BLEACH外伝 〜千年後、史上最強と称された集団〜 (二毛目大庄)
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護廷十三隊創設篇
『護廷』の二文字


皆様初めまして、ニケモクです。
この度は私の駄作にアクセス頂き、ありがとうございます。

この作品は、BLEACH連載終了を祝う気持ちと、終わる寂しさと、ファン目線の一抹の怒り()を込めて仕事の合間を縫って書いて行こうと思っている作品です。笑

久保先生にはもっと描いて欲しい場面がたくさん有りました。
そんな場面を、なるべく時系列に沿って、原作と矛盾の無いように、時にはオリジナルキャラも交ぜ、展開して行こうかなと思います。

何分初めて小説を創作するので、誤字・脱字・誤用も多々有るとは思いますが、暖かくお見守りください。



2人の男が縁側に座り話をしている。

1人は口元にヒゲをたくわえ、額には十字の傷を負っていた。

もう一人は首から巨大な数珠をぶら下げており、頭を剃髪にしていた。

 

「なぁ和尚よ」

 

和尚と呼ばれた剃髪の男は、茶を一口啜り「どうした」と返事をした。

 

「現世で強大な悪霊に対抗する力として我等が統学院を設立して数百年。戦い方を覚えた死神達も数多くでてきた」

 

十字傷の男が、まだ乾ききっていない、最近十字になったばかりの額の傷を触りながら言う。

 

「しかし、悪霊共が特に最近、謎の力によって強化され、顕著に力を付けてきた」

「確かに、先日 尸魂界(ソウルソサエティ)に侵入してきたのは予想外だった」

「そこで、だ」

 

十字傷は立ち上がった。

 

「儂はこの尸魂界に、新たな組織を作ろうと思う」

「新たな組織?」

「あぁ。このまま行くと、ひょっとすると悪霊共に死神は滅ぼされるかもしれん」

「ほう」

 

和尚は気の抜けた返事をしたが、十字傷と似た、予感めいた思いを持っていた。

 

「はっきり言うと、いまの我等死神達は無法者に近い。それを隊の形をとって一つに纏め上げよう」

「一つにって…尸魂界全土にいる死神をか?」

「あぁ」

 

和尚は十字傷を見上げた。

尸魂界全土の死神を纏めるとなると、途方もない作業となる。

何ヶ月、何年かかるか分からない。

数十年にも及ぶ可能性もある。

しかし、十字傷の眼は決意の力に満ちていた。

 

「名はあんたが決めてくれ。真名呼和尚と呼ばれるあんたなら、正しい名前が付けれるはずだ」

「その組織の目的はなんだ?」

「現世は勿論、尸魂界や瀞霊廷(せいれいてい)を護る、死神を束ねた組織だ」

「おんしの名前からとって山本重國隊、と言うのはどうだ?」

 

真名呼和尚はニヤリとし、からかうように言った。

十字傷は、名を山本十字斎重國といった。

 

やるしかない。

このままではいけない、と思いながらも自分は予感めいた思いで止めていたのを、この男は口に出してその思いを語ってくれた。行動してくれた。

もしこの男が今日この行動をとってくれなければ、行動しないままだったとしたら、急速に力を付けた悪霊達に対抗できず、烏合の衆だった我等は滅ぼされていただろう。

 

「先ほど隊の形をとる、とおんしは言ったが、隊員はどうやって決める?」

「あぁ、その事だが、儂に考えがある。隊長は複数決め、その隊長達に隊員達を統率させる」

「隊長は複数、か」

「和尚、あんたにもなってもらうつもりだ」

「なっ…」

「当然だろう?あんたは並の死神じゃない。霊圧がズバ抜けている」

 

尸魂界の危機を感じているのは自分も同じ。真名呼和尚は断れなかった。

 

「そ、そうか。儂は決まりだな…では他の隊長はどうする?」

「儂に心当たりが十人程居る。今からそやつらに会いに行こうと思うが、和尚も来てくれるか?」

「十字斎が目に付ける程の猛者、確かに見てみたい」

 

十字斎と和尚は草履を突っ掛け、縁側を離れた。



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その男、迅雷につき

危険が迫りつつあると予感した山本十字斎重國は、尸魂界に新たな組織を作ろうと考え、真名子和尚・兵主部一兵衛に相談していた。

隊の形をとる新たな組織には、複数の隊長を任命するという。

山本と和尚は、尸魂界全土に散らばる猛者達を一つに纏めるべく歩き出した。


尸魂界広しと言えども、その一角だけは異様であった。

 

「地獄はコチラ」と堂々と書かれた看板。

立ち込める湯気。

腐った卵のような匂い。

 

その一角だけは異様過ぎる程、硫黄であった。

 

「ここは…」

「ここは、儂がどうしても仲間に入れたい奴の住処だ」

「『泉湯鬼』か…!」

 

そう真名呼和尚が言い終わる前に、目の前の暖簾を分け、大柄な男が出てきた。

髪の毛をカチカチに固め、死覇装を腰上で切り、腹巻をした出で立ちの男だった。

 

「強大な霊圧が表に2つあると思えば、あんたたちか。見た所、うちの湯に用が有るとは思えねぇが?」

 

泉湯鬼と呼ばれた男はそう言うと口元を吊り上げ、ニヤッと笑った。

 

「あぁ、今日はあんたには別用だ」

「…湯以外にもてなすモノは無いぜ」

「儂は新たに組織を作ろうと思う。率直に言うと、あんたにはそこの隊長の一人になってもらいたい」

 

山本は自身が抱いてる危機感、新たな組織作りの必要性、泉湯鬼の力が必要な事を丁寧に説明した。

全部聞き終えると、泉湯鬼は少し考え込み、フンッと鼻を鳴らした。

 

「バカを言っちゃいけねぇ。俺が隊長だと?俺は雷、どの組織にも縛られねぇ」

 

泉湯鬼はそう言うと、振り返り、暖簾をくぐろうとした。

 

「ならば」

 

山本は声を張った。

 

「ならば鬼事で勝負、というのはどうだ?」

「おにごと…?」

 

泉湯鬼は山本の言葉を復唱し、理解に努めた。

理解したと同時に、どうしようもなく笑いが込み上げた。

鬼事をしよう。そう言って勝負を挑まれたのは、もう何百年前が最後だろうか。

 

「ははっ、十字斎。あんたは俺の二つ名を知らねぇのか?いいか、俺の二つ名はー」

「『雷迅の天示郎』だろう?」

「なっ…」

 

そう、この男は知っていたのだ。

俺が雷迅と呼ばれているのを。

知っていて勝負を挑んできている。

天示郎には、どうしてもそれが許せなかった。

先程までの笑みは、消えた。

 

「十字斎」

 

真名呼和尚がそっと話掛ける。

 

「こやつの速さは本物だ。いま統学院で教えている歩法・瞬歩はこやつの歩法を真似たものだ。本物は瞬歩の…5倍は速い」

「5倍、か」

 

山本はさして驚くふうでもなく、静かに呟いた。

と、同時に真名呼和尚の目の前から姿を消した。

 

「消え…」

 

真名呼和尚が言葉を言い終える前に、今度は天示郎の横に山本は現れた。

 

「勝負開始、か」

 

そう言うと、今度は天示郎が消えた。

真名呼和尚は目では最早追い付けず、霊圧で2人の鬼事の勝負を感じる他無かった。

 

「十字斎のやつ、まさかこれ程とは…」

 

辺りには地面を蹴る音だけが無数に鳴っている。

尋常な速さでは無かった。

ある種規則的なリズムの均衡を、突如山本が破った。

 

「雷迅の天示郎、敗れたり!」

 

そう言った瞬間、山本は天示郎の肩を掴んだ。

 

ように見えた。

 

「一体どこ見てやがんだ」

 

天示郎はそう言うと、いつの間にか山本の背後に回り、山本の肩を掴んでいた。

山本が掴んだと思ったのは天示郎の残像だった。

 

「十字斎!」

 

真名呼和尚は思わず叫んだ。

 

「山本十字斎、敗れたり」

 

天示郎はニヤリと笑みを浮かべた。

やはり雷迅に敵う者など居ない。

それが例え名高き十字斎と言えども。

 

「言っただろう」

 

山本は動揺の色を微塵も見せず、そう言った。

 

「なに?」

「雷迅の天示郎、敗れたり…と」

 

山本はそう言うと、左腕を高々と挙げた。

その手には、天示郎の腹巻が握られていた。

 

「なっ…!」

「しかし雷迅の二つ名は伊達ではないな…儂が鬼事で肩を掴まれるとは」

「はっ、勝った奴が言うセリフかよ」

「今回は引き分け、だな」

 

山本はそう言うと、天示郎に腹巻と竜胆を手渡した。



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元の字に集いし者達

皆様、お気に入り登録ありがとうございます、それがとても励みになります。

お時間ございましたら感想なども書いて頂けると、ペンが桐生君からボルトになります、宜しくお願いしますm(__)m


少し大き目の屋敷にその看板は掛かっていた。

 

『元字塾』

 

山本十字斎重國が塾長を務める剣術塾である。

もとより、死神統学院総長でもある山本の塾である為、他の流派のどの塾よりも賑わっていた。

さらに賑わいを見せたのは、先般の虚侵攻戦で目覚ましい活躍を見せたからだった。

この戦をもって、山本は尸魂界八剣聖に数えられた。

その山本の塾が、賑わない訳がない。

元字塾の道場は、今日も大勢の塾生が汗を流していた。

 

その元字塾本部の一角「柳の間」に、錚々たる面子が汗も流さず集まっていた。

まだ年は若い、青年風の男がまずは口を開いた。

 

「何やら、先生が新たな組織を作ろうとしているらしい」

「あぁ、それは俺も小耳に挟んだ」

 

中年のザンバラ頭の男が応じる。

 

「組織?」

「聞いたところによると、尸魂界と瀞霊廷を護る、そんな隊らしい」

「名前は何と言うのだ?」

「それはまだ決まっていないらしい。ただ、真名呼和尚が決めると…」

「和尚も一枚噛んでいるのか…!」

「隊員は…隊長は誰がやるんだ?やはりうちの沖牙師範か?」

「いや、師範に先程聞いたところ、今は声は掛かって居ないらしい」

「では誰だろう、まさか最近道場をうろちょろしているあのガキではあるまいな」

「確かに奴の霊圧と腕は確かだと思うが…」

 

誰からともなくでた質問に、青年は淡々と答えていく。

一瞬、静寂が訪れ掛けたが、それは怒声によって破られた。

 

「バカな!」

 

先程から肩を震わせていた髪を後ろで纏め上げた男が、怒声と共に立ち上がった。

感情的になりやすいのか、すでに息が上がっている。

 

「なぜ儂らに声が掛からん!なぜ声が掛からんのに貴様らは冷静でいられる!儂らは元字塾の筆頭塾生ではないのか、誇りは無いのか!」

「黙れ斧ノ木!!」

「大…六野…」

 

斧ノ木と呼ばれたポニーテールの男は、青年風の男・大六野厳蔵に突然自分の名前を呼ばれて目を剥いた。

 

 

「叫びたいのが貴様だけだと思うか!」

 

斧ノ木は周りを見渡した。

そこに居る全員が俯き、拳を固く握り、唇を噛んでいた。

悔しいのは斧ノ木だけでは無かった。

 

「すまん…」

 

そう言うと、床にどかっと腰を下ろし冷静さを取り戻した。

 

「で、だ」

 

斧ノ木を諌める為にわざと声を荒げた大六野は、すでに冷静だった。

 

「我等も当然、微力ながら力になりたい。そこで良い案がある」

 

大六野はそう言うと、もっと話合いの円を縮めるように指示をし、小さく「名案」を皆に告げた。

 

「おお!」

「なるほど、それはいい考えだ」

「す、すまん、聞こえんかった、もう一度…」

「やるではないか、大六野!」

「大六野殿は策士ですなァ!」

「いや、それ程でも…では行動を開始してくれ!」

『おう!』

 

大六野は普段は冷静だが、この時ばかりは皆に褒められ、気分が高揚していた。

それが後に、大変な事態を引き起こすとは、誰も予想だにしていなかった。

 



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黒き『白』の使い手

『泉湯鬼』雷迅の天示郎との勝負に勝ち、天示郎を隊長の一人に任命する事に成功した山本十字斎重國と兵主部一兵衛。

剣の力・技術だけでなく「万能な隊」を目指す山本が目指す次なる目的地は、あまりにも巨大な屋敷だった。


「さて…」

 

十字斎は湯のみに残っていた煎茶を飲み干すと、頃合いを見計らったように呟いた。

屋敷の主、雷迅・麒麟寺天示郎が声を掛ける。

 

「十字斎、行くのか」

「あぁ。次の隊長を探さねばならん」

「もう決まっているのか?」

「儂の中では…な。ただ、本人の承諾を得ねば、無理矢理任命した所で反発を招くのは目に見えている。特に、八剣聖の連中はプライドが高いからな」

「! やはり隊長には八剣聖が…?」

 

驚く天示郎に、山本は言葉を続ける。

 

「全員では無いが、何人か当たろうと思う」

「おめぇを含め八剣聖の霊圧はズバ抜けてるからな」

「奴らの力は、この先必ず尸魂界に、この組織に必要になる」

「だが気を付けろよ…一筋縄では行かねぇ奴らばかりだぞ」

「あぁ。邪魔したな」

「また湯に浸かりに来い」

 

天示郎はニヤリとしてそう言った。

その言葉を背に、山本と和尚は天示郎の屋敷を発った。

 

 

「十字斎」

 

次の目的地に向かう途中で、真名呼和尚は一つの疑問をぶつけた。

 

「先程天示郎との話の中で、隊長に任命するのは八剣聖全員ではないと言ってたが…?」

「今度の組織には『力』だけではない、万能な隊にしたい。天示郎もその一人だ」

「剣の力だけでは無く、様々な分野の達人が集まった隊…か」

「あぁ。その中で儂が特に仲間に入れたいのが…ここに居る」

「な…、この屋敷は…!」

「尸魂界を護る隊に、この方の力は必要不可欠だろう」

 

2人は、尸魂界広しと言えども指折りの大きさの屋敷の前に立った。

山本が門を叩く。

 

「頼もう」

 

大きな声で声を掛けるも返答がない。

こういった屋敷の場合、主は出ずまず下郎が応対に出るはずだが、その下郎の気配もない。

 

山本はもう一度「頼もう」と声を掛けた。

 

「なんじゃ2人して」

 

返答は予想していた方向から聞こえず、門の屋根瓦から聞こえてきた。

山本と和尚は、同時にパッと上を見た。

 

そこには猫がいた。気品溢れる、真っ黒な猫だった。

 

「久しゅうございます、夜影様」

「しばらく見ぬ間に傷が増えとるの、ノ字坊」

「お恥ずかしい限りで…夜影様、その名で呼ぶのはお止め下さい」

「では今は十字坊か?」

 

夜影と呼ばれた猫は、そう言ってひとしきり笑った後、顔に笑みの様なものを浮かべながら続けた。

 

「儂にとってはいつまで経ってもノ字坊じゃ。いくらお主が八剣聖と呼ばれ、新たな組織の頭目になろうとものう」

「!」

「なんじゃ、儂が知らんとでも思うたか? 青い、青いのぉノ字坊」

「…それならば話は早い。是非ー」

「ならん」

「!?」

 

夜影はぴしゃりと言い放った。

 

「ならん。ならんぞ、隊長なんぞには。雷迅の奴は言いくるめられたらしいが、儂はならんぞ」

「では、おにー」

「やらん」

「!!?」

「やらん。やらんぞ、おにごとなど。雷迅に勝った奴に儂が勝てる訳がない」

 

夜影は、少し情けない事を自信満々に言った。

 

「だと思い、提案した次第です…」

「情けない奴じゃのう…」

「では何でなら勝負して頂けますか」

「お主もしつこいのう」

 

そう言ってしばらく考えた後、夜影は意地悪そうな声で提案した。

 

「では…白打じゃ」

「なんと…!」

 

2人の会話を勿論聞いていた和尚は、夜影の提案に対して驚きを隠せなかった。

 

「十字斎、この勝負は無謀だ。奴は、夜影は尸魂界白打最強の四楓院家歴代当主のなかでも3本の指に入る白打の使い手だ」

「あぁ…勿論知っている。夜影様は儂の白打の師匠だ。だがやるしかないだろう」

 

山本はそう言うと、死覇装の袖着物を脱ぎ捨てた。

 

「四楓院夜影、勝負…!」



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止まぬ『音』

山本十字斎重國が創設を目指す、新たな組織の次の隊長の一人にと目論んでいたのは、武器を使わず己の手足のみで敵を殲滅する「白打」の最強の使い手、四楓院家第十代当主『夜摩天』四楓院夜影だった。

山本の誘いを断った夜影は、勝負に勝てば隊長を引き受けるという。
勝負は夜影の専売特許「白打」。

山本の白打の師匠でもある夜影に、山本は勝てるのか。


なんだこの音は。

 

先程から半刻以上聞こえてくる音・音・音。

何かと何かを激しくぶつけ合うような音。

時には乾いたような、時には鈍いような音。

外を見れば分かるのだろうが、身体が重く、外まで行けない。

まるで何かに押さえ付けられているような、そんな感覚が全身を支配する。

はるか昔に、この辺りまで見回りに来ていた死神に聞いた事がある。

死神の中でも強さの次元が違う者が居て、その者たちがそばに居れば、死神でない者は、呼吸が苦しくなり、足が重くなるのだと。

恐らくこれがそうなのだろう。

恐らくこれが霊圧と呼ばれる物なのだろう。

 

しかし話が違うではないか。

これは呼吸が苦しい、足が重いなどという次元ではない。

 

動けない。

 

一体外には誰が居るのだ。

化け物か。

化け物達が何かしてるのか。

何かをぶつけ合っているのだろうか。

確かめる術はない。

 

 

「なんじゃ、もう終いか?」

「まだまだ…!」

 

山本は肩で息をしながら、地面についた片膝に力を込め再び立ち上がった。

猫の姿から人間の姿に戻った夜影は、白髪頭で口髭の生えた年配男性の姿だった。

 

「お主では無理じゃ、儂に勝つのは」

 

夜影はそう言うと、山本が脱ぎ捨てた袖着物を拾い、山本に手渡した。

 

「まだ…奥の手がございます」

「なんじゃと?」

「夜影様に教わった白打、この数百年で独自のものに進化させました」

「苦し紛れにしては自信満々じゃの」

「出来れば四楓院流で夜影様を越えたかったのですが、残念です」

「笑わせるのう、ならばやってみい」

 

山本は瞬歩で姿を消すと、夜影の背後に廻った。

突きを胴部に放つが、夜影は山本の姿を見もせず躱す。

夜影はそのまま裏拳を繰り出すが、山本もそれを躱す。

しゃがみ込んだ山本は下段の回し蹴りを放ち、夜影を地面に転がした。

 

「な…!」

 

夜影は驚きを隠せず、受け身も取れなかった。

 

「おぉ、十字斎の奴、段々と夜影に動きがついていっとる」

 

真名呼和尚は嬉しそうに声を上げた。

思わぬ反撃に、痛手では無いものの少々面食らった夜影は、素早く身体を起こすと山本に語り掛けた。

 

「思い出すのう、ノ字坊。昔はこうしてよく手合わせし、色々教えてやったもんじゃ」

「夜影様の強さは全く変わりませぬ」

「お主は変わったのう。昔のお主は見込みがあった。しかしお主は刀を手にし、剣術に力を入れるようになって、白打はからっきしになりおった。だから儂にその拳を当てられぬ」

「鳥目です」

「なに?」

「ようやく"夜"に慣れてきました」

 

山本はそう言うと再び瞬歩で夜影の背後に廻った。

 

「甘いわ!」

 

夜影は山本に対し、まともに裏拳を喰らわせた。

しかし全く手応えが無かった。

 

「これは…」

「隠密歩法"四楓"の参『空蝉』。夜影様に習ったものです」

 

夜影の裏拳が捉えたのは、山本の袖着物だった。

 

「っノ字坊…!」

「"元流拳術"伍の段『双骨』!」

 

山本の両拳は、夜影の身体をくの字に曲げた。

 

 

音が、止んだ。



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誇りを捨てる時

山本十字斎重國と四楓院夜影の白打対決は、山本十字斎重國が放った『元流拳術・双骨』によって幕を閉じた。

山本から翁草を受け取った夜影は、ある所へ向かった。


「説明して貰おうか、四楓院」

 

五華室と呼ばれる真っ白な広い部屋には、同じく真っ白な五角形の机。そこに五人、椅子に腰掛け話し合いをしていた。

夜影を詰問する声が低く野太い声が響く。

 

「説明も何も、儂は山本の下に付くと言っておるんじゃ」

「貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか? 我ら五大貴族の一角を為す貴様が、たかが一介の死神の下に付くなどと… 」

 

緊張感が部屋を覆う。

 

「ましてや貴様は天賜兵装番。 霊王様にも申し訳が立たぬわ」

「奴が、山本が欲しているのは天賜兵装ではない。儂の白打じゃ、安心せい」

「その白打で負け、実力は越えられたも同じ。 果たして天賜兵装が目的では無いと言い切れるのか?」

「儂の白打が役に立つかどうか、お主の身で確かめてみるか?」

「…面白い」

 

