Deathberry and Deathgame Re:turns (目の熊)
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Chapter 1. 『魔法と芸術は似て非なるもの』
Episode 1. Awake in the Cave


この小説は拙作『Deathberry amd Deathgame』の続編となっております。

前作のキャラや設定等を引き継いでおりますので、もし宜しければ前作からお読みいただけると幸いです。

第一章の時系列は、第五章最終話終了から三か月後になります。
エピローグで一護が言っていた、現実世界への帰還が遅れる原因となった「余計な一悶着」の部分にあたります。


それでは、よろしくお願い致します。


 ――声が、聞こえる。

 

「…………ろ……護」

 

 すぐ近くから、いや遥か遠くから、低い声が聞こえる。

 

「いつ……で……眠……ているのだ……前は」

 

 俺に向かって呼びかけるような、低く、懐かしい声。

 

「目を覚ま……ぬか……護」

 

 その声は段々と大きくなり、

 

「起きろ……護……一護!!」

 

 次の瞬間、俺の耳元で爆発した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――ッ!!」

 

 ガバッと音を立てて、俺はその場から跳ね起きた。

 

 無意識のうちに呼吸が荒れて、自分の肩が上下しているのが分かる。同時に倒れ込みそうなぐらいの強い眩暈。まるで長い間寝っころがっていたところを叩き起こされた時みたいに、グラグラと視界が酷く揺らいだ。頭を軽く振ってそれを振り払いながら、俺はまだ半覚醒の頭をガリガリと引っかいた。

 

「……なんか、ミョーな夢見たな。頭痛えし、寝覚め悪ぃ」

 

 呼吸を整えつつボヤく。以前ならそのまま二度寝してたトコだが、幸か不幸か眠気はすっかり飛んでいた。ここ二年間、食欲の権化みてえな相方と同居してたせいで、朝食作りのために毎朝の早起きが強制されてたからか。いいことなんだろうが、何か認めたくねえな。

 

 未だにかったるい身体を起こし、首をゴキゴキ鳴らしながら立ち上がって……そのままピタッと止まった。

 

「……どこだよ、ここ」

 

 俺が寝っころがっていたのは、見覚えの欠片もない、薄暗くバカでかい洞窟の通路。そのド真ん中だった。

 

 周りに光源らしいものは一つもなく、けど辛うじて視界が確保できる程度の明るさはある。鍾乳石みたいな石のつららや通路を覆う爛れたような形状の岩壁は、かつて何度も通った現世と尸魂界の狭間、断界を彷彿とさせた。物音は吹き抜ける風を除いて全く聞こえない。もちろん、俺以外に動くものも全く見えない。

 

 一瞬、この場所が現実なんだか仮想なんだか分からず混乱した。薄暗い洞窟で一人昼寝に興じるようなシュミはねえし、そもそも俺の行動範囲内にこんな洞窟は存在しない。ンなことしてたら、確実に周りの連中から正気を疑われちまう。

 ……けど、霊の気配を感じないこと、それ以前に霊圧自体全く感知できないこと、何より視界の端に『一護/Ichigo』の文字と満タンのゲージ、それから昼の十二時過ぎを指す時間表示が見えることから、すぐにここが何なのかが分かった。

 

 ……つまり、俺は、

 

「――全ッ然、ゲームの中から出れてねえじゃねーかクソ茅場!!」

 

 ってコトだ。

 

「何が『生き残った全プレイヤーのログアウトを確認した』『ゲームクリアおめでとう』だよ! フツーにゲーム続行中じゃねえか!! つーかアインクラッドは崩壊したんじゃねえのかよ!? これっぽっちも壊れてねーぞ!! 出て来い詐欺野郎! もっかいこの手でぶった斬ってやる!!」

 

 天に届けとばかりに、俺はその場で絶叫した。

 二年間必死こいて鍛練して、七十五層まで命かけて戦ったってのに、その全てがパーになった(かもしれない)とか、こんな頭にクることがあるか。思考回路がグラグラ煮えたぎって、怒りで目の前が真っ赤になっちまうそうな気さえする。あンの野郎マジ許さねえ、絶対ブッ飛ばす。現実帰ったら死神になって直接殴りに行ってやる。そんで死刑になってそのまま地獄に堕ちちまえ。クシャナーダに延々食われてろ。

 

 一頻りの怨嗟を叫び尽くし、ゼーゼーと息をきらして仮想の身体に空気を取り込む。

 怒りはまだ静まんねーが、ココでいつまでもこうしてても仕方ない。とりあえずどっかの街に行って、他の連中と合流しねえと。俺だけ居残り、なんてクソ理不尽な状況じゃなきゃ、他のプレイヤーもどこかに居るはずだ。そんで、この現状を打破する方法を見つける。ひとまずはそれが最優先だ。

 

 大雑把に考えをまとめた俺は、手近な街は何処だか確認するためにメニューウィンドウを開こうと右手を宙に伸ばし……ピタリと動きを止めた。視線の先にある自分の手、そこにはいつもの黒コートじゃなく、簡素な緋色のジャケットの袖があったからだ。

 

 そのまま視線を移動させると、他の部分も様変わりしてることに今になって気が付いた。

 以前の卍解を模した黒一式装備は面影もなく、今着ているのは白シャツに緋色のジャケット。ズボンとブーツはシンプルな黒色で、防具は小さな革の胸当てだけ。背中に吊られていた武器は、いかにも初期装備って感じの飾りっ気のない片手剣だった。勿論、どれも見覚えのないモンばっかりだ。

 

 慌ててメニューウィンドウを開こうと再び右手を振ったが、何故か表示されない。何度やっても変わらず、ヤケクソになって左手を振ったらあっさり出てきやがった。もう何なんだよコレ。

 

 混乱しつつも、まずはこの見るからに弱っちい装備を変えようと一覧からアイテム欄を選択。と、そこには元がなんだったのか分からない位に文字化けしたタブがひしめいていた。指を振ってウィンドウをスクロールしてみたが、判読できそうなものは一つもない。

 

 もう状況的に「茅場の仕業説」じゃなくて「バグ説」の可能性が高けんじゃねえか、とか考えながら、今度はステータスの方に目を移した。

 

 こっちの方は四、五個のスキルが文字化けして読めなくなっている。曲刀やカタナ、挑発とかのスキルは熟練度そのままに残っちゃいるけど、『縮地』と『死力』が消えてるのは痛すぎる。せっかくのユニークスキルに自己強化スキルだったってのに。アレ、強化に何十時間もかけてんだぞ……怒りを通し越してウンザリしつつも、なんか以前ディアベルが言ってた熟練度だのスキルの愛着云々の話が、今になってちょっと分かった気がした。

 

 その代わり……なのかは知らねえが、スキル一覧よりさらに上、アバター名が表示されてるところに新しい項目が増えていた。

 

 見覚えがないのは『種族』『生命力』『魔力』の三つ。

 『種族』の項目横にはサラマンダーと書き込まれている。昔なんかのゲームでそんな名前を目にしたような記憶があったが、細かいところはすっかり忘れちまった。

 その下の『生命力』『魔力』は何かのパラメータの名前みたいで、それぞれ六百になっている。SAOでHPゲージが表示されてた場所、つまり視界の左上端にゲージが二本表示されてるから、これがそうなのか? 語感的にはHPとMP的な感じに聞こえるけど、実際のところはどうなんだか。

 

 そのまま一通りのタブを開いてみたが、それ以外には大きな異常は見つからなかった‥‥いや、ログアウトボタンが消えっぱなしだったか。その辺はある程度予想がついていたから、大して驚きやしなかった。むしろ、こんだけSAOと解離してんのにあっさり出られた方が驚きだ。

 

 あと、日付が2025年1月22日になってた。コレが本当に正確な時間表示をしてんのか、洞窟に単身放り出された今は確かめようがない。

 けど、もしこれが本当なら、俺はSAOクリアの日から年をまたいで三か月近く寝ていたことになるが……どう考えてもムリがあんだろ。三か月間誰にも気づかれず寝っぱなしで無事なんざ現実じゃまず有りえねえし、仮想世界ならもっと有りえない。確実にモンスターか犯罪者プレイヤーに殺されるからな。

 

 疑念は尽きないが、この辺はぶっちゃけ今気にしても仕方ねえ。分かったところで、現状が快復するとも思えねえしな。

 

 問題は、本来ログアウトボタンがあるはずの場所の一つ上、ヘルプボタンを押したときに発覚した。

 その上にあるオプションを開こうとして間違っただけだったんだが、表示されたウィンドウの文字を見て、俺は一気に硬直しちまった。

 

 いつもなら『Sword Art Online に関する――』という文言が出てくるはずの場所に表示された一文。

 

 それは、

 

 

 『――ALfheim Onlime 《アルヴヘイム・オンライン》に関するユーザーガイドライン――』

 

 

 だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 《1. 製品情報》

 

 

 製品名:ALfheim Online

 

 サービス開始:2023年11月30日20時00分~

 (各種族領地首都エリア限定解放:同日12時00分~)

 

 開発・運営:(株)レクト・プログレス――

 

 

 そんな書き出しで始まったガイドから、今いるここが何なのかが分かった。

 

 ここはVRMMO『アルヴヘイム・オンライン』。

 略称ALO――「アルヴヘイム(Alfheim)」なら略称はAHO(アホ)じゃねえのかよ――とかいうゲームの世界。つまり、俺が二年間閉じ込められてた忌まわしい剣の世界、『ソードアート・オンライン』とは別種の仮想空間ってワケだ。

 

 ジャンル的にはガキの頃に読んだ絵本みてえなファンタジー世界で、プレイヤーは九つの種族から一つを選んでキャラを作る。

 俺のステータスにあった『サラマンダー』ってのは、その中で火を扱う妖精の種族名らしい。なんでコレになったのかは当然不明……まさか、サラマンダーの象徴(カラー)と、俺の地毛(カラー)が同じ赤系統ってのが原因じゃねえだろうな?

 

 ステータスに増えてた生命力と魔力ってのは、やっぱHPとMPって解釈で合ってたらしい。つまり、SAOと違って魔法があるってことになる。

 その代わりに、ソードスキルの類が全く無い。筋力やら敏捷力のパラメータも無い。武器スキルもたとえ鍛えたとしても単に装備できる武装が増えるだけで、戦闘力とは直接関係はない。

 

 要は、ステータスの高さじゃなくて、装備のグレードと自分自身の戦闘技術がモノ言うゲームってことだ。ファンタジーなのにけっこうキツイっつーか、シビアにできてんのな。

 

 オマケにこのゲーム、他種族間ならプレイヤーキルしても基本的にお咎めナシらしい。

 

 どうも種族間で争って最終目標に到達するのが前提らしく、世界地図的なモノを見る限りじゃ、種族ごとに領地(テリトリー)が決まってる。

 地理的には大陸の中心を円形の山脈が陣取り、その外側に各種族の領地、内側に央都アルン、あとは各地に点在する中立域って感じで、その中の種族の領地内だけは他種族が不利になる設定。けど、そこ以外なら、どの種族がどこにいようが自由みたいだ。

 

 ゲームの今んところの目標(グランド・クエスト)は、アルンの中心にある世界樹とかいうデカい木を制覇することなんだとか。

 

 この世界のプレイヤーは背中に生えた妖精の羽根で飛ぶことが出来る。ただし、飛行時間に制限があって、日光か月光で回復する必要がある。

 その制約が外れるのが、この世界樹の中にあるダンジョンを制覇した種族への特典だとかで、各種族が世界樹攻略のために競って力を高めてるらしい。

 

 正直、グランド・クエストのクリア報酬が無限飛行とか、ショボくねえか? と思ったが、よく考えりゃ俺は死神として散々空中を生身で闊歩してきた身だ。慣れきってる俺の感想はイマイチ当てにならない。

 実際、プレイヤーには高評価らしく、要望の多さに耐えかねた運営が大規模メンテ(去年の11月1日0時から2日の6時まで、三十時間もかけたとか何とか)で滞空時間を少し伸ばしたみてえだ。やっぱ身一つで空を飛ぶってのは、老若男女共通のロマンなのか。

 

 んで、そんな妖精世界のどの辺に俺がいるのかっつうと、アルンの南側、山脈をブチ抜く「ルグルー回廊」って名前の洞窟ダンジョンの中らしい。

 歩いてマッピングしてきたワケじゃないから出口までの道は分かんねえけど、挟域マップ上の現在座標と世界地図を比べた感じじゃあ、アルン側の出口までそう遠くはないみたいだ。

 

 状況は大体飲み込めたが、じゃあ何で俺がココにいんのかっつートコだけは相変わらずさっぱりだった。

 

 ぶっちゃけ、SAOの中に取り残された方が、イライラは増すけど理解はできた。ただ単に出られてねえってだけだからな。

 でも今俺がいるのはSAOとは別のゲームで、しかもステータスが中途半端に引き継がれてるとなると、もうワケが分かんねえ。事故ったのか誰かが意図的にやってんのか、それさえ不明だ。こーゆーまどろっこしいのは苦手だっつうのに……。

 

 けど、ボヤこうがじっと待ってようが、どうせなんも解決しやしねえ。沸いて出たモンスター共にうっかり殺された、なんてことになったらシャレにもならない。SAOの二年がガチで無駄になるなんざ、絶対にゴメンだ。

 

 とにかくさっさとこの陰気くさい洞窟を抜けて、外部と連絡をとる手段を見つける。そう決めた俺は抜き身の剣を片手に洞窟の奥、アルン方面へと歩き始めた。

 

 ……が、地図も無しにいきなりほっぽり出されたダンジョンをそうすんなり抜けられるはずもなく、無駄にアッチコッチを歩き回るハメになっちまった。

 

 目印になりそうなモンもない、似たような岩壁が延々続いているせいで、ずっと同じところをグルグルしてんじゃねえか、なんてホラーな考えが頭をよぎる。目覚めてからプレイヤーに一人も会えていない現状が、俺の不安感を地味に増長していった。

 

 加えて、

 

「グガアアアアアアアアァァァッ!!」

「うるっせえ!!」

 

 当然のように湧き出てくるモンスター共が、鬱陶しくて仕方ない。

 

 これがSAO攻略当時ならレベル上げになるってンで我慢できたんだが、生憎今はそれどころじゃねえ。こっちは一刻も早く出たいってのに、連中は行く手を塞ぐみたいにわらわらウジャウジャ出現する。

 

 ジリジリ溜まってくるフラストレーションをぶつけるようにして、咆哮を上げて襲い来るオーク型モンスターの顔面を一撃でカチ割った。

 分厚い包丁を振りかざし緋色の巨体を揺らして突進してきたオークは、断末魔も上げずにその場で即消滅。視界の端っこでそれを見届けつつ、俺はさらに片手剣を振るう。

 

 突っ込んできたオーク共の先頭二体のうち、右の奴の首を刎ね、もう一体は蹴り飛ばして余所にやる。

 後続の一体が突いてきた包丁を身体を捩って避けつつ、すれ違いざまに胴を一閃。追撃の刺突で後頭部をブチ抜きHPを削りきった。

 

 続けて真正面から振り下ろされた包丁は裏拳でそらし、カウンター気味に剣をフルスイング。乱杭歯の並ぶオークの口を一息に引き裂いた。悶絶するオークのこめかみを柄で殴り飛ばし、ラストの袈裟斬りで息の根を止める。

 

 さらに前進しようとした瞬間、背後で鈍いイヤな音が響いた。咄嗟に飛び退いた直後に、俺のいた場所に無数の針が撃ち込まれる。

 

 腹に響く重低音と共に砕けていく針状弾丸の出処は、宙を飛び回る蜂型モンスターだった。

 敵の位置を速攻で捕捉した俺は、動きの鈍いオークに背を向けて猛ダッシュ。思いっきり踏み込んで跳躍し、空中に浮かぶ蜂のバケモノを蹴り飛ばした。尻の針をこっちにむけて次弾発射の構えを見せていた敵はあっけなく墜落。再びテイクオフする前に、首を斬ってトドメを刺した。

 

「……こーゆー時だけは石田の弓の方が便利だな。なんつーか、殺虫剤みたいで、よっ!!」

 

 脳裏に浮かんだメガネ滅却師のすまし顔を掻き消しつつ、前方の敵に斬りかかる。

 

 敵の強さはアインクラッド換算で五十層レベルで、数もせいぜい二十体に達しないぐらい。油断しなけりゃ死なねえが、初期装備しかない今、数の暴力で袋叩きに合うのだけはゴメンだ。

 

 ソロで状態異常食らうのもイヤだし、飛んでくる攻撃を極力回避しながら、迫るモンスターを片っ端から斬り倒して、

 

「――テメーで、終わりだ!!」

 

 最後のオークの攻撃を弾き、返す刃で顔面を引き裂いた。

 

 攻撃がなんとなく頭近辺に集中しちまうのは、多分虚退治でついたクセだな、と自己分析しながら、剣を振り払って背中の鞘に納める。

 微塵も負担に感じない軽さのそれを背負うと何だか不意に斬月が懐かしくなり、そういや仮想世界(こっち)に閉じ込められてもう二年過ぎてんだよな、と脈絡もなく思った。

 

親父(ヒゲ)はともかくとして、遊子と夏梨には心配かけちまってンだろーな……いい加減さっさと戻んねえと」

 

 虚退治も他の連中に任せっきりにしちまってるしな、つーか受験とかマジどうすんだよ俺、と現実世界の問題を思い起こしながら、未だ先の見えない洞窟の奥へと足を進めていった。




お読みいただきありがとうございます。
感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

……はい、続編を書かせていただきました。
活動報告では「ALO編書けない」とかほざいていたのに書きました。しかも半年以上経ってから。オマケに原作の流れガン無視です……前作を読んでいただけた方、もしいらっしゃいましたら、本当にすみません。

最早存在抹消レベルで放置していた拙作ではありますが、この度再び拙い筆を執らせていただくこととなりました。引き続き読者の皆様のお暇を潰せるような作品を目指し、日々精進して参ります。

後ほど活動報告の方に今後の予定(この続編はSAO原作のどこまで書く予定なのか、等)を書かせていただきますので、よければご覧くださいませ。

次回、早速となりますが他キャラ視点を含む予定です。
苦手な方はご注意ください。

投稿予定は九月六日の午前十時を予定しております。


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Episode 2. Back to the Struggle

お読みいただきありがとうございます。

第二話です。

シルフ族の女領主、サクヤの視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

よろしくお願い致します。


<Sakuya>

 

「――それで、結局どうするんだ?」

 

 焦れた口調で私は問いかけた。

 

 問うたところで明瞭な答えが出るわけもないことは分かっている。しかし、もうすでに十分以上議論を重ねているのだ。焦れるなと言う方が無理がある。

 

 実際、先ほどから話し合っている他の二人も、いい加減飽き飽きという表情だ。

 私の隣にいるケットシー領主であるアリシャ・ルーはつまらなそうに尻尾を波打たせ、正面に立つサラマンダー軍の長・ユージーン将軍は厳めしい顔つきで不機嫌そうに唸る。鏡がないので分からないが、きっと私も似たような顔つきになっているだろう。そう思い、私はこっそりため息を吐きながら広げた扇子で口元を覆い隠し、視線を辺りに彷徨わせた。

 

 ここはアルン高原南西部、蝶の谷。

 その中心部にある小さな台地で、私たちシルフの神官戦士軍とルーが率いるケットシー精鋭騎士団、そしてユージーン将軍のサラマンダー重戦士部隊が面付きあわせてにらみ合っていた。

 先日同盟を結んだケットシー軍は共闘関係にあるため、実質はシルフ・ケットシー連合対サラマンダーという図式にある。種族勢力的には連合側に軍配が上がるはずなのだが、対するサラマンダーは種族単体としては最大最強の勢力。その誇りは相当に高く、故に交渉は遅々として進んでいない。

 

 揉めている原因は、今この場所で開催されている一つの小規模トーナメントにあった。

 現在、定期メンテナンスが終了したALOでは正式サービスから一万時間を記念して、アルン高原と各種族領地で様々なトーナメントが行われている。景品には希少なアイテムや装備が据えられており、シルフ領内でも種族限定のトーナメントが開催され非常に盛り上がっていると、領地の文官から報告が来ている。

 

 私たちがこれから参加しようとしているトーナメントも、そんなイベントの内の一つだ。「プラチナクラス・レベルⅤ」と銘打たれたこのトーナメントは、非常に希少なアイテムを入手できる代わりに参加者に課すスキル値制限が非常に高く設定されている。

 この場にいる者の中で条件をクリア出来ているのは、ユージーン将軍のみ。私とルーは僅かに規定に達していないが、特例条件である領主職補正でクリアできている状態だ。

 対してトーナメントの出場枠は最低四つ。これを満たさないと、トーナメントそのものを開始できない。その残り一枠に誰を入れるかで、先ほどから揉め続けているのだ。

 

「――だからサー、サクヤちゃん。昨日のスプリガンの彼でいいじゃない。あの子なら参加条件ヨユーでクリアできるヨ?」

 

 水着に似た戦闘スーツを身にまとったルーが、猫耳をピコピコ揺らしながら言う。確かに、彼の尋常でない強さから考えて、参加条件を満たすことはおそらく叶うだろうが……。

 

「いや、彼は相当急いでいる様子だった。それに先日の借りがある手前、ここに呼び出しトーナメントに参加してもらうなどという厚かましい真似はできない。やはり、アルンに滞在しているというウンディーネ領主に連絡を取って参加を……」

「ふざけるな。それは貴様らに利がありすぎる提案だろう」

 

 深紅の鎧をガリャリと鳴らしながら、ユージーンが反対するべく口を挟んできた。

 

「例の自称(・・)スプリガン大使の言葉を信じるのなら、貴様らシルフ・ケットシー同盟にスプリガンとウンディーネが加わるという。ここでウンディーネの領主が参加することになれば、実質的には貴様らの陣営三種族対サラマンダーの一種族ということになる。

 シルフとケットシーの領主二名の参加を認めた時点でこちらは十分に妥協してやっているのだ。領地に待機させたサラマンダー軍副将のガルヴァノを呼び寄せ参加させるのが妥当だろう」

 

 実際のところは、スプリガンとウンディーネが連合に加わるというのはスプリガンの彼が仕込んだブラフなのだが。ここでそんなことはバラせない。癪だが、そのブラフを否定できないなら、彼の主張は確かに妥当と言える。

 

 だが、ルーは一向に納得しない。

 

「それはんたーい! ガルヴァノ副将っていったら、この前ウチの偵察隊に極悪トレインなすりつけたサイアクな人でショ? セッカク救援に入ってあげたのに逃げちゃったヘタレさんのムービーがウチの諜報部の手中にあるの、忘れたのー?」

「……フン、小賢しい真似をしおって」

「なーんとーでもー」

 

 ツン、と顔を逸らすルーを見ながら、私は再びため息を吐く。こんなやりとりを、もう三度も繰り返したのだ。

 

 ルーの提案には、これ以上迷惑を掛けたくないと私が反対し、私の提案にはユージーン将軍が不利を訴え、ユージーン将軍の提案はルーが弱みをチラつかせてねじ伏せる。正直、三人の内の二人が折れない限り、話し合いは平行線のままだ。時間も限られている今、そう長々と話しているわけにもいかない。

 

 だが、絶対に折れるわけにはいかない。優勝した際に手に入るアイテムの一つ、『ダグラスラトロン』は世界樹攻略用装備作成の大詰め、エンシェント級武器に欠かせない鉱石なのだ。スプリガンの彼と約束した以上、このアイテムは逃せない。もし逃せば地下の最悪ダンジョン、ヨツンヘイムで邪神狩りに挑まねばならないため、この好機を見逃す選択はあり得ないのだ。

 

 とはいえ、まずはトーナメントを開催できる状態にしなければどうしようもない。

 どうにかして三勢力が納得できる提案を……そう考えつつ、ふと空を見上げた瞬間、

 

「……ん? あれは……」

 

 空の彼方で、何かが凄まじい速度で飛行しているのが見えた。

 

 一瞬モンスターかと思ったが、このアルン高原にはフィールドモンスターは湧いてこない。それに、あのような速度で飛行できる存在は、モンスターは元よりプレイヤーにもそういない。それこそ、領主や軍団長級、あるいは超スピードホリック型のプレイヤーでもない限り、あの速度は出せない。

 

 一体何者なのか、と思案していると、

 

「ア! サクヤちゃん、こ、こっちに来るヨ!?」

 

 ルーの叫びの通り、その影が急に軌道を変え、此方目掛けて一直線に突撃してきたのだ。周囲の者たちがざわめき、迎撃のために各々が武器を構え、謎の影を迎え撃たんとする。

 

 が、予想に反して影は途中で急下降し、私たちがいる地点から二十メートル程離れた所に、そのままの勢いで激突した。チュドォンッ! というレーザー系攻撃魔法の着弾時のような轟音がこだまし、地面からはもうもうと砂煙が立ち込める。

 

 突如現れた飛来者の正体を見極めるべく、一同が注目する中で、砂煙の中に人崖が浮かぶ。

 

 と思ったら、

 

「痛っ……てえな、クソ!!」

 

 派手な絶叫と共に、これまた派手なオレンジ髪の青年が姿を現した。

 

「やっぱ瞬歩と同じようにはいかねえってか。最高速までもうちょいだったのによ……」

 

 青年はブツブツと呟きながら立ち上がり、ポーションを取り出しつつ後頭部をガリガリと掻きむしる。それと同時に砂埃が完全に晴れて、彼の姿が鮮明に見えるようになった。

 

 百八十センチ程の身長に引き締まった体躯。しかめっ面の顔立ちは現実世界でいうところの「不良」を思い起こさせるが、目鼻立ちははっきりしており、十分に美形の域に入るだろう。背に生えた羽根の色から、種族はサラマンダーであることが分かった。

 

 装備はパッと見てどれもドロップ品で固められており、レア度はピンキリ。

 背に吊った刃渡りの短いシミターブレードは、私の記憶が正しければルグルー回廊で一番レアと呼ばれる希少品だ。かなりの数のモンスターを倒さねば手に張らない上、要求されるスキル値が八百五十を超えると噂の一品で、それを装備できているということは、かなりのスキル熟練度を持っていると考えられる。

 だが着ているショート丈の黒ジャケットや白色防具は、そこそこのダンジョンに潜れば手に入るようなありふれたもの。色合いが白黒(モノクロ)で統一されているため外見的には様になっているが、性能的に見ればまるでダンジョンで手に入れたものを片っ端から装備したような珍妙な有様だった。

 

 そんな奇妙な闖入者は飲み干したポーションの瓶を放り捨て、首をゴキゴキとやりながら数歩歩いたところで、ようやくこちらの存在に気付いた。

 

「……あ? なんだよ、何かジャマしたか?」

 

 ややハスキーな低い声が響く。こちらは三勢力あわせて二百人に迫る大集団、それも各種族の精鋭軍隊だというのに、特に臆した様子はない。

 

 無言でいるのも何なので代表して私が答える。

 

「いや、特に邪魔はしていない。が、皆少し驚いている。頭上からいきなり君が降ってきたからな」

「ああ、速度調整ミスっちまったんだよ。驚かして悪かったな……っとそうだ」

 

 青年はふと思いついたように、私に目を向ける。意志の強そうなブラウンの瞳と私の黒眼の視線が交錯する。

 

「アンタ、ここに来てどのくらい経つ?」

「……は?」

「いやだから、この場所っつーか、今日ALOにログインしてどんくらい経ったかって訊いてんだ」

「……メンテ終了と同時にログインしている。だから、およそ二時間といったところだ。他の者達もおそらく似たようなものだろうが……それが何だ?」

 

 一体何故そのようなことを訊くのだろうか。雑談の取っ掛かりにもならず、悪用にも使えそうにない、意図不明の質問だ。そう感じ首をかしげつつ私は聞き返す。

 

 が、青年は短いため息を吐き、再びガリガリと後頭部と引っかきながら、やっぱりか、と呟いた。

 

「俺以外はフツーってことかよ……仕方ねえな。コイツらに頼るワケにもいかねえし、やっぱあのアルンとかいう所で外と連絡する手段を見つけるしかねーか。わり、変なこと訊いたな。忘れてくれ」

 

 それだけ言うと彼は踵を返し、そんじゃあな、と一言告げてさっさと立ち去ろうとした。

 

 が、

 

「待て」

 

 彼の行く手にユージーン将軍が立ちはだかった。分厚い鎧を纏った大柄な体躯で仁王立ちし、二メートル近い高みからオレンジ髪の青年を睥睨する。

 青年の方も気圧されることなく睨み返し、やや不機嫌そうな声色で尋ねる。

 

「なんか用かよ、オッサン。メシの誘いなら断るぜ。俺は今からアルン(あっち)に用があんだよ」

「話がある。貴様の益にもなる話だ。聞いていけ」

「ジンさん、まさか彼を……」

「そうだ。悪くはないだろう。おそらく参加条件も満たしているだろうしな」

 

 部下の問いにそう答えつつ、サラマンダー最強の男は、彼の背にあるシミターをちらりと見やった。その仕草を見て、私は彼が何を考えているかが分かった。

 

 どうやら最後の一人として、オレンジ髪の彼に出場させるつもりのようだ。

 装備、というか背の曲刀から見て参加の基準値は越えていると思われる。実際の参加判定にはスキル値の平均が用いられるが、まさか曲刀以外からっきし、ということもあるまい。先程の飛行速度から考えてもプレイヤーとして並み以上の技術ないしは素質を持つはずだ。

 加えて、ギルドメンバーのアイコンがないことからおそらくサラマンダー軍属ではなく、しかし仮に彼が優勝すれば、交渉では同族である将軍が有利。ついでに、失礼を承知で言うならば、スプリガンの彼やガルヴァノ副将を呼ぶよりもずっと手間がかからない。

 

 成る程、ガルヴァノ副将を呼ばれるよりかは双方にとって良策のように思える。

 最初の謎めいた質問がやや気にはなるし、用があるという彼の都合の緊急度合いにもよるが、出来ることなら是非出場してもらいたい。

 

 私が独り考えをまとめて納得する横で、やはりルーは不服そうだった。

 

「えー、あやしーなー。実は軍属プレイヤーなんじゃないの?」

「彼はサラマンダー軍には属していない。ギルドマークが表示されていないのがその証拠だ」

「……裏で繋がってない証拠は?」

「このタイミングで都合よく落下してくる可能性の方が低いと思うぞ、ルー。それに、私たちは実質同勢力なんだ。サラマンダー側に多少の利便は図るべきだろう。何より、あの副将がやってくるよりは幾分かマシだろうさ」

「むぐぐ……」

「……よぉ、当事者抜きで何くっちゃべってんだよアンタら」

 

 私たちの会話に割って入る形で、青年が不機嫌二割増しの声で問う。ユージーン将軍に阻まれて一応立ち止まってくれてはいるが、その隠そうともしない機嫌の悪さから見て、そう長くは引き留められないだろう。

 

 見かけ通り短気らしい青年サラマンダーに去られる前に、再び集団を代表する形で私は名乗り、説明を始めた。

 

 現在、ここでレアアイテムを賭けたトーナメントが開催予定となっていること。

 参加条件となっている高レベルプレイヤーが一人足りないこと。

 景品はどれもエンシェントクラス、あるいはそれに匹敵するランクを持つこと。

 

 ーーそして、最後の一人として、トーナメントに出場してほしいことを。

 

 青年は腕組みをしたまま黙って聞いていたが、私が話終えると短くため息を吐いた。

 

「……そのトーナメントってのが魅力的なモンだっつーことは分かった。アンタの見立て通り、スキル値平均も多分満たしてる。けど言ってんだろ、俺はあのアルンとかいうトコに用がある。ここでチンタラしてるヒマはねーんだよ。他をあたってくれ」

「そこを何とか頼めないだろうか。ハイレベルプレイヤー同士のデュエルにおいて、一試合に掛かる平均時間はおよそ五分だ。三位決定戦まで含めても合計二十分ほどで終了する。君が素養に優れたプレイヤーであることは先の飛行からも十分に判断できる。私たちを相手取っても不足ないほどに、な。

 対等な相手とたった二試合するだけで、これ程のレベルのアイテム群を手に入れるチャンスがある。この先滅多にない好機だと思うぞ?」

「だから俺は今そんなヒマもねえんだって言って…………?」

 

 不意に青年が言葉を切った。視線は上空、トーナメントの開催概要が表示された辺りに固定されている。

 

「どうかしたか?」

「……景品ってのは、アレのことかよ」

 

 そう言って青年が指差す先には、ホログラムで浮かび上がる賞品アイテムがあった。順位に応じてもらえるアイテムが異なり、当然優勝したときの景品が最も多く、また高価になっている。

 

 優勝者が獲得できるアイテムは四種。

 一つは、超レア鉱石『ダグラスラトロン』四十個。

 二つ目が最上級ポーション類詰め合わせ六セット。

 三つ目は八百万ユルドの入った麻袋。

 

 そして四つ目。客観的に見ればこれが一番の目玉アイテムだろう。

 草履、足袋から始まり、漆黒の長着と袴、白帯まで揃ったシンプルな和装。剣帯の代わりなのか、赤い鎖がたすきに掛けられている。外見こそただのフルコーディネートタイプの衣服アイテムではあるが、その正体は並の金属鎧を遥かに凌ぐ防御力と支援効果を持つ、衣服兼防具アイテム。

 

 その名は――、

 

「エンシェント級アイテム《黄泉の礼装》だ。初めて見るアイテムだが、おそらく私の長衣などより遥かに高級な代物だろう。無論、売れば相応以上の高値で取引されることとなる。一等地に城を建てられるくらいには、稼げると思うぞ?」

 

 どうかな? と、駄目押し気味に青年へ流し目を送る。

 

 だが、青年はこちらなど見てはいなかった。上空に浮かぶ黒衣のホログラムを険しい表情で睨みつけ、拳を堅く握り締めている。手に入る大金に目がくらんだのか、と一瞬思ったが、その姿からは何故か怒気のような荒々しい雰囲気が漂っているように感じる。

 

 と、青年が不意にこちらへ振り向いた。端正な顔立ちはやはり静かな怒りを孕んでおり、並のプレイヤーであればそれだけで退いてしまいそうな迫力を持っていた。

 

「……なあアンタ、サクヤっつったっけか? 一つ、訊いてもいいか」

「なんだ」

「このアイテム初めて見たって言ったよな? つーことは、この《黄泉の礼装》ってのは今日のトーナメントで初めてALOに出てきたモンだってことか?」

「ああ、そうだ。開催概要にも、今トーナメントで新登場したという記載があったからな。間違いない。何かの『伝説』から生まれた逸品だとの触れ込みだが、その内実については手にした者のみ知ることができるらしい。まあ、後半部分が真実かただの演出かについては定かではないがな」

「そうか……まあ、手がかりの足しにはなるか」

 

 最後の言葉の意味は分からなかった。

 

 だが、それを問う前に青年はズカズカと広場の中心に歩み寄り、出場表明のタッチウィンドウに右手を思いっきり叩きつけた。そのまま叩き割らんばかりの衝撃音に、横にいたルーがビクンッと猫耳を揺らし、ユージーン将軍は眉根を寄せる。

 

 それら周囲のリアクションを一切気にすることはなく、青年はこちらを振り向き、同時に音高く背中の剣を抜き放った。甲高い金属音が響き渡り、それが消える頃には――、

 

「――そういや、まだ名乗って無かったっけな。一護だ。何度も言ってるが、チンタラしてるヒマはねえ。わりーけど、とっとと始めさせてもらうぜ」

 

 そのブラウンの瞳には、闘志が煮えたぎっていた。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

……というわけで、死覇装目当てに一護が連続デュエルに挑みます。死んだら詰みな状態なのに、です。
しかもALO初の対人戦が領主・軍団長級となっております。けど、これくらいが一護には丁度いいのでは、と思った次第。

次回から三話と四話、二回続けてバトル回となります。
三話はあのスケスケソードを持ったオッサンが相手になります。

今回ちょっと物足りない感じで終わってしまったので、次話投稿を早めます。
更新は九月七日の午前十時を予定しております。


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Episode 3. Back to the Struggle -lado llama-

お読みいただきありがとうございます。

第三話です。

前話と同様、サクヤ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

よろしくお願い致します。


<Sakuya>

 

 トーナメント試合行程

 

 第一試合

 「一護 vs. ユージーン」

 

 第二試合

 「サクヤ vs. アリシャ・ルー」

 

 第三試合

 「三位決定戦」

 

 第四試合

 「決勝戦」

 

 

 システムシャッフルにより、トーナメントの組み合わせはこのようになった。

 

 正直なところ、こちらにとってかなり好都合な組み合わせだ。初戦で同族同士潰し合ってくれれば、決勝にはかならず私かルーのいずれかが進める。仮に優勝できなくとも私たちで二位、三位を獲れれば、獲得アイテムを元手に交渉することも不可能ではない。最悪、鉱石以外は失っても構わないのだ。目的達成の可能性は十分高い。

 

 脳内で打算を巡らせながら、広場中央に設けられた決闘舞台(デュエルスペース)を見る。一試合目に対戦することとなったユージーン将軍と、オレンジ髪の青年サラマンダー改め一護君が互いの武器を抜き、対峙していた。

 

 ユージーン将軍の獲物はレジェンダリー級の両手剣《魔剣グラム》だ。先の戦いでスプリガンの少年剣士に負けはしたが、ALO最強クラスの一品であることに変わりはない。刃を非実体化させて防御をすりぬける『エセリアルシフト』の脅威は凄まじい。前述の彼は二刀による多段防御で克服していたが、一護君は果たして対応できるのか。

 手にした曲刀――確か《アイン・オルガ》という銘だったか――を下段気味に構える彼を見る。主武装の格では確実に劣っているが、特に気負う様子もなく真っ直ぐに将軍を見据える姿は堂々としていて隙がなく、やはり非凡な才を感じる。私の勘が鈍っていなければ、の話ではあるが……。

 

 と、決闘開始のカウントダウンを知らせる電子音が鳴り始め、同時に舞台に立つ二人の間の空気が一気に張りつめた。将軍はグラムを上段に構え、一護君は下段から脇構えへと変える。

 

 果たして先手を取るのはどちらか。

 周囲が固唾を飲んで注目する中、カウントの機械音が淡々と刻まれていき、

 

 そして――、

 

「らああああぁぁぁッ!!」

「ドアアアアァァァッ!!」

 

 カウントがゼロになった瞬間、両者の姿が消え、次の瞬間衝撃音と共に交錯した。

 

 お互いの速さが凄まじく鮮明には捉えられなかったが、ユージーン将軍の強烈な打ち下ろしに対し、一護君がパリイからのカウンターを試みたように見えた。将軍の斬撃は相変わらずだが、一護君はそれと同等の速度で突進し真っ向から迎撃して見せた。やはり、只者ではない。

 二人はそのまますれ違い、すぐに反転して再度武器を構えた。見た所、どちらも無傷のようだが……いや、違う。目を凝らすと、一護君の肩口に一文字の傷が刻まれているのが見える。ユージーン将軍には目立った傷はないが、HPが僅かに減っている。対して一護君のHPの減少幅は二割弱ほど。この状況が示す意味とは――、

 

「……ほう。グラムの一撃を受けて、その程度か。俺に反撃を掠らせたことと合わせて、誉めてやろう」

「てめえ……何だよ今の斬撃は!」

 

 防御不可能の斬撃を受けても一護君は怯まず、即座に地面を蹴って斬りかかった。

 

 左――と見せかけて右から斬り下ろし。弾かれた剣を引き戻して、胸を抉るが如き刺突の二撃目。今度は小手で防がれるも、追撃の左拳が真下から強襲。将軍の鳩尾に決まった。

 

 鈍い轟音と共にHPが削られ、ノックバックでユージーン将軍の状態が傾ぐ。その体制が戻る前に、一護君が一息に肉薄。猛烈なラッシュで一気に攻め手を奪い取った。

 

 軽量な曲刀のため、速度と手数では一護君の方が有利。次々と放たれる斬撃がたちまち将軍の体表を捉え、HPを削っていく。

 

 だが、武器の性能差は如何ともしがたく、

 

「ふんぬ!!」

「――チッ!]

 

 グラムの特殊効果が再び発動。刀身を朧にかすませて曲刀の防御を潜り抜け、首元へと迫る。

 

 咄嗟に一護君は左腕をすべり込ませ、斬撃を強引に防いだ。HPのゲージがぐっと減少し、一気に三分の二まで削り取られる。

 

 追撃を叩き込もうとする将軍に蹴りを放ち、一護君は反動で大きく距離を取った。鋭く呼気を吐きだし、剣を構え直す。

 対するユージーン将軍は余裕の表情。手数で押し負けていることにも、HPの三割を一気に失ったことにも頓着しない様子で、猛禽を思わせる顔に獰猛な笑みを浮かべた。

 

「一度目の斬撃でグラムの透過斬撃(エセリアルシフト)に耐え、二度目で直撃を防ぐか。どうやら、獲物相応に腕は立つらしいな。俺はサラマンダー軍を預かる身として、同胞の手練れの情報は網羅していると自負していたのだが、同種族に貴様のような使い手がいるとは全く聞いたことがなかった……一体何者だ、貴様」

「別に何モンでもねーよ。ただのプレイヤーだ。ったく、いちいち上から物言いやがって……自分が知ってる全てが、この世界の全てだとでも思ってんのか? 見方とか土俵を変えりゃ、つえー奴なんざこの世にごまんといるだろうが」

「ふん、貴様に言われずとも、そんなことは百も承知だ。ここ最近で、世界は想像以上に広いことなど十分に理解させられている。それに……」

 

 口撃の応酬を止め、ユージーン将軍は一護君の左手首に視線を向ける。ついさっき斬撃を受け、刻まれた切断一歩手前の深い傷は、今ようやく修復されつつあった。

 

「貴様が如何に手数に優れようとも、俺の優位は変わらない。ちょこまかとすばしっこいその腕、次は一撃で斬り落としてくれる」

「上等じゃねーかオッサン。やれるモンなら……やってみろっての!!」

 

 叫び、二人は再度激突した。

 

 断続的に衝撃音が鳴り響き、地面は砂煙が立ち上り、攻守が目まぐるしく入れ替わる。先日の一騎打ちに勝るとも劣らない激戦に、周囲の者たちからは感嘆の声が上がる。

 ALO内でこれだけの近接戦闘をこなせるプレイヤーは、おそらく十人もいないだろう。一般とは格の違う戦いぶりを目の当たりにして、思わず口元が愉しさに歪むのが分かった。

 

 ……だが同時に、私はある違和感を感じていた。

 一護君の高速ラッシュに変化はないが、ユージーン将軍の様子がおかしい。先ほどの二撃目以降、グラムのエセリアルシフトを一回も使っていない。全ての攻撃を尽く一護君に防がれ、返しの斬撃で後退か微傷を強いられている状態だ。表情は微かに苦み走ったものへと変わり、まるでその姿は――、

 

「――エセリアルシフトを封じられている……のか? しかし、どうやって……」

「多分、あのヤンキー君の立ち回りが変わったからじゃない?」

 

 一護君に失礼な渾名を付けたらしいルーが、戦闘から目を離さずに言った。ケットシーの視力は全種族一であり、かつルーの持つ生来の高い動体視力があれば、私以上に戦闘の詳細が見えていることだろう。

 

 だが、一護君の立ち回りが変わったとは、一体……?

 

「最初にグラムが透過した時、彼は咄嗟に一足分だけ後ろに下がった。それでダメージを軽減しつつカウンターを狙う隙を作り出したんだヨ。

 けど、今は逆。ヤンキー君は踏込の瞬間、さっきまでよりも一足分だけ前に出て間合いを縮めて、ユージーン将軍が自由に斬撃を出せないように立ちまわってるネ。さらに、透過能力が及ばないグラムの(つば)にピンポイントで斬撃を当てることで、エセリアルシフトが発動しようがしまいが、片っ端から弾き飛ばすことに成功してル。

 間合い調節に太刀筋の精密コントロール……見掛けによらず、随分と器用だネ、彼」

 

 感心したような、どこか面白がっているような口調でルーは言い、そのまま観戦へと意識を戻した。

 

 その解説が聞こえていたわけではないだろうが、一護君は高速の斬撃を放ってグラムの鍔を真横から殴打。返しの一閃を防ぐべく頭上に構えられたグラムに真正面から斬り込み、鍔迫り合いへと持ち込んだ。

 

 激しく火花を散らしながら、青年サラマンダーは不敵な笑みを浮かべる。

 

「へ! グラムだかプラムだか知んねーが、たかが透過する剣を振ってるってだけで、俺を斬れるとか思ってんじゃねーぞ!!」

「ぐっ!?」

 

 迫り合いから一点、曲刀使いとは思えない剛力で押し切り、斬り上げでユージーン将軍の胴を斬りつけた。

 将軍は小手で防ごうと左手を付き出したものの、斬撃の威力に押し負けたのか、防御を崩され、HPを大きく減らして後退した。

 

 完全に、一護君が戦いの流れを掴んでいた。

 

「よおオッサン。アンタさっき、優位は変わらねえとか、俺の腕を斬るとか言ってたよな。確かにアンタの剣はつえーよ。速いし、体捌きも巧い。

 ……けどよ、まだ俺の底力を見せた覚えはねえぞ。武器の性能で負けてるってンなら、技と力でそれごと叩き潰す。次はその透けまくりのウザい剣ごと、アンタの腕を一撃で斬り落としてやる」

「……上等な口をきくな、小僧が」

 

 意趣返しされた将軍は静かにそう返すと、両手剣を八相に構えた。同時に体勢を低く沈め、羽根を思い切り後方に伸ばす。典型的な重突進の構えだ。

 

 それに一護君が気づき、迎撃のために曲刀を正眼に構えるが、

 

「……一つ言っておこう。まだ底を見せていないのは、俺も同じだ。『最強』を舐めるなよ新星(ルーキー)。サラマンダーの真の戦い方とはどういうものか、その身体に刻み込んでくれる!!」

 

 咆哮と共にユージーン将軍が高速突撃。火焔を極限まで圧縮したような眩い赤光をたなびかせ、破城鎚の如き刺突突進を繰り出した。

 

 サラマンダーが最も得意とする重突進攻撃、その中でも貫通力に長けた刺突系重突進である。しかもグラムの攻撃力を伴った状態で繰り出されるその威力は規格外であり、付けられた通称は《緋鎗》。両手剣であってもランスを凌駕する射程と貫通力を誇る、正に人器一体、緋色の槍のような大技であった。

 

 一護君もその威力に気づいたらしく、咄嗟に迎撃から一転、羽根を広げての空中回避にシフトした。しかし交錯の瞬間に避けきれなかったのか、大きく吹き飛ばされ、地面を滑る。

 

 将軍はすぐに一護君を再補足し、再度の重突進をかけた。グラムと一体になり、投擲槍のような鋭さで一直線に襲いかかる。

 

 しかし今度は一護君も冷静だった。吹っ飛びから着地して宙返りで突進を回避、背後に回り込んでカウンターの斬撃を放つ。が、将軍の防具の特殊効果により半球状の炎の壁が展開され、刃が届くことは無かった。

 

 攻撃後の隙を突いたつもりが逆に体勢を崩された形になり、一護君が舌打ちする。そのまま二撃目を出そうとはしたが、

 

「――甘い!!」

 

 ユージーン将軍がいつのまにか詠唱していた炎の範囲攻撃魔法が完成。一護君の髪色と同じ橙色の火炎の波が、彼の元に一瞬で殺到した。

 

 爆発でも起きたかのような轟音が鳴り響き、一護君は再び大きく飛ばされる。

 

「クソッ! そういや魔法って手があったか! なんつー範囲のデカさだよ!!」

「当然だ。魔法禁止などという詰まらぬ制限、設けた覚えは毛頭ない!」

 

 そのまま将軍は再度突撃を敢行、さらに同時に魔法詠唱を開始し一護君が回避した先に範囲攻撃を叩き込む。突進と魔法詠唱の同時行動(ダブルアクト)により、一気に攻勢を取り戻した。

 一護君の方も幾度も吹き飛ばされながら反撃に転じようと試みるが、突進の破壊力と時折展開される防具の特殊防壁により、思うようにダメージを与えられないでいる。

 

「ありゃりゃー、こりゃ流石にヤンキー君負けちゃうかもネ。魔法の反撃が出来ないってことは、多分純戦士(ピュアファイター)なんだろうし、それじゃ魔法戦士のユージーン将軍には適わないヨ」

「ああ、良い勝負だったのだがな……」

 

 惜しい気持ちを隠さず、私はルーの言葉に応じた。先日に引けを取らない名勝負だったのだが、この辺りで潮時か。やはりスプリガンの彼のようなダークホースなど、そうそういないということか。

 

 

 ……いや、待て。

 

 おかしい、何か変だ。

 

 

 再びの違和感が私を襲う。しかも今回はユージーン将軍ではなく、一護君に感じている。ダメージを微減程度に留めながら吹き飛びまくっている青年サラマンダーに、先ほど以上の違和感を覚えていた。

 

 ……そうだ。

 

 いくらなんでも吹き飛び過ぎ(・・・・・・)だ。

 

 あの炎の範囲魔法は、射程圏内のプレイヤーに『燃焼』のバッドステータスを付加することが主目的であり、物理的な衝撃はさほどではない。回避し損ねるどころか、直撃してもあそこまで吹き飛ばされることなどありはしないはずなのだ。

 それに、あの重突進だって、確かに凄まじい威力ではあるが、その分直線的だ。故に回避に要する移動距離は短く、ほんの一メートルばかり横に避ければすむ話。当然難易度は高いものの一護君にそれが出来ないはずはないし、それが分からない程に焦っているとも思えない。

 

 なのに、先ほどから何度となく吹っ飛ばされる彼。これは一体、どういうことなのか……。

 

 ――やっぱ瞬歩と同じようにはいかねえってか。

 

 ふと、出会いがしらの彼の独り言を思い出す。彼の言う「瞬歩」が何なのかは分からない。が、あの時一護君は速度調節に失敗し、この蝶の谷に高速落下してきたと言った。

 

 もし、今の過剰な吹き飛びの原因もその「瞬歩」の失敗にあるのだとしたら、どうだ?

 もしこの推測が正しければ、この状況の意味が変わる。一護君はユージーン将軍に追い詰められ逃げまどい「吹き飛ばされている」のではなく、活路を見いだしトライアンドエラーを繰り返している結果として自ら「吹き飛んでいる」ことになる。

 

 そして、もしそれが完成(・・)したとすれば、その時、勝負の行方は――そう思った瞬間、爆炎の音が鳴り響き、直後に目の前に高速で人影が落下してきた。小隕石が衝突したかのような爆音と共に地面に叩きつけられ、もうもうと砂煙が上がる。

 

「――どうした、威勢がいいのは口だけか?」

 

 上空から野太い声が響く。

 

 見上げると、グラムを肩に担いだユージーン将軍がゆっくりと下降してくるところだった。その立ち振る舞いには余裕があり、まだまだ健在という雰囲気だ。

 対して落下物の正体である一護君は、残りHPが半分に満たないほど。しかし、片膝を地面に着いたその姿は将軍よりも消耗しているように見えた。

 

 言葉を返さない一護君に向かって、将軍は言葉を続ける。

 

「サラマンダーの真骨頂は重突進攻撃と炎の範囲魔法だ。純戦士(ピュアファイター)の貴様では到底ついてこれまい」

 

 勝利を確信したかのように、将軍は平素の堂々とした態度でうなだれる青年サラマンダーに告げる。勝利宣言にも似たその宣告には、サラマンダー最強の名にふさわしい圧が籠っていた。

 

 動かない一護君に向かって、これで終わりだと言うようにユージーン将軍は重突進の構えを作る。

 

 が、その瞬間、

 

「――そうでもないぜ」

 

 一護君の声が、はっきりと響いた。

 

 負け惜しみでも、強がりでもない、将軍以上の自信に満ちた声。その声にユージーン将軍の構えが緩んだその時、一護君は顔を上げ、

 

「こっちはアンタの攻撃に……ようやく身体が慣れてきたとこだ」

 

 そう言いつつ、ニイッと不敵な笑みを浮かべて自身の首を指で突ついた。

 

 私たちも対峙する将軍も、一瞬彼のジェスチャーの意味が分からなかった。だが、ユージーン将軍が視線を下に向けた時、

 

「なん……だと!?」

 

 その意味が判明した。

 

 砂塵に紛れて今の今まで気づかなかったが、将軍の首に真一文字の大きな傷が刻まれていたのだ。将軍自身ではその傷の大きさは確認できないだろうが、傷から立ち上る血煙のような真紅のエフェクトで、その傷の存在や深さを悟ることができるだろう。

 

 負傷したことにすら気づかせない、超高速の斬撃。それをウィークポイントである首に叩き込まれていたのだ。HPも先ほど見たときから急減少し、三分の一を下回っている。

 

「ったくよー、こっちが習得(・・)に難儀してる間に好き放題撃ちまくりやがって……仮想だろーが何だろうが、熱いモンはクソ熱いんだっての」

 

 剣を持たない左手で後頭部をガリガリと引っかきながら、ゆっくりと立ち上がる。再び前を向いたその顔には一辺の焦りも疲労もなく、そこにはついさっきまでユージーン将軍が纏っていた「勝利の雰囲気」が漂っていた。

 

 その表情にユージーン将軍が警戒したかのように剣を構え直すが、

 

「――トロい!!」

 

 一喝と同時に一護君の姿が消え、次の瞬間には将軍の胸に逆袈裟が叩き込まれていた。フラつくこともできずただ負傷した将軍の背後で、血を払うように曲刀を素振りする一護君の姿があった。

 

「き、貴様……一体何を!」

「答えるかっての。今まで炙られまくった恨み辛み、今ここで返させてもらう。あと、もう一度言っとくぜ、オッサン。先に腕を落とされるのは――アンタだ!!」

 

 再び一護君の姿が掻き消え、怒涛の勢いで将軍の左腕を切断。HPが凄まじい勢いで減少する。

 そのまま将軍の背後に回り込み、水平一閃。さらに正面から二撃、真上から斬り下ろし、再び正面から閃光の如き刺突。

 

 最早何連撃なのかも分からない、無数の斬撃の雨が将軍の身体を徹底的に蹂躙した。隻腕となったユージーン将軍も応じて反撃を出すが、手数が違い過ぎる。

 

 将軍が一撃を出す間に、一護君は三度剣を振るう。腕を、脚を、胴を背中を顔を首を。斬撃が、刺突が、殴打が、一切容赦なく叩きつける。

 大気が悲鳴を上げるかのように風切り音が響き渡る中、私は自身の予感が的中したことを確信した。

 

 《音速舞踏(ソニック・ワルツ)

 

 元々プレイヤーに備わっている敏捷性に、羽根を用いた瞬間的な加速を加えることで超高速のダッシュを可能にする、地上・空中双方において最難関の技術だ。羽根で空気の壁を叩くようなイメージが必要というが、あまりに難易度が高い上に制御が難しく、実戦で使えるような代物ではない、という評価がプレイヤーの大多数を占めている。

 

 私の知る中で最速のシルフであるリーファでさえ、成功率は最高で六割といったところ。戦闘への応用など、出来たものではなかった。

 故に戦場でこの技の使い手に出会うことなどまず無いだろうと思っいたのだが……まさか、こんなところで出会うとはな。空いた口が塞がらなくなっているルーの横で、私は呆れたような笑みを零していた。

 

「この――図に乗るな、小僧がぁッ!!」

 

 が、このまま終わるユージーン将軍ではない。

 

 インターバルから回復したのか、再度防具の特殊効果が発動し、半球状の炎の壁で一護君の連撃の手を止めた。HPはもうレッドゾーンに達し、満身創痍の状態。しかしそれでも、闘志は削がれていなかった。

 

 連撃が止んだ一瞬のうちに重突進の構えを作り、ユージーン将軍は《緋鎗》による突進を敢行。紅の残光を曳きながら最高速で突撃する。

 

 真っ向から相対した一護君は臆することなく曲刀を上段に構え、《音速舞踏(ソニック・ワルツ)》を発動。迫りくる将軍に正面から突っ込み――、

 

「――遅えッ!!」

 

 一切の躊躇なく、将軍の首を刎ねた。

 

 残り僅かだったHPがゼロになり、将軍の巨躯が炎に包まれ燃え崩れた。後には小さなリメインライトとHPを五割弱残した一護君。

 

 その上に輝く、

 

 『 Winner : Ichigo 』

 

 という単純明快な勝利者宣告、そして観衆二百人の大歓声が残されていた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

デュエル第一回戦、vs. ユージーン戦でした。
すり抜け能力ってBLEACH側の誰かが持ってそうな気がしたのですが、意外といませんでした。残念。

後半一護がやや苦戦気味なのは、三か月眠っていた鈍りと、瞬歩を習得しようと難儀していたせいです。
加えてユージーン将軍は原作よりも強化気味です。でもグラム一本だと普通に負けてしまいそうな気がして、範囲攻撃の魔法も覚えてもらいました。キリト君も戦闘中に広範囲幻惑魔法使ってましたし、これくらいは出来るでしょう。ね、将軍?

それと、一護に魔法を使わせるか悩んだのですが、やっぱり一護に詠唱は似合わんだろう、ということで、脳筋……もとい純戦士スタイルでいくことに。死んだら脳チンなので、どう足掻いてもガードできない将軍の範囲攻撃の魔法は疑似瞬歩をトライアンドエラーしつつ死ぬ気で回避しておりました。

次回は決勝戦。褐色猫耳か色白パッツン、どちらかが相手です。勿論しっかり強化してます。


……あと、このトーナメント回で三話も引っ張ってますが、次話含めてあと六話で一章終了(予定)だったりします。最難関GGO編がもう目の前……。

と、ともかく次話投稿は九月九日の午前十時を予定しております。


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Episode 4. Back to the Struggle -lado viento-

お読みいただきありがとうございます。

第四話です。

後半部にサクヤ視点を含みます。今話でラストです。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


「ひゃー! 勝っちゃった、勝っちゃったよヤンキー君! あのユージーン将軍相手にサ!! すごいすごーい!!」

「うるせーな。その呼び方はなんとかなんねーのかよ、チビネコ」

「キミがワタシのことをルー様って呼んでくれたら、考えてあげてもいーヨ?」

「……なんで俺の周りには、こーゆー尊大な女が多いんだよ」

 

 オッサンことユージーンを斬って勝利した俺は、真っ先に駆け寄ってきたネコミミ女(アリシャ・ルー)を押しのけつつ舞台から退場した。背中の筋肉を酷使するなんて慣れない真似をしたせいか、妙な疲れ方をしている気がする。あそこで瞬歩モドキを完成させなきゃユージーンに負けてた以上あれが最善だったんだろうが、それでも疲れたもんは疲れた。

 

 肩をゴリゴリ回しながら足を進めようとすると、横からサクヤがスーッと出てきた。高下駄突っ掛けてんのに、よくそんな滑らかに動けるな。

 

「見事だ、一護君。あのユージーン将軍を相手に、HPを半分も残して勝つとはな。特に最後の《音速舞踏》の連続使用、あれを出来るプレイヤーは、おそらくこの世界で君だけだろう」

「そいつはどーも。つかアレ《音速舞踏》っつーのか。今初めて聞いた」

「……まさかとは思うが、存在を知らずに独力で習得したのか?」

「おう」

「……何ともまあ、無茶苦茶な男だな、君は」

「わりーかよ」

「いいや。つまらない男より、百倍マシさ」

 

 そう言って、サクヤは涼やかに、けど可笑しそうにくすくすと笑う。何がそんなにウケるのか知らねえが、とりあえず「そうかよ」とだけ返して舞台に向き直る。

 

「今はデュエル間のインターバルタイムだ。終了と同時にユージーン将軍にシステム的自動蘇生がかかり、彼が外に出てから二試合目を行う。君は最終試合までヒマだろうが、もう少しだけ待って欲しい」

「へいへい。ここまで来たら待つっての……しっかし、あの剣マジ何なんだよ。すり抜けとかズルくねえか?」

「魔剣グラムだよ。刀身を非実体化できる特殊効果を持つ伝説級(レジェンダリー)武器の一つだ。が、私としては、それを越えていった君の超人的な速さと技量の方がずるく感じたがな」

 

 特に速度の方は人間に許されたそれを越えていただろうに、と付け加えてから、サクヤは扇子で顔の下半分を隠した状態で俺の顔を覗きこんできた。長いまつ毛の奥の黒眼が、俺の内側を探るような視線を投げかけてくる。

 

 一般プレイヤー相手に、「死神だから」とか「SAOに二年間もいたからじゃね」とか言えるワケもなく、とりあえず適当に、まあな、とだけ返しておく。サクヤの方も特にそれ以上突っ込む気はないようで、すっと身を引きパチリと扇子を閉じた。

 

「ねえ、キミ」

 

 と、その向こう側から声がした。見ると、サクヤの体越し、ちょうど腰の辺りからアリシャがこっちを覗き込んでいた。背中の方で、意外と長いしっぽがひょいひょいと動いているのが見える。どうやって動いてんだよ、ソレ。

 

 とりあえず「何だよ」的な視線を向けると、アリシャは猫を彷彿とさせる悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「一護君っていったっけ? メチャクチャに強かったけど、一体ドコ所属の誰サンなのかな? サラマンダーにキミみたいなのがいるなんて、ウチの諜報網の端っこにも引っかからなかったんだけど?」

「だから別に誰でもねーっての。ただのプレイヤーだって、さっき言ったじゃねえか。そのでけえ耳は飾りかよ、チビネコ」

「うぇーツマンナイの。もっとこう、『しがない流しの用心棒だよ』的な面白い台詞はないの、ヤンキーマンダー君?」

「うっせ。そんな気障ったらしいカッコつけ、誰が言うかっつーの」

 

 真っ黒剣士(キリト)じゃあるまいし、と言いかけて止める。コイツらに言った所で、どうせ通じねえだろうしな。

 

「お、そろそろインターバルが終了するぞ。ルー、準備しろ」

「はいはーい!」

 

 サクヤの声に反応して舞台上を見ると、デュエルのインターバル時間が経過したことにより、システム的自動蘇生でユージーンが復活したところだった。静かに舞台から退く将軍と入れ替わるようにして、サクヤとアリシャが舞台上に上がる。サクヤの獲物は腰の大太刀、アリシャの方はクロー型の武器を装備しているみたいだ。

 

「よし……では、第二試合といこうじゃないか。ルー、久々のデュエルだな。同盟を結んでいるからとはいえ、手加減はしないぞ?」

「コッチの台詞だヨ! 全力でいっちゃうから、覚悟してネ!!」

 

 互いに挨拶を交わした直後、システムブザーの音が鳴り響き、トーナメント第二試合がスタートした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ――それから約十分後。

 

「…………ぶー」

「対等なデュエルの結果だろ。不貞腐れてねえで受け入れろ」

「だってだってだってぇー!! 二試合目も三試合目もキレイに完敗なんテ、納得いかないシー!!」

「ホントにうるっせえ奴だな、現実を見ろってのチビネコ。つかアンタ、本当に領主かよ」

「そっちこそウルサイよ! ヤンキー君!! ハイレベルプレイヤーの皆が皆、キミや将軍みたいに正面きったドンパチが得意なワケじゃないんだからネ!!」

「へーへー」

「なにそのムカツク受け流しー!!」

 

 ふしゃーっ! と猫の威嚇音と共に耳や尻尾を逆立てるアリシャの抗議を、俺は素知らぬ顔でそっぽ向いてシカトする。

 現実でやられたら痛々しさマックスなキレ方だが、今は見た目も振る舞いも、ついでに戦闘スタイルも猫全開だからか、あまり違和感がない。これで夜一さんみたく体術の達人だったら厄介だったんだが、結果はお察し。見事に三分でブチ殺されてた。

 

 本人が言うには、

 

「斥候職だから仕方ニャイの!! 分かって!!」

 

 だそうだ。知ったこっちゃねえ。大体、勝てねえ上にそもそも真っ向勝負苦手なら、なんでトーナメントに出てきた……ああ、そっか。人数合わせか。小指の爪くらいは同情の余地があるな。

 

「……一護君、最後は私と君の決戦だ。急ぎなのだろう? さっさと始めよう」

「っと、わり。そうだった」

 

 いつのまにか横に立っていたサクヤに促され、アリシャを捨て置いて舞台へ向かう。

 時刻はそろそろ二時半になろうかってところだ。午後の日差しが照りつける中を、二人並んで歩く。これが最後のデュエルだからか、さっきまでより空気がピリピリしている気がする。真っ先に頼み込んできたのはコイツだったし、それだけ優勝したいってことなのか。

 

 と、舞台の中央より少し手前に来たところで、サクヤが立ち止まった。怜悧なつり目がこっちに向き、薄く小さな唇が動く気配がした。

 

「始める前に一つ、言っておきたいことがある」

「何だよ、急に」

「ユージーン将軍との戦い、本当に見事だった。あれほどの激戦はALO史上でも五指に入るだろう。世辞ではなく、本心からそう思っている」

「ホメても何も出ねえよ」

 

 真顔で褒め殺されるという未知の体験。いきなり何なんだか知らないが、とりあえずぶっきらぼうに応じる。

 

「だがな、無名のプレイヤーが連勝できるほど、領主・軍団長級は甘くない。先ほどの大勝のような奇跡は一度きりだ。二度はないよ、ヤンキー君(・・・・・)

「言うじゃねーか、パッツン女。甘くねえなら、ダラダラ御託並べてないでかかってこいよ。その細っこい身体、全力で斬り伏せてやる」

「いいだろう、それが出来るものならな」

 

 そこまで言って、ようやくサクヤの表情が動いた。唇の両端を吊り上げ、愉しそうに挑発の笑みを浮かべる。

 同じ笑みを返してから、俺たちは互いに距離を取った。目測で大体八メートルかそこら。瞬歩……じゃねえや《音速舞踏》一発で背後まで取れる距離だ。先手必勝、一発叩き込んでやる。

 

 剣を抜き斜に構える俺に対し、サクヤは抜刀せずにその場で重心を下げた。右手は柄に添えられ、左手は鯉口。右足を大きく踏み出したその構えは、典型的な「居合い」の構だった。

 今まで居合いっぽい技を使う奴は何人かいたけど、ガチの居合いを相手にするのは多分これが初めてだ。でもやることは変わらねえ。まずは一撃、どこでもいいからブチ込んで流れを掴む。まずはそっからだ。

 

 重心を下げ、仮想の背筋に意識を込める。羽根をめい一杯広げた《音速舞踏》の待機態勢でカウントダウン終了を待ち――、

 

「――せああああああぁぁッ!!」

 

 ゼロと同時に突撃した。一息に距離を詰め、剣が届かない左脇から強襲をかける。

 

 が、サクヤはその場から動かない。

 俺を目で追いきれていないのか、抜刀の気配すら感じられない。

 

 何企んでんだか知らねーが、どの道このまま行くしかねえ。一気に押し切る!

 

 下段からのすくい上げるような一閃で胴を狙い――、

 

「……スペクラム」

 

 寸前、サクヤが何か呟いた。

 

 同時に全身に悪寒が走る。サクヤはまだ刀を抜いちゃいねえ。けどヤバい。このままだと確実に斬られる。頭の中に警鐘が大音量で鳴り響く。

 

 本能に従い、斬撃中断。その場で思いっきりのけぞる。真上を向いた俺の顔の前を銀色の光が通過していくのが見えた。数瞬遅れたら、俺がユージーンにやったように首に深手を負わされていたはずだ。

 

 体勢が崩れた俺目掛けて、今度こそサクヤの居合いが迫る。胸を抉りにきた白刃を曲刀でどうにか防ぎ、《音速舞踏》で一気に下がる。

 

 だが、そのまま体勢を立て直させてくれるほど、この領主サマは甘くなかった。

 

「――【追撃六刃(フォロー・セクス・ラミナ)】」

 

 サクヤの周囲に白い刃片が六つ同時に展開。間を置かず俺目掛けて殺到してきた。

 

 不安定な体勢だが、四の五の言ってる場合じゃない。力任せな《音速舞踏》でその場から離脱し、さらにもう一回重ねてサクヤの背後をとる。

 

 幸いホーミングは甘いみたいで、追ってくる気配はねえ。このままもっかい強襲だ。さっきと違って視界外からの一撃だ。魔法でもなんでも、当てられるモンなら当てて……。

 

「……スペクラム」

 

 きやがった。

 

 四連続目の《音速舞踏》で後退する俺の目の前を、再び銀光が薙ぎ払う。すぐに霧散しちまったが、今度はハッキリ見えた。刀みたいな、細身の片刃の形をしてる。

 

 追い打ちの袈裟斬りを曲刀で受け止めつつ、涼しい顔のシルフ領主を睨み付けた。

 

「随分とえげつねえ戦い方するじゃねえか。何なんだよ、あのすっ飛んでくる刀みてーなのは」

「【鏡喚(スペクラム)】という魔法だよ。私の主武装である太刀の鏡像を作り出し敵を襲撃する。領主専用の《秘伝魔法》という分類上、公式デュエルトーナメントでは使用が禁止されているが、ここではそんなことはないらしいな。相手が相手だし、遠慮なく使わせてもらうよ」

「てめえ……俺をなんだと思ってやがる」

「そう怖い顔をしないでくれ、折角の美形が台無しだ。それより……いいのかな?」

 

 サクヤの口端がつり上がり、

 

「目の前でそんなに長く停止されて、私が何もしないとでも思ったか?」

 

 瞬間、いつの間に詠唱したのか、圧縮した風の槍を召喚して撃ち込んできた。

 

「――チッ!!」

 

 盛大に舌打ちしつつ、身体を捻って直撃を回避する。が、回避しきった刹那、曲刀の防御が僅かに弛んだ。

 

 その隙を突かれ、左の掌底が飛んでくる。予備動作をほとんど消した一撃だが、さっきの魔法より遅い。一歩分のバックステップで、紙一重で避ける。

 

 さらに重ねるようにして、サクヤが太刀を片手で突き込んできた。一直線に右肩を狙う一撃を横っ飛びで避けて――いやダメだ、伏せろ!

 

 直感で伏せた直後、太刀の軌跡が急変化。刺突から薙ぎ払いに変化して俺の一寸上を通過した。

 

「横薙ぎに変化する突き技とか、ドコの斎藤さんだよテメーは!!」

「中々いい完成度だろう? 練習したの、さっ!!」

 

 俺の悪態を笑って流しつつ、サクヤはいきなり太刀を手放した。嫌な予感がして退こうとしたが、相手の方が半秒早い。

 

 右手首と襟をひっ掴まれて、

 

「――せいっ!」

「ぅおっ!?」

 

 そのまま投げ飛ばしにきた。即座に足を踏ん張るが、体勢が前につんのめる。

 

 そこへ、

 

「――【鏡喚(スペクラム)】」

 

 鏡像の刃が襲来。袈裟懸けの一撃が俺の胴へ降り下ろされた。こっちは受けようにも手首を取られ、避けようにも襟を掴まれて身動きがとれない。

 

 だが幸い、掴まったところからの脱出法は夜一さんに仕込まれてる。腕を手前に引き寄せつつ手首を捻り、かつ思いっきり低くしゃがむ。相手の拘束を剥がしながら上体への攻撃を回避できる技術で、確か名前は……「夜伏」とかいったか。頭上を通過した魔法が消えるのを感じながら、ぼんやりと思い出す。

 

 ともかく化け猫師匠直伝の回避術で難を逃れた俺は、《音速舞踏》を二連発。一度目で真横に跳ぶことでフェイクをいれ、二度目で一気に真上を取る。さあ来い、鏡像の攻撃はもう二度も食らってんだ。今度は受けてたまるか。

 

 周囲の空間に最大限意識を巡らせた状態で、真っ逆さまに落下。勢いそのままに脳天目掛けて斬り払いを……、

 

「――ああ、そこだね」

 

 突如閃いたサクヤの大太刀、その切っ先に弾かれ、俺の曲刀は宙を掻く。

 

 カウンターが来ると予想した俺は、《音速舞踏》からの強襲斬撃を弾かれた衝撃をかなぐり捨てて再び飛翔。ユージーンにやったように、背後、正面、左脇、また正面と連続で高速移動し、刀身を叩きつけるようにして斬撃を放った。

 

 しかし、そのどれもが寸でのところで大太刀に阻まれ、サクヤの体表を掠める程度にしかならない。足どころか腕すら動かさない、肘から下の最低限の動きと手首の捻りで太刀が瞬時に閃き、俺の太刀筋に重ねられていく。オマケにほぼ全部ノールックだ。こいつ、次はどんな魔法を使って――、

 

「――違うよ」

 

 心を見透かしたようなサクヤの視線。それに一瞬だけ気を取られそうになり、連撃を中断。《音速舞踏》で後退し、追撃に備えた。

 

 しかし、サクヤは大太刀を中段に構えたまま、自然体をキープして動かない。傍からは棒立ちにしか見えないが、それとは裏腹に隙がなく、張りつめたような空気を漂わせている。

 

「君の考えていることは分かるよ、一護君。そして、理解もできる。リーチで勝る分取り回しの速度で劣るはずの私の大太刀で、君の高速連撃全てに応じたんだ。先ほどの【鏡喚】のことを踏まえれば、これも何らかの魔法アシストがあるとする推測は妥当だ。立場が逆なら、私でもそう思う。

 しかし、これはれっきとした技術だ。伝統古武術の技、それに加えて君の戦闘パターンにある程度慣れてきた今であれば、私の得意な先読みを合わせることで君の斬撃を目で追いきれなくても予測で迎撃できる。攻撃魔法を組み合わせれば逆撃を見舞うことだって可能だ」

 

 悠々とした、けど引き絞られた矢弓みたいな緊迫感のある構え。それを維持しながら、シルフの長は凛とした鈴のような声で言葉を紡ぎ、

 

「言っただろう? そう易々と連勝を許すほど、領主は甘くないんだよ」

 

 デュエル前に浮かべていた、挑発的な笑顔を俺に向けた。

 

 確かに、コイツはやりづらい。

 

 飛び道具で牽制し、身体よりも頭を使い、先を読んでカウンターを狙う。待ちの一手に特化した、今までいなかった戦い方だ。ガツガツした真っ向からの斬り合いばっかだった俺には新鮮で、だからこそ思うようにいかねえ。

 

 ――でも、だからこそ、燃える(・・・)

 

 なんつーか、久々に斬り甲斐があるっつーか、「もしこんな奴と戦ったら」なんて考えもしなかった相手と戦える愉しみっつーか、そんな感じがする。

 なにを剣八みてえなコト言ってんだと自分でツッコみたくなっちまうけど、そう思っちまうんだから仕方ない。あるいは、これがアイツの言っていた「闘争本能」なのかもしんねーな。

 

 加熱する心身を抑え込みながら、曲刀を構え直す。

 とりあえず、あのカウンターの構えをブチ破る策は、一つだけ思いついている。さっきのユージーン戦じゃ使うに使えなかったが、サクヤ相手なら効くはずのとっておきだ。回数に制限があるのが難だが、相手が一人の今ならこれで十分に足りるだろ。

 

 だが、問題は火力だ。

 あの構えを突破するには、どうしてもパリイを押し切れるだけの威力が必要になる。今の俺の最大火力は《音速舞踏》からの突進攻撃だが、それはもう既に防がれている。勝つにはこっからもう一段階、威力を上昇させたい。

 

 魔法はからっきしだ。

 

 アイテムも封印されてる。

 

 それでも火力を引き上げる方法……そういやさっき、何か言ってたな。エラソーに、上空から見下ろしながら、真骨頂がどうとか……。

 

 あ。

 

 あった。あったじゃねえか。

 

 一発で火力を上げる方法!

 

 試したことは一度もねえけど、そんなのは今更だ。《音速舞踏》も実戦で身に付けたことだし、もう一つぐらい勢いで習得できんだろ。

 

 そうと決まれば即実行。

 羽根を鋭角に折りたたんで後方に伸ばし、重心を低く落として、刀を振りかぶる。

 

 あとは一撃、叩き込むだけだ。

 

「……しっかしコレ、なんで名称とか能力がよりにもよってアイツと被ってんだ? 実際に使ってるとこを見たこと一度もねえから、参照元っつーか、出処は俺の記憶じゃねえんだろうけど……まあ、今はどうでもいいか。

 

 とりあえず、ちっと銘を借りるぜ……親父(・・)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Sakuya>

 

 さあ、どう出る。

 

 どう動いてくる。

 

 距離を取った一護君の出方を伺いながら、私は精神を高ぶらせていた。この数分の攻防で、彼は全くの無傷。私は先ほどの連続高速移動時に削ぎきれなかったダメージ分HPが減り、残り九割弱。客観的に考えればまだまだ互角、もしくはやや私が押され気味、と見るべきだろう。

 

 しかし内容は、私が一護君の攻撃の(ことごと)くに応じ、反撃を返している。動きに慣れてきたことで先読みも可能になり、対する一護君は満足のいく動きが出来ていないように見える。戦いの流れは私に傾いていると言っていい状態になっていた。

 過去にも数度、このような状況になったが、全てそのまま流れに乗って押し勝ってきた。破られたことのない、不可侵の勝利パターンと言ってもいい。

 

 古武術の構と【鏡喚】による牽制のコンボは、私の中で最強と言ってもいい防御姿勢だ。

 

 私の振るう大太刀の刃渡りは四尺、つまり百二十センチ。手首を軸にしてほんの四分の一回転させれば、切っ先が一瞬にしてニメートル近い長さの弧を描く。特殊効果である【軽量化】により、振るうスピードは短刀とタメを張る。ここに私の習う古武術の基本である「最低限の動きで最大限の効果」を組み合わせることで一護君の高速移動についていけるだけの瞬間的速度を叩き出している。現実で師範代を務めている古武術道場で習った技を基にしているため、自分で言うのもなんだが、完成度はかなり高い。

 

 さらに、【鏡喚】の牽制が予想以上に長く効いている。実はあの鏡像、反則的な出現速度を持つ反面、威力が著しく低いのだ。一護君相手であれば、おそらくHPを数ドットしか削れない。故に、触れられてしまうとお終いなのだが、強いプレイヤーであればあるほど、神出鬼没の刃を警戒し、回避や迎撃に意識を割く。相手が一護君のような強者が相手であるからこそ、使えている牽制術なのだ。《音速舞踏》の速度から考えて、使用できる魔法の規模は長くても初級の三ワードが限界である今、策の成就はこの術に依るところが大きい。

 

 ……けれど、これだけ策を弄しても、一護君はそれでも私を越えに来る気がする。あのユージーン将軍を神速絶技で打倒した彼なら、それを上回る切り札を出してくる気がする。決して油断はできない。

 

 構えを緩めず相手の出方を待っていると、不意に一護君が大きく重心を下げた。羽根は後ろへ大きく引き伸ばされ、曲刀を持つ腕は引き絞るようにして後ろに振り被られている。

 

 この構えは、先ほどまでとは違う。空気を叩くためにめい一杯に羽根を広げる《音速舞踏》とは真逆、鋭角に折りたたまれた羽根は前方への強力な突撃を意味する。

 

 サラマンダーの真骨頂である、それは、

 

「重突進の構え……成る程、力で真正面から来るつもりか」

 

 その判断は大いに正しい。私のこの構えは防御型、正確には受け流しに特化した構えだ。最低限の動きで相手の攻撃をそらすことに全神経を注ぐため、足の動きを完全に殺している。そこに高火力の斬撃を叩き込めば、避けることも受けきることもできず、押し切られてしまうだろう。

 

 だが、それでは足りない。構えは崩せても、私の【鏡喚】によるカウンターが当たることを防げないためだ。一護君はあの魔法に威力があると錯覚(・・)している。その状態の彼が高火力攻撃後の隙を突かれることぐらい、考えつかないはずが――、

 

「いくぜサクヤ。その構え……全力で叩き潰してやる!!」

 

 

 次の瞬間、宣言と共に彼の刀身が燃えた(・・・)

 

 

 吹き出す火焔の勢いはみるみる激しくなり、刀身どころか剣全体、いや、最早一護君の腕を飲み込むほどに巨大化していく。彼の周囲には火の粉が舞い散り、まるで彼自身が燃えているような錯覚すら起こす。

 

 おそらく何らかの強化魔法、あるいは戦闘補助魔法だろうが……しかし、一体どうやって。詠唱している様子はなかったし、そもそも純戦士の彼に魔法の補助はないはず……いや、待て!

 

 ある。

 

 純戦士の彼にも行使できる、唯一の魔法が!!

 

「――しまった!!」

 

 そこまで来てようやく、私は自分の計算からあるものが抜け落ちていることに気付いた。一護君の身体能力にばかり注意がいっていたため意識が回らなかったが、本来の対純戦士戦であれば真っ先に警戒すべき事。

 

 下手をすれば一瞬で形成をひっくり返される要因にすらなり得る、その魔法は

 

「曲刀《アイン・オルガ》の特殊効果魔法か!!」

 

 迂闊だった。あの剣の要求スキル値は八百五十。エンシェント級には及ばないものの、十分レア武器の範疇に入る。そんな武器に特殊能力が宿っていないはずがないのだ。己の浅慮に、隠すことなく歯噛みする。

 

 一護君は曲刀を振り被ったまま、今まさに突進してこようとしている。対抗するために簡易防御魔法を展開しようと素早く詠唱体勢に入るが、

 

「おおおおオオオオォッ!!」

 

 一護君の動き出しの方が早い。《音速舞踏》には劣るものの怒涛の勢いで突撃。限界まで振りかぶった曲刀を目にもとまらぬ速さで振り抜いた、次の瞬間。

 

 

「――燃えろ、《剡月》!!」

 

 

 斬撃に炎が燃え移り、巨大化して私に迫ってきた。

 

 太刀筋そのものが燃焼したようなそれは、正に巨大な火の三日月。慌てて剣を立ててガードしたが、重突進の破壊力が合わさった広範囲斬撃を受けきれるはずもなく、

 

「ぐあああああぁぁっ!!」

 

 一撃で舞台の端まで吹っ飛ばされた。

 

 元々メイジ型魔法剣士である私の数値パラメータは高くない。見に付けている武装もユージーン将軍のものと比べれば数段格が落ちる。故に、その将軍を負かした武器の最大火力が防げるはずもなく、一気にHPの四割が消し飛んだ。

 

 即座に跳ね起きるが、一護君はもう既に第二撃の構えに入っている。連発できるということはインターバルはないタイプ。おそらくMPを削るか回数制限があるかのどちらかなのだろうが、どっちだろうと連続で食らうのはマズイ。

 

「――【追撃十刃(フォロー・デケム・ラミナ)】!」

 

 最大弾数の【追撃刃】を射出。シングルホーミングとはいえ弾数が多い。手傷までは期待しないが、数秒足止めすることは出来るはず。

 

 だが、勢いに乗った彼は止まらなかった。瞬時に構えを解いて羽根を広げ、《音速舞踏》で大きく横に回避。直後にはもう重突進の構に戻り、再びの突撃を仕掛けてきた。さらに《剡月》を発動。轟々と音を立てる剣を掲げ、猛然と迫ってくる。

 

「《音速舞踏》から重突進への高速シフト! やはり器用だな、君は!!」

「ホメてもなんも出ねえっつの!!」

 

 軽口を叩きつつ、私は腰に差した扇子を左手で引き抜き、広げた状態で振り抜いた。と、ユージーン将軍の防具の特殊効果に似た半球状の風の壁が出現し、一護君の燃え盛る斬撃と衝突した。一試合に一度きりのとっておきだが、ここで連撃を受けたら確実に負ける。

 

 激突の衝撃で爆風が巻き起こり、またその場から吹っ飛ばされた。咄嗟に太刀を地面に突き立てて勢いを殺すが、余波だけでさらに二割のHPを持って行かれた。次に直撃すれば、もう命はない。

 

 ただ二撃食らっただけで、一気に流れを相手に取られた。悔しいを通り越して、もう賞賛したいくらいの逆転劇。敵ながら、見事、見事と褒め称えたくなってしまう。

 しかし、私はここで負けるわけにはいかない。世界樹攻略のため、領主としての立場のため。そしてなにより、戦う一人の剣士の誇りにかけて、ここで諦めるわけにはいかないんだ!

 

 私はサクヤ。シルフ族の領主であり、シルフにその人ありと謳われた剣と魔法の使い手。

 

 例えどんな手を使ってでも、最後の一瞬まで勝利を望む。

 

 故に、

 

「――【鏡咬千刃花(ミリア・スペクラム・ラミナ)】!!」

 

 最強最多の魔法を叩き込む!

 

 私が突き出した手に従い、桃色に輝く刃の破片が無数に出現した。

 

 元々は初級魔法の【追撃十刃】だが、【鏡喚】による鏡像複製を魔法に挟み込むことで刃の数を何十倍にも増加させている。領主であるが故に開発し得たこの魔法は、一度に無数の刃片を射出することが出来る、おそらくALOで最大の手数を誇る魔法だ。

 

 元の白色からのカスタムで桃色に染まった刃の群れは、正に桜吹雪そのもの。触れた者を斬り刻み死に追いやる。高貴なる斬殺の雨。反則級の手数故に自ら封印していた、正真正銘最後の切り札。

 

 しかしその刃の軍勢を目にして尚、一護君は自信を失わなかった。こちらを真っ直ぐに見据えたまま、曲刀をゆっくりと振りかぶる。

 

 その強さが恐ろしくて、悔しくて、けれどどこか嬉しくもあって。

 

 だから、私は、

 

「――刃の吭に、呑まれて消えろ!!」

 

 全身の力を込めて、蹂躙を命じた。殺戮色の花吹雪が金切声をあげ、一護君に全包囲から殺到する。

 

 けれどその時、私は確かに聞いた。

 

「わりいな、サクヤ。それじゃ俺には届かねえよ。なんせ俺の知ってる桜の刃は――」

 

 はっきりとした、低く、強い声を。

 

 その残響が消えないうちに、

 

「――その千倍強かったんだからな!!」

 

 ギャギギギギギギンッ!! という金属音が耳を(つんざ)き、彼の持つ真紅の刃が幾度も宙に閃く。

 

 そして、目の前にあった刃の軍勢は、

 

「馬鹿な……刃の全てを、叩き落とした(・・・・・・)だと!?」

 

 その全部が一瞬で撃墜された。

 

 呆然とする私の前で、散って地面に落ちた刃たちが雪のように消えていく。その最後の一片が消えたと当時に、一護君の姿が正面から消えて、

 

「奇跡は一度、だったよな――」

 

 次の瞬間、背後から声がした。

 

 身を翻して振り返ったものの、もう彼は曲刀を突き込む直前の体勢で、

 

「――じゃあ二度目はなんだ」

 

 そのまま私は一瞬にして、彼の刃に胸を刺し貫かれた。

 

 急減少していくHPを他人事のように見やりながら、私は抗うことをしなかった。

 システムの摂理に従い、身体が端から燃え崩れていくのが感じられたが、不思議と悪いものではなかった。全力を出し切り、自身の最強の魔法の封を解いてまで負けたのだ。悔恨の念など、あるはずもない。

 

 目を閉じ消えるに身を任せる。

 

 刃に身を任せた死は、完敗したにも拘わらず、とても気持ちの良いものだった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

vs. サクヤ戦でした。
原作の呪文の出典を調べようとしたのですがネットでは掠りもしなかったので、仕方なくラテン語翻訳をグーグル先生にお願いして作成しました。ちなみに魔法のカタカナは詠唱ワードですが、漢字の方はただの当て字です。魔法の効力にはびた一文も影響しません。

《剡月》をユージーン相手に使わなかったのは、将軍の範囲攻撃魔法に射程で負けているためです。あと、攻撃範囲は拡大しますが威力の上昇幅は大きくないため、腕力に優れた将軍相手には向かないと判断しております。魔法を使う紙装甲のサクヤには効果抜群ですので、一切の躊躇なくぶっ放しました。

次回からやっと一護視点に戻ります。
というか、一章はこのまま一護視点で押し通します。四話の時点で一護視点が字数的に約三分の一しかないとか……サクヤさん視点を増やし過ぎた感がありますね。反省致します。

次話投稿は九月十三日の午前十時を予定しております。


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Episode 5. Change of the Situation

お読みいただきありがとうございます。

第五話です。

よろしくお願い致します。


「………………」

「おーい。サクヤちゃん、大丈夫? ねぇ、生きてるー?」

「…………あぁ、なんとかな」

「な、なんか燃え尽きちゃってるネ? 真っ白に」

 

 俺が勝利して、デュエルトーナメントが終わってから五分後。

 

 俺の目の前で、サクヤは魂が抜けたような面をして地べたに座り込んでいた。アリシャが言うように今の試合で完全燃焼しきったらしく、表情っつーか全身から覇気が抜けきっちまってる。ついさっきまでの気丈な女剣士の面影は欠片もない。

 

 俺はそれよりマシなんだが、こっちもこっちでやけに消耗した感じがしている。実際、最後の《剡月》発動から似非千本桜の迎撃までは、全力出しきった感がハンパじゃなかった。完全無傷で勝ったってーのに、疲労の度合いはHPを半分持ってかれたユージーンとの試合より圧倒的にデカい。やっぱ、慣れねえ戦いは負担大ってことか。

 

「……ょっ、とと。ふう、もう大丈夫だ。ありがとう、ルー」

 

 と、意外と早く回復したらしいサクヤがアリシャの支えから離れ、自力で立ち上がった。服を手で叩き埃を払う仕草をしてから俺に向き直ったその表情には、戦闘前の涼やかな双眸が光っている。

 

「……さて、一護君。トーナメント優勝おめでとう。完敗した私が言うのもなんだが、実に見事な健闘ぶりだった。軍団長、領主を続けて撃破したその強さに、最上の敬意と祝福を」

「スゴかったよー。ナイスファイト!!」

 

 二人はそう言って、真正面から俺を讃えてくれた。周囲にいた連中も、ユージーンを除いた全員が、一斉に拍手と歓声をあげる。小っ恥ずかしくなった俺は、おう、とだけ返し、そのまま手元に表示されたウィンドウに目を落とした。

 

 トーナメント開始前にサクヤから聞いた通り、俺の手元には四種の賞品アイテムが渡っていた。なんかレアっぽい鉱石四十個、ポーション各種、金、そんで……俺の死覇装。それも、高一の頃、死神になって間もない頃に着てたスタイル。記憶読み取りはSAOにしかねえハズ、とか思ってたけど、まさかALO(こっち)にもあんのかよ。イヤになるぜ、全く。

 

 茅場への怒りを堪えつつ無音でため息を吐いた俺が、ゲットしたアイテムをザッと確認してウィンドウを消した、その直後、

 

「待て」

 

 またもユージーンが俺の前に仁王立ちした。初戦で俺に負けたっつーのに、気後れする気配なんか一ミリも感じられない。まあ、この見た目でウジウジされてもキモイけどな、しょーじき。

 

「またなんか用かよ。まさか、もう一試合しろとか言うんじゃねえだろうな? トーナメントが終わった以上、俺がここに居る意味もねえ。そろそろ行かせてもらうぜ。もし止めようってンなら……」

「そんな話はしていないし、する気もない。が、一つ、話がある」

 

 血の気が多さじゃ俺とドッコイっぽいコイツをけん制するために、柄に手ぇかけて凄んでみたが、アテが外れた。将軍は俺の目の前でウィンドウを操作すると、一つのアイテムをオブジェクト化した。見たとこ、何かの巻物っぽいが……。

 

「貴様が今手にしたアイテム群。その中の鉱石ダグラスラトロン二十個と、このスクロールのトレードを申し出る」

「あ? トレードだ?」

「そうだ。このスクロールは《傷付く者(スカーペインター)》という特殊防具(・・)だ。伝説級(レジェンダリー)古代級(エンシェント)の位こそ設定されていないが、ヨツンヘイム内の祠で手に入れた、現在ALOに一つしか存在しない代物だ。入手の手間だけで言えば、件の鉱石を上回るだろう」

「防具? その見た目でか? それどうやって装備しろってんだよ」

 

 まさか身体に巻きつけろ、とか言うんじゃねえだろうな。

 

 俺がアホなことを考える一方で、将軍はクソ真面目な無表情を微塵も変えずに、俺の質問に応える。

 

「装備する際は、これを開いた状態で中に記載された呪文を詠唱する。そうすることで身体に傷跡のペイントが付加され、同時に支援効果が付く。貴様のような高機動型プレイヤーであっても頑健な防御支援を受けられるのだ。特殊防具という位置付けにより、フルコーディネートタイプの防具との併用も可能になっている」

「へぇー、変わってんな」

 

 名前的には、完全に防御を捨てたアイテムっぽいのにな。けどまあ確かに、それがホントなら俺向きの防具(?)だ。余りで二十個もあるし、別にトレードしてやってもいい……、

 

「ちょ、ちょっと待て! 一護君、私もトレードを申し出たい!! ダグラスラトロン三十個と、この古代級防具である《不動の鬼篭手》でどうだろうか。大幅な属性補助が付くから、君の《剡月》の更なる強化がかかることだろう。《黄泉の礼装》で防御性能は十分に底上げされているのだから、ここは攻撃力強化のかかるこの篭手を選ぶべきだと、私は思うぞ? どうかな?」

 

 慌てたように言いつつ、サクヤが金色に輝く篭手を提示してきた。金ぴかはシュミじゃねえが、確かに攻撃力アップも大事……、

 

「何を言う。単なる古代級防具一つとあの鉱石三十個が釣り合うものか。寝言は寝て言え、シルフ領主」

「そちらこそ、初戦敗退の分際というものを弁えたらどうだ? 冠詞すら付かない、得体の知れない防具を交渉に持ち出さないでくれ。それに、過剰な防御力強化は体捌きを劣化させる原因にもなる。ここはやはり攻撃力強化が第一だろう。釣り合っていないと言うなら、同系統の鎖帷子とアンクレットも付けよう」

「ふん、後出しにしてきたということは、不釣り合いなトレードを仕掛ける気があったということを認めたようなものだな。美貌と知性を併せ持つと持て囃される女領主が、随分とセコい真似をする」

「し、失礼だな! ちゃんと追加で提示するつもりだったさ。それをそっちが口を挟んできたから、言えなくなったのだ。全く、これだから逸るばかりの血の気の多い戦馬鹿は困るのだ」

「おい貴様、今何と言った? もう一度言え、緑の羽虫めが」

「何度でも言うさ。血の気の多い戦馬鹿は困ると言ったんだ。動きだけでなく耳の機能まで鈍重なのか? 赤トカゲ君?」

 

 サクヤとユージーンの間に、バチバチと視線の火花が飛び散る。また完全に当事者ガン無視なんだが……っつーかコイツら、仲悪ぃな。

 

 バカとか阿呆とか、段々とレベルの下がっていく言い争いを傍から眺めていると、

 

「…………ア!! そうだ思い出した!!」

 

 今まで静かだったアリシャがいきなりバカでかい声を出した。そのあまりの声量に、俺と取っ組み合い寸前だった二人が硬直する。

 

 何事だよ、とツッコむ前にアリシャはウィンドウを開くとせわしなく指を動かし、

 

「えーっとえーっと……あった! コレだ!!」

 

 バカでかい声と共に、バカ長い太刀をオブジェクト化させた。

 

 見た目はフツーの太刀なんだが、サイズかおかしい。全長百五十センチの刀身は、十センチくらいの幅を持つ超肉厚仕様。その辺の奴に装備させたら確実に先端を引きずるハメになるくらいに巨大なそれを、アリシャはジャンプして地面に突き立てた。

 

「古代級名刀八種が一! かの伝説級《霊刀カグツチ》に次ぐ攻撃力を誇る最凶の化け大太刀!! 飢えた刃を持つ《餓刀シュテン》!! コレでどう?」

「なんだと!?」

「る、ルー!! いつの間にそんなものを手に入れていたんだ!?」

「ふっふーん。チョット前に手に入れてたんダ。ウチじゃ誰も装備できないから、近々競売にかけよっかな、なんて思ってたんだけどネ」

 

 どうやら相当に上等なモンらしく、驚く二人をチラ見したアリシャは俺に向き直り、また悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「この刀の特殊効果は《強欲喰らい(グリードイーター)》。自分の持ってる武器の中から自由に一つ選んでその特殊効果を強奪、より増強した状態で使用できるようになるヨ。キミの曲刀に宿る《剡月》も、より強化された状態で使えるようになる。相場を確認してもらえば分かるケド、相場は鉱石全部とトレードで釣り合うカナってところ。けど……」

 

 そう前置きして、アリシャは笑みを更に深め、

 

「今回は大サービス! 半分の二十個でいいヨ? とってもお買い得!!」

「お、おいルー!! 何を言っているんだ!? 最低でも三十はないと、必要な数の古代級武器が作れないだろう!?」

「マーマー、サクヤちゃん落ち着いてってば」

 

 トーナメントでボロ敗けしたはずの最下位(アリシャ)が、二位(サクヤ)を宥める。ついさっきボコボコ負けてギャースカ騒いでいたアホネコの面影は、もう何処にもない。

 

「レプラコーンの《複合鍛練(ユニオナイズ)》を使って格下の鉱石も混ぜれば、ダグラスラトロンは二十個で足りるでショ? 古代級の冠詞は外れてレア度は落ちちゃうけど、性能をほとんど落ちない。その代わり、ウチが二十個で手を打てば、将軍も交渉できる余地が生まれる。この意味……分かるよネ?」

「ぐっ…………」

 

 ユージーンが渋面を作る。それを見たサクヤが成る程、と得心言ったような顔をして頷き、元の涼やかな微笑に戻った。俺もなんとなく状況が分かってくる。

 

 ようはアレか。レア度を捨てる代わりに、ユージーンに貸し一つ、って感じか。目先の利を捨てて後の布石を打つのが名軍師のうんたらかんたら、って歴史でやった気がする。意外とネコミミ女は頭良いみたいだ……相変わらず俺抜きで話しが進んでるトコだけは、納得いかねえけどな。

 

 笑みを浮かべるサクヤとアリシャ、苦虫噛み潰したみたいな面のユージーン。

 

 この三人から俺が解放されたのは、それからたった十分後のことだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 《黄泉の礼装》

 

『死神の代行者である男が着ていたとされる、漆黒の着物。仲間を想い、仲間のために刃を振るった男の魂は、今もなおこの服の中で生き続け、着る者に勇気と力を与えるだろう――』

 

 

 ……イヤイヤ、ドコの三文ファンタジー小説の用語解説だよ。っつーか魂って……俺死んだみてえな扱いになってねえかコレ。

 

 交渉を終えて、サクヤ達と別れた一時間後。

 無事に辿り着いたアルンの安宿で、俺は死覇装……もとい《黄泉の礼装》の説明文を読んで無言でツッコミを入れていた。

 

 俺がここにいる原因について、何かの情報の足しになるかと思ってたが、まあ見事に使えねえな。ぶっちゃけ、アイテムの説明文になんかを期待する方がアホっちゃアホなんだろうが……にしてもコレはねーよ。

 

 内心で愚痴りながら纏った死覇装を見下ろす。二年ぶりに着た真っ黒い和装は憎たらしいくらいに再現度が高く、身体によく馴染んだ。背中に背負ってるのが例の出刃包丁型の斬月だったら、文句なしなんだけど、そこまで都合よくはねえか。

 

 代わりに背負ってんのが、アリシャからトレードでもらった《餓刀シュテン》だ。あの後曲刀に付いてた《剡月》を付加させたせいか、地味な黒色だった柄は緋色に染まり、鍔には炎に似た紋様が浮かび上がっている。冗談みてえにデカい大太刀を鞘なしのまま赤い鎖に結合している姿は違和感アリアリなんだが、そこまでALO(ここ)に長居する気はねえし、別にいいか。

 

 宿を出ると、目の前にはアルンの白亜の街並みが広がっていた。雑多な装備のプレイヤーが行き交い、そこかしこで店が開かれた賑わいを見ていると、SAOの市街地をふと思い出す。二年の歳月を費やしてクリアしたのに、まだ現実に帰れないなんて、あの頃は思いもしなかった。

 

 相方だったリーナ。

 

 肩を並べて戦ったキリト、アスナ、クライン、エギル。

 

 皆で強くなるために奮闘したディアベルや黒猫団の連中、武器関係で世話になったリズベット、情報を仕入れてたアルゴ。

 

 思い返せばキリがねえ。一緒に生きて帰るために、各々のやり方で戦っていた仲間達。

 

 連中は無事に帰れたのか。それとも、俺と同じようにこの世界のどっかを彷徨ってんのか。生きてんのか、それとも……。

 

「……ヤメだヤメだ。SAOを生き延びたアイツらが、こんなトコでくたばるワケねえだろ。俺がウダウダ考えても仕方ねえし、とっとと現実と連絡とって帰るのが先決だ」

 

 頭を振って思考を切り替え、辺りを見渡す。賑わってんのは大いに結構だけど、問題はどうやって連絡をとるか、だ。サクヤたちに頼むって手もあったにはあったが、手前の問題は手前で何とかすんのがフツーだ。別にクリアを強いられてるワケでもねえし、自分で解決策を探すことにした。

 

 一応、アテはある。

 世界樹のふもと辺りに、外部のGMってのにメッセージが飛ばせるインフォメーションセンターがあるらしい。幸い目印になる世界樹は街の中心にデカデカと突っ立ってるから、見つけんのにも手間いらずだ。そっから外に「仮想世界から出られてねーんだけど」的なメッセージを投げる。それで万事解決だろ。

 

 そう決めて、俺はその場で跳躍。世界樹目掛けて《音速舞踏》の構えに入った。目測で一キロ以上ある道のりをチンタラ歩きたくねえし、コレで一気に行く。

 

 周囲の連中が向けてくる視線をガン無視して、羽根を渾身の力でフルスイング。ドンッ!! という空気の壁をブチ破る音と共に、超加速して世界樹に突撃――。

 

「――あ、ヤベ」

 

 忘れてた。

 

 今の俺は《黄泉の礼装》と、ユージーンから受け取った《傷付く者》の支援効果で身体能力がかなり向上してる。どっちも今までの拾いモンとはワケが違う、マジのレア物だ。

 

 そんな状態で、ついさっきの試合と同じ感覚で《音速舞踏》を使えば、果たしてどうなるか……なんて考える前に世界樹に到達。減速なんざ碌すっぽ出来ねえまま、ズドォンッ!! という衝撃音と共にその太い幹に激突した。

 

「……またかよ、痛ってーな、クソ。流石にちょっと勢いつけ過ぎか」

 

 木にめり込むんじゃねえかってレベルの衝撃のせいで、頭が軽くフラフラする。頭を無意味にさすりつつゆっくりと下降して地面に降りた。

 

 と、運の悪ぃことに、降りた先には目撃者がいやがった。しかも三人。全員揃って唖然とした顔でこっちを見ている。

 

 三人の内、二人は男、一人は女だ。

 

 女は後ろで結い上げた金髪に勝気な翡翠色の瞳。腰には長剣を帯びている。緑を基調にした軽装備から、俺と似た機動力重視のスタイルっぽいってことが分かる。

 

 その女の隣には、頭一つ分小柄な男プレイヤーが立っている。緑の髪を坊ちゃんヘアーにして、泣く一歩手前みてえな気弱そうな顔つきをしてる。防具は三人の中で一番簡素で、多分シーフ型ってヤツなんだろう。

 

 そんで残る一人。身長は女プレイヤーより若干高い程度。ツンツン尖った髪を逆立たせ、背には不釣り合いにデカい大剣。コイツも軽装備だが、背負った剣の柄に手をかけているせいか、感じる圧力は一番デカい。適度に力が抜けた立ち姿といい、全身真っ黒な装備といい、まるでSAOの中で『黒の剣士』とか呼ばれてたアイツみたい……、

 

 

「一、護…………?」

 

 

 瞬間、俺は目を見開いた。

 

 黒衣のソイツが、同じように目を見開いたまま、確かに俺の名前を読んだ。一護、と。

 

 SAO並、とまではいかないが、俺の今の姿は現実のそれに比較的似ている。オレンジの短髪もブラウンの瞳も、ついでに悪い目つきもだ。だから、コイツがSAOのプレイヤーじゃないとしても、現実世界の知り合いなら俺だと気づくかもしれない。

 

 動揺した精神を落ち着かせる俺だったが、

 

「え、この人、知り合いなの? キリト君(・・・・)

 

 女プレイヤーの方の問いかけに、再度衝撃が走った。

 

 やっぱり、やっぱりそうなのか。

 

 コイツは、本当にあのキリトなのか。

 

 一人で前線に籠り、二刀を振るい、アスナと一緒に最後まで戦ってた、あのコミュ障気味の、ソロ最強の剣士なのか。

 

 問いかけに対し、「あ、ああ。多分な」という曖昧な返事を返すソイツに対し、はやる気持ちを押さえながら、俺は問いかけた。

 

「……なあアンタ。一つ訊きてえことがある」

「な、何だ」

「十九層で会った死神……って言って、何のコトだか分かるか?」

 

 その問いに、黒衣の剣士は目を限界まで見開き、

 

「……ああ。マツリ、だろ」

 

 絞り出すように、あの喧しい女死神の名を返してきた。

 

 これでもう確定だ。アイツの情報はキリトと俺、二人知らねえハズだ。それを知ってるってことは、コイツはキリト本人に間違いない。

 

「やっぱお前かよ、キリト。久しぶり……っつった方がいいのか、一応」

「じゃ、じゃあやっぱり、お前……!」

「ああそうだよ。俺だ、一護だ」

 

 そう言って笑う俺に対し、驚愕の表情を崩さないキリトは一瞬絶句し、けど流石にすぐ復活した。

 

「なんで……なんでお前がここにいるんだよ!? お前はまだ昏睡したままのはずだろ!? なのにどうやってALOにログインしたんだよ!?」

「あ? 好き好んで入ったわけじゃねーよ。つかその言い方だと、テメーは無事に帰れてんのか。んじゃあ全員が現実に戻れてねえワケじゃねえんだな。そりゃ良かった。なあキリト、まだ帰ってねえのって俺だけか? あのクソ科学者がトチったんだか何だか知らねえけど、未だにログアウト出来ねーんだ」

「いや、俺だけもなにも……ああもう! ちょっとこっち来い!! リーファ! レコン! 悪いけど少しその辺で待っててくれ!!」

 

 そう言うが速いか、キリトは俺の手首をつかむと強引に引っ張り、世界樹から市街地へと下る階段を一気に駆け下りだした。

 

「おわ! テメ、何しやがる!!」

「いいから来いってば!!」

「え!? ちょ、ちょっとキリト君!? どこ行くのよ!?」

「終わったらメッセージ飛ばすから!!」

 

 突如慌てたような表情になったキリトに引きずられるようにして、俺はアルンの街並みの中へと引き戻されていった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

これで一護の装備が整いました。

次回は久々にキリトとの会話です。あの小っこいピクシーも出ます。
一護の現状について、現時点から推測していきます。

またもや物足りない内容で終わってしまったので、投稿を早めます。
なんだか週に三回の投稿が常習化しそうな気が……。

投稿は九月十四日の午前十時を予定しております。


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Episode 6. Change of the Situation -pixie mix-

お読みいただきありがとうございます。

第六話です。

よろしくお願い致します。


 キリトによってアルン市街地に一分と経たずに戻ってきた俺は、そのまま手近な宿の一室に引きずり込まれた。

 

 最低限の備え付けしかない部屋に俺を押し込むと、キリトはドアの前に立ったまま腕を組み、真っ直ぐに俺を見る。その表情には浅黒い肌とやんちゃそうな顔立ちに似つかわしくない凄みがあったが、目にはまだ驚愕と動揺の色が残っていた。

 

「さあ、説明してもらうぞ一護! どうしてお前がALO内にいるのか、今まで何があったのか! それと――」

「ちょっと待てキリト。その前に一つ、俺からテメーに訊きてえことがある。大事なことだ。先に訊かせろ」

 

 世界樹からここまでダッシュした勢いそのままに捲し立てるキリトを強引に遮った。俺のマジメな声色に、キリトも思わずといった感じで口を止める。

 

「な、何だよ、いきなり」

「いいから訊け。すげー大事だ。そんで今すぐ応えろ」

 

 強い口調で言うと、キリトも流石に圧されたらしく、前傾していた姿勢を戻して無言で俺の次の句を待った。

 

 奴が冷静さを取り戻したのを確認した俺は、正面切ってキリトと向き合い、

 

「キリト、お前……浮気(・・)か?」

「……へ?」

 

 さっきから気になってた疑問をぶつけた。

 

「だから、さっきの金髪の奴は浮気相手かって訊いてんだ。ったく、アスナが近くに居ねえからって他の女取っ捕まえて遊ぶのは、正直男としてどうかと思うぜ?」

「い、いや、リーファはそういうんじゃ……」

「何だよ、言い訳か? それとも、まだそうなってねえってだけか? 横にいたあのチビ男と取り合いでもしてんのかよ。SAOでもなんとなく気づいてたが、けっこうタラシだな。オメー」

「ち、違う! リーファはリアルの俺の妹だ!! そういう関係じゃない!! 大体、俺の恋人はアスナただ一人だ!! 浮気なんてするわけないだろ!!」

 

 顔を真っ赤にしたキリトが叫んだ。まあ、ぶっちゃけこのオチは予想してたが、やっぱちげーのか。いや、「誰にも言うなよ!?」とか返された方がビビるから、むしろこうなってくれなきゃ困るんだけどよ。

 

 けど、とりあえずキリトを正気に戻すことには成功したみてえだ。焦りやら驚きやらで半分パニクってたし、あんな状態でアレコレ一方的に問い詰められたら堪ったモンじゃねえしな。

 肩を上下させてゼーゼーやってる黒衣の剣士に「そりゃそーか」とだけ返してから、近くにあった丸椅子を引き寄せてどっかりと腰を下ろした。

 

「まあ、今の冗談は置いといてだ」

「やたら真面目な顔しておいて冗談だったのか、あれ……勘弁してくれ、一護。何だかドッと疲れた」

「俺に会ってテンパるオメーが悪いんだろ。ちょっと落ち着けよ。じゃねえと、手前が訊きたいことも訊けなくなっちまうじゃねーか」

 

 それに、と付け加え、やっと頭が冷えたらしいキリトと目を合わせた。

 

「訊きてえことが山積みなのはコッチも同じだ。SAOクリア後、俺以外の連中がどうなったのか、現実じゃ今なにがドコまで解決してんのか。俺の行動経緯を話す代わりに、テメーにもキッチリ説明してもらうぜ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 再会の挨拶もそこそこに、俺とキリトは互いの知っている情報を教え合った。俺はALOで目覚めてからここに来るまでの経緯を話し、キリトは現実世界で今起こっていることを説明した。

 

 それによると、現在、SAOを生き残った七千人近いプレイヤーのほとんどは無事に意識を取り戻したんだが、生存者のうち三百人が未だ意識不明のまま昏々と眠り続けているらしい。初期化されるはずのSAOのサーバーは動き続け、昏睡が続く三百人の中には、俺の他にキリトの恋人であるアスナも含まれていた。キリトはアスナがこのゲーム内に幽閉されているという情報を掴み、ALOにログインして幽閉場所と目される世界樹までやって来た、と語った。

 

 一応、SAOプレイヤーの連中の本名と所在は秘匿されてるらしいんだが、キリトは役人と交渉してSAO内部の情報と引き換えにアスナの居場所と状況を聞き出したんだとか。その辺は流石だな、と何の気なしに感心しちまったが、ふと、んじゃあ俺が昏睡したままだってのは何で分かったんだよ、と聞くと、

 

「エギル経由で手に入れたアルゴからの情報だ。空座町の隣町に住んでた奴は、一護と同じ空座総合病院に搬送されてたらしい。んで、リハビリの合間に院内をほっつき歩いてたら「一護」のネームプレートを見つけて、見舞客が来たときにひょっこり覗いたらお前がいたんだそうだ」

 

 ……ってことらしい。何やってんだ、あのちんちくりん。

 

 で、話を元に戻すと、アスナ救出のため昨日からALOにログインした奴は偶々出会った(リーファ)と共に世界樹を目指し、何やかんやを乗り越えてようやくここに到着。世界樹攻略に単身で挑んではみたが失敗して、今度は三人で突撃しようとしてたところに俺が降ってきて、今に至ったみたいだ。

 

「にしてもよー、キリト。今の話を聞いた限りじゃ、俺は『出られるハズが出られてねえ』んじゃなくて、『眠ってるはずなのに動けてる』ってのが正解なんじゃねえか?」

 

 俺がそう提言すると、対面のベッドに浅く腰掛けたキリトもはっきりと頷き、同意を示した。

 

「俺も全く同感だ。SAOクリア後、生き残った連中の現在は、現実世界に無事に戻っているか、昏睡したままログアウトできていないかのどちらかしかない。意識があって自由に活動できているという例外点はあるけど、それでもログアウトできていないという現実での状況を考えれば、一護の置かれた状態はおそらく後者と同じなんだろう。

 そもそもSAOというゲーム自体が消滅してしまった今、その単なる一仕様でしかない『ログアウトボタン無し』が、別のゲーム内に入ってまで一護を縛り続けているなんて有りえないしな。ログアウトできていない原因はSAOじゃなく、このALOにあると見た方がいい」

 

 つまり整理すると、現在の情報から確信できることは大きく二つだ。そう言い、キリトは指を二本立てた。

 

「一つ。アスナだけじゃなく、SAOを生き残ったにもかかわらず昏睡を続ける三百人は、やはりこのALO内に囚われている。アスナに続き、一護もこの世界にいるとなると、他も同様である可能性は極めて高いと考えていいと思う。

 もう一つは、一護もその中の一人であり、他のプレイヤー達と同じくALOに囚われているため自力によるログアウトは実行できない。が、俺の知る限り唯一意識を取り戻し仮想空間内を自由に動けていることから、他のプレイヤー達にはない要素が存在すると思われる。

 ……あ、もう一個あったか。『ログアウトボタン無し』と同じように、『HP0=現実での死亡』も人間目線で考えれば危険度は高いが、システム的に捉えればこっちも単なるSAOの一仕様だ。だから、ハード面で制約が掛かってるナーヴギアの強制解除禁止と違って、『HP0=現実での死亡』の方の死の枷は、もう解除されていると思うぞ? 万が一HPがゼロになっても、他のプレイヤー同様昏睡したまま意識が回復しないだけで、即死することはないと思う。ま、こっちの検証には命を賭けなきゃならないから、実際に試すなんてことは出来ないけどな」

 

 一つ目は、まあ分かる。三百人が同じ状態なら、その原因も居場所も同じって考えんのは自然だし、その中で俺とアスナ、二人だけってこともねえだろうし。

 

 付け加えた三つ目も、理屈的には分かる。ホントかどうかを試す気は、キリトが言うように微塵もねえけど。

 

 だが、二つ目に関しちゃ、理解は出来ても納得がいかねえ。そりゃ確かに、俺が他の三百人と同じ扱いなら、本当は昏睡してなきゃいけない。けど実際、俺はあの洞窟内で目覚めている。ってことは、そこになんか他にはない原因っつーのがあるんだろうが……。

 

「っつっても俺、何かやらかしたかよ。まさかアレか? 茅場をブッ倒した報酬的ななんかだったりすんのか?」

「いや、その可能性も絶対ないとは言わないけど……待てよ。一つ、思い当たることがある」

 

 俺のことだっつーのに、キリトは即座に何か思いついたらしい。コンソールを開いてなにやら忙しなく指を走らせ、そこから少し考え込んでから一人頷いた。

 

「……うん、多分これだ」

「何だよ、なんか分かったのか」

「一応な。でも一護、それを話す前に一つ質問だ」

 

 キリトは人差し指を立てつつ吊り上がった大きな目で俺を見て、

 

「一護、お前がこの世界に来てから見たものの中で、過去の記憶と酷似した物(・・・・・・・・・・・)はあったか?」

「あ? まあ、幾つかな。やっぱこの世界にも、SAOと同じ記憶を具現化するプログラムみてえなモンがあるっぽいし、ウザいったらねえよ」

「それを見たのは、いつ、どこで?」

「さっき開かれてた、小規模トーナメントの景品だ」

「そこだ。そこに、というか記憶の実現化プログラムである『メモリー・リアライジング・プログラム』に、一護が目覚めることが出来た原因があるんじゃないか?」

「……は? どういうことだよ、それ」

 

 確かに、茅場が言うには記憶実現プログラムは俺の記憶に執着してたらしい。事あるごとに俺の記憶を読み、そっからアインクラッド各所に俺の記憶の断片を取り込んだと。だから、このALOにも同じシステムがあったなら、そうなってる可能性は十分にある。死覇装の件もあるしな。

 

 けど、それと俺の目覚めがどう関係するのかは、さっぱり分かんねえ。理解できずに訊き返した俺に対し、キリトは再び首肯して、淀みのない声で説明を始めた。

 

「まず最初に確認だ。SAOで作動していた記憶実現化プログラム『メモリー・リアライジング・プログラム』は、茅場が七十五層のボス部屋で言っていたように、プレイヤーの記憶から情報を引き出し、仮想世界にクエストやアイテムといった形で実装することを目的にしたものだ。起動したのはプログラム始動から二千時間後であり、そのうちの五十時間はプレイヤーの記憶のスキャニングに当てられた。

 そして、このプログラムが最初に採用したのが一護の記憶であり、以後事あるごとにお前の記憶がプログラムに従ってアインクラッド内に実現することとなった……ここまではいいか?」

「ああ。その辺は問題ねえ」

「よし。で、この前提を基に一つ確認したいことがあるんだけど……ユイ、いるか?」

「――はい、パパ」

 

 キリトが呼びかけると、中空に光が凝縮して、そこから一体の小っこい妖精が出現した。花を思わせるドレスを纏った黒い長髪の女……っつーか幼女の見た目をしたそいつは、キリトの肩にふわりと舞い降りた。

 

 ユイと呼ばれたこいつが一体何なのか気になったが、それより今、キリトのことを「パパ」って呼んだことにちょっとビビった。その呼び方がデフォなのかは知んねーが、万一キリトがそう呼ばせてるんならドン引きだ。性癖は人それぞれって言うが、それはちょっとマニアック過ぎねえか。

 

 内心で引く俺を余所に、キリトは肩の小妖精に問いかけた。

 

「一護が目覚めた昨日の十二時。そこから一九五○時間前にALOで何があったか、検索できるか?」

「ちょっと待ってくださいね…………あ、見つけました。一九五○時間前、つまり昨年の十一月二日の午前六時は、ALO内における大規模メンテナンスの終了時刻と一致します。内容は、飛行の滞空時間の若干の延長、新しいクエストとアイテムの追加、および多数の機能アップデートです」

 

 見た目相応に幼い声でスラスラと報告する小妖精の言を聞き、キリトは大きく頷いた。

 

「やっぱりな。一護、これが俺の考えの根拠だ。

 一九五○時間というのは、記憶実現化プログラムの待機時間から記憶のスキャニング時間をマイナスした時間と等しい。これはつまり、プログラムが記憶のスキャンを省略し、SAO開始時に読み込んだ記憶のデータをALOに流用したことを意味している。

 かつ、SAOでの最初の起動時と同じ待機時間を経たのであれば、大規模メンテの裏側で実装されたであろう記憶実現プログラムは今回のトーナメントでALOにおける最初の起動をしたということ。そして、その初めての作動によって一護の記憶からアイテムが形成され、さらに同時刻に一護自身も眠りから目覚めた。つまり……」

「SAOからALOに移った記憶実現プログラムの再起動か、それによる俺の記憶の実現。そのどっちかが俺の昏睡からの目覚めのトリガーになった……そういうことかよ」

「現時点で最も高い可能性としての話、だけどな。実際のシステムの動きを見てみなきゃ、断言はできないさ。でも、これだけの要素がピタリと一致しているんだ。ただの偶然とは思えない。プログラムが、というかカーディナルが一護の記憶に執着する余り、起動と同時に意識を覚醒させてしまうほどの連動性を発揮した、なんて可能性も、決して低くはなさそうだ」

 

 得意じゃねえシステムの話にどうにかついていく俺とは対照的な様子で、キリトは饒舌に自身の考えを話した。ガキの頃からゲームに明け暮れてたってのは昔聞いたが、やっぱ相応に得意らしい。

 

「パパの仮説について捕捉すれば、SAOにおいて、確かに一護さんに対するカーディナルシステムの記憶閲覧並びに実装の頻度は群を抜いて高いものでした。私がバグを過剰蓄積する前、六十八層地点における『メモリー・リアライジング・プログラム』の参照履歴を閲覧した際、一護さんの記憶は全体の二四・八パーセントを占めていました。

 プレイヤーがおよそ七千五百人生存していた当時において、一人のプレイヤーに対し四回に一回の割合で記憶の参照が行われていたという状況は、公平性を重んじるカーディナルにとって高頻度どころか異常ともとれる状態だったと言えるでしょう」

「げ、そんなに覗かれてたのかよ。今更になって気持ち悪くなって……ってちょっと待て。おいお前、なんでSAO時代の、それもカーディナルの参照履歴のことなんて知ってんだよ。っつーかそもそも、お前何者なんだ」

 

 今更ながらにこの小妖精の謎さ加減に気づいた俺が問うと、小妖精はキリトの肩から再度ふわりと飛び立ち、鈴のような音と共に俺の目の高さまでやってきた。

 

「あ、申し遅れました。わたしはユイ。かつてVRMMORPG『ソードアート・オンライン』にてメンタルヘルスカウンセリングプログラムとして試験的に開発されたAIです。現在はパパのナビゲーション・ピクシーとしてALOに存在しています。《死神代行》一護さん、貴方のことは長い間モニタリングしていましたが、こうして実際に対面するのは初めてですね」

 

 よろしくお願いします、とお辞儀をする小妖精(ユイ)。AIってのは確か、人工知能(Artificial Intelligence)の略だって授業でやった気がするな。他のメンタルがどーのとかは分かんねえけど。

 

「なあユイ、一護のモニタリングなんてやってたのか? 言っちゃあなんだけど、こいつはメンタルケアから一番遠いところにいるような奴だぞ?」

 

 ホメてんだかバカにしてんだか微妙な言い方でキリトが尋ねると、ユイはその小さな頭をはっきりと縦に振って見せた。

 

「はい、パパ。カーディナルシステムが頻繁に一護さんの記憶データにアクセスし、さらに度々更新をかけていることに気づいてからは、定期的なメンタル面のモニタリングを継続していました。記憶の走査による悪影響を危惧しての判断だったのですが、私にモニタリングの任務が遂行できなくなるその時まで、メンタルバランスが負の方向に大きく傾くことはなかったと記憶しています」

「ま、そうだろうなあ。何が来ようが、とりあえずぶった斬って帰ってくるような奴だし。良かったな一護、お前のアイアンメンタルの頑丈さは、AIのお墨付きってわけだ」

「テメエ、やっぱバカにしてんだろ」

「褒めてるさ。というか一護、ユイのことは前に話さなかったか? ほら、俺がアスナと休暇取ってる間に、お前がリーナと二十二層でピクニックしてた時に」

「そうだっけか? 覚えてねえ」

「いや、まだ半年も経ってないだろ。そんなんだからリーナに八ビットとか言われるんだぞ」

「うっせえな。つか話それ過ぎだろ。俺が目え覚ませた理由は分かったけど、それ以前に俺らがALO(ここ)に閉じ込められた原因とか理由が分かんねえよ」

「ああ、まだその辺については話してなかったっけな」

 

 そう言うとキリトは指を数度振り、二枚のウィンドウを可視化して俺に見せてきた。どっちも無機質な文字列だけで埋まってる。勿論見覚えなんか全くねえ……いや、

 

「これ、SAOとALOのガイドじゃねえか。製品情報ってことは、一番最初のページかよ」

「お、流石にこっちは覚えてたか。SAOのガイドはベータテストの時にローカルストレージにテキストファイルとしてダウンロードしてあったんだ。懐かしいだろ? 駆出しのときは、よく世話になった」

 

 言葉通り、懐かしそうな表情を浮かべたキリトだったが、すぐに引締め、二枚のウィンドウを平行に並べた。

 

「SAOとALO。どちらもヴァーチャルMMOってところは同じだ。ユイの解析で、ALOがSAOサーバーの劣化版コピーだってことも分かってる。明確に違うのは、その上に乗っかってるゲームコンポーネントと、運営会社だ。

 SAOの方にはアーガス、ALOの方にはレクト・プログレスと書かれてるだろ? レクト・プログレスの親会社は総合電子機器メーカーのレクトなんだけど、そこは消滅したアーガスに変わって、現在も稼働を続けるSAOのサーバーを管理している会社なんだ。つまりSAOとALO、それぞれの管理を行っている会社が親子関係にあるってことになる。理由の方は分からないけど、原因というか、なんでALOなのかってトコに関しては、これで説明が付くだろう」

 

 そこまで話すと、キリトはふう、と息を吐いた。

 

 細けえ用語の意味は分かんなかったが、はえー話が、SAOとALO、二つの世界は今、同じグループの会社の管理下っつー共通点があるってコトか。理由は分かんねえけど、その辺には人為的な思惑が見え隠れしてる気がする。

 

 

 そこまで考えてから、俺は丸椅子から立ち上がった。キリトとユイの情報で、現実と仮想世界、二つの世界の現状は大体掴むことが出来た。

 

 

 SAOからほとんどの連中は現実に帰還。

 

 けど三百人はALOに幽閉。

 

 俺もその中の一人だが、今は目覚め。

 

 ログアウトは出来ねえが、最悪死んでも脳チンの可能性は低い。

 

 

 ――この四つが揃ってんなら、もうやることは一つしかねえだろ。

 

 現実に帰んのが多分ちっと遅れちまうけど、でもここで見て見ぬふりしてわが身を案じるようなヘタレにはなりたくねえし、なった覚えもねえ。

 

 

 ――世界樹を制覇して、囚われの三百人を今度こそ仮想世界から解放する!!




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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何気にユイ初登場でした。

次回は世界樹攻略決戦です。

投稿は九月十六日の午前十時を予定しております。


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Episode 7. Double Black, straight up

お読みいただきありがとうございます。

第七話です。

よろしくお願い致します。


「――というわけで諸君、我ら世界樹攻略部隊に頼もしい援軍、一護君が加わることになった! 種族的にアレかもしれないけど、仲良くするように!!」

「いや、話の勧め方が雑すぎンだろお前。色々ハショり過ぎだ。見ろよコイツらのツラ、納得どころか理解すらできてねえって感じの顔してんぞ」

「ダメだなあ。そこを以心伝心でサッと理解してこその仲間じゃないか」

「それにも限度っつーモンがあんだろ! てか少しは悪びれろよテメエ!!」

 

 世界樹内部への入り口があるアルン中央の広場。

 

 情報交換を終えて戻った直後、待たせていた二人に対し、キリトは開口一番テキトー極まりねえ感じで俺を紹介した。揃って「どういうワケ?」って感じで固まってるキリト妹とチビシーフを見ていると、なんか毎回説明不足のまま放り込まれる俺と重なってちっとばかし同情の念が湧いてくる。

 

 このまま黙ってても仕方ねえから、俺からもう一度言うしかねえか。

 

「一護だ。世界樹最上部(この上)にキリトと似た用が出来たんで、攻略に参加することにした。無限飛行の報酬には別に興味ねーから、上に行っても先着は獲らねえよ」

「って感じだ。剣の腕は信用していいぞ。俺が保障する……っていうか多分、単純な真っ向勝負じゃ、この中で最強なんじゃないかな」

「さ、最強!? お兄……キリト君よりも?」

「おう。正式なデュエルはやったことないけど、多分勝てない。ここに戻ってくる道中で聞いたんだけど、今行われてるデュエルトーナメントに参加して、ユージーンとサクヤの二人に続けて勝ってるみたいだしな。ネットにも出てた」

「サクヤさんに勝った!? う、嘘でしょ!?」

 

 チビシーフが叫び、慌ててコンソールを開いて何かを調べ始めた。

 

「えーっと、イベントクエのトーナメント結果は確かこの辺に……ぅわ! ホントに勝ってるよこの人!! しかもサクヤさん相手に無傷!? ありえねー!!」

「ま、ゲームの知識には乏しいみたいだから、何でもアリで策略上等なルールでやったら、分かんないかもしれないけどさ。でも、正面切っての単独戦闘でこいつより強いプレイヤーを俺は知らない。援軍としては十分すぎる戦力だ」

「それはなんていうか……頼もしいね、すっごく」

「もっとも、種族はリーファたちと相性最悪のサラマンダーだけどな」

「今はその辺を気にしてる場合じゃないでしょ。サラマンダーってだけで十把一絡げに嫌う程、あたしは子供じゃないつもり。それに、種族なんてこの際関係ない。世界樹攻略のための一プレイヤーとして歓迎するわ。

 一護さん、だっけ。あたしはリーファ。サクヤを無傷で倒したその剣の腕、この目でぜひ見たいわ。よろしくね」

「あ、えっと、僕はレコンっていいます。よろしく」

 

 アバター名を名乗った二人から差し出された手を取り、それぞれと握手を交わした。

 考えてみりゃ、俺にとってはこの世界に来て初めての共闘作戦だ。魔法とか飛行能力があるからSAOよりも死神としての戦闘に近いモンになるんだろうが、たとえ初対面だろうと一緒に剣を構える仲間がいるってのは状況関係なしに心強い。

 

「いいか皆。守護騎士(ガーディアン)は俺と一護が引き受ける。リーファとレコンは回復支援に徹してくれ。後方からの支援だけなら、襲われる心配はないはずだ」

 

 ここに来るまでの間に、キリトとユイから世界樹の中の様子は聞いていた。一体一体はザコいくせに、数だけは無茶苦茶に多い白い騎士型モンスターが四方から襲いかかってくる。一瞬でも動きを止めたらハチの巣にされることは確実で、SAOで鍛えたスキル熟練度を引き継ぐ俺とキリトが一点突破するしか道はない。厳しい顔で奴がそう言っていたのを思い出す。

 

「キリト、先手は俺が取る。最初の一撃で広範囲斬撃ぶっ放せば、騎士の群れを焼き斬って風穴が開くはずだ。オメーはそこに突っ込め」

「へえ、そんな技があるのか……オーケー、分かった。んじゃこうしよう。

 最初のポップ量が少ないうちは温存して各個撃破。中間地点を越えた辺りで敵の数が一気に増えてくるから、ある程度密集したところに一護の広範囲斬撃を撃ち込んで突破口を開く。俺はその大技の隙をカバーしつつ飛び込んで突破口を維持。そんで一護が後から追いついて、勢いそのままに突き抜ける。いいか?」

 

 キリトの言葉に、ここにいる四人のプレイヤー+一体の小妖精が頷きを返す。数ではこっちが圧倒的に不利。ちんたらしてたら確実に袋叩きにされちまう。だから戦闘は短期決戦、一旦突っ込んだら最高速で一点突破、一気にブチ抜くしかねえ。

 

「――よし、行こう!!」

 

 広場に木霊すキリトの檄。俺は大太刀を抜き放ち、世界樹の幹に設けられた巨大な石の扉へと手を掛けた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 樹の中はやたらと広大なドームみたいになっていた。遥か彼方には光が漏れだす天蓋が見え、十文字の溝が刻まれてるのが辛うじて分かる。多分、あそこまで到達できればアレが開き、世界樹の最上部に入れるんだろう。

 

 俺たちは各々の武器を抜いた状態で、ゆっくりとドームの真円状の床の中心部まで歩を進めた。まだ騎士共の姿はない。

 

 キリトが言うには、ある程度の高さまで上昇していくと周囲の壁から騎士が出現し、出現数は距離に比例して増加する。ってことはつまり、そこに俺たちがたどり着くまで向こうは出てこねえし攻撃もしてこない。

 

 ……だったら、

 

「先行くぜキリト。足引っ張りやがったら、浮気のことアスナにバラすからな!!」

「だから浮気じゃないっての!!」

 

 先手必勝! 敵が出揃う前に、一気に天辺まで突っ込んでやる!!

 

 《音速舞踏》で急加速した俺は、キリトを置き去りにして頂上目掛けて猛ブースト。周りの一切を捨て置いて全力突撃した。

 

 敵は予想よりすぐに現れた。壁の隙間から文字通り湧き出るようにして、全身真っ白の騎士型モンスターが何体も出てくる。最初はパッと見、数は十かそこらだったのに、次の瞬間には二倍、三倍と、膨れ上がっていく。

 

 確かに多い。けど、ンなもん関係ねえ!

 

「ジャマだあああぁぁァッ!!」

 

 片手持ちの大太刀に、突進の勢いを乗せて全力刺突。目の前に飛んできた三体をまとめて串刺しにした。白銀の鎧を物ともせず貫通した太刀の切れ味にちょっとだけ驚く。ネコミミが言ったように、コイツは確かに(つえ)え。

 

 背後に騎士が回り込んできたのを感じて、柄を両手持ちに。刺さった騎士の腹に足かけて刀身を引っこ抜きつつ、二の太刀で背後の一体、さらに逆袈裟で二体の胴を裂いた。

 

 今の一攻防で六体を倒した。けど、次々に湧いてくるのが分かってる以上、絶対動きは止めねえ。

 斬り下ろした太刀を跳ねあげ、身体を一杯に捻って真横に振り抜く。迫っていた四体が一息に消し飛び、辛うじて逃れた一体は、

 

「フッ!!」

 

 ウルキオラばりの高速貫手で首を刎ねた。

 

 首なし死体になった騎士が紫色のエンドフレイムに焼かれて消えるのを見届ける。勢いっつーかノリでかましたんだが、意外といけるモンだな。手近に残った三体を続けざまに斬り捨てつつ、独りごちる。

 

「一護!! 来るぞ!!」

 

 四、五メートル横で大剣を振り回していたキリトが叫ぶ。促された先には、いつの間に湧いて出たのか、無数の騎士が上空にひしめいていやがった。その数はもう十とか二十とかじゃ利かねえ。三桁にまで届く数量だ。

 

 アレは相当キツい。けど、まだ想定内だ。

 

 あんだけいりゃあ、ちょっと狙いが外れようが関係ねえ。全力で、まとめてブッ飛ばしてやる!!

 

 両手剣を構えて突撃の体勢に入る騎士共。俺はその前に飛び込みつつ、刀を大きくテイクバックした。強化された今の状態でドコまでいけるか、いっちょ試してやる!!

 

「シロアリみてーにウジャウジャ湧きやがって……まとめて消し飛ばしてやる!」

 

 意識を籠めて能力発動。曲刀のとき以上に巨大な炎が刃を伝い、柄を覆い、腕にまで纏わりつく。身体の周囲に火柱が巻き起こり、視界が炎熱で揺らいで見える。

 

 いける。この規模なら、必ず一網打尽にできる。

 

 確信と共に全身の力と手首に伝え、柄を握る力に変える。

 

 そして、

 

「――燃えろ! 《剡月》!!」

 

 親父の斬魄刀の解号と共に、前方目掛けて振り抜いた。

 

 斬撃はそのまま燃焼し、さっきの試合よりも巨大な火焔の弧を形成。振り抜いた速度のまま飛翔し、騎士集団中央部に衝突した。爆音、衝撃が続いて響き、炎の端々から千切れた騎士の破片が飛び散った。

 

「ぅぉぉぉおおおおおおッ!!」

 

 そこに臆することなくキリトが飛び込む。炎が消え、深く抉れた騎士の隊列に突進し、身の丈に合ってない大剣を担いで振り下ろした。開いた亀裂を埋めに来た騎士の面防をカチ割り、さらに強振して二、いや三体を蹴散らす。その勢いのまま身体を捻り込み、力任せ全開で刺突。二体の胴を貫通させて勢いそのままに突っ込んでいった。

 

「やっぱ腕は鈍ってねえらしいな、キリト……なら、こっちも!!」

 

 大技の反動で崩れた体勢を立て直し、重突進の構えを取る。すでにキリトが通った後に騎士が入り込み、背後から仕掛けようと剣を構えてやがる。そんな見え見えの裏取り、ボーッと見てるわけねえだろーがボケ。

 

 刺突の形で太刀を構え、重突進で後を追う。キリトの背後に迫っていた一体の胴をぶち抜き、こっちに振り向いたもう一体には、勢いを乗せたバックハンドブロー。拳が側頭部にめり込み、騎士はふっ飛んで別の集団と衝突した。

 

「――《剡月》!!」

 

 キリトと合流し、もう一度《剡月》を発動。キリトに連続突進を仕掛けていた騎士集団を隊列ごと焼き斬った。数撃食らったらしく、キリトのHPはレッドゾーンギリギリまで落ちている。が、下方から伸びてきた緑光がキリトに纏わりついたかと思うと、瞬時に傷が癒え、HPが八割以上回復した。下の二人が放った回復魔法だ。

 

 復活したキリトと一瞬目を合わせ、揃って剣を構え突撃する。《剡月》の弾数制限は一度に四発。すでにもう半分は撃った。再充填(リロード)には十分もかかっちまう以上、乱発・ムダ撃ちなんて絶対に出来ねえ。単純な剣捌きで、全部斬るしか……!

 

 けど、

 

「クソ! 流石に多すぎんだろコイツら!!」

 

 相手の数が異常に多い。っつーか、斬った瞬間湧いてきやがる。俺たちの殲滅スピードよりも、相手の再出現が速い。こっちが一回の攻防で十体斬っても、端から二十体湧いて穴を埋めに来る。その繰り返しだ。キリがねえ。今まで無傷だった俺にも騎士の斬撃が届くようになり、HPが減っていく。防具の質がいいからかキリトよりはマシだが、そう長くはもたねえぞ。

 

 終わりが見えねえ二対数百の斬り合いに歯噛みした、その瞬間。

 

「……うああああああ!!」

 

 叫び声と共にレコンが急接近。気弱な見た目からは想像もつかない体捌きで騎士を躱し、俺たちの前に躍り出た。意外と根性ある……じゃねえよ! 支援担当のテメーがなんでそんなトコにいやがる!!

 

 そう叫びそうになったが、その直前にアイツが何か唱えていることに気付いた。魔法に詳しくねえから効果は分かんねえ。けど、その長さと凄みからは、サクヤやユージーンが使ってきた魔法よりもずっと強大であることが伝わってきた。

 

 無数の魔法陣がレコンの身体を包み、臙脂色に輝く球体を創り上げた直後。

 

「――プロット・レギン、ガーパ・ニーザフォール!!」

 

 詠唱が完成し、俺の《剡月》と同等、いやそれ以上の大爆炎が巻き起こった。周囲の騎士を巻き込んで、焼き尽くしていく。その熱量は俺たちのところにまで届き、ジリジリと肌を焼かれる感覚に襲われる。

 

 レコンの奴、こんな大技持ってやがったのかよ。未だに殺到する騎士を退けながら、俺は収まりつつある火焔の出処へと接近する。ナイスの一言でも投げてやろうとしたんだが、しかしそこにレコンはいない。あるのは小さなリメインライトだけ。

 

 ……まさか、今の魔法。

 

「自爆、しやがったのかよ。アイツ……!」

 

 この戦いは正直言って、俺とキリトのワガママで始まった。妹のリーファには兄を助けたい気持ちがあっただろうが、その友人だっつーレコンには、積極的に戦いに参加する意味はなかったはずだ。なのに、アイツは今こうして俺たちの前に立って、見事に騎士をぶっ飛ばして散ってった。

 

 何がアイツをそうさせたのか分からねえ。けど、アイツが命張って作り出したこのチャンス、絶対に逃してたまるか!!

 

 《音速舞踏》で爆発跡へと突撃する。相当以上にデカかったらしい魔法の威力で、騎士の密集陣形に穴が開いていた。それは天蓋の近くまで貫通していて、頂上へと迫る道を作っていた。

 

「一護! あそこを通り抜けるぞ!! こうなったら迎撃よりも回避優先、強引にでも押し通ってやる!!」

「言われなくも、そのつもりだっつの!!」

 

 後に続くキリトの叫びに応えつつ、俺は加速を強めた。多少の負傷は覚悟の上。太刀振って速度を落とすより、少しでも飛んで距離を稼ぐ。あとせいぜい三十メートルかそこらなんだ。無理やり通っちまえばコッチのモンだろ。

 

 だが、そんな俺の希望を叩き潰すようにして、その穴の後ろからおびただしい数の騎士たちが出現した。一瞬で狭まっていく穴に舌打ちし、突進の備えて太刀を構える。けれど騎士たちは予想に反して向かって来ず、代わりに耳障りな声で詠唱を始めた。翳した手の向けられた先にいるのは、俺だ。

 

 まさか、あの距離から一斉に攻撃魔法をかます気か。そう判断し、離脱しようとしたが、もう遅かった。無数の光の矢が撃ちだされ、石田の矢の如き弾数で俺に襲い掛かってくる。

 

「ち……くしょおおおおぉぉぉォォッ!!」

 

 絶叫と共に《剡月》を発動し、弾幕目掛けて撃ち放った。燃え盛る火焔の三日月と光矢の大群が衝突し、相殺されて爆風が巻き起こった。技後の不安定な体勢で堪えきることができず、俺はそのまま吹き飛ばされ、落下していく。その向こうにいるキリトに騎士が群がり、奴の体表を傷つけていく。

 

 それを見ながら歯を砕けんばかりに食いしばり、俺は必死にブレーキを掛けた。塞がりかけた穴を睨み、もう一度そこまで行ってやると、全身で落下に抗い続ける。

 

 もうちょい、もうちょいなんだ。

 

 あとたった数十メートルじゃねえか。個々は雑魚で動きも単調。ただ数が多いってだけだろーが。気張れよ俺、こんなトコで死んでんじゃねえぞ。

 

 助けるって決めたんだろ。仲間を、囚われた奴らを。

 

 あの日、誓っただろ。山ほどの人を護るんだって、大事な仲間をこの手で助けるんだって。

 

 なのに、なのにこんなカッコわりぃ形で、終わっちまっていいのかよ。

 

 いいわけねえだろ!

 

 こんな……こんなところで!!

 

「終わって、たまるかああアアアアァッ!!」

 

 

 

「――当然だ。終わらせやしないさ、絶対に」

 

 

 

 凛とした声。

 

 この騒乱の中でも良く通る、刃のように鋭い旋律。

 

 それが俺の耳に届いた瞬間、俺の目の前の騎士に神速の一閃が叩き込まれ、そのまま吹き飛ばされていった。

 

 目を見張る俺の前に、深緑の着流しの裾が現れる。背中に垂らされた黒い長髪。腰の長鞘。手に握られた、反りの緩い細身の大太刀。

 

「――やあ。また会ったね、一護君」

「サクヤ!? テメエなんでここに!?」

 

 颯爽と現れたシルフ領主・サクヤに、俺は礼を言う前に問いただしていた。

 

 サクヤは俺の形相を見ても涼やかな微笑を崩さず、手にした朱塗りの扇子でパタパタと俺を扇いだ。

 

「ほら、かっかするな。落ち着き給えよ一護君。私も君がいて少々びっくりしているし、驚く気持ちもよくわかる。が、それでも今はとにかく落ち着け。じゃないと勝てる戦も勝てなくなるぞ?」

「誰のせいで――はぁ。いや、何でもねえ。とにかく助かった。さんきゅ」

「ふふっ、礼には及ばないさ。君のおかげで、私たち(・・)は此処まで来れたのだからな」

「私、たち――?」

「ああ、そうだ。ほら、援軍が来たぞ」

 

 訊き返した俺に答えたサクヤの言葉。それを飲み込む前に、俺の耳に再び新しい声が届いた。

 

 揃いの鎧に身を固めた、緑の羽根の騎士たち。五十人に迫る大軍隊は俺たちを追い越し、迅速に隊列を作りあげた。

 

 さらにその下方から、下っ腹に響くような低い咆哮。プレイヤーの数倍の図体を持ったソイツらは、ケットシーが騎乗した龍の群れだった。十体がほぼ一列に並び、羽根を羽ばたかせて上昇してくる。その先頭にいたのは、

 

「――ネコミミ女!? テメエまで来てたのかよ!!」

「うェー、こんな時までその呼び方? ヒドイなー、ヤンキー君」

 

 マントを羽織ったアリシャはそう言って、不服そうに頬を膨らませた。フォローするようにサクヤが間に入る。

 

「まあまあ、戦闘中で気が立っているんだ。気にするなルー。リーファに挨拶は済ませたか?」

「うん。ありがとう皆、だってサ」

「そうか」

 

 そう言ってサクヤは微笑み、そのまま俺に向き直った。

 

「実は、キリト君から資金提供を受けて、私たち二種族は合同で世界樹攻略の準備を進めていたんだよ。そしてついさっき、君がトレードしてくれた鉱石によって、私たちの部隊の装備が完全に整った。君たち二人のおかげで、私たちはここまでこれた、だから、その借りを返すために加勢する。当然の事さ」

「マ、借りを返しに来たのは、私たちだけじゃないけどネー」

 

 どういう意味だ。俺がそう問う前に、三度轟く新たな音。低く野太い雄叫びが鼓膜を叩き、現れたのは緋色の鎧を纏った長槍持ちの重騎士部隊だった。その羽根は俺と同じ臙脂色に輝き、中でも一番大柄な男が集団を引っ張っている。

 

「……ユージーン!! それにサラマンダーの重騎士部隊かよ!? アンタ、コイツらと仲が悪いんじゃねえのか!?」

「ふん、好きで加勢しに来たわけではない。領主の指令だ」

 

 俺の言葉に不機嫌そうな態度で応えたユージーンは、例の魔剣を携えた姿で昇ってくると、竜に乗ってホバリングしているアリシャを睨みつけた。

 

「猫族共に借りを作ったままなど、サラマンダーの誇りが許さない。疾く返して来いとの命だ。だから来たまでのこと。それに……」

 

 言葉をきったユージーンは、いきなり俺の胸倉をつかみ、グイッと引き寄せ、

 

「俺を負かした男が二人揃って死んでいく……そんな光景をこの俺が黙って見ているはずがないだろう。貴様らを倒すのはこの俺だ。こんな害虫共に食い殺されて死ぬなど、絶対に許さぬ」

「……へ、上等じゃねーか。次やったときは無傷でブッ倒してやるよ」

 

 胸倉を掴んでいる手を払いのけ、そう言い返すと、ユージーンはニヤリと笑い、俺から離れた。

 

 それを見ていたサクヤが扇子を振りかざし、高らかに叫ぶ。

 

「さあ、行こうか諸君! ALO最強の百余の軍勢、全力を以って推して参る!! シルフ隊! エクストラアタック用意!!」

竜騎士(ドラグーン)隊! ブレス攻撃用――意!!」

「サラマンダー隊! ボルケーノランス用意ッ!!」

 

 三種族の部隊に号令が下り、各自が一斉に攻撃体勢に入る。キリトも大援軍に気づいているみたいで、超広範囲攻撃を予測して中央から距離を取って飛行している。

 

 白い騎士たちもこっちを捕捉し、大群になって押しようとしている。だが、その刃がこっちに届くよりも早く、

 

「ファイヤブレス、撃て――ッ!!」

「エクストラアタック、放てッ!!」

「ボルケーノランス、叩き込め!!」

 

 こっちの攻撃が一斉に火を噴いた。

 

 竜の口からは紅蓮の劫火が、シルフ部隊の剣先からは緑の雷光が、サラマンダー部隊の槍からは真紅の火線が、ほぼ同時に放たれた。その一撃一撃が次々に騎士の集団に突き刺さり、全方位で大量の騎士を撃墜していく。

 

 これまでにない大損害を受けて、騎士共は完全にこっちを殲滅対象として認識したらしい。新しく出現した騎士の群れが隙間を埋めつつ、隊伍を組んで突撃体制に入った。

 

 それを見た三軍の長は顔を見合わせると、各々の武器を掲げ、

 

「「「全員、突撃せよ!!」」」

 

 大音量で号令一破。全軍を突撃させ、一つのミサイルのようになって守護騎士軍へと突進していった。

 

「一護さんっ!!」

 

 俺を呼ぶ声に振り返ると、後方に控えていたリーファが長剣を片手に上昇してきていた。目尻に微かに涙が光ってるが、表情は希望に満ちている。救援に感動して泣きでもしたのか。

 

「サクヤたちの援護で、騎士の数が一気に減った! 突破のチャンスは今しかない、キリト君と合流して一気に駆け抜けよう!!」

「あぁ、そのつもりだ!!」

 

 リーファと並び、一気に加速。あちこちで激突する三種族連合と守護騎士の間をかいくぐる。シルフ部隊が傷つけばケットシーの飛龍がブレスで援護し、飛龍に騎士が群がればサラマンダーが突撃して追い払い、サラマンダーが囲まれればシルフの雷光が焼き払う。

 ゲームの設定的には敵対関係にあるはずの三つの種族が互いを支えるその光景は、かつてユーハバッハに最後の決戦を挑んだ時、死神、破面、滅却師が手を貸し合ったことを思い出す。自分が何処の誰かなんて関係ねえ、ただ一つの敵を倒すために団結した大軍勢の姿が、そこにあった。

 

 混戦地帯を突破して最前線に躍り出ると、キリトは単身で騎士共と戦っていた。すぐにリーファが前に出て、キリトに劣らない剣捌きで騎士を翻弄。飛翔し兄の元へと辿り着いた。

 

 俺も後に続こうとしたが、それより早く騎士が殺到。互いにぶつかり合うのも構わずに俺の行く手を塞いだ。

 

「クソッ! こんなモン《剡月》で全部ブッ飛ばして――」

「――右に避けろ! 一護君!!」

 

 太刀を振りかぶった直後、俺の背後から澄んだ声が響いた。すぐに右へとすっとんだ俺の横を、無数の風の刃が通り抜け、騎士たちを蹴散らしていった。

 

「言ったはずだぞ、加勢しにきたと。私たちを蔑ろにされては困る」

「そーそっ! 一緒に行こうヨ、仲間なんだしサッ!!」

「ぅおッ!?」

 

 魔法を放ったらしいサクヤの横からアリシャが現れ、俺の襟首を掴んで自分の騎乗する飛龍の背に引っ張り込んだ。固い鱗の上に尻もちをついた俺の目の前に、ユージーンが飛んでくる。

 

「これだけの数だ、そう長くは持たぬ。背後は押し止めてやるから、さっさと行って終わらせて来い」

 

 そう言うと、ユージーンは手元に待機させていた魔法陣を展開。俺に向かって解放した。と同時に、俺の全身を炎が包み込み、視界の端のHPゲージの上にいくつものアイコンが追加された。

 

「貴様の炎の燃焼範囲、威力、展開速度を限界まで高めた。これで一気に叩き斬れ」

「……おう、助かる」

「礼など要らん。気色悪い」

「うるせーよ」

 

 互いにぶっきらぼうに言葉を交わすと、ユージーンはそのまま下降していった。さらに続くようにしてリーファも下りて来る。手にしていたはずの長剣はなく、見れば上空にいるキリトの左手に収まっていた。二刀を携え、倍速で剣を振り回す黒衣の剣士を一瞬見つめ、視線を元に戻した。

 

「キリト君に剣は預けたよ。あとは一護さんが合流すれば大丈夫」

「分かった。ルー、一護君を飛龍に乗せて可能な限り上まで飛んでくれ。私が魔法で援護する」

「りょーかい!」

「一護君、これが最後のアタックだ。気を引き締めて行け」

「ああ、分かってる。ありがとな、リーファ、サクヤ……アリシャ(・・・・)

 

 初めて名前で呼ぶと、アリシャは面食らったような、驚きの表情を浮かべる。だがすぐに立ち直り、褐色の頬に朱の差した満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

「最速で行っくヨー! 【超加速(ウルトラ・アクセラレイティオ)】!!」

 

 一種の魔法だったのか。装備された鎧が金色に輝き咆哮を上げた飛龍は、俺、サクヤ、アリシャを乗せた状態で急上昇する。キリトに辿り着く十メートル手前で騎士の集団が立ちはだかったが、

 

「退け、雑兵共――【鏡咬千刃花】!!」

 

 サクヤが放った魔法が直撃。千本桜に似た花びら型の刃の群れに斬殺され、騎士の集団が壊滅する。視界が開け、ついにキリトに追いついた。

 

「今だ! 行け!!」

 

 そう言って背中を押すサクヤ。それに無言で応えた俺は《音速舞踏》で残りの距離を詰め、同時に《剡月》の発動体勢に入る。二刀を重ね、猛突進をかけるキリトと騎士の勢いは拮抗している。だから、この一撃で、終わらせてやる!!

 

 噴き出す炎の勢いは今までで一番強く、俺自身の体まで焼き尽すような規模で荒れ狂う。霊圧の上昇を思わせる力の奔流。皆の剣で導かれ、魔法で支えられた極限の斬撃。

 

 だから、この一撃の銘は――、

 

 

「《剡月》――(いや)! 《剡魔・月牙天衝》!!」

 

 

 叫び、渾身の力で振り抜いた。

 

 切っ先に一瞬炎が集約され、次の瞬間には拡散、超高密度の炎の斬撃となって燃え滾る。

 

 

「「――届けえええええええええええッッ!!」」

 

 

 俺とキリト。

 

 火焔の斬撃と二刀の突撃。

 

 絶叫と攻撃がシンクロした瞬間、ついに騎士の群れを抜けた。

 

 目の前に飛び込んできたのは、遥か彼方に見えていたはずの世界樹の天蓋。

 

 ようやく辿り着いたそこに向かい、俺とキリトは躊躇うことなく飛翔していった。

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

世界樹攻略戦でした。

剡魔(えんま)・月牙天衝》と二刀流の剣舞により騎士の大群を突破した一護とキリト。

そんな二人が次話で出会うのは、みんな大嫌い、ALOで最も下衆なあの男でございます。

投稿は九月二十日の午前十時を予定しております。


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Episode 8. Encounter with the Absurdity

お読みいただきありがとうございます。

第八話です。

後半部にキリト視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

よろしくお願い致します。



「――おらああああああぁぁぁぁァッ!!]

 

 騎士の大群を突破した俺は剣を構え、勢いそのままに天蓋目掛けて突っ込んだ。

 

 けたたましい金属音と共に太刀の切っ先がゲートに刻まれた十字の溝にぶっ刺さり、十センチめりこんだところで止まった。が、開く気配は一向にない。テコの要領で太刀を捻じり、力で開こうにもビクともしない。

 

「下がってくれ一護! ユイ、頼む!!」

 

 キリトの言葉に俺はその場から飛び退き、入れ替わるようにユイがゲートに飛びつく。小さな手をあててじっとすること数秒、

 

「パパ! 一護さん! この扉はクエストフラグによりロックされているのではありません! 単なるシステム管理者権限によるもの、つまり、プレイヤーには絶対に開けられない仕様になっています!!」

「な……!」

 

 ユイの言葉に絶句するキリト。その横にいる俺の脳内は、驚愕よりも怒りで席巻された。

 

 フザけんじゃねえ。最初に辿り着いた種族しか報酬が手に入らねえってのに、三種族合同の軍勢とバグ並の熟練度持ち二人が組んでやっと入り口までたどり着けて、しかもその先は絶対開かねえとか、ナメてんのも大概に……、

 

「……チッ!!」

 

 背後で耳障りな音がして、太刀を構えて振り向く。そこには、さっき追い抜いた騎士の群れが、大挙してこっちに襲い掛かってくる最悪の光景が広がってた。こっちは《剡月》を撃ち尽くして支援もねえ。けどここで諦めておっ死ぬなんざ絶対にゴメンだ。

 

「おいキリト! 背後はどうにかすっから扉を何とかしろ!! お前、こーゆーの得意だろ!!」

「ムチャクチャ言うな!! いくらなんでも一般プレイヤーのスキルでシステム権限を解除することなんで出来……いや、待てよ」

 

 何か思いついたらしいキリトの方を振り返ると、胸ポケットをまさぐって何やら銀色のカードを引っ張り出したところだった。何だか知らねえが、騎士の剣の間合いまでもう三十秒もねえ。やるならさっさとしろ!

 

 俺の内心の叫びが届いた……ワケじゃねえだろうが、キリトは躊躇うことなくカードをユイに付き出した。

 

「ユイ、これを使え!」

「はい……コードを転写します!!」

 

 カードから光の筋みたいなものをいくつも取り込んだユイは、その両手を再びゲートにかざす。と、一瞬ゲートが激しく発光、次の瞬間重苦しい音を立てて開き始めた。

 

「転送されます! 二人とも、手を!!」

「分かった!!」

「転送って、このまま中に突っ込んじまえばいいじゃねーかよ!!」

「いいからユイに掴まれ単細胞!!」

「ンだとテメエ!!」

「ケンカしないで、早く!!」

 

 ギャーギャー騒ぎながらキリトと俺がユイに触れた瞬間、光の筋が俺たちの身体に流れ込んできた。その光の奔流はどんどん激しさを増していき、そして騎士たちが俺らに斬りかかる寸前、視界が真っ白になり、そこで俺の意識が真っ白に塗りつぶされる。

 

「――ッ!!」

 

 ハッと我に返り、危うく倒れそうになっていたのを、太刀を床に突き立てて堪える。横では片膝をついた姿勢のキリトがユイに起こされていた。ユイはさっきまでの小妖精の姿じゃなく、何故か白いワンピースを纏った十歳程度の少女の姿をしている。この状態でパパ呼びは、さっきまでのピクシー形態の時以上に犯罪臭がするような気がした。

 

 ……天蓋を突破して気が緩みでもしたのか、浮かんできた余計な思考を振り払う。屹立した太刀を引き抜き肩に担いで、俺は辺りを見渡した。

 

 意識を奪われていたのは、体感時間でほんの二、三秒。その間に、俺たちの周囲の光景は一変していた。

 

 お墓正しい数の騎士やら天蓋のゲートは見る影もなく、見渡す限り、白一色。何の装飾もない殺風景な廊下が俺の前後に伸びているだけだった。あの天蓋から転送されたっつうことは、ここが世界樹の最上部ってヤツなんだろうが、グランドクエストの到達点にしてはズイブン殺風景っつーか、ショボイ。絶対に開かない仕様になってたってことは、そもそもプレイヤーを入れる気が最初(ハナ)から無かったってコトなのかよ。

 

 俺が舌打ちをする一方で、キリトはユイの支えを借りて立ち上がった。

 

「大丈夫ですか、パパ?」

「ああ。ここは一体……?」

「……判りません。ナビゲート用のマップデータが存在しないようです」

「そうか……」

「キリト、さっきのカードみてえなのは何だよ。何かのアイテムか?」

 

 突破できたから文句を言うワケじゃねえが、システム権限をサクッと破ったアレの正体が気になった。ユイの幼女→少女変換の理屈は興味ねえけど、こっちの方はスルーできない。

 

「ああ、アスナの反応を追って世界樹の枝目掛けて飛んでみたときに、上空から落ちてきたんだ。位置情報が観測できた場所の真下でキャッチしたから、多分アスナが落としてくれたんだと思う」

「アイツがわざわざそんなモンを落としたっつーことは、やっぱ幽閉された連中はココにいるのか。それも、グランドクエストとかいうのがパチモンだったってことを合わせて、事故じゃなくてどっかの誰かの故意ってことかよ」

「だろうな……けど、今は犯人究明より救出だ。ユイ、アスナの場所は判るか?」

「はい。かなり――かなり近いです。こっち!」

 

 ワンピースから伸びた素足でユイが駆出し、キリトが続く。けど、俺はその場から数歩進み、そこで立ち止まった。それに気づき、二人が立ち止まって振り返った。

 

「ちょっと待て。おいユイ、そっちに行く前に一つ訊く」

「はい、何ですか一護さん?」

「お前らが今から向かう先には、他の連中の反応もあんのか?」

「……え?」

 

 俺の問いにユイは一瞬固まり、しかしすぐに目を閉じてしばし黙考。数秒経ってから再び目を開いた。

 

「いいえ。この先に確認できるのはママ、いえ、アスナさんの反応一つだけです」

「んじゃあ、連中は何処にいる。アスナが近くにいんなら、他の奴らもこの辺にいるんじゃねえか?」

「えと……あ、この通路の一つ上の階層に、多数のプレイヤーデータが集積されたセクターがあるようです。通路を後方へ進んだ先にあるエレベータを使用すれば到着できるかと思います」

「そうかよ。んじゃキリト、テメエはこのまま行け。俺は他の連中を助ける」

 

 そう言って俺は太刀を担ぎ直し、キリトに背を向ける。アスナ一人の救出なら、コイツらに任せられる。元から俺は全員を助けるつもりで来てんだ。本来プレイヤーが入れないハズの場所に侵入してきた以上、なんかしらの妨害があってもおかしくねえ。面倒くせえのが来る前に、分担してさっさと助けてバックレるしかねえだろ。

 

 俺の言葉を受け、キリトは少しの間沈黙していた。が、すぐに向こうも踵を返したらしく、ブーツの鋲の音が響いた。続いて静かな声が聞こえる。

 

「……分かった。他の皆のことは、頼むぞ」

「今更頼まれなくても、こっちは元からその積りだっつの。その代わり、アスナを助けんのはテメエの仕事だ。死んでもトチるなよ」

「ああ分かってる。こっちは任せてくれ。アスナを助けたらすぐに駆けつける……すまない」

 

 最後に一言、キリトは申し訳なさそうにして謝った。肩越しに振り返ると、心配そうな表情のユイの隣で、少し俯いたままのキリトが立ち尽くしていた。なにをそんなに沈んでんのか知らねえけど、アスナを他の連中より優先することの罪悪感とかなら、トンだ見当違いだ。

 

「勘違いしてんなよ、テメエに先にアスナを助けに行かせんのは、俺が合流した時に小っ恥ずかしい感動の再会シーンに付き合わされんのがイヤなだけだ。先にテメエ引きつれて他の連中助けに行ったところで、アスナの事が気が気じゃねえお前なんか足手まとい未満なんだよ。とっとと終わらせて戻って来いっつってるだけだろーが。彼女を優先したってだけで、らしくもなくヘコむんじゃねえよ気持ち悪ぃ」

「……まったく。人が真剣に悩んでたっていうのに、ひどい言われようだな」

 

 そう言って顔を上げたキリトの表情は、元の真剣そのものの真顔に戻っていた。ったく、手間かけさせやがって。そう胸中で呟きながら、今度こそ互いに背を向ける。

 

「んじゃあ、後でな」

「ああ。必ず」

「お気を付けて、一護さん!」

 

 背中越しに言葉を交わし、俺たちはそれぞれ反対方向に駆け出した。キリトたちの足音が急速に小さくなっていき、やがて聞こえなくなる。構わず足を速め、突きあたりにあったエレベータに飛び込んだ。

 

 もうさっきまでのファンタジーさの欠片も見当たらない無機質な白い直方体の中で、一つ上の階層のボタンを押す。すぐにエレベータが上昇を開始し、十秒と経たずに扉が開いた。

 

「――待ってろ、今助ける」

 

 自分に誓うようにつぶやき、俺は太刀を構えて飛び出していった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

 一護と別れてから十数分後。俺とユイは無事アスナの救出に成功していた。

 

 再会の喜びを分かち合うのもそこそこに、ひとまずアスナをログアウトさせるためにコンソールを探そうとしていた俺たちだったのだが、そこに突如凄まじい重圧がのしかかってきた。

 

 深海の底に叩き込まれたかのような目に見えない圧力によって地に伏した俺たちの目の前で、ユイが「よくないモノ」の襲来を告げて消え去り、愕然とする間もなく現れたのが、

 

「――須郷、貴様ァ……!」

 

 この男、株式会社レクトの技術研究部門主任・須郷伸之だった。

 

 目の前でニタニタと嗤う男に、怨嗟の籠った眼差しを向ける。

 

 システム的造形に従って形成された、奴の、妖精王オベイロンの、いや須郷の端正な顔が愉悦に歪むのが見える。今すぐにでも剣で叩き斬ってやりたいのだが、全身にかかる重力で立つことはおろか上半身すら起こせない。あと数メートルで最も憎む男に刃が届くのに、その数メートルが果てしなく遠く感じた。

 

 奴は俺を見下しながら、自分のしてきた所業を英雄譚のように話した。サーバーに細工することでこのALOにSAO生還者を三百人も拉致したこと。その脳を使って思考・記憶制御技術の研究を行ってきたこと。そして、その実験がすでに八割以上完了しているということを。

 

「……須郷! 貴方のしたことは、絶対に許されないわよ……!!」

 

 現実世界にて、昏睡状態を利用され強引に須郷と婚姻を結ばされようとしているアスナは、重力に苛まれながらも気丈に奴を睨みつける。が、この男はそんなものを全く意に介していないようで、

 

「へえ? 誰が許さないのかな? 残念ながら、この世界に神はいないんだよ、僕以外にはね!!」

 

 芝居がかった態度で大股歩きをしつつ、最低の科学者は朗々と叫び、

 

「――さて! 君たちの記憶を改ざんする前に!! 愉しいパーティーといこうか!!」

 

 そう言って指を鳴らす。と、頭上から鎖が二本伸びて来て、アスナの下に落下した。須郷はその先についたリングを彼女の両手首にはめ、指をついっと上に向ける。それに従うように鎖が巻き戻り、アスナは両手を上にした状態で吊り下げられた。

 

 許さない。必ず斬る。その二つが俺の脳内を埋め尽くす。動かせない腕を、脚を、胴を全力で持ち上げようと、ありったけの力と殺意を原動力にして重力に抗う。今この瞬間に奴を斬る力が手に入るというのなら、たとえ死神に魂を売り渡したって構わな……死神?

