転校生くんの苦悩 (モクロウ)
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外の人

大型リニューアル、おめっとさん!


苦悩。

 

誰もが心の中に抱える悩み、葛藤。

 

成績不振、人間関係、恋愛事情、理想と現実のギャップ。

 

千差万別あらゆる要因に、人は頭を抱え苦悩する。

 

そして、ここ私立君咲学院にも、とある苦悩を抱えた少年が一人。

 

寡黙で無害で品行方正。困った人は放って置けないお人好し。

 

しかし、そんな彼にも誰にも言えない『苦悩』があった。

 

これは、そんな少年の苦悩の日々を描いた物語。

 

 

春。それは桜舞う出会いの季節。

 

始まりと終わりが同居する節目の季節に、ヒラヒラと舞い散るピンクの花びらが相まって、何かしら運命の予感を感じざるを得ない、そんな季節だ。

 

 

けれど、それもつい二月前の話。

 

 

「今日もいい天気だね〜」

 

「.........」

 

春は去り、遠くにぼんやり夏が見え隠れしている、そんな季節。

色付いた桜の花びらも散り、木々は平凡な緑に色を変え始めている。

 

「一時間目なんだっけ?昨日遅くまで裁縫やってて、あんまり予習できなかったんだぁ…」

 

「.........」

 

春には満開の桜を咲かせていた学校へと続く桜並木も、これではただの並木道だ。

 

「それでね、その時さあやちゃんがね?」

 

「.........」

 

多くの女子生徒が行き交うそんな並木道の中に、一際目を引く二人組がいた。

同じ方向へと歩みを進める他の女生徒達の多くも、その二人に視線を送っている。

 

「『あんた、次遅刻したらその蔦みたいなツインテールを園芸部の畑に植え付けるわよ!』って怒っちゃったの。そしたらななちゃんが...」

 

「.........」

 

一人は柔和な顔つきをした長身の女子生徒だ。整った目鼻立ちに女性らしさに富んだスタイルは、同年代の少女達に紛れても尚存在感を放っていた。

 

しかし、もっとも注目を集めているのは、彼女の隣に並ぶ人物が"男性"であるからだろう。

 

「『じゃあ次の日には増殖して学校が私まみれになっちゃうかもですねーっ!!』って...、...もう!転校生くん、話し聞いてる!?」

 

「.........聞いてる」

 

私立君咲学院。

 

かつては歴史ある名門女子高であったこの学校も、少子化の煽りに共学化が進められる事と相成った。

 

その折、試験的に転入させられた校内唯一の男子生徒、それが"彼"だ。

 

「嘘ばっかり、私が話しててもずーっと上の空だったモン!...んー、じゃあ私が何について喋ってたか、言ってみてよ!」

 

目を覆い尽くすほどに伸びたちょっとクセのある黒い髪に、変化に乏しい無表情。

唯一の男子であるという事実を持ってしても尚地味という印象が抜け出せない彼。

 

本人の寡黙さも相まって、彼の名を覚えている者は少ない。

 

故に、彼を知る生徒は皆、親しみを込めて彼をこう呼ぶ。

 

「......植物学を応用した人体クローンによるバイオテロの話?」

 

「...判断に困るっ!!!」

 

 

"転校生くん"と。

 

 

「......後、一時間目は数学の小テストな」

 

「...うへぇっ!?勉強してないっ!!?」

 

 

「う〜〜ん...」

 

君咲学院2-A組。朝一から自身の席で苦悶の声を上げているのは、先ほどの長身の少女、三波なつみだ。

その傍らには、転校生の姿もある。

 

「あら、何よ三波。ショボくれた顔して」

 

「あぁ、さあやちゃん…。実は今日の小テスト、あんまり勉強できてなくて…」

 

そんな彼女に声を掛けたのは、2-Aのクラス委員長を務めるしっかり者の少女、堀田さあやだ。

 

「なるほど、それで転校生に勉強見てもらってるわけね。これじゃ、いつもと逆じゃない...」

 

「…...そうか?」

 

呆れ混じりのため息を吐きながら、転校生を一瞥する。

 

しかし、転校生からは簡素な相槌が聞こえてくるだけだ。

 

「…あんたさ、私が言うのもなんだけど、もうちょっと愛想よく出来ないわけ?文字数少な過ぎんのよ」

 

「......そうか」

 

「変わってないじゃない…」

 

「まーまーっ!!転校生くんは無口なのも魅力の一つですよ-っ!」

 

そう言って入室一番さあやの背中に飛びついたのは、2-Aの賑やかし担当、春風ななだ。

 

「ちょ...っ!あんたはむしろ喧し過ぎんのよ!」

 

「いいじゃないですかーっ!!喧しいのは私の取り柄の一つですよーっ!!」

 

爽やかな笑顔に弾むツインテールが、彼女の快活さを存分に振りまいていた。

 

「おやーーっ?そう言えばなつみちゃんはさっきから何をやっているんですかー?」

 

「うぅ〜...。今日のテスト勉強だよ。昨日全然出来てなくて...」

 

「そういう春風はテスト勉強やったの?」

 

「...え?」

 

堀田の問に対してしばしの硬直。

 

後に、満面の笑顔でダブルピースを送った。

 

「開き直るなっ!」

 

 

そんな騒がしい『仲良し四人組』をよそに、彼女達に視線を送る二人の女子生徒いた。

 

「転校生くんはホンマに無口いうか、おとなしいなぁ。うち男の子と話すん苦手やけど、転校生くんとは気兼ねなく話せるんよ...!」

 

