑したまま黒い麻袋を被せられていた。

 

 これは王子のドッキリなのか、またはた王子のパパママによる強制退去か、もしくは自分のファンの仕業なのかと理由を考えているうちに次第に眠たくなってきた。睡魔に負けたタクトはいびきをかいて眠ってしまった。

 

「…随分と余裕でおられますなぁ王子。中々公には出ない世間知らずの箱庭王子かと思っていたが変わった男だ」

 

 どれくらい眠っていたのだろうか、すっかり眠っていたら何処からか低い男の声が聞こえて眠りから薄っすらと覚めてきた。そして後ろから「起きろ!」と別の男の声と共に頭を叩かれ、その痛みで完全に目が覚めた。

 

「ここはどこ?私は誰?あ、俺は無敵だ!」

「‥‥ふざけているのか?それとも頭の打ちどころが悪かったか?」

 

「い、いえ…そんなに強く叩いたつもりでは…」

 

 低い男の声に、焦る男の声。そして鼻からにおってくる葉巻の煙と高貴な香水の香り。ここは明らかに違う所だとタクトは確信した。

 

「お前…一体誰だ!」

 

「ははは、そう焦ることはない。我々は君に会いたかったのだ」

「ははーん、つまるところ俺のファンってやつだな!サインの練習はしっかりしてあるぜ!」

「…確かに王子に会いたいと言っていたがそこまでコアなファンではない。正直な所王子よりも、007、今のボンドに会いたいのだがね」

 

 タクトの反応に困っているのか、低い声の男は少し苦笑いをしたかのような声で答えた。緊張感が全くないタクトの様子に無言で見つめているのか暫く静かになった。

 

「‥‥おい、麻袋を取れ。こいつ、本当にハワード王子か?」

 

 男の合図と共に顔に被さっている黒い麻袋は外され、やっと周りの様子が見えるようになった。タクトの考えていたとおり、周りは少し埃っぽいアンティーク調の一室で窓からは山々が見える。そして自分は黒いソファーに座っており、正面には灰色のスーツを着た青色の瞳の禿頭の男性が座っており、その男性は真っ白のペルシャ猫を膝の上に抱きかかえていた。

 

「‥‥お前は一体誰だ?」

 

 禿頭の男は渋い顔をして低い声で尋ねた。その眼はまるで目で殺さんと言うほどにジロリと睨みをきかせていたのだがタクトには全くの無意味であった。

 

「俺はアボカド王国の王子でレバガチャの王様、菊池タクトだぜ‼」

 

 ドヤ顔をしているタクトに対し、禿頭の男は無言のままじっとタクト見つめながらペルシャ猫を撫でてジロリとタクトの後ろにいる男の方に視線を向ける。黒づくめの男はビクリとして姿勢を正す。

 

「どうやら偽物をつかまされたようだな…アンドリューめ、功に焦ったか」

「あれ?おじさん、そのMI5の人と知り合いなのか?」

 

「まあな。かつてMI5のC…マックスがやっていたようにお互い利益のために手を組んでいる」

 

 禿頭の男は葉巻の煙をふかすと後ろにいる男に顎で指示を出す。黒づくめの男は懐からグロッグ19を取り出し銃口をタクトの後頭部へと押し付けた。

 

「これ以上、お前が知る必要はない事だ。王子の影武者を演じた君には用は無い」

「まあまあ、もう少し落ち着いて話をしようぜ?もしかしたらこれがきっかけで何かわかるかもよ?」

 

 状況を分かっていないのかタクトは落ち着いたまま禿頭の男に説得し始めた。そんな事はどうでもいいという視線で禿頭の男は目で指示を出す。カチリとリロードがされ、ゆっくりと引き金を引いていく。

 

 

「…彼の言う通り、もう少し待った方がいいでしょう」

 

 ふと後ろから落ち着いた女性の声がした。禿頭の男は眼だけを声がした方に向け、手で止めるように指示を出す。タクトはちらりと振り向くと、黒い軍服のようなロングコートを着たストレートロングの女性がつかつかと部屋の中へと入って来たのだった。

 

「…それはどういうことことかね、伊藤マキリ」

 

 伊藤マキリ。それを聞いたタクトは何処かで聞いたことがあるようなないようなと悩みだす。そんなタクトをほっといてマキリは静かに禿頭の男を見据えた。

 

「彼には仲間がいる。彼らは必ず助けにここにくるでしょう。勿論、貴方のお望みの007と一緒にやってくるわ」

「それはそれは‥‥嬉しいが、分からないな。このよく分からん奴の為に来るのかね」

 

 苦笑いをする禿頭の男に対しマキリは静かに首を横に振った。

 

「私も彼とは初対面なので彼らの思考はよく分からないのだけど…彼らは単純だから来るのは確か、と言うべきかしら」

 

 よく分からない根拠だと、禿頭の男は軽い溜息をついて葉巻の煙をふかしてソファーに深く腰掛ける。

 

「まあ君の言う通り、ここに来ると言うのならば飛んで火にいる夏の虫とでもいうべきか。もし来たのならば盛大にお出迎えをしなくてはね」

「…私と同じ、『N』の新参者ですが、貴方もブラックウッド卿と同じように奢らないようにしてもらいたい。ジキル博士が言ってた様に足下を掬われますよ?」

 

 マキリは軽くため息をついて禿頭の男を見つめる。タクトは話についてこれていないようでキョトンとしていた。

 

「‥‥やはり私にも分からない。何故、何を考えているのか分からない彼が遠山キンジと同じように脅威となるのか」

「そりゃあ、同じクラスメイトだし」

 

 即答して答えたタクトにマキリは一切目を合わせることなくスルーをした。それよりも今日の朝ご飯を食べ損ねたとタクトは残念そうにしていた。

 

「こいつを人質に出す、と考えていたが利用価値はあるようでないな。ここにいても意味はない。牢にでもいれておけ」

 

 禿頭の男はもう飽きたかのように黒づくめの男に指示を出す。男に無理やり立たされ連れ出される前に、タクトはムッとして禿頭の男を睨んだ。

 

「おいー‼こっちは自己紹介したっていうのにそっちの自己紹介はねえのかよ‼下敷き仲間に礼儀ありっていうだろ!」

 

 それを言うならば親しき中にも礼儀ありというのではとマキリが呟き、禿頭の男は笑い声をあげて頷いた。

 

「ははは‼面白い男だ…確かにその通りだな。私は再結成された『SPECTRE』のボス、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドだ。今はNに所属しており‥‥この霧に乗じて襲撃してる武装集団の黒幕だ」

 

 ブロフェルドと名乗った男に対し、タクトは納得したように頷いた。

 

「成程ね!デープ・スペクターの方なら知ってるぜ!」

「牢に連れていけ」

 

 ブロフェルドは真顔で部下に指示を出し、タクトを追い出していった。

 

「あの男がブラックウッドが警戒している男なのかね?あれには一切そのような気配が感じられないのだが?」

「‥‥」

 

 マキリは一言も答えることなく無言のまま頷いた。一方、牢に押し込まれたタクトはあの部屋にいたマキリの事を思い出そうとしていた。

 

「うーん‥‥あの女性の人、どっかで見たことがあるような‥‥伊藤マキリ、マキリ…マキワリ…マキワリマンバーワン…あっ」

 

 ふとカズキが噛んだ言葉で思い出した。確か当初の目的であった、国際武装警察になるための試練で武装検事の黒木からロンドンに逃げた伊藤マキリを捕えるように言われていたのだった。

 

「ああああっ!?あの人が伊藤マキリだったのか‼」

 

 これは千載一遇のチャンスだとタクトは思いついた。カズキ達が助けに来る前に自分が中二病に大活躍して伊藤マキリを逮捕する。そうすればさらにスーパーにあがめられると考えたタクトはフンと張り切りってきた。

 

「これであいつらを『たっくんスゴイネ』って鰯絞めてやるぜ‼」

 

 やる気に満ちたタクトはポケットから隠し持っていた黄色のトンボ玉のついたブレスレットを腕につけた。




 007シリーズより、犯罪組織スペクターのボスでありジェームズボンドの宿敵であるエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドさん。

 シャーロックホームズvsモリアーティー教授のように、宿命の敵です。

 モデルとしては『007は二度死ぬ』でブロフェルドを演じた、ドナルド・プレザ〇スさん


 猫を愛でる悪役のパロの原点だとか


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81話

 MHXXにゴーストリコンに黄昏の森やスペランカー、そしてYouTubeでの放送…どんどん新しいネタが入り込んでてんやわんや(白目
 
 名言と迷言や名シーンや迷シーンが豊富ですね


「たっくん…ほんとなにやってんの」

 

 濃霧がかかって辺りが見えにくい森の中で、セーラは木の上で霧の先を凝らしていた。セーラの目には深い霧を越して古めかしい大きな屋敷が見えていた。場所を把握すると矢筒に入っている弓矢の本数を確認し颯爽と木から飛び降りて華麗に着地した。

 

「で、たっくんは何処にいるかわかったのか?」

 

 木のすぐ傍で立っていたカツェがやや呆れ気味にセーラに尋ねる。彼女の後ろでは灰色の迷彩柄のボディーアーマーを身に着け何時でも戦闘が出来るとやる気満々のカズキ達もいた。彼女がタクトを追っている最中にカズキ達は大急ぎで駆けつけて来て合流できたのであった。

 

「この先に大きな屋敷みたいのが見える。たっくんはそこにいる。どうしてこうもすぐに面倒事を持ち込んでくるのか」

 

「お前、たっくんの運の良さをわかってねえな」

「幸か不幸か、たっくんが敵のアジトを見つけたということは過言ではないってことだな!」

「たっくんだから仕方ない」

 

「‥‥一発殴ってもいい?」

「セーラ、落ち着けっ!これがこいつらのマイペースってやつだ!」

 

 カツェが抑えてくれたおかげでセーラは自分のペースが崩壊するのは防ぐことができた。これが彼らの平常運転だということを思い出し一呼吸入れるとセーラはサイオンの方に視線を向けた。

 

「007もついてくるなんて珍しいね」

「タクトが攫われた場所に心当たりがあってな…あの屋敷、旧MI5の本部とされていた基地だ。かなりの年代物だが

奴等が隠れるのにはもってこいの場所だ」

「MI5?なんでたっくんを攫った野郎共がそこで隠れているんだ?」

 

 ケイスケが疑問に思っているように、国の諜報機関と今事件の犯人達が関わりがないはずなのに何故そのMI5が関わっているような感じがするのか。ましてやそのような場所に隠れているのならばすぐに見つけることができなかったのか。

 

「父が引退する前の任務でとある犯罪組織とMI5のエージェントが手を組んでいた事件があってな。それ以降MI6とは多少仲が悪かったりしつつも改正されたと思っていたのだが…ますます怪しくなってきた」

「じゃあそれも暴いて、武装集団を一網打尽にすればまた一つ事件解決ってことか。超楽勝なんですけどー!」

「その前にたっくんを助けねえとな」

「たっくんを救出しに行く班と一網打尽にする班に分かれていこうか」

 

 ナオトの提案で2つのチームに分かれることになったのだが、サイオンの周りにカズキ達が集まり、セーラがポツンと一人という状況になっていた。

 

「いやいやいや、おかしい。普通たっくんを助ける側に行くでしょ」

「お前は何を言ってんだ。たっくんだから大丈夫だろ」

「たっくんのことだからすぐにやって来そうな気がするぜ!」

「たっくんだから仕方ない」

 

「いやさっきたっくんを助けに行くとかいってたのでしょ!?どういう手のひら返しをしてるんだ!?」

 

 先程のタクトを心配していたのが嘘のようにケロッとしている3人にワトソンとセーラはツッコミを入れる。なんやかんやあって、タクトを救出しに行くのはナオト、セーラ、ワトソン、武装集団を一網打尽しに行くのはカズキ、ケイスケ、サイオン、カツェのチームに分かれることができた。

 

「ナオト、たっくんを見つける大臣に任命だ」

「たぶんたっくんのことだから何かやらかしてるかもしれねえが頼んだぞ」

 

「たっくん、何かやってなきゃいいんだけど。陽動頼んだ」

 

 ナオト達は一足先に屋敷へと向かい、霧の中へと進んで行った。彼らは迂回して裏から周りタクトを救出、自分達はその陽動として正面から、うまく合流していけばこのまま挟み撃ちにできると言う算段である。

 

「おし…あいつらは先に行ったな。あたし達も突撃するぞ」

 

「ついに余の出番というのだな!さあ行くぞ‼」

「おかあさん、がんばって!」

「…おい、ちょっと待て!?なんでハワード王子がいるんだよ!?」

 

 さりげなく紛れ込んでいたハワード王子とジャックにカツェはギョッとした。ここへ向かう際に王子には危険だから待機するようにとメヌエットは何度もお願いしていたはず。驚愕しているカツェに対し、ハワード王子は自信満々に胸を張る。

 

「なに、ここで余が活躍すれば遠山を出し抜くことができる、とケイスケ達が言っておったのだ」

「またお前等かよ!?」

 

 カツェに怒られる前にケイスケとカズキは颯爽と霧の中へと駆けだしていた。

 

__

 

 霧の中でなかなか見えることはできなかったのだが次第に近づいて行けば屋敷の全容がはっきりとしてきた。黒い鉄の門の前に黒スーツの男が2名ほどMP5を持って門番をしているのが見えた。カズキ達は茂みの中で様子を伺っている。

 

「いつでも忍んでくださいっていうほどザルそうだな‥‥」

「でもその門からくぐるのに一苦労するんじゃねえの?」

 

 苦労しないように手始めに狙撃をしておこうとカズキはSR-25のリロードをしスコープから狙いを定めようとした。そんなカズキをハワード王子は余裕綽々の表情で片手で止めた。

 

「そのような事をする必要はない。ここは余の伝家の宝刀に任せよ。サイオン、ジャック、行くがよい」

「御意」

「はーい!」

 

 サイオンの軽い承諾とジャックの元気な返事がしたと同時に二人は標的へと目にもとまらぬ速さで駆けて行った。最初にジャックが門番二人の目の前へと迫る。忽然と現れたと驚く一人のふくらはぎへと刃渡りの長いナイフで斬りつける。倒れる一人に声を掛ける前にジャックへと銃口を向けるが、サイオンがその男の側頭部へ一撃を入れ気絶させる。倒れる一人が悲鳴を上げる寸前にサイオンがその男の顎へ一撃を入れ叫ばせることなくノックアウト。カズキ達には二人の行動が一瞬で行われたように見えた。

 

「すげええっ!めちゃんこ強すぎでしょ‼」

「やっぱ007は半端ねえな。チートじゃねえか」

「ふははは!どうだ、これぞ余の実力だ!」

 

 お前はただ自慢しているだけじゃねえかとカツェは呟くようにツッコミを入れる。ただこれで相手に見つかることなく簡単に侵入できるというわけである。サイオンが門には何も細工されていない事を確認すると静かに開けて周りに何もないか見渡してからカズキ達に入るよう先導していく。

 

「カメラもねえし、ここまで見張りもいない…ケイスケ、これってかいしげっぱ!」

「はあ?快進撃ってはっきり言えや」

「いやよく翻訳できたな!?」

 

 玄関口まで難なく忍び込めたことで快進撃だとうまく言えなかったカズキの難読な言葉を一瞬で理解したケイスケにカツェがツッコミを入れる。カズキの言う通り簡単すぎるのは確かに分かる。まるで自分達が来てもいとも容易くあしらえることができると言わんばかりな程だ。罠かもしれないとケイスケは考え込むが、こちらには007や切り裂きジャック(?)もいるし、何事も起きなければいけるだろうと吹っ切れた。

 

 そう考えた矢先、ジリリと警報のベルが鳴りだした。警鐘の音は屋敷中に響き渡たり、ドタドタと部屋と言う部屋から黒スーツの男達が飛び出す様に出て、大広間へと待ち構えた途端にG36やらG3やらを構えて一斉に撃ちだしてきた。一声に飛んできた弾丸の雨にカズキ達は慌てて入り口の壁の陰へと隠れた。

 

「おいいい!?何が快進撃だ!玄関開けたら手荒いお出迎えじゃねえか!」

「ほんとにさ!誰だよ、警報を鳴らしたバカは‼」

 

 カズキがプンスカと怒って愚痴るが、ケイスケ達は一斉にカズキの方に視線を向ける。

 

「ちょ、待って‼俺じゃねぇ、俺じゃないって‼」

「絶対にお前しかいねえよ」

 

「やっぱこうなるわな…ま、あたしは悪くねえけど!」

「立場上、余に流れ弾を当てる出ないぞ!サイオン、ジャック、頼んだ!」

 

 好戦的に笑ってワルサーP99を引き抜くカツェと正反対にハワード王子は我先にと安全なもの陰へと隠れ、サイオンとジャックに任せた。このままいつものようにゴリ押していけばいいとケイスケは考えるが、一体誰が自分達の侵入に察し警報を鳴らしたのか、まさかタクトがやらかしたのかと悩んだがすぐに戦闘に集中することにした。

 

__

 

「…ナオト、何を押したんだい?」

 

 ワトソンは恐る恐るナオトに尋ねた。裏口へとうまく忍び込めたナオト達は見回りの者を気絶させた後、屋敷内に入り、薄暗い廊下を通っていた。タクトは何処にいるのかとセーラとワトソンが見回していたが、その刹那に一斉に警報が鳴り響きした。すぐにナオトに伝えようとワトソンが振り向くと明らかに何かのスイッチを押しているナオトの姿が見えた。

 

「‥‥あれ?明りのスイッチじゃないの?」

「思いっきり違うよ!?」

 

 ナオトが押したのは正真正銘、警報のスイッチ。ナオトが押してしまったせいで敵に侵入したことを知らせてしまったのだ。ワトソンは焦るが、ナオトは全く反省しておらずそれよりもやる気満々な様子だった。

 

「なに、バレなきゃ大丈夫だって」

「そ、そうだね…敵に見つからなきゃだry」

 

「いたぞぉぉぉっ‼」

 

 なんというフラグ回収の速さか。警報で駆けつけて来たようで黒スーツの男達が数人、ナオト達を見つけたや否や一斉に撃ってきた。ナオトはすかさず近くの空き部屋を蹴り開けて隠れ、ポーチからフラッシュバンを取り出しピンを引き抜き投げつけた。閃光と衝撃が響いたあと、AK47で相手の足や手を狙って撃っていった。静かになった後にワトソンを自信ありげに見た。

 

「ね?」

「いや、『ね?』って…うん、ナオトはマイペースだもんね」

 

 彼らしいとワトソンは苦笑いをする。敵に見つからないように、見つかればすぐに敵を蹴散らせるように気を配りながらタクトを探していこうとセーラは先頭になって進んで行く。床の隙間から風の流れを感知したので地下があるのは確かだ。もしかしたらタクトはその地下にいるかもしれない、とセーラが考え込んだ刹那に再び警報の鐘の音が鳴り響いた。まさかとセーラが振り向くとまたしてもスイッチを押しているナオトの姿が。

 

「‥‥なんかこう、隠し扉があるかなーって」

「…ナオト、二度とスイッチに触らないで」

 

 セーラはジト目でナオトを睨んだ。目を離したすきにやらかすのでセーラはナオトに先頭を進んでもらおうとずいっと歩み寄ろうとした。その時、がくりと落とし穴に落ちる感覚が体中によぎった。突然下へと落ちたことにセーラは驚愕して動けずそのままお尻から落ちてしまった。

 

「セーラ!?」

「?なんでこんな所で穴が開いた?」

 

 ワトソンが驚き、ナオトが不思議がるように人一人分落ちることができる程の穴がぽっかりと開いていた。敵の罠かと警戒するが、何やらお尻らへんが変な感触がした。何かと下を見ると、タクトが下敷きになっていた。

 

「た、たっくん!?」

「お、おうふ…顔面にヒップドロップとは中々やるじゃんか…」

 

 顔を赤くしたセーラは慌ててその場をどいた。顔面に直撃していたタクトは鼻血を垂らしているがそんな事は気にもならずにニシシと笑う。

 

「いやー、脱出作戦は成功だなっ!」

「というよりもここでなにしてたの?」

「ふっふっふ、俺はここから脱出するために時の部屋でスーパーベジータなサイヤ人的存在になるために長い修行をして最初の難関であるレインボーロードの番人サタンネイル木下とry」

「ふざけないでさっさと言って」

 

 ジト目で睨んで真面目に話せと急かすセーラにタクトは「これから盛り上がるところなのに…」とションボリするがすぐに自信に満ちた眼差しをして腕についている黄色いトンボ玉がついたブレスレットを見せた。

 

「俺の大魔法『UNKO VURASUTO』にかかれば牢屋なんてあっという間に脱出だぜ!そんでここから出口へと探す風来のシレン的なry」

「ナオト、ワトソン。たっくんを見つけた」

 

 長々と語りだすタクトを無視してセーラはワトソンとナオトに知らせる。

 

「よかった、たっくん無事だったんだね」

「穴を開けたのはいいけどどうやって上がるんだ?」

 

 ナオトは気になって穴から覗き込む。土台が何個かあればよじ登れるほどの高さだがそのあたりには見当たらない。タクトは首を傾げながら考え込んだ。

 

「うーん…セーラちゃんを肩車?」

「馬鹿じゃないの!?」

「部屋かどこかでロープか土台になるようなのを見つけてくる」

 

「ナオト!気を付けて、敵が来るよ!」

 

 それを邪魔するかのようにナオト達の所へ黒スーツの男たちが廊下の向こう側から姿を現し掃射してきた。ナオトは舌打ちしてAK47を撃つ。

 

「このっ…すぐに片付けるから待ってて!」

 

「ナオト、ワトソン!俺が援護してやるぜ!」

「え?それってまさか…ちょっと待って‼」

「UNKO VURASUTOぉぉぉっ‼」

 

 ワトソンの制止も聞かずにタクトは穴あき魔法を唱えた。黄色いトンボ玉が光り出した途端に二人がいるの足場にぽっかりと穴が開き、ナオトとワトソンはタクト達のいる場所へと落ちてしまった。

 

「いたた…たっくん無茶しすぎだよ…」

「たっくん、馬鹿か!?」

 

 ワトソンは尻もちをつき、ナオトはプンスカとタクトに怒りだす。そんなタクトは笑顔でナオトを宥める。

 

「まあまあ、落ち着け?ここから俺達の大脱出だぜ!」

「このままカズキ達と合流するんだよ!早く上へ行くぞ‼」

 

 ギャーギャーと騒ぎ出す二人にワトソンは苦笑いをし、セーラはやれやれと肩を竦める。

 

「…本当に緊張感が無さすぎ」

 

___

 

 もはやワンサイドゲームと言うべきか。カズキとケイスケは口をあんぐり開けて見ていた。カズキはSR-25で、ケイスケはM4で援護しつつもサイオンが前線へ駆けだし飛んでくる弾丸の雨を縫うかのように躱していき、拳と拳銃だけで相手を次々に倒していく。敵の近接攻撃も、背後からの強襲も狙撃もサイオンには無意味の様で、しかも傷つくことなく躱して反撃をしていった。彼の無双ぶりはその場で007シリーズの映画の戦闘シーンを見ているようだ。

 

「なあケイスケ、これって俺達の出番なくね?」

「殆どの見せ場がサイオンに獲られていってるもんな」

 

 流石は007、ハワード王子が慢心状態になるわけだとケイスケとカツェは頷く。このまま行けばあっという間に片付くようだが、何かしらサイオンの様子が気になっていた。黒スーツの男達が付けているエンブレムが書かれているバッチを見た途端に眉をひそめていた。この武装集団が何者なのか、サイオンは知っているかもしれない。

 

「来てくれると思っていたよ‥‥007。いや、ボンドよ」

 

 そんな声が聞こえた途端にサイオンの動きがピタリと止まった。彼が睨み付けたその先には灰色のスーツを着た禿頭の男が白いペルシャ猫を抱えてサイオンを見て不敵な笑みを見せて立っていた。そんな男を見たサイオンは更に殺気を高めて睨み付ける。

 

「お前が父の宿敵だった男…『SPECTRE』のボス、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドか」

 

「え?スペクター?デープの方の?」

 

 キョトンとしているカズキを見てブロフェルドはピクリと反応するや否や低く笑いだす。

 

「ふふふ…少し間の抜けた少年と同じことを言うな。君達が何を考えているのか興味を持ったよ」

 

「カズキ、あの男はちゃちなやつじゃねえ。かなりやべえぞ…!」

 

 ふんわりとしているカズキとは違って、カツェは冷や汗をかいているかのようにブロフェルドを睨み付けていた。

 

「『SPECTRE』ってのは世界に幾つもの支部を持っていたイ・ウーと同規模の犯罪組織だ。敵対国へ情報の密売、テロ、復讐や強要の為に動く組織だが、そのやり手はあたしら魔女連隊よりもえげつねえぜ」

「ブロフェルド…お前は父に敗れ、逮捕され処刑されたはずだ…」

 

 絶え間なく睨み付けるサイオンにブロフェルドはため息をついて冷めた視線で見つめた。

 

「お前の父に言っていたように、詰めが甘いのだよ。私を捕えても、私の頭脳と名声、そして力があれば容易く抜け出すことができるし組織を再興できる。お前の父は愚かだな。私を殺していればこのようなことにならなかったのだ」

「やはり…霧に乗じてのテロはお前の仕業だったのか。何が目的だ。私か?それとも殿下か?女王陛下か?」 

 

 普段のサイオンには見せない怒りの表情にハワード王子はビビりだすがブロフェルドは怯みもせずに低く笑う。

 

「目的か‥‥単純だよ。復讐(リベンジ)だ」

「復讐だと?」

「その通り。イギリスへの、007への、ジェームズボンドへの、君への復讐だ。私の野望と全てを悉く崩していった男の誇りをぶち壊す。まあ、()()()()()()()と似たようなものだから意気投合して手を組んだ、というわけだ」

 

 怒りが最高潮に達したのか、サイオンはグロッグ18Cを取り出し銃口をブロフェルドへと向けた。ブロフェルドは乾いた笑い声でサイオンを嘲笑う。

 

「さて、ボンドの息子よ。今の君に私を殺せることができるのかね?」

「父は詰めが甘いといっていたが…私は甘くはないぞ…‼」

「そうかそうか‥‥ならばやってみろ。重荷を守りながら私を止めることはできんがね」

 

 それはどういうことか、サイオンは気になったが、ずっとサイオンを見ていたブロフェルドが一瞬、チラリとハワード王子の方へと目を動かした。それがどういうことがサイオンは全てを察した。

 

「殿下、危ないっ‼」

 

 サイオンがすぐさまハワード王子を守る様に王子の前へと動いた。その瞬間、サイオンの体に大きな破裂音が響き、ハワード王子の方へと後ろから倒れ込んだ。

 

「サイオン!?」

 

 ハワード王子はまるで絶対に負けることは無いと確信していたはずなのに一瞬で負けた絶望感を抱いたような顔をしてサイオンの背の下敷きになった。ジタバタとするハワード王子をケイスケが起こし、サイオンの容態をすぐに確認した。

 

 サイオンは完全に気を失っており、胸には撃たれたような傷がついていた。幸い、防弾着を着ていたためか貫通は防げているがかなりの衝撃を受けているようだ。それよりもケイスケは警戒すべきことがあると焦りだす。

 

「一体何処から撃ってきた…!?」

 

 サイオンは銃声はおろか、銃弾さえも見えない物に撃たれたのだ。サイレンサーを装着した狙撃か、壁越しからか見回すがそのような痕跡すらもない。カズキもカツェも一体何が起こったのか焦っていた。一方のブロフェルドはつまらなさそうに後ろの方に視線を向けた。

 

「だから言っているではないか。私の事は大丈夫だから余計な事はするなと」

「…そっくりそのままの言葉で返します。貴方も驕らないでください」

 

 コツコツと靴音を鳴らして近づいてきたのは黒い軍服のようなロングコートを着た、色の薄い茶髪の長い女性だった。彼女の手には銃は持っていないし、服にも銃を身に着けていなかった。

 

「あれ?ケイスケ…あの人、どっかで見た事ない?」

「ああ、なんかそんな気がしてきた…」

 

 カズキとケイスケは警戒しつつも、あの女性がどこかで見た事があるような気がしてたまらなかった。しかし何処で見たか思い出せないでいた。そんなしわを寄せて考え込んでいる二人にその女性は静かに見つめた。

 

「貴方達が…不思議なものね。貴方達では私の下へと来ないと思っていたのですが、予想と反するのには驚きました」

 

「…あっ!思い出したぞ‼俺達が追っている『伊藤マキリ』じゃねえか!」

「お前が佐藤かコノヤロー‼」

 

 国際武装警察になるための試練として、武装検事の黒木がカズキ達に伊藤マキリを捕えるようにと言っていたのを思い出した。その対象が目の前に現れたことに驚きを隠せなかった。

 

「か、覚悟しやがれ!サイオンのたたっ、たたっ、たたきはおれがやめるぅ!」

「噛み噛みじゃねえか!」

 

 うまく言えなかったカズキにケイスケはツッコミを入れた。伊藤マキリはカズキが何を言っていたのか分かっていないようで、首を傾げていた。




 二度とスイッチに触るな‼…この名台詞には爆笑しました。
 ニンテンドースイッチのプレイ動画も中々面白い…


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82話

 5月だというのになんだか猛暑の様な暑さ…今年の夏も過酷かもしれない
 昔、冷夏というのがあったのだけど…まるでそんな事がなかったかのような暑い日々
 皆さんも体調管理には気をつけましょう(絶賛体調崩し中


「いくぞケイスケ!先手必勝だ!」

「相手が何かする前に手を打つぞ‼」

 

 カズキはSR-25を構え、ケイスケはM4を構えて伊藤マキリに狙いを定め撃ちだす。一方の伊藤マキリは銃すらも持っておらず隠し持っている様子も見えない。

 

 しかし、マキリへと向かって飛んだ弾丸は彼女を避けるかのように音もなく軌道を逸らし、彼女の横を通り過ぎていった。弾丸の突然の動きにケイスケとカズキはぎょっとした。

 

「はあっ!?何をしやがった!?」

「そういうのってあり!?」

 

「カズキ‼はやくサイオンを連れて下がるぞ!」

 

 伊藤マキリが何かをしだす前にカツェが懐から水の入ったボトルを取り出し水の弾幕を張って飛ばした。飛んでいく水の弾幕はマキリへと向かって飛んでいくが彼女の目の前で水風船のように次々に割れていった。まるでバリアーでも張っているのかと言いたいくらいに当たらない。カツェが弾幕を飛ばしている間にケイスケは倒れているサイオンを背負い、後ろへと下がる。サイオンは見えない何かに直撃をしたが脈もありなんとか無事であった。

 

「このままたっくんとナオト達と合流してこの場から退却だ!」

 

 カツェの言う通りマキリの力は未知数であり、どうやってサイオンを倒したのか手さえ分かっていないまま戦うのは分が悪い。その前にマキリがゆっくりとこちらへ向かって歩き出した。

 

「逃がしはしません…」

 

「っ‼くるぞ!」

「このやろっ!これでもくらいやがれ‼」

 

 ケイスケはポーチから黒い円筒の物を2つ取り出してピンを引き抜き、アンダースローで投げて転がした。マキリから数メートル手前で爆炎が巻き上がった。

 

「おまっ、TH3焼夷手榴弾とかなんで持ってんだよ!?」

「イタリアで使ったのが余ってたから。それにあんなヤバい奴にはこれぐらい十分だろ」

「ケイスケ、ナイス!これで足止めできたから今のうちに…」

 

 カズキが安堵したのも束の間、炎を掻い潜る様にマキリが飛び出してきてこちらに向かって早足になった。

 

「余計に速くなってるじゃねえか!?」

 

 カツェはツッコミを入れるが、それどころではないとカズキ達と共に急ぎ足で駆けだす。2階のフロアにはタクトの姿が無かったため1階か地下があったらそこにいるのだろう。カズキ達は早急にタクトとナオト達を見つけてこの屋敷から脱出しないと焦りだす。

 

 その刹那、カズキの頬に見えない何かが掠めた。カズキは冷や汗をかいて後ろを振り向けば、氷のような冷たい瞳でこちらを見つめ、右手をカズキ達に向けて()()()()()()()()()()()マキリの姿が見えた。その瞬間、ヤバイとカズキはぞくりと感じた。

 

「カツェ、こっちだ‼」

 

 カズキはぐいっとカツェの腕を引っ張りこちらに引き寄せた。その数秒後、彼女が被っていた黒い尖がり帽子が穴が開いた。マキリはカツェの頭を狙って見えない何かを飛ばしたのだ。

 

「あっぶねー…カズキ、ありがとな(ダンケ)

「はっはっは!俺の第七感はすげえだろ!」

「いや第七感とかねえよ」

 

 ドヤ顔するカズキにマキリの氷のような瞳が少し動いた。少しばかりか内心驚いているかのように見える。カズキ達は飛んでくる見えない何かに当たらないようにするため廊下の角に隠れた。

 

「カズキ、ここらでぶっ放すぞ!」

「おうよ、まっかせな!」

 

 ケイスケはサイオンを降ろし、ポーチからM67手榴弾を取り出してピンを引き抜きアンダースローで投げ込んだ。爆発を引き起こし鉄の破片がマキリめがけて飛び散るが、どれも当たる前にマキリから逸れるように軌道を変える。ケイスケが角から覗いてM4を撃ちだし、カズキはSR-25で狙い撃ち続けた。マキリは角へと身を隠すがそれでも弾丸まマキリに当たることは無かった。その都度見えない何かが飛んできてケイスケが隠れている角を掠めていく。

 

「くそっ、どんな技を使ってんだ!ナオトが入れば見破れることができるかもしれねえけど…ってか王子、お前も頑張れよ!」

 

 ケイスケはすぐ隣でガクブルと震えて屈んでいるハワード王子を叱咤する。サイオンがやられてからこれまでの傲慢な態度が一変し、情けない様子になっていた。

 

「ば、バカを言うな!立場上、余がこんな手を汚す真似ができるか‼」

「お前、そんなこと言ってる場合じゃねえぞ‼」

 

 イギリスの王室でも軍歴やらもあり、趣味でハンティングとやらで銃を扱いは大丈夫だろうと思っていたが、手が汚れるから使わないという潔癖ぶりにケイスケは呆れた。

 

「ケイスケ、やべえぞ‼」

 

 カズキが焦りながら叫ぶ。マキリが更に歩み速さを速めてこちらに近づいてきた。その時ジャックが飛び出して一気にマキリへと迫った。彼女の速さにマキリは一瞬目を丸くするが、ジャックが振るったナイフを躱して後ろへと下がる。マキリが下がったと同時にジャックが再びマキリへと迫る。ジャックが動いた直後に彼女がいた場所に銃弾程の穴が開いた。マキリが下がりながら見えない何かを飛ばしたのだ。

 

「ブラックウッド卿の人形…それは私達への反逆と見なしてもいいのですね?」

「わたしたちに嘘をついたのが悪いもん。おかーさんはわたしたちが守る!」

 

 氷のような瞳で見つめてきたマキリに対し、ジャックはあっかんべーをしてナイフを振るう。マキリはそれを躱し、ジャックが攻める。

 

「いいぞジャック!どんどん攻めたれ!」

「それでもジャックの攻撃は当たってない…王子、俺らも援護するぞ!」

「そ、それは下々の者がやることであろう!余は手を出さんぞ!」

 

 折角ジャックが懸命に戦っているのにこの体たらく。さすがのケイスケも鬼のような形相で睨みつけた。それどころじゃねえと怒鳴りつけてやろうとしたが、銃声が響いた。ジャックの体に銃弾がかすむ。ブロフェルドが金色の装飾がついたワルサーPPKを構えて狙い撃ったのだ。

 

「私の目的は007だ。君達をこのまま帰すわけにはいかないのだよ」

 

 ブロフェルドが指をパチンと鳴らすと、ブロフェルドの後ろから黒スーツの男たちが颯爽と現れきた。AK74やらAR‐57やら構えてる銃はバラバラだが一人一人が腕の立つ殺し屋のようだ。ブロフェルドが片手を上げると一斉に掃射をしだした。

 

「やっべ!ジャック、下がるんだ‼」

 

 ケイスケがすぐさま怒声を飛ばす。いくら切り裂きジャックでもあの銃弾の雨をくらってはハチの巣になってしまう。カズキとケイスケが撃ち、カツェが水の弾幕を飛ばすが次から次へと黒スーツの男たちが現れてくる。これではキリがないし、こちらの弾が底をついてしまう。

 

「レッドマウンテン爽やか爽快ブラストーっ‼」

 

 何処からか喧しい声が聞こえたかと思うと廊下から爆風が物凄い勢いで噴き出してきた。黒スーツの男達は後方へと吹き飛ばされる。カズキとケイスケは後ろを振り向くと、手をかざしているセーラとドヤ顔をしているタクトがいた。

 

「はっはっは、待たせたなぁ‼」

「たっくん。これそういう名前の技じゃない」

 

「たっくん‼遅すぎだっての‼」

「お前、間違えられて攫われてんじゃねえよ‼おかげでこっちが危ないところだったじゃねえか!」

 

 カズキとケイスケが喜びながら文句を言う。喜んでいるのか怒っているのかどちらかにしてほしいとセーラはため息をつく。タクトの後ろについて来ていたナオトとワトソンは倒れているサイオンに気付いた。

 

「サイオン、やられているのか!?」

「そうだ、ワトソン!あれ持ってないの?」

「え?あれって何?」

 

 急に訪ねてきたカズキにワトソンは首を傾げる。ワトソンに何かを期待しているようだが、カズキは中々うまく言えれないでいた。

 

「えーと…なんだっけ‥‥あ、そうだ思い出した。じょうぷうずはんたーだ‼」

「いや何それ!?」

 

 何を言い出すのかと思いきや、本当に何を言っているのか分からないものを尋ねてきた。噛んだのだと思うが噛むというレベルではない。

 

「…もしかして自動体外式除細動器?」

「そうそうれ!さっすがナオト!」

「AEDなの!?どう噛めばそんな言葉になるんだい!?」

 

 噛むカズキも大概だがそれを理解するナオトもどうかとツッコミを入れたいがそれどころではない。生憎様、AEDは持っていないが何処かのフロアにあるかもしれない。それよりもタクトを助け出し、カズキ達とも合流できた。ここに長いはすべきではないと誰もが判断した。

 

「たっくんと合流したし、このまま脱出するぞ!」

「…そうだな、はやく出た方がいいかも」

 

「えっ。ナオト、それはどゆこと‥‥?」

 

 呟いたナオトにカズキとケイスケとカツェは直視するが、セーラが物凄く申し訳なさそうに口を開いた。

 

「…ここまで来る最中に、たっくんが所かまわず穴あき魔法を沢山使ってたから基盤が緩くなってるかも…」

「穴あき魔法じゃないって、UNKO VURASUTOだってば。ほら、セーラちゃんリピートアフターミー、UNKO」

 

「何してくれてんのお前ええええっ‼」

 

 セーラにUNKO言わす前にケイスケのアッパーカットがタクトに炸裂した。下手したらこのまま崩れて皆潰れてしまう。今はスペクターやら、伊藤マキリどころではない。本当に急いで抜け出さなければならない。

 

「俺とナオトは殿をする。ケイスケとは正面を、たっくんはサイオンを頼む!」

「その前に…ゲロ瓶をおみまいしてやる!」

 

 ケイスケはポーチから黄緑色の液体の入った瓶、ゲロ瓶を取り出して投げつけた。ゲロ瓶は床に叩き付けられて割れると緑色の煙を巻き上がらせる。

 

「…っ‼」

 

 煙に包まれる前に臭いを察したのかマキリは咄嗟に手で鼻を覆った。その隙を狙ってカズキ達は後方へと走りだす。追手を牽制するようにカズキはSR-25を、ナオトがAK47を構えて撃ちながら下がる。正面を駆けているケイスケとワトソン、カツェでこちらの行く手を阻んでくる敵を蹴散らしていく。このまま駆けて一階の正面玄関へと辿り着いたが、扉が開かない。鍵すらかかっていないのに押しても引いても出口の扉がうんともすんとも言わないのだった。

 

「なっ!?開かないのかよ!?」

「くそっ、どうなってやがる!」

 

「まあまあ、慌てなさんな。ここは俺のUNKOの出番だぜ」

「たっくん、せめてVURASUTOまで言って…って、あぶないっ‼」

 

 セーラの咄嗟の叫びにタクトはビックリして扉から離れる。その瞬間にタクトの肩と頬に見えない何かが掠める。後方から、マキリがゲロ瓶の悪臭を掻い潜って追いかけてきていたのだった。

 

「あの野郎…たっくんが嗅いだだけで戻したゲロ瓶の煙を搔い潜ってきたってのか!」

「ということはあいつ臭いぞ!ファブリーズマンと名付けようぜ」

「たっくん、マンじゃないと思う」

 

「というかそれどころじゃねえよ‼」

 

 ケイスケの怒声の入ったツッコミと共にカズキとナオトはマキリに向けて一斉に撃つがどの弾も軌道を逸らしていく。

 

「…何故ジキル博士が警戒するのか、いまだに分からない。彼らは遠山と比べれば遥かに弱い。だけど彼らの行動の一つ一つが私の意表を突く…妨げになるのかならないのか…」

 

 マキリはそう呟いた瞬間にカズキとナオトとケイスケの肩と手に痛みが走った。防弾装備だが勢いよく突かれ、ボディーアーマーに穴が開き、ずきずきと痛みを感じる。マキリが見えない何かをしてきたのだった。

 

「いってぇ!?ずるいだろ!チートじゃねえか!」

「くっそ…ナオト、何か見えたか…!」

 

 ケイスケは肩をさすりながらナオトに尋ねるが、ナオトは無言のままじっとマキリを睨んでいた。何か分かれば打開策を打てるのだが、手が分からなければ打つ手がない。

 

「お前等大丈夫かっ!?」

「ここは僕らが時間を稼ぐしか…!」

 

 カツェとワトソンはキッとマキリの方を睨むが、マキリはまったくのアウトオブ眼中のようでカズキ達をじっと見据えていた。

 

「やはり脆い…だが妨げとなるのならこのまま排除すry」

 

 自分の行動の妨げとなるのならば悪であり、排除すべきとこのまま一気に仕留めてやろうとした矢先、横顔に泥団子のような、ゴムボールのような何かが直撃した。気配すらなく、こちらが気づかないうちに攻撃してきたことに思わず驚き、仰け反りかえりそうになったが何とか持ちこたえた。どこから攻撃してきたのかと考えるが、明らかに攻撃した主犯であろう、タクトがどや顔をしていた。

 

「…今のは貴方の仕業?」

「その通りだぜ!俺の新魔法その2‼名付けて『SUGOKU TUKAIYASUI』‼」

「」

 

 どういうネーミングなのか、ドヤ顔して長いしよく分からない技名にマキリもカツェ達も目を点にした。それとは反対にカズキとナオトとケイスケは目を輝かせていた。

 

「たっくん、やるじゃねえか!」

「ざまあみろ、一泡ふかしてやったぜ!」

「たっくん、どんなのか見てなかった。このまま撃ち続けて」

「うまく発動できるかどうか加減が分からなかったけど、今度はもっと連射できるぞ!」

 

「暢気すぎるだろお前等!?」

 

「…やはりますますわからない」

 

 カツェがツッコミを入れ、緊張感がない相手だとマキリはため息をついてジト目で睨む。タクトがその新魔法とやらを使う前に仕留めようと動いた瞬間、目の前にサイオンが迫り正拳を放ってきた。マキリは両手で防いで後ろへと下がる。更にそこへカツェの放った水の弾幕とセーラが放った弓矢が飛び、大きく後ろへと下がって避けた。サイオンの復活に、ハワード王子は大喜びで声を上げた

 

「サイオン!」

「殿下、御見苦しい所をお見せして申し訳ございません…タクト、お前達には少し借りができたな」

 

 サイオンはちらりとタクト達の方へ視線を向けてふっと笑う。

 

「じゃあサイオンに美味しいごはんを奢ってもらおう!」

「そんなに軽くていいのか」

 

 咄嗟のタクトの思い付きに思わずサイオンもツッコミを入れてしまった。それよりも窮地だというのに全くぶれていない4人にサイオンは感心すべきか考えていた。

 

 

「ふ…相変わらずおめでたい連中だな」

 

 突然、屋敷内に響き渡るほどのエコーがかかった声が聞こえてきた。どこから聞こえてきたのかとカズキ達は辺りを見回すと、マキリの横で黒い霧がモヤモヤと現れて人の形へと変わっていく。それは黒いローブを羽織った黒のスーツを着た、黒のオールバックの男、ドイツでゾンビ騒動を起こした張本人、ブラックウッドだった。

 

「あっ、M字ハゲの魔術師だ‼」

「ブラックウッド!てっめえ、ドイツでの落とし前をきっちりつけてやる‼」

 

 カツェは殺気を込めて睨み、ブラックウッドとマキリめがけて水の弾幕を飛ばした。するとブラックウッドは黒い手袋を付けた右手に持っている水晶玉を掲げた。その水晶玉は皆既日食を起こした太陽の様に黒く光っており、水の弾幕は吸い込まれるように消えていった。ブラックウッドはカツェに向けて鼻で笑う。

 

「いくら強い超能力であっても『これ』には無意味だ」

 

「…‼そうか、それが…」

 

 超能力者であるカツェとセーラにはブラックウッドが持っている水晶玉が一体何なのか一瞬で理解した。間違いなくあれがこの事件の、イギリスを腐食の霧で包み込んだ元凶。カズキ達はキョトンとしていたが、ブラックウッドは不敵に笑った。

 

「いかにも…これが【十四の銀河】の秘宝の一つであり極限へと全てを高める魔力を込めた秘宝、【極限宝貝・エクリプス】だ」

 

 ブラックウッドの持っている水晶玉、【極限宝貝・エクリプス】は禍々しく黒く光る。ぴしぴしと壁から軋みだす音が聞こえてきた。

 

「…ブラックウッド卿。予定より少し早いのでは?」

 

 ブラックウッドの横にいるマキリは冷たい目でブラックウッドを横目で見るが、ブラックウッドは低く笑って答えた。

 

「なに、思ったほどうまく事が進んだ。これ以上は待ちきれないのでね、少し霧の腐食の力を早めてもらう」

 

 壁がきしみだしたのは腐食の侵攻が速まり、倒壊へと進みだしたのだった。そんなブラックウッドにマキリはため息をつく。

 

 

「ブラックウッド卿、貴方がご機嫌がいいのは構わないがね、私としては早く007を仕留めておきたいのだよ」

 

 そうしているうちにブロフェルドと黒のスーツの男達までもが追い付いてきた。マキリに続いてブラックウッド、そしてブロフェルドとどんどん追い込まれてきた。

 

「問題は無い。こちらが早くすませば立て続けに終わる。それに…貴方にはやってもらうこともあるのでね」

 

 ブラックウッドは不敵に笑って左手でポケットに入っている物を見せた。それは木製の精油パイプだったがそれが一体何なのか、カズキ達はすぐに理解できた。

 

「それメヌエットちゃんの精油パイプじゃん!?」

「てめえ、メヌエットに何かしやがったのか…!」

「ま、まさか‥‥それをペロペロしたいのか!?」

「たっくん、それはない」

 

 睨みつけてくる4人組にブラックウッドは低い声で笑い、精油パイプを握りつぶした。

 

「簡単な事さ…私の目的のための人質になってもらったのだよ」

 

「目的だと…なんのつもりだ!」

「お前、誘拐とか事案だからなこの野郎!」

「やっぱりそれをペロペロしたいだけじゃないか!」

「違うってば」

 

「私の目的は‥‥復讐。シャーロックホームズを、このイギリスを葬るための復讐だ」




 やっと【極限宝貝・エクリプス】の登場とブラックウッド卿の再登場…イギリス編はかなり長くなると思ったら本当に長くなりそうだ…(白目

 緋弾のアリアの世界に007とボンドがいるのにスペクターとか、古代とか超人的なキャラよりもおなじみな組織もいてもいいのにと思っていたり…まあモリアーティー教授がいるからシカタナイネ


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83話

 イギリスの国会議事堂ことウエストミンスター宮殿や王室のバッキンガム宮殿とか行ってみたいですね…

 ロンドンのタワーブリッジがロンドン橋かと今日まで思ってました(オイ


 カズキ達がタクトを追っていった数時間後、メヌエットは精油パイプを咥えたまま自分の部屋の窓から外の景色をずっと眺めていた。この日はいつもよりも一段と霧が濃くなっていた。何かを考えているのか、メヌエットは外を眺めながら時たま「Hum」と呟いている。

 

「お嬢様、皆様がご心配ですか?」

 

 そこへリサが紅茶と焼き菓子を持ってやってきた。リサが来たとわかるとメヌエットはすぐに振り向いて微笑む。

 

「まあね。あの喧しい連中のことだからまた何かやらかすんじゃないかって」

「うふふ、カズキ様達なら大丈夫ですよ。今回もきっと賑やかに騒ぎながら帰って来ます」

 

 メヌエットはその通りねと苦笑いして紅茶を飲む。彼らの事だから普通では考えられない事をやらかして、意表をついてくるだろう。かちゃりとティーカップを置いたメヌエットは真剣な表情でリサを見つめた。

 

「リサ、少しお使いを頼んでもいいかしら?」

 

「お使いですか?」

 

 キョトンと首を傾げるリサにメヌエットは机の上に置いてある手紙を渡した。

 

「これを今すぐ時計塔の凛さんに渡してくれないかしら?」

「遠坂様へですか?あ、それでしたら何かお茶菓子のご用意を…」

「いいえ、その必要はないわ。それとメイドのサシェとエンドラを連れて行きなさい」

 

 その事を聞いたリサは目を丸くした。自分ならまだしもこの屋敷のメイドの二人まで出てしまうとこの屋敷にいるのはメヌエットだけになってしまう。

 

「で、ですがお嬢様、それだとお嬢様一人になってしまいます…」

「いいのよ。時には一人で考えたい事もあるの…さあ時間がないわ、今すぐ行きなさい。じゃないとあの騒がしいおバカ4人を路頭に迷わせるわよ?」

 

 そうなってしまってはいけないとリサは頷いて焦りながら部屋を後にした。しばらくして、メヌエットは窓からリサがメイドを二人連れて外へ出て時計塔へと向かって行ったのを確認すると大きく息を吐いた。

 

「ふう…これでやっとお話ができまわすわね。ずっとこちらをのぞき見しているなんて悪趣味ですわ」

 

 メヌエットはそう毒舌で語って後ろを振り向いた。閉まっていたはずのドアが開いており、そこにはMI5のDが立っていた。Dはメヌエットを見つめにんまりとする。

 

「いやはや…こちらに気付いておりましたか、メヌエット女史」

 

「率直に聞くわ。ハワード王子の誘拐を指示したのは貴方でしょ?」

「さあて、何のことやら」

 

 肩を竦めてわざとらしい笑みを見せるDにメヌエットはどうでもいいかのようにジト目で睨んだ。

 

「ですが本当の狙いは王子ではありません…王子の傍にいたジャックが狙いなのでは?」

「‥‥私にはなんの見当もつきませんなぁ」

 

 へつらいの込めた笑みを見せるが声は笑っていなかった。それでも構わずメヌエットはさらに話を進めていく。

 

「ジャックは貴方方にとってあまり良くないことを知っている。王子を攫えば彼女は間違いなく追いかけてくる、そしてのこのことやってきた彼女を始末する予定だった。ですが貴方は王子と間違えてタクトを攫ってしまった…とても素敵な誤算ね」

「ははは…貴女の妄想話はとても面白いですな」

 

「そうかしら?こちらとしては貴方の三文芝居のほうがとってもつまらないわ。ここには私だけしかいませんし、正体を明かしたらどうです?D…いやブラックウッド卿」

 

 その言葉を聞いたDは笑うのをやめ、真顔になった。ジロリと細く鋭い目でメヌエットを睨んだ。

 

「…本当に面白い事を言いますなぁ。何故、そう思うのです?」

 

「簡単な事ですわ。私、以前に貴方にお会いしたことがありますの。その時の貴方はブラウンの瞳、ですが今の貴方はダークグリーンの瞳。カラーコンタクトかと最初は思っていましたが…ジャックを睨むあなたの殺意を込めた眼差しで確信致しましたわ。Dに変装し、今すぐ彼女を始末しなければならない人物はたった一人しかいません」

 

 それが貴方、ブラックウッド卿であるとメヌエットは指をさす。ずっと真顔で見つめていたDはくくくと低く笑い、軽く拍手をした。

 

「‥‥やはりあの名探偵の血筋というわけか」

 

 するとDは黒い霧に包まれると、黒いローブを羽織った黒スーツの男、ブラックウッドへと変貌した。

 

「本当ならば王子が攫われあの喧しい連中が追いかける予定だったが…どちらにしろこちらの都合に転んだのは変わりない。さて、メヌエット女史よ。あの忌々しい探偵を誘き寄せる為、私とご同行お願いする」

 

 手をこちらに向けてきたブラックウッドにメヌエットは車椅子につけていた古い軍用銃、リー・エンフィールドを構えてブラックウッドに銃口を向けた。

 

「…そんな空気銃で退けれるとお思いかね?」

「無駄な事はわかっています…ですが、そう簡単に貴方とご一緒するつもりはありませんわ。それにはっきりと言っておきましょう。この私を攫ったとしても、お姉様もそして曾お爺様も、シャーロック家は貴方なんか相手にしませんよ。ペテン師である貴方には全く興味ありませんので」

 

 ブラックウッドはペテン師と聞いてピクリと反応した。額にはかすかに青筋を浮かべており、必死に怒りを堪えているようだ。

 

「どちらにしろ、私の復讐には変わりない」

 

 ブラックウッドは右手に持っている水晶玉をかざす。黒い霧が勢いよく現れメヌエットに向かって包み込むように襲い掛かる。メヌエットは臆せずにリー・エンフィールドの引き金を引いた。

 

___

 

「復讐だと…!」

 

カツェはキッとブラックウッドを睨むが彼はそんな事には構わず話を進めた。

 

「かつて私を追い詰め、この私をペテン師と言い放ったあの忌々しい探偵を葬らせ、この私をペテン師と嘲笑うこの国を消すことで証明させるのさ。モリアーティーではなく私こそがこの闇を支配する者であり、このイギリスを支配する者だと」

 

「所謂リベンジofデスってことか!」

「たっくん、デスしたら意味ない」

「二人とも、そんなことしてる場合じゃない」

 

 そう呑気にコントをしている場合かとセーラはタクトとナオトにツッコミを入れた。シャーロックを誘き寄せる為に、殺すためにイギリスを霧に包ませ、そしてメヌエットを攫ったのかとセーラとカツェはブラックウッドを睨み付ける。

 

「…はっ、どういった目的か聞いて見れば随分と小せえじゃねえか」

 

 ブラックウッドの目的を聞いたケイスケは軽く貶す様に笑い、ブラックウッドはピクリと反応した。

 

「小さい野郎だな。そんなことしてもてめえなんか相手にならねえよ」

「そうだそうだ!予習復習なんてしても俺達で十分だぜ!」

 

 恐れを知らずに挑発するケイスケとカズキに対してぷるぷると震えるブラックウッドにマキリはため息をついて肩を竦める。

 

「ブラックウッド卿、わざわざ自分の機嫌を損ねに戻って来たのではないのでしょう?」

「‥‥その通りだったな。これから最終段階に入る」

 

「てめえ、何をするつもりだ…!」

 

 ブラックウッドは【極限宝貝・エクリプス】を掲げると、水晶玉は再び黒い光を放って照らし出す。何をするのかカツェ達は身構えたが、一向に何も起こらない。

 

「霧の腐食を更に早めた。いずれイギリス中の建造物が崩壊するだろう。だが、ある場所を除いてだ。我々はその場所へ向かう」

 

「その場所って‥‥まさか!」

 

 ワトソンは何かを察したようで、ブラックウッドは深く頷いて口を開いた。

 

「まずはウェストミンスター宮殿、国会議事堂。そしてバッキンガム宮殿、女王陛下のいる場所へと向かう」

「貴様…議員達や女王陛下を始末するつもりか…!」

 

 サイオンは怒りに満ちた眼差しでブラックウッドを睨んだ。議事堂では今でもこの霧の対策について会議をしている議員達、宮殿にはイギリス王室の者たちが避難している。

 

「いかにも、そこにはお前の長官であるMもいるものな。議事堂には私も向かう」

 

 ブロフェルドはニヤリとサイオンをあざ笑う。

 

「スペクター…そして我々Nの目的の為、向かうとしよう」

「そのまま行かせるかよ!」

 

 カツェはワルサーP90をブラックウッドに向けて撃つが、マキリの手が動くとその弾丸は軌道が逸れてた。ブラックウッドは不敵に笑い、水晶玉をかざした。

 

「その通りだな…私が何もせずにここから去るわけがない」

 

 ブラックウッドの足下から大きな赤い魔法陣が発現したかと思いきや、そこから這い出るかのように骸骨や体が腐りかけ、臓物や骨を剥き出しにした白目のゾンビの群れが現れてきた。ゾンビを見てカズキ達は焦りだす。

 

「げえっ!?またゾンビかよ!?」

「うえええっ!?レリックとかないから無限沸きか!?」

「チェーンソーとか持ってきてなーい!」

 

「学ばせてもらった。ドイツでただ単にレリックを使ったわけじゃない。ゾンビ…グールの召喚なぞこの【極限宝貝・エクリプス】を持った私に造作もない」

 

 ブラックウッドはドイツでゾンビを使って国を襲おうとしたのではなく、復讐の為だけにこの術を習得し、もののついでということでドイツ中をゾンビに溢れ返させようとした。それを理解したカツェは怒り心頭にブラックウッドを睨んだ。

 

「てめえ…その為だけに同志を、そして先人達を貶しやがって‼許さねえ!」

 

「ふっ…せいぜいそう喚いているがいい。ならばこの国を潰したらそのついでにお前の祖国を次の標的にしよう。まあお前達はそれを目の当たりにすることなく、餌となるのだがな」

 

 ブラックウッドは水晶玉をかざし、マキリやブロフェルド、黒スーツの男達とともに霧に包まれて消えていった。この場に残るのはカズキ達と沸き続ける蠢く屍の群れ。

 

「なんとしてでもここを切り抜けるぞ‼」

「ゾンビパーティーの再開だぜーっ‼」

 

 カズキの掛け声ともにカズキ達は撃ちまくりながらゾンビの群れを倒していく。カズキ達に襲い掛かるゾンビを片付けなければならないが、倒壊するかもしれないこの屋敷からも抜け出さなければならない。ケイスケはその事を気に掛けながら、もう一方の事も気にかけていた。サイオンとジャックは只管縮こまって襲い掛かるゾンビに震えているハワード王子を守りながら戦わなければならないし、カツェはブラックウッドに対して怒りを募らせて冷静ではない。

 

「ちくしょう…ちくしょう…‼」

 

「まずい。あいつ怒って周りが見えてねえ!カズキ、カツェを頼む!」

「おう!カツェ、落ち着けって‼」

 

「イエーイ!ゾンビパー…って囲まれたー!?」

「たっくん!無暗に突撃しないで…!」

 

 カツェは冷静でいないわ、その間にタクトが勝手に突撃して囲まれるわ、王子は動けないわで収拾がつかない。発言している魔法陣から限りなく沸きだすゾンビや骸骨の群れに弾が追い付かない。ケイスケは次第に焦りを募る。

 

 そんな時、遠くからエンジン音が響いてきたのが聞こえた。最初に聞いたセーラは誰かがまた装甲車で突っ込んでくるのではと身構えるが、いつも装甲車でダイレクトアタックするタクトは自分の隣にいるし、やり兼ねないカズキ達もこの場にいる。では、いったい誰なのか思い当たる人物がいない。そんな事を考えている間に激しいエンジン音はもう間近に近づいて来ていた。

 

 大きな扉が激突する音とともに吹っ飛び、そこからFV603サラセンが猛スピードで突っ込んできた。ゾンビや骸骨達を撥ね飛ばしながらカズキ達の近くで止まる。サラセンの円形のハッチが開くと凛が身を乗り出して出てきた。

 

「みんな、待たせたわね!クソ神父御用達よ‼」

 

「凛先輩!すっげええ‼」

「さっすがは俺達の先輩だぜー‼」

 

 カズキとタクトは目を輝かせているが、セーラはやっぱりあの神父の生徒だけあると遠い目をしていた。サラセンの車体後面の扉が開くと、そこから2丁のガバメントを構えたアリアが飛び出してゾンビに向けて銃弾を撃ち、サラセンの扉からリサがひょっこりと顔を覗かせた。

 

「全く、あんた達に関わると厄介な事ばかりね!」

「皆様‼お助けに来ました!」

 

「リサ、助かった!」

「というかなんでアリアまで来てんだ?」

 

 アリアはむすっとしてポケットから手紙を取り出し、カズキに押し付けた。

 

「リサがメヌの手紙を届けにきてくれたのよ。内容は私にあんた達を助けに行ってほしいって頼み。それからブラックウッドとかいう奴の囮に自らなることが書いてあったわ」

 

 手紙にはアリアにカズキ達の助けになってほしいと頼み事とブラックウッドの目的、そしてその標的になり兼ねないアリアの代わりに自分が囮になると書かれてあった。

 

「メヌは私がメヌやこの事件に関わることで、私がブラックウッドの標的になると焦っていたのね…私がそいつの毒牙にかからないように身代わりになった…だからあんた達!こんな所で油売ってる暇はないわよ‼」

 

「その通りだね!急いでメヌエットちゃんを助けに行こう!」

「ホントにさ!妹を攫った事でお姉ちゃんがプンスカプンだぜ‼」

 

「さっきまでゾンビパーティーとか言って騒いでただろ」

「兎に角早急にロンドンに戻らなくちゃね」

 

 ケイスケのツッコミにカズキとタクトはテヘペロする。アリアはやる気を見せる4人組に笑って頷いた。

 

「そうね…大事な妹を手にかけようとする輩に風穴開けてやるわ‼」

 

「話はすんだ?そうと決まればさっさとここから出るから早く乗りなさい!」

 

 凛はカズキ達がサラセンに乗り込んだのを確認するや否やポーチからエメラルドやルビー、ガーネットやらいくつもの宝石をゾンビの群れや赤い魔法陣に向けて投げた。

 

「爆破‼」

 

 力を込め、手をかざして叫んだと同時に宝石が光り出して爆発を巻き起こした。宝石を捨てるなんて勿体無いと見ていたカズキとナオトは目が点になり、タクトは目を輝かせた。

 

「宝石って爆発するんやな…」

「すっげえええ!よーし、俺も援護するぜ‼SUGOKUTUKA…」

 

「それはいいからさっさと出るわよ‼」

 

 タクトの新魔法は凛に止められ出る幕が無くなった。先ほどの強い爆発のせいなのか、タクトがUNKO VURASUTOを使いすぎたせいか屋敷は揺らぎ、崩れ始めた。サラセンは勢いよくバックをして倒壊する寸前に屋敷を脱出。ハンドル捌きで方向転換し猛スピードで走り出す。凛の荒いドライブテクで車内はガタガタと揺れる。

 

「ほんっとあのクソ神父のせいで余計なスキルがついてしまったわ…!」

 

 凛はやけくそ気味に愚痴るが満更でもなさそうだった。先ほどまでブラックウッドへの怒りで熱くなっていたカツェはようやく冷静に保った。

 

「はあ…ようやく頭が冷えたぜ…カズキ、心配かけて悪かったな」

「OKOK、気にするなって。俺はいつでもOKだぜ」

 

 言ってる意味は分からないが、カツェを励ましているのは確かだというのは分かった。カツェは少し照れながら笑ってそっぽ向く。全員落ち着いてきたところでこれからどこへどうするか、ケイスケはサイオンとアリアに尋ねる。

 

「それで、まずはスペクターかブラックウッド、どっちから行くんだ?」

 

「連中はまず最初に国会議事堂をジャックするつもりだ。そこにはMI6の局長、Mや議員達もいる。奴等が彼らを始末する前に止めるぞ」

「そうしたいのは分かるわ‥‥でも、間に合うの?」

 

 アリアの言う通り、ここからロンドンの国会議事堂まではかなりの距離がある。そこに辿り着く前にすでに乗っ取られており、間に合わない。

 

「その事ならたぶん大丈夫よ」

 

 凛は運転しながら後ろへちらりとアリアに視線を向ける。

 

「私達にはまだ頼れる人がまだいるわ…まああの愉悦の笑顔はむかつくけど」

「凛先輩、それってもしや…」

 

「って、ぶつかるー‼ちゃんと前を見てくださいよ!?」

 

___

 

 いつもより深い濃霧の中をブロフェルドを先頭に部下である黒スーツの戦闘集団を引き連れて進み、ウェストミンスター宮殿へと近づいていた。濃霧警報という異例の事態で誰もが外へ出ず、国会では議員達が今も尚話が進まない長ったらしい会議をしている。

 

 ブロフェルドは密かに企んでいた。スペクターを再興させ、今はNとかいう突然現れた国際犯罪組織の一員となっているが、ずっと下のままいるつもりは無い。このロンドンの大規模なテロを済ましたあかつきには逆に利用してこの組織を乗っ取ってやろうとほくそ笑む。

 

 だが国会議事堂の入り口が見えてくると、ブロフェルドの笑みは消えた。うっすらとしている霧の中で議事堂の入り口手前に立っている男が見えた。黒い祭服を着た人物、ジョージ神父が愉悦の笑みを見せて立っていた。

 

「お前には見覚えがあるぞ。確か…イギリス政府の重鎮、マイクロフト・ホームズだな?」

 

「その通りだが…今の私は旅行好きのジョージ神父だ」

 

 ブロフェルドもジョージ神父もお互い愉悦の笑みをするが、ブロフェルドはワルサーPPKを引き抜いて銃口を向ける。

 

「ではジョージ神父、何のつもりだ?我々の前に立って行く手を阻んでいるようだが、まさかこの数を相手に一人で守り抜くつもりかね?」

 

「ふふふ、どうやらメヌエットも人使いが荒いな…久しぶりに運動ができそうだ」

 

 ジョージ神父はにこやかに笑いながら、細い剣を3本ずつ両手で掴んで刃先をブロフェルドへと向ける。

 

「私はただの時間稼ぎだ」

 

「時間稼ぎか…面白い、できるものならやってみろ」

 

 ブロフェルドが引き金を引いて撃ったと同時に黒のスーツの男たちが一斉にジョージ神父に向けて掃射した。ジョージ神父はこちらに向かってくる弾丸の雨を細い剣で全て弾かせる。剣は折れてしまったが、ジョージ神父は敵に向かって投げつけ、新しい剣を取り出す。

 

「やってみせよう…だが君達を懲らしめるのは彼らだがね」




 緋弾の最新刊もそうだけど、最近リサやカツェやセーラの活躍が多くてマンモスうれぴー…メインヒロインのアリアはまだしも、どんどん新ヒロインが出てくるからリコリンや白雪ちゃんの出番がががが



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84話

 デッドプール2が制作されることに歓喜。ローガンやももう間もなく始まるし、スパイダーマンも楽しみ…マーベル作品がどんどん映像化していって嬉しい(コナミ感


 ブロフェルドは少し苛立っていた。こちらは大勢の部隊で国会議事堂へと攻めたてようとしているのに、その入り口の手前にいるたった一人の神父相手に苦戦を強いられていたのだった。

 

「何を手こずっている。掃射して射殺せ」

 

 ブロフェルドの静かな苛立ち声に焦る様にビクリと反応するように部下達は神父を標的に一斉に掃射をした。ジョージ神父は細身の剣で全ての弾丸を切り落とす。

 

 両手に持っていた計6本の剣は切り終えた後、耐えきれずに刀身が折れて落ちる。ジョージ神父の足下にはいくつもの折れた剣が落ちていた。

 

「‥‥」

 

 ジョージ神父は両手に持っている柄だけ剣を投げ捨て、拳を構えた。もう剣のストックが底を尽きたのだろう。これでこちらに抵抗する術が減ったことにブロフェルドはほくそ笑む。

 

「よもや拳だけで守り切るというのかね?」

「…言ったはずだ。私はあくまで時間稼ぎにしかすぎないと」

「時間稼ぎ?面白い事を言う。私が何も考えずにこの国会議事堂を襲撃すると思っているか?」

 

 ブロフェルドはワルサーPPKの銃口を向けて不敵に笑う。

 

「武偵局、警察、諜報機関に多くの戦闘員を向かわせ足止めをしている。そしてこの濃霧にブラックウッドの魔術、この場へ来るものは誰一人もおらん」

 

 ブロフェルドはワルサーPPKを引き金を引き撃った。ジョージ神父はその弾丸を躱してブロフェルドの懐まで迫り拳を放った。しかしその拳はブロフェルドの片手に止められ、ブロフェルドは目で周りへ合図すると部下達は神父に向けて一斉に撃った。ジョージ神父は後ろへ下がり再び拳を構える。拳では防ぐことができないため体に掠り傷ができていた。

 

「孤立無援とはまさにこの事だな。マイクロフトよ、そろそろ引導を渡してもらおうか」

 

 ブロフェルドは片手を上げて合図をした。彼の後ろからM60を構えた部下が数人彼の前へと出て構えた。ハチの巣にされるというのにジョージ神父はそれでも尚愉悦の笑みを見せた。

 

「‥‥何がおかしい」

「何度も言わせないでもらいたい。私はあくまで時間稼ぎだ」

 

 決して揺らがないジョージ神父の愉悦の笑みにブロフェルドは訝しげに睨み考え込む。ジョージ神父は警察も、武偵も、そして他の諜報機関の援軍を待っていない。だとすれば一体何を待っているのか。

 

 そんな事を考えていると、遠くから激しいエンジン音が響いてきた。ブロフェルドも彼の部下達も銃を降ろして音のなる方へと振り向く。濃霧で見えないが、その音は次第にこちらへと近づいてくる。

 

 一体何かと目を凝らすと、二つのライトの光が見えてきた。その光はエンジン音と共に近づき、それが何かとブロフェルドが気づいた頃には濃霧の中からFV603サラセンがこちらに向かって突っ込んできた。ブロフェルド達は慌てて突進してくるサラセンを躱し、サラセンは急ブレーキをかけ、国会議事堂の入口へダイレクトアタックする前に止まった。

 

「凛先輩もこいつらと同じぐらい運転メッチャクチャじゃないですか!?」

 

「仕方ないでしょ!?このおバカ達が急げ急げと急かすんだから!」

 

 ハッチが開いて出てきたのはギャーギャーと喧しく騒ぐアリアと凛だった。後方の扉からはカズキ達が勢いよく出てきたが、タクトだけは顔面蒼白だった。

 

「おりゃーっ‼間に合ったぞー‼」

「こっからぶちのめしていくぞ」

「あれ?たっくんは?」

 

「あ、あのっ、タクト様が遠坂様の運転で吐きそうになってます!」

「もうだめ、マジ吐く…カズキ、俺達友達だよな?」

「…たっくん、折角の登場が台無し」

 

 戻す5秒前のタクトにギャーギャーと喚くカズキ達を無視してサイオンはグロッグ18Cをブロフェルドへと向けて睨んだ。

 

「ブロフェルド。今度こそお前を捕え、父とお前の因縁を終わらせる」

「エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド!貴方を逮捕するわ!」

 

 アリアも2丁のガバメントを構えてブロフェルドを睨む。ブロフェルドは目を丸くして見ていたが、くくくと低く笑いだした。

 

「そうかそうか、こいつらが待っていた援軍とやらか‥‥私をなめているのか…‼」

 

 殺気を込めて睨むブロフェルドにカズキは鼻で笑った。

 

「へっ!なめているのなら舐めてやるぜ‼ペロペローっ」

 

「奴を殺せ」

 

「お前何変に挑発してんだよ!?」

 

 ブロフェルドの標的がサイオンからカズキに変わり、変に挑発するカズキをカツェはツッコミを入れカズキが襲われる前にブロフェルドへと水の弾幕を飛ばした。ブロフェルドの周りにいた部下達には直撃するがブロフェルドには当たらなかった。サイオンが飛んでいる水の弾幕を縫うように駆けてブロフェルドへと拳を放った。目にも見えない速い拳をブロフェルドは余裕綽々で受け止めた。

 

「その程度の力で、私を下せると思ったか?」

「やってみせる…‼」

 

「よし、サイオンを援護するぞ!」

「行くぞケイスケ―っ‼俺達の実力をあなばるな!」

 

 サイオンを援護しようとカズキとケイスケはサイオンを狙おうとする外野に向けて撃つ。一方ナオトは未だにタクトが出しゃばってこないので気になってサラセンの陰を覗き込む。

 

「あー…やばい、これはマジでヤバイ。俺の喉のとこらへんがラグナロクしてる」

「た、タクト様、落ち着いてください。まずは一度一呼吸を」

 

 戻す寸前なのかそうでないのか吐き気を催しているタクトをリサが介抱していた。これぐらいよくしゃべるのですぐに元気になるだろうとナオトは自己完結で頷いた。

 

「どうしてこう、大事な場面の出鼻を崩すのか…」

 

 タクトとリサが狙われないように弓を射ながら守っているセーラは半ば呆れ気味にため息をついた。

 

「くそっ、敵数が多い!」

「ナオトー‼援護してくれー‼」

 

 カズキの情けない叫びにナオトはやれやれとため息をついてポーチからMK3手榴弾とスタングレネードのピンを引き抜いた。

 

「手榴弾投げ放題ー‥‥」

 

 そう言ってナオトは投げ込んだ。二つのグレネードは敵陣へと転がり衝撃を飛ばすが、カズキとケイスケ、カツェ、アリアまでもが巻き込まれそうになった。

 

「おいいいっ!?ナオトー‼投げるなら投げるって言えや!?」

「あぶねえだろ!?俺達も巻き込むつもりかバカ野郎!」

 

「ちゃんと言ったぞ。『手榴弾投げ放題ー』って」

「それで分かるかよ!?というかこれでよくチームを組めたな!?」

「もう…‼このバカ達と組むと胃が痛む事ばかりだわ…!」

 

 ギャーギャーとナオトへの文句を言うが、ナオトはなんで怒られてるのかと首を傾げていた。一方、サイオンとブロフェルドはお互い拳を受けることなく激しい攻防を繰り広げていた。サイオンは目にも止まらぬ速さで拳を振るうがブロフェルドには当たることなく、ブロフェルドは不敵な笑みを見せていた。

 

「まったく同じものだな。お前の格闘はジェームズボンドとまったく同じ動きをしているぞ!」

「っ!?」

 

 サイオンの左拳を受け止めるとブロフェルドは鳩尾へと拳を叩き込む。前倒れになるサイオンの顔面に膝蹴りを入れ、怯んだ隙にワルサーPPKの銃口を向けた。

 

「させるかっ!」

 

 そこへ肘、手首、手の甲、指からカードナイフのような刃物を出したワトソンがブロフェルドへと飛び掛った。腕を鞭のように振るうがブロフェルドはチラ見しただけでひらりと躱す。

 

「…ブラックウッドはどうやらホームズしか目が無いらしい。蚊帳の外で気の毒だな、ワトソン卿」

 

 ひらりと体を回して回避した勢いでワトソンの腹へと勢いよく蹴りを入れて蹴とばした。

 

「うぅっ…‼」

「ワトソン!このっ、風穴開けてやるわ‼」

 

 アリアはブロフェルドへと2丁のガバメントで撃った。しかし彼女の撃った弾丸はブロフェルドに当たることは無かった。ブロフェルドは静かにワルサーPPKを連射しアリアが撃った弾丸を弾き飛ばす。自分が撃った弾で弾かせたとわかったアリアは驚愕した。キンジがやる飛んできた弾丸に向けて撃って弾かせる技、銃弾撃ちをブロフェルドが容易くしてきたことに驚きを隠せなかった。

 

「こんな隠し芸みたいな技に驚いては困る。何年、ジェームズボンドと死闘を繰り広げてきたことか」

 

 肩を竦めるブロフェルドは弾倉を交換させてリロードし、アリアへと狙いをつけて撃った。

 

「おらーっ‼盾ガード‼」

「そっから離れやがれ‼」

 

 アリアへと飛んでくる弾丸を防弾シールドを用意していたカズキが防ぎ、カズキの後ろからケイスケがM4で狙いをつけて撃つ。ブロフェルドは不敵に笑って後ろへと下がった。

 

「あ、あんた達…借りとか作らないからね!」

「え?カニ?カニは美味しいよな!」

「そういう話をしてないわよ‼」

 

 頼りになるのか、それともただのバカなのか、アリアはプンスカと文句を言った。今回はキンジがいない分、自分がやらなければならない。この喧しい連中は頼りになるかどうか分からないが、ここで弱音を吐くつもりはない。アリアは気を引き締めてガバメントをリロードする。

 

「私の銃だけじゃ力不足。フォロー頼んだわよ!」

 

「任せな!援護するのに評定はある俺達だからな。なあケイスケ!」

「初耳なんだけど?」

 

 サイオンに加え、カズキ達がブロフェルドと戦っている間、弱音どころか別のものを吐きそうになっているタクトは必死にリバースするのを耐えていた。

 

「くっ…この数じゃ宝石の残りが持つかどうか分からないわね…ってあんたまだそこにいたの!?」

 

 魔力を込めた宝石を使って戦っていた凛は未だにリバースしかけているタクトに気付いてツッコミを入れた。タクトはプルプルと震えながらもドヤ顔をした。

 

「ふっ…ヒーローは遅れてやって来るもんだぜ」

「吐き掛けのヒーローとかごめんだわ」

「でももう大丈夫!リサのくれた吐き気止めのおかげで元気ハツラツ!ジョージ神父、凛先輩!ここから俺のだいでんどん返しを見せてやるぜ!」

「それを言うなら大どんでん返しでしょ」

「ふふふ、期待しているよ」

 

 リサに手当を受けているジョージ神父はにこやかに笑う。ふんすと張りきったタクトはM16を持って突撃していった。

 

「うおーっ‼筆頭デスナイトのお出ましじゃーっ‼」

 

 タクトは奮戦して撃つが、ものの数秒で敵に囲まれてしまった。タクトを援護するようにセーラが弓で射て、ナオトがAK47を、ワトソンがP226で撃ってタクトを救出する。

 

「たっくん、無茶しすぎ」

「しっかりしろよ、筆頭デスナイト」

「こ、こっからが俺の見どころさ!ってそういえば王子は?」

 

 ふとタクトはハワード王子のことを思い出してキョロキョロとあたりを見まわした。王子はサラセンの陰で身をひそめて隠れていた。王子に狙いをつけて向かっている敵はジャックがたった一人で只管戦っていた。タクトは駆けて王子を立ち上がらせた。

 

「王子!そんな所で引きこもっている場合じゃないですぜ!」

 

「ば、バカを申すな!余は立場がある身!このような危険な戦いは下々の者に任せればよかろう!」

 

 頑なに戦わないと言う王子にタクトはキョトンとするが、ハワード王子は話を続ける。

 

「そ、それにここはサイオンとジャックに任せればよかろう?お前達もおるのだから余の出る幕ではなry」

 

 王子が言い終わる前にナオトが王子に向けて頭突きをかました。突然の事にセーラもワトソンもギョッとし、受けたハワード王子本人も言葉が出なかった。ただ、ナオトの様子にタクトは気づいていた。

 

「な、ナオト!?王子になんてことを…!?」

「やっば‥‥ナオトがキレた!」

 

 今のナオトはフルジップのパーカーで顔が隠れて見えないし、明らかにキレているという雰囲気さえも窺えない。驚く王子にナオトはホルスターからFN5-7を引き抜いて王子に押し付けた。

 

「誰かがやるからやらなくていいじゃない…人生には自分でやらなきゃいけない事がある。それが今」

 

 ナオトの威圧に押され何も言えない王子に更に話を進める。

 

「どんなに危険な事でも逃げないで立ち向かわなきゃいけない。それに、意味のない戦いなんてない。ジャックのために、サイオンのために…この国の危機を救うためにやるんだ」

 

 そう告げ終わるとナオトは奮戦しているジャックの援護へと向かって駆け出していった。何も言えなかった王子は辺りを見回す。傷つきながらもブロフェルドの因縁を終わらせるために戦うサイオン、そのサイオンを手助けしているカズキとケイスケとアリア、国会議事堂へと入らせまいと必死に護って戦っているジョージ神父や凛やカツェ。自分よりも幼いジャックも戦っているというのに何もできていない自分に悔しさが募り押し付けられた拳銃を強く握った。

 

「余は…余は…!」

 

 確かに銃の扱いはできるが、こんな戦いなんて経験したことがない。恐怖と焦りに竦む王子の肩をタクトはポンと叩いた。王子は振り向くとタクトはニシシと笑った。

 

「そうビビることは無いぜ。俺がいるさ!なんたって俺達ソウルメイトだもんな!」

「タクト…!」

 

 タクトに勇気づけられ王子の震えは止まった。タクトはリロードをして前へ進む。

 

「護衛は任せろ!せーので駆けるぞ」

「うむ…いつでもよい‼」

 

 タクトはせーのすらも言わずに駆け出す。言わないのかよと王子はツッコミを入れタクトに続いて駆け出した。

 

__

 

 サイオンは息を荒げながら地に膝をつき、ブロフェルドを睨む。傷ひとつついていないブロフェルドは低く笑う。

 

「滑稽だな、サイオン。お前もジェームズボンドと同じように愚かで甘い」

 

 サイオンは無言のままキッとブロフェルドを睨んだままだった。ブロフェルドはゆっくりと近づいてワルサーPPKのリロードをする。その瞬間にサイオンはブロフェルドへと一気に迫り、左手のブローを放った。衝撃音が響き渡るが、サイオンの左手のブローは届かなかった。ブロフェルドは不敵に笑みながら片手で受け止めており、サイオンの左肩へワルサーPPKを撃った。

 

「同じだ…ジェームズボンドはその亜音速の左手の拳で私を下した。同じ手をくらうと思っているのか?」

 

 倒れるサイオンにブロフェルドは再びワルサーPPKの銃口を向ける。

 

「うらーっ‼やらせてたまるかーっ‼」

 

 カズキ達がサイオンを助けようと駆けるが、ブロフェルドが目で合図し部下達に阻まれた。

 

「くそっ‼そこをどきやがれコノヤロー‼」

「このままじゃサイオンが危ないわ!」

 

 ケイスケもアリアも必死に撃つが、その壁は厚い。ブロフェルドはほくそ笑んでゆっくりと引き金を引いていく。

 

「ボンドは胸を撃ってもすぐに立ち上がるからな…頭を撃ち抜かせもらう。お別れだ、007」

 

「うおおおおおおっ‼ちょっと待ったーっ‼」

 

 引き金を引く寸前、ブロフェルドに向かってタクトが突っ込んできた。タクトの後ろにはハワード王子もついて来ていた。タクトがM16で周りを片付け、ハワード王子はブロフェルドへとFN5-7を構えた。まさか王子自らが飛び込んできたことにブロフェルドは目を丸くしていた。

 

「サイオン‼お前はこんな所で死んではならん!」

 

 王子は引き金を引き、放たれたFN5-7の弾丸はブロフェルドへと向かって飛んでいく。しかしブロフェルドは顔ギリギリのところを掠めて躱した。顔に赤い線のような傷を負いながらもブロフェルドはワルサーPPKの銃口を王子の方へと向けた。

 

「王子自らとは恐れ入った。だが、むやみやたらに突っ込むのは蛮勇のすることだ」

 

 ワルサーPPKの銃口をサイオンから王子へと変えた僅かの隙をサイオンは見逃さなかった。その瞬間に目にも止まらぬ速さで動いたサイオンと彼が放った右手のブローがブロフェルドの体に直撃した。どうやらブロフェルドさえも捉えることができなかったようで動揺していた。

 

「ぐ…なんだ…何だ今の速さは…!?」

 

 動揺するブロフェルドに対し、サイオンは口に血を拭って身だしなみを整えた。

 

「ブロフェルド…お前はただ知らなかっただけだ。父も、私も本当は()()()()

 

 ブロフェルドに静かに近づくサイオンからはこれまでにない程の殺気を感じられた。

 

「世界中の全員に、ハンデを与えていた。だが…貴様が王子へ危害を加えるのならば、ハンデはもういらないだろう」

「ハンデだと…!?ジェームズボンドさえもこの私に手加減をしていたというのか‼ふざけるな!」

 

 激昂したブロフェルドはワルサーPPKを何度も撃った。サイオンは一気にブロフェルドの懐へと迫る。ブロフェルドは左の速い拳を放つが、サイオンはひらりと躱した。

 

「…終わりだ、ブロフェルド」

 

 サイオンは亜音速ともいえる程の速さの右手の鉄拳を放った。漫画の様な衝撃音が響いたと同時にブロフェルドは轢かれた蛙のような声を上げて前のめりに倒れた。それでもサイオンは加減をしたようで、ブロフェルドは体が動けなくても乾いた声を出してサイオンを睨んだ。

 

「何故私を殺さない…!」

 

「…私の父は、一度も人を殺さなかった男に敗れた。そのプライドもあるが…お前は沢山の人を殺した。私や父の手で下すの簡単だが、それではお前の罪は消えない。お前は裁かれるのが一番だ」

「このまま逮捕だーっ‼」

 

 タクトは倒れているブロフェルドに手錠をかけた。サイオンは大きく息を吐くと王子に大きく頭を下げた。

 

「殿下、申し訳ございません。このような醜態をさらし、殿下が出るようなことになってしまい…」

「よい。こ、こ奴らの戦いぶりを見て余も戦いたくなっただけだ‥‥サイオン、見事であったぞ」

 

 サイオンは目を丸くしたが、すぐにふっと笑った。

 

「よっしゃ、まずはデープの頭領を捕えたぜ!」

「あんた達のボスは捕えたわ!このまま大人しく…」

 

 ブロフェルドが捕えられたにも拘らずスペクターの戦闘員たちは銃を降ろすことなくカズキ達への攻撃をやめることは無かった。

 

「えええっ!?ボスを倒したら終わりじゃないのかよ!?」

「くそっ!やっぱあのM字ハゲを倒さなきゃいけねえってか!」

 

 ブラックウッドは【極限宝貝・エクリプス】を持っている。ブラックウッドを倒さない限り、この戦いは終わらない。アリアは舌打ちしてガバメントを敵へと向ける。

 

「あんた達‼さっさとブラックウッドを止めに行きなさい!」

 

「アリア、ここはいいのか?」

 

 ケイスケは気になって尋ねる。先に行ったとしてもブラックウッドはどこにいるのか分からない。ここはブロフェルドに問い詰めてこの場を片付けて行くべきではないかと。しかしアリアは早く行けと言わんばかりに声を荒げる。

 

「ブラックウッドが曾お爺様への復讐を望んでいるのなら、あいつはロンドンブリッジにいるわ!」

 

「ロンドンブリッジ?なして?」

 

「曾お爺様がブラックウッドと最後に戦った場所よ。メヌを救えるのはあんた達しかいないし、この騒動を止めるのもあんた達がやらなきゃいけないのよ‼わかったらさっさと行って!」

 

「よーし、任せとけ!カズキ、ナオト、ケイスケ‼俺に続けーっ!」

「たっくん!ロンドンブリッジはこっち‼」

「アリア、キンジにカッコイイところ見せたかったって後から文句を言うなよ?」

「…そっちも無理をしないで」

 

 カズキ達はロンドンブリッジへ向かって濃霧の中を駆けだしていった。カズキ達を見送ったアリアはカズキ達を追いかけようとしている戦闘員に向けてガバメントを撃った。

 

「悪いけど、あのバカ達の邪魔をするなら風穴開けてやるわよ!」

「いいのか?お前も行きたかったんじゃないのか?」

「‥‥ついて行っていいのか分からないけど」

 

 アリアの背後から襲い掛かろうとした敵達にカツェが水の弾幕を飛ばし、セーラは風を放って吹っ飛ばした。そんなカツェにアリアは苦笑いをした。

 

「私じゃあのバカ4人のビックリおっかない行動にはついて行けれないわよ」

「まあ…確かにその気持ちは分からなくもねえな」

「それには同感する」

 

 アリアにつられ、カツェもセーラも苦笑いをした。

 

「…だが、彼らの手助けにはなるはずだ」

 

 そんな彼女たちの下へジョージ神父がやってきた。ジョージ神父は襲い掛かって来る戦闘員の攻撃をひらりとかわして掌底を当てたり、蹴りや拳を入れて倒していく。先ほどまで手加減をしていたかのように、今は圧倒的な力で次々に倒していっていた。

 

「し、神父。貴方は一体‥‥」

「アリア…君に弟、シャーロックが迷惑をかけてすまないね」

「弟…シャーロック…ってもしかして貴方は‥‥!?」

 

 まさか目の前にいるジョージ神父がシャーロック・ホームズの兄、マイクロフト・ホームズだと気づいたアリアは驚愕した。パクパクと口を開けて慌てふためくアリアにジョージ神父はにっこりと笑う。

 

「私からも迷惑をかける事になるが‥‥彼らの手助けをしてくれないだろうか」

 

 

 ジョージ神父とアリアのやり取りを見ていたジャックはカズキ達が駆けて行った方向を見た後、カズキ達を追いかけようと霧の中へと駆けて行った。その様子を見ていた王子は不安がよぎった。

 

「ジャック‥‥‼もしや‥‥」

「…殿下、ここは私が守ります。殿下はジャックの下へとお行きください」

「サイオン‥‥すまぬ!」

 

 ハワード王子は単身で霧の中へと駆けて行った。

 

__

 

 カズキ達はロンドンブリッジへと只管濃霧の中を駆けて行った。国会議事堂からロンドンブリッジまではそう遠くないと思っていたが、ひたすら走っているで遠く感じた。

 

「くそーっ!まだ見えねえのか!」

「なんか遠い気がするー!」

「お前等グダグダ文句言ってないで急げや」

「‥‥サラセンに乗って行けば早く着いたんじゃね?」

 

 ナオトの呟きに3人は「あ」と口をこぼし、ジト目でナオトを睨んだ。

 

「ナオトー!お前それははやく言っとけ?」

「ほんとにさ。お前ってほんとおっちょこちょいだな!」

「お前そこは空気読んで流しとけよ」

 

「なんで俺は怒らてんだ?」

 

 ナオトは文句を言おうとしたが止めた。彼らの行く先に見える人影が見えた。その辺りだけが霧が薄くなってきたようで、全貌が見えた。

 

「‥‥」

 

 伊藤マキリはカズキ達が来るのを待っていたかのように立っていた。カズキ達の気配に気づくと静かに顔を上げ氷のような瞳でカズキ達を見つめた。

 

「‥‥本当に貴方達は私達の障害となるようのなら、私の手で排除させてもらいます」

 

「佐藤マキリ‥‥‼」

「伊藤だよバカ」

 

 早速人の名前を間違えるカズキにケイスケはツッコミを入れた。カズキ達は武器を構えて警戒する。未だに彼女から放たれる見えない何かの正体は分かっていない。しかしカズキ達は負ける気がしていなかった。

 

「どんな技をしてくるかまだ分かってないけど…俺達4人のチームワークにかかれば怖くないぜ‼俺達の合言葉は‥‥」

 

 

「ズットモ‼」

「現金ヨコセ」

「あん肝あん肝あん肝…」

「もうバラバラじゃねえか」

 

 揃わないチームの合言葉にケイスケは呆れてツッコム。マキリは本当に彼らは障害になるのかすら分からなくなってきた。




ブラックウッドが登場する『シャーロックホームズ』では恐らく国会議事堂のすぐ近くの橋で決闘をしていたと思うけど、ここではロンドンブリッジで戦ったということで。
19世紀にロンドンブリッジはあったっけかな…知識不足ですみません。



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85話

            ごり押しキングダム再び


 これまでの中でとても難しかったような気がしました(コナミ感
 多少至らないところもございますがご容赦ください(焼き土下座


「それで、作戦はあんのかよ?」

 

 ケイスケはやる気満々に構えているカズキとタクトに尋ねる。そんな二人はお前は何を言っているんだと言わんばかりにドヤ顔をする。

 

「ないぜ‼」

「当たって砕けろ!」

「だからそれじゃだめだってつってんだろ!?」

 

 どうせこうだろうとケイスケは声を荒げる。相手は何かを使って見えない攻撃をしてくる。それが分からない限り突破できないし、勝てる道筋が見えないままやられてしまう。

 

「兎に角、相手の手口を見破れねえとどうにかなんねえぞ!」

 

 ケイスケは先制を取るためにポーチからフラッシュバンのピンを抜いてアンダースローで投げ込む。閃光と衝撃が生じる前にカズキとケイスケ、ナオトとタクトと二手に分かれて物陰へと隠れて様子を伺う。

 

 伊藤マキリは直立したまま動じていなかった。フラッシュバンに怯んだのか、疑う暇はない。カズキ達は一斉にマキリに向けて掃射した。そのまま当たるのかと思いきや、マキリはひらひらと躱したり、直撃するはずの弾丸が彼女を避けるかのように軌道が逸れて当たらない。マキリに一発も当たらないと焦って撃ち続けているとケイスケの般若の仮面に何かが通り過ぎてかすれる音と共に掠り傷が生じた。

 

「くそっ…俺達の弾は当たらないっていうのにそっちの攻撃は当たるのかよ!」

 

 ケイスケは焦りながら悪態をつく。マキリの見えない攻撃は撃つのを止めて身を隠したケイスケとカズキに向けて止むことなく襲い掛かる。先ほどから壁を削る音が喧しく鳴る。マキリが二人の所へと近づいているようで、段々と音が大きくなっていく。

 

「あいつらやべえぞ!ナオト、行こうぜ!」

「おk。たっくんは正面から。俺はサイドへ行く」

 

 ナオトは落ち着いてタクトに指示を出して共に物陰から飛び出してマキリへと駆けだした。

 

「うおおおおっ!パープルディストーションブラストォォォッ‼」

 

 タクトは必殺技を適当に叫びながらM16を撃ちまくる。そんな喧しく叫ぶタクトを氷のような冷たい瞳で見つめているマキリはひらりと身を躱す。

 

「ナオト、今だーっ‼」

 

 タクトが叫んでしゃがみだしたと同時にタクトの背後からついて来ていたナオトがAK47を構え、中腰で撃ちながら横へ動く。マキリはピクリと反応して後ろへと下がる。マキリを一時下げさせることはできたが結局銃弾は彼女を反れて一発も当たることは無かった。むむむとタクトは眉間にしわを寄せてマキリを睨む。

 

「なんだよあいつ!マグネットコーティングでもしてんのかよ‼」

「こうも当たらないのはむかつくけど‥‥相手は完璧ではない」

 

 ナオトはAK47をリロードして冷静に分析する。相手がどんな超人でもそれでも人間だ。意表を突くような事をすればビックリする。一瞬の虚を突けることができればチャンスはある。

 

 マキリがまた見えない攻撃をしてくる前にナオトとタクトは下がりながら撃ち、ケイスケとカズキの所へと駆けつける。

 

「…相手の意表を突ければどうにかなるかも」

「けど同じ手は通じそうにねえな…」

「そうと来れば一発狙ってみるか!」

 

 何か考えがあるのか、カズキはナオトとケイスケにヒソヒソと話す。

 

「カズキ、なんで俺には話さないんだよ」

「だってたっくん、すぐ突撃するんだもん」

 

 俺にも教えろとタクトはプンスカと怒る。そうしている時間はあまりないのだがタクトにも話した。それを聞いたタクトはにんまりとする。

 

「よーしそれなら俺に任せろーっ‼」

「やっぱり突撃するんじゃねえか」

 

 意気揚々とマキリへと真正面から突撃していったタクトにケイスケはツッコミを入れながらタクトに続けて駆け出す。また同じようにこちらへと向かってくるタクトとケイスケにマキリは冷たい眼差しで見つめため息をつく。

 

「同じ手は通じない…」

 

「たっくん!あの野郎が何かしてくる前にありったけ撃つぞ‼」

 

 ケイスケの怒声とともにタクトはM16を撃つ。マキリが放つ見えない何かは脅威だが、こちらが弾の雨霰を振らせている間は攻撃してくる頻度は少ない。こちらの攻撃は一切当たらないが、相手の攻撃を抑えることができる。ケイスケはM4を撃ち続ける。

 

 確かにマキリは飛んでくる弾丸を躱し続けている。マキリの攻撃を抑えたかとほんの一瞬緩んだ矢先にタクトの脇腹、ケイスケの左頬に見えない何かが掠める。

 

「いってえっ!?攻撃できないんじゃないのかよ!」

「抑えれるだけだって言ってただろ!話を聞けバカ‼止まるんじゃねえぞ!」

 

 いくら相手の攻撃が怖くても怯むことなく銃弾を撃ち続けた。マキリはただこの二人が真正面から攻めるだけの手ではないと警戒しているはず。ケイスケはマキリが警戒した様子を見て声を上げる。

 

「ナオト‼奇襲をかけろ!」

「…やっと近づけれた…‼」

 

 マキリの横から濃霧に乗じてナオトが一気に駆けて奇襲をかける。タクトとケイスケが真正面から集中砲火してその隙に迂回、気配を押し殺すように近づいて意表を突かせようとした。ナオトは脚に力を入れて間合いを一気に狭めていき、マキリの横腹へと掌底を放った。

 

「…脆い」

 

 マキリはそう呟いた途端にナオトの掌底は弾かれた。彼女の体に当たる寸前に、まるで彼女の体がその攻撃を拒むかのようにナオトの右手は手を挙げるように方向を変える。その数秒後にナオトの体にビシビシと見えない何かの攻撃を受けた。

 

「っ!?」

 

 防弾としてボディーアーマーを身に着けているが、本当に弾丸を受けているような痛みがあちこちに響く。ナオトは苦悶の声をあげまいと耐え、ふっと笑った。

 

「かかった…!」

 

 それがどういう意味をするのかマキリはピクリと反応する。その刹那、ナオトの後ろから金属が弾く音がするや否やマキリの体に銃弾が掠めた。

 

「‥‥‼」

 

 初めて彼らの攻撃を受けたことにマキリは一瞬目を見開く。驚く声を上げさせまいと立て続けに正面からでなく彼らが銃を構えている方向でない所から一発ずつ銃弾が飛んできた。2,3発ほどマキリの体を掠めていったがマキリが大きく下がってナオトから離れると攻撃が止んだ。

 

「おいカズキ!ちゃんと仕留めろよ‼」

 

「そんなこと言ったってー!あいつ避けるもーん‼」

 

 ケイスケが面倒臭そうに怒鳴り、カズキが頬を膨らませて愚痴をこぼした。カズキは身をかがめてSR-25を構えて狙いを定めていた。だがその銃口がマキリの方には向いていない。その様子を見たマキリは納得したように頷く。

 

「なるほど…跳弾、ですか」

 

「どうだみーたかさ!レキ直伝、跳弾射撃(エル・スナイプ)だ‼」

 

 カズキはドヤ顔で叫んだ。直線状に飛んでいく弾丸をあえて障害物に向けて狙撃し、跳弾させて狙い撃った技である。これなら相手の意表を突かせることができる。そんな自信満々なカズキにケイスケはしかめっ面をする。

 

「もうちょっと気合い入れて狙い撃てよ!」

「だから狙って撃ったけど、相手の勘みたいな動きで避けてたんだもーん!」

「俺やられ損じゃねえか!」

「あいつニュータイプマンって名付けようぜ‼」

 

 敵の目の前で平然とギャーギャーと騒ぐ4人組にマキリは今回は初めて大きなため息をついた。

 

「本当に初めて相手にするタイプね…凡夫と違う技や私の隙を狙う作戦をすぐに思いつくその思考、それは確かに私達への脅威になるのだけど…」

 

 真面目に戦う気はあるのか、本当にふざけているだけなのか、とりあえず何を考えているのかが分からない。これまで遠山キンジの父、遠山金叉を含め超人的な強者達と戦ってきた。しかし、遠山キンジならまだしもこんな凡人のように見えるけれども思考の遥か斜め下を突き抜けていくような連中を相手にするのは初めてだった。

 

「このような所で遊ぶつもりはありません…これ以上、私の邪魔をするならば貴方達を悪と認め、排除いたします」

 

 これ以上付き合うつもりは無い。そう言った途端に彼女から更に冷たい殺気が放たれる。流石にヤバイと感じたのかカズキ達はほんのわずかだがぞくりと感じた。

 

 その瞬間、カズキ達の体にビシビシと剛速球が当たったかのような痛みが走る。マキリが一瞬にしてカズキ達に見えない何かを飛ばしてきたのだ。骨という骨にあたり、これ以上当たると砕けてしまうと焦るカズキ達は痛みに耐えながら急いで物陰へと隠れる。

 

「いってえ…何なんだよあいつはぁ‼」

「さっきから見えない攻撃がやばすぎるっての‼」

 

 当たった箇所をさすりながらケイスケとカズキは苛立ちながら悪態をつく。先ほどの威力とは断然上がっており、相手は本気で仕留める気でいるようだ。

 

「やっべええ‼こっちにくるぞ!」

 

 ぎょっとしたタクトは声を大きく上げてM16を構えて撃つ。マキリがこっちにゆっくりとやってきておりタクトが撃った弾丸をすり抜けるかのように見えない何かがこっちに飛んできて掠めていく。

 

「ちくしょう!これじゃあワンナイトカーニバルだ‼」

「それを言うならワンサイドゲームだろ!」

 

 ケイスケはツッコミを入れている場合ではないと考えているが癖でツッコミを入てしまう。このままだと成す術なく一方的にやられてしまう。焦るカズキとケイスケにナオトは顔を上げる。

 

「‥‥相手の攻撃の正体、わかったかも」

 

「ほんとか!?さっすが対人戦特化型ナオトだぜ‼」

「おい!それは本当だろうな!?」

 

 カズキとケイスケは藁をもすがるような勢いでずいずいとナオトに迫る。いきなり期待大に見つめられてナオトは少し焦る。

 

「ま、まだ確信じゃないぞ?」

「はあ?ちゃんと確信しろや」

「ほんとにさ!ナオトの頑張りで世界的に…感謝されるんだぞ!」

「お前はちゃんと考えてからしゃべれや」

 

「ちょっとおお!?頑張ってるの俺だけじゃんかーっ‼」

 

 3人がギャーギャーとしている間、タクトが必死に撃ちながら叫ぶ。飛び交う弾丸と見えない攻撃の中、ナオトはやってみなきゃ確信できないと呟いてタクトの前へと出る。ナオトはじっとマキリの氷のような瞳ではなく、マキリの指を見ていた。彼女の指がほんの僅かに動いた瞬間、ナオトは咄嗟にいつも戦闘では背負っている神父からもらったフライパンを構えて横へスイングした。

 

 カコーンと乾いた金属音が響いた。一体何が起こったのかカズキとケイスケはポカーンとしていたが、マキリは大きく目を丸くして驚いていた。

 

「‥‥‼」

 

「やっぱり‥‥」

「え、ちょ、ナオト。これってどゆこと?」

「見えない攻撃の正体‥‥指で思い切り弾いて生じた空気の弾だ」

 

 ナオトが言うには掌底を放った寸前、マキリの指が動いた瞬間に弾かれたのを見た。もしかすると指先に全体重をかけて亜音速で弾く動きをさせ、指の前にある目に見えない空気を弾丸のように弾き飛ばす。そうすれば無限の弾数の見えない空気弾の完成。

 

「そういう事だったのか…‼それじゃ見えねえわけだ」

「じゃあ弾の軌道を逸らす程の威力って相当やーばくね?」

 

 ケイスケとカズキは納得していたが、タクトはずっと眉間にしわを寄せていた。

 

「つまり‥‥どういうことだってばよ?」

「たっくん、ナオトの話聞いてた?」

「たっくん、つまるところアイツは素晴らしきヒィッツカラルドなんだとさ」

 

「え゛ええええっ!?マジで!?言うなれば古に伝わりし、グレートフル指パッチン!ジャイアントじゃない、空気を読めない指パッチンファイティングエディションでしょ‼」

「指パッチンじゃないんだよなぁ」

 

 ケイスケは興奮するタクトにツッコミをしている間にナオトはただ只管とマキリが飛ばす見えない空気の弾丸をフライパンで弾かせていた。ナオトを援護せんとカズキはその間にマキリへと狙い撃つ。咄嗟にマキリは攻撃をやめて後ろへと下がった。

 

「ナオト、よく見えてるな!」

「ほんの一瞬で見えるのだけど指を見ればどこからいつ撃ってくるかがだいたいわかる」

「でかした!援護は任せとけ!」

 

 カズキに援護を任せナオトはマキリへと駆けだす。その間にもマキリは見えない空気の弾丸を飛ばしていく。

 

「よーし!相手が見えない空気を飛ばすなら、こっちは魔法を使ってやるぜ!」

「おっ、ついにあれのお披露目か!」

 

 ケイスケは少し期待の声を上げる。タクトが唯一マキリに一撃を入れた魔法『SUGOKU TUKAIYASUI』の全貌が明らかになるのだ。タクトの右腕についている黄色のトンボ玉のブレスレットが黄色く光りだし、タクトは右手をマキリの方へと向けた。

 

「いくぜっ!新魔法、『SUGOKU TUKAIYASUI』‼」

 

 タクトの右手が光りだすと、その手からゴムボール程の大きさの茶色の土の塊の球体が飛び出した。タクトの着合いの声と共に3発ほど飛んでいき‥‥ナオトの後頭部へと直撃した。

 

「ええええ!?なんでええええっ!?」

「ちょ、たっくーん‼」

 

 まさかの敵に見せるお披露目の技がフレンドリーファイア。ケイスケとカズキは怒号を飛ばし、マキリはずっこけそうになった。

 

「たっくん‼バカなの!?ナオトがやられたら詰むんだからな!?」

「カズキ。だいじょーぶ、俺がいるさ!」

「そこになおれ、落してやる」

「ナオト!怒る矛先はそっちじゃねえ‼」

 

「‥‥」

 

 またしても敵前でもめだす4人組に対してマキリは無言で空気の弾丸を放つ。先ほどまで騒いでたカズキ達は蜘蛛の子を散らす様に駆けだす。

 

「たとえこの技の正体を見抜いても、貴方達では突破することはできない…」

「どうかな!やってみなきゃわかんねーぜ!」

 

 マキリは困惑していた。こんなにも圧倒的な力の差を見せられているのに彼らは怯む事すらせずに果敢に挑んでくる。無謀で、無力で、無駄でありながらも何故彼らは諦めていないのか。

 

「‥‥なぜ、貴方達は挑むのですか?」

「あのな、俺は無敵だ!」

 

 会話になっていない。ふざけているのか、真面目に答えているつもりなのか、タクトの輝かしい眼差しと思考はマキリでさえも分からなかった。

 

「ケイスケ、たっくん、ナオト!フォーメーション明太子だ!」

「だから適当につけるなつってんだろ!」

 

 ケイスケは怒りのツッコミと同時にM4を撃つ。マキリは下がって飛んでくる弾丸の軌道を逸らそうと指で空気を弾かせようとした。

 

「カズキ、たっくん!隙を与えるな‼」

 

「いくぜ‼『SUGOKU TUKAIYASUI』‼」

「うらあああっ‼」

 

 ごり押しと言わんばかりにタクトは土の球を何発も飛ばし、カズキは跳弾射撃でマキリの死角を狙って撃っていく。指を弾かせて飛ばす空気の弾丸でこちらに飛んでくる土の塊を壊し、跳弾して飛んでくる弾丸が銃口の向きを見て躱していく。

 

 ふと自分の視界にフライパンを構えたナオトがタクトが飛ばす土の球の間を縫うように駆けてこちらへと向かってきていたのが見えた。マキリは見えない空気の弾丸を飛ばすが、ナオトはテニスラケットのようにフライパンを振るって弾かせていく。間合いに入りナオトが思い切りフライパンをフルスイングした瞬間、目にも止まらぬ速さでマキリは指貫で防いだ。

 

「‥‥‼」

 

 ジリジリと音と振動を響かせるが、マキリは驚きが隠せなかった。戦いで久しぶりに徒手空拳を使わされた。ナオトは力任せにフライパンを振るう。マキリは躱して後ろへと下がる。

 

「たっくん!今だ‼」

 

 ナオトは大声でタクトを呼んだ。するとタクトは全速力でマキリへと真正面から駆け出す。

 

「うおおおおっ‼エターナル3番アタック‼」

 

 適当な体当たりをするのかと思いきや、突然タクトはヘッドスライディングをかましてきた。しかも当たることなくマキリの足下で止まった。本当に強襲をかけてくるのかと身構えていたマキリは呆れていた。

 

「‥‥どうやら詰みのようですね」

 

「ふっふっふ‥‥甘いぜ。自分の足下を見てみな」

 

 ドヤ顔で笑うタクトにつられて足下を見つめる。今自分が立っている場所はマンホールのど真ん中。一体何があるのかとタクトの考えに理解できなかったが、タクトの黄色いトンボ玉がついたブレスレットが光り出した瞬間、彼が何をしようとしているのか気づいた。

 

「もう遅いぜ‼UNKO VURASUTOぉぉぉぉっ‼」

 

 タクトの気合いの声と共に穴あき魔法『UNKO VURASUTO』が発動される。マキリは今自分が立っているマンホールにぽっかりと穴が開き、重力に逆らえず「‥‥あっ!」と反射的に出てしまった小さな悲鳴と共に落ちていった。マキリがマンホールの中へと落ちたと同時にカズキとナオトとケイスケは急いで駆けだす。

 

「いくぞ!さらにごり押すぞ‼」

「ありったけぶこんでやれ‼」

「投げ放題‥‥!」

 

 マンホールの中へとフラッシュバンやスタングレネード、そしてゲロ瓶を何個も投げ込んだ。閃光と衝撃が木霊し、黙々と臭そうな緑色の煙が上がりマンホールの中はずっと沈黙のままだった。あれだけのゲロ瓶とフラッシュバンやスタングレネードを投げ込んだのだ。手ごたえを感じている。

 

「よっしゃぁぁぁっ‼一本取ってやったぜ‼」

「これだけ投げ込んだんだ。相手は気絶してるだろうな」

「‥‥で、どうするんだ?臭いこの中に行くのか?」

 

 ナオトはふと気づいて3人に尋ねた。今、ゲロ瓶を投げ込んでしまってこの中は視覚にも嗅覚にも最悪の影響を与える。今はガスマスクすら持っていないカズキ達は沈黙する。

 

「‥‥さ、先にメヌエットちゃんを助けに行こうぜ‼」

「そうだぞ!今はブラックウッドを倒してこの霧の事件を終わらせなくちゃ!」

「ロンドンのタワーブリッジはもうすぐだ‥‥お前等急ぐぞ‼」

 

 カズキ達は頷いてマンホールを後にして駆けて行った。ナオトは振り向いて今も尚沈黙のマンホールの穴を見つめたが踵を返してカズキ達に続いて霧の中へ、ブラックウッドの下へと走っていった。




 マキリさん、今のところ素晴らしきヒィッツさんみたいな指攻撃しかしてきてないから全貌が分からない…きっとまだ手の内は隠しているはず…

 一応、原作のマキリさんには指で刺突する攻撃をする弟がいるので彼女も指を使った格闘もするのかなという事で指貫を入れております


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86話

 長らくお待たせしました‼

 ショックなことがあったり、落ち込んでスランプになりかけたけど、コツコツとやっていこうと思います。
 武道館ライブのDVD、欲しい‥‥(切実


 濃霧で先が見えないひと気のないロンドンブリッジにてブラックウッドはその先をじっと見据えていた。微動だにもせず、誰かを待ち続けているかのように目を鋭くしていた。

 

 ふと、濃霧が揺らぎだしブラックウッドはぴくりと反応した。ゆらりと動いた霧の先をじっと殺気を込めて睨み付ける。うっすらと4つの人影が見えた時、ブラックウッドの眉は深く潜めた。

 

「ケイスケ!ここで間違いねえんだろうな!」

「ああ。てか俺がちゃんとナビしてんのにお前等は勝手に明後日の方向を向かうんじゃねえよ!」

「そうだぞナオトー!お前が一番方向音痴なんだからな!」

「俺よりもたっくんの方が勝手にどっか行こうとするんじゃ…?」

 

 喧しく騒ぎ立てながらカズキ達は濃霧の中を切り抜けてきた。既にブラックウッドの下までたどり着いたというのに完全に目の前にいる元凶のことをすっかり忘れているようだ。

 

 そんな完全にアウトオブ眼中にされているブラックウッドはピクピクと額に青筋を浮かべながらカズキ達を睨み付ける。

 

「‥‥なぜだ」

 

「あ、もう敵が目の前にいる」

「おおっ‼いつ時かのМ字ハゲ‼」

「おおい‼ナオトー!それを先言えよ‼弾もリロードしてねえんだから!」

「というかお前はさっさとしとけ!こんなじめじめとした霧はもううんざりなんだからよ‼さっさと空気読めない糞ペテン師をぶちのめすぞ‼」

 

 今頃気づき、それぞれ言いたい放題の4人組にブラックウッドは冷静さを欠けたかのように怒りを露わにした。

 

「なぜシャーロックは私の前に現れない‼なぜ私の前に立ちはだかるのはこんなマヌケ面の連中なのだ‼この【極限宝具・エクリプス】を発動させ自分の血族を、王家を、このイギリスを根絶やしにしようとしているのになぜあいつは現れないんだ‼」

 

 この禁忌の秘宝を使って腐食の霧をイギリス全土へ広げ、猟奇殺人犯の事件を再発や世界最大であった秘密結社と手を組んで事件を起こし、この国の最大に危機に瀕しているのに、かつて自分をペテン師だと言い放ったあの忌々しい探偵へ復讐しようとしているのに自分の前に現れないことにブラックウッドは苛立ちを募らせ、怒りを吐いた。

 

「てめえのような小物なんか相手にするわけねえだろ」

 

「‥‥なんだと?」

 

 ブラックウッドはすっぱりと言い放ったケイスケに殺気を込めて鋭く睨み付けた。ケイスケは今にも殺しにかかるほどの勢いのあるブラックウッドに怯みもせずに睨み返した。

 

「ジャックの事だって、スペクターの事だって、伊藤マキリの事だって、そしてその【極限宝貝・エクリプス】の力だって全部お前の力でやったもんじゃねえだろ!」

「そうだそうだ‼自分の力でやってきてないくせに全部自分の手柄だと自慢してる奴なんかにシャーロックは見向きもしねえぜ‼」

 

 

 あっかんべーしながら相手を煽るタクトにブラックウッドはついに堪忍袋の緒が切れた。低く笑いながら天を仰ぎ、大きく息を吐く。そして右手に持っている水晶玉、【極限宝具・エクリプス】を掲げた。

 

「ならば…貴様らガキ共を殺し、シャーロックの曾孫共諸共なぶり殺しにしてくれる‼」

 

 水晶玉が光り、突風が巻き起こる。カズキ達は吹き飛ばされないように踏ん張り身構える。

 

「やっべえー!?すっげえお冠じゃん!」

「カズキ!今頃怖気づいても遅せえぞ‼やるっきゃねえんだからな!」

「…というかメヌエットはどこ?」

「あ、そうだった。こらーっ‼メヌエットちゃんをどこにやりやがった‼」

 

 喧しく喚く連中にブラックウッドは無言のまま後方へと指をさす。濃霧はブラックウッドに従うかのように薄くなり、タワーブリッジの上部通路、ウォークウェイズに吊るされているメヌエットの姿が見えた。もしロープが切れてしまったら川へと落下してしまうだろう。

 

「奴の血族を人質にすれば奴が現れると思っていたが…もう人質などどうでもいい!お前達を始末した後に処分してやる…!」

 

「やれるもんならやってみろ‼俺はなぁ無敵だっ」

「たっくん、煽ってる場合じゃない」

「大丈夫だってナオト!ケイスケ、まだゲロ瓶とか手榴弾とかフラッシュバンとかあるだろ?」

 

 それを投げるつもりでカズキは余裕綽々の表情でケイスケの方へと視線を向けるが、ケイスケはしかめっ面で首を横に振る。

 

「ねえよ。つかマキリとの戦いで全部使いきったぞ」

「そうだったぁぁぁぁっ‼」

 

 カズキは思い出したかのように驚愕する。スペクターとの戦いやマキリとの戦いといった連戦続きでほ手榴弾を使い切り、弾を消耗させてしまっている。焦るカズキに現状を理解してないタクトは爽やかな笑顔を見せる。

 

「お前等心配すんなって!ナオトの格闘スキルに俺のサイキョー魔法があればどうにかなるって」

「お前、ナオトならまだしも穴あき魔法とクソみてえなボールをぶつける魔法しかねえじゃねえか」

 

 今あるのはわずかな弾とナオトの神父から授かった万能なフライパンとタクトの頼りになりそうで彼自身のせいで頼りにならない魔法しかない。

 

「お前達から来ないのならこちらから行くぞ‥‥‼」

 

 痺れを切らしたブラックウッドは【極限宝具・エクリプス】を掲げる。水晶玉は赤く光り出し、炎の渦が巻き上がりだしカズキ達へと襲い掛かってきた。

 

「ちょ、来てる来てる!?たっくん、なんか他にも魔法は無いの!?」

「カズキ、任せな!俺の新魔法パート3‼」

 

 焦るカズキを落ち着かせるようにタクトは自信満々に右手をかざす。右手の黄色のトンボ玉がついたブレスレットが光り出し、タクトの右手からちょろちょろと水が流れ出した。如雨露から水を出すほどの勢いでしかなく、目を点にしているカズキとケイスケに対してタクトはドヤ顔を見せた。

 

「名付けて、水魔法『HIN NYOU』‼」

 

「もっと真面目な魔法はねえのかよ!?」

「馬鹿じゃねえの!?そんな頻尿みたいなので対抗できるわけねえだろ!?」

 

 期待した自分達がバカだったとカズキとケイスケはタクトに怒声を飛ばす。ギャーギャーと喚ている間にも炎の渦は迫ってきていた。ケイスケはタクトを引っ張り、カズキは猛ダッシュで迫りくる炎の渦から逃れようとした。

 

「めっちゃやべえって‼」

「やるしかねえつってんだろ!覚悟を決めろ‼」

 

 ケイスケはカズキの尻に蹴って喝を入れ、ナオトの方へと視線を向けた。ナオトは意を決したのか炎の渦の方へと走り込み飛び込み防御態勢をとって抜け出した。多少ボディーアーマーに火や焦げがついているがそれをも気にしないでAK47をブラックウッドへと向けて撃ちだす。

 

「ふ…勇気と無謀をはき違えているようだな」

 

 ブラックウッドは自分の前に土の壁を発現させ銃弾を防ぎ、刺々しい岩の塊がナオトの方へと地を走る様に迫った。ナオトは無言のまま後方へ下がって躱す。

 

「後ろで虫ケラの様に逃げている仲間をほっといていいのかね?」

 

 ブラックウッドは不敵に笑ってナオトの後ろの方へと指をさす。向こうでは迫る炎の渦をどうにか対処できずに必死に逃げているカズキ達がいる。

 

「ナオトーっ‼お前だけずるいぞ‼俺にもカッコいい所つくらせろー‼」

「やるならさっさと仕留めて何とかしやがれ‼」

 

 未だに右手からちょろちょろと水を出しているタクトと苛立ちながら怒声を飛ばすケイスケはナオトに文句を言いながら必死に炎の渦から退避している。カズキは炎の中へと飛び込んで抜け出そうと試みるが先ほどよりも勢いが増し迫ってきていた。

 

「何とかしてくれ悟空ーっ‼」

 

 カズキは思わずそう叫んだと同時にタクトの右手から出ている水が吸われるように後ろへと流れ出し、彼らを守る様に水の壁が現れ炎の渦を飲み込んで消火した。突然炎の渦が消えたことにブラックウッドは眉を顰める。その瞬間、濃霧の中から勢いよく弓矢がブラックウッドへと向かって飛んできた。ブラックウッドはひらりと顔を逸らして弓矢を躱す。

 

 突然のことでケイスケとタクトはきょとんとしてカズキは後ろへと振り返る。濃霧の中を抜けだす様に弓を携えているセーラとニッと笑っているカツェの姿が見えた。

 

「待たせちまったな!あのM字ハゲをぶちのめしてやるの手を貸すぜ」

「あの伊藤マキリを突破するなんて…ほんとお前達はすごいのかそうじゃないのかわかんなくなってきた」

 

「カツェ、セーラ‼助かりんべーっ‼」

「手が多い方が助かる…」

 

 カズキは嬉しそうにはしゃぎ、ケイスケは安堵の一息をつく。カツェはニッと笑って頷き、ブラックウッドの方へと睨み付けた。

 

「へなちょこ魔術師、覚悟しやがれ…!てめえはあたしの他にも別の奴の逆鱗に触れてやがるんだからな!」

 

 カツェの横からアリアが駆け抜け、二丁のガバメントを引き抜いてブラックウッドに向けて何度も撃った。ブラックウッドはマントを翻して銃弾を防いだ。静かに睨み付けているアリアに静かに低く笑った。

 

「ふ…こちらに来てくれるとは手間が省けた。そこに吊るしてある木偶もろとも嬲殺してやろう」

 

「やってみなさいな!あんたはもう風穴だけじゃすまないわよ‼大事な妹に手を出した事、ホームズ家にケンカを売ったことを後悔させてやるわ‼」

 

 アリアは怒り心頭のようで、ブラックウッドを睨み付けながら荒々しく叫んだ。カズキはSR-25を、ケイスケはM16をリロードして彼女の横に立つ。

 

「アリア、いっちょ派手にぶちかましてやろうぜ!」

「怒るのが分かるが、冷静さを欠けてヘマするなよ」

 

「そんなこと、分かってる…多少不安な所はあるけど、今回はあんた達と組んであげるわ」

 

 いつもなら頼りになる相棒であるキンジが力を貸してキンジが助けてくれるが、今回はそのキンジはいない。自分の力で戦い、そして頼りになるかどうか多少心配だし喧しくてやることメチャクチャだけどもやる事はやるこの4人組と共に力を合わせて立ち向かう。ケイスケの言う通り、冷静さを失えばあの魔術師に勝てる事も妹を助けることもできない。アリアは大きく深呼吸して二丁のガバメントを構える。

 

「行くわよ。援護をお願ry」

「行くぜえええっ‼ナオトに続けーっ」

「お前はアリアより前に出るな!」

「ああもう‼なんで人の話を聞かないのよこのバカ共は!」

 

 カズキ、ケイスケ、アリアの3人は喧しく騒ぎつつ走り出す。いつも通りだとセーラは呆れてため息をつく。弓矢のストックも、風の魔力もまだ充分ある。セーラは後方から彼らの援護に回るように弓矢を引く。

 

「よし、あたしらもいくぜ。たっくん、さっきの水の魔法があればいつでもすげえのをぶちかませる!」

「えー。『HIN NYOU』は使い続けてたらなんか喉が渇いてきたから無理」

「お前の魔法はとことん変なのばっかりだなおい!?」

「たっくん、魔法の原理がメチャクチャ…」

 

 カツェとセーラの異能者からしてタクトが使う魔法は法則すらも完全に無視をしたメチャクチャおかしい魔法だった。彼が秘めている力とやらのせいなのか、それとも彼の理解できない思考のせいなのか、よくわからない。

 

「俺はとにかく『SUGOKU TUKAIYASUI』を撃ちまくるぜ‼」

「ああうん‥‥せ、セーラ、あたしもとりあえず前線へ駆けるから後は任せた!」

「ちょ、私にふらないで」

 

 セーラは慌てて止めようとするがカツェはそそくさとカズキ達の後を追った。セーラはちらりと只管ソフトボールほどの泥団子の様なものを飛ばしているタクトを見つめる。一応(?)彼なりに戦っているのだ、セーラは苦笑いをしてタクトとともに後方の援護に集中した。

 

「…たっくん、無暗に撃ちすぎ。それじゃ仲間に被弾する」

「ひゃっはーっ‼ここは通さねえぜ~っ‼」

 

 完全に人の話を聞いていない。彼らしいというが、それに納得してしまっている自分もどうかしていると思いつつセーラは弓矢を射る。

 

「ちょっと!?なんか変なのがこっちに飛んできて当たりそうになってるんだけど!?」

 

 アリアはさっきから後ろから飛んできている泥団子に焦りながら叫ぶ。先ほど危うく後頭部に直撃するところだった。

 

「それはたっくんのジャガイモ魔法だ。気合いで躱せ」

「アムロッ、当たらなければどうということは無いっ」

 

「なんでがFF(フレンドリーファイア)が当たり前みたいに言っているの!?あとだれがアムロよ!」

 

  似ていない赤い彗星のモノマネをしているカズキを無視してようやく前線で戦っているナオトの下へと追いついた。ブラックウッドが【極限宝具・エクリプス】を再び掲げると濃霧の中でパキパキと凍りつく音が響き、氷の槍が何本も発現された。

 

「くるぞ!」

 

 AKからフライパンへと持ち替えたナオトが横目で後ろにいるアリア達に向けて叫んだと同時に一斉に氷の槍が飛んできた。タクトが飛ばしている泥団子みたいなものを貫いて飛んでくる氷の槍をアリアはひらりと軽々と躱し、ナオトは躱しながら躱しきれないものはフライパンで叩き割る。

 

「お前等軽々と避けるとかずるいぞ‼」

「お前はもっと頑張れよ‼」

 

 慌てながらも必死に躱そうとしているカズキとケイスケに向かって氷の槍が飛ぶ。そうはさせんというばかりに風を纏った弓矢が飛んで氷の槍を割る。その直後にブラックウッドに向かって水の弾幕が飛んでいった。同じく追いついたカツェがやれやれとカズキに微笑む。

 

「カズキ、ほんとに無茶してんな…」

「カツェさすが!さすカツェだぜ‼」

 

「このまま思い切りぶっ放すぞ‼」

 

 ケイスケは怒号を飛ばしながらM16を、頷いたカズキはSR-25で狙いを定めながら何度も撃つ。やっとまともな援護が来たとアリアは苦笑いをしつつガバメントを撃った。

 

「そんな豆鉄砲でこの極限の力を持った私に勝てると思っているのかね?」

 

 ブラックウッドは不敵に笑うと【極限宝具・エクリプス】を光らせる。彼の周りに土の壁が現れ銃弾を防いでいく。

 

「だったらこれでどうだ!」

 

 カツェは懐から水の入ったボトルを取り出し口に水を含むとボトルの底を貫くように勢いよく高水圧の水流を飛ばす。高水圧の水流は土の壁を貫いたが、手応えは無かった。ブラックウッドは黒い風を纏って浮遊し、【極限宝貝・エクリプス】を掲げ、黒い暴風を放った。カズキ達は吹き飛ばされまいと防ぐが、風の中に小さな土の塊がビシビシと体に打ち付ける。

 

「‥‥竜巻地獄(ヘルウルウインド)…‼」

 

 セーラは右手を向けて暴風を放ち、ブラックウッドが放った黒い風を相殺させていく。風を纏っていたブラックウッド自身にはダメージはなく、ブラックウッドは不敵に笑っていた。

 

「炎に水に土に風…あいつの魔法もメチャクチャやべえな…」

「魔法の原理はよくわからないけど…あの水晶玉の仕業ね」

 

 カツェは苦虫を噛み潰したような面で舌打ちをして睨み、アリアはブラックウッドが持っている水晶玉へと睨みつけていた。【極限宝具・エクリプス】は持ち主の能力も周りの環境もありとあらゆるものを極限へとカンストさせる秘宝だ。今のブラックウッドは極限状態のチート魔術師となっている。

 

「今の私は極限を極めている…お前達の様な虫けらがいくら集まろうが私を止めることはできん」

 

 ブラックウッドは低く笑い【極限宝具・エクリプス】を掲げる。カズキ達の周りにぽつぽつと丸い光の球体が現れだす。これが何なのか、いち早くカツェは察して叫ぶ。

 

「お前等伏せろ——っ‼」

「もう遅い…爆ぜるがいい」

 

 ブラックウッドの合図と同時に、光の球体が凝縮されるとカッと光だし爆炎が巻き上がりだした。




 リハビリを兼ねて短めにしてます(タブン
 
 甘々な成分が早く欲しいよ(オイ


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87話

 6月はやっぱりジメジメしてますね…既に下旬だけどももう夏が近づいてきています
 梅雨の終わりが近づいてきているように、こちらの霧の話もきりがいい…なんちゃって(焼き土下座)


黒い黒煙が舞い上がる。カズキは迫っていた爆炎に思わず目を瞑ってしまったが爆熱も黒煙の感触がない。恐る恐る目を開けると自分達の周りに水の壁が張られていた。

 

「お前等…大丈夫か…?」

 

 カツェが水の壁を張って爆炎を防いでいた。おかげで怪我を負うことは無かったが、かなりの力を消費したためかカツェは肩で息をするほどへばってしまった。

 

「カツェ‼大丈夫か!?」

「カズキ、心配すんな…あたしはまだやれる…っ!」

 

「空元気じゃねえか。無理すんな!」

 

 【極限宝具・エクリプス】の力で能力が極限状態になっているブラックウッドの力は想像以上の力であった。今は底無しの魔力であれやこれやと様々な魔法を使ってくる。

 

「ふ…やはりお前達など相手にならんな」

 

「うるせーっ‼舐めきってるお前の面を、えーと、びっくりさせてやる‼」

「もう少し考えてから言いなさいよ!」

 

 アリアは思い立ったらすぐに口に出すカズキにツッコミを入れる。アリアはため息をついてガバメントを構えなおす。

 

「あの魔法がやっかいね…あんたたち、これをどうにかしなきゃならないけど何か考えはあるの?」

 

「勢い」

「気合い」

「努力」

「うん、そんな気がしたわ」

 

 即答する3人にアリアは既に色々と察していた。キンジがいたなら何かいい作戦か彼のトンデモ体術で切り抜いていただろう。しかし今ここにキンジはいない。ここは自分の力で何とかしなければならないと切り替える。

 

「もう一度突撃するわ。あんた達、援護をお願い‼」

 

「よーし‼援護は任せろーっ‼」

「俺も前衛に回る…!」

「アリア!後れを取るんじゃねえぞ‼」

 

 カズキとナオトとケイスケは気合い充分にブラックウッドに向けて駆け出していった。援護どころかそのまま突っ込んでいった彼らにアリアはずっこける。

 

「だから人の話を聞いて!?」

「あいつらが人の話を真面目に聞くと思ってんのか?」

 

 カツェの言う通り、彼らはノンストップどころか鉄砲玉の様に突っ込んでいくほどフリーダムだというのは色々と察していた。

 

「あたしもまだ戦える…!あいつらを援護するぞ‼」

「ああもう!仕方ないわね‼」

 

 ブラックウッドはこちらに向かって駆けてきているカズキ達に不敵に笑う。

 

「無駄な事を…何度やっても同じことだ」

 

 【極限宝具・エクリプス】を掲げると、炎の壁が燃え上がりカズキ達へと迫りだした。突然の炎の壁にカズキとケイスケはギョッとするがナオトは無言のまま突っ走るので勢いで駆け抜けることにした。

 

「そうだ!そのまま突っ走れ‼」

 

 カツェは手持ちの水のボトルを全て開封して特大の水の塊を飛ばす。水塊は打ち消すように蒸気を発して迫っていた炎の壁を消していく。蒸気を搔い潜る様にカズキ達は走り抜け、カズキはSR-25で狙い撃ち、ケイスケはM16を撃つ。

 

「そんな豆鉄砲で私を止めれると思っているのか!」

 

 ブラックウッドの目の前に土の壁が発現され弾丸は塞がれた。無駄な事だとブラックウッドは嘲笑っていると土の壁が爆発を起こして崩れた。突然の事に目を丸くするが、すぐに何故爆発したのかを探す。遠くからセーラが爆弾の付いた弓矢を射って来たのだ。

 

「ナオト、いっけえええ!」

 

 カズキの叫びと同時にナオトが一気に駆けだす。ブラックウッドはこちらに向かってくるナオトに炎の球をいくつも飛ばしていく。恐れずに駆けるナオトはフライパンを手に取り炎の球をどんどん撃ち飛ばしていく。

 

「…っ‼」

 

 ナオトは無言のままフライパンを振るが、ブラックウッドはひらりと後ろへ下がって躱す。それと同時にナオトに向けて雷の球を飛ばした。

 

「‥‥いけっ‼」

 

 ナオトはフライパンで踏ん張って防ぎながら大声を出した。その後ろからアリアがナオトの背を踏み台にして飛び越えた。勢いで飛んだアリアは一気にブラックウッドの懐へと迫る。

 

「妹を危険な目に遭わせた落とし前をつけてもらうわよっ‼」

 

 勢いで2丁のガバメントを連射した。この距離なら直撃は免れない――はずだった。飛んだ弾丸はブラックウッドの体に当たることなく静止をしていた。よく見ると当たる寸前で薄い水の壁によって止められていた。

 

「ふ…その程度か」

 

 ブラックウッドは鼻で笑うと睨んでいるアリアに向けて暴風を放つ。アリアは防ごうとするが風の力が強く、吹き飛ばされそうになった。

 

「ぐへーっ!?」

 

 が、たまたま後ろにいたカズキにぶつかりカズキの上で尻もちをついてしまったがおかげで吹き飛ばさる事は未然に防ぐことができた。

 

「ちょ、まじめにやりなさいよ!?」

 

「お、俺はいたって真面目だぜ…?」

「お前は何を言ってんだ。俺達は真面目にやってるぞ」

 

 ケイスケまでもがそう言うが、至ってそう見えないのは彼らの性のせいだろうか。このままでは手も足も出すことができなくなるとアリアは焦る。

 

「‥‥私の相手はシャーロックしかいない。お前達の様とヒーローごっこするつもりは無い」

 

 ブラックウッドは【極限宝具・エクリプス】を掲げると、周りの霧や遠くに見える霧が蠢くように拡大していった。

 

「‼…この臭いは…っ‼」

 

 アリアは霧からかすかに臭う腐臭に気付き、鼻を覆いブラックウッドを睨む。気づいてないカズキ達はどういうことかと首を傾げた。

 

「霧の腐食の力を強めた。建築物はじわじわと侵食されいずれ崩壊するだろう。だが、ロープのようなものなどは腐り朽ちていく速度があがっているだろうな…」

 

 ブラックウッドは低く笑い吊るされているメヌエットの方へと視線を向けた。腐食の霧にさらされミシミシと音を鳴らしている。このままだとロープが朽ちて千切れてメヌエットは落ちてしまう。

 

「この…っ‼あんたって奴は…っ‼」

 

 アリアは怒りと殺気を込めてブラックウッドを睨み付けた。怒りに身を任せて低く笑っているあいつをぶん殴ってやりたい。しかしそれだとブラックウッドの思うつぼ。【極限宝具・エクリプス】を前にどう戦うか必死に考えを張り巡らせていた。

 

__

 

「霧がどんどん濃くなっていく…それに腐食の進攻も速まってるみたい」

 

 セーラの表情に焦りが募っていた。いくら彼らが突撃してもブラックウッドに傷1つつけることができていない。強大な魔法の前になす術はないのかと焦っていたが、隣にいるタクトは全くそんな様子がなかった。

 

「つまり…どういうことだってばよ‼」

「たっくん、もう霧のこと忘れたの!?」

「要はあのM字ハゲを倒せば何とかなるんでしょ?」

「うん、まあそうだけど…」

 

 こんな局面でどうしてこうも楽観的にいられるのか、彼の精神力が羨ましいとセーラは少しばかり思ってしまった。

 

 そんな時、誰かがこちらに駆けつけてくる音が聞こえた。セーラは後ろを振り返るとハワード王子が息を上げながら走って来るのが見えた。

 

「王子…?なんでこんな所に?」

「王子じゃん!まさか王子パワーを発揮するのか!?」

 

 どんなパワーだとセーラはツッコミを入れるが、ハワード王子はそれどころじゃないような様子であった。なんとか息を整え、深呼吸をしてから顔を上げた。

 

「お前達、ジャックを見ていないか?」

「ジャック…?王子と一緒じゃなかったの?」

「いいや。ジャックはタクト達の後をついて行った。だから余は心配になってここまで走って来たのだが…」

 

 ジャックがタクト達の後を追っていたことには全く気が付かなかった。それならば既に彼女はもう追いついているはずなのだが、彼女の姿は一切見かけていない。一体何処にいるのかセーラは考え込む。ついてきたのなら彼女もブラックウッドを止めに来たに違いない。

 

「まさか…!」

 

 一つの答えが出たセーラは霞む霧の先にいるブラックウッドの方を見る。セーラは急ぎ弓矢を構えた。

 

「たっくん、すぐに走って‼」

「うん?なして?」

「急ぐの!ジャックはブラックウッドと差し違えるつもり…‼」

 

__

 

「くそっ…弾がもうわずかしかねえ‼」

 

 ケイスケは舌打ちをする。三戦連続で撃ってきたが流石に斬弾数が底をつきかけてきた。カズキも同じように残りの弾数に焦りだす。

 

「まずいぞこれ‼これが尽きたら俺接近戦とか得意じゃないし!」

「後は近接も得意なナオトに頼るしかねえな」

 

「ちゃんと戦ってーっ‼」

 

 ナオトもナオトでひたすらブラックウッドが放つ炎の球や雷の球をフライパンで打ち返し続けていた。アリアは背中に隠している二振りの日本刀を引き抜き構える。

 

「このままじゃこっちがやられるわ…」

「くそ…どうにかなんねえのか‼」

 

「もうお遊びは終わりにしようか…」

 

 ブラックウッドは不敵に笑って水晶玉を掲げようとした。その時、奥の霧がゆらりと動いたのが見えた。ブラックウッドは手を止めた刹那、霧の中から勢いよくジャックが飛び掛ってきた。

 

 両手に持っているナイフで斬りかかるがブラックウッドはひらりと身を躱す。着地をしたジャックは再びナイフを構えた。

 

「じゃ、ジャックちゃん!?」

「これは驚いた。まさか私に歯向かうとはな」

 

「私達を騙したのが悪いもん!」

 

 ハワード王子の前では無邪気な少女だった様子が一転、おどろおどろしい殺気を放ち、その様子は正真正銘の暗殺者そのものだった。

 

「それに…おかーさんやおかーさんの友達を傷つける人はゆるさない‼」

 

 ジャックは目にも止まらぬ速さで駆け、ブラックウッドめがけてナイフを振りかざして斬りつけた。しかしブラックウッドの体は霧のように消え、ナイフは空を切った。

 

「逃がさない…っ‼」

 

 狙った獲物を逃がさないかのように身を低くして更にスピードを速め駆ける。何もない所をナイフで斬りつけたが、見る見るうちにブラックウッドの姿が露わになる。よく見ると彼の頬に切り傷が負っている。ジャックのナイフを躱したものの顔に刃を掠めていた。

 

「この…出来損ないがっ‼」

 

 斬られたことに怒りを募らせたようでブラックウッドは【極限宝具・エクリプス】をを掲げた。すると赤い電撃がジャックに襲い掛かる。

 

「ぐ…ああああああああっ!」

 

 ジャックは悲痛な叫びをあげ膝をつこうとしたが、痛みに耐えるかのようにゆっくりと近づいていった。

 

「おかーさんは…私達が…わたしが守るんだ!おまえになんかに…負けるものか…!」

 

 直撃しても尚刺し違えようと近づいてくるジャックにブラックウッドは攻め手を緩めずに電撃を放ち続ける。

 

「造られた者の存在の癖に小癪な…もう一度あの世へ送ってやろう!」

 

 ブラックウッドは【極限宝具・エクリプス】を再び掲げる。ジャックの周りに白く光る球体がぽつぽつと現れる。爆発を起こして葬り去ろうと力を込めようとした。

 

「おらーっ‼『SUGOKU TUKAIYASUI』‼」

 

 突然、ブラックウッドの顔面にソフトボールぐらいの大きさの泥団子のような球体が直撃した。ゴムボールが当たった感触でさほど痛くないのだが虚を突かれた。

 

「風で爆炎を吹き飛ばす!その間に二人は急いで‼」

「王子!今だーっ‼」

「ジャック‼」

 

 セーラが突風を放ち爆発寸前の光の球を吹き飛ばし爆発を逸らし、タクトは虚を突かれていたブラックウッドに向けて飛び道具魔法『SUGOKU TUKAIYASUI』を放ち続ける。その隙にハワード王子が走りジャックを助け出した。

 

「おかーさん…!」

「ジャック、言ったはずだ。余の前で死人が出るような真似をするのは許さん‥‥だから勝手にいなくなるな!」

 

 ハワード王子は傷だらけのジャックを抱き寄せ、ジャックはほろりと涙ぐんだ。

 

「たっくん‼もう少し早く来てよ!」

「カズキ、とっておきは最後まで残しておくもんだぜ?」

 

 いい雰囲気をよそにカズキはプンスカと文句を言っているがタクトは反省の色を見せずにニシシと笑う。

 

「とっておきって‥‥あんた、何か方法があるの?」

 

 アリアはこの状況でも全く絶望感を醸し出していないタクトに尋ねる。タクトはなにかブラックウッドを、【極限宝具・エクリプス】を止める方法を何かしら持っている、彼女の直感がそう言っていた。

 

「あるぜ!この漆黒の堕天使的スーパーデストロイモードの魔法使いの俺に、サイキョー魔法があるよ!」

「流石たっくん‼早くそれをぶっ放してくださいよー!」

「そんなもん隠してんならさっさとしとけよ」

 

 カズキはさっきまでの焦りが一転して調子づき、ケイスケは毒づきながらタクトをおちょくるが、タクトはしかめっ面で首を横に振る。

 

「でも‥‥MPが足りない!だからできない」

「はあああっ!?なんでMP管理をちゃんとしねえんだよ!?」

「馬鹿かお前‼むやみやたらにジャガイモを飛ばしてるからだろうが‼」

 

 お好み焼きの様に軽々と手の平を返すようにカズキとケイスケはタクトにブーブーと文句を言う。この状況でどこまでも騒がしいとアリアは呆れる。

 

「そこでだ、カズキ、ケイスケ、ナオト!オラにパワーをくれ‼」

「やだし。疲れる」

「なんでたっくんにパワーを分けなきゃいけないんだ」

「逆に俺にくれ」

 

「なんでそこは断るの!?」

 

 チームなら快く承って力を貸すのが普通なのだが、どうしてここでも空気と展開を読まないのだろうか。

 

「茶番は終わったか?このまま終わらせてやろう」

 

 そんな事をしている間にブラックウッドは【極限宝具・エクリプス】を掲げた。彼の周りに風と炎と雷と水が混ざったような渦が巻き上がる。

 

「お前達がどんなに力をあわせようとも…この【極限宝具・エクリプス】の前では、力を極限に高められた私の前では無力だ!」

 

 自分を小物だと言い放ったタクトに向けて、自分の邪魔をし続ける喧しい4人組に向けて炎と風と雷と水の属性が混ざった魔法を放つ。

 

「させない…!」

「もってくれよ、あたしの体力…‼」

 

 彼らの前にセーラとカツェが立ち、爆風とありったけの水流を放ち防ぐ。ブラックウッドの魔法が強くじりじりと押し上げられていく。炎の熱で、雷の衝撃で、風の鎌鼬で、水の圧力で服がボロボロに、体力が削れていく。それでもなお二人は力を込めて耐え抜く。

 

「たっくん‥‥‼やれるならちゃんとやって!」

「それまであたしらが抑える‼だから頼んだぜ…‼」

 

 体を張って時間を稼ごうとする二人と同じようにアリアはタクト達をジト目で睨む。

 

「あんた達‼絶対にそれで勝てるのなら絶対にやり抜きなさい!あんた達が…メヌを、妹を助けるって言ったんだから、しくじったら承知しないわよ‼」

「タクト…余はお前に託すぞ…!」

 

 アリアに続いてハワード王子までもがタクトに託した。タクトは「えー」と言いそうになったがケイスケの鬼のような視線に気づき焦りの表情を隠して頷く。

 

「たっくん、いまさらそれはないとか言わないだろうなぁ?」

「そ、そんなわけねえよ‼ほらーさっさと俺に厨二パワーをよこせー‼」

「仕方ねえな!たっくん、力を合わせるぜ‼」

「具体的にどうすんの?」

 

「えーと…あれだ!スーパー戦隊みたいに合体武器でフィニッシュする時みたいに俺の肩に手を乗せるんだ‼」

 

 今思いついたのか、胡散臭いがカズキとナオトとケイスケはタクトの肩に手を乗せる。ノリノリになったのかタクトはドヤ顔で右手を前に出す。

 

「いくぜ‼漲れ俺達の厨二パワーッ‼」

 

 タクトの右手につけているブレスレットの黄色いトンボ玉が眩しいくらいの光りを放つ。その光は先が見えない濃霧を吹く飛ばすほどに光り輝いていた。タクトはテンションを上げて力を溜め、カズキとナオトは雰囲気でノリノリなのだが、ケイスケはタクトに力を貸しているはずなのだがそんな実感がないようで微妙な表情をしていた。

 

 タクトの右手は眩しいくらいの白い光で輝く。頃合いなのかタクトはドヤ顔をさらに輝かせる。

 

「行くぜ行くぜーっ‼これが俺達のチームワークでできたサイキョー魔法、『ばよえーん』だ‼」

「たっくん、ネーミングセンスわるっ!?」

「もうちょっとましなのがねえのかよ!?」

「そんな気がした」

 

 それぞれが喧しく騒ぐがタクトは構わず自称サイキョー魔法、『ばよえーん』を放った。放ったと同時に見つけていたブレスレットが粉々になり、白い光は勢いよく飛んでいきブラックウッドの魔法とぶつかる。

 

「!?この…小癪なあああっ!」

 

 想像以上に力が強く押されていたことにブラックウッドは焦り力を強める。

 

「なぜお前達なのだ…なぜ私の前に立つのがシャーロックではなく、お前達なのだ…‼」

 

 

 ブラックウッドは気にくわなかった。ドイツの時といい、この戦いといい、何故立ちはだかるのは彼らなのか。これだけの圧倒的な力を見せたというのにこの4人組だけは弱気にならないのか、諦めないのか、絶望をしていないのか。そして何故、極限の力を得たというのに…何故こちらが押されてきているのか、分からなかった。

 

「俺達は力を合わせてるんだ‼その極限パワーに頼っているお前なんかに負けないぜ‼」

 

 タクト達は叫んで力を込める。『ばよえーん』こと白い光はブラックウッドの魔法を押し上げ、遂には突き破り【極限宝具・エクリプス】ごとブラックウッドへと直撃した。

 

「ぬおおおっ!?」

 

 極限の力が押し負けた。直撃した衝撃で【極限宝具・エクリプス】が手から離れ、白い光はブラックウッドを包み込んだ。

 

「この私が‥‥こんなやつらに‥‥!?」

 

 白い光はさらに衝撃と爆発音を響かせた。衝撃の範囲が広かったのか、メヌエットを吊るしていたロープが千切れ、メヌエットは落下した。

 

「メヌ‼」

 

 テムズ川へと落ちる前に、アリアが駆けてメヌエットの手を掴んで引っ張り出す。

 

「お姉様‥‥」

「メヌ‼心配したんだから‼でも‥‥よかった」

 

 メヌエットの無事にアリアもカズキ達も安堵した。ナオトは足元に転がってきた【極限宝具・エクリプス】を拾い上げる。

 

「これが【極限宝具・エクリプス】‥‥」

 

 全体を包んでいた濃霧がだんだんと消えていき、霧の隙間から太陽の日差しがさし青々とした空が見えてきた。

 

「おおっ!霧が晴れていく‼」

「やっとジメジメした霧が消えて日差しが見えるようになったな」

「眩しい」

「つまり、俺達の勝ちってことだな!いやったーっ‼」

 

 

 【極限宝具・エクリプス】の力が消え、仰向けに倒れて気絶しているブラックウッドの下へカツェとセーラが歩み寄る。カツェは無言のままじっとブラックウッドを見つめる。

 

「カツェ、ドイツでの落とし前はつけるの…?」

「あー‥‥本当は魔女連隊送りにしてケジメをつけようかと思ったけど、あいつらがやってくれたしな。これでいいさ」

 

 カツェは勝利にはしゃいでいるカズキ達を見てふっと微笑んだ。

 

「それに、あたしらはボロボロだし後は他の奴らに任せて休もうぜ」

 

 お互い、力を使い果たし服も体力もボロボロの状態だった。セーラはやれやれとため息をつきながらも笑って頷く。

 

「お姉様‥‥わたし…」

「メヌ、いいのよ。私よりもあいつらに言えばいいわ」

 

 アリアはタクトを胴上げしているカズキ達の方を指さす。アリアだけでなくカズキ達が来ていたことにメヌエットは目を丸くする。

 

「カズキ達が…?」

「ええ。何を考えてるのか分からない騒がしい4人組だけど、大事な友達である貴女を助けるためにここまで来たんだから」

 

 メヌエットはカズキ達を見つめる。今もこっちの事を気にもせずに騒いでいる彼らだが自分の為に体を張って戦ってきた。何を考えているのか、何をやらかすのか分からない連中だけども、ワトソンの言った通り、彼らはメヌエットの為に、大事な友達の為に助けに来たのだった。

 

 これで賭けはワトソンの勝ちだったが、メヌエットは賭けなんかどうでもよくなりカズキ達に微笑んだ。

 

「ほんと‥‥賑やかなお人達ですわね」




【極限宝具・エクリプス】奪還、そしてブラックウッドとの戦いに勝利。

 某動画のカオスな4名様がつかっていた、ばよえーん‥‥元ネタぷよぷよでもかなりの強力な魔法だったり…


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88話

 イギリス編、エピローグです。
 すっごく長く感じたよ…マッシロニ燃え尽きたよ…


 霧が完全に消え、青空が見えるようになった頃に遠くからパトカーのサイレンの音が響いてきた。街を包んでいた濃霧が消え、ようやく警察達が完璧に動けるようになったようだ。

 カズキ達の所にもスーツを着たイギリスの諜報機関や公安の者たちと共にワトソンやサイオンが駆けつけて来た。

 

「みんな!大丈夫かい!」

 

「やっほーワトソン‼俺達の大勝利だぜ!」

 

 タクトはドヤ顔でピースサインを見せる。相変わらずの元気っぷりに彼らは平常通り心配はないとワトソンは安堵する。サイオンは公安に拘束されて連れてかれているブラックウッドをちらりと見てカズキ達に向けて苦笑いをした。

 

「まさかお前達にここまで沢山借りを作られるとはな‥‥よくやってくれた」

 

「すげえだろ!やるときはやれるんだぜ!」

「ほぼたっくんの変な魔法のおかげだけど」

 

「本当にあいつらの力ってよくわかんねえな…」

「やる事メチャクチャだけど…」

 

 力を使い切って座り込んでいるカツェとセーラはタクト達を見つめていた。ドイツの時といい、イタリアでの戦いの時といい、彼らのすることは自分達の想像の斜め遥か下を突き抜けるが計り知れない力を秘めている。

 

 そこへ勝利を歓喜を上げているカズキ達の所にジョージ神父がにこやかな笑みを浮かべてやって来たのが見えた。

 

「やあカズキ君、ケイスケ君、タクト君、そしてナオト…よく頑張ったね」

 

「このクソ神父‼いつも思うけど来るの遅せえんだよ‼」

「神父ーっ‼この超絶腹筋崩壊的明太子魔導士の菊池タクトの神魔法で一件落着ですぜ!」

「すげえですよ!今回はたっくんが大活躍だったんですから!」

「神父、これ取り返した」

 

 ああだこうだとそれぞれの話でバラバラに騒ぐカズキ達をよそにナオトはジョージ神父に【極限宝具・エクリプス】を渡した。

 

「よくやった…これで霧の事件は一件落着だよ」

 

 神父のその一言でカズキ達はさらに喜びの声をあげ、タクトを胴上げした。調子づくともう収拾がつかないんじゃないかとセーラはジト目でため息をついた。

 

「曾叔父様‥‥」

 

 ジョージ神父はふと声を掛けられた方を向く。アリアにおぶられたメヌエットが申し訳なさそうに視線を落としながらジョージ神父を見つめていた。

 

「曾叔父様…今回の件、お姉様や彼らを巻き込んだ私にも非があります。私が頑なにお姉様や英国政府を拒んだせいでここまでの惨事に…」

 

 自分一人でこの事件を背負うのではなく、もう少し早くアリアに頼っていれば、もう少し早く政府や諜報機関の要請に答えていれば、と考えたメヌエットであったが、ジョージ神父はにっこりと首を横に振ってメヌエットを撫でた。

 

「メヌ、誰も君を非難する人はいないよ。寧ろ一人でよく頑張ったね…」

「曾叔父様の言う通りよメヌ。それに…あの騒がしい4人組もいるし貴女はもう1人じゃないわ」

 

「…‼曾叔父様、お姉様…っ‼」

 

 アリアやジョージ神父の優しい笑みに、そしていつまでも騒がしくしているカズキ達を見てメヌエットは涙ぐんだ。もう一人ではないのだ。

 

「‥‥ところで、お前達は道中で伊藤マキリと遭遇しなかったのか?」

 

 ふと、サイオンは思い出したかのようにカズキ達に尋ねた。彼女は『N』の一員であり、この事件の関係者である。サイオンも驚かされるほどの実力の持ち主であるし、カズキ達がここまで来ていたのなら彼女との戦闘をして突破したはず。サイオンの質問にカズキはむかつくほどのドヤ顔をした。

 

「へへーん、俺達、勝っちゃったもんねー‼」

「俺達のスーパーコンビネーションアタックで完全勝利だぜ!」

 

 タクトまでもが自信満々に言う。どうやら彼女との戦いに勝ったというのはたぶん本当のようだとサイオンは確信する。彼女を捕えることができれば『N』の組織の詳しい情報が手に入るし今後『N』との戦いに備えることができる。

 

「それで…伊藤マキリはどうしたのだ?逮捕したのだろう?」

 

「マンホールの中に落としてありったけのフラッシュバンやゲロ瓶を投げ込んでやったんだ‼」

「あれだけ投げ込んでたら間違いなく気絶してるだろ。ざまあみろ!」

「これで俺達も国際武装警官の仲間入りってね!イエーイ!」

「…黒木ケンジさんに報告しなきゃ」

 

 それぞれ嬉しそうにしているが、それを聞いたサイオンは頭を抱えてため息をついた。そして物凄く申し訳なさそうにして口を開く。

 

「そのなんだ…喜んでる所申し訳ないが、ここら辺のマンホールの中は地下下水道だ。ほかのマンホールへと繋がっている…」

 

「え?それってつまり…」

「もしかして、逃げられた‥‥?」 

 

 呆然としてしまって恐る恐る尋ねたカズキとケイスケにサイオンは即頷いた。折角の苦労が水の泡になったという事にカズキとケイスケ、ナオトはガックリと膝をついた。

 

「「「まじかよぉぉぉぉっ‼」」」

 

「マンホールに繋がっているならまだどっかににいるってわけだな!探そうぜ‼」

 

 約一名、タクトだけがやる気満々の声がタワーブリッジに響いた。

 

___

 

「「え゛ええええっ!?もう魔法は使えないの!?」」

 

 事件から2日後、霧一つない快晴の空の下、メヌエットの館にてカズキとタクトが物凄く残念そうに大声を上げていた。喧しい彼らに凛は耳を塞ぎながら面倒くさそうに頷く。

 

「仕方ないわよ。あんたの魔法、色んな意味でメチャクチャすぎて再現すら不可能のレベルなんだから」

 

 タクトに渡したあの黄色いトンボ玉が付いたブレスレットこと簡易魔法具は本来ならば私生活に使えるレベルの魔法しか使うことができないはずだった。それがタクトが使うとこれまでの魔術師たちの研究の成果を助走をつけてドロップキックをかますほどの規則がメチャクチャの魔法がでてきて困惑した。そしてその魔法を発動する簡易魔法具が完全に壊れてしまったためもう同じ魔法は発動することは無いのだ。

 

「凛先輩!なんとかしてくださいよー」

「凛先輩なら何でもできると思ったのにー」

「凛先輩だし仕方ねえよ。できねえこともある」

「凛先輩、うっかりだし…」

 

「あんた達、軽くバカにしてるでしょ?」

 

 遠回しで小バカにしているようにしている4人組に凛はジト目で睨む。

 

「兎に角、ダメというものはダメ!それに時計塔の方もまた大忙しだし、手が付けられないのよ」

 

 凛は窓の景色を眺めながら遠い眼差しをした。事件の翌日は時計塔もMI6もイギリスの武偵局もあちこちてんやわんやで大変だった。カズキ達が無事に戻ってくるとリサが大泣きして、大喜びしてと表情を忙しくしながらカズキ達に抱き着く勢いで駆けつけてくるわ、再びタクトを胴上げするわであったが、他の所も忙しくしていたようだ。

 まず一つはブラックウッドと協力していたブロフェルドを台頭にしたSPECTREが復活していたこと。再びMI5の一員と裏取引をしていたこともあり再び諜報機関にはメスが入るようだ。そしてボスであるブロフェルドを捕えたものの、残党がイギリスから出たという情報もあり、MI6の00シリーズのエージェント達はSPECTREを完全に捕える為に世界中へ赴くとサイオンが苦笑いをして言っていた。

 

 その次に時計塔。霧の事件を解明後、時計塔は霧の原因であった【極限宝具・エクリプス】をどのように封印すべきか、ジョージ神父が中心になってあれこれしているようだ。そして霧のせいでなかなか戻れないでいた君主や教員たちが「今回の事件についてそこら辺KWSK‼」と興味津々に尋ねてくるし、その報告書やら始末書やらと書類の山を相手にしなければならないと副院長であるオルガマリーさんが泣きながら喚いていたと凛が遠い眼差しをしながら言っていた。そして凛も「はやくあのバカ戻ってこないかなー…」とも呟いているようだ。

 

 

「霧が晴れてもやっぱり騒がしすぎるわね…」

「メヌ、あのバカ達に変化というのはないわよ」

「ふはは‼相も変らぬ賑やかさであるな‼」

 

 メヌエットやアリアは苦笑いをし、ハワード王子は高笑いしながらカズキ達を見る。外出していたのかメヌエットやアリアはドレスを、ハワード王子はいつもの様に白のスーツを着ていた。

 

「それにしても‥‥カズキ達の行動には度肝を抜きましたわ」

「そうね、無知にも程があるわよ…」

 

 メヌエットとアリアは呆れるようにカズキ達を見て頷く。実のところ、カズキ達と共にイギリスの国際議事堂をブラックウッドらの魔の手から守った、そしてイギリスを包んでいた霧を晴らしたという功績を称えられ、イギリスの女王陛下への謁見が許されるというトンデモ自体が起きたのも関わらず、カズキが「女王ってだれ?会いたいならキングがいいなー!」とかいうトンデモ発言にメヌエットもアリアも身の毛がよだった。このバカ4人は女王陛下の前でもとんでもないことをやらかす恐れがあるため、ハワード王子とメヌエット、アリアの3人だけ謁見することになった。それを後から聞いたケイスケが「せっかくR武偵になれるチャンスだったのに!」と激怒しながらカズキをボコっていた。無知とは恐ろしい

 

「おかーさん、ただいまー‼」

 

 メヌエットの館にカツェやセーラ、ワトソンとともにジャックがやってきて、ジャックが嬉しそうにハワード王子に抱き着く。ハワード王子はもう彼女を拒むことなくにこやかに頭を撫でた。

 

「よくぞ戻ってきた!学校はどうだった?」

「うん!とっても楽しいよ‼」

 

 切り裂きジャックの一件は、ハワード王子や時計塔の活躍もあって彼女は許された。まだ幼いという理由もあるが、ハワード王子のボディーガードを務めるという事になり、彼に任せておけば問題は無いだろうと解決された。そしてジャックは時計塔の生徒として、MI6のサイオンの相棒として活動することになったようだ。

 

「いやー、何事も問題なく解決して鍋喰って地固まるだな!」

「たっくん、それを言うなら雨降って地固まる‥‥」

「それにカズキ達の方はまだ一件落着じゃないぜ?」

 

 セーラやカツェがまだ他にもあるというのでカズキ達4人は不思議そうに首を傾げる。もう忘れているとセーラは呆れてため息をついた。

 

「…伊藤マキリの件」

「「「「あっ」」」」

「なんでもう忘れてるんだか。ワトソンが情報を見つけてきたぜ」

 

「リバティーメイソンの目撃情報なんだけど、伊藤マキリがヒースロー空港にいたのを見つけたんだ。彼女は別の所へと向かうみたいだよ」

「あの野郎、早くとっちめてやる!それでワトソン、伊藤マキリが何処へ向かったのか分かったのか?」

「ヒャッハー‼地の底まで追いつめてやるぜー‼」

「俺達は古に伝わりしチェイサーだからな!」

 

 はしゃいでいるカズキとタクトを無視してケイスケとナオトはワトソンに尋ねた。

 

「伊藤マキリはアメリカへ向かったよ」

「アメリカか‥‥」

「アメリカンドッグ食べたい」

「アメ横行きたい」

「アメちゃん食べたい」

 

 本当に真面目に聞く気はないのだろうかとアリアは肩を竦めるが、伊藤マキリがアメリカへ向かったという事が気掛かりだった。アメリカではキンジが色金の一件で自分と同じように戦っている。彼女と鉢合わせにならない事願うと同時にまさかアメリカにも『N』とやらの仲間がいるのではなだろうかと心配になった。

 

「ジョージ神父がすでに手配をしてる。明日か明後日にはいつでもアメリカへ行けるぜ」

 

「たっくん!次はアメリカだってさ‼」

「ついに俺達ハリウッドデビューしちゃう?皆で行こうぜブロードウェイ‼」

 

「ハリウッドに行かないし、ブロードウェイにも行かない。それに今回は私とワトソンはロンドンに残る」

 

 ロンドンに残るとセーラが言うとタクトが物凄く悲しそうな面をして驚愕していた。

 

「ええええっ!?セーラちゃん、俺の事が嫌いになったの!?」

「違う、嫌いになってない」

「ホント!ん…?それってつまりどういう事だってばよ?」

「あっ、ちがっ、そういう意味じゃない‼ジョージ神父に頼まれただけだ‼イギリスに遠山キンジが来るという事だからあいつのサポートをしてくれって‼」

 

 セーラは顔を赤くして言い直すが、結局タクトは意味を理解していないようで終始首を傾げていた。そんなセーラとは反対にカツェは嬉しそうに胸を張る。

 

「その代わり、あたしが一緒について行ってやるぜ。リサは兎も角、お前等4人でアメリカに向かうとなると心配だしな!」

「ありがてー‼カツェがいるとたっくんよりもとても心強いぜ‼」

「お、おう!カズキ、あたしに頼っていいんだからな‼」

 

 嬉しそうにするカズキにカツェは少し照れながら胸を張った。

 

「鈍感すぎにも程があるわ‥‥」

「違うわよメヌ。あのバカにそういうの純情さが無いのよ…」

「この4人組…別の意味で面倒ね…」

 

 そんなカズキ達をメヌエットとアリア、そして凛が遠い眼差しで見ていた。

 

___

 

 濃霧に悩まされることなく飛行機が飛ぶようになったロンドン・ヒースロー空港にてカズキ達を見送る人達はイタリアの時よりも多いようだ。荷物をまとめたカズキ達をハワード王子は笑顔で頷く。

 

「お前達にはとても感謝をしている…お前達のおかげで余は少し変われたかもしれん」

 

「何言ってんだぜ王子!王子やサイオンもジャックもソウルメイトだ!いい男になってるぜ‼」

「最初に会った時よりはだいぶまともになってるさ。これなら打倒キンジも間違いねえ」

「王子!俺達、応援してるぜ‼」

「‥‥モテル」

 

 英国王子に何という事を、と普通なら思うがもはや彼らにとって王子も地位も関係なく友達なのだからもう誰も咎めることは無かった。タクト達の応援にハワード王子はニシシと笑った。

 

「うむ‼余はアリアの好感度をマックスにさせて遠山キンジに打ち勝つように精進する‼任せておけ!」

 

 打倒キンジに燃える王子をもはやだれにも止められなくなった。これキンジと鉢合わせしたらとても面倒な事が起きるんじゃないかとアリアは遠い目をしていた。

 

 サイオンは王子にあれこれモテルアドバイスをしてるカズキ達を見て苦笑いして頷いた。

 

「お前達は国際武装警官を目指しているようだな…国際武装警官なあらMI6と組むことがある。いつかまた共に戦えることを待っている。いつでも声を掛けてくれ」

 

「サイオン、またいつか一緒に派手に大暴れしようぜ‼」

「今度は007にスカウトしてよ‼俺ならパーフェクト007になれるからさ!」

 

 いつかその日が来るまで、というかそんな事になるのだろうかとサイオンは笑ってカズキ達と握手を交わした。彼らと行動すると常識を覆すことばかり。いつかまたそんな事に驚かれるかもしれないだろうと微笑む。

 

「まったく‥‥始まりから終わりまで、貴方達は賑やかね」

 

 車椅子を押しながらメヌエットはカズキ達に呆れてため息をつく。ポカンとしているカズキ達を見てメヌエットはクスリと笑った。

 

「けれども‥‥その賑やかさは悪くはなかったし、楽しかったわ。ねえたっくん、私も貴女達と同じソウルメイトになれるかしら…?」

 

「メヌエットちゃん!メヌエットちゃんはもうすでに俺達と一緒のソウルメイトだぜ!」

 

 単純で、純粋で、裏も何もない、タクトの真っ直ぐな笑顔にメヌエットは微笑んで頷いた。そして確信する。彼らはどんな困難にも恐れずに立ち向かい、力を合わせて突破していく。これは推理でもなく、理屈でもない。そんな気がしただけ。

 

「貴方達なら大丈夫そうね‥‥気を付けていってらっしゃい」

 

「俺達のハリウッドデビュー、楽しみに待っててくれよな!」

「行こうたっくん‼俺達の栄光の道筋は…えー…凄い‥期待に…応えられる」

「ちゃんとまとめてから言えや。そっちも頑張れよ、メヌエット」

「‥‥またシュークリーム焼くから」

 

 カズキ達騒がしい4人組はメヌエット達に手を振りながら出国ゲートへと向かって行った。こちらに元気よく手を振るタクトを見送りながらセーラは苦笑いをして溜息をつく。

 

「リサ、カツェ、あのバカ達を頼む」

 

「セーラ様、お任せください。カズキ様達のサポートをしっかりいたしますね!」

「おうさ、セーラも頑張れよ!」

 

 リサとカツェもにこやかに頷いてカズキ達の後へ続いて出国ゲートへと向かって行った。彼女達が入ればアメリカに行っても多少は大丈夫だろうとセーラはやや心配気味に見送った。

 

___

 

「賑やかな人達、行っちゃったね…」

 

 ジャックは空高く飛び立っていく飛行機を窓から見ながら少し寂しそうに呟く。ハワード王子は頷いてジャックの頭を撫でた。

 

「そうだな。嵐ような、いや嵐よりも騒がしく賑やかに行ってしまったな。だがその代わり、明日にはアメリカから遠山キンジという男が来るらしいぞ」

「ホント!じゃあいっぱい遊べるね!」

「うむ‼そして余の恋のライバルでもある‼最初は権力で物言わそうと考えていたが…やはり面と向かい合って挑もうと思う」

 

 ハワード王子は張り切っていた。初恋のライバルはどんな男なのか、アリアが惚れる程の男はどのような実力を持っているのか、カズキ達が言うような色々とヤバそうな男なのかもしれない。会うのが楽しみでたまらなかった。

 

「やはり…ここはどちらがカレーうどんを服を汚すことなく早く食べることができるか勝負してみるか!」

「おかーさん、応援してるよ‼頑張ってね!」

「殿下、それはちょっと‥‥色々と問題があるのでは?」

 

 やんややんやと遠山キンジとどのような勝負をしようかと楽しみにしているハワード王子達を見ながらメヌエットはクスリと笑う。

 

「お姉様、楽しみですわね。殿方が来たらどのようにもてなしてあげようか、実は私も楽しみでたまりませんの」

 

「…やっぱりあのバカ達、余計な事しかしてくれないわね‥‥」

 

 アリアはやつれるようにため息をついた。キンジが来たらどうなるのか、色んな意味でヤバイと。アリアはキンジに申し訳ないと思いながら苦笑いしていつまでも青々としている空を見上げた。今日も霧一つない、いい天気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___

 

 

「申し訳ございません‥‥私がいながら、ブラックウッド卿の暴走を止めることができず【極限宝具・エクリプス】を奪われることに‥‥」

 

 

 ロンドンのとあるカフェで、伊藤マキリは氷のような冷たい表情のまま頭を下げた。

 

「気にする事はないよ、マキリ。こうなる事は筋書通り。いつかあいつを切り捨てる予定だったのだよ」

 

 低いダンディーな声の男性は黙々と書いていた手帳をパタンと閉じてコーヒーを飲んだ。白髪の男性の肩には一匹の青い蝶が止まっている。

 

「…では既に【極限宝具・エクリプス】を奪われることは時間の問題だったと…?」

「ええ。いくら計算してもブラックウッド卿は敗れる未来しかない。その時間が早かっただけ。それに【終焉兵器・ビッグバン】と【十四の銀河】があればどのみち問題は無い」

「‥‥ネモ提督と同じことをおっしゃいますね」

 

 伊藤マキリは静かに頷いてコーヒーを啜る。

 

「ではあなたは何故ここロンドンに?このまま長居しますと探偵に見つかるのでは?」

「娘を迎いに来たんだ。あの娘、歌の学校をやめるようでね。彼女が言うには自分の歌を真剣に聞いてくれた教師が自殺をしてしまったらしい。よっぽどショックなようで気を落としているんだ。あとで美味しい料理のお店へ連れてって励ましてあげなくては」

 

 男はにっこりとしながら娘の話をした。相も変わらずおかしい人だと思いながらも平常通りだと思いながら伊藤マキリは男の話を聞きながら静かにコーヒーを啜る。

 

「心配はない。探偵では私を見つけることはできんさ」

「そうですか…では例の4人組はアメリカへ向かったことはどうするのですか?」

 

 伊藤マキリはやや心配気味に男に尋ねた。初めて敗北を味わった。初めてこのままだと捕まると危機感を覚えた。戦いはハチャメチャで単純なのに、何を考えているのかよく分からない4人組に遠山キンジとは別の意味で彼らを初めて危険だと感じたのだ。

 

「アメリカ、か‥‥ジキル博士も会うのを楽しみしている。それに、娘‥‥ネモも直々にその4人組に会おうとしているようだよ」

 

 まさかネモ自らがその4人組に手を下そうとしてるのかと伊藤マキリは少し驚いた。果たしてアメリカでどのような戦いが起こるのか、少し気にはしながら白髪の男と一緒にコーヒーを啜った。




 ネモの立ち絵、どう見てもアリア亜種ですありがとうございました(オイ
 
 リサがいないからキンちゃん先輩詰みじゃね?と思いながらセーラさんを残すことにしました。まあ原作とは違う展開になるだろうと‥‥思います。まずは王子とカレーうどんの勝負かな?
 サイオンにジャックにセーラが味方に…あれ?鬼さん達も詰みじゃね?シカタナイネ!