 

 そうだ、まだ希望はある。

 

 この世界に舞い降りた、本当の死神が。

 

 あいつの救助が成功すれば、まだ希望は……!

 

「……んー? なにをにやにや笑っているんだいキリト君? まさか愛しのアスナ君を憎む男の手で吊られたことが嬉しいなどという、頓狂なことを言い出すんじゃないだろうね。だとしたらとんだ変態性癖の持ち主と言わざるを得ないが」

 

 須郷の嘲るような調子の言葉に、俺は黙秘を貫く。代わりにアスナと視線を合わせ、わずかに頷いてみせる。アスナも詳細は分からずともまだ希望が潰えていないことを察してくれたのか、少しだけ微笑み、すぐに俯いてきつく瞼を閉じた。これで大丈夫、あとはこの場を切り抜けることさえできれば……。

 

 そう思いかけた瞬間、ああそういえば、と須郷が思い出したように口を開いた。

 

「さっき僕の研究材料の保管庫で、なにやらもう一匹ゴキブリが這いまわっていたようだね。先のアスナ君脱走の件でセキュリティを強化していたのだが、見事に引っかかってくれたようだ。対侵入者用で最も高度な自爆型迎撃ゴーレムと地龍型護衛ゴーレムの集団に囲まれて、最後は爆発に巻き込まれてあっけなくロストさ。いやあ、新作セキュリティの実地試運転もできて、本当に今日は良い日だ。アレ、あの害虫君の名前はなんといったかな、ええと……」

「……一、護」

 

 かすれた声で、俺はあの死神代行の名を呼んだ。アスナもそれに反応し、驚愕の表情を浮かべた後、悲痛な面持ちへと変化していった。

 

「そうそう! それだ一護君だよ。SAOをクリアした最強の剣士だとかいう噂は聞いていたんだが、あんなにあっけなく死ぬとはね。所詮ただゲームでちょっと腕が良かっただけの男、高度なシステムで統括された完全自動制御プログラムの敵ではなかったようだ。全く、拍子抜けだよ。

 ……しかし、たとえあっけなく死んでいようとも、僕は彼に感謝しなければならない。彼がこのALOに被験者として拘束されてくれたことで、私はもう一つの玩具を手に入れたのだから!」

「どういう、意味……貴方、一護になにをしたの!?」

「何を? 彼自身には何も細工はしていない。彼に何故かくっついてきた付属品をちょっといじくりまわしただけさ。今だって僕の便利な道具として活用させてもらってるよ。なんせアレは――」

 

 得意げな表情の須郷がさらに饒舌に言葉を重ねようとした、まさにその瞬間だった。

 

 突然、須郷の背後の暗闇が砕けた(・・・)

 

 ガラスのような甲高い破砕音が木霊し、そこから黒い人影が突っ込んできた。一切の減速をしないまま須郷に跳びかかり、手にした巨大な銀色のナニカで斬りつける。だが、それは須郷の体表から十数センチのところで出現した純白のホログラム盾に止められ、奴自身に届くことは無かった。数秒遅れて須郷が振り返ったことから、どうやら奴自身の意志での防御ではなく、何らかの防御システムが働いているのか。

 

 人影はそのまま身を翻し、俺の前に降り立った。黒い着物の裾が、巻き起こった風になびく。オレンジの頭はこの真っ黒の世界の中で鮮烈な鮮やかさを見せ、手に握られた大太刀は獰猛な銀色に輝いている。

 

「――よお、テメエ自分の仕事はどうしたよ。アスナ吊るしたまま寝っ転がりやがって、ずいぶんとダルそうじゃねーか」

 

 大太刀を肩に担ぎ、俺を見下ろしたその顔は、

 

 

「仕方ねえから、手伝いに来てやったぜ。キリト」

 

 

 ロストしたはずの、一護だった。

 

 一瞬呆けた俺だったが、するに再起動して目の前のヤンキー侍に問いを投げる。

 

「一護……お前なんで、爆発に巻き込まれたんじゃ……っていうかどうやってここに……?」

「ああ、爆発には確かに巻き込まれた。ったく、斬った端から爆発するとか、マジで鬱陶しいなアレ。最後の一発で保守室とかいう場所の壁に穴ブチ開けてくんなかったら、流石にヤバかったかもしんねーな」

 

 おかげで手持ちもポーションが一気になくなっちまった。そう言って、一護軽くため息を吐く。

 

「んで、その保守室にいやがった変なナメクジ共を斬って脅して、連中を解放する方法を吐かせたんだ。したら、今コッチにいる須郷とかいう奴のアバターの消滅がトリガーになってるらしいじゃねえか。だから、速攻で龍とか爆弾とか全部斬ってこっちに来た。そんだけだ」

 

 そこで言葉を切り、一護は太刀へとさらに力を籠める。ホログラム盾は破れこそしないものの火花を上げて軋み、須郷が苛立ったように表情を歪めた。

 

「……っつーワケだ。ウダウダやんのは性に合わねえ。とっととテメエを斬って、決着(ケリ)を付けさせてもらう」

「やれやれ、いきなり斬りかかってきて勝手に終結宣言かい? この配役が見えないかな。今日の舞台の主役は僕、ヒロインはアスナ君、観客はキリト君なんだ。部外者は大人しく――すっ込んでいろッ!!」

 

 須郷は右手を突き出すと、身体にかかる重力がさらに増した。苦痛にうめきそうになるのを何とか堪え、一護を見る。けど、奴は数歩たたらを踏んで後退しただけで持ち直し、再び何事もなかったかのように剣を構えた。

 

「おいキリト、テメエいつまで寝てんだよ。さっさと起きてソコにぶら下がってるアスナ連れてけよ。仕事サボってんじゃねえ」

「い、いや……お前、どうやって、動いて……?」

「あ? 多少は動きづれーだろうけど、別にフツーにしてろよ。腹筋(ハラ)に力入れて、脚踏ん張って背筋伸ばす。そんだけだろ」

「む、無茶言いやがって……」

 

 現在進行形で身体の上に鉄塊が乗っかっているみたいな重圧なのに、平然と突っ立ってるのはすごいと通り越しておかしいレベルの領域だろ。そう言ってやりたくなるが、正直心強い。言われたように仮想筋力と根性を騒動して何とか立ち上がろうと四肢で踏ん張っていると、

 

「……全く、これだからチンピラは嫌いなんだよ。何事も力で、暴力で解決できると思っている。同じ知的生物(にんげん)とは思いたくないねえ」

「テメエの方こそ同じ人間とは思いたくねえよ。事情はさっきのナメクジに粗方吐かせた。ワガママで三百人拉致って人体実験するような身勝手なゴミ野郎が」

「技術の進歩には犠牲が付き物なのだよ……まあしかし、この魔法が効かないのは、まだ想定の範囲内だ。なんせ君の記憶から引っ張り出したものだからね。対抗されてもおかしくはない」

「そうかよ。んじゃさっさと諦めて死ね。一撃で斬り飛ばしてやる」

 

 問答に苛立ってきたのか、一護の語気が荒くなっていく。並の人間なら怯んでしまいそうな眼光を受けて、しかし須郷は再びニタニタ笑い出した。

 

「まあそう急くなよ。言っただろう? 出現させたものは記憶の保持者には効果が薄いんだよ。だったら……コレはどうだい?」

「――ッ!? 一護、上だ!!」

 

 頭上を見上げ、俺は叫んだ。

 

 そこに現れたのは、篭手に包まれた大きな手。全長一メートルはあろうかという巨大なそれが五指を開くと、その中に炎が生まれ、火焔に包まれた一振りの大剣が出現した。巨大な手と大剣のセットは次々に生み出され、腕だけの騎士団を創り上げていく。

 

 だが、問題はそこじゃない。

 

「う、嘘、だろ……アレは、あの剣は……!」

 

 絶句する俺。

 

 視線の先で群れる剣。その形状は紛れもなく、かつてユイが振るい、ボスモンスターを一撃で消し去ったシステム的絶対即死効果を持つ《オブジェクトイレイザー》そのものだった。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

一護視点で押し通そうと思ったのですが、違和感アリアリの描写になってしまったのでキリト視点でお送りします。





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Episode 9. From my Mind

お読みいただきありがとうございます。

第九話です。

キリト視点です。
苦手な方はご注意ください。

よろしくお願いいたします。


<Kirito>

 

 燃え盛る即死の大剣を携えた、騎士の手の軍勢。

 

 それに圧倒されて言葉が出なかった俺に代わり、アスナが身を捩りつつ一護に忠告を飛ばした。

 

「一護! その剣に触っちゃダメよ……貴方がどんなに強くても、触れたら最後、その炎に一瞬で焼かれて消滅するわ!!」

「お前がそう言うっつーことは、この剣の出処はアスナ、オメーの頭ン中ってことかよ。他人の事言えた義理じゃねえけど、めんどくせー記憶持ちやがって」

 

 悪態を吐きつつ、しかし一護はあくまでも冷静だった。太刀を正眼に構え、羽根をめい一杯に広げた体勢を取る。

 

「……触んなきゃいーんだろ。だったら全部避けながら、叩っ斬るしか無えってコトだ!!」

 

 叫び、同時に羽根を後方に振り抜き急加速。掻き消えるような速度で飛翔し、炎の刃の群れを掻い潜った。

 

 一瞬で間合いを詰めた一護による最下段からの斬り上げが須郷を襲うが、白い盾が出現して受け止められる。重ねて放たれた拳も同様に防がれ、三撃目は背後から襲来した大剣により中断。一護はその場から高速で退避、着地し地を蹴り再度攻撃を仕掛けた。

 

 一護の攻撃を阻んでいるあの神出鬼没の白い盾。おそらくあれはSAO攻略組の誰かから抽出されたヒースクリフの神聖剣最上位剣技、自動防御を司る《イージス》の改造品だ。改造、と判断したのは、色の違いのほかに、感知範囲が異様に広いように見えたためだ。

 ヒースクリフの場合、盾の可動範囲外が《イージス》の守備圏内だったはずだが、奴の盾は一護の全包囲からの連撃全てを狂いなく防いでいる。突破不可能なクエストを設定するような奴のことだ、三六○度全ての攻撃に反応するようプログラムを書き換えるくらいやっているに違いない。

 

 けど、須郷は神じゃない。人間だ。どこかにきっと見落としがあるはず。一護がそこを突けば勝ち目が……そこまで考えて、俺ははたと気がついた。

 

 

 俺は、何故、ここにいる?

 

 アスナを、この手で(・・・・)助け出すためじゃなかったのか?

 

 

 確かに、アスナを助けるためなら悪魔の力を借りてでも、死神に魂を売ってでも構わない。けれど、助けるのは俺自身の手でなければ意味がない。それが、この世界に来るにあたって俺が自分自身に定めた規律だ。

 

 『ソードアート・オンライン』

 

 あの狂った剣の世界から彼女を解放することを約束し、しかし結局は一護によってそれが成された。内心でホッとした反面、どこかそれを悔しく思う自分がいた。あの最後の決戦の場に立っていたのが、もし俺だったならと、何度も何度も考えた。同じ攻略組で、エクストラスキル持ちで、いやそれ以前に同じ一人の剣士であるアイツと俺の差はなんだったのか、幾度も自分に問うてきた。

 

 だから、アスナがALOに囚われていると知り、今度こそ自分の手で助け出すんだと、そう決めてここまで戦ってきたのだ。何人もの助けを借りながらも、救うのは己の剣なのだと、胸に誓って進んできた。ユイと再会し、リーファと出会い、ユージーンを倒し、サクヤたちに助力し、一護と共に世界樹を突破した。アスナのことばかりを考えた末、他の皆のことを一護に押し付けることすらした。全てはただ、アスナ救出のために。

 

 だが、今の俺の(ザマ)は何なんだ?

 

 重力に打ち負け、地に伏し、這い蹲るばかり。

 

 一方の一護は重力に打ち勝ち、その足でしっかりと立ち、大太刀を振るって敵に向かっていく。

 

 

 ……同じじゃないか、あの時と。

 

 ただ見守る俺と、全ての元凶に挑む一護。

 

 

 それとも、これがアイツと俺の力の差、その結果だとでも言うのだろうか。

 

 昔一度だけ、一護から自身の過去を聞いたことがある。

 アイツはずっと、現実世界でケンカにばかり明け暮れていた素行不良者だったらしい。自分の派手な髪の色に因縁を付けてくる連中、その挑発に短気ゆえに全て応じてしまい、片っ端から殴り飛ばしていたのだと。

 けれど年齢を重ねるにつれて、親や妹、友人たちに助けらたり迷惑をかけたりしながら、少しずつマシになっていったという。勉学に励んで不要な争いを退け、身体を鍛え上げて護る力を手にし、本人曰く「そこそこの数」の敵とそれ以上の仲間に出会い、仮想世界に幽閉されるその日までそれなりに上手くやっていたと、どこか遠い目をしながら言っていた。

 

 その時、俺は思った。

 

 一護(こいつ)は、俺なんかよりもずっと強い。

 

 現実の貧弱な肉体に失望し、ゲームの世界に逃避して、そこで手に入れたステータス的な強さと経験を自分の強さとすり替えていた俺とは比べものにならない。俺には想像もつかないような経験を現実世界で乗り越え、悩み、打ち勝ってきたに違いないと、詳細を訊かなくても確信できた。

 

 一層で見せた「自分自身の強さ」も、十九層で見せた「他人に頼る強さ」も、六十一層で見せた「護る強さ」も、七十五層で見せた「命を賭ける強さ」も。全て俺が欲して止まず、けれど手が届かなくて諦めたものだ。

 その全てを持ったアイツと、比較するほうがおこがましいのだろう。須郷は一護を部外者と言ったが、本当に部外者なのは俺の方なのかもしれない。勇者(いちご)魔王(すごう)囚われの姫(アスナ)で舞台は完結していて、俺はただ見ているだけの聴衆に過ぎないんだ。諦めにも似た灰色の感情が、俺の全身から力を奪っていく。

 

「ぐぉッ!?」

「一護っ!?」

 

 一護の驚きの声とアスナの悲鳴。見れば、先ほどまで高速戦闘を繰り広げていた一護が地に伏していた。重力に潰されたのかと思ったが、続く須郷の嘲笑でそれは打ち消された。

 

「ふん、これで動けないだろう。どうだい? 専用プログラムを組み上げて君のアバターと床の相対位置を固定した。しかも、魔法と違ってパラメータに遊びなんてもたせない、完全底面固定さ。本来重力魔法(ブラックボックス)の影響下にある時点で動くことなどできないはずなのだが、ゴキブリが殺虫剤に抵抗力を持つようになるのと同じように、君には効きが甘いようだったからね。急造ではあるけれど、粘着マット代わりさ」

「て……めェ……!」

 

 一護は怒りを孕んだ声を上げ、須郷を睨む。遥か高みから見下す妖精王は、その眼差しを冷ややかに受け止めながら、

 

「やれやれ全く、この状況でも首から上を動かせるなんて、往生際が悪すぎて憐れに思えてくるね。仕方ないから、これも上乗せしておこうか」

 

 その言葉と同時に須郷は指を鳴らす。と、虚空から四本の黒い帯と無数の鋲が飛んできた。黒い帯が一護を後ろ手に縛り上げ、鋲がその腕ごと彼を地面に縫い付ける。

 

「これも君の記憶からの生成物だ。中々便利なものを記憶してくれていて助かるよ。妄想の産物(・・・・・)にしては、よくできているしね」

「妄、想……だと……?」

 

 多重拘束を受けながらも何とか離脱しようと抗っているらしい一護が訊き返す。

 

「うん。だってそうだろう? ある日必然超人的な力を手に入れ、化け物共を倒し、囚われた仲間を助けに行く。戦乱の規模は大きくなり、そしてついには世界の存亡をかけた大戦争! 仲間と力を合わせた君は強く成長し! やがて世界を救った英雄になった!!

 いやあ見ていて笑いが止まらなかったよ!! 君のようなチンピラでも、こんなバカげた漫画の世界みたいな妄想をするんだね!! 記憶がこれだけ鮮明ということはそれだけ強く印象に残っているということなんだろうが、こんな現実離れした空想が記憶の大半を占めているだなんて、実に可哀そうな人間だねえ君は!」

「テメエ……ク、ソ、がああああああッ!!」

 

 あざ笑う須郷に対し、一護は絶叫しながらもがく。ほんの僅かばかり身体が動くようになったのが見えたが、それでも拘束が外れる気配はない。須郷はその様子を睥睨した後、一護の太刀と俺の大剣を奪い、空中に放り投げた。その先に控えていた炎の大剣が即座に反応し、二振りを切断。紙クズのように燃えていくのを、俺は呆然と見ていた。

 

 地面で足掻く一護も、拘束から逃れようと必死なアスナも、それを鎧袖一触にする須郷も、全部が他人事のように感じる。スクリーンを隔てて展開されているドラマを見ているような、冷めきった諦観が俺の全てを支配していた。

 

 

『逃げ出すのか?』

 

 ――そうじゃない、現実を認識するんだ。

 

『屈服するのか? かつて抗った力の差に』

 

 ――仕方ないじゃないか。須郷はゲームマスターで、一護はそれに打ち勝ったことのある男。ただのプレイヤーでしかない、俺の出る幕じゃないんだよ。

 

『それはあの戦いを汚す言葉だな。無敗の私から愛する者を奪うため、単身で踊んだ末に私を追い詰めて見せた、決闘場でのあの戦いを』

 

『それに、彼も君も同じプレイヤーだ。今の君を縛り付けているのは、取るに足らない思い込み。同じ立場にいるはずの彼に出来て、君に出来ない道理はない』

 

『さあ、立ちたまえ。立って戦うのだ』

 

 

『――立ちたまえ、キリト君!!』

 

 

 何処からか脳裏にこだました声。

 

 その言葉が、俺の全身を稲妻のように貫いた。

 

 とうに枯れたはずの活力が四肢に漲り、俺は再び抵抗の力を取り戻す。一護のアドバイスに従って、仮想の腹筋に力を籠め、脚を踏ん張り――、

 

「う……ぐ、おぉ……ッ!!」

 

 最後に歯を食いしばり、背筋を伸ばして立ち上がった。

 

 須郷は立ち上がった俺を見てポカンとした間抜けな表情を浮かべたが、すぐにやれやれと首を振りながら右手を振りかざし、

 

「まだ妙なバグが残っているなあ。全く、運営チームの無能共、が!!」

 

 俺目掛けて叩きつけようとした。

 

 だがその前に、俺は口を開き、脳裏に流れた一連の言葉を一気に形にする。

 

「――システムログイン。ID《ヒースクリフ》。パスワード****-****-****。システムコマンド。スーパーバイザ権限変更、ID《オベイロン》をレベル一に。スキルID《ブラックボックス》及びスキルID《イージス》を解除(キャンセル)

 

 捲し立てた俺の言葉に従い、須郷の眼前にレベル固定の通知ウィンドウが出現。さらに俺たちを押さえつけていた強大な重力が消失し、同時に須郷を覆っていた透明な壁が甲高い音をたてて粉砕した。

 

「……な、何だそれは! 僕より高位のIDだと!?」

 

 須郷は狼狽しながら左手を振り、管理者ウィンドウを出現させようとした。が、何度振ろうとそこには何も出て来ない。

 

「くそッ……くそッくそくそくそクソシステムがあああッ!! こんな餓鬼の言いなりになんかなるなよ!! お前は僕に従っていればいいんだ!! システムコマンド! オブジェクトID《エクスキャリバー》を召喚(ジェネレート)!!」

 

 半狂乱になった須郷が右手を突き出し叫ぶ。しかし、今の管理者権限は俺にある。もうただの一般プレイヤーと同権限になった須郷がシステムコマンドを口にしたところで、何も起こるはずがない。

 

「ふざけるな!! 僕はこの世界の支配者だぞ! 創造主! いや王! 神……! この世界で僕より上など存在しない!! 至上の存在だ!! だから言う事を聞け! このポンコツが!! 神の……神の命令だぞ!!」

「そうじゃないだろう、須郷。お前は盗んだんだ。世界を、そこの住人を、そしてその大切な記憶を。盗品で偽の世界を飾り立て、奪った玉座の上で独り踊っていた泥棒の王だ――システムコマンド! 廃棄(トラッシュ)ストレージを検索、オブジェクトID《エリュシデータ》を復元(サルベージ)!!」

 

 俺の声が闇に響き渡り、同時におびただしい数の数字と記号の羅列が手元に出現。次の瞬間には、漆黒の刃を持つ片手剣の姿となり、俺の手の中に納まっていた。その肉厚の刃や手首にかかるずっしりとした重量は、あの剣の世界で振るい続けた懐かしい片手剣そのものだった。

 

 俺は吊り上げられたままのアスナと目を合わせ、はっきりと頷く。抵抗し続け憔悴しきってはいるが、彼女のはしばみ色の瞳はまだ死んではいなかった。弱弱しく、けれどはっきりと首肯が返ってくる。

 

「決着と付けるぞ、須郷。泥棒の王と、勇者の成り損ないの。――システムコマンド! オブジェクトID《オブジェクトイレイサー》を削除(デリート)!!」

 

 新たに告げられたシステムコマンドにより、騎士の手に握られていた炎の大剣が全て弾けるように消滅していった。剣を地面すれすれに引き下げ、明らかに怯えきった表情の須郷を見据える。オブジェクトイレイサーは全て消え去ったが、騎士の手は別個のプログラムによって動いているのか、全て消えずに残っている。ならば……、

 

「システムコマンド。プログラムID《メモリー・リアライジング・プログラム》を削除(デリート)

 

 その大元を断つべく、俺はシステムコマンドを上書きした。だが、予想に反して手は消えない。一護を縛る黒い帯や鋲もそのままだ。一体、どういうことだ……手元に展開されている管理者用のウィンドウに目を落とすと、そこには《Command Error》の文字。

 

「……は、はは。あははははは!! 止まるわけがないだろう! どういうわけだか知らないが、記憶実現のプログラムはそこでくたばっているチンピラのアバターと連動しているんだ!! データが保存されているSAOのサーバーがブラックボックス化していて手が付けられていないから、残念ながら僕にも制御が出来ない。が、それはつまりこの場にいる誰にも止められないということ!! 止めたいならその手で一護君を殺すんだね――ただし、この状況でそれが出来れば、だけど」

 

 どういう意味だ、俺がそう問う前に須郷は手首のブレスレットを外し、床に叩きつけて砕いた。同時に俺の目の前にウィンドウが出現した。

 

 そこには、

 

痛覚吸収システム(ペインアブソーバ)がレベルゼロに固定されました。設定を解除するにはD16サーバの感覚制御コンソールから直接アクセスしてください』

 

 という文章が並んでいた。

 

 ペインアブソーバ、痛覚吸収。そのまま受け取れば、これはつまり、本来感じるはずの痛みを減衰するためのシステム。それが最低レベルに固定されたと言うことは、攻撃による痛みがそのまま脳に伝わってしまう。剣で一護を斬れば、本物の激痛がアイツを襲う。最初から一護を殺す気なんて欠片もなかったが、これで一護も俺もアスナも、傷つくわけにはいかなくなった。

 

「ははっ、もう管理者権限などどうでもいい!! こんな出来損ないの世界の玉座など、いくらでもくれてやる!! 僕がこの手で直々に始末してやろう!! 見るがいい!!」

 

 そう言い放ち、須郷が両手を頭上に掲げる。するとそこに無数の騎士の手が出現。獲物こそ持っていないが、その指先には真紅に光が灯っている。その光を見た俺の脳裏に七十五層のフロアボス、骸骨百足の死に際の凶相が浮かぶ。その予感は正しく、直感でその場から飛び退いた俺の足元を無数のレーザーが撃ち抜いた。

 

「ふはははっははっはは!! どうだ!! これが僕の今の力だ!! 管理者権限がなくとも、記憶実現システムを暴走させているこの空間内でなら、脳裏に強く描けば力が手に入る。貴様ら凡百の脳とは違う、ゲームしか能のない貧弱小僧と、妄想に取りつかれたチンピラ風情が永久にたどり着けない天才の頭脳が描き出す、究極の『強さ』だ! 貴様らとこの僕の頭脳の差、いや魂の格の違いというものを思い知るが良い!!」

 

 哄笑しながら、須郷は周囲に展開した手の先から無数にレーザーを放ち続けた。それを躱し、剣で受け、斬り払いながら、俺は歯噛みしていた。ようやく活路を見いだせたのに、須郷の実質的な無敵状態を解除したのに、それでもまだ奴を斬ることは適わない。あともう一押し、必要だ。

 

 ――なあ一護。

 

 こんな時、お前ならどうする。

 

 一人で孤独に戦ったか?

 

 奇跡を願って耐え続けたか?

 

 それともここで諦めたか?

 

 ……多分、どれも違うよな。

 

 お前は仲間と一緒に戦うことを選んだはずだ。十九層のボス戦でリーナに叱咤された時のように、仲間と肩を並べて敵に挑むはずだろう。

 だから一護、力を貸してくれ。お前に任せるわけじゃない。けど俺に任せろとも言わない。一緒に、二人で、須郷を倒すんだ。

 

 俺はもう記憶の複製に打ち勝ったぞ。オブジェクトイレイサーを消し、イージスを壊し、重力魔法だって無くしてみせた。ならお前にだってできるはずだ。SAOで最も強く、本物の死神になってアインクラッドを死滅させたお前になら、できるはずだろう。たかが数十行のプログラムなんかに、抑え込まれて寝てる場合じゃないだろ!

 

 ――立てよ、立てよ一護!!

 

「……ひっひっひィ! ああ楽しいねえ!! そうだ、せっかくのお祭りだ。バックグラウンドが寂しいままなのも無粋だよねえ? なら、こんあ感じでどうかなあ?」

 

 いやに間延びした笑い声と共に、須郷が足元のスイッチを踏む。と、今まで前面リアルブラックだった周囲の闇に、膨大な数の記号の羅列が出現。Alisa、Brian、Charlie……それらは全て、プレイヤーネームだった。横には痛み(Pain)悲しみ(Sorrow)恐怖(Terrer)という表示。これは、まさか……。

 

「ああ素晴らしい! 見給えよキリト君、アスナ君!! これが僕の、神の御業。人の感情の制御だよ!! 僕の指先一つで引き起こされる、阿鼻と叫喚の混声合唱!! ああ美しい、なんて美しい音色なんだ!!」

 

 聞こえてくる無音の絶叫。レーザーをばら撒くことを止めない須郷は自身の引き起こした惨劇に酔いしれるように身を捩り、ふと一点に視線を固定した。それと同時に、アスナが押し殺したような悲鳴を上げる。襲い来るレーザーを躱し、俺も一瞬チラリとそっちを見ると、そこにあったのは、

 

「『Lina:Terrer』……!? そんな……リーナ、貴女まで囚われていたの……?」

 

 リーナ(Lina)。SAOで最強の短剣・体術使いにして、一護のパートナー。《闘匠》の異名を取り、常に一護を支え続けた歴戦の剣士が、今、システムの檻の中で恐怖に震えていた。

 

 自身の友人が今この場で無意識の苦しみに苛まれている事実を受け、アスナはショックで言葉を失う。その絶望の表情を見て、須郷は満足そうに嗤った。

 

「くっくっく、彼女は確か、一護君と行動を共にしていたんだよねえ? なら丁度いい。ここで邪魔者を始末したら、アスナ君を楽しむ前座として一番最初に脳を犯してやろう。あらゆる負の感情で、人格すら封印してしまうレベルで記憶と感情を凌辱してやる! 一護君のデータセクターの、真正面でね!! ああ面白い、なんてユニークな体験なんだろう!!」

「須郷……許さない。貴方! 絶っ対に許さないからね!!」

 

 震える声でアスナの放った怒りの叫び。それが面白くて仕方ないとでも言うかのように、須郷は腹を抱えて大笑いしている。金属がすれるような裏返った声が空間いっぱいに響き、回避で手一杯の俺に怒りと焦燥が押し寄せてきた……。

 

 その時だった。

 

 ピキッ、と小さな音が、耳に届いた。

 

 本来なら聞こえるはずもないくらい、微かな小さい亀裂音。

 

 しかしそれは俺だけでなくアスナや須郷にも聞こえたようで、二人同時に視線が音源の方に向かった。

 

 そこにいたのは、五指を床にめり込まんばかりに突き立たせ、四肢を突っ張り、蒼い燐光を纏って起き上がろうとしている一護の姿だった。

 身体を覆う蒼光は徐々に強くなり、何本か飛んできたレーザーを打ち消してしまうほどの密度を持っている。まるで力そのものを鎧のように纏っているかのような、雄々しさに満ちた姿をしていた。

 

 そして、

 

「――ぁぁぁあああああああアアアッッッ!!」

 

 大絶叫と共に一護が拘束を打ち破り、ついにその足で大地を踏みしめた。旋風が巻き起こり、アスナの身体が大きく揺れ、須郷が数歩たたらを踏む。

 

「……ずいぶん長い居眠りだったな、一護」

 

 驚愕故か、須郷のレーザーの雨が止んだ隙に、俺は一護の隣へと駆け寄って声をかけてやる。全身の力を振り絞った後であろうというのに、一護は特に疲弊した様子もなく、燐光を纏った堂々とした立ち姿のまま俺に視線を向けた。

 

「わりぃ、手間とらせた」

「お、なんだよ素直だな。ひょっとして、寝ぼけたままか?」

「うっせえな。ほっとけよ」

 

 ぶっきらぼうに言い返し、一護は須郷を睨む。その目の鋭さは今まで見た中で最も強く、目が合っただけで須郷はさらに数歩後退した。

 

「よぉ、テメエさっき言ったよな。この空間じゃ強く思い描いたことが実現するとか、魂の格の違いがどうとか」

 

 視線をそらさないまま、一護はゆっくりと体勢を変える。

 

 重心を下げ、右手を柄を握るようにして腰だめに構え、左手は鞘を支えるように番える。まるで居合いの空打ちのような体勢になった瞬間、燐光が一気に膨張。青白い光の柱になって一護を覆い尽くした。

 

 その姿からは途方もない圧力が感じられ、近くにいた俺は思わずその場から飛び退いていた。何か、大きな力の奔流が来る。そう感じて。

 

 一護は一切その場から動かない。威圧で硬直した須郷を見据えたまま、あくまで静かに、

 

「だったら見せてやる。コイツが俺の――魂だ」

 

 告げたその時、

 

 

 

  恐怖を捨てろ――

 

 

 

 虚空の彼方から、声が響いた。

 

 重々しく、低い、男の声。それは俺以外の面子にも聞こえたらしく、アスナは驚きの、須郷は狼狽の表情で辺りを見渡す。俺も周囲に視線を走らせたが、声の主と思しき人物は見つからない。

 

 と、その声の残響が消えるのに合わせて、

 

 

「――前を見ろ」

 

 

 一護が短く言葉を発する。まるで申し合わせたかのように、低く、鋭い声で。

 

 

  進め――

 

「――決して立ち止まるな」

 

 

 謎の声と一護の声。二つが重なり響き渡るごとに、光の猛りは激しくなる。

 

 

  退けば老いるぞ――!

 

「――臆せば死ぬぞ!」

 

 

 そして、その猛りが最高潮に達した瞬間、

 

 

  叫べ! 我が名は(・・・・)――

 

 

 

「――――斬月!!」

 

 

 

 一護の目が蒼く輝き、光が爆発した。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

中盤の呼びかけが一護ではなく原作通りキリト宛てだった理由は、次話で書きます。

……そして、お待たせ致しました。
次回、ようやくSFT(スーパーフルボッコタイム)です。

よろしくお願いします。


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Episode 10. From my Mind -Deathberry Returns-

お読みいただきありがとうございます。

第十話です。

よろしくお願い致します。


「――斬月!!」

 

 二年ぶりに()ぶ、俺の斬魄刀。

 

 その銘を叫び、同時に柄の形に握った右手を頭上高くに振り抜いた。霊圧の再現なのか、身体を取り巻く青白い光がそれに従って天高く逆巻き、俺の周囲を埋め尽くす。

 

 リーナが今このALOに囚われていて、それを須郷が玩ぶと宣言した瞬間、俺の怒りが天井をブチ抜く勢いで爆発した。その勢いのまま似非《禁》とプログラムによる何ちゃら固定を引き剥がし、多分浦原さんとの修行の記憶を抽出したらしい記憶実現に合わせて、斬月の名を呼んだ。

 

 勝算なしの行き当たりばったり、ってワケじゃねえ。

 

 キリトが奴から引き出した「脳裏に強く描けば力が手に入る」って言葉。記憶実現プログラムが暴走している今、その言葉が誇張じゃなければ、この場に限って俺は自分自身の記憶を、何年も使い続け、奴が妄想とあざ笑った死神の力を、この場に召喚できるはずだ。そう信じ、俺はこの世界に来て失った力を求め、叫んだ。

 

 徐々に周囲の光が落ち着いてくる。同時に手に宿る、硬く、重い、懐かしい感触。高一の夏、初めて自分の斬魄刀を手にしたときに感じた。今でも忘れることのない、晒巻きの鋼の柄、その手触り。

 

 

  久しいな、一護――

 

 

  ッたく、相変わらずテメエは駄目だな――

 

 

 懐かしい二種の声が頭ン中に響く。さっきもこの空間に轟いた、何事にも動じない静かな重低の声。それと、俺の声を機械処理にかけたみたいな、ザラついた声音。

 

 斬月。

 

 二年前の夏に、二刀に分かれた俺の斬魄刀。その一番最初の姿だった、鍔もハバキもない出刃包丁型の大太刀が、俺の手の中に再び宿っていた。

 

 光が落ち着き、視界が鮮明になる。それに合わせて俺は斬月で宙を斬り払い、真っ直ぐに須郷を睨む。無数の騎士の手を従えた姿はさっきと変わんねえが、そこにさっきまでの炎の大剣はねえ。急に復活したキリトが似非黒棺(ブラックボックス)やら《自動防御(イージス)》やらと一緒に消したらしいことは分かったが、何をどうやったらああなるのかは検討も付かない。いっそ手ごと消してくれりゃ良かったのによ。

 

 そのキリトは俺から少し離れたところで、驚きの表情でこっちを見ている。手にしているのはさっきまでの大剣じゃなくSAOで末期に振るっていた《エリュシデータ》に良く似た、っていうかそのまんまの片手剣だ。そう言やさっきシステムコマンドとかいうのを叫んだ後にその名前を呼んでた気がするな。何なんだ、こいつにも斬魄刀的なルールが適応されでもしてんのか。

 

「一護、お前その刀は、一体……?」

「細けえことは気にすんな。訊きてえことがあるのは分かるが、後で全部まとめて話す。今は、こいつをぶった斬るのが先だろ」

「……ああ、そうだな。その通りだ」

 

 (かぶり)を振って気持ちを入れ替えたらしいキリトは、下段すれすれの低い位置で片手剣を構える。キリト特有のガチの対人戦用の構え。懐かしいそれを真横で見せられて、自然と俺の構えにも力が入る。

 

「……ふ、はは」

 

 ふと笑い声が聞こえた。

 

 見れば、驚きに硬直していた須郷が復活し、小馬鹿にした目でこっちを、いや俺の斬月を見ていた。

 

「はははっ! 何だいその粗末な刀は!! 派手なライトエフェクトが発生したからどんな業物が召喚されるかと思っていたが、その程度の貧相な造りが限界とはね!! 拍子抜けもいいところだ。見事に君のボンクラっぷりが表れているよ一護君。全く、そんな(ナマクラ)で僕の実現した強さに対抗できるワケが、ないだろっ!!」

 

 嗤い混じりそう言い放ち、須郷は右手を上空にかかげる。それに合わせて周囲に控えていた腕が動きだし似非虚閃の体勢をとる。掌だけで一メートルはありそうなソイツらを見ながら、俺は身構えるキリトに視線を向け、

 

「わりぃキリト。最初の一撃だけでいい、下がって離れててくれ」

「はあ!? なんでだよ! あれだけの手数だ。ここは二人でターゲットを分散させながら接近して、レーザーの間合いの内側に潜り込むのがセオリーのはずだろ!」

「それでも、頼む。なんせ二年ぶり(・・・・)だ。元からする気もねえけど……」

 

 渋るキリトを尻目に、斬月にゆっくりと意識を集中させる。同時に霊圧を刃に喰らわせると、それまで重く静かだった斬月がギリギリと音を立てて軋み、いや鳴き始め、

 

「……多分、手加減できねえ!!」

 

 瞬間、刀身が炸裂したかのように霊圧を噴き出した。

 

 さっきまで俺が使っていた炎に似た、けどそれ以上の圧と密度を持った青白い光の波が、轟々と轟き俺の周囲を荒れ狂う。それを見て俺の意図するところを悟ったのか、キリトは血相を変えて飛び退り、拘束されたままのアスナの前に立つと、

 

「――システムコマンド! スキルID《イージス》を召喚(ジェネレート)!!」

 

 剣を床に突き立て両手を前に付き出す。直後に純白の盾が一瞬キリトの前面に展開された。何で奴がイージスを……いや、細けえことは捨て置け。ナイスだキリト。これで、余波(・・)が行っても問題ねえ。躊躇いなくブチかましてやる。

 

 今まさに虚閃の連弾を放とうとする騎士の手の軍勢をガッチリ見据え、斬月を大きくテイクバック。大きく息を吸い込んで、

 

 

「――月牙天衝!!」

 

 

 一歩踏み込み、フルスイング。解放された巨大な斬撃で、須郷の上に蔓延る腕共の虚閃を、腕本体ごとまとめて斬り裂いた。轟いた爆音が鼓膜を破らんばかりに叩き、衝撃で胴が圧されるのが分かる。

 

 懐かしい、身体の内側に渦巻く霊力を叩きつけるこの感じ。霊圧がビリビリと肌を灼くこの威力! ソードスキルの《残月》じゃねえ、本物の斬月、月牙の感覚だ!!

 

「ひっ!? い、ぎゃあああああァァァッ!!」

 

 爆煙立ち込める視界の奥から、裏返った悲鳴が響いた。視界が晴れてその先を見ると、そこには右腕を失い、喚きのたうつ須郷の姿があった。斬撃の直前、コッチに背ぇ向けたのが見えたんだが、どうも逃げ遅れたらしい。

 

「ァッアギャアアアアァァ!? う、腕が! 僕の腕がぁああああ!! いぃ痛い! 痛い痛イ痛イタ痛い痛いいいいイィィィ!!」

 

 毒々しいくらいに真っ赤なエフェクトを傷口からまき散らし、泥棒の王と喝破された男は狂ったみてえに叫び続ける。それから一瞬たりとも目を離さずに、俺は斬月を担いでゆっくりと歩を進めた。

 

「ヒッ!? ヒッ、ヒイイイイイイィィッ!!」

 

 悲鳴を上げながら、須郷は新しい騎士の腕を生成した。パニクってるせいか、端々の造形がバグったみたいに乱れ歪んじゃいるけれど、その矛先は依然俺に向けられている。

 

 それを見ていると、「こんなヤツに、リーナやアスナ、他の連中はとっ捕まってたのかよ」という怒りがこみ上げてくる。心の奥底から怒りがグラグラと湧き立ってくるのを感じたが、不思議と身体は普段同様、いやそれ以上に冷静だった。

 

 戻ってきた死神の力に内心で浮かれていた一瞬前の浮つきは消え、莫大な力が馴染んだみてえに静かに動く。この仮想の身体が、俺自身が、二年ぶりに死神として『戦う自覚』を掴んだんだ。そう感じつつ、向かってくる腕目掛けて斬月を振り下ろした。

 

「――よお、どうだよ須郷。テメエが妄想と蔑んだ力で、ナマクラと嘲笑った刀で、腕を丸ごとブッ飛ばされた感想は」

 

 次々向かってくる腕を叩き伏せ、斬り飛ばし、歩みを止めることなく須郷に向かっていく。一歩近づくごとに、須郷の顔に浮かぶ戦慄の色が、濃くなっていくのが分かった。

 

「テメエが俺の記憶をどう思ってようが、正直どうでもいい。けどよ、たとえこの身体が仮初でも、そこに再現した力が似非物でも! 仲間を護るこの魂は! テメエを斬ると誓った覚悟は! 紛うことのないホンモノだ!! 盗品で飾り立てた偽の世界で満足してる、テメエなんかに……絶対、負けるワケにはいかねえんだよ!!」

 

 最後の腕の一団を袈裟切りで両断し、俺は須郷から数メートルのところに立つ。ようやく立ち上がった隻腕の罪人目掛け、斬月を大上段に振りかぶって、

 

「終わりにするぜ、須郷――月牙天衝!!」

 

 月牙を撃ち放った。蒼白い三日月の斬撃が、一直線に須郷の痩身目掛けて襲い掛かり……その直前で爆散した。

 

 まだなんか隠してやがったか。舌打ちしつつ第二撃を叩き込もうと、俺はもう一回斬月を振り上げる。が、三撃目の月牙を放つ前にその爆炎の向こうから無数の光弾が殺到。咄嗟に《音速舞踏》いや瞬歩でその場から後退する。

 

 その先にあったのは、さっきまで俺らに向かってきていた騎士の腕に似た、光の腕の群れだった。大きさは二回りくらい小さくなってるが、代わりにその一本一本が何かしらの武器を携えている。遠距離戦じゃ俺の月牙に撃ち負けるからって、守護騎士共と同じ、数の暴力の接近戦に切り換えやがった。片腕もがれたクセに、しぶとい野郎だ。

 

「ひ、フふふヒひひヒヒひ!! もう知るか! 感情制御も脳内凌辱も全部どうでもいい!! お前ら全員ここで殺す! 今殺す! 死ね!! 死ねシネしねよ!! 妖精王最大の御業、【珀式神腕(ヘカント・アルマーテ)】を受けて、激痛に切り刻まれて死ねばいいんだああああアァァッ!!」

 

 激痛とプレッシャーに負けて頭がイカレたのか、きったねえ唾をまき散らしながら須郷が狂笑する。その上にひしめく光の腕、手にした無数の武器の矛先が、揃って俺に向くのが見えた。

 

「月牙天衝!!」

 

 溜め無しで月牙を撃ち、光の腕の群れに風穴をブチ開けた。が、すぐに周囲から集まって来て補充される。続けて叩き込んでも一撃で数十消せる程度。都合よくまとめて全消しってワケにはいかねえかよ。

 

「ひはははハハハははッ!! 死ネクソガキ共ォ!!」

 

 狂ったトーンで須郷が殺戮を命じ、光の腕が一斉に武器を振り上げ襲い来る。剣、槍、鎚、刀。あらゆる武器が八方から殺到する。

 

「一護ッ!!」

 

 キリトの切迫した声が聞こえる。多分、全力で回避しろとか、そんなことを思ってる感じだ。ああそうだ、フツーの俺なら、とっくに動いてるっての。

 

 けど、絶対に後ろには行かねえ。

 

 避けんのも、受け止めんのも、退くのも真っ平御免だ。

 

 ここで受け身に出たら魂が(すた)る。言ったハズだ。決して立ち止まるなと。言われたハズだ、前を見ろと。恐怖なんざ最初(ハナ)からねえ。正面きって進んでこそ死神代行(オレ)だろうが!!

 

 左脚を一歩前に出す。重心をめい一杯沈める。右手一本で正面に突きつけるように斬月を構え、左手は右の手首にそえる。

 

 出来る保障はドコにもねえ。けど、今の俺なら、仮想の身体でも死神の力を取り戻した俺なら、出来るはずだ。斬月を再現しきってる今だったら、あの力(・・・)もきっと備わってる。

 

 襲い来る光の軍勢。それから目を逸らさず、一回深呼吸。

 

 そして、さっき以上に大きく息を吸い込んで――、

 

 

「――――卍・解!!」

 

 

 斬月を、解放する!

 

 二度目の霊圧の柱が俺を覆い隠し、斬りかかってきた腕共を一瞬押しとどめた。巻き起こった風が竜巻になって、俺の周囲を高速で旋回する。

 

 高密度の霊圧と旋風に阻まれて敵の動きが止まり、けれど再び動き出す。

 

 その時にはもう、俺の手の中には――!

 

 

 

「――天鎖斬月!!」

 

 

 

 鎖をなびかせる漆黒の日本刀の柄が収まっていた。

 

 跳躍し即座に何十と閃かせ、寄る全ての腕を叩き斬る。サクヤの疑似千本桜よりも単発の威力は上かもしれねえが、的がデケえ上に速度は格段に鈍い。卍解の速力で十二分に迎え撃てる。

 

 残滓さえも残さず斬り払い、黒いコートをはためかせて俺は着地した。

 

 無傷の俺を見て、須郷はヒィッと情けねえ声を上げながら、隻腕を振りかざす。また光の腕を召喚する気なんだろーが、二度目はねえよ。なんせ、

 

「――システムコマンド! スキルID《ヘカント・アルマーテ》を削除(デリート)!!」

 

 理屈不明のデタラメ技を使える、キリトがいるんだからよ!

 

 いつの間にか須郷の背後を取っていたキリトのコマンドが一瞬で完成。予想通り、名前が分かってりゃ相手の武器とか魔法を自在に操作できるらしいアイツのコマンドに従って、周囲に展開していた残りの光の腕が一瞬にして消滅した。

 

 そのままキリトは急加速。剣を矢のように引き絞り、真紅の光を纏ったそれを、

 

「――ぉおおおおオオオオオォォッ!!」

 

 裂帛の気合と共に突き込んだ。さっきの虚閃以上の圧力と速度で撃ちだされた一閃が須郷の残った左腕、その肩に寸分の狂いなく着弾した。付け根の部分から爆散し、須郷は悲鳴すら上げることもできず、十メートル以上向こう側へ吹っ飛ばされる。

 

 床に叩きつけられ、痙攣している自称神サマの身体を一瞥し、今度こそトドメと天鎖斬月を構える。と、横にキリトが並び立ち、

 

「――システムコマンド。廃棄(トラッシュ)ストレージを検索、オブジェクトID《ダークリパルサー》を召喚(ジェネレート)

 

 最後のボス戦で振るっていた白い刃の片手剣を召喚。正真正銘、全力の二刀流スタイルを発現した状態で、俺と同じように須郷に向けて双刃を構えた。

 

「……最後は直接、自分の手で決着(けり)を付ける。元はと言えば、俺がアスナを救出するために始めた戦いだからな。けじめはちゃんとつけるさ」

「そうかよ。んじゃ、せいぜいミスんじゃねえぞ。しくったらオメーごと斬るからな」

「そっちこそ」

 

 視線を合わせることなく言葉を交わし、互いの獲物に力を籠めた。

 

 キリトが手にした二振りの剣が青白い輝きを放ち始める。この世界にはねえはずのソードスキル特有の光を放出しながら、左の白剣を後方へ、右の黒剣を前方にかざす。

 

 それを視界の端で捉えながら、俺も天鎖斬月に全霊の意識を込め、卍解特有の赤黒い霊圧を刃に集束させる。猛り逆巻く霊圧を刀身に纏わせながら、俺は目の前で狼狽えるクズ野郎を見た。

 

「ひ、ひぁ……ひいいいぃぃ……!」

 

 蹴飛ばされた体勢から何とか立ち上がってはいるが、召喚の指揮棒となっていた両腕を失い、意味を成さない言葉と涙を垂れ流しながらフラついているだけ。もう、抵抗力はカケラもない。この一撃で、ホントに終わりだ。

 

 危うく感傷に浸りそうな精神をねじ伏せ、天鎖斬月の鎖を揺らす。硬質な澄んだ音が、やけにはっきり響き渡る。小さなその残響が消えた直後、俺たちは同時に地を蹴った。キリトは地を低い体勢で疾駆し、俺は瞬歩で宙を駆ける。

 

 瞬く間に距離がゼロになり、刹那、世界がスローになる。痛みと恐怖と涙でグズグズになった、須郷の血走った目。焦点のあっていない奴の目と俺の視線が交差した、その直後、

 

「これでええええええええ――――ッ!!」

 

 キリトの双剣が胴を斬り裂き、

 

「――終わりだああああああアアァッ!!」

 

 俺の月牙が首を刎ね飛ばした。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 胴を消し飛ばされ、首を霊圧で灼かれた須郷は、拡声器から鳴り響くハウリング音みたいな耳をつんざく絶叫を残し、燃えカス一つすら残すことなく焼き尽くされ消えていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「アスナ……ッ!!」

 

 須郷の消滅を確認するなり、キリトは鎖に囚われっぱなしのアスナのもとに駆けて行った。つか、まだ宙吊りにされたまんまだったんだな、アイツ。俺が須郷とタイマンはってる間に助けときゃ良かったじゃねえかよ。戦い終えて冷静になった頭でツッコみつつ、涙お頂戴のシーンを見せつけられねえように、瞬歩で上空に飛んだ。

 

 懐かしい空気を踏みしめる感覚を味わいなからキリトたちから遠ざかり、周囲に展開された壁の前、プレイヤーネームが無数に表示されてるその一か所の前で立ち止まった。

 

 須郷が消えたせいか、もう恐怖(Terrer)なんて物騒な単語は表示されてない。その代わりに『Lina:Sleep』の簡潔な一文だけが、淡い白色で示されていた。

 

「……ったく、なんでお前まで捕まっちまってンだよ。あん時、現実世界で会おうって言ったじゃねえか。なのに、こんなヘンテコな形でまた会うとはよ」

 

 締まらねえよな、と呟き、苦笑する。

 

 返事が返ってくるわけでもねえけど、その落ち着いた無機質なネーム表示を見ていると、あの大食らいの白髪剣士が呑気に昼寝している光景が脳裏に浮かんできて、少し、安心できた。

 

 不意に、視界の端、壁に表示されたネーム一覧の端っこが光ったような気がした。そっちを見てみると、一番上の方から表示が睡眠(Sleep)から離脱(Log out)に切り替わっていってる。保守室で須郷の手下っぽいのを脅して吐かせた通り、須郷の消滅が幽閉された連中の解放の鍵になってたみてえだ。

 

 あと少しで、俺も現実世界に帰れる。そう思うと、これまで仮想世界で過ごした時間がどんだけ長かったかを、改めて痛感した。

 

 二年の間、SAOで戦い続け。

 

 三か月近くを眠ったまま過ごし。

 

 仮想世界に来て一番長い日を乗り越えて。

 

 たった今、元凶を打ち倒し。

 

 

『――そして、ようやく死神の力を取り戻した』

 

 

 突然、横から声が響いた。

 

 ゆっくりとそっちを振り向く。そこには、黒いマントを羽織った髭面の男が立っていた。薄い色のサングラスに覆われた目元はよく見えなかったが、その奥にある双眸が俺を見ているのが感じ取れた。

 

「……よお。久しぶりだな、おっさん」

 

 二年ぶりにそう呼ぶと、おっさんは、ああ、とだけ答え、そのまま前を向いた。同時に、俺を挟んでおっさんと反対側にもう一つ新しい気配が出てくる。

 

『――やれやれ。二年経っても甘チャンなのは変わんねえなオイ。テメエを閉じ込めた張本人だぞ? 生まれてきたことを後悔させるぐらい、ギッタギタに嬲り殺しにしてやれよ。ツマンネエな』

「うるせえよ。生憎、よえー奴をチクチク嬲るタチのわりぃシュミはねえんだ。テメエと違ってな」

 

 やっぱり出てきたのは、俺を白黒反転させた見た目の、白肌の男。虚特有の金色の瞳は相変わらず暴力的な感情に光り輝き、口元は他人をバカにした笑みの形に裂けている。

 

『ハッ! そんなんだと思ってたぜ一護。相変わらず、ムカツクぐらいの良い子ちゃんだな。これならやっぱ、テメーが現実で呑気にグースカ寝てる間にブッ殺して、俺が王の座を奪い取れば良かったぜ。そうすりゃ、こんなオモチャみてえな世界、全員まとめて皆殺しにしてブチ壊しにできたのによぉ』

「適当言ってんじゃねえぞ。本気でそう思ってたんなら、とっくにマジで俺を殺してるハズだ。それが出来なかったからここにいんだろうが。黙って消えろ、鬱陶しい」

『つれねえなあ。オイ相棒、アンタからも何か言ってやれよ』

 

 そう言って、白い俺はヒッヒと引きつるようにして笑った。話を振られたおっさんはそれには答えず、ただ黙して頭上を向き、ログアウトしていくプレイヤー連中の様子を静かに見ていた。

 

 俺はおっさんの方を向き、一つ、気になっていたことを尋ねた。

 

「なあおっさん。アンタは、いやアンタらは、俺の記憶から再現された、ただの複製なのか? それとも、現実でずっと一緒に戦ってきた、斬月そのものなのか?」

『……さあな。私は斬月の片割れ。そこにいる奴も同様。死神であるお前の斬魄刀であり、力を具象化した存在。それ以上でも以下でもない』

「やっぱ、そうくるかよ。アンタの分かりにくさも、相変わらずだな」

 

 要はちゃんと答える気がないってことだ。けど俺には、おっさんが言外に「経緯などどうでも良い、ただ私たちがここにいるという現実だけで十分だろう」って言っているような気がした。

 

 ……ただ、と、おっさんが付け加えるようにして口を開き、

 

『もし、私が本物(・・)の斬月であったなら、この仮想の世界で眠りから目覚めようとしているお前に、声をかける程度のことはしただろうな』

「……何だよ。結局そうなんじゃねえか。最初っからそう言えってのに」

『さて、何のことだかな』

 

 そう言うとおっさんはマントを翻し、ゆっくりとその姿を闇に溶かし始めた。同じように、白い俺の方も足元から崩れていき、その姿かたちを失っていく。

 

「……じゃあな、斬月。現実世界(向こう)で、また」

 

 二人の姿が消える前、俺は短い別れの挨拶を投げかける。おっさんは微かな笑みを浮かべ、白い俺はヒッ、と笑い、何も言葉を返すことなく消えていった。後にはさっきまでと同じ、プレイヤーネームが羅列された壁が囲む、殺風景な空間が残っている。俺はもう一度リーナのネーム表示に向き合い、そのまましばらく黙って立ち尽くしていた。

 

「――おーい、一護!」

 

 どれくらい経ったか、下から俺を呼ぶ声がした。見ると、アスナと一緒にいたはずのキリトが独りきりで俺に手を振っている。宙を蹴って地上に降り立ち、俺は黒衣の剣士と向き合った。

 

「アスナはどこいったんだよ」

「ついさっき帰ったよ。二年ぶりの現実世界に」

「そうか。まあ、須郷に野郎には相当ムカついたが無事にブッ倒せたし、俺自身含めて他の連中も解放できたし、アスナと、ついでにリーナも救出できたし、万々歳って言っていいんじゃねえか」

「……ああ、そうだな」

 

 キリトはそう言い少し躊躇ったあと、不意に居住まいを正すといきなり俺に頭を下げてきた。

 

「き、キリト? テメエなんだよ急に」

「ありがとう、一護。お前がいてくれたおかげで須郷を倒し、アスナを救い出すことが出来た。俺一人じゃ、きっと力が足りなかった。けどお前が、茅場を倒しSAOをクリアしたお前がいてくれたから、俺はここまで来れた。本当に……ありがとう」

「…………はぁ?」

 

 マジのトーンで、俺は疑問の声を上げた。いや本当に、心底、なんで「力が足りなかった」のか分からねえ。分からねえから、頭を下げ続けるキリトに近寄り、その胸倉を掴んで引き起こした。

 

「あのなぁ、俺がこの事件でやったことなんかたかが知れてんだろーが。ちょっとサクヤたちの素材調達の手間を省いて、ちょっと世界樹攻略を楽にして、須郷との戦いに加勢した。そんだけだろ。しかも須郷の戦いに関しちゃ、俺がいたせいで奴が強化されてた感があったし、むしろ俺はマイナス要素だ」

「い、いやでも……」

「でももしかしもねえんだよボケ!」

「うゴッ!?」

 

 空いた手でキリトの頭を小突き、しかめっ面二割増しで俺は言葉を続ける。

 

「テメエがやったことを考えろキリト。アスナの情報を掴んで、ALOに一人で潜入して、ユージーンをブッ倒して、サクヤたちに資金提供して、世界樹突破して、開かないハズの天蓋を空けて、理屈はよく分かんねーけど須郷の無敵状態まで解除した。こんだけやっといてまだ力が足りねえとか、寝言も大概にしとけよお前。

 SAOをクリアしたのが俺なら、このALOを『浄化(クリア)』したのはキリト、テメエの力だろうが。頭下げてねえで、むしろ胸張れよ」

 

 そこまで言って掴んでいた手を放してやると、キリトは少し呆然とした表情を浮かべていたが、やがて柔らかい笑みに形を変えた。

 

「……少しだけ、実感できた気がする。俺と一護の強さの差。その理由の一つ。仲間と『一緒に戦ってる』かどうかなんだ」

 

 なんだそりゃ、と俺が訊き返す前に、キリトは落ち着いた声で言葉を続ける。

 

「世界樹攻略戦を思い出したんだ。あの時、俺はリーファと一緒にいた。彼女に背中を預けていても、俺の気持ちはずっと天蓋の上、アスナの居場所に向いていた。だからリーファの剣を手にしても、武器を失った彼女のことを置いて、単身で頂上目掛けて突っ込んでいけたんだよ。

 けれど一護、お前は違った。お前の周りには仲間がいて、一護はその仲間と力を合わせていたんだ。敵軍に突っ込み続けていた俺からでも、一瞬見えたよ。ユージーンがお前の力を高め、サクヤがお前の進路を開き、アリシャがお前を頂上近くに送り届けたのが。ギリギリまで仲間と一緒に戦い抜き、最後はその思いを一身に背負った斬撃でケリを付けた。

 仲間と『一緒にいる』だけで自分の力にばかり目が行く俺と、仲間と『一緒に戦い』信じた上でその全てを護ろうとするお前。どっちが強いかなんて、考えるまでもなかったんだ。だからこそ、須郷との戦いの中で俺が諦めかけてた一方で、お前は抗い続けて自分の力で戒めを解いた。奴を斬った一護じゃなく俺に助け(・・)が来たのは、多分そういうことなんだろうな……」

 

 最後の方は尻すぼみで、よく聞き取れなかった。けどその前に、キリトは首を振って表情を引き締めると、

 

「一護、須郷が妄想とかぬかしたお前の記憶。SAOでも時々見聞きした、お前の記憶の断片らしき技やアイテム。アレ……全部現実、なんだろ? 一護が生きてる世界には、ああいうものが跋扈してる。お前の並外れたスタミナと度胸の源は、多分そこにあると俺は考えてる」

「あ、いやそれは……」

 

 今度は俺が言い淀む番だった。

 

 迂闊に「はいそうです」なんて言えねえし、真っ向から否定すれば妄想野郎確定だ。いやでもキリトに霊感がねえと仮定してどっちが信じられるかっつったらやっぱ後者か……?

 

 なんて俺が考えていると、キリトがプッと吹き出したように笑った。

 

「そんな難しい顔をするなよ一護。心配しなくても、問い詰めたりはしない。と言うか、説明されても俺自身、理解しきれる自信がないんだ。他人の過去とか記憶とかに、そこまで深く突っ込んだことがないからさ。だから、訊かないんじゃなくて、訊けない、が正しいかな」

 

 アスナも多分、同じこと思ってるはずだ。そう付け加え、キリトはその黒い瞳で真っ直ぐに俺を見た。

 

「だから一護。この場では訊かない。けどいつか、俺がそれを理解できる強さを身に付けることができて、お前の強さに追いつける日が来たなら、その時改めて訊きに行くよ。あ、妄想でした、なんて言葉で済ませようとするなよ? お前の嘘のヘタクソさは、リーナじゃなくても俺でも充分に分かるんだからな」

「……好き勝手言いやがって。勝手にしろよ」

「ああ、俺の勝手にするよ」

 

 そう言いて、互いに笑みを交わす。他人と必要以上に距離を詰めたがらないキリトが、真っ向から俺に向かってそんなことを言ってくる。そんなコイツを見ていると、もしコイツが自分が言った通りに成長したなら、話してやってもいいかな、なんて少しだけ考えちまう。そう思うくらい、奴の黒瞳には真っ直ぐな意志が籠っていた。

 

「……さて、お互いそろそろ帰ろう。特に一護は二年三か月ぶりの帰還だ。早く戻って家族を安心させてあげた方がいい。それと、落ち着いたら御徒町の『ダイシー・カフェ』に顔を出してくれよ。現実世界でエギルがやってる店だ」

「ああ、気が向いたら行ってやるよ。オメーもさっさとアスナの見舞いにでも行ってやれ。用意周到なお前のことだ、どーせ病室はもう調査済だろ」

「当たり前だ。SAOから戻ってすぐに突き止めたさ」

「うわ、その行動の早さ、正直ちょっと引くぜ」

「うるさいな。これも愛の成せる技さ」

「物は言いよう、ってヤツだな」

「うるさいっての」

 

 最後に軽口を叩きあい、躊躇うことなく互いに背を向けた。

 

 左手を振ってウィンドウを開き、ログアウトボタンを選択。決定ボタンを押す前にもう一度だけ、目の前に広がる壁に視線を向けた。

 

 すでにリーナ含め、ほとんどのプレイヤーがログアウトしている。その後の思考のモニタリングもやってんのか、ほとんどの奴のキャラネームの横に『嬉しい(Happy)』の表示がある。

 

 無言で奏でられる歓喜の大合唱を見ながら、俺はログアウトを決定。身体が浮遊感に包まれ、視界が徐々に白んでいく。

 

 

 ――またな、リーナ。今度こそ現実で会おう。

 

 

 心の中でそう思い、アイツの名前が表示された辺りに視線を向けて、

 

「…………あのバカ」

 

 思わず苦笑した。

 

 四方八方を『Happy』で囲まれた中、素知らぬ顔してたった一文。そこにはこう書かれていた。

 

 

 

 『Lina:Hungry』

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

トチ狂ってリミットブレイクしたスゴーさんでしたが、卍解一護と二刀流キリトに抹殺されました。メデタシメデタシ。


次回は現実世界に戻った後、ALO事件の顛末まとめになります。


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Episode 11. Glow in White

お読みいただきありがとうございます。

第十一話です。

リーナ登場です。
オリキャラ苦手な方はご注意を。

よろしくお願い致します。


「――まあ、ンな流れでいけ好かねえインテリ眼鏡をブッ倒して、俺らは三か月遅れで現実世界に帰ってこれたっつーワケだ」

「…………そう」

 

 ALO内の騒動について、端折りながら俺が説明し終えると、それまで黙って聞いていたリーナは短く相槌を打って手元のマグカップに入ったお茶を一口啜った。仄かな湯気が立ち上り、ほうじ茶特有の香ばしい香りが病室内に漂う。

 

 俺も長々と話したせいで乾いた喉をペットボトルの水で潤しながら、ベッドに上体を起こしている東伏見莉那(リーナ)の姿を見た。

 

 現実世界に帰ってきてから、今日で大体ひと月と半分。最初に来たときは自力で起き上がるのも億劫そうだったけど、今は自分で起き上がった上で経口飲食ができ、カップ程度なら掴める程度には握力も快復している。ただ、自力での日常生活が送れるほどの筋力はないらしい。

 目覚めて十日で完全回復した俺を見習えよと言ってやりたくなるが、あの地獄メニューを一般人のコイツに強いるのは流石に気が引ける。元通りの筋肉が付いた自分の腕を眺め、石田の親父さん考案の超ドS鍛練を思い出して独り嘆息した。

 

 

 ALO幽閉組が現実に帰還したことで、世間に巻き起こったドタバタがやっと終息した今日、三月中旬。俺は中野区にあるリーナの個人病室に見舞いに訪れていた。

 

 居場所を知ったのは俺が退院して間もなく、SAOの中で交換してたメアドに一通のメールが送られてきた時だった。同じ東京でも都心までそこそこ距離がある空座町から、電車と徒歩で四十分の距離。ウチの医院が廃墟に見えるレベルでデカくて新しい病院の個室にリーナは入院している。

 一等級の部屋だとかで、こっそり調べてみたら一泊で十万円だった。バカじゃねえのと声を大にして言ってやりたくなるが、リーナ曰く「普通」らしい。華族出身の一人娘の感覚を、町医者の息子でしかない俺が理解しようってのがアホなのか。

 

 そのお嬢サマはベッドの上でマグカップを玩びながら、なにやら思案に耽っている。妹の遊子や夏梨と比較してもだいぶ細い指が、分厚いカップの表面を撫でるように動く。白色だったSAOとは正反対の黒檀色の髪が一房、零れるようにして肩口から垂れた。

 

「ALO内で俺とキリトに斬られた後、須郷はアスナが入院してる病院前で待ち伏せて、アスナに会いに来たキリトを襲ったんだとよ。けど、ALOで受けた激痛が原因で神経がイカレて、もうマトモに動ける状態じゃなかったらしい。キリトに返り討ちに遭って、駐車場で気絶してるところをそのままとっ捕まった」

「……うん、その辺は私もニュースで見た。逮捕後は黙秘と否認で足掻きまくったけど、部下が捕まってあっさり自供。今は精神鑑定を申請してるとかしてないとか」

「ま、ブチこまれんのが刑務所だろうが精神病院だろうが、どっちにしろ二度と表社会には出て来れねえよ。三百人を拉致って脳みそ弄りまわしたんだ。俺らの前にその憎たらしい面を直に晒すことは、絶対にねえだろ」

「……ん、私もそう思う」

 

 そこまで話して、俺はリーナの様子が妙に暗いことに気付いた。淡白な話し方はいつも通りだし、逆にはしゃいでるコイツを見たことなんて、二年間で一度もねえ。けど、俯き加減で半拍遅れて返事をする様子は、どっからどう見ても「ゴキゲンです」って感じじゃなかった。

 

「リーナ、どうかしたのかよ。調子わりぃなら長居すんのも良くねえし、今日はもう引き上げるぞ?」

「ううん、それは大丈夫。体調は特に問題ない、いたって健康……ただ」

「ただ……なんだよ?」

「……ごめんなさい。一護が頑張ってたのに、私、何も手伝えなかった」

 

 そう言うと、リーナは俯き加減のままこっちを見た。相変わらずの無表情だが、眉尻は少し下がり、やや伏し目がちになっている。

 

 いつもなら「気にし過ぎだろボケ」とか「お前がいなくてもヨユーだったっつの」とか言って一蹴してるトコなんだが、弱った身体でそんな申し訳なさそうな面をされると、強く出られない。

 

「まあ、今回は仕方ねえさ。むしろお前と同じ状況下にあったはずの俺が動けてたのがオカシイんだ。記憶が無いとはいえ、そっちはそっちでずっと須郷の感情制御の実験台にされてたんだし、なんつーか、おあいこ? みたいな感じだろ。気にすんな」

 

 やりづらさを感じながら、頭の後ろをガリガリ掻きつつ慰めとも励ましともつかねえような言葉をかける。リーナは少しの間俺と目を合わせていたが、やがて微かな頷きを返し、

 

「……ん。ありがと、一護」

 

 そう言って淡く微笑んだ。

 

 その微笑は午後の陽光に照らされた細身と相まって、俺が記憶してるリーナの表情よりも幾分か柔らかいものに感じる。それを見ていると、たまにはこんな感じで軽口ナシも良いか、とかガラにもなく思えてくる。

 

 そうすると自然、俺の語気も少しばかりトゲのないものに変わる。

 

「俺のことより、今は手前のこと考えてろよ。何か欲しいモンとかあるか? 手近な所で調達できそうなら、ちょっと行って買ってきてもいいぜ」

「ほんと? なら少しだけ、お願いしてもいい?」

「おう、任せろ」

「じゃあ……」

 

 視線を上に向けて、思案顔のリーナ。どーせコンビニ菓子とか、雑誌とか、その辺が出てくんだろ。まだ寒い時期だし、肉まんかあんまんと予想する。

 

 ……なんてタカをくくってた俺だったが、

 

「――須郷の裁判の傍聴席チケットが欲しい。あと、奴をこの手でブン殴る権利も」

 

 予想のはるか斜め上を行く回答が返ってきた。

 

 底冷えする声で発せられた須郷への恨み満点の一言で、今まで呑気な雰囲気は全部台無し。思わず嘆息が漏れる。もちろん、和らぎかけていた俺のしかめっ面も完全復活だ。

 

 アホ言え、それのどこが少しだっつの。奴の裁判の傍聴券の倍率、今朝見たけど五十倍とかになってんだぞ。手に入るわけねーだろ。あと最後、マジでやったらテメーも捕まるからな。いや殴りたい気持ちは分かるけどよ。

 

「あの下衆男、私の脳を好き放題弄って、挙句一護の前で脳内陵辱しようとしてたなんて……その罪万死に値する。あのインテリ面タコ殴りにして、眼鏡のレンズ叩き割ってやる」

 

 シュッシュ、とヤケにキレのあるシャドーボクシングをかますリーナ。俺は冷めた目でそれを観察しながら、サイドデスクに設置された水差しから冷水をカップに注ぐ。で、スキを見てアホの額を小突いて連打を止めさせ、

 

「言ってやりたいことは山ほどあるが、とりあえず水飲んで落ち着けドアホ。筋力戻ってねえ身体で何やってんだよテメエは」

「はっ、はぁ…………んぐ、ぷはっ。生き返った」

「パンチ十発で息切れしてるその体たらくで外出とか、バカも休み休み言え。患者は大人しく寝てろ」

 

 リクライニングベッドにもたれかかり、呼吸を整えたリーナは素っ気なく答えた俺を不服そうな目で見た。

 

「……むぅ。大体、同じタイミングで目覚めたはずの一護が、なんでそんなにピンピンしてるの。私はともかく、アスナとかもまだリハビリ終わってないって言ってたのに」

「男女の差と鍛え方の違いだろ。一緒にすんな」

「……確かに、お嬢様JKとヤンキー予備校生じゃ、天地ほどの差がある。フィジカル的にも、世間のニーズ的にも」

「悪意に満ちた比較を持ち出すんじゃねえよ、つか社会のニーズなんて知ったこっちゃねえっつの」

「いや、ニーズは大切。劣っていると就職困難。このご時世、三浪を雇う企業はきっと少ない。けど安心して一護、私が父様にお願いして家に置いてあげる」

「大きなお世話だ! いいんだよ俺は実家継ぐから!!」

「実家って、確か町医者だっけ? ヤンキー診療所とか、今どき流行らない。諦めてウチのどれ……使用人になって」

「テメエ今なに言いかけた!? つか言い換えてもニュアンス変わってねえよ!!」

「しー、病院では静かに」

「ぐッ……テメエ……!」

 

 軽口の応酬に競り負けて押し黙る俺。それを見て満足したのか、リーナは得意気な無表情でカップの水を飲み干す。この顔芸を見んのも久しぶり。安心はするが、それ以上に癇に障る。つかコイツ、弱ってンのは筋肉だけで、他は必要以上に元気じゃねえかよ。気ぃ使った意味ねえな。

 

「……まあ、私のユーモアセンス溢れる冗談はさて置いて」

「溢れてれンのはブラックユーモアだろ。退院したら覚えてろよテメエ」

「置いといて。一護、私本当に欲しいものがあるんだけど」

「……聞くだけ聞いてやる。なんだ」

 

 警戒しながら続きを促すと、リーナは変わらず無表情のままで、

 

「……一護お手製の料理が欲しい。私、一護の手料理が食べたいの」

 

 さっきとは別のベクトルで予想外な要求を出してきた。

 

 いや、こっちはある意味予想通りか? よりによって今日(・・)言い出すとは思わなかったが。いや、言外にアレを寄越せ(・・・・・・)って催促してんのか。

 

 俺の無言を呆れ故のものと受け取ったのか、少し焦った感じでリーナは言葉を続けてきた。

 

「無理にとは言わない。ほんと、時間があるときで大丈夫。一護が手間に感じないような簡単なものでもいいから、作ってきてくれると、その、身体が早く治る……気がする」

 

 どうやら裏の考えとか捻りとか一切なしで、フツーに俺の料理を期待してるらしい。普段の軽口に慣れすぎて、思わず深読みしちまった。

 

 けどまあ、そんくらいなら別にいい。

 

「……分かった。持ってきてやるよ」

「ありがと。ほんと、いつでもいいから」

「いつでも、か」

「ん。いつでもいい」

「作ってくるモン、俺が勝手に決めるからな」

「ん、お願い」

「じゃ、今渡しとくわ」

「ん、今もらっておく……え?」

 

 なんせ、今持ってるしな。

 

 今度は無表情じゃない、口をポカンと開けたマヌケ面のリーナの前に、隠しておいた厚紙の箱を出す。

 

「まあ、アレだ。今日は一応、三月十四日(ホワイトデー)だからな。既製品でも別に良かったんだけどよ、SAOのクセでオメーが手作り強請(ねだ)ってくると思って、知り合いに頼んで作り方教わってきた」

 

 言い訳がましく言葉を並べながら、箱を開けて中を見せてやる。

 

「……ガトー・ショコラ? これ、ほんとに一護の手作り? 見た目、すごくきれいなんだけど」

「疑ってんなよ。証拠が見たきゃ、その知り合い呼んでやる。アイツ確か動画撮ってやがったからな」

「そ、そう……でも私、一か月前のバレンタイン、寝込んでて一護にチョコあげてないのに、どうして……?」

「あ? 今更そんなこと気にすんのかよ。前にも言ったかもしんねーけど、あげたから返せとか、もらってねえから渡さないとか、そういうのを気にする仲じゃねえだろ。大人しく受け取っとけ」

「……ありがとう。本当にありがと、一護。その、すごく……嬉しい」

「……おう」

 

 仄かに頬を染め、両手の指をぎゅっと組み合わせて、リーナが顔を綻ばせる。心底喜んでることが俺でも分かるような、そんな感じの笑顔。

 

 本能に従って反射的にそれから目を逸らし、立ち上がって箱を持ったまま簡易キッチンに向かった。

 

「一護、それ……」

「わぁってる、今食うんだろ。紅茶どこにある?」

「上の棚、右側の上から二段目にティーバックの紅茶があるはず」

「右側で二段目……ああ、コレか。ちっと待ってろ、今淹れるから」

「ん。砂糖とミルクは――」

「無しだろ。他は忘れたけど、メシん時だけは大体そうだったからな。流石に覚えてるっつの」

「そう……ふふっ」

 

 かすかに聞こえた、楽しそうな笑い声。

 

 耳を疑いつつ振り返ると、確かにリーナが笑っていた。満面の笑み、とまではいかねえけど、さっきまでの微笑よりもはっきりした笑みが見て取れる。無表情が標準装備のコイツがこうだと、なんか落ち着かねえっつうか、むず痒い感じがする。

 

 視線を手元に戻して紅茶を淹れ、皿に移しかえたガトー・ショコラと一緒に持っていくと、すでにリーナは備え付けのテーブルを手前に倒し元の無表情で背筋を伸ばして待機していた。ピシリと伸びた背筋が何となく笑えた。

 

「ほれ。ケーキ、勢いで二切れとも持ってきちまったけど」

「問題ない。合わせて一分で食べきれる」

「急いで食って喉詰まらせても知らねえからな」

「そのために紅茶がある、大丈夫」

「詰まらすこと前提かよ」

「備えあれば憂いなしって言うでしょ。じゃ、いただきます」

 

 そう言ってリーナはフォークを取り、分厚いダークブラウンの生地に突き刺す。そのままザックリ削り取り、大口開けて一口で食った。

 

「んぐ、んぐ……ん、おいしい」

「そりゃ良かった」

「砂糖なし、甘さはカカオ七十二パーセントのチョコだけと見た。砂糖特有のわざとらしい甘さがなくて、すごく濃厚なカカオの風味がする。隠し味に……これ、ブランデー? アルコールはちゃんととばしてあるけど、ほんの少しだけお酒の香りがする。ガトー・ショコラの甘さとほろ苦さによく合ってる」

「……ホント、エスパーかよお前は」

「正解?」

「百点だ」

「よし。流石、私……んぐんぐ」

 

 満足そうに頷きつつも手は全く止まらない。大きく切り取ったケーキをひょいひょいと口に運び、言った通りおよそ一分で皿を空にした。すげーなオイ。けっこうデカめに作ったってのに、物ともしねえ。

 

 教わった知り合い、っつーか井上曰く「手作りでも一週間くらい日持ちするよ」って話だった。だから万が一胃が弱ってたりしたら、備え付けの冷蔵庫にでも突っ込んどいてちょっとずつ食ってくれればいいか、とか思ってたんだけど、食欲魔神のコイツの前じゃ一分の命か。入院患者にナマモノってどうなんだ、とか地味に悩んだのは、完全に無駄だったな。

 

「ふぅ、ごちそうさま。とても美味しかった」

「お粗末さん。食器、下げちまうぞ」

「お願い」

 

 手元に用意してあったティーポットから紅茶を追加してやって、入れ替わりでケーキの乗っかってた皿を回収。遊子法典で食後の皿を放置するのが禁止されてるせいで、ほっぽらかすのも気が引ける。手近にあったスポンジと洗剤でザッと洗っとくか……成り行きで使用人みてえな真似しちまってる点はスルーだ。

 

「ねえ一護、ほんとに家に来ない? 使用人から私の遊び相手に格上げしてあげるから」

「ねえよ。俺の中じゃ五十歩百歩だ。諦めろ」

「それじゃ、私が一護の医院にいってあげる。目指せ、白衣の天使」

「アホ言え。お前いいとこのお嬢サマだろうが。大人しくエリートコースに進めよ、勿体ねえ」

「私は別に、一護と一緒なら……ふゎ」

 

 間の抜けた声が聞こえた。

 

 皿とフォークを洗い終わり、振り向くとリーナがとろんとした目でこっちを見ていた。全く、食ってすぐ眠くなるのは三歳児までだってのに、頭が良い反面コイツのこういうトコだけはガキっぽいままだ。

 

 早くもこくりこくりし出した危なっかしいリーナの手から紅茶のカップを取り上げ、ソーサーとティーポットと合わせて片付ける。

 

「眠ぃならさっさと寝ちまえ。食器は洗っといてやる」

「……終わっても、まだいる……?」

「いねーよ。お前が起きるまで長居できるほど、俺もヒマじゃねえし」

「……むう……一護、つれない」

「へいへい。何でもいいからもう寝ろ……来月の頭に、また来てやっから」

「……やく、そく……?」

「ああ、約束する。だから、大人しく寝ちまえ」

「ん……一、護…………すぅ」

 

 たちまちリーナは寝息を立てて夢の世界に入っていった。異常なまでに良い寝つきに呆れながら、紅茶セットを持ってキッチンへ。流しでサクサク洗いつつ、何となくリーナの振る舞いを思い出す。

 

 体力的に弱ってるせいか、SAOの中で見てたよりかなり丸くなったっつーか、雰囲気が柔っこい感じがした。らしくない申し訳なさそうな表情とか、笑顔とか、ああいうのを見てるとなんとなくやりづらい。元々病気で身体が弱ってたらしいから一気に全快ってワケにもいかねえだろうし、コレばっかりは気長に待つしかねえな。

 

 後ろで静かに眠るリーナを一度だけ見て、俺は目の前の洗い物に集中することにした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『――おっす。一護、リーナの様子、どうだったんだ?』

「自力でメシは食える程度だったから、前よりはマシな感じだ。歩行はまだ無理っぽいけどな」

『そっか。けど順調に回復はしてるんだな。良かったよ。あ、アスナの方はだいぶリハビリが進んでる。入学までには、松葉杖使って自分で歩けるようになるんだって、意気込んでた』

「松葉杖は腕の負担やべーぞ。腕の骨を上手く使って筋肉に楽させねえと、女の細腕じゃかなりキツい。ヘタクソな間はお前が付いててやれよ」

『言われなくても、可能な限り傍にいてやるつもりさ。にしても一護、詳しいな。流石、医者の息子』

「うるせえよキリト。つかオメーも筋トレしてメシ食え。俺より三か月早く戻ってるクセに、未だにウチの夏梨とどっこいの細さじゃねえか」

『ちゃんとジムでトレーニングしてるさ。逆に一護、お前はなんで目覚めて一か月半でその身体なんだ? どういうリハビリすれば、そんな細マッチョ体型になるんだよ。軍隊式訓練でもやってたのか?』

「一日で腕立て、腹筋、背筋、スクワット百回を十五セット。懸垂二十回を十セット。ランニング五キロを二セット」

『……それ、どこの特殊部隊の訓練だ?』

「俺のリハビリメニュー……の、ウォーミングアップだ」

『ははは、まさか。冗談下手だな一護』

「………………」

『……え、マジで? 本当に?』

「……わり、思い出したらなんか気持ち悪くなってきた。この話題、もう止めていいか?」

『おう。な、なんと言うか、その……お疲れさん』

「……ああ」

 

 リーナの見舞いから帰った俺は、自室のPCを使って桐ケ谷和人(キリト)と映像付きで電話していた。一か月前、ALOからログアウトする直前に奴が言っていた『ダイシー・カフェ』で再会して以来、たまにこうやって電話で軽く雑談を交わしている。

 住みが埼玉の川越ってことで、そう気楽に行ける距離にはない。今日の見舞いだって、都内でやってた模試の帰りだから立ち寄れたんだ。今やってる勉強がひと段落すれば少し遠出しても良いんだけどな。

 

「んで、キリト。例のアレ、《ザ・シード》とかいうプログラムをバラ撒いたのはお前って、ホントなのかよ」

『正確には、俺とエギルだけどな。俺がエギルに委託して、完全に危険がないことを散々確認してから完全フリーで世界中のサーバーにアップロードした。着々とダウンロード数が増えてるよ。ALOの方も解散したレクト・プログレスに代わる引き取り手が見つかったらしいしな。SAOとALOの二つの事件で潰えかけたVRMMOも、これで息を吹き返したって感じかな』

「別にVR復興は大いに結構な話なんだけどよ、便利だし。けどアレの出処、茅場のコピーAIなんだろ? すげー危ねえだろうが」

『大丈夫、エギルがコネをフルに活用してソースコード一文字単位で検証したらしいから。にしても一護、相変わらずの茅場嫌いだな。奴も今頃、あの世で苦笑いしてるだろうさ』

「あの世で苦笑いだ? ンな余裕ブッこいてたら、俺が地獄まで行ってもう一回殴り飛ばしてやる。死んでもAIになって生き続けるとか、しぶといにも程があるっての」

『まあ、奴らしいと言えば奴らしいけどな』

 

 しかめっ面でぶっきらぼうに答える俺を見て、キリトは苦笑した。

 

 SAOで自分が得たものよりも家族や友人にかけた心配と迷惑の方が大きかったと感じる俺と、現実で失ったものよりも仮想世界で得たものを尊重するキリト。この辺は何度話そうがどっちも折れることがない主張の食い違いで、それが茅場への感情に繋がっている。だからこそ俺がログアウトした後、キリトは茅場の思考をコピーされたAIとかいうヤツに出会い、そこで《ザ・シード》を託されたのかもしれない。

 

 けどまあ、別にどっちが間違ってるとかいう話でもねえし、それが喧嘩の種になったこともないから、お互い「まあそう考える奴もいるだろう」って折り合い付けてやっている。実際、今の社会の中の雰囲気もそんな感じだしな。行きたい奴が仮想世界に行って、行きたくなきゃ現実に居ればいい。

 俺も茅場が気に入らねえってだけで、仮想世界そのものは面白いと思ってるし、あそこで得たもの、培ったものは今でも鮮明に記憶に残ってる。冷静に考えりゃ、仮想空間自体、やろうとすれば無限に世界を拡張できるすげえ技術なワケで、その可能性はゲームに留まらない。それが分かっているからこそ、二度とやるかと言いつつもSAOのプレイヤーデータはまだ俺の手元に残したままだ。いつか、必要になる日が来るかもしれない気がしたから。

 

『ただいまー。お兄ちゃん夕飯どうする……って、あれ? 一護さんだ。こんにちは』

「よお、リーファ……じゃねえ、直葉だっけか」

 

 キリトの背後からひょっこり顔を出したのは、奴の妹の桐ケ谷直葉(リーファ)だ。中性的で線の細いのキリトとは似ても似つかない勝気そうな瞳に、たつきに似た体育会系の鍛えられた肢体。部活から帰ったのか、手には鞄と竹刀袋が握られている。

 

『うん、久しぶりー。あ、そう言えば世界樹攻略の時にいた領主三人が「一護君は戻ってこないのか?」って寂しがってたよ。特にアリシャが』

「あのネコミミ女が? 当分ALOには行かねえよって言っといてくれ。仮にも受験生だ。そうホイホイとゲームできる身分じゃねえんだよ」

『えー、残念。あたしも一回ALOで手合せしてほしかったのにな』

『ていうか一護、お前受験勉強の息抜きでSAOに入ったんだろう? 受験生の身分なのにゲームしてたじゃないか』

 

 キリトに痛いところを突かれ、一瞬言葉に詰まる。二年前の自分に月牙をブチこんでやりたくなる気持ちを抑え込みつつ、しかめっ面二割増しで言葉を返す。

 

「うっせ。あの頃は志望校の偏差値的にけっこう余裕があったんだよ。今じゃ合格判定ガタ落ちしてギリCランクだ。死ぬ気でやって、元に戻さねえとヤベえの」

『そう言えば、一護さんって医学部志望なんだっけ? 二年以上ゲームに拘束されててもC判定って、結構すごいんじゃない?』

「前はAプラスだったんだよ。それに、あんだけ勉強から離れてても、英語とかの語学系と理科の理論系はわりと覚えてたしな。暗記科目さえ勘が戻れば、どうにかなりそうだ」

『おぉー、天才肌なのに見かけによらず勉強熱心。あたしも見習って理数系勉強しないとなー』

「おい桐ケ谷妹、一言多いっての」

『てへっ、はーい』

 

 おちゃらけた直葉は、お風呂入ってくるーと言い残して画面から消えていった。湯船沸かしてあるからなーと呼びかけ、妹の後ろ姿を見送ってから、キリトはこっちに向き直った。

 

『んじゃ、一護。そろそろ切ろうか。五月にあるオフ会、考えておいてくれよ。出来ればリーナと一緒にさ』

「奴が車いすで外出できるまで回復してて、かつ俺の偏差値が上がってたらな」

『ああ、そうなってくれることを願ってるよ。それじゃ、また』

「おう、またな」

 

 通話終了ボタンを押し、PCのモニターの電源を落とす。

 

 一気に静かになった室内でうん、と伸びをしてから、ふと目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

 

 ――家の中にはゼロ。

 

 ――ウチから二十メートルんところに一体。多分浮遊霊。

 

 ――近所の喫茶店のあたりに二体。コイツらは一週間前からいるし、そろそろ地縛になっちまいそうだな。この辺の担当は確か竜之介だったハズだ。まーた魂葬サボりやがって……後で志乃にメール投げとくか。

 

 目を開け、大きく息を吐く。最近になってやっと霊知覚がマシになってきた。集中すれば霊の気配をなんとなく辿れるようにはなっている。

 最も、この前俺の霊知覚を見てた親父曰く「一般隊士のレベルに毛が生えた程度。俺からすりゃ耳クソレベルだな」ってコトらしい。ムカツクが真実だし、エルボーを奴の顔面に一発ブチこんで溜飲を下げた。

 

 窓の外を見ながら、ぼんやりと物思いにふける。

 この二年三か月の間、全く感じることのなかった人の霊圧が、外でうろうろする霊の気配が、当たり前のように感じられる。生きてて別にありがたいとも思ったことのない霊感体質。それが当たり前に機能することで、俺が今いるここが「現実世界」なんだと実感できる。それくらい、あの仮想世界での戦いの日々は、リアルだった。

 

 本気で命を賭けて、戦って、身体を鍛えて、仲間と一緒に上を目指し続けた二年間。

 

 第二の仮想世界に閉じ込められ、今度こそ現実に帰るためにと奮戦した、人生で一番長く感じた一月二十二日。

 

 その全部があって、今の俺がある。

 

 だから、この現実にいる「俺」と、普通に受験して大学に進んでいた「俺」は、きっと全然違うと思う。

 

 それが良いことなのか、悪いことなのか、今の俺には分からねえ。

 

 ……けど、この経験を将来に向けて活かすか殺すかは、今の俺にしか出来ねえ選択だ。

 

 

 かつて「私には未来が視えている」と言った奴に対し、俺の仲間は「未来というのは変えられるものだろう」と返したそうだ。

 

 奴の他のトコは気に入らねえけど、その一言だけは賛成だ。

 

 

 変わらねえのは、自分の過去だけ。

 

 未来も現在(いま)も、自分の意志で変えられる。

 

 運命なんて、この手で砕いて進んでやる。

 

 砕けねえなら、右手に刃を握る。

 

 それでも駄目なら、左手で仲間の手を取る。

 

 右手の刃で、仲間を護りながら。

 

 そうやって俺は、今まで戦ってきたんだ。

 

 

「――さて、勉強すっか。とりあえず今やってるテキストは、今週中に仕上げちまわねえとな」

 

 気分を入れ替えて、俺は机に向かう。イヤホンを耳に押し込み、ペンを取り、ノートを開き、テキストの問題を睨みながら、黙々と解き進めていく。

 

 

 耳に流れるジャズロックの音が、やけに大きく聞こえる気がした。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

身体が弱ったせいで態度が少しやわっこい、素直なリーナさんでした。次章ではその分のぶり返しがあったりなかったり……。
なお、この時一護が作ったガトーショコラの師匠に会いに行きたいとリーナが言い出し、退院祝いの行先が決定。その結末が前作の最終話です。


……以上で、第一章・ALO篇『魔法と芸術は似て非なるもの』完結になります。
お読みいただいた皆さま、ありがとうございました。

今作はこんな感じで、一章十万字前後のボリュームで書いていけたらと思っております。文庫本一冊分と同じ文量で、丁度いいですからね。


次章は鬼門のGGO篇になります。
果たしてどうなることやら……不安ですが、拙い筆を動かして頑張って書いていきます。



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Chapter 2. 『剣を握る資格』
Episode 12. Hallow "Hello"


お読みいただきありがとうございます。

第二章開始です。

時系列は前作エピローグ終了後、SAOクリアから約一年後となっております。

前半大部分はキリト視点、最後に少しだけ一護視点です。

よろしくお願い致します。


<Kirito>

 

 秋空晴れ渡る十一月半ば。午後四時半。

 

 一般的な学生からしてみれば、一日の学業からようやっと解放された至上の時間帯。故に駅前の大通りは制服を着た十代男女が目立つように思う。俺たちがいる飲食店の並んだフードコートも例外ではなく、そこかしこからバカ騒ぎの喧騒が響いてくる。

 

 そんな賑やかな放課後に、

 

「……焼き、サバ、パン」

 

 俺は見るからに珍妙な物体と相対していた。

 

 半額のシールがついていたため、つい小市民的衝動に突き動かされて買ってしまったが、よく考えてなくてもネタ臭がハンパない。コッペパンにサバの塩焼きが一匹丸々挟まっている光景はとてつもなくシュールだ。白米と焼き魚の組み合わせは定番だが、同じ炭水化物とはいえパンも合うとは限らない。

 っていうかコレ、骨抜きとかした様子ないんだが、もしかして素手で解体してから食えってことなのか。頭から骨ごとバリバリ食す度胸は、現代人の申し子たる俺にはないぞ。

 

「止めたのに買ったキリトくんが悪いんですからね。残さずちゃんと完食するように」

「アスナ…………」

「あ、これおいしい。やっぱりパンは焼き立てが一番ね」

 

 アスナは縋るような俺の視線をツンと顔を逸らして切り捨て、安牌のメロンパンに齧りついた。こっちはごく普通のメロンパンらしく、おいしそうに食べ進めていく。自業自得とはいえ、俺も普通にカレーパンとか買えばよかったと今更ながらに後悔する。

 

「……一護」

「知らねーよ。テメエが自分で買ったんだから自分で食え。心配すんな、前に知り合いが食ってたけど、骨ごとでも意外といけるってよ」

「魚の骨は優秀なカルシウム源。SAOから生還して一年経っても未だに貧弱な貴方に丁度いい。観念して食べるべき」

 

 この店を紹介してくれた一護はアスナ以上に素っ気なく俺を突き放す。その隣でパンの山を切り崩すリーナでさえこのパンの外見は受け付けないらしく、進呈しようとしても顔を逸らされた。ちくしょう、救いの神はいないというのか。

 

 

 一護の住む町、空座町の駅前大通りにあるパン屋『A B Cookies』のオープンテラスで、俺は独り後悔に苛まれていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 空座町に行ってみたい、と俺がアスナに言ってみたのは、つい一昨日のことだった。

 

 きっかけは、このハイテク現代においても大人気なオカルト系テレビ番組。かの有名な心霊番組「ぶらり霊場突撃の旅」……通称「ぶら霊」の再放送でこの辺がロケ地だったことだ。

 夕食後にスグと観ていて、そういえば一護の出身地だったっけと思い出し、渋るアスナと「心霊スポットには近づかない」という約束を交わした上で学校帰りに寄ってみた。

 

 当初、案内を頼んだ一護は「ぶら霊」の話題が出るなり顔をしかめ、

 

「あんなインチキくせぇ番組なんざ知るか。つか彼女のエスコートぐらい自力でやれっつの」

 

 と一蹴した。が、そこは頭を使って、アスナがリーナを誘い彼女を経由して交渉。何とか駅前の案内の約束を取りつけ、予備校帰りの一護と合流して適当に散策。で、遅めのおやつということでこのパン屋に入り、今に至った。

 

「………………」

「お疲れ様、キリトくん。魂抜けかけみたいな顔してるけど、大丈夫?」

「ああ、何とか……」

 

 焼きサバパンを何とか完食し、ホイップクリームたっぷりのフルーツサンドで削られた精神力を回復する。流石に横で見ていて不憫だったのか、アスナが苦笑しながら調達してきてくれたホットコーヒーを受け取りため息を吐く。食べられないことはないが、何とも形容しがたい食べ合わせだった。マズイ、とは言い切れないものの、二度目に食すことはおそらくないだろう。

 

 そんな疲弊しきった俺を余所に、目の前のコンビは相変わらずの様子だった。

 

「ん、これ美味しい、はい、一護」

「サンキュ。お、これレモンのはちみつ漬け入りか。懐かしいモン入ってんな。空手やってた時に補給食で食ってたヤツだ」

「体育会系の定番の味。私も小さい頃食べてた」

「今じゃ勉強ばっかで、目にすることもねえけどな。にしてもリーナ、退院したての身で炭水化物ばっか食ってていいのかよ。連れてきた俺が言うのもなんだし栄養学とかも知らねーけど、野菜とか肉とかも食わねえとヤベえんじゃねえの?」

「大丈夫、家ではちゃんと野菜とタンパク質中心。むしろ家のご飯がお利口さんすぎてジャンキーなのに飢えてるの。おやつくらい私の好きに食べたい」

「それでも限度っつーモンがあんだろ。不必要にメシ食ってブクブク太っても知らねえからな」

「大丈夫、その点は全く問題ない」

「なんでだよ」

「私の場合、脂肪は全部、胸にいくから」

 

 そう言って、リーナは両手で自分の胸を挟むようなポーズをとった。アスナより一回り小柄な体躯に反し、目で見て形がはっきり分かるくらいに制服の生地を押し上げている膨らみが柔らかに歪み、一護はすぐに顔を逸らした。

 俺も背筋に寒気を感じ、心の警報に従って視線を横に向ける。その先にいたアスナがニッコリと冷たい笑顔で俺をお出迎え。あと数秒遅かったら物理的措置に出ていたと見える。

 

「……一護、『ミスった。この話題は分が悪ぃ』とか考えてる?」

「心の声を一言一句正確に読むんじゃねえよ! 観音寺なんかよりオメーの方が百倍エスパーだわ!」

「失礼な。ドン観音寺さんみたいなスーパースターと、ごく普通の可憐な乙女である私では、比較するのもおこがましい」

「ぅげ、お前もアレのファンかよ。あんな見るからにインチキ臭い番組のドコがいいんだか……」

「一護は分かってない。あのわざとらしいくらいのインチキ臭さが癖になる。すめるず・らいく・ばっど・すぴりっつ」

「ウゼえ」

「すぴりっつ・あー・おーるうぇいず・ゆー?」

「ハタチになってもカタコト英語は相変わらずかよ、この理系一辺倒」

「いぇい」

「ホメてねえよ」

 

 『ごく普通の可憐な乙女』という珍妙な自己自讚語句をスルーした一護と、何やら屈折した楽しみ方をしているらしいリーナ。

 

 目の前に山と積まれたパンを摘まみながら仲睦まじく話しているのを見ていると、これだけ距離が近いくせに恋仲じゃないのかという呆れと、これだけ距離が近いからこそ逆に進展しないのかという納得を同時に感じる。

 

 ……と、ドン観音寺の話題が出たところで、俺はここに来た主目的を思い出した。

 

「そういえば一護、リーナ。この前の『ぶら霊』の再放送、見たか?」

「見てねえ」

「見損ねた」

「……キリトくん? 心霊の話題はナシって前から言ってるでしょ?」

「まあそう言うなってアスナ。大丈夫、今からの話に幽霊は関係ないから」

 

 口を尖らせるアスナをなだめつつ、俺はバックパックからタブPCを取り出し電源を入れる。タッチパネルに指を数度走らせ、目的の画像をタップして拡大。三人に提示する。

 

 そこには、

 

「……オレンジの髪にブラウンの瞳。これ、一護?」

「けど、顔立ちが少し幼い感じね。年のころは私たちと同じくらいかな」

「そう思うだろ? 番組序盤でドン観音寺がスピリット・ステッキをかました直後にこのカットがあってさ。慌ててテレビの画面をスクリーンショットで保存したんだ。この番組が放送されてたのは、六年前の春ごろだ。六年前っていうと一護は十五歳、高校一年。外見年齢と一致する」

「ねえ、キリトくん。この表情、なにか叫んでるように見えるんだけど、声とかは聞こえなかったの?」

「いや、アナウンス被せられてたから、声までは聞こえなかったよ。そこで一護、お前に二つ質問がある。問一、これは本当に一護本人なのか。問二、このとき何を叫んでいたのか」

「………………」

 

 さっきから無言でそっぽ向いてコーヒーを啜っている予備校生殿に向き直り、タブレットの画面を印籠のごとくに突きつける。俺の隣に座るアスナも、一護の隣に座るリーナも、揃って回答を待ち望む。

 

 やがて、無言の間に耐え切れなくなったのか、一護がこっちを見た。タブPCの画面を一瞥し、ため息を一つ吐いてから、

 

「……俺にそっくりだな」

「いやだから、どう見てもお前だって」

 

 ヘタクソなシラをきる一護にツッコみを入れるが、当の本人は知ったことではないとでも言うかのようにしかめっ面を崩さない。

 

「生き別れた双子の兄だ。こんなところで再会するとは思いもよらない」

「……一護、貴方もう少しマシな誤魔化し方はないの?」

「うっせ」

 

 アスナの呆れた視線も何のその、アイスコーヒーの氷をガリガリと噛み砕く一護。誰がどう見ようが問一の答えは「イエス」なんだが、言質を取るのは難しそうだ。今日のところは鎌かけだけで勘弁しておいてやろう。

 

「……ところで一護、今日はあの人、いないの?」

「あ? どの人だよ」

「特盛」

 

 普段の三割増しで冷淡な声のリーナの言葉に一護がむせた。ゲホゲホと咳き込んだ後、完全無表情の鉄面皮を貫くリーナを睨む。

 

「いるワケねえだろ!! またあの劣悪な空気になったらたまったモンじゃねえから、わざわざ井上のシフト外れてる日にお前ら連れてきてんだよ!」

「……そう。それは残念」

「嘘つけ、会って名乗って五秒で険悪ムードだったクセに」

「もし会ったなら、あの目障りな胸部にナイフを突き込んでやったのに。あんな膨らみ、どうせ偽乳。突けば弾けるに決まってる」

「弾けンのは井上の怒りだろーが!! 自重しろ犯罪者予備軍!!」

「……チッ」

 

 わざとらしく舌打ちをし、リーナはカスタードパイに手を伸ばす。なんのことやらさっぱりだが、パイを切り分けるリーナの眼光がどう見てもマジで、さっきとは違う理由で背筋が寒くなる。あまりの気迫に、持っているプラスチック製のちんまりとしたナイフが獲物を斬り刻む妖刀に見える不思議。これが本物の殺気か。

 

「え、えーっと、このお店って、一護の知り合いが勤めてるんだね。学校の同級生?」

 

 悪くなりかけた空気を和らげるべく、アスナが助け船を出してくれた。リーナは知らないとばかりに無言でパイを頬張るが、一護の方は落ち着いたらしく、手元のスマホをいじりながら答えた。

 

「ああ、俺の高校ン時の同級生だ。井上織姫。たまに顔出すようにはしてんだけど、この前リーナ連れて来たらスゲー速さで二人して空気が悪化しやがったんだよ」

「それって、その井上さんの性格がすごくキツいとか?」

「知らね。少なくとも誰彼構わずツンケンするような奴じゃねーよ」

 

 この写真の栗色の髪の奴だ、と言い、一護はスマホの画面を俺とアスナに見せてきた。画面には一護とその同級生らしい人が数人。全員グレーの制服に身を包んでいる。その横、写真の右端に一人、さっき注文を取りに来た店員さんと同じ制服を纏った女性が、満面の笑顔で立っていた。

 

 率直に言って、えらい美人さんだ。

 

 モノトーンの制服を身に纏い、長い髪は鮮やかな栗色で軽いウェーブがかかっている。屈託のない笑顔は、見る人に癒しを与えるような柔らかさを持っている。

 

 そして何より目立つのは、おそらく見る人の性別に関係なく視線を引き付けるであろう、豊かな胸元。この場にいる女性陣にも圧勝できるであろうその大きさは、比較的露出の少ない制服を着ているにも関わらず、圧倒的な破壊力を持っている。これはもう目の保養どころか目に毒、確かにリーナの言う通りの特も……。

 

「……キ・リ・ト・く・ん?」

「いたたたたッ! アスナ痛い痛い! 腕の皮が千切れる!!」

「君は、初対面の、女性の、どこを、間近で、見てるの、かな?」

「いや別にこれは画像だし倫理的に問題ない痛い痛い痛い痛い!! 分かった! 分かったからホントご免なさいもうしません反省します!!」

 

 額に怒りマークを浮かべたアスナの腕つねりから、怒涛の勢いの謝罪で逃れる。ヒリヒリと痛む皮膚をさすって痛覚軽減を試みる俺の横で、アスナはスマホに映った井上さんの画像をもう一度見て、深々とため息を吐いた。

 

「まったく、リーナの機嫌が悪くなった理由がよくわかったわ。しかも『二人して』ってことは……はぁ」

「ンだよアスナ。そのやれやれ感ハンパねえため息は」

「一護、貴方気を付けないと、いつか背中から刺されるわよ」

「は? 俺がかよ。仲悪ぃのは俺じゃなくて、井上とリーナじゃねーか」

「だからこそ、よ。せいぜい夜道に気を付けなさい」

「問題ない。一護の背中は私が護るから」

「……リーナ。私としては貴方が一番、一護にバックアタック仕掛けそうな気がするんだけど……」

「なんのことやら」

 

 疲れ切った表情を浮かべるアスナに対し、リーナは素知らぬ顔で最後のパイを頬張った。俺は同じように話の流れを掴めていないであろう一護と顔を見合わせ、揃って首をかしげる。やはり女性心理は男子共には難し過ぎる。

 

 なんにせよ、ようやく空気が元通りの緩いものに戻って一安心。コーヒーを一口飲み、さあ残りのフルーツサンドをおいしくいただこうと口を開いた――その瞬間、遠方からものすごい勢いで走行してくるバンが見えた。

 車道を走っているから俺たち目掛けて突っ込んでくることは万に一つもない……はずなんだが、何故だろう。あの車の運転手の標的は俺たちであるような気がしてならない。

 

 嫌な予感は的中した。

 バンは俺たちが座っている四人掛けテーブルの真横で急停車した。金切声をあげるタイヤから白煙が上がり、焦げたような臭いが辺りに充満する。大きく車体を揺らして停車したバンに、席から立ち上がった俺たち四人の視線が集中した。

 

 と、勢いよくスライドドアが開き、中から若い女性が出てきた。すらりとした長身で、ロング丈のTシャツとズボンはどちらもタイト。真っ黒なブーツと手袋、目深に被ったキャップにゴーグルを装備した見た目は、どう見積もっても善良なる市民には見えない。

 

 まさか、誘拐? こんな白昼堂々?

 

 ここにいるアスナとリーナは、どちらも相当裕福な家柄の出身。もし身柄を拘束した場合に要求できる身代金の規模は、おそらく一般家庭のそれを遥かに凌ぐだろう。

 

 そんなことはさせるかと俺は闖入者を刺激しないように、こっそりとスマートフォンをポケットから取り出す。いざ格闘となれば俺と一護の二人がかりで抑え込むし、凶器を持っていたらいち早く警察に通報、かつ写真を撮って証拠を押さえ……、

 

「……楽しそうじゃねえの。一護ちゃ~~ん」

 

 違ったっぽい。

 

 ズッ、と思わずズッコケそうになる。我ながら古臭いリアクションだが、今の気持ちにぴったりだ。楽しそうにニヤニヤと笑う女性から視線は放さないままだが、警戒心はバターのように溶けて消えていく。同じように隣で警戒していたらしいアスナの気配も、ゆるゆる緩んでいくのがわかる。

 

 ……はて。一護の名を呼んだということは、おそらく奴の知り合いだろう。

 もしや、件の井上さんのオフバージョンだったりするのだろうか。確かに、髪を黒染めして後ろで括って背を十センチくらいのばして胸元を二カップ分くらいサイズダウンすれば似てい……ない。というか、それはもう別人だ。

 

 ならば一体、この人は何者なのか。

 

「……おい一護、呼ばれてるぞ……誰だ」

 

 俺と同じく立ち上がったまま、横で一切の無言を貫く一護。周囲の空気がまたピリピリとし出しす中、頬に冷や汗を一筋流した奴はゆっくりと口を開き、

 

「……店長……!!」

「「はァ!?」」

 

 俺とアスナの声がハモった。

 

 店長ってことはアレか、一護が高校生の頃からやっているという、バイト先の店長なのか。何やら妙な勤め先だというのは聞いていたが、店長まで誘拐犯チックな個性的な女性とは思わなかった。

 

 唖然とする俺とアスナを無視し、店長と呼ばれた女性はニヤニヤ笑いのまま近づいてくる。

 

「ま、待てよ! 今日は五時半から行くって言ったじゃねえか!! 別にサボるつもりはねえっての!!」

「知ってるさ。けどな、あの子(・・・)から今日は時間を早めて欲しいって、さっき電話があったんだ。制服着たガキ共と遊んでるってことはヒマなんだろ? だったら、大人しく――攫われろ!!」

「断る!! どっからどう見てもヒマこいてねーだろうが!! アンタバカか――」

 

 言葉が終わる前に、店長さんが動いた。

 

 一護の縮地もかくやと言う速度で急接近。容赦のないアイアンクローで一護を捕える。そのまま背後からテープを取り出して、

 

「いててててッ!! はな――」

 

 せ、と言う前に一護の口と身体の動きを封じ、さらに閃光のような速度で腕を一閃。椅子に掛けてあった一護のバッグをひったくり、当人ごとバンに放り込んで走り去っていった。

 

 残された俺たちはただ茫然と突っ立つしかない。体感時間でおよそ四秒。たったそれだけの間に、この中で最も体格のいい一護が攫われていったという現実に、頭が追い付いていかない。

 

「……す、凄い。一護を一瞬で畳んで持ってった」

「あの人、本当に一般人なのかな……どこからどう見てもベテランの誘拐犯だったんだけど……」

 

 何とも気の抜ける感想をアスナと共に口にしていると、横からリーナが出てきた。クリームとパンくずで汚れまくっている口にはチョココロネが咥えられており、俺たちと違って気が動転した様子はない。

 

「り、リーナ? 良かったの? 一護、攫われてっちゃったけど……」

「むぐむぐ……ん、問題ない。あの人は一護の勤め先の店長さん。なんでも屋という職業柄、急な依頼があったと考えられる」

「な、なんでも屋?」

「そう、なんでも屋。名称は『うなぎ屋』。空座町市街地のアパートの二階を、事務所兼自宅として利用している。店長はさっきの人、鰻屋育美。一児の母」

「……すごい、詳しいね」

「調べさせたから」

 

 調べたから、ではないところに闇を感じるのは俺だけだろうか。話を振ったアスナも、「そ、そうなんだ」と返すのが精いっぱいな様子だ。

 

 ……けど、とリーナは付け加え、コロネを噛み千切る。穴から飛び出したチョコクリームがリーナの口元に飛び散り、その姿に獲物の喉笛を食いちぎって鮮血を浴びる獅子が重なって、思わずゾッとする。

 

「理屈的に問題なくても、私と一護の時間を強引に引き裂いて良い理由にはならない。バツイチの年増如きがでしゃばるとどうなるか、思い知らせてやる……」

 

 かつてSAOで《闘匠》と呼ばれ、恐れられた白髪の短剣士。

 

 その姿が今のリーナの身体に重なり、修羅の如き鬼気をまき散らす。

 

 いつのまにか周囲から人の消えたフードコートで、俺は本日三度目の寒気に震えつつ、ただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Ichigo>

 

「――痛ってえ!」

 

 キリトたちと駅前で駄弁っていたトコを強引に拉致られた俺は、バンの後部座席に放り込まれて事務所まで連行され、育美さんの剛腕でカタいソファーにブン投げられた。

 

 強かに打ち付けてジンジンと痛む頭を動かし、誘拐犯を睨み上げる。こっちを見下ろし、黒手袋をはめた手でパンパンとホコリをはたく仕草をする店長こと育美さんは、やっぱどう見てもカタギじゃねえ。後でキリトたちにどう説明しろってんだよ。騒ぎに馴れっこの空座高校の連中とはちげーんだぞ。

 

「ほら! あと十分くらいしたら来るから、それまでに支度しなよ。あたしはお茶淹れるから! わざわざ湯島から来てくれてるんだ。頼りにされてることをありがたく思って、今日もキッチリ仕事しな!」

「いやその前にテープはがせよ。無駄に頑丈でキッツイんだよコイツ」

「当たり前だ! 高三の頃、散々バックレたお前のために特別に調達した工業用粘着テープが、早々はがれてたまるか!!」

「なんでそんなにガチになってんだよ!? アンタホントにバカじゃねーのッて待てコラ!! そのアーミーナイフどっから出した! アブねえからコッチ向けんなよ!!」

「うるさい黙れ! そして大人しくしろ!! テープをチマチマはがすの面倒ってことで、最近買った米軍御用達の高級品だ。うっかり間違うとお前の指を斬り落とすぞ!!」

「だァからそのガチっぷりがバカだっつってンだろーが!!」

「……ちょっと。二人とも、とてつもなく煩いんだけど」

 

 ギャーギャー騒いでいた俺たちの間に、至極冷静な声が響いた。一気に冷静さを取り戻し、俺はその声の主へと視線を向ける。

 

 視線の先にいたのは、開け放たれたドアの前に立ち、呆れ半分のジトーッとした目をこっちに向ける女子高生だった。

 背丈はやや小柄な方で、体つきはリーナ以上の痩身。丈が余り気味の制服の袖から覗く白い手の指が、やけに細い。マフラーで口元を覆い隠し、肩には参考書が詰まって歪に膨らんだスクールバッグ。女子がかけるにしちゃ飾りっ気のない簡素なデザインの眼鏡が、夕日を反射して輝いている。

 

「あ、ああ。いらっしゃい。随分早かったのね」

「はい、午後の予定がいくつかキャンセルになったので……直前に無理を言って、すみません」

「いいのいいの! あたしはいつでも大歓迎だし、ここに寝っころがってる一護(バカ)もヒマ人なんだから、ガンガン呼び出しちゃってよ!!」

「……ありがとう、ございます」

「いやアンタと違って俺はヒマじゃねえ。つか早くテープをはがせよ、その物騒なナイフ以外で」

「ちぇっ、うるさい男ねえ。仕方ない、この出刃包丁で勘弁してあげる――」

「大して変わんねえっつの! それに勘弁ってなんだよ! 今回は俺に非はねえだろうが!!」

「うるさいってば。ほら、動くと切れるぞー」

「ヤメロっての!!」

 

 またも刃物を俺に向ける育美さんと、それに全力で抵抗する俺。

 

 しばらくそのままジタバタしてたが、その間、残り一名がひたすらに呆れたような視線を俺らに向けているのが視界の端で見えていた。二週間前よりは幾分かマシで、それでもどっか、冷めたような視線を。

 

 

 朝田詩乃。

 

 

 それが、ここ二週間の間、俺が「なんでも屋」としてつきっきりで勉強を教えている奴の名前だった。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


というわけで第二章スタートです。

前半、いきなり織姫vsリーナで行こうかと思いましたが、初っ端修羅場はシンドいので止めました。代わりに誘拐犯……もとい店長さん登場です。

今話はキリト視点のみで一護視点はナシの予定だったのですが、次回予告的なモノも兼ねてシノン登場まで書きました。次話はこの続きから。


現実と仮想、二つの世界を頑張って書いていけたらと思います……おそらく今章、現実サイド大目になるかと思いますが。




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Episode 13. Intelligence is a great weapon

お読みいただきありがとうございます。

第十三話です。

宜しくお願い致します。


 朝田詩乃と初めて会ったのは、今から半月くらい前だった。

 

 死ぬ気の受験勉強の甲斐あって、俺の偏差値がやっと元と同等にまで快復したんで、現実世界への帰還以来一度も顔すら出してなかったこのバイトを再開することにした。俺にあの忌々しいナーヴギアを売っ払わないよう脅しつけたことを多少後悔してたらしい育美さんの好意で、受験に受かるまでは試験勉強に出来るだけ弊害が出ないような仕事を任せてもらうことになった。

 

 時間は夕方から夜にかけて付きっきり、その代わり空き時間っつーか手が空いている間は自分の勉強をしてても構わない。

 

 そんな都合のいい条件を出されて、真っ先に警戒したのがガキのお守だ。妹が二人いる関係でお守そのものは苦じゃねえんだけど、大抵のガキは俺の面を見てビビる。やりづれえことこの上ないし、もし子守りだったら悪ぃがパスだな、とか思いながらも顔を合わせってことになり、そこで依頼人、朝田詩乃と出会った。

 

 何でもコイツの母親の恩師の教え子の姉が育美さんと知り合いだとかで、遥々文京区湯島からコッチに来たらしい。ンな繋がり、あってねえようなモンじゃねえか、とか呆れてた俺だったんだが、どうやらワケありでウチを訪ねて来たようだった。

 曰く、シングルマザーで家庭事情が厳しく、物価の高い東京二十三区内に単身独り暮らしという身でもあるため、金銭的に余裕がない。けれど通っている高校が進学校であるため、勉強に力を入れる必要がある。大手塾は費用がかさみ、かと言って家庭教師を独り暮らしの女子高生の自宅に招くのは親が反対している。

 

 で、悩んだ末に、その絹糸並に細いコネを辿って、一応医大受験生の俺が在籍している依頼内容を問わない「なんでも屋」であるウチを探し出し、個人的な教師を依頼しに来た。ザックリ整理すると、こんな感じだった。

 

 最初は半信半疑って感じの育美さんだったが、詩乃が差し出した書類の束を読んで態度が急変。後で訊いたら、それらは母親と祖父母の月収明細と、母親の恩師からの紹介状、祖父母からの嘆願状のトリプルセットだったらしく、それを読んで号泣し出した育美さんに猛プッシュされる形で依頼を受諾した俺は、その日からほぼ毎日、ここで詩乃の勉強を見ている。

 

 同じシングルマザーとして共感するトコでもあったのか、育美さんは詩乃を第二の子だとでも言わんばかりに可愛がり、格安で依頼を引き受けた上に、惣菜を持たせたり体調を気遣ったりと世話を焼きまくってる。あまりの勢いに詩乃も最初は面食らってたが、半月も続けばいい加減慣れてくるらしく、態度は軟化してるっぽい。

 

 んで、俺の方はっつーと、ぶっちゃけ最初は「俺コイツと相性合わねえ!」とか思ってた。

 

 冷めきった態度は冬獅郎よりも可愛げがなく、口調はリーナよりも淡白。とってつけたような敬語を使い、あからさまに俺を警戒した詩乃の姿は、俺のイライラを蓄積させるには十分すぎた。ギスギスした空気の中、ごくたまに飛んでくる詩乃の質問にぶっきらぼうに俺が答える数時間は、俺にとっても、多分詩乃にとっても、超絶ストレスフルなモンだった。

 

 にも関わらず、詩乃は週にキッチリ四回ウチに来てるし、俺もサボることなく顔を出して勉強を教えている。最初は苗字呼びだったのが、今じゃ敬語が外れ、互いを名前で呼べるトコまで態度が軟化してるくらいだ。

 

 あと数日空気の緩和が遅れてたら、確実にブチられてたと断言できるぐらいにヤバかったこの依頼で、ここまで関係がマシになった理由。

 

 それは――、

 

「――ねえ、この";without this perspective-"の部分、どうやって訳すの?」

「あ? その辺は前にもやったろ。without何たら、の意味、覚えてるか?」

「えっと……何たらなしで、とか?」

「正解。"perspective"は考え方、とか視点、っつー意味だから、そこは『この考え方を知らねーと……』って自然に訳せばいい」

「その前にくっついてるセミコロンは?」

「それは、なんつーか、カンマとピリオドの中間みたいな意味合いのモンだ。それ自体に意味は無くて、文はそこの部分で一度切れるけど、前の文と中身が繋がってる。論文からの抜粋とか、カタい内容の英文で出てくることが多い。大概は対比か例の提示が目当てで使うから、"without"か"in fact"とセットで出てくることがほとんどだ」

「なるほど。カンマとピリオドの中間的存在、論文系で頻出、ね……」

 

 受験で鍛えた、俺の学力だった。

 

 詩乃の俺への不信感の原因は、やっぱりっつーかなんつーか、俺の見てくれにあったらしい。この前、

 

「だって、どう見てもその辺にうろついてる不良男と一緒だったし。その見た目で『医学部受験生です』って言われても、信じられるわけないじゃない」

 

 とか、すげーシツレイな第一印象を面と向かって言われたが、勉強を教わってく中で、少なくとも俺の学力だけは信用できると感じたらしく、それ以来多少は心を許せるようになったとか。俺の面構えがプラス方向に作用したコトなんて今まで一回だってありゃしねえのは重々判ってるんだが、そのウケの悪さもここまでくると、もういっそ清々しいくらいだ。

 

「……なによ」

 

 俺の視線に含むところがあんのを察知したのか、机を挟んで俺の対面に座っている詩乃がこっちを睨み上げてくる。それをスルーして、俺は手元に開いてある予備校の宿題テキストに視線を向ける。

 

「別になんもねーよ。さっさとそれ終わらせちまえ。帰り時間に間に合わねえだろ」

「煩いわね。だいたい、あなたがジロジロ見てきたせいで手が止まっちゃったんでしょ」

「ジロジロは見てねえよ。自意識過剰だ」

「見てた」

「見てねえ」

「やったことくらい潔く認めさないよ、仮にも男でしょ」

「やってねえんだから認めるもクソもねーんだよ。つか、とっとと勉強に集中しろッての、仮にも生徒だろ」

 

 無駄口を叩き合いながら、互いのペンを動かす手は止まらない。昔、まだ会ったばっかのリーナとこんな感じのやりとりしてたっけな、とか思い出しながら、手元のテキストを解き進めていく。

 

 居心地満点、とは言えねえけど、最初に比べりゃかなりマシな空気の中で、俺らはひたすらに勉強していた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 どれくらい時間が経ったか。

 

「詩乃ちゃーん、もう暗くなってだいぶ経つし、今日はこの辺にしておいたら?」

「……あ。ほんとだ、もうこんな時間。じゃあ、これで失礼します」

「はいよ、お疲れさま。あ、肉じゃが作っておいたから、良かったら持って行って。一護、あんたいつも通り、駅前まで送ってってあげなさい」

「へいへい」

「……暗い中で美少女女子高生と二人きりだからって、妙なことしたらあたしが殺しにいくから」

「頼まれてもしねえよ」

「大丈夫です。その前に通報して社会的に抹殺しますから」

「しねえっつってんだろボケ。こちとら妹と同年代のガキに手ェ出すようなロリコン野郎じゃねーんだよ」

 

 ピキピキとこめかみが引きつるのを感じながら言い返す。毎度のことながらいちいち癇に障る。冗談めいた口調の育美さんはともかく、帰り支度をする詩乃の淡々とした声には愛想の欠片も籠っちゃいない。

 

 そんなに俺が嫌いかよテメエ、と最初はイラついてたが、最近やっとその態度が好き嫌い如何じゃなくて『コイツはこういう性格なんだ』っつー結論に達した。育美さんと喋ってても、敬語は使ってるが愛想のなさは同じで、どっか余所余所しいし。

 

 要するに、他人に興味がねえタイプだ。中学のころ、俺も周りもガキだった時にこんな感じのヤツが周りに何人かいた。ケンカ売られてるワケでもねえし、無駄にガタガタ言っても仕方ねえ。

 だいたい、年上に礼儀とか意識してねーのは俺も同じだろうが。他人のコト言えた義理じゃねえ。そう自分に言い聞かせて、溜飲を下げる。

 

「……んじゃ、送ってくる」

「ありがとうございました」

「はーい。また明日ね!」

 

 手を振る育美さんに会釈を返し、俺らは事務所の外に出た。途端に吹きつける北風に、思わず肩が竦む。十一月ってこともあって、夜はかなり冷え込むようになった。真冬の刺すようにキツイ冷気には及ばない、けど衣服のすき間から入り込んでくる冷たい空気は、確実に冬が近づいていることを感じさせた。

 

「……早く行きましょ。風邪ひきそう」

 

 そう言って、詩乃は先に階段を下りていく。俺はその後に続いて階段を下り、そのまま並んで住宅街を歩いていく。街灯の無機質な白い灯りが真っ黒い道路をスポットライトみたく照らし出し、相対的に周囲の景色を濃い闇に放り込む。

 

 一応周囲の気配に注意しながら詩乃の横、車道側を歩く。事務所を出てから、会話は一言もない。マフラーで口元を隠した詩乃の姿が、まるで会話そのものを拒んでいるように見える。

 やりづらくはあるが、別に喋ってなきゃ死ぬわけでもねえ、ケイゴじゃあるまいし。振る話題も思いつかない以上、無理に話すこともねえか。

 

「――くしゅんっ」

 

 不意に横から聞こえた、押し殺したくしゃみの音。

 

 横目で見ると、手で口元を押さえた詩乃がいた。肩を寒そうにすくませて、細い両手に息を吐きかけ擦り合わせる。そんだけ小柄で細っこければ、そりゃ着込んでも冷えるだろ。

 

 俺はポケットから財布を取り出して立ち止まり、道端の自販機に小銭を突っ込んだ。コイツの飲食の好みなんざ知らないが、とりあえずリーナ基準で選定して、詩乃用にホットのミルクティーを、自分用に缶コーヒーを買う。

 

「ほれ」

「……え?」

「え、じゃねーよ。オメーの分だ。飲め」

「…………」

 

 差し出したミルクティーの缶を詩乃は両手で受け取った。歩き出した俺の横でプルトップを空けて口を付け、ゆっくりと缶を傾ける。白いスチール缶から口を離し、ほぅ、と一心地ついたのを見てから、俺も自分のコーヒーを開けて飲む。しばらくそのまま、俺たちは温かい飲み物を少しずつ飲みながら、無言で歩いていた。

 

 と、一つ、思い出したことがあった。

 

「そういやさ」

「……なに」

「お前、育美さんのアレ、断ったのかよ」

「『休日だけでもウチでご飯食べてかない』ってやつ?」

「それだ。御馳走になっときゃいいじゃねえか。別にあの人、お前に恩着せようとか考えてるワケじゃねーんだ。生活キッツイんだろ? だったらありがたくもらっとけよ、勿体ない」

「わかってるわよ、それくらい……けど、それでも尚、これ以上お世話になるわけにはいかないの」

 

 頑なな態度で、詩乃はきっぱりと告げた。飲み終えたコーヒー缶を近くのゴミ箱に放り込んでから、俺は短くため息を吐き、

 

「なにをそんなに強がってンのか知らねえけどよ、無理して意地張っても、いいコトなんざ一つもねーぞ。自滅しちまったら元も子もねえ」

「そこまでのこと、一護には関係ないでしょ」

「関係あんだろ。オメーはウチの依頼人だ、くたばってもらっちゃ困るんだよ」

「私がくたばる? そんなこと、絶対にありえないわ」

 

 断言して、詩乃が俺を睨む。眼鏡の奥の双眸が、俺をキッと見据えて動かない。

 

「それに、強がってなんかいない。私は強くならなきゃいけないの。誰の助けも借りないで、自分自身の力で」

 

 自分に言い聞かせるような、女子に似つかわしくない、低く重い口調。事情は知らねえが、なにか重たいモンを独りで背負い込もうとしてる、どっかのバカに似た姿。

 

 それを見て思わず声を荒げたくなったが、何とか押しとどめた。事情も知らねえでコッチの主張をブツけるのは簡単だ。けど、たとえその主張がどんだけ正しかったとしても、それをやれば詩乃の心に『泥』がつく。無理に背景を訊き出すのと同じくらいに、コイツの中身を踏みにじることになる。

 

 どんだけコイツの態度が気に入らなくても、それだけはやっちゃダメだ。もしそれをやっちまったら、余計に他人を頼りたくなくなるハズだ。かつて似た表情をしてた当人(ガキのオレ)が、そうだったように。

 

 だから、再度のため息でイラつきを緩和してから、

 

「……まあ、とにかく育美さんにはあんま心配かけんなよ。俺はともかく、なんかあったらあの人にだけはちゃんと言え。俺らみてえなガキに気ィつかわれんの、死ぬほどイヤがるからな」

 

 それだけ言って、俺はもう喋らねえ意志表示に、ダウンジャケットの裾を立てて口を覆った。詩乃も応えず、マフラーに顔をうずめたまま。遠くから聞こえる車の走る音だけをBGMに、ただ黙して歩き続けた。

 

 

 やがて、モノクロだった夜景に色とりどりの照明が映るようになった。静かだった空気も変わり、大勢の人が行き交う喧騒が耳に届く。空座町の駅前大通りに、俺たちは辿り着いていた。

 

「んじゃあ、俺はもう帰るぜ。時間もおせぇし、お前もとっとと帰れよ」

「あなたに言われなくても、そのつもりよ」

 

 平素の俺よりつっけんどんに言い放ち、詩乃はさよならも言わずに駅へと歩き出す。見送るなんて余計なコトするガラでもねえし、俺もそのまま踵を返して帰路に着く……、

 

「……ねぇ」

 

 寸前、詩乃の声が小さく聞こえた。

 

 首から上だけで後ろを振り返ると、詩乃はこっちを向かずにその場に立ち止まっていた。夜のカラフルな照明の群れに照らされ、小柄な身体が逆光で黒いシルエットになる。

 

「なんだよ」

「……ミルクティー、ありがと」

 

 聞こえるギリギリの音量でそれだけ言って、詩乃は早足で去って行った。小柄な背中が駅から押し寄せる人ごみに紛れ、十メートル地点で完全に見えなくなる。

 

「……結局、見えなくなるまで見送っちまったじゃねーか。カッコわりーな」

 

 ガリガリと後頭部をひっかきつつ、俺はボヤく。何にせよ、これで今日のバイト完了だ。今度こそ帰るため、駅に背中を向けて歩き出す。

 

 けど、数歩歩いたところで、第六感の端っこに引っかかりを感じて再び立ち止まった。目を閉じ、意識を集中させて霊圧を探る。詩乃の向かった方角とは違う。街はずれの丘の方に、衝突する霊圧が二つ、感じられた。

 

「この霊圧のデカさ……巨大虚(ヒュージ・ホロウ)かよ。戦ってンのは竜之介、志乃は……まだ遠いか。ったく、しゃーねえな」

 

 生憎コンは部屋に放置してる。代行証はあるが、こんなトコで死神化しちまったら抜け殻の身体がアブねえ。前は後先考えずに抜けてもルキアに後処理を押し付けられてたが、今それをやるワケにもいかねえし。

 かと言って竜之介の戦闘をシカトして帰るわけにもいかねえ。多少マシにはなってるとはいえ、アイツ独りで巨大虚の相手はシンドいはずだ。

 

 仕方ねえ。この前石田の親父さんとの鍛練で復活したアレ(・・)でいくか。

 

 人ごみを避けて路地の奥に入った俺は、代行証を握り締め、思いっきり地面を蹴って跳ぶ。普段ならタダの垂直跳びじゃ一メートルも飛べねえが、今の俺はワケが違う。

 

 蹴り出した瞬間、地面が発光。その光が俺のスニーカーにまとわりついた直後、俺の身体は押し上げられるようにして一瞬で急加速する。

 夜の大通りの灯りから逃れ、闇夜に融け込むくらいにはるか上空へと跳び上がった俺は、そのまま空気を踏みつけ方向転換。そして、

 

 

「――『クラッド・イン・エクリプス』」

 

 

 三年前の春に銀城に奪われ、半年前の地獄リハビリで取り戻した完現術を発動した。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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ちょっと短め、シノンとの日常回でした。
まだ一護を完全に信頼はしていないため、態度がキツめです。

次回はみんな大好き、胡散臭い強欲商人の出番です。
そして、現実と仮想、両方の世界でやっと事態が動き出します。


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Episode 14. Jam at Night

お読みいただきありがとうございます。

第十四話です。

宜しくお願い致します。


 時を遡ること約半年前。

 

 空座総合病院地下空間にて。その暴挙は行われた。

 

 

『ではリハビリを本格的に開始する。今日は初回ゆえ、多少は加減してやる。今から三時間、生身で私の矢を避け続けろ。連射弾数は秒間十発。一発かすめるごとに十分延長だ。始め』

『イヤどんなイジメだよ。浦原さんでももうちょいマシだったぞぅおおおオオ!?』

 

 基礎体力トレーニングを終え、最低限動けるようになった途端、いきなり実戦形式を強いられたり。

 

『ぜっ、ぜえっ……クソッ! 右足ブチ抜きやがって……根元やられたから、碌に動かせねえじゃねーか……ッ!!』

『そうか。なら右足は要らんな。その状態で四時間耐えた褒美に、ゼーレシュナイダーで切断してやる。大人しくそこに這いつくばれ』

 

 訓練後、満身創痍の状態でヘバってたら、危うく足をブッタ斬られそうになったり。

 

『よーし! 完現術戻ったぞテメエ!! これでようやくアンタをぶっ殺せる……おい、なんか弓デカくなってねえか』

『当然だ。貴様に生身で戦う力が戻ったのだ。これでようやく本気で殺れる』

 

 やっと形勢逆転、かと思ったら、向こうもガチになりやがったり。

 

 ……ダメだヤベエ。思い出すとやっぱ吐き気がしてくる。

 

 なんとか五体満足で終わったけど、途中で「運が悪かったら今死んでたな」っつー場面は何度もあった。あの人ほんとに医者なのかよ。人を治すことより人をいたぶる方が本業なんじゃねえのかってくらい、手慣れたシゴキだったぞ。

 

 脳裏によぎった地獄の日々を頭から追い出して、どうにか現実に帰還する。今、俺は完現術を発動させ、空気を踏みしめ宙を走っている。

 

 復活したとはいえ、基礎体力の鍛練に時間を食われ過ぎたせいか、完成形の全身装甲までは戻ってねえ。今の俺の姿はその手前、黒い霊圧を死覇装状にコントロールして纏い、右手の代行証を基点に創り上げた霊圧の刃で武装した状態だ。

 石田の親父さんから課せられたリハビリ、いや鍛練、っつーかイジメ(死神化せずに延々と矢から逃げつつ私を倒せ、とかいう無茶振り)から生還するには、最低限この状態になんなきゃ生き残れなかったしな。

 

 

 肝心の巨大虚はとっくにブッ倒した。倒すのにかかった時間はたったの二秒(・・)。逃げ回る竜之介から虚を引っぺがすために、とりあえず突っ込んで胴に一撃入れたら、そのままアッサリ消滅しやがった。

 

 霊圧と図体のデカさだけはしっかり巨大虚のそれだったクセに、ヤケに脆い。あんまりにショボかったんで「さてはデコイか?」とか考えて、遅れてきた志乃に頼んで技術開発局のリンに問い合わせたが、俺が攻撃した時刻に、ちゃんと虚の反応は消滅してたらしい。マジで見かけ倒しだったみたいだ。

 

 そんなウドの大木から逃げ回ってた竜之介を一発ド突いてから、一応下の丘の損傷具合――損壊どころか傷一つなくて人もいなかったが――を確認して、ようやく家路に着いたトコだ。時刻は午後十時過ぎ。人通りもまばらな空座町の街並みを見下ろしながら虚空を蹴って跳んでいると、

 

「――くーろさーきサーン!」

「……浦原さん? こんな時間になにやってンだ、あの人」

 

 遥か下方、瓦屋根の上に立ち、甚平を着てヘンテコ帽子を被った男がコッチを見上げているのが見えた。誰何する間でもねえ。あの妙ちくりんなカッコと俺をサン付けにする呼び方は、駄菓子屋兼尸魂界霊具卸売店『浦原商店』店主・浦原喜助以外に有りえない。

 

 『日蝕を纏いて(クラッド・イン・エクリプス)』を解除しつつ空気を完現して、なるたけ音を立てずに屋根の上に降り立つ。夜風に吹かれ、甚平の上に重ねた羽織をはためかせる浦原さんの姿は、一年通して変わらねえ。

 

 昔、そのカッコだと冬寒くねえか、とツッコミを入れたことがあったけど、なんかムダな霊術で体感温度をコントロールしてるとかしてねえとか言われた。この人がすげー頭いいってのは今までで散々思い知ってきたことだが、それでもやっぱり胡散臭い。

 

「こんな夜更けに屋根の上に突っ立って、なにやってんだよアンタは」

「いやー、行木サンが虚から逃げ回ってたからちょっとお手伝いにでも、と思って外に出たんスけどね。その前に黒崎サンが行ってくださったんで、アタシはここから遠目に見物してました」

「それはねーな。後半はともかく、前半はカンペキ嘘だろ。アンタのバカ広い霊圧知覚で、俺が駅に向かって歩いてたことぐらい、判らないハズがねえ。どーせ最初っから見物一択だったんじゃねーのかよ」

「ありゃ? バレちゃいました?」

 

 扇子を開いて口元に翳し、浦原さんは軽い口調で応じる。バレたじゃねえよ、と言いたくなるが、この人にマジメに取りあったら負けだ。スルーして、

 

「んで? 何の用だよ。世間話するために俺を呼び止めるほど、アンタもヒマじゃねえだろ」

「さすが黒崎サン、話が早いッスねェ」

「うっせ」

 

 計画通り、とでも言わんばかりに帽子の下でニヤニヤ笑いを作る浦原さんに案内されて、浦原商店の客間に通される。夜一さんたちは出払ってるのかあるいは寝てるのか、室内には誰もいない。戦争終結から三年以上経っても、未だに尸魂界の立て直しは終わってないってのは竜之介から聞いてたから、その支援にでも行ってんのかもな。

 

「……さて、黒崎サンを呼び止めた理由ですが、実はさっきの虚に関してお聞きしたいことがあったんスよ」

 

 ちゃぶ台前の座布団に胡坐を掻き、浦原さんが手ずから淹れてくれた茶を啜っていた俺は、その言葉に動きを止める。別に強いワケでも、言葉を喋れる知性があったわけでもねえ、ただ弱いだけの巨大虚だった。訊かれても話すことなんざ、碌に思いつかない。

 

「いいけどよ、別にヘンなトコなんてなかったぜ。戦闘も一瞬で終わらせちまったし」

「ええ、それはアタシも承知してます。数秒でカタが付いたことは、黒崎サンの到着後すぐに虚の霊圧が消滅したことから判ってますし。けど、問題はそこじゃないんス」

「んじゃあ、何だよ」

「虚が消滅する瞬間、なにか他の虚とは違う挙動を見せなかったッスか?」

「他の虚と違う挙動? ……いや別に、フツーに身体が崩れて消えてっただけだ」

 

 質問の意図が分からず、俺は眉根をひそめた。断末魔もせずアッサリ消えていったし、最後の悪あがきに爆発した、なんてこともねえ。ありふれた消滅の仕方だった。そんなこと訊いて、一体なんの得が……いや、待て。

 

「浦原さん、もしかして現世か尸魂界でなんかあったのか? 妙な力を持った連中の出現とか、消える瞬間になにか仕掛けを残す虚とか、そんなんが」

「いえいえ、特にこれといった事件はないッス。というか、アタシが気にしてるのはむしろ、その逆方向の問題でして……」

 

 穿ち過ぎな気もするんスけどね、と前置きした浦原さんは、手元の湯呑みから茶を一口飲み、間を空けてから話しだした。

 

「最近空座町、というか、東京に出現する虚が、やけに弱体化してるんスよ。現世に配備される死神は基本的に一定レベルの一般隊士、それに対して虚の強さはピンからキリまで。よって、相手が悪ければ死神側に死傷者が出るのは当然ですし、大虚なんかが襲来すれば、下級隊士では確実に死にます。

 しかし、ここ数か月の間、虚による死神側の死者数はゼロ、負傷者数も月にほんの数名という状況が続いてるんス。その上、人間が死亡した際に(プラス)が発生する件数も減り気味でして、現世駐在の死神のお仕事がめっきり減っているんですよ」

「いいじゃねーかよ、それで。虚が弱くなって、自力で成仏する連中も増える。万々歳じゃねえか。それのドコが問題なんだよ」

「だから、穿ち過ぎかもって前置きしたんスよ。尸魂界側も特に問題視はしていない……といいますか、復興に力を注いでいるせいでそれどころではないのですが。なので、これは証拠も何もない、完全十割、アタシの勘と経験から来る違和感に過ぎないッス」

 

 そう言って苦笑しながら、浦原さんは湯呑みを指先で玩ぶ。ただ、勘と違和感だけ、って自分で言うにしては、帽子に半ば隠れた目の色は真剣に見える。

 

「古今東西、虚が進化したことは数限りなくありましたが、何の要因もなく弱体化したことは一度もないんス。崩玉が虚圏から失われたことや、滅却師に力のある虚が殲滅されたことを考えても、強い虚が消える原因にはなっても虚そのものが弱くなる原因には繋がらない。何か、理由があるハズなんスよ。

 霊の減少だってそうッス。黒崎サンがついこの間まで囚われていたような『仮想世界』の出現と台頭によって、ゲーム中にそのまま死んでしまったことで、『自分が死んだことにすら気づかない』人が一気に増えました。当然、死んだことに気づいてないんだから自力で成仏なんかできませんし、事実そういった死因で亡くなる人はここ最近急速に増えている。そんな現世の状況からすれば、霊は増えるのが自然なハズだ。でも現実はその逆。虚に食われたなら痕跡が残りますし、そもそもその虚が霊を食らう前に死神が瞬殺してしまっているのが現状なんスけどね」

 

 だからとりあえず、虚の戦闘力以外の要素に変化がないか探ってるんですけどねェ……とボヤき、浦原さんはポリポリと頬を引っ掻いた。無精ひげの浮いた顔は、今度こそ口調通りの困り顔。どうも本気で悩んでるらしい。

 違和感があるとか言われても、別にこっちからなんか出来るわけでもねえし、とりあえず「なんか気づいたら知らせる」とだけ言っておいた。

 

「……ンで? 用ってのはそんだけかよ。だったら立ち話とか電話でも良かったんじゃねえか、そんくらい」

「あーいえいえ、今のは用といいますか、半分確認・半分アタシの愚痴みたいなものでして。頭の片隅に置いといてもらう程度でけっこうッス。大事な話、本題はむしろ、ココからなんスから」

 

 元の飄々とした食えない笑顔に戻った浦原さんは自分と俺、両方の湯呑みに茶を注ぎ足し、空になった急須を脇にどける。今度こそマジメな話かと、俺は茶を飲み、口を湿らせて問答に備える。

 

 浦原さんは俺と同様、ゆっくりとした動作で茶をすすり、コトリと音を立てて湯呑みを置いて居住まいを正す。いつの間にか笑みを消し、たまに見せる冷たい刃みたいな眼差しで俺を見る。

 

「黒崎サン」

「……なんだよ」

「さっき駅で一緒にいた女子高生サンは、黒崎サンの彼女ッスか?」

「帰る。死ね」

 

 一秒と間をあけずに突っぱね、立ち上がって踵を返す。

 

 付き合った俺がバカだった。身構えた俺がアホだった。散々タメといてそれかよ。マジで何なんだこの人は。っつーかどうやって見てたんだよ、店にいたんじゃなかったのかアンタは。

 

「あれ、もしかして違いました?」

「違うに決まってンだろ! つかそれのドコが大事な話だこのエロゲタ帽子!! バイトで家庭教師の真似事してて、夜道がアブねえから送ってやってただけだ! カノジョでも何でもねえ! はい終了! じゃあな!!」

「えー、そんだけッスか?」

「なに不満そうにしてんだテメーは! もういい、知るか!!」

 

 ズンズンと足音を鳴らして出口へ向かう。ムダな時間を食っちまった。明日の予備校は一限からケツまでフル授業だ。とっとと帰って寝たい。

 

 肩を怒らせて引き戸に手をかける俺の背中に、浦原さんの声が届いた。

 

「しかし、彼女は冗談としても、家庭教師ッスか。それは意外ッスねぇ……あれほど暴発(・・)を繰り返しているなら、てっきり霊力関係の相談だと予想してたんスけど」

 

 

 ピタリと、俺の足が止まった。

 

 暴発? 何のことだ。

 

 言い方からして、霊力の暴発ってコトか? だが、詩乃に霊力はねえ。至って普通の人間だ。

 

 ウチにいたこの二週間、アイツの霊圧は全く変化しなかったはずだ。いくら俺が霊圧探知が苦手だっつっても、あんだけ近くにいる奴の霊圧変化に気づかないハズがねえ。

 

「あ、別に黒崎サンと一緒にいる時は何ともなかったと思いますよ? ただ、暴発を繰り返した痕跡を見つけたってだけの話ッス」

「……どういうことだよ」

 

 引き戸にかけていた手を退け、振り返ってマジメなトーンで問う。俺の考えを見通したような口調の浦原さんは座ったまま動かない。腰を据えて話そうってことかと解釈し、俺も座布団の上に再び腰を下ろした。

 

「順を追って説明しましょうか。まずはそもそも『暴発』とはなにか、について。黒崎サン、朽木隊長に刺されて死神の力を失った後、ウチの雨と戦ったのを覚えてますか?」

「あぁ、霊力を取り戻すためにやったヤツだろ。当たったらマジで死ぬレベルの一発を躱すことで、魂魄を命の危機に晒して霊圧を上げる修行……」

「そうッス。アレを肉体に入った状態、つまり生きている人間が行った際に起こる現象を『火事場の馬鹿力』と言います。生命の危機に瀕した魂魄が瞬間的に霊圧を上げ、それが肉体にフィードバックすることで超人的な力を発揮し、迫った危機を乗り越えんとするはたらき。程度の差はあれ、人間なら誰しも持つ一種の霊能力ッスね」

 

 その辺は何となくわかるし、聞いたことがある。

 

 チャドなんかはその辺のコントロールを昔から無意識にできるタイプで、普通の人間なら死んでるような事故に遭っても、霊圧を無意識かつ瞬間的に放出することでダメージを減らしていたようだ。高三の頃、完現術の修行をしてる中で本人から直接聞いた。そこまではいい。

 

 問題は、それが『暴発』とどんな関係があるのか、だ。そう思った俺の思考を見透かしたように、浦原さんは言葉を続ける。

 

「『暴発』に関しても、起きている現象は同様です。人間の魂魄が瞬間的に霊圧を上げることで、超人的な力を発揮する。そこまでは一緒だ。ですが、それによって引き起こされる結果と、起こる人間本体の前提条件が異なります」

「結果と、前提条件?」

「はい。前提条件に関しては、至って単純。その人が、何らかの霊能力の才能だけ(・・)を秘めているということッス。わかり易く言うなら、絵を描く才能に富んでいるのに絵の具を持っていない人、みたいな感じでしょうか」

「……つまり、何らかの霊能力の才能があっても、霊力を持っていないがために力を発揮できていないようなヤツ……ってことか? で、そういうヤツが命の危機に瀕した時、一瞬だけ霊圧が上がって突発的に能力が解放されちまう。だから『暴発』ってコトかよ」

 

 話の流れと『暴発』って単語の語感からそう推測すると、浦原さんは大きく頷き、肯定の意志を返してきた。

 

「その通りッス。付け加えれば、元々霊能力の才能を持つ人は、その時点で他の一般人とは違う霊体の構造になっていることが多いです。一般に魂魄の霊圧上昇を引き起こすのに手っ取り早いのは『生命の危機』ですが、霊能力を持っている人の場合は、その特殊な霊体構造故に、霊能力の起源や性質、個人の抱える信念、そういった物に対してはたらきかける強い外部刺激があっても『暴発』に至るケースがあります」

「成る程な。だから、結果も人によって違うっつーワケだ。そりゃそうだ、持ってる霊能力なんざ人それぞれで違ぇんだ。『暴発』の結果で起きるのは、超人的な身体能力だけとは限らない」

「お、黒崎サン、今日は冴えてますねぇ。なんスか、やっぱり彼女さんのピンチだからやる気出しちゃって――」

「だからちげーっつの!! つか今日はってなんだよ! 俺でもそれくらいフツーに判るわ!!」

 

 そのままちゃぶ台を返しかねない勢いで盤に両手を叩きつける。ここまでマジメに話してたっつーのに、なんでいちいち茶々入れんだこのゲタ帽子は。

 

「だって息詰まるじゃないッスか。戦闘中でもないのに、ヤなんですよ、こーゆー空気」

「嘘つけ、アンタ戦闘中いっつもそんなんだろ……って、ソコじゃねえ。今俺、まだなんも言ってねえぞ」

「表情見ればわかるッスよん。黒崎サンの考えてることは、いちいちわかり易いッスからね」

「……テメエ」

 

 さらっと「単純な男」とバカにされた気がして、目の前の帽子野郎を睨みつける。が、この人がコッチの機嫌なんかに頓着するはずもなく、何事もなかったかのように話が再開された。

 

「ま、その辺はさておいて、話を進めましょうかね。

 アタシが『暴発』の痕跡に気づけたのは、ホントに偶然でした。近々技術開発局から現世に卸される『定点観測型録霊蟲』を、性能テストのためにあの大通りに仕掛けておいたんス。そこに黒崎サンが知らない女性と歩いてるのが映ったんで、精密解析の試運転に丁度いいかと思って解析にかけました」

「んで、その結果を見てアイツに『暴発』の痕跡を見つけたっつーワケか。確かに偶然だ、アンタがテキトーな嘘吐いてなきゃな……つかそれ、盗撮って言わねーか」

「現世の治安維持のためなんスから、リッパなお仕事ッスよ」

 

 いけしゃあしゃあとコイツは……とこめかみをヒクつかせてた俺だったが、ここで一つ、気になったことがあった。

 

「なあ浦原さん、アンタさっき、『暴発』の相談に来てねえことを"意外"だって言ったよな? もし詩乃が……あァ、その女子高生の名前、朝田詩乃っつーんだけど、アイツが自分の『暴発』を自覚してなかったり、霊能力だなんて思わずに別に原因があるって思ってたら、相談に来なくても意外じゃねーんじゃねえの?

 それに、俺が霊感体質だってこと、多分アイツは知らねえよ。百歩譲って悩んでたとしても、会って半月の俺に相談しようなんて思わないだろ、フツー」

 

 信用はされてるんだろーが、そんなことまで話す間柄じゃねえ。と言うか、詩乃の性格上、俺にそんな弱みを見せてるのと同然の相談を持ちかけるなんて、アイツがするとは思えない。

 

 そう感じた俺の疑問に対し、湯呑みに口を付けていた浦原さんは、ごもっともッス、とでも言うかのようにアッサリ首を縦に振った。

 

「えぇ、その可能性は高いですし、おそらくその通りかと。

 ですが、あそこまで『暴発』を繰り返しているとなると、もしかしたらすでに『開花』しかけている可能性も十分に考えられます。実際に会ってみないことにはそこまで判断することはできませんが、もし『開花』に近い状態まで進んでいた場合、幽霊の知覚や黒崎サンの強大な霊圧に気づくはず、と思ったんス」

「……『暴発』を、繰り返してる? 無自覚のクセに、そんなホイホイできるモンなのか、『暴発』って」

「可能かどうかで言えば、勿論可能です。茶渡サンがそうであったように、才能にさえ富んでいれば、肉体にかかる多大な負荷という代償を支払うことで連続的に『暴発』現象を引き起こすことは可能かと。

 それに、繰り返していると言っても、勿論間隔を空けての話ッス」

 

 浦原さんはどこからともなく一枚の紙を取り出し、俺に見せてくれた。横長のそれに描かれていたのは、拡大されたグラフだった。縦軸に霊圧強度、横軸にミリ秒が取ってある。

 

「データを見た限りでは、朝田サンの霊圧の微弱な変化に、一定の周期が観測されています。これは、定期的に『暴発』ないしはそれに近い瞬間的な霊圧の上昇状態に晒されている人間に見られる現象で、度重なる霊圧の急激な上昇に備えるための、魂魄による一種の予備動作のようなものです。

 また、この現象は一般人そのものだった魂魄の構造が変化し始め『一般人』と『能力者』の間で魂魄が揺れていることの証でもあります。もしこのまま定期的な『暴発』を繰り返せば……」

 

 そこで一度言葉を切り、浦原さんは俺の目を見てから、

 

「おそらく遅くてもあと二年ほどで、彼女の魂は常時霊力を帯びた『開花』の状態となります。同時に能力も完全に表に現れ、そうなれば朝田サンは『能力者(こちら側)』の存在へと変化します」

 

 

 一切の淀みなく、断言した。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 深夜零時過ぎ。

 

 普段だったら虚でも出ない限り寝てる時間帯。けど、浦原さんとの会話が脳内にリフレインするせいでどうも寝付けねえ。風呂から上がり夕食を済ませた俺は、部屋の電気を消したまま窓を開け、ベッドの上で何もせずボーッとしていた。

 

 俺は詩乃の過去なんて知らない。だからアイツがなんで強くなんなきゃいけねえのか、強くなってどうしたいのか、その辺は見当もつかない。だから、もし霊力がアイツに宿っちまったら、果たしてそれは詩乃にとってプラスになるのか、分からなかった。

 

 フィジカル的な意味合いじゃ、文句なしに強くはなる。でも、霊力を得て能力を持ってコッチ側に来るってのは、その時点でもう普通の人間の生き方とは違ってくる。死者が当たり前に見える生活。俺にとっては慣れたモンだが、それはきっと、今まで普通に生きてきた連中からしたら、毎日が異常な非日常だ。

 そんなトコに行こうとしてる詩乃に対し、俺は一体どうすりゃいいのか。浦原さんには対処を考えさせてくれ、とは言っちまったけど、その答えが見つからず、独りでボケッとしながら考えていた。

 

『――あ、一護? こんな時間だけど、電話大丈夫? その、ちょっとだけでいいから』

 

 そんな俺の状態を見透かしたように、この時間はとっくに寝てるリーナから電話がかかってきた。いつものノリなら「明日にしてくれ」か「とっとと寝ろ」の一言でブチッと切るトコだが、

 

「……いいぜ、なんか用かよ」

 

 今日ばっかりは例外だ。大人しく会話を続ける。

 

『……ん、ありがと。用というか、報告が二つある。今日の夕方、一護が拉致された後、あのパン屋の前で茶渡さんに会った。一護によろしく伝えてくれって』

「律儀なヤツだな。別によろしく伝えてもらう間柄じゃねえだろ」

『親しき仲にも礼儀あり、と言う。いくら見た目がヤンキーでも、それくらいの礼節は守った方がいい。茶渡さんを見習うべき』

「うっせーな。今度メシでも行くさ」

『エギルのお店がオススメ。あの二人のツーショットはきっと迫力がある』

「……軽く営業妨害じゃねーか、それ」

 

 エギルとチャド、二人の巨漢が並び立つ絵面を想像して思わず顔を引きつらせる。どう考えてもカタギに見えねえ組み合わせだ。どっちも知り合いとはいえ、俺でもこのペアはビビる。

 

「んで? もう一つはなんだよ」

『この前言ってたケーキが届いた。次の一護の模試が終わったら、一緒に食べたい』

「ああ、そういやそんなのもあったな。それこそ、エギルの店にでも持ちこんで食うか」

『ん、それがいい』

 

 実家のコネを駆使したとかで、ベルギーのパティシエが作ったとかいう高級チョコレートケーキを買ってたらしい。エラい賞をいくつも獲ったとか、どっかの国のお偉いさん御用達だとか言ってた気もするが、細かいトコは忘れた。まあ、リーナの食べ物選定に外れはねえし、期待損ってことはねえだろ。

 

 ……ん?

 

「おい、リーナ」

『なに?』

「今ので報告二つ終わったっつーことは、そんだけのためにわざわざ深夜に電話かけてきたのかよ」

『ん。最初にいったはず。ちょっとで終わるから、って』

 

 いや確かにそう言ったけどよ、どっちも火急の用ってワケじゃねえ上に、すげー短いじゃねえか。メールにしとけよそんくらい。

 

 とか思い、実際にそう言ってやろうとしたが、それより早く欠伸が出そうになった。気づけば瞼もいい感じに重い。リーナと駄弁って無駄に冴えてた頭が緩んだのか知らねえが、これはもう寝れる。これ以上無理に続ける必要もねえし、今度こそ寝るか。

 

「そうかよ。んじゃ、もう寝るわ」

『……そう、よかった』

「は? よかったって、何がだよ」

 

 意味が分からず訊くと、電話口の向こうでごく微かな笑い声。最近になってやっと聞きなれてきた、リーナの微笑んだ時の声だった。

 

『一護の声、最初ちょっとだけ硬かったし、こんな時間にかけたのに突き放さないから、何かあって眠れてないのかと思った。けど、今は元に戻ってる。素っ気ない返しからして、眠気も大きくなってきたはず。だから安心、よかった』

「……お前さ、何度も言ってっけど、マジでエスパーなんじゃねえか。それともアレか、霊能力者かよ」

 

 ホントに、詩乃よりコイツの方が能力者っぽい。思わず苦笑しながら、わりと本気でそう思った。

 

『別に、ただ想像しただけ。それに私が超能力とか使えたら、読心なんてつまらないことには使わない。無限に美食を召喚し続けるに決まってる』

「ブレねえな、いちいち」

『当然でしょ。それじゃ一護、そろそろ切る。バイト先で美少女メガネJKと一対一だからって、犯罪には走らないようにね』

「だから頼まれてもしねえっつの。んじゃあな、リーナ」

『ん、お休みなさい』

 

 リーナとの電話を切り、窓を閉めた俺はベッドに寝転がった。途端に睡魔が襲ってきて、さっきまで以上に瞼が重くなる。それに抗うことなく目を閉じた俺は、霞む意識の中でもう一度、浦原さんとの会話を思い出していた。

 

 詩乃が能力者になりかけてるってのは判った。

 

 多分それは、詩乃が頑なに他人を頼ろうとしない、独りで強がってる理由に関係がある気がする。ってことは、アイツからその中身を話してくれるか、霊力が開花して幽霊やらなんやらが見えるようになるまでは、コッチは待つしかねえ。

 

 とりあえず、比較的ヒマな再来週あたりにでも文京区に行って、アッチの担当の死神にでも言付けとくか。能力者モドキがいるから、たまに気にしといてくれ、とでも言っとけばいいだろ。後の細けえことは、追々でいいか。

 

 割り切ってスッキリした頭で俺は意識を睡魔に委ねる。

 

 夜の闇に飲まれる直前、一つ、ちょっとした疑問が俺の頭ン中に思い浮かんだ。

 

 

 

 ――そういや俺、リーナにはまだ詩乃のこと、話してなくねえか?