2人が立ち上がった瞬間、伸びやかな、まるで緊張感のない声が一触即発の空気を割った。

 

「まぁー辞めんしゃい、2人とも」

「志波…」

「夜やん、十字斎の実力は確かなんだろ?」

「あぁ。そこは儂が保証する」

「じゃあ僕らも尸魂界を思う気持ちは同じ。力になろうじゃないの」

「志波、貴様まで…」

 

志波と呼ばれた男・志波陸鷹(りくおう)が続ける。

 

「悪霊、いや、今は虚と言うのかな? 奴らが力を付けてきているのは間違いないんだし、何やら虚以外のキナ臭い匂いもするしね…」

「虚以外の敵…?」

「いや、これはまだ憶測の域を出ない話だけどね。 とにかくー」

 

陸鷹は立ち上がった。

 

「僕も十字斎の下につこうと思う」

「な…! 力になるだけでなく、下につくだと…!?」

「あぁ」

「バカな…四楓院だけでなく、志波までも…」

「君も行くだろう? 朽木」

 

今まで3人のやり取りを無言で聞いていた朽木と呼ばれた男は、そう聞かれるとスッと立ち上がり言った。

 

「瀞霊廷で生まれ瀞霊廷に育てられた我が身。 そこに命を差し出すのに、髪の毛一本すら入る余地は無い」

「待て!四楓院、志波、朽木! 貴様ら五大貴族の誇りは無いのか?御先祖様に申し訳無くないのか!?」

 

その問いに答える代わりに、朽木は問いかけた。

 

「兄が先程からしているのは面子の話か?」

「!!」

「なるほど我ら五大貴族が一介の死神の呼び掛けに集い、そやつの創設した組織に入るならば五大貴族の面子は潰れるだろう。 しかし、巨悪を倒すのに誇りなど邪魔なだけだ。違うか?」

「…」

「下らぬ誇りが世界を滅ぼす。 尸魂界を護れるなら五大貴族の誇りなど要らぬ」

「…分かった、そこまで言うなら止めはせん。 五大貴族がもつ生まれながらの霊力、存分に発揮してこい」

 

その言葉と同時に、夜影と朽木は立ち上がった。

5人居た机には、もはや2人しかいなかった。

 

「…兄達はどうする」

「私達はもう少し考えるよ」

「ならば我らは行ってくる」

「あぁ。気を付けろ」

 

五華室を出た四楓院は「十字斎からの預かり物じゃ」といって朽木に椿を、志波に水仙を手渡した。

そうして3人は歩き出した。

自らが持つ、強大な霊圧と、瀞霊廷を護る覚悟を胸に。



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散らば本望

五大貴族が開く会合『梅花(ばいか)』において、山本十字斎重國の理想とする隊に他の五大貴族を仲間に入れる任を与えられた四楓院夜影。
話し合いの末、五大貴族の志波・朽木の両家を仲間に入れる事に成功し、五大貴族が生まれながらに持つ強大な霊圧を味方につけることが出来た。

一方、尸魂界全土に散っている腕の見込んだ者を当たって廻っている山本と真名呼和尚は、剣術でも白打でもない、とある達人の屋敷を訪れていた。


「別に構いませんぞ」

「よし、ならば鬼ごとで…って、え?」

 

断られると思い込んでいた十字斎は、まさかの快諾に驚いた。

 

「私で良ければ、お力になりましょうぞ」

「本当に良いのか?」

「えぇ。 私が隊長など恐れ多い事ですが、十字斎殿が行動した事に、今まで間違いなどございませんでしたから」

「命に危険が及ぶ事もあるかもしれん」

「それは元より承知。この命、尸魂界の為に散らば本望」

 

そう言って、巨躯の男は十字斎に向かって右手を差し出した。

山本もそれに応じて右手を差し出し、2人は固い握手を交わした。

 

 

数刻前ー

 

 

「十字斎」

 

次の隊長候補の屋敷に向かってる途中、真名呼和尚が話し掛けた。

 

「夜影のやつ、説得に成功しているだろうか」

「できれば五大貴族には全員仲間になって貰いたいが、一筋縄では行かんだろう」

「誇りがどうのとか言ってそうだな」

「恐らく、説得が難航しているところに陸鷹が声を上げ、陸鷹と朽木は賛同してくれるだろう。しかしー」

「しかし、どうした?」

「しかし儂が五大貴族の中で最も重要視しているのは、四楓院でも、志波でも、朽木でもない」

 

そう言うと山本は唇を少し噛んだ。

 

「あのお方は簡単では無いぞ…」

「『滅水丸』か…」

 

話しをしている間に2人の目に大きな屋敷が飛び込んできた。

 

「ここは…」

「やはりこやつの力は必要だろう」

「確かに、白打に続いて刀の力ではないな」

 

ニヤリとして和尚が言うと、再び2人は歩みを進めた。

ちょうど門の辺りに来た時、期せずして中から声が聞こえた。

 

「十字斎殿と真名呼和尚ですかな?」

 

突然自分の名を呼ばれた十字斎は面食らった。

 

「…そうだ」

 

どこからか見ているのか。

十字斎はなるべく首を動かさないように辺りを見回した。

誰も居ない。

 

「そう驚かなくとも結構。我が屋敷の三里四方に張った結界に、お二人の霊圧が反応しただけの事」

 

屋敷の主はそう種明かしをすると、ギィッと門を開いた。

そこには山本が見上げなければならない程の巨躯の男が居た。

 

「刀も白打も使えない私に何の用ですかな?」

「詳しい話は中でしたいのだが良いかな? 大鬼道長・握菱鉄斎」

「これは気も利かず申し訳ありません。中へどうぞ」

 

握菱鉄斎と呼ばれた男は、山本と和尚を中へ招き入れた。

広い床の間に2人を通すと、鉄斎はお茶を淹れて2人に出し、同じ質問を山本にした。

 

「して、私に何の用ですかな?」

 

山本は単刀直入に言った。

 

「お主に新たな組織の隊長になって貰いたい」

「別に構いませんぞ」

「よし、ならば鬼ごとで…って、え?」

 

断られると思い込んでいた十字斎は、まさかの快諾に驚いた。

 

「私で良ければ、お力になりましょうぞ」

「本当に良いのか?」

「えぇ。 私が隊長など恐れ多い事ですが、十字斎殿が行動した事に、今まで間違いなどございませんでしたから」

「命に危険が及ぶ事もあるかもしれん」

「それは元より承知。この命、尸魂界の為に散らば本望」

 

そう言って、巨躯の男は十字斎に向かって右手を差し出した。

山本もそれに応じて右手を差し出し、2人は固い握手を交わした。

 

帰り際山本は鉄斎に、白罌粟を手渡した。



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斧は空を斬り

皆様いつもありがとうございます、ニケモクです。

お気に入り登録や御感想なども頂き、遅筆で文才も無いのに大変に恐縮しております…

同じくBLEACHを愛する方、流れて辿り着いた方、もし宜しければ最後までご覧くださいませm(__)m


よく渇いた砂地の上を、5〜6人の男が歩いて行く。

足並みは決して揃わない。

しかし歩調は崩れる事なく、ひたすら歩いて行く。

 

「とにかく西へ」

 

この言葉が一行をひたすら歩かせていた。

朝から出発して、時々休憩をし、そして日暮れに差し掛かった頃であろうか。

我慢の限界だったのか、1人の男が口を割った。

 

「どこまで行くのだ?」

 

一行はその言葉を聞いて、皆そう思っていたのだろう、一斉に立ち止まった。

 

「とにかく西へ…」

「大六野殿、本当に西に居るのだろうな、その化け物というのは」

「あぁ!その昔聞いた事がある。西へ西へ行った所に、人の言葉を話す化け物が居ると」

「総師範の力になる名案が、まさかその化け物を飼い慣らして新しい組織の力にするということだとは」

「人の言葉を話す化け物だぞ?必ずや十字斎殿のお力になってくれるはずだ!」

 

大六野と呼ばれた青年風の男は、問いただされ身振り手振りで説明した。

それを横目で見ていた大柄な丁髷の男がぽつりと言った。

 

「人の言葉を話す化け物… まぁ瀞霊廷にも居るけどなぁ。『夜摩天』と呼ばれる人猫が…」

 

『夜摩天』と聞いた途端、その場に居た者達はビクッと肩を震わせた。

 

「お、お主、もし聞かれていれば生きては帰れぬぞ」

「ははっ、まさか居るでなし聞かれてはいまい」

 

冗談を諌められた男は、そう一笑にふすと、話しを戻そうとした。

しかし戻せなかった。

皆の方へ振り向こうとした途端、竹やぶの方から感じる異様な気配に目が釘付けになったからだった。

 

「静かにしろ。 何か居る」

 

そう皆に注意を促すと、にじり、にじりとその気配に近寄った。

腰に携えた刀に手を掛けた瞬間、その気配が男に飛び付いた。

 

「真衣野(まさきの)!!」

 

周りの男達がそう叫ぶのと同時に、その影は再び竹やぶへと姿を消した。

その隙を見て男達は、倒れた真衣野の救出に向かおうとした。

しかし大六野がそれを制止した。

 

「待て、いま迂闊に動けば全員やられる…。誰かが囮になってあいつの気を引いてる間、一気に奴を叩く」

 

そう短く皆に指示すると、大六野は腰の刀を抜いて竹やぶへと向かって行った。

言葉は無かったが、大六野自らが囮になった事を瞬時に悟った男達は、このチャンスを無駄にしまいと、竹やぶを中心に扇状に広がった。

大六野は大きく息を吸い込むと、

 

「やぁやぁ我こそは『元流』開祖・山本重國が門下『元字塾』筆頭塾生、大六野厳蔵治朗衛門である!我と勝負いたせい!」

 

と名乗った。

草木だけでなく、大地すら震える程の名乗りだった。

それは、味方であるはずの元字塾一行すらも威圧した。

しかし、竹やぶからは一向に反応が無い。

しばしの沈黙が流れる。

 

その沈黙に耐えかねた扇の一角が、竹やぶにジリッと一歩踏み出した。

 

「馬鹿野郎!!」

 

踏み出した瞬間、動いた男に向けて影が襲い掛かった。

竹やぶから影が飛び出るのと同時に、大六野も動いた。

しかし間に合わず、影は男を鋭利な何かで切り裂くと、一行と一定の間合いを取り、対峙した。

対峙した姿を見るなり、大六野は声をあげた。

 

「こいつは…!」

 

尖った牙、鋭い爪、巨大な身体、太い尻尾。

姿を見せたのは、大きな獣だった。

 

「大六野殿」

「あぁ、間違いない。こいつが件の化け物だ」

 

それを聞いた獣は、口を開いた。

 

「ほう。儂は死神共の噂になっとるのか」

「!!」

 

一行は驚愕した。

大六野から聞いてはいたが、俄かに信じ難かった人の言葉を話す化け物。

それが目の前に現れた。

驚いたのと同時に恐怖した。

段々と事態を飲み込んできたのだ。

直面する程逃げ出したくなる現実。

それが目の前にあった。

緊張感からくる沈黙。

獣との間合いは保たれたままだった。

 

その沈黙を破った男がいた。

 

「斧ノ木総二郎、参る!!」

 

そう叫び、斧ノ木は刀を上段に構えたまま獣に斬りかかった。

袈裟斬りに振り下ろした刀は空を斬った。

すぐに気配を右に感じ、右に水平に刀を振ったが、そこに獣は居なかった。

 

「ここじゃ」

 

上から声が聞こえた斧ノ木は上を見た。

 

「斧ノ木、左だ!」

 

大六野が言うのと同時に、獣は息が掛かる程の距離に顔を寄せた。

 

「全く、人間は遅いのう」

 

その言葉を最後に、斧ノ木は気を失った。

 

 



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怨嗟晴らさでおくべきか

元字塾筆頭塾生・大六野厳蔵の『名案』により、人の言葉を話す獣を探しに来た元字塾生一行。

噂通り人の言葉を話す獣を竹やぶの中に発見した一行は、獣捕獲に向けて動くが、真衣野泰三始め、斧ノ木総二郎までその毒牙にかかっていった。

発案した大六野は、元字塾一行は、この事態をどう打開するのか。


「はうぁ!?」

「おう、気が付いたか」

「ここは…」

 

斧ノ木は周りを見渡した。

だだっ広い部屋。

暖かな布団。

そこには先程まで戦っていた竹やぶや砂地はなく、獣の姿も無かった。

 

「儂は…」

 

身体を起こし、攻撃を受けた辺りを手探るが傷は無い。

すっかり塞がったようだった。

 

「誇りに思えよ、俺は滅多に人を屋敷に上げねぇからな」

「そ、そなたは…雷迅の天示郎!?」

「けっ、十字斎の頼みでなけりゃ上げねぇんだがな」

「この傷はそなたが治してくれたのか…?」

「あぁ。ただの傷じゃなかったからな」

「ただの傷ではなかった…?」

「霊圧が混じってんだ、ただの切り傷じゃねぇだろう」

「霊圧!?」

 

斧ノ木は驚いた。

傷口に霊圧が残ってるとなると、やはりただの獣では無いという事か。

 

「あの獣は悪霊だったという事か…」

「いや、どちらかと言えばもっと高度な霊圧だ。例えば死神のような、な」

「死神…?」

「霊圧の感触から言うとな」

 

斧ノ木は再度驚いた。

獣の姿をした死神などいるのか。

しかし天示郎の話を聞けば聞くほど、疑問が浮かんできた。

仮に死神から受けた傷なら、薬草や傷薬を使ってもこんなに綺麗に治らない。

それが物の見事に塞がっている。

一体どんな手を使って…

 

「『回道』ってぇんだ」

 

天示郎は斧ノ木の考えている事を見透かしたように言った。

 

「回道ですと?」

「あぁ。お前を治した術だろ? まぁまだハッキリと名前は決めちゃいねぇがよ。 鬼道をちょっと応用したもんだ」

「すごい技術ですな」

「まぁ、な。お前の仲間を治した時も同じ事を言われたぜ」

「仲間…そうだ天示郎殿!仲間は、大六野は、獣は!?先程まで儂は戦っていたんだ!」

 

仲間と言われ斧ノ木は、つい先程まで仲間と共に獣と戦っていた事を再度思い出し、天示郎に詰め寄った。

 

「落ち着け、全部説明してやる。 まずその出来事は『先程』じゃねぇ」

「な…」

「3日前だ」

「バカな…儂は3日も寝ていたというのか…」

 

 

3日前ー

 

 

「斧ノ木ぃ!」

 

倒れゆく斧ノ木の身体を大六野はしっかと受け止めた。

そのまま地面にゆっくり寝かすと、キッと獣を睨んだ。

 

「貴様…!」

 

大六野は握っていた刀をギュッと握りしめそのままゆっくりと正眼の構えをとった。

怒りなのか恐怖なのか、鋒が僅かに震えている。

今にも自分に斬りかかりそうな男に対し獣は、嘲笑うかのように言った。

 

「ぬしらでは儂を倒すのは無理じゃ」

「なに!?」

「その証拠にほれ、鋒が震えておる」

「貴様…侮辱する気か!」

「ふん、儂を倒したいならノ字斎でも連れてこんかい」

 

大六野は考えを巡らせた。

獣は『ノ字斎』と発言した。

という事は、総師範の昔の知り合いか。

さらに、我々が関係者だという事を見抜いている。

相当高度な知能を持つ獣…

 

両者は対峙したまま動かなかった。

獣が指摘した通り、恐怖心が無いかと言えば嘘になる。

奴の間合いに入れば確実にやられる。

負傷者が2名、その他は戦意喪失。

数の利は最早無かった。

 

大六野は後悔していた。

あの時自分が提案しなければ。

あの時すぐに逃げていれば。

せめて沖牙師範に声を掛けていれば…

そこまで考えた時、

 

「助けが欲しいか?」

 

緊張感の中に凛と澄み渡る声が響いた。

その声は、絶望と後悔の曇天に覆われた大六野の心を澄み渡らせた。

その場に居た全員が声のした方向を見た。

 

「あなた様は…!」

 

真っ白な白髪、白い口髭。

死覇装に手甲をはめた少し細身の身体。

 

「夜影様!」

 

大六野は思わず、歓声にも似た声をあげた。

その声に元字塾の塾生が反応した。

 

「あれが噂の…!」

「あの方が『夜摩天』!?」

「しかし、横に居るのは誰だ…?」

 

夜影は獣と対峙すると、獣に挨拶した。

 

「久しぶりじゃのう『怨嗟人狼』」

「その名で呼ぶでない化け猫よ」

「今日は儂は散々じゃ。 瀞霊廷の化け物と呼ばれたり化け猫と呼ばれたり」

 

夜影はそう言うと、倒れている真衣野を見た。

 

「儂の陰口を言うだけ言って倒されよって…まぁよい。 人狼、お前の相手は儂では無い。 こいつじゃ」

 

そう言って夜影が身を翻すと、そこには五大貴族のあの男が立っていた。



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師弟の絆

圧倒的な力で元字塾生達を圧倒する化け物『怨嗟人狼』。
元字塾筆頭塾生・大六野厳蔵すらも刃が立たない中、四楓院夜影と五大貴族のあの男が助けに現れた。

この勝負の行方は。
そして怨狼の意外な正体とは。


「怨狼、貴様もこやつに会いたかったじゃろ」

 

夜影がそう告げて身を翻すと、そこには五大貴族の一人、朽木彩之丞(さいのじょう)が立っていた。

 

「さ、彩之丞…!!」

「久しいな、怨狼」

 

彩之丞の姿を見るなり怨狼は動揺した。

しかし、それを自分で掻き消すように大きく口を開け笑いだした。

 

「ふはははは! 貴様、生きておったか!」

「あの程度の傷を与えただけで、死んだと思う貴様の浅慮ぶりには反吐が出る」

「首でも刈っておくべきじゃったか」

「貴様如きに出来ると思うか?」

「なら今やって見せようか」

 

両者はそう会話を交わしながら、お互いの間合いギリギリまで歩みを進めた。

怨狼の間合いに彩之丞が入った途端、怨狼が飛び掛かった。

彩之丞はそれを瞬歩で躱すと、すぐに背後に廻った。

背後に廻ったのが分かっていた怨狼は、地面に着地するなりすぐに横に飛び退いた。

 

「鈍い!」

 

そう言って怨狼は爪を剥き出しにし、地面を蹴って斬り裂きに掛かった。

その爪は彩之丞を斬り裂いたかに見えたが、それは残像だった。

 

「鈍いのはどちらだ」

 

彩之丞はすでに怨狼の背後に廻っていた。

 

「な…に…!」

 

怨狼の身体に刀の刃が滑り込んで行く。

怨狼は瞬時に身を反転させると、彩之丞と向き合った。

そのまま彩之丞を蹴り上げると間合いを取った。

 

「ぐふっ…」

 

彩之丞は上空に身を投げ出されたが、すぐに受身を取り、怨狼に対峙した。

 

「やるのう」

「前の時とは同じように行かぬぞ」

「確かに、この姿のままの儂がここまで追い詰められたのは久しぶりじゃわい」

 

両者は再び間合いを探りあった。

次に間合いに踏み込んだのは怨狼だった。

 

「尸魂界の土となれい!」

 

そう言いながら渾身の力を込め地面を蹴って一気に間合いを詰めた。

その早さに合わせるように彩之丞は後ろに飛んだ。

怨狼の攻撃は地面をえぐるのみで、空振りに終わった。

彩之丞は着地するのと同時に地面を蹴り、今度は前に飛んだ。

怨狼はそのスピードについて行けず動けない。

「ちっ」と一言だけ言うとその場に立ち竦んだ。

 

彩之丞の刀をもろに受けた怨狼。

傷が深いのか、身体から血が止めどなく流れる。

怨狼はすでに肩で息をしていた。

 

「勝負あり、じゃな」

 

夜影がそう言ったのと同時に、怨狼は倒れ込んだ。

その姿を認めるなり彩之丞もその場に片膝をついてしゃがみ込んだ。

 

「怨狼を運べ」

 

元字塾生に短くそう指示すると、夜影はその場を離れようとした。

 

「お待ち下さい、夜影様!」

 

大六野が呼び止めた。

 

「これは一体…お二人はこの獣を捕まえに来られたのですか?」

「なんじゃお主達、十字斎の指示でこやつを捕まえに来たのではないのか?」

「いえ、我々は総師範の役に立とうと勝手に…」

 

そこまで聞くと夜影は声に出して笑った。

 

「これが師弟の絆というやつか…まさに阿吽の呼吸じゃな。 よいか、この化け物の名は人狼・狛村陣右衛門。 十字斎が隊長の一人にと見込んだ人物じゃ」

「この獣が、隊長…!?」

「あぁ。それで儂らはこやつを誘いにきた」

 

大六野は驚きを隠せなかった。

新たな組織の隊長陣は曲者・強者・色物揃いと聞いていたが、まさか獣まで隊長だとは…

さすが総師範、我々にはとても考え及ばぬ。

 

「まぁ詳しい話は帰って十字斎に聞けい。 儂は彩之丞を抱えて帰らねばならぬから失礼するぞ」

 

そう言って彩之丞を肩に担いだ夜影はその場を離れた。

大六野を始めとする元字塾生達も、怨狼と負傷者を担ぎ、その場に後にした。

 