 イギリス編、終了‥‥次のステージはアメリカへ…‼


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アメリカ_最強計画 アイアンブリゲイド
89話


 アメリカ編、突入

 グラセフの他にも…ダイ・ハードにミッションインポッシブル、CSIに、マイアミバイスに、マーベル等々…アメリカはネタが満載ですね


「USA‼USA‼」

 

ロンドンからフライトで11時間、タクトは夕方でも人々でにぎわうロサンゼルス空港の入国ゲートを無事に通過すると大はしゃぎで踊りだす。何とも陳腐な踊りなため通りかかる人が変な踊りをしているタクトをちらちらと見ながら通り過ぎる。

 

「きたぜたっくん‼俺達アメリカデビューだ‼いやっはーっ‼」

「USA‼USA‼俺達毎日USA‼」

「うるせえよハゲ‼」

 

 カズキまで悪乗りして踊りだし、ケイスケに怒鳴られてゲンコツを入れて止まるまで注目の的にされていた。もう既に目的を忘れてはしゃいでしまっている2人にカツェはやれやれと肩を竦める。

 

「もうあたしの言ってたことを忘れたのかよ…いいか?アメリカに来たのは伊藤マキリを追跡することであって修学旅行じゃなry」

 

「ああっ!?大変だ!ナオトがまたどっかいったぞ!?」

「な、ナオト様なら両替所へ向かった筈なんですが…あれ?すぐそこなのにナオト様のお姿が見られませんね…」

「あのバカ‼どうして歩いてすぐに道に迷うんだよ‼リサ、探しに行くぞ」

 

「すっげー‼あのハンバーガーでかすぎじゃん!やっぱアメリカはでかいんだな。よーし、早速購入だー‼」

「たっくん!だから勝手にどっか行こうとするなよ‼俺も連れてけ‼」

 

 アメリカ入りしてものの数秒でわちゃわちゃしだすカズキ達にカツェは頭を抱えた。セーラがどうしてそこまで苦労しているのか何となく分かったような気がした。道に迷ったナオトを見つけ、勝手にハンバーガーを購入してもさもさと食べているタクトとカズキを連れ戻し、拗ねたケイスケが喫茶店に入ってコーヒーを飲み終わるまで待つと色々とあってやっと全員が落ち着くまで1時間かかった。ようやくまとまったようで、カツェは彼らに釘をさすようにもう一度目的を説明した。

 

「いいか?今回アメリカに来たのは伊藤マキリの追跡だ。あいつがアメリカに潜んだってことはここにも『N』のメンバーがいるはずだ」

「じゃあ俺達だけでアメリカ中を探すのか?途方に暮れるぞ?」

 

 ケイスケの言う通り、アメリカは広大な土地を持つ大国で多くの州を持つ。一つ一つ虱潰しで探してはかなりの年月をかける事だろう。

 

「いや、ジョージ神父の知り合いにCIAの特殊作戦部隊『IMF』の捜査官がいる。その捜査官も任務でアメリカに潜んでいる『N』の組織を捜査しているらしい。あたし達はその人の活動拠点であるニューヨークに向かって一緒に捜査するぞ」

「はへー、ニューヨークだって。ニューヨークでにゅうよーくってかー‼」

 

 ノリノリでダジャレを言い出すカズキを全員スルーし、ニューヨークに向かうという事にナオトが首を傾げた。

 

「じゃあなんでわざわざロサンゼルスに来たの?」

「うーん、それがよく分かんねえんだ…本来ならニューヨーク空港行きの飛行機に乗るはずだったんだが、何やらニューヨークの方で問題が起きてそこの空港を閉鎖したみたいなんだ」

 

 カツェはニューヨークで何か問題が起きていることに警戒していた。彼らの行く先々でひと悶着があるといつの間にか大騒ぎになるようなドタバタ騒ぎになるに違いない。それにアメリカにはジーサードやらロスアラモス機関やら今だ知らない特殊部隊やらと最先端技術や兵器等がある。一つ一つ気を付けて行かなければならない。

 

「いいか?既に敵地に入っていることを肝に銘じて慎重に行動して行けよ?」

 

「ねえナオト、トイレどこー?」

「カズキ、だからあれほどがぶ飲みするなと言ったじゃんか。ほら、ついてこい」

「待てよ?ロサンゼルスってことはラスベガスに行けるってことか‥‥気分転換にカジノ行ってみてえなー」

「そんな事よりハリウッドに行こうぜ‼」

 

「…まあ、そうなるわな」

 

 相も変わらず緊張感の全くない4人組にカツェは頭を抱えた。果たして彼らは大丈夫だろうかと心配でたまらない。平常運転の彼らのことだしやるときはやるという事を信じるしかない。気を取り直してカツェは一先ずニューヨークに向かう事に専念した。やっとこさカズキ達を連れて空港から出たカツェはリサに確認をとる。

 

「どうやらニューヨークへ向かう空の便は全て閉鎖しているようだし…行けるとしたら鉄道かバスしかねえなぁ」

「そのようですね。時間は掛かりますが、ここはアムトラックの鉄道に乗った方がいいかもしれません」

 

 リサの意見にカツェは頷く。ロサンゼルスからニューヨークまでアムトラック鉄道だとシカゴで乗り換えをして計2、3日ほどかかる。多少の長旅になるが賑やかな彼らが入ればさほど退屈はしないだろう。そしていち早くニューヨークで何が起きたのか確かめなくてはならない。

 

「じゃあ鉄道に乗って行くぞ。ちゃんとあたしについて来いよー」

「鉄道かー、カツェは乗ったことがあるの?」

「ああ。アメリカの土地は広大だ。景色は相当楽しめるぜ」

 

 カツェは首を傾げるカズキに嬉しそうに微笑む。車窓からの景色は壮大で見応えがあるが、本当はカズキと一緒に行動できるという事に心踊ろっていた。意気揚々とその鉄道がある駅への道を進もうとしたその時ケイスケが辺りを見回した。

 

「ちょっと待て‼たっくんがいねぇ!?」

 

 いきなり出鼻をくじかれてカツェは盛大にずっこけた。いざ行こうとした途端にまたタクトが早速やらかしたようだ。ナオトといい、タクトといいどうして好奇心の塊の子供の様に勝手にどこかへ行こうとしているのか。イタリアやイギリスと違って道を間違えればすぐに迷子になってしまう。慌てて辺りを見回してタクトを探す。

 

「おーい‼皆こっちこっちー‼」

 

 何処へ行ったのか探しているとタクトの声が聞こえてきた。声のする方へ視線を向けると、大型バスの窓からタクトが顔を覗かせて手を振っているのが見えた。ナオトとカズキはタクトが見つかったことに安堵していたが、ケイスケとカツェは勝手にバスに乗っていることにギョッとしていた。

 

「たっくん何してんだ!?」

「何って、ニューなんたら行きのバスを見つけたから乗ったんだぜ‼」

「ニューヨークだっての‼っていうか勝手に乗るなよ‼」

「心配ないって、ちゃーんと6人乗るって伝えたから‼」

 

「乗るっておま、勝手に話すなって‼ていうかたっくん英語ちゃんとできてたっけ?」

「ナオト、俺の超天才的なボディランゲージなめんなよ?俺にかかればお手の物だぞ‼」

 

 タクトがどや顔でそう言った途端、カズキ達は急いでタクトが乗ったバスに駆け出した。絶対にタクトのボディーでは伝わるわけがない。カツェとリサが運転手に英語でタクトが乗ったことについて話すと案の定、6人乗るという事以外は伝わっていなかった。タクトが乗ってしまった以上、このバスに乗るしかない。快くタクトを乗せてくれた心優しい運転手に感謝と運賃を払い乗ることになった。

 

「まったく…言った傍から勝手に行くなっての」

 

 カツェは少し疲れた様子でため息をついた。今度からナオトだけでなくタクトにもしっかり目を付けなければならない。当の本人は全く反省していないようでノリノリなご様子。

 

「リサ、ニューヨークまでどれくらいかかるかなー‼」

「バスの場合は2日ぐらいは掛かりますね。それまで長い時間座ることになりますのでこの間に疲れを取った方がいいですよ」

「じゃあ存分に楽しめるってことだな!写真も撮っちゃうぞー‼」

 

 タクトとカズキは修学旅行の気分ではしゃいでいる。絶対に途中で疲れ果てる未来しか見えない。そんなはしゃいでいる所にケイスケも入るわ、寝ているナオトは起こすわでその賑わいは止まることがなかった。そんな彼らの様子にカツェは苦笑いをしていた。

 

「本当に一緒にいると退屈しねえな…」

 

__

 

 ロサンゼルス空港からバスを出てどれ位の時間が経過しただろうか、絶対に途中で疲れ果てて寝てしまうだろうと思いきや、カズキ達は相も変わらず賑やかにしていた。疲れを知らないのだろうかと思ってしまうほどだ。ニューヨークまでかなりの時間もかかる事だし気長に待つことにしよう。

 

「それにしてもたっくん、よくバスを見つけたよな」

「どうだ俺をもっと褒めたたえろ?道行く人にニューなんたらーって聞いたらそこのバスを教えてくれたからさ」

「「「「…ん?」」」」

 

 どや顔するタクトのその一言にカズキ達全員がピタリと止まった。まさか、もしかして…とそれぞれが嫌な予感をしつつ、ケイスケが一番最初に尋ねた。

 

「ちょっと待ってたっくん、もしかしてニューなんたらしか言わなかったのか?」

「そうだよ」

 

 即答するタクトにだんだんと嫌な予感がずっしりと伸し掛かる。つまりタクトは行先をニューヨークと言わずニューなんたらとしか言っていないのだ。更に続けてナオトが恐る恐る尋ねる。

 

「じゃあどうやってそのバス亭を見つけることができたの?」

「なんたらーって言い続けたら地図を見せてくれてさ、俺が文字的にニューヨークっぽい所を指さしたら快く教えてくれたよー」

 

「「「文字的…?」」」

 

 何処どうしたらそうなるのか。もう嫌な予感しかしないこの状況にカツェはポジティブに考えることにした。

 

「ま、まあ目的地は『New York』だし、場所を間違える事って流石にねえだろ、あはは…」

「え?MじゃなくてYだったんだ。なるほどー」

 

 笑顔で頷くタクトのその言葉に全員が凍り付いた。そしていの一番にケイスケが怒号を飛ばす。

 

「おまえ、それじゃニューヨークじゃなくてニューメキシコじゃねえか!?」

 

 つまり、今自分達が乗っているバスはニューヨークに向かうのではなく、ニューメキシコに向かうバスに間違えて乗ってしまったのだ。行先が違っていることにキョトンとしているタクトを除いてカズキ達は慌てだす。

 

「ちょ、ど、どうするんだ!?行先間違えてるんじゃねえか!」

「どうもこうもねえ‼途中だけど降りるぞ‼」

 

 ケイスケ達は大急ぎで休憩で途中停車した場所から運転手に事情を話して下車をした。快く途中下車を許してくれた運転手には大変申し訳ない。しかし焦って降りたこの判断が更に混乱を起こすことになった。

 

 降りた場所は辺り一面乾燥した大地しか見えない広い駐車場が取り柄しかない小さなコンビニ。大都会のはずがまさかの殺風景という事にカズキ達4人は呆然としていた。

 

「‥…枯れた大地しか見えないぞこれ」

「しまった、ここコンビニしかねえじゃねえか」

「というかここどこなんだよ‥‥」

 

「まあまあ、そう焦るなってお前等。こんな時こそポジティブポジティブ~‼」

 

 原因であるタクトはぶれないどころか全く反省しておらず、カズキとナオト、ケイスケにそれぞれゲンコツを入れられてしまった。さっそくハプニングが起きたことにカツェはため息をつく。

 

「いきなり起きるとは思いもしなかったぜ‥‥しかたない、ここはヒッチハイクか、車をレンタルできる場所まで行くしかねえな」

 

 しかしながら辺りはもう日が暮れて暗くなってきている。唯一明りのあるコンビニから離れれば暗い道を通る事になるし、ヒッチハイクもうまくできるかどうか。取り敢えずやる事が決まるとカズキは気を取り直して張りきりだす。

 

「よし…道尋ねおじさんになるしかねえな‼」

「誰だよそれ…」

 

 しかしながらこの面子でヒッチハイクができるかどうか、そして6人全員乗れる車に乗ることができるのだろうかと色々と問題点もある。ここではそんな車かトラックが来るかどうかも分からないので車がよく通る場所まで歩くことにした。

 

「俺達のー車がくるまでー♪」

「歌うのか早く歩くのかどっちかにしろや」

「…眠い」

 

 カズキはノリノリで歌いだすわ、ケイスケはずっと苛立ちっぱなしだし、ナオトはもう眠たそうにしているしと本当に大丈夫だろうかとカツェは心配しながらも歩く。そんな時、タクトが道路を外れて乾いた大地の方へと歩き出した。

 

「たっくん、どったの?」

「カズキ、見ろよ‼あんなところに車が停まってるぜ‼」

 

 タクトが指さした先には乾いた土地の所にぽつんと黒のトヨタランドクルーザーが停まっているのが見えた。ケイスケは一体どうしてこんな所に車が停まっているのかと疑問に思いながらも、早速見つけておはしゃぎで駆けだすカズキとタクトの跡に続いた。

 

「でかしたぜたっくん‼これで何とか乗せてもらえそうじゃん!」

「あれ?でも誰も乗ってないみたいだぜ…?」

 

 カズキとタクトは車を覗き込むと誰も乗っていなかった。放置なのかそれとも捨てたのかと首を傾げる。ケイスケはボンネットに手を置いた。わずかながらも熱がこもっており、何十分か前ぐらいにここに来て車を停めたことがわかった。

 

「こっちに足跡があるぞ」

 

 ナオトは足跡を見つけ皆に知らせる。4人ぐらいの足跡と何かをひこずった跡が見られた。この後を辿って行けばこの車の持ち主たちに会うことができるだろう。

 

「それにしてもなんでこんな所に停めたんだろうな?」

「ケイスケ、あれじゃね?所謂キャンプってやつだろ」

 

 こんな所でキャンプをする必要があるのだろうかと疑問に思いつつ辿っていくと遠くでその持ち主であろう人達が見えた。しかし、ケイスケとカツェはそれを見た途端にさらに警戒しだす。

 

「おい、どう見てもキャンプをするような連中じゃないぞ…」

「明らかに関わったら面倒な事が起きる気がするぜ…」

 

 二人が警戒している通り、黒のスーツに黒のサングラスと何処からどう見てもキャンプをしに来たという雰囲気ではない人達だ。そして先ほどまでノリノリであったカズキも次第に警戒の色を見せた。

 

「というか…あれ誰か倒れてない?」

 

 カズキが指さしている先には、スーツを着た5人の男達の足下で一人、男性が倒れているのが見える。あの状況を見て、絶対に声を掛けたらまずいという気が感じられた。

 

「絶対にあれはまずい気が‥‥って、たっくん!?」

 

 ナオトは皆に警戒するように言いかけたところ、タクトがルンルン気分でそのスーツの男達へと近づいてしまった。

 

「ヘーイ‼エクスキューズミー‼僕達道に迷ったデース‼どうか乗せてくだサーイ‼」

 

 タクトは適当な英語訛りの日本語で声を掛けだす。適当なボディランゲージと適当なしゃべりに気付いたのかスーツの男達は焦る様にタクトの方へ振り向いた。タクトは通じたと思い、更に変な踊りを兼ねる。

 

「どうかこのとーりデース‼僕達をニューヨークまで乗せてチョウダーイ‼」

 

 タクトは自分のパーフェクトなボディランゲージだとどや顔をした。しかし、返ってきたのはタクトへの答えではなかった。男達は一斉にマイクロUZIやMP7を構えだした。相手がタクトを完全に殺す気でいることに気付いたケイスケはすぐさま叫んだ。

 

「ヤバイ‼たっくん離れろ‼」

 

 ケイスケの大声にタクトはすぐさまその場から離れようと走り出す。ナオトは撃たせまいとすぐさまスーツの男達に向けて腰のポーチからスタングレネードを取り出してピンを引き抜いて投げた。

 

「カツェ、たっくんを頼む‼」

「ああ、任せろ‼」

 

 カズキの合図にカツェは頷き、水の入ったボトルの蓋を開けて水を操り、タクトに弾丸を当たらせまいと水の壁を張る。タクトは頭上を通り過ぎたスタングレネードを見ると直ぐに耳を塞いでうつ伏せになった。

 

 スタングレネードが炸裂しスーツの男達が怯むとカツェは水の弾幕を飛ばした。水の弾幕はスーツの男達の腹へと思い切り直撃し、スーツの男達は次々に倒れていった。

 

「ふぅ…流石にここでいきなりドンパチ騒ぎになると面倒になるからな」

 

 とりあえずタクトを助けることができて一息つく。なんとか助かったタクトはほっと一安心をした。

 

「あ、危なかったー。まさかコミュニケーション失敗には焦ったぜ」

「…そんな失敗怖すぎるんだけど」

「というかこいつら一体何もんだ?」

 

 ナオトはタクトに呆れながらもツッコミを入れ、ケイスケは戦闘不能になったスーツの男達を不審に見ていた。

 

「うぅ‥‥」

 

 そんな時、倒れていた男性がうめき声を上げて起き上がりだした。カズキ達は驚いて身構えたが、その男性は体格もでかく逞しい体つきをしているが怪我をしていることに気づいた。スーツの男達とは違うようで彼は被害者のようだ。ケイスケとリサはその男の下へ歩み寄る。

 

「大丈夫か‼ってかかなりの怪我じゃねえか。リサ、手当てするぞ!」

「は、はい!」

 

「き、君達が私を助けてくれたのだな…」

 

 その男性は安堵したように軽く笑う。ズタボロになるほどの怪我をしているというのにかなりタフなようだ。男は痛みに耐えながらもゆっくりと立ち上がった。

 

「あ、あまり無理はしていけません‼両手両足にかなりの傷がみられますし…」

「大丈夫だ。こういうのは慣れている…それよりも、此奴らが乗った車は…?」

「この向こうに停まってる。まさかその怪我で運転する気か…!?」

 

 その男性のかなりのタフさにカツェは驚く。けれどもそれは無茶で無謀だ。

 

「戦場にいた頃はこんな怪我…いたたたた…流石に無理か」

「だったら俺達がついてやってあげるよ‼」

「うええっ!?たっくん、マジでか!?」

「カズキ、驚いてる暇はない。やれるのは俺達しかいないし」

 

 タクトに続いてナオトまでも言い出す。タクトやナオトの言う通り、ここでほっとくわけにはいかない。やむを得ないとカズキは頷いた。その様子に男は不思議そうに見て目を丸くしていた。

 

「君達が‥‥?君達は一体…」

 

「俺はアメリカにたぶん伝わりしハリウッドスターエディション、菊池タクトだぜ‼」

「そしてそのリーダーの吹雪カズキ‼」

「…江尾ナオト」

「天露ケイスケだ。俺達は日本の武偵でニューヨークまで向かう予定だったんだ」

 

「なるほど‥‥日本の武偵だったのか。私はマイケル・セガール…」

「え…?マイケル・セガールって、あんた本当にマイケル・セガールなのか!?」

 

 男性の名を聞いたカツェはぎょっとしてマイケル・セガールと名乗った男性を指さす。どうして驚いているのかとカズキ達は首を傾げていた。

 

「カツェ、そのマイケルさんは知り合いなの?」

「どっかで聞いたことがある気がするが、ピンと来ねえな」

「もしかしてファンだった?」

「…お知り合いかも」

 

「お前等此奴の名を聞いて驚かないのかよ!?マイケル・セガール…彼は正真正銘のアメリカの大統領だぞ!?」

 

「‥‥え゛!?あのアメリカ大統領ってお前マジか!?」

 

 ケイスケは大統領だと聞いてギョッとしていたが、カズキとタクトとナオトはキョトンとしていた。

 

「え?大総統?」

「大納言?俺は大納言モナかは好きだぞ?」

「‥‥誰?」

 

「本当にぶれねえなおい!?」

 

 カツェは平常運転の3人にツッコミを入れる。英国王子の時といい、どうしてこうも恐れを知らなすぎるのだろうか。

 

「で、ですがどうしてアメリカ大統領のお方がこんな所に…?」

 

 リサは大統領であるマイケルの手当てをしつつ尋ねた。マイケルは静かに頷いて答えた。

 

「事情はかなり深刻なんだ…すぐにここから離れて、急いで戻らなければ。早くしないと彼が無実の罪を背負ったまま殺されてしまう」

 

 マイケルからかなりヤバイ一件だと伺える。というよりもアメリカ大統領がこんな所に連れてかれて殺されかけるというので明らかに一大事である。

 

「…教えてくれ、一体何が起きているんだ」

 

 もしかしたらニューヨークの空港が閉鎖したのもこの一件に関係あるのかもしれない。そして今このアメリカで何が起きているのかが知らなければならない。カツェはアメリカ大統領、マイケル・セガールに尋ねた。

 

「…ジーサードが大統領を誘拐し、殺人未遂を起こしたとされアメリカ全土に指名手配されている。これは全て副大統領、リチャード・フランプと‥‥彼と手を組んだ『N』の仕組んだ罠だ」





 インディペンデンスデイ、エアフォース・ワン、ホワイトハウス・ダウン、メタルフルフカオス、セインツロウ…と大統領自ら戦う作品は好き(異論は認める)
 


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90話

 アメリカってほんと広大ですよねー‥‥アリゾナ、ニューメキシコ、ニューヨークまでの道のりが物凄く長い長い。
 うん、これ数か月もかかるかも‥‥(白目


 ワシントンD.Cにあるアメリカ大統領の居住であり、政権の中枢であるホワイトハウス。そのホワイトハウスの中にある国賓の晩餐会以外で非公式の夕食会に使われるファミリーダイニングルームにて、黒のスーツを着た髭の濃ゆい男性ことアメリカ副大統領であるリチャード・フランプは緊張の表情でじっと座っていた。

 

 本来ならば大統領がいなければならないのだが、大統領が誘拐されたという前代未聞の事件が起きており、今は大統領の代理として副大統領が指揮を執っている。しかし、リチャード・フランプにとってこれはどうでもいいことであった。

 

 それもそのはず、リチャード・フランプはこの事件の首謀者である。しかしそれも今はリチャード・フランプにとってどうでもよかった。テーブルに並べられている豪勢な料理にも手を付けず、目の前に座って静かに食事をしている黒い軍服を着た、水色のツインテールのした少女をじっと見つめていた。

 

「…そう怯えるな。折角の料理が台無しであろう、()()大統領殿?」

 

 少女は静かにくすりと笑うとリチャード・フランプは背中にぞくりと冷や汗をかき、引きつった笑顔で返す。

 

「は、はは…これは失礼いたしました、ネモ提督。世界で最高のシェフ達が作りましたこのディナーにご満足いただけて光栄でございます」

 

 ネモ――ノーチラスこと『N』と呼ばれた国際テロ組織の筆頭である少女。ただ海軍のコスプレをしているというわけでなく、彼女から感じる殺気と覇気にリチャード・フランプは押し殺されそうになりながらも必死に堪えていた。『N』は本気になれば国をも亡ぼすほどの恐ろしい組織だと聞く。目の前にいる少女が、ネモがまさに恐怖そのものであった。

 

「う~ん…ボク的にはお子様ランチが良かったなー」

 

 そのネモの隣の席に座っているぼさぼさ髪の白衣の男、ジキル博士はつまんなそうにフォアグラをフォークで何度も突き刺しながら食べていた。

 

「黙れ」

「もー、ネモったらいけずー」

 

 スッパリと切り捨てるように言い放つネモにジキル博士は無邪気な子供の様にケラケラと笑う。そんな軽いやり取りでも静かに殺気を放つネモにリチャード・フランプは引きつった笑顔のまま耐えていた。

 

「…して、次期大統領殿。首尾の方はうまくいっているのか?」

 

 ネモがちらりとリチャードの方へと視線を向けた。遂に本題が来たかとリチャードはごくりと生唾を飲んだ。そして営業スマイルかのようにニッコリとして答える。

 

「ええ、計画は順調に進んでおります。トレンチ…いや、アイアンブリゲイドはロスアラモス機関にてすでに完成してあります」

「仕事は速いな…」

「お褒めいただき誠にありがとうございます。全てはネモ提督が授かってくださった知恵と『アレ』のおかげです」

「あとそれと僕の兵士たちのおかげでしょ?」

 

 副大統領の定型文のような言葉にネモはフンと鼻で返し、自己アピールしてくるジキル博士を無視して赤ワインを飲んだ。

 

「異能者共を駆逐し、アメリカに根付いた腐った思想を根絶やしにし、今一度アメリカを我々の思想に従順なる国家へと造り直す‥‥その為にはこの国をもう一度最強の国家へと成らねばならん。長い道のりになるだろうが、これには次期大統領殿、お前がカギだ」

 

 蛙を射殺す勢いで睨む蛇のように、ネモは鋭い目つきでリチャードを見つめる。重いプレッシャーと恐怖が伸し掛かりながらもリチャードは必死に堪え、へつらいの笑みを見せて頷いた。

 

「百も承知でございます…その計画を成功する為には障害になる現大統領、マイケル・セガールの排除、そしてジーサードのような反乱分子の処分ですな」

 

 マイケル・セガールは『N』の思想とは真反対の存在であり、リチャードにとって邪魔な存在であった。そしてジーサードのような連中もいずれはこちらの思惑に気付き、阻止をしてくるはずなので邪魔な存在であった。けれども、今回はタイミングが良かった。あちらがエリア51で何かをしていたおかげで気づかれずに実行ができた。マイケル・セガールを不意打ちで重傷を負わせ、大統領を誘拐及び殺害未遂でジーサードをアメリカ全土に指名手配することができた。

 

「これまで不備なく順調に進んでおります。後は大統領を殺害し、遺体及び死亡をアメリカ全土に公表。そして罪を被ったジーサードを公の前で逮捕、処分をすれば…」

「そうだね。ジーサードは僕が捕えてるし、後は大統領の死亡報告さえくればすぐに始末できるよ」

 

 カチャカチャとフォークとナイフを音を立てながら行儀悪く食事をしているジキル博士がケラケラと笑う。

 

「あいつ、仲間を盾にして逃げればいいのにさ。仲間を逃がして自ら戦ったんだぜ?バカだよねー‼」

「小粒はほっとけばいい…さて、次期大統領殿。こちらは既に舞台を用意してある。あとはお前次第だ」

 

 ネモは静かに、そして副大統領ではなくその先を見つめているかのように見つめてきた。リチャードはごくりと息を飲むが、落ち着いて頷いた。今は順調に進んでいる。障害は何もないはずだ。

 

「ええ、もう間もなくです。今頃私の部下が大統領を始末し、大統領の死亡を報告に来るはずです」

 

 もう間もなく。もう間もなくで自分が大統領のイスに座ることができる。リチャードは喜びと希望の表情でその報告を待った。

 

 すると、タイミングよくファミリーダイニングルームの扉にノックの音が鳴り、黒のスーツを着たサングラスをかけた男が入ってきた。いそいそとリチャードの方へと足を速める。部下が大統領を始末したと報告に来る。リチャードは期待の笑みで部下を見る。

 

「し、失礼します、副大統領。じ、実は‥‥」

 

 そう緊張することはない。リチャードは落ち着きながら、大統領の始末の報告を部下の耳打ちを通して聞いた。

 

「‥‥‥‥は?」

 

 しかし、部下から伝わった内容を聞いたリチャードは耳を疑った。部下を睨み付けて確認をした。

 

「それは‥‥本当か?」

「え、ええ…」

 

 リチャードは目を丸くしてパクパクと口を開かせる。それは本当だとしたら非常にまずい。目の前にいるネモを完全に機嫌を損ねさせてしまう。

 

「どうした、次期大統領殿?ちゃんと報告を聞いたのだろう?」

 

 案の定、ネモがこちらを見て尋ねてきた。リチャードは冷や汗を流しながら、何とかして誤魔化そうとした。

 

「い、いえ、ネモ提督、た、多少の問題がありますが…事はすぐに順調に進みまry」

「多少の問題…だと?正直に話せ。まさか私を誤魔化そうとしているわけではないだろうな?」

 

 ネモの視線が鋭くなった。この女に噓やあやふやな答えや誤魔化そうなんてしたら間違いなく殺されるだろう。静かに食事を続けているネモにリチャードは部下から聞いたことを全て話した。

 

「じ、実は‥‥大統領を始末するはずだったんですが‥‥そ、その大統領が姿を消しまして」

 

 言い終わった途端にテーブルにガツンと大きな音が響いた。ネモがフォークで思い切りステーキを突き刺したのだった。ビクリとしたリチャードは恐る恐るネモの方へ視線を向けた。

 

「ほう?面白い事を言うな、()()()()殿()。遺体を晒すはずの大統領が姿を消すとは、実に滑稽な話だな?」

 

 口は笑っていたが目は完全に笑っていなかった。その眼は完全に怒りと苛立ちを見せていた。もう隠し事はできない。リチャードは恐怖に押されながらも口を開いた。

 

「し、始末するところを…何処からやって来た変な連中に邪魔をされました。恐らく今現在大統領は存命で、こちらへ向かっているかと‥‥」

 

 その瞬間、この一室に殺気が一気に広がった。押しつぶされそうなくらいの恐怖が伸し掛かり、リチャードは震え上がった。ネモはこの事を聞いて静かに怒っていた。そしてその隣にいるジキル博士は腹を抱えて笑っていた。

 

「ほらねー‼やっぱり彼らなんだよ、ネモ‼『可能を不可能にする女(ディスエネイブル)』がもう『バカ4人組』に足下掬われてやんのー‼」

 

 ネモはこちらに向けて馬鹿にするように嘲笑うジキル博士をキッと睨み付けた。その瞬間、ジキル博士が壁へと吹っ飛ばされた。リチャードの目からは吹っ飛ばされたのではなくジキル博士がその場から一瞬にして遠くへとテレポートされたかのように見えた。

 

「あいたたた…ジョークに本気で手を出すなんて君らしくないなぁ、ネモ?」

「次は無いぞ、ジキル博士」

 

 一体何が起きていたのか、リチャードは目をぱちくりしていた。今のがネモの能力だったのかもしれない。ネモはため息をついて席を立った。

 

「さて‥‥副大統領殿、次に何をするか分かっているな?これ以上、私の機嫌を損ねさせないでもらいたい」

「ひゃ、百も承知でございます…‼」

「では、期待をしているぞ‥‥」

 

 ネモはそう言い捨てると翻して出て行った。それに続くようにジキル博士がこちらに「ばいばーい♪」と無邪気な笑顔で手を振ってから出て行った。静寂になった一室にリチャードは立ち尽していた。はっとしたリチャードはすぐさま隣にいる報告してきた部下の方へ睨み付けた。

 

「何をしている。さっさと探せ‼アメリカ全土に大統領を捜索せよと伝えろ‼CIAやFBI、軍を使ってでも探し出せ‼公にはジーサードとその部下達が大統領を拉致監禁していると報道するんだ‼」

「で、ですが副大統領、ジーサードの件ですが‥‥市民や一部の軍も『彼がその様な事をするわけがない』と反発しておりますが…」

「そんな事なぞどうでもいい‼疑うなら証拠をでっち上げさせろ!それでも反発するなら黙らせるんだ‼」

 

 リチャードは響き渡るほどの怒号を飛ばし、部下はいそいそと部屋から出て行った。やっと自分だけになったところで荒々しくテーブルを叩いた。

 

「このアメリカを導くのは理想でも、優しさでも、ヒーローでもない‼力だ。有無を言わせぬ圧倒的な力なのだ…‼」

 

 リチャードは額縁に飾られているマイケル・セガールの写真をずっと睨み付けていた。

___

 

「へー、本当に大統領だったんだねー」

 

 タクトはシェイクを啜りながら呑気に頷いていた。カズキ達は大統領であるマイケル・セガールを殺そうとしていたスーツの男達が乗っていたトヨタランドクルーザーで飛ばし、自分達がいたアリゾナ州を通り抜けてニューメキシコ州にあるケマードという小さな町へと入り、安っぽいカフェで一時休息をとっていた。

 

「もう、大統領なら大統領だと早く言ってよねー」

「だからさっきからずっと言ってただろ…というか恐れ多いすぎだし」

 

 大統領の前であるにも関わらず平然としているタクト達の様子にカツェは勇敢なのかただ無知なのかと呆れていた。マイケルはズラを付けて周りに自分が大統領であることを隠すために変装をしていた。しかしその大統領の変装にケイスケはジト目でカズキを睨む。

 

「いくら大統領を隠すためだというけどよ、もっとまともな変装は無かったのかよ?これじゃラーメンみたいな頭じゃねえか」

 

 カズキが大統領に渡したカツラはなんだか縮れ麺を頭につけた様な金髪のカツラだった。

 

「いいじゃねえか。なんかラーメン壱号っぽくね?」

「…ラーメン食べたくなってきた」

「俺、塩ラーメンがいい‼」

「お前ら、完全に大統領を馬鹿にしてるよな?」

 

 大統領をラーメン呼ばわりしているのは恐らく過去でも未来でも世界中でこいつ等だけだろうとカツェは遠い眼差しで見ていた。そんなカズキ達にマイケルは楽しそうに笑う。

 

「ははは、君達といると昔見ていた『フルハウス』を思い出すな。賑やかでいいじゃないか」

 

 本当に大統領には申し訳ないと、カツェはため息をついた。そんな楽しそうにしつつコーヒーを飲んでいるマイケルにリサは心配そうに見つめる。

 

「あの…お怪我はもう大丈夫ですか?あれほどの重傷だったのですが…」

「ああ、私はこんな怪我はすぐに治るさ。それにリサとケイスケの手当のおかげでもう心配はいらない」

「大統領って一体…」

 

 カズキ達の行動力や緊張の無さには驚くが、大統領の身体能力もおかしいのではと思いつつカツェは早速本題に入ることにした。

 

「副大統領が『N』と手を組んで陰謀してんのはマジなんだな?」

「ああ…リチャードはネモという『N』の一員と手を組み、私を陥れた。そしてジーサードに無実の罪を着せ、彼を抹殺しようとしている」

 

「つまり、あんたを殺したということでジーサードに罪を着せてアメリカをその副大統領とネモとか言う奴が乗っ取ろうとしているわけか」

「カモとかいうやつ、随分とせこい奴だな!」

「カモじゃなくてネモな」

 

 カツェが納得して頷き、カズキの間違いをケイスケが静かにツッコミを入れる。

 

「ですがどうして今になってこのような事を…?」

 

「全てはネモが仕組んだ計画だ。全ての準備を終え、計画を実行に移したんだ…」

「そのネギとかいうやつって何者なの?」

「ネギじゃなくてネモな」

 

 ケイスケが静かにタクトにツッコミを入れ、ナオトが言い出す前にケイスケはナオトの口を押える。

 

「『N』と言う組織の筆頭であり、提督と呼ばれている。彼女がその組織の幹部であるのは間違いないだろう…」

「じゃあ、ネモは計画を立てて何をしようとしているんだ…?」

 

「ナオト‼そこは真面目にするんじゃなくてボケろよ‼」

「そうだぞー、天然にも程々しくてなんか神々しいぞ」

「その理屈はおかしいだろ」

 

 ケイスケはカズキとタクトにツッコミを入れて大統領に話を続けてもらった。

 

「このアメリカにいる異能者達の抹殺、この国の軍紀、秩序、人権、平和を崩壊させ、この国を再び大戦へと戻そうとしている」

 

 その言葉にカツェとリサは引きつった。つまりはアメリカの国を戦争国家へと変えさせ、この国を台頭に世界中を世界大戦へと巻き込ませるつもりだ。もしそうなると過去の大戦以上の血が多く流れるだろう。

 

「第参次世界大戦でも起こさせようとしやがるのか…?」

「今ではそれに向けた兵器を開発、大量生産しようとしている…このままだと奴らを止める事ができなくなる」

 

「つまり‥‥どういうことだってばよ、ケイスケ?」

「ああ?あれだ、大変な事になるってことだ」

「大惨事にしようとしてるってわけだな!わからん‼」

「‥‥止めなきゃいけないってことか?」

 

 重要な意味を理解していない4人組にカツェとリサは盛大にこけてしまった。彼らに難しい話は何となく苦手だったと思いだした。

 

「まあうん…その、そうなるとは思ってたけどさ…」

「なんーだ。カツェ、簡単な事じゃねえか!俺達で大統領を護衛して、その大福大統領とネモとかいう奴をとっちめてやろうぜ‼」

 

 いつも通りに元気よく笑って立ち上がるカズキに続き、タクト達も立ち上がる。

 

「イギリスでもできたんだ。俺達なら不可能はねえぜ‼フォーメーション守ってナイトでいこうぜ‼」

「難しい事は俺達には分かんねえよ。大統領と一緒に戦えばいいんだろ?」

「‥‥やるからには頑張る」

 

 自信満々な4人組にカツェはポカンとしたが、その通りだとニッと笑った。

 

「お前等らしいぜ…大統領、ってなわけだ。突発的だけどあたし達が力を貸すぜ」

「り、リサもお供いたします‼」

 

 やる気満々なカズキ達にマイケルは口を開けて驚いていたが、満足した笑みを見せて頷いた。

 

「ありがとう…‼君達は勇敢な戦士のようだな…‼」

 

「じゃあ大統領、こっからどうしようか?お供しやすぜ‼」

「ホワイトハウスに一直線だぜ‼」

「馬鹿、まずはジーサードの救出が先だろ」

 

 ギャーギャーと騒ぐカズキ達にカツェが一先ずカズキ達を落ち着かせてる。ここから先は副大統領やネモ達の追手が襲ってくるかもしれない。慎重に進まなければならないが、彼らじゃ難しいだろうとそんな気がしていた。

 

「そうだな‥‥まずはオクラホマ州へ行こう。そこには私の旧友がいる。彼なら力を貸して共に戦ってくれるだろう」

 

 オクラホマ州へ向かうならニューメキシコを通り、テキサスを通過する。今回は長い旅、長い戦いになるだろう。しかし、カズキ達はそんな事は気にもせず張り切っていた。

 

「さあやるぜ‼打倒ネギ‼」

「ネモつってんだろうがハゲ‼」




 色んな俳優に色んな映画作品に色んなヒーロー…アメリカは本当に色んなネタの宝庫ですね(遠い目)
 今度は誰を出そうかなー…


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91話

 アメリカ編…国も、土地も、町も、かなり広いので一つ一つ練るのも大変(白目)
 もしかしたらイギリス編よりも時間が掛かりそうかも…頑張る‼


「ねーケイスケ、いつになったらオクラ州に着くんだ?」

「だからオクラホマ州だつってんだろ。というかまだまだだと何べんも言わすな」

 

 トヨタランドクルーザーを運転しているケイスケはこれで何回目かのタクトの質問に苛立ちながら答える。タクトに至ってはかなり退屈そうに車窓の景色を眺めていた。ケマードの喫茶店を出てから見えるはずっと荒野ばかりで飽きてしまっていた。

 

「たっくん、仕方ないって。こっからテキサスに入るまで6時間以上もかかるんだぜ?」

「うぇえっ!?6時間も!?ヤダヤダー‼」

 

 カツェが退屈だと騒ぐタクトを宥めさせようとしても逆効果のようで更にタクトは騒ぎ出す。彼にとって退屈は天敵なのかもしれない。

 

「カズキなんか面白い事して‼マンボウのマネとか」

「しょうがねえなー…じゃあスーパームーン音頭アメリカバージョンを歌っちゃうぞー‼」

 

「スーパームーン音頭したらお前だけ降ろすからな」

 

 ケイスケに釘を刺されカズキはよっぽどの自信があったのだろうか、かなりしょんぼりと肩を落とした。先程から緊張感のない彼らのやり取りを見ているマイケル・セガールは昔を懐かしんでいるように頷いていた。

 

「…君達を見ていると、まだまだ若かった頃が懐かしい。将兵時代によく仲間達と面白騒がしくしていたな…」

「マイケルには親友がいたの?」

 

 大統領を普通にマイケルと呼び捨てしているタクトにカツェとリサはギョッとしていたが、マイケルは全く気にせずに笑顔で頷いた。

 

「ああ。沢山いたよ…共に戦場を駆けた仲間達が。けれど今は皆それぞれの道を進んで行った…」

「でもソウルメイトならずっともだね!」

 

 『ソウルメイト』という聞いたことがない言葉にマイケルはハテナと首を傾げた。タクトはニシシと笑いながら話を続ける。

 

「ソウルメイトはサイキョーの絆で結ばれた言わば宇宙ヤバイくらいのズットモさ‼」

 

「だな!俺とナオトみたいな感じでさ」

「…そうか?」

「おおい!?そこは合わせろよ‼」

 

 ギャーギャーと騒ぐカズキ達の様子を見てマイケルは納得したように頷き、羨ましそうに微笑んだ。

 

「成程、君達が羨ましいな。私もそのような友がずっと傍にいてくれれば…」

 

 それはどういう事かカズキとタクトは首を傾げた。気になって尋ねようとしたが、ケイスケの突然の舌打ちに遮られた。ケイスケとカツェは車のラジオを聞いて深刻そうに睨んでいた。

 

「まずいな…大統領の誘拐事件で大騒ぎだぞこれ」

「さっそく先手を打ってきたってわけか…」

 

 ラジオから流れているニュースによると、ジーサードとその仲間達が大統領を誘拐し何処かへ監禁、若しくは拘束したまま移動をしており、アメリカの全州の警察、公安、武偵が一斉捜索を行っている。そして大統領らしき人物を目撃したら即通報をするようにとの内容であった。

 

「ケイスケ、そんなに機嫌を悪くするなよ。ラジオの調子が悪いからって物にあたるのはよくないぞー?」

「というかさっきから流れているラジオって何語?」

「宇宙人みたい」

 

「そんな気がした!お前等イギリスで英会話できるようになったのにもう忘れてやがる‼リサ、このバカ共に教えてやってくれ」

 

 英語のニュースを聞いてチンプンカンプンなカズキとタクトとナオトはリサに教えてもらい、やっとその内容に驚いていた。

 

「アメリカ全土ってかなりの大規模じゃん…やばくね?」

「しかも警察や公安、武偵だけじゃねえ。恐らくFBIやCIA、軍といったアメリカの全兵力を注いで探しているだろうな」

「ちょ、それってやべえじゃねえか!?」

 

 ケイスケは焦りだす。今現在大統領と共にオクラホマ州へ向かっているのだが、彼らはジーサードの仲間達と見なすだろう。もし大統領だとバレてしまったら自分達も指名手配される。

 

「なーるほど、俺達ってもうアメリカで有名人になっちゃったわけか‼」

「…たっくん、そういう問題じゃない」

 

 意味を理解していないタクトは褒められたかのように照れているが、そういう問題ではない。ここから先は慎重に進まなければならない。

 

「いいか?大統領だとバレねえように辺りを警戒しつつ進むぞ。それから都市は既に捜査網が広がっているだろうし、極力避けて行こう」

 

 カツェの案にカズキ達は頷く。警察や武偵ならまだしもFBIやCIAといった警察機関や諜報機関に睨まれたらひとたまりもないだろう。カズキ達はそれらにどう対処していくのか、カツェは色んな意味で心配をした。

 

___

 

 ニューメキシコ州の荒野の道を通ってどれくらい時間が経過したのだろうか。今の所、警察や武偵に遭遇することなくただ只管に道なりに進んでおり何事もなかった。彼らと一緒にいて何事もないという事はないはずなのだが、とカツェは気になりだす。このまま順調に進んでいけばいいと考えていたが、そう思った矢先に事態は起こった。

 

「‥‥たっくん、やけに静かじゃね?」

 

 それはナオトのふとした一言で起きた。ナオトの言う通り、いつになったら到着するのか、退屈だと騒いでいたタクトが沈黙をしていたのだ。タクトが騒がずに黙っているのは珍しい、カツェはちらりとタクトの様子を伺う。

 

 タクトは菩薩の様な顔をして正面を向いたまま沈黙していた。その眼は何処を見つめているのか、どこか遠くを見つめているような眼をしている。

 

「た、たっくん?どしたの?」

 

 ずっとこの表情になったいるタクトにカズキは気になって尋ねた。退屈を通り越した状態なのか、またはた何か面白い事を思いついたのかと考えていたが、タクトはゆっくりとカズキの方に顔を向けて見つめてきた。

 

「…かずき、俺達親友だよな?」

 

 それは沈痛な面持ちでタクトは尋ねてきた。カズキはそれがどういう意味なのかと首を傾げるがすぐにその意味を理解してギョッとした。

 

「たっくん‥‥も、もしかして」

 

「‥‥お腹痛い。つか噴火しそうでヤバイ」

 

「「「はああああっ!?」」」

 

 まさかのタクトの腹痛にカズキ達は呆れと驚きと焦りの混ざった声を上げた。

 

「ちょ、お前マジか!?マジなのか!?」

「ここでやらかしたら色んな意味でマズイ‼け、ケイスケ、トイレとか無いのか!?」

「こんな道にあるわけねえだろ!」

 

 このままではタクトと車内が非常にまずい事になる。ケイスケは急ぐようにアクセルを踏んで車をとばす。

 

「ホントは行きたくねえが…アルバカーキまでぶっ飛ばすからな‼たっくん、それまで耐えろよ‼」

 

 この辺りで近くにある町だとこの先に進んだ先にあるアルバカーキだけである。猛スピードで飛ばせば1時間ぐらいで到着するだろう。それまでにタクトが我慢できるかどうか、時間の問題だ。

 

「さ、三十分ぐらいなら‥‥」

「落ち着いてリラックスをすればいいんじゃ?」

「ナオト、それだ‼たっくん、俺に合わせて呼吸をするんだ‼ひっひっふー、ひっひっふー」

「それは出す方だろ‼」

「た、タクト様‼整腸剤がありますのでどうぞ…‼」

「ドクターから聞いたことがあるがら腹痛を抑えるツボがあるらしいぞ」

 

 タクトを色んな意味で落ち着かせようとやんややんやと車内は騒ぎ出す。やっぱり彼らにいるとトラブルはつきものだとカツェは苦笑いしてため息をついた。

 

__

 

 ニューメキシコ州の中央部にある州最大の商業都市、アルバカーキ。街並みはアメリカンハウスではなく、スパニッシュ系の建物やネイティブ系の赤土の建物が多い。ケイスケが猛スピードで運転し、リサのくれた下痢止めのおかげでタクトは何とか耐えることができた。カズキとナオトの応援の歌は余計だったようだが、オールドタウンにあった小さなショッピングモールに駐車してタクトはトイレへと駆けこんでいった。絶対に迷ってしまうだろうとカズキとカツェとナオトとマイケルが同伴していった。一先ず事なきを得たとケイスケは大きくため息をついた。そんなくたびれているケイスケにリサは優しく労いの言葉とコーヒーを送った。

 

「お疲れ様です、ケイスケ様」

「だからあれほどシェイクを飲みすぎるなって言ってたのによ…」

 

 ケイスケは疲れたようにコーヒーを啜りながら愚痴をこぼすが、すぐに切り替えた。この街からいち早く出る必要がある。もしかしたらもうすでに刺客かもしくはCIAかFBIの追手が来ているかもしれない。

 

「兎に角、たっくん達が戻ってきたらすぐに発つぞ。しばらくずっと車の旅になるから今のうちに食い物とか水を買っとくか」

 

 食糧も欲しいがあとは情報が欲しい。ジーサードが今どこにいるのか、ニューメキシコからその先はどれくらい捜査網が広がっているのか、色々と集めてまとめなければならない。その情報をどう集めていくか考えていると、リサが辺りを警戒して見回しているのに気づいた。

 

「ケイスケ様、こちらを見ている方々がいるようです…」

「まじかよ。もう来やがったってのか…‼」

 

 ケイスケは舌打ちして悪態をつく。辺りを注意深く見まわすと、駐車した場所から離れた場所で何台かの黒のベンツが取り囲むように停まっており、半開きの窓からこちらを伺っているのが見えた。いつからつけて来ていたのだろうか、このまま待ちぼうけしているとまずい。車のバックスペースからケイスケはそれぞれの武器が入ったケースを急いで取り出していきいくつかはリサに渡した。

 

「このまま気づいていないふりをしてあいつらの所に急ぐぞ…」

 

 小声でリサに指示を出してそそくさと早足でショッピングモールへと向かう。ちらりと後ろを見ると黒のベンツから黒のスーツを着た男達が次々に降りて来た。内心ぎょっとしたケイスケとリサは足を速めた。

 

__

 

「俺、再臨‼」

 

 タクトはトイレから意気揚々と出てきた。どうやらすっきりして満足したようである。一先ずこれで安心だとカズキはほっと息をついた。

 

「いやー…一時はどうなるかと思ったぜー」

「今の俺はハイパー無敵スッキリエディション‼これでもう負ける気がしないぜ‼」

「腹痛には負けかけてたけど」

 

「彼らは面白いな…この先どうなるか楽しみだ」

 

 マイケルは面白そうにカズキ達のやり取りを見ていた。そんな大統領にカツェは肩を竦めて呆れながらカズキ達を見つめる。

 

「そのままいくと楽しみどころじゃなくなるぜ?あいつら世界遺産を壊しかけてたし」

 

 まだまだ序盤だというのにこの調子だと目的地に着くまで大分時間かけてしまうだろう。ここで時間をかけるわけにはいかないというわけでカツェは彼らに急ぐように告げようとした。

 

「いた!お前等急いでこっから出るぞ‼」

 

 ケイスケとリサが急ぎ足でこちらに向かってきているのが見た。荷物をまとめて持ってきていることからカツェはもう追手が来たという事に気付く。

 

「えー、ケイスケ、まだおやつ買ってねえぞ!」

「そうだぞ。皆で来たんならまずはショッピングするべきだ!」

 

「そんな暇あるか‼」

「ケイスケの言う通り、そんな余裕はないみたいだぞ…」

 

 ケイスケの後ろの先から黒のスーツを着た男達がぞろぞろとこちらに向かってきているのが見えた。副大統領とネモの刺客か、またはた諜報機関の連中かケイスケとカツェは警戒する。下手に逃げると触発されるだろう。

 

「…君達に少し聞きたいことがあるのだが、いいかね?」

 

 そのスーツを着た男達の先頭にいた金髪で口の周りに薄っすらとヒゲを生やした中年ぐらいの男性がカズキ達に話しかけた。ケイスケは警戒して、カズキは焦って、ナオトは首を傾げて黙っていたがタクトが興味津々にその男性に尋ねた。

 

「おじさん‼まずはどちら様なのか自己紹介するのが大事だってイギリスのレディに言われるぜ!」

「…ふ、そうだったな。失礼した」

 

 タクトのジョークが通じたのかその男性はふっと笑うと胸ポケットから手帳を取り出してカズキ達に見せた。手帳には白頭鷲と星の紋章が描かれていた。

 

「私はCIA捜査官のケビン・レフナーだ」

 

 まさかのCIAの登場にカツェはごくりと生唾を飲んだ。緊張しているカツェとは反対的にタクトとカズキは全く恐れずにいた。

 

「俺はアメリカの大地に舞い降りし、ハイパー無敵エディション武偵マスター、菊池タクトだぜ!」

「それで…そのシーモアーの人が俺達に何か用があるの?」

 

 どうしてこんな場面でも間違えるのかとこけそうになった。ケビンは冷静に口を開く。

 

「実は我々はある事件の捜査を行っていたのだが…」

「それって大ry」

 

 タクトが大統領だという前にケイスケがタクトの足を思い切り踏んで遮る。相手はこちらがぼろが出るのを伺っている。下手するとここで捕まるか、この先狙われてしまう。悶えているタクトに代わってケイスケが尋ねた。

 

 

「それってどんな事件なんだ?」

「すまないがそれを教えることはできない。質問に答えてもらおうか?君達が乗っていた車の事なのだが…あの車はどこで手に入れた?」

 

「‥‥何故、それを聞くんだ?」

 

 恐る恐るケイスケが尋ねるが、ケビンは即答をする。

 

「その車は我々が探している人物の専用の車なんだ。車のナンバーが奇しくも一致しているのでね」

 

 しまったと、ケイスケは心の内で舌打ちをする。一体そんな情報はどこから入って来たのか、いや副大統領の差し金か、と考えるが今はそれを考えている場合ではないと首を振る。

 

「なぜ、君達がその車を持っているのか詳しい話を聞きたい」

「生憎だけど…あたし達にそんな暇はなry」

「ホワイトマウンテンブラストー‼」

 

 カツェが言い終わる前にタクトがポーチから発煙手榴弾を投げつけた。いっきに白い煙が巻き上がりケビン達の視界を遮らせる。

 

「ちょ、たっくん!?なにしてんの!?」

「あいつら追手なんでしょ?ここでマイケルが捕まったらやばいじゃん!」

「たっくんのいう事もわかるけど相手はCIAだぞ!?」

 

「どちらにしろチャンスだ‼こっからすぐに出るぞ‼」

 

 まさかの発煙手榴弾にケビン達CIAが意表を突かれ隙ができている。カツェの合図にカズキ達は出口とは反対の方向へと走りだす。

 

「今まで乗ってた車は!?」

「んなもん目がつけられちゃダメに決まってんだろ!撒いてから新しいのを探す!」

「いやっほー‼逃げるが勝ちだぜ‼」

 

 カズキ達はケビンからCIAを撒くために走り出していった。漸く煙が薄くなって離れて行ったカズキ達にケビンはサングラスを外してしかめっ面をする。

 

「最近の武偵は色々と問題を起こすのが流行りなのか…!彼らは重要な手がかりだ、彼らを捕まえるぞ‼」

 

 ケビンは部下達に指示を出して走らせる。

 

「彼らも指名手配に出しますか…?」

「むぅ…そうしたいのも山々だが今はジーサードが指名手配されていることに混乱が起きている。余計な刺激になるやもしれん」

 

 各地の市民や兵士達が副大統領のジーサードを指名手配するという声明に猛反発している。余計な混乱を巻き起こり兼ねない。そしてもう一つ理由があった。ケビンはCIAに全く恐れなかったタクトを思い出す。

 

「少し腑抜けているように見える彼らが、大統領の誘拐犯に見えるかね?」




 ちょっと曖昧だったり、ぐだったり、中途半端な感じになりました…(焼き土下座)

 ケビン・レフナーさんのモデルは俳優、ケビン・コ〇ナーさん。
 『ボディーガード』や『アンタッチャブル』、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』などに出演。
 ダンディなパパなCIAエージェントの役を演じた『ラストミッション』は個人的に好き


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92話

 ワイルドスピードシリーズを鑑賞中…トランスポーターやタクシーといったカーアクションはほんとカッコイイと思います(コナミ感)

 スピード感にテクニック、これCGじゃなにのと疑うほどのドライビングテクニックは息をのみますね


「走れ‼兎に角離れるぞ‼」

 

 ケイスケが先頭にカズキ達はアルバカーキの街中を走る。思った以上にだだっ広い道路に建造物の少なさに自分達が走って逃げているのが目立つ。

 

「ケイスケ!このままだとすぐに見つかっちまうって‼」

 

 カズキは焦りながらこの現状のまずさをつたえる。相手はアメリカの諜報機関であるCIA。タクトの先制で一時は撒くことができたが喜んだのは束の間、後ろから黒いスーツの男達が追いかけてきたのが見えてきた。

 

「くそっ‼どこか隠れるところはねえのかよ‼」

「気合い!」

「頑張る」

 

「こんな状況でも落ち着きすぎだろ!?」

 

 鬼ごっこ気分なのか、タクトとナオトは楽しそうにしており今の現状を理解していないことに思わずカツェはツッコミを入れてしまった。

 

「たっくん、もっと煙幕投げつけてやろうぜ」

「いいねぇナオト‼もっと嫌がらせしてやろっと!」

「やめて!?これ以上あいつらを刺激したらまずい事になるから!あたしらも指名手配されるから‼」

 

 下手にCIAを刺激したら本気で抹消され兼ねないし、自分達も指名手配されて追われてしまう身になってしまう。カツェはやむを得ないと判断し懐から水の入った瓶を取り出して投げた。瓶が割れて水が漏れだすと、その水は激流の如く量と勢いを増して追いかけてきた黒スーツの男達を流していった。

 

「すげーっ‼やるじゃんカツェ‼」

「最初からそれすればよかったんじゃねえか!」

 

「一時しのぎだ!CIAの連中はしつこく追いかけてくる!」

 

 カツェの言う通り、一度流してやったと思えば遠くから追いかけてきているのが見えた。連中のしつこさを漸く実感したようでカズキとタクトは嫌そうな顔をし、逃走を再開する。

 

__

 

 CIA捜査官、ケビン・レフナーは渋ったような面をして考え込んでいた。理由は二つ、何故あのような連中が大統領専用の車に乗っていたのか。彼らが大統領と関連しているとは思えないのだがどうしても引っかかるところがある。そしてもう一つ、その連中の中にいた眼帯を付けていた少女には見覚えがある。

 

「たしか…あの少女は魔女連隊連隊長、カツェ=グラッセ…」

 

 ドイツに潜む、ナチス残党からできた組織。その一員である彼女が何故このアメリカにいるのか。

 

「連中の仕業か…?いや、それはおかしい」

 

 ロスアラモス・エリートであったマッシュ・ルーズヴェルト、そして彼のガイノイドであるLOOからヨーロッパの戦役は師団と眷属が停戦協定を結んだと聞いた。停戦を結んだのに魔女連隊が動くのは自殺行為に近い。もし大統領誘拐の黒幕が彼女達ならば完全消去に乗る。

 

「だが‥‥下手に動くべきではないな…」

 

 突然起きた大統領誘拐事件、そしてその容疑者であるジーサードとその一味をアメリカ全土で指名手配は目を疑うものだ。副大統領の命令には従わなければならないが、本当にそうだろうかと言う疑問も抱いている。ジーサードがそのような事をするはずがない。

 

「この一件は分からんことばかりだ」

 

 何故ジーサードが、何故魔女連隊がと考えるがその理由は思いつかない。もしかしたらこの事件は一筋縄ではいかないかもしれない。だとすれば全て結びつくとすればあの日本人の連中だ。彼らが手掛かりになるはずだ。

 

 そうだとすれば、FBIよりも武偵達よりも軍よりも早く自分達CIAが彼らを捕まえなければ。ケビンは無線を繋いだ。

 

「いいか、彼らは殺さずに絶対に捕えろ!」

 

 このだだっ広い街では彼らの逃げ場はない。くまなく探せばすぐに見つかる。それを自覚しているならば連中も余裕がなくなって袋のネズミになる。

 

「‥‥大統領。いや、マイケル。お前は我々CIAが必ず助けてやる」

 

 ケビンはかつての戦友の無事を信じていた。あいつなら絶対に無事でいるはずだ。彼を早く見つけ出し、事の真相を突き止めなければならない。

 

___

 

「まだ走るのー!もう疲れた!」

 

 タクトはげっそりしながら喚いた。やっと街中らしい街中を走り続けているがこれでも見つかってしまうのは時間の問題であった。銃器やら大荷物を担いで走っているため流石のカズキ達にも少々疲れの色が見えていた。

 

「なあ一時身を隠せる場所へ隠れて撒いた方がいいんじゃねえのか?」

「俺もケイスケの意見に賛成するぜ!かくれんぼは得意だからな!」

 

 何処からそんな自信があるのかとどや顔するカズキにカツェは苦笑いをするが、ケイスケ達の言う通り、このまま走り続けてしまってもいつかへばってしまう。

 

「まあへばっている時に捕まるよりかはマシだな…」

 

 一時身をひそめてどうやってこの街から、ニューメキシコから抜け出す為にもその方法を考える必要もある。

 

「だがどこか隠れることができそうな場所はあるか?」

 

 マイケルは少々困ったようにあたりを見まわした。この人数で身を隠せそうな場所を見つけるのはなかなか難しい。むしろ逆に目立ってしまう可能性もある。

 

「よーし、さっそくレッツスニ―キングゥ‼」

「丁度良さそうな場所が‥‥!」 

 

 まだ何処に隠れるか決めていないのにタクトとナオトがノリノリで走り出した。

 

「ちょ、お前等勝手に行こうとするなよ!?」

「たっくんは有言実行だからなー」

「納得してる場合か!?」

 

 彼らに止まるという言葉がないのは既に分かっていたがまた突然に起こるのは困ったものだとカツェは肩を竦める。仕方がなくタクトとナオトが向かった場所へと後へ続いて走る。

 

 タクトとナオトが見つけた場所は何台も車が屋外で展示されているカーショップのようだ。レンタカーかと思いきや、どの車も年代物ばかりで暫く使われてないのか土埃にまみれて汚かった。

 

「フェラーリ・308にシボレー・コルベット、ランボルギーニ・カウンタック。どれも年代物のモーターカーなのにこんな所に置かれて勿体ねえな…」

 

「ねえたっくん、ここに隠れようと思ったのはなんで?」

「ここに隠れて、撒いたところでみんなこれらの車に乗って大脱走。ね?プリズンブレイクみたいでかっこいいだろ!」

「うん、勝手に盗ったら泥棒な。つかなんで一人一人別の車に乗んなきゃなんねえんだよ。カーレースするんじゃねえぞ」

 

 やはりタクトはそこまで考えていなかったようで詫びる様子もなくてへぺろをする。ましてやこれで撒けるかと言えば少し難しい。ここは撒いた所で別の車を探すべきかとカツェは考えた。

 

 

「コラ‼勝手に人の車に触るんじゃない!」

 

 小さな店からずかずかと口髭を生やした少し太めの巨漢の男が怒りながら出てきた。相手が怒っているにも拘らずタクトはニッコリとスマイルをする。

 

「あ、丁度よかった!一台レンタルしたいんだ。7人くらい乗れるやつちょーだい!」

 

「お生憎様、ここはレンタカーではなくて車をメンテナンス、改造する所だ。お門違いだからさっさと帰るんだな」

 

 しかめっ面で塩対応する男にタクトとカズキは口をとがらせて文句を言いだした。

 

「こんなに車を飾ってるじゃん!一台レンタルしてもいいじゃないか!」

「そうだぞー‼ずっと飾られっぱなしじゃ勿体ないぜ!」

 

「これは俺達の誇りであって展示物じゃない。それにお前達みたいなお子様に貸せる物じゃないんだ。分ったらさっさと帰れ」

 

 巨漢の男に続いて同じく口髭を生やした男前な男性が虫を掃うようにしかめっ面でタクト達を追い出そうとした。

 

 

「‥‥J.J…まさか、J.J.レイノルズなのか…?」

 

 ふと、マイケルがJ.Jと呼ばれた男を見るや否や嬉しそうに、懐かしそうに声を上げた。当の本人はフンと鼻で笑っていた。

 

「残念だが俺にはカップヌードルみたいな頭をした友達は知らないな」

「ああそうだった…!ほら、私だ。マイケル・セガールだ!」

 

 マイケルは嬉しそうにしながらカツラと薄汚れた緑色のコートを取った。突然の事でケイスケとカツェはギョッとしていたが、相手の方も驚いていた。

 

「‥‥ま、マイケル!?な、なんでお前がこんな所に!?」

「これは驚いた…大統領が、マイケルが俺達の所に突然現れたぞ…」

 

 J.Jと巨漢の男は目が点になって呆然としていた。マイケルは喜びながら二人の手を取る。

 

「久しぶりだなJ.J、ビクター。すまないが詳しいことは中で話したい」

 

___

 

「そういう事があったのか…お前が誘拐されたってニュースを聞いて最初ギョッとしたぞ」

 

 マイケルから事情を聴いたJ.Jはリサが注いでくれたコーヒーを飲みながら納得したように頷いた。

 

「これは…美味しいコーヒーじゃないか。お嬢さん、いい女房になれるぞ?」

「い、いえリサはこれぐらいしか…あ、あははは…」

 

 ビクターと呼ばれた男に褒められたリサは照れながらへにゃりと嬉しそうにしていた。J.Jは苦笑いをしながらビクターを叱る。

 

「こら、ビクター。何時もの悪い癖が出ているぞ」

 

「ねえ、この人達ってマイケルの友達?」

 

 大統領と呼ばずに普通に呼んでいるタクトにJ.Jとビクターはギョッとしたがすぐに笑いだした。

 

「マイケル、いつの間にか肝が据わった友達を作ってるじゃないか!大統領してる時よりも楽しそうだな」

「ふふふ…紹介しよう。J.J.レイノルズとビクター・デルイーズだ。彼らは私の旧友で、『キャノンボール』でよく一緒に出場した仲だ」

 

「「「「キャノンボール…?」」」」

 

 

 首を傾げる4人にJ.Jとビクターはやっぱりそうなるわなと言わんばかりに頷く。

 

「かつてアメリカで行われた東海岸のコネチカット州から西海岸のカリフォルニア州まで市販車でどれだけ速く横断できるかっていうカーレースのことだ」

「昔は警察の取り締まりをいかにうまく躱して走るか、よくマイケルと一緒に考えて飛ばしたもんだ。今じゃ武偵も取り締まりに加わってこんなレースはできなくなってしまったがな。懐かしいねぇ」

 

「じゃあ外に展示されてるあの車って…」

 

「ああ、かつての参加者達の車さ。時代が流れようとも、このレースがあったことを忘れないようにしているのさ」

「懐かしいな…よく3人でバカをしたものだ」

 

 マイケルとJ.Jは昔を懐かしむように外に展示されている何台もの車を眺めていた。それを聞いたタクトは羨ましそうに目を輝かせる。

 

「いいなー‼俺もそんなレースをしてみたい!」

「俺も俺も‼派手にかっ飛ばしてみたいぜ‼」

「カズキ、お前は二度とハンドルを握るな」

「その前に車を見つけないと」

 

 騒がしくする4人組にJ.Jは何か考え付いたようでポンと手を叩いた。

 

「ただの子供達かと思っていたが、なかなかどうして面白そうな連中じゃないか。よし…決めた。車が欲しいんだろ?一台貸してやろう」

 

「いいの!?やったー!じゃあどの車がいいか選ぼうかなー!」

 

「そっちの車よりもいいのがある。その車ならCIAの追跡も、この街も、ニューメキシコ州も一気に抜け出すことができるぞ」

 

__

 

「どうだ?見つかったか?」

 

 車内でケビンは部下に状況を確認したが部下は首を横に振る。このだだっ広い街でカズキ達を探しているのだが何故か探しても見つからない。もうこの街に出たのならば既に包囲して捕えているのだが、どういう訳か未だに目撃情報すら出ていない。

 

「もしやこの街に身を潜めたのか?ならばなぜ見つからん‥‥」

 

 このまま時間が過ぎてしまうと逃げられてしまう。CIA捜査官のケビンにも少し焦りが出始めてきた。そんな時、無線が鳴りだした。その無線からの情報を聞いたケビンはにやりとほくそ笑む。

 

「ようやく見つけたか。どうやら袋のネズミのようだな」

 

 部下からの報告によると彼らはとある車のカスタムショップに逃げ込んだようだ。居場所さえ突き止めれば後は包囲して捕えるだけ。彼らにはもう逃げ場はない。

 

「いいな?多少手荒でも構わんが、生かして捕らえるのだぞ」

『了解!すぐに突入を‥‥うわっ!?』

 

 突然の部下の驚きの声にケビンは眉をひそめた。無線からはやかましく響かせるエンジン音が大きく聞こえてきた。

 

「どうした!」

『が、ガレージから急に車が飛び出して…連中、車で逃走するつもりです!今其方に向かっています‼』

 

 一体どういうつもりかと考えると、遠くからやかましいエンジン音が響かせながら近づいてくるのが聞こえてきた。まさかと振り向くと、一台の白いクライスラー・プロウラーリムジンが猛スピードで通り過ぎた。

 

「まさかあいつら…あれで逃げるつもりか!?」

 

 ケビンは驚きの声を上げたが、ここで突っ立っているつもりは無い。すぐさまアクセルを踏んでベンツのスピードを上げて追いかけだす。そして絶対に逃がさんと言わんばかりに大声で部下全員に知らせる。

 

「連中は白いクライスラー・プロウラーリムジンに乗っている!すぐに包囲しろ‼」

 

___

 

「すげえ…こいつは爽快だ!頼むぜ『キャノンボール』‼」

 

 ケイスケは嬉しそうに声を上げてアクセルを踏みスピードを更に速めていく。これはJ.Jとビクターがいつかまた行われるレースの為にと購入して改造したプロウラーリムジン、『キャノンボール』と名付けられた車であった。助手席に座っているマイケルは喜んでいるケイスケにニッと笑う。

 

「随分と楽しそうだな!」

「久々にこれまでの鬱憤を晴らせるくらいに突っ走れるんだ。多少荒くなるけど文句は言うなよー!」

 

 運転席側は楽しそうにしていたが、後部座席の方はそうでもなかった。

 

「せ、せまいー‼」

「り、リムジンなのにぎゅうぎゅうなんだけど…!?」

 

 いくらリムジンとはいえ、元はクライスラー・プロウラー。リムジンであっても後部座席は少し狭いようだ。

 

「きゃっ!?だ、誰だ!?あたしの尻を触ったのは!?磔獄門にされてえか‼」

「あ、ごめん俺」

「か、か、かかか、カズキ!?」

 

 カツェは顔を赤くして無言のままゲシゲシとカズキを蹴る。案の定、狭い思いをしているカズキ達には耐えられないようで次第に後部座席はやかましくなってきた。

 

「こ、これは狭いです…!」

「もっと広くしてほしかった…!」

「だーっ‼カズキ‼またあたしの尻を触るんじゃない‼」

「だってこの姿勢じゃそうなるもーん‼」

「ケイスケー、おなら出そう」

 

「うるせええええええっ‼」

 

 嗅忍袋の緒が切れたケイスケは怒号を飛ばしながら車をとばす。今はこの街から出る事に集中しなければならないというのにこれでは集中できない。そうイライラしていると後方から何台もの黒いベンツが追いかけてきているのが見えてきた。

 

「もう追いかけてきやがったか…!」

 

 ケイスケは舌打ちしてアクセルを強く踏む。相手の方もスピードを上げているようで距離を縮めて近づいてくる。連中は窓を開けてハンドガンで撃ってきた。ケビンは狙い撃ちながら部下達に無線で伝える。

 

「タイヤを狙え!パンクさせて車を止めさせろ!」

 

 カンカンと弾く金属音が車内に響く。頑丈に改装されているようだがタイヤを撃たれてパンクしてしまったらこれまでの逃走が水の泡。どうにかして撒きたいが後部座席のカズキ達はギャーギャーと喧しく騒ぐのでそれどころじゃない。何か手はないかとケイスケは焦りながら考えた。

 

 その時、赤いランボルギーニ・カウンタックが黒のベンツの間を縫うように通り抜けてきた。ケイスケ達の車に並行して走ってくると、運転席の窓がゆっくりと開いた。運転しているJ.Jと助手席にいるビクターがケイスケにブイサインを見せた。

 

「いい走りをしてるじゃないか!こいつをお前達に貸して正解だったな」

「マイケル、ここらは我々に任せておけ!」

 

 ビクターは何度も小さな木箱を後方へと投げ捨てた。木箱は勢いよく割れるとそこから西洋の撒菱ことカルトロップが大量に地面にばらけだす。カズキ達を追いかけていた何台ものベンツはカルトロップによってタイヤをパンクさせられ次第に車の走行スピードが落ちてきた。

 

「くそっ…‼何としてでも捕える…‼」

 

 ケビンは舌打ちしてアクセルを踏んで無理矢理スピードを出して何が何でも捕まえると言わんばかりにケイスケの車に突っ込んできた。しかし、そうはさせんと言わんばかりにJ.Jのランボルギーニが横からぶつけられ互いの車は止まってしまった。

 

「お前達、大統領を、マイケルを頼んだぞ!」

「いい旅をしてきたまえ!」

 

「おっさん、任せてときな‼」

「J.J、ビクター…すまない…‼」

 

 

 ケイスケはクライスラー・プロウラーリムジンのスピードを上げてCIAの包囲網を突き抜けてアルバカーキの街を出て行った。

 

「‥‥完全に逃げられてしまったな」

 

 ケビンは大きくため息をついた。まさか自分達の追跡を振り切る連中がいるなんてと思いもしなかったが、何故か悔しい気持ちは無かった。

 

「まさかお前が邪魔をしてくるとは思わなかったぞ…J.J」

 

 ケビンは窓を開けて、かつて共にレースで競い合った旧友の方へしかめっ面で見つめる。J.Jはしてやったりと言わんばかりにニッと笑っていた。

 

「昔よく妨害してきただろ。そのお返しだ」

「お前らしい…ではあの車に乗っていたのは…彼で間違いないのだな?」

 

 ケビンは懐かしみがらため息をついた。どうして彼はこうも喧しい連中に絡まれるのかと。

 

「やはりこの一件、何か裏がありそうだ」

 

 CIAとしてこのまま彼らを追跡を続けるか、またはた追いかけずに事の真相を知るために別行動するか。CIAの手が引いたとしてもまだまだ彼らを追いかける連中はいるだろう。

 

「‥‥まあ、あの全く恐れを知らない連中といれば問題は無いかもしれん」

 

 彼らはニューメキシコ州を抜けるとすれば次はテキサス州に向かうはずだ。切り抜けたとしてもまた厄介な事に巻き込まれるだろう。けれども彼らにとってはなにやら珍道中になるやもしれない気がしてきた。ケビンはふっと笑った。

 

 

 




 激しいカーアクションとは打って変わってアメリカ版大スターカーレースとでもいわんばかりの映画、『キャノンボール』も好きです。
 ジャッキーチェンもロジャームーアもバート・レイノルズも出演しているという贅沢(?)
 内容はスッカスカかもしれませんが、ギャグとノリが好きで内容にこだわらずに見たら面白いです(たぶん…)


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93話

 だいぶ時間を空けてしまいました・・・夏休みは休めそうで休めないですね(オイ
 しばらく時間が空いてしまうことがあるかもしれません。ご迷惑をおかけして申し訳ございません


 ニューメキシコ州の境を通り越し、テキサス州へと入ったケイスケ達。クライスラー・プロウラーリムジンこと『キャノンボール』を飛ばして進んでいた。

 

「追跡を撒いたのはいいが…」

 

 運転をしているケイスケは悩みながらつぶやいた。CIAの追跡を撒くことができたが、この先もCIAだけでなくFBIやら軍事組織やらの追跡は続くだろう。それに『キャノンボール』、確かに速いのだが、リムジンと形態がやたらと目立つ。JJ達には申し訳ないが大統領の親友とやらがいるオクラホマ州に着いたら乗り換えようかと考えた。そして、ケイスケの悩みはそれだけではない。

 

「…なんか臭くない?」

「ナオトー‼お前屁をこいただろ!」

「はあっ!?こんな狭い所でするなよ‼」

 

「ごめーん、俺だわー」

「たっくん‼あれだけ屁をこくなっていったでしょうが‼」

「じーんせーいらーくあぁりゃへーもでーるさー、プップー♪」

「…くさい」

 

 後部座席にいるカズキ達が車内を喧しくする。その狭さ故、五月蠅さと暑苦しさが何倍に増しておりケイスケのイライラが段々と積み重なっていった。

 

「うるせええっ!少しは落ち着けよ‼」

 

「ケイスケー、まだ着かないの?」

「たっくん、まだ手羽先州についたばっかりだよ?」

「テキサス州な。このまま道なりを真っ直ぐ、アマリロを通過して突き進んで行けばオクラホマ州に入るぞ」

 

 カツェの言う通り、ここから先は真っ直ぐ行けばテキサス州を通過できオクラホマ州へと入ることができる。しかし、カツェはどうしたものかとため息をついた。

 

「CIAに追われることになると多少面倒なことになっちまうな…」

「なんで?撒いたからもう追ってこないでしょ?」

 

 首を傾げるタクトにカツェは首を横に振った。

 

「いや、まだまだだ。CIAは今度はFBI、各州の警察機関、そして軍と連携を取るだろうな。そうなると、包囲網を突き破って進むのは至難の技になる」

「なーんだ、簡単じゃん!俺達なら強行突破するぜ‼」

 

 現状の厳しさを理解していないタクトはニシシと笑う。この4人組は壁を上るんじゃなくて壁をぶち壊して突き進むので絶対にごり押しでやらかすに違いないとカツェは肩を竦めて苦笑いをした。

 

「まあお前等なら大丈夫そうな気がしてきた…だが、どうするんだ?流石にこの車だと目立つぞ?」

「そこなんだよなぁ…スピードなら負けないが、数でこられたり先に待ち構えられていたらまずい」

 

 ケイスケはどうしたものかとため息をついた。そんな時、タクトが思い出したかのようにケイスケに尋ねる。

 

「ケイスケー、武器の荷物は積めたとしても…他の荷物はどこ行ったの?」

「あっ…」

 

 タクトのさり気ない一言にケイスケは思わずブレーキをかけてしまった。武器の入った荷物はバックスペースに押し込めることができたが、それ以外の荷物は入る事ができなかった。CIAの追跡がもう間近に迫って来ていたので焦ってそれらを詰め込む暇がなかったのだ。ましてや弾丸の補充分もこの先の戦いを考えると全く足りない。

 

「それを忘れてたぜ…」

「ええー‼それじゃあおやつがないってことかよ‼」

「…おやつは重要じゃないと思う」

「やむを得ない。この先にある街、アマリロで買い込んでおこう」

 

 ここはマイケルの意見に従ってアマリロで途中止めて買い込んでおくしかない。それに燃料の補充もしておく必要がある。

 

「しゃあねえ、アマリロで一時休憩するぞ」

 

「いやっほー‼アロマリロード‼」

「アマロリロード‼」

 

 やっと狭い空間から一時解放されることにカズキとタクトははしゃぐいだ。はしゃいでいる二人に対し、カツェはジト目で彼らを見つめる。

 

「一応言っておくが、車も目立つしあまり派手な行動はするなよ?」

「「いやっはぁーっ‼」」

「…ねむい」

「カツェ、俺らが派手な行動をしないことができると思うか?」

 

 いつも通りの4人組にカツェはこいつら絶対にやらかすだろうなと遠い目をしながらため息をついた。

 

__

 

 ニューメキシコ州のアルバカーキから道なりに進むと行き着くテキサス州北部にある街、アマリロ。西に行けばニューメキシコ州、東へ進めばオクラホマ州と荒野で何もない区間の中間にあるため交通の要所となっている。また、旧ルート66ハイウェイの街で有名であり、旧西部の雰囲気を醸し出している街でもある。

 

 その街角にある無人となった駐車場でクライスラー・プロウラーリムジンを停めてカズキ達を下した。タクトは背伸びをしてはしゃぎだす。

 

「ヒャッハー‼テキサスー‼」

「あのなたっくん、観光気分で来てる訳じゃないんだからな?」

 

 ケイスケはため息をつきながら紙袋を渡す。紙袋の中にはカツラやらサングラスやらといった変装セットが入っていた。追跡してくる連中からは顔がわれているかもしれない、そこで変装して弾薬やら食糧やらを買い込んでいくのであった。

 

「まさかここでたっくんが理子から借りパクしてたものが役に立つとはな」

「おっ、なんかルパンっぽくて楽しそうだな!」

「変装なら任せろー!よく分からないだけど得意だぜ」

 

 がさごそと紙袋の中身の変装セットを我先にと取ろうとするタクトとカズキとナオトの3人を他所にカツェは髪を結いながら段取りを説明した。

 

「いいか?まだまだ追跡の手があるからこの街で長居は禁物だ。素早く買い込んで30分以内にここに集合。最低でも10分までは待つ」

 

 捜査網は既にここにも敷かれているだろう。下手に長く居座っていると見つかる可能性は高い。彼らの追跡の恐ろしさをカツェはよく分かっていたのだが、肝心のカズキ達はあまり人の話を聞いていないようであった。

 

「おい、お前等なんで同じカツラを被ってんだよ。ラーメンみたいだな」

 

「はっはー、どうだカッコイイだろ!」

「ラーメン兄弟爆誕だぜ‼」

 

 全く同じチリチリした髪のカツラを被っているカズキとタクトはドヤ顔をする。ナオトはうどんみたいな髪のカツラを被ってご満足な様子になっており本当にこの状況を理解しているよりも楽しんでいるようだ。

 

 買い出しは二組に分かれた。カズキ、タクトのラーメン兄弟とナオト、大統領のマイケルは食糧の買い出しを、ケイスケ、カツェ、リサは弾薬とガソリンの補充をする。

 

「いいか?30分以内には戻れよ?」

「任せろって、ラーメン兄弟に不可能はねえ」

「いくぜ兄弟‼」

「おれ、うどんなんだけど」

 

 カツェが念を押して言ったものの、果たしてちゃんと聞いて戻って来てくれるだろうか、ちゃんと大統領の護衛ができるのだろうかと心配になって来た。

 

「ナオトとカズキがいるし、多少は大丈夫だろ。俺達も急ごう」

「ああ…最悪の場合、車は乗り換えることも考えておかねえとな…」

 

___

 

「で、どこで買い物すればええのん?」

 

「「えぇぇぇえええっ」」

 

 アマリロの街道をしばらく歩き続けて数十分、先頭を歩いていたカズキがふと振り返ってタクトとナオト尋ねてきた。二人はてっきりカズキが場所を知っているのであろうと思っていたので思わず甲高い声を上げて驚いてしまった。

 

「てゆうかここどこ?」

「はあ!?お前、ナオト並みに迷子じゃんか!」

 

 道行く道を歩いていたため、自分たちがどの辺りにいるのかさえも把握できず、今の状況は完全に見知らぬ土地で迷子になっていた。カズキとタクトのラーメン兄弟はてんやわんやになっていたが、ナオトは落ち着いていた。

 

「慌てすぎでしょ。俺たちには大統領がいるじゃないか」

「「ナオト、お前天才か!?」」

 

 ナオトの鶴の一声で希望に満ちた笑みをしながら目を輝かせる二人はさっそくマイケルの方へと視線を向ける。二人の特大な期待の眼差しにマイケルは苦笑いをしながら頷く。

 

「将校時代はこの辺りにも来ていたからね…多少昔と道や建物は変わっているようだが、ここからお店はそう遠くないよ」

 

 マイケルが先導して進みなんとか買い物ができると3人は安堵していたが、交通が多いところではアメリカの探偵校の生徒達であろうか、何人もの武偵が辺りをうろついていたり聞き込みをしていた。

 

「うーん?心なしか武偵が多くね?」

「もうすでに操作網が敷かれているのかも・・・・」

 

 CIAが情報を撒いたのかどうかは分からないが、下手に動くと怪しまれてしまう。ここは慎重に動かなければならないとマイケルはカズキ達に言おうとした。

 

「ちょっと待って、俺たちも武偵なんだし別に怪しまれずにすむんじゃね?」

「確かにー!だったらびびらずに正々堂々行こうぜ!」

「早くしないとケイスケが怒るし・・・・」

 

 3人は慎重にするどころか全く警戒せずにずかずかと道を進んでいく。

 

「おーれたちラーメン兄弟♪サイキョームテキのラーメンがかがーやくー♪」

「ボクタチエイゴワカリマセーン。トムの勝デース」

「・・・・・」

 

 カズキは突然よく分からない歌を歌いだすわ、タクトはよく分からない片言で語りだすわで進みだした。話しかけれないようにしているつもりのようだが逆に目立ってしまっている。ナオトに至っては我関せずと言わんばかりに無言で他人の振りをしていた。

 

「おい、そこで変に喚いているお前等、少しいいか?」

 

 案の定、武偵に引き止められてしまった。その武偵は茶髪で体格が大きく、その後ろには3人ほどの同じ体格の仲間がいた。カズキ達はぴたりと止まって彼らのほうへ振り向く。

 

「へーい、俺たちラーメン兄弟に何の用だ?」

「俺たちラーメン兄弟!こう見えて俺たちは忙しいんだぜ・・・今夜のラーメンは塩にするか豚骨にするかでな!なあパパ!」

「えっ?あ、うん」

「おれうどん」

 

 3人は関わらないようにとしているのだが全くの逆効果であった。茶髪の武偵は怪しそうにカズキ達を睨む。

 

「何言ってるのか意味が分からないが、怪しいな・・・」

「CIAの情報で大統領誘拐事件に関与してるかもしれない連中がテキサス州に入ったって聞いたからな。既にこの街に来ているかも知れねえ」

 

 その言葉を聞いたカズキとタクトはドキリとして生唾を飲んだ。その事件に関与してるし、件の大統領はここにいるのだ。二人の一瞬の動揺を茶髪の武偵は見逃さなかった。

 

「おい・・・お前等怪しいな?もしかして、何か知ってるんじゃないのか?」

 

「い、いや!俺たちはラーメン兄弟だからラーメン以外は何も知らないぜ!」

「ラーメン兄弟は大統領誘拐事件と全くの縁がないぜ!麺だけに!]

「おれうどん」

 

なんとか誤魔化そうとしているのだが、かえって疑いの目が強くなっていた。

 

「やっぱり何か知ってるな?悪いがうちに来てもうらぞ?」

「抵抗するなら力尽くでも来てもらうからな?」

 

 臨戦態勢に入った武偵達にカズキはどうするか悩んだ。このまま従ってはケイスケ達と合流することも叶わないどころか大統領が変装していることがばれてしまう。逆に抵抗して逃走してしまうと一斉にほかの武偵達に追跡されてしまう。カズキはちらりと横を見るとタクトがポーチから発煙手榴弾を取り出そうとしていた。ここはやはり逃走してケイスケ達と合流してさっさとこの街から出ようと決めた。

 

 

「Hey!ちょっといいかしら?」

 

 カズキ達を連行しようとした武偵たちに豊かな金髪でスミレ色の瞳のした女性が声をかけてきた。その女性は茶色のウェスタンウェアーにホットパンツ、豊満な胸でグラマスなスタイルをしていた。武偵達は彼女を見るなり顔を引きつらせていた。

 

「あんた達、テキサスの武偵じゃないわね?どうせお手柄目当てで他の州から来たのでしょ?」

 

「お、俺達はシカゴから・・・こ、これも捜査のうちだ」

 

 茶髪の武偵が言葉を濁しながら言い返すが、 金髪の女性はにっこりと笑ったと同時に茶髪の武偵の顔ギリギリのところで拳を止めた。

 

「私達のシマは私達でやる・・・手柄目当てのよそ者はご退場いただけないかしら?」

 

 金髪の女性に睨まれた連中は顔を青ざめて一目散に去っていった。カズキ達はいったいどういうことなのかとポカンとしていた。金髪の女性は一息入れてカズキ達のほうへとにっこりと笑う。

 

「アメリカ全州の武偵校の生徒達がお手柄目当てで大統領誘拐事件の捜査を血眼でしているからね、こういった強引なやり方をする連中が多いのよ」

 

「すまない・・・助かったよ」

 

 マイケルが頭を下げて感謝を述べたが、金髪の女性はくすくすと笑う。

 

「まあ絡まれるのは仕方ないわ。そのラーメンみたいなカツラを被ってたらすぐに変装してるってバレるわよ」

 

 金髪の女性はカズキとタクトを指差してニシシと笑った。なぜ変装してるとバレたのかとカズキとタクトは首をかしげていた。

 

「おっかしいなー・・・ラーメン兄弟ならばれないと思ったのに」

「絶対にナオトが先にばれると思ったんだけどなー」

「二人ともうどんを馬鹿にしすぎだ」

 

 そういう問題ではないのだがとマイケルは苦笑いをする。金髪の女性は笑い終えると一息入れてカズキ達に尋ねた。

 

「さてと、どうして変装をしていたのかしら?」

 

 おそらく彼女も身なりは違うが同じ武偵なのだろう。ここで誤魔化してすぐにここから去るのも手だが、彼女からは一切敵意を感じられない。カズキは自分達の事を話していいかとナオトに目で伝えた。ナオトが無言で頷き、カズキは大統領のこと以外を話そうと決めた。

 

「俺は日本から来た武偵、吹雪カズキだぜ」

「江尾ナオト、同じチーム」

「そしてこの俺が深紅の稲妻の全自動味噌汁製造機で評定のある味噌汁マスター、菊池タクトだ!」

 

「ワオ、あなた達、武偵だったのね!しかも日本の!」

 

 金髪の女性はドヤ顔するタクトとカズキに物珍しそうに目を輝かせる。

 

「それで・・・あなた達の後ろにいる男性は?」

「彼はマイケル。大統領ry」

「えっ?」

 

 金髪の女性はきょとんとしていたが、カズキとナオトがタクトの足を思い切り踏んでタクトが悶えている間に訂正した。

 

「だ、大統領のファンなんだぜ!」

「ああそうなのね!でも大変ねー、大統領誘拐事件が起きてるさなかに日本から着たなんて・・・・もしかして、あなた達もその捜査をしてるの?」

「そうだぜ!俺達はスペシャリストだからやってきたのさ!でも、副大統領が怪しそうだからお忍びでホワイトハウスへ向かってる最中さ!」

 

 タクトが本来の目的のことまで話してしまったことにカズキとナオトはぎょっとしていたが、金髪の女性は目を輝かせて頷いた。

 

「あなたもそう思うのね!私もあの副大統領が怪しいと思うのよ。ジーサードが大統領を誘拐するわけがないわ!よかったら一緒に捜査しない?」

「いいよ!」

「ちょ、たっくん!?決めるの速いよ!?」

 

 金髪の女性の誘いに即答したタクトにカズキはツッコミを入れる。ましてや時間内にケイスケ達と合流しなければならない。金髪の女性は満足して頷きタクトに手を差し伸べた。

 

「あははは!あなた達なかなか面白いわね!私はヤン・シャオロン。普通にヤンって呼んでいいわ」

「よろしくな、ヤンちゃん!」

 

 タクトはニシシと笑って手を差し伸べて握手を交わす。カズキもナオトも果たしてケイスケとの合流に間に合うのだろうかと考えなくなってきた。

 

「ヤンの他にもチームメイトはいるの?」

「妹とその友達がチームなんだけど・・・・今は別の件で出張中。私はこの事件を聞いて、ジーサードに借りがあるからそれを返すためにアメリカに戻ってきたの」

 

「それでヤン姐さん、どこへ行きやすか!」

「俺達ラーメン兄弟がお供しやす!」

「それじゃあ私についてこーい!」

 

 ノリノリなカズキとタクトにヤンは楽しそうに笑って先導していく。ついていくカズキ達は買い物のことはもうすっかり忘れてしまっているとマイケルは苦笑いして後に続いた。

 

 行き着いた場所はウェスタンチックなお店だった。牛とナイフとフォークの絵が描かれている看板からしてステーキハウスのようだ。

 

「姐御!まずは腹ごしらえってことですな!」

「あざっす、ごちになりやす!」

「まあ・・・それもそうなんだけど、もう一つは情報を得るためよ」

「情報?ここで得れるのか?」

 

 ステーキハウスでより詳しい情報が得ることができるのだろうかとナオトは首をかしげていたがヤンはそんなナオトの疑問に答えるかのように話を続けた。

 

「確かに他の武偵やCIAといった所からも情報が得られるけど・・・ここにいる『彼」ならより詳しい情報も得ることもできるし、協力してくれるわ」

 

 

 3人は首をかしげていたがマイケルは店の看板を見て目を丸くして驚いていた。

 

「この店は・・・・!」

「そう、この店長はジャーナリストもしているの。メディアの力も場合によっては頼りになるわよ?」

 

「それで誰に会いに行くの?」

 

 マイケルの驚きようを見てタクトは首をかしげて尋ねた。

 

 

「世界最強のジャーナリスト、フランク・ウェスト。今回の事件はお金になるから協力してくれるかもしれないわ」




 テキサス編ではアメリカのアニメ、RWBYからみんな大好き(?)ヤン・シャオロン。デッドライジングから絶対ゾンビ殺すマンでガムテープの錬金術師で最強ジャーナリスト、フランクさん。

 RWBYは中二精神を注ぐアクションが好きです。あと金髪グラマスなヤン姐さんが好きです。
 デッドラのゾンビ無双は気分爽快します・・・フランクさんつよすぎぃ!


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94話

 気づいたらもう8月下旬‥‥夏休みの終わりが近づいて来ましたね。
 旅行して帰ったら、まだ夏休みの宿題が終わっていない事に気付きました。
 ええ、見つかったんですよ。終わったと思ったら鞄の中に他の宿題が‥‥



「ささ、遠慮なく入って‼私の奢りだからさ!」

 

 ヤンは上機嫌でステーキハウスへと入っていく。ヤンに続いてカズキとタクトはウキウキ気分で入っていった。

 

「やったー‼ステーキなんて素敵!」

「うへー、たっくんのクソギャグが冴えるぜーっ!」

 

 ここにケイスケがいたら彼らにゲンコツを入れて止めていただろう。しかしツッコミ役もストッパー役のケイスケがいないので誰も止めることができない。ナオトは無言のまま、大統領のマイケルは苦笑いしつつ後に続いてステーキハウスへと入っていった。

 店内は木製のカウンターに、フロアにはあちこちに木製の丸いテーブルが置かれ、どこか西部チックな内装であるが客が1人もおらず閑散としていた。店員か店長でさえいるのかどうか疑うほど静かで店は繁盛しているのかどうか疑わしいものであった。しかしヤンは常連なのか、全く気にせずにカウンター席に座る。

 

「はーい、店長!暇そうだから遊びに来たわよー!」

 

 元気よく大きな声でキッチンへ手を振るが返事は来ない。それでもヤンは鼻歌を唄いながらテーブルに置かれてある古めかしメニューを開き選んでいた。

 

「私、ここでバイトしてるから気にしなくていいわよ。店長、もといフランクさんは暇つぶしでこのお店を経営してるし」

 

 だからそこまで遠慮なしに寛いでいるわけだとカズキ達は納得した。

 

「そのフランクフルトさんってなんで世界最強のジャーナリストなの?」

 

 ずっと気になっていたのか、タクトは不思議そうに首を傾げながらヤンに尋ねた。ヤンは待ってましたと言わんばかりにニッコリとする。

 

「フランク・ウェスト。通称、『戦うジャーナリスト』または『人型凡庸決戦兵器』。戦場の真っただ中を駆けるのはどの戦場ジャーナリストでは当たり前だけど、あの人は敵地のど真ん中で大暴れしながらあれやこれやと撮影するの。それに、犯罪組織に潜入して大暴れしてするのよ。あの人はイ・ウーや藍幇、数多の組織の情報を簡単に集めちゃうの」

 

「その人、やべーな!」

 

「やべーどころじゃないわよ?噂じゃガムテープさえあれば武器を何でも作るとか、オレンジジュースを飲めばどんな怪我だって完治するとか」

 

「その人ヤバすぎるだろ!?」

 

規格外のような話にカズキ達は驚きを隠せないでいた。そんな人物が味方になれるのならどれだけ心強いか。どんな超人なのかとカズキとタクトは期待の眼差しで目を輝かせていた。そんな彼らに気にもせずヤンは注文を決めたのかメニュー表を片付けた。

 

「店長ー!私はいつのもやつねー!」

「じゃあ俺もいつものやつ!」

「そんじゃ俺もいつものやつ!」

「お前等常連じゃないだろ」

 

 ナオトはジト目でツッコミを入れる。すると閑散としてひと気のなかった厨房から物音がし、どかどかと板が軋む音を響かせながらカウンター席へと近づいてきた。

 

「ったく、今日は客が来ないからさっさと店をたたもうかと思っていたのによ…」

 

 厨房からやってきたのはしわくちゃの白いシャツを着た、渋い顔をした男性だった。やや無愛想に見えるが体格は逞しく、かなりのタフガイだと伺える。寝起きだったのか男性は欠伸をしながらしかめっ面でヤンにデコピンをした。

 

「あと店長って呼ぶな。これは副業で、本職はジャーナリストだ」

「そうかしら?最近は焼肉屋の店長の方が儲かってない?」

「給料減らすぞ」

 

 「そんなー」と愚痴をこぼすヤンに男性は無視して調理にも取り掛からずドカッと椅子に腰かける。カズキ達はポカンとしていたが、気づいたヤンが男性の方を指さす。

 

「紹介するわ。この人が世界最強のジャーナリスト、フランク・ウェストよ」

 

 このやさぐれた中年が世界最強のジャーナリストかとカズキ達はキョトンとした。そんな彼らにフランクはちらりと視線を合わせる。

 

「ヤン、いつもの喧しい妹と友達はどうした?新しいチームでも結成したのか?」

「妹と友達はヨーロッパにいるわ。今は大統領誘拐事件の捜査をしにわざわざ日本から来た武偵と一緒に共同戦線しているの」

「で、情報欲しさに俺の所に来たっていう訳か‥‥」

 

 事情を把握したフランクはムスッとしてそっぽを向いた。

 

「他を当たりな」

「えーっ!?なんでよ‼」

「機嫌が悪い。どうせ大統領誘拐事件なぞドッキリに決まってんだろ」

 

 フランクのやる気のなさにカズキとタクトは段々と目の輝きが小さくなってきた。本当に世界最強のジャーナリストなのかと目を疑ってしまう。不貞腐れているフランクにヤンは何か気づいたのかニヤリとした。

 

「‥‥もしかして、ネタをジーサードにとられたから不貞腐れてるでしょ?」

 

 茶化してくるヤンにフランクはピクリと反応しつつそっぽを向く。どうやら図星のようだ。

 

「ジーサードにとられたってどういう事?」

「実はね、フランクさんはエリア51にアメリカ軍が『イロカネ』っていう謎の未確認物質を隠しているっていうネタを聞いて、真実を解き明かすためにエリア51へ行こうとしてたのだけど‥‥ジーサードに先を越されちゃったみたいなの」

 

 その言葉に反応したようで、フランクはしかめっ面をさらに歪ませ声を荒げて憤りだした。

 

「こちとら『イロカネ』探しにかなりの年季と年月を掛けたんだぞ!魔女連隊やイ・ウーのアジト、ウルス、鬼の国に忍び込んで、やっと手に入れたネタがあの若造にこうもあっさり抜かされるなんて俺の苦労が水の泡だ‼何度殺されそうになったことか!?」

「でも、いつもの様に大暴れして脱出してるじゃん」

 

 荒ぶるフランクにヤンはニヤニヤしながら頬杖をついた。

 

「それに…新しいネタならあるじゃない」

「だから大統領誘拐事件にはのらねえぞ。帰れ帰れ」

「ままま、日本から来た武偵の話でも聞いてもいいじゃない?」

 

 ヤンは不貞腐れているフランを宥めつつカズキに自己紹介を促す。ようやく出番が来たかと待ちかねたかのようにカズキとタクトはテンションを上げて立ち上がった。

 

「この俺が情熱のサイコパス、A型の吹雪カズキだぜ‼」

「そして俺が古に伝わりし、毎朝フルーツヨーグルトを食べている真紅の稲妻、菊池タクトだーっ‼」

「江尾ナオト」

 

「日本の武偵ってのは個性的な連中なのか‥‥ん?キクチ‥‥?」

 

 カズキ達の個性の殴り合いの自己紹介にフランクは呆れていたが、菊池という名前を聞いて何か思い当たったようで今までしかめっ面だった顔が興味を示したかのように真剣な顔つきに変わった。

 

「菊池ってもしや‥‥あの菊池財閥の女社長、菊池更子の息子か?」

「そうだけど?」

 

 頷くタクトにフランクは目を鋭くする。だらけきった様子が消え、何かネタを掴んだのかフランクはニヤリとした。

 

「菊池財閥の息子が大統領誘拐事件の捜査か…ヨーロッパの裏の情勢に関与し続けた菊池財閥が遂にアメリカまで干渉してくるかもしれん…これはネタになるぞ」

「えっ?タクトって意外と凄かったの?」

 

 今度はヤンが状況に追いついておらず一人キョトンとしていた。スゴイと言われ、タクトはドヤ顔をしながら胸を張っているが本人を褒めているわけでないとカズキとナオトはただ黙って見守っていた。

 

「裏の情勢とのパイプライン、武器商、ありとあらゆるコネと力を持つ化け物、菊池更子の息子だ。この親子は何をやらかすかわからん。こいつが大統領誘拐事件に関わっているとなるとこれは大物の予感だ‼」

「なんというか‥‥博打みたいね」

「それじゃあ、協力してくれるの?」

 

 協力をしてくれそうな雰囲気を醸し出しているようで、タクトはさり気なく尋ねたがフランクは頷いた。

 

「ああ…その代わり、条件がある」

「いいよ‼」

「たっくん‼だから早いってば!」

 

 即答するタクトに最後まで話を聞けとカズキが小突く。

 

「協力する代わりに…この一件のネタは俺のものであることと、報酬をお前さんの母親に請求させてくれ」

「うわー、がめついわねー」

 

 がめつい要求にヤンは呆れながら横目でカズキ達にどうするか伺う。協力するとなれば頼りになるのかもしれないが、場合によっては面倒な取引である。全ての流れはタクトにかかっており、カズキとナオトはまじまじとタクトを見つめた。

 

「た、たっくん、よーく考えるんだぞ?」

「下手したらヤバイ額を請求されるかもしれない」

 

 タクトは二人に急かされながら、腕を組んで低く唸って考え込んだ。どんな答えが返ってくるのか皆が注目している中でタクトはゆっくりと口を開く。

 

「うーん、ここはどうしようかなー‥‥大統領はどう思う?」

 

「「‥‥は?」」

 

 まさかの答えにヤンとフランクはポカンと口を開け、カズキとナオトはやっちまったと頭を抱えた。

 

「だ、大統領…?え?もしかして隣に座ってる奴ってもしかして…」

「うん、大統領。味方になってくれるんだからフェアじゃないとね!」

 

 またしても即答するタクトにヤンとフランクはギョッとした。変装したままずっと黙って見守っていたマイケルはため息をついてカツラを取った。

 

「黙っててすまないな…色々と事情があって変装をしていた」

「ええええっ!?うそ!?本物の大統領!?」

「いや、ちょ、これって本当にドッキリなのか!?」

 

 驚愕する二人に大統領は副大統領が命を狙っていたこと、『N』という組織が関与していること、その連中のせいでジーサードが嵌められたこと、攫われている途中でカズキ達に助けられたこと、そして今も尚追跡されている身であること全てを話した。全てを聞いたフランクは肩を竦めて苦笑いをした。

 

「こいつは…本当にヤバイ一件だな…」

「フランクさん、報酬とか諦めたら?こっちの方が一枚上手よ?」

 

 ヤンがニヤニヤしながら茶化し、フランクは仕方なしに頷いたが様子は楽しそうにしていた。

 

「『N』とくりゃぁこれは大スクープになりそうだぜ‥‥!」

「『イロカネ』とやらはいいの?」

「そりゃお前、使い道の分からん物体を巡って争う連中とその間に水面下で膨大化する強力な組織、ネタになるとすれば後者だ」

 

 こうしちゃいられないとフランクはドタバタと厨房から出て棚の中からカメラやらフィルムやらを取り出していく。フランクは黒いジャケットを羽織り、カメラを手に持つ。

 

「準備はいいか!ファンタスティックな一枚を撮りに行くぞ‼」

「「ファンタスティーック‼」」

 

 ノリノリなフランクに続くかのようにカズキとタクトはテンションを上げていく。ナオトは結局ステーキを食べないのかとがっかりしていた。そんなカズキ達にヤンはニシシと笑って頷いた。

 

「楽しくなりそうだし、力を貸すわよ!いいチームになりそうね!」

 

 楽しそうに笑うヤンの言葉にカズキ達は「あっ」と口をこぼした。3人は肝心な事をすっかりと忘れていた。

 

「そういえば‥‥ケイスケ達の事すっかり忘れてた」

「け、結構時間が経ってる‥‥」

 

 ナオトは腕時計の時間を見ながら、カズキは携帯のメールボックスに溜まっていた何通ものケイスケからのメールを見ながら青ざめる。約束の30分から時間が経過していた。恐らく、ケイスケは鬼の形相で帰りを待っているだろう。

 

「いやだー‼死にたくない‼死にたくなーい!」

 

 タクトの叫びは虚しく店内に響く。

 

__

 

 

「あんのバカ共が‥‥‼」

 

 案の定、ケイスケは鬼の形相でカズキ達の帰りを待っていた。約束の時間からもう既に数時間が経過していた。いくら待っても帰ってこないし、連絡も来ない。何かあったのではないかとリサは不安そうにしているのだが、ケイスケはあの3人は道に迷ったか、時間を忘れて道草を食ってるに違いないと確信していた。

 

「あー‥‥や、やっぱあたしがついときゃよかったか…?」

 

 怒りのオーラが漂っているケイスケにカツェは何とか宥めようとさり気なく話しかけるが、ケイスケの怒りは収まらなかった。

 

「あいつら戻ってきたらしばく。大統領以外しばく」

 

 これで50回目の『しばく』と言うセリフにカツェはもうケイスケの怒りを沈ませることができないとため息をついた。そんな怒れるケイスケにリサは心配そうに尋ねた。

 

「もしかしたらカズキ様達は何かトラブルに巻き込まれたのかもしれません‥‥カズキ様達を探しに行きましょう」

 

 寧ろカズキ達は巻き込まれたよりもトラブルを引き起こす側ではないのかとカツェは内心ツッコミを入れるが、ケイスケは唸りながら考え込む。

 

「確かに買い出しの最中に武偵がちらほらといたな…もう包囲網が広がっているかもしれないし、あのバカ共は武偵に絡まれて追われているかもしれねえな。しゃあない、探しに行くか」

 

 少しケイスケの怒りを和らげたことにやはりリサがいて良かったとカツェはほっと安堵する。どちらにしろ、カズキ達はしばかれる運命は避ける事は出来ないが、今は彼らの状況を確かめるべきだとケイスケは考えつつ重い腰を上げた。

 ひと気のない所で車を停めて彼らの帰りを待っていても他の連中に見つかるのも時間の問題だ。なるべく早くカズキ達を見つけ、目的地であるオクラホマ州へと向かわかなければならない。

 バカ3人を見つけたらどうしばいてやろうかケイスケは考えていたが、その刹那にリサの鼻がピクンと動きリサが何かの臭いを察知したことに気付いた。

 

「ケイスケ様、伏せてください‼」

 

 リサが焦りながらケイスケを押し倒した。突然の事にケイスケは焦るが、倒れる二人の上を球状の緑色の物体が通過するのが見えた。その液体はそのまま飛んでいき、クライスラー・プロウラーリムジンに直撃した。その物体はトマトが潰れるような音を立てて緑色の液体を車に撒き散らすと、液体がかかった部分がシュワシュワと音を立てながら溶けだした。

 

「おいマジかよ…溶けてやがる!?」

 

 溶けている部分を見ながらケイスケは戦慄した。もしも自分達に当たっていたらと考えるが想像をしたくないと首を横に振る。

 

「気をつけてください!あれは有毒性のある酸性液です…!」

 

 リサは鼻をつまみながら液体の危険性を説明する。ケイスケにとってはそこまで臭いはしないが、リサにとってはかなりの異臭なのだろう。

 

「ちっ、ただの追っかけじゃなさそうだな!」

 

 カツェはルガーP08を構えて辺りを見回す。先ほどの液体をどこから飛ばして来たのか警戒した。その時、薄暗い所から太く先端が鋭いワイヤーがこちらに向かって飛んできた。カツェはすかさず躱し、先端が鋭いワイヤーは壁を貫き穴を開けた。いきなりの急襲を避けたことに冷や汗をかきながら安堵する。

 

「カツェ様、上です‼」

 

 リサの呼びかけにカツェは上を見上げる。頭上から顔を隠すほどのガスマスクをつけた小柄で黒いコートを着た男が鋭い刃物の付いた鉤爪を振り上げて落ちてきた。カツェは慌てて滑り込むように躱した。

 

「あぶねえなこの野郎‼」

 

 カツェが怒りまかせにルガーP08で撃つ。小柄の男は嘲笑いながら素早い動き後ろへと下がった。

 

「ケッ‥‥女なら容易くヤレると思ったんだがなぁ」

 

 小柄の男は枯れた様な声でケラケラと不気味に笑いだす。それが合図かの様に薄暗い所から小柄の男と同じようなガスマスクを付け、コートを着た猫背の男が姿を現す。その男の両腕には太く先端が鋭いワイヤーが巻きついていた。

 

「侮るなよ、ジョッキー…タンク、チャージャー、ハンター、フリッピーを倒した連中だ。手を抜くと返り討ちに合う」

 

 聞き覚え名前にまかさとケイスケは反応する。先ほどの急襲とか見た目からして、FBIやCIAとは違う追跡者であることは確定的に明らかだ。

 そうしているうちに今度はケイスケ達の退路を遮るかのように小柄の男と猫背の男と同じようなガスマスクを付けてコートを着た背の高くひょろい体形の男が姿を現した。

 

「4人揃えば手を焼くと博士がおっしゃていました‥‥確実に、残酷に、手早く始末をしましょう」

 

 『博士』と言う言葉にケイスケは確信する。思い浮かぶ人物と言えば一人しか思いつかない。あのへらへらと笑う子供のようなむかつく野郎だ。

 

「お前等…ジキル博士の人間兵器か…!」

 

「そうさ!オレはコードネーム『ジョッキー』!」

「同じく、コードネーム『スモーカー』‥‥」

「そして私はコードネーム『スピッター』。ジキル博士の命により逃亡している大統領の始末、その協力者の抹殺をしに来ました」

 

 ケイスケは舌打ちをした。FBIやCIAだけじゃない、大統領の後を追っているのはジキル博士のように命を狙っている連中もいることに気を付けなければと考えるべきだったと。

 

 

 

 

 

 




 ようやくN、ジキル博士の手先のご登場。L4Dよりジョッキー、スピッター、スモーカー、地味にライフを削ってくる厄介者三銃士を連れてきたよ!
 