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

予想よりも浦原さんパートが長くなったので、仮想世界での動きの描写は延期しました。

……なんか色々好き勝手に設定してしまいました。

現時点で何となく今章のオチが見えた方も、もしかしたらいらっしゃるかと思います。
ですが、感想欄で今後の展開に関わることを書いていただいても、一応ネタバレ防止ということで、その部分に関してはコメント出来かねますので予めご了承くださいませ。


次回は時を半月進めて十二月初旬、かつ、初めてのシノン視点の予定です。


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Episode 15. Killing her heim

お読みいただきありがとうございます。

第十五話です。

詩乃視点でお送りします。
苦手な方はご注意ください。

よろしくお願い致します。


<Sinon>

 

「――えー、ですから、受験で使う英単語は、最終的には機械的に暗記するしかないのです。巷では魔法の暗記法などと謳う低俗な本が出回っていますが、そんなものに頼ってはいけません。栄えある日本の未来を担う皆さんは、しっかり正面から取り組み、困難の末に数千数万の単語群を制覇する達成感を味うべきでありますので……」

 

 男のくせにやけに甲高い声で話す英語教師の声に、思わず嘆息が漏れる。

 この話をするのは、記憶しているだけでも四回目だ。覚える気もなかったのだが、ここまで繰り返し自信満々に語られればイヤでも覚えてしまう。隣の席の生徒たちが「また始まったよ」「いい加減鬱陶しいよな」とひそひそ話を始めたが、英語教師の熱弁が止まる様子はなかった。

 

 どこか有名な大学を卒業し、エリート講師を自称するこの男の評判は生徒の間でもかなり悪いようだが、本人はそれに全く気付いていない。その証拠に、私が入学してからの半年間、この自分より格下と判断したものを見下し、自分の主張こそが正しいと信じて疑わず、しかもそれを押し付けるような話し方は全く変わっていない。

 

 本当に、無駄な時間だ。そう思い、教科書で隠した自作の暗記ノートに目を戻す。

 

 通いだしてそろそろひと月経つ、「なんでも屋」で教わって作ったこのノートには、同じページ内に共通する要素を持つ単語しか書かれていない。今開いているページには、Interact、Interrelate、Interludeというように、全て"Inter"で始まる単語のみが書かれている。

 

『"Inter"っつーのは、ラテン語の『間にある』みたいな意味の単語なんだとよ。だから、"Inter"で始まる単語はゴリ押しで暗記するより、分解した上でまとめて覚えた方が早ぇ。

 "act"は『作用する』だから"相互作用(Interact)"。

 "relate"は『関係する』だから"相互関係(Interrelate)"。

 "lude"はちょっと例外で、"play"と同じ『遊ぶ・演じる・演奏する』って解釈する。だから『間に演じる・演奏する』ってことで"幕間・間奏曲(Interlude)"っつう意味になる。こうやって覚えりゃ、他の単語にも応用が利くだろ』

 

 私が暗記に苦戦している時に、あのぶっきらぼうな男にそう教わった。

 勉強にはまるで縁のなさそうな外見をしているが、医学部受験生を名乗り、実際に模試で好成績を叩き出している(この前店長さんと盗み見た模試の結果は、都内の有名大医学部志望でA判定だった)あたり、どうやら勉強はかなりできる方らしい。

 

 黒崎一護。

 

 年齢二十一歳。医大専門予備校生。

 髪の色はオレンジ、瞳の色はブラウン。百八十センチ近い身長と細身でありながら筋肉質な体躯。そしてなにより常に眉間に皺の寄ったしかめっ面と乱暴な言葉づかいは、どう考えてもチンピラのそれ。私が最も嫌いなタイプの姿をしていた。

 

 初めて会った時、「なんでも屋」というグレーな商売をしている事務所に単身で訪れて緊張していたということもあり、一護を見るなり、

 

「絶対に暴力を振るってきそう。そうなったら絶対に警察に通報してやる」

 

 と最大限に警戒し、常にポケットのスマートフォンを緊急通報待機状態に設定していた。店長の育美さんが面倒見のいい女性でなかったら、多分顔合わせした直後にこちらから依頼をとりさげていただろう。そう思うくらい、私の中での第一印象は最悪だった。

 

 しかし、嫌々ながらも事務所に通い、一護に勉強を教わっていく中で、その評価は上方修正されていった。

 

 彼は私の複雑な事情には基本的に触れず、自分の経験を踏まえた勉強法やアドバイスを提供し、夜道では無言を貫く私にイヤな顔一つせず(顔つきはしかめっ面から変わっていないため、傍から見ればイヤそうな顔をしているんだろうけど)大通りまで送り届ける。

 近寄っても拒まない、去ろうとしても、引き留めはするが深追いしてくることは無い。そんな素っ気ないようで無関心ではない、変わったスタンスは、不思議と私の警戒心を和らげていった。

 

 ……けど、それだけだ。

 

 無論、信用はしている。

 一護に関しては、ひと月経っても週に四回訪れて勉強を教わり、夜道を二人で歩くことに抵抗がなくなる程度には、彼の学と安全性を信じている。どうにも憎まれ口の応酬が収まらず、私と彼の性格の相性がかみ合っていないような気もするが、別に互いを嫌い合っているわけではない。馴れ馴れしい会話をあまり好かない者同士だから、ああなってしまう。それだけのことだろう。

 

 育美さんも少しお節介に感じることはあるけど、一児の母親らしいパワフルさは温かく、差し入れてくれる料理の美味しさはどこか安らぎを感じられるものだ。あの事件以来、私の母から欠落してしまった一部をもらえている気がして、少し安心できる。

 

 だからと言って、心を許したりはしない。

 

 彼らは敵ではなくても、味方でもない。中立的立場で仕事を請け負って遂行しているだけの存在で、私はその依頼人。私の本心を、おぞましい過去を、弱さを見せて良い相手では決してない。甘えてはいけない。必要以上にもたれ掛ってはいけない。

 

『――俺はともかく、育美さんにはあんま心配かけんなよ』

 

 いつかの帰り道、温かい飲み物を片手に、一護に言われた言葉がよみがえる。

 

「……煩いわよ。心配される義理も必要性もないわ。私を救えるのは、私だけなんだから」

 

 最低限に絞ったボリュームで、私は自身に言い聞かせるようにして呟いた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 放課後。

 

 十二月になり、すっかり寒さの厳しくなった商店街を独りで歩く。人通りはいつもと変わらない程度だが、季節ゆえか、どこか寂しい雰囲気が漂う。

 立ち寄ったスーパーの野菜も、安売りしているのは葉物や根菜中心で、何となく彩りに欠ける。けど、私には関係ない。味と見た目は二の次。最低限の栄養とカロリーさえ摂取できれば、食事なんてどうでもいい。

 

 メニューを考えつつそのままスーパーに入ろうとして、

 

「朝田ぁー」

 

 その隣、暗い路地の奥から自分の名を呼ばれた。

 

 その先にいたのは、三人の女子生徒。地面にしゃがんで携帯端末をいじっているのが、リーダー格の遠藤。立って壁に寄りかかっているのはその取り巻き。

 

「こっち来いよ」

「……なに」

「いいから来いよ」

 

 最低限の声で用件を問うた私を無視し、取り巻きの一人が私の手を掴んで路地の奥へと引っ張り込む。何を言い出すのか、なんとなく想像が付いた。

 

「わり、朝田。カラオケで歌いまくってたら電車代なくなちゃったぁ。明日返すからさ、こんだけ貸して」

 

 そう言って、遠藤は人差し指を一本立てる。一万円寄越せ。率直に言えば、そういう意味だ。

 

 半年前、東北から引っ越してきて間もない私に近づいてきて「友達っしょ」という言葉を盾に、私が一人暮らしをしているアパートをいいように使っていた連中。部屋の占有の度が過ぎた時に警察を呼んで追い払って以降、私の故郷での過去を全校に暴露する報復を行い、金銭の要求をしてくるようになった。私にとって、周囲に気を許してはいけないことを再認識させた、明確な「敵」。

 

 前回は「持ち合わせがない」と言って断った。が、今回も同じ手が通じるとは思えない。私を虐げるためならどんな労力も惜しまないような連中だ。また適当にはぐらかしてその場しのぎをしようとしても、理不尽な論理で退路を塞ぎに来るに決まってる。

 

 だから、

 

「嫌。あなた達にお金を貸す気はない。もう行くから、そこを退いて」

 

 きっぱりと、真正面から断った。

 

 私を取り囲む三人の眼光が一気に険しくなったのが分かる。が、実力行使には出てこれないはずだ。三人とも根っからの不良少女というわけではなく、学校内ではそれなりの「いい子」で通っているのだ。下手に手出しは出来ない。

 

 だが、遠藤はそれを見越したかのように嘲りの笑みを浮かべた。右拳を私の顔面に向かって突き出し、親指と人差し指を立てる。幼稚園児でも知っている、拳銃の模倣。

 しかしそれを見た瞬間、私の全身から血の気が引いた。突きつけられた人差し指、その先端から目が離せない。全身がかすかに震え出し、耳鳴りが両の耳朶を侵す。

 

「ばぁん!」

 

 突然、遠藤が大きな声を出した。子供じみた銃声の擬音。その音は本物の銃弾のように私の精神を貫き、意図せず悲鳴が漏れた。震えが大きくなり、立っていることさえもつらくなる。

 

「兄貴がさぁ、モデルガン何個か持ってんだよな。今度学校で見せてやるよ、お前好きだろ、ピストル」

 

 いや、やめて。そんなことをされたら絶対にその場で卒倒する。言葉から生み堕とされた銃のイメージ。それだけで私は体を前方に折った。

 

 けれどイメージは消えない。黒く光る、重い鉄。指に食い込む引き金。火薬の臭い。まるでそれらが今そこにあるかのように、鮮明に蘇ってくる。

 視界が暗くなる中、その銃口の先に、ゆっくりと血まみれの男の顔が浮かび上がる。焦点の合っていない、生気のない目。錆びた鉄に似た血の臭い。それが脳内を蹂躙し、私の体から力を奪っていく。

 

 そして、ついに限界が来た。足が折れ、力尽きた私はその場に倒れ込みそうになり――、

 

 

 その直前、背後の壁が爆発した。

 

 

「な、何だよ!?」

「知るか! ズラかるぞ!!」

 

 遠藤たちは私を捨て置き、猛スピードで路地から撤退する。しかし発作が起きかけた私の体は思うように動かない。倒れる寸前の無様な格好のまま、目だけを動かして爆発元を見た。

 

 

 そこにいたのは、化け物だった。

 

 

 二足歩行のアリクイのようなフォルム。灰色の肌。筋肉の筋が浮かび上がった、毛のない身体。胸にはぽっかりと円形の穴が開き、爆発元の壁に食い込んだ両手には、鋭く長い爪。顔には逆三角形の仮面のようなものが張り付き、奥から金色の目が覗いていた。宙に浮かび、私をただジッと見下ろしている。

 

「……な、なによ。こいつ……」

 

 逃げなきゃ。でないと死ぬ。殺される。

 

 本能で直感した。こいつから感じる禍々しい何かが、銃と同等以上の寒気を私にもたらす。生物としての直感だろうか、今ここに居続ければ確実に死ぬことが分かった。

 

 何とか足を動かそうとするが、力が入らず逆に倒れてしまった。恥を感じる余裕もなく、這って逃げようとする私の前に、怪物が下り立った。着地の瞬間に巻き起こった風圧に思わず目を閉じ、数秒の後に開いた瞬間、

 

「ひっ!?」

 

 今度こそ、明確な悲鳴が漏れた。

 

 怪物がその鋭い爪を、先ほど遠藤がしていたように、私の眼前目掛けて突きつけてきたのだ。三本しかない指を一直線に揃え、私の顔をそのまま貫こうとするかのように眉間に向けてくる。その向こう側に見える金色の目は、まるで私が怯えるのを楽しんでいるかのような、暴力的な色に輝いている。

 

 まるで機関銃の砲口をそのまま突きつけられているかのような圧力に、ついに限界が訪れた。

 

 喉の奥から悲鳴が、胃の奥から逆流してくる物が、同時に私の口に殺到する――、

 

 

 

「――ウチの生徒に、手ェだしてんじゃねーよ」

 

 

 

 寸前、聞き慣れた、男の声がした。

 

 

 同時に黒い影のようなものが私の上を飛び越え、怪物に直撃。同じく黒い刃物のようなものが怪物の白い仮面に突き刺さっていた。

 

 直後、化け物は雄叫びを上げると、そのまま全身を崩壊させ黒い霧になって消えていった。影はそのまま地面に降り立ち、その右手から怪物を貫いた刃を消し去った。

 

 影は良く見ると黒い着物のようだった。目の錯覚なのか、輪郭が炎のように揺らめいていて鮮明には視認できないが、後ろ姿はそう見えた。全身が真っ黒だが、唯一頭髪だけは派手なオレンジ色で、まるで夜の闇に灯る明かりのように目立って見えた。

 

 その後ろ姿、さっきの声、あれは、

 

「……い、一、護…………?」

 

 震える口で、掠れきった声で、思い当たった人物の名を呼ぶ。東京の郊外に位置する空座町にいるはずの彼がお隣と言うわけでもない文京区にいるとは思えなかったが、そうにしか見えない。

 

 果たして、予想は正しかった。振り返ったその着物姿の人物の顔は、紛れもない一護のしかめっ面だった。いつも以上に剣呑な眼光が私を貫き、それ以上になにか大きな圧力を感じて、言葉が出なくなった。

 

「……ッたく、アブねえな。言付けした直後にこれかよ。やっぱアテになんねーな、イモ山さんは。そんなだから空座町の担当外されんだっつのに」

 

 後頭部をガリガリと引っかきながら、一護はこちらに歩み寄ってくる。その時になって、私の体が硬直から解放された。同時に停止していた内臓機能が復活し、未だに収まっていなかったパニック発作が再開される。

 脳裏に蘇る銃のイメージ。突きつけられた怪物の爪。そこから想起される、銃身の長いフォルム。鉄の重み。それらが緊張から解放され、弛緩しきった私の肉体を徹底的に凌辱した。全身が痙攣し、熱い液体が食道を逆流してくる。

 

「おい詩乃、大丈夫かよ。どっかケガしたのか、立てるか?」

 

 少し心配そうな声で、いつの間にか黒い着物姿から私服へと変わった一護が、目の前でしゃがみ込みこちらに手を差し伸べる。けど、再びの発作に飲み込まれた私には、それに反応する余裕さえなかった。

 

 見ないで。お願い、どっか行って。心の中で、そう叫ぶ。けれど止められず、そのまま嘔吐した。胃の中にあったもの全てが熱湯の激流の如く喉を焼き裂き、口腔から吐き出される。

 

 なんて醜い姿。アスファルトに這いつくばり、嘔吐し、みっともなく痙攣する。目も当てられない、人未満の惨状。六十センチ上にあるであろう、一護の目に蔑視が宿っていることが、見なくても感じられるようだ。

 

 ……けど、現実は逆だった。

 

「詩乃!? どうしたんだよ! あのホロウになんかされたのか!? クソッ、なんかの毒でも食らったのかよ! しっかりしろ! おい!!」

 

 一護はうつぶせだった私を即座に抱き上げ、そのまま抱えるようにして背中をさすった。促され、継続して吐き出された吐しゃ物が一護の白いスニーカーやグレーのテーパードパンツを汚していく。しかし一護は頓着した様子もなく、ただ私の背中をさすっていた。

 

「クソ! ホロウの毒食らったなら、吐かせただけじゃ意味がねえ!! どっかで治療受けさせねーと……!」

 

 毒なんて大袈裟なものじゃない。ただの発作。そう言いたいが、喉が痙攣してしまっていて上手く喋れない。

 

「……井上ん家と浦原さんの店なら、若干だが浦原さんの店の方が近いか。ちんたらしてるワケにもいかねえ。この前もらった視覚防壁装置使って、一気に空から行くしかねえな。詩乃! 十分だけ耐えろ!! 必ずテメエを助ける!!」

 

 だから、違うってば。

 

 そう言いたいのに、言えない。

 

 もう大丈夫だから、放っておいて。

 

 そう突き放したいのに、動かない。

 

 発作の痙攣と脱力だけが原因じゃない。必死になって、本気で焦って、私を助けようとする一護の気迫に、抵抗力が奪われていく。

 

 そこで、今更ながらに気づく。

 

 ……ああ、そうか。

 

 これは夢なんだ。

 

 きっと私は遠藤に突き付けられた指の銃で気絶して、みっともなく地面に倒れてるんだ。連中は私の金だけ巻き上げて逃げたか、それとも流石に慌てて救急車でも呼んだのか。どっちでもいいけど、どちらにしろ、この光景は現実じゃない。

 

 いきなり化け物が襲ってきて、何故か着物姿の一護が助けに来て、いつもしかめっ面を崩さない彼が本気の焦燥感を表して私を助けようとしている。そんなこと、現実にあるはずがない。

 

 ……だったら、夢なら、どうでもいいか。

 

 そう思うと、抵抗心が霧消した。全身から力が抜け、強張っていた四肢がだらりと垂れ下がる。結果的に一護にもたれかかる形になったが、それでどうこう騒ぐような力は、もう残っていなかった。

 

 不意に圧迫感が強くなった。一護が私をしっかりと抱き抱えたのが分かった。支えていたさっきまでとは全然違う、密着と言ってもいい体勢。男の人の身体にこんなにくっつくなんて、夢であっても初めてかもしれない。恥ずかしいけれどこれは夢。誰が見ているわけでもない、私独りの世界。

 

 ならばいっそ、あの寒々しい現実に帰る前に、もうちょっとだけ……。

 

 そう思った直後、急速に視界が暗くなってきた。劇の終演とでも言うかのように、上の方から暗闇が下りてくる。

 

 一護が私を呼ぶ声が聞こえる。でもこれで充分だ。幻想の世界は、もうお終い。つらい現実に、帰らなきゃ。

 

 抗うことなく、私は意識を闇に捨てる。

 

 

 視界が黒く染まっていく中、古ぼけた映像のようなものが私の目に移った。

 

 暗闇の中に浮かび上がったそれは、雨の降りしきる河川敷で血塗れになって倒れている、一人の女性の姿だった。

 

『母ちゃん……母ちゃん……!』

 

 女性を揺すっているのは、彼女の子供らしき男の子。曇天をバックに、派手な色の髪を雨に濡らし、顔には雨粒とも涙とも判断つかない透明な水が幾重にも流れ落ちる。

 彼の悲壮に満ちた哀しい声に思わず心を打たれるが、しかし意識が闇に消えるのに今更抗えない。徐々に映像が薄れていく。

 

 完全な闇に鎖される直前、私の耳に飛び込んできたのは、

 

 

『――おふくろを殺したのは……俺なんだ……!!』

 

 

 さっきの子供と同じように泣きそうなくらいに歪み掠れた、聞き慣れた誰かの声だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 い草の匂いがする。

 

 伝統的な日本家屋の造りをしている祖父母の実家に住んでいた頃を思い出す、懐かしく、優しい匂い。高校に入学して以来帰っていない実家の空気を思い出しながら、私は目覚めた。

 

 なんだか随分と良く眠れた気がする。東京に出て来て独りで寝るようになってから、ずっと睡眠が浅かったのだが、今回は身体の芯まで休まるような、深い眠りだったように思う。

 

 その証拠に、ここ最近の身体の倦怠感もすっかり消え、目覚めたばかりの目も冴えていて……、

 

「…………え?」

 

 その冴えた視界に映った光景を見て、私は固まった。

 

 私がいたのは、いつもの六畳間ではなく、広々とした和室の中央だった。周囲に家財道具のようなもの何もなく、三方には襖、一方には障子が見える。自分が寝ているのは白い敷布団。しかも、何故か恰好は白い襦袢に緋色の羽織。寒くはなかったが、自分が見たことのない部屋の中で、こんな和装をしている意味が分からず、不安と混乱で鳥肌が立っていた。

 

 と、部屋の一方、襖の奥から足音がした。一直線にこっちに近づいてくる。一体誰なのか、私をここに運んできた人物なのか。誘拐犯だったらどうしよう、周りに何もないから武器になるようなものは皆無だし……。

 

 そう考えている間に足音が襖のすぐ向こうまでたどり着いた。ガタッという音と共に襖が揺れる。布団の中で身構える私の前で、襖が勢いよく開き、

 

「おーい、浦原さーん。スポドリとか買ってきたぜ……って、よぉ。目ぇ覚めたのか詩乃。具合どうだ?」

「い、一護!?」

 

 現れたのは、コンビニの袋を提げた一護だった。驚く私を余所に、いつものしかめっ面のままスタスタと室内に入ってきて、私の布団の横にドッカリと胡坐を掻いて座った。

 

「吐き気はもう収まったかよ。どっか痛ぇトコとか、だりぃとかあるか?」

「う、ううん、大丈夫……ってそうじゃないわよ! どうしてあなたがいるの!? ここは何処!?」

「ブッ倒れたオメーをここまで運んできたのが俺だからだよ。ここは俺の知り合いン家だ。倒れた場所から運び込めるトコで一番近かったから、ここに連れてきた」

 

 何てことないような口調で一護は説明し「とりあえずこれ飲め」と言って常温のスポーツドリンクを私に押し付けた。それを受け取ると同時に、私は自分の身に起こったことを思い出した。

 

 そうだ。放課後、私はスーパーに買い物に行った。店内に入ろうとしたところで遠藤たち三人組に捕まり、路地裏に連れ込まれて金銭を要求された。断ったら遠藤が指で銃を模して私を脅し、発作が起こりかけてその場に倒れそうになって……、

 

「……ッ!」

 

 化け物が襲ってきたのだ。

 

 そいつの尋常ならざる禍々しい重圧に耐えきれず、逃げようとして失敗して、突きつけられた長い爪で発作が起きてしまった直後、着物姿の一護が化け物を討ち倒し、発作で痙攣し嘔吐する私を抱えて……という、夢を見た。思い出すだけで疲弊しそうなくらいリアルで、しかし私らしくない非現実的な内容の夢。

 おまけに自棄になって一護にもたれ掛かるという恥態を晒した。夢の中とはいえ、甘ったれた自分の脳幹を吹っ飛ばしてやりたくなる。

 

 顔に羞恥が表れないよう理性を総動員しながら、ふと一護の恰好を見る。

 

 いつも服装には気を使っているらしい彼にしては珍しく、スウェット地のズボンに濃い紫のパーカーという姿、部屋着のような恰好だ。まるで私服を汚してしまったからとりあえず着てきた、とでもいうかのような服装……そういえば、夢の中でも、私は一護の服を汚してしまったような……あれ?

 

「とりあえず治療は済んだ。崩れた壁の破片でついた傷も、あの化け物(ホロウ)の残滓も、ちゃんと癒えてる。今はとりあえず水分摂って休んでろ。吐いた後なら、尚更だ」

 

 化け物によって崩壊した建物の壁面。

 

 一護がホロウと呼んだ化け物。

 

 嘔吐し彼の服を汚した記憶。

 

 夢の内容に、一護が提示した現実がリンクする。誰にも話していないどころか、私自身ですら曖昧だったはずの夢の内容が、彼の言葉に補完される形で現実となって、鮮明に脳裏に蘇る。

 

 ……そんな、そんなハズはない。

 

 あんなのが夢じゃないなんて、そんなはずがない。物理法則、常識を完全に無視したフィクションのようなあの数分間が、私の脳内で再生された幻想ではなかっただなんて、信じられるわけがない。

 

 でも、この状況は……、思考が混乱してきた、その時。視界の右端の襖が開き、奥から一人の男が出てきた。

 

「黒崎サン、お帰ンなさい。お遣いご苦労様でした……おや、目が覚めみたいッスね、彼女サン」

「だからちげぇって何回言わせんだゲタ帽子! いい加減シツコイっつの!!」

 

 一護のキレツッコミを受け流すように、ゲタ帽子と呼ばれた男は、そうッスか? とすっトボけた声を出し、懐から取り出した扇子をパンと広げた

 

 妙な男だった。

 深緑色の甚平に黒い羽織。頭には白と緑のストライブ柄の入ったつばの広いハットをかぶり、その端からは木蓮の花を思わせる淡黄色の髪が覗く。つばの下の顔は三十代前後と思われ、無精ひげの生えた顔には飄々とした笑みが浮かぶ。はっきり言って妙と言うより、「胡散臭い」が似合う雰囲気。そう感じた。

 

「どうもッス。お加減は如何ッスか? どこか違和感のあるところとか、ありません

か?」

 

 軽い口調で男が訊いてくる。一護にも答えたが、特に身体に痛み違和感はない。それ以上に気になることが多く、そんなことはどうでもいいと声を上げたくなるのを抑える。

 

「いえ、ないです……あの、あなた誰なんですか? それに此処は一体……?」

 

 そう問うと、帽子男は「これは失礼」と帽子のつばを指で押し上げ、私と目を合わせた。鈍色に光る眼が私を真っ直ぐに見据え、思わず居住まいを正す。

 

「アタシは浦原喜助。浦原商店ってしがない駄菓子屋の店主をやってます。以後、お見知りおきを」

「……だ、駄菓子屋?」

「そッス。スナック菓子に飴ガムチョコ、古今東西日本全国津々浦々の駄菓子を販売する空座町の隠れた名所なんスよん」

「しれっと大嘘つくんじゃねーよ。遊子がたまに買いに来ても、ろくに客がいたためしがねえっつってたぞ」

 

 ビニール袋から取り出した紙パックのジュースにストローを刺しつつ、一護が呆れた口調で切り捨てるが、当の本人は全く意に介さない様子で、

 

「そして時たま、ちょっとした裏稼業も行っております。たとえばそう、『怪物に襲われた女子生徒の治癒』だったり」

「……!」

 

 息を飲んだ。この人も一護と同じことを、いやでも一護から聞きかじったことにつじつまを合わせて話しているだけの可能性も……。

 

「おや、信用されてないッスね。では一つ、お聞きしましょう。あなたは怪物に襲われ、黒崎サンに助けられた。その後意識を失う直前、彼に抱きかかえられたそうな。その時、何か視えましたか(・・・・・・・・)?」

「…………あっ」

 

 言われて思い出す。確か意識を失う直前、知らない映像を見た気がする。雨の降りしきる河川敷。血まみれでうつ伏せになって倒れる女性。その子供とおぼしき派手な髪色の子供。そして、

 

「――そして、その中に黒崎サンの痕跡を見た。そうッスね?」

 

『――おふくろを殺したのは……俺なんだ……!!』

 

 ……そう、一護の声を聞いたのだ。泣きそうなくらいに歪んではいたが、ここ一か月の半分以上の放課後を共に過ごしていた人の声だ。聞き間違う事などない。

 しかし、なぜそれが分かる。ただの予想にしては、断言する口調は確信に満ちている。質問と言うよりも事実確認といった雰囲気の言葉だ。身体が不安と緊張で強ばり、思わず両手で布団の端をぎゅっと握りしめる。

 

「ホラね? 黒崎サン。やはりアナタは彼女、朝田サンの能力の被験者第一号に選ばれたんスよ。霊圧の簡易解析の結果から能力の系統は判明してますし、おそらく間違いないでしょう」

「マジかよ。密着した瞬間に、身体中をまさぐられるみてえなヘンな感じがしたとは言ったけど……詩乃、お前ホントに、俺の頭ン中を覗いた(・・・・・・)のかよ」

 

 ……なにを、言ってるの?

 

 頭の中を覗く?

 

 レイアツ? 能力?

 

 一護が、被験者第一号?

 

 二人が当たり前のように話す言葉が分からない。私のことを話しているはずなのに、私自身が全くついていけていない。思考が混乱を極め、思わず頭を抱え声を荒げそうになったが、

 

「はい! とゆーワケで!」

 

 パンッ! という乾いた音に我を取り戻す。帽子男、浦原さんが両手を打ち合わせ、私の注目を引きつけた。帽子の下の顔はニコニコと笑ってはいるが、その目は真剣そのもの。理知的な研究者を思わせる知性の色が宿っていた。

 

「これからアナタには話さなきゃいけないことが山ほどあります。おそらくアナタが夢だとでも思っているであろう、先ほどの数分間、もしかしたら何年もの間あなたの身に起こっていたかもしれない、不可解な出来事。その真相を。そしてアナタが今置かれている状況についても、ね。

 信じる信じないは全てアナタにお任せします。じきに制服の洗濯も終わりますし、アタシの話が気に入らなければそのまま荷物を持って出ていってもらって構いません。店の出入り口は解放してありますから。そして今後、アタシは一切アナタに関わりませんし、黒崎サンもその話題に触れることはない。あの時起こったことは全て夢であったとして忘れ去る。完全な元通りの日常への帰還をお約束しましょう。

 ……ですが、もしアタシと黒崎サンの口から真実を聞きたければ、もう少しだけお時間を頂戴致します。お茶でも飲みながら、この世界のもう一つの側面について、アタシらが語りましょう。

 

 さて、どうしますか?

 

 

 ――『過去視』の能力者、朝田詩乃サン?」

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


シノンの能力は「過去視」となりました。
戦闘力無しの能力だと虚に襲われたら詰みじゃね? というお声が聞こえてきそうですが、戦闘関連に関してはもう少し後で書いていきます。


次回も引き続きシノン回。
避けて通れぬシノンへの諸々の説明回になりそうです。出来るだけ削れるところは削りたいと考えておりますが、それでも字数がゴリゴリ増える未来が……。

GGOが登場するのは多分次々話くらいです。そこからやっと一護 in GGO開始、ああ先が長い。GGO篇が十万字で収まるか、ちょっと不安な筆者です。


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Episode 16. Let's study about ESP

お読みいただきありがとうございます。

第十六話です。

シノン視点でお送りします。

よろしくお願い致します。


<Sinon>

 

 過去視。

 

 文字通り過去を視ること。

 

 似たオカルト用語として「サイコメトリー」なんていうのもあるらしい。とにかく物質または生物に干渉し、対象の霊体そのものに刻み込まれた記憶から第三者視点で過去を映像化・音声化して再現する。

 

 対象にとって重要なファクターとなっている過去ほど読み取りやすく、回数を重ねるごとに視える過去が「更新」されるケースが多い。ただし、一部の過去が極めて強く染みついている場合はその限りではなく、術者の技量にも依るが、何度読み込んでも同様の過去しか視ることができない場合も存在する。

 過去視という能力に関する浦原さんの説明を要約すれば、このような感じになる。

 

 あの後、一護と浦原さんに連れられて客間に通された私は、そこで幽霊や霊力、能力者、現世(この世)尸魂界(あの世)について説明を受けた。

 どれも一様には信じられないことばかりで最初は霊感商法とか、新興宗教に入信させるための洗脳とか、そういう類の何かにしか聞こえなかった。けど、テレビやスマートフォンのニュースでは実際に湯島のスーパーで原因不明の爆発事故があったと報道しているし、しかも爆発の直後、路地から逃げ去る女子高校生の姿が目撃された、なんて情報も出回っており、嘘八百と切って捨てることは出来なかった。

 

 そして、浦原さんが杖で一護の身体を貫き、話に出てきた『死神』の姿を目の当たりにさせられた時点で、私は疑うことを止めざるを得なかった。いくらVR技術が発展し、最近ではARが進歩してきていようとも、彼から感じる強大な圧力までは再現しきれまい。

 

 一応だいたいの言葉の意味は分かったつもりだけど、自信はない。細かいところは隣に座るオレンジ髪の死神男……彼曰く「死神代行」らしいけど、に訊くことにして、私は浦原さんから自身の能力についての情報を求めた。『過去視』がいつから、どのように、私に備わったのか。今後どうなるのか、それを知るために。

 

 なるべく簡単に話しましょ、と前置きして、浦原さんは私が求めた答えを提示した。

 

 検査結果から、私の能力が最初に表に出てきたのは五年前と判明。そこから不定期に暴発を繰り返し、ここ半年の間の定期的暴発で増強。そして、虚に襲われるという命の危機によって能力が完全に開花したという。

 

 心当たりを確認され、躊躇わずに肯定した。

 

 五年前は私があの忌まわしい事件に巻き込まれた年。

 

 半年前は、遠藤たちによる私への恐喝が始まった時期。

 

 彼女らは週に一回くらいのペースで私に絡んで来たし、当時は週に二回、世界史の授業があった。定期的な能力の暴発の原因は、それによる発作、ないしは発作に近い緊張状態だろう。

 

 それなのに、何度も能力が暴発していたにも関わらず、一護が被験者第一号になった理由。こちらは至極単純だった。

 

『――単に、発作を起こして尋常じゃなく苦しむ朝田サンに対し、あそこまで密着した人間が黒崎サン以外にいなかったんでしょう。黒崎サンの実家は町医者ッスから慣れっこでしょうけど、普通の人からしてみれば容易には近寄りがたい状態スからね。

 一般人の魂魄と大差ない朝田サンの霊力では、暴発している状態であってもそこまで近づかなければ他者に干渉できない、という証明でもあるッスね』

『確かに……今まで避けられることはあっても、嘔吐している私にあそこまで強く密着してきた人はいなかったわ。母でさえ、私が発作を起こしても狼狽えるだけだったし』

『ほうほう。つまり黒崎サンは、親御サンでもしないくらいに、つよーくキツーく朝田サンをハグした、と』

『だからそういう悪意全開の言い方すンじゃねーよ!! つか詩乃! テメーもさりげなく距離取ってんじゃねえ!!』

 

 仕方ねーだろアレは! とガナる一護からフイッと目を逸らし、無表情を保った私が無言でお茶を啜る、なんて一幕もあった。

 

 理不尽かも知れないけど、目覚めた直後に感じた羞恥心のちょっとしたお返しのつもりだ。私を助けてくれたことは判っているが、なにかやり返さないと気が済まなかった。

 

 そして、大方の説明を終えたらしい浦原さんは真面目な声で問いかけてきた。

 

 曰く、この能力を封じて元の日常に戻る気はないか、と。

 

「朝田詩乃さん、アナタは今、弾丸の入っていない拳銃を手にぶら提げているような状態だ。弾を撃つことはできず、弾を込めても制御することさえできない。そんな危なっかしい状態にある人がそのまま街中をフラフラしていたら、良くも悪くも、多くの人の注目を引きつけるでしょう。

 故に、取るべき行動の選択肢は二つあり、その内一つは拳銃(のうりょく)を捨てることです。

 能力を封じ記憶処理をかけて普通の人間としての生活に戻ります。他人の過去を覗くなんて想像もつかない、黒崎サンもただのぶっきらぼうな予備校生のままの、元通りの日常です。虚に襲われる可能性も、霊力を封じれば一般人と大差ないところまで低下させることができるでしょう」

「能力を、捨てる……」

「はっきり言いましょう。アタシは正直、こちらをオススメします。アナタには霊的能力を得なければならない積極的な理由がなく、ましてや虚に襲われるリスクを負うほどの動機もない。聞く限り、なにやら明るくない過去をお持ちのようですが、その克服に『過去視』の能力がプラスに作用するとも思えない。冒険心に満ち満ちているわけではない、ごく平凡な少女であるアナタにとって、得られるメリットとデメリットの関係を考えれば能力はむしろ邪魔になるかと考えます」

 

 意外だった。

 

 能力者仲間として一緒に云々、とか言われると思っていたのに、浦原さんが提示してきたのは、全て無かったことにする「初期化」の一手だった。

 

 そしてそれは、大いに正しかった。生まれてから今日この日まで、特殊な能力なんて持ちたいと思ったことは一度もないし、強くなるためにそんなものに頼ろうと思ったことすらない。

 自分の力で強くなる、そうしなければ意味がない。他人などに助けを求めるなど、言語道断。仮に信頼したところで、どうせ裏切られる。遠藤達が私にしたように。

 

 ならば他の全てを敵と見做し、全てを相手取っても生きていける強さを身に付ける。それこそが、私の心についた傷を埋め立て乗り越える、唯一の手段。

 

 

 ……そう、思っていた。

 

 

 けれど、横にいる一護は違う。

 

 あの擦り切れた映像の中で、彼は「母親を殺した」と言っていた。実際に倒れ伏す母親らしき女性の前で、私よりも幼い年齢に見える彼が、泣いている姿も見えた。

 

 事故か過失か、まさかとは思うが故意なのかは不明だ。

 

 けれど今の彼にその影はなく、怪物を一瞬で斬り殺し、私を助けてみせた。自身の命を賭けるような状況でも尚、他者のために力を振るうその強さは、あの事件の中で私が抱いた「母を救いたい」という強い気持ちを体現したかのような、そんな姿に見えた。

 

 故に、知りたいと思った。

 

 母を失い、深い失意を味わったであろう彼が得たその力、その強さ。それを手にすることができた、霊能力という未知の手段を。

 

 ……だから。

 

「……もう一つの手段は?」

拳銃(のうりょく)の扱い方を教えます。弾の造り方、籠め方、撃ち方に至るまで、徹底的に。

 断っておきますが、あくまでそれは最低限に、です。今後アナタが虚から襲われないために、自身の力を持て余して無暗やたらに霊力をまき散らさないよう、制御し安定させるための術です。それでご自身を鍛えようだとか虚を倒そうだとか考えているなら、止したほうがいい」

「分かってます」

「ならいいッスけど……では朝田サン、アナタはどちらを選びますか? 平穏か、それとも異能か」

 

 そう、分かっている。

 

 自分は一般人。一護は死神。ポテンシャルの差は歴然だ。

 

 彼のいるところに到達するのは素質的に不可能である。それは先ほどの圧力の大きさからして確定事項。人が生身で宇宙に行こうとするのと同じくらいに無謀な夢。それくらい、分かっている。

 

 でも、それでも知りたい。

 

 人を殺した私が、死後の世界に触れられるかもしれない力を手にできるなら。

 

 過去を乗り越えられない私が、過去を見通す力を御しきれるようになるなら。

 

 その境地に立ち入って得られる強さは、きっと、ただの人間であれば決して得られない地点にまで到達できるものだ。

 

 だから、

 

「……扱い方を、教えてください」

「本気ッスか? 前置きしましたけど、過去視なんて能力、面倒の足しにしかなりませんよ? それに、やるなら最低限かつ徹底的に、です。必要であれば、多少は荒っぽい手段も取ることになります。ただの一般人でしかないアナタが、それに耐えられますか?」

「耐えます、絶対に。たとえ血反吐を吐こうとも」

 

 浦原さんの目を正面から見据え、はっきりと言い切った。

 

 そう、本気で血反吐を吐こうが構わない。あの日からずっと、私の手は殺したあの男の血にまみれているんだ。今更自分の血を吐いたところで、血みどろの自分が失うものなど何もないのだから。

 

「お願いします。私に……能力の扱い方を教えてください!」

 

 もう一度、今度は頭を下げて頼んだ。

 

 すぐには返事は返ってこない。時間にしておそらく数秒、しかし私にとっては数分、数十分に感じられる時が流れた後、フーッ、と長く息を吐く音がかすかに聞こえ、

 

「……分かりました。そンじゃこの先、アナタが霊力を扱い能力をコントロールできるようになるまで、アタシが朝田サンを鍛え(イジメ)ましょ。もう一回言っておきますが、容赦はしないッスよ。たとえ元一般人であっても」

「一般人にない力を望んだんです。それくらいじゃないと、逆に拍子抜けですから」

 

 精一杯強がってみせると、浦原さんは真面目な表情を崩し、

 

「――けっこうッス。そンじゃしばらくの間、よろしくお願いします」

 

 ニッと楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――よっと。着いたぞ、ここが浦原商店・地下勉強部屋だ」

「……はっ、はぁっ…………」

「なに息切らしてンだ詩乃。オメー俺に担がれてただけで、欠片も疲れてねえだろ」

「あ、あ…………」

「あ?」

「アンタ、バッカじゃないの!? あの高さから私を担いでいきなり飛び降りるとか、ほ、本気で寿命が縮まったわよ!!」

「うるせーな。あのクソ長い梯子をダラダラ降りるよりよっぽどマシだろーが。だいたい、この程度でギャーギャー言ってたらあの人の修行に耐えらんねえぞ」

「それでも一言くらい言いなさい! 心の準備ってものがあるでしょ!!」

「準備してもこの高さが縮むワケでもねーだろ……チッ、わぁーったよ。んじゃ今度っから、『飛び降りるから小便チビんなよ』って言ってから担ぐわ」

「死ね!!」

 

 羞恥で顔を真っ赤にした私は、衝動に任せて平手を振り被る。それを鬱陶しそうに避ける一護に尚のこと腹が立つが、本人は知ったことかと言わんばかりの面構えでそっぽを向く。さっきのお返しに対する更なる仕返しのつもりなのか。

 

 制服に着替えた私は、浦原商店の地下勉強部屋にいた。

 

 勉強部屋、という名がついているが、実際は高さ数十メートル、広さ無限大の岩場が広がっている異様な空間だ。

 地上の商店から見下ろした時はあまりの非現実っぷりに絶句していたのだが「ところでこれ、純粋な人間の身体しかない私はいったいどうやって降りるのだろう」と思っていたらいきなり一護が「そンじゃ、行くか」と言うなり私を担ぎ上げ、抵抗するヒマもなく飛び降りた。

 

 確かに、黒崎サンと一緒に勉強部屋まで来てください、と浦原さんに言われてはいたが、勉強部屋ではなくあの世……じゃなかった、尸魂界に案内されそうな勢いのヒモ無しバンジーを体験するとは思わなかった。

 

 煮えくり返る思考回路で更なる罵倒を繰り出そうとしたところで、パンパンと拍手の音が鳴り響き、私の口から飛び出そうとしていた悪口雑言を寸でのところで止めた。

 

「はいはーい! お楽しみ中のトコ申し訳ないッスけど、お二人サン、コッチ来てもらえますー?」

「おう、今行くわ。ホレ詩乃、教官がお呼びだぞ」

「……アンタ、覚えてなさいよ。過去視の能力マスターしたら、真っ先に餌食にしてやるんだから」

「おー上等だ。"My pen is big"なんてベタな文章で顔を赤らめた、テメーの思春期全開の過去に勝てるネタなんざ、そうそうねぇだろうしな」

「ひ、卑怯よそれ! それは忘れるって約束したじゃない!!」

「知るかボケ。過去は過去、今は今だ」

 

 ギリギリと歯を軋ませる私を放置して、一護はスタスタと歩いていく。やり場のない怒りをとりあえず近くの小石を全力で蹴っ飛ばして削減してから、スカートを穿いた女子高校生らしからぬ大股でズンズンと歩き、浦原さんの前に立った。

 

「さて、そんじゃ早速始めていきますケド……なんかモメてました?」

「なにもありません。始めてください」

 

 一護が口を開くより早く急かすと、浦原さんはちょっと面食らった顔をした後に頷きを返した。横でフン、と鼻を鳴らした誰かが居たけど、一切気にすることなく無視した。

 

「えー、これから朝田サンには霊力制御と霊力増幅、二種類の鍛練を行っていただきます。真央霊術院……死神の学校でも採用されている初歩的なものですが、今回朝田サンにはこの二つを同時平行でこなしてもらいます」

「霊力制御はわかるけど、増幅は要らねんじゃねーか? 最低限に、じゃなかったのかよ」

「何も黒崎サンレベルになれ、とは言いません。能力を安定して操るために、最低限必要な分だけ増やします」

 

 いいですか、と前置きし、浦原さんは私に向き直って懐から水の入ったペットボトルを取り出した。

 

「朝田サン、このペットボトル内の水を半分だけこぼすように言われたら、出来そうですか」

「正確に半分ってわけにはいかないだろうけど……だいたいでいいなら」

「でしょうね。そンじゃ……」

 

 浦原さんはペットボトルの口を開け、キャップを逆様にして持った。その上でペットボトルの口を慎重に傾けほんの数滴だけキャップ内に移すと、

 

「このキャップに入った水だったら、どうッスか?」

「……ムリ、ね」

「ま、そういうコトッス」

 

 浦原さんは肩を竦める。それで私も納得がいった。

 

 要するに、分量が少なすぎても加減は難しいのだ。今の私の霊力では、暴発させて全開にするか、全く使えないかの二極しかない。コントロールするには、私の能力に応じたラインまで霊力を上げなきゃいけない。そういうことだ。

 

 頷くと、早速鉄裁さんがゴテゴテした機械を持ち出し、どこからか取り出した椅子に固定した。

 

「では朝田殿、制御の鍛練を始めますかな。霊圧の初期設定を行いますので、こちらの椅子におかけ下さい」

「は、はい」

 

 ゆっくりと椅子に腰かけると、周囲から複数のコードが延びて来て、私の腕や足、首に張り付く。

 霊力……なのか分からないが、何かが身体の中に浸透していくのを感じながら大人しくしていると、少し遠くで立ち話をする一護と浦原さんの会話が聞こえてきた。

 

「……まずは鉄裁サンの指導で制御を行い、その後アタシと黒崎サンで霊力を増幅させ、再び制御に戻る。これを繰り返します。当面の目標は八等霊威……真央霊術院の優秀な卒業生クラス、ってことで」

「それのドコが最低限なんだよ。少なくとも竜之介とドッコイ程度ってコトじゃねーか」

「黒崎サン、過去視は別名『視覚的時間回帰』とも呼ばれる高等霊術の一種なんスよ? 井上サンの六花とまではいきませんが、一人間からしてみれば、十分過ぎた能力ッス。それを自分の意識でコントロールできるようになるには、生半可な霊力じゃ足んないんスよ」

「…………そうかよ」

「まぁ、そんなに気にせずとも、ちゃんと後で護身術くらいは夜一さんに頼んで教えますから。朝田サンが力を手にして虚に襲われやすくなるんじゃ、って心配する気持ちは分かりますが、ここは一つ、堪えてください」

「……別に、ンな心配これっぽちもしてねえよ」

「そッスか」

「そーだよ」

 

 ……ほんと、余計なお世話よ。

 

 心の中で呟きながら、視線を二人から逸らした。横では鉄裁さんが何やらガチャガチャとキーボードとピアノの鍵盤を足して二で割ったような奇怪な入力装置を弄っている。その音に紛れ込ませるようにして、小さく「……バカにして」と呟いた。

 

「けどよ浦原さん、こんなコトやってていいのかよ」

「? なにか問題ッスか?」

「尸魂界の復興に人員持ってかれてる反動で、現世に駐在する死神の世話、押し付けられてクソ忙しいんじゃねーの? アイツを連れてきた俺が、こんなコト言うのもなんだけどよ」

「確かに忙しいっちゃ忙しいッスけど、そんなのもう慣れっこですからね。いつもどーり、のらりくらりで上手く捌きましょう。それに、黒崎サンには今まで散々お世話になってますから、それを考えれば楽なモンですよ」

「……わりィな、浦原さん。助かる」

「いえいえ、こちらこそ、助かっておりますよん」

「あぁ…………ん?」

 

 比較的和やかに進んでいた会話が途切れた。

 

 視線を戻すと、一護は訝しむような顔つきで浦原さんの飄々とした笑顔を見ていた。

 

「浦原さん」

「ハイ」

「俺さ、最近受験勉強ばっかしてて、死神代行業ほとんどやってねーよな?」

「ハイ、そッスね」

「そもそもココに来ること自体けっこう久しぶりなくらい、滅多に動いてねーよな?」

「そッスね」

「……んじゃ、助かっております(・・・・)って言い方、おかしくねぇか?」

「……キミのような勘のいいガキは嫌いだよ、ッス」

「うるせーよ!! さぁ吐け! 今度は俺でなにやらかしたンだテメー!!」

 

 さぁて何でしょーねー、と呑気な口調ではぐらかす帽子男の胸倉を掴み、一護は思いっきりガクガクと揺さぶりつつ詰問する。あの様子では答える確率は低そう……。

 

「……店長はこちらを独占発行しております故、黒崎殿のおかげで大変な利益を上げているので御座います。おそらくこの度また重版が決まったために、機嫌が良いのでしょう」

「きゃあっ!?」

 

 ずいっ、と横から顔を覗かせた鉄裁さんに、思わず悲鳴を上げた。目の前に突然出現する筋肉髭エプロン三つ編み眼鏡の迫力は、虚の数百倍恐ろしい。

 

 私の心境に頓着することなく、鉄裁さんは一冊の大判の本を差し出した。タイトルは『Sweet Berry Deathberry』と書かれており、そのバックには……、

 

「……何これ。スーツ着た一護?」

 

 黒スーツに黒ネクタイという、喪服に身を包んだ一護の姿がデカデカと印刷されていた。どう見てもヤクザの若い組員にしか見えないが、ネタでも表紙になるだけあって、様にはなっている。ただ、目線が明後日の方向を向いているのが気になった。

 

「こちら、店長が自ら撮影した黒崎殿の盗撮写真集に御座います。最近、尸魂界の女性死神の間で黒崎殿がブームでしてな。写真集を始め、ポストカード、代行証キーホルダーなど、各種グッズの売り上げも好調です。特に写真集は今回で実に十五版目。いや、実に目出度い。

 ちなみにこちらの表紙の写真は、母君の命日の墓参り後の姿を盗撮したもので御座います。『憂いを帯びた中に芯の強さが垣間見える表情がグッとくる!』ということで、十四版目のアンケート結果にて表紙に選ばれました。今回の重版分には父君の協力の下に幼少期の写真も掲載される予定ですので、前回より四割増の利益を予想しております」

「………………」

 

 突っ込みどころ満載の事実に、何も言えなくなる。向こうで暴れているオレンジ髪の青年が、急に可哀そうな人に思えてくるから不思議だ。

 

「おっと、調整が済みましたな。それでは朝田殿、霊力制御の鍛練を開始致します」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 急に肩の力が抜けた私は、彼方で繰り広げられる憐れな抗争からそっと目を離し、霊力制御の鍛練へと意識を切り替えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……ったく、あのゲタ帽子。何やったか結局はぐらかしやがった。またこの前みてえに盗撮やらかしたとかだったら、ぜってー許さねえ。卍解して商店ごと消し飛ばしてやる……」

「…………」

 

 帰り道。

 

 未だにブツくさ言う一護と共に、私は夜道を歩いていた。時刻はもう九時を大きく周り、浦原商店のある住宅街に人気はほとんどない。耳鳴りがしそうなほど静まり返った夜の街を、私はいつもと同じように無言で歩き続けていた。

 

 無言なのは、自分をダシにされ続けていることに気づいていない誰かさんに呆れているから……というだけではない。

 一時間ほど前まで行われていた鍛練の疲れのせいもあった。足元がフラつき、瞼が重い。身体はほとんど動かしていないはずなのに、まるで十キロマラソンを終えた後のように身体の動きが鈍く、重くなっていた。

 

 鈍重な足取りで夜道を歩きながら、隣を歩く一護の顔を見上げた。霊力増幅の鍛練中、私の霊力を一時的に上げるため、彼はずっと霊力を放出し続けていたらしい。しかしそのしかめっ面に疲労や倦怠の色は微塵もなく、足取りもしっかりしている。

 

 ……さすが、死神、ね。

 

 思わずそう言いそうになり、慌てて自制する。疲れているとはいえ、劣等感と自虐心だけで言葉を吐くなんて愚行を侵すほど、私は浅はかな人間じゃない。

 

 代わりに、言うべき言葉を口にする。

 

「……その、今日は……ありがと。色々と」

「あ? 別に、気にすんな。知り合いが勝手にくたばっちまったら寝覚めがわりぃから、俺が勝手に世話焼いたっつーだけだ。いちいち礼言われるほどのことじゃねーよ」

「その言い訳がましい口調さえなければ、模範解答なのにね」

「うっせえよ」

 

 前を向いたまま、一護はつっけんどんに言い返した。白色電灯に照らされ、意外と目鼻立ちがくっきりした彼の顔に濃い陰影を付ける。何とはなしにさっきの写真集のことを思い出し、一護の横顔から視線を外して前方へと向け直す。

 

 母君の命日。

 

 鉄裁さんは確かにそう言った。

 

 あの時初めて使った過去視の能力。その中で見た一護の記憶と合わせて考えれば、あの時の事件/事故で彼は母親を亡くし、かつ、今も尚それを深く重く考えている。おそらく、彼の強さの源になるほどに。未熟極まりない私の力でさえ視えたことがその証拠だ。

 

 

 ――似ている、幼い頃の私と。

 

 ……けれど違う。今の私とは、決定的に。

 

 

 私も一護も幼少の頃、目の前で起こった死を重く受け止めている。幼い頃、一護は目の前で母を失い、おそらくその責任を自分に課している。私は母を護る代わりに人を殺めた。二人とも、その過去を今の今まで引きずっている。

 

 しかし、今一護は虚と闘い圧勝できるまでになり、対する私は銃のイメージだけで卒倒する。

 

 この差は、何なのか。

 

 死神と人間、男と女、それ以外に私たちを隔てる大きな差異が、きっとあるはず。

 

 そしてそれこそ、私が探し追い求めるもの。過去を乗り越え強く生きる力。その根源。

 

 知りたいと、心底思った。

 

 どういう生き方をして、どういう戦いを繰り広げて、どういう敵が立ちふさがって、どういう方法でそれを乗り越えたのか。過去視の能力を使ってではなく、できれば直接その口から語って欲しいと、純粋に思った。

 

 それはきっと、強さを知りたいからだけじゃない。

 

 今までいなかった、似た過去を持つ人。

 初めて出会った、もしかしたら感覚を分かち合えるかもしれない人。

 

 そう考えると、横を歩くこのガラの悪いエリート予備校生が、やけに近い存在に思えてきたのだ。今まで他人と接する際に張ってきた防衛線を、容易くすりぬけて来るほどに。

 

 

 ……まだ、信頼までは出来ていない。

 

 けれど、もし彼のあの過去について訊けるときが来たら、お返しに私の過去を話してもいいかもしれない。今までの人たちがしたような、安易な慰めや暴言や罵倒。そういうものとは違うなにかを、この人なら返してくれそうな気がしたから。

 

 

 今でも鮮血で真っ赤に染まる、人を殺した私の過去に。

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

……またフライング投稿やらかしました。
深夜零時にバタバタしてご迷惑をかけた皆様、本当にすみませんでした。


一護の恥ずかしい過去候補

一、ジャスティスハチマキ、装☆着!!
二、仮面の軍勢との修行にて、フリフリエプロンで皿洗い

……ぐらいでしょうか。もうちょいなんかありそうですが、詩乃の百倍ハズいです。

詩乃のあの英文は、有名なネットのコピペのアレです。筆者が高校生の頃に流行った思い出。


次回は久々にキリトが登場。

今度こそ仮想世界の問題が動き出します。




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Episode 17. Muerte Arma

お読みいただきありがとうございます。

十七話です。

よろしくお願い致します。


 十二月十三日。昼の十二時半。

 

 千代田区にあるチェーンのコーヒーショップ。

 

 クリームやらフレーバーやらをてんこ盛りにした激甘コーヒーを提供するこの店は空座町の駅前でも連日繁盛していて、甘党の水色と何度か入ったことがあった。今いるこの大手町駅前店にも、リーナに駄々を捏ねられて入店した経験がある。

 

 が、今俺の前にいるのは、そのどっちでもない。

 

「……なんでオメーと面付きあわせて、こんな女しかいねー店内にいなきゃならねンだよ。キリト」

「別にいいじゃないか。お前も好きだろ、甘いもの。

 それに、これはフェアな取引の結果だ。俺は一護と組んで入店することで『フレーバーコーヒーショップにソロで潜入する寂しいヤツ』と思われずに済む。一護は甘味を食べてストレス緩和、それによる眉間の皺の軽減。ウィンウィンってヤツだ」

「ンな強引なウィンウィンがあってたまるかよ。百パーお前の都合じゃねーか。自分の妹(リーファ)彼女(アスナ)でいいだろ」

 

 つかこの面構えは生まれつきだって何回言わせンだよこの黒モヤシ、とブラックコーヒーを啜りながらキリトを睨む。思った以上に俺の声がデカかったのか、隣のOLっぽい四人グループから白い目を向けられた。

 

 気にせずシカトする俺の前で、黒のライダースジャケットを着込んだ痩身の古馴染みは、キャラメルなんたらいう謎のフレーバーコーヒーから口を離し、ひょいと肩を竦めて見せた。

 

「アスナは課題が忙しくて自宅で勉強中さ。スグの方はダイエット中らしくてな、誘うと『あたしを誘惑しないでよお兄ちゃん!』って俺が怒られるんだよ」

「字面だけ見たら超アブねーぞ、その発言」

「そう聞こえるのは心が汚れている証拠だ。清廉になり給えよ、一護クン」

「汚れてンのはオメーの方だろ。いくら義理でも、妹とデートした挙句コクられかけるバカ兄貴がドコの世界にいんだよ。自重しろクソタラシ」

「げっほげほっ!! おまっ、その情報何処で!?」

「声がでけーよボケ。黙って座れ」

「ぐっ……」

 

 椅子を蹴飛ばして立ち上がったキリトは、ぐぬぬと渋面を造りつつ渋々着席する。ちなみに情報の出何処は、この前再会したばっかのチビ情報屋(アルゴ)だ。代金は空座町の駅前大通りで一番高い店のスイーツ盛り合わせ。安くない額だったが、賭けた甲斐はあったな。

 

「んで? 模試で都心に来てた俺と偶々駅前で会っただけだっつーのに、こうやってわざわざ店に入ったんだ。なんか用でもあったんじゃねーのかよ」

「くそ、覚えてろよ……」

 

 キリトは顔を歪めたままバックパックをごそごそと漁り、タブPCを取り出した。厚さ五ミリ、寸法十一インチの大判のそれを何度か操作した後、俺に見せてくる。

 

「……なんだよコレ、なんかのブログか?」

「そ。タイトルは『GGOでウワサの死銃、酒場に現る!?』だ。ブログランキングの上位に上り詰める程とまではいかないけど、そこそこのネットユーザーが興味を持って、というかネタにしているせいでアクセス数が多い。コメント数もこの記事だけで六十件を越えている」

「GGO……ってことは、またなんかのVRMMOかよ。個人ブログのネタまで拾ってくるとか、お前のネトゲ好きも大概だな。あんなクソゲーに二年もブチ込まれたっつーのに」

「そんなの、もう十年くらい前から言われてるさ。今更だよ」

 

 まあちょっと読んでみてくれ、と促され、俺は興味の欠片もないまま指をタッチパネルに走らせる。記事の端々にそのゲーム内の用語っぽいのが出て来たが、内容はまとめると至極単純なモンだった。

 

『ゲーム内の酒場で中継されていたネットライブ。そこに映る男のアバターに対し、酒場にいた一人のプレイヤーが銃を発砲、スクリーンに命中させた。その直後、映像内の男が胸を抑える仕草をし、直後に回線切断。マントの男は『死銃――デス・ガン』を名乗りログアウトしていった』

 

「……なんでコレがネタにされてんだ? そんな面白いコト言ってるようにはみえねーんだけど」

「その記事に書かれている事件が起こった直後、現実世界でそのプレイヤーが死亡している、という情報がある」

「ウソくせーな。よくある都市伝説ってヤツじゃねえのかよ」

「いや真実だ。実際にこの時刻、中野区に住むアバターの所有者が心不全で亡くなっている。そして、これと同様の事件はもう一件起こっている……と言ったら?」

「デマか偶然だろ、どっちも」

 

 一切躊躇することなく、俺は切り捨てた。

 

「東京だけで、年間で十万人が死ぬ時代だ。死因が心不全なのはその中で約五パーセント、つまり五千人だ。オマケに、VRのやり過ぎで身体が衰弱しまくってるせいか知らねーが、五千人のうち十人ぐらいしかいなかった三十代以下の心不全死亡者数が、ここ最近で一気に増えてる。

 百歩譲ってそれがホントにあったことだとしても、若い奴らの九割以上が何かしらの都合でVRを使ってる今なら、その内の一人か二人、こんな偶然に巻き込まれてもおかしくねーだろ」

「おおー、統計データを使って反論されるとすごい説得力だな。録音してどっかの誰かに聞かせてやりたいくらいだ。ていうか医学部受験生って、そんなことまで覚えてなきゃいけないのか?」

「好きで覚えたワケじゃねーよ。親父がこの前学会で聞いたっつー話を、なんとなく覚えてただけだ」

 

 朝飯の席でそんなコトを話すモンだから、遊子に「ご飯食べてるときにそんな怖い話しないの!」と叱られてたが、その辺は蛇足だ。その長話に付き合ったせいで予備校に遅刻しかけた余談含めて、頭の中から叩き出す。

 

「にしてもキリト、お前こんなの信じるのかよ。もーちょい現実主義っぽいヤツだと思ってたんだけどな」

「俺だって信じてないさ。これを無条件で信じるということは、仮想空間から現実世界の肉体への干渉が可能だ、なんていうネタ未満の与太話に乗ったことになる。

 俺たちが囚われたあの世界ですら、実際に死に至らしめる直接的要因になったのはナーヴギア、つまりハード側からの作用だ。現行のアミュスフィアじゃ不可能だし、そもそもそれが原因だったなら、死因は心不全じゃなくなるしな」

「んじゃなんでこんなモン見せたんだよ。手前で信じてもいねーウワサモドキなんて、面白くもなんともねーだろ」

 

 この話題を切り出したコイツの意図が分からずそう問うと、キリトは神妙な面持ちになってタブPCの画面を再操作し、今度は関東地方全域のマップデータを表示して見せた。

 

「ユイに頼んで、九月から十一月の三か月間で心不全による死亡が確認された地域を調べてもらったんだ。公開されてない死もかなりあるだろうけど、けっこうな人数のデータが集まった。当初は驚いたけど、一護が言うように東京だけで年間五千人が亡くなってるなら、関東全域で千人単位のデータが集まっても全然不思議じゃなかったわけだ」

 

 あの小っこい妖精になんつーモン調べさせてんだよ、と呆れる俺を余所に、キリトは画面下部に表示された三角マークをタッチした。すると今まで緑一色だった関東の地図に無数の赤い点が点灯し、シークバーの動きに合わせて明滅を始めた。

 

「地区単位で地図を細かく分割して、その日に心不全による死者が出た地点が赤く表示されるようになってる。それを日の経過に合わせて連続表示されるようプログラムしたんだ。つまり、日数経過に応じて、どの地域で心不全で亡くなっている人が多いのかが分かるように作ってある動画、ということだ」

 

 キリトがそう説明するうちにも、赤点の位置は刻々と推移していく。その様子をコーヒー片手に見ていた俺だったが、途中から目が離せなくなった。

 

「……コレ、マジかよ」

「ああ。大マジ、だ」

 

 画面に明滅する死を示す赤い点。それの集団が関東全域を大きく周回するようにして動いていた。

 

 もちろん全部じゃなく、全ての都県で毎日まばらに光っている点の方がむしろ多い。が、明らかにまとまった赤点の集団が関東全域をカバーするように、動いているのが明確に判った。そして動画の途中、

 

「確かに一護の言う通り、一人二人なら俺も信じなかったさ。けど、思いつきでこのデータを調べてみてから意識が変わった。こんな分かりやすい規則性を見せられたら、何かしらの意図が働いている可能性を一概に否定できなくなったんだ。

 勿論、これだって偶然の可能性が全くないわけじゃない。非公開のデータも合わせて見たら、実際は全体にまんべんなく拡散していましたってオチもあり得るしな」

 

 そう言う割には、キリトの目つきは真剣そのものだ。俺もコーヒーカップを机に置き、マジメに話す体勢を取る。

 

「死銃が絡んでそうな二件の心不全の死亡推定時刻と、赤い点の集団が事件現場地域に通りがかるタイミングはほぼ一致している。そして、その他の心不全事件に関しては死銃はおろか、何かしらの事件性やそれを匂わせる噂の類は一切確認できなかった。

 つまり、この心不全周期が万に一つの可能性で誰かの意図の下で生じたものであった場合、GGO内で死銃を名乗り、銃撃を行ったマントの男がこの心不全の奇妙な周期について何か情報を持っているんじゃないか、と。俺はそう考えている」

「……お前、まさか単騎でGGOとかいうゲームに乗り込んで、その知れないヤツを探そうとか考えてんじゃねーだろうな」

「ああ、そのまさか、だよ」

 

 俺の問いかけに、キリトは躊躇うことなく肯定の意を返してきた。俺が問い詰める前に、さらにそのまま言葉を重ねてくる。

 

「一連の心不全の周期を故意的に作り出せる可能性、実際に故意的なものである可能性、死銃なる人物が実在する可能性、実在したとして本当に仮想世界内の銃撃で現実のプレイヤーに干渉できる可能性、そして、俺がGGO内で死銃に遭遇できる可能性……これら全てがかみ合う確率は、おそらく一厘にすら達しないだろう。かなりの確率でただの徒労に終わる。

 けど、それでも俺は行くよ。ザ・シードを世界に公布した人間としての義務、VRMMOを愛する一プレイヤーとしての義憤……ついでにどっかの偉い公務員からの依頼遂行のためにもな」

 

 冗談めかしたシメの言葉に反し、その面構えには一片の迷いや揺らぎはなかった。

 

 外野がガタガタ言って聞くような奴じゃないことは知ってる。コイツの言う通り、VR内で(・・・・)追っかけてる限りは死ぬ可能性はないハズだ。

 

 

 何故なら、心不全の周期的発生は十中八九、虚の仕業(・・・・)だからだ。

 

 

 こんだけの広域で、世間を騒がすことなく規則性を持った人死にが出せるってのは、絶対に人間業じゃねえ。どう考えても虚が絡んできてる。

 この前浦原さんが言ってた虚の弱体化、整の減少にも関係があんのかねえのかまでは見当つかないが、それでも今関東で死神(おれら)側の問題が起きてるってのは確かだ。

 

 VRに出没した死銃とかいうヤツが本当に関係している可能性はぶっちゃけ低い。けど万が一なにか関係があった場合、半年のブランクがある俺より、未だに日を空けることなくALOで仮想の剣を振り回してるキリトの方が対抗するには向いている。そっちはコイツに任せて、俺は現実の心不全を追うか。

 

「せいぜい死ぬんじゃねーぞ。ミスって撃たれて心臓止まっても、オメーに心臓マッサージはしねえからな」

「……ああ、分かってるさ」

 

 俺の言葉に、フレーバーコーヒーを一口含んだキリトは、微かな笑みを浮かべながら応えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 早速GGOに突撃するらしいキリトと別れ、俺は大手町の駅を目指して歩き出した。高層ビルが並び立つ大通りを足早に進み、メトロの駅入り口へ向かう。

 

 やることは決まった。まずは浦原さんにこのことを話して技術開発局に連絡を取る。涅マユリが出てくるとは思えねえが、滅却師との戦争ん時に世話になった阿近さんか、たまに現世に顔を出してるリンなら調べてくれるはずだ。んで元凶を見つけて、必要なら虚圏まで乗り込んで……、

 

「…………護、一護」

「ぅおっ!?」

 

 いきなり名を呼ばれ、思わず間の抜けた声が出た。

 

 見ると、俺の真横にリーナが立っていた。

 SAOの時にも着ていたようなベージュのケープを纏い、ボトムスは黒のショートパンツにタイツとブーツ。首には純白のマフラーが巻かれている。

 

 何でこんなトコにいんだよ、と言いそうになったが、よく考えりゃコイツの住んでる番町の高級住宅街はここからそう遠くない。前に空座町の市街地でバッタリ出くわした時に比べりゃ、別段不思議でもねえか。

 

「なんだよリーナ。脅かすなよ」

「別に脅かしたつもりはない。五メートル先から手を振ってもスルーされたから、近づいて声をかけただけ」

「マジかよ。わり、ちっと考え事してたわ」

「……そう」

 

 リーナは短く応え、マフラーを口元までたくし上げる。元から白い指が、寒さで純白に近いレベルで脱色されている。かじかんでるのか、首元を覆うキルト生地を両手でつかむ仕草もどっかぎこちない。

 

 この寒空の下で立ち話なんてしたくねえ。大した用がねえならサヨナラするし、それかどっかテキトーな店でも入るか、そう考え口にしようとした瞬間、

 

「……寒い。一護、そこの喫茶店入ろ」

 

 そう言ってリーナは、路地に少しは行った所に視えるコーヒーカップの形をした看板を指し示した。

 

「いいけど、お前なんか用があって大手町(ここ)に出て来てたんじゃねーの? 俺と呑気に喋ってていいのかよ」

「問題ない。用件は全て済ませてあるから」

 

 リーナは右手に握った紙袋を揺らして俺に見せると、反対の手で俺のダウンジャケットの裾を掴み、引っ張って喫茶店へと入っていった。

 中は昼時にしては空いてて、良く言えばレトロ、悪く言えばオンボロな内装の店内にはサラリーマンっぽいおっさんが二、三人。老人夫婦が一組くらいしかいない。

 

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。ペアシートが空いておりますので、どうぞ、こちらへ」

 

 三十代くらいの女性店員に通されたのは、よくあるテーブルをはさんだ対面式の席じゃなく、テーブルと二人掛けソファが一つだけ備え付けられた席だった。どう考えてもいらねえ勘違いを食らってるっぽいが、俺もリーナも他所の目をあんまし気にしないタチだ。SAOん中でも何回か似たようなコトがあったし、正直慣れてる。逆に利用して限定スイーツ食ってたくらいだしな。

 

 ソファに並んで腰かけると、店員が水とメニューを持ってくる。さっきコーヒー飲んだばっかだし、なんか別のにするかと思案しようとしたが、その前にリーナがロイヤルミルクティーを二つ頼んじまった。

 

「だって一護、さっきまでスタバにいたでしょ?」

「そっから見てたのかよ。一声かけてくれりゃよかったのに」

「別に、見てたわけじゃない。匂いでわかる」

「犬かよ」

「……そうかも、わんわん」

「おい」

 

 いつも通りの軽口。けどなんか違和感がある。勢いがないっつーか、声に張りがねえっつーか。とにかく平素のコイツと違う。わざわざ俺を呼び止めてこんなトコに連れ込んだってことは、何かあったのか。それも、あんま良くはねえことが。

 

「……ンで? どうしたんだよ。そんなしょぼくれて」

 

 数分の後に運ばれてきたミルクティーに口を付けつつ、横にいるリーナに問いかける。ティーカップを両手持ちにし、手を温めるような仕草をしていたリーナはそのまま数秒沈黙し、ふぅ、と短く息を吐いた。

 

「…………こうやって一護とのんびりするの、すごく久しぶりな気がする」

「そうか? 何やかんやで週一くらいのペースで、メシ食ったり何なりしてただろ」

「前に顔を合わせたのは十二日前の放課後。それ以降は電話が二回。メールが六往復」

「細けぇな、そんくらい大差ねえだろ。それに、再開したバイトがけっこう忙しいんだよ。週四でシフト入ってれば、そりゃ遠出するヒマもなくなるさ」

「バイト……例の、女子高生の家庭教師?」

「それだ」

「…………そう」

 

 リーナはミルクティーを一口飲むとカップを置き、ポケットからスマホを取り出して操作、一枚の写真を表示させて俺に見せてきた。

 

「こんなところで、どんな授業してるの?」

「……げ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 そこには夕方の空座町市街地、浦原商店に入っていく俺と詩乃の姿が写っていた。一応入る時はそこそこ人目とか周囲の霊圧とか気にしてたハズだったが、まさかコイツがいたとは。

 

「基本的に人は何処で何をしていても自由だと思うし、それに深く突っ込むのは野暮だと私は思う。けど、それは法に反しない限りという注釈が付くし、一護があんな怪しいお店に未成年の女子と二人で入ってって、何時間も出て来ないなんて事態は流石にスルーできない。

 ……一護、この子はだれ? 本当はどんな関係なの? あのお店の中で夜遅くまで、一体なにをしてるの?」

 

 ド至近距離からリーナが詰め寄る。なんで空座町に一人でいんだよとか、ンな夜遅くまで張り込んでたのかよとか、言いたいことは山ほどあるが、それを言える状況じゃねえ。

 

 どうすンだよ、駄菓子屋なんかに入ってなにやってるかなんて、マトモな言い訳出てこねーぞ。しらばっくれたところで、コイツは意外と執念深い性格してるし……。

 

「…………ねえ、こたえられない?」

 

 先月あたりにも聞いた気がする底冷えのする声で、リーナが問い詰めてくる。蒼眼が俺を捉えて逃さない。いつもみたいに、考えてることなんて全てお見通し、とでも言うかのようなキツい眼光に、ガラにもなく冷や汗を一筋垂らしながら肯定した。

 

「……そう。なんとなく予想はしてたけど、やっぱり答えられないの。じゃあ、代わりに一つだけ質問。こっちは絶対答えて」

 

 そう言うと、リーナは俺のダウンジャケットの襟を掴み、俺の上体を固定した。マジで逃がさねえってかよ。いくらSAOで二年ツルんでたっつっても、そうホイホイ死神関係のコト話すワケにもいかねーし、最悪バラしてから記憶置換で全部リセットするしかねえ。

 

 ダウンジャケットの内ポケにツッコんであるライター型記換神機を意識しつつ、黙してリーナの言の続きを待つ。

 

 

「……あの子は一護のコイビトなの?」

「…………は?」

 

 

 素で声が出た。

 

 タメまくった末に訊くのがそれかよ、心臓に悪ぃったらねえっての。記憶消すとか何とか警戒しまくってた分、思わず脱力仕掛けたが、

 

「さあ一護、答えて」

 

 ハイライトの消えた目で回答を催促するリーナにシメられた。けど答えなんざ決まってる。一度ため息を吐いてから襟を掴んだ両手を振りほどき、

 

「ンなわけあるかよ。アイツは今年で十六、俺の妹たちと同年代なんだよ。そんなヤツが恋愛対象になんか入るワケねーだろうが」

「……ほんと?」

「嘘吐いてどーすんだよ。お前、いっつも俺の心見透かしたみてえなコトばっか言ってんじゃねーか。今の俺が、嘘言ってるように見えんのかよ」

「…………ううん、見えない」

「だろ? んじゃ、そーゆーコトだ」

 

 いつの間にか俺にひっ付くような体勢になってたリーナを押しのけ、ミルクティーを手に取りカップをゆっくり傾ける。リーナはそのまま俺をじっと見ていたが、やがて身を引き、自分のティーカップに口を付けた。

 

「……そう。ならよかった。一護がロリコン畜生道に堕ちたのかと思って心配したから」

「ンなこと、オメーが断食するレベルで有りえねえよ」

 

 夜までだ未成年だなんて言ってたのはそーゆーコトだったのか。

 

「ん。それなら安心。ほんとは何をしてるのかまで聞きたかったけど、取り急ぎそこだけはっきりしてれば問題ない。問い詰めるみたいなことして、ごめんなさい」

「まあ、あんなアヤシイ店に女子高校生連れて入るトコ見りゃ、誰だって怪しむだろーしな。気にすんな」

「そう。それじゃあ…………」

 

 リーナはティーカップを片手で持ったままもう片方の手だけで器用にブーツの紐をほどいた。そのまま脱ぎ捨て、ソファの上で横向きで体育座りになると、背中を俺の腕にもたれさせてきた。

 

「おい、店ン中で行儀わりーぞ。つかジャマだ、動きづれえだろ」

「ブーツは足が蒸れるから、これくらい大目に見て欲しい。それと、これは私に余計な心労をかけた罰。このまま背もたれになってて」

「背もたれならソファに寄っかかれよ」

「それだと温かさがいま一つ。人肌の温度がちょうどいい」

 

 そう言ってからリーナはミルクティーのカップをゆっくりと傾け、ふと俺の方を見上げると、

 

「……もしかして、密着されて照れてる?」

「アホか。SAOン中で散々お前がじゃれてきたせいで、慣れてるっつの」

「むぅ、つまらない。こうなったら公衆の面前で腕組むとかして、顔面真っ赤な一護とかいう面白物体を召喚して(Berry)呼ばわりするしか」

「ねーよ。キャッチ&リリースで定位置まで押し戻してやる」

「……一護、つれない」

「オメーが自重しねーからだろ」

 

 やっといつものペースの戻ったリーナと軽口を叩きあいながら、しばらくそのまま、俺たちはミルクティーを少しずつ飲んで昼時を過ごしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――じゃあ一護、私はこれで帰る」

 

 一時間半後。

 

 路地裏の喫茶店からランチバイキングの店に移り、相変わらずの健啖ぶりで片っ端から料理を食い漁ったリーナは、満足そうな表情で俺に言った。時刻は午後二時過ぎ、今いる駅周辺の大通りの混雑が激しくなりつつある。

 

「今度は御徒町のエギルのお店に行きたい。店主の面構えはともかくとして、あそこのスペアリブは中々美味」

「少なくとも愛想はいいんだから、顔のいかつさくらいスルーしてやれよ」

「一護と違ってね」

「うるせーよ」

「うるさくない。これはナチュラルボリューム」

 

 すっかり機嫌の治ったリーナは普段の口調で言いかえすと、じゃあね、と手を振って駅と反対方向へと歩いて行った。この先に迎えの車が来てるらしい。忘れそうになるが、その辺はやっぱ富豪の娘らしい。

 

「…………あ、忘れてた」

 

 そのまま雑踏の中に混ざって行こうとしていたリーナだったが、ふと足を止めて振り返った。駅へと足を踏み出しかけてた俺にすたすた歩み寄り、ちょいちょいと手招きする。

 

「なんだよ」

「いいから、耳貸して」

 

 言われるがままに頭を下げてやると、リーナは少し背伸びをし、俺の耳元に口を近づけてポツリと一言。

 

 

 

 ――人語を話す黒猫、すごく珍しい。今度紹介して。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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火曜日は投稿できず、すみませんでした。
久々に発症した気管支炎が思いのほかキツくて……とりあえず薬が効いて症状が治まりつつあるので、ぼちぼち執筆を再開していきます。

次回からやっとGGO突入です。戦闘シーン書くの久々です。
更新はお詫びも兼ねて土曜に……とか思ってたのですが、再検診の関係で執筆時間が取れなさそうなので、高望みせず普通に来週の火曜日に投稿します。


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Episode 18. No Bullet, No World

お読みいただきありがとうございます。

十八話です。

よろしくお願い致します。


「――ん? あの目の青い小娘なら、もう一月も前からこの付近に来ておったぞ。一度、庭先で儂と喜助が話しているところを、絡繰り片手に電柱の陰から見ていたこともあったのぅ」

「やっぱ気づいてたのかよ、夜一さん」

「無論じゃ。儂を誰だと思っておる。この四楓院夜一、一般人の監視如きに勘づけぬはずがなかろう」

 

 次の日。午前八時。

 

 浦原商店に顔を出した俺に対し、夜一さんは至極当然とでも言う表情で応えた。今は猫の姿じゃなく褐色肌の女の姿をしている。見慣れた戦闘スーツっぽい服装を着て、専用の特大湯呑みで茶を啜りながら胡坐を掻いている。

 

「ンじゃあなんでほったらかしにしてんだよ。面倒くせえコトになっても知らねーぞ」

「……あのなぁ、一護。お主、このご時世に『猫が人の言葉を話した』などという世迷言を小娘一人が言い触れ回ったところで、果たして何人が信じると思うとるんじゃ? 別に機密事項を話しておったわけでも無し、平時からそんな些事を気にかける程儂は暇でも神経質でもないわ。

 それに、一般人を前に猫の姿で人語を話す程度なら、近所のガキ共の前でもからかい半分で二、三度見せておるぞ。今更一人増えたところで気になどせん」

「……それ、やっぱりアンタの仕業だったのかよ。空座町の七不思議『会話すると死ぬ呪いの黒猫』とか言って、遊子が騒いでたぞ」

「良い良い、勝手に騒がせておけ。死神や虚の存在ならともかく、商店の結界外で世間話に興じる儂の姿、それも噂程度で、現世に悪影響など出るはずもない。それを言ったら、空座町に何十年も住んでおる喜助や鉄裁の見た目が全く老けておらんことの方が余っ程問題じゃろうが。

 儂の声を聞いたくらいで嬉々としてお主を脅しに来る程度なら、自力で核心に迫れるまであと百年はかかるの」

 

 億劫そうに欠伸混じりで言った夜一さんは、空になった湯呑みを器用に指一本の上に乗せてバランスを取りながら、金色の猫目で俺を見やった。

 

 ……まあ確かに、万が一この人が喋ってる動画とかバラ撒かれても「合成乙」で流されそうなモンだよな。逆に客寄せに利用しようとか考えてんじゃねーか、この人。

 

 それに、俺の身体にコンが入った時の騒動がテレビで全国放映された時も、空座町の住民の記憶は浦原さんが何とかしたらしいが、拡散したハズの映像は勝手に消えてったし。

 

「……まあ、あの娘の記憶を消さんかった理由は一応もう一つある。至極簡単じゃ。消す必要性が遠からず失せる可能性が高いと判断し尚更面倒になったから。それだけじゃ」

「必要性が失せるって……それつまり、アイツも、リーナも霊力に目覚める可能性があるってことかよ!?」

「むしろ何故それが無いと思っておった? お主の学友三人も、元は何の力もない一般人で、途中藍染との接触という起爆点があったとはいえ、今では霊や死神を認識できる霊知覚を持っておる。特に浅野啓吾と小島水色に関しては、高校入学からの半年で霊知覚に目覚めた。

 あの娘には一護の霊圧の痕跡が色濃く残っておった。お主があのげえむとやらから解放されて今日でほぼ一年経つというのに、その月日の中で緊密に接していた人間に、なにも起こらぬはずがない。

 いずれ知る霊力の世界。一息に全て教え込むより、少しずつ情報を与え自分の力で真相へと近づいていると思い込ませて(・・・・・・)やった方が、彼奴の負担も軽かろう」

「……前々から思ってたけどよ。俺の近くにいると、ンなホイホイ霊力に目覚めちまうのか」

「完現術の修行の際、銀城とやらに教わらんかったか? 『完現術を会得するには、欠片程の内部霊圧を外部からの刺激で覚醒させる』と。

 それをお主は無差別的にやっておるのじゃ。一般人の欠片程の霊圧に、死神・虚・滅却師の三種混合の強大な霊圧刺激を長期間当て続けておれば、能力の有無関係なしで否が応にも覚醒せざるを得ん。嫌なら精進せい。お主に協力(・・)はすれど、いい大人のお守(・・)なんぞは儂も喜助も御免じゃからの」

 

 そこを突かれると言い返せない。苦手だ戦闘に支障はねえだと抜かして、霊力制御の修行をサボり気味だった俺にも非がある。受験終わったらちまちま鍛練するしかねえか……と、ふと一つ、疑問が思い浮かんだ。

 

「なあ夜一さん」

「何じゃ」

「俺の霊力が無差別に他の連中の霊力を目醒めさせてるってンなら、なんでたつき・ケイゴ・水色以外の空座高の連中は霊力が無いままなんだよ。リーナなんかよりもっと長ぇ、三年間も一緒の校舎にいたってのによ」

「お主、今挙げた三人と井上達能力者以外に、友人と呼べるほど親しい奴はおったのか?」

「……いや、いねーけど」

 

 なんかお前友達少ねえだろ、的なニュアンスを感じる質問返しに不承不承肯定の意を返すと「なら無いままで当然じゃ」と夜一さんは一蹴した。

 

「先ほど無差別に、とは言ったが、その無差別が及ぶ人間の範囲は限定されておる。霊力の干渉を受ける条件は二つ、一護の霊圧圏内に入っているという『物理的距離』の制約。そして、お主に対し一定以上心を開き霊圧を受け入れる体勢が取れているという『精神的距離』の制約じゃ。

 前者だけなら満たす人間は星の数ほどもいようが。後者も満たせる奴はそうはおらんじゃろう。お主とそこまで親しくない本匠千鶴が、藍染に遭遇したことで霊体を補足できるようになったにも関わらず、事件終息後すぐに霊力を失ったのが良い例じゃ」

 

 ……てことは逆に言やぁ、そこそこの頻度で会ってて、尚且つある程度心の距離が近いヤツは、リーナじゃなくても片っ端から覚醒の可能性があるってことじゃねーか。

 

 現時点で当てはまりそうなのは、育美さん、キリト、アスナくらいしか思いつかねーが、今後大学入って友達(ダチ)が出来ようモンなら、ソイツもほぼ確実に影響対象だ。着々と俺の身の周りの連中が霊力持ちになってくことを想像すると、あんまし良い未来には感じられない。マジでとっとと霊力制御の修行しねえと……。

 

「安心せい。喜助が至近で霊圧を探った限り、あの青い目の娘には霊能力の才能は無い。霊力の受け皿は小規模、目醒めても『視える・聞こえる』程度が限界じゃろう。虚に襲われる確率も覚醒前と大して変わるまい。

 なんなら向こうで奮闘しておる小娘……朝田とかいったかの? 彼奴の修行にお主も混ざれば良いではないか」

「アレが奮闘って言えんのかよ。どっからどう見ても八つ当たり(・・・・・)じゃねーか」

「そう思うなら止めて来い。『あの計器、決して安くないんスよ』とか喜助が嘆いておったぞ」

 

 物に当たり散らすとは、やはり十六歳はまだまだガキじゃの。と、呆れたように言い捨て、夜一さんは追加の茶をドバドバ注ぎ、御茶請けの海苔煎餅をバキッと噛み割った。

 

 今俺らがいるのは、浦原商店の地下勉強部屋。

 

 畳と卓袱台、お茶セットを急遽持ちこんで拵えた休憩スペースの座布団の上で胡坐を掻きつつ、遠くでボンボンと制御失敗の爆発音を響かせる十六歳女子高校生の姿を眺めた。

 

「これこれ朝田殿、精神集中が乱れておりますぞ。一度手を止め精神統一をした後に鍛練を再開すべきです」

「大丈夫です! このままやります!」

 

 何があったか知らねえが、来てからこっち、ずっとあの調子だ。ツンケンしてんのは変わんねえけど、いつも以上に怒りっぽい。横にいる鉄裁さんが宥めてんのも聞きゃしねえ。浦原さんが野暮用で出ちまってる今、アレを手荒く止める(すべ)を持つのは……、

 

「――いい加減にしろテメーは!」

「痛っ!?」

 

 俺以外にいなかった。

 

 卓袱台に置いてあった御茶請け用のお盆を持って詩乃に近寄り、角っこの部分で頭頂部をスコーンと引っぱたいた。視界外から強打された詩乃は一瞬面食らった顔をしたが、すぐに怒気全開の表情へと様変わりする。

 

「いきなりなにすんのよ!!」

「なにすんのじゃねーよボケ。何があったか知らねーけど、物に当たんな。制御に集中しろ。それが出来ねえなら帰れ」

「うっさいわね! あんたには関係ないでしょ痛ッ!? だからいちいち叩かないでよ暴力おとこ痛い!! ちょ、ちょっと止めてほんとに痛いっ!!」

 

 お盆の腹を使いモグラ叩きよろしく連続でゴツンゴツン打撃しまくって、強制的に黙らせた。弱い者イジメ? 修行中にそんなモン知ったこっちゃねえ。手荒い手法も使うって予め言ってあるしな。

 

「あ、あんたねえ……! 他人の頭をポンポン叩かないでよ……たんこぶが出来ちゃうじゃない」

 

 流石に四、五回叩かれて懲りたのか、少し語気が弱まった詩乃は半分涙目で頭頂部を押さえ、上目使いに睨んでくる。

 

「こうでもしねーと頭冷えねえだろうが。ここは霊力の修行の場所だ、八つ当たりなら余所でやってくれ。あっちの化け猫はヒマでも、俺はヒマじゃねーんだよ」

「聞こえておるぞ一護。随分大層なことを言うようになったのー、んー?」

 

 後ろの方からなんか聞こえたが、スルーして言葉を続ける。

 

「ストレス発散なら後でいくらでも付き合ってやる。だからとにかく、今はこっちに集中しろ。九等霊威まで、もうちょいなんだろ?」

「……制御があと一分安定すれば、まあ、ね」

「んじゃ、とっとと集中して終わらせちまえ。ンでさっさと帰って飯食って寝ろ」

「子供みたいな扱いしないでよ。ムカつく」

「オメーと同年代の妹がいる身からすりゃ、お前も十分に子供(ガキ)だっての」

 

 ムカつく、と詩乃は一言漏らし、失敗続きの消耗でかいた額の汗を袖で拭い、今度こそ制御に集中し出した。「ナイスですぞ黒崎殿」と言う鉄裁さんに後を任せて元の場所に戻ると、浦原さんが帰ってきていた。

 

「ただいま戻りました。朝田サン、落ち着きました?」

お盆(コレ)で引っぱたいて落ち着かせてきた。多分もう大丈夫だろ」

「将来DV夫になりそうな強硬手段ッスね、それ」

「いいじゃねーか別に、修行中なんだし。それよかアレの調査、どうだったんだよ」

「あーハイハイ、ちゃんと終わりましたヨン……っと」

 

 懐をゴソゴソと漁り、浦原さんは一まとまりの紙束を取り出した。

 

「先ほど黒崎サンから受けた報告を基に、関東地方におけるここ三か月の虚の出現頻度と区域分布を尸魂界から取り寄せました。が、残念ながら特に規則性は見られないとの回答ッス。空座町ほどではないにしても、虚というのはどの地区でも一日一体程度は発生、または出現するものなんス。この膨大なデータ中から関連性を見つけ出すのは、正直言って非効率的かと」

「そもそも尸魂界のレーダーが感知するのは、虚の霊圧強度、データベースとの照合、出現位置、その数……このくらいじゃからの。それ以外を現地死神からの報告に委ねておる時点で、今回の件に関しては尸魂界側のデータベースは当てになんぞならん」

「そうかよ……クソ、直接そこまで行って調べるしかねえってか」

「いやいや、そっちの方が非効率ッス。

 黒崎サンが言う規則性が本当に正しいのなら、それを引き起こしている虚は尸魂界のレーダーと死神の警戒網を潜り抜ける高い隠密性を持つ強力な個体か、あるいは統率のとれた集団的『狩り』を行う虚の一軍であると考えられます。どちらも単独で調査に向かうには相手が悪すぎます。尸魂界からのデータを精査しつつ、その心不全の規則性について、もう少し調べてみる必要がありますね」

「それはさっき話に出たリーナに任してある。現世(こっち)側の調査なら、浦原さんたちよりも勝手が分かってるはずだ。それと、例の仮想世界側でも手がかりっぽいのが一つあった。そっちの調査には、その情報を寄越した奴が自分で昨日から向かってる」

 

 キリトが調べきれなかった心不全による死亡者のデータ調査は、昨日家に帰ってから思いつきでリーナに頼んでみた。

 奴の実家のコネでなんとかなんねーか、とかいう大雑把な考えで頼んでみたんだが、リーナは「超余裕。それに、一護の役に立つなら全然構わない」と、文句一つ言わずに引き受けてくれた。勿論代価はしっかり要求され、今度の週末に空座町のスケートリンクに連れて行く約束をさせられたが、そんくらい安いモンだ。

 

 キリトに関しても、

 

『昨日のダイブで、断定はできないがそれらしい人物と接触した。今日出場する大会内で再度接触を試みるよ』

 

 とメールがあった。現実側の調査はやっとくから気にせず行って来いとだけ返し、今日ここに来ている。

 

「ほぅ、お主にしては手回しが良いな。それにその情報提供者とやらも、中々やるようじゃの」

「そッスね。関東全域の死亡者の周期性を割り出して、かつ即座に調査に移る行動力をお持ちとは。広い視野と調査力、荒唐無稽な可能性であっても脳内で理屈をこねくり回すだけで終わらせない実行力は、優秀な技術研究者に必要なスキルッスよ」

「仮想世界の中なら剣の腕も立つ奴だ。現実じゃモヤシ野郎だけどな」

 

 今頃仮想世界の中で奔走してるハズの黒ずくめ剣士を脳裏に浮かべつつ、そう返す。ってかそう言や、アイツが今入ってるGGOとかいうゲーム、どんなモンなのか知らねえな。銃撃があったっつーことは、銃ゲーかなんかかよ。もしそうなら、遠距離攻撃の経験が月牙と虚閃くらいしかねえ俺には向かねーな。

 

 ……とか考えてたら、

 

「――GGO? 正式名称は『ガンゲイル・オンライン』よ。例のザ・シード連結体(ネクサス)の一つで、銃器で武装したプレイヤーが、モンスターを討伐したりプレイヤー間で殺し合ったりするゲーム」

 

 意外なことに、詩乃が知っていた。

 

 霊力制御の休憩中になんとなく話を振ってみたんだが、少し意外そうな顔をしながら何てことないように返答を寄越してきた。ゲームとか興味なさそうな奴なのに、そんな女受けしなさそうなジャンルのVRMMOに興味があったなんてな。

 

「……丁度いい。一護、あなたこの後、GGOで憂さ晴らしに付き合いなさい」

「は? 何でだよ。俺GGOやったことねえし、大体、受験生にゲームさすな」

「知らないわよ。私の頭をボカボカ叩いた罪滅ぼしと、ストレス発散の約束を兼ねて同行して」

「断る。なんでまたあの忌々しいヤツの残骸が出てきそうな世界(トコ)に……」

「行け一護。女子(おなご)に暴力を振るった罰じゃ。粛々と従え」

「夜一さん!? アンタなんでコイツの肩持つんだよ。つかコイツの八つ当たりの制止を俺に押し付けたの、アンタじゃねーか」

「うるさいのぅ。小さいことでガタガタ言うでない。そんなことだから、いつまで経っても『浅い男』なんじゃ」

「アンタがうっせえよ!」

 

 絶対禄に考えもしないで俺を弄るためだけに掌を返した化け猫女に食って掛かると、横から浦原さんが口を挟んできた。

 

「黒崎サン、たまには彼女サンのワガママ聞いてあげなきゃダメッスよ? バイトで資金は豊富なんでしょうし、ここは一つ、行ってきてくださいな。アタシらはその間にデータ解析しときますンで」

「浦原さん、アンタまでなに言ってんだよ! つか彼女じゃねえってホント何回言わすンだよ!!」

「三対一よ。大人しく付き合いなさい」

「テメエ…………」

 

 俺が睨みつける中、詩乃は勝ち誇ったような済まし顔でお茶を飲んでいた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……ったく、なんでまたあんなトコに行かなきゃならねンだよ」

 

 一時間後。

 

 早々に修行を打ち切り、俺は自宅に帰ってベッドに腰掛けていた。

 

 サイドテーブルに設えたデスクトップPCの画面には、さっきネットでインストールしちまった『ガンゲイル・オンライン』のパッケージ画像が表示されてる。とりあえず大学受かるまで仮想世界(向こう)に行くことは絶対ねぇだろうな、とか思ってたのに、まさか全然知らねえゲームに一日限定で特攻しなきゃなんねーのかよ。

 

「……まあ、アレだ。死銃とかいう奴の調査も兼ねてんだ。時間も夕方になるまでって決めたし。とっとと消化して帰ってくっか」

 

 パッケージ代金はバイト経費で落とせねえかな、とか考えながら、アミュスフィア(ナーヴギアくれたおっさんが秋頃詫びに来たときに『お詫びの品』名目で渡された。絶対的安全を強調されはしたが、中々いい神経してやがると思う)を被る。

 

 記憶にある合金製フルフェイスヘルメット型のハードよりかなり軽い付け心地を感じながら、ゆっくりと目を閉じ、

 

「――リンク・スタート」

 

 コマンドを唱えた。

 

 

 視界を包む白色光が消え、飛び込んできたのは随分とゴミゴミした景色だった。

 

 今までやってきたSAOやALOとは全然違う、強いて似てる光景をあげるなら、アインクラッド五十五層の『グランザム』の街並み、アレをもうちょい煩雑にして近未来っぽくした感じだ。金属プレートで舗装された床、彼方にそびえ立つ高層ビル群、それを繋ぐ回廊。そのバックには午前中らしからぬ暁の空が広がっている。昔やったことのあるFPSゲーも、こんな感じだったっけな。

 

 で、今の俺のアバターは、一応SAO・ALOで使ってたヤツをそのまま……確かコンバート、とか言ったか? それをやって使ってる。

 代償として持ってるアイテムや金が消えるってんで、数少ない俺の武器防具類は、ついさっきALO(俺のキャラデータと一緒にゲーム情報もナーヴん中に勝手に保存されてた)の中で店をやってるっつうエギルの倉庫に預けてきた。そのためだけにわざわざ半年ぶりのALOに入ってきたのか、とあの巨漢には呆れられたが。

 

 だから、今の俺はステータス以外は完全新規。SAOとは違い、当然外見も変わってるらしく、今もジャマくさい黒の長髪が俺の視界の横にチラチラと……。

 

「……黒色? 長髪だと?」

 

 違和感を感じ、近くのミラーガラスに姿を映す。途端、思わず頬がひきつった。

 

 身長とか体格は現実とそんなに変わんねえ。が、頭は見慣れたオレンジの短髪じゃなく、延び放題で背中まで届くような長さの黒い髪。目の色もブラウンじゃなく、赤ワインみたいな黒みがかった赤色だ。

 目つきの剣呑さは気持ちマシになってる気がしたが、この姿を目の当たりにしたせいで、平素以上のしかめっ面になっちまってる。

 

 自分で客観視したことは一回もねえ。けどこの姿は、浦原さんから伝え聞いた『無月』の姿になった俺と似ているように思える。

 

 一瞬、まさかここでも俺の記憶を、とか考えちまったが、前にキリトが、

 

『プレイヤーの記憶を読みとる技術は個人のプライバシーを侵害するからって、この前全面禁止令が出されてたよ。SAOと繋がってたALOもちゃんとクリーンアップされた。

 AI化された茅場の思念が未だに電脳空間をさまよっている現状は健在だ。とはいえ、お前に嫌がらせするために記憶読み取り・具現化を起こすとも思えない。安心して戻って来いよ』

 

 とか言ってたのを思い出した。

 

 頑なに『幽閉を強いられてた世界になんざ戻るか』と主張する俺に対して、受験が終わったらALOを再開しないかってキリトが誘ってきたときに聞いたことだが、とにかくこの容姿は俺の記憶由来じゃなく、マジの偶然っつーワケか。まあアフロだスキンヘッドだなんてヘンテコな外っ面よりはマシか、と自分を納得させ、改めて周囲を見渡す。

 

「――で、詩乃のヤツはどこにいんだ? ポータル横のミラーガラスの前で待ってるとか言ってたけど……いねえじゃねーか」

 

 見渡す限りゴツい男連中しか目に入らねえこの現状で、アイツから聞いた水色の髪の女性アバターなんて目立つ外見が見つけられないハズがねえ。

 

 空座町から詩乃の住んでる文京区湯島まで、かかってせいぜい四十分ってトコだ。修行を終えてから一時間ちょい、もうすぐ九時半になろうってのに、自宅にたどり着けてないってことはねえだろ。

 

 ……まさか、道中で虚に襲われた、なんてオチじゃねーだろうな。

 

 イヤな予感が胸中を過ぎり、一回ログアウトして電話するか、とか本気で考えかけた、その時。後ろで青白い光がスパークし、中から一人のプレイヤーが出てきた。

 

 俺より二十センチは小さい華奢な体躯。オリーブ色のジャケットに黒のショートパンツ。首には白いマフラーが巻かれ、そして何より水色のショートヘアーが人目を引く。

 

「……お待たせ」

 

 詩乃はミラーガラス前の俺を視認すると、ウィンドウを操作してから近づき素っ気ない声をかけてきた。同時に俺の眼前に『《Sinon》 が 《Ichigo》に対しパーティー登録を申請しています。承認しますか?』というメッセージが表示される。Sinon、シノン――詩乃、か。キリト並に安直だな。

 

 おう、と短く返事を返し、申請を承認。詩乃改めシノンは目だけを動かしてそれを確認すると「こっち来て」とだけ言ってすたすた歩き出した。

 

「……あなた、現実の名前そのまま使ってるのね。一護、なんてそうそうある名前じゃないのに、リアルばれとか考えないの?」

「オメーの安直なネーミングも大して変わんねえだろ。つーかそもそも、ド素人の俺をこんな鉄臭いトコに引っ張り込んで、どんな憂さ晴らしすンだよ。的になれとか言いやがったら、ソッコー帰るからな」

「あ、その手があったか。一護、ちょっとその辺に立っててよ。私の短機関銃で蜂の巣にするから」

「……ズイブンなケンカの売り方じゃねーか。予定変更だ、その前にテメーをとっ捕まえて、また脳天引っぱたいてやるよ」

「乱暴ね、この暴力男」

「うるせ、この脳筋女」

 

 互いに前を見たまま、雑踏の中を突き進んでいく。行き先なんて知らねーが、マジで射撃場だったら本気でコイツをシバいてやる。初期装備でも、SAOから二年間鍛え続けたバカ高いステータスだけは引き継いでんだ。丸腰でもドロップ品拾って使えば何とかなんだろ。

 

 しばらくそうやって軽口の応酬を繰り返してるうちに、雑踏を抜けた。目の前には武器屋らしい店が軒を連ね、派手な電光が一帯に照りつけている。

 

「いい、一護。私はこれからフィールドに出る。モンスターだけじゃなく、必要ならプレイヤーも仕留めるつもり。あなたにはその中で前衛を務めてもらうわ。コンバートキャラで、しかもSTR-AGI型なら、大型のアサルトライフルとハンドガン装備で十分に前に出られる。装備はここのプライベートガレージに預けてある私のストックを貸してあげるから、せいぜい頑張って」

「銃とか撃ったことねーよ。刀剣はねえのか、ナイフでも何でもいいから」

 

 そっちの方が慣れてンだ、と言う俺に対し、詩乃は呆れ果てた目を向けた。

 

「銃メインのプレイヤー相手に剣で戦おうとするバカなんて、GGOに一人くらいしかいないと思ってたのに……こんなところにもいたのね。止めておきなさい、銃に剣じゃ勝てっこないから」

「でも一人いんだろ。じゃあ有り得ない話じゃねえってことだ。銃弾でも何でも、当たんなきゃどうってことねえって」

「言ってできれば誰も苦労なんてしない。映画の見すぎなんじゃない? ……それに、いくらあなたが現実世界では強い『死神』であっても、アバターの挙動がステータスに依存するこの世界じゃ、力押しは通用しないわよ」

 

 後半は周りを気にしたのか、ややボリュームを下げて言ってきた。けど、そんなこと百も承知だ。SAOでもALOでも、死神化してりゃワケなかった、なんて場面は何度かあった。

 

 確かにソードスキルも魔法もねえこの世界は前の二つよりもキツいかもしんねー。敵も遠距離戦タイプしかいないなら、尚更だ。けど、俺にできることが変わんねえ以上、やれる戦い方に全力を叩き込むしかない。

 

「だいたい、私は近接格闘用の装備なんて持ってないの。あなたが自腹で買うにしても、初期金額の千クレジットじゃナイフ一振りだって買えやしない。できるできない以前に、現実問題としてどうにもならないのよ」

「うっ……そういやそうか」

 

 それは痛いトコだ。銃弾を避けるにしても限度ってモンがある。白哉や石田相手にやったみてえに叩き落とすにも、そっからさらに相手を倒すにも、武器は必要だ。一対一(タイマン)ならともかく、集団戦だったらまず勝ち目がねえ。

 

 何とかなんねえモンか、と辺りを見渡してみると、ふと遠くの方で、なにやら騒いでる連中がいるのが見えた。

 

「おいシノン、アレ何やってんだ?」

「え? ……ああ、賭けデュエルね。血の気の多い連中があの広場に集まって、偶にああして戦ってるのよ」

 

 アイテムかクレジットを千単位で賭ければ相手に挑戦できるから、あなたも参戦して懲りてきたらどう、とシノンはどうでも良さそうに勧めてきた。

 

 集団に近づいてみると、ちょうど前のデュエルが終わったところらしく、テンガロンハットのヒゲ男が勝ち鬨を上げているところだった。周囲から飛ぶ歓声とヤジを一身に受け、両手を宙に突き上げている。

 

 その手に握られたデカい銃……多分リボルバー式拳銃ってヤツだ。から視線を下げ、腰の辺りを見たときに俺の視線を動きが止まった。

 そいつの革ベルトにぶら提がっていたのは、細長いシルエットのナイフシースだった。俺の脳内にあるナイフよりもかなり刃渡りが長く、優に五十センチくらいあるように見える。どっかの戦争映画に出てた、軍用マチェットってヤツか。

 

「……丁度いい。アイツの腰にあるアレ、もらってくる」

「それ、初期アーマー装備だけでアイツにデュエルで勝つってこと!? あんた正気なの? アイツのリボルバーは早打ちスキル補正のついた接近戦特化タイプ。丸腰の紙装甲で突っ込んだら、確実に風穴開けられて一撃死(インスタントデス)よ!」

「なら、全部避けてから殴って終わらせりゃいい。心配すんな、なんとかなんだろ」

「む、無茶苦茶な……」

 

 言葉が出なくなったらしいシノンを放置してウィンドウを操作、動きにジャマになりそうなミリタリジャケットを脱ぎ捨て、上半身はピッタリしたグレーのアンダーアーマーだけになる。ボトムスの黒のカーゴパンツとアーミーブーツはそのままにして、野次馬をかき分けて進み出る。

 

 出てきた俺にテンガロン男が気づいた。表情は訝しむように曇る。武器もなにも持たないヤツが出てくりゃ、そりゃそうなるだろう。けど、構わねえ。油断してるトコを真ッ正面からぶっ飛ばしてやる。

 

 

 ……さて、半年ぶりの仮想世界だ。

 

 こっちは拳一つ。相手は銃持ち。

 いい攻撃(モン)食らえばソッコー死亡(アウト)

 

 ――上等じゃねーか。

 

 鈍った勘を取り戻すには、こんくらいのハンデが丁度いい。

 

 それに、衆人環視の決闘(ケンカ)なんて久々だが、ケンカなんてのは相手との差がデケー程、こっちも燃えてくるモンなんだよ!

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


……いつぞやの感想返信で「リーナやキリトが霊力に目覚める可能性は低い」とか偉そうに言っておきながらのコレです。
低いどころか高くなってますね……弁明の仕様も御座んせん。


バトルまで行けるかと思いきや、なんか長くなってしまったので次回に持ち越しです。
受験勉強で溜まったストレスを発散する好機! ということで、ヤンキー的思考回路のスイッチが入った一護によるケンカと言う名のデュエルを、シノン視点で書きます。

ちなみに軍用マチェットは一般的には戦闘用の『武器』ではなく、ジャングルや山中を行軍する際に雑草や木の枝を切り払う『道具』として存在するそうな。ですがフィクション作品ではよく武器として使われるので(ヨルムンガンドのミルドさんとか)、拙作でも登場してもらいました。

次話はもう書き上がっておりますので、予定繰り上げして明日の十時に投稿します。

あと、活動報告にてちょっとしたお知らせを掲載します。
よければ覗いていって下さい。



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Episode 19. On the Savage World

お読みいただきありがとうございます。

十九話です。

シノン視点でお送りします。

宜しくお願い致します。


<Sinon>

 

「――よぉ。アンタ、もう一試合やっていけよ。俺は素手、アンタは何を使ってもいい。その代わり、俺が勝ったらその腰のナイフをくれ」

 

 いきなり群衆の真っ直中に進み出た一護は何も躊躇うことなく宣戦布告した。しかも自分が無手であり、相手が武装アリという極端なハンディキャップがあることを明言して。

 

 この世界にも「徒手格闘」という概念はあることにはある。

 

 昔からFPSなどにおいて、素手での攻撃はリーチが最低である反面、威力に多大な補正がかかることが多い。このGGOでもそれは例外ではなく、一撃必殺とまではいかなくても、下手なハンドガンより大きなダメージを叩き出せる仕様になっている。

 そのため屋内戦闘で敵とバッタリ鉢合わせ、などという状況になった際には、銃撃だけではなく、どれだけ早くナイフを抜けるか、またはどれだけ素早く拳や蹴りを当てられるかが勝敗を分ける要因となる。決して馬鹿にはできない技能だ。

 

 しかし、この一対一形式、しかも最初から向かい合った状態で開始するデュエルにおいて、素手は明らかに自殺行為だ。

 それこそ霊能力で波動でも出せるのなら別かもしれないが、この銃と鉄の世界に魔法は存在しない。普通に考えて、真正面から蜂の巣にされてジ・エンド。

 

 それは観衆たちも同意見らしく「こいつマジですっぴんかよ」「やべー無謀勇者キタコレ」という驚嘆とも罵倒ともつかないどよめき声が上がる。しかも私と共に現れたところもしっかり目撃されてしまったらしく「おい、シノンが来てるぜ」「まさかシノンちゃんの彼氏か?」なんて邪推する声まで聞こえる。

 

 本当なら一刻も早く立ち去りたいところなのだが、アイツをこの世界に引っ張り込んだのは私だし、この後の憂さ晴らしハントにも同行してもらわなければならない。

 

「……やるからには勝ってよね。負けたらあんたの脳天吹っ飛ばすから!」

 

 付き合わされていることに対するせめてもの抵抗に、一護の背中へそう声をかける。一護は背を向けたまま片手を上げることで私の言葉に応えた。

 

「くっくっく……いいねえ。そういう馬鹿は嫌いじゃねえぞ。その挑戦、受けてやんぜ色男さんよ。せいぜいシノンの前で無様な死体を晒さねえよう、頑張んな」

 

 テンガロン男はニヤニヤと笑い、一護の宣戦布告を受諾。ウィンドウを操作してデュエル設定の画面を表示させた。

 

「この賭けデュエルにはあらかじめ武装と賭ける対象を設定するルールがある。その時手前が負うハンデがデカい程、相手からブン取れる報酬(リターン)も増えるんだ。

 アンタは素手で防具なし、賭けたのは千クレジット。

 俺の武器はこのリボルバーとマチェット、防具は革の軽装備、賭けんのはご指名のマチェットと……そうさな、このベルト付きのナイフシースも付けよう。どっちも中々のレア物だ。併せて売れば百万クレジットは下らねえ。素手のハンデにゃ十分だろう」

「いいのかよ、そんなレア物賭けちまって。後で返してくださいっつっても聞かねえからな」

「そっちこそ、ホントに素手でいいのか? 戦闘中に『降参しますごめんなさい』って土下座されても、俺ぁ攻撃を止めねえぞ」

 

 長い黒髪を揺らして挑発する一護と、サングラスをかけつつそれに対抗するテンガロン男。互いに自信に満ちたその姿に、野次馬たちも大声を上げてはやし立てる。デュエル設定を終え、開始線に着く二人を見ながら、私は一度冷静に一護の勝ち目を分析してみた。

 

 テンガロン男の武器は、四五口径回転式拳銃「コルト・シングルアクション・アーミー」またの名をM1873。別名『平和の作り手(ピースメーカー)』だ。リボルバー式のため、装弾数は六発。過去アメリカにおいて陸軍の制式拳銃であった他、西部開拓時代に使用されていたとされ、映画ではテンガロンハットを被ったコテコテのガンマンによる早打ちに用いられることも多い。

 機構上スピードローダーが使用できないため、撃ちきった際の再装填(リロード)は空薬莢を捨てた後、一発ずつ銃弾を装填する必要がある。つまり、遮蔽物がないこのデュエルにおいて、六発撃ちきるということは銃の無力化を意味する。

 

 ……だが、それを易々と許すほど、テンガロン男は甘くないはずだ。

 

 彼が弾数の多いアサルトライフルや近距離戦で真価を発揮するショットガンではなく、たった六発で撃ち止めになるピースメーカーを装備している理由。それはおそらく、四五口径リボルバーの持つ高い火力と、早打ちの逸話に準えた速射スキル補正のためだ。

 

 頭部への一撃(ヘッドショット)を受ければ即死、手足や胴体に被弾しても、武器防具の支援のない一護であれば、おそらく二発受けただけで死ぬ。

 開始線から相手までの距離は目算十メートル。初速が音速に迫る.45ロング・コルト弾にかかれば、発砲から着弾までの時間はたったの0.03秒。反射神経だけで躱しきれる代物じゃない。

 

 それに、テンガロン男はサングラスで視線を隠している。

 どこかの気に食わない剣士は視線で相手の弾道予測線を予測することで銃弾を躱す、なんて荒技をやってのけたわけだが、これではその芸当すらも通用しない。動体視力と勘と読み、これだけで回避しきるのは、人間の身体には不可能だ。

 

「……どうするのよ、一護」

 

 勝てとは言ったけど、いくら中身が死神でも、今の彼はステータスに制御された状態。精神状態に呼応するという霊力と違って、この世界では気合いだ根性だといった精神論での挽回なんて力業はできっこない。運動・感覚神経が常人のそれではないとしても、身体がついていかなければ意味がないのだ。

 

 それを分かった上であそこまで自信を持っていられるとすれば……もう真性の馬鹿か、狂気の領域にしか感じられない。

 

 両手で顎と鳩尾をカバーする格闘技の構えをとった一護に視線を合わせ、そう思っていると、頭上にカウントダウンのホロウィンドウが出現した。

 

『――戦闘準備(Lock and Load)

 

 『楽しんでいこうぜ(Rock'n'roll)』とも聞こえるネイティブ発音の音声が響き、野次馬からの歓声が一気に静まる。素手対リボルバー、罰ゲームにしか見えない圧倒的ハンデのデュエルの始まりに、私を含む全員が注目する。

 

 アイソセレススタンスに構えたテンガロン男。

 

 右半身の構えで重心を落とす一護。

 

 互いの間でビリビリとした緊張が張りつめ、それが極限まで高まった瞬間、

 

『――3(Three)2(Two)1(One)戦闘開始(Fire)!』

 

 デュエル開始の合図が鳴り響いた。

 

 同時に轟く一発の銃声。ピースメーカーの銀色の銃口から、炸裂した火薬の光が瞬いた。一護が構えを解いて避ける時間は無い!

 

 ……が、その直後に聞こえてきたのは、覚悟していた着弾の鈍い音ではなく、デュエルスペースを区切る半透明の防壁にブチ当たった、甲高い衝撃音だった。

 

 驚愕と共に撃たれたはずの一護を見る。彼は最初の体勢から数十センチ、横に身体を捻った状態で最初の位置に立っていた。HPゲージはドット一つ分すら減っていない。

 

 ――避けた、のだ。

 

 一歩も動かず、最低限のスウェーだけで。眼前・真正面から放たれた四五口径の銃弾を。

 

 観客と同様、唖然とするテンガロン男に対し、一護はゆっくりと体勢を元に戻す。その瞳はあくまでも勝ち誇ることなく冷静で、真っ直ぐにテンガロン男のサングラス、その奥で見開かれているはずの瞳へと突き刺さっていた。

 

 だが、奴はそのまま呆然としているようなボンクラではなかった。

 

「……チィッ!」

 

 舌打ちと同時に、瞬時に構えを切り換え。左掌を撃鉄の上に添える『ファニング』と呼ばれる、有名な速射の構えだ。初撃を外したことで銃口から幾筋もの赤い線『弾道予測線』が走る。一護に到達しているのはそのうち二本。

 

 一護の対応は素早かった。

 

 今度は本気で撃ち殺しに来ることを悟り、低重心のまま前方へ猛ダッシュをかける。一気に距離を詰めて撃たれる前に勝負を決めるつもりか。

 

 ガガッガンッ!! という重い銃声。二発、一拍おいて一発の間隔で放たれた三発の銃弾を、一護は勢いを殺さず地面ギリギリまで上体を下げて回避しきった。テンガロン男との距離は、もう五メートル足らず。

 

 だがテンガロン男は焦らない。体勢が限界まで低くなった一護の下半身目掛けて射撃、彼の足を止めようとした。

 スピードに乗った一護はブレーキは間に合わないと悟ったのか、即座にその場で大きく跳躍。予測線から退避しつつ拳を握りしめ、そのまま空中殺法と言わんばかりに殴りかかった。

 

「あのバカっ……!」

 

 思わず一護の悪手を罵った。

 

 防具も何も持っていない、足がかりになる障害物もないのに、ジャンプしてしまったら避ける術が消えてなくなる。おそらくテンガロン男は足止め以上にこっちを狙っていたのだ。銃弾を避けてくる一護に確実に一撃を叩き込むために、彼を空中に誘導した。

 銃という明確なアドバンテージを持っていながら、油断なく彼を仕留める算段を立てて見せた。テンガロン男の冷静な頭脳が一護の超人的回避を上回る。それを確信したのか、ついに男の顔に勝利の笑みが浮かぶ。

 

「……愉しかったぜ、色男」

 

 引導の一言を吐き、確実に一護の頭に照準を定める。時間がスローになったような錯覚の中、彼の指にグッと力がこもり……、

 

「あばよ!!」

 

 発砲。

 

 ガァンッ! という銃声が高らかに響きわたり、四五口径のハイパワー弾丸が一護の眉間目掛けて放たれた。直後、一護の上体が大きくのけぞり、HPゲージが減少開始。そのまま抵抗することなく落下していく。コンマ数秒後に訪れるであろう無残な死に、思わず視線を伏せ――ようとした、その直前だった。

 

 

 のけぞったまま硬直していた一護が、空中で体勢を立て直した。

 

 

 その目には死んでおらず、握りしめた拳も健在。射抜かんばかりの気迫ある視線が、テンガロン男の全身を捕捉していた。

 

「ンなにぃっ!!」

 

 頓狂な驚きの叫びをあげるテンガロン男に、一護の容赦ない跳び蹴りが突き刺さった。傾ぐ身体。ガクンッと減るHP。

 

「なにが『あばよ』だ帽子野郎! 消え失せるのは俺じゃねえ――」

 

 着地した一護の突き上げたアッパーで大きくのけぞり、続く膝蹴りと肘打ちのコンボが隙だらけの身体に次々と決まる。テンガロン男の身体が宙に浮いた、その隙に一護は彼の腰からマチェットを引き抜き、大上段に振り上げて、

 

「消えるのは、テメエの方だ!!」

 

 脳天に叩きつけた。

 

 力任せに振り下ろされた黒塗りの刃がメリメリと頭蓋にめりこみ、眼窩を切り裂き、顎下まで突き抜ける。

 

「ガ……ヒュゴォ……ッ」

 

 意味をなさない断末魔を上げ、テンガロン男は地面に崩れ落ちた。ウィークポイントである頭部に重い一撃をもらったため、HPは一気にゼロへ。そして頭上に表示される『死亡(Dead)』の文字。

 

「――わりーな。勝ったらコイツをもらうって話だったが、ちょっとフライングしちまった」

 

 一護はテンガロン男の死体に向けてそう言い、ニッと笑ってマチェットを素振りする。同時に頭上にウィンドウが出現し、

 

『Congratulation! The Winner:Ichigo!!』

 

 素手で挑んだ大馬鹿の勝利が声高に告げられた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 こだます拍手と歓声の渦の中、防護フィールドの解除された舞台に私は駆け寄った。

 

 舞台中央に立つ一護は、早速手に入れた戦利品のマチェットと黒革のナイフシース付きベルトを装備して、アレコレ感触を確かめているところだった。さっきの短時間ながら濃密な戦闘をこなした疲労感は欠片も感じられない。

 

「よぉ。言っただろシノン、なんとかなるってよ」

 

 私に気づき、一護はなんてことないように言った。勝ち誇りもせず、当然というかのようなその表情に、思わず微苦笑する。

 

「……ちょっとは人間らしい戦い方をしなさいよ。あんな人外じみた動作と気迫を見せられたら、見てるこっちが疲れちゃうわ」

「知るかよ、ンなの。ああでもしねえと一発食らうかもしれなかったんだ。仕方ねえだろ」

「一発食らうかもって……そういえばあなた、最後の一発、どうやって耐えたのよ。確実にヘッドショットのコースだったし、空中にいる状態じゃ回避なんて出来なかったはずなのに」

「…………その答え、俺にも聞かせてくれや」

 

 ザラついた声に振り向くと、デュエルが終わったことで自動蘇生により復活したテンガロン男が起きあがっていた。頭部に受けた攻撃の痺れが残っているのか、頭を押さえ左右に振りながらよろよろと立ち上がる。

 

「最後の一撃は確実に当たった。その手応えはあったし、実際にアンタは大きく仰け反った。なのにHPを削りきることは出来ず、結果負けた。一体、どんなテクを使ったんだ?」

「テクってほどのことでもねーよ。あの弾丸の通り道に合わせて裏拳を振り抜いて弾を余所に弾き飛ばした、ただそんだけだ。衝撃全部を殺すトコまでは出来なくて、ちっと体勢崩されちまったけどな」

「「……は、弾いたぁ!?」」

 

 その有り得ない回答に、私とテンガロン男の叫びがハモった。

 

 マトモに受ければ最低でも部位損失は確実な高威力の銃弾の弾速に合わせて拳を当てて弾道をねじ曲げる。そんなことが可能なのか。いやでもそれが出来たからこそ、彼はこうしてテンガロン男に勝てた。現実を見ればそうなるのに、それが信じられない。

 

「バ、バカ言ってんじゃねえよオイ! 遠距離ならともかく、あんな二メートルばかしのトコから撃った弾に拳を合わせるなんて、無理に決まってる!! たとえアンタが飛ぶ銃弾を捕捉できるくらいの動体視力を持ってたとしても、見てからじゃ身体の動きが追いつかねえはずだろうが!!」

 

 私の胸中を代弁するかのようにテンガロン男が一護に詰め寄る。そんな彼の様子に、一護はいつも通り「うるせーなあ」とでも言わんばかりのしかめっ面を浮かべて、後頭部をガリガリ引っかく。

 

「別に見てから弾こうって思ったわけじゃねえよ。最初っから『最後の一発を空中にいるときに撃たれたら裏拳で弾く』って決めてたんだ」

「さ、最初から決めてた、だと?」

「考えたんだよ。最初の一発を避けた直後、残りの五発を使ってガチで殺しに来るなら、俺は何をされたら一番ヤバいのかってな。

 で、考えついたのは『避けられねえ体勢に持って行かれること』だった。銃口の向きと指に力を込める瞬間さえ見えてりゃ、とりあえず弾がいつドコに飛んでくるのかは見当がつく。だから、地上にいる限りは多分当たらねえ。だったら、ジャンプさせられてそこを撃たれる、それが最悪だってことに気づいたんだ」

 

 さらりと方向が分かっていれば銃弾なんて避けられる、という趣旨の発言をしたことに対し、観客とテンガロンは絶句し、私は「コイツもか」と呆れ半分のため息を吐く。

 

「ジャンプしたとこを仕留めたいなら、弾は最低二発使う。俺を跳ばせるのに一発。跳んだ俺に撃ち込むためにもう一発だ。

 じゃあ、残りの三発で何ができるか。多分だけど『俺からジャンプ回避以外の選択肢を奪うため』に使うんじゃねーかと思った。俺の左右に一発ずつ撃って横方向の回避を潰して、次の一発で頭を下げさせる。視線が下に向いて視界が狭くなったトコで足下に一撃入れれば、俺は地面から足を離すしかなくなる。それが一番イヤなパターンだと踏んだ。

 アンタは結局その通りに撃ってきた。俺は連続の三発が来た瞬間に、このオチが見えてた。だから迷わず『跳んだら裏拳弾き』を実行できたんだ。じゃなきゃ、あんなスムーズに全弾躱せるかよ」

 

 ……全て、読み通りだったから。

 

 要約すれば、たったそれだけのこと。

 

 けど、丸腰の状態で至近距離から銃口を向けられているのに、そんなに素早く冷静にフィニッシュまで読み切るなんて、どういう神経をしていれば可能な芸当なのか。

 

 予測線がなくても回避してみせる体捌きのセンス。

 

 残弾数と自分の状態から即座に最悪の状況と打開策を叩き出す思考・判断力。

 

 そして、銃口目掛けて真っ直ぐ突っ込んでいくだけのクソ度胸。

 

 思いつくだけでもこれだけ備わってないと不可能だ。試合前に動体視力と勘と読みだけ、なんて思ったけど、それをどれ程研ぎ澄ませればアレが出来るのだろうか。

 テクニックと言う程じゃないと彼は言ったが、むしろこれが単なるゲーム上の技術(テクニック)などという枠組みに収まるはずがない。

 

 一応、現実世界で聞いてはいた。

 私の遭遇した虚なんてメじゃないくらいの化け物や超人たち、それら全てを相手取り、何度も死にかけながら戦い抜いて勝利してきた現存の死神の中でも最上位クラスの実力者。凄まじい成長速度と戦闘能力、そして何より、決して折れない鋼鉄の意志を併せ持つ。

 

 

 ――これが『死神代行』。

 

 

 これが、黒崎一護。

 

 

「……はは、要するに、全部計算づくだったってわけかい。最初っから最後まで……は、ははっ、はははははははは!! そりゃあすげえ。アンタ、マジですげえよ! 昨日の大会で見た光剣使いの可愛い子ちゃんと同等、下手すりゃそれ以上の狂戦士(バーサーカー)だぜ!! おめーら! このイカれた色男に拍手をくれてやれ!!」

 

 テンガロン男がそう叫んだ瞬間、周りの観客たちが一斉に手を打ち鳴らした。口笛を吹く者、再びの歓声を上げる者、中には祝砲のつもりかハンドガンを頭上に向けて連射する者までいる。

 

 いつのまにか開始前の数倍に膨れ上がっていた観客たちの万雷の拍手が私たちを覆い尽くした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――まったく。あんたがケンカ売ってきたバカな連中をバカ正直に倒してるから、フィールドに出るのがお昼の後になっちゃったじゃない」

 

 そう言い、私は隣を歩く一護を睨みつけた。当の本人は「うるせーな」といつもの口癖で返答しながら、バカ連中から賭けで手に入れたクレジットを使って新調した装備を弄っている。現実とは全く異なる黒い長髪が鬱陶しいのか、時折忌々しそうに髪をかき上げて背中に流す動作を繰り返している。

 

 昼食休憩をはさみ、装備を完全に整えてから遺跡ダンジョンの入り口に到達する頃には、お昼の十二時を大きく回ってしまっていた。テンガロン男を倒した後、一護とのデュエルを希望する戦闘狂たちが何人も押しよせ、それを蹴散らすのにけっこうな時間を要した……らしい。少なくとも私がその場を離れ、消耗アイテム等の補充を終えて戻ってきても、まだ戦闘が続いていた程度には。

 

「いいじゃねーか別に。おかげで装備を買う金が手に入ったんだ。文句言うなよ」

「あのね……私があんたを連れてきたのは、ストレス解消のためなの。なのになんで一護に振り回されなきゃなんないのよ」

 

 嘆息しつつ、さっきまでよりかはマシになった装備の一護の全身を見やる。

 防具なしとかいう自殺仕様だった装備には、上半身に新たに濃いグレーのスキンアーマーが重ねられている。腰にはテンガロン男から奪った黒革ベルトを巻きつけ、左に軍用マチェット、右に対光学銃防護フィールド発生器が付いている。

 

 結局銃を一丁も買わなかったため、ホルスターや予備弾倉用ポーチ等は存在しない。が、その代わりに防護フィールド発生器と同じくらいのサイズの小型オブジェクトが、ベルトの背後にずらずらと並んでくっついている。趣味の悪い不良ベルトのような有様になってしまい、本人も嫌がったが、これも一応強化のためなのだ。

 

 これらは全て追加スキル接続器(パークコネクター)だ。

 

 GGO内には、シングルアクションの連射間隔を短縮できる《速射(クイックショット)》や三次元的な回避行動に恩恵を与える《軽業(アクロバット)》、手に入れた金属オブジェクトから刃物を作り出す《ナイフ作成(クリエイト)》など、プレイヤーをアシストするスキルがいくつも存在する。反復で覚えるものもある他、防具と同じ扱いで店売りされているものも少なくない。

 

 しかし、無限に習得できるわけではない。キャラクターのレベルに合わせた数のスロットが存在し、レア度が高かったり大型な装備を持っていたりすると、その分スロットが多く埋まってしまう。

 私はメインの対物狙撃銃なんて大物に加えてサブに短機関銃まで装備してしまっているため、スロットはその二つだけで八割を占有。最低限の装具を付けるだけで精いっぱいな状態だ。

 

 その点、一護は極めて軽装備だ。

 武器はサブウェポンカテゴリの軍用マチェットだけ。防具は高性能スキンアーマーと、AGI補正がかかるという縁に小さな棘の付いたグレーバンデージ模様(パターン)硬質性(ハードタイプ)マスクの二つ。ベルトと防護器を加えてもたったの五つ。しかもメインウェポンを装備していない分、スロットがガラ空きになっているのだ。

 

 今一護が装備しているパークは、全部で五つ。

 

 実弾系ダメージを減らす《頑強(タフネス)》。

 爆発系ダメージを減らす《防護上衣(フライトジャケット)》。

 重量を減衰して速力を上げる《軽量化(ライトウェイト)》。

 視覚・聴覚をブーストする《識別(アウェアネス)》。

 近接攻撃で敵にダメージを与え続けると一定時間の数値強化が自身にかかる《狂戦士(ベルセルク)》。

 

 ……一言で言い表すのなら「ナイファー」というスタイルになろうか。

 

 一般的なFPSでは蛇蝎の如く嫌われてきた存在だと言うが、ここGGOにはそもそも存在すらしないスタイルだった。

 画面越しにキャラクターを操作するだけだった以前の一人称・三人称視点のシューティングゲームとは異なり、VRMMOではプレイヤーが実際に戦闘を行う。ゲーム内通貨をリアルマネーに還元できるシステムの存在もあり、銃弾飛び交う戦場をナイフ一本で駆けまわろうなんて豪胆者が出てくるはずもなく、今日まで至った。

 

 ……のだが、先日遭遇してしまった光剣使いのあの男に続く二人目の剣士――両者とも常軌を逸した強さを持つ――をVRMMOに召喚することになろうとは。

 

 あの男と一護の違いを挙げるとするなら、数値的傾向が攻撃特化か、それともオールラウンダーか、という感じだろうか。

 ネタ武器である光剣は一撃必殺というメリットがある反面、サブウェポンのくせにけっこうなスロットを消費する。対して一護のマチェットは威力で劣るものの、他のパークでバランス良く身体強化がなされている。銃に対するディスアドバンテージは大差ない気がするが、あの強烈な回避技術を見せられては強くは言えなくなる。

 

 ……そう言えば、あの二人。雰囲気とか性格は全然違うのに、何となく似通っているように感じるのは気のせいだろうか。

 

 あの光剣使いの卓越した剣技は「ファンタジー風のVRMMOで身に付けたものだ」と言っていた。剣、ファンタジー風、VRMMOと言えば、世界的大事件の舞台となったあの鋼鉄の城がそびえる世界を思い出す。

 また、一護は「ちょっとしたヘマ」をやらかしたとかで、今年の一月末まで病院から出られなかったそうだ。あの世界が滅び、そこに囚われていた人たちが全員現実に帰還したのも、確かその辺の時期だったような気が…………。

 

「……ノン、おいシノン! 聞いてんのかよ」

「――え?」

 

 我に帰ると、一護がこちらを覗き込んでいた。現実(むこう)とは違う、幾分かマシになった目つきの中に宿るダークレッドの瞳と視線が合い、思わずパッと目を逸らしてしまう。

 

「い、いきなり大声出さないでよ。びっくりするじゃない」

「いきなりじゃねー。何度呼びかけても反応しねえから、デカい声出したんだっつの」

「悪かったわね、ちょっと考え事してたのよ。それで、なに?」

「だから、ここまで来たのはいいけどよ、このダンジョンのドコに向かうとか全然聞いてねーから説明しろって言ったんだ」

「別に、明確な標的はいないわ。出会った敵は、モンスターだろうがプレイヤーだろうが片っ端から交戦して討伐する。それだけよ」

 

 この遺跡ダンジョンにはかなりハイレベルのスコードロンが潜っているという話を聞いたことがある。ストレス発散のため、そして大会前に一度全力を出しておくためにも、相手にとって不足はない。

 

 そう思い自己を奮い立たせる一方で、一護は私の発言にげんなりした表情を浮かべた。

 

「……あのテンガロンにバーサーカーとか言われたけどよ、オメーの方がよっぽどじゃねーか」

「違う。私のこれは鍛練なの。意味もなく片端から撃破するばかりのあんたと一緒にしないで……って、そういえば、あのテンガロン男の名前、なんていうのよ?」

「さーな。訊いてねえし、一日限りしかいねえ世界(とこ)で会ったヤツ全員の名前何て覚えてらんねーよ。覚えとくのは、手前が興味がある奴のコトだけで充分じゃねーか」

「……それもそうね」

 

 ドライではあるが一理ある指摘に肩を竦めつつ同意した私は、背中に担いでいたライフルを下ろし、両手に携える。

 

 

 『PMG・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ』

 

 

 冥界の女神の名を冠する対物狙撃銃は、午後の陽光を反射して、眠りから覚めたかのような獰猛な黒い輝きを放っていた。

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

戦闘狂達から武器と金を巻き上げ……もとい、合法的に入手して、一護の装備が完成しました。
次回は引き続いてダンジョン内での戦闘を書いていきます。

ちなみにパークとスロットの関係はCoDを参考にしました。
あの世界、ナイファーってすごい嫌われてますよね……個人的には好きです。
エンカウントするとおっかないですけど、見てる分にはバルメさんみたいでかっこいいと思います。

活動報告に早速リクエストをくださった皆さま、ありがとうございますm(__)m
一件も来なかったら悲しすぎて泣くんじゃねぇかコレ、とか思ってたのですが、予想に反し一日目にしてたくさんのコメント……感無量でございます。

引き続きテーマ募集中です。読んでみたいお話のリクエストがありましたら、メッセージ、または「番外編」の活動報告へお願い致しますm(__)m


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Episode 20. On the Savage World -MELEE-

お読みいただきありがとうございます。

二十話です。

よろしくお願い致します。



『一護! 右に二人抜けた!! ショットガンと短機関銃の前衛、注意!!』

 

 ダンジョン地下三階。

 

 コンクリート製の神殿を思わせる灰色遺跡の中で、インカム越しにシノンの声が響く。直後に横からガンガンとけたたましい足音が接近してきて、俺は一瞬そっちに視線を取られた。

 

「余所見してんじゃねーぞロン毛!!」

 

 その隙を見てチャンスと思ったか、目の前の迷彩服の男が引き金を引いた。アサルトライフルの斉射が来る。そう認識した瞬間、俺は思いっきり地面を蹴って跳躍した。背中を銃弾の群れが掠め、ひりつくような感覚を覚える。

 アッブねえ。だけど、これで全弾躱した。空中で半回転し近場の柱を蹴って上昇。そのまま天井まで駆けあがって、

 

「ドコ見て撃ってんだ! 余所見してンのは――テメエの方だろ!!」

 

 急速落下。マチェットを突き出し一本の稲妻になって、一直線に迷彩男の身体を縦に引き裂いた。

 

 断末魔なんて上げるヒマもなく消し飛ぶ男の身体から即座に飛びのき、半秒遅れで叩きつけられた散弾の雨を横っ飛びで回避する。

 

「くそ! なんて身のこなしだ。マチェット一本しかないくせに、弾が全然当たらない!!」

「落ち着け! まだ二対一だぞ、同時に一か所に叩き込めば奴でも躱しきれないはず――」

「……アホか、丸聞こえだっつの」

 

 柱の後ろに身を置く俺の背後で響いた声にツッコむ。

 

 奴らの一人が持ってるショットガンってのは、一発で細けえ玉を広範囲にバラまいてくるみたいだ。一発一発は大したことねーが、数の多さと出の速さが厄介だ。

 

 面での攻撃力が高いから接近戦するなら気を付けて、とシノンに釘刺されてはいたが、確かにプレイヤーに気づいてから躱してたんじゃ避けきれねえ数だ。マトモにやりあったら、先にこっちのHPが削られる。

 

 ……だったら。

 

「来たぞ!」

「落ち着いて狙え!!」

 

 撃たせなきゃいいだけだ。

 

 マチェットを逆手に構えて跳び、奴らのすぐ真横の柱に着地する。すぐにこっちに銃口を向けてきたが、引き金を退く前に高速落下。土煙を上げて地面に降り立ち、そっから前方猛ダッシュして短機関銃の男に跳び膝を叩き込んだ。

 

 銃も剣と一緒だ。遠すぎでも当たんねえが、至近距離過ぎてもダメだ。仲間に当っちまうから、一瞬躊躇する。その上、上下に大きく揺さぶったおかげで奴らが俺に照準を合わせるのに手間取った。この二つから生まれるスキは、相当デカい。

 

 逆手持ちのマチェットで短機関銃男の喉元を掻っ捌き、逆刺突で胸を突いてトドメを刺す。さらに、仲間が死んで近距離のディスアドバンテージが消えたショットガン男がこっちに向けた銃口を、

 

「――ォらあッ!!」

「ぐおっ!?」

 

 一歩踏み込んで蹴り上げた。衝撃で手に力が入ったか、明後日の方向目掛けて銃口が火を噴く。シノン曰く、このショットガン『アーマライトAR-17』通称黄金銃(ゴールデンガン)は装弾数がたったの二発。一発は出会いがしら、二発目は今撃った。

 

 ッてことは、

 

「弾切れだろ!!」

 

 もう完全に無用の長物だ。

 

 コンクリ敷いた地面を蹴り割る勢いの踏込と共に叩き込んだ袈裟斬りが、奴のHPを急減させつつ吹っ飛ばす。そのまま後ろの柱に激突すりゃ、衝撃で追加ダメージ入ってノックアウト……、

 

「……クソが!! タダで死んでたまっかよ!!」

 

 じゃなかった。相手の男が腰からソフトボール大の球を取り上げた。アレは確か、プラズマグレネード。爆発の範囲が広くて、食らえば大抵の奴は一撃死、俺を巻き添えにして死ぬ気か!

 

 そう結論付けた瞬間に、身体が半分無意識で動き出していた。マチェットの柄に付いた紐の輪っかに人差し指をかけてスピン。勢いを付けて投擲(・・)した。

 

「ガッ…………」

 

 すっ飛んでった艶消しブラックの刃は滅却師の矢を思わせる速度で飛翔し、そのまま奴のグレネードを持った右手の肩口を貫通。ダメージを受けた時の痺れが襲ったのか、男が顔を歪め、取り落としたグレネードの爆発で吹き飛んだ。

 

 爆炎と轟音が閉鎖空間にまき散らされ、俺も顔をしかめつつ目の前に手をかざす。シノンに「マニアックなシュミしてるのね」と言われたグレーの硬質性(ハードタイプ)マスクのおかげで口元まで覆う必要は無い。翳した手を振り払い、砂埃を避けつつマチェットを回収しようと足を踏み出す――。

 

 ジャキッ、という硬質な音が、彼方から微かに聞こえた。

 

「――――チィッ!!」

 

 前に踏み出しかけた足を真後ろに強引にスイングし、地面を蹴ってその場から全力で退避した。後ろにのけぞった体勢で跳ぶ俺の眼前を二本の火線が横ぎっていった。地面を穿ち、新たな砂埃を立てる。

 

「シノン!!」

『了解』

 

 インカム越しに叫んだ俺に対し、シノンの声はあくまでも冷静だった。

 

 ほぼ同時に五メートル頭上、朽ち果てたデッキの奥から轟音が轟き、反対側にいたらしい狙撃手の内一人の頭が消し飛んだ。慌てて横にいる奴が撤退しようとしたが、シノンの続けざまの二撃目の狙撃が胴を貫通。あっけなく塵になり消えていった。

 

 最初見たとき「戦車でも相手にすンのか」って思ったくらいゴツい、シノンの愛銃、ヘカートⅡ。

 

 撃つのを見たのはこれで五回目だが、相変わらずすげえ威力だ。二人目の狙撃手が逃げるために盾にしたコンクリの塀を砕いても尚、人一人を撃ち殺す威力がある。

 

『……狙撃手(スナイパー)、ダブルキル。消滅を確認したわ。一護、何人仕留めた?』

「さっきの二人組を合わせて四人だ」

『了解。スコードロン『七人の賢者(セブンセイジ)』は七人組だったはず。最初の一人は偵察中に私が潰したから、これで撃滅完了(オールクリア)ね。打ち合わせ通り、中立地帯で落ち合いましょ。それじゃ』

 

 ブツッという音がして通信が切れる。通路のどん詰まりにある部屋の窓越しに、六百メートルの連続狙撃を決めてみせた相方の言葉通り、俺は中立地帯になってる広間へ向かって歩き出す。

 

「……つーかシノンの奴、GGO(コッチ)来てから口数増えてんな。口調は変わんねえけどテンションも若干たけーし、そんなにストレスが溜まってたのか、それとも根が好戦的なのか。リアルの見た目は文化部系っぽいのに、人は見た目によらねってか」

 

 独りごちつつ薄暗い通路を進む。潜ってからそこそこ時間が経ってる。俺はともかく、シノンのリアルの身体は霊力の修行で疲労してるはずだ。一回休んどかねえとな。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――そういやさ。お前、なんで今朝はあんなにイライラしてたんだよ」

 

 遺跡内で鉢合わせた三組目のパーティー(スコードロンって言うらしい)を倒した後、地下三階の中立地帯(ニュートラルエリア)で休憩していた時、俺はふと気になっていたことをシノンに訊いてみた。

 

 どっかのヒビからでも漏れてきてるのか、天井の端々から降り注ぐ細い光のスポット。敵に見つかるとマズイって理由でそれを避け、薄暗闇の中でエネルギードリンクを飲む水色髪の少女は、俺の質問に少し顔をしかめて見せた。

 

「……昨日、このゲームの中ですっごくムカつく男に会ったの。図々しくて、セクハラやろーで、カッコつけてて……しかもあんたと同じように、剣で戦ってたの。あんたといいアイツといい、なんで銃ゲーに来てまで剣で戦うのよ。郷に入りては郷に従えって言葉、知らないの?」

「知らねーな。別に禁止されてるワケでもねーし」

「空気を読みなさい空気を。硝煙とオイルの臭いが充満してるこの世界で、剣に命を乗っけるバカが二人もいるなんて信じられない。しかもそれで強いとか、ほんと何なのよもう!」

 

 苛立ちがぶり返したのか、語尾を荒げたシノンはぐいっとドリンクを飲み干し、空き缶を地面に叩きつけた。ガシャンと音を立てて破砕しポリゴン片になったそれに目もくれず、シノンの愚痴は止まらない。

 

「おまけにアイツ、女の子のフリして私に近寄ってきて、道案内させた上に装備選ばせたりしたの! 私うっかりお金まで貸しちゃうところだったわよ。パーソナルカードも渡しちゃったし……あーもうっ! 今日の大会でエンカウントしたら、今度こそ絶対に脳天に風穴開けてやるんだから!!」

「その言い方じゃ、オメーその剣士に負けたのかよ」

「……うっ」

「対物ライフルなんてレアな銃持ってるくせに、それで剣しか持ってねえセクハラ男に負けりゃ、そりゃ荒れるか」

「う、うっさいわね! 次こそ、今日の決勝で当たったら絶対に勝ってみせる!!」

「へーへー、そーかよ」

 

 何よその態度! とシノンが投げつけてきたエネルギーバーのパックをキャッチし、開封して口に咥える。そのセクハラ剣士には心当たりがありすぎるが、いちいち言ってやる必要もねえ。黙って小腹を満たす。

 

 しかし、ついに女装して女を騙すなんてマネまでするようになったかキリト。いい加減にしねーと、アスナにシバかれんぞ。

 

「……とにかく、そのストレスを散らすために私はここに来た。今が午後三時過ぎ。潜ってから二時間以上が経ってる。私たち二人でこのペースの狩りを続けられるのは、残弾から見積もってせいぜい三時間がいいところ。そろそろ地上に向かわないと」

「っし、んじゃ行くか。後ろは任すぞ」

「そっちこそ、前衛なんだからあっさり食い破られたりしないでよね」

 

 腰かけていた瓦礫から立ち上がりつつ、オレは首からぶら下げていた硬質性マスクを装着し留め具をはめた。中立地帯から階段までの道のりは、狭い通路が入り組む迷路みたいな構造になっている。

 

 後方を警戒しながらナビゲートするシノンの前に立って、《識別(アウェアネス)》で強化された目と耳で気配を探りながら進んでいくと、

 

「……ん? なんか今音がしたな」

「どっち?」

「右っ側。一番手前にある小部屋っぽいトコの中からだ」

「了解。狭い場所ならヘカートを使うのは下策ね。MP7で支援するから、先に突っ込んで陽動して」

 

 シノンはライフルを担ぎ直し、ホルスターから短機関銃を取り出してセーフティを解除した。俺はマチェットを片手に部屋の入口手前に陣取り、シノンと目線を合わせる。

 

 と、シノンは腰のポーチから円柱状の物体を取り出し、レバーを握った状態でピンを引っこ抜いた。確か、閃光手榴弾(フラッシュグレネード)とかいう強烈な閃光を発する目くらまし道具だ。

 

 続けて立てた三本の指は「三秒後に投げ込むから突入して」って意味。無言のまま首肯でそれに応える。「目くらましからの不意打ちなんざヒキョーだ! 正面突破してやる!」と息巻く心の中のガキの俺を「相手が何だか分かんねえ時は先に一回牽制する、SAOで散々言われたコトじゃねーか」という経験で抑え込む。

 

「…………フッ!」

 

 きっかり三秒後、短い呼気と共にシノンがグレネードを投擲。部屋から視線を背けた俺の背後で鉄板をブッ叩いたみたいな爆発音が鳴り響き、視界の端でまばゆい光が瞬間的に瞬く。

 

 それが収まったと見えた直後、俺は踵を返して部屋ん中に飛び込んだ。いたのは二足歩行の巨大なカマキリみたいなモンスターが三体。ソイツらの親玉らしい、さらに一回りデカい黒カマキリが一体。閃光で目がくらんだか、こっちを向いてる奴はいねえ。

 

 一番近い正面のカマキリにマチェットを叩きつけ、闇雲に振り回される鎌付きの腕を斬り払い、返しの刃で細い首を刎ねた。続けて身体をぐるんっと回転させ、二匹目の胴を抉り裂く。耳障りな悲鳴を上げるカマキリの鎌の振りおろしを半身で避け、カウンターの一撃で仕留めた。

 

「一護、左に跳んで!」

 

 シノンの声。隙が出来ることにも躊躇わず跳躍した俺の横、視覚が回復したらしい三匹目のカマキリが攻撃してこようとしたところに、MP7の4.6x30mm弾の雨が殺到し、蜂の巣に仕立て上げた。

 

「っしゃあ! ラスト一匹――っ!?」

 

 そのまま黒カマキリに斬りかかろうとして、踏みとどまる。部屋の外、通路の奥からこっち目掛けて駆けてくる複数の足音が、スキルでブーストされた聴覚に飛び込んできた。

 

「シノン!! 外から足音だ、十二時方向! モンスターじゃねえ、多分人間だ!!」

「もぅ! タイミングの悪い……!」

「ゴネても仕方ねえ! 俺はコイツを速攻で始末する、シノンは廊下の連中を抑えてろ!!」

「軽く言ってくれるじゃない……早く来てよ!」

 

 ポーチから今度は発煙手榴弾(スモークグレネード)を取り出しながらシノンが背を向ける。それを隙と見たのか、黒カマキリが俺を無視してシノンに斬りかかろうと肉厚の鎌を振りかざして跳躍しようとした。

 

「ドコ見てんだカマキリ野郎!!」

 

 足が地面から離れる前に突貫、四本ある腕のうち一本を斬り飛ばして、注意をこっちに向けた。上位種らしく、腕の一本が消えた程度じゃHPは二割も減ってねえ。時間もかけてらんねーってのに、頑丈なヤツだ。

 

 反撃とばかりに繰り出された一撃を弾き、肉薄。斬り上げで顎を狙ったが鎌に弾かれた。攻撃後の隙を見計らった二本の腕の挟撃をバックステップで躱してダッシュ。黒カマキリのすぐ脇を通り抜ける。

 

 疾駆する俺の背目掛けて噛みついてきた三角頭を裏拳で殴りつけ、その隙に一気に壁まで到達。ジャンプし壁に足を掛け、そのまま大きく宙返りして、黒カマキリの背中に飛び乗った。

 

「――トロいんだよ」

 

 大上段に振りかぶった刃を一閃、首に叩きつけた。一撃で刎ねるまでは行かず、半分くらい食い込んだところで止まっちまった。残り一割を切ったHPのまま、カマキリは激しく暴れ、俺の身体が宙に飛ばされる。そこ目掛けて三本の腕をめい一杯広げ、一気に畳みかけようと迫ってくる。

 

 が、やっぱり遅ぇ。三連撃の最初の一発をマチェットの強振で弾き、残り二本の腕が動く前に体勢修復。足を空中で振り被りつつ空いてる左手ですぐ目の前に頭をわし掴み、

 

「らァッ!!」

 

 渾身の膝蹴り一発。残ったHPを全て削り取った。

 

 ギギィッ……とか細い鳴き声を残して消えていく黒カマキリを一瞥した後、廊下の連中を足止めしに行ったシノンの元に走る。肩と脇腹に銃弾を受けたらしく、HPが三割弱くらい減っている。

 

「待たせたな。状況はどうだ?」

「あと五人! 一人ヘカートで始末して、残りは奥の曲がり角に全員押し込めてある! 目視で確認した限りじゃ、アサルトが三人、ショットガンとスナイパーが一人ずつって感じ。ここは一旦下がりながら、グレネードで牽制して広いところに……」

「そうかよ。んじゃ、ちょっと行ってくるか。シノン! 裏から来たら、そっちは任せるわ」

「い、一護!?」

 

 相手の素性が分かってンなら退く理由はねえ。試したいコト(・・・・・・)もあるし、真っ正面から押し切ってやる。

 

 シノンが続けて何か言うのに構わず、俺は通路に飛び出した。足音を聞きつけたのか、通路の角っこから覗いた銃口から幾筋もの予測線が照射された。

 

 足を止めたら蜂の巣決定。通路のド真ん中を突っ切る俺めがけ即座に弾丸の嵐が殺到する。だが銃口だけ通路に出して頭を引っ込めてるせいか、命中率は高くねえ。当たりそうな弾だけ身体を捻って避け、

 

「コソコソしてんじゃねーよ!」

 

 通路の角を直角左折。同時に今までの戦闘で満タンになってた《狂戦士》のパークを発動。ダメージアップの支援効果を纏った状態で敵の前に躍り出た。

 

 ご丁寧に五人一塊になっていた連中の目が、揃って驚愕で見開かれる。撃たせる時間はやらねえ。銃口がこっちに向き直る前に大きく踏込。眼前の覆面男の胸を深々と十字に裂いて、HPを丸々消し飛ばした。

 

 続けて二人目の両足を斬って体勢を崩し、隣にいた三人目の鳩尾をヤクザキックで蹴りつける。意外と冷静にナイフで対抗しようときた特殊部隊っぽい恰好の男は俺の蹴りをモロに食らい、エビみたいな体勢でふっ飛でその後ろに下がっていた二人を巻き込みまとめて転倒。その隙に、痺れた足で何とか体勢を立て直した二人目にトドメを刺した。

 

「ぐ、おおぉ……っ、腹が、痺れてっ……」

「……お、重い……っ」

「テメエ早く退けよ! あのマスクのナイファーがこっち来ちまうじゃねえか!!」

 

 デカいダメージを受けると痛みの代わりにキツい痺れに襲われるこの世界、深い傷を負っちまった時に出来る隙は致命的だ。胴が痺れたせいでまともに起き上がれず、特殊部隊風の男は仲間の重石になっちまってる。

 

「くそぉ……こっち来るんじゃ、ねえよっ!!」

 

 と、下敷きになってた男の一人が腰からハンドガンを抜いた。寝転がったままの不安定な体勢のまま、俺目掛けて引き金を引く。セレクターがフルオートになってたのか、マシンガンみたいな連射速度で銃弾がバラ撒かれた。

 

 ――けど、関係ねえ。

 

「……見えてるぜ、その弾丸(たま)全部!!」

 

 マチェットを握りしめ、退くことなく前に出た。

 

 銃弾は弾道予測線の一瞬後に、その赤い軌跡に沿って飛んでくる。ってことは、予測線の順番と、俺の身体に当たりそうかどうか。これを把握すりゃ、避けなくても弾を斬って防御できるハズだ。

 

 下段からコンパクトに振り上げ、首に当たる一発を両断。頭上までは振り切らず、そのままななめ右下薙ぎ払って、脇腹と右腿に食い込む二本の予測線と交差した。

 

 二発ともキッチリ斬りきった手ごたえを感じながら切っ先を跳ね上げ、胸を抉りに来た弾を斬り捨てる。最後の顔面直撃弾を垂直に立てた刀身で受け止めて防ぎ、直後に攻撃に転換。下敷き状態から抜け出しリロードしていた男の首を、一歩の踏み込みと共に跳ね飛ばした。

 

「っし、弾斬り成功だ。小さくて弾なんか見えねえかって思ってたが、予測線があるならいけそうだな。流石にシノンの弾は強度的にアヤシイ…………っ!?」

 

 響いた銃声。それに反応して咄嗟に横に跳んだ。だが躱しきれず、左の脇腹を抉られHPを二割強食われる。

 

 歯噛みしつつ、なんで反応できなかったと自問した。銃弾を斬ろうが考え事しようが、意識はずっと敵から外してねえ。銃口が動けば速攻で察知できたハズだ、俺の警戒意識を躱されたってのか。

 

 ……いや、違う。

 

「ガッ……て、てめえ……」

「……悪いな相棒。どうせ死ぬ命だ、なら俺に寄越してくれよ」

 

 さっきまで下敷きになっていたスナイパーの男。そいつが、上に乗っかっていた奴を盾みたいに自分の前に掲げ、その男の腹を貫通させる形で俺に銃撃を当てやがったんだ。

 

 ほぼゼロ距離で狙撃銃の銃弾を受け、俺の蹴りが当たった部位に間を置くことなく貫通するほどの傷を負ったせいで、障害物扱いされた特殊部隊風の男はまだ動きが回復しきらないみたいだ。それをいいことに、スナイパーの山岳兵っぽい装備の男プレイヤーは冷め切った目の上にゴーグルを被せつつ、特殊部隊風男の後ろから出ようとしないでいる。

 

「……あんたが強いのは分かった。銃弾を弾き、躱して斬りかかる。運動神経ゼロの俺からしたら、おっかなくて仕方ないよ。

 けどな、知ってるかい? 貫通力の高い銃なら、プレイヤーの体一つ挟んでも十分な殺傷力を発揮するのさ。その上、標的を一つ間に噛ませれば弾道予測線も消える。この状態なら、あんたでも躱せやしねえ」

「……けどそのせいで、手前の仲間は目の前で死にかけてる。相方を盾にしてまで俺に弾丸当てるとか、そんなゲスい真似がよく出来るな」

「よく言われるさ。けど、生憎俺は仲間意識とか助け合いの精神とか、そういうのにどうもなじめない性格の人間なんだ。勝つために有効と判断すれば、組んでるヤツをダシにしたって何の罪悪感も湧いて来ないし、逆に見捨てられても痛痒にも感じない。

 このまま普通にあんたを相手取っても、このまま二人まとめて斬殺されるのがオチだ。なら、ほっといても死ぬ相方を障害物にした方が生存確率は上がる。ただそんだけだ」

「気に入らねえ考え方しやがって」

「結構。あんたに気に入られるために狙撃手やってるんじゃないからな。このゲームは生き残るためならあらゆる手段を用いていい、生存競争、殺し合いの世界だ。主張を押し付けたいなら、余所でやっておくれよ。場違いな剣豪さんや」

「別にテメエに理屈を押し付けようだなんて、これっぽちも思ってねーよ。初対面の他人の主張にケチつけられるほど、ご大層な主義を持ち合わせてるわけでもねえしな。ただ……」

 

 マチェットを逆手に持ち変え、全開の殺気を込めた眼差しで山岳男を睨みつけて、

 

「……殺し合いの世界だとかデケえコト言ってるくせに、悠長にご高説垂れてくるテメーの態度が、俺には我慢ならねンだよ」

 

 踏み込んだ。

 

 山岳男が再び相方越しに銃を放つ。が、俺は全速力からの跳躍でそれを飛び越え、頭上を越えて通路のどん詰まり、天井の角に着地する。男がこっちを振り向く前に跳びかかり、銃を持った腕を肩口からバッサリ斬り落とした。

 

 砂塵を巻き上げ着地する俺の横で、斬撃の衝撃にフラつく男から苦悶の声が聞こえた。

 

「ぐうっ……激しても尚、完全には冷静さを失わないか。思ったよりは馬鹿じゃないようだな……!」

「余裕のつもりか? フザけんじゃねえ。テメエがどんだけゲスい作戦で生き延びようが関係ねえよ。俺はテメエを……」

 

 サブの武器を抜かれる前に一気に接近、山岳男の腕が動くより早くマチェットを引き絞るように構え、

 

「――(たお)しに来たんだ」

 

 顔面ド真ん中に突き刺した。

 

 今度は苦悶の声すら上げねえ男。構わず逆手に持っていたマチェットの柄を両手で掴み直し、突き刺したままの状態で力に任せて捻じりあげる。崩壊した顔面の中、驚きもせず怒りもせず、消滅を受け入れたかのように静かな表情が一瞬見え、そのまま男の体が砕け散った。

 

 同時に、盾になって男も至近距離から撃たれた二発にHPを食い尽くされ、ポリゴン片になって消え去った。後に残ったのは、連中のドロップ品らしい装備だけ。

 

「……ちっ、ムカつくヤローだったな。えらそーに語りやがって……」

「そうかしら。正誤はともかく、一理ある主張だったと思うけどね。弾丸を斬りながら突っ込むとかいう誰かサンの非常識に比べれば」

「オメーはどっちの味方なんだよ、シノン」

「連中の敵。それ以上でも以下でもないわ」

 

 傍らに立っていた狙撃手は、ホントに相方なのか疑わしくなるような台詞を言い放った。

 

「戦闘中に油断してたら、あなたであっても脳天にきっつい一撃をお見舞いするから、覚悟しておくことね」

「ほー、上等じゃねえか。そのデカブツの弾も叩っ斬ってやらー」

「ムリね。少なくとも、その折れかけのマチェットじゃ」

 

 そう言って、シノンは俺のマチェットの切っ先を指差す。見ると、刀身が僅かに刃こぼれしていて、青いエフェクトライトを撒き散らしている。

 

「金属武器は例外なく、銃弾を連続で受けると損傷するの。斬ったとしてもそれは変わらないはず。装備メニューに『メンテナンス』のアイコンがあるでしょ。一旦装備状態を解除してからそれをクリックして、三分くらい放置しときなさい。完全にじゃないけど、耐久値が回復するから」

 

 癪だが、折れちまったら流石にヤバい。言われた通り、装備から外してメンテにかける。視界の端に百八十秒の小さいタイマーが出現したのを確認して、これで今敵が来たらやべーな……とか何の気なしに考えちまった。

 

 それがマズかった……わけじゃねーんだろうが、俺らの背中側、つまり中立地帯に通じる側の通路から、複数の足音が聞こえていた。

 

「……なによ、いつもの四割増しでイヤそうな顔して」

「いつもの四割増し、は余計だろ。まだちょっと遠いけど、六時方向からこっちに来る足音だ。しかも複数。俺らの戦闘音に気づきやがったんじゃねーの」

「流石に集団相手に徒手格闘は勝率ゼロよ。私が出るから、一護は下がってて」

「仕方ねーな……ムリすんなよ、回復したらすぐに俺も出る」

「三分後かあ。その前に、私が倒しきっちゃうかもね。復帰が間に合わなかったら、リアルでご飯奢りなさい」

 

 ヘカートを構えたシノンは、気負うことなく言い放ち、迫り来る新手に銃口を向ける。

 

「……さて、と。どこのスコードロンか知らないけど、出来ることなら一列に並んで来てちょうだい。一発で始末できるように」

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

今話の要約……一護無双。以上です。
次話はシノンさん視点。荒れます、色々な意味で。


たくさんの番外編リクエスト、ありがとうございます。
引き続き受け付けておりますが、ダブったテーマも増えてきたので、そろそろ試しに一話書いてみましょうかね。


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Episode 21. Past

お読みいただきありがとうございます。

二十一話です。

シノン視点でお送りします。

よろしくお願い致します。


<Sinon>

 

「――出来ることなら一列に並んで来てちょうだい。一発で始末できるように」

 

 武器の摩耗を回復するために一護が前線から退いたのを見届けた後、私はヘカートを構えつつ独り呟いてみた。

 実際問題として、二人か三人程度であれば、アーマーを重ね着するなどの重武装でもされない限り本当に串刺しにできるはずだ。二十キロジュールに迫る弾丸の威力は伊達ではない。

 

 やがて、《識別》を持たない私の耳にも、敵の足音がはっきりと聞こえてきた。歩きではなく、小走り程度の間隔。足音の軽さから判断して、AGI優先タイプの機動型パーティーか。

 ならば警戒すべきは狙撃手との撃ちあいではなく、間合いを詰められて近距離戦闘に持ち込まれ、弾数で押されること。近づく前に数を減らさないと。そう思い、そのまま通路の左脇に寄ってバイポットを立てて伏射の体勢を取る。照準は通路の奥、中央からやや下よりの闇の底にセット。

 

 ……私だって、出来るはずだ。

 

 一護は私の援護がない状態でも、五人を一人で相手取り、マチェット一本で全滅させてみせた。

 

 なら、私にだって、一小隊を単独で潰すことは不可能じゃないはず。

 

 感覚の鋭さでは負けていても、私には銃を相手取った経験の長さとヘカートⅡがいる。何より、冥界の女神の名を冠するこのライフルを相棒に持ち幾多の敵を殺し続けてきたシノンとしての誇り(プライド)と、心の中で泣き続ける弱い詩乃(わたし)を殺すんだという覚悟が、私から戦闘以外の選択肢を消し去っていた。

 

 ――そうだ、改めて自戒しろ。

 

 頼れるものは自分しかいない。

 

 寄る者全てが敵。

 

 それら全てを排除して、初めて詩乃(わたし)シノン(わたし)となる。

 

『――シノン! 裏から来たら、そっちは任せるわ』

 

「……煩い」

 

 意図せず脳裏に蘇った、アイツの声。私に背中を晒し、支援を押し付け、単身特攻していったバカの姿。

 

 それをオクターヴを下げた自身の言葉で掻き消し、サイトから見える暗い通路の奥へと全神経を集中させた。

 

 そして、

 

「…………死ね」

 

 その暗黒の中にサブマシンガンを携えた人影が視えた瞬間、私はぐっと息を止め、躊躇することなくトリガーを引いた。

 

 長大なライフル弾が通路の暗がりを斬り裂くような火線を曳いて飛んでいき、人影の下腹部ど真ん中に命中する。飛び散った真っ赤なライトエフェクトの残光に照らされ、さらにその後ろにいた男にも弾がヒットしたのが一瞬だけ見えた。

 

 二名殺害(ダブルキル)成功(クリア)

 

 それを認識した直後、ヘカートを蹴り上げるようにして跳ね起き、閃光手榴弾を投げつけながらすぐ隣の部屋に飛び込んだ。目を閉じた直後、炸裂音と共に瞬いた光が私の瞼を貫く。至近距離での閃光弾の使用は本来好ましいものではないのだが、四の五の言っていられる余裕はない。

 

 ヘカートを肩にかけたまま、MP7を抜きつつ再び廊下へ。閃光で目が眩んで動きが止まった標的が四名、視界に映る。

 一番手近な短機関銃持ち目掛けて銃を構え、引き金を引く(トリガープル)。小口径高速弾をばら撒いて蜂の巣を一つ創り上げ、さらに隣のプレイヤーも薙ぎ払うような斉射で片づけた。

 

 が、順調に行ったのはここまで。

 

 カチン、というロックの音。勢い任せの乱射で二人を仕留めたMP7が弾切れを起こしたのだ。スリング付きなのをいいことにその場で手放し、肩に下げたヘカートに手を掛けたが、

 

「ちぃっ、よくもやりがかったな!!」

「敵は一人だ! 脇道に入らせないようにすりゃ勝てる! 撃ちまくれ!!」

 

 私が構えるよりも早く残り二人の短機関銃がこちらを向き、今まさに火を吹かんをしていた。言動から判断して、まず私の両サイドに火線を曳いて回避を封じ、そのまま中央(センター)へと銃弾の嵐で薙ぎに来るはず。

 

「舐めないで。その程度じゃ、私は死なない」

 

 だから、選択したのは後退ではなく前進。ヘカートの巨体を両手で抱えたまま正面きって突撃した。

 予想通り、爆音と共に連射された二丁の短機関銃による銃弾の雨は、私の両脇すれすれを通過していく。が、距離を詰めきる前に照準を中央に寄せられたら、それでお終い。

 

 なら、為すべきことは一つだけ。

 

「ふっ……!」

 

 ヘカートを真下(・・)に向かって発砲。同時に跳躍し、その反動を利用して思いっきり天井目掛けて跳び上がった。すぐ下を無数の銃弾が通過していき、数発が髪の先を掠めていくのを感じながら、空中で逆様のまま射撃体勢に移行。あっけに取られている二人の内一人の胸を撃ち抜く。

 

 錐揉みしながら着地したところへ、最後の一人になった男がナイフ片手に襲い掛かってきた。距離を詰められ即座に短機関銃から格闘戦に切り換えた、その判断は大いに正しい。ヘカートを向けられないくらいに近づかれてしまったら、狙撃はもちろん、MP7のリロードも出来ない。

 

 だが、私には届かない。

 

 振り下ろされたナイフを持つ手を、両手持ちにしたヘカートの銃床で受け止める。そのままバトンの要領でぐるんと一回転させて敵の手の甲を強打。相手の体勢がのけぞったところで足をひっかけて仰向けに転ばせた。霊力修行の傍らで夜一さんから習った体術の応用、実戦で使うのは初めてだったが、予想以上に上手くいった。

 

 一瞬気が緩みそうになったが、戦闘はまだ終わっていない。すぐに気を引き締めつつ回転させたヘカートを構え、倒れた男の眉間から一センチのところに銃口を突きつけた。男の口から「ひぃっ!」という情けない悲鳴が出て、不愉快な気持ちがこみ上げてくるのが分かった。

 

 と、戦闘で散ったエフェクトの残光から時間が経ったせいか、薄闇に目が慣れ倒れる男の顔がある程度はっきり見えるようになった。ダンジョンで鉢合わせ、瞬殺される程度の腕のプレイヤーの顔などに、見覚えがあるはずなどなかったのだが……、

 

「……た、助けてくれよ、シノっち……」

 

 幸か不幸か、覚えがあった。

 

 数日前まで所属していたスコードロンのアタッカーで、ギンロウという男だ。ということは、さっき碌に識別することなく撃ち抜いた五人は、あの安全第一・対人専門スコードロンのメンバーだったのか。

 

 それにしては、軽率に距離を詰めに来たな、と思ったが、撃破した五人の中にダインらしき人物がいなかったことを考えると納得がいく。今夜の本戦に出場するらしい彼は、実力は高いが臆病な所がある男だ。下手に狩りに出て装備を失ったりペナルティを負うリスクを避けたと考えられる。

 そのダインと私、抜けた二人分フリーのプレイヤーとでも組んで穴埋めした即席パーティーでこのダンジョンにやって来たのか。私との実力差以上に、リーダー不在の状況であることを鑑みずに行動したこと、それが彼らの敗因だろう。

 

「……助ける? 馬鹿言わないで。勝ったら殺す、負けたら死ぬ、それがこの世界のルールでしょ。例え知った顔が相手であってもそれは変わらない。一度敵対したのなら、有象無象の区別なく、私の弾頭は許しはしないわ」

 

 チェックメイトよ、ギンロウ。

 

 冷徹な視線で倒れ伏す男の顔面に銃口を突き付けたまま、トリガーに指をかける。反動で大きく体勢を崩すだろうが、このゼロ距離なら外れることは絶対にありえない。予測線さえも出ないまま、NATO弾がこの男の仮想の頭蓋を撃ち砕く。

 

 これでまた一つ、私は私の求める強さに近づけた。そう思いつつ、無慈悲に引き金を――、

 

 

「も、もう殺すなら殺しやがれ! この……殺し屋気取り(・・・・・・)が!!」

 

 

 引けなかった。

 

 ギンロウが怯えきった目で私を睨みつけながら吐いた絶叫。その言葉に含まれた畏怖と侮蔑半々の激情。それに晒され、トリガーを半分引きかけている私の指は、石のように固まってしまった。

 

「な、何がこの世界のルールでしょ、だ! たかがゲームの銃撃がウマいからってお高くとまりやがって、ムカつくんだよお前!! ゲーム如きでエリートスナイパーを気取って俺らを見下すその態度が、人を本当に殺してきたみたいな冷めきった目が! クソ気に入らないんだよ!! そういう態度はマジで人ぶっ殺してからやれやガキが!!」

 

 勢い任せと言わんばかりに、ギンロウの口から罵倒の言葉が連射される。普段なら何の感情も湧いてこないような幼稚な罵倒。負けた人間の遠吠え。それだけの些末事だ。煩い死ねの一言と共に引き金を惹けば、この罵声は消えてなくなる。

 

 ……なのに、指が動かない。

 

 滾っていた戦意が、萎えていく。

 

 頭の中に霞がかかり、平常の思考が出来なくなる。いつもヘラヘラとした笑みを浮かべ、私に寄ってくる鬱陶しい男。それが、こんなにも私目掛けて負の感情を向けてくる。

 

 こんなことが昔にもあった。

 

 あの事件の前後、私の周りにいた人たちの態度の変化。それが、まさにこれだった。

 

 私がどれだけ突き放しても寄ってきた人たちが、事件の後、私に恐怖と蔑視しか向けなくなったあの落差。それが凝縮されたような感覚が私を蝕む。触るな人殺し! そう罵られた時のように、心から温度が抜け落ちていくのが分かる。

 

「くそ、くそくそくそクソが! 俺を殺すんだろ!? じゃあとっとと殺せよ! お前も一緒に――道連れにしてやっからよお!!」

 

 ギンロウが吼え、腰からグレネードを抜き放ったのが視えた。しかし、まだ指が動かない。いや、それどころか、身体全体に力が入らない。気が抜けたらそのまま倒れ込んでしまいそうな虚脱感。欠片程残った理性でそれを阻止しながらも眼前で死にかけている男の最期の巻き添えになることに抗えずにいると、

 

「――ガァッ!?」

 

 悲鳴が上がり、ギンロウの右手がグレネードを握ったまま斬り飛ばされた。

 

 それはそのまま横から伸びてきた足に蹴っ飛ばされ、通路の奥で大爆発を起こした。爆音と爆風が襲ってきて、力が入らないままの私はそのまま後ろへ倒れ込み――、

 

「……ったく。なんか揉めてるから駆けつけてみりゃ、なに油断してんだオメーは」

 

 一護の腕に支えられて止まった。

 

 さらに彼の右手が一閃され、黒いマチェットがギンロウの顔面を貫く。闖入者に驚き言葉が出なかったらしい彼はそのまま砕け散り、後には短機関銃だけが残った。

 

「言っとくけど、もう三分経ってっからな。メシ奢りは無しだ。残念だったな」

 

 そんな軽口も、どこか遠く聞こえる。返す言葉も出て来ない。

 

「……シノン。おい、どうかしたのかよ、シノン?」

 

 一護が私の顔を覗き込む。それにハッと我に返り、思わず一護を思い切り突き飛ばした。驚いた表情で仰け反った彼から離れ、そのまま一目散に駆け出す。

 

 グレネードの衝撃で天井が崩落したことで出来た瓦礫の山から上の階層へと跳び移り、目の前にあった階段をさらに駆け上がる。何度も転びそうになりながら、冷たく埃っぽい空気を裂くようにひた走った。

 

 ――そうでもしないと、彼の赤い目にさえ、その侮蔑の色を見てしまうような気がして。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――触んなよヒトゴロシが! 血がつくだろ!!」

 

 そう言われたのは確か、事件から半年後の教室の中だった。

 

 事件以来、食事を満足に取っていないことから来る倦怠感と貧血で、私はふらふらと歩くのが日常茶飯事となっていた。幽鬼のような足取りの私は、祖父から「根性が足りない」と叱られようと、祖母に「ご飯をたんとお食べ」と言われようと、何も振る舞いを変えることが出来ずにいた。

 

 そんな中、放課後に教室から出ようとしてフラつき、手近な机に手をついてしまった時に、その罵声と共に背中を蹴り飛ばされた。

 

 瞬間、私は思った。

 

 あの事件で血塗られた私の両手は、今もまだ紅に染まったままなのか。

 

 事件後、皮膚が荒れ皮が剥けるほどに何度も何度も何度も洗ったこの手の罪は、時間の経過なんかでは消えないのだ。

 

 触れたものに殺人の汚れをもたらすような、人非人の手なのだと。

 

 以来、私は自分から他人に触れることを絶対に避けるようにした。自分の両の掌、そこに本物の血がついていて、触れたものに赤黒い手形をつけてしまっているような幻視すら、当時はあった。

 

 そしてある時、悟ったのだ。

 

 世界に「真に心を許して良い存在」などというものは存在しないのだ、ということを。

 

 人が誰かに近づくとき、そこには必ず謀がある。それが偶然一致した人種、自分にとって利する働きをしてくれる人間の事を、仲間だ味方だという名称で呼んでいる。それが真実なのだと。どんなに馴れ馴れしく、さも親しげに付き合っていようと、一度心を許せば搾取され、身体を許せば嬲られる。それが真理なのだと。何度も自分に言い聞かせた。

 

 ……だから、誰にも頼るな。自分を護るのは自分だけだ。それこそが唯一無二絶対の正義なのだから。

 

 そう信じ、私は今まで生きてきた。

 

 詩乃(わたし)を救うのはシノン(わたし)だけだ。

 

 そう心に刻み、今まで戦ってきた。

 

 それは未来永劫、ずっと続く修羅の道。

 

「……はっ、はぁっ…………はぁっ……」

 

 気づけば私は、地下一階の小部屋の隅で、壁にもたれて荒い息を吐いていた。酸素なんて必要としないこの世界で、嫌になるほど忠実な砂埃の混じった空気を仮想の身体に取り込み続けるのはイヤだったが、そうすることで体内を席巻するどす黒い感情の霧を吐き出せているような気がして、止めることはしなかった。

 

「……シノン! テメエいきなり何なんだよ!! なんかあったのかって訊いてンだろーが!!」

 

 荒い声。脳内にまでガンガンと木霊す、本当に煩い音。

 

 私に突き飛ばされて驚いていた一護が、追いつき部屋に入ってきた。ハードマスクを鬱陶しげに取り払い、その下の顔をしかめっ面にして、私に問いただす。

 

「……別に、なんでもないわ。ストレス解消は終わったから、もうログアウトしていいよ。お疲れ様」

「バカ言ってんじゃねえ! そんなボロボロになってるヤツを置いて、独りのこのこ帰れるかよ!! さっきのヤツと何があったんだよ、説明しろっての!!」

「そんな義理、あんたにはないでしょ。放っておいてよ」

「うるせえ!! 目の前でガチャガチャやられて、ほっとくワケにいくかよ!!」

「知らないわよ、あんたの性分のことなんて」

 

 帰って、そう短く突き放す。

 

 しかし一護は腕組みをしたまま、唯一の出入り口から動かない。赤い双眸が真っ直ぐに私を見つめ、それに苛立ち、私は声を荒げる。

 

「ねえ、帰ってって言ってるでしょ」

「ヤだね。今まで散々スルーしてきたが、もう限界だ。アッタマきた。テメーが話すまで、俺はここで待つ」

「帰りなさいよ」

「その前に話せ」

「帰って」

「断る」

「帰れって言ってるでしょ!! 撃たれないと分からないの!?」

「断るって言ってンだ!! 分かってねえのはドッチだ、この分からず屋!!」

「こンの――ッ」

 

 激情が疲弊した身体を熱し、怒りの活力が漲る。下げていたヘカートの銃口を蹴って跳ね上げ、一護の額に突きつけてやろうと構え……る前に、下段から跳ね上がった一護の足がヘカートの銃身を叩いた。この世界で最初で最後の相棒と決めた大柄な狙撃銃は、そのまま私の手を離れて部屋の反対側へと吹き飛んで行った。

 

 追いすがろうとした私の手首を、一護が掴む。どれだけ力を籠め、振りほどこうとも離れる気配はない。怒気を込めた目で睨む一護に、私は本気の殺意を抱きそうになっていた。

 

「……離しなさい。最後の警告よ」

「俺の蹴り一発で武器を手放しちまうヤツに、最終警告なんて突き付けられてもコワくも何ともねーぞ」

「煩い。黙って。じゃないと……」

「じゃねえと、何だよ」

「…………殺す」

 

 言った。

 

 言ってしまった。

 

 殺意を抱き、明確にそれを言語化し、人に突きつけた。

 

 そう、私は殺人者。殺そうと思えば人を殺めることができる、人でなし。こんな男なんて、その気になればいつだって……。

 

「……上等だ。仮想(コッチ)でも現実(むこう)でも、いつでも何使ってでもかかって来いよ。俺の力全部使って、真正面から叩き潰してやる。

 だから、何があったのか言え。今、ここで、全部だ。それまで退かねえし、手も離さねえ」

「嫌よ。どうせ言った所で、あんたに理解なんて出来るハズないんだから」

 

 彼になら話せるかもしれない。

 

 ほんの数日前、そう思ったことを自分で否定するように言葉を吐いた。理解してくれる人なんていない、そう強く思った瞬間、自分の中で何かが弾けた。

 

「……そうよ、理解出来るハズなんてない!! 過去の見えないあんたなんかに、私の心が理解出来るハズがない!! これは……これは私だけの問題、私だけの戦いなの! 他人のあんたが立ち入れる話じゃないのよ!! 何も出来ないくせに、母親が目の前で死んだってだけのことで、でしゃばって来ないで!!」

 

 近寄る人を突き放す。

 

 そんなこと露程思っていないとしても、敵として切り捨てる。

 

 今まで散々やってきたこと。そのはずなのに、勝手に涙が滲み始め、視界が透明に歪んでいく。

 

「あんたの過去を見た! おふくろを殺したのは俺なんだ!? 嘘言わないで!! 人を殺した人間が、あんたみたいに強いわけがない!! 逞しいわけがないの!!」

「……シノン、いや詩乃。お前まさか、俺のガキの頃を……」

「そうよ! 河原みたいなところで、血まみれになって倒れてる女の人に縋りついてるあんたを見た!! なによ! どうせ事故なんでしょ? 不可抗力なんでしょ!? 殺したのは俺? ふざけないで!! 手を下したわけでもないのに、その程度(・・・・)で人殺しだなんて、調子に乗らないでよ!!」

「テ……メェ……ッ!!」

 

 メキメキと自分の手首が軋む。鬼のような形相で、一護が私を見る。しかしそれでも、撤回する気になどならなかった。

 

「ひ、人殺しっていうのはねえ!! 相手から銃を奪って、眉間に撃ち込んで、自分の手で命を奪う人のことを言うのよ!! その重さがあんたに分かるの!? その辛さがあんたに分かるの!? こ、このっ……」

 

 数瞬躊躇った後、ヘカートを握っていた手を一護の眼前に突き出した。手をめい一杯に開き、現実世界であれば火薬が侵入して出来た微小な黒子があるはずの場所を突きつけながら、

 

「――人殺しの手を、あんたに握れるの!?」

 

 生きて来た今までで一番大きな声で絶叫した。

 

 この五年間、実の親にさえ握ってもらえていない手を。

 

 洗っても洗っても落ちない血で汚れた手を。

 

 ……他人の温もりなんて、捨て去って久しい、この手を。

 

 突きつけ、ただ叫んでいた。

 

 溢れる涙もぬぐわず、衝動に任せて荒れ狂う。まるで幼児のように感情を爆発させる。

 その勢いのまま、こっちを見ているであろう一護の顔をひっぱたこうと突きつけた掌を引き戻しかけ……、

 

 

 ――がっしりと、その手を握られた。

 

 

「……え?」

 

 一瞬、現実が認識できなかった。

 

 私の右手を、さっきまで手首をわし掴みにしていた一護の左手が握り締めた。ただそれだけのこと。それなのに、私の身体から、一護に対する不条理な怒りがすぅっと消えていくのが分かる。

 

 焼けた鉄のように熱い彼の手の温度が私のか細い手を覆い尽くし、このまま融けてくっついて、離れられなくなってしまいそう。そんな錯覚に陥り、慌てて私は手をほどこうともがいた。

 

「は、離して……!」

「うるせえよ」

「離してよ! 気軽に触らないで!!」

「黙ってろ」

「イヤよ!! なんの覚悟もないくせに、気安く触るなって言って――」

 

 

 

「――うるせえッつってンだ!! 甘ッたれ(・・・・)ンのもいい加減にしやがれ! 詩乃!!」

 

 

 

 落雷に撃たれた。

 

 そう錯覚するくらい、その言葉は私の全身を貫いた。

 

 ……甘ったれ?