 

 



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恐るべき一振り

金属を叩く、甲高い音が潮風に乗って辺りに響く。

甲高い音だが、軽くはない。

重く、魂のこもった音。

その音を聞きながら、兵主部一兵衛はその音のする屋敷へと入って行った。

屋敷の中には髪を後ろで結わえた男が、柄の長い細身の金槌で金属を打ち続けていた。

 

一兵衛はその男を邪魔しないように、作業が見える座敷に座った。

屋敷の外から聞くのと内で聞くのとでは、音の迫力が全く違った。

 

あぁ、この男は魂を削ってこの作業に打ち込んでいるのだ。

 

そう思ったところで、男は大きく振りかぶり、渾身の力を込めて金槌を叩き込んだ。

作業が終わったのか、金属を並々水の張った樽に入れる。

水は激しく音を立てて蒸発していった。

 

「そろそろ来る頃だと思ったよ、和尚」

 

男は一兵衛に背を向けたまま話掛けた。

金槌を作業台に置き、一兵衛の座っている座敷へ座った。

 

「分かっていたなら話が早い。王悦、おんしの力が必要だ」

「十字斎の創る新たな組織の隊長…か」

「そうだ」

 

王悦と呼ばれた男、二枚屋王悦は、使用人にお茶を2つ入れるよう頼むと、額の汗を拭ってから言った。

 

「和尚には悪いけど、断るよ」

「…」

「十字斎のアレには、錚々たる面子が揃っているそうじゃないか。 僕の力は必要ないだろう? それに群れるのが嫌いで、一人で刀を鍛っているのに」

「そう言うと思ったが、今は状況が全く変わっている」

「というと?」

 

一兵衛は淹れて貰ったお茶を一口飲むと続けた。

 

「十字斎が組織を創ったのは、虚も勿論だが、それ以上の危険に備えている」

「それ以上の危険…?」

「あぁ。 尸魂界を取り巻く危険は、虚だけでは無いという事だ。 その危険に対して、おんしの力が必要だ。その強大な霊力は、斬魄刀の職人で終わらすのは余りにも惜しい」

「僕には何の力も無いよ」

「儂らにその言葉が通じると思うか?」

 

王悦は一兵衛の話を聞き終えると、スッと立ち上がった。

 

「分かった。 但し条件が有る」

 

一兵衛は承諾して貰った安堵と、王悦が何を言い出すのかという不安とで、顔が曇った。

 

「条件?」

「僕は今まで自分が鍛った斬魄刀は、全てその持ち主と在り処を把握している。その中で、恐ろしい程の霊力を付け始めている刀が一振り有る」

「『刀神』が恐れる一振りか…」

「あぁ。その刀を探して欲しい。 持ち主と刀の名はー」

 

一兵衛はその名を聞くと、その目をひん剥いた。

その後に笑いが込み上げた。

 

「はっはっは、そこには今、十字斎が向かっている」

「十字斎が?」

「奴は、新たな組織の隊長候補だよ」

「そんな…!十字斎の奴、何を考えているんだ…」

「色物・強者・変わり者揃いの隊。 奴がどう纏めるか見ものだのう」

 

一兵衛はそう言うと、残っていたお茶を飲み干した。



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天蚕宿る

男が2人、丘の上に座って話していた。

この丘は見晴らしも良く、動物も時々見られ、小鳥のさえずりも聞こえる。

仲が良いのだろう、緊張した様子は全くなく、時折笑顔も見られる。

ふと会話が途切れた時、癖毛で大柄な男が思い出したように言った。

 

「先生の話、聞いたかい?」

「護廷隊の事か?」

 

質問を質問で返したもう一人の男は、髪を腰まで伸ばしていた。

髪がそよ風にたなびく。

 

「あぁ。 お前さんはどうするんだい?」

「俺は断ろうと思う。 最近子供が産まれたばかりなんだ。 それに、俺は君と違って上に立って何かすると言うより、裏方に向いている」

「そうか…」

「その様子だと、君は隊長の話受けるつもりか?」

「そのつもりだ。 長男も統学院を卒業したし、次男も手が掛からなくなったしね。 僕が頑張らないと」

「そうか、次男君、そんなに大きくなったか」

「我が子ながら、落ち着きのない子だよ。 でも霊圧は見込みありだね」

「それは君の子だからな。 将来が楽しみだ」

 

そういって2人は笑い合った。

その時、ふと背後に気配を感じた。

2人同時にその事に気付き、同時に振り向いた。

 

「やぁ」

 

素っ頓狂な声だった。

癖毛の男は驚いた。

仮にも貴族として尸魂界に生まれた自分達が、こんなに近くまで来られてもその気配に気付かなかった。

長髪の男もそれを感じていたのか、驚いた顔をしている。

 

「さ、賽河原殿…!」

 

長髪の男に賽河原と呼ばれたその男は、2人のそばに座った。

 

「さっきの話、聞かせてくれるかい?」

「さっきの話と言いますと…」

「隊長がどうとか」

「えっ、いや、しかし…」

 

2人は困惑した。

護廷隊の話を賽河原が知らぬはずが無かった。

2人に説明を求めたその意図が分からなかった。

 

「いえ、しかし賽河原殿にもお話は行ったはずですが…。なにせ賽河原殿は八剣聖のお一人なのですから」

 

長髪の男がそう言うと、賽河原は形相が変わり、

 

「話が来てないから聞いてんだよ!!」

 

と声を荒げ、おもむろに立ち上がった。

今まで抑えていた霊圧が放たれ、重い霊圧が2人を包んだ。

2人は素早く賽河原と距離を取ると、癖毛の男が腰の斬魄刀に手を掛けた。

 

「賽河原殿、我々は戦うつもりは…」

「浮竹ェ、賽河原殿は御乱心のようだ」

 

浮竹と呼ばれた長髪の男は、賽河原に対し戦う意思が無いことを伝えるも、最早その耳には届いていないようだった。

賽河原が放つ、明確な殺意がそれを物語っていた。

 

「どうする?」

「どうするも何も、戦うしかないんじゃないの? あちらさんはやる気みたいだし」

「我らで八剣聖に勝てるのか…」

 

「相談は終わったか? 貴様ら、八剣聖である私を愚弄した事、後悔させてやる」

 

賽河原は斬魄刀を引き抜くと、その鋒を2人に向けた。

刀身は日の光を反射し、妖しく光っている。

 

「余程声が掛からなかったのが悔しかったらしい」

 

癖毛の男はそう言うと、腰に引っ提げた斬魄刀を抜いた。

浮竹は未だ覚悟を決め兼ねているらしく、斬魄刀に手を掛けているものの、抜刀はしていなかった。

 

「来んのか? 来ぬならこちらから行くぞ」

 

賽河原はそう言った瞬間、癖毛の男に飛びかかりながら斬りつけた。

癖毛の男は、賽河原の刀を辛うじて受けた。

 

「くっ…」

「はっ、よくぞ受けた。 一の太刀を受けられたのは久しぶりだ」

「…重いねぇ」

 

賽河原と癖毛は一旦離れると間合いを取った。

 

「やるな」

「いやいや、八剣聖の名は伊達じゃないねぇ」

「お前、名前は?」

「…京楽源之佐(げんのすけ)」

「源之佐か、覚えておこう。 なんせ俺に解かせたのは2人目だ」

 

そう言うと賽河原は斬魄刀を納刀した。

同時に、みるみる賽河原の霊圧が上がっていく。

 

「京楽、これは…!」

「まさかここで解くとはねぇ…」

 

浮竹と京楽は、普段の生活ではおよそ遭遇し得ない霊圧の塊に、冷や汗を禁じ得なかった。

これ程までの霊圧の波に飲まれたのは、2人にとって初陣だった、先の虚侵攻戦以来だった。

 

「源之佐、今度は受けれるか? 行くぞ!!『破れ…」

 

そう言い斬魄刀を解放しようとした瞬間、何者かに刀を抑えられた。

賽河原が振り向くと、そこには賽河原よりずっと小柄な男が立っていた。

今にも爆発しそうな程高まった強大な霊圧は、一気に小さくなった。

 

「賽河原、帰って来ないと思ったら、こんな所で油売っていたのか。 下見が長いぞ」

 

声こそ柔らかな物腰だが、言葉の奥には隠し切れていない鋭さがあった。

 

「はい、すみません…」

「帰るぞ、 お前如きが本気であの2人相手に戦えると思っているのか」

「いや、しかし奴らはまだ目覚めてなど…」

「阿呆が。 なぜ目覚めた後の事を考えん? だからお前はいつまでも八剣聖の末席なのだ」

 

そう言って小柄な男は賽河原と共に帰ろうとした。

ふと、何かを思い出したように小柄な男は浮竹と京楽に告げた。

 

「そうだ、丿字斎に宜しく伝えておいてくれ。 いつか会いに行く、とな」

 

小柄な男と賽河原が帰った後、浮竹と京楽は半刻程前と同じように座って話をしていた。

 

「賽河原殿はともかく、あの小柄な男も八剣聖なのだろうな」

「そうらしいね。 いや、どうも怪しくなってきたねぇ。 僕が赤子扱いなんだから」

「とにかく、先生に会いに行こう」

 

2人は瀞霊廷に向かって歩き出した。



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元字塾道場にて

尸魂界に存在する全死神の中で、特に剣術が優れた者8人に与えられる称号『八剣聖』。
その八剣聖の一角・賽河原康秀に強襲された京楽源之佐と浮竹禅郎。
辛くも凌いだ2人は、山本十字斎重國に相談するべく元字塾を訪れた。




「なに、賽河原(さいがわら)殿が?」

「えぇ。先生と元字塾の皆様なら何かご存知かと」

 

先ほど起きた出来事を一通り浮竹から聞いた斧ノ木は、驚きを隠せなかった。

賽河原は元字塾総師範・山本十字斎重國と並び称される八剣聖の一人であり、元字塾の客員師範でもあった。

 

「その一緒にいた小柄な男…同じ八剣聖の生熊(いくま)(しん)かも知れんな」

「生熊…真」

「生熊流開祖『違天(いてん)の真』と呼ばれた生熊が敵方とするなら、相当厄介だな」

「もしかすると、二人だけじゃあないかもしれないよ」

 

浮竹と共に元字塾道場に来ていた京楽が口を開いた。

 

「どういう事だ?」

「…先生は八剣聖に護廷隊の話はしていたのかい?」

「うん? 確か、八剣聖の総代に話をしたと言っておられたが」

「やっぱりね」

「京楽、どういう事だ?」

 

京楽は浮竹の質問には答えず、顎髭に手を当て、考え込んでいた。

 

「先生はどこに?」

「廷内を散歩に行くと言っておられたが…」

「瀞霊廷内を? 流刃若火(りゅうじんじゃっか)を持って?」

 

京楽の指摘で初めて斧ノ木は、床の間に山本の斬魄刀がない事に気付いた。

 

「一体先生はどこに…」

 

斧ノ木が不安に駆られていく中、ドタドタと廊下を走る音が聞こえた。

 

「丿字斎殿ぉぉぉぉ!」

「な、何だ?」

「こ、この声は…!」

 

その声と足音は、真っ直ぐ斧ノ木達の居る部屋に向かってきた。

勢いよく障子の戸が開く。

 

「丿字斎殿ぉ!」

「ええい、静かにせんか長次郎!!」

「も、申し訳ございませぬ!」

 

長次郎と呼ばれた男は、地面に手を付きすぐさま謝った。

全ての視線が長次郎に注がれる。

『長次郎』の名に浮竹が反応した。

 

「こ、この男が長次郎…?雀部長次郎忠息(ささきべちょうじろうただおき)!?」

「おや浮竹殿、ご存知で?」

「存じるも何も、雀部長次郎殿の名を知らぬ者は居ないでしょう」

「恐れ多きお言葉…」

 

長次郎は座りが悪そうにした。

浮竹は続ける。

 

「その剣の腕前もさる事ながら、『十字斎』の生みの親。 そして何より…卍解修得者」

 

修得した者は例外なく尸魂界の歴史に名を刻まれるという卍解。

その困難さはその場に居た誰もが嫌という程解っていた。

その卍解をこの目の前に居る優男はとうの昔にやってのけた。

その事に同じ死神として、憧れと少しの嫉妬を男達は持っていた。

 

「それで、丿字斎殿はどちらへ?」

 

長次郎の問いで話は本題へ戻った。

 

「いや、それが分からんのだ」

「先生は斬魄刀を持って『散歩』に行ったらしい」

「斬魄刀を持って…?」

「あぁ。 四十六室に見つかると厄介だ。 常時帯刀は許可されていない」

「丿字斎殿が斬魄刀を所持し向かうところ… 心当たりがあります」

「なんと…!」

 

場がざわつく。

 

「それは、」

 

その行き先を聞いて、驚きを隠せた者はいなかった。

一体先生は何を考えているのか。

なぜそんな所に斬魄刀を持って向かっているのか。

山本の意思を汲み取れた者は居なかった。

 

「とにかく我々もその場へ向かおう」

 

斧ノ木の提案で、浮竹・京楽・雀部・斧ノ木・大六野がその場へ向かった。



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異界の地

ー何年ぶりであろうか、ここを訪れるのは。

 

山本十字斎重國は、そう心に自問し巨大な地下への入り口に立った。

 

ー簡単には行くまい。

 

山本は決心したように地下へ一歩踏み出した。

真っ暗な道をひたすら歩いて行く。

目指すは、ここ真央地下大監獄の中でも2番目に深い、第七監獄『大炎熱』。

気の遠くなるような時間をかけ、ようやく目的の場所へ辿り着いた。

いかにも分厚そうな重厚な鉄扉に刻まれた『大炎熱』の文字。

山本は鉄扉の前に立った。

 

勿論四十六室に許可は得ていない。

却下されるのは目に見えていた。

尸魂界史上空前絶後の大悪人を今から解き放つ。

かつて自らの手でこの場所に封印した、あの大罪人を。

 

山本は一歩前に進み出て、扉に手を付けて力を込めようとした。

 

「なりませんぞ」

 

その、重く身に響くような声が山本の行動を制止した。

 

「…断十郎か」

「奴を解き放つなど言語道断。 四十六室が許してもこの『 髪愧烏の断十郎』が許しませぬ」

「四十六室にも話は通しておらん」

「ならば尚のこと。 200年前、重國様を含めた八剣聖が、全く通用しなかったのをお忘れか!」

 

断十郎は語気を強めた。

何としても奴を解き放ってはならぬ。

重國様をお止めする。

その気概に満ち満ちていた。

 

「通してくれ」

「なりません。 尸魂界を混乱の坩堝に落とすおつもりか」

「…御免」

 

一瞬だった。

山本は瞬歩で断十郎の背後に廻ると、首にトンッと手刀を当てた。

断十郎の巨体が地面に沈む。

 

「重國…様」

 

断十郎は途絶えいく意識の中で、山本に言葉を掛けた。

 

「奴は破界の者…くれぐれもその力、使い間違えぬよう…」

 

山本の真意を見抜いた言葉を背中に受け、再び鉄扉に手を付け、開け放った。

扉一枚隔てたそこは、世界が異なっていた。

深い深い穴を見ているような漆黒。

死臭・腐臭が漂う、呼吸するだけでむせ返る臭い。

山本は改めて思う。

ここは真央地下大監獄 第七監獄『大炎熱』。

果てぬ贖罪を続ける場所。

これから解き放つ者は、稀代の大罪人。

 

山本は奥に進んで行く。

頼りは点在する霊圧のみ。

その時、声がした。

霊圧に比例したような、野太い声だった。

 

「やっと来よったか、待ちわびたぞ」

「貴様…」

「儂か?儂は…」

 

山本は男の名も聞かず奥に進んだ。

男の引き止める声を背中に受け進み続けた。

 

山本は霊圧も何も無い所で止まった。

そして声を掛けた。

 

「なぜ霊圧を消している?」

「なぜ?貴方に会いたくないからに決まっているでしょう?」

「…儂と一緒に来い、烈」

 

山本の頬を汗が伝った。



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対峙

200年前ー

その当時の儂は、尸魂界で8人の猛者に与えられる称号『八剣聖』を持つ者達をも圧倒する勢いで力を付けていた。

天下無双。

我が流派こそ最強。

そう思っていた。

 

そんな時、奴は現れた。

 

長い髪を結う事無く伸ばしており、見た目には美しい女。

しかし、着物は返り血で汚れ、異臭を放ち、眼は獣のそれだった。

そんな異形の女が尸魂界の外れに現れたと聞き、数人の門下生と駆け付けた。

そこには血溜まりを作った死体が20は転がる、まさに死地だった。

その中に佇む女1人。

それが奴、卯ノ花烈だった。

 

「先生」

 

門下生の1人が奴の姿を見るなり驚き、声を掛けて来た。

 

「あやつですよ。 いま巷を騒がせている極悪人というのは」

「そうか。 こやつか」

 

極悪人の話は聞き及んでいた。

尸魂界を荒し回っている輩が居る、と。

またとない好機。

我が剣技、大義名分のもと存分に発揮できる。

かつて儂と戦った中でまともに渡り合えたのは、八剣聖の総代・東元坂征郎太のみ。

儂は自然と笑みが浮かんでいた。

 

「なかなかのやり手のようじゃの」

 

儂は斬魄刀を抜刀すると、奴との間合いを取った。

草履の擦れる音が響く。

ふと、転がった死体に目をやると、そこには見慣れた顔がいくつもあった。

その中に、東元坂の顔を確認した瞬間、儂の顔から笑みが消えた。

 

「貴様…東元坂を、征郎太を倒したのか」

「東元坂? 貴方は踏み潰す蟻にいちいち名を聞くのですか?」

「…お主らは下がっとれ」

 

一言二言会話しただけで解る迸る狂気。

儂は門下生達に距離を取るように指示し、斬魄刀の柄を握り直した。

 

「『元流』山本重國…参る」

 

 

 

「勝敗?」

 

京楽は目的地に向かって走りながら、その戦いで唯一その場に居合わせた門下生・大六野に戦いの勝敗を尋ねた。

 

「…総師範が生きておられる。 それだけで総師範の勝ちだよ」

「しかし、奴も生きている」

 

当たり障りのない言葉で誤魔化そうとする大六野に食い下がる京楽。

大六野は観念したように話を続けた。

 

「総師範はよく戦っておられた。 しかしお一人ではあの狂人相手には力が及ばなかった。 もうダメか…そう思った所に、八剣聖が現れた。 しかも全員が、だ」

「八剣聖が全員…!?」

「あぁ。 その当時の八剣聖総代・東元坂征郎太殿の霊圧の異変を察知して駆け付けたらしい」

「おぉ、大逆転…!さぞ壮観だったろうな、儂もその場に居合わせたかった」

「しかし」

 

斧ノ木の楽観的な声を遮るように大六野は言葉を続けた。

 

「本当の悪夢はここからだった」



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颯変

こんにちは、ニケモクです。

かなり久しぶりの投稿になります。
今回の投稿を待ち侘びていたのは、他の誰でもなく僕自身です。笑

内容としては、情景一変して某貴族の屋敷からです。
某貴族が誰なのかは本文を読んでのお楽しみ!