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95話

今回の3人の刺客であるスピッター、スモーカー、ジョッキー…L4D2のゾンビをモデルにしてるけど、ゾンビではなくて人間兵器にしちゃってます。(焼き土下座

スピッターは何か、サイコショッカーみたいにひょろくて
スモーカーは何か、オメガレッドみたいに腕に触手みたいなワイヤーを持ってて
ジョッキーは‥‥KOFのチョイ・ボンゲとかいう小っちゃいおっさんなイメージ(オイ


「ちっ…あのいかれた博士の手先かよ!タイミングが悪すぎるっ‼」

 

 ケイスケは悪態をついて舌打ちする。カズキ達が戻ってきていない間に襲われるなんて最悪のタイミングである。下手に暴れれば野次馬が来るかもしれないし余計面倒な事になるだろう。

 

「ケイスケ、やるしかねえぞ…!」

 

 カツェに至っては既に臨戦態勢に入っており、何が何でもこの刺客をゴリ押しで戦おうとしていた。彼女の言う通り、非常にまずい状況であり、ここは戦いつつ突破口を作って抜けるしかない。

 

「ったく!やってやろうじゃねえか…‼」

 

 ケイスケは舌打ちしてガンケースからM4を取り出しリロードをする。車は既に損壊したが、バカ共が戻ってくるまでに彼らの銃器を死守することとこのめんどくさい刺客を倒さなければならない。

 

「‥‥さあ狩りの時間だ」

 

 最初に動いたのはスモーカーだった。腕を撓るように動かし、腕に巻きついている太く先端の鋭いワイヤーがまるで意思でもあるかのように触手の如くうねり、ケイスケに襲い掛かる。

 

「そんなにアグレッシブなのかよ!?」

 

 ケイスケは焦りながら転がるように躱した。彼がいた場所の地面にワイヤーは突き刺さりボッコリと穴が開く。先端に刺さると体に風穴があくとケイスケは戦慄する。

 

「ケケケケケッ‼」

 

 背の低いガスマスクを付けた男、ジョッキーが不気味に笑いながら壁伝いに駆け出す。ケイスケとカツェの頭上を通り過ぎるとリサに向かって飛び掛りだす。

 

「ケケッ!先ズは弱イ女からダっ‼」

 

 両手につけている鋭い刃が付いた鉤爪をリサに向けて振り下ろす。しかし、ケイスケが飛び掛ろうとしているジョッキーに向けてM4で掃射したため未然に防ぐことができた。ジョッキーは防御したまま明後日の方向へと着地をしてケイスケを血眼で睨む。

 

「っ‼テメエ、痛てぇダロウガ‼」

「うるせーチビクズが‼俺らのリサ御大を狙おうなんて100万光年はやいんだよ‼」

 

 ケイスケは怒号を飛ばしながらジョッキーに向けて中指を突き立てた。そんな怒れるケイスケにスピッターは手を向けた。彼の手から、いや袖の隙間から緑色の液体が勢いよく放たれた。

 

「させるかよ‼」

 

 カツェが懐から水の入った小瓶を取り出し蓋を開け、水の弾幕を勢いよく飛ばす。緑色の液体とぶつかり辺りに緑色の液体を散らばせた。付着した場所は炭酸水のように発泡しつつ異臭を漂わせる。スピッターの放つ強酸性の液体はアスファルトを溶かすことはなかったが錆びたフェンス、ケイスケ達が停めておいた車といった金属の物は溶かしていく。

 

「ちっ…こいつはまずいな」

 

 カツェは残りの小瓶を確認しながら低く唸る。カツェはニューメキシコでのCIAの追跡を撒くために結構な数の小瓶を使った。肝心の水の補充はカズキ達に任せていたのだが彼らが戻ってこない限り底をついてしまう。ルガーP08でも戦えるが相手はジキル博士の人間兵器、苦戦を強いられるのは間違いないだろう。

 

「単体の攻撃では埒があきませんね‥‥」

 

 スピッターがふむと頷いた。するとスピッターは両手の袖の隙間から強酸性の液体を放ち始めた。飛んでいく液体はケイスケ達を狙わず彼らのサイドへと撒き散らしていく。発泡する液体から放つ異臭が辺りに漂いだす。

 このまま異臭を撒き散らせて苦しめさせるのかとケイスケは鼻をつまんで警戒していたが今度はスモーカーが腕を撓らせワイヤーを触手のように蠢かせ辺り構わず壊しながら近づいてきた。ケイスケはそれでも構わず迎え撃とうとM4を構えるがカツェに止められた。

 

「ケイスケ!ここに長居すんのはまずいぞ…!」

 

 カツェの言う通り、先ほどの異臭のせいでリサの表情が青ざめていた。秂狼の為、彼女の鼻は人の何倍も利くのだ。この異臭は堪える。スピッターが強酸性の液体を撒き散らし、スモーカーがこちらの逃げ場を作らせまいと辺りをロープのような太いワイヤーで壊しながら近づく。

 

「くそっ追い込むつもりかよ…!」

 

 ケイスケは悪態をつくが、チラリと横目で逃げ道がないかを見ると、先ほどスピッターの酸性液で金網フェンスが溶けて丁度いい抜け道ができていた。ケイスケはすかさずポーチからフラッシュバンを引き抜いて投げ込んだ。

 

「後ろを見ないで突っ走るぞ‼」

 

 ケイスケは投げて怒号を飛ばしてすぐにリサの手を取り。カツェと共に駆け出した。閃光と衝撃音が響いても相手が怯んでいるかどうか、確かめる暇もなくフェンスが溶けてできた抜け道へと走る。

 

「ケイスケ様…申し訳ございません‥‥」

「構わねえよ。兎に角今はあのバカ共が来るまで只管死なねえように頑張るだけだ」

 

 しょげるリサをケイスケは励ましつつ駆けていく。早く戻って来いと願っているが、今は細くなっていく路地の道を只管走るしかない。

 

「ケケケッ‼遅い!遅いゾ!」

 

 後ろから耳障りな不気味な笑い声が響いた。チラリと見るとジョッキーが壁伝いに駆け、壁を蹴りながら一気に迫って来ていた。

 

「このっ、ヒョロチビ野郎が‼」

 

 ケイスケはリサをカツェに任せ、ジョッキーに向けてM4を連射する。狙い撃っているのだがジョッキーは素早く、壁を駆けて躱していく。

 

「ちょこまかしすぎだろ!ゴキブリかてめえは!?」

 

 ケイスケはイライラしながらM4を撃ち続けた。躱していくジョッキーは壁を蹴るとケイスケの頭上めがけて飛び掛って来た。襲い掛かるジョッキーの急襲をケイスケは慌てて躱すが、着地したジョッキーがケイスケの懐めがけ飛び掛かる。

 

「危ねえっ!?」

 

 ケイスケはギョッとして後ろへと倒れそうになったが、カツェがすかさず水の弾幕を飛ばしてくれたためジョッキーの鉤爪を弾かせることができた。受け身を取って立ち上がるが奥からワイヤーがうねりながら襲い掛かり、強酸性の液体がこちらめがけて飛んできた。

 強酸性の液体はカツェの放った水の弾幕で防ぐことができたが、ワイヤーは防ぎきれない。ケイスケ達は屈んで路地裏に置かれている大きなゴミ箱の陰に隠れた。

 

「くそっ…!どんどん追い込んできやがる…」

 

 駆けている道は狭く的になりやすい。わざとこの道に行くように仕掛けたのかもしれない。カツェも悪態をつきながらルガーP08をリロードする。

 

「ケイスケ、悪いがさっきの水で小瓶は最後だ」

「弾丸がありゃなんとかなるだろ‥‥この道はまずいだろうな」

 

 猛攻をしのぐ中、ケイスケ達は辺りを見回す。どこかここから抜けることができる場所はないか必死に目で探した。ケイスケは古く朽ちかけの木製の扉の付いた大きな廃屋が見つけた。そこから入り込んで抜け出ることができるかもしれない。見つけて動こうとしたその刹那に強酸性の液体が大きなゴミ箱にかかり溶けだした。

 

「向こうへ駆け抜けるぞっ‼」

 

 ケイスケは二人を守りつつM4をスモーカーやスピッターのいる方へと撃ちながら駆けだした。スモーカーのワイヤーが鞭のように撓りながら襲い掛かる中を駆け抜けて朽ちた扉を蹴り開けて転がり込む。長いこと使われていない為か埃が咽る程舞っており、真昼間のおかげか内部は薄く明るい。

 

「二人は先に出口を。こっちは時間を稼ぐ!」

 

 ケイスケは残りの弾数を確認しM4をリロードする。いつもの様に『ゲロ瓶』で追い返してやりたいが、相手はその対策をしているのかガスマスクをつけている。フラッシュバンもスタングレネードもニューメキシコでCIAの追跡を逃れるために使いすぎた。グレネードのほとんどはタクトとカズキに預けてしまっている。銃一丁で3人の攻撃を凌げることができるかどうかと悩みつつM4を撃ち続けた。

 

「ケヒヒヒッ!そこダゼェッ‼」

 

 物陰から不気味な笑い声を響かせながらジョッキーが襲い掛かってきた。体格が小さく、すばしっこく動き視界の外から、死角から襲い掛かってくるためケイスケは油断していた。突然の事にすかさず銃口を向けたが既に遅くかった。

 

「っ!?しまっ…」

 

 ジョッキーが飛び乗りケイスケは後ろへと倒れた。起き上がろうと動くが小柄の癖に力が強く抜けることができない。ジョッキーは身動きができないケイスケに向けて鉤爪を振り下ろそうとした。

 

「ケイスケ様!耳をお塞ぎください!」

 

 その時、リサがケイスケに大声で叫んだ。ケイスケはリサの方を見ると、彼女の手にはルガーLCPが握られていた。アメリカに来る前にメイドのリサには銃を持たせるべきではないと考えていたが、アメリカでまたひと悶着が起きるかもしれないし、『N』の連中が狙ってくるかもしれないという訳で護身用にと念のため渡していた。

 なぜ耳を塞がなくてはならないのかと疑問に思っていたが、直ぐにその理由がわかった。ケイスケはリサが引き金を引いたと同時にすぐさま耳を塞いだ。リサがルガーLCPで撃った弾丸はジョッキーに当たることなく飛んでいくが、ジョッキーの傍を通過した瞬間に弾丸が破裂、それと同時に高い金属音が響いた。

 

「ギョアッ!?」

 

 ジョッキーは小さく悲鳴を上げて怯みだす。その隙を逃さないようにケイスケは勢いよく起き上がってジョッキーを蹴り飛ばした。

 

「ふー…武偵弾も使えるっちゃ使えるな」

 

 ケイスケはほっと一安心するように息をつく。武偵弾は武偵校で支給される、普段の使われる銃弾よりも殺傷力を低くした弾丸である。殺傷力が弱く、決定打には欠けるが、閃光弾の役目を持つ閃光弾(フラッシュ)、煙幕を出すことができる煙幕弾(スモーク)、当たった場所で炸裂する炸裂弾(グレネード)といった改造された弾丸がある。そしてリサが撃った武偵弾は音響弾(カノン)といい、高音を発し相手を怯ませる弾丸である。

 

「よし、このまま一気に抜けry」

 

 すぐに動こうとした瞬間、ケイスケの足の太いワイヤーが絡みつく。ケイスケの足を捕えると一気に引きずり込んでいった。

 

「うおおおおっ!?まじかっ!?」

 

 ケイスケはすぐにM4を撃とうとしたが今度は勢いよく引っ張られ壁へと叩きつけられた。その衝撃でM4を手放してしまい、更に引きずり込んでいった。その先にはスモーカーとこちらに強酸性の液体を放とうとするスピッターの姿が見えた。

 

「まずは1人、始末できそうですね‥‥!」

 

 ガスマスクで顔が見えないが、明らかにほくそ笑んでいるのがわかる。このままではまずいとケイスケは焦りながら手探りでポーチから手榴弾がないか探す。

 

「もう遅い…‼」

 

 スピッターがケイスケに手を向けて強酸性の液体を放とうとした。

 

「Yehaaaaaaaaaaaaaaaaaっ‼」 

 

 その時、どこからともなくやかましい声が響いた。どこから響いたのかケイスケは状況にも構わず辺りを見まわす。その声は段々と近づいてきており、こちらに近づいたと同時にケイスケのすぐ傍にあった壁が大きな穴を変えてぶち抜かれたと同時に金髪のグラマラスな女性が飛び出して来た。

 

「Fooっ!やっぱり近道はこうでなくちゃね!おっ、いつもプンスカしてそうな顔‥‥やっと見つけた!貴方がケイスケね?」

 

「えっ、ちょ、誰ぇ!?」

 

 いきなり現れて、いきなり名前を尋ねられて状況にも構わずケイスケはギョッとした。

 

「イヤッフーッ‼さすがヤン姐さんだぜぇ!」

「近道をするなら壁をぶち抜けばいいぜ!」

「やっと追いついた‥‥」

 

 その金髪の女性の後ろで喧しく聞き覚えのある声が聞こえた。彼女の後ろにはタクト、カズキ、ナオトの姿があった。そして3人の後ろには大統領と何故かカメラを持っているおっさんの姿が。

 

「お前ら…っ!」

 

 目を丸くしているケイスケにタクトはドヤ顔でガッツポーズをした。

 

「ケイスケ!助っ人を連れてきたぜ‼」

 

___

 

「え、助っ人って…誰この人!?あとそこのおっさんは何者だよ!?」

 

 ケイスケはどうして助っ人がいるのか、その助っ人は一体何者なのかと戸惑っていた。そんな慌てふためくケイスケにヤンはクスリと笑った。

 

「やっぱりたっくんは言ってた通り、面白いわね!それじゃあ‥‥」

 

 ヤンは一息入れてスピッターとスモーカーの方へと不敵な笑みを見せ、拳を構えた。ヤンの両手には黄色い籠手がついている。

 

「そこのお邪魔虫をさっさと片付けておこうかしらね!」

「ヤン、あまり派手に壊すんじゃないぞ。いい画が撮れないだろ?」

 

 好戦的なヤンに対し、フランクは渋そうな面をしてカメラを持つ。そんなフランクにヤンはニシシと笑った。一方、新手が増えたことにスピッターとじっとしたままこちらを見ていた。ケイスケの拘束を解いたスモーカーが横目で伺う。

 

「‥‥どうする?獲物が増えたぞ?」

「数が増えてもやる事は変わりありません…ごちゃごちゃしている間に始末してやりましょう」

 

 スピッターはすかさず強酸性の液体をヤン達に向けて放った。それを見たケイスケは怒号を飛ばす。

 

「ぼさっとしてたらヤバいぞお前等‼あれは強酸性の液体で当たったら溶けるぞ‼」

 

 カズキ達は慌てて下がるが、ヤンは好戦的な笑みのまま飛んでくる液体をひらりと躱した。そのまま躱したヤンに向けてスモーカーがワイヤーを鞭のように撓らせて放つがそれも軽々と避けていく。

 

「すげえーっ‼まるでSASUKEだぜ‼」

「たっくん、そのたとえよく分かんない」

 

 華麗に相手の攻撃を避けるヤンの様をタクトは目を輝かせ、ケイスケは冷静にツッコミを入れた。

 

「ケヒヒヒッ‼隙だらけだゾォッ‼」

 

 軽々と避けていくヤンの背後からジョッキーが飛び掛ってきた。鉤爪の刃を向けて切り裂こうと振り下ろすが、ヤンはひらりと身を躱すと、力を込めた拳をジョッキーの顔面に思い切りぶつけた。

 

「ギョピッ‥‥!?」

 

 小さな悲鳴を上げたジョッキーはヤンに殴り飛ばされ、壁にギャグ漫画によくある人型の穴を開けてぶっ飛ばされていった。

 

「Too easy‥‥!」

 

 ヤンはフンスと鼻で笑う。そうしているとヤンの腕に太いワイヤーが絡みつく。スモーカーがそのままヤンを引きずり込んでやろうとしたが、動かない。ヤンが力を込めて引っ張っているのだ。

 

「そんな遠くで突っ立ってないで…こっちに来たらどう‼」

 

 ヤンがワイヤーを握り思い切り引っ張った。引っ張られる力が強く、その勢いでスモーカーは引っ張られ一気にヤンの下へと引き込まれた。懐まで来るとヤンは力を込めてスモーカーに向けてボディーブローをお見舞いした。もろにくらったスモーカーが怯むと攻撃の隙を与えないかのように拳のラッシュを放ち、フィニッシュに顔面を殴り思い切りぶっ飛ばした。

 

「す、すげえ‥‥」

 

 ヤンの無双っぷりにケイスケは口をあんぐりと開けていた。

 

「ッ!小癪なっ…!」

 

 スピッターはすぐさま次填の強酸性の液体を飛ばそうと構えていたが、こちらに向かってフランクが突っ走て来ていたのが見えた。

 

「ちょ、あのおっさんあぶねえぞ!?」

「ケイスケ、大丈夫さ。フランクさんは最強のジャーナリストなんだぜ?」

 

 タクトがうざったい程のドヤ顔でケイスケを落ち着かせる。どこがどう最強のジャーナリストなのか意味が分からないとケイスケは心の中でツッコミを入れた。雄叫びを上げながらこちらに向かって走ってきているフランクにスピッターはふんと鼻で笑う。

 

「ふん…闇雲に来ても無駄ですよ…!」

 

 狙いを定めてフランクに向けて強酸性の液体を放った。しかし、フランクは前転をして攻撃を躱す。スピッターがその様に驚いている間にフランクはスピッターに迫り、ボディーブローを入れた。怯んだスピッターに背負い投げをして倒すと、こんどはその両足を掴んでジャイアントスイングをした。

 

「うおおおおおっ‼ジャーナリストなめんなぁぁぁっ‼」

 

 

「…カズキ、あのおっさん本当にジャーナリスト?」

「そうだぜ!世界最強の戦うジャーナリストなんだぜ!」

 

 カズキもタクト同様にうざったいくらいのドヤ顔をする。倒れるスピッターにジャーマンスープレックスを決めたフランクを見てケイスケはジャーナリストとは一体何だったのだろうかと考え込んでしまった。

 

「この‥‥なめry」

「うおおお!レッドマウンテンボディブラストーッ‼」

 

 倒れてぷるぷると震わせながら起き上がろうとしたスピッターに向けてタクトは思い切りボディプレスをした。スピッターは「ぎゃふっ」と情けない悲鳴を上げて気絶する。タクトとフランクはテンション高くハイタッチを交わした。

 

「皆様…‼よかった、ご無事でしたのですね!」

「ったく…お前等来るの遅いぞ!」

 

 漸く戦闘が終わり、リサとカツェはカズキ達が戻ってきたことに安堵をした。そんな二人にフランクはすかさずカメラを構えてシャッターを押す。

 

「んー…ファンタスティーック!いい表情だ」

 

「おい、誰だこのおっさん」

 

 カズキは戦うジャーナリストとテキサスの武偵であるヤン・シャオロンの紹介をし、彼らも大統領の護衛を協力してくれる事を話した。リサはペコリとお辞儀をし、カツェは思い出したかのようにフランクに指をさす。

 

「思い出した!あんた、魔女連隊のアジトに忍び込んで内部を滅茶苦茶にしたあのゴリラカメラマンか‼」

「まあ昔の事は水に流してくれ。この一件はいいネタになる。いい画が撮れるまでついて行くぜ」

 

「いやーこれで合流できたね!それじゃあ行こうぜ‼」

 

 刺客を無事に倒し、ケイスケと合流できたとタクトは張り切る。頼もしい味方も増え、このままテキサス州を抜けて目的地のオクラホマ州へと行ける。

 

「おいたっくん。ちょっと待てや」

 

 そんな張り切っているタクトにケイスケが声を掛けた。タクトは振り向くと、そこにはカズキとナオトにアイアンクローを入れながらにこやかにしているケイスケの姿が。

 

「け、ケイスケ…な、何かなー?」

「お前ら‥‥集合時間の事、すっかり忘れてただろ?」

 

 30分までに買い物を済ませ集合すること、事前にケイスケはタクト達に話していたが彼らはすっかり忘れてしまっていた。そんな怒りのオーラが漂っているケイスケにタクトは視線を逸らしながら口笛を吹く。

 

「お、終わり良ければ総て良しだぜ‼」

「よくねえよ‼」

 

 ケイスケはタクトに思い切り頭突きをかました。タクトはのたうち回り、カズキとナオトは地面に突っ伏す。そんな4人のやり取りにヤンは腹を抱えて笑った。

 

「ははは‼やっぱり、あなた達って面白いわね!」

「はあ…この先本当に大丈夫なのか…?」

 

 カツェは少し心配しながら肩を竦めてため息をつく。セーラがどれだけ苦労しているのか何となく分かってきた。ずっと気になっていたことを大統領のマイケルがケイスケに尋ねた。

 

「そういえば…車はどうなったんだい?」

「それが連中に壊されてしまったんだ」

 

 刺客を倒すことができたが、肝心の車が壊されてしまいテキサス州を抜ける手段がなくなってしまった。どこかレンタカーを借りれる場所を探すか、別の手段を見つけるしかない。そう考え込むケイスケにヤンは気さくに笑いかける。

 

「そう心配しなくていいわよ。こんな時はフランクさんに任せとけば万事オッケーよ!」

「ああ、車がいるなら丁度いいキャンピングカーがある。それに乗って行けば簡単にオクラホマ州へ行けるぞ」

 

 キャンピングカーと聞いてカズキとタクトは目を輝かせてはしゃいだ。

 

「マジでか!?キャンピングカーだやったー!」

「うおおおっ‼キャンプができるよ!」

 

 一応これで移動の手段ができ、オクラホマ州へと向かうことができる。カズキとタクトは大喜びし、ナオトとケイスケはほっと安堵の息をついた。しかし、大統領のマイケルはどこか憂いがあるのか少し不安そうにしていた。そんなマイケルの様子にリサは不思議そうに首を傾げる。

 

「大統領、どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない…ただ、オクラホマ州にいる旧友が元気でいるかどうか気になっただけだよ…」

 

 大統領は微笑んでいたが、やはりどこか心配気味な様子でリサは気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___

 

 

「おやおや‥‥スピッター、ジョッキー、スモーカーがやられてしまったようだね」

 

 航空機で移動している中、ジキル博士はポップコーンを頬張りながらパソコンの映像を見ていた。ジキル博士は部下達がやられたことには全く気にしていないようだ。

 

「まあ、3人のおかげで大統領がどこで油を売っていらっしゃるかわかったよー!」

 

 ジキル博士は喧しそうに奥の豪勢な座席で寛いでいるネモに呼びかけた。ネモは眠っていた最中だったのか不機嫌そうにジキル博士を睨み付けた。

 

「そうか…」

 

 ネモはそう呟いただけでそっぽを向いた。そんなネモにジキル博士は無邪気な子供のようにニヤニヤしながら話を進めた。

 

「あの連中、今テキサス州のアマリロにいるみたいだよ。たぶんーこのまま行くと‥‥次はオクラホマ州へ行くみたいだね!」

 

「そうか‥‥ふん」

 

「おやおや?ネモ、少し楽しそうだね?」

 

 ジキル博士はネモがどこか機嫌良さそうに笑っるように見えた。そんなジキル博士の視線に気づいたのかネモはジロリと視線を向ける。

 

「連中がどうしてそこへ行くのかがわかった‥‥それと、お前が高評価している例の4人組に会ってみたくなっただけだ」

「あれま、ネモ自身があの4人組に会いに行くんだねー…これはあいつ等詰んだかな?」

 

 ジキル博士は喧しく喚くが、ネモは無視して瞼を閉じて眠ることにした。

 

 正直のところ、少し興味が湧いてきた。【十四の銀河】の4つの秘宝のうち2つを奪還し、伊藤マキリを一度退けた。遠山キンジと違い、別の意味で不可能を可能にする力を持つ4人組が一体どんな連中なのか。

 

 

 




 スピッターは強酸性の液体で相手を溶かし、スモーカーが触手みたいなワイヤーで攻撃し、ジョッキーは隙や相手の死角から急襲する…という連携にする予定だったんだよ
(´・ω・`)
 どうも戦闘描写が上手くできなくてワンパンになっちゃったよ…スマヌ

ようやくネモさんが重い腰を上げたようです…


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96話

 緋弾のアリアの世界でもGTAのマグナムトルネードは可能なのだろうか…ミンチよりもひでえことになりそう

 
 少しばかり展開がゴリ押しなところだったり、知識不足な所、文章がイミフでちょっと引っかかるような所があります。(焼き土下座


「イヤッフーッ‼ぜっこうちょおぉ⤴っ‼」

「「FUuuuuuっ‼」」

 

 タクトはふかふかのソファーの上で子供のようにはしゃぎながら歌いだす。カズキとヤンが悪乗りして車内は更に喧しくなる。

 

「お前ら楽しすぎだろ…」

 

ケイスケは疲れがドッと来たのかツッコミを入れる気力がなくベッドに横になりながらタクトとカズキの悪乗りにため息をつく。ナオトはいつの間にか鼻提灯を膨らませながら寝ていた。

 

「でもまあ…たっくんのおかげで結構いい移動手段を得たのはいいとするか」

 

 ケイスケは苦笑いしながら水に流す様に一息入れる。今、カズキ達はフリージャーナリストのフランク・ウェストのキャンピングカーに乗ってテキサス州の道路を進んでいた。

  キャンピングカーの車種はFS-31タイプで中は大人数でも寛げるほどの広さで、これまでの移動の中で快適なものであった。快適すぎる為か、タクトに至っては当初の目的を忘れてしまうほどのようである。

 

「さあ、お前らついにテキサス州を抜けてオクラホマ州へ入るぞ!」

 

 運転をしているフランクが後ろで寛いでいるカズキ達に知らせる。ついにオクラホマ州へ到達したのだが肝心のカズキ達は全く聞いておらず各々疲れを取るかのように寛いでいた。

 

「…ったく、本当に自由すぎる奴等だな。こいつらに大統領の護衛を任せていいのか?」

「ま、まあ…ああ見えてやる時はちゃんとやる4人組だし、ヨーロッパでは活躍してたぜ?」

 

 呆れるフランクにカツェが笑いながらフォローを一応する。それなりにできるのだろうとフランクは考えつつちらりと大統領のマイケルの方に視線を向けた。

 

「それで、今度はどこに行けばその親友とやらに会えるんだ?」

「ここより東…コックソンヒルズステートゲーム保護区に向かってくれ。親友はそこにいるはずだ」

 

 マイケルの言葉にフランクは意外そうな顔をした。次なる場所はオクラホマ州とアーカンソー州の境目付近にある山々が連なる所である。

 

「随分と奥まで進むんだな。それに保護区って、その親友はアウトドア派か?」

「ああ、あまり人と関わらないようにしているからね…」

 

 オクラホマ州に入ってからマイケルがどこか不安そうな様子なことにフランクは気になっていた。肝心の護衛を務めている4人組は全く気にはしていないようで、一先ずコックソンへと向かう事にした。

 

__

 

 アマリロから車で6時間。荒野だった殺風景は次第に無くなっていき緑に生い茂った木々のある森林が見えるようになってきた。車窓から朝の陽ざしが射し、寝相が悪い4人組の目を覚まさせる。

 

「んー…後五分寝かせて…」

「んだよ…誰かカーテンを閉めとけよ」

「ねむい」

 

「おおい!見ろよお前ら‼マウンテンだ!マウンテンが見えるぜ‼むっちゃ茂ってるし‼茂子だぞ‼」

 

 タクトは車窓からの景色が変わったことに目を輝かせてはしゃぐぎ未だに眠い3人を起こさせる。寝起きで機嫌が悪いのかカズキとケイスケは問答無用でタクトのボコスカと叩きだした。

 

「おら、起きろ。もうすぐで目的地に到着するぞ!」

 

カツェがため息をつきながら寝ぼけている3人を叩き起こしていく。カズキ達の眠気がようやく消え、殺風景だった景色が一変していることに今更ながら目を輝かせた。

 

 木々に囲まれ、すぐ近くにはテンキラー湖が見える山、コックソン・ヒルズ・ステート・ゲーム保護区。適当な所でキャンピングカーを停め、カズキとタクトはウキウキしながら降り、ケイスケはまさかこの山を登るのかと嫌そうな顔をしていた。同じように山を登るのかと呟いたフランクは少し怪訝そうにマイケルに尋ねた。

 

「本当にこんな所にお前さんの助っ人となる親友とやらはいるのか?」

「ああ…最後に会ったのはここだからな。きっと居場所を変えずにひっそりと暮らしているはずだ」

「…そうかよ、じゃあ案内を頼むぜ」

 

 フランクはお手上げの仕草をしてマイケルに案内を頼んだ。マイケルは無言で頷きカズキ達を先導しながら歩きだす。

 

「やったねたっくん!山だぜ、山‼」

「おうよ!こりゃあここをキャンプ地としなきゃな‼」

「キャンプする場合じゃねえだろ。さっさと行くぞ」

 

 ケイスケがふざけているタクトとカズキを小突き、未だに寝ぼけているナオトにゲンコツを入れて大統領の跡に続けて保護区へと入って行った。

 

「しげしげし~げ♪もっりしっげる~♪」

「あぁー♪ケイスケの夢が崩れるー♪」

 

 緑に生い茂る森の中を突き進んで数十分が経過、退屈だったのかタクトとカズキは突然歌いだした。テキサスで襲撃してきたスピッター達の様にジキル博士の刺客が潜んでいないか、またCIAやFBI等の追跡が来ていないか警戒して進んでいたカツェの集中が途切れてしまった。

 

「お前ら、もうちょっと緊張感とかを持てよ…」

「俺達がいつもそんなの持つと思うか?」

 

 既に彼らの歌に慣れているケイスケは平然としており、ナオトに至っては我関せずのままで進んでいた。彼らに緊張感を持たせることは不可能だとカツェは項垂れる。お構いなしに歌い続ける二人にヤンはノリノリであった。

 

「あはは!ほんっと退屈しないわ。どう?いつか私達のチームと組んでみる?」

 

「いいとも!追うもの拒まず!」

「追うものだと拒めねえだろ」

 

 ケイスケがタクトに細かいツッコミを入れる。そんなやり取りにヤンはクスクスと笑い、「そういえば…」と呟いた。

 

「たっくん達はその大統領の親友とやらに心当たりはない?」

「いや?全くナッシング。なんで?」

「ちょっと気になって…オクラホマ州に入ってから大統領の様子が何だか変に思えるの」

 

 ヤンが気にしている通り、マイケルの表情は何か心配、或いは不安そうな様子が見えた。心なしかその友人に会うべきかどうかと悩んでいるのだろうかと思える。そんな疑問にカズキは笑いながら答えた。

 

「あれじゃね?貸しっぱなしのゲームを持ってくるのを忘れたとか」

「それはお前だけだ」

「もしかして‥‥友達のレアカードをこっそり盗んで持ち帰ったことがバレてないか気にしてるんだよ!」

「だからそれはお前だけだ」

「友達のサッカーボールをry」

 

「子供か!?」

 

 後ろで五月蠅く騒いでいるタクト達にしびれを切らしたカツェが怒鳴りながらツッコミを入れた。ギャーギャーと騒ぎ出す後ろにフランクは肩を竦めてため息をついた。

 

「賑やかすぎる連中だな…よくここまで追跡を撒けたもんだ」

 

 運がいいのか、悪運が強いのか、またはたゴリ押しで通り抜けていったのか、賑やかすぎるカズキ達に苦笑いする。

 喧しく進みながら、奥へ奥へとどんどんと進んで行った。日が高くなるほどの時間を費やして進んでいくと、ようやく大統領の歩みが止まる。

 

「見えたぞ‥‥あれだ」

 

 マイケルはゆっくりと指をさした。指をさしたその先には、古めかしい小さなログハウスが見えた。あまりにも古く、人が住んでいるのかどうか怪しく見える。

 

「おおーっ‼あんな所に一軒家がある。さっそくお邪魔しようぜ!」

 

 やっと到着できたことにタクトは喜びの声をあげて我先にとログハウスへと駆けだした。すると、ずっと眠たそうにしていたナオトが何かに気付いたのか目を見開いた。

 

「たっくん!ストップ‼」

 

 ナオトが急いで駆けてタクトを引っ張って止めた。いきなり引っ張られてバランスを崩すが、それと同時に思い金属同士が強くぶつかる音が響いた。何事かと足下付近を見ると、生い茂る雑草の中に閉じた状態のトラバサミがあった。このまま突き進んでいたらトラバサミに足を取られていただろう。

 

「あ、あっぶねー…サンキューブラザー!」

「ここだけじゃない。他にも色んな所にトラバサミが仕掛けられてる」

 

 ナオトは注意深く辺りを見回す。どうやらログハウスの周りにあちこち仕掛けられているようだ。自然地区の為クマかコヨーテなどの猛獣避けかと思ったが、まるでログハウスに一人たりとも入らせないかのように見える。

 

「その親友とやらは随分と来客を拒んでいるようだな…」

「‥‥」

 

 フランクは少し皮肉を込めて大統領を見るがマイケルは無言のまま頷いただけであった。ましてや本当にこのログハウスの中にいるのだろうかとフランクは思えてきた。

 

「‥‥お前達、何者だ?」

 

 ふと、茂みの中から男性の低い声が響いた。声色からかなり警戒をしているようだ。カズキ達は一斉に声のする方に視線を向けた。バキバキと小枝を踏む音を響かせながら茂みの中から白いタンクトップを着た、逞しい体格の茶髪で髭がモジャモジャの男性が出てきた。その男性の目つきは獣のように鋭く、相手を目で射殺す勢いで睨み付けていた。猛獣よりも恐ろしい視線で睨みつけているのでリサが思わず慌ててケイスケの後ろに隠れてしまった。男はカズキ達が銃を持っている事を見るとさらに殺気立てて睨み付けてきた。

 

「随分と大人数だな。猛獣狩りか?それとも‥‥俺を殺しに来たのか?」

 

 さらに殺気を強く放ちながら睨み付けてくる。あまりの殺気の強さにカツェは緊張しつつ唾を飲む。ここまで獣のように殺気立つ男は初めて見る。この男はタダ者じゃないと確信した。

 

「大統領の親友に会いに来ましたっ!」

 

 そんな殺気に恐れを知らないのか、タクトが元気よく手を挙げながら答えた。緊張感のなさにカツェが思わずこけてしまう。しかし男性の方は殺気を消すことなく睨みながら軽く首を傾げた。

 

「大統領‥‥?そんな奴なぞ知らんな」

 

「‥‥私だ」

 

 マイケルが男性の前で変装用のカツラを取る。マイケルの姿に男性は一瞬目を丸くするがすぐに睨みなおした。マイケルはその男性との再会に軽く微笑んだ。

 

「久しぶりだな、ロー‥‥」

「ふん、俺は二度と会いたくなかったのだがな」

 

 男性はマイケルを嫌そうに睨み付けて悪態をつく。マイケルは「やっぱりか…」と寂しそうに呟いて俯くと気を取り直して再び顔をあげた。

 

「今、私は『N』に追われ、一人の若者が無実の罪で囚われている。この事件にアメリカ中が騒がれている」

「‥‥」

「私は殺されそうになったが、日本から来た彼らに助けられた。私達は『N』の計画を阻止し、捕らわれている若者を助ける為にD.Cへと向かっているんだ」

「‥‥だから何が言いたい」

 

 男性は牙をむく獣のように殺気立ちながらマイケルを睨んだまま見つめていた。マイケルはこぶしを握り締め、男性を見つめた。

 

「もう一度、お前の助けが欲しい…力を貸してくれ、ローガン」

 

 

 

「「ろ、ろ、ろ、ローガンンンンっ!?」」

 

 男性の名を聞いたヤンとカツェがギョッと驚愕しながら叫んだ。ローガンとは何ぞやとカズキ達4人組は不思議そうに首を傾げる。

 

「誰?そのローソンって言う人?」

「バッ、おまっ、ローガンっていえば伝説級の戦士だぞ!?」

 

 名前を間違えたカズキにカツェが慌てながら小突く。それでも尚カズキ達は頭にハテナを浮かべながら首を傾げたままだった。そんなカズキ達にヤンが一息入れてから話した。

 

「ローガン…またの名を『ウルヴァリン』。第一次世界大戦、第二次世界大戦、そしてあらゆる戦場でアメリカに勝利を貢献した英雄なの」

「それに過去の戦役に参戦し、眷属の戦況をかき乱した。アフリカの鬼や藍幇の猴とも互角に叩けるとんでもねえ奴だ」

「つまり…スーパーヒーロってわけだな!」

「だからそうだと言ってるじゃねえか」

 

 その伝説級と謳われるローガンが大統領の親友だとは思いもしなかった。もし彼が仲間になってくれるのならばかなり心強い。男の正体がウルヴァリンであることにフランクは驚きと喜びが混じったため息をつきながらカメラを撮る。

 

「こいつはファンタスティックすぎるぜ…それで、ヒーローの答えはどうなんだ?」

 

 フランクはずっと大統領を睨んでいるローガンに尋ねた。ローガンはマイケルをじろりと睨みながらゆっくりと口を開いた。

 

「断る。帰れ」

 

 ローガンは悪態をつきながら踵を返した。まさか断るとは思わず、タクト達は残念そうに「エーッ!」と叫んだ。

 

「何で!もしかしてカズキのクソギャグが嫌いだったからか!」

「ちげえよ!ぜってーたっくんのせいだ!」

 

 取っ組み合いながらギャーギャーと騒ぎ出し、ローガンはため息を深くついて振り向いた。

 

「マイケル…また、俺達を利用するつもりか?」

「‥‥」

 

「利用って、親友がそんな事をする訳がないだろ!」

 

 タクトがプンスカしながら文句を言うと、ローガンはジロリと睨み、じっとカズキ達の顔を見つめた。

 

「何も知らないというのは羨ましいくらいだ‥‥教えてやろう。こいつが何をしたのか」

 

 ローガンはマイケルを睨みながら話を続ける。その視線はかなりの私怨が込められているように見えた。

 

「こいつとは軍人の仲で、戦場で共に駆けて国の為に戦った盟友だった。俺は戦役の代表戦士として戦い、こいつは上層部へと昇進していた時、俺達は戦いの中で『N』という恐ろしい国際テロ組織がいることを知り、連中を捕える為にマイケルは俺達、異能の力を持つ者達に依頼し、戦った‥‥だが、俺達は『N』を舐めていた」

 

「暗躍した『N』は、ベトナム戦争を引き起こした…」

 

 マイケルは視線を下へと向けて俯き、ローガンはマイケルに怒りを込めるように睨み続けた。

 

「多くの人の命が犠牲になっただけじゃない。この事件をきっかけに、マグニートーが反旗を翻し、異能者同士の殺し合いの戦いが始まった。マグニートーが死ぬまで、この戦いが終わるまで、多くの同胞や仲間が、異能者達が犠牲になった。この戦いをお前らは…なかった事した。沢山の血が流れたというのに、お前は見て見ぬふりをした!」

 

 ローガンはマイケルの胸倉をつかみ、怒りを込めて睨み続ける。フランクやヤンは止めようとしたがマイケルは手で止めないでくれと伝えた。

 

「お前は争いを拒み、平和を望んでいるようだが、その足で仲間の死体と流れる血を踏み滲みながら大統領へと上り詰めた…!そんな男に力を貸す義理はねえ!」

「これも自業自得だとは分かっている‥‥あの時の私は無力だったというのは今でも噛みしめている…私の命はどうなってもいい。だが、ジーサードという若者の命を助ける為に力を貸してくれ…」

 

 ローガンはふんと鼻で返すとマイケルを突き放し、悪態をつきながら踵を返した。

 

「失せろ、二度とその面を見せるな‥‥」

 

「ちょっと待った‼」

 

 その時、タクトが大声でローガンを呼び止めた。ローガンは大きくため息をつきながら振り向く。

 

「なんだ‥‥」

「もうちょっと話し合ったら?ちゃんとマイケルが謝ろうとしてるんだから聞く耳持ったほうがいいぞ!」

「ちょ、おまっ、何てこと言ってんだよ!?」

 

 タクトの発言にカツェが慌てて止めようとする。案の定、ローガンはギロリと視線を強くして睨んだ。

 

「お前に何が分かる‥‥」

「何もわからん‼」

 

 率直で答えたタクトにカズキ達はこけそうになった。ローガンの威圧にも全く動じないタクトは話を続けた。

 

「でも、どんな思いでマイケルが会いに行こうかとかの覚悟はよーくわかる‼過去の事を省みて、あんたに怒られる覚悟で会いに来たんだからさ、もう一度、ちゃんと話し合った方がいいじゃないの?」

「‥‥」

 

 ローガンは無言のままマイケルの方へと視線を向ける。無言のままこちらをじっと見つめているマイケルの拳は強く握り締められ、あまりの強さに手から血が少し流れていた。

 

「‥‥赤の他人であるお前がなぜそこまでする?」

「ローソンとマイケルはソウルメイトなんでしょ?大事な友達ならちゃんと仲直りしなきゃ‼」

 

 タクトはニシシとローガンに向けて笑う。単純な答えにローガンは目を丸くした。彼との間にある溝は深い。けれども時間をかけていけばいつか必ず埋まり、手を取り合えることができると、ローガンは目の前にいる何を考えているのか分からない少年がそう言っているように感じた。

 

 

「ごめん、たっくん、言ってる意味がわかんない。どういうことなの?」

「おいい!?カズキ、お前空気よめよ‼」

「どうしてそこででしゃばる?分かんねえなら黙っとけ?」

「雰囲気ぶち壊し…!」

 

 4人組がギャーギャーと騒ぎ出し、先ほどまでの重い空気が一瞬で崩れた。カツェが頭を抱え、ヤンは腹を抱えて爆笑する。ローガンは肩を竦めて大きくため息をついた。何を考えているのか、よく分からない。

 

「‥‥もう一度、か」

 

 ローガンはちらりとマイケルの方に視線を向ける。どうして再び会いに来たのか、ようやくわかった。地位や名声などの考えは一切なく、本当に一人の親友として今一度会いに来たのだろう。その真意を聞くためにローガンはマイケルに尋ねようとした。

 

 

 

 

「ようやくお会いできたな、大統領」

 

 

 ふと、大人びた少女の声が聞こえたと思うと、一気に周りの空気がズシリと重くのしかかるほどの威圧がビリビリと伝わりだした。それはローガンだけでなく、マイケルもヤンもフランクもカツェも伝わったようで声のする方にゆっくりと視線を向けた。

 振り向いた先には古めかしい大きめの軍服を着た、水色のツインテールをした海よりも深い青い瞳の少女がいた。いつからそこへ来たのか、気配すら全く察することができなかった。それよりもその少女からはかなりの威圧を感じられた。そしてその少女の隣には白衣を着た、眼鏡をかけたぼさぼさの茶髪の男性がいた。

 

「おっ?大統領と一緒にいますは、かの英雄、ウルヴァリン殿ではあーりませんか!ネモ、これはラッキーだね!」

「…ジキル博士、お前は少し黙っていろ」

 

 ネモと呼ばれた少女は頭を撫でようとするジキル博士の手を払いのけてゆっくりとマイケルの方へと視線を向けた。発言と態度からしてこの少女はかなりの実力者であることが伺える。

 

「初めまして…いや、久しぶりと言うべきかな?」

「‥‥そうか、君は『N』の…!」

 

 ネモはゆっくりと頷きこちらにと手招きをした。

 

「長旅、ご苦労様であったな。大統領よ、そろそろこちらに来てもらおうか…」

 

 ネモは静かにこちらを見つめている。彼女から放たれる威圧に大統領は耐えながら息を呑む。もしもの時にいつでも臨戦態勢を取れるようにしていたヤンとカツェは動けないでいた。ネモが一体何をしてくるか、手の内が読めないどころか、いつ動いても一瞬で殺されてしまうと感じさせるほどの殺気が静かに放たれていたのが伝わっていた。

 

「誰だアンタ?なんかアリアの2Pカラーみたいだな!」

「あっ!あの時のなんか変な博士がいるぞ!」

 

 そんな空気さえも殴り飛ばすかの勢いでカズキ達が興味津々にネモ達を指さしていた。ジキル博士は「ヤッホー♪」と笑顔で手を振るが、ネモは静かにカズキ達に顔を向けた。

 

Nemo(ネモ)——『誰でもない』」

 

 ネモは静かに名乗ったが、カズキ達は静寂を破り勢いで話し出した。

 

「え?ネギ?」

「馬鹿かお前、ちょっと痛い名乗りだけどちゃんと聞けよ。確か‥‥ハモだっけ?」

「ファインディング・ドリー」

「ごめん、誰だっけ?東方不敗マスターアジア?」

 

「‥‥‥」

 

 ピクリとネモの眉毛が何度も動き、ジキル博士は腹を抱えて爆笑していた。恐らく、こんな緊縛した空気も、恐ろしい実力を持つ相手にも気にしないでふざける連中は過去にもこの先にも彼らだけなのだろうとカツェは確信した。




緋弾のアリアでは火野ライカのお父さん、火野バット…たぶんDCのバットマン(?)が出てたので、こちらではマーベルから、ウルヴァリンさんのご登場です。

 ローガンことウルヴァリンを演じていたヒュー・ジャックマンさんがウルヴァリン役を卒業‥‥ちょっと背の高いウルヴァリンで違和感がなくてよかったのに…もし、今後のX-Menでウルヴァリンが登場したら誰が演じるのかな…


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97話

 いよいよ緋弾のアリア26巻が発売のようですね…買いに行かなきゃ(使命感
 しかも表紙は中空知ちゃんのようです。実に豊満であった(オイ


「‥‥思っていた以上に自由な連中だな」

 

 ネモはため息をついた後、真面目に人の話を聞いていない4人組に軽くふっと笑った。

 

「イギリスの件は驚いたぞ…まさかお前達の様がマキリを退け、生きているとは思いもしなかった」

 

 カズキ達は全く気にはしていないが、ネモという少女から大人の知性を感じさせ、神秘的かつ底を知れないほどの恐ろしい威圧をカツェ達は感じていた。ネモは小さな笑み浮かべる。

 

「それだけではない。イタリアでは【究極魔法・グランドクロス】を、イギリスでは【極限宝貝・エクリプス】を奪い返した‥‥悉く戦況を覆していったことは賞賛しよう」

 

「あれ?なんか俺達褒められてね?」

「ホントだ!あいついい奴じゃん!もっと俺を褒めたたえろ?」

 

 褒められていると思って照れているカズキとタクトを無視してネモは話を続けた。

 

「‥‥それ故に我々はお前達を警戒しなければならない。正直に言えば我々は困惑している。何故遠山キンジではなくお前達なのか、何故お前達が止めることができたのか」

「ボクはなんとなーくわかる気がするんだよねー!だってこいつらネモよりも単純だもん」

「…ジキル博士、少し黙っててくれないか?」

 

 出しゃばろうとしたジキル博士にネモは横目で視線を向ける。声色は落ち着いているが、気には障っているようだ。ジキル博士はテヘペロしながら数歩後ろに下がった。ネモという少女がカズキ達を敵視していることが分かるとカツェがカズキの前に立ち睨み付けた。

 

「てめえ…カズキ達を始末しに来たのか?」

 

「いいや、私は()()()()()()()()()。ただ会ってみたいと思ったからこそ、会いに来ただけだ」

 

 ネモは笑みを崩さずにカズキ達を見つめる。彼女が何を企んでいるのか、本当の目的は何なのか、手の内すらも分からない。下手に動けば自分達がやられる、カツェは手を出せないでいた。

 

「じゃあ、目的は何だ?」

「そう殺気立つな。目的は単純だ‥‥国を変える。この国に根付いた腐った思想、象徴を根絶やし、国を造り直す。そして今一度、大戦を起こさせてもらう、ただそれだけだ」

「…はっ、第三次世界大戦でも起こすつもりかよ」

 

 カツェが皮肉を込めて言ってみたが、ネモはその通りだと微笑みを浮かべて頷いた。

 

「理解が早くて助かる。今この世に在る廃る文明を崩壊させ、文明を過去へと戻す。戦争を引き起こさせ、世界の協調、融和を壊す。この国の、この世界のあるべき姿へと戻すためだ」

 

 ネモの言っている事、やろうとしている事は本気だと嫌になるほど感じられた。彼女ら、『N』は本気で世界中に戦争を引き起こさせるつもりだ。カツェ達に威圧を放っているネモはじっとマイケルの方へと視線を変えた。

 

「‥‥その為にも、まずは大統領殿、貴方の偽善的な考えは我々の思想の妨げになる。願わくば、その身を引いていただきたい」

 

 身を引けと言っているが、本当は大統領をここで始末するつもりに違いない。ネモの鋭い視線が大統領へと突き刺さる。マイケルは嫌な汗を流しながら首を横に振った。

 

「…悪いが君の、君達のやろうとしている事は見過ごすわけにはいかない。これ以上、犠牲を出させるつもりもない」

「犠牲?大統領殿、貴方は面白い事を言う。全てを成しえる為には犠牲はつきものだ。国を造るのも、貴方がその地位へ上り詰めたのも、犠牲があってこそだ。だから、お前の思想は偽善であり、矛盾しているのだ」

 

 ネモは海底よりも深い青い瞳でマイケルをじっと見つめ冷たく言い放った。彼女から静かに、重い殺気が放たれる。そこにいる誰しもがビリビリと伝わり、重くのしかかった。

 

「‥‥つまり、どういうことだってばよ」

「あれじゃね?車が…えー…車が空から落ちて来て、お前の人生をダメにするんだぞってことじゃね?」

「言ってる意味が分かんねえよ」

「ねむい」

 

 ただし、ネモの言ってる事がよく理解できていなかった4人組にはネモの威圧も殺気もどうってことはなかったようだ。先ほどまで伸し掛かっていた重い空気が一転し、変な空気へと変わっていく。ネモは拍子抜けかのように肩を竦めて呆れるようにため息をつき、カズキ達へと視線を向ける。

 

「‥‥これまで幾つもの歴史の分岐点があったが、お前達は異質だ。特異点とでも言うべきだろうか」

 

「特異点には得意ってかーっ!」

「カズキ、それ面白いな」

 

 カズキが出鼻を挫かせるかのように寒いギャグを言い放ち、更に変な空気を漂わせる。今はそれどころじゃないだろと、カツェがわなわなしながら心の中でツッコミを入れるが、真面目に話そうとしているネモの話を真面目に聞かない彼等にとってこの話は退屈なのだ。

 

「‥‥異質の者達よ率直に聞こう。菊池タクト、江尾ナオト、天露ケイスケ、吹雪カズキ、我らと同志となり、『ノーチラス』の一員となる気はないか?」

 

 「そして…」とネモはずっと睨み続けていたローガンの方へと視線を変えた。軽い笑みを浮かべながら手を差し伸べた。

 

「ウルヴァリン…過去の英雄よ。この時代にお前が在るべき場所はない。我々と共に在るべき場所を取り戻さないか?」

 

 ネモの勧誘にローガンは睨みを崩さず無言のまま動かなかった。ローガンを本気で誘っているのは分かるが、カズキ達を迎い入れようとしているのは本音ではない、このまま連れ込んで始末するつもりだとカツェ達には分かっていた。

 カズキ達がどう答えるか、絶対に断るに違いないとカツェはカズキ達を見つめるが、肝心のカズキ達は変に悩んだように考え込んでいた。

 

「…それって時給いくら?」

「‥‥‥‥は?」

 

 カズキの突拍子もない質問にネモが眉をひそめた。何を言い出すんだとカツェはずっこけそうになった。

 

「いや、だからさ、勧誘してるんならさ、こうメリットとデメリットを言うべきだぜ?こうもうまくプレゼンできねえ組織はやめとくぜ!」

「宗教勧誘みたいなもんだろ?頭が変な事になりそうだから断る」

「チラシなんかシラスなんか分からんしやめとく」

「母ちゃんが言ってた、『うまい話にはまずい事しかない』って。シラスは好きなんだけどノーシラスならお断りだぜ!」

 

 言っている意味が分からない。ただ一応ながらネモの勧誘は蹴ったということは何となくわかった。彼らの発言にネモはただ静かに微動だにしなかったが、ジキル博士はニヤニヤしながらネモの肩をポンポンと叩いた。

 

「だらか言ったでしょ?こいつらに何を言っても無駄だって」

「‥‥そんな気はしていたがな」

 

 ネモは呆れるようにため息をついてジキル博士の手を払いのける。彼らのおふざけに付き合いきれないのか少々、機嫌が悪いようだ。

 

「さて、英雄殿。貴方の答えはどうなのだ?」

 

 ネモの問いにローガンは何も答えなかったが、後ろにいるマイケルの方へちらりと視線を向けた。

 

「おい…お前は過去を振り返るつもりはあるか?」

 

「…過去にはもう戻れない。だから私は進むしかない。だが、過去の事を忘れはしない」

 

 マイケルは真剣な眼差しでローガンを見つめて答えた。その答えに、ローガンは軽く息を吐いてネモに向けて鼻で笑った。

 

「悪いが俺も戻るつもりは無い。寧ろ、お前の思想は危険すぎる」

 

 ローガンは両手の甲から銀色の爪を出した。獣のように鋭く睨んでくるローガンにネモは笑みは崩さずやれやれと肩を竦めた。

 

「獣の牙は朽ちていない、か…残念だ。お前なら我々の考えに同順してくれると思っていたよ」

 

 交渉が決裂した。問題は此処からである。間違いなくここからネモと戦闘になる事は避けられない。人数ではこちらが勝っている。しかし、ネモから数なぞどうってこともない雰囲気が漂っており、彼女の実力も底を知れない。カツェ達は警戒しながらネモを見つめていた。

 

「やっぱりダメだったね、ネモ。これからどうするんだい?」

 

 カズキ達と同じように重い空気を全く気にはしていないジキル博士がケラケラとネモに尋ねた。ネモは大きくため息をついて顔を上げた。その瞬間に、先ほどとは比べ物にならない威圧と殺気が伝わった。

 

()()()()()()。特異点はここで取り除かなければならないかもな」

 

 間違いない。ネモはここでカズキ達を始末するつもりだ。ネモはジキル博士と同じような邪悪な笑みを浮かべ、両腕を前へ突き出し、広げた両手で菱形の印を作った。

 

「お前達が遠山キンジと同じように可能にする力を持つならば、私はその対、不可能にさせる」

 

 すると、ネモの左眼が碧く光りだした。その光は増して碧く、碧く大きくなっていく。それが一体何なのか、カズキ達はキョトンとしていたが、カツェには見覚えがあった。かつてドイツで、イタリアで鵺がやっていた左眼から放つ緋色の閃光と似ていた。つまり、ネモの碧い光が何を意味をするのか、すぐに理解できた。

 

「お前ら、すぐにそこから離れろ‼」

 

 カツェの咄嗟の叫びにカズキ達はビクリと反応してすぐに動いた。カズキ達は動いた数秒後、ネモの左眼から青いレーザービームが放たれた。カズキ達はギリギリのところを躱せたが、彼らが数秒前位にいた場所に青い閃光が走る。

 

「おいおいマジかよ…!?」

「やべえぞ!?あいつ、言うなれば古に伝わりし、真の英雄は目で殺す!最近邪眼がヤバイ、毒々しおりちゃんアゲアゲパーリーバージョンだ!?」

 

 ネモがレーザーを撃ってきたことにケイスケは絶句し、タクトは目を輝かせた。ネモは攻めてを緩めずに照準をカズキ達に向け、再び碧い閃光を放とうとした。

 

「やらせるかよっ‼」

 

 カツェが懐から水の入った小瓶の蓋を開け、水の弾幕をネモに向けて飛ばした。ネモの左眼の青い光は消えたが、ネモに向かって飛んだ水の弾幕はネモの目の前で見えない壁にぶつかるかのように弾けて消えた。ネモは不敵な笑みを見せてゆっくりとこちらへ近づいてきた。

 ゆっくりと向かってくるネモにローガンが勢いよく駆け、アダマンチウムの爪を振りかざした。ネモの顔にかけ、目、口、そして体にアダマンチウムの爪が通った。

 

「‥‥っ!?」

 

 しかし、ローガンは驚愕した。確かにネモを爪で切り裂いたはずなのに、ネモは倒れることなく立っていた。顔が割れることなく、血も一滴すら流すことなく、まるで立体映像に攻撃したかのように無傷だった。ネモは不敵な笑みを崩さずローガンを見つめる。

 

「ご自慢の爪で私を倒せることが可能と思っていたか?」

 

 ローガンは舌打ちをして後ろへと下がった。相手がどんな能力を使っているのか、正体すらも分からない。無暗に攻撃すればまずい。 

 

「どうする!ここで親玉を叩くか?」

 

 ずっとカメラを持っていたフランクが嫌な汗を流しながらジョーク混じりで尋ねてきた。そんなフランクにヤンが苦笑いで首を横に振る。

 

「やりたいけど‥‥逆に返り討ちにされそう」

「本来の目的の大統領の親友に会えたんだ。ここで組織のリーダーと戦うのはヤバイな…」

 

 本当ならば戦って諸悪の根源を潰しておきたい。だが、あまりにも実力が違いすぎる。下手したらここで全滅され兼ねない。カツェは水を口に多く含み、勢いよく霧を吐いた。大きな加湿器が爆発したかのような量の霧がネモの前を遮るように漂いだす。

 

「ここから逃げるぞ‼後ろを振りかえらずに走れ‼」

 

「え?なんで?みんなで戦えば楽勝じゃね?」

「たっくん、レベル3でダークドレアムに挑むもんだぞ‼」

「なるほど!所謂負けイベってヤツか‼」

「それどころじゃねえよ!?今回はちょっとヤバすぎだろ!?」

 

 タクトはキョトンとしていたが、ケイスケの例えで理解した。ネモの実力が底を知れない程にヤバイという事をやっと理解し、4人組も急いでその場を離れようと駆け出した。

 

「‥‥特異点をみすみす逃がすと思うか?」

 

 ネモは逃げ出していくカズキ達に向けて静かに、冷徹に言い放った。すると、カズキ達の足下からキラキラと碧い光が蛍の群れの様に舞い上がった。光量は次第に増していくと、ふと水に濡れた様な冷たい湿った感触が体に伝わり始めた。そして、水中にいるように無重力な空間が広がり出し、全身が浮遊するような感覚と共に水圧で見動きづらい感覚が感じ始めた。

 

「‥‥っ!?」

 

 カズキ達は声も出ない事に、息ができない事に気付いた。どういう訳か自分達は空気中と水中の狭間にいる。ネモが何かの力を使って自分達のいる空間だけ水中に変えたのだろうか、どういった手なのか分からない。ただ分かるとすればここで始末するつもりだということ。

 

「——っ!?」

 

 更に浮力が増すと、タクトがふわりと浮き出してパニックを起こしたようにジタバタしだした。浮遊しだすタクトをカズキ、ケイスケ、ナオトがタクトの体を掴んで引き戻す。

 

 水の濡れた感覚と圧してくる水圧の感覚が強くなりだした時、4人は本気でヤバイという事を悟った。息もできない、声の出ない空間に閉じ込められ、この状態が続けば窒息死してしまう。

 

 死という恐怖と感覚が4人に伸し掛かると、握る手が強くなった。4人の頭の中では誰もが同じことを考えた。

 

 

 

((((こんな所で、死んでたまるかっっっ‼‼))))

 

 

 

 突然体に力が入ったかと思った瞬間、カズキ達を取り囲んでいた空気と水中だった空間が割れた水風船のように弾けた。浮力が消え、重力を感じられ、息ができ、声が出せる。

 

「ぶはっ!?うおっ‼声が出せる‼」

「やったーっ!よく分からんけど助かった!」

「はあっ…お、溺れ死ぬかと思った…!」

「何が起きた‥‥?」

 

 

「っ‼」

 

 カズキ達は喜びあい、カツェ達は今のは何だったのかと驚愕していたが、ネモは大きく目を見開いて驚いていた。どういう訳かネモは驚いて動けないでいる。窮地を脱することができるチャンスだとローガンはすぐさま大声を出した。

 

「兎に角走れ‼」

 

 ローガンの怒号を合図に、カズキ達は只管走りだした。後ろを振り返らず、ネモが次に何をしてくるか気にもせず、この場から離れるように駆けだしていった。 

 ネモはカズキ達を追いかけることはせず、ずっと立ったままだった。微動だにしていないネモにジキル博士は惜しむかのように、ネモに声をかけた。

 

「あーあ、まさかネモのご自慢の瞬間移動の攻撃を抜けだすなんて‥‥ドンマイ★」

「‥‥あれは何だったのだ…」

 

 ネモはジキル博士を完全に無視して鋭い目で先を睨んでいた。この能力をまさか意味の分からない連中に破れるとは思いもしなかった。ただ分かるとすればあの4人組が何らかの力を使って脱出…無力化させたという事。ネモは暫く考え込んでいたが、すぐに飽きたかのように踵を返した。

 

「‥‥やはり思った以上の特異点だったか。ジキル博士、奴らを逃がすな」

「そんな無茶をいってもなー…まあ、一般兵は配備してるからある程度はやっておくねー」

 

 この場から去ろうとするネモにブーブーと文句を言いながらジキル博士はネモの後に続いていった。

 

「それで、どうするんだい?このまま行くと、あいつらやらかすよ?」

「構わん…アメリカで奴らが勝っても、どう転んでも我々が有利だという事には変わらない…が、手は先に打っておく」

 

___

 

「うおおおおっ!?やっべええええっ!?」

 

 タクトの甲高い絶叫が響き渡る。ネモから逃げきることはできたものの、今度は森の中から銃をひっさげた黒スーツの男達が現れて、カズキ達に向けて撃ってきたのだった。完全に殺す気でいる事からFBIやCIAではなく、ネモとジキル博士の手の者だろう。飛んでくる銃弾から逃れるために木陰に隠れる。カズキ達はひょっこりと顔を覗かせて様子を伺った。

 

「Yehaaaaaっ‼」

「おらああああっ‼」

「ふんっ‼」

 

 ヤンはガントレットで殴りながら、フランクは相手をジャイアントスイングしながら、ローガンは銃弾をくらっても全く効かないかのように動き、倒していっていた。

 

「やべー…これがアメリカンスタイルってやつか!」

「違うからな!?ちょっと違うからな!?」

「よーし‼俺達も当たって砕けろーっ‼」

 

 カズキが勘違いしそうなのでカツェがすかさずツッコミを入れる。負けられないと対抗心が付いたのかカズキとタクトも気合いの声をあげて前衛へと駆けだしていった。省みないスタイルにカツェがヤッケになった。

 

「ああもう‼なんですぐに突撃するんだよ!?」

「止めるに止められないもんな」

 

 ケイスケは冷静にツッコミを入れてカズキとタクト、ヤン達を援護していく。しかし、思った以上に数が多い。ただ大統領の親友に会いに行くという事だったので補充分の弾を用意し忘れてしまった。ヤンやローガンが前衛として戦っているが、ここで立ち往生しているとネモに追いつかれかねない。ケイスケは内心焦りながら、自分も突撃しようかと考えていた。ふと、ケイスケはナオトが明後日の方向を見つめていたことに気付いた。

 

「おいナオト、寝てるんじゃねえよな?」

「‥‥いや、視線を感じた」

 

 その時、タクトに向けて撃とうとしていた黒スーツの男が何かに撃たれた様に突然倒れた。それを始めに次々と他の黒スーツの男達も倒れていく。何処からか誰かが狙撃をしてきたとケイスケ達は辺りを警戒しだす。

 

「ふぅ、やっと見つけましたよー…!」

 

 何処からか聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。カズキ達はもしかして、と警戒を緩めて辺りを見回した。ガサゴソと茂みを搔き分ける様に転がり出てきたのは遠山キンジとジーサードの妹こと遠山かなめだった。かなめはカズキ達に元気いっぱいな笑顔で元気よく手を振った。

 

「タクト先輩、カズキ先輩、ケイスケ先輩、ナオト先輩‼お久しぶりです‼」

 

「かなめちゃーん‼」

「かなめちゃん、スポーン‼」

 

 カズキとタクトが返す様に大喜びで返事をし、ケイスケは安堵の笑みをこぼし、ナオトは無言でピースをした。緊張感がない奴がまた増えたとローガンはため息をついた。

 

「さっきの狙撃はかなめの仲間か?」

「レキ先輩の狙撃ですよ。他にも私達の仲間も来てます!」

 

 ケイスケの質問にかなめは元気よく答えた。まさかレキもアメリカに来ているとは思っていなかったが、心強い。

 

「タクト先輩達がアメリカに来ているって聞いて、もしかしたら先輩達も騒動に巻き込まれてるのではないかと思って探したんですよ?ところで、何でこのところに?」

 

「うーん…大統領の親友に会いに?」

 

 タクトがマイケルとローガンの方に指をさした。かなめは指をさした先を見つめると目を丸くして驚愕した。

 

「えええええっ!?ちょ、だ、大統領!?そ、そっちの方は、あ、あの『ウルヴァリン』!?た、タクト先輩、今度は何をやらかしたんですか!?」

 

 




 なかなか敵キャラの大物感を出すというのは難しいですね…緋弾のネモの能力はなんだかややこしそうなのでこちらのネモはシンプルかマイルドにしようかと思います。

 ようやくかなめちゃん達と合流。どんどん仲間が増えるよ‼(白目


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98話

 緋弾のアリア26巻‥‥キンちゃん、どこかの半沢〇樹かな?スーツ姿は様になっててカッコイイです。
 中空知さん、バイーンで、しかも意外とお強いという…ヒロインどんどん増えるね!(血涙)
 見た目幼女から大人のお姉さんまで、キンちゃんの広さには驚きです(オイ


そ、そんなことがあったんですね‥‥」

 

 かなめは半ば呆れながら、半ば驚愕しながらドヤ顔をしているカズキとタクトを見ながら頷いた。彼らの事だからこのアメリカの土地に来たら色んな事をやらかすに違いにないと思っていたがまさにその通りであった。

 

「でも、タクト先輩達のおかげで大統領がご無事でよかったです」

 

 彼らの活躍によって大統領が無事であることに安堵し、大統領に一礼した。そんなかなめに大統領であるマイケルは申し訳ない表情で見つめる。

 

「ジーフォース…すまない。私がしっかりしておけばジーサードに無実の罪を着せられることがなかったのに…」

「だ、大統領、頭をあげてください。こればかりは誰も予想だにしなかった事態ですし、仕方ありませんよ」

 

 深く頭を下げた大統領にかなめは慌てながら宥める。かなめは大統領の顔をあげさせ、カズキ達の方を指さした。

 

「それに…多少頼りなさそうですけど、彼らがいればここから逆転ができますよ!」

 

「いやー、俺らってば褒められると照れちまうなー!」

「どちらかというと褒めているのか褒めてねえのかわかんねえけどな」

 

 カズキとタクトは褒めているのか褒めていないのか全く気にしないで照れていたがケイスケは苦笑いをしていた。

 

「まあ、ジーフォースと合流できたのは有難い事だ。ジーサードの部下、所謂ジーサードリーグの連中もいるんだろ?」

 

 カツェは安堵の笑みを見せつつかなめに尋ねた。ジーサードリーグ、かつてはロスアラモス機関から脱走したジーサード及びジーフォースを始末する為に送られた刺客をジーサードが倒して逆に仲間に引き入れてできたチームである。CAGことデルタフォースや陸軍特殊部隊や海軍特殊部隊等々、腕の立つ者ばかりがいると聞く。かなめは笑顔で頷いて答えた。

 

「そうだね、今はサードの指示でタクト先輩達と合流できるまで待機中だったの。これから一先ず今の待機している隠れ家まで案内するね。それに‥‥」

 

 かなめはヤンとフランク、そしてローガンを一瞥し、タクトの方へ驚きを含んだ笑顔で見つめた。

 

「サードの親友に世界最強のジャーナリスト、そして『ウルヴァリン』…どうやって引き入れたのか分からないけどタクト先輩の行動には驚きですよ」

「どうだ!すげーだろ!もっと俺を褒めたたえろ?」

「ええ、スゴイです‼…お兄ちゃんの次にスゴイですよ、タクト先輩‼」

 

 キンジの二の次である事を理解していないタクトは天狗になったようにドヤっと胸を張り続けた。いつまで胸を張っているんだとすぐさまケイスケに小突かれてのたうち回る。

 

「ここに長居してもなんですし、私達の隠れ家へ案内しますよ!」

 

 かなめは早速と言わんばかりに先導して進んでいった。確かにここに長居してはまたジキル博士やネモの『N』の追手だけでなくFBIやCAIの追跡が来てしまう。そうなる前にこの場からいち早く離れるべきであり、事態を整え次の行動へと移らなくてはならない。カズキ達はかなめについて行き一先ず彼女達の隠れ家へと向かった。

 

__

 

 キャンピングカーは無事だったので、キャンピングカーで移動すること数時間、かなめの案内で到着した場所は枯れかけの雑草ばかりが生えている何もない平原だった。辺りを見回しても隠れ家らしき場所は一向に見当たらない。

 

「あれ?何もないぞ?かなめちゃん、ここであってるの?」

「もしかして…基地が移動したってか!基地なだけにキチガイだぜ‼」

「んなわけあるか」

 

 とりあえずカズキのクソギャグはケイスケにしばかれたのでかなめはスルーし、スマートフォンを取り出すと何やら何処かへと電話をしだした。仲間へ連絡しているのだろうと見ていると、何も無かった平原の地面から突如入り口が大きな音を立てながら現れた。

 

「ようこそ、サードの秘密基地へ!」

「「「うおおおおおおっ‼すっげえええええ!」」」

 

「地下基地…!ジーサードの奴、こんなものまで隠してたのか!」

 

 カズキとタクト、そしてナオトまでもが目を輝かせ喜びの声をあげ、フランクは驚きつつも何度もカメラで写真を撮っていた。かなめはエッヘンと胸を張りホテルマンのように部屋へと案内するような仕草をした。

 

「それではタクト先輩御一行、ごあんな~い!」

 

 キャンピングカーで颯爽と地下基地の中へと入っていく。中はかなり広く、駐車場のような場所にはスポーツカーや装甲改造されたリムジンやワゴン、M3ブラッドレー騎兵戦闘車やM1127ストライカーRVといった戦闘車や装甲車があった。展示されている車の多さにローガンは感心しつつ半ば苦笑いして見回す。

 

「随分と集めたもんだな…」

「まあね、全部サードのコレクションなの。他にも銃器とかたっくさんあるよ!」

 

 奥には木箱が積まれており、かなめが言うには中には銃弾等が入っている物もあるようだ。しかし彼女が説明していてもカズキ達4人組は話は聞いておらず地下基地の広さに興味津々のようだ。

 

「——というわけで、中は迷路みたいになってて下手に進むと迷うから気をつけてくださいね?」

 

「すげえよたっくん!地下大迷宮だこれ‼俺らの家もこんな感じに大改造しようぜ!」

「こいつぁ、お宝の匂いがプンプンする‼早速冒険しなきゃな!俺に続け!」

「このスポーツカー欲しいなー‥‥一台貰っても構わねえよな?」

「トイレとかあるの?」

 

「うん、絶対に先輩達は人の話を聞かないと思ってました」

 

 聞く気が全くない4人組にかなめは呆れながら肩を竦める。そんな時、カズキ達の下に大型の電動カートがライトを照らしながらやってきた。運転席には執事の服装をした初老の白人男性が乗っていた。男性は運転席から降りるとかなめに一礼する。かなめは男性ににっこりとしながら手を振った。

 

「ただいま、アンガス。タクト先輩達と大統領を連れてきたよー」

「おかえりなさいませ。レキ様はお先にお戻りになられております」

「OK、じゃあみんなをオペレーションルームへと案内してあげて」

 

 アンガスと呼ばれた男性は「かしこまりました」と言うと運転席へと戻り、かなめはすぐさま後部座席へと乗り込むとカズキ達に乗るように手招きした。 

 カズキ達も乗り込み、電動カートは動き出す。通路には射撃練習場や武器庫、銃の製造場やなにかメカメカしいラボの様な場所もあったりと地下基地はかなり広く、電動カートと仲間の案内がなければ間違いなく迷路の如く迷ってしまいそうだ。フランクは写真を納めつつ、運転しているアンガスに尋ねた。

 

「この基地はいつからあったんだ?」

 

「この基地は私共がサード様の配下になる前からございました。サード様はここエリアだけでなく、各州に同じような地下基地をお持ちですよ」

 

 他にも同じような基地があるのかとフランクは驚きと呆れのため息をついた。アンガスが他にも地下基地の説明をしているが、カズキ達は観光名所を回っているかのようにあれやこれやと騒いでいた。

 

「なあ、これマリオカートできるんじゃね?」

「決めた!俺、ここに住む‼ちょー楽しそうだし‼」

「たっくん、ここに住んだらリサの御飯が食べれなくなるけどいいのか?」

「というかトイレってあるの?」

 

「‥‥サード様が仰っていた通り、愉快でご自由な方々ですな」

「イヤイヤイヤ、自由を通り越してハチャメチャな連中だから」

「でも退屈しないし、楽しいわよ?」

 

 微笑むアンガスに彼らの行動力を知っているカツェは遠い目をし、ヤンは楽しそうにニシシと笑った。そうこうしているうちにこの基地の中心部に到着したらしく、地下基地の殺風景だった空間が一変、どこかの海外ドラマのセットのような大理石の床や高級そうな絨毯やソファーなどがある豪勢で生活感のある場所であった。

 

 そこにはスーツを着て全身に包帯を巻いたような恰好をした黒人男性、軍服を着た逞しい体格の白人男性、赤と青の左右色の違う瞳をした銀髪の少女、狐耳と狐の尻尾を生やした少女、小柄でビル・ゲイツを子供にしたような感じのキノコ頭の小柄な少年、その少年の傍にいる無表情の少女、そしてドラグノフを抱えてソファーに座っているレキがいた。

 

「おっ‼レキレキじゃん!おひさーっ‼」

「はっはー!さてはレキも迷子になっちまった系か!」

 

 久々に出会っておちょくるタクトとカズキにレキはチラリと見るがすぐさま興味がないかのように視線を逸らした。かなめは電動カートから降りると先程と同じようにレキ達に笑顔で手を振った。

 

「たっだいまー!タクト先輩達を連れてきたよー!」

 

「おかえり、あの4人組がサード様が言ってた例の4人組ね?色んな意味でインパクトありそうだわ」

 

 包帯を巻いた黒人男性はおかま口調でくねくねしながらカズキ達を笑顔で迎え入れた。おかまだったのかとケイスケはぎょっと驚いていると、黒人男性はウィンクした。

 

「私は元米海軍特殊部隊、コリンズよ、よろしくね?」

「ラ、ライストゥミーツー…」

 

 コリンズは自己紹介すると手を差し伸べてきたのでカズキがおぼつかない英語で返して握手をした。すると今度は軍服姿の白人男性が豪快に笑いながら歩み寄って来た。

 

「君達が空母に輸送機で豪快に突っ込んだというハチャメチャした4人組だね?なかなか豪快じゃないか!私は元陸軍特殊部隊、アトラスだ。よろしく‼」

 

 ケイスケの手を握るとぶんぶんと上下に振った。豪快過ぎてケイスケは振り回されそうになった。そのままかなめがチームの紹介をして行く。

 

「それから狐耳をしているのが妖狐のツクモで、あっちが超能力者のロカだよー」

 

 ツクモと呼ばれた狐耳の少女は少しばかり疑わしい眼差しでカズキ達を見つめた。

 

「ふーむ、この者達がサード様が言ってた連中か?あまり強そうに見えry…ふみゃぁ!?」

「フカフカだ‥‥」

 

 ツクモが体をビクリとさせて驚いた。いつの間にかナオトがツクモの狐耳をフニフニと触っていた。ナオトは興味津々な眼差しで無言でフニフニと触り続けた。

 

「ぶ、無礼者‼か、勝手に触るでない‼」

 

「すげえ…たっくん、これ本物だ」

「え?マジで?おおっ‼フカフカしてる‼」

「や、やーめーろー‼」

 

 プンスカと怒るツクモに怯むことなくナオトはフニフニと触り、タクトも加わりフニフニと触わられ続けた。ツクモの訴えは虚しく響き渡る。

 

「ったく、何やってんだか‥‥って、リサ?何で犬耳生やしてんだ?」

 

 カツェはナオトとタクトの行動に呆れていたが、隣でリサが何故か犬耳を生やしてぴょこぴょこさせていたのに気づいた。

 

「え?あ、う、羨ましいとお、思っていませんよ?」

 

 リサは慌てながらも否定していたが、お尻あたりに尻尾をフリフリさせていたのでバレバレである。カズキ達の様子を見ていた銀髪で左右の瞳の色が違う少女、ロカはジト目で睨んだ。

 

「本当に統一感がない方々ね…よくここまで来れたものだわ」

 

 ロカはため息をつきながらツクモのフカフカな狐耳を触って満足したタクトを見つめた。タクトは頭にハテナを浮かばせながら首を傾げる。

 

「むちゃくちゃな戦い方だけでは私達の足並みに揃っ‥‥っ!?」

「?」

 

 首を傾げるタクトを見つめて話をしていたロカが突然驚愕の表情をしつつ後ずさりした。途中で倒れそうになったのでかなめが慌ててロカを支えた。

 

「ロカ、大丈夫!?」

「…彼、何を考えているの!?広大な宇宙に大量のアルパカとハイビスカスと玉ねぎと緑の毛むくじゃらが飛び交って宇宙戦争してる…って、本当に何を考えてのよあなた!?」

 

 狼狽えて焦っているロカにかなめは納得したかのような顔をしてロカを宥めさせた。どうやらロカは人の考えを読む能力を持っているようだ。

 

「ロカ、言うの忘れてたけど絶対にタクト先輩の頭の中を読まない方がいいよ?武偵校にロカと同じような人の思考を読む力を持ったSSRの三年生の先輩がいたんだけど、タクト先輩の考えを読もうとしたら精神崩壊しかけたって言ってた」

「そ、それを早く言って…私は色んな超能力を持ってるけど、正直天敵すぎよ…」

 

 ロカは疲れたと言わんばかりに大きなため息をついてソファーに深く座った。一体全体どういうことなのかタクト本人は未だに首を傾げていたままであった。

 

「彼らがジーサードが言っていた助っ人か…正直遠山キンジと比べてあまり強くなさそうに見えるのだが?」

 

 キノコ頭の少年がやや呆れた様にわざとお手上げのポーズを取りながらかなめに尋ねた。かなめは笑顔で頷く。

 

「大丈夫、お兄ちゃんの次に強いから心配ないよ?」

「だといいのだけどな‥‥よろしく、ボクは元米国家安全保障局、NASAのマッシュ=ルーズヴェルトだ。気軽にマッシュと呼んでくれ」

 

「よろしくな、エリンギ‼」

「カズキ、違うぞ。シイタケだろ」

「‥‥トリュフっぽい?」

「こいつキノコマンって名付けようぜ!」

 

「本当に彼らで大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫…たぶん…恐らく…」

 

 わざとなのか、本気なのか名前を間違う4人組にマッシュは物凄く心配そうにかなめに尋ねた。かなめも自由すぎるカズキ達にやや心配しながらもマッシュを落ち着かせた。

 

「まあ…大統領を護衛しつつ戦うジャーナリストに、かの英雄『ウルヴァリン』を連れてきた彼らの力は予想以上だから多少は大丈夫、と思ってもいいかな?」

 

 マッシュはちらりとフランクとローガンの方を見つめた。フランクはマッシュの事を知っているのか苦虫を嚙み潰したような面をしてジト目でマッシュとマッシュの傍にいる無表情の少女を睨んだ。

 

「エリア51に忍び込んだ俺をそこのメカチックなお嬢ちゃんを使って追い返したお前さんがジーサードとつるむなんてな」

「好きなだけ言いたまえ、ボクとLOO (ルウ)は遠山キンジとジーサードの勝負に負けて仲間になった。彼らとの勝負は楽しかったが、その後漁夫の利を狙うかのように大統領を誘拐し、ジーサードを捕えた連中が気に食わないんだ」

 

「で?ここで更に面子を増やしたのはいいが、次は何をするんだ?」

 

 ローガンは早速本題に入るかのようにかなめとマッシュに尋ねた。かなめとマッシュは頷くと話を進めた。

 

「連中が狙っている大統領は私達といる。後はサードがいればもっとこちらが有利になるの」

 

 ジーサードがいれば更に連中にとって不利になるし、彼の無実が証明できる。しかし、ジーサードはこの場にはいない。

 

「だがジーサードは今、捕らわれてしまっている」

「ジーサードは今どこにいるのか分かっているのか?」

 

 カツェの質問にマッシュは眼鏡をクイッと動かして当然だと言わんばかりに頷いた。

 

「ジーサードは囚われても尚、自分の居場所をこのビーコンで知らせてくれている…あいつはフロリダ州にあるヒューメイン研究所にいる」

「?場所が分かっているのに何故動かなかったの?」

 

「動ける状況じゃなかったのよ…」

 

 首を傾げるヤンの問いにコリンズが答えた。その様子から動きたくても動けなかった悔しさが見えた。マッシュはため息をついて話を進める。

 

「大統領が安否不明の中、下手に動けばFBIやCIA、軍が一斉に動いて全員お縄になる。折角ジーサードが身を挺してボク達を逃したというのに苦労が水の泡になるだろ?それに…アイアンブリゲイドが起動され手も足も出せなかったんだ」

「アイアンブリゲイド!?バカな…プロダクトキーがなければ起動できなかったはず…‼」

 

 マイケルはアイアンブリゲイドが動かされていることに驚愕を隠せなかった。その事にはマッシュは苦虫を嚙み潰したよう表情で答えた。

 

「『N』の中にジキル博士という厄介者が解読し、動かしたんだ…未完成品だったとはいえ、このボクとLOO (ルウ)を出し抜いたというのは本当に気にくわない。今頃、完成させ大量生産させようとしているところだろう」

 

「ならば‥‥すぐにジーサードを助け出し、そのアイアンブリゲイドを破壊しねえとな」

 

 ローガンは好戦的な笑みをして拳を鳴らす。かなめは頷いてカズキ達の方を見つめた。

 

「タクト先輩達のおかげで大統領が無事で私達の下にいる。これで心置きなくサードを助け出すことが出きる。タクト先輩、私達と一緒にサードを助けに行きましょう!」

 

 今度はかなめとレキを含むジーサード・リーグと共にジーサードを助けに行く。次なる目標が決まったのだが、肝心のカズキ達は話を聞いておらず、Loo(ルウ)と呼ばれた少女を見つめていた。

 

LOoo?(ルー?)?」

 

「何だこの子?ルーしか言わないな?」

「‥‥ルー大柴?」

「ナオト、シャイニング白石がかっこよくね?」

「こいつキノコマンって名付けようぜ‼」

 

LOooo!?(ルーッ!?)

 

 

「なあレキ、かなめ…本当に彼らで大丈夫なのか?ボクはもう不安でしかないのだけれども」

「…諦めてください。あれがカズキさん達ですから」

「うん…こればかりは私もお兄ちゃんも止められないから」

 

 もう既に諦めているレキとかなめにマッシュは頭を抱えた。

 

 

 




 ようやくアメリカ編の折り返しに到達した‥‥ような気がします
 お次はジーサードを助けにヒューメイン研究所へ



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99話

 気が付けばもうすぐ100話…!
 時の経過の速さにびっくりぽん


「いいか?これから作戦を説明するぞ」

 

 マッシュがヒューメイン研究所へと潜入するための作戦を説明するためにモニターを出して話そうとしているのだが、カズキ達はそっちのけでLooをマジマジと見ていた。

 

「Lo、LOooo…」

 

「なんでサンシャイン黒石はルーしか言わねえんだよ」

「ほらあれだろケイスケ。バーニング白崎はカレーのルーが好きだからルーしか言えないんだろ」

「というかサンダー石井、涙目になってんぞ?」

「こいつキノコマンって呼ぼうぜ」

 

「なあ、こいつら殴っていい?殴っていいよな?」

「マッシュ落ち着いて。平常運転だから」

「落ち着いてください。あの人達は八割ぐらい真面目に人の話を聞きません」

 

 半ばキレ気味のマッシュをかなめとレキが宥めさせる。彼らに任せて本当に大丈夫なのだろうかとマッシュは頭を抱えてため息をつく。かなめが苦笑いしつつカズキ達に声を掛けてこちらに集中してもらうようにした。

 

「タクト先輩、あまりLooを弄らないでくださいね?こう見えて結構繊細ですので」

「Loooッ!」

 

 かなめに頭を撫でられながら慰めてもらいLooは機嫌が悪いとアピールするように頬を膨らませそっぽを向いた。ようやく話が進めれるという事でマッシュは気を取り直して作戦の説明を始める。

 

「ヒューメイン研究所はフロリダ州の南、エバーグレーズにある研究所で、ジキルの研究ラボの一つだ。ここにジーサードが囚われている」

 

「おっけーい‼それじゃあ行こうぜ‼」

「おう!急がば回れって言うしな!」

「それを言うなら善は急げだろ。使う言葉間違えてるじゃねえか」

 

 どうしてこうも最後まで人の話を聞かないのかとマッシュは大きくため息をついて肩を竦める。眼鏡をくいっと動かしつつジト目で睨んだ。

 

「それができたならお前達の力を借りなくてもすぐに行ける…セキュリティが厳重で部外者がその施設に近づくだけでも警報が鳴り始末される。海から、空から近づいてもすぐに察知されるほどだ」

 

「じゃあ地中から行こうぜ!」

「たっくん頭いいな!スコップを使って進もうか!」

「アホか。時間がかかるだけだ」

「こういう時、『UNKO VURASUTO』があれば便利なのにな」

 

 一つ一つ話していくたびに出鼻をくじかせるかのように説明に割り込んでくる。これでは作戦を開始するまで一日かかってしまうとマッシュは多少イラつかせながら頭を抱えた。埒が明かないということでカツェがこっそりとマッシュにフォローした。

 

「いちいち気にしてたら話は進まねえぞ?少しスルーしていけばあいつらもちゃんと聞くからさ」

 

「…そこで、そのセキュリティをハッキングして解除させるウィルスプログラムを先ほど完成させてLooに搭載せてある」

「すげえなエリンギ‼」

「エリンギじゃない、マッシュだ!率直に説明する。いいか?一度しか言わないからしっかり聞け」

 

 マッシュはモニターの映像を黒い戦闘ヘリと上空から撮影された施設の写真が映っている映像に変えてさらに話を進めた。

 

「Looがハッキングしている間、お前達がブラックホークからヒューメイン研究所へ降下して潜入。Looがハッキングして送られる施設内の地図を頼りにジーサードを救出をするんだ」

 

「降下って…それじゃあ俺達ハチの巣になるんじゃねのえか?」

 

 いくらハッキングしてセキュリティを解除し上空から降下しても、施設外で警備をしている連中にバレてしまう恐れがある。パラシュートを開いてゆっくりと降りている間に格好の的になってハチの巣にされてしまうだろう。ケイスケの問いにマッシュは一枚のコートを渡した。一件無地のコートに見えたがケイスケが手荷物と透明になって消えた。

 

「潜入組は光屈折迷彩(メタマテリアル・ギリ―)を見につけて内部へと潜入する。セキュリティハッキング中、これを見につけてあればある程度は見つからずにすむ」

 

「こいつは便利だな。流石は最先端技術ってやつか」

「すげえええっ!これ俺欲しい!」

「…たっくんが使うとすぐダメになりそうな気がする」

 

 ナオトは光屈折迷彩をタクトから没収しようとしたがタクトは俺が使いたいと一点張りで渡そうとせず、光屈折迷彩を引っ張り合う。今度は光屈折迷彩に気がいってしまい話が再び脱線しそうになった。マッシュは咳払いをして話を続けた。

 

「この光屈折迷彩はブラックホークにも搭載されているが、Looには身につけることができない」

 

 Looに身につけることができないという事はすぐに相手に見つかってしまうという事である。セキュリティを回復させるためにすぐにでも始末しに向かうだろう。Looの役目にケイスケは理解したのか頷いてマッシュをジト目で見つめた。

 

「つまりはそのサンシャイン佐藤が囮役か」

「Looだ。そこでLooを守るためにブラックホークで迎え撃つ」

 

 Looだけでなくヘリごと囮になるようだ。Looがハッキングしている間に施設内に潜入するチームとヘリで潜入組の支援かつLooの護衛、そして囮役を担当するチームに分かれる。

 

「よっしゃぁ!じゃあ潜入するのは得意だから俺やるー!」

「たっくん、ブラックホークにミニガンとグレランついてるから撃ち放題だよ?」

「よっしゃぁ!ケイスケ、撃ち放題なら俺やるー!」

 

 ぶれないタクトの行動にジーサードリーグの面々は苦笑いをしていたが、カズキが物凄く心配そうな様子でケイスケに尋ねる。

 

「え…ケイスケ、たっくんにガンナー任せて大丈夫なのか?」

「気にしすぎだっての。俺もヘリチームについてやっから何とかなるだろ」

 

 ケイスケがストッパー役を務めると言っているが、カズキは「本当に大丈夫なのかなぁ…」と呟きつつガンマンやる気満々のタクトを心配そうに見つめていた。

 

「じゃあ俺とカズキで潜入することになるが、後は誰か来るのか?」

「潜入するチームは5人。後はジーフォースと…」

 

「それならば俺が行こう」

 

 ずっと黙って見ていたローガンが乗り出た。マッシュはまさかローガンが出てくるとは思わず、少し驚いた様子で見つめていた。

 

「意外そうな顔をしてるな。ガキ共だけじゃ心許ないだろ、それにあのいかれた博士のラボでもあるのだろう?そこに行けば『N』の情報もつかめるかもしれん」

「それならフランクさんも同行すべきだね!」

 

 ヤンの一言にフランクがえっとでも言いそうな面で驚く。いきなりのキラーパスに少し焦っていた。

 

「いやいや、面白そうなネタが手に入ると思うんだが…やっぱりヘリがいいかなーって」

「フランクさんをヘリに乗せると碌な事がないし、絶対に墜落すると思うの。スリル満点だと思うし行ってきなよ!」

「おいおい…冗談だろ?」

 

 フランクは絶対に自分が出る場面ではないと思いつつ項垂れた。こうして潜入するチームはカズキ、ナオト、かなめ、ローガンとフランク。ヘリチームはケイスケ、タクト、アンガス、マッシュ、レキと分かれ、残りのチームで大統領を護衛しつつD.Cへ目指すことになった。

 

「お前達でジーサードを救出し、ヘリで回収。大統領を護衛しているチームとウェストバージニア州のドライフォークにて合流し、その勢いで一気にD.C、ホワイトハウスまで向かい副大統領の悪事を暴露させ逮捕だ」

 

「おおーし‼俺達に任せな?泥船に乗った気分でいてくれよな!」

「泥船じゃダメじゃねーか」

 

 張り切るカズキにケイスケが即座にツッコミを入れる。本当に大丈夫なのかとマッシュはやや不安そうになりつつも真剣な眼差しでカズキ達を見つめる。

 

「いいか?これはもう大勝負に乗りかかっている。一歩でも間違えれば戦場になり兼ねない。気を引き締めてかかれ」

 

「おうとも!365日気を引き締めてる俺達なら大丈夫だぜ」

「イタリアでもイギリスでも修羅場はもう慣れてる。乗り切ってやるよ」

「‥‥たっくんが変なことしなきゃ大丈夫」

「さあてめーら40秒で支度しな!」

 

 ちゃんと話を聞いてくれたのか聞いてくれていないのか、真剣になってくれてるのかふざけてるのか、人工天才であるマッシュでさえも分からず増々彼らに任せて大丈夫だろうかと心配になってきた。

 

___

 

「やあやあ、来てくれるのを待っていたよ!」

 

 フロリダ州の南部にあるエバーグレーズの海岸沿いにある研究機関、ヒューメイン研究所。その一室にてジキル博士が来てくれた客人にチュッパチャプスを加えながら無邪気な悪ガキのような笑顔を見せて迎え入れた。

 ジキル博士の目の前にいるのは一目で逞しいと言えるほど筋骨隆々な体格をした迷彩柄の兵装をした男性だった。鋭い目つきを崩さずに男性は姿勢正しく敬礼をした。

 

「お初にお目にかかります。米陸軍コマンドー部隊大佐、アーノルド・シュヴァルツ。副大統領の指示にてヒューメイン研究所の警備、そして・・・」

「まあまあ、そう固く畏まらずにしてくれたまえ大佐殿」

 

 アーノルドの話を遮るようにジキル博士はケラケラと笑いながらソファーに深く腰掛け、テーブルに置かれている木皿に積まれたゼリー菓子を適当に鷲掴みしてアーノルドに投げ渡した。

 

「いやー副大統領殿のメイ采配はありがたい。陸軍でも精鋭と言われるコマンドー部隊がヒューメイン研究所を護ってくれるのなら、枕を高くして眠れる!」

 

 不味そうなゼリー菓子にも目もくれず、わざとらしい笑顔で語るジキル博士に対してもアーノルドは渋い顔をしたまま頷いた。

 

「…あくまでこの研究所の警備は此処に収容されているジーサードの身柄を引き取るまでです」

 

 それを聞いたジキル博士は「ふーん…」とかなりどうでもいいような生返事で返し、不味そうなゼリー菓子をガツガツと口に入れてくちゃくちゃと咀嚼した。

 

「副大統領からはお伺いしたのですが、本当にこのような所に彼が収容されているのですか?」

「ご心配なく大佐殿。ジーサードはこのような研究所にちゃーんと閉じ込めておりますぞ」

 

 ジキル博士はケラケラと笑いながらテーブルに置かれているオモチャの様なリモコンを手に取りスイッチを押した。すると骨董品の様なテレビの電源が付き、映像が映る。映像には強固な黒塗りの鉄壁に囲まれた狭い部屋の中に両手を数えきれないほどの手錠でかけられているジーサードの姿が映っていた。彼は沈黙したまま部屋にある白いベットに座っているが壁のあちこちに凹んだ跡があった。ジーサードがいる事がはっきりと分かったアーノルドは大きく息を吐いた。

 

「…今でも信じられませんな。我々は過去に彼に助けられ大きな借りがある。私も国民も彼をヒーローであると信じています」

「大佐殿、ヒーローはいつまでも国民の味方であるとは限らない。大抵のヒーローは死んで過去の英雄となるか疲れてヴィランに堕ちるかのどっちかだよ。まあ、マッドなサイエンティストにはどうでもいい事だけどね!」

 

 いたずらっ子のように下衆な笑みで笑うジキル博士を他所にアーノルドはずっと黙ったまま映像に映っているジーサードをじっと見ていた。

 

 彼が大統領を誘拐したとは信じられない。国民も軍の一部もそんなはずはないと言っているのだが、上は何も答えない。何か裏があるのではないかと調べようとしたが何も手掛りが出てこない。更には副大統領直々の指示により彼を収容した後、コロラド州の刑務所、ADXFlorenceへ護送することになった。何故副大統領がその様に命じてきたのか、大統領の安否はどうなっているのか気になることが多い。

 特に、このような研究所があるのは知らなかった。研究所なのに武装兵が多く厳重に警備されている事、すぐ近くにいるジキル博士という男が胡散臭い事、何故ジーサードがこの様な所に収容されていたのか、本当に研究所なのかアーノルドは沈黙のまま考え込んだ。

 

「‥‥ん?」

 

 アーノルドは眉をひそめた。ふとモニターの画面が一瞬乱れたように見えた。気のせいかと思った途端、映像は点滅して雑音を響かせながら砂嵐になり映像が消えた。しかもテレビだけでなく、照明が消えて空調も止まり完全に停電状態になってしまった。

 

「おやおや、どうしちゃったのかな?」

 

 ジキル博士は楽しそうにしながらデスクの引き出しから無線機を取り出した。アーノルドもすぐさま無線機を通して部下に現状を尋ねた。

 

「フォレスタル、そっちの状況はどうなっている?」

『サー、この施設内全ての照明が消え、その他施設内の機器はすべて停止しているようです!』

 

 襲撃か、まさかジーサードの部下達が彼を救出しに来たのかとアーノルドは深く考え込んだ。一先ず警備の強化、すぐにジーサードの身柄を引き取ろうとした。しかし無線から別の部下が慌てながら報告してきた。

 

『大佐!上空に人型の飛行物体を確認‼‥‥か、かなりの武装をした少女?かと…!』

「バカ言え!女の子が空を飛ぶわけ‥‥いや、ガイノイドか…!」

 

 前に米国家安全保障局の開発者で人型の軍事用ロボットを開発し、機能テストをしていたところを見たことがあった。

 

「どうやらお客さんが来たようだね。しかもうちのセキュリティを滅茶苦茶にして土足で上がるようだ」

 

 ジキル博士は現状を楽しんでいるかのようにウキウキしており、にこやかにアーノルドの肩を馴れ馴れしく叩いた。

 

「それでは大佐殿、うちの警備兵と一緒に力を合わせてお客さんをぶっとばしてやろうか!」

 

 ジキル博士は無線機で『普通に撃ち落としちゃって。戦闘ドローン使えたら飛ばしちょーだい』と軽やかに伝えていた。アーノルドは色々と言いたかったが今は侵入者を追い払う事、任務を全うすることに集中し、ジキル博士の部屋を出た。

 

「全員位置につけ!警備をしつつすぐにジーサードを収容し移動する‼」

 

 無線機を使い部下達に指示を出す。ジキル博士はいかにも怪しく、不穏なニオイがプンプンとしていた。ここはすぐに離れなければと本能がそう言っているような気がした。自分もすぐに部下達と合流しようと足を速めた。

 

「…うん?」

 

 ふと渡り廊下の窓を見て足を止めた。確かに遥か上空にゴテゴテした装甲や翼のついた武装をしたガイノイドが飛んでいるのが見えるのだが、その端に一つ、黒いパラシュートを開いてこちらに降下している何かが見えたのだった。

 

___

 

「すっげえええ!マジで空飛んでやがるぜ‼ロボじゃん!」

 

 光屈折迷彩で見えないようにして飛んでいるブラックホークからカズキは上空を飛んでいるLooを見て目を輝かせていた。Looは白い防弾ワンピース型水着に武偵高女子制服の赤襟、兎耳の様な白い冠型兜、2基のガトリング砲や大きな電子機器の様なレーダーといったゴテゴテ兵装に鳥の翼の様な形のウィング、両手足に白いガントレットとった武装をしてジェット噴射の炎を出しながら飛んでいた。

 

「かっこいい‼アドレナリンガンダムだあれ‼」

「それは褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ」

 

 興奮しているタクトにケイスケは冷静にツッコミを入れた。施設外に黒いボディーアーマーを着ている武装兵の他に迷彩柄の兵装をした兵士が見える。今はLooを撃ち落とせるかどうかに取り掛かっているはず。

 

「今がチャンスだ。今のうちに降下しろ!光屈折迷彩を忘れるなよ?」

 

 マッシュの掛け声にカズキとナオトはすぐに光屈折迷彩のコートを羽織り、パラシュートを見につけた。光屈折迷彩を機動させ一気に透明になる。準備ができると既に支度ができていたかなめが声を掛けた。

 

「いいですか?駐車場に降下し、すぐに内部へ潜入します。降下中から無線を通して会話してくださいね?」

「オッケー!いつでも行けるぜかなめちゃん‼」

「じゃあ行きますよ‥‥1、2…3‼」

 

 かなめの合図でカズキ達はブラックホークから飛び降りた。2度目のスカイダイビングになるがカズキは叫ばないように必死に耐えながら降下し、ナオトは眠たそうにしながら降下していく。

 

『パラシュートを開いてください!』

 

 無線でかなめの声にカズキとナオトはパラシュートを開いた。パラシュートはトラブル無く開き、カズキ達は相手に気付かれないようにゆっくりと降下していった。

 

 

「どうやらうまく降下していっているようだな…」

 

 マッシュはレーダーでカズキ達を確認しながら第一段階はうまくいった事にほっと胸をなでおろす。施設内は彼らに任せ、後は自分達がLooを守りつつこちらに気を引かせなければならない。

 

「さあたっくん、俺達もやるぞ‥‥!」

 

 ケイスケはタクトに声を掛けて気を引き締めさせようとした。しかし、一向にタクトから返事が来ない。緊張しているのかと思い振り向くとタクトの姿がなかった。

 

「…あれ?たっくんは?」

「む?Looを勝手にアドレナリンガンダムと名付けてから見かけてないな…」

 

 マッシュとケイスケはキョロキョロと見回す。乗り遅れたわけでもないし、さっきまで一緒にいたはずなのにタクトがいない。

 

「レキ、たっくんは?」

「‥‥」

 

 ケイスケはレキに尋ねると、レキはずっと下の方を見つめていた。ケイスケはまさかと冷や汗を流し下を覗いた。

 

 

『あ、開くの速過ぎたわ』

 

 無線でタクトの呑気な声を聞きつつ、黒いパラシュートが開いてゆっくりと降下しているのが見えた。ケイスケは確信する。降下しているあれは絶対にタクトであると。

 

『たっくん、なにしてんだよ!?』

「おおおおおい!?お前地上部隊じゃないだろ!?」

 

 カズキとケイスケが叫んだが虚しく響いた。カズキがタクトにガンナー任せて大丈夫かと心配しながら聞いていたが、やっぱり大丈夫じゃなかった。





 GTA5と同じようにワルキューレしようかと思ったけど4人乗りっぽいし、あまり知識がないので緋弾のアリアの原作通り、ブラックホークに。ブラックホークも亜種が多いみたいだけど…た、多人数乗りのブラックホークがあるはず!(視線を逸らす)

 コマンドー部隊に、アーノルド大佐…ええ、もう筋肉モリモリマッチョマンの変態さんです


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100話

 長らくお待たせして申し訳ございません…

 カオスな四人衆、ようやく100話に到達しました…!
 スランプにも負けず、続けてこれたのもソウルメイトの皆様のおかげです…本当にありがとうございます…


「たっくん何してんだよ!?」

 

 カズキ達が光屈折迷彩で見つかることなく基地へと着地できたと同時にタクトがパラシュートを開いて降下していっていた。カズキとケイスケは慌てふためきタクトを呼ぶのだが、当の本人は全く気にせず寧ろ楽しんでいた。

 

『大丈夫、大丈夫!これでも援護射撃とかできるから!』

 

 タクトは無線ではしゃぎながらカズキ達に返事をし、無線を通して持っていたハンドガンを明後日の方向へ発泡している音が聞こえてきた。

 

「あんのバカタレえええええッ‼」

 

「おい!?お前達はどうして人の話を聞かない奴等ばっかりなんだ!?」

 

 みるみる降下していくタクトをケイスケは憤慨しながら叫び、マッシュは想像の遥か斜め下の行動をするタクト達に振り回されキリキリと胃が痛みだす。ブラックホークでタクトを連れ戻す時間はもうないし、Looの援護をしなければならない為これ以上ヘリのチームを下すわけにはいかない。

 

「たっくん‼自力で何とかしろよ‼」

 

『任せときな、俺は無敵だっ‼』

 

 タクトは自信満々に返事をするのだが果たして本当に大丈夫なのだろうか。マッシュは遠山兄弟とは別の意味で厄介な4人組に頭を悩ませていた。

 

「たっくんとLooを集中砲火されるわけにはいかねえ。おっさん、ブラックホークの光屈折迷彩を解いて敵を誘き寄せてくれるか?」

「勿論でございます。その代り、相手に丸見えの為多少ヘリは荒く動きますよ?」

 

 アンガスの問いにケイスケは『慣れている』と苦笑いして答えた。ブラックホークの光屈折迷彩は解かれ、ブラックホークは速度をあげて飛行しているLooの近くまで飛ぶ。Looを撃ち落とそうと飛んできている戦闘ドローンを撃破する為、ケイスケはM134ミニガンで狙いを定めて引き金を引く。

 

「ああくそっ‼たっくんがいないせいで2人分の仕事をしなきゃなんねえ!」

 

 ケイスケは愚痴りながらM134ミニガンを撃ち続けた。メンバーの一人が予想外の行動をして冷静にいられるケイスケにマッシュは感心する。

 

「よく冷静でいられるな…」

「あぁ?空はヘリ飛ぶもんだからな!」

 

 M134ミニガンの銃声で聞こえなかったのか、人の話を聞く耳を持たないのか、会話にならない返事を適当に返して来た。本当は内心かなり慌てていたようだ。

 

「数が多すぎ‼レキ、てめえもドラグノフじゃなくて機銃を撃って手伝え!」

「‥‥タクトさんほどの働きにはなりませんよ?」

「いや、たっくん以上だ。たっくん、途中で遊ぶからな」

 

 本当にタクトという男は何なのか。仲間内でもこんな扱い(?)で自由すぎる人物にマッシュは遠山キンジを相手した以上に頭を抱えた。

 

___

 

「おい、これも作戦のうちなのか?それとも俺達に対するサプライズか?」

「あー‥‥やっぱりタクト先輩らしいですね‥‥」

 

 降下してくるタクトを見上げてローガンは呆れ、かなめは少し遠い眼差しでタクトを見ていた。幸か不幸か、タクトが降りてきているせいで迷彩柄の兵士や白いボディーアーマーの兵士達がタクトとLooを集中狙いし、こちらの侵入には気づかれずにすんだ。

 

「さすがはたっくんだな、俺達でもできない事を普通にやらかしてる」

「ナオト、それどころじゃないと思う」

 

 タクトの行動にナオトは感心していたが、カズキの言う通りそれどころではない。このままタクトが何もせずに降下していくと途中で敵の弾丸の雨霰で蜂の巣にされてしまう。

 

「仕方ない‥‥俺が行く!その間に行ってこい‼」

 

 ため息をついたローガンは光屈折迷彩を解いて敵陣へと駆けて行った。突然現れて襲い掛かって来たローガンに敵方は驚愕し、矛先をローガンへと変えて撃っていく。

 

「先輩、フランクさん!今のうちに行きましょう!」

 

 かなめの指示にナオトとカズキは頷き、フランクはカメラで写真を撮りながら相手に気づかれないようにヒューメイン研究所内へと潜入を開始した。

 

 

「なに?突然侵入者が現れた?」

 

 アーノルドは急に入った報告を聞いて眉をひそめた。Looの近くにブラックホークが現れ、降下している謎の男とLooを狙って撃っていると手から鋼鉄の爪を出している男がいきなり現れて襲い掛かって来たという。突然現れた3人の侵入者にこちらは混乱をしている。事態を落ち着かせるためアーノルド自ら現場へ駆けつけようと考えたが、ふと何かに気づいて足を止めた。

 

「‥‥」

 

 これがただの襲撃ではなく、侵入者達がジーサードの仲間で、この施設にジーサードがいる事を知っているとすれば。ジーサードリーグはあらゆる戦いも駆け抜けた実力を持つ者ばかり、このような真正面から突っ込んでくる連中ではない。ガイノイドもブラックホークも突然現れた侵入者もついでに敵陣に向かってパラシュートで降下してきている意味の分からない男も囮だとすれば‥‥状況を考えたアーノルドははっとして無線で部下達に知らせた。

 

「既に内部に侵入している…!半数は迎撃に移り、残りの半数は私と共に侵入者を探すぞ‼」

 

 急に現れたという事は、敵は光屈折迷彩を使って姿を消して接近したのだろう。アーノルドは部下達にバイザーをつけるように指示をし、自分もバイザーをつけてRKK-74を背負い、片手にH&K G3A3を持って急ぎ駆けた。

 

 

 ローガンが囮になってくれたおかげで無事に降下できたタクトは研究所の屋上に着地した。パラシュートを外すと誰も見てないのにドヤ顔で無線で伝えた。

 

「こちらたっくん。これより潜入する」

 

『もうさっさと潜入しろ、バカ』

 

 激しい銃声を響かせながらケイスケがもう諦めたかのようにぶっきらぼうに返す。いざここから潜入と乗り気だったが、何処にジーサードが囚われているのか何処に行けばいいのか全く分からず途方に暮れてしまった。

 

「やべー、どっから攻めればいいか分かんねえぞ…」

 

 そう悩んでいるとこちらにふよふよと飛んでくるのが見えた。何かと思いキョトンとしていたがそれはミニガンが装着されている戦闘ドローンだった。付けられているカメラアイがギョロリとこちらを見ると、ミニガンの銃口が回転しだす。

 

「ちょ、それはまずいってぇぇぇぇっ‼」

 

 ギョッとしたタクトはミニガンの火が吹く前に一目散に大きなダクトへと駆け込み中へ入る。間一髪、ハチの巣にされる前に逃げ込むことができた。

 

「こ、ここから何処へ行けばいいんだろ…」

 

 一難去ってまた一難、タクトは行く先が分からないままダクトの中を匍匐前進で進んでいった。

 

__

 

施設内に潜入したカズキ達は長い長い廊下を只管駆けていた。光屈折迷彩で身を隠しているため相手に気づかれずに済むのだが、今のところ敵に出くわしていない。

 

「それで、ジーサードはどこに閉じ込められてんだ?」

「場所はマッシュがハッキングして把握できてますよ」

 

 ナオトの問いにかなめが元気よく答えタブレットを見せる。立体的な施設内の図が表示されており、地下のあたりで白い点が点滅をしていた。

 

「地下三階にサードが囚われてます。ローガンさんやケイスケ先輩達が地上で奮闘してますので急ぎましょう」

「あとジーサードを助けたついでにたっくんを見つけないとな!」

「もはやついで扱い‥‥」

 

 自業自得なのだが色々とやらかしてるタクトと合流しなければならない。増援を呼ばれて来る前までにジーサードの救出をして脱出しなくてはならないので時間との勝負となる。

 

 地下へのエレベータを目指すために曲り角を曲がろうとした時、通りの先に迷彩柄の兵装をした数名ほどの兵士が見えた途端、いきなりこちらを撃ってきた。戦闘を突っ走っていたカズキをナオトは慌てて引っ張って戻す。弾が当たる前に戻されたカズキは冷や汗をかいていた。

 

「あぶねっ!?ちょ、こっちは見えてないんだろ!?」

 

「あれは…相手はバイザーをつけてます。恐らくこちらの姿は丸見えになっているんですね…」

 

 かなめは半透明のテラナ(HMD)をつけて相手を観察する。カズキも恐る恐ると顔を覗かせると兵士たちは容赦なく乱射してきた。

 

「くー…狭い通路で乱射してくるんじゃねえよ」

 

 カズキは面倒臭そうに愚痴をこぼした。このままでは通ることもままならなず、立ち往生してしまう。一声に突撃できればいいが通路が狭いため、格好の的になる。どうにかできないか考えたカズキは何かいい手を思いついたのかにやにやした。

 

「何かいい手でも思いついたのか?」

「まあ見とけって、ナオト。ここはかっこよく決めてやるからよ」

 

 ジト目で見てくるナオトにカズキはドヤ顔でポーチからMK3A2手榴弾を取り出し、壁に背を当てて相手を見ずに、相手から見えないような恰好で投げようとした。それを見たナオトは不安げに見つめる。

 

「お前その投げ方、一度も成功したことねえじゃん」

「こういう時こそ、ピンチをチャンスに変えるんだぜ?いくぞ?」

 

 止めようとするナオトに構わずカズキはピンを引き抜いて裏手で投げた。ピンが抜けたMK3A2手榴弾は弧を描き、天井にぶつかりナオト達のすぐ近くに落ちた。対抗して撃とうとしていたナオトとかなめの目の前に転がって来たのでギョッとして大慌てでその場を離れた。

 

「ばっかあぶねえ‼」

「か、カズキ先輩、少しは投げ方を考えてくださいよ!?」

「あれ?おっかしいなぁー‥‥」

 

 爆発を免れてひやひやしたかなめは真面目に投げるようカズキに訴えるがカズキはキョトンと首を傾げていた。この光景に写真を撮っていたフランクは苦笑いをする。

 

「まさに味方殺しのクソ爆弾だな‥‥」

「こ、この先もまだいますからグレネードは節約してください…」

 

 かなめは背負っていた単分子震動刀(ソニック)を引き抜くと深呼吸をしてから一気に迷彩柄の兵士達に迫った。相手が撃つより弾も早く、ステア―AUGやMP5A3ヤラの銃身を切断し、峰打ちや肘鉄や蹴りを入れて相手を倒していく。見事な手さばきで倒していく様にカズキとナオトは感心する。

 

「いやー、やっぱかなめちゃんすげえなー…俺達も負けてらんねえな!ズットモコンビネーションを見せてやろうぜ‼」

「いいけど、もうグレネードで変な投げ方すんなよ…?」

 

 カズキはMP14EBRをリロードし、ナオトは黙々とAK47を構えて突っ込んでいった。カズキがフラッシュバンを投げ込み、相手が怯んだところをナオトが掃射。ナオトが先行してカズキが援護射撃、相手に突撃するかなめを二人で支援したりと連携を活かして迫りくる迷彩柄の兵士達を倒していった。

 

「もうすぐ地下エレベーターです!」

 

 もう間もなく地下へのエレベーターへと辿り着ける。迷彩柄の兵士達は手強い相手であったが何とか一気にジーサードの下へと行ける、これは余裕ではないかとカズキが安堵した時だった。こちらに向かって弧を描くようにM67破片手榴弾が飛んできた。

 

M67破片手榴弾(アップル)‼」

 

 ナオトが咄嗟にカズキ達に伏せるよう叫んでM67手榴弾に狙いを定めてAK47を撃つ。弾丸に直撃したM67手榴弾は明後日の方向へ飛んで爆発を起こした。飛び散る破片に当たらないように伏せ、ナオトは飛んできた先へと睨み付ける。地下エレベータの手前で待ち構えている複数の迷彩柄の兵士達の真ん中に筋骨隆々で逞しい体格をした男がかなめ達を睨んでいた。

 

「‥‥やはりジーサードリーグの一味、そしてジーサードの妹のジーフォースが来たか。ジーサードを取り返しに来たのか?」

 

「まさか貴方がここにいるなんて‥‥最悪のタイミングね…」

「かなめちゃん、あの筋肉モリモリマッチョマンの人と知り合いなの?」

 

 筋骨隆々の男を見てかなめはかなり焦った様子でいた事にカズキは不思議そうに尋ねた。かなめはゆっくりと頷いて口を開く。

 

「あれは米陸軍で最強といわれているコマンドー部隊の隊長、アーノルド・シュバルツ‥‥一度サードをあと一歩のところまで追いつめた滅茶苦茶な男です…アーノルドさん、貴方なら兄の味方になってくれると信じてたのに‥‥」

 

「すまないな。これも副大統領の命令だ。一つ聞こう、大統領を誘拐したのはお前達か?」

 

 真剣な眼差しで見つめるアーノルドにカズキが『大統領ならいるよ!』と言おうとしたがナオトに止められた。もしここで大統領がいると言ってしまえば容疑がかかってしまう。いくらここで真実を言おうが大統領がこちらにいる時点で誘拐の容疑が濃く、信じてもらえないだろう。沈黙するかなめにアーノルドは深くため息をついた。

 

「‥‥まあいい。問い詰めるのは最後にしてやる」

 

 アーノルドはG3A3を構えて引き金を引こうとした。その刹那、かなめはアーノルドが引き金を引いて撃つよりも速く迫り、単分子震動刀を振り下ろした。アーノルドはG3A3で防ぎ、彼女の袖を掴んで投げた。かなめが受け身を取って着地すると同時に部下達に一斉に掃射するよう合図を送る。カズキとナオトは撃たせまいとフラッシュバンを只管投げ込みかなめを援護して引き戻した。

 

「カズキ先輩、ナオト先輩、フランクさん‼遠回りになりますが階段から行きましょう!」

「あのアーノルド・シュバルツは爆弾とUZI1つと筋肉で敵テロリストのアジトを爆発させて全滅させた程のバケモンだ。戦うのは一苦労するぞ!」

 

「急ごう!あの筋肉モリモリマッチョマンと戦うのはヤバそうだしな!」

 

 あくまで目的はジーサードの救出。明らかに戦ったらヤバそうな相手と戦って時間を費やすわけにはいかない。カズキ達は急ぎ会談を降りて地下へと向かう。アーノルドはカズキ達を逃さなかった。

 

「奴等はジーサードの下へ行く!我々は地下エレベーターで降り、先回りして迎撃するぞ‼」

 

 ジーサードの救出をして国外へと逃亡するつもりなのかと考えたアーノルドは大統領を救出するために彼らを一網打尽するつもりでいた。外の敵も気にはなるがそれよりもカズキ達をジーサードの下へと行かせるわけにはいかない。急ぎエレベーターへと乗り込もうとした時、上の階の施設のどこかで大きな爆発音が響いた。

 

「なっ、爆発だと…!?」

 

 それもただ一発だけではない、何発も喧しい程の爆発を響かせた。よもや上空に飛んでいるブラックホークかそれともガイノイドが爆撃をしてきたのか、そうまでしてでもジーサードを救出したいのかと怒りを感じたアーノルドはすぐさま外の部下達に無線を通して確認した。

 

「今の爆発は何だ!?相手の攻撃か!?」

 

『い、いえ…‼敵方の砲撃は見られず‥‥お、恐らく施設内からかと…‼』

 

 内部での爆発だと、それを聞いたアーノルドは眉をひそめた。爆発が聞こえたのは施設の上階、既に敵方が潜入して爆破行為をしたのか。いや、ジーサードの救出を優先とするならばその必要がないはず。上の階にはジキル博士がいる。爆発が起きたのならばあちらの方も心配せねばならないのだが今はかなめ達をジーサードの下へと向かわせるのを阻止しなければならない。

 

「状況が混乱する…!急ぎ地下へと行くぞ‼」

 

___

 

「よっと!あー…狭かったー」

 

 かなめ達がアーノルドと戦闘中になる数分前、ダクトの中を匍匐前進していたタクトは通気口を蹴り開けて何とか降りることができた。戦闘にもならず、黙々と進んでいたので退屈したのかタクトは背伸びをしてやる気を引き戻した。

 

「さて、こっから俺のミッションスタートだな!」

 

 ここからは1人での潜入。自分は上の階から進んでカズキ達と合流をしてジーサードを助けに行く。いざ行こうとしたが、ふとタクトはキョロキョロと部屋の中を見回す。

 

「えーと…ここどこ?」

 

 果たしてここは何階だろうか。今自分が何処にいるのかもさえ把握できていない。今自分がいる部屋は何かのラボのようであちこちに変わった形をした銃が飾られていた。銀一色に彩られたオモチャの様な光線銃やらヘカート程の大きさでカブトムシの角の様な形をした物までどれもこれもタクトの興味にひかれるものばかりだった。

 

「うん?これ、かっけええ!」

 

 タクトは銃身に一筋の赤い光が灯されている銃に目を輝かせた。携帯電話の充電器のような物に繋がれた銃を取るとまじまじと物色しだす。

 

「えーと…?『Mining Laser』?レーザー銃!?すっげえ‼」

 

 使い方すら知らないタクトは嬉しそうにMining Laserを取った。よく見ると銃身にスイッチの様なものがあり、即座にスイッチを押した。

 

≪Long-Range≫

 

「うおおおおおっ!?しゃべったぁぁぁぁっ‼どこぞの魔法道具みてえ!」

 

 機械まじりの音声が出たことにタクトは感激して更にスイッチを押し続けた。ホライゾンだのスーパーヒートだのスキャッターだのと英語の音声にタクトは機械の進歩に感動した。

 

≪Explosive≫

 

「ん?エクスプロージョン?‥‥まさか本当にビームが出るわけ…」

 

 タクトは好奇心に駆られ、本当にビームが出るのか試しに天井めがけてMining Laserの引き金を引いた。Mining Laserの銃口から赤い閃光が飛び出し、直撃した天井は爆発と共に大穴が開いた。ぽっかりと大きく空いた穴にタクトは一瞬目を丸くしたが、すぐに星の様に輝きだした。

 

「か‥‥かっけええええ‼これで俺は無敵じゃねえか!」

 

 いいものを手に入れたとタクトは満足気になり、更に意気込んで扉に向かってMining Laserを撃った。

 

「よーし、待ってろよジーサード‼所かまわず撃ちまくるレーザー厨で評定のある菊池タクトがこれで助けにいくぜ‼」

 

 タクトはMining Laserのダイヤルを≪Explosive≫にしたままあちこち撃ちながら駆けて行った。

 

___

 

「おい、施設内であちこち爆発が起きてるんだが‥‥?」

 

 ブラックホークから施設内であちこち爆発が起きている様を見ながらマッシュはキリキリ痛みだす胃を抑えつつケイスケをジト目で睨む。ケイスケは視線に気にせず只管機銃を撃ち続けた。

 

「‥‥これ、絶対にタクトさんやらかしてますよね?」

「レキ‥‥だってたっくんだもん」

 




 
 凄い武器を絶対に持たせてはいけない人に持たせると、とんでもないことになるんですね(コナミ感)

 


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101話

 気が付けばもう11月。冬に近づきつつあり、年末のカウントダウンが近づいてきましたね
 時間と体力があればなぁ‥‥今年中にアメリカ編、終えるかなぁ(白目)


「うおおおおおっ‼どこだーっ‼」

 

 タクトは叫びながら手に入れたMining Laserを撃ちながら施設内を駆けまわる。設定をエクスプローシブにしているためあちこち爆発が起きていた。

 

「うーん、なかなか見つからないなぁ。さてはあいつ照れて隠れてやがるな?照屋さんめっ」

 

 ジーサードは見た目からしてプライドが高く、ツンデレな性格も合わさり照れすぎて出てこれないのだろうと考えたタクトはニヤニヤしながら大きく息を吸って大声で叫んだ。

 

「サードちゃーん‼出てらっしゃーい‼照れて出てこれないならこっちからあぶり出してあげるぜーっ‼」

 

 ノリノリなタクトは再びMining Laserの引き金を引いて乱射し続けた。しかし何処に行けばジーサードがいるのか、自分が迷子になっている事も気づかないまま只管施設内を駆けまわり続けていた。

 

「ここの階にはいそうにないな‥‥よっしゃ次ッ‼どんどん撃ちまくるぜーっ‼」

 

 上の階を破壊し続け、次の階へと降りて再びレーザーを撃ちながら探していく。もうMining Laserに夢中で本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。

 

__

 

「ちょっと敵の数が多くなってないか!?」

 

 一方、カズキ達は階段で下の階へと降りながらジーサードがいるとされる地下三階を目指していた。しかし降りて次の階段のある通路を目指して駆けていくたびに迷彩柄の兵士達、アーノルドのコマンドー部隊が待ち構えていた。

 

 進んでいくたびに行く手を阻むかのように待ち構えている兵士達の数がどんどんと増えていく。もう既にグレネードやフラッシュバンは使い果たした。

 

「ああくそっ!猛攻が激しいっての‼」

「頭痛が痛いみたいだな」

 

 

 カズキは相手の弾幕の多さに焦りながら愚痴をこぼし、ナオトは冷静にツッコミを入れていた。行く手を阻んでくるコマンドー部隊の攻撃が激しく、いくら撃ち返しても激しさは収まることは無い。このままだと此方が先に弾数も尽きてしまう。かなめは状況が著しくないことに焦りを感じていた。

 

「サードの下に辿り着けるまで弾はもってほしいですね‥‥」

「あー、こう一気にショートカットできればなー‼」

「‥‥要は下へいけばいいんだよな?」

 

 カズキの一言にナオトはピクリと反応した。何か考えが閃いたのだろうかナオトは何処か自信に満ちた表情でカズキを見つめていた。

 

「おっ?ナオト、いい考えがあるのか?」

 

「なんだろうか、こいつらのいい考えってだいたいろくな事がねえ気がするんだが…」

「フランクさん、先輩たちの行動に慣れないとついてこれないですよ?」

 

 かなめは既に色々と察しているようでどこか遠い目をしおり、これからナオトが何をしでかすのか不安と心配に満ちていた。

 

「それで、何をするんだナオト?」

 

「…準備するからカズキ達は守ってて」

 

_

 

「隊長‼配置完了致しました!」

「うむ‥‥」

 

 部下の伝令にアーノルドは静かに頷いた。自分達は先回りして迎撃態勢に入っている。守りの布陣は完璧で、こちらはあらゆる状況に合わせた連携もあり易々と突破できない。ここへ辿り着く前に弾は底つき戦う術はなくなりお縄につくだろう。それにしても、アーノルドはいくつか気になっていた。

 

「ジーフォースと共に行動していたあの連中、新しいジーサードリーグのメンバーか?それに上階の爆発が気になる‥‥あのジキル博士も気にはなるが、侵入者を捕えたらすぐにジーサードを引き取るとしよう」

 

 アーノルドは腕時計で時間を確認する。戦いからある程度の時間は過ぎた。地下二階からこの地下三階へ辿り着くにはかなり遠回りしなくてはならない。突破された報告もない所から今も尚抗戦中か、もしくはそろそろ戦いが終わる頃かのどちらかだろう。

 

 その時、天井に小さな白い火柱が噴き出した。しかもその火柱は円を描くようにあちこち次々に噴き出して来る。次第に火柱が大きくなると弾けるような音を響かせて瞬く間に消えていった。アーノルド達は何事かと見上げていたが、また小さな爆発音が響くと円を描くように火柱が吹いていた箇所の天井がこちらに向かって落ちてきた。

 

「た、退避っ‼」

 

 突然の事でアーノルドは驚き、部下達に指示を出して急いでその場を離れた。何とか落ちてきた瓦礫に埋もれる事は避けたが舞い上がる煙の中から人影が見えた。

 

「うん‥‥この手に限るな」

「げほっ、げほっ‥‥ナオトーっ‼お前、またテルミットとヒートチャージで床をぶち抜きやがって‼焦ったじゃねえか‼」

「しかもさらに爆発させて落とすんですから一歩間違えてたら死ぬ所でしたよ!?」

「自ら床を落とすとかシャレになんねえよ!?ひでえサプライズだなおい!」

 

 煙の中から見えたのは上の階で出くわしたカズキ達だった。ナオトがテルミットとヒートチャージを使って床をぶち抜き、一気に地下三階へとショートカットをしたのだった。かなめとフランクも文句を言うが当の本人はうまくいったので満足していた。

 

「いいじゃないか、近道で来たんだから」

 

「ま、まあな。これでジーサードを…って、敵のど真ん中じゃねえか!?」

 

「驚いた…そんな手で近道してくるとはな」

 

 ゴリ押しで近道をしてきたカズキ達にアーノルドは感心しながらノベスキーN4を構えた。自分の想像の斜め上をいく彼らはある意味危険だ。彼らをジーサードの下には行かせるわけにはいかない。

 

「撃て―――っ‼」

 

「っ!やるしかない…っ‼」

 

 アーノルドの合図と共に掃射される前にかなめがアーノルドの懐へと迫り、単分子震動刀を振るった。アーノルドは躱して照準をカズキ達からかなめへと変えて撃つ。

 

「時間を稼ぎます!先輩達ははやく向かってくださいっ‼」

 

「かなめちゃん、無茶だ!」

 

 たった一人でこの数と筋肉モリモリマッチョマンの軍人を相手にするのは無謀すぎる。カズキとナオトはかなめを援護しようとしたがかなめは首を横に振り、携帯電話ほどの電子機器を投げ渡した。

 

「多人数を相手するのは慣れてますから。サードを、兄を助けにいってください…‼」

 

 かなめはそのままコマンドー部隊の中へと突き進み単分子震動刀を振るう。相手の銃器を切断し、相手を投げ、蹴り倒し道を切り開いていく。

 

「‥‥わかった!カズキ、行くぞ」

「待っててくれよかなめちゃん!すぐにジーサードを助けて向かうからな!」

 

 カズキとナオトはかなめが作った突破口を駆け抜けていった。アーノルドは行かせまいとカズキとナオトに向けてノベスキーN4で狙い撃とうとした。

 

「そうはさせっかよ!」

 

 アーノルドが引き金を引く前にフランクが跳び蹴りを入れ、怯んだアーノルドの顔を殴った。フランクの乱入にかなめは目を丸くして驚いていた。

 

「フランクさん…!」

「この場を女の子一人に任しちゃジャーナリストが廃るぜ…!奮発する代わりにいいネタを後でくれよな!」

 

「今度はジャーナリストか…」

 

 アーノルドは流れる鼻血を吹いてフランクを睨む。フランクは余裕綽々の表情で拳を構えた。

 

「ジャーナリストを舐めんなよ!てめえなんか怖くねえ!銃なんか捨ててかかってきやがれ!」

 

 挑発するフランクにアーノルドはニヤリと笑いノベスキーN4を投げ捨てフランクへと駆けると拳で勢いよく殴り飛ばした。

 

「いいだろう。殴り合いは嫌いじゃない、相手になろう!」

 

 思った以上のパンチの威力にフランクは鼻血を拭い拳を構える。内心もつかどうか不安は過るが、あの二人がジーサードを助け出せば戦況をひっくり返せると信じた。

 

「治療費、あいつ等に請求できっかな…!」

__

 

「急げ急げ!ナオト遅れんなよ‼」

「遅れてるのお前だから」

 

 カズキとナオトはジーサードが囚われいる部屋へと只管駆けていた。かなめが投げ渡した電子機器にはジーサードが何処にいるのか液晶画面にはマップが表示されており、その道へと向かって進んでいる。

 

「それにしてもさっきから敵に出くわしてねえな。今が絶好のチャンスじゃね?」

「罠かもしれない…」

 

 ナオトは気にはしつつしているがもうすぐジーサードが囚われている場所へと辿り着く。目的地へと着いた場所はやけにだだっ広い空間のある場所だった。その広間の先に分厚い鉄製のドアが付いている箇所がある。マップにはそのドアの先にジーサードがいると表示されていた。

 

「あそこにジーサードがいる…!」

「よっしゃ!あとはハッキングしてもらって開ければ俺達の勝ちだぜ‼」

 

 カズキははしゃぎながらドアへと向かおうとした。ナオトはほっと一息つこうとしたが何かの気配を察し、カズキの襟をつかんで引き下げた。カズキが勢いよく引き戻されたと同時に足下に銃弾を掠めた。

 

「ゴールインのところ悪いねー、そうは問屋が卸さないんだよ」

 

 ケラケラと悪戯っぽく嘲笑う声が響くと正面の空間が歪んだ。何事かとカズキはギョッとするが正面の場所から一枚の光屈折迷彩のコートが落ちてM39を構えているジキル博士が現れた。それだけでなく、カズキとナオトを囲うように周りから次々と光屈折迷彩のコートを脱いだ白い兵装の兵士達が現れた。

 

「あーっ‼えーと…ナオト、誰だったっけ?」

「‥‥博士的な人?」

 

「残念、あと一歩のところだったねー。ここに来るまでずっと待ち構えていたんだ」

 

 あんまり覚えていないカズキとナオトには気にはせずジキル博士はケラケラと笑う。ナオトは動こうとしたが周りにいる兵士達が二人に向けて銃口を向けている。下手に動けば蜂の巣にされてしまう。

 

「せっかく取り戻したサンプルをみすみす明け渡すわけがないだろう?君達がわざわざ乗り込んでくれたおかげで種馬(ジーフォース)も手に入る。欲を言えばアダマンチウムも欲しいんだけどね!」

 

 嘲笑うジキル博士はすっと右手を上げる。その合図に兵士達はカチャリとリロードして銃口をカズキ達に向けた。

 

「君達のサンプルも欲しいんだけど、生憎ネモが君達を嫌っていてね。ここで片付けてもらうよ」

 

 ジキル博士の右手が振り下ろされ、兵士達は引き金を引いてカズキ達をハチの巣にしようとした。その寸前、天井で爆発が起きた。爆発で出た瓦礫がカズキ達やジキル博士たちに向かって落ちてきた。兵士達は撃つのをやめ、ジキル博士を守りながらその場を引く。カズキとナオトも慌てて離れるが、落ちてきている瓦礫に紛れ喧しい奇声が聞こえた。

 

「うおわあああああああああああっ!?」

 

「今の声って‥‥もしや」

 

 カズキは目を凝らして見ると、瓦礫の中からタクトが飛び出して来た。土埃にまみれたタクトは咳払いをしながら誇りを落とす。

 

「うぇっほ‼げっほ‼ふぃー…あぶねー、危うく爆発に巻き込まれるところだったぜー」

 

「たっくぅぅぅん‼」

「たっくん‼」

 

 半ば喜び半ば何してんだよお前と思いながらタクトを大声で呼んだ。ナオトとカズキに気づいたタクトはドヤ顔で手を振った。

 

「よっ、お前ら待たせたな!」

「おせーよバカ‼」

「というかお前何処で何してたんだよ‼」

 

 手のひらを返す様に文句を言うカズキ達に向かってタクトは自信満々にMining Laserを見せて胸を張った。

 

「いやー、このレーザー銃を撃ちながら進んでてさ、間違えて床に撃っちゃったぜ。とこでお前らこそ何してんの?」

 

「たくおーっ‼目的忘れてるじゃねえか!?」

 

 タクトはカズキ達のピンチに駆けつけてきたわけでもなく、ジーサードを助ける為に追いついてきたわけでもなく、本来の目的をすっかり忘れてただレーザー銃を撃っていただけだった。

 

「僕のオモチャを勝手に持ち出して暴れるなんて‥‥いやはや君達の行動には毎度驚かされるなぁ」

 

 ジキル博士は感心する様にタクト達に拍手をしていた。しかし拍手をすぐに終えるとパチンと指を鳴らし兵士達に一斉掃射の合図を出す。

 ナオトはすかさずタクトの腰につけているポーチを開けて発煙手榴弾とスタングレネードを取り出してピンを引き抜いてジキル博士達に向けて思い切り投げた。煙と爆音と閃光が放たれ兵士達は怯むが、すぐさま煙に向けて掃射された。カズキ達は瓦礫を盾に伏せて弾に当たらないようにしているが持ちこたえるには無理がある。

 

「ちくしょう!もう少しで辿り着けるってのによ‼」

「ハッキングで開けるのにも時間がかかるだろうし…」

 

「そう言う事ならこのお笑いパトレイバーに任せておきなっ!」

 

 愚痴る二人にタクトはドヤ顔を見せる。何処からそんな自信があるのかカズキとナオトは不安気であるがタクトは気にせずMining Laserを構えて狙いを定めた。

 

「えーと、煙で見えないけどこの先だったな」

「え、たっくん?何すんの?」

 

「いくぜ!ダークゴッドレッドマウンテンブラストーッ‼」

 

 Mining Laserから赤い閃光が放たれ、直撃した鉄製のドアは跡形もなく爆発を起こした。ハッキングで開けるどころか爆発させてこじ開けたことにカズキとナオトはポカンと口を開けて目を丸くした。

 

「ば、爆発したーっ!?」

「たっくん!?あれは流石にジーサードも巻き込まれたんじゃないの!?」

「‥‥あ、いっけね。設定をエクスプローシブにしたままだった」

 

 慌てる二人にタクトはやっちゃったぜとテヘペロをした。兵士達は彼らに向けて撃っている最中にレーザー銃でドアを爆発させたことに驚き撃ち止めて爆破した所を見ていた。爆破された箇所からもくもくと白い煙が舞い上がる。その時、煙の中から人影が素早く駆けジキル博士に迫ると、ジキル博士の顔面目掛けて強烈な蹴りが入れられた。メリメリと鉄のブーツが顔に直撃し、ジキル博士は思い切り蹴り飛ばされた。

 煙が晴れ、立ち上がる人影が露わになる。そこにいたのは両手に何重もの手錠を掛けられていたジーサードだった。ジーサードは蹴り飛ばして床に大の字に倒れているジキル博士を睨み、ふんと鼻であしらう。

 

「ふん‥‥本当は思い切りぶん殴りてえが、今は蹴りで我慢してやる」

 

 兵士達はすぐにジーサードに向けて掃射する。ジーサードはひらりと躱して大きく跳び、カズキ達の下に着地した。

 

「三ちゃん‼待ってたぜ‼」

「三ちゃんって呼ぶな!というか爆発させたのてめえらか‼俺を殺す気かバカヤロウ!?」

 

 喜ぶカズキ達にすぐさまジーサードはツッコミを入れた。色々とツッコミを入れたいところはあったが、ジーサードはやれやれと肩を竦めて苦笑いをした。

 

「だがまあ助かったぜ。ありがとよ」

 

「おやおや?照れちゃってさー。もっと素直になっていいんだぜぇ?」

「もっと俺を褒めたたえろ?」

「うん、やっぱお前らから先に殴りてえわ」

 

 ニヤニヤするカズキとタクトに一瞬むかついたが、それより先にしなければならない事がある。

 

「さっさとここから出るぞ…‼」

 

「おっけーい‼逃げるがカティってな!」

 

 タクトはポーチからフラッシュバンを取り出しピンを引き抜いて投げた。閃光で怯んだ隙にジーサードが先頭を切って駆けて蹴り倒していく。追ってこさせないように彼の後ろにカズキとナオトがついて撃っていった。

 

「ったく、手錠さえ外れれば戦いが楽になるんだがな…!」

 

 ジーサードは何重にもかけられている手錠を見ながら愚痴をこぼした。そんなジーサードにタクトは顔を覗かせる。

 

「それならいい道具がありますぜ‼このレーザー銃で焼き切るとか!」

「だからてめえは俺を殺す気か!?」

 

___

 

「フランクさん、大丈夫ですか!」

 

 かなめはふらふらになっているフランクを心配そうに声を掛けた。自分がコマンドー部隊と戦っている間、フランクはアーノルドと殴り殴られを繰り返す肉弾戦を繰り広げていた。フランクはキックやジャイアントスイングなど駆使して戦っていたが、体格差もあるせいかアーノルドが一枚上手で押され気味だった。

 

「くぅっ‥‥ただの軍人ならどうにかなると思ってたが、少しまずいぞ…」

 

 フランクはよろけながらもアーノルドを睨む。一方のアーノルドはまだまだ余裕のようで、更にフランクへと攻撃を仕掛けた。

 

「どうした!そんなものかジャーナリスト‼」

 

 このままだとフランクが危ない、かなめはアーノルドへと迫り単分子震動刀を振るった。かなめの行動に察したアーノルドは身を躱し、裏拳でかなめを吹っ飛ばした。

 

「うぐぅっ…!?」

「悪いがジーフォースといえど手加減はできん。下手に手を抜くと此方がやられるのでな」

 

 アーノルドは先にかなめを倒すことに決めた。痛みに耐えながらも起き上がろうとするかなめにトドメの一撃を入れようとした。その時、こちらに向かって何かが迫ってくるのに気づいた。視線を気配のする方へと向けるとジーサードがアーノルドに向けて飛び蹴りをかましてきた。アーノルドは片腕で防御をし、受けた衝撃で後ずさる。

 

「くっ…ジーサード‥‥‼」

 

「久しぶりだな、大佐。再会を喜びてえが‥‥俺の妹に手を出そうとしてんなら容赦はしねえぞ?」

 

「サード…‼先輩達、やってくれたんですね…!」

 

 かなめはジーサードが助けてくれた事、カズキ達がジーサードを助け出すことに成功したことに目を潤わせる。目に涙をこみ上げるかなめにジーサードは優しく笑う。

 

「悪いな、かなめ。待たせちまったな‥‥後は任せておけ」

「うん‥‥‼」

 

「ちょっと速いっての‼照れ隠しはよせよこのやろー!」

「‥‥空気読んで」

「だからこのレーザー銃でry」

 

「お前等はもう少し雰囲気とか察せよ!?」

 

 折角いい雰囲気だったのに後から文句を言いながら追いついてきたカズキ達にジーサードはツッコミを入れた




 マーベルVSカプコンでもできなかったフランクVSコマンドー。フランクさんはゾンビ無双したり、臓物抜きしたりジャイアントスイングしたりと肉弾戦はお強いのですが、ここはコマンドーに軍配。

 中の人、他の作品ではプレデターと戦ったり、未来から来た兵器と戦ったりしてますから‥‥(震え声)


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102話

 やっとジーサードと合流、ここから脱出できるか、シュワちゃry…アーノルドに果たして勝てるのか…というあらすじだけれども少しゴリ押し気味…(土下座)

 そう言えばガイノイドのLooちゃんは人と同じ肌触りの様です。
 つまりぴっちりとした白スクのお腹の下のわれ【このコメントは削除されました】
 


『ケイスケ!ジーサードを救出できたぞ‼』

 

 カズキの喧しいくらいに響く声が無線に響く。その報告を聞いたケイスケは待ちかねたかのように笑みをこぼした。

 

「やっとか!ここを片付けたらすぐに迎いに行く‼さっさとそこから出ろよ!」

 

 ブラックホークとLooを撃ち落とさんとミニガンを装着された戦闘ドローンを全て撃ち落とし、外で戦闘をしているローガンの援護して施設から脱出するカズキ達を無事に迎えなければならない。ケイスケはM134ミニガンの引き金を引いて次々と戦闘ドローンを撃ち落としていく。気合いで奮戦するケイスケの様子に見ていたマッシュは苦笑いをした。

 

「…本当にゴリ押しで押し通すとはな、面白い連中だな」

 

 自分を倒したあの遠山キンジのように、自分の予想を簡単に塗りつぶして超える。まあこの4人組の場合は別の意味で予想を覆してくれたが。

 

『あ、そうそう、たっくん見つけたから』

「あのバカやっと見っけたか!後でしめてやるから覚悟しとけって伝ろ」

 

 思い出したかのように無線で報告してきたカズキの一言にケイスケは瞬く間に鬼の形相に変わった。本来ならばケイスケと共に行動するはずだったのにタクトの突発的な行動で一時ハチャメチャになった。果たして当の本人は反省しているかどうか。

 

「というかたっくんは何してたんだよ?」

『たっくんはry』

 

 突然カズキの無線の声をかき消すかのように喧しいぐらいの爆発音が響いた。いきなりの爆発音にケイスケとマッシュはぎょっとする。

 

「おい!?今の爆発は何だ!?」

『ちょ、たっくん‼いきなりそのレーザー銃で爆発させんなよ!?』

『任せとけ!俺が突破口を開けてやるから‼』

『いやまだジーサードが戦ってる最中なんだけど!?当たったらどうすんだ!?』

 

「爆発の原因やっぱお前か‼」

 

 ケイスケの怒声が響く。さっきから施設内で爆発が起きていたのだがあれは敵の罠か、またはたタクトが何かやらかしているのかと気にはしていたがやはりタクトがやらかしていた。作戦がハチャメチャになった全ての元凶は反省の色は見せずかなりはしゃいでいる様子だ。ケイスケは鬼の形相で無線を繋ぐ。

 

「たっくん、次爆発させたら‥‥ぶん殴る」

 

 ケイスケの一言に無線に響いていた爆発音が一瞬にして止んだ。ケイスケが相当お冠だという事を察してくれたようだ。しかしどちらにしろケイスケの説教は免れない。ケイスケはストレスを発散するかのようにM134ミニガンで怒声を飛ばしながら戦闘ドローンを撃ち落としていった。

 

「‥‥前言撤回だ。やっぱりこいつら滅茶苦茶だ」

 

 ケイスケ達のやり取りを見たマッシュは遠い眼差しで遠くを見た。本当にカズキ達は無事にジーサードを連れて抜け出すことができるのだろうか。

 

「うし、今度はあいつ等が無事に乗れるよう外の敵を片付ける!おっさん、下降してくれ‼」

 

「了解、撃ち落とそうとしてくる敵の弾に当たらないようにお気を付けて!」

 

 アンガスは意気揚々とブラックホークを降下させていく。施設へと近づいていくと案の定白い兵装をした兵士達と迷彩柄の兵士達がブラックホークを撃ち落とそうと狙い撃ってくる。

 

「しつけえっての…‼」

 

 ケイスケは舌打ちしながらM134ミニガンを撃つのをやめてM16に持ち替えて低姿勢で狙撃をし、レキはドラグノフで黙々と狙撃し相手の手や足を狙っていく。ロケランやグレネードで落とそうと狙っている相手はローガンが迫り倒してった。ここを片付くのははやく済みそうだ。

 

「後はあいつ等が来るのを待つだけ、早く来いよ…‼」

 

__

 

「ジーサード‼逃がしはせんぞ‼」

 

 アーノルドの拳が勢いよく素早く振り下ろされる。ジーサードは何重もの手錠で塞がれている両手で受け止めた。アーノルドの力が強く、受けとめた両腕はミシミシと痛みと共に骨に響く。

 

「っ!この手錠さえ取れればな…!」

 

「そうだ、この単分子震動刀で手錠が切れるんじゃね?」

「いや、ここはこのレーザー銃でry」

 

「レーザーは遠慮しておきます!サード、今その手錠を切ってあげるね!」

 

「そうはさせん‼他の者はジーフォースとその仲間を仕留めろ‼」

 

 アーノルドの指示に迷彩柄の兵士達はかなめの行く手を阻むように陣形をとって掃射してきた。阻まれたカズキ達は物陰に隠れて銃弾の雨霰から逃れる。少しでも顔を覗くと体をハチの巣にする勢いで撃ってくる。

 

「しつこい連中だな…‼」

「これじゃあジーサードの下へ行けれねえぞ」

 

 ジーサードと離されてジーサードは両手が塞がれたままアーノルドと肉弾戦で戦っており、アーノルドに押され気味になっている。こちらも迷彩柄の兵士達がじわじわと近づいてきていた。

 

「ナオト、このまま一気に特攻するか?」

 

「まあ待ちな、ここは七転び八起きの化身の俺に任せておけ!」

「たっくん、どうせ爆破しかしないでしょ?」

 

 いい考えがあると乗り出すタクトにナオトはMining Laserで爆破するに違いないと案じていたが、そんなナオトにタクトはドヤ顔でニヤリと笑う。

 

「俺が何度も爆発させると思っちゃら大間違いだ!見とけよ見とけよー‼」

「ちょ、タクト先輩、あぶなry」

 

 かなめの制止を聞かずにタクトはごろりと転がって物陰から飛び出す。飛び出して来たタクトに迷彩柄の兵士達は一斉に銃口を向けた。しかし、それよりもタクトは早くMining Laserを相手の天井へと向けた。

 

≪Scatter≫

 

「いくぜっ‼レッドマウンテン拡散ブラストーッ‼」

 

 タクトがMining Laserの引き金を引くと銃口から赤い閃光が拡散して放たれた。天井に広範囲に当たり、バラバラと迷彩柄の兵士達の頭上に瓦礫が落ちてきた。兵士達は頭に当たらないように避けようとして隙ができ、かなめはそのチャンスを逃さずに駆けた。敵の間を縫うように駆け、一気にジーサードの下へと駆けていく。向かわせまいと兵士達はすぐさまかなめに向けて撃とうとしたがカズキがMP14EBRを、ナオトがAK47を撃ってかなめの援護に入った。そんな二人にタクトはカッコイイポーズでアピールをする。

 

「どうだ!爆発だけじゃなくて拡散をたくさん撃てるんだぜー!」

 

「わっ、たっくん、クソギャグが冴えてるな!」

「そんな事よりかなめとサードを援護しつつ退路を作るぞ!」

 

 外野で喧しく騒ぐカズキ達は二人の援護をしつつ行く手を阻む兵士達を倒していき退路を作っていく。アーノルドの攻撃を避け、足で戦っていたジーサードの下へかなめが駆け寄って来た。いつでも手錠を切れるよう単分子震動刀を引き抜いている。アーノルドは腰のホルスターからベレッタM92を引き抜いて銃口を向けた。

 

「やらせはせんぞ…!」

 

 ベレッタM92の引き金を引こうとしたが、フランクの蹴りに手が直撃し手からベレッタM92が落とされた。フランクはフラフラになりながらもニヤリと笑った。

 

「カワイ子ちゃんに銃口を向けるのは野暮だぜ?ジーサード!後でいいネタをくれよ‼」

 

 かなめが振り下ろした単分子震動刀はジーサードの両手を塞いでいた何重もかけられた手錠を簡単に切断した。自由になった両手を握り締め、ジーサードは不敵に笑った。

 

「嫌という程のネタをやるよ。だが終わった後だけどな‼」

 

 その数秒後、ジーサードの目にも止まらぬ速さで放たれた拳がアーノルドのボディに思い切り直撃した。アーノルドは苦痛に後ずさりするがすぐに立て直して拳を構える。対峙するジーサードは感心する様に頷いた。

 

「やっぱすげえな、あんた‥‥兄貴の桜花を真似て打ったんだがな」

「膝をつくものか。私はこの国を、正義を守る軍人だ!」

「‥‥その軍人が、なんでこんな所で油を売ってんだよ‼」

 

 ジーサードの言葉にアーノルドはピクリと反応して揺らぐ。我々は大統領を守らなければならない。それなのに何故自分達はこんな所にいるのか、振り払っていた疑問がこみあげてくる。ジーサードは市民からも、軍の一部からも、そして大統領からもヒーローだと信じていた。もし、ジーサードが誰かの罠に嵌められて囚われていたのなら、それならば副大統領の命令は正しいかったのか、自分の正義は何処へ向ければいいのか迷った。

 

「私は‥‥今成すべきことをせねばならんのだ…‼」

 

 今は脱走しているジーサード及び侵入してきたジーサードの仲間を捕える事に集中した。迫るジーサードに向けて力強く拳を振るう。殴られ、殴り返し、技も何もない力押しの殴り合いが繰り広げられた。しかしアーノルドは押され、ジーサードが押していた。アーノルドは彼の拳に強い意志が握られいる事に気づく。

 

「今成すべきことよりも‥‥よく考えて行動しやがれ‼」

「…っ!?」

 

 一気に迫ったジーサードにアーノルドはすかさず拳を放つがジーサードはそれをギリギリのところを躱し、全身の筋肉と関節と骨を連動させ音速をも超える速さで拳を思い切り放った。大きな轟音を響かせ直撃したアーノルドは吹っ飛ばされる。壁に思い切りぶち当たり、アーノルドは仰向けに倒れた。

 

「うぐぉ…な…何という力か‥‥‼」

 

「や…やっぱあんた化け物だな。三倍流星を思い切り当てたのに気絶すらしてねえ‥‥」

 

 ジーサードは息を荒げながらもアーノルドのタフさに驚く。直撃してアーノルドを倒すことはできなかったがダメージが大きく動けない様子にほっとする。

 

「悪いがここを抜けさせてもらうぜ。これから殴り込みにいかなきゃなんねえからな」

 

「ぐ…何処へ行くつもりだ…!」

 

 力ずくでも体を動かして起き上がろうとするアーノルドに背を向けて歩くジーサードは振り返る。

 

「よく考えてろ。そうしねえとてめえは何時までも誰かの手のひらで踊らされてるだけだ」

 

「こらー!いつまでカッコつけてんだよ‼早くないとおいてくぞ照れ屋さんめ‼」

「俺の方がカッコイイ‼ほら、ナオトもクラウドドゥッドゥドゥッドゥ?」

「は?お前途中で噛むなよ。何言ってるか分かんねえし」

 

「せ、先輩!こ、ここは空気を読んで静かにしててくださいよ…‼」

 

 かなめにつっこまれても自己主張が激しいカズキ達にジーサードは肩を竦んで大きくため息をついて退路を切り開いているカズキ達の下へと進んでいった。よく考えろと言われたアーノルドはじっと黙ったまま、遠くなる彼らの背中を見つめていた。

 

___

 

「あいつ等まだ来ねえか!」

 

 ケイスケは半ば苛立ちながらブラックホークを守りつつカズキ達が戻ってくるのを待っていた。狙い撃ってくる相手はレキがドラグノフで狙撃し、近寄る相手はローガンが倒し、ケイスケは援護をして奮闘したためヘリの守りは万全だが油断はできない。

 

「見えたぞ…!うまくいったようだな!」

 

 ローガンの声にケイスケは視線を向ける。施設の入り口を蹴り開けて、飛び出す様に走るカズキ達の先頭を賭けるジーサードの姿が見えた。

 

「よし!こっちだ‼早く乗れ‼」

 

 ブラックホークのプロペラがフルに回転し、いつでも浮上できるよう準備をし、轟々と響く風と音の中でケイスケは手一杯手を振る。彼らを回収をし、大統領を護衛しつつ移動しているカツェらと合流し一気にホワイトハウスへと向かう。

 

「あれって…『ウルヴァリン』じゃねえか!?お前らどうやって連れてきたんだよ‼」

「全て俺の活躍!」

「後でサインもらわなきゃな!」

 

 ブラックホークに乗り込んだローガンを見てジーサードはドヤ顔をするタクトを無視して大喜びして笑う。後は駆けこんで乗り込みこの施設からオサバラするだけ。カズキ達は意気揚々と走るが、その時後方から誰かが叫ぶ声が聞こえた。ちらりと振り向くと、倒れて動けなかったはずのアーノルドが部下達と共に追いかけてきていた。

 

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ‼」

 

「なっ!?やっぱあいつ化け物だろ!?」

「やべえ‼筋肉モリモリマッチョマンの変態が来てる‼」

「い、急ぎましょう…‼」

 

 アーノルドのタフさにカズキ達はギョッとして足を速める。同じくケイスケもカズキ達を追いかける筋肉モリモリマッチョマンにギョッとしていた。

 

「なにあれ怖いんだけど!?急いで来いよ‼」

 

 ブラックホークはすぐに飛び立てるようゆっくりと浮上しだす。一番先頭に駆けていたジーサードは転がり込むように乗り込み、カズキ達も続けて乗って行く。最後尾で走っていたタクトにケイスケは手を伸ばす。しかしタクトは逆にケイスケの手を引っ張りケイスケを無理矢理下ろして逆に自分が乗り込んだ。

 

「おぉい!?たっくん、何しやがる!?」

 

「あ、ごめーん。つい?」

「ついじゃねえよ!?しばくぞ‼」

「いいから早く乗れっての‼」

 

 ここでコントをしている場合ではない。アーノルドはもう間近に迫って来ていた。タクトの手を取りケイスケが乗り込む。

 

「よっしゃ‼このまま大統領と合流だぜ‼」

 

 タクトのはしゃぐ掛け声とともにブラックホークは急上昇し、高く飛んでいたLooと共に飛び立っていった。アーノルドはあと少しで捕らえたところ逃げられたジーサード達を、ブラックホークが飛んでいった方角をじっと見上げていた。怪我を負いながらもじっと立っているアーノルドに部下達は心配そうに声を掛けた。

 

「た、隊長…このまま彼らを追いかけますか…?」

 

「‥‥」

 

 アーノルドは返答はせずに黙ったまま立っていたが、すぐ唸りながら考えてだした。タクトが叫んでいった言葉が気になっていた。『このまま大統領と合流』と、つまり彼らの下に大統領がいることであり大統領が無事であることだ。それならば何故ジーサードは『殴り込みをする』と言ったのか。アーノルドは深く考えた。

 

「‥‥大統領を連れて何をする気だ…?いや、彼らを陥れたのは誰だ…?」

 

 追うとなれば彼らは何処へ向かうのか。大統領と共に向かうのとすれば、彼らの行く先はホワイトハウス。それならば『殴り込み』をする相手は、この事件の真実と黒幕は‥‥。考え込んだアーノルドは一つの答えに辿り着いたのか、ゆっくりと顔を上げる。

 

「行くぞ‥‥」

 

「え‥‥い、一体どちらへ‥‥」

 

「奴らの行先だ。装甲車、戦車、それにありとあらゆる火力を詰め込んで向かうぞ」

 

「‥‥た、隊長、何が始るんです?」

 

 恐る恐る尋ねる部下にアーノルドはきっぱりと答えた。

 

 

「大惨事大戦だ!」

 

___

 

 ヒューメイン研究所地下三階の広いエリアで、ジーサードに顔面を思い切り蹴られて大の字に倒れているジキル博士は寝息を立てていた。何時まで経っても起きないジキル博士に白い兵装の兵士の一人があやす様に声を掛けた。

 

「あの…博士?そろそろ起きた方がよろしいのでは…?」

 

「‥‥起こさないでくれたまえ。僕はこれからふて寝をするんだ」

 

 駄々をこねる子供の様にジキル博士はそっぽを向く。ジーサードに蹴られたというのにピンピンしているジキル博士に兵士の一人はため息をつきながら声を掛け続ける。

 

「…では、提督殿に現状を報告してもよろしいので?」

「ジーサードに蹴られるのはへっちゃらだけどネモにしばかれるのは嫌だなぁ」

 

 ジキル博士は渋々と起き上がり、「次はどうしようか」と寝ぼけたように呟きながらポリポリと頭を掻いた。ジーサードにまんまと逃げられてしまったのだがジキル博士は全く気にはしていないようだ。

 

「あいつ等が大統領と合流するとなると‥‥次はホワイトハウスだろうねぇ」

 

 ジキル博士は面倒臭そうに愚痴をこぼす。次の手はどうするのか部下達はじっと見つめていたが、ジキル博士はポンと手を叩く。

 

「‥‥まるで将棋だな」

「は?」

 

 突然意味の分からないことをつぶやくジキル博士に部下達は困惑するが、ジキル博士は気にもせず白衣のポケットからPSPのような形をした携帯ゲーム機を取り出す。

 

「ここはやっぱり大統領を先に潰しておこうか。ネモも副大統領も大喜びで万々歳だ」

 

 ジキル博士は無邪気な子供の様にケラケラと笑いその場に座り込んだ。部下達は何をするのか戸惑うがジキル博士は気にもしない。

 

 

「アイアンブリゲイド試作一号、いっきまーす!」

 

 ジキル博士は楽しそうに叫びながらゲーム機の電源のスイッチを押した。




 ヒューメイン研究所からの脱出。後は大統領と合流してホワイトハウスへ殴り込み‼
 中盤が過ぎてようやく終盤へと近づいてきました‥‥近づいたのかなぁ(白目)

 ちなみに、ジキル博士のモデルは海外ゲーム、やべー生物を沢山保管しているS〇P財団のいかれたやべー博士です。


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103話

 11月中にもう一話更新‥‥に間に合わなかったよ(白目)
 12月です。新年まであとわずか…‼


「事態は一体どうなっているのだ?」

 

 アメリカ、ワシントンD.Cの中心に所在してあるホワイトハウス。その執務室にて大統領不在の為代理として務めている副大統領、リチャード・フランプは厳めしい顔つきで窓から外の景色を覗く。

 ネモと手を組んでアメリカを我が物にするために大統領を誘拐させ、その罪をジーサードに擦り付けて両者始末する計画はすべてうまくいくと思っていた。しかし、何処からか現れた訳の分からない連中のせいで計画が狂ってしまった。

 ネモの付き添いでいたジキル博士は『彼ら』と言っていたが、詳しくは話さないまま何処かへ行ってしまった。その『彼ら』に大統領が奪還され、FBIやCIA、そして各軍に追跡をさせているのだが一向に手応えがない。情報も報告も一切来ないままただ時間ばかり過ぎていく。リチャードは苛立ちながらデスクを叩く。

 

「くそっ…!何時まで待たせる…‼」

 

 このまま待たされても時間がない。いくら隠蔽しようがいずれ内部で不審に思う連中が現れるに違いない。ジーサードを支持している一部のFBIやCIA、そして軍や中にはジャーナリストが独自で調べるだろう。このままだと隠しきれずバレてしまうだろう。

 かくなる上は大統領は殺害されたと報道させ、ありったけの軍事力をぶつけて強制的に武力行使を行い始末するしかないとリチャードは行動しようとした。

 その時執務室のドアが勢いよく開き、黒いスーツを着た副大統領の秘書が慌ただしく入って来た。その様子からやっと何かしらの情報が得たのかとリチャードは期待と時間がかかり過ぎたことの怒りで秘書を睨んだ。しかし、秘書が述べた報告はリチャードの考えとは違っていた。

 

「ふ、副大統領…‼ウエストバージニア州、副大統領直属の軍事基地に収容してありましたアイアンブリゲイド試作一号が勝手に起動‼施設を破壊し外へと移動しました‼」

 

 その情報を聞いたリチャードは一瞬ふらりと倒れそうになった。ジーサードの連中を簡単に蹴散らした戦闘兵器である旧称トレンチことアイアンブリゲイド。対異能者やアメリカに仇なす武装組織や国家を殲滅させる為に製造計画を立てていたが大統領に阻止され一度は消えたが、ネモやジキル博士といった『N』の助力のおかげで水面下で立ち上がった。

 ジキル博士の改造によってアイアンブリゲイドは試作機として2()()製造され、公に明かされないように隠していたのだが、まさか勝手に起動して施設を破壊していくとは思いもしなかった。リチャードは怒りと焦りでデスクを思い切り叩く。

 

「あのイカレた博士めが‥‥‼」

 

 アイアンブリゲイドが公になればこちらの立場が危うい。FBIなどの諜報機関、マスコミやジャーナリスト共に問い詰められる前に証拠隠滅しなければ。軍の力を借りて戦闘機で爆撃するか戦車を用いて撃破するかと早速軍げと連絡しようと携帯を使おうとした。

 

「何を焦っている、副大統領殿?」

 

 その時背後から落ち着いた声に止められる。その声を聞いたリチャードはぞくりと冷酷な殺気と視線を感じ恐る恐る後ろへと振り向いた。扉の前にはネモがクスリとこちらを冷ややかに笑っていた。見た目は海軍の軍服を着たただの小柄の少女なのだが、彼女から感じられる冷酷な気にリチャードは背筋にどっと冷や汗を流して恐れていた。相手に震えを見せないようにリチャードは引きつった笑みを見せる。

 

「ど、どういう事ですかなネモ提督…?」

 

「あの余計な事をする馬鹿(ジキル博士)のお遊戯だが、お前の手柄の為に動いているのだぞ?(奴がそう考えてないと思うが)」  

 

 その様な事あろうはずがない、と反論したかったがその暇すらを与えずにネモはさらに話を進める。

 

「奴はああ見えて計算高い。大統領が今どこに、何処へ向かっているのか分かったのだろう。先手を打ち、始末をする、逆賊を討ったと偽りの情報を流し、その武勲を自分の物にすればいい。お前が得意とした事であろう?」 

 

 冷酷に静かに微笑むネモの言葉にリチャードはぐうの音も出なかった。ネモのその眼は明らかに自分を見下している目だ。リチャードは勘づかれないよに静かに怒りを込めてこぶしを握り締めた。

 

「ね、ネモ提督は今件はご助力くださらないのでしょうか…?」

「さあ、な。私とて組織の筆頭を務める者。たった一日で滅ぶ組織に力を注ぐつもりはない。共に肩を並べるか、利用されるだけの存在になるか、それは副大統領殿の手腕次第だ」  

 

 せいぜい励めとネモは言い残し執務室を後にした。リチャードはしばらく静寂の中で立ち尽していたが、ネモの気配が消えると緊張の糸がほぐれ大きく息を吐いた。額にドッと流れた冷や汗を拭い、鋭く睨む。

 

「‥‥くそっ、あのガキが‥‥何時までも自分が上だと思うなよ…?」

 

 アイアンブリゲイドを完成させ、大量生産しどの国にも負けない世界最強の軍事国家になったあかつきにはまず先に潰してやろうと心の中で毒を吐いた。一息ついたリチャードはずっとポカンと口を開けて呆けている秘書をギロリと睨んだ。

 

「いつまで突っ立ている…早く知らせろ」

「え…?ど、どちらに…?」

 

「FBI、CIA、そして軍にさっさと知らせろ‼『ジーサードが抜け出し、私の寝首を掻こうとホワイトハウスへと向かっている』と‼奴等を絶対にここへ向かわせないように守りを固めさせろ‼」

 

 リチャードは怒号を飛ばして秘書に指示を出す。秘書は慌てて執務室を出て、やっと一人になった所で深く椅子に腰を掛けた。ネモやジキル博士が動いているという事は大統領やジーサードの連中がもうここへと近づいてきている。奴等を絶対にホワイトハウスへと近づけさせまいとリチャードは唸りながら、再び新たな情報が来ないか待ち続けた。

 

___

 

「あいつら遅いな‥‥」

 

 カツェはジーサードを救出して合流する予定だった時間に一向に来ないカズキ達を心配しだす。大統領を護衛しつつ移動していたカツェ達はウエストバージニア州、ドライフォークに既に到着しており、後はジーサードを連れて戻ってくるであろうカズキ達が来るのを待っていた。

 

「しかし…ジーサードの奴、こんなものまで持ってやがったなんてな」

 

 カツェはこれまでの道のりを怪しまれずに、または強行的に進むことができた車輌をジト目で見つめる。彼女の視線の先には黒塗りの大型トレーラーがあった。頑丈な装甲が施された戦闘トレーラー、機動作戦センターことファントム・カスタム。中はかなり広く、銃器は勿論、車輌やバイクも収納できるほどである。ジーサードにまさかこれほどのモノを持っているとは思いもしなかった。  

 

「それにしても‥‥あいつら本当に大丈夫かなー…」

 

 カツェは心配する。ジーサードを救出するという大仕事をあの4人組はトラブルなくこなすことができるのだろうか。連携は取れているような取れていないような個性の殴り合いをするチームワークで人の話を聞かないから絶対に何かやらかしているかもしれない。いや、もう既にやらかしているに違いない。そんな事を考えているたびにカツェのため息の数は増えていく。

 

「何か心配しているようだね。好きなボーイフレンドでもいたのかい?」

 

 そんなため息をし続けているカツェに大統領のマイケルがにこやかに話しかけた。急に尋ねられたカツェは顔を赤くして何度も首を横に振って焦りながら弁解した。

 

「そ、そんなわけねえし‼あのバカ4人組が何かやらかさないか心配してるだけだっ‼」

 

「ははは、それは悪かったね。でも彼らの事なら大丈夫だ、きっと成功して無事に帰ってくる」

 

 マイケルはにこやかに笑いながら山の方を眺めた。その眼差しには緊張と覚悟の様子がうかがえた。それもそのはず、ウエストバージニア州がドライフォーク、この道を抜ければその先にあるのはワシントンD.Cであり、黒幕のリチャードがいるホワイトハウスへと続く。

 ジーサードを救出したカズキ達と合流すればもう間もなく決戦が始まるのだ。相手がどのような手を使ってくるのか分からない。だからジーサードリーグのアトラス達もヤンやリサも緊張している。カツェ自身も緊張していないわけではない。『N』の一員であるネモの圧倒的な力には敵わなかった上にその先にまだ奴がいるのかもしれない。そうなれば自分達は勝てるのだろうかと一抹の不安が過った。

 

「‥‥今は彼らの可能性を信じよう…」

 