特徴的な関西弁を喋る小柄な少女、星海こよい。

人との会話が得意でなく、いつもは教室の隅で空気と一体化しているのがお約束だが、今日は珍しく声を掛けられた為か、少しテンションが高い。

 

「むしろ、おとなし過ぎると思うんですよねぇ...」

 

転校生に好意的な視線を送る星海に対して、こちらは、勘ぐるような怪しい眼差しを送っている。名は長居ゆうだ。

 

「ふふっ。…そろそろ、"あれ"を試して見ましょうかね」

 

「..."あれ"って何?」

 

「ポーカーフェイスの化けの皮を剥がす、取っておきの大作戦ですよぉ?」

 

基本面倒事は嫌い、能動的に動く事を良しとしない彼女だが、こと自分が興味を抱いたものに関しては、手段を選ばず手を伸ばす危うさを持っている。

そんな長居の怪しく輝く瞳には、転校生の無表情な顔が写っていた。

 

 

三波に勉強を教えていた転校生だが、彼自身も思ったより勉強が身に付いてなかったようだ。

三波の事は堀田に任せ、今は自分の席で勉強している。

 

「どうしたんです転校生くん。...テスト前の悪あがきですかぁ?」

 

転校生が自席で難解な数式と睨めっこしていると、ニッコリといつもの底知れぬ笑顔を顔に貼り付けた長居がこちらに歩み寄ってきた。

 

「...ノートなら貸さないぞ」

 

「失礼しちゃいますねぇ。そんなんじゃありませんよぉ。少しは信用してほしいです」

 

めんどくさがりな性格からテスト勉強等は全くと言っていいほどやらず、毎回最低限の勉強で最低限の点数を取り続けてきた長居。

 

テスト直前に他人の勉強成果を掠め取り、美味しいところだけ頂戴するのはいつもの常套手段だ。

 

かくいう転校生も、その作成自体に三日間を費やした珠玉の単語帳を略奪され、お粗末な点数を取る羽目になったのは記憶に新しい。

 

「んもう...。単に世間話に来ただけですよぉ?…それにしても最近何だか蒸し暑いですねぇ。いい加減、冬服ではしんどくなっちゃいますよぉ」

 

「...もう六月だからな」

 

徐々に気温が上がりつつある6月初頭。

本来であればそろそろ薄着に着替えたい頃合ではあるが、学校指定の衣替えが七月であるため、いかんともし難い。

とは言いつつ、当の長居は涼し気な顔をしているが。

 

「こう蒸し暑いとぉ...、色んなトコロが蒸れちゃうんですよねぇ?」

 

そう言うと、座っている転校生に見せつける様に前傾姿勢を取りながら、胸元を摘み仰ぎ出した。

 

「ふぁっ!?ちょっと長居さん!何やってんねん!!」

 

「私はただ、服に空気を送り込んだだけですよぉ?まぁ、こよいちゃんは"小さい"ですから私の気持ちは解らないかも知れませんけどぉ...」

 

「余計なお世話や!!」

 

星海をからかいつつも、尚も手を動かし続けるを長居。

見えるか見えないかの際どいポイントを的確に抑え、明らかに転校生を誘惑していた。

 

「ぐぬぬぬぬっ.........!!」

 

「ちょっと三波。力入れすぎ、シャーペン折れる」

 

離れた席から憤怒の視線を送る三波の姿が。

 

それに続くように、教室のあちらこちらから強烈な視線が長居に集中していた。

 

しかし、むしろそれが長居の嗜虐心を刺激したのか、面白がるようにズズズイと更に転校生との距離を詰めていく。

 

「......どうしたんですかぁ?ダンマリしちゃってぇ?」

 

トドメとばかりに、長居の極上の上目遣いが炸裂する。

 

圧倒的チラリズムの暴力に、通常の年頃の男子であればもはや再起不能となる事請け合いである。

 

...しかし、当の転校生はと言うと。

 

 

「……やっぱこの問題解んないな」

 

 

どこ吹く風、といった具合で顔色一つ変えず因数分解と向き合っていた。

 

有り体に言えば、ガン無視である。

 

「......先生に聞きに行こう」

 

それだけ言うと、そのまま教室を後にした転校生生。

 

後には、若干女としてのプライドにキズを付けられた長居の姿が残った。

 

「…あれだけシカトかまされるとマジウゼェですよ…」

 

「さすが転校生くん!私達の期待を裏切らないね!」

 

「とりあえずあんたは自分の勉強しなさいよ」

 

 

ノートを片手に足早に廊下を歩く。

 

途中知り合いに何回か声を掛けられるが、最低限の挨拶で、その場を去る。

 

他クラスの前を抜け、職員室を通り過ぎ、校舎果てにある行き止まりへとたどり着く。

 

周りに誰もいない事を確かめた後、壁に手を付きそしてーー

 

 

「んもぉおおおおおおお!!何なんだよ長居の奴!いきなり胸元チラチラ見せ付けやがって!!花も恥じらう乙女としてもうちょっと自覚持とうぜ!!?谷間見えたし!俺の中のBig boyが大俵ハンバーグする所だったぜぇ!!?」

 

 

これは『苦悩』の物語。

 

少女達の理想の為、健全男子としての本能に全力で抗い続ける一人の少年の物語。

 

 




こちらは作者がかつて別サイトで見切り発車で初めて最終的にエタってしまったどうしようもない作品のリニューアル版になります。

公式もリニューアルしたから、まぁ、多少はね?

ハーメルンさんではあんガルの作品が圧倒的に少なかったので、上げるしかねぇや。と思い立った次第です。

楽しんでいただければ良いのですが...。


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