 

 私が?

 

「甘え、てる……ですって?」

 

 強くなるために甘えを捨てて生きてきたはず。それなのに、その私が甘ったれていると言うの?

 

 私の過去など、何も知らずに言われた言葉。そのはずなのに、その怒声がすんなりと私の体内に入ってくるのが分かった。慰めでも暴言でもないその叱りの言葉が、心の一番痛いところにポンと馴染むのが不思議だった。

 

「ああそうだろ! 他人の手ェ跳ね除けて、自分独りで全部背負い込んで、そのクセ周りの連中に迷惑かけてる奴が、甘ったれ以外の何なんだよ!! 現実見ないで過去を言い訳に足踏みしてることが、甘え以外の何なんだよ!!」

 

 私を睨む、一護の顔。

 

 口調はさっきまでと同じ、いやそれ以上に荒ぶっているのに……その表情は何故か、どこか悲しげに見えた。

 

「確かに手前の過去はなにも知らねえ。けど、お前みたいに他人に頼れないヤツのことを、俺はよぉく知ってる。ツラいことがあって、色んな感情がこみ上げて、溺れそうになってる。けど、その色んなモンを全部抱え込んで、独りで抱え込むのが自分の義務だって思ってる。そんなクソガキのことを、俺はこの世の誰より、よぉく知ってンだ」

 

 言われて気づく。

 

 確かに、そんな風に思っていた。

 

 つらいのに、泣きたいのに、そんなことをしたら押し潰されちゃいそうな気がして。

 

 弱いのがいけないんだ、強くならなきゃ。そう自分を叱りつけて、動かない脚を無理やり動かして前に進むことこそ、人を殺した自分の責務だと、自分で自分を縛り付けて。

 

 周囲の人から、またあの恐怖に満ちた目を向けられるのが怖くて、差し出してくれた手を拒んで。

 

 そんな、自分でも忘れていた幼い頃の記憶が、セピア色の感傷となって甦る。

 

 ……過去視なんて持ってない人の言葉で、そもそも不思議な力なんて存在しないはずのこの世界で。

 

「……だけどな、結局そいつが! 一番弱かったんだ!! 手前独りで抱え込むことで! 周りの連中を悲しませてることに! ちっとも気づけてねえ大馬鹿野郎だったんだ!!

 おい詩乃!! テメエ強くなりてえんじゃねーのかよ!! だったらいつまで過去(そこ)にいるつもりだ!! いつまで目と耳塞いでるつもりだ!!」

 

 俺の目ェ見てみろ! そう言って、一護は空いた手で私の胸倉をつかみ上げ、そのままぐっと顔を近づける。

 

 色々な感情が渦巻く端正な顔立ちの中に、明けの明星のような瞳が輝く。そこに映っていたのは……涙でぐしゃぐしゃになった、寂しそうな顔をした女の子の姿だった。

 

「答えろ朝田詩乃!! テメエの目指した強い自分は、こんな姿だったのか!?」

「え、あ…………ち、違、う……」

「じゃあ朝田詩乃!! テメエの目指した強さは、一体なんだったんだよ!?」

「わ、私は……ただ、人を殺した過去に負けたくなくて、お母さんを護れたことを誇れるようになりたくて……それができる強い心が、欲しかっただけで……っ」

 

 でも、それより、なにより……。

 

「怖いのがイヤだったの、つらいのがイヤだったの……! あんな思い、もう二度としたくなくて、だから頑張って生きようって、そう思ってて、なのに、それなのに……う……うぅっ…………!」

 

 とうとう力尽き、私はぼろぼろと涙を溢れさせた。両足から力が抜け、地面にへたりこみそうになったところを、目の前の彼が胸倉を掴んでいた手を放し、片手でそっと支えてくれた。

 

 さらに何か言われるかと思ったが、一護はそのまま黙ってしまった。ただ私が倒れないよう、脇から軽く抱えているだけ。けれどその支えが何より心地よくて、そのまま一護の胸に身体を預ける。現実世界同様に逞しい身体から感じる体温は灼熱の熱さを滲ませていて、焼けつくような、痛みに近い優しさが、彼と接したところから流れ込んできた。

 

 その熱に後押しされるようにして、そこからしばらくの間、私は一護の身体を借りてただひたすらに泣き続けていた。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


次話では今話の続き+BoB本戦開始(直前)の様子を書きます。
初登場の男性キャラが一名、男性(?)キャラも一名登場となる予定です。

……二章完結まで、おそらくまだあと七話ほど。にも関わらず、次話で二章十万字超えます。
やはりこの内容を十万字で書ききるのは難しい……冗長と言いますか、展開が遅いことがどう考えてもその原因。精進致します。




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Episode 22. Past -of pain-

お読みいただきありがとうございます。

二十二話です。

前半はシノン視点、後半は一護視点です。

よろしくお願い致します。


<Sinon>

 

 物心ついて以来で一番の感情の爆発。

 

 その反動故か、泣き疲れた私はしばらくその場から動くことができなかった。埃っぽいコンクリート製の部屋の片隅に座り込み、膝を抱えて俯いている間、一護は少し離れたところで胡座を掻き、無言で私の復帰を待っていた。

 

 さっきまで一護に叱られ、抱き留められていた時に感じた灼熱とも言える感覚の残滓。まだ私の身体に残るそれを感じながら、ゆっくりと深呼吸をし、未だにうねる精神を落ち着かせた。

 

 虚脱感が抜けきるまで、たっぷり一時間は要したかと思うが、その間、隣にいる彼は身じろぎ一つしなかった。私がようやく復活しよろよろと立ち上がった時も、少し手を貸すだけで「もういいのかよ」とか「まだ休んでろ」というような言葉を口にしなかった。

 何となくだけど、穿ち過ぎかもしれないけど、それらの無言が私が自分の意志で立ち直るのを尊重した結果のように思えて、少し、うれしく感じた。

 

「…………ありがと、一護。もう大丈夫だから、ここから脱出しましょう。位置的に出口はもうすぐそこだと思うし」

「んじゃ、俺がまた前に出る。お前は後ろの警戒を頼むわ……つっても、中にいた連中は皆俺らがやっちまったと思うけどな」

「稀だけど、モンスターが出現した部屋から飛び出してくる可能性もある。念には念を入れましょ」

「だな。一応、無理はすんなよ、シノン(・・・)

 

 私の調子が戻ったことを感じたのか、呼び方が元に戻る。鈍感そうなクセに変なトコで鋭いんだから――心の中で苦笑しながら、了解の意と共に首肯する。

 

 廊下に出て、一護の背中をカバーするように左右と背後に気を配りながら歩く。歩調がそこまで速くないため全開で気を張る必要はない。その分、頭の中にはさっき大声を出したときの自身の言動、そして一護の怒りと悲しみの表情がリフレインしてくる。

 

 あそこまで自分の感情を爆発させたことは、本当に物心ついてからの記憶の中では初めてのことだった。いつも他人に興味がなく、また他人から自分への興味もシャットアウトしてきたせいか、あの数分のやりとりだけで相当なエネルギーを使ったように感じる。

 

 生の感情。

 本音。

 心にも思っていないことさえも一切合切ぶつけたことによる、爽快感と罪悪感。そして、一護にそれを真っ正面から言葉で引っぱたかれたような形になり、叩きつけられた現実。

 

 経験したことのない精神的な疲労感により身体は重く、けれどどこか心地よい感覚でもあった。

 

 ……と、ふと思い出した。

 

 自棄になって勢い任せで言ってしまったが、私は彼に相当ひどいことを言ったような気がする。彼の、過去を真っ向から傷つけるような。そんな言葉を。

 

「……一護」

「あ? どした」

「その……ごめんなさい。一護の過去を汚すようなことを言ってしまって。

 私、ついカッとなって、ヒドいことを……あなたが目の前で母親をなくしたっていう辛い事実は変わらないのに、私、自分の方がつらいに決まってるって勝手に思っちゃって。それで、あなたの過去を貶めるようなことを……」

「……いい」

「え……?」

「もういいんだよ。長々謝んな!」

 

 あっさりと、何の気負いもない調子で、一護は私の謝罪を打ち切った。足を止めず、振り向くこともしない。黒髪の揺れる彼の背中を、驚きの目で数秒見つめ、慌てて二の句を告ぐ。

 

「け、けど! 私の未熟な能力でも見えたってことは、それだけ大切な過去ってことなんじゃ――」

「いいッつってンだろ!!」

「うっ!?」

 

 ゴスン、という音と共に、脳天に強い衝撃が走る。

 

 現実でも食らわせられたような覚えがある一撃に痺れをこらえながら見上げると、一護が握り締めた右手を振り切った体勢でこっちを見ていた。どうやら拳で私の脳天を突いたらしい。

 ピンポイントで叩きつけられた金属の塊に一護の膂力が上乗せされたことにより、ちょっと無視できない量のダメージが入っているのが視界端のHPゲージの減りから見て取れた。

 

「事情も何も、さっきのオメーの叫びからなんとなく想像がつく。オメーも昔、自分が原因で誰かを死なせちまったってことも、それを今の今まで引きずってることもな。

 だから、オメーの口から一言『言い過ぎた』って詫びが聞けりゃ、それで全部チャラにしようとさっきの小部屋ン中で決めたんだ。おふくろの死をディスられて納得いかねーモヤモヤも、オメーの頭を一発ド突いたら晴れたし。だから、もういいんだ」

 

 そう言って、一護はまた前を向いて歩き出す。それに少し遅れて続きながら、私はぎゅっと唇をかみしめた。

 

 ……ああ、違う。

 

 さっきの応酬で本当に辛かったのは、私なんかじゃなかったんだ。

 

 辛かったのは、一護の方だったんだ。

 

 私に過去を罵られて。

 私の駄々のせいで当たり散らされて。

 彼が乗り越えたはずの過去に苦しむ姿をもう一度見せつけられて。

 

 それでも尚、全てをこらえ抑え込んで、目の前で喚き続ける私に活を入れるために、突っぱねずにああして叱ってくれた。過去を責めず、労わらず、ただ「今のままじゃダメだろ」と現実を突きつける。厳しいようで優しい、父や兄のような振る舞い。嬉しい反面、幼子のように泣きじゃくるだけだった私が、本当に情けなくなる。

 

「……ごめんなさ痛いッ!?」

「謝んなッつったろ」

 

 言い切る前に、前を向いたままの一護のノールック裏拳が私の額に叩き込まれた。またHPがしっかりと減る。今の二発でHPの一割が消し飛んだ。申し訳ないという気持ちが、「この脳筋男……!」という静かな怒りで上書きされそうになる。

 

「何発ド突かせるつもりだよオメーは。口喧嘩をダシにいつまでもネチネチやってたら、夢ン中かどっかでおふくろに怒られちまう。二度と言わなきゃ十分だから、黙って歩け」

「……わ、分かったわ。ごめんなさ……あ、ありがと」

「よーし、それでいい」

 

 言った傍から危うく謝りそうになり慌てて修正した私に対し、一護は背中越しに振り返って頷いた。グレーのハードマスクは外したまま、現実よりも気持ち柔らかな暗紅の瞳が一瞬私を見下し、すぐに前方へと向き直る。

 

 しばしの無言を挟んでから、一護は前を向いたままの状態で言葉を続けた。

 

「……お前が見たっつー過去だけどな。確かに、おふくろを殺したのは俺じゃねえ。俺のおふくろは虚に殺された。

 俺やお前とは系統が違うけど、おふくろにも霊力があった。けど、当時ガキだった俺が虚の疑似餌に釣られて、そんなバカな俺を庇って死んだ。ホントの事情はそんなに単純じゃなくて裏じゃ色々あったんだけど、そこはどうでもいい。俺の無力がおふくろを死なせた……ただ、そんだけだ」

 

 こちらを振り返ることなく、訥々と話す一護。歩調は変わらず、口調もそのまま。ただ纏う雰囲気だけが違っていて。だから、私はその話の内容を反芻しながら思いついた酷な問いを、言うに言い出せずにいた。

 

 なら、一護。あなたは死神として――、

 

「――自分の手で人を殺したことはあンのか、か?」

「…………っ!?」

「面見りゃそれぐらい分かるっての。訊きづれえなら、俺から答えてやるよ……『何人も』だ。

 勿論相手は真っ当なヤツじゃねえし、死神として一般人に手ぇ上げたことは一度もねえ。色々あって敵対した死神とか、破面……仮面を剥いで死神に近づいた虚、他の色んな霊能力者。そういう『人の姿をしてるけど人間じゃねえ』ヤツらとは、もう何度となく戦ってきた。その結果として命を奪ったヤツは何人もいるし、そうやって目の前で死んでいった奴の顔と名前は一人だって忘れたことはねえ。

 それに、間接的なモンかもしんねーが、ついこの間まで閉じ込められてたクソゲーの中でも、俺を殺しに来たり指名手配されてたりしたPK連中を何人か斬った。名前は最後まで分かんなかったけど、顔だけはちゃんと全員覚えてる」

 

 『ソードアート・オンライン』ってンだ、知ってるか? 少しだけ振り向いた状態でそう問われ、即座に首肯で返答した。

 

 VR史上最悪の、三千人が犠牲になった世界的大事件。ゲーム内で死ねば現実世界でもナーヴギアによる脳の焼却死刑が執行される、悪夢のような世界。そんな中でプレイヤーキルに及んだ人がいて、一護はそんなプレイヤーたちと命のやりとりをしたのだと言う。

 

 現実世界では死神として、異能を持った怪物・超人たちと刃を交え。

 

 仮想世界ではプレイヤーとして、仮想の剣に現実の命を乗せて戦い。

 

 その過程で何人もの命を奪い、そしておそらくそれ以上の命を救った。

 

 私がたった一度だけでトラウマとなってしまったそれを、彼は長い間、幾度となく繰り返してきたのだ。その想像を絶する修羅の世界を想像して、思わず鳥肌が立つ。自分であれば、いや、ほとんどの人間であれば、どんな支えがあったとしても確実に精神が持たないであろうその人生の中で、彼は今まで生きてきたと言う。

 

 どうやってその強さを、そう訊くことさえ躊躇われる。いや最早強さという言葉ですら生ぬるいほどの強靱な精神力、魂の力。私なんかが理解できる境地ではない。一護からしてみれば、人一人を殺して苦しむ私なんて、彼に比べれば全然…………。

 

 

「――でも、だからって『俺はお前よりキッツイ経験してんだから云々』なんて、器の小せえコトは言わねーよ」

 

 

 重い口調から一転、何てことないように告げた言葉に、思わず一護の顔を見上げる。相変わらずこっちを振り向かずに進み続ける彼だったが、その雰囲気はもう、いつもの自然体の一護に戻っていた。

 

「当然だろ。他人よりたくさんつらい経験してきたら(えれ)ぇのか? たくさん殺したからすげーのか? そういう過去を山ほど持ってりゃ優勝なのか? そうじゃねえ。そんな単純なことじゃねーだろ。小学生(ガキ)の傷自慢じゃあるまいし」

「そう、ね……」

 

 傷自慢。そのフレーズが、私の心にぐさりと刺さる。

 

 厳しい言い方だとは思う。強い彼だからこそ、つらいと感じていること自体をひけらかして痛みを軽くしようとする「傷自慢」的な行為は、子供のすることに感じるのだろう。

 

 けれど結局、私が周囲にしていたのは「傷自慢」で、無意識に周囲に求めていたのは「傷の舐めあい」だった。まさに一護が言ったように、小学生の振る舞いだ。事件のあった十一歳、小学五年生の頃から全く成長していない証。

 

 ……嫌だ。

 

 そんなの、嫌だ。

 

 いつまでも部屋の隅っこで泣きじゃくる弱い私でいるなんて、絶対にいや。

 

 一護に着いていれば、強くなるための方法が何か分かるかもしれない。そう思っていた。けれど、彼の強さは私と次元を異にするもので、今聞く限りじゃとてもじゃないけど真似できそうにない。

 

 だから、せめて、

 

「……ねえ、一護。あなたは母親を目の前で失った過去を、未だに強く記憶している。とてもつらい事だったはずなのに、忘れようとは思わなかったの?」

 

 これだけは訊いておきたかった。過去の事件を忘れ去るために、私はGGO(ここ)にいる。しかし、一護は忘れることなく、むしろ鮮明に記憶しているという。その心境というものを、たとえ私には理解できなかったとしても知ってみたいと思った。

 

 一護は立ち止まり、後頭部をガリガリと引っかく。わしゃわしゃと乱れる長髪を横目に隣へと移動すると、彼は少し遠い目をしていた。まるで、その当時に想いを馳せているかのような、そんな表情。

 

「……忘れようと、思ったことはねーな。むしろこの過去があったからこそ俺は強くなれたんだし、何より家族が一緒に背負ってくれたからな」

「家族が、過去を、一緒に背負う?」

「ああ。おふくろが死んでから、河原を毎日毎日独りでうろうろしてた俺に、親父が言ったんだ。『俺たちにもお前の気持ちを分けてくれねえか。家族だろ、俺たち』ってさ。

 初めて見る笑い泣きの表情で、大泣きしてる妹二人を抱きしめてよ。『嬉しいことも悲しいことも、独り占めはなしだ。じゃないと、俺たち寂しいじゃねえか』って言われて、そんで俺もビービー泣いて。そこでやっと、この過去は独りで背負わなくてもいいんだって気づいた。当時の色んな感情から解放されたのは、そのおかげだな」

「いいお父さんね……とても」

「普段はうぜーヒゲ親父だけどな。毎朝プロレス技で起こしにきやがるし」

「嘘」

「マジだっつの」

 

 そう言って、互いにほんの少しだけ笑い合う。

 

「シノン、オメーも同じようにやれとは言わねえよ。けど、周りにいる大人連中に愚痴をこぼすくらいはしてもいいんじゃねーか? 浦原さん……はちっとシビアなこと言うかもしんねーけど、鉄裁さんとか夜一さんとか、一番向いてそうなのは育美さんか。そういう『いい大人』な奴らが、今のお前の周りにはいる。

 そうやって、重たい分はそういうトコにちょっとずつ分けて、ちょっとずつ進めばいい――忘れんな。独りで背負うってだけが、過去との向き合い方じゃねえんだよ」

「……そうね。考えてみるわ」

 

 私がそう言うと、一護はニッと笑って見せる。和らいだ空気の中、上手くできてる自信はないけど、私も笑顔を意識しながらさらに言葉を続ける。

 

「ねえ、さっきの愚痴を言う相手の中にあなたが入ってないんだけど、別に一護に愚痴を叩きつけてもいいのよね?」

「俺かよ。ぶっちゃけ俺、まだ二十歳そこそこだし、あんま気の利いたこと言えねー気がすんだけど」

「嘘ばっかり。今の今まで散々大きなこと言いまくってたじゃない。それで敵前逃亡とか、男らしくないわよ。提案したからには腹くくりなさい」

「……チッ、わーかったよ。好きにやってくれ」

 

 そう言って髪を引っ掻きつつ、一護は再び歩き出した。その後ろをさっきまでと同じように周囲に意識を張りながら私が続く。歩く通路の先から橙の夕日が刺しこんでくる。出口まで、あと五分と掛からないだろう。

 

 ほんの少しだけこの遺跡に名残惜しさを感じながら、声は出さずに口の動きだけで無音で囁く。

 

 

「…………ありがと、一護」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Ichigo>

 

 散々ドタバタしたダンジョンから抜け出し、戦利品を売却するなり何なりして総督府っつーデカいビルの前に辿り着く頃には、時刻は午後五時を過ぎようとしていた。

 シノンは一度ログアウトしてから来るとか言って去っていった。ホントに晴れたかわかんねえヤツの憂さ晴らしが終わった今、俺ももう落ちてもいいハズなんだが、シノンがこの後出場するという大会の見送りぐらいやってから帰ることにして、こうやって手持無沙汰でアイツを待っていた。

 

 ……が、けっこうな時間を待っていても、シノンは帰ってこない。

 

 五時を過ぎてからそこそこ経つってのに、来る気配すらねえ。ダンジョンの中での例の発作を起こしかけたような荒れっぷりが思い起こされ、もしかして現実にも影響が出たのかと思ったがその後のダンジョン脱出ン時は別に異変は無かったし、その辺は大丈夫かと思い直す。

 

 大丈夫じゃねえとしたら、アイツのメンタルの方か。

 

『――理解出来るハズなんてない!! 過去の見えないあんたなんかに、私の心が理解出来るハズがない!!』

 

『――ひ、人殺しっていうのはねえ!! 相手から銃を奪って、眉間に撃ち込んで、自分の手で命を奪う人のことを言うのよ!!』

 

『――人殺しの手を、あんたに握れるの!?』

 

「……人殺し、か」

 

 想像がつくとは言ったが、正直何があったのかまでは結局訊けずじまいだった。シノンが強さを渇望する理由になってるらしい、誰かを殺した過去。その重さはあいつ自身にしか分からない以上、無理には訊き出せない。訊いたところでまたあの発作を起こされても困るし、ひとまずは待つしかない……んだろう。それまで俺とアイツに縁があれば、の話だが。

 

 と、近くのポータルが発光して、中から水色の髪のアバターが出現した。閉じていた目を開け、周囲を軽く見渡し俺を見つけると、小走りで向かってきた。

 

「お待たせ。ちょっと友達からの電話が溜まってて、時間が掛かったわ。と、それはそれとして……はい、今回の戦利金。私とあんたで等分してもけっこうな額になったから、バイトの代わりにはなったんじゃない?」

「要らねえよ。俺はそんなに金には困ってねえし、お前が持っとけ」

「いいから、受け取んなさい。じゃないとあんたを連れ回した私の気が済まないから」

 

 そう言うシノンの顔つきは、すっかり元のすました表情に戻っていた。調子は悪くはねえらしいな、と思いつつ、そんだけいうからにはもらっとくかと戦利金を受領する。

 

「リアルマネーへの換金は総督府の中の端末から申請できるわ。大会の待機ブースに入る前に、そこだけ案内してあげる。こっちよ」

 

 シノンの先導で高層ビルの入り口ゲートへと歩き出す。周囲の連中の目が俺らに注がれっぱなしだが、絡んでくる奴は一人もいない。っつーかビミョーにビビられてるかんじさえする。その矛先が俺なのかシノンなのかは考えない。

 

 と、そんな遠巻きにこっちを見てる集団の後ろから、一人の男がこっちに駆けてきた。俺より少し低い程度の長身で、細身の身体を濃いグレーの迷彩服っぽい衣装で包んでいる。

 

「――シノン!」

「……シュピーゲル」

 

 互いの名を呼び合ったってことは、やっぱりシノンの知り合いらしい。俺の知ってる奴なんて、シノンと例のテンガロン男ぐらいだし、そりゃあそうなる。

 

 シュピーゲルと呼ばれた男は、頬を僅かに紅潮させてこっちまで走り寄ってきたが、隣の俺の姿を認めるとあからさまに表情が硬くなった。俺の面構えが云々って感じじゃねえ、「何だコイツ」っていう疑念の目だ。

 

「シュピーゲル? どうか、したの?」

「え? あ、いや……見慣れない人がいたから、そっちこそどうかしたのかなって思って」

「ああ、この人? さっきまで私とコンビ組んでダンジョン潜ってた相方なの。あのいけ好かない光剣使いよりはマシな人。けど、剣一本で戦場を駆け巡る辺りはやっぱり大馬鹿ね」

「ほー、本人目の前にしてズイブンな良いようじゃねーか。キル数的には俺の方が多かったこと、忘れてねえだろーな?」

「獲得戦利品の売却金額の総額じゃ、私の方が上だったわ。キル数だって三つしか違わないし、誤差の範囲でしょ」

「オメーだって金額の差は五千クレジットしかねえじゃねーか。現実換算で五十円とか

それこそ誤差だろ」

 

 いつものクセで口を突いて出た軽口の応酬。それを見たシュピーゲルの顔つきが面白く無さそうに歪む。っつーか、すげー分かりやすい「嫉妬」の顔だ。ガキの頃、妹たちにかかりっきりでおふくろが俺を相手にしてくんなかった時の写真じゃ、俺はこんな顔をしてたっけな。

 

「心配しなくても、コイツに総督府ン中案内してもらったら消えるさ。オメーのカノジョに手も出してねえし、ンな面すんなよ」

「そ、そうですか。ならいいんですけど……」

 

 いいんですけど、って、ちょっとは申し訳なさそうにしたらどうなんだよ。という、ケンカに発展しかねないツッコミはねじ伏せる。こういう手合いは大人しそうに見えてキレるとヤバい。スルーが最善手だ。

 

「ちょ、ちょっと一護!? しんか……シュピーゲルと私はそういう仲じゃないわ! 勘違いしないでくれる!?」

「け、けどシノン。僕にさっき電話で話したよね。待ってて、って。僕は待つよ。信じてるから。シノンが強くなって帰ってくるまで待ってる。だから、もし戻ってきたら、その、そういう関係になるんだから……」

「やめてシュピーゲル! お願い、今だけはやめて」

 

 思ったより強い口調でシノンがシュピーゲルの言葉を遮った。煽った俺も同罪な気がして、これ以上茶化すのは止しておく。シュピーゲルもシノンの本気度合いを感じ取ったのか、それ以上言葉を続けるのを止めた。

 

「今は大会に集中したいの。力を全部しぼり尽くさないと勝てない戦いになると思うから……」

「……そ、そう。分かったよ。けど僕、ほんと信じてるから。信じて、待ってるよ」

「うん、分かった」

 

 ……なんかコイビト同士っつーより、姉貴べったりの弟と、それを一線越えねえように壁張ってる姉、みたいな印象だな。

 

 そんな印象を感じながら、俺たちはシュピーゲルと別れて総督府へと足を踏み入れた。大会前だからなのか、それとも平時からこうなのかは検討つかねえが、けっこうな数の人がひしめいている。半数以上が缶ビールモドキ的な物体を手にバカ騒ぎをしてて、さながら現実の場末の酒場って感じだ。

 

「……大会に出場する選手たちを利用したトトカルチョが開かれてるからね。BoB前はどこもこんな感じよ」

「あー、そういう感じなのか……にしても、よかったのかよ。さっきのヤツ」

「なにが?」

「いや、なんつーか、大事そうな話してたじゃねえか。案内されてる身で言うのもヘンだけど、もうちょい落ち着いて話してても良かったんだぞ?」

「いいの。さっきも言ったけど、今は大会に集中したいの。なるべく余計なことは考えたくないから」

「俺の案内は余計じゃねーのかよ」

「流石にそこまで追い詰められてるわけじゃないわ。それに、あんたの軽々しい言動を聞いてると気持ちが楽になるしね。憂さ晴らしってわけじゃないけど、もう少しだけ与太話に付き合いなさい」

「褒められてる気がしねーな」

「実際、褒めてないし」

 

 一度はカタくなってたシノンの口調も、確かにほぐれてきていた。さっき同様ストレス発散源にされてンのは癪だが、独りで背負うなだなんだとデケーこと言ってのけた後ってこともある。もうすぐログアウトしちまうんだし、それくらいは合わせてやるか。

 

 そう思い直し、シノンの先導でカウンターの方に足を進めようとした時だった。

 

「――よ、シノン。今日はよろしく」

 

 再びシノンを呼ぶ声。さっきの奴よりは少し高い、中性的なハスキーボイスだ。

 

 だがシノンの方のリアクションは全然違っていた。あからさまに顔をしかめ、視線が一気にキツくなる。忌々しいヤツが来た、とでも言わんばかりの面構えだ。

 

 近寄ってきたのは、俺に似た黒い長髪をなびかせる黒装束の女だった。アメジストを思わせる黒紫の大きな目がシノンを捉え、次いで俺に向けられる。一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべて会釈。横でツンケンした雰囲気を振りまくシノンと違って、ずいぶんと余裕のある振る舞いだ。

 

 ……とか思っていた俺だったが、シノンの呟きで一気に覚めることになる。

 

 

「……よろしくって、どういう意味よ。相変わらずムカつくわね……キリト(・・・)

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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キリト登場を書き損ねていたのに気づき、二十分で加筆修正。
やればできるモンだな、と他人事のように思った次第。


次回、BoBスタートです。


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Episode 23. Quince is Guilty

お読みいただきありがとうございます。

二十三話です。

宜しくお願い致します。


 キリトは元々、かなりの女顔だ。

 

 昔からそう思ってはいたし、周囲も何度か指摘していたはずだ。

 本人がたまに自虐するように昔っからゲームばかりしてたせいなのか、白い肌に線の細い体躯。長めの前髪から覗く大きめの瞳に色の薄い唇と、見事に男の要素が欠けている。周りにいたのがクラインとかエギルとか、いかにも男って感じの連中だったのもそれに拍車を駆けてたような気がする。

 

 ……けど、にしたってこれはねーよ。

 

 俺より頭一つ分以上小さい身体は現実のコイツ以上に華奢で、髪はツヤッツヤで長い黒。色白の顔に映える紅色の薄い唇は、もうメイクでもしてきたんじゃねえのかってくらいに女のそれだ。女装もここまで来ると一種の変身だ。女っぽさだけで言やあ、もうルキア越えてるだろ。

 

 ユイのパパ呼びン時以上にドン引きする俺を余所に、キリトはシノンの剣呑な視線に取り繕った感満載の真剣な表情を返す。

 

「そりゃ……もちろん、お互いベストを尽くして戦おうって意味だよ」

「白々しいわね」

 

 斬って捨てるような鋭さのシノンの返答。キリトの表情に苦みが入ったように見えたのは錯覚じゃねえハズだ。

 

 が、先手を潰された程度じゃヘコタレないのがキリトだ。

 

「それにしても、えらく早い時間からダイブしてるんだな。まだ大会まで三時間弱くらいあるぞ」

「朝から調整を兼ねて潜ってるから当たり前よ。それに、昨日は誰かさんのおかげで危うくエントリーし損ねそうになったから」

「うぐっ……」

 

 あからさまにキリトが言葉に詰まる。つかお前、セクハラした上にその所業かよ。ホントに救いようがねえぞ。庇ってやれるトコが一個も見つからない。

 

 ……という俺に呆れきった視線を察知したのか、それとも逃げ道を求めただけなのか、キリトがこっちを向いた。

 

「そ、そう言えばシノン。横にいるこちらの御仁はどなた?」

「……ああ、この人? 今日限定の私の相方(バディ)よ。口は乱暴だけどあんたと違ってセクハラしないし、他人を騙して更衣室に侵入したりして来ないから信用できるわ。ただ、あんたと同じように剣一本で突撃する馬鹿(ナイファー)なのが欠点だけど」

「へえ! 剣を主体(メイン)にして戦うプレイヤーが他にもいたとは……気が合いそうだな。初めまして、キリトです。よろしく」

 

 自分に向けての罪状暴露兼罵詈雑言を総スルーしたキリトは、俺に向かってにこやかに挨拶した。ご丁寧に、指先で耳にかかった髪をかき上げる動作を挟んでから、細い手で握手を求めてくる。容姿だけじゃなく振る舞いまで女じみてやがる。救いようがないレベルが一段アップだ。

 

 せめてそのアホを精神的に崖から突き落としてやるために、俺も精一杯の愛想の良さを装い、素直に握手に応じて一言。

 

 

「ああ、よろしく。俺の名は一護(・・)だ。初めまして(・・・・・)

 

 

「…………ぇ?」

 

 

 ハジメマシテ、を超ハッキリ言ってやった俺の言葉に、キリトが握手したまんまガチッと硬直した。余所行きスマイルがかっちこちに固まり、次の瞬間冷や汗っぽいのが一筋、たらーりと頬を伝う。徐々に顔色が青ざめていく辺り、昔観たドラマで浮気がバレたときのオヤジの反応ソックリだ。

 

「……GGOに潜って調べ事するとか言っといて、実際はネカマプレーに全力投球。その上女捕まえて騙した挙句セクハラして遊んでるたぁ、ズイブンよゆーじゃねーか。なぁ?」

「ぃや、その、これは……コンバートしたらこうなっちゃっただけで、別に好き好んでこの姿になっているわけでは……」

「ほぉー。でもだからって自主的に女を装う必要はねえよな? 今の挨拶の仕草はけっこうな堂の入りっぷりだったぞ。しっかも今のハナシを聞きゃあ同性装って更衣室侵入か……このハンザイシャ。アスナとリーファが知ったら、マジギレかマジ泣きするんじゃねえのか?」

「ちょ、それだけはやめてくれ!! ちゃんとした理論的かつ戦術的な理由が存在するんだっ!! 収穫(リターン)のために危険(リスク)を負うことはどうしても必要だったんだ!!」

「へー。んじゃその理由ってのを、シッカリ聞かせてもらおうじゃねえか」

 

 パキポキと指を鳴らす俺の前で、キリトは狼狽十割の大慌て。いつも人を食ったような面をしてるコイツの慌てっぷりは中々レアだ。少し溜飲が下がる。

 

「……なによ一護。あなたコイツの知り合いなの?」

「ああ、別のゲームの中の古馴染みだ。昨日からGGO(コッチ)に来てるって話は聞いてたんだが、まさかこんな有様になってるなんてな」

「だから話をっ――!」

「成る程ね。びっくりしたけど、正直言って意外じゃないわ。類は友をってヤツかしら」

「いや、俺はオメーに一回もセクハラなんかしてねーだろーが」

「違うわよ。日常的変態性の方じゃなく、戦闘的変態性の方。キリトはオールラウンダーな変態で、一護は戦闘特化型の変態ってわけね」

「なんだそのオールラウンダーって!? そ、そもそも俺はヘンタイじゃなムグッ!?」

「おい、コイツはともかく俺は変態扱いすんな。つかそれ言ったら、オメーも一種のヘンタイだろ。一キロ先に並んだ敵二人の脳みそをまとめてふっ飛ばすとか、人間業じゃねーよ。この狙撃変態」

「あんたに比べれば十分まとも。マチェット一本で一小隊を潰すなんて、誇張無しに狂気の沙汰よ。この斬撃変態」

「プハッ! お、お前らも十分変態じゃないガフッ!?」

 

 俺の物理的口封じから脱出して要らないツッコミをかましたキリトに、シノンのバックハンドブローがクリーンヒットした。バカンッ、という小気味良い音が響き、のけぞったキリトの襟首をガッシリと捕獲する。

 

「ともかくシノン。今すぐコイツと話さなきゃいけねえコトが山ほどできた。ちょっと借りてくぜ」

「どうぞ。返却不要よ」

「遠慮すんな。メンタル的にスボコにしてから返してやる」

「そ。じゃ、私が後で撃ち殺すから、廃人にはしないでよね」

「俺の意見と人権が一切無視されている!?」

「今更だろ」

「地下に密談するのに打ってつけの酒場があるから、そこでシメて来なさいよ。私はその間にエントリーと戦闘準備済ませとくから。それと、換金はあっちの手前のカウンターを使って。ソイツの尋問が終わって時間的余裕があったらの話だけど」

「さっきから怖いことを言わないでくれシノン!!」

 

 シノンのアドバイスに片手を上げて応えた俺は、喚くキリトを右手一本で引っ張る形で引きずって、地下の酒場に続くポータルへと歩いて行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――で、BoB予選に勝った俺は今日の本戦に出場する権利を手に入れた。死銃がハイレベルプレイヤーを標的にするなら、この大会にも必ず出場してくるはず。戦場で死銃を探し出して、奴の『撃ったプレイヤーが現実でも死ぬ』謎の真相を解明したいんだ」

 

 二十分後。

 

 光量を最小限に絞った地下酒場の隅っこで、俺はキリトからGGOでやらかし……もとい調査してきたことの顛末を聞かされた。

 

 シノンに女として近づいて云々の場面は冷や汗かきかき弁明するコイツと「下調べくらいマトモにしろボケ」となじる俺って感じだったが、死銃の話が出てからは至極マジメに議論が進んだ。

 

 キリトは予選中にその死銃らしきプレイヤーと接触したようで、その幽鬼のような雰囲気に一時戦意を喪失しかけたらしいが、シノンの叱咤で我を取り戻して乗り切ったらしい。

 ちなみにその後、一騎打ちでシノンのヘカートの弾を真正面から斬り捨てて勝ったらしく、今更ながらにアイツがキリトにムカついている理由に合点がいった。

 

「現時点で、死銃が誰かを銃殺した新しい事案は発生していない。

 死銃の関与が疑われている二つの事件、うち一件目が先月の九日。二件目が十六日後の二十五日。そして、今日はさらに十九日後の十二月十四日だ。三点のみのデータじゃ断言できないけど、前の事件から十分な時間が経った今、新たな犯行を重ねる確率は高いと言っていいはずだ」

「こんなデカい大会がありゃ尚更、か」

「そういうこと。そっちはどうなんだ一護。現実世界で、なにか掴めたか?」

「わりーけど、こっちは何もナシだ。前に言ったが、お前のデータを基にしてリーナが再調査をかけてる。今日の夜にでも渡せるっつってたから、万一今日の大会で収穫ナシなら、今度は現実(コッチ)から探ってみンのも手だな」

「そうか……」

 

 キリトは手元のジンジャーエールを一口飲み、それから浅いため息を吐いた。調査結果に確証が持てていないことに対してと言うより、この現状そのものに対する憂いを孕んでいるような、そんな表情が薄暗がりの室内で見える。

 

 ……なんとなく、ではある。

 

 確証は何もない。けど、キリトが今抱えているのは、その死銃と直接対決することに対しての緊張だけじゃないような、そんな気がする。ため息を吐いてグラスを傾ける姿、物憂げな雰囲気に見えて、その大きな目だけが鋭く光っていた。まるで、宿命の仇を討ちに行く前の剣士みたいに。

 

 問い質すか。

 

 何ジメジメ悩んでんだと、根掘り葉掘り聞き出して、全部強引にカタを付けるか。

 

 ……ねーな。

 

「上、戻んぞ。お互いの事情も分かったことだし、これ以上コソコソ話すこともねえ。シノンを待たせてるしな」

「……ああ」

 

 キリトに呼びかけ、席を立ってポータルへと向かうことにした。重い雰囲気を纏ったままキリトが俺の先を歩いていく。

 

 気にならないわけじゃねえ。ただ、この問題はキリト自身がカタを付けるべき問題のような気がした。シノンみたいに精神のバランスを崩すレベルじゃなく、かと言って軽口混じりで押しつぶせるほど小っさい悩みってワケでもなさそうだ。なら、コイツが何か自分から言い出すまでは触れねえで置く。

 

 ……代わりに、

 

「――せいっ!」

「おっふ!?」

 

 キリトの後ろ首を引っ掴み、背中を思いっきり叩いた。バシンッという軽い音と共に、キリトの身体が海老反りにぐりっと捩れる。

 

「何があったか知らねーが、肩に力が入り過ぎなんだよ、テメーは。戦う前からそれじゃ、落とさねえ戦いまで落とすハメになんぞ」

「……一護」

「あの忌々しい鋼鉄の城で、ソロ最強なんて言われたオメーが早々負けるかよ。相手が銃持ってようがミサイルブッ放して来ようが、全部まとめて斬って来い。無茶は十八番(おハコ)だろ、黒の剣士」

「……言ってくれるじゃないか、死神代行」

 

 そう言って苦笑したキリトの顔は、もういつもの飄々とした笑みに戻っていた。これでヘマはしねえハズだ。全く手間かけさせんなよ、そう心中で呟きながら、並んでポータルへと入った。

 

 ロビーに戻り、シノンに言われたカウンターで換金を済ませて元の場所に戻ると、傍のベンチに腰かけてウィンドウを眺めていたらしいシノンがこっちに気づいた。首に巻いたマフラーを靡かせて立ち上がったところに、俺らも合流する。

 

「尋問は済んだの? そのワリには、随分とスッキリした顔つきね、セクハラ剣士さん?」

「そう毒を吐かなくてもいいじゃないか、シノン。知らない仲じゃないんだしさ」

「悪い面しか知らない仲なんて、MP7の一発で粉みじんになる程度のものでしょ」

「分かりにくい言い方だなあ」

 

 シノンのつっけんどんな言い草にも何のその、いつものマイペースで切り返す。コイツはもう大丈夫だろ。仮想世界(コッチ)のことは、後はキリトに任せておくか。

 そう俺が判断したのを待ってたかのように、視界端にポップアップが出現する。現実世界のスマホに着信があったことを知らせるそれには、差出人名にリーナ、タイトルに依頼の件と書かれている。頼んでいた調査が仕上がったらしい。

 

 頃合いだな。

 

「んじゃ、俺は帰んぞ。シノン、せいぜい頑張って勝てよ。そこの剣士の脳天を吹っ飛ばせるようにな。キリトはまあ……なるようになんだろ」

「当然よ。こんな男に負けるつもりはないわ」

「ヒドイなぁ。ま、全力で挑むさ」

 

 二人それぞれのリアクションを受け取って、俺は現実世界に帰るべく二人に背中を向けてウィンドウを開いた。このまま帰ったら、まずはリーナの調査結果を浦原さんに流して分析して、同時に尸魂界側のデータ解析の結果とか聞いて……とか、この後に立て込んでるスケジュールを頭ン中で振り返りつつログアウトボタンを呼び出して押しかけた、その直前。

 

 足音が聞こえ、背後に気配が現れた。同時に、くいっ、と服が引かれる。

 指の動作を止め切れず、ログアウトボタンを押した状態で、俺は振り返る。現実への帰還を意味する青白い光が視界を遮る中、見えたものは、

 

 

「……ありがとう、一護。私、頑張ってみる」

 

 

 毒の欠片も無い、水色髪の狙撃手の微すかな笑みだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 現実世界に帰ってきた俺を出迎えたのは、リーナからの大容量データだった。

 

 相当綿密に調べたらしく、一緒に届いてたメールには、『過去三か月間、関東全域で確認された全ての心不全死亡者を洗い出して各日にちごとに分けた上で地区別に整理してある。急ぎみたいだったから傾向分析までは出来なかったけど、データだけ圧縮して送る』と書かれていた。

 

 どんな情報網持ってンだよ東伏見家、と、今更の感想を抱きながら浦原さんに転送。すぐに返信があり、『ご苦労さんス。こっちも尸魂界の分析結果があと数時間で出ますんで、照らし合わせて結果が出たら電話でご報告するッス。情報提供者サンにも、ヨロシクお伝えください』と返ってきた。これで後は結果待ち、それでどう動くかを考えなきゃだな。

 

 さて、その前に風呂入ってメシ食うか、とか考えていたところに、リーナから電話がかかってきた。データの受信を確認した後、今からちょっと新宿まで出て来てとのこと。今回の調査の代価なら今度の休みに空座町(ウチ)のスケートリンクでってハナシじゃねーのか、と訊くと、

 

「貸し借りとか関係なしに、ちょっと夜遊びに付き合ってほしい」

 

 ……とか言い出した。

 

 いや元華族のお嬢サマがナニ言ってンだよ、夜に外出れるワケねーだろうが。そう思いつつ、一応場所を訊いてみたら、駅前の高層ビルの一角を指定された。手元のPCでポチポチ検索かけてみたら……、

 

「……何なんだよ、ココ」

「何って、プライベートシアターだけど」

 

 デカいスクリーン付きの個室だった。

 

 どこぞの高級ホテルかなんかかと思ったが、ベッドは置いてねえ。あるのは、ふっかふかのソファと金ぴかテーブルが一つずつ。正面には壁一面を覆う規模の超大型スクリーンが設置され、異常なまでの遮音効果で外の騒音が全く聞こえない。リーナ曰く、壁の内部にノイズキャンセル用音波を張り巡らせてるとか。パンピーの俺には理解の外過ぎるハイテクだ。

 

 ちなみにけっこうな値段がするはずなんだが、リーナが身分証を見せたらスルーできた。コイツの実家が経営してるとかいうオチかと思ったがそれどころじゃなく、このビル全体の所有者がリーナの親父さんらしい。

 

「私たち東伏見家は、皇族の血を引く久邇宮家のご先祖様が、東伏見宮家の祭祀を継承することで誕生した一族。本家筋から離れて分家筋になって京都から東京に居を移した後は、都心周辺の土地や建物を買収・管理することで財を成したって聞いている。華族名鑑に載ってる本家筋の方は十年くらい前に断絶して、今は私たちが本家。だから影響力マシマシ。父様は不動産で一財産を築いてる」

「………………」

「どうしたの、一護。そんな虚脱状態みたいな顔して。今の説明、そんなに衝撃だった?」

「……その皇族の血を引く華族の一人娘サンと二人っきりで密室に籠るとか、後で黒服着たマッチョなおっさん共にカコまれる未来しか見えねーんだよ」

「それは大丈夫、上を見て」

「あ?」

 

 言われて見上げた先で、小さな黒い点がキラリと光った。よく見るとそれは埋め込み式のレンズみたいで、しかも天井のアチコチにくっ付いてる。

 

「昔、この部屋を私専用に改造した時に父様が付けた音声も拾う暗視機能付き小型監視装置。今の私たちの姿は本家で待機してる人が監視してるから、もし一護が『黒服着たマッチョなおっさん』と遊んでみたいなら、ここで私を襲えばいい。三秒くらいで駆けつけるはず。とてもお手軽」

「死んでも断るっつの!!」

「本当は実家に同じのがあるから、そっちに一護を呼びたかったんだけど、母様が『まだ交際しているわけでもないのに、男の人を家に上げるなんて駄目ですよ』って言ってたから、仕方なくこっちで妥協」

「ドッチでも俺の心労は変わらねえよ!! むしろオメーの実家の方がおっかねえわ!!」

「失礼な。禁忌に触れなければ別に取って食うわけでもないし」

「家上がっただけで禁忌とかいう物騒なモンがある時点でノーサンキューだ!!」

 

 それは残念無念、と悪びれた様子もなくリーナはソファに身体を沈めてミルクティーの入ったティーカップを傾ける。ワイシャツの上に薄いベージュ色のセーター、下は濃いグレーのプリーツスカートとローファーなんていう夜遊びの欠片もない似非スクールスタイルのコイツに真横で寛がれると、なんかもうどうでも良くなってくる。

 

 深々としたため息と共にドッカリと腰を下ろすと、リーナがもう一つのカップに紅茶を注ぎ、俺に差し出す。礼を言って受け取ると、「ティーカップじゃかっこ付かないけど」と言いつつリーナがカップをこっちに寄せてきた。意図するところが分かり、俺もカップを近づけ、

 

「――それじゃ、一護の模試判定Aプラス達成、そして志望者順位一桁代突入を祝って、乾杯」

「……おう、もうどーにでもなりやがれ。乾杯」

 

 心ン中じゃ、ある意味完敗って気分だっつの。

 

「只今のジョーク、十四点。一護、相変わらずヘタクソ。知識だけじゃなく、もっとユーモアの勉強をすべき」

「だァからまだなんも言ってねえっての!」

「表情で分かる」

 

 相変わらずの異常な鋭さにツッコミを入れながら紅茶を飲む。そこそこ大きいはずのテーブルの上に山と用意された菓子類を摘みながら、そう言や俺、リーナに模試の結果のこと話してたか、と思い返した。家族と同期連中には言ったのは確かだが、リーナには……言ったような、言ってねえような。まあ、ドッチでもいいか。

 

「……んで? こんなプチ映画館みてえなトコに連れてきて、なに見るつもりなんだよ」

「ん? ふぉれ(これ)

 

 クッキーを咥えたままリーナが手元のタッチパネルをタップすると、照明が調節され、スクリーンに映像が流れる。ご丁寧にサラウンドで聴こえてくるサイバーチックなBGMは、予想外なことにさっきまで俺が散々聴いていたものと同一のものだった。

 

「GGOの中継映像……ってこれ、BoBの本戦じゃねーかよ」

「あれ、意外。一護、BoB知ってるの?」

「一応な。お前こそ知ってたのかよ」

「『ゲームコイン現実還元システム』を実装してる唯一のVRMMOってニュースでやってたし、その頂上決戦たるBoBはネット上で超有名。一護は何で知ったの?」

「知り合いがコレに出るからな」

 

 俺もさっきまでいたし、とか余計なことは言わないでおく。私も行きたいとかリーナがゴネそうだ。現にちょっと考えただけで、もう表情が曇り始めてやがるし……、

 

「……その知り合いって、もしかして例の美少女メガネJKだったりするの?」

 

 そっちかよ。

 

「ああ、まあな。それと、キリトもやってるみてえだ。しかもどっちも今回の本戦出場だとさ」

「キリト? あの剣バカが銃の世界に突撃なんて意外なことをする――」

「まあ、やってることはSAOと大して変わんねーよ。ライトセーバー的な剣で銃弾弾いて敵を滅多斬りにしてるとか」

「……やっぱり、そういうオチか。ちなみにアバターのルックスも相変わらずの黒一色だったりする?」

「当たり前だろ」

「たまにはイメチェンすればいいのに。それとも、そういうキャラ作り的の一環なの?」

「俺が知るかよ」

 

 雑談を交わしながらスクリーンに目をやる。時刻は八時になりそうなくらいで、今まさにカウントダウンを始めようとしてる所だった。

 

『――銃油(ガンオイル)と硝煙の臭いが大好きな戦闘狂い(バトルジャンキー)たちィ! 準備はイイ? トトカルチョの締切はもうすぐだよー?』

 

 橙色の水着みたいなコスチュームの女アバターが画面に映り、さらに別窓で大騒ぎするGGO内の映像が映し出される。さっきまで俺らがいた総督府ってトコのロビーらしいとこに、大勢のプレイヤーがひしめいていた。

 

『――さあ! ヴァーチャルMMOで最もハードなGGOの最強プレイヤーが、今夜決定!! MMOストリームは完全生中継で、戦いの模様をお届けするよぉ!!』

 

 MMOストリーム。見たことはなかったが聞き覚えはあった。

 確か、死銃の二件目はこの番組の映像に映ってるトコを銃撃されたんだっけか……そう思うと、ヤツは今回の試合中継を映像越しに銃撃しに来る可能性ってのもあるんじゃねえか。

 

 やっぱ俺もGGOン中で見回りとかしてた方が良かったか、と考えたが、キリトの「死銃は必ず本戦に出てくる。そして多分、俺の目の前に姿を現すはずだ」という断言が脳裏によぎり、自分の思いつきを押し殺した。

 実際に死銃に遭遇したアイツがそこまでハッキリ言いきったんだ。キリトにしか感じられない予感があったんだろう。その勘を、アイツの強さを、信じるしかない。

 

『さぁ!! カウントダウン、いっくよー!!』

 

「……一護、もう始まる」

「ああ」

 

 リーナに促され、もう一度スクリーンを見る。テンカウントが刻まれる中、俺は二人の参加者を思い浮かべる。

 

 ――キリト。

 

 ――シノン。

 

 向き合うモンはきっとそれぞえ違うハズだ。けど、どっちも何か重たいモンを背負って戦ってる奴らだ。それに押しつぶされんなよ、跳ね除けて来やがれ、そう心の中で呼びかける。

 

 そして、

 

 

3!(スリー) 2!(ツー) 1!(ワン) バレット・オブ・バレッツ、スタート!!』

 

 

 第三回、バレット・オブ・バレッツ――BoBの幕が切って落とされた。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ホントにBoBを開始しただけで終わってしまった……次話は本戦の様子を一護視点で、次々話ではシノン視点で一話ずつ書く予定です。

ちなみに一護、ちゃんと代行証と視覚防壁は持ち歩いているので、浦原さんから呼び出されても十分で駆けつける準備は出来ています……決して、調査結果待ちという現状を忘れてリーナと室内夜遊びに興じているだけではないのです。

タイトルの"Quince"は英語でマルメロの意味です。花言葉は『魅力』ですね。
……Quincy(滅却師)と似てたりしますが無関係です。
スペイン語翻訳にかけると『15』って出てくるのも全くの偶然です、はい。

そろそろ番外編の二話目にも手を付けていきたいところであったりします。


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Episode 24. Rock'n'Roll

お読みいただきありがとうございます。

二十四話です。

宜しくお願い致します。


 シノンから聞いた話じゃ、BoBってのは三十人が一つのバカ広いフィールドで殺し合うバトル・ロワイヤル形式で行われるらしい。

 

 途中まで暫定ペアを組もうが裏切ろうが、待ち伏せようが正面から撃とうが、とにかく勝ちゃ良い何でもアリ(Free For All)。極端な話、三時間フルに使って狙撃銃で遥か彼方から一人ずつ殺してって皆殺し、なんて芸当も……そんなことが弾数的に出来んのかどうかは別にして、アリっちゃアリなわけだ。勿論、例のライトセイバーを振り回して全員斬殺するなんて芸当も以下略。

 

 で、シノンがそう考えてたのかまでは知らねえが、開始五分で遠く離れた敵をヘカートの狙撃で吹き飛ばしたのを見たときは、スクリーン越しでもアイツの本気度合いを感じ取れた。首から上を砕かれた首なし死体になって転がる敵プレイヤーの姿に、横でクッキーを貪っていたリーナも、

 

「……うわ、メガネJK意外と容赦ない。目測六百メートル地点から脳天ブチ抜きとか、けっこうエグい真似をする」

 

 と呟いた。

 

 その容赦なさを数時間前の八つ当たりダンジョン潜入で何度も目にした俺としちゃあもう見慣れたモンのハズなんだが、それでもあの車両破壊用のデカい弾を人の頭に撃ち込むオーバーキルっぷりは相変わらずこえー。例えるなら、下級大虚一体始末するのに砕蜂の卍解を叩き込んでるみたいな感じだ。

 

 そんな容赦ない狙撃手はすぐに体勢を起こし、銃の先端付近に付いた二脚の脚(確かバイポットとかいう名前の部位だ)を足で蹴るようにして畳んでその場から移動しようとする。弾道予測線ってのが消えるまで、次の狙撃は出来ない。場所を移しつつ予測線が消えるのを待ってから、別の標的を狙うつもりか。

 

 だが、中腰姿勢で駆けだしたシノンの目の前に、マシンガンを持った男が飛び出してきた。銃声を聞きつけて走って来たらしいが、流石に目と鼻の先にいるとは想ってなかったらしい。下げたマシンガンの銃口を持ち上げる手が、一瞬止まる。

 

 その隙をシノンが逃がすはずがなかった。

 相手の右手首を掴んで捻じり上げ、同時に足を払ってすっ転ばせる。この世界に骨折なんて概念はないだろうが、関節の可動域は決まってるはずだ。絶対に曲がっちゃいけない方向に腕を捻じられ、ろくに抵抗できずに倒れされた男の後頭部に短機関銃MP7の銃口が突きつけられ、

 

『――女の子の背後に忍び寄った罰よ。接近戦屋(インファイター)さん』

 

 トリガーが引かれた。無数の弾丸が男の断末魔さえも掻き消す勢いでバラ撒かれ、ほんの二秒ほどで男のHPが尽きる。全弾叩き込んで空になったマガジンをリロードして、今度こそシノンはその場を後にした。

 

「今の挙動、合気の基礎で習う技に見えた。彼女、日本武術の経験者?」

「あァ。っつーか、例の駄菓子屋で教わってンだよ。あそこに居候してる俺の知り合いが古武術の達人で、護身術程度にアイツ、シノンに教えてんだ」

「……ふーん」

 

 納得したようなしてねえような返事を寄越しながら、リーナは新しいお菓子に手を伸ばす。一応嘘は吐いてねえし、これならリーナのやたら鋭い嘘センサーにも引っかからねーハズだ。

 

 おかわりの紅茶を自分で注いでから、多面展開された戦闘画面に目を走らせる。BoBのフィールド内で行われる戦闘は全て中継されるらしいから、ここに映ってない連中は理由はどうあれ戦闘には参加してねえってことになる。てっきり序盤からガンガン突っ込んで参加者減らしつつ死銃を探しにいくと思ってたキリトの姿は、まだ映らない。参加者の頭数が減るまでどっかに隠れてるつもりか? それとも――。

 

「……なに? 考え事?」

「ぅおっ!?」

 

 ぬぅっと目の前にリーナの顔が出現した。クッキーを咥えたままだからか、シナモンの甘いような辛いような、独特の匂いが鼻をつく。ジトーっとした目のままリーナはクッキーを噛み割り、破片を片手でキャッチしながら俺に問いかけてくる。

 

「キリトの心配なら必要ないはず。戦うフィールドが変わった程度で、彼の出鱈目な反応速度のアドバンテージが消える訳じゃない。銃弾斬りなんていう荒唐無稽な防御策も確立してる以上、そう滅多なことじゃやられたりしない。そうでしょ?」

「……べっつに、アイツの心配なんざしてねーよ」

「男のツンデレに需要は無い。素直に認めるべき」

「うるせーな。つか画面見えねえよ。元の位置に戻れ」

「……むぅ。こんな近距離まで顔を近づけてもしかめっ面キープとか、つまらない。ちょっとくらい顔を赤らめるとかしてくれてもいいのに」

「ンなキモいリアクション、俺がするわけねー」

「なら、このままポッキーゲームならぬクッキーゲームとかしてみる? 担保は一護の身体で」

「オッサン共にボコられる前提で誰がやるかよ! 大人しく座ってろ!」

 

 両肩を掴んで強引に横に座らせる。一瞬、コレ上から見てたら俺がコイツを襲ってるように見えるんじゃ……とかいう考えがよぎったが、だからってあのままにしとくのは輪をかけてダメだろ。

 

 幸いなことに、三秒経っても黒服のオッサンが突撃来ることはなかった。けど油断は出来ねえ。ローファーを脱ぎ捨ていつもの両ひざを抱えた体勢でソファーに座るリーナを横目で見やりながら自戒しつつ、スクリーンに目を戻した。

 

 とりあえず、大会はまだ始まったばっかだ。

 死銃ってヤツがそうそうアッサリくたばるとは思えねえけど、途中でやられりゃそれはそれでいい。キリトと当たらねえ場合も考えて、俺が戦闘の行く末を見とく必要はある。

 

「……い、一護、強引。いきなり私に掴みかかって押し倒すなんて、ちょっとドキドキした」

「勘違い量産しそうなセリフを吐くんじゃねーよ! 頬を赤らめんな!! これで俺が黒服のオッサン共と仲良く遊んじまったら、今度のスケートリンク行きはナシになるかもしんねーんだぞ!!」

「それは困る。私たちの甘い時間がなくなるのはイヤ」

「甘い時間って、それ味覚的に甘ぇってことだろ。どーせ限定スイーツ目当てってオチじゃねえのかよ」

「勿論それもあるけど」

 

 ……横でマイペースを貫くコイツに振り回されながら、ではあるけれど。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 大会開始から三十分が経過しても、キリトが映ることはなかった。

 

 一応、画面端の出場者一覧にある《キリト》の名前の横に『生存(ALIVE)』って表示されてるから死んでないってことは確かだが、ここまで来ると焦れてくる。っつーか戦闘好きの部類に入るヤツが他所の戦闘音を全部シカトできるとは考えにくい。もう死銃っぽいプレイヤーに目星を付けて追っかけてる最中だったりすんのか。

 

 シノンはあれからもう一人を狙撃で沈め、すぐに画面からフェードアウトしていった。ガチで鎧を着込んでるらしいプレイヤーの腰に下がったグレネードを撃ち抜き、爆発させて仕留めたのは、やっぱ流石ってトコか。

 

 現状、戦闘が起きてるのは三か所。その内一番派手なのは、橋で起きている戦闘だった。

 

 橋の袂に寝転がり、伏射体勢で弾丸をバラ撒くのは、俺が一度戦った男に似たテンガロンハットのプレイヤー《ダイン》だ。形状的にアサルトライフルってヤツから無数に放たれる弾丸だが、どれ一つとして当たる気配がない。

 

 それもそのはず。対する青迷彩の全身スーツのプレイヤー《ペイルライダー》の動きが変態的なまでにアクロバティックで、照準すら合わせられてねえからだ。

 

 橋に張られたロープの上を疾駆したかと思うと、するりと飛び降りて一気にダッシュ。飛び込み跳躍で薙ぎ払いのような斉射を躱しきった直後、その場でバク転の要領で飛び起きて手にしたショットガンの一撃をダインの胸元に叩き込んだ。

 

 散弾を五、六発受けても持ちこたえ、リロードを何とか終わらせたダインだったが、その頃にはもうペイルライダーが目の前に到達。密着した状態で二発目の散弾が叩き込まれてさらに吹き飛び、その隙に悠々とリロード。ダインが身を起こした瞬間、眉間に銃口を突き付けあっさりとトドメを刺した。

 

「……あの変態機動のショットガン使い、相当強い。多分反射神経とか動体視力とかの運動センスに加えて、三半規管も異常に強いはず。ライフル斉射を躱すだけならまだしも、あそこまで変態的回避をノーミスでこなせる人はそう滅多にいないし、多分空間把握の素質もかなり高い」

「珍しくベタ褒めしてるくせに、端々で変態扱いしてやんなよ」

「だって事実だし」

 

 悪びれることなく言ってのけたリーナは、しかしスクリーンから目を逸らさない。言葉通り、強者らしいあのペイルライダーとかいうヤツの戦闘に感化されたのか、蒼い目に少しずつ見慣れた鋭さが宿っていく。現実に帰還してそろそろ一年、その間一度もVRに潜ってないらしいリーナの闘志に火が付いたか。

 

 ……けど、確かに強かった。

 

 もしかして、コイツが死銃の正体だったりすんのか。死銃が過去二件の銃撃事件で使った銃種までは知らねえ。もしそれがショットガンだった場合、コイツは死銃である可能性が高いような気がするんだが……、

 

「…………あ」

 

 リーナが思わず、といった感じで声を漏らした。

 見ると、ペイルライダーが横に吹き飛び、橋の中央に倒れ込むところだった。横から撃たれ、HPが微かに減る。けど一撃死するような威力じゃなかったらしく、まだ『死亡(Dead)』のタグは出て来ない。

 

 だが、ペイルライダーが起き上がる気配はない。指一本すら動かそうとしない。いや、縛道かなんかで縛られたみたいに動けない(・・・・)ように見える。

 

「……一護、あれ何? あの太ももに刺さってるバチバチ言ってるヤツ」

 

 リーナに促されペイルライダーの腿を見ると、確かに青白いスパークを漏らす細長い銃弾みたいな物体が刺さっていた。スクリーンの中央に映る映像を橋の袂から撮影してるカメラに切り換えてみると、その電光がペイルライダーの全身を薄く覆っているのが見て取れた。

 

「分かんねえ。けど、撃ち込まれてから全く動かねえってことは、見た目通り麻痺の効果でもあるんじゃねえの。つかリーナ、今の一発の銃声とか聞こえたか?」

「ううん、全く。多分あれ、よく映画とかであるサイレンサーみたいなのを付けてたんじゃない?」

「ああ、その手があったか。でもあの弾が麻痺効果を叩き込むだけのモンだったら、SAOと同じように時間が経ちゃ効果が消滅すンじゃ……」

「待って! 橋の影、何かいる……」

 

 手にしたお菓子を机の大皿に放り、リーナが上体を乗り出す。限界まで見開かれた瞳、その視線の先には橋を支える鉄柱の脇に固定されてるように見える。俺も身を乗り出し、ジッとそこを注視していると、微かにだが、景色が『歪んだ』ような気がした。映像の乱れかと思ったその直後、その乱れは大きくなり、やがてそこに人影が出現した。

 

「…………急に湧いて出たように見えた。なに、こいつ。プレイヤーなの?」

「SAOの《隠蔽》みたいなスキル持ちなのか? モンスターは出てこねーらしいから、人型してる時点でプレイヤーなんだろうが……なんつーか、生気がねえ」

「ん。まるで……ゴーストみたい」

 

 その表現は的確だ。事実、視線を凝らしてもアイツの輪郭が鮮明には見えない。ボロボロのマントの表面が奇妙にボヤけ、そこと背景の境目を曖昧にしてるように感じた。顔は見えず、髑髏を模した面を付けていて、その奥か暗い赤色の双眸が覗いている。言いようのない冷気を纏っているように感じ、俺の中にある警戒心のスイッチが入る。

 

 幽霊男の肩からは、大柄なライフルが提げられている。シノンのヘカート程じゃないが、人一人を一撃で葬る力はありそうだ。ソイツで麻痺弾一発撃って動きを止めて、至近距離の二発目でトドメを刺すハラか。

 

 そう思っていた俺だったが、その考えはすぐに否定される。

 幽霊男は懐から黒塗りのハンドガンを取り出した。肩のライフルと比べて、明らかに威力で劣ってる。実際に色んな銃と向き合ったから分かるが、そんな銃じゃ全弾叩き込みでもしねーとHPを削りきるのは無理だ。

 

 拳銃片手に十字を切る胡散臭い仕草をする幽霊男だったが、突如大きくのけぞった。その直後、奴の頭部があったところを火線が薙ぎ、背後のアスファルトが轟音と共に砕け散った。

 

 まるでシノンの対物ライフルで撃ったような大火力の狙撃を、いとも簡単に避けて見せた。けど、今の反応の仕方は……、

 

「……今の、まるで撃ってくる方向があらかじめ分かってたみたいに見えた。このゲームって確か、弾道が視認できる弾道予測線っていうのがあったはずだけど、それが見えてたってこと?」

「あァ、多分そうだ。さっきの透明化スキルで隠れて、どっかで狙撃手の一発目を視認してたんだろ。そうすりゃ二発目以降の銃撃は全部弾道予測線で察知できるからな」

「何という狙撃手泣かせのシステム設定……」

 

 眉根をひそめるリーナを余所に、幽霊男は体勢を戻して銃を構える。ペイルライダーの胸元あたりに照準を定め、発砲。予想通り、HPの二割強を削っただけに留まった。

 

 丁度同時に麻痺効果が消失したらしく、撃たれた直後のペイルライダーが跳ね起きた。ショットガンの銃口を真っ直ぐ幽霊男に突き付け、引き金を引こうとして……できず、再びその場に崩れ落ちる。今度は何か攻撃を食らったわけでもない、けど苦しそうに胸を押さえる仕草をし、数秒の痙攣。そして、そのままアバターが砕けて消えていった。

 

「……アバターが消滅? BoBじゃ、負けたプレイヤーの意識は待機ルームに送還されて、死体はその場に残るはずじゃ……」

「いや、そうじゃねえ。アイツのいたところにある表示……回線切断(Disconnection)だ。ペイルライダーは意識ごと、GGOから叩き出されたんだ……そンで多分、この現実世界からも」

「現実からも? それ、どういう、こと……?」

「間違いねえ……アレが、あの幽霊男が死銃だ!」

 

 正直、現実で起きてる周期的心不全が事実であっても、死銃の方はそれと同時期に湧いて出た単なる作り話なんじゃねえか。そう心のどっかで思ってた。仮想世界の銃撃と現実の死をリンクさせるなんて真似、出来るハズがないと。

 

 ……けど、今目の当たりにしたのは、まさにその瞬間だった。

 実際に死んだかどうかまでは分からねえ。だが噂通り、銃撃と同時に回線切断という現象が引き起こされた。奴の持つ幽鬼を思わせる冷たい気配、キリトが思いつめる程の重圧、そして今の現象……。

 

 死銃があの幽霊男であることは、もう疑いようがなかった。

 

「シジュウ……? それって、ネットでほんの一時期話題になった『撃たれたプレイヤーは二度とログインしてこない』っていう都市伝説のこと? でもそんなこと技術的に不可能だし、現行のアミュスフィアじゃナーヴギアみたいな脳破壊は出来ない仕組みのはず……もしかして一護。貴方経由でもらったキリトからのデータ、アレってまさか……」

「……そうだ。アレは死銃が今まで殺した二件と、他の心不全死亡者の関連を調べるためのモンだった。一般人のキリトじゃ手の届かないとこにある情報が欲しくて、リーナに再調査を頼んだんだ」

 

 そう切り出し、俺は手短に死銃事件とキリトの調査活動のことを話した。死銃の存在、現実の心不全死亡者に見られる奇妙な周期性、それを繋ぐ実際に起きた二件の死亡事件……。

 

 聞き終えたリーナが熟考に入ろうと、目を細めたその時、スクリーン越しに幽霊男の声が聞こえてきた。

 

『……俺と、この銃の、真の名は、《死銃》……《デス・ガン》。俺は、いつか、貴様らの前にも、現れる。そして、この銃で、本物の死をもたらす。俺には、その、力がある』

 

 銃口をカメラに突き付け、途切れ途切れの口調で幽霊男が喋る。

 その口調、赤い目、髑髏の面に俺の中の記憶が呼び起こされる。なんだ、どっかで見たような、聞いたような感じがする。ハッキリとは思い出せねえけど、でも確かに覚えがある。かつて俺自身が正面切って対峙したことのある、嫌な雰囲気。

 

 その予感が霧散する前に、幽霊男は嗤ったような気配を滲ませて、

 

『忘れるな。まだ、終わってない。何も、終わって、いない。――イッツ・ショウ・タイム』

 

「「――ッ!?」」

 

 最後の台詞に、俺とリーナは同時にソファーから身を起こした。顔を見合わせ、互いが思ったことが共通であることが瞬時に伝わる。

 

「おい、今のアイツの台詞!」

「……間違いない。今のは殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の頭領、PoHの決め台詞。けど、奴本人ってわけじゃない。あいつのスラング混じりの口調とは全然違う。それと対照的な、あの男のブツ切りで陰気な口調……どこかで聞いたような」

「聞いたような、じゃねえよリーナ。あの夜の討伐戦で、実際に会ってるはずだ。お前は直接戦ったわけじゃねーから覚えてねえかもしんねえが、俺は剣を交えたからシッカリ覚えてる」

「一護、ほんと? 誰なの、アイツは」

「忘れるワケがねえ。アイツは……刺剣使い《赤眼のザザ》だ。あの髑髏面とボロマント、陰気くせえ喋り方、それにあの暗い気配、SAOン時と何も変わってねえ。ライフルをエストックに持ち替えりゃ、まんま昔のヤツじゃねえか」

「…………あっ!」

 

 台詞も、口調も、他が真似できねえようなモンじゃねえ。外っ面をなぞるだけなら、猿マネでも充分に通るはずだ。

 

 けど、あの幽霊男の纏った陰鬱な雰囲気、すべるような足取り、さっき見せた機械じみてすらいる鋭い回避行動は、どんだけ忠実に真似したところで、再現しきれるモンじゃねえ。

 

「リーナ、アスナにザザのこと伝えとけ! 俺はアイツの妹に掛けてみる!!」

「了解」

 

 すぐに互いのスマホを引っ張り出し、相手を呼び出しコールする。だがコール音三回の後に聞こえてきたのは、憎たらしいくらいに朗らかな留守番電話受付メッセージだった。リーナの方もそれは同じだったらしく、すぐに忌々しそうに顔をしかめて電源を切った。

 

「クソ! なんか他に連絡取る方法は……」

「一護、それはもう仕方ない。今は別のアプローチを考えるべき。

 さっき一護は「実際に二人の死亡者が出ているとキリトが言ってた」って説明した。どうしてGGO内で回線切断しただけのプレイヤー二人が実際に死んでいることを突きとめられたの? いくら彼が情報処理に強くても限度があるはず」

「ヤツには依頼人ってのがいるって聞いた。多分、そいつから元々の情報が出てきたハズだ」

「成る程。だったらそこを問い詰めれば……一護、ちょっとスクリーンを監視してて。実家に連絡を取ってみる。キリトの依頼主には、おおよそ見当がつくから」

 

 そう言って、リーナはソファーから飛び降り、ローファーをつっかけて部屋の角に備え付けられた電話へと駆けて行った。今時珍しい固定電話式ってことは、有線で引いてある分、セキュリティ的に安全ってことなんだろう。

 

 真剣な口調で電話口に出た相手と話すリーナから視線を外して、スクリーンに目を向ける。すでに橋の上の戦闘は終わったのか、死銃は姿を消していた。キリト・シノンの姿も映っていない。けど、死銃は姿を消して移動できることが分かった。どっかに奴の片鱗が見えないか、リーナが戻ってくるまで俺は食い入るようにスクリーンで展開される戦闘を注視していた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――お待たせ。今、父様が直接総務省に掛け合って、担当者を引きずり出してくれてる」

 

 けっこうな時間が経ってから、リーナが戻ってきてそう告げた。俺の横に腰を下ろし、話しっぱなしで乾いたらしい喉をミルクティーで潤してから、こっちを見上げる。

 

「元ネタがネットの噂話だってとこには引っかかる。けど、キリトにVR事件の調査を押し付けるなんて真似ができて、尚且つ一般人では知り得ない情報を持っているとすれば、おそらく公的な立場の人間が絡んでいるはず」

「でもなんで総務省なんだよ。警察とかじゃねえのか」

「警察は基本的に明確な事件性がない限り動かない。今回みたいに『今後起きるかもしれない脅威の排除・防止』を目的にして動き、しかも一般の協力者を使えるのは省庁の可能性の方が高い。SAO事件当時、総務省には事件の対策チームがあった。今は解散してるけど、当時の人事異動の形跡からそれらしい人物が総合通信基盤局の方に移ってるところまでは掴めた。後は直接電話して、事情を聞き出すだけ」

 

 リーナはそこまで一気にしゃべりきった。真剣なその表情の中に、ほんの僅かだが不安の色が見える。なんだかんだ言いつつ、コイツも戦友として肩を並べたヤツの危機を真剣に案じているらしかった。

 

「そっちの方はどう? 状況に変化はあった?」

「変化もなにも……今丁度一段落ついたトコだ」

 

 そう言って、リーナの視線をスクリーンに向けさせる。

 

 そこには、立ち込める砂塵、そしてそれを背景にバギーに乗って疾走するキリトとシノンの姿があった。

 

「さっきは一瞬ヤバかった。キリトとコンビを組んだらしいシノンに死銃が奇襲を仕掛けやがったんだ。初撃の麻痺弾を反射的に伏せて避けたまでは良かったんだが、追撃で劣勢に立たされて、死銃にあの黒いハンドガンを向けられるトコまで行った」

「反射的って……特殊弾とはいえ、それで銃弾を避けたの?」

「音はやっぱ聞こえなかったしな。それか、スコープの反射を遠目に感知して回避したって感じか。そこまでは分かんねーけど、とにかくその後死銃に撃たれる前にキリトが割って入って難を逃れた」

「アレがキリト……どう見ても女子にしか見えないあの子がそうなの?」

「そうだ。しかもネカマプレー済み」

「……ドン引きです」

「全く同感だ。けど、アイツがいたからシノンは助かった。

 後はバギーに乗り込んで、機械馬に乗って追っかけてくる死銃から撤退。んで、シノンが馬の前足を撃って死銃を転ばして、今はああやって二人で逃げてる。あの速度だ、とりあえずすぐに追いつかれる心配はねえだろ」

「トドメは刺せなかったの?」

「いや、転ばしただけだ。撃った直後にシノンが力尽きたみてえに倒れちまったから、追撃は出来てない」

 

 黒いハンドガンを突きつけられた時に見せた、あの怯え方。多分、例の発作が起こりかけていたハズだ。それでも最初の襲撃を回避して、その上何とか足止めを成功させて見せたのは、アイツなりに『頑張った』結果なのかもしれない。夕方、別れる寸前に言ったように、シノンは頑張って見せたんだと俺には感じられた。

 

 リーナはまだ訊きたいことがあるような表情だったが、次の疑問を口にする前にスマホに着信が入った。すぐにコールボタンをタップして耳に当てる。

 

「……はい、莉那です。父様ですか? はい…………はい、分かりました、ありがとうございます。一護にもそう伝えます。回線はいつも通り、パターンFで問題ありません……はい、はい、失礼致します」

「親父さんか?」

「ん。依頼人との映像通話回線を確保した。今からスクリーンを分割して映し出す。それと、一護に伝言。『今回の件のお返しは不要。スケートリンクに行くそうだが、娘のエスコートを呉々も宜しく頼む』……だって」

「……盛ってねえだろうな、その伝言」

「勿論。原文ママで伝えた」

 

 嘘つけ……って言いたいのは山々だが、あの人なら本当に言いかねないし、違和感がねえ。リーナを連れ回してうっかりケガでもさせようもンなら、マジで黒服のオッサンと仲良くすることになりそうだ。コイツのエスコートぐらい、大人しく引き受けるしかねーな。

 

 そこに気分よく行くためにも、今回の一件を無事に解決すんのは必須だ。キリトとシノン、どっちも無事に帰還してもらわなきゃ困る。現実の虚の事件含めて諸々をとっとと終わらせて、俺らそれぞれの日常に戻るんだ。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ハイスピードBoBです。原作百ページ分を一万字弱に圧縮しました。

原作よりもシノンが頑張ってくれてます。
反動でぶっ倒れてますが。

時系列的にはリーファはVR空間にダイブ中、アスナはリアルでクリスさんを電話越しに問い詰め中なので、どっちも電話に出られませんでした。

次回はそのシノン視点です。


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Episode 25. Rock'n'Roll -feat. sympathy-

お読みいただきありがとうございます。

二十五話です。
シノン視点です。

宜しくお願い致します。


<Sinon>

 

「シノン、大丈夫か?」

「……ええ、問題ないわ」

 

 死銃の襲撃から逃れた私たちは、都市区画から砂漠地帯の洞窟へと撤退していた。

 

 運転手のキリトがバギーを止め、先に降りて手を貸そうとしてくれたが、首を横に振ってから自分で飛び降りた。着地の瞬間に少しフラついたものの、どうにか自分の力で立つことができるまでには落ち着きが戻っている。さっきのパニック症状で荒れ狂っていた心拍音も、体感で毎分七十回強ほどに下がったはずだ。

 

 さっき、あの廃都市で死銃に向けられた黒いハンドガン。あれはまぎれもなく『黒星』五十四式拳銃だった。五年前、あの強盗事件で私が撃った銃。あれを間近で向けられて、一気に発作が全身を襲ってきた。

 

 最初のスタン・バレットの襲撃は、スコープの太陽光反射で偶然察知できたおかげで一護ばりの伏式回避が成功した。反撃とばかりにバラまいたMP7の弾丸は、しかし全てアイツの光学迷彩によって躱されて一瞬で接近を許してしまった。反射的に体術で対抗しようと構えたのだけれど、繰り出された貫手を躱しきれずに倒れ、動きを封じられたところで黒星を向けられてしまったのだ。

 先行して『銃士X』を倒しに行ったキリトが援護してくれなければ、私は確実に撃たれていただろう……かつて自分が撃った、あのハンドガンで。

 

「……っ」

 

 思い出しただけで襲い来る寒気を振り払いつつ、洞窟の中に入り込み、障害物になりそうな岩の影に座り込んだ。キリトが私から少し離れたところに胡坐をかいて座るのを横目に見つつ、疲労した脳を駆使して状況を整理した。

 

 バギーの中で一通りの情報交換は済んでいる。

 

 キリトから死銃の実在及び自身の過去との関連を聞かされた後、私たちは打倒死銃のための一時的な同盟を組んだ。死銃が向かったと思われる廃都市に向かい、衛星スキャンを確認し、街にいるプレイヤーが自分たちの他に『銃士X』しかいないことを確認した。

 キリトが先行して陽動をかけ、私が背後から狙撃する手筈だったのだが、実際死銃は光学迷彩の機能で衛星スキャンをかいくぐっていたためマップ上に表示されていなかった。キリトの方も銃士Xが女性であったことから自分の見落としに気づき、強引なラッシュで速攻斬殺。競り合いの末に撃たれそうになっていた私をライフルとスモーク・グレネードを使って助けてくれた、という流れだったようだ。

 

 ……私がもっとしっかりしていれば。悔恨が歯ぎしりを生む。

 

 一護の素体で銃者を打倒できる体捌きが私にも出来ていれば、体術で競り負けることは無かったんじゃないか。

 

 キリトの予測線予測並の先読みが私にも出来ていれば、ヤツが消えていてもMP7の弾丸を当てることが出来たのではないか。

 

 無い物ねだりが胸中の悔いを大きくする。たられば言っても仕方ないのに、自分の前に現れた二人の強者の存在を思うと自らの力不足を意識せざるえを得ない。肝心な時にあと一手足らなかった無力の痛みは、私の想像を絶していた。

 

「――さて。じゃあここで俺は行くよ。シノンはここでもう少し休んでいるといい。本当はログアウトしてほしいけど、大会中は出来ないもんな」

「……え?」

 

 かけられた言葉に顔を上げると、キリトは手元のウィンドウで光剣の調整をしているところだった。

 

「一人であの男……死銃と戦うの?」

「ああ。あいつは強い。正直、あの銃を一発も撃たせないで倒すのは難しいだろう。次にあの銃口を向けられたら、君を見捨てて逃げてしまうかもしれない。だから、これ以上君を付きあわせる訳にはいかないよ」

「あんたでも、アイツが怖いの……?」

「ああ、怖い。昔の俺なら、あるいは本当に死ぬ可能性があろうと戦えたかもしれない。でも今は、護りたいものが色々できたからな。死にたくないし、死ねない。

 けど、このままここに籠っていたら、あと何人にあの銃を向けるか分からないしな。野放しにはしておけないよ」

 

 ……護りたいもの。

 

 そのために恐怖を押し殺し、キリトは戦うという。護りたいものがあると言いながら、命の危険を冒してあの死神に立ち向かうという勇気を失っていない。黒星を突きつけられて私が失いかけたそれらを併せ持つその姿に、あのオレンジ髪の青年の姿が重なって見えた。

 

 ……ああ、やっぱり無理なんだ。

 

 私には、あの二人のいるところは余りにも遠すぎる。

 

 あんな強さを持てる程私の心は強靱じゃない。一護は私を「いつまで過去(そこ)にいるつもりだ!!」と叱った。けど結局、私にはそれしか出来ないんだ。過去に怯え、慄き、部屋の隅で蹲っていることしか……。

 

 項垂れる私の視界の端で、キリトが調整を終えた光剣をハーネスに戻すのが見えた。その表情に憂いや迷いはなく、ひらすらに穏やかなままだった。当たり前のことを当然のように遂行しに行く兵士のような真摯な瞳に、ますます大きな劣等を感じる。

 

 そんな強さに辿り着くことは、もう、私は出来な――。

 

 

 ――いや。

 

 

 待って。

 

 

 本当にそうなの?

 

 

 本当にキリトは強い(・・)の?

 

 確かにキリトの「戦闘能力」は凄まじい。

 今までの試合経過から、昨日の決闘から、今この時までの共闘の中からそれは十分に判っている。ビーキーな性能の光剣を操り銃弾を弾いて敵を斬り裂く。一護とも重なる正に鬼神と言ってもいい気迫に満ちた姿だった。

 

 その一護はこう言っていた。

 独りで抱え込み、周りの人間に頼ろうとしないヤツが結局一番弱かったんだと。

 

 他人の手を跳ねのけて、自分独りで全部抱え込んで、そのクセ周りの連中に迷惑かけてる奴が甘ったれ以外の何なんだよと。あの埃っぽいアスファルト製の小部屋で言っていたはずだ。

 

 キリトは他人(わたし)に直接迷惑をかけているわけじゃない。

 

 けど、いざとなったら仲間を見捨てて逃げてしまうかもしれないくらい怖いと言いながらも、私との共闘を一方的に打ち切り、死銃との決戦に自分独りで向かおうとしている。その姿はどこか私と重なる部分があるんじゃないか、そう思えた。

 

 彼の過去を完全には知らない以上、断言はできない。

 けど、私の勘は自身の予感が正しいことを告げていた。

 

 ならば、キリトの「一人で死銃に立ち向かう強さ」は「独りで問題を抱え込む強がり」になる。「護りたいものがあるから」という覚悟は「問題と直接向き合うことから目を逸らす誤魔化し」の裏返しにすら取れてしまう。見た目が穏やかなだけで、キリトもまた私と同じように過去を背負い苦しむ一人の弱い少年だとしたら、どうだろう。

 

 私には一護がいてくれた。

 追い詰められ、どうしようもなくなった時に心を引っぱたいてくれた人がいた。

 

 けれどこの場には私とキリトしかいない。

 ……なら、今度は私がキリトの目を覚まさせる番? しかし彼の過去や事情を十分に理解しないままご高説を垂れていいものなのだろうか。私が知らないだけでキリトの中では理論的に考えた末の論理的結末を迎えているんじゃ……。

 

 

『知り合いが勝手にくたばっちまったら寝覚めがわりぃから、俺が勝手に世話焼いたっつーだけだ』

 

 

「……あ」

 

 そうだ。

 

 どこかの誰かは、こんな理由で私を助けてくれたじゃない。

 

 だったら細かい理屈なんて気にしなくてもいい。

 殺人(かこ)とどう向き合えばいいか、今はまだ分からない。黒星への恐怖も消えていない。

 けど、今ここで死銃(げんじつ)から逃げて(みらい)をくすませることだけは絶対にしたくない。そんな自分本位の理由でもいいんだ。さっき当て損なった一撃を今度こそ当てたいから、そんな感情的な理由でもいいんだ。

 

 洞窟の壁に立てかけていたヘカートを肩にかけ、立ち上がる。その様子を見たキリトが何をするつもりかと目を丸くしてこっちを見てくる。それに対し、私は簡潔に自分のやるべきことを述べた。

 

「私、逃げない」

「……え?」

「逃げない。ここに隠れない。私も外に出て、あの男と戦う」

 

 キリトは眉根を寄せ、同じく立ち上がって低く反論した。

 

「だめだ、シノン。あいつに撃たれれば……本当に死ぬかもしれないんだ。俺は完全な近接戦闘タイプで防御スキルも色々あるけど、君は違う」

「撃たれたら死ぬかもしれないリスクはあんたも同じでしょ。それに、ここは下が粗い砂だから、こちらに気づかれずに接近することは不可能よ。姿を消していても足音と足跡は消せない。十中八九、遠距離から狙ってくるはず。そうなれば防御スキル関係なく危険度はほとんど同じだわ」

「それでもだめなものはだめだ。これ以上、俺の戦いに君を巻き込むわけにはいかない。橋の上でも説明したが、あいつは俺のかつての仇敵のはずなんだ。そして、今、仮想世界の銃撃で現実の人を殺すという恐ろしい犯罪を積み重ねている。それを調べに来た俺が決着を付けなければならないんだ」

「でもだったら尚更、確実に仕留めなきゃいけないんでしょ。一対一より二対一の方が勝率が上がるなんて、小学生でもわかることよ」

「し、しかし、もし君があの銃で撃たれてしまったら、その責任は……」

「ああもうっ、ゴチャゴチャうるっさいわね!」

 

 まどろっこしい言い合いにかっとなり、私は思わず声を荒げた。少女にしか見えない外見をした目の前の少年が驚いたように肩をビクッと跳ねさせる様子にちょっとだけ胸が空いたが、構わず続けて大声を上げる。

 

「有利不利もあんたの都合も、どっちも知ったことじゃないわ! 私は自分が戦いたいから戦うのよ!! 悪い!?」

「んなっ……」

 

 なんて滅茶苦茶な主張だ。とでも言いたげにキリトの顔が唖然とする。自分でもそう思う。けど自分にとって、今はこれが一番正しく自分らしい答えだと感じられた。私の憧れる誰かが、そうあったそうに。

 

「あんたは違うの!? あんたはあの時身体を張って私を助けてくれた。あの時、あんたは『自分の因縁だから』とか、そんな難しいことを考えて私を助けたの!? 身体張る時って、そんなんじゃないでしょ!! 少なくとも私は、今の(・・)私は――違う!!」

「――ッ!」

 

 勢いに任せて言い切った私に、キリトの藍色の目が大きく見開かれた。驚愕、当惑、そう言った感情が瞳を揺らす。しかしすぐに頭を振って自意識を取り戻すと、苦渋の決断だとでもいうかのように苦い表情を浮かべながら私を見返した。

 

「……ならば訊こう、シノン。その言葉、今現実世界でベッドに横渡る君の枕元にもう一人の死銃(・・・・・・・)が立っているとしても同じように言えるのか?」

「…………え? もう一人の……死銃?」

「そうだ。ここに来る途中、ずっと考えていた。死銃がどうやって仮想世界の銃撃で現実の人を殺害せしめているのかを。二人の被害者であるゼクシードと薄塩たらこの共通点。心不全という死因。大会前に総督府で俺がしたこと。そして、俺やダインをあの黒いハンドガンで撃たずペイルライダーとシノンには向けたのか……これら全てを総合すると、死銃は仮想世界と現実世界、二人いると推測するのが一番妥当だと思う」

 

 いきなりキリトが捲し立てはじめた推理に頭が付いて行かず、私はさっきまでの勢いを失ってしまう。それを見据えていたのかは定かではないが、キリトは目つきを鋭くしたまま、低い声で言葉を続けていく。

 

「まず仮想世界側の死銃が光学迷彩を用いて総督府に待機し、BoBに登録しに来たプレイヤーの住所を盗む。被害者二人は独身で古いアパート暮らし。開錠に多少手間がかかったとしても、最新鋭のハックグッズを用いれば侵入できる可能性が高い。心不全という死因から判断して、殺害方法が外的損傷によるものでないとするならば、おそらく何らかの薬物注射が妥当だろう。無針注射器を使用すれば跡は残らないし、腐敗が進んでいたという発見当時の様子からして残留薬物反応も消えていたかもしれない。

 ……ここからが重要だ。今述べた推理が正しいと仮定すると、あの黒いハンドガンで撃つことこそが仮想と現実、二人の死銃の行動をシンクロさせるキーになると考えられる。そして、シノンに向けてその銃を複数回発砲してきたということは……もうすでに君の部屋にまで現実世界側の死銃が侵入し、殺害準備をすでに終えている可能性があるということになるんだ」

 

 言葉が終わってもしばらく私は何もできずにいた。遅効性の毒のように、キリトの言葉が私の脳内を侵していくのを呆然と許すことしかできなかった。

 

 やがて、自分の部屋の光景が幻視のように目の前に浮かぶ。

 

 飾り気のない六畳間。フローリングの床。小さな机。パイプベッド。そこに横たわる無防備な自分。

 

 ……そして、その横に立つ黒いシルエット。手には注射器、その凶悪な輝きは殺人の色に染まっていて、それはまるであの黒星の纏っているものと同じように見えて、

 

「……嫌……いや……!」

 

 幻視が終わってもその輝きの色を振り払いきれず、頭を抱える私の両肩をキリトがガシッと掴んだ。見た目に反した力強い手は、温度の失われていく私の体には炎のように感じられた。

 

「シノン! 君を脅すようなことを言ってすまないと思っている。けど、そんな現実におかれているかもしれない君に、前線に出て欲しくないんだ! このまま君の気持ちが落ち着くまで俺は一緒にここにいる。でもそうしたら、ここで戦いが終わるのを待っていてほしい。もう……俺のせいで命を落とす人が出て欲しくないんだよ。

 だから頼むシノン! 身勝手を承知で言う。文句も罵倒も報いも、後でいくらだって受けよう。だからここに隠れていてくれ! 俺に一人で行かせてくれ!」

 

「これは……これは俺の戦い(・・・・)なんだ!!」

 

 

 その瞬間、ぐちゃぐちゃになっていた脳内が一気にクリアになった。

 

 

 今現実で自分の枕元に殺人鬼がいるかもしれない可能性、その恐怖が嘘のように消えてなくなる。混沌として何も考えられず仮初の身体から意識が抜け落ちそうになっていた現状から、突然として精神状態がデフォルトされたような感じだった。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げる。

 

 その先にあったのは、真剣なようで泣きそうな表情の、少女のような少年。つらさを押し殺して戦おうとする傷だらけの剣士の姿。その姿はさっき同様一護とは被らず、むしろ数時間前の私と重なって見えた。一護に泣きつき、喚き散らした私の姿そのものだと言ってもいい。それくらい、今のキリトは揺らいでいるように見えた。

 

 ……ああ。私、こんなにみっともなかったんだなあ。

 

 出来もしないのに意地張っちゃって。背負いきれないのに自分独りで何とかするって気張っちゃって。まるで重たい荷物を親からぶん取ってひきずって歩く幼児のようだ。思わず苦笑さえ漏れてしまう。

 

「シ、ノン…………?」

 

 キリトの細い声。ほら、素が出た。やっぱり苦しいんじゃない。独りじゃどうにもならないんじゃない。バッカみたい。

 

 こんなバカにはお説教が必要だ。

 

 一護のように強くは言えない。けど、せめて彼がしたようにやってみたくて、肩に置かれたキリトの両手を振り払い私の両手で彼の顔をむにっと挟み込むようにしてやる。ろくに抵抗することもなくさらされる間抜けヅラに精一杯の笑みを返しながら、たった一言。

 

 

「……うるせーよ(・・・・・)、ばーか」

 

 

 あのオレンジ頭の青年を真似て言ってみせた。

 

「本当にヤバくなったら一人で勝手に撤退するわ。生憎、私は他人の因縁のために自分の命を捨てられる程、立派な人間じゃないから」

 

 軽い口調で言葉が出てくる。それはきっと黒星の恐怖を克服したからじゃない。現実世界の自分の肉体が危機に晒されているかもしれない可能性から逃避したからでもない。

 

 ただ、今向き合うべきなのは、この世界。この一瞬。この戦いなんだと思えたからに違いない。呆けたキリトの顔を見ながら、私は表情を引き締め主張(わがまま)を締めくくりにいく。

 

「けど残念なことに、受けた恩を忘れてのうのうと生きていける程、クズでもないのよ。それに、これはあんたの因縁であると同時に私の因縁でもあるの。あんた一人に任せてすっこんでられる程、私の気は小さくない。

 それに、ここまで組んで戦ってきたあんたに独りよがりで突っ込んで行かれて、万が一負けられでもしたら私の寝覚めが悪くなるのよ。独りで全部背負いこめるくらいの頑丈さがないくせに、意地なんて張らないでよみっともない」

 

 そこで一度言葉を切り、大きく息を吸い込んで、

 

「たとえあんたがイヤと言おうと、絶対一緒に戦わせてもらうわ! 最後の決戦ってやつを!!」

 

 全霊の意志を込めて言い放った。

 

 キリトが再び大きく目を見開いたのを確認し、彼の顔を挟んでいた両手をどけてやる。ゆっくりと数歩後退し、私から距離を取ったキリトはその場で俯いた。長い黒髪が垂れ表情を覆い隠す。今まで経験のないことをしたせいか、ひどく疲れたような感覚を感じながらその様子を見ていると、不意にキリトが洞窟の壁に向かって歩み取った。何をするのか見当が付かず、ただ黙って見ていると、キリトは壁面に両手をつき、えび反りになるくらいに頭を真後ろに振りかぶって……、

 

「――ォぁぁぁぁぁああああああああッ!!」

 

 絶叫と共に、岩壁を撃ち砕く勢いで頭突きをぶち当てた。ゴィーンッ、という鈍い音が洞窟内に反響し、思わず耳を塞ぐ。閉じかけた目の隙間から、そこそこのダメージがキリトのHPを削っているのが見て取れた。

 

「う、お、おぉっ……? っとと」

「ちょ、ちょっとあんた、何やって……」

「い、いやシノン。いいんだ。腑抜けた自分に活を入れただけだから……全く、一度は仲間と共に戦う大切さってやつを実感したはずなんだけどなあ……やっぱり継続するのは難しいか」

 

 数歩ふらつきブツブツと呟きながら、頭を振って痺れを取ろうとするキリト。自分でやっておいて中々つらそうにしている様は愉快だったが、やがてこちらに向き直ったキリトの表情は、驚くくらいに柔らかいものだった。

 

「ありがとう、シノン……まるで、アイツに叱られたみたいだったよ。今日一日コンビを組んでただけのことはある。誇っていいと思うぞ」

「イヤよ。あんなヤンキーと一緒にされるなんて」

「はは、そりゃそうか」

 

 そう言って笑うキリトに、私もくすりと笑みをもらす。今この場にいないあのしかめっ面の青年のことを思い出しながら、少しの間そうやって笑い合っていた。

 

「……なあシノン。俺は、いや俺たち一人一人はあいつみたいに強くない。意識したところで早々追いつけるものでもないだろうしさ」

「……そうね。あの強さに辿り着くことは、一朝一夕の努力でどうにかなるものじゃない気がする」

「ああ。けれど、俺たち二人なら何とかなるはずだ。足りなければ補い合えばいい。他人より勝っている部分があれば、それで相方を支えればいい。一人で強くなんかなくたって、一緒にいる人と歩調を合わせれば強くなれる。それがきっと、相棒や仲間っていうものなんじゃないかな」

「じゃあ……」

「心がふるえて弱気な俺と、身体がふるえて立てない君。足してようやく一人前ってね」

 

 キリトはそう言ってにやりと笑うと、右手とすっと差し出してきた。躊躇わずにその手を取り、固く固く握りしめる。

 

「そうね。弱い者同士、最後まで協力してこの修羅場を切り抜けるとしましょう」

「いいだろうシノン。弱者二名による共同戦線といこうじゃないか!」

 

 そう言って笑う私たちの顔には、もう恐怖の色は微塵も無かった。もう暫定的な共闘関係なんかじゃない。互いが互いを信じ合う「仲間」になったのだと、私ははっきりと感じることが出来ていた。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

キリトはちょっと気負い過ぎたせいで、悪い方向に初期一護っぽい台詞を吐く羽目になりました。最後持ち直しましたが。

シノンは一護に感化されまくってます。

次回はBoBの最終決戦です。あのメガネ役人さんも初登場する予定です。

そして現実サイドでも問題が大きく動きます。


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Episode 26. Rock'n'Roll -feat. reunion-

お読みいただきありがとうございます。

二十六話です。

宜しくお願い致します。


『――と、まあそんな流れだったわけだよ。僕とて丸投げしたわけじゃない。詳細な下調べの元キリトくんの安全面は最大限に考慮した上で的確な報酬と彼の同意に基づく確約を取るという潔白な段階を踏んだわけで、決して僕の一存と独断で依頼内容を締結したわけでは……』

「そういうお役人的な言い訳は余計。そんなの聞きたくない」

「まったくだ。別にアンタがわりーことしたわけでもねえのに、そういう責任転嫁を口にすっからイラっとくんだよ。クリスハイト」

『うっ、キリトくんに負けず劣らず、友人方も中々手厳しいねぇ……」

 

 そう言って、スクリーンに映る長髪の眼鏡男・クリスハイトは苦笑いを浮かべた。接続に相当な時間がかかっちまったが、それもそのハズ、コイツはALOの中に居やがったんだ。

 

 てっきり「件の依頼主は現実世界にいるもんだ」と思いこんでた俺は。スクリーンに映し出された水色髪のローブを纏った優男を見た時「コイツちょっとヤバいヤツじゃねえか」とこめかみを引きつらせたが、ヤツの尖った耳を見て事情を察した。

 

 訊く限りじゃ、どうもこのクリスハイト、俺らよりも先にアスナに呼び出しを食らってたらしい。アイツはキリトの受けた依頼内容を聞き出した後、すでにログアウトしてキリトの現実の肉体がある病院で、ヤツの無事を祈っているらしい。

 

 クリスハイトの他に画面に映っているのは、アスナと一緒にBoBを観戦してたリーファ、リズべット、クライン。あと、リーナのファンだとかいうネコミミ生やした小柄な女子プレイヤー……名前は、えっと、アレだ。パンの袋とかに一緒に入ってそうな感じの……そうだ、シリカだ。半年前のオフ会以来会ってねえから忘れかけてたが、多分当たってるハズだ。

 

 で、そんな面子を前にしながらキリトに依頼した内容の詳細を問い詰めて、おおよその事情を把握するとこまではいった。途中言葉に詰まった時はリーナが家の名前をチラつかせて強引に推し進めてたが、その度にクリスハイトは冷や汗を流していた。ルキアと白哉とか、京楽さんとかを見ててもあんま感じなかったが、名家ってのはやっぱスゲーなと、ちょっとだけ感心しちまった。

 

『……しかし、まさかあの『英雄』こと『死神代行』一護くんと東伏見家のご令嬢がタッグを組んで僕に迫ってくるとはね。予想外だったよ』

「白々しい。あなたがSAO時代の上位プレイヤーの行動傾向を掌握していたことくらい知っている」

『い、いやはや実にお手厳しいな、莉那嬢は』

 

 一応相手がお役人サマだったから最初は敬語で話していたリーナも、他の連中がタメ語で話してるのに釣られたか、それとも苛立ちが上面の敬語を押しつぶしたせいか、いつも通りの言葉づかいで押し通してる。手元のミルクティーを飲み干し、ガチャンと乱暴にソーサーにカップをおろす。

 

「だいたい、SAO生還者が四人集まってなんで死銃の正体が分からなかったの? 私と一護は中継映像を見てすぐに気づいたのに」

『す、すみませんリーナさん。わたし、最前線に出てなかったからレッドプレイヤーの情報には疎くて……』

『あたしも鍛冶職だったから、いま一つ記憶が……』

『俺もサムライだったからな。どうにも記憶が……』

「一応ツッコむけどクライン、貴方だけ言い訳になってない。討伐戦に参加した身で気づけなかったとか、一護以上に記憶力残念」

『ぐぅ……』

 

 自分も気づけなかったくせに好き勝手言ってるリーナにディスられて渋面をつくるクライン。それをスルーしつつ、さりげに俺までけなしやがった食欲魔神の頭を小突いた。

 

「気づいたのは俺だけだろ。勝手に自分を混ぜんな」

「一護、細かいこと言わない。私たち、パートナー」

「都合のいい時にそういうのを持ち出すんじゃねーよボケ」

「……それは置いといて、クリスハイト、ザザの個人情報は取れそうなの?」

『すでに指示を出してある。面倒な手続きをいくつか経由することにはなるためポンと出てくる代物じゃあないけど、それでも彼に逃亡の隙を与えない程度には迅速に判明すると思うよ。勿論、彼の関連が確定した時点で調査員を向かわせる』

「そう、なら一刻も早くそうするべき。キリトの方も決着を付けたみたいだし」

 

 そう言ってリーナはもう一つ展開されてるウィンドウに目を向ける。BoBのライブ映像が映し出されてるそこには、死銃との決戦を終え、満身創痍になったキリトがシノンの元に歩み寄る姿が映し出されていた。その背後には死銃の首が転がっており、その上に『死亡(DEAD)』のアイコンが浮かんでいる。

 

 

 ――そう、キリトとシノンは、辛くも死銃を打ち倒した。

 

 

 洞窟から出てきたキリトが囮になり、死銃の狙撃を誘う。無音で飛んできた弾を超反応で回避し、予測線が見えた瞬間にシノンが狙撃で死銃の狙撃銃を破壊した。けど、ライフルをエストックに持ち替え、死銃からザザの戦いへと回帰したヤツとキリトが交戦。少しずつキリトが押され始めた。

 

 だが、その劣勢をシノンが黙って見てなかった。

 スコープの壊れたヘカートを持って岩陰から飛び出したかと思うと、躊躇うことなく交戦エリア目掛けて突撃。ヘカートの銃口をななめ下に向けたまま発砲し、反動で銃口をはね上げることで弾道予測線を捻じ曲げて(・・・・・)みせた。ねじ曲がった弾道の先にあったのは、ザザの胴。食らえば確実に即死する部位だ。

 その狙撃手らしくない曲芸撃ちに動揺したのか、ギリギリで回避したザザの気配から鋭さが欠け落ちた。その瞬間をキリトが逃がすはずもなく、透明マントで逃亡しかけたザザにハンドガンと光剣の異色二刀流でトドメを刺して勝負が決した。

 

『分かっていますとも、莉那嬢。事件性が明確でない以上まだ警察には通報できないが、証拠が固まり次第すぐにでも向かわせられるよう努めることを約束しよう。そして一護くん、情報提供感謝するよ。今度莉那嬢と一緒にどこかでお茶でもいかがかな?』

「ンなこと言ってるヒマがあったらとっとと現実帰って仕事しろよ。人の命がかかってんだぞ」

『おお、至極まっとうな返答だね』

「見かけによらず、って言いてえのか。聞き飽きてンだよ、その言い回し」

『いやいや、そんな悪意を込めたつもりはないんだよ、いや本当に……と、それじゃ、君のお言葉に従って僕は現実に帰るとしよう。また後程、事態が落ち着いたら連絡させてもらうよ。それじゃ、失礼』

 

 何故か地味にイラッとくる笑顔を浮かべつつ、クリスハイトが通信を切る。と、それを見計らったかのようなタイミングで俺のスマホに着信が入った。液晶に表示されてる名前は『浦原喜助』。

 

「わり、リーナ。ちっと外で電話してくる」

「別に室内でしても良いのに。私は気にしない」

「俺が気にすんだよ」

 

 霊力に目覚める可能性があるとはいえ、今はコイツに浦原さんとの会話の断片を聞かせるワケにいかねえ。適当に会話を打ち切って部屋の外に出て、エレベーターと反対側、廊下の突き当たりにあるラウンジのソファーに腰掛けつつスマホを耳に当てた。

 

「俺だ。浦原さんか?」

『黒崎サン、今どちらに? 空座町内に霊圧がないようですが』

「今? 新宿の駅前だ。解析結果が出たってンならちょっと待っててくれ。完現術使えば十分ちょいで戻れる」

『いえ、むしろ好都合です。こちらには戻らずそのまま湯島に向かって下さい。可能な限り、大急ぎで』

「湯島? 何でだよ。あァ、詩乃のコト言ってんなら大丈夫だ。この前話した死銃ってヤツなら今俺の仲間が仮想世界でブッ倒した――」

 

 

『違います黒崎サン……解析結果が正しければ、おそらくあと数分で文京区上空に多数の虚が出現します。一般隊士に抑えられる規模じゃない。このままいけば、戦闘力の無い霊力持ちである朝田サンは、極めて高い確率で死にます』

 

 

 一瞬で頭に血が昇った。

 

 突きあたりの窓をブチ割って外に飛び出そうと考えたが寸前で自制し、逆サイドに猛ダッシュ。地上への直通エレベーターを呼ぶボタンをぶっ叩いた。扉が開くコンマ数秒さえもじれったく、筐内に飛び込んで閉ボタンと下降ボタンを続けて乱暴に押しつつ、浦原さんを問い詰める。

 

「どういうコトだよ!? 死銃はもう倒したんだぞ!?」

『その死銃なる人物が今回の件とどのように絡んでいるのかはまだ不明です。が、黒崎サンから受け取ったデータとアタシらがかき集めた情報から判断すれば、もう虚の大量出現まで時間がないンス。四の五の言ってるウチに、朝田サンも、それ以外の人たちも死ぬ可能性が高いんです。急いで下さい』

「くそっ……!」

 

 悪態を吐きながら、一階に辿り着いた高速エレベーターの扉から飛び出す。ダッシュでエントランスを抜けてビルを飛び出し、同時に視覚防壁を発動。そのまま地を蹴って跳躍し、

 

「――『クラッド・イン・エクリプス』!!」

 

 完現術を纏い、一気に空中へと駆け上がった。夜の闇を裂くように完現光をまき散らしながら、ひたすらに自分を加速していく。

 

『……手短にではありますが、解析結果をお伝えします。

 まず黒崎サンから新しく受け取ったデータから、心不全死者の周期の起点が判明しました。十一月九日、場所は中野区の住宅街ッスね』

 

 十一月九日、中野区……ハッとした。死銃事件の一件目が発生した日と場所だ。

 

『そこを起点として心不全の周期は関東全域をゆっくりと時計回りで旋回しています。そのペースから考えて、今日の周期が重なる地区が文京区なんスよ』

「けどなんで虚が大量発生するってことになンだよ。尸魂界のデータベースじゃ今まで異常はなかったんじゃねーのか」

『ええ。そこに関しては、鉄裁サンから上がってきた報告が絡んできます。黒崎サン、覚えてます? ここ数か月の間、虚が弱体化してるってアタシが言ってたことを』

「ああ。それと整が減ってるっつー話で、アンタはそれがおかしいとか何とか言ってたよな」

『ハイ。その悪い予感が当たりました。虚らは確かに弱くなっていた。ですがそれは、死神に倒されやすいように計画された『意図的な弱体化』だったんです。

 なぜならここ数か月の間に発生した虚の霊体には……生きている人間の因果の鎖を浸食する『毒』が仕込まれていたからッス』

 

 その言葉に、思わず顔が引きつる。因果の鎖、つまり魂と肉体を繋ぐ楔を浸食するってことは、虚がそこにいなくても人が突然死する可能性が高いってコトだ。ンなモンがまき散らされてたなんて……まったく気づけなかった自分を俺は呪った。

 

『極めて精巧な毒ッス。一度取り込まれれば魂の内側まで浸透し、時間をかけてゆっくりと鎖を侵していく。前にウチの『絶望の縦穴』に入ったでしょ? アレと原理は似ています。一般的に、死神は霊なるものの気配には敏感ですが、生きている何の力もない人間の変化には疎い。霊圧知覚に長けた隊長格が疑念を持った状態で捜査して、初めて識別できる程のこの毒になんて、絶対に気づけません』

 

 絶望の縦穴。確か、俺が死神の力を取り戻すために入ってた深い穴のことだ。因果の鎖の浸食を早める気体が充満してて、数か月かかるはずの鎖の浸食を大幅に縮める作用がある。あの時の猶予時間は三日くらいだったハズだが……。

 

「浸食には、どれぐらい掛かる?」

『個人差もあると思いますが、およそ四日前後です。しかも浸食は鎖の端からではなく、全体を平行して進行していきます。つまり、鎖が切れるのと鎖が消失するのが、同時に起こる。この意味……分かりますか?』

 

 熟考しなくても、その恐ろしい問いの答えはすぐに出てきた。

 

「……因果の鎖が残ってるうちは死んで幽霊になっても虚にはなんねえ。それが、肉体が死ぬと同時に鎖が消えちまうってことは、死ぬと同時に虚になっちまうってことかよ!」

『そうッス。そして、もう一つ。霊体は虚になる前、爆散してその場から姿を消します。再生される場所は基本的にランダムですが、この毒には別の作用があり、爆散後の霊体を必ず特定の座標に転移するよう強いる効果があること、そして弱いながらも洗脳効果を持っていることが分かっています。

 これは推測を半分交えていますが、毒で因果の鎖を浸食されきった霊体は親玉である『筆頭固体』の元に転送されると考えらえます。そこで同じ毒を植えつけられて洗脳され『筆頭固体』の奴隷となる。その際に代償として『筆頭固体』に霊力を吸い取られ、弱体化した状態で虚化する。

 そして、地区ごとに配備された死神に怪しまれないよう、関東全域を転々と移動していく『筆頭固体』の動きに合わせて随時現世に送り込まれ、わざと死神に倒される。死ぬ瞬間に塵となった虚の霊圧圏内に人間がいれば、その毒が感染。そして因果の鎖を持たない死神には効果がないから気づかれない……おそらく、こんなところでしょう』

 

 ですが、問題はここからです。そう言った浦原さんの声が一層真剣味を帯びる。高層ビルの谷間を駆けながら、俺は耳に当てたスマホから流れる声に注意を傾ける。

 

『『筆頭固体』自身の霊圧規模はそう大きくないでしょう。黒崎サンからもらったデータから判断して、一度に毒を仕込んで送り出せるのは多くて四、五体が限界のはず。しかし、虚たちから吸収している霊力の総量はかなりのものになるはずッス。

 ですが、自身の霊圧規模を凌駕する霊力を保有し続けるのはとても難しい。黒崎サンから頂いたデータの死者と、筆頭固体の霊圧規模、霊力の吸収率、弱体化した虚の討伐件数……これらを総合して限界保有量を計算すると、今日、この日が霊圧規模に対する吸収限界、臨界点になります。となれば、必ず何らかの形で発散しに来るはず』

「だから虚圏かどっかで大量の虚に毒仕込んで奴隷にして、一気に現世に送り込んでくる……そういうコトか!?」

『それが極めて高い可能性で起こりえます。

 今まで自分の毒で虚にして手元に置いていた虚や、虚圏の虚。それらに自身の毒を仕込んで現世に放ち、その混乱に乗じて一時的に臨界点以上の霊力を持った状態で自身も現世に出現。霊力の高い人間の魂を片っ端から喰らって自身の霊圧を底上げ。討伐された虚によって撒かれた毒で出る多くの死者の霊力を食らってさらに強化する。これが今起こりうる最悪のシナリオッスね。

 半刻前、夜一さんが尸魂界に向かいました。京楽サンから増援を引き出してもらおうとしてるトコッス。アタシと鉄裁サンは解毒剤の調合に入りますので、黒崎サンはとにかく朝田サンを保護しつつ文京区の虚討伐へ……』

 

 そう浦原さんが言いかけた瞬間、悪寒が背筋を駆け巡った。加速し続けていた自分に急制動をかけて停止し、右手に霊圧の刃を纏う。直後、俺の頭の上でバカでかい黒腔が開き、無数の虚がわらわらと湧き出してきた。眼下を見渡すと、湯島の駅が先の方に見える。ギリで間に合ったみてえだが、この数はっ……!

 

「浦原さん!! もう既に虚の群れが押し寄せてる! このままブッ倒しても毒がまき散らされちまう、どうにか毒を散らさずに倒す方法とかねえのかよ!?」

『虚は消滅時に必ず霧になって崩れ去ります。毒はその霧状の霊圧に含まれている。それを拡散させないように倒せればいいんスよ。アナタの高い霊圧なら、例え完現術の状態でも可能なハズです』

「拡散させねえように……高い霊圧……そういう、ことかよッ!!」

 

 思いつき、通話を切って胸ポケットに放り込んでから、宙を蹴って踏み込む。鈍重な動きで迎え撃とうとする虚の顔面目掛けて霊圧の刃を叩き込み、

 

「――月牙天衝!!」

 

 斬り裂きながら月牙を撃ち込んだ。黒い霊圧のうねりが虚の全身を飲み込み、焼き尽くして消滅させる。

 

 思った通り、虚の残滓らしき霧は俺の霊圧に飲まれ、散らずに消えていった。鬼道系じゃねえ俺の能力でも、大量の霊圧を籠めた月牙なら虚の霊体を力押しで消せる。身を翻し、襲い来る虚に次々と月牙を叩き込んでいく。

 

 ……だが、数が減らねえ。

 

 元々俺の能力は殲滅戦には向いてない。一体一体を倒すのは早くても、月牙天衝、それも慣れきってない完現術の月牙じゃ限度がある。俺が斬った端から虚が湧き、四方八方から襲い掛かってくる。

 

「くそっ……なんでこーゆー時にドイツくんだりに行ってンだ、あの滅却師は!! 雑魚殲滅と霊子吸収はお手のモンだろーが!!」

 

 八つ当たりしながら月牙を放ち、目の前の三体を消し飛ばす。次いで襲ってきたコウモリ虚の飛びかかりを伏せて回避しつつ、腹を殴って上空に打ち上げる。

 殺到しようとしてた虚の一団にブチ当たり、連中の動きが止まったところ目掛け、左手に新しく展開した刃を横に一閃。さらに重ねて右の刃を縦に一閃して、

 

「月牙、十字衝!!」

 

 黒い十字の月牙でまとめて叩き消した。轟々とうねりを上げる火焔みたいな高濃度の霊圧に灼かれて虚共が消えていくが、その穴を埋めるように小さな黒腔がいくつも展開され、瞬く間に包囲網を作ってきた。

 

 舌打ちしながら突撃する俺の胸元でスマホが振動しているのが感じとれた。左手の刃を解除して手をポケットに突っ込み、耳に当てる。

 

「浦原さんか!?」

『ハイ、黒崎サン。夜一サンが戻りました。京楽サンから書簡が届いたんで内容をお伝えします。

 『事態は分かった。上級隊士により構成された大部隊の派遣要請、その妥当性についても理解する。

 しかし報告に依れば、件の虚は高い霊圧を込めた直接攻撃または鬼道系攻撃による即時滅却によってのみ一般人に被害を出さずに討伐できるという。先の戦争で多くの隊士を失くし、隊制度も半壊している現在、それを成せる人材の把握や部隊結集にはそれなりの時間を割かなければならないのが現状である。よって、新四十六室は当要請を一時保留。別案を現在審議中である』』

「ンな悠長なコト言ってる場合か!! 今虚が来てるってンだよボケ!!」

 

 思わず浦原さんに対して暴言を叩きつけちまう。この人に言っても仕方ねえのに、あんな戦争やっても未だに頭のカタい連中に怒りがこみ上げ、その激情を乗せた月牙で虚を消し飛ばしていく。

 

 が、浦原さんは俺の八つ当たりを聞いても口調を変えず、言葉を続けた。

 

『まだ続きがあります。

 『――であるんだけど、ボクはそんな悠長なこたぁ言わないよ。総隊長権限を行使して、現行の隊長二名の同意があれば過去凍結・解散された公式部隊の再招集をかけて即時現世に送り出すことが出来る。

 と言っても生半可な腕の隊士じゃ、送ったところで意味は無い。浦原店長の言う毒の拡散を広げてしまう恐れがあるからね。しかし、上位席官陣は先の大戦で多くが戦死しているというのもまた事実。残念ながら、そちらの要求をそのまま通すってわけには行かないんだ。だから――、

 

 

 一番隊隊長並びに護廷十三隊総隊長京楽春水、二番隊隊長砕蜂、六番隊隊長朽木白哉の連名申請で、六年前の破面現世侵攻時に召集された『日番谷先遣隊』を再結成。

 

 

 十番隊隊長日番谷冬獅郎を筆頭とする六名を現世に派遣。速やかに事態を終息させるよう指示した。これから四十六室に直接かけあって四番隊山田三席主導の治療部隊、十二番隊阿近副隊長指揮の技術支援班も結成して、追って現世に派遣する。手が空き次第ボクもそっちに向かうことにするよ。新米能力者さんの顔も見てみたいし。

 

 一番隊隊長 京楽春水』……以上ッス』

 

 プツンという音と共に浦原さんの声が途切れたと同時に、背後から一匹の黒揚羽が現れた。夜の闇の中でもはっきり見えるソイツに一瞬気を取られた、その時だった。

 

 

 

「――まったく。コンを持ち歩けと前々から言っておるだろう、このたわけ」

 

 

 

 凍てつくような冷気と共に、背後から聞き慣れた声が聴こえた。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

やぁっと死神勢登場にこぎ着けた……。

次回は再びのシノン視点です。
彼女の「過去視」に付けられた能力名が判明します。



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Episode 27. Rock'n'Roll -feat. arousal-

お読みいただきありがとうございます。

二十七話です。
シノン視点です。

宜しくお願い致します。


<Sinon>

 

「――とりあえず……来てくれて、ありがとう。キリト」

 

 現実世界にある私のアパート。

 

 六畳間の床に座り込んで礼を言った私に対し、キリトは見覚えのある片頬だけの笑みを浮かべて見せた。

 

「いや……結局ほとんど何もできなかったし。来たときにはシノンが八割方解決しちゃってて、俺は取り押さえるのに手を貸しただけだから」

「それでも、よ。意識のある男子一人を拘束するのは私でも骨だわ」

「いやあ、シノンがリアルでも強いとは思わなかった。同年代の男子一人に襲われても取り押さえることが出来るなんて、見掛けに依らず武闘派なんだな」

「……そんなんじゃないわ。護身術の一環よ」

 

 『化け猫から教わった』という枕詞を省略して適当にはぐらかし、私はどうにかぎこちない笑みを返す。疲れたような朗らかさの欠片もない表情になっていることは重々分かっていたが、今の私にはこれが精いっぱいだった。

 

 部屋の隅にはオーディオの電源コードで後ろ手に縛られ、両足首をタオルで拘束された少年が一人、力なく横たわっている。トレーナーとジーンズ姿の痩身のその人の名は、新川恭二。GGO内でのアバター名はシュピーゲルであり、そして……あの『死銃』の片割れであった。

 

 

 BoB内でキリトとの共同戦線で死銃を倒し、グレネードで彼と相討ち退場して現実に帰還した私を待っていたのは部屋に侵入した死銃……ではなく、いつもの簡素な部屋の光景だった。

 

 ほっとしていた私だったが、その直後に新川くんが訪ねて来た。私をGGOに誘ってくれた数少ない友人を部屋に上げると、彼はケーキを差し出し私のBoBタイ優勝を祝ってくれた。くすぐったく感じながら祝福を受けていた私だったが、キリトの話題が出た所で彼の様子が急変。私にのしかかると無針注射器を取り出した。

 キリトが死銃の凶器として推測していたそれを目の当たりにした私は、見たことのない仄暗い目をした新川くんにつっかえつっかえ問うた。君が死銃の片割れなのかと。君たちは人を……殺してしまったのかと。

 

 新川くんはその幼い顔を暗い微笑みに歪めながら、私の問いを肯定した。彼の口から語られることはおおよそキリトの推測通りで、彼は兄とその知人、三人一組で犯行に及んでいたという。自身が全てをかけていたGGOでゼクシードの嘘によってステータスビルドを違えたことが動機だと、憎々しげに語った。

 

 ……そして、彼は言った。

 

 私を自分の手で殺すんだと。

 私の噂、過去に銃で人を撃ち殺した私に憧れていたからこそ、私に近づいたのだと。ずっと私に憧れていて、憧憬が歪な愛に代わり、そして「朝田さんには僕しかないんだよ」という泥のような執着の言葉を吐き出す彼の姿には、もう私が知る大人しい男の子の面影は無かった。

 

 信じていた人の豹変に一度は絶望した私だったが、しかしそれでも、私は生を諦めることが出来なかった。

 

 この数日間で、生きる心地よさをたくさん知ってしまったから。

 

 一護と出会い、霊能力に目覚め、キリトと闘い、BoBで死銃を倒す。濃密な時間を過ごし、生まれて以来最も人との距離が近かった時間の温かさが、絶望と諦観で命を投げ捨てようとする私の弱い心を振るい立たせた。

 

 のしかかる新川くんの鳩尾を膝で蹴りつけて上から振り落とし、体勢を回復。飛びかかってきた彼の腕を掴んで関節を極め、つんのめったところに足を掛けて取り押さえた。

 

 暴れる彼の全身を私の貧相な身体で抑えつけながら、ここからどうするかと赤熱する思考を全速力で回転させていたところにインターホン。ろくに考えることなくリモート操作でロックを解除した扉から飛び込んできたのは、線の細い黒ずくめの少年、キリトだった。

 彼に驚き、思わず拘束を緩めてしまった私の下から抜け出した新川くんだったが、キリトは素早い身のこなしで接近。タックルで新川くんを床に叩きつけて再び動きを封じることに成功した。その間に私が電源コードとタオルで新川くんを拘束し、彼がようやく力尽きたところで私とキリトはようやく肩の力を抜いたのだった。

 

「ケガは、ない? シノン」

「ええ、大丈夫。あなたは……って、口の端切ってるじゃない」

「え? ああ、本当だ。体当たりしたときにどっかでぶつけたのかも。カッコつかないなあ。リアルの体術スキルを上げておくべきだったよ」

「GGO内で散々かっこつけてたんだから、それくらいで丁度いいんじゃない? 濡れタオル持って来るから、ちょっと待ってなさい」

 

 ショック状態からようやく抜けられた私は軽口を返しながら、台所に行ってタオルを水道の水で濡らしてキリトに手渡した。礼を言って受け取り、キリトは口の端に当てて少し顔をしかめる。真冬の冷水が傷口にしみるらしい。

 

「ぅぅ、痛つつ……あ、言い忘れてたけど、一応依頼人経由で警察には通報済みだ。多分、あと五分もすれば到着すると思う。それまでに着替えてきなよ。外、けっこう寒いしな」

「そうね。じゃあ、お言葉に甘えて……今度は着替えてるところに侵入してこないでよ。あんたも一緒に警察に付き出すことになるから」

「絶対にこの部屋から動きません。剣士の誇りに誓って」

 

 真顔で言い切るキリトに微かな笑みで応え、浴室に入って着替える。薄手のトレーナーとショートパンツを脱ぎすて、とりあえず手近にあったセーターと膝丈スカート、ストッキングに着替えることにする。ついでに、嫌な冷や汗で湿ってしまった下着も取り替えることを決め、ヒーターのスイッチを入れてから脱衣を始めた。

 

 お湯を含ませたタオルで軽く体を拭いてから、シノンが着ているものに似た素っ気ないデザインのスポーツブラとショーツを手に取る。身に付けつつ、私はふと鏡をみた。相変わらず痩せこけた、肉付きの薄い自身の肢体が映り込む。弱弱しさをそのまま体現したような自分の身体は嫌いだったけど、今は少しだけ胸を張っていられるような気がする。

 

 セーターとデニムスカートを着込み、ストッキングを履いて、部屋に戻って警察の到着を待とうとドアに手を掛けた……瞬間、言いようのない怖気(おぞけ)が背筋を舐めた。先ほど新川くんから感じたものと同質、いやそれ以上の冷たい空気……ううん、そんな生易しいものじゃない。

 

 

 これは……霊圧(・・)だ。

 

 

 しかも一護や浦原さんたちのような霊圧のものじゃない。人間のものでも決してない。一度だけしか感じたことはないが、今でも決して忘れられない。あの路地裏で私を襲った、虚の霊圧と同じような重くざらついた質感だった。

 

 直後、私の鼓膜をぶち破らんばかりの爆発音が鳴り響く。次いで瓦礫が崩れるような音。その轟音に混じって聞こえる、誰かのうめき声。

 

「キリトっ……新川くん……!」

 

 部屋にいるはずの二人の名を呼びつつ、私は浴室から飛び出す。

 

 目に飛び込んできたのは、壁に大穴が空き、惨憺たる惨状をさらす自室。倒れ込み、気を失っているらしいキリト。ベッドの横に倒れ込み、こめかみから流血している新川くん。

 

 ……そして、穴の外、夜の闇が詰まった黒腔から覗く虚の群れだった。

 

 爛々と輝く金色の目。何対もの怪物の金眼に晒され背骨を抜いて代わりに氷塊を突っ込まれたような寒気が私を全身を縛り上げた。

 

 何故、ううん、心の底でこの可能性を自覚していたはず。霊力を持った人間は虚の標的になりやすい。それは知識として知っていたはずなのだ。でもなんでこんな時に、どうして、どうして……。

 

 かたかたと震える奥歯を噛みしめることで意識をぎりぎりで保っている私の前で私を視界に捉え、虚たちが動き始める。先頭にいた人型の二体、その奥に控えた巨熊型の一体が室内へとその身体を捻じ込む。数日前に路地で遭遇した奴よりは小柄だが、それでもニメートルを優に超える巨体が三つも室内に侵入したことにより、部屋がメキリと大きく軋んだ音がした。

 

「……ぁ……ぁぁあぁ……っ」

 

 無理だ。

 

 虚の濃密な霊圧に押しつぶされそうになっている私に、ゆっくりと虚が近づいてくる。仮面の奥から殺意を滲ませ、私を文字通り食らうために、一歩一歩。

 

 抵抗なんてできない。

 

 霊力の扱いを学んだとはいえ、私の「過去視」には何の戦闘力も備わってない。霊力による身体強化なんて、一般的な成人男性をどうにか振り切れる程度が限界だ。抵抗したところで、数秒の時間稼ぎにさえならない。むしろ甚振られる時間が増すだけに思えた。

 

 ……私はこれから、虚に食われる。

 

 新川くんの、私の初めての友人から向けられた歪んだ愛の形をした殺意。それから逃れても尚、ここで魂を食われて死ぬんだ。そう思うと、今度こそ身体から力が失われていく。どうしようもない力の差に、今度こそ諦観が全身を支配する。

 

 

 これはもしかすると、一種の罰なのかもしれない。

 

 殺人と言う最もつらい過去から逃げ続けた罪に対する、どう足掻いても逃れることの出来ない罰。

 

 一護からの叱咤を糧に自暴自棄から抜け出し、キリトという一つの鏡のおかげで仮想の黒星に打ち勝つことが出来た。けど、今直面しているのは明らかな現実。力が足りないという抗うことが許されない現実なのだ。どれだけ過去と戦おうと、私が弱い現実は変わらない。その事から目を背けた私には、ある意味ではふさわしい終焉なのだろう。

 

 へたり込む私に向かって歩み寄る虚の手が伸び、触れるまで一メートルをきった――その時だった。

 

 

 足元に落ちていたスクールバッグが突如発光。半球状の光の膜を張り出して、虚の行く手を阻んだ。

 

 

 虚は力任せな体当たりで結界と呼ばれた光の膜を破らんとしてきた。が、思いのほか頑丈な結界はびくともせず、軋みはしても崩壊する様子はない。厚さにしてたったの数センチにしか見えない光の壁は、私と虚を完全に隔絶する防壁となっていた。

 

 修行中、鉄裁さんから教わった記憶がある……これは、結界というものだ。

 

 霊力を圧縮して防壁と成し、敵の攻撃を防ぐ。高い霊子密度と術構成技術、この二つさえ備わっていれば、向こうが透けて見える薄さでも鋼鉄を凌ぐ強度を持たせることが出来るという。しかし勿論私には扱えない。命を拾ったことには違いないのだが、その源が分からなかった。

 

 突然変貌した目の前の光景にほんの僅かばかりの希望を供給されたおかげで、私の体に微かに力が戻ってくる。這うようにしてバッグに近づき、光の源を探り当てる。

 

「これ……お守り? なんで、こんなものが私のバッグに……」

 

 今の今まで気づかなかったが、バッグの取っ手部分に古ぼけたデザインのお守りがぶら下がっていた。手に取ってよく見ようと、私は恐る恐る腕を伸ばす――、

 

 

 

「――鬼道の結界。やはり死神の監視下にあったということかね」

 

 

 

 粘つくような声と共に、目の前の空間が割れ裂けた(・・・・・)

 

 怪物が咢を開くようにして裂けた空間から、小柄な人型の生物が現れる。

 性別は不明。真円に近しい肥満体型を包むように簡素な白色衣服が張り付き、手足は逆に枯れ木のように細い。首は上からハンマーで叩き潰されたように胴体にめり込んでおり、その上に乗っかっている顔には仮面は見えず、のっぺりした顔面にはおぞましいくらいに整った歯と吊り上がった金の目が備わっている。頭髪はほとんど無く、後頭部で一纏めにされた黒髪が夜風に煽られて揺らめく。人型をした人でないナニか。そうとしか言いようが無かった。

 

 肥満体のソレ(・・)は漫然とした足取りで空間の裂け目から歩み出る。と、結界目掛けて繰り返されていた虚たちの攻撃が停止し、そのままのっそりと身を引き道を開けた。まるでソレが自身の主であるかのように。

 

「……初めましてお嬢さん(フロイライン)。私はベローナ・グローリエ。彼らの主であり指揮官でもある」

 

 見た目に反し、ひきつるように声が高く口調も柔らかだった。足取りもどこかひょこひょことしていてコミカルな動きをしている。

 悪趣味なマッドホラームービーの息抜きキャラみたいな出で立ちだが、そこに安穏の気配は欠片もなく、むしろ狂気で飽和しているが故の穏やかさと表現すべきように感じられた。背後に控える無数の虚たちがソレ――ベローナの登場以降微動だにしていないことが、さらに私の恐怖を煽っていた。

 

「まずは突然の訪問を謝罪しよう。本来なら時間をかけ、君が完全に目覚めきってから伺うつもりだった。だがしかし予想より早く私の保有霊力の量が臨界に達してしまった以上、計画を前倒す必要がでてくる。故に私たちは非礼を承知でこうして参上仕ったわけだ」

「あ……あなたは、虚、なの…………?」

 

 乾ききった舌の根をどうにか動かし、私はベローナの演説を打ち切るようにして問いかけた。まだ事態を飲み込めていないが、言葉からしてどうやらヤツは急いている。霊力がある魂、すなわち私をその「計画」とやらを早めて食らいに来た。ならば、ここで時間を稼がなければ。この会話にピリオドが打たれた瞬間、そこが私の人生の終焉になるのだから。

 

 幸いなことに、ベローナはひきつった嗤い声を上げながら私の問いに応じてきた。

 

「虚? お嬢さん(フロイライン)、私の顔に彼らと同じ仮面が見えるのかね? あの無紋の白壁が私の皮膚の何処かに張り付いているように見えているのかね。

 答えは無論、否だ。だが半分は是でもある。私は破面。仮面を剥ぎ虚から死神の領域に片脚を踏み入れた存在。つい先日、先走って君を食いに行った私の部下を斬り殺したあの死神と、魂魄の質の五割を同じくする存在だ」

「……そ、そう。彼を知っているのね。なら早く退きなさい。直に彼が、一護がここに来る。あなたがどれだけの虚を従えていようとも、例えこの場で私を食らっても、彼には決して敵わない。撤退した方が身のためよ、ベローナ」

 

 無論、ハッタリだ。そんな保証はどこにも無い。

 けれど、可能性はある。この地区の担当死神であるアフロヘアの男には、一護から「敵わない敵が出てきたらソッコーで浦原さんに知らせろ」とキツいお達しが出ている。その連絡さえなされていれば、彼が来てくれる確率は低くない。そう考え、私は奥歯のかち合う音を悟られないようなけなしの理性を総動員しながらベローナに忠告した。

 

 これで退くとは思えないけど、数分、いや数秒でも逡巡してくれれば……。

 

「そうか……死神が……っくく、素晴らしい。実に素晴らしい巡り合わせだ! あの強大な霊圧を持った死神が来ると言うのか! 私の夢を実現する要になり得るあの死神が!!」

「ゆ、夢……? なにを、言って……」

「忠告を有り難う、可愛らしいお嬢さん(フロイライン)。だが私にとって彼の到着は望むところなのだよ。君を食らった後であってくれさえすれば、彼は実に都合がいい分散剤(ディスパーザント)になるのだから」

 

 ひき嗤いを継続しつつ、ベローナは懐から銀色の筒を取り出した。中には液体が満ちているらしく、ちゃぷちゃぷという音が聞こえてくる。

 

「これが何かわかるかね? 液状になるまで濃縮した霊子が詰まっている。私が今まで人間を直接・間接的に食らうことでため込んだ霊力、私が保持していられる限界量となったその全てが此処に集束している。ここに君の霊力を足し合わせることで、私の研究は臨月を迎えることとなる。今は亡きかつての(ゲビーター)資料(ダーテン)を盗み、自らで自らの知能を底上げした紛い物の科学者の研究が!

 私は人間の因果の鎖を侵す毒を生成できる。だが、完全な浸食にはおよそ四日と言う日数を要する不完全な代物。私の低い霊圧ではそこが限界だった……。だが、これまでに貯めこんできた霊子を存分に行使すれば、その毒の効能を劇的に向上させることが出来るはずだ。触れて数秒で侵しきることが出来る程に、解毒という概念を靴底で踏み躙る程に!」

 

 興奮に紅潮するベローナの頬。上気するそれを見るにつれ、恐怖と狂気に当てられた私の四肢が氷のように凍てついていく。因果の鎖、霊体と身体を結ぶ生命線であり、その完全消失は虚化を意味する。それを触れて数秒で強制的に引き起こす毒、死銃の薬物がジュースに見えてしまうくらいに恐るべき人殺し。

 

「そして、かつての(ゲビーター)の研究成果から見つけた滅却師(クインシー)の霊子収束・拡散術。君の霊力を食らった暁にはこの術を用いることで、私の毒は大気に即時拡散・霊体に吸収させるように改良することが可能になる。鬼道や強大な霊圧で毒を散らそうとしても、それすらも吸収・汚染し取り込んで毒の総量を増幅させるのだ。

 故に、一度毒に汚染された虚を殺してしまえば、最早毒の散布を止める手立ては存在しない。私が放った虚を殺そうと殺すまいと、この都市の人間の死を止めることは不可能となる。そう! つまりあの死神が強いほどまき散らされる毒が増幅する!! 何と素晴らしい負の連鎖だ!!」

 

 歓喜するかのようにベローナが両の拳を突き上げる。それに呼応するかのように部屋の壁がさらに大きく崩れ、外に控えていた無数の虚たちが私の視界に入った。数える気力すら奪われる程の怪物たちが、殺されることで人を殺す化物たちの視線が、私の精神を貫いていった。

 

「君を食らえば私は真なる毒の生成者となり、同時に壊滅必死の軍隊が完成の時を迎えることとなる。殺されるために生まれた最弱の神兵による、虐殺されることで成就する人類の大毒殺! 想像しただけで股座がいきり立つ!!

 我ら虚の軍団の総数は僅か数百。傍から見れば塵埃にしか見えぬ弱い怪物の寄せ集めにしかならない。だが真なる毒を手にした時点で、私の部下は一体の命で百の人間を殺す超神兵と成り果てる。それこそが私の望み。死神たちの手によって我が軍は滅び、しかしその代償としてこの都市も滅ぶ。それが知性なき最下級の虚による死の軍勢(カンプグルッペ)、その存在意義!! 

 故に私は創り上げたのだ。化物を構築し化物を汚染し化物を教導し化物を編成し化物を兵站し化物を運用し化物を指揮する。我こそは遂に自軍の壊滅を以って目標の殲滅を成す自死の軍団長! 我らこそ最弱の大隊(ダスト・バタリオン)!! 素晴らしい! 素晴らしいとは思わんかねお嬢さん(フロイライン)!!」

 

 自己陶酔すら感じるベローナの大演説。それに圧され、ついに私の両ひざが折れた。床に倒れ込む私の上で、ベローナの狂った哄笑が鳴り響く。絶望の質量はあまりに重く、恐怖の刃はあまりに鋭かった。それらにより、私の芯にピキピキとヒビが入る音がする。

 

「……さて。余興の語らいはここまでにしよう。さあ、その結界を壊して私は君の霊力を手に入れる。人間を殺しつくし、今戦争で壊滅するであろう我が軍勢に代わる次の新たな軍勢を生むために。不可避の毒への最後の一手のために。

 ――さあ、地獄のための礎になり給え、お嬢さん(フロイライン)

 

 その言葉と共に、控えていた三体の虚による攻撃が再開される。しかし、それに対抗する気概など微塵も浮かんでこない。立ち上がろうとさえ思えなくなり、そのまま成す術なく私はその場に両手を床につき――。

 

 

 何か、暖かなものに触れた。

 

 

 それは結界の源たるあのお守りだった。仄かに暖かい古いお守り、人肌を思わせるその温もりに魅かれるように中を開けて見ると、折りたたまれた和紙らしきものと黒い粒が入っていた。光の根源はこの和紙のようだが、黒い粒のほうは、一体……。

 

 今まさに死の瀬戸際に置かれているにも関わらず、いやむしろその現実から逃避するかのように、私は感じた疑念に突き動かされて黒い粒を取り出し手に取った。粒と言うより形状は丸薬に近く、結界の光を反射して黒々と輝いている。

 

 ……と思った直後、丸薬は朧げに発光したかと思うと私の掌に吸い込まれていってしまった。え、なに、何が起こったのと私の頭が混乱しかけたが、そんな小さい疑問など吹き飛ばすような力の奔流が一気に私の体内を蹂躙した。

 

 その濃く、重く、力強く、しかしどこか温かい強大な力。それは、

 

「――ッ!? こ、これ……っ、一護の、霊圧ッ……!?」

 

 内包した魂魄が破裂しそうなくらいに送り込まれてきた彼の霊圧の流れに、歯を食いしばりつつどうにか手懐けようと意識を集中させる。気を抜くと身体から拡散していきそうになる大量の霊圧を渦を巻くイメージで体内に蓄積させ、なんとか自分の霊圧に馴染ませようと試みる。

 

 一護の霊圧を身体に入れることは初めてではない。

 

 浦原さんの地下勉強部屋で行われている鍛練。その中で霊圧増幅の鍛練として、彼の霊圧を一時的に体内に取り込むことが行われていたからだ。

 

『本来、霊圧限界値を越えた他者の霊力を体内にため込むことは困難なことッス。魂魄の本能で自壊を避けようとするはたらきが発生しますから。しかしその反面、魂魄の霊圧容量を広げる手助けにもなる。霊圧を解放した黒崎サンと接触して一時的に大量の霊力を取り込む修行とその制御の鍛練を並行させることで魂魄成長を促進させ、より高い霊力を得ることがアナタの修行の目的なんスよん』

 

 そう浦原さんが語っていたことが脳裏によぎる。私の修行中、ずっと霊圧を解き放ち続けていた一護。その霊圧が全身を駆け巡り、私の体を抱きしめるように渦巻いている。

 

 ――まるで「ボサッとすんな」って、私を叱咤するかのように。

 

 ――まるで「オメーは独りで戦ってねーんだよ」と、私を励ますように。

 

 

 

 ……一護。

 

 次に会えたら、その時こそ私の過去を話すわ。

 

 あの時、遺跡の地下の埃っぽいアスファルトの部屋の中じゃ、結局話せなかったし。あなただけに過去を打ち明けさせて私はだんまりじゃ、フェアじゃないものね。

 

 過去と独りで戦ってきたみじめな姿を見せることになっちゃうのは、ほんのちょっぴり恥ずかしいけれど、でもあなたならいつもと変わらないしかめっ面で聞いてくれるはず。そんな気がするから。

 

 だから、必ずこの場を生き残ってみせる。

 

 私の持てる全部の力、全霊を出し尽くして戦ってみせる。たとえ震えが止まらなくても、たとえ数で圧倒的に不利でも、たとえ戦う術さえなくても。戦って生きてみせる。今まで戦ってきた過去に比べたら、こんな苦境なんて全然苦痛じゃないもの――。

 

 

 

 ――忘れんな。独りで背負うってだけが、過去との向き合い方じゃねえんだよ。

 

 

 

 脳裏のどこかで、彼の声がした。

 今どうしてこれを思い出したのか分からない。しかし、BoB内でキリトと向き合った時のように鮮明に思い起こされるその力強い言葉は、確かに私の心に響いてきた。

 

 瞬間、稲妻を脳天に叩き込まれたが如き衝撃を心に感じ、私は目を見開いた。

 

 ……そうだ。

 

 私にとって、過去は戦うべき敵じゃない。

 

 否定すべき咎でもなければ冒涜する汚れでもない。忘れていい忌まわしい記憶でなんて絶対にない。

 

 

 過去は朝田詩乃/シノン(わたし)そのものだったんだ。

 

 

 殺した過去(いたみ)も救った過去(よろこび)も、一つだって欠けちゃいけない。その全部が私を構成する命の断片。

 

 人として泣いて笑って怒って哀しむために必要な、かけがえのない私そのもの。打ち負けず、打ち勝たず、ただ掌に乗せて共に歩むべき存在。たとえどれだけつらくっても、それが過去なんだ。それが朝田詩乃なんだ。

 

 ならば、尚更こんなところでは死ねない。

 

 過去を打ち倒し現実の私を変えようとしてきた。でも今度は、過去と一緒に現実と戦ってみせる。今を生きる私を『過去』の人になんて絶対にさせない。

 

 

 いつか、過去(わたし)に「誇り」が持てるその日まで、死ぬわけにはいかないのだから!

 

 

 ――ボッ。

 

 

 心の中に、炎が灯った。

 

 そう感じた瞬間、今までなんとか抑えていた霊圧の流れが一気に加速した。いや、これはもう加速じゃなく急激な膨張現象だ。みるみるうちに膨らんで、あたり一帯を軋ませ始める。

 

 けれど、不思議と不安はない。

 

 湧きあがる力の奔流、その源が一護の霊圧ではなく私自身の魂魄(・・・・・・)にあることが感じられたから。「過去視」なんて戦闘の役に全く立たないはずの力。それが高まり大きくなっていくことが直感的に分かっていた。来たる力の爆発に備えるべく身構え、その瞬間を待――。

 

 

 バキンッ、という不吉な音がした。

 

 

 見ると、正面の結界についにヒビが入っていた。亀裂はどんどん大きくなり、そしてけたたましい破砕音を上げて砕け散った。先頭にいた二体の虚が体当たりの勢いそのままに突っ込んでくる。まだ、私の力の解放は完了していない。

 

 それに、この状況は極めてマズイ。ただでさえ狭い部屋一杯に広がって虚が迫って来ている。後ろには気絶したキリトと新川くんがいる。避けるわけにはいかない。正面から迎え撃つしか……でもこんな奴らの突進、体術なんかどうにかなるものじゃない。

 

 

 ……例えば、手元にMP7(・・・)でも無い限り。

 

 

 刹那、私の意識の外でいくつかの現象が発生した。

 

 目の前に到達した虚が大口を開けて噛みつこうとした。

 が、それより早く私の右手が眩く発光。いつの間にか黒い短機関銃が握られていた。

 

 現実を完全に認識するより前に、独りでに私の腕がはね上がる。そのまま高速で薙ぎ払うようにして斉射。眼前に迫っていた二体の虚を穴だらけにして塵に帰した。

 

「……え? い、今、私、なにを……ッ!?」

 

 自問した答えが出る前に事態が動く。後ろに控えていた虚が息を吸い込むような動作をした、確証は無かったが、遠距離攻撃のようなものがくる。そう直感したが回避するスペースなんてどこにも無い。超人的なアクロバットでも行使しないと避けきることなんて不可能だ。

 

 

 ……私がペイルライダー(・・・・・・・)でもない限り。

 

 

 刹那、また意識の外で現象が発生。

 

 虚の口が開き予想通りに無数の光弾が射出。

 殺到してくるそれらを視界に捉えつつ、己の四肢が眩く発光。私は青の迷彩柄の衣のようなものを手と足に纏い、手にショットガンを持った姿になる。

 

 そしてそのまま、再び全身が勝手に動き出す。飛び込み跳躍で全弾を躱し切り、直後にバク転で飛び起きつつショットガンで敵の胴体をエイム。散弾の雨でまた一体を仕留めた。

 

「……成る程。抵抗する気力は多少なりとも残っているというわけか。ならば力の限りを尽くして抗って見せ給えお嬢さん(フロイライン)! 私の夢を損なうために! 己が命の灯火を刹那の一瞬でも長く保つために!!」

 

 嬉々としたベローナの声に合わせ、更なる虚が室内に侵入しようと外から押し寄せてくる。

 

 ショットガンと青色迷彩の装備が消失した私は、その光景を真っ直ぐに見据えた。

 

 恐怖は未だにある。

 不安も緊張も、一欠片だって消えてやしない。

 

 けれど今さっき起きた現象が、今まで戦う術を持たなかったはずの私が虚三体を撃滅し得たという一瞬前の過去が、私の中で凍結していた勇気の温度を上昇させていた。微かに震える手をぎゅっと握りしめつつ、今起きた現象をもう一度反芻し思考する。

 

 ――遺跡ダンジョンで遭遇したパーティーのプレイヤー二人を撃ち殺した時と全く同じように薙ぎ払われたMP7による斉射。

 

 ――ダインを橋の上で翻弄したあのショットガン使いと全く同じように叩き込まれたショットガンによる散弾の一撃。

 

 私が脳裏に思い描いた過去そのものの動作がここに再現されたこと。それらから導き出される力の神髄。そこに到達し得た理由。全てが確信という形で私の精神を支えている。それに呼応するように、不完全に解かれていた力がいよいよ顕現しきることが魂を通じて伝わってきた。

 

 

 ……これだ。

 

 

 これこそが私に必要だった決意。

 過去と共に現実と戦う覚悟。自分自身の過去に誇りを持とうとする気概。

 

 そして、そこから導かれる力はすなわち――『「自らが視認した過去」を纏い、それを現実(そと)に放出する』こと。

 

 それが私の新たな力。一護の霊力と私の決意、それらが融合した結果生まれ落ちた「戦う」術。

 

 

「……もう忘れようなんて思わない。過去は私を縛る鎖なんかじゃなかった。

 過去は私の一部。共に戦っていく存在!

 

 ――重ねた過去こそ、私の力だ!!」

 

 

 

 過去を叩き起こせ――。

 

 『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』解放!!

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

名付け親はシノン自身です。元ネタは某映画のタイトル。

ベローナのキャラが完全崩壊。元々のキャラもよくわからなかったですが。
参考元はみんな大好き「よろしいならば戦争だ」のあのお方……の成り損ないです。ドイツ語繋がりで言い回し等を参考にしました。

GGO篇も残りあと二話。
次回、全ての事態が終結に向かいます。


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Episode 28. Rock'n'Roll -feat. sattlement-

お読みいただきありがとうございます。

二十八話です。
シノン視点です。

宜しくお願い致します。


<Sinon>

 

 記憶と過去。

 

 色々と相違点はあるだろうけど、明確に異なるであろう点として「間違いが含まれるかどうか」が挙げられる。

 

 記憶には誇張があり齟齬もある。記憶の主の当時の心境、知りえなかった情報などにより実際の真実と記憶する内容が異なるというのはよくある話だ。故に記憶は絶対ではない。

 それに、ある地点で衝撃的な事件が発生したとしてもその場所に人がおらず尚且つ訪れることもなければ、人々の記憶上その事件は「存在しないもの」となってしまう。

 

 けれど過去は違う。

 過去とは「既に過ぎ去った時間・出来事」である。つまり、現在より以前に発生した事象それのみを差し、誤って伝聞されることはあってもそれ自体を人間の意志感情で捻じ曲げられることはない。

 加えてそこに誰もいなくとも、その場所で何か事件が起こっていれば、それはその場所にとっての「過去」として世界の時間の流れの中に刻み込まれる。生物の介在如何に関わらず、決して間違うことのない無味乾燥なただの「昔起こってしまった事実」が過去なのだ。

 

 私の能力『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』は、この目で目撃した「過去に発生したあらゆる事象」を身体に纏い、また現実に召喚する。

 過去を思い描けば、それはその過去の現象と同じように確実に遂行される。「昔起こってしまった事実」がそのまま現実に投影される以上、そこに例外は無いのだ。

 

 知っていたわけではない。しかし、自身の魂から直接脳へと伝播してくる力の質は間違いなくそう語っていた。文字通り「過去は私の力」なのだと。どれほどつらい「記憶」として残っていようと、どれほど忘れたい「記憶」であったとしても、変わることのないその「過去」を手に取り戦ってみせろと無音で囁きかけてくる。

 

「……いいわ、やってみせる。私が私として生きた過去全てを使って、戦ってみせる! 人類を滅ぼす毒の糧になんて、絶対にならないんだから!!」

 

 押し寄せる虚の群れ。野太い雄叫びを上げて突っ込んでくる一団に対し、私は霊力制御に意識を集中させて、

 

 

 ――再実装(リロード)  『手榴弾爆発(グレネードエクスプロージョン)

 

 

 直後、集団の先頭にいた虚の腰部が発光してソフトボール大の金属球が出現。虚がそれに反応するより前に起爆し、周囲三体を巻き込む爆風を巻き起こした。集団の勢いが削がれたのを視認しつつ、さらに能力発現。

 

 

 ――再実装(リロード)  『M134ミニガン一斉掃射(フルバースト)

 

 

 ずしりと全身を重力が押さえつける。両手に握られた六連式の銃身の矛先を、全身の筋力を総動員して持ち上げる。息をぐっと止め、両足を踏ん張り、

 

「……塵は塵に(Dust to Dust)。塵に過ぎない貴方たちは――塵に帰りなさい!!」

 

 同時に銃口が火を噴いた。

 

 まるで本当に火炎を放射しているかのような眩い焔光と共に、ギャリギャリと金切声を上げる銃身から無数の弾丸が轟音と共に吐き出された。必殺の暴風が勢いの止まった虚の集団を飲み込み、次々と滅却していく。

 キルカウントが莫迦らしくなる殲滅速度、その代償とでも言わんばかりの反動に気合で耐えること数秒、ミニガンが消失し、私は止めていた息を吐き出した。

 

 段々と能力の使い方が分かってきた。

 

 まず、過去の現象そのものを再現できる。狙撃の過程をすっ飛ばして「グレネードが標的の腰の辺りで爆発する『過去』」を呼び出すことで、問答無用であの大爆発を引き起こすことが出来た。

 

 それと、過去目撃した武器を召喚して、かつ過去と全く同じモーションで動かすことが出来る。シノンのMP7、ベヒモスのミニガンの動作を完全にトレースして射撃できたことがその証拠だ。

 

 装弾数や武器の構造なんて全く気にする必要はない。何故なら召喚しているのは武器そのものじゃなくて、私の身体と霊力を憑代として「武器を使って敵を攻撃した過去」を丸ごと現実に引っ張ってきているのだから。その過去に起きた現象は、絶対に全てそのまま再現される。

 

 

 ミニガンの弾幕を逃れた二体の虚がのけぞるような体勢を取る。もし上空の二方向からさっきと同じように光弾を乱射されたら、今度こそ回避しきれない。一発一発はどれも小型だったが動きが速かった。仮にもう一度ミニガンを再実装したところで、相殺できる保障もない。

 

 ……ならば。

 

「ごめんキリト。あんたの『過去』、ちょっとだけ借りるから……!」

 

 背後に横たわるキリトに対し『過去視』を発動。同時に流れ込んでこようとする膨大な過去の中から目当て(・・・)の過去だけを探し当てる。

 

 大剣を振るう巨大なモンスターを討伐――いや、違う。

 

 十数人の剣士に襲われても無傷のまま――これも違う。

 

 迫りくる無数の銃弾を弾く――これだ!

 

 

 ――特性再実装(パーソナル・リロード)!  《剣士キリト》!!

 

 

 「銃弾を剣で弾いた」過去を探し当て、複数あるそれら全てをまとめ上げて自身の身体に叩き込んだ。

 

 四肢が眩く発光した後、黒い衣と紫電をまき散らす光の剣が召喚される。GGOで何度も目撃した規格外の黒衣の剣士。その武装だけでなく、過去の動きそのものまでを自身に投影した。握ったことすらないはずの光剣がバカみたいに手になじむ。

 ぽっかりと空いた壁の穴、その数歩手前まで歩み寄り剣を斜に構える。私を蜂の巣にすべく飛んでくる光弾。瞬間、自身の眼球が高速で動き、その着弾範囲を視認。なめらかに腕がしなって剣が振り被られ、半瞬の後、弾かれたように閃いた。

 

 斬り下ろしで二発斬り捨て、振り上げて三発同時に破壊する。続く頭部への二撃を首をひねって避けつつ腿への一撃を防ぎ、そのまま手首の捻りだけで刃を急旋回。鞭の如く閃く幾筋もの斬撃が、後ろに飛んでいきそうな複数発を全て弾き飛ばした。

 

 さっきまでとは違う。過去の現象とそれを引き起こした武器だけじゃない、武器を操る使い手の過去も纏うことで、その過去における使い手の動きさえも自身に投影したのだ。

 

 ペイルライダーの超回避の時と同様、「銃弾を弾く」キリトの過去を纏った私は能力解除と並行してさらに次なる過去を選び出す。

 

 望むのは己が分身、水色髪の狙撃手。

 

 冥界の女神の名を冠する長大な凶器を繰る、冷酷無比な彼女を――。

 

 

 ――特性再実装(パーソナル・リロード)!  《狙撃手シノン》!!

 

 

 一瞬で武装が展開。燐光を纏ったヘカートⅡを構え、即座に標的をロックオン。戦闘で沸騰しかけていた脳内が急冷されて氷点下となり、轟く虚の雄叫びや瓦礫の崩れる音といった環境音が一気にミュートされる。

 

 そして、着弾予測円がぐいっと収束し虚の脳天で点になる光景を幻視した直後、指が勝手にトリガーを引いた。発射音とほぼ同時に虚の首から上が消し飛ぶのを視認するヒマもなく、手がボルトを引いて排莢。続く第二射で隣の虚の首を引きちぎった。

 

 遠くでベローナが嗤っているのが見えた。部下が殲滅されたことなど痛痒にも感じていない様子で。次なる戦策を愉しげに練っているかのような態度だ。

 

 何を企んでいるかは知らない。けれど敵に思い通りに事を運ばせてやるほど、私は悠長な性格をしてない。もう一度「ヘカートで狙撃する」シノンの過去を纏って偏差射撃を……そう思った私だったが、それは成せなかった。

 力が漲っていたはずの四肢がガクンと重くなる。いや四肢だけじゃない、全身の血管に鉛でも流れているかのような異様な倦怠感だ。たまらず膝をつく私。額から滝のような汗が湧いて埃まみれの床に滴る。視界すらまともに定まらない。

 

 

 失いそうな意識をどうにか繋ぎとめながら、私は己自身の身体に意識を向け、愕然とした。供給されたはずの一護の霊圧が、もう八割方消失していたのだ。

 

 

 元々私の霊圧の段位は九等霊威に届かない程。はっきり言って死神見習いに毛が生えた程度だ。けれど一護の霊圧を取り込むことで一時的に相当量の霊圧を保有できていたはず。

 

 なのに、それがたったの六度の能力行使で枯渇しかけるだなんて……。

 

「限界かねお嬢さん(フロイライン)。霊圧が急速に弱まっているところを見る限り、力を出し尽くしたというところか。人間が虚の一個小隊を壊滅させた、それ自体は褒め称えるべき奮闘かもしれん。だが私の行軍を阻止するには不足が過ぎる。せめて、例えるならそう――これを止められるくらいの武力を持っていなければ」

 

 ベローナがそう言って指を鳴らした。どうにか顔を上げて上空を見上げると、新たな黒腔が開き、中から巨大な虚が姿を現した。灰白色の身体は筋骨隆々として逞しく、何より大きい。身長で言えば四メートル近くはあろう。首から上はヘルムを思わせるフルフェイスの白い仮面が覆っており、胴の前面を鱗のようなものが覆っている辺り、防御性能が高いように見える。

 

 なけなしの霊力を振り絞りつつ、ヘカートⅡのみを再実装(リロード)。伏射体勢となり、虚の胴目掛けて狙撃を行った。だが、先ほどまでの虚のようにはいかず、弾丸は鱗に阻まれて粉砕、表面を削るだけに留まった。続けてもう一度、今度も胸の辺りに薄い傷をつけるだけに止まる。

 

これ(・・)は純然たる虚ではない。かつての支配者が残した改造破面を下地とし、私の毒ではなく霊子制御で私に隷属している存在だ。弱体化していない分、先ほどまでの兵卒諸氏とは一線を画す。さてお嬢さん(フロイライン)、君はこれ(・・)を止められるかね。君にとっての断頭台となりうるこれ(・・)を打ち倒すことができるかね」

「……回りくどい、言い方、ね……いちいち、癇に障るヤツっ……」

 

 ろれつさえ怪しい口でベローナに言葉を返す。けれど確かに、今の私にとってアレは脅威だ。今までの虚と同じように、攻撃すれば倒せる相手じゃない。今までと同じように過去の現象を再現しただけじゃ、勝てる確率は低すぎる。

 

 これまでやってきたのは、私が過去視を含めて目撃したことのある過去の現象や動作の再現であって、そこに「現象の結果」は含まれていない。

 さっき、私はヘカートⅡを再現して「標的を狙撃し着弾させる」という過去の現象を連続で呼び出した。しかし、再実装(リロード)して保障されるのはあくまでもそこまで。「胴体に着弾する」という現象は必ず再現されても、それが「敵の体を撃ち抜く」という結果に至るとは限らない。単純な話、私がヤツの防御を突破できるだけの霊力を込めて狙撃していなければ、出力差で押し負ける。

 これまでの雑兵相手の攻撃が全て通っていたのは、連中がベローナの毒により弱体化していたが故。相手が自分の攻撃を凌ぐ霊圧の持ち主であれば、いくら過去の現象や武装、人物の動作を再現したところでダメージが入らない。

 

 窮地に陥った私を精神的に甚振りたいのか、巨躯の改造破面はゆっくりとした足取りで空中を踏みしめ、ゴリラのような疑似四足歩行で近づいてくる。万が一ここで拳を向けられても、立ち上がることすらできない私に避ける術は無く、また攻撃を防ぎきれるだけの力もない。ましてや反撃なんて、夢のまた夢だ。

 

 

「………………じゃない」

 

 

 でも、それが何だ。

 

「…………いいじゃない」

 

 私の能力は「過去を纏い、それを現実に放出する」こと。

 

「……せばいいじゃない」

 

 現象も、武器も動作も再現して通用しないのなら……。

 

「殺せばいいじゃない……!」

 

 

 その結果ごと(・・・・・・)、現実に引きずり出してみせる!