 そんなカツェの不安を察したのか大統領のマイケルはそう呟いた。これまでカズキ達の活躍を見てきたことを思い出す。4人共あれやこれやと想像の遥か斜め下な活躍をし頭を悩ませたが、ドイツのゾンビ騒動も、イタリアの戦いの時も強敵を下し、イギリスの時もかの伊藤マキリを逮捕一歩手前まで追いつめたのだ。このアメリカでの戦いも彼らならきっとこなしてくれるに違いない。大統領の言う通り、彼らの活躍を信じよう。

 

「あー!早く戻ってこねえかな!」

 

 カツェは不安を振り払いながらカズキ達の帰りを待った。

 

 

「‥‥?」

 

 その時、リサはピクリと反応し山の方をじっと見つめ出した。突然の行動に不思議に思ったヤンが尋ねる。

 

「ん?どうしたの?もしかしてカズキ達が帰って来た?」

「いえ‥‥何か近づいて来てます。この音はヘリの音じゃありません…」

 

 何かが近づいてきている。その言葉に皆、すぐに身構えてた。アトラスはモノアイの付いた先端科学兵装の鎧P・A・A(パーソナル・アーセナル・アーマー)を、ヤンは両手に黄色い籠手を装着し、ロカやツクモとリサは大統領を守るように配置につく。

 リサの言う通り、軋む機械音とズシンと大きく地を踏む足音が聞こえ、こちらに近づいてくる。木をなぎ倒す音を立てながら近づく何かは次第に姿が見えてきた。

 

「!?あれは…‼」

 

 その姿を見たマイケルは絶句する。それは白と茶の迷彩柄に彩られた4足歩行の戦車よりも大きなロボットであった。そのロボットにはガトリング砲やキャノン砲等の砲門が装備され、赤いモノアイがギョロリと光らせていた。

 

「アイアンブリゲイド…‼」

 

「あれがアイアンブリゲイドって奴か…‼」

 

 カツェはカズキかタクトが入れば目を輝かせて興奮しているだろうと考えつつ何故こんな所に例の兵器が現れたのか、戦うべきか退くべきか考えた。

 

『あー、あー、マイクテステス‥‥はぁーい!聞こえてるかなぁエブリワン‼』

 

 アイアンブリゲイドに付けられていた拡声器から声が響いた。どこか無邪気な子供の様にはしゃぎながら喧しい声を響かせる。

 

『やーっと見つけたよ大統領。ボクはジキル博士、こんにちは‼』

 

 ジキル博士という名にカツェ達はあの時ネモの傍にいた白衣の男性を思い出す。ジキル博士はケラケラと笑いながら話を続けた。

 

『探すのにかなり手間をかけたよ。衛星から少し映像をお借りして、大統領の顔をサーチして、ホワイトハウスに行くまで君達が隠れるには最適な場所を探して‥‥苦労した甲斐があった‼』

 

 ジキル博士の喜びを表現する様にアイアンブリゲイドは4つの足をカクカクと動かす。

 

『ジーサードは逃げられちゃったから先に大統領を片付けることにしたよ、そうすれば後片付けが簡単だからね!』

 

「やっぱりそれが狙いか…!」

 

『試作機といえども火力は十分。さあ楽しい狩りごっこをさせてもらうかな!』

 

 アイアンブリゲイドはモノアイを光らせ鋼鉄の脚を動かしながら近づいてきた。カズキ達がジーサードを助け出すことに成功したことは喜ばしかったが、今は先に喜ぶ状況ではない。奴等は本気で仕留めに来た。今は大統領を守りつつ、彼らが戻ってくるまで持ちこたえるしかない。

 最初に動いたのはアトラスだった。大統領を踏みつぶさんとするアイアンブリゲイドの右前脚を受け止め、右腕甲に装備されているパイルバンカーを放った。その勢いで弾かれたアイアンブリゲイドはぐらりとバランスを崩し倒れそうになるが残りの脚で持ちこたえる。

 

「大統領‼ここは豪快に自分にお任せください‼」

 

 大統領のマイケルはリサとツクモに先導されファントム・カスタムに乗り込み、コリンズが運転しファントム・カスタムはアイアンブリゲイドから離れようと動きだす。

 

『何処へ行こうというのかね?』

 

 逃がさんと言わんばかりにアイアンブリゲイドのガトリング砲2門が勢いよく放たれた。ガトリングや爆撃にも耐える装甲ではあるが、アイアンブリゲイドの速さには追い付かれてしまう。

 

「行かせはせんぞ‼」

 

 アトラスの前左腕に装備された円形の金属板の盾でガトリング砲の砲撃を防ぐ。何百、何千発も放たれる弾に耐えると、大腿部装甲から刃渡り60㎝程のあるコンバットナイフ型の単分子震動刀を抜くアイアンブリゲイドの前脚めがけて斬りかかった。バチバチと火花を激しく散らせチェーンソーのような音を響かせる。しかし、アイアンブリゲイドの前脚を斬るまでは至らず傷が付いただけであった。

 アイアンブリゲイドは左側に備わっているキャノン砲の砲口をアトラスに向けて撃った。爆発音と爆炎を撒き散らし黒煙が上がった。黒煙の中からアトラスが後ろへと飛び出す。破壊はされていないが、装甲の各所が高熱で赤熱していた。

 

「——豪快な装甲、一筋縄ではいかんか…」

 

 アイアンブリゲイドの装甲の硬さにアトラスは好戦的な笑みをこぼしつつも頭を悩ませる。これで大統領を安全な所へ逃がすまでどれくらい時間を稼ぐことができるか。

 

「Yeaaaaaaaaaaaaaaッ‼」

 

 そんな事を考えていたら、ヤンがアトラスの横を通り過ぎアイアンブリゲイドのモノアイが付いた顔めがけて思い切り殴りかかった。効果があるのか、アイアンブリゲイドはぐらりと倒れそうによろける。

 

「‥‥い、いったぁぁぁい‼」

 

 装甲が硬かったか、ヤンは涙目で右手ををさする。ロボ相手に、しかもガトリング砲といったくらったらミンチどころじゃすまなくなる装備をしている相手に恐れもせずに豪快に立ち向かったヤンにアトラスは感心した。案の定アイアンブリゲイドはガトリング砲をヤンに向けて乱射した。アトラスは彼女の前に立ち土砂降りの様に撃ってくる弾を防いだ。

 

「お嬢ちゃん、なかなか豪快じゃないか!」

 

「見てるだけじゃ退屈だからね…!でも、かなり厄介すぎるわよ、あのロボ」

 

 パイルバンカーも、単分子震動刀でさえも効果がないアイアンブリゲイドの装甲はかなり厄介だ。トレーラーの中から戦いを伺っていたカツェはマイケルに尋ねた。

 

「おい、あれをどうにかする方法ってあんのか…‼」

 

「アイアンブリゲイドの装甲は弾丸も爆撃も通さない…光学兵器であれば装甲を貫けられるはずだ」

 

 確かに最先端技術の兵器を開発しているアメリカでは光学兵器の製造をされていると聞く。しかし、今の自分達の手元にはそんな物はない。今はアイアンブリゲイドからその場を離れるしかないが、まだカズキ達が戻ってきていないし連絡もつかない為離れることができない。アトラスとヤンが奮闘しているが防ぐのがやっとだ。自分も打って出たいがすぐにハチの巣かミンチよりヒドイことになるだろう。

 

 何かいい手はないかと焦ったその時、アイアンブリゲイドの胴体に何かが当たり爆発を起こした。装甲はびくともしないがよろけた。

 

「今のは…グレネード…!」

 

 アトラスは着発信管の40×53㎜グレネード弾が12発ほどアイアンブリゲイドのボディに命中したのが見えていた。何処から飛んできたのか見回すと、後方の方角にゴテゴテのウィングが備わり両肩部にMK4ストライカー2門装着されてこちらに向かって飛んでいるLooが見え、そしてLooの後ろには黒いブラックホークの姿が見えた。

 ブラックホークが見えた途端、アトラスやコリンズ、ロカとツクモは喜びの顔になる。そのブラックホークには誰が乗っているのか、すぐに分かった。勿論、カツェもリサも喜びに顔が綻んだ。

 

 

「おいおい‥‥折角の再会だってのに、アイアンブリゲイドとかしゃれになんねえな…!」

 

 ファントム・カスタムの近くでアトラスがアイアンブリゲイドと戦っている様子を見たジーサードは苦笑いをした。一方でアイアンブリゲイドを初めて見るカズキ達は目を輝かせていた。

 

「やっべえええ!たっくん!ロボだぜ、ロボ‼」

「かっけえええ!お前、言うなれば古に伝わりし、男のロマンの塊!機動戦士うさぎちゃんロボットマークツーでしょ‼」

「おいマジかよ…‼あれと戦うのかよ、めんどくさっ‼」

「ロボ‥‥思ってたのと違う」

 

 一人は興奮し、一人ははしゃぎ、一人は悪態をつき、一人はどうでもいいように呟き、ブラックホークの中は喧しく響く。

 

「やっと来たのか!遅いぞお前ら‥‥‼」

 

 カツェは愚痴りながらも嬉しそうに無線を通した。何とかジーサードを無事に助け出した事に彼らはやってくれると信じていた。

 

「カツェ、待たせ「おい!なんだよ「もっと俺を褒め「あれどうやって倒すの?」たたえろ‼たっくんすげえと‼」ロボは‼ふざけんなよ‼」な!ヒーローは遅れてなんちゃらだぜ!」

 

「お前ら一斉に喋んなよ!?」

 

 それぞれの主張が押し合い無線でも相変わらず喧しかった。




 原作のアイアンブリゲイドの大きさはなんとトラックがミニチュアに見える程でかく、家よりもバカでかい…らしい、です

 こちらのアイアンブリゲイドは‥‥メタルギア月光ぐらい、かな‥‥(視線を逸らす)

 


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104話

 生身の人でどうやってデカブツを倒すか、すっごく悩みました
 キンちゃん先輩は‥‥普通に航空機とか色々と壊してるし…もう超人ですね(白目)


「っていうかどうやってあのロボに近づいて倒すんだっての‼」

 

 ケイスケは悪態をつきながらアイアンブリゲイドを睨んだ。下手に近づけばアイアンブリゲイドのガトリング砲でハチの巣にされてしまうし、ブラックホークの降下中に狙われたらひとたまりもない。

 

「じゃあこのまま突貫しようぜ!」

「だからひとたまりもねえっつってんだろ!」

「…ていうかあのロボどうやって動いてんだ?」

「とりあえず爆弾でも投げ込んでやろうぜ!」

 

 ブラックホーク内で4人組のが喧しくしている間にアイアンブリゲイドはキャノン砲をこちらに向けて照準を合わせて今にも撃とうとしていた。

 

「やばいってこっちに向けてんぞ!?」

「うひょおおおっ‼かっけええええ‼」

「あぶねっ‼たっくん、押すんじゃねえよ‼」

「誰かどうにかしてくれえええ‼」

 

「いちいちヘリの中で騒ぐなっ‼―――Looっ!」

 

 マッシュが喧しく騒ぐ4人組にツッコミを入れ、無線を使ってLooに呼びかけた。Looは頷いてウィング・スラスターのブーストを噴出させて一気にアイアンブリゲイドに迫り体当たりをした。アイアンブリゲイドはよろめきバランスを保とうと踏ん張って態勢を整え、標的をLooに変えてキャノン砲を撃った。Looは慌てながらもキャノン砲の砲弾を躱していく。

 

「よしっ‼今のうちに降下する‼」

 

 アイアンブリゲイドがLooに集中している間にブラックホークは降下し、カズキ達は一斉に降りていく。ファントム・カスタムのコンテナの物陰へと駆け込み、ようやく大統領達と合流できた。

 

「皆さん、ご無事で…!」

「お前ら遅いっての!…まあ、やっぱりやってくれると信じてたぜ!」

 

 カズキ達が無事に戻って来たことにリサとカツェは嬉しそうに微笑む。そんな彼女達に対しタクトがいの一番にドヤ顔をする。

 

「ヒーローは遅れて何とやらだぜ!ま、主に俺の活躍のおかげかな?」

「たっくんは色々とやらかしてたけだろ」

「…危うく作戦そのものがダメになる所だったしな」

 

 ケイスケのツッコミとナオトのくたびれた様子にやっぱりやらかしていたとカツェは苦笑いをした。一方、大統領のマイケルはジーサードをじっと見つめていた。そしてマイケルは深く頭を下げた。

 

「ジーサード‥‥すまない。私のせいで君達を巻き込んでしまった」

 

「…大統領、顔を上げてくれ。今回は、俺もあんたも一緒に巻き込まれただけだ。それに、俺は全く気にしてねえし…そんな事を気にせず、一緒に副大統領の野郎をぶっ飛ばそうぜ!」

 

 ジーサードは笑って大統領の肩を叩いた。いつも通りの彼にマイケルは顔を上げてふっと笑った。

 

「それに…今はあのロボを何とかしねえとな」

 

 ジーサードはアトラスとLooと戦っているアイアンブリゲイドの方へ視線を向ける。あれをどうにかしない限り、この先を通る事はできない。

 

「たっくん、何かいい手はない?」

「うーん、当たって砕け散ろ」

「玉砕じゃねえか」

 

 タクトとケイスケの流れるようなボケとツッコミはスルーしてどうにかアイアンブリゲイドを倒す方法を考えた。

 

「マイケル様のお話だと光学兵器があればあの装甲をどうにかすることができるらしいのですが‥‥」

 

 リサが思い出したように呟く。単分子震動刀や電弧環刃でさえも装甲に傷がつく程度、あの装甲に穴が開くようなそんな武器があるはずがないとカツェ達は考えていたが、その言葉を聞いてかなめとジーサードは「あっ…」と呟いて察した。 

 

「「「光学兵器‥‥」」」

 

 無論、カズキとケイスケ、ナオトも察したようで声を揃えてちらりとタクトの方を見た。案の定、タクトは満遍なドヤ顔でMining Laserを構えて見せた。

 

「…つまり、この俺の出番だな?」

 

 そう言って颯爽とアイアンブリゲイドの下へと飛び出そうとした。そんなタクトをケイスケとカズキが必死に食い止めた。

 

「おいいっ‼なんで止めるんだよ‼ヒーローの出番を取るんじゃねえよ!」

 

「たっくん馬鹿じゃないの!?下手に出たらつぶされっぞ‼」

「いくら強い武器持ってもてめえはスペランカーだ!」

 

 下手に出ればアイアンブリゲイドのガトリング砲でミンチになるか脚で踏みつぶされるだけだ。カズキとケイスケに叱られてタクトは渋々と下がる。しかし、タクトの持っているMininng Laserならどうにかできるかもしれない。ジーサードはやれやれとため息をつく。

 

「一応はそいつであれを倒す突破口になりそうだな」

「そんな銃でどうにかなるのか?」

「ああ、当たったらなんか爆発する」

「へえ…って、ええっ!?」

 

 ジーサードの言葉にカツェはタクトが持っているMininng Laserを二度見した。どうして爆発するのかよくわからないが、そんな武器を持たせていけない奴が持っている事にギョッとした。タクトはその重大さを理解していないようでハテナと首を傾げる。

 

「ジーサード、作戦は考えているのか?」

 

 ローガンはいつでも駆け抜けるようじっとアイアンブリゲイドを見ているジーサードに尋ねた。まさか生身であの戦車程の大きさのある兵器と戦うのかと考えていたがジーサードは不敵に笑う。

 

「数日前に兄貴と航空機と戦ったし、あんなのと戦うのも慣れたさ。それに、大先輩である『ウルヴァリン』と共に戦えること光栄だ」

 

「ふん…遅れないようにしろよ、坊主‼」

 

 ローガンはふっと笑い両手にアダマンチウムの爪を出して駆けた。ローガンと並ぶようにジーサードも駆けてアイアンブリゲイドへと迫った。アイアンブリゲイドはガトリング砲を二人に向けて乱射した。ガトリングの弾の雨霰が降りかかるがジーサードは弾の軌道が見えているかのように躱し、ローガンは両腕で防ぎながら迫っていく。

 アイアンブリゲイドのキャノン砲がジーサードに向けて撃たれようとしていたが、ローガンがアイアンブリゲイドの脚の上を駆け、アダマンチウムの爪を砲身に突き刺す。

 

「おおおおおっ‼」

 

 ローガンは気合いと勢いで力を込めてアダマンチウムの爪で斬り進め、キャノン砲の砲身を斬り落とした。その隙にジーサードがアイアンブリゲイドの胴体に向けて全身の骨格と筋肉を連動させて放つ打撃『流星』を思い切り放った。鈍い金属音を響かせアイアンブリゲイドはよろめきながら後退りした。胴体には拳の形をした凹みが残っている。アイアンブリゲイドは再び彼らに向けてガトリング砲を乱射し続けた。

 

「マッシュ!Looに相手の銃器を無力化させろ!アトラス!タクトが狙われないように守れ‼」

 

 ジーサードは躱しながら指示を出した。マッシュはLooにアイアンブリゲイドのガトリング砲を狙うよう命じ、アトラスはタクト達が被弾しないよう下がって左腕甲の盾で防御する。

 

『タクト殿、頼みますぞ‼』

 

「えぇー…俺?なんかめっちゃ腹痛くなったんだけど?」

 

「何言ってんだたっくん!決めたらカッコいいぜ!」

「勇者なんだろ?さっさとぶっ放せオラ‼」

 

 プレッシャーに押され気味なタクトを先ほどは行くなと叱っていたカズキとケイスケが手のひらを返してタクトを押した。押せや引けやとやんややんやしている間にナオトがふと思った事をつぶやく。

 

「というか‥‥どこ狙うんだ?」

 

「えーと‥‥顔?」

「バカか、顔はメインカメラだ。コックピット狙え」

「あなたの心です!」

 

「呑気にしてる場合じゃねえだろ!?」

 

 騒いで一向に動かない4人組に痺れを切らしたカツェが怒声を飛ばしながらツッコミを入れた。その怒声のせいかタクトだけでなくカズキ、ケイスケ、ナオトの3人も飛び出す。

 

「お前らも出なくていいから!?」

 

 止めようとしたが時すでに遅し、タクトに続いて3人もノリノリで駆けていく。よく見れば未だに何処を狙うか談議しながら騒いでいる。本当に彼らに任せて大丈夫だろうかとカツェはハラハラしながら見守った。

 

 一方、アイアンブリゲイドと戦っているジーサード達は激戦を繰り広げていた。アイアンブリゲイドは残りのキャノン砲でジーサードとローガンを狙い、ガトリング砲二門で上空を飛んでいるLooを近づけさせまいと乱射していた。

 Looも負けじと背部に立てていたM134を両腰脇から突き出して火炎放射のように斉射する。アイアンブリゲイドの装甲に乾いた金属音を響かせながら何度も当てていく、アイアンブリゲイドはしつこいハエを払い落す様に二門のガトリング砲で狙い続けた。ジーサードとローガンはキャノン砲の爆撃を躱しながらアイアンブリゲイドへと迫る。

 

「もう一発、『流星』を打ち込めば穴が開くかもな…!」

 

 アイアンブリゲイドの凹んだ場所にもう一発入れれば装甲に穴を開けることができるかもしれない。しかし、そうはせまいとアイアンブリゲイドは近づけさせようとしない。やはりタクトに任せるべきかとジーサードはちらりと後ろを見る。肝心のタクトはアトラスの後ろでカズキ達と口論していた。

 

「だーかーら‼俺の勘に任せておけば万事オッケーだって‼俺ニュータイプだから!」

「たっくんの勘に任せると碌な事ねえっつってんだろ!コックピットを狙えばいいんだよ‼」

「もう適当に狙えばいいんじゃね?」

「お前らわちゃわちゃすんな‼ジャンケンで決めればいいだろ!」

 

『あのー…そろそろいいかな?』

 

 アトラスの声も聞かずタクト達は騒がしくしていた。そんな彼らの状況を見てジーサードはこけそうになった。どうしてこんな状況でも彼らはブレないのか、兄である遠山キンジが苦労しているのが何となく分かってきた。

 

「何処でもいいから狙い撃て‼」

 

「え?じゃあ‥‥何処から撃つの?アトラスのおまたから?脇から?」

「それじゃあ名付けてネオアームストロング…」

 

「そんなことしてる暇はねえだろ!?適当に撃て‼」

 

 急かすジーサードにしょうがないなぁとタクトは愚痴をこぼしながら狙いを定めてMininng Laserをの引き金を引いた。銃口から赤い閃光が迸り、放射状に赤いレーザーが飛んでいった。拡散された閃光はアイアンブリゲイドに当たるどころかジーサード達にも当たりそうになった。その状況を見たタクトはジーサードにテヘペロをする。

 

「あ、ごめーん、設定をScatterにしたまんまだったぜ!」

 

 タクトに怒声を飛ばそうとしたが、先にアイアンブリゲイドの脚が動きジーサードを踏みつぶそうとした。ジーサードは両手で受け止め必死に耐えた。

 

「バカヤロオオオオッ!?チャンスをピンチに変えてどうする!?」

 

「えーっとちょっと待ってて。今すぐExplosive変えっから」

 

「は、はやくしろおおおっ‼」

 

 ギリギリとアイアンブリゲイドの脚が押してくる。タクトが間に合うか先に踏まれるか、ジーサードは力いっぱい押し上げて耐える。タクトはMininng Laserの設定をExplosiveに変えて撃とうとした。しかしアイアンブリゲイドのガトリング砲はタクト達に向け、火をふかす様に斉射をしてきた。アトラスの盾とアーマーの防御で弾に当たることは無かったが今度は撃つ隙がない。アイアンブリゲイドはキャノン砲をタクトに狙いを定める。

 

「させるか‼」

 

 キャノン砲が放たれる寸前にローガンが飛び掛りキャノン砲の砲身にアダマンチウムの爪を突き刺した。撃ちそこなったキャノン砲は爆発を起こす。

 

「ローガンさんっ‼」

 

「坊主!俺の事は気にすんな‼今は一発で仕留めるよう狙いを定めろ‼」

 

 吹っ飛ばされたローガンをタクト達は心配したが、ローガンは多少体が焦げていてもへっちゃらのようですぐに起き上がる。タクトは頷いてMininng Laserで狙いを定めた。

 

「いくぜっ!ダークゴッドレッドマウンテンブラストーッ‼」

 

 タクトはMininng Laserの引き金を引く。Mininng Laserの銃口から赤い閃光が放たれ、アイアンブリゲイドの胴体の凹んだ装甲に直撃すると爆発を起こした。アイアンブリゲイドは鈍い金属音を響かせて倒れていった。

 

「やったーっ‼見たか、俺のゴッドオブ一撃!」

 

「でかしたぜたっくん‼」

「やる時はやるじゃねえか!」

「‥‥」

 

 タクトはこれでもかと言わんばかりのドヤ顔をし、カズキ達はタクトを胴上げした。しかし、そんな事をしている間にアイアンブリゲイドが再び起き上がる。装甲は爆発で剥がれ、火花を散らし黒煙を上げながらも軋む金属音を響かせながら動き出す。カズキ達は口をあんぐりと開けてタクトの胴上げを止め、タクトは地面に思い切り尻もちをついた。

 

「ちょ、動いてるやん!?」

「た、た、たっくん!もう一発!もう一発‼」

「お、お、お、おちおち落ち着け!」

 

 慌てるタクト達に向けてアイアンブリゲイドはガトリング砲を向けて撃とうとした。

 

「お前ら、上出来だ―――後は任せろ!」

 

 ジーサードが一気にアイアンブリゲイドへと駆け、剥き出しとなった胴体に『流星』を放った。ボゴンッ‼と鈍い音が響くと、アイアンブリゲイドの胴体にクレーターのような窪みができあがった。精密機器も卵の殻のように粉々になったアイアンブリゲイドは機能が停止するような音を出しながら前脚を地に着き倒れた。アイアンブリゲイドが動かなくなった所を確認するとジーサードは一息ついた。

 

「———ようやく、副大統領の野郎に会いに行けるな」

 

___

 

「さて、やっと合流できたところでこれからホワイトハウスにいるリチャードへ殴り込みに行くぞ」

 

 ジーサードはかなめを含むジーサードリーグの面々とカズキ達、そして大統領にこれからの作戦を説明を始めた。

 今自分達がいる場所はウエストバージニア州の山々に囲まれた場所、ドライフォーク。ここから一気に山を越えればワシントンD.Cへと続き、ホワイトハウスへと進むことができる。

 

「こっから相手は守りを固めるだろうな‥‥」

 

 ジーサードがヒューメイン研究所から抜け出した事は既に知られているだろう。こっちに向かっていることを知って、FBIやCIA、軍そして武偵を使って迎撃をしてこちらに箱させないように守りに固めているはずだ。

 

「どんな強固な守りもこのMininng Laserでry」

「人に向けて撃っちゃダメですよ先輩‥‥」

 

「それで、どんな手を使うんだ?」

「このバカ4人組ほどじゃねえが‥‥強行突破でゴリ押すしかねえだろ」

 

 以前にキンジと共に暴走特急でエリア51へ突撃したように、今回も強行突破で貫き通す。その作戦を聞いたマッシュとかなめはふっと苦笑いをした。

 

「やっぱり君ならそういう作戦でいくだろうと用意はしてある」

「サードがそういうだろうと思って持ってきたんだよ?」

 

 そう言うとかなめ達ジーサードリーグの面々はファントム・カスタムのコンテナから大型のバイクを3台、ドアミラーの無い四角く硬い装甲が施された黒いSUVUが2台、そして重厚な黒い装甲のスーパーカーが出された。これらを見たジーサードはギョッとした。

 

「おい‥‥ハクチョウドラッグにナイトシャークにヴィジランテって‥‥俺のコレクションじゃねえか!?」

 

「だってサード、集めても結局使わないじゃん」

「宝の持ち腐れだな」

 

 自分のコレクションを持ちだされてジーサードはムスッとするがこれでは進めないので気を取り直して作戦の説明を続けた。

 

「数はあっちが多いが、こっちには実力がある。要は陽動だ。アンガス、マッシュ、リサはブラックホークに乗り、Looと共に行動、アトラス、ロカ、ツクモ、コリンズ、カツェ、ヤン、フランク、ローガンはナイトシャークに乗って相手を陽動させ暴れろ」

 

「やっと思い切り大暴れができるね、フランクさん!」

「俺、乗る気がしねえんだけど‥‥?」

 

 ヤンはフンスと昂りながら張り切りフランクはネタがないとやる気がないようにため息をついた。

 

「そんで俺らは?」

 

「ケイスケ達は‥‥ハクチョウドラッグに乗って俺と大統領が乗るヴィジランテと一緒にホワイトハウスへ向かうぞ」

 

 ハクチョウドラッグに乗ることになったがカズキ達はハテナと首を傾げる。何せハクチョウドラッグは3台しかない。

 

「え?3台しかないんだけど?」

「そりゃあ…そうでもしねえとお前らバラバラに動くもんな」

 

「ナオトは方向音痴だし、カズキは運転下手だし、タクトは何をしでかすか分からねえもんな‥‥」

 

 カツェは納得したように頷く。真面に運転するケイスケを除き、他3名は誰かと組まないと色々とやらかしてしまう。カズキとナオトは納得して頷いていたが肝心のタクトはヴィジランテに興味津々だった。

 

「つまりはこれで大統領をホワイトハウスまで連れて行けばいいんだよな…」

 

 タクトは何度も頷きながら呟く。ちゃんと聞いているだろうかと気にはかけながらもジーサードは話を続けた。

 

「いいか?こっからが局面だ。まだあの副大統領の野郎が何か手を残してるかも知れねえが、気合を入れて行くぞ‼」

 

 ようやく大詰め、ホワイトハウスへ向かう為に厳しい戦いになるかもしれない。ジーサード達は気合いを入れた。が、そんな彼らに膝カックンするかのように、ヴィジランテが鈍いエンジン音を響かせながら動いて行った。一気にスピードをあげて走っていくヴィジランテをジーサードはキョトンとして見つめていた。

 

「‥‥おい、誰がヴィジランテに乗ってんだ…?」

 

「‥‥あれ?たっくんと大統領がいなくね?」

 

 カズキがキョロキョロしながら尋ねた。その言葉を聞いてジーサード達は凍りつく。今ヴィジランテに乗っているはタクトと大統領だ。

 

「ちょ、あいつ何してんだ!?」

 

「いいなー、たっくん。俺もあれに乗りたかったなー…」

「というかあのバカに乗せられるほどガードを甘くしてんじゃねえよ」

 

「何で俺が怒られなきゃいけねえんだよ!?」

 

 ブーブーと文句を言うカズキ達にジーサードは心なしか胃が痛くなってきた。このまま急いでタクトを止めるか考えたが、一応大統領をホワイトハウスへと向かうとしているなら多少乗り物が変わっても問題はないだろうと考え直そうとした。しかし、かなめがあることを思い出した。

 

「そう言えば‥‥タクト先輩って、よく装甲車で突撃しますよね…?」

 

「まあよくやる手出し?」

「イタリアでも壁を壊して突っ込んでたな。あと静刃が世界遺産がなんとかとか…」

 

 その言葉を聞いてかなめとジーサードは凍りついた。所かまわず兎に角突撃するタクトの行動を考えると、嫌な予感しか考えられない。

 

(あいつ(タクト先輩)…絶対にホワイトハウスを壊す気だ‥‥!?))




 ヴィジランテのロケットブースターに魅入られる匠

 乗せてはいけない人に乗せると暴走するフラグ‥‥もう、ヤバイ未来しかありません(オイ


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105話

 遂にアメリカ編大詰め。副大統領との戦いが切って落とされ‥‥るのかなぁ(オイ

 先日、ようつべで放送されていたカオス4人組様のCOD動画、ゾンビ然り、攻防戦然りと阿鼻叫喚で腹筋崩壊しつつ、手汗握り興奮しました(コナミ感

 


 アメリカの首都、ワシントンD.C。アメリカの中心、ホワイトハウスへと続く道を数多の車輛で封鎖されていた。その車輛の前には何十人者武偵達が待機していた。その武偵達の中で覆面をつけている武偵、ヒノ・バットはこの状況を訝しげに感じていた。

 

「…この状況、些か腑に落ちない…」

 

 突如に各地の武偵や警察に副大統領の緊急司令、『ジーサードがホワイトハウスを襲撃してくる、奴らを一歩もワシントンD.Cに入れるな』が通達された。いざ赴いてみれば警察や武偵の他にFBIやCAI、そして一部の軍までもが集まっていた。各々で防衛ラインを張り、その付近の住民達を避難させ、ピリピリと思い空気が漂っていた。

 

 しかしながら、腑に落ちないのはどうして副大統領がそんな命令を出してきたのか、何処からそんな情報が入って来たのか、気になることは多い。特に大統領が行方不明なったこと、大統領を誘拐、殺害未遂をしたとしてジーサードが指名手配されたことが怪しい。自分も市民たちも一部の軍人たちも彼がその様な事をするはずがないと考えている。証拠も怪しければ、調べようとしても誰かの手で消されてしまう。分かるとすれば副大統領は何か焦っている事だ

 

「‥‥副大統領は何を恐れているのだ…?」

 

 これには何か裏があるのかもしれない。あまり考えたくないが副大統領が大統領を亡き者にし、その罪をジーサードに擦り付けようとしているのかもしれない。この状況に紛れてホワイトハウスにいる副大統領へコンタクトしようかと考えていた時だった。軍の兵士たちが何やらざわめきだした。何事かと思えば、遥か前方から何かが近づいてきている。遠くからこっちに向かってきているがその速さは尋常じゃない。

 

「あれはなんだ…?」

 

 ヒノ・バットは目を凝らす。それは黒く分厚い装甲が施されたスーパーカーだった。ミニ四駆を大きくしたフォルムだがエンジン音を喧しく響かせ勢いよくこちらに向かってきている。

 

「まさか―――ジーサードかっ!?」

 

 まさか本当に来るとは思いもしなかった。兵士たちはMP7やHK416を、武偵達はM9やM110等各々の武器で黒い車輌を止めようと撃ち続けた。しかし、その車輛の装甲にも、タイヤにも傷がつくことなく勢いを増してこっちに接近し続けた。自分達の後ろはSUVなどの車輛でバリケードを作り行く手を遮っている。あの細見ならば衝突して止まるだろうと皆思っていた。

 

 黒い車輌は止まることなく迫ってくる。すると黒い車輌の後方から大きな爆発音が響いた瞬間、その車輛は普通の車ではありえない速さで突っ込んできた。SUVにぶつかるどころか衝突した途端にSUVが勢い良く上へと吹っ飛ばされ、黒い車輌はそのスピードを落とすことなく突き進んでいった。

 

 よく見ればその車、後方にロケットブーストが付けられており、噴出口から火を噴いてミサイルの如く突っ走って行った。軽々と突破されたことに兵士達も、武偵達も、ヒノ・バットも唖然とした。

 

「な、何という速さだ…」

 

 一瞬の事であったがヒノ・バットは通り過ぎた瞬間に見えた運転席と助手席に乗っている人物の姿を見逃さなかった。『ふうぅぅぅぅぅぅっ‼』と叫びながらハンドルを握る少年と、大統領らしき人物が見えた。

 

(あの少年の隣にいた男‥‥あれは間違いなく、大統領…‼そうとなれば大統領は無事だったのか…?)

 

 何故大統領があの車に乗っていたのか、あの少年は一体何者だったのか、気になることは色々とあったが考えている暇は無かった。他の兵士達から装甲車で別のエリアから突っ込んできたやら、ブラックホークが飛んできたとか、数台のバイクが通り抜けてその中にジーサードの姿があったと知らせが入り全員そこへ急ぎ向かうようだ。FBIもCIAも武偵達も動くのならば自分も止まるわけにはいかない、一応任務は全うするつもりでいる。

 

 誰が正しく、真相は一体どうなっているのか、ヒノ・バットは悩みながらも現場へ急いだ。

 

___

 

「あんのアホ野郎ぉぉぉぉっ‼」

 

 ジーサードは怒声を飛ばしながらハクチョウドラッグのスピードをさらに上げて飛ばしていく。ブラックホークに乗ってるマッシュからの情報からよると大統領を乗せたタクトがロケットブーストを搭載されているヴィジランテであちこちをぶっ飛ばしているようだ。案の定、人の話を聞いていなかったようだ。本当に仲間の胃を容赦なく痛めてくる奴だとジーサードは胃をキリキリさていた。

 

「さ、サード、落ち着いて。タクト先輩よりも先にホワイトハウスへ向かえばいいんだから!」

 

 同乗しているかなめがジーサードを宥める。急がねばタクトが大統領ごとホワイトハウスへダイレクトアタックをし兼ねない。副大統領をぶっ飛ばすのが先か、ホワイトハウスがぶっ飛ばされるのが先か、何となく時間の問題だ。

 

 そんな事を考えている最中、この先の通路が車輛で塞がれ、銃器を構えた兵士達やスーツを着たCIAやFBIの連中が行く手を遮っていた。ジーサードは苛立ち混じりに舌打ちをする。

 

「ちっ!てめえらの相手をしてる暇はねえっての‼」

 

『サード様‼ここは我々に盛大にお任せを‼』

 

 車輌のバリケードを一台の分厚い装甲をしたSUV、ナイトシャークが突っ込んだ。ナイトシャークの上では先端科学兵装の鎧を着たアトラスがガイナ立ちしていた。

 

『サード様には指一本触れさせんぞ‼』

 

 兵士達の撃つ弾丸を物ともせずアトラスは敵陣に飛び込んだ。ナイトシャークのドアが蹴り開けられヤンとフランクが飛び出し武偵やCIA達を殴り飛ばし投げ飛ばしていく。

 

「さて、遠慮なく大暴れさせてもらうわ‼」

「おいジーサード!これが終わったら絶対にいい特ダネをよこせよ‼」

 

 そんな奮闘しているアトラス達に向けて陣形を組んだ兵士達がM240を構えて斉射しようとした。しかし、彼らの足下に遭ったマンホールから勢いよく大きな水柱が噴き上がり彼らを水流で押し飛ばした。車輌に残っていたカツェがやれやれとため息をついて出てきた。

 

「こっちはあたしらが抑えておく、さっさと行きな!」

 

 ジーサードはアクセルを握りハクチョウドラッグのスピードを上げてカツェ達が崩してくれたバリケードを突破していった。道中、遠くから爆発音や銃声が聞こえてきた。別の場所でコリンズ達が暴れて陽動してくれているようだ。追手が来ない分、後は勢いで突破していけば問題なくホワイトハウスへ行くことできるだろう。

 

「お前ら、ちゃんとついて来いよ‼」

 

 ジーサードはちらりと後ろを見る。後ろではハクチョウドラッグに乗っているケイスケ達がついてきている‥‥はずだった。ジーサードの後についてきているのはケイスケだけだった。思わずジーサードとかなめは二度見した。嫌な予感が過り、ジーサードは恐る恐る無線でケイスケに尋ねた。

 

「‥‥おい、カズキとナオトは何処へ行った?」

 

『知らん』

 

「はあああああああっ!?」

 

 ぶっきらぼうに即答するケイスケにジーサードは項垂れた。あの二人は一体何処へ行ったのか、急ぎブラックホークに乗っているメンバーに無線で尋ねる。

 

「おい!あのバカ二人はどこ行った!?」

 

『カズキさんとナオトさんはワシントンD.Cに入って早々に左へ曲がって行きました―――恐らく迷子です』

『お前達のチームワークはどうなっているんだ‥‥』

 

 レキが落ちつた口調で説明し、マッシュがカズキ達のチームワークに呆れていた。

 

「そりゃあ、あの二人が乗っても道に迷うしな」

 

 ケイスケが当たり前のように頷く。運転はできるが方向音痴のナオトに運転は下手だが道は分かるカズキの二人が合わせればバランスは保てると思っていたが期待を裏切られた。というかそれどころではない。

 

「お前らホント何を考えているのかわかんねえな!?」

「さ、サード落ち着いて‼カズキ先輩達はお兄ちゃんよりも抜けているけどやる時はやるから‼たぶん‼」

 

 かなめが荒ぶるジーサードを宥めさせる。一人は人の話を聞かずに暴走し、二人は道に迷うし、自分の予想の遥か斜め下を突き抜けてくる。ジーサードはキリキリ痛む胃を抑えながら深呼吸する。

 

「兄貴が苦労するのがほんと分かる気がするぜ―――兎に角、今は急ぐ‼レキ、お前らあのバカ二人を探してくれ‼」

 

 今はカズキとナオトを探している暇はない。彼らを見つけて連れて行くのはレキ達に任せ、ジーサード達は急ぎホワイトハウスへと向かった。

 

___

 

「ナオト‥‥ここどこ?」

「は?カズキが知ってるんじゃないのか?」

 

 一方、カズキとナオトは相変わらず迷子していた。ワシントンD.Cに入ってすぐにカズキが『こっちだ!』と言って左に曲がりハクチョウドラッグで飛ばして数分、ジーサード達とはぐれてしまった。その後あちこち曲がったり突き進んだりしていたが一向にホワイトハウスが見えないどころかジーサード達にも会えていない。そして今現在、心なしかワシントンD.Cとは反対の道を通っているような気がしてきた。

 

「無線機も落としちゃったし、どうしようか?」

「ここはやはり‥‥妖怪道教えおじさんになるしかねえな」

「誰もいないのにか?」

 

 カズキとナオトは緊張感が全くなく割とのんびりとしていた。

 

「たっくん達もう着いてるんじゃないか?」

「大丈夫だって、ほらヒーローは遅れてやってくる的な演出したらどうにかなるって」

 

 遅れていることに多少心配しているナオトだったがカズキはニシシと笑って気楽に考えていたのでナオトも気楽にやることにした。そんな事をしていると、遠くから数台の装甲車、ハンヴィーがこちらに向かってきて言うのが見えた。

 

「なんかこっちに来てるな。迎え撃つか?」

「ナオト、あれじゃね?どっかの軍の援軍だろ。俺達武偵だし誤魔化せばホワイトハウスへ一気に行けるかもしれねえぜ!」

 

 ナオトは身構えたがカズキはこれはチャンスだとドヤ顔をする。

 

「ここは道教えおじさんの実力を見せてやらなきゃな!」

 

 カズキは大きく手を振りアピールをした。近づいてくるハンヴィーはカズキの存在に気づきスピードを緩めていき、カズキの前で止まった。

 

「すいませーん、道に迷っちゃって道を教えてくださーい。ホワイトハウスへ行こうとしたんですけど迷っちゃって教えてくだ――――」

 

 カズキは諂いの笑みでホワイトハウスへの道を教えてもらおうとしたが降りてきた相手を見て固まった。降りてきたのは迷彩柄の兵装をした筋骨隆々の男、アーノルド・シュヴァウルツだった。

 

「君達は‥‥」

 

「や、やっべええええっ‼筋肉モリモリマッチョマンだーっ!?」

「おいい‼いきなりヤバイだろ!」

 

 アーノルドはヒューメイン研究所でジーサードを救出する時に戦った軍人。それが今目の前にいることにカズキとナオトは慌てふためく。今ここで戦わなければジーサード達の障害となる。だが、自分二人だけでしかもこんなだだっ広い場所で戦闘になるとならば足止めはできるのだろうか。ましてやアーノルドの他にも彼の部下達も沢山いる、カズキとナオトは焦る。そんな二人をアーノルドは止めた。

 

「待ってくれ‥‥少し君達に聞きたい事がある」

 

「聞きたい事‥‥?」

「ご、拷問は苦手なので超マイルドでお願いします!『あれは嘘だ』とか言って粛清はお断りします!」

 

「そ、そんな事はしない。君達はホワイトハウスへ向かうと言っていたな、教えてくれないか‥‥この事件の真実を」

 

 その言葉を聞いたカズキとナオトはキョトンとしてお互いの顔を見つめ合った。ジーサード達を追っている軍人達に本当の事を話していいべきかどうか二人は悩んだ。しかし、アーノルドの様子から襲ってくるような気配は感じられない。

 

「‥‥『OK‼』って言った途端にズドンとしない?」

「そんな事するわけがない」

 

 アーノルドはホルスターからベレッタM92を置き、担いでいたG3A3、M60、ナイフなど持っていた武器全てを置きカズキ達の前で胡坐をかいて座った。

 

「本当の事知っているの君達だ。どうか、真実を教えてくれないか」

 

 アーノルドは二人に深く頭を下げた。アーノルドの姿勢にカズキとナオトは少しの間黙っていたがお互い頷き、アーノルド達に全ての事を話した。大統領が無事であること、副大統領の陰謀で大統領が亡き者にされかけ、ジーサード達にその罪を擦り付けられたこと『N』のという組織が裏で手を引いていたことカズキ達は洗いざらい話した。真実を知ったアーノルド達は驚愕する。

 

「やはりそうだったのか‥‥我々は手のひらの上で踊らされていた、ということか」

 

 アーノルドは沈黙したが、顔を上げてカズキとナオトの肩をポンと叩いた。

 

「我々が力を貸そう。君達をホワイトハウスへ案内する」

 

「ホント!いやったーっ‼」

「これで道に迷わなくて済む‥‥」

 

 大喜びする二人にアーノルドは頷きハンヴィーに乗り込む。同乗していた部下が多少戸惑いながらアーノルドに尋ねた。

 

「隊長、よろしいのですか?」

 

「‥‥彼らは数少ない人数で大統領の危機を救い、戦っているんだ。それをただ黙ってみるわけにはいかない。さあ行くぞ‼」

 

 ハンヴィーは鈍いエンジン音を響かせ発進し、カズキとナオトはアーノルドに続いてホワイトハウスへ向かった。

 

___

 

「もうすぐだ‼落とされるんじゃねえぞ‼」

 

 ジーサード達は数々の妨害を潜り抜け、ホワイトハウスへと急ぎ向かっていた。まだ遠いが、白い大きな建物が見えてきた。あの建物は間違いなく副大統領がいるホワイトハウスだ。このまま一気に行けばホワイトハウスへ辿り着く。

 

「ケイスケ先輩!準備はできてますか!」

 

「色々と足りてないもんが多いんだけど‼」

 

 すぐに戦える準備はできていたが、色々と足りていない事はかなめもジーサードもそれは思っていた。バカ3人と肝心の大統領がいない。だが彼らを待っている程時間がないのだ。追手が来る前に黒幕を捕えなければならない。

 

 あと500メートルという所で黒スーツを着た男達が待ち構えているのが見えた。服装からしてFBIやCIAでもない、恐らく副大統領の部下だろう。彼らの一人が対戦車ロケットランチャー、M72A6を構えているのが見えた。

 

「ロケランが来るぞっ‼」

 

 ケイスケの声と同時に引き金が引かれ、ロケット弾が火を噴きながらこっちへ飛んできた。ケイスケとジーサードはハクチョウドラッグのスピードを止めることなく車体を傾ける。地面スレスレまで傾けロケット弾を躱す。

 

「かなめ、しっかりつかまってろよ‼」

 

 ジーサードはハクチョウドラッグの車体を横に向け傾けたまま滑り込むように一気に突っ込んだ。突っ込んでくるハクチョウドラッグに副大統領の部下達は蜘蛛の子を散らすように避け、ハクチョウドラッグはフェンスに当たるとフェンスを押し曲げてジャンプ台の様に飛んだ。

 

 ハクチョウドラッグは芝生を抉るように着地をし、ジーサード達はホワイトハウスの庭園へと入ることができた。

 

「すぐに追手がくる!急げ‼」

 

 ハクチョウドラッグから降り、ケイスケはM16を、かなめは単分子震動刀を持ち、迎撃が来る前に急ぎホワイトハウス本館へと向かった。ホワイトハウスの中へ入れさせまいと副大統領の部下達がM4を構えて撃ってきた。ケイスケ達は木陰へ隠れ様子を伺う。

 

「まだあいつ等が来てねえが‥‥一気に行くしかねえな…」

 

「…待って、何か聞こえない‥‥?」

 

 かなめは何かに気づき、さっき入って来た方へと視線を向ける。喧しい銃声で聞き取りにくいが、確かに何かが聞こえる。よく見れば遠くから何かが来ているのが見えた。もうFBIかCAI等の追手が来たかと思ったが、目を凝らすとジーサード達はそれが何か分かった。

 

「あれは‥‥ヴィジランテ‼という事はたっくんか‼」

「タクト先輩…!」

 

「…おい、ちょっと待って。あいつこのまま突っ込んでくると‥‥」

 

 ケイスケとかなめは喜んだが、ジーサードは嫌な予感が過った。ヴィジランテはスピードを上げて近づいてきたが、その先にあるのはスキーのジャンプ台のようにひしゃげたフェンス。ヴィジランテがロケットブーストで更にスピードを上げて突っ込んでくると、ヴィジランテはフェンスに乗り上げ高々と飛んだ。

 

「ふぉおおおおおおおおっ‼」

 

 拡声器で響くタクトの爽快な叫び声と共にヴィジランテは空中を飛ぶ。その様子をかなめとジーサードは口をあんぐりと開けて目で追う。高々と飛んだヴィジランテは勢いよく、ホワイトハウスの2階へ突っ込んでいき、壁を破壊して入って行った。

 

「「」」

 

 ど真ん中を見事に破壊して突っ込んでいったヴィジランテに副大統領の部下達は勿論、かなめとジーサードは白目をむく。

 

「あのバカやっぱりやりやがったぁぁぁぁぁっ‼」

 

 世界初、武偵史初、ホワイトハウスにダイレクトアタックした武偵が誕生してしまったことにジーサードは虚しく叫んだ。




 遂に、やっちゃったぜ☆
 この事をタクトのパパさんが知ったらは一気に白髪が増えてそうですね。事後処理は任せろー(ビリビリ)


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106話


 話が180度変わりますが、Fateのアポクリファは面白いですね!(コナミ感
 最初カオスな4人衆はFGOでやろうと考えてたけど物語と設定が壮大すぎてやめたのは内緒だよっ

 


「ええい‼どいつもこいつも何をしているのだ‼」

 

 副大統領のリチャードは苛立っていた。ジーサード達を一歩も入れさせないためにFBIやCIA、そして武偵や警察を集めて防衛線を張っていたが悉く突破され、遂にジーサードがホワイトハウスへと辿り着いてしまった。リチャードは荒々しくデスクを叩き、苛立っているリチャードの顔色を窺ってびくびくしている部下達を睨み付ける。

 

「何をしている‼さっさと迎え撃て‼館内に一歩も入れさせず射ち殺せ‼」

 

 部下達は慌ただしく執務室を出て行く。銃声が響く外ではジーサード達が戦っているのが見えた。その中に大統領の姿は無い。事を急いたのか、いち早く副大統領の下へと向かいたいのかとリチャードは髭を摩りながら様子を見る。

 

「使えない者共め…」

 

 リチャードははき捨てて苛立ちで拳を握る。この数ならば奴等も館内へは簡単に入ることはできまい。それに、もしも突破されてもこちらにはまだ『アレ』がある。そこへ向かう時間もある。リチャードはゆっくりとこの執務室を出ようとした。

 

『ふぉおおおおおおおおっ‼』

 

 その時、どこからか喧しい声が響いた。何事かとリチャードは後ろを振り向いた。

 

 

 轟音を立てながら黒く分厚い装甲が施されたスーパーカーが白亜色の石柱を破壊し、窓や壁を突き破り、執務室へと突っ込んできたのだった。

 

__

 

「ふぅーっ‼ここがホワイトなハウスかー!」

 

 ロケットブーストで一気にホワイトハウスへとダイレクトアタックしたヴィジランテのドアを開けてタクトが目を輝かせながら内部を見回す。人生で一歩も入る事はできないだろうと思っていた大統領の官邸、ホワイトハウスに足を踏み入れることができたタクトにとっては心躍らせ、喜びと感動で溢れかえっていた。一方の大統領のマイケルはこの惨状に頭を抱えていた。

 

「‥‥やってしまった‥‥」

 

「どうです大統領‼この真紅の稲妻タクシードライバー頭文字Kの腕にかかればあっという間に到着ですぜ‼」

 

 今の大統領の落ち込みに全く気にしてないどころかこの惨状に動じていないタクトは満面の笑みでサムズアップした。自分を褒めたたえ続けるタクトにマイケルは大きくため息をつき、いつまでも落ち込んではいられないと首を横に振った。

 

「‥‥事後処理を考えている場合ではないな、今はリチャードを見つけることが先決だ」

 

 リチャードを探し、この事件をいち早く終わらせなければ。これ以上アメリカを混乱させるわけにはいかない。マイケルは気を引き締めてヴィジランテから降りて踏み入れた。

 

「げほっ…げほっ…!何が起きた…‼」

 

 舞い上がる土煙の中からマイケルは聞き覚えのある声を聞いた。辺りを見回すと土煙の中で誰かいる。しだいに土煙が晴れ、隠れていた黒いシルエットが明らかになり、咽ているリチャードの姿を見つけた。

 

「リチャード―――‼」

 

「ごほっ…む…マイケル…!貴様の仕業か―――!」

 

 お互い重々しい剣幕で鋭く睨み付ける。一言も発せず黙ったまま睨み合ったまま執務室に静寂が流れ、壁にでかでかと開いた大穴から銃声と爆発音が大きく響いた。タクトは全く気にせず執務室をあちこち物色していた。重々しい空気の中、マイケルが最初に口を開いた。

 

「そこまでだ、リチャード。お前のクーデターは私達が止める」

 

「クーデター?笑わせる、これは革命だ。お前達の様な腐った思想を持つ者を根絶やしこの国を本来あるべき姿へと戻す戦いだ」

 

「リチャード!それは破滅への道だ!再び世界を巻き込む戦争を起こし、多く人間の血を流すことになるぞ!」

 

「ふざけるな!お前は平和だの共存だのと抜かすがそんな物で『N』の様な国をも脅かす存在を止めることができるか‼そんな練乳のように甘い戯言、偽善は国を腐らせる!我々には力が、どの国にも負けない力が必要なのだ。お前や、ジーサードのようなヒーローなぞ邪魔なだけだ‼」

 

「あのー、ちょっといい?」

 

 熱弁するリチャードを挫かせるかのようにタクトがひょっこりと二人の間に立った。ホワイトハウスに突撃してきたバカはこいつかとリチャードは殺意を込めて睨み付ける。そんな威圧をも気にせずタクトはリチャードに尋ねた。

 

「力だとか云々言うけどさ、他の方法も考えられないの?」

 

「どういう事だ‥‥?」

 

「何か話を聞てるとさ…他を貶すんじゃなくて、あれこれ考えず手を取り合って力を合わせるとかさ。そうすれば『N』とかに対抗できるんじゃない?」

 

「‼」

 

 リチャードは一瞬言葉が詰まり、何とか言い返そうとしたがタクトはそれを遮り話を続ける。

 

「母ちゃんが言ってたぜ?『どんなに己が優れようとも、誰かを蹴落とし一番になろうとしても、誰かと力を合わせないとダメな時だってある』って」

 

「タクト君…君の言う通りだ」

 

 マイケルはタクトの肩を軽く叩いて微笑み、真剣な眼差しでリチャードを見つめた。

 

「…お前の立てる国に友に立つ者はいない。誰かと共に歩もうとしないお前に、国を語る資格はない‼」

 

「黙れ…‼私の邪魔をするのならばただ潰すのみだ‼まずはお前達から排除してやる‼」

 

 怒りに震えるリチャードは懐に隠し持っていたP250を引き抜いてマイケルに向けて引き金を引いた。銃声が響く寸前に相手が銃を出した途端にタクトが咄嗟にマイケルを押し倒し、リチャードから放たれた弾丸を躱す。

 

 躱されたことにリチャードは舌打ちをするがすぐさま執務室を出て行った。廊下からリチャードの苛立ちの混ざった怒声が響く、内部に既に入られたことを知らせリチャードの部下達に始末させるつもりであろう。

 

「リチャード…‼タクト君、すぐに追いかけよう!」

「大統領の護衛なら任せておきな!」

 

 タクトは意気揚々に執務室のドアを蹴り開け持っている銃の引き金を引いた。よく見ると、それはいつも使っているM16ではなくMininng Laser。

 

「あ、やべっ」

 

 気づいた時にはもう遅し。引き金を引かれたMininng Laserは銃口から赤い閃光を放ち、廊下の突き当りの壁に当たると爆発を起こして大穴を開けた。

 

 庭園で戦いを繰り広げていたジーサード達からもホワイトハウスの一部で爆発が起きた様子は見えていた。ジーサードとかなめは爆発音を聞くと直ぐにホワイトハウスの方へ視線を向ける。ホワイトハウスの壁に大穴が開き、焦げた部分から出た黒煙が空へ高々に上っていく。

 

「やべえ‥‥俺、無事に兄貴と再会できっかな‥‥」

「さ、サード!き、気をしっかり!大丈夫だから、きっと大丈夫だから‼」

 

「たっくん、いきなりやらかしてるなぁ‥‥」

 

 白目をむきかけるジーサードをかなめが必死に励まし、そんな二人を他所にケイスケは他人事のようにタクトの所業を感心しつつカズキとナオトが早く来ないか待ちぼうけしていた。

 

 外でホワイトハウスを廃墟と化しないかハラハラしているジーサードとかなめの事は全く気にしていないタクトはマイケルと共にリチャードを追っていた。二人の行く手をリチャードの部下達が遮り始末しようとしてくるが、マイケルに殴られ、投げられ、彼の後ろで死屍累々と化していた。

 

「大統領、めっちゃ強っ‼」

「これでも巷では『戦う大統領』と呼ばれているからね…‼」

 

 マイケルは苦笑いしつつ再び襲いかかってくるリチャードの部下を次々に投げ倒しては鳩尾に拳を入れて気絶させていった。リチャードは駆け足で階段を降り続ける。どうやら地下へと向かっているようだ。

 

「地下室なら追いつめれるぜ‼」

「いや、地下室には緊急脱出用に用意されている航空機や戦闘車両が収容されている地下施設へと続いている通路がある」

「マジで!?かっけええ!」

 

 タクトは目を輝かせ足を速めていく。まさかホワイトハウスにそんな施設が隠されているとは思いもしなかった。あそこには航空機もある、もしそれに乗られてしまっては逃げられてしまう。いまここで、この地で彼を止めなくては。マイケルも急ぎ地下へと階段を降りていく。ホワイトハウスの地下階にある書斎室、リチャードはその部屋に逃げ込んだのを見て入ったが姿がない。タクトがキョロキョロと探している間にマイケルが部屋の隅の本棚にある黒緑の分厚い本を押し込んだ。ガコンと何かが押された音がしたと思いきや本棚が自動に動き、ホワイトハウスに似合わない鈍色の隠し通路が現れた。

 

 タクトとマイケルは薄暗い通路を駆けていく。仄かに光る場所へ向かって突き抜けていくと、そこは広い空間が広がった場所だった。辺りを見回せば、古めかしい戦車やガトリング砲、最新の航空機から戦闘ヘリまで博物館に展示されている物のように置かれていた。しかし何処を見回してもリチャードの姿が見えない。隠れて襲いかかってくるかもしれない、タクトはマイケルを守りつつ注意深く見回した。用心していたタクトであったが、通路の先にある物を見ると子供の様に目を輝かせた。

 

「ねえねえ、あそこにあるのって‥‥‼」

 

 はしゃぐタクトが指さす先を見たマイケルは驚愕し、愕然とした。

 

「そんな馬鹿な…こんなところにもあったのか…!?」

 

 マイケルは『それ』を見て驚き、タクトは興奮して目を輝かせている間に『それ』は動き出した。軋む金属音を響かせゆっくりと動きを確認する。

 

『80%か…本当は完成させるまで待つつもりでいたが、貴様らを始末するには未完成でも十分だ』

 

 拡声機からリチャードの声が響いた。リチャードがここまで来たのは航空機に乗って逃げるのではなく、『それ』に乗ることが目的だった。ここにいてはまずい、マイケルはタクトを引っ張って後ろへと下がる。

 

『さあ、この私を止めてみせろ‼』

 

 リチャードは叫ぶと『それ』はブーストを噴かせ高々と上へと飛んでいった。

 

___

 

「うおっ!?なんだ!?」

 

 ケイスケは突然の揺れに焦り辺りを見回す。地震ではないようだが、庭園の一部がミシミシと音を響かせながら隆起すると爆発を起こした。外で戦っていたジーサードもFBIやCIA、軍の者達も一斉にその場を見た。すると、爆煙に紛れて何かが飛び出してきた。

 

『フハハハハハハッ‼』

 

 高笑いを響かせながらそれは姿を現した。アトラスが装着しているような先端科学兵装P・A・A程の大きさだが鈍色のメタリックな分厚い装甲をした人型の特殊機動重装甲兵器だった。背部には二基の大きなコンテナ型のユニットが装着されており、黄色いモノアイが鋭く光る。

 

「この声は…てめえか、リチャード‼」

 

 声を聞いて思い出したジーサードは鈍色に光る特殊機動重装甲を纏ったリチャードを睨み付ける。特殊機動重装甲兵器はモノアイが付いた首をジーサードに向けてモノアイを光らせた。

 

『久しいな、ジーサード…!悉く私の邪魔をしてくれたな!このアイアンブリゲイド試作機Ⅱ型で始末してやる‼」

 

 まさかあのアイアンブリゲイドをここまで小さくさせ、パワードスーツへと化させるとは。これは間違いなくあのジキル博士の仕業だろう。リチャードは背部のコンテナを開かせると、マシンガンやガトリング砲、グレネードランチャーやらといったいそんな容量をどうやって入れたとツッコミを入れたい程の火器兵器が展開され、一斉に斉射してきた。

 

「おいいっ!?どうやって詰め込んでんだよ、そんな武器!?」

 

 そんなジーサードの内心を察してくれたのかケイスケが慌てながら被弾しない場所へと逃げていく。まわりにFBIやCIA、軍人、そして己の部下がいるにも拘らずリチャードはジーサードに向けて撃ち続けた。ジーサードは舌打ちして飛んでくる弾丸を防ぎ、躱しながらリチャードへと迫った。

 

「てめえ…自分の部下も巻き込み殺すつもりか‼」

『私の足手まといになるのならば使えぬ部下なぞ不要だ‼』

「っ‼この野郎‥‥っ‼」

 

 ジーサードは懐まで迫り、全身の骨格、筋肉を連動させて放つ高速の拳『流星』を放った。その拳はアイアンブリゲイドの腹部に直撃し、鈍い金属音が響いた。一瞬、リチャードは動きが止まったが、モノアイを光らせジーサードの腕を掴んだ。

 

『そんな攻撃、このアイアンブリゲイドの装甲には無意味‼』

「なっ…!?」

 

 リチャードは腕を掴んだままジーサードを荒々しく振り回して投げ飛ばした。ジーサードは受け身を取って着地をするが、それを先読みしてかリチャードはグレネードランチャーの銃口をジーサードに向けて放とうとしていた。

 

「LOooooッ‼」

 

 その時、上空からLooが急降下してきて勢いでリチャードにぶつかってきた。体当たりされた衝撃でリチャードは押され、握られたグレネードランチャーの砲口が逸れ、放たれた砲弾はジーサードから離れた場所へと飛んでいき爆発した。

 Looは追撃をかけるように両肩部に迫り出したMK47ストライカーからリチャードに向けて何度も何度も40×53㎜グレネード弾を発射させた。見る間に爆炎がリチャードを包み込むが、爆炎の中からリチャードが高笑いしながら飛び出して来た。

 

『フハハハッ‼そんなもの、効かんわ‼』

 

 リチャードは何度も当たるグレネード弾をものともせずLooへと迫る。Looはこちらに向けて伸ばしてくるリチャードの手を掴み取っ組み合いになった。軋む金属音を響かせる力の押し合いはLooが押されていた。

 

『所詮はガイノイド‥‥!その程度の力だ‼』

 

 リチャードはLooの右肘を掴み、力いっぱい引っ張る。ビキビキと金属の嫌な音を響かせ、Looの右前腕を捥ぎ取りLooの腹部に蹴りを入れて思い切り蹴り飛ばした。倒れるLooに向け、マシンガンを掃射してきた。

 

「この野郎っ‼やりすぎだっての‼」

 

 ケイスケはポーチからMK3手榴弾を取り出しピンを引き抜いてリチャードに向けて投げた。投げ込まれたMK3手榴弾は頭部に当たり爆発を起こすが、分厚い装甲にびくともしない。リチャードはケイスケの方へゆっくりと向くとマシンガンの銃口をケイスケに向けて撃とうとした。

 

「てめえの相手は俺だ‼」

 

 ジーサードがリチャードに思い切り跳び蹴りをお見舞いし、蹴飛ばした。

 

『無駄なことを。忌々しいハエが‼』

 

 リチャードは標的をジーサードに定め、マシンガンやガトリング砲を乱射していく。ジーサードが戦っている間にケイスケは倒れているLooに駆け寄った。

 

「Looっ‼大丈夫か!?」

「LOooooo‥‥‼」

 

 Looは起き上がり、へっちゃらだと言うかのようにフンスと張り切って頷いた。それでも捥がれた右腕から緑色のオイルが漏れ、所々に銃弾が直撃し傷ついた体や四肢を見るといくらガイノイドとはいえ痛々しく感じた。

 

「メカとはいえもっと自分の体を大事にしろっての‥‥」

「Loo…?」

 

 ケイスケは苦笑いしながらLooを撫でた。頭を撫でられてLooはハテナと首を傾げる。ケイスケは一息ついてリチャードの方へ睨み付けた。

 

「つっても、あのメカ野郎の装甲をぶち破る事はできねえのか…?」

 

 今持っている手榴弾やM16ではあの装甲にダメージを与えることは出来ない。打開できるかもしれないMininng Laserを持っているタクトは大統領と一緒にホワイトハウスに突っ込んだまま戻ってこない。カズキとナオトが駆けつけてきても巻き返すことはできるのだろうかとケイスケは悩んだ。

 

「ケイスケ先輩、まだ方法はありますよ」

 

 ふと悩むケイスケにかなめが声を掛けた。ケイスケははっと顔を上げてかなめを見つめた。

 

「まだあるのか?」

「はい、Looの兵装に陽電子砲(ポジトロンカノン)が搭載されてます。これを撃てばあれを倒せるかもしれません‥‥」

「なるほど、要は凄いビームなんだな?」

「すごい端折りましたね!?」

 

 陽電子砲とやらは何ぞやとあまり深く考えないケイスケにかなめが思わずツッコミをいれた。その陽電子砲を当てることができればもしかしたらあの硬い装甲を破壊し、リチャードを倒せるかもしれない。

 

「けれど、それを放つまで少し時間がかかります…」

「狙われたら終わりってか…」

「はい、それまで私とサードで時間を稼ぎます。ケイスケ先輩はLooを守ってください‼」

 

 かなめは単分子震動刀を持ち、自分の周りに3枚の磁気推進繊盾(P・ファイバー)を浮かばせてリチャードと戦うサードの下へと駆けて行った。

 

「ったく、やるしかねえな…Loo、急げよ?」

「Loo!」

 

 ケイスケはやれやれと頭を掻きながらM16を構え、二人の戦いを見守るだけでいいのか、何かできる事があるはずと悩みながらも様子を見ていた。

 

_____

 

 

「やっべえええ!?あのロボかっこいいんですけど‼」

 

 地下では未だにタクトが目を輝かせて興奮していた。アイアンブリゲイドに乗ったリチャードは既に外へと無理矢理出て行った。今ではケイスケ達が戦っているだろう。今すぐ駆けつけてピンチのところ助けてカッコいい所を見せてやろうとタクトは張り切り持っているMininng Laserを見る。よく見れば、Mininng Laserのメーターらしき部分が点滅していた。

 

「え…もしかして、エネルギー切れ寸前!?早いな!?」

 

 ヒューメイン研究所でやたらと撃ちまくり彼方此方を爆発させたことが原因であったがタクトはそんな事には気づいていなかった。メーターから見て撃てるとすれば後一発、ピンチな状況であったがタクトは嬉しそうに笑っていた。

 

「後一発のビームで倒せば‥‥なんかかっこよくない?」

 

 絶対に惚れ惚れするだろうとタクトはにやけながら急いでケイスケ達の下へと向かおうとしていた。しかし、マイケルが置いて行く訳に行かないと思いだしたタクトは振り返る、マイケルはリチャードが乗ったアイアンブリゲイドがあった場所のすぐ近くにあった12枚もの液晶画面があるパソコンをじっと見つめながらキーボード入力していた。

 

「マイケルー、どったの?」

「あいつは確かまだ未完成といっていた…」

 

 マイケルはあのアイアンブリゲイドは80%で未完成と言っていた。もしかしたらまだ欠陥が残っているかもしれない。そこを突けば打開できるかもしれない。しかしタクトはそんな事言ってたっけなー?と首を傾げていた。

 

 

「残りの20%に賭ける‥‥‼」

 

 キーボードの入力が終わると12枚の液晶画面にアイアンブリゲイドの図面が映り、何やら長い数字の計算やら設計図やらグラフやらが表示された。

 

「タクト君、マッシュに解析を頼んでくれないか…!」

「よーし任せろ!‥‥えーと、エリンギ?シイタケ?ブナシメジ?聞こえるー?」

 

『エリンギでもシイタケでもブナシメジでもなくてマッシュだ‼いい加減覚えろ‼』

 

 無線からマッシュが怒号と共にツッコミを入れてきた。

 

『外では副大統領がパワードスーツを着て大暴れしている‥‥!何か打開策でも見つけたのか!』

「ふっ、この漆黒の味噌汁ハッキングマスター菊池タクトの頭脳解析な判断でry」

『そんな事いいから早く言え!?』

「せっかちだなもー‥‥大統領がアイアンブリゲイドのデータ見つけったてさ」

 

 マッシュが『本当か!?』と言い切る前にタクトは無線機をマイケルに渡した。

 

「マッシュ、君のパソコンにアイアンブリゲイドのデータを送る‥‥君ならばアレを止める方法を見つけられるはずだ」

 

『まさかホワイトハウスからそんなデータが送られるとは‥‥恐れ多いと言いたいが、ジーサード達を助ける為に僕がやらねばならないだろうな。解析は任せてくれ‼』

 

___

 

「うおっ!?また爆発したぞ!?」

 

 カズキは遠くから聞こえる爆発音に驚いていた。カズキとナオトはアーノルドが率いるコマンドー部隊と共にホワイトハウスへと向かっていた。

 

「あの黒煙…すでにホワイトハウスでは激戦が繰り広げているな…」

 

 アーノルドは重々しく呟いた。今頃ホワイトハウスではケイスケ達がリチャードらと戦っている。自分達も急ぎ戦いに参戦しなくてはとナオトはハクチョウドラッグのアクセルを強く握りスピードを上げていく。

 

「なあナオト‥‥たっくん、ホワイトハウスを壊してないかなー…」

「無理だろ。たっくんだもん、絶対何か壊してるだろ」

 

 だよねー、とカズキは苦笑いした。ふと、頭上で大きな風切り音が響いた。見上げるとブラックホークが上空に飛んでいるのが見えた。マッシュ達が迷子になっている自分達を見つけてホワイトハウスまで先導してくれるのだろうかとカズキは不思議そうに見た。

 

「おろ?誰か降りてきた‥‥?」

 

 ブラックホークから誰かが降りて、パラシュートを広げてこちらに向かって降りてきたのが見えた。ナオト達も気づき止まって目を凝らして見る。カズキ達の前に降りてきたのはレキだった。

 

「カズキさん、ナオトさんこんなところにいたんですね。探しました…」

 

「お、おう!け、決して迷子になったわけじゃねーからな!新しい味方を引き連れてやったんだぜ‼いやーここまで緊張する戦いはかとぅでんでないぜ!」

 

「焦って噛んでるぞ?」

 

 焦りながらも噛みながらも笑ってごまかすカズキにレキはジト目で見つめる。

 

「というか探してたってのはどういう事?」

「はい…今、ホワイトハウスでケイスケさん達がアイアンブリゲイドに乗った副大統領と戦って苦戦を強いられています」

 

「まじでか!?こうしちゃいれられないな!ナオト、超スピードで行こうぜ‼」

 

 完全に置いてけぼりで焦るカズキをレキが止めた。じっとこちらを見るレキの目力にカズキは何か悪い事でもしたのかと焦る。

 

「大統領から送られてきたアイアンブリゲイドのデータをマッシュさんが解析しました‥‥アイアンブリゲイドを止めるには、私とカズキさんの狙撃が必要です」

 

「‥‥え゛っ!?うそっ、俺の狙撃がデッテルガツッタルクンヌルダカ!?」

 

「あのカズキさん?今何て言ったんですか?」

 

 カズキの何言ってるか分からない噛み言葉でどこか無表情なレキが初めてカズキ達の前で戸惑ったのであった。




 遂に副大統領の対決…‼
 リチャードの乗るアイアンブリゲイド…はい、もうあれです。メタルなウルフです。リチャードって名前ですし、練乳ですし、はい…


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107話

 メリークリスマス(大遅刻)

 今年のクリスマスはどうしたかって?
 特命係長とあぶない刑事を見続けていました(血涙)


「お、俺がやんのか?」

 

 カズキはドギマギしながらもレキに確認するがレキは即答するように無言で頷く。どうやらやらなければならないようでカズキはマジかよと呟きながら項垂れた。

 

『カズキ、聞こえるか?』

「聞こえるぜ…えーと、なんだっけ?ムッシュ?」

『ムッシュではない!マッシュだ‼お前達は真面目に名前を覚える気はないのか!?』

 

 無線を通してマッシュは呆れと怒りの混ざったツッコミを入れた。しかしカズキとナオトはなんで怒られているのか分かっていないようで不思議そうに首を傾げていた。このままでは埒が明かないのでレキが話を進めた。

 

「今、ケイスケさん達が戦っているアイアンブリゲイドに僅かですが欠陥がある事が分かりました。そこを狙えば回路がショートしシステムを停止させて相手を無力化できるかもしれません」

 

「欠陥って、どこに?」

 

『両肩と胴体の接合部にほんのわずかだが隙間できている。丁度そこに精密な回路が繋がっているようでな、それを破壊すれば機能を停止させることができるんだ』

 

「なるほどなるほど‥‥で、誰がどうすんだっけ?」

 

『レキ、本当にこのバカに任せて大丈夫なのか?すっごい不安になってきたし胃が痛くなってきたんだが』

 

 マッシュは真面目に聞いているのか本当に理解しているのかカズキに任せて大丈夫なのか増々心配になってきた。レキは静かに頷く。

 

「私の他に狙撃ができるのはカズキさんしかいません」

 

「つまり…どうゆ事?教えてナオトー、ナオト教えて教えてー」

「お前が狙撃するんじゃないのか?」

 

 変顔でしつこく尋ねてくるカズキをツッコミを入れることなくナオトは即答した。カズキのクソギャグを気にせずレキは話を続けた。

 

「私とカズキさんでアイアンブリゲイドの両肩の接合部を同時に狙撃して止めます」

「ど、同時に!?マジかよ‥‥プレッシーだなおい」

「…それを言うならプレッシャーな」

 

「あの装甲に傷をつけるとなれば対物ライフルがいいかもしれませんね…」

 

 生半可の狙撃銃ではアイアンブリゲイドの装甲を貫くのはおろか傷一つもつける事はできない。可能性があるとすれば対物ライフルが有効だろう。しかし、今レキとカズキには対物ライフルは持っていない。どこか戦闘中の軍武偵から拝借(物理)をするかない。

 

「それならいいのがあるぞ‼」

 

 そこへアーノルドが意気揚々にレキとカズキに渡した。.50口径の迷彩柄のデザインが施された大型ライフルだった。

 

「アメリカではMK.15、カナダではTac-50と呼ばれている。これなら仕留めることができるか?」

 

「…やってみせます。カズキさん、急ぎましょう」

「俺がやるのかー‥‥まじポン?ナオト、まじポン?」

 

 未だに決心がつかないのか戸惑うカズキはナオトに助けを求めた。しかし、ナオトは時間がないからかまたはた面倒くさいからかぶっきらぼうにカズキの肩を軽く叩いた。

 

「俺達で足止めするから必ず仕留めろよ?」

「おいいいっ!?ナオトぉ!なにプレッシャーかけようとしてんの!?余計に緊張するわ‼」

「カズキさん、行きますよ」

「あ、ちょ、レキ!待ってーっ‼」

 

 先に向かったレキをカズキは慌てふためきながら駆け足で追いかけていった。ナオトはカズキを見送った後、ため息をついた。

 

「俺達も急がないと‥‥」

「我々も手を貸そう。いつでも戦える準備はできている」

 

 アーノルド含め、彼らの部下も気合いが満ち足りていた。頼もしいを通り越して頼もしすぎる。ナオトは軽く会釈をし、無線機を取り出した。

 

「…ケイスケ、聞こえるか?」

 

『あ!ナオトてめえ‼まだ来ねえのかよ‼こっちは激戦だっつうのに何処ほっつき歩いてやがる!』

『LOooっ‼LOoooo‼』

 

『ほら、LOOも怒ってるぞ。ルー大柴に謝れ‼』

『LOooッ!?』

 

 ケイスケとLooの怒りの声と無線機から聞こえる銃声や爆発音が混ざりより一層喧しく響いた。ナオトは彼らがどうして起こっているのか面倒くさそうにため息をつき、スルーして話を進めた。

 

「アイアンブリゲイドを止める方法が見つかった。俺達でやるぞ」

 

___

 

「なるほど…それしかねえよな‥‥」

 

 ナオトからカズキとレキがアイアンブリゲイドの精密な箇所を狙撃し、アイアンブリゲイドを無力化させる作戦を聞いたケイスケはアイアンブリゲイドとジーサードとかなめの様子を眺めて納得して頷いた。あの兄妹が全力で戦ってもあのアイアンブリゲイドはびくともしていない。今、彼らの手助けをできるのは自分達しかいない。ケイスケはナオトに尋ねた。

 

「で、俺達でカズキが狙撃できるよう足止めするってわけだな?」

 

『後はたっくんがアレに効くビームを持ってたし、それも使えば装甲が壊れるはず』

 

 ケイスケは黒煙が舞い上がっている半壊しかけたホワイトハウスに視線を向ける。あれから未だにタクトが戻ってくる様子が伺えない。タクトが遅れても最悪こちらにはLooの陽電子砲がある。

 

「分かった。一応たっくんにも知らせる。お前も早く来いよ?」

 

『今向かってる。ところで、俺って今どkry』

 

 ナオトが言い切る前にケイスケは聞かなかったことにして無線を切った。無線機から鈍いエンジン音が聞こえていたので誰かがナオトを案内していることを期待するしかない。ケイスケはそう願いつつ一向にホワイトハウスから姿を見せないタクトに無線を繋げた。

 

「たっくん、聞こえry」

 

『お掛けになった電話番号は今現在使われておりません』

「ぶち殺すぞ」

『‥‥すんませんでした』

 

 ケイスケは額に青筋を浮かばせながらカズキが狙撃し、アイアンブリゲイドを無力化させる作戦を伝えた。

 

「いいか?お前も重要な役割があるからな。早く来い」

『なるほどなるほど‥‥もう一回言って?』

「ぶち殺すぞ?」

 

『噓ですごめんなさい‼お、俺も頑張らないとね!後一発しかないから決めたらカッコいいしね!』

「ああ、あいつらの助けになるのはカズキとたっくんが‥‥って後一発ぅぅぅっ!?」

 

 Mininng Laserが後一発しか撃てないことにケイスケは驚いて高い声を上げる。隣にいたLooはビクリと跳ね上がった。

 

「おい!?何でもう一発しかないんだよ!?」

『ふっ、慌てるなケイスケ…百発百中狙撃ランキングじゃレキよりも147位の下のゴルゴスナイパー菊池タクトに任せとけ?』

 

 タクトはかっこつけて無線を閉じた。タクトは本当に大丈夫だろうかとケイスケはため息をつく。一応、やる時はしっかりやるから任せても大丈夫だろう。後は自分がしっかりしなければと大きく深呼吸した。

 

「よし…Loo、今度は俺達がやる番だ」

「Loooo…!」

 

 ケイスケに撫でられてLooはフンスと張り切り、左手と両足から鉤爪を出し三脚のような状態で地面に固定すると背中にランドセルの様に装着した臼砲の形をした最先端科学兵器をアイアンブリゲイドへと向けた。

 

「つか何でもありだな‥‥ところで、それって直ぐに撃てるのか?」

 

「Looo」

 

「いや、ルーって言われてもわかんねえよ」

 

「Looo~」

 

 Looはお前は何を言っているんだと言うような呆れ顔をする。ケイスケはツッコミ役が今自分しかいないことに頭を抱えた。

 

「いいから誰か早く来い‥‥‼」

 

 もう自分がやるしかないとM16を強く握りしめた。

 

___

 

「距離、方角、風…ここなら問題ありません」

 

 レキはホワイトハウスから2000m離れたビル屋上にてTac-50のスコープを覗く。スコープからジーサードとかなめと戦っているアイアンブリゲイドの姿が見えた。コンテナ型のユニットからマシンガンやグレネードランチャー、ガトリング砲を出してジーサードとかなめに向けて斉射し、近づけば離れ、攻めてくれば防ぎ、激しく動いていた。

 

 レキは静かにアイアンブリゲイドの動きに合わせて照準を合わせていく。ずっと黙っていたレキだったが、ちらりと横へ視線を向ける。未だに緊張してブツブツ呟いているカズキの様子がさっきから気になていたのだった。

 

「カズキさん、大丈夫ですか?」

 

「お、おおう!大丈夫大丈夫‥‥!あのキレイな顔をフッ飛ばしてやるぜ‼」

「カズキさん、狙うのは肩です」

 

 レキに即答されてカズキはため息をついて肩を落とす。自分は今重要な役割を担っている。しかも一回限りの一発勝負、これを外せば勝機が見えない。カズキの心の内に不安が過るが、首を横に振って冷静になろうとした。

 

「CoolCoolCoolCoolCoolCoolCoolCool‼」

 

「カズキさん‥‥?」

 

「ふ‥‥Coolからホットになっちまったぜ」

 

「真面目にやってください」

 

 アリアや理子やキンジならば何かとツッコミをしてくれただろう。無表情で、何もツッコまず、冷静に、正確に即答していくレキのテンションが分からなかった。そのおかげなのかカズキも次第に落ち着いてきた。

 

「わかーったよ‼やってやればいいんだろ?俺達に不可能はねえぜ‼」

 

 ヤケになったカズキはTac-50のスコープを覗き込み、アイアンブリゲイドへ狙いを定めようと照準を合わせていく。

 

「よく動きやがるなー‥‥じっとさせて…ターゲットをとらせなさいと‥‥」

 

「‥‥」

 

 ブツブツ呟くカズキとは反対にレキは静かに黙々としていたが、時折カズキが何を言ったのか分からない言葉にピクリと反応していた。

 

「そんで‥‥とら…さくぶ…」

 

「えっ?へっ?え?カズキさん、今なんて言ったんですか?」

 

 明らかにどうやったらそんな言葉が出てきたのか、解読不能レベルの言葉を聞いたレキは慌てた。キンジ達の前でも見せない人生で初めて慌てた瞬間であった。

 

___

 

『フハハハハハハッ‼無駄だ‼』

 

 リチャードは高笑いしながらマシンガンを乱射する。どんな先端科学兵器であっても、どんな実力の持ち主であってもこの屈強な装甲と最強の火力の前では無力。

 

「っ‼いちいち高笑いがうっせえよ‼」

 

 ジーサードは舌打ちして一気に駆けた。こちらに真っ直ぐ向かってくるジーサードにリチャードは鼻で嘲笑って銃口を向けてハチの巣にしてやろうとした。その時、両腕が何かに縛られる感覚がした。よく見ると両腕に布の様な平たい磁気推進繊盾が巻きついて引っ張っていた。

 

「サード!今だよ‼」

 

 かなめが磁気推進推進繊盾を操作し動きを止めようとしていた。かなめの呼びかけにジーサードは頷きモノアイのある顔めがけて思い切り殴った。アイアンブリゲイドの顔に見事にヒットしたが、ギギギと機械音を立てながら力ずくで戻ってくる。

 

『いくら貴様の力が強かろうが、このアイアンブリゲイドには通用せん‼』

 

 リチャードは磁気推進繊盾をリボンのように簡単に解き、アイアンブリゲイドの頑強な拳で殴り飛ばした。ジーサードは受け身を取って起き上がるが腹部を思い切り殴られ激痛が走る。リチャードは追い打ちをかけるようにグレネードランチャーを握り狙いを定めた。

 

「やらせはしないっ‼」

 

 かなめがさせまいと単分子震動刀をリチャードに向けて振り下ろす。しかし単分子震動刀の刃はアイアンブリゲイドの左腕に防がれ、刀身が装甲に耐えきれずぽっきりと折れた。

 

「っ!?」

『‥‥ふん』

 

 リチャードは軽く鼻で笑い、片手でかなめの首を掴んで持ち上げた。

 

「あ‥‥がっ…‼」

「かなめっ‼」

 

『ジーフォース‥‥まずはお前から片付けてやろうか』

 

 リチャードは握る力を強め、かなめの首をへし折ろうとした。その時、何処からか喧しいエンジン音が響き猛スピードで近づいてくるのが聞こえてきた。リチャードはちらりと振り向くと、こちらにめがけて大型バイク、ハクチョウドラッグが高く跳んで突っ込んできた。リチャードはかなめを投げ捨て此方に跳んでくるハクチョウドラッグを受け止めた。

 

「やっと着いた‥‥って、これがロボ!?」

 

 宙で止まっても冷静にほっと一息ついたナオトがアイアンブリゲイドを見て目を丸くする。やっと到着したナオトにジーサードは少し笑みをこぼした。

 

「ったく、お前らはいっつもハチャメチャな登場をしねえといけねえのか?」

「さあ‥‥?」

 

『いい加減、私を苛立たせないでくれないか‥‥?』

 

 無視して話をしているナオトにリチャードはメキメキとハクチョウドラッグの前輪を潰していく。ナオトは興味がなさそうに頷いた。

 

「別に?欲しいならあげる」

 

 ナオトはハクチョウドラッグの座席からバク転して降りた。それと同時にリチャードの目の前にピンの外れたDM51手榴弾が落ちてきたのが見えた。DM51手榴弾は見事に爆発し、ハクチョウドラッグに飛び火し誘爆を起こし大きな爆発となった。

 

「あれ俺のぉぉぉぉっ!?」

 

 着地し、ドヤ顔しているナオトにジーサードはスパーンと頭を叩いた。しかしナオトは反省の色を見せずケロッとしていた。

 

「まだあるしいいだろ?」

「よくねえよ!?あれ限定カラーだったんだぞ!?」

「ま、また集めよ?それより、まだ終わってないよ‥‥」

 

 かなめは怒れるジーサードを宥めさせながら煙の方を見つめた。爆煙の中からギラリと黄色い光が光る。アイアンブリゲイドは未だに無傷だ。リチャードは苛立ちながらナオトを睨む。

 

『舐めた真似を‥‥!』

 

「まだまだ‥‥」

 

 リチャードが一歩前へと進もうとしたその時、アイアンブリゲイドに向けて銃弾の雨霰が撃たれた。ホワイトハウスの庭園にアーノルドがリチャードに向けてM60を撃ちながら、部下達を率いて突撃してきた。

 

「副大統領っ‼そこまでだ‼」

 

『アーノルド‥‥‼ふん、お前まで私に楯突くか。私についてくればよかったものを』

 

「お断りする。お前の行く道に残るのは死体だけだ‥‥‼」

 

『ほざけっ‼』

 

 リチャードははき捨ててアーノルド達に向けて斉射しようとしたが、それよりも早くM60を構えたアーノルドとG3A3を構えていた部下達が一斉に掃射した。

 

「撃ち続けろ‼動きを止めさせろ‼」

 

 アーノルドの響き渡る大声に部下達も怯まずアイアンブリゲイドに向けて撃ち続ける。しかしコマンドー部隊による一斉掃射にもアイアンブリゲイドの装甲は傷一つ付かない。リチャードは嘲笑いながらコンテナ型のユニットからガトリング砲を展開させる。

 

『フハハハハ‼そんな豆鉄砲、このアイアンブリゲイドには無力‼掃射というものはこうするのだ‼』

 

 ガトリング砲は砲身を回転させアーノルド達に向けてハチの巣にしようとした。が、アイアンブリゲイドの装甲にこつんと何かが当たった。リチャードの目の前に再びDM51手榴弾がバウンドして跳んできたのだ。DM51手榴弾は爆発し、リチャードの掃射を遮った。

 

「Loo‼やっちまえ‼」

 

 ケイスケはリチャードに向けて中指を突き立てLooに呼びかける。Looはバチバチと電気をはじけさせている臼砲

をリチャードに向けていた。

 

「Loooooooooッ‼」

 

 Looの叫び声と共に陽電子砲は放たれた。オレンジ色の光が電気を走らせながらアイアンブリゲイドの胴の装甲直撃する。

 

『ぬっ‥‥‼おおおおおおおおおおっ‼』

 

 リチャードは陽電子砲を受け止め、咆哮共いえるような怒声を飛ばして耐えた。バチバチとオレンジ色の光は音を響かせアイアンブリゲイドを包み込むと爆発を起こした。黒煙と爆風がケイスケ達方にも広がっていく。陽電子砲の閃光は消え、パラパラと土と小さな瓦礫が降ってくる。

 

「ど、どうなった‥‥?」

 

 黒煙で視界が遮られ静寂だけが過り、手応えがあったのか判断ができない。ジーサード達はじっと黒煙が消えるのを待った。

 

 黒煙が消え、露わになったのは、爆発と爆風に巻き込まれさらに半壊したホワイトハウスの姿と陽電子砲をくらっても尚、装甲にヒビ一つもないアイアンブリゲイドだった。

 

「おいおい…えらい頑丈だな‥‥‼」

 

 ジーサードは舌打ちしてしてリチャードを睨んだ。アイアンブリゲイドは多少焦げがついてプスプスと焦げた煙を上げている。リチャードは声を荒げて怒り、怒声を飛ばす。

 

『‥‥どいつもこいつも‥‥小賢しい‼どんな手を使おうが、いくら挑もうがこのアイアンブリゲイドには無力だ‼』

 

 リチャードは高笑いをし、ジーサード達を嘲笑う。ジーサード達は睨んでいたが、ケイスケは冷静に無線機を持ってスイッチを押した。

 

「物は凄いが中身が慢心してりゃダメだな‥‥カズキ、しくじんなよ?」

 

『Ok‼絶好のチャンスを逃すかっての‼』

 

___

 

「こいつでやってやるぜっ‼」

「―――仕留めます」

 

 このチャンスを逃さない。カズキとレキは同時にTac-50の引き金を引いた。.50口径から放たれた弾丸は勢いよく飛び、風を切るような速さでホワイトハウスへ、そしてアイアンブリゲイドの両肩の隙間へと貫いた。

 

 小さいながらもリチャード本人も気づかない程の火花が散ると、骨が抜けたかのようにガクンと両腕が下がり動かなくなった。突然両腕が動かなくなり、鉄の塊を持っているような重い感覚が感じてくるとアイアンブリゲイドのモノアイが点滅し始めた。

 

『な、何だ!?何が起きた‥‥!?』

 

 顔面の液晶モニターに映る警告メッセージと喧しく響くアラート音。一体何が起きたのかリチャードには分からなかった。戸惑っているうちに脚も地に着き、動かなくなった。アイアンブリゲイドはただの鉄の塊と化したのだ。アイアンブリゲイドが無力化したことにスコープで様子を見ていたカズキはガッツポーズを取った。

 

「おしっ‼やったな、レキ!」

「‥‥」

 

 カズキは喜んでレキとハイタッチしようとしたが、レキはじっとホワイトハウスの方を見て動かなかった。ただ一人ポツンとハイタッチのポーズを取っていたカズキは無言のままじっとしていたが、自分の手でハイタッチをした。

 

「おしっ‼おし‼おーしっ‼」

「‥‥」

 

 屋上でただカズキのハイテンションの声が喧しく響いた。レキはじっと見据える。後はジーサード達に役目を託した。

 

___

 

「カズキ、レキ、ナイス‼」

 

 ケイスケは成功したことにガッツポーズを取った。何が起きたのかジーサードとかなめはキョトンとしていたが、ケイスケの様子をみてすぐに理解した。

 

「カズキ先輩‥‥助かりました」

「ほんと驚かせやがるな…」

 

 アイアンブリゲイドの動きは止まった。漸く反撃ができる。しかし後の問題はあの装甲をどうやって破壊し、リチャードを殴るか。

 

「すぽおおおおおんっ‼野郎共、待たせたなっ‼わっ!?ホワイトハウスが滅茶苦茶じゃねえか!」

 

 重要な事を考えていたのにそれを逸らすかのようにタクトがホワイトハウスから駆け抜けて、ホワイトハウスの惨状に驚いていた。このホワイトハウスの惨状の8割の原因がお前だとジーサードは心の中でツッコミを入れた。

 

「たっくん‼後は頼むぞ‼」

 

「任せな、ケイスケ‼このMininng Laserであの装甲をぶっ壊‥‥あばすっ!?」

 

 タクトは走りながらMininng Laserをブンブンと振り回していたが、盛大にズッコケた。Mininng Laserはタクトの手から離れて高々と宙を舞った。

 

「たっくん!?何してんだよ!?」

 

 ケイスケはタクトに呆れ、ナオトはギョッとする。宙を待っているMininng Laserはタクトがこけた衝撃で引き金が引かれていた。銃口から赤い光が仄かに光り始めている。後一発しかないのに、うまく当てないとアイアンブリゲイドの装甲を破壊できなくなる。

 

「私に任せてくれ―――‼」

 

 ホワイトハウスの二階から大統領のマイケルが飛び出し、空中でMininng Laserを掴み、銃口をリチャードへと向けた。

 

「リチャァァァァァァァァァァドッ‼」

 

 

『おのれ‥‥おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇっ‼』

 

 マイケルの気合いのこもった叫びとリチャードの憎しみが込められた叫びが響き、Mininng Laserから赤い閃光が放たれた。その閃光はアイアンブリゲイドの装甲に直撃し、爆発を起こした。その衝撃で全身の装甲にヒビがミシミシと広がっていく。

 

『まだだ‥‥まだだぁぁぁぁっ‼』

 

 リチャードは憎悪が混じった雄叫びをあげる。彼の憎しみが通じたのか、システムの一部が直ったのか、左腕がギリギリと音を立てながら動き、マシンガンを握りマイケルに向けて撃とうした。

 

「ジーサード、決めるんだ――――っ‼」

 

「こいつで‥‥終わりだっ‼」

 

 ジーサードは力一杯、全身全霊に力を込め、全骨格、全関節、全筋肉をフルに、高速に動かし音速を超える拳、『流星』を放った。彼の拳はアイアンブリゲイドの胴に直撃した。ひび割れたアイアンブリゲイドの装甲がガラス板のように粉々に砕かれ、全ての装甲はバラバラになり、リチャードの姿が遂に現れた。衝撃を直撃したリチャードは白目をむき、声にならない悲鳴をあげて倒れた。

 

 周りに聞こえていた銃声や爆発音は消え、静寂が流れていた。リチャードが気を失っていることを確認すると、ジーサードは肩で息をしながら拳を高々と上げる。

 

「俺達の勝ちだ‥‥‼」

 

「いやったぁぁぁぁっ‼」

 

 勝利の宣言が伝わり、タクトははしゃいで大喜びしかなめとハイタッチをする。ケイスケとナオトはようやく終わったとほっと安堵の息をつく。アーノルド含むコマンドー部隊は歓声を上げる。

 

 マイケルは気を失っているリチャードの下へ歩み寄り、静かにリチャードを見つめた。

 

「リチャード、お前はやり方を間違ただけだ。アメリカを思う気持ちは変わらない‥‥」

 

 

 マイケルはボロボロになって廃屋になりかけているホワイトハウスの方へ視線を向ける。上空では何台ものヘリが何度も通り過ぎ、遠くではパトカーのサイレン音が喧しく響く。

 

「‥‥約束する。必ずアメリカを守り抜いて見せる」

 

 

 こうして、副大統領の陰謀は阻止され、アメリカを混沌に巻き込みかけた戦いは終わりを告げた。




 カズキとレキの使う銃、本当に悩みました。

 ラハティL39がロマンがあっていいかなーと思ってたけど、M82かTac-50に悩み、なんやかんやあってTac-50が見た目かっこよくてTac-50にしました。知識がなくて色々と間違ってるところはあるけどそこはすみません

 漸く、アメリカ編が終わりそうです‥‥!後はエピローグを


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108話


 エピローグっっっっ‼

 アメリカ編、ようやく終わりでございます‥‥長かった(白目)


「なんかあっという間だったなー」

 

 ニューヨーク、ジョン・F・ケネディ国際空港。アメリカに帰国または入国した客やこれから海外へと出かける客が多く行き交うロビーにて、タクトはでかいサンドイッチを頬張りながら大画面の液晶テレビを見てベンチで寛いでいた。

 

 タクトだけでなく行き交う人々も足を止めてテレビの映像をじっと見つめている。大画面の映像には半壊したホワイトハウスを背景に演説をしている大統領のマイケルが映っていた。

 

「たっくん、良かったのか?俺達も何でか大統領から来るように呼ばれていたのに」

「ふっ‥‥カズキ、これは立つ鳥跡を濁さずってやつさ」

「…思いっきり濁してたけど?」

 

 ナオトの言う通り、大統領を連れ回し、CIAから逃げるカーチェイスをし、アメリカの英雄と友達になって、ジーサードの仲間達と一緒に研究所で大暴れし、最終的にはホワイトハウスをぶち壊したのだ。もはや濁すレベルで済まないはずだったのだが、ニュースにも新聞にもそして大統領の口からもタクト達がやらかしたという話は出てこなかった。

 

「まあFBIかなんか暗部みたいな連中が大統領の名を偽って俺達を呼んで後始末するってこともあり得無くねえし、さっさと帰るのがいいんじゃないか?」

 

「ケイスケ!その前にお土産を買わねえと‼」

 

「勝手にやってろ」

 

「そんなこと言うなよ‼俺達、ソウルメイトじゃないか!」

 

 せがむカズキとタクトにケイスケはやれやれとため息をつき、修学旅行じゃないと説教を始めた。そんな彼らのやり取りを見ていたリサはクスっと笑う。

 

「アメリカでも色々ありましたが…丸く収まって良かったですね」

「まあな‥‥事後処理とか大変だったんだろうけどな」

 

 ケイスケは液晶画面に映っている演説を続けているマイケルに申し訳なさそうに苦笑いをした。ホワイトハウスでの戦いの後、FBIやCIA、各軍の連中は大統領が無事であったことや副大統領と戦っていたこと、全ては副大統領の陰謀だったことを知ると大慌てで直ぐに撤収、事態の収拾に取り掛かった。大統領自らの全てを話し、ジーサードが無実であったことが分かり、アメリカ全土に広まっていたジーサードの指名手配は解かれ漸く彼の無実が証明された。勿論、アメリカのメディアも報道もこれらを知っててんやわんやしていたようだ。

 

 リチャードは逮捕、彼が使っていた兵器アイアンブリゲイドは今後誰にも使われないようにとデータも全て削除された。

 事件から数日後、ヤンはいつも通りにテキサス州の武偵校へと帰って行った。何やらAランクからSランクに格上げされたらしい。彼女は大はしゃぎして喜んでいた。またジーサードリーグに入ることを強く希望していたそうだが断られたようだ。そしてヤンはジーサードといつか手合わせする約束をしてヨーロッパで任務を受けている妹の応援に行った。

 

 フランクはすぐにメディアから引っ張りだこになっていたようだ。一体いつ撮ったのだという写真やこの事件で集めたネタを公開するはずだったのだが、全ての写真はマッシュに没収されてしまった。折角集めたのにとぼやいていたがジーサードから貰ったネタに興味を持ち始め、海外へネタのある場所へと向かっていった。今後、フランクは『N』の真相を暴く為に調べるようだ。

 

 ローガンはマイケルから再び戻らないかと尋ねられ、ジーサードから『暇ならジーサードリーグに来ないか?』とスカウトされた。しかしローガンは首を横に振り『自分の道は自分で進む、こう見えて忙しいのでな』と断った。オクラホマ州の山へ帰ったのか、またはた一人で『N』を探る旅に出たのか、追及はしなかった。もしもの時には力になると言ったのできっとまた会えるだろう。

 

 そしてマイケルは大統領が行方不明とアメリカ全土で混乱が起きていたが、事件解決後は一気に支持率が登り上がったようだ。アメリカを守る為、『戦う大統領』として、再び立ち上がった。市民も武偵や警察も軍人も共に手を取り合って、共に助け合い、力を合わせて行けばどんな困難にも乗り越えられる、そう演説するマイケルの表情は普段の時よりもずっと逞しかった。

 

「ま、終わり良ければ総て良しってやつだな」

「よーし、日本に帰ったらさっそくお寿司を食いに行こうぜ‼」

「流石たっくん!帰って祝勝会ってやつか!」

 

「?ナオト様、どうかいたしましたか?」

「‥‥なんか忘れているような気が‥‥」

 

「やっぱり、ここにいた」

 

 タクトとカズキは寿司パーティーとはしゃぎ、ナオトは何かを忘れているような、そんな事を悩んでいる最中、カツェが大きな旅行ケースを引きながら来た。

 

「あれ?カツェ、どっか行くの?」

 

「まあな。ジョージ神父から戻るよう伝言が来てな、あたしはこれからジョージ神父のいるイギリスへ戻るぜ。神父からの情報じゃ、ようやく色金を巡る戦役が終わりそうだってさ」

 

 ジョージ神父からの話によれば数日前、イギリスでキンジとアリアはホームズと再会し覇美のいる鬼の島へと向かったという。今頃、キンジとアリアは色金の最後の戦いでもしているだろう。漸く肩の荷が下りたとカツェはほっと安堵していたが、肝心のカズキ達はキョトンと首を傾げていた。

 

「いろかね?何それ?」

「というかまだ戦役してたのか」

「…そんな事あったんだな」

「お寿司は回らない所がいいな!」

 

「ああ、やっぱりお前らの事だから絶対に忘れてるだろうと思ったぜ」

 

 カツェは呆れて頭を抱えた。確かに彼らは今、【十四の銀河】の秘宝を探し、『N』と戦いを繰り広げている。どちらかというと彼らが次の戦いへ一歩先に進んでいるだろう。戦役は終われどまだ何が起こるか油断はできない。

 

「ところで、お前らフライトの時間は大丈夫なのか?」

 

 カツェは気になっていたことを尋ねた。こいつらはいつからこのロビーにいたのか、今から飛行機に乗るとならば時間を気にしていなかった事が気になっていた。

 

「あー、まだまだ余裕。何ならここに住みたいってレベルだぜ」

「チケットはちゃんとケイスケが持ってるしな!」

 

「は?俺は持ってねえぞ?」

 

 ケイスケの言葉にカズキとタクトは凍り付いた。今まで喧しいテンションだったのが一気に落ち込み、何やら焦り始めた。

 

「え、ちょ、ケイスケが持ってないのか?」

 

「だから俺じゃねえって。確か‥‥ナオトだったはず‥‥」

 

 ケイスケはごくりと生唾を呑んで恐る恐るナオトの方へ視線を向ける。ナオトはガサゴソと鞄の中を漁っていた。まさか無くしてはいないだろうか、3人の表情が険しくなっていた。鞄の中を漁っていたナオトはドヤ顔で封筒を取り出した。

 

「ここに入れておいた」

 

「よっしゃ‼流石はナオトだぜ‼」

「あっぶねー…冷や冷やさせやがって」

「それで、時間は?」

 

「待ってろ、飛行機の時間は‥‥あっ」

 

 チケットを確認したナオトはただ一言こぼして固まった。明らかにこれはヤバいやつだという雰囲気は確定的に明らか。じっとこちらを見てくるカズキ達にナオトは無言で渡す。

 

「時間は‥‥ってお前‼あと10分しかねえじゃねえか!?」

「はあああっ!?ナオト‼なんでこんな時間にしたんだよ!?」

 

「仕方ねえだろ!確認する暇がなかっただよ‼」

 

「お前…お土産買う時間がないじゃんか‼」

 

 より一層喧しく騒ぐ4人にカツェはやっぱりと呆れて肩を竦めた。4人組を他所にリサはカツェにペコリとお辞儀をする。

 

「それではカツェ様、私達はお先に失礼しますね」

「ああ、あのバカ4人を頼んだぜ?」

 

 カツェはニッと笑い、急ぎサンドイッチを口に放り込むカズキ、荷物を両手で抱えて走るナオト、お土産を買いたいと駄々をこねるタクトを引っ張るケイスケを見つめた。

 

「ふぁふあふぁふぇ、もふぁふぁふぉうふぇ‼(訳:じゃあカツェ、また会おうぜ‼」

「リサ、荷物持つの手伝って‥‥‼」

「ほら行くぞたっくん‼お土産はあっちでも買えるからいいだろ‼」

「いやだああああ!ここで買うんだあぁぁっ‼」

 

 嵐の如く、カズキ達は出国ゲートへと急ぎ走って行った。彼らを見送ったカツェはやれやれと苦笑いをした。始めから終わりまで尽きぬことなく騒ぐ彼らとドンパチするのは悪くはない。

 

「というか‥‥あいつら、勿体ないなー」

 

____

 

「ったく‥‥あのバカ共、やっぱり帰りやがったか」

「タクト先輩達だもん、帰る時は台風の様に物凄い速さで帰るからね…」

 

 ホワイトハウスでの大統領の記者会見、ジーサードとかなめは大統領の演説を裏方で見守っていた。大統領はタクト達にホワイトハウスへ来てくれるよう頼んだのだが、やはり彼らは来なかった。

 

「ま、あの騒がしい4人組らしいっちゃらしいな」

「けど、タクト先輩達勿体ないよねー‥‥」

 

 大統領がカズキ達を呼んだ理由、それは大統領の命を守り、副大統領の陰謀を阻止し、そしてアメリカを守ったことにより彼らをSランク武偵より上位のRランク武偵へと昇格及び勲章を授与する予定だったのだ。

 それを彼らはまさかのドタキャンをしたというのだから、本当に勿体無い。ジーサードとかなめは苦笑いをした。

 

「終わり良ければ総て良しだな‥‥それじゃあ行くぞ」

「?何処に行くの?」

 

「兄貴から、いやアリアから連絡が来た。色金を宇宙へ帰すから運ぶの手伝えってな」

 

 一仕事終えたと思いきやまた別の仕事が入って来た。ジーサードはくたびれたようにため息をつくが安堵の表情を浮かべていた。

 

「サード、楽しそうだね」

「まあな、やっとひと段落つけそうだ」

 

___

 

「‥‥」

 

 マイケルは一演説終えてカズキ達が来るのを待っていたが一向に来ない。どこを見回しても彼らの姿は見えず、彼らの喧しい声も聞こえてこない。もう彼らは帰ってしまったのだろうかとマイケルは遠くを眺めた。

 

 報道陣はマイケルが『命の恩人』の話をしていたのだが途中でやめてしまったことに戸惑いの声を上げていた。もしかしたらここに呼んできているのかもしれない、彼らの登場を待っているのかもしれない、もしかして台詞を忘れたのかとざわつき始める。

 

 その時、大統領のポケットに入れていた携帯がメール受信の音を鳴らす。本当は此処で携帯を確認すべきではないのだが、マイケルは携帯を開きメールを確認した。内容を見たマイケルはふっと笑った。

 

【大統領、バーーーイ‼ PS.ホワイトハウス壊してゴメンネ!】

 

 送り主はタクトで、簡単な文章とカズキ達が映っている写真が添付されていた。大統領が友達で、気さくにメールを送り、ホワイトハウスにダイレクトアタックした人物は世界中を探してもきっと彼しかいないだろう。

 

「あ、あの大統領‥‥貴方が言う『命の恩人』とは一体誰なのですか‥‥?」

 

 報道陣の一人がマイケルに質問をした。マイケルは彼らの名前を言おうとしたが、途中で止めた。大統領はタクト達と出会った時から彼らとハチャメチャな逃走劇をし、強大な敵と戦い、共に力を合わせて戦い抜いた場面を思い出す。

 

 マイケルはあの時、タクトが自分に言ってくれた言葉を思い出した。

 

「一言で言えば‥‥ソウルメイトですね」

 

 彼らが言うには、どんな困難をも乗り越えるサイキョーの絆で繋がれた親友、だそうだ。

 

 

____

 

「はー、やっぱ畳が落ち着くわー‥‥」

「俺、畳の化身になるー‥‥」

 

「いい加減起きろオラ。掃除の邪魔だ」

 

 ケイスケは掃除機を持って和室で寝転がるカズキとタクトを蹴とばす。アメリカから帰国し、数週間が経過した。カツェが言っていたとおり、戦役は既に終わったようでドンパチ騒ぎが無く何処か静かになっていた。カズキ達は時差ボケと眠気と戦いながら普通に授業を受け、普通に何事もなく学校生活を過ごした。今は春休み終盤、それにも関わらずカズキとタクトはたれぱんだのようにだらけきったように寛いでいた。

 

「ったく、お前らは吞気すぎるだろ。もうすぐ俺達は3年になるんだぞ?」

 

「へーき、へーき」

「俺は無敵だっ」

 

 カズキとタクトはだらだらと寝転がりながらリビングへと移動する。本当に大丈夫なのかとケイスケはため息をついた。自分達は3年生になる。それは武偵校での生活で最後の一年になるのだ。3年生となると進路いう存在に悩まされる。身分を隠し一般の大学へ進学する者、防大または防衛医大へ進学する者、独立して個人事務所を経営する者、武偵企業に就職する者、色々な道がある。2年次に結成したチームがバラバラになるのは当たり前で固まって同じ道に進むのはごくまれと聞く。

 

「本当に大丈夫かっての‥‥リサ、ナオトは?」

「ナオト様は縁側でうたた寝をしてます。時折、何か考え事をしているようで‥‥」

 

 リサは和室の縁側で日向ぼっこしながら何か考えて腕を組み、眠たそうにしているナオトを見つめる。いつも通りなのか、または本当に悩んでいるのかよく分からないがナオトなら大丈夫だろうとケイスケは考えた。

 

「うーん…やっぱなんか忘れてるよな…?」

 

 ナオトは思い出せそうで思い出せない事にモヤモヤしていた。何か誰かに頼まれごとをしていたような、大事な事を忘れているような気がして気になっていた。

 

 その時、ほのぼのとした空間を遮るように、携帯を着信音が鳴り響いた。

 

「おい、携帯鳴ってんぞ?」

 

「おお…ん?鳴ってるのは俺だけじゃないな。おいナオトー!お前のも鳴ってるぜ!」

 

「‥‥ん。ケイスケとカズキのも鳴ってる」

 

「むっ!俺にも見える!俺の携帯が鳴ってるぜ‼」

 

 カズキ達はそれぞれ自分の携帯を取り出して電話の掛けてきた相手を確認し、電話のスイッチを押した。

 

「「「「もしもし?」」」」

 

 

 まさかこれが新しい戦いの幕開けになるとは4人共思いもしなかった。




 たっくん、大統領とソウルメイトになる。

 戦役が終わり、次なる『N』との戦いが始まる‥‥!といいなぁ‥‥

 好きな言葉は 終わり良ければ総て良し です


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7 Days Crisis
109話


 新章、突撃です

 戦役後の理子りんの絵が何かとエロ可愛い気がする
 ここからはかなり独自展開が進展いたします(焼き土下座


DAY:0

「なんで呼ばれたんだろ‥‥」

 

 カズキは欠伸をしながら武偵校、教務科棟の廊下を歩いていた。折角の春休みを最後までだらだらと寝過ごしたかったのに、突然の御呼ばれの電話で仕方なしに武偵校までやって来たのだった。

 

「吹雪ぃ!三時間も遅れて来るたぁいい度胸してんじゃねえか…?」

 

 カズキが向かった先にある教員室、その入り口の前で蘭豹が額に青筋を浮かばせ腕を組んで待っていた。蘭豹はイライラしながらカズキに怒鳴るが当の本人は全く気にせずに眠たそうにお辞儀をする。

 

「あ、蘭豹先生おざまーす‥‥そんなに怒ると化粧崩れますよ?」

「誰のせいで怒ってると思ってやがんだコラ‼電話で早く来いって言ってただろ‼」

 

 カズキに電話を掛けたのは蘭豹だった。内容は詳しく教えてくれなかったが、『大事な事がある。一時間で武偵校の教員室へ来い』と言われたのであった。カズキはのんびりと今日の晩御飯は何かなと考えながら向かい、結果かなり遅れてやって来たのだ。

 

「ほら、かの剣豪も決闘に遅れてやって来たじゃないですか」

「てめえはそんなにあたしを怒らせてえか‼」

 

 堪忍袋の緒が切れたようで蘭豹はカズキにアイアンクローをお見舞いした。ミシミシと頭を思い切り掴かまれたカズキはようやく目が覚めた。

 

「あだだだだ!?すんません、すんませんでしたあぁぁぁっ‼」

「けっ、目が覚めたか?さっさと行くぞ」

 

「え…?どちらへ?」

「校長室だ。緑松校長がお前に用があるんだそうだ」

 

 手を放した蘭豹はそのままカズキを校長室へと連れて行く。カズキは何で校長が自分を呼んだのか理由を考えていたがいくら考えても思いつかなかった。考えているうちに校長室へと辿り着く。蘭豹はノックし、ポケーっとしていたカズキを後ろから蹴って校長室へと入れた。

 

 

「やあ、カズキくん。待っていましたよ」

 

 何処にでもいるような中年男性の姿をした緑松校長がにこやかにカズキを迎えた。これで会うのは3度目になるが緑松校長がどんな男性だったのかやはり思い出せない。『見える透明人間』という名の通り、本当によく分からない。きょとんとするカズキに緑松校長は話を進めた。

 

「カズキくん、君を呼んだのは進路についての話です。率直に言いましょう。君は今、()()()()()()()()()

 

「‥‥へ?」

 

 校長から告げられた留年という言葉を聞いてカズキは石像の様に固まった。まさか自分が留年するのかとだらだらと冷や汗が流れ、ちゃんと単位を考えて授業を受けたはずなのに何処かミスがあったのかと心の中がザワザワとどぎまぎしていた。緑松校長はカズキの通信簿を確認してカズキを見つめた。

 

「単位は残念ながらほんの僅差で足りていない。本来ならば、留年なのですが‥‥君は運が良かった」

 

 それはどういう事なのか、そして留年『しかけている』という意味が何なのかカズキは混乱していた。

 

「イギリス政府や女王陛下から、そしてアメリカ大統領から君達の活躍がかなり評価されているのですよ。国の窮地から救ってくれたと。勲章を授与、Rランク武偵へと昇格させる予定だったとか」

 

「お前ら、外で何やらかしたんだ?」

 

 何をやらかしたと言えばイギリスでは国を包んでいた腐食の霧を操っていたブラックウッド卿と戦って霧を晴らし、アメリカでは大統領を助けて国を乗っ取ろうとした副大統領と戦った。カズキは主にたっくんが魔法で大暴れし、たっくんがホワイトハウスに車で突っ込んだ事ぐらいしか思いつかなかった。

 

「これだけの評価を貰っているのに単位が足りないという事で留年させるのは私も少し悩みました。そこでカズキくん、救済措置として君には課題をやってもらう事にしました」

 

 救済措置と聞いてカズキの表情が明るくなった。これぞ地獄に仏、鶴の一声、神様仏様、カズキは緑松校長をありがたやありがたやと拝んだ。

 

「明日から7日間、2年生とチームを組んで足りていない単位を獲得してください。勿論、授業は同じチームのクラス、2年生と一緒にそのまま受けてもらいます」

 

 いわば半分留年し、7日間の間に単位を稼げば進級できるという事。それはアメとムチの措置だった。武偵校には上下関係が厳しく、留年となれば今まで見下していた下級生から冷たい視線が集中され、これまでやられた『御礼』もされ兼ねない。

 

 しかし、カズキにとっては全く気にはしていない事だった。

 

「まっかせて下さいよ‼俺にかかればチョチョイノチョイですぜ‼」

 

 ドヤ顔で自信満々に答えたカズキに蘭豹は何処からそんな自信があるのかと呆れて頭を抱え、緑松校長は満足して頷いた。

 

「それは良かった。それではカズキくん、明日から頑張ってくださいね」

 

「ほんまにこいつはアホや‥‥吹雪、明日から2年C組や。チームは適当に組ませる。変装は‥‥お前下手くそだからせんでええわ。後しばらくは寮で過ごしてもらうからな」

 

 明日から頑張っていくぞとカズキは蘭豹の話を全く聞かないでフンスと張り切っていた。大丈夫だろうかと蘭豹はため息をついた。

 

___

 

「それで、何で俺を呼んだんですか?」

 

 最近新しくできた喫茶店でケイスケはコーヒーを啜りながら本題を尋ねた。オープン当日でしかも女性客が多く賑わっている。人混みの多さと少し機嫌の悪いケイスケの雰囲気に隣に座っていたリサは緊張していた。

 ケイスケの相席に座っていたのは武装検事の黒木だった。黒木はケイスケと同じようにコーヒーを啜り、営業スマイルを見せる。

 

「まずはケイスケくん、リサさん、進級おめでとうございます。これからもっと精進してくださいね」

 

 とりあえずは留年は避けられたとケイスケは内心ほっとした。今は自分とリサだけ進級の確認はできたがカズキ達がどうなっているのかは気になっていた。

 

「他のメンバ―の方にもお掛けしたのですが、連絡が取れたのはケイスケくんだけのようです…」

 

 どうやらカズキ達は今連絡が取れない状況になっているようだ。何か変な事に巻き込まれてなければいいのだがとケイスケは心配をする。だが今は自分の状況を気にしなければならない。

 

「ここで長く待つのはよろしくないですね。本題に入りましょう…まずは伊藤マキリの件について」

 

「あっ…」

 

 ケイスケはその名前を聞いてハッとした。そうだ、自分達は国際武装警官になる為の最初の試験として伊藤マキリを追ってイギリスやアメリカへ渡っていたのだった。イギリスでは捕え損ねたが、アメリカではすっかりその事を忘れてしまっていた。道理でナオトが何か忘れていると悩んでいたわけだ。しかも報告すらしていないとなると非常にマズイ。ケイスケは恐る恐る黒木に尋ねた。

 

「え、えっと結果は‥‥?」

 

「報告が無くてずっと気になっていたのですが、MI6の方から伊藤マキリと戦って捕え損ね、彼女を追ってアメリカへ渡ったとお聞きしましたよ。アメリカにはいなかったようですが‥‥アメリカで大統領を救助したと別の報告がありましたので及第点といたしましょう」

 

 にこやかに答える黒木にケイスケは冷や冷やしたと息を漏らした。一応はギリギリ合格らしい。

 

「彼女を追い詰めたという事は非常に評価しています…そこで、君達にある捜査をやってもらいたい」

 

 黒木のにこやかな表情が一転、真剣な表情に変わった。これから重要な事があるとケイスケはごくりと息を呑んだ。

 

「伊藤マキリが日本に戻って来たと報告がありました。彼女が何を企んでいるのか捜査し、できれば阻止をしてもらいたい」

 

 黒木は懐から一枚の写真を取り出してケイスケに渡した。その写真には貨物船が多く停泊している港の風景が写っており、遠くで見えにくいが伊藤マキリが軍用のトラックに乗り込む瞬間が写っていた。そのトラックには猿の顔の紋が描かれている。

 

「そのトラックは『猿楽製薬』が所持している物です」

 

 猿楽製薬と聞いてケイスケは眉をひそめる。猿楽製薬は医薬品、健康食品を製造している製薬会社だが、私設軍隊を所有している異色の会社だ。その猿楽製薬が伊藤マキリと何か関係があるのか、ケイスケは一層深く考えた。

 

「伊藤マキリも含めて、この猿楽製薬も調べろってか‥‥」

 

 黒木は静かに頷いた。束の間の休息だったが早速厄介事に巻き込まれた、ケイスケはやれやれとため息をつく。しかし、カズキ達と連絡が取れないとなるとこれを自分とリサの二人でやるしかなくなる。果たしてできるのかとケイスケは悩んだ。

 

 そんなケイスケの悩みを察したのか、黒木は再びにこやかな表情に戻る。

 

「確かに今の段階ではカズキくん達と連絡が取れない以上、お二人にやってもらう事になるのですが‥‥今回は助っ人をお呼びいたしました」

 

 そろそろ来るのですがと黒木は腕時計を確認する。ケイスケは助っ人と聞いて嫌な予感がしたが、それはすぐに実現してしまった。手を振りながらこっちに来る人物を見てケイスケは項垂れた。

 

「お前‥‥マジかよ‥‥」

 

「もー、ケーくんがっかりしすぎー‼理子はガチャでいえばウルトラレアですぞー?」

 

 黒木が言っていた助っ人、それはバスカビールの峰理子だった。まさか理子と組むことになるとは思いもしなかった。項垂れるケイスケを他所に黒木は営業スマイルを見せる。

 

「それではケイスケくん、峰理子さんと一緒に捜査をよろしくお願いいたしますね」

 

「ブ、ラジャー‼理子とケーくんが組めば鬼に金棒だよー♪」

「早く帰りたい‥‥」

 

 はしゃいでケイスケと腕を組む理子を他所にケイスケは遠い眼差しをしていた。リサがジト目で不機嫌そうにケイスケを見つめていたのにはケイスケも気付かなかった。

 

____

 

「ごめん、道に迷った」

 

 ナオトは学園島の海沿いの公園にいた。ナオトは電話でここの公園に来るように言われたのだが、案の定道に迷って迷子になっていた。長い事待たされていたのか、彼が来るのを待っていた電話の主は苦笑いで頷く。

 

「まあナオトくんの事だから絶対に道に迷うと思ってたよ‥‥でも、寄り道はしてたんだね」

 

 ナオトに電話を掛けた人物、クラスメイトの不知火亮は苦笑いしてナオトを見つめる。ナオトの片手にはたい焼きが、もう片方には和菓子の紙袋を持っていた。

 

「イチゴ大福には目が無いから‥‥食べる?」

 

「い、いやいいよ」

 

 首を横に振る不知火にナオトは「美味しいのに…」と残念そうにしながらたい焼きを食べ終わるとイチゴ大福を食べ始めた。

 

「それよりナオトくん…君に謝らなきゃいけない事があるんだ」

 

「‥‥?机の中に隠してたカズキのカレーパン食べた事?」

「それはタクトくんが‥‥って、そういう事じゃなくて」

 

「‥‥カズキのイスにブーブークッション仕掛けた事?」

「それもタクトくんが‥‥うん、話が進まないからもう言うね?君を嵌めるつもりじゃない。君に会いたい人達がいるから呼んだんだ」

 

 不知火が申し訳なさそうに見つめる。その時、ナオトは『囲まれている』ことに気づいた。誰かにつけられている気がしていたが、囲まれている気配は察せなかった。ナオトの周りにはツメエリの少年、カッチリとスーツを着た男性、和服を着た丸坊主の巨漢、砂漠色のトレンチコートを着た鋭い目つきの男性、そして黒いコートを着て左腰に2本の刀を提げた口元までフードを覆った男がいた。黒いコートの男はゆっくりとナオトの前まで歩き、じっとナオトを見つめた。

 

「よう‥‥久しぶりだな」

 

 ナオトはその男を見て目を丸くした。そのまま時間が流れ、緊張と静寂が包まれる。ナオトはじっと見つめていたがゆっくりと口を開いた。

 

「‥‥‥‥誰だっけ?」

 

 その一言で不知火と黒いコートの男は盛大にズッコケた。ツメエリの少年はポカンとし、丸坊主の巨漢は大笑いし、スーツの男は呆れ、鋭い目つきの男は苛立ちながらため息をつく。どうやら緊迫した雰囲気は崩壊したようだ。

 

「おい!?忘れたのかよ!?俺だ、『妖刕』の原田静刃だ‼」

「‥‥あー…」

 

 ナオトはやっと思い出して納得した。黒いコートの男はかつてドイツで戦い、共にドイツに現れたゾンビを退治し、イタリアでも一緒に戦った原田静刃だった。しかしナオトはハテナと首を傾げる。あの時イタリアで静刃はアリスベル達と共に未来へ帰ったはず、どうしてこの日本にいるのか。

 

「獅堂さん、本当にこんなガキンチョに手伝ってもらうんですか?ランキングにも乗ってないのに」

 

 スーツの男は呆れながら獅堂と呼ばれた目つきの悪い男性に尋ねた。獅堂は苦虫を嚙み潰したような視線でナオトを見つめていた。

 

「遠山は19位だったが、この『くそったれ4人組』は色々とやらかしてきた‥‥こいつらの場合、ランキングなぞ無意味だ。中でもこいつは本気で戦えば遠山や可鵡偉と並ぶ‥‥くそったれ共の中でそれなりにまともだ」

 

「まあ獅堂さんの威圧に全く動じてませんしね…」

 

 ツメエリの少年は納得して頷く。獅堂はずかずかと歩み寄りナオトをじろりと睨んだ。ナオトは不思議そうに首を傾げる。

 

「江尾ナオト‥‥お前にはこれまでお前らがやらかした『ツケ』を少しの間払ってもらう」

 

「????」

 

 ナオトは理解しておらず終始頭にハテナを浮かばせて首を傾げる。こいつ絶対に理解してないと獅堂は思いながらも話を進めた。

 

「お前らも伊藤マキリを追っているだろ?今回は共同捜査となる‥‥原田と俺達公安0課と手を組んで追う。拒否権はねえ、いいな?」

 

「‥‥わかった」

 

 ナオトは有無言わず頷く。ツケとなるときっとカズキかタクトが何かしでかしたのだろう、怒られる前に自分がやるしかないとナオトはそう考えて承知したのだった。

 

「はっ、物分かりがいい奴で少し安心したぜ。どっかのガキは反発して戦ってきたがなry」

「ところで伊藤マキリって誰だっけ?」

 

 その一言に獅堂以外の周り面子が盛大にズッコケた。

 

___

 

「やっほー‼お待たせ―‼」

 

 タクトは元気一杯で扉を開けた。タクトは武偵校から反対の方角にある高層ビルの一室にいた。そこはミーティングルームのようで高級そうなソファーやテーブルが置かれている。

 

「おかえり、バカ息子ーっ‼」

「タクト!お前、アメリカで何やらかした!?」

 

 そんなタクトを来るのを待っていたのはタクトの母の菊池サラコと父の菊池雅人だった。サラコは大喜びでタクトを撫で、雅人は焦りながらタクトを掴んで揺らす。言わずもがな、このビルは母サラコの所有するビルであった。

 

「へへ、母ちゃん父ちゃんただいまー!」

 

「やっぱうちのタクトは天才だわー、もう最高。どんどんやっちまいな!」

「天災だよ!?ホワイトハウスに突っ込んだと聞いて寿命が半分以下に縮むかと思ったぞ‼おかげで事後処理が大変だったんだからな!」

 

 片方は嬉しそうに、片方はプンスカしながらタクトに話す。タクトを呼んだのは母のサラコだった。

 

「ところで母ちゃん、俺を呼んだのは何か用事?」

 

「そうね、あんたを呼んだのは話をしたいって人がいるから呼んだのよ」

 

 サラコは後ろへ振り向きその人物に視線を向けた。タクトも同じように視線を向け、目を丸くした。そこのいたのはイ・ウーのリーダーであり、ジョージ神父の弟、そしてアリアの曾お爺さんであるシャーロックホームズだった。そしてシャーロックの隣にはセーラがジト目でタクトを見つめていた。タクトは嬉しそうに手を振った。

 

「シャーロックさん、セーラちゃん‼ひっさしぶりー‼」

 

「やあタクト君、久しぶりだね」

「私は会いたくなかったけど‥‥」

 

「そんなこと言うなよセーラちゃーん。俺との仲じゃないかー」

「ちょ、こらっ!抱き着こうとするな!」

 

 ハグしてこようとするタクトをセーラは押し返す。その光景にシャーロックは楽しそうに笑い、サラコは何度も写真を撮った。

 

「もしかして俺に用事ってシャーロックさん?」

「私も、その話を聞いてない…無理矢理連れてこられた」

 

 セーラはムスッとしてシャーロックをジト目で睨む。シャーロックは頷いて話を始めた。

 

「今回は重要な事だから、皆に黙っていたんだ。これはタクトくん、そして菊池サラコさんに頼みたい事なんだ」

 

 シャーロックはそう述べると真剣な眼差しでタクトを見つめた。これはもしかすると一大事になり兼ねない事態なのだろうとセーラは緊張して息を呑む。

 

「タクト君‥‥君に、次のイ・ウーのリーダーになってもらいたい」

 

「え?」

「はぁっ!?」

 

 タクトはキョトンとし、セーラは驚愕した。まさかシャーロックからリーダーになってくれという言葉は聞いたこともない、もしこれが漏れればそれはまさにどったんばったん大騒ぎのレベルじゃなくなる、

 

「きょ、教授‼それ本気なの‥‥!?」

 

「本気だとも。今後のイ・ウーを導けるのはタクト君、菊池財閥に任せてみようと思う。今のイ・ウーは二つに別れている」

 

 今のイ・ウーはシャーロックが『死亡』という事で一時抜けてしまったため、世界に対して侵略行為を行う『主戦派』と教授の気質を継ぎ、己を鍛錬する『研鑽派』に分裂してしまった。イ・ウーの組織は消滅しても戦役後、その二派にわかれて存在し続けている。

 

「イロカネの一件は一時解決したし、これ以上混迷させるわけにはいかないからね…」

 

「し、しかし…!彼に任せるとなると大問題になる‥‥!」

 

 セーラは焦る。今までシャーロックについてきた。それが急遽タクトにバトンタッチとなると他のイ・ウーのメンバーは大反発し、彼を殺しにかかるに違いない。

 

「教授殿、僕も彼女の意見に賛成する‥‥」

 

 ずっと黙っていた雅人が口を開いた。セーラはタクトの父親が反対するとは思いもしなかったが、少し安堵した。

 

「タクトは武偵だ‥‥タクトにイ・ウーを引き継ぐメリットは何もない。組織そのものに混乱を招き共倒れするだけですよ?」 

 

「僕も考えたよ…じゃあ、タクトに秘書官、パートナーとしてセーラを付けてあげよう」

 

「教授!?」

 

 突然の発言にセーラはギョッとした。雅人も驚き首を横に振る。

 

「きょ、教授殿‥‥それは押しつけがましいのでは?それに何のメリットもry」

 

「母ちゃん、俺リーダーになる!なんかかっこいいしワクワクしてきた‼」

「やったね、タクト‼明日に式を挙げなきゃ‼もしもし、おばあちゃん‼タクトにお嫁ができたわーっ‼」

 

 タクトは大喜びし、サラコは大歓喜していた。セーラと雅人は盛大にズッコケる。

 

「ちょ、サラコ!?」

「そう焦んなさって、私もそれなりに考えてるわよ。イ・ウーはそもそも超人の育成機関、人材の宝庫。ビジネスにはもってこいだわ。私のやろうとしているプランに丁度いいじゃないの」

 

 サラコはにんまりとゲスそうな笑みをこぼす。初めて見るサラコのその笑顔にセーラはぞっとした。菊池サラコ、武器商を始め世界中に様々なビジネスを広げている人物。裏ではボンゴレやキャバッローネといったマフィアやら色々とパイプがあり、イ・ウーでも要注意人物として知られていた。

 

「プランって‥‥『学校』のことか。まあそれを言うなら仕方ないけどさ。でも教授殿、タクトにリーダーを頼む本当の理由を隠しているのでは?」

 

 雅人はため息をついてシャーロックに尋ねた。シャーロックはご名答と言わんばかりに嬉しそうに頷く。

 

「その通り、実は条理予知で僕は死ぬかもしれない事がわかったんだ…」

 

 それを聞いたセーラは更に驚愕した。シャーロックが死ぬかもしれない事、その予知を弱々しく述べるシャーロックを初めて見た。

 

「だからもしもの事があるかもしれない、僕がいない間任せられるのはタクト君、そして菊池財閥しかないからね。遠山くんと同じように僕の条理予知を覆した一人だ」

 

 あまり過大評価しすぎではとセーラはドヤ顔するタクトをジト目で睨む。彼は褒めれば褒める程調子に乗ってやらかす。まさか自分をタクトのパートナーにさせたのはタクトの暴走を止めるストッパー役をしてもらうからではないだろうかと思えてきた。

 

「教授がそこまでいうならやる‥‥でも、変な事したらすぐに解消させてもらう」

 

「これで全員承諾ってわけね。それじゃあタクト、頑張んなさいよ?あとおばあちゃんとおじいちゃんが早くひ孫の顔を見たいってさ!」

 

「ふっ…今日から俺がリーダーだ‼セーラちゃん、俺についてこい‼」

 

 セーラの話も聞かず、タクトは『リーダー』という言葉にかなり満足し、大はしゃぎをしていた。人の話を聞かないタクト、更にあれやこれやと勝手に進めるサラコ、暴走する二人に頭を抱えている雅人、菊池家の人間はフリーダムすぎる。

 

「‥‥色んな意味でまずい‥‥」

 

 (仮)であるがタクトがイ・ウーのリーダーになってしまったら明日にでも崩壊してしまいそうで怖い。ジャンヌや理子、アリアがこの事を知ってしまったらどうするだろうか…セーラは半ば諦め気味で遠くを見つめた。





 さっそくバラバラになった4人組、果たしてどうなる…!なんやかんやで合流する気がする(オイ

 猿楽製薬…かのカオスな4人組が一話だけですがゲストとして声優をし、主題歌を歌ったSFオカルトホラーアニメ、『影鰐』から。ストーリーは短いですが、UMAとかが好きな人は好きかも。


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110話

 皆さま、明けましておめでとうございます。(大遅刻)

 今年もカオスな4人組をどうぞよろしくお願い致します

 横浜アリーナ…行きたいなぁ…


 DAY:1

「よーし、HR始める前に一つ知らせておく。今日から7日間、このクラスに飛び入り参加するバカを紹介するでぇ!」

 

 新学期がスタートした2年C組、進級した2年生の生徒達は今日から新しい1年が始まる。このクラスの担任になることになった蘭豹は何時まで経ってもこの教室に入ってこない生徒に眉間にしわを寄せる。

 

「おらぁ吹雪ぃ!カッコつけてないでさっさと入って来いや‼」

 

「あいでででで!?ちょ、蘭豹先生、引っ張らんでくださいよ!こっからかっこいい入場をしようと思ってたんですよ‼」

 

「てめえに第一印象とかどうでもいいだろうが!」

 

 蘭豹はカズキの耳を引っ張って無理矢理教室に入れさせた。抓られた耳を摩りながら、2年C組の教室とこちらに注目している生徒達をじっくり見つめる。

 

「イエーイ!おっれがー♪吹雪カズキだっぜー♪7日間ヨロシクゥー‼」

 

 カズキはノリノリで歌いだして自己紹介しだした。カズキはドヤ顔でポーズをとるが生徒達はどう反応していいのか分からずポカンとしていた。しばらく静寂が流れ、反応が無い事にカズキは咳払いをする。

 

「んー‥‥じゃあ2番イクゼオラーッ!あぁー♪このークラァスの夢の命の世界がーいーまぁーっ‼」

「歌うな‼」

「アバスっ!?」

 

 カズキが2番パートを歌いだす前に蘭豹がカズキに渾身のげんこつをした。頭を抱えてのたうち回るカズキを無視して蘭豹は改めて話を進める。

 

「このバカは訳ありでこのクラスに入ることになった。短い期間だが、先輩としてお前らに色々と教え‥‥てはくれなさそうにないから無視してもいいし仲良くやってくれてもいい。好きにしいや」

「そ、そういう訳で皆よろしくー!」

 

 2年生の生徒達はどう反応したらいいか分からないまま苦笑いしながらパチ…パチ…とあまり勢いのない拍手をした。とりあえずはこのクラスの生徒として迎え入れられたようだ。カズキは適当に空いている席に着き、そこからは2年生達の自己紹介やこれからの授業のカリキュラム等々のHRとなった。カズキは蘭豹の話は聞かずにボンヤリとクラスの生徒達の顔を見て、窓からの景色を眺めながら携帯を見る。

 

「たっくん達、何してんだろうなぁ‥‥」

 

 蘭豹に学生寮に無理矢理連れてこられた以降、タクトとケイスケ、そしてナオトから連絡も来なければ電話をかけても誰もつながらなかった。自分の携帯が壊れているのか、電波が届かない所にいるのか、気になって仕方ない。

 

 一先ずは7日間までに単位を取って留年を回避し3年生に進級することに集中する。そうすればきっとタクト達が何処にいるのか分かるはずだ。それはそれとして今日の晩御飯は何にしようか考えながらカズキは欠伸をする。

 

「カズキ先輩、お久しぶりです‼」

 

「んな?」

 

 うたた寝をしていると誰かに声を掛けられた。気づけばすでにHRは終わっており休み時間になっていた。重い瞼を開けて見ると自分の席の前にかなめと間宮あかりがいた。

 

「おっ、かなめちゃんとあかりちゃんじゃん!元気してた?」

 

「はい!サードもみんな元気にしてますよ!」

「カズキ先輩、どうして私達のクラスに入る事になったんですか?」

 

 あかりに尋ねられてカズキは留年を回避するために7日間で一定の単位を獲得しなければならない事を説明した。それを聞いた二人は納得したように苦笑いして頷く。

 

「カズキ先輩らしいですね‥‥アメリカでも武偵や特殊部隊の間で有名になっちゃってますし」

「それで蘭豹先生が私達にカズキ先輩とチームを組めと言ったんだね‥‥」

 

「ん?チーム?あかりちゃんとかなめちゃんが?」

 

「はい。私とかなめちゃん、志乃ちゃんと桃子ちゃん、それから‥‥クロメーテルちゃんと組むことになったんですよ」

 

 あかりの親友である佐々木志乃と彼女と同じくらいの黒髪ロングの何処かで出会った事のあるような気がする鈴木桃子はカズキにペコリとお辞儀をする。どうやら彼女達もあかりとかなめの親友のようだ。面識のあるメンバーに出会えてカズキは頷きドヤ顔で笑った。

 

「これなら俺の単位もたった一日で獲得できそうだぜ!皆よろしくな!そういえば‥‥」

 

 カズキは隣の席に座っているさっきからずっとこちらを見ずに外の景色を眺めている少女へと視線を向ける。カズキはずっと気になって仕方なかったようで、不思議そうに尋ねた。

 

 

「キンジ、お前何してんの?」

 

 あかり達はえ?とキョトンとする。一瞬空気が凍り付いたがかなめが苦笑いをしながら首を横に振る。

 

「や、やだなー、カズキ先輩。そこのいるのはクロメーテルちゃんですよー」

 

 カズキの隣の席の少女、自己紹介でオランダ出身と名乗っていたクロメーテル・ベルモンドは恐る恐るカズキの方へ顔を向ける。その表情はどこか青ざめているようだ。

 

「ひ…人違いじゃないですか…」

 

 クロメーテルは口ごもりながら小声で否定をする。だがクロメーテルの顔をじっと見つめているカズキは納得したように頷く。

 

「いーや、やっぱりキンジだ。その巻き込まれたくないオーラと窒息しかけている魚の目、そんでHRの間に自分の世界に逃げ込むような仕草が同じだもん」

 

 一体何処からそんな自信があるのか、それよりも説得力のあるような無いような力説を唱えるカズキにクロメーテルは戸惑いだす。じっくり見つめるカズキにかなめが止めようとした。

 

「か、カズキ先輩、お兄ちゃんが女装をするわけが無いですよー」

 

「あ、そういえばジーサードがキンジをイギリスへ渡らせる為に作った偽造パスポートの写真がすごく笑えるとか言って画像をくれたよな。確かその画像が携帯にry」

 

「あー‼そうだった!クロメーテルちゃん、話したい事があるとか言ってたっけ!?カズキ先輩、ちょ、ちょっと来てください‼」

 

 かなめは突然思い出したかのようにポンと手を叩くとカズキとクロメーテルを引っ張って教室へ出た。そのまま引っ張られてカズキは空き教室に連れて行かれたのだった。かなめとクロメーテルはぜえぜえと息を荒げ、カズキは訳が分からないまま首を傾げていた。

 

「か、カズキ先輩、いいですか?これは絶対に誰にも言ったらダメですからね?」

 

「え?どういう事…?」

 

「‥‥どうしてお前がいるんだよ‼」

 

 カズキが戸惑っていると先程まで口ごもって小声だったクロメーテルが、男性特有の低い声に変わり項垂れてカズキをジト目で睨んだ。声も、仕草も、目つきもクロメーテルではなく遠山キンジそのものになっていた。

 

「え、え!?マジで本当にキンジなのか!?」

 

 クロメーテルの正体がキンジだったことにカズキは驚いた。どうしてキンジが女性の格好をしているのか、カズキはわなわなと震える。

 

「お、お前まさか‥‥‼」

「そうだ‥‥ああ、最悪だ。一番知られたくない奴に出会ってしまった」

 

「お前、カナさんみたいに本当は女の子だったのか!?」

 

 キンジとかなめは盛大にズッコケた。どうやったらそんな考えに辿り着くのか、キンジは呆れて肩を竦めた。

 

「何でそうなる!?というかカナは男だ!」

「マジで!?じゃあキンジは女の子ってわけだな!」

「違う、俺は男だ」

「じゃあカナさんは女の子ってわけか」

「だから違う。俺とカナは男だ」

「じゃあジーサードは?」

「だから‥‥ああもう、疲れる‼訳を話すから落ち着け!」

「まあまあ、そう慌てるなって。ほら深呼吸深呼吸」

 

 誰のせいでこんなに焦っているのか、キンジは内心殴りたくなってきた。胃が痛くなってきているキンジをかなめが宥める。

 

「カズキ先輩、事情を話すね。お兄ちゃんは‥‥留年しちゃったの」

 

 かなめが言うには、キンジは春休み終了前に武偵高校から留年の通達が来てしまった。留年生には別の武偵校へ転籍して新2年生のフリをすることになっているのだが、キンジはイタリアの武偵校へと留学することになった。海外へと留学となると準備の期間が10日もかかる。その期間の間、キンジは変装して2年のクラスにいなければならない。もしバレてしまったら即退学となってしまう。どうやってバレないように変装するかキンジが困っていところをかなめが手助けをしてくれたようで、彼女のアドバイスと手伝いでクロメーテルに変装することになったのだ。

 

「これならバレないと思ってたのに…カズキ先輩、勘がいいですね」

「ったく、何でこういう時に限ってお前は冴えてるんだよ‥‥」

 

 キンジはため息をついてカズキをジト目で睨むが、カズキはにんまりと気持ち悪い程の笑みを見せていた。

 

「へぇー、キンジが留年、ねぇー。ピブー」

「いやお前も似たような状況だろ!?」

「ざんねーん、俺は変装しなくていんですー、ピブー!」

 

 最もこの状況を知られたくない4人組の一人に知られてしまった事にキンジは項垂れた。

 

「カズキ、取り敢えず協力はする。だからこの事は秘密にしてくれ」

「任せておきな!俺はこう見えてお財布のがま口のように口が堅いぜ!」

 

 不安でしかない。がま口の時点でもういつ彼の口が開いてしまうのか、考えるだけで胃が痛くなってきた。そんな事をしているうちに授業のチャイムが鳴ってしまった。授業の最初で遅刻はまずい、チャイムが鳴り終わる前にキンジ達は大慌てで教室に戻った。

 

「おうお前ら、ギリギリやなぁ。トイレか?」

 

 そんな教室では蘭豹がニヤニヤしながら待っていた。キンジが女装しているかトイレはどうしたらいいか迷い、カズキとかなめに助けを求めていたと思っているのだろう。すると、キンジもといクロメーテルの前にカズキが立つ。

 

「先生‥‥」

「あ?なんや吹雪?」

 

 ここでカズキがフォローをしてくれるのか。いや、フォローしてもらう必要のない場面なのだがとキンジもかなめも蘭豹も戸惑う。

 

「クロメーテルは‥‥なぞめーてるってかー‼」

 

 カズキは自信満々に大声でダジャレを言った。彼は渾身の一発だと満足げにしている。しかし、教室の空気は一瞬にして凍りついた。

 

「‥‥アホなこと言ってないでさっさと席につけボケ‼」

 

 変な空気をぶち壊すかのように蘭豹のげんこつが炸裂した。本当にこの先変装がバレずに過ごせるかどうか分からなかなくなってきた。カズキがボロを出す前にどうにかしなければとキンジは頭を抱える。

 

「あ、そうだった。キン…クロメーテルちゃん」

 

 席に着いたカズキは何かを思い出したようでキンジに声を掛けた。一体何だろうか、またしょうもない事を言うのではないだろうかとジト目で見つめる。

 

「先に謝るわ、ゴメン」

 

 カズキはニッと笑ってごめんねのサインを出す。どういう意味か最初は分からなかったがしばらく考えると一つの答えに辿り着いた。

 

(おまえ、まさか‥‥っ‼)

 

___

 

 差出人:カズキ

 件名:やべぇ

 本文:やべえ、キンジが女装してる‼親友だけどどうしよう…

 

 

「ぶふぅぅぅぅっ!?」

 

 突然送られてきたカズキのメールの内容を見たケイスケは飲んでいたコーヒーを盛大に吹いてしまった。突然ケイスケが噴き出したことに理子とリサはギョッとする。

 

「ちょ、ケーくんどしたの!?」

「ケイスケ様、大丈夫ですか!?」

 

 咳き込むケイスケは手で大丈夫だとジェスチャーをする。咳き込んで何とか落ち着く。

 

「か、カズキが世迷言を言ってるだけだ…」

 

 カズキからのメールをすぐに削除し、なかったことに。もしカズキが言っている事が本当だとしたら色々と考えさせられる。それよりもこの事を知られてはいけない人物が目の前にいる。そうこうしているうちに理子が気になってニヤニヤしながら迫って来た。

 

「なになにー?理子に見せられないものなのかなー?」

「バカ言うな。それよりもさっさとこれからの行動の方針を決めるぞ」

「ちぇ、ケーくんのケチ」

 

 ケイスケにデコピンされ理子は渋々と下がった。ケイスケとリサは理子がかつてイ・ウーの一員だった頃の活動拠点にしていた秋葉原の高層マンションの一室にいた。

 

「というかそもそもなんでこんな所を拠点にするんだ?俺達の家の方が行動しやすいだろ?」

「実はそうでもないの。猿楽製薬を調べる場合、普通にしてたら直ぐにバレてゲームオーバーになっちゃう」

「それはどういう事だ?」

 

 ケイスケは視線を鋭くする。思った通り、今回もかなりヤバイ事になりそうだ。理子はふふんと自信満々に話を進める。

 

「猿楽製薬には日本政府、民由党と裏で繋がってるの。資金も賄賂も送り送られ持ちつ持たれつってやつ。下手に探れば連中が本気で消しにかかってきちゃう」

 

「随分と物騒だな‥‥」

 

 ケイスケは面倒くさいと悪態をついてため息をついた。アメリカでは副大統領だったが今度は日本政府が関わってくるとなると慎重に行動しなければならない。

 

「それに‥‥アリアのお母さんを無罪放免にするのを最後まで頑なに反対してたのも民由党の連中だったし、星伽の圧力にもビビらなかったのは裏で猿楽製薬がいたからなんだってさ」

 

 それはどういう事かケイスケは分からなかったが理子の話によると民由党は『緋緋色金』に関する件でアリアの母親である神崎かなえを人質にし、アリアを利用しようとしたらしい。裏で猿楽製薬がいる事で星伽の圧力にも動じなかったが、これまで政府に口を出さなかった菊池財閥が動いたことで民由党の連中は諦め、神崎かなえを無罪放免にしたという。

 

「イロカネって奴はよく分かんねえけど、利用って何をしようとしてたんだ?」

「考えられるとすれば、兵器を造ろうとしてたと思うよ。緋緋色金を使った兵器を造れば核兵器の代理にもなる程だし」

 

 『色金』がどんな代物は分からないが核兵器と並ぶとなれば想像は絶する物なのだろう。確かに猿楽製薬は私設軍隊を保有しているし、秘密裏に武器を製造もしているに違いないだろう。

 

「緋緋色金が無くなったとなれば連中の企んでた計画もパーになるし、民由党は今後どうするか猿楽製薬とコンタクトしてくるはず」

 

 理子は写真と資料をケイスケに渡した。写真にはいかにも悪代官というような悪人面した男性とやや気弱そうな細身の男性が猿の顔のマークがついたリムジンに乗る瞬間が写っていた。

 

「一番猿楽製薬と接触しているのは民由党代表の鬼島一郎、その補佐の鷹山勇樹。理子とケーくんで連中の悪事の証拠を掴み、検事さんに報告する事とそれに乗じて猿楽製薬に潜入し、兵器等のデータを盗み、ついでにケーくんが探している伊藤マキリを見つけるのがミッションなのです!」

 

「サラッとかなり面倒くさい事を言いやがるなおい」

 

 要はこの二人の張り込み、猿楽製薬に接触した所をこっそりと潜入して兵器製造の協力か、賄賂かの証拠を掴むこと、そして猿楽製薬に潜入してデータを盗み、伊藤マキリの隠れ蓑をぶち壊してガサ入れをするという事。やることが多くて面倒であるが、ケイスケはノリノリである理子に尋ねた。

 

「気になっていたんだが、何で協力をしてくれるんだ?まずは理由を教えろ」

 

「うーん‥‥ノリ?」

 

「ああ゛?」

 

「嘘ですごめんなさい真面目に答えます」

 

 鬼のような剣幕で睨むケイスケに理子はすぐに頭を下げた。顔を上げると理子は何やら真剣な表情になっていた。

 

「知ってる?猿楽製薬って医薬品も製造しているんだけど、本当はどんな病気をも治す『万能薬』を作るために研究している‥‥っていう噂があったの」

 

「‥‥誰か何かしら病を患ってんのか?」

 

 理子の知っている誰かが病気を患っておりそれを治す為の万能薬とやらを手に入れる為なのだろうか、ケイスケジト目で理子を睨むが理子は色気のある笑みでクスリと笑う。そこから詳しい事を教えてくれそうにもないのでケイスケはため息をつく。

 

「言っとくが万能薬ってもんは存在しねえ。誰にそんなでけえ釣り針を仕掛けられたのか分からねえがやめとけ」

「‥‥はぁー、そこはミステリアスな女だなとか答えるのが普通でしょー。これだからケーくんに春が来ないんだから」

 

 肩を竦める理子にケイスケはイラッとしデコピンをする。

 

「いだっ!?二度もデコピンした!キーくんにデコピンされたことないのに!」

「うっせーバーロー。次、真面目に答えないと苦丁茶飲ますぞオラ」

「うわっ凄い苦いやーつじゃん!?もー、朴念仁のケーくんには正直に話しますよ、もう」

「リサ、そのかばんの中に苦丁茶が入ってるから用意してくれ」

「嘘ですゴメンナサイ‼言いますから、言いますから‼」

 

 理子は大慌てで苦丁茶を取り出して淹れる用意をしているリサを止めて、正直にケイスケに話した。

 