「で、兄らは何故ここに居る」

 

途轍もなく広い屋敷の縁側に、5人の男が寝そべっていた。

どの男の顔も弛みきっており、緊張感の欠片も無かった。

 

「仕方がなかろう、『五華室(ごかしつ)』が使えんのだ。 朽木邸に集まるしか無いだろう」

「五華室が使えぬのは分かる。 何故そこで我が屋敷に集まる事になるのだ」

 

屋敷の主、朽木彩之丞(くちき さいのじょう)は、横になっている5人の男に目をやり呆れつつ言った。

 

「まぁ良い。 五華室が使えぬのも、兄らがここに集まるのも良いとしよう。 しかし、何故五大貴族でもない貴様がここに居るのだ陣右衛門」

「まぁ良いではないか。 お主にやられた傷がまだ癒えとらんのだ」

 

怒りの矛先が自分に向けられたと悟った狛村陣右衛門(こまむら じんえもん)は身体を起こし、少し大袈裟に傷を撫でつつ弁明した。

陣右衛門は人の姿になっていた。

 

「それに、丿字斎に隊長に任ぜられ召集されたものの、何事も無く暇なんじゃ」

「確かに最近は平和だが、それが良いのだろう」

「面白くもない。かつての『剣八』のような大悪人が現れればのう」

 

『剣八』の名に、その場に居た全員が反応した。

 

「ふん、奴のような悪人はもう二度と現れまいて。 もし奴と同等、或いはそれを上回る敵が現れたなら…その時は我らの総力をもって叩き潰すしかあるまい」

 

五大貴族の1人でもある四楓院夜影(よるかげ)は、縁側に寝転がったままそう呟いた。

 

「ま、心配ないでしょ。 その為に護廷隊が出来つつ有るんだし」

 

志波陸鷹(りくおう)は場の空気を感じ、敢えて軽い口調で言った。

確かに、尸魂界の強豪が山本の元に1つにまとまりつつ有った。

 

「そうだな」

 

皆その意見に同意したのか、陸鷹に反論する者は居なかった。

我らは集結の号令が掛かるのを待つのみ。

再び朽木邸に穏やかな空気が流れようとしていたその時、

 

 

「伝令!」

 

顔の上半分を面で覆った装束の男が、朽木邸の庭に突如現れた。

突然の男の出現に、寝そべっていた者は身体を起こした。

 

「こやつは…裏廷隊(りていたい)!?」

「恐れながら申し上げます。 八剣聖が1人、『元流』開祖・山本重国様が真央地下大監獄へと向かわれた模様」

 

裏廷隊が片膝をつきながら伝令を伝える。

 

「何じゃと!?」

「一体そのような場所へ何故…?」

「目的などは不明。 しかし、門番の1人『髪愧烏(ほっけう)の断十郎』が倒されたとの情報が」

「おいおいおい、断十郎といえば…」

「おうとも。 第七監獄『大炎熱』よ」

「十字斎の奴…」

「噂すれば何とやら、か」

 

山本が大炎熱へ向かったと聞いた夜影は、即座にその目的を察した。

と同時にすぐさま身支度を整えた。

 

「ゆくぞ」

「あぁ。 『滅水丸』、兄達はどうする。」

「以前と同じ質問をするのだな」

 

『滅水丸』と呼ばれた五大貴族の1人は、以前、五華室で山本に付くかどうかの問答をしたのを思い出していた。

 

「共に行こう。 ただし護廷隊としてではない。 瀞霊廷を守る、五大貴族として、だ」

「充分だ」

 

ー 全く、素直ではないな。

朽木は答えを聞いて少し笑みを浮かべた。

 

6人の男は走り出した。



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解縛

「なぜ私を解放するのですか?」

 

卯ノ花烈は山本十字斎重國に尋ねた。

しかし、答えが返ってくる事はなかった。

数刻前もそうだった。

 

ー付いてくれば解る。

 

そう言って地上を目指す間も、山本と烈の間に一切会話は無かった。

ただただ黙々と歩いていた。

烈は感じていた。

ようやく自分に訪れた解放の時。

しかし何かがおかしい。

山本は何を考えているのだろう。

なぜ自分を解放するのか。

身体に科せられたままの封印はまだ解かれてはいなかった。

 

「そろそろだ」

 

烈の思考は山本の声によって中断された。

目の前の重厚そうな鉄扉が開く。

瞬間、目に飛び込んでくる光。

それは、200年間闇に閉ざされた烈の眼球を大いに刺激した。

瞬間、鼻に香る地上の風。

それは、地上に出て来た事を否応無しに感じさせてくれた。

 

第七監獄ではひたすらの闇だった。

聞こえてくる音も、うめき声や水のしたたる音ぐらいで、他の囚人と話しをする事もほとんど無かった。

もう慣れたとは言え、腐臭・死臭・黴の臭いなどひどいものだった。

 

もう二度と感じる事の出来なかったであろう環境に、烈は思わず目を閉じた。

 

「どうじゃ、久しぶりの地上は」

「えぇ、気持ちの良いものですね」

「お主のような者でも、感傷的になるのだな」

「あら、草木を愛でる心まで捨てた覚えはありませんよ。 そろそろ聞かせてもらいましょうか。 なぜ私を地上に連れてきたのか、その理由を」

 

烈は山本に相対した。

本当に解放するのか。

200年前に山本自らの手で地下監獄に封印した自分をなぜ再び地上に戻したのか。

その答えを聞くために。

 

「理由か」

 

山本はぽつりと言った。

 

「決まっとるじゃろう。 お主と、そして200年前の儂に決着をつける為じゃよ」

「な…」

(かい)!」

 

 

 

「なんと…!」

「おう、どうしたい」

 

麒麟寺天示郎(きりんじ てんじろう)と鬼道について話をしていた時、握菱鉄裁(つかびし てっさい)は突然声を上げた。

 

「俄かに信じがたいことですが、封印が解かれました」

「おめぇが掛けた縛道の封印が…?」

「えぇ。 これは厄介な事になりそうですぞ」

「解かれたってのは誰なんだ」

「卯ノ花、烈…!」

 

天示郎は烈の名を聞くなり立ち上がった。

 

「あぁ!? あいつは今捕らわれてるはずじゃねぇのか?」

「まさか…自力で」

「いや、そいつはあり得ねぇ。 おめぇの縛道が自力で解けるハズがねぇ。 裏で手を引いてる奴が居るはずだ」

 

鉄裁は錫杖を手に取り、同様に立ち上がった。

 

「ならば」

「あぁ。 行くぜ、真央地下大監獄によ」



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鸞翔鳳集

握菱鉄裁は現場に到着するなり、思わず言葉が漏れ出た。

 

「遅かったか…」

 

そこには、見慣れた顔が幾つもの死体となって転がっており、完全に戦場と化していた。

死体が血の海を成し、少し時間が経過したのだろうか、鴉に啄ばみ始められている死体もあった。

死体の中には辛うじて生きている者も居たが、最早呼吸しているだけの状態だった。

その戦場の真ん中辺りに、血まみれの女と、死覇装を来た複数の男達が対峙していた。

 

「重國殿!!」

「鉄裁か…」

 

鉄裁は瞬歩で男達に近づいた。

男の一人、山本重國は額の大きな傷から血を流し、立っているのが精一杯といった様子だった。

 

「これは一体…?」

「見てのとおりじゃ。 この女に八剣聖も他の皆もやられてしもうた」

「八剣聖まで…!?」

 

鉄裁は血まみれの女に目をやった。

女は血まみれだったが、大きな傷は受けていないようだった。

 

「すべて返り血、という事か」

「おや? 新たなお客様ですか?」

「姿形は女なれど、中身は悪鬼そのもの。 八剣聖の仇、皆の恨み、晴らしてくれよう」

 

鉄裁はそう言うと、手に持った錫杖を地面に突き立てた。

錫杖がシャン、と音を立てる。

 

「いま八剣聖、と言いましたか?」

「知っているのか」

「噂には」

 

女はそう言うなり、初めは噛み殺していた笑いを堪えきれず、やがて大きな声で笑いだした。

ひとしきり笑った後に言った。

 

「八剣聖?先程の弱いのが!? そこに転がって虫の息になっているのが私の棲む世界で一番強い八人ですって? 笑わせてくれる!」

「なっ…」

「八剣聖が総出で私一人に敵わないのなら、私はこう名乗りましょう…『剣八』、と」

「傲りが過ぎるぞ」

 

鉄裁は怒りで打ち震えていた。

この女は必ずやここで仕留めねばならぬ。

そして永遠に封じねばならぬ。

 

「重國殿…しばしの間、目を閉じていて下され。 禁術を使います」

 

鉄裁は両手に霊力を込め始めた。

 

 

 

「おう、もう着くぜ」

「む…」

 

鉄裁は天示郎の声により現実に引き戻された。

中央四十六室より禁じられた縛道を使い、あの日あの時重國殿と共に封じたあの女、卯ノ花烈。

数多くの悪人を見てきたが、あの女だけは別格だった。

もう二度と会う事は無いと思っていたが、何者かに解放されたいま、200年前と同じように封じれるのだろうか。

 

「心配する事はねぇよ」

 

鉄裁の思考を読み取ったように天示郎は言った。

 

「いくら卯ノ花烈が強ぇからって、奴は200年も地下監獄に居たんだぜ。 そんな奴に俺らが負けるはずはねぇ」

「…そうですな」

 

鉄裁は天示郎の言葉でも胸騒ぎを消しきれなかった。

一体誰が、何の為に卯ノ花烈の封印を解いたのか。

 

やがて、真央地下大監獄周辺に着いた時、見えてきた光景に天示郎は思わず声を上げた。

 

「何じゃこりゃあ…!」

 

そこには山本十字斎重國と対峙する卯ノ花烈は勿論、五大貴族の現当主五人に加え、上級貴族の浮竹と京楽、山本の流派である元字塾の面々と狛村陣右衛門と雀部長次郎までいた。

およそ考え得る、今現在の尸魂界の戦力の最高峰を集めたような顔ぶれがそこに集まっていた。

 

「何じゃ、おんしらも来とったんか」

 

この男達を抜きには最高峰は語れない。

天示郎が振り返った先には兵主部一兵衛と二枚屋王悦がいた。

 

「何じゃ何じゃこの面子は」

 

一兵衛は嬉しそうにそう言った。



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推して参る

「そろそろですね」

 

死覇装を来て走る男達の集団。

その先頭を行く、髪を茶筅に結った男、雀部長次郎が言った。

その言葉を聞いて男達に緊張の表情が浮かぶ。

 

男達が目指す目的地は真央地下大監獄。

師と仰ぎ、先生と慕う男がいま、尸魂界空前絶後の大悪人を解き放とうとしている。

雀部長次郎曰く、隊長に引き入れる為だという。

思うに護廷隊とは、卯ノ花烈のような巨悪から尸魂界を護る為にあるべきであり、逆に解き放つとはどういう事なのか。

その真意を聞く為、男達は師の元へと走っていた。

 

真央地下大監獄に到着した男達の目に飛び込んできた光景は、状況が特殊な事をありありと物語っていた。

そこには、山本十字斎重國と卯ノ花烈が対峙していただけでなく、滅多にお目にかかれない五大貴族の現当主が全員揃っていた。

 

「な、なぜあの方達が…!」

「どうやら、ただの隊長勧誘という訳じゃなさそうだねぇ」

 

真っ先に声を上げたのは浮竹禅郎だった。

尸魂界に居を構える同じ貴族といえども、五大貴族は別格だった。

貴族として名を連ねている京楽源之佐も冷汗を浮かべていた。

 

「おぬしらも来たのか」

「!!」

「よ、夜影様!?」

 

先程まで遠くに見えていた五大貴族の1人・四楓院夜影が、音も無く一瞬で男達の元へ現れた。

 

「あの距離を一瞬で…」

「そこまで驚く事はなかろう」

「夜影様、これは一体?」

「さあのう、儂らが聞きたいわい。 裏廷隊より、十字斎が地下大監獄に向かっとると聞いて来てみたらこの有様じゃ」

「裏廷隊が…」

 

裏廷隊が動いているということは、中央四十六室は総師範の動きを把握しているという事だろう。

同行していた元字塾筆頭塾生の大六野厳蔵は、そう考えを巡らせた。

しかし、その考えは何某があげた驚きの声によって中断された。

 

「なっ、あれは…」

 

何某、斧ノ木総二郎がら驚きの表情で指差した方向には、麒麟寺天示郎と握菱鉄裁、兵主部一兵衛と二枚屋王悦がいた。

天示郎はいま到着したのか、驚きの表情を浮かべている。

 

「雷迅に刀神… 一体今から何が起きるのだ」

「どうやら役者は揃ったようじゃの。 ゆくぞ」

 

そう言い残し、夜影は再び驚異的な瞬歩で、今度は山本と烈の近くに行った。

それが合図かのように、一堂に会す機会など二度とないような面子が、山本と烈の周りに参集した。

 

「…やはり来たか」

 

山本が口を開く。

 

「おうおう、随分な口の聞き方じゃねぇか。 十字斎、どういう事か説明してもらおうか」

「決着をつける為じゃよ」

「決着…?」

「200年前、儂らはこやつの強大な力の前に"負け"た」

「何を言ってやがる。 おめぇと鉄裁で監獄にぶち込んだろうよ」

「確かに尸魂界としては勝利かも知れん。 しかし、儂の勝利ではない」

「なっ…」

 

天示郎は思い出した。

十字斎とはこのような男だったのだと。

勝ち負けにこだわり、負けず嫌い。

自分が最強の死神だという自負心。

そうでなければ気が済まない自尊心。

しかし、それが十字斎らしさ。

天示郎はニヤリと笑った。

 

「そうだな。 おめぇがそこまで言うならやれ。 存分に」

 

天示郎は山本から離れた。

それを確認すると山本は、一呼吸置いて大きな声をあげた。

 

「皆の者、これより先は手出し無用! 『元流』山本十字斎重國、推して参る!」



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おんしに任せた

山本十字斎重國は、卯ノ花烈との間合いを保ちながら両拳を構えた。

その構えは独特で、両脚を広げ腰を深く落とし、左手を身体より後ろに引いて右手を相手に突き出すというものだった。

構える前と構えた後では、霊圧の質そのものが変わったような感触さえ覚える程の迫力の山本。

重く、濃い霊圧が山本を中心に周りに広がる。

まるで水銀が辺りに満ちたような、周囲一帯の者はそんな感覚を覚えた。

 

「元流拳術、ですか」

 

その山本に対し全く怯んだ様子すら見せず、烈は冷淡に言った。

 

「私相手に剣を抜かなかったのは褒めて差し上げましょう。 剣では貴方は分が悪いですからね」

「抜かせ」

 

そう言うと同時に山本は一足跳びで間合いを詰めた。

着地と同時に左足で地面を踏みしめ右拳を突き出した。

 

「速い! ですが…」

 

烈は左側に身を倒しながら紙一重で避けると、右膝を山本の脇腹に突き上げた。

山本の身体がくの字に曲がる。

 

「追いつけぬ私ではない」

「くっ…」

 

自身の速さと烈の膝蹴りの速さが相まって、山本は負傷を免れなかった。

口の端から血が溢れる。

 

「肋骨が何本かいきましたね」

「肋骨ぐらい何本でもくれてやるわ」

 

山本は口の血を拭うと再び構えた。

 

「まだやるつもりですか?」

「言ったじゃろう。 決着をつける、と」

「どうやら骨の髄まで思い知らさないといけないみたいですね。 私が最強の死神だと!」

 

今度は烈が間合いを詰め、その勢いのまま左肘を山本の顔目掛けて放った。

 

「くっ!」

 

山本の頬を肘が掠める。

 

「貴方の腕はそんなものでは無いでしょう?」

 

烈は挑発的な言葉を投げかけるも、山本は次々に繰り出される烈の攻撃を避けるのが精一杯で、言葉を返す余裕が無かった。

 

「解せませんね…」

 

烈は落胆の色を隠さず言った。

再び両者は距離をおいた。

 

「解せんか」

「えぇ。 地上に出されて、腕の鈍った貴方を相手して何になるのでしょう?」

「戦いはまだまだこれからじゃ!」

 

山本は烈に飛び掛った。

 

 

「十字斎の動きも相当速いが、それを上回る卯ノ花、恐るべし」

 

少し距離を置いた所で両者の戦いを見届けていた朽木彩之丞は呟いた。

 

「あの十字斎が翻弄されておる。 奴め、白打の才も有ると言うのか」

「しかし、烈の言う通りなぜ十字斎は烈を地上に?」

「分からん」

「儂は仲間に引き入れる為だと思っていたが」

「かなり劣勢だな。 このまま幕引きなのか?」

「いや、十字斎はまだやれるよ」

 

五大貴族が思い思いに話す中、その1人・志波陸鷹があっけらかんとした口調で答える。

 

「奴と一戦交えたから解る。 奴は、十字斎はやっぱり"剣"なんだ」

 

 

山本はやや息が上がり額に汗しているのに対し、烈は汗一つかいていなかった。

両者は再び距離をとっていた。

山本が静かに問いかける。

 

「なぁ烈よ」

「はい」

「儂と約束してはくれんか?」

「約束?」

「もし儂がこの戦いに勝てば、お主に護廷隊の隊長になってもらう」

「な…! この私に貴方と共に戦えと?」

「もし儂が負けたなら… この流刃若火をやろう」

 

山本はそう言うと、自身の斬魄刀である流刃若火を突き出した。

 

「数ある焱熱系斬魄刀の中で最強最古の刀、流刃若火…。 確かに魅力的ですね」

「どうした? やはり『大炎熱人』に約束事は難しいか?」

 

山本の発した挑発的な言葉に、烈は乗るように答えた。

 

「面白い。 勝負は何でつけるのですか?」

「刀を賭ける勝負じゃ、刀でつけよう。 鉄裁」

 

山本は遠巻きに戦いを見ていた握菱鉄裁を呼んだ。

鉄裁は瞬歩で近づいた。

 

「話は聞いておったのう。 あれを」

「し、しかし…」

「儂を信じろ。 200年前の儂とは違う」

「承知しました」

 

鉄裁は十五字の手印を組み「解!」と言った。

次の瞬間、烈の身体から弓なりの刀が出現した。

それは、烈の斬魄刀『肉雫唼』だった。

 

「奴の身体から…!」

「斬魄刀が体内に!?」

「…200年もの間、体内で封印していたということか」

「裏縛道・六の道『劔崩し』。 斬魄刀と所有者の魂は切っても切れぬもの…。 斬魄刀を長期封印するなら、所有者の体内を置いて他に無し」

 

周囲の者が驚く中、鉄裁は冷静に説明した。

『劔崩し』の鬼道を解かれ、解放された『肉雫唼』を烈は手に取った。

烈は柄に手を掛け、そのままゆっくりと引き抜いた。

ただそれだけの行動が持つ意味。

それは、この場に居る者全てが解っていた。

 

悪鬼に金棒。

烈に剣。

禍々しい程の霊圧が烈を中心に広がった。

 

「剣で決着とは…。 後悔しても知りませんよ?」

 

烈は、山本の得意とする構え『正眼の構え』で山本に相対した。

 

 

「…これだ」

 

真名呼和尚・兵主部一兵衛と共に皆とは少し離れた位置から戦いの様子を見ていた二枚屋王悦は、そう洩らすように呟いた。

 

「僕が感じていた強大な斬魄刀の霊圧はこれだ」

「いくら十字斎と言えども一筋縄では行かんだろうなぁ」

「気を付けろ十字斎… その霊圧の高まりは200年前の比じゃないぞ」

 

誰もが感じている不安、それは王悦も同じだった。

対照的に一兵衛は楽天的だった。

 

「十字斎!」

 

一兵衛は叫んだ。

 

「尸魂界はおんしに任せた!」

 

山本は答えなかった。

しかし、山本が笑みを浮かべたように烈には見えた。



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巨炎衆覆

「馬鹿な…解放でこの霊圧だと…?」

 

辺り一帯を、身を焦がすような炎が支配した。

思わず言葉を洩らした狛村陣右衛門を含めた、その場に居た皆が額に汗を浮かべていた。

 

「流刃若火… さすが焱熱系最強と言うだけありますね」

「この炎、その身で味わえ」

 

卯ノ花烈の称賛の言葉に、言葉少なに返すと山本十字斎重國は烈に斬りかかった。

 

「剣とは。 踏み込みが命」

 

烈は造作も無く山本の剣撃をかわすと、右足で地面を踏み込み、右斜め下から左上に斬り上げた。

踏み込んだ地面は割れていた。

 

「これ、誰に物を言うとる」

 

尋常ではない踏み込みと、烈のしなやかさが載った眼にも止まらぬ剣撃を、山本は顔一つ歪めずに見切った。

たった2、3回の剣のやり取りで、お互いの力を把握し合った両者は、間合いを取った。

 

「剣に関しては、少しは腕を上げたようですね」

「…お主が地下におる間、儂もそれなりの死線をくぐり抜けてきた」

「そのようですね」

「ここに集まっている何人かとも剣を交えた。 そして打ち勝ってきた」

「…何が言いたいのですか?」

「だからこそ儂はお主に負ける訳にいかぬ。 儂がお主に負ける事… それは儂の敗北だけでなく、尸魂界の敗北を意味する」

 

山本はそこまで言うと、構えを解き、自身の斬魄刀・流刃若火を右に振った。

 

「あ、あの構えは」

 

2人の戦いを遠巻きに見ていた雀部長次郎は声を上げた。

 

「よう見とけ。 100年に一度拝めるかどうかの演目じゃ」

「まさか…」

「卍解ーー『残火の太刀』」

 

山本の言葉を合図にしたかのように、今まで辺りを支配していた強大な炎が姿を消した。

直視出来ない程の炎を纏っていた流刃若火は、黒焦げた斬魄刀になり、煙が一筋立ち上がっているのみであった。

 

「…卍解、と言いましたね?」

「いかにも」

「まさか貴方が卍解を修得しているとは思いませんでした。 が」

 

烈は流刃若火を指差した。

 

「その、今にも折れそうで消し炭のような小さい刀が卍解ですって?」

「ほう。 お主にはそう "見える" か」

「先ほどまでの身を震わすような霊圧も感じられない。 勝負を捨てましたか」

「得てして巨大なものとは全貌が掴みにくいものよ。 ほれ、掛かってこんかい」

 

山本はあえて挑発的な言葉を投げ掛けた。

 

「面白い…例え貴方が卍解を修得しようと私には敵わない」

「お主は相変わらずじゃのう…」

「我が名は『八千流』。 天下無数にある全ての流派、そしてあらゆる刃の流れは我にあり!!」

 

烈はそう叫ぶと、山本に斬り掛かった。

その顔には汗が浮かんでいた。



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決着

それは、一瞬だった。

飛び掛ってきた卯ノ花烈を山本十字斎重國は、巨炎を宿した一刀のもとに斬り伏せた。

 

烈はその場に跪くと、自らを焦がす炎を見つめた。

 

「これが…卍解…」

「そうじゃ。 斬魄刀の持つ万とも言える能力と力を、自らの霊圧と融和させ最大限に引き出し、解放する。 故に、卍解」

「斬魄刀と融和、ですか」

「斬魄刀を、己の力を誇示する道具としか見ていないお主には、まだ難しいかのう」

 

烈は自身の斬魄刀『肉雫唼』に目をやった。

その表情は、どこか哀しげに見えた。

 