 

 

 自身の過去へと潜り込む。

 

 GGOで経験した幾千の戦闘。それに埋もれるようにして存在する、ただ一つを探し当てる。私が唯一現実で経験した明確な「戦闘」行為。一撃で「敵」を仕留めた、その過去を引っ張り出す。

 

 途端、ごうごうと耳鳴りが始まる。どくんどくんと心臓が早鐘を打ち、眩暈の酷さが増していくのが分かる。手に伝わったあの反動、鋼鉄の感触、血の臭い、そして、あの男の胡乱な眼が、過去を直視することで今までで一番強く重く、私に圧し掛かってくる。つらい、怖い、逃げたい。弱気な自分が心の中でそう叫び、過去を閉ざしてしまおうと暴れ狂う。

 

 

 ……でも、それじゃダメだ。

 

 

 決めたはずだ。つらい過去さえも捨てずに歩むと。

 

 誓ったはずだ。私を過去の人になんてさせないと。

 

 

 だったら、あの過去も受け入れてみせろ朝田詩乃。他の誰でもない、私自身の過去であることを、今、ここで。

 

 

「……私は逃げない。そう心に、私の魂に誓った。忌むべき過去であっても、この刹那(いま)を越えることが出来るなら……私はもう一度、人殺し(・・・)になってみせる! 私と、私の友だちを生かすために! この現実に抗うために!!」

 

 

 

 ――完全再実装(パーフェクト・リロード)! 《黒星・朝田詩乃》!!

 

 

 

 渾身の霊力を込めた直後、爆発的な光が私の手の中に集束。直後、手の中に一丁の拳銃が握られていた。シンプルな外見。グリップには黒い星のマーク。

 

 黒星・五四式。

 

 かつて私が人を殺した銃。

 

 過去と同じようにそれを真っ直ぐ持ち上げ、虚の眉間へと向ける。虚の動きはまだ鈍い。私の小さな銃に己が貫かれることなど想像だにしない様子で。

 

 息を吸い、吐き、また吸い、吐ききって止める。身体から余計な力が抜けたのを体感し――発砲。パァンッ、という軽い音と共に発射された一発の銃弾。それが虚の眉間に吸い込まれるようにして飛んでいき、命中する。銃口の跳ね上がりに押し負け、もんどりうって床に倒れ込む私の正面で、虚の動きが止まった。

 

 何の痛痒にも感じていない様子で、声の一つすら上げない。さっきのヘカートⅡの狙撃の方がまだ効いていた印象がある。今にも再びこっちに足を踏み出してきそうな雰囲気さえあった。

 

 

 ……けど、それは絶対にない。

 

 

 今の私は床にへたり込み、虚は床に手をつくような恰好をしている。あの時と同じ構図。そして既に二発の銃弾を腹と胸に当てている。あの時と同じ被弾箇所。

 

 この状況を作り出すことが出来て初めて私の能力は全開となる。

 

 完全再実装(パーフェクト・リロード)は現象、武器、動作の全てを再現するだけじゃない。それらが過去にもたらした結果まで、忠実に再現することができる。例えそれが何であっても、例え相手が誰であっても……例えその結果が死であっても(・・・・・・・・・・・)

 

 虚は動きを止めたまま、ゆっくりとその巨体を崩れさせた。血らしい血さえ漏らさず、しかし確かに絶命した改造破面は、そのまま落下し眼下の闇に吸い込まれて消えていった。衝突音は聞こえない。地面に激突する前に、他の虚と同じように塵になって消えたのだろうか。

 

「……ぐぅッ……!?」

 

 ビキッ! と肩から異音が響き、思わずうめき声を上げた。同時にメキッ、ミシリ、と身体の節々からイヤな音が響き始める。次いで襲ってきた裂くような激痛に、堪らずその場で蹲ってしまう。まるで筋肉を絃にしてバイオリンでも弾いているかのような尋常ではない痛みは、自分の貧相な身体がついに能力についていけなくなったことを意味しているようだった。

 

 もう四肢に力が入らない。五感が急速に鈍化していく。

 朦朧とした意識の中で、私は欠片ほど残った霊圧を軸にもう一度完全再実装(パーフェクト・リロード)の発動を試みていた。残存霊圧的にはもうどうにもならない。けれどそれでもまだ打つ手が、勝機があると信じ、持てる精神力を全て動員して霊圧をかき集める。

 

 ……浦原さんから聞いた。

 

 能力には消耗限界を超えると全く出せなくなるものと、消耗限界を超えても命を削って出し続けられるものと二種類ある、と。

 そして、存在そのものが霊子で形作られているが故に消耗限界が厳格になっている死神と違い、霊力の扱いに慣れていない人間の魂魄は、それを容易く踏み越えることが理論上は(・・・・)可能だ、と。

 

 即ち、命さえ削れば、まだ私は戦える。

 

 消耗限界に屈して敗北すれば、どうせここで命が潰えるのだ。だったら多少寿命が縮まるくらいのリスク、身体が壊れるかもしれない危険性なんて気にしていられない。現実と戦うために過去を全て受け入れたのに、その現実に負けてたんじゃ意味がない。

 

 

『……ありがとう、一護。私、頑張ってみる』

 

 

 去り際の彼にそう言ったのは、自分自身だったはずだ。

 

 なら、ここで頑張らないでどうする。

 

 ……勝て。

 

 勝って生き残れ。

 

 命を賭して戦い抜く覚悟を決めろ!

 

 

「……ッ!?」

 

 ぼやける視界の奥で、何かが光った。

 

 

 無数の光点だったそれが少しずつ鮮明になり、やがて異形の人型を模っていく。これはただの光じゃない。仄かに光るそれらは全て――霊圧の輝きだ。

 

 それを自覚した途端、尽きかけていた自分の霊圧が爆発的に高まっていく。一護の霊圧を取り込んだときと同じように魂魄が破裂してしまいそうな感覚。しかし今度は抑え込まず、むしろ全力で解放する。

 

 命を燃やして生きる。そう決めて、私は脳裏に強く過去を描く。思い出すのはあの路地裏、初めて見た虚を一瞬で葬った、黒い着物姿の青年。その姿が脳に焼き付いてしまうくらいに強烈にイメージし、

 

 

 ……そして、

 

 

 ――完全再実装(パーフェクト・リロード)! 《死神代行・黒崎いち――

 

 

 

 閃光。爆発。

 

 

 

 一瞬、自分が生きているのかさえも分からなくるくらいの白光が視界を蹂躙した。もしかしたら数秒間失神していたかもしれない。それさえも判断できないような衝撃を感じ、ようやく視界を取り戻した。

 

 そこには、今の爆発で半壊したと思われる私の部屋の惨状。そこから視線を自分の方に向けると、一護の姿を構成する核にしようとしたせいか、火傷したかのように赤く腫れ上がった右手があった。普段の私であれば確実に悶絶しているはずの負傷なのに、それに見合った痛みは感じない。いや、感じる余裕がないと言うべきだろうか。

 

 ……何故なら、

 

 

「…………い、一護……?」

 

 

 突如として現れた、本物の一護。

 

 彼が私の手を抑え込むようにしていることへの驚愕。私のかすれ声に反応することなく俯き、ただ強く固く、私の手を握っているから。

 

 そして……、

 

「あなた……左腕(・・)が…………!」

 

 

 その左腕が、見るも無残に焼け爛れていたためだった。

 

 

 見れば、彼が纏っているのはあの輪郭がはっきりしない黒い着物。死神のものではない、完現術『クラッド・イン・エクリプス』の霊圧の衣だった。

 死神状態の一護がちょっとやそっとで負傷することはまずない。それだけの霊圧硬度を持っているからと一護自身から説明されたことがある。けれど、完現術の素体はあくまでも生身の人間の身体。どれだけ彼が超人的な身体能力を発揮できたとしても、受けるダメージに対する耐性は死神のそれより遥かに劣る。故の大怪我。

 

 焼けて裂けた皮膚から血が吹き出し、ぽたぽたと床に滴り落ちる。血の雫の幾つかは私の手にも滴り、火傷のせいかマグマのように熱く感じる。まるで無言を貫く一護が流している血の涙のように見え、途端に胸の奥が苦しくなった。

 

 何故、そうまでして私の力の解放を止めたのかは分からない。けれどその理由が私のためであったことくらいは、混乱している自身の思考回路でも判断することが出来た。

 

「……ごめ……なさい……腕、血が……!」

 

 一護の身体を支えようと手を伸ばす。傷に対して私に何かできるわけでもない。けれど、こんな深手を負った彼を目の当たりにして平静を保つことなど不可能だった。

 

 震える手を持ち上げ、私は彼の肩に触れようとした――が、それは不発に終わった。

 

 触れるまであと数センチのところで、背後に虚が殺到。それを察知した一護が勢いよく身を翻し、右手に集束させた黒い霊圧の刃を滾らせ、

 

「月牙――天衝!!」

 

 横薙ぎに一閃。巨大な漆黒の斬撃で、突っ込んできた集団を一瞬で灰燼へと変えてしまった。さらに群がる虚に対し再度月牙を放つかに見えた一護だったが、彼はその場で大きく息を吸い込むと、

 

「――ルキア!! 恋次!!」

 

 誰かの名を叫んだ。

 

 直後、虚の群れの背後に二つの黒い人影が瞬間移動してきたかのように出現し、

 

「――舞え。袖白雪」

 

 低い女性の声と共に半数が氷結して砕け散り、

 

「吠えろ! 蛇尾丸!!」

 

 もう半数は鞭のように伸長した巨大なダンビラが斬り裂いた。

 

 私が討滅するのに全力を賭した規模の虚の軍勢が一瞬で撃破された事実に傷の痛みも忘れて唖然としていると、やはり瞬間移動したかのように二人が一護の両脇に現れた。どちらも黒い着物……死覇装を着込んでいる。

 

 片方は先ほどの氷結攻撃の主らしい小柄な女性……いや、少女か。

 歳の頃は私より少し上くらいに見えるが、華奢な肢体に反する凛とした堂々たる立ち姿はどう見ても同年代のそれではない。艶やかな黒檀色の黒髪に大きな瞳。手には美しい純白の日本刀を持ち、左腕に『十三』と書かれた木製らしい腕章を付けている。

 

 もう一人からは全く対照的な印象を受けた。

 胸倉や額巻きに隠れた眉の辺りには刺青のようなものが浮かび、燃えるような赤髪を後頭部で一纏めにしている。体躯は一護と同じか少し高いくらいの高身長で手には先ほどのダンビラ。吊り上がった三白眼からはものすごい威圧感を感じる。女性と同じく腕章を付けていて『六』と記されている。

 

 一護、この人たちは一体……そう私が問う前に、新たに一人の人影が室内に出現した。

 

 同じように死覇装を着ており、外見年齢は二十代後半程か。やや赤みがかったような豪奢な長い金髪に、私が見て恥ずかしくなるくらい豊かな胸元を強調した出で立ち。やはり腕には腕章が付いており、こちらには『十』の文字。

 

「乱菊さん!」

「ギリで間に合ったみたいね一護。はぁーい、アナタが一護の妹弟子さん?」

「そンなんじゃねーよ! とっとと人払いと防御の結界張ってくれ!!」

「んもー、ノリ悪いわねぇ……朽木、結界内の一般人に白伏。恋次は援護よろしくー!」

「はっ!!」

「応!!」

 

 私に声をかけてきていた金髪女性が指示を出し、赤髪の男がダンビラを振り回す。向かってきていた虚を数度の斬撃で一掃したと同時に女性陣二名が複雑な印のようなものを結び、同時に両の掌を床に叩きつけた。すると崩れた部屋の外側を橙色の壁……おそらく結界が覆い、さらに室内の空気が一瞬だけ震えた。

 

「よっし。これで一段落ね。あーもー久々の実戦は肩凝るわぁー、あたし胸おっきいから」

「……松本副隊長。私を見ながら当てつけのように仰るのは止めてくれませんか」

「別にそんなんじゃないわよ。朽木、あんた自分の貧乳気にしすぎ」

「んなっ!? わ、私はそのような不埒な悩みなど……!」

「まあ、この二人の茶番は置いといて、だ……おい一護。テメエの妹弟子だか何だか知らねーが、このガキ本当に人間か? なんで生身で死覇装なんか着てんだよ」

「よく見ろボケ恋次。それはコイツの完現術で作った霊圧の死覇装だっつの。多分だけど、俺の過去を纏って戦おうとしてたンだろ。な、詩乃」

 

 騒ぐ女性陣を放置して私を睨みつける赤髪の男の問いに、一護が事もなげに答えてみせた。彼の問いかけに一拍遅れて首肯で応えたはいいものの、何故それを知っているのかが分からなかった。

 

「い、一護……なんで私が過去を纏う能力に目覚めたって知ってるのよ? それに私が完現術って……?」

「ここに来る途中、浦原さんから連絡もらって知ったんだ。ごく少量だけど、オメーん中に虚の霊圧が混ざってるってな。先週、路地裏で虚に襲われただろ? あん時浴びた虚の毒が一時的に魂の奥まで浸透しちまったせいらしい。テッサイのおっさんがお前の霊圧制御に使ってる機械整備してる時に気づいたってよ」

 

 完現術というものは、確か虚の霊圧を内包していることが習得条件だったはず。一護は死神の力と融合した虚を内に宿しているために完現術が使えていると言っていたが、知らないうちにそれと似た境遇になっていたなんて。

 

「んで、そのオメーに浦原さんがこっそり持たせた『お守り』ん中には俺の霊圧を圧縮した丸薬が詰まってた。もし詩乃が命の危機に瀕してそれを使った場合、元から持ってる『過去視』の力と完現術の素質、そんで完現術者でもある俺の霊圧が組み合わされば、高い確率で『過去を纏う』能力になるだろうって浦原さんは予測してた。

 けどもし完現術を使って生き残ろうとした場合、そのまま完成されちまうとヤバいことになる。完成する瞬間はそいつの完現術の核になってるモンから今までため込んだ魂が一気に噴出するから術者の身が持たねえ。必ず誰かがそばにいて抑え込まなきゃなんなかった。何を核にして覚醒すンのかは俺も浦原さんも見当つかなかったからちっと焦ったが……俺の完現術を再現しようとしてて助かったぜ。俺の核は右手の代行証だったから、そこを押さえりゃそれで済む。

 ま、今回の襲撃が無くても遅かれ早かれ覚醒してたンだし、ホントなら浦原さんトコで俺の霊圧取り込む鍛練してる時に完成させてくれりゃラクだったんだけどな」

 

 そう言って自身の爛れた腕を見て一護は顔をしかめて見せた。大怪我のわりには大して痛そうにはしていないが、やはり私の身を護るためだったということを知り、仕方なかったとは言え申し訳なくなる。

 

「っと、そういや詩乃。腕の火傷、大丈夫か? けっこー痛いだろ、ソレ」

「え、ええ。ちょっと痛いけど……あんたの深手よりは百倍マシよ。そっちこそ大丈夫なの?」

「俺のは気にすんな。ちゃんと後で治してもらうさ。おいルキア、コイツの腕を治してやってくれ。あとその隅っこで倒れてる連中も……って、片方キリトじゃねーか。コイツの巻き込まれ体質も大概だな」

「え? 治すって……」

「じっとしていろ。案ずるな、この程度の傷ならすぐに治せる。それと、その完現術は仕舞え。能力を使われると治しにくい」

 

 ルキアと呼ばれた黒髪の少女はそう言うと、ボロボロで上手く動かせない私の身体を支えてゆっくりと横たえた。能力を解除した私の腕に両手を重ねるようにして翳すと、淡く色の光が灯る。ほんのりと暖かな感覚が右手を包み込んだ。

 

「さて、こっちはこれでいいとしてだ。恋次、一角と弓親ドコ行ったんだよ。この辺には霊圧ねえぞ」

「一角さんたちはこの地区から逃げようとしてる虚の分隊の殲滅に行ってるぜ。どっちが多く狩れるかって弓親さんと張り合ってたし、あの人たちなら取り逃がすこともねーだろう」

「そうかよ。んじゃ後は冬獅郎だけか、アイツは今どこに……」

「……何をもたもたやってやがるのかと思えば。呑気に雑談してるなら表に出て来い、お前ら」

「あ、隊長ー」

 

 声のする方に首を向けると、結界に四角い穴が開き、そこから小柄な銀髪の少年が入ってきた。手には背丈に近しい長さの太刀を握り、他の人たちと違って白い羽織を上に重ねている。

 

「ちょっと隊長、せっかくあたしが張った結界に穴開けないで下さいよー。修復するの、意外とメンドクサイんですからね」

「うるさいぞ松本。黒崎、阿散井。いつまで話し込んでいるつもりだ。用が済んだら表の雑魚の殲滅を手伝え」

「いいじゃないっすか。ぶっちゃけあんな連中、日番谷隊長一人で余裕でしょ。こン中じゃ、ルキアと並んで連中の毒とかいうのと相性いいんすから」

「そういう問題じゃねえんだよ阿散井。いいからさっさとしろ……」

 

 そこまで言いかけ、日番谷というらしい少年隊長はさっと振り向き、刀を正面に翳して

 

「……霜天に坐せ。氷輪丸」

 

 刀身から巨大な氷の竜を撃ち放ち、結界の穴目掛けて飛び込もうとしていた虚全てを氷漬けにしてしまった。当然の結果とでも言わんばかりの一瞥でそれを見やった後、横になり治療を受けている私の方を向いた。

 

「そういえば、まだお前に名乗ってなかったな。先に確認する。お前が過去視の能力者であり且つ完現術者、朝田詩乃だな?」

「……う、うん」

「そうか。護廷十三隊十番隊隊長の日番谷冬獅郎だ。到着が遅くなって済まなかった」

「あ、あたしもー。同じく副隊長の松本乱菊よ。後で能力のこととか色々聞かせてね。過去視ってなんかカッコいいじゃない」

「は、はい。私でよければ……」

「んでね、そっちの赤毛のイレズミ男が六番隊副隊長の阿散井恋次っていうの。ガラは一護並に悪いけど、まあ悪い男じゃないから怖がんなくていいわよ」

「なんで一護と俺を比較すんすか乱菊さん!」

「マッタクだ。俺なんかよりオメーの方が千倍ガラも頭もわりぃモンな。赤パイン」

「一護てめえケンカ売ってんのかゴルァ!!」

「……ま、あんな感じで似た者同士ってワケ」

「な、成程」

 

 いがみ合う二人は確かに似ているような気がしてあっさりと納得の返事を返してしまう。首を元の位置に戻すと、私の腕の治療にかかっていた術が解けたように見えた。

 恐々と腕を動かしてみると、見事に痛みが消えていて驚いた。傷跡も残らず完璧に癒えている……が、そのかわりに肩や反対の腕、腹筋といった他の全身が痛み、思わず呻いてしまう。

 

「こら貴様、まだ治療は終わっておらぬぞ。無暗に動くな」

「ご、ごめんなさい。えっと……」

「十三番隊副隊長並びに同隊隊長権限代行の朽木ルキアだ。貴様は朝田といったな。そこのオレンジ頭と親しいそうだが、彼奴と行動を共にするのは中々苦労が絶えんだろう。付き合う友人は選んだ方が良いぞ」

「ほー、言うじゃねーかルキア。聞いたぜ、オメー霊術院でボッチだったらしいじゃねえか」

「う、うるさい! 黙っておれこのたわけ! とにかく朝田! 貴様は人の身でありながらよくこの苦境に耐えた。後は我々に任せて休んでおれ。直にこの騒がしい夜も終わる」

「今一番騒がしいのはオメーだけどな」

「うるさいと言ったはずだぞ一護!!」

「へーへー」

 

 さっきと似たような応酬。一護が茶化し、茶化された方がツッコむ。なんだかずっと昔からそうしてきたような自然なやり取りをしながら、一護は私の方を見た。眉間に巌の寄った、鋭くも優しい眼光が、私の疲弊しきった身体には日の光のように温かく感じた。

 

「詩乃。ホントによく頑張ったな。ルキアが言ったように、後は俺らが片付ける。大丈夫だ、すぐに終わらせてくるからよ」

「……うん。分かった」

 

 短い会話。けれどそれだけで安心できる。信じた通り、彼は最後の最後で助けに来てくれた。身を挺して私の能力の完成を助けてくれた。命を救ってくれた。頼もしい沢山の仲間と一緒に。

 

「…………ありがと、みんな」

 

 ちょっと気恥ずかしくて小声になってしまった私のお礼に、皆が笑みを浮かべて応えてくれた。そのまま各員が行動に移り、迎撃とここの防衛の二手に分かれた。

 

「おい一護」

「分かってる。けど大丈夫だルキア。このままでも支障はねえ」

「そういう問題ではない。貴様が良くても心配する者がいるのだぞ」

「気にし過ぎだろ」

 

 端折られて会話の中身を十全に理解することは出来なかった。けれど一護が私をもう一度見下ろし、また笑って見せたことを考えると、私のことを言っていたらしかった。

 

「心配すんなよ、詩乃。あのザコ虚の群れとデブ破面一人倒すのに――」

 

 言いつつ、胸に代行証を押し当てて、

 

 

「――腕一本あれば十分だ」

 

 

 他の四人と同様の死覇装姿となって実体化した。

 

 完現術状態よりも数段上の高密度の霊圧が室内を軋ませる。それをさして気にするでもなく、一護は無傷な右手で背中の大刀を抜き放った。そのまま振り返ることなく結界の外へと跳躍し、戦闘の渦へと飛び込んでいく。霊術により治療を受けながら、私はそれをただ見送っていた。

 

「大丈夫だ。一護なら心配いらぬ。あの程度の傷で虚に後れを取るような男ではない」

「……別に、心配なんてしてないわ……です」

「敬語など要らんぞ。楽にして良い」

「そう……ありがと」

「うむ。朝田、貴様はこのまま暫し眠れ。事が済んだら起こす。友人たちの治療も任せておけ」

 

 そう言うと同時に、額に手を置かれた。途端、全身が弛緩し急速に眠気が襲ってくる。抗いようのない睡魔に負けて、私は目を閉じた。この数十分の命を賭けた戦いの疲労が甘く重くのしかかり、泥濘のような睡眠へと私は落ちていく。

 

 ……けれど、最後に一つだけ。言わなきゃいけないことがある。

 

 この一か月で私を導き助けてくれた、あのぶっきらぼうな死神に向けて。誰にも聴こえていなくても、言っておかなきゃいけない気がして。夜と睡魔の闇に紛れ込ませるようにして、たった一言だけ。

 

 

 

 ――私を救ってくれて本当にありがとう、一護。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』解説。

(1)再実装(リロード)

望んだ過去の現象、および武器を始めとする過去視認した非生物の再現。

「相手の腰に付いているグレネードが爆発する」という過去起きた現象を再現すれば、相手の腰にグレネードを召喚して即座に爆破することが出来る。

「敵を薙ぎ払ったミニガン」という過去の武器を再現すれば、過去やった通りの動きで掃射する。無論、薙ぎ払いのコースは全く同じなので、自分の意志で曲げることはできない。







(2)特性再実装(パーソナル・リロード)

望んだ過去の現象や過去視認した武器を、その使い手の動作や身体能力を含めて再現する。

もし詩乃が「敵を薙ぎ払ったミニガン」ではなく「敵を薙ぎ払ったミニガン使いのベヒモス」という形で再現していた場合、彼の強靱な膂力も身体に宿すことが可能となり、詩乃が気合で堪えることになったミニガンの反動も、再現された膂力で軽減することが出来ていた。

ペイルライダーの跳躍力、キリトの動体視力、シノンの遠距離エイム力といった身体的支援効果が付いていたのもこのため。

また、《剣士キリト》を再現して纏った時のように「複数の類似した過去を同時に纏い、状況に応じて最適な過去を選んで即時自動再現する」という芸当も可能。

虚たちが放った光弾のコースと、キリトが経験しているアサルトライフルの掃射の弾道は同じではないため、ただ普通に「キリトの銃弾斬りの過去」を再実装しただけでは防ぐことが出来ない。
そのため、詩乃は「キリト」というカテゴリに「銃弾を剣で弾いた」過去をまとめて詰め込んでから「剣士キリト」として纏うことで、飛んでくる光弾の弾道に見合う最適な過去(斬り上げで防ぐ、袈裟斬りで防ぐ、回避する、刀身で受け止める……etc.)を一発ごとに適宜再現し続け、全ての光弾を防ぎきることに成功している。ちなみ弾道識別は自動で行われる。

(1)では一つの過去に沿った動きしか出来なかったが、こちらは状況に応じて「複数の過去を瞬時に、かつ自動的に使い分ける」ことができる。複数人の人物の過去を詰め合わせにして変則的バトルスタイルになることも可能。

ただ、再現する過去の選択を自分の意思ではなく能力に委ねてしまっているため、霊力消費は半端じゃなく激しい。たった数分でガス欠になった一番の原因はこれ。







(3)完全再実装(パーフェクト・リロード)

過去の現象・武器・人物動作だけでなく、その結果まで再現しきる。

(1)と(2)は自分自身が行為する「現象」までは忠実に再現するものの、それが相手にどんな与えるかという「結果」までは再現しきれない。
これは単純な霊力の出力差の問題で、自分が攻撃に込めた霊力より相手の防御力が高ければ減衰・相殺されてしまう。「相手に当たる」ところまではいっても「当たった弾がダメージを与える」ところまではいけないということ。無月を撃っても籠っている霊力は詩乃のものなので、あんな威力は出せない。出したかったらあれと同量の霊力を籠める必要がある。

しかし(3)は相手が格上であっても「過去と一定以上類似した状況を作り出す」という条件さえ整えば発動し、相手のスペックに関わらず強制的に過去と同じ結果をもたらすことが出来る。もたらす結果が強力であるほど、また相手が強いほどに発動条件が厳しくなる制約が存在する。

発動に成功したら本当に逃げられない。「撃った弾で相手が死ぬ過去」であれば、当たった対象が一護でも死ぬ。

なお、月島さんの能力と組み合わせた場合、詩乃が望んだ過去を『ブック・オブ・ジ・エンド』で詩乃自身に挟み込み、それを『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』で再現することでよりカオスになる。
あらかじめ「一撃で敵に大怪我を負わせたことがある」過去をねつ造して挟んでおけば、完全再実装の成功率も上がる。

……ただ、詩乃が月島さんを敵に回した場合、再現する過去を書き換えられると、もう書き換え以前の過去は使えなくなってしまう可能性が高い。


尚、これらの再現全ては詩乃の肉体の都合を一切考慮せずに再現される(手足が千切れているなど、物理的に不可能な状況になればその限りではないが)。
故に碌に鍛えていない詩乃の身体には相当な負荷がかかる上、過去の再現が終了すれば一度能力が解除されてしまう。そもそもの霊力の消費量も半端ではない。


……とまあ、やたらと強いけれど詩乃が人間の枠内に居る限りでは制限がある能力でした。
尸魂界が彼女をどう認識するのかは次話で書きます。


次回はGGO篇最終話、後処理と後日談です。
つるりん&ゆみちーコンビの出番は次話に先送り。



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Episode 29. STAY GOLD

お読みいただきありがとうございます。

二十九話です。

前半は一護視点、後半はシノン視点です。

よろしくお願い致します。


「……で、どうッスか。その後の調子は」

「どーもこーもねえよ。マスコミ連中が騒いでた不可解な点なんざすっかり(ナリ)を潜めちまって、今じゃ単なる連続強盗殺人事件で収まっちまった。あんだけハデに暴れたのにな、見事なモンだ」

「そりゃそうッスよ。黒崎さんに加え、隊長一名、副隊長四名、副官補佐一名の大戦力と数百の虚の激戦だったとはいえ、普通の人間には見えてないンス。今回みたいに単なるガス爆発事故で処理されるのがオチでしょう」

「一般人の解毒はどうなってんだよ。阿近さんとちょっと話したけど、夜のウチに都心から郊外に帰っちまった人間がけっこーいたそうじゃねえか」

「そこは霊波解析班が頑張りまして。当時文京区近郊にいた人間の位置と交通網から逆算して、行動範囲を限定できました。これまで既に撒かれていた毒もある関係で元々関東全域で消毒活動を行う予定だったんです。山田三席曰く、今日の朝までかかったみたいですが、ひとまず毒の方は何とかなったそうッス」

 

 事件があった夜が明けて、さらにもう一日経った日の昼過ぎ。

 

 予備校の講義を終えた俺は浦原商店を訪れ、浦原さんと『第十二次関東広域防衛戦』(今まで十一回もあったのかよ)と現世の『死銃事件』の顛末を話していた。

 

 あの事件直後は残党狩りとか毒に汚染された一般人の解毒とかでわちゃわちゃしてたせいで、禄に情報交換なんて出来なかった。結局俺が家に戻れたのは午前二時過ぎ。ルキアたち尸魂界組は一段落するまで小休止さえ取れなくて、徹夜する羽目になったとか何とか。俺も次の日の講義は死ぬかと思った。

 

 

 二つの事件については、散々騒いだ割には速やかに終息した。

 

 

 まず、『死銃事件』に関して。

 虚との戦闘で出た損害はガス爆発の結果ってことで処理された。犯行グループの三名の内、二人が逮捕、一人が無針注射器と劇薬入りカードリッジ一つを持って逃亡中。仮想世界内で住所を盗み、現実世界での殺人とタイミングを合わせてVRん中で銃撃を食らわせる猟奇的殺害方法は、今でもメディアを席巻している。犯人が未成年ってことで氏名は伏せられてるらしいが……まあ、分かるヤツには分かっちまいそうだ。

 

 今回も今回でVRMMO絡みの事件だったワケだが、VR技術そのものを叩く動きは殆ど無かったように思う。

 

 それもそのはず、いつの間にか『VRダイブ中で身体が無防備になる危険性』『VRMMOが未成年に与える精神的悪影響』から『ログの残らない病院用マスターキーの危険性』『無針注射器と劇薬の管理の杜撰さ』に問題点がすり替えられちまっていた。

 キリト曰く、あのクリスハイト(本名菊岡誠二郎)が裏で糸引いたんだろってことらしい。俺からそれを聞いた浦原さんは「なんか旧四十六室とやり口が似てますねえ」ってため息を吐いてたが。

 

 

 次に毒をまき散らす破面に関する件に関しちゃ、ほぼ片づいた感がある。浦原さんが言ったように解毒やら何やらは終わったらしいし、後は現世に配備された一般隊士に非常時に散布する解毒剤を配布して、毒に汚染された虚の霊圧を感知する高感度レーダーを配備しとけば処置完了ってハナシだ。あのデブ破面に引き起こした事件に見合うだけの戦闘力がなくて幸いだったって冬獅郎が言っていたのを思い出す。

 

 ただ一点。例の心不全の周期と死銃の犯行が一致してた理由については、未だ調査中ってハナシだ。

 浦原さんの見立てじゃ、ヤツが襲来してきた際にまき散らす負の霊圧が、元々マイナス方向に傾いている一般人のメンタルをさらに不安定にして、それが殺人に向かわせる後押しをした結果なんじゃないかってコトらしい。その辺は正直言って門外漢の俺にはよく分かんねえ。結果がまとまったら、詩乃を呼んで一緒に聞くことにする。

 

 

 それと、今回に関しちゃ流石に記憶処理が実行された。

 

 対象はリーナ、キリトを初めとする、こっち側の事情に感づく可能性のある連中全て。ハイテク化が進む現世に対抗したらしく、今回は電子ウイルスなんてのも使ったとかなんとか。指令元は四十六室らしく、指令が出た十分後にはもう処置が完了した後だった。

 相変わらずダミーの記憶がテキトーで、整合性なんて一欠片もありゃしねえ。キリトなんかは「自分でもワケが分からないんだ」と混乱しまくってて、ちょっと申し訳なく思った。ある意味アイツも被害者の一人だな。今度メシでも奢ってやるか。

 

 リーナの方はなんでか落ち着いていた。

 あの夜、アイツを放置して現場に向かっちまったことを怒ってるかと思ってたんだが、記憶処理後のリーナに電話をかけてみた時には恨み言の一つさえ言われなかった。

 別に不機嫌って感じでもなく、記憶置換でその事実そのものを忘れてたってわけでもない。俺の詫びにも「別にいい。何か急ぎの用事だったんでしょ。仕方ない」とあっさり返答。いつもの淡泊な口調で今度のスケートリンクの待ち合わせとかについて手短に確認しただけで通話終了。何もないならないで、イヤな予感がしてちょっとコワかった。かと言って俺から何かできるわけでもねえし、もうなるようになってくれ。今回ばっかりは俺が悪い。

 

 

 ……で、一番問題になったのは、新しく完現術者として覚醒した詩乃の処遇についてだった。

 

 

 一夜明けた昨日。放課後にアイツを浦原商店まで引っ張ってきて色々検査した結果、能力はやっぱり『過去を纏い、それを現実に放出する力』になったらしい。目視だろうが過去視だろうが、一度視認した過去は全て例外なく同質・同様の現象として現実に再現される。

 

 理論上は能力の上限というものが存在せず、やろうと思えば俺の『無月』、藍染の『鏡花水月』、浦原さんの創った『崩玉』にユーハバッハの『未来予知・改変』まで何でもござれ。ハッキリ言って、一歩間違えば大災厄に繋がりかねない超アブねえ力だってことが判明。

 様子見に来たという京楽さんも思わず目を丸くし、解毒処理の経過観察にやって来やがった涅マユリも『中々興味深いネ。一つ、死んで十二番隊(ウチ)に来る気はないカネ?』とヤバい発言。うっかりしたら四十六室命令で封印処理までされるんじゃねえかってレベルの話まで持ち上がっていた。

 

 が、結果としちゃあ何もなし。詩乃の魂には今もなお『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』が宿っているし、虚に襲われたりすれば発動することも可能だ。

 

 理由は一つ。『理論上は出来ても現実問題として不可能』だから。

 

 アイツの完現術の燃費もさることながら、詩乃自身の霊力がまず低すぎてお話にならない。発動できるのも、人間の肉体と魂が耐えきれるレベルが実質的な上限。死神の力の完全再現なんて夢のまた夢だって話だ。試しに上級鬼道『雷吼炮』を再現してみようとしたら、構築しようとしただけで霊力全部持って行かれて気絶しちまった。

 

 んじゃあどこまでいけるのかってことで、夜一さんがつきっきりで実験してみたらしい。結果は下級虚の二、三体は何とかできる程度。霊力の等級は八等霊威まで上がってたらしいが、それでも一番軽い『再実装(リロード)』で霊力の二割を持って行かれるような状態だ。

 

 『特性再実装(パーソナル・リロード)』は全快の状態からでも二回が限界。一番ヤバい『完全再実装(パーフェクト・リロード)』は霊圧補助用丸薬ナシじゃ発動なんて絶対不可能。

 

『原因は此奴の貧弱極まる肉体じゃな。能力発動時に、再現する過去から身体を保護するために霊力による自動的な身体強化が発生する。元の肉体がコレなせいで、最低ラインの能力でも大幅な霊力を強化に割かねばならず、ただ銃を撃つだけでもこの様じゃ。

 お主等が危惧しているクラスの過去再現に耐えられるようになるには、死ぬ気で鍛えたとしても人間のままではムリじゃな。死後に死神にでもなれば話は別じゃろうが』

『マ、月島秀九郎のように自身の存在そのものを改竄したり、銀城空吾のように死神の力を混ぜ込んでいたり、茶渡サンのように人間離れした素体を持っていたりという例外はありますが、一般的に人間が持てる霊力の上限は比較的低いッスからね。

 魂魄構造と器子強度の関係で六等霊威、つまり現在の護廷十三隊の上位席官レベルが限界でしょう。夜一サンが仰るように、死ぬ気で鍛えても霊力の総量は数年で頭打ち。燃費を飛躍的に向上させたとしても、おそらく戦闘力は隊長格の始解に届く程度ッス。危険な完全再実装には術の構成上の問題で本来の過去と同等の霊力が必須とのことですし、そう過敏になる必要もないでしょう』

 

 霊力を補充されつつ散々能力を使いまくって、ぜーぜー言いながら倒れてる詩乃を見下ろしながら、呆れた目の夜一さんと苦笑混じりの浦原さんが言っていた。

 

 ちなみにわざと再現度を落として霊力消費を抑えたらどうなるかってコトで、霊力四割カットのスッカスカMP7を再現してみたんだが……まあ、結果は察したとおり。

 強引に的にされた俺からしてみりゃ、アレだ、玩具のBB弾銃で撃たれたのと変わんねえ。痛いだけで傷の一つも付きやしなかった。完現術使ってたとはいえ、生身ベースの俺にさえ傷を付けられねーんじゃ、いくら何でも使い物にならなさすぎだ。暴漢対策が関の山だろ。

 

 この時点で涅は興味を失ったと言って尸魂界に帰還。京楽さんも笑いながらフォローしていた。流石に恥ずかしかったらしく、涙目で顔を真っ赤にした詩乃が全力再実装(フル・リロード)で再現したヘカートⅡの威力はちょっとシャレになんなかったが。

 

 とにかくこれで、生きている間は詩乃が世界や尸魂界に仇なす存在になる可能性はないってことで、常識的な範囲で運用してくれれば問題なしって結論で落ち着いた……ただし、能力の発動に関しては(・・・・・・・)

 

 

 そう、問題になったのは、詩乃の過去再現能力が他者に奪われたらどうするか(・・・・・・・・・・・・・)ってコトだった。

 

 

 隊長格の霊圧を持つ存在にこの能力が奪われるようなことになったら、確実に悪用され、過去に起きたあらゆる災害が蘇りかねない地獄が誕生する。

 詩乃が死んだ後は尸魂界の目の届くところで生活してもらえばいいとして、生きている間はそうもいかない。さっきの実験でも分かったように、詩乃本人の戦闘能力はそこまで高くない。悪意を持った連中に襲撃されて能力を奪取されてしまう可能性は絶対に無視できなかった。

 

 で、京楽さんが一旦この案件を尸魂界に持ち帰り、審議を重ねた結果、出た結論っつーのが……、

 

「……黒崎サン。そろそろ時間じゃないッスか?」

「あ? ああ、もうこんな時間かよ。んじゃ、ちょっと駅まで迎えに行ってくるわ」

「行ってらっさい。こっちの野暮用が終わり次第、アタシもご挨拶に伺いましょうかね」

「当たりめーだ。終わんなくても来い。俺の盗撮写真集なんつー肖像権侵害もいいトコな代物を出版して荒稼ぎしたんだ。卍解して商店フッ飛ばさねえだけ有りがたいと思って、代金分キッチリ働いて返しやがれっつーの」

「……なーんでバラしちゃったんスかねえ、松本副隊長」

 

 本当なら全部買い戻せって言いてえトコなんだけど、場所が尸魂界な上にもう十四版も出回ってんじゃそりゃムリな話で。せめて稼いだ総額からはじき出した肖像権分タダ働きしてもらうっつーことと、全力の肘打ち一発で溜飲を下げた。マジでありがとう、乱菊さん。

 

 浦原商店を出た俺は、空座町の駅を目指して歩き出す。ちょっと早いが、荷物が荷物だ。五分前着くらいでちょうどいいだろ。

 

「……にしても、詩乃のヤツ、落ち込んでねーだろうな……」

 

 歩きながら、ふとそんなことを思った。

 

 自分の友人が犯行グループの一員だったってことだけじゃない。昨日のアレは流石にちょっとやりすぎた感がある。

 

 確かに詩乃の戦闘力は、今は低いかもしんねえ。けどアレは詩乃が死と隣り合わせの状況の中で開花させた能力だ。限度があるとはいえ過去再現ってのもスゲーと思うし、初めての戦闘であそこまで頑張れたんだ。

 昨日はフォローしそこねちまったけど、アイツの危険性が低いってことをアピるためとはいえ、ちっと悪いコトしちまった気がする。

 

 とりあえず、なんかショゲてたら何とかしねーとな、と考えつつ、俺は大荷物を抱えて空座町の駅に向かってるはずの詩乃と合流すべく、足を進めていった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Sinon>

 

 ……なに、この状況。

 

「おらテメエらさっきハゲっつったか!? 叩いて伸ばしてジャンケンポンしてテンプラにして喰うぞコラ!! あァん!?」

「いや、俺ら別に、そ、そんな……」

「ただ、ちょっとジャマっつっただけでして、その……」

「似たようなモンだろぅがゴラァ!!」

 

 いや似てないし。

 

 

 空座町の駅前。午後四時前。

 

 一護と待ち合わせをした時計台の下で、私は生まれて初めてヤンキーにカラまれた。無論、一護みたいな見ためだけイカついタイプじゃなく、暴力と恐喝で本当に人を脅すタイプの。

 

 最初に私にカラんできたのは、学ラン姿の三人組。曰く、昨日の放課後に恐喝しにきた遠藤たちを私があしらったことに対する報復行為のようだった。見た目のコワさは強烈で、霊力を手にしているとはいえ、少し緊張する。寒気に反して汗ばむ手を握り締めながら対策を考えていた。

 昨日のようにモデルガンを撃ってみせるだけで退くような相手じゃないのは明らか。体格差的に護身術も通じるかどうか。なら完現術? いやでも私の能力は未熟すぎて加減し損ねる可能性が……。

 

 と思考しつつ焦燥に駆られていた、その時。

 

 どこからともなく現れたスキンヘッドとおかっぱ頭の男二人組が不良共の横を通ろうとした。肩がギリギリぶつかる距離だったらしく、不良の一人が「ジャマだテメエ!」と押しのけた……直後、スキンヘッド男のボディーブローがジャストミート。

 

 悶絶して倒れ込んだ不良を蹴飛ばしたスキンヘッドの男が額にクッキリと血管を浮き上がらせながら残り二名にメンチを切り、今に至った。

 

 バキボキと凄まじい音を立てて指を鳴らすスキン男。メイトリクス大佐って程じゃないけれど、腕の筋肉が盛り上がっているのが金刺繍入り黒ジャージの上からでも分かる。

 

 ビビリまくる不良二人とビビらせまくるスキン男。その横でため息を吐いたおかっぱ男が、やれやれと言わんばかりの表情でスキン男に話しかける。

 

「ねえ一角。聞こえてるかどうか知らないけど、一応二つ注意点。一つ、そこの美しくない男二人はどうでもいいけど、そっちの彼女には被害が及ばないようにね」

「あァ!? 女に手ェあげるような真似するわきゃねえだろ!!」

「それもあるけど、巻き添えにしない方がいいよってコト。彼女、一護の知り合いだったはずだしね。ほら、例の新米完現術者さ」

「……あー、そういやいたな。そんなヤツ……ってオイテメエら逃げようとしてンじゃねェ!! おい弓親! もう一つの注意点ってなァ何だ!!」

「あ、聞こえていたのかい。それじゃもう一つ。現世には警察、あっちでいう警邏隊みたいな連中がいるんだ。特にこういう人の集まりやすい場所で騒ぎを起こすと……」

「コラそこ! 何をしている!!」

「……こうやって捕まえに来る。先に言っておくけど、返り討ちなんてしないでよね。僕、お尋ね者なんて美しくない身分は御免だからさ」

「チッ! メンドくせーな!!」

 

 舌打ちをしたスキン男は不良を投げ捨てると、おかっぱ男と共にものすごい速さで去って行った。慌てて警官が追いかけていくが、おそらく現行犯で捕まえることは不可能だろう。

 

 遅れてやってきた警官に事情を説明し、私に最初にカラんできた不良三人が交番に運ばれていくのを何となしに眺めていると、

 

「よぉ詩乃。待ったか……って、なんだありゃ」

 

 スキン男たちが逃げて行ったのと逆方向から一護がやってきた。連行されていく不良らをしかめっ面で見やる彼に、私はさあね、とだけ答えておく。更なる面倒に巻き込まれる前に、この場を離れたかった。

 

「知らないし、どうでもいいわ。早く行きましょ」

「だな。行くか」

 

 そう言うと、一護は私の足元に置いてあった大きなボストンバッグをひょいっと担ぎ上げ、そのままスタスタと歩き出した。私もスクールバッグを肩にかけ、小走りでその横、歩道側に並ぶ。

 

「ちょっと、自分の荷物くらい自分で持つってば」

「いいじゃねーか。俺なんも持ってねえし、おめー授業で疲れてんだろ。気にせず楽してろよ」

「……あんたがそういうこと言うと、ちょっとヘンな感じがするわ」

「ほっとけ。つかサラッと他人(ひと)のことディスるんじゃねーよ」

 

 駅前の商店街を並んで歩く。この道を二人で歩くときは駅に向かっていたから、駅を背にして歩いていくのは何だか新鮮だった。ここ一か月でそれなりに見慣れた景色。そこに一護がいるというだけで、何だか全然違うような気がする。けどこの先、こうして歩く機会も増えるのかなと思うと、また妙な気分になる。

 

 

 一昨日の夜の事件で、湯島にある私のアパートは半壊してしまった。

 

 浦原さんが頑張ったらしく、虚による襲撃はもみ消され死銃事件とは何の関連性も内、偶然発生したガス爆発として処理されたらしい。そのため一昨日と昨日の夜は検査を兼ねて病院のベッドで寝泊まりをしたのだが、今日からはそうもいかない。追い出された云々の前に、人が住める状況じゃないあの部屋にこれ以上いるわけにもいかなかったのだ。

 一応故郷の祖父母から心配する電話があったりしたが、住むところに関しては問題なかった。つい昨日、アテが見つかったからだ。

 

 

 ……そう、ここ空座町に。

 

 

 より正確に言うのなら、育美さんの自宅兼事務所に間借りすることが出来るようになったのだ。

 しかしいつまでも居候というわけにもいかないし、そもそも費用とかどうしようかと思っていたのだが、浦原さんが裏で色々手配してくれたらしく、近く、空座町駅前の家具付きアパートを有りえない位の安値で借りられることになっている。ただ、手続きに少し時間がかかるそうで、それまでの緊急避難先として育美さんのところにお世話になることになったのだ。

 

 育美さんにはこれから頭を下げに行くのだけれど、浦原さんには何だかお世話になりっぱなしで申し訳なくて、昨日の検査の後に「せめて新居は自分で何とかします」って言ってみた。

 

 けれど、

 

「いやいや、いいんスいいんス。朝田サンは今回の一件でとても頑張ってくれましたし、住居を破壊されてしまったのはもっと早く襲撃を察知して到着できなかった我々にも責任があります。ここは一つ、アタシのお節介を受け取っておいてくださいな……じゃないと黒崎サンとの取引がオジャンになっちゃいますんで」

 

 と、割と真剣な様子で言われてしまったので、そのご厚意に甘えることになった。一護とどんな取引があったのかについては、浦原さんも一護も教えてはくれなかったけど。

 

 ……代わりに、浦原さんはこんなことを語った。

 

「朝田詩乃サン、キミは今回本当によく戦いました。仮想世界での戦闘経験があったとはいえ、初めての完現術発動であそこまで立ちまわれたのは素晴らしいことッス。

 先ほど、アタシらはキミの能力と心身の釣り合わなさを散々コキ下ろしましたよね。確かに『ノッキン・オン・ユア・グレイヴス』の能力内容に比べて、朝田サンの霊力規模は小さすぎるし、体力も全く足りていない。十割全てを活かしきろうとしても、人間という器の関係上、それが叶うことはまずないでしょう」

 

 そう言われ、思わず私は俯いてしまった。

 

 過去と共に戦う力。それを手にした直後に見せつけられた、一護たち死神との力の差。その事実は少なからず私の心に重くのしかかっていた。折れてしまいそうな、というわけではないけれど、立ちはだかる現実というものは、今までの過去よりも険しいものに感じた。

 

 だが、浦原さんはそんな私を見て、帽子を取って頭を下げてきた。

 

「……スミマセン。アタシは、いやアタシらはあの場で朝田サンを貶めるようなことをしました。

 確かに『自分が弱い』という現実を直視することは必要ッス。けれどやり方とタイミングというものが世の中にはあり、今回アタシらはその両方を無視してアナタをイジめました。

 誤解なきように言っておきますが、決して悪意あってのものではないンス。あの場で、総隊長と隊長格一名が立ち会うあの場で、朝田さんの能力が如何に未熟で危険度が低いか(・・・・・・・・・・・・・)というものを形式的であっても言っておく必要があったんです。

 度重なる例外的・前代未聞の事件がここ数年の尸魂界を襲っている今、中央四十六室はそういった不確定要素を極度に嫌う傾向がある。朝田サンの能力が恐ろしくて、封印命令を出すために隊長格の記憶閲覧という強硬手段にすら出る可能性がある以上、表向きはああした態度を取る必要がありました。

 過去再現能力の凄まじい性能については、おそらく涅隊長も京楽総隊長も察しています。その上でアタシの芝居に付き合ってくれました。勿論、アタシも夜一サンも、そして黒崎サンも、一人としてアナタを馬鹿になどしていませんよ」

 

 その証拠に、こんなモノを作りました。

 

 そう言って浦原さんが指をかざすと、淡く光る球体が現れた。直径五センチくらいのそれを指先に漂わせながら、浦原さんが説明した

 

「これは隊長サンたちにも刻まれている限定霊印を改造したものッス。朝田サンの霊力が我々にとって危険視すべきレベルまで上昇するか、またはそれに匹敵するレベルの完現術を行使しようとした場合、能力使用を即時制限、封印する術式が内包されています。四十六室から妥協案として作成を命じられた、言ってしまえば、一種の枷ッス。

 ……ですが、デメリットばかりではありません。この霊印にはもう一段階、朝田サンの現在の霊圧と身体から考えて負担にならない程度の大きさに霊力を制限する制御術式を刻み込んであります。この制限がはたらいている間、朝田サンの身体から日常的に放出される余剰霊圧の一部は霊印内の回路に蓄積されていきます。アタシがナイショで付けた機能ッス。

 そして、この二段階目の封印のみ、朝田サンの意志で限定解除することが可能になってます。解除と同時にため込まれた霊力が解放され、今回のように一時的に大きな霊力を使用しての戦闘行為が可能になります。限定解除した場合、アタシと黒崎サンの端末に通知が届くようになってますんで、近くに居れば黒崎サンが駆けつけますし、遠ければアタシが尸魂界に救援を要請する仕組みッス。

 ……分かりますか? これは枷の形をした一種のお守りなんスよ。アナタがアナタらしく自分の力で戦い生きるための、ね」

 

 そう言って締めくくった浦原さんの言葉を受け入れ、私は霊印を左鎖骨の下に刻んでもらった。

 

 デザインをある程度変えられると言われ、私は少し考えた後に「勿忘草」の形にしてほしいと頼んだ。花言葉にあるように、私が過去(わたし)を忘れないように。私の力の本質が「過去を見つめ続け共に歩むこと」にあるのを忘れてしまわないように。

 

 

 別れ際、夜一さんにも声を掛けられ、暇があったらいつでも来るようにと言われた。完現術や体術も含め、私に戦闘の稽古を付けてくれるというのだ。

 

 特に体術の稽古をしたいみたいで、

 

「その細い体で同学年の男からの襲撃を躱すとは、教えて一週間にしては上出来じゃの。お主は中々良い才能を持っておる。初めての完現術を制御しきって見せたその精神力といい、術の構築速度といい、鬼道型としては十分に優秀な部類に入る。

 確かに今は未熟かもしれん。じゃが儂も喜助も一護も、最初から今の強さを持っておったわけではない。外野の野次なんぞ気にするな。身も心も、鍛練次第でお主の強さなどいくらでも変わってくる。精進せい」

 

 そう言って励ましてくれた。ニカッと笑うその表情に釣られて、私も笑みを返したことを覚えている。本当にいい人たちだ、浦原さんも夜一さんも、そして――。

 

「――ンだよ、詩乃。無言でジーッとコッチ見やがって。俺の持ってるボストンバッグになんかヘンなモンでも入れてんじゃねえだろうな」

「……そんなわけないでしょ。ばか」

 

 ツンと顔をそらす私。じゃあなんでコッチ見てんだか、と肩をすくめる一護。慣れつつある軽口のたたき合いで、ナーバスになっていた気分も晴れる。私も案外単純だ。

 

 少しの間そうして歩いていると、横のファストファッションのお店から二人の女性が出てきた。しかも、そのうち一人は見覚えのある顔をしている。

 

「あら! 一護に詩乃じゃないの。あ、そっか。今日コッチに越してくるって言ってたものね」

「こんにちは、乱菊さん。日番谷くんは一緒じゃないんですか? なんか同じところに泊まってるみたいな話を聞きましたけど」

「隊長はお留守番。女の買い物になんざ付き合ったら男は荷物持ちにしかなんねえだろうが、って言ってね。察しが良すぎるのも困りものよねえ」

「……で、井上が一緒ってことは、やっぱ二人は井上ん家に泊まってんのか?」

「うん。乱菊さんたち、いきなり来たからびっくりしちゃった。何か色々大変だったみたいだけど、ごめんね黒崎くん、手伝いに行けなくて」

「気にすんな。大学があったんなら仕方ねーだろ……っと、丁度いい。詩乃、こいつは井上織姫。オメーの先パイだ」

「井上、織姫さん……あ、もしかして、この前話してた、あの?」

 

 一護から話だけは聞いていた。事象の拒絶というとてつもない力を持つ完現術者で、一護と何度も共闘している仲間の一人だという女性。

 

 能力と「明るくていいヤツだ」っていう人柄しか聞いていなかったけど、こんな美人だなんて思わなかった。乱菊さんに勝るとも劣らない豊かな胸の膨らみに、同性ということも忘れて惹き付けられて、同時に自分の平坦な胸元を見下ろし残念な気持ちになる。

 

「んで井上、こっちが朝田詩乃。オメーからすりゃ術者としての後輩ってことになる。今日からこっちに住むことになったから、仲良くしてやってくれ」

「お任せあれ! 始めまして、井上織姫って言います。詩乃ちゃんって呼んでいいかな?」

「は、はい。井上先輩」

「あはは、なんか先輩って呼ばれると照れちゃうねー。くすぐったい感じ」

「大学とかで散々呼ばれてんだろ。大袈裟なヤツ」

「それとこれとは別だよ。黒崎くんだって、可愛い女の子に『黒崎先輩』って呼ばれたら照れるでしょ? それと同じこと」

「そもそも後輩の女子に名前呼ばれたことすらねえっての」

「あら、寂しい男ねえ一護も。せめて髪黒く染めなさいって。そっちの方が女受けはいいわよ。ねえ、詩乃?」

「私はどっちかって言うと、そのしかめっ面の方が問題な気がします」

「言いたい放題言うんじゃねーよ! 大きなお世話だっつの!!」

 

 うがーっと一護が吼え、女性三人で顔を見合わせて笑う。これがキリトとかだったら問答無用で背中とかを蹴っ飛ばされてるんだろうけど、女性陣相手に物理的ツッコミは入れられないのか、それとも多少は自覚があるのか、バツが悪そうにしているのが尚更笑いを誘った。

 

「……あ! そうだ黒崎くん。今度遊びに行くときに持っていくお菓子なんだけど、トッピングの素材選びで迷ってるの。遊子ちゃんと夏梨ちゃんの好みに合わせたいから、ちょっとそこのお店でお買いものに付き合ってくれない?」

「いいけどよ、毎度毎度気ぃ使わなくてもいいんだぞ? ウチの連中なんて井上のクッキーだけでも大喜びで食うんだし。そもそも差し入れ持ってなきゃ行けねえほど、付き合い短かねーだろ」

「いーのいーの! 私が好きで作ってるんだから。じゃあ乱菊さん、ちょっとだけここで待っててもらえますか?」

「はいはーい。気にせずいってらっしゃいな。あたしは詩乃とおしゃべりして待ってるわ」

「ありがとうございます。詩乃ちゃんもゴメンね。黒崎くん、すぐに返すから」

「い、いえ。お構いなく……」

 

 私たちに見送られて、二人は少し先にあるお菓子作りの専門店へと入っていった。仲睦まじく談笑する二人だが、髪色が似ているせいか、よくお似合いな感じがする。朗らかに笑う井上先輩につられてか、一護の方も普段よりも表情が柔らかくなってるみたいに見えるし、まるであれは――。

 

「――なぁーに詩乃。もしかして嫉妬?」

「なっ!?」

 

 横からにやにや顔で覗き込んできた乱菊さんの台詞に、思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう。慌ててショーウィンドウに映り込む自身の顔を見ると、真っ赤になりながらもちょっと口元がへの字に……咄嗟に修正し、平素の表情を作る。 

 

「そんなに必死に取り繕わなくてもいいじゃない。女は嫉妬してナンボのモンよ」

「いえ、ほんと嫉妬なんてしてないです! ……だいたい私、別に一護のこと、その……好きとか、そんなんじゃないですし」

「別に恋愛感情だけが嫉妬の原因じゃないでしょ? あんたの場合、好きな人が他の女の子と仲良くしてるのを見たっていうより、お兄ちゃんを取られちゃった妹、みたいな顔してたわよ。そういう可愛いヤキモチも大事なことだと、おねーさんは思うけどね」

「え……?」

 

 

 私が、一護の……妹?

 

 彼が、私の……兄?

 

 

 一瞬ぽかんとした私。その脳裏にある光景が浮かんでくる。

 

 今は壊れてしまった私の部屋。午後の陽光が刺しこむその部屋で、私は一護に料理を教わっている。

 いつもの適当な我流調理法を、外見に反して料理上手な一護がしかめっ面であーだこーだ言いつつフォローする。私もそれに、うるさいわね、と対抗しながら、包丁を持った手を彼の教え通りに動かす。

 

 並んで料理を作るその光景は、ともすればカップルのよう。けれどそこにあるのが恋愛ではなく、憧憬と信頼故の繋がりだとしたら、それは……。

 

 

「~~~~~~ッ!!」

 

 

 慌てて現実に帰還。首を千切れんばかりに左右に振って妄想を脳内から叩き出す。

 

 何を考えてるの朝田詩乃。あんな三文小説に出てくるベッタベタな仲良し兄妹みたいなシーン、しかも配役が私と一護だなんて、本気でどうかしてる。っていうか脳内の私、なにをまんざらでもなさそうな顔してるのよ。ばっかじゃないの。

 

「ほーら、けっこうしっくりくるでしょ? あんたと一護」

「い、いえっ! 全然!!」

「意地っ張りねぇ……ま、いいけど」

 

 じゃあ、これだけ言っておくわ。と付け加え、乱菊さんはからかうような表情から少し優しげな笑みへと変わり、私の目を見た。

 

「一護があんたを大事にしてるってのは確実よ。この前の夜もそうだし、さっき歩いてきたのを見ただけでも分かったわ」

「私の荷物を持ってくれてた、から?」

「それもあるけど。一護、ちゃんと車道側を歩いてた(・・・・・・・・)じゃない。大事な人と並んで歩くなら、男は必ず危ない車道側に立つ。例え交通量が少なかろうがガードレールがあろうが、その人を護るって気持ちが先行するからね」

「…………あっ」

 

 ……そうだ。

 

 一護は私を育美さんの家や浦原さんの店から送る時、いつも車道側を歩いていた。今だってそう。そして、私もそれに自然と慣れていたのだ。だからさっき、私も当然のように歩道の内側に並ぶことができた。

 

「それともう一つ。お兄ちゃんと仲のいい妹っていうのはね、お兄ちゃんの真似をしたがる(・・・・・・・)モノなのよ。言葉づかい、立ち振る舞い、思考、そういうの全部ね。だから外野から見てるとイッパツで分かんの」

 

 意地張んのもいいけどさ、まずは自分の気持ち、受け止めて見たら?

 

 そう言って、乱菊さんは私の頭を撫でた。一昨日会ったばかりの人。なのにどうしてこんなにも私の気持ちが見通されるのだろうと、不思議になる。自然と首が縦に動き、こくり、と頷いていた。

 

「――お待たせー! けっこう買い込んじゃった……ってアレ? 二人ともどうかしたの?」

「乱菊さん、さては詩乃泣かしたんじゃねーだろうな?」

「やーねえ、そんなワケないじゃない。楽しく楽しくお話ししてたのよ。ねー?」

「……はい」

「言わせた感がハンパねーなオイ」

「気にし過ぎだよ黒崎くん。ね、ここから黒崎くんのバイト先に行くんだよね? だったらあたしの家通り道だから、ちょっと寄ってってよ。お菓子あるし!」

「ウチの隊長が全部食べちゃってなきゃいいけどねー」

「大丈夫。冬獅郎くん専用に甘納豆たくさん置いてありますから」

「うっわ、流石織姫。抜かりないわー」

 

 お喋りしながら、井上先輩と乱菊さんが先に立って歩き出す。それを見た一護は軽く息を吐き、ボストンバッグを担いでその後に続いた。私もその横に並ぶ。

 

「……まァ、ちょっとだけ寄ってくか。実際、アイツの菓子はウマいからな」

「よく作ってもらってるの?」

「ここ最近ウチに遊びに来た時なんかに、ちょくちょくな。井上、ウチの妹二人に勉強とか教えてくれてんだ」

「一護が教えればいいのに……って、一応受験生だったっけ。あんた」

「一応じゃねーよ。ガチで受験生なんだっつの」

 

 ムッとしたような顔で一護が言い返す。

 そんな一護の横で、私はどうしてか、さっきの恥ずかしい妄想を思い出していた。

 

 私と一護が並んで料理をする光景。正直、食事なんてただの生きるための一作業のように消化していた。だが今後は完現術者として身体も作っていかないといけない、そう夜一さんにも言われていた。そのためには食事を蔑ろには出来ない。

 それに、これから育美さんのところでお世話になるのだ。ちゃんとした食事くらい作れないと迷惑をかけてしまう可能性も高い。

 

 ――自分の気持ちを、受け止める。

 

 息を深く吸い、ゆっくり吐く。少し鼓動が早くなったのを感じながら、一護の方を見上げ、

 

「……ねえ、一護。今度育美さんのとこで勉強するの、いつにする?」

「あー、どうだろうな。育美さん、なんか最近異様に忙しくしてたし、これからしばらくはお前が住みこむんだ。いつ行っても変わんねーような気がすんな。詩乃が都合つくときでいいんじゃねーの」

「じゃあ、明後日の夕方にお願いするわ。今日と明日は荷物整理とか色々あるだろうし」

「分かった。住み込みってのは便利だな。帰りに送る必要ねえから時間も気にしないですむ」

「そうね……でね、もしあんたが時間あったらでいいんだけど、その……」

「……? なんだよ」

 

 立ち止まり、一護が私を見下ろす。しかめっ面の中にあるブラウンの双眸。幾度となく見てきたはずのその眼差しがやけに強く感じ、思わず目を逸らす。一拍置いて、熱くなった頭の中を整理してから、

 

「……か、カレーの作り方、教えてよ」

「あ? お前自炊出来んじゃねーの。カレーなんて、切って煮込んで終わりじゃねえか。つか正直言って、教わるよりネット見ながら作ったほうがはえーぞ」

「い、いいのよ! 包丁の使い方とか余った食材の保存の仕方とか、い、色々あるでしょ! それともなに? 私に料理教えるのイヤ?」

「ンなムキになんじゃねーよ……別にいいけどよ」

「ほ、ほんと?」

「ああ。どーせなら買うトコから始めるか。SAOから帰った後、遊子に叩き込まれた選定方法があるんだ。せっかくだし、そっからやるぞ」

「了解。じゃ、育美さんにその日だけキッチン貸してもらえるよう頼んでおくわ」

「あの人なら頼まなくてもイケる気がするけどな。なんせ、料理もままならねえくらい忙しいとか何とか言ってたし」

「……そんなに多忙なの?」

「なんか俺に仕事を任せらんねえような筋から、ギリギリ消化しきれるくらいの量の依頼が来まくってンだと。昨日電話で言ってた」

「商売繁盛も困りものね」

 

 頼みを引き受けてくれたことで、思わず緩みそうな頬を意識的に引締めつつ、一護の隣を歩いていく。相変わらず彼は車道側、私は歩道側を歩いている。歩調は彼の脚の長さからしてかなり小さく、ちょうど私が普通に歩く速さと同じくらい。担いだボストンバッグは私とは反対側の手に握られていて、私に当たりそうになることはない。

 

 ……なによ、もう。

 

 こんなに気配りされてたなんて、全然気づかなかった。

 

 ううん、気づかなかったんじゃない。私が勝手に壁を作って、彼の深いところに触れないよう、私の深いところに触れられないよう遠ざけていただけなんだ。臆病な野良猫みたいに、差し出される手から逃げていただけだったのだ。

 

 けど、これからは違う。

 

 新しい力を手に、彼の暮らすこの街で、私は生きていく。

 

 独りで、じゃない。この数日間で得た多くの仲間がいる。師匠がいる。先輩がいる。陽だまりのような温かさを持つ、沢山の人たちに囲まれ――。

 

 

 

 そして――心の内で憧れている、一人の兄と一緒に。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


まずは、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました。
今話をもちまして、第二章・GGO篇『剣を握る資格』完結になります。予想以上の難産となりましたが、無事に今章を完結させることが出来ました。

今話のタイトルはAqua Timezさんの『STAY GOLD』からです。
歌詞と詩乃のことが共鳴する感じがして、曲のタイトルをお借りしました。

これで残すところはあと一章、「マザーズ・ロザリオ篇」だけとなりました。ようやくルキア達も登場したことですし、番外編も含めて最後まで頑張って書いていきたいと思います。







……さて、今話というか二章に関して、三つほど。

異様に長いので、今後のお知らせ等をご覧になりたい方は次の『◆』まで読み飛ばしてください。


まず一つ。ベローナの戦闘シーンないんかい! という点について。

一度書いては見たのですが、よく考えると、

(1)SAOキャラが一人も出ない
(2)今後の伏線張りにも特に繋がらない
(3)ただでさえ冗長の拙作がさらに冗長化

……ということでばっさりカットしました。それでなくても今話、一万四千文字越えてますし。

感想欄でも一部お答えしましたが、ベローナ本人には戦闘能力はほとんどありません。
元々ザエロアポロの回復薬として製造されているという経歴。そして自分という個ではなく、毒で汚染した虚による群の戦い方(ついでにモチーフがあの少佐殿という点)から考えて、自分で戦闘してるとこがしっくりきませんでした。なので彼はあのまま虚の軍勢と共に死神部隊に討伐され、霊子となって世界に還っていきました。

もしどうしても書くことになれば番外編で、ということになりますが、いずれにせよ本編では省略です。



次に二つ。詩乃の能力に対する尸魂界の対応について。

浦原も言っていたように、尸魂界、というか中央四十六室側としては、更なる災厄に繋がりかねない「過去再現能力」は一刻も早く封印、というか処分してしまいたい不確定要素です。度重なる事件で警戒心がマックス状態なのが原因です。

一方、実際に詩乃の様子を目にしている浦原たちにとってみれば、確かに凄い能力ではあるけれど、詩乃という人間が人間の器からはみ出ない限り、特に問題ないと判断しています。何故なら彼女が自分たちの手元、つまり空座町に引っ越してきているのです。何かあっても自分たちの戦力なら何とかできると踏んでいる一方、万が一があった時の危険性も承知しています。故に対策として、四十六室が出した妥協案に乗じて強化方法と非常事態を知らせるビーコンを彼女に埋め込んでいます。

完現術として完成した今、詩乃の霊力も落ち着いてくるでしょうし、夜一さんによる修行も継続します。ひとりぼっちだった頃の詩乃ならともかく、今の詩乃であれば、敵わない相手が出て来てもいいようにされてしまうことはないでしょう。



そして三つ。一護に対する詩乃の評価について。

あれ、惚れねえの? って思った方もいらっしゃるかと思います。

はい、惚れないです。登場した女の子キャラが全員誰かに惚れなきゃならん決まりもないですし、それに詩乃に関しては恋愛でどうこうするより家族の温かみというものを知ってほしいという筆者の考えがあって、ああなりました。

勿論、黒崎一護という一人の人間としては好ましく思っていますし、信頼もしています。

ですが、その根底にあるのは一護に対する思慕の情ではなく、憧憬となっております。

感想欄(多分二十五か二十六話くらい)にて、「二人で一護に追いつこう」というキリトとシノンの決意に対し、「死んでもたどり着けなさそうな目標を掲げた同士のキリトとシノン」という表現をしている方がいらっしゃいました。

キリトの方は一護の死神代行としての来歴を知らないからこそ「勝てないけれど、いつか追いつきたい剣士」という認識からあの台詞が出て来ています。
ですが詩乃は部分的とはいえ一護がどういう世界に生きているのは知っていたわけですし、今話でもそのギャップを重く受け止めている描写があります。その隔絶した力の差を知っていて尚、彼女は一護を目標にすると決めたわけです。

これこそ、詩乃が一護を恋愛対象としてではなく、兄のような存在として見ている理由となります。

一護に恋をしているリーナは、「一護に追いつこう」という向上心ではなく「一護と感覚を分かち合える存在になりたい」という共感が根底にあります。SAOの時点で一護の戦闘力の大きさ・精神力の頑強さを知り、その上で戦闘力だけではどうにもならない場面において一護の損得を考えつつ、一護の心を支えられるような、そんな人になりたい。リーナはそういう思いで、日夜あれこれやっているわけです。

対して、詩乃は一護に対し強烈に「憧れ」ています。
拙作の中で、彼女が一護と同じような台詞・思考・行動をしている場面がいくつかあったと思います。あれこそ、詩乃が一護を目標として常に意識しているための振る舞いです。
これは乱菊が言ったように「兄に憧れる妹」そのものです。たとえ絶対に追いつけない相手であったとしても、その在り方がかっこいいと思うから、憧れているから、詩乃は一護のあの姿を脳裏に刻み込んで戦おうとしたのです。

……要するに「お兄ちゃんが所属しているクラブの活動にやってきて、出来もしないのに『わたしもお兄ちゃんみたいになるのー!』って言ってる妹」と同じことです。

微笑ましく、あるいは無謀なことかもしれません。しかし新しいことを始める取っ掛かりなんて大概そんなモンです。途中で大人になって現実を見て、折り合いを付けることだってあるわけですから。
そんな『成長した大人の判断』に対し、「アイツ結局途中で諦めやがったぜ」なんて野暮なことを言う輩もいないでしょう。

越えられる保証のある小さい目標をコツコツこなして成長するのも、ドデカい目標に向かって延々邁進するのも、人それぞれなのです。







次章と番外編について。

明日の午前十時に番外編の三話目を、金曜日に四話目を投稿致します。
やっと死神組が来ましたので、その記念に。

その代わり……と言ってはアレですが、三章第一話の投稿は来週の火曜日とさせていただきます。ちょっと年末で色々立て込んでおりまして……すみません。

それに伴いまして、番外編のリクエスト締切を来週の火曜日、12/13の午前10時とさせていただきます。

重複していても、新しく思いついたテーマでも、どちらでも大丈夫です。何かリクエストがある方はメッセージ、または活動報告にてお願い致します。


それでは、また次章でお会いしましょう。



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Extra Chapter 『幕の合間』
No.1 What do you think of D.B.?


番外編一話目です。

アルゴ視点です。
地の文ほとんど無し、インタビュー形式です。

苦手な方はご注意を。


<Argo>

 

「……一護がALOに来てたかどうか?」

「そうダ。なんかウチの領主サマから小耳に挟んだんだヨ、やたら強いオレンジ髪のサラマンダーがいたとか何トカ」

「ああ、来てたぞ。三ヶ月くらい前に、ちょっとワケありでな」

「フーン、羽の生えたトンガリ耳のベリっち、見たかったナー」

 

 四月のある日。

 

 ALOの街中を歩いていて偶々会ったキー坊と話していたとき、ベリっちの話になった。

 

「今はALOには来てないけど、アカウントは残してあるみたいだし、受験が終わったらなんだかんだで戻ってくるんじゃないか? 気長に待ってればいいさ」

「……ヨシ、だったらベリっちが戻ってくる前にオレっちが取材しまくって、帰還と同時に情報ペーパーで特集組んでやるゼ。あのしかめっ面が慌てふためく様子を想像すると、笑えてくるナ、ニシシ」

「…………いいけど、リーナに殺されないようにな。アイツ、一護のことになると本気で見境なくすから」

「分かってるサ。オネーサンはそんなヘマはしナイ。ベリっちを貶めるような内容にはしないサ。アイツの素顔と魅力満載で書ききって見せル。それに、最高の記事のためナラ、多少の障害なんて気にしてられるカ!!」

「……まあ、程々に頑張ってくれ」

 

 というわけで、ベリっちについて情報を集めることにした。どうやらここALOには、SAOから引き継ぎで参入してる人も多いらしい。コネとツテを総動員して、ベリっちの振る舞いと評価を丸裸にしてみせるぜ。

 

 さァ、レッツ取材!!

 

 

 

Case 1 キー坊/Kirito

 

「トゆーわけで、まずはキー坊からダ。ベリっちがどんな奴なのか、オマエの視点で語ってみてくれヨ」

「お、俺からなのか……まあ、頼りになる奴だと思うよ。

 とにかく強いし、ブレないし、鍛錬も欠かさない。ぶっきらぼうだけど優しいせいか、リーナには組んだ初期の頃から懐かれてたし、オマケによく見ればけっこうなイケメンだ。アイツとのつきあいも大概長くなるけど、ほんと、いい奴さ」

「……むー、超高評価ダナ。それはそれでいいんだケド、なんかもっとこう、弱点とかねーノカ? 褒め殺し記事は味気ねーんだヨ」

「弱点かあ。正直、他人の悪いところを並び立てるような真似はしたくないんだが……」

「嘘つけ、よくギルさんとかをからかって酒の肴にしてたじゃネーカ」

「昔は昔、今は今さ。まあとにかく、思いつく弱点は一つあるな」

「オ? それハ?」

「心理戦が超弱い」

「それはリッちゃん限定で、ダロ? あの子のベリっち専用心眼があるカラ賭事惨敗なだけデ……」

「いや、そんなことはない。以前一護と賭けババ抜きをしたことがあるんだが、アイツ、ポーカーフェイスが絶望的なまでに下手くそなんだ。ババ以外を抜こうとするとあからさまに顔をしかめる。分かりやす過ぎて十連勝しちまったよ。しかも、居合わせたエギルとクラインにも十戦全敗」

「……ウワー、ザコい」

「まあでも、完璧超人じゃなくて、こういう分かりやすい弱点があった方が親しみやすいよな」

「マ、いい方に考えれば、そうなるナ」

「ちなみにこの欠点、アスナにはすごい好評だったぞ」

「ナゼ? 心理戦とかギャンブルは、弱いより強い方がカッコイイじゃねーカ」

「……ポーカーフェイスが下手だと、浮気したらすぐ分かるから、絶対に浮気できないよね、だってさ」

「…………アー、そういうアレカ」

「勘の鋭いリーナの前じゃ、あの欠点は致命的だぜ」

 

 

 

Case 2 アーちゃん/Asuna

 

「アーちゃんってサ、ベリっちのこと『一護』って呼ぶヨナ」

「そうだけど……それが?」

「イヤ、アーちゃんって年上の人の名前は基本的に敬称付きで呼ぶじゃネーカ。ギルさんとかサ」

「そういえばそうね」

「なのにベリっちのことは会ってからズット呼び捨て。どう見ても年上なのに、なんでさん付けにしなかったンダ?」

「うーん……なんていうか、呼び捨ての方がしっくりきたのよ」

「それは『こんなチンピラに敬称なんて付けたら違和感マックスだわ』的な感じカ?」

「……まあ、会ったばかりのころは、そう思わなくもなかったんだけど、月日を重ねるにつれて、理由は変わっていったわ」

「それハ?」

「なんかね、お兄ちゃんみたいだなあって、思ったの」

「そういえばアーちゃん、リアルじゃ妹なんだっけカ」

「うん。けど、うちのお兄ちゃんは一護には全然似てなくて、本当に真面目な優等生タイプ。あんな風に乱暴な言葉遣いをしたり、声を荒げたりしたことなんて一度もない、物腰柔らかな人なのよ」

「ケド、真逆とも言えるタイプのベリっちに、兄貴っぽさを感じたんだナ」

「そうね。むしろ真逆だからこそ、一護のなんだかんだ言いつつ面倒見がいいところとか、一度決めたら絶対に自分で押し通す責任感とか、そういうお兄ちゃんっぽい部分がはっきり伝わってきたんだ。だから、何となく自分との距離が近いような気がして、自然と呼び捨てになっちゃった」

「ベリっちも、リアルで妹が二人いる兄貴らしいからナ。お互い、赤の他人って気はしねーんダロ」

「今度、からかって『一護お兄ちゃん』って呼んでみようかな」

「いいナそれ。その時はオレっちもその場に呼んでくれヨ……どうせ、『ンだよいきなり、気持ちわりーな』とか言いそうだけド」

「あ、あはは……言えてるかも」

 

 

 

Case 3 リズリズ/Liesbet

 

「リズリズはSAOの中じゃ、よくベリっちの刀を鍛えてたんだヨナ。最初に手に入れた刀も、リズリズの露店から見つけたって聞いてるゼ」

「うわー、懐かしいわね。あのボロ刀、失敗作だーって言いながらも何となく死蔵してたのをアイツが買ってったんだっけ。あの頃はあたしも若かったなあ」

「今は若くネーような言い方ダナ、十七歳女子高生……デ、そっからちょくちょく付き合いがあったと思うんだケド、ベリっちの印象とか、よく覚えてるエピソードとかあるカ?」

「んー、そうね……あっ、あたしの誕生日のとき! あれが一番印象に残ってるわ」

「ホウホウ、どんな話ダ?」

「アインクラッドで迎えた初めての誕生日の時、リーナ経由でアロマ入りのモイスチャーマシンをプレゼントしてくれたのよ。当時は下心満載の男共しか周囲にいなくて、ちょっと男性不信になりかけてた時期だったから、リーナを間に挟むっていうさりげない気遣いがすっごい嬉しかったのをよく覚えてるわね」

「プレゼントのチョイスが加湿器ってトコもポイント高いナ。女の子の必需品で、そう滅多には買えない物で、いくらあっても困らない上にアクセサリみたいに重たくナイ。絶妙な選択ダ」

「でしょ? しかも次の日に会っても、恩着せがましく『俺のあげたプレゼントどうだった?』とか言わないで、普段通りにしてるのよ。全然特別なことしたって自覚がないっぽくて、あたしがお礼言っても『そりゃ良かった』って自然な一言だけ。いやー、隣にリーナがいなかったら、正直惚れてたかもねー」

「でも結局、惚れたのはベリっちじゃなくてキー坊だったわけだけどナ」

「……ま、今じゃどっちも独占欲の強い正妻がくっついてるから、あたしの入り込む隙間はないかなあ」

「……あの間に今から入り込むのは、難易度インフェルノ、ダナ」

 

 

 

Case 4 ギルさん/Agil

 

「一護について、か。雑貨屋を営む身として見りゃ、上客だ。持ってくるのは最前線の激レアアイテムが多くて、腕が立つから素材調達も頼みやすい。

 人として見るなら、敬語がなってねえのと短気なのが玉にキズだが、最近の二十そこそこの若者にしちゃあ根性があるし義理堅い。良い奴の部類に入ると思うぞ」

「オー、年上っぽい意見ダナ」

「ぽいじゃなくて、実際に年上なんだよ俺は」

「ハイハイ。ンじゃ、年上のギルさんは、ベリっちのどんなトコが一番印象に残ってル?」

「そうだなあ。良い話と悪い話が一つずつある。セオリー通りに、まず良い話からいこうか」

「頼むゼ」

「一護がウチのカフェで勉強してる時に、俺の姉とその娘、つまり俺から見たら姪っ子が遊びに来たんだ。まだ四歳になったばっかの遊びたい盛りで、まあ店内で騒ぎまくっててな。大人向けの俺の店には子供の機嫌をとれるモンもなくて、俺も姉も辟易してたんだ。

 そん時な、一護が『コンビニで金おろしてくる』って言って外に出てって、五分くらいで帰ってきたんだ。その金でコーヒー一杯注文してから、ポケットに入れてた新品のチャチな知恵の輪を取り出して『コレやるから、ママとそこのおっさんの言うこと聞いてやれ。な?』って言って姪っ子に渡した。昔っからガキ連中に人気のおもちゃをもらった姪っ子はそれですっかり静かになって、俺も姉も大助かりよ。

 帰り際に姉が礼を言いに行ったら『別に礼言われることじゃないっすよ。俺が勉強に集中したいから、勝手にやっただけなんで』だとさ。イヤホンしてっから、姪っ子の声なんて禄に聞こえてないくせにな」

「困ってる人を見過ごせないってカ。子供の扱いに慣れてるトコは、やっぱ兄貴ダナ。で、悪い方はナンダ?」

「……その姪っ子が、一護に懐いちまった」

「ン? 悪いことカ?」

「当たり前だ! ウチの麻衣ちゃんは一護なんぞに渡さねえ!!」

「ウチのって……ギルさんの娘じゃねーんダロ、麻衣チャン」

 

 

 

Case 5 ベルせんせー/Diabel

 

「僕から一護君に対する評価、かい?」

「ソ。今みんなに訊いて回ってんダ。ベルせんせーはSAO時代、プレイヤー支援ギルド『SSTA』に所属して、ベリっちとはよく公私で連絡を取り合ってたそうじゃないカ。そんな中でベリっちに対して、どんな印象を受けたか、訊かせてくれヨ」

「成る程ね。彼に対して長所と短所、という二つの観点で見るならば、長所はとにかく責任感と意志の強さだね。

 自分が成すべきこと、やりたいことにはとにかく全力で取り組み、また諦めることをしない。何度か初心者ギルドの仮想敵役や引率を頼んだことがあるけれど、口では仕方ないようなことを言いながら、誰よりも真剣に引率対象の面倒を見て、稽古をつける相手にも本気でぶつかる。

 手を抜かない、常に全力。言うのは簡単だけど、それを実行するのは容易なことじゃない。それは生徒たちにもちゃんと伝わってるし、ぶっきらぼうな態度が表面だけだと知れてからは、他の皆からの信頼も随分厚くなったよ」

「スゲー、先生からの通信簿を読んでるみたいな評価ダ」

「あはは、一応、リアルでも教職課程を受講しているからね。

 で、短所の方は、やや天才肌なところがあるせいか、自分にできることは相手も頑張ればできるだろう、と思ってしまっていることがある点かな。

 例えば、今まで片手武器をメインに扱ってきた一般生徒と一護君が同時に槍術を覚え始めたとする。一般生徒は基本の型を学び、攻防の仕組みを体験し、段階を踏んで上達していく。それに対して、一護君はたった数度の実戦練習で『だいたい分かってきた』って感じになってしまう。この感覚のズレがあるせいで、初心者と一護君の相性はそんなに良くはないものになってしまっている。

 誰しも自分を基準に考えてしまうのは当然のことなんだろうけど、彼がもう少し、自分の才能の大きさというものを自覚してくれさえすれば、教えられる生徒だけじゃなく一護君自身も、大きく成長できるんじゃないかな」

「長イ、超マジメ。マジで通信簿かヨ。いっそ、文書化してベリっちに渡してやればいいノニ」

「いやあ、そんなことしたら不良生徒よろしく、その場でグシャグシャポイされそうな気がするけどね」

「分っかんねーゼ? 意外と真に受けて考え込むかもナ、アイツ」

 

 

 

「……フゥ。SAO時代の面子はこんな感じカ。今度はALO時代からベリっちに面識がある人を探して、取材しに行ってみるカナ」

 

 

 

Case 6 リンリン/Leafa

 

「えっと、あたしから見た一護さんの印象、ですか?」

「イエス。これまでの取材で出てきたベリっちを構成する重要なファクターは『兄貴』『ぶっきらぼう』『強い』『意外とマメ』この四つダ。リンリンにはこの中のどれが印象に強く残ってるかを教えてもらいタイ。勿論、ベリっちの意外な一面ってコトで五つ目の因子を挙げるもの可、だゼ」

「うーん、この中だったら、やっぱり『強い』ですね。お兄ちゃんが『全力で挑んでも正面戦闘じゃ十中八九負ける』って言い切る相手だもん。サクヤとユージーン将軍を打ち破ってるし、私が会った中で間違いなく最強の人って感じかな」

「確かに、アイツの戦闘能力は人間止めてるレベルだしナ。なんせ『死神代行』ダ。人間や妖精じゃ、死神サマの相手は荷が重過ぎるってナ」

「死神、代行?」

「あァ、ベリっちのSAO時代の二つ名サ。いつかのボス戦で啖呵を切った時に自分でそう名乗ったのが、そのまま定着したンダ。その時のボス部屋まで導いてくれたNPCが死神を名乗ってテ、ベリっちはソイツにボス討伐を託されタ。だから、自分が死神の代行としてボスを叩き斬ル。そういう意味があったとかなかったトカ」

「へぇー、なんかカッコイイなあ。ちょっと憧れるかも」

「リンリンはそんなベリっちと、普段どんなことを話してるンダ?」

「えーっと、たまにお兄ちゃんとのチャットに混ぜてもらった時は、もっぱら戦闘の話をしてます。こういう相手が来たらどう戦うかーとか、こんな武器が相手ならあんな感じで攻めたら勝てるんじゃないかーとか。

 一護さんって、お兄ちゃんでも戦ったことのないような相手を例に出しても、あっさり勝利方法を返してくるんですよ」

「へー、例えばどんな感じデ?」

「えっと、この前マンガで見た蛇腹剣を使ってくる相手はどうやったら倒せるかなって訊いたら『武器には必ず攻撃回数の制限ってのがある。その上限、つまり伸ばした状態から剣を縮めるまでの最大攻撃回数さえ見極めちまえば、縮める瞬間に攻撃して勝てるんじゃね』って。頑張って追いつめれば、相手は最大回数でしか攻撃して来なくなるから、そこが狙い目だって」

「なんか、戦ったことのあるような口振りダナ」

「でしょ? けどALOにそんな武器を持ったモンスターいないし、お兄ちゃん曰く、SAOにも蛇腹剣はなかったらしいんですよ」

「じゃ、他のVRか、SAOの奥地に湧く希少な剣士型モンスターとでもやり合ったってトコカ」

「この前訊いてみた返事的には、そんな感じでした。なんか赤いパイナップル? みたいな頭だったって」

「ウーン、オレっちは知らないナ、そんなモンスター」

「一回戦ってみたいなあ、蛇腹赤パイン」

 

 

 

Case 7 サク姉/Sakuya

 

「一護君に対する印象、と言われてもな……彼と話した時間は、全部ひっくるめてもほんの数十分しかないのだが」

「そこを何トカ。知性溢れる美人領主と名高いサク姉なら、短い時間の中でもベリっちから読みとれる何かがあったダロ? それを教えてくれヨ」

「あからさまにおだてられても、分からないものは分からないのだが……まあ、感じた・読みとれた範囲でなら話せる。それでいいか?」

「全然おっけーダ! さあ、来イ!」

「よし。では……リーファも言っていたようだが、やはり彼に対する最も強い印象は『強い』だな。

 私自身、現実世界で剣術を修めている身である以上、ステータスは高くなくても戦闘にはそれなりに自信がある。だが実際、私は彼に完敗した。おそらく『現実世界で』『竹刀を使用した』『試合形式による』決闘という条件付けをすれば善戦できると思うが、それでも強敵には違いない」

「現実世界の方がいいのカ? 体格とか運動能力とか、性別差が元になるハンデが付いて逆に勝てないんじゃネーノ?」

「いや、彼の運動能力が人間の枠内に収まっていてくれさえすれば、先読みで防げる。ALOのように羽根による超加速や飛翔といった技を使われない分、むしろ読む未来の選択肢は減る。膂力で劣っても受け流しという一点に限れば彼に十分対抗し得るというのは、先の決闘で証明されたからな」

「ホウホウ、でも師範代クラスのサク姉にそこまで言わせるカ。やっぱベリっちも何か剣術とか古武術みてーなのをやってンのかネ」

「いや、それはないな。太刀筋で我流と分かる。それに、彼は強さの根元は体捌きのセンスと感覚の鋭さ、戦況に対する順応力の三つだ。小手先の技に頼らない剛の戦い、と言えば聞こえはいいが、内実はスペックのゴリ押し。流派を修める者の振る舞いではないよ。

 ……とはいえ、戦い好きの素人の本能と経験で片づけるにしては出来過ぎだ。明確な師とまでは行かなくても、最低限、最初に彼が戦いを学んだ、あるいは教え込んだ人物がいると思うのだが」

「ベリっちに戦いを仕込める人、カ。想像もつかねーナ」

「だな。彼が素直に他者の言うことを聞く姿は、ちょっとイメージしにくい。相当の手練れで、かつ彼の短気を何かしらの方法で押さえ込めること。これが最低条件だろう。そんなことを成し遂げた御仁がいるのなら、一度お会いしてみたいものだ」

 

 

 

Case 8 ウチの領主サマ/Alicia

 

「ナァナァ領主サマ、ベリっちと会ったことあるんダロ? アイツに対してどんな印象が強イ?」

「そんなの決まってるヨ! 『ぶっきらぼう』、コレに尽きるネ!!」

「……サク姉の予想、大当たりダナ」

「当ったり前でしョ!! 会って数分なのにネコミミ女とかチビネコ呼ばわりしてきて、いちいちワタシをバカにしてきて、しかも領主相手にあの態度! 強いから許せるトコもあるけど、もうちょっと愛想良くしてくれてもバチ当たんないってば!!」

「ケド、名前を呼ばれて嬉しそうにしてたり、なんやかんやでベリっちの帰還を心待ちにしてルって情報があるゼ? そこんトコどうなんダ?」

「な、名前呼ばれたのは、ちょっとビックリしただけダヨ。今まで勝手に付けたあだ名で呼んでたのに、最後の瞬間だけ素直になって名前で呼ぶとか、ドコのマンガの主人公って感じ。

 それに、帰ってくるのを待ってるのは、ちゃんと明確かつ論理的な理由があるの」

「具体的にハ?」

「あのデュエルの一部始終、実は部下に頼んでコッソリ録画してたんダヨね。それをALO内で有料公開してもいいカナっていう打ち合わせ。あれだけハイレベルな戦いをノーカットで見られるなら、相応のお値段を徴収してもいいはずだシ、ウチの新しい収入源として期待できるカナって。

 サクヤちゃんからはもう了承を取ってあるし、ユージーン将軍についても、発生した純利益の二割を譲渡するなら可って、領主サマ経由でメッセージもらっらしネ。ウチの経理担当のコがリアルで映像編集の仕事してるから、そのコネでがっちり修正加工して売り出せば、大ヒット間違いなし!」

「スゲーいいアイデアだとは思うけどヨ、それ、ベリっちが了承するとは思えねーゾ? 見せ物になるなんざ真っ平ゴメンだ! トカ言ってナ」

「あ、それは大丈夫。イエスと言わざるを得ない取引内容にするからネー」

「つまり、脅迫材料があるってコトカ」

「そう! あの人、私たちと別れた後に世界樹めがけて飛んでいったんだけど、その後速度調節間違えたみたいで、顔面から思いっきり幹に突っ込んだんだって。その激突の瞬間の映像が手元にあるから、これで脅すヨ」

「……よくそんなモノが手に入ったナ」

「一応、彼がアルンを目指してるって知った直後に、アルン中の密偵に人相を流して弱みを握るよう指示したからネ。必然ってヤツだヨ」

「…………おっかねー人ダゼ」

 

 

 

Special Case  リっちゃん/Lina

 

「…………一護について嗅ぎ回ってる輩がいるって情報が入ったから、まさかとは思ったけど……さあ、被告アルゴ。弁明を」

「やっぱバレたカ……だが、悔いはないゼ。ジャーナリズムの世界は危険と隣り合わせ。こうやって現実世界で黒服のお兄サンたちに囲まれてリムジンに連れ込まれるのも、覚悟の上サ」

「そう、なら大人しく吐いた方がいい。さもないと、犬カフェの椅子に縛り付けて半日放置の刑にかけることになる」

「それだけはやめてクレ!! い、犬だけはマジでダメなんダ!!」

「だったら大人しくゲロって。なにが目的? また誇張満載の記事を書く気なら……」

「違うってバ! ベリっちがいつかALOに戻ってきたときに特集を組もうと思って、アイツの話を集めてたんだヨ」

「だとしたら、何故わたしのところに来なかったの? ALO内に関しては知らないけど、SAO内の二年間はほぼ毎日一緒に暮らしてたんだし、情報源としては私が筆頭に来てもおかしくないと思うんだけど」

「そ、それは、その……リっちゃんにベリっちの印象とか聞いても、答えが分かり切ってるからツマラネーナ、とか思って、他の人の視点で見た方が新しい発見があるカナって考えてサ」

「失礼な」

「だって百パーベリっちの惚気話になるじゃネーカ。SAOで散々恋愛相談乗ったこと、忘れてねーだろうナ?」

「…………う」

「事実、ベリっちに対して一番強く印象に残ってるエピソードや要素が完全に被るってコトはなかったシ。アイツとの関係が違えば強く記憶される印象が変わってタ。当たり前のコトなんだろーガ、こうやって実際に聞いて回って、色んな面を色んな人から聞かせてもらうってのは、いい体験になったって思うナ」

「……むぅ」

「でもマ、せっかくダ。リっちゃんからも何か一つ、ベリっちの人柄を知れるようなエピソードとか聞かせてくれヨ。出来れば、他と被らないヤツで」

「……取材記録が完成したら、一番最初に見せて。それが条件」

「ほいサ」

「ん。それじゃ……これ」

「ベリっちの写真、カ? 私服ってことは現実世界のベリっちダナ」

「そう。これはツテを使って入手した一枚。匿名希望の真っ黒ジゴロ二刀流剣士から買い取った」

「匿名になってネーヨ」

「場所は都心のデパ地下。情報提供者が自分のハーレm……もとい、正妻とガールフレンドたちに渡すホワイトデーのお返しを選ぶのに協力してほしいと一護に頼んで出かけたらしい」

「成る程。デ、ベリっちもなんか買ってるっぽいナ」

「いえす。家族用だって言って三人分買ってたって。けど、一護の家族で、女の人は妹さんが二人だけ。お父さんは話に聞く限りじゃ、そういうのを欲しがる人じゃないみたい」 

「じゃあ、あと一人はおふくろサン? けど、今のリっちゃんの言い方的には、ベリっちのおふくろサンは……」

「……ん。もう亡くなってる。だから、お墓に供えるために買ったんだと思う」

「……そっカ」

「…………ごめん、アルゴ。言っておいてなんだけど、これは記事にはしないでほしい。いくら良い話でも、公表したらダメな気がする」

「あァ、分かってるサ。オレっちもそれくらいは分かる。この話は口外しねーヨ」

「……ん。じゃあ、代わりに口外できる話を一つ。アルゴ、この写真に写ってるのは誰?」

「誰って、お菓子を抱えたベリっち……と、レジの店員さんダナ。しかもけっこう美人サン。黒髪がきれいで、スタイル抜群。営業スマイルのえくぼがチャーミングだナ」

「そう。さてそこで問題。一護はこの店員さんの、どこを見ているでしょうか?」

「……マサカ」

「……そう。つまり、そういうこと」

「……記事のオチ用のネタに最適だゼ。ナイス、リっちゃん」

「まあね」

 

 

 




複数の方のリクエストをくっつけて書いてみました。

番外編なので、正直勢いだけで書きました。
コレ、アルゴの情報リテラシー的にどうなの? とか、細かいことはあんまし考えてないです。

次回はキリト視点で一話書いてみようかなと企画中です。


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No.2 OFF SHOT

番外編二話目です。

キリト……の妹、直葉(リーファ)視点です。

※未成年は飲酒ダメゼッタイ!


<Leafa>

 

「――スグはエギルと会ったことあったっけ?」

「うん。向こうで二回くらい一緒に狩りしたよ。おっきい人だよねー」

「言っとくけど、本物もあのマンマだからな。心の準備しとけよ」

 

 御徒町の街並みの少し奥まったところにある『ダイシー・カフェ』。

 

 その扉の前にたどり着いたあたしの前で、お兄ちゃんはにやりと脅かすような笑みを浮かべた。横にいるアスナさんも「私も初めてここに来たときはびっくりしたよー」と言ってくすくす笑う。あの巨体と厳つい顔つきが現実でもそのまんま……想像してみるとちょっとおっかない。

 

 ビクつくあたしを余所に、アスナさんが、それを言ったらさ、と言葉を続ける。

 

「そこにいるオレンジ髪の人にも、現実で見たときはけっこう驚いたよね」

「ああ。しかもアレ、染めてるんじゃなくて地毛らしいぞ」

「えぇっ!? あたしてっきり染めてるのかとばっかり……」

「私も直葉ちゃんと同じように思ってたんだけど。どうも本当に地毛みたい。黒染めすれば、もうちょっと女の子受けが良くなると思うんだけどなぁ」

「いやでも、今の一護が女受けしだしたら、えげつない修羅場が巻き起こりそうな気がするけどな……」

 

 そう言ってあたしたちが見つめる先には、

 

「今度は暑ぃってお前……さっきまで寒ぃ寒ぃ言ってたじゃねーか。ドッチかにしてくれ」

 

 つい今し方衝撃の事実が発覚した一護さんと、

 

「夕日を浴びてたら暖まってきた。春先なのに汗かくのイヤだから、早くブランケット仕舞って、一護」

 

 そのパートナー(彼女ではないらしい?)の莉那(リーナ)さんがいた。

 

 何でもリーナさんはSAO事件からの帰還後のリハビリが未だ完全に終わっていないため、車いす付きで外出することになったらしい。最新技術が駆使された電動式とはいえ一人で出来ないことも多々あり、そのため待ち合わせ場所の御徒町駅前からここに着くまでの間、一護さんはずっと愚痴混じりにリーナさんの介助……と言うか、ワガママを聞き続けていた。

 

 リーナさんの膝にかかっていたブランケットを乱雑に取り上げ、意外と律儀に畳んで仕舞う一護さんは、さも億劫そうにため息を吐いた。

 

「ほれ、これでいいだろ。ったく、手間かけさせやがって……」

「イヤそうにしてる割には手を抜かないあたり、流石一護。使用人の才能がある」

「うっせーな。オメーの親父さんにあンだけ頼まれりゃ、やらねーワケにいくかよ」

「……正直、私的には申し訳ないと思ってる。けど、仕方ないこと。私の外出を許す条件が『一護が私の諸々のお世話をすること』だったんだから。文句は父様にお願い」

「『呉々も娘を傷物にせぬよう細心の注意を払って呉れ給え』とか言いつつガチの表情で詰め寄られちまったら、文句なんざ言えるかっつーの……」

「……私も言えない。プライベートであそこまで真剣な父様は初めて見た。とにかく、今日だけはお願い。この前一護が言ってたベルギー産チョコレート使用の高級ケーキ、今度ご馳走してあげるから」

「いーよ、別に。気ィ使わねーでも」

「今なら特別サービス。オプションで口移しも可」

「そういう冗談は止せ! 食いモンで遊ぶな!」

「ツッコミどころ、そこなの……」

 

 仲むつまじく言い合う二人。どう見てもデキ上がってるカップルなんだけど、お兄ちゃん曰く「リーナの片思いってだけで、まだくっついてないんだよ。アレでも」とのこと。齢十五のあたしが二十代の二人を前に思うのもヘンだけど、恋や人間関係というものは、とても難しい代物なんだろう。

 

「おーい、そこのお二人さーん。そろそろ入るぞ」

 

 そう声をかけつつ、お兄ちゃんが木戸に手をかけ一気に押し開けた。

 

 カラン、というベルの音。それに続いて聞こえてきたのは、大勢の人の歓声と拍手だった。見ると、そこそこの広さがあるお店の中にはけっこうな数の人がいて、大音量のBGMが流れて盛り上がっている最中だった。

 

 思わず面食らってあたしたちが固まっていると、私たちの後ろから店内をのぞき込んだ一護さんが、ジト目でお兄ちゃんを見やった。

 

「……おいキリト、さてはテメー時間を間違えやがったな」

「い、いや! そんなことはない、ハズなんだが……」

「へっへ、主役は最後に遅れて登場するものですからね。あんた達にはちょっと遅い時間を伝えといたのよん」

 

 そう言って現れたのは、つい最近ALOで知り合った鍛冶職人のリズベットだった。にっしっしといたずら成功とでも言いたげな笑みを浮かべつつ、あたしたちを招き入れる。

 

「あれ、リーナってば車いすだったの? 事前に言ってくれれば動きやすいようにレイアウトとか工夫しといたのに」

「お気遣いありがとう、リズ。でも大丈夫、今日の私には有能なエスコート役がついてるから」

「あー、そう言えばそうだったわ。んじゃ、あたしが心配するだけ野暮って感じね。一護、あんた頑張んなさよ」

「オメーに言われる筋合いはねーよ。とりあえず、どっかテキトーなテーブルの前にコイツをつけさせてくれ」

「あ、それは私がやっておくわ。一護はキリトくんと一緒に、ね、リズ?」

「おっけーアスナ。それじゃ、一護とキリトはこっちこっち!」

 

 アスナさんに促され、お兄ちゃんと一護さんは店の奥の即席ステージへと引っ張り込まれる。あたしはアスナさんに続いて手近なテーブルに着くと、BGMがフェードアウトし、照明が絞られる。そして、壇上の二人にスポットライトが当たったかと思うと、再びリズベットの声。

 

「えー、それでは皆さん、ちょっと長いけどご唱和ください。せーのぉ!」

「一護・キリト、SAO&ALOクリア、おめでとー!!」

 

 全員が唱和し、同時に盛大な拍手が鳴り響く。クラッカーが鳴らされ、フラッシュが何度も炊かれる。呆然とするお兄ちゃんと、フラッシュを避けるように目の前に手をかざして顔をしかめる一護さん。

 

 そんな二人への祝福で、夕暮れのオフ会はスタートしたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 お兄ちゃんから聞いていた話だと、最初は一護さんのSAOクリアを祝う「ちょっとした」パーティーという話だった。

 

 けれど、場の流れを見る限りではどうもお兄ちゃんが一護さんと共にALOの世界樹を制覇し、しかもそれによってSAO未帰還者三百人が解放されたことも朧気ながら知れ渡っているらしく「じゃあ二人まとめて祝ってしまえ!」的なノリでこの大人数が集められたみたいだった。当事者抜きでここまで人数が膨れ上がったのは、中々凄いことだと思う。

 

 その当事者二人は、乾杯を済ませた後、今さっきまでもみくちゃにされていた。

 

 お兄ちゃんにはクラインさんやそのギルドメンバーの人たち、リズベットにシリカというような、あたしもよく知ってる面子がよってたかって祝福していた。アスナさんは苦笑しながら少し遠巻きにそれを見ていて、思わず脳裏に浮かんだ「正妻の余裕」というシツレイな言葉をグッと押し殺した。

 

 一護さんの方に集まってた人たちには、見覚えがなかった。ディアベルと呼ばれている優等生然とした二十歳くらいの男の人とその仲間らしい人たち、私と同じくらいの年頃の大人しそうな黒髪の女の子やその同級生と思われる男子四人組が、一護さんを取り巻いていた。

 

 中でも眼鏡をかけた女子大生っぽい人は彼にお熱だったらしく、

 

「貴方の噂はよく聞いていました。うちの教会の子供達の憧れで、その上支援ギルド経由でたくさんの寄付までしてくれて……ニュースペーパーで報じられる一護さんのヒーローみたいな活躍には、私も年甲斐もなく魅了されました! SAOをクリアしてくださって、本当にありがとうございました!!」

 

 とまくし立て、一護さんの手をぎゅっと握りしめた時には囃し立てるような口笛さえ鳴っていた。離れたところに陣取るリーナさんの呪い殺せそうな視線と、黒髪の女の子の泣きそうな表情に板挟みにされ、一護さんは終始ひきつった顔をしていたが。

 

「……づぁー。すっげえ疲れた」

 

 集団から解放され、ついでにリーナさんを宥め終えた一護さんは、疲労感満載の声と共にカウンターに突っ伏した。すでにカウンターに陣取っていたお兄ちゃんはグラスを片手に苦笑いを浮かべ、その横でウィスキーをちびちびと飲むクラインさんは「いやはや、モテる男はつらいねえ」とニヤニヤ笑い。

 

 その様子を眺めながら、本当に仮想世界と全く変わらない黒々とした巨漢のマスター、エギルさんは疲弊しているモテ男さんの様子を鼻で笑うと、意地悪そうな笑みをたたえて、

 

「Hey, Ichigo. Would you like a drink?」

 

 と、完璧なネイティブ発音で問いかけた。何て言ったのか、少し離れたところにいるあたしにはうまく聞き取れなかったが、一護さんはむくっと起きあがると、いつものしかめっ面を崩さないまま、

 

「……Double black, straight up.」

 

 と、これまた流ちょうな発音で応えて見せた。勿論、言っている意味は分からない。

 エギルさんは口笛を吹いて感心したような表情になると、後ろの棚から酒瓶を取り出してドリンクを作り始めた。

 

「一護、おめえも随分英会話が達者になったじゃねえか。しかもジョニー・ウォーカーのブラックラベルの上位酒たぁ、若ぇのにシブい趣味してんな。おまけにストレートかよ」

「なにぃ!? イチの字てめぇジョニーのダブ黒オーダーしやがったのか!? 二十歳過ぎのおめーにゃ、ンな気取ったスコッチ・ウィスキーは十年はえーよ! ビール飲めビール!!」

「うるせえな。いいじゃねーか別に。この前ウチのヒゲ親父と飲んでて、けっこー飲みやすかったんだよ、アレ」

「未成年の俺の目の前で酒談義を始めないでくれよ」

「あ? ンじゃキリの字、オメーも一杯いっとくか? アレだ、カシスオレンジでも出しゃいいだろ!」

「まあ、アルコール分1%以下に調整すりゃ問題ねえしな。キリト、作ってやっから待ってろ」

「いやいいよ俺は! ていうかクライン、それアルハラってやつじゃないのか!?」

「うるせえ! リア充に拒否権はねんだよコノ野郎!!」

「ほれ一護、ダブルブラックのストレートだ」

「さんきゅ……ッあ゛ー、ウマい。喉が灼ける」

 

 わいわい盛り上がる男四人。そこへ、ビジネスマン然とした男性が近づき、一番奥のカウンター席に座るお兄ちゃんの隣に腰掛けた。

 

「やあ、キリトさん。久しぶりだね」

「シンカーさん。そう言えば、ユリエールさんと入籍したそうですね。遅くなりましたが――おめでとう」

「いやあ、まだまだ現実に慣れるのに精一杯って感じなんですけどね。ところで、そちらでウィスキーを飲んでる臙脂色の髪の青年……」

「ああ、そう言えばアインクラッドでの面識はないんでしたっけ。そう、さっき壇上で吊し上げられてた死神代行こと、一護です。一護、こちらはあの軍の最高責任者、シンカーさんだ」

「初めまして、一護さん。君の活躍は第一層に籠もっている私たちの元まで轟いていたよ。改めて、SAOクリアおめでとう」

「どうもっす。軍ってことはあのトゲ頭がいたトコのリーダーか。アイツ、なんか色々やらかしてたみてーだな。同情すんぜ」

「あはは、まあ私のリーダーシップ不足が大きな原因なので、致し方ないところもありますが……」

「ってかシンカーって名前、どっかで聞いたと思ったらMMOトゥデイの管理人じゃねえかよ。俺、たまに見てるぜ、あのサイト」

「いや、お恥ずかしい。まだまだコンテンツも少なくて――」

 

 アインクラッドでの日々の思い出を語り合い、五人の会話が盛り上がっていく。壁際に並べられた樽の一つに座ったあたしは、それを眺めながら少しだけ寂しい気持ちになっていた。

 

 中央のテーブルで会話に花を咲かせる皆。

 

 カウンターで話し込むお兄ちゃんや一護さんたち。

 

 あたしがそこにひょいと顔を出せば、きっと皆暖かく迎えてくれるだろう。ついさっきまでそうだったし、ALO内でしか会ったことのない人たちとこの現実で会話することは、とても楽しかった。

 

 けれど、彼ら彼女らの間には、どうしてもあたしが入り込めない結びつきがあった。あの呪われた鋼鉄の城、あそこで共に戦い、生きてきたことで培われた強い絆。HP全損が現実の死に直結した、本当の異世界となっていたのだろう。

 

 そんなところにいるお兄ちゃんたちと、あたしの距離はあまりにも遠すぎて――。

 

 

「――なーに辛気臭えカオしてんだオメーは」

 

 

「ひぃ……!」

 

 いきなり一護さんの顔が真正面に現れ、あたしは思わず情けない悲鳴をあげてしまっった。カウンターでお兄ちゃんたちと話していたはずなのに、なんであたしのところになんて。

 

 そう問いかける前に、一護さんはちょっと微妙な表情を浮かべた。

 

「いや、『ひぃ……!』はねーだろ。幽霊でも見たようなリアクションしやがって……」

「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてて、つい。っていうか一護さん、お兄ちゃんたちと話してたんじゃなかったの?」

「アイツら、今後のVRMMOの未来についてとかいうイヤな話題にシフトしやがったからな。バックれてこっちに来たんだ。ほれ、オメーの分だ。飲め」

「ありがと……あ、良かったら横座ってよ。って言っても樽の上だけど」

「立食形式のココじゃ、座れりゃドコでも上等だろ」

 

 差し出されたオレンジジュースをあたしが受け取ると、一護さんは「テキトーに食ってくれ」と言いつつ、お菓子が盛られた大皿をあたしのすぐ横の樽の上に置き、それを挟むようにしてさらに隣の樽へと腰掛けた。持っているグラスには琥珀色の液体が一センチほど入っており、アルコールの香りが漂ってくる。心なしか、顔も少し赤い。

 

「……もしかして、ちょっと酔っぱらってます?」

「酔ってねえよ」

「お酒持って顔赤くしてたら説得力皆無だって。それに、酔ってる? って訊かれて即座に否定するのって、酔ってる人の典型例なんじゃないの?」

「うるせえな。酔ってねえっつってンだろ」

 

 あ、これはもう酔ってるなあ。と苦笑しながら、あたしは「そーですか」とだけ言って、一護さんが持ってきたおかしを摘み、ジュースで喉奥に流し込む。次々と供給される料理に皆が歓声を上げ、飲めや歌えの大騒ぎ。目の前で繰り広げられるカオスな宴を眺めながら、あたし達はしばらく無言で飲み物に口を付けていた。

 

 どれほど時間が経ったか、手元のお酒を飲み干した一護さんがあたしの方を向いた。

 

「……わりーな。コレ、完全にアウェーだろ」

「え……?」

 

 一瞬よく意味が分からず困惑したが、すぐに考え直した。

 一護さんが言っているのは、SAOにいなかったあたしにとって、この場が馴染みにくいものになってしまっていることだ。あたし一人がそこからアブれてしまっている状況に対して「わりーな」と言ってくれているのだ。慌てて横に首を振って、表面だけでも否定の意志を示す。

 

「ううん。全然へーきだよ。ああやって楽しく大騒ぎしてるのを見てるだけでも楽しいし、あたしが顔を出せば受け入れてくれる。それだけで十分」

 

 一護さんみたいに気にかけてくれる人もいるしね、とおどけたような笑みを付け加えてみせる。本当は最初の乾杯と軽い自己紹介タイムの後、ずっと一人で座っていたのだけれど。

 

 あたしの内心を見透かそうとするかのように、一護さんは明るいブラウンの瞳で私をじぃっと見た。「一護は超のつく鈍感屋だからなー」とお兄ちゃんは言っていたが、その鋭い相貌に見つめられると心の底を覗かれてしまうような気がして、ふっと視線を逸らしてしまう。その反応を見た一護さんは浅くため息を吐いて、

 

「……んじゃあ、いっちょ顔出しに行くか。ウチの相方が暴走してるトコに」

「へっ? ぼ、暴走?」

「おう」

 

 空になったグラスを手に、一護さんが立ち上がった。連れられてあたしも樽から腰を上げ、テーブルを三つ寄せ合ったところに出来ている一番大きな人だかりへと向かっていった。

 

「よぉリーナ。戦果はどーだよ」

「上々」

 

 その中心にいたのは、トマトソースで口元を真っ赤に染めているリーナさんの姿だった。首から下げている紙エプロンや両手もべったべたになっており、本当に私の四歳上なのか疑わしい食べ散らかしっぷり。っていうかこの人、お兄ちゃんの話だと名家出身のお嬢様じゃなかったっけ。お上品さの欠片もないんだけど。

 

「……うぇー、ぐるじい…………」

「リ、リズ!? どうしたの?」

 

 あたしの素っ頓狂な叫びに、テーブルに突っ伏していたリズベットは青い顔を起こして反応した。

 

「ぅう、調子に乗ってリーナとビザの大食い対決に挑んだんだけど……もうムリ、吐きそ……ぅっぷ」

「わ、わー! ちょっとリズ!? もどすならトイレ行きなさいトイレ!」

 

 慌てるアスナさんを余所に、本当に死にかけているリズは固まって動けなくなっている。思わず顔をひきつらせていると、横からずいっと乗り出してくる小柄な人影があった。

 

「えへー、直葉しゃーん。こえおいひいれすよぉー。はい、あーん」

「シ、シリカ!? なんでそんなに顔真っ赤なの!?」

 

 それは、最近仲良くなった人たちの中で一番親しい友人、シリカだった。眼がとろんとしていて、顔は一護さんの比じゃないくらいに紅潮している。どこから調達してきたのか手にはチョコバナナを握ってふらふらしているが、これはもう明らかに酩酊状態だ。十代半ばの女子校生がなぜそんな状態に……。

 

「はい、あーん!」

「え、えっと、あたしはいいよ。ほら、リーナさんにあげたら?」

「じゃあリーナしゃん! あーん!」

「私はパス。アスナお願い」

「アスナしゃん!」

「え!? えっと、その……い、一護! 一護がチョコバナナ食べたいって言ってるよ!」

「んぅー、一護しゃん!! はい、あーん!!」

「い、いらねえよ! っつーかそんなモンどっから持ってきた!?」

「なんですかわたしのバナナがたべられないってゆうんですかあ!?」

「ボリュームがでけえよボリュームが!! 何なんだよお前酔ってんのか!?」

「酔ってるわよぉー……」

「何でだよ!?」

「何でよ!?」

 

 思わず一護さんとあたしの叫びがハモる。女子校生がほろ酔い気分になっている事実を認めたリズベットは、アスナさんに介抱されながら覇気のない声で答える。

 

「……エギルが持ってきたアルコール1%以下のカクテル、皆で飲んだんだけど、シリカだけカクテルと間違えて大人組のホットワインを飲んじゃったみたいなのよねえ……美味しい美味しいって言いながらぐびぐび飲んでるから、大人連中が面白がって煽ってたんだけど……まぁさかホンモノのお酒とはねえ……」

「あの、予想で喋って申し訳ないんだけど、それ多分、下手したらとっ捕まるやつなんじゃ……」

 

 詳しくないけど未成年への飲酒強要は普通に犯罪なんじゃ……と思っていたら、シリカが糸の切れた人形のように倒れ込んだ。とっさに受け止めたあたしの腕の中で、幸せそうにむにゃむにゃと夢見心地に浸っている。

 とりあえず酔いを醒まさせてあげないと。そう思いつつどうしたら良いのか分からず困っていると、目の前にしゃがみ込んだ女の子が水の入ったグラスを差し出してきた。

 

「えっと、これを飲ませてあげて、そのまま寝かせてあげたら良いと思います。食べ過ぎとか飲み過ぎたときは、お水をたくさん飲んで休むのが一番身体にいいから……」

「あ、ありがとう。えっと……」

「あっ、ごめんなさい。サチっていいます。キリトの妹さん……だったよね?」

「うん。直葉っていうんだ。よろしく」

 

 挨拶を交わしつつ、受け取ったグラスの水をシリカに飲ませてあげる。朦朧とした

意識の中でもちゃんと水を飲み干したシリカの小柄な身体をえいやっと抱え上げ、即席ステージの上に寝かせた。誰が書いたのか「リスポーン待機所」というちょっとシャレにならない張り紙がされており、簡単なマットがしいてある上に横たえるとサチが濡れタオルを持ってきてシリカの額に乗せてくれた。

 

「これでいいかな……すごいね、直葉ちゃん。女の子をお姫様抱っこしちゃうなんて」

「えっへへ、まあ部活で鍛えてるからねー。サチこそ、なんか介抱の仕方とか手慣れててすごいじゃない。実家がお料理屋さんだったりするの?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど……SAOの中で食堂をやらせてもらってたから、その経験、かな」

「へぇー!」

 

 仮想世界内で食堂を経営かあ。なんて女子力の高いことを、とちょっと憧れを抱きつつ、詳しく話を訊いてみようと質問を重ねようとしたとき、

 

「おいディアベル!! テメエいい加減にしろ! ケイタを放せ!!」

 

 一護さんの荒っぽい絶叫が聞こえてきた。

 

 そちらを見ると、短髪の純朴そうな顔立ちの男の子にヘッドロックをかけている優等生っぽい出で立ちの男の人が目に入った。ディアベルと呼ばれたその男の人を一護さんが静止しようと奮闘しているが、どうも完全に出来上がっているらしく、拘束が緩む気配は全くない。

 

「なにを言うんだい一護君! オレとケイタ君は今、日本の教育史について熱い議論を交わそうとしているところなんだ!! なあケイタ君、そうだろう?」

「く、くるし……頭痛い……たすけ、て……っ」

「ほら! 彼もそう言っているじゃないか! よしよし始めよう!! まずは教育を語る上で重要な、かの福沢諭吉先生の言葉からだ。天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず――」

「ウゼー! なんてウゼー酔い方だテメエは!! 相ッ変わらずの絡み酒ヤローだなオメーはよ! サチ! 水くれ水!! あと直葉! こいつを引っ剥がすのに手ぇ貸してくれ!!」

「は、はい!」

 

 お呼ばれして、サチは水を取りにカウンターへ、あたしは独りで大演説を始めたディアベルさんを止めるためにそれぞれ動き出す。

 

 色々思うところはある。あたしと皆の間にある差が縮まったわけでもない。

 

 ……けれど今は、今だけはこのバカ騒ぎに巻き込まれててもいいかな。そう思い、あたしは皆が大笑いしている中に飛び込んでいった。

 

 




前回以上に勢い任せの執筆となりました。

キリト視点で書く予定が「アニメでパーティー中ボッチだった直葉、ちっと可哀そうすぎねえかい?」という思いつきに至り、こっちで執筆し直しました。

あと、他のBLEACH勢とSAO勢の絡みをご期待の方々、もう少しだけお待ちを。


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No.3 At Dicey Cafe

久々の番外編三話目です。

エギル視点です。内容は軽め。


<Agil>

 

 東京は上野、御徒町。

 

 猥雑としたアメ横商店街から少しばかり歩いた裏路地に、俺の経営する『Dicey Cafe』はある。

 

 メニューは俺の嗜好で取り揃えた国内外の酒類と、ソフトドリンク全般。

 

 料理はツマミと食事が七対三。他にも頼まれりゃ適当に作ることもある。

 

 席はカウンター八席。ラージサイズのテーブルが六脚。キャパはマックスで三十かそこらだが、立食形式にしちまえばもう十人は追加できる。BGMはスロー・ジャズと決めていて、年代物のスピーカーから流れるそいつを聞きながら各々好きに過ごしてもらうってのが、ウチのスタンスだ。

 

 そんな俺の店には、様々なお客さんが訪れる。

 

 場所が場所だけにアクセスは良くねえはずなんだが、近ごろはネットの口コミですぐに情報が拡散する。それに魅かれてか、誰かの紹介か、はたまた単なる偶然か。酒飲み以外の目的で来てるって人たちもけっこう増えてんだ。

 

 これから日誌(ここ)に書き記すのは、最近で特に印象深かったお客さんたちとのひと時だ。ウチの店で過ぎ行くありふれた日常。そこにちょっとばかりの花を添えてくれたせめてもの感謝として、記録に残しておくために……なんてのは、ちょっとカッコつけすぎか。

 

 

 そんじゃ、前書きはこれくらいにして。

 

 今日は、この人たちの話をしようか。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 十二月も半ばを過ぎ、年の瀬が着々と迫ってきている頃。

 

 夕方近くなり、そこそこに混雑してきた店内に一通り酒と料理が行きわたった、そんな時だった。

 

「――なあ、スグ。我が妹よ」

「な、なによお兄ちゃん。急に悟り開いたみたいな顔して。そのアボガドサラダ、美味しくなかった?」

「いや、そうじゃないんだ。この前、GGOの騒ぎがあったろ? 俺、そん時に妙な体験をしたんだ。ほら、あのシノンってのの話をしたの、覚えてるか?」

「ああ、例のスナイパーの女の子の話?」

「そう。俺、GGO内での大会が終わった後、シノンの家に直行して、そこで犯人グループの一人ともみ合いになったんだ。一時は拘束から抜け出されて危うかったんだけど、シノンと二人がかりで抑え込んで両手両足を縛り上げて、どうにか無事にピンチを切り抜けた。

 ……と思ったら、部屋にいきなり豚のお面をした巨人が現れてな、『ギュウウウウウウウウッ!!』って叫びながらパンチして、部屋に大穴開けてったんだ。俺たちはその衝撃で吹っ飛ばされて、眼が覚めたときにはもう病院のベッドの上……」

「……お兄ちゃん、それ、夢と混同してるって絶対。色々現実離れしすぎだよ。だいたい豚のお面なのに叫び声が『(ギュウ)』っておかしいでしょ。そこは『ブヒー』か、百歩譲っても『モーゥ』って言うところじゃない?」

「だよなあ……けど、俺の記憶じゃ確かにあの壁の穴は牛豚怪人によって出来たものなんだよ。刑事さんに当時の状況とか訊かれてもこんなこと言えるワケないし、『覚えてない』で通したけどさ」

「当たり前でしょ。そっと心療内科に移送されるに決まってる」

 

 夕食を食べに来た桐ケ谷兄妹が、カウンターに一番近いテーブルでそんな与太話をしていると、店のドアが開く音がした。いらっしゃい、という俺の声にひらりと手を振って応じながら、二人組のお客さんが入ってきた。

 

 男女のペア、けどカップルって感じじゃねえ。

 女の方は緩いウェーブのかかった長い金髪で、随分とまあグラマラスな体型をしている。ワインレッドのコートがはちきれちまいそうだ。店内の男たちのスケベな視線も物ともしない、堂々とした姉ちゃんだ。

 男の方は女に比べて随分と若い。年はキリトよりも三つか四つくらい下に見える。こっちは珍しい銀髪で、ショート丈のコートのポケットに片手を突っ込み、もう片方の手には木製の箱らしきものを抱えている。端正な顔つきだが目つきが鋭く、ちょっとヒネた感じのある雰囲気だった。

 

 二人は混雑する店内を歩いてカウンターにやってきた。拭いていたグラスを置く俺に、金髪姉ちゃんの方が話しかけてくる。この手合いは堅苦しくないほうが話が弾む。敬語はナシでフランクにいくか。

 

「はあーい! 席、どっか空いてない? 外のお店、どこもかしこも満席なのよ」

「そいつはご愁傷さん。まあ、金曜の夕方だからな。都心の呑み屋はどこもこんなモンさ。相席でいいんなら二人分空いてるけど、それでいいか?」

「全然いいわよー。ね、隊長?」

「俺は構わん。ただし、食ったらすぐに出るぞ」

「えー、そんなぁー。せっかくのお店なんですから、ちょっとくらい長居してもいいじゃないですかー」

「報告書が溜まってる状態で文句を言うな」

「ちぇー」

 

 こいつはびっくり。マジメな銀髪少年は何やらどっかの隊のリーダーらしい。なんかのVRMMOでギルドリーダー務めてるってのがありがちな話だが、歳の差があるリアルでもそれを徹底するってのは珍しい。

 

 興味を魅かれた俺だったが、それより先に席案内だ。二人を一旦待たせ、空席のあるテーブルに座っている二人、キリトと妹のリーファに事情を話し、相席の許可を取る。この辺は親しき仲にも礼儀ありってヤツだ。蔑ろにしちゃいけねえ。

 

「お待ちどうさん。そこのテーブル使ってくれ。先に飲み物だけはオーダー受けとくぜ」

「じゃああたし、最初は梅酒がいいわね。ロックでもらえる?」

「俺は焼酎を頼む」

「おっと少年、十八歳未満は飲酒禁止だぜ。もうちょいデカくなってから来な」

「あっはは!! ですって隊長! 店主さんの言う通り、子供はお酒飲んじゃダメなんですよ!」

「……松本テメエ……んじゃ、烏龍茶」

「はいよ」

 

 何とも微笑ましいやり取りを経て、二人を席に通す。円形のテーブルに並んで腰かけている桐ヶ谷兄妹の向かいに金髪銀髪コンビが座る形になった。カウンターで飲み物を用意する俺の前で、席に着くなり金髪姉ちゃんが目を丸くする。

 

「あら、先客ってこんな若い子たちだったの。ごめんなさいね、デートの邪魔しちゃって」

「デ、ででででででででデート!?」

「スグ、動揺しすぎだ。あの、俺たち兄妹なんで、別にそういうのじゃないんです」

「ふーん、そうなの。そんなにピッタリ寄り添ってるから、てっきりカップルなのかと思っちゃったわ。仲良いのね、キミたち」

「あはは、どうも」

 

 頬を掻きつつ笑うキリト。人見知りするきらいがあるコイツも、この気さくな姉ちゃん相手なら問題ないらしい。梅酒のロックと烏龍茶、それとサービスの野菜スティックを置いて下がる俺の耳に、そんな会話が飛び込んでくる。

 

 と、不意にキリトが真面目な表情に戻った。何かを思い出そうとするかのように首をかしげながら、

 

「あの……違ってたらすみません。以前どこかでお会いしたことなかったですか?」

「そう? 初めてだと思うけど……あ、ひょっとしてナンパ? 見掛けによらず随分古典的な切り出し方ね」

「……お兄ちゃん? アスナさんに言いつけるよ?」

「い、いや違う! 違うんです!! ホントにどっかで会ったような気がして、つい……!」

「いーわよ。お姉さん、キミみたいな可愛い子はキライじゃないし。もうちょっと筋肉ついてると尚好みなんだけどねー」

 

 そう言いつつ、席を立った姉ちゃんはキリトに近寄ると、奴の腕を胸に抱いた。豊満なバストに二の腕が埋もれ、顔を真っ赤にしたキリトは周囲のおっさん共から羨望の視線による集中砲火を食らう。隣のリーファは氷点下の冷たい視線を兄貴に向けており、そのせいでキリトの顔色が中々面白いことになっていた。

 

 生存本能がはたらいたのか、何とか窮地を脱しようとキリトが辺りを見渡し、ふと目を止めた。その先にあったのは、銀髪少年が手に持っていた木製の箱だった。

 

「そ、その木のボックス、もしかして簡易将棋盤? それを持ち歩いてるなんて、君、将棋が好きなのか?」

「別に特別好きなわけじゃねえ。暇潰しに嗜む程度だ」

 

 周囲の騒ぎを気にすることなく我関せずと烏龍茶を飲んでいた銀髪少年は、冷ややかな口調でそう言った。キリトの話題そらし作戦は功を奏し、金髪姉ちゃんは奴の腕から離れてその話に乗ってきた。

 

「ちょっと知り合いの家に行ってみたら、要らないからって将棋盤(これ)を譲ってもらったのよ。この人、こう見えてけっこう強いのよ」

「ふーん……なあ、君。ちょっと一局だけ対局してみないか? 俺もそこそこやれる自信があるんだ」

「断る。日中ごたごたしてたせいで疲れてんだ。松本、お前が相手してやれ」

「えー、ヤですよ。あたしルール知りませんし。せっかくの御指名なんですから、一回くらい付き合ってあげればいいじゃないですか」

「ほら、お姉さんもこう言っているじゃないか。まあ、この衆人環視の中で君が俺に負けるのが怖いから疲労を理由にして勝負を放棄したい、と言うのなら申し出を取り下げないこともないが……」

「一局だけ相手をしてやる。持ち時間は三十分だ」

 

 キリトの安直な挑発に見事乗っかり、銀髪少年が将棋盤を開いた。してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべつつ、キリトは自分の駒を並べ始める。あ、じゃああたし時計係やります、とリーファがスマホを起ち上げてストップウォッチを表示させ、周りにいた連中もなんだなんだと酒の肴にすべく集まってくる。

 

 ……アメリカンチックなこの店で、ジャズをバックに将棋たぁ何とも妙な光景だな。

 

 そんな風に思いつつ、俺は追加で注文されたカクテルを作る。妙だが、偶にはこんな夜もいいかと自分を納得させながら、ソルティドッグをグラスに注ぎつつテーブルを見た。

 

 真剣な表情で盤上を睨むキリトと銀髪少年。ネット社会の今じゃとんと見なくなっちまった日本の光景ってやつだ。こんな意外な一幕があるのもまた、人の集まるバーの醍醐味ってやつだろう。

 

 

 

 ――それから、なんと一時間半後。

 

「……王手」

「…………詰みだ。参ったな、完敗だよ」

「勝負あり! 二対一で『隊長』くんの勝ちぃ!!」

 

 リーファのウィナーズコールで、銀髪少年は大きく息を吐き出した。キリトの方も緊張の糸が切れたらしく、満足げな表情でぐったりとテーブルに突っ伏した。それを見ていた周囲から歓声と拍手があがる中、俺は白熱した勝負を繰り広げた二人に氷水を差し入れる。

 

「お疲れさん。随分と激戦だったな」

「ああ、済まない」

「いやあ疲れた。初戦で俺が勝って、隊長君が本気になってからの強さは半端じゃなかった。俺の爺さん以来だよ、こんなに見事に負かされた相手は」

「お兄ちゃんって、全国大会でいいところまでいった将棋部の部長さんに勝っちゃうくらい将棋強いんだよ。なのに二連勝するなんて、隊長くん、もしかしてプロ?」

「言ったはずだ、暇つぶしに嗜む程度だと。ただ嗜んできた時間が長いってだけの話だ。それに、お前の兄貴の強さも相当だろう。最後の一局は少しでも気を抜いたら勝敗は逆になっていたはず。俺もここまで苦戦したのは久しぶりだ。誇っていいんじゃねえか」

「何だか上から目線だなー、隊長くん」

「うるせえ。だいたいお前、さっきから何なんだ、その隊長くんってのは」

「え? だってキミ隊長なんでしょ? 何のかは分かんないけど。だから隊長くん」

「………………」

「スグ、隊長君を困らせちゃいけない。なんせ激闘の勝者なんだからな。皆さん! 彼に……えーと、名前なんていうんだ?」

「……日番谷冬獅郎」

「俺は桐ケ谷和人、よろしくな……さて、改めまして皆さん! 凄まじい強さを見せてくれた彼に、日番谷隊長に! 今一度盛大な拍手をお願いします!!」

 

 キリトのコールに乗っかり、再び盛大な拍手が巻き起こる。同時に何故か『隊長』コールまでも始まって、流石の銀髪少年も落ち着かなそうにしている。さらに次の挑戦者までも名乗りを上げ、退くに退けない空気になっちまってる。

 

 対局に熱中してたギャラリー連中から飛んできた酒と料理の大量追加注文に応じつつ、俺はいつの間にかカウンターに座って気ままに酒を飲んでいる金髪の姉ちゃんに話を振った。

 

「結局、長居することになりそうだな。アンタら」

「そうねー、これで時間を気にせず呑めるってモンよ。けどあの黒ずくめの子、ほんとに強いわね。ウチの隊長が将棋で負けたトコなんて、本気じゃなかったとしても初めて見たわ」

「俺もルールには詳しくねえんだが、あの二人の読み合いがすげえってのは何となくわかる。ちなみにあの少年、なんの隊長なんだ。皆よく分かんねえで勝手に隊長呼ばわりしてるけどよ」

「んー? じゃあ、和文化研鑽部隊の隊長ってことにしといて。あの人、他にも剣道とか独楽回しとか、色々強いのよ」

「なんだそりゃ」

「いーのよ。ここ、ほとんどお酒飲んでる人ばっかりだし、それで通じるんじゃない? 勢いってあるしね」

「そういうもんかね」

「そういうもんよ。あ、おかわり頂戴」

「はいよ。ちなみにあんたは、その部隊で何研鑽してんだ?」

「あたし? うーん……利き酒かしらね」

「要するに呑兵衛ってワケだ」

「そういうコト」

 

 そんな会話を楽しみながら、俺は注文された酒を作り続ける。次なる対戦が始まろうとしているのか、テーブルの方から歓声が聞こえてくる。騒がしい夜だが、これはこれでアリだな。

 

 

 ……その日以来、銀髪の少年には『隊長』という通り名がつけられ、その将棋における無双の強さは、今なおこの店の常連の間で語り草になっている。

 

 

 尚、この金銀コンビはその後もウチに来てくれたことがあったんだが、それはまた別の話ってヤツだ。

 

 




死神勢の描写の肩慣らしならぬ筆慣らしと、現世に来た隊長たちどんな風に過ごしているのかが書いてみたくて、こうなりました。

文京区とエギルの店がある台東区は隣同士(だったはず)ですので、調査がてら、ふらっと遊びに来た感じです。



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No.4 Girls meet Lux

番外編第四話です。

アスナ視点です。再び、内容は軽め。


<Asuna>

 

「――あー、つっかれたー。なんで日曜に学校来てんのよ、あたしたち」

「仕方ないよリズ。先生も謝ってたじゃない」

「でもさーアスナ、課題受け取るためだけに西東京に来るダルさはけっこうなもんよ? せめてお詫びに学食パスくれるとか、そういうお詫び的なナニカが欲しいわけ。謝って済んだら警察は要んないっつーの」

「……リズ、最近言葉づかいがちょっと一護に似てきた?」

「え、まじ? それ、なんかちょっとヤだなー。あたしがギャル化してるってことになっちゃうじゃない」

 

 冬休み直前の日曜日。

 

 私は友人のリズと一緒に学校からの帰路を歩いていた。

 学校から送信されるはずだった課題ファイルがシステムトラブルが原因で破損していて、どうにもならないから取りに来るよう呼び出されたのだ。

 

 対象となったのは全生徒ではなく一部の生徒のみということで、取りに来る羽目になったのは私とリズを含め、ほんの十数人程度だったらしい。数学担当の老教師が申し訳なさそうな顔をしてそう言っていた。

 代わりに締切を引き延ばしてもらえはしたが、確かに週末の昼間を潰されてしまうのは中々痛いものがある。リズに仕方ないとは言ったものの、自分だってキリトと遊びに行く心算だったのだ。それを取り消すことになってしまったのは少し、いや正直言ってかなり残念だった。

 

 駅前に着くと、ロータリー周りは随分と混雑していた。年末の日曜のお昼前ということもあり、家族連れが多いように感じる。駅を出入りする人たちは皆どこかへ出かけるような大荷物を持っている人の割合が多い。観光目的の家族旅行に行った記憶がない自分からすると、ここの人たちがちょっとうらやましい。

 

「うわー、混んでるわね。朝のラッシュほどじゃないけどさ」

「そうだね。リズ、はぐれないように手つなぐ?」

「改札まで二十メートルもないのにはぐれるも何もないでしょーが。だいたいね、そういうのはキリトにやってやんなさいよ。それとも何、暗にあたしに自慢してんの?」

「そ、そんなんじゃないよー」

 

 じとーっとした目で見てくるリズの視線から顔をそらした私は、ふと改札横の案内板の前に気になる人影が立っているのを見つけた。

 

 小柄な女の子だった。歳の頃は私たちと同年代かやや下というところ。艶やかな黒髪に大きな瞳。すっきりした目鼻立ちには可愛らしさというより凛とした気品のようなものを感じる。もしかすると、私なんかよりも大人びて見えてしまうかもしれない。

 反面、出で立ちは外見年齢相応だ。身長は私やリズよりも明らかに低く、百五十センチもないだろう。着ているのはクリーム色のコート、白のフレアスカートに黒タイツとローファー。首元にはポンポンの付いたピンクのマフラー。おまけに背にはランドセルチックな角ばったデザインのブラウンキルトのリュックと、ずいぶん可愛らしい格好をしている。

 

 少女は迷路のように絡み合った東京都の路線図を見上げている。眉間にしわの寄った困ったような顔をしていて、手には一枚のメモのようなものが握られている。

 

「ね、リズ。あの子、もしかして……」

「え? ……あー、いかにも『電車の路線図が分かんなくて困ってます』って感じね。ま、お節介は程々にね、アスナ」

「な、なによ。私が考えてることなんてお見通し、みたいな言い方じゃない」

「みたいじゃなくて、お見通しなのよ。あんたと知り合って何年経つと思ってんの。友達の思考パターンくらい読めて当然じゃない」

「……そっか」

「ほーら。お節介焼くと決めたらちゃっちゃと動く!」

 

 そう言って私の肩を叩いたエネルギッシュな親友に首肯を返し、私はその少女に歩み寄る。脅かさないように、横からそっと覗きこむように視線を合わせ、

 

「こんにちは。どこか行きたい場所でもあるの?」

「……む? ああ、ここに行きたいのだが……」

 

 見た目から予想していたより幾分か低く、それでいて男の子っぽい口調の少女が差し出すメモを見る。そこには『布袋屋本店 目白駅から徒歩五分』という走り書きと簡単な地図、そして何故か着物を着たうさぎの絵が描かれていた。

 

「どれどれ……って目白じゃない。ここがひばりが丘だから、西武池袋線で池袋まで行って、山手線に乗り換えて一駅動けば着くんじゃなかった?」

「うん、三十分もあれば着くと思うよ。えっとね、まずここの駅から池袋駅まで行って、そこから六番線の山手線新宿方面に乗り換えて一駅分移動するの。そうすればこの目白って駅に着くわ」

「……? …………??」

 

 あ、これはだめだ。

 

 少女は何がなんやらさっぱり、とでも言わんばかりに思いっきり首をかしげている。おそらくこの入り組んだ電車網に慣れていないのだろう。

 

 自分も電車を使い始めた頃はよく迷ってしまい、端末のナビゲーションアプリが無かったら目的地までたどり着けなかったほどだ。発達し複雑に絡み合った無数の路線は、迷宮区のランダムダンジョンかと思うくらい初心者には踏破が難しい。異様な記憶力を持つキリトは都内の路線図をほぼ暗記してしまっていたが、あれは少数派だろうし。

 

「あんたさ、スマートフォンとかタブPCとかの情報端末持ってないの? あれに音声案内アプリとか色々入ってるしさ」

「すまーとふぉん……いや、持ってない。生憎、機械に疎い性質(たち)なのでな」

「あらー。そりゃ、この情報化社会じゃ生活しづらいんじゃない? とか言いながら、あたしもPC使いこなせてるわけじゃないんだけどさー」

「ねえ、もし貴女さえよかったら、そこまで一緒に行かない? 丁度帰り道の途中だし。リズ、せっかくだから布袋屋の白玉ぜんざい食べて帰ろうよ」

「あ、いいわねそれ。あたし、ぜんざいなんて久々に食べるなあ、美味しいのよね、あそこの白玉」

「……良いのか? いくら通り道とはいえ、手間には違いないだろう」

「いいのいいの。私たちもこのまま帰るだけじゃ味気ないなって思ってたところだし」

「そーそー。あんたはあたし達のナビを受ける。あたしらはせっかく外出したこの昼間を有効活用できる。ギブアンドテイクってヤツよ。あ、あたし篠崎里香っていうの。よろしくね!」

「私は結城明日菜。貴女の名前は?」

 

 私たちが名乗ると、少女はこちらを見上げ、リズ、次いで私の順番に視線を合わせてくる。私のはしばみ色の瞳と彼女の大きな黒目の視線がぱちっと交錯し、そのまま少女はこちらに軽く頭を下げた。

 

 

「……私は、朽木ルキアという者だ。済まないが、案内を宜しく頼む」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 朽木さんの案内を買って出た私たちは、彼女を連れて池袋行きの電車に乗り込んだ。幸運なことに三つ並んで空いていた座席に座り、まずは彼女の事情を聞くことにした。

 

 それによると、どうも彼女は美味しい白玉が食べたくて、空座町からわざわざ目白まで出向き、布袋屋で販売している中でも最高級のグレードの白玉あんみつを買いに行こうとしていたようだった。

 

 しかし電車に乗ったまではよかったものの、空座町から外に出たことがなかったために方向が分からない。

 しばらく乗ったところで適当にひばりが丘で降り、路線図を見たらむしろ遠ざかっていたことに気づくも、じゃあどうやったらたどり着けるのか皆目見当もつかず、途方に暮れていたとか。

 

 本来なら東京に慣れている同居人(家族ではないみたい)に連れて行ってもらおうと思っていたが、受験期で忙しくしているのを見ているとどうにも案内を頼みづらく、ざっくりした行き方だけ教わって自力で行こうとしたらしい。

 

「……まあ、それで迷子になってちゃ世話無いわよねー。にしてもさ、白玉食べたいなら駅前のスーパーでも売ってるじゃない。郊外の空座町から遥々あの和菓子の有名店まで行くなんて、すっごいこだわりね」

「以前食べたことがあるのだが、やはりあの味と食感はそこらで売っている安物とは比べものにならぬ。先ほど結城が言っていたぜんざいも捨て難いが、私はあそこのあんみつが食べたくてな」

「あー、あんみつかあ。寒天に白玉、餡子にフルーツっていう鮮やかな組み合わせがまたいいのよねえ。番茶とか、渋めの緑茶が付くと尚良し」

「篠崎、お前中々良く分かっているではないか」

「へっへー、まあね」

 

 リズは早速朽木さんと打ち解けて甘味談義に花を咲かせている。最初は彼女のお芝居みたいな古風な口調にちょっと驚いたけれど、こうして話していると嗜好は私たちとそう変わらない女の子で、そのギャップが却って好印象をもたらしていた。普段は一体、どんな生活をしているのだろう……。

 

 

 やがて、池袋に到着した私たちは電車を降り、西武池袋線から山手線に乗り換えた。山手線の一駅はとても短く、座る席を探す間もなく目白に到着。両サイドにビルが立ち並ぶ大通りに面したロータリーに降り立った。

 

「……さて。ここまで来たはいいものの、この地図は流石に雑過ぎはしないだろうか。どの建物がどれで、そもそも地図のどこがどの方角なのかも書いておらぬではないか。彼奴め、もう少し詳細な情報を寄越せというのに……」

「朽木さん、行くのって布袋屋の本店でいいんだっけ?」

「ああ、そうだ。ここから歩いて五分程度の距離と聞いている」

「おっけー。んじゃ、普通に歩いて行けそうね。ちょっとお待ちを……『検索。目白駅から布袋屋本店までの行き方』っと……お、出た出た。アスナ、確か課題で道案内アプリ作ってたよね。あたしの地図データ投げるから、それ使ってナビしてよ」

「分かったわ。それじゃ……はい、どうぞ」

「ほいっと」

 

 リズがスマートフォンの画面を私の方に向けてピッとスライドすると、それに弾かれたようにしてマップデータが飛んでくる。それを私のアプリケーション上で読み込むこと数秒、画面からホログラム出力で矢印が浮かび上がってきた。

 

「これで良し。さ、行きましょっか」

「この矢印が布袋屋の所在地の方向を示している……ということか?」

「そ。あたしが音声検索した地図データをアスナの端末で読み込んで、GPS機能とホログラムを組み合わせた簡単なナビゲーションアプリが進行方向を随時示してくれるの。アスナが情報工学の授業の課題で作ったんだ」

「難しいところは良く分からぬが……結城、お前がこれを作ったのか。学校の課題でこれだけのものを作れるとは、すごいではないか」

「ま、まあ、ちょっとやり方を覚えれば誰でも出来ることだから。ほら二人とも、早く行こ」

「お、アスナってば、ひょっとして照れてる? 朽木さんの真っ直ぐな褒め言葉にこそばゆくなっちゃった感じ?」

「もうっ! リズってば余計なこと言わないの!」

「いや、本当に凄いと思うのだが……私には逆立ちしても出来そうにない」

 

 リズの言う通り、心底感心している様子の朽木さんの賞賛がこそばゆくなって、私はちょっと早足になって先を歩き出す。朽木さんと、くすくす笑うリズが後から続く。

 

 布袋屋本店までの道のりはそう長くはなかった。大通りを進み、最初の交差点で横断。交通量の多い通りから一本入ったところにあった。お昼時ということで混雑しており、広くはない店内にはけっこうな数の人がいた。

 

 とりあえず買い物を済ませてしまうことにして、レジへと向かう。最高級の白玉あんみつは直接店頭で注文しないと買えない仕組みになっているようだ。

 

「はい、いらっしゃい」

「白玉あんみつ、一番高級なものを持ち帰り用に七袋頂けるだろうか」

「はいはい。あ、お嬢ちゃんたち、学生さんかい? そのチャレンジ、良かったらやっていっておくれ。クリアできたら最高級白玉あんみつを一人一皿サービスだよ」

 

 店頭に立っていたおばあさんがそう言って指し示した方には、一枚の張り紙がされていた。一番近くにいたリズが代表して内容を読み上げる。

 

「えー、なになに……『挑戦者求む! 次に記された歌の下の句を当てなさい』ってさ。んで、その歌っていうのが…………うっげ、こりゃムリだ」

「どうしたのよ、リズ」

「だってアスナ、これ()()()だよ? 現代っ子のあたし達に読める訳ないじゃない」

 

 言われて見てみると、そこにはミミズがのたくった跡にしか見えない筆跡で書かれた文字列らしきものが印刷されていた。問題文からして上の句が書かれているのだろうが、いくら古典を授業で勉強しているといっても草書体までは読めない。リズ同様、私もギブアップだ。

 

 残るは朽木さん。言葉づかいが古風だからもしかして読めたりして、なんていう根拠の欠片も無い期待を持ちつつ、彼女の方を振り返る。

 

「ねえ朽木さん。あれを読んで下の句を答えなさいっていう問題なんだけど……」

「む? 『神なびのみむろの山の葛かづら』と書いてあるではないか。であれば下の句は『うら吹き返す秋は来にけり』だったはずだ。中納言家持の歌だろう。百人一首にも載っているはずだ」

「「…………え?」」

 

 あっさりと読んでみせた朽木さんに、リズとそろって唖然としてしまう。周りにいたお客さんたちも、私たちと同様ぽかーんとしている。

 

 そんな私たちを意に介さず、さも当然という表情をした朽木さんはにこにこしているおばあさん店員に向き直る。

 

「しかし、何故この季節にこの歌なのだ? 年の暮れも近いこの時期に、秋の歌は場違いすぎると思うのだが」

「おやおや、詳しいねえお嬢ちゃん。今年の秋からこの挑戦を受けてるんだけど、だーれも正解しなくてね。そのまま張りっぱなしだったんだよ。ちなみにお嬢ちゃんだったら、今ならどんな歌をここに張るかね?」

「ふむ……『おきあかす秋の別れの袖の露 霜こそむすべ冬や来ぬらん』などどうだ?」

「その心は?」

「先の歌とこの歌、どちらも秋と冬、それぞれの巻頭に記された歌だ。百人一首の歌集でそれぞれの季節の巻頭の歌が全て繋がっており、各季節の巡りを表しているのは有名な話であろう」

「見事! いや実に見事だねえ! このご時世でそんなに歌に造詣が深い子がいるなんて思わなかったよ。特別サービスだ。お嬢ちゃんとそのお連れさん、三人分の最高級白玉あんみつをあげようじゃないか」

「それは有り難い」

 

 私たちを含む周囲全員の開いた口が塞がらなくなる中、朽木さんとおばあさんはそう言って、にこやかに握手を交わしていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――やー、びっくりした。朽木さん、草書体読めるんだ。すごいじゃない」

「私の家の方針でな、草書の読み書きは歌と一緒にずいぶん昔に叩き込まれたよ。この社会ではなんの役にも立たぬだろうが」

「それでも、日本文化の継承って意味じゃ大切なことだと思うなー。あたしなんか古典の成績、十段階評定で万年『5』だしさ」

「朽木さん、ありがとね。私たちの分まで無料にしてもらえることになるなんて思わなかったわ」

「構わぬ。元々お前達に案内してもらった礼をせねばと思っていたのだ。これで報いることができたのなら、それで良い」

「かぁーっ! カッコいいなあ朽木さん。そこいらの男連中より男前よ!」

「ば、莫迦者! 食事中にくっつくな! 折角のあんみつが零れてしまうだろう!」

 

 朽木さんが発揮した予想外の才能にひとしきり驚いた後、私たちは屋外のテーブルで最高級白玉あんみつを食べていた。やはり最高級を謳うだけあって非常に滑らかかつ弾力があり、とても美味しい白玉だ。甘さを控えた餡子や寒天との相性も良い。

 

 じゃれつくリズから逃れつつ白玉あんみつを堪能している朽木さんを見ながら、私は一つの結論に到達していた。

 

 現代の機械や交通網に疎い。

 古風な言動。

 草書や歌に造詣が深い。

 

 これらの点から推測するに、おそらく朽木さんはあの武家の一門、朽木(くつき)氏の傍系なのではないだろうか。

 

 朽木(くつき)家自体は明治維新あたりで消滅していたと記憶しているが、当時の改革の情勢の中、血のつながりは無くとも名家の風習だけを継ぐということは珍しくなかったはずだ。現にリーナの東伏見家だって、東伏見宮家の祭事を継いだことが家の起こりだったはずだし。

 

 リーナはマイペースを貫いているけれど、一般的に名家というのは時代の流れに逆らい伝統を重んじる傾向があると聞く。それ故に彼女は浮世離れしていると考えるのが妥当だと思われる。

 

 同居人という不思議な言い方もそう考えると納得がいく。

 一般家庭であれば家族以外と暮らすことは少ない。気を遣って「使用人」を「同居人」と言い換えたのか、あるいは家がイヤになって飛び出し知人の居宅に居候しているとか、色々想像がつく。彼女の纏う気品のようなものも、この推測が正しければ納得……。

 

「……結城、どうかしたのか?」

「え?」

 

 名を呼ばれ、我に返る。

 

 朽木さんが私をじっと見ていた。大きく澄んだ濃い色の瞳。どこか普通の人とは異なる不思議な力が宿っているように感じる。

 

 変わっている。

 

 けれど面白い、いや魅力的な人だと思った。

 

「ううん、何でもないわ。朽木さん、もうあんみつ食べちゃったの? 私の分、半分あげよっか?」

「え、あ、いや! 別にそういうつもりで話しかけたわけではなくてだな……」

「ふふっ、遠慮しなくてもいいよ。朽木さんのおかげでもらったあんみつなんだし。それに、そんな目で見られたら誰だってあげたくなっちゃうし」

「……う……済まぬ」

 

 ちょっと顔を赤くして、朽木さんが俯く。何とも可愛いリアクションだ。堂々とした態度を取っている分、尚更可愛く見える。空になった彼女の器にあんみつをよそいながら、思わずくすっと笑ってしまう。

 

 

 分けてあげたあんみつを美味しそうに頬張る朽木さんと、それを眺めてにやにやしながらお茶を啜るリズ。

 

 

 そんな二人と共に過ごすお昼は、いつもよりも穏やかで、心地の良いものだった。

 

 

 

 

 




ルキアの描写を練習するために執筆。
前話と展開がカブリ気味なのは許してくだせえ。

第三章執筆のため、次回の番外編投稿は少し先になるかもです。


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No.5 Life is short, fall in love girl.

滑り込みセーフ! な番外編五話目です。

リーナ視点です。


<Lina>

 

 

 今日から日記を付けることにした。

 

 自分の行動把握こそが自己成長の第一歩だと物の本で読んだ。一護の隣に居られるだけの価値ある自分になるため、まずは日常の記録が重要と判断。改善点と反省点を洗い出していくことにする。同時に一護の行動も可能な限り記すことで、彼の嗜好を整理し掌握していきたいと思う。

 

 彼に必要とされる私になれるよう、そして、もっと一護のことを理解できるよう、頑張らなきゃ。

 

 

 ◆

 

 

【◎ページ目】

 

 今日は学校で通常通りの授業。SAO時代の友人はクラス内にほとんどいないけど、それなりに上手くやっている。子供のころは体の弱さと表情の乏しさが周囲に合わなくて孤立していたけれど、流石にこの年齢になるとそれくらいで差別されることはなくなった。居心地満点とは言えなくても、それなりに上手くやっている。

 

 一護の方は絶賛受験勉強中。偏差値を上げ合格率を最大限に高めるための予備校通いとバイトを並行させているらしい。身体を壊さないか心配で電話で具合を訊いてみる。

 

 当然のように「問題ねえよ」と返された。声のトーン的にも嘘は吐いてないようで一先ず安心。けど顔を直接見たい。ここ最近、あまり会えていない気がする。SAOでは毎日一緒に居たけれど、現実に帰ってきてからはそうもいかなくなっている。

 

 我がまま言って彼を困らせるわけにもいかないし、まず今できることから始めないと。

 

 

 ◆

 

 

【×ページ目】

 

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 

 ということで、一護たちが住む空座町に一人で訪れ、町内を散策してみた。

 

 まずは事前の情報から一護の家を突き止めた。普通の一戸建てで、一階部分が医院になっているようだ。もし自分がここに住んだら……とか妄想して、一人で赤くなって恥ずかしかった。

 

 続いて空座第一高校。一護が過ごしたという、特に変わった様子もない普通の高校。女の子の制服がライトグレーなのがちょっと珍しい程度。これを着て一護と高校生活ができていたら……と思いながら校門から校舎を見上げていたら、OGと間違えられたので撤退。

 

 駄菓子屋を通り過ぎて住宅地に入ったところで、一護のバイト先の事務所を発見。クロサキ医院と違ってネットに情報はなかったけど、広告とかを辿れば住所くらいは私一人でも特定はできた。

 

 通り過ぎようとした時、一護と眼鏡をかけた小柄な女子高生が出てきたのを目撃。電柱の陰から様子をうかがう。二人で並んで駅の方へと歩いていく姿に負の感情が湧いて来るけれど、別段仲が良さそうではなく、むしろ余所余所しい雰囲気だったので多少は警戒レベルが下がる。

 

 追跡途中、一護がパッと後ろを振り返ったので咄嗟に脇道に身を隠した。流石に鋭い。これ以上はバレるかもと思い、尾行は中止した。

 

 

 ◆

 

 

【△ページ目】

 

 化学のテストで満点を取る。同時に理系科目総合でクラス一位。一護に電話で報告したら、すごく褒めてくれた。嬉しくてにまにまする。

 

 けど国語の方が相変わらずダメのまま。医師を目指す彼の伴侶は莫迦女であってはならないと自分を奮起させ、苦手克服のために基礎からやり直す。できることなら彼と同じ大学に入りたいのだけれど、もし医科大を受験してしまうとそうもいかなくなる。

 

 個人的には薬学部に進みたいと思っているので、医学部と薬学部併設の大学を調べてみた。意外と数があり、希望が叶う可能性は低くないことを知った。

 

 アインクラッドと同じくらいとは言えないけれど、一護と毎日一緒にお昼ご飯を食べれるようになれたらいいな。

 

 

 ◆

 

 

【□ページ目】

 

 最近の日記の内容が自分の中でどうもしっくりこない。

 

 私の中で大半を占める一護に関する記述の端々が、記憶とずれているように思える。現実と比較して記述の方が正しそうなので私の記憶違いってことになるのだろうが……いや、今はそんなことどうでもいい。

 

 そう、親との協議の末、ついに一護の家の近くに引っ越しできることになったのだから。

 

 両親への説得材料として、某大学の薬学部への合格率が都内で一番高い予備校が空座町駅前にあることを用いたのだが、正直言って私に予備校へのこだわりなどない。

 私にとっては一護の傍に居られることが最重要事項。引っ越しという手段のためなら目的など選んでいられない。目的のためなら手段を選ぶなっていうのが君主論の基本らしいけれど、そんなのは捨て置く。

 

 度重なる空座町散策の結果、一護の自宅からすぐ近くに小奇麗な新築アパートがあることが分かっている。一護が都内の大学を受ける以上、おそらく自宅通学になるだろうし、その彼との時間を増やすためにはこの場所が最適。父様にお願いして買い上げてもらい、住みやすいように短期改築を始めた。

 

 並行して、次の週末に行くアイススケートの準備もしている。初心者のため、うまく滑れるだなんて思えないし、そもそもうまく滑ろうだなんて思ってない。一護と、二人きりで、初めての場所へ行く。これが大事。

 できることなら手を繋いでみたかったりするけれど、そこまで高望みなんてしない。一護に満足してもらって、私はそれを少しだけ分けてもらえれば充分だから。

 

 ……うん、とても楽しみ。 

 

 

 ◆

 

 

【☆ページ目】

 

 一護とアイススケートに行ってきた。

 

 気を抜くと今でも頬が熱を帯び、口元が緩みそうになる。今日あったことを忘れるなんて絶対にないけれど、それでも詳細に記録に残しておきたいから、長いけれど全部書いておくことにする。

 

 三時過ぎにスケート場に到着して、スケートブーツをレンタル。まずは氷の上に立つところから始める。元々バランス感覚は人並み以上にいいと思っていた私でも、予想以上に難しかった。ブレードが細いためにその上に均等に体重をかけていないと転びそうになってしまう。

 

 「焦んなくていいから」と一護は言ってくれたけれど、彼を待たせる訳にもいかない。どうにか自力で立てるようになり、軽く滑り始め……一瞬で転んでしまった。氷に直でついた手が冷たさで痛むのを我慢しつつ身体を起こした私だったけど、次の瞬間、身体が宙に浮いた気がした。

 

 一護が後ろに回って、私の身体を抱きかかえて起こしてくれていた。互いに厚着していても伝わってくる彼の身体の逞しさ・温かさで一気に真っ赤になっていると、一護はそのまま前に回り、慌てて無表情を取り繕う私の手を引いてゆっくりと滑り始める。

 そうしてしばらく滑り、手を離して私が転びそうになったら両手を掴んで阻止する、というようにして、彼は私の拙いスケートをずっと支えてくれた。手なんて何かの拍子に一回くらい握ってくれればそれで満足だったのに、幸せすぎて、滑っている間中、全身が熱っぽくて仕方なかった。

 

 何度か私が前につんのめって倒れそうになった時なんか、両肩をがっちり掴まれて、あと十センチ身体を前に倒したら私の身体が一護の腕の中に納まってしまいそうになった。「あんま上半身を突っ込ませんな」という彼の忠告さえも、私も耳には心地よかった。

 

 夕方ごろ、私が軽食を買いに行っている間に一護が待合用の席で熟睡してしまう、なんて滅多に見ない一幕もあった。

 

 いくら約束だからとはいえ、ハードな受験勉強で疲れている彼を引っ張り出してしまい、挙句初心者の自分の面倒を見させる形になってしまったことを流石に申し訳なく思った。

 せめて一護の身体にかかる負荷を減らそうと、寝ている間は至極鈍感な一護の身体をそーっと横たえ、自分の膝の上に頭を乗せてみた。オレンジ色の派手な髪の毛がつんつんしてて、少しくすぐったくて、それ以上に普段とは大違いな無警戒の一護が可愛くて、心の奥の方からじんわり幸福がこみ上げてくる。

 

 何となく彼の頭を撫でてみようとしたところで、一護の目が覚めた。女の子のひざまくらで眠っていたことが相当恥ずかしかったらしく、跳ね起きて詫びる彼に「こっちこそ、負担かけてごめんなさい」と謝って、買ってきた軽食を二人で食べてスケートを再開。私がだいぶ滑れるようになった頃、花火が上がり始め、それを二人で並んで見てから夜道を帰った。

 

 こういう時間がもっとたくさん作れたらいいな、と心の底から思った。

 

 

 ◆

 

 

【★ページ目】

 

 年末。

 

 私は本家分家の集まりへ、一護はセンター試験に向けてのラストスパートへそれぞれシフトした。私の方は各家の状況を聞きながらご飯を食べるだけのはずだったのだけど、途中で分家一位の家の長男と強引に引き合わせられそうになった。

 

 仕掛けたのが分家側だったため、対処は突っぱねる一択。気色わるい笑みを浮かべて寄ってくる痩身男の身体を躱し、両親の元へ退避。父様がそれを察知して鬼の眼光で一睨みすると、その男はすごすごと去って行った。貴方なんかに許せるほど、私の心身は安くないの。そう思い、以後可能な限り同じ空間にいるのを避けるようにした。

 

 別に身体にフィットするタイプの衣服を着ていたわけでも、露出過多だったわけでもない。なのに、あんなにあからさまな「そういう」目で見られたことが嫌で嫌で仕方なくて、思わずその場で一護に電話しようと思う程だった。

 

 けど、そこはグッと我慢。私は一護を支えられる人を目指しているのであって、彼に支えてもらっていてはダメだ。むしろあの男を何かで利用してやるくらいの気概がないと意味がない。そう自分に言い聞かせ、メールで「勉強頑張ってね。良いお年を」とだけ送るのに留めておく。

 

 

 ◆

 

 

【●ページ目】

 

 新年になっても、一護には会える機会はほとんど無い。

 

 一護は相変わらずスパート中で朝から晩まで予備校。私は引き続き一族の新年会。どっちも仕方のないことではあるけれど……それでもやっぱり、さびしい。

 

 せめて声だけでも聞きたくて、お正月のお昼頃に「明けましておめでとう」の電話をしてみた。幸い向こうも手が空いてたみたいで、お互いの調子なんかを確かめたりした。授業が始まる時間になってしまい、結局は十分も話せなかったように思う。でも声が聞けただけでもよかった。話が出来た、それだけでも心が満たされた気がした。

 

 ふと思い立ち、今の私が一護の試験に関してなにか出来ることはないかと考えてみる。

 

 勉強自体は一護の方が年上だから、私が教えるなんて芸当は不可。

 凄腕教師を手配するくらいは簡単だけど、それは私の力じゃない。

 食事に関しても実家暮らしの彼は現時点で事足りているわけだし。

 

 ……あ、そうだ。

 

 ハーブティーの勉強をしよう。

 

 一護との相性を考えて調合すれば、集中力や疲労回復、眠気払いの効果をもたらすことが出来るはず。そう考え、その手の商いに携わっているらしい分家三位の叔母に相談してみた。事情を話し、承諾してくれた叔母からハーブの基礎や体質の見分け方を初歩の初歩から教わる。

 

 相手がどんな生活をしている人なのか、それをちゃんと知っていないと逆効果になりかねませんのでご注意を、と言われたけれど、それくらい当たり前だ。知り合って三年超。ずっと一緒に生きてきた人のことなのだから。

 

 

 ◆

 

 

【#ページ目】

 

 目前に迫ったセンター試験が終わった次の日から、一護の家にハーブティーを持って行くことにした。

 

 今は自宅のキッチンでハーブティー作成の練習中。長時間勉強を続けていることから、一番役に立ちそうな疲労回復効果を重視した調合を目指している。実際に飲んでもらわないと効果の程はわからない。よって、今はそれ以前の問題、お茶の淹れ方そのものをちゃんと練習しておく必要があった。

 

 教わった内容を参考にして、ハーブの割合やお湯の温度、蒸らしの時間なんかを細かく変えて、味や香りを確かめていく。今までずっと一護と一緒のご飯を食べてきた以上、彼の味の好みは分かっているつもり。飲みやすいとは言いにくいハーブティーを、彼が抵抗なく飲んでくれるような優しい味を目指して、調合を調味を続けていく。

 

 ……一護の顔を見なくなってから、今日で十八日が過ぎた。

 

 多分リハビリが終わって以来最長だと思う。駄々をこねてはいけないと分かっていても、それでもやっぱり寂しい。会いたくて仕方ない。声を聞くだけじゃ満足できない。彼の傍に、隣に居て、一緒にご飯を食べたりお喋りしたりしたい。

 

 けど、それ以上に、好きな人の役に立てていない現状を、すぐにでも何とかしたかった。

 

 あの日、現実世界に戻ってきてからリハビリが終わるまで、一護は定期的に私のお見舞いに来てくれていた。私が欲しがりそうなものを察して手土産で持ってきてくれたし、口調だっていつもより柔らかくて、心配してくれてるんだなあって、すごく感じられて嬉しかった。

 彼と二人で車いすで出かけたりしたのだって、自分の全部を一護が支えてくれている気がして、ダメと分かっていても「もっと」と願わずにいられなかった。

 

 これからはその分をお返ししていかなきゃいけない。

 

 そう自分に言い聞かせ、衝動を押し殺しながら、私は調合を続けていた。

 

 

 ◆

 

 

【$ページ目】

 

 センター試験が終わった次の日。

 

 私は朝早くに起きだし、手早くハーブティーを作成。ポットに入れたそれを持って真っ直ぐ一護の家を目指した。いきなり朝から押しかけてしまう形にはなるけれど、今日は一護は予備校が休みだと言う。朝食が終わったくらい、八時を目安に訪問すれば、迷惑にはならないはず。ご家族用の差し入れも完備したし、万全の状態だ。

 

 一人で勝手に通い続けていた道をすいすい進み、いよいよ一護の家が見えたところで……立ち止まった。

 

 玄関口では、一護と井上織姫が楽しそうに話をしていた。

 

 井上織姫の手には差し入れらしい包みがあり、それを一護は笑顔で受け取る。それに照れたように笑みを返しながら、井上織姫は彼と話を続ける。

 

 顔を伏せ、踵を返し、私はそのまま家に直帰した。

 

 後のことはよく覚えていない。

 

 

 ◆

 

 

【%ページ目】 

 

 先日作ったハーブティーを、もう一度一護の家へ持っていく。

 

 衝動的に捨ててしまおうかと思ったけれど、それよりずっと良い使い道が頭に浮かび、即座に実行に移した。

 

 ハーブの組み合わせで「これだけはやってはいけない」と言われていた、禁じ手。効能を引き上げる代わりに依存性が劇的に高まると言われているらしい。必要なハーブを手に入れるのには苦労したけれど、必死で探して何とか手に入れることができた。

 

 これを飲んでもらえれば、一護は私のハーブから離れられなくなる。

 

 意志の強さも何も関係ない、その意志の発生源たる脳から私の思う色に染めてしまえばいいのだ。

 

 今まで何故この最良の手に気づかなかったのかと心底悔やんでいる。

 

 一護は周りの人たちが傷付くことを望まない。

 

 みんなを護る。それであってこその一護なのだから、それは当然。

 

 だから、邪魔な対象は排除するのではなく、他の女が割って入れなくなるくらい、彼を私に依存させてしまえばいい。そうすれば私はもっと一護のために頑張れるしもっともっと一護と一緒に居られるしもっともっともっと一護が好きになれる。なんて良いこと。

 

 ハーブだけじゃない。お薬の勉強も始めたから、合法的に一護の脳を私色に染める方法もきっと見つかる。最初はハーブみたいな軽いものから、それが浸透したら粉のお薬、丸薬とどんどん変えて行く。それと並行して、私がどれだけ一護に尽くせるかを分かってもらうんだ。そうしたら、あんな邪魔な女が取りつく隙なんてなくなる。そうしたら、私はもっと一護のために色々なことをしてあげられる。

 

 一護。

 

 一護一護一護。

 

 あなたが大好きだよ。

 

 こんなに尽くしてあげられるくらい、あなたが大好きです。

 

 全部をかけて一護の心を護れるくらい、大好きなんです。

 

 だから、一護もきっと私を好きになってくれるよね? こんなに好きな私だよ? 護りたいよね? 護ってくれるよね? 