「実は、そいつらキーくんを留年にさせた黒幕なの。武偵庁に裏金使って裏で操作したの…まあ学校の方は単位が足りなかったという事で留年したんだけどね」

「へー‥‥って、あいつ留年したのかよ!?」

 

 それを聞いたケイスケはギョッとするが理子はそこはツッコまず詳しく話した。民由党は緋緋色金を利用しようとしたがアリアが緋緋色金を宇宙に返した事で企ては失敗に終わった。緋緋色金、そしてアリアの件に遠山キンジが関わり彼のせいで計画が潰れた事分かると、今後アリアと関わらせないように邪魔をするために武偵庁を裏で操作して留年させたという。というよりも既に単位不足で留年することになったのでやっても意味は無かったことだが。

 

「というか八つ当たりだな‥‥」

「でもほったらかしにするとあいつらキーくんの邪魔をするだろうし、やってくる前に潰す。理子は仕返しをするためにケーくんに協力をしたというわけです!」

 

 ケイスケはフンスと胸を張る理子を無視してコーヒーを啜る。とりあえず、これからの行動は民由党の動向を調べること、連中が猿楽製薬に接触するのを待つ。

 

「ま、しばらくは変装したりして調べなきゃね」

「潜入とか得意じゃねえけど、やるしかねえか‥‥」

 

 ケイスケは仕方ないとため息をつく。カズキやタクト、ナオトでは潜入ミッションは難しかっただろう、彼らと合流できない以上自分がやるしかない。

 

 そんな事を考えていると理子の影から吸血鬼のヒルダがぬっと出てきた。出会ったのはイタリア以来であろうかと考えていたところヒルダは無言のままつかつかとケイスケに歩み寄って来た。何やらヒルダは少し機嫌が悪いのかケイスケをジロリと睨む。

 

「ちょっと、いいかしら?」

 

 そう言うとケイスケとリサの腕を引っ張りベランダへと連れて行かれた。何事かとケイスケとリサは困惑するがヒルダは日傘をさして窓を閉める。そして疲れたかのように大きなため息をついた。

 

「これから言う事は理子やジャンヌには言わないでくれるかしら?これ以上混乱させたくないの」

 

 ヒルダはどう言えばいいのかと多少焦り、困惑していた。

 

「あんた達、海外で散々やらかしてきた挙句、今度はイ・ウーを崩壊させるつもりなの?」

 

「イ・ウーが崩壊!?な、何があったんですか!?」

「いや、俺は何もしてないんだが何があったんだ…?」

 

 リサは驚きケイスケは不審そうに見つめる。ヒルダの様子からして嫌な予感しかない。ヒルダは頭を抱えてため息をつく。

 

「セーラが私に知らせに来たの。あんた達の仲間‥‥菊池タクト、彼…イ・ウーのリーダーになるかもしれないわよ」

 

 それを聞いたケイスケは再び盛大に吹いてしまった。




 7DAY、一日目前半でした。
 イタリア、イギリス、アメリカとどたばたと連戦続きでしたのでこの章は少しほのぼの日常を混ぜつつ戦闘もあり、な話にしていけたらいいなぁと思います。できたらいいなぁ…


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111話

 緋弾のアリア27巻が25日に発売するようですね…これは楽しみ‼

 


原田静刃は何度目かのため息をついた。もう数えるほどの回数は余裕で超えているだろう。厄介なやつと同棲しているのにこれほど早く帰りたいと思った事もない。

 

「原田さん、いつになったらアパートに帰れるんですか…?」

 

 同行していた可鵡偉さえもくたびれていい加減早く帰りたい様子であった。それもそのはず、可鵡偉は両手に野菜が沢山詰め込まれた袋を提げていた。そして自分は片手に大物の鰆が3尾も入っている発泡スチロールを抱えている。これ以上油を売るわけにはいかない、静刃は痺れを切らした。

 

「おい、いつまで長話をしている。さっさと帰るぞ」

 

「ん?もうそんな時間か?」

 

 肉屋の店主と長話をしていたナオトを呼び止める。ナオトはかれこれ10分ほど店主の愚痴をただ聞いて頷いていただけだった。これでやっと解放されると静刃と可鵡偉はほっと安堵する。

 

「じゃあミンチと豚ローススライスを4人前で」

「まいど!ナオトちゃん、亭主の愚痴を聞いてくれたお礼におまけしておくわよ!」

「ん、請求書は公安0課に」

 

「おいこらやめろ」

「?減るもんじゃないしいいだろ?」

「よくねえよ!?獅堂を怒らせるつもりか!?というかこれで何度目だ!」

 

 静刃と可鵡偉は今後の活動のためにナオトを墨田区錦糸町にあるアパートへと連れて行くはずだったのだが、商店街へ通りかかると八百屋の店主がナオトの顔を見て呼んだのを始め、魚屋や惣菜屋、パン屋、和菓子屋と次々に呼び止められてナオトと長話をしたのであった。そのたびにナオトは何かを買い、気が付けば抱えきれない程の買い物をしてしまっていた。老人から子供までこの商店街の誰もかれもがナオトの顔知っているようですぐに声を掛けてくる。

 

「お前、なんで人気者なんだよ」

「んー…単位稼ぎによくここでクエストをやってたから」

 

 ナオト曰く、留年にならない為にもこつこつとこっそりと店番から子供のお守りやら店内の掃除まで小さいクエストをやり続けていたのだ。

 

「はぁ…原田さん、呼ぶ人を間違えたんじゃないですか?」

「そんな気がするが、いたのがナオトしかなかった。仕方ないだろ」

 

 文句を言う可鵡偉を静刃はため息をつきながら宥める。本当はナオトだけでなく他の面子も呼びたかった。しかし、カズキやケイスケ、タクトに連絡をしようとしたが繋がらず、唯一繋がったのはナオトだけだったと不知火はそう報告していた。マイペースで目を離せばすぐに迷子になりそうになるナオトの手綱をとるのはかなりの難題な気がしてきた。

 

「いちいち道草を食ってしまったら日が暮れる。さっさと行くぞ」

「えー、この先のたい焼き屋のたい焼き安くて美味しいのに」

「だからそんな暇はないと言ってるだろ!?」

 

 ナオトはこのままたい焼きを食べるつもりだ。ここで時間を費やすわけにはいかないので静刃は無理矢理ナオトを引っ張り商店街を抜ける。そのままナオトを連れて騒然とした錦糸3丁目の奥まった場所にある日当たりの悪そうな安アパートへと辿り着いた。静刃はその一階にある『原田』とネームプレートが掛けてあるドアを開ける。

 

「帰ったぞ…」

「びょお、随分と遅い帰りだな。道にでも迷ったのかと思ったじょ」

 

 ナオトが寄り道して買った荷物を置いて静刃が疲れて玄関に腰かけていると、赤と青のオッドアイズをした長い髪もお洋服もピンク色な少女が禍々しい笑みを見せながら玄関へやってきた。その少女を見てナオトは「あ」と声を漏らす。

 

「鵺じゃん、久しぶり」

「おっ?誰かと思えばあの喧しい4人組のナオトか。しばらくぶりだじょ」

「ん。しばらく厄介になる」

「びょひひひ、また大暴れできそうな予感がするじょ。まあゆっくりせい」

「これ、お土産」

「ぬお、随分とまあ買い込んだなぁ。しばらくは飯に困らんじょ」

 

「おいこらちょっと待て」

 

 さっそく上がって買ってきた食材を鵺と共に台所へと運ぼうとするナオトを静刃は止めた。静刃はイラッとした表情でナオトを睨む。

 

「なんで俺は忘れてて鵺はしっかり覚えているんだよ!?」

 

 尋ねられたナオトは難しい表情をし腕を組んで悩んだ。そこまで考えるものかとツッコミたかったが唸りながら考えるナオトの答えを待つ。

 

「‥‥ビーム撃つから?」

「どういう基準だよ!?ガンダムか!?」

「寧ろガンタンク?」

「やかましいわ‼」

 

 静刃は腹を抱えて笑っている鵺にさっさと荷物を運ぶように言いつけると漸く居間に辿り着いたと安堵とくたびれの混じったため息を可鵡偉と共につく。台所ではナオトと鵺が今夜の献立は何にするかの談義をしている。

 

「原田さん、はやく本題を伝えた方がいいのでは?このままだとただ居候するだけですよ?」

 

 可鵡偉の言う通り、早めに伝えるべきだ。そうでもしなければナオトはただただフリーダムに動くだけ。今夜の献立が決まったのかさっそく鵺と共に料理をしようとしているナオトを引き留める。

 

「ナオト、これからやることは一度しか言わない。だから真面目に聞けよ?」

「ちょっと待って、鰆の西京焼きにしたいんだけど味噌ってどこにある?」

「‥‥そうだよな、こいつら真面目に聞くわけねえよな」

 

 静刃は項垂れながら頭を抱える。この喧しい4人組は真面目に人の話を聞かない。ドイツの時はどっかのバカがチェーンソーを振り回すわ見方が先陣切っているのに火炎瓶を投げるわ、イタリアではどっかのバカが装甲車で突撃して世界遺産を壊しかけた。自分がしっかりしなければ彼らの暴走を止めることができずまた何かやらかすに違いない。

 

「言い方を変える。俺達でやらなきゃいけない事がある。それだけは忘れるな」

「確か、佐藤マキリのこと?」

「伊藤マキリな。上からの命令だが俺達は伊藤マキリを捕えなければならない」

 

 ずっと鰆とにらめっこしていたナオトが静刃の方へ視線を向ける。ようやく話を聞く気になったかと静刃は内心ほっとして話を進めた。

 

「獅堂が言うには日本に戻って来た伊藤マキリは猿楽製薬を隠れ蓑して潜んでいるらしい」

 

 猿楽製薬といえば医薬品の開発の他に私設軍隊を保有している事でも有名な企業だ。銃器や戦車、潜水艦や戦闘機も保有していると聞く。

 

「猿楽製薬が『N』と通じてるとなれば伊藤マキリは連中を利用して何かしでかすやもしれん。そうなる前に、俺達で止めるぞ」

「…主に何をするんだ?」

「猿楽製薬の内部に侵入し、伊藤マキリが何を企んでいるのかを暴くのと猿楽製薬の摘発。そして潜んでいる伊藤マキリを見つけて捕える」

「つまり‥‥スパイ的な潜入捜査か?」

 

 何やらやる気満々な表情を見せる。やる気になってくれたのはいいが、果たしてこの騒がしい4人組は潜入捜査とか上手くできるのかどうか不安でいっぱいだった。

 

「兎に角、獅堂達と連携を取っていく。迷子になったり無茶な行動はするなよ?」

「だいたいわかった。鵺のビームでなんとかなるな」

「おう!破壊活動なら任せるじょ!」

「おいこら、話を聞いてたか?」

 

 やっぱりこいつらは潜入捜査とかには向いていない気がしてきた。できるだけ内密な行動をして欲しいと願うしかない。

 するとずっと黙ってナオトを見つめていた可鵡偉が立ち上がると再び調理に取り掛かろうとするナオトに歩み寄る。

 

「貴方達の事は聞きました。イギリスで伊藤マキリと戦い、あと一歩のところまで追いつめたようですね‥‥」

 

「‥‥」

 

 ナオトはそんな事あったっけ?みたいな表情で首を傾げていた。そんなナオトに可鵡偉は視線を鋭くしナオトを見つめる。

 

「言っては悪いと思いますが、それはマグレでしょう。貴方達ではマキリにもう二度と勝てない」

 

 挑発的にナオトを指摘する可鵡偉だがナオトは気にしていないようで、更には興味が失せたのか顔を合わせずに再び料理の準備に取り掛かろうとしていた。

 

「寧ろ、僕にとっては屈辱的ですね‥‥僕がマキリを殺さなければならないのに、貴方達の様な何を考えているのか分からない人たちに先を越されたのは少し癪です」

 

 静刃は可鵡偉がだんだんと殺気立っているのに気づく。可夢偉が静かに怒っており、今にもナオトを殺しにかかろうとしている。肝心のナオトはその殺意丸出しの可鵡偉に気づいていないのか呑気に料理を始めてしまっている。このままだと可鵡偉は本気でナオトを殺すつもりだ。

 

「可鵡偉、そこまでにしておけ‥‥」

 

 静刃は刀を握りいつでも可鵡偉を止めれるように殺気を放つが可鵡偉は止めようとしなかった。可鵡偉は2本の指を立てて静かに構えた。

 

「‥‥何故マキリと戦えたのか、その理由を確かめさせてもらいます。真面目にやらなければ死にますよ?」

 

 これが最後の警告だと言わんばかりに可鵡偉は告げるが、ナオトは動きを止めてチラリと可鵡偉を見ると興味がないようにすぐに料理に取り掛かりだす。全く相手にしていない事にさすがの可鵡偉も堪忍袋の緒が切れたのか一気に殺気立つ。

 

「―――ウラィ」

 

 可鵡偉は何語か分からない単語を口走った。だが静刃には分かっていた。可鵡偉が技を仕掛ける、可鵡偉はナオトを殺す勢いで技を放つのだ。可鵡偉はナオトの後頭部めがけて指貫を放った。すぐにでも止めに入るつもりだったが、静刃はなんとなく分かっていた。確かにあの4人組は何を考えているの分からないが‥‥やる時はやる喧しい4人組だと。

 

「―――っ!?」

 

 ナオトの後頭部に当たるかと思っていたがその直後に鈍い金属音が響いた。可鵡偉は目の前に起きたことに目を丸くする。可鵡偉の指剣はナオトが咄嗟に前に出した鍋の蓋に防がれたのだ。鍋の蓋は穴が開き、可鵡偉の2本指はナオトの顔の一歩手前で止められた。

 

「‥‥驚きました。もう既に見切っていたんですね…」

「んー‥‥伊藤マキリも同じように指貫してきたっけ」

 

 それを聞いた可鵡偉は更に目を丸くし、肩を竦めてため息をついた。

 

「分かりました。今回は江尾先輩の勝ち、という事で。一応それなりに実力があると認めますよ…」

 

 一応可鵡偉も認めてくれた。ひと悶着起きるかと思っていたがなんとか落ち着いた事に静刃はほっと安堵する。ただ、ナオトが何をしでかすかしっかり見張っておかなければこの先苦労が続くだろう。そう思うと静刃は憂鬱気味にため息を漏らした。

 

「鍋の蓋、壊しちゃったな」

「びょお、別に構わねえじょ。新しいのを買えばいい、どうせ経費で落ちるだろうし」

「なるほど、じゃあ明日にオーブンでも買いに行こう。シュークリームが食べたくなった」

 

「やめてください獅堂さんが激怒します」

「‥‥」

 

 なんだか胃が痛くなってきたと静刃は頭を抱えた。

 

___

 

「ふっふっふ‥‥俺がリーダーだ」

 

 高層ビルの一室でタクトは高級そうな回転椅子で回転しながらドヤ顔をする。彼のデスクの隣でずっと立っているセーラは呆れてジト目でタクトを睨んだ。

 

「たっくん、リーダーとしてちゃんと自覚して」

「何を言っているんだ、セーラちゃん。俺は毎日自覚してるぜ!」

 

 どうして自分はこんなところにいるのだろう。セーラは遠い目で窓から見える景色に視線を向けた。今日からまだ仮ではあるがこのバカ丸出しの男、菊池タクトが秘密結社であるイ・ウーのリーダーになってしまった。気分はまるで地球最後の日を実感しているようだ。

 

「電話すればすぐにピザでも持ってきてくれるのかな?」

「やめて」

 

 黒塗りの電話機に手を伸ばすタクトを制止する。彼の行動一つ一つがイ・ウーを滅ぼしかけない。何時起爆するか分からない時限爆弾を抱えているようでセーラはくたびれていた。

 

「元気だしなってセーラちゃん。母ちゃんがわざわざビルを貸切にしてくれたんだからもっと贅沢に派手にやろうぜ!」

「だからってなんで高層ビルを…というか菊池サラコは何を考えている」

「そだ、母ちゃんが式とか披露宴は何時やる?とか言ってたけど?」

「たっくんは黙ってて」

 

 今自分達がいるこのビルは母親の菊池サラコが『ご祝儀』とか言ってくれた物、自分達には手にあり余り過ぎる。菊池サラコが去る前にセーラは彼女に尋ねていた。イ・ウーを何に利用するのか。

 彼女の目的はシャーロックが死期が近づいていた事で不安定になり分断してしまっていた『主戦派』と『研鑽派』を統合させるつもりだ。この先は菊池サラコは教えてくれなかったが、恐らく自分達のような超能力集団を利用して傭兵集団でも何か企業するのかもしれない。タクトに後は任せて帰る前にサラコはセーラに『有り余る力をちゃんとした使い道で利用しないと勿体ない』と言っていた。世界に侵略行為を目論む『主戦派』もただ己の力を磨く『研鑽派』もイ・ウー全てをあの女は否定したのだ。よくよく考えると本当に恐ろしい人だとセーラは身震いする。

 

「ところでセーラちゃん」

「何?今考え事をしているんだから話しかけないで」

「リーダーって何すんの?」

 

 セーラは思い切りずっこけた。これまで深刻に考え事をしていたのに、何もわかっていない面をしているタクトのせいでいっきに緊張感が失せた。

 

「たっくんは何もしないで。私達が何とかするから、絶対に何もしないで」

「そう照れるなって。俺に任せておけ!シムシティとか結構やり込んだから得意だし」

 

 誰がそんな話をしている。タクトの言動で行動でますます疲れてきた。今すぐにここから出て行きたいが、彼の行動を止めることができるとすれば彼の隣にいる自分しかいない。

 

「これをみんなが知ったら‥‥すぐにでもクーデターが起こるかもしれない」

「ん?クレープ食べたい?注文する?」

「だから電話はしないで。というか私はそんなこと言ってない」

 

 昨晩、たまたま出会ったヒルダについタクトがイ・ウーのリーダーになったことを話したら物凄く驚愕し『あいつバカなの?死ぬの?』と言っていた。恐らく理子やジャンヌ、夾竹桃に伝えても同じ反応をするだろう。ましてやこの事を知らない他のイ・ウーのメンバーには伝えてはいけない気がしてきた。反発し、タクトを殺しにかかるかもしれない。もし彼に手をかけてしまえば菊池サラコからの報復が恐ろしい。そうならない為にも自分が頑張らなくては、セーラは何とかして自分に言い聞かせた。

 

 そんな時、突然黒塗りの電話機が鳴り響いた。セーラは受話器を取ろうとしたがそれよりも早くタクトが受話器を取った。

 

「あーもしもし?おれこそが世界に愛を振り撒く人生の堕天使、イ・ウーのアルティメットリーダー菊池タクトだぜ‼」

「ちょ、たっくん何してるの!?」

 

 セーラは慌てて受話器をひったくった。タクトに代わって電話の相手をしようとしたが既に相手は電話を切ったようでツー、ツーと音信不通の音が鳴っていた。

 

「たっくん‥‥電話の相手、誰だったの?」

 

 セーラは恐る恐るタクトに尋ねる。どうか電話の相手が彼の母親か家族関係の人であって欲しいと願ったのだが、タクトはニッと笑って答えた。

 

「わかんね!」

 

 最悪だ。もしこれがイ・ウーの関係者であったら世界中にいるイ・ウーの同志達にこの何を考えているのか分からない男がイ・ウーのリーダーになってしまった事が露見されてしまう。

 

「どうせいたずら電話でしょ!」

「いたずら電話のわけがない」

 

 電話を掛けてきたのはどうかイ・ウーの誰かじゃありませんように、セーラは心の底から願った。

 

「ささ、気を取り直してデスクワークに取り掛かろうぜ!‥‥なにすればいいの?」

「もう、お願いだからたっくんは何もしないで」

「よしわかった!取りあえずお部屋のヘアメイクといこうぜ!」

 

 どうやったらタクトの行動を制御できるか、セーラは真面目に考え込んだ。どうにかしないとこちらが考えるのをやめてしまう。そんな事を考えていると再び黒塗りの電話機が鳴り響いた。今度はタクトが取る前にセーラは素早く受話器を取った。

 

「もしもし‥‥」

 

 先程の電話を掛けてきた相手かと思って身構えていたが、電話の主は一階の受付の人からのようだ。内心ほっとしたがその安堵はすぐにかき消される。

 

「え?彼にすぐに面会したい人がいる?」

 

 受付の者が言うにはその人物は今すぐに菊池タクトに会わせろと物凄く慌てながら問い詰めてきているとのこと。受付の者は小声で『追い払いましょうか』と尋ねてきた。サラコが手配したのだろう、もう既にこのビル内に彼女の部下達が配属されているようだ。そうしてくれれば嬉しいのだが、『何やらエジプト語で文句を言っている』と聞いてセーラはすぐに通すように伝えた。受話器を戻すとセーラは肩を竦める。もう情報が伝わるのが早い。

 

「ん?お客さん?」

「違う、クレーマーだよ」

 

 しばらく待っていると扉を荒々しく開けて入って来たのは黒い長髪のオカッパ頭の金のピアスをした女性だった。荒げる息を整えるとその女性はタクトを睨み付けた。

 

「貴様…何を考えているのぢゃ!?」

 

「んー‥‥誰?」

 

「パトラ、落ち着いて」

「これが落ち着いていられるか!一大事ぢゃぞ!?」

 

 タクトに会いに来たのは元イ・ウーのメンバーであり、クレオパトラの末裔であるパトラだった。確か遠山金一と同棲して東京にいるという情報は聞いており、この事を知ったらいの一番にくるだろうと思っていた。

 

「どうしてこんなアホがイ・ウーのリーダーになる!?組織そのものを潰すつもりか!?」

「文句を言うのは分かるけど、決まったことは仕方ない」

 

「あー思い出した!猫が嫌いなパトラッシュでしょ‼」

 

「よし、今ここで始末してやる」

「パトラ、落ち着いて」

 

 セーラはなんとかパトラを宥める。ようやく落ち着いたようで冷静になったパトラはどうしてこうなったと言わんばかりにタクトをジト目で睨む。

 

「むぅ‥‥確かに妾も一度はイ・ウーのリーダーを狙っておったが、己の曾孫娘ではなくこんな男を一任させるとは、教授は何を考えているのぢゃ」

 

「ローズバトラーちゃん、落ち着いた?」

 

「‥‥セーラ、やっぱりこのアホ始末していいぢゃろ?」

「パトラ、ここは冷静になって。というかたっくん、パトラを怒らせないで」

 

 どうして人の気を逆撫でるのは得意なのだろうか、セーラとパトラはため息をついて項垂れた。

 

「はぁ、もう怒る気も失せたわ‥‥カナには相談する。一応、この事は理子達には黙っておくぞ?」

「そうしてくれると助かる‥‥」

「ぢゃが、もう飛び火はしておるぞ?」

 

 パトラがこの事を知っているという事は外部にもうこの事が漏れてしまっているのだろう。恐らくタクトが最初に電話を取った相手はイ・ウーの誰か。セーラは確認のためにパトラに尋ねた。

 

「‥‥どうやって知ったの?」

 

「イ・ウーのOB会の詳細についての連絡が来た。乗る気はしなかったのぢゃが、直ぐに電話がかかって来て『教授に電話をかけようとしたら菊池タクトと名乗るどこぞの馬の骨がリーダーだとほざいてきた』と聞いてすっ飛んできたわけぢゃ」

「OB会か‥‥」

 

 セーラは眉をひそめる。イ・ウーは学校みたいなもので既に卒業した者、途中で抜け出した者、離れて組織を自立した者がOBとして年に一度会合を開く。

 

「それで‥‥今回の主催者は誰なの?」

 

 イ・ウーのOB会は当番制ではなく誰かがふと思いついたように開催しだす。イ・ウーを抜けだして賞金稼ぎに回った者が罠としておびき寄せる場合もあるので気をつけなければならない。パトラは少し気まずそうに頷く。

 

「…フレイヤぢゃ。かなり激昂してようだからのう、こいつ殺されるかもしれぬぞ?」

 

 その名前を聞いた途端、セーラは深刻な表情になった。一体何の話をしているのか蚊帳の外だったタクトは興味本位にセーラに尋ねた。

 

「そのフレイヤって誰?」

 

「たっくん、非常にまずいかもしれない‥‥」

 

 セーラは冷や汗を流す。これは非常事態になり兼ねないと言っているのだがタクトは不思議そうに首を傾げていた。

 

「彼女はパトラがNO.2に就任する前にいたイ・ウーのNO.2。高層ビルさえも戦艦さえも、どんな物も斬る能力がある。ジャンヌのデュランダルとは比にならない。その力と気性の激しさでこう恐れられている」

 

 一息いれてからセーラは答えた。

 

「――――『斬撃のレギンレイヴ』と」

 

「そっか、じゃあそのギレンザビが迎えれるように支度をしなきゃね!」

 

 セーラとパトラはずっこけた。事は急くのにやっぱりどんな状況でも通常運転だとセーラは呆れた。




 1日目後半でした。
 あれ…?ほのぼのにさせるはずなのに緋弾のアリアのキャラの胃を苦しめている気がするぞ?まあそんな日もあるさ!


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112話

 
 斬撃のレギンレイヴ、北欧神話を舞台にしたどこか地球防衛軍みたいなアクションゲー。剣のアクションが爽快で好きでした。地球防衛軍でのアリの大群をロケランかグレネードでぶっ飛ばすくらいの快感(コナミ感
 ただ重い


DAY:2

ケイスケは待ちぼうけをくらっていた。そしてどうして自分がここで待たされなければならないのか、苛立ちを募らせていた。

 

 今自分が入る場所、そこは秋葉原の街中のど真ん中にあるメイド喫茶。きわどい丈の長さのスカートを穿いた少々色っぽい制服を着たメイドが猫撫で声で接客をしている。

 

「ったく、どうして俺がここで待たされなきゃならねえんだ…」

 

 ケイスケは愚痴をこぼしながら何杯目かのお冷を飲み干す。もしカズキかタクトがいたらメイドなんかほっといて勝手に大騒ぎをするのだが今は自分一人しかいない。

 

 理子に連れてこられ、そして何も言わずにここで置いてけぼりにされてからはや2,3時間も待たされている。ケイスケの苛立ちと怒りのオーラのせいかウェイトレスのメイドも来店客もビクビクしながらケイスケには近づこうとしなかった。

 

「もー、ケーくん怖すぎだよー。うちの子達ビビらせすぎぃ」

 

 苛立ちがピークに達する寸前、ようやく理子が戻って来た。他のメイドとは異なり白いフリルが沢山ついている赤くメイド服を着ており、彼女の後ろには理子に着せられたのか白と黒のロングスカートのメイド服を着せられたリサがついてきていた。

 キャピっとアピールする理子をケイスケは有無も言わずにアイアンクローで返事をした。いつも以上に怒り爆発寸前のオーラを出しているケイスケにリサはわたわたとする。

 

「オイ、何時まで待たせる気だったんだ?」

 

「いだだだ!?け、ケーくんアグレッシブすぎるよ!?じゅ、準備をしてたの‼」

 

「準備だぁ?」

 

 ケイスケは理子の頭を掴んでいる手を放して訝し気に見つめる。理子のいつもの嘘かと思っていたがリサが何度も頷いているのでどうやら本当らしい。

 

「で、なんの準備だ?お前の化粧か?」

「それはもう済んだって…これから民由党の鬼島の補佐、鷹山の事務所に潜入してあいつの予定表とその他データを盗みに行くの」

「‥‥はいぃ?」

 

 突然潜入して盗むとかいう話を振られてケイスケはポカンとする。しかも店中でそんなこと言っても大丈夫かと思ったがメイド達は何も反応をしていない。先ほど理子が『うちの子達』と言っていたのできっとここも彼女の活動拠点の一つなのだろう。それにしても準備とはその事かと呆れ、ジト目で理子を睨んだ。

 

「準備ぐらいなら俺も普通に連れてけよ。待ちぼうけされるよりもマシだ」

「そうしたいのもやまやまだったんだけどねー…ケーくんがつけられたらまずいし、というかリサから聞いた話だけどもホワイトハウスにアクセル踏んだまま車で突っ込むおバカを連れて行けますかねぇ?」

 

 理子はお返しと言わんばかりにため息をまじりに呆れ気味でケイスケを見つめる。正直理子はこの事を聞いて遂にやらかしたかと思った。こいつらならいつかやるんじゃないだろうかと考えていたが果たしてその予感は的中してしまった。もし彼らがキンジと同じようにアリアと本格に関わって色金の事件に巻き込まれていたら、と考えるとゾッとする。そんな理子に対し、ケイスケはケロッとしていた。

 

「あ?それはたっくんだろ」

 

 媚びないし引かないし省みないし。理子はガクリとこけそうになる。ああ言えばこう言う、ブレないケイスケに理子は気を取り直して話を進めた。

 

「ミッションは簡単、理子とケーくんは変装して潜入。そんで盗む。ね、簡単でしょ?」

「大雑把すぎんだろが、ざけんな」

「うそうそ!ジョークだから、デスソース飲まそうとしないで‼」

 

 テーブルに置いてあるデスソースの蓋を開けて理子に飲まそうとしているケイスケを慌てて止める。理子は持っていた紙袋からケイスケに変装用の服を渡す。

 

「あらかじめ鷹山の事務所に仕掛けをしたから後は潜入するだけだからさ」

「おいこれはなんだ?」

 

 ケイスケは理子から渡された服を広げる。背中に『名前を言ってはいけないネズミ』に似たキャラクターの絵が描かれている水色の作業着で、『ネズミーバスター』と書かれたロゴも張られていた。

 

「事前の仕掛けってもしや‥‥」

「ピンポーン、リサに協力してもらってネズミの大群を事務所に襲撃させたの。オプションでアライグマ数匹、カミツキガメ一匹」

「うわぁ…」

 

 ケイスケは絶句した。事務所に大量のネズミが敷き詰められていると考えるとぞっとする。それで時間がかかったのならば納得できる。

 

「要はそのネズミを駆除する業者に変装して忍び込むんだな?」

「そゆこと、でもリサってすごいよねー。口笛吹くだけであっという間にネズミの大群を呼べるんだから。手間暇かけず1時間で相手の事務所をネズミまみれにするんだから」

 

「‥‥ちょっと待て」

 

 その言葉を聞いたケイスケは真顔で理子の頭を片手で掴む。先ほどまで消えていた怒りのオーラが再び溢れかえる。いつでもアイアンクローができるようゆっくりと手の握る強さを強めていく。

 

「さっき1時間で事を済ませたと言ったよな?俺は2,3時間程待たされたのだがその間、お前は何をしてたんだ‥‥?」

「や、やだなケーくん、理子が人を待たすわけないでしょー?と、というか顔がメッチャ怖いよ…?」

「正直に言え、リサの着せ替えで遊んでいたな?」

「‥‥ちょ、ちょっとぐらい?だ、だってリサ何でも似合うry」

 

 テヘペして笑ってごまかそうとする理子に再びアイアンクローをした。ケイスケの沈黙の制裁が繰り広げられている最中、テーブルに置かれていた理子の携帯が鳴りだした。ケイスケは無言で携帯をとる。

 

「…俺だが?」

 

『あら?貴方が出たってことは理子はお仕置きされているのかしら?』

 

 電話の主はヒルダだった。というよりも今の状況をよく分かったなと感心する。

 

『まあどちらにしろ伝えておくわよ。鷹山は業者に連絡したわ、本物の業者の方は足止めしておくからその間に早く行きなさい?』

 

 どうやら車もすでに用意されているようだ。ケイスケはため息をついてアイアンクローをしている手を放す。

 

「ヒルダから連絡があった。ここで油を売る暇はねえ、さっさと済ますぞ」

「ふー…ようやくやる気になってくれたー、ケーくん運転はお願いね」

 

 理子は反省をしていないようでニシシと笑ってウィンクをする。ここで時間をかけている暇はない、ケイスケは無視して水色の作業着に着替えようとする。

 

「その前に…悪くはねえがここのメイドは色気を主張しすぎな気がするな。こう…質素ながらもお淑やかで瀟洒なものがいい。それを考えるとやっぱりリサが一番だな」

「あーうん、ケーくん?ご意見はどうもありがたいのだけど…リサ、顔真っ赤でオーバーヒートしてるよ?」

「」

 

 ケイスケにベタ褒めされてリサは顔を赤く染め、照れと恥ずかしさのあまりフルフルとしていた。しかしケイスケはその意味を理解していないようで頭にハテナを浮かばせて首を傾げながら支度をした。

 

****

 

 秋葉原から離れ千代田区永田町にある鷹山勇樹の事務所は二階建てのビルの様な建物だった。サイドに『ニコニコ☆クリーン』書かれたロゴの付いた白いバンから降りた作業員に変装しているケイスケはドヤ顔で腕を組んでいる鷹山勇樹の写真のついたデカイ看板を見上げる。こんなでかい看板があるのにどうして気付かなかったのだろうかと考えたが今は時間内に潜入することに集中した。

 ケイスケと同じように作業員に変装している理子は鷹山の秘書であろう人物に何やら見積もりの話をしている。まさかついでに金も取るんじゃないだろうかとジト目で睨む。にこやかに戻って来た理子は察したのかニシシと笑って首を横に振る。

 

「大丈夫大丈夫、お金は取らないよ。怪盗はお宝を盗むのであって現金はいりません」

「は?お前怪盗だったのか?」

「今頃ぉ!?前にリュパン4世だって言ったのにもう忘れたの!?というかもしかして真面目に聞いてなかった!?」

 

 今頃になって理子は怪盗であったことに驚くケイスケに理子はさらに驚く。しかしケイスケにとって理子が怪盗だろうがなんだろうがどうでもよかった。

 

「本物の業者が来る前にさっさと片付けるぞ」

「ま、まあケーくん達だもんね?たぶんアリアがシャーロックの曾孫娘だと言っても驚かないだろうし‥‥気を取り直して潜入するとしましょうか」

 

 ケイスケと理子はマスクをつけ、バンのトランクから台車と大きな青地のプラスチックのコンテナと青いボックスを下して事務所へと入った。

 中は案の定、ネズミの大群に占領されていた。床一面に敷き詰められるほどの大量のネズミにケイスケはギョッとして引くがここで怖気ついてしまったら先へは進めない。ケイスケはコンテナを乗せた台車を押して進んでいく。

 するとネズミ達はモーゼの十戒で割れた海の様にケイスケ達に道を開けていく。ネズミ達はケイスケの押す台車に乗せられたコンテナを見て怯えるように慌ただしく避けていく。ネズミを一匹も踏みつぶすことなくオフィスへと入ることができた。

 

「やっぱすげえよリサは。大助かりだ」

 

 ケイスケは感心しながらコンテナの蓋を開ける。コンテナの中から犬耳を生やしたリサが照れながら犬耳をピコピコと動かし尻尾を振る。動物たちの本能か百獣の王であり『ジェヴォーダンの獣』であるリサには勝てないと察している。

 

「け、ケイスケ様、私がお手伝いできるとすれば、これぐらいしか出来ません。タクト様達の様に大きなことは‥‥」

 

「いやリサが正しいからな。たっくんは‥‥もう論外だけど」

「まぁたっくん達が潜入すれば3秒でバレるか、派手に壊すか爆破するかのどっちかだもんねぇ」

 

 装甲車で突っ込んでくるわ、グレネードを投げて爆破させるわ、武偵とは思えない行動をするこの4人組を考えると妥当だと理子は苦笑いして頷く。理子とケイスケは鷹山の部屋に入ると彼の所有物であろうデスクトップパソコンの電源をつけると理子はケースからUSBを取り出してセットをする。

 

「さてと、こっから理子の本領だよ!ケーくんとリサは書類を漁っといて」

「そういえばヒルダは足止めするって言ってたが何をしてんだ?」

「ヒルダには信号をジャックして自然渋滞を点々と起こしてもらってるの。だから時間は限られてる」

 

 渋滞を起こさせてもいずれは本物の業者がやってくる。これは時間との勝負、のんびりとしている場合ではない

。理子がどれだけの速さでデータを漁って盗んでいる間、ケイスケはリサと共に引き出しを開けたり、戸棚のファイルを開いて相手の不正の証拠になりそうな物を探した。

 

 しかし出てくるものは過去のマニュフェストについての資料やら従業員の名簿、よくわからない数字の並んだ資料とあれこれ漁っても猿楽製薬に送っている裏金の不正データや民由党の不正の証拠となりそうな資料は出てこなかった。

 やはりいかがわしいものは紙にして此処には隠さず、己のパソコンに隠しているのだろう。ケイスケは理子の進み具合を確かめる。

 

「どうだ?めぼしいものはあったか?」

「うーん、しょっ引けるほどものはなさそう‥‥やっぱり鬼沢の方が良かったかなぁ。予定表も手に入れたし、一応鬼沢と猿楽製薬の誰かとメールをしてないかメールデータもごっそり盗んでおくね」

 

 理子はキーボードを素早く入力してどんどんとデータを盗んでいった。あっという間に作業を済まし「余裕」と言わんばかりにドヤ顔をする理子を無視してケイスケは何時でもここから出れる支度をする。

 

「あとはネズミ達だな‥‥リサ、頼んだ」

「はい、お任せください!」

 

 リサはフンスと張り切ると口笛を吹いた。すると彼女の口笛にビクリと反応したネズミ達は怒涛の勢いでオフィスを抜けだし、廊下を駆け、どんどんと外へと出て行った。まるでバーゲンセールに押しかける買い物客の如くの勢いだ。リサをコンテナに隠して台車に乗せて押し、ケイスケと理子は平然と出て行く。秘書との話は理子に任せてケイスケはバンにコンテナと台車をトランクへと入れ、すぐさま理子を乗せてバンのアクセルを踏み鷹山の事務所から離れて行った。

 

「一応は予定表は盗めたし成功か?」

「まあね…五分五分ってところかな?」

 

 不正の証拠は手に入らなかったが予定表は手に入った。いつ鷹山と鬼沢が猿楽製薬に接触するか確認はできる。後はそこから証拠が手に入ることを願う。

 

「どうやら鷹山と鬼沢は明後日に猿楽製薬の社長、木村雅貴と会うみたい。場所と時間も決まってる」

「また変装して潜入すんのか、面倒くせえな‥‥」

「そんなことよりケーくん。理子にご褒美とかないの?ナデナデしてくれてもいいんだよぉ?」

 

「は?寝言は寝て言え」

「あだっ!?ちょ、ケーくん厳しすぎぃ‼これじゃあキーくんの方が断然マシだよぉ!」

 

 ゲンコツし終えたケイスケは面倒くさそうにため息をついた。

 

__

 

「‥‥たっくん、何やってんの?」

 

 セーラはジト目でタクトを睨んでいた。結局拠点地になってしまった高層ビルの一室、そこは何処かのテレビスタジオのようなセッティングがされており、タクトは白いテーブルの上にご飯を炊いた炊飯器とお茶碗、卵と醤油、そしてコンパクトなミキサーのような機械を置いていた。

 

「何って、宣伝だけど?」

 

 お前は何を言っているんだと言わんばかりにタクトは不思議そうに首を傾げる。というかお前は何を言っているんだと此方が言いたい。

 

「宣伝って意味が分からないし、というかその機械は何?」

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた!」

 

 ドヤ顔をするタクトに聞くんじゃなかったとセーラは後悔した。そんな彼女の後悔も気にもせずタクトはそのミキサーのような小さな機械を高々と掲げる。

 

「これぞ、究極の全自動卵かけご飯製造機!」

「意味が分からないのだけど」

「これは母ちゃんが卵かけご飯作るの面倒だからと言う理由で作られた試作機、これを世に売り出せば大ヒットセラー間違いなし!」

「菊池財閥何やってんの‥‥」

「そんで動画で宣伝して全自動卵かけご飯製造機と共にイ・ウーをアピールして…」

「それだけはやめて」

 

 卵かけご飯だけならまだしも卵かけご飯とセットでこの組織を宣伝するのは本当にやめて欲しい。そもそもイ・ウーは秘密結社なのだから公に宣伝するのもやめて欲しい。

 

「まあまあ、そう言わずにこの全自動卵かけご飯製造機の実力を試してみれば分かるぜ!」

「いや何も分からないし」

 

 タクトは気にもせずに全自動卵かけご飯製造機を使い始めた。卵を自動に割り、黄身と白身を分離させ、白身を撹拌させてホイップ状にさせてホカホカのごはんにのせると醤油をかけて食べ始めた。

 

「びゃああああ美味いーっ‼やっぱり機械で作る卵かけご飯は一味違いますねぇ!」

 

「食べながら叫ばないで」

 

 変顔でご飯粒を飛ばしながら叫ぶタクトをセーラは嫌そうに睨む。そんなセーラにタクトはニッと笑って卵かけご飯を勧めた。

 

「セーラちゃんも食べて見なよ‼びゃあ美味いって言うぜ!」

「い、いや私は‥‥」

 

 断ろうとしたがタクトが頑なに勧めてくるので仕方なしにセーラも卵かけご飯を食べることにした。かつては各地で傭兵として活動していたセーラであったが実のところ卵かけご飯を食べるのは人生で初めて。恐る恐る卵かけご飯を口にした。口に含むと食べた事の無い味とまろやかさにセーラは見開く。

 

「美味しい…!」

 

 初めて食べる卵かけご飯の美味しさに思わず微笑んでしまう。その直後、パシャリとカメラのシャッター音が聞こえた。音のした方を見るとタクトがタブレットを持って写真を撮っていた。

 

「うし、これをチラシにして公表しよう」

 

 何度も写真を撮ってニッコリと笑うタクトにセーラは顔を真っ赤にすると、涙目になりタクトを追いかけた。

 

「うわあぁあぁっ‼かえせ。かえせ!」

 

 プンスカと怒りながら涙目で追いかけるセーラにタクトはにこやかに走って逃げる。

 

「ついでに母ちゃんにこの写真をお送って‥‥もう返信キタ!何々『でかした!ばあちゃんが大喜びして自分のお墓に持ってくみたい』だってさ!」

「送るな!持ってくな!」

 

 セーラは菊池一家全員に弄られてもうてんやわんや。これ以上タクトや菊池家の人間に振り回されては身が持たない。恥ずかしさとくたびれが募りだした時、タクトの携帯が鳴った。タクトは電話番号を見ると少し離れて電話をとった。もしかしたらカズキ達の誰かと連絡が取れたのかもしれない。願わくばケイスケかナオトあたりのストッパーになりそうな人が来てほしいとセーラは願った。

 

 タクトは電話をし終えて携帯をしまうと何やら楽しそうにしながらセーラに近づく。様子からして先ほどまでのふざけた雰囲気ではないと察した。

 

「セーラちゃん、さっそくお仕事の時間だぜ!出発だ!」

「―――お仕事?」

 

 突然のことでセーラはポカンとする。仕事とはどういうことなのか、というかいつの間にそんな事を承っていたのか。

 

「ようやくイ・ウーらしくなってきたな!」

 

 タクトはワクワクしながらジャケットを羽織る。イ・ウーらしいという事は誰かさんの武器を運ぶのか、それとも要人の護衛か、何かの標的の偵察か、考えた。だがタクトの事だ、何を考えているのかさっぱりわからない。そもそもイ・ウーのリーダー(仮)自ら出るのかとセーラは呆れながらついていった。

 

****

 

「‥‥たっくん、仕事って‥‥ナニコレ」

 

 セーラは頭を抱えながらジト目でタクトを睨んだ。今自分達がいる場所は桜が満開の大きな公園。花見客が賑わう中、自分達の目の前には幼稚園児が沢山いる。

 

「何って‥‥引率だけど?」

 

 セーラはずっこけた。仕事とは言っていたがやはりそんな気がしていた。あれこれと言いたい事は山ほどあるのだがタクトは構わずにこやかに答える。

 

「迷子にならないようにしっかりと護衛しなきゃ!最近は子供達を狙う犯罪もあるしね!」

「一応イ・ウーも犯罪組織なんだけど‥‥こういう仕事は武偵に任せとけばいいのに」

「お花見シーズンは忙しくて手つかずの所が多いんだ。特に園児の引率とかは引き受ける武偵は少ないし」

「だからって…というかこれ引き受けたの誰?」

「母ちゃん。今回は手助けしてくれたけど明日から自分でやれってさ」

 

 あの電話の主はどうやら菊池サラコだったようだ。彼女を通して今回の仕事を受ける形になった。呆れるセーラとは反対にタクトは張り切る。

 

「さあ行くぜ!俺についてこい!」

「たっくん、ちゃんと引率して」

 

 タクトは我先にと進み、園児達もはしゃぎながら引率の先生達についていく。引き受けたからにはやるしかないとセーラはため息をついて園児達がはぐれない様に見ながら後方からついて行った。

 途中タクトが園児たちに弄られたり、タクトが迷子になってはぐれそうになったりとほぼほぼセーラがフォローする形になった。そのおかげか迷子になる子はタクトを除いて一人も出ずに済んだ。漸くお弁当の時間で休憩をとれるようになり、セーラは楽しみながらお弁当を広げているタクトをジト目で見つめる。

 

「たっくん、なんでこの仕事を引き受けたの…」

「ん?ブロッコリーサラダは嫌いだった?」

「いや、いい‥‥」

 

 セーラはそっぽを向いてブロッコリーサラダを食べる。悔しいが美味い。どうしてこんな似合わない仕事を引き受けたのか理由を考えたが思いつかない。気づけばタクトは園児達とお弁当のおかずの交換をし合っている。こっちの気も知らず随分と楽しそうにしているなとセーラは苦笑いをした。

 

「そうだ!セーラちゃん、あれやってよ‼」

「え?あれって…?」

「こう風でぶわっと!ってする感じにさ」

 

 つまりは此処で風を起こせというようだ。セーラは渋るがタクトが某CMのチワワのような期待の眼差しでセーラを見つめてくる。やらないと駄々をこねるかもしれない上に面倒な事になるとセーラはため息をついて手を翳す。セーラの周りに風が巻き起こると桜の花びらが舞い上がり、壮大な桜吹雪が舞い上がった。その光景に園児たちは喜びの声を上げ、更には他の花見客達も歓声を上げた。

 セーラは普段はこんな事に風の力を使ってはいないのでくたびれたようにため息をつくが、タクトは彼らが喜ぶ顔を見て満足そうに頷いていた。

 

 

 花見を終え、公園の引率だけでなく幼稚園への帰り道まで護衛をするとは思いもしなかった。園長からお礼を言われ、更には帰りは園児達に盛大に見送られ半ばセーラは恥ずかしかったがタクトはやり遂げたと満足していた。

 

「‥‥たっくん、楽しそうだね」

「当たり前でしょ!ファーストミッションは大成功だぜ!」

 

 これを機にどんどんと仕事を入れるとイ・ウーのリーダー(仮)は自ら先陣して奮闘しようと張り切っていた。そんな明後日の方向で叫ぶタクトをセーラは静かに見つめる。

 

「‥‥たっくんはイ・ウーをどうしたいの?」

 

 セーラはずっと気になっていたことを尋ねた。イ・ウーはもともと超能力者集団の秘密結社だ。突然そんな組織のリーダーになることになったタクトだが、彼の母親の意思ではなく彼自身どのように考えているのか。あるいはまったく考えていないのか。尋ねられたタクトは難しい顔をして考え込む。

 

「うーん‥‥世界征服とか、己を極めるとかカッコイイけどさー、そんなスッゴイパワーを持つ超人軍団ならやっぱそのパワーは正しいことに使わなきゃね!」

「正しいこと?」

「そうだなー、誰かのためとかでもいいし、カッコいいこととか…あ、やっぱり世界中の皆がアッと驚くぐらいの楽しい事とかさ!」

 

 ニシシと笑うタクトにセーラはポカンとした。彼の考えは単純で子供っぽいが、彼のいう事は世界侵略を企てる『主戦派』や己の鍛錬を目的とする『研鑽派』を否定し、これまでにない別の考えだった。今の彼の思想はその程度のものだろうが、きっとこの先大きなものになるのかもしれない。

 

「そのためにも笑顔溢れるアットホームな職場を目指すぜ!」

「たっくん、それじゃあまずいんじゃ」

 

 ブレないタクトにセーラは苦笑いをする。取りあえず今は彼のサポートをするために奮闘しなくては、ここで胃を痛めている場合ではないと固く決めた。

 

 漸くビルへと戻って来たが、入り口で誰かが待っているのに気づく。先日押しかけてきたパトラと、彼女の隣には防弾コートを羽織った髪の長い男性だった。セーラはその男性を見ると物珍しそうにする。

 

「遠山金一…本当に来たんだ」

「正直、驚いたよ、まさかシャーロックがタクト君に一任するなんて」

 

 キンジの兄、金一は苦笑いしてタクトを見つめる。しかしタクトは『誰この人?』みたいな顔をして首を傾げていた。多分カナの状態でないと理解してくれないのかもしれない。しかし今はそれに云々言う場合ではない。

 

「金一が来たってことは‥‥フレイヤが動いたの?」

 

 セーラは少し深刻な顔をして金一に尋ねる。元イ・ウーのNo.2『斬撃のレギンレイヴ』と呼ばれた厄介者、フレイヤもう動いたのならばタクトがすぐさま狙われるかもしれない。この状況を打開するためには遠山キンジ、もしくは彼の兄金一の力を借りるしかない。セーラと問いにパトラは頷く。

 

「フレイヤめ、すぐにでもこやつを処断したいのやもしれん。明日に開かれるイ・ウーOB会でこやつを招待させる気ぢゃ」

 

「え?パーティー?じゃあおめかししなきゃね!」

 

「たっくん、それどころじゃない」

「フレイヤが何かしかけてくるかもしれない。取りあえず、明日は俺とパトラでタクト君の護衛は務めよう」

「そうしてくれると助かる…」

 

 パトラと金一がいればなんとか『斬撃のレギンレイヴ』に対抗はできるだろう。後はタクトが変な事をやらかさなければと懸念する。

 

「一つ気になってんだけど‥‥」

 

 そんな中、タクトが真剣な表情で尋ねてきた。ようやく事の重大さを意識するようになったのかとセーラとパトラは感心する。

 

「‥‥カナさんって男だったの!?」

 

 セーラとパトラはずっこけ金一は苦笑いをした。せっかくの雰囲気が台無しである。 

 

「…やっぱりタクト君は平常運転だったようだね‥‥」




 メイドさんはロングスカート(異論は認める)
 
 4人ずつストーリーを繰り広げさすとスッゴイ字数に‥‥シカタナイネ(白目
 
 あの卵かけ御飯を作る道具は正直欲しいと思ってしまった。
 でも一度当たると怖くて食べれない…当たると本当に死ぬほど痛いぞ


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113話

 
 嵐の前の静けさ(オイ

 クロメーテルさんの初登場は大人っぽい女性だったのだけれ挿絵を見ていると巻が進むにつれてどもどんどんと可愛くなっちゃって‥‥だが男だ ちくせう

 緋弾では静刃さんの挿絵も出てたのでそろそろ鵺ちゃんの挿絵もほしいなー…


 昼間のコンテナターミナルは静寂に包まれていた。そんなコンテナターミナルの中にある積み木の様に積まれたコンテナでできた迷路をアリアは静かに駆けていく。

 物陰から覗き安全を確保しつつ慎重に進んでいくと、何かを見つけたのかアリアは深呼吸を一度してから飛び出した。

 

「武偵よ!あなた達は包囲されているわ‼大人しく捕まりなさい!」

 

 銃口を向けたその先にいるのは船から降ろされたコンテナからAKMやAKMS、レミントンM31やマイクロUZIといった銃器の数々を黒いバンに積み込もうとしていた防弾チョッキをつけた覆面の男達だった。彼らは突然出てきたアリアに驚いていたが、手前にいた3人の覆面の男がすぐさま持っていたAKS-47をリロードし、撃とうとした。

 引き金が引か甲としたその時、アリアの後ろから布のようなヒラヒラしたものが3つ飛んできてAKS-47に巻きつくと銃身をひしゃげさせた。

 

『開幕撃とうなんて非合理的ぃー』

 

「かなめは磁気推進繊盾(P・ファイバー)を使ってバンを止めて。他の連中はすぐに片付けるわ」

 

 アリアは無線を切ると一気に敵前まで駆ける。銃器が磁気推進繊盾で無力化された手前の3人の男達は銃を捨ててKM2000ナイフを取り出してアリアに斬り付けようとした。

 アリアは正面から突いてきたナイフを躱して腕を掴んで投げ倒し、右から突き刺してこようと来る相手はひらりと身を回転して避けてその勢いで相手の顎を思い切り裏拳で殴り倒し、左から襲ってくる相手は軽くいなして横腹を肘鉄で突いて前かがみになった顔面に回し蹴りで打ちのめした。自分よりも体格の大きい男達をいとも容易くあしらうアリアに怯んだ男は持っていたH&K P8で撃とうとした。だがそれよりも早くアリアがコルトガバメントを引き抜き撃ち倒す。

 コルトガバメントを構えたままゆっくりとバンの運転席を覗く。バンに乗って逃げようとしたのか運転席と助手席に乗っている男達はかなめのUAV、磁気推進繊盾に巻きつかれてお縄にかかっていた。

 

『アリア先輩、バンの方は私が後始末しておきます。5人程コンテナの迷路の方へ逃げていきましたよ?』

「知ってる。すぐに追いつめるわ」

 

 アリアはコルトガバメントをリロードしてコンテナの迷路へと逃げた覆面の男達を追いかけていった。迷路のように入り組んだ細道を駆けていくとすぐに見つけた。こちらが顔を出した途端に一斉に掃射してきた。物陰から様子を伺う。相手は3人、親の仇のように只管にこちらに撃ち続けている。アリアはそれに気にせず無線を繋いだ。

 

「あかり、志乃、桃子、今よ」

 

 アリアの合図と同時に、アリアに向けて撃ち続けている男達の頭上からあかりと志乃、そいて桃子が高く積まれたコンテナから飛び降りてきた。突然上から現れた3人に男達は怯み、志乃は持っている刀で銃器を切り捨て相手の喉元に刃を向け、桃子は服に仕込んでいる極細繊維ことTNK(ツイステッドナノケプラー)ワイヤーを相手の喉に当て、あかりは組み伏せてから相手の持っている銃器を奪い、銃口を向けた。

 

「武偵よ。抵抗はやめなさい!」

「大人しくした方が見の為よ…?それともこのまま暴れて喉を掻き斬られたい?」

 

「アリアせんぱーい!やりましたー!」

 

 元気いっぱいの笑顔で手を振るあかりにアリアは苦笑いして返し、辺りを見回す。あかり達が捕まえたのは3人。ここへ逃げ出したのは5人、残りの2人は何処へ逃げたか或いは身を潜めている。まだまだ油断はできないと細心の注意を払う。そんな事よりも‥‥とアリアはイラッと目つきを鋭くする。

 

「あのバカ‥‥どこに行ってんのよ」

 

「アリア先輩!上です‼」

 

 あかりが焦りながらアリアに呼びかけている。見上げればコンテナの上で2人の男がこちらに向けて銃口を向けて狙っていた。コンテナの上に身を潜めて相手を射ち殺せるチャンスを伺っていたのだろう。アリアは視線を鋭く睨み付ける。あの腕ならすぐに避けれる。だが、避けるまでもない。

 

 相手が引き金を引く寸前、突然何かに撃たれた様に仰け反って倒れた。隣で突然撃たれて倒れたことにもう一人はたじろいでいた。何処から撃ってきたのか、あたりを見まわしているうちにもう一人も仰け反って倒れた。

 

 アリアはこれで全員片付いたことに一息入れると、ムッとした顔をして狙撃手がいる方へ向いて無線を繋いだ。

 

 

「‥‥かずき、あんたさっさと片付けなさいよ」

『そう嫉妬するなって!もうアリアちゃんってばお茶目!』

「うっさい‼おちょくるなら風穴開けるわよ‼というかあんた道に迷いかけてたでしょ!」

 

『ウォーオオー、トゥー、トゥナァイト♪アリアがープンスコ』

「歌って誤魔化すな!」

 

 アリアはカズキにさっさと戻って来いと無線で怒鳴った。それでカズキはおちょくってくるので余計にアリアは苛立ちを募らせる。そんな様を見ていたあかりと志乃は苦笑いをした。

 

「カズキ先輩ってあのアリア先輩に恐れもせずに平然と相手してるのって‥‥ある意味すごいですね…」

「まあ、あのカズキ先輩達って恐れ知らずだもんねぇ‥‥」

 

 

___

 

「はっはー!どうよ?見た?俺のエイム力見てた?」

 

「あんた、狙撃手ならちゃんと私のサポートしなさいよ。最初から普通にできてたでしょ」

「ねえ見た?どうよ?見た見た?」

「だから人の話を聞きなさいよ!」

 

 覆面の男達を全員逮捕し、警察に渡して調書を受け終わってくたびれたアリアにカズキがしつこくドヤ顔でアピールしてくる。カチンときたアリアはガバメントを引き抜いて風穴を開けようとするがあかりとかなめに宥められる。

 

「はあ‥‥今レキがいないからレキの次に狙撃のできるあんたに協力を頼んだのだけど、余計に気苦労が増えるだけね」

「いやー、照れるなぁ」

「褒めてないわよ!」

 

 アリアはこれ以上言っても理解しないだろうとカズキをジト目で睨むとコホンと咳払いをしてカズキに尋ねた。

 

「カズキ、あんたに協力を依頼したのはあんたに聞きたい事があるから呼んだのよ」

「え?聞きたい事?俺の好きな物はピザだけど?」

「誰があんたの大好物を聞くのよ」

「これからピザパーティーとかするんじゃないのか?」

「‥‥そのポジティブすぎる思考にほんと腹立つ」

 

 きっとカズキやあの騒がしい連中に『何故太陽は昇る?月はなぜ輝く?』と聞いても絶対に適当にふざけて返答してくるだろう。これでは話は進まない。アリアは改めてカズキに尋ねた。

 

「キンジを探しているの。何処を探しても見つからないのだけど…レキや理子とは連絡取れないし、白雪に聞いたのだけど分からないみたいなのよね。それなら腐れ縁のあんた達なら何か知ってるんじゃないかと思って呼んだのよ」

 

「あーキンジか。キンジならクロメー」

 

 『キンジならクロメーテルに変装してるけど?』とカズキが言う前にかなめがカズキの足を踏んづけた。言ってはならない、かなめは焦り引きつった笑みでカズキに首を横に振る。今ここでしかもあかり達が入る前でバラしてしまったらキンジは即退学、そしてアリアからの怒りの風穴が待っている。それよりもキンジはクロメーテルに変装しているという事をバラしてはいけないという事をカズキはすっかり忘れていた。

 それを思い出してカズキはヤベッと直ぐに口を閉ざしたが時はすでに遅し。アリアはジト目でずんずんとカズキに歩み寄る。

 

「今‥‥クロメーテルって言わなかったかしら?確かにあんたのチームの中にクロメーテルって子は今日は来てないようだけど、その子とキンジと何か関係があるのかしら?」

「い、いやぁ?俺はそうな事をヒトゥッコトゥみょみょみょみょみょみょーん」

 

 かなめは頭を抱える。この先輩は嘘をつくのが下手のようだ。カズキは途中で噛んでふざけて誤魔化そうとしたがアリアはジロリと睨んで更に迫る。

 

「正直に言いなさい?じゃないと風穴開けるわよ?」

 

「‥‥キンジなら今日クロメーテルって子とデートしにいったぜ‼」

 

「‥‥はああああっ!?」

「はいいっ!?」

 

 ドヤ顔で告げるカズキにアリアは怒りを込めた驚きの声を上げて、かなめはギョッと驚いた。今にもバレそうな嘘だが、どうやら効果はあったらしい。アリアは怒りで声を荒げる。

 

「あ、あ、あんた、それ本当なの!?」

「おう。昨日だっけかな?キンジのやつ、クロメーテルちゃんと一緒に帰ってて俺に『俺、明日この子とデートしてイチャイチャしてくるぜぇ』って言ってきやがったしな」

「な、な、な、なんですってぇぇぇぇっ‼」

 

 アリアは顔を赤くして怒り心頭になる。今までに見たこともない程に激昂しているアリアにあかりと志乃はあわわと慌てふためいているが、カズキはこの状況を楽しんでいるようで更に調子に乗り出す。

 

「しかもこれ見よがしにイチャイチャしてさー、恋人繋ぎしやがってさー、ぎゅっと抱きしめてやがってさー。『俺、この子とディナーして二人きりで観覧車に乗って夜景を見て花火をみるぜぇ』って言ってたぜ!」

 

「ディナーするのに観覧車乗って花火見るってプランおかしすぎませんか」

「あのバカキンジィィィ‼なんであいつの部屋にあの子の写真があるのかと思ってたら‥‥そうだったのね!」

 

 かなめは冷静にツッコミをいれるがアリアは冷静に欠け、カズキの出鱈目を鵜呑みにして激昂していた。アリアはメラメラと燃え上がる怒りと苛立ちに何処にぶつければいいか分からずこの場で地団駄する。

 

「あのバカキンジ‥‥‼絶対に会ったら一先ず風穴地獄よ‼」

 

「クロメーテルちゃん、あの遠山キンジの毒牙にかかってるなんて‥‥早く助けなきゃ!」

 

 アリアはキンジを見つけ次第〆るようで、あかりはクロメーテルに事の次第を聞いて説得させるようだ。かなめはため息をついた。カズキの出鱈目のおかげで変装しなくても変装してもどの道ひどい目にあうだろう兄にどこか哀れに思えてきた。

 

「でもなんであいつを探してるんだ?」

「キンジに知らせなきゃいけないのよ。私とキンジ、命を狙われているから用心しなさいって」

 

「アリア先輩、狙われているんですか!?」

 

 アリアが命を狙われている、その事を聞いたあかりは驚愕する。強襲科は犯罪組織から恨まれ憎まれることもあり報復してくる場合もある。アリアは怒りが収まったのか冷静に詳しく話した。

 

「私、というかキンジが主ね‥‥キンジが留年確定する前に受けるはずだった武検選抜、キンジは辞退していたじから幸いで、会場で爆発事故が起きて一石マサト含めた武偵複数が意識不明の重体になって病院送りにされた事故は知ってる?」

「知らない」

「うんそうよね、聞くまでもなかったわよね」

 

 即答するカズキにアリアはため息をついて呆れた。

 

「最初は検事達による一次試験かと思ってたけども…どうやらそうでもないようなの。武偵局は隠そうとしているけどあれは完全に狙った殺人、その犯人を捜せと検事が私に依頼してきたわ」

「でもそれで何でキンジが狙われてるってわかったんだ?」

「話によると爆弾は出席を辞退したキンジの席に仕掛けられていたのよ‥‥」

 

「お兄ちゃんへの報復、ですか‥‥?」

 

 かなめは真剣な表情でアリアに尋ねた。アリアは静かに首を縦に振る。

 

「考えられるとすれば‥‥『色金』関連ね」

「え?色気?」

 

 キョトンとするカズキをアリアとかなめは無視する。アリアに秘められいた『緋緋色金』を巡って戦役は起きていた。緋緋色金に込められている強大な力は誰もが口から手が出る程の欲しい代物。だが、キンジはアリアの中に潜んでいた『緋緋神』との戦いの末、アリアは『緋緋神』の力を受け継ぎ、『緋緋色金』を宇宙へと返していった。

 

「この『緋緋色金』の件で大損をした輩が報復で狙っている可能性があるわ…イ・ウー『主戦派』の残党か、別の犯罪組織か‥‥それとも政府の誰かか」

「腹いせでお兄ちゃんを狙うなんて、非合理的ですね。ぶちのめしてやりましょうよ」

 

「お?かなめちゃん、それ面白そうだな。アリア、それを俺達に依頼してくれよ!」

「はぁ?なんでよ」

 

 いきなりノリノリになったカズキにアリアは訝し気に睨む。

 

「Sランク相当の依頼っぽいしな、遂行すれば単位貰えて俺は無事に進級できるし、アリアはキンジが無事で両方特じゃねえか!」

「カズキ先輩、結構がめついですね‥‥」

「いや得しているのあんただけじゃないの!」

「じゃあキンジが何処にいるか教える、ってのはどうだ?」

 

「「なっ!?」」

 

 それを聞いたアリアとかなめはぎょっとする。何故キンジの事を知っているのかと、それを教えてはまずいのではと言う二重の意味で驚く。カズキはニシシと笑って訪ねる。

 

「どうだ?乗るか?」

「‥‥仕方ないわね。あかり達ならまだしもあんたと組むのは癪だけどのってあげるわ」

 

 キンジの居場所の情報を掴めるのなら仕方ないと、アリアはあまり乗る気はしないが承諾した。これではいつカズキがついついキンジが女装していることを、しかもクロメーテルに変装していることをバラしてしまうのか、かなめは我ながら兄の災難には少し同情した。

 

____

 

「不知火、どうだ?収穫はあったか?」

『アリア達が片付けた武装組織の件ですけど…どうやらダミーのようですね』

 

 不知火の報告を聞いて獅堂は眉をひそめて舌打ちをする。またしてもハズレかと苛立ちを募らせた。

 

「猿の野郎は武器を横流しして別の組織に売り飛ばしている、その証拠が掴めれば締め上げれるんだがな…しゃあねえ、不知火そのまま捜査を続けろ」

 

 猿楽製薬は武器製造の他にその武器を密輸、或いは国内の犯罪組織にも流している、そしてその協力者も何人かいる。猿楽を潰せば芋づる形式にしょっ引けるのだが今現在これといった収穫は無い。獅堂は携帯を閉じるとため息を大きくついて胡坐をかく。

 

「わざわざの静刃のところで集合しなくてもよかったんじゃねえのか?」

 

 ストライプ柄のスーツを着た灘がしかめっ面で獅堂に尋ねる。獅堂と灘、可鵡偉、大門は静刃のアパートに集合していた。体格の大きい男達が複数いるせいか畳の部屋は窮屈になっていた。

 

「なに、猿の野郎の尻尾を掴み損ねたが別件での仕事の話がある。ついでという事で全員に集まってもらっただけだ」

「別件…?他に請け負ったのか?」

 

 大門が不思議そうに尋ねるが、獅堂は苦虫を嚙み潰したような顔をして懐から分厚い茶封筒に入った資料を取り出してちゃぶ台に叩きつけた。

 

「あの菊池財閥の菊池雅人(くそやろう)からだ。どっかの武装組織共が密入国してたむろするらしい。俺らはその張り込みをしろとお触れが下った」

 

 獅堂が嫌そうな顔をして『くそやろう』と呼ぶ相手はあの菊池財閥の菊池サラコの旦那である菊池雅人しかいない。その場の誰しもが察した。

 

「あの野郎が言うには『締め上げればもしかしたら猿楽と裏で繋がってるかもよ?』だとよ‥‥今忙しいってのに他人事のように押し付けやがって!」

「仕方あるまい、公安である故に請け負わなければならんだろう。拙僧はかまわんぞ」

「というか菊池財閥のおかげで旧公安0課が残ってるから顔が上がらねえよなぁ」

 

 大門と灘は苦笑いしながら怒れる獅堂を落ち着かせる。政権交代での『事業仕分け』で真っ先に公安0課が標的にされて解体さそうになった。そこを菊池財閥による鶴の一声、或いは菊池サラコの『ありがたいお話』で完全消滅は避ける事はできた。獅堂はいらない借りが増えたと愚痴をこぼす。

 

「そこで二手に分かれる。俺と大門、灘、不知火は引き続き猿の野郎とマキリの捜査。静刃と可鵡偉は張り込みだ」

 

「俺達だけでか?」

 

 暫く黙って聞いていた静刃がゆっくりと口を開く。張り込みなら容易いが人手はそれで十分なのか改めて確認をした。

 

「いや…明日に遠山を無理矢理つけてく。それにナオトも連れてけ。いいかナオト、今は俺らのチームだ。連携を崩さずに‥‥って、あいつどこ行った?」

 

 獅堂は畳の部屋を見回す。気が付けば肝心のナオトの姿が見当たらない。いつの間にと灘たちもキョロキョロする中、可鵡偉が苦笑いしながら手を挙げる。

 

「ナオトさんなら…『することないから暇』とか言って鵺ちゃんを連れて散歩に出て行きましたよ?」

「散歩って…あの野郎、緊張感ねえのか」

「散歩‥‥いやダメだ!あいつ、すぐに迷子になる!」

 

 静刃は思い出して慌てだす。ナオトは知らない土地だと入って数秒で迷子になることを思い出した。それを聞いた獅堂はガクリとこけそうになり灘と大門はどっと笑う。

 

「はぁああ!?なんだとあのバカ野郎‼どんだけフリーダムなんだよ!?」

 

「いやー、ここまで獅堂を怒らせるバカ初めて見るな」

「はっはっは‼風のような自由な男よ!拙僧は気に入ったぞ‼」

 

「てめえらニヤニヤしてねえであのバカを探しに行くぞ‼」

 

 獅堂は怒鳴りながら灘達と共にナオトを探しに出て行った。ポツンと残された可鵡偉はナオトを探しに行かず残った静刃を不思議そうに見つめる。

 

「静刃さんは探しに行かないんですか‥‥?」

「‥‥何を考えているか分からない奴のいそうな場所なんてわかりっこねえだろ」

 

 確かに、と可鵡偉は納得して頷く。昨日の事を考えると、彼は本当に何を考えているのか分からない何処か自由すぎる人だ。そこまで彼の事知っている静刃はかなりの気苦労をしたのだろう、と可鵡偉は同情した。

 

****

 

「びょう、気の向くまま風の吹くまま歩いていたがこんな所があったとはのう」

「‥‥暇なときはよく行く」

 

 ビルが立ち並ぶ都会の中にある閑散とした釣り堀でナオトと鵺は静かに釣り糸を垂らしてボーっとしていた。静刃のアパートで獅堂達がワラワラと押しかけてきて窮屈ですることなくて退屈だったので外へと出て行った。何をしようか考えているうちにこの釣り堀を見かけたのでここで時間を潰すことにしたのであった。

 

「しっかし、ちんまい魚しか釣れんじょ。ナマズがいると言いっておったが本当にいるのか?」

 

 鵺はヘラブナを釣り上げるとしけた顔をして池へと投げ捨てる。どうやらナマズを釣って食べる気でいるらしい。ずっと黙っていたナオトであったが鵺をチラリと見て尋ねた。

 

「ところで、何で過去に戻って来たの?」

「びょう、やっぱり気になるかじょ?」

 

 ようやく聞いてきたかと言わんばかりに鵺はギザギザの歯を見せて笑う。だがナオトは気にしていないかのように釣り針に練り餌をつけて再び釣り糸を垂らす。

 

「なんだじょ、興味ないのか?」

 

 興味あるのかないのかよく分からないナオトに鵺はプンスコと頬を膨らませた。それでもナオトは無言でウキをじっと見つめているので仕方なしにため息をつく。

 

「静刃の奴は話す気ではなさそうだからのう、特別に鵺が教えてやるじょ」

 

 再びヘラブナを釣り上げた鵺はつまらなさそうな顔をして池に投げ捨ててから話を進める。

 

「未来に戻った静刃は自分達の戦いを終えた後、過去でやらかしたことによって崩れた歴史のバランスを直すためにこっちに戻って来た…というのは建前であって、要は遠山キンジとかいう男を救いに来たんだじょ」

「なるほど‥‥カズキの言う通り、静刃はトランクスだったのか」

 

 言ってる意味が分からない。静刃がいれば呆れていただろうが、いつも通りだと鵺はびょうびょうと高笑いをする。

 

「それもあるが実はもう一つある―――【十四の銀河】に関することだじょ」

 

 【十四の銀河】、その言葉を聞いたナオトはようやく鵺の方へと顔を向けた。

 

「まあ関連する程度の事だが、鵺達は『パンスペルミアの砦』とかいう計画を阻止しにきた」

「‥‥パンツ丸見えの砦?」

「うん、たぶんそういうだろうと思った‥‥パンスヘルミアの砦、推測だが不連続体の妖を絶滅させ、異能が操りやすくして世界を変えるとかいう計画だじょ」

 

 妖がどれくらいいるのか、異能を操るとかどうやって操るのか、スケールが大きいので想像がつかないナオトは不思議そうに首を傾げた。

 

「そんなこと、できるの?」

「できなくもない。ましてや世界を変える力を持つ【十四の銀河】なら可能だじょ‥‥それに、妖を絶滅させるのも『ある一匹の妖』ならできる」

「…ある妖?」

 

「妖の祖であり、全ての妖の原点であり、頂点である妖‥‥【影鰐】だじょ」

 

 影鰐‥‥影の鰐かとナオトは首を傾げる。何となく理解できていないナオトに鵺はニシシと笑う。

 

「思いつかんのも無理ないじょ。人も妖も奴に喰われる。あれは本当に化け物だからのう…奴も【十四の銀河】に一枚噛んでいやもしれん。だから静刃と鵺は影鰐を仕留めに戻って来た」

「‥‥静刃や鵺は、その影鰐と戦うのなら勝てるの?」

 

「さあ、わからん。ま、その時なったら考えるじょ」

 

 なるようになる、と鵺は釣り上げた鯉をバケツにぶち込んでギザギザの歯を見せて気楽に笑った。そう言えばと話してを聞いているうちにナオトは気になって尋ねる。

 

「こっちに戻って来たんなら、アリスベルも連れてけばよかったのに」

「あー‥‥それか、まあ、うんそれは仕方ない」

 

 うーんと視線を逸らしながら苦笑いする鵺に何かまずい事でも聞いたのかとナオトは更に気になってきてずいずいと鵺に寄る。

 

「もしかして‥‥喧嘩別れ?」

「違う。そういう意味では…って、こういう話はメッチャノリノリだな!?メッチャニヤニヤしてるじょ!?というか顔ちかっ!?」

 

 愉悦な笑みをしているナオトに思わず鵺はツッコミをいれる。今まで興味なさそうにしたのにこういった話になると物凄く興味を示しだす彼に鵺は肩を竦めた。

 

「まったく、お前達は雰囲気というもんがないじょ」

「‥‥また力になる」

「‥‥それなら有り難い。派手に暴れる時は協力してもらうじょ」

 

 未だに【十四の銀河】や【影鰐】の尻尾はつかめてはいないが、彼らと関わればいずれ全容が掴めるかもしれない。この4人組の力はある意味計り知れないものが秘められている。きっと静刃の力になるし、また大暴れできると鵺はギザギザの歯を見せて笑った。

 

 結局数時間釣り糸を垂らしても一匹も釣れなかったナオトは重い腰を上げた。使っていた練り餌を全部使いきった。

 

「一匹も釣れかった‥‥」

「お前、へたっぴだじょ」

「まだ、他の釣り堀に行けばワンチャン」

 

 まだ釣り堀に行くのかとやる気満々のナオトに鵺は苦笑いした。

 

 そして店を出た直後、ナオトを探していた獅堂にばったり出会い、ナオトはげんこつをくらった。





 原作では武検選抜試験は検事の方々が笑顔で武偵を病院送りしておりましたが…こちらではキンちゃんを狙った爆破攻撃に巻き込まれた、ということで(焼き土下座

 影鰐…カオスな4名様が作詞作曲、歌ったOP曲はかなり好きです。影鰐、DVDレンタルしたいけども何処にもないのよね‥‥(´・ω・`)やっぱり通販かぁ…


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114話

前編後編に分けるつもりが長くなるのでさらに分割してしまう事に‥‥あ、これ、長くなるヤツや(白目)

 カオス4名様のMHWのプレイヤーキャラのデザイン…うん、やっぱり個性的すぎるよこの人達


DAY:3

 

「フレイヤめ‥‥妾達をこんな所に呼ぶとは」

 

 パトラは訝し気に見上げていた。彼女の隣にいる遠山金一もといカナも同じように訝し気に自分達が向かうその建物を見ていた。

 

「本当に皮肉ね‥‥これは完全に私達の事も狙っているのかしら?」

 

 フレイヤに呼ばれ彼女達が向かった場所、そこは全面ガラス張りのピラミッドの形をした建物、『ピラミディオン台場』であった。2,3年前から日本もカジノが合法化され法整備直後に公営カジノ第一号店として建設された建物である。そしてこのピラミディオンはかつてパトラがアリアとキンジと最初に戦った場所、いわば多少因縁のある場所であった。黒いドレスを着たパトラも黒のコートを羽織り上下黒づくめ服を着たカナも『またか』と言わんばかりに訝し気にピラミディオンを見据えていた。

 

「フレイヤ‥‥何を考えているやら」

 

 黒い制服を着たセーラもため息を漏らす。恐らくここに来ているのはフレイヤだけではない、彼女の部下達や他のOBの連中も来ているだろう。念のために弓も矢も持っているケースの中にしまってある。もしもの時にはいつでも出せる。願わくば何も起きなければいいのだがとセーラは少し遠い眼差しをしていた。しかし絶対に何も起きない事は無いだろうと彼女は心なしか確信していた。

 

「タクト君いい?ここから先は何が起こるか分からないわ。くれぐれもフレイヤを刺激しないように気をつけるのよ?」

 

 カナは改めてタクトに注意する。今ここへ連れてきている何を考えているのか分からない問題児がきっと何かやらかしそうで怖いと感じているからだ。

 

「うぃーっす!今日はちゃんと着替えてきたぜ!」

 

 緊張感の無い元気のある声が響く。タクトは黒のスーツにどこか成金風な煌びやかなネクタイをつけどこかの社長のような恰好をし‥‥フクロウの覆面を被っていた。そんなタクトの姿を見たカナは思わず二度見してしまった。

 

「いや、あの‥‥た、タクト君?そのフクロウの覆面はいらないんじゃないかしら?」

 

「今日の俺はいっちょカッコよく決めてますぜ!言うなれば、今の俺はカジノ王決定戦二回戦敗退のフクロウ仮面ことサタンネイル木下と呼んでくれ!」

 

「のうセーラ、やっぱりこいつしばいていいぢゃろ?」

 

「パトラ落ち着いて。あとたっくんふざけるのはやめて」

 

 セーラがタクトのフクロウの覆面を取ろうとするがタクトはさせまいとはしゃいで逃げ回る。ピラミディオンに入る前に追いかけっこで5分も費やしてしまった。

 

「ここから警戒していくわよ」

「そうだ!カジノで資金を一儲けすれば…」

「たっくん、そんな暇はない」

「やっぱりこいつを差し出してさっさと帰ろうか」

 

 カナとパトラが先導してようやくピラミディオンの中へ。入り口を経て1階のフロアは海辺のカジノをイメージしてか広いホールを囲むように海に繋がるプールがあり、その周りにはスロットマシンやチェリーがあり若者や観光者向けのものが多い。カジノに来るのが初めてなのか、タクトは水路を電動式の水上バイクで行き来するバニーガールや金ぴかのスロットマシンに目を輝かせてたびたび寄り道しようとし常にセーラが引き止めていた。

 

「コイン拾っちゃったからワンチャンやってもいいよね?」

「だからそんな暇はないってば」

 

 目を離したら間違いなく勝手に何処かへ行く。セーラはタクトの手首を掴んで無理矢理引っ張って連れて行くことに。

 奥へ突き進み2階の特等ルーレットフロアを通過し、パトラもカナも行った事の無い3階のフロアへ。3階のフロアはVIPフロアとなっており、どこかの富豪や超一流企業の者達が集うホールとなっている。このエリアにはカジノは無いが、金持ちや企業の者達が集まってパーティーや会合を開いたりする。フレイヤや他の組織の連中がいるであろう扉の前に辿り着くとカナは改めてタクトに確認をした。

 

「タクト君、改めて忠告するわ。フレイヤを刺激しないこと。彼女を怒らせたらこのカジノは戦場になるわ」

 

「任せとけ!俺って干渉とか初めてだけど得意だから!」

 

 ちゃんと分かっているのだろうか。ドヤ顔をするタクトにセーラとパトラは顔を片手で覆う。

 

「間違いなくこのバカやらかすと思うんぢゃが」

「‥‥頑張って抑える」

 

「正直言ってフレイヤには会いたくなかったけども…行くしかないわね」

 

 仕方ないと、ため息をついたカナは深呼吸して扉を開けた。両開きの金ぴかの扉が重い音を鳴らしながら開けていくと、カナとパトラの予想通りこの大きなホールにかつてのイ・ウーの卒業者達、イ・ウーを出て行って新たに組織を建てた者たちが集っていた。

 

 取り巻きの男達に囲まれ葉巻をすっているふくよかな男性、顔に幾つもの傷跡がついて歴戦の戦士の雰囲気が漂う逞しい体格の男、グラマスな体形で妖艶なドレスを着たミステリアスな女性等々、誰もかれもが物騒な雰囲気を漂わせていた。その者達はホールに入って来たカナとパトラやセーラ、そしてタクトを注目する。中でも興味津々にキョロキョロするタクトを警戒しているような、殺気を込めた視線を指す。しかしタクト本人は全く気にしていない。タクトは幾つものテーブルに並べられている豪勢な料理やシャンパンに注目していた。

 

「うまそー…しまった、タッパー持ってくればよかった!最近リサの料理を食べてないしなー」

 

 本当に緊張感の無い奴だ、とセーラはため息を漏らす。こちらに指してくる視線と殺気、プレッシャーがビリビリと伝わる。その中でも一番嫌程伝わってくる奴が奥にいた。

 

「随分と遅かったじゃないの。所謂社長出勤かしら?いい度胸ねぇ‥‥」

 

 奥のテーブルに彼女はいた。薄い金髪のショートヘアーで金色の瞳、黒のドレスの上に黒い羽毛の付いたコートを羽織った女性。彼女の腰には黒い剣が提げられていた。そしてテーブルには空のワインのボトルとグラスは山ほど積まれている。

 

「フレイヤ、紆余曲折あって‥‥彼が少し自由すぎただけ」

 

 重苦しい重圧に耐えながらセーラは答えた。目の前にいる女性こそが、かつてイ・ウーのNO.2であり、あらゆるものを断ち斬る『斬撃のレギンレイヴ』と恐れられていた者、フレイヤ。フレイヤはセーラを見つめてるとフンと鼻で笑った。

 

「セーラ、貴女がいながらその彼‥‥って、その彼はどこに行ったのかしら?」

 

 え?とセーラは横を見た。隣にいるはずのタクトがいない。どこに行ったのか見回してみると、タクトは皿を持って豪勢な料理をホイホイと取っていた。

 

「たっくん、なにやってんの!?」

「え?持って帰って食べようかなーって。テイクアウトできるよね?」

「今はそれどころじゃないって言ってるでしょ」

 

 セーラは頬を膨らませてタクトの耳を引っ張って連れ戻す。改めてフレイヤはタクトを見つめてフンと鼻で笑った。

 

「初めまして、私はフレイヤよ。シャーロックは何を考えているのかしらねぇ‥‥こんな絵に描いたようなおバカさんをリーダーにするなんて」

「おっすおら悟空」

「ちゃんと自己紹介して」

「しょうがないなぁー‥‥この俺が、イ・ウーに新たな風のヒューイを巻き起こすと言われてるかもしれない可能性があるかもしれないと言われているかもしれない堕天使的存在、菊池タクトだぜ!」

 

 その瞬間、フレイヤが持っていたグラスが一つパリンと割れた。彼女は苛立ちでグラスを握り割ったのだ。彼女を見ていた者達も一斉に静まり返り緊張の雰囲気が漂い始めた。フレイヤは片手で払うと鋭い視線でタクトを見つめる。

 

「‥‥ふざけているのかしら?」

「俺は常に真面目だぜ!フレイザーry」

「フレイヤ、そろそろ彼を呼んだ理由を聞いてもいいかしら?」

 

 タクトがわざとのつもりかフレイヤの名前を間違えて呼ぼうとする寸前にカナがタクトの口を塞いでフレイヤに尋ねた。

 

「そうね…まずは新しいイ・ウーのリーダーになった男がどんな人なのか確かめたかったわ。まあ一目でもうわかったし‥‥」

「彼を殺す気…?」

「まさか?()()()眠れる獅子を怒らせるつもりはないわよ。それにしてもセーラ、貴女のような守銭奴が彼に肩を持つなんて珍しいわねぇ」

 

 どうやらフレイヤもすぐに手を出すつもりでは無かった事にはセーラは内心ホッとした。彼の後ろには菊池財閥と菊池サラコ、そして『漆黒の年寄り』がいる。手を出した後が怖い。安堵するセーラとは裏腹に事を理解していないタクトはドヤ顔する。

 

「なんたっていつか披露宴とかするからな!よくわかんないけど!」

「バッ‥‥!?そ、そんなつもりはない‼」

 

 慌てて否定するセーラだったが、フレイヤはくすくすと笑う。彼女の表情から自分達を呼んだ理由がまだ何かあるはずだ。

 

「フレイヤ、『まずは』と言ってたわね‥‥まだ他に何かあるんじゃないのかしら?」

「ええ。私は彼に、イ・ウーのリーダーとして取引をしに呼んだのよ」

 

「いいry」

「バカバカバカ!?容易に了承するもんじゃない、人の話をちゃんと聞け!」

 

 すぐさま了承しようとするタクトをパトラが慌てて口を塞ぐ。人の話を聞かずに勝手に進める彼を止めたことにカナとセーラはほっとする。

 

「取引って何?」

「そうねぇ‥‥カナ、あなたは戦役の時は中立だったから気にはしていないけども私達も戦役に参加していたのは知っていたわよね?」

「ええ、フレイヤやこの会場にいる者達も『眷属』として参加していたのは聞いているわ。()()()()()()()()()()

 

 セーラは気付いた。カナの表情が少し険しい。フレイヤを警戒している。なにかしてくるとカナは終始構えていた。カナの話を聞いてフレイヤはクスクスと笑い始めた。

 

()()()()()()?フフフ、あなたもジョークが上手いわねぇ‥‥知っているわよ、あなたが戦役が終えるまで最後まで私達の邪魔をしていたことを。特に、私を遠山キンジと神崎・H・アリアに近づけさせまいと邪魔していたわよねぇ?」

 

 彼女はクスクスと笑いながら、カナに対して殺気立っている。カナだけでない、セーラもパトラも彼女が静かに怒っていること、彼女から伝わる殺気がビリビリと感じられる。

 

「教授から聞いたわ。フレイヤ、貴女は『緋緋色金』をずっと狙っていた」

 

「ホームズもひどいお人よ。緋緋色金は戦争に価値のある物。至高の兵器となりうる代物だというのに‥‥彼のやったことは何かしら?結局は私達を巻き込んだ家族内のいざこざじゃないの。ヒルダが殻金を奪いったことは手に入れる絶好のチャンスと思ったけども‥‥あの遠山キンジという男が全部取返し、そして宇宙に返した。今まで奪い争った歴史は何だったのかしら?そいつのせいで巻き込まれた私達は大損よ。戦役も色金も何もかもを台無しにしてくれたわ」

 

 キンジの事を話した途端にカナは更に表情が険しくなった。パトラもフレイヤが何を話そうといているのか次第に分かって来た。

 

「けれども、他の『スポンサー』のおかげでやることができたわ。『彼』が言うにはもう一度神崎・H・アリアに緋緋神を下せばいい。その彼女を利用すれば最高の侵略兵器が出来上がるわ」

「‥‥フレイヤ、貴女何をするつもりなの?」

 

 カナの怒りのこもった声が静かに尋ねる。待っていたかと言わんばかりフレイヤはニヤリと笑った。

 

「ここに呼んできている者たちは報復をする者達。要は‥‥遠山キンジの抹殺、彼の仲間の謀殺‥‥そして神崎・H・アリアの母親を殺し、あの子を絶望させ暴走させて捕える。後はスポンサーに任せるわ」

 

 それを聞いたパトラとセーラは見開いた。彼女達は本気で遠山キンジを殺すつもりだ。そしてそれを聞いたカナは間違いなく怒っている。そんな事はおかまいもなしにフレイヤは話を続ける。

 

「スポンサーのおかげで武器も兵士も戦闘機器も揃っている。後は奴等をまとめて殺せる機会を待つだけ。その協力を彼に提案するのよ‥‥パトラ、貴達も『主戦派』だったわよね?どうかしら、楽しいわよ?」

 

「‥‥フレイヤよ、生憎ぢゃが妾はカナと婚約しておる。今はカナの弟である遠山キンジとは家族の関係にある。遠山家の妻として、妾は断る」

「あらおめでと‥‥で、セーラ、貴女はどうかしら?いい金額で雇うわよ?」

 

 パトラの断りにあっさりと返したフレイヤは静かに怒るカナを無視してセーラを見つめた。

 

「残念だけど、既に先約がある。それに今の私はたっくんの秘書‥‥すべてはたっくんの決断による」

 

「あらそう。じゃあ聞こうかしら?今のイ・ウーのリーダーであるあなたは‥‥って、彼どこに行ったのよ」

 

 振り向けばまたしてもタクトの姿が無い。何処にいるか見回すと肝心のタクトはエビチリをのんびりと食べていた。

 

「たっくん、何してんの!?」

「あ、セーラちゃん!このエビチリめっちゃうめえ‼」

 

 吞気にエビチリを食べている場合ではない。どうしてこうも緊張感のカケラもないのか。セーラはタクトの頬を引っ張って連れ戻す。

 

「随分と自由なお人ねぇ。それで、貴方は私達の取引にどう答えてくれるのかしら?」

 

「ごめん、話が長すぎて全然聞いてなかった」

 

 その瞬間、フレイヤの殺気と怒りが一気に頂点に達した。カナたちも、フレイヤの周りにいる彼女の協力者達もぞっとした。フレイヤはゆっくりと提げている黒い剣を引き抜く。

 

「‥‥私、もう一度説明するの大嫌いなんだけど?」

「えーとなんだっけ?あ、このネクタイ、ブックオフで1500円したんだぜ?」

 

 そんな話をしている場合ではない。フレイヤは剣を強く握り絞めた。今すぐにでもタクトに斬りかかるかもしれない。パトラとセーラとカナはいつでも戦えれるよう身構える。これ以上フレイヤを逆撫でしたらまずい、セーラはタクトに耳打ちする。

 

「たっくん‥‥フレイヤは遠山キンジを殺すつもりなの。そしてたっくんに協力するよう、取引をしている」

「え?そうなの?」

 

「仕方ないわね‥‥チャンスをあげる。貴方、私達と協力して遠山キンジを殺してくれるかしら?」

「え?何で?」

 

 キョトンと首を傾げるタクトにセーラもフレイヤも面食らう。彼はこの話を本当に理解しているのか、絶対に話を聞いていない。

 

「‥‥理由は知らなくていいわ、協力しなさい。貴方が束ねるイ・ウーは犯罪組織。常に戦い、奪い、抗うものは容赦なく潰す。それがイ・ウーよ」

 

「うーん‥‥」

 

「それに協力すれば財も力も栄光も、貴方の欲しい物全てが手に入るわ。どうかしら?」

 

「うん‥‥やっぱ無理!」

 

 腕を組んで深く考えてたタクトは頷いてドヤ顔で答えた。タクトの答えにフレイヤは静かに見つめる。

 

「一応聞くわ、何故かしら?」

「だってさー、楽しくないじゃん。欲しい物は頑張って手に入れた方が一段と楽しいし、それに今はカズキ達やリサ、セーラちゃんといる方が断然マシ‼」

 

 タクトは納得しながら自己満足で頷く。話は理解していないけれども、断ってくれたタクトにセーラはほっとした。

 

「そう‥‥残念だわ」

「それにさ、プレゼンメッチャ下手くそだなー。おら全然ワクワクしねえぞぉ」

 

 だってたっくんは頭空っぽだもの、セーラは心の中でツッコミを入れた。だがそれを聞いたフレイヤは額に青筋を浮かべていた。それに対し、カナは鋭くフレイヤを睨み付ける。

 

「悪いけどフレイヤ、貴女のする事を見逃すことはできないわ」

 

 カナはくるりと長い三つ編みを躍らせ一回転する。三つ編みの中に隠してある金属片を一気に組み立てる。そして一回転し終えたカナの手には大鎌が握られていた。いつでも戦闘可能、そんなカナにフレイヤは肩を竦めてため息をついた。

 

「まあそうなるわよねぇ‥‥けれどもいいわ。あなた達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

フレイヤは再び黒い剣を握る。そして周りにいるフレイヤの協力者、同じ組織の者達もいつでも襲い掛かれるよう構えていた。だがその者達はフレイヤに近づこうとしなかった。寧ろ彼女に注意して待っている。ただ一人、タクトだけがこれから何が起こるのか分からずキョトンとしていた。フレイヤは再びやれやれとため息を漏らす。

 

「パトラ、セーラ、残念ね。恨むなら自分を恨みなさい‥‥カナ、遠山キンジの兄であるあなたを殺せばあいつは絶対にやってくるから丁度いいわね」

 

「‥‥キンジには指一本触れさせないわ」

 

「そ‥‥できるものならやってみれば?」

 

 そう告げるとフレイヤは剣を両手で握り勢いよく斜めへと振り下ろした。その寸前、カナはパトラ達に大声で叫んだ。

 

「避けて‼」

 

 カナの声にパトラとセーラはタクトを引っ張る。その直後、ガキン‼と金属が激しくぶつかる音と豪快に斬れた音が響いた。フレイヤはふうと一息ついて剣を下した。

 

「ふーん、斬撃を逸らせる程度はやるじゃない‥‥」

「‥‥っ!」

 

 カナの手が震え、持っていた大鎌を落とす。それと同時にタクト達のいる後ろの壁が音を立てて斜めへと切り崩れ、天井には斜めに斬られた大穴がボッコリと開いた。

 

「え!?なに!?どしたの!?」

 

 何が起きたのか未だに状況が理解できていないタクトだけが慌ててキョロキョロする。そうしている間にカナが鎌を拾い戻し後ろに下がって戻っきた。

 

「タクト君、ここから逃げるわよ‥‥!」

「え!?まだ料理をテイクアウトできるのか聞いてないし後エビチリ食べたいんだけど?」

「そんな場合じゃないでしょ!?帰ったらエビチリ作ってあげるから!」

 

 フレイヤは、彼女達は完全にここで殺す気でいる。今はここから逃げることが先決だ。突然の壁と天井の破壊にカジノの中は警報が響く。振り向くと、フレイヤがもう一度剣を振るおうとしていた。

 

「危ないっ‼」

 

 カナがタクトを引っ張る。フレイヤが剣を縦に横に振るうと今度は此処だけでなく扉から向こうの壁と床が縦に横に一気に斬られた。床は下の階まで斬られ、崩壊していく。

 

「フレイヤめ…!この建物ごと妾達を斬り殺すつもりぢゃ‼」

「どういう筋肉してるんだよ!?お前言うなれば古に伝わりし、チャンバラマスター!『飛ぶ斬撃は見たことあるか?』ロロノア三十六煩悩キャノンマスターデラックスファイティングエディション‼」

「‥‥たっくん、ファイティングエディションって言えばいいって思ってるでしょ」

「うん」

「そんな事している場合か!?おぬし達急ぐぞ‼」

 

 斬り崩れる3階を一気に降りて混乱で客たちが逃げている2階を駆けていく。後ろからはフレイヤの仲間達が追いかけてきていた。刀を持つ者、ナイフを投げてくる者、混乱に乗じて銃を乱射する者等々ゾロゾロと追いかけてくる。

 

「パトラ、セーラ、お願いできる?」

「まかせろカナ!フレイヤでなければ容易い‼」

「一気に混乱させる‥‥!」

 

 パトラは砂を巻き起こし、セーラは暴風を巻き起こした。砂と風が混ざりあい、強大な砂嵐が舞い上がる。追手を撃退する砂嵐を見ていたタクトは目を輝かせてた。

 

「すっげえぇぇぇっ!言わば神砂嵐!」

「たっくん、結構呑気しているでしょ」

 

「カナ‥‥やっぱりこのアホを置いて行ってもいいぢゃろ?」

「お願いパトラ、今は落ち着いて協力して?」

 

 カナに頼まれては仕方ないとパトラはため息をついて砂でアヌビス像を幾つも作り上げていき、追手と戦わせた。ふと上から盛大に斬られた音が響いた。カナは見上げると目を見開いた。上から大きく斬られた天井が斬り崩れ瓦礫となって落ちてきた。

 

「っ‼フレイヤ、標的を殺すなら周りも全て巻き込むつもり‥‥‼」

「やっべえええ!上から来るぞぉ!せ、セーラちゃん‼」

 

竜巻地獄(ヘルウルウインド)‥‥‼」

 

 セーラが手を翳し、暴風が巻き起こる。下から吹き荒れる暴風にぶつかり落ちてきた瓦礫は上へと吹き飛ばされていった。

 

「うおおおお‼突っ走れえええっ!」

 

「‥‥たっくん、こういう時は速いんだから」

 

 セーラはやれやれとカナより前へと走るタクトに苦笑いをした。奮闘しているパトラが作り上げたアヌビス像のおかげで追手は来ていない。後はフレイヤの斬撃がまた来る前にここから出るだけ。セーラがそう考えていると、気が付けばタクトは真っ直ぐ突き進み2階のフロアの窓へと突っ走り、ガラスをぶち破り飛び出していった。

 

「最後のガラスをぶち破れぇぇぇっ‼」

「ちょ、たっくん!?そっちは海!?」

「お主は牛か!?」

 

 セーラが慌てて止めるが時すでに遅し、タクトは夜の海へと飛び込んでいく。やむを得ないとセーラとパトラはため息をついて後に続いて飛び込んだ。

 

「ぶぶっ!?つめたっ!?」

「たっくん、周りを見てなさすぎ‥‥!」

「まあいい…おかげで逃げれたわ」

 

 セーラとパトラは後ろを振り向く。公営カジノであるピラミディオンは天辺は切り崩れ、一部は崩壊し煙を上げている。

 

「どうしてたっくんといるとこうも必ず何か壊れるんだか‥‥」

「超エキサイティングでしょ!あれ?そういえばカナさんは…?」

 

 タクトは周りにカナの姿が無いのに気づいた。パトラはジト目でピラミディオンを見つめて答える。

 

「カナは…ちょっと用事で離れたわ。何、直ぐに戻ってくるから安心せい。今は、ここから離れた方が良かろう」

「フレイヤ達はすぐに追いかけてくる‥‥ビルに戻るのは危ない。別の場所に移ろう」

 

 きっとフレイヤ達は血眼にして探してくるだろう。普通にあのビルに戻ったら間違いなく襲撃が来るに違いない。すぐに別の場所に移れるかどうか、いい場所はないだろうかとセーラは悩んだ。しかし、タクトは気にもせずケロッとしていた。

 

「じゃあ直ぐに相談しなきゃな!」

 

 誰に?と言おうとしたが、きっと菊池サラコにでも相談するのだろう。

 

「こんな時はジョージ神父のお家にお邪魔しますだぜ!」

 

 そうだった。菊池サラコの他に頼れる、否頭を悩ませる人物がいた。セーラは頭を抱えた。

 

___

 

 結局断られ逃げられてしまった。残されたフレイヤは静かに怒りを燃やしていた。

 

「本当に何を考えているのか分からない奴だったわね‥‥」

 

 イ・ウーを『楽しい』基準で考えているあいつが癪に障る。次こそは必ず仕留めなければとフレイヤは決意した。

 

「はあ、腹も立つし気晴らしにこの建物を斬り崩してあげようかしら?」

 

 フレイヤは軽く考えて黒い剣を振り上げた。フレイヤの視線の向こうにいる、混乱して逃げ惑う客たちの中にいる、パトラが召喚したアヌビス像に戸惑っている憎いあの少年に向けて。何故いるのか、分からなかったがここで仕留めれるのなら丁度いい。建物ごと真っ二つにできるのならさぞ快感であろう。フレイヤは剣を振り下ろそうとした。

 

 

「―――――フレイヤ、暴れすぎですよ」

 

 静かな声に引き止められ、フレイヤは舌打ちして剣を下した。

 

「もう少し早く来てくれたのなら、遠山金一も抹殺できたのに」

 

 フレイヤは振り向いて睨み付けた。彼女の後ろにいたのは伊藤マキリだった。マキリは無表情で氷のような瞳でチラリと見て首を横に振る。

 

「こちらも少し邪魔がありました。貴女が暴れたおかげで其方へ行かざるをえなくなりましたが」

「何よ、私が邪魔だというのかしら?」

 

 無言でジト目で見てくるマキリにフレイヤはやれやれと肩を竦め剣を鞘へと戻し、お手上げと両手を上げてた。

 

「はいはい、分かったわよ」

「これ以上派手に暴れたら目立つ。スポンサーが呼んでいるわ、直ぐに戻りなさい」

「ちっ、あの社長、人使い荒いのよねぇ‥‥全員撤収させるわ」

 

 フレイヤは合図を上げて協力者達に引くよう伝え、マキリと共にこの場を去って行った。




 斬撃のレギンレイヴより、フレイヤさん。
 イメージ的にはジャンヌオルタ的な?
 斬撃のレギンレイヴは剣でズバズバとデカブツも両断していくのでこんな某海賊剣士並みの剣技に‥‥まあいっか!(ナゲヤリ

 新宿のジャンヌオルタさん、メッチャえろい


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115話

 気が付けば再び1万文字越え‥‥(白目
 もうどーにでもなーれっ☆
 
 


 どうしてこうなった。遠山キンジは憂鬱であった。

 

 クロメーテルに変装してはや3日が経過した。外語学校への転校できるまでの10日間、2年C組に入ることに。他の生徒にバレたら即退学なのだが、かなめが手伝ってくれたおかげで変装はバレることは無かった‥‥

 

 だが、同じく2年C組にいたカズキに一発でバレてしまった。カズキも秘密にしてくれると言っていたのだがもう不安しかない。彼がいつうっかり口を滑らしてしまうか、毎日ハラハラドキドキしていた。

 

 部屋に戻ればかなめが弄ってくるところまではまだ耐えれる。だがある日、カズキにアリアが協力しろと依頼があり、カズキは自分達を連れて行く気満々だった。クロメーテルのままアリアと接触するのはまずい為自分は欠席をした。

 しかしその次の日かなめから『お兄ちゃん逃げて超逃げて』とメールが来て何事かと思えば、寮のドアの前でアリアが物凄い怖い形相をし、両手にガバメントを持ってウロウロしていた。明らかに自分を探しており、もし見つかったら間違いなく風穴地獄が待っている。

 

 かなめもアリアに無理やり連れてこられたようでどこか遠い目をしていた。これは間違いなくカズキ(あのバカ野郎)が何かしでかしたに違いない。変装を解いても、クロメーテルのままでもどちらにしてもアリアに見つかってはまずい。キンジは一先ず自分の部屋、かなめの部屋に戻るのはまずいとその場を去った。

 

 最悪野宿は避けたい。そうなると寄れる場所があるとすれば近くの寮にいるカズキの所に行くしかない。そう考えて早速移動しようとたキンジは思い出した。

 

『なあカズキ、お前寮にいるんだろ?自炊はしてんのか?』

『ん?ピザとコーラだけど?』

 

 そうだ、あいつはピザを注文し、ピザ生活をしていた。ピザ食べてコーラも飲んで、ちゃんと片づけてはしているのだろうか。他にもカズキがピザパーティー‼とか騒ぎ出して何かやらかし巻き込まれてしまったら一溜まりもない。キンジはカズキのところへ泊まり込みに行くのをやめた。ならば他に寄れるところはあるのか‥‥理子は最近連絡取れないし、レキは遠くに行っており、白雪のところに行けば間違いなくアリアが乱入してくる。

 

 何処かいい場所は無いか、そう悩んでいると携帯が鳴った。形態を確認すると電話の相手は公安0課の獅堂だった。確か獅堂ら公安0課に絡まれていざこざはあったが、獅堂がやる事があるときは呼ぶと言っていた。何事かと電話を繋ぐと、案の定仕事を手伝えという内容だった。

 

 本当は乗る気がしなかったのだが、このまま断れば獅堂が無理矢理連れにやってくるか、クロメーテルのまま野宿する羽目になる。やむを得ないというわけでキンジは了承することになった。

 

「‥‥と、まあ獅堂の仕事を手伝う事になったが、おかげで妖刕のアパートで一泊することはできたのはよかったさ」

 

 鬼の形相で探し回るアリア、胃を痛める最もな原因であるあの騒がしい4人組の一人に会わなくて済んだ。ただそれだけはよかった。

 

「やっとカズキから解放されてホッとできたのも良かった‥‥だけど」

 

 キンジはジト目で横をチラリと見る。

 

「カズキの次はナオト、お前かよ!?」

 

 キンジは横で鵺と共にスロットマシンでスロットマシンを回しているナオトに項垂れた。

 

「中々当たらないな‥‥」

「むー…このスロットクソ台だじょ!」

「つか話聞いてねえし!?」

 

 まさか今度はナオトに出くわすとは思いもしなかった。どうしてこうも自分はこの騒がしいバカ4人組にばったりと出会ってしまうのだろうか。自分の運の無さに嘆く。

 

「スロットしてる場合かっ!?」

 

 人混みを押し退けて駆けつけてきた静刃がナオトと鵺にチョップを入れた。妖刕も何だかんだで同じように苦労しているのだなとキンジは仲間がいたという安心感を抱いた。

 

「だって楽しそうだったし」

「せっかく来たんだから少しは楽しませろだじょ」

 

「いやあの、ナオト先輩?もう目的忘れてますよね?」

 

 獅堂や静刃と同じ公安0課の可鵡偉が苦笑いでナオトに尋ねた。ナオトはキョトンとしてボーっとしていたがすぐにポンと手を叩く。

 

「大丈夫。だいたい大丈夫」

 

「いや、ぜってえ忘れてただろおい」

「僕達は張り込みをするよう獅堂さんから指示があったんですよ」

「‥‥あーうん、そうだっけ?」

「静刃さん、僕もう不安いっぱいなんですけど」

「慣れろ可鵡偉。これがこいつらなんだ」

 

 獅堂から匿名の犯罪組織が密会をしており自分達はそこの張り込みをしろという指示で来たのだが、ナオトの調子からしてもう幸先が不安すぎる。それにしても、とキンジはため息を漏らす。

 

「潜入する場所って…またここかよ」

 

 キンジは辺りを見回す。水路みたいなプールの周りにあるのはスロットマシンとバニーガール、そしてスーツやドレスを着た人々。キンジ達は公営カジノである『ピラミディオン台場』にいた。この場所はかつてアリアと共に警備の依頼で来ていたが、パトラの襲撃に遭ったいわば因縁があるような場所だ。その上ナオトもいるという事は絶対に碌な事が無いとキンジは予感していた。

 それでも仕事には専念しなければと、キンジは切り替える。静刃はいつも通りの口元が隠れるコートを着て、自分達はどこかの青年社長のようなスーツを着て潜入している。因みに鵺は相変わらずピンクの派手なゴスロリだ。

 

「けどよ、犯罪組織の者を見つけろって何処を探せばいいんだ?」

 

「このピラミディオンの3階はVIPフロアとなっている。恐らくだが、ホシはそこにいるんだろう」

「以前より警備が強化されています。遠山先輩ならご存知でしょう?前にこのカジノで()()()()()()()()()()()とか」

 

全くもって心当たりがあり過ぎる。自分達のいざこざのおかげで余計警備が強化されていることには頭が上がらない。そんなキンジの憂鬱に気にせず可鵡偉はリストを渡した。

 

「密入国したであろう武装組織の顔写真とリストです。このカジノ内にうろついている可能性がありますので一通り覚えてくださいね?」

「いや、こんなリストどっから手に入れたんだよ」

菊池財閥(裏方にお詳しいお方)からだ。お前もいつでも戦えるようにしておけよ?」

 

 静刃に急かされキンジはやるしかないのかと諦めて承ることにした。いつでもヒステリアモードになれるように、電動式水上バイクで行き来しているバニーガールを見てヒスるしかないかと、考えた。

 

「それからナオトも‥‥って、あいつもういねえし!?」

「目を離すとこれだよ‼なんであいつらは人の話を聞かないんだ!?」

 

 更には鵺もいない。どうして興味ない話は聞かずに勝手に何処かへ行ってしまうのか、また探して振り出しに戻るしかない。静刃とキンジは同時にため息を漏らす。

 

「妖刕、お前も苦労してんだな‥‥」

「こうなりゃ力を合わせてあのバカをどうにかするぞ」

 

「いや二人とも、意気投合してないで探しに行きましょうよ」

 

___

 

 ナオトと鵺は2階のフロア、特設カジノにいた。会員のパスを持つ金持ちだけが掛けに参加できるルーレットの賭け金は最低100万。勝ち続ければ一攫千金、負ければ地獄。そんなゲームに二人は参加していた。

 

「ここはやっぱり黒だじょ」

「えー、気分的に赤がいい」

「まあまあ、ここは鵺の実力に任せるがいい。黒の13に50倍賭けるじょ‼」

 

 何処から持ってきたのか鵺はドヤ顔でチップを50枚黒のマス目に置いた。一枚100万を意味するチップが50枚も動いたことにギャラリーがザワザワと盛り上がる。流石のナオトもこの賭けにはギョッとする。

 

「そんなに!?大丈夫なの‥‥?」

「そう焦るな焦るな。これでも鵺はお金ある方だし‥‥まぁ負けても公安0課に擦りつけば万事OKだじょ」

 

 それなら問題ないとナオトは納得した。果たしてこの賭けは成功するのかナオトは息を呑む。ルーレットが回転し、純白の玉がルーレット内部で縁に沿って転がっていく。玉がどこのマスに止まるかギャラリーはザワザワとしていたがナオトは横で鵺がニヤニヤしながら相手に見えないように片手の指をクイッと動かしていたのに気づいた。転がっていく玉は次第に速度が緩んでいき、カツンと玉は見事に13番のホールに入った。ギャラリーはさらに盛り上がり、鵺はそれ見た事かとゲスそうにギザギザの歯を見せて笑った。明らかに鵺は何か力を使ってズルをしていたのだが、別にいいやとナオトは気にしなかった。

 

「びょははは‼どうだ見たか!これで鵺達は大金持ちだじょ‼」

「明日したから回らない寿司ざんまいだっ」

 

 大勝したと鵺とナオトは大喜びでハイタッチをした。明日は回らない寿司か高いお肉を買ってすき焼きか、二人はワクワクする。

 

「お前ら何してんだっ!?」

 

 そんな二人に静刃が容赦なくげんこつを入れた。ひたすら探し回っていたようで静刃はぜえぜえと息が上がっている。

 

「おう喜べ。お前らの活動資金に貢献したんだじょ」

「これでウォーターオーブンが買える」

「いやいらねえよ!?というか真面目に仕事しろ!」

 

 静刃はどうしたものかと項垂れた。これではこちらの仕事に集中できなくなる。鵺は悪ノリするしやはり置いておくべきであったと後悔した。

 

「カジノで大勝してしまった‥‥」

 

 賭け金の2倍の金額を手に入れてしまったナオトは大金をものにした実感はないのだがこれをどう使うか悩んだ。ウォーターオーブンを買うか、明日お寿司でも食べに行くか、カズキ達が知れば八つ当たりしてくるかもしれないのでここは静刃に預けておくか。そう考えていた時、ふと増えているギャラリーの方に目をやった。ザワザワとする人混みの中に、色素の薄い茶髪のロングヘヤーの軍服のようなコートを着た女性が通り過ぎていくのを見かけた。ナオトは見間違いかと思ったがあの女性には見覚えがあった。追いかけて確かめなくては、ナオトは椅子から降りて立ち上がる。

 

「おい、またどこへ行くつもりだ?」

 

 何処か勝手に行くつもりかと静刃はナオトを止める。だがいつものナオトの様子とは違う事に一目で気づいた。ナオトは小声で静刃と鵺に伝える。

 

「いた‥‥!伊藤マキリがいた」

「なっ!?本当か!?」

 

 静刃は耳を疑った。まさかこんなカジノに伊藤マキリが現れるなんて思いもしない。逃げるための口実化と一瞬疑ったが、伊藤マキリを目撃して、戦った事のあるのはナオト達4人組だ。ナオトの様子からして確かな物らしい。

 

「間違いないんだな…?」

「本当。2階の奥の通路に行った」

「ぬ?派手にやるか?」

 

 ナオトと鵺はすぐにでも追いかけていくつもりだ。静刃は迷う、ここは無暗に突撃すべきではなくキンジと可鵡偉に伝えるべきか。しかし可夢偉は我を忘れてマキリに襲いかかるだろうし、キンジだけで可鵡偉を止めることができるか。マキリの戦闘力は未知数、知っているのはナオトだけ。マキリの他にも仲間がいるかもしれない、だからといって獅堂や応援が来るまで時間がかかる、とそんな事を考えているうちに既にナオトと鵺は駆け足で追いかけようとしていた。

 

「ちょ、待て!ああくそっ‼俺達でやるしかねえか!」

 

 キンジと可鵡偉に伝えるのは後。静刃はやけくそになりナオトと鵺の跡を追いかけていく。

 

___

 

 2階の奥の通路を突き進み、非常口の階段を上がる。3階の関係者以外立ち入り禁止フロアを無視してナオトと鵺、静刃は誰一人もいない通路を進む。

 

 静刃はいつでも戦えるよう右目の『バーミリオンの瞳』を赤く光らせ準潜在能力開放(セミオープンアウト)の状態でマキリを探す。相手に見つからないように慎重に進んで欲しいのだが、ナオトは不用心に堂々と真ん中を突き進んでいた。

 

「お前‥‥やっぱり隠密行動下手だろ」

「やったことないし」

 

 即答するナオトに静刃はやっぱりと納得する。だってあの騒がしい4人組が黙って行動できるはずがない。やはりと静刃は片手で顔を覆う。ふと静刃はホルスターにFN5-7があるのにナオトが銃も構えずにいる事に気づく。

 

「なんで銃を使わないんだ?」

「だってあいつ指パッチンで弾を逸らしてくるし、弾の無駄でしょ」

「ゆ、指パッチン…?」

「指パッチンで空気砲を撃ってくる」

 

 説明するのが面倒だと言わんばかりにムスッとして答えた。理屈は分からないがどうやら伊藤マキリは指を弾かせることで空気の弾丸を飛ばしてくるようだ。手の内が分かれば対策はできる。

 

「後はお前が相手に気づかれないように静かに行動してくれれば大助かりなんだけどな」

「お腹すいたなー‥‥」

「おう鵺も酒が飲みたいじょ」

「お前ら絶対やる気ねえだろ」

 

 ナオトと鵺は外の景色を眺めながら愚痴をこぼす。本当に探す気があるのだろうか、いやここで自分がヤッケになったら誰が引っ張らねばならないのか、静刃は気を持ち直す。

 

 突き当りの通路を曲がろうとした瞬間、静刃のバーミリオンの瞳から『警戒信号』が表示された。狙いはナオトと鵺ではない、自分に来る。狙いは顔面。

 

「…っ!?伏せろ!」

 

 静刃は咄嗟に叫び両腕で防ぎ防御態勢を取る。その直後に片腕にミシリと痛みが走る。拳銃程度の弾丸ならダメージは無効の防御力を持つこの黒套で何とか防ぎきれる。黒套の防御ができない顔を狙って来たという事は完全に相手は殺しにかかってきているようだ。静刃は通路の先にいる人物に睨みつけた。

 

 軍服のようなコートを着た氷のような冷たい瞳で無表情でこちらを見ている女性、間違いなくあの女性が伊藤マキリだ。静刃は確信した。マキリは静かにナオトを見つめる。

 

「気配も隠さないで後をつけてくるのは誰かと思いましたが、やはり貴方でしたか‥‥」

 

「‥‥」

 

 ナオトは何も答えずに真剣な眼差しでじっと拳を構えている。いつでも戦えるようだ。そんなナオトにマキリはやれやれとため息を漏らした。

 

「貴方といい、これから会いに行く自由すぎる彼といい‥‥賑やかなだけの貴方達が、私達の邪魔をしてくるとは、一体何を考えているのですか?」

「‥‥何て言おうか忘れた」

 

 緊張感の無い一言に静刃はこけそうになった。先ほど真剣になっていたのは何を言おう思い出そうとしていただけかと。やっぱり何も考えていない、とマキリは無表情のまま呆れ気味に見つめてきた。

 

「やはり‥‥一人ずつ始末をしておくべきですね」

 

 マキリは静かに片手をこちらに向けた。その瞬間に静刃のバーミリオンの瞳に『警戒信号』が表示される。ナオトが言っていた見えない空気の弾丸を放ってくる。

 

「ナオト、鵺、来るぞ‼」

 

 静刃の声と同時にナオトは駆けていた。静刃はバーミリオンの瞳に捉える。マキリの指が高速でぱちんと弾く動きをした瞬間に見えない空気の弾丸が放たれ、ナオトの頬を掠めた。

 

「なるほど‥‥私の目を見て何処を狙ってくるか、読んでいましたか」

 

 ナオトが一気に迫ってくる中、マキリは無表情だが納得したように頷いていた。マキリのもう片方の手で飛ばした空気の弾丸は鵺と静刃の方へと飛んでいく。

 

「いだっ!?いってえじょこの野郎‼」

「っ‼」

 

 鵺は額に直撃したが額に手を当ててプンスカと怒り、静刃はギリギリのところを躱す。

 

「こちらも何かと厄介の様ですね‥‥」

 

 マキリは静かに呟くと、懐まで迫って来ているナオトの方へと視線を戻す。ナオトは前へ一歩強く踏み出し、力いっぱいに拳を放つ。このままマキリの鳩尾へと当たる―――――ことはなくマキリの横腹へと逸れていった。マキリが自ら懐へ迫って来たと思いきや、トンと軽く右肩を突いて体の軸を逸らしたのだ。勢いで空を切ったナオトは驚く。

 

「―――――私の技がレラ・ノチゥだけ、ではない」

 

 囁くようにマキリはナオトに告げると、無防備になっているナオトに向けて片手で二本指を突き立てようとゆっくりと腕を引いた。これは避けないと、死ぬ。マキリの構えを見た刹那、ナオトはゾッとした。

 

「ナオト避けろぉっ‼‼」

 

 静刃の咄嗟の叫びに反応したのかナオトは身をかがめた。頭上に物凄い勢いと速さでマキリの指貫による刺突が放たれた。火縄銃が発砲した音を立てたかと思う程の音が響くき、壁に亀裂が走った。

 

「あ、危なかった‥‥‼」

 

 もしあれを直撃したら某世紀末救世主に突かれたモヒカン男のようにミンチよりヒドイ末路を迎えていたかもしれない。安心するのも束の間、かがんでいたナオトに向けてマキリがもう一度指剣で突き刺そうとして来ていた。

 

巴局(ハゴク)っ‼」

 

 静刃が妖刕の柄を握ったまま、左足を軸に着けて伸ばした右足を旋回させ、マキリに向けて放った。マキリはちらりと横目で見た瞬間に静刃の右足に指剣を突き放つ。互いの技がぶつかり合い衝撃と旋風が広がった。

 

「————なんつう指をしてんだよ」

「‥‥貴方は誰?騒がしい彼らのお友達?」

 

 静刃は舌打ちして右足を戻すと、反対方向に回転して回し蹴りを放つ。しかしマキリは予想していたのか後ろへと下がり指を弾いて空気の弾丸を放っていた。

 

「腐れ縁だこの野郎‼」

 

 畜生と静刃は空気の弾丸を防いでやけくそに叫んだ。マキリは静刃の体に狙ってもダメージは無いと勘付いたのか、静刃の顔面を狙おうとした。その時、静刃の背中を踏み台にして鵺が飛び掛って来た。

 

「おうおう‼こんな面白そうな輩がいるなんてなぁ!ナオト、早く教えろだじょ‼」

 

 好戦的な笑みを見せて鵺は爪を突き立てて切り裂こうと両手を振り下ろそうとした。だがそれよりも早くマキリが空気の弾丸を放ち鵺の両手を弾き、鵺はバンザイの状態のまま無防備になりマキリが飛ばしてくる空気の弾丸に何度も直撃してしまう。

 

「あだだだだっ!?だからそれやめろ‼反則だじょ‼」

「当たっても手応えは無い、彼女はもしや妖の類か‥‥」

 

 マキリは静刃と鵺を見つめる。騒がしい彼らの仲間がまだいたとは、マキリは予想だにしていなかった。片方は動きを読み、もう片方は妖。

 

「これは…少しばかり面倒ですね」

 

 気づけばナオトが再びこちらに迫ってくる。真正面からとはなんとも無防備な、マキリは内心呆れていたが警戒する。何を考えているのか分からない相手は油断はできない。空気の弾丸は既に読まれている、ならば一思いにもう一度指剣で突き刺してやろう、と4本指で突き刺そうと構えた。ナオトが懐に迫り、前へ一歩踏み出したと同時にマキリは指剣を放った。

 

「ナオトっ!?」

 

 バーミリオンの瞳に『警戒信号』が表示され無謀だと静刃が咄嗟に叫んだ途端、ナオトの体がビクリと反応した。言うなれば、ナオトはビックリしたのだ。ビックリしたと同時に体が横へ少し逸れ、放つはずであった右手とは反対に左手で掌を放った。マキリの刺突は横腹を掠め、同じようにマキリの体に拳が掠める。

 ナオトの不規則な動き、ビックリナイフならぬ『ビックリパンチ』にマキリは静かに見開いた。まさかここまで肉薄してきたとは思いもしなかった。かつてイギリスでマンホールに穴を開けて落としたタクトのように、不覚を取らされるなんて。

 

「やはり‥‥貴方達は脅威、私達を脅かす存在になる」

 

「‥‥びっくりした‥‥!」

 

 ナオトはびっくりしたままマキリの話は聞いていないが、ここで始末をしなければ本当に脅威、天敵になる。ここは完全に抹殺しなければ‥‥マキリは本気で始末しようと構えた。

 

 その時、どこかで盛大に何かが切断されつ音が響いた。すると天井がゆっくりとずり落ちるように斬り崩れていく。

 

「は‥‥!?」

 

 真上で起きたことにナオトはぎょっとした。天井だけでない、自分達の入る場所が音を立てながら揺れている。奥から警報と、悲鳴が聞こえてくる。その後を追うように次第に銃声が喧しく響いてきた。そんな喧しい音を聞いたマキリはため息を漏らした。

 

「フレイヤ、余計なことをしましたね…」

 

 マキリは殺意を解くとくるりと踵を返した。殺気を解いて背を向けたことに静刃は身構える。

 

「逃げる気か…!」

「用事ができました。貴方達の相手はまたいずれ‥‥」

 

 相手にしている暇はないと言わんばかりにマキリは静刃を無視する様に走って去ろうとした。逃げるマキリをこのまま逃がさまいと静刃は追いかけようとしたが、ナオトはムスっとして腕を組んでいた。

 

「鵺‥‥ビーム」

「おっしゃああ‼ビーム解禁だじょ‼」

 

 待ってましたと言わんばかりに鵺は喜び、右目を緋色に光らせるとマキリに向けて緋色の閃光を放った。マキリは後ろをちらりと見て一度見開いていたが、ひらりと躱した。鵺の閃光はマキリに当たることなく突き進み壁を爆破し向こうのガラス張りの壁を突き抜けていく。崩れた瓦礫の土煙が舞いがあり、煙を掻い潜って追いかけたがマキリを見失ってしまった。

 

「…逃げたか」

「じゃ、もう一発でも撃ち込んでやるか」

「お前ら何してんだぁぁぁっ!?」

 

 余計に破壊してどうすると静刃はツッコミを入れた。気づけば下のフロアでは砂でできたアヌビス像が大暴れし、物騒な面をした連中が銃声がドンパチと響き、逃げる客たちは悲鳴を上げて阿鼻叫喚。状況は最悪である。

 

「しゃあねえ‥‥マキリは諦めて、早く遠山と可鵡偉と合流して撤退するぞ‼」

 

 ピラミディオンの惨状を見てきっと今頃獅堂はかんかんに怒っているだろう。そう思いながらも今は抜け出すことに集中しようとした。

 

「ねえ‥‥あれってリストに乗ってる武装組織の連中だよね?」

 

 静刃はナオトの指さす方に視線を向ける。確かに獅堂が渡して来たリストに乗っていた連中だ。誰かを追いかけているようだが、本当に武装組織が潜んでいたとは。

 

「今はそれどこじゃ‥‥」

 

 静刃は止めようとしたが、ナオトと鵺はやる気満々の笑顔に満ち溢れていた。

 

___

 

 一体何が起きているのか、キンジは混乱するしかなかった。可鵡偉と共にナオトを探していたが、天井から何か盛大に斬れる音がしたかと思えば天井と床が斬り崩れ、その直後に銃声が響き銃器を持った物騒な奴等が銃を乱射し、砂と風の嵐が舞い上がったかと思えば、突然何処からともなくアヌビス像の群れが現れその物騒な連中と戦い始め、そして上のフロアから緋色の閃光が突き抜けていったのが見えた。今やピラミディオンは再び戦場と化していた。

 

「遠山先輩‼何が起こってるんですかこれ!?」

「俺にも分からねえよ!?」

 

 ただ分かるとすればアヌビス像だ。あれは間違いなくパトラが作った砂の像。ならばここにパトラがいるのか?キンジは戸惑いながらも辺りを見回す。しかしどこもかしもパニックになって逃げ惑う人ばかり。

 

 その時、キンジはゾクリと殺気を感じた。この殺意は憎しみがと怒りがかなり込められたおぞましい物。キンジ恐る恐る突き刺さるような殺気のする方へと振り向く。

 

 遠くから斬り崩れて丸見えになった3階のあるフロアに黒いドレスを着て黒い羽毛のコートを羽織った女性がこちらを見ているのに気づいた。その女性は片手に黒い剣が握られている。まさかその剣で斬ったのか、キンジは戸惑う。その女性がずっとこちらを見つめて黒い剣を振り上げようとしていた。

 

「キンジ、逃げなさいっ‼」

 

 自分を呼ぶ声にキンジはビクリと反応した。自分の横からスーツを着た巨漢がメリケンサックを握って殴りかかろうとしていたが、その巨漢の男をカナが殴り飛ばした。まさかこんな所に兄、遠山金一もといカナがいることにキンジはぎょっとした。

 

「か、カナ!?何でこんな所に!?」

「それはこっちの台詞‼気をつけなさい!ここで暴れている輩は全員貴方を狙っているわ‼」

 

 それを聞いたキンジはぎょっとする。何故また自分が狙われるのか、心当たりがない。可鵡偉は呑気ながらもにこやかに笑う。

 

「遠山先輩、人気者ですねー」

「それどころじゃないだろ!?」

 

 キンジはホルスターからデザートイーグルを引き抜く。騒然とする中、幾人か退いていく連中の姿が見えるが、明らかにこちらに気づいて向かってくる輩の姿が見えた。やはりカナの言う通り、狙いは自分かとキンジは舌打ちする。ヒステリアモードにはまだなれていない。

 

「遠山先輩、リストに乗ってる相手です。状況は明らかに獅堂さんに怒られると思いますが、仕事はやっておきましょうか」

「フレイヤは去ってくれたようだけど‥‥キンジ、注意しなさい」

 

 可鵡偉は半ばやけくそ気味に戦う態勢に入っていた。カナが言うフレイヤとは誰の事か分からないが、今の状態で迎撃するしかない。

 

「‥‥あれ?」

 

 キンジはふと気づいた。様子がおかしい。武装した連中は確かにこちらに向かってきているが、よく見ると必死に逃げているように見えた。

 

 何が起きているのか目を凝らして見ると、ナオトが只管スタングレネードを投げつけ、相手を投げ倒しては手錠をかけ、鵺が掴んでは投げ、掴んでは振り回して投げと大暴れしていた。そしてその二人を必死に静刃が止めようとしていた。

 

 どったんばったん大騒ぎどころかもはや大乱闘。ピラミディオンは崩壊し内部はあちこち壊され荒らされとやりたい放題と化している様を見てキンジは遠い眼差しで可鵡偉に尋ねた。

 

「これ、結果的にどうなんだ‥‥?」

「そうですね‥‥獅堂さん、怒り狂ってると思いますよ?」

 

 可鵡偉はもう諦めていた。もうどうにでもなれとキンジは項垂れる。とりあえず危険は去りそうだとカナは安堵したが、壊しながら大暴れしているナオトを見て苦笑いをこぼした。

 




 今日の被害者はピラミディオンさんでした。

ピラミディオン「原作で滅茶苦茶にされたのに、更に滅茶苦茶にされたでゴザル」

オベリスク「一度ある事は二度もあるで」
ホワイトハウス「せやな」

 次の被害者は誰かなー‥‥


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116話

 緋弾のアリア最新刊読みました‥‥
 
 以前、カズキの台詞に『だんご大家族かよ』と遠山兄弟姉妹の多さにツッコミを入れていましたが、本当にだんご大家族だったよ‼
 キンちゃんに妹ができたり、事案がでたり、ラッキースケベがでたり、キンちゃんは本当に爆発すればいいなと思いました(白目



「‥‥で、今度は何処へ行く気だ?」

 

 ケイスケはまたしても苛立っていた。明日は重要な仕事があるというのに、今自分が入る場所は秋葉原の街中ではなく浅草の西表参道商店街。

 そして理子がケイスケの腕を組み、ルンルン気分で歩いていた。ムスッとしているケイスケに理子は頬を膨らませる。

 

「むーっ、ケーくんそんなにイライラしていたらいけませんぞー?」

「誰のせいでなってると思ってんだ。というかここに来る意味あんのか?」

 

 変装のセットや内容やら、ありとあらゆる事態を考えて戦略を練らなければならないというのに真昼間で観光客が賑わう通りを呑気に歩いていいものか。リサとヒルダは準備に取り掛かっているというのに、自分達がここに意図を聞きたかった。そんなケイスケの不満に対し理子はニッコリと笑う。

 

「んー…これはぁ、りこりんのデートイベントなのです♪」

「あっそ、帰るわ」

「わー!?待って待って‼」

 

 絡んでくる腕を引き離してさっさと帰ろうとするケイスケを理子は慌てて引き止める。そんな暇はないと言わんばかりに睨んで振り向けば理子はプンスカと頬を膨らませていた。

 

「むーっ!女の子のお誘いを断るとか!キーくんはそんなことしないもん‼プンプンガオーですぞっ!」

「俺キンジじゃねえし、じゃっ」

「わーっ!?お待ちください!りこりんの話を聞いてっ!」

 

 意地でも引っ張って引き止めようと騒ぎ叫ぶ理子にケイスケはイライラのボルテージが上昇しつつも一応話を聞くことにした。

 

「ほら、あれだよケーくん!戦士にも休日が必要なのです!」

「明日に決戦が控えてる戦士なんだけど?」

「あーもー‼ああ言えばこう言う!理子、今行き詰ってるの‼だから気分転換しようとしてるの‼」

「最初っから言えや、頑張れよ」

「待って!?りこりん悩んでるのに放置とかこの鬼畜!般若‼ハイビスカス‼」

「ハイビスカスて‥‥」

 

 どういう悪口だとツッコミを入れたかったが、理子がどういうわけか行き詰っているのに疑問に思った。気分転換なら一人でやればいいのに何故自分まで引き連れようとしてくるのか。

 

「何を行き詰ってんだ?作戦の支障でもあるのか?」

「んー…ま、まあ理子の作戦は完璧だから大丈夫だけど‥‥ほら、コンディションというのか‥‥」

「‥‥あれか?せいr」

「そおおい‼デリカシーなさすぎ!?どう考えたらそうなるのよ!?メンタル!メンタルの方だから‼」

 

 メンタルと聞いて、もしやとケイスケは嫌そうな顔をした。キンジといい、アリアといい、どうして自分に相談してくるのか。自分はメンタリストではないとため息をつく。

 

「仕方ねえなぁ、一応話は聞いてやる」

「おお♪流石はケーくん!我らのドクター‼」

 

 先ほどまで少し元気が無さそうに見えたのが一転、キャピキャピとはしゃぎだした。西表参道にある喫茶店で話を聞くことに。

 

「で?相談ってなんだ?」

 

 注文したパフェに舌鼓を打つ理子をジト目で見つめる。作戦には支障がないというのであれば、潜入する場所かまたはた人物に何か不安でもあるのだろうか。すると理子は恥ずかしいのか少し口ごもりだした。

 

「えーと…まあ、その…キーくんの事なんだけどさ‥‥」

 

 まさか、色恋かとケイスケは更に嫌そうな顔をする。本当は今すぐにでも立ち上がって会計済まして帰ろうかと考えていたが、理子のメンタルの問題となれば明日の作戦に支障が出るかもしれない。仕方なく聞き続けることにした。

 

「あの超ウルトラリア充マンがどうかしたのか?」

「キーくんってさ‥‥私を助けてくれたり、理子の事を信じてくれたり‥‥いわば理子のハートを盗んだ泥棒さんなの」

「‥‥ほの字か。あのリア充マジで爆発四散してくれねぇかな」

「色々とアプローチをしたりしてるんだけど‥‥キーくんの周りにはキーくんの事を大事に思っている人がたっくさんいるの」

「確かにあいつ、アリア然り、幼馴染の白雪然り、レキ然り、妹然り‥‥幼女から年上まで守備範囲広いもんな」

 

 

 どうしてキンジの周りには女性が多いのか。しかも好意を抱かれ、モテモテのだというのに当の本人は朴念仁だと。そう考えているとケイスケはイライラと嫉妬のボルテージが上がってきた。

 

「‥‥今のキーくんにはアリアがいる。色金の件もあったけども、アリアはキーくんの事信頼しているし、きっと誰にも負けないくらいキーくんの事を好きだと思ってる」

 

(‥‥昼ドラの時間かな?)

 

 キンジのリーダーとするパスカビールはキンジ以外、後は女子のチームで更には全員キンジに好意を抱いている。チームの連携、信頼は強いものだと思うがこういった色恋沙汰になれば誰もが気を利かしたり遠慮したりギスギスし、チームの連携も信頼も全て崩れてしまう。今のところそんな崩壊はしていないが、いずれそんな時期が来てしまうかもしれない。当の本人はどう考えているのだろうかとケイスケは考えながら頬杖をついて聞き続けた。

 

「でも…キーくんは私達の為にずっと一人で無茶してる、体を無理に酷使してる。きっとその代償が来ても私達の為に内緒にして無理をするんじゃないかなーって」

 

 パフェを食べ終え、頬杖をつく理子はどこか物寂しそうに遠くを見つめていた。

 

「なんだか、キーくんがどっか遠くへ行っちゃう気がして、私は置いてけぼりな気もするんだー‥‥」

「そうか…まあ恋愛に関してはどうも言えねえが、あいつが心配ならあいつが無茶しないようしっかりサポートしてやったらどうだ?」

「サポート‥‥うーん、けーくん達は4人で無茶しているから‥‥」

「そうでもねえぞ。去年はひどかったからな。俺がずっと医務室で籠ってた頃はカズキとナオトは毎日怪我してやってくるし、たっくんは単身で突っ込んでハチの巣になりかて大怪我するし大変だったんだぞ?」

 

 そういえばそうだ、理子は苦笑いする。ケイスケが彼らと一緒に行動する前は掠り傷や切り傷やら毎日ドンパチ騒ぎして怪我をしていた。ケイスケがカズキらと共に行動してから少しは怪我は減ったが余計にドンパチ騒ぎにはなった。

 

「あいつら、ほっといたら一人で建物を破壊しかねないからな。俺がちゃんと見てねえと」

「ふふふ、けーくんも苦労してるんだねー。ずっと一緒にいるからどんな無茶でも力を合わせてやれば‥‥楽しくなるのかな?」

 

「俺はそうだと思うが?後はお前自身頑張ってアプローチしていけばいいだろ。つかストレートに好きって言ったり素直に甘えればいいんじゃね?」

「むー、けーくんロマンチック欠けてるよー!乙女は純情でデリケートなの」

「不器用だなおい。まあ修羅場にならねぇ程度に頑張れ」

 

 これに関しては本人決断次第だ。なんとも罪作りな野郎のことか、とケイスケはいつかキンジに問い詰めてやろうと考えた。ケイスケと相談して気分は晴れたようで、ニッコリと微笑んだ。

 

「うん!ケーくんに相談してスッキリした!ケーくんありがとー!」

 

 いつものテンションの理子に戻って漸く元気になったかとケイスケはほっと安堵した。これなら明日の作戦に支障はもう出ない、だろう。

 

「ならよし‥‥ん」

「ケーくん?な、何でしょうかその手は‥‥?」

「相談料払え」

「やっぱり鬼畜‼」

 

_____

 

「何も‼しないで‼三日が経ちましたっ‼イエァッ‼」

 

 カズキは得意でもないラップを口ずさみながら帰路についていた。ただただ騒がしいだけが当の本人はノリノリでテンションをあげ、当の本人は華麗なステップで踊っていると思っているが、実際はオットセイのような動きをしながら踊っていた。

 

「あかり先輩、あれは変質者ですか?」

 

 あかりの後輩である乾桜はいつでも即逮捕できるように手錠を持ってジト目でオットセイの動きをするカズキを見つめていた。あかりもカズキのオットセイの舞にどう反応したらいいのか苦笑いしていた。

 

「あ、あれは、先輩の癖だから‥‥」

「そうですか‥‥ですが信じられません。あのオットセイの動きをしている人がアリア先輩と肩を並べられる人だなんて」

 

 そしてあかりがカズキの事を尊敬するアリア先輩と同じように信頼している事にも信じられなかった。桜にとってカズキを含むかの騒がしい4人組は警察の頭、ではなく胃を悩ませた何を考えているのか分からない存在。

 

「あのカズキ先輩、そろそろ情報収集をしないと‥‥」

「ねえねえあかりちゃん、『留め金が外して?と、眼鏡が仰ってる』っていいダジャレだと思わない?」

 

「あかり先輩、あの人逮捕していいですよね?いや逮捕します」

「まって!?カズキ先輩天然だから!悪気は全くないから‼」

 

 今にでもカズキの腕に手錠をかけようとする桜をあかりが慌てて引き止める。ここにケイスケがいたらカズキをひっぱたいてくれていただろう。

 

「うぅ‥‥かなめちゃんとアリア先輩がいたらスムーズになってたのにぃ‥‥」

 

 あかりは涙目で天を仰ぐ。今日もかなめはアリアに連れまわされ続けていた。事の発端は集合にクロメーテルが不在だったことから始まる。

 アリアがクロメーテルについてカズキに尋ねるとカズキが『キンj‥‥クロメーテルの奴、キンジに駆け落ちされてんじゃね?』とメッチャ明るい笑顔で答えた。案の定再びアリアは激昂。そして再び風穴地獄にしてやらんと、かなめを連れて駆け出してしまったのであった。そして今日もかなめはどこか遠い眼差しをしていた。

 

「さーて、情報収集と行きますか!」

「カズキ先輩、始まってから30分も経過してますけど‥‥」

「ふっ、まだ慌てるような時間ではないぞアムロ」

「先輩、時は金なりって言葉知ってますか?」

「宇治金時は好きだけど?」

 

「あかり先輩、やっぱり現行逮捕しますねこの人」

「まって!?カズキ先輩悪ふざけが好きなだけだから!悪気はないから‼ってもうこれで3回目だよ!?」

 

 何回も振り出しに戻るやり取りにあかりは涙目になる。自分一人ではカズキのフリーダムを止める事はできない。オロオロしていると、志乃が手を振りながらやってくるのが見えた。

 

「あかりちゃーん!お待たせしましたー!」

「志乃ちゃーん‼助けてー‼」

 

「そうだイヌイットちゃん、リーフパイでも食いに行こうぜ‼」

「先輩、単位取る気ありますか‥‥?というかイヌイットじゃなくて乾桜です」

 

 涙目で志乃に抱きつくあかり、あかりに抱き着かれ鼻血が出そうになる志乃、そして今すぐにでもリーフパイが食べたいカズキ。たった一人のカオスのせいで余計ハチャメチャになっている様を見た桜はため息を深くついた。

 

「あかりちゃんが私に抱き着いて‥‥はっ!そ、それよりも助っ人を連れてきたんですよ!」

「助っ人…?」

「あのオットセイの動きをしてた先輩のお仲間じゃないですよね?」

「お、オットセイ‥‥?だ、大丈夫ですよ!」

 

「あーめっちゃリーフパイ食べたくなってきた」

 

 今度はリーフパイを食べたいと突然歌いだしたカズキを無視して志乃の指すほうを見る。志乃が連れてきたのは白雪とジャンヌだった。二人はリーフパイ食べたいとビブラートを聞かせて歌うカズキを見て苦笑いした。

 

「ほんと相変わらずお前は何を考えているのか分からないな‥‥」

「か、カズキくん、あとでリーフパイ買いに行くから少し我慢してね?」

 

「おっ!白雪ちゃんと‥‥ジャパリパークちゃん‼」

「ジャパリパークじゃない、ジャンヌだ!というか一文字しかあってないだろ!?」

「そっかー、君は何のフレンズかな?」

「だからフレンズじゃない、ジャンヌだっ‼」

 

「あ、あの、カズキくん?そろそろ本題に、入っていい?」

「はいっ」

 

 白雪の鶴の一声でカズキのフリーダムトークは何とか免れた。ジャンヌもこのくだりにはそろそろ慣れて欲しいと、白雪は願ったがまだ当分先になるかもしれない。まず初めに桜が鞄から資料を取り出してあかりに渡した。

 

「先の武検選抜会場爆破事件について、警察も協力して現場を調べたんですが…これといった手掛かりになるものが見つかりませんでした」

「ねえねえ、なんで俺じゃなくてあかりちゃんに渡すの?」

「先輩はなんだかすぐに無くしそうですので」

「ひっどーい!俺泣いちゃうぞ♪」

 

 変顔するカズキを桜は完全にスルー。しょんぼりするカズキだがめげずに桜に尋ねた。

 

「爆弾とかそんな手掛かりとかはなかった?」

「爆弾‥‥そうだ!病院に運ばれた怪我人から目撃証言があったのですが、『小さな緑の箱のような物が置かれていた』と」

 

「緑の箱‥‥?」

 

 桜の言葉を聞いてジャンヌが目を細くして深く考え込んだ。

 

「ジャンヌちゃん、何か心当たりでもあんの?」

「あるのはあるのだが‥‥いや、そんなはずは‥‥」

 

 言うべきかどうかジャンヌは悩んでいたようだが、半ば深刻な表情で顔を上げた。

 

「恐らくだが‥‥それは『クリーパー』かもしれないな‥‥」

「あ、クリームパンも食いたくなってきた。特に焼きたては美味いんだよなー」

「カズキ先輩、クリームパンじゃないです。えと、そのクリーパーって何ですか?」

 

「大量のニトログリセリンを圧縮させた立方体の形をした爆弾の事だ。初期の頃のイ・ウーで製造されていたが、わずかな衝撃や摩擦でも爆発するてい危険な代物だからな、私がいた頃にはそれは廃絶されていた」

「あ、圧縮できるものなんですか‥‥!?」

 

「クリーパーを製造できるのは‥‥かつてイ・ウーのNO.2で『斬撃のレギンレイヴ』と恐れられていたフレイヤとその部下達だけ。まさかフレイヤが日本に来ているのか‥‥?」

「なんかさらっとヤバそうな奴の名前が出てきたな」

 

 イ・ウーの中にそんなおっかない人物がいるとは思いもしなかった。そうなると、つまりはフレイヤとなる人物が、キンジを狙ってクリーパーを仕掛けて爆発させたとなり、そしてフレイヤがキンジの命を狙っている事になる。

 

「キンちゃんによくない事が起こるっていう占いがでたから心配だったのだけど…キンちゃんが爆破に巻き込まれなくてよかった。でも未だにキンちゃんの命が狙われている‥‥キンちゃんを守らなきゃ!」

 

「そうなれば遠山キンジを見つけて護衛をつけるのと、フレイヤを見つけて逮捕すればいいんですね!」

 

 さらっとキンジを呼び捨てにしているあかりだが、今後の方針はその流れになるだろう。特に白雪がかなり乗る気なのでカズキも誰も止める事はしなかった。

 

「そうだ!アリア先輩も狙われているかもしれない‼さっそくアリア先輩に報告しにいかなきゃ‼志乃ちゃん、桜ちゃん、行くよ!」

「あ、あかりちゃん待ってーっ!?」

 

 いざアリアの下へと行こうとあかりは駆け足で走り出し、志乃はわなわなと震えながらあかりを追いかけていく。その様を見てジャンヌはため息をこぼした。

 

「‥‥フレイヤはアリアや遠山、あかり達が今まで相手にしてきたイ・ウーとは違う。特に彼女の放つ斬撃は危険だ。私と白雪もアリア達に助太刀しよう。それにカズキ、お前達の力も貸して欲しい」

「じゃあ俺の単位稼ぎ手伝って」

「現金な奴だなオイ」

 

 少しむかつく変顔をするカズキにジャンヌは肩を竦める。これだけの数があれば対策は練れるだろう。しかし未だに問題も残っている。

 

「後は‥‥遠山が何処にいるか、それが分かればな」

「キンちゃん、何処にいるの‥‥わ、私がキンちゃんの全てをお守りするんだから!」

 

「だよなー‥‥クロメーテルがキンジになってるし、今あいつと連絡が取れなくてさー。ほんとあいつどこ行った」

 

「ホント困った奴だな‥‥って、え?」

「嗚呼、キンちゃん、今どこに‥‥って、え?」

 

「え?‥‥‥‥あ、やべ。アリアとクラスの皆には内緒だぞ?」

 

 がま口の如く口が堅いと豪語していたカズキはテヘペロで誤魔化そうとしたが後の祭りだった。




 3日目は少し時系列が滅茶苦茶になりましたがカズキ→ケイスケ→たっくん&ナオトの順です。
 のほほん路線にしようと思ったらやっぱりハチャメチャになっちゃいました。シカタナイネ!