「馬鹿な…」

 

烈は炎に包まれながら肉雫唼をそのまま地面に刺し、杖代わりにして立ち上がろうとした。

 

「止めておけ」

「私はこの世の全ての流派を極めた者… 貴方などに負けるはずが…」

 

話の途中で吐血する程、烈の身体は傷を負っていた。

その烈に、山本は諭すように語りかけた。

勝敗は明らかだった。

 

「この世の全ての流派を極め、お主が自ら付けた名『八千流』。確かにお主はその名に相応しく強かった。 しかし儂は『元流』じゃ。 本元が複写物に負ける訳無かろう」

 

山本はそう言い、流刃若火を納刀した。

と同時に大粒の雨が降り出した。

その雨は、山本の霊力の残滓とも言える烈の身を焦がし続けていた炎を消火した。

 

「私は…」

 

烈は顔を上げ、山本の顔をしばらく見つめた後に何か言おうとしたが、叶うことなく力尽き、その場に倒れ込んだ。

 

「決着じゃ」

 

その言葉を合図にしたかのように、山本の元に駆け付ける者、その激闘を讃える者、烈を救護所に運ぶ者、静かに帰り行く者、それぞれに分かれ、尸魂界の未来を懸けた勝負の行方を見守り終えた。

 

「丿字斎殿!」

「長次郎か」

 

雀部長次郎はいち早く山本の元に駆け付けた。

山本は長次郎の顔を見るなり、その場に崩れ倒れそうになったが、それを長次郎が支えた。

 

「無茶をするからです」

「こうでもせねば勝てなかった…。 いや、今回は本当の意味での勝ちではないのかもしれん」

「…そうですね。 しかし『柳の如し」を真髄とする元流剣術、しかと見届けました」

 

山本は、長次郎が肯定した事に対し少なからず驚いた。

 

「なんじゃお主、知っておったのか」

「勿論です。 私は丿字斎殿の右腕、ですから」

 

長次郎が笑みを浮かべそう言うと、山本は嬉しそうに叱った。

 

「これ長次郎、その名で呼ぶなと言うたじゃろう。 またうちの者共に怒られるぞ」

「しかし…」

「『私ごときが丿字斎殿の名を変えてはならぬ』か?」

「はい」

「ならばこうしよう。 今日から儂は『元柳斎』と名乗る。 丿字斎でも十字斎でもない、儂自身が初めて自分に付ける名じゃ。 お主は今日からそう呼べ」

 

山本は指で空に字を書き、長次郎にそう言った。

この時この瞬間から、山本は『山本元柳斎重國』と名を改めた。



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捕縛令状

「…ここは」

「おう、目が覚めたか」

「儂は、眠っておったのか」

「あぁ。 二日間、な。 烈との戦いの後気を失って、長次郎がここへ連れてきた」

「二日もか… やはり奴との戦いは体力を使う」

 

山本元柳斎重國はそう言って布団から身体を起こすと、そばにあった土瓶から水を湯呑みに入れ、それを一気に飲み干した。

 

「しかしよく勝てたな、あの化け物に」

 

山本を治療していた麒麟寺天示郎は、決しておだてるつもりもなく率直にそう言った。

 

「烈にはまだ封印がされておったからな」

「鉄裁が掛けていた分か」

「あぁ。 もし烈が全力だったなら…」

 

『真の勝利とは言えない』と言いたげな山本を、天示郎は諭すように言った。

 

「あれだけの観衆の前で、あれだけの死闘を繰り広げた。 そして倒した。 それで十分じゃねぇか?」

「…まぁ、気付く奴は気付いとったようじゃがの」

「なに?」

「長次郎は封印の事に気付いとったようじゃ」

「はっ、奴は別格だろうよ」

 

天示郎はそう言って自分も湯呑みの水を飲むと一呼吸置いて話し始めた。

 

「なぁ、そろそろじゃねえか元柳斎よ。 お前の目的は、烈を倒す事じゃねぇだろう?」

「あぁ。 だが…」

「まだ足りねぇか」

「"目"が足りぬ」

 

その言葉を聞いて天示郎は立ち上がった。

 

「じゃあ入れに行こうじゃねえか。 お前が描く竜に睛を、な」

「しかし、あの方の説得は困難を極めるぞ」

「構わねぇ。 滅水丸だか何だか知らねぇが、説得がダメなら力ずくでやるまでよ」

 

山本は嬉しかった。

天示郎が、自分の理想とする組織を作ろうとする事に積極的に動いてくれるのが。

やはり皆、気持ちは一緒なのだ。

この世界を、尸魂界を護りたい。

その為に烏合の衆たる我らが纏まらねばならない。

山本は口元を緩めると同時に立ち上がった。

その時。

 

山本と天示郎が居る部屋に、黒頭巾を被った黒装束の男達が3人 "出現" した。

 

「…てめぇらどこから出てきやがった」

「麒麟寺天示郎、貴方に用は無い。 山本重國殿。貴方に中央四十六室より、斬魄刀無許可帯刀及び真央地下大監獄無断侵入、及び罪人脱獄幇助の罪で強制捕縛令状が出されております」

「四十六室の奴らめ、何を今更…」

「御同行願えますか?」

 

男達の1人が丁寧な口調で淡々と述べた。

疑問形で聞いてはいるが、その口調とは裏腹に強い重圧があった。

 

ーマズい。 いまここで元柳斎がしょっ引かれると、護廷隊の話が立ち消えになっちまう。

 

天示郎は男達3人を倒す手順を瞬時に考えると、実行に移した。

しかし、その初動を山本に止められた。

 

「元柳斎…!」

「天示郎。 お主の気持ち、有り難く受け取っておく。 中央四十六室を敵に回すその覚悟、並大抵の事ではない。 しかし、こやつらの言っておる事は何一つ間違っとりゃせん」

 

山本は男達に一歩進み出た。

 

「お主らが述べた罪状、間違いはない」

「元柳斎!」

「儂を中央四十六室へ連れて行け」

「お前が居なかったらどうするんだ、護廷隊は!」

「大丈夫じゃ。 歯車はもう回っとる」

 

男達は殺気石で出来た漆黒の棒を山本の前で交差させると、そのまま山本を拘束し、中央四十六室へと連行した。



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授業

中央四十六室。

 

それは、尸魂界全土より集められた40人の賢者と6人の裁判官によって組織された、尸魂界における最高司法機関にして最高権力機関。

尸魂界で起こる全ての事象・事案はここに強制的に集約され、必要とあらば審査に掛けられる。

死神が犯した罪などもここで裁かれ、決定された判断・判決は、五大貴族当主といえども決して覆る事はない。

 

そんな厳正厳粛な場に1人の男が連行された。

山本元柳斎重國、その人である。

 

「罪人、前へ」

 

低く、重い声が響き渡る。

山本はその声に従い、中央に進み出た。

その両腕は後ろ手にされ、冷たく、硬く重い枷がされていた。

この場には、山本を含めて50人程居るにも関わらず、驚くほど静かだった。

緊張感が辺りを重く支配する。

 

ここに入るのは、あの時以来2回目かー。

 

山本はそう考えながら、顔をなるべく動かさず周囲を見回した。

これから山本を裁く、咳払い一つしない46人の賢者と裁判官の前には、罪人から顔が見えないよう衝立がされており、一つ一つに番号が振られていた。

その一つ、二十八番を冠した衝立から声がした。

 

「ほう、貴様が山本重國か」

 

山本は発言して良いものかしばし逡巡したのち、短く、

 

「いかにも」

 

と返答した。

 

十一番が続けて山本を詰問した。

 

「この際、斬魄刀の無許可帯刀や真央地下監獄への無断侵入などどうでも良い。 しかし、卯ノ花烈…奴を、あの鬼人を解き放ったのはどういう事だ!」

 

十一番は固く握った拳を机に叩きつけ、声を荒げた。

その場に居た全員が山本の言葉を待った。

沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは、四十番の賢者だった。

 

「なぁ山本よ。 お前も知らぬはずは無いだろう。 かつてこの尸魂界を恐怖と混乱の坩堝に叩き落とした、あの者の本性を」

「…本性?」

「卯ノ花烈は強い。 間違いなく強い。 尸魂界開闢以来、奴に比肩するものは片手で数える程度。 その力は今後、尸魂界を取り巻く危機に必要かもしれん。 しかし」

 

四十番はそこで一旦言葉を区切った。

山本はそこで初めて四十番に目を向けた。

 

「しかし?」

「…奴は血を求め過ぎる」

 

山本は視線を戻すと、その重い口を開いた。

 

「今の尸魂界には力が足りませぬ。 これから尸魂界を取り巻く危機、それは今後どんどん強まりましょう。 もし前回のように、力を付けた悪霊…虚が再び侵攻してきた場合、あなた方は自分で身を護れるとお思いか」

 

淡々と事実を述べる山本に、尸魂界全土から集められた賢者達は返す言葉が無かった。

自分達に力が無いのは、他の誰でも無く、賢者達が一番よく分かっていた。

 

「その為に儂は、尸魂界全土を巡り、尸魂界及び瀞霊廷を護る組織を作っておるのです。 その組織に…奴の力が必要だと判断しました」

「お前の力で奴を御しきれるのか?」

 

二十八番の賢者は、嫌味たらしくそう返すのが精一杯だった。

 

「御しきる? それは不可能」

 

そう言い切った山本に、賢者たちは驚き、口汚く山本を罵った。

その中には、山本絶対断罪の声も多く混じっていた。

 

「心配無用!」

 

山本がそう一喝すると、中央四十六室は水を打ったように静まり返った。

 

「今後、卯ノ花烈がその力を内に向ける事はあるまい。 それ程、尸魂界を取り巻く状況は切迫しておる。 奴には、外に対し存分に働いてもらいます」

 

"罪人"であったはずの山本の言葉に、その場にいた者全員が呑まれていた。

山本は最早"罪人"ではなく、尸魂界に差し迫ってる危機に鈍感な"生徒"に対して教えを説く"講師"となっていた。

 

「もうよろしいか」

 

山本に返答する者は誰一人なかった。

山本は背を向けると、出口に向かって歩いて行った。

その背中に40人の賢者と6人の裁判官は、判決は追って連絡する、としか言えず、出て行く姿を見つめる事しか出来なかった。

 

その後、この件で山本に連絡が行く事は無かった。



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柳の間にて

自分の眼の前で山本元柳斎重國が連行された。
その危機的状況を伝えるべく麒麟寺天示郎は、柳の間に関係者を集め、今後の対策を協議した。


元字塾本部の一角「柳の間(やなぎのま)」。

そこに大勢の男達が集まり、数人は立っているものの、車座(くるまざ)になり、深刻そうに話をしていた。

その中の1人、髪の毛を頭頂部で括った男が、向かいに位置する場所に座っている、髪の毛をカチカチに固めて腹巻をした男に尋ねた。

 

「麒麟寺殿、いまの話は本当か!?」

「あぁ。 四十六室の奴ら、本気で元柳斎を潰すつもりだぜ、ありゃあ」

「やはり、護廷隊結成の動きが奴らの癇に障ったのか…」

 

麒麟寺と呼ばれた男・麒麟寺天示郎は、先日自分の身に起きた出来事を事細かに話した。

その話を聞いた他の男達から漏れ出る声に、車座の一員・雀部長次郎が即座に反応した。

 

「いえ、中央四十六室の者達は、自分達に力が無いのは分かっているはず」

「では何故…?」

「恐らく、八剣聖(はちけんせい)の者達が圧力を掛けたのではないかと」

 

八剣聖が関わっている。

その場に居た何名かの者は心当たりが有った。

八剣聖とは、山本元柳斎重國もその名を連ねる、尸魂界全土から選び抜かれた8人の剣豪の事を指し、先の虚侵攻戦でも、強大かつ巨大な虚から尸魂界を守り抜き、その存在感を大いに示した。

車座に加わっていた京楽源之佐(きょうらくげんのすけ)浮竹禅郎(うきたけぜんろう)は以前、八剣聖である賽河原(さいがわら)康秀(やすひで)生熊真(いくましん)と戦闘・接触しており、その事実を知っている元字塾の面々の記憶にも新しかった。

 

「八剣聖が…」

 

柳の間に集まっていた一部の者達からは、驚きにも似た声があがった。

それに対し、壁に凭れ(もたれ)掛かっていた四楓院夜影(しほういんよるかげ)は、全てを見透かしたような口調で言った。

 

「まぁ確かに、先日の戦いにも奴ら勢揃いじゃったしのう」

「やはり奴らも気になっとったのか。 護廷隊と、尸魂界の未来を掛けたあの大一番を」

「みたいじゃの」

 

夜影が『先日の戦い』と言い、狛村陣右衛門(こまむらじんえもん)が『大一番』と表現した戦いとは、大衆が見守る中、山本と卯ノ花烈が繰り広げた死闘の事だった。

 

八剣聖が絡んでいるとなると、今回の件は一筋縄ではいかない…

そんな雰囲気が柳の間に充満しつつあったが、まるでそんな空気を薙ぎ払うように天示郎が声を上げた。

 

「八剣聖だか何だか知らねぇがよ、俺ァ行くぜ」

「天示郎殿!?」

「待て天示郎、元柳斎が捕らえられてる所は中央四十六室。 あそこは…」

 

その場に居た者達が、口々に驚きと反対の声をあげる。

 

「あそこが何だってんだ」

「あそこは…」

 

完全禁踏区域(かんぜんきんとうくいき)じゃ」

 

柳の間に居た者達は驚いた。

外から突如声が聞こえた。

そして何よりこの声はー。

元字塾の斧ノ木総二郎(おののきそうじろう)が障子を開ける。

 

「なっ…」

「先生!」

「元柳斎!」

「元柳斎殿ォ!?」

 

座っていた者は立ち上がり、立っていた者は山本の元に駆け寄った。

 

「何じゃ、死人が生き返ったみたいな顔をしよって」

「先生が四十六室に連行されたと、天示郎殿から聞き及びまして…」

 

山本が冗談交じりに言った言葉も、その場に居た者達にとってはあながち冗談などではなく、中央四十六室から戻って来れた事自体、奇跡に近い事だった。

それほど中央四十六室の権力と執行力というのは、尸魂界では絶対的であった。

 

「よくぞご無事で」

「中央四十六室と言えども同じ死神。 尸魂界を想う気持ちは同じじゃ。 話せば分かってくれるわい」

「元柳斎が戻ってきたとなると…」

「あぁ。 あと2人だけ、仲間に引き入れたい奴がおる。 和尚、付いてきてくれるか」

「無論じゃ」

 

声を掛けられた兵主部一兵衛は立ち上がると、柳の間に集まった面々に「任せておけ」とだけ言い、山本とその場を後にした。

 



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『滅水丸』

いずれ来たる未曾有の危機から尸魂界を護る為、きちんとした指揮系統のもとに団結した組織が必要と判断した山本元柳斎重國。
尸魂界に名を轟かせている数々の傑物を仲間にしてきた山本だったが、どうしても仲間に引き入れたい人物が2人いた。

その1人であり、尸魂界五大貴族の一角でもある死神、その名を『滅水丸』。
山本と『真名呼和尚』・兵主部一兵衛は、その者が修行しているという滝を訪れた。


始めは緩やかだった山道も、その傾斜は今ではかなり角度をつけていた。

右手に清流を見ながら、山本元柳斎重國と兵主部一兵衛の2人は、黙々と山道を登っている。

滝の音も遠くに聞こえてきた。

 

「そろそろか」

「どうした和尚。 息が上がってきたか?」

「それはおんしの方だろう」

「しかし、この川の水が尸魂界に潤いを与えているのだな」

 

他愛もない会話をしつつ歩みを進めていると、滝の音も近くなり、ひらけた場所に出た。

 

「ここはいつ来ても、見事な瀑布(ばくふ)じゃのう」

 

その『見事な瀑布』は、高さ10間はあろう落ち口から、見る者を圧倒するような水量を滝壺(たきつぼ)に吐き出し続ける、言わば直瀑(ちょくばく)であった。

一目で深いと分かる滝壺を(よう)する(ふち)に溜まった水は、緩やかな流れとなり、清流となって尸魂界へと流れていた。

 

一兵衛があげた気の抜けたような声とは対象に、山本はその表情を強張らせ、その目はある男を捉えていた。

その男は、滝の水飛沫(みずしぶき)をものともせず、斬魄刀を膝の上に置き、座禅を組んで滝と相対していた。

 

死神なら誰でも知っていた。

この姿勢の持つ意味を。

刃禅(じんぜん)』。

それは、己の斬魄刀と対話する際にとる姿勢であり、また、己の精神を極限までに研ぎ澄ます方法でもあった。

 

「お久しゅうございます」

 

山本は男の背中にそう声を掛けると、男は振り向きもせず「来たか」とだけ言い、すっと立ち上がった。

男は体格もよく、髪を後頭部で雑に結い、ようやく振り向いたその顔には、左上から右下にかけて刀傷が有った。

 

「元気そうだな、山本」

「『滅水丸(めっすいまる)』様こそ」

「その名で呼ぶなと言うに」

「尸魂界五大貴族のお名前は、一介の死神がそう易々と呼べるものでは有りません」

「はっ、心にもない事を」

 

山本が『滅水丸』と呼んだこの男こそ、山本がどうしても護廷隊の隊長の1人にと熱望していた人物であった。

その説得に、一兵衛と共にこの滝まではるばるやって来たのだった。

 

「名前も呼べぬほど敬遠している者を、部下にしようと言うのか?」

「部下などと…」

「話は夜影(よるかげ)や朽木から五華室(ごかしつ)で聞いた」

「では…」

「いや」

 

『滅水丸』は納刀したままの斬魄刀を手に山本に近づいた。

斬魄刀も死覇装(しはくしょう)も滝の飛沫(しぶき)で、水が(したた)るほど濡れていた。

 

「私はどうしても(ぬし)の下に付けんのだ」

「下に付けと申しているのではありませぬ」

「では聞こう。 もし主の言う護廷隊とやらが出来たとしよう。 その場合、誰がそれを(まと)めるのだ?」

「それは、隊長同士の話合いで…」

「笑わせるな!」

 

『滅水丸』は語気を強めると同時に、霊圧をその言葉に乗せた。

山本と一兵衛の身体を、川原の小石と水飛沫と共に霊圧の波が通り過ぎる。

 

「くっ…!」

「話合い、だと? ただでさえ血の気の多い奴らだ。 意見の食い違いで斬り合いを始めかねんと思わんのか?」

「それは…」

 

それは山本も従来より懸念していた事であった。

尸魂界全土からより集めた猛者達(もさたち)は、育ちも違えば、思想・理念・それぞれの正義も全く違う。

そこに各々の自尊心(じそんしん)が加わると、話合いなどでは決着はつかない。

そうなると、絶対的な代表、『総隊長(そうたいちょう)』とも言える立場の者が必要だと考えていた。

 

「抜け、山本」

 

山本はあまりにも唐突な言葉に面食らった。

しかし、『滅水丸』が続けて放った言葉に、山本はさらに驚かされた。

 

()(のこ)れ『滅水丸』!」

 

それは、斬魄刀『滅水丸』の解号だった。



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激突

五大貴族の一角『滅水丸』を護廷隊の仲間にするべく、その修行場である大瀑布を訪れた山本元柳斎重國と兵主部一兵衛。

言葉での説得を試みる山本に対し、護廷隊のメンバーは言葉では纏めれ無い事を諭し、その身に分からせようとする『滅水丸』。

五大貴族として生まれ、超然たる霊圧を有する『滅水丸』に、『元流』開祖・山本はどう対抗するのか。

激突必至の両者の謁見の行方は。


「消え残れ『滅水丸(めっすいまる)』!」

「逃げろ!元柳斎!!」

 

霊圧の高まりを感じ、それが斬魄刀の解放だと瞬時に悟った兵主部一兵衛は、山本元柳斎重國に急ぎ退避を促した。

『滅水丸』の解号の声と同時に(はな)たれた一兵衛のその声に反応した山本は、後ろに大きく跳躍(ちょうやく)した。

斬魄刀の解放と共に、『滅水丸』は右から水平に斬魄刀を振るったものの、そこには山本の姿はなく、空を()いだのみであった。

 

「…ほう」

「『滅水丸』様、いきなり何をなさる」

「いきなり何をする? 何を言う、事前に霊圧を揺らがせて気付かせてやったろう?」

 

『滅水丸』は、そう言って頬を(ゆが)ませると、再び斬魄刀を構えた。

 

「その死覇装(しはくしょう)、仕立てて貰ったばかりか? (おろ)したての死覇装がそれ以上切れぬよう、次はもっと早く()けろよ」

 

見ると、山本の死覇装の前部(ぜんぶ)がぱっくりと裂けていた。

山本の手にじんわりと汗が(にじ)む。

 

ーまずい。 元柳斎のやつ、烈との傷がまだ癒えとらん。 内部霊圧(ないぶれいあつ)が安定しとらんから、霊圧知覚(れいあつちかく)にまで気が回せとらんな… ここは儂が、

 

「おっと動くなよ和尚」

 

身体の予備動作は勿論、霊圧の動きも立てないように動こうとした矢先、その動きは『滅水丸』に制止された。

 