 

 だから――今からいくね。

 

 

 私だけの一護にして、一護だけの私になるために。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「………………」

 

 無言。

 

 なんというか……言葉が出ない。色んな意味で。

 

「どーよリっちゃん! オレっちの冴えわたる文才ハ!!」

 

 絶句したままの私に、アルゴは自身満々の様子。見せてもらっていたタブレットに表示されたテキストから目を離し、一回深呼吸して、

 

「……ばかアルゴ。私、こんなに犯罪者っぽくない。特に最後の方、私と性格変わってるし」

「それはホラ、愛故に歪んだ心ってヤツサ。愛した男が振り向かない、どころか別の女と笑い合ってル。だったらいっそ、私だけの彼に……ッテナ!」

「……はぁ」

 

 彼女の自室に招かれ、雑談ついでに彼女が「リっちゃんから今まで聞いた話を基にして短編小説書いてみたゼ」と言いだしたのを見せてもらい、私は心底疲弊していた。

 途中まではだいたいあってたのに、最後の方で急速に歪んでいくのが分かった。っていうかこれ、完全にバッドエンドまっしぐらなんだけど。一護を薬漬けにして傍に張り付くとか狂気の沙汰でしかないんだけど。

 

「あのねアルゴ、確かに私は一護のこと大好きだし、正直に言って独占もしたいけど、あくまで一護の気持ちが最優先なの。これじゃ一護の役に立つどころか、一護が私のいいように動くように歪めようとしちゃってる」

「でもリっちゃん、性格的にそーゆーコトしかねネーゼ? 傍から見てる限りナ。どうなんだヨ、ぶっちゃけあのハーブティー、なんか余計なモン入れたりしてんじゃネーノ?」

「そ、それ、は……その…………」

 

 思わず言い淀む私に、鬼の首を獲ったと言わんばかりの勢いで古馴染みの友人が畳み掛ける。

 

「ホレ見ロ! ヤッパなんか仕込んだんじゃネーカヨ! サア吐け、なに入れたんダ!? さもねーとこの小説が真実で確定すんゾ!!」

「ち、違う! 別に危ないもの入れたんじゃなくて……その、一護が私のことをもっと頼ってくれますようにって、願掛けした、だけ……」

「オオゥ……予想以上に乙女チック」

「く、薬とか依存より百倍常識的でしょ」

 

 自覚できるくらい顔を赤くした私は、テーブルの上のポテトチップスをやけ食いしてジュースで流し込む。それをニヤニヤしながら眺めたアルゴは、両手を頭の後ろで組んで、

 

「マ、リっちゃんが健全に恋愛してンなら、友人としちゃそれに越したことはネーナ。間違っても監禁だの足切断だのやらかしてくれんナヨ? ソーユー記事は書いてねーンダ」

「頼まれてもしないから。ジュースおかわり」

「ヘイヘイ」

 

 アー楽しかったナ、と笑う彼女からオレンジジュースを注いでもらいつつ、私は一護のことを考える。

 

 確かに一護は相変わらず振り向いてはくれない。

 

 ちょっとずつ、脈ありかなって反応は増えて来てるけど、それでも恋愛感情にはまだまだ発展しそうにない。それに、私のほうだってまだ一護の心を支えきるには力不足だ。もっと勉強を重ねて、彼の役に立てるようにならないと。

 

 その一歩になるかもしれないバレンタインを明日に控えた私は、そうして自分の決意を新たにするのだった。

 

 

 

「……ところでアルゴ。この原稿、私に売るとしたらいくらで売ってくれる?」

 

「…………エ?」

 

 

 

 

 




日記の中身のどこまでが事実でどこからが演出なのかは、皆様のご想像にお任せします。

尚、タイトルの和訳は「命短し、恋せよ乙女」です。
恋する乙女の日記で御座いました。



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No.6 Hydrangea

番外編最終話です。

三人称視点です。

※本編最終話の読了後にお読みいただけると幸いです。


「――ねー、準備まだー?」

「早く行こうよー!」

 

 急かす声が外から聞こえる。

 

 今行くから、とそれに大声で応えながら、急いで身支度。

 

 髪に櫛を通し、浴衣の帯を締め、裸足に草鞋を突っ掛ける。

 

 最近になって一人でも出来るようになった支度を終えて、いってきまーす! と叫んで飛び出す。

 

 家の奥から、お昼ご飯までには戻るのよーと聞こえてきた声に返事をしながら――ボクは、外へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――いやあ、この辺も随分直ってきたねぇ」

 

 そう独りごち、商店が立ち並ぶ中を男が一人歩いていく。

 

 黒い和装の上に白い羽織、そのまた上に女物の花柄大羽織を重ねて、頭には編み笠。伸びた髪は髪紐と簪で留められ、笠の下の顔には右目を覆う眼帯。

 

 昼前故か人通りの多い中を、男はゆったりとした足取りで進んでいく。道行く他の者達に比べればあからさまに浮いている派手な様相だったが、通りの者らは慣れた様子で、少し目をやっただけで受け流している。中には会釈を寄越す者もいて、そういった人々に挨拶を返したりしながら、男は進んでいた。

 

 ――と、目の前の路地から子供が一人、飛び出してきた。

 

「おぉっと!」

 

 咄嗟に避けようとした男だったが、寸前で止めた。その前に子供が機敏に身を翻し、紙一重で男の身体を躱すのを感じ取ったからだ。

 

 男の身体を避けた子供は、そのまま数歩走ったところでくるりと振り向き、にっこりとした笑みを浮かべた。

 

「おじさん! ごめんなさーい」

「いんや、構わないよお嬢ちゃん。でも追いかけっこするなら、もう少し広いところでやんなさいな」

「はぁーい!」

 

 男の忠告に返事を返し、子供はまた走り出す。後に続くようにして路地から何人かの子供の集団が飛び出してくるが、最初に現れた子供ははしゃぐようにして笑いながら、往来の波をすいすいと潜るようにして走って行ってしまう。

 

 そんな光景を男が見送っていると、子供らが行った方向とは反対から背の高い隻腕の女が姿を現し、男を見るなり目を丸くした。

 

「おう、京楽じゃねえか。こんなとこで突っ立って、なにやってんだ?」

「や、これは志波の。いやボクはいつも通り、復興の具合の見回り調査さ。総隊長として、現場の様子はちゃんと目で見て把握しておかないとね」

「嘘吐け。どーせ書類見んのがイヤでバックれたんだろ? お前ンとこの副隊長が言ってたぜ、瀞霊廷外で見かけたら直ちに報告されたしってな。もう馴染みの連中が門番に一報入れてる頃だろうさ」

「空鶴印の西流魂街諜報網にかかっちゃ形無しだね。そいじゃとっとと逃げるとしますか」

 

 口ではそう言いながらも、男、京楽は笠を目深に被りなおしただけで、立ち去る様子を見せない。それに女、空鶴は呆れたようにため息を吐き、しかしどこか愉しそうに笑って見せた。

 

「こっちの様子はどうだい? 戦後、何も変わり無いかな?」

「ま、最近は特にねえな。ちっと前、現世でなんかデカい事件があった時に少しばっかり住民数が増えたりしたが、まあそんぐらいだ」

「あぁ、一護君が巻き込まれたってやつね。確か二年間で三千人だっけ? 単純計算で最大で一日五人。それくらいなら、増築速度に追っつかれることもないか」

「そういうこった。ったく一護のやつ、現世の玩具になんざ引っかかりやがって情けねぇ……」

「まぁまぁ。無事に帰ってこれたみたいだし、お医者様の勉強も頑張ってるって言うんだからいいじゃないの。あ、そう言えばさ」

 

 話の流れを打ち切り、京楽は先ほどの子供たちが駆けて行った方に視線を移す。

 

「さっき、見掛けない女の子に会ったんだよ。この辺の路地から駆けてきたんだけど、煤竹色の髪をした、薄緑の浴衣の子」

「あァ、そいつは新入りだ。四丁目の荻咲の家で預かってるらしいぜ。そいつがどうかしたか?」

「うん、ボクの見間違いじゃなきゃ、彼女、()()()()()()()()ボクを紙一重で避けてたんだよね」

 

 京楽と出会いがしらでぶつかりそうになった時、振り返って朗らかに謝った時、その後人ごみをすり抜けて消えて行った時。

 

 その間中、その子供はずっと目を閉じたままだった。

 

 そのことを告げると、空鶴は「そりゃそうだろ」と当然のような口調で言った。

 

「あのガキは目が見えねえからな。現世で大病を患った時に失くしたって話だったが、こっちに来て少ししたらすぐに見えなくても日常生活を送れるようになったのさ。慣れるのがはえぇのか、それとも視覚以外の感覚が鋭敏なのかは知んねーが、とにかく教えたことは常人以上のスピードで出来るようになるし、しかもやたらとすばしっこい。今じゃ、鬼ごっこやらしたら大人でも勝てねえよ」

 

 おかげで悪戯した時に捕まえんのも一苦労だとさ。そう言う空鶴に、京楽はふむ、と唸り指先で顎髭を撫でた。

 

「だろうねぇ。ボクとあんなに唐突に鉢合わせたのに、それに反応して避けられるなんてのは健常な大人でも厳しいだろうし、運動神経っていうか、体捌きのセンスが()いんだろうね。……それと、至近で霊圧を探った感じ、彼女、少しだけ霊圧が『揺れてた』けど」

「気づいたか。どうも現世の方で何回か死にかけってのをやってるらしくてな。その所為で霊力がちっとばかし目覚めかけてんだろうぜ」

「死にかけ、ねえ。肉体が死を意識するような瀕死の状況に陥ることで、魂が死を回避するために霊力を瞬間的に上げる現象……あの魂魄年齢でそれってことは」

「ま、そう遠くねえウチに『開花する』かもしんねぇな」

 

 それを聞くと、京楽はにんまりとした笑みを口元に浮かべた。

 

「そんじゃ、もしそうなったら、鍛えて死神統学院(ウチ)に送ってよ。今絶賛人手不足だからね、有望な子はのどから手が出る程欲しいのさ」

「当ッたり前じゃねーか。久々に西流魂街出の霊力素養持ちだ。ウチの居候共もこき使って、キッチリ鍛えてから送り込んでやらァ」

「それは楽しみだねえ。志波に縁ある死神は、どの子も優秀だから……っとと。それじゃ、ボクはもう行くよ。また今度ね」

「副官の霊圧でも近づいてきたか? まあ、せいぜい頑張れよ。尻に敷かれながらな」

「言ってくれるじゃないの」

 

 苦笑いしながら、京楽は羽織を翻してその場を去ろうとする。が、一歩も踏み出さないうちに「あ」と漏らし、再び空鶴と顔を合わせるようにして振り向いた。

 

「あの女の子の名前、訊き忘れてたよ。まだ先になるかもしれないけど、一応、教えておいてくれるかい?」

「お前、女のことになると絶対に記憶から消さねえからな……ま、いいぜ。確かヘンな字書くんだよな……」

 

 中空を見つめながらしばし思案した後、空鶴はその子供の名を告げた。

 

 

「苗字は紺色の紺に野畑の野。名前は木綿に季節の季で――、

 

 

 

 ――紺野(こんの)木綿季(ゆうき)ってンだ」

 

 

 

 

 




短いですが、これにて番外編も終了です。

本編終了からそう遠くない未来のお話でした。これと本編最終話とを合わせて一話とする予定だったのですが、内容的に分割した方が良いと考え、番外編とさせていただきました。

Hydrangeaは「紫陽花(あじさい)」の意味。

特に、紫の花弁を持つ紫陽花の花言葉は「元気な女性」だそうです。


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Chapter 3. 『しっかり生きろよ』
Episode 30. Today is a calm day


お読みいただきありがとうございます。

「Deathberry and Deathgame Re:turns」最終章、第三章開始です。


 ――目覚ましのアラームの音で、俺は目を覚ました。

 

 今まで朝は誰かに起こされてきたんだが、アインクラッド内で起こしに来るヤツがいなかったせいで、自力で起きる習慣がついた。だからってSAO内に閉じ込められて良かった、とは微塵も思わねーけど。

 

 まだ半覚醒の頭をガリガリと掻きつつ布団を押しのけベッドから降りる。パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ捨て、クローゼットからラフなチノパンと発熱素材を編み込んだロンT、それから厚手のカーディガンを引っ張り出して着込む。室内っつっても今は真冬だ。仮想世界みたいに耐寒効果付きなら薄手のコート一枚で万事解決ってワケにもいかねえし。

 

 …………仮想世界、か。

 

「……そうか。そういや、もう一年経つんだよな。アッチから帰ってきて」

 

 世間一般じゃSAO事件と呼ばれているアインクラッドでの二年間……と、その後のアルヴヘイムでのイザコザ。

 

 SAO事件が解決した十一月上旬の頃は、事件の全貌を書いた記録が出版されてベストセラーになったとか、事件の完全解決から一年の節目を迎えたっつーことで当時の被害者・通称SAO生還者へのインタビューとか、メディアがこぞって取り上げていた。

 当事者だった俺からしたら、もう放っておいてくれという気持ちが半分と、二度とあんなことを起こさねえように誰もあの事件を忘れてくれるなよという思いが半分だ。

 

 色々得たものがあるって言っても、あの事件で失われちまったモンは余りにも多すぎる。取り返しのつかない三千人の命と、七千人の二年間。ふとした拍子にあの鋼鉄の城を思い出す度に、消えていったものが脳裏に蘇る。リーナと慰霊に行ったあの石碑に刻まれた名前の多さが、そのまま重みになって感じられるくらいだ。

 

 ……けど、ウジウジしたってしょうがねえ。

 

 終わっちまったことなんだ。あの事件を生き残った分、キッチリ生きる義務ってモンがあるはずだ。新しい仲間も増えたことだしな。

 

 ガラにもない鬱屈した気分を頭を振って掻き消し、自室のドアノブに手をかけたところで部屋の外からドドドドドドという喧しい足音が響いてくる。

 

「……ったく、ンのヤローが……」

 

 階段を駆け上がっている音だと即判断し、俺はドアの前で待機。迫りくる足音が俺の部屋のちょうど目の前にきた瞬間を狙って……。

 

 

「ぐっもーにん! いっち――」

「やッかましい!!」

「ゴファッ!?」

 

 

 思いっきりドアを蹴り開けた。

 

 予想通り、俺の部屋にダイブしようとしてたらしい親父の顔面をドアが直撃した。ゴガンッ! と鈍い音が響き、直後にドサリと倒れる音が聞こえた。力任せにドアを押し開け廊下を見ると、鼻血をダラダラと垂らしつつ倒れている親父のアホ面があった。

 

「オメーのモーニングコールはノーサンキューだって何度言や分かンだよ。いい加減懲りろ、ヒゲダルマ」

 

 フツーの人間が相手なら「ヤベーやっちまった」ってなるとこだが、生憎コイツはフツーどころか人間じゃねえ。元十番隊隊長がドアアタック一発でどうにかなるワケもねーし。

 

 予想通り、惨状の割にはピンピンしてるらしい親父はむっくりと起き上がり、鼻を押さえつつ呻くような声を漏らした。

 

「……と、父さんのダイビングヘッドバットを、部屋の外で叩き返すとは……もう、お前に教えることは、何も、ない……」

「もうちょいマトモなこと教えろっつーの。無月とユーハバッハの時以外で、オメーから碌なコト教わった記憶がねえんだよ。つかとっとと下行ってメシ食えよ。学会なんじゃねーのか」

「そ、そうだった! 名古屋の地酒が俺を待っている!!」

「酒飲みに行く前提かよ、このヤブ医者」

 

 鼻血を垂れ流しながら猛ダッシュで階下に降りていく親父の背中を見て、思わずため息が漏れた。グランドフィッシャーと戦った後に見た親父の背中とは雲泥の差だ。あン時はすげーカッコよく感じたが、今じゃただのアホなおっさんだ。ほんと、お袋はよく結婚しようと思ったな。

 

 とりあえず脱ぎ散らかした洗濯物をベッドの上に放り投げ(床に放っておくと遊子の雷が落ちる)、俺も朝飯を食うべく部屋を出る――前に枕を掴み、振り向きざまにブン投げた。

 勢いよく飛んでいった枕は部屋に侵入していたヤツの顔面を直撃。へぶっ、というなんともマヌケな()()声が聞こえる。

 

 

 

「――よぉ。部屋に入る時はノックしろって言ってンだろ。()()()

 

 

 

 俺の言葉に、リーナは顔にブチ当たった枕を抱えつつ大層不満気な雰囲気をまき散らしていた。表情はいつもの無表情なんだが、ブレザーを着込んだ全身から発せられる空気的なモンが奴の不服を物語っていた。

 

「……一護。なにも部屋に無言で入っただけで枕を投げつけることはないと思う。なに、えっちぃ本でも隠してあるの?」

「そういう問題じゃねーよ。最初に忍び込んだときにオメーが何やりやがったか、忘れたとは言わせねーぞ」

「あれは、こっちを見向きもしなかった貴方が悪い」

「指向性スピーカーなんてモンを用意してた時点で、俺がどんな態度を取ろうがやる気満々だっただろーが。俺のせいにすんじゃねえよ」

 

 四日ぐらい前の朝に俺の部屋に無言で入ってきたとき、いきなりボリュームMAXでなんかのアニメの曲を携帯式の指向性スピーカーから流す凶行に及んだ。しばらく耳がキンキンしてたのを今でも覚えてる。

 

 リーナは俺の文句をスルーしてそのまま部屋の中を横ぎり、そのままベッドに腰掛ける。俺が勉強用の机に備え付けてある椅子に腰を下ろすと、リーナは肩にかけていたバッグから小型のポットとプラスチックのカップを二つ取り出し、ポットの中身をカップに注いで俺に寄越した。スッとする香りが鼻に届く。

 

「本日のモーニングハーブティー。眠気覚ましの効果がある」

「ありがたいけど、もう受験終わってンだから、別にこんな手間かかることしなくてもいーだろ」

「私がしたいからやってること。一護は気にしなくていい」

 

 リーナが寄越したこの紅茶は、コイツが自分でブレンドしたものだとか。受験期終盤、俺の家を突きとめたリーナは度々俺の家を訪れ、色んなハーブティーを差し入れてくれていた。

 

 以前、教えてもいないのになんで俺んちが分かったのかと訊いたら、

 

「ネットで検索したら、空座町に病院は四つしかないって分かった。総合病院が一つと、小さな町医者が三つ。その三つの町医者のうち、一つが『クロサキ医院』なんていう分かりやす過ぎる名前をしてれば誰だって気づく」

 

 と、何を当たり前のことを訊くの、とでも言わんばかりの呆れ無表情で返された。チクショウめ。

 

 日によって茶葉のセレクトは変えてたようで、リラックス効果とか、疲労回復促進効果があるとか、そういうヤツを淹れてきてたらしい。こういうのは人によって合う・合わないってのがあるはずなんだが、俺には効果テキメンで、飲むと明らかに身体が楽になるのを感じた。

 特に疲労回復の効き方は凄まじく、一日中勉強してようが、次の日の朝にコレを飲めば一瞬で倦怠感がフッ飛んだ……あれ、なんかヤバい薬とか入ってたんじゃねーだろうな。遊子や夏梨には頑なに飲ませようとしないみてーだし……。

 

「有害性はない。薬と毒は本質的には同じもの。だから、一護に妙薬になるものが妹には毒になるってこともあるために、安易に他の人にお勧めは出来ないってだけの話」

「なんも言ってねーっての」

「表情で分かる」

 

 しれっと心の声を読みやがったリーナは素知らぬ顔して紅茶を啜る。仮想世界から帰ってきて一年ちょい。だいぶ健康的な肉つきになったことが顔や首回り、指なんかで分かる。この辺に関してだけ言やあ、詩乃もコイツを見習った方がいいな。

 

「……ちょっと、一護。そんなに見つめられると、その……照れる」

 

 今度は心の声を読み損ねたか、それともおちょくってンのか。少し顔を赤らめたリーナがもじもじと身体を捩った。別にじろじろ見てたつもりはなかったんだが、それで「ナニ見てんの」とか言うならともかく、カップで口元隠して嬉しそうにしてる理由がよく分かんねえ。まあ、魂胆はどうあれ、機嫌悪いよりはいーだろ。

 

「……あ、そうだ。一護、ちょっとこっち来て、そこのクッションの上に本棚の方を向いて座って」

「却下。オメーまた俺の髪の毛弄って金髪探しとかする気だろ。アレ痛ぇんだっつのに」

「そんなことしないから、早く」

 

 一昨日くらいにやられて金髪を四、五本引っこ抜かれたのを思い出して顔をしかめながら、卓袱台型のローテーブルの前に置いてあるクッションの上に座る。と、リーナがベッドから降りて俺の背中側に回り込んだ。

 

 なにをやらかす気かと気配に注意してたが、リーナはもう一つクッションを引っ張ってきて俺の後ろに敷くとそこに座り、俺の背中に自分の背中をもたれさせてきた。

 何がやりたいのかサッパリだが、とりあえず後頭部を俺の背中で動かされるのは地味に痛い。背骨がゴリゴリいってる。

 

「ふぅ、中々良い背もたれ。一護は人間椅子の才能がある。やはりなんだかんだ言いつつ使用人向きの気質」

「言うに事欠いて人を椅子呼ばわりかよ。シバくぞ」

「暴力反対……それに、そんなに嫌がらなくてもいいと思う。不良執事とか、意外と世間的需要はあると見た」

「誰がンなもん供給するか。つか背中側で頭動かすんじゃねえ、いてーな」

「……それは、暗に『身体の後ろ側じゃなくて、前側に座れ』って言ってる? 美少女にくっつかれたことで欲情してしまい視姦するだけじゃ飽き足らずもっと密着して女性の身体の感触を存分に味わおうとして――」

「朝からナニ口走ってんだオメーは。午前七時半から欲情だの視姦だの聞きたくねーっつの」

「ちなみに、引用元はこの前読んだ官能小説」

「もう喋んな、口先十八禁女」

「私二十歳(はたち)だし」

 

 ……こうやって遊子が呼ぶまでの朝の十分ちょいを過ごすのも、もう慣れたモンだ。コイツがウチに来るようになってから三か月近く経つし、アインクラッドでも似たようなモンだった。

 

 何より、こうやってアホな話をしてられるのも、今が何もない平穏な日だってことの証明だった。仮想世界に閉じ込められたわけでもなく、仮想の銃撃で現実の人間を殺すヤツに頭を悩ませてるわけでもなく、現実世界の虚の跋扈を警戒してるわけでもない。そんで――膨大なテキストと格闘する必要も、つい最近なくなった。

 

 

 季節は真冬。二月半ば。

 

 

 俺に大学受験の合格通知が届いて、今日で五日目となっていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 二月の上旬に受けた試験の結果が出たのは、ちょうど十二時を過ぎた頃のことだった。

 

 一月半ばの統一試験の結果と今までの模試の結果から、落ちることはねーだろと思っちゃいたが、流石に発表当日は緊張した。事情があるっつっても、三浪以上はキツい。絶対に受かんなきゃと思っていた分、合格者一覧の中に自分の番号があった時の歓喜ったらなかった。白哉に勝った時に匹敵すンじゃねーかってぐらいだった。

 

 んで、ガラにもなく妹たちと騒ぎ、飛びかかってきた親父を撃墜し、その興奮が冷めきる前にインターホンが鳴った。いつになく機嫌が良かった俺がそのまま玄関へと向かい……リーナの無表情と「外まで声が漏れてた。合格おめでとう一護」という祝福の言葉に遭遇した。

 

 なんでココにいんのか分からず、とりあえず家に上げてやるとリーナは「粗品だけど」と高級和牛を遊子に手渡し、

 

 

「明日、ここから徒歩三十秒のところにあるアパートに引っ越してくることになりました、東伏見莉那です。不束者ですがよろしくお願い致します」

 

 

 と言って頭を下げてきた。

 

 事情を飲み込めず、詰め寄ってくる家族を押しのけ自室に連行。どういうことだと問い詰めた。

 

 それに答えること曰く、事の発端は空座町の駅前にある有名予備校に通うことになったことだとか。俺の予備校と系列は同じで、医学部専門コースと併設されてる薬学部専門コースに入塾する予定だと言う。

 今の実家からそこまで毎日通学するのは億劫なため、通っている統合学校にも予備校にも近い空座町で一人暮らしをすることに決定したものの、不慣れな土地のため近くに知り合いがいる環境が望ましい……っつーか、親父さんともめまくった末に妥協する条件としてそう言われたそうだ。

 そこで、空座町駅前のきれいなマンションじゃなく、俺んちの目と鼻の先にある小奇麗なアパートの一室を買い上げて即改築。予備校通いが始まる前に一人暮らしに慣れておくため、四日前に越して来て今に至るっつー流れだった。GGOと毒破面の事件以来、やけにコイツが大人しくしてんなと思っていたら、裏で引っ越しの準備なんざ進めてやがったのか。先に連絡の一つでも寄越せっつーのに。

 

 

 ……しっかし、よくもまあ親父さんたちが許したなと思ったんだが、リーナん家の両親はそんなに家柄に囚われないっつーか、重要だってことは分かってるけどそれに傾倒する必要はないって考え方の人たちらしい。

 

「実力主義の社会で家柄等という古臭い考えが罷り通る分野は少なくなっている以上、伝統に縛り付けられることは損以外の何物でもない。一企業を背負う身として、古きを重んじながらも、新しい世の中の流れにも柔軟に対応していくことが不可欠だ」

 

 リーナが引っ越す直前、わざわざ俺んちに挨拶に来た大手高級不動産会社代表取締役の親父さん、東伏見藤太郎さんはそう言ってたし、

 

「とは言え、分家の方々がそういった慣習に口うるさいことも、恥ずかしながらまた事実なので御座います。なので莉那には、最低限の規則だけを守ってもらえれば自由にして良いと常に言って聞かせております。

 黒崎一護さん。莉那が貴方に寄せる信頼の情がとても大きいことは、あの子から話を聞いて重々承知しております。また娘を助けて下さったこと、母としてとても感謝しております。今後とも莉那を宜しくお願い致しますね」

 

 お袋の(みやこ)さん(リーナ曰く「日舞の世界で実力・知名度共に一番のプロ」だとか。ネット検索したらマジでトップだった)も、そう言ってほほ笑んでいた。

 

 この人たちがロールスロイスでウチの前に乗りつけてきたときは、親父が何かやらかしたのかと俺と妹二人で戦々恐々としてた。一応、両親が会いに来るってのはリーナから聞かされてたんだが、あんな高級車の代名詞でやってくるなんて思わなかった、流石富豪。

 おっかなびっくりの遊子が提供した安い茶葉で淹れた緑茶と羊羹食いながら、あの二人は普通に雑談しただけで帰っていった。良かった、これで「娘に何かあったらドラム缶でコンクリ詰めにして東京湾行きだ」とか言われたら、マジでリーナと縁切ろうかと真剣に思ったしな。とりあえず、娘が一人暮らしするからっつって自分らも挨拶に来る親バカっぷりがあの一件で再確認できた。

 

 親父さんとは見舞いで何度か顔を合わせちゃいたんだが、ああしてキッチリ面と向かって話すのは初めてだった。正直見た目のウケがわりー俺と、いいトコの社長さんなんざ相性最悪じゃねーかと話す前からイヤだった……んだが、話して見たら意外と友好的で驚いた。

 

 それを先読みしたように親父さんが笑いながら話してくれたんだが、どうもこの人、若い頃に家柄の古臭さがイヤで相当グレてたらしい。先代、つまりリーナの爺さんにけっこうマジで絞られたりしながらケンカに明け暮れ、見た目もかなりイカつかったとか。

 けど、そん中で学んだ人との繋がりや義理の大切さがあったり、おふくろさんとの出会いのきっかけもケンカ絡みだったりしたらしく、その過去があるからこそ見た目で判断せず、能力と心意気で人を見るようにしているのだと言っていた。見せてもらった若い頃の写真は、確かにイカつかった。あんなリーゼントが現実にあるんだな。

 

 

 ……で、そうやっていきなり引っ越してきたリーナだったが、予想に反して人間関係はほぼ良好だった。

 

 ウチの家族は最初から問題なし。

 

 特に遊子に関しては、ウチに来て真っ先に差し入れで籠絡しやがった。

 

 挨拶に持ってきた和牛の破壊力たるや、遊子だけじゃなく夏梨と親父までも轟沈するレベルだった。俺も食ったが、アレは反則だ。肉のナリした別次元の食い物だと思った。曳舟さんトコでメシ食った時レベルの衝撃だったな。

 

 以来、コイツは度々俺んちに差し入れ片手に現れては、メシ食ったり昼寝したり勉強したりするようになった。出されるメシを一つ残らず平らげる食欲は遊子にウケがよく、冗談みたいな山盛り白米を片手におかずを食べ尽くすリーナを笑顔で見守る遊子の構図は、もう姉妹のそれにしか見えねえ。勿論、遊子が姉の方だ。歳的には逆だけどな。

 

 事件の後処理でウチに泊まっていたルキアと会ったときは、最初は警戒心ムキ出しにしていた。

 

 ルキア自身は、

 

「……何故此奴は、私が親の仇であるかのような目で此方を見ておるのだ?」

 

 と首をかしげてたが、その疑問が解決する前にリーナの態度が急速に軟化。あっさりと普通にコミュニケーションを取り始めた。

 何だったのかは俺にもルキアにも分からねえ。本人に聞いても「気のせい」の一点張り。まあ、別にいいんだけどよ。なんでかウチの妹たちはちゃん付けで呼ぶのにルキアだけは呼び捨てだが、不要な揉め事は無いに限る。

 

 ウチに来た詩乃と会ってもリーナ側には問題は無かった。逆に、

 

「ちょっと一護。あんたまさかとは思うけど、影で女遊びとかしてるんじゃないでしょうね……」

 

 って感じで、詩乃の機嫌が悪化しやがった。人聞きのわりーこと言うんじゃねーよ。

 

 その他、遭遇する俺の友人にはいつも通りの無表情で普通に接していた。ただ井上にだけは相変わらず警戒心むき出しで、井上の方もなんかミョーな感じだった。なんであんなに仲悪いんだっつの。本人たちに聞いても、

 

「一護は気にしなくていい」

「黒崎くんが気にすることじゃないよ」

 

 と口を揃える。もうどうしろっつンだよ。

 

 

 ……けどまあ、そんなバタバタも落ち着いて、今は二月の十五日。

 

 新しい面子が増えたウチの日常にもそろそろ慣れつつある。大学の授業が始まるまで、あと二か月弱。それまでをどう過ごすかをそろそろ考えなきゃいけない時期だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 朝食後。

 

 遊子たちを見送った俺が居間に戻ると、リーナはまだウチの居間でくつろいでいた。何でも、今日は校舎の点検があるとかで学校が休校になったらしい。廃校を転用してるらしいし、そういうこともあんのか。

 

「……にしても、お前なんで制服着てんだよ。学校ねーなら私服でいいじゃねえか」

「なに一護。制服より私服派なの?」

「そういうアホなこと聞いてんじゃなくてだな。平日に制服着て街ん中フラフラしてると、運がわりーとお巡りに捕まったり、色々メンドくせーことになるだろ」

「それは一護みたいなヤンキー限定の懸念……は、置いといて。単純にこの制服のデザインが気に入ってるから、気が向いたら休みでも着たりしてるってだけ」

 

 黒いストッキングに包まれた脚を行儀悪くパタパタやるリーナを横目に、俺は台所に立ち洗い物を片付けていく。食器類の放置は遊子法典で禁止されてるから、ほっとくわけにもいかない。

 

「一護、今日の予定は?」

「あ? まあ、別になんもねーよ。大学から入学までにやっとけって言われた課題とかも、もう終わらせちまったしな」

「じゃあ、ALO行こ。私もキャラあるし」

「断る。聞いてるぜ、ナニをトチ狂ったのか知んねーが、ALOの上空にアインクラッドのコピー作ったんだってな。ンなとこ誰が好き好んで行くかっつの」

「キリトとかアスナとかクラインとか、あの辺は年末年始関係なくログインしてるみたい。ユーザー数も指数関数的に増加中」

「他のヤツなんざ知るか。とにかく、俺は行かねえ」

 

 GGOとか、全く別のVRMMOなら考えたかもしんねーが、SAOが再現されたALOなんていうヤな思い出満載の世界に行きたいワケがねえ。さくさくと食器を洗い、拭いて乾燥台に立てかけていると、リーナは「けど、一回は行かないとダメ」と言う。

 

 理由を聞くと、

 

「エギルから伝言。預けっぱなしにしてる大量のアイテム、放置しとくと売っ払っちまうぞって」

「げ。それがあったか。流石に天鎖斬月とかを売る気はねえしな……仕方ねえ」

 

 ALOの世界樹で勃発した決戦の時にメモリー・リアライジング・プログラムで生成した天鎖斬月と装備一式は、ログアウトしてもそのままになっていた。

 ステータスも卍解並だったら問題になってただろうが、外っ面が変わっただけで中の数値とかは世界樹に突撃する直前の装備と同じだ。天鎖斬月のパラメータも、消滅しちまったシュテンのものを引き継いでいる。アレを手放すのは惜しい。

 

「それじゃ、私は一回帰るから、この後イグドラシル・シティ集合で……」

「ちょっと待てリーナ。行くなら昼過ぎにしようぜ」

 

 リーナの言葉の途中で、俺はあることを思いついた。せっかく向こうに行くんだ、アイツら連れて行ってもいいだろ。今はまだコッチにいるって話だしな。

 

「いいけど……何か用事思い出したの?」

「ちょっと向こうに連れて行ってみたい奴がいる」

「特盛女以外だったら構わない」

「井上は普通に大学があんだよ。呼べるワケねーだろ」

 

 どんだけ毛嫌いしてんだか、と呆れつつスマホを操作し、目当ての奴のアドレスを選択、手短にメールを作成する。キャラなんて持ってるはずがねえけど、そこは浦原さんに頼んで何とかするか。まだ借りを返してもらい終わってねえからな。ちっと安くねえ出費にはなるだろーが。

 

 ……まあ、それに一応、久しく会ってねえ連中もいることだし、用事を済ませがてら顔出すくらいはやっとくか。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

……というわけで、なんと二月開始です。
原作でいうところの二六八ページ十四行目スタートです。二十七層攻略戦とか、その辺一切合切総スルーです。時期的に一護のセンター試験期間が(筆者の記憶が正しければ)モロかぶりだったんで。
一護の受験がありながらALOにログインさせる方法が散々悩んだ結果思いつかず、じゃあいっそ受験終わらせちまえばいいじゃねーか、という暴挙に及びました。代わりに一護は何の制約もなく四月まで遊んでられます。やったねたえちゃ(ry

今章は、原作ではたったの三ページでまとめられてしまった二月・三月のALO内イベントを中心に書いていきます。ユウキのキャラを果たしてどれだけ忠実に描写できるか不安ですが、最後の章でもありますし、頑張って執筆していきたいと思います。






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Episode 31. Today is a calm day -in virtual-

お読みいただきありがとうございます。

三十一話です。
似非三人称に書き換えました。

宜しくお願い致します。


<Asuna>

 

 新生アインクラッド二十九層。

 

 全ての建造物が純白の煉瓦で構成され砂や木まで真っ白に染まっているこの層は、SAO時代から観光の名所として有名だった。主住区の白亜の街並みはイタリアやスペインを彷彿とさせ、天気パラメータが良好であれば、蒼い空と白い街のコントラストがそれはそれは美麗な景色を生み出す。

 

 ……だが、フィールドに仕掛けられたこの層だけの特殊設定……というか制約がえげつなかった。

 

 この層の太陽は「偽の太陽」と呼ばれ、プレイヤーの肌が一定以上露出していると十秒に一回、無条件でダメージを与えてくる。

 被ダメージを回避するためには主住区で売っている漆黒のローブを纏う必要があるのだが、これがまあ一面真っ白なフィールド上では異様に目立つ。ご丁寧に《隠蔽》スキルに大幅なマイナス補正がかかっている。おまけにフードで横と上下の視界を遮られるため、戦闘面でも相当のマイナス要素となっていた。

 

 しかも何の嫌がらせか、モンスターたちも全員、揃いも揃って真っ黒い身体をしていた。このため物陰からいきなり現れた相手がプレイヤーかモンスターか一瞬区別がつかず、モンスターだと勘違いした故のオレンジ化や、プレイヤーと勘違いしたための不意打ちキルが頻発し、SAO生還者には半ばトラウマとなっている層だった。

 

 物語としての設定的には、確かこの「偽の太陽」はフロアボスである真っ黒い怪人型モンスターが生み出したものだった。「偽の太陽」が出ている間、つまりフロアボス討伐まではこの層だけ常に快晴が続く仕様になっており、その時までは主住区は白いドームに覆われていたはずだ。

 ボス戦では今までの恨みと言わんばかりに精鋭三十人が突撃し、今までのボス戦以上の気合の入れようで挑んだ結果、わずか十分で戦闘が終了したと記憶している。アスナ自身もフィールド上でモンスターにローブを破壊され、日焼け(深刻)を負わされた分を倍返しするつもりで討伐に参加したことを今でも覚えている。

 

 ……とまあ、そんな嫌な思い出しかない二十九層に再び降り立ち、今はフィールドを歩いて迷宮区を目指していた。

 

 当時既にフロア攻略部隊を一つ任されていた関係で、ボス部屋の位置やそこまでの経路はうっすらと覚えてはいる。ボスに挑みに行くのは明日の予定だが、その前に記憶と違っているところはないかという下見をしに来ている。

 

 無論、一人でではない。アスナの横には同じデザインの黒いローブをひっ被り、細身の片手用直剣で武装したプレイヤーが歩いている。

 しかしキリトではない。彼と二人でダンジョンに潜ったことは何度となくあったが、()()と二人きりで、というのは初めてだったはずだ。

 

「――なんだか幻想的でキレイなところだねー。《スリーピング・ナイツ》の皆も連れてくれば良かったなあ」

 

 

 そう言って横にいる女性プレイヤー、《絶剣》ユウキはフードの下で笑顔を作った。

 

 

 アスナより頭半分程度小さな体躯。今はローブに隠れていて見えないが、最低限の軽装備で固めた速度重視の剣士型武装。フードから零れたパープルブラックの長髪が、偽の太陽光を反射して黒曜石のように煌めいている。フードの下から覗く笑顔を作っているのは少女らしいあどけないもので、見ているだけでこちらも笑顔になれる気がする。

 

「一度ボスを倒せば、このフードなしで見られるわ。皆と一緒に観光するのは、その後でも遅くないんじゃない?」

 

 この先に待ち受けているはずの迷宮区の構造と敵の強さなどを思い出しながら、ユウキの歩調に合わせて純白の道を歩んでいく。

 

「迷宮区の造り自体は単調だし、そこに辿り着くまでの道のりも大部隊に攻略されつつある以上、のんびりお散歩しながら攻略ってわけにはいかないの。うかうかしてると、ユージーン将軍たちが突撃して倒しちゃいそうだしね」

「あー、あの真っ赤なおっきい人かあ。あの人なら確かにあり得るかも。でもあの人、正直ちょっと苦手かも」

「そう? 見た目はちょっと怖いけど不必要に威圧するようなことはしないし、良い人だと思うけど」

「うーん、そうなんだけど……昔通ってた学校で一番厳しかった体育の先生に、ちょっと似てるんだよ。ボク、マラソン苦手だったからよくビリになって『根性が足りん!』って怒られちゃってさ」

 

 コワかったなあ、と苦笑するユウキ。おそらく昔気質な厳しい教員だったのだろう。アスナの通っていた学校にはいなかったタイプだが、確かに理屈を精神論で押し切ろうとしてくる点を考えると、自分としても苦手な部類に入りそうだ。

 

 などと考えていたら、

 

「……あっ!」

 

 唐突にユウキが何かに気づいたような声を上げた。付近にモンスターの気配はない。何か思い出したことでもあるのだろうか。

 

「どうしたの?」

「ねえアスナ。この真っ白な道を二人きりで歩くのって、なんだかデートしてるみたいじゃない?」

 

 話の流れガン無視で、かつ予想外の答えが返ってきた。思わずガクッと身体が傾く。

 

「あ、あのねユウキ、そういうのは気になる男の子と歩いてる時に言う台詞だよ? 女の子が女の子を相手にして言う言葉じゃないの」

「えー。ボク、アスナとならお付き合いしたいのになー」

「だーめ。ちゃんと自分でお婿さん探しなさい」

「ちぇー」

 

 ユウキは口を尖らせて幼子のようにすねて見せたが、すぐにいつもの混じりっ気のない笑顔に戻る。ころころと変化する表情は本当に見ていて飽きず、天真爛漫な妹が出来たらこんな感じなんだろうな、という暖かな気持ちになる。

 

 ……しかし、ユウキという少女の内面は、その外見の朗らかさからは想像もつかない壮絶たる過去に満ちている。

 

 それが彼女を《絶剣》たらしめている要因でもあり、アスナがユウキと出会い友人になれた理由でもあることが、尚更彼女の存在を特殊にしていた。一か月程前、あの二十四層の樹の下で出会ってからの日々は、ユウキ、そして彼女がリーダーを務めるギルド《スリーピング・ナイツ》と共にあったと言っても過言ではない。

 

 それほどまでにユウキの存在は自分の中で大きく、またかけがえのないものとなっていたことを、アスナは改めて実感していた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 二十九層のボスをワンパーティーで討伐する。

 

 先月、アスナはユウキたちとそう約束した。

 二十七層のボスは《スリーピング・ナイツ》六人にアスナを加えた七人で辛くも撃破できたのだが、二十八層に関しては叶わなかったためだ。まあ、打ち上げ後のノリと勢いに乗っかり、領主級三名に加えキリトやクライン、リーファという手練れ揃いの面子でなだれ込んだのだ。むしろ討伐できない方がおかしいような豪華メンバーだったため、仕方のないことではあったが。

 

 今は二月十五日金曜日の午後。討伐の決行は明日の昼前を予定している。些か急ぎ過ぎと思わなくもないが、先ほどユウキにも言ったように二十七層をワンパーティーだけで討伐されてしまったことを面白く思っていない、あるいは対抗心を燃やしている集団が出張ってくる可能性がある以上、予定をどれだけ早めても早すぎるということはない。

 《スリーピング・ナイツ》は不敗伝説を持つユウキを筆頭に、どのプレイヤーも相当な強さを持つ強力なギルドだ。自分が知識面を補いさえすれば、急いたところでことを仕損じる可能性は極めて低いだろう。

 

 それに、二月には大きなイベントが開催される。

 

 近くエントリーが締め切られ、同時に予選が開始される統一デュエル・トーナメントが行われるのだ。先日行われた大型アップデートにリソースを大量消費した関係で予定が急きょ変更され、非常に大きな盛り上がりが予想される準決勝以降は三月に分割開催されるとのことだったが、それでも予選に注力する以上、二十九層のボス攻略はできるだけ手早く行う必要がある。

 今回のアップデートで追加された新ギミックの練習には相応の時間を割かないと、デュエルで効果的に運用するのは困難極まると思われるということもあり、そういう意味でもアスナたちに悠長にしている時間はないのだった。

 

 追加されたギミックは大きく二つ。

 

 まず一つは、『和式詠唱魔法の追加』である。

 

 これまでALOの呪文と言えば、北欧神話の世界観になぞらえて古ノルド語が用いられていた。ほとんどのプレイヤーにとって未知であろう言語による呪文詠唱はいかにも魔法使いという気分をもたらしてくれている。

 

 しかし、レクト・プログレスからALOを受け継いだ新運営はここに幅を持たせようと考えたらしく、「和風の武装で固めているプレイヤーも多いなら、和風の魔法があってもいいじゃないか」という発想の元、試験的とはいえ三十以上の魔法を導入した。

 スペックやバリエーションなどは今後変化していくだろうが、すでに習得した知人曰く「トリッキーなものから純粋に強いのまでより取り見取り」とのこと。後衛組の戦術がさらに拡張されるのではと期待されている。

 

 もう一つは、『武器解放システムの導入』だ。

 

 そもそも武器解放とは何か。これはよく漫画などで見かける「武器の名前を叫んだら秘められた力を発揮できる」的なアレである。

 「解号」と呼ばれる日本語の詠唱に続けて武器名を唱えるなど、発動のキーとなる何らかのアクションを起こすことにより発動。時間や発動回数制限、発動代償などの縛りは存在するものの、どの武器種でも発現は可能。一対一のデュエルにおいて明確な「隠し玉」として行使することができ、ごく一部のレア武器に限られていた剣の特殊能力というものが、これによってより多くの武器に普及することとなった。

 

 習得には対象となる武器を装備した状態で多くの戦闘を経験する必要がある。しかも同じ武器から同じ能力が発現するとは限らない。

 これはキリトが説明するところによると、使用者の戦闘データを大量に蓄積することでそのプレイヤーの戦闘パターンに合わせて予め設定してある数種の能力の中から最適なものを発現させているのだろうということ。プレイヤーが増えたことで資金的に余裕が出来、つい最近新たなサーバー群を追加したからこそ可能な芸当らしい。

 

 無論、その能力の規模と武器のレア度は大きく関係する。

 その辺の店で売っている剣で鍛練を重ねた所で、発現する能力は単純な一時的ステータスアップや属性強化が関の山。しかし古代級・伝説級や希少鉱石から作り上げた武器ともなれば常識外の能力を手にする可能性も十分にある。

 

 逆にこれまで既に特殊能力を得ていた上位のレア武器は相対的に地位を落とす……と思われたが、こちらにもある程度の効果の拡張が行われたらしい。アスナの知っているところでは、ユージーン将軍の《グラム》は回数制限有りで多段透過攻撃が可能になったとか。

 

「タダでさえ反則気味の能力なのに、二刀でも防げなくなっちまったのかよ……」

 

 とキリトは苦い顔をしていたが、どこかのオレンジ髪プレイヤーは短刀一振りで勝利してみせたというウワサを聞きつけ、文句を止めて鍛練に励むようになった。

 

 ちなみに彼の持つ漆黒の片手用直剣《ユナイティウォークス》も解放できるようになったそうなのだが、その能力については教えてもらっていない。

 

 知人ではリーファが一度だけ、誰も見ていないところで武器解放時のキリトと対峙したことがあるものの、感想を聞いても「なにも言えないです」と首を横に振られた。

 武器解放から瞬く間に負けてしまったことだけはユイから教えてもらったが、それ以上は「次のトーナメントで使用するまでママにもナイショです」と言われてしまった。かつて極寒の地であったヨツンヘイムからかき集めた希少鉱石から鍛えた剣であるため、強力な氷結系の能力だと自分では予想している。

 

 ……ともかく、そんな二大アップデートにALO中が沸く中で開催される統一デュエル・トーナメントなのだ。盛り上がらないわけがないし、キリトやリーファ、ユージーンやサクヤといった強豪たちも参戦を表明している。勿論アスナも全力で挑むつもりだ。「バーサクヒーラー」などといういささか不本意な渾名を頂戴しているくらいであるし、手を尽くさないなど有りえない。

 

 そういうわけで、今日のこのフィールド行脚は明日の行軍ルートの最終チェックであると同時に、自身の戦闘技術の鍛練のためでもあったのだ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「――ゃぁぁあああああああああッ!!」

 

 裂帛の気合と共に突きを叩き込む。

 

 二十九層のフィールドモンスターは全て黒ローブを纏った人型・亜人型で構成されている。人の基本骨格を持っている相手というのは技の練習相手には最適だ。上段刺突から薙ぎ払い二連続、そして中段突きへと繋がる四連撃《カトラブル・ペイン》の最後の一撃をモロに受け、亜人型戦士モンスター『ダークネス・ブーマ』のHPが急減少する。

 一月前のユウキとのデュエルでは全て見切られ防がれてしまったが、フィールドモンスター相手でそんなことはまず起こらない。全ての斬撃が命中し、人間の胴体と豚の顔を併せ持つ亜人のHPはそのままゼロになった。

 

 アバターが爆散し飛び散るポリゴン片を浴びながら、前方向に短距離ダッシュ。疾駆の勢いを乗せた片手突きを正面の一体に浴びせてふっ飛ばし、袈裟、逆袈裟と二閃してHpを削る。

 

 別の固体によって横から振るわれた石斧の一撃をスウェーで躱し、お返しの刺突を二、いや三発叩き込んで体勢を崩してから、

 

「ユウキ! スイッチ!!」

「おっけー!」

 

 ユウキと高速スイッチで入れ替わる。

 

 一直線に飛び込んできたユウキの腕が霞むように閃き、敵の首に直撃。見事に刎ねて消滅させた。そのまま勢いを殺さずにぐりっと身体を捻り、先ほどアスナが吹き飛ばした一体に照準。凡庸な中段の構えよりやや剣を引き気味にして構え、重心を思いっきり下げてから……、

 

「せー、のっ!!」

 

 一歩踏み込んで跳躍。剣を振るのではなく構えたまま、体当たりのような恰好で突っ込んでいった。

 

 切っ先が敵の胴を捉えそのまま貫通。貫いた衝撃は凄まじく、刃が纏っていた深緑のライトエフェクトの瞬きさえ重みを持っているようだった。片手剣単発突進技《スカッド・アイ》。汎用で使い勝手がよく、ダッシュの勢いで威力が明確にブースト出来る優秀な技だ。

 

 続けざまにユウキは身体を捻り、残った三体のド真ん中にあえて踊り込んだ。同胞を斬殺され怒り狂った豚の亜人らが石斧を振る下ろすも、彼女の余裕に満ちた笑顔は一部も損なわれない。

 正面からの撃ち下ろしを右に一歩で避け、ほぼ同時に左右から襲い来る二撃は、左の一撃をサイドステップで躱しつつ、右の攻撃をパリイすることで難なく凌いだ。

 

 お返しとばかりに繰り出される水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》で右にいた敵を斬り伏せたユウキは一瞬だけこっちを振り返る。言葉に出さずともその意志を汲み取り、アスナは細剣を左肩に引き付け、ダッシュに備えて前傾姿勢を取る。

 

「おりゃぁ!!」

 

 可愛らしい掛け声と共に繰り出された刺突が敵の腹部に突き刺さる。肘を素早く折りたたみつつユウキが左に一歩ずれる。その隙間にすべりこむようにしてアスナは突進。敵は石斧を掲げて防御姿勢をとろうとしているが……構うものかと細剣をかかげ、

 

 

「響け――閃雅姫(レイグレイス)!!」

 

 

 能力を解放。

 

 形状変化はないものの、能力は十分強力。ガードを貫き一定割合のダメージを与える特殊能力『鎧徹し(アーマーピアース)』の純白の光をまき散らす刀身を、躊躇なく石斧に叩きつけた。

 

 同時に、併用したソードスキルの導きにより五連刺突《スターリィ・ティアー》が発動。星の頂点を穿つが如き連撃が狙い澄ましたように石斧の腹に全弾命中する。切っ先が直撃するたびに真っ白い光の刃が石斧のガードをすりぬけガラ空きの胴へと突き刺さった。

 

 倒れゆく豚亜人の身体を躱し、技後硬直時間を消化する。迫りくる最後の一体へ向き直ると同時に左に頼もしい気配を感知。しかしそちらを見ることなく、自然に細剣を引き絞り、

 

「「――せぁああああああああああッ!!」」

 

 寸分違わずシンクロした気合による同時単発刺突で、敵の頭部を貫いた。 

 

 『ダークネス・ブーマ』の群れが全滅したことを確認し、いぇーい! と喜ぶユウキとハイタッチする。自身を追い詰め摩耗するでもなく、八つ当たりでもない。ただ純粋に親友と一緒に戦えているというこの現状が、とても大事なことなのだとアスナは感じていた。

 SAOでは狩りを楽しむなんていう思考になったことはほとんどなく、いずれの戦闘も己の研鑽という確固たる目的の下で行っていた。数値的強さに固執していたあの頃の刺々しさを思い出すと、今でも少し恥ずかしいような悲しいような、そんな感覚を持つ。

 

「やー、順調順調っと。にしてもアスナ、《レイグレイス》の解放ってキレイだよね。なんだか聖なる光の剣って感じがしてさ」

「ありがとう。ユウキの《マクアフィテル》の解放って見たことないんだけど、そっちどんな感じなの?」

「うーん、刀身が濃いアメジスト色のエフェクトを纏うって感じかな。どうせなら金ぴかー! とかの方がカッコよかったのに」

「そ、その真っ黒い剣から金ぴかー、にスタイルチェンジするのは、ギャップ的にどうなんだろう……」

 

 苦笑しながら、アスナは先ほどの戦闘を思い返していた。

 

 ユウキとペアとなって戦線に立つのは先のボス戦でも経験済みだが、やはり彼女は強い。戦闘のセンスや体捌きの鋭さも圧巻だが、何よりもまず動きの速さが凄まじい。先ほどのようなフィールドモンスター相手の通常戦闘では問題なくついていけるが、全力を出されるとどうしてもワンテンポ遅れてしまう。

 あの速さに追いつけそうなのは、アスナの中では二人しか思いつかない。

 全盛のステータスの状態で二刀を持ったキリトか、あるいは……あの《死神代行》こと一護のどちらかだ。後者は医学部合格という快挙を見事成し遂げたらしく、そろそろALOに引き込もうとキリトがあれこれ画策していたのを覚えている。

 

 ……もし一護がユウキと出会い、そして戦うことになったらどちらが勝つのか。

 

 両方ともプレイヤー相手に負けたところを見たことはない。

 一護はSAO時代の《縮地》に代表されるようスピード寄りの剣士で、斬撃と《残月》《過月》というような単発遠距離攻撃を使い分けるスタイルだったはずだ。

 ユウキも同じくスピードタイプだが、こちらは直剣使いらしく刺突が中心。ソードスキルも手数と速度を重視したチョイスを好み、一護とは対照的である。

 

 もしもあの二人が戦うことになれば、きっとSAOの最後の決戦に匹敵するような激戦となるだろう。

 

 見てみたい気もするが、それにはまず二十九層のボスを討伐し、かつVRMMOに、というか新生アインクラッドにそっぽを向きそうな一護をどうにかしてALOに連れてくる必要がある。

 

 後者はキリトやリーナが頑張ってくれているだろうから、まずボス攻略を成功させる必要がある。この後に怒涛の如く控えているイベントに憂いなく参入するためにも、まずはこの最初の難関をクリアしなければならないのだ。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

主に初登場のユウキの描写に慣れるためと、新設定お披露目のためのお話でした。
……ところで《マクアフィテル》と《マクアフティル》、どっちが正しいんでしょうかね?
尚、キリトの《ユナイティウォークス》の能力はUW編で出てくるあの超絶チート能力ではありません、一応、念のため。

一護が呼んだ「アイツら」は次話にて登場します。面子は二人、男と女が一人ずつの予定。



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Episode 32. Under the Imitation Sun

お読みいただきありがとうございます。

三十二話です。
前半は一護視点で、後半はアスナ視点(今度こそ)です。

宜しくお願い致します。


 朽木ルキア。

 

 アバターネーム《ルキア/Lucia》。

 種族《シルフ》。

 

 

 茶渡泰虎。

 

 アバターネーム《チャド/Chad》。

 種族《ノーム》。

 

 

 この二人がALOのシステムに慣れるのに昨日、二月十五日の午後一杯かかっちまった。

 

 チャドはともかくとして、機械音痴のルキアにVRのシステムを教えるのがすげー大変だった。横文字が通じねえし、現世のゲーム事情なんざ一ミリも知りやしねー。ローマ字入力すら無理ときた。

 しょーじきな話、ログインすんのに三十分以上経過した時点で「やっぱ人選ミスったか」とちょっと思っちまった。何やかんやでどうにか馴染んだから、結果オーライだったけどよ。

 

 

 昨日の朝メシ後。

 

 リーナの提案でALO行きが確定した俺は、せっかくだし空座町の知り合いも連れてってみるかと思いついた。特に、ゲームをやったことがない死神を一人は連れていきたいと考え(それで散々苦労してりゃ世話ねーが)、とりあえずルキアと恋次、それに石田とチャド、最後に経験者枠で詩乃を誘ってみた。ALOのパーティは七人制らしいし、俺とリーナを合わせたらジャストになると考えてのメンツだ。

 

 だが、石田は先月まで滞在してたドイツ留学のレポートで忙しくてムリ。

 詩乃は浦原さん家の地下勉強部屋で恋次……と遊び半分の乱菊さんに戦闘の稽古を付けてもらってるらしく、この二人もバツ。

 で、ヒマしてたチャドと朝の定期巡回から帰ってきたルキアに声かけて、四人でALOに向かうことになった。当然、アカウントどころかアミュスフィアさえ持ってない。

 

 だからここで浦原さんの「貸し」をチャラにすることを条件にして、ムチャぶりをふっかけた。

 

 要求内容は二つ。

 一、二人分のアミュスフィアを用意すること。

 二、ネットオークションで売られてる無数の「ザ・シード連結体内コンバート有効アバター」から、ハイレベルアバターを二人分探し出して即決で買うこと。

 

 ネット上でネトゲで使ってたアカウントのデータを取引してるらしいことをリーナから聞いて、ルキアとチャドの戦闘スタイルに合いそうなパラメータを持ってるヤツをソートかけて探し出した。

 二つ合わせるとけっこうバカになんねえ経費のハズだ。帽子の下の顔が引きつってたしな。けどまあ、人の肖像権侵害しまくってた罰としちゃ、妥当なトコだろう。ちゃんと用意してくれたし、とりあえずはこれで良しだ。モチロン、再販なんてしたらまたふっかけるが。

 

 

 そんな流れで入手したアバターでログインした二人と、白いネコミミ生やしたリーナ、そんで俺の四人でALO入りして、エギルの店で装備回収。卍解の衣装を取り戻して(ルキアには相当ツッコまれたがスルーした)から、基本的なシステムをリーナと二人がかりで伝授しつつ戦闘に慣れるのに六時間を費やした。

 

 俺自身も覚えとかなきゃなんねえコトがあった。

 知らない間にアップデートが来たとかで、武器解放システム……っつーかモロ斬魄刀システムと、和式詠唱……鬼道みたいなモンが追加されてたからだ。おいキリト、記憶実現のシステムは消されたンじゃねーのかコラ。嘘か、嘘だったのかよアレ。それとも茅場か、AIになってる図太いあのヤローの仕業か。

 

 ……まあ、そんなワケねーな。多分。

 

 とりあえず、武器解放の出処は十中八九俺の記憶だろう。どーせ消去前に映像化された記憶を運営サイドに見られてたとか、そんなオチな気がする。

 

 逆に、鬼道の方は俺の記憶を基にはしてねえはずだ。

 詠唱も効果も全然感じが違うし、何より俺自身が鬼道の詠唱の言霊なんざ一つも覚ちゃいない。そもそも詠唱聞いたことがあるのなんか、藍染の『黒棺』と浦原さんの『千手皎天汰炮』くらいしかないハズだ。ドッチもクソ長かったし、一ワードたりとも記憶に残ってねえ。

 

 

 ンな感じで新システムについてアレコレ考えたり、無表情のネコミミリーナをルキアが愛でたり、羽根の生えたチャドが予想以上にシュールだったりと、バタバタやってる間に一日が終わっちまった。

 

 次の日が土曜ってこともあり、「ンじゃ明日の朝から試しにフィールドに出てみるか」ってことで昨日は解散。そんで今日、つまり二月十六日の午前九時からALOの上空に浮遊する忌々しいアインクラッド二十九層に集合。現在は迷宮区へと続くフィールドダンジョン内のメインの道を絶賛ダッシュ中だった。

 ……なんで走ってンのか? 二十九層レベルのモンスターが物足んねえからって、リーナが情報屋で買ってきたモンスターハウスの座標まで急行するハメになったからだ。

 

「――しかし、ここは虚夜宮によく似ておる。あそこはここ程建造物が密集してはなかったが、この砂や建物の白さと空の青さは、天蓋の下を彷彿とさせる」

 

 数年前、俺がSAO内で初めて来たときに思ったのと同じことをルキアが呟いた。

 

 黒ローブの下にシンプルな白い着流しを着込み、腰には純白の日本刀《凛刀アヤメ》を帯びている。魔法の支援効果があるとかで、それを活かすべくすでに持ってたナゾ言語の詠唱魔法をスロットから消去する代わりにいくつかの和式詠唱魔法を習得してた。

 

「……ム、そうだな。あまりいい思い出じゃあないが」

 

 ルキアの言葉に、チャドが同意を返す。

 

 黒ローブから覗く身体は現実同様の筋肉モリモリマッチョマンのそれで、服装はシンプルなアーミー調のボトムスとゴツいブーツ、トップスは身体にフィットするタイプのロンTで、武器の代わりに特殊効果付きのレア手甲を装備してる。元が筋力寄りのアバターだし、徒手格闘でも充分戦えるみたいだ。

 

「なに、二人とも。スペインかイタリア観光にでも行ったことがあるの?」

「……うむ、そんなところだ。茶渡の言う通り、あまり良い思い出は出来なかったがな」

「ルキア、リアルネーム……じゃなかった、現実世界の名前で呼ぶの禁止」

「お、すまんな。ついうっかり……む、待てリーナ。なら私と一護はどうなるのだ」

「知らない。自分の名前をそのまんま付けたのが悪い」

 

 にべもなく言い返したリーナは相変わらずの無表情だったが、見た目はSAO時代と大きく様変わりしていた。

 

 膝上まである藍色のケープコートを身に纏い、防具はシルバーのガントレットと胸当てだけの軽装。下は膝上丈のスカートとニーソックス、細身のブーツだ。腰には短剣《デモンズミラー》を装備してる。

 何より変わったのが、その下あたりから伸びる白い尻尾と頭の上でぴこぴこしてるネコミミだ。俺に会うなり振り向いた格好で「かわいい? 萌える?」とか聞いてきたが、返事の代わりにゆらゆら揺れてる尻尾を掴んでやったら素っ頓狂な声を上げて真っ赤になってた。どうも「ヘンな感じがするからイヤ」らしい。

 

「……一護」

 

 先頭を走る俺に追いついてきたチャドが話しかけてきた。俺より頭一つ分大きい図体を見上げると、現実とよく似た黒眼が俺を見ていた。

 

「……お前は二年以上、この世界で戦ってきたんだな」

「まあな。おかげで三浪だ、いいメイワクったらねえよ」

「だが、その割には感慨深そうな表情をしているぞ」

「気のせいだろ」

「……そうか」

 

 そう言ってチャドはフッと笑う。そうとも、気のせいだ。ALOならともかく、この忌々しい鉄の城そのものに良い感情なんざ一かけらも持ってねえ。

 

「リーナ、この先はどっちに進みゃいい」

「そこの突き当りを右、そのまま百メートル進んだ左の小部屋が目的地。この辺りは《隠蔽》スキルだけじゃなくて《索敵》スキルも効きにくいから、曲がり角の敵に注意――」

 

 リーナの言葉を聞きつつT字路に到達。減速することなく直角に曲がろうとして――、

 

 

 ――真左からすっ飛んでくる黒い影が目に入った。

 

 

 脊髄反射でしゃがんだ俺の上すれすれを鋭いナニカ――おそらく武器が通過。俺は天鎖斬月を振り上げ、間髪入れずにカウンターを敢行する。が、影は武器を引き戻しつつ素早く身を翻し、俺の斬り上げを回避。続けざまに刺突の連打を放ってきた。

 

「チッ! コイツ……!」

 

 悪態を吐く俺だったが、余裕は微塵もなかった。

 

 次々に突き込まれる連続の突き技、その速度が異常に速かった。久々のVRってのを差っ引いてもキツい。一歩間違えれば直撃を被りそうな鋭さのそれを何とか無傷で躱しきり、その間隙、一拍空いたスキを突いて返しの斬撃を放つ。

 

 今度も難なく防がれたが、今度は単発じゃ終わらせねえ。続けて袈裟の一閃、躱したところに上段刺突、首を捻って体勢がわずかに傾いた瞬間に回し蹴りを叩き込んだ。

 

 影は俺の蹴りをガードした衝撃を利用して大きく飛び退り、攻防で乱れた体勢を整えた。それに合わせてこっちも刀を構え、意識を研ぎ澄ます。

 あの連撃速度、おそらく二刀のキリトと同等かヘタすりゃそれ以上だ。同じ刺突メインの戦い方をする知り合いにアスナがいるが、アイツよりも速いように感じる。体捌きの鋭さやコッチの攻撃に対する反応の敏感さもヤバい。ナメてかかったら確実に負ける。油断禁物、次は必ず斬るつもりで間合いを詰めてやる。

 

 俺の右横にリーナが、左横にチャドが並びそれぞれ構えをとる。後ろでルキアが魔法の発動体勢に入ったのが分かった。相手は相当な手練れだ。複数対一でも卑怯とか言ってらんねえ。

 

「……奥から増援が来る! 全員注意!」

 

 そうリーナが警告すると同時に何人もの黒ローブを纏った集団が出現、最初の襲撃者の後ろについた。数は全員で七。ワンパーティーでこんなトコにいるってことは、プレイヤーキル専門の連中かなんかか。

 数じゃ負けてるが、コッチは死神二人に超人一人、そんでSAO最強の短剣使いだ。人数面の不利を押し返せるメンツが揃ってる。PKの集まり七人ポッチに、そう易々と負けてたまっかよ――。

 

 

「――ユウキ、大丈夫!? って……あれ? リーナ?」

 

 

 なんか聞き覚えのある女の声が響いた。

 

 出処は七人集団の後方、後衛っぽい位置にいるヤツだった。魔法の杖的なアイテムなのか、細っこい木の枝を片手に握っている。リーナの名を呼んだっつーことはコイツの知り合いなんだろうが……。

 

「……なんだ、誰かと思ったら……一護、武器を下ろして。私たちの古馴染み」

「あ? 俺らの、ってことはコイツSAO組かよ。けどいきなり仲間に特攻しかけさせるアホは俺の知り合いにはいねえ……」

 

 言いかけ、俺はその後衛の女の顔を見て言葉を切った。

 

 フードで良く見えてなかったが、注視したその先にあったのは仮想でも現実でもけっこう良くみてるアイツの顔にソックリだった。髪色がキッツい水色になってるトコを除けば、SAO時代となんも変わってない。そういえばさっき響いた声もそのまんまだった。

 

「ありがとリーナ、それに一護も来てたんだ……えっと、とりあえず、いきなり襲撃しちゃってごめんなさい。私も皆も、悪気があって襲ったわけじゃないの。久しぶりの再会がこんな形になるなんて思ってなかったけど、まずは説明させてくれるかな」

 

 

 そう言って、結城明日菜ことアスナは、フードの下の顔を苦笑の形に綻ばせた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Asuna>

 

『ボス攻略専門ギルドが二十九層のフロアボス討伐に向かった』

 

 ユウキたちスリーピング・ナイツの元にその情報が届いたのは、迷宮区に向けて出発する予定時刻の五分前のことだった。

 

 アルゴに二十九層のボスに関連する情報があったら連絡してくれるように頼んでおいたのだが、彼女の報告によれば、二十七、八層で私たちにボスをかっさらわれた連中が仕返しに燃えているようで、SAO生還者と思われるプレイヤーを仲間に引き入れて高速攻略に乗り出したらしい。行軍速度を重視したため人数は三十人に満たない程度。しかし精鋭ぞろいの可能性が高い、とのこと。

 

 知らせを受けた私たちは「道中で遭遇したら躊躇なく襲撃して出し抜くこと」を決めて、そのまま迷宮区目指して突撃。序盤はモンスターか一般プレイヤーかを一瞬止まって判断するようにしていたのだが、いくら走っても前を行くはずの集団に追いつけず、焦りが生まれていたところで彼らにエンカウントしてしまった。

 目の前にいきなり現れた人影に驚き、ユウキが加減なしほぼ不意打ちで放った刺突を弾かれた時は「これが例のSAO生還者か」と思い、同時にその技量に驚愕した。常人では絶対に避けられない速さとタイミングだったのに相手は伏せて回避し、そのまま接近戦に応じて見せた。この人一人に対し自分たち七人がかりで押し切らないと、ボスまで体力を温存するのは困難かもしれないとさえ思った。

 

 ……けど、蓋を開けてみればそれは半分だけの正解だった。同じ生還者でも、彼はギルドに属さずただ一人の相方と共にあの鉄の城をかけた《死神代行》。

 

 一護。

 

 キリトくんでさえ「正面から真っ当に戦ったら多分勝てない」と言い、団長や須郷にも打ち勝った人。私の知る限り、ユウキと双璧を成す「最強」のプレイヤー。

 

 その一護たちと合流した私たちがまず行ったのは誠心誠意の謝罪だった。

 

 やったことは昔自分が散々忌避した無差別PK集団のそれと変わらない。相手が一護だったから良かったものの、常人だったら確実に首が飛んでいる。いくらALOがPKを承認しているとは言ってもマナー違反甚だしい行為だったことには変わりないわけで、

 

「ほんっとにごめんね。他の人たちよりも早くボス部屋に辿り着かなきゃってことだけで頭が一杯になってて、つい、うっかり……」

「ついうっかり、で殺されかけたのかよ。オメーの腕だとシャレになんねーぞ、それ」

「うぅっ、ごめんなさい、一護……なにかお詫びの印とか、あげた方がいいよね。ボク、戦闘以外のスキルってあんまり高くないんだけど、一護が望むなら渡せるものは喜んで渡すし、出来る限りのことはするから……」

「……一護。いたいけな少女相手に昼間っから十八禁展開に持ち込むのはだめ」

「そっち系に思考回路が直結してるオメーの方が千倍ダメだろリーナ!」

 

 ……みたいな会話の末に「貸し一つ」でひとまず納め、その上で改めて事情を説明し、暫定で同盟を結んでボスの部屋まで駆け抜けることにした。

 

 ちょっと話しているうちに判明したのだけれど、一護といつも一緒のリーナの他にいたのが茶渡さん……アバター名チャドさんだとは思わなかった。現実世界の碑の前で会って以来だったが、向こうと同じ筋骨隆々の巨躯に優しい色の瞳は忘れようもなかった。

 しかも残るもう一人が年末にたまたま西東京で会った朽木さん……アバター名ルキアだったのにお互いが気づいた時は、世間はこんなにも狭いのかと驚愕した。こんな近場で繋がってるだなんて、全く以って思わなかった。

 

 

 その繋がりのド真ん中にいる黒衣の死神さんは、私のすぐ前を走っている。アジリティとステ振り傾向の関係で、彼の横を走っているのはリーナとユウキ。その後ろに私とルキアとチャドさん、スリーピング・ナイツの面々が続く陣形を作っている。

 迷宮区内は「偽の太陽」の影響がないため、黒ローブは取っ払っており、だいぶ開けた視界の中を可能な限りの最高速で走り抜けていく。

 

「――やー、けどさっきはビックリした! 一護ってスゴいねー、初対面でボクのド至近距離攻撃を、しかも真正面から躱しきられたのなんて初めてだよ」

 

 立ち直りの早いユウキの屈託のない笑顔を横目で見下ろしながら、一護は通常運転のしかめっ面で応える。

 

「そっちの剣速も相当じゃねーか。何だよアレ、武器解放ってヤツか?」

「ううん、ボクの武器の能力はまた別。人前で使ったことなんて、二回くらいしかないけどね。一護の方こそ、あれって武器解放の恩恵?」

「ちげーよ、デフォでアレだ。オメーと違って人前で使いまくってるけどな、能力」

「噂に違わない絶剣の神速……間近で見たのは初めてだったけど、やっぱり変態的に速い。同じ神速変態仲間で気が合うんじゃない? 一護」

「その言い方、さては詩乃から聞き出しやがったな……つか、さらっとケンカ売るんじゃねーよテメーは。尻尾掴んでその辺に放り捨てるぞ」

「……へ、ヘンタイなのかな。ボクたち」

「ンなわけあるかよ。心配すんな、食い物以外でコイツの言う事は大体誇張塗れだ。話半分に聞いてやりゃ十分だろ」

「むぅ、いけず」

「シカトしねえだけありがたいと思っとけ」

 

 益体もないことを話しつつ、三人の目端は常に通路の両端に走らされている。あれで警戒を怠っていないのだから、器用だなあと感心してしまう。

 

「あの、ご迷惑をおかけしてすみません。私たちのわがままに付き合わせてしまう形になってしまって」

「……ム、問題ない」

「そうよシウネー。ここにいる四人は四人とも優しい人だし、誰も迷惑だなんて思ってないわよ、きっと」

「いえ、けれど先頭を走っている彼は中々不機嫌そうにしてますし……」

「構うな。彼奴は元からああなのだ。本当に機嫌が悪化すれば平素からの口調の荒さがもっと酷くなるはず。あの面構えは奴なりの真剣な面だ。放っておけばいい」

「な、なるほど」

「ねーねーアスナさん。あのオレンジ髪の人さ、コートに袴に足袋草履っていうすっごいヘンなカッコしてんのね。アレ、彼の趣味?」

「の、ノリ! 一護に聞こえちゃうってば……まあ、確かにちょっと傾いた服装してるけども……私もよくは知らないけど、あれはシュミっていうか、一護の定番スタイル……みたいなイメージ?」

「ふーん。そんなナリでユウキとカチ合える強さとか、ほんと変わった奴なんだなー」

 

 後方支援職ということで陣形の中央に位置するスリーピング・ナイツ唯一のメイジ・シウネーと、その護衛に就いているスタッフ使いのノリを交えてそんな会話をしていた時、前方に集団が見えてきた。まだボス部屋までは距離があるはず。私たちが追っていることに気づいてここで迎え撃つきだろうか。

 

 遠目に見て人数は三十人に行かない程度。配分は前衛後衛で二対一と見える。キリトくんとクラインさんが二人がかりで五十人を抑えたときよりはマシかなと思うけど、それでもやはりキツい。

 

 と、疾走を止めない一護の横からリーナがスッと下がり、私の横に並んできた。

 

「……一応訊くけどアスナ、交渉の余地は?」

「ないでしょうね。この前の戦闘であの人たちの面子丸々潰しちゃったし。それに……」

 

 一度言葉を切り、視線を前に移す。そこには武器を構える前衛・中衛陣、そして杖を振りかざす後衛陣の姿があった。完全な戦闘準備。

 

「見て。もう後衛のメイジ隊が攻撃魔法の詠唱体勢に入ってる。まずは魔術の雨を掻い潜りつつ戦線を突き破って後衛にダメージを与えないと……」

「……あの杖を持っている奴らを倒せばよいのだな?」

「る、ルキア? う、うん、そうなんだけど……」

「よし……一護、連中の前列を斬れるか?」

「ッたり前じゃねーか。ユウキ、ちょっと退()いてろ」

「へ……ぅひゃあっ!?」

 

 ユウキの首根っこをむんずと掴んだ一護はそのままポイッと彼女を脇に放り、入れ違いで進み出たチャドさんと肩を並べる。一度視線を躱し、ニィッと不敵な笑みを交わした後、

 

「――先手必勝。行くぜチャド!」

「……ム!」

 

 疾走をさらに加速させつつ、一護は黒い日本刀を、チャドさんは右の拳を振り上げる。さらに私の横ではルキアが純白の日本刀を抜き放ち、左手を前に突き出し詠唱体勢に入る。

 

 まさか、この人たちっ……!

 

「月牙――天衝!!」

「……カノン・ブロウ!!」

 

 予想的中。直前の打ち合わせほとんど抜きでおっ始めてしまった。

 

 初っ端に最大火力を叩きつけるべく、一護が放った黒い三日月型の巨大な斬撃と、チャドさんの打ち出した拳型の青白いエネルギー塊。それらが敵戦列中央に直撃し、凄まじい爆音を轟かせる。次いで襲い来る爆風に、私やユウキたちは思わず顔を覆ってしまう。

 

 そんな馬鹿デカい初撃を成功させた二人が左右に避けたスペースに進み出たルキアが、低く凛とした声で詠唱を開始する。

 

 

『裂ける哀惜(あいせき) 焼ける小人

 

 (まき)(ふね)灯火() (かばね)を焦がす

 

 ――炎詩(えんし)参章(さんしょう)昇華葬(しょうかそう)》!」

 

 つい最近追加されたばかりの日本語詠唱魔法。

 

 全十章中三章、中級やや下に位置する広範囲火炎系魔法が発動し、飛んで行った火球が一護たちの攻撃で抉れた戦線を貫き敵後列に着弾、戦列の後ろ半分を炎上させた。これで魔法詠唱は失敗(ファンブル)したか。

 

「……てめえら、調子に乗ンなよっ!!」

 

 いきなりの攻撃に怯んだかと思いきや、戦列の中から一人の騎士装備のプレイヤーが飛び出してくる。身のこなしからして彼も手練れ、私の記憶が正しければ、この合同ギルドの頭領を務めている男だ。

 さらに、比較的立ち直りが早い前衛職の面々も体勢を立て直しつつある。ここから先は乱戦になる、そう覚悟し、滾る剣士の血を押さえながら回復役として全員のHPを見渡していると……、

 

「出て来やがったな……ルキア、でけェの一発いけるか?」

「十秒抑えろ、そうすれば詠唱しきれる」

「分かった。ンじゃリーナ! チャド! 二十秒でいい、周りの連中を抑えてくれ!!」

「了解」

「……ム、わかった」

 

 短剣を抜き放ったリーナと拳を構えたチャドさんが左右の敵と対峙する。一護はそのまま刀を振り抜き、騎士装の男と斬り結び――、

 

「――ォオオオオおおお、ラァッ!!」

 

 

 気合と共に足刀一閃。二の太刀を繰り出そうとしていた男の両手剣を根元から()()()()()見せた。

 

 

 攻撃判定が存在しない技の出始めに脆弱部位に強烈な打撃を当てることで武器を壊す。キリトくんの十八番でもあるシステム外スキル《武器破壊(アームブラスト)》だ。

 団長との戦いの終盤、あの土壇場でも繰り出したあの絶技により、レア物と思われる見事な装飾の両手剣はポリゴン片となって砕け散っていった。

 

「うっ……そぉ……。武器、蹴りであっさり折っちゃった……」

 

 ユウキが絶句するその姿に、ああコレ何だか先月にもあったなあ、と強烈な既視感を覚える。やっぱり彼らの規格外っぷりは凄まじいものだと改めて実感させられた。

 

 一護は容赦なく刀を振り抜き、騎士装の男の胴にゼロ距離の《月牙天衝》を叩き込む。黒い炎にすら見える斬撃が後ろから迫るプレイヤーさえも巻き込みかねない範囲で解き放たれ、男のHPをゴリゴリ減らしていく。

 いかに痛覚が消されているとはいえ、今男の胴体内は凄まじい不快感が席巻しているだろう。碌に反撃することもかなわず、男は後方にふっ飛ばされる。

 

 そして、そこに追い打ちをかけるようにルキアの詠唱が重ねられる。

 

『石の心臓 雄馬(おうま)の如し

 

 岩の雁首 泥濘(どろ)の如し

 

 砥石で彼の額を潰し

 

 迫る鉄槌 ()の如し――』

 

「リーナ! チャド! 後ろに跳べ!!」

 

 一護の叫びに、抑えに回っていた二人が大きく後退する。同時に詠唱が完成したルキアの左手に稲光が宿り、

 

「――雷詩(らいし)陸章(ろくしょう)(てい)(てき)(てん)(てつ)》!!』

 

 術名宣言と共に腕をフルスイング。

 

 敵陣目掛けて紫電の鎚が残光を曳いて飛翔し、騎士装の男に命中。バリバリと大気を引き裂くような苛烈な音と眩いスパークをまき散らし、あっという間にHPをゼロまで削り取ってしまった。

 術のランク的には中の上から上の下だったはずだが、流石に月牙との合わせ技で出されてしまっては一溜りもなかったようだ。完全にオーバーキルな気もするけども。

 

「ふむ、鬼道と端々で似てはいるが、こちらもこちらで中々に使いやすいな……」

「感心してる場合かルキア! とっとと次の魔法唱えろ!」

「そう急くでない。相変わらずせっかちな奴だな、貴様は」

「うるっせえ!! こちとら数で負けてンだ! 俺の月牙もチャドのエネルギー砲も弾数制限がある以上、オメーの魔法が殲滅火力になるに決まってンだろーが!」

「……一護、ルキア、漫才はそこまで。敵さんがわらわらやって来るから、大人しく迎撃する」

 

 リーナのツッコミにより、一護は舌打ち混じりにチャドさんの横に並んで刀を構え、ルキアも次の詠唱準備に入る。リーナは下がりつつ手をかざし既存の古ノルド語による詠唱を開始。一護たちに支援(バフ)をかけようと試みる。

 

 そんな彼らを唖然として見ていた私たちだが、慌てて再起動。このままボケッと見てるわけにもいかない。

 そんな私の思いを感じ取ったように、真っ先にユウキの気配が変わった。戦闘時特有の鋭い雰囲気を纏い、一直線に突貫。黒い流星となって敵陣に衝突し、持ち味の神速刺突を叩き込んで先頭の一人をふっ飛ばして見せた。

 

 すかさずカバーするために敵の剣士が襲い掛かってくるが、ユウキに到達する前にチャドさんの剛腕に阻まれ、逆にガッチリ掴まれてポーンと放られてしまった。

 

 それを掻い潜った剣士も、一護に斬撃を止められつばぜり合いに。そのまま強引に押し切る……と見せかけ、一護は刀を手前にクンッと引き、相手の体勢を崩す。

 

 相手がよろめいたそのスキに一護は逆袈裟で肩口から深々と斬りつける。相手の剣士がさらに大きく前のめりになったところへ、横から突っ込んだユウキの単発重突進刺突技《ヴォーパル・ストライク》が炸裂。男の身体を敵陣後方に届く勢いで突き飛ばした。

 

「ズイブン長い見物だったじゃねーか。そのまま下がっててもいいんだぞ?」

「まーたまた、一護ってば大見得切っちゃって。ボクもやるよ、ここまで来たのはボクたちが言い出したからなんだし、キミたちに任せきりにしないでちゃんと戦わないと!」

「そうかよ。んじゃいっちょ、共同戦線といくか」

「……ム、そうだな」

 

 一護、チャドさん、ユウキ。

 

 最前衛の三人が肩を並べて敵をけん制する。さらにそこにスリーピング・ナイツから大剣使いのジュンと盾メイサーのテッチが加わって、即席の五枚看板で敵と向き合った。

 中衛には魔法射程の短いリーナとノリ、それからランサーのタルケン。

 後衛に私、シウネー、ルキアが付いた。

 

 十一人対二十人超。

 

 二倍の人数差があるこの現状、SAO時代なら退いていたかもしれない。戦力を整えてから確実に殲滅できる規模でないと戦いなんてしなかったから。

 

 けれど今ここにいる仲間となら、ユウキたちとなら、一護たちとなら、何とかできそうな気がしてくる。根拠のない自信、きっと「信頼」という名称のその感情を持てることが嬉しく思えてくる。

 

 

 短杖を握り締め、続々と刃を交えていく仲間達の背中を見ながら、私は今の己と己の仲間を誇りに思いつつ声高らかに呪文を唱えていった。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

やっと卒研が一段落しましたので、急ぎ執筆しました。
お待たせして申し訳ないです。

原作の魔法詠唱、アレは北欧神話の原典をそのまま引っ張ってきているんでしょうかね?
筆者の手元にある和訳に見当たらないということは、やはり河原先生オリジナルということでしょうか、それとも本によって違うのか……。

与太話は置いておいて、次回はキリト登場です。
某ネコミミ領主さんも出るかもしれません。



※オリジナル魔法について

壱章が最弱、拾章が最強。
詩の前に各属性を表す一文字が入る。
それぞれの詠唱は北欧神話のワンシーンを切り取って作った。厨二心が滾る滾る。

《昇華葬》
火属性広範囲攻撃魔法。
火球の着弾した地点を中心とした同心円状に火属性の攻撃を行う。
アスナが言っていたように、中級ちょい下くらい。

《霆擲天鐡》
雷属性継続型攻撃魔法。
雷鎚の着弾した地点またはプレイヤーとその周囲のプレイヤーに、一定秒数雷属性の魔法ダメージが入る。麻痺のバッドステータスを一定確立で付与する上、ダメージ量はけっこうエグい。
中の上から上の下、中々にハイレベルな魔法。


ALOに入って間もないルキアがこれらを使えたのは、覚えていた既存魔法をアイテムを使って忘れ、それにより得たポイントを日本語魔法に振りなおした結果である。



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Episode 33. Vest Glory

お読みいただきありがとうございます。

三十三話です。
キリト視点で書きました。

宜しくお願い致します。


<Kirito>

 

「……なあ、キリト君。彼は本当にここに来るのだろうか」

 

 俺の隣に立つシルフ族領主・サクヤさんがやや疑念混じりの声を上げた。

 

 切れ長の目を細め、腕組みをしてしきりに空を眺める姿は、まるで意中の人の到着を待ちわびる大和撫子のようで、実に様になっている。

 これでシチュエーションがショップの立ち並ぶ大通りだったら満点だったのだが、生憎とそんなロマンチックな状況ではない。

 

「大丈夫さ。奴は必ずここに来る。アリシャさんと手を組んで策を練ったんだ。成就しないはずがない」

「呼び出す場所がこのようなところであっても……か?」

「ああ。見世物になることを好むような奴じゃないのは確かだけど、それ以上に自分の醜態を知られることの方が嫌だろうからな」

「……まあ、私より付き合いが長い君が言うのならそうなのだろう。しかし彼も災難だな。圧倒的に不利なシチュエーションに半強制的に呼び出されるのだから」

「人目を気にせずヘマをやらかす方が悪いんだよ。借りを返すためなら利用できるものは全て使う。戦闘力の強靱さだけが『強さ』じゃない、ってね」

 

 そう言って苦笑するサクヤさんに、ニッと笑みを返してから、俺は周囲を見渡した。

 

 俺たちが今立っているのは半径二十メートルはあろうかという巨大な真円状のグラウンド。それをぐるりと取り囲むように最大キャパシティ二万人の客席が設けられ、もうじき登録締め切り兼開幕式ということもあり、けっこうな数のプレイヤーが集まってきていた。

 

 ここはALO内最大のコロシアム型決闘場。統一デュエル・トーナメントの開催会場だ。

 

 統一、というのは「種族・レベル・武装」の一切が関係ないということを意味している。プロレス風に言い換えれば無差別級、ということになろうか。

 ルール制限も緩く、地上戦・空中戦両方アリで魔法も秘伝魔法以外全て使用可能。制限時間である十分以内にどちらかのHPが全損、または降参の宣言がなされた場合、そこで試合は決着。時間を過ぎても両者健在の場合は全快HPを百として計算した「損耗割合」が低い方が勝者となる。

 

 今年でトーナメントは四度目。

 過去三度のトーナメントの優勝の座は全て別々のプレイヤーが獲得しており、初代は現サラマンダー領主であるモーティマー氏。二代目はその弟にして領軍の将、ユージーン。三代目は僭越ながら俺が頂いた。

 ちなみにサクヤさんは三代目の準優勝者である。決勝戦では彼女の瞬間的先読みに相当の苦戦を強いられたが、俺の編み出したばかりの新システム外スキルでどうにか勝利を収めた。今でも成功率は《スキルコネクト》の半分以下のため、もう一度やれと言われてもおいそれとは再現できないが。

 

 ……で、そんな場所に俺たちが立っている理由だが、表向きには「開幕式における開幕宣言のため」ということになっている。

 二回目、三回目の開幕式の際には前トーナメントの優勝者が自主的に開幕宣言(という名のパフォーマンス)を行っていた。その流れを継ぐよう前大会優勝者から半分強制された俺は、援軍として準優勝者であったサクヤさんにお越しいただき、こうしてコロシアムの中央で開幕時間を待っている、という感じだ。

 

 だが、本当の目的はそこじゃない。

 

 サボタージュしても文句を言われる筋合いのないこのパフォーマンスを買って出た理由。それは――、

 

 

 一護とこのトーナメント内で戦うため。

 

 ただ一つである。

 

 

 奴がVRに対し、あまり良い感情を持っていないことは承知している。

 しかし受験に励む中でも自身のアバターを残し続けているということは、また仮想世界に来るかもしれないと一護が自分で感じていることの何よりの証拠。そう考え、俺は一護をALOに、そして今日この日この場所に呼び出す計画を立てた。

 

 一応、事前に「釣り餌」は用意しておいた。

 以前、ホワイトデーのお返しを二人で買いにいったときにパッと撮影した、一護のちょっとザンネンな姿。この写真をメールに添付し、コロシアムの場所と時間だけを書いて送りつける。

 己のハデな外見に対する奇異の視線など意に介さないくせに、意外と自分のキャラがブレることを嫌がるヤツのことだ。必ず血相変えてすっ飛んでくる。そこに脅し……もとい交渉を持ちかけ、写真の削除と引き換えにトーナメントへの参加登録を条件づけるつもりだ。ちなみにすでにリーナ経由でアルゴにまで広まっている写真なので、最低でもあと二回は使えそうだ。人脈謀略ってスバラシイな。

 

 ……だが、それにはまず、「メールを送った時点で一護がALO内にいる」という状況に持っていく必要があった。

 

 現実世界で謀略関連で頭が切れる知人……例えば詩乃みたいな、そういう人が傍にいた場合「キリトの弱みをアルゴから聞きだし脅しを相殺する」という策を思いつかれかねない。現状でヤツが知りえる一番イタい俺の弱みであるGGOでのイザコザは、既にアスナにとっちめられた後だ。失うのものなんて、あるもんか。

 そうならないよう、まず俺は一護の相棒・リーナに話しを持ちかけた。

 受験が終わったら一護と二人でALOデートに……と目論んでいた彼女と利害が一致した俺は、リーナに「エギルの店に一護の装備が預けっぱなしになっている」という情報を渡し、代わりに「二月十六日にALO内に一護と一緒にログインし、その居場所を逐次報告すること」をお願いした。こうすれば、開幕式にギリギリ間に合うよう、メール送信のタイミングを計りやすくなる。

 

 ついでにもう一人、一護のトーナメント参加を確固たるものにするために取引をした人がいるのだが、その人物は……、

 

「――オーイ! キリトくーん! サクヤちゃーん!」

「お、来た来た」

「遅いぞルー。予定時間を半時間もオーバーしているじゃないか」

 

 そう。ケットシー領主のアリシャ・ルーさんだ。

 

 この人はすでに昨日の段階で一護と接触し、一護が世界樹に激突したムービーをネタにして、決闘の様子を撮影したムービーの商用利用を認めさせた……という情報を、俺はアルゴから仕入れている。

 一護の分のトーナメント参加枠を確保しておきたかった俺は、アリシャさんにその枠のキープをお願いし、代わりに彼女の「ちょっとしたビジネス的希望」を叶えることになった。この人が今日ここにいるのは、その希望を成就させるためである。

 

 コロシアムの上空から飛来したアリシャさんを迎えた俺は、仕込みが完了したのかどうかを確認する。

 

「予定より三十分押しなのはまあいいとして、だ。準備の方は無事終わったのか?」

「ウン。エフェクトに凝りまくってたらけっこー時間がかかっちゃった。ケド、その分出来は申し分ナシ! ウチの文官のコたちが頑張ったからネ!」

「それは重畳。さてユイ、そろそろじゃないか?」

「はい、パパ。リーナさんの報告とパパのメール送信時刻から逆算して、到着予定時刻まであと二六○秒です」

 

 俺の頭に乗っかった小妖精ユイが可愛らしい敬礼と共に伝えてくれる。それに頷きを返し、俺は二人の領主に向きなおる。

 

「……さて、と。それじゃあ始めるとしますかね」

「ワタシは裏方っていうか機材担当だから、演説はお二人にお任せヨン」

「これだけの人数を相手に声を上げるのは、領主の座に長く就いていても初めての経験だな。キリト君は緊張して……いるわけもないか。なにせ、あの修羅場でホラを吹いた男だものな」

「ああ。今回はミスっても領地占領、なんてことにはならないしな。楽にいこうぜ」

「簡単に言ってくれるな、君は」

 

 早速拡声魔法の詠唱に入るアリシャさんと、肩をすくめるサクヤさん。

 

 二人と一度ずつ視線を合わせた後、俺は一度深呼吸。一年前、蝶の谷で一発かました時をイメージし、仮想の腹筋に思いっきり力を入れて、

 

「――おっけー! 準備完了ダヨ!」

「よし、そんじゃあ――全員! 静粛に!!」

 

 俺の出した大声に、場内のざわめきが一気に引く。

 

 アリシャさんの拡声魔法で声量をブーストされた俺の声がコロシアム内に反響し、それが落ち着くのを待ってから、俺は一世一代の大演説とばかりに声を張って言葉を続けた。

 

「間もなく! 第四回、アルヴヘイム・オンライン統一デュエル・トーナメントの開幕式の時間となる! それに先立ち、俺たちから皆に伝えたいことがある!!」

 

 沸き起こる歓声と拍手。口笛を吹きならすヤツ、手に持っている酒瓶を振り回すヤツ。それらに手をあげて応えた後、さらに続けて声を上げる。

 

「今年の大会はサラマンダー領軍の長・ユージーン将軍が参加を辞退したということもあり! 優勝者争いはここにいるシルフ領主サクヤ! 僭越ながらこの俺キリト! そして最早伝説となりつつある無敗の剣士《絶剣》の三つ巴であると目されている! 無論! 俺たちはその期待通りの、いやそれ以上の決闘をみせることをここに確約しよう!!」

 

 再びの歓声。今度は笑い声も半分混じっており、「それ自分で言うのかよー!」とか「初戦負けフラグだぞー!」という野次も聞こえてくる。正直、他にも強い奴は山ほどいるのだからそう大言壮語できるほど余裕はない。こういうのは言った者勝ちだ。

 

 ……だが、

 

「――しかし!! ここALOにはその目算を狂わせる存在がいる!! 俺たち三人の首級を上げ、四代目となり得る者が一人いることを! 俺はこの場で皆に伝えたい!!」

 

 そう、その予想を裏切る存在が、これから現れるのだ。

 

 どよめく会場内を一度見私た後、俺は領主二人に目くばせをする。アリシャさんは首肯し手元のアイテムを操作。大型の六面型映像投影展開アイテム『ヘキサゴナル・スフィア』が起動し、俺たちの頭上高くに巨大なホログラムスクリーンが展開する。

 

 それを見届けたサクヤさんが、凛とした良く通る声で、静かに俺の話を継いだ。

 

「……諸君は覚えているだろうか。一年前、このALOで出回ったある一つのニュースを。真相を探ろうとしたにも関わらず、当の本人がALO内で見つからないがために半ば都市伝説となっていった、ある小規模なトーナメントでの出来事を」

 

 サクヤさんの話に合わせ、スクリーンに一枚のスクリーンショットが表示される。内容は『ALO正式サービス開始一万時間突破記念トーナメント・プラチナクラス・レベルⅤリザルト』と題され、四人のプレイヤーの勝敗と順位、残存HPが表示されている。

 

 その頂点に君臨する、一人の男のキャラクターネーム。

 

 ユージーンの旦那を倒し、サクヤさんに完勝してみせた。

 

 その男の名は……、

 

「――『一護』。

 

 たった一日しかALOに現れず、公式のデュエルではこの二戦、それから世界樹攻略決戦への参加のみが確認されている幻のプレイヤーだ。かの呪われた鉄の城からの生還者ではないかと予想されるこの男の名を、諸君は覚えているだろうか」

 

 サクヤさんの問いかけに、場内のプレイヤーたちからは曖昧ながらも肯定するような反応が返ってくる。

 

 一日の中で奴の存在を目撃したのは、サラマンダー・ケットシー・シルフの各軍の精鋭たちだけ。

 写真一枚すら出回っていない、ただ『一護』という名と領主・将軍級を立て続けに連勝したという素っ気ない記録しか残っていない男の存在は、実在を疑われながらもこうしてみんなの記憶の片隅には残っていたようだ。

 

 ここまでは予想通り。

 

 ここからが演説の本番だ。

 

「……私たちは今日、この場において彼の実在を証明しようと思う。

 彼は、『一護』君は間違いなく実在し、そしてこのトーナメントに出場を表明する。それを示す映像をこれから皆に観てもらいたい。一年前、彼が私たちを打ち負かした……その瞬間の映像記録を」

 

 「え、うそっ……!?」「マジかよ……!」と、一気にどよめく場内を尻目に、サクヤさんはアリシャさんにアイコンタクトを取る。

 

 それに頷いた彼女が手元のウィンドウを操作すると、スクリーンが白く発光し、動画が音声付きで再生され始める。日付は去年の一月下旬。映し出されるのは小高い丘の上。開けて障害物がないその場所で、二人の男が激突していた。

 

『この――図に乗るな、小僧がぁッ!!』

 

 真紅の鎧を纏った巨漢の重戦士、ユージーン将軍が吼えると、あの半球状の炎の壁が展開され、接近していた相手を弾き飛ばす。HPはすでにレッドゾーンに達しており、戦意こそ失われていないが満身創痍といった様子だ。

 

 サラマンダーの十八番、重突進をかける将軍と対峙した相手である青年サラマンダーは、シミターブレードを上段に構え、迎え打たんとする。モノトーンで統一された軽装備に、派手な橙の髪色がよく映える。

 

 そして、青年が羽根を目一杯に広げ、重心を落とした次の瞬間、

 

『――遅えッ!!』

 

 一喝と共に青年の姿が掻き消え、直後に将軍の背後に出現。同時に将軍の首が刎ね飛び消えていった。

 

 場内のギャラリーからは驚愕の声が上がるも、まだ弱い。驚く反面、まだ疑いを含んでいるような、そんな雰囲気だ。

 

 

 だが映像は終わらず、燃え尽きる将軍の身体を一瞬写した後、パッと次の映像に切り替わる。

 そこに映っているのは着流しを纏った美貌の女性。抜き身の太刀を手に持ちつつ、左手を前に翳し、

 

『――刃の吭に、呑まれて消えろ!!』

 

 幾千もの桜の花びらのような刃の群れを射出し、青年を斬殺しようとする姿だった。

 

 撃ち出された術の手数からして逃れられるはずがない。万事休す。けれどその矛先を向けられても尚、青年は揺らがない。手にした曲刀をゆっくりと振りかぶり、そして――凄まじい金属音と共に、向かってきた刃全てを叩き落として見せた。

 

 呆然とする彼女の前から青年の姿が消える。次の瞬間、ザリッという音が彼女の背後から、次いで、

 

『奇跡は一度、だったよな――』

 

 低い男の声が響く。その音源に彼女が振り向ききるより早く、背後に出現した青年は曲刀を突き出し、

 

『――じゃあ二度目はなんだ』

 

 相手の心臓を貫いた。

 

 ここで映像は終わり、同時にスクリーンは消失する。アイテムを片付けるアリシャさんに会釈をし、サクヤさんはギャラリーを見渡した。二度の超人的戦闘を見せつけられたせいか、明確なリアクションはなくただどよめくだけの観衆を見ていると、耳元でユイが囁いた。

 

「……パパ。南西の方角から高速で飛来するプレイヤーの反応を感知しました。あと六十八秒でコロシアム上空に到達します」

「よし……サクヤさん、打ち合わせ通りに、南西方面に頼む」

「任せろ」

 

 俺の言葉に頷いたサクヤさんは、大きく息を吸い込むと、鋭い声で演説を締めくくりにかかる。

 

「諸君! この映像の真偽について、判断は任せる。必要ならば、提供元であるケットシー領に問い合わせるといいだろう。

 私が今ここで言いたいことはただ二つ。あのトーナメントの結果は紛れもない事実でありそれを成した剣士は間違いなく実在すること! そして、その彼が確実にここに現れるということだ! かの《絶剣》と同じように、流星の如く唐突さでこの世界に降り立ち、超人的な剣技で以ってこの闘技場を湧かせてくれる存在がもうじきここに来る! その彼の、一護君の到着と参加表明を以ってして、この大会の開幕宣言としようではないか!!」

 

 サクヤの宣言により、会場の雰囲気が再び熱を取り戻す。再度の歓声と「ここに来んのかよ!」「戦うところとか見れたりするかしら」「ムービー撮れ!」という声が聞こえてくる。

 

 残り時間は三十六秒。さあ、大演説は此れにて大詰め。〆の段。

 

 サクヤさんは右手を上空に翳し、歓声が鳴り響く中で一番大きな声を張り上げた。

 

「さあ!! 彼を歓迎する祝砲を上げようじゃないか!! 我らを打倒せんとする、死神の如き男の襲来を祝う、真紅の祝砲を――『君臨者よ(Gramr)!!』」

 

 古ノルド語で詠唱を開始したサクヤさんの周囲に真っ赤な光が立ち込める。その発光の源は空に向けられた掌にあり、まるで夜空の恒星のように煌々と輝いている。

 

血肉の仮面(gríma slátr eða blóð)万象(allr lund)羽搏き(flúga)ヒトの名を冠す者よ(þiggja nafn menskr )!

 

 焦熱と争乱(efst hiti eða ófriðr) 海隔て逆巻き(taka skilja haf)南へと歩を進めよ(stíga framr til suðri)!』

 

 古ノルド語特有の不思議な旋律。それが織りなす呪文が完成する一歩手前まで来た、その時。俺たちの耳に羽音が聞こえてきた。サラマンダー特有の、低く、力強い羽音。それを聞き奴の来訪を確信した瞬間、

 

『――古代式壱節(aldinn einn) 《赤火砲(Rjóðr eldr vápn)》!!』

 

 術式が完成する。

 

 紅色の火球が打ちあがり、晴天の青空目掛けて飛んでいく。瞬く間に闘技場の最大高さを越え、尚も高く上がる。と、その進路に飛び出してきた黒い人影があった。太陽により逆光になっていてみえないが、太陽光を反射して黒く輝く日本刀のシルエットだけは、やけにはっきりと捉えることが出来た。

 

 ギャラリーたちの一部がその影に気づく。だが魔法を取り消すことなどできない。いかにここが保護コード圏内だからと言っても撃墜は避けられないだろう。誰しもそう考えたはずだ……コロシアム中央にいる、俺たち三人以外は。

 

 さあ、果たして――、

 

 

「――月牙天衝ォォォォォッ!!」

 

 

 来た!

 

 響き渡った叫びと共に黒い炎のような斬撃が火球と衝突。凄まじい爆発を巻き起こした。

 

 先ほどの《赤火砲(Rjóðr eldr vápn)》は例の記憶具現化プログラム削除直前に追加された魔法で、詠唱が長く複雑な反面威力は折り紙つきのはず。事実、バレーボール大だった火球は爆発の瞬間、業火を直径十メートルはあろうかという大火焔をまき散らした。

 

 だが、それと相対した黒い斬撃はそれさえも軽々と食い破り、散らしていく。自らを撃墜せんとした魔法そのものを空中で撃墜する、だなんていう荒唐無稽なパフォーマンスに、会場からは大喝采が上がる。

 

 その喧騒と爆煙を突き破るように、人影が超高速で飛び出してきた。そのまま地面に激突する……直前で急減速し、ドンッという重い音と砂煙を上げて着地した。それを見届け、俺は砂塵を見据えつつ背中に吊っている漆黒の片手用直剣《ユナイティウォークス》を抜き放つ。

 

 呼び出しておいていきなりケンカふっかけるようなマネをしたんだ。受験を経て急激に性格が丸くなったりなどしていない限り、俺が知るアイツなら間違いなく……、

 

「…………ッ!」

 

 戦闘態勢に移行する!

 

 砂煙の中から人影が飛び出てくるのと、俺が迎撃のために地を蹴ったのはほぼ同時

だった。双方の中間点で俺たちは衝突し、ガキィン! という激しい金属音を鳴り響かせた。

 

 ギリギリと悲鳴を上げる互いの獲物越しに、俺は相手の姿をしかと見る。

 逆立ったオレンジの髪。黒いコートに袴足袋草履という傾いた服装。普通にしていれば端正で通るはずの顔立ちは大いにしかめられ、コイツの不機嫌さをこれでもかというくらいに表現していた。

 

 ……ああ、あの時のままだ。

 

 一年前、世界樹の上で起きた須郷との決戦。

 

 その中で最後に見せた黒衣。同色の日本刀を振りおろし、俺と共に狂気の研究に終止符を打った、あの姿だ。

 

 

 ……一年間、ずっと待っていた。

 

 SAO時代、一度も戦う事の無かった相手。

 

 けれどあの事件以降、一度は戦ってみたいと思い続けた、一方的なライバル。

 

 

「――よォ。人をメールで脅しつけた上に魔法ブッパするたァどういう了見だよ……キリト!」

 

 

 ……ああ、すまない。

 

 そしておかえり。仮想の、剣戟の世界へ。

 

 

 

 ――《死神代行》 ()()()()

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

赤火砲、というか古代式を実装したのは、遠き日のカーディナルさんの仕業です。
新魔法の詠唱ネタ探しの結果、アレが採用された感じです。

尚、詠唱はサクヤたちには古ノルド語でしか提示されておりません。
また、まかり間違って誰かが日本語訳しようと試みても元の詠唱と同じようにならないよう、少し意訳……というかニュアンスを弄っています。


……ちなみに遊び半分で黒棺(古ノルド語的には"blakkr kista"でしょうか)を翻訳しようと試みましたが、最初の「滲み出す混濁の紋章」の時点で挫折しました。意訳でもこれはムリ。




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Episode 34. Vest Glory -in real-

お読みいただきありがとうございます。

明けましておめでとうございます。

三十四話です。
前半はシノン視点、後半は一護視点で書きました。

よろしくお願い致します。




<Sinon>

 

「……コロシアムのド真ん中でなにやってるのよ。あの黒いコンビは」

 

 自室でALOの統一トーナメント開幕式中継を見ていた私は、早々に勃発した優勝候補同士の激突に呆れた声を漏らした。キリトが開幕式のパフォーマンスでなにか企んでいるというのは聞いていたけれど、まさかサクヤやアリシャと手を組んで祝砲という名の魔法をぶつけるなんて。

 相変わらずの滅茶苦茶ではあるけれど、実際まんまと一護を呼び出すことに成功しているし、腹の奥底で企むのが本当に上手いらしい。

 

「うっひゃー! いきなりケンカふっかけるとか、アイツもハデにいったわねー。今のサクヤの魔法って、確か古代式ってやつじゃない? 高難度の代わりに高火力ってやつ」

「しかもサクヤさん、ウワサだと古代式の碌節まで完全習得してるらしいですよ。あんなに難しい詠唱なのに、すごいですよねー」

「それを撃墜するどっかのオレンジ頭も大概だけどね。ていうかシリカ、あんたは壱節の詠唱の時点でカミカミだったじゃない。うにゃうにゃ言うだけで詠唱開始判定すら出なかったのは、しょーじき笑えたわ」

「い、言わないで下さいよー!」

 

 同じくテレビの画面を眺めていたリズとシリカが感想を口にする。

 

 空座町の駅前にある1Kに居を移し、落ち着いた記念ということで呼んだ友人二人が此処に来たのがおよそ一時間前。

 最初は「期末テストにむけての勉強会」という名目だったのだけれど、年頃の女子高生が集まって殊勝に勉学に励むはずもなく、こうしてALO統一デュエル・トーナメント開幕式並びに予選観戦タイムにシフトしてしまった。タブレット上にテキストデータを展開していたのなんて、三十分もなかったかもしれない。

 

「……っと、いけない。焦がすところだった」

 

 視線を自分の手元、フライパンに向け直す。被せていた蓋を取って中をチェックすると、卵とパンの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。平皿に移し、メープルシロップとシナモンパウダーをたっぷりかけてやれば出来上がり。

 

 テレビ前の卓袱台に持っていくと、二人から歓声が上がった。

 

「はい、フレンチトースト。お砂糖控えめ」

「うわぁ! すっごい美味しそうです!」

「シノンってばホントに女子力高いよねー。アスナといい勝負してるんじゃない?」

「そんなことないわよ。作れるのだってまだまだ簡単なレシピだけだし。アスナみたいにお弁当一式作れるほどのレパートリーもないしね。一応練習中だけど」

「ほっほぅ、お弁当ですかシノンさん。ひょっとして、作ってあげたい相手でもいるんですかな?」

「い、いないわよそんなの! 自分用に決まってるじゃない!」

 

 余計なことを言うバカの言葉を突っぱね、自分のマグカップに注がれたホットミルクティーを強引に飲み干す。茶々を入れずに横で美味しそうにフレンチトーストを頬張るシリカを見習ってほしいものだ。

 

「んでもさーシノン。料理教わったお礼にって、一護にそんくらい作ってあげてもいいんじゃない? 多少ヘタでも女の子の手料理に『マズい!』とかホザくほど、空気読めない奴じゃないでしょ」

「それは、そうだろうけど……でも、教えてもらった人に不出来なものを食べさせたくはないわ」

「そう言えばシノンさん、この前のバレンタインで一護さんに手作りチョコ渡したんでしたよね? その時はどうだったんですか?」

「あ、あの時は……まぁ、いい出来に仕上がってたから、喜んでもらえたわよ。作ったのも簡単な生チョコトリュフだったし」

「「おぉー!」」

「う、うるさいっ!!」

 

 顔が赤くなるのを自覚しつつ、脳裏に浮かんでくる当日の様子を必死に打ち消す。

 あの時はちょっとこっちが恥ずかしくなるくらいに、ストレートかつ皮肉なしで褒められて、流石に照れてまごついてしまった。

 

 もし傍らにリーナがいたのなら、流石にキルリスト入りしていたかもしれない。一度見たことのある、あのつららのように冷たく鋭い、ハイライトの消えた眼差しを思い出して思わず身震いする。あれを好き好んで向けられたいとは死んでも思わない。

 

 一口大に切り分けておいた自作フレンチトーストを口に運んで気持ちを落ち着かせてから、テレビ画面に視線を向ける。

 しばらく目を離した隙にだいぶ状況が進んでいたらしく、キリトと相対した一護が普段の三割増しのしかめっ面を浮かべ、不承不承という感じでトーナメント参加申請をしたところだった。会場からは歓声があがり、策を練ったキリトは「してやったり」というような笑みを浮かべている。

 

「お、キリトの作戦勝ちかぁ、アイツも腹黒くなったわねー。SAOでヒースクリフの挑発に乗っかってデュエルを即受けしてた頃が懐かしいわ」

「あ、あはは……けど、あのデュエルも名勝負でしたよね。今年のトーナメントは《絶剣》さんも参加するみたいですし、あの時に匹敵するような決闘が見られるかも」

「そうねー。あーあ、あたしも出たかったな、トーナメント」

「ほんと、ちゃれんじゃーですよね、リズさんって」

「うっさいなあ」

 

 一護の参戦を受けてのんびり談笑する二人。しかしふとリズが笑顔から一転、疑問符が付きそうな表情へと変わった。

 

「どうしたんですか?」

「いや、さ。ふと思ったんだけど、一護って性分的にトーナメントには出たくないわけじゃない? もし本気で出ないつもりなら、いっそキリトの脅しに対して……あ、えっと、キリトが一護を参戦させるために脅しネタを使ったらしいんだけど、それを『勝手にしろっつの』って言って開き直っちゃえば、参戦しないで済んだんじゃないかな、ってさ。

 それをしなかったってことは、キリトが提示したのがよっぽどエグいネタだったのか、あるいは一護自身、実はトーナメントに出たいって思ってる部分でもあったのかなって思って」

「あるいはSAO時代からの付き合いで握った弱みをぶつけて相殺するとか、ね。けど、そこはそれこそ性分なんじゃない? 売られたケンカは買うってヤツよ」

「あー、意外とそんな感じかもね。けどじゃあ、ケンカ売る側のキリトはそこまでして一護と戦いたかったのかな? あたしその辺については全然聞いてなくてさ」

「そう、ね……なにもあんな風にハデな策を打たなくても、真正面から『一回だけでいい! 俺と全力で戦ってくれ!!』って言っちゃった方が良かったのに」

 

 それに、SAO時代を共に過ごしたキリトは分かっているはずなのだ。

 一護の強さとそれを鍛えるストイックさの根源は「誰かを護ること」にあり「自分の力を誇示すること」にはないということを。

 

 一護の力量を考えると、彼と「いい勝負だった」と言える程の勝負を繰り広げられるのは、先ほどの開幕式でキリトの口上にあった三人くらいのもの。そこに一護を含めた四人の戦い、いわば強者対強者の試合であれば、私も見てみたいと思う。

 けれど、そこに辿り着くまでの全ての戦闘は、残念ながらほとんど勝敗が分かりきっているような試合ばかり。完全なる強者対弱者の戦いになってしまうことは容易に想像が出来る。

 

 この事実があるから、正直に言って私はキリトの「一護を強制的にトーナメントに参加させる」策には反対だった。

 

 いくつか理由はあるけれど、最も大きな理由は「弱い者いじめなんか見てたって楽しくもなんともないから」だ。勝てると分かりきっている試合で、当然の如く相手をばっさばっさと斬り倒し勝ち進む。そんなものはただの「弱い者いじめ」だ。

 

 無論、キリトやサクヤ、《絶剣》ユウキだって似たような試合運びにはなるだろう。

 けれど一護は下地が違う。スタートラインが違うのだ。

 

 そもそも人間ではなく死神である彼の戦闘は、次元が違っていて「当たり前」、生半可な相手なら勝って「当たり前」なのだ。それはSAOを経験したから、現実で剣術を修めたから、というような「人間的強さ」とは別種の強さでもある。

 

 同じスタートラインから始め、その結果優劣が生まれた者同士の戦いならともかく、そこにスタートラインがまるで異なる者を放り込んだところで、他の人がどう感じるかは知らないが私としては「ただの興ざめ」としか感じられない。アマチュアの射撃大会に《白い死神》シモ・ヘイヘを参戦させたかのような空気の読めなさを感じてしまうのだ。

 

 それをあの男が理解していないとは到底思えない。何か事情でもあるのだろうか。そう思い、リズと二人で首を捻っていると、「あの……」と声が上がった。見ると、マグカップを両手で抱えたシリカが上目使いにこちらを見ていた。

 

「あたし、心当たりっていうか、キリトさんが一護さんとトーナメントで戦いたがってる理由、何となくわかるかもしれません」

「ほんと?」

「根拠もないもない、ただの憶測ですけれど……」

 

 私の問いかけにおずおずと頷いた年下の少女は、一口ミルクティーを飲んでから、自身の推測を口にする。

 

「きっとキリトさん、悔しかったんじゃないでしょうか」

「悔しい? なにがよ」

「SAO時代、キリトさんが勝てなかった血盟騎士団団長さんに、一護さんが勝ってゲームをクリアしてしまったことが、です」

 

 血盟騎士団。SAOにおいて「攻略組」と呼ばれるゲームクリアを目指す集団のトップギルドと聞いている。確かアスナはそこの副団長で、その団長こそがかの大罪人、茅場晶彦だったはずだ。キリトが敗北を喫している、というのは初耳だったが。

 

「SAOクリアのひと月ほど前、キリトさんはアスナさんの進退を賭けてヒースクリフさんと闘い、そして負けてしまいました。その意趣返しをする前に七十五層のボス部屋で一護さんが対峙し勝利したことでゲームがクリアされました。

 キリトさんと一護さん、ヒースクリフさんは三人ともユニークスキル持ちでした。なのにキリトさんは闘技場で一敗して、最終決戦という舞台に立っていたのは一護さんとヒースクリフさん。それを見ていることしかできなかったのが悔しくて、そのリベンジをしたいがために、一護さんとの戦いを望んだんじゃないかなって……あたしは、そう思います」

「…………成る程ね。うん、分かる気がするわ、それ。それならキリトがわざわざトーナメントの舞台で戦おうとしてるのかって疑問にも、説明が付くしね」

 

 リズはシリカの推測に賛同の意を示すと、私に向き直って言葉を続けた。

 

「キリトとヒースクリフの戦いは、観衆が大勢いる闘技場のド真ん中で行われたの。今回のトーナメントの開催場所と同じような、ね。

 もしキリトが一護にヒースクリフを、SAOで自分が越えたくても越えられなかった壁を重ねているんだとしたら、きっと同じシチュエーションで戦いたいって思うような気がするんだ。あの日、アスナを、自分の一番大切なものを賭けて戦ったあの決闘に、今度は自分の意志ただ一つで挑みたい。そんな風に考えてそうな気がするな、アイツは」

 

 うん、うんと、何度も首肯しながら語るリズの言葉で、ようやく私も納得がいった。

 

 

 要するに、ただのエゴなのだ。

 

 

 過去の惜敗が悔しくて、同じ状況でもう一度戦いたい。

 ただそれだけの願いによって一護を参戦させた。そこにあるのはリスク・リターンや周囲への気遣い、勝てる可能性の有無ではなく純粋なまでの自己欲求。闘争本能、剣士の(さが)と言えば聞こえはいいが、内実は子供じみた利己的衝動に過ぎない。

 

 ……けれど、その気持ちは分かるような気がした。

 

 一護と出会い、狙撃手である私は一護の在り方に憧憬を感じた。けれど、もし私が剣士だったら、どうだったかは分からない。

 

 そんな彼と、自分を負かした相手と命を賭して戦う光景。それを眺めることしかできない無力感と無念さは、きっとキリトを苛み続けたことだろう。共に戦ってきた仲間が自分の先を進んで行く、その悔しさの重みは計り知れない。

 

 その全てを叩きつけるために、キリトはこの舞台をセッティングしたのだろう。

 そして一護も本気で戦うはず。護る対象がいなくとも、観衆が、闘技場の雰囲気が、トーナメントというイベントの存在が、「場の雰囲気」という形で気分を高揚させる。それが一護の本分でなくとも、彼を全力まで引き上げてくれる効果をもたらす。

 

 故に、キリトの願いは成就する。

 

 他の全てを顧みず、ただ一回の雪辱戦のために立ち上がった大馬鹿の策は、過程はともかくとして、これで成ったのだ。

 

「……衝動で動く子供(ガキ)なのか、それとも頭を使う大人なのか。どっちかにしなさいよ」

「ほんとよねー。けど、それが男っていう生き物なんじゃない? 十代男子なんてそんなに思慮深くないわ。衝動に身を任せて自分の全能を使う、そんくらいで充分でしょ。若いのにリスクとか小難しいこと考えて尻込みするような小っさい男になってちゃあ、つまんないしね」

「同じ十代女子の台詞とは思えないわね、リズ」

「ま、あたしは大人のオンナですからねー」

 

 ふふん、と胸を張るリズ。確かに大人な発言ではあるが、未だにキリトへの恋心を断ちきれないでいる乙女な部分があることには触れないでおこう。

 

「あ、もうトーナメントの組み合わせ、出てますね」

 

 シリカがそう言って手元のタブレット端末を差し出す。リズと二人覗き込んでみると、けっこうな数のプレイヤー名が列挙されていた。ブロックが東西に分けられており、最後の決勝戦でそれぞれのブロックの代表が決戦する形式のようだ。

 

「一護さんとキリトさんは同じ東ブロック、あの《絶剣》さんはサクヤさんと同じ西ブロックみたいです」

「ホントだ。しかも丁度良く端っこ同士。これだと準決勝のカードはこの四人に絞られそうね。ねえシリカ、ユウキとサクヤ、どっちが上がってくると思う?」

「うーん……やっぱり、ユウキさんじゃないでしょうか。まだALOに来て数か月ですし、決勝までに相当数のデュエルを経験してさらに強くなると思います」

「あたしはサクヤかなー。アスナも言ってたけど、ユウキの剣は速い反面素直すぎるのよ。サクヤの瞬間先読みの格好の標的じゃない。さっきの古代式魔法みたいに遠距離戦も達者だし、相手がいくら速くったって、勝機は十分って感じがするからね。シノン、あんたはどっちが上がってくると思う?」

「私は……ALOはそんなに長くやってないから、正直言って分からないわ。その《絶剣》のスピードも見たことないし。私としては、むしろもう一つの方の準決勝が気になるわね」

「もう一つって……キリトと一護のカードのこと?」

「そう。っていうか、ここまでの大仕掛けをやらかしたキリトがどんな手を打つのかが気になるわ」

 

 そう、ここまでのことをしでかしたからには、キリトは必ず一護に勝つために策を練ってくるはず。そう考え、私は今回の作戦のことを聞いたときに、キリトに「何か考えでもあるのか」と問うた。答えはいつもの不敵な笑みだけだったが、彼女の妹であるリーファから、作戦決行前にキリトとデュエルした時のことを少しだけ聞くことが出来た。

 

 使われたのはシステム外スキルであろう二つの技能、一方は昨年のトーナメント決勝戦で披露されたもので、もう一方は全く新しい技に見えたらしい。

 そして、最も強烈だったのがキリトの片手用直剣《ユナイティウォークス》の解放だったと言う。

 

 キリトの強さの根源の一つに、ゲームに対する勘と理解の深さがある。

 あいつの持つ《武器破壊(アームブラスト)》や《魔法破壊(スペルブラスト)》、《剣技結合(スキルコネクト)》というような数々のシステム外スキル、つまり「システム的に明記はされていないが、VRMMOの構成上理論的には可能である動作」がその証拠だ。それを新たに二つも習得し、その上武器解放まで使いこなしているところに、彼の本気度合いが見て取れる。

 

 その結果なのだろうか、キリトはリーファとのデュエルで信じられないことを成し遂げている。ALO内において空中戦闘の達人と称され、かつ相手の闘い方の基本を知り尽くしているはずの兄妹試合。そのデュエルにおいて――、

 

 

 

 ――二十秒。

 

 

 

 それが、キリトがリーファを下すのにかかった時間だったと言う。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Ichigo>

 

 キリトの策……っつーか脅しにハメられて、いきなりデュエル・トーナメントとかいうのに出ることになっちまった。

 

 アスナたちの迷宮区攻略に手ぇ貸してるとこにいきなりメールが飛んできて、慌てて指定場所に行ってみりゃ、迎えたのはサクヤの放った赤火砲みてえな火球だった。咄嗟に月牙で撃ち落したから良かったが、あれはねーだろ。いつの間にか撮られてた写真と合わせて、いつか倍返しにしてやる。

 

 ……けどまあ、ンなことは今はどうでもいい。

 

 今は――、

 

 

「――せぇぇぇぇえええぃッ!!」

 

 

 ()()()()()に集中だ。

 

 開幕式が終わった後、すぐに予選一回戦目が始まった。俺は東ブロックの一番最初に割り当てられ、初戦がそのままスタート。今対峙してンのがその相手なんだが……まさかコイツが対戦相手とはな。

 

 突っ込んで来た勢いそのままに、相手の太刀が振り下ろされる。身体を捻って避ける俺目掛け、途切れず追撃の斬り上げが飛んでくる。

 

 天鎖斬月で弾き返し、続けざまの刺突を腕を掴んで止めて、

 

「甘いってェ――のッ!!」

「きゃあぁっ!?」

 

 ブン回し、地上目掛けて放り投げた。

 

 相手は悲鳴をあげつつ落下していったが、地面激突寸前で器用に体勢を回復。羽根を羽ばたかせて元の高度まで上がってきた。刀を正眼に構え、もう一度コッチの隙を窺っている。

 

「むぅー、一護さん! ちゃんとマジメに戦ってよ!!」

「戦ってるだろ。おめーこそ、戦う前に『あたしの剣の力を見せてあげる!』とか言っときながら、全然解放しねえじゃねーか。俺はもう一発月牙撃ってんだ、そっちもとっとと出せよ、武器解放」

「言われなくても、使うってば!」

 

 そう叫び、一回戦目の対戦相手であるリーファは再びの正面突破の構えを見せる。が、そうそう先手をくれてやるわけにもいかねえ。

 

 似非瞬歩の《音速舞踏》で急加速、リーファの左斜め後方に回り込んで水平切りを放つ。

 

「ッ!?」

 

 直撃の寸前にリーファが反応。刀を引き付けガードするが、斬撃の威力を殺せず後退する。

 

 体勢が崩れたところで一気に間合いを詰め、十文字に斬撃を叩き込む。二撃目でガードが崩れ、ハラがガラ空きになる。そこを目掛けて容赦なく飛び蹴りをかました。

 

「かはっ……!」

 

 鳩尾に蹴り足が食い込み、リーファは悶絶するような表情を浮かべる。女を足蹴にするなんざヤなんだが、勝負の最中にンなぬりぃことも言ってらんねえ。雑念なしで蹴り抜き、今度こそ地面に叩きつけた。

 

「わりーな。修練中ならともかく、こンな場所で手ェ抜いてやるわけにもいかねーんだ。加減は……無しだ」

 

 刀を振りかぶり、その場で水平に一閃、次いで縦一文字に斬撃を重ね、

 

「――《過月》!!」

 

 十字衝に似た遠距離攻撃技、《過月》を落下地点目掛けて撃ち放った。蒼い残光を曳いて、十字の斬撃が空を裂き地上に激突する。轟音と共に砂塵を巻き上げたのを見届け、相手の出方を見る。これで終わってりゃ世話ねーんだが……ヤツはキリトの妹だ。この程度でくたばるとも思えねえ。

 

 

「…………圧せ! 掃撃刀(スウィープセイバー)!!」

 

 

 来やがった。

 

 砂塵から飛び出してきたのは、HPを半分ちょい下まで減らしたリーファだった。手にはさっきまでの太刀じゃなく鍔のある棒状武器を握っている。

 

 鋼鉄製竹刀みてえな形状をしたそれを両手で大上段に構え、こっちに突っ込んでくる――と見えた瞬間、姿がブレた。

 咄嗟に目でその姿を追いすがり、急襲地点を逆算。くり出された斬りおろしを大きく後退することで回避した。

 

「その動き……お前、《音速舞踏》使えたのかよ」

「解放してステータスが上がってる間だけ、だけどね。この子の解放、HPが半分きらないと発動できないんだよ。だから発動したくてもできなかったってわけ」

「そうかよ。んじゃ、今からが本領発揮っつーわけか。わりーけど、体力半分でも遠慮はしねーからな」

「当然。したら現実でヒドいことしちゃうからね、精神的にクるやつ」

「……お前、やっぱアイツの妹だな」

 

 自分の眉間に皺が寄るのを感じつつ、刀を構え直す。解放してステータスが上がったことは自白したが、HPが半分以下じゃねーと発動しねえ解放だ。それだけっつーことはねえはずだ。

 

「さあ、て。いくよ一護さん……この斬撃、止められるかしらっ!!」

 

 口上と共にリーファが《音速舞踏》で突撃してくる。一回目は反応がちょい遅れたが、使えるとわかりゃ警戒できる。

 目で追いカウンターの斬撃をリーファの動きに合わせる。リーファは俺の迎撃に構うことなく斬撃を繰り出した。

 

 そのまま武器同士が衝突し――直後、とてつもなく重い衝撃が俺の手に襲いかかった。気を抜くと手首を折られそうな重攻撃をなんとかあしらうが、威力が殺しきれず五メートルほど後退を強いられる。

 

 さらに連撃をしかけてくるリーファに対し、今度はこっちも羽根と腕力全開でぶつかった。

 

 互いの袈裟切りが衝突し、再びクソ重い反動が返ってくる。よく見ると獲物の表面を薄緑の風が旋回してて、それが推進力になってリーファの斬撃の火力を押し上げてるみたいだった。

 

「こっちが意識してねーと出せねえパワーがデフォの斬撃……いい攻撃(モン)食らったらヤバそうだ」

「でしょ? あのサクヤでも受け流しきれなかったんだから、ナメてると痛いよん」

 

 俺の天鎖斬月はカタナカテゴリの武器。ダメージ軽減率が高くないせいで、キッチリガードしても少なくないダメージが通る。長引かせると厄介だ。一気にケリをつけるしかねえな。

 

 今度は互いに同時に《音速舞踏》を発動。中間点で間合いに入り、向こうの逆袈裟を下段からの斬り上げで弾き飛ばした。

 

 引き戻される前に返しの刃を一閃して胴を浅く裂き、次撃は受け止められる。再三の衝撃に今度は抵抗せず、反動に従って刀を一気に引き戻して再度連撃を仕掛けていく。

 

 別に威力で押し切る必要はねえ。衝撃がキツいなら弾き(パリイ)手数(ラッシュ)衝撃(パワー)を上回ってやる。前に白哉にも似たこと言われたしな。

 

「こンの――ッ!」

 

 力任せな斬撃をあしらわれてる現状にイラついたのか、リーファが強硬策に出た。

 

 何度目かの俺の斬撃に強引に刃を合わせ、そのまま鍔迫り合いに持ちこもうとしてくる。風のブーストで俺の刀を少しずつ押し込んでくる――が、付き合ってやる義理はねえ。

 

 手首を返し、刀身を逸らす。ほぼ垂直立てていた刀がいきなり水平に寝たことで、リーファの獲物が標的を失い、受け流される。

 

 その一瞬、リーファの胴が空いたとこを目掛け、低い体勢から全力で刀を突き刺した。抵抗なく刃が水月を食い破り、そのまま背中側に抜け出るのが伝わってくる。

 

「が、フッ…………」

 

 苦悶の声を漏らすリーファ。その残響が耳朶から消えるヒマさえ与えず、俺は柄を両手持ちにして体勢を変える。自分の身体から刀を引き抜こうと必死だったせいで、リーファの反応が数瞬遅れる。慌てて手に握った獲物で俺のトドメを阻止しようとするが……、

 

「終わりだ――《残月》!!」

 

 俺の方が速い。

 

 リーファの身体に刀を突き刺したままソードスキルを発動。蒼い三日月型の斬撃を放つ《残月》は発動と同時に相手の胴を引きちぎり、上半身と下半身を両断した。

 

 残り三割弱だったHPはこの一撃で全て削りきれ、リーファの身体は炎に包まれ燃え尽きていった。ちっとエグいフィニッシュだったが、先に挑発したアッチがわりーんだ。自業自得だろ。

 

 

 リメインライトと『Winner:Ichigo』の表示を背にして、俺はコロシアムの地面へとゆっくり降りて行った。

 

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

次回は日常回の予定。
何話続くかは全くの未定ですが、終わったら再びトーナメントへと戻ります。

あと、番外編の方もちまちまと書いております。
時間があるときにふらっと投稿するので、お読みいただければ幸いです。




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Episode 35. With friends

お読みいただきありがとうございます。

三十五話です。

宜しくお願い致します。





 三月初旬。

 

 統一デュエル・トーナメント開始から、今日でだいたい半月が経過した。

 

 めったやたらと人数が多いせいで予選に時間がかかっちまって、つい最近やっとベスト8が決まったトコだ。俺の他に残ってる知り合いは、キリト、サクヤ、ユウキの三人。次の試合で俺が勝てば、準決でキリトと当たる可能性がある。前回優勝者が準々決勝負け、なんつー腑抜けた結果に終わるとも思えねえし、多分そうなんだろ。

 

「……次の試合は明後日で、準決は一週間後か。地味になげーな、このトーナメント」

 

 思わずボヤくと、横から紅茶のカップを差し出された。提供元は、俺の横で行儀悪く体育座りしながらジャンクフード食ってるリーナだ。言っても聞かねえから何も言わねーけど、ホントよく親父さんたちに矯正されなかったなコイツ。

 

 

 俺たちが今いるのは、クソ忌々しいあの鉄の城の複製……じゃなくて、イグドラシル・シティのはずれに買った小っこいプレイヤーホームだ。素材は煉瓦で、部屋は二十畳くらいの部屋が一つと簡易キッチンだけ。安かった分簡素なモンだが、SAOと違ってココに泊まる必要はない。単なる俺らの休憩場所だ。

 

 備え付けの暖炉の前に置かれた三人掛けソファに腰掛け、紅茶を啜りながらふと考える。確かにトーナメントに参加はしてるが、それ以外の時間は別にログインしてる必要はねえハズだ。仮想世界の戦闘にも、これまでの予選の中ですっかり慣れたし、()()()と会うにしても現実で事足りる。

 なのにトーナメント参加以降、ほとんど毎日ログインしちまってる気がする。我ながら「なにやってンだか」と思うが、いつまでも茅場のことをウダウダ引きずってんのもなんかカッコわりぃな、とも最近は思ったりしてる。横にいるコイツは露程も気にしてねえみたいだし。

 

「…………一護、おつかれ?」

 

 今まで無言でメシ食ってたリーナが、食うのをやめて問いかけてきた。口元にケチャップが付いてるのを指差してやりつつ、首を横に振って否定する。

 

「いや、別に疲れちゃいねーよ。そう見えるか?」

「今、小さくため息吐いてた」

「そうか?」

 

 指先でケチャップをぬぐいながらコクリと頷くリーナ。さっきガラにもなくクラーいこと考えてたせいで、無意識に出ちまったのか。それとも、久々の連続ダイブが地味に疲労をタメる原因にでもなってんのか。

 

 ……とか考えてたら、いきなり両膝の上に何かが乗っかった感触がした。

 さっきまで食ってたホットドッグの欠片を手放したリーナが、両手を俺の膝の上につき、身を乗り出して俺の顔を覗き込んでいた。最近やっと見慣れた白いネコミミが左右にぴこぴこと揺れる。

 

「なんだよ。俺の顔にケチャップはついてねえぞ」

「ため息吐くと幸せが逃げる。もっと笑うべき」

「前半分はそうかもしんねーけど、後ろは却下だ」

「その眉間の皺軽減の助けになるかもしれないのに」

「余計なお世話だっつの。つか顔近ぇよ」

 

 俺の鼻先十センチくらいのとこで喋ってる白髪ネコミミの頭を掴み、ぐいっと押し戻す。

 

 ぞんざいに扱われたってのに、リーナは機嫌良さそうに「……一護、照れてる」と仄かな笑みと共に素直に身を引いた。頭の上のネコミミもくりくりと盛んに動いてる。

 

「お前さ、そのデカい耳どうやって動かしてんだ? 人間のカラダにはねえ部位だろ」

「感情をシステムが読み取って勝手に動かしてる。けど練習すれば自分の意識だけでも動かせるって領主さまが言ってた。羽根と同じ要領」

「あぁ、そういやそうか」

「……さわりたい?」

「別に」

「もう少し逡巡してくれてもいいのに」

「うっせーな。俺はンなシュミねーんだよ」

 

 ケイゴあたりは好きそうだけどな。あと意外と砕蜂が食いつくか……いや、アイツの執着先は夜一さんだけだったか。もし仮想世界(こっち)に呼んだらどうなるか、意外とコッチのデジタル文化にもとっとと順応しそうな気がすんな。卍解ミサイルとかいうメカメカしいブツだし。剣八とか京楽さんは、ウッカリするとあっちこっちでマナー違反しまくって強制退場くらいそうだ。

 

 ……とか益体も無いこと考えてた俺だったが、そういや一つ訊くことがあったかとリーナに向き直り、

 

「リーナ、今日はどっか行くとか言い出さねーのな。ここ一週間くらい、トーナメントの試合が終わる度にアチコチ行きたがってたじゃねえか」

 

 俺が久々の仮想空間での戦闘勘を取り戻した頃からこっち、リーナは暇さえあれば俺に「あそこに行きたい」「今日はここに行く」と言い、イグドラシル・シティ内外や新アインクラッド内を観光していた。

 それ自体はそこそこ楽しかったし、リーナの食い物レーダーに引っかかった露店のメシも旨かった。が、トーナメントの初日で変に悪目立ちしたせいか、たまに指差されたり写真撮られたりされたのがけっこうウザかった。昔、中学時代に街中歩いてた時によくあった「てめえ馬芝中のクロサキだな!!」的なカラみよりはマシっちゃマシだが、居心地はよくねえ。だから見世物はイヤだったんだ。

 

「今日は休養日。毎日お出かけは流石に疲れる、精神的に。それに……」

 

 リーナはそこで一度言葉を切り、ソファーの背もたれに腕をかけているせいで空いている俺の左脇に、体育座りのまま寄り添って、

 

「……こうやってると、あの浮島のコテージで過ごした日々を思い出せるから、なんだか落ち着く」

 

 俺を見上げ、穏やかな表情でそう言った。

 

「けどよ、向こうに居た時って心底はくつろげなかったろ。少なくとも俺は、いつも頭のどっか片隅でゲームクリアのことがチラついてた」

「ん、それは私も同じ。けど、ただ何をするわけでもなく、あの大きなソファーに並んで座って、おやつ食べたりお喋りしたりお昼寝したりしたあの時間は、心の底からはリラックスできなくても心を癒してくれてたような、そんな気がする」

 

 ゆったりと身体を前後に揺らしながら、リーナの声が静かに響く。

 

「現実世界は本当にハイテクの塊。家電は全部システムが管理してくれてて、室温やセキュリティは無数のセンサーで自動化されてる。外に出ればAI制御の車両が交通インフラを常に最適化してるし、学校の読み書きはタブレット端末とキーボード……すごく便利で早いけど、せかせかしてて、息が詰まりそうになるときがあった。

 でも、あの家は違った。仮想世界も同じ「便利で早い」テクノロジーの結晶のはず。なのに、あの家にいる間だけは、時間がゆっくり流れてるような、そんな気がしてた。

 ポリゴンの集まりでしかないはずのクッションも、味覚信号でしかない食材アイテムも、全部に温かみがあった。つらい戦闘をたくさん乗り越えて、疲れ果てて帰っても、あの場所だけはずっと時間の流れが穏やかで、あったかくて……だから、一護はイヤかもしれないけど、私はあの家の空気が好きで、だからこうやって思い出せて……とても、うれしい」

 

 相変わらずの無表情で、けどリーナはホントに嬉しそうにしていた。あの死と隣り合わせの二年、コイツはその負の部分だけじゃなく正の部分もちゃんと大事にしてんだなってことが伝わってきた。それを見てるとやっぱ、解決から一年以上経って未だに茅場がどうたら家族の迷惑がこうたら言って、VRMMOを毛嫌いしてても仕方ねえように思える。

 

 それに、別にあっちでの生活が全部イヤな思い出ってワケじゃない。俺にとってもあの浮島の上にあったコテージは特別だった。リーナみてえな繊細な理由じゃねえけど。

 

「多分だけどよ、それはきっと、俺らが俺『ら』だったからじゃねーのか」

「私たちが、私『たち』だったから……?」

「そ。お前、昔言ってたじゃねーか。『ご飯は一人で食べるより、二人で食べた方が美味しい』って。要はそういうことだろ。

 リーナがいなかったら、俺はマジでクリアのことしか考えてねーような日々を送ってたと思うし、メシもそんなに旨くなかったはずだ。スキル値的な問題じゃなく、感覚的な問題でな。おめーがいてくれたからこそ、メシは旨かったし昼寝は気持ち良かったんだと、俺はそう思う。

 ……だからよ、俺らが揃ってれば多分どこだって『時間の流れが穏やか』な場所にできるんじゃねーか? 命のかかってねえ今なら、本当に力を抜けるような場所も、きっと作れんだろ」

 

 ……そうだ。二人だったから、あの場所は特別に成り得たんだ。

 

 俺の力の根幹は「仲間を護る」こと。

 

 護る人が近くにいてくれることで真価が発揮できるし、精神も安定する。その役目を担ってたのがリーナだったってコトだ。一緒に日常を過ごす仲間がいたからこそ、あそこは俺たちの「家」になってたんだろう。でなきゃ、キリトみてーにずっと宿屋暮らししてたと思うしな……、

 

「……って、オイ。お前人が話してンのにナニやってんだコラ。俺の脇腹削る気かよ」

 

 リーナが話の途中から、俺の脇ッ腹に頭を押し付けドリルみてーにゴリゴリとやり始めた。なにをしたいのかサッパリだがこのままやらせとくのも鬱陶しい。俺の掌よりデカいネコミミを掴み、ぐいっと引っ張って引き剥がす。

 

「ッたく、何がしてーンだよお前は。珍しくマジメに喋った時に限って、ちょっかいかけてジャマしやがって」

「ち、ちがう。妨害したかったわけじゃなくて、その…………」

「なんだよ。言い訳ならキッチリ言えっつの」

「……なんだか嬉しくて……て、照れる」

 

 少し顔を赤らめて、リーナが視線を彷徨わせつつ小声で答えた。照れるとか自白してるだけあって、感情が隠しきれてねえ。口の端っこが明らかに緩んでるし、耳とシッポが分かりやすくピクピク反応してやがる。

 

 けど別にフツーっつーか、ホントのコト言っただけじゃねーか。なにを今更照れてんだ。それとも、ルキアとか井上とかチャドとか、ウチの仲間内で散々言ってたせーで俺の方がマヒってんのか。

 

「……じゃ、じゃあまずは、この小さな家を『時間の流れが穏やか』な場所にしていきたい。一日中二人で引き籠っておやつ食べてれば、きっとすぐにできる」

「アホ言え、ンなことやってる場合か。おめー来週期末テストじゃねーか。勉強してんのかよ」

「無論、ちゃんとしてる……国語以外」

「国語もやれ。前の学期で国語で十段階中三取って、おふくろさんに怒られたんじゃねーのか」

「だって現代文はともかく、古典が意味不明すぎてやる気が起きない。どうしてウン百年前の言葉を学習しなきゃいけないの? 修めたところで使い道なんてないのに」

「おめーが言っても仕方ねえし、御託を抜かしても成績は上がんねーだろ。詩乃はキッチリ苦手科目もやってたぞ。アイツを見習え」

「…………むぅ」

 

 心底イヤそうな顔をするリーナだったが、ヘタに赤点とったらマジでシャレになんねーんだ、諦めてやれとしか言いようがねえ。薬学部受ける時も、古典が免除される場合とそうじゃねェ場合がある。志望校が後者だったら不合格必至だ。

 

「文句言ってねーでキリキリやれ。お前の場合、理科と数学は偏差七十越えてんだ。社会と英語も上がってきてる。下地はあンだから大人しく勉強しろよ」

「……一護、手伝って」

「自力でやって詰まったらな」

「詩乃には付きっきりで教えてるくせに」

「アイツのは半分仕事だ。放置しとくわけにいくかよ」

「じゃあ私も雇う」

「従業員権限で却下」

「……一護のいけず」

 

 

 ……結局、リーナが古典の勉強を渋々ながら受諾したのは、そっから三十分も経ってからのことだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 決めたとなれば早速勉強、と言い、リーナはログアウトしていった。

 

 マジで古典苦手なアイツが自力で何日もつのか分かんねーが、一度決めたらいけるところまでキッチリやる奴のことだ。案外自力でなんとかしちまうかもな。

 

「……さて、リーナも帰ったことだし、俺も帰るか」

 

 そう独りごち、テーブルの上を片そうと立ち上がった瞬間、外から爆発音みてえな轟音が響いてきた。しかもかなり近くだ。一瞬敵襲かと思ったんだが、今いるのは圏内だ。強襲かけてもウチからパクれるものはねえ。

 

 正体に想像を巡らせながら、立てかけてあった天鎖斬月を片手に家を飛び出した。夕闇に包まれつつあるイグドラシル・シティの家々の灯りが星みたいに輝く光景が目に飛び込んでくる。

 そこから視線を左右に巡らせると、右奥の林の方から砂塵が立ち上ってるのが見えた。マジでなんかが爆発したのか、それともそこそこの重量があるモンが落っこちてきたのか。なんにせよ、その原因を確認し解かねーと。

 

 圏内とはいえ、一応それなりに警戒しながら距離を詰めていく。月牙の射程は二十メートル強。残月・過月はそれより四、五メートル長い。今の位置から撃っても煙の元に届くはずだ。なんか飛び出して来たらソッコー撃墜してやる。

 

 ……とか内心息巻いてた俺だったが、

 

 

「――痛てて。やー、失敗しっぱい……音速舞踏しながら高速百八十度ターン、いけると思ったんだけどなぁ…………」

 

 

 出てきたヤツを見てアッサリ警戒心が解けちまった。

 

 黒紫色の長髪にチュニック。身軽に動く小柄な体躯と朗らかな口調。

 

「……高速移動中に向き変えるとか、アホかお前。慣性の法則ってモンを知らねーのかよ。ユウキ」

 

 ボヤきにツッコみをいれてやると、闖入者ユウキはこっちを見、どんぐり眼をまんまるに見開いて見せた。

 

「およ、一護だ。いやー、ハズかしいとこ見られちゃったか……ところで、()()の法則ってナニ? スキルが完成(コンプリート)されるまでの規則性のこと?」

「……頭打ってボケてんのか、お前」

「シツレイだな。ボクは無傷ですよー」

 

 ふんっ、と胸を張って見せるユウキ。どうも素で言ってるらしい。天然か。

 

「そう言う一護はなんでこんなところに一人でいるのさ」

「俺らのホームがココだからだ。中でグダグダしてたら外からものっそい音が聞こえてきて、出てきたらお前が地面に突っ込んだ後だったっつーワケ」

「ありゃ、それはお騒がせしました」

「初めて会ったときも、お前すげー勢いで突っ込んできたよな。突っ込み癖でもあんのかよ」

「んー、そうかも?」

「いやそこは否定しとけよ」

 

 リーナとは違うベクトルでマイペースなやつだ。嫌いじゃねーが、なんかやりにくさを感じながら辺りを見渡す。コイツは多種族系六人ギルド《スリーピング・ナイツ》のリーダー、てっきり仲間も一緒に飛んでたのかと思って探してみたんだが、どこにも見当たらない。

 

「お前、一人で飛んでたのか?」

「うん。他の皆はちょっと用事があって、今はボク一人。一護は?」

「俺もだ。さっきまでリーナがいたんだが、アイツは期末の勉強があるってことで帰ってった」

「あ、そう言えばアスナも言ってた。期末テストが近いからしばらくログインできないかもって……あれ? 一護にはないの?」

「俺にはねーよ。この前大学受験終わったばっかで、春から医大生だってこの前現実世界で言ったろーが」

 

 この前アスナが肩にカメラ乗っけて空座町に遊びに来たときに、ユウキとカメラ越しに会話をしてる。確かほんの四日前くらいのことだったはずだが、どうもすっかり忘却の彼方らしい。

 

 立ち話もなんだし、とりあえずユウキを家に上げる。せまっこい、何の面白みもねえ一部屋だけの造りだが、ユウキは興味津々って感じで室内を見ていく。それを横目に、俺はとっ散らかった机の上を片付け、余った菓子をパッケージングしてストレージに放り込んでいく。今度リーナが来たときのおやつになるし……、

 

「……ユウキ」

「ギクッ」

「コソコソ勝手に菓子食うな。せめて一言くらい言えっつの」

「ご、ごめんなさーい」

 

 俺の後ろに置いてあったクッキーをつまみ食いしようとした犯人は、軽い謝罪の言葉と共に頬をかいた。いたずら好きな子供じゃねんだし、素直に言やいいのによ。

 

「リーナがいなくて助かったな。いたら圏内でもぶち殺されるぞ」

「……食べ物の恨みは恐ろしい、ってヤツだね」

「慣性の法則は分かんねえのに、そういう言葉は知ってんのな」

「まぁね。こう見えてボク、読書家なんだよ」

「そーか。んじゃ、今度っから理科の参考書でも読んどけ」

「うっ……理科苦手」

 

 本当にいやそうに顔をしかめるユウキ。マイペースだが、リーナと違って表情がころころ変わる。

 

 時間が時間だからガッツリしたのは出せないが、一応客は客だ。常備してある紅茶とマフィンを皿に開けて出すと、ユウキは顔を綻ばせてかぶりついた。

 

「もう夕飯前の時間なんだし、あんま食い過ぎんなよ」

「ふぁーい!」

 

 ……マフィンを口に詰め込みまくった面で挙手されても説得力ねーな。

 

「んぐ……ぷはぁっ。おいしいね、これ! どこで売ってたやつ?」

「俺の自作だ。リーナに強請られて作った」

「うぇ!? 一護料理スキル上げてるの!?」

「その人相で、って言いてえんだろ? アスナも同じリアクションしやがったからな」

「い、いやあそんなことは、ない、よ……?」

「最後に疑問符つけんな!」

 

 フツーに肯定されるよりキツいじゃねーか。

 

 ごめんなさーい、と気があるんだかないんだか分かんねー感じの返事を寄越し、ユウキはまた菓子を食べる。美味そうに食ってくれるのはありがてぇが、ぶっちゃけそんな大したモンでもねえと思う。どっかの病院に入院してるってのは聞いてるが、そこの普段の病院食が口に合わねえのか。

 

「……あ、そうだ!」

 

 突然何かを閃いたように、ユウキが声をあげる。晩飯食えなくなると遊子に雷落とされちまうから紅茶だけ飲んでた俺は、カップ片手に唐突に立ち上がった小柄な女子を半眼で見やった。

 

「ねえ一護、明日時間ある?」

「あ? ……まあ、あるっちゃあるけど、なんだよ」

「実はね、今日と明日、《スリーピング・ナイツ》の皆が検査でログインできないんだ。アスナたちもさっき言ってたテスト勉強で忙しいだろうし、ボクは一人っきりなの」

「そういやお前ら、全員どっかの静養用VR空間で知り合ったとか何とか言ってたな。高校生連中もしばらくは長時間のログインは出来ねーだろ」

「そう。だから一護、その間にお願いがあるんだけど……」

 

 ユウキはそこで少し言い淀み、紅茶のカップを両手持ちにしながら上目使いにコッチを見て、

 

 

「……ここと別のVR空間で、お料理教えてくれないかな?」

 

 

 意外な頼みを俺に投げかけてきた。

 

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

一護はユウキが不治の病とは知りません。どこかの病院に長期入院してて、同じ境遇の連中で固まったのがスリーピング・ナイツ。これくらいの認識です。

次回はまさかのお料理回……とまでは行きませんが、ユウキと一護の日常を書いていきます。




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Episode 36. With friends -cook tag-

お読みいただきありがとうございます。

三十六話です。

宜しくお願い致します。




 クッキングシミュレーター型VR空間《リアルキッチン》。

 

 その名称の通り調理行程、それから味覚の再現に特化したVR空間で、アスナがVR内の料理技術を向上させるために使ってるパッケージらしい。ユウキは入院生活中いくつかのVR空間を巡ってきたらしいが、その中でここが唯一、料理の出来がシステム的スキルじゃなくてプレイヤーの技量に依存するトコだとか。

 

 アスナたちがVRから抜けている間に連中をなにかビックリさせられるようなコトを、と考えてたらしいユウキは、俺が料理慣れしてることに目を付け、「ここで丸一日料理の特訓して、なにか一つ料理を作れるようになる!」って目標を即興で立てたんだと。

 ド素人が一日でマトモな腕ぇ目指すっつったら、リアルなら相当な量の食材と電気・ガス・水道代がかかっちまう。リハビリ直後に俺が作った時がそうだったんだ、間違いねぇ。その点、VR内ってのは良い選択だと思った。病院じゃ患者に調理なんざやらせてくれねーしな、リーナみてえに簡易キッチン付きのアホ高い個室にでも入ってない限り。

 

 ユウキがウチの真横に突っ込んで来た日の翌日の朝、俺はその「リアルキッチン」の中で再びユウキと対峙していた。よくある一軒家のキッチンとリビングを再現した空間の中、ユウキは装備したベージュのエプロンを翻し、俺に向かって頭を下げた。

 

「えっと……本日はよろしくお願いします、一護()()!」

 

 他のザ・シード規格VRゲームのアバター外見だけを流用できる設定になってるらしく、見た目も服装もALOの闇妖精のまんま、その上に無地のエプロンと三角巾を装備してる。俺も火妖精のまま服だけ変えてきた。卍解衣装で調理とか、絵面がシュールすぎンだろ。

 

「……つってもなあ、俺、リアルの料理はそんなにウメーわけじゃねえぞ。人並みだ」

「卵も割ったことないボクに比べれば百倍経験豊富だよ。自信持って、ご指導頼みます!」

「へーへー。で、何作りてぇんだ?」

「えっとね……お菓子!」

「んじゃパフェ」

「えー? それじゃ食材切るだけじゃない。もっと色々、お料理っぽいことしてみたい」

「さすがに冗談だ。そンじゃアレだ、チョコチャンククッキーでいいだろ」

「……ちゃんちゃんこ?」

「ぜってー言うと思ってた……いや、もういっそフツーのクッキー作ってちゃんちゃんこ型に成形するほうが楽か。おーし、んじゃちゃんちゃんこクッキーで――」

「す、すとーっぷ! うそうそごめんなさい、ちゃんとチャンクって聞こえてました!!」

「……次にアホなこと抜かしたら、おめーの嫌いなニガい菓子に変更な」

 

 何が悲しくて作るモン決めるだけでコントしてんだか。ため息吐きつつ指を振り、デフォでストックされてる材料一覧の中から必要なモンを並べていく。

 

「薄力粉、ベーキングパウダー、バターに塩砂糖、んで卵に板チョコ……こんなモンだっけか。いいかユウキ、チョコチャンクってのは、粗く砕いたチョコの入ったクッキーだ。チョコを溶かすだなんだってやんなくて済むし、成形が雑でもサマになる。基本は卵割って材料混ぜて焼くだけだが、ド素人にはムズいとこもある。まずは一緒に作って手順と道具の扱いを覚えちまってくれ」

「りょうかい!」

 

 ビシッ、と自分の額にチョップを食らわせるユウキ、敬礼のつもりか、それ。何の映画に影響されたんだかな。

 

「まずはチョコ砕くトコからだ。手でもそこの木の棒使ってもいいから、とりあえずテキトーに割っといてくれ」

「はいはーい。えっと、それじゃコレを持って……」

 

 俺の言葉に頷くなり、ユウキは積まれた調理道具の中から生地を伸ばす時に使う木の棒を手に取った。流石にココでつまずくこたァねーだろと思いつつ、使う材料の整理を始め……、

 

「せーぇーのっ!」

「まーて待てまてコラ!! キッチンごとブチ割るつもりか! スイカ割りじゃねーんだぞ!!」

 

 棒を大上段に振りかぶり、たった一枚の板チョコめがけて振り下ろそうとしてたドアホの手を慌てて掴んで制止した。いきなりストップをかけられるとは思わなかったらしく、ユウキはきょとんとした顔でこっちを見てきた。

 

「え? だって刃のないコレでオブジェクトを砕くんだから、けっこー力要ると思ったんだけど……違うの?」

「ここは現実に限りなく近づけてあンだよ。ALOとかならともかく、フツーの板チョコは小突くだけで十分だっつの。オメーの頭ん中にある板チョコは鋼鉄製か」

 

 木の棒を取り上げて片手で持ち、そのまま手首のひねりだけで振り下ろす。ゴンッ、という音と共に板チョコの中央に当たり、そこから蜘蛛の巣状にヒビが入る。そのままゴンゴンと軽く数度振り下ろし、全部の破片が一センチ四方くらいになるよう粗砕した。

 

「ほれ、こンぐらいの力で、こンぐらいの大きさに砕くんだよ。分かったか?」

「おー、流石。上手だね」

「……これでホメられても何も嬉しくねえ」

「まーたまた、謙遜しちゃって」

「いやガチで」

 

 ……チョコを砕くところから、早くも前途多難な感じがしてきた。まさかとは思うが、卵渡して「割れ」っつったら木の棒でブッ叩くんじゃ……流石にねーか……ねぇよな?