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117話

 絶対にかからないだろうと思いきやまさかのインフルに‥‥
 発熱時は本当に何も動きたくないでござる状態でヤバカッタ。皆さんもインフルにはお気をつけて
 治るまでハーゲンダッツ毎日食べたのはよかったけども


Day:4

「ナオトのバカはどこだ!?」

 

早朝、静刃のアパートに獅堂の怒号が響き渡る。憤怒の表情で押しかけてきた獅堂に丁度朝食を食べている最中のキンジと可鵡偉はポカンとしていた。

 

「おい、ナオトはどこ行った?あの野郎やっぱりやらかしやがって‼」

 

 昨日のピラミディオンでの張り込みはナオトと静刃の活躍で幾人かの武装組織の人物をお縄に捕える事はできた。表面的に見れば確かに大手柄なのだが、ピラミディオンはナオトがMK3手榴弾やスタングレネードを投げまくったせいで中はあまりにもひどい惨状となっており、あちこち切り崩れているわ大穴が開いてるわで崩壊状態になっていた。

 昨年にせっかく修理したばかりなのに前よりもひどく壊されてしまい、大惨事となってしまった。公安にとっても獅堂にとっても結局はプラマイゼロの結果に項垂れていた。そのやらかした張本人にげんこつを入れようと来たのだがナオトの姿が見当ない。そんな完全に激怒している獅堂に対し、可鵡偉は視線を逸らしながら申し訳なさそうに口を開く。

 

 

「し、獅堂さん、ナオト先輩なら‥‥静刃先輩と朝から出掛けました」

 

「なんだと‥‥あんの野郎、ずらかりやがったな!?可鵡偉、遠山‼お前らさっさと飯を食ったらあのバカを探せ‼ほっといたらまた何やらかすか分からんぞ‼」

 

「いやちょ、俺もか!?」

 

 キンジは自分も巻き込まれている事にギョッとする。自分は獅堂ら公安に半ば無理矢理に手伝わされてた挙句、今度はナオト探しに駆り出されることにあまり乗りたくなかった。

 ピラミディオンでの騒動でカナにばったり会い、自分が狙われている事をカナから聞いたキンジは此処から出ようと考えていた。自分の命を狙っているのなら相手はアリアや他の仲間も狙っているはず、ならばいち早くアリア達に知らせ対策を建てなければ。だが、ギロリと睨んでくる獅堂の前では言う事を聞くしかない。反対すれば今度こそ力尽くで押さえられるだろう。

 

「静刃がいるからどうにか抑えられるかもしれねえが‥‥ナオトが他の3人と合流すれば倍ひどいことをやらかすはずだ。いち早く取り押さえろ!」

 

 前言撤回。獅堂の言う通りだ。ナオトだけならまだしもカズキ、ケイスケ、タクトの誰かと合流するか若しくは4人揃うと何をやらかすか分からない。否、絶対にやらかす。

 昨日見た限りでは静刃だけではあの喧しい4人組を抑える事はできない。もっとストッパーが必要だ。代償として胃が痛くなるが。

 

「街中でヘカートやRPG7をぶっ放すバカ共だ。何が何でもあのバカ共を阻止しろ!」

 

「それだけは避けたいな‥‥可鵡偉、探しに行くぞ」

「でも遠山先輩、ナオト先輩の足取りはわかるんですか?」

 

「‥‥俺も分からん」

 

 普通とは違う考えを持つ彼らの中でもナオトは天然の迷子。ナオトが行きそうな場所なんて全く心当たりない。これは探すだけでも数日は掛かるのではないかと遠い眼差しで天を仰いだ。

 

___

 

「‥‥で、ナオト。お前はこれからどこへ行こうとしているんだ?」

 

 しばらくずっと黙って後をついて来ていた静刃は無言で歩いているナオトに尋ねた。朝からナオトが『ちょっと出かけてくる』と言い出したので慌ててついてきた。ほっといたらすぐに迷子になるかもしれない、それだけは阻止しなければ獅堂がかんかんに怒るに違いない。

 

「‥‥」

 

 静刃が尋ねてもナオトは何か考え事かずっと黙ったまま歩き続けていた。何を考えているのか、多少考えが分かればいいのだがと静刃は悩んだ。

 

「むー…どうせ昨日の伊藤マキリとの戦いの事を考えているんだじょ」

 

 静刃と一緒についてきていた鵺が欠伸しながら答える。

 

「あの女、多少ながら厄介な戦い方をしおってたわい。手の内が分からん相手をどう組み倒すのか、仕留めきれなくて悔しかったのか或いは次はどうやって勝てばいいか考えているんだろうのう」

 

 鵺の言う通り、伊藤マキリという女は強かった。これまでとは違う戦い方をしている上にあの氷のような冷たい瞳を見ると手の内が読めなかった。ナオトが『デコピンで空気を撃ってくる』と教えてくれなかったら自分も負けていただろう。

 これまで戦って負けなしだったナオトは一度捕え損ねた相手にまたしても捕えきれなかった事、戦って負けかけたことを悔しがっているのだろう。静刃は苦笑いしてナオトを励ました。

 

「ナオト‥‥お前達なら次は負けねえだろ。俺から一本取ったんだ。元気だせよ」

「お腹すいた」

 

 ようやく喋り出したナオトの一言に静刃と鵺は盛大にズッコケた。

 

「お腹すいたって、ええっ!?」

「いや、朝ごはん食べてなかったし。何かいいかなーって」

「ずっとそれを考えていたんかい!?」

 

 やはりナオトらこの何を考えているのかよく分からない4人組はブレない。ずっと黙りこくっていたので心配して損したと静刃は項垂れる。だがそれならばなぜ出掛けると言い出したのか、本当は何か目的があって外出したはずだ。

 

「そろそろ着く」

 

 そんな事を考えているとナオトが呟いて歩みを早めた。やはり朝ごはん食べたいとは別の目的があるようだ。ナオトが進む先には住宅街の中に紛れている教会が見えてきた。もしや、と静刃は嫌な予感が過る。

 

「な、なあナオト‥‥お前が行こうとしている場所って、あのジョージ神父のところか?」

「そうだけど?」

 

 即答するナオトに静刃は顔を片手で覆う。まさかここであのジョージ神父に出会う事になろうとは。静刃にとってジョージ神父も何を考えているのかよく分からない存在。手の内を見据えているようで苦手な相手だ。

 

「しかしなんであの神父の下へ行くんだ?」

「情報収集。それにたっくん達が何処にいるのか知りたい」

 

 ナオトは残りの3人の居場所を探しているようだ。やはりあの伊藤マキリ相手では4人揃わないと戦いづらいのだろう。ナオトらは一人よりも二人三人四人と組んでいる方が対策を練りやすいようだ。

 

「一人だけならまだしも、こいつらが全員揃うと大惨事になりそうだじょ」

「俺もそんな気がする‥‥」

 

 ドイツやイタリアの件で静刃は散々経験している。この4人組は何をしでかすか分からない。願わくばまだ揃わないで欲しいと心の中で願う。静刃の心配をよそにナオトはずかずかと教会へ入っていく。

 

「おや?ナオトじゃないか。よく来たね」

 

 インターホンも押さずに入ったナオト達を迎えたのは丁度庭いじりしているジョージ神父だった。黒い司祭服を着ていながら花壇に色鮮やかなパンジーを植えている最中でシュールであった。そんなにこやかしているジョージ神父にナオトは眠たそうに頷く。

 

「今日は神父に聞きたい事があって来たのとお腹すいた」

「それは丁度よかった。スコーンを沢山焼いてあるから食べるといい。それに静刃くん、鵺ちゃん、久しぶりだね。すぐに紅茶を用意するからゆっくりしてくれ」

「えー、鵺はワインがいいじょ。神父の事だから年代物でも持ってるはずだ!」

 

 朝から飲むな、と静刃は鵺にげんこつを入れた。呑気そうな笑みを見せながらも隙を見せない神父に静刃は言われるがままに上がろうとしたがふと何かに気づく。

 

「…なにか中が騒がしくないか?」

 

 身にまとっている黒套の効果で気配を察しやすくなったせいかい、何だか協会内が騒がしい。どたどたと走るまわる音や誰かがはしゃぎながら大声を出していたりと嫌という程気配がビンビンに感じられる。その音は次第に外へと近づいてきた。

 

「いやっほぉぉぉぉっ‼神父!遅めの朝食が出来上がったぜ!名付けて、禁断の宝玉のカタストロフィ、グリーンデビルエディション‼」

「たっくん、ただのスクランブルエッグにブロッコリー乗せただけでしょ」

「本当に朝からハイテンションの輩ぢゃのう‥‥」

 

 外に出てきたのはスクランブルエッグにブロッコリーを乗せた料理を持ってきてドヤ顔をするタクトとその暴走するタクトを止めに追いかけていたセーラとパトラだった。そんなタクトにジョージ神父はにこやか笑って頷く。

 

「きりのいいところだ、さっそく頂こう。賑やかになるのは好きだからね」

 

「たっくん!ここにいたんだ」

 

「あえ?ナオトじゃないか!このブレイクファーストはやらんぞ?」

 

「びょひひひ、やっぱりいたな!」

 

「お?鵺ちゃんじゃん!おひさー‼あと‥‥せい‥‥誰だっけ?」

 

 どうして鵺は覚えていて自分の事はすっかり忘れているのか。それよりもなんでこんな所で出くわすのか、静刃は頭を抱えた。

 

____

 

「へー、たっくんがイ・ウーのリーダーに?」

「そうだぜ?俺をもっと崇め奉れ?」

「なんかすぐに崩壊しそう」

「そうならないように私が必死にフォローしているんだけど‥‥」

 

 漸く朝食に在り付けたナオトは早速タクトと情報交換をした。ナオトは公安と協力して伊藤マキリを追い、タクトはシャーロックに頼まれてイ・ウーのリーダーを務める事になり、そのタクトの秘書に任命されたセーラがサポートしている、と同じように苦労している人がいると静刃は同情と安堵の眼差しでセーラを見つめた。

 

「それでたっくんはなんでジョージ神父の所に?」

「それは俺がスーパー洗浄フォームになってしまった事によりテーピングマン赤城との戦いに備え精神と時の部屋での修行を‥‥」

 

「たっくん、出鱈目言わないの」

 

 セーラが即座にツッコミを入れて説明した。イ・ウーのOBである『斬撃のレギンレイヴ』と呼ばれたフレイヤという人物がまだ仮ではあるがイ・ウーのリーダーになったタクトを良く思っておらず、ピラミディオンに来るように呼び、タクトに遠山キンジ暗殺計画の誘いに入れようとしたがタクトはキッパリと断り襲撃されてしまった。追手を振り撒く為、一時ジョージ神父の協会へとやって来たとの事である。

 

「ピラミディオンの崩壊、やっぱりお前が絡んでいやがったか」

 

 静刃はジト目でテヘペロしているタクトを睨む。どうして彼らといると建築物が崩壊してしまうのだろうか。

 

「そういえば、マキリもフレイヤがどうのこうのって呟いてたな‥‥」

 

 確かにピラミディオンでの戦いで伊藤マキリはフレイヤの名を呟いていた。そうとなればフレイヤも伊藤マキリや『N』と一枚噛んでいるに違いない。

 

「つまりはフレイヤらは『N』と協力して遠山キンジとアリアを抹殺しようとしているわけか‥‥随分と厄介ぢゃのう」

「伊藤マキリだけでも強敵だ‥‥かなり苦戦を強いられるかもな」

 

「じゃあまとめてぶっ潰せばいいんだな!」

「たっくん、厄介な相手って言ってるでしょ?」

「もー、セーラちゃんは心配性だなー。ドントウォーリードントウォーリー」

 

 フレイヤと対峙した時といいどうしてこうも緊張感が無いのだろうか、セーラはため息を漏らす。

 

「でも連携を崩せばどうにかなるかも」

「ナオトの言う通りだじょ。そのフレイヤとやら、伊藤マキリとつるんで居るのだろう?その伊藤マキリは猿楽製薬ともつるんでいると聞く」

「たしか猿楽製薬は私設軍隊を持っていたな。武器も製造していると噂もあるし連中も使うとなると‥‥大規模なテロが起きるやもしれん」

 

 パトラが案じる通りフレイヤ達の犯罪組織、伊藤マキリら『N』、そして私設軍隊を持つ猿楽製薬らが結託して事を起こせばテロにより甚大な被害を被る一大事だ。しかしどれか一つを崩せば連鎖して崩れ、阻止できるかもしれない。

 

「猿楽製薬がいいかも。伊藤マキリが隠れ蓑にしているかもしれないし、公安も取り締まりたかっていたから」

「しかし獅堂達より先に勝手にしていいものなのか‥‥」

 

 獅堂達は証拠や手掛かりさえあれば猿楽製薬へと潜入できるのだが、何も手を打たずに勝手にやるとなると恐らく獅堂が激昂するに違いない。

 

「それならば私が手を貸そう」

 

 悩んでいた静刃にジョージ神父がにこやかに話に入って来た。何とも頼もしいような、どんな手を使ってくるのか分からないで怖い気がする。

 

「ジョージ神父が協力してくれるんですか!?やったー!」

「私も『N』に関しては調べなければならない事もあるし‥‥今回は、色々と早めに手を打たなければならないこともあるからね」

 

「神父が…しかし」

「静刃、ここはあの神父の言う通りにしておけ。鵺も色々と聞きたい事があるからなぁ」

 

 鵺が静刃に耳元でささやく。確かに雲外鏡を持っていたジョージ神父ならば自分達が探している『影鰐』の情報を知っているかもしれない。

 

「この人数なら余裕で明日にでも潜入できるっしょ‼勝ち格ですぜ勝ち格‼」

「たっくんは心配だなー‥‥」

 

「いや、たっくんもナオトも心配なんだけど」

 

 セーラが心配そうに見つめているように、この二人は不安しかない。寧ろ本当に大丈夫だろうかと心配になって来た。やいやいと騒ぐタクトとナオトに対し、パトラが申し訳ないように手を挙げた。

 

「セーラ、すまんのう‥‥妾とカナはちょっと参加できん」

 

「パトラ、何かあった?というよりも体調が悪そうだけど」

 

 セーラはずっと気になっていた。カナは戻って来た直後に死んだように眠り暫くは目覚めないようであったが、パトラの具合が不調のようだ。

 

「いや少し吐き気と‥‥あと、酸っぱいものが欲しい」

 

 パトラの一言にセーラと静刃は目を見開き、神父は「おや」と口ずさむとにこやかに頷いた。

 

「ぱ、パトラ、それ本当?というかいつから…?」

 

「むぅ、だいぶ前から、か?あ、ちょっと気分が‥‥」

 

「すぐに酸味のある物を用意しよう。金一君も隅に置けないねぇ」

 

 パトラの不調にセーラは顔を赤くして慌て、神父は更にニコニコとしていたがタクトとナオトは終始キョトンとして首を傾げていた。

 

「もしかして梅干しマン?」

「何回か酸っぱい物食べないとダメな症状とか」

 

「お前ら‥‥」

 

 教えた方がいいのか、知らない方がいいのか、通常運転の彼らに静刃は項垂れた。

 




 25巻でまさかのパトラさんがおめでたに。カナさんぇ
 遠山一家にまた恐ろしい子が一人追加に‥‥遠山一族、おそるべし


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118話

 カオスな4人衆の話の中で、敵の空母に突撃して(少しだけど)空母を滅茶苦茶にする話があったのですが‥‥まさかこっちでも(MODだけど)本当に空母を滅茶苦茶するなんて‥‥

 ええ、まさかこんな事になるなんて思いもしませんでした(白目


『オーバ、オーバー♪ケーくん、準備はできてるー?』

 

 無線から理子の気楽な声が聞こえてくる。ケイスケはイラッときたがここはぐっとこらえることにした。今は集中しなければならない。ケイスケは腕時計で時間を確認する。

 

「いつでもできている。そろそろ来る頃か?」

 

『うん!ちょうど入り口に黒いリムジンが到着…ターゲット1号2号のおでましだよ』

 

 ケイスケが今いる場所は高級な和食の料亭。ケイスケはスーツに七三分けの茶髪のカツラを被り、ハイテクそうなノートパソコンを持ったどこか有名企業の一社員の恰好をして料亭の一室にて待機していた。

 

「リサ、ターゲットが来るわ。すぐにスタンバイしてちょうだい」

 

 相席にはブラックドレスを着て位の高そうな女社長のような恰好をしたヒルダがいる。ヒルダも同じように無線機でリサに伝える。

 

『本日のお偉い方3名様、ごあんな~い♪』

 

 いよいよ作戦の開始だ。ケイスケは目を細めて視線の先、政府の重役が会合に使う関係者以外立入禁止の一室へと続く階段を見る。

 

 質素ながらもどこか可愛げのある着物を着たリサがターゲットとであるお偉い方3人を上の客間へと案内しているのが見える。

 

 一人は悠然としているがどこか重く考え事をしていそうな強面の男性、もう一人は気弱そうにおどおどしながらその強面の男性の機嫌を取ろうとしている男性だ。

 

「強面の方が民由党代表、鬼島一郎。その後ろについてきているのが補佐の鷹山勇樹か‥‥そして」

 

 そしてその二人の後ろにつていきている余裕綽々のような雰囲気を出している白いスーツを着た物腰の柔らかそうな男性。

 

「‥‥あれが猿楽製薬の社長、木村雅貴か」

 

 事前にホームページやら雑誌やらパンフレットなどで猿楽製薬について目を通していた。遠くからだが初めて猿楽製薬の社長という男を見てケイスケはこの男だけは注意しなければならないような気がしてきた。

 

『ケーくん、ターゲットが部屋に入るよ。録音と映像の準備はオッケー?』

 

「もうできている。しかし、理子。映像だけでレプリカを造れるのか?」

 

 ケイスケはやや不安げに尋ねた。彼らが来る前日に、料亭で会合する情報を得た理子達はどこでどの客間で会合を行うのか更に調べ、幾つもの盗聴器とカメラを仕掛けた。

 

 今回の作戦は2つ。一つは彼らの話の内容を全て記録し彼らの悪事の証拠を掴むことと色金の無い今、連中は何を企んでいるのかを知る事。もう一つは猿楽製薬に潜入するため、木村雅貴がいつも名札の様に身につけている彼のカードキーのレプリカを造ることであった。

 

『まっかせなさーい!理子のテクにかかればお茶の子さいさい!』

 

 理子はケイスケが仕掛けているカメラを遠隔操作して映し出される映像から造るというのだが、今は彼女の自信を信じるしかない。

 

『リサが間近で木村雅貴を見た情報によると簡略的なコードと数字みたいなものだし、リサの記憶力をもとに造れるしね♪』 

 

 映像でできなくても後はリサの記憶力を頼る方法がある。彼らとコンタクトできるのは酒と御膳を部屋まで運ぶ計3回。しかしながらケイスケはいささかリサが心配だった。

 

「しかし、半ば危険な役目をリサに任せているが心配だな‥‥」

「しかたないじゃない、貴方達って記憶力なさそうだしフワフワしてるから逆に不安すぎるわよ」

 

 スッパリとヒルダがジト目で告げる。喧しい4人組は人の話をあまり聞かないし、覚える気が無い。ケイスケ達よりもリサに任せるしか選択肢はなかった。

 

『ケイスケ様、ご心配なく。リサは任務を全うします!』

 

 無線からリサの張り切る声が聞こえてきた。あまり無理をしないで欲しいと思ったがここはリサを信じよう、ケイスケはもしタクトやカズキがこの役目をやったらと考えたら寧ろリサが適任だと感じてきた。

 

 今は自分の仕事に集中しなければ、ケイスケは気を取り直して連中の会合している様子を聞きながらカメラを遠隔操作していく。

 

 

 

 客間にはリサが運んできた前菜の御膳を黙々と食べている民由党の代表と補佐、そして猿楽製薬の社長が映っている。一つ一つを味わうように食べている木村雅貴に民由党の補佐の鷹山がしびれを切らしたようで辺りに気を配りながら口を開く。

 

『き、木村社長…色金の件なのですが、我々はどうしたらいいのですか?』

 

 漸く本題に入ったようで、木村はぴくりと反応するとゆっくりと箸を置き少しとぼけた様なビジネススマイルで首を傾げた。

 

『どうしたら…というのはどういう事ですか?』

 

『と、とぼけないでもらいたい!緋緋色金の事ですよ!本来ならば、我々が手にすることができたのですよ‼』

 

 誰もが聞いたらわかる軽いジョークなのだが鷹山は真に受けたようで半ば怒り気味に口調を荒げていく。

 

『貴方達の後ろ盾で我々は星伽の圧力に対抗でき、緋緋色金とそれを有した少女を匿おうとしていた星伽へ家宅捜索しそれらを押収することができたはずだったのですよ!?色金を手に入れて兵器を造るはずだった‥‥それなのに、あと一歩というところで菊池財閥が我々の邪魔をし、全て失敗に終わったんです!』

 

 民由党の連中は猿楽製薬の後ろ盾があり、彼らの力を使って緋緋色金を手に入れてそれを利用しようとしたのだがあともう少しという所で失敗に終わったらしい。それほどのものかとケイスケは把握できていなかったが同じく聞いていたヒルダがホッとしているようでかなり重要なことだったらしい。

 

『落ち着くのだ、鷹山‥‥』

 

 鷹山の荒い口調をじっと目を瞑って黙って聞いていた鬼島が重い口を開き鷹山を止め、次に細い目を木村の方に向けてた。

 

『木村先生、我々は緋緋色金の入手に失敗した…解体するはずだった公安0課も我々の企みを薄々気づき、証拠を掴んだ瞬間に我々をお縄につこうとしている』

 

 彼らの政策で無駄削減というわけで公安0課という組織を解体しようとしていたのだが、これも菊池財閥が口をはさみ未然に塞がれてしまった。ケイスケはこの事も理子から聞いた。手に入れようとしたものが手に入らず、潰したい相手も潰すことができず、民由党は窮地に立たされている。鷹山は焦っているようでおどおどしているのだが鬼島はそんな様子を見せなかった。

 

『‥‥まあ公安の連中では我々の尻尾すら掴む事はできない。それで木村先生、次に我々はどうしたらいいか、助言が欲しいのですよ』

 

 鬼島の質問に無言で聞いていた木村は頷き答えようとした。そこへ襖を軽くノックする音が響く、リサが主食の御膳とお酒を持って入って来た。軽く会釈し各々へと御膳を運び、酒を注いでいく。木村の杯に注ぐ際、リサの視線は木村の右胸のポケットにつけているコード入りの名札へ向けられている。気づかれないように、見つめ、次の杯へ。違和感のない様にケイスケは感心して頷いた。

 

「さすがリサだな…俺達じゃ無理だこれ」

「それにしても‥‥この男まじまじとリサを見ているわね」

 

 ヒルダが嫌そうな目つきで映像を見つめる。確かに、鷹山がリサをまじまじと見つめている。その眼は何かと嫌な物を感じられた。気づかれている、というわけではなさそうだが‥‥何事もなく、リサは客間を出て行った。

 

 再び静かになり、木村はすぐにと飲み干すとビジネススマイルで頷いた。

 

『緋緋色金を入手できなかったと聞きますが、問題はありませんよ。私共はすでに次の手、次の計画へと進んでおります』

 

『‥‥それは、木村先生が前におっしゃていました『協力者達』のことですかな?』

 

 鬼島が言った『協力者達』とやらにケイスケは眉をひそめる。この場合、伊藤マキリのことなのだろうか。しかし『達』といってるのだから伊藤マキリの他に誰か、或いは複数人存在していることになる。

 

 鬼島の問いに濁りなくにっこりと木村は頷いた。

 

『ええ、彼女達による緋緋色金の再入手…彼女達の報復に協力していただきたいのです。その為にも彼女達に兵器の提供と密入国の手助け、そして彼女達の『舞台』の用意をお願いしたい』

 

 彼女達‥‥?猿楽製薬や伊藤マキリの他に第三者の存在が明らかになりケイスケはややこしくなってきた。しかしヒルダは木村の話に警戒をしていた。

 

「緋緋色金の再入手…?もうアリアの中の緋緋色金は宇宙に返したというのに‥‥まさか、こいつらアリアを殺すつもり‥‥!?」

 

 ブツブツと考えながらヒルダは呟やいているが、ケイスケは一体何の事やらと寧ろ全く気にしていなかった。

 

「理子、レプリカはできはどうなってんだ?」

『50パーって所?ケーくんもうちょっとズームして』

「ところで、今の段階の話を聞いて理子はわかるか?俺は全く分からんのだが?」

 

 カメラを遠隔操作し、ズームし木村のコード入りの名札へと拡大していく。

 

『わかるよ…今のところ、アリアが狙われてるってとこ。こいつらかなりヤバイ事を企んでるってのがプンプンする』

 

 理子の重々しい声色からどうやらかなり重大な事を知ることができたようだ。それなりの証拠も取ることができている。まだまだボロが取れるかもしれない、ケイスケは更に集中して聞くことにした。

 

 

『…では木村先生の指示の通り、我々は動きましょう。『舞台』の用意なら最適なものがあります』

 

 木村が渡したメモを見て鬼島が満足げに頷いていた。そのメモを懐にしまうと、鬼島は目を細めた。

 

『ところで、木村先生は別の計画とおっしゃていましたが…それは緋緋色金が再度入手できなかった場合ですかな?』

 

『ふふふ、さすがは察しがいいですね。ええ、その通り。緋緋色金が手に入らなくても、別の色金があります』

 

 緋緋色金の他にも存在しているのか、ケイスケは少し面倒くさそうに頬杖をついた。まさか【十四の銀河】かその秘宝関連じゃあるまいなと、願わくばそうではないと願った。

 

『緋緋色金の他に‥‥?』

『ええ、瑠瑠色金に璃璃色金の2種が存在しており…私達は璃璃色金を入手すべく、動いております』

 

 なんだかカズキが聞いたら間違いなく噛みそうな名前だなとケイスケは他人事のように感じていた。世の中にはまだまだ面倒くさそうなものが存在しているのだと。

 しかしこれを聞いていたヒルダは更に深刻そうな表情で映像を見ていた。

 

「璃璃色金を…!?この男、何者なの‥‥‼」

 

 ヒルダの様子からしてこれはかなり重大な物なのだろう。そして木村は『私達』と言っていた、ということは彼の他に仲間がいて共謀しているとうことなのかもしれない。

 

『けーくん、もう少しで完成するよ!』

 

 そんな事を考えていたら理子がはしゃぎながら応答してきた。本当にこれだけで作れるなんて彼女の技術には少しばかりか驚かされる。ならばもうズームする必要はないだろうとケイスケは画面をズームアウトしていった。

 

 画面は木村と鬼島の背中の映像に戻る。これで後は他にも情報を漏らしてくれないだろうかとじっと見ていたのだが、その時木村の視線がこちらを、仕掛けているカメラの方へと向けられた。

 

「‥‥っ!?」

 

 目が合ったかのようで思わずケイスケはギョッとした。その眼はその笑みはまるで仕掛けているのを既に知っているかのようで、『ちゃんと撮れたか?』と言わんばかりにあざ笑っているようで不気味だった。ケイスケは慌てて別の視点のカメラへと変えた。

 

「あれ…?鷹山の姿が無いわね‥‥」

 

 ヒルダが不審そうに映像を見つめる。今度は鬼島の隣にいるはずの鷹山の姿が無い。レプリカを造る為にズームしていたため気づかなかった。先に帰ったのだろうかとケイスケは注意深く見つめる。

 

『木村先生、本日もご助言頂き誠にありがとうございました。これなら我々と先生の計画を遂行でき、そして兵器を手に入れることができます』

 

『いえいえ、また必要でしたらお呼びください。私共は協力いたしますよ‥‥ところで、補佐の方はよろしいので?しばらく黙々とお酒を飲み続けていましたが』

 

『ははは、構いませんよ。鷹山は弱輩故、緊張のあまりついつい酒に浸かってしまう。酔った勢いで手を出してしまうのが彼の悪い所ですがな』

 

 鬼島の悪漢な笑みと答えにケイスケは何か引っかかった。そういえば、鷹山はリサをまじまじと見つめていたことを思い出す。

 

「‥‥まさか‥‥‼」

「ちょ、貴方何処行くの!?」

 

 ふと気付いたケイスケはヒルダの制止を聞かず急ぎ駆け出した。本来ならば関係者以外立ち入り禁止の階段をケイスケは駆けのぼる。他の仲居が止めようとしても振り払い、上の階へと急いだ。きょろきょろと辺りを見回しながらリサを探す。

 

 

「やっ、やめてください‥‥っ!」

 

 リサの悲痛な声が聞こえた。ケイスケはその声が聞こえる方へと廊下を駆けて急ぐ。ひと気のない、ここならだれにも見つかることがないであろう通路の隅の角にリサはいた。

 

「お、落ち着いてください…っ!こんなことをしてはいけません…ッ!」

 

「いいじゃないか‥‥!私はあいつらと世間との板挟みでストレスが溜まっているんだ…!」

 

 どれくらいの酒を飲んだのだろうか、あまりにも酒臭く酔った鷹山がリサに手を出そうとしていた。嫌がるリサの手を取り、無理矢理触れようとしている。

 

「お願いです…っ!やめてください…っ!」

 

「私は政治家だ。いくらでも金を出すぞ?君の満足のいく額を出してあげよう。だから、さ、ほらっ」

 

 誰も見ていないからと、酒に酔っているからと、気に入った子に手を出そうとする、まるでOLにセクハラしようとする酔っ払いのおっさんだ。しかし相手はリサ、ということでケイスケの逆鱗に触れた。否、逆鱗どころでは済まない。

 

「‥‥おい、おっさん」

 

 ケイスケがリサに手を出そうとする鷹山の背中を突く。ケイスケの姿にリサは涙目で綻び、鷹山はお楽しみを邪魔され機嫌悪そうに振り向いて睨んできた。

 

「ケイスケ様‥‥っ‼」

 

「なんだね君は?私の邪魔をしていいと思っているのか!」

 

 鷹山は苛立ち声を荒げていく。だが、そんなものはケイスケには全く聞かない。そして今、ケイスケは激怒し、般若のオーラを出していることにリサは気づいていた。それを知らない鷹山はずいずいと声を荒げながらケイスケ迫る。

 

「私は政治家だぞ…!権力を使えば君をry」

 

「うちのリサに何しとんじゃゴラァァァァッ‼」

 

 ケイスケは怒号と共に鷹山の顔面を思い切り殴った。見事顔面にケイスケの怒りの拳がクリーンヒットした鷹山はギャグマンガのようにギュルンと体を回転して大きな音を立てて吹っ飛んだ。

 

「俺達のリサに手を出した覚悟はできてんだろうなぁ、このクズが」

 

 万死に値すると更に鉄拳を下そうとするが、そこへ慌てて駆けつけてきたヒルダに止められる。

 

「ちょ、それ以上はマズイわよ!?もう相手は気絶してるじゃないの!?」

「こいつは塵一つ残さねえ。ライフがもう0でもブチコロ」

「イヤイヤイヤ!?これ以上騒がれたらマズイってことよ‼」

 

 ケイスケの怒号と殴り飛ばした物音に何事かと辺りがざわついていた。誰かがこちらに来る前に、急ぎここからでなければならない。

 

『ケーくん、リサ、ヒルダ!もう収集は十分だから早く外へ!』

 

「ケイスケ様、ヒルダ様、こちらの非常口から出れます。急ぎましょう!」

 

 リサの先導のもと、ケイスケ達は誰かに見つかる前に料亭から脱出した。非常口から出る際、ケイスケは倒れている鷹山を思い切り踏んづけていたことはヒルダは敢えてツッコまなかった。

 

「ケーくんこっち‼」

 

 道路に停められてある白いバンの運転席の窓から理子が手を振る。ケイスケ達が無事に乗り込むと、理子はアクセルを踏みバンのスピードを上げて料亭から離れて行った。

 

「ふー…ケーくんの行動にはビックリしたけど、リサが助かって何よりだし証拠も情報もたんまりと手に入って大勝利だね!」

 

 理子はウキウキ気分でウィンクする。今回の作戦で連中が何を企らみ、次は何をしようとしているのか情報は大量に手に入れた。

 

「これで後は猿楽製薬に潜入してこっちの悪事の証拠を掴んで締めるわけだな?」

「もちのろん!カードのレプリカもできたし、明日には行けるよ!」

 

 理子は満足げに頷く。いよいよ猿楽製薬に本格的な潜入をする。ケイスケは気を引しめて次の作戦に取り掛かることにした。

 

「ケイスケ様、申し訳ございません‥‥私のせいでご無理を…」

 

 リサは申し訳なさそう俯きながらケイスケに詫びた。自分のせいで政治家を殴り飛ばしてしまった。もし後に恨まれケイスケが狙わるかもしれない。しかしケイスケは全く気にしていなかった。

 

「俺達のリサに手を出そうとする愚か者が悪い。だから気にすんな。というかリサよく頑張ったな」

 

 一番に危険な目に遭うかもしれない役目をリサが無事にやり遂げたことにケイスケは嬉しく思い、リサの頭をポンポンと撫でた。リサは目を潤まわせて微笑んだ。

 

「ケイスケ様‥‥!」

 

「やっぱリサは俺達のマスコットだもんな」

 

 そういう意味かい!?、と理子とヒルダはずっこけそうになった。折角の雰囲気が台無しである。

 




 世界遺産を破壊し、ホワイトハウスを半壊し、建物を破壊し、今度は政治家を殴り飛ばし…これ、大丈夫かなぁ?(白目

 ま、まあ仕方ないよね!リサに手を出そうとしたんだから(震え声)
 き、きっとキンちゃんもいつか殴ると思うし!(震え声)


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119話

 新アルバムphoenix‥‥聞きたい曲が沢山入っているようで、かなり欲しい!

 所持金全部溶かされそう(オイ


DAY:5

 

 アリアの後輩であるあかりはどう反応したらいいのか困惑していた。学園島の公園にあるリーフパイを売っている店へといつものように親友の佐々木志乃と火野ライカ、島麒麟そして後輩の乾桜とともに向かっている途中、出くわしたのだ。

 

「タバディーン…タバディン…!」

 

 カズキはよく意味の分からない言葉を呟きながら何やら考え事をしていた。腕を組み、真剣に悩んでいるようで只管『タバディン』と呟いている。あかり達はどのタイミングで伺ったらいいのか様子を見ていると、カズキは突如曇りが晴れたかのようにパッと明るい笑みで頷きだした。

 

「‼…タバディンのママディン講座ぁ~っ‼」

 

「いや何してるんですか!?」

「というかタバディンとママディンってなんだよ!?」

 

 何が言いたいのかさっぱりわからず、しびれを切らした志乃とライカはカズキにツッコミを入れた。後輩たちが見ていたことに気付いたカズキは不思議そうに首を傾げていた。

 

「いやー考え事してたらふとこんな言葉があったような気がして思わず口ずさんじゃってさー」

「タバディンとかママディンとかそんな言葉ありません」

 

 桜がジト目で睨んでいるがそんなことにはお構いなしでカズキは照れ笑いしていた。そんなカズキを初めて見る麒麟はキョトンとし、どう反応したらいいのか戸惑いつつもライカに尋ねる。

 

「ライカお姉様、あの人が‥‥」

「え?ああ、麒麟は初めて見るんだっけか?あの人があのトンデモ4人組の一人だ」

 

 あの人が…と麒麟はまじまじとカズキを見つめる。カズキこそ武偵なのに装甲車で突撃し、容赦なく手榴弾や法律ギリギリアウトの銃を使って大暴れした滅茶苦茶な4人組の一人。中等部でも噂は広まっていて、かなりの有名だ。最近ではホワイトハウスを壊したとかなんとか。

 

「どんな野蛮な方かと思いましたけど‥‥緊張感の一文字も当てはまらない人ですわね」

「まあ…うん、至極当然だな」

 

「ところで、カズキ先輩。何か考え事をしていたんですか‥‥?」

 

 漸くあかりが本題に入ろうとした。ずっと悩んでいた様子からして、アリアとキンジを狙う元イ・ウーのフレイヤそして彼女の部下や仲間達の足取りを調べていたのか気になった。

 

「うん?今日の晩御飯何しようかなー…って」

 

 満面の笑みで答えたカズキにあかり達は盛大にズッコケた。手がかりが未だにつかめず、敵がいつどこで何を企んでいるのか分からない状況で自分の晩御飯を優先していたとは、やっぱりこの人はブレないとあかりは心の中でツッコミを入れた。

 

「なんで晩御飯なんですか!?アリア先輩達は只管調査してるのに!?」

「桜、落ち着け。これがカズキ先輩だ‥‥というかどう考えたらタバディンって言葉を思い浮かべたんだ?」

 

「そ、それで、今日の晩御飯はお決まりになったんですか?」

 

「ピザだけど?」

 

 志乃が気を取り直して尋ねたがカズキは笑顔でピザの広告を見せて即答する。その答えに再びあかり達はズッコケた。

 

「考えた結果なんでデリバリーなんですか!?」

「あれだけ悩んだ結果ピザかよ!?」

 

「そう心配すんなって、今日はマルゲリータじゃないから。5日連続マルゲリータは飽きるもんな!」

 

「そういう問題じゃないと思うのですが‥‥」

 

 状況に流されないカズキにライカ達は彼らを相手にする先輩達の大変さが嫌程よく分かって来た。しかし、あかりはそれはいけないと何故か頷いていた。

 

「カズキ先輩、ずっとピザばかりじゃダメですよ。体壊します!」

「えー、だって料理そんなに作ったことないもーん」

 

 カズキ曰く毎日晩御飯を作ってくれるのはリサであり、その肝心のリサと連絡も取れず寮へと移された自分は料理を作るのが面倒なので毎日ピザを注文していたとのこと。

 

「一度ねカズキーズキッチン開いたんだけど、ご飯がスライムになってさー」

「じゃあ、一緒に作りましょう!私と妹のののかと簡単に作れるのを教えてあげますよ」

 

 あかりの提案にカズキはキョトンとしていたが、それを聞いた志乃は目を見開いていた。

 

「へ?いいの?」

「もちろんです!まずは一緒に食材を買いに行きましょう!」

「やったー、助かりんベ‼」

 

 子供の様にはしゃぐカズキと共にいざ買い物にへと向かうあかりの姿にライカは驚愕する。あのアリア一筋のあかりがあのハチャメチャな4人組に影響され始めていた。このまま影響されてしまったら想像がつかない程まずい事になりそうな気がしてならない。

 

「あ、あかりがカズキ先輩達のようにハチャメチャになる前にあたしらで止めないと‥‥って、志乃?」

「ぐぬぬ‥‥!あかりちゃんと一緒にお料理‥‥羨まけしからん…っ!寧ろ私があかりちゃんに料理‥‥ゲフンゲフン」

 

 でへへと笑う志乃を他所にライカは自分がしっかりしなければと改めて決意した。

 

___

 

「ドゥーンドゥドゥドゥドゥン♪キノコ玉ねぎオォオオォォオーカレーをツークールー♪」

 

 ショッピングモールにある野菜売り場にて、いつもとは違う晩御飯ができるということでカズキは上機嫌に歌いながら買い物をしていた。とある有名なゲームのテーマ曲で替え歌を歌うのかとライカと桜は流し目で見つめ、あかりと麒麟はカズキの意外の力のある歌声に真面目に聞いていた。

 

「さっびったーケーンはーキッチーン♪」

 

 テーマ曲で来るかと思ったらまさかの別の曲に変わっていたことにライカと桜はこけそうになった。

 

「なんで!?なんで急に曲が変わるの!?」

「てっへへー、来ると思ったろ?なんか意外と繋がるんだよなー」

「繋がんねえよ!?」

 

 どうしてこうなったとツッコミを入れたい。今度は鼻歌を歌いながらノリノリで買い物かご片手に進んでいくカズキを桜は深いため息を漏らした。

 

「あかり先輩…本当にあの人、大丈夫なんですか?」

「カズキ先輩はやる時はやるし、大丈夫だよ‥‥たぶん」

 

 苦笑いをするあかりに対し、桜はカズキの行動に不満を募らせていた。先輩であるアリアや白雪、そしてジャンヌはずっと『クリーパー』と呼ばれた爆弾を使った爆破事件の犯人を、手がかりを捜し続けている。それなのにこの男は呑気に歌を歌いながら今日の晩御飯の事しか考えていない。自分だったらすぐに見放すつもりなのに、あかり達は苦笑いしながらついて行っている。

 

「私、納得いきません!あの人、緊張感がなさすぎです」

「緊張感はないのは仕方ないよ。でも‥‥」

 

 あかりが桜を説得させようとしたその時、どこからかガラスを突き破る大きな衝撃音と激しい銃声が響き渡る。その直後に幾人かの悲鳴と共に大勢の人が逃げ惑いだした。

 

「なに…!?」

「エントランスの方だ!行くぞ‼」

 

 あかり達は急ぎ銃声の響いた方へと向かう。その先には2台の黒いバンがガラスの入り口に突っ込んでおり、その周りには黒いマスクをかぶり、黒い防弾服を纏い、IMIガリルやステアーAUGを持って乱射をしている人達がいた。

 

「強盗…!?なんでこんな真昼間に…!?」

 

 その姿に桜は目を丸くして驚く。だが、強盗にしては数が多く武装もかなりの物。何故こんな場所で起こしたのか、色々と疑問があるが今はそんな事を考えている場合ではない。あかりはカバンからマイクロUZIを取り出す。

 

「それよりもまずは助けなきゃ…!麒麟ちゃんと志乃ちゃんは避難誘導させて!」

「そんじゃあたしとあかり、桜で相手をするぞ…!」

「数が多いですが‥‥って、あれ…カズキ先輩じゃないですか?」

 

 え?とあかり達は桜の視線の先を見つめた。強盗犯達が乱射し続けるその先に、受付のカウンターの物陰に隠れているカズキの姿が見えた。

 

「何やってるんですかあの人は!?」

「というかなんであんな場所にいるんだよ!?」

 

 さっき見た時は野菜売り場のコーナーでルンルン気分で買い物をしていたはずがどうしてあんな場所にいるのか、色々とツッコミを入れたかったが、やはりそんなことをしている場合ではない。

 

「と、兎に角急いでカズキ先輩を助けなきゃ!」

 

 あかりは慌ててカズキの下へと急ぎ向かった。相手の銃撃から必死に隠れるカズキはあかり達が駆けつけてきたのを見るとほっと一安心した。

 

「カズキ先輩、なんでこんな所にいたんですか!?」

「いやー、音がしたからたっくんが押しかけて来たのかなーって思ったら違ってさ。しかもあいつら俺を見た途端に撃ってきやがったんだ」

 

 カズキは「あぶなかったー」とほっと胸をなでおろしながら状況を説明した。カズキの話からするとあの連中の狙いはカズキなのか、今の現状では未だ分からない事が多いがそれよりもいち早く片付けなければならない。

 

「あの連中が乱射している中をどう突破するかだな‥‥」

「いつまでもここで籠っている場合じゃないですよね。カズキ先輩、何か作戦はry」

 

「ほーれ、マサが来たぞー」

 

 桜はカズキどう指示を出すのか伺うがそれよりも早く、カズキはフラッシュバンとスタングレネードのピンを抜いて弧を描くように投げた。閃光と衝撃音が響いたと同時にカズキは一気に走りだす。

 

「タクティカルハンドガーンっ‼」

 

 カズキは横へと走りながら腰のホルスターからM93Rを引き抜いて撃っていく。カズキが何も指示を出さずにすぐに動いたことに桜は焦った。

 

「ちょ、いきなりですか!?」

「カズキ先輩達、勝手に自己完結する人達だから!」

 

 彼らは言うよりも早く行動する。そのせいもあってかかなりわちゃわちゃするのだ。あかり達も急ぎ敵が視力が回復して反撃してくる前にカズキに続く。

 

「カズキ先輩、少しは指示を出してください!」

「桜ちゃん、ほらあれだ。すぐに行動しなきゃ、待ってばかりじゃ…えーと…すごい状況が…ヤバいんだぞ?」

「先輩、語弊力なさすぎ!?」

 

 カズキはうまく言いきれていないが、少しばかりか納得もできるような気がした。桜はこれまでサシでの勝負は経験しているが複数、しかもこんな銃撃戦になるような戦いは経験していない。寧ろ警察故かこんな経験はできない。やはりありとあらゆる激戦を潜り抜けてきたカズキ達だからこそこんな状況にも落ち着いてすぐに行動できるのだろう、というような気がした。

 

 カズキは今度はポーチからM18発煙手榴弾とスタングレネードを取り出してピンを抜き思い切り投げた。

 

「よーし、俺とあかりで突撃すっから援護を頼んだぜ!―――――わかった!」

 

 カズキは自分に問いかけ自分で答えて合図もなしにすぐに敵陣へと駆けだしていった。突然自問自答して我先にと駆けて行ったカズキにあかり達はギョッとする。

 

「いや何自分で言って自分で答えてるんですか!?」

「ってもう勝手に突き進んでるし‥‥あかり、頼んだ!」

 

 あかりは煙の中を駆けてカズキを追う。カズキはM93Rで相手の手足を的確に狙い、物陰に隠れながら狙いを定めて撃っていく。

 

「ひっさびさにハンドガン握るんだけど‥‥エイムがぶれるなー」

 

 そう呟きながらも後方でライカ達の援護もあり、カズキは撃ち続けた。本当にぶれているのだろうかと疑ってしまうが状況に慣れてきたのかカズキは次第に調子に乗り始める。

 

「ぶれるぶれるぶれるぶーれる!エイムがぶーれるー‼」

「か、カズキ先輩、歌ってる場合じゃないですよ!?」

 

 その時、黒いバンの近くにいた黒ずくめの強盗犯の一人がバンのドアを開けて何かを取り出してこちらに向けて投げた。遠くでよく見えなかったが次第に近くなると明らかになってきた。それはソフトボール並みの大きさの緑色の立方体の物体だ。

 

「なにあれ…?」

「あれってなんかヤバい気がする‥‥すぐに離れるぞ!」

 

 その立方体の物体からシューっと焦げるような音が聞こえ、カズキはあかりの手を取り急ぎ離れた。立方体の物体が地面に落ちてワンバウンドした途端、爆発を起こした。轟音と共に放たれる爆風に押されつつもカズキとあかりは床を黒く焦がしコンクリートを抉ったその爆発の威力に驚愕する。

 

「なんじゃありゃ!?かなりやばいじゃんか!」

「緑色の立方体‥‥もしかしてあれがクリーパー!?」

 

 あかりはジャンヌが言っていた事を思い出した。武装検事の試験会場で起きた爆破事件、その事件に使われたと言われる『クリーパー』と呼ばれた爆弾、そしてその爆弾を作った元イ・ウーの『フレイヤ』とその部下。つまりはあの連中はただの強盗犯ではない、元イ・ウーの武装組織達だ。

 

 体勢を立て直す前に連中は再びバンからクリーパーを取り出して投げつけてくる。爆発に巻き込まれる前にカズキはあかりを連れてライカ達の下へと逃れた。

 

「あんなのがあるって思い切り殺す気満々じゃねえか!」

「ジャンヌ先輩が言っていたフレイヤとかいう奴の手下か‥‥それよりも何でカズキ先輩を狙ってんだ?」

 

 連中の狙いがアリアとキンジが狙いなのならばカズキを狙うのはお門違いのはずだ。何か他に理由があるのかもしれないのだが、肝心のカズキは渋いお茶を飲んだような顔をして首を傾げる。

 

「うーん、おら狙われるようなことしたことねぇぞ?」

 

 本人はとぼけているのかふざけているのかそれとも真面目に考えているのだろうか。今までの事を考えると思い切り心当たりがあるような気がしてならない、とライカと桜はジト目でカズキを見つめた。

 

「それよりも今はどうやって切り抜けるか、ですよ」

 

 威力の高い爆弾、クリーパーを投げつけてきている中をどう対処していくか。無暗に突撃しては格好の的。何かいい手はないか、とあかりは考えていたがカズキはケロッとしていた。

 

「簡単じゃん、要はあのバンの中にクリーパーがあるんだろ?」

 

 へ?とあかりはキョトンとしていたがカズキはM93Rをリロードするとドヤ顔のまま飛び出していった。一体何をしだすのか、不安と焦りと嫌な予感がしつつもあかりが急ぎカズキを追いかける。

 

「おらーっ‼お前らのところにもマサを送りつけてやんぞ!」

 

 カズキはお構いなしに敵陣へと迫りながらM39Rを撃ち続けていく。カズキに敵の銃弾が当たらないように、あかり達が援護射撃をし続けた。カズキの撃った弾丸は何度も黒いバンのフロントガラスに当たり、ガラスに大穴を開けて割った。するとカズキはポーチからMK3手榴弾を取り出してピンを引き抜いて投げた。弧を描くように飛んだMK3手榴弾は見事に黒いバンのフロントへと入っていく。

 

「攻撃手段の大元を先に潰す!」

 

 相手の攻撃手段であるクリーパーを先に破壊し、相手の行動を無力化させようと考えた作戦だったのだろう。カズキはドヤ顔な笑顔であかり達を見つめるが、あかりは青ざめていた。

 

「あの‥‥カズキ先輩?もしまだあの中にまだクリーパーが沢山あって誘爆したら、かなりの爆発になりませんか‥‥?」

 

 黒いバンに手榴弾が投げ込まれた途端に襲撃犯達は蜘蛛の子散らす勢いで逃げ出している。あかりの問いにカズキは「あ」と口をこぼしたが、すぐにテヘペロとおちゃめな笑顔を見せた。

 

「‥‥そこまで考えてなかったぜ」

「い、急いで離れますよぉぉぉぉ!?」

 

 あかり達も急いでその場を離れようと駆け出した。その数秒後、バンから大きな爆発が起こる。まるでこのショッピングモールに戦艦の主砲が撃ち込まれたような衝撃が響き渡った。なんとか爆発から逃れたライカと桜は顔を覗き込み、爆発が起きた場所見て目を丸くする。

 

「何というか、酷い惨状だなこれ‥‥」

 

 未だに舞い上がっている黒煙の中でカズキが散り散りになっていた襲撃犯に飛び掛り手錠をかけ、そんなカズキをサポートするかのようにあかりが徒手空拳でカズキに襲い掛かっている襲撃犯と戦っている姿が見えた。

 

「‥‥なんかもう無茶すぎます」

 

 ふざけているけれえども、やる時はやる。確かに頼りにはなるのだが、カズキのテンションについて行けない。桜は何処か遠い眼差しでカズキを見つめた。

 

 

____

 

 

「あんたバカなの?」

 

 戦場跡のように床や壁が黒く焦げ、幾つも抉れた跡が残り、天井がきれいさっぱり無くなったエントランスでアリアはジト目でカズキを睨んだ。あの後アリアを含め、他の武偵達が応援に駆けつけてきたが、このエントランスの惨状に誰しもが目が点になった。この惨状の原因である、煤が少しついて少し焦げた臭いが残っているカズキは照れ笑いをする。

 

「もー、手柄横取りされたからってそう怒るなよ」

「そう言う問題じゃない‼なんで襲撃犯と戦って建物を破壊するのよ!?」

 

 カズキだけならあかり達が何とかして無茶苦茶な行動は制限できるだろうと考えていたが、まさかカズキ一人だけでもこの惨状になるとは思いもしなかった。エントランスだけで済んだのはよかったが、もしタクト達が加わっていたらどうなっていたか、アリアは想像するだけでもゾッとした。

 

「ほんっとあんた達がなんで武偵なのか、訳が分からなくなるわ‥‥」

「まあまあ、被害が最小限に抑えれたんだからいいじゃねえの?」

 

 これのどこが最小限だというのか。アリアは怒りたかったが、どこか遠い眼差しをしているライカと桜、市民の避難誘導して現状を知る事はできなかったがこの有様を見て目が点になっている志乃と麒麟を見てもうこれ以上ツッコミを入れるのはやめた。

 

「で、でも、アリア先輩!クリーパーを使って来たフレイヤの部下達を捕まえれたのはよかったと思いますよ!」

 

 あかりのフォローになっているような、なっていないようなフォローにアリアは内心ほっとして頷いた。

 

「そうね…あいつらを取り締めて情報を吐かせることができる。お手柄だわ、あかり」

「あのー、それ俺も頑張ったんですけどぉー?」

 

 カズキが話に割り込もうとしたが、アリアはそれを完全に無視した。

 

「あいつらが何故カズキを狙ったのか‥‥いや、もしかしたらあかり達が狙いだったのかもしれないわ」

「私達を襲い、アリア先輩をおびき寄せる罠…ですか?」

「そうね。クリーパーの対処をまだジャンヌから聞いてなかったから、もしかしたら…ね?」

 

「俺の話を聞けーよー‼」

 

 カズキは歌いながら更に話に割り込もうとするが、アリアはツインテールを靡かせてカズキをジト目で睨む。

 

「あんたねぇ‥‥お願いだから今週の日曜に行われるイベントで変な事しないでよ?」

「うん?イベント?」

 

 首を傾げるカズキにアリアは頭を抱えてため息をついた。

 

「今朝HRでどの学年でも知らせてあったでしょ?『参観日』よ」

「わからん」

 

 即答するカズキにアリアは更に深いため息を漏らした。彼らは人の話を真面目に聞かなかったことを改めて思いだす。

 

「普通の学校のような保護者が来るような授業じゃないわ。保護者だけでなく企業、軍、そして政治家が見に来る実戦的な訓練を行う大規模な授業よ」

 

 どうやら今年から行われるらしく、1年生の間で行われていた4vs4の『カルテット』を更に大規模な物にしたようなものらしい。

 

「未だにフレイヤの手がかりがつかめていない中で行われるなんて‥‥油断はできないわ」

「でもアリア先輩、カズキ先輩達が集まったらその『参観日』、どうなるんでしょうか‥‥」

 

 アリアは一瞬だけ、想像をしたがすぐにやめた。キンジから聞いたのだが、カズキ達騒がしい4人組が行った『カルテット』はかなり悲惨なものだった。それを考えると間違いなく大惨事になり兼ねないと考えたら胃が痛くなってきた。

 

「カズキ、あんた絶対に変なことをしないでよ!?」

「?よく分からんが、万事オッケーだぜ!」

 

 絶対に意味を理解していない。どうやったら彼らを止めることができるか、アリアは頭を抱えた。




 AAの登場人物達ではカズキ達の暴走を止める事はできなかったようで

 イメージはダイ・ハードです。いっつも爆発してるような気がしたので(コナミ感

 話は180度変わりますが、トリプルXリブートは個人的に好き。やっぱりxXxはザンダー・ゲイジですね。アイス・キューブもいいですが、2は設定が無理矢理感あったので…
 狙撃のお姉さんのアクションもなかなか


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120話

 横浜アリーナ‥‥かなり満席だったようで。見に行けた人、羨ましいです。行きたかったなー…
 参加者の方々も、関係者様方も、カオスな4名様もお疲れ様でした!

 DVD‥‥もし出るなら予約しなきゃ‼


「随分と森の奥地に建てたな…ここであってんだよな?」

 

 深夜0時、月明かりも遮る暗い森の中でケイスケはタブレットに映っているマップと視線の先にある物を見比べながら理子に尋ねた。普段の武偵校の制服の上に黒いジャケットを羽織った理子はドヤ顔で頷いた。

 

「ケーくん?りこりんに間違いはないのだよ!」

「さーてどうやって入ろうかな」

「ちょっと!?無視しないで!?」

 

 ケイスケは理子がプンスカと怒っているのも無視して黒いボディーアーマーを着て、双眼鏡を覗く。

 

「1、2、3‥‥監視カメラがだいたい5,6台か。それに見張りも巡回中。かなり手堅く守ってやがるな」

「そりゃあ私設軍隊を所有している猿楽製薬会社だもんね」

 

 ケイスケ達は猿楽製薬に潜入すべく、施設から数百メートル先の森の茂みに潜んでいた。目的は施設内にあるであろう、違法に武器を製造しているデータの回収及び現場の発見、民由党との取引の証拠の押収、そして『N』の伊藤マキリの捜査だ。やる事は多いとケイスケはため息をついた。

 

「それで、どれくらい待てばいいんだ?」

「もーちょっと待ってね?もう少しでヒルダから合図が来るはずなんだけど‥‥」

 

 双眼鏡で眺めてかれこれ数十分が経過している。いつになったらゴーサインがでるのだろうかとケイスケは退屈していた。外野が静かすぎるせいなのか、タクトやカズキといったやかましいバカがいないせいなのか心なしか落ち着けなかった。

 

 ふと明かりがついていないはずの二階の一室の窓が一瞬だけだが明るくなった。その直後に正門前につけられている数台の監視カメラが火花を散らした。

 

「ヒルダが潜入してカメラをいじってくれたみたい。これで安心して正面からいけるよー」

「ったく、漸くか。すぐにヒルダと合流しにいくぞ」

 

 ケイスケと理子は双眼鏡とタブレットを片付けて黒いリュックを背負うと低姿勢のまま正門へと駆けた。見張りに見つからないように、気配を悟られないように息を殺して辿り着く。ガラス製の扉にはカードリーダーがついていた。ケイスケはサプレッサーをつけたUMP45を構えて辺りを見回しながら理子に目で催促した。

 

「さっそく出番というわけだね♪」

 

 理子は懐から昨日作ったレプリカのカードを取り出す。早速カードリーダーに通すと緑色のランプを灯し、カチャリとロックが解除された音を響かせた。軽々と扉を開けて潜入すると理子はケイスケにウィンクをする。

 

「楽勝っ」

「ヒルダ、内部のカメラの方はどうだ?」

「ちょっとー!?理子をスルーするなんてプンスカだよ‼」

 

 小声でプンスカと怒る理子をスルーしてケイスケは無線でヒルダに尋ねた。

 

『もうとっくに監視室に入って片付けておいたわよ?中のカメラの方は面倒だから全部ショートさせておいたわ」

「でかした。これで楽に進める。社長室で落ち合う」

 

 無線を閉じてタブレットで内部のマップを確認する。社長室、木村雅貴の仕事部屋は3階。それまで廊下を通り階段で進むが問題はなさそうだ。無線の会話を聞いていた理子はヒルダが頑張っていることに満足して頷いていた。

 

「ふむふむ、ヒルダも目的地に向かっているみたいだね。私達もすぐにry」

「よーし社長室はあっちか」

 

 すぐに向かおうと言い終える前にケイスケはスタコラと通路を駆けていく。いくら内部の監視カメラが壊れているとはいえ、見張りが巡回しているかもしれない。理子はギョッとしてケイスケの首根っこを掴んで止めた。

 

「まてえええい!?」

「アバス!?何しやがる!」

「もうちょっと警戒して進んでよ!?ケーくん緊張感無さすぎだよ!?」

 

 人に見つからないように目的の場所へと進むのが潜入であり、理子としてはこれは武偵とは違う危険なミッション。怪盗として、元イ・ウーとして、それなりに心得はある。それ対してにケイスケは全く警戒する気がないのか気にせずずかずかと進もうとしていた。

 

「いちいち気にしてたら先に進めねえぞ?お前キャッツアイの子孫なんだから余裕持てよ?」

「いやキャッツアイじゃなくてリュパン‼やっぱりあの時真面目に聞いてなかったでしょ!?」

「知らんがな。急いで行かないとヒルダが待ちくたびれてるぞ」

 

 知らんがなの一言で片づけられた理子は半ば呆れてため息を漏ららす。彼ら4人組は人の話を聞かないことを忘れていた。いちいちツッコミをいれていたら夜が明けてしまう、理子はもう気にしたら負けだと察してケイスケの後に続いた。

 

 2中の見張りは少ないのか見つかることなく2階、3階へと難なく通り抜けて暗い通路を進んでいく。タブレットで内部のマップを確認している理子を先頭にケイスケはUMP45を構えて辺りを見回していく。理子は鉄製の黒い扉の前で歩みを止めた。

 

「あった。ここが社長室だよ」

「ここか‥‥それでヒルダは?」

 

「やっと来た。待ちくたびれたわよ」

 

 理子の影からヒルダが現れた。待たせてしまったせいか少し不機嫌な様子だ。理子は肩を竦めて苦笑いして返す。

 

「ヒルダ、お待たせ。ケーくんの警戒心無さすぎの行動にはもうビックリ」

 

「おまえこれで真面な方だぞ?たっくんと一緒にここまで来れるか?」

「たぶん無理」

 

 ケイスケの問いに理子は即答し、扉についてあるカードリーダーにレプリカのカードを通す。正門の時と同じように緑色のランプが灯されロックが解除された音を鳴らす。社長室の中は広い部屋の中に木製のデスクとすぐ傍にある幾つもの本棚だけ。

 

「すっごいシンプルだな。本当にあるのか?」

「それを探すのが私達のお仕事だもん。それじゃ宝探しといきましょー♪」

 

 理子のノリノリの合図で証拠探しを始めた。本棚にあるファイルを漁り、資料を見ながら捲っていく。書かれているのは製造している薬品の成分やら使われている原材料の詳細と仕入先、統計の資料やら数字が並べられているだけの資料ばかり。目ぼしいものはなかなか見つからない。

 

「ケーくん、あった…‼」

 

 黒いファイルを捲っていた理子が見つけたようだ。ケイスケも顔を覗かせて資料を見ると、民由党の鬼島が幾つもの銃器を購入したという内容と契約書が書かれていた。

 

「大当たりだね♪これで証拠も確保かな?」

 

 理子は満足気に頷いていたがケイスケはふとある事が気になった。

 

「武器を購入してるけどよ‥‥じゃあどこで造ってんだ?」

 

 彼らが取引をしていたという証拠は見つかった。しかしその武器が何処で製造されているのかが未だに見つかっていない。このだだっ広い森の中にポツンと建ったような大きな製造会社だ。そのような工場が辺りには見当たらない。

 

「確かにこの内部マップも医薬品の製造場所しか表示されてないし、どこなの?」

「そういえば、エレベーターがあったわね。後あるとしたら‥‥」

 

 ヒルダは床を見ながら傘で床をつつく。1階にも2階や3階にもないとすれば残るは地下しかない。

 

「まだ時間はある‥‥あとは製造場所を見つけるだけだしもう少し探すか」

「ブッ、ラジャー!」

 

 社長室を出たケイスケ達はエレベーターへと向かう。道中、警戒しながら進んでいったが見張りが見当たらない。あまりにもザルすぎる事に理子は少しずつ違和感を感じていった。

 

「これだけ警部が薄すぎるのはちょっとおかしいよね‥‥」

「あれじゃねえのか?定休日だったとか」

「ケーくん、楽観的すぎるよ!?」

 

 少しぐらいは警戒心をもっと強めて欲しいと願う。そうしている間にエレベーターへと到着。エレベーターの中に入り、フロアのボタンを見るとマップには表示されていなかった地下のフロアへと向かうボタンがあった。

 

「やっぱり地下があるみたいだな。通りでこの辺りの警備が薄すぎると思ったわけだ」

「ケーくん、さっき定休日とか言ってたよね?」

 

 ますますケイスケは真面目にやっているのか、気が抜けているのか分からなくなった。タクトやカズキらがいないせいなのか、普段ストッパー役をやって溜まりに溜まった疲れを発散しているのか。ケイスケは最下層である地下7階のボタンを押し、エレベーターは地下へと下がっていった。

 

「!理子、後ろ見てみろ‥‥!」

 

 地下へと降りている間にふと後ろを振り向いたケイスケは目を丸くして理子に声を掛けた。理子は後ろを振り向くと、後ろの壁はガラス張りだったようでそこから見える地下のエリアは上の階と比べ物にならない程の広い空間が広がっていた。銃器のパーツや弾丸を製造する機器が幾つもありまさしくそこは武器工場であった。あまりもの広さにケイスケと理子は驚きを隠せなかった。

 

「マジかよ。地下にこんな広い場所があったなんてな‼」

「ケーくん、これヤバイよ。私設軍隊を保有してるっていうけど、こんだけの広さと量じゃクーデターを起こせるレベルだよ…!?」

 

 理子は何度もカメラで写真を撮りながら驚愕し続けている。ヒルダは目を丸くして無言のまま眺めていたがちらりと上へと目を移すとすぐにケイスケと理子に声を掛けた。

 

「二人とも、気をつけなさい。地上の方は警備が薄かったようだけど、ここはかなり厳重みたいだわ」

 

 二人はヒルダの視線の先を見る。上の階の通路では何人もの銃を携え白い防弾服を着た武装した見張りが巡回しているのが見えた。

 

「こんなところにいたんだ‥‥って、ケーくんなんで一番下の階のボタンを押したの!これじゃ戻るの大変だよ!」

「いいじゃねえか、見られたくないもんを隠すとしたら一番下っていうし」

 

 そんな言葉は聞いたことがないのだが、と理子はツッコミを入れたかったがここまで来てしまった以上引き返すわけにはいかない。

 

「他にも伊藤マキリを見つけなきゃなんねえしな」

「しょうがないなぁー。証拠がもっといるかもしれないし、もう少しだけ捜査だね」

 

 理子はため息をもらしながらもホルスターからワルサーP99を引き抜いてリロードをする。エレベーターが最下層であるフロアに辿り着いたと知らせる音を鳴らし扉が開く。ケイスケはすぐさま出て左を、理子とヒルダは右の通路を確認し安全を確保する。

 

「地下7階から上の階が武器の製造現場…とりあえずこの辺りを見ながら上へと進もう」

 

 再び理子を先頭に辺りを見回しながら進んでいく。なるべく監視カメラの死角になっている場所を選びながら、巡回している見張りに見つからないように慎重に上の階へと目指す。扉の窓から中を覗くが薄暗く見えにくいが、目を凝らしてみればどの部屋にもよくアニメや漫画にあるような大きな培養装置が何台も置かれているのが見えた。

 

「この地下7階は銃器とは別のもんを作ろうとしてんのか?」

「…分からないけど、奴等が色金と関わっているならやり兼ねないわね」

 

 ヒルダが険しい表情で答えた。ケイスケは昨日彼らが言っていた色金がどういったものなのかよく分からない。緋緋色の他にも色金が存在しているようだが、彼らは色金を使った兵器を製造することを目的にしている。ヒルダと理子の表情からしてきっとマズイもの、あまり公に公表できないものなのだろう。

 

 その時、鈍く低いアラートの音が鳴り響き、通路の天井に付いてる赤いランプが点滅をし始めた。

 

「な、なんだ!?警報か!?」

「嘘‥‥ちゃんと見つからないようにしてたのに!?」

 

 突然鳴り響き始めた警報にケイスケと理子は戸惑う。内部へと潜入する際はヒルダが監視室に潜入して制圧して監視カメラを停止させ、警備に見つからないように潜入した。この地下へ来る間も気配を最大限に抑えて慎重に進んだ。それなのに警報が鳴ってしまったことになぜ見つかってしまったのか理由が分からなかった。

 

 瞬く間に通路から武装した警備兵達が駆けつけてきて、ケイスケ達を見つけるとすぐにSG550やステアーAUGを構えて撃ってきた。

 

「理子、ケイスケ、私の後ろにいなさい!」

 

 ヒルダは持っていた黒い日傘を広げて掃射してきた弾丸を防ぐ。防弾仕様なのか弾を防げているが傘で防げていない箇所から弾丸が通り抜けて掠めていく。

 

「ヒルダ!目を閉じとけよ‼」

 

 ケイスケはすぐさまポーチからフラッシュバンのピンを引き抜いて投げた。弧を描いたように飛んだフラッシュバンはヒルダを傘を飛び越えて警備兵達の下へと落ちると閃光と衝撃を炸裂させる。怯んで飛んでくる銃弾が止むとヒルダが紫色の雷球を放ち、直撃した警備兵達は倒れていく。一時は凌げたがヒルダは不満そうにケイスケをジト目で睨んだ。

 

「吸血鬼に閃光を当てようとするなんて野蛮じゃなくて?」

「あのままハチの巣になるよりかはマシだろ。あ、それとも焼夷手榴弾があったけどそっちがブッコロス的によかったか?」

「いや良くないよ!?ケーくん私達武偵なんだからね!?というかなんで持ってんの!?」

 

 理子は慌てながらツッコミを入れる。焼夷手榴弾とかいつの間にそんな物騒な物を持っているのか、これでは武偵かどうか疑うレベルだが今はそれどころではない。

 

「兎に角!いそいでここから脱出するよ‼」

 

 理子の言う通り、何故か見つかってしまった以上ここから捕まらないように脱出しなければならない。ここで捕まったら抹殺されるか何かの実験台かモルモットにされる。中央のガラス張りのエレベーターから沢山の警備兵達が降りてくるのが見える。エレベーターで戻るのはどうやら無理そうだ。

 

「無理やりだが階段から逃げるぞ‼」

「そうだね。非常口から地上へ出れるかもしれない!」

 

 3人は通路を駆けていく。曲り角から警備兵達が駆けてきたのが見えると撃ってくる前にケイスケがフラッシュバンをピンを抜いて投てきし先制し、怯んでいる間にヒルダの電撃で片づけていく。曲り角を曲がる前にケイスケは顔を覗かせて迫って来てないか確認しようとしたが弾が飛んできたことに焦りながら顔を引っ込める。

 

「もう迫って来やがるか‥‥!数が多すぎんだろクソが‼」

 

 ケイスケは舌打ちして悪態をつきながらも壁を背にしてフラッシュバンを投げた。閃光と衝撃が響いたらすぐに低姿勢で出てUMP45を撃って制圧。すぐの曲り角から警備兵達が飛び出してきてケイスケを狙い撃とうとしてきたが彼らが撃つよりも早く、理子がワルサーP99を撃ちヒルダが電撃を放って鎮圧していく。

 

「思った以上、数が多いわね」

「おかげさまでフラッシュバンやスタングレネードが足りるかどうか分かんないな!」

「ケーくん、もしかしたらエレベーターじゃないと上へいけないのかも」

 

 通路を駆けて進んでいるが階段らしきものは見当たらない。もし階段がなければここから地上へ脱出する方法はもうエレベーターしかない。だが、肝心のエレベーターは敵が占領して待ち構えているだろう。3人だけで切り抜けるとなると苦しい。ケイスケは額にしわを寄せて上を見上げる。

 

「たっくんじゃねえが‥‥ぶち壊して進むか?」

「止めて!?破壊したら色んな意味でまずから‼」

「気にしすぎだろ。ほら、ヒルダだってヒューブッコワス的なこと言うじゃねえか」

「Fii Bucurosよ‼そんなバカみたいな事を言ってるわけじゃないわよ!?」

 

 理子とヒルダは破壊活動をしようとするケイスケをツッコミを入れながら止めた。理子は彼らの所業を良く知っている。この施設は重要な証拠、ここを破壊させるわけにはいかない。

 

 さっそくどうやって壊そうか考えるケイスケを止めている間にも後方から追手の警備兵達が迫って来ていた。彼らはケイスケ達をハチの巣にせんとばかりに銃を構えた。

 引き金が引かれる瞬間、警備兵達がいる近くの壁が爆発で壊され、大きく空いた穴から爆風が襲い掛かる。警備兵達は爆風に巻き込まれて壁に叩き付けられて倒れていった。一体何が起きたのかとケイスケ達はポカンとしていたが、見覚えのある顔がひょっこりと覗かせた。

 

「あっ!ケイスケみーっけ‼」

 

「「たっくん!?」」

 

 大きく空いた壁穴から現れたのはタクトだった。ケイスケと理子は驚いていたがタクトはニシシと笑う。

 

「間に合って良かったな!俺のおかげだ、崇め奉れ?そして俺に味噌汁を献上しろ?」

「いやなんでたっくんがこんな所にいるんだよ!?」

 

 ドヤ顔するタクトをケイスケは怒りながらアイアンクローをお見舞いする。何故、猿楽製薬の地下にタクトがいるのか理由が思いつかなかった。しかし、ここにいたのはタクトだけではないようだ。今度はセーラがジト目で出てきた。

 

「たっくん、お願いだから勝手にあちこち壊さないで」

「セーラ!?貴女まで来てたの‥‥!?」

 

 今度はヒルダが驚き、セーラは面目ないとため息をつきながら謝った。

 

「驚いたわ…セーラ、もしかしてタクトの舵が取れないでここまで来たわけじゃないよね?」

「ヒルダ、そうだったらこの施設は爆破されてる。これでも最小限に抑えてるんだから」

 

 確かにそうだと、ヒルダは半ば納得できているような納得できてないような気がしながらも頷く。セーラが一応タクトの暴走を抑えていることに感心した。

 

「って、ちょっと待って。あちこち壊さないでってまさか」

 

 理子はふと気づいて嫌な予感がした。改めてタクトに尋ねようとしていたがタクトは聞いていなかった。

 

「ケイスケ、ここに来てんのは俺だけじゃないぜ‼」

「なに?他にも来てんのか?」

 

 タクトはドヤ顔で先程出てきた大きく空いた壁穴を指さす。セーラに続いて出てきたのは眠たそうな表情をしているナオトだった。

 

「あ、ケイスケだ‥‥いたんだ」

 

「いたんだ、じゃなくて…ナオト、お前も来てたのかよ‼」

 

「遅いぞナオトー。出発前にうどんばっか食ってから遅れるんだぞ?」

「いや今日はラーメンだし。というかたっくんが勝手に進むからだろ?」

 

 ケイスケ達は何日ぶりかの合流に喜びながら今日の晩御飯は何だったのかと盛り上がりながら会話を弾ませていた。そんな話をしている場合ではないと理子達は思っていたが、あまりにも嬉しそうなので中々ツッコミを入れにくかった。

 

「お前ら晩飯の話をしているどころじゃねえだろ!?」

「こいつら相変わらず賑やかだじょ」

 

 そこへ静刃と鵺が駆けつけてきて、静刃がケイスケ達にツッコミを入れて止めることができた。ケイスケは未来に帰ったはずの静刃と鵺がいることに目を丸くして驚いた。

 

「おま、鵺と‥‥誰だったけお前?確かソーセージみたいな名前だったよな?」

 

「静刃だ‼なんで鵺は覚えてて俺は忘れてんだよお前らは!?」

 

「いや鵺は角生えてるし…ビーム撃てるし」

 

「だからなんでビーム基準なんだよ!?」

 

 どうしては喧しい連中(このおバカ達)は真面目に覚えていないのか。静刃はツッコミをきれず胃が痛くなってきた。

 

 

 

 

 




 生活水準を上げようとしてるのに…エクスデス城に村人工場にガンダム、そして近所に無があったりと、生活水準を上げるどころかどんどんカオスになっているような気がする(白目)

 


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121話

 新生活、疲れや忙しさでなかなか進めれなかったけれども漸く落ち着いてきたので更新。
 更新頻度が低下してしまいましたが気合いで続けます
 


 それはケイスケと理子が猿楽製薬に潜入する前まで遡る。ケイスケ達が中の様子を双眼鏡で確かめていた時間と同刻、タクト達は猿楽製薬の裏側に既に潜入しようとしていた。

 

「ここまではクリアだ…」

 

 黒套を靡かせて静刃は辺りを見回す。裏側の壁沿いには見張りも監視カメラもない。安全が取れると静刃はゆっくりと手を振る。警戒しながら待っていると、暗い茂みからセーラと鵺が出てきて彼女達に続いて黒い迷彩柄のボディーアーマーを着たタクトとナオトがカップうどんを啜りながら出てきた。

 

「静刃、問題はないみたいだな!」

「問題があるのはお前らだ。なんで今うどん食ってんだよ!?」

「‥‥お腹空いたから仕方ないだろ。あ、俺ラーメンだし」

「そういう問題じゃない」

 

 セーラがツッコミをいれるが二人はなんでと不思議そうに首を傾げる。静刃は頭を抱えた。正直言って潜入するとしたら自分だけでよかったのではないか、と薄々思ってきていた。気を取り直して静刃はタクト達を見つめる。

 

「いいか?今回の目的は猿楽製薬に潜入して伊藤マキリを見つける事だ」

 

「「‥‥え?え?」」

 

「なあ、こいつら殴っていいよな?ぶった切っていいよな?」

「落ち着いて。ふざけてるだけだから」

 

 少し我を忘れて手を出しそうになった静刃をセーラが宥める。未だに少しバカっぽい返事をするタクトとナオトがどこまで真面目なのか未だに分からない。既に知ってたとタクト達のおふざけをスルーしていた鵺は自分達が来た方角を向いて深く唸っていた。

 

「それにしてもあの神父、ここまでバックアップしてくれるとは‥‥本当に何者だじょ?」

 

 ジョージ神父はタクト達に猿楽製薬の場所や潜入するに監視の薄い場所はどこかの地図の手配、武器や道具等々、自分達が戻ってくるまで待機および逃走用の車輛の準備までもしてくれた。鵺は不思議そうにしていたがジョージ神父の正体を知っているセーラはやりすぎと少し遠い眼差しをしていた。

 

「兎に角、内部に潜入する。ここからは見つからないように慎重に「へっふん‼」

 

 静刃の忠告を遮るようにタクトが派手に大きなくしゃみをした。静刃はギョッとして辺りを見回しセーラは慌ててタクトの口を手でふさいだ。

 

「バカなの!?たっくん、本当にバカなの!?」

「出ちゃったものはしょうがない。所謂これが武者震いってやつだ!」

「くそっ‼今すぐこいつをチームから除外してぇ‥‥‼」

 

「お前らそんな事に構っているばじゃないぞ?ナオトのやつ入口見つけて先に進もうとしてるじょ」

「ああもう自由すぎる‥‥!」

 

 反省の色を全く見せないタクトとナオトに静刃とセーラは項垂れる。ここでぐだぐだしていては進むことができない。気を取り直して裏口から潜入する。内部は明かりひとつもない暗い通路。暗視ゴーグルをつけたナオトと静刃が先頭に慎重に進んでいく。静刃は右目の『バーミリオンの瞳』を赤く光らせて一つ一つサーチしていくが対象の人物は勿論、目ぼしいものは見つからなかった。見つかるのは通信販売用に販売する医薬品の材料や製造過程のものばかりや製造するための機材ばかりであった。

 

「この辺りは本当にただの製薬所のようだな」

「表面は製薬会社だと見せる為かも。私設軍隊を保有しているなら武器を保管、隠す場所があるはず…」

 

ここから上の階は恐らく目的の物はないだろう。それなら隠している場所があるとすれば、と静刃は足元を見つめる。

 

「そうとなると地下か。可能性があるな」

「問題はその道がどこにあるか。内部のエレベーターか地下へ続く階段を探すしかない」

 

 辺りを見ながら通路を歩んでいくが下へと続く階段がありそうにない。残すはエレベーターだ。静刃は小さなタブレットを開きこの内部のマップを確認する。一階のエレベーターはエントランス近くにある一か所だけ。遠くは無いが監視カメラを掻い潜って通るしか方法は無い。遠回りをするか悩みながらチラリと横を見ると床にヒートチャージを仕掛けようとしているタクトの姿が見えた。血の気が一気に引く感覚がしてすぐさまタクトを止めた。

 

「お前なにしてんだ!?」

「何って床をぶち抜いて近道しようかなーって」

「今回は壊すな!施設の破壊が目的じゃねえっての‼」

 

 静刃はタクトからヒートチャージを没収した。目を離したらこれである。することがハチャメチャで対象の破壊が得意なタクト達が武偵なんて色々とおかしい。どうやったら抑えることができるかと静刃は目の前にいる問題児に頭を悩ます。が、少し離れた場所で甲高い破裂音が響いた。静刃はセーラと鵺の方にすぐさま目で伺うが二人は半ば呆れた顔で首を横に振る。静刃は数分前までついて来ていたはずなのにもうナオトの姿が見えない事に気づくと頭を抱えた。

 

 音が響いた方へと急ぎ向かうと、案の定ナオトが小型のヒートチャージで鉄製の黒い扉をぶち壊していた。白い煙を上げて倒れている扉の傍でナオトはドヤ顔をする。

 

「‥‥隠し階段みつけたぞ」

「おお‼さすがナオトだぜ!勝手に探索の達人に任命しよう!」

「頼むからお前ら勝手に動かないでくれ‥‥‼」

 

 ここにケイスケかカズキがいてくれてれば少しは勝手な行動が抑えることができていたのだろうか。次第に胃が痛くなってきた静刃はもうどうにでもなれと躍起になって階段を降りていった。非常階段か或いはあまり使っていないのか電灯の明かりも薄く下へと下へと降りて行くほど少しずつ暗くなっていく。最下層が地下7階のようで慎重に扉を開ける。

 

 扉を開けると上の階とは違い、大きな空間が広がっていた。分厚いガラスに囲まれてできた中央の広い場所では銃器や弾薬、弾丸の製造をしておりまるで武器工場のようで、上の階に見えるラボと思われる場所では何やら化学実験のようなものが行われており、通路では武装した見張りが数多く巡回しているのが見えた。静刃やセーラはまさかこんな場所が隠されていたのかと驚き、タクトは目を輝かせていた。

 

「すっげえええ!まるで秘密基地じゃん‼

 

「この規模‥‥猿楽製薬は何を企んでいるの…」

「獅堂の予想通り、こいつら『N』に繋がってるわけか。これではっきりした」

 

 猿楽製薬が武器の製造を行っている事が明らかになった。間違いなく猿楽製薬は『N』の手先であり、この製造している武器は『N』の為に使い或いは他の武装組織に売り飛ばしているだろう。『N』に繋がっているとなれば伊藤マキリがここに潜んでいる可能性が大きくなった。彼女を見つけることと公安0課が立件できるよう更に証拠を集めるためにこのまま潜入を続ける。

 

「よーし、ナオト俺に続け。今の俺はエージェントスパイだ、もうワクワクが止まらねえぜ?」

「たっくん、スパイしたことあんの?」

「ない。ナオトは?」

「俺もない。けどやれる気がする」

 

「鵺、セーラ、このバカ二人が勝手な事をしないか見といてくれ」

 

 更に緊迫した状況にもあるにもかかわらずタクトとナオトはのほほんとしていた。これ以上この二人の行動で胃を痛めないように静刃は鵺とセーラに見張ってもらいながら自分が先頭に立って進むことにした。

 

 警備兵が来ないか監視カメラに映らないか慎重に進んでいるものの、見えるものは武器工場の現場と何かの実験施設しか見えず、『N』との関連が完璧に裏付ける証拠、伊藤マキリの姿は見つからない。静刃は緊張と焦りが募っていくがタクトとナオトは工場見学気分で気楽にしていた。

 

「ねえねえセーラちゃん。あれって何の実験かわかる?」

 

「たっくん、今はそこを気にしている場合じゃない。油を売っている場合じゃry」

 

「とにかく入ってみようぜぇ」

 

 セーラは止めようとしたがタクトの好奇心は止まらず、野太い声をわざと上げて直ぐ近くの実験室に入っていった。実験室の中は薄暗く、稼働している大きな培養装置による仄かな光が室内を照らしていた。タクトとナオトは小学校の理科準備室に入った小学生の如く興味津々に培養装置を覗き実験室内を物色しはじめた。

 

「すげー‼これって言うなればバイオってやつでしょ‼」

「たっくん、勝手に弄ったらダメ」

 

「寄り道している場合じゃねえが‥‥これは何の実験をしてんだ?」

 

 静刃もタクトの暴走を止めようとしたが培養装置をよく見ると中に角や爪、翼膜やら何か生き物の部位が入っているのに気づいた。

 

「こいつは‥‥気に食わないなぁ」

 

 鵺が眉間にしわを寄せ唸りながら培養装置を睨んでいた。静刃は鵺のこの不機嫌な様を見てこれはただ事ではないと気づく。

 

「鵺、これは何だ?」

「これらは鵺や貘と同じ妖の部分だじょ。人間のDNAと同じように妖も少しの部位だけで大量の情報が詰まっている。憶測だがこれは成分や能力、魔力を分析しているのだろうな」

 

 鵺は嫌そうな顔をしながら培養装置をコツンと叩く。妖も一匹一匹性質も能力も使う魔力も異なる。これら全てデータにして一体何をするのか。あまり考えたくなかったが静刃の表情で鵺は察したのか軽く頷く。

 

「この猿楽製薬とやらの連中、鵺達のような妖を殺す為の兵器を開発しようとしておるのかもしれん。もしそうだとすればかなり気に食わないじょ」

 

 静刃はごくりと唾を飲む。元いた時代で聞いた『パンスヘルミアの砦』の計画と関連しており、鵺と共に追っている妖『影鰐』は猿楽製薬や『N』と繋がっている可能性が高くなった。もし鵺の言う通りならばこれは確かに気に食わない。

 

 しかし今はそんなことを考えている場合ではない。これ以上長居すべきではないので静刃はタクトを急ぎ連れ戻そうとした。その時、鈍く低いアラートが鳴り響いた。いきなり響いた音に驚いた静刃とセーラはこれは何の音か辺りを見回す。

 

 

 実験室の薄暗い隅っこで、スイッチを押してしまったナオトの姿が見えた。

 

「‥‥」

 

 ナオトは無言のままじっと見つめてくる。そのスイッチ、よく見るとナオトが押したスイッチは非常警報装置だった。静刃は目が点になってしまっているがナオトは悪びれる様子はなく、納得したように頷いていた。

 

「これ、明かりのスイッチじゃなかったんだな」

 

「納得している場合じゃない!?」

 

 セーラが思わず大声でツッコミを入れるが時はすでに遅し。あちこちで警報のアラートが鳴り響いており、扉から外を覗けば武装した警備兵達が大勢駆けているのが見えた。しかしどういうわけかこっちに向かってくる様子はない。

 

「どういうわけか分からないけどまだこっちに気づいていない。今のうちにすぐに脱出しないと‥‥!」

 

「ナオト、どういうこと?」

「要はスパイしないで普通に帰ろうってことじゃね?」

 

 そう言う意味ではないと静刃はツッコミを入れようとしたが、タクトとナオト、そして鵺までもがスッキリした表情でご満悦になう。

 

「つまりもうこそこそしなくていいってわけだな!」

「漸くか。鵺は退屈していたじょ」

 

 まさかと静刃は嫌な予感が過ったので止めようとするが、タクトとナオトはポーチからM26手榴弾を取り出してピンを抜いて投げた。

 

____

 

「そんであちこち壊しながら突き進んでいくと、反対側で奮闘していた俺達を見つけて壁を壊しながら合流したというわけか‥‥」

「セーラも大変だったねー…」

 

「さっすがケイスケ、りこりん!つまりはそういうことだぜ」

「たっくんのフォローも疲れる」

 

 ケイスケと理子はタクトの大雑把な説明とセーラの捕捉で経緯を聞いて納得しながら頷く。すぐさまナオトにげんこつを入れた。

 

「原因はてめえか‼このクソ野郎‼」

「見つからないように潜入してたのになんで見つかったのかおかしいと思った!」

 

「仕方ないだろ!押しちゃうものは押しちゃうもんだっての‼」

 

 ナオトはげんこつをくらった頭を摩りながら反論する。それを聞いたケイスケは般若の如く激昂した。

 

「二度とスイッチに触るなてめえはよぉ‼」

 

 ケイスケの怒号に押されたのかナオトは渋々しょんぼりして無言のままうなずいた。

 

「というか長話している場合じゃねえぞ‼」

 

静刃は焦りながら身構える。ケイスケ達がわちゃわちゃしている間にも警備兵達が押し寄せてきている。ここで長居している場合ではない。

 

「手に入れたものは手に入れたし、さっさとずらかるぞ!」

「待てよケイスケ、俺とナオトはまだ伊藤マキリ見っけてねえぞ!」

「どういうわけか大変な事になったけど、まだ探せるでしょ」

 

「「「原因お前だっての‼」」」

 

 静刃と理子とヒルダは一斉にナオトにツッコミを入れた。しかしそれでもナオトは反省の色を見せていないというよりも寧ろ照れていた。

 

「兎に角、たっくん達が来たルートを辿って脱出するしかねえな。一気に突っ走っていくぞ‼」

「お前らこの俺に続けーっ‼置いて行かれないように俺に導かれてこい!」

 

「たっくん、そっちじゃなくてこっち」

 

 セーラに引っ張られながらタクトが先導していく。強制的に壊したであろう穴が大きく空いた壁を通り抜けて駆け抜け、後方の殿はナオトとケイスケが務め、UMP45とAK47を撃ちながら、フラッシュバンやスタングレネードを投げたりして追手の動きを牽制していった。非常階段までたどり着くとケイスケは面倒くさそうに見上げる。

 

「まさかこの階段を駆け上らなきゃなんねんのか」

「ケイスケ気合いを入れて行かなきゃなんねえぞ?こうやって‥‥GOGOGOGOGOGOGOGO‼」

 

 タクトは『GO‼』と叫びながらケイスケ達を置いてけぼりしたままハイスピードで駆けのぼっていく。気合いを入れてる理屈が色々とおかしいとツッコミを入れようか迷っていた静刃と理子は遠い眼差しでタクトを見つめる。

 

「あれ途中でへばるな」

「たっくんだもん‥‥」

 

 彼らの予想通り、タクトは地下5階の辺りでへばっていた。ペース配分という物を考えて欲しい。仕方なく静刃がタクトを背負って駆けのぼっていく。後方でナオト達が殿を務めてくれているためか脱出も順調であった。しかしここまで派手にやらかしているのに追手の頻度が少ない上に攻め手も薄い。どうしてここまで追ってこないのか、静刃は下の階を覗いた。

 

 追手が来ていない薄暗い最下層に何か黒い物体が蠢いたのが見えた。一瞬ぞくりと背筋が凍る感覚がしたが見間違いかと改めて最下層を覗く。明らかに黒い何かが蠢いている。それは武装した警備兵達ではなく、全く別の生き物のようだ。静刃のバーミリオンの瞳には『正体不明』と表示され、『警告』の表示が点滅している。その正体がよく分からなかったが静刃はあれは危険すぎるものだと本能で感じていた。

 

「静刃!下を見ないでさっさと出るじょ‼早くしないと『そいつ』がくる!」

 

 鵺もあの黒い蠢く何かの気配を感じたのか焦りながらに怒鳴った。今はあれに関わるとヤバイ。

 

「理子、あんた達‥‥後ろは振り返らないでさっさと走るわよ‼」

「ヒルダ、どういうこと…!?」

 

 ヒルダも鵺と同じく黒い蠢く何かの気配に気づき焦りだす。妖はあれの気配に気づいたようだが人は『あれ』見ないと気づかないようだ。

 

「?なんで?」

「振りかえる暇すらねえっての」

「俺は過去を振り返らないから安心しな!」

 

 そしてこの3バカは平常運転。そんな二人に静刃はどういうわけか安堵した。タクトは後ろを振り返らず一気に階段を駆け上り、1階にたどり着いて裏口の扉を蹴り開けて外へ出た。最後に外へ出た静刃はちらりと後ろを振り返った。暗闇から黒い蠢く何かが外へ出ようとしている。微かだが獣のような呻き声が聞こえてきた。

 

「一発ぶっぱなすじょ‼撃ったらそのまま突っ走れ‼」

 

 鵺が右目を緋色に光らせて緋色の閃光を放った。放たれた閃光は裏口に向かって飛んで爆発を起こした。これ以上『あれ』に構っている場合ではない。静刃達は後ろを振りかえることなく只管走り続けた。

 

 ジョージ神父が待っているであろう場所へと向かって走って数十分が経った。鵺の緋箍のおかげか黒い蠢く何かの気配はしなくなった。どうやらもう追手は来ていないようだ。安全が取れるとほっと安堵の息をついた。

 

「鵺、一体何だったんだあれは‥‥」

 

 黒い蠢く謎の生物、今まで見たこともないし戦ったこともない妖の類なのか。尋ねられた鵺は終始冷や汗をかいていた。

 

「鵺もよくわからん。だが分かるとすれば『ヤバイ』というぐらいだじょ。もしかしてあれが‥‥」

 

 鵺は自分達が通った薄暗い森の茂みを眺めるが首を横に振って苦笑いをした。

 

「だが今はこれから次はどうするかを考えるのが先やもな」

 

 苦笑いしたまま指をさす。指した先にはタクトとナオトとケイスケがわちゃわちゃしていた。

 

「だから俺のおかげでしょぉ?ケイスケ、俺に感謝すべきだ!一番美味しいうどんを奢ってもらうぜ」

「あぁ?寝言は寝て言えや。というかお前らのおかげじゃなくてお前らのせいだろ。ナオト、うどんばっか食ってんじゃねえぞ‼」

「今日はラーメンだし」

 

 二人だけでも喧しいのに更に一人追加されると余計に喧しい。少しは自重してほしいと静刃は項垂れた。

 

「けどまあ、ケイスケと合流できたしいっか」

「だな。これで全員揃ったわけだ」

「おっしゃ!こっから俺達のターンだぜ‼」

 

「いや待って!?おかしいよ!?」

 

 理子に止められたが3人はハテナと不思議そうに首を傾げる。

 

「どうした理子。おかしいことなんてねえぞ?」

 

「ケーくん、おかしいことだらけだよ!まだ全員揃ってないでしょ!?」

 

「???」

 

「ナオっち、そこでそうだっけって首を傾げないで!?あと一人忘れてるって‼」

 

 理子に言われて3人は腕を組んで深く考え込む。わざとなのかそれとも本当に忘れてるのか紛らわしい。ようやく気付いたのかタクトが思い出したかのようにポンと手を叩いた。

 

「そうだった!リサを忘れてた‼」

「うっかりしてたぜ。リサも俺達の大事なチームメイトだもんな」

「これ4人揃った」

 

「違うそうじゃない‼」

 

 理子のツッコミが虚しく響いた。あと一人、カズキが合流すれば喧しい4人組が再結成される。3人だけでもハチャメチャなのに合流していいものか、静刃と理子は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

_____

 

 

 

「本当に喧しい人達‥‥」

 

 

 伊藤マキリは猿楽製薬の地下施設の惨状を見てため息を漏らした。タクト達は潜入のつもりだったのだろうがこの有様は殴り込みと言っても過言ではない。気配を消して彼らの行動を見ていたが予想の遥か斜め下の行動には目を丸くした。

 

「随分と派手にやられてしまいましたねぇ」

 

 伊藤マキリの隣では猿楽製薬の社長、木村雅貴がため息を軽くついて気さくに笑う。派手に荒らされたというのに痛くも痒くもないのか上機嫌に頷いていた。

 

「いいのです?逃がした上に証拠も取られた。猿楽製薬は公安に民由党諸共潰されますよ?」

 

 マキリは横目で木村雅貴に尋ねた。ケイスケと理子に民由党との武器の取引、武器製造の現場など色々と証拠を盗られた。近いうちに獅堂達公安0課に摘発されるだろう。しかし木村雅貴は気にもしないようで軽く笑った。

 

「使わないものはそぎ落として新しく入れ替える主義でしてね。『N』に入れば私はこの会社が、彼らがどうなろうと気にはしませんよ。それに小手調べですよ。彼らが『わたし』にどう抵抗するのか試しただけです」

 

 低く笑う木村雅貴にマキリは警戒する様に目を細める。

 

「貴方は()()()()()。決して『N』は気を許したと思わないで」

「もちろんですよ。信頼を得るために行動はしましょう‥‥」

 

 次が楽しみです、と木村雅貴は軽く笑ってその場を去っていった。マキリは去っていく木村雅貴の背と影をじっと見つめる。木村雅貴の黒い影が微かに蠢いていた。

 

 




 今度は敵の地下施設を破壊‥‥?
 ドタバタしたりわちゃわちゃしてたり破壊したりしてたので今回の章はのほほんとしようと考えていたのに‥‥どうしてこうなた(白目


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122話

 やっと7Dayscrisis編もクライマックスに近づいてきました。
 堂々とう〇こと言って盛り上がる、何というか羨ましい‥‥(白目)


Day:6

 

「時間軸がさばらてん~♪時間軸がさっばらてん~♪」

 

カズキは上機嫌に適当に思いついた歌を歌っていた。街中で周りなぞ気にせず堂々と声を高々にして歌うカズキに隣で歩いていた乾桜はジト目で睨んだ。

 

「先輩、のんびりしすぎです」

 

「だって暇なんだもん」

 

 笑顔で即答するカズキに桜はため息をついた。他の武偵は日々鍛錬を積み重ねたり、依頼やミッションをこなして腕を鍛え高めていくというのにどうしてこの男は呑気でマイペースなのか。この前のショッピングモールの襲撃の事すら忘れている程だ。

 

 あの後先輩であるアリア達が捜査しても他の手掛りが掴めなかった。逮捕した強盗犯達を尋問しても口を割らずまともな情報を得られないままである。いつ再びこの様な事態が起こるか、警戒しなければならないのだがカズキは今日はどのピザにしようか携帯でピザ屋のサイトに載っているメニューを見ながら考えていた。

 

「ふーむ。このゴルゴンゾーラが美味しそうと思うんだけど、どう?」

「先輩、ピザなんか頼んでる場合じゃないですよ。もう少し緊張感を持ってください」

「そういえば桜ちゃんてさ、婦警の格好してるけど警察の人?」

「‥‥先輩その質問3回目なんですけど」

 

 何度も行われている会話のドッジボールに乾桜はもうどうしたらいいのかと呆れて頭を抱えた。自分が警察で研修を受けている架橋生(アクロス)であることをこれで4回説明することになる。漸く理解したようでカズキは納得しながらポンと手を叩いた。

 

「あぁーなるほどね!なるほどなるほど‥‥ほどなるの命!」

「次同じ質問したら、もう口ききませんからね!」

「OK!…それでなんで婦警さんの恰好してんの?」

 

「‥‥パトロールです!明日行われる『参観日』に備えて警備の強化をしてるんです!」

 

 桜はヤッケになって答えた。明日行われる『参観日』は1年生のみならず2年、3年生も交えた大規模なチーム対抗戦である。今回の行事は保護者や企業のみならず武偵庁や防衛省、内閣や行政の上層部等々が大規模訓練の視察を行う為この名がついたと言われる。各学科や生徒各々が技術や腕前をお披露目しアピールし、企業側が気になった生徒を抜粋するという試みのようだ。

 

 この行事が行われる前にショッピングモールでの事件が起きてしまったため、警察及び武偵達は警戒レベルを上げて当日に向けて警備を終日まで行っていた。桜もその一人で街中を巡回していたのだがそこでバッタリのんびりぶらぶらしていたカズキに出くわしてしまい今に至る。

 

「前の事件で保護者や防衛省などの観覧される方達の観覧場所は変更。大型豪華客船『彼岸丸』にて海上による観覧が行われるようですよ。明日に向けて警察も武偵達は巡回しなきゃいけません」

「ほーん‥‥いつの間にこんなことが」

「いつの間にって、今日のHRでも全学年に伝わっていたと思うんですが」

「あったの!?」

 

 やはり話は聞いていなかったようだ。驚きの声を上げるカズキに桜は肩を竦めた。恐らくこの様子だと『クリーパー』を使った連中、そしてアリアと遠山キンジの命を狙うフレイヤの捜査すら行っていないだろう。ジト目で見てくる桜に意図を察したのかカズキはゴホンと咳払いをする。

 

「ちゃ、ちゃんとやってるよー?あかりちゃんや白雪ちゃん達に任せっきりとかしてないぜ?」

「例えば、何やってるんですか?」

 

 桜の問いにカズキは腕を組んで深く唸った。悩むほどではないのだがと桜は心の中でツッコミを入れる。

 

「えーと‥‥さ‥‥さ、サガマハラの…ボナポチエがないかなーって」

「意味が分からないんですけど!?」

 

 この人は本当に事件を解決する気はないのだろうかと桜はますます心配になってきた。今この場に先輩のあかりやアリアやかなめもいない。自分だけでこの男の手綱を引く事はできない。今すぐに誰かを呼ぼうかと悩んでいたその時、カズキが何かに気付いた。

 

「あの車‥‥なんかこっちに来てね?」

 

 カズキの一言に桜はハッと気づく。確かに黒いグランドキャビンがスピードを上げてこちらに向かってきているのが見えた。車を縫うように追い越していき激しいブレーキ音を響かせながら横向きに止まろうと迫る。カズキと桜にぶつかる寸前にグランドキャビンは停まると、スライド式のドアが勢いよく開き黒のフルフェイス、黒の防弾服、黒の手袋と黒づくめの如何にも危険そうな連中が手を伸ばしカズキの腕を掴み勢いよく引っ張り込んだ。

 

「へ?」

 

 流れに流されたままのカズキは何が起きているのか分からないままグランドキャビンの中へと引き込まれてしまう。桜はカズキを助けようと手を伸ばすがその前にドアを閉められてしまいグランドキャビンは再びスピードを上げて発たれてしまった。

 

「か、カズキ先輩っ‼」

 

 桜の声は虚しく響く。何故カズキが攫われたのか、今は考えている場合ではない。桜はすぐさま携帯を取り出す。

 

 一方のカズキは黒づくめの連中に囲まれて何が何だかと状況がよく分からなかった。うーんと眉をひそめて考えているとガハハと笑いながら隣の黒づくめを小突く。

 

「はっはっはー、これはドッキリだな?バレバレだぜたっくーん!俺をビックリさせようなんてダメダメ、ぜぇんぜんダメ」

 

 これはもしやタクト達によるドッキリではないかと考えたカズキは気さくに笑う。だが黒づくめの連中は誰一人声を発さずじっとカズキを見つめていた。それでもカズキは動じることなく笑い続けた。

 

「それとナオトとケイスケと‥‥あれ?なんか数が多くない?」

 

 カズキは少し違和感を感じたが尋ねるよりも早く黒づくめの連中の一人が麻袋を被せた。突然の事でカズキは慌てるが首に衝撃を受け気を失ってしまった。

 

_____

 

「むにゃむにゃ‥‥もうピザは食べられないよ‥‥」 

 

 カズキはゆっくりと目を覚ました。真っ暗な視界が次第に明るくなる。まだ視界がぼやけるがここは車の中ではない事は確かだ。漸く視界が鮮明になると古い木製のイスに腕と足がロープで縛られた状態で座っている事に気づいた。

 

 未だに痛みを感じる首の後ろを気にしながらもカズキは自分の真上を照らしている古びた電灯の薄い明かりを頼りに辺りを見回す。長らく使われていない埃が被った大型の製造機や錆びたベルトコンベア、薄汚れた壁に割れたガラスの破片が残る大きな窓からして廃工場のようだ。窓からの景色は薄暗く既に日は落ちている。

 

「ここ…どこ?」

 

「あら、漸く目が覚めたのね」

 

 カズキが途方に暮れている最中に暗闇から女性の声が聞こえた。コツコツと靴を鳴らす音を響かせながら近づいてくる。暗闇から現れたのは薄い金髪のショートヘヤーで金色の瞳、黒いドレスの上に黒い羽毛のついたコートを羽織った女性だった。

 

「あんた‥‥だれ?」

「初めて、私はフレイヤ。貴方のお仲間のお知り合いよ」

 

 妖艶な笑みを見せたフレイヤの名前を聞いてカズキは目を丸くする。目の前にいる女性こそがアリアとキンジの命を狙い、武装検事試験会場を『クリーパー』で爆破させ、ショッピングモールを襲撃してきた連中の黒幕なのだ。カズキが驚いている間にフレイヤはじっくりとカズキを見つめる。

 

「ふぅん…随分と冴えなさそうな見た目だけど、私の部下や伊藤マキリと渡り合えたというのだから世も末ね。けどもry」

「はーん、フレイヤって老けたおばさんかと思ってた」

 

 フレイヤの話を遮ってカズキは納得して頷く。この時フレイヤの額に一瞬青筋が何本も浮かび上がっていたのにカズキは気づいていなかった。フレイヤはギロリとカズキを睨み付けるがすぐにやめて首を横に振る。

 

「‥‥やめましょう。こんなのと長々と話をしてたら気が狂うわ」

 

「やい!俺をどうするつもりだ‼食べても美味しくないぞ!」

 

 ガタガタと体を動かして椅子を揺らす。ギャーギャーと喚くカズキにフレイヤはじっと黙って見ていたがゆっくりと片手を上げる。暗闇から手斧を持った体格のでかい黒づくめが現れた。それを見た途端カズキは一瞬にして沈黙した。

 

「自覚しなさい、貴方は捕虜よ。次変に喚いたら足の一本か舌を斬るわよ?」

「‥‥」

「いやそこは黙らなくていいから」

「OK‼」

 

 自分の状況を理解しているのだろうか。捕まっているというのになんとお気楽な事か。フレイヤはため息をこぼすがさっさと本題に入ることにした。

 

「私達はね、明日の『イベント』に備えて準備しているの」

「遠足?バナナはおやつに入る?」

「‥‥次人の話を遮ったらダルマにするわよ?」

 

 ギロリと睨み殺気を放つフレイヤにカズキは何度も頷いた。ため息をこぼして話を再開させる。

 

「私達にとってそれはもう楽しい『イベント』にはなるのだけど‥‥私的にはさっさと標的を始末しておきたいのよ。それで貴方を捕まえて尋問することにしたわ」

 

「‥‥つまり、俺のファン‥‥!」

 

 ドヤ顔で嬉しそうにするカズキにフレイヤは再び額に青筋を浮かべた。ピラミディオンで出会ったタクトといい、この状況を理解していないカズキといい、どうしてこいつらは人の話を聞かないのだろうか。

 

「率直に言うわ。貴方、遠山キンジが何処にいるか知っていること全て話しなさい」

「へ‥‥?」

 

「黙ろうとしても無駄よ?貴方は尋問にかけられている。答えなければ尋問は拷問に変わる。貴方に黙秘することも拒絶する権利はないわよ?」

 

 フレイヤはゲスな笑みを浮かべて指をパチンと鳴らす。暗闇から幾人もの黒づくめが歩いて現れた。しかも彼らは手斧や鉈や鋸等の刃物、SG550やステアーAUGなどの銃器を持っていた。

 

「漸く立場をわきまえたかしら。早く答えてくれればそこから解放してあげるわ?」

 

 フレイヤはクスクスと妖艶な笑みを浮かばせてカズキに歩み寄るが肝心のカズキは何処か困った表情で視線を逸らしていた。

 

「あー‥‥」

 

 カズキはどもった声で困惑する。正直なところ、今キンジがどこで何をしているのかカズキは知らなかった。キンジが女装していることは知っているのだがここ最近は連絡がとれていない。

 

「えーと‥‥キンジは」

「遠山キンジは?」

 

「えー‥‥そうだ。あいつは幼女から人妻まで守備範囲がすんごい広いぜ!女の子の前でゲヘへって笑うし、脇汗がナイアガラの滝みたいに流れるし‥‥それとあいつうどんめっちゃ食う!うどん魔人だぜ!」

 

「‥‥貴方ふざけてるのかしら?」

 

 一瞬にして妖艶な笑みが消え失せ声を低くして睨むフレイヤにカズキは首を傾げた。

 

「いや知っていること全て話せっていうからさ。あーあと最近は女装癖がついてるとか無いとか」

「そう言う事じゃなくて、居場所よ!遠山キンジの居場所を教えなさい!」

「うーん‥‥わからん。最近連絡ないし会ってないもん」

 

 即答するカズキにフレイヤは殺気立った。捕える対象を間違えた。手っ取り早く遠山キンジの仲間か家族を攫えばよかったのだがそうすれば伊藤マキリや『スポンサー』に咎められる。仕方なしに一番関わりのありそうな輩を狙ったが的外れのようだ。

 

「それなら‥‥貴方のお仲間の居場所を教えてもらえないかしら?」

「えっ‥‥」

 

 フレイヤの問いにカズキは表情が固まる。その様子にフレイヤはほくそ笑んだ。伊藤マキリから得た情報にて、彼女を一度退けた4人組は自分達の計画の妨げになるのは間違いない。必ず邪魔をしてくるだろう。それならば今すぐに居場所を吐かせすぐに始末した方が手っ取り早い。

 

「さあどうする?仲間を売るか、自分が犠牲になるか、二つに一つよ?」

 

「うーん‥‥わからん」

 

「‥‥は?」

 

 困ったような表情で答えたカズキにフレイヤは面食らった。様子からしてふざけているようには見えない。

 

「ふざけているのかしら?それとも仲間意識で誤魔化しているのかしら?」

 

「いやだって電話してもあいつらと繋がんないんだもん」

 

「…貴方、本当に彼らの仲間なの?」

 

「あ、当たり前だぞ!一緒に焼肉食うし!あ、でも最近はリサの作る御飯が上手いもんなー」

 

 プンスカと反論するカズキにフレイヤは大きくため息を吐いた。なんだか尋問しているこちらがあほらしくなってきた。

 

「そう‥‥貴方はもういいわ。先駆けしようとした私が何だがバカみたいだったわ」

「自分の事をバカとか言っちゃダメだぜ?もっと自信もてよ」

「だから貴方いまの状況わかってる?」

「わからん!」

 

「もううんざり、こっちまでおかしくなりそうだわ。貴方は拷問にかける」

 

 フレイヤはもうカズキに視線を合わせることなく指をパチンと鳴らした。フレイヤの合図と同時に黒づくめの連中がカズキを囲うように近づいていく。明らかにおかしい雰囲気に気付いたカズキは慌てふためく。

 

「え、ちょ!?正直に答えたら解放してくれるんじゃないの!?」

 

「この世から解放する意味よ。それに‥‥普通真面目に取引するわけないでしょ?」

 

 フレイヤは呆れたように肩を竦めて背を向けた。捕えた対象を間違えたのは手痛かったが妨げになる輩を一人始末できたのなら多少は元が取れるだろう。焦りながら喚くカズキの声にはもう聴く耳を持たずこの場を去ろうとした。

 

 しかし何処からか響いてきた鈍いエンジン音にフレイヤは足を止めた。その音は次第に近づいて来て大きく響いてきた。まさかとフレイヤはゆっくりと振り向く。

 フレイヤが振り向いたと同時に向こうの壁からV-150コマンドウ装甲車が壁を突き破って飛び込んできた。突然の装甲車の突撃にフレイヤもフレイヤの部下達も仰天した。V-150コマンドウ装甲車はスピードを落とすことなくこちらに向かってくる。カズキを取り囲む黒づくめの連中を追い払うかのように蛇行しながら迫り、カズキの前で急ブレーキで停まった。カズキはどういう状況か分からずキョトンとしていたが装甲車の扉が開くと見覚えある顔が見えた。

 

「すぽーーーーん‼カズキ、みっけ!」

 

「た、たっくぅぅぅん‼」

 

 カズキはタクトの6日ぶりの再会に喜びの声を上げる。タクトもそれに答えようとポーズをとろうとしたが蹴とばされる。

 

「さっさと出ろやバカ!詰まってんだろうが」

「‥‥やっとカズキ見つけた」

 

「ケイスケ、ナオト!お前ら何処行ってたんだよー‼」

 

 装甲車にはタクトだけでなくケイスケとナオトもいた。漸く4人揃った事にカズキは喜んでいたが不思議そうに首を傾げた。

 

「でもどうしてここだと分かったんだ?」

「そりゃお前、かなめちゃんのおかげに決まってんだろ」

 

「カズキ先輩!無事ですか‼」

 

 ケイスケとナオトに続いてかなめがひょこっと出てきた。彼女のまわりに布のようなヒラヒラしたものが浮いている。

 

「先のショッピングモールの事件でカズキ先輩が狙われていたと聞いて私の磁気推進繊盾でカズキ先輩を見張ってたんです。そこで桜ちゃんからカズキ先輩が連れ去られたと聞いて後を追っていたんですけど‥‥カズキ先輩を探してるケイスケ先輩達と合流したのですよ」

 

「そこでカッコよくカズキを助けて俺に一生感謝させることを企んで装甲車できたのさ!」

 

「うん、かなめちゃんすっごくありがと」

 

 カズキはドヤ顔で決めるタクトを無視してかなめに深く感謝をした。ケイスケもタクトをスルーしてカズキにM110狙撃銃を手渡す。

 

「ひと暴れしてこっからさっさと出るぞ。それに、助っ人もいる」

「助っ人?もしかして俺のファン?」

 

「誰がお前のファンだよ!?というかどういう考えをしてるんだ!」

「ほんと、どいつもこいつもブレてないじょ‥‥」

 

 ツッコミを入れて静刃と鵺が装甲車から出てきた。静刃達との再会にカズキは驚きと喜びの声を上げる。

 

「おぉっ!?鵺ちゃんじゃないか!おひさー!それから‥‥えーと‥‥なんかしずかちゃん的な名前だったよな?」

「静刃だ‼もうやだこいつら!」

 

 ナオトに続きタクトやケイスケも自分の名前は忘れてたようだから恐らくカズキも忘れているだろうと静刃は覚悟していたがその通りになってしまった。どうして鵺は覚えていて自分はすっかり忘れられているのか、静刃は頭を抱えた。




 カズキはわざとキンジが幼女から人妻まで守備範囲が広いと‥‥うん、これまんざらでもないような気がする(視線を逸らす
 うらやま‥‥ゲフンゲフン、けしからん!


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123話

や、やっと出来ました‥‥(白目
お待たせいたしました。

 バリカンやボランティアや敵前でダンス、ミッション終了時のバトルロワイアル…気が付けばどんどんネタが増えてるぅ(白目


「さあやるぞお前ら!俺についてこい!」

 

「だったらさっさとついてこいや」

 

 後方からドヤ顔で張り切りだすカズキにケイスケは軽くあしってM4を構えて思い切り先陣をきって突撃しているナオトとタクトを援護しながら進んでいく。

 

「おらー!ナオトお前ばっかりでしゃばんじゃねえぞ?俺にもっと出番をよこせ!」

「だってたっくんが勝手に前に進んでいくからでしょ」

 

 ナオトはどんどんと前へと進んでいくタクトが被弾しないためにひたすらカバーしながら後を追っていた。タクトがよそ見している隙に襲い掛かってくる敵をナオトはすかさずホルスターからFN5-7を引き抜き撃ち倒す。しかしタクト本人は全く気付かないままずかずかと進んでいった。

 

「いつまでちんたらしてんだよお前は‼」

「仕方ないだろ!昨日までピザ食べてたんだから、ほらあれだピザ不足で反応が遅れてんだ!」

「一生ピザでも食ってろ!」

 

 奮闘しているタクトとナオトの後方ではもたもたしているカズキとそれに苛立っているケイスケがギャーギャーと口喧嘩をしていた。

 

「ああやっぱり‥‥4人揃うと本当に碌な事がねえ」

 

 いつものことか4人組の為体を目の当たりにした静刃はため息を漏らして項垂れた。どうしてこんな状況でも足並みが揃わず喧しいのか。

 

「静刃さん、今は嘆いてる暇はありませんよ。今は相手を倒すことに集中しましょう」

 

 かなめに励まされて静刃は頷きあの4人組の事は無視して戦うことに集中しようとした。戦闘狂の鵺とは違ってしっかりしている子だと静刃は感心した。

 

「‥‥お前はあのバカ共には呆れてないのか?」

「タクト先輩達の事ですか?予想の斜め下を突き抜けてますから‥‥なんかもう、慣れちゃいました」

 

 『だってホワイトハウスを半壊させちゃうくらいですから』とかなめはどこか遠い眼差しで、半ば諦め気味に呟いた。嗚呼、この子もやっぱり苦労してるんだな、と静刃は同情した。

 

「ちっ‥‥余計な事になったわね」

 

 フレイヤは苛立ちながら舌打ちをして睨んだ。遠山キンジの居場所を吐かせるために一人を攫ったのだがまさかこんな面倒な連中が嗅ぎ付けてくるとは思いもしなかった。

 

 フレイヤは伊藤マキリが言っていたことを思い出す。『あの4人組は何を考えているか、何をしでかすかわからない』と。彼女の言っていた通り、敵の隠れ家を装甲車で突撃し、武偵のくせに容赦なしにバカスカと銃を撃ちまくり、戦闘中に喧しく騒ぐ。今まで邪魔をしてきた他勢力や自分を捕えようと挑んできた武偵、かつて自分達の邪魔をしてきた遠山金一といった相手とはかけ離れている。

 

 だがここでこいつらを潰せば後々の面倒な事は消えてなくなるのではないか。それにこちらの数の方が圧倒的に多い。今が好機のはずだ。フレイヤは腰に提げている黒い剣を引き抜こうとした。

 

 

「勝手な行動は控えてくださいと言った筈です、フレイヤ」

「っ!?ま、マキリ…!?」

 

 突然、諌められフレイヤはぞくりと寒気がし振り返る。自分の背後にいつの間にか伊藤マキリがいた。鞘から剣を引き抜く手を掴まれ、氷のような冷たい瞳がじっとこちらを凝視している。

 

「後の計画の為、出過ぎた真似はしないようそう注意したはずですよ?」

「…そうかしら?貴女もここに来たのだからここで禍根を断つチャンスじゃなくて?」

 

 マキリがいればあの4人組とそのおまけの奴等も簡単にあしらえることができるはずだ。しかしマキリは無表情で首を横に振る。

 

「‥‥彼らが装甲車で市街地を爆走したせいで、公安0課やその他武偵達も後を追ってきています。余計な面倒事を起こすべきではありません」

 

「公安0課が…!?」

 

 フレイヤは舌打ちして再びタクト達を睨み付けた。この喧しい連中ならまだしも公安0課の連中までもが来るとなるとかなり面倒な事になる。よもや彼らが公安0課に目をつけられているとは。そんなタクト達は漸くフレイヤの近くに伊藤マキリがいる事に気づいた。

 

「あっ!近藤マキリじゃねえか!」

「バカ、佐藤だろ」

「斎藤じゃなかっけ?」

「んなわけねえだろ?ジェノサイダー鈴木に決まってんだろ?」

 

「誰一人あってねえ‥‥‼」

「まあこいつら覚える気ないしな」

 

 誰一人真面目に答えることが出来ていなかったことと真面目に覚えていなかったことに静刃は嘆き、鵺はやっぱりと頷く。フレイヤのみならず伊藤マキリまでもいるとなると恐らく苦戦を強いられる。静刃はいつでも妖刕を抜けるよう身構えた。

 

「フレイヤ、時間はありませんよ」

「あーもう、わかったわ。あんた達、退くわよ!」

 

「お?逃げるってかー!そうはさせねえぜ!このスナイパーてつおがry」

 

 カズキは逃がさまいとM110狙撃銃を構えて狙い撃とうとしたがそれよりも速くフレイヤが剣を抜いて天井に向けて何度も剣を振った。すると天井がスパスパと切断されて大きな瓦礫となってカズキ達めがけて落ちてきた。真上から巨大な瓦礫の塊が落ちてきたことにカズキ達は驚愕した。

 

「はああああっ!?なんじゃそりゃあぁぁ!?」

「おいマジかよ…っ!?」

「‥‥嘘ぉっ‼!?」

 

 カズキとケイスケ、ナオトが驚愕していたがタクトは「あっ」と思い出した。

 

「そうだった。フレイヤって剣で何でも斬っちゃう能力持ってたんだ」

 

「それを早く言えバカ‼」

「たっくんなんですぐに忘れちゃうんだよ‼」

 

 またしてもひと悶着が起きているが今はそれどころではない。落ちてくる瓦礫で自分達はぺしゃんこに潰されてしまう。その間にフレイヤ達に逃げられてしまうが構っている時間はない。静刃はやむを得ず妖刕を引き抜いた。

 

「お前ら下手に動くなよ!――――――『大炸牙』‼」

 

 刀身を振る速度を超音速まで瞬間的に引き上げることで起こる衝撃波を放つ技であり、放たれた衝撃波により押しつぶさんと落ちてくる巨大な瓦礫を瞬時に吹き飛ばし微塵に粉砕させていった。静刃の大技にタクト達はポカンとし、鵺は感心して口笛を吹く。

 

 自分達に降りかかる瓦礫を全て砕き、その間にすでにフレイヤ達の姿が消えたことを確認した静刃は妖刕を鞘へと納める。それと同時にカズキとタクトは目を輝かせて駆けつけてきた。

 

「すげええ‼お前そんな技持ってたのかよ‼俺にも教えてくれその‥‥作画崩壊アタック!」

「かっけえじゃん!お前の技をスーパーウルトラデラックス宇宙ヤバイスペシャルと名付けよう」

 

「そんな技じゃねえよ!?というかお前らじゃ無理だっての」

 

 教えられないし教える気もない。というか勝手に人の技に変な名前を付けないで欲しい。せがむカズキとタクトを振り切ろうとするが今度はケイスケがジト目で見ながら寄って来た。

 

「つかそんな技あんなら最初からやれよ」

 

「お前は鬼か」

 

 妖刕を引き抜くことで潜在能力を最大限に発揮することができるが最低3分しか戦うことができず、その時間を超えてしまうと潜在能力を解放できなくなる。静刃は一息ついて辺りを見回す。もう既にフレイヤ達や伊藤マキリの姿は無かった。

 

「‥‥逃げられてしまったな」

「どっちでも構わんじょ。すぐにでもまた戦えるだろうしな」

「それにカズキ先輩達も合流して揃いましたし‥‥作戦は練れますよ?」

 

 静刃と鵺、かなめは後ろを振りかえる。一番遅く合流したことでビリけつだと罵るタクト、タクトに弄られプンスカと怒るがどうやって言い返そうか言葉が出ないカズキ、喧嘩してる場合じゃないと二人を止めるケイスケ、そんな3人を我関せずと生温かく見守るナオト、個性の殴り合いの4人組が揃うと静かな場面はほとんどない。

 

「というかこいつらで作戦を練れるのか‥‥?」

「‥‥たぶん、です」

 

 静刃は素朴な疑問を尋ねたがかなめは視線を逸らした。自分達がフォローしないとまともな作戦は練れないかもしれない。

 

____

 

「皆様、おかえりなさいませ!」

 

 久しぶりの我が家に帰るとリサが笑顔で待っていた。漸くここに帰れたこととリサがいてくれたことにカズキ達はほっと安堵する。

 

「いやーやっぱお家が一番だわな!」

「やっふぅぅぅ‼リサ、スポーーン‼」

「‥‥お腹空いた」

「悪いなリサ、今日は大人数になる」

 

 やっと我が家に帰れて喜ぶカズキ、我先にソファーへと駆けだすタクト、もうお腹が空いて今すぐに何か食べたいナオト、帰って早々にリサに詫びるケイスケに続き静刃と鵺やセーラ、理子とジャンヌとかなめとぞろぞろと入って来た。セーラは呆れ気味にタクトをジト目で睨んだ。

 

「たっくん、大人数で集まれる場所って言ってたけどなんで自宅なの?」

「え?楽しいじゃん?」

 

「うんまぁ‥‥そんな気がした」

 

 キョトンと当たり前のことを言うように首を傾げるタクトにセーラはもうこれ以上つっこまないことにした。これだけの人数で案の定リビングは更に喧しくなっていた。まず始まったのはこの6日間何処にいたのか、カズキの尋問から始まった。

 

「なぁぁにぃ!?ケイスケてめえりこりんとリサとずっといたのかコノヤロー‼」

 

「そうだがそれがどうした。文句でもあるのか?」

「おまえあれだぞ‼俺なんかずっとピザ生活だったんだぞ‼」

「うわー、カズくん不健康すぎー」

 

 理子にプークスクスと笑われて悔しがるカズキにナオトがクルミを2個片手で砕いて中身を食べながらタクトの現状を伝えた。

 

「それよりもたっくんがイ・ウーのリーダーになってたことには驚かないの?」

「え゛!?マジでたっくんリーダーなのか!?」

 

「そうです。この俺が新たなる光二等兵ことイ・ウーの味噌汁筆頭リーダーとなったのだぜ‼」

 

「まだ仮といえどもいつ風前の灯火になるかで怖い。早くその任を解いて欲しい」

「ヒルダから聞いたが‥‥こっちの肝が冷えてやつれそうだ」

 

 ドヤ顔して自慢しだすタクトとは裏腹にセーラとジャンヌはげんなりとしていた。特にセーラの様子からしてタクトの行動に困惑していたのだろう。

 

「そんでナオトがぬえっちと協力してたというわけか」

「おいこら俺を忘れんな」

「そうだったぜ、えーと‥‥たかし?」

「だから静刃だ‼なんで忘れてんだお前は!?」

「そりゃあ‥‥ぬえっちはビーム撃つし?」

 

「もうヤダこいつら‼」

 

 やはり彼らはビーム基準で覚えていたようだ。だとすればアリスベルのことはしっかり覚えてくれているだろう。自分の事を真面目に覚えてくれない彼らの事はひとまず置いといてここで集まった目的に移ることにした。

 

「とりあえずここに集まったのはそれぞれこの6日間で得た情報をまとめ、奴等を捕える作戦を考えるぞ」

 

 この6日間は4人バラバラでそれぞれの目的を持って行動をしていた。それぞれに事件の遭遇があったがこれは一つに繋がっているような気がしてならなかった。

 

 だが物事はスムーズに進まない。一番最初にこれまで得た情報を見なに話そうとしていたカズキだったがふと呟いた。

 

「やっべ、なんかインドカレー食いたくなってきた」

 

 カズキのこの一言がタクト達を拍車にかけていった。3人は同意する様に頷く。

 

「わかる。それと一緒に食べるチーズナンとか美味しいもんね!」

「息抜きにスパイスのあるやつが欲しいな」

「腹が減っては戦ができぬ‥‥」

 

「え、ちょ、お前らry」

 

 しょっぱなから話が脱線しだして静刃はなんとかして話を戻そうとするがインドカレーを食べたいと団結したカズキ達を止まることはなかった。

 

「よしインドカレーを食べよう!」

「ナンはチーズナンでしょ‼早速作るぜ!」

「サラダも欲しいな。冷蔵庫の野菜、腐ってねえかな」

「材料がいる。買い出しに行かなきゃ‥‥」

 

 このままだとカレーパーティーになってしまう。自分一人では止める事はできない、静刃は他の連中に助けを求めようとした。

 

「でしたらリサが腕によりをかけておつくり致しますね!」

「それじゃ野菜買う組とナンとかスパイスとか買ってくる組にわかれよっかー」

「ブロッコリーを所望する」

「酒をたんまりもってこいじょ‼」

 

「‥‥」

 

 ノリノリのリサと鵺を除いてセーラ達はもう止めることができないと諦めて悪ノリをしていた。項垂れる静刃にそっとジャンヌとかなめがポンと肩を叩いて励ます。

 

___

 

「いいか?今度はふざけるんじゃねえぞ?」

 

 静刃は改めて確認をする。テーブルには数種類のインドカレーとチーズナンとサラダが置かれ、カズキ達は食べながら情報をまとめることにした。

 

 4人組からの情報をまとめると、まずフレイヤは独自で製造した爆弾『クリーパー』を使い武装検事試験会場を爆破させた。彼女の目的は遠山キンジや彼の仲間を抹殺、そしてアリアの母親を暗殺すること。どうやらアリアを絶望させ秘められている『何か』を暴走させるらしい。

 

 フレイヤにはスポンサーがいるとらしいが、彼女の仲間に伊藤マキリがいた。伊藤マキリは『N』の一員であり、彼女は私設軍隊を所有している『猿楽製薬』に隠れ、彼らを使って企みをしようとしていた。

 

 そしてその猿楽製薬は民由党と手を組み武器の製造および流出をしており、民由党は『ヒヒイロカネ』とやらを使った兵器を作ろうと計画をしていた。その計画はどうやらアリアとキンジの何らかの行動で失敗していたようだが、今再び『ヒヒイロカネ』を手に入れようと猿楽製薬と協力して計画しているという。

 

 そして、チーズナンは美味しいということ。

 

「オイコラ。勝手に変なのを付け加えるんじゃない」

 

 静刃は情報をまとめて書いていたホワイトボードの隅で落書きをしていたタクトに拳骨を入れる。ここまでの話を聞いていたセーラがジト目で頷く。

 

「どうやら全部つながったみたい」

「フレイヤは伊藤マキリら『N』と手を組んで、猿楽製薬と協力してキーくんやアリアのお母さんを殺すつもりだね」

「もしこのような事が起きれば都内で大規模なテロが起こるかもしれないよ…!」

 

 『N』や私設軍隊、そしてフレイヤら武装組織が一斉に襲い掛かってくるのだ。これだけの数が暴れるとなると被害は甚大どころじゃ済まされない。しかし、とジャンヌは気難しそうに首を傾げる。

 

「その数でどうやって遠山とアリアの母親を同時に狙うのつもりなのか?無差別に事を起こすわけではないはずだ」

 

 数が多すぎれば行動の規模が大きく目立ち、どちらかに気づかれてしまう。それどころか公安や武偵らによって数は数で押さえられるだろう。目的を果たすのなら迅速に行わければならない。話を聞いていたカズキは渋い顔をしながら考えていたがふと気付いた。

 

「派手に暴れる‥‥もしかして『参観日』にやるんじゃね?」 

 

「「「参観日?」」」

 

 訝しげに首を傾げるタクトら3人に漸く優位に立てたのが嬉しいのかカズキはにんまりと笑顔になった。ここで自分を崇め奉らせようと話すのを勿体ぶらせていたが、そんなカズキの思惑を打ち砕くかの如くかなめがタクト達に説明をした。

 

 明日、武偵校が主催の大規模な実戦的訓練を行う実習であり、その行事に保護者や企業、軍、そして政治家たちが観戦を行うという。ガクリと肩を落とすカズキを他所にケイスケは納得して頷く。

 

「なるほどな。武偵であるキンジも参加するだろうし、そしてアリアの活躍を見るためにアリアの母親も来る…同時に獲物を仕留めるにはもってこいのイベントじゃねえか」

 

「つまり、どういう事だってばよ?」

「たっくんは流れでわかればいい…」

 

 未だによくわかってないタクトをセーラが抑えつつ、次の問題に移ることにした。

 

「相手の狙いはわかった…けどどうやって事を止めるか」

 

 今回は猿楽製薬、伊藤マキリ、そしてフレイヤら武装組織と相手が多い。どちらがキンジを狙うのかアリアの母親を先に狙うのか、両方を守って動くことができるか些か厳しい。

 

「その参観日…たっくんの母さんも参加するの?」

 

 ナオトの疑問にセーラ達ははっとした。アリアの母親も参加するのだから、彼の母親である菊池サラコも武偵であるタクトの活躍を見に来るかもしれない。ナオトの問いにタクトは何か閃いたのか、意味深な笑顔を見せた。

 

「閃いたぜおい…!この俺にいい考えがある」

 

 ドヤ顔をするタクトにカズキら3人とリサは興味津々に見ていたが、静刃や理子達は嫌な予感がしていた。彼らの言ういい考えとやらは絶対に碌な事じゃない。そう思っている間にタクトは携帯の電話をかけた。

 

「もしもし母ちゃん?うん、今カレーパーティーしてるの」

 

「いや作戦会議だって言ってるだろ」

「妖刕、もう諦めたほうがいいかも。たっくんって楽しいことしか覚える気ないから」

 

 肩を竦める静刃を理子が宥めさせている間にタクトはサラコとの会話で盛り上がっていた。途中、ナオトがうどんの魅惑に憑りつかれたとか、カズキがお財布全ロスしたとかありもしない話をした。

 

「それでさ母ちゃん‥‥用意してほしい『モノ』があるんだけど」

 

 タクトの言う『用意してモノ』とは何なのか具体的に聞いた静刃達はギョッとした。その『用意してほしいモノ』とタクトが考えた作戦‥‥やっぱり碌な事にならないと静刃や理子は頭を抱えた。




 そういえば最新刊でキンちゃんはネモと無人島生活をするようで‥‥
 無人島生活と聞くと‥‥どこかのちねらーとモリを持った野生児を思い出しますね
 まっさるまっさるー


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124話

 カオスな4名様もかのvs食人族サバイバルホラーゲームを始めたようで
 この人達だからきっとカオスなことになるんだろうなーって思ってたらしょっぱなから起きてて吹いた





 


Day:7

 

キンジはやつれ気味にため息を大きくついた。今自分は建ち並ぶ高層ビルの間にできている日が射しにくい路地のど真ん中を歩いている。辺りを見回せば一日中通りを行き交う通行人達の姿はおらずそしていつもなら喧騒に響かせながら行き交う車の姿もない。静寂となったこのエリアを歩いていた。

 

「ったく…理子のやつ、呼び出しておきながら何処にいるんだよ」

 

 キンジはムスっとしながら携帯で指定されている場所を探す。それは昨日突然のことであった。急に理子から電話がかかり『明日、この場所に来てほしい』と頼まれたのであった。この前は変装して2年生として、その次は公安0課に無理やり協力させられて、そして今度は理子から無理やり呼び出されてとあっちに行ったりこっちに行ったりとややうんざりしていた。

 

 ましてや今日はタイミングが悪い。この日は『参観日』という武偵校の大規模訓練が行われているのだ。東京の街の一角を貸し切り状態に全学年が参加し、まさにその真っ只中である。

 

 本当は他の生徒に見つからないように変装して行かなければならないのだが理子から『変装しないで来てほしい』と言われたのだ。もし断ってしまったら理子が何をしてくるか分からない。もしかしたら女装しているのを知っててアリアに告げ口するかもしれない。キンジは仕方なく変装しないであかりやアリアら他の生徒に見つからないように慎重に向かっていた。

 

「次はこの辺りを‥‥おっと」

 

 キンジは次の角を曲がろうとしたが慌てて物陰に隠れる。隠れたと同時に幾人かの武偵がチームを組んで通り過ぎていった。

 

「ほんっと面倒な時に呼んでくれたな」

 

 人の気配がいなくなるとキンジはこれで何度目かのため息をつく。この『参観日』、内容的には3年生は2年時に登録申請したチームで行動、2年と1年は開催日前に提出したチームの編成書あるいはランダムで組んだチームで行動。赤組と白組で分かれ、相手を捕えながら各地点にあるフラッグを回収しその地点を占拠、そして本拠点にあるフラッグを取った組の勝利と何処かのFPSのようなルールだという。

 

 そんなチーム戦でたった一人で行動するというのは自分がチートキャラでなければ自殺行為。見つかったら集中砲火されて捕えられてしまうだろう。更には留年している身で変装をしていないのだから他の生徒に見つかった時点で退学だ。まさに命がけの行動にキンジは肩を竦める。

 

「アリアのやつ、きっと今頃張り切っているんだろうな‥‥」

 

 『参観日』というのだから保護者は勿論、企業や軍、そして政治家たちが武偵達の活躍を見に来ている。この人達は今回特別に用意された豪華客船『彼岸丸』に映像で観戦するようだ。この大行事に自分の祖父母だけでなく、アリアの母親も見に来ているだろう。自分の活躍を是非とも母親に見せたいとアリアは気合いを入れているはずだ。

 

 この行事にチーム・バスカビールは参加している。アリアや白雪、理子、そして白雪。自分がチームに抜けていてもしっかりとやって行けれるはずだ。『チーム』という言葉にキンジはふと気付いた。

 

「ということは‥‥あいつらも、参加してるよな?」

 

 あいつら…悉く自分の胃を苦しめ続けてきたあの喧しいハチャメチャな4人組。その4人組と一緒にいるリサは唯一の癒しなのだが。こんな大きなイベントなのだ、彼らが静かに黙っているわけがない。嫌な予感しつつもキンジは今は見つからないことを願って理子が指した場所へと向かう。

 

「‥‥?」

 

 ふと何かの気配を察したのかキンジはピタリと止まって振り返る。背後や辺りには人の姿は誰もいない。それでもキンジは違和感を感じた。

 

 誰かにつけられている。理子のいたずらか、あるいは獅堂達公安0課が後をつけてきたかと一時は考えたが今はそんな事を気にしている場合ではない。キンジは再び走り出した。

 

___

 

「静刃のやつどこに行きやがった‥‥」

 

 『参観日』実行委員及び今訓練の本部のテントにて獅堂は苦虫を嚙み潰したような表情でドローンから映し出されている映像を睨み付けていた。このイベントで()()()()()に備えて公安0課も待機することになっていた。

 

 獅堂本人はあまり乗り気でなく本当は参加するつもりではなかったのだが、この『参観日』にあの菊池サラコが観戦に来ている事を知り急遽飛び入りで参加したのであった。

 

 

「あの女が出るとなると‥‥間違いなく何か起こる」

 

 獅堂は何度も映像を切り替えて探す。菊池サラコがいるとならばこの『参観日』にあの喧しい4人組がとんでもない事をやらかすはずだ。そうなる前にあの4人組が何処にいるか、見つけ出して事を起こす前に止めなければならない。

 

「‥‥くそが。まだまだやる事が山積みだというのに面倒な事をしてくれやがって」

 

 まだ伊藤マキリを見つけていない上に、遠山キンジと原田静刃の二人と連絡が取れない。可鵡偉ら他の面子は既に配置して探しているが中々見つからない。

 

「‥‥む?」

 

 ふと切り替えた映像に獅堂は眉をひそめる。建物の物陰から白いボディーアーマーを着た5,6人の武装した連中が誰かの跡をつけるかのよう動いているのが一瞬だけ見えた。

 

 武偵達の中であんな人物がいただろうかと獅堂が疑問を抱えたその時、どこ遠くで爆発音が響いた。音がした方角は『参観日』が真っ只中行われている場所だ。最初の爆発音を皮切りに立て続けに爆発音が響きだした。

 

 ざわめく本部、慌ただしく動き出した教員、無線を繋ぎ連絡しだす軍、これは組み込まれていない事態だと気付いた獅堂はすぐに携帯を取り出した。

 

「不知火‼何が起きた‼」

 

『獅堂さん―――‼道路、屋内各所で爆発が起きた同時に強襲が―――』

 

 不知火の声を遮るかのように激しい銃声と爆発音が響く。獅堂は苛立つように舌打ちをした。嫌な予感がしていたがやはり起きてしまった。

 

『あの爆破、おそらく武装検事試験会場の爆破及びショッピングモール襲撃と同じ爆弾が使われたものかと―――!』

「ということは遠山とあのバカ4人組を狙ったやつらか!不知火、可鵡偉と共に遠山を探せ‼」

 

 奴等の狙いは遠山キンジか。あの会場に遠山キンジがいたから起こしたのか。だとすれば首謀者は伊藤マキリら『N』なのかと更に積み重なって来た疑問を抱きつつ自分も向かうとしたその時、本部に武装検事の一人が大慌てで駆けつけてきた。

 

「た、大変です‥‥‼豪華客船『彼岸丸』がジャックされてます…‼」

 

 その報告に教員のみならず獅堂までもが目を丸くした。会場を襲撃するのみならず、保護者や政治家たちがいる豪華客船をジャックするとは。獅堂はますます苛立ちを募らせた。

 

___

 

「あ、危なかった‥‥」

 

 突然起きた爆発に遠山キンジは冷や汗を流し焦りだした。爆発が起きた場所、あれは数分前に他の武偵の生徒に見つからないように身を隠した場所だ。少しでも遅かったら爆発に巻き込まれていただろう。考えただけでもぞっとする。

 

 しかし次々の起きている爆発はただ事ではない。これは訓練の一連ではないことには気づいた。アリアは無事なのか、自分が置かれている立場よりも彼女のもとへ行かなければ。キンジはホルスターからベレッタM92Fを引き抜く。

 

「―――――いたぞ、遠山キンジだ」

 

 巻き上がる黒煙の中から白いボディーアーマーを着て白いフルフェイスマスクで顔を隠した武装した男達が4,5人現れた。他の武偵の生徒でも、公安0課の誰かでも、そして武装検事でもなく、明らかに自分を狙っている事にキンジは既に察していた。もしや以前兄が言っていた自分の命を狙っている連中か。キンジは臨戦態勢に移るが半ば焦っていた。ヒステリアモードになっていない中でこの数を相手できるか、一人でヒステリアモードになれるには少し時間もかかる。じりじりと間合いは狭まっていく。あと30秒あればヒステリアモードになれるが、その猶予も次第に無くなってきた。

 

 

 

 

 

「巻き込まれたくなかったら下がりなさい」

 

 

 ふと聞こえた声にキンジは武装した連中が引き金を引く前に大きく後ろへと下がった。それと同時に武装した連中の足下から紫の電撃が巻き起こった。キンジはまだ未完全だが薄らヒステリアモードになれたおかげで声の主が誰なのか、その声の主が何処にいるかもすぐに分かった。

 

 

「‥‥ヒルダ、助かった」

 

 キンジの影から黒いフリルの付いた日傘をさし、ご満悦の様子のヒルダが現れた。

 

「ふふ、これで借りが増えたわね。まあ有難く思いなさい?」

「もう好きしてくれ。ヒルダがここいるという事は‥‥」

 

 

「やほやほー♪キーくんおひさー」

「きんちゃあああああああああん‼」

 

 

 キンジが予想した通り、巻き上がる黒煙の中から理子と白雪が飛び出す様に駆けつけてきた。理子はすでにワルサーP99を、白雪は既に刀を抜いているという事はもう戦闘が起こっているようだ。

 

「理子、白雪!二人とも大丈夫か?」

 

「りこりんは大丈夫。そんな事よりこいつらキーくんとアリアを狙ってんだから気をつけないと」

 

「やっぱりそうか。アリアを見つけないと‥‥!」

 

 自分は兎も角、アリアが心配だ。そして自分とアリアの二人を狙うだけなのにここまで派手な襲撃をしてきた連中を止めなくては。

 

「キンちゃん!私、キンちゃんが女装の癖がついててもずっとキンちゃんの味方だからね!」

 

 

「「えっ?」」

「えっ」

 

 白雪の一言に理子とヒルダは目が点になり、キンジはピシリと凍りついた。白雪がどうして突然そんな事を言って来たのか。キンジはもう分かってしまった。

 

「カズキの野郎ぉぉぉぉぉっ‼」

 

 間違いなく、いやどう考えても、カズキがばらしてしまったのだろう。やはりがま口財布のように口が堅い男を信じるべきではなかった。今は止めなくてはいけない事態があるのだがそれよりも先にこの状況を何とかしなくては。

 

「し、白雪!俺は女装癖があるんじゃない。それはカズキ(あのバカ)の世迷い言でry」

 

 

「きぃぃぃんんんんじぃぃぃぃっ!!!」

 

 

 キンジの弁明を遮るかのようにそれは怒声を飛ばしながらやってきた。キンジは顔を青ざめてゆっくりと声の聞こえる方へと向けた。桃色の髪を靡かせて鬼のような怒りの形相でアリアがこちらに駆けてきているのが見えた。よく見るとかなめがアリアに襟首を掴まれて引っ張られている。そしてそのかなめは『マジでゴメン』というかのように涙目でキンジを見つめていた。

 

「アリア‼無事かry」

 

「風穴ぁぁぁぁっ‼」

 

 いうよりも速くアリアのドロップキックが炸裂し、追い打ちをかけるかのように2丁のガバメントを引き抜いて本当に風穴を開けさせようとする前に理子に止められた。

 

「このバカキンジ‼留年して更に他の女の子に手を出そうとしてるなんてどういうつもりなの!?」

「待て待て待て‼留年はともかく、何そのありもしない話!?というかそんな話してる場合じゃないだろ!?」

 

 

 はっと気づいたアリアはブンブンと首を横に振って自信を落ち着かせると真剣な表情でキンジを見つめる。

 

「そうだったわ‥‥キンジ、先程豪華客船『彼岸丸』がジャックされたの。ママを助けなきゃ‥‥!」

「かなえさんが‥‥!」

 

 やはりアリアの母親も来ていた。自分とアリアの命を狙っているのなら血縁者を人質にとってくる。今回はこの『参観日』を観戦しにきた人達と大人数を人質に取られた。こんな姑息な手にキンジも怒りを感じていた。

 

「俺達二人を狙うってのにここまで派手にやりやがるとはな。アリア、かなえさんを助けて首謀者をとっちめるぞ」

「当たり前よ。こんな事をしでかした奴等はもう風穴じゃすまされないわ」

 

 今すぐにでも向かって助けに行こう。怒りと再びチームを組める高揚感と気合いで士気が上がっている二人に理子が物凄く申し訳なさそうな表情でアリアとキンジを止めた。

 

「あー、そのね‥‥二人ともすっごーーーく申し訳ないんだけど。その事ならもう向かってる人達がいるの」

 

「へ?それってどういう事よ」

 

 止められてアリアは機嫌が悪くなったうえに眉をひそめて問い詰めるがそれでも理子は申し訳なさそうに視線を逸らしながら話を続ける。

 

「うん、本人たちが言うにはね?キーくんとアリアを囮にして誘き寄せている間に自分達が突撃してとっちめるとかいう作戦なんだけど‥‥その行き方がねー‥‥」

 

「本人『たち』?おいそれってまさか‥‥」

 

 理子が申し訳なさそうにしているわけ、そしてその作戦を考えたのが誰なのかキンジは全てを察したその時、どこかから鈍い駆動音が響いた。その音は鳴りやむことは無く、寧ろこちらに近づいて来ていた。

 

「な、なんなのこの音‥‥?」

 

 アリアは戸惑っていたが、理子とヒルダはうんざりした表情をしていた。もうなんだか嫌な予感がしていたキンジは音のなる方へと顔を向ける。最初は遠くて見えなかったが、漸く向かってきているそれが何なのかはっきりしたところでキンジは目を丸くした。

 

 

 

 独特な迷彩柄のフォルムで、貫くように伸びた砲塔。そして二つのキャタピラで道路を走る‥‥それは紛いもなく戦車だった。

 

 

「戦車ぁぁぁぁっ!?」

「な、なんで戦車がこんなところを通ってんのよ!?」

 

 キンジとアリアは驚愕したが理子はもう視線を逸らし、かなめはどこか遠い眼差しをしていた。

 

「というかしかもあれ‥‥最近開発された新型の戦車、『TM-02 ハンジャール』じゃないの!?」

 

 更にアリアは声を荒げて理子に問い詰める。ハンジャールと聞けばどこかの国が開発した戦車であり、近未来的なデザインが特徴的で小型・軽量でありながら火力や機動力はどの戦車にも劣らないと言われる。そのTM-02ハンジャールはキンジ達の前に止まる。

 

『スポォォォォン‼キンジ、アリア、やっほー!』

 

 拡声機で響く声にキンジとアリアは「あっ」と声を揃えた。戦車で現れる武偵なんて世界中探してもあの4人組しか思い浮かばない。

 

「た、たっくんか!?何してんだお前!?」

 

『俺達もいるぜ!キンジ、アリア、こっからは俺達に任せておきな!』

 

「カズキ‼あんたもいるのね!というか任せきれないわよ!?」

 

 間違いなく彼らに任せたら大惨事になり兼ねない。絶対に任せきれない。しかし彼らはそんな事は気にしてない。

 

『ここで油を売ってる場合じゃねえだろ?理子、白雪、そっちは頼んだぞ』

「あーうんケーくん?言っても無駄かもしれないけど程々にね?」

『あれ?キンジ達いるの?』

「バカバカ‼ナオト、こっちに主砲を向けんな!」

 

 やはりこの戦車に騒がしい4人組が揃いも揃って乗っていた。アリアとキンジはもう決めた。彼らが豪華客船に突撃するよりも先に自分達が突撃してアリアの母親を助けなくては。

 

『おい時間がねえ。さっさと行くぞ』

『ケイスケ、どんどん飛ばしていこうぜ!』

『あ、こっちに曲がった方が近道できるっぽいぞ?』

『瓦礫の山が邪魔だな‥‥よっしゃ俺に任せろ!レッドマウンテンブラストーッ‼』

 

 タクトの気合いの込めた叫びと共にTM02ハンジャールは主砲を放った。瓦礫の山になっていた場所は砲撃で吹っ飛ぶ。

 

「何してんのお前ぇぇぇぇ!?」

「ちょ、バカなの!?武偵が街を破壊してどうすんのよ!?」

 

『救えるのは仲間だけだっつってんだろ。更地になろうがどうなろうが知ったこっちゃねえし』

「イヤイヤイヤ!?ケーくん、大問題だから‼大問題になるから自重して!?」

 

 理子が無線を通して説得しようとするが彼らの暴走(?)と戦車は止まることは無い。TM02ハンジャールはスピードを上げて進んでいく。願わくば建物は破壊しないで欲しい、キンジ達はひやひやしながらその戦車を見送った。

 

『おいケイスケ、これって‥‥‼』

 

 ふとカズキがわなわなと驚きの声を上げる。漸く事の重大さに気づいてくれたのかとキンジは思っていたが、カズキの驚きの声は喜びの声に変わった。

 

『ガールズオブパンツァーじゃね!?』

 

「謝れ‼全国のガルパンファンに謝れ‼」

 

 しかもテーマも間違えているし。やっぱり彼らだけでは任せてられない。自分達も多くの人が人質にされている

豪華客船『彼岸丸』へと急ぎ向かうことにした。




 
 これがやりたかっただけ

 全国、全世界のガルパンファンの皆様‥‥本当にすいませんでした(焼き土下座)

 戦車はGTAのTM02ハンジャール‥‥ポーランドのPLー01がモデルだそうです。
 PL-01の近未来チックなデザインは好きです。あとまほ様が好きです(オイ


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125話

 銀河の危機をなんやかんやで救い、天国の世界でハゲを埋め、食人族の森では食人族を焼いてオブジェに‥‥やっぱりサイコパスすぎぃ!?え?今更?