「和尚の目的は、私を倒す事ではない。 これはあくまで、元柳斎と私との戦い。 手出し無用で願いたい」

「さすが、五大貴族と言ったところかのう、今の動きに反応するとは」

「ふっ、元々の才よ」

 

斬魄刀を構えたままの『滅水丸』は、山本から視線を外さず一兵衛と冗談交じりにそう話すと、再び山本に言った。

 

「抜けい、山本よ。 私を力で()じ伏せるか、仲間にするのを諦めて引き退(さが)るか、道は2つに1つ」

「…承知いたした」

 

そこまで言われて、ようやく山本は己の斬魄刀『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』に手を掛けた。

戦う、と腹を決めた途端、相手は"倒すべき敵"に変わり、自分と相手との距離は、"間合い"に変わる。

 

「そうだ。 その顔だ」

 

『滅水丸』は満足気にそう言うと、山本との間合いを保ちながら、山本の出方(でかた)を伺った。

腹を決めた山本が強敵なのは分かっていた。

元流(げんりゅう)』開祖にして八剣聖(はちけんせい)の1人。

そして死神統学院(しにがみとうがくいん)の創始者。

今の死神の源流(げんりゅう)は、山本が作ったと言っても過言では決して無い。

霊圧で上回っていても、剣術では互角、(ある)いは…

 

「ぬんっ!」

「!」

 

山本は考え事をしていた『滅水丸』に斬りかかった。

『滅水丸』はそれに少し遅れて反応し、辛うじて斬魄刀の(しのぎ)で受けた。

 

「らしくないですな『滅水丸』様」

「らしくないな山本…いきなり斬りかかるとは」

「いきなり? 霊圧を揺らがせて知らせたつもりだったんですがのう」

「抜かせ!」

 

斬魄刀と斬魄刀が、ぎりぎりと音を立ててぎ合う。

力と力のぶつかり合い。

山本は、刀で相手を押し返し、再び間合いを取った。

まずは小手調べ。 間合いを取って相手の様子を観察する。

そして、ある事に気付いた。

斬魄刀『滅水丸』はすでに解放状態。

しかし刀身は何ら変わった様子は無い。

 

「ようやく思い至ったか」

 

『滅水丸』は再び斬魄刀を納刀すると、居合の構えをとった。

 

「我が斬魄刀の能力、その身に味わえ!」

 

迫ってくる『滅水丸』に山本は、滝を訪れる前に立ち寄った、館の主人の言葉を思い出していた。



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纏めねばならぬ存在

「なに?『滅水丸』を隊長の一人にしたい、じゃと?」

 

死覇装の仕立ての為に、とある屋敷を訪れていた山本元柳斎重國は、採寸を終え一安心したのか、その屋敷の客間で寛いでいた。

無事、一物を切り落されずに死覇装の採寸を終えた山本に、屋敷の主人はそう聞き返した。

 

「そうじゃ」

「綱彌代には声を掛けたのか?」

「あの方はあの方で、五大貴族筆頭としての役割が有るじゃろう」

「しかし何故また『滅水丸』なのだ。 奴は扱いづらいぞ?」

「『滅水丸』様の持つ底知れぬ霊圧、それは尸魂界の為には無くてはならないものじゃ。 それにのう…」

 

山本は、仕事を終えたばかりの主人が淹れたお茶を一口飲むと言葉を続けた。

 

「尸魂界に害を為す考え方の持ち主こそ、尸魂界の為に1つに纏まらねばならぬし、纏めねばならぬ」

「成る程のう。 元柳斎は剣術だけと思っていたが、尸魂界の事も考えておるんじゃのう」

「お主は違うのか? 千手丸」

 

千手丸と呼ばれた屋敷の主人・修多羅千手丸は、山本を茶化したつもりが、思わぬ形で水を向けられた。

 

「儂が護廷隊に入れたい最後の1人は、お主じゃ」

「妾は護廷の2字を背負う程の者では無い。 だが…」

「だが?」

「何でも無い、忘れてくれ」

 

千手丸は言いかけた言葉を飲み込み、誤魔化しつつそう言って立ち上がると、先程とは打って変わって鋭い目つきになり山本に言った。

 

「元柳斎、『滅水丸』を説得するなら気を付けろ。 恐らく戦う事になるだろうが、奴の斬魄刀はうぬの『流刃若火』と相性が悪い」

「相性が悪い?」

「そう、奴の能力はー」

「いや、よい」

 

山本は、千手丸の言葉を途中で遮った。

 

「お主の進言、確かに受け取った」

「元柳斎…」

「儂だけ情報を持っているというのも、平等じゃあるまいて」

 

そう言いながら山本は仕立て上がったばかりの死覇装に袖を通し、斬魄刀を腰に差すと、出立の準備を始めた。

千手丸は、山本を見送る代わりに言葉を掛けた。

 

「元柳斎、これだけは言っておく。 お主の『流刃若火』は焱熱系。 奴の斬魄刀は」

 

 

 

使役系ー。

山本は『滅水丸』と対峙しながら、千手丸の話を思い出していた。

刀の形状に変化はなく、使役系と一口にいっても、何か周りに集まっている訳でもない。

一体何を…。

 

「一体何を使役しているのか。 そう考えているな?」

「…!」

「聞き及んでいる事とは思うが、私の『滅水丸』は使役系の斬魄刀。 そして使役するものは…」

 

『滅水丸』は一足飛びで山本との間合いを詰めると、大きく斬魄刀を振りかぶった。

 

「水だ!」

 

山本は振り下ろされたその斬撃を躱し、後ろに大きく飛ぶと、間合いを取った。

相手の能力がまだ解らない以上、無闇に反撃するのは得策ではない。

少なくとも1対1での剣の利はこちらにある。 そう判断した。

 

「剣の利はこっちにある。 そう思うか?」

「何もかもお見通しですな」

「ふん、私も見くびられたもんだ」

「見くびっていれば攻撃しとります」

「ふん、まぁ良い。 そんなお前に教えてやろう、私の斬魄刀の能力を」

「なんですと…?」

 

山本は耳を疑った。

斬魄刀の能力を明かすこと、それはつまり手の内を晒すということ。

血を操作して相手を攻撃する能力と明かして血を入れ替えられ、音で相手を攻撃すると明かして自ら鼓膜を破るなど、能力を明かして対策される可能性も十分あった。

 

「能力を明かしてなお、私と貴様の間には、埋め難き霊圧差がある」

その不利益を顧みず明かすと言うことは、『滅水丸』の絶対的な自信があった。

 

「私の斬魄刀『滅水丸』は水を滅す刀。 ひとたび解放すれば、尸魂界に存在する全ての水は消え失せる。 ただの1ヶ所を除いては…」

「尸魂界の全ての水が?そんな事が…」

「気付かないか? 水で濡れていた私の死覇装と髪が乾ききっている事に。 そして、川の水が枯渇している事に」

 

この戦いを側で見守っていた兵主部一兵衛は、尋常ではない霊圧の高まりを『滅水丸』から感じ取っていた。

 

「元柳斎、逃げろ! おんしでは敵わん!」

「もう遅いわ。 山本、尸魂界全土から消えた水は、どこに集まると思う?」

 

山本は『滅水丸』の問いに答えられずにいた。

まるで、水中にいるかのような息苦しさを感じさせる霊圧の重さ。

『滅水丸』の背後にある滝の音だけが響いていた。

 

山本は気付いた。

川の水が枯渇しているのに、滝の音は響き続けている。

『滅水丸』は滝に相対し、刃禅を組み、対話していた。

つまりー

 

「ようやく気付いたようだな。 解放によって消え失せた尸魂界全土の水はこの滝に集まる。 そして、私はそれを使役する事が出来る」

 

『滅水丸』はそう言うと、正眼の構えをとった。

それと同時に、『滅水丸』の霊圧の高まりは、最高点に達した。

 

「さらばだ山本。 真打『滅水丸・鳴滝不動』」



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飛翔

真打。

それは、卍解という概念が発生するより遥か昔、『真名呼和尚』兵主部一兵衛が初めて発現し、真名を付けた概念である。

『卍解』は、斬魄刀と″対話・同調″した上で″具象化・屈服″させる事で、持ち主と斬魄刀が精神的に融合、斬魄刀が持つ万とも言える能力を解放するのに対し、『真打』はいわゆる″進化した斬魄刀″。

斬魄刀の始解により発揮した能力を"進化"させる。

その為、斬魄刀自体の形状変化はない。

しかし、進化する事により得られる能力は、卍解を超えると言われており、尸魂界で真打を会得している者は、兵主部一兵衛を除いて確認されていない。

 

山本元柳斎重國は、1000年前に自身で設立した死神統学院で現在も使われている、教科書の一節を思い出していた。

真打『滅水丸・鳴滝不動』。

ただでさえ強力な『滅水丸』が、今ではその霊圧が何倍にも膨れ上がっている。

その霊圧の膨らみ方からして『真打』に間違いなかった。

 

ー これは教科書を書き換えねばならんな。

 

山本は冷や汗を一筋垂らしながら、現実逃避とも取れるような事を考えていた。

 

「どうした山本。 和尚に言われた通り、逃げる事ばかり考えているのか? そんな事で護廷隊を纏めれると思っているのか!」

「何をしている!『滅水丸』!」

 

『滅水丸』が山本を叱咤する声が響いたと同時に、その『滅水丸』を叱咤する声が響いた。

山本と『滅水丸』は声のした方向に顔を向けた。

そこには、自身の頭の倍ほども有る髪飾りをし、背中に6本の義手を佩く、小柄な女性と思しき姿があった。

 

「貴様は…『大織守』か。 久しいな」

「尸魂界から水が消えたと思えば、やはりうぬの仕業かえ」

「…何用だ。 和尚に続き、貴様まで私達の戦いを邪魔する気か」

「見くびるでない。 うぬらの戦いは見守るが、元柳斎がうぬを倒せなかった事を考え来たまでよ。 水が無ければ困るからのう」

「ほう。 貴様なら私を止めれると言ってるように聞こえるが?」

「やってみるか? 妾は仕事が早い事が売りでのう」

 

『大織守』修多羅千手丸はその口元に義手を当て、くくっと笑うと、背中に忍ばせてあった、縫い針の形状をした斬魄刀に義手を伸ばした。

『大織守』と『滅水丸』、両者は相対し、緊張はみるみる高まっていく。

それが頂点に達しようとしていたその時。

 

「お止め下され『滅水丸』様」

 

山本の声で、両者の緊張は一気に解放された。

その場に居た全員の視線が、山本に向く。

 

「いま相手をしているのは、儂のはずですぞ」

「『滅水丸・鳴滝不動』の霊圧だけで息苦しくなっていたひよっ子に何が出来る。 私を倒すとでも言うのか?」

「倒す? それは違います」

「何?」

 

『滅水丸』は、山本の思わぬ返答に、思わず眉を顰めた。

対峙し、間合いをとり、相手の出方を伺う。

それは"敵"に対しとる行動であり、"敵"は倒すべきである。

山本はしっかりと『滅水丸』を見据え、はっきりとした口調で言った。

 

「倒すのではなく、乗り越える。 『敵』ではなく『仲間』として。 全ての仲間を乗り越え、儂はそれを総ずる」

「…貴様の答えがそれか」

 

『滅水丸』は山本の眼を見た。

 

尸魂界全土から集められた、自らの腕に自信と誇りのある傑物たち。

それらを纏めるとなると、信頼などという生易しいものでは決して成り立たない。

その者達を、敵ではなく仲間として乗り越え、総ずる事。

それが出来るのは、山本元柳斎重國をおいて他に居ない。

 

ー 山本め、良い眼をしている。

 

『滅水丸』は霊圧を収束させると、斬魄刀を鞘に収めた。

辺りに満ちていた、水中にいるような感覚が消え失せた。

 

「これは…」

「気を付けろ元柳斎。 油断は出来ぬぞ」

「ふん、戦う気が失せたわ」

「ならば『滅水丸』様」

「勘違いするな。 私は私で、天から賜ったものを護る責務がある」

 

『滅水丸』は、山本と話しながら、"間合い"からただの"距離"となった間を詰めた。

 

「私の立場も理解しろ。 代わりに、私が最も信頼し、認めてる者を護廷隊に紹介しよう。 きっと気に入る」

「『滅水丸』様が信頼する者、それは」

「山本もよく知っている人物だ。 おい」

 

『滅水丸』が呼び掛けると、瞬歩で1人の死神がその場に現れた。

髪の毛を結わず肩まで伸ばし、体格よく、死覇装を着崩していた。

 

「皆様お久しゅうございます」

「こやつは…」

「八剣聖の武市 五十雨!」

 

山本は、一兵衛に武市五十雨と呼ばれた男に近付いた。

 

「確かに五十雨なら、腕も確かで信頼も出来る」

「尸魂界を思う心、それは私も同じ。 私で良ければお力になりましょうぞ」

「これは心強い。 しかし…」

 

山本は『滅水丸』を見た。

 

「大丈夫だ、山本。 主はすでに多くの仲間に囲まれている。 私の力など必要としないぐらいな。 それに、こいつも居るしな」

 

『滅水丸』は、そばに居た千手丸の背中を叩いた。

 

「妾は、護廷隊の話は聞いておったが、入るのを渋っておった。 しかし元柳斎、うぬが総隊長をするなら護廷の2字を背負う、そう決めていた」

「千手丸…」

「この間言い掛けた言葉、ようやく言えた」

 

 

山本と五十雨は『滅水丸』に礼と別れを告げ歩き出し、他の者はそれに倣い、滝場を後にした。

『滅水丸』は、滝場に来た時とは一回りも二回りも大きくなっている山本の背中を見送っていた。

 

山本よ。

もはや私の力など必要ない。

護廷隊の総隊長として皆を纏め、尸魂界を護れ。

四楓院夜影より強く、

握菱鉄裁より優れ、

麒麟寺天示郎より迅く、

二枚屋王悦より理解し、

朽木彩之丞より賢く、

武市五十雨より鋭く、

京楽源之佐より軽く、

狛村陣右衛門より狡く、

志波陸鷹より見抜き、

卯ノ花八千流より重く、

修多羅千手丸より早く、

兵主部一兵衛より長け、

そして何より、山本元柳斎重國。

己を超えろ。

これから先、尸魂界の未来はお前たちの肩に掛かっている。

 

『滅水丸』は、山本が見えなくなると同時に、その場に倒れ込んだ。

護廷隊と尸魂界の未来に、思いを馳せながら。




皆さまこんにちは、ニケモクです。

途中サボって、連載期間が無駄に長くなってしまった『護廷十三隊創設篇』も、『飛翔』をもって完結致しました。
連載開始当初から見守ってくださり、感想下さった方も居れば、最近見始めて下さった方もいると思います。
そして終わり方も賛否両論有るかと思いますが、僕が本当に終わりたい終わり方で書き終えれたと思います。

僕が描きたかった、初代護廷十三隊創設の話はこれで終わりですが、この後、創設された護廷十三隊の戦いを複数、僕なりに描いていきたいと思います。その中には、ユーハバッハとの戦いも有ります。
良ければ引き続きご覧下さい。


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虚侵軍篇
別種再生


こんにちはニケモクです。
この話から新章突入になります。
新章では、原作の久保帯人先生が構築されて来た設定・世界観を大事にしつつ、自分なりの物語を展開させていきたいと思います。
勿論素人ですので、設定上の矛盾点など出て来るかとは思いますが、優しくお見守り下さい。


日本武蔵国播羅(はら)

黒装束に身を包み、腰に刀を差す男が2人、闇夜を駆け抜けていた。

 

魂葬(こんそう)は今ので最後か?」

「今ので最後なら、何で僕らは走ってるんです?」

「…それもそうだな」

「まったく、ちょっと考えたら分かるでしょ。 そんなんだから隊長にも怒られるんですよ?」

 

坊主頭の部下風の男が呆れたように吐き捨てた。

と同時に、上司の男が拳骨を飛ばす。

 

「っ痛!」

「隊長にどやされてる事は言うんじゃねぇ…」

「へーい。 しかし、何でまた"正"まで魂葬しに行くんです? "()"になってからでも良いんじゃ?」

「てめぇは統学院で何も聞いてねぇんだな、てめぇこそ怒られろ。 …今までは"(せい)"から"負"になってからでも魂葬は遅くなかったんだが、ここ数年で"負"の魂が突然変異するようになっちまったんだ」

「突然変異…?霊体が?」

「あぁ。 仮面を被り、胸に孔の空いた化け物…虚にな」

 

虚の名前を聞いて、坊主頭の死神は立ち止まった。

 

「ちょっと待って下さい仁峰さん… 僕、あんなの相手出来ないですよ。 学院の教科書でしか見た事ない化け物なんて…」

 

仁峰と呼ばれた上司風の男・伊座屋(いざや)仁峰(じんほう)は、さっきとは打って変わって穏やかな顔つきになり、坊主頭の男・斎賀(さいが)栄八(えいはち)を諭した。

 

「安心しろ。 突然変異は兆しだけだ。 それに、虚は20年前に尸魂界に攻め込んできて以来、その姿をただの1度も現わしちゃいない。 全世界にいる死神が"負"の速やかな魂葬を続けているからだ」

「ただの1度も…」

「そうだ。 お前もここの担当死神になったからには、"負"の魂は速やかに魂葬するんだぞ?」

 

再び走り出した2人の死神は、程なくして"正"から"負"になりかけている魂のもとに到着した。

魂は人型ではあるものの、霊圧の感触は濁りつつあり、自我を失いかけている様子だった。

仁峰は栄八に手本を見せるように、斬魄刀の柄尻の部分・(かしら)を霊体の額に当てがい、魂葬を完了した。

 

「危ねぇ危ねぇ。 もうすぐで"負"になるところだったぜ」

「仁峰さん、もし"負"になったら魂葬はどうしたら良いですか?」

「やり方は変わらねぇよ。 ただし、虚の場合は…」

 

仁峰はその先の言葉を紡がず、途中で止めた。

口に出した事が起こり得る。 仁峰はそう考える男だった。

 

「虚が出た時の事は気にすんな。 出る事はまず無いだろうよ」

「はい! じゃあ今日はこんな所で… っ!?」

 

栄八が帰り仕度を始めようとしたその時、突如近くで巨大な霊圧の高まりを感じた。

しかし、すぐに消えたその霊圧の感触は濁っていた。

 

「こいつぁ…」

「仁峰さん、今のは一体?」

「霊圧そのものは"負"だ。 しかし」

 

「いい線行ってるねぇ」

 

仁峰が状況の分析をしていると、突然2人の背後から声が聞こえた。

振り向くと、そこには陣羽織を着た1人の男が立っていた。

 

「誰だてめぇ!」

 

2人は咄嗟に退き、間合いを取った。

仁峰は刀に手を掛け、抜刀の構えをとっている。

 

「誰だとはご挨拶だね」

「仁峰さん、こいつの霊圧…」

「あぁ。 霊圧知覚に疎い俺にも分かる。 こいつは各隊長に匹敵する霊圧だ。 しかし、こんな隊長知らねぇ」

「そりゃそうだ。 俺は隊長じゃないからね。 しかし、そこらの隊長より強いよ」

 

陣羽織の男は自分の実力を掛け値なしにそう告げる。

その口調は非常に軽いものだった。

 

「隊長達より強い、だと? そんな死神居るなんて知らねぇぞ」

「おっと、おしゃべりはそこまで、時間だ。 して、君達は何故ここに来た?」

「何故って… 突然"負"の霊圧の高まりを感じてここに…」

 

栄八が戸惑いつつ答える。

 

「そうだねぇ。では "負"の魂はどこにいった?」

「何をさっきからおかしな事を言ってやがる! 消えたって事はてめぇが魂葬したんじゃねぇのか、死神だろてめぇ」

 

仁峰は男の問いの意味が分からなかった。

魂の霊圧を消す方法は、魂葬以外に知らなかった。

厳密に言うと知らなかったわけではない。

知ってはいたが、その方法はあまりにも非現実的で非人道的だった。

 

「覚えておくと良い。 魂の霊圧が消える形は今の時点では2つ。 1つは魂葬。 そしてもう1つは」

 

陣羽織の男は親指で自分の胸を2回突いた。

 

「まさかてめぇっ…!!」

「そして魂が爆散した後再び形成される、こいつが」

 

3人の前にみるみる霊子が集まり、巨大な霊圧を伴った、仮面を付け胸に孔の空いた巨大な化け物を構築した。

その霊圧は"正"でも"負"でもない、まったく別種の霊圧だった。

 

「虚だ」



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20年前、俺伊座屋(いざや)仁峰(じんほう)はまだ統学院生だった。

 

統学院では、魂魄は2種類あり、それが"(せい)"と"()"。

いわゆる善なる魂と悪なる魂。

正負は生前の行いによって決められ、"正"は守護霊や浮遊霊など、人間にとって害が無い霊。

一方"負"は、地縛霊や怨霊など、いわゆる霊障を引き起こす、人間にとって害が有る霊の事を指す。

俺たち死神は、"正"を導き"負"を浄化し、魂を輪廻させる調整者。

そうして、およそ100万年もの間歴史を紡いできた。

 

20年前の、あの事件までは。

 