 

 今度はコンコンと軽く叩いてチョコを砕いたのを確認してから、次の行程に移る。

 

「次は計量だ。薄力粉百五十グラム、バター九十グラム、砂糖五十グラム」

「お、ボクこれはできるよ。重さ量るだけだもんね」

 

 小学校の理科の実験でやった気がする、と言いつつ電子天秤を用意するユウキ。ホントにそうだったら気が楽なんだか、昨日「理科苦手」って言ってたのが脳裏にリフレインして安心できねえ。

 

「えっと、まず電源入れるでしょ。次にボウル乗っけて、そして粉を入れる……」

「ストップ。ユウキ、今の電子天秤の数値見てみろ」

「ふぇ? えっと、二百八十グラム……あ、そっか。このまま入れたらダメか。ちゃんと重さが量れないや。じゃあ、一回このまま電源落として、で、もう一回入れれば……おっけー、ゼログラムになったよ」

「おし、オッケーだ」

「いぇーい!」

 

 今度はちゃんと自分で解決策を考えたみたいだ。なんつーか、すでに下地が出来てた詩乃に教えた時とはだいぶ違う感じだ。中学に上がり立ての頃、ウチの妹二人に勉強教えてたときと似た感覚がする。

 

「――わっぷ!?」

 

 素っ頓狂な声。思考を切り上げてそっちを見ると、そこにはボウルに入った薄力粉をブチまけて、全身真っ白けになったユウキの姿があった。リアルだったらクシャミの一つでも出るトコだが、幸いここはそこまで忠実じゃねえ。汚れもボタン一つで消える。

 

 ……けどその前に、一枚写真撮っとくか。

 

「ちょ、ちょっと一護。こんな姿撮っちゃヤだって」

「うっせ。どーせ横着して、ボウルの上に身体乗り出して材料取ろうとしたんだろ。今後の戒めのために撮っといた」

「うぅ、先生がオニだよぉ……」

「ンなこと言うなっての。ほら、手前の今の面だ」

 

 そう言って撮ったばかりの写真を見せてやる。未だに真っ白のままのユウキは写真をのぞき込み、数秒沈黙した後堪えきれなくなったみたいに大笑いしだした。

 

「あっはははは! な、なにこれ! ボクってばほんとに真っ白だ! ヘンなのー!!」

「こーゆー愉快なツラになんねーよう、今後粉モンはひっくり返さねえようにな」

「はーい!」

 

 ひとしきり笑った後のユウキは目に涙を浮かべて元気よく返事をする。手元のウィンドウを操作して汚れを消してやってから、俺たちは調理を再開した。

 

 ……その五分後に砂糖入りボウルをひっくり返して、二枚目の写真を撮ることになったが。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……っし、出来たな」

「うん、いい匂い!」

 

 作り始めて一時間後。ようやくクッキー第一弾が完成した。

 

 焼くのにかかったのは十五分だから、残り四分の三時間全部は材料を混ぜたりなんなりの時間に消えてったワケだ。

 

 やっぱり一番ネックだったのは、卵割りだった。懸念は外れてちゃんと手で割ってたが、初心者にありがちな「卵の殻が混入する」「手の中で潰れる」ってのを何十回と繰り返した。遊子も料理始めたばっかの頃は朝飯のオムレツに殻入っちまってて、夏梨に「なんかバリバリ言うんだけど」って文句言われてたっけな。

 

 その他で意外とムズいっぽかったのは、粉と卵をヘラで混ぜ合わせること。

 電動ミキサーだと砕いた板チョコが上手く混ざらないからヘラを使わせたんだが、どうも加減が分かんないらしく、あっちゃこっちゃに粉や卵液を跳ね散らかしエプロンどころか三角巾まで汚れる始末。どうやって混ぜたら頭まで粉が飛ぶんだか。本人は気にせず「あ、これ甘ーい」とか言って舐めとってたが、コイツを単身でリアルの台所に立たせたら不安がヤバいな。いくら剣の扱いが上手くても、包丁の扱いまで無問題、とはいかねえ気がする。

 

 とはいえ、何とか無事に完成したんだ。一段階目はクリアってトコだな。

 

「ユウキ、せっかくだ。出来たてのやつ、食っとけよ」

「え、いいの?」

「おう。半分はお前が作ったんだ。最初に食えるのは作ったヤツの特権だろ」

「じゃ、じゃあ、いただきまーす……はぐっ」

 

 出来たばっかで熱いクッキーを、ユウキは躊躇することなく一口で頬張った。

 

 過去の経験から熱さでわめき出すんじゃねーかと危惧し、ストックから牛乳を取り出す。が、予想に反して全く騒ぐことなく、咀嚼してあっさり嚥下。で、にっこりといい笑顔を浮かべて、

 

「すーっごい、美味しい!!」

「だろ? 初めて自分の手で作ったモンだ。達成感込みで考えりゃ、うまさは格別だ」

「うん! ほら一護も食べてよ。あ、なんなら『はい、あーん』してあげよっか?」

「その言い方はリーナの影響受けてやがんな。却下に決まってンだろ」

 

 突っぱねつつクッキーを一つ摘み、頬張る。粗熱が取れてねーけど、その分チョコが柔らかくなってていい感じだ。生地もよく焼けてる。

 

「……どう? どう?」

「うん、うめーわ。ちゃんと出来てる」

「でしょでしょ!! よーし、この調子で一人でも作れるようになるぞ!」

 

 両手を天井めがけて突き上げるユウキ。まあ腕はともかくやる気は十分だし、こりゃ思ったよりも早くカタがつくかもな。時間が余ったら、余りの材料でパパッと作れそうな応用を教えてもいいか。

 

 けど、その前にまずは今は当初の目標達成が先だ。今は全部サポートしてたが、次は作業は一人でやらせてコッチは口頭でアドバイスするだけに……、

 

「……ん、っとと」

「ユウキ? なにやってんだ一人で」

 

 クッキーを頬張ってたユウキが、急に何もないトコでフラつき始めた。床にはなんも置いてねーし、バランス崩す要因なんざドコにもない。

 

 もしかしてまーたなんかフザけてんのかと思い、とりあえず頭を小突くために近づき……、

 

「い、一、護……ごめん、ボクちょっと、めまい、が……」

「めまい? 大丈夫かよ。ちょっと休むか」

「う、うん……少しだけ、休んでから、また、作――」

 

 

 ――ブツン。

 

 

 ユウキのアバターが消滅した。後に残るのは「回線切断」の表示。

 

「ユウキ? おい!」

 

 呼びかけるが当然返事はない。なんかの原因で回線がトラブった? いや、病院からログインしてるなら、使われてる回線の強度は一般家庭のそれを凌ぐはずだ。トラブった可能性はゼロじゃねーが極めて低い。

 しかもいきなり回線が切れる光景は年末にあったあの事件を彷彿とさせ、一気に全身に緊張が走った。だが主犯が捕まってる以上、それはない。共犯が一人逃走中ってのは聞いてるが、真っ昼間の病院に進入して犯行に及ぶなんざ絶対ムリだ。

 

 よって、一番可能性がたけーのは、

 

「……リアルの身体になんか良くねえ発作が起きた、ってことか」

 

 アミュスフィアはユーザーの生体機能を簡易的にモニタリングして、危険域に到達した時点で意識を現実世界に強制送還するとキリトから聞いた覚えがある。直前に訴えためまい、それもフラつくレベルだったことを考えると、すぐにフラッと戻ってくる可能性は低い。

 とりあえず俺に出来るのは待つことだけだ。リアルの身体の様子も気になるが、そもそもアイツの現実世界側の居場所を知らねえ。アスナなら知ってそうな気もするが、流石にそこまですンのは過干渉すぎっつーか、それ以前にマナー違反だ。アイツの無事を信じて、待っててやるしかねえ。

 

 メッセージウィンドウを呼び出し、フレンドリストからユウキの名前を選択。

 

『料理はまた今度コッソリ教えてやるから、具合が良くねえならムリしないで休んどけよ』

 

 そう打ち込み、送信する。楽しみにしてたのはさっきまでのはしゃぎっぷりから十分伝わってきてたから分かってる。が、それも現実の身体があってこそだ。ムリして病床が長引いたら元も子もない。

 

 そう自分に言い聞かせ、俺は器具と材料を片づけてログアウトした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『さっきはいきなり落ちちゃってごめんね。お昼過ぎになったらまた行くけど、いいかな?』

 

 正午前、ユウキから返信が来た。

 

 本人が行くと言ってる以上、止める義務も権利も俺にはねえ。他の友人が相手ならそのままフツーにオッケー出してる。けど、ユウキは病人だ。将来医者になる身としちゃ、体調が悪いヤツ、しかも回線切断しちまうようなヤツをVR空間で遊ばせとくのはいくら何でも気が引けた。

 余計なお世話と分かりつつ、本当にいいのかと問うと、『うん、大丈夫だよ』と返ってきた。この時点でもう大丈夫じゃねえ。いつものユウキなら、『問題ありません、先生!』とか言って菓子作りを催促したはずだ。いつもの朗らかさが感じられねえ以上、菓子作りは中断だ。

 

 俺はユウキをALOの中、ウチのホーム近くにある小高い草原の丘に「一旦休憩」という名目で呼ぶことにした。ユウキはゴネることなく承諾。この時点で俺の予想は確信へと変わっていた。

 

「おまたせ。ほんとにゴメンね、教えてもらってる真っ最中だったのに」

 

 澄み渡る空の下、丘に座り込んで待っていた俺のところにユウキが来て最初に発したのは、謝罪の言葉だった。

 

「悪気があって落ちたワケじゃねーんだろ、ならおまえを責めても仕方ねえよ」

「……ありがと、一護」

「立ってないで座れよ。VRとは言え、見上げてンのは首が疲れる」

「うん」

 

 チュニックの裾が捲れないよう、手で押さえながらユウキが隣に座る。それを黙って見届けた後、少しの間、俺たちは無言で眼下の景色を眺め続けていた。

 青い空にたなびく白い雲。昼のイグドラシル・シティは活気にあふれ、上空にそびえる鉄の城との間を多くの妖精が行き来している。憎たらしいくらいに平和な光景を見続けることしばし、先に口火を切ったのは俺の方だった。

 

「お前が戻ってくるまでの間に、少しだけ調べた。アミュスフィアの構造上、どうやったらいきなり回線切断が起きるのか、ってコトを」

「……うん」

 

 ユウキが小さく頷く。俺がなにを言いてえのか、多分もう察してるはずだ。

 

 アミュスフィアはナーヴギアと同様、人間の脳の電気信号を感知して仮想世界のアバターを動かす。その電気信号のパターンが異常をきたす、つまり身体が危険な状態、あるいはそれになりかけてると判断された場合に強制的に回線を切る。俺はそう思ってた。

 

 ……けど、実際のところそれは少し違ってた。

 

 アミュスフィアの強制回線切断は、強制ログアウトと似てるがワケが違う。

 強制ログアウトはアミュスフィアが「これ以上安全にゲームを行うことができない生理的反応、ないしは外部刺激が発生すること」がトリガーになる。つまり、命がアブなくなる前に出てけ、ってやってるワケだ。

 

 対して強制回線切断は、それより深刻だ。条件は「アバターを動かすに足る脳波を検知できなくなること」、つまりアミュスフィア側の機能障害、または意識レベルの極端な低下がトリガーになる。具体的にはハードの故障、電源喪失、プレイヤーの突発的睡眠、失神……そんで、死亡。

 

 ユウキに起きたのは後者の回線切断。故障や電源喪失が原因だったら、すぐにアバターの動きが止まるはず。だが今回はめまいを感じてよろめき、十秒ほど後に回線が切れている。つまり睡眠か失神だ。

 

 しかも刺激が強いゲームをやってたわけでもない状態での突発的睡眠・失神は、肉体側に重篤な問題がある可能性が高い。

 

 ショック死、とか、ショックで気絶、なんつーことがフィクションじゃよくあるが、医学的なショックってのは脳や心臓に酸素・栄養を十分に送れない状態のことを指すはずだ。

 医学的ショックの引き金は火傷や大量出血による肉体的損傷がほとんど。一般的に言われるショック、つまり精神的な驚き・動揺・痛みだけで失神・死亡するのは、重病や老衰で血管が衰弱しきってる場合だけだ。

 

 憶測九割だが、ユウキの容態はよくて睡眠障害(ナルコレプシー)による情動脱力発作だ。だが、ここ半月の間で一度も回線切断の場面に出くわさなかったことを考えると、可能性は高くねえ。

 最悪の場合、全身の体機能が衰弱した状態にあるかもしれない。医者が再ログインを許可したってことは、今日明日でどうにかなるみたいな状態にはないはず。季節の変わり目でたまたま調子がすこぶる悪いだけって可能性もあるにはある。

 

 だが一瞬とはいえ意識レベル低下で回線切っちまうようなヤツだ。普段の容態も芳しくないに決まってる。そんで、そんな奴にVRMMOなんて刺激の強い世界へ行くことを医者が許可してるってことは……つまり、そういうことなのか。

 

「……ここ最近は大丈夫だったんだけどね。気を抜いてたら急に来ちゃった。当分、トーナメント以外でバトルはしない。明日の準々決勝に出たいなら今日は騒がないようにって、お医者さんに言われたよ」

「…………そうか」

 

 俺の表情を見てユウキが静かに言った。戦闘一回のためにバカ騒ぎをセーブする。医者にそんな忠告を受けてる時点で、俺の考えは肯定されたようなモンだった。そして、その穏やかな表情から読みとれたのは安心ではなく、ある種の悟りと達観だった。十代半ばのガキがしていいツラじゃない。

 

 辛気臭いカオすんな、元気だせよ。

 

 そう言うだけなら誰にでもできる。けどその表情の裏側が、コイツの肉体が直面してる事実が痛いぐらいに分かっちまう以上、言えるはずなんてなかった。ガキの頃から生も死も見てきたからこそ、イヤんなるぐらいに。

 

「クッキー作り、また今度になっちゃうね」

「気にすんな。チャンスはいくらでもある。キリのいいホワイトデーに間に合うように練習すりゃ、それでいいだろ」

「そうだね。たっくさん作って皆に配りたいな。あのユウキがこんなおいしいお菓子を作れたなんて! って驚いてくれたら、ボクは大満足だよ」

「お前、仲間内でどんな扱いなんだよ」

「んー、ドジばっかのおっちょこちょい?」

「的確だな」

「うわ、ちょっと傷ついた」

「わり」

「だーめ」

 

 言い合い、目を合わせることなく少しだけ笑い合う。こんなにキツいと感じる笑いは、あの河原以来だった。表情筋をほんの数センチ動かすだけで、身体の奥底がすり切れるような感覚になる、あの感じ。どうとも思ってるクセに、どうとも思ってないってポーズをとる。バカみたいで、けれどそれ以外にできることなんてなかった。

 

 ……こういう時、気が利く言葉が出てこない自分が恨めしくなる。

 

 いくら世界の危機を救おうが、ピンチの仲間を救い出そうが、人間の天命だけはどうしようもない。

 だからせめて、心が軽くなるような話を。そう思うのに、出てくるのは無言だけ。世界は救っても目の前の女子の心一つだって救えない。この無力だけは、どうやったって変えられない。

 

「……ねえ、一護」

 

 情けねえことに、明るい声で沈黙を破ったのはユウキの方だった。

 

 

「一護は『あの世』って、どんな感じだと思う?」

 

 

 即答は、できなかった。

 

 その正答を知ってるからってこともある。けど、決して病状の良くないはずの病人相手に、その手のネタはご法度のはずだ。相手から切り出してきたとはいえ、少しの間、言葉に詰まる。

 

「……さーな。でも、日本人が行くあの世は、きっと日本っぽいトコなんじゃねーのか。建物とかも和風で、皆着物とか着ててよ」

「えー? ボク、なんか雲の上で天使がハーブ弾いてるイメージなんだけど」

「あほ。んな超然としてるわけあるか。人間が行くトコだぞ、向こうだってこっちと同じ、人間くさい場所なんじゃねーの」

「そーかな……あ、じゃあさ、日本っぽいあの世なら、地獄には角が生えた鬼とかいるのかな」

「まあ、堕ちてきたヤツをビシバシいじめるヤツはいそうだよな。罪償えってよ」

「うぇー、ボク大丈夫かな。今までけっこう余所様に迷惑かけてるけど」

「あのな、他人に多少メイワクかけたぐれーで地獄堕ちてたら、地獄がパンクすんだろ。ぎゅう詰めになって順番待ち、とかなったらアホくせーだろうが」

「あっはは。それはそうかもね」

 

 想像したのか、今度は混じりっけのない笑い声が聞こえてくる。いろんな意味であんまり引っ張りたくねーネタだけど、それで笑ってくれンなら、別にいい。

 

「でさ、きっと悪霊怨霊とかもいそうだよね。日本風なら、そういう悪霊を退治する陰陽師? みたいな人とかいたりして」

「いっそ刀とか持ってたりしてな。死神の鎌なんつー古くさい武器じゃなくて」

「あ、それいいね。そうしたらボク、その退治する人になってみたいかも。突き技に特化してる直刀とか、けっこういけそうな気がするんだよね」

「いいんじゃねーか。お前ほどの腕なら、多分やってけるさ」

「お、死神代行さんのお墨付きだ。やったね」

「……お前、なんでその肩書き知ってンだよ。コッチじゃ名乗ってねーぞ」

「アスナが教えてくれたんだ。とっても強くて、本当に人間じゃないみたいで、けど人間くさい死神さん、だってさ」

「なに言ってンだかな」

「当たってる?」

「全ッ然」

「えー」

 

 ユウキは大げさに膨れて見せた。視線を合わせるがその強さが目に突き刺さり、すぐに目線をそらした。自分にとってこの話がどういう意味を持つのか、それを自覚して尚、こうやって普通に話して喜怒哀楽を出せる、それがどんだけ凄ぇことなのか。

 

 ただの十代半ばの女子が、ここまで強くなった。なっちまったのか。

 

「……うん。なんかすっきりした。ありがとね。一護ってこんなヘンテコな話にもつきあってくれるんだ。ちょっと意外だったよ」

「うるせ。なに話そうが、人の勝手だろ」

「そうだね……うん、よしっ!」

 

 ユウキは勢いをつけて立ち上がった。合わせて腰を上げる俺の横で、うん、と伸びをして、くるっと振り返る。チュニックの裾が遠心力で一瞬広がり、すぐに元通りになった。

 

「あの世のことは気になるけど、行ったそのときに考えればいいよね。とりあえず今するべきはクッキー作りのマスターとトーナメント出場! 今やらなきゃいけないことをすべし!」

 

 ……すげーな。

 

 ほんとに凄い。

 

 今がクソキツいはず。なのに開き直るわけでもなく、ちゃんと今を生きようと頑張ってる。

 

 ウチに来る患者を昔っから見てて、俺はいつも思うことがあった。

 

 ガキは未来に、大人は過去に縋る先を探そうとする。

 

 子供は将来どうなりたいとか、今度アレをやってみたいとか、先の話をするのが好きで。大人は自分は昔どうだったとか、この前ナニをやったんだとか、昔の話をするのが好きだ。今なにしてるなんて、話すヤツはほとんどいなかった。

 

 病院に来るヤツなんてのは今を病んでるから来てるわけで、それは当然っちゃ当然なのかもしんねえ。でも、ごくまれに今を話すヤツがいて、そいつはガキの俺から見てもキツそうで、けどカッコよく見えた。

 

 今、俺の目の前にいる、一人の女子と同じように。

 

 ……そして、こんなヤツに慰めとか労りとか、そういう柔らかい言葉を投げてやれるほど、俺は柔和な人間じゃなかった。

 

「おい《絶剣》ユウキ」

「なに? って言うか、どうしていきなり通り名呼び?」

「俺は一週間後の準決で多分キリトと当たる。そこで必ず勝って決勝に進んでやる。だからお前も必ず上がって来い。決勝で、俺がお前を倒す」

「……ふーん、宣戦布告ってワケか。一護に出来るかな。ボク、こう見えてALOでプレイヤー相手なら負け無しなんだよ?」

「知ってるさ。けど、自分よりつえー奴が単に今まで出てこなかっただけなんじゃねえのか?」

「それが、一護だってこと?」

 

 最後の問いには言葉じゃなく、笑みを返してやる。ユウキもそれにつられるようにして挑発的な笑顔を浮かべると、俺の真っ正面に立ちまっすぐにこっちを見上げてきた。

 

「いいよ、決勝まで必ず行く。そこで白黒はっきり付けてみせるよ、《死神代行》」

「上等だ。俺の力全部使って、おめーを真っ向から打ち破ってやるよ、《絶剣》」

「……ぅう、なんかまたフラフラしてきた、かも……」

「……あ。わ、わりぃ! なんつーか、つい挑発しちまって――」

「ま、うそだけどね」

「…………あ?」

「だーかーら、冗談だよ。ほら、さっきみたいに回線切断しないでしょ?」

「……お前よ、それはシャレになんねーって」

「あはは、ごめーん」

 

 げんなりする俺を見て、ユウキは軽やかに笑う。ったく、心臓にわりぃいたずら仕掛けやがって。

 

「一護」

「あ?」

「ありがと。いつかお礼、するね」

「別に。礼言うコトじゃねーだろ」

「……そっか、ごめん」

「バカヤロ。謝るトコでもねーよ」

「もー、それじゃどうしろっていうのさ」

「とっとと体調戻してクッキー作れ。やること先延ばしにすんの、ヤなんだよ」

「……うん! そうするよ」

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。


日常回、ほのぼのとシリアスのハーフアンドハーフ仕立て、でした。

相変わらず病人相手だと態度が軟化する一護です。

現状、ユウキの容態は原作と同程度です。
一護も予想していますが、季節の変わり目で身体に元々負荷がかかっていて、そこに「喜び」という精神状態の大きな変化のダブルパンチでさらに負荷がかかってしまったために落ちています。数時間で復帰できているため、今回は本当に一瞬だけのことでしたが。

それでも尚、医者(倉橋さん)がログインを認めている理由は、原作でも末期のユウキがALOで遊ぶことを制止されなかった理由と同じかと。


次回も日常回の予定。
そして次々回からトーナメント準決勝戦が始まります。



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Episode 37. With friends -two by two-

お読みいただきありがとうございます。

三十七話です。

前半は一護視点、後半はキリト視点です。

よろしくお願い致します。


「――わりーな、井上。こんな夜遅くまで付き合わせちまって」

「ううん、あたしは全然大丈夫。って言うより、なんかごめんね。遅くまで居座っちゃって」

「私の方こそ全然大丈夫よ。むしろ、織姫さんだったら、泊まっていってほしいくらい」

「ほんと? ありがと詩乃ちゃん! じゃあ今度お泊まりさせてもらっちゃおうかなぁ」

「言っとくけど一護、あなたはダメだからね。私が後で吊されちゃうから」

「なんも言ってねーし泊まるつもりもねえよ」

「あはは、ほんとに仲良しだね、黒崎くんと詩乃ちゃん。あ、それじゃあたしはもう帰るね。おやすみなさい!」

「おう、じゃーな」

「今日はありがとう。お休みなさい」

 

 

 ユウキとバタバタやってた日から三日後。

 

 知り合ってからちょくちょく不定期にやってる「詩乃宅料理教室」の第四回目が終わり、俺と詩乃は玄関先で井上を見送っていた。時間は午後の八時を回ったところってこともあり、外はすっかり夜の闇に追われている。

 

 本当なら俺が自宅まで送ってくつもりだったんだが、

 

「ありがとう、黒崎くん。けどごめんね。帰りにちょっと駅前のショッピングモールに寄りたいから、今日は送ってもらわなくても平気なの」

「そうか? 買い物ぐらい手伝ってもいい――ッ痛! 詩乃! いきなり脇腹ド突くんじゃねーよ!!」

「バカ一護、わざわざあんたの付き添いを断ってるんだから、ちょっとは女性の日常生活事情を察しなさいよ」

「……生活事情? 俺がいるとマズい女の事情ってことは……」

「わ、わーっ!? 想像しなくていいよ黒崎くん!!」

 

 って感じで、今日は井上を一人で帰すことになった。後で詩乃に「女性の、ってわざわざ言ったんだから、そこは考えないで素直に納得しときなさいよ。フリでもいいから」と言われたが、なにも肘で脇腹ド突く必要はねーだろ。夜一さんに体術の稽古つけてもらってるせいか、地味にいてーンだよ、それ。

 つか、あんだけの情報量で察しろってのは中々ムチャ言ってねーか? 水色は「女性と一ヶ月くらい一緒に居れば、行動パターンの変化と機嫌の上下で『月のもの』の周期が分かるよ」とか言ってたが、アレは特殊な例だろうし。

 

 井上を送り出した後、俺と詩乃は室内に戻った。さっきまで三人で食ってた夕飯の片づけはとっくに終わってるから、特にやることはねえ。適当に座り、ローテーブルに常設してある電気ポットのお湯で淹れたほうじ茶を二人並んで飲む。

 

 勝手知ったる何とやら、って感じでリモコンに手を伸ばしテレビを付けようと思ったんだが、

 

「しょーもないバラエティ番組嫌い。見ててなにが面白いのかサッパリよ。報道番組が一番面白いわ」

 

 と詩乃がこの前言ってたのを思いだして止めた。よくそれで学校の話題についていけてんな、と返してやったら、同じバラエティ嫌いの友人たちだけとツルんでるから問題ない、と言い返された。それを聞くと井上の社交性がすげーってのが改めて分かるな。

 

「……なによ」

「いや、別になんもねーよ。メシ食って眠ィからボーッとしてただけだ」

「ちょっと、寝ないでよ一護。ほんとに泊まっちゃダメだからね。リーナから怒られそうだし」

「なんでソコでリーナが……って、ああ。なんか『ズルい』とか何とか言いそうだな。手前ン家に人あげんの禁止にされたっつってたし」

「……まあ、それでいいわ。間違ってはいないし」

「なんだよ、含みある言い方しやがって」

「いいえ、別になにもないわ」

 

 両手で持ったマグカップの茶を啜る詩乃は俺の言葉を流すと、そういえば、と逆に切り返してきた。

 

「あんた、明明後日のトーナメント準決勝で、キリトとデュエルするんだってね」

「まーな。わざわざ俺をハメてくれやがった奴だ。オトシマエはきっちりつけさせてもらうさ」

「そうやって大言壮語しといてサクッと負けたら、後で笑ってあげるわ」

「性格悪ぃな」

「冗談よ。当日会場で見てるから、ちゃんと頑張ってよね」

「当たり前だっつの。決勝行って優勝すんだ、準決で負けるわけにいくかよ」

 

 俺がそう言うと、横にいた詩乃が目を丸くした。まるで意外な台詞を聞いた、とでも言わんばかりの表情だ。

 

「なんだよ。優勝狙っちゃわりーかよ」

「ううん、別にそういうんじゃないんだけど……キリトに引っ張り込まれてなし崩し的に参加した割には気合い入ってるな、って思って……あ」

 

 まさか、と詩乃は剣呑な目つきに代わり、マグカップをローテーブルに置いて上目遣いで俺を睨み上げてきた。

 

「あなた、西ブロックの準決勝に上がった女性プレイヤー二人のどっちかと、ヘンな約束でもしたんじゃないでしょうね? どっかの黒ずくめみたいに不用意に女の子たぶらかしてると、そのうちリーナに殺されるわよ?」

「キリトと一緒にすんじゃねーよ! 確かに約束はしたけど至ってマトモだ。ユウキと必ず決勝で戦う、そんだけだ」

「ユウキと?」

「ああ、そうだよ……そう何回も全力で戦える機会が、アイツに残されてると思えねーしな」

「……そうね」

 

 詩乃は一転、目を伏せるようにして声のトーンを落とした。俺の言いたいことを察したらしい。

 

 スリーピング・ナイツは勿論、詩乃を始めユウキと親交があるキリトパーティのメンツには、ユウキから、

 

「ボクに万が一があっていきなりいなくなっちゃうことがあるかもしれない。そうなって皆を驚かせたら悪いから、そうなる前に、アスナから皆に話しておいてほしい。

 ホントならボクから直接話すのが筋ってものなのかもしれないけど……直に面と向かって話してたら、みっともなく泣いちゃうかもしれないしさ。だから……お願い。話す人の判断はアスナに任せるよ」

 

 と頼まれたアスナにより、『絶対他言無用』の厳令の下、だいたいの事情が知らされてるみたいだった。俺にはなんで知らされてねーんだ、と訊いたら、「四六時中リーナとツルんでどっかをほっつき歩いてるから、伝えるタイミングが無かった」とか何とか。

 

 

 改めてアスナから聞かされたところによると、ユウキの患っている病気は後天性免疫不全症候群、AIDS(エイズ)だと言う。

 

 

 ヒト免疫不全ウイルス・略称HIVが免疫細胞に感染し免疫不全、つまり体内の免疫力が極端に低下した状態になってしまう。性的・血液・母子感染の三つに感染経路が限られていて、HAART療法等適切な治療を受けていれば天寿を全うすることも十分可能。

 

 だか、完全にウイルスを消滅させることができた事例は「例外」を除いて存在しない。ちょっと前に読んだ記事じゃその例外事例では、急性骨髄性白血病を併発した患者にHIV耐性遺伝子を持つ人の骨髄を移植したところ、両方の病が完治した……そんな内容だったはずだ。

 骨随ってのは血液に比べて提供率が低く、HLA一致率も三割を下回る。そこにHIV耐性遺伝子持ち、なんて希少な因子の縛りかけたら、見つかる可能性はマジで天文学的な数字になる。だからこの一件は「奇跡的特例」「例外」って扱いになってるらしい。

 

 一応数年前に海外で新しい抗HIV治療法が開発されて、現に一人、治療を受けた後HIVが血中から検出されていないって事例があるにはあるが、臨床試験段階のシロモノだ。残念だが、その実用化がユウキの身体を蝕む病魔の速度に追いつくことはねーだろう。エイズなんていう不治の病に対する完治法なんだ。審査もクソ厳正になるのが目に見えてるだろうしな。

 

 それに、万が一エイズが完治できたとしても、今のユウキには遅すぎる。

 

 俺の推測が悪い方向に的中し、すでにユウキの身体は相当な衰弱状態にあるという。併発した病で視力を失い、脳症を引き起こし、容態は「末期」まで進んじまっている。現段階でエイズを治しても、その身体で生きられる時間は……。

 

「……俺は必ず決勝まで進む。そんで全力を賭けて、ユウキを倒す。手加減なんて絶対にしねえ。それが……俺にできる精一杯だ」

「そう……ね」

 

 詩乃は俺の言葉に短く賛同しただけで、口をつぐんだ。俺らの無力を噛みしめているような、そんな表情。この前の俺も、きっと似た面構えだったはずだ。

 

 互いが無言のままうつむく中、俺は詩乃の言葉にほんの一瞬、淀みがあった理由を察していた。何かを言おうとして、けれど考え直して止めたような微妙な間。

 

 きっと詩乃はほんの一瞬、こう言おうとしたハズだ。

 

 

『ユウキを霊術で治せないの?』

 

 

 その疑問は、きっと外野から見たら当然のモンなんだろう。

 

 現世の常識なんてまるっきし通用しねえ超常の力。それを持ってるんなら、重病患者の一人や二人、助けたらいいのに。そう考えるのはごく自然な流れだ。霊術があったから自身の命が救われた詩乃だからこそすぐ思いつき、けれど同時に死に直面したからこそ発言を取り止めることができた言葉だ。

 

 結論から言って、霊術でユウキの命を永らえさせることは、可能なハズなんだ。

 

 井上の「事象の拒絶」……は効果範囲がよく分かってねえからともかくとして、浦原さんの義骸技術なら、健康そのもののユウキの肉体を用意することくらいワケない。

 年末の一件で「因果の鎖を分解浸食する毒」が使われたが、科学者ならその逆、つまり「因果の鎖を結合修復する薬」を研究してる可能性はかなり高い。義骸技術と併用したら、ボロボロになった人間の肉体から魂魄を切り離して新しい健康な肉体に移し因果の鎖を繋ぎ直す……言っちまえば「延命措置」さえ可能になりそうだ。

 

 あるいは、ヒトに感染する病の特効薬くらいポンと作れちまうかもしれない。アスキンとかいう、あの致死量を下げる毒使いの滅却師に対して即座に応急薬を作ってみせたんだ。こっちの可能性も十分にある。

 

 

 ……だが、それは人間の「理」を壊すことと同じことだ。

 

 

 霊王を殺し尸魂界の「理」を破壊しようとした藍染のように。

 

 現世・尸魂界・虚圏を一つにして世界の「理」を越えようとしたユーハバッハのように。

 

 

 霊なるものが関わってないなら人間を救うのに霊術を使うな。

 

 ……だなんて言うつもりはねえし、そんなえらそーなコトは言えねえ。もし俺の目の前で誰かがトラックに撥ねられそうになってたら、あるいは強盗に銃で撃たれそうになってたら、霊力を使わずにいられる自信はねえからな。

 

 けど、考える余裕があるなら、きっと俺は霊力を使わない。

 

 俺が『ソードアート・オンライン』に囚われて昏睡してても、現世にいる霊力持ちの知り合い連中が誰一人として霊術を使って事件を解決しようとしなかったのと同じだ。死神は全ての魂魄に「限りなく」平等でなきゃいけねえハズだから。

 尸魂界が介入すれば、罪もないのに死んでった三千人の命は助かったかもしれない。けれどそれをやっちまったら、死ぬはずだった命を山ほど生かすことになり、現世の理は崩壊する。

 

 ……同じだ。藍染やユーハバッハがやろうとしたことと。

 

 俺はアイツらがやろうとしたことを止めた。

 小難しい理屈を蹴り飛ばし、ただ仲間を護りたいから俺はアイツらの野望を打ち砕いた。なら、理を壊そうとしたアイツらを止めた俺には、そうまでして護った仲間と、その仲間たちが人として生きるために必要な理を守る義務がある。

 

 可哀想っつう感情で理屈を無視すんのはカンタンだ。特にカラダ張る時は四の五の考えずに動くから尚更だ。けど、理屈を考えられる状況のクセに無理を通して歪めちまった死の「責任」は、俺一人で果たしきれるモンじゃねえ。

 やっちまったコトの責任を背負えねェクセに無理をやるほど、今の俺はガキじゃねーんだ。

 

「……ユウキのこと、最後までちゃんと見守ってあげなさいよ。死神代行。出来ることなら私たちも手伝うから」

「ああ……分かってる」

 

 静かに告げた詩乃の言葉に、俺はただ短く答えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

「いやー、斬った斬った……っと。ありがとな、チャドさん。こんな無味乾燥な殺伐狩り(ハント)に付き合ってくれて」

「…………ム。問題ない」

 

 トーナメント準決勝を三日後に控えた日の夕方。

 

 最終調整のためにALOにログインしていた俺は、茶渡さん改めチャドさんと共にアインクラッドの迷宮区に潜っていた。本当ならアスナとその友人ルキアを加えた四人で行くつもりだったんだが、サクヤ・アリシャの女性領主からお茶会の誘いがかかったらしく、二人はそっちに合流した。他の面子も都合がつかず、今日は男二人、しかも超脳筋コンビで三十層の迷宮区攻略に挑んでいたというわけだ。

 

 迷宮区から主住区への帰り道、見渡す限りの大草原の中を、俺たちはのんびりと歩いていく。遥か遠くに見える主住区の街並みが、赤々と燃えるような夕日に照らされて真っ黒いシルエットになっている。普段ならちょっとアンニュイになりそうだが、今日はそんな気分じゃなかった。

 

「……いよいよ三日後かあ。一護とのデュエル」

「緊張しているのか?」

「まさか。むしろ逆に楽しみなくらいだ。一護とサシで戦ったことなんて、知りあってからの三年で一度もなかったしな」

「強いぞ、あいつは」

「分かってるさ。イヤになる程に」

「……そうか」

 

 そう、分かっている。

 

 一護が強いなんていうのは、何度となく見てきた戦いの中で嫌というくらいに思い知らされた事実だ。特にSAO時代の縮地習得後の一護の手の付けられなさ加減、それから世界樹の頂上で須郷と戦った時の雄姿。どっちも強さの権化のようで、だからこそ俺の目標となった。

 デスゲームも死銃事件も解決した今、あの強さがなければどうこうなるということはない。だが俺も一人の男として、自分が大事だと思うものを護れるだけの力が欲しい。そう願い、VR技術の勉強をしながらも今日まで自分を高めてきた。その集大成を叩きつけるのが、三日後の午前十二時。そう思うと、平素なら「なるようになるさ」と受け流す俺の心中も凪いだまま、ってわけにはいかなかった。

 

 無論緊張はしていない。自分からけしかけたケンカだ。むしろ本望ですらある。

 

 ……けれど、少しだけ、罪悪感があった。

 

 一護の力、その強さは殲滅のためではなく守護のために存在する。

 

 二年間同じ世界で戦ってきたんだ、それくらい分かっている。短気で粗暴な人格に不似合な平穏を望むアイツの思考も。他人との優劣を付ける戦いにさして興味を示さない存外冷めた性分も。それを分かっていて尚、俺は一護にコロシアムでのデュエルを挑むことにした。

 この決心に際して俺なりにあれこれ理屈を考えてはみたんだが、どうも外野から見ていると俺の挑戦の動機なんていうのはバレバレだったらしい。特に、開幕式の中継を見ていたというシノンとリズ、シリカの三人には完全にバレていた。

 

 みっともない動機なのは承知の上だ。

 

 子供の駄々にも似た理由で一護を引きずり込んだ。そのことに対し本人がどう思ってるのかは今でも分からない。

 トーナメントが始まってから、一護と二人だけになる時間は一度もなかった。それは一護の傍らに常にリーナたちがいたから、ということもあるが、俺が意識的に一護とサシで話せるような状況を避けていた、という面もあった。別に糾弾されるのが怖かったわけじゃなく、なんとなくバツが悪かったから。

 

 ……なんともまあ、恰好悪いったらないな。

 

 あれだけの大仕掛けで引っ張り込んでおきながら、今更な罪悪感で精神的にモタついている。これじゃ勝機なんてあったもんじゃない。元々低い勝率がゼロも同然。それを振り払うために、調整という名の憂さ晴らしに出て来たのに。

 

「……ほんと、カッコ悪いなあ――おッフ!?」

 

 バシーンッ、と辺り一帯に響き渡る音。漏れるマヌケな声。

 

 チャドさんがその太い剛腕で、いきなり俺の背中をブッ叩いたのだ。七十四層で対峙したボスに勝るとも劣らない衝撃にたたらを踏む。無防備な背中をシバかれたせいか、HP損傷は一割弱。けっこうシャレにならない。

 

 痛みの代わりにビリビリとした痺れを感じながら見上げると、俺より頭二つくらい上にあるチャドさんの目が、俺をジッと見つめていた。現実世界同様、ゆるいパーマのかかった長めの黒髪の間から、静かな眼差しが覗いている。

 

「詳しい事情は知らない。お前たちがあの鉄の城で過ごした二年のことも、少ししか訊いてない……だから、お前がどうして一護と戦いたがっているのか、俺には見当が付かない」

 

 低く、静かな声が響く。傾いだ上体を元に戻しながら、俺は傍らの巨漢と目を合わせる。

 

「……知っているかもしれないが、一護は良くも悪くも前しか見れない男だ。売られたケンカは買う、戦うことになったら勝つことしか考えない、戦力差なんて考慮の外。普段は理屈で考えるくせに、信念に悖ることは許せないから道理も感情で叩き壊す。そういう単純な奴だ」

「……頭は良いのに賢くない、そんな奴でもあるよな」

 

 ディスってるんだかホメてるんだかよくわからない評価を交わし、互いに苦笑する。

 

「けど、だからこそ一護は戦う時、互いの細かい事情の一切を捨て置く。相手になるのが仲間で、友人で、自分と大会の中で勝負することになれば、ただ目の前の戦いに全力でぶつかることだけを考える。

 ……だから、迷うな。決闘を三日後に控えた今、お前がその事を悩んで何になる。男と男が戦う以上、お互いのやる事は決まっているんじゃないのか」

「チャドさん…………」

 

 これ以上は言わない、とでもいうように口をつぐみ、チャドさんは前方に向き直った。事情を知らずとも心情を見透かされたような感じに、やっぱりこの人は一護の古馴染みなんだな、と改めて実感した。

 

 ……そうだ、今更なにを考えてるんだ。

 

 俺は自分の欲望を果たすために一護と戦うことを選んだ。ならばその願いが叶う以上、全力を賭してあいつと戦う。ただそれだけだ。

 

 別に勝機がない戦いなわけじゃない。

 

 一護というSAO最強のプレイヤーが相手であっても、今のALOが舞台であれば、勝ち目はある。なにせ「遊びではなくても、これは()()()だから」だ。

 

 あの鋼鉄の城や世界樹の頂上のように、ゲームがゲームじゃなくなった空間とは違う。破ってはいけない制約があり、意志の力を以ってしても破れない、いや破ってはいけない「縛り」が存在するのだ。将棋で駒の動きが決まっているように、王手から逃れられなければ負けるように、平等なルールの下でいかにうまく戦うかが勝負の行方を左右する。

 

 であれば、やりようはいくらでもある。

 

 一対一の戦いで、単純な戦闘力の強弱は確かに重要だ。しかし、それは勝利の十分条件であって絶対条件じゃない。戦闘力で劣っていても戦いを制する方法はいくらでもある。飛車角金銀落ちでも、妙手があれば王手はかけられるのだ。

 

「……ム、敵だな」

 

 チャドさんがつぶやく。前を見ると、鉈を持った亜人型モンスターの群れがこっちに向かってきていた。数は六。秩序はなく、プレイヤーのHPを削りきるAIに従って武器を振りかざす、プログラムの塊。

 

「チャドさん、下がっててくれ。ここは俺一人でいい」

「……おいキリト」

「大丈夫。無謀なことはしないから。それと、今からやることは他の人にはバラさないでくれよな。特に、一護には」

「……そうか。分かった」

「さんきゅ」

 

 チャドさんは構えていた両の拳を下ろし、俺に先を譲る。それに礼を言いつつ、俺は背中の剣を抜いて敵集団と対峙する。

 

 一護と戦うためにこの仮想の身体で戦うために、俺はいくつかのスキルを磨いてきた。その肝となるのがこの片手用直剣《ユナイティウォークス》の武器解放だ。

 他の剣の能力と比べてトリッキーすぎるために使いこなすのには二刀流以上に苦労したのだが、その分非常に強力だ。なにせ、この剣の武器解放は……、

 

 

 

「覆せ……統雹騎士(ユナイティウォークス)

 

 

 

 ――システム的に回避不可能な能力だから。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

いつのまにか織姫相手に敬語が外れた詩乃と、さらっとチャドと親交を深めるキリトでした。

次回はトーナメント準決勝、第一試合開始です。

……その前に、二話続けて放置を食らったリーナさんが一護の元に襲来します。



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Episode 38. X-Over

お読みいただきありがとうございます。

三十八話です。

宜しくお願い致します。


 トーナメント準決勝当日。

 

 午前十二時に俺とキリトの一戦目が始まって、それが終わって十分のインターバルを挟んでから二戦目のユウキとサクヤの試合がある。決勝戦だけは闘技場の客席を暫定で増やすための臨時メンテをかけるとかで、明後日の十四時スタートだとか。

 去年まではンな七面倒くせーコトしてなかったらしいんだが、今回はプレイヤー連中から「生で観たい」っつー要望がめっちゃ運営に飛んできて、スルーするわけにもいかなくなったらしい。ご苦労なこったな。

 

 今は午前十一時五十分。

 場所は闘技場選手控室。

 

 古代ローマ調だか何なんだか、全部石材で統一された目算二十畳の部屋には石のベンチがポツンと二つばかし置いてあるだけ。壁に取りつけられた燭台の蝋燭の灯が室内を仄明るく照らしてるが、何ともまあ殺風景だ。窓なんてモンは存在しねえ。アレか、いつぞやに石田が言ってたように地下だからか。

 

 これで俺一人だったら気が滅入って、とっとと衆人環視の闘技場に直行してたハズなんだが……、

 

 

「……リーナ、お前いつまでそのカッコしてんだよ」

「私が満足するまで」

 

 

 生憎、俺の横にはコイツがいた。

 

 

 しかもドコで見つけてきたのか、俺の服装を白黒逆転させた服装をしている。

 

 店売りのブツで揃えたらしいから流石に完全に同じってワケじゃねえが、白い長丈の細身コートに白袴と足袋草履って組み合わせはモロに俺……っつーか俺の中の斬月の片割れにソックリだ、

 これで手に白い日本刀でも持ってりゃ完ペキだったんだが流石に手に入んなかったらしく、代わりに自前の獲物である白銀のダガー《デモンズミラー》を右手に抜き身で持ってる。

 

 ……なんつーか、アレだ。

 

 別にバカにされてるわけでもからかわれてるワケでもねえのに、なんかこの場からバックレたくなってくる。俺の精神世界ン中のアイツは面構えまで瓜二つだからか気になんねーが、リーナに自分の服装を真似されんのはけっこうハズい。着てる本人も「何か問題?」って感じで素知らぬ顔してやがるし。

 

 これで俺ら二人だけならまだ良かったんだが、今この部屋にはシノン、リズ、シリカ、リーファの女面子四人と、クライン、エギルの男二人までいやがる。二十畳に十人詰まってる時点でウゼーのに、それが大笑いしてきやがるから余計にタチが悪い。

 

「いやー、アンタらほんとにお似合いよ一護! そのまま二人でお手々繋いで闘技場に出て行きなさいよ。ゼッタイ面白いから!」

「……うるっせーなリズ。いい加減にしねーと叩き出すぞ」

「おい一護、お前らちょっとそこで並んでろ。写真にとってウチの店で画像販売してやる。ファンの多いリーナとおめえのツーショットだ。きっと売れるぜ」

「エギルてめえ、他人事だからッつって調子乗りやがって……やったらテメーの店、潰しに行くからな!」

「ねえねえリーナさん、一緒に写真撮ってもいいかな?」

「あ、リーファさん、あたしも混ぜてください!」

「そんじゃあ俺も!」

「リーファとシリカはおっけー。クライン、貴方は却下」

「ぅおイ! そこはサービスしてくれてもいいじゃねえかリーナ嬢ちゃんよぉ」

「……うるさいわね、皆」

「だったらコイツら黙らせンの手伝えシノン!!」

「いやよ。貴方たちが蒔いた種じゃない」

 

 誰が喋ってんのかも分かんねえくらいに部屋の中がガヤガヤしている。デュエル前ぐらい静かにさせてくれってのにと思いつつ俺を茶化して遊んでるリズとエギルに抗いながら、一メートル横でマイペースを貫く諸悪の根源の白ネコを睨んだ。

 

 呑気にリーファやシリカと写真を撮ってんのはいいんだが、無感情なピースサインをするその左手には、何故か手錠がハマっていた。片方はリーナの左手首にはめられ、もう片方は空いたまま宙ぶらりんになってる。

 

 天鎖斬月の鎖の代わりのつもりなのか、だとしたらもうちょい他にあったろ鎖のアクセサリ、と思ってリーナに「なんで手錠(そんなモン)はめてンだよ」と訊いてみたら……、

 

 

「…………知りたい?」

 

 

 ……と、仄暗い微笑と共に首を傾げられ、ソッコーで「けっこーです!!」と拒絶した。理由は自分でも分からねえが、それを知ったら色々終わる気がした。横にいたシノンも煽りを食らって青ざめてたし。

 

「……それにしても、みんなどうして一護の控室に来たの? 特にリズとかリーファとかシリカは、キリトの方に行くべきだと思う」

 

 一頻り写真を撮った後、ふと気づいたようにリーナが疑問を口にした。

 

 そう言われりゃ、確かにそうだ、ここにいるのはSAOでツルんでた連中のほとんど。黒猫団メンツは元SSTAの連中と一緒に「当日は忙しいだろうから」って気ィ利かせて昨日挨拶に来てたからここにはいない。領主組はこんなトコに来れるほどヒマじゃねえし、ユウキたちは次の試合の準備があるはずだ。実質キリトサイドに行ってんのは、アスナとユイだけってことになる。

 

「リーナの言う通りだろ。いくら彼氏彼女だからって、試合前に激励すんのが二人だけってのはちょっと可哀そうじゃねーか? オラ、クラインとか空気読まねえ感じで突撃して来いよ」

「お、おぅ。まぁな……」

「……まぁな?」

「えーと、その……一護さん。あたし達、実はもうお兄ちゃん……キリト君の控室に行ってきたんだ。今言ったみたいに、あえて空気読まない感じでね」

 

 視線を明後日の方向に向けるクラインに代わって、リーファが説明を引き継いだ。他の連中の騒がしさもそれに引きずられるようにして静まり、各員ビミョーな顔つきになってる。なってねえのは俺と、最初からコッチにいたリーナとシノンだけだ。

 

「一護さんと戦うっていうから、きっとキリト君緊張してるんだろうなあ、って思って、一発背中シバいてあげるくらいのつもりで控室に行ったの。そしたら鍵がかかっててさ、シリカの聴力と、エギルさんの拡声アイテムを駆使して中の音を皆で盗み聞きしてみたら…………」

「…………きゅぅ」

「ちょ、シリカ!? あんた顔真っ赤じゃない!」

「ご、ごめんなさいリズさん。その、お、思い出しちゃって、つい……」

「……まあ、そんな感じだったから、忍び足で逃げてきたってワケ」

「……あー、そういう感じかよ」

「どんまい」

「ご愁傷様……で、合ってるのかしら」

 

 流石にコレは察した。そりゃ入れねーわ。リーナとシノンも、揃って何とも言えないツラをしてる。多分、俺もそんな感じの表情をしてると思う。別に誰がわりィわけでもねーんだが……なんつーか、タイミングってのがあるよな、としか言えない。

 

 喧騒から一転、イヤな沈黙で満たされた控室だったが、無音が十数秒続いた後リズが耐え切れなくなったように叫んだ。

 

「――ああぁぁぁぁぁぁもうっ!! 一護ッ!! あんたキリトを滅多斬りにしてきなさい! 乙女のかよわい心に傷をつけた罪は重いのよ!!」

「手前から盗み聞きしに行っといてなに言ってんだ。八つ当たりなら自分でやって来い……けど」

 

 怒り狂うリズの頭を鷲掴みにして抑え込んでから、俺は部屋にいる皆を見渡し、

 

「キリトをメッタ斬りにすンのは変わらねぇよ。俺もアイツに売られたケンカを買ったから、このトーナメントに出ることにしたンだ。ユウキとの約束もある以上、ここで負けるわけにはいかねえ」

「一護、油断は禁物よ。キリトのやつ、相当腕上げてるみたいだから」

「これは真剣勝負だ。ハナから油断なんてしてねーし、するつもりもねえよ」

 

 シノンの忠告にそう返すと、んじゃ行ってくるわ、とだけ告げて、俺は闘技場へと続く出口の方に向き直った。もう開始時間まで五分をきってる。あれこれ考えてるヒマはねえ、行って全力を出すだけだ。

 

 天鎖斬月を肩に担ぎ一歩を踏み出そうとした俺だったが、コートの裾を引っ張られるのを感じて振り向いた。俺の真後ろにいたリーナが、コートを指先でつまんだままジッと俺を見上げていた。

 

「……一護。がんばってね」

「あぁ。必ず勝ってくる」

「ん」

 

 短いやり取りだったが、リーナはそれで満足したように指を放した。今回に限って言えば、別に負けてもコイツらの命がどうこうなるわけじゃねえ。けど、それでもこうやって支えてくれる奴らがいるってのは、やっぱり心強かった。

 

 踵を返し、今度こそ俺は闘技場に通じる出口に向かった。石造りの扉を押し開け、両側に燭台が並ぶ狭い通路を歩いて進んでいく。

 

 ……キリト。

 

 お前が何を思って俺にデュエルをけしかけてきたのか、俺には見当がつかねえ。お前から心底恨まれるようなことをやった覚えもねえし、オトシマエをつけなきゃなんねーような因縁の心当たりもない。

 

 けど、やるからには全力で、だ。

 

 ソロ最強のSAO生還者(サバイバー)

 

 二刀流と数々のシステム外スキル、そしてゲームに対する抜群の勘と理解から来る戦闘力を持つ先代王者《黒の剣士》……いや、今は《黒ずくめ(ブラッキー)》、キリト。

 

 

 ――待ってろ。

 

 俺が、必ずテメエを倒してやる!!

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……よう、五分前行動か。相変わらず真面目だなぁ、一護」

「うるせ。五分前じゃねーよ、三分前だ」

 

 覚えのあるやり取りを交わしながら、眼前に立った男を見る。

 

 纏っているのは灰色のファーが付いた黒いコートと同色のパンツにアーミーブーツ。背に吊られているのは鞘だけで、奴の黒い愛剣《ユナイティウォークス》はすでに抜き放たれて右手に握られている。適度に力の抜けた自然体で立つソイツの顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 

 闘技場の中央で、俺はキリトと対峙していた。

 

 

「キリト。始める前に、一つ、訊いとくぜ」

「当ててやるよ。『お前、二刀流は使わないつもりか?』……だろ?」

 

 先手を打って問いを投げたが、予想してたように俺の質問を読んできやがった。自身の眉間のしわを深くすることでその推測が正しいことを示してやると、キリトははっきりと首肯して見せる。

 

「ああ、そうだ。二刀流は使わない。俺の獲物はこれ一本だ。勿論、手加減だの矜持に乖るだのなんていう、空気の読めない理由じゃない。これがお前に勝つための最善手だからさ」

「だろうな。そうじゃなかったらリアルでブッ飛ばしてるところだ」

「そう言うと思った」

 

 ニッと笑い、そのままキリトは剣を脇構えに構える。俺も同時に刀を下段に置き、重心を落として初撃の溜めを作る。キリキリと空気が張りつめ、周囲の観衆からの歓声が徐々に遠のいていく。十二時五十九分三十一、二、三……。三十秒前になり、カウントが始まっているが、その音すらも遥か遠くだ。

 

 目の前の黒衣の片手直剣遣いの男に、俺の神経の全てが集約された。

 

「俺からも、始める前に一つ訊きたいことがある」

「あ? なんだよ。握手ならしねーぞ」

「はずれ……一護、お前はこの試合に()()()()()()()()()?」

「ッたり前だろ。負けるつもりで試合に出てくるタコがドコにいんだよ」

「そうか……なら、悪いがその思い、全力で叩き折りに行かせてもらう」

「……上等ォ。やれるモンならやってみろよ」

 

 両足に力を籠め、キリトの一挙手一投足を注視する。相手は俺が知る限り、最もゲーム世界の仕組みを理解してるヤツだ。作戦の出し合いじゃ、コッチが圧倒的に不利。

 

 だったら…………、

 

 

「行くぜ――キリト!!」

 

 

 先手必勝! 好きに動かせる前にブッ叩いてやる!!

 

 

 

 音速舞踏で急加速した俺は、キリトの懐に照準。一発目の袈裟斬りで体勢を崩しにかかる。

 

 が、間合いに入る直前にキリトの姿がブレ、俺の斬撃は空を裂いた。俺と同じ音速舞踏、しかも予備動作を消した短距離高速回避か。妹が出来てたから兄貴が同じコトできても驚きゃしねーが、やっぱ速度で押し切れる程甘くはねえか。

 

「フッ!」

 

 初撃を右に避けてやり過ごしたキリトが、着地と同時に斬りかかってきた。

 

 短い呼気と共に振るわれた剣をスウェーで躱して、即座にカウンターを狙う。下段スレスレから顎目掛けて斬り上げた俺の一撃は首のひねりで躱され、斬り返しは剣の腹で止められた。

 

 そのまま鍔迫り合い、膂力と足の踏込みで奴の防御を押し込む。読み通り、キリトが冷静にバックステップで俺から大きく距離を取ったところに、

 

「――《残月》!!」

 

 距離を詰めずに飛ぶ斬撃でキリトの退路を襲った。

 

 これも躱されると読んだ俺は、技後硬直を消化して即座に音速舞踏を発動。キリトの右脇を獲り、刀を空中に横に一閃。さらに縦に斬撃を重ねて上位技の《過月》を――、

 

「――させないぞ?」

「ッ!?」

 

 二度目の音速舞踏で《残月》を躱したキリトが俺に肉薄。《過月》の二閃目、縦の斬撃が横一閃と重なる交点目掛けて斬撃を繰り出してきた。システムアシストに導かれ、蒼い残光を曳いて交差しようとしていた俺の刀はそこで太刀筋をそらされた。同時に空中に刻まれつつあった十字の紋様は、パッと消えてなくなる。

 

「チィッ! ジャマすんじゃ、ねーよ!!」

 

 《過月》は打ち消されたが、その分技後硬直はチャラになる。乱された刀の先を引き戻してキリトと数度斬り結び、何度目かの斬りおろしを避けた隙にカウンターの廻し蹴りを叩きつけた。

 一瞬だけ空いた脇腹を狙ったんだが、間に腕を挟まれちまったせいでクリーンヒットとはいかない。僅かにHPを減らしたキリトは、蹴りの勢いに抗うことなく後退して俺から距離を取った。すぐに体勢を立て直して剣を構えるその表情に乱れはない。この程度の攻撃じゃ、動揺するわけもねーか。

 

 ……しかし、今のキリトの攻撃。《過月》を完全に打ち消しやがった。

 

 俺の記憶が正しけりゃ、ソードスキルは途中で弾かれようが防御されようが、システムアシストで絶対に最後まで誘導されるはず。それを無視して《過月》を潰されたってことは……俗に言う『システム外スキル』ってやつなのか。

 仕組みは知らねえが、ソードスキルを消すスキル。確かに厄介だ。俺の《過月》は二回剣を振り切って初めて発動する技だ。距離を取って戦える状況に持ち込めればともかく、接近戦でヘタに使うと隙になり兼ねねえし、自然と使えるスキルは単発技に限られてくる。

 

 でも、その程度なら問題ねえ。

 

 元々俺は連続系のソードスキルをあんまり使わねえし、本命は単発遠距離斬撃《月牙天衝》だ。アスナみてえな連撃使いならともかく、今の俺には効果が薄い……本当に、相手のスキルを打ち消す「だけ」で終わるなら、な。

 

 俺の勘が正しけりゃ、多分アイツの本命は……。

 

「さあ、もう一度だ! 一護!!」

 

 キリトが再び距離を詰めてくる。しかも剣には真紅の輝き。ソードスキルか。

 

 下手に受け止めるとシステムアシストの強力(ごうりき)で押し切られる。けど流せば関係ねえ。連撃が終われば技後硬直のデカい隙ができる。そこをカウンターで仕留める。

 

 と、キリトがボソボソと何かを呟いたように見えた。同時に指先から黒い煙が大量に吹き出し、辺り一面覆い尽くす。十センチ先も見えねえ濃さだ。ただソードスキルを当てても意味がねえからって、目を潰しにきたか。

 だが人間ってのは、五感の一つを潰されると、他の四つが冴えるように出来てる。目を捨ててその分を耳に集中させれば……、

 

「……そこだろ!」

 

 姿は見えなくても、位置は分かんだよ!

 

 風切り音で察知して、ソードスキルを発動した状態で突っ込んでくるキリトと斬り結んだ。重い衝撃が手首に伝わってくるが、力押しに持っていかれる前に流して二撃目を捌く。続けて繰り出される、袈裟、逆袈裟、水平切り。

 見たことねえスキルだが、片手剣一本じゃそうそう続かねえはず。俺の天鎖斬月は防御性能が高くねえ以上、バカ正直に防御に徹してたら軽くねえダメージを受ける。だが、乗り越えれば俺のデカい一撃が入る。二刀流ならともかく、片手剣一本じゃ十以上の連続技は滅多に出せやしねえ。

 

 そう思った、瞬間だった。

 

 キリトが笑ったように見えた。

 

 同時に刃に灯っていた光が真紅から黄金に()()()()。今までの大ぶりの斬撃から一転、小刻みの刺突の連打が俺に襲い掛かってくる。異様な加速を見せた最初の二発が腕と頬を抉ったが、残りは全部どうにか弾き飛ばす。

 

 だが最後の一発、と思った瞬間、また刃の色が変わった。ここまでの連撃数は合わせて十に届きそうだ。だがそれじゃ不足だとでも言わんばかりにキリトは剣をペールブルーに輝かせ、滑らかに横に薙ぐ――、

 

 

 ――けど、わりーな。

 

 

 その先はもう――見えてンだよ!!

 

 

「……なっ!?」

 

 ここにきてキリトのポーカーフェイスが崩れた。

 

 繰り出そうとした薙ぎ払い。その剣を握る手を俺が掴んで斬撃を止めたからだ。一瞬の硬直の後、キリトはすぐさま俺の掴んだ手を引き剥がそうとしたが……遅すぎだ。

 

「好き勝手やンのもそこまでだ――月牙天衝!!」

 

 ド至近距離で月牙を腹に叩き込んだ。

 

 切っ先がキリトの腹に食い込み黒い霊圧が奴のアバターを貫通して吹き荒れるが、俺が手首を掴んだままのせいで吹っ飛ぶこともできやしねえ。

 

「が、あああああああああああああああッッ!!」

 

 絶叫するキリトがほぼ本能で体術スキルを発動。淡緑色に光る蹴り足が俺の腹部を狙うのが見えた。が、あえて避けずに当たって技後硬直を消し、後ろに飛んで《残月》を発動。拘束から逃れてよろめくキリトの身体にマトモにブチ当て、闘技場の壁までフッ飛ばした。

 

 轟音と共に壁面に激突し、キリトは苦悶の表情を浮かべる。HPは今の攻防で四割を切った。対して俺のHPはまだ八割弱残ってる。この差はちょっとやそっとじゃ覆らねえ。

 

 三色目でキリトのソードスキルを掴んで止められたのは、単純に見覚えがあったからだ。水平四連撃《ホリゾンタル・スクエア》。SAO時代にイヤになるほど見てきた技だ。最初の二つは覚えが無かったから先が読めなかったけど、最後のだけはどう斬りかかってくるかが手に取るように見えた。

 それは経験したことのあるスキルだからってだけじゃねえ。もしかしたらこういう流れになるんじゃねえか、って、ある程度予想してたからだ。

 

 ソードスキル相殺を食らった瞬間、俺は今まで思ってた『ソードスキルは何があっても止められねえ』っていう常識がコイツの前じゃ通用しないことを感じ取った。

 

 そして、俺の《過月》が打ち消されても技後硬直が無かったことから『もし連続系ソードスキルの途中でスキルを中断して、そこから別のソードスキルを繋げてきたらヤバイな』ってとこまでは思いついてたんだ。

 情報処理的にはこういう行動を強制停止ができるトコを「ブレイクポイント」とかいったっけか。受験勉強の遺産がこんなトコで出てくるなんてな。

 

「どうしたよ、キリト。俺の『勝てるつもり』を叩き折るんじゃねーのか。俺はまだ直撃一つ受けちゃいねーぞ。それとも、おめーの力はこんなモンだって言いてえのか」

「……好き勝手、言ってくれるな……まだまだ、やれるに決まってるだろっ……」

 

 剣を支えにしてキリトは立ち上がり、構えを取って俺を見る。が、開始直後とは違って明らかに消耗してる。あれじゃ音速舞踏の動きに耐えきれる可能性は低い。安定して出せるのは普通のダッシュが精いっぱいってトコじゃねーか。

 

「お前、始める前に言ったよな。『全力で』叩き折りに行くって。ならとっとと出せよ全力。少なくともまだ一つ、打ってねぇ手があンだろ」

 

 俺はキリトの正面に陣取ると、天鎖斬月の切っ先を突きつけて声を荒げる。

 

「出せよ、武器解放!! それがテメーの全力だろーが!! 全力出すって言ったンなら、出し惜しみしねーで今ここで見せてみろ――」

 

 

 

「――覆せ! 統雹騎士(ユナイティウォークス)!!」

 

 

 

 俺の言葉を遮るように、ついにキリトが解号を唱えた。

 

 同時に白煙が巻き起こり、キリトだけじゃなく周囲一帯を包み込んだ。俺の足元まで届くそれは、重く、冷たく、まるで氷水が流れ込んできてるような冷徹さを孕んでいた。

 

「……別に、出し惜しんだわけじゃない」

 

 煙の奥から、落ち着いたキリトの声が響く。

 

「お前が、一護が相手なんだぞ? 出し惜しみなんて選択肢は、最初から頭になかったよ。だからこそ序盤からシステム外スキルも二つ出したし、音速舞踏が使えることも最初の一合目でバラした。けど、それでも尚、俺は武器解放だけは使うわけにはいかなかったんだ……お前のHPが八割を切る、この瞬間まで」

 

 やがて煙が晴れ、キリトの姿が鮮明になって見えた。

 

 ただひたすらに黒かった刀身は透き通り、ブラッククリスタルと言えるような外見に変化している。さらにキリトの手と足に同色のガントレットとアンクレットが服の上から装備され、首にはチョーカーが巻かれている。極寒の地でするような真っ白い呼気を口から細長く吐き出し、氷のような理性の目で俺を見据えている。

 

 ……これがキリトの武器解放、《統雹騎士(ユナイティウォークス)》か。

 

「……へ、ズイブンだな。八割を切るまで使うわけにはいかなかった……ってことは逆に言やあ八割切ってれば逆転できると思った、ってことかよ」

「ああ、そうだ。俺の攻撃力とお前の防御力。その差を考えると、どうしても剣の能力を使わずに最低二割は削っておく必要があった。お前の月牙天衝と同じように、そう軽々に使える代物じゃないからな」

 

 でも、これでようやく全開にできる。そう付け加え、キリトが手にした剣をかかげて音速舞踏を仕掛けてきた。解放で上がったはずのステータスで、消耗した分を補いやがった。

 

 正面からの斬りおろしを身体を捻って躱すが、すかさず流れた刀身を返し、俺の脇腹を抉るコースで振り抜いてきた。天鎖斬月を盾にして受け止めると剣が纏っていた冷気が流れ込み、さっきよりも強い剣の衝撃と共に俺の全身を寒気が覆った。

 

「初撃を躱して次撃を最小限の動きでガード……武器解放を目にしても、やっぱり冷静なんだな。てっきり、アツくなってガンガンくるのかと思った」

「ンなわけねーだろ。おめーのことだ、俺が突っ掛かるのを読んで罠張るくらいのことはすンだろ」

「まあね。けど……気づいてるか? 罠はもうすでに一つ、発動してるんだぞ?」

「なにを……ッ!?」

 

 言ってンだ、そう訊き返す前に冷気とは別種の悪寒が背筋を駆けた。

 

 咄嗟にその場から飛び退こうとしたが遅く、俺の全身を氷の膜が覆ったみたいな感覚に襲われる。けど実際に凍らされたわけじゃねえ、視界の左上のHPバーに、雪の結晶のマークが出てる。俺の装備を貫通するってことは、相当強力なバッドステータスだ。

 

 いつの間に……いや、けどこの程度じゃひるまねえ。こんなモン、昔食らった冬獅郎の氷輪丸の方が何十倍もキツかった。

 

 鍔迫り合ってたキリトの剣を力で押し切り、さらに返しの刃で胸を裂く。スウェーバックで躱そうとしたキリトだったが避けきれず、胸元に浅い一文字を刻まれる。

 そのまま一度俺の間合いから逃れようと、キリトはさらに後退を重ねつつ剣を頭上にかざした。と、剣を取り巻くようにして白い煙……いや冷気が立ち込め、急速に旋回し始めた。何かの能力か、それともソードスキルを使う気だろうが、

 

「言ったはずだぜ、好き勝手やンのもそこまでだってな――!」

 

 音速舞踏で一気に距離を詰め、今度こそ全力の薙ぎ払いを直撃させに行く。

 

 ただ剣を構えたままのキリトは碌に抵抗することもなく俺の斬撃を受け入れ……。

 

 

 

「――Ek aptr」

 

 

 

 瞬間、俺は絶句した。

 

 目の前のキリトが突如消失。同時に背後から凄まじい衝撃が俺の胴を貫いた。

 

 マトモに抵抗さえできず、俺はそのままの勢いでブッ飛ばされる。衝撃のデカさで視界は一瞬ブラックアウトしていたが、すぐに気を取り戻し、刀を地面に突き立て宙返り。体勢を立て直して着地する。

 

 視界に入ったのは、剣を刺突の形で突き出したキリト。多分何かしらの単発重攻撃をブチ込まれたんだろうが……いや、それより、今、なにが起こりやがった。

 あの瞬間、キリトは確かに目の前から消えた。消えるように動いたとか、目で追えなかったとか、そういう感覚じゃねえ。武器解放からこっち、俺はキリトから注意を外してねえ。なのにあの瞬間、キリトは確かに俺の目の前から消えて見せ、ほぼ同時に背後に現れて攻撃を仕掛けてきやがった。今のがアイツの剣の能力ってワケかよ。

 

 歯噛みしつつ刀を構え直す俺を注視しながら、キリトが再び剣を頭上に掲げ、距離を詰めに来る。さっきはド至近距離にいた俺から距離を離そうとしたのに、今度は接近。つまり、能力の効果範囲ってのが厳格に決まってるハズだ。

 

 ってことは、

 

「射程に入んなきゃいいンだろ。だったら……!」

 

 思いっきり距離を取って月牙を叩き込む、これしかねえ。

 

 音速舞踏で空中に跳び上がった俺はそのまま刀を振り上げ、意識を集中。そのまま一気に振りおろし――、

 

 

 

「――þú aptr」

 

 

 

「月牙、天しょ――ッ!?」

 

 嘘だろ。

 

 またキリトが消えやがった。

 

 いやそれだけじゃねえ。おかしい、確かに俺は音速舞踏で空中高く飛び上がったはずだ。なのに……なのになんで俺は、()()()()()()()()()()()()にいるんだ!?

 

 思ったが、月牙を止めるのには遅すぎた。発動体勢に入ってた俺の月牙天衝は標的ナシの状態で放たれ、地面を空しく穿つだけ。そして、技後硬直で動けなくなった俺の背後から、再び衝撃が襲ってきた。

 

「ガ、アッ……こンの、野郎が!!」

 

 技後硬直から解放された瞬間、衝撃が胴を貫いたことによる痺れをかなぐり捨てて俺は後ろを振り向いた。そこにはさっきと同様、キリトが剣を構えていた。しかも刃には真紅の光。この距離でソードスキルをブッ放す気かよ。

 

 対処を考えるより先に身体が動いた。

 

 キリトの突き出した直剣、それを紙一重で見切って再び手首を捕まえ、

 

「二発目食らっとけ――月牙天衝ッ!!」

 

 今度こそ月牙をブチ当てた。

 

 不安定な体勢だったせいで、今度はさっきみたいに捕まえっぱなしには出来なかった。直撃の衝撃波で俺たちは互いに吹き飛び、それぞれ闘技場の地面に降り立った。

 砂塵を上げて着地したキリトを尻目に自分のHPゲージに目をやると、今の攻防だけでもう四割をきるところまでダメージを受けてた。背後からクリティカルで単発重攻撃を二発ももらえばそうなンのは分かるが……。

 

「……二発当てて、HPの四割か。本当なら三発目を当てて残り二割まで削る予定だったんだけど……あの体勢からよく反応できた。流石に疾いな」

 

 煙が晴れて現れたキリトのHPは二割強、ギリギリレッドゾーンで留まっている。月牙の直撃を受けたのに、なんであの程度のダメージで……いや、直撃の瞬間、アイツが左貫手を月牙目掛けて叩きつけたのが見えた。アレで被ダメージを削ったってコトか。

 

「けど……背中は貰った。次は命だ」

 

 透き通る刃を持つ剣を片手に、キリトが不敵に笑う。

 

「……面白ぇ。そうこなくっちゃな」

 

 俺も笑みを返してやりながら、思考を巡らせる。

 

 

 いつの間にか付けられたバッドステータス。

 

 目の前から忽然と消え、背後に現れた現象。

 

 技の気配さえ俺の注意に引っかからない早業。

 

 

 これら全部を満たすような能力は、俺は二つしか知らねえ。ドッチも相当苦戦した挙句、一人じゃどうにもなんなかったはずだ。まだ確定はしちゃいねーけど、もしキリトが()()を持ってたとしたら、本気でヤバい。

 

 キリトの直剣、統雹騎士(ユナイティウォークス)の能力はおそらく――、

 

 

『完全催眠』

 

 

 か、

 

 

『時間凍結・空間転移』

 

 

 のドッチかだ。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

次回はキリト視点です。

一護の推測は当たっているのか。
キリトの武器解放の能力の正体・策略の全貌は何か。
そしてデュエルの勝敗が明らかになります。



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Episode 39. X-Over -to beyond-

お読みいただきありがとうございます。

三十九話です。

キリト視点で書きました。

宜しくお願い致します。


<Kirito>

 

「――背中は貰った。次は命だ」

「……面白ぇ。そうこなくっちゃな」

 

 互いにHPを急減少させた俺と一護は、向き合い笑みを交わした。

 

 正直言って、笑っていられる程の余裕があるわけじゃない。残りHP的にも、フィジカル的にも、能力制限的にも、結構ギリギリだ。HPがレッドゾーンに達した今、一護の月牙天衝どころか強攻撃一発で負けが確定する可能性がある。ここから先はより一層、読みを外すわけにはいかない。

 

 ……けど、解放してからここまでは、ほぼ全て想定の内だ。

 

 初撃をクリーンヒットさせた後に、一護がすぐに体勢を立て直したのも。

 

 俺が剣をかかげてから間合いを調節するのを見て、能力の射程を警戒してくるのも。

 

 その外側から月牙を叩きつけるために、音速舞踏で一気に距離を取ってくることも。

 

 俺は武器解放の後、一護に二度能力を叩きつけた。

 予想通りに直撃させられた初撃はともかく、二撃目のラッシュを決められずにカウンターをもらったのは痛かったが、それでも二回クリティカルを決められたのはでかい。いかに《死神代行》とはいえ、初見の能力に一発目でホイホイ対応してくるほどブッ飛んでなくて良かったとつくづく思う。

 

 俺の能力が直接攻撃や身体能力強化系だったら、間違いなく一護に止められていた。SAO時代に見せられた《縮地》の速度からして、あのレベルの動きが可能な潜在能力を持ってる相手に生半可な火力強化は無意味だと分かっていた。

 

 だからこそ、俺は二刀流を使わずに、この統雹騎士(ユナイティウォークス)一本で挑むことにした。

 

 

 全てはこの剣に宿った能力――『空間座標の凍結・解凍』に賭けるために。

 

 

 発動した瞬間、俺と俺に一番近いアクティブなアバターを自動的に効果対象に指定するこの能力は、発動から解除までの間、俺と相手の辿った空間座標を「凍結圧縮」して保持し続けることができる。そして、俺の言霊詠唱に合わせて詠唱時点から三秒前の空間座標を「解凍展開」、俺か相手のどちらかをその座標に瞬時に転移させることができる。

 

 要するに、俺の任意で自分か敵のどちらかを、「三秒前にいた地点に強制ワープさせることが出来る能力」というわけだ。

 

 その転送速度はアミュスフィア、ひいてはこのALOを構築するサーバーの処理能力から考えて人外の速さを誇る。能力の発動圏内である十メートル四方内なら、計算上の転送時間は0.000006秒。十メートルを転移した場合の理論速度は()()1667キロメートル、つまり音速の()()()を易々と超えることになる。おそらくALOに存在する中で、いや仮想世界内で最も高速な短距離移動術だ。

 

 一見するとゲームバランスを粉々にしかねない能力だが、強大な力には当然、相応の制約が付いてくる。

 

 解放状態を持続していられるのは僅か二分間。しかもこの強制転移は自分と相手を合わせて三回までしか使えない。転移先に別のオブジェクトが存在すれば能力は不発になる上、使用回数はマイナス一される「ムダ撃ち」になる。おまけに三回能力を使い切った時点で武器解放は強制的に終了させられる鬼畜仕様だ。

 それに、あくまでも空間転移のため、転移するプレイヤーの体勢やステータス状態はあくまでも現時点そのまま。つまり、三秒前の空間には戻れるが、時間を三秒間巻き戻してるわけじゃない。攻撃を受けた後に能力を使って三秒間で受けたダメージを無効化、なんて芸当は不可能なわけだ。

 

 ……けれど、その制約があるからこそ、俺は一護に対してこの能力で勝負を仕掛けることが出来た。

 

 高速移動じゃなくて転移である以上、いかに動体視力がいい一護でも視界に捉え続けることは不可能。けど、音速を遥かに超える転移速度に俺自身がついていけるわけもない。

 だが転移する際のコンディションが転移直前のそれを引き継ぐため、ソードスキルの発動直前に転移すれば、たとえ俺の意識が追い付いてなくてもシステムが勝手に転移完了と同時にソードスキルを発動させてくれる。加えて、転移先の場所が「三秒前にいたところ」に限定されてるおかげで、言霊詠唱のタイミングさえ間違えなければ確実に一護の背後を獲ることができる。

 

 一回目の能力解放時。

 一護が「三秒前に俺がいた座標」を通過した瞬間に自分に強制転移(Ek aptr)を仕掛け、一護の背後を奪った。

 

 二回目の能力解放時。

 「三秒前に一護がいた座標」の背後に俺が追い付いた瞬間に一護に強制転移(þú aptr)を仕掛け、俺の目の前に後ろ向きの体勢の一護を転移させてきた。

 

 勿論異常に難しい芸当だ。事実、形になったのは本当につい最近のことだ。だから、これを可能にするために俺は去年の暮れからずっと、ある一つの鍛練を自分に課してきた。

 

 ――それが「戦術眼鍛練」だ。

 

 一護という一人の剣士、戦闘力の化け物みたいなアイツと対峙するためには、力押しだけじゃどうしても限界があった。その場その場の戦況で一護の動きについていくには奴と同じだけの身体能力を持つか、その動きの一瞬先を常に予測して動き続ける必要があったんだ。

 前者は努力云々でどうにかなるものでもないし、後者は古武術に長けたサクヤが実践し、それでも一護を止め切れなかった。

 

 よって、俺の取る選択肢は一つ。

 

 戦術眼を限界まで磨いて、戦う前から一護の立ち回りを()()()()()、戦い始めてからの一護の立ち回りを()()()()()()()、それを越えるように戦う。

 

 きっかけは去年の暮れ。

 エギルの店での銀髪の少年との将棋対局で負かされた時にこの方向性に気付いた俺は、それ以降仮想世界内のMob相手に「相手の手を打ち始めから王手まで幾通りも予測する」、つまり戦闘開始から決着までのお互いの立ち回りをシミュレートする練習を重ね、同時にその互いの一手一手を愚直に覚え続けてきた。

 

 それを武器解放状態の修練と並行させることで、能力発動時の二分間の間だけ、相手と自分の打った手全てを記憶して、かつその先の動きを()()()()予測できるようになった。

 お互いが辿るであろう空間座標を幾通りも予測し、現実と照らし合わせ、合致した瞬間を狙って強制転移を仕掛ける。事前に無限回数の予測をしているからこそ可能な超反応。

 

 無論、こんな芸当が誰にでも使えるわけじゃない。おそらく相手がサクヤやユウキだったら、こうはいかなかったはずだ。

 

 

 俺がここまで思いきった未来予測と記憶が出来る理由。それはただ一つ……一護の強さを信じているからだ。

 

 

 一護ならこれに反応してくれる。

 

 一護なら俺の隙を突いてくれる。

 

 一護が常に自分にとっての最善手を打ち続け、常に全力を出してくれるという一種の信頼があるからこそ、この戦術が機能するのだ。

 

 三年間ずっと見てきた相手の「強さに対する信頼」。それに基づく超反応。これこそが、一護の打倒に必要なものだったのだ。

 

 ……ずっと、ずっと、俺は自分の「力」を高めることしかしてこなかった。

 

 単なる力と力のぶつけあい、それが勝負だと錯覚していた。ヒースクリフの挑発に負けてデュエルに乗ったこと、須郷が許せない一心で仮想世界の剣という力に頼ったこと、死銃とケリをつけるのに直接対決を強行したこと。たとえ相手が怨敵であっても、その相手のことを考えず、独りよがりに剣を振り回すことしかできなかった。

 

 けれど、一護は違った。

 

 仲間のために戦い、敵のことすら想い、それこそを信念として貫き通す。その在り方はどこか甘く、優しく、それでも焦がれるくらいに強かった。

 

 戦いとは相手がいてこそのもの。自分独りのことだけを考えていたら、勝てる敵にも勝てないし、大事なものを失いかねない。戦術を、自分と相手二人分の振る舞いを考えるようになってようやく、俺はそのことに気づくことが出来たんだ。

 

「……さて、と。もうお互い長々と戦えるような状態じゃないよな。次の一攻防で終わりにしよう、一護」

「ああいいぜ。次に一撃入れたときが、この勝負の幕引きだ」

 

 一護は俺の言葉に応じ、刀を自分の身体に引き付けるようにして構える。SAO時代から見慣れてきたダッシュ攻撃に移る時の構え。いっそあれがフェイクとかだったら良かったんだが、生憎一護は小手先で勝負はしない。超高速の突進攻撃で、敵がタイミングを合わせる暇もなく斬り捨てる。そういう奴だ。

 

 思わず笑ってしまいたくなるが、今は戦闘に集中だ。残りの解放時間はそう長くない。通常のソードスキル攻撃はもちろん、システム外スキルも通用しない一護に強打を叩き込むには、あと一回残ってる強制転移で大技を叩きつけるしかない。

 今までの二回は確実にダメージを与えるために、手数じゃなく一撃で大ダメージを与えられて、かつ強烈なディレイ効果のある氷属性の単発重攻撃を撃ち込んできた。だが三発目を当て損ねた以上、連撃中にカウンターされるリスク覚悟で連撃数の多い上位ソードスキルを使う以外に、一護のHPを削りきる手段はない。

 

 それを少しでも確実にするためにも、あと一回残ってるはずの奴の大技、月牙天衝を何としても先に撃たせる必要がある。

 

 《過月》は俺のシステム外スキル《剣技破壊(スキルブレイク)》で事実上封じた。

 

 《残月》は一拍の溜めがあるから使った瞬間に俺の強制転移の餌食になる。

 

 よって、最後の月牙天衝さえ回避できれば、一護の勝ち目は薄くなるはずだ。そして、その策は戦う前から決めていた。

 

 ……満願成就まで、あと一手。

 

「行くぞ……これが最終攻防(ラストワン)だ、一護!!」

 

 言い、俺は音速舞踏で加速し一護に斬りかかった。

 

 逆袈裟を受け流され、即座に一閃が返ってくる。剣を立てて受け止めるが、一護は素早く刀を引いて突きを放つ。首を抉り取ろうとするライフル弾のようなその一撃を上体を傾げて避け、そのまま正面切っての乱打戦に持ち込んだ。

 

 通常時の一護が相手なら、こんな真似は出来ない。

 

 あの《縮地》に対応できる動体視力、そしてそれに振り回されずに立ち回れる一護のスペックに俺が追い付ける確率は万に一つもないのだ。悔しいがそれが事実である以上、正攻法での正面突破は得策じゃない。

 

 だが、今の一護には武器解放の直後にかけた最上位バッドステータスの一つ、《氷結5》が効いている。

 

 ヨツンヘイムの希少鉱石を使ったが故に付与された第二の能力ともいえる効果。古代級以上の武器にまれに付与されるこの能力は、攻撃を当てた相手にごく短時間、全てのステータスの出力を十パーセントダウンさせることができる。

 この「出力」を、という部分がミソで、これはすなわち、たとえ一護が意志の力でバッドステータスを跳ねのけようと試みても、あるいは何らかのアイテムでステータスを上昇させようとしても、その向上した膂力に対しても十パーセントダウンの効力が及ぶということを意味している。

 

 要は一護がこの氷の呪縛から逃れようと抗う程、システムの檻もまた一護を封じる力を高めていくように作られた効果というわけだ。規定値が決まっていたら順応されていたかもしれないが、一護の力に比例して限定力が上がるこのバッドステータスの負荷からは決して逃れられない。

 

 

 ……けれど。

 

 

 それでも一護にはまだ、「驚異的な成長性」という凶悪な武器がある。

 

 こちらがどんな手を打っても、戦闘中における自己進化でその策を打ち破れるように自分を成長させる。厄介極まるこの武器の前では、如何なる小細工も水の泡。そう感じ、一時は一護攻略を諦めていた。

 

 ……だが、かの銀髪少年との対局で俺は気づいた。

 

 格上が相手の場合、相手を越えることは非常に難しい。

 

 しかし、相手の手を誘導することは可能なのだ、と。

 

 あの少年は俺より遥かに長い経験があるからこそ、常に俺の打った手に対応できていた。だが、少年が勝ちに来ている以上、俺が隙を見せれば必ずそこを突きに来る。それは戦闘にも応用できる戦術思考だった。

 

 一護の進化は止められない。ならその進化の矛先を誘導し、俺が最も対処されたくない核心部分への対処を遅れさせてしまえばいい……というように。

 

 今、一護が最も興味を引かれているのは俺の能力から逃れる方法、あるいは俺の能力を見破ることのはずだ。一護が自分自身の動体視力に自信を持っている以上、まず間違いなく俺の消える瞬間を見極めるか、あるいは俺の能力の予備動作を突いて発動を止めにくる。

 しかしそのどちらも不可能。強制転移の速度は音速の五千倍超。そして予備動作はたった二音節、一秒足らずの言霊詠唱だけだ。能力発動には必ずソードスキルの発動モーションを連動させるようにしてはいるものの、ソードスキルの発動体勢に入ったからと言って必ず能力を発動するわけでもない以上、見極める予備動作としての効力は薄い。

 

 それに一護が気を向けている隙に、一気に勝負をつける。一護に月牙天衝を先に撃たせ、最後の能力発動に持ち込めれば、俺の勝ちだ。

 

 ……そう、勝ちなんだ。

 

 徐々に一護が《氷結5》のステータス一割封印に慣れつつある中、俺はその言葉を胸中で噛みしめる。少しずつ重く、速くなる斬撃。頬を、肩を、二の腕を黒い刀の切っ先が掠め始め、俺のHPを数ドットずつ削っていく。

 暗い炎のような焦燥感が俺の心の端を炙っているような感覚を味わいつつ、俺は感情に身を任せて能力を使いそうになるのを堪えていた。

 

 感情で戦うな。

 

 理屈で戦え。

 

 一護が不確定要素の塊のような人間である以上、自分が取り得る最も勝率の高い行動を取り続けろ。そうしなければ、奴の順応と進化の餌食だ。

 俺の強さはピーキーな能力を自身の理論と努力で押し上げたような見せかけの圧倒、「不完全な強さ」でしかない。数度勝負を重ねれば、きっと俺はまた一護に勝てなくなる。

 

 …………分かっている。

 

 俺はまだ、一護よりも弱い。

 

 そんなことは百も承知だ。

 

 

 それでも。

 

 あの背中に一度でも追いつきたいと願い焦がれた過去の総算を果たすことが、今ようやく叶おうとしている。

 

 あの日、檻の中から見ることしかできなかったアイツの背中に、やっと手が届きそうなんだ。他の誰に無謀と笑われようと、身の程を知れと蔑まれようと、俺が願うことは只一つ。

 

 

 一護に、死神代行に――勝つ!!

 

 

 千願万策を賭して、アイツを打倒してみせる!!

 

 

「――ォ、ォォォォオオオアアアアアアッ!!」

 

 

 絶叫と共に斬り下ろした一撃。その威力と、もうじき効果が切れるであろう《氷結5》の能力減衰が合わさった結果なのか、ほんの一瞬、一護の剣戟のリズムが崩れる。秒間五度は振るわれているような人外のラッシュに、かすかな亀裂が生じた。

 

 ここだ。

 

 ここしかない!

 

「ぜりゃあああああああああっ!!」

 

 防御を捨てて繰り出した八連撃ソードスキル《ハウリング・オクターブ》が次々と一護へ殺到する。俺が勝負を決めにきたことを察知したのか、一護も渾身の斬撃で俺の技を迎撃する。

 

 だが、本命はまだ先だ。

 

 八連撃中の七連撃目の終了直後、最後の斬りおろしの直前で意識をスイッチしその場で音速舞踏による高速跳躍。剣を逆手に持ち替えつつ一護の頭上を飛び越え背後に回った。流石に目で追われているのが視線で分かったが、構わず上書きしたシステムアシストに従い、逆手持ちの剣を両手で握って思い切り地面に突き刺す。

 

 途端、剣から全包囲目掛けて紫電がほとばしり、眩いフラッシュと共に辺りを埋め尽くした。片手剣雷属性重範囲攻撃《ライトニング・フォール》。

 

 着地の瞬間を狙って強襲を仕掛けようとしていた一護は襲い来る紫電を避けるために、大きく後退。そして刀を天高くつきあげ、

 

「月牙――!」

 

 ――来た!

 

 読み通り、一護はさっきまでの乱打戦から抜け出し、かつ俺が逆手持ちで地面に剣を突き刺したこの体勢を好機と捉え、トドメを刺しに来た。自身の持つ最大最速のスキル《月牙天衝》で俺に引導を渡すつもりだ。事実、SAO時代だったらあっけなく直撃をもらっていただろう。

 

 ……けれど、ここから繋がる技が一つだけある。

 

 ――片手剣技結合(ワンハンド・スキルコネクト)!!

 

 脳内で意識を切りかえ、紫電が収束しつつある剣の柄から左手を放し、重心を提げつつ前傾。瞬間、ソードスキルが終了し技後硬直に移行しようとしていたシステムが上書きされ、スカイブルーの眩い光が刀身に灯る。ALOで新規追加された、片手剣汎用で唯一逆手持ちでの六連斬撃を可能にした氷属性の上位剣技《ヘキサゴナル・レア》。

 

 この状態で三秒前の座標、すなわち一護の頭上を飛び越えた地点へ自分を強制転移させる。一護は俺の一度目の能力をマトモに受け、二度目では初撃を受けても二撃目は防いできた。よって三度目で普通に能力を使ったら、もしかしたら俺の想像外の手法で初撃をふせぐかもしれない。

 

 だから、一護の真上に転移することで、闘技場の上に燦然と輝く真昼の太陽という目くらましを使い、コンマ数秒だけ一護の反応を鈍らせる。別に完全に視界を潰せなくても、俺の一撃目さえ頭部にクリーンヒットさせることができれば、残りの五連撃は入ったも同然。

 

 これで、ようやく詰みの王手(デッドエンド)だ――死神代行!

 

 

「――Ek aptr!!」

 

 

 俺は言霊を唱え、能力を解放。自分でさえ知覚できない転移速度で瞬く間に一護の頭上へ……。

 

 

 

「――――()()!!」

 

 

 

 ()()三日月が、衝撃と共に俺の腹を食い破った。

 

 

 刹那、現実を認識できずに全身が凍りついたように動かなくなった。

 

 予想通りに一護の真上に転移した俺。その俺をしっかりとその両目で捉え、強引に体勢を捻った一護が俺目掛けて《残月》を撃ち放ったのだということを、凍結した脳が瞬時に理解した。

 

 ……何故。

 

 いつ?

 

 どうやって!?

 

 確かに月牙の発動体勢に入り、黒い炎を巻き上げていたはず。なのにいつの間に上を向き、しかも《残月》を撃てたのか。皆目見当がつかなかった。急速に力が抜けていく中で加速された思考回路を以ってしても、アテさえつかめない。

 

 

 ……でも。

 

 まだだ。

 

 

 まだ、終わっていない!!

 

 

「――と、ど、けえぇえええええぇぇぇぇぇええぇッッ!!」

 

 

 自分のHPが尽きようとしているのを感じながら、今度こそ技後硬直で固まっているはずの一護目掛けて剣を振り下ろす。刃が数センチ進むごとに俺の命が流れ出していくのが分かるくらい。感覚が鮮明になっている。

 

 瞬き一つせず、俺の剣を見つめる一護の瞳に、歯を砕けんばかりに食いしばる俺の形相が映り込んでいるのが見え――。

 

 

 

 ――ビィーーーーッ!

 

 

 

 あと五センチのところで、サイレンの音が鳴り響いた。

 

 同時に俺の身体がエンドフレイムに包まれる。見下ろせば、俺の下半身は一護の《残月》によって掻き消されて跡形も残っていなかった。血の色のエフェクトライトをまき散らす仮想の傷を、デュエルの敗者を消し去る炎の青さが塗り替えていく。

 

「……一護。おれ、は…………」

 

 せめて最後に一言、俺は一護に告げようと口を開いた。一護はただ真っ直ぐに俺を見つめている。そこに何ら感情は無く、ただ俺の言葉を聞くことに全てを傾けてくれているのだけが分かった。

 

 

 俺は言葉を続けようとする。が、無情にも炎が俺を焼き尽くす方が速く、俺の意識はそのまま闇へと融けて消えて行った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 次に目を覚ましたのは、闘技場控室の硬い石のベンチの上だった。

 

 ぼやける視界を鮮明にすべく、数度瞬いた俺の顔を覗き込む人影が二つ。それは、控室で俺の戦闘を見ていてくれたアスナと、いつもの小妖精の姿から少女の姿に戻ったユイのものだった。

 

「……おかえり、キリトくん」

「おかえりなさい、パパ」

「ああ……ただいま」

 

 どうにか微かな笑みを浮かべて上体を起こすと、途端に鋭い頭痛が脳髄を貫き顔をしかめる。自分でさえ知覚できない超速転移を三連発し、おまけに全霊を傾ける戦闘を長々と繰り広げたのだ。その代償ということだろう。

 すぐにアスナが肩を、ユイが背中を支えてくれる。ありがとう、とお礼を言いつつ身体の制御を取り戻し、俺は隣にいるアスナのはしばみ色の瞳を見つめた。

 

「俺は、どれくらいの間寝ていたんだ?」

「デュエルが終わって転送されてきてから、ほんの数秒よ。ユウキとサクヤは別の控室を使うらしいから、急がなくても大丈夫だって」

「そうか……」

 

 視線を控室に供えられたライブビューイングに向けると、もうそこには一護の姿は無く、「小休止 - 第二回戦が始まるまで少々お待ちください」と書かれたホログラムウィンドウが映し出されていた。

 

 それを見て、俺はぽつりと一言だけ、

 

「……俺は、負けたんだな」

「……キリトくん……」

 

 気遣うように、アスナが俺の名を呼ぶ。ユイがそっと俺の右手に自分の小さな両手を重ねてくれる。

 

「なんとなく、心のどこかでこうなるんじゃないかって気はしてたんだよ。負け惜しみにしか聞こえないだろうけどさ。自分で挑んでいってるのに、あの一護が俺の目の前でエンドフレイムに焼かれて死ぬ光景は、俺の夢でもある一方、どうにもしっくりこなかった。結局その背反が、俺の最後の一撃を鈍らせたんだろうな。

 ……あーあ! かっこ悪いなあ、俺。自分からケンカ売ったくせに、あんなに見事に負かされるなんて。いい笑われ者さ」

 

 わざと朗らかな声を出し、いつもの笑顔を浮かべられるよう努めた。けれどアスナたちには通じなかったらしく、アスナは俺を正面から、ユイは背中から抱きしめてきた。二つの温かさが敗北した俺のアバターを包み込み、少しずつ、浸透してくるのが感じられる。

 

「……パパ。パパはすごく格好良かったです。格好悪くなんてない、弱くなんてないです。だって、パパは最後まで諦めませんでした。最後の一秒まで戦っていました。自分から望んだ戦いに最後まで責任を持っていたことは、私もママも、ちゃんと分かっています。そんなパパが恰好良くないはず、ないですよ」

「ユイ……ありがとな。けど、それでも俺は結局、戦いに負けて……」

 

 ……ああ、なんて無様なんだろう。

 

 ユイなら、アスナなら慰めてくれると心の底で分かっていて、こんな弱音を吐いて精神を慰撫してもらおうとしている。何て浅ましい。何て浅い男なんだ、桐ケ谷和人。お前は何一つとして強くなってなどいない。いつまでたっても変わらない、やせっぽちのただのガキだ。

 

 自虐する俺がゆっくりと顔を上げた……瞬間、目の前にいたアスナがそっとキスをしてきた。柔らかな唇、湿った官能的感触。それを感じること数秒、口を離したアスナは、痛いくらいに優しい声音で俺に語りかけてきた。

 

「キリトくん、君は確かに今日のデュエルで負けた。でもね、この先ずっと勝てないって決まったわけじゃないんだよ? たとえ今ある一護との差が大きくても、周りから見たら一生追いつけないくらいの歴然の差でも、そこで諦めたら絶対に追いつけない。

 負けちゃったのが哀しいのは分かるよ。私もユイちゃんも哀しいもん……だから、明日からまた頑張ろう? 今度はキリトくん一人じゃなくて、私もユイちゃんも、リーファちゃんもリズもシリカもシノンもクラインさんもエギルさんも、一緒になって強くなろうよ。一護が誰かを護ろうとしてるから強いみたいにね。

 一人で強くなろうだなんてしないで。戦いは自分と敵、一対一だけでするものじゃない。私たちみんなでするものだよ。次は必ず勝とう……みんなの心を合わせて、ね」

「…………ッ」

 

 優しく諭され、俺の心のどこかに亀裂が走ったような幻聴が聞こえた。うつむく俺をアスナのたおやかな腕が掻き抱き、そこに重なるようにして、ユイが頬ずりをしてくる。その温度に突き動かされ、震える俺の口から言葉が零れる。

 

「…………勝ちたかった」

「うん」

「この一年間、ずっと鍛練を積んできたんだ……たとえ勝率が万分の一だったとしても、その確率に賭けて、俺は一護に勝ちたかった……」

「うん」

 

 口が動くのに、喉が声を出すのに任せ、ただ吐露した俺の言葉に、柔らかな相槌が返ってくる。

 

「ずっと、ずっと一護を越えようと思ってた。あの強さを、かつて俺が捨ててしまった強さに魅かれて、ずっと追い求めてきた。でもどうせ無理だって自分で自分を納得させてた。

 あの世界樹でアスナを助けた後、それでも俺は一護に追いつきたいってことを自覚して鍛練を続けてきたんだ。たとえそれがどんなに無謀だろうと、嘲笑う奴がいようと、それでも只、俺は一護に勝ちたかった……勝ちたかったんだ…………っ」

「……うん、そうだね」

 

 言葉にするたび、亀裂は大きく深くなる。声が震え、視界が歪み、大粒の涙が幾筋も頬を伝う。それをそっと細い指が拭う感触に顔を上げると、歪んだ視界の中、ユイがその小さな手で俺の涙を拭ってくれているのが見えた。弱音を吐く俺を、幼く、けれどどこか慈愛の籠った目で優しく慰めてくれている。

 

 

 それを実感した瞬間、ついに俺の中で何かが弾けた。

 

 

「……ちくしょう……ちくしょぉ……ッ! あと一歩、あと一歩だったんだ…………あと一歩で、俺は一護に勝てた。あの死神代行に勝てたんだ……なのに、あいつ、最後の最後で俺の転移に残月を合わせてきやがった……なんだよあれ……あんなのありかよ……!」

「うん、惜しかったよね。悔しいよね……っ」

 

 アスナの声も、震えているのが聞こえてくる。ユイが俺の涙を拭いながら、自分でも泣いているのが目に映る。

 

「……勝ちたかった……俺は、一護に勝ちたかった……ッ!!」

 

 何度も何度も、ただ勝利の願望をくりかえし口にしながら、俺は二人に支えられたままの体勢で、しばらくそうして泣いていた。

 

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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次回は第一回戦に対する一護の心境と、トーナメント第二回戦・ユウキ対サクヤを書く予定です。




※キリトの能力について

・ブレイクポイント
技のモーションとモーションの間にある中断点。技によっては存在しないものもあり、キリトはこのブレイクポイントを何回も繰り返した実戦実験で把握していった。尚、過月のブレイクポイント検証にはクライン氏が犠牲となった。


剣技破壊(スキルブレイク)
ソードスキルのブレイクポイントの瞬間に、斬撃の太刀筋の逆方向から強攻撃を叩き込むことでソードスキルを中断させる技。中断なので技後硬直が消失するため、後述の片手剣技結合に応用させることとなる。


片手剣技結合(ワンハンド・スキルコネクト)
ソードスキルのブレイクポイントの瞬間、別のソードスキルを発動させてモーションを上書きする技。最初に使ったソードスキルのブレイクポイント時の体勢と、次に結合させるソードスキルの初動が一致していないと使えないため、単純な剣技結合(スキルコネクト)以上に何でも繋げられるわけではない。最大接続技数は長くても三回が限界。


統雹騎士(ユナイティウォークス)
キリトの直剣。解号は「覆せ――」である。

武器解放時の能力は「空間座標の凍結・解凍」であり、能力解放時から解除までの最大二分間、互いが辿った三次元座標を全て「凍結圧縮」して保持する。
その後、キリトの自分用「Ek aptr」と相手用「þú aptr」のどちらかの言霊を詠唱することで、詠唱した時点から三秒前の座標情報を「解凍展開」し、対象をその三次元座標に強制転移させる。

自分と敵を合わせて使用制限は三回まで。転移時間は十メートル圏内で0.000006秒。秒速換算で最大1667km/s。ギンの卍解(誇張あり)より速い。

あまりにも一瞬のため、使用者たるキリト本人もついていけない。そのため、転移直前にソードスキルを発動しておくことで、転移すると同時に転移先でソードスキルによる攻撃をシステムアシストで出せるようにしていた。
尚、最も相性がいいのは氷属性の単発重攻撃。一護相手だと、DPSで劣る連続系を使った場合に二撃目以降を止められて手痛い反撃を受ける可能性があった。

通常であれば緊急回避と敵の攪乱程度の位置づけだが、キリトは戦術眼鍛練を経て、

・二分の間だけ自分と相手が辿った空間を全て覚える
・戦闘前に自分と相手が試合開始から終了までどう動くかを幾通りもシミュレートしておく
・シミュレートしていた立ち回りと記憶していた「三秒前の空間座標」が合致した瞬間、即座に能力を発動して背後を獲る

……これだけのことをできるようになっていた。

無論誰が相手でも出来る訳ではなく、精密なシミュレートが可能なくらいにその対象を理解している事が前提条件。一護やリーファが相手なら行使できるが、ユウキやサクヤなど、比較的まだ付き合いが浅い相手だと十分に効果を発揮できない。

だが、これが通じる相手であれば、まるでキリトが意のままに空間を捻じ曲げ回避不可能な攻撃を放っているように見える。





キリの字「あんなのありかよ……!」
べりたん「おめーがいうなボケ」





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Episode 40. X-Over -to next-

お読みいただきありがとうございます。

四十話です。

前半は一護視点、後半はキリト視点です。

宜しくお願い致します。


「………………きっつ」

 

 キリトとのデュエルに勝利し控室に戻ってきた俺は、開口一番、思わずそう漏らした。

 

 武器解放後のキリトの強さは予想してた以上に常軌を逸していた。俺のHPが八割を切るまで使ってこなかったってことは軽々には使えねえ制約ってモンがあるんだろうが、にしたってアレはねぇ。

 アレでもし死神にでもなって能力相応の霊圧と経験なんざ手にしてたらと思うとゾッとする。こんな例え話なんかに意味はねえってのは分かってても、そう思わずにはいられないくらい、あの摩訶不思議能力の威力は強烈だった。

 

 だが、それよりヤバかったのは、武器解放後のキリトの鬼気迫る気迫だった。

 

 今までアイツを見てきた中で一、二を争うレベルの怒涛の攻め。俺と正面切って撃ちあって、互いに一歩も退かずに攻めきったあの猛攻の中でアイツの剣に何度も触れていて伝わってきたのは純粋な勝利への渇望。勝ちたい、ただそれだけの願望だった。

 単純故に強靱な、生半可な気概で挑んでいたら気迫負けしそうなその覚悟の重さは、いつものどこか達観したようなアイツらしくない、本当に正真正銘、十代のガキの闘争心って感じがした。それと真っ向から打ち合えたあの試合は、自分で言うのもなんだが、良い試合だったなと思える。

 

 ……なんにせよ、これで俺に残ってるのは決勝だけだ。とっとと観客席戻ってユウキとサクヤの準決二試合目を観たい。

 

 ……けど、その前に。

 

 

「――ヨ。お疲れ、ベリっち」

 

 

 

 久々に会ったこのチビネコ二号ことアルゴを追い出すのが先だ。

 

 控室に戻ってきた俺を待ち構えてたのはコイツただ一人。他の面々はどうしたと訊くと、リズ、クライン、エギルの三人は最初っから来る気が無く、「行くのは準決二つとも終わった後でいいんじゃない?」とか言って観客席に向かったらしい。友達甲斐のねえヤツらだ。

 

 一応、リーナとシノンは俺サイドに、リーファとシリカはキリトサイドに来る気だったらしいが、リーファはリアルのトラブルで強制ログアウト(アルゴ曰く「催したんじゃネーノ」だとさ)、他の猫三匹はアリシャによって誘拐されたとか。

 

 どうもアリシャ発案で、休憩時間の短時間であの三人をコンパニオンにした有料撮影会をやる、とかいうのが強制連行の動機だったみたいだ。

 

 その場面に出くわしたアルゴ曰く、リーナはあの冗談みてえなカッコを短時間で揃える時にアリシャの手をわざわざ借りたツケがあったせいで渋々同行。

 シリカはアリシャの「領主命令だヨ!!」……とかいう職権乱用の勢いに押されてあっけなく轟沈。

 一番ゴネたらしいシノンに至っては、アリシャに散々セクハラ……っつーか尻尾弄りされまくって抵抗力を削がれたトコを捕まったとか。今頃アイツ、死ぬほど景気わりぃ面して写真撮られてンだろーな。戻ってくるなり当たり散らして来てもスルーだ。

 

「……っつーワケでベリっち。お疲れンとこ悪いけど、取材しに来たゼ」

「なにが『ッつーわけで』だっつの。微塵も悪びれてねえ面しといて、よく言うな」

「マーマー、そう邪険にすんなヨ。オネーサンとお前の仲じゃネーカ」

 

 いけしゃあしゃあとコイツは……と顔を顰めつつ、とっとと済ませるべく顎をしゃくって、「何が訊きてえ」と無言で促す。どうせこの場から追い出してもあの手この手で調査を進めに来る。だったら準決二回戦が始まる十二時二十分までに簡潔にパパッと答えて終わらせちまった方が気が楽だ。

 

 アルゴもその意を汲んだらしく「ンじゃ、時間もネーシさくさく行くゼ」と前置きして手元にメモ用ウィンドウとホロキーボードを展開した。

 

「よくキー坊の能力を破ったナ。オレっち視力には自信があるケド、最後までアイツの能力の正体は判らなかったシ、そもそも何が起きてたのかさえ見当もつかネエ。キー坊の能力って何なンダ? ってカ、ベリっちがキー坊にブチ込んだ一撃、アレどうやったンダ?」

「知らね」

「ハ?」

「知らねーよ。別にキリトの能力を教えたくねーとかそういうんじゃねえ。多分幻惑系か転移系なんだろうなって程度しか見当つかねえし。アイツの能力が何なのか、こっちが訊きてえくらいだ」

「……チョット待テ。それつまり、ベリっちはキー坊の能力が何なのか判んねえマンマでアイツに《残月》を当てたってノカ?」

「そうなるな」

「…………キー坊も大概ダケド、お前も充分怪物ダナ」

 

 シツレイにも顔を顰めつつコメントしやがったアルゴに「うっせーな」とだけ返してから、スルーした質問の後半部分に答える。

 

「能力の仕組みが分かんねえからって対処できないことはないはずだろ。キリトがいつ消えて、どこに出現するのか。能力を使われる前にそれを察知できれば、それに合わせて一発叩き込めばいいだけの話だ。少なくとも、いつ使ってくるのかだけは分かってたしな」

「ベリっちが最後の月牙天衝を撃つとき……カ?」

「まあな。自分に二回も命中させた敵の大技があと一回だけ残ってりゃ、どんなバカでも警戒する。その状態で分ッかりやすい予備動作を取って撃とうとすれば、確実にそこを突く。立場が逆だったら俺だってそうしたハズだ」

「で、能力を使われるタイミングは最初っから判ってた。だから《月牙天衝》を囮にキー坊の能力発動を自分の図ったタイミング通りに使わせた、ト。ナア、ベリっち。オレっちには最後の一撃、《月牙天衝》から《残月》に切り換えたように見えたんだガ……ひょっとしてアレ、キー坊のソードスキル繋ぎをパクったノカ?」

「察しがいいじゃねーかアルゴ。当たりだ」

「ヘッヘ、伊達にお前の怪物っぷりを長年追っかけてねーからナ痛ッ!」

 

 調子に乗ってさらっとディスるアルゴの頭部を拳骨で小突く。確かにコイツとの付き合いも大概長くなるが、にしたってさっきから怪物呼ばわりしすぎだろ。探せば俺よりゲーム強ぇヤツなんていくらでもいそうなモンだろ。

 

 それは置いといて、キリトの「ソードスキルのブレイクポイントに別のソードスキル」を接続する技を最後の最後で俺も使ったのは事実だ。昔っからやってた格ゲーでよく使った手だし、一度間近で見せられた後なら、発想的にはそんなに難しいコトじゃなかった。

 ただ、技のブレイクポイントの判別はそのゲームを死ぬほどやり込んでやっと分かるような代物だ。キリトはポンポン繋げてたが、あれをやれと言われて成功させられる自信は全くねえ。多分《残月》から《過月》に繋げるとかだったら間違いなく失敗してる。

 

 ……でも、《月牙天衝》に関してだけは、技のブレイクポイントが手に取るように分かった。

 

 元々須郷と世界樹の頂上で戦った時に生成したこの技は、その起源を俺の記憶に持つ以上、能力発動の仕組みも限りなく記憶に忠実なはずだ。

 つまり、現実の月牙天衝の『俺の霊圧を食って、刃先から超高密度の霊圧を放出することで、斬撃そのものを巨大化して飛ばす』行程を辿ってくる。要は、この世界の《月牙天衝》はこの三段階を超短時間に圧縮して発動してるはず。そう考えると、ブレイクポイントの判断は楽勝だった。

 

 ブレイクポイントになり成り得るのは二点。『俺の霊圧(MP)を食う』一段階目と『刃先から超高密度の霊圧を放出する』二段階目の間、それか二段階目と『斬撃を巨大化して飛ばす』三段階目の間のどっちか。だが一と二は攻撃の予備動作で三が実際の攻撃モーションだとすれば、ブレイクポイントが有効足り得るのは二と三の間だけ。

 

 しかもキリトのソードスキル接続の様子を見てた限り、ソードスキル発動前に多かれ少なかれ生じる初動の『溜め』が接続後の技から省略されていた。つまり、一拍の溜めがある《残月》の初動の隙を失くすことができるってワケだ。

 キリトの消えるタイミングが月牙の初動を見た瞬間だって自分の中で仮定できれば、接続元が単発攻撃である以上、《残月》を繋げるのはそんなに難しいことじゃなかった。

 

 ……ただ、

 

「キリトがドコに出現するのかだけは、結局最後まで判んなかった。二回目の能力発動の瞬間どんだけ目ぇ凝らしてもヤツの動きは追えなかったし、最後の能力発動の瞬間まで脳みそフル回転で考えても、キリトの奴の出現位置を読んだり誘導したりする方法は思いつかなかった」

「エ? ケドあの身体の捌き方はどう見ても位置が判ってる風だったゼ? じゃネート、あんな強引に上向いた体勢、取らねーダロ、普通。……まさか、勘とか言うんジャねーだろうナ?」

「ちげーよ……って言いてえけど、正直似たようなモンだ」

「ウェ!? マジカ?」

「大マジだ。俺はただ、キリトの強さを信じただけだったんだ」

「強さを、信じル……?」

 

 いま一つピンと来てない顔で首を傾げるアルゴ。ぶっちゃけ俺も上手く説明はできねえんだが、と前置きしてから、その言葉の意味を噛み砕くようにして話を続ける。

 

「キリトを見てたならおめーも分かるだろうけど、昔のアイツは肝心なトコで感情に引きずられて動いた。ヒースクリフに挑発されてタイマンデュエルに特攻したのがいい例だ」

「ソレ、お前にだけは言われたくねーダロ」

「俺はもーちょいマシだった。つか、黙って話聞け……けど、キリトはあのデュエル中、最後の最後まで感情をできるだけ抑えてた。ラスト一発、俺が《残月》で奴の腰から下を消し飛ばしたときでさえ、呆然としたのは一瞬ですぐにHP消滅前に俺に斬撃を当てようとしてきた。あの時、奴の目にあったのは激情と理性。我を失ってなんかいなかったんだ」

「激しても冷静、ってヤツカ。ケド、それがキー坊の出現位置逆算とどう関係するンダ?」

「キリトはまだ完全に感情を抑制するレベルの鉄心持ちじゃねえ。けど、それでも現実が自分の想定を超えても理屈で戦おうとするだけの理性を持てるのが今のキリトだ。つまり、俺がどんだけアイツの作戦を台無しにしようが、なるたけ理詰めで戦おうとする」

「ンームムム、ってコトハ…………」

 

 訊くだけの現状に飽きて来たのか、アルゴは質問を重ねることなく自力で答えを導きだそうと首をひねり始めた。頭の上のネコミミをあっち向きこっち向きさせつつ黙考すること十数秒、思いついたようにパッと顔を上げた。

 

「判ったゾ! キー坊は理詰めで動いたから、ベリっちに一番攻撃を当てられる確率が高い目くらましになりそうな太陽を背にした突撃を選んダ! 武器解放前の黒煙使用の突撃、そンで能力使ってベリっちの視界を欺いてる時点で、キー坊がベリっちの視力……ッてか動体視力を警戒してることは自明だシナ!」

「そういうことだ。これでもしキリトが最後に日和って感情任せでテキトーに能力使ったり、逆にキリトが理詰めで動くと俺が読んでることを向こうも読んでたら、負けてたのは俺のほうだったかもな」

「キー坊が理詰めで動くことをベリっちが読んでることをキー坊が読んでることをベリっちが読んでることを……ってカ?」

「堂々巡りにすんな、鬱陶しい」

 

 最後にオチを付けたアルゴに二発目の拳骨を軽く落とすが、今度は流石にひょいっと躱される。いちいち身軽なヤツだ。

 

 一応「記事になんかしてくれんなよ」という俺の追加注文に生返事を寄越しながら情報を手早くまとめ上げたアルゴと共に控室を出て予約(リザーブ)済みの観客席に向かう。途中、しっかしナー、とアルゴが両手を頭の後ろで組みながら切り出してきた。

 

「準決見ててオネーサン思ったんだけどナ。決勝の相手がサク姉が相手だったらマダ良いケド、もし《絶剣》と当たったら、ベリっちケッコーヤバいんじゃネーノ? 主に武器特性的にサ」

「……やっぱそう思うかよ。負ける気はさらさらねえんだけどよ、少なくとも今のままじゃマズい気はしてンだ」

「マ、カタナ使ってる以上、しゃーないことではあるケドナ。甲冑でも着込むカ? そのコートの上カラ」

「アホ。重くて音速舞踏使えなくなンんだろーが。いい的だっつの」

 

 ……そう、今回のデュエルで一つ、俺の装備的な欠点が予想以上にデュエルの戦況に影響してくるってことが判った。

 

 別に弱点ってトコまではいかねえが、カタナで防御した時の被ダメージ減衰率が低すぎるんだ。俺の天鎖斬月、つかカタナカテゴリ自体が敏捷系。対するキリトの直剣は奴の「重い剣好き」が高じた所為か筋力系のはず。結果、序盤でほとんどの通常攻撃を防御してたにも関わらずHPを二割も持っていかれて、奴の武器解放を許す結果になった。

 

 別にノーダメージで勝ちたいなんざ欠片も思ってねえし、実際ムリだとは思う。

 けど、もし未だに見たことがないユウキの武器解放がアスナ同様「貫通ダメージの強化」とかだったら、決勝は相当キツくなる。キリトの場合は考えて戦ってる分強かったが、逆に言えばその考えが分かっちまえばこっちのモンだった。単純な攻撃性能強化とかだったらそうもいかねえしな。

 

「……マア、決勝までに時間あるシ、オレっちがなんか良さげな武器とかアイテムとかないか、探しておいてやるヨ。取材料代わりダ」

「そうか? じゃ、せっかくだし頼むわ」

「ハイヨ」

「……念のため言っとくが、際モンだったら突っぱねるからな。特に手錠とか」

「イヤ、流石に代金代わりの調査だからマジメにやるケド……手錠って何ダヨ。マ、まさかリっちゃんとSMプレイか、監禁プレイでもする気カ? もしやるんならその様子をドキュメンタリー形式で密着取材を――って、冗談冗談。冗談だからその拳骨仕舞ってくれ」

「ったく……」

 

 手錠案のそもそもの出処はコイツなんじゃねーかと思ってカマかけたんだが、アテが外れた。やっぱあのネコミミ領主か、それともリーナ本人か。どっちでもいいが、ケットシー連中はヘンなのが多いな。

 

 

 試合開始五分前になって人通りが増えつつある内部通路を歩きながら、俺は隣の小柄な猫プレイヤーを見ながらそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

 一護に敗北した後アスナとユイの慰めの元で散々に泣きつくし、ようやく落ち着いた俺は準決勝を観戦するべく、二人を連れて控室から闘技場の観客席に場所を移していた。

 

 戦ったばかりの一護と顔を合わせるのは流石に気が引けたが、幸いなことに上位ベスト8に入ったプレイヤーには観戦用の個室が与えられるとのこと。

 立方体型の部屋で、開けているのは前面のみ。上下左右は石壁、背後も同様で出入り用の鉄扉が設置されている。大きな革張りのソファーが一つとサイドテーブルのみのシンプルな内装だが、アスナと小妖精状態のユイの二人と共に観戦する分には何の支障もない。

 

 ……尚、開放されている前面には外から中が見えないよう任意で幻惑魔法系の結界を張ることが出来るらしいことをユイが解説して、その時一瞬だけ不埒なことを考えたせいでアスナから「愛のデコピン」を頂戴することになったが、それはまた別の話だ。勿論、結界は張ってない。

 

「……うぅー、なんか私、緊張してきちゃった……」

「おいおい。アスナが試合するわけでもないのに、なんでだよ」

「だって、相手はサクヤさんなんだよ? ALOに来たばっかりの頃とは言え、あの一護の斬撃を九割方先読みで止めちゃう人だし、ユウキはフェイクとかかけ引きとか苦手だし……心配だよ」

「まあ、なるようになるさ。それにユウキには度胸がある。アスナが強制ログアウト半歩手前にまで陥ったホラーダンジョンを笑顔で踏破するあの肝っ玉があれば、多少手を読まれたくらいじゃ逆に勝負を楽しみそうじゃないか」

「そ、その話はもうナシだってばー!」

「あっはは。あ、ほらアスナ。二人が出て来たぞ」

 

 むくれるアスナの視線を闘技場の舞台へと誘導する。衆人環視の大歓声の中、二人の女性プレイヤーが円形舞台の両端の入場口から入ってきて、開始戦前で立ち止まる。

 

 一方は《絶剣》ユウキ。トーナメント予選の時期は「うひゃー、き、緊張するなぁ……」と苦笑いしていたものだが、流石に準決勝まで上がってきただけあって、もう慣れたものだ。天真爛漫な笑顔を振りまきつつ、周囲の歓声に手を振っている。良くも悪くもいつも通りだ。

 

 しかし、もう一方のプレイヤーはそうとはいかないらしく、

 

「ね、ねえキリトくん。サクヤさん、なんかちょっとコワくない……?」

「……ああ。親友のアリシャさんでさえ『今日のサクヤちゃん、スゴク気が立ってるから……』って言って撮影会に退避しただけはあるな。《絶剣》との初対戦で気合が入ってるのは分かるが……あれは真剣どころか殺気の域だ」

 

 珍しい無表情で舞台上に上がった才色兼備のシルフ領主、サクヤさんは周囲のリアクションに一切頓着することなく立っていた。その姿には一切の無駄が無く、刀を構えてもいないのに、近づいた瞬間居合いで斬り捨てられそうな気配さえ漂っている。

 

 そんな研いだ刃のような気迫をまき散らすサクヤさんの様子に尻込みも遠慮もすることなく、戦う前の挨拶としてユウキが何か言葉をかけようと口を開く。が、サクヤさんがその気配を察知したかのように右の掌を突き出し、そのまま首を横に振って見せる。

 

 その対応に目を丸くするユウキを一瞥した後、怜悧な美貌に一縷の表情も浮かべることなく、サクヤさんは腰の太刀をゆるりと抜刀し、

 

「……多くは語るまい。ALO始まって以来最強の剣士と謳われる君なら、全ては互いが帯げた剣で語ろうじゃないか」

「へえ、お姉さん詩人だね。わかったよ、じゃあ後は……これでお話ししよっか」

 

 ユウキもそれに合わせるように腰の黒曜石の剣を抜剣。いつも通り、凡庸な中段の構えを取る。対するサクヤさんはやや下段気味。こちらもいつも通り、防御重視の構えだ。

 

 ……さあ、どうなる。

 

 アスナにああは言ったものの、確かにユウキにとって、サクヤさんは最も相性の悪い部類の相手だ。

 常に先を読み続け、読みが外れない限りまともに斬撃を当てることさえ難しいあの人の前では、ユウキの素直すぎる太刀筋は致命的だ。一護は武器の大火力攻撃で、俺はシステム外スキルによる不意打ちで勝利したが、ユウキにはそのどちらも望めない。

 

 これでサクヤさんの振るっている刀が通常の太刀、いや、去年まで帯刀していたあの『軽量化』効果のある太刀だったのならまだ多少は楽観視できたんだが、

 

「征くぞ――」

「――うん。いつでもどーぞ」

 

 今のサクヤさんの獲物が相手だとそうはいかなくなる。なにせ……、

 

 

 

「――剥れろ。化ノ丸(あだしのまる)

 

 

 

 彼女の化ノ丸の能力《常理剥落の刀身》の織りなす斬撃は変幻自在、全く先が読めない代物だからだ。

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

次回はこの続き、ユウキ対サクヤ戦を(出来れば決着まで)書く予定です。

……感想返しが滞っておりますが、週末でなんとか返しますので、もう少々お待ちください。


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Episode 41. X-Over -to heart-

お読みいただきありがとうございます。

四十一話です。

基本はキリト視点、間にユウキ視点を挟んでいます。

宜しくお願い致します。


<Kirito>

 

 デュエル開始直後のサクヤさんの武器解放。

 

 出し惜しみ無しの展開に会場が初っ端から盛り上がる中、隣のアスナの呟きが聞こえた。

 

「サクヤさん、開始数秒で武器を解いちゃうなんて……やっぱり本気なんだね」

「《化ノ丸》は比較的長時間の武器解放が可能だったはずだ。能力の内容的にも温存する意味はないからな」

「キリトくん、戦ったことあるの?」

「いや、新生アインクラッド攻略中に一度だけ見せてもらったんだ。俺の《統雹騎士》とは真逆の、非常に使いやすい良い能力だよ。流石、純正の古代級武器だな」

 

 そう、サクヤさんの《化ノ丸》は、かつて一護が振るっていた《餓刀シュテン》と同列の古代級名刀八種の一振り。霊峰の奥深くに棲むという妖狐型のネームドMobを倒すことで入手できるとされ、数か月ほど前にシルフ族精鋭部隊と共に狩りを行っていた際に遭遇、討伐したらしい。

 

 解放状態でも見た目の変化は小さい。ただ、元々四尺ほどだった刀身が六尺に伸長され、サクヤさんの身の丈を上回っている。その上聞いたところによると、《化ノ丸》は解放してもステータス上昇が一ミリたりとも発生しない、数少ない武器だという。

 

 だが、その能力の利便性はそれを補って余りある代物。そして何より、彼女のバトルスタイルとの相性は暴力的なまでに良い。

 

 解放した《化ノ丸》を下段に構えつつ、サクヤさんは一歩一歩歩みを進める。防御とカウンターに特化しているその構えのために、音速舞踏のような高速移動技術は初めから選択肢に無い。

 

 故に、最初の一手を打つのは、ユウキの方しか有りえない。

 

「――ッ!」

 

 剣を刺突の型に構え直し、ユウキは中距離からの猛突進を仕掛けた。羽根を使っていない点から考えて、あれは通常の突進。しかしその速度は俺の音速舞踏に迫る勢いだ。単純な移動速度に限って言えば、一護と同等と言っても過言ではない。

 

 そのままの速度で真正面――で跳躍し、サクヤさんの頭を飛び越え背後へ。着地で折り曲げた両膝のバネと引き絞った右手の伸びによる高速の刺突でサクヤさんの背を穿つ――。

 

 

 だが、その瞬間サクヤさんが手元の刀を返し、()()()()()()()()

 

 

 いや、正確にはそうじゃない。刃先を翻し、自分で自分の首を薙ぐようにして大太刀を振り抜くことで、背後で上段刺突を放とうとしていたユウキを()()()()()()薙ぎ払ったのだ。

 

「うぇっ!?」

 

 驚きの声と共にユウキは慌てて防御態勢を取る。が、二メートル近い刃渡りによる薙飛の一撃を完全には防ぎきれず、首元にごく浅い傷をつけられる。そのままバックダッシュで距離を取ったユウキは、小さく肩を上下させながら、自分の身体諸共敵を斬ろうとしたサクヤさんの立ち姿を見……、

 

「……あれ? なんでHPが減ってない、の……?」

「そういう能力だからさ。この《化ノ丸》の常理剥落の刀身に、君の常識は通用しない」

 

 ユウキの呟きに応えたサクヤさんは、ゆっくりと振り向く。そのHPはまだ全快のまま。ついさっき、自分の首を自分の獲物で薙いだとは思えない立ち姿。

 

「ね、ねえ、キリトくん。あれがサクヤさんの能力……?」

「ああ、常理剥落の刀身。その能力は、『自身の刀身から、敵対勢力に属さないあらゆるオブジェクトに対する当たり判定を消失させる』ことだ」

 

 そう、サクヤさんの化ノ丸の能力はかの《魔剣グラム》と同系統の透過能力。しかし、グラムと違い、彼女の刀は透過対象もそのタイミングも指定できない。あらかじめ透過の条件が定められているのだ。

 

 透過できないのは、解放時に敵対しているプレイヤー、モンスター、並びにそれに連なる一切のアバターとオブジェクト。仮にサラマンダーの領軍とシルフ軍が対決したとすれば、彼女の刀はサラマンダー軍に属する全ての存在を透過することはできない、ということになる。

 

 ……だが、逆に言えば、《化ノ丸》の刀身はそれ以外を全て例外なく透過する。

 

 地形も。

 

 建物も。

 

 味方も。

 

 ――自分自身さえも。

 

 元来身の丈を超す刃渡りの大太刀の扱いは非常に難しい。一般的に言えば、一護の持つ打刀《天鎖斬月》のように使用者の腕の長さに近いのが理想的だ。長すぎる刀身は圧倒的なリーチの長さを持つ反面、地形によって可動範囲が限られ、さらに使用者自身の身体が邪魔になるため扱いには相当の鍛練が必要となる。それであってもユウキのような刺突主体のスピード型フェンサーを相手取るには明らかに不利だ。

 

 だが、解放状態の《化ノ丸》にはその「射程距離の長さ」というメリットを残しながらも、「扱いの難しさ」というデメリットが消滅している。

 

 どう振っても敵以外には当たらないから、自傷やフレンドリーファイアの可能性は無くなる。地形や自分の身体そのもので斬撃が阻害されることもない。ステータス的強さは何一つ変わらない代わりに、プレイヤーの斬撃の制約を失くすという「変幻自在の可能性」を与える。それが《化ノ丸》の強さだ。

 

 そしてそれは予測不可能な角度・方向からの斬撃の可能性へとリンクし、そのままサクヤさんのカウンター成功率の上昇へとつながる。攻撃をいなされたところに、身体を、地面をすり抜けて現れる無貌の斬撃。

 その脅威がサクヤさんが現実で培った技術と組み合わされば、盾も鎧も必要ない縦横無尽の斬撃が織りなす堅固な防壁となる。自分から攻めようとする剣士としての闘争本能を抑え込んだからこそ実現した、一つの到達点だ。

 

 ……加えて、彼女にはもう一つ強みがある。

 

『…………君臨者よ(Gramr)

 

 同時行動(ダブルアクト)による魔法詠唱技能だ。

 

 件の映像が撮られたデュエルの際、彼女は三音節までしか戦闘中に詠唱することは出来なかった。それにより一護の《剡月》を止められず大ダメージを受け、起死回生の初級魔法の疑似増幅も一護の斬速と圧倒的に相性が悪く、そのまま敗北している。

 

 だがしかし、その経験をそのまま放置するほどサクヤさんは悠長な人間ではなかった。一護に負けてから、およそ半年鍛練を積み重ね、余程の横やりが入らなければ何音節であろうと防御を崩さずに魔法詠唱を行えるようになったという。

 

血肉の仮面(gríma slátr eða blóð)万象(allr lund)羽搏き(flúga)ヒトの名を冠す者よ(þiggja nafn menskr)

 

 真理と節制(sannindi eða válað) 罪知らぬ夢の壁に(óvitr draumr bálkr)僅かに爪を立てよ(siga neppr nagl)

 

 流麗な古ノルド語の詠唱が木霊しつつも、剣戟の音は止まない。ユウキによる立て続けの刺突連撃はひっきりなしに続いてはいるものの、その全てはサクヤさんの体表に届く一寸前で弾き返される。

 

「このっ……当たれぇっ!!」

 

 焦れたユウキが《ヴォーパルストライク》を発動、サクヤさんの右脇から強襲を仕掛ける。だがそれも承知済みとでも言うかのように大太刀が半回転。ユウキの黒曜石色の直剣の腹をほんの僅かばかり横から打ち払うことで太刀筋を曲げ、照準を自身の身体から逸らした。

 

 突進の勢いそのまま通り抜け、宙返りで体勢を立て直したユウキだったが、その着地の瞬間、

 

『――古代式参節(aldinn þrír) 《蒼火墜(blár eldr rata)》』

 

 サクヤさんの呪文が完成。蒼い炎の波がユウキを襲った。

 

 殺到する蒼炎にユウキは目を見開き、瞬時に羽根を広げて音速舞踏による回避行動を取った。返した踵を炎が舐めHPを幾ばくか削ったものの、直撃は避けることが出来た。小柄な少女はそのまま回避先で地面をゴロゴロと転がった後、剣を突き立て跳ね起きる。

 ライブビューイングに映るあどけない顔が、ふぅ、と息を吐くのを写し出し、同時に横にいるアスナも一緒に安どのため息を漏らしていた。

 

「今のは危なかったかも……けど、やっぱりサクヤさんの本気ってすごいね。あのユウキをここまで追い詰めるなんて」

「いや、追い詰められてるのはユウキだけじゃない。サクヤさんだって余裕はないはずだ」

 

 確かに残りHP的に見ればユウキの方がごくわずかに下回っている。現在の残りHPは、ユウキが七割弱。サクヤさんが八割ジャストといったところ。剣同士の戦いでは互いに強攻撃の一発も当てられておらず、サクヤさんの魔法攻撃が部分的にユウキの身体を掠めているのがかろうじてダメージソースになっている程度だ。

 

 しかしサクヤさんの魔法はMP的にそう乱発はできず、しかもカウンターがユウキに満足に当たっていないことから火力不足に陥っていた。

 加えてカタナという武器カテゴリ上の弱点『貫通ダメージ減衰率の低さ』が仇となり、ユウキの刺突のダメージが「抜けて」いるせいで、たとえ全ての斬撃を弾いてもHPが微減しつづける胃の痛い現状となっている。

 

 ユウキはユウキで、攻撃の尽くをサクヤさんに防がれているせいでダメージ不足。飛んでくる魔法も範囲が広いものであれば完全回避が難しいためにHPを削られている。

 

 試合開始直前、サクヤさんの顔に表情が無かったのは、おそらくこの状況を予見していたからだろう。

 

 防御は出来てもカウンターを叩き込むことは出来ず。弾数に制限がある魔法もクリーンヒットまで持ち込めない。貫通ダメージでじりじりとHPを減らされ、半ばこう着状態となる。次々と攻撃の応酬が行われる絵面そのものは派手なため観客は大盛り上がりしているものの、見る者が見れば非常にじれったい戦いとなっている。

 

 打破するには、どちらかが相手に強打を叩き込むしか道は無い。

 

 サクヤさんがカウンターの斬撃か魔法を当てるのが先か。

 

 ユウキがあの十一連撃のOSSか未だ見ぬ武器解放を叩きつけるのが先か。

 

 千日手となりつつあるこの局面は、おそらく先に場の流れを引き寄せた方が一気に勝利するはず。流れを崩して引き寄せるか、それとも崩しに来たところを妨害して逆に反撃に転じるかの二つに一つ。

 

 そして、両者の性格上その配役は――、

 

 

 

「――打ち立てろ! 刀剣(マクアフィテル)!!」

 

 

 

 ほぼ確実に、ユウキが崩す側となる。

 

 掲げた剣がアメジスト色の閃光を放ち、それはそのまま燐光としてユウキ自身の身体に纏わりついた。武器のランク的にはアスナの細剣と同程度のはず。解放だけで局面をひっくり返せる確率はゼロではないが、おそらく低い。

 

 すなわち、解放状態のユウキが取るべき選択肢は只一つ、

 

「あの構え……ユウキ、ここで一気に勝負をかけるつもり!?」

 

 この状態で全力のソードスキルを叩き込むしかない。

 

 アスナが思わず身を乗り出す。メイジ型魔法剣士で極軽装のサクヤさんが相手であれば、おそらく例の十一連撃全弾命中で片が付く。半分でも直撃すれば、大きなアドバンテージだろう。武器解放で上昇しているはずのステータスと合わせて撃てば、決まる確率は大きく上がる。

 

 青紫の光を煌々とまき散らしながら、ユウキの剣の切っ先がサクヤさんの胸元へピタリと照準される。その圧力に臆する様子もなく、サクヤさんが取ったのは迎撃の構え。真っ向から受けて立つ、その立ち姿からは正に領主たる者の風格を嫌でも感じられた。

 

 場の空気がチリチリとひりつく中、ユウキは大きく息を吸い込み、吐き出す。全身から余計な力を抜くように深呼吸を数度重ね――幾度かの後に突進、急加速。アメジストの残光を大きく曳いたその姿は正に流星。その勢いを微塵も殺さないまま、ユウキは構えるサクヤさんに正面から突っ込んだ。

 

 間合いに入ると同時にソードスキルが発動。音速舞踏の加速に加え、武器解放のステータス上昇効果による敏捷補正で超高速となった刺突の雨がサクヤさんに降り注ぐ。

 

「…………くっ」

 

 微かに聞こえた、短い苦悶の声。

 

 左肩から右脇腹への高速五連刺突を捌ききったものの、その速力に歯噛みする様子がズームされた映像から見えた。続けて放たれる右肩から左脇腹への五連刺突も、太刀筋の矛先を数センチそらすことで直撃を避けているが、その火力を抑え込むことはできず、十連撃目でついに大太刀を弾き飛ばされた。

 

「武器を獲った……! いける、いけるよ!」

 

 アスナが興奮と共にそう叫んだ直後、ユウキの直剣の切っ先が十連撃による十字斬撃の交点に再照準。一層光を強めた剣を弩のように引き絞り、

 

「――やああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

 高らかな気合と共に突き込んだ。

 

 ズバンッ!! という空気の壁を突き破る音と共に射出された最後の一撃は、無手となったシルフ領主の胸元へと吸い込まれるように飛んでいき――、

 

 

 ――直撃の寸前でサクヤさんが身を捩り、伸びきったユウキの腕を逆に掴んで捉えた。

 

 

「うそっ……ユウキのソードスキルを、あんなにきれいに見切るなんて……!」

 

 思わず絶句するアスナ。ユウキの十一連撃OSSは《絶剣》の代名詞とも言える必殺技。絶対無敵と称される少女剣士渾身の連撃のラストが、こうもあっさり捉えられたその衝撃的光景に、アスナだけでなく会場全体が、そして、技を放ったユウキ自身すらも呆気にとられた。

 

 おそらく突きの直後、踏込の運動エネルギーが腕に伝達し、肘が伸び切ったその一番無防備な瞬間を狙ってユウキの手を掴んだのだろうが……それにしたって今の見切りは、最早未来視と言っても過言ではないレベルの見事さだった。急造で戦術眼を鍛えた程度の俺では、あの領域の芸当を実行できる確率は万分の一もない。

 かつて一護の連撃さえも止めて見せたというシルフ族最強の剣士。その実力は、かの《絶剣》さえも抑え込むことに成功したのだ。

 

 だが、それを成し遂げた当人だけは至極冷静。無手となった右手を突き出した瞬間、虚空から現れた魔法陣がユウキの眼前に瞬く間に展開される。

 

「……まずい、遅延発動魔法(ディレイスペル)だ!」

 

 俺が言うのと同時にハッとしたユウキが、掴まれた腕を捻って脱出を試みる。が、たった数瞬とはいえ、眼前の敵に捕縛されたまま硬直した代償は極めて大きく、

 

 

『――古代式壱節(aldinn einn) 赤火砲(rjóðr eldr vápn)

 

 

 零距離で炸裂した業火がユウキの小さな身体を食らい尽くし、火達磨になった小柄な剣士はそのまま闘技場の円周の壁へと叩きつけられた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Yuuki>

 

 一瞬、視界が真っ白く染まり、何が何だか分からなくなった。

 けどその直後に背中が硬い何かに衝突、その衝撃でボクの視界が戻った。

 

 倒れ込みそうになるのを剣を地面に突き立てることで耐え、どうにか膝を突かずに堪える。視界の端っこに表示されてるHPゲージは、今の一撃で三割まで落ち込んだ。アーマーなんて付けてない顔面にあんなでっかい火の玉を撃ち込まれたんだ、あの一発でレッドゾーンまで減らされた可能性も充分にある。

 

 四割削られた程度で済んだだけ儲けもの、そう自分に言い聞かせて顔を上げる。

 十数メートル先、さっきまでボクがいた場所には、きれいなお姉さん、サクヤが長大な日本刀を片手に佇んでいた。顔立ちはとってもきれいでカッコいいのに、その気配はまるで鬼のよう。

 向こうから攻撃は仕掛けてこない代わりに、こっちから攻撃したら一太刀も当てられない。その上魔法の詠唱も同時にこなすなんて、今までこんな戦い方をする人とは一人だって会ったことが無かった。

 

 

 強い。

 

 ……でも、それ以上に、怖い。

 

 

 ここはゲームの中。これは本物じゃない身体。

 

 そう判っていても反射的にすくんでしまうような、あの気迫。

 斬られたら本当に血が噴き出すんじゃないかと思うくらい、鋭いカウンター。

 そして、ボクを「倒す」んじゃなく、「殺す」つもりなんじゃないかと錯覚するくらい殺気を孕んだ魔法。

 

 真剣って言葉さえも生ぬるいようなその在り方は、今まで出会ったどんなモンスターよりも恐ろしく、強大に見えた。

 ボクの剣は、言ってしまえば「相手に当ててHPを先にゼロにする」ためのもの。けれどサクヤの刀は、「相手を殺す」ためのもの。未だかつて向けられたことが無くても、あれこそが殺気というものなんだと、心底感じられた。

 

 怖い。

 

 恐ろしい。

 

 

 ――そして何より、惹きつけられる。

 

 

 もしかしたらそれは、子供が刺激の強い映画や漫画を見て魅了される感覚に近いのかもしれない。昔読んだスプラッターな小説とか、ちょっとグロテスクなモンスタームービーとか、その延長線上にあるように感じられる魅力。

 現実では決してやっちゃいけないことで、でもそれは生き物の本質の闘争本能で、いい子に生活していたら絶対に触れることのできない世界。その荒々しい色の輝きは、ボクの奥底からマグマみたいな衝動をかきたてる。

 

 もっと、もっとこの人と戦いたい。

 この仮想の命を賭けて、もっともっと戦っていたい。

 

 ……けれど、そうしていたら、きっとボクは負けてしまう。

 

 ボクの最強の技である十一連撃のオリジナル・ソードスキル《マザーズ・ロザリオ》は、さっき完全に止められてしまった。武器も解いてしまっている。魔法の使えないボクに打てる手はもう尽きてしまった。

 後はただ、がむしゃらに突っ込んであの堅い斬撃の防御を突破するしかない、いや、それしか出来ないんだ。サクヤやキリトのように自分の頭で戦術を練ることをしなかったボクには、考えながら攻防に臨むなんてのは無茶にも程がある。普段周りの皆から散々言われているボクでも、それは判っていた。

 

 でも……でも、負けるのはいやだ。

 

 負けることが悔しいからだけじゃない。約束したんだ、一護と。彼と戦うんだ、二日後の同じこの舞台で。

 

 今まで沢山の人と戦ってきて、この世界で初めて見つけた。姉ちゃんと同じように、ボクを倒してくれるかもしれない人。

 

 周りの人はボクを強い、すごいって褒めてくれた。けど、同じ強さの目線に立ってくれる人はほとんどいなかった。

 スリーピング・ナイツの皆やアスナたちは友達として同じ目線に立ってくれる。それはとても嬉しいことだ。でも、それでも戦闘中だけは、ほんの少しだけ距離を感じてしまう。隣り合わせで戦っているのに、心だけがどこか遠い場所に置き去りにされてしまっているような、そんな寂しさ。

 

 この仮想世界でボクと向き合ってくれる人はたくさんできて、それはとても嬉しくて、何度も独りで泣いてしまうくらいに嬉しかった。でも結局、ボクと本当に同じ場所に立ってくれる人は、姉ちゃんを除いて誰もいなかったんだ。

 

 

 ――なのに。

 

 なのにあの人は違うように見えた。

 

 

 出会いがしらの僕の斬撃を避け、武器を砕き、黒い斬撃で全てを断ち斬る。

 

 あの何が起こったのかすら解らないようなキリトの解放さえも、正面から向き合い乗り越えてみせた。今ボクがこうやって戦い苦戦しているサクヤにも、一年前に勝利しているという。

 

 心のどこかで諦めていた、ボクと同じ目線に立ってくれる誰か。

 

 その誰かになり得る人がようやく見つかったんだ。

 

 別にただ戦うだけならここじゃなくたって良かった。ただ剣を交えるだけならここじゃなくたって良かった。もっと普通に、二人きりで戦う選択もきっとあって、むしろその方が良かったのかもしれない。

 

 けど、それでもボクはこの場所で一護と戦いたい。この統一デュエル・トーナメントの決勝戦で戦いたい。沢山の人が見ている中で、ボクの全力を彼に受け止めてもらいたい。ボクを……全開のボクを越えられるかもしれないと感じた、初めての人に。

 

 

 ……だから、このデュエルは絶対に勝つ。

 

 勝って決勝に行く。

 

 たとえ――自分の命を削ることになっても。

 

 

 ボクにはまだ一つだけ、隠した手がある。

 姉ちゃんが向こうへ行くちょっと前に教えてくれた、ボクらにしかできない自己強化方法。ボクが長い間散々頼んでようやく教えてもらえた、本当の本当に大事な戦いの時じゃないと使っちゃダメってキツく注意された方法。周りの人が見たら何てバカなことをって思うかもしれない、そんな方法。

 

 きっとアスナたちが知ったら「そんな無茶しちゃダメよ!」って怒るかもしれない。

 

 一護だったらもしかして、頭を引っぱたいてくるかもしれない。

 

 皆にたくさんの迷惑をかけて繋いできたこの命を削るかもしれないなんてとんでもないって、皆から叱られるかもしれない。

 

 

 ごめんなさい。

 

 本当に、ごめんなさい。

 

 

 それでもボクは、この刹那(いま)に生きていたいんだ。

 

 

 この世の全てが偽物だとしても、何も生み出さないボクが何かを生むことができるこの場所で、あらん限りを迸らせる。本来寝たきりで、指一本動かすことのできないハズのボクの人生を、こんなにも色鮮やかに彩ってくれた、この仮想の世界への恩返し。

 

 そして、あの死神代行の二つ名を持つ彼とこの場所で戦うために、ボクはボクの限界を踏破する。

 

 ゲームの試合一つ、たった数分、数十秒。けれどそこに魂が籠れば、きっとそれはボクと相手の中で「本物」になる。

 

 

 だから、行こう。

 

 ボクが行きつき、いつか逝きつく終着点へ。

 

 ユウキ(ボク)が本当に《絶剣》になれる、限界のさらにその先へ。

 

 

 

 《ヴァーチャル・コンセントレイション》

 

 

 ――始動(スタート)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

 初めにそれに気づいたのは、相対するサクヤさん自身だった。

 

 今までと同様、ユウキとの間合いをゆっくり詰めながら出方を伺っていた彼女だったが、あと八メートルの地点でぴたりと停止。刀を握り締めたまま、目を大きく見開いた。

 

 その数秒後に、遠く離れた位置に座る俺とアスナが、ほぼ同時に気づく。

 

「ユウ、キ……なのよね……? さっきまでと、ううん、今まで見てきたユウキとは、全然別人みたい……」

 

 どこか不安げな声音でアスナが呟く。しかし、その問いかけをすぐに肯定してやれるほど、眼下の状況は優しくなかった。

 

 

 ……ユウキを構成するオブジェクト。紫の燐光を放つ小柄な少女剣士の全身が《重く》なっているように感じられたのだ。

 

 

 理論的根拠はなにもない。ユウキに新たなバフが付いたわけでも、隠しスキルが発動した様子もない。HPだって、相変わらずサクヤの半分以下のままだ。

 

 けれど、ややうつむき加減に立つその姿、闘技場に吹く微風にたなびく髪の毛や衣装の微かな揺らぎさえも、重く、濃いものに見受けられる。まるでユウキの姿を借りた、何か別の存在――そんなうすら寒い憶測に、思わず身震いしそうになる。

 

 と、ユウキが何の前触れもなく動き出した。先ほどまでの快活でエネルギッシュな足取りではなく、幽鬼のような脱力しきった歩み。手にした直剣を手放しはしないものの、両手もだらりと垂れさがったままだ。

 

 長い紫髪がその表情を覆い隠したまま、ユウキは足を踏み出す。

 

 揺蕩うように、一歩、二歩――。

 

 

 三歩目で姿が消失。

 

 同時に轟音と共にサクヤさんが吹き飛び、遥か先にあったはずの舞台の壁へと激突した。

 

 

 苦悶と驚愕で限界まで見開かれた目。その先にあったのは、紫の燐光を炎のように滾らせ、彼女の胴に深々と剣を突き立てるユウキの姿だった。

 

 すぐにサクヤさんはユウキを引き剥がそうと大太刀を振る。しかし、ユウキはその直前に直剣を引き抜き、その場から大きく後退。サクヤさんから五メートルほどの位置で再び剣を構える。

 その表情はいつものユウキらしく、朗らかな笑みを浮かべ、瞳には純な光が宿っている。左手を腰のあたりに据え、右手に握った剣を中段に構える軽やかな立ち姿も、いつものままだ。

 

 ただ、彼女の動きだけが劇的に変わっていた。

 

 足で地を踏みしめる一動作。剣の柄を握りなおす一挙動。それら全ての末端にいたるまで明確に意識が通っているかのような、しなやかで、強靱さを感じる動作。ただ何てことないその仕草からでさえ冴えを感じさせる。

 

 武器を構え直したユウキは少しだけ剣を引き絞り、直後に羽根を広げて音速舞踏を発動。先ほどまでよりも数段早い、遠くにいる俺がギリギリ目で追えるくらいの速さでサクヤさんの死角に潜り込んだ。

 

 だが今度はサクヤさんも反応した。目では追わず自身の先読みに従って《化ノ丸》を一閃。下段から斬り上げようとしていたユウキの刺突を弾く――その時だった。

 

「――せっ!」

 

 軽い掛け声と共にユウキが弾かれる寸前で剣を()()()()、その反動のままぐるんっと回転。遠心力を乗せたコンパクトな薙ぎ払いでサクヤさんの脇腹を抉り取って見せた。

 

 今のは……フェイク?

 

 いや、あの刺突の勢いと身体の突っ込み具合から見て、確実にユウキは刺突をサクヤに当てるつもりだったはずだ。だがあれほどまでに滑らかに剣を引き、翻身して二撃目に繋げた……ということは。

 

「見切り返し……。自分の斬撃を見切ったサクヤさんの迎撃をさらに見切る、カウンターへのカウンターか……!」

 

 そうだ、ユウキは見切ったのだ。

 

 自分が突きを放ち、それにサクヤさんが迎撃の一閃を繰り出してから刃が接触するコンマ数秒でその太刀筋をさらに見切って、即座に剣を引いて別角度からの斬撃に切り換える。そんな絶技が可能なのはあの死神男だけだと思っていたのに……。

 

 ユウキの身のこなしの急激な卓越に驚愕する俺だったが、次の瞬間、それは戦慄へと変化することとなった。

 

 

「――はぁあああああああぁぁっ!!」

 

 

 気合と共にユウキの動きがさらに数段加速。最早俺の目で追う事すら叶わない速度でサクヤさんの周囲を高速旋回。黒紫の旋風となってサクヤさんの身体を次々と斬りつけていった。

 余りの速さにサクヤさんが大太刀を振るう速度が追い付かず、一度刀を振るう間にユウキの斬撃が複数直撃するような有様だ。いくら先が読めていようが、これではどうしようもない。

 

 ……こんな光景を、俺はかつて見たことがある。

 

 アインクラッドで起きた最も忌まわしい戦い。本物の命を互いに賭けあった殺し合いの中で垣間見た、死神代行の神速。ザザを一瞬で瀕死に追い込んだ、その技の名は……、

 

 

 

「……エクストラスキル《縮地》」

 

 

 

 そうとしか思えない。

 

 今のユウキの速力は、最早限界を越えきっている。一プレイヤーとしての枠組みをはみ出した、有りえざる領域。

 

 怒涛の攻めに湧く周囲の観客の歓声に負けじと俺は大声を張り上げ、今までジッと戦いに見入っていた小妖精ユイに呼びかける。

 

「ユイ! ユウキが使用しているのはまさか、一護が使っていたあの《縮地》なのか!?」

「き、キリトくん? でもそれはあり得ないはずじゃ……だって、ソードスキル実装前にユニークスキル十種類は全て破棄されたって」

「はい、ママの言う通りです、パパ。私の今の権限ではプレイヤーのステータス詳細まで閲覧することはできませんが、スキルの使用有無の識別と、その支援効果の認識までは可能です。ユウキさんが現在使用しているのは片手用直剣《刀剣(マクアフィテル)》による一定時間の敏捷力補正のみ。《ソードアート・オンライン》において一護さんが使用していたエクストラスキル《縮地》ではありません」

 

 いつになく真剣な声でユイが情報を返し、けれど、と鈴の音のような声を震わせながら続ける。

 

「あの速度は確かに異常です。私のアーカイブする情報から推測されるメディキュボイドのパルス発生素子密度と処理能力から考えて、あの動きをプレイヤーにもたらすことは確かに理論上は可能だと思われます。

 ……ですが、あの動きを可能にするには、最早人間の精神論ではどうにもならないレベルの超強力な電気信号を送り込む必要があるはずです。なのに……」

「ああ。それに速度だけじゃない。ユウキの体捌きの精密さ、状況判断の精度、動体認知、どれもさっきまでとは比べものにならないぐらいに向上してる。あれはもう、全盛期の一護が憑依していると言ってもいいくらいだ」

 

 無論、差異はある。

 

 ユウキの剣はあくまでも素直。サクヤさんの迎撃行動に超反応と神速で応じているから一見テクニカルに見えるが、相変わらずそこにフェイクやかけ引きの要素はない。これが一護だったら、確実に拳打や柄による不意打ち攻撃を織り交ぜたりしてくるはずだ。

 

 それに、冷静になって見てみれば、一護の《縮地》に比べてユウキの移動速度はまだ何とかその残像を捉えられる速さに留まっている。HPの減少スピードからして、サクヤさんもまだユウキの猛攻の半数には対応できている。

 

 けれどそれにしたって、あの突然の超絶強化は常軌を逸している。

 

 システム的強化の枠組みを超えた強化。

 

 それも単なるパラメータの上昇では説明が付かない、ユウキ自身の能力向上。

 

 何より、現実世界で衰弱しているはずのユウキがここまでの動きをこなして尚、意識を保ち続けているという驚愕的な現状。

 

 一体、ユウキはどんな手を……そう考えていた時、アスナが声を上げた。

 

「見て、キリトくん! サクヤさんが動いた!!」

 

 その言葉に従い舞台を注視すると同時に、美貌を苦慮に歪めたサクヤさんが半ば叫ぶようにして詠唱を開始したところだった。

 

「ぐ、うッ……『散在する(Dreifa)獣の骨(dýr leggr)!!』」

 

 詠唱に従い五指を折り曲げた左手に雷光が宿り、バリバリと音を立ててスパークする。

 

尖塔(næfa hart)紅晶(rjóðr íss)鋼鉄の車輪(jarn borð)!

 

 動けば風(bregða vindr)! 止まれば(stǫðva)(lopt)!

 

 槍打つ音色が(hlǫm slyngva geirr)――虚城に(efna hol)満ちるッ(kastali)!!』

 

 片手一本で大太刀を振るうも、ユウキの神速の連撃は止め切れない。何度かファンブルしそうになりながらも長い詠唱を唱えきり、

 

古代式碌節(aldinn sex) 雷吼炮(þrymja ógagn vápn)――!!』

 

 傷だらけの手に宿った稲光を解放しようと、左手をユウキの進路に翳し……ほぼ同時にユウキが放った強攻撃が直撃。サクヤさんの左腕の肘から下が吹き飛び、魔法を強制的にキャンセルさせた。部位欠損のステータスダウンに加え、その斬撃自体の威力でサクヤさんがたたらを踏む。

 

 その瞬間を逃さぬよう、ユウキがソードスキルを発動させる。青紫の光が刀身に宿り、その状態で剣の位置は右上へ。あの十一連撃のOSSでトドメを刺す気だ。

 

 サクヤさんもそれを察知し、隻腕となりつつも大太刀を持ち上げ迎撃しようとする。いくら速力が上がっていようと、先ほどきれいに見切りきった技だ、全弾命中は難しいだろう――そう、俺は思っていた。

 

 ……思っていた、のだが。

 

 

 かつてない轟音。

 

 同時にサクヤさんの身体を貫いた、()()()()()()()紫の閃光。

 

 

 ユウキはたった一拍の間に十一連撃全てを着弾させ、最後の一撃で再びサクヤさんの胴を貫通せしめていたのだ。

 

 太刀筋なんて全く見えなかった。先ほどまでの強攻撃一発分の隙に十一連撃全てを叩き込む、単純計算で()()()()()十一連撃。

 

 神の十字足り得るその極限の一撃はサクヤさんの心臓部を貫き通し、HPを一瞬で食らい尽くしていた。燃え上がるサクヤさんの身体が崩れ落ち、それをユウキは剣を突き刺したまま抱き留める。

 

 そのままユウキは、目を細めつつ、一言。

 

「……ありがとう、サクヤ。あなたのおかげで、ボクはやっと《絶剣》になることが出来たよ」

 

 その言葉を聞き、エンドフレイムに包まれたシルフの領主は微かに笑い、そのまま目を閉じて消えて行った。後に残るのは、対戦相手を失ったことで武器解放が自動解除され、燐光の消えたユウキただ一人。

 

 沈黙はほんの数秒。すぐに観衆から勝者への大歓声と拍手が送られた。戦いに圧倒されっぱなしだった俺たちも立ち上がり、揃ってユウキに拍手を送る。

 

 

 ユウキはそれに手を振り笑顔を振りまいて応えた後、素早く納刀。そのままその場でウィンドウを開き、最後に一礼してから拍手が鳴り響く舞台上から消えて行った。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

次回は、ユウキの超絶強化《ヴァーチャル・コンセントレイション》の真相と、決勝前日の様子を書いていきます。

更新は2/7(火)の午前十時です。

2/3(金)の投稿は、同日が卒研の予稿提出の締切となっているためお休みさせていただきます。
すみません。



※サクヤ・ユウキの能力について

化ノ丸(あだしのまる)

サクヤの太刀。解号は「剥れろ――」である。

武器解放時の能力は「視認した敵対的存在以外に対する当たり判定の消失」であり、解放時に敵対している勢力に属する万象を除いた全てを例外なく透過する。尚、武器解放に伴うステータス上昇は発生しない。

扱いの難しい大太刀から地形、建物、味方、自分自身への当たり判定が消えているため、非常に扱いやすくなっている。
乱戦中に振り回しても味方を斬る心配はなく、狭い場所でも気兼ねなくブン回せる。自分自身にさえ当たらないため、初心者にありがちな自分で自分を斬る初歩的ミスの心配も皆無。誰が持っても効力を発揮できる能力である。
また、古代級武器なので基礎パラメータも高く、単純な火力源としても有用。

……だが、言ってしまえばそれだけの能力。地味な感じは否めない。
十秒間視認できない相手は敵味方関係なく勝手に透過してしまうので、壁越しに理不尽アタックをすることはほぼ不可能。扱いやすさ以外はただの刀身六尺の大太刀である。

サクヤは《軽量化》の特殊効果付きの太刀よりも《化ノ丸》の透過能力から生まれる現実には有りえない斬撃の可能性に目を付け、相手の攻撃に対する防御率とカウンター成功率のアップを目論んでこの武器を選んだ。
実際、防御とカウンターに特化したサクヤの戦闘スタイルと「あらゆる方向からの斬撃」が可能になる《化ノ丸》の能力は極めて相性がよく、元々高いサクヤの状況対処力をさらに高める結果となった。

もしこの状態で一護と戦っても、かなりいい勝負ができるはず。
ユウキを相手取っても「普通に戦う分には」直撃を被ることはまずない。


刀剣(マクアフィテル)

ユウキの直剣。解号は「打ち立てろ――」である。

武器解放時の能力は「180秒間の事前指定パラメータ上方補正」であり、ユウキの場合は敏捷にプラス方向の補正が掛かっている。強化内容がごく初歩的な分、能力の持続時間がやや長めに設定されている。

ユウキは滅多にこの能力を使いたがらず、人前で使ったのはほんの数度だけ。

その理由は《ヴァーチャル・コンセントレイション》と深く関係しているが、詳しくは四十二話にて記述。



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Episode 42. X-Over -to last-

お読みいただきありがとうございます。

四十二話です。

前半はキリト視点、後半は一護視点です。

キリト視点では小難しい説明が続きますが、ご容赦ください。
一応一つめの"◆"までは読み飛ばしても、ある程度繋がるように書いております。

よろしくお願い致します。



<Kirito>

 

「うーむ…………」

 

 決勝前日の昼過ぎ、俺は新生アインクラッド二十二層にあるプレイヤーホームの中で、独り思案に耽っていた。

 

 闘技場近辺は部分的アップデートが入る関係で立ち入り禁止となっているが、それ以外の場所であれば通常通りに行動することが出来る。いつもの調子なら、目下絶賛攻略中である三十層の迷宮区へと向かっていたところなのだが、生憎と今日はそんな気分ではない。

 

 俺の頭を悩ませているのは勿論、昨日の準決勝第二試合の終盤で起きた事。ユウキ対サクヤの戦いで遭遇したユウキの超絶的強化が如何にして行われたか、ということだった。

 

 決勝を明日に控えた今日、敗退してしまった俺が悩んでなにか変えられるわけでもないし、知った真実が制止すべきものであったところで止められる気もしない。

 それでも、あのかつての死神代行の全盛を彷彿とさせる程の立ち振る舞いの謎を放置することは、一人のゲーマーとして、将来VR技術に携わろうと志す者として、そしてそれ以上にユウキと一護の友人として、鈍感を決め込むことはどうしても出来ず、今日は朝からこのログハウスに籠って調べものを続けている。

 

 ユイもそれに助力してくれて、先ほどまでネット回線を通じて俺が求める情報を適宜要約して報告してくれていた。粗方欲しい情報が集まった今は、流石に疲れたのか、揺り椅子に腰かける俺の膝の上で丸くなって眠っている。

 アスナも先ほどまでは一緒にいたのだが、ユウキとその主治医に連絡を取ってみると言い十分ほど前にログアウトしている。外野の俺が下手に推測するより、当事者に訊くのが一番確実だ。アスナからの問いかけに答えが返ってくれば、俺の調査は全て無意味とあっさり放棄も出来るのだが……。

 

 自分を半円状に取り囲むホログラムウィンドウの群れを整理しつつ、これまで得た情報をまとめていると、部屋の隅で青白い光が瞬いた。いつもの治癒術士のコスチュームではなく、ゆったりした部屋着姿のアスナが現れ、少し安堵した表情を俺に向けてきた。

 

「ユウキから返事があったよ。『今日は面会謝絶になっちゃったけど、明日の決勝には出られそうだから心配しないで。終わったら、ちゃんと全部話すから』……だって」

「とりあえず、最悪の予想だけは避けられたな。主治医の人からは何かなかったのか?」

「ううん。倉橋先生からは、まだ何も」

「そっか……まあ、とりあえずこれで、ユウキの置かれている状況は何となく推測できるな」

 

 『面会謝絶』『終わったら、ちゃんと全部話す』

 

 この文言と主治医からのレスポンスが無い点を踏まえると、やはりユウキが行使した『手段』はあまり褒められたものではなかった、ということになる。

 

 しかし、ユウキ本人が『明日の決勝には出られそう』と言えるだけの状態にある点から、危機的状況が差し迫っているというわけでもない。おそらく現在、ユウキは主治医を面談して、「あと一回だけ、あの『手段』を使って戦わせてほしい」と頼んでいる状況だろう。

 

 詳しい病状を俺が訊いても、そこから何かを判断するのは難しい。だが脳の機能とVRマシンの相互関係に関してはそれなり以上に勉強してきたつもりだ。

 衰弱しているはずのユウキが何故最後にあのような闘いを成し得たのか、彼女の仲間として、俺たちはそれを理解した上で最後の試合を見届けるべきだと強く思っていた。

 

 アスナが俺の向かいのソファーに腰を落ち着け、常備しているハーブティーを一口飲んだのを見てから、俺はこれまでの調査で解ったことを説明し始めた。

 

「ひとまず、現状の疑問点は大きく分けて四つだ。

 一つ、ユウキに超人的強化をもたらした強力な電気信号はどのようにして発生したのか。

 二つ、ユウキ自身の知覚能力の向上の原因は何か。

 三つ、上記二点は果たしてユウキの自己意識によって意図的に引き起こせるものなのか」

「……そして最後に、それら全てが可能だとしても、どうしてユウキが意識を失わずに戦っていられたのか、ってことだね」

「ああ。特に疑問なのが三つ目と四つ目だ。前二つに関しては、個々で理屈を付けて説明することは可能だと思う。人体構造とメディキュボイドのスペック上無理のない範囲で可能だってことは、今日散々調べた結果分かってきたからな。いくつか可能性はあるんだけど、一番妥当な気がするのは、何らかの方法を用いて小脳を活性化させることだと思う」

「しょ、小脳……?」

「ああ。ユイが精神論ではどうにもならないと判断した点から、とりあえず通常の大脳皮質の活性じゃないってことは確かだ。けど、大脳基底核の認知機能や大脳辺緑系の情動作用を活性化させたところでVR空間内の動きが良くなるとも思えないし、脳全体に占める神経細胞の割合や機能的にもその可能性が一番高いかなって……アスナ、どうしたんだ? ピナのバブルブレス食らったMobみたいな顔して」

 

 俺の大層失礼な比喩にツッコミをいれる余裕さえないらしいアスナは、ひきつった笑みを浮かべながら、一言。

 

「え、えっと……ごめんなさい、キリトくん。私、脳の機能とか、あんまり知らなくて……小脳って、なんだっけ?」

「いやいや、生物の授業でやっただろ? 人間の脳の構造と機能」

「うん……でも、大脳とか右脳とか左脳くらいしか覚えてなくて……っていうか、脳の詳細な機能なんて、専門で授業取ってないとやらないよー」

「……そっか。じゃあ、そこから説明していこうか」

「なんか、その……ごめんね」

「いや、いいんだけどさ」

 

 出鼻をくじかれた形になり、ちょっと話の勢いが減速したのを自覚しながら、俺は手近にあったホロウィンドウに脳の断面図のイラストを展開し、アスナから見える位置に移動させた。

 

「うっほん、では講義を始めよう。まず、人間の脳は大きく大脳、小脳、脳幹の三つの部位に区分できる。形としては、大脳が脳幹をすっぽり覆う形になっていて、その大脳の下部分に小脳が食い込んでる、みたいな感じだな」

「あ、このイラストは見たことある気がする」

「そりゃそうだ、アスナも使ってる参考書から引っ張ってきたんだから」

「…………べ、勉強しまーす」

 

 そう言って、アスナはバツが悪そうに首を竦める。本当に俺より一歳上の秀才エリートお嬢様なのかと思ってしまうが、まあ人間の脳構造を平素から頭に入れている高校生なんて、相当成績優秀か、あるいはただの変人かの二択でしかない。客観的に見て俺がどちらに含まれるのかは……推して知るべし、だ。

 

「で、ここで一つ問題。VR世界で『意志の力』と言われる力、これは一体どの部位から発生するものでしょーか?」

「え、えっと……大脳?」

「正解。より正確に言うのなら大脳の中の大脳皮質って部分だ。

 VR空間にダイブするためのマシンインターフェースは総じて脳全体から電気信号を読み取っているんだけど、その中で唯一、人間が自分の意識一つで自己活性化させることができる部位が、この大脳皮質なんだ。如何にしてこの大脳皮質を自らの意志で活性化させ、発せられる電気信号の強度を高めるか。この技術を『意志の力』と呼んでいるというわけさ」

「成る程……でもユイちゃんは『精神論ではどうにもならない』っていう言い方をしてたよね? それってつまり、大脳皮質だけじゃ発生させることができないレベルの電気信号が起きてた、ってことになるの?」

「そういうこと。で、それで考えた結果に辿り着いたのが、小脳だ」

 

 俺は脳の断面図のイラストを再度示し、その下段部分を拡大して見せた。

 

「小脳っていうのは大脳皮質と違って、人間が自分の意識だけで活性化することはできない。五感のいずれかを通じた、何らかの外部刺激で活性化する構造になっているんだ。

 主なはたらきは知覚と運動機能の調整と統合。例えば……俺たちが自転車に乗るとき、なにも考えなくても運転できるだろ? 身体全体でバランスとって、足でベダルを回転させて、両手のハンドルで進行方向を決めて、障害物が無いか視界で判断して、物陰から何か来てないかを聴覚で探る……パッと思いつくだけでもこれだけ複雑な動きをしなきゃいけないのに、全くの無意識でも乗れている。

 与えられた複雑な動きに対し、最適なパターンを構築して無意識でも出来るようにする……つまり「モーションの自動化システム」を可能にしているんだ。さらに言えば、身体の各部位の位置、運動状態、身体にかかる抵抗の把握、重力感知も担っている。俺たち人間が複雑な運動をこなせるのは全て、この小脳のおかげだな」

 

 そして、この小脳の活性化はそのまま、運動感覚の劇的な向上に繋がる。

 

 運動感覚の向上と行動の最適自動化。これら二つが急激に促進された場合、早い話が「何も考えなくても最適な行動がとれる」範囲が一気に拡大すると考えられるのだ。

 

 相手の剣が迫ってきたら防御か回避。

 相手の身体が露出したら攻撃。

 

 この単純なアルゴリズムを小脳が自動で最適化し、かつそれに耐えうる運動感覚を手に入れたことで成しうる戦闘行動の()()()()

 

 これこそが、ユウキの知覚能力の急上昇の原因だと俺は考えている。

 

「あくまで可能性の話だし、脳のはたらきがアバターの動きに直結する仮想世界に限定しての仮説、だけどな。

 それに小脳の神経細胞数は1000億個、対して大脳皮質は140億個だ。小脳を完全に活性化できれば、発生する電気信号の総量も大脳皮質のそれとは比較にならないレベルに到達するだろう」

「そんな……そんなこと、ユウキはどうやって……」

「……問題なのは、そこなんだ」

 

 そう、この仮説で最大の問題はその一点。ユウキがこんな芸当をどのようにして行っているのか、ということだ。

 

 小脳は人間の無意識や生物学的な自然感情に結びついており、意識や人間的感情や理屈で活性化することはできない。その無意識の発現を促す外部からの刺激がない限り、完全活性化したとは考えられない。

 

 百歩譲って何らかの方法による「自己意識だけで可能な小脳活性化」があったとして、それをユウキが自覚している可能性が果たしてどれだけあるのだろうか。

 

 加えて、意識と思考を司る大脳皮質と異なり、小脳の機能系統は運動制御。身体へのフィードバックも大脳皮質活性のそれとは比較にならないはず。

 

 自分の意志だけで仮想の身体能力を劇的に引き上げる。

 

 見せかけだけなら簡単なことなのだ。

 

 今まで本気を出していなくて、あの瞬間だけ本気を出した。そう考えてしまえば、これまでの小難しい考察のほとんどを覆せる。

 ただ一点、人体ではありえない電気信号強度という疑問点が残るが、そんなもの個人差があるだろうと言われてしまえば「ユウキはそんな器用な性格じゃない」という感情論でしか反論できない。

 

 ……しかし、だからと言って考えることを諦めてはいけないと思った。

 

 ここで自分たちの中での考察を打ち切ることは、ユウキに対する俺たちの信頼、それの否定に他ならないような気がした。

 

 感情で現実を否定するなんて非常にみっともない真似だとは思う。だがここで諦めてしまっては……。

 

 

 ……感情で、現実を否定する?

 

 

 待てよ。

 

「……アスナ、ユウキは確か今月に一度、強制回線切断で落ちてるんだったよな? その原因は何だった?」

「え? えっと、ユウキが言うには、季節の変わり目で元々体が弱ってて、その状態で感情が高ぶったショックから来る血流不足で、メディキュボイドの機能で強制的に回線を切られたって……何をしていてそうなっちゃったかまでは訊けなかったけど……」

「感情が高ぶって、血流が不足。それによる回線切断……まさか!」

 

 あったはずだ。

 

 見てきた資料の中に一つ、それが脳の活性化に繋がる、いや繋がってしまう現象が。

 

 ホロウィンドウの中に羅列される文章を全力でスクロールして、目当てのページはニュージーランドニュースサイト。英文が並ぶその中から記事を探し出し、読み込み、さらに既存の資料と照らし合わせる。

 

 間違いない、けれどこの予感は違っていてほしい、そんな相反した感覚を抱きながら調べること数分……俺の中で、一つの、最悪の結論が導き出された。

 

「……ど、どうしたの? キリトくん、怖い顔して……」

「アスナ。ユウキが専門知識を持っていなくても引き起こせる脳の活性化方法が、一つだけある。人体での証明が完全になされていない以上、仮説の上での仮説でしかないが……」

「それは……?]

 

 

 

「ユウキの脳を活性化させている原因は、おそらく……()()()()()だ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 走馬灯。

 

 人間が死の直前に視るとされる、人生全てを圧縮したかのようなフラッシュバック。

 あるいは、ベッドから体が浮き上がったり、宙を飛んでいるかのような体感。

 

 臨死体験をしてきた人たちによって語られてきたこの現象だが、近年それが生物学的に証明可能なものとされてきている。

 脳波計測から死を意識した脳が活性化を引き起こすことが判明。ラットによる生物実験の結果、その脳波強度は通常時の八倍。活性部位は実験ごとに異なり、後頭葉視覚野だったり、前頭葉だったりと様々だが、そのいずれも「原因は脳へ供給される酸素と血糖の不足」となっていた。

 

 つまり、精神的ショックで回線切断を引き起こしかねないユウキが取った行動――それは「感情のリミッターを外すことによる急速な血流減少」だったと考えられるのだ。

 ユウキは自分の感情を隠すことはしない。だが、その感情の大きさをある程度セーブしていたのではないだろうか。下手をしたら、その感情の高ぶりだけで回線がきれてしまうがために。

 

 おそらくユウキが取った行動はこうだ。

 

 まず、武器解放を行うことで運動神経による負荷を、次いで自分の中でセーブしていた感情の抑制を止めることで精神的な負荷を、それぞれ現実の身体に与える。

 

 精神的負荷で血流が低下し、その代償によってユウキの小脳が活性化。劇的な運動制御能力を得る。

 同時に運動的負荷が一気にのしかかるが、衰弱しきった身体が突如として重大な危険を感じた場合、いわゆる「火事場の馬鹿力」によって体機能は一時的に通常時よりも頑丈になる。

 

 自分で自分の身体を傷つけないようにと生物の本能で抑え込まれているそれがユウキの身体を支え、ほんの数分だけ、ユウキの限界を越えた仮想空間での戦闘に耐えうるだけの頑強性を持ったとしたらどうだ。

 

 見た目だけは、通常時よりも遥かに高い水準のスペックを持ち。

 

 しかしその代償として、身体に「死を意識させる」レベルの負荷をかけ続け。

 

 終了すれば、限界を越えた代償として相応に身体を摩耗する。

 

 ユウキはデュエル終了時、ウィンドウを開く動作をした後すぐにその場から消えていった。あれはおそらくこれを分かっていたためだろう。

 

 武器解放が切れ、運動的負荷が消えれば、現実の肉体を支えていた「火事場の馬鹿力」も消え、残るのは感情抑制を放棄したことによる重大な血流不足。

 今までは限界を越えたことによる体機能強化で少ない血流でも耐えていた身体の各臓器が悲鳴を上げ、メディキュボイドはユウキに強制回線切断を強いるだろう。それを衆目に晒さないために、ユウキはあの場ですぐに自己ログアウトによる退場、などという真似をしたのだ。

 

 そして、ユウキはこの理屈を理解していなくとも、代償については理解しているはずだ。

 

 にも関わらず、こんな無茶をしたのは何故か?