 


学園島の岸からでも見える豪華客船『彼岸丸』。本来ならば今回行われている武偵校一大イベントである『参観日』にて保護者や企業、政治家達が安全に観覧する場所であったが、今はフレイヤの手によって船員や観客船内の全ての人間が人質とされ、豪華客船はジャックされてしまった。

 

 メインホール内で人質にされた人々が銃器をもつ黒づくめの兵士に囲まれ怯え身動きができずにうずくまっている一方、船員を全て縛り上げた操舵室にてフレイヤは苛立ちを募らせていた。

 

 先ほど部下から知らされた情報で『参観日』の演習場となっているエリアを猿楽製薬の私設軍隊と共に襲撃することは成功した。しかし今作戦の標的の一人である遠山キンジ及びその仲間達の抹殺は失敗したという。自分の部下や他の武装勢力、そして猿楽製薬の私設軍隊とあれだけの数を投入したというのに何たる醜態か、フレイヤは苛立ちのあまり親指の爪を噛みしめていた。

 

 

「ちぃっ‥‥あの社長、なにをやってんのよ!どいつもこいつも‥‥‼」

 

 痺れを切らしたフレイヤは操舵室を荒々しく出て行き、人質を捕えているメインホールへと向かった。遠山キンジの抹殺が失敗したということはアリアと共にここへやって来る。あちらの標的の抹殺が成功した場合に人質全員を始末する為に船内にクリーパーを仕掛けていたというのに無駄に終わってしまった。

 折角の計画が台無しに終わってしまう。それならば奴等がこちらに向かう前にもう一人の標的である神崎アリアの母親、神崎かなえを殺しまおう。伊藤マキリからは『待て』と言われていたがもう我慢ならない。

 

「ふ、フレイヤ様‼」

 

 ふと部下の一人が大慌てでこちらに駆け寄って来た。フレイヤはギロリと横目で睨む。今はさっさと標的を始末しておきたいというのに耳を傾ける暇なんてない。だが、部下の様子からして只事ではないと伺えた。

 

「――――さっさと要件を言ってくれるかしら?」

 

「は、はいっ‼れ、例の4人組が動き出しました‼」

 

 例の4人組、あの何を考えているのか分からない喧しい奴等かとフレイヤは鼻で笑った。てっきり公安0課か機動部隊が動いたのかと警戒していたが時間の無駄だった。伊藤マキリは奴等も警戒する様にと言っていたが、たった4人でここに向かって何になるのか。そもそもここへ向かうのに手段は限られているヘリを使って空からか、ボートを使って海からかのどちらかだ。それならば部下に迎撃を命じればすぐに始末できる。

 

「そんな事ならあなた達で始末してやりなさい?」

 

「で、ですが‥‥‥‥そ、その4人組‥‥戦車でこちらに向かってきてますが?」

 

 

「―――――は?」

 

 

 フレイヤは一瞬己の耳を疑った。どういう事なのだろうか。いや、どういうつもりなのだろうか。一体何を考えて戦車で向かってきているのか。どう答えればいいのか混乱困惑するしかなかった。

 

 

___

 

 

「あのクソ野郎共がっ‼」

 

 運営本部で待機していた獅堂は怒りで力いっぱい机を叩いた。今指導の目の前にある中継を映してるテレビの大画面には襲撃された区内を爆走している戦車が映っていた。敵の銃撃を何ともないかのように突破し、行く手を止めている装甲車を押し潰し、近道をするのか通路を埋めた瓦礫の山に向けては容赦なく砲撃し更地と化していく。

 

 こんな滅茶苦茶なことをするのはもうあのバカ4人組しかいない。というよりも何で武偵が戦車を持っているのか、色々とツッコミを入れたいのだが今はそれどころじゃない。

 

「もう我慢ならん‼あのクソガキ共を止める‥‥‼」

 

 我慢が限界突破した獅堂は真っ先にあの4人組を止めようと無線機を取り出す。他の場所で待機している灘、可鵡偉、大門坊に知らせ全員で取っちめる算段だ。

 

「それは悪手じゃないのかな、獅堂くん」

 

 いざやろうとした途端に止められ、獅堂は更に怒りのボルテージを上げた。止められたのも理由ではあるが、その己の行動を邪魔しようとしている声に獅堂は苛立った。

 

「てめぇ‥‥何のつもりだ雅人‼」

 

 獅堂は振り返りこんな状況にも拘らず平然としている男、あのクソガキ4人組の一人である菊池タクトの父親である菊池雅人を睨み付けた。雅人はまあまあと獅堂を宥めながら近づく。

 

「せっかく人質を救出、首謀者を捕えようと向かっているのだ。彼らの邪魔をするのは野暮じゃないのかな?」

 

「救出だぁ?あの惨状を見て言えるのか!?」

 

 獅堂は怒号を飛ばしながら画面を指さす。今も尚タクト達が乗っているであろう戦車は爆走して障害物となる物全てを破壊していっている。そもそも戦車でどうするつもりなのか、砲撃して船を沈めるつもりなのか。

 

「前も言ったはずだ、戦争みたいな戦闘をする連中と戦うのだよ?そして今、テロ紛いな事が起きている。それに応じた手段だと思っているのだけどねぇ?」

 

 確かに彼らの戦車による爆走でそれが注目されているが、他の画面では白いボディーアーマーを身に着けている武装した連中が手榴弾を投げ、銃器による襲撃と今、街中が銃撃戦となっていた。

 

「今は武偵も、公安も、力を合わせてこの事態を食い止めるべきじゃないのかな。如何なる事態、国内で起こるテロを未然に防ぐためのいい訓練だ」

 

 雅人は画面を見ながら楽しそうに笑っていた。その様に獅堂は一瞬引いた。菊池サラコといい、菊池タクトといい、菊池財閥の人間は尋常じゃないと思えてくる。

 

「それと獅堂くん、君にこれを渡さなくてはね」

 

 すると雅人が分厚い茶封筒を渡して来た。中身は書類のようだが表紙には『証拠』とその二文字がデカデカと書かれていた。

 

「伊藤マキリの件と‥‥猿楽製薬が武器を製造していたこと、そして民由党がその裏に通じていた全ての証拠が入っている。後は分かるよね?」

 

 これだけの証拠、どうやって集めたというのか。獅堂は迷ったがもう問い詰めるのはやめた。雅人のせいか先ほどまで募らせていた怒りは面倒くささに変わってしまっていた。

 

「‥‥今回はてめえに免じて目をつむってやる。てめえの借りが溜まるのが癪だからな」

 

「それは助かるよ。じゃ、僕は武偵庁に色々と説明しなくちゃならないから行かないと」

 

 獅堂はそっぽを向いて舌打ちをする。おそらくきっと武偵庁の連中もこいつの舌に言いくるめられてしまうだろう。直ぐに可鵡偉ら公安0課の全員に武偵達の援護に向かうよう無線機で指示を出そうとしたがふと気になったことがあった。

 

「なあ‥‥あのバカ4人組が向かうのはいいが、人質は無事に救出できるのか?」

 

 噂ではあのホワイトハウスを半壊させたというとんでもないことをやらかした4人組だ。きっと豪華客船も無事では済まされないだろう。そうなった場合、人質にもとばっちりがくるのではないか。しかし雅人はそんな事を気にしてないかのように自信に満ち溢れた笑みで返した。

 

「それなら心配ない。サラコがいる」

「なっ‥‥!?」

 

 獅堂は驚愕した。まさかあの菊池サラコがジャックされた豪華客船にいるというのか。そのせいか余計に心配になって来た。間違いなく、あの豪華客船はただでは済まされないだろう。

 

___

 

「セーラ、本当にやるのか?」

 

 学園島に近い場所にある無人となっているコンテナターミナルの岸辺にてジャンヌは物凄く不安そうな表情でセーラに尋ねた。セーラはため息をついてジト目で見つめる。

 

「仕方ない、たっくんがやるというからやるしかない」

 

 セーラは再びため息をついて視線を海上の豪華客船『彼岸丸』へと向けた。ここから豪華客船までの距離はおおよそ数百メートル。ボートを使えばすぐにでも辿り着ける距離にいるのだが、自分達はタクトの作戦で待機していた。

 

「私が思うに、タクトの考えた作戦はどう考えても滅茶苦茶だと思うのだが」

「たっくんがやるって言たらもうやるしかない」

 

 昨日のタクトがドヤ顔で説明した作戦、どう聞いても滅茶苦茶すぎた。ジャンヌもセーラもここは止めた方がいいのかと反論しようか迷っていたがカズキやケイスケまでもがタクトの作戦に賛同してしまいどうすることにもできなかった。

 

「セーラ、もしタクト達が失敗した場合はどうするのだ?」

「その時は…遠山キンジとアリアがいる」

 

 たとえタクト達が失敗に終わったとしてもまだ遠山キンジとアリアらがいる。というか寧ろ彼らに任せた方がいいのではないかと思えてきた。が、セーラはこれまでタクト達の行動を考えて恐らくゴリ押しで押し通るのだろうなとどこか遠い眼差しで悟った。

 

「ジャンヌ、そろそろたっくん達が来る頃‥‥ジャンヌ、お願い」

 

 セーラに目で促され、ジャンヌは本当はやる気にはなれなかったがここまで来てしまった以上やるしかないとあきらめのため息をついてデュランダルを引き抜く。

 

「もうなるようになれか‥‥銀氷よ‼」

 

 聖剣デュランダルに氷を纏わせ地面へと突き刺した。

 

____

 

 フレイヤは急ぎ足でメインホールへと向かっていた。あの騒がしい4人組が戦車でどうやってここまで来るのかいくら考えても思いつかないし、そいつらよりも遠山キンジとアリアが間違いなくこちらに向かってきている事を予見してここに来られる前にもう一人の標的である神崎かなえを急ぎ抹殺しようと考えた。

 

 先に手を打っておけば破綻された計画を修正でき、駆けつけてきた遠山キンジとアリアを始末することができる。フレイヤは内心ほくそ笑みメインホールの扉を開けた。

 

 しかし目に映ったのはメインホールで人質を見張っていた部下達全員が床に倒れている光景だった。フレイヤは目を見開いて驚くが、メインホールのど真ん中でタバコを一服している黒いコートを羽織った女性を注目した。

 

「あら?来るの遅すぎね。退屈すぎて一服できちゃうぐらいだったわ」

 

 茶髪の女性はサングラスを外してドヤ顔をする。フレイヤはこの女性が一体誰だかすぐに理解できた。

 

「菊池‥‥サラコ‥‥‼」

 

 裏の業界で恐れられているかの『漆黒の年寄り』の娘であり、菊池財閥のボス。その女がどうしてここにいるのかフレイヤはギリッと睨み付ける。怒れるフレイヤの視線にサラコは恐れることなくタバコの煙を吐く。

 

「『参観日』なんだからうちのバカ息子の活躍を見にいくのは当たり前でしょ?」

 

「‥‥どうしてなの?これまで我関せずと菊池財閥はずっと不動のままだったのに、今となって邪魔をしてくるなんて図々しいわね」

 

 フレイヤは皮肉を込めてサラコを睨む。菊池財閥はこれまで裏でマフィアとのパイプがあったり、武器商に手を付けいたり、その他色々なビジネスに手を付けていたが、司法や政治関連には星伽に任せてずっと口を挟まずじっとしていた。だが今となって菊池財閥が動いたのは何故か。

 

「ぶっちゃけ言ってビジネスね。戦役が終わって、色金は宇宙へと帰った。役目を終えて取り残された余り物の今後の有効活用と貴女達のような置いてけぼりの時代遅れの始末‥‥そして次なる脅威への抵抗ってところかしら?逆襲で血眼で周りが見えず、この先の事なんて考えてないでしょ?」

 

 サラコはもう一本タバコに火をつけ、フレイヤを嘲笑った。フレイヤの額に青筋が浮かび上がるがサラコは気にもせず話を続ける。

 

「時代は常に進み続ける。私、私達菊池財閥はその流れに置いてかれないように常に次の手を考えて行動しなければならない‥‥って、おばあちゃんがキャバクラ帰りのおじいちゃんをタコ殴りにしながら言ってたわ。ま、今回のビジネスは成功するわ。貴女の逆襲のおかげでビジネスを成功させてくれてありがとう」

 

 ニっと笑うサラコに対しフレイヤは堪忍袋の緒が切れた。片手を上げて部下達にサラコに向けて一斉掃射を命じる。黒づくめの部下達はサラコをハチの巣にしようと掃射するがサラコの足下の影が伸び、彼女の前に黒い壁となって立ちはだかり全ての銃弾を防いだ。サラコはタバコを一服し終えると満足そうに頷く。

 

「さ、貴女達頑張りなさい?イ・ウーの今後のイメージアップの為の大事なお仕事よ」

 

 黒い壁がゆっくりと崩れていきヒルダと鈴木桃子こと夾竹桃の姿が現れた。ヒルダはやや不満げに、夾竹桃はため息をついてサラコに視線を向ける。

 

「まったく‥‥吸血鬼をこき使うなんて、人類史貴女が初めてだわ‼」

「菊池タクトがイ・ウーのリーダーになったと聞いて嫌な予感がしたけどまさにその通りだったわね」

 

「さあごちゃごちゃ言わず、人質を護衛して脱出させなさい!」

 

 サラコはヒルダ達に人質を避難誘導を命じて、自分はフレイヤに向かって駆けた。サラコの黒いパンプスの蹴りが目の前まで迫り、フレイヤはガントレットで防いだ。見た目によらず思った以上の威力に腕が痺れる。

 

「ここで貴女を殺せば、一躍有名になれそうね‥‥‼」

 

「やれるものならやってみたら?でも、私はあくまで時間稼ぎだし貴女は私の相手をしている場合じゃなくて?」

 

「戯言を‥‥いや、まさか‥‥‼」

 

 空からでも海からでも向かってこようものなら船外で待機している部下達に撃ち落としていく。この豪華客船にすぐに応援が来るはずがない。そう豪語していたがフレイヤは思い出した。遠山キンジやアリアらよりも先に『戦車』でこっちに向かってきいる何を考えているのか分からない連中がいることを。

 

___

 

「いくぞぉぉぉっ‼」

 

 タクトのノリノリの声が拡声機を通して反響する。TM02ハンジャールは障害物を、瓦礫の山を、壁を、建物を、道路を破壊しながら爆走していた。

 ケイスケの運転でハンジャールはスピードを上げ、カズキとナオトが後方にスタングレネードやMK3手榴弾を投げ、タクトが時々主砲を撃ち、白いボディーアーマーを纏った襲撃者達も手を打つことができず蜘蛛の子散らすように逃げていく。

 

「ケイスケ‼まだ着かないのか‼俺もう投げる作業飽きたー!」

 

「うるせーハゲ。こっちは止められねえ状況だっつうの!」

 

「止まるんじゃねえぞ」

 

「たっくん、それ死ぬときの台詞」

 

 戦車の中でも4人は相も変わらず騒がしく自己主張を押し付けて合う。戦車の中でじっと黙って彼らの行動を見ていた鵺は察する。ツッコミ役がいないともう誰にも止められない。

 

「前から思っていたが‥‥やっぱり4人揃えば混沌としているじょ」

 

 

「よし、お前らもう直ぐ着くぞ‼」

 

 ケイスケの合図にタクト達は待ってましたと嬉しそうに不敵な笑みを見せた。ハンジャールはコンテナターミナルの閉められた扉を強行突破し、岸辺へと爆走していく。

 

「セーラちゃんとジャンヌは‥‥いた!」

 

 ハンジャールの姿を見てやっぱり来たかとジト目で見るセーラとややくたびれ気味のジャンヌ、そして彼女らのすぐ傍には氷で作られた巨大なジャンプ台があった。

 

「なあ、もう一度作戦を確認してもいいか?」

 

 鵺はケイスケ達に改めて確認する。ケイスケはしつこいと言わんばかりにジロリと見つめ、カズキとタクトはドヤ顔をし、ナオトは明後日の方向をむく。もう一度説明してあげようとタクトは自信ありげに胸を張った。

 

「ふっふっふ、作戦はこう。戦車で突撃し、セーラちゃんの巻き起こす風でスピードを上げてジャンヌが作った氷のジャンプ台で大ジャンプ!その勢いで豪華客船にダイレクトアタック‼ね?簡単でしょ?」

 

「ずっと思ってたんだが、そんな自信どっから湧くんだじょ」

 

 そんな滅茶苦茶な作戦がうまくいくのか、というか寧ろ戦車でいく必要があったのか。タクト曰くなんかかっこいいから、だそうだ。

 

「たっくんの作戦に不備はねえだろ」

「いや有り過ぎてもう漠然としてるんだけど」

 

「はっはっは、鵺っち緊張してるのか?俺はくぁzwでfrvrg!」

「いや噛み噛みで何言ってるのか分からないのだけど」

 

「大丈夫、キンジがいるから」

「ナオト、半分失敗すると察してるだろ」

 

「よっし‼セーラちゃん、お願いねっ‼ケイスケ、レッツゴー!」

「いくぞおらああああっ‼」

 

 タクトの合図でケイスケはハンジャールのスピードを上げて氷のジャンプ台に爆走させていく。無線機を通してタクトの合図を聞いたセーラはヤレヤレと肩を竦め、通り過ぎたハンジャールに向けて手を翳す。

 

竜巻地獄(ヘルウルウィンド)

 

 セーラはハンジャールに向けて爆風を放った。爆風に押されてハンジャールは更にスピードをあげて氷のジャンプ台を駆けのぼっていき、虚空へと高々と飛んだ。

 

「よっしゃいったあああっ‼」

 

 タクトは作戦が成功したと大喜びで叫んだ。高々と跳んだハンジャールは海上の豪華客船に向かって弧を描くように落ちていく。後は船上にダイナミックに着地するだけと思えたがナオトが気付いた。

 

「待て‥‥距離が足りない!」

 

「おぉい!?どうするんだじょ!?」

 

 勢いよく跳んだのはいいが、船までの距離が足りない。このままでは自分達はハンジャールごと海へとダイブしてしまう。鵺は慌てていたがカズキ達は落ち着いていた。

 

「ナオト、砲塔を反対側に向けれるか?」

「カズキ、もう向けてる」

「よっしゃ、ケイスケはこのままアクセルおしっぱで。たっくん、ありったけ撃ちまくれ‼」

 

「おっけーい‼レッドマウンテンブラスト大連発だぜ‼」

 

 後方へと反対に向けられた主砲から何度も弾が勢いよく発射される。発射された反動でハンジャールは少しずつ前へ前へと空中で前進していっていた。ごり押しで弧を描いて跳んだハンジャールは豪華客船のど真ん中へとダイナミックに激突した。

 

___

 

 セーラの放った風に押され、氷のジャンプ台で勢いよく跳んだハンジャールは空中で砲撃しながら進み、見事豪華客船にダイレクトアタックに成功したことにジャンヌはアングリとし、セーラはやっぱりとどこか遠い眼差しで見ていた。

 

「まさか本当にやる、いややらかすとはな‥‥」

「だってたっくん達だもの」

 

 彼らのやる事には確かに驚かされるのだが、最近は慣れてしまった自分が怖い。多分次は豪華客船が沈むのではないだろうかと思えてきた。

 

 そんな事を考えていたらキンジとアリア達が猛ダッシュで駆けつけてきたのが見えた。ぜえぜえと息を荒げながらアリアはキッと必死な眼差しで見つめてきた。

 

「セーラ、ジャンヌっ‼この辺りに戦車で走ってるバカ4人組知らない!?」

 

 セーラとジャンヌは「あっ‥‥」と口をこぼし、静かにゆっくりと豪華客船の方へと指さした。どういう意味かとアリアとキンジはキョトンとしたがすぐに察してギョッとする。

 

「はああああ!?あそこにママがいるんだけど!?あのバカ4人組、沈める気なの!?ねえキンジ‼あのバカ共に風穴開けてもいいよね!?」

「お、落ち着けアリア!?あいつらがやらかす前に俺達でかなえさんを助けよう、な‼」

 

 堪忍袋の緒が切れて暴走気味のアリアをキンジと理子、白雪と3人がかりで落ち着かせようとするさまをみて、セーラはため息を大きく漏らした。




 戦車で大ジャンプ…多少ゴリ押し感はありますが、某特攻野郎の映画では戦車でスカイダイビングしてたし、い、いいよね?(視線を逸らす


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126話

 今日中に急いで最新話を更新させなきゃ‼
 ↓
 ようつべで某4人組実況者の生放送
 ↓
 日を跨いでしもうた/(^o^)\


 通行止めにされている無人の橋の上で伊藤マキリはただただ無言で眺めていた。彼女の視線の先には会場に浮かぶ豪華客船、数秒前に起きた事を改めて思い返す。氷のジャンプ台で勢いよく跳んだ戦車、砲撃の反動で弧を描きながら跳び進み見事ジャックされた豪華客船へと辿り着いたのだ。

 それを為しえたのはかの何を考えているのか分からないあの4人組。マキリ本人もまさか戦車を投入してくるとは思いもしなかった、否思うわけが無い。だからマキリは改めて思う。

 

「‥‥何を考えているのか分からない」

 

 これまで不可能を可能にしあらゆる戦局を覆した遠山キンジならまだしも、凡人としか思えないというよりも凡人よりも遥か斜め下を突き抜ける4人組に我々の思惑をどういう訳か覆されている。

 

「やはり‥‥彼らは危険」

 

 イギリスで彼らに一本取られた時から感じていた。今後我々『N』の活動を彼らは邪魔してくるだろう。ここで始末をしなければネモやヴァルキュリア、グランデュカ等にとっても障害になる。マキリはフレイヤ達の下へと向かおうと動いた。

 

「――――ここにいたか」

 

 ふと男性の声が聞こえたと同時に殺気を感じた。横目で声のした方を見ればこちらにめがけて拳がとんできた。マキリはすぐに躱して間合いを取るように下がり無表情で相手を見つめる。

 

 視線の先にいるのは黒い外套を着て左腰に黒鞘の日本刀を二振り携え、拳を構えている原田静刃だった。不意打ちを躱されたことに静刃は舌打ちする。

 

「やっぱ鵺をこっちに連れてくればよかったな」

「貴方は‥‥公安の人?それとも遠山キンジの仲間?」

 

 マキリは静かに首を傾げる。公安0課や遠山キンジの仲間にこの様な男はいただろうか。ピラミディオンの時にナオトといたからもしかすると彼らの仲間だろうかと考えていたら静刃は物凄く嫌そうな顔をしていた。

 

「どちらかというとあのバカ共の腐れ縁だ。そしててめえの足止めでもある」

 

 静刃はタクトの考えたあの無茶苦茶すぎる作戦を思い出す。自分の役目はどっかにいるはずであろう伊藤マキリを追跡して足止めを課せられた。ただでさえ『ヴァーミリアンの瞳』でも追跡は難しいというのにタクトが『別に倒してしまっても構わねぇぜぇ?』と物凄くムカつく顔をしていた事まで思い出してしまった。

 

「ああくそっ‥‥この作戦終わったら絶対に縁を切ってやる」

 

「‥‥‥」

 

 マキリは何かを思い出して苛立つ静刃に向けて指を弾く。するとさっきまで隙をさらしていた静刃は体を仰け反らす。態勢が戻ると静刃の横頬に小さな擦り傷がついていた。静刃の一連の動きにマキリは静かに見据える。

 

「どうやら、見えているのですね‥‥?」

 

「てめえの技はナオトから聞いた。それに軌道も読めている、悪いが相手をしてもらうぜ?」

 

「‥‥やはり、厄介な人」

 

 マキリは静かにため息をこぼした。

 

______

 

 

 豪華客船が『彼岸丸』、ジャックした黒づくめの男達はIMIガリルやUZIやら銃器を構え慎重に進んでいた。彼らが向かう先はデッキにあるプール。それもそのはず、プールのど真ん中に戦車が鎮座しているのだ。

 どうやったら戦車でこんな所に辿り着けるのか、いくら考えても思いつかない。黒づくめの男達はプールサイドの周りへと動き戦車を囲う。いつハッチを開けて顔を出すか、顔を出した瞬間にハチの巣にするつもりだ。

 

 しかしいくら待ち構えてもハッチを開く様子が伺えない。既に中はもぬけの殻なのだろうかゆっくりと戦車へと近づく。その瞬間、戦車の砲塔がグルンっと動き出した。まさかここで主砲を放つつもりなのか、と黒づくめの男達は慌てて下がった。下がっても尚戦車は砲塔をグルグルと回転させ前進し続ける。いつ主砲を撃ってくるのかというよりもこんな所でぶっ放すつもりなのかと全員が身構えた。

 すると突然戦車のハッチが開くと中から何かが投げ出される。緑色の液体が入った瓶のようなものが宙を舞ってフロアへと落ちると瓶は割れて緑色の煙が噴き出してきた。煙幕で姿を隠すつもりかと構えたが、煙が鼻に入ると煙幕ではない事に気づいた。

 異様な臭いで鼻が曲がりそうになり、視界がぐにゃぐにゃと歪む。連中が毒ガス兵器を使ってくるとは思いもしなかった。緑色の煙の中、戦車から4人の人影が出てくるのが見えた。全員ガスマスクをつけており、そのうちの一人が緑色の煙で悶えている黒づくめの男達を次々に殴り倒していく。デッキの敵を片付け、緑色の煙が消えていくとガスマスクを外す。やれやれとため息を漏らしたナオトはケイスケに向けてジト目で見る。

 

「ケイスケ、ゲロ瓶使うなら使うと言ってよ」

「しゃあねえだろ。フラッシュバンを無駄遣いをしたカズキに文句を言えよ」

 

 ケイスケはしかめっ面で豪華客船に乗れたことに大はしゃぎをし写メをとっているカズキを指さす。文句を言っても反省はしないだろうとナオトは納得して頷いた。

 

「‥‥もう臭い煙は消えたか?」

 

 ハンジャールのハッチから花粉症のように目がショボショボしている鵺がひょっこりと顔を覗かせる。妖故に人より嗅覚等の感覚が敏感であることと、鵺にとって『ゲロ瓶』がトラウマだったことから煙が消えるまで戦車に籠っていた。そんな鵺にカズキはプギャーと指さして笑う。

 

「鵺ちゃんったら、お茶目ね!そんな鵺ちゃんにはイチゴ柄のマスクを買う権利を上げよう」

「それ遠回しにバカにしてるよな?なめてんのかじょ?年上なめんなじょ?」

 

 鵺はシャドウボクシングでカズキを小突くがカズキは理解している様子はなく子供扱いの如く鵺の頭をワシャワシャと撫でた。そんな事してる暇はないとケイスケがカズキを蹴とばす。一応ナオトがAK47を構えて辺りを見回しているが安全は取れたようだ。

 

「この辺りはクリアだ。各フロアにいるジャック犯を片付けて豪華客船を奪還、フレイヤを捕まえる」

「待ってました!ナオトと鵺を先頭に俺とケイスケでカバーして突き進んでいくぞ」

 

「ちょっと待って、たっくんどこ?」

 

 ナオトの一言に二人はハッと気づいた。よく見ればタクトの姿が見当たらない。もしかしてとカズキとケイスケは顔を見合わせる。

 

 

「あ゛びゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

 タクトの奇声と激しい銃声が響いた。やはりとケイスケが項垂れる。このデッキの先から声と音がした。タクトが我先にと行動して敵と出くわしてしまったのだろう。

 

「あのバカ!何勝手に一人で行ってんだ!?」

「急いでたっくんを助けに行こう‼」

「いやたっくんこっち来たぞ?」

 

 ナオトが指さす先を見るとタクトがこちらに向かって駆けつけてきているのが見えた。怪我をしている様子もないので無事だったとカズキとケイスケはほっと安心した。

 

「お、お助けええええっ!?」

 

 だがタクトのその後方から幾人もの敵が追いかけてきているのが見えた。カズキ達は慌てて戦車の物陰へと隠れる。タクトが滑り込みで戻ってくるとカズキとケイスケはタクトに拳骨をお見舞いした。

 

「ちょたっくん!?なに敵を連れてきてんの!?」

「だから単独行動はやめとけと言っただろうが‼」

 

「だってついてくるんだもん。あいつらカルガモ親子だぜ!カモだけにな‼」

「いや何にかけてるのか分からないんだけど」

 

 ドヤ顔をするタクトを無視してナオトがフラッシュバンを投げ込んだ。閃光と衝撃音が響くと、鵺がすぐさま飛び出し、ケイスケがカバーするようにM4カービンを撃つ。

 

「どうだ?これが俺の作戦だ」

「たっくん何もしてないでしょうが」

 

 カズキにケチをつけられ「これから俺が大活躍するんだ!」とプンスカ怒りながらM16を構えて飛び出す。

 

「また飛び出して…カズキ、たっくんをカバーしよ」

「オッケーイ‼俺達だけでも真面目にやろうぜ‼」

 

 カズキはニシシと笑って手榴弾を取り出してピンを引き抜いて戦車を背にして投げた。弧を描き飛んでいく手榴弾はハンジャールの砲塔に当たり、二人の足下に戻って来た。

 

「やべええええっ!?」

「だからその投げ方はやめろって言っただろ!?」

 

 カズキとナオトは血相を変えて戦車から急ぎ離れた。その数秒後、大きな爆発が起きた。

 

____

 

 何処からか何か爆発した音が聞こえた。豪華客船『彼岸丸』下層まで人質にされていた人々を誘導している最中にヒルダはピクリと反応した。タクト達が来ると聞いて嫌な予感がしていたが見事にその予感が的中したような気がした。どこか遠い眼差しをしだしたヒルダに夾竹桃が首を傾げて尋ねた。

 

「ヒルダ、どうかしたの?」

「あの喧しい4人組、またやらかしたんだろうなー‥‥って。うん、あいつら絶対にこの船を沈める気よ」

 

 彼らの行動を振り返ってみるとやらかしかねない。誰か止める人がいないと止まらないだろう、ヒルダは少し遠い眼差しをしていたが夾竹桃はよく分からないと首をかしげた。

 

「さあもうひと頑張り!ファイトファイトぉっ‼」

 

 そんな二人にサラコが檄を飛ばす。一応雇われの身であるのだが雇い主が前線へと突っ走って敵を蹴散らしていく。サポートいらないんじゃ‥‥とヒルダは思ってしまうのが夾竹桃は納得して頷いていた。

 

「流石は『漆黒の年寄り』の娘ね‥‥ここに漆黒の年寄りがいたら数分で制圧できたでしょうね」

「漆黒の年寄り‥‥何十年か前に無理矢理ニンニクを食べさせようとしてきたり『それ取ったら生えてくるの?』と尋ねて私の翼を毟り取ろうとしてきたトラウマが蘇ってくるわ‥‥」

 

 あの時のトラウマと近距離で散弾の弾を浴びた時と比べたら遠山キンジと戦った時のほうが大分マシと感じてしまう。

 

「ところでサラコさん、ここまで人質を誘導したのはいいけどこの後はどうするつもりなの?」

 

 ここは最下層の車庫、ここから先はもう逃げ場はないのだがここで助けてがくるまで徹底的に防衛を張るつもりなのだろうか。そんな事を考えていた夾竹桃に対してサラコは鼻歌まじりでスイッチを押すと大きな車輌搬入口がゆっくりと開いた。

 

「これでオッケー全自動」

「いや意味が分からないのだけど」

 

 サラコはウィンクしてサムズアップしてくるがどういうつもりなのか全く理解できない。まさか人質にライフジャケットを着せてこのまま泳げというつもりなのだろうか.

 すると開いた搬入口からAAV7が2,3台ほど車輌を押し退けて突然入って来たのだ。AAV7のハッチが開かれ迷彩柄の兵士達が手を振る。それを見て満足そうに頷いたサラコが人質に向けてにこやかにお辞儀をする。

 

「さあ船はご用意いたしました、我先にと駆けこまずお入りください。後の事は私共菊池財閥と精鋭より勝る彼女達にお任せを」

 

 AAV7は次々と人質を乗せていく。既に脱出用の装甲兵員輸送車を手配していたとは、采配と兵力を持っているサラコおよび菊池財閥は侮れない。夾竹桃はサラコをより警戒するよう見ていたが一方のヒルダは更にしかめっ面をしていた。

 

「吸血鬼を手柄のダシするなんてますますいけ好かないわね‥‥」

「仕方ないわ、今のイ・ウーのリーダーはあの人のバカ息子だもの。それに私達は雇われの身、今は依頼を熟すことに集中しなさい」

 

「そうよー、この戦闘で貴女達イ・ウーは再評価されるのだから。張り切って頑張んなさい!」

 

 サラコがたばこをふかしながらニヤニヤと笑って二人の肩を組む。今後のイ・ウーの事を考えたらまだ菊池財閥に雇われるのが一番マシなのかもしれない。

 

「私が嫌なのはセーラみたいに今後あのバカ4人組と腐れ縁になることなの!」

「ヒルダ、それもう手遅れ」

 

 プンスカと地団駄を踏むヒルダを宥めさせようとするがその瞬間また上の方で爆発が起きた音が響いた。ヒルダと夾竹桃は無言のまま顔を見合わせる。

 

「‥‥船、沈まないわよね?」

「‥‥流石に遠山金一の時と同じような事はない、と思う。いや思いたいわ」

 

「流石はタクトねー、RPGでも渡せばよかったわ」

 

 だから本気で船を沈ませるつもりなのか、と二人はボソッと呟いたサラコにギョッとする。あの4人組が武偵なのに容赦なく建造物を破壊し武偵法スレスレで大暴れするのはこの人のせいじゃないのかとつくづく実感した。

 

「さ、増援も来てくれてるみたいだから私達ももうひと頑張りするわよ?」

 

 増援も用意していたのかと首を傾げるがサラコがニヤニヤと指をさす。遠くからボートが開かれたハッチの向かってきているのが見えた。ボートがハッチへと入ると乗っていた遠山キンジとアリア、理子、白雪、セーラとジャンヌが降りてきた。

 

「やっほー、ヒルダお待たせー」

「遅いわよ、理子。いつ船が沈むのかハラハラしたじゃない」

「というかたっくん達がやらかしかねない」

「たっくん達が心配だけどそれよりも先に…」

 

 白雪はキンジとアリアの方を見る、二人は人質にされていたアリアの母親を探していた。人質にされていた人々はAAV7へと乗っていく。そんな必死に探している二人にサラコが前へ立つ。

 

「貴女達がアリアちゃんとキンジくんね?」

「え、ええ、貴女は‥‥?」

「私は菊池財閥の相取締役、菊池サラコよ。貴女の母、神崎かなえさんは無事に保護してあるわ。今も護衛をつけて最大限の安全をとっているから安心して頂戴」

「ま、ママは無事なんですね!良かった‥‥‼」

 

 それを聞いたアリアは母親が無事でほっと安心し目を潤わせ、キンジは安堵してアリアを撫でる。そんな二人にサラコはニッと笑って二人の肩をポンと叩く。

 

「だから貴女達は安心して大事にな人を危険な目に遭わせた奴さんには容赦なくぶちのめしてやりなさい?」

「「はいっ!」」

「いやたっくん達のせいで安心できないのだけど‥‥」

 

 張り切るアリアとキンジに対してセーラはボソッとツッコミを入れる。彼らより速くフレイヤを捕えなければ、この船がどうなってしまうのか不安で仕方ない。

 

「よかったねキンちゃん!」

「ああ、これで遠慮なく戦える」

「相手は『斬撃のレギンレイヴ』のフレイヤだ、油断はするなよ?」

「勿論!でもママを危険な目に遭わせた奴等には容赦なく風穴よ!」

 

「ふーん‥‥これが遠山キンジの仲間、ねぇー‥‥」

 

 サラコは納得しながらキンジとアリア達をまじまじと見つめる。そしてキンジに軽く肩を叩いた。

 

「もげろ」

「「「「「なんで!?」」」」」

 

____

 

 カズキ達はデッキを制圧し、下のフロアへと駆けていた。広いホールと迷路のような通路、その中を通り抜けるようにナオトと鵺が先頭に進んでいく。ケイスケがタブレットを開き内部の構造を確認をした。

 

「今はデッキ12、ショッピングホールとゲームコーナーのエリアだ。人質がいるとすればメインホールでもあるシアターホールのあるデッキ3、そこにフレイヤもいるだろな」

「結構下だな、近道とかできねえの?」

「穴開ける?」

 

「「それはやめろ」」

 

 出番かと目を輝かせるナオトをケイスケとカズキは止めた。またテルミットで床に大穴開けるつもりのようだ。今回ばかりは人質を巻き込ませないためにやめておく。止められたナオトはムスッと不貞腐れた。

 

「この一個下のレストランホールのレストランってビュッフェスタイルでしょ?お持ち帰りしたいなー」

「しまった!たっくんそれならタッパー持ってくれば良かったじゃねえか!」

 

「お前ら、それどころじゃないじょ」

 

 鵺はジト目で二人を睨むがカズキとタクトはいやいやと首を横に振る。

 

「えぇー、だって豪華客船のレストランとかめったに食えねえじゃん」

「そうだそうだ!俺なんかこの1週間あかりちゃんとの手作りカレーを除いてほぼピザだったんだぞ!?」

 

「お前らなぁ‥‥ケイスケ、何か言ってやれじょ」

 

「お前ら豪華客船のビュッフェとリサの手料理、どっちを選ぶつもりだ?」

「「リサちゃんです」」

 

 真面目に即答する二人に鵺はずっこけそうになった。本人たちは真面目なのだろうが色々とツッコミどころが多い。というよりもそんな事をしている場合ではない。

 

「敵が潜んでいるかもしれんというのに…」

 

「くるぞっ‼」

 

 ナオトの大声で咄嗟にカズキ達は動き物陰へと隠れ、その数秒後に銃弾が一斉に放たれた。予想通り待ち構えていたことにカズキは舌打ちをする。

 

「やっぱ楽に突破はできねえよな!」

「いいか?船内はあんま壊さないようにしろよ!」

「「「おK」」」

 

 ケイスケの指示に3人は頷く。今回ばかりは自重するのかと、ようやく理解するようになったかと鵺が感心していたその刹那、カズキとタクトが幾つものMK3手榴弾を取り出してピンを引き抜いて投げ込んだ。爆発を起こしたと同時にナオトが向かって飛び出してAK47を撃ち、ケイスケがサポートするようにM4を撃った。

 

「だいたい片付いたな」

 

 ナオトは待ち構えていた敵を倒し終えて一息入れる。彼の周りは気を失って倒れている敵と壁や飾っていた装飾品が見事に壊れていた。

 

「おおおい!?壊さないんじゃなかったのかいな!?」

 

「あぁ?更地になろうが知ったこっちゃねえっつってんだろ」

「むしろ邪魔」

「鵺ちゃん、犠牲はつきものだぜ?」

 

「すごい速さの手のひら返しでビックリだじょ!?」

 

 彼らの事だからいつかは壊すだろうなと思っていたらフラグの回収の速さと当然の如くかのように手のひら返すことに鵺はやれやれとため息をついた。そしてタクトは我先にと前へと先へ進んでいた。

 

「たっくん、そんなに先に行って大丈夫か?」

 

「だってこの辺りは片付いたってナオトが言ってたし大丈夫でしょ‼」

 

 タクトは1人お先に先先に進みルンルン気分で次の曲り角へと曲がろうとした瞬間、黒づくめの男達とばったり出会ってしまった。

 

「いるじゃねえかぁぁぁぁっ!?」

 

 タクトの奇声と共に再び激しい銃声が響き渡る。奇声を上げながらこちらに急ぎ戻ってくるタクトを見た3人は「またか」とため息をついた。




 天界から地界へ、地獄のようなゲリラMOD‥‥まず家を建てなきゃいけないというのに匠は土ブロックを持ってたところからやっぱり絶対に土の家になるんだなぁと思ってしまった(コナミ感
 ツチノアタタカミ…


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127話

 大分遅れてすいません‼
 
 9周年記念!(大遅刻

 大分時が経過してた‥‥
 あとモチベーションって大事



 どうしてこうなったのか、フレイヤは憤りが止まらなかった。本来ならば豪華客船をジャックし神崎かなえを乗客諸共抹殺、一方で猿楽製薬の私設部隊による地上部隊が制圧しつつ遠山キンジを暗殺と計画通りに進むはずだった。

 

 しかし公安や武偵達が結託し地上部隊は壊滅、豪華客船では菊池サラコを台頭に菊池財閥の者達に人質は奪われ逃げられる始末。計画のなにもかもが破綻してしまった。

 

 それも全てあの何を考えているのかさっぱり分からない、行動もハチャメチャな喧しい4人組のせいだ。フレイヤは豪華客船の唯一かなり広い空間、ダンスホールで部下達を待機して待っていた。恐らく奴等は必ずここへ来るだろう、あの憎ったらしい4人組が現れたら一斉掃射してハチの巣にしてやろう。

 作戦は失敗に終わってもあの4人組の首をとれば今後邪魔する者はいなくなるはずだ。フレイヤは額に青筋を浮かべながら彼らが現れるのを待っていた。

 

 フレイヤの読み通り、奴等は来たようだ。荒々しく扉が開かれ、フレイヤは部下達に一斉に銃口を向けるよう手で指示を出す。

 

 

「カズキ、ケイスケ、ナオト、たっくん!援護するぞ‼」

「フレイヤ!あんたを逮捕するわ!」

 

 入り込んできたのはあの騒がしい4人組‥‥ではなくアリア、キンジ、白雪、理子、ジャンヌとセーラだった。予想外の事態に両者ポカンと呆気に取られて立ち尽し沈黙が流れる。

 

「‥‥‥」

「‥‥‥」

 

 両者互いに辺りを見回す。いくら見渡しても彼らの姿は無いし一向に現れる様子すら窺えなかった。

 

 

「なんであいつ等じゃなくてあんた達なのよ!?」

「なんであのバカ共が先に来てないのよ!?」

 

 フレイヤとアリアはカズキ達が現れなかったこと、彼らが先にフレイヤと接触していないことに怒声を飛ばした。

 

「あいつら迷子か寄り道してるんだろうな‥‥」

「たっくん達だもんねー‥‥」

「まあそんな気がした‥‥」

 

 キンジ、理子、セーラは静かに頭を抱えた。彼らの事だからこんな事になっているのだろうと予想はしていたがまさか本当のことになってしまうとは。

 

 

「でもまあ‥‥抹殺対象が自ら転がり込んできたことは嬉しい誤算だわ、貴方達を殺せば目的が達成するのだから!」

 

「こっちこそあんた達をぶちのめして、ママを殺そうとしたことを一生後悔させてやるんだから!」

 

 フレイヤの合図で黒ずくめの部下達がキンジ達を狙って一斉掃射してくる前にジャンヌが剣を床へ突き立て氷の壁を形成させ銃弾の雨霰を防いだ。

 

「よし、理子頼んだ!」

「くっふふー、任せてっ!」

 

 理子は持っていた鞄から大量のスモークを弧を描くように上へと投げたあちこちに散らばるスモークから大量の白い煙が巻き上がりフレイヤ達の視界を遮っていく。頃合いだとキンジはデザートイーグルをホルスターから引き抜いてリロードする。

 

「今だ、行くぞ!」

 

 フレイヤは黒い剣を引き抜いて辺りを見回しながら慎重に後ろへと下がる。周りからは銃声と部下達の悲鳴、駒を先に始末して敵大将を孤立させるつもりなのだろう。すると白い煙幕の中からジャンヌがフレイヤに向かって飛び出してきた。

 

「フレイヤっ!覚悟‼」

「なめんじゃないわよ、ひよっこが‼」

 

 ジャンヌの剣が振り下ろされる前にフレイヤの黒い剣が速く薙ぐ。ジャンヌは気づくが反応が遅れため防御に間に合わない。横腹に黒い刃が当たる寸前、白い煙幕から白雪が飛び出して刀で受け止めた。刃と刃がぶつかり大きな金属音が響く。

 

「‥‥っ!重い‥‥!」

 

 己の剣よりもフレイヤの剣が力強く強烈な一撃だった。白雪は何とか受け止める事はできたものの重い一撃は腕を痺れさせた。そんな白雪に対しフレイヤは嘲笑う。

 

「あんた達の剣は貧弱よ、貧弱‼」

 

 不敵な笑みを見せるフレイヤは煙の中からキンジとアリアがこちらを狙い撃とうとしているのに気付いた。アリア達が引き金を引く前にフレイヤは舌打ちしてすぐさま白雪を弾き飛ばし、ジャンヌを蹴り飛ばして後ろへと下がる。フレイヤは軽く剣を振ってアリア達が撃った弾丸を全て切り落とした。

 

「全部斬った‥‥!?」

「っ!流石は元イ・ウーNo2『斬撃のレギンレイヴ』という訳ね‥‥」

 

 舌打ちするアリアに対し、フレイヤは肩を竦めて視界を遮る白い煙を蠅を払うような眼差しで見渡す。

 

「いい加減視界の邪魔になるわね‥‥」

 

 フレイヤは黒い剣を強く握って軽く横へと振った。振ったその直後、突風が巻き起こった。フレイヤの周りに巻き上がっていた白い煙が一瞬にして彼方へと吹き飛ばされ辺りが鮮明になる。驚いた表情をしているキンジ達にフレイヤは嘲笑う。

 

「これぐらい朝飯前。それに、たった一薙ぎで貴方達の首を飛ばすのも簡単なのよ?」

 

 嘲笑うフレイヤにアリアはイラッとして睨み返す。自分達を完全になめている事にアリアは苛立った。

 

「言ってくれるじゃない。でも‥‥そんな余裕な面をしているのも今のうちよ?」

「その通りだな。誰かが言ってた、勝ち誇ってるやつは既に負けてるとか」

 

「ふん、言葉だけは達者ね‥‥やれるものならやってみなさいな‼」

 

 キンジとアリアが駆け、フレイヤは迫る二人に向けて不敵な笑みを見せて剣を振ろうとした。

 

 

 その時、フレイヤの後方にある壁が爆発して破壊された。突然の爆発に両者驚いて爆発した方へと視線を向けた。

 

「だから考えも無しにいちいち爆破して壊すな‼」

「しょうがないだろ、タブレット失くしたし何度も扉を開けるの面倒くさいし」

「お前ら!俺の話を無視して勝手に動くなっての‼」

「おーおー‥‥ここはダンスホールかー。あっ、アリアとキンジだー、スポーン!」

 

 壁を壊したのは本来アリア達よりも先に豪華客船彼岸丸に着いていたはずのカズキ達だった。結構呑気してた彼らにアリアはプチンと堪忍袋の緒が切れたのをキンジは悟った。

 

「あんた達‼どこで何をしてたのよ!?」

 

 怒声と飛ばすアリアに対して、タクトがけろっと、スッキリした笑顔を見せた。

 

 

「うんこ‼」

 

「大きな声で答えなくていい‼」

 

 キンジとアリアは先ほどまでのテンションがだだ下がりになってしまった。彼らの話ではフレイヤを探しにあちこち駆け回っていたら食堂に行きついてタクトがつまみ食いしすぎて突然トイレに行きたくなりトイレへと駆けこんでいった。

 そしてその際に持っていた地図が表示されていたタブレットを失くし、カズキの直感のまま探すが道に迷い、タクトをトイレに行かせたままほったからししていたのを思い出してタクトを探し回った。漸く合流したが探すのが面倒になったナオトが手当たり次第壁を爆破して探すという蛮行に乗り出し、カズキが迷子になるというトラブルになりながらもやっとここへと辿り着いたとのことをケイスケが語った。

 

「もう滅茶苦茶‥‥」

 

 話を聞いたセーラは呆れるしかなかったがキンジは話を聞いて胃が痛くなってきた。こんな状況でもブレないのは流石と言うべきか呆れるべきか。

 

「さあ俺達が来たからにはもう大丈夫だ!」

 

「いや別に苦戦はしてないんだけど」

 

 その時、プチンとフレイヤまでもが堪忍袋の緒が切れた。フレイヤは黒い剣を強く握って下斜めに薙いだ。

 振り終わったその直後にタクト達が立っている床が斜めに切り崩された。斜めへスライスされたかのように滑り落ちていく。突然のことにカズキ達は慌てだした。

 

「おわっ!?なんか落ちてるー!?」

「お前ら走れ!」

「おたすけえあれー!?」

 

「早くこっちに!じゃないとそのまま落ちる‼」

 

 カズキ達は大急ぎでセーラ達の下へと駆けつけた。彼らがいた場所が斜めへと切り崩され滑り落ちるように海へと大きな水飛沫を飛ばして落ちていった。

 

「あんた達のせいで‥‥あんた達のせいで何もかもが滅茶苦茶よ‼もう容赦はしないわ、全員船ごと切り刻んでやるわ‼」

 

 激昂するフレイヤにキンジとアリアは戦慄する。彼女の剣の腕前だけでなく全てを斬る能力とこの船をきれいに切り落として沈める気に焦りを感じていた。

 

 が、タクト達はそんな彼女に平然としていた。

 

「あいつメッチャ怒ってるじゃないか、たっくん後で謝っとけ?」

「めんごめんごー、でも短気は損気っていうぞ☆」

「キレてる奴なら楽に対処できる」

「今なら隙だらけだ、たっくん突撃して自爆だ!」

 

 

「お前ら余計に相手を逆撫でるなよ!?」

 

 相手を恐れないどころか余計に逆撫でいくスタイルの彼らにキンジはツッコミを入れた。だがキンジの言う通り逆撫でられたフレイヤは額にもう一つ青筋を浮かべて黒い剣を振ろうとした。

 

「させるかっ‼」

 

 振り終わる前にジャンヌが剣を振って受け止める。その瞬間に金属音が強く響き渡り震動と風圧が広がっていく。強い衝撃を受けたようでジャンヌの剣と腕が震える。

 

「邪魔‼」

 

 フレイヤは勢いよく剣を振ってジャンヌを剣ごと弾き飛ばす。追い打ちをかけるようにもう一度剣を振ろうとしたが横からナオトが迫ってきた。フレイヤは舌打ちして剣を横へと薙ぐ。驚いたナオトは咄嗟にサバイバルナイフを取り出して受け止めた。

 

「いまだー、ナオトの援護だ!」

「あいつ勝手に行きやがって、強者か?」

 

 チャンスだと判断したタクトとケイスケは腰のホルスターからステアーM9とグロッグ17Lを引き抜いて撃っていった。フレイヤはナオトを蹴とばして撃ってきた弾丸を斬り落とし、彼らの真上の天井に向けて強く剣を何度も振った。タクト達がいる真上の天井が賽の目に斬られ、切り崩されていく瓦礫が落ちてきた。

 

「あぶねぇっ!?あいつつまらぬもの斬り過ぎだろ!?」

 

「というかあんた達なんで拳銃なのよ!背負ってるアサルトライフルとか何で使わないのよ!?」

 

 慌ただしく退避していくカズキ達にアリアがずっと気になっていた事を聞いてきた。いつもならアサルトを持ってドンパチとやらかすのだが今日は珍しく宝の持ち腐れ状態になっている。そんなアリアにカズキはドヤ顔を見せた。

 

「ふっ、弾切れ」

「かっこつけて言う事じゃないでしょ!?」

「手榴弾とか爆弾ならあるぞ?」

「使わんでいい‼」

 

 船を切り崩していく敵がいるというのに爆弾で余計に壊されてはたまらない。そうしている間にフレイヤがまた天井と床を切り崩していった。このままでは全員海に落ちるか船ごと斬られるかのどちらかになってしまう。

 

「ジャンドゥーヤちゃん、大丈夫?」

「ジャンドゥーヤじゃない、ジャンヌだ!私は心配ない、だが奴の剣の一撃は重い‥‥」

 

 剣で受け止めればフレイヤの能力を打ち消すことはできるのだがその一撃は強烈で何度も受け止めることはできない。

 

「私や白雪の剣で受け止めるのがやっと‥‥何かいい手はないか‥‥」

「じゃあ剣貸して?」

「は?」

 

 タクトの突然の申し出にジャンヌは面食らった。一体彼は何を考えているのか見当もつかない。

 

「ば、バカ者!この剣は代々受け継がれた聖剣デュランダルだ!そう簡単に貸せるわけないだろ!?」

「じゃあ白雪ちゃん、刀貸して?」

「ええっ!?い、一応聞くけど、何かいい手が思いついたのかな‥‥?」

 

 白雪の問いにタクトは自信満々に胸を張る。

 

「かっこいいから‼」

「絶対に貸すものかバカ者‼」

 

 絶対に貸してはいけない気がしてきた。貸した瞬間、すぐに全ロスしてしまう気がしてならない。そんな中、セーラがジャンヌに耳打ちしてきた。

 

「ジャンヌ、貸してやって」

「なっ!?そ、そんなわけできるか‥‥!」

「たっくんならフレイヤに意表を突くことができる‥‥」

 

 どういうつもりなのかとジャンヌは迷った。今はキンジ達が拳銃を撃ってフレイヤと攻防を繰り広げている。本当に打開できるのかと迷ったが、止む無しとジャンヌはタクトに聖剣デュランダルを貸した。

 

「絶対に無くすな、絶対に無くすんじゃないぞ‼」

 

「よっしゃあー!今なら何かエクスカリバーとか放てそうな気がする!」

「たっくん、そのままフレイヤに迫って」

「おっけーい‼この伝説の人斬り抜刀斎と呼ばれた暗黒騎士菊池タクトに任せとけぇぇぇぇっ‼」

 

 タクトはおもちゃを貰った子供のようにはしゃいで変な構えのまま走っていった。叫びながらフレイヤめがけて突っ走るタクトに気付いた理子がギョッとする。

 

「ちょ!?たっくんが剣持って無謀に突っ込んでいくよ!?」

 

「よーし、たっくんを囮にして撃つぞー!」

「たっくんごと撃つか」

 

「援護をしなさいよ!?」

 

 タクトを援護するためにアリア達は一斉に撃っていく。邪魔な無駄弾だとフレイヤは舌打ちして斬り落とし、無防備に突っ込んでくるタクトをどうやって両断しようかと狙いを定める。そのまま横に薙いで斬ってやろうと決めて薙ごうとしたその時ナオトがスモークを投げ、セーラが狙って射る。一気に吹き上がる白煙に遮られ、剣が止まる。

 

「っ!?」

 

 一瞬だけ虚をつけられたが真正面から迫る人影が見えたのでこのまま剣を横へと薙ぐ。素人の剣じゃ防ぎきれないだろう、フレイヤは勝ったとほくそ笑んだ。

 

 が、真正面から飛び出して来たのは白雪だった。フレイヤの薙いだ剣は彼女の刀で受け止められた。フレイヤは驚きタクトが何処へ行ったのか急ぎ見回す。

 

「おらああああっ‼フタエノキワミーっ‼」

 

 強風が吹いて煙が吹っ飛んでいくと、タクトが真横から剣を受けから振り下ろそうと迫って来た。隙をつかれたフレイヤは目を見開く。

 

 タクトが振り下ろされた聖剣デュランダルはこのままフレイヤに直撃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 することなくタクトの手からすっぽ抜けていった。

 

「ちょっ、私の聖剣んんんっ!?」

 

 明後日の方向へと飛んでいった聖剣デュランダルをジャンヌは必死の形相で追いかけていく。

 

 予想の遥か斜め下を突き抜けていったタクトの行動にフレイヤは意表を突かれ動くことができなかった。その隙を逃さなかったカズキはベレッタPx4で狙い撃つ。カズキの撃った弾丸はフレイヤの籠手に直撃し、その衝撃でフレイヤは剣を落とした。そしてアリアが迫ってフレイヤの腕を掴み背負い投げで投げ倒し、銃口を向けた。

 

「本当はあんたが私のママを危険な目に遭わせたことに頭に来たから腕の一本でも折ろうかと考えたけど‥‥これで我慢してあげる。観念なさい」

「‥‥っ」

 

 憎悪に満ちたフレイヤの怒りの視線にアリアはものともせず手錠をかけた。アリアは漸く決着がついたとほっと一息つくが後ろで喧しい声が響いたので安堵しきれなかった。

 

 

「へへーっ、どうよ俺のシュナイピョング‼敬意を敬え?」

「噛んでるし意味が違うし台無しだなお前」

「というか俺のおかげでしょ‼この伝説のスーパーウルトラデラックスダイナミックエアスラッシュで勝利を導いたんだからな!」

「たっくん、ジャンヌが鬼の形相で迫って来てる」

 

 ジャンヌがタクトにコブラツイストをかましてタクトの奇声が喧しい程響いた。セーラは相変わらずと呆れてため息を漏らす。そこへキンジが苦笑いして歩み寄って来た。

 

「セーラ‥‥わかっててやったな?」

「当たり前でしょ、たっくんが剣を使えるわけが無い」

「だから隙ができた、か‥‥たっくんらしいけどさ」

 

 二人は肩を竦めて奇声で叫ぶタクトを見つめた。





 エアスラッシュ(空振り

 そういえば緋弾のアリア最新刊はキンちゃんが女装して女子校に潜入してましたね
 そんなキンちゃんにたっくん達と合流してしまったら‥‥(ゲス顔


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128話

 
 7Days crisisもいよいよ終わり、エピローグです

 結構押し込んでしまってるような気が‥‥(土下座


 一体どうしてこうなってしまったのか。民由党が代表、鬼島一郎は内心焦りを募らせていた。

 

 豪華客船のジャック、地上部隊の制圧、対象であった神崎かなえと遠山キンジの抹殺と同時に起こるはずだった。それが豪華客船の人質は菊池サラコを台頭にした菊池財閥の連中に奪還され、地上部隊は武偵と公安の連携により全員逮捕、そして首謀者であるフレイヤが捕えられどういうわけか失敗に終わってしまった。

 

 この事件をきっかけにNが日本の裏社会を掌握し、武器の裏流通がより通りやすくなる予定が大幅に狂わされ壊されてしまった。このままでは彼女達に関与している自分達も危うい。今は解放された人質のふりをして何とかこの場を凌ぎ、雲隠れをするか国外へ逃げるかの算段をしなければ。既に補佐の鷹山に命じて車の手配をするように仕向けている。岸に着いたらすぐに車に乗り込んでこの場を離れなければ、焦る鬼島は岸に到着したAAV7のハッチが開かれると我先にと出ようとした。

 

「‥‥待ってましたよ、民由党代表の鬼島一郎さん?」

 

 地上で待ち受けていたのは獅堂ら公安0課の面々だった。こちらを睨んでいる視線に鬼島一郎はドキリとしたがここで焦ってしまっては怪しまれる、いつもの平常心でやりすごさなければ。

 

「これはこれは公安0課の‥‥あちらの武装した連中の制圧、ご苦労様ですな」

「ええ、一時は混乱が起きましたが警察と武偵、そして公安が一致団結したおかげですぐに制圧することができましたよ」

 

 それならば何故待ち受けていたのか、一時も早くこの場を離れなければ。

 

「それは良かった。それでは事後処理は任せましたよ?何しろこの後記者会見やらマスコミやメディアに顔を出さなければならないようですし‥‥」

 

「いや、あんたらは顔を出す必要はねえ。今回の事件にあんたらが一枚噛んでいるようで、じっくり話を聞かなきゃなんねえからちょーーっとばっかし俺らと来てもらおうか」

 

 獅堂の鋭い眼光に鬼島一郎は冷や汗を流した。何故知っているのか、焦りは更に募らせるがなんとか落ち着かせる。彼ら公安0課は解体しようとした仕返しにでっち上げて今回の責任を擦り付けるつもりなのだろう。そう考えた鬼島一郎は乾いた笑いを出す。

 

「ははは‥‥何を言い出すかと思えば、面白い事をおっしゃる。私達は被害者ですぞ?出鱈目を言う場合ではないと思うのですがね?」

 

「しらばっくれんじゃねえ。こちとら証拠は嫌という程揃ってやがんだ。お前らが私設軍隊を持つ猿楽製薬とつるんで密造している銃器を買い、それらを裏へ流していること、この事件の武装した連中に武器を流したこと。音声や資料、写真と山ほどあんだ」

 

 今ここで見せてやろうか?と怒り睨む獅堂を見て鬼島一郎はゾッと顔を青ざめた。彼らが言っているのは間違いなく本当だ。どうやって証拠を集め手に入れたのか、心当たりがあるとしたら‥‥もう菊池財閥しかない。菊池財閥が、菊池サラコらが関与したのだろう。もう逃げ場はない、逃げられないと悟った鬼島一郎はへなへなと座り込んでしまった。

 

 今回の事件の容疑者と関与した連中を逮捕し、部下に連行させてやっとひと段落ついた獅堂は大きくため息をついた。今回の事件は全ては菊池財閥の手柄となってしまった、借りも作ってしまったし、菊池雅人にまた一手先を取られたことに悔しさが募る。

 

「ったく‥‥事後処理もあいつらに押し付けるか‥‥」

 

 獅堂は事後処理も菊池財閥に押し付けてやろうと考え、タバコをふかしながら海上に浮かんでいるアートになってしまった豪華客船を眺めた。

 

 

 

「おおう静刃、マキリは逃げられたのかじょ?」

 

 無人となっている橋の上で海上に浮かんでいるアートになってしまった豪華客船を眺めていた静刃に鵺がニヤニヤしながらやってきた。

 

「ああ‥‥マキリはあの船が一部切り崩されたのを見て帰っていった」

 

 静刃はマキリを足止めするために彼女と戦っていたが、豪華客船の一部が切り崩されたのを見て『もう計画は破綻した、これ以上関わる気はない』と言って去っていった。相手は本気で戦っていなかったようだが、ヴァーミリオンの瞳をもってしてでも倒せなかった。後々厄介な強敵になるだろうと考えていたがそんなことよりもとジト目で鵺を睨む。

 

「おまえ、カズキ達と一緒じゃなかったのかよ」

「ああー‥‥あいつら勝手にどっか行ってはぐれた」

「はぐれたぁ!?」

 

 タクトがトイレに駆け込んで、カズキが迷子になった時に鵺はカズキ達とはぐれてしまった。鵺とはぐれるとは何という4人組か、と静刃は呆れ果ててしまう。

 

「まあいい‥‥俺はこのまま獅堂の下へ戻る。いい加減戻らねえとどやされるからな」

 

 今回は獅堂の指示があってあの4人組に協力をした。相も変らぬハチャメチャすぎる彼らの行動に振り回されたと静刃は苦笑いしてため息をついた。次は絡むことはないだろうと願うが恐らくだがすぐにまた出会いそうな気がしてならない。ふとポケットに入れていた携帯が鳴った。4人組の誰かだろうかと確かめてみれば電話の相手は獅堂だった。

 

「静刃、どうした?電話に出ないのか?」

「‥‥絶対嫌な予感しかない」

 

___

 

「はぁ~‥‥やっぱ実家とリサの手料理の方が落ち着くわ~」

「ここがメシアやぁ~」

 

 カズキとタクトはリビングでだらけきっており、ナオトは鼻提灯を膨らませて眠っていた。あの事件から数週間が経過した。事件直後の事情聴取はタクトの付け足しすぎる解説で更に混乱するわ、ナオトが勝手に何処か行くわ、カズキが突然歌いだすわで混乱を極めた。

 そして緑松校長からカズキは単位獲得できたので彼の進級は認められ、ケイスケは武装検事の黒木から任務達成ということで国際武装警官への一歩を踏み出すことができたと認められた。ナオトは獅堂からもう厄介払いされ、タクトはいつも通りとやっと我が家に帰れたことに喜び、寛ぎまくった。

 

「おらお前らそこどけ、掃除の邪魔だ」

 

 ケイスケが掃除機をかけながら寝転がっているカズキ達を蹴とばしていく。事情聴取後の記者会見は菊池財閥の代表、タクトの母親の菊池サラコがすべて行った。いままでいがみ合っていた武偵庁と警察、警視、公安が協力したことにより国内のテロを未然に防げたことと今後『N』のような武装組織に対する司法の強化、彼らへの武器や人材を全て菊池財閥がバックアップをすること、今後武偵とは違った人材育成機関を設立することを語った。

 

「今回は菊池財閥の一人勝ちな気がする‥‥」

 

 セーラはムスっとした表情でブロッコリーの塩ゆでを食べながら頷く。結局イ・ウーはタクトが未だ仮ではあるがリーダーになってしまったことで研鑽派は吸収、主戦派はその筆頭であったフレイヤが破れたことにより沈静化または分散していった。真面な機関に雇われたと考えればマシだろう。今回の事件で菊池財閥に刺激されたことにより国内の司法は改めて変わることになる。そうすれば裏で流通される武器や麻薬、密航してくる武装組織もより取り締まるが効くことになるかもしれない。

 

 だが変わったのはいい事ばかりではない。今回の事件の容疑者のひとり私設軍隊を持っていた猿楽製薬の社長、木村雅貴は逮捕できなかった。公安や警察が彼の会社に押しかけた時には既に彼の姿は消えていた。既に海外へ逃げたか『N』へと逃げていったのだろう。そして今後『N』による攻撃も激化し、菊池サラコやタクト達もその対象になるに違いない。

 

「だというのにお前達と来たら‥‥」

 

 セーラはだらけきっているカズキとタクト、普通通りのケイスケとリサ、そしてぐっすり眠ってるナオトを見て相変わらず平常通りだとため息をついた。おかげで見ているこっちも緊張感が抜けていく。

 

「セーラちゃん、こういう時はどんな事態にもどしっと構えれる余裕を持たないと!俺みたいに‼」

「たっくんの場合はだらけきっているだけでしょ」

「おまえ、ナオトの余裕っぷりを見てみろ!鼻提灯膨らませて寝てんだぞ‼強者じゃねえか!」

「お前達の強者の基準がいろいろとおかしい」

 

 何処をどう見たら強者というのか、セーラは呆れてため息をつく。今はやっと得られた平穏に寛いでいるがすぐにでもまた厄介事が起きて巻き込まれるのだろうと少しだけ覚悟はしていた。

 

「お前らだらけてねえで手伝え。部屋の掃除をリサに任せっぱなしすんじゃねえよ」

 

 ケイスケは掃除機をかけながらごろ寝しているカズキ達を蹴とばしていく。こんなだらけきっているタクトが今後本当にイ・ウーのリーダーになるとしたら、とセーラは考えたらなんだか胃が痛くなってきた。隙を見てこっそり抜け出そうかとセーラは立ち上がった。

 

「やっほー、バカ息子ー!元気してるぅー?お土産も持ってきたわよぉー」

 

 そこへどかどかと菊池サラコが上機嫌でやってきた。嗚呼、もう逃げられない。セーラはまた胃が痛くなってきた。ごろ寝していたタクトとカズキはガバッと起き上がり彼女の持ってきたお土産にたかっていく。

 

「母ちゃん、ゆっくりしていってね‼」

「たっくんはゆっくりしすぎてただけだでしょ」

「流石はバカ息子、見事な余裕っぷりね!これなら将来安泰だわー」

「どこをどう見たらそうなるの」

 

 どうして自分はこのバカ親子のツッコミ役をしているのだろうか、セーラは自分が菊池家のペースに乗られてしまっていることにもう何が何だかわけがわからなくなってきた。サラコがソファーにどかりと座り、リサが注いできたお茶を飲むと物凄く満足して頷く。

 

「美味い‥‥リサちゃん、貴女いいお嫁さんになれるわよ!」

「お、お嫁さん!?も、も、勿体なきお言葉ですよ‥‥!」

 

 サラコに褒められたリサは顔を赤らめてへにゃりと照れだす。茶化すサラコにセーラはジト目で睨んだ。

 

「ここに来たのは用事があって来たのでしょ?」

「鋭いわねー、流石はバカ息子の秘書」

「秘書じゃない!はやく本題に入って」

 

 タクト達はサラコのお土産であるバターサンドを只管食べてるし、リサは照れまくっているし、彼らが話を聞かなくなる前に本題に入ってほしい。むすっと頬を膨らませるセーラにサラコは高笑いして本題に入ろうとした。

 

「あの一件でイ・ウーは再評価された。今後は菊池財閥の下で新たな人材育成機関、派遣機関として改築していくわ」

「埋もれるか朽ちるかの末路よりかはマシだけど‥‥」

「でもねぇ、『N』との戦いとか今後の事を考えたらそれでも人材不足なの。やっぱり纏める人と手練れた人や組織は必要よね」

 

 彼女の言っている事にセーラは少し嫌な予感がよぎる。確かにイ・ウーはトップであったシャーロック・ホームズが抜けたその直後に内部対立が深まり、その対立は戦役にまで至った。

 

「それから‥‥息子達が国際武装警官を目指している事を武装検事の方から聞いてね、そこで緑松校長にその事を話し息子達に海外研修させてみてはどうかと提案したの、校長は喜んで賛成したけど武偵庁までもが賛成してきたことにはビックリしたわねー」

 

 サラコが先手を打ってきた。戦車で爆走するわ、あちこち破壊するわ、船や建物壊すわで武偵庁も彼らの暴走はもはや止められないと匙を投げた。国内に被害が及ぶ前に海外で押さえる、そう考えた武偵庁は彼女の提案に喜んで飲んだのだろう。そして間違いなく協力させられる、口実を取られたセーラは逃げ場がもう失われたと察した。

 

 サラコは懐から6枚の手紙をタクト達に渡した。ご丁寧に赤いシーリングスタンプで封されている手紙だ。ペーパーナイフで開けて取り出すと何やら外国語で書かれた紙が出てきた。

 

「ほふぉえふぇふぇっふぉ、ふぇふぉふぃふぉ?」

「たっくん、バターサンド食うか手紙を読むかどっちかにしろ?」

「というかこれ何語?全然読めねえ。未知との遭遇だわこれ」

「バターサンドおいしい」

 

「これは…イ・ウーの同窓会のお知らせのお手紙ですね」

 

 良かった。ここにリサがいて本当によかった。セーラは実家のような安心感を得られてほっとした。

 

 手紙の内容は第一回となるイ・ウーの同窓会を5月23日にイタリアのヴィア・デル・コルソで行うとのこと。その他会場や時間帯等々細かく記載されていた。リサが一つ一つ丁寧に説明してくれたのだが、タクトは不思議そうに首を傾げていた。

 

「その‥‥コンソメがなんだって?」

「コンソメパンチは美味いよな!やっべコンソメパンチ食いたくなってきた」

「コンソメで思い出した、コンソメはまだ残ってたか?無ければ買い出しに行くが」

「俺はうすしお味がいい」

 

「サラコさん、話は私が聞くからもうこいつら無視して話進めて」

 

 セーラはもう諦めて彼らの代わりに話を聞くことにした。

 

「シャーロックさんもこの第一回の同窓会に参加するみたい。でも、これは『N』を誘き出す為の罠。彼は決死の覚悟で刺し違える気でしょうね」

 

 今回の事件で『N』と真っ向勝負をすることになった。シャーロックだけでなくタクト達も出るとすれば必ず『N』は現れるだろう。そしてイ・ウーのリーダーであったシャーロックが刺し違える覚悟でいる事に驚きを隠せなかった。

 

「シャーロックさんは私達にとっても、『N』と対抗するためにも大事な人材‥‥それでタクト達にはシャーロック・ホームズの救出と護衛をお願いしたいの」

 

「オッケー‼母ちゃんの頼みとならやんねえとな‼」

「たっくん、決断が早すぎ」

 

 詳しい内容も聞かずすぐに即決するタクトにセーラは項垂れる。了承してくれた息子にサラコは満足そうに頷くと更に話を続けた。

 

「それがまず一つ」

 

 まさかまだやってもらう事があるのかとセーラはギョッとした。

 

「その足でイタリアから香港へ。藍幇へちょーっと挨拶してきてほしいの」

 

 イ・ウーの次は上海を拠点にしている秘密結社、藍幇。非戦闘員を含めると100万も上る大きな組織だ。まさかその藍幇をも取り込んでと彼女は考えているのかとセーラは焦るがサラコはにっこりとして首を横に振った。

 

「まあ今後とも御贔屓にっていう挨拶よ。でも、藍幇はまとめ役である諸葛静幻が病に弱まっているせいで後継者争いが内部で勃発してるみたいでね?静幻さんを助けてあげたら彼らに借りができるでしょ?」

 

 やはりとんでもない事を考えている。彼女の楽しそうな笑みを見て胃がキリキリしてきた。

 

「母ちゃん!そんで香港に行って何すればいい?」

「そうね、香港に行ったら諸葛静幻を助けてちゃんとした後継者を見つけてあげて。『N』はシャーロックと諸葛静幻、この二人の巨頭を潰し、混乱を狙っているわ。それを必ず阻止して頂戴」

 

「っしゃあ‼イタリアに香港か!そうと決まれば早速旅支度だぜ!」

「リサ、このバカ共にイタリア語の復習と中国語を教えてやってくれ」

「衣服と弾丸の補充と‥‥あと武器はどれくらい持ってく?」

「お前ら、40秒で支度しな!」

 

 重大すぎる任務になったことに対して平常通りの4人にもう動揺しなくなった自分が怖い、セーラはそう考えながらも胃が痛くなってきた。

 

 日本からイタリア、そしてイタリアから香港と次は長旅になりそうだ。 





 次なる舞台はイタリア、そして香港。
 
 どうしよう、この物語はセーラちゃんが心労で倒れそうな気がしてならない。
 原作じゃあまり登場しないからって思って多く登場させた結果これだよ!シカタナイネ!

 そして病に侵されてる諸葛さんや猴ちゃんが彼らのカオスに耐えきれるかどうか心配になってきた


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Crazy Journey
129話


 いきなりキングクリムゾンしてます。
 時系列的には

 フレイヤ事件→原作23巻、キンちゃんマキリと戦う→原作24→【今ここ】

 となっております



 イタリアがローマにある細い通り、ヴィア・デル・コルソ。細めの道とはいえローマのランドマークに囲まれた目抜き通りのこともあってイタリア内外からの観光客が多く、多くの人で賑わう観光地となっている。

 

 その街中を遠山キンジはため息をつきながら歩いていた。彼は留年してしまった事により今現在はイタリアがローマ武偵校へと留学しているのであった。

 彼の女難の相もあってかそこでも武器商でもあり自分の奨学金を担保してくれていたベレッタ社のベレッタ=ベレッタに捕まるわ、全額返済するまで拘束されるわいざこざがあったが、あの一月前に戦車で暴走していたあの4人組と比べれば苦にはならなかった。そのおかげもあってかすぐに解決。

 

 そして今日はイ・ウーの同窓会というものに参加する予定だ。シャーロックがわざわざ手紙をよこしたのだから用心して掛からなければならない。そう意気込んでベレッタに監視役として雇われていたレキを連れて向かうまではよかった。

 

 キンジはちらりと後ろを見る。後ろではしっかりとついてきてくれているレキ、ルンルン気分で観光してる魔女連隊隊長カツェ・グラッセ、その彼女をジト目で見つめている教会のシスターであり、ローマ武偵校の教師でもあるメーヤ・ロマーノ、そして勝手に後をついて来ていたベレッタがいた。

 メーヤは教会へ行って迎えにいくつもりではあったが道中でばったりとカツェに出くわし、トレビの泉に連れてけと連れ回され、その途中でこっそり後をつけていたベレッタを見つけ気がつけば大所帯となっていた。

 

 あと何人同窓会に出る奴に出くわすのだろうか、キンジは少々やつれ気味に頭を抱えた。それでも気を取り直して最後に合流する予定であるアリアの下へ彼女がいるフォール・フィオーレというレストラン・カフェへと向かう。

 

 ヴィア・デル・コルソのわき道にあるカフェに向かうと石畳の上にパラソルを広げたオープン席に目立つピンク色のツインテールのアリアがいた。彼女がいたのは良かったが、その隣にいる人物を見てキンジはさらにうんざりした。

 

「やあ、キンジ君。快晴のローマは完璧だとは思わないかね?」

 

 気軽な感じで笑みを見せながら語りかけてきたのはシャーロック・ホームズ。ローマで第一回目となる同窓会を開こうと言い出した張本人。まさかもう出くわすことになるとは、キンジは肩を竦める。

 

「曾御爺様が言った通りの顔ぶれね」

 

 アリアはキンジの他についてきた面々を見ながら納得して頷いていた。どうやらシャーロックは条理予知してキンジの他に彼女達も加わることを知っていたようだ。

 

「おい、幹事さんよ英国紳士は紅茶がいいんじゃないのか?」

 

 キンジは皮肉を込めてイタリアン・コーヒーを傾けるシャーロックをジト目で睨むが、シャーロックは気にもしていないようで楽しそうに微笑む。

 

「全ての日本人がお茶を最も好むのではないのと同様、全てのイギリス人が紅茶を最も好むのではないものだよ。君も知っての通り、アリアもコーヒー派であり、僕もイタリアでコーヒーを傾けるのは悪くないと思っている」

 

 そう言ってコーヒーを傾けるシャーロックに言葉では勝てないとキンジはため息をついた。

 

「もうわかった‥‥全員揃ったのならさっさ行こうぜ」

 

 ここでああだこうだと言うのも野暮、さっさと同窓会とやらに向かいたいキンジだったがシャーロックが待ったをかけた。訝しげに睨むキンジにはものともせずシャーロックは腕時計を見つめながら苦笑いをした。

 

「最近、僕の条理予知も時々外れるようだ‥‥キンジ君、彼らには出会わなかったのかい?」

 

彼ら‥‥?とキンジだけでなくアリアまでも不思議そうに首を傾けた。この同窓会に出るのは自分とアリアとカツェと‥‥ブラドは拘留中であり、ヒルダは来ない。元々ローマ魔物にとって入りにくい土地だとジャンヌから聞いている。

 それ以外に来そうな人物は‥‥と思い返すが、なかなか思い浮かばない。複数で来るのだから残るは‥‥と考えたキンジはぞくりと感じた。

 

「アリア‥‥俺、すっげえ嫌な予感がする」

「奇遇ね‥‥私もだわ。というか曾御爺様、あいつらも来るのですか…?」

 

 アリアは恐る恐るシャーロックに尋ねた。願わくば今思い浮かべている彼らではないと、あのバカ4人組じゃないとキンジとアリアは心から願った。

 

 

 しかしそんな少年少女の願いを軽々と打ち砕くが如く、遠くから聞き覚えのある喧しい騒ぎ声が聞こえ近づいてきた。

 

「だーかーら‼トレビの泉は後で行けばいいだろうが、バカか!」

「ヤダもん!俺もトレビアの泉でへぇーしてえもん‼」

「ここの店、なんか美味しそうなもん売ってる‥‥よし、行こう」

「あぁっナオトが勝手に…!ピザ売ってんじゃねえか、俺も連れてけ‼」

 

「もう少しで着くから勝手にあちこち行くな‥‥‼」

 

 騒がしく歩き、勝手に何処かへ行こうとし、わちゃわちゃしているカズキ達と纏めて連れてきているセーラとリサの姿が見えた。カズキ達を見た途端、カツェは嬉しそうにしていたがキンジとアリアは頭を抱えた。

 

「お?あれってキンジとアリアじゃね?キンジ、アリア!すぽぉぉぉん‼」

「カツェもいるじゃん、おひさー‼」

 

「なんでお前らまで来るんだよ!?」

「よっ!久しぶりだな、カズキ!」

 

 イタリアにまでくれば彼らに会う事も無いので少しでも気が休めるかと思った矢先、出くわすことになるとは。この同窓会は絶対に荒れる、キンジとアリアは予測した。一方、セーラはずかずかとシャーロックの方へと歩み寄り、やつれた表情で訴えた。

 

「あのバカ達‥‥疲れる‥‥!」

「やあセーラ、ご苦労様。少し遅れ気味だったようだけど大丈夫だったかい?」

 

 やや苦笑いしながらシャーロックは尋ねるが、セーラはジト目で睨んできた。

 

「たっくんが間違えてヴェネチア行きの列車に乗ろうとするし、ナオトが勝手に迷子になるし、カズキは突然歌いだしてピザ食べたいって言いだすし、ケイスケはリサ連れて遊びだすし、たっくんが勝手にタクシーに乗ってヴェネチアへ行こうとするし‥‥こいつら自由すぎ‼」

 

 まだまだ語り足りないとセーラは述べる。ここに来るまでカズキ達に振り回されたのだろう、キンジとアリアは今回ばかりはやつれ気味のセーラに同情した。

 

「というか同窓会の会場はヴェネチアじゃないのか」

「カズキ‥‥ヴェネチアって、あんた達ちゃんと手紙を読んだの?」

 

「捨てちゃったぜ」

「置きっぱなしにした」

「読んでシュレッターかけた」

「醤油こぼしちゃった」

 

「そうよね。というかそうだったわよね、聞いた私がバカだったわ」

 

 当然だと反省の色も見せずに即答した4人にアリアは頭を抱えた。こんな彼らをここまで連れてきたセーラは本当に頑張ったと思えた。

 

「やあタクト君、カズキ君、ケイスケ君、ナオト君、リサ君、よく来てくれたね」

「シャーロックさんすぽぉぉぉん‼というかシャーロックさん、会場はヴェネチアの方が雰囲気いいと思うんですよ!第二回はヴェネチアでやろう!」

 

「ヴェネチアか‥‥いいね、素晴らしい提案だ。それじゃあ第二回は改めて送ろう」

「っておいシャーロック!なんでこいつらも呼んだんだよ!?」

 

 呑気に彼らと楽しく会話をしているシャーロックにキンジは眉をひそめて尋ねた。セーラはまだしもカズキ達はそんなに関係はないはずだとキンジは訴えるがシャーロックはにっこりと笑みを見せる。

 

「ヒルダから聞いていなかったのかい?彼ら、菊池タクト君はイ・ウーの次期当主となる予定だ。新たなるリーダーを呼ばなくてはいけないじゃないか」

 

「「‥‥はあああああっ!?」」

 

 シャーロックからのトンデモ発言を聞いてアリアとキンジは驚愕の声を上げた。すぐ隣で悪ふざけしている同級生があのイ・ウーのリーダーになるなんて初耳だ。

 

「おい待てシャーロック、いくらなんでもあのバカはダメだろ!?数秒で崩壊するぞ!?」

「曾御爺様!あいつに任したらダメな気がします!すぐに何か壊してやらかしますよ!?」

 

 任せちゃいけない奴に任してはいけない。焦る二人に対してシャーロックはにこにことコーヒーを傾ける。

 

「心配はないよ、寧ろ彼らのおかげでイ・ウーは再評価されている。今よりも先、今後イ・ウーはどうあるべきか‥‥彼、菊池財閥は先を考えている。次の次代に託すのは悪くはない」

 

 嬉しそうに語るシャーロックにキンジとアリアは不安そうにタクトを見つめる。本当にこのふざけている男に任せて大丈夫なのだろうか、心配と不安でしかない。

 

「さて、全員が揃った事だしそろそろ行こう!同窓会の会場にはグランドホテルプラザのボールルームを借りている。ヴィスコンティ、フェリーニ、マーティン・スコセッシらに愛された、空間そのものがry」

 

「ああっ!?ナオトがいない‼」

「あいつ暇すぎてどっか何か買いに行きやがった‼そう遠くに入ってねえはずだ!リサ、追跡を頼む!」

「は、はい!ナオト様は‥‥‥あ、あちらのお店に入って並んでます!」

 

「ねえーセーラちゃん、ねえーマシュマロ好き?ねぇーマシュマロ好きでしょ?」

「たっくん、マシュマロをほっぺに押し付けないで」

 

「シャーロック!長話してないではやく行くぞ‼じゃないとあいつら自由に勝手に行動する!」

 

 

 話が長すぎて自由行動をしまくる彼らで収集がつかなくなってしまう。全員で協力したおかげでナオトは早く見つけることができ、闇雲にマシュマロを押し付けるタクトからマシュマロを没収することができた。

 ようやっとレストラン・カフェから移動することができた。しかし黙ってついて行っているキンジとアリアに対してカズキ達はワイワイと賑やかにシャーロック達と会話しながら歩いていた。

 

「へぇー…タクトの奴がイ・ウーのリーダーになったのか。魔女連隊もサラコさんにお世話になろうかな?」

「カツェやめといたほうがいい‥‥絶対こき使われる」

 

「ローマに来たんだからディーノさんやトリエラちゃん達も呼べば良かったなー。みんな元気にしてるかなー?」

「たっくん、同窓会終わってから遊びに行けばいいだろう?」

「遊びに行ったらピザパーティーだ!」

 

「ふむ、キャバッローネファミリーの‥‥私も折角イタリアに来たのだから同窓会が終わったらかの赤ん坊に挨拶でもしに行こうかな‥‥」

 

 どこへ行っても賑やかな奴等だとキンジはため息をついた。この腐れ縁に束縛されているのかと考えると心なしか胃がキリキリ言いだした。そんなキンジについて来ていたベレッタが訝しげにカズキ達を見ながら尋ねる。

 

「ねえキンジ‥‥確かあいつらって以前マフィア引き連れてローマ内を暴走してた連中でしょ?」

「ああ‥‥ベレッタは姿しか見た事無かったんだっけか?絡まれたら自分の胃が終わりだと思ったほうがいいぞ」

「そ、そんなにヤバイの!?」

「ヤバいってレベルじゃないわよ‥‥先月はあいつら戦車で都内を爆走してたし」

「せ、戦車!?え、あいつら武偵でしょ!?」

 

 慌てふためくベレッタにキンジとアリアは遠い眼差しをしていた。まだ大丈夫、もし今後関わるとしたら自分の常識が壊れてしまうだろう‥‥

 気を取り直して改めて会場へとのんびり歩いていく。途中でシャーロックが名店を一つずつ覗き込んでは立ち止まり豆知識を披露していく。その間にナオトが迷子になりかけるわカズキとタクトが何か買っているわ、ケイスケが先先行くわで結局キンジは休むことができなかった。漸く彼らを止めることができ宝石店のショーウィンドウの前で一息ついていると自分達の行列の中にスッと誰かが割り込んできた。

 

「――――お久しぶりです、遠山キンジ」

「‥‥!?マキリ‥‥!?」

 

 キンジはぞくりとしてすぐに真横へと身構える。そこにいたのは東京湾で戦った伊藤マキリの姿が。晴れた日なのに黒の防弾コートに編み上げの黒のロングブーツに長い黒髪、氷の様な瞳の伊藤マキリがいた。まさか単身で乗り込んできたのかと慎重に辺りを見回すと、自分達の行列に割り込んできたのは彼女だけではなかった。

 

「‥‥な、何だ‥‥!?」

「‥‥っ!?」

 

 

 アリア、カツェ、メーヤ、レキ、セーラもマキリと同じく割り込んできた一団には今気づいたようだ。その一団はとても奇妙というか奇抜だった。雨合羽のようなフードとコートで隠している2mを越す巨漢と同じくフードとコートで隠しているアフリカ土産みたいなデザインの木彫りの仮面で顔を隠している小柄の人物。カツェとメーヤの前には左右に翼の装飾のされた金と緑の兜、そして同じ配色のビキニアーマーを身に着け白銀の槍を持った金髪の三つ編みの白人。そして顔面を包帯、山高帽、サングラスで隠し、トレンチコートで全身を隠した人物。

 誰もかれもがコスプレのような恰好をしているがどれも只者じゃない、彼らがマキリと同じくかの『N』の一員なのだ。アリア達は警戒して身構えているがシャーロックは涼しい顔をして笑顔で迎えていた。そして‥‥

 

 

「たっくん、これとかどうよ?レモネード安くね?」

「お前ローマにきてレモネードとかロマンねえな!やっぱりチュッパチャプスでしょ!」

「こいつら論外だ。リサ、どんなのがいいか?」

「そうですね…家族に贈るのでしたらエスプレッソとかはどうでしょうか?他にもBaciというチョコレートもおススメですよ?」

「バルサミコ酢かオリーブオイルか‥‥」

 

(気づいてねえ‥‥!?)

 

 カズキ達はマキリら『N』が現れているのにも気づかずのんびりとお土産を買おうとしていた。声をかけるべきかどうすべきかキンジは悩んだ。マキリが現れたと彼らに伝えると間違いなくその瞬間にスタングレネードや手榴弾を投げだすかもしれないし、大惨事になり兼ねない。

 

「『同志達よ、争ってはならない』」

 

 その一団の中に海軍の軍服と軍帽を身に着けたアリアと同じツインテールをした青い髪の少女がマキリらを収めた。彼女の一言でマキリたちが殺気を収めたことからキンジはこの少女がこの一団のリーダー格だと察した。キンジだけでなくアリア、レキ、そしてシャーロックがその少女を見つめている。

 

「これは意外だった。神出鬼没の提督殿がお目見えだとは、流石の僕も推理できなかったよ。君達が現れる時刻は推理できたがね」

 

 シャーロックの言葉にキンジはギョッとする。シャーロックでも推理できなかった、条理予知の力でも予測することができなかったと。キンジはこの軍服の少女が只者ではないと理解した。

 

「こちらも予測時刻の通りだ。それより――――私達が人目を好まぬのは知っているはずだ。私も立ち話は好きではない、さっさと案内しろ」

 

 少女はシャーロックに対して不敵な笑みで上からといった態度で告げて来た。シャーロックはそんな少女に苦笑いして頷いた。どうやらシャーロックにとってこの少女は天敵のようだ。

 

「待て‥‥その前にお前は一体何者なんだ‥‥‼」

 

 キンジは少しでも敵の情報を得ようとわざと挑発的に尋ねた。そんなキンジに対して少女はフンと鼻で笑って不敵な笑みを見せた。

 

「私は――――「あれ?あそこにいるのって‥‥ネギちゃんじゃね?」‥‥っ!?」

 

 タクトの声が聞こえた途端、少女は物凄く嫌そうな顔をして声のした方へと視線を向ける。そこにはお土産を沢山購入したタクト達の姿が。

 

「たっくん、ネギじゃねえだろ。たしか‥‥あー‥‥そうだ、アリア2号機ことネスちゃん‼」

「ちげえだろ。ハモかアナゴかウナギ‥‥寿司みたいな名前だったはずだ」

「ガリ」

 

「待って思い出せそう‥‥そうだ!アネモネちゃん‼」

 

 

「ネモだ‥‥シャーロック、貴様。何故こいつらも呼んだ?」

 

 ギロリとシャーロックを睨むネモだがシャーロックは緊張していた表情が一変、愉悦な笑みを見せていた。

 

「おやおや?君でも予測不可能だったみたいだね。人目で暴れるのは嫌いなのだろう?我慢して会場までついてきたまえ」

「‥‥っ」

 

 愉悦な笑みを見せるシャーロックにネモが舌打ちをした。まさか出鼻をくじかれるとは、本人も思ってはいなかったのだろう。そんなネモにキンジはどことなく自分と似てないようで似ていると感じた。





 NDK?NDK?まさか出鼻をくじかれるとはネモ提督も思ってはいなかったでしょう‥‥
 原作を読んでいくとネモが意外な性格でしたので‥‥ようこそ!君も胃痛仲間だ!


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130話


 ちょっと長くなりそうだったので中途半端に割ってます
 
 あと原作は物凄く哲学(?)な会話が多かったのですごく曖昧に端折ってます
 そして原作の改変もあります。
 原作ではモリアーティ教授は健在ですが、こちらではモリアーティ教授はおりません
 申し訳ございません(土下座


ヴィア・デル・コルソの中央にあるグランドホテルプラザは創業100年以上。由緒ある5つ星のホテルである。そんなホテルに神妙な面持ちのキンジとアリア、そしてカツェらイ・ウーの同窓会に出る面々と巻き込まれたベレッタ、平然と冷静さを保っているマキリら『N』とどうしてこいつらがいるのかと訝しげに睨む『N』の筆頭であろうネモ。

 

「やべえな、こんなに人数がいるのならなんか一発芸でも仕込めばよかったな。ナオト、なんか一週間で死ぬセミのモノマネとかできねえか?」

「頑張ったらできる。でもそれだけじゃ足りないだろ」

「そんな時は俺に任せろ!レオポン大好きおじさん演じてやっからさ、カズキはスロット叔母さんの真似やってよ!」

「というかこの面子でかくし芸大会でもやんのか?」

 

 そして状況を全く理解しておらずルンルン気分でホテルへと入っていくカズキ御一行。この緊張感漂う状況に全く動じていないどころか気にもしていない。一触即発な状況で何かやらかさないでほしいとキンジはカズキ達を見ながらハラハラしていた。

 幹事のシャーロックが借りたボールルームはホテルの入り口に入って真っ直ぐ先にあり、緋色を基調とした絨毯が床に敷き詰められ、コリント式の円柱で神殿のように囲まれ、複数の巨大なシャンデリアが吊るす天井に宗教画が敷き詰められた豪華絢爛で100人も入れそうな広いホールだった。その中央にある大きな大理石の円卓があり、それを半円で分けるようにキンジ達とネモ達は座っていく。カズキ達はあたりを見回しながら目を輝かせ、突然マクロスごっこをしだして広いホール内を駆け回り出していた。

 

「さてネモ、些か君に尋ねたい。ベレッタ君を巻き込んだということは‥‥またやろうというのかね?」

 

 最初に切り出したはシャーロックだった。シャーロックの問いにネモは海底の様な濃紺の瞳で怯えるベレッタを見つめ、ニヤリと笑って頷いた。

 

「何でも分かる貴卿が質問とは、滑稽な。だが教えてやろう、その通りだ」

 

 ネモの答えにシャーロックはぴくりと眉をひそめた。今までに見たことのないシャーロックの態度にアリアも不安そうにシャーロックを見つめていた。キンジはこの時点で察していた、シャーロックはこのネモと相性が悪い。しかし年長者として他に被害を出さないように無理をしている。このままだとシャーロックが舌戦で負ける、キンジはネモを睨んで挑発することにした。

 

「ネモ!ベレッタを狙うって何が目的だ‼」

 

 睨むキンジにネモは吠える犬をあしらうかのように鼻で笑って不敵な笑みを見せる。

 

「そう無暗に牙を向けるな、遠山キンジ。私も長話は好きではないのでな、主意を話そう。新たな同志を出迎えに来た」

 

 ネモの一言にキンジとアリアは警戒した。ネモら『N』はこの会場にいる誰かを連れ去りに来たのか。自分達か頭目であるシャーロックか強力な能力を持つカツェやメーヤ達の誰か。カズキ達は‥‥多分絶対にないとキンジとアリアは断言した。しかしネモは涼しげな顔して告げる。

 

「――――ベレッタ女史、貴女を我々の同志として迎え入れる」

 

 ベレッタを連れ去りに来た。ネモの目的にキンジ達は眉を寄せる。なぜガンスミスの少女を欲しているのか、理由が分からなかった。しかし、シャーロックは分かったようで頷いていた。

 

「やはり僕と同じ推理の人選か‥‥ベレッタ君、落ち着いて聞いてほしいのだが、僕の推理が正しければ君は人類史の『分岐点』だ」

「分岐点‥‥?」

 

 どういう意味なのかとベレッタは漠然とし困惑していた。

 

「本人は意図しようとしていまいと、その人物が将来どう動くかで後世が大きく変わる‥‥『激甚のバタフライ効果』となる人間は、どの時代にもいる。君もその一人なのだよ」

 

 政治家、武将、革命家‥‥彼らの行動が起点となり以降の歴史が大きく変化をする。だがベレッタがどうやって世界、歴史を変えるのかキンジには分からなかった。しかしNの面々とネモは理解しているようで、ネモはベレッタを見据えていた。

 

「貴卿の言う通り、ベレッタ女史は分岐点となる希少で、大いなる力を持つ存在。その力は世界に好転、悪化、どちらに向けても大きく加速させ得る」

「あたしの‥‥何が‥‥」

 

 分岐点やら希少やら、大いなる力を持つ存在やら、今だに状況が理解できずベレッタは額に汗をかいて困惑していた。戸惑うベレッタにネモはニヤリと見つめる。

 

「何が、かは自分がよく分かっているはずだ。貴女にはアフリカを、中東を、世界を変革する才能がある。我等がその影響力を遥かに加速させるよう幇助しよう。そうすれば貴女は世界で偉大な武器生産者となるはずだ」

 

 ネモの話にベレッタは眉を寄せて黙っていた。途中までキンジ達と同じようにどういう意味なのか分かっていなかったが先程の話を聞いて何か心当たりがあるようで額に汗を更にかいていた。ネモには話すだけで相手の心情を惑わせ、聞く者を魅了させる力があるのか、キンジはこれ以上ネモを喋らせてはいけないと分かっていた。しかしどうやって彼女を止めれるか、今の自分の力では思いつかない。ネモは不敵な笑みを見せて話を続ける。

 

「さて、同志ベレッタ。我々と共にこの惑星を変え――――」

 

 

 

 

  プシュッ

 

 

 

 

静かすぎるこのホール内に炭酸を飛ばしたような音が大きく響いた。話を遮られたネモは静かに音のした方へと視線を向ける。そこにはコーラのペットボトルを開けて飲んでバナナを食べているタクトの姿があった。一斉に向けれられる視線にタクトは不思議そうに首を傾げた。

 

「え?バナナ食べたいの?」

 

「食わねえよ!?なんでそんなに余裕なんだお前は!?」

 

「つかキンジ、話はまだ終わんねえのか?暇すぎてナオト寝てんぞ」

「というかかくし芸大会は誰が一番手だ?俺がスーパームーン音頭しようか?」

 

「危ないから大人しくしてろって!あとかくし芸大会はしねえよ‼」

 

 こんな状況でなんでのんびりしているのかキンジはツッコミを入れる。ネモが少しだけ眉間にしわを寄せているのに対してシャーロックは愉悦な笑みを見せてネモに尋ねる。

 

「提督殿、要点は簡易にまとめておいた方がいいかもしれないね。それとも‥‥すぐに手を出す乱暴者だったのかね君は?」

「黙れ‥‥話が逸れてしまったな。我々はベレッタ女史を招き入れ、この星の歴史を変える」

 

「星の歴史を変えるってどう変えようとするつもりなのよ‥‥‼」

 

 ネモの答えにアリアがズバリと割って入って来た。彼女のおかげか彼女のせいか、これでNの目的がはっきりと分かる、千載一遇のチャンスが得られた。

 

「ふむ、ではまず、このボールルームを見渡すがいい」

 

 何かにウットリ耽溺するような瞳でネモは周囲に視線を向けて見せる。

 

 色大理石で造られた、美しいコリント式の石柱、壮麗な天井のフレスコ画、ペルシャ絨毯とどれもが1世紀以上の昔、このグランドホテルプラザが建てられた時代の歴史遺産である。

 

「これらの美は全て過去が生み出したものだ。シャーロック、貴卿がこの場を選んだのは我々へのメッセージであろう?」

「まあ、そのつもりも無くは無かったよ‥‥」

 

 ネモとシャーロックが語る中で、キンジは成田でアリアが言っていた『Nは文明を過去へと戻そうとしている』という言葉を思い出した。

 

「この美しかった時代は何処へ行った?現代の世界は紀律や清廉さを失い、堕落した不埒な時代へと堕ちている。文明は画一化され、かつて爛熟していた諸民族の文化は失われた。遠山キンジ、お前が着るべき和装は何処にある?カツェ・グラッセ、お前が着るべきチロリアンドレス(デイアンドル)は何処にある?答えは全て――――――」

 

 

 

 

 

  シャカシャカシャカシャカ‥‥

 

 

 

 ネモの語りを遮るかのように何かを振っている音が静かなホール内に響いた。また遮られたとネモはしわを寄せて音の響く方へと視線を向ける。

 

 

「たっくん、俺のココナッツミルクを振るんじゃねえよ」

「いやだって暇だもん。何言ってるのか分かんないし」

「盛り上がりに欠けるよな。よし!ここで俺が一曲歌ってやろう!」

 

「だからあんた達大人しくしてなさい!というかナオト!あんたいつまで寝てんのよ!?」

「あぇ?もうかくし芸俺の番?」

「だからかくし芸大会はしねえって言ってるだろ!?」

 

 キンジとアリアはこんな状況でも平然としているカズキ達にツッコミを入れる。

 

「ねぇーカツェちゃん、マシュマロ好き?ねぇー好きでしょ?」

「あ、ああ‥‥ありがと?」

「たっくん、大人しく座っててして」

 

 ついには席を立ってカツェ達にマシュマロを押し付けようとしだすタクトにネモは眉間しわを寄せるがそんな彼女にシャーロックは愉悦な笑みを見せる。

 

「提督殿、要はこの世界を過去の時代と戻しかの大戦をもう一度起こし、今度は自分達で君達の理想通りに仕向ける世界を操るつもりなのだろう?彼らが退屈しないよう分かりやすく教えなくてはね」

 

「黙れ‥‥まあその通りだ。連中が勝手に戦争を起こし、我々はその手助けをするだけでいい」

 

 人類の行動の選択肢から文明が後退するものだけを守り、未来へと向かうものは妨害をする。世界が勝手にNの理想通りの世界へと仕向け、後は自分達は高みの見物をするだけ。 

 その過程でどれだけの人間が血を流すことになるのか、どれだけの人間が不幸になるか、知ったこっちゃないというNは史上屈指の悪辣な組織だとキンジはネモ達を睨んだ。

 

「さて‥‥これ以上話が長引けば邪魔が入る。率直に告げようシャーロックと喧しい道化共を除く強運の者達‥‥ベレッタ=ベレッタ、遠山キンジ、神崎・ホームズ・アリア、レキ、カツェ・グラッセ、メーヤ・ロマーノ、以上6名、我等の同志に迎え入れる。我らに従い――――」

 

 

 

「へっふん‼」

 

 

 

最後のネモの台詞がタクトの大きなくしゃみに遮られた。3度邪魔されたことにネモは無言でテーブルを叩いた。

 

「このホール冷房効きすぎじゃね?」

「鼻水垂らしながら言うんじゃない。ほら、ティッシュ」

「それで、かくし芸大会はネモからするのか?つまりイ・ウーVSNの東西かくし芸大会だったのか‼」

「セミの物まねじゃ勝てないなこれ」

 

「どうしてお前らは大人しくできねえんだよ!?あといい加減かくし芸から離れろ‼」

「空気!あんた達には空気読むこともできないの!?」

 

 キンジとアリアはうんざりしながらカズキ達を叱る。ネモが自分達を同志として引き入れようとしている。だがそれは建前で本当はベレッタだけを引き入れ残りは始末するつもりだ。カズキ達を除く誰しもが答えは既に決めていた。

 

「紛争がどうの、戦争がどうの、過去がどうのとお前の話は暴力的だ。俺は平和主義でな、そんな暴力な奴等は大嫌いだ」

 

 キンジははっきりとノーと答えた。カズキ達がお前何言ってんの的な顔をしているがキンジは見ないことにした。

 

「神は父なるイエスキリストのみ。ネモ、私の使命は貴女のような邪教徒を絶滅させること」

「ネモ、あんた達の資金は何処にあるの?怪しいカンがするわ。逮捕して尋問してあげるわ。それとあんたに私が仕えると少しでも思うのなら、キンジ以上におめでたい脳をしているわね。私たちイギリス国民が仕えるのは女王陛下にだけよ」

「あたしらは未来志向でな、過去に戻らないつもりだ」

 

 メーヤもアリアもカツェもキンジと同じように拒否と答えた。その後アリアは手をホルスターへと伸ばし、カツェはテーブルに用意されたグラスの水をストローで口に含んだ。いつでも戦闘になっても手を打てるように動いた。

 

「‥‥勝手についてきたのは間違いだったわね。あんたの言う通り、ヴィア・デル・コルソで帰ればよかった。この人達は正気じゃないわ」

 

 小さく震え、上半身を引いてベレッタは答えた。これで全員がネモの誘いを蹴った。交渉が決裂したNはこれで動くはず。いつ戦闘が始まるかおかしくはない。かくし芸大会はいつ始まるのか、わくわくして待っているカズキ達を除いて緊張した状況で最初に動いたのはシャーロックだった。

 

 

「残念だったね、ネモ君。こちらから1人もそちらへ動かなかったことは初歩的な推理で事前に明らかだったがね。さて、ここで少々確認したいことがある」

「確認‥‥?ふん、自由にしろ」

 

 シャーロックの問いにネモは涼しげな顔を向ける。こちらに裏切らなかったことはどちらも最初からわかっていたようだ。

 

「感謝するよ。さて諸君‥‥この会談は手詰みとなった。僕の推理によれば、ここからどう進んでもいずれ戦いになる。そこで僕は死ぬかもしれない」

「!?そんな、曾御爺様‥‥‼」

 

 シャーロックの推理はそう簡単に覆らない。そう骨の髄まで信じているアリアが悲痛な声を上げる。しかしシャーロックは覚悟をしていたようで平然と話を続ける。

 

「そこで少しでも戦果を挙げるために奇襲をしようと思う」

 

 シャーロックは誰にも気づかれず、いつの間に手に持っていた水晶のように輝く磨き抜かれた剣をテーブルに置いた。

 

「‥‥イクスカリヴァーン‥‥」

 

 その剣を見た羽根兜の女性が初めて口を開いた。

 

「ふむ、ヴァルキュリア君にとっては懐かしい剣かもしれないね。さて、ネモ君。僕が抜き身でこれをテーブルに置いたという事は、僕はこれで君を斬るつもりだよ」

 

 シャーロックはのんびりとにこやかに答えた。随分とのんびりとした奇襲だが、シャーロックだからこそできたことなのだろう。アリアはシャーロックの身を案じてハラハラしているようだが、戦いの火ぶたは切られる。すぐにでも援護しようとキンジはホルスターに手をかける。

 

「諸君。これは未来を目指す者と過去を目指す者の、すなわち前進と後退の戦い。だが忘れないで欲しい‥‥時とは――――」

 

 キンジはシャーロックの雰囲気が変わったことに気付く。今すぐに仕掛けるつもりだ。緊張の中唾を飲んだ。

 

「――――前へしか進まないものだよ」

 

 言葉が終わった次の瞬間、人智を超えた超スピードでシャーロックは動いた。一気にテーブルを駆け、ネモへと迫る。片手での突きかと思えたその刹那、剣の先端を真上へと振り上げ顎から脳天まで、ネモの顔を真っ二つに割るように剣を振った。

 

 この一瞬でシャーロックがネモを斬った。キンジはそう思えた。この後はマキリやその他をアリア達と力を合わせて戦い、ベレッタを無事に帰す。そこまで考えていたのだが、目の前の光景にキンジは目を見張った。

 

 シャーロックの振った剣技で真っ二つになっているはずのネモが服すら無傷で、何事もなかったかのようにネモはシャーロックを見つめていた。キンジ達が目を見張る中、ネモはため息をついた。

 

「宝剣を棄損する様なことはしないでやった‥‥ところで貴卿は不可能と言われた私を殺す気でいるのか?」

 

 不敵な笑みを再び見せるネモにシャーロックは苦笑いして剣をテーブルに置いた。

 

「それは失礼した。それでは次は飛び道具といこう‥‥アダムズ1872・マークⅢ。僕の相棒、ジョン・ハーミッシュ・ワトソン君から譲り受けた、中々の名銃だよ。これでモリアーティ教授と渡り合った時は大いに役に立った」

 

 シャーロックは純英国風スーツの懐から銃を取り出し懐かしむように見つめる。一方でネモは険しい視線でシャーロックを睨んでいた。

 

「そういえばもう少しだけ君に聞きたいことがある‥‥()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「「!?」」

 

 シャーロックの質問にキンジとアリアは驚く。話の流れからして『N』の頭目はかつてシャーロックと対峙していた宿敵、モリアーティ教授かと思っていた。だが、シャーロックの質問でモリアーティ教授ではないことが判明した。

 

「僕と兄さんと力を合わせかのモリアーティ教授は倒され【十四の銀河】は封印されたはず‥‥だが【十四の銀河】の封印が解かれた。あれを起動できたのは教授だけ。しかし教授はもう葬られたはずだ。ネモ君、君は知っているのかね?」

 

 モリアーティ教授はもういない。【十四の銀河】というものが一体何かキンジには分からなかったが、シャーロックが尋ねるというのは余程のことだ。ネモはギロリとシャーロックを睨んだ。

 

「貴様に教えることはない」

 

 なんとも邪悪な殺気か。ネモの放っている殺気は尋常ではない、ネモは怒っている。

 

「そうか‥‥まあいずれ知ることになるだろうね。では諸君、これが最後の確認だ。後は諸君がベレッタ君を、未来を守りたまえ。この地球の加護は君達にあるだろう」

 

 シャーロックがにっこりと告げると、多角柱形のバレルを持つマークⅢ銃をネモに向けた。

 

「曾御爺様―――――」

 

 アリアがシャーロックの方へ向く。良くない直感に弾かれた様に不安そうにシャーロックを見つめた。緊張に包まれた中、ネモは無防備のまま座りシャーロックは銃口を向ける。誰もがこの状況はシャーロックが有利と思えているだろう。そしてシャーロックは迷わず、トリガーに指をかけ、すぐさま引き金を引―――———

 

 

 

 

 

 

 

 

  プシュッ

 

 

 

 

「「プシュじゃねえよ‼」」

 

 

 引き金を引かれる寸前に緊張に包まれたこのホール内に再び炭酸を飛ばした音と二人のツッコミが響いた。タクトがまたペットボトルのコーラの蓋を開けて飲んでいた。その直後、パァンと乾いた銃声と共にシャーロックが肩から血を吹き出して何かに弾き飛ばされたかのように後ろへと倒れた。

 

「曾御爺様‼」

「シャーロック!?」

 

 アリアとキンジが後ろへと弾き飛ばされたシャーロックに駆け寄った。シャーロックは苦痛な表情を浮かべながらも不思議そうに自分の体を確かめていた。

 

「―――――驚いた。()()()()()()みたいだね‥‥」

 

 シャーロックは苦痛のなか一体何が起きているのか焦っているタクト達を見つめた。シャーロックの条理予知が、自分がここで死ぬという推理が外れた、苦笑いするシャーロックをキンジとアリアが急ぎ止血処置をしだす。

 

「また貴様達か‥‥‼」

 

 一方でネモはギロリとタクト達を憎しみを込めて睨んでいた。

 





 真面目な話を端折り過ぎ?だってこの人達は真面目に聞かないから‥‥シカタナイネ


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131話


 せっかく久々のローマなのだから‥‥大盤振る舞いしなくては(オイ
 ごちゃ混ぜ注意、です


 一体何が起きたのか、キンジは見えていた。シャーロックの撃った弾丸がネモのコートへと当てられるその寸前、透明の円錐形の形をした何かが防壁を張るように現れた。それはシャーロックの胸へと狙い現れたはずが、タクトがコーラの蓋を開けて音を出したせいでネモの気が逸れてしまった。その刹那、円錐形の何かが向きがずれ弾丸が()()()シャーロックの肩へと飛んでいった。

 

それが一体何なのか、緋緋神との戦いを繰り広げていたキンジにははっきりと見覚えがあった。

 

「『次次元六面(テトラディメンシオ)』か‥‥‼」

 

「なに?『テトにゴメンしよ』?お前何言ってんだ?」

 

「お前が何言ってんだよ!?」

 

 訝しげに見つめるカズキにキンジがツッコミを入れた。というか今はそんな場合ではない。ネモが超々能力者(ハイパーステルス)であり、ネモの能力をキンジ達に確認させるため捨て身に出たシャーロックにとってネモは危険ということが分かった以上、彼らは予想以上に危険で、今の自分達では敵うかどうか分からない。ネモ達Nが反撃に移る寸前、動いたのはタクト達だった。

 

「それで、かくし芸大会はしないの?」

「しねえっていってるだろ!?」

 

「マジでか!?折角土産屋で買ったマシュマロバズーカで一発芸しようと思ったのに‥‥」

「いつ買ったんだよ!?だからそんな状況じゃねえだろ!?」

 

 

「アリア、シャーロックの怪我は大丈夫なのか?」

「え、ええ、応急処置はできたわ。後はちゃんとした治療があれば‥‥」

 

 ケイスケはアリアのそばにいるシャーロックが肩の怪我だけで後は無事であることを確認すると目でリサに治療をするよう指示する。

 

「うっし、お前ら後はシャーロックつれて逃げるだけだ。ナオト、一発ぶちかませ!」

「準備出来てる」

 

 いつの間に真面目に起きてるナオトが大きいケースから取り出したものはパンツァーファウスト30だった。まさかそれをネモ達に向けてぶっ放すのかとキンジは驚くがナオトが向けた先はネモ達の真上、フレスコ画のある天井。

 

「ちょ、お前まさか」

「そーい」

 

 ナオトは引き金を引き、弾頭が火を噴いて飛んでいく。そして彼女達の真上にある天井へと直撃し爆発を起こし瓦礫やシャンデリアを落としていった。過去の遺産を何のためらいもなく破壊したことにネモもキンジ達もギョッとした。

 

「な、何してんのお前ぇぇぇっ!?」

 

「おらぁ‼どんどん投げろ‼」

「タクティカル手榴弾‼タクティカルグレネードっ‼」

 

 真上から落ちてくるシャンデリアや瓦礫から回避して下がっているマキリたちに向けてカズキとタクトはMk3手榴弾やスタングレネードをアンダースローで投げていく。手榴弾の爆発はマキリ達には当たらなかったが真っ赤なペルシャ絨毯も大理石の床も壁に飾られている絵画は爆破に巻き込まれ破壊されていった。

 その間にもカズキ達は壊れた大理石の円卓の一部をバリケードにしてほいほいと手榴弾とスタングレネードを投げ続けていく。

 

「数百年もの歴史のあるホテルのホールが‥‥」

 

「キンジ、命あっての物種って言うじゃねえか」

「過去は振り返らない主義だぜ!」

「全部Nのせいにすればいい」

 

 そうだった。こいつらは過去とか悔いとかそんなものは全く気にしない連中だ。落ちてきた瓦礫やシャンデリアにも手榴弾の爆発にも全くの無傷であるネモはじっと睨んでいる。過去に拘りのある彼女にとってタクト達は天敵なのだろう。それよりもタクト達がシャーロックを守っているように自分もベレッタを守らなくては。

 

「ベレッタ!俺達の後ろにいろ!あとこのバカ達に巻き込まれるなよ‼」

「わ、わかった!これ絶対に絡んだらダメなやつよね!?」

 

 ベレッタも彼らのハチャメチャの一辺を目の当たりにして漸く理解し、必死にキンジの後ろへと隠れ、キンジと共にゆっくりと後ろへと下がっていく。

 

「よし‥‥!メーヤ、レキ、セーラ!ベレッタとキンジを守りながら撤退するわよ‼」

 

 アリアの合図に3人は二人を守るように陣形を張って下がる。このまま守りながら下がって脱出できればいいが、ネモ達はそう簡単に逃がしてはくれないだろう。アリアの予感通り、ネモはカズキ達を睨みながらゆっくりと口を開いた。

 

「‥‥同志達よ、ベレッタと過去の遺産を破壊したあのバカ共を殺せ」

 

 ネモの指示でヴァルキュリアや雨合羽のようなコートを着ていた大男達が動いた。キンジは焦る、相手の実力も未知数でありマキリや他の仲間までもが本気で戦闘になると此方の方が数が多いとはいえ勝てる相手ではないと感じていた。

 ベレッタと負傷したシャーロックを守りながら戦えるか、アリア達も内心焦っているだろう。マキリとヴァルキュリアはシャーロックを守っているカズキ達へ、雨合羽のようなコートを脱いだ首から上がライオンの頭をした大男はM92FS(ベレッタ)を、ベレッタが発明し販売した通常のFMJ弾の2倍のパワーを持つ非穿孔劣化ウラン弾をリロードしてキンジ達の方へと近づいていく。

 

「やばいぞ‥‥カズキ、急いで逃げろ!」

 

 カツェがシャーロックを守っているカズキ達へと駆け寄る。が、カズキ達はタクトの持っている携帯をまじまじと見ていた。

 

「ちょ、そんな場合じゃないだろ!?」

 

「だって、たっくんの母ちゃんからメールが来ててさ」

 

 たった今タクトの母からメールが来たとタクト達は答えた。キョトンとしたカツェにタクトはメールを読み上げた。

 

「『ホテルついたナウ。これからお友達連れていきまーす。PS.かくし芸大会は誰が最初にやってるの?』だってさ」

 

「だからかくし芸大会はないつってんだろ!?いやそうじゃない‥‥お友達って‥‥?」

 

 危うくツッコミをして流すところだった。菊池サラコが同窓会に参加するのは聞いてないし、お友達を連れてくるとは一体誰の事かと疑問に思った。

 

 その時、ナオトがパンツァーファウストでぶち開けた天井から黒いコートを着たツンツン頭で特徴的なモミアゲをした目つきの悪い男性が飛び降りて来た。

 

「レヴィ・ボルタッッ‼」

 

 男は技名を叫んだと同時に背中に背負っていた8本の黒傘を地面へと投げた。黒傘は地面に突き刺さると同時に青く光る電撃を四方へと放電しだした。マキリとヴァルキュリアはこちらへと走り出す電撃を躱して後ろへと下がる。

 

「むぅ‥‥避けられたか」

 

 男は地面に突き刺さった黒傘を一本引き抜いて電撃にも無傷だったネモへと睨み付ける。次は大将首を狙うつもりのようだ。そうはさせまいとヴァルキュリアが白銀の槍を構えて飛び掛かり、マキリが指弾を放とうとした。

 

「んもう、ダメじゃないのレヴィ。今回は戦闘じゃなくて牽制よ」

「ししし、誰も殺せてねぇし。へったくそ」

 

 いつの間に降りてきていたのか、独特な髪型をしたオネエ言葉のサングラスをかけた男性と王冠のティアラを頭に付けた目が隠れる程伸びている金髪のボーダーシャツを着た男性がレヴィと呼ばれた男の前に立った。

 

 オネエ言葉の男性はヴァルキュリアの白銀の槍を躱すとボディめがけて飛び膝蹴りをした。ヴァルキュリアは防御の態勢で防ぐが強烈な一撃のようで後ろへと吹っ飛ばされる。

 王冠のティアラをつけた男性はたった2回、投げる手ぶりをしただけで数百本ものナイフがマキリめがけて投げられた。マキリは無表情のまま指弾による空気弾でナイフを弾かせていくが、彼が投げつ続けるナイフの数が多かったのか防弾コートを脱いで投げて盾にし後ろへと下がった。

 

「ちっ、めんどくせー‥‥ガチで刻んでやろっかなー」

「だから牽制って言ってるでしょ?」

「しかし、大将首を討てばボスもきっと褒めてくれるはず‥‥」

「うっせーのろま」

 

 突然3人が敵前でもめだしている一方で、ボールルームの入り口の扉が蹴り開けられ褐色肌で長い金髪のツインテールの少女とファーのついたモッズコートを羽織った金髪の男性と、黒いコートを着た長い銀髪の目つきの悪い男性が駆けつけてきた。

 

「もう‼あの人達勝手に乗り込んじゃって‼たっくん、皆無事!?」

「たく坊!相変わらずハチャメチしてんな!」

「う゛お゛ぉぉぉぉい‼雑魚共、生きてるかぁ‼」

 

 カズキ達、キンジとカツェは彼らを覚えていた。カズキ達は久しぶりの再会に嬉しくなって笑顔で手を振り、キンジは目を丸くして驚いた。

 

「トリエラちゃーん‼おひさーっ‼」

「ディ、ディーノさん!?それにスクアーロさん!?」

 

 去年のローマでの騒動で出会った少女、トリエラとキャバッローネファミリーのボスでありタクトの知り合いであったディーノ、そしてどこからともなく乱入して大暴れしてたスクアーロ。こんな状況でもハイテンションで手を振っているカズキ達を見てトリエラは苦笑いした。

 

「ほんと、相変わらず楽しそうにしてるわね‥‥お話は後にしましょ」

 

 ディーノとスクアーロがキンジとベレッタの前に立ち、ライオン頭の大男の前へと立ちはだかる。しかし二人はその大男の後方にいるネモへと睨んでいた。

 

「さて、サラコさんから『N』がこのホテルにいるって聞いてな。これ以上暴れるのなら俺達が相手になるぜ?」

「う゛お゛ぉぉい!クソ女、いい度胸してんなぁ。こちとらボスもお前らに一目会いたくて控えているんだがなぁ‥‥それでもやるか?」

 

 二人の威圧にライオン頭の大男がゆっくりと後ろへと下がる。ここで戦闘になると不味いことになる、状況を判断して下がったようだ。アリアとキンジの後ろにいたベレッタはディーノとスクアーロを見て驚愕していた。

 

「キャバッローネファミリーのボスとボンゴレファミリー、暗殺部隊ヴァリアーじゃないの‥‥!?」

「な、なあ…これってそんなにヤバイのか‥‥?」

「当たり前でしょ!?しかもヴァリアーのボスも控えてるってなるとここが戦場になるわよ!?」

 

 二人の焦り様からして相当やばい状況なのだろう。以前の時も思っていたがタクトがどうしてこんな人達とパイプが繋がってるのかと思えた。

 ネモ達もディーノ、そしてヴァリアー達はお互い手は出さず硬直状態になっていた。するとネモは肩を竦めてため息をつき、片手をあげた。マキリ達の放っていた殺気がふっと消え、ネモの下へと集う。

 

「私とて今はキャバッローネファミリーとボンゴレファミリーと戦うつもりはない‥‥今回は彼らに挨拶をしに来ただけだ」

 

 ネモはキッとタクト達とシャーロック、そしてキンジを睨み付けた。ふつふつネモ達の周りに碧い光の粒が現れ、彼女達の周りで公転するように段々と光の粒が増えていく。

 

「仕留め損ねたが‥‥また会おう。次はもう少し過去――――」

 

「「バイバーイ‼」」

 

 ネモの台詞を遮るようにタクトとカズキがうざったいくらいな満面の笑みでネモに手を振った。またしても邪魔されたネモはギロリと睨んで聞こえるくらいの舌打ちをした。

 

「‥‥次こそは貴様達を殺してやるからな‥‥!」

 

 キンジは敵なのにどうしてかネモに同情した。心なしか彼女の胃も痛くなってるのではと思ってしまった。その間にも碧い光がネモ達を包み込み、完全に消えた。

 

「消えた‥‥!」

「逃げられたわね‥‥」

 

 キンジとアリアには色は違えど見覚えがあった。あれは緋緋神の使っていた有視界内瞬間移動(イマジナリ・ジャンプ)。緋緋色金の力による瞬間移動だが、ネモが使ったのは碧い光による瞬間移動。まさかネモも色金の力を使えるのか、二人は彼女の能力の強さに焦りを募らせた。

 

 

「あら、かくし芸大会は終わったのかしら?」

 

 ボールルームに遅れてやってきたのはタクトの母、菊池サラコだった。彼女の両手には紙袋が提げられおり、おもちゃの旗とか手品に使う花束が紙袋からはみ出していた。どうやら親子共々この同窓会にかくし芸大会が行われると勘違いしているようだ。

 

「かーちゃん!やっほー!」

「タクト、約束通りシャーロックさんを護れたのね。えらいわー!」

 

 駆けつけてきたタクトにサラコは笑いながらアイアンクローをお見舞いする。

 

「その代り、この惨状なんだけど‥‥」

 

 セーラは歴史あるボールルームが戦場跡のように崩され壊されと影も形もない有様にため息を漏らしてどこか遠い眼差しをしていた。

 

___

 

「やれやれ‥‥僕らはどうやらMs.サラコに一杯食わされたようだ」

 

 手当てをされながらシャーロックは苦笑いしてサラコを見つめた。サラコは煙草を一服してニシシと悪そうな笑みをみせた。

 

「当たり前でしょう?貴方が幹事で同窓会を開くだなんて、敵さんに『どうぞ討ち取ってください』と笑顔で首を差し出してるような物よ。しかも相手がNなら尚更」

「手助けは感謝するよ、でもビジネスに欠かせない人材なのなら直接言ってほしかったのだけどね」

「あら推理してたなら分かってるでしょ?私は敢えて借りを作らせる悪い人だって」

 

 その通りだね、とシャーロックは再び苦笑いして今回自分が死ぬという条理予知を覆したタクト達を見つめた。

 

「へぇー、トリエラちゃん今はディーノさんとこで住み込みで働いてるんだ」

「ええ、今はキャバッローネファミリーの傭兵として雇われてるの。ボスもファミリーの皆も優しくて素敵な人達よ。今度ボスと一緒に日本に遊びに行くの」

 

「おおっ!その時は是非とも遊びに来てくれよな!盛大にピザパーティーするぜ!」

「ピザ限定かよ。もうちょっとバリエーション増やせよ」

 

 カズキ達はトリエラと再会してわいわいと賑やかに話で盛り上がっていた。そんなタクト達をアリアとベレッタは半ば驚き半ば呆れて見ていた。

 

「たっくんとその母親がキャバッローネファミリーとボンゴレファミリーと繋がりがあったなんて‥‥もう本当になんなのよこの親子は‥‥」

 

 菊池財閥は本当にノーマークだったとアリアは肩を竦める。今はキャバッローネファミリーとヴァリアーがN、ネモの追跡をしているようだ。彼らが睨みをきかしているため暫くはNを牽制できただろう。するとそこへサラコがアリアとベレッタの下へとニコニコしながらやってきた。

 

「神崎・ホームズ・アリアちゃんね?貴女の曾御爺さんなんだけど話し合って‥‥ボンゴレファミリーの優秀な医療班の下へ治療してもらう事になったわ。その後はまたNに狙われるでしょうから暫くはボンゴレファミリーのボス、つまりは10代目の下に匿ってもらう。彼は私達菊池財閥とボンゴレが絶対に護ってあげるわ」

 

 まあ彼にはその必要がないかもしれないけどねとサラコがニシシと笑った。彼女の話にアリアは少し戸惑う。シャーロックは身を挺して自分達を守ろうとした、今度は自分が戦わなければ。意を決してアリアは頷いた。

 

「‥‥分かりました、後はよろしくお願いいたします」

 

 彼女の覚悟にサラコは満足そうに頷き、次にベレッタに微笑んだ。

 

「貴女がベレッタ=ベレッタちゃんね‥‥今日は災難だったわね」

「は、はい‥‥」

 

 まさか自分が国際犯罪組織に目をつけられたり、全く話を聞かないで主意も知らずにパンツァーファウストを撃つわ手榴弾を投げまくるわで大惨事を目の当たりしたのだから大変だっただろう。キンジもベレッタには同情した。

 

「でも滅多に出会えない貴重な経験もしたのじゃないかしら?たとえば‥‥自分の発明した武器で自分が殺されそうになった、とか」

「っ!?」

 

 サラコの言葉にベレッタはハッとした。あのライオン頭の大男が持っていたのは自分が開発した銃、そして自分が発明した銃弾。もしキャバッローネファミリーとヴァリアーが駆けつけてきていなかったら自分はその凶弾に撃たれて死んでいたかもしれない、ベレッタはその時自分が死ぬかもしれないと嫌な予感を抱いていた。

 

「この経験を経て貴女はどう思った?もし何か心当たりがあるのなら、これはチャンスよ。変わろうと足掻いてた自分を変える大事なチャンスじゃなくて‥‥?」

「自分を変える‥‥」

 

 ベレッタに何か心当たりがあったのだろうか、サラコの言葉にベレッタは何かを決意したかのように頷いた。そんなベレッタにサラコは満足そうにニッと笑った。

 

「明日のプレゼン、楽しみにしてるわよ。どのような結果であろうと、私や菊池財閥は貴女を応援するわ‥‥さて遠山キンジ君、ちゃんとこの子を守ってあげなさいよ?」

 

 サラコはキンジにウィンクしてタクト達の下へと歩いていった。キンジは元より承知の上だと答えようとしたが、背後からぞくりと嫌な気配を感じた。恐る恐る後ろを振り返ると今から捕食せんというサメのようにギロリと睨んでいるスクアーロがいた。

 

「う゛お゛ぉぉい‼なんだあのざまは‼そんなんでNと戦えると思ってんのかぁ‼」

「ひぃっ!?」

「ちょっと待てスクアーロ、キンジは初見だったんだから仕方ないだろ」

 

 スクアーロの怒気にディーノがキンジをフォローしようとしたがスクアーロはギロリとキンジを睨み続ける。

 

「戦いに初見なんてねえ‼以前あれだけ戦い方を教えてやったと言うのにあのざまじゃ話になんねえ‼もう一度みっちり叩き込んでやらぁ‼」

「ええっ!?ちょ、俺武偵だし!?マフィアに、しかも暗殺部隊の人に教えられても‥‥」

「武偵がなんぼのもんじゃぁぁ‼死ぬ気で受けやがれ‼」

 

 このままではスクアーロにみっちりしごかかれる。キンジは必死の形相でディーノに助けを求めた。

 

「スクアーロ、お前がやると死人が出る。だから俺も手伝ってやる‥‥久々の家庭教師だ、腕が鳴るぜ」

「え゛えぇぇぇっ!?」

 

 ディーノとスクアーロによる特訓が決定された。必死の抵抗無虚しくキンジの絶叫が虚しく響いた。





 シャーロックの護衛は成功したよ

 キンちゃんメンバーにトリエラちゃんとディーノさんとスクアーロさんが追加されたよ。
 キンちゃんディーノさんとスクアーロさんにしごかれて更にチート化するよ
 キャバッローネファミリーとボンゴレファミリーがキンちゃんの味方になったよ

 あれ?これ敵さんやばくね‥‥?ライオン頭さんやばくね?

 


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132話


 今回はすごく短めです
 投稿が遅くなります、申し訳ございません(焼き土下座


 ローマがフィウミチーノ空港にてケイスケ達は荷物を抱え空港内を大急ぎで駆けていた。ケイスケとカズキが必死の形相だがタクトは胃もたれをしているのかやや気分が悪そうな様子だった。

 

「ちょ、まちぇっと‥‥そんなに急がなくてもいいじゃん」

 

「急ぐんだよバカ!?誰のせいでフライトに遅れそうになってると思ってんだ‼」

 

 気分が悪いタクトに対しケイスケは容赦なく叱る。それもそのはず、トリエラやディーノ達と再会でき同窓会がうやむやになったのでディーノのアジトにて盛大にパーティーを開いた。その際にマシュマロを限界まで食べる無限マシュマロや全自動卵かけ御飯やピザ食べ放題や夜遅くまで大騒ぎした結果、寝坊はおろかタクトが胃もたれを起こしてしまった。

 

「イタリアからすぐに香港に飛ばなきゃなんねえってのにお前何呑気にトイレに行ってたんだよ!?」

「しゃあねえだろぉ!うんこは出るもんだぞ!」

 

「わちゃわちゃすんなや‼ディーノさんが急ぎの車用意してくれたからなんとか間に合ったしいいじゃねえか。それにお前らナオトに殆ど荷物を任せすぎだっての!ナオト、お前も文句いったれ」

 

 カズキはやれやれと肩を竦めて後ろについて来ているであろうナオトへと後ろへ振り返る。だが振り返ってみれば行き交う人々の姿が見えるだけでナオトの姿は無かった。

 

「‥‥あ、やべ。ナオトまた迷子だ」

 

「はああああっ!?お前ふざけんなや!ちょっと探すからお前らここで待ってろ!」

「わ、私もナオト様を探してきます!」

 

 ケイスケとリサが慌てながら人混みの中へと駆けこんでいく。沢山の荷物と共に残されたタクトとカズキはポカンとしたまま見つめ合う。

 

「やばい、する事がねえ。たっくん、胃もたれ音頭歌ってもいい?」

「やめてくれ、なんだか余計に胃もたれしそう‥‥あぁ~リサー、ヘルプミー」

 

それなら仕方ないと互いに沈黙したままケイスケ達が戻てくるのを静かに待とうとしたがやはり我慢できない性か、カズキが変顔をしながらタクトを笑わせようとしタクトが吹いたのが始まりで僅か数秒で二人の悪ノリは解禁された。

 

「Yeah!たっくんは!ピザを食べすぎて‼胃もたれだYO‼」

「イエェェェ‼絶賛胃もたれ!」

 

 カズキが変顔をしながら変なラップで歌い始めタクトはカズキの変なラップに合わせてくねくねと変な踊りをしだす。行き交う人々は視線は向けるが関わったらいけないとすぐに見て見ぬふりをしていく。

 

「うっせーばか」

 

 不思議な踊りをする二人をケイスケが背後から拳骨を入れた。拳骨を入れられて頭を抱えている二人だが彼の帰りの早さに驚きを隠せなかった。よくみればケイスケとリサの後ろには眠たそうにしているナオトとディーノとトリエラ、そしてカツェがいた。

 

「ナオトは迷子になってたし、あんた達二人は変な踊りをしてるし、ほんと変なことして楽しそうにしてるんだからまったく」

「どこへ行っても賑やかだな。ほらタク坊、忘れ物だ」

 

 ディーノはタクトにローマから香港への飛行機のチケットを5枚渡した。慌てて出たせいかチケットまで忘れていたことにタクトとカズキは驚きの声をあげ、ケイスケはため息をついて呆れた。

 

「あっぶねー‼まじで忘れてたぜ!」

「ありがとディーノさん‼それで、カツェはどうしてついてきたの?」

 

「あたしはセーラに頼まれたんだ。いわば交代ってやつ?」

 

 カツェ曰く、セーラは物凄くくたびれた様子でカツェにカズキ達の同行を後退してくれと頼んできたという。更にはサラコからしばらくローマにいる間、タクトの同行から遠山キンジの護衛をやってくれと頼まれたようで、セーラは『胃痛から解放されるチャンス』とみてカツェに必死に頼み込んできたようだ。

 

「しかも依頼料の70%はくれるみたいなんだぜ?あの銭ゲバのあいつがここまで頼むなんて相当なんだな」

「セーラちゃん、最近疲れてたもんね。何かあったのかな?」

「うーん……わかんね」

 

 彼女の胃痛の原因でもあるタクト達は考えてみたがやっぱり彼女の胃痛の原因はわからなかった。

 

「それに、あたしはちょくちょく任務で藍幇に訪れてるし連中の内部情勢にもあっちの地理にも詳しい。力になれると思うぜ?」

 

 カツェはフンスと自信満々に語って胸を張る。そんなカツェにトリエラがニヤニヤしながら小突いた。

 

「本当は意中の人と一緒に行動できるからウキウキしてるんでしょ?」

「ブッ!?バッ、バッカじゃねえの!?そ、そんなんじゃねーよ!?」

 

 カツェは顔を赤くしてあたふたと慌てふためいているが、カズキは不思議そうに首を傾げていた。

 

「っておい!?急がねぇとフライトに間に合わねえぞ!?」

 

 ケイスケが腕時計で時間を確かめると駆け足で行かなければこの時間に乗る香港行きの飛行機に間に合わなくなる。

 

「タク坊、ローマはキンジや俺達がいるから心置きなく香港ではっちゃけてこい!」

「久しぶりに会えて楽しかったわ!次は何やらかすのか楽しみにしてるからね‼」

 

「ディーノさん、トリエラちゃんありがとねー!次会うときは世界でやべえスーパー武偵になってるかもしれねえから楽しみに待ってて!バーーーイ‼」

 

 タクトは二人に向けて笑顔で手を振りながら荷物を抱えたケイスケに引っ張られて武装職従事者専用のゲートへと急ぎ足で向かっていった。途中、またしてもナオトが反対の方向へと勝手に一人で行きそうになったので大慌てで止めて迷子を未遂で止めていた。

 

____

 

「うおぉ……まじかこれ」

「流石はたっくんの母ちゃんだなこれ」

 

 カズキとケイスケは驚きのあまり言葉が思うように出なかった。サラコから貰った飛行機のチケットで座れる座先はいつものエコノミーでの座席ではなく、またビジネスでもファーストのクラスでもなく、政治家や要人が乗るような完全個室或いはVIP専用のような広い部屋だった。

 

 タクトは大はしゃぎで大きなソファーにダイブし、ナオトは冷蔵庫を漁りジュースを開けて飲もうとしていた。

 

「たっくん、やばいぞ。そこのテレビ、カラオケ機能がついてる」

「ナオトまじか!?よし、景気づけに朝まで歌いまくろうぜ‼」

「お前らそんなことしてる場合じゃないだろ!これから香港に行くっていうんだからよ!」

 

 カラオケを付けようとしたナオトとタクトにカズキがプンスカと怒りながら止めた。やる気にはなっていることにカツェは感心して頷く。

 

「香港に行くんだから……中華料理でも頼もうぜ‼なんかデリバリーできるみたいだしさ!」

 

「うんやっぱりそうだよな!こいつら緊張感ってもんがねえもんな!」

 

 やっぱりこうなったかとカツェはずっこけそうになった。しかしこのままほったらかしにしておくわけにはいかない、カツェは気を取り直してカズキ達を止める。

 

「カズキ、中華を頼みたいのはやまやまなんだが…まずはお前たちに今の藍幇の情勢を知っておく必要がある」

 

 

「ねえ藍幇ってなに?」

 

 タクトはきょとんとしていきなり訪ねてきたことにカツェは揺らぎそうになった。どうして今更こんなことを聞くのか、まさか本気で知らなかったとか。

 

「たっくん、あれだけセーラに言われてもう忘れたのかよ」

「トイレと一緒に流して忘れたんじゃないの?」

 

「お前失礼だな!俺はそう簡単に忘れねえぞ!あれだろ、藍幇って……パンダの名前だろ!」

 

「ちげえよ!?一から説明するから忘れんじゃねえぞ!」

 

 再び気を取り直してカツェは藍幇について説明をした。藍幇は上海を本拠を置く大規模な秘密結社、中国政財界の大物が幹部を務める拝金主義の組織でもあり学校や企業を抱え、非戦闘員を含めると100万を超える人員が存在している。

 

「そんで、藍幇は上海に拠点にした武力派が多い『上海藍幇』と香港を拠点にしている支部で穏便派が多い『香港藍幇』に二分されている。カズキ達が会いに行く諸葛静幻ってのは香港藍幇のまとめ役だ」

 

「ずっと気になってたけどさ、その諸葛うんたらってなんか諸葛亮みたいな名前だよな」

 

「当たり前だ。あいつは正真正銘、諸葛亮孔明の子孫だよ」

 

「マジで!?あの軍師で、『今です』とか言って隠しブロックしかけるあの軍師か!?」

 

 軍師なのは間違いないが隠しブロックとは何ぞやとカツェは不思議そうに首をかしげるが話をつづけた。

 

「大抵の藍幇の戦闘員や幹部は三国志や梁山泊といった中国の歴史上の人物の子孫や末裔が多い。お前たちが会ったココは曹操の末裔、呂布はもうそのまんま呂布の子孫だ」

 

 歴史人物、英雄や武将で有名な人物は必ずと言って程戦闘力が高く厄介な奴が多いがカズキ達はそこまで気にはしないだろうとカツェは苦笑いする。

 

「藍幇は『戦役』で遠山キンジとの戦いで敗れ、眷属から師団へと鞍替えした。その影響もあってかアジアでは藍幇が睨みを利かせて眷属の連中が暴れないように戦役が終るまで抑えていたんだ。だが、問題が起きたのはその後だ」

 

「何かクーデターみたいなものでもあったのか?」

「お腹空いたとか」

 

 

「香港藍幇のまとめ役、諸葛静幻の病が悪化し床に臥せてしまったんだ。もとよりあいつは不治の病に侵されていててな、戦役の時に無理をしたのが仇となってしまったみたいだ」

 

「それが起きた問題なのか?」

 

「いや、厄介なのはその次。諸葛静幻が病に臥せたことを期に後継者争いが勃発したんだ。このまま静幻による持続かまたは彼の意志を継ぐことを望むハト派と上海藍幇が香港藍幇を吸収して香港を確実に支配するタカ派に二分して内部争いに発展しちまっている」

 

 諸葛静幻亡き後、香港の裏事情をどうするか香港藍幇をどうするかで諸葛静幻の意志と香港を守る者と上海藍幇による完全な統括と支配を支持する者で二分してしまった。

 

「上海藍幇は前までは過度な武闘派じゃなかったんだが、幹部である董仲穎が当主補佐に成り上がった途端に上海藍幇は香港藍幇に牙をむくようになった」

 

「そこまで香港藍幇を支配したがるなんて何かあんのか?」

「あそこに誰にも見せたくない恥ずかしい写真とか隠してたとか」

「おいしいメロンパンのレシピ」

「わかった!黒歴史のポエム集だろ!」

 

 そんなわけがあるか。いつの間にかピザのデリバリーを頼み、カラオケをつけて呑気に楽しんでいるカズキ達を見てこけそうになった。

 

「支配したがる理由はあたしも分からないけど、考えたくねえがこの一件にNが絡んでるかもしれねえな。それから気を付けろ、香港はもう内部争いの場になっている。下手に動くと襲われるかもしれないからな」

 

「大丈夫大丈夫!三國無双はやりこんでるから余裕っしょ!」

「最近はOROCHIもやってるから俺たちに死角はねえぜ!」

 

 タクトとカズキはどや顔で語った。どこでまたはそんな理由で自信がどうしてつくのか、カツェは頭を抱えた。





 中国もネタがいっぱい

 三國無双に恋姫にまじ恋にそしてFGO…ごっちゃごちゃになる未来しか見えない(白目


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133話

 仕事先をクビにされ、パソコンが壊れ、転職活動をし・・・・と2018年は後半からいろいろとありましたが本当に更新が遅くなりまして申し訳ございません。
 
 いまだに更新がまちまちになると思いますが2019年もこの物語を何卒よろしくお願いいたします


「イヤッフゥゥゥ‼チャイナについちゃいな!」

 

 タクトのくだらないギャグが香港国際空港内に響くが行きかう人々は誰一人見向きもしなかった。それでもなおタクトはテンションを上げてくだらないギャグを叫び続けた。

 そんなクネクネと体を動かしながら変顔でテンションを上げていくタクトを後ろから呆れて見つめていたカツェはわれ関せずな顔でガイドブックを読んでいるカズキ達に止めないのかと目で尋ねた。

 

「無理、たっくんだもの」

「なあなあナオト、これなんて書いてんだ?漢字ばっかでぜんぜんわかんねえ」

「お前がわからないのなら俺もわかんねえよ」

 

「いや普通に止めさせてやれよ!?」

 

 ツッコミを入れたカツェはマイペースすぎる彼らに代わってハイテンションで変な踊りを披露しようとしていたタクトを引き止めた。

 

「なんだよー、早速考えた俺のジェットパックジェットストリームなダンスを披露して会場大歓声になるところだったのによー」

「歓声どころか顰蹙をかうわバカ!いいか?ここは奴ら藍幇の庭なんだぞ」

 

 ここ香港は藍幇のホームグラウンド。すでに監視されているかもしれない、警戒していかなければいけないというのにカズキ達はそんなことをはおろか警戒すらせずお気楽にしていた。

 

「連中は内部の対立でピリピリしてるからきっと警戒している、変なことをしてたら襲撃してくるかもしれねえ。そんな中で会いに行くんだ、見られていることも考えて慎重に行動しろよ?」

 

「たっくん!見ろよ、でっけえ肉まんが売ってる!」

「マジで!?これは食わなきゃ損だぜ!」

「おいまたナオトがいねえじゃねえか!なんであいつは毎度毎度空港で迷子になるんだ!」

「わ、私がナオト様を探して行きます!」

 

 注意しろと言われたものの数秒で早速やらかした自由すぎるカズキ達にカツェは頭を抱えた。どうしてセーラが胃の辺りを痛そうにしていたのかだんだんと分かってきたような気がしてきた。

 

___

 

 肉まんを買い食いしようとするカズキとタクトを止めて迷子になっていたナオトを手分けして探してナオトがお土産屋にいるのを見つけて一件落着かと思いきや度はタクトが迷子になり怒れるケイスケを宥めて探し、香港国際空港から出たのは到着して一時間が経過した頃であった。カツェはくたくたになりながらもガイドブックの街中のマップを広げた。

 

「まずは拠点に行く。場所はあたしら魔女連隊の隠れ家だ。そこを拠点にしてどうやって諸葛静幻に会い、連中を助けるか考えよう」

 

「殴りこみじゃないのか?」

「え!?戦車とかでいかないの!?」

「誰か脅していくんじゃねえのか?」

「…脅迫状は?」

 

「どうしてお前らは物理に全フリなんだ・・・・」

 

 カツェは呆れながらもカズキ達を先導していった。バスや路面電車を使い渋滞に巻き込まれつつもたどり着いたのは半島状になっている九龍より南に浮かぶ香港島、高く聳えるビルが建ち並び人混みが多い区内だった。カズキとタクトは高層ビルや人混みの多さや美味しそうな匂いが漂う店の多さに目を輝かせていた。

 

「うひょおおっ!いうなればエンジョイしないといかんでしょ!」

「まずはうまいもん食わなきゃ!」

 

 いの一番に走り出そうとした二人をカツェが首根っこつかんで止める。また目的を忘れているとジト目で睨んだ。

 

「そんな暇はねえっての。香港中に藍幇の手先がいる、下手に顔を出さないほうがいい」

 

 カツェの説教にカズキとタクトは口を尖らせながらも渋渋と了解した。カツェはため息をつくと静かにケイスケに声をかけた。

 

「・・・・お前らならもう気づいているんじゃねえか?」

 

 カツェの問いにケイスケとリサは静かに頷く。

 

「ああ・・・・だいぶ前から俺は気づいてた」

「はい・・・私も気づいておりました」

 

 いったい何に気づいているのかカズキとタクトは不思議そうに首傾げる。カツェは慎重に辺りを見回してこっそりと二人に声をかけた。

 

「いいかカズキ、たっくん。気取られないように気づいていないフリをするんだ」

「え?どゆこと?」

「ケイスケ、どういうことだってばよ」

 

 ケイスケに注目が集まった中、ケイスケは真剣な眼差しで静かに口を開く。

 

「・・・・・ナオトが辺りをキョロキョロしてやがる。あいつ、また勝手にどこかへ行こうとするつもりだ」

 

 ケイスケの視線の先には一人離れて辺りをキョロキョロしてどこか面白そうなお店はないか探しているナオトの姿があった。カズキとタクトは納得して頷く。

 

「なるほど~、流石はケイスケ!」

「こんな人混みが多いところで迷子になられるのはゴメンだからな」

「てかあいつまたお土産屋に行こうとしてるじゃねえか」

 

 

「違う」

 

 納得しあっていたケイスケ達にカツェが頭を抱えて横に振った。そんな3人はキョトンとする。

 

「違う?ナオトが迷子になるのは確定的に明らかじゃねえか」

「あ、もしかしてナオトが向かおうとしてる店が違うんじゃねえの?」

「なるほど~、さっすがカツェちゃん!冴えてるぅー!」

 

「違うそうじゃねえ!!ああもう本当に大丈夫なのかよ!」

 

 カツェはヤッケになりながらも他に聞かれないように小声で話した。

 

「さっきからあたし達の跡をつけている奴がいるんだよ!」

「なんだって?もしや・・・・俺たちのファン!」

「ねえよ!!」

 

 カツェは未だに理解していないタクトにツッコミを入れて相手に気取られないようにカズキ達に指示を出す。

 

「こっから歩みを速める。適当に路地裏まで突き進み曲がり角で曲がって待ち伏せするぞ。一人でも捕らえりゃ藍幇に近づけるつてが手に入れるかもしれねえ」

 

 カツェの指示にカズキ達は頷き、迷子になりかけようとしているナオトを呼び戻して指示通り足を速めた。跡をつけられていると言われたがいつからか、どんな人物が跡をつけているのか、そもそも藍幇の手先なのかもわからない。気になりつつもカズキ達は無言でカツェの後に続いていった。

 人混みに溢れていたビルの繁華街から離れて少し廃れたような裏路地へと突き進んでいく。通りが段々と狭まりデコボコした舗装やコンクリートが剥きだし黒ずんだ壁、人の気がない薄っすらとした通りを駆け、カツェが曲がり角に曲がると歩みを止めた。

 

「よし、ここで待ち伏せをする…」

 

「おっけーい‼ここでビックリさせるんだな?」

 

 後をつけているのは藍幇の刺客かもしれないと身構えているカツェとは反対にタクトはワクワクしながら待ち構える。息をひそめて待っているとこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。小さな駆け足の音は段々と近づいてくる。カズキ達は目を合わせて頷き、曲がり角へと迫ってき所を頃合いに4人同時に飛び出した。

 

「きゃっ……!?」

 

 飛び出してきたカズキ達に驚いた少女の声が聞こえた。目の前いたのは白い学生服を着た数珠みたいな形のテールを左右にピョコンと出した変則ツインテールの少女だった。いきなりカズキ達が飛び出してきたことにその少女は驚きしりもちをついていた。

 

「…誰?」

「あれじゃね?俺達のファン!」

「マジか!?やべえよたっくん!サインあげねえと!」

「俺たちのファンじゃねえのは確かだな」

 

 カズキ達がわちゃわちゃしている間に少女は立ち上がりため息をついてジト目で此方を睨んできた。

 

「・・・・キンジと同じ武偵の連中がやってくると聞いていたけど、なんだかもっと間抜けそうな人達ね」

 

 キンジと聞いてカズキ達はキョトンと不思議そうに首を傾げた。そんな4人に少女は更に呆れて肩をすくめてため息をついた。彼の名を知っているということはこの少女は藍幇の者に違いない、カツェは警戒して睨みつけた。

 

「お前、藍幇の手先か?」

「まあ藍幇の者ではあるけども下の下、藍幇の学校の生徒の院美詩(ユアン・メイシー)よ」

 

「お椀?」

「名刺?名刺交換しないといけないのか?」

 

 あって早々人の名前を間違えるタクトとカズキにユアンは無言で睨みつけたがカツェが苦笑いして彼女を宥めた。

 

「うん、こいつらどんな時でもふざけるのが日常茶飯事だからあまり気にしないほうがいい」

「・・・・本当にこの人たちで大丈夫なのかしら・・・・」

 

「というかそのお茶碗がなんで俺達の後をつけてたんだよ」

「だからユアンって言ってるでしょ!?何、こいつら!?これならキンジのほうが百倍もマシでしょ!?」

「俺たちのファンなんだろ?後でサインあげるよ!」

「いらんわ!」

 

 荒れるユアンをカツェが再び苦笑いで宥めて落ち着かせた。とりあえず落ち着いたユアンは一呼吸おいてからg話を始めた。

 

「・・・・まず後をつけたのはいち早く藍幇の内部の現状を伝えること。これは上からの指示よ」

 

「よほどまずい事態なのか?」

 

 カツェの問いにユアンは静かにうなずく。

 

「ええ、諸葛が病に伏せたその数日に上海藍幇の刺客がやってきてあっという間に香港の藍幇城を乗っ取られた。幸い諸葛は別の場所に逃れていたから無事で大きな衝突に至らなかったけれども、連中は血眼で諸葛を探してる。いつ血が流れる争いが勃発するかわからないわ」

 

 更には諸葛静幻が支援している学校や彼の縄張りに土足で侵入し荒らしまわったり、関係者を監禁していたりと香港中を睨みをきかせており、香港藍幇の者やその息にかかっている市民たちは怯えているとユアンは話した。

 

「外部からシャーロックを助け、諸葛を助けようとしている武偵の4人組がやってくると聞いていたからどんな強者かと思ったら・・・・・強者じゃなくてバカモノじゃないのよ」

「まあバカモノだと思うが、あちこちでやらかしてる強者ってのは間違いはないかな・・・・」

 

 カツェとユアンは話の内容はよくわからないけれどもとりあえず褒められていると勘違いしてドヤ顔しているカズキ達を見つめた。

 

「まあ諸葛を助けるのは間違いはねえ、あいつが今どこにいるか教えてくれねえか?」

 

 向こうから協力者が現れたのはありがたい、さっそく彼に会おうとカツェは尋ねたがユアンは申し訳なさそうにして首を横に振った。

 

「悪いけど私は聞かされただけ、あの人が今どこにいるかは私は知らないの。それに・・・・・」

 

 ユアンはあたりを見回してからゆっくりと口を開いた。

 

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彼女の言葉を聞いてカツェは即座にあたりを見回す。彼女は使いかと思っていたがまさかの囮、すぐ近くに刺客がいるかもしれないと懐からルガーP08を取り出そうとした。

 

(ヘイ)!」

 

 どこからともなくアニメ声チックな掛け声が聞こえた。声は上から聞こえ見上げると上から清朝中国衣装を着た玉飾りのついた黒髪ツインテールの少女が飛び降りてきた。少女は着地をするとカズキ達の前で不敵な笑みを見せて中国拳法の構えをした。

 

「キヒッ!まんまと引っかかったネ!間抜けな奴らなアル!」

 

 少女は不敵な笑みを浮かべて語るがカズキ達はキョトンとしたまま見つめていた。4人は「は?誰お前?」みたいな顔をしているがそれにも構わず少女は話を進めた。

 

「京都の時は不戦勝で終わっちゃったけどもう同じようには行かないヨ!」

 

 京都の時と聞いてカズキ達はようやくハッとして思い出した。

 

「お、お前は・・・・・えーっと、なんだっけ・・・・ミスターポポ‼」

「かみさまぁー」

 

 某ドラゴンボールの神様の付き人と間違えられた少女は気が抜けたようにずっこけた。

 

「ちげえよポポじゃねえよ・・・・キキ、ララみてえな名前だったよな」

「お前ちげえよこのやろうぅ」

「たっくん、それポポじゃなくてボビーになってる」

「で、お前ボビーだっけ?」

 

「違うヨ!?ココ!私の名はココ‼その一人の猛妹ネ!」

 

 乱世の奸雄こと曹操の末裔である四人姉妹の一人猛妹ことココはぷんすかと怒って名乗るがカズキ達は不思議そうに首をかしげており納得していないようだ。

 

「なんかアリアに似てね?」

「妹?」

「いや2Pカラーだな」

「じゃあ今日からお前はルイージだ!よろしくな、ルイージ‼」

 

「お前たち私の話を聞くネ‼」

 

 ユアンに続いてココまでもが怒り荒れる。そんな彼女をカツェは苦笑いして宥めて落ち着かせていく。カズキ達の様子を見ていたユアンはジト目で呆れていた。

 

「本当にこいつらで大丈夫なの?」

「心配すんなって、まじめにふざけているけどやるときはやる4人だから・・・・それでココ、何の目的であたしたちの前に現れた?」

 

 ようやく本題に入れたことにココは咳払いして再び好戦的な笑みを浮かべてカズキ達を見つめた。

 

「率直に言うネ、お前たちココの家来になってココと一緒に香港藍幇を乗っ取るネ!」

 

 単刀直入な頼みごとにカツェは驚く。まさか荒れている内部情勢を利用して乗っ取ろうとしている輩がいるとは思いもしなかった。

 

「お前何考えてんだ!?無茶苦茶だろ!」

「ふふふ、そんなことないネ。上海藍幇との抗争で弱ってル。香港藍幇、今諸葛いない。これ好機アル!ココ達が乗っ取ってキンチにやるネ!私たちの株跳ね上がるヨ!」

「明らかにあたしらを利用する気満々じゃねえか‼」

 

 怒るカツェにココはちっちと指を振る。カズキ達のことを考えているとは思っていないとカツェは不服そうお睨む中ココは話を進めた。

 

「その間にお前たち諸葛助けル、そうすれば諸葛お前たちの仲間ナル。お互いに利益あって大助かりネ!」

「どうみてもあたし達のリスクが大きすぎるだろ・・・・」

「カツェお前に聞いてないアル。お前たち、私達に協力するヨロシ!」

 

 話を聞いてたのか聞いていないのか、明後日の方向を向いていたナオト以外の3人にココは尋ねた。

 

「いいかお前ら、これは明らかにあたし達を利用するつもりだ。むやみに承諾しちゃry」

「いいよ!」

 

 ドヤ顔で即答してサムズアップするタクトにカツェはずっこけた。

 

「なんか楽しそうだし!このホンコンカンフーマスター、東京のジャッキーチェンと呼ばれた菊池タクトにかかればホホイノホイだぜ‼」

「やるのはいいが・・・・俺達に協力を要請するってことは手におえない相手がいるのか?」

 

 ナオトの問いにココはどきりとして視線をそらし口笛を吹く。どうやら一筋縄ではいかない相手がいるようだ。

 

「いるんだろ?あいつのいた香港藍幇城があっという間に乗っ取られるわけがねえんだ」

 

「・・・・・上海藍幇からおっかない奴が来たネ。まさか董卓が左慈を連れてくるなんて思いもしなかったヨ」

 

 左慈という名を聞いてカツェは「マジかよ…」と口をこぼした。左慈は何者なのか、カズキ達は首を傾げた。

 

「サジって誰?匙加減の人?」

「ちげえよ、左慈は藍幇一の仙術士だ。あいつが董卓の味方をするなんてな・・・・結構おっかねえぞ」

「左慈だけじゃないネ。梁山泊とかほかにも刺客を沢山引き連れてきたヨ!」

 

 ココの焦り様からして今の香港藍幇がかなり危うい状況になっていることをカツェは理解したがカズキ達はほんわかしていた。

 

 





 スカイブロックに西部劇にフォールアウト・・・・しばらくできなかった間にめちゃくちゃ進んでておっかなびっくり
 急いで追いつかないと・・・・!