白い不気味な仮面を被り、胸に(あな)の空いた巨大な異形の化け物。

"正"とも"負"とも違う禍々しいまでの霊圧。

尸魂界に大軍で押し寄せた"それ"は、尸魂界で涌いたのか、現世を含む外部から来たのか分からなかったが、"正"でもなく"負"でもない歪な魂魄を前に、100万年積み重ねてきた経験は、その意味を成さなかった。

 

その当時尸魂界には護廷十三隊も無く、尸魂界として一丸となって化け物達に対抗する手段が無かった為、八剣聖の面々や四楓院家の隠密機動、各流派の開祖や師範など、腕に覚えの有った者達が個別に対応するしかなかった。

今でこそ隊長を務めているが、護廷十三隊八番隊・京楽(きょうらく)源之佐(げんのすけ)隊長と浮竹(うきたけ)禅郎(ぜんろう)副隊長の2人は当時は一介の死神で、この戦が初陣だったという。

 

無論、俺たちの学び舎にも化け物は侵入してきた。

統学院入学と同時に貸与され、霊力を持った怨霊や悪霊を魂葬する際に抵抗に遭った場合使用すると教えられた斬魄刀『浅打(あさうち)』を皆腰に下げてはいたものの、突然の事態に教諭すら抜刀出来ず、統学院は混乱の一途を辿った。

しかし、死神統学院創始者の山本重國現総隊長が現場で直接指揮を執り、最前線で戦った為、奇跡的に死者は出なかった。

 

尸魂界全体に大きな傷を残したこの事件は、死神の常識を覆し、山本総隊長が護廷十三隊を創設するきっかけの1つにもなった事件だった。

 

実際にこの化け物と戦った者達は口々に「その図体と強さとは裏腹に、肝心な中心(こころ)が無い」「まるで(うろ)。中身が何もなく、戦っても虚しい」などと言い、その事から、この化け物を"正"と"負"とは別に"(ほろう)"と呼ぶ事に決まった。

 

後の解析で虚は、"負"の魂魄が中心(こころ)を失って堕ちた姿であり、その為胸に孔が空いている事が判明した。

この時全滅させた虚が全種だったのか、その後20年間虚の姿を見た者は1人もおらず、新参の死神などは教科書でしか見た事の無い代物となっていた。

 

しかし今日この日。

 

長らく武蔵国播羅(はら)の担当死神だった俺は、隊の四席昇級と同時にここを離れる事が決まっていた。

代わりに同隊六席の1人斎賀(さいが)栄八(えいはち)を召喚、俺の後釜として播羅の担当死神となった為、引き継ぎをしている時にそいつは現れた。

後ろで結った髪を腰まで伸ばし、頬に刀傷の有る陣羽織の死神。

それに付き従うように背後に立つ異形の化け物"虚"。

栄八は腰を抜かし、俺は目の前の現実が受け入れられず、思わず笑みが(こぼ)れる。

 

ーとんでもねぇ霊圧だな。

 

こんな時どうしたら良いか。

引継ぎの時、栄八に虚の対処法を教えかけた事があった。

こんな時はー

 

「刀を抜け! 栄八!」

 

俺は叫んでいた。



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言い渡し

闇夜に浮かぶ巨大な影と男。

それと対立するかのように、1人の男が間合いをとり、1人の男が地べたに座り込んでいる。

 

間合いを取っている男・伊座屋(いざや)仁峰(じんほう)に抜刀を指示された斎賀(さいが)栄八(えいはち)は、虚の圧倒的な霊圧と巨体を前に、腰を抜かし地べたに座ったまま未だ斬魄刀を抜刀出来ずにいた。

 

「何してんだ、立ちやがれ!」

 

仁峰はすでに臨戦態勢をとり、斬魄刀の(きっさき)を虚と虚の前に立つ陣羽織の男に向けている。

 

「全く、無様だねぇ。 そんな事でこれからここを護れんのかい」

「てめぇ、俺の後輩を馬鹿にしやがって」

「君も君だよ。 伊座屋仁峰と言ったか。 君の指導力不足だ。 いや、君の隊の気風か?」

 

指導力だけでなく、隊の事まで持ち出され、仁峰はその表情に怒りを滲ませた。

斬魄刀を握る手に力が入る。

 

「おい、俺たちが七番隊と知っての侮辱か? 詫びるなら今の内だぜ」

「七番隊… ほう、あの裏切り者の」

「裏切り…?」

「まぁ良い。 いずれにしても君は気を抜き過ぎだ」

 

陣羽織の男は虚の前に立っていたが、後ろに回り込んだ。

 

「目の前の"こいつ"は、明らかに君の敵だ。 違うかね?」

「…っ!」

「敵ならすぐ斬れ。 俺からの最後の助言だよ。 …行け」

 

男は冷徹にそう言い放つと、虚はそれが合図かのように、仁峰の何倍もの巨躯を武器に突進して行った。

 

ーまぁ、その助言は2度と役に立つまいよ。

 

虚の咆哮と斬撃の音を背中に受けながら男は、霊子で作った足場を昇りつつ、地獄蝶を空に放った。

 

 

 

七番隊隊首室『畢生(ひっせい)堂』。

裏挺隊から一報を聞いた男は、そこを飛び出した。

背部を"七"に染め抜かれた隊長羽織を着用し、肩まである髪を風にたなびかせ、四番隊隊舎へと向かった。

 

「仁峰!」

 

男は四番隊隊舎を兼ねた護廷十三隊救護詰所の扉を開けるなり、自分の部下の名前を叫んだ。

七番隊隊長・武市(たけち)五十雨(いさめ)が突然姿を現した事で、驚く者や挨拶する者、救護詰所主任へ報告へ行く者など、一時騒然となった。

 

四番隊士の案内で、五十雨は仁峰の病室の扉を開けた。

そこには、未だ意識を取り戻さないまま横たわる、己の部下の姿があった。

五十雨はひとしきり仁峰の身体を眺めると、武市五十雨到着の報告を受け駆け付けた四番隊隊長・麒麟寺(きりんじ)天示郎(てんじろう)の方へ向き直った。

 

「すまねぇ。 今の俺の腕じゃあここまでが限界だ。 あとは本人の内部霊圧次第だな」

「いえ。 しかし麒麟寺隊長、これは」

「あぁ、十中八九(じゅっちゅうはっく)間違いねぇ。 虚だ」

 

事前に裏挺隊(りていたい)を通じ、仁峰が虚と戦闘した事を聞いていたとは言え、虚の関与が俄かに信じられなかった五十雨だったが、実際に治療をし、傷口に霊気で触れた天示郎が言う事ならば間違いは無いだろう、そう考えていた。

 

「また元柳斎から聞くとは思うが、斎賀の野郎については、今の段階では行方不明って事だ。 全力で捜索に当たってる」

「…かたじけない」

 

五十雨は天示郎の話を聞いて、思わず拳に力が入った。

自分の隊の隊員が、他隊のお世話になった事。

自分が隊員を救えなかった事。

必ず自分が決着を付ける。

斎賀栄八を取り戻す。

その気概に満ちていた。

 

「して、虚はいずこに」

「あぁ、その事なんだがよ。 おめぇのところの伊座屋と斎賀が虚と交戦してた場所は十番隊の管轄内だったみたいで、十番隊が駆け付けた時には居なかったっつう話だ。 要は取り逃がしたってこった」

「そうか…」

 

まずは虚の捜索。

十番隊が全力で捜索しているとの事だが、一般隊士では埒が明かない。

霊圧感知は自分の方が優れている。

さらに、万が一虚に遭遇した場合、一般隊士では歯が立たないだろう。

元柳斎に隊長職を任ぜられる以前より、元柳斎や天示郎、兵主部一兵衛や四楓院などはすでに見知った顔であったが、八剣聖の1人として名を馳せていた以上、それら見知った顔よりも、剣術の腕は劣らぬし、ましてや虚など歯牙にもかからぬ、という自信が有った。

職務は副隊長に任せて自分が出張ろう。

五十雨はその腹づもりだった。

 

そこまで考えていた時、2名の男が仁峰の病室に入ってきた。

五十雨が振り返るとそこには、山本元柳斎重國総隊長と沖牙源志郎一番隊第三席が立っていた。

 

「…元柳斎殿」

「五十雨。 おぬしには今回の件、手を引いてもらう」

「なっ…!」

 

山本が淡々と伝える、突然過ぎる冷徹な言い渡しに、五十雨は動揺を隠し切れなかった。

 

「今回の件、どうやら八剣聖が絡んでおるようなのじゃ」

「八剣聖が?」

「その辺りはまだ調査中じゃ。 しかし、疑いが濃厚な以上、儂と同じく八剣聖に名を連ねておるおぬしには、任せられん」

「他の八剣聖はともかく、私は何も!」

「五十雨!」

 

尚も食い下がろうとする五十雨に、山本は一喝した。

病室に暫しの沈黙が流れる。

 

「…この件が解決するまで謹慎とする。 見張りも一番隊より2名付けさせて貰う。 良いな」

 

抗う余地の無い総隊長命令に、五十雨は一言、「分かり申した」と言う他は無かった。



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柳をなぞらえて

1人の男が、道場で木刀を振るっていた。

時に激しく、時に淑やかに。

まるでそこに本当に"敵"が居るかのように錯覚する程の、非常に高い域に達した演武だった。

 

ー 違う。 あの人の太刀筋はもっと速い。

 

上段の構えから一気に木刀を振り下ろし、床板すれすれの所で止めると、一歩踏み込み左斜め上に振り上げた。

 

「見事な葛斬り(つづらぎり)だな、大六野」

 

大六野と呼ばれた、演武をしていた男・大六野(だいろくの)治朗衛門(じろうえもん)は、少し驚いて振り返った。

道場には人の気配が一切無かったからだ。

 

「真衣野、いつからそこに」

「ふっ、ずっとだ」

 

一瞬茶化すように笑みを浮かべた真衣野(まさきの)泰三(たいぞう)は、もたれ掛かっていた壁から身体を離すと、大六野に近付いた。

 

「塾生筆頭から『元流』師範にまで上り詰めたのに、やけに熱心じゃないか。 …やはりまだ八剣聖になり損ねた事を気にしてるのか?」

「馬鹿を言え。 ただ… 覚えているか、真衣野」

 

大六野は、額の汗を拭うと道場の引き戸を開け放った。

新鮮な外気が道場へと流れ込む。

 

「200年前、卯ノ花烈…いや、卯ノ花十一番隊隊長を真央地下監獄に封印する際、八剣聖は壊滅の危機にまで追いやられた。 事実、前総代であられた東元坂征郎太殿は、あの戦いで命を落とした」

「通称・空木事変、だな」

「そして20年前。 中央四十六室から元流に"八剣聖の穴を埋めよ"との命が下された」

「元流から1人選ぶ事になった」

「あぁ。 その時総師範が選んだのは他でもない、何百年も八剣聖入りを頑なに拒み続けた、御自身だったのだ」

「確かにあの時点でお前は、一介の塾生筆頭でありながら、その実力は八剣聖に引けを取っていなかった」

「…あの時八剣聖に選ばれなかった理由は、今も模索している」

 

真衣野は道場を出てすぐの縁側に腰を掛けた。

 

「その時世における、最強の剣客8人。 総師範はその称号が欲しくなったのかも知れんな」

「馬鹿を言え。 『八剣聖』の称号など無くとも『剣聖』の名に相応しいのは、今も昔もあの人だ」

「それもそうだ」

 

大六野と真衣野の会話が一段落すると、真衣野は瀞霊廷内で聞いた噂を口にした。

 

「それはそうと大六野。 八剣聖の周辺には気を付けろ」

「周辺?」

「あぁ。 護廷十三隊には都合13の隊が有って、それぞれに隊員が所属している。 八剣聖には8人それぞれに流派が有り、そこにはその剣に太刀筋に惚れ込んだ人間が居るってことだ」

「それは分かる。 我等も総師範の振るう剣に惚れて『元字塾』に入門したのだからな。 しかし、気を付けろとはどういう事だ?」

 

真衣野は縁側から立ち上がると、中に入れ、と大六野に首で合図してから道場に入り、引き戸を閉めた。

 

「どうやら護廷十三隊が出来た事が、八剣聖側は快く思っていないらしい」

「なに? 八剣聖は前総代の征郎太殿のもと、瀞霊廷の守護を担ってきていたはず。 そこは護廷十三隊と志を同じくするはずであろう」

「ともかく、八剣聖とその周辺には気を付けろ」

 

「儂らがどうした?」

 

「なっ!?」

 

大六野と真衣野が声のした方向を見るとそこには、白髪に無精髭、左目には刀の鍔らしき物で眼帯をした初老の男が立っていた。

 

「…今日は客が多い」

 

大六野はそう言いながら男に向き直り、木刀を金剛の構えにとった。

 

「ほう、縦八相か。 太刀筋が読みにく構えじゃのう」

「貴殿に尋ねる。 一体何が目的で正体は何だ、申せ」

「ほっほ、そう剣気を当てるでない。 儂は道場破りでも果たし合いをしに来たのでもない。 大六野厳蔵治朗衛門、そなたに用事が有って来たのじゃ」

「俺に…?」

 

今や元流師範を務める大六野に近寄ってくる輩は多い。

実力試しや果たし合いから道場破りまで、師範に就任してからというもの、大六野への他流派からの客は、途絶えた事が無かった。

大六野は木刀を握り直した。

 

「用事が有る者は玄関から訪ねてくるもの… 用事は斬ってから聞こう」



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いざ、尋常に

広い板張りの床の道場に、男が2人対峙している。

陽の光が道場の引き戸に貼ってある障子紙に当たり、しっかりと磨き込まれた床に反射して道場内に十分な明るさをもたらしていた。

道場内にもたらされる柔らかな明るさとは対照的に、木刀を構えている青年風の男の目は、非常に厳しいものであった。

 

「ほっほ。 "千里轟(せんりごう)"と言われる『元流(げんりゅう)』の師範と言えど、儂には敵わんかのう」

 

男と対峙している初老の男が、青年風の男に挑発的に話し掛ける。

 

「大六野。 挑発に乗るな」

「承知」

「相手の実力が分からん以上、こちらから(せん)を打つのは愚策」

 

青年風の男・大六野(だいろくの)治朗衛門(じろうえもん)は、後ろに控える男・真衣野(まさきの)泰三(たいぞう)の忠告を受けた。

大六野は初老の男との間合いを保ちつつ、じわりと男ににじり寄った。

 

「まぁ待て。 確かに突然現れた儂も悪かった。 ()()はお主と戦うつもりはない。 ただ」

「言い訳は後で聞こう。 真衣野、木刀をやれ」

「やれやれ、分からん奴じゃのう。 それも若さ故か…。 ならばその青臭さ」

 

初老の男は大六野に向かって駆け出し、真衣野が放った木刀を左手で受け取ると、瞬時に右手に持ち替えるや、そのまま右斜め上から左下へ薙ぎ払った。

 

「儂が消してやろう」

 

初老の男が放った袈裟斬りを後ろに飛んで躱した大六野は、木刀を振りかぶると大きく右足を踏み込み、上段から一気に振り下ろした。

しかしそれは(くう)を切り、初老の男には当たらなかった。

 

「爺さんやるじゃないか」.

「だてに歳はくってまいて」

 

大六野は素早く構え直すと、じっと相手を見据えた。

初老の男は一瞬大六野と目を合わすと、掛け声と共に大六野に木刀を打ち出した。

その動きを見切った大六野は、木刀を大きく振りかぶり、勢い良く振り下ろした。

しかし初老の男はそれを右に避けた。

と同時に、大六野の放った木刀が翻り、逆袈裟斬りのように初老の男を襲った。

 

「大六野の得意斬撃"葛斬り(つづらぎり)"。 見切れる者はそうおるまい」

 

真衣野は先程道場内で大六野の演武を見ていたとはいえ、大六野が放つ斬撃に戦慄すら覚えていた。

 

「確かに見事な葛斬りじゃ」

「なっ…」

 

初老の男は大六野の斬撃を完全に見切り、前髪を掠めたものの、傷一つ負っていなかった。

 

「上段の構えから唐竹割りに振り下ろし、本能で利き手側である右に避けた敵を下段から斜めに切り上げる、唐竹逆袈裟斬り 通称"葛斬り"。 じゃがなぜその斬撃が葛斬りと呼ばれるか知っておるか」

「そんな事に興味はない。 昔からある太刀筋だ」

 

再び構え直した大六野は、自分が放つ渾身の斬撃が相手に当たっていない事に、若干の動揺を覚えていた。

それと同時に真衣野は、初老の男の問い掛けに答えを見出しつつあった。

 

「教えてやろう。 20年前の虚侵攻戦で、ある男の手により唐竹逆袈裟斬りでいくつもの虚が斬られていった。 その男の名前から付けられたのが"葛斬り"じゃ」

「まさか…」

「そう。 唐竹逆袈裟斬りは儂の得意斬撃じゃよ」

 

その時ようやく真衣野は目の前の初老の男と、ある高名な男の顔が一致した。

 

「は、八剣聖(はちけんせい)副総代・葛貫(つづらぬき)勢五郎(せいごろう)…!」

「ほっほ。 お主のような若者でも知っておるとは、儂も捨てたもんじゃないのう」

 

真衣野は脂汗が噴き出し、全身の血が引いていくのが分かった。

尸魂界全土、無数に()ると言われる様々な流派。

無数の流派にはそれぞれに開祖・師範・免許皆伝の剣士がおり、それに無流派の剣士も含めると、尸魂界に居る剣客は天文学的数字の人数となる。

その中で選ばれた、たった8人の大剣豪"八剣聖"。

八剣聖の序列はその強さで決まる。

副総代という事は、八剣聖で2番目に強い男という事。

八剣聖で2番目に強いとなると、この広大極まる尸魂界全土で2番目に強い剣豪と同義。

その男がなぜここにー。

 

「少々手荒い真似にはなるが、さっさと終わらせて儂の目的を果たすと致そう」

 

葛貫は上段の構えをとり、大六野に対峙した。

その時になってようやく葛貫は、剣気を解放した。

真衣野はすでに戦意を喪失しており、膝が笑っている。

 

「八剣聖の副総代、だと?」

「…やめろ大六野」

「こんな爺さんが尸魂界で2番目に強い大剣豪だと?」

「よせ」

 

大六野は葛貫の剣気にあてられて、冷や汗を流しながらも辛うじて自我を保っていた。

そして下段の構えにとると、葛貫に向かって走り出した。

 

「大六野、よせ!」

「師範ともあろう者が刀を握り込むとは…笑止(しょうし)

 

下段の構えから出された大六野の胴斬りを左に交わした葛貫は、体勢を崩しながら目の前を通る大六野の背中目掛け、木刀を上段から打ち付けた。

生木を無理矢理折ったような音と共に、大六野が思わず漏らした苦悶の声が道場内に響く。

 

「大六野!」

「だ、大丈夫だ。 まだやれる」

 

背骨では無いにしろ背中の右側をやられた大六野は、もはや木刀を両手で握る事は叶わず、左手一本で持っているような状況であった。

大六野は息切れ甚だしくも木刀を左半身に落とし込み、再び下段の構えにとった。

 

「いざ、尋常に…」

 

大六野の身体は限界だった。

 

「こりゃあ!!」

 

大六野が葛貫の間合いに一歩踏み込もうとしたその瞬間、道場の引き戸が勢いよく開け放たれた。

大六野と真衣野が振り返ると、そこには決して大柄とは言えない、口髭を蓄えた丁髷(ちょんまげ)姿の男が立っていた。

 

「総師範!」

「貴様ら、道場内で果たし合いか? 果たし合いなら外でやらんか」

 

元字塾(げんじじゅく)』総師範でもあり、護廷十三隊の総隊長でもある山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)は、己の門下の者を一喝すると、道場内にいる"異物"に目をやった。

 

「お主か…。 元字塾には立ち入るなと言い置いたはずだが?」

「ほっほ。 山本殿が来るとは予想外。 ここは一旦引かせて貰うかのう」

「…おめおめと逃すと思うか?」

「勝てぬ訳ではないが、老体に傷は付けたくないのでな。 大六野厳蔵(ごんぞう)治朗衛門よ、お主とは再び会う事になるじゃろう」

 

葛貫はそう言って引き戸を木刀で斬り裂き、瞬歩で駆けていった。

追おうとする大六野を真衣野が制止し、"来客"の訪問は終わりを告げた。



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現世調査

上野国(こうずけのくに)某所。

死覇装に身を包んだ男2人が、ある一点を囲み話をしていた。

 

「確かこの辺りだったよな」

「そう聞いている」

 

先日発生した、七番隊の隊士が虚と男に襲撃された事件。

死覇装の男2人は、その調査の為にここを訪れていた。

 

「しかし、虚が再発生するとは…」

「全くだ。 虚は"()"が突然変異して発生するもの… そうならぬよう現世派遣の者達が魂葬していたはずだが」

「原因は何なんだろうな」

「それは分からんが、今はともかく消えた七番隊士と虚の行方をー」

 

「それが良いね」

 

死覇装の男達は、突如会話に割り込まれた事もさることながら、この場では決して聞こえようの無い、聞き覚えのある声に身体を強張らせた。

2人が振り向くと、そこには髪の毛に癖のある、長身の男が立っていた。

 

「ししし、志波隊長!?」

 

志波隊長と呼ばれたその男は、2人の直属の上司であり、護廷十三隊十番隊隊長を務める志波本家・志波(しば)陸鷹(りくおう)であった。

 