 

 サクヤに勝ちたかった? それは確かだろう。

 

 だが、決勝に出ることを望み、それをアスナにちゃんと伝えている以上、最大の動機はただ一つ。

 

 

 ……一護と戦いたい。

 

 

 ただその一心なのだ。

 

 それはおそらく、色々なものを諦めて、それでも尚生き続けたユウキにとって最大級の願いであるはずだ。末期と呼ばれる身を逆に利用し、自分の限界を越えてまで、たかがゲームで数分間戦いたい。

 

 ただ一人だけ、ただ一人の男との、数分間の一試合のために。

 

 命を危険に晒して挑むその意志からは、恋愛の情、家族の情とは別種の強い感情を感じられた。あらゆるデメリット、リスクを承知し、しかしその先、一護と戦うことで手に入れられる何かを求める。それの是非を推し量ることは、本人以外の誰にも出来やしない。残り少ないこの世界での日々をどう生きようが彼女の自由と突き放すことも、そんなものに命を賭けるなんてやはり子供だと嘲笑うことも。

 

 俺から推測を聞いたアスナは「そんな……ユウキ……」とその場で呆然としてしまっている。そんな彼女をなぐさめる余裕もなく、俺はメール画面を展開し、完成した仮説をホロキーボードに叩きつけ始めた。

 

 送り先は決まっている。一護だ。

 

 ユウキが次にログインする地点はおそらく闘技場控室。入室制限を「参加プレイヤーのみ」にされたら、他のプレイヤーは接触できない。よって、ユウキを制止できる権利を持っているのは主治医の先生と、実際に舞台で相対するアイツだけになる。俺が打ち立てた仮説が当たっていようがてんで的外れだろうが、不戦も会戦も一護次第。そして、敗者たる俺にそれをどうこうできる力は、ない。

 

 ……だからと言って、黙ってなんていられるか。

 

 ユウキはこれ程の覚悟を持っているかもしれない。その可能性を知らず、ただ大会だからという理由でユウキと戦うなど、絶対にさせない。仲間を護ろうとする一護に、仲間が命を削って挑む光景を、単なる一試合で終わらせるなんてできるものか。

 

「……いくら鈍いからって言っても、ユウキやアスナを泣かせるようなマネしたら、社会的に抹殺してやるからな……死神代行……!」

 

 誰にともなく、俺はそう呟いてた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Ichigo>

 

 ガキの頃から、幽霊は当たり前に視えていた。

 

 人の生き死にの境界さえ分かんなくなるぐらいに当たり前で、人間ならそれは尚更。だからウチに来て元気になって帰っていく患者も、悪化してデカい病院に入る患者も、当時の俺から見れば何も変わりやしなかった。

 

 腕がなかろうが目が見えなかろうが、人は人。

 

 生きてても死んでても、人は人。

 

 死神になって色んな連中と会ってきても、そのヘンの境目は未だによく解らないまんまだ。ただ居る世界が違うだけで、現世にいようが尸魂界にいようが、人間だろうが魂魄だろうが死神だろうが、皆そこで「生きて」るんじゃねーのか。そう思うことが、偶にある。

 

 今いる場所から視える景色。その中のほとんどは人間で、ほんの二、三体の整が混じってるのが感じられる。空座町を横ぎる大きな河。賑わう土手のグラウンド。それに隣接する遊園地の観覧車。死神化した俺は、その上空に突っ立って眼下をただジッと眺めていた。

 随分昔にも、こうやってこの場所から何かを眺めていたような感じがする。何をしたくてそうしてたのかはサッパリ忘れちまったけど、なんかゴチャゴチャしてて分かんなくなった時、こうやって高いところにいるとそれがハッキリする……そんなことを言った奴が、遠い昔にいた気がした。そしてそれは多分、今の俺にも必要なことのような気がしていた。

 

 

 ALOの決勝前日、昼過ぎになって、キリトから長文のメールが送られてきた。

 

 中身はユウキが昨日のサクヤとの戦いで使った超強化に関する仮説と、その参考資料。相当急いで書いたのか、段落も改行もないその長文の末尾には、

 

『ユウキは必ず決勝に現れる。そして戦うはずだ。おそらく自分がどうなろうと、自分の全てを賭けて。

 敗けるなよ、一護。もしも敗けたら、俺はお前を許さない』

 

「……お節介な奴だな。おめーに言われなくても、()()からそのつもりだ」

 

 口で、声に出してそう言ってみる。が、胸の中に渦巻いている煙のような感覚は消えない。いつもならイライラしてるはずなのに、舌打ちの一つだって出てきやしない。それを晴らすために、こうやって死神化して外に出てきたのに。

 

 ユウキの病状は、この前アスナ経由で訊かされた。

 

 ……そんでキリトの推測も、当たってるような気がする。

 

 でもそれで本当に命が削れるかと言われると、どうとも言えねえ。ユウキが発症してる合併症はサイトメガロウィルス網膜炎による失明、非定型抗酸菌症由来のリンパ節腫大と体重減少、それからHIV自体が原因の脳症だ。

 

 AIDS末期ってのは、誰がどう足掻いても覆らない。

 

 普通に安静にしてたとしても、抗酸菌が肝臓か脾臓を腫大させるか、それともCMVが肺を潰すかした時点で、確実に内臓機能はやられる。

 人工臓器にも限度がある以上、今身体に気を遣ってどうこうしようがしまいが、余命に然したる違いはない。この前石田の親父さんと会ったとき、そんな冷徹な話をされたことを思い出す。

 

「……クソッ」

 

 悪態を吐き、髪を乱雑に引っ掻き回す。色んな感情が俺の中でせめぎ合い、一つの形を成せないままでいる今がどうしようもなくイヤだったし、それ以上にユウキに明確な想いを持ってやれない自分がイヤだった。

 

 たかがゲームに命削ってんな、という怒り。

 

 そこまでして戦いてえのかよ、という驚き。

 

 確実にリミットが迫っている、という哀切。

 

 ……そして、そのユウキと本当に戦うべきなのかを、女々しく迷う自分への苛立ち。

 

 分かってるハズなんだ。

 

 どうこう迷ったって、ユウキが戦いたいと本気の本気で願ってる。その事実を考えりゃ、俺も全力で応えてやるしかねえんだ。詩乃にも「最後までちゃんと見守って」って言われて頷いたはずだ。それが一番いいはずなんだ。

 

 なのに。

 

 護ってきたはずの仲間が、俺との戦いのために命を削っているというその事実が、最後の一歩を踏み出せない重石になっていた。かつて俺自身もやったはずの無茶な命賭け。それを仲間から自分に向けられる初めての感覚は、思っていた以上に俺の中身をかき乱していた。

 

「……なにやってンだよ、俺は」

「全くだ。こんなところで何をしているのだ、貴様は」

 

 独り言に返事が返ってきた。

 

 誰だだのいつの間にだの騒ぐ気もしねーし、そのつもりもない。同じく死覇装姿のルキアが、俺の横に立っていた。

 

「よう、何か用か」

「今言ったはずだ。虚の一体も出ておらんのに死神化して上空に突っ立っている阿呆がいれば、誰だって気に留めるだろう」

「そうかよ」

「……全く。何があった」

「別に。なンもねーよ」

 

 軽口はそれ以上続かなかった。どの面提げて言うつもりだ貴様は、とか言われると思ってたのに、ルキアはそのまま黙って前を見続けていた。俺も自分から打ち明ける気もせず、ただ黙って立っていた。

 

 ……と、ふと思いついたことがあった。

 

「なあ、ルキア」

「なんだ」

「お前さ、尸魂界に捕まった後、俺が助けに行ってお前の前に来たとき、正直なトコ、どう思った?」

「……どう、とは?」

「別に今更恩着せるつもりはねーし、感謝の言葉なんざ要りゃしねえんだ。ただ、『来るな』って言ったはずの俺が手前を助けに来た時、本当のトコはどんなことを感じたのか、なんとなく気になってな」

「あの時最初に言ったぞ、『莫迦者』と。それで全部だ。隠すことなどありはせん」

「……そうかよ」

 

 あの時、懺罪宮の前で見たあの顔が俺の脳裏に蘇り、それで納得した。程度と中身は違えど、今の俺とそう大差ない。感情の収拾がつかない顔つきだ。

 

 その俺の横で、ルキアが黒髪を揺らして盛大なため息を吐いた。

 

「成る程な。貴様が何故このような場所にいるのか、今の問いでだいたい解ったぞ」

「嘘つけ。ンなので解られてたまるかっつの」

「ふっ、貴様の表情は解りやすいことこの上ないからな。その顔とあのような突発的質問で未だ悟られぬと思っていたのなら、私を侮り過ぎだ、小僧」

「……百五十越えは伊達じゃねーってか」

「喧しい。女の前で年の話をするな、気が利かん奴だな」

「おめーが先に話フッたんじゃねえかよ」

「煩い。黙って聞け」

 

 話を打ち切ったルキアがこっちを見上げるのが視界の端で見え、俺もそれに合わせて視線を合わせる。副隊長になった時に短く切ったらしい髪は再び伸び、元の長さも越えている。その下から覗く双眸は、相変わらず静かだった。

 

「私が尸魂界に連行される少し前、貴様はグランドフィッシャーと戦ったな」

「……あァ、覚えてる。それが何だよ」

「あの時お前は、何のために戦っていた? 母のためか? 家族のためか? ……違うだろう。己の自責の念、それを晴らすために刃を振るっていた。違うか? これは俺の戦いだ。そう私に言い、手は出さぬよう頼んだのだから。つまるところ、アレは死神になって初めて、お前が自分自身の為に戦った戦いだったのだ」

「………………」

 

 答えない俺に構わず、ルキアは続ける。

 

「それが間違っている、等と言うつもりはない。だがよく考えろ、そして思い出せ。貴様が賭けた命は軽くなどなかった。しかしそれと同じくらいに護りたいものが己の中に在ったはずだ。

 良いか、一護。戦いには二つあり、我々は戦いの中に身を置く限り、常にそれを見極め続けなければならない。

 

 命を守るための戦いと。

 

 誇りを守るための戦いと。

 

 この世に大切でない命など一つとして存在せぬ。そして同時に、この世で一番大切なものが命とは限らないということもまた真実。

 護るための力がお前の全てで、お前の前に立つ誰かが命以外の『何か』を大切にしていたのなら、お前も一緒になってそれを護ってやれば良い。他の誰が嘲笑おうとも、ただ胸を張って護り抜け。私の(なか)に居る貴様は……いや、私()()(なか)に居る貴様は、そういう男だ」

 

 言いたいのはそれだけだ、私はもう帰るぞ。そう言ってルキアは踵を返した。

 

 あァ、とだけそれに返し、俺はまだ前を見たまま立ち続ける。ルキアがそのまま瞬歩で消え、遥か遠くに去っていくのを感じてから、思いっきり息を吸い、特大のため息を吐いた。

 

「……ちぇっ。うるせえんだよ、ホントに」

 

 まだアイツが残っていたら、助言してやったのに何だその言い草は、とか言われそうな愚痴を吐きつつ、もう一度眼下に広がる街並みを見渡す。そこで生きているのは、九割九分の人間と、ほんの少しの幽霊。向いている方向は違っても、全員同じようにそこに居て、同じように生きていた。

 

 ……まだ、スッキリはしてねえ。

 

 怒りも何も、色んな感情は確かにまだ俺の中に在る。でもやることは決まった。元々最初からそれしか選択肢はなかったんだが、それでも今、全力を賭して挑む覚悟が心の底から決まった。

 

 

 ユウキを、倒す。

 

 

 ユウキの中に在る命以上の「何か」に応えるために、希望通りに剣を合わせてその真意を分かち合って、その上で思いっきりブッ飛ばしてやる。

 

 だが、今のままじゃ、おそらく俺はアイツに負ける。

 

 縮地、いや瞬歩に迫るスピード。ユウキ自身の能力向上。そんで俺に戦いを挑む気概。どこにもスキはねえ。強いて言えば太刀筋が素直すぎるトコぐらいだが、あってないようなモンだ。

 でも勝たなきゃいけねえ以上、最低でも同じ土俵に立てるだけの性能は手に入れる必要がある。幸いそのアテは俺が家を出る直前、アルゴからの連絡で掴めていた。

 

 

 俺がユウキに勝てる唯一の可能性。

 

 

 ただし、その代償として――俺は仮想の斬魄刀《天鎖斬月》に、別れを告げることになる。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

脳の機能云々と走馬灯現象に関する研究は、一応リアルで調べた情報を元にしています。
分かりにくかったらすみません。

次回は決勝戦です。


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Episode 43. X-Over -to win-

お読みいただきありがとうございます。

四十三話です。

一護⇒キリト⇒ユウキと視点が変わります。

宜しくお願い致します。


「……一日見ねえ間に随分デカくなったじゃねえか。闘技場」

 

 独り、呟く。

 

 控室を出て舞台が見えるところまで通路を進み、最初に目についたのは、距離感おかしくなるんじゃねーかってぐらいに拡張された闘技場の内装だった。

 

 観客席は目算で元の倍の高さまでそびえ、しかもパッと見満員。真円状の舞台の直径は三十メートルを越えているように見える。舞台の真上には四方を向いたホログラムのライブビューイングが展開され、

 

『決勝戦 ユウキ vs 一護』

 

 と、ご丁寧にバストアップの写真付きで表示されていた。いつの間にあんなもん撮られたんだ、とか思ってたんだが、キリト曰く、トーナメント参加登録時の装備と外見から自動で生成された画像らしい。尚、優勝したら速報記事にも使われるとか何とか。

 

 顔をしかめながら、俺は手に持った黒い刀、天鎖斬月を見下ろした。

 

 コイツを振るったのは、世界樹の天辺の時と、二月中旬から今日までの一か月足らず。SAOの時を考えるとそんなに長い期間じゃない。だが、現実で一番長く使ってきた卍解と同じ出で立ちには時間の長さ以上の愛着が湧いていた。単純な強い武器としても、過去の俺の力の写し鏡としても、手放したいとは絶対に思えない。

 

 ……けど、ンな甘いコトも言ってらんねえか。

 

 ユウキの速力についていくための、自分の性能を思いっきり引き上げるアイテムは手に入った。だが代償として、俺が天鎖斬月を振るのは今日で最後になる。勝とうが負けようが、コイツが俺の愛刀である時間は、あと十分もない。そう思うと、ただでさえ重いこの一戦がさらに重量を増す気がした。

 

 それでも、勝敗には関係ねえ。

 ユウキとのデュエルは、絶対に俺が勝つ。

 

 ユウキが限界を越え、文字通りの全霊を賭けて来るンなら、こっちは今俺が出せる全てを叩きつけてやる。強さを踏み越え、危なっかしい領域まで行きそうなアイツと、今ここで本気で戦って打ち勝つ。それが俺がやるべきことで、出来ることの全てだ。

 

 

 ――これで、色々「最後の戦い」だ。

 

 出すモン出しきって、キッチリ決めて終わらせる。

 

 

「…………っし、行くか」

 

 

 最後に、左手に新しく装備された細身の銀色ブレスレットを一瞥して、俺は最後のデュエルの舞台へと足を踏み出した。

 

 

 決勝当日の空は、忌々しいくらいの快晴だった。

 雲一つないってのは今日みたいな天気を言うのかと思う程、見事に青い空しか見えない。闘技場を取り囲む観客席によって円形に切り取られた青空。そこから降り注ぐ陽光を浴びながら、俺は舞台端の通路から舞台へと足を踏み入れる――。

 

 

 途端、鼓膜が破れるかと思うくらいの歓声が響き渡った。

 

 

 アホみたいなレベルの音波が耳を劈き、煩さに眉間の皺が一気に深くなる。単なる叫声がほとんどだが、ちらほら俺の名前とか《死神代行》だなんてフレーズも混じってる。

 

 今までの試合が比較にならないレベルの喧騒で手前の面相が悪化してるのを自覚しながら、舞台中央へ足を進めつつ周りに視線を走らせた。東ブロックの招待席にはリーナ、シノン、リズにエギルといった馴染みの連中の面が並ぶ。西ブロックの方はにスリーピング・ナイツの面子が占めている。

 SSTA、黒猫団、風林火山のギルド連中までは招待席に呼びきれなかったが、けっこう前の方に固まって陣取っている。トーナメントに参加してたキリトとサクヤは、それぞれアスナ・ユイとアリシャを連れ、個室に並んで座っている。

 

 そういった知己の連中に刀を持った右手を上げて応えてから、俺は前を見据えた。

 俺が入った瞬間には、すでにそこにいた。チュニックの裾を微風に揺らし、背中に流した紫髪をたなびかせる。手を身体の後ろで組み、表情は見慣れた朗らかな笑顔。

 

 

 《絶剣》ユウキは、いつも通りの自然体で舞台の中央で俺を待ち構えていた。

 

 

「や!」

「よう」

 

 舞台中央に到達した俺は、ユウキとごく短い挨拶を交わす。下げていた刀を肩に担ぐ俺を、ユウキはやや体を前傾して上目使いで見上げ、

 

「だめだなー、一護。女の子を待たせちゃ。ボク、五分前にはもうここにいたんだよ?」

「俺も三分前に来てんだ。たかが二分なら誤差だろ」

「もー、そこは『わりぃな』でいいんだよ? 理屈じゃないの」

「知るか」

「うぇー、ノリ悪いなあ」

 

 むすーっ、とした顔でユウキは拗ねてみせたが、そのまま無言で俺の顔を数秒見つめると、気まずそうな表情になって俺に顔を近づけてきた。

 

「なんだよ」

「……えっとさ。怒ってない、の?」

 

 何にだ、とは訊き返さない。代わりに、

 

「怒ってねーように見えんのかよ」

「いや、まあご機嫌じゃないなあってのは解るけどさ……なんか、会った瞬間に『なに考えてんだテメーは!』って、怒鳴られるかな……とか予想してたんだけど」

「そのつもりなら大会前にやってるつの」

 

 ふんっ、と鼻を鳴らした俺を、ユウキは安堵と意外が半々の面構えで見る。

 確かに言いたいことは山ほどある。が、言ってもコイツはどうせ止めないと予想がつく以上、アレコレ言うのは終わった後でも変わらない。今は目の前の戦いに勝つことに全部を賭けたい。それだけのことだ。

 

「ンなこと考えてるヒマがあったら、全力でかかって来いよ。じゃねーと戦いながら怒鳴っちまうぞ」

「……うん。そうだね、今は一護とのデュエルに集中しなきゃ」

 

 自分に言い聞かせるように言った紫髪の少女は目を閉じ、自分の両頬をぺしっ、と叩く。目を開いたその表情は、もう元の純な色を帯びていた。

 

「一護。ボク、本気で行くからね。最初から最後まで」

「ッたり前だろ。俺も全開で戦う。一瞬も手は抜かねえぞ」

 

 そう返した直後、視界開始一分前のブザーが鳴り響いた。

 

 ギャラリーからの歓声がデカくなる中、俺たちはもう一度視線を合わせて笑ってからそのまま大きく後方に跳躍。開始線に立ち、互いの獲物を構える。ユウキは細身の直剣を中段に、俺は刀をいつもの脇構え……じゃなく、切っ先を下げたままにする。

 代わりに意識を持っていくのは、左手の銀色ブレスレット。アルゴが『代償はデケーが可能性があるのはコレしかネーヨ』と言いながらも見つけてきた代物。確かに犠牲はデカく、でもその分のリターンは必ず寄越す。そして、この強化方法は天鎖斬月を犠牲にしないと成立しねえ。

 

 カウントダウンが三十秒をきり、俺は周囲の雑音を意識からシャットアウト。覚悟を決めて体勢を変える。

 腰を沈め、右半身を後ろに大きく下げ、逆に左半身を前に出す。ブレスレットに意識を向けながら、左手の五指を折り曲げ顔の前に翳す。視界を半分潰しちまうハズのこの構えにユウキがほんの少し眉根を顰めるのが、隠れていない方の目で見えた。

 

 だが、強化の発動にはこのモーションとごく短い詠唱が必要になる。ユウキが「最初から最後まで」本気で行くと言ってきた以上、こっちも最初っから全開でいかないとダメだ。持続時間は敵のHPが尽きて消滅するまで。つまりユウキの能力限界である三分間がリミットと同義だ。

 能力的に試用なんて出来てねーが、今更ごちゃごちゃ言っても仕方ねえ。開始と同時に出し惜しみナシ・相討ち覚悟で速攻かけて一撃叩き込みつつ、ぶっつけでモノにするしかない。

 

 その決意を改めた、正にその瞬間。試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

 瞬間、ユウキは中段に構えた剣を高くかかげ、俺は左手に全神経を集中させ、

 

 

「――打ち立てろ! 刀剣(マクアフィテル)!!」

 

「――来やがれ(hitta)! 犠牲の仮面(húsl gríma)!!」

 

 

 揃い、詠唱。

 

 ユウキの全身をアメジストの燐光が飲み込むのと同時に、俺は左手を真下に勢いよく振り抜いた。視界が一瞬だけ狭まるが、すぐに回復。平行して天鎖斬月から月牙に似た色の黒いオーラが巻き上がった。

 

 左手にもう銀のブレスレットはない。

 

 代わりに、俺の白目は黒く染まり、顔には一枚の「白い仮面」が覆い被さっているはずだ。

 

 

 可変型呪いの装備品(カーズド・アイテム)《デッドリー・マスク》。

 

 

 

 ()()()()を喚び出した俺は、黒いオーラの残滓を斬り裂きながら、驚愕の表情でコッチを見るユウキを己の金眼で見据えた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Kirito>

 

 純白色の下地。

 

 髑髏を彷彿とさせるディテール。

 

 左半分に刻まれた放射状に広がる緋色の紋様。

 

 所有者のイメージから模られると噂される()のアイテムが、ああも禍々しい外見に変化した理由は俺には解らない。

 

 だが、その外見と仮面の奥から覗く金色の目から感じる気迫は、最早鬼気としか表現できない程に濃く、重い。纏った黒いオーラがその具現化だとでも言うかのように周囲に残滓が漂い、その迫力は対峙したユウキのみならず、観客たちをも圧していた。隣にいるアスナも、俺の手をぎゅっと握り締め、声を震わせる。

 

「き……キリトくん。あれが、アルゴの言ってた『呪いの装備品』なの?」

「ああ。カーズド・アイテム《デッドリー・マスク》だ。装備した使用者自身と武器性能を強化するが、その効果は武器のグレードが高い程強まっていく。一護の《天鎖斬月》はシステム上、上位古代級武器として処理されている。受ける恩恵も相当なものだろう」

 

 RPGにおいて定番なのが、「呪いのアイテム」だ。

 

 強力な性能を持つ反面、通常の装備では有りえないリスクを背負うことになる諸刃の剣。SAO時代には魔法という概念がないせいかあまり見なかったが、ALOでは種類は少ないもののそれなりの数の「呪い」付きアイテムが実装されている。

 

 その中でとりわけ異彩を放っているのが、一護の使用した《デッドリー・マスク》だ。

 

 普段は銀色の腕輪のような形状をしているが、解号を唱えて発動すると使用者によって見た目が変化する「仮面」の形をとる。使用者の武器のグレードによって効果の強弱が決まり、使用者自身と使用時に装備している武器が自動的に《呪いのオーラ》で包まれ強化される。

 

 これだけ見れば「どこが呪いなんだ」と思いそうだが、問題はこのアイテムを使()()()()にある。

 

 リスクは二つ。戦闘終了と同時に仮面は自動的に砕け散り元の腕輪の形に戻るのだが、その際、使用者には上昇幅に応じて「全ての」ステータスが一定割合減衰するバッドステータスが付与される。これがリスクの一つ目だ。SAOの《死力》スキルと似た形質で、この状態でもう一度戦闘し勝利しない限り、ステータス減衰は解除されない。

 

 ……そして、二つ目。

 

 

 使用者が発動を解いた際、呪いの祝福を受けていた武器はその場で即時()()()()

 

 

 例外は存在しない。

 

 武器の耐久値、呪いへの抵抗値に一切関係なく、である。

 

 つまりこの仮面を使って戦おうと思ったら、武器は基本的に消耗品として扱われることになる。連戦すればするほど武器は砕け、その度に新しい武器を調達しなければならない。乱戦でなどまず使えた物ではないし、今回のような「デュエルに利用したとしても予備武器の複数ストックは必須となる。

 

 だが、一護はこの仮面に《天鎖斬月》を組み合わせた。

 

 無論、その効果は凄まじいだろう。古代級武器と武器消耗系アイテムを組み合わせた例など未だかつて存在しないため明確に効果を推し量ることはできないが、そのレア度から考えて強化幅は常軌を逸するはずだ。

 

 しかし、その代償として、このデュエルが終われば《天鎖斬月》は奴の手から消えてなくなる。

 

 いくら一護本人が強いとは言え、奴を死神代行足らしめているのは奴自身が思うがままに動けるだけのパラメータ的恩恵、武器防具の助けにもよるだろう。

 中でも《天鎖斬月》は今の一護になくてはならない代物だ。単純な数値的強さと大技《月牙天衝》の破壊力はおいそれと代用できるものではなく、またこれ抜きでALO最上位レベルのプレイヤーとやりあうのは「厳しい」などというレベルでは済まない程に困難を極める。

 そしてその代用品はおそらく《霊刀ガグツチ》クラスでないと務まらず、例えステータス的に代用足りえても《月牙天衝》は戻ってこない。

 

 たかがデュエルの一戦に、それほどの武器を賭ける。

 傍から見れば莫迦にも程がある光景だろう。しかし、今のユウキは一護がそうでもしないとまともに戦う事さえ困難な相手だ。純粋な性能差を限界まで縮めるのはあくまでも最低条件。それほどまでにユウキの強さは規格外なのだ。

 

 けれど、その代償を払った甲斐はあったはずだ。

 

 ここに居ても感じられる、二人の圧力。その差はほぼ互角。

 

 ALO最強で、己の限界を越えた《絶剣》。

 SAO最強で、全盛期以上の力を得た《死神代行》。

 

 ……その局面が、ついに動き出そうとしていた。

 

「一護……? なに、そのお面……」

 

 ユウキが剣を構えたまま、驚愕の表情で呟く。

 

 対する一護は仮面で表情が見えない。ただ金色の目から放つ眼光でユウキを貫き、静かに、

 

『わりいな。説明してる余裕(ヒマ)は――ねえんだ』

 

 一護の地声を機械処理したような、奇妙にざらついた二重音声。

 

 その残響が耳朶から失せる前に、一護の姿が掻き消えた。

 

 ユウキ同様《縮地》並の速力。一瞬俺もユウキも奴の姿を見失った。だがユウキはすぐに顔を上げ、自身の真上に一護の姿を視認。しかし、

 

『……――月牙天衝』

 

 ユウキが何かするより速く、一護がいきなり月牙をぶっ放した。

 

 呪いのオーラと混じり合い、より巨大になった黒い斬撃がユウキを強襲。月牙が着弾し轟音と砂塵がまき散らされた。

 

 一護は上空に浮いたまま静止していたが、すぐに羽根を広げて音速舞踏の構えをとる。と、砂煙の中からユウキが飛び出し、着弾地点から後退するのがスクリーンに映った。

 それを目撃した一護が音速舞踏による急加速で突進。退くユウキに容赦ない追撃を叩き込まんと刀を振るう。

 

 が、今度はユウキも動いた。

 

 即座にその場で反転させ、体捌きの勢いを乗せた薙ぎ払い――の直前で剣を停止。音速舞踏で一護の左脇を獲った。

 ユウキの見切り返しにより、薙ぎが来ると踏んで力で押し込もうとした一護の斬撃が宙を斬る。そのコンマ数秒の隙に飛翔したユウキの高速空中廻し蹴りが炸裂。一護の肩に直撃した。

 

 一護の上体が傾ぐが、次なる行動を起こそうとするユウキをその金の眼は捉え続けていた。肩に食い込む蹴り足の足首を左手で掴み、振り回して闘技場の壁に投擲。

 投げられたユウキはギリギリで宙返りし壁に着地してダメージを削ったが、その眼が一護を再捕捉した瞬間、表情が強ばった。

 

 一護の正面には水平に刻まれた刀の軌跡。そこに今、縦の斬撃が重なろうとしていた。上位遠距離攻撃技《過月》。それを察知したユウキは音速舞踏の構えと並行して左手を突き出し、剣を思い切り引き絞る。

 

「あの構え……一護の《過月》を《ヴォーパル・ストライク》で打ち破る気か!?」

 

 俺が思わず叫んだ瞬間、ユウキが猛突進。音速舞踏の超加速でブーストされた刺突の一撃と、一護の蒼い十字架が交錯。激しい爆発を巻き起こした。

 

 俺たちがいる個室までその爆風が届き、目の前に展開されているシステム的防御の障壁を叩いて揺らす。観客席から悲鳴が上がる中、爆風で生じた砂煙の中から二つのシルエットが飛び出し、直後に高速の乱打戦が勃発した。

 砂塵が完全に晴れない上に両者とも超高速。仔細には視認できないが、断続的に響く剣の衝突音が戦闘の激しさを伝えてくる。そして何より、舞台上に固定表示された二人のHP残量の微減が、互いの力が釣り合っている戦況を物語っていた。

 

 しかし、その均衡も長くは持たない。

 

『――ォォォォオオ、ラアァァッ!!』

 

 ユウキの斬りおろしを避けた一護が崩しに出た。

 

 刀を握った手でそのまま拳打。ゼロ距離で放たれた不意打ちの体術をユウキはバックステップ回避するが、体勢が無茶なせいか、それまで続いていたリズムが僅かに乱れる。その隙に一護は刀を振りかざし、二撃目の月牙の体勢。一気にアドバンテージを奪う気だ。

 

 ユウキも何とか回避を目論むかと俺は予想した。過去に見た試合と実際の対戦の経験から、一護の月牙天衝は減衰はできるが相殺は不可能と判断したためだ。あの広範囲・高速・高火力の技を止められる手立ては、魔法以外に存在しない――。

 

 そう思っていたのだが。

 

「ユウキ、それ……十一連撃OSS!? 一護の月牙も撃墜する気なの!?」

 

 アスナの絶叫。

 

 そう、ユウキが取ったのは、あの十一連撃の十字刺突のOSSの初動モーション。あれはダッシュ技ではなく現在地点から多段刺突を放つ。都合、選択肢は迎撃しかない。だがいくら自己強化しているとはいえ、一護の月牙を果たして止められるのか……。

 

 その可能性についていくらも思考する前に、状況が動いた。

 

『……月牙――天衝!!』

 

 ユウキの構えに動じることなく一護が月牙を撃った。漆黒の三日月がユウキ目掛けて襲い掛かる。それをしかと見据え、ユウキはすっと息を吸い込んでから、

 

「――ゃぁぁあああああああアアアアッ!!」

 

 気合と共に右手を撃ち出した。蒼紫色に輝く剣が捉えきれないスピードで撃ち出され、月牙の矛先と激突。再度の凄まじい爆音が鳴り響き――、

 

 

 

 ――青紫の十字が、一護の月牙を食い破った。

 

 

 

 ただでさえ常識外の威力を誇る月牙天衝に風穴を開け、十字はすぅっと消えていく。だが同時に貫通された月牙も、黒い炎のような残滓を空気中に拡散させながら消滅。後には月牙を撃った体勢で仮面の奥の眼を見開く一護と、OSSが衝突した反動で後方に吹き飛ぶのに身を任せるユウキのみ。

 

「……莫迦な。一護の月牙天衝を、真正面から打ち破っただと……?」

 

 有りえない、と断言はできない。

 

 一護の月牙天衝は《残月》と同系統。どちらかと言えば魔法に近い存在だ。故に《魔法破壊(スペルブラスト)》と同じ要領で斬撃をピンポイントで当てることが出来れば、理路上は月牙を撃ち落とすことが可能である。

 しかしあの技はパワー、スピード、エリア共に非常に強大。それを一挙動の内に十一連撃を放つことで一点突破で月牙を破壊するとは……流石に貫通後の十字刺突に威力は備わっていない、事実上の相殺であるが、それでもアレを撃墜できる技がある時点で戦慄する。

 

 この時点で互いのHPは全くの互角。お互い六割程度を残したままだ。

 

 理由は単純。ユウキも一護も、互いの防御力より攻撃力が上回ってしまっているため。

 

 ユウキは身軽さを身上にしているが、それが最も活かされているのは回避や防御行動ではなくOSSに代表される刺突の多段攻撃だ。

 以前アスナとデュエルした際、OSSとアスナのソードスキル《スターリィ・ティアー》をお互い防御することなくぶつけ合ったことからも、彼女が攻撃に重点を置いているのが見てとれる。

 

 そして一護の思考や立ち振る舞いも攻撃寄り。守護のための力とはいえ、元々の短気に加え間合いが平均よりやや狭い打刀の特性上自分から間合いを詰める必要がある。

 その斬撃の威力・速力は凄まじい反面、武器特性故に貫通ダメージには弱い。今は呪いによる自己ステータス向上で多少マシにはなっているが、それでも防御面の弱点が消えたわけじゃない。

 

 つまり、互いの必殺技が相殺可能と分かった以上、ここから先は単純な剣技による削り合い。剣捌きそのものの巧さで上回る一護の斬撃がユウキの超回避を掠め、ユウキの刺突による貫通ダメージが一護の身体を苛むことで起きる拮抗状態だ。

 

 どっちも一から十まで策を練るタイプじゃない。

 展開はほぼ互角。

 

 それ故、勝敗を分けるキーは一つだけ。

 ――どちらかが先に、相手の戦闘スタイルを攻略すること。

 

 この超速戦闘でそれを行うのは極めて難しい。だが出来なければ、決め手がないままずるずるとタイムリミットが進んでいくしかない。互いに望まぬ結果を避けるためにも、一秒でも早く相手の戦い方の弱点を自身の長所で突く必要がある。

 

 ……そして、現状そのキーを掴み得るのは、一護とユウキのどちらにも言えることだ。

 

「……頼むぞ一護。ユウキはあれだけの覚悟を背負ってるんだ」

 

 誰にともなく、俺はそう呟いていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

<Yuuki>

 

 ボクがHIVのキャリアであることが周囲に知れ渡ったのは、小学校四年生の頃だった。

 

 今まで普通に仲良くしていた友人たちがボクを遠ざけ、今まで話したことも無かった人たちから罵声を浴びせられる。家に居ても、学校に居ても、必ずボクを非難する声と目がどこかに在ったような気がする。

 

 AIDSを発症してから、ずっと思っていたことがある。

 

 ボクの治療に使われる沢山の薬と機械。とっても高いもののはずなのに、周りの人たちはそれを使うことに遠慮なんて要らないと言い、むしろ使っていてつらくないかと心配してくれる。

 嬉しい。けれどボクは果たしてそこまでしてもらえるだけの価値がある人なのかなって、いつも心のどこかで思ってた。こんな病人、どうせ社会から見たら何の役にも立たないのに、それでも患者を放置できないから仕方なく皆優しくしてくれているんじゃないか。そんな疑心に襲われ、そうやって疑ってしまうことが、また堪らなくイヤだった。

 

 だからこそ、ボクは決めていた。

 

 一日、一日を、無駄にしない。

 

 生かされているこの日々を大切に生きると。

 

 

 ……そのはずだった。

 

 

 でも今、ボクはボク自身の肉体に現実のダメージを与えながら戦っている。

 

 誰のためでもない、ただ自分のわがままのためだけに命を削って。皆がボクを生かしてくれて永らえた命を燃料に、ただのゲームの試合に勝とうとする。現実主義で見たときのその行いの愚劣さが、振り切ったはずのボクの精神の端を蝕んでいく。

 

 揺らぎそうになった覚悟にヒビが入りかけ、思わず歯噛みして持ち直し眼前をしっかり見据える。

 

 今までで見たことのない怖い仮面を被った一護。その動きは《ヴァーチャル・コンセントレイション》で強化したボクの動きに迫るものがある。

 筋力は互角。実質の速力じゃボクの方が少し上って感じがするけれど、剣の扱いに関しては一護の方が上。ダメージを与える割合は互角。鍔迫り合いの状態だ。

 

 勝てるかどうかは分からない。

 

 そもそも自分が勝ちたいのかどうかすら分からない。

 

 ……ただ、こうして互いの全力が釣り合った中で剣を交え続けるのはとても楽しく――とても、嬉しいものに感じた。

 

 剣を合わせるたびに一護の激情が伝わってくる、それはまるで手を繋いでいるかのように。

 

 互いに技を出し合いHPを削りにかかる攻防の応酬は、まるで語り合うかのよう。

 

 凄絶な斬り合いのはずなのに、不思議と殺伐とした空気はそこにはない。互いが互いしか見ていない、考えていない。相手のことだけを思い交わる、まるでデートみたい……なんて浮かれたことを思ってしまう。実力が拮抗した相手との試合で浮き立つ心の甘さが、気を抜くとささくれてしまいそうなボクの自虐を癒してくれているような気がしていた。

 

 

 …………でも、もう時間がない。

 

 

 視界端のタイマーは残り一分前後。あと一、二攻防で限界が来る。過去最長の《ヴァーチャル・コンセントレイション》がどんな反動を寄越すのか分からないけれど、少なくとも能力解除と同時に即落ちは避けられない。

 

 一護の《月牙天衝》

 

 ボクの《マザーズ・ロザリオ》

 

 互いの防具が極軽装備である上に大幅な強化がかかってる以上、どっちも大技のクリーンヒットでHPの六割なんて簡単に消えてなくなる。時間切れなんてカッコつかない負け方を避けられる可能性は、まだ充分にある。

 

 ここから消え失せるのなら、冷たいシステムの力じゃイヤだ。

 

 ボクが勝って自分の意志で消えるか、一護の剣で消してほしい。

 

 こんなに激しく温かい剣戟を交えた最後も、この人と戦った末の結末で迎えたいんだ。

 

 

 だから――この攻防に全部を賭ける。一護に《マザーズ・ロザリオ》を放てる体勢まで、絶対に持っていく。

 

「すぅ…………はぁ……」

 

 息を吸って吐き、一度全身の力を抜く。体中に張り巡らされていた意識の網。それらを一度引っ込めるイメージで脱力する。疲労で少しずつ重くなりつつあった身体を一度リセット。

 

 そして、ぐっと息を止め、羽根をめい一杯広げてから急加速。瞬時に一護の斜め後ろを獲り、刺突の連打を放った。

 

 死角からの三連突き、それに反応した一護の薙ぎ払いが来る。けど構わず突ききり、全てを防がれても尚叩き込み続ける。一護は強い。今のボクがちょっとでも気を抜いたら即座に斬られてしまうくらいに、強い。連撃を、脚を止めることなく、防御さえも捨て去って無心の連撃を仕掛けた。

 

 ボクは徐々に自分の動きが速くなっていくのを感じ取っていた。慣れ以上に一護の速力に引きずられ、今まで数度しか使ったことのないこの強化が毎秒ごとに進化していくのが分かった。まだだ、もっと上へ。そう願うたびに斬撃が加速され、ちょっとずつ一護の体表を切っ先が捉えはじめる。

 

 けど、それを看過するほど一護はお人好しじゃない。

 

 連撃の隙間、ボクが刺突の照準を上段から中段に変えたその数瞬を突いて一護の蹴り足が飛んできた。同じ蹴りでよそに弾くけれど、そのせいでステップが一瞬だけ停止。そこへ一護の鋭い斬り上げが襲ってきた。

 

 反射的にガードしようとしたけれど、寸前で止めて回避。かつしゃがんで一護の斬撃直後の隙を突く――が、斬り上げた刀はそれを見越していたように切り替えし、ボクの下がった頭を割ろうと振り下ろされた。

 たまらず加速して回避したけれど、あの黒いオーラがボクの腕を抉り、ダメージを受ける。一護もまたボクの挙動に対処し始めていることの証だった。

 

 終わらせたくない。

 

 ……けれど、もうリミットはすぐそこ。

 

 

 だから――最後は思いっきり派手に!!

 

「てやあああああああああああああっ!!」

 

 気合を入れて再突撃。カウンター狙いで繰りだされた一護の斬撃を()()()弾き飛ばす。ピンポイントで命中したその一撃で、一護の右腕は大きく後方へ。胴が完全に空いた。

 

 ここで刺突――と見せかけ、タックルを敢行。一護の長身にボクの身体が肩口から突っ込み、一気に壁際まで押しやった。その最中にめい一杯に引き絞った剣でソードスキルを発動。一護の左胸にピタリを照準した。

 

 ゼロ距離で、フルスピードの《マザーズ・ロザリオ》を叩きつける。

 

 いくら一護でも受けきれない。間合いはボクの方が近いから、ガードは間に合わない。

 

 

 ――これで、終わりだ!!

 

 

 

「……《マザーズ・"ハート"・ロザリオ》!!」

 

 全霊を賭して加速した《マザーズ・ロザリオ》が一護の胸へ吸い込まれる。刀が迎撃するにはもう遅い。この速力はサクヤでさえ防ぎ消れなかった。回避も追いつかない。

 

 見えた勝ち目に心臓がドクン、と高鳴る――刹那、衝撃と共にボクの眼に信じがたい光景が飛び込んできた。

 

 

 

 初撃が命中した《マザーズ・"ハート"・ロザリオ》。

 

 

 けど、一護はボクの剣に対し、無手の左拳を思いっきり正面から叩きつけてきたんだ。

 

 

 

 無論ボクの剣が圧し勝ち、一護の左腕は肩から吹き飛ばされる。けどその衝撃と目標喪失で照準がずれ、残りの十連撃が宙を裂くだけにとどまる。

 

 ――やられた!

 

 一護の狙いはこれだったんだ。ボクの加速した《マザーズ・ロザリオ》は十一連撃を「一挙動で」全て叩きつける。最初の一撃を外せば残りは全部そっちに釣られて流される。それを自分の左手を犠牲にして成し遂げるなんて……。

 

 技後硬直と反動でのけぞり停止するボクの身体。その刹那、ボクは確かに聞いたんだ。

 

 弾かれた刀を引き戻し、黒いオーラを滾らせる一護。その目がかすかに細められ、

 

 

『これで、ほんとに終わりだ……《絶剣》』

 

 

 低く、静かに告げた。

 

 それが定めであるかのような静けさで、すっとボクの中で何かが消える感覚がする。諦めとは別種の脱力感で、剣を握る手から力が抜ける。

 

 

 ――そして、

 

 

『――――月牙天衝オオォォォォ!!』

 

 一護の叫びと共にボクの身体が黒い斬撃で焼き尽くされた。

 

 HPが急減少し、あっと言う間にゼロへ。そのままボクの身体に火が付き、斬撃の衝撃で宙を舞ったボクの身体は崩れ、空気に融けるようにして消えていく。痛みも苦しみも、悔しさもない、ボクの敗北。その事実にゆっくりと目蓋が下りてくるのが感じられた。

 

 意識が闇に消える直前、ボクは確かに見た。

 

 隻腕になり、仮面が砕け、手にした黒い日本刀が折れて砕け散った一護の、どこか優しい眼差し。まるで子供が眠りにつくのを見届けるかのような、柔らかな表情。それに少しだけ笑い、ボクは本当に消える事に身を任せた。

 

 

 ……おやすみ、一護。

 

 

 ……そしておやすみ、《絶剣》。

 

 

 今日は良い夢が見れそうで……すごく、嬉しいな。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

思いっきり書き途中を投稿してしまった……すみませんっす。

次回以降は、多分戦闘がありません。
残り少ない話数は日常中心です。


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Episode 44. Yuuki

お読みいただきありがとうございます。

四十四話です。

宜しくお願い致します。


 ALO内統一デュエルトーナメントから丸三日経った日の午後。

 

 神奈川の沿岸を走る金沢シーサイドラインから降り、三月にしてはキツい日差しが差し込む中を歩くこと五分弱。到着した大きな施設のエントランスで俺は人を待っていた。

 

 今回は一人でじゃなく、俺の横には同行を主張したリーナがいた。珍しく食い物を持たず、代わりにペットボトルのミルクティーをちびちび飲みながら備え付けのベンチに座っている。

 

「……ったく、付いてきたって実際に中に入れんのは俺とアスナだけだっつーのに。いいのかよ、せっかくのテスト休みを付き添いで消費しちまって」

「いいの。ここから中華街近いし、帰りにそこに寄れればこの行脚も無駄と言われない」

「ならいいけどよ。……あ、遊子に『横浜行くなら豚まんと角煮買ってきて』って頼まれてたんだっけ。あれも中華街で売ってんのか?」

「ん。有名店」

 

 ほら、これ。と、スマートフォンの画面を俺に見せてきた。確かに中華街の中でかなり有名な店らしい。星もきっかり満点の五個。そういや前、テレビでこれの特集してたっけかと朧に思いだす。後で案内するというリーナに礼を言いつつ、自販機で買ったコーヒーを啜る。

 目につく人の出入りはけっこう多いが、目当ての人間はまだ来ない。一面ガラス張りの壁から差し込む日差しで寝落ちしそうな意識を保ちながら、俺はここに来た経緯を思い返していた。

 

 

 きっかけは昨日の朝、俺に届いた一通のメールだった。

 

 当然のようにウチにいたリーナと遊子、夏梨の四人で朝飯を食っていた時にメールが着信。差出人はアスナだった。曰く、

 

『ユウキの意識状態が安定したみたい。一護に現実(リアル)で会いたいって言ってるから、今度私と横浜の病院まで行ってくれないかな?』

 

 とのこと。

 

 大人数で押し掛けることは病院の規則とマナー的にできないが、二人くらいだったら面会人用のパスカードを発行できるらしい。二つ返事で了承した俺と横で見ていたリーナ、それにアスナとキリトを含む四人でユウキの病院に行くことになった。

 実際に面会できるのは俺とアスナだけだが、リーナもキリトもそこには頓着しなかった。単純な小旅行という以外にもユウキが現実で居る場所に行ってみたいという思いが優先したみたいだ。

 

 あの決勝戦以来、俺もユウキもALOにはログインしていなかった。

 

 ユウキの方は単純に無理が祟った反動の断続的意識低下状態が原因。仕方ないっちゃ仕方のないことで、むしろ意識だけでも三日で安定レベルにまで持ち直した方が驚きだ。ユウキ本人の精神的頑強さを改めて思い知る。

 一方、俺は戦闘続きの日々から身を遠くに置きたかったからだ。トーナメントに参加したこと自体は後悔してるわけじゃない。けどデスゲームも受験も無くなった今、滅多やたらと剣を振りまわさない、何の変哲もない日常ってのを送りたい欲求が先行した。

 

 だから、仮想世界じゃなく現実で会うってのは良い提案だと思ったし、新宿経由で一時間以上かけて会いに行くのも別に負担には感じなかった。

 

「……お、やっぱりもう着いてた。おっす、二人とも。早いな」

「ごめんなさい、乗継に手間取っちゃって」

 

 俺らが待つこと十分。指定時間ギリギリになってようやくアスナとキリトが到着した。

 

 二人とも面突きあわせて会うのはかなり久々。特にキリトの方はデュエルを除いちまうと、マトモに顔を合わせたのは下手すりゃ一か月ぶりだ。なんとなく会うのを避けてた感があったが、全部終わった今は別に遺恨の一つもない。フツーに目を合わせ、よぅ、と挨拶を返して立ち上がる。

 

 アスナの先導でそのままカウンターに向かい、身分証明を見せてIDパスを二枚発行。銀色のそれをパスケースに入れて首にぶら下げた俺とアスナは二人と一度別れ、エレベータで四階まで上がった。

 受付でIDを見せて手近なベンチに腰掛けるなり、アスナがこちらを見てくすりと微笑むのが視界の端で見えた。

 

「何だよ。人の面見て笑うとかヒデー奴」

「あはは、ごめんごめん。なんか私と一護が二人だけで居るのってすごく珍しいなあって思って、つい、ね」

「……ああ、そう言われりゃそうかもな。っつか、珍しいどころか初めてじゃねーか? SAOの後半ぐらいから、お前ほとんどキリトと居たもんな」

「それ言ったら一護の方こそ、一層の頃から今までずぅっとリーナと一緒じゃない。他人のこと言えないわ」

 

 とか何とか駄弁っていると、白衣を着た三十代くらいの眼鏡の男が俺たちに近づいてきた。喧しいとか言われるかと思ったんだが、男は至極柔和な表情を崩さずに、

 

「やあ、すみません、お待たせしてしまって。お久しぶりですね、明日奈さん」

「倉橋先生。ご無沙汰しております」

「前回お会いしたのは、一か月半ほど前でしたね。ええと、そちらの青年が今回木綿季くんに面会するという黒崎一護くん、ですね?」

「黒崎っす、初めまして」

「こちらこそ、初めまして。僕は内科の倉橋といいます。紺野木綿季くんの主治医をしております」

 

 にっこりと笑う倉橋さんに、軽く会釈を返す。俺のヘタクソ似非敬語も気にしない様子で、正直少しホッとした。

 

 倉橋さんに案内されてラウンジの一番奥の席に徹された。アスナと並び倉橋さんと向かい合う形で席に着くと、ユウキの主治医だという医師は「さて」と前置きし両手の指を机の上で組んだ。

 

「面会に先立って、一護くんには――ああ、すみません。木綿季くんが君をそう呼ぶもので」

「一護でいいっすよ」

「ありがとう、では失礼して……一護くん、君には木綿季くんが今置かれている状態、それから『メディキュボイド』について、面会に先立ってある程度説明しておこうかと考えています。隣にいる明日奈さんにも初めてお会いした時、同じように説明をさせていただきました。難しい医療の話になってしまいますが、面会する以上、友人の状態は知っておいた方が良いですから」

「あ、倉橋先生。ユウキの容態なら、先日先生からお聞きしたことを一護に伝えてあります。それにメディキュボイドについても、以前彼のお父さんから説明を受けたことがあるそうで」

「お父様から? と言いますと……」

 

 目を丸くした倉橋さんに、ウチのヒゲをれっきとした医者として紹介すんのか、と何とも言えない気持ちになりながら首肯した。

 

「実家が町医者で、親父が同じ内科医なんで。本業は小児科だって本人は言ってっけど……黒崎一心って名前の四十過ぎたヒゲダルマの医者、知らねえっすか?」

「ヒゲダルマって……一護、貴方自分のお父さんなんだから、もうちょっとマトモに紹介したら?」

「仕方ねーだろ。親父が学会で発表した論文の内容とか知らねーし、それ以外に表現しようがねー見た目してンだから」

「黒崎一心先生、ですか……」

 

 俺とアスナが言い合う前で、倉橋さんは顎に手を当て、記憶を探るようにして考え込む。

 いくら同じ内科医だからって都合よく知り合いってのは、流石に確率低すぎるか。そう思った瞬間、倉橋さんがパッと顔を上げた。

 

「――ああ! 思いだしました。先月名古屋で開催された内科医が集まる学会でお会いしましたよ。非常に気さくかつ豪快な方で。そう言えば、学会後に一緒にお酒を頂戴した際、ご子息が最近医学部に合格したと仰ってましたが」

「あの親父と酒飲んだのか……そうっす。四月から都内の大学の医学部に入ります」

「成る程! それはおめでとう。目指す科は異なるかもしれませんが、医学の道は例外なく厳しく、しかし得るものが大変多い学問です。困難があっても挫けずにお父様を目指して頑張ってくださいね」

「ど、どうもっす」

「医師の卵で尚且つ事前知識があるのでしたら話は早い。早速木綿季くんの病室へ向かいましょう。君たちの到着を今か今かと待っていますから」

 

 ウチのアレを目指したくはねーな、とか思いながら倉橋さんの激励に応じた俺は、アスナと共に倉橋さんの後に続いて移動を開始した。会いに来たのが医者の卵と分かってシンパシーでも湧いたのか、倉橋さんはさっきまでよりも軽い口調で話しかけてきた。

 

「いやあ、しかしこのVR技術の発展著しい時に医師を目指すとは、実に良い考えです。一護くんはやはりお父さんと同じ科を希望するのですか?」

「一応ウチを継ぐこととか考えると、やっぱ小児科とか内科かなって……あ、そういや親父に聞いたんですけど、最近の学部生研修ってVR使った疑似検査とかやるんすか?」

「お、流石に詳しいですね。そう、現在VR技術は医学部生の研修でも活用されています。VRダイブ中の外部肉体の検査だけでなく、流体再現特化型のVR空間内で疑似的な検体を生成し、解剖や検査の練習を行っているところがあります。費用節約や研修生の技能向上等に大きく貢献しているようですよ。

 私も何度か体験したのですが、まあ何ともリアルでありながら実に機能的で……現実では失敗してしまうと検体は破棄するしかないのですが、仮想空間であれば検体の時間ステップを巻き戻し、失敗以前の状態に巻き戻すなんてことも出来ますから」

「へ、へぇー。VR技術ってそんなことにまで使われてるんだ……」

 

 廊下を突っ切り、エレベータに乗って倉橋さんの話を聞いていた明日奈が少し驚いたような声を上げる。

 

「VRが広がる前にも色々あったじゃねーか。遠隔操作でロボットアーム動かして手術とか、ネット回線通じてモニター越しに簡易問診とか。アレの規模を拡張しただけだろ。ウチの親父も機械音痴だけど、ネット診療はやってるとか言ってたし」

「あ、そう言えばそうね……にしても、医学分野に詳しい辺り、一護ってやっぱりお医者さんの卵なんだね。見た目アレでも」

「うっせーな、そのネタもう聞き飽きたっつの」

「ああ、そう言えば一護くん。研修中の髪は黒染め必須ですよ。新入生であるうちはともかく、研修期間になったらその明るい髪は控えないと」

「ぅげ……忘れてた」

「一護、髪黒く染めたら映像付き電話してよ。スクリーンショットしたいから」

「誰がするか」

 

 やいのやいのと地味に騒ぎながらエレベータを降り、そのまま廊下を進んでいく。病院の中心部にあるせいか、窓は一つもない。あるのは無機質な壁と無臭性リノリウムの床。それと等間隔で並ぶドアだけだ。

 

 流石に声をトーンダウンさせて廊下を進んでいき、『第一特殊計測機器室』と刻まれたプレートが嵌め込まれたスライドドアの前で俺たちは立ち止まった。中に入ると部屋の一方に真っ黒いガラス窓が嵌っていて、その下には小難しそうな機器が幾つか。

 

「この先に木綿季くんがいます。無菌室のため立ち入ることはできません、ご了承ください」

 

 倉橋さんがそう前置きし、機械に触れて操作する。と、目の前の黒ガラスから急速に色が抜け落ち無色透明になり、数秒の後に向こう側が見えた。

 

 飛び込んできたのは大小様々な機械群。バイタルデータを表示してるらしい大型モニター数枚。その中央に置かれたジェルベッドとそこに横たわる小柄な痩身の人影。その頭部を覆う巨大な白色の鋼鉄の箱《メディキュボイド》。

 

 そして――、

 

 

「――やっほー! アスナ、一護、三日ぶり! 来てくれてありがとー!」

 

 

 末期患者のまの字もない、スピーカーから発せられたユウキの歓迎の声だった。

 

 

 思わずガクッといきそうになるのを堪え、ガラスの向こうのユウキを見る。ベッド上の肉体は動いてないが、メディキュボイドのモニターに《User Talking》の表示が出ている。

 

 アスナも倉橋さんも予想外の声量と明るさに硬直しちまってる。俺もそうしてたいトコなんだが、ノーリアクションってのもシラける。(かぶり)を振ってから、ユウキの呼びかけに答える。

 

「よう。三日ぶりだな、ユウキ」

「うん、一護も向こうと同じ顔なんだね。っていうか、髪色まで同じとは思わなかったよ。すっごい明るく見える」

「まーな、生まれつきこうなんだ」

「へぇー。それ、学校とかで怒られるんじゃないの?」

「怒られるなんてモンじゃねえよ。教師には目ぇつけられるし上級生には『調子のンな』ってケンカ売られるし、毎日殴り合いばっかでサイアクだっつの」

「あっはは! すごい、不良漫画の主人公みたいだね。でも黒く染めたりしないんだ」

「親からもらった色だ。染めたらもったいねーだろ」

 

 普段通りの会話を始めた俺を見て、やっと再起動したアスナが話に入ってきた。

 

「けど一護、医学部の研修の時は黒く染めるって言ってたじゃない。ほら、一回染めてユウキに黒髪見せてあげたら?」

「だったらVRン中で充分だろ。ツラ同じなんだしよ」

「え、一護、医学部生だったの? すごいや、将来のお医者様だね」

「実家が医者なせいでな、イヤでも意識させられて受けたんだ」

「……あ。ねえユウキ、結婚相手、一護にしたらどう? 一護なら将来有望だし、見た目はアレだけど中身はいいし、結構な優良物件じゃない?」

「はぁ? アスナてめえ、いきなり何言って――」

「あ、それいいかも! 一護、ボクと結婚しよ? ボク大人っぽい男の人が好みなんだよねー」

「ぅおい! ユウキもなに同調してンだよ! つか俺の意志とかドコいった!」

「「え? そんなのないよ?」」

「ざけンな!!」

 

 突っぱねる俺と笑う二人。それを横のベンチに座っている倉橋さんがにこにこしながら眺めていた。

 

 随分と久しぶりに感じるバカ騒ぎは、その後しばらく続くことになった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 雑談の後に、俺とアスナはALOでの明日の再会を約束して『第一特殊計測機器室』を出た。

 

 倉橋さんに続いて出た俺とアスナは、ドアが閉まるなり揃ってため息を吐いた。

 

「……ふぅ。なんか拍子抜けしちゃったね」

「拍子抜け?」

「うん。あの決勝戦であれだけの無茶をした後だったから、もっとつらそうにしてるんじゃないかなって勝手に思ってたんだけど……よかったぁ。すごい元気そうで」

「……そうか? 俺はむしろ逆に思えちまったけどな」

「え……逆って?」

 

 怪訝そうに訊くアスナに、俺は「明確な根拠はねーんだけど」と前置きして言い返す。

 

「あの言動と同じくらいに調子がいいンなら、普通にALOにダイブしてくるんじゃねーか? 現実で会えるのは倉橋さん含めて最大三人まで。それがALOなら仲間全員と会えるんだ。三日会えなかった仲間連中の顔を見る方が、俺一人の面を見るよりよっぽど優先順位たけーだろ」

「でもそれは、ダイブする前にせっかく現実に意識があるうちに現実の一護の顔を見てみたいって思ってたんじゃないの?」

「んじゃ、なんで再会が明日なんだよ。時間はまだ三時、一日のほとんどを向こうで過ごしてるアイツが、この昼過ぎの時間帯に好き好んで現実に留まる必要はねえ。意識安定直後ならともかく、安定からもう丸一日以上経ってんだ」

「それは……じゃあ、一護はどういう風に考えているの?」

「確証はねえ。けど、一つ思ったことがある。

 ユウキは決勝の戦いで全身を大きく摩耗した。脳も肉体も相当消耗したはずだ。けど実際話してみたら問題なく会話が出来た。ってことは、少なくとも脳機能は回復してる。にも関わらずALOに行かねえってことは……肉体にちょっとでも負荷がかかったらヤバイような状態、ってことなんじゃねーか。違うかよ、倉橋さん」

 

 敬語抜きで問いかけた俺に、前に立つ白衣の男はゆっくりと振り返り……短い首肯でそれを肯定してみせた。

 

「一護くんの言う通り、木綿季くんの体機能は現在、ALO内で少しでも激しい動きをしただけで停止しかねない程に衰弱しています。

 戦闘はもちろん、走る・跳ぶというような激しい動作、飛行のような本来人間の身体には関わらないはずの系統の負荷さえも命獲り。もし行えば数分と経たずに仮想の運動量が衰弱した肉体の限界点を越え、そのまま心停止……ということも充分に有りえます。この状態で木綿季くんをALOに送ることは医師として許可できない。故に、彼女は今日ALOにログインすることはできないのです」

「……でも、明日再会する約束ができたってことは、何か対策があるってことなんですよね?」

 

 数秒のショックの後、先ほどの別れ際の約束を思いだし、倉橋さんに問いかける。確かにそうだ。あの時ユウキは「明日またALOで会おうね」と言い、倉橋さんもそれを止めなかった。今日のうちに何かしらの処置ができるってことなのか。

 

「ALO運営会社と連絡を取り交渉を行った結果、木綿季くんのアバターには今日の24時時点から『アバタースタビライゼーション』という処置がかけられます。それにより木綿季くんのALOダイブ中に肉体にかかる負荷を最大限に減らすことが可能になるでしょう」

「スタビライゼーション……安定化、ってことですか?」

 

 尋ねるアスナに頷き、倉橋さんはゆっくりとエレベータの方へ歩きながら説明する。

 

「アバターとは、膨大なデータの塊です。それを動かした場合、脳と肉体には相応の負荷がかかる。そのため『アバタースタビライゼーション』は、ALOで平穏な時を過ごすのに不要と判断された機能をカットし、肉体に負荷がかからない動きしかできないように制限。同時に現実の肉体への負荷の変動を最小限に保つ『変動の安定化』を行うことで、急な負荷変動によるダメージが生じないようコントロールします。

 処置後、木綿季くんはアバターの外見を変更できなくなり、飛行システムも封印されます。戦闘行為は対人・Mob戦問わず開始された瞬間即回戦切断。相手のいない模擬戦闘行為も四秒続いたら強制回戦切断。スキルは現時点におけるもので固定され、跳躍や疾走と言った出力系のパラメータは現実世界の十代少女の平均値に準拠かつ完全固定。勿論、魔法詠唱や武器解放も禁止となります。

 ――言うなれば、木綿季くんは今後ALO内において、スキルを除きごく普通の少女としてしか振る舞うできなくなるということです」

 

 

 ――《絶剣》の剥奪。

 

 

 それこそが、ユウキが《ユウキ(Yuuki)》として仮想世界で生きる条件。

 

 二度と行けないよりはずっといい、けれど残酷な真実に、アスナのはしばみ色の瞳が大きく揺れるのが見えた。

 同時に、その名を奪った俺の心も揺れ動く。どれだけ自分で割り切ってても、ルキアに言われたことを思いだしても、あの一戦で犠牲にした左腕と天鎖斬月を代価に仕立て上げても、それでも完全に尚振り払うことのできない感覚――。

 

「――怒らないで聞いてください、一護くん」

 

 俺を呼ぶ声。エレベータ前のエントランスに辿り着いた倉橋さんが、まっすぐに俺を見ていた。

 

「僕は君の話を木綿季くんから聞いた時、君を恨んでしまった。僕たち医者が必死に繋ぎ、一秒でも長く生きていられるようにと共に苦心してきた木綿季くんに、会って一月も経たない君があれだけの無茶をさせ、彼女の肉体を大きく摩耗させてしまいました。

 患者に過剰な情を抱くことは医師としてどうなのかと思いますが、それでも僕はあの瞬間、君にはっきりとした怒りを覚えました。それは僕らの努力を踏みにじられたからなんていう利己的な理由ではなく、生きたいと願い今までずっと頑張り続けてきた木綿季くんの想いを踏みにじられたように感じたからです。今までずっと彼女の頑張りを見てきた過去を、有りえたかもしれない未来を、その一瞬で蹂躙された。僕はあの決勝戦が終わり、木綿季くんの意識が返ってくるまで、ずっとそう思っていました」

 

 滔々と語るその目はどこまでも真剣で、一歩踏み外したら過去形で語るはずの怒りの感情が再燃しそうなほどに強かった。まるで子を想う親の姿だと、俺は感じていた。

 

「ですが意識を取り戻し、全てを語り終えた後、木綿季くんは途轍もない大声を上げて泣き始めました。理由を聞いても答えない、いやむしろ答えられないと言った様子で、ただただ何十分もの間泣き続けていました。あんなに長い間泣いた彼女を見るのは、担当医となって以降初めてのことでした。

 やっと泣き止んだ木綿季くんに僕が改めて理由を訊くと、彼女はこう言っていました」

 

 

『……先生。ボクね、ボク生まれて初めて、過去に戻りたいって思ってる。

 

 一護と戦っていたあの三分間に、もう一度だけでいいから戻りたいんだ。

 

 今までずっと孤独だった《絶剣(ボクの半身)》が、全力で一護と戦ってるあの間だけは孤独じゃなかった。

 

 一護はボクのしたことは間違っているって、たかがゲームに命なんか賭けるなって、正論をぶつけてくると思ってた。

 

 でも一護は、一護の剣はそれさえもしなかった。

 

 あの金色の眼は、最後までボクを理解しようとしてる人の眼だった。ボクと同じ場所に立って、肩を並べてくれる人の眼だった。

 

 死にそうになった過去を慰めようとしない。

 死ぬかもしれない未来を憐れんだりもしない。

 

 ただ生きている今。あの一瞬だけを、一護は一緒に全力で生きてくれたんだ。

 

 ……嬉しかった。

 

 幸せだった。

 

 だから……もう一度だけ、戻りたい。

 

 剣を合わせてるはずなのに、抱きしめてもらってるみたいにあったかい、あの時間がどうしようもなく恋しい。

 

 もうそんな力、ボクには残って無いのは解ってる……でも、せめてもう一回だけ、もう一回だけでいいから……!』

 

 

 長い長い語りを終え、倉橋さんは細く長い息を一つ吐き、

 

「……一護くん。君は僕たちでは救えなかった木綿季くんの半分を、最後の最後で救ってくれました。非情な現実に抗い戦い続け、家族を失い、孤独となって独り戦い続けてきた彼女の人生をほんの一瞬だけ一緒に歩んでくれた。今まで決して吐かなかったはずの弱音を出させてしまう程に、君は彼女の願いを叶え、同時に心底魅了した。先ほどのやけに快活な彼女の声は、その裏返しです。

 君たちがALOで《絶剣》と呼んでいた存在はもういない。半身はもう死んでしまったのです。けれどその代わり、誰よりも彼女を追いかけてくれた明日奈さんと、誰にもできなかった同じ場所に立ってくれた一護くんがいます。残された時間はもう本当に僅か。二人とも、せめて最後の時まで、一緒に居てあげてください」

 

 お願いします、と倉橋さんが頭を下げた。俺もアスナも、思ったことは同じだった。

 

「……はい、勿論です。ユウキを一人になんて、絶対にさせません。それがユウキを救った私の願いで――」

「――倒した俺の義務だ。《絶剣》は死んでもユウキは生きてんだ。だったら俺たちは、そのユウキと一緒に生きる」

 

 そう言いきった俺たちに、頭を上げた医師はにっこりと微笑みかけた。

 

 背後で下降してきたエレベータが開き、人が下りてくる。それと入れ違いで俺たちは乗り込み、一階のボタンを押す。倉橋さんは乗らず、会った時以上に穏やかな笑みを浮かべて俺たちを見送っていた。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

一護の似非敬語が難しい……。

次回も再び日常回。三月十四日の様子を書きます。

完結まで、本編はあと四話です(意外と多い)。
番外編は未定。

……あと、世間様がバレンタインデーのくせにシリアスを投稿しましたので、今週末あたりに真逆ベクトルの番外編でも投稿できたらと思います。


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Episode 45. Yuuki -courage-

お読みいただきありがとうございます。

四十五話です。

宜しくお願い致します。


 ユウキの現実側見舞いが済んだ日から三日後の朝。俺は肩を揺り動かされて目を覚ました。

 

 遊子の朝食を知らせる呼び声でも、近所迷惑レベルの目覚ましアラームによるけたたましさでも、これまた近所迷惑な親父の突撃でもない。慣れない起床のせいで意識がはっきりせず、半端に残った眠気を振り払いながらのっそりと上体を起こし……ベッド横に突っ立つリーナを見て固まった。

 

 いや、コイツが俺の部屋に居ること自体は珍しくねえ。つか受験受かってからはほぼ毎日恒例だ。問題なのは、俺が起きるより早く部屋に侵入されて目覚ましより早く揺すり起こされたこと。別に親父並に騒がなきゃ部屋に入ってきた程度で起きやしねーんだけど、にしたって早すぎだろ。目覚まし鳴る前っつーことは、まだ七時半にもなってねえはずだ。

 

 なんで起こしやがった、と俺が問う前にリーナがスマートフォンの時計を見せてきた。表示されてる時間を見ると、午前七時半ちょい過ぎ。対して、枕元に置いてある目覚ましは一時過ぎを指したまま止まってる。

 

 ……ってコトは、

 

「……ンだよ、この目覚まし電池切れか」

「一護がこの前『最近時計の調子が悪ぃんだよな』って言ってたから、もしかしてと思って。起床予定三十分前から正座待機してた」

「お前の勘、当たるもんな……で、わざわざ起こすために待ってたのかよ、七時から」

「ん」

 

 さも当然とでも言うかのように頷く。いつもなら「そんな手間になるコトしねーでもいいのによ」とか思ってたが、今日に限って言えばコイツが待ってた理由が寝起きの頭でも想像がついた。

 

 ベッドから降りた俺は勉強机の横にある小型冷蔵庫を開けた。受験期に飲み物だなんだと放り込むためにバイト代で買い、受験が終わってからはただの置き物と化していたその中からラッピングされた箱を一つ、それからクローゼットの中に仕舞ってあったちょい大きめの紙袋を取り出し、リーナに向き直った。相変わらずの無表情だが、目がハッキリ分かるくらいにキラキラしてる。やっぱコレが目当てだったか。

 

「ほれ、ホワイトデーのお返しだ。つまんねーモンだけど」

「……ありがと、一護」

 

 微笑み、リーナは大事そうに箱と紙袋を両手で受け取った。開けていい? と視線で訊いてきたのに頷いてやると、まずは箱の包装紙を丁寧に剥がし、蓋を開ける。中身は去年と同じブラウニーと、ブランデーを効かせたフルーツ入りパウンドケーキだ。

 

 男の俺が食ってもけっこう食いごたえがあるから、朝から食べるのはフツー避ける……が、リーナは持ち歩いている紅茶用タンブラーを自然な流れで取り出し、ローテーブルの上にケーキと一緒に置きつつキッチリ正座。

 で、いつもみたいに女子らしさの欠片もない大口……じゃなく、楚々と小さく口を開け、パウンドケーキを小さく齧った。もぐもぐもぐと時間をかけて咀嚼し、飲み込んでから紅茶を一口。ほうっ、と小さなため息を吐いて、

 

「……とてもおいしい。流石名シェフ」

「大袈裟な言い方だな。フツーだろ、これくらい」

「そんなことない。生地が滑らかだからちゃんと丁寧に作ってるのが伝わってくるし、私の好きなブランデー漬けのドライマンゴーが入ってて、私の好みに合わせてくれてることも分かる。お菓子を二種類作るのだけでもすごい手間なのに、シンプルな包装までしてる。ここまでしてもらって、ちゃんと褒めない人なんていない」

「…………そーかよ」

「謙遜しないで。ほんとにおいしいから」

「……そりゃどーも」

 

 そうは言われても、正面きっての褒め殺しは流石に……なんつーか、混ぜっ返さねえと受け止めきれない。リーナの言葉に皮肉も何も混じってないのが明確に伝わってくる分、むず痒さも数倍だ。直視できず、目をそらす。

 普段と違い、じっくり味わうように二種のケーキを食べ切って「ごちそうさま」とウェットティッシュで指先をぬぐったリーナは、続けて紙袋の方を開封した。中に入ってたのは……、

 

「……手袋?」

「あァ。この前のアイススケートの時にコケて、氷に直で手ぇついてただろ? ちょうどいい手袋持ってないっつってたから、やるよ。もうすぐ春だけどな」

「……………」

 

 リーナは無言で手袋を見つめる。指にフィットする細身のシルエットで、手首にはファーが付いたクリーム色のそれをその場で両手にはめ、手を広げて俺に見せる。

 

「どう?」

「いいんじゃねーの?」

「……そう。じゃ、これつけてもう一回、一緒にアイススケート行こ?」

「いいぜ、今度はキリトとかアスナとか、詩乃あたりも連れてくか――」

「二人で」

「は? いや大勢で行った方がおもしれー……」

「二人で」

「…………」

「二人で」

「……わぁーったよ。三回も言うな」

「ん、ありがと。今度は私がスケートリンクを探しておくから」

 

 ご満悦、とでも言いたげなリーナを連れ、俺はようやく自室を出て一階に降りて行った。時間はもう八時手前だ。二十分以上俺の部屋で喋ってたことになる。いつ遊子に呼ばれてもおかしくなかったな。

 

 リビングの食卓には、もう朝食のほとんどが揃っていた。春の学会に昨日から行ってる親父と定期巡回に出てるルキアはともかく、夏梨の姿はない。台所では遊子が手を洗っているところだった。

 

「あ、お兄ちゃん! おはよ!」

「おはよ、遊子。これ、ホワイトデーの菓子だ……つっても作ってるトコ見てりゃ新鮮味もねーか」

「ううん、こうやって当日にもらえるだけですっごく嬉しいから。ありがと、お兄ちゃん」

「おう。あとこれも、良かったら使ってくれ」

「あ、新しい髪留め! やったぁ!!」

 

 はしゃぎその場で身に付けて俺に見せる遊子を、よく似合ってると素直に褒めてやる。リーナ相手だとなんでかこうすんなり口に出てこない。昔会ったばっかの頃はそうでもなかったんだけどな、逆じゃねーか、普通は。

 

 と思ってると、後ろでバタバタと足音がする。見ると、髪を結い上げつつ制服を翻した夏梨が玄関へ駆けていくところだった。

 

「あ、夏梨ちゃん朝ごはんはー?」

「いらない! 三送会の打ち合わせ遅刻しそうだし!」

「もー、女の子が朝ごはん抜いちゃだめだよ? 健康に良くないんだから」

「遅れそうなんだからしょーがないじゃん! 行ってきまーす!!」

「あ、おい夏梨! これ持ってけ!」

 

 スニーカーを履き玄関から飛び出していこうとする夏梨に、菓子入りの箱とスポーツ仕様のイヤホンの入った小袋を放り投げた。俺の声に反応して、夏梨は振り向きざまにも関わらず生来の反射神経で二つの投擲物を軽々キャッチ、そのまま背中でドアを押し開ける。

 

「さんきゅ一兄! 中身なに?」

「ブラウニーとパウンドケーキだ。そっちの袋にはイヤホン。気ぃつけて行ってこいよ」

「やった! お菓子は朝ごはん代わりにするから!」

 

 代わりに、のあたりで身を翻し、夏梨は今度こそ飛び出していった。

 

「……なんかアイツ、変なトコで俺に似てきてんな。つか、遊子は急がなくていいのかよ」

「うん。夏梨ちゃんは委員会の関係でどうしても参加しなきゃいけないんだって。私はそういうのないから、今日はずっとお家にいるの。さっ、朝ご飯食べちゃお」

 

 遊子に促され、すでに食卓で待機していたリーナと並んで朝食を摂り始める。部屋の隅に置かれたテレビでは、アナウンサーが派手なテロップと共に、天気予報のシメの挨拶をするところだった。

 

 

『――今日は関東全域で冬晴れとなる見込みです。清々しい青空の下、ホワイトデーのお菓子を友達や恋人へ渡してみましょう! 以上、お天気でした!』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

「……っつーワケで、バレンタインの時はさんきゅーな、井上。これ、よかったら食ってくれ」

「ぅわぁ、ありがとう黒崎くん! ひょっとして、手作り?」

「井上のより全然ヘタだけどな」

「こういうのは上手下手なんてないよ、気持ちが大事なんだから……あれ、こっちの袋は?」

「そっちはアレだ、アジアン雑貨のブレスレット。年末菓子の材料買いに行ったときに欲しいって言ってたろ」

「…………う、うん。ありがとう」

「ん? なんだよ、まさかもう持ってましたとかいうオチか?」

「う、ううん、違うの! 違うんだけど……その、黒崎くんからこんな女の子っぽいものをもらえるなんて思ってなくて、なんだか照れるなぁ……なんて」

 

 ぽいも何も女物だし、お前も女じゃねーか。

 

 えへへ、と頬をかく井上にそんなことを思いつつ、久々に訪れた井上のアパートの内装を見渡した。冬獅郎や乱菊さんは一時帰投命令が出たとかでここには居ない。居たら居たで煩そうだからいいけどな、特に乱菊さんが。

 

 その代わりに……ってワケでもねえんだろうが、井上の部屋にはこの朝っぱらから客が一人来ていた。

 

「お前にも渡しに行くトコだったから丁度よかった。詩乃もこれ、よかったら食ってくれよ」

「ありがとう。この箱って、中見てみてもいいの?」

「あぁ。ちなみにそっちのデカい包みは『バッド・シールド・シリーズ』のリメイク版DVDが入ってる」

「あら、それってこの前小説版が面白かったって私が言ったから? よく覚えてたわね、リーナに脳みそ八ビットとか言われてるのに……って、うわ。ブラウニーにパウンドケーキじゃない。しかも完成度すごい高い。私の十倍女子力高いもの作れるのね、一護って。ちょっとヘコみそう」

「さっき井上が言ったじゃねーか、こーゆーのは気持ちが大事って。先月もらったトリュフチョコもうまかったって言ったろ、気にすんなよ」

「うっ……うん」

「おやおや? 詩乃ちゃん黒崎くんに褒められて照れてる?」

「そ、そんなワケないじゃない!」

 

 井上の茶々に分かりやす過ぎる反応を返した詩乃は、ぷいっと顔を真横に逸らす。

 

 口調は初めて会った頃とあんま変わってねえけど、あの頃と比べて感情が表情に出るようになったんだが、なんでかこの怒ったような拗ねたような表情が出る確率が高い気がする。井上いわく「黒崎くんのことを話題にしてる時だけだから大丈夫」らしいが、それのドコが大丈夫なんだよ。

 

 ビミョーに拗ねた詩乃とにこにこ笑う井上の二人が早速ブラウニーに手を付けるのを見ながら、俺は出してもらった茶を啜る。とりあえず、現時点で直で渡せる面子には全員渡した。

 

 ルキアの分は居間にウサギグッズと一緒に置手紙を張り付けて置いてきてある。尚、思いつきで例のタヌキモドキの絵をコピペして張っつけ、「た」を余計に入れた文面にしておいた。どんな反応が返ってくるかは知らん。

 

 あとサチにも貰ってたんだが、生憎静岡なんつー遠いトコに帰省してるせいで、そう気安く手渡しには行けない。バレンタインの時は東京にいたから直接貰えたが、流石に静岡は遠い。

 しばらく東京には戻れないって言うし、仕方ねーから菓子とこの前チャットで欲しがってたミニ裁縫セットを一緒に箱詰めして昨日のうちに郵送した。後で仮想世界の方で会う予定があることだし、ちゃんと届いてるかそれとなく訊いてみるか。

 

「うーん、ブラウニー美味しい! あ、そうそう黒崎くん、詩乃ちゃんの完現術、すっごい成長してるんだよ。赤火咆はまだ無理みたいだけど、白雷とか這縄みたいな一桁台の鬼道は使えるようになったんだから」

「連発は厳しいし、威力はまだまだ充分じゃないって鉄裁さんに言われたけどね。けど一応、普通の虚なら何とか倒せるレベルで再実装(リロード)できるようにはなったわ……あ、このパウンドケーキのドライフルーツ、すごくお酒が効いてる。私はこっちの方が好きかも」

「三か月前まで一般人だった奴の能力を元大鬼道長の基準で測られたらたまったモンじゃねえだろ。一桁台でも人間の身のまま鬼道が使えるだけで充分じゃねーか」

「私はイヤよ。またあの気色わるい破面みたいなのがいきなり来たら勝てないじゃない。せめて三十番台までは使えるようになりたいの」

「いいけどよ、やり過ぎて尸魂界に目ぇ付けられんなよ」

 

 最近は夜一さんに加えて恋次も修行相手にしてるとか言ってたからどんなモンかとは思ってたが、順調そうで何よりだ。そのうち石田あたりと会わせてみてもいいかもな。弓使い同士、気が合うだろ。

 

 そんな感じで修行のこととか井上の大学のこととかを話しているうちに時間が過ぎ、時計が九時半を回った頃、俺は次の予定に備えてそろそろお暇することにした。

 

「んじゃ、俺帰るわ。詩乃、遅れんなよ」

「二十二層のアスナの家集合でしょ。言われなくてもちゃんと行くわよ」

「仮想世界かぁ。いーなぁ、あたしも行ってみたいなあ」

「アミュスフィア、地味にたけーからな……まあ、飽きるか大学が忙しくなるかするまで、ウチは当分やってっから、買えたら遊びに来いよ」

「うん。頑張って貯金しなきゃだね」

「一護、貴方アミュスフィアをプレゼントしたら良かったんじゃない?」

「アホか。流石にアレをポンと買える財力はねえっつの」

 

 だいたい、ホワイトデーのプレゼントは価格帯を全員で揃えてんのに、井上にそんなモン渡しちまったら他の連中にも同等の代物を渡すハメになっちまう。何十万かかるかもわかんねーし、俺のバイトペースじゃ一年分貯めても足りる気がしない。

 

 ゾッとしない詩乃の提案を却下し、俺は井上の部屋を後にした。実際の集合時間まではまだ余裕があったが、今回の集まりのメインイベントがマトモに機能するのかどうか不安になったからだ。

 

 その不安の根源は……、

 

 

「……ったく。ユウキのやつ、ホントに一人で全員分のクッキー作れたのかよ」

 

 

 一人で全部作りたい! と意気込んで一昨日から奮闘してるはずのユウキの調子だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 集合予定より十分前にキリト・アスナ邸に到着した俺が目にしたのは、アホみたいな人だかりと、それをなんとかしようと必死こいて奮戦するユウキの姿だった。

 

 ホワイトデーパーティーってことで、キリトパーティーの面子や風林火山、黒猫団にSSTA、親交のある領主陣まで招待してるってのは聞いてたが、それが一点集中で群がってる光景は、なんかのレアアイテムがドロップしたときの様相に似ていた。

 まあ、レアアイテムってのもあながち間違ってねえ。なにせあのユウキが作ったクッキーだ、《絶剣》と賞されたヤツのお手製菓子が食える機会なんて二度とねえだろうしな。準備万端で開始するために十分前から準備を始めるとは言ってたが、それが裏目に出たらしい。

 

 とりあえずコレが収まらないウチはどーにもならない。俺は唯一人ごみから外れ、苦笑いしながら黙々とセッティングしている奴のところへ向かった。

 

「おす、サチ。まだ始まってもねーウチから、大変だな」

「……あ、一護さん。ううん、私は全然……あ。えっと、トーナメント優勝おめでとう。すごいよね、ALOで一番強い人になっちゃうなんて」

 

 小さな調理台を前に簡単な料理を並べているのは小柄なウンディーネ、サチだった。SAOの終盤と同じように、武装は全くしていない。カーディガンにロングスカート、その上から素朴なエプロンを着込んでいるあたり、新生SSTAで料理スキルの講師をやってるだけのことはある。

 

 一応SAOとALOの事件が解決した後のオフ会で連絡先を交換して、それ以来ずっとメールだなんだで連絡はとりあっていた。黒猫団全員のグループチャットもあるにはあるんだが、そっちはもうメッセージの流れるスピードが常軌を逸していて俺には全然ついていけなかった。フツーに会話すんのと同じスピードで流れてくとか、何なんだよアレ。

 現実世界に帰って来て初めて「サチのメールのペースは異様に早い」って知ったけど、あの速度に比べたら全然大したことねーな。個別チャットにツールを変えてからメールボックスの要領だなんだって気にする必要もなくなったし、俺はこっちで充分だ。

 

 とりあえずこの惨状の理由を訊くと、

 

「えっとね、ユウキさんがこそこそ準備してたのが自分のギルドの人たちにバレちゃって、そこからユウキさんの手作りクッキーが食べられるって話が皆に広まっちゃったみたい」

 

 ってことは、別に食い荒らされてるとかじゃなく、単に質問攻めに遭ってるだけみてえだ。なら、ちょっとくらい放置しても大丈夫だろ。

 

 サチからグラスを受け取りつつ、ホワイトデーの返しが届いたかどうかを訊くと、

 

「あ、うん。今日の朝届いたよ。ありがと。お菓子すっごい美味しかったし、お裁縫セットも、欲しいって言ったの覚えててくれたんだ。言ったのって、二か月くらい前だったのに」

「こっちが受験期でもバカスカ投げて来られりゃ、そりゃ覚えるっつの。あの時期に俺にチャットとか寄越してたの、お前だけだったしな」

「う……ご、ごめんね。私、いっつも皆のチャットについていけなくて、ああやって自分のペースでメールのやり取りとかできるのが新鮮だったから、つい……」

「気にすんな。別にジャマだとかは思ってなかったしよ」

 

 リーナは朝ウチに来たり偶に電話してきたり、詩乃は夕方に差し入れ持って来たりとかはしてたが、どっちも俺にどーでもいい雑談を頻繁に投げたりはしてこなかった。受験期だからって気を遣ってくれてたんだろうが、なんか息が詰まることも偶にあって。そういう時にサチからのメッセージがいい気晴らしになっていた。

 

 そんな過去を思い出しながらグラス片手に談笑していると、主催者であるアスナが駆けつけ「ちょ、ちょっと皆ストップ、ストーップ!」と割って入り、騒いでいた集団がやっと落ち着いた。

 

「まったくもう……ユウキの手作りクッキーって聞いて私もすっごい驚いたけど、いくらなんでも皆手加減しなさすぎ。反省しなさい」

「いやぁすまん。激レアアイテムを独占しようとするヘビーゲーマーの血が騒いでな」

「キリトくん、おふざけ禁止!」

「パパ、独り占めはメッ、です!」

「……はい」

 

 親子漫才を滑らかにこなし、ため息を一つ吐いたアスナが正式な音頭を取る。

 

「こほん。えーと、それではホワイトデー記念パーティーを始めます。本日のメインイベントは、皆もうわかっちゃったと思うけど、ユウキの手作りチョコチャンククッキーです」

「えっと、頑張ってたくさん作りました! いっぱい食べてくれると嬉しいな」

 

 おーっ、と会場内から歓声が上がる。特に昔からの仲間だったスリーピング・ナイツの面々にとっては特に意外だったらしく、

 

「あの戦闘一本のリーダーがお菓子作りかぁ、考えたこともねーな。どんな味がするんだろ」

「けどユウキって、料理スキル値ゼロじゃない? だとすると手順踏んで作っても美味しくないんじゃ……」

「の、ノリさん。ユウキが頑張って作ったんですから、そんなことを言ってはいけませんよ」

 

 とか何とか言ってる。

 

 少なくとも味の面だけは問題ないはずだ。一昨日《リアル・キッチン》内で散々練習したんだしな。それに《リアル・キッチン》で生成した料理は営利目的じゃない限り、他のザ・シード規格のゲーム内に制限つきで持ち込みが可能になってる。その機能を使って作ったクッキーをALOにそのまま持ってきている以上、味にブレはない……はずだ。拍手の中、ユウキが取り出したバスケットの中にあるはずのクッキーに目を向けつつ、ビミョーに不安でいると、

 

「じゃあ……最初は一護とアスナに食べてもらおっかな」

 

 向こうから指名がかかった。

 

 アスナと視線を合わせつつ、ユウキの隣に立って差し出されたバスケットからクッキーを一枚取り出す。こんがりと焼きあがったクッキー。見た目は俺が教えた通りだ。匂いがちょっと違うような気がしねーでもないが……いや、もうここで気にしてたら負けだ。口を開け、アスナとほぼ同一のタイミングで一気に頬張り……、

 

「……うまい」

「……美味しい」

 

 同時に感想が出た。

 

 想像通り、いやそれ以上にうまかった。

 

 どうやら俺が教えたレシピに自分でシナモンを加えたらしく、練習で作りまくってたのと違う香りが口の中に漂う。クッキー自体もちゃんと出来てるし、大成功なんじゃねえか。

 

「えっへへ、でしょでしょ。さあ皆! アスナのお料理もボクのクッキーもいっぱいあるから、沢山食べてね!」

 

 クッキーが詰まった巨大なバスケットを非力になってしまった両手で抱き上げ、料理の並ぶテーブルの一番端にドンと置いたユウキ。その言葉に呼応し、集まっていた面子が一斉に動き始めた。その様子を眺めつつ、ユウキがほっ、と安堵のため息を吐いたのが見えた。

 

「ふぅ……良かったぁ。ちゃんと美味しいって思ってもらえて」

「うん、ほんとに美味しかったよユウキ。こんなに上手なお菓子が作れたんだね」

「えっへへー、まあね。いっぱい練習したし。一護にも美味しいって言ってもらえて良かったよ」

「ああ、うまかった。特にシナモン使ってるトコがいいんじゃねーか」

「あ、私もそう思った。チョコと生地によく合ってるよね」

「うんうん、そう言ってくれるとボクも考えた甲斐があったよ」

 

 満足そうに何度もうなずくユウキ。その視線の先では皆が競いあうようにユウキお手製のクッキーを頬張っていた。口々に美味しいと感想をもらすのを見て、最初はにこにこと笑顔のままでいたんだが、そのうち照れくさくなったのか「あの、えっと……ぼ、ボク、飲み物取ってくるね!」とあからさまな言葉を発してその場から逃走。それを見送った俺とアスナは思わず吹き出し、その後皆に続いて料理を取りに向かった。

 

 パーティーに参加してる人数は、パッと見て四十人に届かない程度に見える。初めて顔を合わせて自己紹介してる奴ら、すでに知り合ってて仲良さそうに話し込む奴ら、大人数で騒ぐ連中。色々いるが、中でも一番目立つのは、中央でいきなり開始された大食い大会だ。

 

 カードはスリーピング・ナイツで最強の大食い野郎・タルケンと、俺が知る限り最強の大食い女・リーナ。アスナ手製の料理を供給される端から次々と平らげていく姿に、周囲のギャラリーからは歓声が上がっている。ああなったリーナには何を話しかけてもリアクションは期待できなくなる。落ち着くまで放置するしかねーな。

 

 ユウキアレンジのクッキーを摘みながら庭に設置された丸太のベンチに腰掛け、大食い対決を眺めていると、

 

「……あの。お隣、宜しいでしょうか?」

 

 声をかけられた。

 

 視線をそっちに向けると、スリーピング・ナイツ唯一の支援職らしいウンディーネの女……確か名前はシウネーとかいったか、が遠慮がちに立っていた。手にはグラスが二つ。サチから受け取ったグラスは、さっき俺がユウキに指名されて壇上に上がった時にその辺に放ってきていた。差し出された片方を礼を言って受け取り、身振りで座るように促した。

 

 俺の横に静かに腰掛け、グラスに注がれたワインモドキを一口含んだシウネーは、少し伏し目がちになったまま俺に向き直って軽く頭を下げてきた。

 

「一護さん、ありがとうございました。ユウキに、いえ《絶剣》に打ち勝ってくださって」

「……意外だな。あんた昔からのユウキの仲間なんだろ? ユウキから《絶剣》の力を奪って寿命まで縮めたかもしんねえ俺に、恨み言の一つでも言いに来たのかと思ったんだけどな」

「とんでもない。私たちの誰もが力不足で成し得なかったことを成し遂げ、ユウキと『同じ目線に立ってくれる』人をあんなにも作ってくれたのですから、感謝してもしきれません」

 

 そう言って微笑んで見る先には、料理の大食い対決に声援を送りながら自分でも飲み食いする、幼い子供そのものの紫髪の少女の笑顔があった。時折周りの連中と笑い合い、食べ物を交換し、分け合う。そこに『強さ』なんて仰々しいモンはなく、呑気に笑ってる「ただの女の子」としての姿。

 

「……ご存知のことと思いますが、ユウキは幼いころからずっと病気と闘ってきました。それ故家族を心配させないよう気丈に振る舞うことが彼女に染みつき、いつしか自分自身に『強さ』を課し続けるようになってしまいました。その意志が持ち前の才能と組み合わさり絶対無敵の剣と呼ばれる天涯孤独で最強の剣士《絶剣》は生まれたのです。

 その由来故に、《絶剣》と同じ目線に立てるのは同じ『強さ』を持った人だけ。昨年旅立っていった、お姉さんのランさん以外にはこの世界にいませんでした。だからこそユウキは無意識に『お姉さんに通じる何かを持った人が自分と同じ目線に立ってくれる』と考え、動くようになったのだと思います。アスナさんにはお姉さんと同じ『面影』があり、一護さんにはお姉さんと同じ『強さ』がありましたから」

 

 ですが、その《絶剣》を失った今、ユウキは変わりました。そう言い、シウネーは笑みを深くした。

 

「好きな食べ物、好きな飲み物、好きな場所、好きな人……誰かと同じ目線で立てる要素なんて、戦い以外にもたくさんあるのです。

 たとえ残された時間が僅かであっても、その時間を何かしらの『同じ目線に立って』生きてくれる人たちが、少なくとも今日ここにいらっしゃるだけ存在するのです。それに気づけたからこそ、ユウキは今、ああやって楽しそうにしていられるのです。戦いの中でたった一瞬だけできた貴方とのつながりを失った哀しみを、乗り越えて行ける程に。

 本来であれば、このような重荷は私たちが背負うべきだったのです。ずっと一緒と約束した私たちが、束になってでもユウキの《絶剣》を打ち破らなければならなかったのに。私たちがもっと自分を鍛え、ユウキと相対できるだけの力と勇気を持っていれば、一護さんにつらい体験をさせてしまうことはなかったはずですし……」

「ンなこと、今あんたが言ったって仕方ねーだろ。気にすんなとは言わねーけど、後悔したって何にもなんねーぜ?」

 

 ですが……、と食い下がるシウネーを遮り、俺はガリガリと髪をひっかきながら「あのな」と続ける。

 

「過程はどうあれ、今のユウキは『同じ目線に立ってくれる』連中に囲まれて、笑って生きてる。だったら逝くその時まで笑ってられるように、同じ目線に立っててやるのが仲間ってモンなんじゃねーのかよ。

 それに、俺とあんただって付き合いは薄いけど仲間だろ。今回は俺が《絶剣》に勝てると思ったからデュエルで勝って、あんたはユウキと付き合いが長いから信じて待っててやれた。ただそんだけの話だ。"もし"とか"たら"とか"れば"とか、マズそうなモンをツマミにして話してても何も美味くねえだろ」

「そう、ですね……ええ、その通りです」

 

 最後の言い回しがウケたのか、沈んだ表情になっていたシウネーに笑顔が戻る。ユウキが周りの仲間達と騒いでる様子を眺め、まるで自分のことみたいに幸せそうにしている。

 

 ……そうだ。

 

 残りの時間がどれだけ短くても、それでもユウキは今ここに生きている。

 

 なら、最後まで笑って過ごせるようにしてやるのが仲間で、友人だ。

 

 何をやらかそうが理解してやる。

 

 その上で、正しいと思ったら応援する。

 

 違うと思ったらブン殴ってでも引きずり戻す。

 

 それでどっちかが嫌な思いをしたとしても、最後まで互いを信じ切る。

 

 

 かつて、どっかの大罪人が願っていたかもしれない「同じ目線に立ってくれる」誰か。

 

 

 それを見つけたユウキは今、力を失い「ただの人間」としてこの仮想世界で生きていた。

 

 

 

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

本編は残りあと三話。

番外編は今週の土日のどっちかに投稿予定です。



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Episode 46. Zekken

お読みいただきありがとうございます。

四十六話です。

宜しくお願い致します。


 三月下旬、春休みの日々の中でユウキの声と名を聞かない日は無かったように思う。

 

 戦う術を失ったならそれ以外で目一杯楽しんでやる! とでも言うかのようなユウキの活発さはそりゃあ凄まじく、アイツの周囲では毎日必ず何かしらのイベントが勃発していたように思う。

 

 特にヤバかったのは三月十八日、アスナたち女子組が京都旅行から帰ってきてからだった。

 

 どうやら女子組が通信プローブでスリーピング・ナイツの面々に京都を案内してたらしく、その中で食ってた京料理の味を再現してくれという難題をアスナに吹っ掛けてきていた。

 いや、ただ単に「作ってくれ」ならまだ良かった。「ボクも京料理を作りたい!」とユウキが言い出した時は流石に「もーちょい難易度を考えろお前」と言いそうになった。あんな繊細な料理、普通に料理を作り慣れてる俺やアスナでさえ再現は難しいってのに、レシピがクッキーしかないようなヤツがどうこうできる代物じゃねえだろ。

 

 ……が、アスナが勢いに乗せられてあっさり快諾。当然のように面子に組み込まれた俺がサチに助力を頼み、まずアスナと俺、サチの三人で《リアル・キッチン》に籠って京料理の味を再現するのに二日。そこからユウキに一番簡単なレシピを手ほどきするのにさらにもう丸二日を費やした。

 

 後に山ほどイベントが詰まってたせいでダラダラ延長戦はNG。短期決戦、人間死ぬ気になりゃ何でもできる、を体現するレベルの強行軍の成果が出てくれたおかげで奇跡的に何とか完成。お披露目パーティー当日は、恒例になりつつあるタルケン対リーナの健啖っぷりとユウキのはしゃぐ姿を眺めながら、指導役の俺ら三人は疲労困憊して、飲み食いもそこそこに会場の隅でくたばってた。過去最高に疲れた料理イベントだったと心底思う。

 ちなみに、この一件で自分のトコのギルドメンバーのタルケンは元より、自分の料理を美味しそうに食ってくれる奴としてリーナと仲良くなったらしい。パーティー後は、聞くだけで胸焼けを起こしそうな仮想世界グルメツアーなんかにも行ったりしたとか。

 

 SSTAの講義に参加してたこともあった。

 ディアベルが趣味十割でやってるスキルどころかゲームすら関係なしの教養系講義だが、大学で勉強した専門知識をクイズ形式や雑学っぽく解説していくのが好評らしく、生徒には息抜きとしてけっこう人気があるとか。

 仮想空間内の学校はお行儀よすぎて苦手、と言っていたユウキもこの講義は気に入ったみたいで、しょっちゅう顔を出しては律儀なディアベルに問題を当てられたり、生徒間ディスカッションでわいわい議論を交わしたりもしていた。

 

 VR式のペイントツールを駆使したアート大会なんてのもあった。

 結果は、和文化に精通してるらしいサクヤと、いいトコのお嬢で(歌唱以外の)芸術に理解があるらしいリーナがぶっちぎりの作画センスを発揮してタイ優勝。ちなみにユウキはルキアとどっこいのアレだった。動物モドキみてえな人間を描くヤツが他にもいたなんて、案外あの二人、気が合うかもな。一部のギャラリーにウケてたらしいのがワケわかんねーけど。

 

 他にもケットシーの機密領内で飛龍に乗っけてもらって遊覧飛行したり、ギルド対抗謎解きクエストで善戦してみたり、何を思ったか俺んちにアスナたちとプローブ経由で襲来してきたり、数えればキリがないくらい、あちこちで遊び倒していた。ギルドの連中や俺たちだけじゃなく、色んな場所の色んな奴らと関わるその姿は本当に楽しそうで、まるで好奇心旺盛な幼い子供のようだった。

 バカみたいに片っ端から付き合っていたギルドの連中や俺らだったが、全員がユウキと共に楽しめていたはずだ。笑い、軽口をたたき合い、目の前の遊びに全力を尽くすあいつの姿が俺たちに溢れんばかりの活力をもたらし、それに乗っかる形で小春の日常を精一杯に謳歌し続けていた。

 

 三月最後の日曜日。大学で使うタブレットを買いに行った昼過ぎのことだった。ここ数日間で降り続いた大雪のせいで慢性遅延っぽくなってる電車から降りて無駄に広い都心の駅構内を一人で歩いていた時、アスナからごく短いのメールを受け取った。

 

 相当急いで書いたのか、件名もなく文中改行もないメールには、ごく短くこう書かれていた。

 

 

 

 『主治医の先生から連絡。ユウキの容態が、急変した、って』

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 今すぐユウキの居る病院へ。

 

 アスナからの短い文章。その意味を理解した直後にほんの一瞬、衝動的にそう考えて足を神奈川方面へ向かう路線へ向けかけた。

 

 が、すんでの所で踏みとどまる。病院にはすでにアスナが向かってるはずだ。ユウキがどこに行ってもずっと追い続けたあいつのことだ、必ず病院に駆けつけるはず。倉橋さんからの連絡、その意図するところを理解した上で。

 最後を現実側で見届けてやりたい気持ちは山々だが、もし最後にユウキと言葉を交わせるとしたら、声を発することさえできないはずの現実じゃなく、負担を強いる代わりに仮初の肉体を与える仮想世界しかない。そう自分に言い聞かせ、全速力で自宅に戻った。

 

 着ていたジャケットを乱暴に脱ぎ捨て、机の上に放置しっぱなしのアミュスフィアを装着しながらベッドへ倒れ込む。仮想世界にダイブし終わったその瞬間、自分の出せる限界スピードで飛翔した。

 

 羽根がビリビリと音を立て、金切声さえ上げているように聞こえる。最高速で飛びつつ、メッセージボックスの着信を確認。十数分前に、アスナからだった。

 

『二十四層の小島に来て。そこで、ユウキと待ってるから』

 

 ほんの少しだけ安堵した。一縷の可能性として存在した「もう話せる状態じゃない」という未来が否定されたからだ。

 

 まだ、まだユウキと接することができる時間はある。たとえそれがほんの一刹那だったとしても、無駄になんか出来るわけがない。自分の培ったバカ高いステータスさえも物足りない勢いの加速を自分に課し続け、ひたすらに目的地へと飛び続けた。

 

 純粋に速度を上げていく自身の身体とは裏腹に、頭の中は湧き上がる激情と現実の冷徹さがぶつかりあって、砕けそうになっていた。

 

 ついに来たこの瞬間、残酷なリミットへの怒りにもにた感情。

 

 剣を交え、心を通わせた友人が一人消えていく悲哀。

 

 どうしようもねえと知識で理解してはいても、それでも捨てられない一欠片の希望。

 

 十五の頃の俺なら、その勢いに任せて叫び散らしていたはずの強烈な波。だが幸か不幸か、この数年間で幾度も目にした生死の垣根、そして仮にも医師を志す人間としての認識がそれと拮抗して火花を散らす。

 ユウキの病状は末期、それもHIVウイルスどうこうの話じゃないレベルまで衰弱している状態だ。元からいつこうなってもおかしくなかった上に、俺との戦いでの無茶、ここ最近の生き急ぐようなはしゃぎ方、成すこと全てが自分の寿命を削る、一日一分一秒全部が戦いのような生き方。そんなキツい人生なら、もう休ませてやれ、尸魂界に行ってもユウキならきっとうまくやれる。もう充分だ、アイツは充分この現世で戦ったんだ。理屈的にも感情論的にも、正しい主張が脳裏をよぎる。

 

 ……でも、そうじゃねえ。

 

 そういうことじゃねえだろ!

 

 あいつは、ユウキはこの世界で山ほどの友人を、仲間を作った。死神の俺とは違う、ただの人間でしかないアイツらとここで別れるってのは、この世界で永久に訣別するってのと同義なんだ。そのキツさは両方どっちにとっても計り知れない重さになる。

 

 そこに正しいだの間違ってるだの、ウザったい選択なんかありゃしねえ。残された奴も、残した奴も、皆同じだけキツい。それが……死ぬってことだ。

 

 周りの連中がそんな目に遭うのは二度とゴメンだ、そう思ってたのに……歯を砕けんばかりに食いしばってラストスパートをかける。もう目的地の小島は目と鼻の先。最後の百メートルをほぼ減速なしで突っ切り、上空で急制動をかけて浮島の端に着地した。

 

 島にはすでに十数人のプレイヤーが、中央にそびえる大木を中心に半円陣を組んで座っていた。一番内側にスリーピング・ナイツの五人。その外側にキリトとユイ、リーファ、リズ、シリカ、クライン、シノン、リーナ。さらに外側に、ルキアとチャド、ディアベル、黒猫団の五人が腰を下ろしている。

 

 全員が俺と目を合わせ、そのまま無言で中心部を視線で指し示す。それに応えて俺はゆっくりと歩を進め、大樹の根元に腰掛けるアスナと、その膝枕で寝転がるユウキの前に立った。まるで遊び疲れて母親の膝で眠っているような、心地よさそうな柔らかな表情。閉じていた目がゆっくりと開き、俺の顔を見た。

 

「……やあ。一護」

「よう」

 

 ぎこちなく首を上げて俺を見るユウキ。見上げることさえつらそうなその表情からは、この会話さえも一瞬後には途切れかねないような、そんな脆さを感じられた。ゆっくりと腰を下ろし胡坐を掻いて座った俺に、目にうっすらと涙を浮かべたアスナが静かに告げる。

 

「……一護。ユウキの手、握ってあげて」

 

 頷き、身体の横に力なく垂れたユウキの手を甲の上から握る。と、ユウキが手を返し、掌を上に向け直して俺の手に指を絡めてきた。ちょっとでも力を入れたらそのまま折れてしまいそうな、細い指の感触。目を細めたユウキが、くしゃっとした笑みを浮かべた。

 

「…………へへ。一護って人の顔とか名前、忘れやすいって聞いたから。ボクを忘れちゃわないように、おまじないだよ」

「ばか、忘れるわけねーだろ。まじないなら、決勝でお前の刺突が俺の左腕をふっ飛ばした時に、もう十二分にかけられたっつの」

「そっか……ならあの時、最後まで頑張ってよかったぁ…………あ。あの技ね、アスナが受け継いでくれたんだよ」

 

 後半は可聴域ぎりぎり、俺とアスナにかろうじて聞こえるボリュームで告げられた。指を解きつつ顔を上げると、アスナが小さく、けどはっきり頷く。

 

 最後の最後だから『アバタースタビライゼーション』を解除されたのか、それとも準戦闘行為の四秒制限内で全部終わらせたのか。

 経緯は解らないが少なくともこれで、ユウキの剣は絶えずに生き続けることができる。十一連撃の十字刺突。それはそのままユウキの分身になり得るだけの強さを持つはずだ……たとえ、本人の代わりには、欠片ほどもならなくても。

 

 ……涙は、出ない。

 

 尸魂界でまた会えんだろ、そういう考えがあることは否定できない。死神である俺にとって、現世の死はそいつの長い長い旅の折り返し地点だ。けど、そんなドライな考えを上回るくらいの哀しさが俺の胸の内を渦巻いて仕方ない。

 

 これだけの日々を一緒に過ごした奴が人としての生涯を終える。その瞬間に立ち会い、どの感情を表に出していいのか、頭じゃなく心が延々と迷い続けているような、そんな感覚。おふくろを亡くした時とは違う意味で、俺はうまく感情を表に出すことが出来なかった――、

 

 

 ――とんっ。

 

 

 俯いていた俺の眉間に、何か細いものが押し当てられた。

 

 ユウキがこっちを見て、人差し指で俺の眉間を突いていた。

 

「……眉間の皺。薄くなってるの、初めて見たよ」

 

 言われて気づいた。いっつも無意識に寄っている眉根の谷が、確かに薄くなっている。コンが俺の身体に入ってる時はしょっちゅうだろうが、俺自身の意識があるうちは寝てる時でさえも消えないって周りから言われてた、滅多に消えないはずのもの。

 

 ユウキの指に重ねるようにして自身の額に触れて確かめる俺を見ながら、ユウキはかすかな悪戯っぽさを声音に含ませて、

 

「その顔も新鮮でいいけれど……眉間の皺、ボクはあったほうがいいなあ」

「……そうか? 皺があった方がいいなんて言われたのは初めてだ」

 

 そう返すのに、ほんの一秒だけ、間が開いた。

 

 力が抜けていくユウキの手をそっと掴み、身体の上に重ねてやる。俺の表情を見て、ユウキは、うん、と小さく頷いた。眉間に皺の寄った、元の俺の面構えに戻ったからか。自分が逝く寸前だってのに、人のことなんか気にしてんなよと言いたくなるが、けど同時にユウキらしくて、少し、安心できた。

 

 ……と、彼方から羽根の音色が聞こえてきた。それも一つや二つなんてものじゃない。無数の妖精の飛ぶ音が集まり、一つの合奏のように夕暮れの空に響き渡る。俺が見上げるのと同じように、周りの面々も方々の上空に視線を彷徨わせる。

 

 音の正体。それは主住区から伸びてくる、緑の色をした帯のような妖精の一団だった。先頭にいるのは、領主のサクヤ、その後ろに領軍の幹部が控え、全員が緑系の衣装で統一されたシルフの隊列がそれに続く。

 

 さらにその隣から伸びてくるのは、アリシャが率いるケットシーの集団飛行が織りなす黄色の帯。

 

 反対側からは重低音の羽音と共に現れた、ユージーンを先頭としたサラマンダーたち。

 

 それ以外にも、ウンディーネ、ノーム、レプラコーンと、全ての妖精種族が一群となり、一斉にこの島目掛けて飛行してくるのが見えた。総数は数百なんてものじゃない、千を優に超えているように見える。

 

 アスナの腕の中で、ユウキが目を見開く。

 

「うわあ、すごい……妖精たちが、あんなにたくさん……」

「ごめんね……ユウキは嫌がるかもって思ったんだけど」

「嫌なんて……そんなこと、ないよ。でも、なんで……」

 

 アスナが微笑みながら、ユウキの言葉に応じる。その間に妖精の群れが小島に到達。各種族の長と幹部がそれぞれ島に着地し、俺たちから離れたところで膝を突き、黙祷を捧げるような体勢になる。すぐに小島は山ほどのプレイヤーで埋め尽くされ、それどころか上空まで、九色の彩が入り乱れる光景が展開された。

 

 男女も種族も違う連中が、ただ一人のために集まった。ただじっと目を伏せ、祈るようにしているのが多い。けど、ただひたすらに歯を食いしばり、肩を震わせる奴もいた。泣き声こそ上げなくても、溢れる涙を堪えず流し続ける奴もいた。心の底から哀しみを表すその姿は、まるで……、

 

「……なんで、こんなにたくさん、来てくれたの? それに、どうして、皆あんなに、泣いて…………」

「それはね……ユウキ、皆あなたのことが……大好きだからだよ」

 

 優しく、柔らかく、アスナがユウキの身体を抱きしめて語りかける。

 

「もしもただ強い人を見送るだけなら、涙なんて出ないし、もしかしたら嫌って来なかった人もいたかもしれない……けどユウキはこの半月の間で、たくさんの人と『一人の女の子』として接してきた。

 あなたが今までずっと最強であり続けたから、皆はユウキを知ることができた……でも、一護に負けた後、最強の壁が消えて、最後の最後で皆があなたの裸の心に触れることができた。友達になることができたの。

 だから皆泣いてるんだよ……大事な友達がいなくなっちゃうのがつらくて、『ユウキの次の旅がここと同じくらい素敵なものになりますように』って祈りたいのに、それ以上に寂しくて、悲しくて……それくらい、皆はあなたのこと、大好き、なんだよ…………っ」

「…………嬉しい。ボク、すごく、嬉しいよ……」

 

 ポロポロと涙を流すアスナを見上げ、次いで自分を囲む妖精たちを見渡した後、ユウキは全身の力を抜いて、細く、小さく、けどはっきりとした声で話し出す。

 

「ずっと……ずっと考えてた。死ぬために生まれたボクの存在する意味……何も生まず、ただ周りの人の優しさだけで生かしてもらってるボクなんか、きっとこの世界にいる意味なんてない。今この瞬間にでも命を絶って消えてしまえたら、その方がずっといいことなんじゃないかって……ずっと、思ってた……」

 

 自分を責めるような口調で、絞るように言葉を紡ぐ。耐え切れなくなったアスナが何かを言おうとしたが、この直前に「でも、でもね……」とユウキがアスナと俺を交互に見て、

 

「アスナが、逃げ出したボクをこの世界に引きとめてくれて……一護が、ボクを本当の意味で生かしてくれた。もうボクに力なんて残ってないけど、力に頼って逃げ続けていたボクを、こんなにも想ってくれる二人がいた……そして、《絶剣》と引き換えに、やっと見つけることができたよ。

 ボクが今見てる九色の虹……これがきっと、ボクの生きた意味なんだ……何も生み出せなかったボクが最後の最後に生み出せたもの……ここにいる皆との『絆』が、ボクの生きた、意味……」

 

 宝物を見つけた幼子のような、ユウキの幸せそうな笑顔。それに泣き崩れそうになるアスナを見つめた後、ユウキはもう一度、俺に向かって手を伸ばしてきた。しっかりと握ってやると、ユウキも指先で握り返してくる。

 

「一護……本当に、ありがと……キミと《絶剣》の全力で戦えたあの三分間、何度も何度も夢に見るくらい、幸せだった……。

 今でも思うよ、もしも神様がいて、ささやかな願いを叶えてくださるのなら、もう一度だけ、あの瞬間に、って……こうやってたくさんの人たちと分かりあえるきっかけを作ってくれた、最高の瞬間に……《絶剣》として戦えた、最後で最高のひと時に……」

「……ああ。そうだな。けど、少なくとも《絶剣》の名前だけは、たった今、もう取り戻したんじゃねーか」

「え……でも……」

「もう一回、自分で周りをよく見てみろよ」

 

 俺に促され、ユウキは再度力を振り絞って周りを見渡す。自分を囲むスリーピング・ナイツの泣き顔、その後ろのキリトたちの祈り、多くのプレイヤーの黙祷と哀しみを堪える姿。その行い全ては、ユウキのためのものだった。

 

「こんなにもたくさんの仲間がいて、こんなにもお前のことを想ってくれてる。これより強いものなんてこの世にねえよ。お前が生きた意味、お前の築いた『絆』にはこの世界の誰も勝てやしない。これが正真正銘の『絶対無敵』の剣士……独りよがりな強さなんかじゃねえ、皆で肩を並べて戦える、本当の《絶剣》だ。違うか?」

「一、護…………」

 

 目を見開いたユウキは、やがてアメジスト色の瞳の端から大粒の涙をこぼし始めた。ありがと、本当にありがとう、と何度も何度も繰り返し頷きながら、俺の手を片手で握り、反対の手で泣き続けるアスナの頬をそっと拭った。

 

「ユウキ、俺は絶対にお前のことを忘れない。頼まれたって忘れるかよ」

「……私も、ずっとユウキを忘れないよ。だって必ず、またどこかであなたと巡り合うもの。どこか違う場所、違う世界で、必ず……」

 

 俺とアスナ、二人の手を握り締めたまま、ユウキは泣き笑いの表情を浮かべる。閉じた瞳の隙間から涙があふれ、滴り消えていく。

 

 その刹那、俺の意識に、そしておそらくアスナの意識にも声が響いた。

 

 唇が微かに動き、微笑みを浮かべたまま――、

 

 

 

 ――ボク、がんばって生きたよ。

 

 この世界で、みんなと一緒に――ここで、生きたよ……。

 

 

 

 

 




次回はエピローグではありません。三章はあともう一話だけ続きます。


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「しっかり生きたよ」

三章最終話です。


 現実世界に戻った俺は、ベッドの上で上体を起こした体勢から動くことが出来なかった。

 

 無力感とか哀惜とか、そういう重たいものが一気に来たような虚脱の感覚。時間にしたらほんの数秒かもしれない、けどずっと濃密なその時間を、ただじっと項垂れたままでいた。

 

 冬が明けきらないせいか、未だに早い日の暮れを示す淡い臙脂色の陽光が、動かずにいる俺の五体を容赦なく照らしている。かつてアインクラッドが崩壊した時に似た雲の一つも無い空からの光なのに、あの時と違って、温かみなんてものは一欠片も感じられない。

 

 

 仲間が一人、現世から旅立った。

 

 

 確率がゼロになることなんか絶対にない、必至の別れ。

 

 ウチで何度か見たはずなのに慣れる兆候の片鱗さえ見えない、いや慣れちゃいけないもののはずだ。この先の未来で医師として割り切ることがあったとしても、絶対に失えない冷たい思念。陽の温かさを掻き消してるのは、きっとそれだった。

 

 気力を腹の底から引きずり出し、アミュスフィアを外して他所に放り、ベッドから降りる。何気なしに自分の部屋を視線で横ぎった……その先で、五角形の板に焦点が合う。髑髏を模したマークが描かれたそれを手に取り、半ば無意識で胸に当てた。魂の抜けた肉体が後ろのベッドに倒れ込み、死神化した俺は窓を開け放つ。

 

 今、家に居るのは遊子と夏梨だけ。親父が仕事で居ないことは知ってたが、ついさっきまでALOにいたはずのルキアさえ、家の中にも近所にも霊圧を感じ取ることが出来なかった。

 理由を自問する前に脚が窓枠を蹴り、身体を宙に躍らせる。霊子で足場を作って着地した俺は、そのまま瞬歩で自宅を後にした。

 

 

 ……別に、魂葬してやろうだなんて思ってるわけじゃねえ。

 

 あんなに満たされた表情で逝った奴に、そんなお節介が必要だんて思わない。アスナの膝の上で、眠るように旅立ったあいつがこの世の留まってるだなんて思えやしなかった。

 

 確かに現実世界じゃまだまだやりたいことが山ほどあっただろうが、同時に仮想世界で手に入れた大事なものも、同じくらいにあったはず。最後の至福の微笑は、確かにそれを自覚できている顔だった。今頃、ユウキの魂は現世を抜け、尸魂界へと旅立ってるはずだ。俺たち死神の出る幕なんざ、きっとない。

 百歩譲ってあったとしても、それは神奈川駐在の死神の領分であって、友人の名目を振りかざした俺の出しゃばるところじゃない。ただ、あいつがちゃんと無事に旅立てたのか。それを知るためだけに、今こうして向かってるんだ。

 

 自分で自分に言い聞かせるようにしてそう考えながら瞬歩を繰り返し、神奈川の海辺に立つあの大きな病院を目指す。死神になった頃と比較にならない速力で駆けているはずなのに、目指す先に辿り着くまでの道のりが、やけに長く遠いものに感じられた。

 

 病院の上空に辿り着いたとき、すでに空は全天真っ赤な濃い夕焼けに覆われていた。

 最先端の技術で作られた近未来的な外観の巨大な建造物が、今だけはただの無機質な石棺に感じられた。行き交う人の数も、前に来たときよりずっと少ないように見える。

 

 それは、単に病院の受診可能時間の終わりが近いせいなのか、一人の人間が死んだ余波みたいなものなのか、

 

 

 

 ――それとも、最上階中央から感じられるユウキの微小な霊圧に、俺が全神経を持っていかれてるせいなのか。

 

 

 

 なんでだよ、とは言わねえ。

 

 やっぱりか、とも言えねえ。

 

 ただこうやってここに居ても感じられる微かな魂の気配は、間違いなくユウキのそれで。その事実はそのまま、ユウキが(プラス)としてこの世に留まった現実を示していた。

 

 死して尚この世に留まる魂には、何かしらの思い残し、未練が存在する。

 

 他人に未練が在ったら憑き霊に。

 

 土地に未練が在ったら地縛霊に。

 

 そして、自分自身に未練があるやつは浮遊霊になって、切れた因果の鎖を揺らしながら成仏か魂葬の時まで彷徨い続ける。

 

 俺の霊圧感知じゃ、弱弱しい整の霊圧だけじゃそのどれなのかは判断つかねえ。けど、あいつがこの苦しみ続けた世界に留まるくらい、悔いたり思い残したことがあったのは紛れもない事実。

 それがそのまま形容できない激情になって、代行証の霊圧制御を引き剝がしかねない勢いで襲いかかってきた。ぎりぎりのところで抑え込みながら、喜怒哀楽のどれとも言えない、ただ自分で自分を殴り倒したくなるような感覚を押さえつける。

 

 

 ……なにも、考えてなかったわけじゃなかった。

 

 ユウキが《絶剣》の全てを賭け、自身の身体を消耗させてまで戦いを挑んできたあの日から、何度も自己否定しながらもずっと思ってきたことがある。

 

 あいつの楽しそうな笑顔を見るたびに、「あの時の戦いが無けりゃ、その時間がもう少し延びたはずなのに」と、自分自身が一番嫌いなはずの仮定を思い起こし、その度に日常の多忙さで捻じり潰してきた。あいつの命を奪ったなんていう、驕りと言われても仕方ない過剰な自意識を何回も何十回も繰り返して力任せに押し殺してきたんだ。

 

 あの戦いに正誤なんかない、ユウキがこの世から旅立つその最後の瞬間まで魅せられ続けたくらいに最高の戦い。自分でも心底そう思ってるくせに、整合性を無視するような後悔の破片が、どうしてか俺の内に宿り続けている。どう足掻いても飲み干せないペットボトルの水の最後の雫のように、些末で小さい、けれど確かなもの。

 

 それでも、戦うことしか出来ない、その力しか磨いてこなかった俺には、どうしてやることもできない。

 

 もしここに居るのが井上だったら、魂に刻まれた生前損傷を癒してやれたかもしれない。

 

 浦原さんだったら義骸に入れて、ほんの少しだけ現世を謳歌させてやれたかもしれない。

 

 そうやって、残っちまった未練を自分の手で果たす機会をくれてやれたかもしれない。俺自身にできなくても、二人を呼べば実現できる未来。けどそれに手を貸すような奴らじゃないし、何より俺自身が手を借りたくなかった。

 俺との戦いで命削った奴への義理返しに他人の手を借りるなんて絶対に有りえない。手前一人の義理なら、手前だけで全部返しきるのが筋だ。

 

 自分がどうしたいのか、考えがまとまる前に足が前に出る。一歩、二歩、三歩と空中を進んで行くが、ほんの数メートル動いたところで立ち止まった。脳裏に木霊する、昔に聞いた声のせいで。

 

 

『――死神は全ての霊魂に平等でなければならぬ!

 

 手の届く範囲、目に見える範囲だけ救いたいなどと都合よくはいかぬのだ!!』

 

 

 顔も名前も性格も、イヤになるぐらいよく知ってる死神。

 

 俺が死神になって間もないころに突きつけられた説教。今考えたら当然のこと。自分の好き勝手で死神という存在を使うな。ガキの俺が思い知った、力の振るい方。

 

 その叱咤に押し戻されるようにして、踏み出しかけていた次の足が後ろへと下がり……そうになったその瞬間、再びリフレインする声があった。

 

 

『あの子、もうすぐこの世を去らなきゃならないんだよ? そして、長い長い旅が待ってる。その最後の願いが……叶わないなんて、淋しいよ。

 

 ――あげたいんだ。せめて最後に、いい思い出』

 

 

 顔も名前も性格も、何一つとして思いだせない誰か。

 

 思いだしたはずの声さえ、次の瞬間には記憶から消えていった。けれど確かに、俺に向かってそう言った奴がいた。理屈なんてどこにもねえ、ただ感情だけで紡がれたはずのその台詞に、その優しさに、下げかけた足を踏み留める。同時に思い出す、昔くらった、説教の続き。

 

 

『半端な心持ちでその子供を助けるな! 今、そいつを助けるというのなら……他の全ての霊も助ける覚悟を決めろ!

 

 どこまででも駆けつけ――その身を捨てても助けるという覚悟をな!!』

 

 

 頭の中が一気にクリアになった。

 

 さっきまでの逡巡が消え去り、踏み出す足に力が入る。気持ちが確固として俺の中に居ついた証拠だった。

 

 そうだ、何も特別なコトなんかじゃねえ。死神になってからもずっとやってきたことだ。ガキの霊を魂葬もしないであやして帰ったことも、ピンチになった仲間のところに駆けつけたことも、攫われた仲間を助け出しにいったことも、全部同じ『護る』ことだ。自分の何かを犠牲にしてでもやってきた、何も変わらない選択だ。

 

 俺はユウキと闘い、力と引き換えに、アイツの心を護ってやれた。

 

 けどその代わりに、幾ばくかの命を奪うことになったのも事実。

 

 なら、その失っちまった分をきっちり返してやって初めて、ユウキを護り抜いたことになる。それをやった結果、俺が後からどんな誹りを受けようが構わねえ。

 今からやることは、誰だろうと絶対に手出しさせやしない。そのかわり、全部終わったらその責任は逃げずに全部受け止める。死神の規則に反するってンなら、罪だろーが罰だろーが何だって背負ってみせる。

 

 だから俺は――もう一度、ユウキと会う。

 

 その未練を、晴らす手助けをするために。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 臨終患者が出たせいか、だだっ広い病院内の空気は慌ただしかった。

 

 白衣を着た医者や看護師が足早に行き交うおかげで、特に通行に困ることはなかった。人の乗り降りに合わせてエレベーターで上の階に上がり、無菌室に続く直通ゲートを目指して進む。

 

 途中、見知った奴の姿を見た。

 

 ラウンジのソファーに突っ伏し、肩を震わせる制服姿の女子生徒。傍には女の看護師が付き添っているが、会話する様子はない。

 

 ユウキの最後を仮想世界でも、現実世界でも看取ったアスナの後ろ姿を、俺は少しだけ立ち止まって見る。俺以上に長くユウキと共に行動してたアイツを差し置いて俺だけ会いに行くってのは、今更ながらちょっと卑怯な気もした。

 けど、ここで引き返すわけにもいかない。一度決めたんなら最後まで押し通す。視線を切ってラウンジを突っ切り、丁度開いた直通エレベータに乗って最上階へ。セキュリティゲートもスルーして、ユウキの霊圧の根源へ向かう。

 

 普通なら遺体は死後すぐに自宅搬送なり霊安室に送られるなりするはず。てっきり遺体と同じ場所に居るとばっかり思ってたんだが、感じられる霊圧の出処は半月前に来たときと同じ、あの部屋だった。自分が三年間を過ごしたメディキュボイドに思い入れでもあったせいなのかと推測しつつ、ついに目的の部屋に辿り着く。

 

 開け放たれたドア。この入り口からほんの三、四メートル向こうにユウキが居る。

 

 柄にもなく少しだけ緊張したが、ふんっ、と息を一つ吐きだし、足を踏み入れる。大小様々な機械が脇に押しやられ、中央にベッドが一つ、それからその上に覆いかぶさる巨大な白い機械の箱。予想してた通り、そこにユウキの骸はもう無くて、

 

 

 ――その代わりに、灰色の眼でこっちを見据える、薄緑色の病衣を纏ったユウキの(プラス)が居た。

 

 

 一瞬だけ驚いた。俺が来るのが分かってるように見てるもんだから、視力を失くしててもてっきり俺の姿が霊圧知覚で見えてるのかと思った。だが至近で霊圧を探っても、ユウキから霊力は感じられない。

 生死の境に身体を晒して「火事場の馬鹿力」を引き出した以上、将来的に目覚める可能性はあるかもしんねえが、少なくとも今は、こいつに力は宿ってない。焦点の合わない目をただ開いて、何をするでもなく佇んでいるだけだ。

 

 全身の肉が削げ、透けるように色素の薄いユウキの全身を見ながら、ゆっくりと歩を進める。俺の足音に気づいたのか、ピクリ、とユウキの細い肩が震える。一回だけ深呼吸してから、俺はできるだけ静かな声を出した。

 

「……よォ。そんなトコで何ボーッと突っ立ってンなよ。ノリとかジュンにシバかれるぞ、ユウキ」

「………………え?」

 

 数秒の間を開けて、か細い声がユウキの口から洩れた。空耳を疑うような、そんな呆けた表情を浮かべる。それでも光を失った両目を左右に巡らせながら、恐る恐るって感じで俺の方へ、声が聞こえた方向へと歩き出した。

 俺らがSAOから帰ったばっかの頃に似た、脚を踏み出すだけでもやっとの状態。俺とのたった数歩分の距離を時間かけて詰めつつ、探るように右手の掌をそっと前に差し出してきた。

 

 ALOでやったように、差し出されたその手をとって握ってやると、今度はビクン、って感じで全身がはねた。わっ、と言う素で驚いた声が漏れて、思わずちょっとだけ笑う。

 

「ったく、なにおっかなびっくりしてんだよ。好奇心旺盛なおめーらしくもねえ」

「…………え、うん……えぇ? えっと、その……一護、だよね? どうして、ボクのところに……それにこれって、一体……まだボクは生きてて、夢でも見ていたり、するの、かな……?」

「……わり、色々説明してやってる余裕はねーんだ。けど悪いようには絶対しない。見えてねえから、信用してくれっつっても難しいかもしんねえけどな」

「う、ううん。そんなこと、ないよ。だって……」

 

 首をふるふると横に振り、そっと指を交えてくる。俺がほんの少しでも加減をミスったら砕けそうな、氷細工みたいに細く冷たい、透明感のある手。

 

「……このあったかくて大きな手、それにこの声、この匂い。夢かもって言ったけど、やっぱり違うや。だってこれ全部、ボクが知ってる一護のものだから。わからないこと、いっぱいだけど……とりあえず、来てくれてありがとう。一護」

「あァ、気にすんな、俺が好き好んで来たってだけの話だ」

 

 努めて明るい声を出しながら、俺はユウキにここに来た目的を告げる。

 

 今の俺の立場とかこの世界の裏っ側の理とか、話してやらなきゃいけないいけないことが沢山あるのは重々承知、でもそんなことを今ここで教えて、この世界で最後に作れる思い出を翻弄したくない気持ちが先行し、あえて告げずに切り出した。

 

「ユウキ、状況がワケわかんねえのは悪ぃと思ってる。けど今なら、お前がまだこっちの世界で思い残してることがあるんなら、向こうの世界に行っちまう前に一つだけ願いを叶えるのを手伝ってやれる。ALOでお前が言ってた『もう一回俺と戦いたい』ってのは流石にムリだけど、それ以外でどっか行きたいとか、なんかやりたいとか、あったら言ってくれよ」

「え……ボクの、願い…………?」

「なんかあんだろ。現実世界でやってみたかったこととか、行ってみたいトコとか。アメリカ行きたいとか言い出さねえ限り、俺が手助けしてやる」

「……ふ、ふふっ。いいね、海外かぁ。一回検査で行ったことあるけど、観光なんて出来なかったからなあ……んーとね、それじゃあ……」

 

 少しの間考え込んだユウキだったが、すぐに俺の方を見上げた。見えてなくても声の出処で俺の顔の位置が判るのか、光を宿さない朧な灰の眼で俺をじっと見つめて、

 

 

「……ボクね、自分の家族のお墓って、行ったことないんだ。お父さんとお母さんと姉ちゃん、三人が揃って眠ってるお墓が、ここからちょっと北に行った、保土ヶ谷の教会墓地にあるはずなんだけど、写真でしか見たことなくて……。

 

 

 だからね……ボクのお願い。

 

 ボクを、家族のお墓に、紺野家のお墓参りに連れて行ってほしいな」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 海沿いの道。

 

 潮風の匂いや車両の行き交う雑音。あの防音処理が施された無菌室で三年を過ごしたユウキにとって、きっと懐かしく感じられるだろうそれらの中を、「なるべくゆっくり、行ってほしい」という要望に応えて小さな歩幅で進んでいく。

 本当なら空中を歩いたほうが良いんだろうが、なるべく人が生きている空間に近いところを通ってやりたくて、死神の速力も空中歩行も使わずに、アスファルトを草履で踏みしめ歩く。

 

 戦争後に新調した代行証の霊圧抑制で、放出される俺の霊圧はかなり軽減されているはずだ。重霊地・空座町と違って配備の薄いはずの神奈川沿岸部の死神に、この状態ですぐ察知される可能性はそんなに高くないだろうから、隠密性とかそういうのは気にやしてねえ。

 

 けど、俺の背におぶさっているユウキの負担になりやしねえか、その一点だけは不安だった。元々背にあった斬月の一振りは短刀と逆側の腰に移動させたからともかくとして、俺の高すぎる霊圧が、今や単なる浮遊霊にすぎないユウキの身体にどんな影響を与えるのか。

 少なくともいいことなんか一つもねえはずだと思ってたんだが、当の本人が「……一護の背中、なんだかあったかいね」と言って微笑していたのを信じ、ユウキを背負った俺は黙々と歩き続けている。

 

 病で消耗したせいなのか、背負ったユウキの霊体はまるで綿のように軽かった。今までこの背に乗ったどんな奴よりも、軽く、細く、脆さを感じる肉の削げた肢体。気を抜けばそのまま消えて行ってしまいそうなくらい、存在そのものが薄い。

 

 そのユウキは俺に願いと教会墓地の場所を告げてから、一言も発することなく俺の背に居続けている。首に回された細腕に弱く力を籠め、俺の歩む振動に身体を揺らし、ただ、じっと。微かに聞こえる吐息の音が、こいつが今俺の背に居る一番大きな証のようにさえ感じられる程に。

 

 長く続いた海沿いの道から大きく逸れ、都市部の駅前通りを抜け、小高い丘陵地帯に辿り着いたのは、もう夕日も落ちかけた日暮れの時分だった。彼方の空に星が瞬き始めているのが見える中、丘を登り、緑地を抜けると、黒塗りの屋根に立つ小さな十字架が見えてきた。

 進んだ先にあったのは、飾り気のないモノクロ調の、小さな教会。ユウキから聞いていたように、裏手へまわり、庭を通り抜けた先にある門を潜る。教会の墓地らしく、石製の十字が薄闇の中に静かに立ち並んでいるのを少しの間立ち止まって眺めてから、背中のユウキを軽く揺すって、

 

「……着いたぜ。どの辺にあるか、分かるか?」

 

 俺の問いかけに、ユウキが僅かに身じろぎするのが背中越しに伝わってきた。

 

「えっとね……門を入って一番左の列、奥から五番目。黒い石の十字架と、同じ色の小さな墓標があるはずなんだ。そこが、ボクの家族のお墓」

「分かった」

 

 掠れた声に短く答え、墓地を横ぎって一番左の墓の列へ。そこまで広くない敷地の中で足を進め、奥から五番目の墓と向き合う。確かにそこには、夜の闇に溶けていきそうな濃い色の十字と、膝丈の墓標が備わっていた。墓標には紺野で始まる三人の名前が刻まれ、安らかな眠りを願う(うた)が、名前の下に英文で短く彫り込まれている。

 

「あった。ここが……お前んちの墓だ」

「……うん、ありがと。ね、墓標の前で、少ししゃがんでくれないかな」

 

 言われた通り、家族の名のある墓標とユウキの目線が合うように、低くしゃがむ。俺の背から少しだけ身を乗り出し、視えないはずの眼を凝らすようにしてユウキは闇に消えかけている自身の両親と姉の名前を見つめた。

 俺の首に回していた腕が解かれ、伸ばされた左手がそっと石版の表面を撫でた。霊体の今、ユウキは物体に干渉することはできないし、例え物体と接触したとしてもそれを知覚はできない。指先を潜り込ませながら、それでも尚、ユウキは慈しむようにして墓標を撫でた。耳元から、囁くような声が聞こえる。

 

「……ごめんね、遅くなっちゃって。最後の最後で、やっと来られたよ」

 

 申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに、口元に笑みを浮かべたユウキの(めし)いた目から、涙が一筋零れた。

 

「お父さん、お母さん。ボクね、沢山の人たちと友達になれたんだよ。上辺だけなんかじゃない、本心をぶつけられるくらい遠慮がなくて、最後まで一緒に居られるくらいに心が近い、ボクの大切な仲間たち。大好きな人もできたよ。ボクより年上の女の子なんだけど、きれいで、優しくて……ほんとは一人一人紹介してあげたいんだけど……それじゃ時間が足りないし、そっちで会った時に、いっぱい話すね。

 姉ちゃん。姉ちゃんとおんなじくらい、ううん、もしかしたら姉ちゃんでも勝てないくらい強い人、見つかったよ。ボクをここまで連れて来てくれた、この人。ちょっとコワい見た目だけど、とっても優しい人だから、怖がりな姉ちゃんも、きっと仲良く、なれるはず……。

 

 

 ああ……これで、これでやっと……家族みんな、また一緒になれるね」

 

 

 本当に嬉しそうな、満たされた声。

 

 居て当たり前。笑いあえて当然の人たち。

 

 なのに、共に暮らす時間を一瞬で奪われた。

 

 その家族とようやく同じ世界に行けることに心底喜ぶその姿は本当に無邪気で、だからこそ、俺は思わず目を逸らした。直視していたら、この沈黙さえ保てなくなるような気がしたから。流魂街で巡り合える確率だなんだなんて、そんな無粋な理屈は他所に蹴飛ばし、ただこの四人がもう一度再会できることを願った。

 

 ……だが、ユウキの霊体は薄れない。

 

 願いを叶えたはずなのに、ユウキの存在は消えることなく俺の背に在り続ける。消えゆく気配さえ感じられない。

 

 まだ何か、果たせてねえ何かがあるのか。そう思い、ユウキに問いかけようとしたその時。涙を拭ったユウキが、俺の耳元でささやいた。

 

「ねえ、一護。教会の上にある時計、今、何時になってるか、見える?」

「……時計?」

「うん。一番高い三角屋根の上の方、十字架のすぐ下のあたりにあるはずなんだ」

 

 言われて立ち上がり目を凝らすと、確かに時計があった。今まで見えていなかったそれは、もう間もなく午後七時を指そうとしていた。

 

 それを伝えると、ユウキは一度深く息を吐きだし、ゆっくり吸い込んでから、もう一度囁く。

 

「じゃあ……そのまま、海の方、教会と正反対の方を向いてくれるかな?」

「教会と逆側って……こっちか? けど、こっちには林以外なんもねーぞ――」

 

 言いかけた、その瞬間だった。

 

 

 

 闇の中。

 

 打ちあがった花火が、轟音と共に夜空に花開いた。

 

 

 

 真っ赤な火花を散らして、大輪の火の花が消えていく。その残像を上塗りするように次々と色とりどりの花火が連続して打ちあがり、真っ黒い空を彩っていく。七色の光が俺の網膜を射抜き、その輝きに、ほんの少しの間意識を完全に奪われた。

 

「……えへへ、よかったぁ。ちゃんとまだやってて」

 

 俺の意識を現実に引き戻したのは、嬉しそうなユウキの声だった。灰色の眼を空に向け、まるで本当に花火を見て楽しんでいるかのような、にこやかな表情。しばらくそのまま見上げた後、俺に顔を向けて言った。

 

「一護、見えてる? どう、花火。きれい?」

「ああ、すっげぇキレイだ……ユウキ、ひょっとしてお前、これが目的だったのか? けど、お前、もう目は……」

「うん、見えないよ。だからこれは……()()()見てほしかったんだ。そして、これがボクの本当の願い――『一護にお返しをすること』だよ。

 ほら、ボクと初めて会ったとき、間違えて斬りかかっちゃったでしょ? あの時は貸し一つってことで許してもらったよね。クッキー作りのお礼はボクなりのアレンジ版を作って渡せたからお返しできたかなって思ってたんだけど、こっちの方は返せてなかったなあって、そう思ってさ。

 だから行きたかったお墓参りも兼ねて、ここに来てもらったんだ。ここが唯一、神奈川で休日の夜に春花火が見られる場所だって、リーナに聞いてたから。ほら、一護って現実世界でも仮想世界でも、リーナと花火見てたんでしょ? だから花火、好きなのかなって思って」

 

 よかった、きれいって、思ってもらえて。

 

 そう満足そうに呟くユウキに、思わず俺は声を張り上げたくなった。

 

 お前の願いを叶えてやるって言ったんだから、自分のことだけ考えて願えばよかったのに。なのに、現世で叶う最後の望みなのに、俺なんかのために使ってんじゃねえよ。あんな貸し、とっくに忘れてたのに。気にもしてなかったのに。そんなことのために、こんな――。

 

 心の中で声を枯らす俺と相反するように、ユウキの身体が少しずつ、少しずつ、質量を軽くしていく。

 

 それはユウキの未練が消えたことの証で、たった今告白された「ほんと」が嘘じゃねえことの証明で。

 

 薄れていくユウキの気配と、打ちあがり続ける花火の群れ。そのコントラストが俺の心を心から揺さぶり、まるで爆ぜる火花のようにスパークした。

 

「…………あれ? 一護、ひょっとして、泣いてる?」

「……ばか言え。俺が泣くわけねーだろ」

「嘘ばっかり。肩。震えてるじゃない」

「夜風が寒ぃからに決まってンだろ」

 

 震えそうな声を張る俺に、ユウキは「じゃあ、そういうことにしておいてあげる」と言って笑った。

 最初から軽かったユウキの身体の重さは、もう半分近くが消えている。振り返れば透明になっていくユウキの姿が見えるんだろうが、そうするだけの余裕は、今の俺にはなかった。

 

 代わりに自然と口が動き、勝手に言葉を紡ぎ出した。

 

 

「……ユウキ。お前はしっかり生きた。

 

 ずっと寝たきりで、大人にもなれず、仲間に頼りきって、そして、俺たちよりずっと早く死んだ。

 

 ……けど、こうして笑って死ねた。

 

 仮想の肉体も、現実の身体も、そして魂も、消えるその瞬間まで誰かが自分の傍にいる。こんなに幸せな終わりなんて、世界中探しても、きっとねぇ。周りの連中がそうやって送ってやれるくらい、お前は確かにここで生き続けたんだ。

 

 だから……だから…………胸を張って、いってこいよ」

 

 

 絞り出すように告げた俺の言葉に、ユウキは幸せの籠った、暖かな吐息を漏らした。

 

 視界の端に見える輪郭が、もう目を凝らさないと判別できないくらいに薄まってるのに、俺の背にある温かさは、むしろずっと、強くなっているように感じられる。

 

 少し間を開けて、ユウキは「……ありがと、一護」と、小さく礼を言った。

 

 消えそうなその声が、俺の魂の底に滲みこんでいくのを感じながら、本当に最後の言葉を聞くことに全てを注ぐ。

 

 

「……ボク、生きることを諦めなくて、本当に良かった。今、心の奥底からそう思ってるよ。

 つらいことばっかりだと思ってた、この十五年間。痛いこと、苦しいこと、叶わないこと。沢山あった。大切なものなんて何も持てない、そんな人生が嫌になったことだってあった。

 

 ……でも、最後になってやっと分かったよ。

 

 無いと思ってた生きる意味が見つかったこと。

 叶わないと諦めた願いが叶ったこと。

 

 この世界から消える一瞬前になって、ようやく分かったんだ」

 

 

 小さな陽だまりを背負っているかのような温もり。昇華していく霊子を花火に負けないくらいに綺麗な紫に輝かせながら、後ろから俺を抱きしめて、

 

 

「……手に入れたものが大切かどうかなんて、生きてるうちに分かるわけない。

 

 どんなにつらい日々が続いても、ずっとずっと頑張って生きてれば、そうやって生きた日々の全てが、ボクが手に入れたものをちょっとずつ大切なものにしてくれる。

 

 そしてその本当の大切さを知れるのは、その全てを手放す時だけなんだって、今ようやく、分かったよ。

 

 

 だって……だって今、一護と出会えたことがこんなにも嬉しくて……さよならするのが、こんなにも寂しくて悲しいんだから……っ!」

 

 

 最後は涙声になって、聞きとるのがやっとなくらいに歪んでいた。最後の最後で締まらねーなぁ、こいつは。そう独りごち、背に回していた手の一方を外して、ユウキの手を握りしめる。

 

「……だったら、ちゃんと笑って逝け。そうすりゃ必ず、また会える。そうだろ?」

「うん……そう、だね」

 

 やっと見れた、ユウキの顔。

 

 涙で濡れたその顔に、ユウキは灯火が灯ったような、精一杯の笑みを浮かべる。

 

 同時に俺の手がユウキの腕をすり抜ける。身体を支えていたもう一方の手からも、微かに残っていた質量が消えてなくなる。夜空に咲いた花火のように。跡形もなく、けれど鮮烈な残像を、俺の脳裏に残して。

 

 

 もう、ユウキの姿はない。

 

 けれど、その残滓までもが消え失せる、その刹那。俺は確かに聞いた。

 

 俺を取り巻く紫の霊子。

 

 そこから響く、どこまでも純粋な、あいつの声を。

 

 

 

 ――ありがとう、一護。

 

 

 キミと出会えて、ボクは幸せだった。

 

 

 寂しいけれど、少しの間、お別れだね。

 

 またいつか、どこかでキミと会える日を、ずっと、ずっと、待ってるよ。

 

 

 本当に、ありがとう。

 

 

 

 ――またね。

 

 

 

 

 




次回は本編最終話となるエピローグと、番外編最終話。

二話同時投稿です。


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『勇気』

本編最終話です。

番外編最終話も投稿しておりますので、本編読了後にそちらも併せてお読みいただけますと幸いです。


 ユウキが旅立ってからの一か月は、文字通り飛ぶように過ぎて行った。

 

 色々なことがありすぎて、起きたことを上げればキリがない。今までで一番多忙な日々だったように思う。

 

 俺だけじゃなく、俺の周りの連中も新年度が始まったタイミングってこともあってか、やけに忙しくしていた。ALOにダイブしてるヒマも全くなく、アミュスフィアに触れることさえも稀だった。忙殺ってのはこのことを言うのか、とか、他人事みたいに感じたことを今更のように思いだす。

 

 

 あの日、ユウキが成仏するのを見送った俺は、何時間もかけて自宅に戻った。

 

 行きと真逆で瞬歩も使わなかったせいで、戻った時はすでに深夜。開け放した窓から疲労感で重く感じる身体を自室に捻じ込み、そこで見たのは死神姿で仁王立ちするルキアの姿だった。

 

 何の用だ、と問うことはしなかった。

 

 ルキアは俺が何をするのか分かってたんだってことくらい、容易に想像できた。死神になり立ての頃からずっと一緒に戦ってきた奴のことだ。仲間が、それも初めて現世で一般人の友人を失った俺がどうするかなんて、多分見通してたんだと思う。

 

 何を言うでもなく真っ直ぐに俺を見据えるその目と視線を合わせた後、俺は自分が今まで何をしていたのか、事の顛末を全て包み隠さず話し、違反だってンなら処罰でも何でも受けてやる、その覚悟はとっくにできてる、そう告げ沙汰を待ち……、

 

 

 ……その場で思いっきり、スネを蹴っ飛ばされた。

 

 

 霊圧の強弱ガン無視で痛いところを強打され、声すらあげられずに俺が悶絶していると、ルキアは盛大なため息をこれみよがしに一つ吐き、懇々と説教を垂れた。

 

『確かに貴様の行動は、死神としては違反になるだろう。管轄無視、勝手な理由による魂魄の運搬措置。この二点を鑑みれば、禁固刑や死神業の一時停止命令も出かねない……ただし、それはあくまでも「一般隊士」の話だ。

 一護、貴様は「死神代行」であろう。空座町は貴様の管轄ではなくただ単に住んでいる土地に過ぎず、行動区域も制限されておらぬ。そもそも何処かの隊に所属しているわけでも無し。上記二点はどちらも各隊の「隊規違反」によって執行される処罰だ。代行の貴様に適用できるはずもない。

 私の後釜の車谷隊士が何時ぞやに憤っていたように、これが各地で頻発したのならまだ問題視もされよう。だが今回の行いは明確な損害を出しているわけでもない上に一度目。このような行いを無暗やたらに頻発するような輩でない事は、私も他の皆も重々承知しておる。どこをどう処罰すれば良いのか、逆に訊きたいところだな』

 

 ……だと。

 

 つまり俺の考え過ぎってことだったらしいが、んじゃあなんで今俺はてめーに蹴っ飛ばされてスネに青アザ作ってんだ? と訊いてみたら、

 

『その程度で貴様を処罰台に立たせようとするほど、私が頭の固い冷血女に見えていたのかと思うと、無性に腹が立ったのでな。罰を求めておったようだし、腹いせ半分に蹴ったまでだ」

 

 要するに……ただの八つ当たりだった。わざわざ律儀に受けないで避けりゃよかった。

 

 

 で、そっから一週間は迫っていた大学スタートに向けた準備だったり、アスナ経由でユウキの告別式参加の面子を決めたりして、あっと言う間に告別式。あの日、ユウキを最後に見送った墓地がある教会で、親族四人に対して友人枠三百十一人が参加する大規模な式が決行された。

 

 ここまで規模のでかい式は想定してなかったらしく、本会場の教会内に人が入りきらなかったりしたが、それでも滞りなく式は終了。喪主だったユウキの叔母は、会場に訪れた人数以上に、ユウキの眠る棺を前に涙したり泣き崩れる人の多さに驚いていたと、後でアスナから聞かされた。最後の最後にユウキが作り上げた絆の大きさってものを実感した。

 

 あの時すでに見送ったとはいえ、俺も一応、眠るように横たわるユウキの痩せた遺骸にきっちり別れを告げた。

 

 あの日、花火が打ちあがる夜空を背景にユウキの魂を見送った身としては、その後にもう一回、こうやってユウキと対面するってのは妙な感覚ではあった。

 

 紫の霊子にかき消されるようにして旅立ったあいつが、今はこうやって俺の目の前に死化粧をして眠っている。安らかなその顔が、あの瞬間の満ちたりた笑顔と重なって、次の瞬間にぱちっと目を開けていつも通りにっこり笑いかけてきそうな気さえした。

 

 俺に借りを返したくてこっちに残ったなんて聞かされて、その時もその後でも色々考えちまった。

 けど、ああやって満足した笑顔で逝ったことを思い返し、きっと間違いじゃなかったんだと自分に言い聞かせて、いつものしかめっ面のまま骸に頭を下げることができた。眉間の皺はあった方がいいって、言われてたしな。

 

 告別式の後、あのウンディーネのヒーラー、シウネーこと安施恩にも会った。

 

 ユウキが逝った翌日に、患っていた急性リンパ性白血病が完全寛解したらしい。同じようにスリーピング・ナイツのメンバーのジュンも小児がんの腫瘍が小さくなったとかで、まるでユウキがまだ来るなって言ってるようだと涙を浮かべて笑っていた。

 んじゃ、墓参りの時は供え物の菓子を奮発してやれよ。恩返しならそれで充分だろ、と俺が言ったら、見覚えのある控えめな笑みを浮かべてくすくすと笑い、頷いた。メディキュボイドの臨床試験第一号者の称号なんかより、あいつにとってはそれが一番の返礼だろうしな。

 

 ……ユウキは今頃、もう尸魂界に着いてるのか。

 

 気にならないって言やあ嘘にはなる。けど、様子見に行くってのもなんか違う気がするし、立ち回りの巧いアイツのことだ。なんだかんだで上手くやるはず、そう独り言い聞かせて自分の中で納得した。また会うって、約束もしたことだし、うっかり死神になってもう一回現世に戻ってきたりしてな。

 

 

 その二日後から新学期が始動。俺も他の連中も、一気に現実に引き戻されることになった。

 

 俺は俺で新学期初日から週五日、朝九時から夕方六時まで、授業自由選択なんか名ばかりじゃねえかってレベルでギッチリ詰まった必修科目に振り回されっぱなしで。

 

 ルキアを始め、年末の毒破面の一件の経過監視で現世に残ってた死神勢も尸魂界に完全帰還。今後は定期的に短期逗留しに来るって形で現世の様子を観察しながら、戦後復興と合わせてそろそろ護廷隊の再建にも力を入れてくそうだ。

 

 仮想世界で知り合った連中も似たようなモンで、近所に住んでる奴ら以外は会うヒマさえも無かった。

 

 特に詩乃は多忙らしく、学校の勉強に料理の練習と並行してカウンセラーの勉強を始めたらしい。

 

 本人曰く、別に《過去視》の能力を活かそうってハラじゃなくて、ただ、この力を得て戦えるだけの技術に昇華させていく中で色々考えたことを、他の心に傷を負った人たちのケアに活かせないかと思った時にこの職種が思い浮かんだとか。

 

「まだ将来の職を決めたわけじゃない。けど、人の心に関われる仕事を目指したいっていう軸は変えるつもりはないの。

 私が誰かさんに精神的に引っぱたいてもらってようやく立ち直れたみたいに、優しい言葉だけじゃどうにもならない人も世の中にはきっといる。過去の大切さを身に染みて知った私だからこそ出来るケアってものを探して、今はまずカウンセラーを目指して勉強してみるわ」

 

 そう言いながら入門テキストと格闘する詩乃の様子は、大変そうで、けど充実していた。

 

 その他の連中も何かと忙しくしてて、たまにチャットだメールだ電話だって感じで、互いの近況報告するのが関の山。大抵は「エギルの姪っ子が髪を明るく染めたがってるらしい」とか「統合学校でリア充してる奴が増えてきててムカつく」とか、しょーもない話題ばっかりで、けど逆に、そういうことを話のタネに出来る程度には平和が続いていた。

 

 

 一番忙しい四月はそんな感じであっという間に過ぎ、今はもう五月上旬。

 

 すっかり桜が散りきって、緑が目にまぶしい時期になっていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

『――よ、一護。休日のこんな朝早くに、どうかしたのか?』

「わりーなキリト。今日は朝しか時間取れそうにねえから、朝八時なんて時間にかけてんだ。例のシンポジウム、俺も参加することになった」

『そうか、それは良かった。俺一人で行けと言われたらどうしようかと……お前のテーマ、何だっけ?』

「『VR技術がもたらす医療のローカルネットワーク変革に関する基礎的知見と考察』」

『すごく難しそうってのは、一発で伝わって来たぞ。どんな内容なのかはさっぱりだけど』

「うっせ。俺だって自分で言ってていまいちピンときてねえんだ。とりあえず教授から話聞いて、資料作ってから倉橋さんに送るわ」

『親父さんでいいじゃないか。一護の親父さん、内科医なんだろ?』

「あいつ、機械全ッ然ダメだからアテにならねえんだよ。お前の双方向通信プローブの話とか聞いたら、意味不明過ぎて寝落ちするんじゃねえの」

『ヒドいなあ。色々な意味で』

 

 ゴールデンウィーク真っ最中の土曜日。

 

 PCの映像電話で俺はキリトと通話していた。

 

 内容は今度の週末に東京の多目的ホールで開かれるシンポジウム『ヴァーチャル・リアリティ技術と最先端医療のこれからについて』で学生代表として発表するテーマについてだ。

 なんでそんな格式たけー集まりの話なんかしてンのかっつーと……俺が医学部一年代表、キリトがU18代表でそれぞれ発表者に選ばれてるから。

 

 きっかけは、この前の朝飯の時間。メシを食いながら親父の雑談に付き合っていたとこまで遡る。なんの話の流れでそうなったのかは忘れたが、VR医療の話が出て、機械に疎い親父があれこれ俺に訊いてきたんだ。

 

 休日だったもんで時間に余裕があったからか、俺もたまにはヒゲの雑談に付き合ってやるかとメディキュボイドの話とか、ウチみたいな町医者の欠点、機器の貧弱さを補える可能性とか、色々自分なりに考えたことを話してみた。

 ユウキの死後、こういうニュースがやたらと目につくようになって、今まで自分の中でも考えたりしてたことがあって、それも含めて、けど特に深く考えもしないで喋っていた。

 

 そしたら、急に親父の眼の色が変わった。いつになく真剣な表情で、

 

「……一護。おめえ、五月末にある討論会で、それについてまとめて発表してみたらどうだ?」

 

 とか言い出した。

 

 普通だったら学生お断りのレベルが高いシンポジウムだが、今年は学生も呼んでみるかって話があって、特にまだ医学とか医療機械技術の勉強をカッチリしてない、でも自分の意見を持ってる新米ヤローを招待して若い奴の率直な考えを聞くか、とかいう案が在ったらしい。

 後から聞いた話じゃ、どうもその案の根っこは倉橋さんで、キリトの開発した双方向通信プローブの医療応用について、奴にどこか公の場で発表してもらうためにあっちこっちで奔走してたらしい。

 

 メシの種になるんじゃねって程度で話したことを、ンな大仰な舞台で話せるか! って突っぱねた俺だったが、戦争ん時以来で一番真剣な親父のトーンに押され、倉橋さんが何枠か作ってた「部門別学生代表枠」に親父とウチの教授の連名でねじこまれて今に至る。

 

 元々キリトは今度発表するプローブに端を発する、VRと現実を繋ぐための新しいハードウェア開発の道に進むつもりだったみたいで、将来のために渡りに船って感じで嬉々として承諾していた。

 ここだけじゃなくて他の英語ベースの技術フォーラムにも出入りして意見交換してるらしく、その知識量は学生のそれを越えてるんじゃねえのってレベルだ。少なくともこの前概要を聞いた俺にはサッパリだった。

 

 尚、シンポジウムには俺らのほかにアスナとリーナが来る。こっちは出資者の血縁招待だから、特に発表だとかそんなのはない。アスナはともかく、リーナの目当ては確実に討論会後のバイキング形式の立食パーティーだ。いちいちブレねー奴だ。

 

 リーナと言えば、あいつはウチの大学に併設されてる薬学部を目指して本格的に受験勉強を始めたらしい。理系全般、特に化学と生物の成績は全国レベルで見てもかなりの上位に入るらしく、英語とか社会に関しても、なんとか成績を上げてる最中だとか。ただまあ、一番鬼門の国語に関しちゃ……知らね。

 

 

 キリトとの映像電話は、互いの発表テーマと原稿提出の手順を確認して、十分弱で切った。この後もうちょっとしたら、リーナが「国語教えて」ってウチに来るはずだ。それを夕方まで続けて、夜からは発表の準備と大学の課題消化。月末までこんな感じの週間スケジュールが続くのかと思うと、脳みそが茹だりそうだった。

 

 ……けど、後悔はしてねえ。

 

 ユウキの死を経験してからずっと、思ってきたことがあった。

 

 いくら技術が進んでも、その恩恵を受けられねえ人が出たら、その人には何も関係がなくなっちまう。

 

 つい最近、やっとエイズの完治薬候補ってのの効果が海外で現実味を帯びてきてるが、これの開発があと一年、いや半年早かったらユウキは助かっていたかもしれなかった。あともう数年早かったら、ユウキの姉貴も両親も、こんなに早逝することもなかったと思う。

 現実的に考えたら意味のない仮定、けどその患者にとっては死活問題に繋がる以上、鼻で笑って受け流すなんて出来ない。

 

 あの時、崩壊するアインクラッドの前でも俺は言ったはずだ。「降りかかる理不尽な暴力から、大事な人を護れるだけの力が欲しかった」と。

 

 単なる「力」は、今までずっと磨き続けてきた。

 

 けどこれから生きていくのは、ここ数年を過ごしていた尸魂界や虚圏、仮想世界みたいに「力が強けりゃ皆を護れる」世界じゃねえ。色々な理不尽が混じり合う現実世界だ。

 そして、その最たるものこそ、一瞬で人生を終わらせちまう怪我と病気。だから、これからは死神としてだけじゃなく、一人の人間として皆の命を護ってやれるだけの力が欲しい。

 

 だから俺は、医学の道に進む。

 

 今まで散々嫌だとか何とか言ってきたVRだって、それで皆が助かる未来に繋がるんなら利用してやる。ユウキみたいな壮絶的人生も悪いだなんて言わねえ。

 

 けどそれ以上に、何の変哲もない平凡な日常を選ぶことさえ出来ないような、望んでもいねえのに哀しい道を進むことになっちまうような、そんな未来を強制される人が出るのはもう沢山だ。そう思って、俺はこの討論会に参加することを決めたんだ。世の中全員だなんてデカいことは言わねえ、けど山ほどの人が笑って生きていける世界を目指すために。

 

 

 電話が鳴る。映像じゃなくて、普通の電話だ。

 

 画面には見慣れた『東伏見莉那/Lina』の文字。ハングアップボタンを押し、耳に当てる。

 

「よぉ、どうした?」

『おはよ、一護。今日は宜しく……で、途中で詩乃に会ったから、一緒に行く。あと二十秒で着くから』

「お前な……そういうのはもうちょい早く言えってのに」

『徒歩三十秒のところに住んでるのに、それは流石に難しい。大丈夫、詩乃は詩乃で勝手に勉強するって言ってるから』

「なら、ウチでやんなくてもいいじゃねーか」

『――なによ。私がいたら邪魔? たまには勉強する空間を変えてみたいのよ……って、ちょっとリーナ。私まだ言いたいことが……』

『……ということで、お願い、一護。差し入れに美味しいお菓子、持っていくから』

「ま、一人も二人も変わんねーし、別にいいけどよ」

『ありがと。じゃ、また二十秒後』

 

 妙ちくりんな再会の挨拶を残して、電話が切れる。

 

 スマートフォンをベッドの上に放ってから、俺は窓の外へと視線を移す。

 

 五月の陽気で空はすっかり澄み渡り、雲一つない。その混じりっ気のない青さは、仮想世界を鮮烈に生きぬいたあの純粋無垢な剣士の瞳、その命の輝きを連想させて――同時に、いつも雨が降ってばかりの、六月十五日の空を逆連想させた。

 

 

 生も死も、こんな日常のごく一部。

 

 その境を失くそうとした奴は、そんな日々を「死の恐怖に怯え続ける」日々だと言った。

 

 もし境の消えた世界が実現していたとしたら、きっとユウキは死なずに済んだ。

 

 今も変わらずあの仮想の世界で剣を振り回していたかもしれないし、あの天真爛漫な笑顔が皆の記憶の中の映像になってしまうことは無かったかもしれない。

 

 

 ――だけど、そこに『勇気(ユウキ)』は無い。

 

 

 死の恐怖が、進むことで大切な何かを失うんじゃねえかっていう怯えがこの世界にはずっとあって。でもそれを跳ね退けて初めて、人は勇気を手に入れる。

 

 新しいことを始めた奴。

 

 進む道を決めた奴。

 

 道を探し始めた奴。

 

 挑戦しようとしてる奴。

 

 惰性で生きず、悩み、苦しみ、けれどその果て目掛けて自分の意志で歩いていく。ユウキの死を糧にして、俺たちは勇気を持ってそれぞれの道を歩き始めたんだ。

 

 ユウキ。

 

 死の恐怖を背負い続け、病気に身体を蝕まれ、それでも尚勇気を振り絞って最後まで生き抜いた、ちっぽけで『最強無敵』な一人の剣士。傷だらけの身体で精いっぱい駆けた、誰よりも真っ直ぐな子供。

 

 その花火のような生涯は、きっと俺たち全員の心に焼き付いているはずだ。

 

 他ならない勇気の現身として、その背中を押す力になって。

 

 

 だから、俺はそれを無駄にしないで生きる。

 

 現実と仮想。現世と尸魂界と虚圏。

 

 全ての世界を覆さず、壊しもせず、今あるこの現実を仲間と共に生き、勇気で踏みしめ踏破して。

 

 ここに生きる山ほどの人を護り抜くために。

 

 

 

 一人の死神として――。

 

 ――そして、一人の医師として。

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございました。

『Deathberry and Deathgame』続編、『Deathberry and Deathgame Re:turns』はこれにて完結でございます。前作を大きく超える文字数となりましたが、無事、完結を迎えることが出来ました。


まずは、謝辞を。

拙作をお読みくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。

感想欄、活動報告欄、評価欄、メッセージ等、様々な点で感想やご質問、矛盾点・改善点のご指摘をいただきまして、非常にありがたかったです。
また、一作者としては情けないことであるのですが……誤字報告も嬉しかったです。基本推敲してから出しているのですが、どうも失くしきれず……はい、添削感謝でした。


『ソードアート・オンライン』一つの世界を舞台とした前作とは異なり、今作ではALO、GGO、現実世界の三つの世界で物語を展開させていきました。

他作品を参考に設定を練ってみたり、タイトルを強引にアルファベット順にしてみたり、とあれこれ試行錯誤したりしておりますが、何よりも力をいれたのは、前作で成し遂げられなかった「一護以外のBLEACHキャラの参戦」。

結果から見たら全然な感じがしますが(まともに共闘できたのは二章終盤と三章序盤だけだった気も致しますし)、それでも前作と比較したら、両作品の要素やキャラクターをクロスオーバーできたかな、と個人的には思っております。特に、二章。

物語の展開なり一護やキリトたちのキャラクター性なりも、前作よりは改善されていると自負はしているのですが、ただ一点、「原作と展開・結末が変わらない」点におきましては、結局最後まで解決・改善しませんでした。
筆者の発想力欠如と言ってしまえばそれまでなのですが、それで終わってしまっては成長もへったくれもないですし、上記改善点含めて、機会があればリベンジしたいと思っています……機会があれば、の話ですけども。


で、その辺の話、次回作等々今後のお話についてです。

まず、ゲーム版エピソードについては、現状では書くことはないかと。
筆者ゲーム媒体はほとんど触れておりませんので。動画でちょっと見た程度。

昨今(2017年2月末現在)話題の映画版について。
……観たいなあ。

UW篇。
やっと既刊行分を読み終わりそうです。
ただ四月以降、筆者は社会人となりますので、多忙により投稿できるかは全くの未定となっております。


もし他に拙作に関しましてご質問がございましたら、感想欄等に書いていただければ回答致します。
当分の間は感想返しを行っていきますが、四月に入ったら感想返しが途絶える可能性大です。もしどうしても回答が欲しい方はメッセージでお送りください。返答できる可能性はそっちの方が高いです。


前作と合わせて約八十万字となりました拙作ですが、お読みいただきまして、本当にありがとうございました。

まだまだ至らぬ点の多い筆者ではありますが、この作品が一人でも多くの型の暇潰しになったのなら幸いに思います。


またいつか、一作者として皆様にお会いし、より完成度の高い作品を提供できる日を切に願いつつ、今回はここで筆をおかせていただきます。



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