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134話


 おでん戦争には食べていたちくわぶがのどに詰まりそうになった(白目
 
 即興でこんなにもカオスな歌ができるとは…


「で、その餃子タンパクて何?」

 

 路地裏から場所を移動し、当初の目的地であったカツェの隠れ家である香港島の真ん中にある欧風なマンションの一室にてタクトがソファでくつろぎながら尋ねた。

 ココとユアンを連れて詳しい話を聞こうという矢先のタクトの発言にココとユアンは「お前マジかよ」みたいな顔をしすぐさまカツェに視線を向けた。そんなカツェはため息をついて頭を抱える。

 

「あたしを見てもしゃあねえだろ……こいつらの場合知らないものは本当に知らねえから」

「いやいやいや、普通にありえないでしょ!?なんで!?なんで梁山泊をしらないのよ!?」

「お前ら本当に馬鹿アルか!?」

 

 ココとユアンに何となく馬鹿にされているということは何となく察したケイスケはムスッとして反論を始めた。

 

「お前それぐらい知ってるっての。あれだろ?ナッパの背中に張り付いて自爆する奴だろ?」

「だから餃子じゃないってば!?」

「サヨナラ天さん」

「チャオズっ!」

 

「人の話を聞くネ!梁山泊っていうのはry」

 

「そんなことより餃子作ったけど食べる?」

「「「うおおおおっ!」」」

 

 ココの話を遮りキッチンでいつの間にか餃子を作っていたナオトとリサに3人は喜びの声をあげて大盛り上がりになった。完全に人の話を聞いていない彼らにユアンとココは項垂れてしまった。カツェは苦笑いしながらそんな二人を宥めさせる。

 

「こういう奴らだから。兎に角遠山キンジと比較しない方がいい。あたしが説明しといてやるからさ?」

「なんかもう不安でたまらないのだけど…」

 

 なんやかんやで餃子パーティーになりながらもカツェは餃子を焼きながら食べまくるカズキ達に説明を始めた。

 

「梁山泊ってのは名だたる豪傑が集う先頭集団のことだ。ほら、『水滸伝』ってのは知ってるだろ?」

「ああ、それなら本で読んだことがあるな。てかそれならそうだと言えよ」

「知ってる知ってる!甘寧一番乗りとかいうやつでしょ!」

 

 なぜ文句を言わられねばならないのか、ユアンは頭を抱える。そしてどや顔で間違えているタクトはスルーしてカツェは話を続ける。

 

「藍幇と同じく歴史の長い組織でかつては藍幇と対立していたが香港藍幇の当主になった諸葛静幻が同盟の話を持ち掛け『そちらの縄張り、人材を奪わない』ことを約束し講和をしたんだ。それからは梁山泊は中立を宣言し戦に出なくなった」

「もし去年の戦役に出てたらキンチ達勝ち目なかったヨ」

 

 去年の戦役とか聞いて実感がないのかキョトンとして餃子を食べてながら聞いているカズキ達の様子に少し心配になりながらもカツェは話を進めていく。

 

「その梁山泊の奴らが董卓に従うなんてな…それでココ、あたしらに何をしてもらいたいんだ?」

 

 なぜ中立と沈黙を続けていた梁山泊が、藍幇一の仙術士といわれた左慈が董卓に従ったのか疑問がつのるが本題に入ることにした。ココはニヤニヤして話し出す。

 

「董卓のアホ、よく酒飲んで飯食って女遊びして毎日宴会騒ぎネ。だからこの二日後にも九龍の豪邸で宴会やるヨ。あいつその時は護衛とかつけないし隙だらけアル!」

「なるほどな…それに乗じて董卓を襲うってわけか」

 

「たっくん!俺の狙ってたでかい餃子を取るんじゃねえよ!」

「サヨナラ天さん!」

「とらないカズキが悪い」

「てゆうかお前はもっと野菜を食え」

 

 カツェはお前らしいなと納得してうなずいていたがカズキ達はココの話よりも餃子に集中し餃子の奪い合いでわちゃわちゃしていた。

 

「狙姐、炮娘、機嬢、そして私の4人でプランはもう考えているヨ。変装したお前たちが宴会を盛り上げる、董卓を酒で酔わす、ベロンベロンになった董卓はめちゃくちゃ弱いネ。梁山泊や左慈がいないから私たちで襲って董卓を倒すネ。これで香港藍幇はココ達のものアル!」

 

 自信満々に、「ね?簡単でしょ?」と胸を張って高笑いするココにカツェはどうしたものかと悩みながらチラリと未だに餃子パーティーしているカズキ達の方へと視線を向ける。

 どう考えたって難易度の高い作戦のことか。これまで彼らとともに行動して隠密に、穏便に、そして騒がれることなく事を済ましたことがあっただろうか。答えは否、問題しかない。

 

「作戦からして隠密行動みてえだが、カズキ達には無理だ。どう考えたってやらかす未来しか見ねえぞ?」

「問題無用アル。この馬鹿達には派手なことをするなときつく言ってやるネ」

「だからそれが無理だって言ってるだろ!?なあお前ら、ココの話を聞いてどう思った?」

 

「ん?んー……餃子は美味しいぜ!」

「お前も遠慮してねえで食えよ。リサの作った餃子はマジで美味いからさ」

「ごはんおかわり」

「ねぇー餃子好き?ねぇーカツェちゃん、餃子好き?」

 

「ほら!もう不安しかねえから‼」

 

 餃子に集中しすぎてココの話を全く聞いていなかった4人にカツェとユアンは頭を抱えた。この4人で大丈夫なのか不安が募る中ココは構わず不敵に笑う。

 

「こういった奴らなら相手も油断するネ!この腑抜けさなら利用できるアル」

「へへへー、なんか遠回しに褒められちゃったな!」

「遠回しにしてもしなくても馬鹿にされてんだよ」

 

 褒められたと照れるカズキにカツェはため息をついてツッコミを入れる。カツェが心配している最中にもココは二日後に董卓が宴会を開く場所の図面や写真を見せ、いつどこで何時に実行するのか、その内容と作戦を話しているがケイスケは何も考えていないように頷く仕草だけをし、カズキとタクトはポカンとし、ナオトはうつらうつらと眠たそうにしていた。

 

「―――と、いうわけでこれがココ達の作戦ネ。問題はないアルか?」

 

「「「おK‼」」」

「Zzz」

 

「本当に大丈夫なのこれ!?」

 

 3人はようやく長い話に開放されたかのような嬉しそうな笑顔で頷き、一人は完全にうたた寝をしていた。ユアンはこの4人は完全に人の話を理解していないだろうという気がしてきた。おそらく理解していないであろうと察したカツェはあせあせとフォローに入る。

 

「ココ、あとはあたしが4人に詳しく話しておく」

「任せるヨ。私は妹と姉ちゃんたちと準備をしておくから帰るネ。フッフッフ!董卓のアホめ、首を洗っておくネ!」

 

 ココは勝ちを確信したのか、香港藍幇を我が物にできると考えたのか、上機嫌に高笑いしながら帰っていった。カツェはやれやれと肩をすくめてため息をつくとチラリとユアンに目を向ける。

 

「あんたは帰らねえのか?」

「ココにあんたたちを監視しろと言われているの。変なことをしないか見張るのだけど……愚問よねこれ」

 

 ユアンは呆れ顔で餃子を食べ終わったから今度は何食べようか、やっぱ香港に来たのだからネズミーランドリゾートに行きたいとかわずか数秒でココの作戦を忘れている4人を見つめた。

 

「まあしゃあねえよなぁ…さてと、おいお前ら!点心食うのもネズミーランドリゾート行くことよりも先にやること済ますぞ!」

 

「おっしゃぁ!・・・・・・で、何をすればいいんだっけ?」

「知らね」

「ほら、虎牢関で董卓倒してクリアだ」

「作品によるよなー、無双2の虎牢関は嫌だ!」

 

 やはりココの話の内容は全く聞いていなかった。カツェはずり落ちそうになったが何とか持ちこたえ、咳払いをして話を続ける。

 

「まあお前らのことだから9割も理解してねえと思う。でもそれでいい、あまりあいつの話に乗らねえほうがいい」

 

 ほっと安堵しているカツェにカズキ達は不思議そうに首を傾げた。

 

「ココはもともと上海藍幇から来た連中だ。自分たちで香港藍幇を乗っ取ろうと資金稼ぎにアリアやレキやキンジ達を攫おうとわざわざ京都まで向かい、その後の戦役でも奴らは諸葛に降格されても尚諸葛やキンジ達に牙をむいた。ココは常に野心家だ、お前たちを利用すればお前たちを切り捨てることもし兼ねない」

 

「なるほどー、あいつ手のひらクルクル返すってことか」

「手のひらを反す奴なんて最低な野郎だな!俺はぜってえ許さねえ!」

「たっくん、人のこと言えないよな?」

 

 もしもの時があったらココはカズキ達を切り捨てて裏切る可能性もある。とりあえずはなんとか理解してくれたであろうとカツェは苦笑いする。

 

「さて、問題はどうやって変装して董卓の宴会に侵入するってことだな。あたしやリサは問題はねえんだが……」

 

 自分とリサは変装しても問題はない。だがあとのいかにも変装が下手そうな4人をどうやって怪しまれないように変装させるか、ここが問題である。

 

「董卓は大の美女好きで宴会に出る9割は女性。その時は男の護衛もつけないわ」

「じゃあ女装か?あー………うん、こいつらじゃ絶対に女装は無理だ」

 

 その手で行こうかと頭によぎったがどう考えても不可能だとカツェは即決する。どうしたものかとカツェは考え込んでいたがふとタクトが何かを閃いたのか自信満々に手を挙げた。

 

「はいはいはい!俺にいい考えがあるぜ!」

「マジかたっくん!たっくんだから没案しかねえぜ!」

「なんだとーっ!」

 

 茶化すカズキにタクトはプンスカと怒りながら取っ組み合った。すぐに話題が逸れてせっかく思いついた考えが忘れてしまわないようにカツェが焦りながら止める。

 

「何かいい方法があるのか?」

「モチの論ですぜ!俺たちにしかできないとっておきの変装がある!」

 

 それはいったい何なのか、カツェは知りたかったのだが当の本人はものすごくもったいぶって作戦当日までのお楽しみだとむかつくウィンクをした。

 

____

 

「……」

「……」

「カツェ様、ユアン様、だ、大丈夫ですよ!」

 

 リサはあせあせとカツェとユアンを励まそうとするが、二人はなるべく彼らを見ないように心掛けた。

 

 タクトの自信ありげな考えを聞かずに二日が経過、董卓の宴会が開かれる当日へと至った。日は沈み夜間となっているが煌々と照らす街の照明で夜も明るい。

 香港の観光では絶対に欠かせない香港の名物100万ドルの夜景が一望できるスポットのひとつ、九龍がプロムナード。そのプロムナードから少々離れてはいるが煌々と輝く100万ドルの夜景が見える朱や金やらと派手な色合いで装飾された3階建ての城のような建物の前にカツェ達はいた。

 

 カツェは髪を結って紅色のチャイナドレスを、リサは薄い桃色の仙女のような漢服を着ていた。もう間もなくココの作戦開始の時間となるのだがカツェはとにかく隣にいるカズキ達を見ようとしなかった。

 

「あの、カツェ様…」

「ああうん、リサ、わかってる。わかってるんだが…一応聞くぞ?お前らそれはなんだ?」

 

 意を決してカツェは隣へと視線を向ける。彼女の視線の先には青、赤、緑、黄色とそれぞれのカラーで彩られたウサギの着ぐるみを着たカズキ達がいた。黄色いウサギの着ぐるみを着ているタクトはかっこいいポーズをとる。

 

「これが俺たちの変装だぜ‼」

 

「お前らアホか!?あと変な踊りをすんな!?」

 

 タクトと同じようにかっこいいポーズをとってテンションアゲアゲで踊りだした4人にカツェはツッコミを入れた。

 

「予想はしていた。予想はしていたんだ!でもなんでそろいも揃ってウサギの着ぐるみなんだよ!?」

 

「そりゃあお前かわいいだろ?」

「ウサギ好きに悪い奴はいないってナオトが言ってたぜ!」

「俺そんなこと言ってないんだけど」

「いわゆる俺たちの正体はうさぎちゃんでした~って奴さ‼」

 

 これは変装ではなく仮装だ。この4人ならまともな変装ぐらいはしてくれるだろう、と数日前まで期待していた自分を叱ってやりたい。カツェは恥ずかしさのあまり顔に手を当てた。

 

「これから敵地に乗り込むっていうのに……」

 

「まあどうにかなるって!カツェのチャイナドレスかわいいし」

 

「えっ、あっ、か、かわいい…!?」

 

 ガハハと笑いながらかわいいと言ってきたカズキの言葉にカツェはさらに恥ずかしさで顔を赤くしていく。彼女は焦りながらカズキに蹴りを入れた。

 

「バっ、馬鹿‼変なところでおちょくんじゃねえよ‼ああもう!この責任を全部ココに押し付けていくぞ!」

 

 カツェはヤッケになってずかずかと我先にへと董卓の宴会場へと向かっていった。カズキは何で蹴られたのか不思議に首を傾げながらも彼女のあとへと続いていく。

 

「……」

 

 ユアンは美女二人の後ろからガードマンかのごとくわらわらとついていくへんてこなウサギの着ぐるみを着た連中が場内へと入っていく姿があまりにもシュールすぎてどうコメントしたらいいのか言えなかった。





 変なウサギといえば変な動き(?)をして障害物を超えてゴールするアプリ、さりげなく断末魔もあって爆笑してましたが、打ち切りになったのが残念ですね……

 


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135話



 な、なんとか今月中に投稿ができた……(冷や汗
 安西先生…有休が、ほしいです…
 


「うへー‼めっちゃひろーい‼」

 

 豪邸の中に入って早々、カズキは内部の広さと絢爛さに目を輝かせていた。大理石の床に金の刺繍がされた赤い絨毯が敷かれ、円柱や壁には金や朱色の竜や鳳凰の彫刻が装飾され彼らにとって今までに見たことがない豪華絢爛な造りであった。

 

「なあケイスケ、ここに住みたくなってきたんだけど‼」

「こんだけ豪勢だと家賃がバカにならんだろ。お前の金じゃ無理だからやめとけ」

「目がちかちかする…」

「トイレとかどこあんの?」

 

「お前ら勝手に行こうとすんな!もう作戦を忘れてんのか!?」

 

 4人が勝手にうろつき始めたのでカツェが慌てて止めた。ウサギの着ぐるみを着たままうろつかれてはいろいろとまずい。そんな慌てているカツェにカズキは陽気に笑っていた。

 

「心配すんなって、忘れてねえよ。ほら、パーティーしにいくんだよな‼」

「イエーーーイ‼パーティーっ‼」

 

「ほら!もう言わんこっちゃねえ‼」

 

 ウサギの着ぐるみを着たままテンションをあげて変な踊りをしだすカズキとタクトにげんこつを入れる。ココ達が董卓を討つ為、自分たちは酒宴に潜入しなんとかして董卓の気を引かせて隙を作らなければならない。潜入は容易いが問題はカズキ達とともにどうやって気を引かせるか。いろんな意味ですでにやらかしているカズキ達ではどうやっても別の意味で気を引かせてしまう。如何にして怪しまれずにすべきか、これが最大の課題だ。

 カズキ達が勝手にどこかへ行かないようにリサに止めてもらっている間にカツェは考えた。カズキとタクトが変な踊りをしているのが気になりつつも考えたのだが方法が一つしか思いつかないことにため息を漏らした。

 

「取りあえずあたしが気を引かせる。カズキ達は変に動くなよ?」

 

「おっけーい‼踊ればいいってわけだな?スカンジナビア半島音頭の出番だな‼」

「ブレイクダンスしながら歌って体幹とかすればいいんだな‼」

「森のくまさんを歌いながらイカ墨パスタをくえばいい?」

「毒霧吐けばいいか?」

 

「お願いだからおとなしくしてくれ」

 

 願わくば本当におとなしくしてほしいのだが彼らの事だからやらかすであろう。目を離さないように気を付けねば、と自分に言い聞かせながら廊下を進んでいく。進めば進むほど音楽やら人の笑い声やら騒がしい声が聞こえてきた。朱色に金の装飾がされた大きな扉が見えてくるとその扉の前にココが待っていた。

 

「ようやく来たヨ。カツェ、来るのが遅すぎネ…って、お前の後ろにいる変なウサギ共は何!?」

「なんだポポか」

「ペペじゃなかった?」

「もう面倒くせえからアリア2号にしようぜ?」

「アリア2号に乗って~♪」

 

「ココだと言ってるネ!というかよりによってお前たちの変装はそれかヨ!?」

 

 ココはウサギの着ぐるみを着ているのがカズキ達だと知ると本当に大丈夫なのかと言わんばかりの視線をカツェに向けた。カツェはなるべくその視線に合わせないように顔を逸らした。

 

「…なるべくあたしがフォローする。そっちは大丈夫なのか?」

「完璧アル。姉ちゃん達が董卓を酔わしてる最中ヨ」

 

 ココは扉に手をかけ開けようとしたがその前にジト目でウサギの着ぐるみを着ているカズキ達を睨んだ。

 

「先に行っておくけど董卓は酒癖が悪いネ。少しでも機嫌を損ねたら斬りかかってくるから変なことをしないように気を付けるアル」

 

「任せておきな!俺達にはノウハウがある‼」

「しかも脳波をコントロールできる!」

 

 自信満々に答えるカズキだが、これまで彼らにそんなノウハウがあっただろうかとカツェは気にしつつも扉を開けて中に入っていくココに続いて扉の先へと入っていった。

 中はより煌びやかで酒の香りと豪勢な料理の香りが漂っており、艶やかなチャイナドレスやら民族衣装のような衣装を着た美女達が多くいた。酒を飲み、二胡や笛で音色を奏で舞を踊っている、がカズキ達は美女達よりも料理の方に視線を向けてまったく気にしていなかった。

 ココに先導されて進んでいくと金の刺繍で龍を描いた朱色の大きな旗をバックに豪華そうな金色の大きな椅子に座った熊のような体格をしたトラ髭の男がいた。トラ髭の男の両サイドにはチャイナドレスを着た二人のココがどんどんと酒を飲ませて、トラ髭の男は上機嫌に酒を飲んでいた。ポカーンとして見つめているカズキ達にカツェが小さな声で話す。

 

「気を付けろ、あいつが董卓だ」

 

 トラ髭の男こと董卓は美女達の舞を眺めながら骨付き肉を貪り、ココが注いだ酒を飲む。すでに大量の酒を飲んだのだろうか酒臭ささが鼻にツンときた。そんな臭いにうんざりしながらカツェは小声で愚痴をこぼす。

 

「けっ…本当に肉酒池林だなこりゃぁ…」

 

「あいつすっげー髭してんなー」

「ケイスケ、あいつサリーちゃんのパパって呼ぼうぜ?」

「サリーちゃんのパパ、酒癖悪いなぁ」

「あ、サリーちゃんのパパこっちみたぞ」

 

 こそこそと人を勝手にサリーちゃんのパパと名付けられた董卓が酒を飲みながらジロリと飢えた虎のような視線でカツェ達を見つめた。

 

「…なんじゃこいつらは?」

 

「今回の酒宴に呼んだ雑技団アルよ!」

「大盛り上がり間違いなしネ!」

 

 怪しまれないように董卓の側にいた二人のココがごまかした。董卓は怪しむ様子もなくグイっと酒を人のみすると破顔して大声で笑いだした。

 

「がははは‼よく来てくれた‼ずいぶんと小柄だが美しいのぅ」

 

 髭を摩りながらカツェをまじまじと見つめる董卓を完全に酔っ払いのおっさんかよとカツェは心の中で毒を吐いて苦笑いをして返す。次に董卓はカツェの隣にいたリサをまじまじと見つめだすと低く笑いだした。

 

「ぐふふふ…なかなかの上物ではないか。ほれ、儂の下にこい」

 

 居酒屋でウエイトレスの女の子に嫌らしいちょっかいを出す酔っ払いのおっさんのごとく董卓はリサに手招きをした。どう答えればいいかリサは一瞬戸惑うが少しでも変な返しをして機嫌を損ねたらまずい。董卓の側にいる二人のココも「早く来い」と言わんばかりに顎を使いながら睨んでいた。リサは頷いて怪しまれないように董卓の下へと向かおうとしたが赤いウサギの着ぐるみを着たケイスケがスタスタと歩いて董卓に近づいた。

 

「そうそう。いやーなんという肌触り……って、お前じゃない‼というかなんだこのウサギの着ぐるみを着た奴は!?」

 

 酔っているのか董卓がノリツッコミを入れてケイスケを追い払おうとするとカズキとタクトとナオトまでもが董卓の下へとスタスタと歩いて近づいてきた。

 

「だから貴様らではない‼ええい、そのモフモフした手で叩いてくるな!ココ‼なんじゃこいつらは!?」

 

「も、もしかしたら女の子にお触りは禁止と訴えているのかもしれないネ」

 

 下手に機嫌を損ねないようにココが慌ててフォローに入った。本当に大丈夫なのだろうかとココ達はハラハラしていた。ココがカズキ達を蹴飛ばしながら離し終えると董卓はやや機嫌悪そうに酒を飲んだ。

 

「フン、まあよい。ほれ、せっかくの酒宴がしらけてしまう。さっさと盛り上げろ‼」

 

 さらに機嫌を損ねさせてはいけないと判断したカツェは軽くため息をつくと持っていた扇子を広げると扇子の先から小さいながらも水が噴水のように噴出した。それを皮切りに各テーブルに置かれている陶磁器の酒瓶や花瓶、小さな徳利から噴水のように水が噴き出ていく。噴水は音楽に合わせて噴出し、カツェは舞を舞っていく。

 

「ほぉ…水芸か」

 

 彼女の水芸と舞を見て機嫌を悪くしていた董卓は上機嫌になり、どんどんと酒を飲み干してまじまじと眺めていた。取りあえず盛り上げることはできたとココはほっと一安心した。肝心のカズキ達がどうしているかと視線を移すとカズキとケイスケは呑気にくつろいでおりタクトとケイスケの姿がなかった。

 

「ちょ、お前たちも何かするネ!」

 

「えー?カツェにおとなしくしてくれって言われたんだけど?」

「そういう問題じゃないアル!?」

 

 変な動きはするなとは言っていたがここまで呑気に寛いでいると逆に怪しまれてしまう。今はカツェが気を引かせているからどうにかなっているがそれも時間の問題だ。どうにかしようと考えていたその時、黄色いウサギの着ぐるみを着ているタクトが千鳥足で近づいてきた。

 

「お前どこに行っていたアルか!あれほど変な動きをするなとry」

「おごぉ?」

「……は?」

 

 ココは突然の鳴き声のつもりなのか返答のつもりなのかよく分からないタクトの言葉に目が点になった。タクトは上機嫌なのかその場で何度もピョンピョンとハイテンションでジャンプをする。

 

「おごぉ?おごぉ‼」

「いや、ちょ、お前何を言って…」

「おごぉ‼」

 

 理解しているのか理解をしていないのかタクトは何度も「おごぉ」と言ってハイテンションで動き回る。するとあたふたと赤いウサギの着ぐるみを着ているケイスケが戻ってきた。

 

「すまん、たっくんが間違えて酒飲んじまった」

「はあぁ!?」

 

 ケイスケ曰く、タクトが「のどが渇いた」といって何か飲むものはないかと彷徨ってテーブルにフルーティーな香りの飲み物があるのを見つけると一気飲みをした。だが酒宴ゆえに置かれているの飲み物はすべて酒であり、タクトが飲んだのも酒だった。おかげさまでタクトはほろ酔い気分でハイテンションになってしまったという。

 

「お前あれどうするつもりアルか!?」

「まあ大丈夫だろ。熱しやすく冷めやすいから」

「鉄じゃないヨ‼はやくあいつを止め…って、あいつどこ行ったネ!?」

 

 目を離している間にタクトはほろ酔い気分のまま勝手にどこかに行ってしまっていた。どこに行ったのかココは辺りを見回すと、タクトはケーキ片手に董卓に近づいていた。董卓と彼のそばにいる二人のココはカツェの水芸と舞に見とれてタクトが間近に近づいてきていることに気づいていなかった。漸く董卓はタクトの姿が視界に入った頃に気づく。

 

「む?また貴様か!儂の楽しみの邪魔をするな‼」

 

「おごぉ‼」

 

「いやお前何を言ってry」

 

「シャキーーーン‼」

 

 董卓が答える前にタクトは片手に持っていたケーキをパイ投げの如く思い切り董卓の顔にぶつけた。その瞬間、周りの時間が止まったかのように一気に静寂になる。ココ達も酒宴に出ている美女達もこの惨状に青ざめ、カツェはやっぱりやっちまったと大きなため息をついて頭を抱えた。静まり返った酒宴はカズキとタクトの大爆笑だけが響く。

 

「がははは‼たっくん、ハイテンションじゃん!」

「おごぉぉ‼パーティーなら盛り上げていこうぜぇぇ‼」

「たっくん、ケーキじゃなくてパイにしとけよ。勿体ないだろ」

「……たっくん酔ってる?」

 

「お前ら何をやらかしてるアルか!?」

 

 ココは焦りながら怒鳴るが時すでに遅し。董卓の顔についたクリームを拭うと彼は怒気に満ちた表情をしていた。完全に怒っていることにタクトは気づくことなくピョンピョンと跳ねる。

 

「おごぉ‼」

 

「貴様…儂の酒宴を台無しにしてくれたな…‼」

 

 タクトはハテナと不思議そうに首を傾げるが董卓はそれに構わず卓上に置かれていた分厚い刃を持った大刀を持ち鞘から引き抜く。

 

「酒宴を台無しにした貴様は即刻打ち首にしてくれる‼」

「まあまあ、そう怒らずにさ?ほらジャンジャン飲もうぜ!」

 

 悪気もなくテンションをあげて酒を勧めてくるタクトに董卓の堪忍袋の緒が切れたのか大刀を振り下ろそうロした。その寸前、董卓のそばにいたココが持っていた朱色の瓢箪を董卓の口に押し付けた。中に酒が入っていたようで董卓は瓢箪の酒をぐびぐびと飲み干すとベロンベロンに酔いだし椅子に深く腰掛けて大いびきで眠りだした。

 

「お?寝ちまった?」

 

「ふぅ…念のため持っていた睡眠剤入りの酒を飲ましたアル」

 

「なんだ、持ってんなら最初から飲ませとけよ」

「てゆーかそれあるなら俺達いらなかったんじゃね?」

「宝の持ち腐れ」

 

「だから念のためって言ってるネ!?まさか董卓を怒らすとは思いもしなかったヨ!」

 

 ブーブーと文句を垂らすカズキ達にココはプンスカと叱る。しかしながら多少のトラブルがあった中でなんとか董卓を酔わすことができた。うまくいったとしめしめとニンマリしたココ4姉妹は大刀や隠し持っていた刃物や刀を持つ。

 

「酔っている隙に董卓を始末する…そうそれば香港藍幇はココ達のものアル!」

 

「で、その後はどうすんだっての。周りは大勢の女たちが見てるんだぞ?」

 

 カツェは呆れながらココ達をジト目で訪ねていたが彼女達は聞く耳を持たずジリジリと董卓に近づいていく。完全に酔い潰れて眠っていることを確認すると四方からココ達は董卓めがけて飛びかかった。

 

「董卓‼覚悟アル!」

 

 ココ達は声をあげて眠っている董卓に刃を振り下ろした。その刹那、眠っていたはずの董卓が目を開けて鈍重そうな体とは思えない程の動きで軽々と避けていった。

 

「なっ!?」

 

 ココら4姉妹が驚愕している最中、董卓は彼女たちを見てニンマリと笑い出した。

 

「いやー相変わらずだな。ココ、お前らの魂胆なんてバレバレだぜ?」

 

 董卓は見た目とはかけ離れたさわやかな声を発すると聞き覚えでもあるのかココ達はゲッと嫌そうな顔をしだす。

 

「その声はまさか…っ」

 

 董卓は再びニンマリして笑うと布をはがすかのように衣装とフェイスを取ると、後ろに長くまとめた黒髪で体に牡丹か椿か赤い花の入れ墨をいれた色白の小柄な男性の姿が現れた。

 

「梁山泊が『浪子』、燕青。久しぶりだな、野心家のちび4姉妹!」

 

「げえっ!?燕青!?なんでお前がここにいるネ!?」

 

 燕青と聞いてココ達とカツェは驚愕していたがカズキ達はこの人誰?と言わんばかりに不思議そうに首をかしげていた。

 

「董卓のおっさんから酒宴と聞いて、ってのは嘘で………先生!思った通りココの奴が董卓の首を狙ってきましたね!」

 

 燕青が上機嫌に大声を出すと周りにいた美女達の姿が突然紙切れに変わると一斉に飛び交いだした。飛び交う紙切れが一か所に集合すると白い導師の服装をした白髪白鬚の老人の姿が現れた。

 

「ふむ…思ったよりも早く化けの皮が剥がれた。ココよ、言い逃れはできないぞ?」

 

 今度は変な爺さんが手品の如くあられたとカズキ達は呑気に見ていたがココは顔面蒼白して狼狽しており、カツェはかなり焦っていた。

 

「ねえカツェ?あのテンコーみたいに現れた手品おじさんは誰?」

 

「あいつが藍幇一の導術士、左慈だ!燕青に左慈…これはマジでやばいぞ…‼」

 

 梁山泊の燕青に危険視していた左慈が現れたことに非常にまずい事態に陥ってしまったことにカツェは焦っていたがカズキ達はふーんとあまり興味なさそうに見ていた。

 どうやって彼らからふりきって逃げ切るか、カツェは考える。だが彼女の考えを察したのか燕青はにっこりと笑った。

 

「残念だな。ダメ押しでもう一人スタンバってもらってんだぜ?おぉーい!いつまで寝てんだ!出番だぞ!」

 

 燕青は天井に向かって大声で呼ぶとそれに答えるかのように天井から体格のでかく虎のように鋭い目つきをした大男が降りてきた。大男は大あくびをして背伸びをする。

 

「くぁ~、やっとか。いつ呼ばれるか退屈してたぜ。燕青、これから喧嘩か?」

「まあそんなとこか?その前に名乗ってやれって」

「おう、俺は梁山泊が『黒旋風』の鉄牛‼派手に暴れさせてもらうぜ!」

 

 まさか梁山泊がもう一人いたとは予想だにしなかった。ごり押しで逃げ切れるかどうかが難しくなった、この状況にカツェは冷や汗を流し焦りだす。が、カズキ達は呑気してた。

 

「結構有名な人?サイン貰わなくちゃ‼」

「おごぉ‼」





 おごぉ‼

 燕青さんはFGO、新宿のアサシンさんから、鉄牛さんはジャイアントロボから

 九紋竜の兄貴か林冲さんを出そうかと迷いました


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136話

 最近はレッドブルとモンスターがお友達(オイ

 某つべの某4人組のワカサギ釣り、とてもほっこりします。
 そして英語禁止の中で力強い「カレーライス」に強者だと実感してしまいました


 状況はかなり良くない。燕青に加えて鉄牛と梁山泊からの刺客が二人もいる。そして更には導術士の左慈までもいる。カツェは背筋に嫌な汗が流れたことに苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちする。これは明らかに罠。恐らく左慈達はココが董卓の寝首を掻くことをすでに察しており仕込んだのだろう。

 こんな状況に陥っても尚、結構呑気してるカズキ達が何だか羨ましいような羨ましくないような。どうにかしてここから逃げなくては。カツェはこの緊縛した中でどうやって逃げるか志向を張り巡らせた。

 

「さて…ココよ、言い訳は一回だけ聞いてやろう。どういうつもりだったのかね?」

 

 左慈が白く長いひげをさすりながらジロリとココら4姉妹を睨んだ。ココ達は蛇に睨まれた蛙のようにビクリと反応しお互いの顔を見つめあう。そして何やらこそこそと話しをしだすとココ達は冷や汗を流しながらひきつった笑みを見せた。

 

「さ、左慈先生、早とちりヨ!ココ達は後々董卓にとって危険になるであろう連中を仲間のフリをしておびき寄せてやったアルヨ!」

「そ、そうそう!機嬢の言う通りネ!こいつらを討ち取れば遠山キンジを楽に倒せるアル!」

「寧ろ疑われることなく連れてきたのだから誉めてほしいヨ!」

「な、なんならココ達がこの場でこのアホ四人組を討ち取るアルヨ!」

 

「なっ…!?」

 

 突然のココ達の裏切り発言にカツェはギョッとする。いつかは手のひらを返して牙をむくであろうと警戒はしていたがこの場でココ達が敵に回れば完全に自分たちは袋のネズミだ。ココの言葉を聞いた燕青と鉄牛は胡散臭そうな表情でココ達を見つめる。

 

「うーん…ああは言ってるがよぉ。燕青、どうすんだ?」

「チビスケ達の言うことは胡散臭いしなぁー…先生!どうしますー?」

 

 判断は左慈に委ねられた。ココ達はびくびくしながら左慈を見つめ、そんな彼女達を左慈は白い髭をさすりながら低く唸った。

 

「ふむ……この件は水に流してやろう」

 

 左慈の答えにココ達は救われたような笑みを浮かべ、くるりとカズキ達に向けて好戦的な笑みを見せ大刀や剣を構えた。カツェは猛犬のようにココ達を睨む。

 

「てめえら…裏切りは許さねえぞ…!」

 

「フン!カツェ、恨むなら自分の悪運を恨むネ!」

「強いものには従う。燕青にお尻ぺんぺんされるのは嫌アル!」

 

 武器を構えたココ達はじりじりとこちらに迫ってきた。焦りながらもカツェがちらりとカズキ達の方へと視線を向けると、ココ達が裏切ったところでカズキ達は状況をようやく理解できたようでいつの間にかウサギの着ぐるみを脱ぎ捨てていた。カズキがキョトンした顔でカツェに尋ねてきた。

 

「カツェ、ココ達が裏切ったってことはヤバイ状況?」

「やっとか!ああもう左慈に梁山泊にそんで個々の裏切りと滅茶苦茶やべえよ‼」

 

 カズキは「あーほどなる~」と呟くとナオトの方へ視線を向けて無言で頷いた。ナオトは相槌を打つと腰のポーチから黒いスイッチを取り出してボタンを押した。

 スイッチを押したとその直後、後方から大きな爆発音が響いた。しかも1回だけでなく立て続けに3回も爆発音が響きカズキ達の後ろにあった壁に大きな穴が開いた。土埃が舞って見えにくいが空気の流れからしてその壁に空いた大穴は外まで続いているようだ。ココ達は呆気にとられ、あんぐりしているカツェにナオトがどや顔をかます。

 

「こんなこともあろうかと壁に爆弾しかけて退路を作っていた」

「流石ナオト!戦略的撤退ってやつだな!」

 

「ぜんぜん戦略的じゃねえよ!?けどまあでかしたっ!」

 

 やっぱり何か壊すのだろうと予想して半ば呆れたが今はこの場から脱出する好機。カツェはすかさずテーブルに置かれている酒瓶を手に取り酒を一気に飲みこんだ。

 

「んっ―――――ぶはぁっ‼」

 

 カツェは大声とともに口から霧を吐き出した。口に含んだ酒を蒸発させた水蒸気が巨大加湿器が爆発したかのように辺りを白く包み込む。霧を吐き終えるとすぐさまカズキ達に向かって叫んだ。

 

「足止めは数秒しかできねえ!急いでこの場から逃げるぞ‼」

 

「なんだよ毒霧するんじゃねえか」

「なんならケイスケも対抗してやってみる?」

「女の子が毒霧しちゃダメでしょ!メッ‼」

 

「だから呑気にしてる状況じゃねえっていってるだろ!?」

 

 なぜか文句を垂らすカズキ達にカツェはすかさずツッコミを入れて空気の流れとリサの鼻を頼りに白い霧の中へと先頭を切って走り出す。霧は濃く視界を遮る、カズキ達が置いてけぼりにならないか心配だった。

 

「皆様!こちらです‼」

「はぐれるんじゃねえぞ‼捕まったら最期と思え‼」

 

 白い霧で見えにくい中ケイスケは左慈達がいたであろう方角にフラッシュバンを投げ込みすぐ近くにいたカズキ達に急ぐよう促す。

 

「なにはともあれ逃げねえとな!お前ら早くしねえとリサに置いてかれるぞ!」

「「おk‼」」

 

「あれー?みんなどこー!?」

 

 ドタバタしている最中、霧の中で完全に迷子になっているであろうタクトの狼狽える声が聞こえた。このままではタクトが置いてけぼりになってしまう。カズキはうろうろしている人影を見つけ腕を掴んだ。

 

「たっくん!はやく逃げるぞ‼」

 

 カズキはその腕を掴んだままケイスケ達の後を猛ダッシュで追いかけた。霧の中を駆け抜けると外は大勢の人だかりができて騒然としていた。

 

「ひとまず人混みの中へ突っ走る!」

「そんでその次は何処へ行くんだ?」

 

 ケイスケの問いにカツェはしわを寄せる。自分の隠れ家はすでにココ達にバレてしまっている。ここに逃げても見つかってしまう。どこかいい場所はないか、人混みの中を駆けながら急ぎ考えていると後方から人々の騒然とした声が響いた。

 振り向くと白い霧の中から左慈が宙に浮いて出てきていた。逃げているカツェ達を見つけるとやれやれと肩をすくめて白い髭をさすった。

 

「このまま逃げ果せられると思っているのかね?------それは悪手であるぞ?」

 

 左慈は懐から複雑な紋様が描かれている札を何十枚も取り出して投げた。すると札から白い煙が出てきたと同時に白い仮面をつけ白い鎧甲冑を着た兵士達が現れた。左慈がカツェ達の方角を指さすと兵士達は剣や槍を構えて追いかけだした。突然、武器を持った兵士たちが現れ走り出してきたことに野次馬達は悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。左慈が兵士達と共にこちらへと追いかけてきたことにカツェは引きつる。

 

「まずい…‼今はあいつらから逃げる事だけを考えて走れ‼」

 

「グレネードとかゲロ瓶とかは効くか?」

「AK撃ってもいい?」

 

「だからそれどころじゃねえって!?」

 

 やる気満々のケイスケとナオトにカツェは焦りながらツッコミを入れる。ここで止まっていては燕青と鉄牛、ついでにココ達との戦闘になり、今の状況では明らかにこちらが負けてしまう。

 

「今じゃ分が悪すぎる!一度退いて体勢を立て直しなきゃいけなんだ!」

 

「なんだそういうことかよ。それならさっさと言えよな?」

「もーカツェったらお茶目だよな‼」

「そんな暇なかったの?」

 

「何度も撤退だと言ってるよな!?」

「か、カツェ様、落ち着いて走りましょう!」

 

 やっと理解したカズキ達にカツェは胃が痛みかけた気がしたが今はそれどころじゃない。そんな気を振り払って先頭を走った。

 だがふと何かおかしいことに気づく。先ほどまで間違えてお酒を飲んでハイテンションになっていたタクトの声が聞こえてこない。聞こえるのはカズキとケイスケとナオトと隣に走っているリサの声だけだ。確かカズキがタクトを引っ張ってきているはず、カツェはカズキに尋ねた。

 

「なあカズキ、さっきからたっくんの声が聞こえねえんだがちゃんと連れてきているよな?」

 

「だーいじょぶ大丈夫!たっくんならちゃーんと俺が腕を掴んで引っ張ってて…」

 

 カズキはゲラゲラと笑って後ろを振り向いた。そこにいたのはタクトではなくどこか漫画チックにグルグルと目を回しているココの姿があった。

 

「……こいつたっくんじゃねえ!?」

「はああああ!?なにしてんのお前ぇ!?」

「お前になに間違えてんだよ‼つかたっくんどこだよ!?」

 

 カズキが腕を掴んで連れてきたのはタクトではなくココだった。そのことにカズキはギョッとしてケイスケは怒声を飛ばし、ナオトは焦りながら辺りを見回す。タクトとどういうわけかはぐれてしまった。彼を連れ戻すべきだが今は左慈と彼が召喚した兵士達が追いかけてきている。

 

「やむをえないが今は撤退だ!後でたっくんを助けるしかねえ!」

 

 苦渋の決断だとカツェは感じていたがカズキ達は納得したように頷いていた。

 

「あーならしゃあないわな。たっくんだもん」

「たっくんならそのうちひょっこり戻ってくるだろうしな」

「それじゃ逃げよっか」

 

「お前ら軽すぎじゃねえか?」

 

「カツェ様、ご心配なく。タクト様なら大丈夫です!-----たぶんですが‼」

「リサ、お前もか!?」

 

 カズキ達ならまだしもリサまでもこの反応にカツェはギョッとした。だがそれに対してツッコミを入れる暇はない。左慈達から振り切るためにも足を速めいった。

 

___

 

「あんた、やっぱりバカなの!?」

 

 ユアンは今の状況に焦りと怒りを募らせ声をあげる。だがそんな彼女の焦りと怒りに対して「イヤッフゥゥゥッ‼」とハイテンションな声で遮られる。

 

「このまま飛ばして風になーる!所謂風のヒューイでしょ!ユアンちゃんもっとスピード上げて!」

 

 タクトはウキウキ気分で上機嫌なままユアンに促す。ユアンは大きなため息をついて天を仰いだ。

 

「ほんっっっとあのまま見過ごせばよかった!」

 

 ユアンはがっくりとうなだれながらも今乗っている通学用の原付のスピードを上げてタクトを乗せたまま道路を突っ走っていた。

 

「待ってたら建物の壁が爆発して、白い霧が出てきたと思ったらカズキ達が大忙ぎで出てきたのに、続いて出てきたあんたは出てきてすぐに右に曲がっていったのよ!?」

 

 ユアンは真っ直ぐ人混みの中へと駆け込んでいたカズキ達に対して霧の中から出てきて数秒で右へと駆けて行ったタクトを目撃していた。このままだとやばいとふと察したユアンは急ぎタクトを引き留めて原付に乗せてこの場から撤退したのだった。しかしタクトは詫びるどころか状況すら理解していなかった。爆発で酔いがさめても尚ウキウキしていた。

 

「まーまー、そんなに怒るとしわが増えるぜ?」

「誰のせいでこうなったと思ってるのよ!?」

「怒らない怒らない。おかげで追っては…」

 

 タクトは呑気に後ろを振り向いた。後ろから車を追い抜くほどの物凄い速さで駆けてこちらへと追いかけている燕青と鉄牛の姿が見えた。

 

「お、追いかけてきてるうぅぅぅっ!?」

「きゃっ!?ちょ、ちょっと揺らさないでって!?」

 

 タクトが驚き慌てて動いたことに原付は左右に揺れる。ユアンとタクトはなんとかバランスを戻して何とかなったことにほっと一息ついてちらりと横へ視線を向けると燕青と鉄牛が並走していた。

 

「よっ!悪いが捕まってくれねーかな?」

「どうすうる燕青、この嬢ちゃんもか?」

 

「うそっ…」

 

 道路で並走している二人にユアンは絶句する。真っ青になりかけたその時、タクトがポーチからMK2手榴弾のピンを抜いて燕青達に向けて投げ込んだ。

 

「レッドマウンテンブラストォォォっ‼」

 

「ちょ、あぶねっ!?」

 

 いきなり投げ込んできたことに燕青はギョッとして足を一度止めて後ろへと跳んで離れた。

 

「ユアンちゃん‼もっとスピード上げて‼」

「わ、わかってるわよ‼」

 

 手榴弾の爆発と同時にユアンはアクセルを強く握り猛スピードで燕青と鉄牛から逃れようと原付を飛ばす。何とか爆発から逃れた燕青は口笛を吹いてニンマリとし鉄牛は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「ヘンテコな野郎かと思ったが面白そうじゃん!」

「俄然やる気が出てきた。追いかけるぜ!」





 原作の最新刊でマキリさんが武偵校の生服を着てたことには目が点になりました。
 なんかエロいと思いましたが無理をするなと思いました…おや?誰か来たようだ


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137話

 今年のGWは10連休のようですね。いいですね10連休。どこへ出かけようかとわくわくしますよね。ええ、私にとって10連休なんてないので気にしておりません(血涙

 


「うおおおい‼いつまで走ればいいんだよぉっ!?」

 

 どれくらいの時間をかけ、どれくらいの距離を走っているだろうか。左慈と召喚された兵隊に追われる中を長い事走り続けている最中にカズキが息を荒げながら弱弱しく何度も叫んだ。そんなカズキの弱音の叫びにケイスケが苛立ちながら怒声を飛ばした。

 

「叫んでる暇があったら只管走れ‼」

「うわあああん!ナオトーお助けー!」

 

 ケイスケの喝にさらに弱音を叫ぶカズキはナオトに助けを求めた。だがカズキが期待していたナオトの鶴の一声は無かった。

 

「叫ぶ元気があるならまだ大丈夫」

「おまっ!?この鬼畜ぅ!このアンポンタン!この明太子!」

 

 ナオトの慈悲の声がなかったことにカズキがプンスカと怒りだす。へばっているのかまだ元気があるのかそんなカズキの腕を先ほどまで目を回して混乱していたココ(猛妹)が正気に戻ってぐいぐいと引っ張る。

 

「このっいつまで引っ張るネ!お前達のせいで私までもが裏切者扱いされてしまうヨ!」

 

「まあそう怒るなってアリア二号ちゃん、ふりかけ食べても胡椒の縁っていうじゃん?」

「それを言うなら振袖合うも他生の縁じゃね?」

「流石ナオト!お前今日から諺マスター5段って呼ぶぜ!」

「てかお前疲れてるんじゃねえのか?」

「ああっそうだった!か、カツェぇぇこっからどうすんのぉぉぉ!?」

 

「人の話を聞けヨ!?」

 

 人の名を間違え人の話を完全にスルーされたことにココはツッコミを入れるがそれも完全にスルーされてしまった。再び弱音をあげているカズキにカツェが並走して彼の背中を叩き喝を入れる。

 

「今考えてる!何とかするからとにかく走れ!」

 

「は、はやく私にいい考えがあるとか思い浮かんで!お願いぃぃ!」

 

 カズキが必死の形相で頼み込んできた。九龍のプロムナードにある董卓の豪邸から離れ尖沙咀の商店街の中へ、行きかう人々の間を縫うように只管走り続けた。

 

「くそっ‼人混みの中に紛れて逃げてもまだ追いかけてきやがる!」

 

 ちらりと後ろを見ていたケイスケが舌打ちして悪態をつく。後方では商店街を行きかう人々が悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らす様に逃げ出し道が開き、その開いた道を剣や槍を構えた白い兵士達がカズキ達めがけて追っていた。そしてその兵士達の後に左慈が宙に浮きながら後へ続いている。

 

「どこへ逃げても無駄アル!左慈は絶対に逃がしてくれないネ!」

「このままじゃ埒が明かない‼どうにかして撒くねえぞ‼」

 

 ココとケイスケの言う通りこのまま走り続けても何も打開策が浮かばない。弱音を叫びながら走っているカズキは限界に近い。この状況が長引けば長引くほどこちらが不利だ。だからと言ってここで戦闘をしても今の状況で左慈に勝てるかどうか、この劣勢の最中で更にココが寝返られたら一気に負けてしまうかもしれない。

 カツェは何かいい考えはないか必死に思考したが視線の先に見える光景を見てもうこの方法しかないと意を決する。だからこそ実行する前にカズキ達に尋ねた。

 

「お前ら、長距離を泳げるか?」

 

「えっ?どゆ「行ける!」「愚問だ‼」「問題ありません!」こと?ねえカツェどゆこと?」

 

 カズキの戸惑う声を遮るようにナオト達は大声で即答する。カズキの回答は聞けなかったが彼らなら問題ないとカツェは判断し、懐からライターとボトルを取り出しボトルのふたを開けた。

 

「いいか?これからやることは数十秒しか足止めが効かねえ。その間に一直線に猛ダッシュしろ」

「この先は海……も、もしかして香港島へ泳ぐ気アルか!?」

 

 ココはカツェの魂胆が分かるとギョッとする。左慈から逃げるためのイチかバチかの一手だ。しかし小手先の足止めでは簡単に撒くことはできないだろう。

 

「海に飛び込んだと同時にあたしの力で一気に香港島へ行かせる。水流に飲み込まれないようにしろよ!」

 

 ココは戸惑ったがカツェはやる気のようでやけくそ気味に頷く。ココはしぶしぶ了承したがカズキ達はちゃんと理解しているだろうか、気になったカツェは目でカズキ達に確かめた。ナオトとケイスケとリサは理解して頷いていたがカズキは状況を把握できていないようでキョトンとしていた。

 

「カズキ、いけるか?」

「おー…だいたい分かったぜ!あ、でも俺ry」

「それじゃあ行くぞ‼」

 

 カズキが何か言いかけようとしていたがカツェはボトルの中に入っている水のようなものを口に含むと迫りくる白い兵士達の方向へとライターの火を灯した。

 

「――――ぶはぁっ‼」

 

 カツェは大きく息を吐いたと同時に白い霧を吐いた。広がりだそうとする白い霧はライターの火へと通ると炎が燃え広がりだした。突然現れた炎に行く手を遮られカズキ達を追っていた白い兵士達は炎に驚き足が止まった。行く手を阻まれた追手の足が止まったのを見たカツェはカズキ達に呼びかける。

 

「走れっ‼」

 

 彼女の合図とともにカズキ達は必死に一直線に走り出した。この通りの突き当りへと駆けると海が見え、その先に島の明かりが煌々と煌めく。この海の先が香港島のようだ。ケイスケ達はカツェの指示通りに柵を乗り越え海へと飛び込んだ。最後にカツェが飛び込むと彼女は手をかざしだす。

 

「こっから水流と波を起こす。溺れないようにしとけよ‼」

 

 それの直後、ケイスケ達の後ろから水の激しく流れる音が唸りだす。そして波がうねりをあげてケイスケ達を押し出すように一気に流れていだした。その勢いは流れるプールや波が起こるプールとかの比ではなく激しく力強く強引に押し流す。気を抜いたら波にのまれてしまうだろう。

 ケイスケ達は溺れまいと必死に体勢を保たせながら流れに身を任した。気が付くと波と流れの勢いが段々と弱くなっていた。ケイスケは辺りを見回すと桟橋が視界に移った。

 

「はぁ…な、なんとか香港島へたどり着いたぜ?」

 

 カツェは「結構力いるんだぞ?」とぼやきながらやや疲れ気味に笑い桟橋へと上がる。ケイスケ達も続くように桟橋へと上がり辺りに追手がいないか見回す。辺りは波の音しか聞こえない静かな港のようで自分達を追っていた左慈達の姿もなかった。

 

「なんとか振り撒けた?」

「ふぅー…左慈に追いかけられるとか生きた心地がしなかったヨ」

「あぁん?途中で裏切ったくせによぉ、覚悟できてんのかぁ?」

「ヒッ」

 

 何とか逃げ切れたと安堵するナオト、ケイスケの鬼のような形相で睨まれ涙目になるココ、怒れるケイスケを宥めるリサ、彼らの安堵した様子に同じようにカツェは安堵した。

 

 が、カツェはすぐにあることに気づいた。

 

 

「……おい、カズキの奴がいないんだが?」

 

 よく見ればカズキの姿がいない。確か海に飛び込んだ時には隣にいて彼の姿はあったとカツェは記憶を遡らせる。そんなカツェにケイスケとナオトは「えっ?」とキョトンと不思議そうな顔をした。

 

「お前、何とかしてなかったの?」

「そばにいながら何もしてなかったのか?」

「え、いや、どういうことだ?」

 

 どういう意味なのか理解でき兼ねないカツェにケイスケは当然の如くに答えた。

 

「だってあいつ―――――泳げないんだけど?

 

「……はあああああああっ!?」

 

 カズキは泳げない、突然の事実にカツェは驚愕した。一度泳げるかと尋ねたのにカズキはどや顔でOKと答えていたのを思い出す。

 

「なんで泳げないのに『わかったぜ!』ってどや顔で答えたんだよ!?つかお前らも教えろよ!?」

 

「いやー、カツェが何とかしてくれるのかなーって」

「なんたってカツェだし」

 

「お前ら呑気すぎるだろっ!?」

 

 こんな状況でも呑気してるケイスケとナオトにツッコミを入れるが、まさかとカツェは狼狽しながら暗い海の方へと視線を向けた。自分が起こした激流と波でカズキは道中で飲み込まれて溺れているかもしれない。わたわたとしているカツェにココがジト目で指をさす。

 

「あいつなら…溺れたシカのようにもがいてたの見たヨ。そんで今あそこにいるネ」

 

 ココの指さす先にはプクプクと気泡が弱弱しく上がっていた。その泡の数は今にも尽きてしまいそうだ。

 

「待ってろカズキィィィィッ‼」

 

 カツェが必死の形相で再び海へと飛び込み気泡が湧いている場所へ泳いで潜った。しばらく見守っているとカズキを肩に担いだカツェが海面へと上がってきた。なんとか桟橋へと戻ったがカズキはピクリとも動かない。そんなカズキにケイスケとナオトはやれやれと肩をすくめる。

 

「いつまで寝てんだ。叩き起こすぞ?」

「いや、俺が踵落としで起こす」

 

「お前ら物騒過ぎんだろ!?こういう時は…ええと…じ、人工呼吸だ!つ、つまりは…」

 

 カツェは多少もじもじしながら人工呼吸をするよう指示を出すがケイスケとナオトはじっとカツェを見つめていた。

 

「……」

「……」

「……」

「…やんないの?」

 

「あっ、あたしがかっ!?いやお前らがやれよ!?」

 

 カツェが顔を赤くして反論するがケイスケとナオトはどうしようかなぁと言わんばかりな面倒くさそうな顔をしだす。

 

「俺らがやんなくてもたぶん大丈夫でしょ」

「絵的にカツェがいいんじゃねえの?」

 

「適当すぎんだろうが!?」

 

「このままだとカズキ様が危ない…それでしたらリサがやります!」

 

 ふんすと張り切って手を挙げたリサにケイスケが素早く止めた。

 

「いや、リサがするんなら俺がしよう」

「いやいや、ケイスケがするなら俺がする」

「いやいやいやお前らじゃ下手で死なすネ。こんな時はココに任せるヨ」

 

「…あたしがする「「「どうぞどうぞ」」」なんだよこれはよぉ!?つかそんなことやってる場合じゃねえだろう!?」

 

 こんなコントをしている場合ではない。このままカズキをほったらかしにするわけにはいかない。意を決したカツェはカズキの口を開かせ自分の口を近づけさせていく。プルプルと体が緊張で震え、己の顔が赤く体が熱くなっているのが分かる。それでもカズキを助けようとカツェは唇を近づけさせた。

 

「…………ぶへはぁっ‼」

 

 その時、カズキが目を覚ました。いきなりのことで硬直するカツェだがカズキは気付かずにゲホゲホと咳き込む。

 

「げほげほっ…あ゛ぁー死ぬかと思った!もう溺れた時はやべぇと思っ……あれ?カツェなんか顔近くね?」

「うわあああああああああっ‼!?」

 

 顔がタコのように赤くなったカツェは叫びながら思い切りカズキを殴りつけた。

 

「あばすっ!?」

「ばっ、バカ野郎‼お、泳げないなら早く言えよこの野郎っ‼あとあたしの乙女心返せ!」

「あだっ!?ちょ、なんで怒ってんの!?」

 

 ポカポカと叩かれているカズキを見てケイスケとナオトはやれやれと肩をすくめて苦笑いをしていた。

 

「ったく、心配かけさせやがって」

「まあ何とかなって良かった。でもカツェ滅茶苦茶怒ってない?」

 

 なぜそこまで怒ってるのか不思議そうにしているカズキ達にリサは苦笑いしココはやれやれと呆れていた。

 

「あいつ…千載一遇のチャンスを逃すとか大馬鹿アルなぁ」

 

 呆れて肩を竦めていたその直後、ぞくりと嫌な気配を察した。ココだけでなくカツェも同じようで気配を察して辺りを見回した。その直後カズキ達を囲むように白い煙がモヤモヤと漂い出す。煙が消えると先程までカズキ達を追いかけていた白い兵士達の姿が現れた。まさかとココとカツェが上を見上げると左慈が宙に浮きながらこちらを見下ろしていた。

 

「ふむ…先ほどの足止めはなかなかいい一手だった。だがそれもただ『いい一手』、その手では私から逃れることはできん」

 

 冷静に告げる左慈にカツェは舌打ちして悔し気味に睨んだ。そんなカツェにはおかまいなく左慈は右手を挙げて合図をすると剣や槍を構えた白い兵士達がジリジリとカズキ達へとゆっくりと迫った。カズキとケイスケとナオトは銃を構える。

 

「どうするカツェ?俺達で切り開こうか?」

 

 カズキ達はやる気満々だったがココとカツェは項垂れて首を横に振る。

 

「もう終わりネ…左慈にお仕置きされるヨ」

「この状況で左慈から逃れることは無理だ……代わりにあたしが囮になってお前らだけでも…」

 

「そんなことはできっか!ソウルメイトは絶対に見捨てたりしないぜ!」

「まだ弾もゲロ瓶もあるからな。大盤振る舞いしてもいいか?」

「リサもお供させていただきます…!」

「手榴弾投げ放題」

 

 強気なカズキ達の様子にカツェは思い出した。彼らは恐れを知らないだけでなく、どんな窮地でも諦めずにゴリ押しで突破していく連中だと。こうなれば当たって砕けろとカツェも懐からルガーP90を取り出す。囲まれても尚折れない彼らを見た左慈はやれやれと頷いた。

 

「その威勢は良し。だが、いくら強がろうともこの窮地からは逃れられんぞ?」

 

 左慈は挙げていた右手を下した。その合図に白い兵士達がカズキ達に一斉に襲い掛かる。覚悟を決めた彼らは何を考えているのか、左慈はじっと彼らを、カズキ達を見つめる。

 

 

「うおおおおおおお!なんとかしてくれ、ゴクウぅぅぅぅっ‼」

 

 先ほどの威勢と変わってなんとも弱弱しい叫びの事か。左慈は思わずこけそうになった。それでも尚カズキは自信満々に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「呼びましたか?」

 

 

 カズキの叫びに答えるように少女の声が聞こえた。その刹那、カズキ達の前にスタッと少女がどこからともなく跳んできた。その少女は地面にすれすれなほどの黒い髪をし、香港なのに名古屋武偵女子高ことナゴジョのへそ丸出しのカットオフセーラーを着ており、超という程短いスカートからニョロンと長いしっぽが見えた。突然現れた少女にカズキ達はポカンとしていたが、左慈は目を丸くして左手をあげて白い兵士達を止めた。

 

「……まさかこんなところで出くわすとはな。孫、いや今は猴だったか」

 

 左慈は驚いているようでカズキ達の前に立ちはだかっている猴と呼ばれた赤い瞳の少女を見つめる。猴は臆することなくじっと左慈を見つめ返した。

 

「左慈様…貴方ほどの賢人が何故董卓についたのか、事情は静幻様から聞いています」

 

 猴の言葉に左慈はピクリと反応した。先ほどとは少し重い面持ちをしだす。

 

「では問おう。お前はそれを知っておきながら何故かの者を助けようとする?」

「彼らは遠山の友人、大切な人の友人が窮地に陥っているならば猴は助けます」

 

 猴の真剣な眼差しを見て左慈はふっと笑った。やや嬉しそうに、この満足した顔を見せまいと静かに頷いた。

 

「以前の怯えていたお前ではないな…だが、この状況をお前はどうやって打開する?」

 

 

「一人ではないさ」

 

 力強い男性の声がカズキ達の後方から聞こえてきた。視線を向けると奉天檄を持った黒い革ジャン、黒のレーザーパンツを身に着けたオールバックの男性が近づいてきていたのが見えた。その大男の姿を見たカツェがギョッと目を丸くした。

 

「あれって……呂布じゃねえか!?」

 

「あ、呂布だ。京都以来か?」

「呂布さんおひさー!」

 

 こんな状況の中カズキとケイスケは久しぶりに再会する友人の如く手を振る。彼らを見た呂布は苦笑いして頷くとジロリと左慈を睨み奉天檄の切っ先を向けた。

 

「さて、ここで俺が暴れてもいいが貴様はどうだ?」

 

 睨まれた左慈はゆっくりと唸りながら白い髭をさする。無双と呼ばれた呂布を相手に如何にするか、些か考えた左慈は懐から札を取り出す。

 

「心配は無用、さすれば式神の数を増やすだけ」

「ふん、数で押すか……ならば俺や猴の他に、こいつらの助っ人がいたとすればどうする?」

 

 呂布はちらりと後ろへと視線を向けた。うっすらとした暗闇の中から黒い外套を羽織った黒髪の青年とピンクの長髪のゴスロリの服を着た少女の姿が現れた。彼らの姿を見たカズキ達は大喜びで手を振った。

 

「おおっ‼鵺ちゃん!やっほー‼あと……タケシだっけ?」

「ちげえよバカ。鵺と一緒にいるのはケンジだろ」

「やすしかきよしだったはず」

 

「セイジだ‼原田静刃だとつってんだろ!?だからなんでお前ら鵺のことは覚えていて俺を忘れてんだ!?」

 

 またしても名前を忘れらいることにプンスカと怒る静刃だったがカズキ達は当たり前のことのように即答する。

 

「「「ビーム撃てるから」」」

「畜生もうやだこいつら‼」

「ぎゃははははは‼相変わらず楽しませてくれるじょ!」

 

 どういう基準なのか、相も変わらず分からない静刃は地団駄を踏んでそんな静刃を鵺が腹を抱えて爆笑する。変な状況ではあるが味方の数が一気に増えた。呂布は静刃達をほっといて再び左慈に尋ねた。

 

「さて、どう動く?この状況でお前は簡単に勝てなくなったぞ?」

「………」

 

 左慈は沈黙したままじっとカズキ達を見つめた。そしてため息を漏らしてパチンと指を鳴らすと、白い兵士達が煙のように消えて白い札へと姿を戻す。白い札は飛んで左慈の手へと戻った。

 

「ここで戦ってもどちらも無意味。私は帰らせてもらおう……ふむ、なんとも強運な者だな」

 

 再び指を鳴らすと左慈の体がモクモクと煙のように漂い出して消えていった。緊張した空気が消え、辺りが静かになるとカツェが息を大きく吐いてへなへなと座り込んだ。

 

「はぁぁ…い、生きた心地がしなかったぁ…助かったぜ、猴」

 

「あい!鵺殿がここへ嗅ぎつけてくれたおかげで早く助け出すことができました。それに呂布様がいらしていなかったら左慈様を簡単に退けることはできなかったかもしれません」

 

 猴はぺこりと呂布にお辞儀をすると呂布はフンと鼻を鳴らして奉天檄を肩に担ぐ。

 

「ふん、今回は静幻の方につけば楽しい戦になると思っただけだ。次にあいつが病に臥せたときは敵かもしれんぞ?」

 

 さて、と呂布はカズキ達の方へと視線を向ける。カズキ達は再び出会った静幻と鵺と話をしていた。

 

「いやー鵺ちゃんらどして香港にいんの?」

「がははは、鵺はそん時酒を飲んでたからあんまり覚えてないじょ。たぶんノリ?」

「違う。あのタクトの母、更子ってやつとあのジョージ神父に頼まれたんだよ」

 

 静刃はムスッとして話す。東京で電話があり、タクトの母親の菊池更子だと名乗ると『バカ息子が香港で頑張るから手助けをしてくれ。後ついでに藍幇の諸葛静幻がピンチだから助けてやれ』と依頼されてきた。どうして自分の電話番号を知っているのかと戸惑う最中に追い打ちをかけるかのようにジョージ神父が尋ねてきて同じような内容の依頼をしてきたのであった。

 ここで断ったらどうなるか、静刃はぞっとしながら承諾し渋々香港へ。更子とジョージ神父のコネのおかげかそこで猴と呼ばれた少女と出会い、諸葛静幻の下へ。そして彼の護衛を務めることになってしまったのだという。

 

「ったく、お前らとまた組むとなると胃が痛くなってきやがる…」

「まあそういうなって。悩み事ならソウルメイトだから相談に乗ってやるぜ?」

「胃痛の原因はなんだ?」

「お前らのせいだって言ってんだろうが!?」

 

 どうしてこう自覚してくれないのだろうか、静幻は心なしか胃が痛くなってきた。ふとカズキ達の下に猴がポテポテとやってきた。

 

「あなた方がサラコ様がおっしゃていた方ですね?初めまして、猴と申します」

「……」

 

 猴は礼儀正しく笑顔でお辞儀をするがカズキ達はまじまじと超ミニなスカートからはみ出ている尻尾をまじまじと見つめていた。

 

「お話はサラコ様からお伺いしております。これから静幻様がおられる隠れ家へと案内しますです」

 

「……」

 

 詳しい話はその隠れ家に着いてからと猴は説明するがカズキ達はそんなことは聞いていないまま猴をまじまじと見つめていた。

 

「……?どうかしましたか?」

 

 どうしたのかと猴は不思議そうに首を傾げた。まじまじと見つめていたカズキがゆっくりと口を開く。

 

「…さっき、ゴクウって呼んだら返事をしたよね?」

「?あい!猴は孫悟空です!」

 

「「「孫悟空…」」」

 

 えっへんと胸を張る猴に対してカズキとナオトとケイスケは声を揃えて顔を見合わせてゆっくりと頷いた。

 

「……カカロットだ」

「カカロットじゃん」

「間違いなくカカロット。よろしくな、カカロット!」

 

「ええっ!?」

 

 カズキ達に初めて出会って数秒で『カカロット』と名付けられた猴は驚きの声をあげた。




【藍幇の孫悟空、出会って数秒で『カカロット』と呼ばれる】


新曲が出ましたね!動画に出ております

 アスヘノBRAVE→曲もダンスもカッコイイ‼
 
 MssPanzer→燃える熱い曲‼

 動画【ラップバトル】→ふぁっ!?


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138話

 始まりまたね、令和‼(大遅刻

 新しい時代に入りましたがどうぞよろしくお願いいたします


「はっやーい‼たっのしー‼」

「うるさいって‼いちいち叫んでないで追い払いなさいよ!?」

 

 ユアンは後ろで喧しくはしゃいでいるタクトに苛立ちながらも原付のアクセルを握り締め速度を最大限に上げて猛スピードで車道を飛ばす。

 どれくらいの距離を飛ばしているだろうか、もともと通学用に格安の中古買った原付なのだがまさかこんなことに酷使するとは思いもしなかった。本来出すことのない速度を出しているのでいつ限界が来てもおかしくない。

 ユアンはいつ原付がおかしくなってもおかしくないという焦りと後ろに乗せているタクトが喧しくて募る苛立ちに挟まれながらもバックミラーで後方を確かめる。

 

 車の間を縫うように道路を常人ではありえない速さで駆けてこちらへと追いかけている二人の男の姿が見えた。梁山泊の燕青と鉄牛がタクト達を追いかけている。

 何度も接近をしてきているところをタクトがMK3手榴弾やフラッシュバンを投げて牽制をして近づけさせないの繰り返しで長いチェイスを繰り広げていた。しかし手榴弾にも限りがありタクトの手持ちは残り少ない。たとえ銃弾に切り替えても完全には追い払えない。どうにかして撒かなければ、とユアンは焦りながら考えていた。

 

「…って、なんで私が考えないといけないのよ⁉何かいい手はないの⁉」

「焦るようなことはないぜ!リラックスリラックスゥ~」

「今ここであんたを突き落としてやりたい!」

 

 こんな状況でもタクトはマイペースで結構のんきしていた。話もかみ合わないし何を考えているのかも分からないユアンは原付に乗せるんじゃなかったと後悔した。隙あらば突き落として逃げてやろうかと頭によぎる。

 そんなことを考えたその刹那、鉄牛が持っていた斧を投げた。斧は縦に回転しながらタクトの足へとめがけて飛んでいく。

 

「あぶねええっ⁉」

 

 ぎょっとしたタクトは思わずヒョイッと足を開いて躱した。斧の刃にあたることはなかったが原付の後輪部分に見事に斧が突き刺さった。原付はバランスを崩しガタガタと揺れ始めた。

 

「ちょ、何でよけたのよ⁉」

「避けろとガイアが囁いたんだぜ!」

 

 テヘペロとふざけるタクトにユアンはいら立ちをさらに募らせる。きっと遠山なら何かビックリドッキリ体術でもつかって弾き返していただろうと後悔するが今はその場合じゃない。このままバランスを崩し倒れてしまえば捕まってしまう。ユアンは意を決して原付のアクセルを強く握りスピードを上げて無理やり歩道の乗り上げた。その勢いで原付は倒れてしまうがその寸前にユアンは飛び降りて華麗に着地する。

 

「このまま路地裏へ逃げるわよ!」

 

 すぐ近くにあった路地裏への入り口が見えたのでそこへ逃げ込んで撒く。一か八かとユアンは焦りながらタクトの方へと視線を向ける。が、そばには肝心のタクトの姿がいない。

 

「あ゛あ゛ぁぁぁっ⁉」

 

 肝心のタクトは原付からうまく飛び降ることなく原付と一緒に倒れてゴロゴロと転がっていた。その姿を見ていたユアンは思わずずっこけてしまう。

 

「下手くそか⁉」

 

 なんでうまく着地することができないのか、彼が本当に遠山と肩を並べられるほどの武偵なのか疑ってしまう。しかし今はそんなことを思っている場合ではない。タクトを無理やり起こし、彼の手を引っ張って路地裏へと逃げ込む。

 

 追いかけてきているだろうがユアンは振り返らずタクトを引っ張って駆ける。突き進んだり途中で曲がったり迷路のように入り組んだ路地裏を只管駆け回った。

 その途中で突き当りを曲がったがその先は行き止まりだった。ユアンは足を止めて後ろを振り返るが燕青と鉄牛の姿はない。追いかけてくる気配はなく聞こえるのは自分の上がった呼吸。

 

「うん?ここら辺がゴール?」

 

 あと聞こえるのはムカつくほどにぴんぴんしてて他人事のように暢気にしているタクトの声だけ。イラっとしながらもユアンは彼の口を手で塞ぐ。

 

「このまま静かにして。追手が来ないのがはっきりするまでここで隠れるの」

「なるほど~、いわゆるデスポーン作戦ですな!」

 

 本当に理解しているのだろうか、タクトはウキウキワクワクしているようで余計に落ち着かない。そんな心配を抱えながらもここで身を潜めて過ぎるのを待つ。何とかして気配を消そうと試みるがタクトはじっとしているのが退屈なのかその場でジャンプをしたり小声で「木が気になる」とかくだらないダジャレを言い出して落ち着きがない。これでは見つかるのも時間の問題、見つかりませんようにとユアンは必死に願った。

 

 その時、後ろから戸が開く音が聞こえたと思うとその直後に誰かが引っ張ってきた。ユアンとタクトは驚くが動けないまま中へと引っ張られた。尻もちをついたタクトは後ろを振り向いて見上げる。すぐ後ろには縦セーターを着、茶髪の長い三つ編みをした眼鏡をかけた女性がむすっとした表情で赤い瞳でタクトを見下ろしていた。女性はむすっとした表情のままため息を軽くついて口を開く。

 

「まったく、外がやけに騒がしいと思ったら…ユアン、貴女だったのね」

 

 いきなり愚痴をこぼす女性にタクトはキョトンとするがユアンは目を丸くして慌ただしく立ち上がる。

 

「ひ、ヒナコ先生⁉」

「誰?」

 

 ユアンが慌ただしくしている様子からして知り合いなのだろうか、タクトはキョトンとしたまま首をかしげた。

 

「この人は芥ヒナコ先生。去年私の学校で文学を教えてた非常勤の先生で、あまり人と関わらない先生で有名だったんだけど詩や咏の本当の意味とか詳しく教えてくれる素敵な先生なの」

「あなたはしつこく聞いてくる生徒だったから覚えてるわ…まあ悪くはなかったけど」

 

 ヒナコはやれやれと肩をすくめてため息をつくと再びむすっとした表情でタクトを見つめた。

 

「それで、なんで追われてたの?男とのトラブル?大家に追い出されて借金取りに追われてたの?」

「え、ええと…わ、悪い男に追われてて…」

 

 どう説明すればいいかユアンは口どもるがヒナコは彼女の説明を聞くことなくそのまま戸を閉めた。

 

「まあ別に理由はどうでもいいわ。一夜明ければまた静かになるでしょうし、それまでいても構わないわ」

「ほ、本当ですか⁉ヒナコ先生、ありがとうございます!」

「ふー!芥川キナコ先生太っ腹ですぜ!」

「というかあってすぐにわざと人の名を間違えるこの大馬鹿は誰?」

 

 イラっとしたのかヒナコはジロリとタクトを睨むがタクトは恐れることなくビシっとかっこいいポーズをとった。

 

「この俺こそ芥川龍之介と互角のバトルを繰り広げたかったキノコマスター、菊池タクトだぜ!」

「いや知らないし。ユアン、貴女この馬鹿のせいで追われてるんでしょ?追い出してもいい?」

「お、追い出したいのはやまやまなんですけど……かくかくしかじかで……」

 

 いろいろと訳があるのだろうと察したヒナコは大きくため息をついて踵を返した。おふざけをやめないタクトを見てそこまで詳しく気が失せてしまったようだ。

 

「もうこれ以上は聞かないわ…変に騒がなければそれでいい」

 

 追い出されることなく匿ってもらえたことにユアンはホッとし、変なことをしないようにとキッとタクトを睨む。しかしタクトはなんで怒られたのかも理解しておらずはてなと首を傾げた。

 ヒナコの後に続いて進んでいくとこじんまりとしたタンスとちゃぶ台、絨毯とベッドだけとかなり質素な部屋についた。窓から射す街灯の明かりと仄かに照らす照明だけで部屋はやや薄暗い。ベットに視線を向けると古めかしいトランクと分厚い本が置かれており荷支度の途中だったようだ。

 

「ヒナコ先生…香港から出るのですか?」

 

 ユアンが恐る恐る尋ねるとヒナコは当たり前だと言わんばかりに即頷いた。タンスから衣類を取り出し、まじまじとトランクを見つめるタクトを押しのけてトランクを開けて入れ込んだ。

 

「ええ、どういうわけか藍幇が内部抗争をして近頃物騒になったでしょ?私、面倒ごとに巻き込まれるのは大嫌いなの。だから香港…いえ、この国から出ていくのよ。ユアン、巻き込まれたくなかったら貴女もすぐに香港から出た方がいいわ」

 

 もうすでに巻き込まれているのだが。ユアンはジト目でタクトを睨んだ。しかしタクトは褒められていると勘違いしててへへと照れだす。そんなタクトをほっといてユアンは首を横に振った。

 

「私は…出ていくことはできません。ここが私の居場所ですから……」

 

 ここで生まれ、育った。そして遠山をはじめいろんな人に出会った。この騒がしい4人組は置いといてこの香港には思いれがある。ユアンはそう話して首を横に振るとヒナコは眉を顰める。

 

「何も自分を縛ることはないのよ?自分の好きなようにしてもいいじゃないの?」

 

 それでもユアンは首を横に振った。ヒナコは目を見張ると大きくため息をついた。

 

「……これだから人間は……」

 

 ぼそりと、ヒナコがそうつぶやいたのをタクトは聞こえた。声色からして怒っているようで、自分が何かやらかしたのだろうかと今になって気づいたタクトはそんな二人の間に割って入りだす。

 

「まあまあ、難しい話はここまでにしといてさ?ゆっくりくつろいだら?ほら、お茶とお菓子があるし?食べようぜ!」

「ここ私の部屋なんだけど。あんたは勝手にくつろぎすぎよ!あと勝手に人のお菓子を食べるな!」

 

 人の気を知らずに暢気にちゃぶ台に置かれていた月餅を貪るタクトから取り上げようとしたその時、何かの気配を察したのかヒナコがすぐさまタクトとユアンを引っ張る。その直後、二人のそばにあった壁が勢いよく壊れた。大穴が空き埃が舞い上がる中、外の明かりに照らされながら大男が入ってきた。

 

「どこに隠れてやがると思えばこんなところに隠れていやがったのか。よーやく見つけたぜ」

 

 壁に大穴開けて現れたのは鉄牛だった。鉄牛は不敵な笑みを見せてタクトとユアンに向けて斧を向けた。

 

「変に暴れたら容赦はしねえ。ここは大人しく俺達の言う通りにするんだな」

 

 ついに追い込まれてしまった。ユアンは悔し紛れに鉄牛を睨んだ。今の自分には抗う術はなく、タクトは何を考えているかわからないから期待はできない。どうにかしてヒナコ先生を巻き込ませることなくここから逃げれるかと考えを張り巡らせる。ユアンが焦っている最中、ヒナコがむすっとした表情でずかずかと鉄牛に近づきだした。

 

「ひ、ヒナコ先生……⁉」

 

 驚いたのはユアンだけではなく鉄牛もいきなりのことで驚いてあたふたとしだした。

 

「お、おい。へ、変に近づくんじゃねえって。巻き込まれたくなかったらこの場から…」

 

「……変に暴れてんのはあんたでしょ。勝手に人の家の壁を壊して……覚悟はできているんでしょうねぇ?」

 

 かなり激昂しているようだ。彼女の赤い瞳には怒りが込められており、その鋭い睨みに鉄牛はたじろぐ。どうしたらいいかと焦っていたが彼女の眼を見た鉄牛はふと気づいた。

 

「その目……げぇっ⁉も、もしかして⁉あんたは虞の姐ry」

「歯ぁ食いしばれぇ‼」

 

 彼女の握りしめられた怒りの拳が鉄牛の顎に見事にクリティカルヒットした。アッパーカットの形で殴られた鉄牛は勢いよく天井に突き刺さった。衝撃でパラパラと埃が落ちる中、彼女の思わぬ姿にユアンは目が点になった。

 

「まったく……誰に追われているのかと思えばこの大馬鹿だったのね」

 

「あ、えーと…は、はい…」

 

 あやふやなままユアンは答える。天井に突き刺さってぶら下がったままの鉄牛をじっと見たヒナコはため息を大きく漏らしてジト目でタクトを見つめた。

 

「はあ…どうやら原因はあんたのようね。何があったか詳しく話してくれる?」

 

 

 

「いやー……姐さん、まさかこんなところで隠居生活していたなんてなぁ」

 

 再び気配を感じたヒナコはすぐさま後ろへと下がって声がした方へと睨んだ。いつの間に入ってきていたのか、燕青がにこやかに手を振っていた。

 

「鉄牛に燕青…梁山泊の連中が何の用?私は絶対に関わらないわよ…」

 

「そんなこと言わずにさ?あんたがいてくれるのならこっちとしては心強いんだから」

 

 ヒナコがギロリと燕青を睨むが、彼は臆することなく愛想振舞って近寄ってくる。

 

「この人と知り合いなの?」

 

 状況を把握していないのか、タクトが月餅を食べながら燕青に尋ねた。暢気にしている場合じゃないのと勝手に人の月餅を食べるなとこの最中でどうして緊張感がないのかとヒナコは叱りたかったがなんだかごちゃごちゃしてて言えなかった。その代わり燕青が楽しそうに頷いた。

 

「おうとも。俺達の大先輩でもあり、今の藍幇の問題を解決してくれるかもしれない心強い味方だぜ?」

 

「だから言ってるでしょ。もう藍幇に関わる気はないって。ほっといて頂戴」

 

 彼の言葉にヒナコは嫌そうに首を横に振る。ユアンはヒナコの力だけでなく梁山泊や藍幇とも関わりがあったことに驚きを隠せなかった。

 

「ヒナコ先生が…ヒナコ先生、貴女はいったい…」

 

「教えてあげよう。芥ヒナコ…本当の名は虞美人。かの覇王、項羽の妻『虞姫』さ」

 

 燕青の言葉を聞いてユアンはさらに驚愕した。

 

「ヒナコ先生が…⁉ほ、本当なんですか…⁉」

 

 ヒナコ、もとい虞美人は燕青を睨んだままユアンの質問に答えなかった。彼女が歴史上の人物だったことにユアンは驚きどう答えたらいいのかわからなかった。虞美人は殺気を放ち始め燕青を睨んだまま動かない。燕青もいつ彼女が襲ってくるかと額に汗を流して身構える。この殺伐とした空気にユアンもどうしたらいいか戸惑った。

 

 

 

 

 

 

 だが、一人だけ結構暢気にしていた。

 

 

 

 

「そっかー、虞美人っていうんだ。じゃあぐっさんて呼ぶね!」

 

 突然のタクトの発言に全員ずっこけた。虞美人はすぐさまタクトに視線を向けて睨む。

 

「あんた…そんな場合じゃないでしょ⁉ていうか気安くぐっさんて呼ぶな!」

「うーん?親しみを込めて?」

「だからいらないって言ってるでしょうが‼」

「というかたっくん‼空気を読みなさいよ⁉」

 

 虞美人とユアンがぷんすかとタクトに怒るがタクトはなんでと首をかしげる。雰囲気が崩れたことに燕青はやれやれと苦笑いをして肩をすくめる。

 

「あんた、けっこう大物だな…こんな状況なのに流されてねえって」

 

「…はっ!そうだった忘れてた!」

「ようやく状況を理解したのね!遅すぎるけどこのまま黙ってry」

 

「虞美人って何?」

 

 ふたたび虞美人たちはずっこけた。




FGOよりぐっさん

 CVが好きな人だったのと声と姿がベストマッチだったでした。

 ここのぐっさんは原作のぐっさんより人間関係マイルドです
 ちょっと違う…と思ってしまうかもしれませんがすみません


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139話

 日刊マイクらがついに終わりましたね…気づけば結構な数と日にちが積み重ねられていたようで…もう鹿は見れないのか(オイ


「本当になんなのよあんたは……‼」

 

 気を取り直して虞美人は苛立ちを募らせながらタクトを睨むが当の本人はどうして怒っているのか理解していない様子でケロッとしていた。

 

「ん?菊池タクトだけど?」

「そういう意味で言ってるのじゃないわよ…‼ああもう、本当に苛立たせるわね!」

「まあそうカリカリしちゃダメだぞぉ?お菓子食べる?」

 

「…よし、殺そう」

「ちょちょちょ!?姐さん落ち着いて!?」

 

 今にでもタクトに殴りかかろうとする虞美人を燕青が慌てて止める。タクトはどうして彼女が怒っているのか理解していないようで、そんなことよりこの月餅が美味しいと思いながら月餅を食べていた。

 

「はあ…もう怒るのも疲れたわ。あんた達、私のことはほっといてこいつをさっさと連れて行きなさい」

 

 怒りを通り越して呆れ果てた虞美人はやり投げ気味で燕青に告げた。見放そうとしだした彼女の対応にユアンは焦り驚くが燕青は苦笑いをして首を横に振った。

 

「悪いがそうはいかねぇ。こいつは一見素っ頓狂に見えるがこの一件を片付けるのに大事なキーマンだ。そう簡単に敵に引き渡すわけにはいかない」

「はぁ?このいかにも頭悪そうな奴が?」

 

 燕青の話を聞いた虞美人が胡散臭そうにタクトを睨んだ。とりあえず褒められているんだと勘違いしたタクトはどや顔を決める。

 

「ま、待ってください!さっきまで私たちを捕えようと追いかけていたのにどういうことなんですか!?」

 

 ユアンは慌てながら燕青に尋ねた。先程まで董卓の手下であり、左慈と結託して自分達を追いかけていた彼らが手のひらを反すような対応をしだしたのか、どういうことなのか混乱していた。燕青の話を黙って聞いていた虞美人は嫌そうに燕青を睨んだ。

 

「今この香港で上海藍幇と香港藍幇が内部抗争をしていると聞いたけども……上海藍幇の裏で誰か糸引いている訳ね?」

 

「そう!流石は姐さんだ。そいつのせいで梁山泊も巻き込まれ仲間も捕らわれた。おかげさまで俺たちも左慈先生も仕方なく従うしかなかったわけさ」

 

「つまり黒幕がいるってわけだな!」

「たっくん、今そういう話をしているから黙ってて」

 

 ドヤ顔で納得してるタクトが口をはさんでこないようにユアンはツッコミを入れて話の続きをと二人に促す。

 

「おかしいわね。あんた達梁山泊の連中や左慈ならそう簡単にやられないはずよ?」

「確かに姐さんの言う通りだった。簡単に言えば油断しちまった」

 

「……呪術の類。つまりは妖魔の呪術にやられたのね」

 

 燕青の話から虞美人は答えにたどり着いた。どうやら正解のようで燕青は嬉しそうにウインクして頷いた。

 

「正解!流石は姐さん。俺と鉄牛はたまたまそいつの呪術にやられてなかったから今は従っているふりをして好機を探ってたんだ。そんなところでこのキーマンと姐さんに出会えたわけさ」

「このいかにもバカ丸出しの彼が?」

 

「虞の姉貴、噂によるとこうも見ても『N』とかいう組織と戦ってイギリス、アメリカで活躍してたらしいぜ?」

 

 虞美人に殴られて天井に頭を突っ込んでいた鉄牛がいつの間に復活していて彼の活躍を噂の範囲だが説明をした。イギリスの国会議事堂へ装甲車で突撃しかけるわ、アメリカのホワイトハウスに改造車で突っ込んだわ、日本じゃ戦車を都内で爆走させテロリストがジャックしていた豪華客船に戦車で突っ込んだとか、その話を聞いていた虞美人はありえんと言いたげな表情でタクトを見つめた。

 

「いやいやいや、どう見てもおかしいでしょ」

「ヒナコ先生、私も最初そう思いました。でも常識は捨てたほうがいいかもしれないです」

 

 虞美人とユアンはあきれた表情でタクトを見つめる。やっぱり褒められていると確信したタクトはそれほどでもと照れながら胸を張った。

 

「そして姐さんを見つけることができた。姐さんはかなりの戦力にもなるし仲間達や諸葛静幻を救うこともできる。だから姐さん、力を貸してくれ」

 

 燕青が頭を下げて頼み込んだが虞美人は毛嫌いするようにそっぽを向く。

 

「嫌よ。人間の勝手な抗争でしょ?勝手にして。私は巻き込まれるのは大っ嫌いなの」

 

「虞の姉貴‼姉貴の力が必要なんだ。頼むっ‼」

 

 鉄牛が土下座をしてまでも頼み込んできたが虞美人は拳を握り締め嫌悪するように睨んだ。

 

「だから言ってるでしょう‼もう巻き込まれるのはうんざりなの‼」

 

 怒りと殺気を放ちながら睨む虞美人の様子にユアンは驚きと怯えで声すらもでなかった。しかし彼女たちの話を聞いていたタクトはうーんと考え込んだ。

 

「助けを求めてきてるんだから助けてあげないの?」

「っ!」

 

 タクトの一言を聞いた虞美人はギロリとタクトの方へと視線を向ける。先ほどよりも強い殺意を込めて睨まれているのに対しタクトは臆すことなくただ単純に不思議そうに首を傾げていた。

 

「腐れ縁でも、困ってる人がいたらほっとけないでしょ?それに今は大きな問題になってんなら皆で力合わせてやったほうが楽だし。えーと…ほら、『愉悦どうでしょう』だっけ」

「たっくん、それをいうなら呉越同舟ね。というか意味わかって言ってる?」

 

 ユアンがさりげなくツッコミを入れる。タクトの言葉を聞いた虞美人は怒りを募らせタクトの胸ぐらをつかんだ。

 

「うるさいわね……あんたに私の何が分かるっていうの!?」

 

「なんも分からん!」

 

「っ!?」

 

 まさかの何にもわからないときっぱりと言った言葉に虞美人は思わず面食らい胸ぐらをつかんでいた手を離した。面食らったのは彼女だけでなく燕青も鉄牛も呆気に取られていた。

 

「な、なにも分からないって…」

 

「初めてあった人なんだからなーにも分からないのは当然だよ。話してくれなきゃなんも分からないよ」

 

「この…っ」

 

 虞美人は呆気に取られて怒りを通り越してどう反応したらいいか分からずもやもやしてしまった。するとタクトの答えを聞いた燕青と鉄牛は大笑いしだした。

 

「はっはっはっは‼なあ燕青、こいつは大物だな‼虞の姉貴を困惑させる奴初めてだぜ‼」

「ああ、違いねえ。姐さん、こいつには何を言っても曲げられやしない。だから代わりに俺が話してもいいか?」

 

 燕青の問いに虞美人はムスッとするが興味津々に見つめてくるタクトに大きくため息をついてそっぽを向いた。

 

「……勝手にしなさい」

「ありがてえ。さて、タクト。姐さんについてだが……項羽と劉邦ってのはわかるか?」

「ソースと漢方?」

 

 完全にふざけて言っているわけではない。歴史に興味はあんまりないということを察した虞美人と燕青は項垂れた。恐らくだが長々と話していたら明後日の方向へ向いてしまう。とりあえず詳しい内容は少し端折ることにした。

 

「数千年前の時代、項羽と劉邦って人が国を挙げての戦をしていたんだ。そんで項羽には奥さんがいて、その奥さんってのがこの姐さんこと虞美人ってわけだ」

「ほーん…ん?数千年前からってことは今じゃしわしわのばあちゃん以上になってるはずなのにしわしわじゃないの?」

 

 タクトの素朴な疑問にようやくかと虞美人は苛立ちながら肩を竦める。そんな彼女に燕青は苦笑いし話を続けた。

 

「姐さんはな、人間じゃないんだ」

「わかった!サイボーグ‼名付けてサイボーグババア‼」

「よし、殴る」

「ステイ‼姐さんステイ‼姐さんは吸血鬼、その吸血鬼の中でも上位である『真祖』ってやつなんだ」

 

「…あー、呼吸をするのに大事なやつ?」

「たっくん、それは酸素」

 

 さりげなくユアンがツッコミを入れるも、やはりあんまり分かっていないということを察した虞美人は痺れを切らしてジト目で睨んだ。

 

「真祖といっても血を吸う吸血鬼とは別物。私は動植物のエネルギーを一定量剥奪し自分の力にする…簡単に言えばエナジードレインをする吸血鬼と言っていいわ」

「なるほど…つまりは人造人間19号みたいなやつか!」

「どうしてこう分かりにくい例えをすんのよ…まあそれで不老不死な存在になり現代まで生きてきたわけ。その最中で人間に迫害されたり実験材料にされかけたわ」

 

 その当時を思い出したのか彼女は嫌そうな顔をし、舌打ちしてそっぽを向いた。

 

「でもそんな虞の姉貴を助けたのが藍幇の諸葛静幻だ。静幻は姉貴を食客として迎え、姉貴を守り続けた」

「ふん、あいつは一時期私を藍幇の次期当主にしようとしてきたのよ。面倒事は御免被るから出て行ってやったわ…でもまた巻き込まれそうになるなんて本当にうんざりだわ。これで分かったでしょ?私はこの一件には関わりたくなry」

 

「よし!じゃあ助けにいこっか!」

 

「人の話を聞いてた!?」

 

 分からないというから多少は端折ってしまったが話してやったというのにまるで人の話を聞いていなかったようなタクトの態度に思わずずっこけた。

 

「あんたねえ…私は嫌だと言っているのにわかってんの!?」

「もちのろん!ぐっさんはツンデレってことはだいたい分かったぜ‼」

「なんも分かってないじゃないの!?ていうか気安くぐっさんって呼ぶな‼」

「そう怒っちゃダメだよぐっさん。一宿一飯の恩義を返すチャンスだし、借りを作れるチャンスでもあるよ?」

 

 あの諸葛静幻に借りを作れる、虞美人はその言葉にピクリと反応して戸惑ったがハッとして首を横に振る。

 

「た、確かに…あいつはしつこく私を次期当主にしようとしてきたし、借りを作ってもう二度と関わるなと言えるチャンスだけども…」

 

 動揺する彼女に対して燕青と鉄牛は「チョロイ」と聞こえないようにかなりの小声でつぶやいてジト目で見つめる。戸惑う虞美人にタクトはさらに言い寄る

 

「ねぇーぐっさん、いこーよ?ねぇ行こうよぉ?」

「ちょ、寄ってくるな。くねくねしながら変顔して寄ってくるな!?」

「もう観念した方がいいって姐さん。こいつしつこく付き纏ってくるぜ?」

 

 燕青はニヤニヤしながら言い寄るし、タクトがさらに変な踊りをしながら言い寄ってくる。虞美人はぐぬぬと我慢をしていたがついに押し負けた。

 

「ああもう‼わかったわよ‼手を貸せばいいんでしょ!やってやろうじゃないの‼」

「よっ‼信じてたぜ姐さん‼」

「その代わり!これっきりにして二度と関わらないようにしてもらうわよ‼」

「やったー!流石ぐっさんだ!」

「だからぐっさんて呼ぶな‼」

 

 大喜びしてはしゃぐタクトにイラッとして睨むがもう怒鳴る気力も怒る気もしなくなりただただため息だけが漏れた。

 

「はあ…仕方がないわね。ユアン、貴女はここにいなさい。ここなら安全よ、誰かさんのせいで壁に穴が開いてるけども」

「あははは、姉貴面目ねえ」

 

 虞美人はジト目で鉄牛を睨む。ユアンは頷くと彼女の手を取ってやさしく握りしめた。

 

「ヒナコ先生…お気をつけて」

「……ありがと………それで、燕青!何をすればいいの‼」

 

「そうだな…ひとまず、董卓の所だ。西九龍に上海藍幇の隠れ拠点である高層ビルがある。そこに董卓と裏で糸を引いている奴がいる」

「そのまま殴り込みをするつもり?」

 

「いやこうも簡単にはいかないだろうな。左慈先生の話によれば董卓の奴、鬼一族の覇美らを『交渉』のため呼んだらしい」

「鬼一族…敵に回されたら面倒ね。もう戦役は終わったというのに、董卓の奴何を企んでいるのかしら…要は隙を狙って討てばいいのね?」

「一応は。俺と鉄牛がタクトを捕まえたとして連れていく」

 

 息を潜めて様子を伺い隙を狙って董卓と首謀者を討つ。面倒事はさっさとすましておきたいと考えた。いざその董卓らがいる拠点へと行こうとした時、タクトが手を挙げた。

 

「その前にやっておくことがある!」

「やっておくこと?まあ確かに準備とかはいるけども…」

 

 話をせかしてきたくせに武器とかの準備だけはするのかと虞美人は呆れ気味にタクトを見つめるがタクトは意気揚々にして口を開いた。

 

「ウ○コ行きたい!トイレどこ?」

 

 緊張感のない発言に虞美人たちはずっこけた。




  ゾンビの他にカップヘッドやオーバークックだったりとどんどん新しいのが始まってますね。
  
  序盤でふざけたり、真面目系クズだったりとやはり平常運転(遠い目


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140話

 安西先生…時間が、ほしいです(血涙

 今回も少なめ。展開がなかなか進まぬ…


「カカロット、まだ着かねえのか?」

「カカロット、お腹空いた」

「カカロット!おめぇつえぇなぁ!」

 

 香港島の桟橋から安全な場所へと移動するため呂布と猴そして鵺と静刃の後に続いて歩いている最中、カズキ達3人は静かに移動することが退屈なのか何度も何度も猴をカカロットと呼び続けていた。かの孫悟空こと猴はついに痺れを切らしてプンスカと怒り出す。

 

「ど、どうして猴をカカロットって呼ぶんですか!?」

 

 猴にとっては聞いたこともないあだ名をつけられ不本意のようだがカズキ達には猴の抗議の意味があまりわかっていないようで3人は顔を見合わせてまじまじと猴の尻尾を見つめる。

 

「だって尻尾あるし」

「尻尾斬られる前のカカロットだな」

「今夜は満月じゃない。よかった」

 

「だからなんで尻尾前提なんです!?」

 

 取りあえず簡単な理由を話しても不本意だったようでカズキ達はウーンと唸りながら顔を合わせて考えだした。

 

「じゃあさ、筋斗雲はある?」

「あ、ありますよ?」

 

「如意棒は?」

「も、もちろん!できます‼」

 

「……ビームは撃てる?」

「び、ビーム?え、えーと…あい!ビーム?みたいなのはあります‼」

 

 3人の質問にやや自信あり気に答え胸を張る猴に対してカズキ達は互いの顔を見て納得して頷きあった。

 

「ほらカカロットじゃん」

「やっぱりカカロットだ」

「お前はカカロット。諦めて認めろ」

 

「カカロットじゃないです‼私、孫悟空です‼」

 

猴は涙目で訴えるもカズキら3人はそれでも彼女をカカロットだと認識してしまっていた。このままでは埒が明かないし猴がかわいそうなので静刃が話に割り込む。

 

「お前らその話はそこまでにしておけ。いくら安全とはいえこれだけ騒いだらかえって目立つ。あと猴はドラゴンボールの悟空じゃなくて西遊記の悟空だからな」

「そうだじょ、かの斉天大聖……といってもお前らじゃちんぷんかんぷんだろうな」

「そうです!というかそもそもカカロットってなんですか!?」

 

「カカロットなのにカカロットを知らねえのか?」

「よーし、ナオト!お前カカロットの真似やってやれ!めっちゃくちゃうまかったもんな?」

 

「えっ!?俺!?」

 

 突然のカズキのキラーパスにナオトは吃驚する。まさかこの流れで自分に振ってくるとは思いもしなかったようで戸惑う。嫌そうな顔をして断ろうとするがカズキと猴の期待の視線とケイスケの「お前がナンバーワンだ」と押してきて断るタイミングを逃してしまった。

 

 

「仕方ないな………オッス、おらゴクウ!ベジータかおめぇ!?おめぇベジータか!?お前つえぇなぁ!」

 

 

 ナオトの物真似を目の当たりにした静刃とカツェは呆気にとられた。かつて何事にも動じず物静かで大人しそうなナオトがカズキの無茶ぶりに答えハイテンションで、声が裏返ってしまう程の物真似をするとは思いもしなかった。だが、それよりも驚くことは彼の物真似がとてつもなく下手ということだった。

 

「わ、私そんな変な人じゃないですぅぅぅぅっ!」

 

 カズキとケイスケと鵺が爆笑する中、ナオトの全く似ていないカカロットの物真似を見た猴は案の定再び涙目で訴えた。

 そんな彼らのおかしい様子を離れてみていたココは隣でどう反応したらいいのか困った結果取り合えず見守ることにしていた呂布をジト目で睨んだ。

 

「呂布…お前、こんな頭おかしい奴らに負けたアルか……」

「言うな。ああ見えて結構強い奴らだ、と思いたい……」

 

 どこか遠い眼差しをしている呂布を見てココは自分はキンジとアリア達に負けて本当に良かったとほっと胸を撫で下ろした。感傷に浸っていた呂布はこんなことをしている場合ではないと我に返りここで先に進むことを催促する。

 

「さっさと行くぞ、ここで油を売っている場合ではない」

 

「というかどこ行くんだっけ?」

 

 物真似をいち早くやめたナオトの問いにやっとかと静刃は肩をすくめる。これでようやく話を進めることができる。

 

「藍幇城から脱出した諸葛静幻の隠れ家だ」

 

「そっかー!で、そこでご飯食べるんだっけ?」

「腹が減った。飯くれを飯を」

「じゃあさっさと行こうぜ。案内しろよ」

 

「頼むからお前ら静かについてきてくれ……」

 

 どうして飯のことしか考えていないのか、静刃はあきれて頭を抱える。しかし彼らのよく分からない思考に何度も呆れてしまってはこちらの胃が持たない。ひとまずやいのやいのと騒がしくするカズキ達をなんとかしてついて行かせることにした。

 

 しばらく歩いて香港島が太平山の麓へと進み、深々と生い茂る木々に囲まれた物静かな場所に一階建ての小さな屋敷へとたどり着いた。屋根と壁は色褪せ、瓦にはヒビや苔がついており相当古い建物のようだ。

 

「ここはかつて藍幇の非常時の隠れ家として使われてきたが今は静幻が療養をとる場所となっている。己の病が深刻化した場合、誰にも知られないようにここへ潜むらしい」

「あい、諸葛様が療養されている時呂布様が門番を務めていると私も初めて知りました!」

 

 猴がぴょこぴょこと尻尾を振りながら付け足す。諸葛静幻がそれほど呂布を信頼しているのかと静刃は納得してうなずくがカズキ達は話を理解しているだろうかと後で問いただしたいくらいキョトンとしていた。恐らくお腹が空いているから話をあまり聞いていないだろう。

 

 そこはあまりつっこまないようで、呂布は屋敷の中へと入っていく。中は無人かと本当にここに諸葛静幻がいるのかと言いたいくらい静かだった。

 

「おっじゃましまーす!うおおおめっちゃ涼しい‼」

「あー結構歩いたな…めっちゃ静かだなおい‼」

「それよりもお腹空いた」

 

「な、ナオト様、よろしかったら携帯食料をどうぞ!海水に濡れていないので大丈夫です!」

 

 そんな物静かなところも彼らが来るとすぐに喧しくなる。静かな雰囲気が一瞬で壊された静刃とココはうんざりするようにジト目でカズキ達を睨んだ。気を取り直して呂布に案内され進んでいき、障子張りの戸を開けて畳が敷かれた広間へと辿り着く。

 

「静幻、少し時間がかかったが例の奴らを連れてきたぞ」

 

 広い畳の間に無地の白い和服を着た丸目が目をかけた糸目の男性が古めかしい書物を読んでいるのが見えた。呂布の声を聴いた男性はこちらへと顔を向けてニコニコと笑顔を見せた。

 

「貴方達が例の…ようこそ、お待ちしておりました」

 

 ニコニコと笑顔を見せるこの男こそが香港藍幇の頭首、諸葛静幻であった。戦役会議以来久々に静幻を見たカツェは病のせいか以前よりも痩せていることに気づいた。それに対してカズキ達はまじまじと見てから「ふーん」とややがっかりしたような声を漏らした。

 

「なんかこう…派手かと思った」

「今です、とかいってなんかしてくると思ったな」

「それで団扇からビーム出せるの?」

 

「お前ら初対面からめちゃくちゃ失礼だなおい」

 

 いったい静幻に何の期待をしていたのか、露骨にがっかりするカズキ達に静刃は辛辣にツッコミを入れた。そんな彼らに対して静幻は陽気に笑った。

 

「ははは、噂通りなかなか面白い人達ですね。病のためみすぼらしい場所へ来られたうえに情けないお姿でお迎えしたことには申し訳ありません」

 

 カズキ達に向けて静幻は大きく頭を下げた。まさかこのような何を考えているのかわからない連中に頭を下げるなんて、とココはギョッと目を丸くした。

 

「はっはっは‼いいってことよ‼俺はこまけえことはぜーんぜん気にしねえぜ‼」

「今度うまい飯とか奢ってくれたらチャラにしてやるよ」

「とりあえずなんか食べ物とかないの?」

 

「お前らつくづく本当に失礼な奴だな!?」

「傲慢すぎるヨ!?」

 

 なぜか偉そうにするカズキ達に静刃とココが小突いて叱咤した。しかし3人はなぜ怒られたのかあまり気にしていないようで、彼らは立場とかその場の雰囲気とか全く気にすらしないから仕方ないのだろうとカツェはため息をついた。

 

「ところでなんで俺たち孔明の所に連れてこられたんだっけ?」

「はっ…まさか孔明の罠!?孔明だけに高名な判断ってかー!?」

 

「あの、私は諸葛ですが孔明じゃないのですが…」

「静幻、スルーした方がいい。いちいち気にしていたら胃に穴が開くぞ」

 

 静刃は遠い眼差しで静幻に促す。カズキ達に向ける彼の心なしかやつれた眼差しにかなり苦労をしていることを静幻は察した。

 

「カズキさん、ナオトさん、ケイスケさん、そしてリサさん、貴方達のことは更子さんからお伺いしております。」

 

「いやー、俺達4人の話は知ってるってさ!すげえなナオト‼俺達4人だってよ!」

「4人…?たっくん忘れてない?」

「たっくんなんていなかったんや」

 

 カズキはナオトにうざったいほど絡み、ナオトはタクトが今どこにいるのだろうかと考え、ケイスケは今頃タクトは捕まってるんだろうなぁと面倒くさそうに舌打ちした。とりあえずリサだけが人の話を真面目に聞いているようなので話を続けた。

 

「今香港では私達香港藍幇と上海藍幇との抗争が起き、現状は董卓率いる上海藍幇に押され私達は瀬戸際に立たされています。私が倒れてしまえばこの香港は彼らの手に墜ちてしまうでしょう…更子殿は貴方達がこの香港藍幇と上海藍幇の争いを止めさせ、香港藍幇の危機を救ってくださるとおっしゃっていました。どうか私たちにお力をお貸しいただけないでしょうか…?」

 

 静幻は先ほどの笑顔とは一変し真剣な眼差しでカズキ達に頼み込んだ。かの諸葛静幻がここまで頼み込むとは、病の状況もかなり深刻であり彼自身も切羽詰まっているかもしれないとココとカツェは息をのむ。しかし今の香港藍幇の現状をあまり理解していないカズキはガハハと高々と笑いながら頷いた。

 

「しょうがねえなぁ!頼まれちゃったらやっちゃうしかないよな!俺たてぃのしょしょしょしょしょーん…」

「途中で噛んで諦めてんじゃねえよ。その代わり絶対にうまい飯を奢ってもらうからな」

「早くご飯食べたいからさっさと敵陣に突撃しようか」

 

「どうしてお前らは飯のことと突撃することしか考えてないんだよ!?」

 

 こんな状況でも結構呑気にしているカズキ達に対して静刃はうんざりするように肩を竦めた。そんな陽気でやる気満々なカズキ達に静幻はクスリと楽しそうにほほ笑む。

 

「どんな状況にも屈しないどころか寧ろ楽しむ…勇士、というよりか戦士ですね」

「いや、まだこの3人だからマシなんだ…4人になると戦士どころじゃなくなる」

 

 これまでのことを考えたら今度はどんなことをやらかすか、彼らの行動を見てきた静刃とカツェは遠い眼差しでカズキ達を見つめる。そんなどこか黄昏ている二人に対して鵺とココはやる気に満ちていた。

 

「やっと大暴れできるか!鵺は暴れたくてうずうずしていたじょ‼」

「早く董卓のアホから姉妹達を助けないと、それにうざい静幻に借りを作れる絶好の機会ネ!」

 

「これだけ精鋭がいれば問題はないだろうな。俺はこのだらしない大将のお守りをせねばならん」

 

 自分は守り側につかなければならず活躍ができないとため息を漏らした呂布に横目で睨まれた静幻は面目ないと苦笑いをした。

 

「ははは、呂布殿申し訳ありません……ここから北へ歩けばと小さいですが隠しの武器庫があります。何か必要なものがあればお申し付けください、微力ながら我々香港藍幇の者がお力を貸しましょう」

 

「おっしゃ!そうときたらさっそく準備しようぜ!お前ら40べようで支度しな!」

「とかいいながら足しびれて動けてねえじゃねえか。置いてくぞカス」

「とりあえずたっくんの分も用意しとく?」

 

 カズキ達は我先にと広間から出て行った。ちゃんと場所を把握しているのだろうかとカツェ達もあとへ続けていこうとしたが静幻に呼び止められた。

 

「……間者から董卓が西九龍にある拠点に覇美ら鬼一族を呼び連れた、と伝達がありました」

 

 覇美と聞いてカツェは眉をひそめた。もうすでに戦役は終わっている。交渉か同盟、だとしても鬼一族には何のメリットはないはず。ましてや鬼一族も香港藍幇と同様遠山キンジと戦って負け、彼の味方となっている。董卓にとっては鬼一族は敵になるのは明らかだ。

 

「恐らく董卓ではなく彼の後ろにいる何者かが目的があるのでしょう……猴、貴女に無理をさせてしまうかもしれませんがカズキさん達について行ってくれないでしょうか?」

 

「わ、私がですか?」

 

 まさか自分を「カカロット」とよくわからない人の名で呼んでくるカズキ達と行動することになるとは思っていなかったようで長い尻尾がピンッと伸びた。

 

「嫌な予感がするのです…もしかしたら……猴、もしもの時の為、貴女にこれを」

 

 静幻は懐からエジプト風の小さな鍵を取り出して猴に渡した。

 

「パトラの鍵……」

「今この鍵に効果があるかわかりませんが…覇美を助けてあげてください」

 

 小さな鍵を受け取った猴は意を決したようでこくりと大きく頷いた。

 

「あい…静幻様の予感はよく当たります。私、やってみます!」

 

 彼女の決意とその眼差しを見た静幻は安堵したように笑顔を見せて頷き彼女の頭を優しく撫でた。

 

「成長しましたね、猴…これで安心しましたよ。これなら私がいつかいなくなっても大丈夫でしょう…」

「静幻様…私ry」

 

 

「遅いぞカカロット‼早く支度しねえと置いてくぞ‼」

「おいカカロット、ここは時と精神の間じゃねえんだぞ?時間がねえから早くしろ」

「カカロット、瞬間移動とかできる?」

 

 目を潤わせて何か言おうとしていた猴の言葉を遮るようにいつの間にか支度を終えて迷彩柄のボディーアーマーを身に着け銃器を担いだカズキ達が押し寄せてきた。

 

「私カカロットじゃないですってばぁぁ‼」

 

「空気‼お前ら空気読めヨ!?」

「せっかくいい雰囲気だったのにすぐに台無しにするよな!?」

 

 





 シリアスな展開にしたいけどやっぱりできなかった…いつものことだからシカタナイネ!

 


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141話

 遅くなりました!
 7月ギリギリ滑り込みセーフ!(大遅刻

 暑さのせいで疲れがとれない……
 各地はどんどんと酷暑になっていくようで、皆さんも熱中症には気を付けてください


「たっくん、もっくん、やっくん…」

 

「さっきからあんた何やってんの?」

 

 夜が深くなり行き交う車も人も見えなくなっても尚煌々と輝く街中にある一つの高層ビルの入り口の前にタクト達は立っていた。先ほどから楽しそうにリズムをとっていたタクトに虞美人はジト目で睨んだ。

 

「ふっふっふ、俺の自慢のラップを披露しようと練習しようとしていたのさ!」

「いや、そんなのはいいから。ていうか全然ラップでもなんでもないのだけど」

 

 こうは言ってもタクトは止めることなく偽ラップを口ずさみノリノリでくねくねと踊り出す。聞く耳を持たないタクトに虞美人は頭を抱えて大きなため息を漏らす。果たして彼を連れて大丈夫なのか、虞美人はますます不安になった。

 ここまでの道中、人の話は聞かないし余所見をして勝手にうろうろしだし迷子になりかけたりと何度も路線をはずされたことか。更にはこの状況をちゃんと理解しているのか。否、彼は理解していないだろうと虞美人はタクトを嫌そうに睨む。

 

「あんたねぇ…敵の拠点の前にいるのよ?自覚というものはないの?」

「え?エナジーボンボン?重要だよね!」

「もうやだ会話にならない…」

 

 今自分達がいる場所の目の前にある高層ビルは上海藍幇の新拠点であり、今は董卓の私用の建物の一つである。董卓を捕らえ、この抗争の終息と黒幕を暴く為に潜入するというのにタクトから緊張感というものが微塵も感じられない。

 

「燕青と鉄牛は準備があるとかいってどっかいくし、このバカと一緒に待たされたらこっちの身が持たないっての…!」

「よーし、兎に角入ってみようぜぇ?」

「だから待てといってるでしょうが!?」

 

 勝手に我先にと入口へと入ろうとしたタクトの首根っこを掴んで食い止める。このまま待たされたら本当にこちらの身が精神的に持たない。早く来ないかと苛立ちを募らせていく。

 

「わりぃわりい‼待たせちまったな‼」

 

 ようやく来たかと大きなため息をつきながら声のする方へと顔を向くと、やって来る鉄牛の隣に顔も姿もタクトにそっくりな人物がいた。虞美人は一度物凄く嫌そうな顔をするがすぐにため息をついてジト目で睨んだ。

 

「確か、あんたは変装が得意と言っていたけれども……馬鹿が増えたかと思ったじゃないの」

 

「まあまあ、俺の十八番なんだから仕方ないだろ?」

 

 身長も顔も体つきもタクトとそっくりだが声だけは燕青の声であり、姿形が全く同じであることにタクトは目を輝かせていた。

 

「すっげええ!いなれば双生児ドッペルゲンガーでしょ!」

 

「すげえだろ。燕青の変装は誰にも簡単には見破れねえんだぜ?」

「鉄牛、あんたが自慢することじゃないでしょうが」

「後は声を真似るだけなんだが、タクト何でもいいから何か言ってくれねえか?」

 

 唐突に振られてタクトは腕を組んで渋い顔をしながら考え込んだ。別に深く悩む事ではないのだがと虞美人は心の中でツッコミを入れながらジト目で睨む。考えること数分、しばらく考えたタクトは何か閃いたのか変顔をしてしゃべりだした。

 

「嗚呼……アンパンマぁン、おなかすいたよぉ」

 

 いつもの声ではなく声帯は低くどこかバカっぽい声でしゃべりだした。タクトがいきなり変な声を発してきたので虞美人達は一瞬固まる。

 

「いや…あんたなんなのそれ?」

「え?バカオくんの物まね!……あぁ、アンパンマン。暇つぶしにパチンコ行ったら15万無くなっちゃったよぉ」

「いやあの…ふ、普通に喋ってくれる方がありがたいのだけど…」

 

 燕青は困惑していたがバカオくんの物まねが楽しいのかタクトは止めることなくバカっぽく喋り続けた。

 

「あぁ…あぁ……あぁ…あーバカになるまで時間がかかるよぉ」

「だから普通に喋りなさいよ普通に‼」

 

 何も進展もしていないので我慢の限界に達した虞美人がタクトにげんこつを入れた。タクトは何で怒られたのだろうかと疑問に思いながらも渋々真面目に喋ることにした。

 

「んんー、ん゛んっ…こんな感じでどうだい?」

 

「おおーっ‼俺の声にくりそつだー!」

 

 声もタクトと同じ声になり完全に彼に変装した燕青にタクトは目を輝かせる。二人が並ぶとタクトがふざけた行動しない限り誰もがどちらかが本物か見破るのは難しいだろう。ようやく次の行動へ移せると虞美人は背伸びをする。

 

「さてと…ここから正念場ね。燕青、鉄牛、私たちはどうすればいい?」

 

「姐さん達は裏からまわってくれ。裏口の通路を通ればエレベーターがある」

 

 燕青は懐から紙を虞美人に渡す。紙には内部の構造図やダクト、部屋の配置図などが書き記されていた。

 

「今夜は鬼一族らの要人が来ている。奴さん達はそっちに集中してるだろうし、あとは董卓の女好きっていう性悪のおかげか男の警備は少ない」

「残るは左慈ね…術を張られてなければいいのだけど」

 

「どうにかなるなるー!張り切っていこうぜ‼」

 

 一体どこからそんな自信が来るのだろうか、他人事みたいにこの状況にわくわくしているタクトに虞美人は肩を竦める。しかし彼女とは反対に鉄牛と燕青は気楽に笑った。

 

「おうその意気だぜ!俺と燕青で時間を稼ぐ、そっちは任せたぜ?」

「なるべく偽物だとバレねえようにやってやる。姐さんとうまく潜入してくれ」

 

「おっけー!この日本界のジェームズと呼ばれているかもしれない可能性もある菊池タクトに任せておけ‼」

 

 自信満々にサムズアップするタクトに本当に任せても大丈夫なのだろうかと虞美人の不安はさらに募っていく。そんな彼女の不安を察することなく燕青と鉄牛は董卓のいるビルへと入っていった。

 

「さあ行こうぜぐっさん‼俺たちのターンだぜ!」

「正面から入っていくな!?あと、気安くぐっさんと呼ぶな!」

 

 正面から入っていこうとするタクトの首根っこを掴み裏へとまわっていく。辺りを警戒しながら裏口から内部へと潜入すると中は静寂で閑散としており人の気配はない。燕青の言っていた通り今の警備は薄いようだ。

 

「手薄とはいっても監視カメラは設置されているようね…左慈の罠もあるかもしれないしここから先は慎重にry」

「ゴーゴーゴーゴーゴゥ‼」

 

 虞美人が注意する前にタクトは大声を出しながらドタドタと通路を駆け抜けていってしまった。監視カメラをも無視し人の気配がないからとはいえ無防備にしかも見つけてくれと言わんばかりの大声で走っていったあの有様に虞美人はさらに怒りを募らせていく。内心もうほっといていきたいが何かがあるかわからない、うんざりしながらもタクトを追いかけて行きエレベーターの前で立ち止まっている彼に追いつくと怒りを込めて睨みつけた。

 

「あんた…‼何してんのよ!?バカなの!?」

「どうもぉ!ゴウでぇす‼」

「本当に会話になんない‼」

 

 タクトは一体何を考えて行動しているのか、会話のドッジボールの状態が続いていることに虞美人はうんざりとする。きっと監視映像の中に鮮明に映されているだろう、来てしまったからにはもう後戻りはできない。虞美人はやけくそ気味にエレベーターのボタンを押す。

 

「ああもう…こうなったらやけくそでやってやろうじゃないの。そんでさっさとこのバカとおさらばするわ!」

「へーい、落ち着いて行こうぜぇ?」

「誰のせいだと思ってんのよ!?」

「うーん……生理?」

「はったおすぞ!?」

 

 そんなやり取りをしているうちにエレベーターの扉が開いた。こんなことに時間を費やしている場合でないとイライラしながらタクトと共に乗り込み董卓らのいる最上階へと目指した。エレベーターで登っている間にもじっとできないのかタクトが「ここでオナラしたら面白いよね」とか言い出すので黙ってほしいという意図を組んで拳骨を入れた。

 エレベーターの扉が開き目的地である階へとたどり着くと再び辺りを警戒して注意深く見まわしていく。敵がいないことを確認し、懐から内部が書かれている図を取り出してダクトの場所を探し始めた。ようやく中へ入れそうなダクトを見つけると改めてタクトに注意する。

 

「いい?ここからが用心しなさいよ?ダクトを通して董卓のいる場所へと向かうわ。左慈の他に上海藍幇の刺客もいるかもしれない。相手に気取られないように慎重に行くわよ?」

「おっけーい‼騒いだりしたら容赦しねえぞ‼」

「それはこっちのセリフだっての‼」

 

 本当に何様なのだろうか。これ以上相手してたらこちらの調子が崩れてしまう。気を取り直して大きいダクトへと入り込み、地図を見ながら董卓のいる場所へと進んでいった。タクトがちゃんとついてきているだろうか、勝手にどこかへ行こうとしてないか注意しながら進んでいくとふと鼻にツンとくるような酒の匂いが匂ってきた。匂いのもとを探って進み、網目の部位から様子をのぞいてみた。

 赤と金の龍の装飾が施された柱に派手に彩られた龍や鳳凰の像が置かれたなんとも絢爛豪華なホール。そして自分たちが覗いている場所の真下に大きな大理石の円卓に並べられた豪勢な料理に舌鼓を打ちながら上機嫌に酒を飲んでいる董卓の姿が見えた。

 

「…いたわ」

「でかした‼」

「声デカすぎよ⁉静かにしてなさいって!」

 

 大はしゃぎをするタクトを咄嗟に叱り気づかれていないか焦りながら辺りを除く。それもそのはずそこにいるのは董卓だけではなく左慈や董卓側に寝返った3人のココの姿もいた。下手に騒げばすぐに察され見つかりかねない。

 

「うん?他にも誰かいるみたい」

「あれは…」

 

 彼らのほかに円卓を囲ううに座っている人物の姿が見えた。どこか和風にみえるがアフリカチックな衣装を着た赤銅色の髪で筋骨隆々な女性と長い黒髪の女性、そして周りを気にせず料理を頬張っているクセのある赤銅色の髪をした少女だった。よく見るとその女性たちは頭から角のようなものが生えていることにタクトは気づいた。

 

「なんか角がついてる…」

「あれが鬼一族よ」

「あれが⁉」

 

 想像していたのと違っていたのだろうか、タクトは目を丸くして驚く。今更動揺したのかと虞美人は肩をすくめてため息をついた。

 

「今更怖気ついてどうすんのよ…」

「なんてこった……トラ柄のパンツしてるのかどうか聞きづらくなった」

「そっちか⁉」

 

 なんとも緊張感のないことか。この先本当に大丈夫なのかと虞美人の不安はさらに募っていく。

 

「でもあいつらが手を組んだらなんか厄介だなー」

「そうでもないわよ?ちっこいのを除いてさっきから鬼の連中は董卓を睨んでいるみたいだし」

 

 虞美人の言う通り小さい鬼の少女を除く残り二人の鬼は酒も料理も口にすることないまま殺気を込めて董卓を睨み続けていた。一手でも違えば即座に董卓に襲い掛かるような勢いを込めており、一触即発の雰囲気が漂っていた。そんな鬼たちに対して左慈は無言で見つめ、董卓は彼女たちを眺めながら上機嫌に酒を飲み、ココ3姉妹はその様子をビクビクしながらオドオドしており、そして隣には黒いミニチャイナドレスを着た少女の姿も見えた。その少女は炎の形をした槍を持ち、眠たそうに欠伸をしていた。

 

「お?見かけない顔もいる」

「あれは哪吒…!」

「知っているのか雷電!」

「誰が雷電よ!彼女は上海藍幇の戦闘員。かなり手強い相手よ……ったく、これじゃ下手に奇襲はできないわね」

 

 虞美人は苛立ちながら舌打ちをする。鬼一族に左慈と哪吒、両者共動きを伺っており長いこと膠着状態が続いていたようだ。その最中で出てしまったら袋叩きにされるかもしれない。

 どうするかじっと考えていると、そこへ鉄牛とタクトに変装している燕青がやってきたのが見えた。彼らの姿を見た董卓はグイっと酒を飲み干すとガハハハと喧しいくらいに大声で笑いだした。

 

「ガハハハ‼ようやく来たか‼そいつが例の小僧か‼」

 

「鉄牛、随分と時間がかかったようだな?」

 

「ああ…ちょこまかと逃げ回ってたもんでかなり手を焼いちまったぜ!」

 

 董卓ならともかく左慈には見破られないようにしなければならない。鉄牛は焦りながらも誤魔化していく。

 

「ところで燕青の姿が見えぬが如何した?」

「え、燕青ならこいつの仲間を捕まえに行ったぜ!戻るまで時間かかるかもしれねえなぁ」

「……」

 

 どうしてこうも誤魔化すのが下手なのだろうとタクトに変装している燕青はジト目で鉄牛を睨む。左慈はただ軽くうなずくとじっと変装している燕青を見つめ続けた。変装がバレたらどうなるか、燕青は緊張と焦りで汗を流す。

 

「よいよい‼左慈よ、そう疑う出ないでない!折角のうまい酒が不味くなる‼」

 

 不機嫌に睨む董卓に左慈は頷き一歩下がった。董卓が腑抜けで助かったと鉄牛と燕青、虞美人はホッとする。再び酒を飲み始めた董卓はニンマリと鬼達のほうへと視線を向ける。

 

「グフフ…かの鬼の一族、思った以上の美女たちでより酒が美味くなるわい」

 

 董卓の下種な笑いについに我慢の限界か、筋骨隆々の鬼の女性が円卓を強く叩き董卓を睨みつけた。

 

「そろそろ我々をここへ呼んだ訳を聞かせてもらおうか。我と津羽鬼ならまだしも覇美様の来訪を望むとは何のつもりだ?」

「鬼を顎で使う始末、内容によっては貴様らにはそれなりの代償を受けてもらうぞ?」

 

 筋骨隆々の鬼の女性に続いて津羽鬼と呼ばれた鬼の女性も殺気を込めて董卓を睨みつけた。津羽鬼はすでに手に太刀を携えておりいつでも斬りかかる用意をしていた。

 

「……鬼、野蛮。騒ぐなら、黙らせる」

 

 すると先ほどまで退屈そうに欠伸をしていた哪吒が彼女らの殺気に反応したのかゆっくりと炎の形をした槍の切っ先を鬼たちに向けて睨み返した。緊縛した空気がさらに濃くなっていく。両者にらみ合いいつ戦闘になるかわからない。びりびりとくる殺気に覗いていた虞美人まで冷や汗を流す。タクトがこの空気に押されていないか、ちらりと横を見ると肝心のタクトは退屈そうに鼻をほじっていた。

 

「で、まだ出ちゃダメ?」

「吞気か⁉というか鼻をほじるな‼」

 

 状況をちゃんと理解しているのか。他人事のように鼻をほじっているタクトに虞美人は頭を抱える。そんな中で殺伐としてにらみ合う両者に動きがあった。覇美と呼ばれた少女が肉を頬張りながら手を挙げた。

 

「閻、津羽鬼、無暗に手を出さない。料理、不味くなる」

 

 覇美はムスッとした表情で閻と津羽鬼をジト目で見つめた。そんな覇美に睨まれた二人はすぐさま殺気を沈めて覇美に詫びた。

 

「あのチビッ子、ボンボンなの?」

「あんた知らないの?あの少女こそが鬼一族の長である覇美よ。あの鬼の中でもかなり強いわ」

「マジか…うわようじょつよい」

 

 そう言いながらタクトは欠伸をする。絶対にまじめに人の話を聞いていないだろう、と虞美人は横目で睨んだ。覇美と同じように董卓も手で哪吒に動くなと合図した。

 

「ガハハハ、そう怒るでない。儂がお前達を呼んだ理由は二つ。まず一つは上海藍幇が香港藍幇を制しこの大陸の裏を支配するために同盟を組みたい」

 

 同盟と聞いて閻と津羽鬼は表情を険しくしだした。様子からして同盟は絶対に不可能のようだ。覇美もその言葉を聞いて不機嫌になったようで董卓を睨んでいた。

 

「香港藍幇、猴がいる。猴、覇美の友達。お前たちの同盟、大反対!」

 

 覇美はあっかんべーと董卓にいやそうに舌を出し、ガウガウと牙をむいた。

 

「董卓、貴様は正気か?そのようなくだらぬことのためだけに我らを呼び、更には覇美様を怒らせた」

「覚悟はできているかしら…?」

 

 閻と津羽鬼は立ち上がりいつでも戦闘に切り替われるよう構えた。交渉は完全に決裂、鬼と戦闘になりかねない最中に董卓は大笑いをして話を続けた。

 

「ガハハハ‼この同盟なぞ破棄されることはすでに知っておるわ!言ったであろう?お前達を呼んだ理由はもう一つある。お前達に会わせたい人がいるのだ」

 

 董卓が言い終えたと同時にコツコツと靴の鳴る音が響いた。暗がりから白いスーツを着た物柔らかそうな男性が現れた。閻は警戒してその男性に睨みつける。

 

「誰だ貴様」

「どうも初めまして。私、元猿楽製薬社長の木村雅貴と申します。今はNの構成員でありますがね」

 

 殺気むき出しの鬼達に木村は怯えることなくさわやかな笑顔で挨拶をした。飄々とした成に反してどこか底を知れない気配を察した閻は鋭くにらむ。

 

「Nか……うわさに聞いていたが。それよりも貴様、本当に人間か?」

 

「さあ?どうでしょう………もっとも鬼の貴女方ならわかるのではありませんか?」

 

 さわやかにほほ笑む木村に閻は警戒する。すると突然ガシャリと皿が割れる音が響いた。見れば覇美が立ち上がり木村を睨んでいた。その様子は怒りと驚き、そして怯えが見えていた。

 

「この嫌な臭い……貴様はもしや……!」

「これはこれはお久しぶりですな。覇美様……緋緋神様とお呼びしたらよろしいですかな?」

 

 木村に対して只ならぬ殺気と怒りと怯えを見せている覇美を閻と津羽鬼が彼女を守るように前に立つ。突然の状況に虞美人も焦っていたがふと何かを感じた。

 

「確かに…この嫌な臭い……どこかで」

「あ?ごめん、おならしちゃった」

「この馬鹿が‼」

 

 虞美人はすぱーんとタクトを叩いた。というかこんな状況でおならをするんじゃない。タクトのおならは置いといて、覇美の言う通り木村という男から臭った。間違いなくあの男はただの人間じゃない。人間に化けたナニかだ。

 

 その時、バチンと何かが割れて弾けた音がした。するとその音が響いたと同時に覇美ら鬼達がガクリと膝をついた。力を奪われたのか苦しそうにしており、閻が木村を苦しみながらも睨みつけた。

 

「力が…貴様、何をした……‼」

 

「おやおや、()()()()()()()。ですが私の仕業ではありません。彼女が待ちきれなかったようです」

 

 木村はちらりと暗がりのほうへと視線を向けた。そこには朱と金色の絢爛な民族衣装を着た長い金髪の女性の姿があった。その女性の後ろには九つのモフモフとした金色の狐のしっぽがゆらゆらとしていた。その女性を見た董卓はでへへと笑う。

 

「おぉ~玉麗!お主がわざわざ手を下さなくても!忌々しい鬼共にお主の美しき姿が汚されてしまう!」

 

 玉麗と呼ばれた女性は持っていた朱色の扇子を広げて口を隠しながら軽く笑った。

 

「申し訳ありませんわ董卓様。ですが私、待ちきれませんでしたの。せっかくの()()()ですもの」

 

玉麗はオホホと笑いながら力を失っている覇美達へと視線を向ける。

 

「さて、分け前は2と1。話はそれで宜しくて?」

「ええ、緋緋神がいなくても彼女は緋緋神の依代。それらを喰らうことが私の目的ですから」

「オホホホ、相変わらず随分と欲張りですのね、木村社長………いえ、影鰐と呼べばいいかしら?」

 

 影鰐、その言葉を聞いた鬼達、そして虞美人や燕青達はぞくりと言葉を疑った。

 

「嘘でしょ⁉あいつが影鰐…⁉でも影鰐は…千年前に封印されたはず…」

「え?そんなにやばいの?」

「ヤバすぎるわよ⁉影鰐という化け物にあの玉麗まで…‼」

「あのモフモフ狐尻尾ちゃんも知ってるの?」

「知ってるわよ!そいつらが手を組んでたなんて迂闊だったわ…‼たっくん、すぐに逃げるわよ。この戦い、明らかに相手が悪すぎる」

 

 Nという組織は知らないが影鰐がいることで鬼も香港藍幇はもう助からない。燕青達には悪いがこちらには打つ手がないので逃げさせてもらうと虞美人は引こうとした。そんな中、タクトはガシャンガシャンと金網を叩き出した。

 

「ちょ、あんた何してんのよ⁉見つかるわよ⁉」

「諦めたらここで試合終了だって安西先生が言ってた!」

「誰よ⁉というかこんなことしてないで早く逃げるのよ!」

 

 この戦いは人間が勝てる相手ではない。虞美人はタクトを止めようとするがタクトはやめようとしなかった。

 

「状況わかってんの⁉無理なのよ⁉」

「最初っから無理だと決めつけるのは早いよ!やってみる価値ありまっせ‼」

 

 タクトはそう言いながらガシャンと強く叩いた。すると金網は外れ、金網と鉄板とともに二人は落ちた。

 

「いやっふぅぅぅぅっ‼」

「ぐへえええっ⁉」

 

 タクトの楽しそうな叫びと同時に誰かの野太い悲鳴が響いた。そういえば自分たちの真下には董卓が上機嫌に酒を飲んでいたはず。虞美人は恐る恐る鉄板の下を見ると、案の定董卓が鼻血を出してのびていた。

 

「ぬっ⁉何奴じゃ⁉」

「これは…燕青、うまく謀りましたな」

「おやおや、ネズミがいたと思えば思ったより大きなネズミですね」

 

 玉麗が驚き、左慈が唸り、木村がにこやかにほほ笑み、ココ3姉妹と燕青らがぎょっとしている最中、タクトはキョトンと辺りを見回して気絶した董卓を見る。

 

「敵将討ち取ったりぃぃぃっ‼これで俺たちの大勝利‼」

「大ピンチよ、この大馬鹿がああああっ‼」

 

 敵の目の前で大喜びして叫ぶタクトに虞美人が涙目でツッコミを入れた。




 4人のホラーゲーム実況を見てたらホラーなんて吹っ飛んだ。
 この4人にかかればホラーもカオスになるんやなぁ(白目


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142話

 やあみんな‼もうすぐ夏休みが終わっちゃうね!夏休みの宿題は済んだかい?
 僕は寧ろお休みがもっと欲しいね!(血涙




 


「あんたこれどうすんのよ…!」

 

 虞美人は周りを睨みながらタクトに悪態をつく。目の前にはココら3人、上海藍幇の精鋭の哪吒、術士の左慈、そしてこの件の黒幕であろう玉麗と影鰐。これだけの強敵に囲まれている今の状況は明らかによくない。緊張と焦りが募る虞美人に対してタクトは全く動じていなかった。

 

「おらーっ!敵総大将はこの三国無双だったら20comboはお手の物かもしれないと言われている無双マスター、菊池タクトが討ち取った‼降参するなら今のうちだぞーっ!」

 

 気絶している董卓を指さし勝ち誇る態度をとるが誰一人口を開かず沈黙が流れた。左慈は無言でタクトを見つめ、ココら3姉妹はぽかんと口を開けたまま呆気にとられ、哪吒は呆れて首を横に振り、タクトに変装している燕青と彼の傍にいる鉄牛は「やってしまった」と言わんばかりに顔を覆う。無反応の彼らにタクトは目をぱちくりした。

 

「……あれ?」

「あれ、じゃないでしょうが‼」

「そっか、聞こえなかったんだな!よし、もう一度言うぞ。敵総大将はry」

「せんでええわっ‼」

 

 スパーンと虞美人のツッコミがタクトに炸裂する。彼らの様子を見ていた玉麗が声を上げて笑い出した。

 

「フフフフ、誰かと思えば虞ではないか!久しいのう」

「余計なお世話よ。あんた達だけには二度と会いたくなかったわ」

「お?あそこのキツネおばさんとお知り合い?」

 

 好奇心満載のタクトは不思議そうに玉麗に指をさす。いきなり「おばさん」と言われてピクリと玉麗は反応するがクスクスとほくそ笑んだ。

 

「それにしても、これまで見てきた人間の中でもなんとも『美味そう』な人間よのう。こんな莫大な馳走を抱えた人間は初めてじゃ…!」

 

 タクトを見つめる玉麗は鋭い犬歯を見せて不気味に妖艶に笑いながら舌なめずりをしだした。標的にされたタクトはドン引きしながら首を何度も横に振った。

 

「いや、俺そういう趣味ないから。年上好きなのはキンジで十分っしょ」

「そういう意味じゃないわ。玉麗は蠪蛭(りょうてつ)と呼ばれる狐の妖。彼女は『運』を喰らい、『運』を操る力を持っているのよ」

 

 虞美人がタクトを横目で見ながら説明した。『運』を喰らう玉麗がこんなにもタクトに興味を示すとは、何を考えているか分からない男なのにかなりの強運の持ち主だとは思いも知らなかった。

 それを聞いたタクトは「マジかよ」と呟いて戦慄した。ようやく彼女がどれだけ危険なのか理解したかと虞美人はため息を漏らす。

 

「マジかよ…‼こいつウン〇喰ってウン〇操るのかよ!?きったねえなオイ‼」

「なんでよ!?なんでそうなるのよ!?あんた本当に馬鹿なの!?」

 

 完全に勘違いしていた。というよりもなんでそうなるのか。虞美人が必死に訂正するが、一方の玉麗は額に青筋を浮かべていた。

 

「ククク…ここまで妾を愚弄する愚か者は貴様が初めてじゃ…‼どれ、貴様の『運』を食らった後に生きたまま臓物を引きずりだし喉元を食らい苦痛を味合わせて殺してやろうか!」

 

「まあまあそう怒るなって。短気は損気っていうじゃん?」

 

 誰のせいで相手を怒らせているのか、そんなことはお構いなしにさらに相手を逆撫でていく。こんな状況なのに危機感がないタクトに虞美人は怒りと焦りを感じていた。そんな中で今度は木村が低く笑い出した。

 

「いやいや、噂通りのお方ですね。こんな危機的状況でも動じない…いや楽しんでいるのでしょうかねぇ」

「お?あんた誰?」

「初めまして。菊池財閥、かの菊池サラコの息子さん。私は猿楽製薬元社長、木村雅貴…そして本当の名は影鰐と申します」

 

 礼儀正しくお辞儀する木村にタクトもつられてお辞儀をする。わざわざしなくてもいい、と虞美人がツッコミを入れた。

 

「あのネモ嬢が憎く思っている4人組の一人にお会いできるとは、なんとも都合がいい。緋緋神を喰らい、その後に貴方を始末をすればこの場、或いはその先が丸く収まるでしょうな」

 

「ねえ、なんでこの人たちは食べたがりなの?そんなにお腹空いてんなら俺の漆黒の堕天使的超絶料理を食べさせてもやらんぞ?」

「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

 虞美人は焦りをさらに募らせる玉麗だけでなく影鰐までも相手になると勝ち目がない。燕青と鉄牛もこの場を動きたいがそれより先にココと左慈と哪吒が先制をかけてくるだろう。一歩でも動いたら相手の先制が来る。(約一名はまったく緊張していないが)狭まっていく緊張の中、どこからかこの場の雰囲気を崩すかのような賑やかな曲が流れた。

 

「あ、もしもし?」

 

 音の主はタクトの携帯だった。身構えていた虞美人と燕青の肩ががくりと落ちる。どうやったら彼は緊張するのか、苛立ちながら虞美人はタクトを睨む。

 

「おーカズキ?うんうん、今大丈夫だぜ?」

「大丈夫なわけないでしょう…‼」

 

 携帯で会話をしている場合じゃない。じりじりと近づいてくる影鰐と玉麗に対してタクトは会話を弾ませていた。会話の途中で楽しそうに笑い、大はしゃぎをする。まだ終わらないかと苛立ちがピークに達する前にようやくタクトは携帯の通話を切った。

 

「なんでこんな状況で遊んでるのよ…‼」

「遊んでないって。カズキから今すぐに向かうって連絡があったんだぜ?」

 

 まさかタクトに仲間がいて援軍がここに向かってくることに虞美人は目を丸くして驚いた。この窮地の中で救援が来るのは頼もしいが果たして間に合うだろうか。なんとかして時間を稼がなくては、虞美人は静かに燕青に目線を向けてコンタクトをとる。

 

「仕方ないわね…なんとか時間を稼ぐしかないじゃないの。それで、そいつらはいつ来るって?」

「え?もう来てるってさ」

「そう……って、もう来てる?」

 

 言っている意味が分からない。虞美人はキョトンとするがその直後、外から喧しく響かせるプロペラの音が聞こえたと同時に中型軍用ヘリ、UH-1ヴェノムがガラスを突き破って突っ込んできた。勢いで割れたガラスの破片を撒き散らしながらUH-1ヴェノムは勢いを止めることなく滑るように突っ込んでいく。いきなり中型軍用ヘリが突っ込んできたことに哪吒、左慈は急ぎ後ろへと下がり、玉麗と影鰐もタクト達から離れた。虞美人と燕青があんぐりとする中、ヘリの扉が荒々しく開く。中からケイスケとナオトが飛び出してきた。

 

「ほんと危ねえだろうが‼突っ込むなら突っ込むと前もって言えよ馬鹿が‼」

「死ぬかと思った……!」

 

 ケイスケとナオトは怒りながらコクピットを睨んで喚いた。コクピットが開かれるとガハハと楽しそうに笑うカズキと血の気が引いて真っ青になっているココが出てきた。

 

「どうだ!こう……ずばーんと…かっこいいだろう?」

「い、一瞬御花畑と御爺ちゃんが見えたヨ…」

 

 カズキはどや顔で楽し気に笑うが勢いよく出てきた鬼の形相になっている静刃に胸ぐらをつかまれ揺らされた。

 

「お前は‼俺達を殺す気か!?」

「まあまあ、生きててなんぼだろ?」

「殴っていいか?なあ、殴っていいだろ!?」

 

「哎呀…ど、どう考えたら建物に突っ込むんですか…」

「うん、知ってた。こいつらに乗り物を乗せるとこうなるの知ってた」

「もうこいつらに乗り物を任せたらだめだじょ」

「タクト様!ご無事ですか!」

 

 最後にカズキの荒々しい運転で目を回している猴とどこか遠い目をしているカツェと鵺、そして誰よりも先にタクトの安否を確認したリサが出てきた。駆けつけてきたカズキ達にタクトは嬉しそうに手を振って走り寄る。

 

「カズキ、ナオト、ケイスケ、リサ‼待ってたぜー!」

 

 満面の笑みで駆け寄るタクトにカズキとケイスケとナオトは容赦なく足蹴をしだす。

 

「探すのに時間かけたじゃねえかこの鹿野郎!」

「馬鹿か‼何敵に捕まってんだよ‼面倒かけてんじゃねえよ雑魚が‼」

「無事なら先に連絡しろよな……!」

 

「いやあんた達味方なんでしょ!?」

 

 救援対象に容赦なく囲んで足蹴するカズキ達に虞美人はずっこけそうになった。そんな虞美人を見た猴は目を丸くした。

 

「あ、貴女は虞様!?どうしてこんなところに!?」

「っ!……面倒な相手に見つかった……けどこう呑気にしている場合じゃないわね」

 

 今は再会を喜んでいる場合ではない。状況を察していた鵺は玉麗の姿に気づくと警戒して身構える。鵺の慌てている様子に静刃は気づいた。

 

「鵺、あの狐はそんなにやばいのか…?」

「そうだじょ。玉麗…あいつは『運』を喰らい『運』を操る面倒くさい奴だ」

 

 鵺の説明を聞いたカズキとケイスケはぎょっとして驚く。

 

「「なんだって!?ウンk」」

「言わせねえよ!?」

 

 これは声を出していってはいけないやつだと察した静刃はすぐさまカズキとケイスケの口を塞いで事なきを得た。ほっとしているのもつかの間、鵺はぎろりと玉麗の隣にいる木村を睨んだ。

 

「でももっとやばいのは玉麗の隣にいる男だじょ…貴様何者だ?」

「おやおや、まさか面白い団体にも会うとは都合がさらに良くなりました。私はry「あいつ影鰐だってさ」

 

 木村の話を遮ってタクトが気軽に鵺に話した。影鰐と聞いて鵺と静刃、そして猴は驚愕した。

 

「影鰐…だと!?」

「あいつが影鰐なのか、たっくん!?」

 

「そ、そんな…影鰐、貴方は遥か昔に封印されたはず!」

 

 焦りと驚きと恐怖を隠せない猴に木村は静かに笑った。

 

「本当に都合がいい…緋緋神の依代である緋鬼の長だけでなく斉天大聖孫悟空もいるとは」

 

「…カカロットの息子ぉ?」

「たっくん、それカカロットちゃう。ブロリーや」

「それに猴は女の子だし」

「じゃあ…カカロットの娘ぇ?」

「外野は黙ってろ」

 

 猴をまじまじと見つめているタクトと全く関係のない話をしているカズキ達を静刃は黙らせて話の続きを進めさせる。

 

「影鰐、私達を喰らい本来の力を取り戻すことが目的なのですか…‼」

「くくく、それもありますが…私の目的は【十四の銀河】にあります」

 

 【十四の銀河】と聞いて虞美人と猴、鵺は表情を険しくさせる。しかしカズキ達は「どっかで聞いたことがあるような…」とキョトンとしていた。

 

「お前らも集めているというか探さなきゃいけないやつだろうが!?」

 

「「「「……あぁ~」」」」

「なんで忘れてんだ!?」

 

 思い出し方のように納得してうなずく4人組にカツェと静刃は肩を竦めた。

 

「だからNに近づいているのですか…‼」

「協力をしている、といってもいいでしょう。手始めに玉麗に力を貸し、この大陸の裏を支配してもらう」

 

 木村、影鰐は横目で玉麗に視線を向ける。玉麗はクスリと笑って首に下げている龍の形を模った金の装飾がされた真珠のような乳白色の宝玉がついた首飾りを見せた。それを見た虞美人、燕青、猴は目を見開いた。

 

「それは玉璽…!?」

 

「玉璽?とったら60秒は無双乱舞し放題のアレ?」

「たっくん、今はゲームじゃない」

 

 タクトとケイスケのやり取りは無視され玉麗がクスクスと笑いだす。

 

「その通り、これは玉璽…または【最強装備・ラグナロク】とも呼ばれているそうな」

 

 【十四の銀河】につながる4つの秘宝の一つ、【最強装備・ラグナロク】。まさかその秘宝がNの手に渡っていたとは。静刃達は焦りを募らせて対峙するがカズキ達は落胆の色を見せていた。

 

「てっきり鎧装備みたいなやつかと思ってたのになー」

「まさかのネックレス?まじでガッカリだわ」

「装備じゃなくて装飾品でしょ」

「やめなよフォッキュスー」

 

「あんた達真面目にやりなさいって!?」

 

 どうしてこんなじょうきょうで落胆するのか、虞美人は4人組の思考がよくわからなくなってきた。




 中国が舞台だから中国の妖怪がいいな
 ↓
 狐みたいな動物の妖怪がいないかなー。でも妲己はポピュラーだし他の狐は…ん?りょうてつ?そんな奴がいるのか!早速ググろう!
 ↓
『頭が9つ、尻尾が9つある狐の妖怪。赤ん坊の泣き声のような鳴き声を発して人を食う』
 ↓
 ふぁっ!?


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