「やぁ」

「なぜこちらに…?」

「んー、(かわや)?」

 

護廷十三隊に儼乎(げんこ)として君臨する13人の(かしら)の1人が隊舎を空けてまで現世に来た理由。

それは聞き返さずとも理解した。

20年前絶滅させた虚の再発生とその消失、そして七番隊士の蒸発。

今回の件はただの消失事件ではない、上はそう判断したという事だろう。

死覇装の男の1人はそこまで考えると、上司がついたあからさまな嘘を流し、話を進めた。

 

「しかし隊長、限定霊印も無しに現世に来て大丈夫だったんですか?」

「俺ぐらいになると、自分の鎖結(さけつ)魄睡(はくすい)を限定封印するぐらい、訳無いさ」

 

陸鷹はそう答えながら自らの身体をさすると「さて」と言葉を紡いだ。

 

「調査続行しますか」

 

この人はそういう人だ。

口調こそ軽いものの、的確な指示・人心を掌握する人柄・自ら率先する態度。

他の隊長のような威厳さは無いが、それが十番隊の特徴と言えよう。

隊士2人は絶大な安心感と共に、陸鷹と調査を再開した。

 

 

「何も無いねえ」

「報告の通り、確かに虚と七番隊士と思われる死神1名分の霊圧しか残ってません」

「という事は、虚に殺害された、或いはー」

 

陸鷹はそこで一旦言葉を区切った。

陸鷹が立てた仮説、それは自分で立てた仮説にも関わらず、俄かに信じ難いものであったからだ。

 

「虚が連れ去ったのかも知れない」

「虚が!?」

 

隊士2人は驚いた。

虚が死神を連れ去る事。

その出来事自体衝撃的な出来事だが、虚はただ闇雲に破壊と殺戮を行う、感情も思考も無い化け物と隊士達は周知していたからだ。

何らかの目的が有って連れ去ったのだとしたら、それは虚が知能を持っている事を指す。

 

「虚は一体どういう目的で…」

「それは分からない」

 

陸鷹はきっぱりと言い切った。

 

「可能性があるとすればその2つしか考えられない。 席官とはいえ、虚を倒す事は出来ないと思う。 伊座屋(いざや)七番隊第四席が、虫の息とは言え生きて発見されたのは奇跡と言えるね」

「それ程までに虚は…」

「強いよ。 ここに残ってる霊圧から読み取るにね」

 

一般隊士では読み取る事の出来ない情報を、陸鷹は霊圧の残滓(ざんし)から次々と読み取った。

しかし依然として、消失した七番隊士・斎賀(さいが)栄八(えいはち)の行方は分からなかった。

 

「しょうがない。 こうなったら…」

 

陸鷹は地面から手を離し立ち上がると、2人の部下に向き直った。

 

「"魂魄(こんぱく)番人(ばんにん)に伺おうか」

「魂魄の、番人…?」

「ただ、ちょっと厄介なんだよねえ」

 

陸鷹と隊士2人の3人はその場を後にし、尸魂界へと帰還した。



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報告

1人の男が長い回廊を大股で歩いていた。

回廊の床は木で出来ており、木目がくっきりと浮き出て、時々ある節がいい味を出している。

手の行き届いた庭園を左手に見ながら進むと、やがて目的の離れに着いた。

見張りの隊士に声を掛け中に入ると、男は「変わりありゃせんかの」と、離れの中に座っている男に話し掛けた。

 

「兵主部殿…!」

「元気そうだのう、五十雨」

 

十三番隊隊長・兵主部一兵衛は、山本元柳斎重國の命により謹慎となっている、七番隊隊長・武市五十雨を心配し、報告も兼ねて七番隊隊首室である"畢生堂"までやって来たのだった。

 

「ここは何度来ても広くて迷うわい」

「あなたの"雨乾堂"への道のりも、相当な距離ですが」

 

五十雨はそう言って表情を緩めると、一兵衛に座布団を勧めてから、立ち上がってお茶の準備を始めた。

 

「おんしが謹慎になってもう3日か」

「元柳斎殿自らの部下を見張りにつけるとは、中々の念の入れよう」

「とはいえ、おんしが本気になれば、今すぐにでもここを出れるだろう」

 

一兵衛は離れの入り口の方に一瞬目をやり、淹れた煎茶を持ってきた五十雨を見ると、頬を僅かに歪ませた。

 

「そんな事は致しません。 出来ればすぐにでも行きたいところです」

「おんしの隊の隊士だがな、現世に痕跡は有ったものの、その足取りは全くの不明との事だ」

「やはり現世派遣の隊士ではー」

「いや」

 

現世派遣の隊士だと力不足と言い掛けた五十雨の言葉を、一兵衛は遮った。

 

「今回は陸鷹も一緒じゃった」

「な!? 志波隊長が…?」

「彼の地は十番隊の管轄。 十番隊頭の陸鷹も責任を感じ、お主の力になりたい。 そう感じていたのかもしれんなぁ」

「そうですか…」

 

五十雨は感謝と申し訳なさで、それ以上言葉を続ける事が出来なかった。

自分の心中を見抜き、他隊の隊長が現世に赴く。

それは本来なら煩雑な手続きが必要で有り、通常では有り得ない事であった。

 

「陸鷹の霊圧探知は十三隊屈指。 その陸鷹をもってしてでも足取りを掴めないとなると、おんしの隊士と虚はどこに消えたんだろうなあ」

「考えられる事は2つ」

「虚による隊士の殺害、またはー」

「虚が私の隊士を攫った、ですね」

 

一兵衛は五十雨の考えが陸鷹と同じ事を確認すると「それはそうと」と話題を変えた。

 

「おんしと元柳斎、八剣聖の除名が決まったそうだ」

「やはり…」

「中央四十六室は、護廷十三隊と八剣聖、目的も志も役割も違うものと判断し、護廷十三隊の隊長との兼任は許さない、との事らしい」

 

一兵衛はお茶を一口啜ると、言葉を続けた。

 

「元柳斎はともかく、長きに渡り八剣聖に選任され続け、20年前の虚討伐戦でも八剣聖と共に活躍したおんしまで外すとはのう」

「もとより、称号などに興味はありませぬ」

「おんしらしいわ」

 

一兵衛はそう言うと、湯呑みに残っていたお茶を一気に飲み干し、立ち上がった。

 

「護廷十三隊は未だ寄せ集めの集団。 特に隊長・副隊長を心から信頼しとる隊士など稀じゃ。 それに比べ、おんしの隊はおんしの流派と道場の者たちで構成されておる。 その絆は今後、大きな利となって現れてくるだろう」

「大きな利、ですか」

「仲間を大事にのう」

 

一兵衛はそう言って畢生堂を後にした。



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『魂魄の番人』

魂魄(こんぱく)は、現世と尸魂界で常に一定の量に保たれており、現世で死者が出た場合、死神はそれを魂葬して尸魂界に送る。

尸魂界からは現世に別の魂魄が送り込まれ、生物として誕生する。

そうして魂魄は死神の手により循環し、調整されてきた。

 

もしこの均衡が崩れたなら。

 

現世の魂魄が"何らかの理由"で大量に消失したとすると、尸魂界側に世界が傾き、現世は崩壊。

生と死が混同する、混沌とした世界となる。

そうならぬよう、死神は常に魂魄の量を見定め、魂魄の運用を日々行っているのである。

死神は『調整者』の異名を持つ、魂魄運用の歯車だ。

 

では誰がこの歯車を廻しているのか。

現世と尸魂界の魂魄の量を完全に把握し、調整し、死神を歯車として使い、世界の崩壊を防ぐ為に尸魂界では1つの指標が用いられている。

『魂魄の番人』の名を冠したその指標の名はー

 

 

 

「たわけた事を抜かすのう、陸鷹よ」

「俺の霊圧知覚が反応しない限り、頼みの綱はあんたしかいないんだよ」

 

『魂魄の番人』を訪ねてきた志波(しば)陸鷹(りくおう)は、先日現世で起きた事件のあらましと、自ら現世に赴き調査した結果、加えて護廷十三隊随一と評される自身の霊圧知覚が全く反応しない事を告げた。

陸鷹が伝えた話には全くの無関心だった『魂魄の番人』は、陸鷹の霊圧知覚が反応しなかったと聞くや、陸鷹に半歩近づいた。

 

「うぬの霊圧知覚が反応しない、じゃと…?」

「あぁ。 虚一体の霊圧と、件の死神の霊圧は現場に残ってはいたんだが、そこから先の行方は分からなかった」

「ふむ…」

「霊圧の行方が不明な以上、あとは現世と尸魂界に魂魄の動きが有ったかどうかで追うしか無いと思うんだ」

「それがたわけた事だと言うんじゃ。 1日に一体幾つの魂魄が往来している思っている」

 

『魂魄の番人』は陸鷹に背を向けた。

陸鷹は引き下がる訳に行かず、『魂魄の番人』の性格を分かった上で、あえて挑発的な言葉を投げかけた。

 

「分かったよ。 さすがのあんたでも行方が分からないんじゃどうしようもない。 案外万能って訳でも無いんだな。 あんたの『修多羅(しゅたら)等級』も」

「…なに?」

 

自身名を冠した『修多羅等級』を揶揄された『魂魄の番人』・修多羅千手丸は、再び陸鷹に向き直ると、背中に()いた義手を威圧的に(うごめ)かせた。

 

「あんたの『修多羅等級』は、存在する全ての魂魄を把握し、現世と尸魂界の均衡を保っている訳だろ?」

「抜かせ。 本来『修多羅等級』とは、両界の"魂魄総量境界侵度(こんぱくそうりょうきょうかいしんど)"に対する警戒強度指標であって、魂魄の行方を追う為のものではない」

「でもそれはあんたの能力に依るものだろう? 虚の魂魄と死神の魂魄が尸魂界に来てるかどうかぐらい分からないと、仕組みとして成り立たないんじゃないの?」

「貴様…」

 

千手丸は眉間に皺を寄せ、不快感をあらわにする。

しかし、一歩も引こうとしない陸鷹に根負けしたのか、溜め息を1つ吐くと「その場で待て」と言い残し、奥の座敷に消えていった。

 

しばらくすると戻ってきた千手丸は、1枚の紙を手に持っていた。

 

「これは…」

「死神の魂魄と正体不明の魂魄が3日前、尸魂界に入ってきている」

「正体不明?」

「虚の魂魄と言いたいところだが、断定は出来ぬ。 ただ、"正"でも"負"でもない故に正体不明とした」

「死神と正体不明の魂魄… ほぼそれで間違いなさそうだね」

 

陸鷹は千手丸から紙を受け取ると、頭を下げた。

唐突な行動に、千手丸は少し面食らった。

 

「感謝する、千手丸。 あんたが居なかったらここまで分からなかった」

「…構わぬ。 しかし他隊の隊士の為に何故ここまでする。 隊首たる うぬがここまで動くこともなかろう」

「何故なんだろうな…。 恐らく、七番隊の隊風に理想を見出してるからかもしれない」

 

陸鷹は千手丸の問いにそう答えると、今も部下を想いながらも自室謹慎になっている七番隊隊長・武市(たけち)に想いを馳せた。



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消えた血判

『元流』総本山、『元字塾』柳の間に3人の姿があった。

元流開祖にして総師範、護廷十三隊総隊長・山本元柳斎重國と、同流師範・大六野(だいろくの)治朗衛門(じろうえもん)、同流師範代で大六野の参謀的役割の真衣野(まさきの)泰三(たいぞう)の3人である。

 

「さて、説明して貰おうかのう」

 

柳の間上座に胡座(あぐら)をかいて座る山本に対し、師範と師範代は、まるで叱られている(こども)のように正座をし、その身体を強張らせている。

真衣野は先程道場内で起きた、八剣聖・葛貫(つづらぬき)勢五郎(せいごろう)強襲の顛末(てんまつ)を些細に説明した。

 

「葛貫が、のう」

「先生、教えて下さい。 葛貫勢五郎とは一体どのような人物なんです」

「葛貫は真衣野の言う通り、八剣聖の副総代じゃ。 八剣聖の序列はその強さで決まっている。 知っておるのう?」

「と言うことはつまり…」

「そう。 奴は怪物揃いの八剣聖で2番目に強い男、と言う事じゃ」

「2番目…」

「20年前の虚侵攻戦。 あの戦では流魂街の民は勿論、瀞霊廷の住民や死神にも数多くの死傷者が出た大きな戦じゃった。 それだけに、討伐で活躍した者は数少ない英雄と崇められた」

 

山本はその当時を振り返り、ぽつぽつと語り始めた。

 

「その数少ない英雄の1人があの男、人呼んで"葛斬(つづらぎ)りの勢五郎"じゃ」

「まさかあの男が、太刀筋"葛斬り"の由来だったとは」

「あれほどの剣の達人は、古今並ぶ者が居るかどうか。 八剣聖前総代の東元坂(とうげんざか)征郎太(せいろうた)殿ぐらいじゃろう」

 

真衣野は、そんな男の強襲に遭って尚、この命がある事に今更ながら安堵した。

と同時に、疑問に思った。

 

「何故この命が未だあるのか、か?」

 

山本に心中を見透かされた真衣野は驚いた。

 

「先生、奴の狙いは一体何でしょう?」

「俺だ…」

「大六野…」

 

強襲の現場である道場から柳の間に聴取の場を移してからも、ただの一言も話さなかった大六野は、ようやくそこで口を開いた。

真衣野が千度勧める医務室行きに、「大丈夫だ」と頑なに拒み続けるものの、大六野のその額には脂汗が滲んでいた。

 

「ふむ。 確かに奴らはこの儂に怨みを持っている。 今や『元流』の顔たるお主を倒せば、儂の顔は潰れ、『元流』の看板にも泥が付く。 そう考えたのじゃろう」

「では初めから大六野を狙って…」

「大方そんな所じゃろう。 大六野、お主は身体を休めて来たるべき時に備えておけ。 今のその身体ではとても奴らには敵うまい」

 

大六野は、葛貫の剣撃を受けた身体の部分に手を当て歯噛みした。

その様子を見て山本は、決してお世辞などではなく、率直に大六野の実力を評した。

 

「お主の実力は誰もが知る所じゃ。 護廷十三隊一番隊の席官の座に就かず、剣術一筋に打ち込み、塾生から師範の座に上り詰めた お主の実力をな」

「…ありがとうございます、先生」

「儂も八剣聖を辞されたとは言え、『元流』の総師範。 どれ、今日はゆっくりと後進の育成に励むかのう」

 

大六野と真衣野は、山本が放った『八剣聖を辞された』との言葉に、目を見開き反応した。

 

「先生が八剣聖を…?」

「何じゃお主ら、知らんかったのか」

「初耳です」

「儂と七番隊隊長の武市(たけち)五十雨(いさめ)は、護廷十三隊の隊長職に就いた事を理由に八剣聖を解任されてのう。 まぁ元々どうでも良い肩書きじゃ、特に申し立てもせず放っておる」

 

山本は「さてと」と声に出すと、ゆるりと立ち上がった。

 

「儂は塾生達に稽古を付けてくる。 真衣野は大六野を医務室に連れて行くように。 大六野、くれぐれも分かっておるな。 その身体ではどうしようもないぞ」

「…承知しております」

 

 

その日の夜更け、静かに眠りにつく山本の寝屋(ねや)に向かって、騒々しく廊下を走る気配が近付いて来た。

その気配を察知し、山本は寝間(ねま)から身体を起こし寝屋の障子戸を開けた。

 

「何事じゃ」

 

そこには、自ら命を申し付けておいた塾生が片膝をつき(かしこ)まっていた。

その姿を見た途端、山本は悟った。

 

「も、申し上げます。 大六野師範の姿が見当たりません」

「あやつめ…」

「加えて、師範の斬魄刀と門人札(もんとふだ)も無くなっております」

「門人札まで持ち出すとは…。 師範の座を捨ててまで葛貫の所に行きおったか」

「申し付けを守れず、申し訳ございません」

「よい。 奴程の者が本気で抜け出すとなると、1人や2人では防げん。 ここまで本気だと見抜けなかった儂の失策じゃ…。 出るぞ」

 

山本はその日のうちに護廷十三隊全隊へ、大六野治朗衛門の捜索命令を出した。



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歪な絆

尸魂界某所。

翅鳥(しちょう)流』と書かれた看板が掛かる道場の座敷に、男が4人集まっていた。

夜も更けており、座敷内を照らすのは、点在する蝋燭台の揺らめく炎のみであった。

 

「これで全員かね」

 

座敷の上座(かみざ)に座る、小柄で黒髪短髪の男が誰に問うでもなく言った。

その言葉に、座敷の末席に座る大柄な男が反応した。

 

(せん)だって除名になった2名を除けば、あとは副総代殿と玉輝(たまき)殿がおりませぬ」

「遅刻か…。 この大事な時に」.

 

小柄な男は苛立ちを隠さずにそう言うと、今度は上段の男が口を開いた。

皆が座る座敷より一段高い上段に座るその男は、肘掛けに肘をつき、頬杖をついていた。

 

葛貫(つづらぬき)・玉輝両名は、私の別命で動いておる。 気にせず続けてくれ」

「別命…? 東元坂(とうげんざか)殿、私は聞いておりませぬぞ」

「いずれ分かる事だ。 生熊(いくま)殿、今回の議題は何かね」

 

上段に座る東元坂と呼ばれた男は、半ば無理矢理に話を議題に戻した。

先程から場を取り仕切っている生熊と呼ばれた小柄な男は、自分の質問に答えられない事に不満そうな顔をしながらも、会合を続けた。

 

「…4日前、玉輝殿と虚『大帝』による現地調査が行われ、その場で護廷十三隊隊士2名と接触・戦闘した事は諸君らも承知の事とは思うが、その2名の内1名は重傷、1名は玉輝殿同行の虚によって連れ去られ、行方不明となった」

 

生熊は淡々と事実のみを報告する。

その報告を聞き、末席の大柄な男は率直な疑問を口にした。

 

「虚が連れ去った…?」

「その辺りについては玉輝殿がこの場に居ない為何とも言えぬが、通常()()()()()()()()()()()()()と言える。 よって連れ去ったにしても、今頃隊士は」

「殺害されている、か」

 

生熊の報告を締めくくるように、東元坂は最も考え得る結論を述べた。

自分が言うはずだった言葉を東元坂に言われた生熊は、東元坂を一瞬睨みつつも、報告を続ける。

 

「内通者によると、護廷十三隊はすでに我々の関与を疑っており、元八剣聖・武市(たけち)五十雨(いさめ)を謹慎処分にし、行方不明になった隊士の捜索と我々への捜査を開始しているとの事だ」

「報告御苦労。 議題は以上かね?」

 

報告を終えた生熊に東元坂が尋ねた。

 

「…あとは八剣聖の穴埋め、ですな」

「それなら心配に及ばん。 欠けた穴2名の内1名は調整に入っており、もう1名も中央四十六室より推薦を受けておる」

「さすが仕事がお早い」

「諸君らにも直にお目見え出来よう」

 

「…暫しよろしいか」

 

議題が落ち着き掛けた時、今まで一言も発さず黙って会合に参加していた男が、挙手と共に声をあげた。

その眼光は冷静な声とは裏腹に、熱を帯びていた。

 

龍堂寺(りゅうどうじ)殿、いかがなされた」

 

東元坂に龍堂寺と呼ばれた男は、死覇装の上に特別な(あつら)えものを羽織る、一見(いっけん)しただけで貴族と分かる出で立ちの男だった。

 

「お主ら、一体何を企んでおる」

「はて、何のことですかな?」

「とぼけるな。 五十雨が抜け、山本が抜けてからの初めての会合に、葛貫殿と玉輝殿が不在というは(いささ)か不審ではないか」

 

龍堂寺の鋭い視線が、蝋燭台に灯る炎を揺らがせ、東元坂を射抜く。

東元坂は決して目線をそらす事なく、その視線を悠々と受け止めている。

 

「お主らの目的は、本当に20年前の再現だけか?」

「それ以外に何が有ると?」

「そうだな、例えば」

「私のやり方に不満かね」

 

龍堂寺が例を出そうとした瞬間、東元坂がそれを遮った。

 

「…不満だとすれば如何(いかん)とする」

「龍堂寺、20年前の真実を皆が知れば、名門貴族・龍堂寺家はどうなるだろうな。 五大貴族との差を埋めるどころの騒ぎではないぞ?」

「なっ…! まさか…」

 

東元坂は頬を醜く歪ませた。

異論の1つも挟ませるつもりのない、そんな表情だった。

 

「安心せい。 お前が裏切らん限り、私の口からは言わんよ。あれは我らの()()()()だ」

「貴様…」

「今は深くは知らんでも良い。 ただ動け。 八剣聖の名誉と復権の為にな。 諸君らの各門人(もんと)にも伝えおいてくれ。 決戦は近いと」



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思騰氾濫

夜、斬魄刀を腰に挿す身長差のある男が2人、帰宅の途についていた。

1人は小柄な男で、その顔立ちには幼さが残っていた。

もう1人は大柄で筋肉質、短く刈り込んだ頭髪が特徴的な男だった。

 

興征(こうせい)の野郎、父親の跡継ぎで総代になったくせに偉そうにしやがって」

生熊(いくま)殿、総代にそのような物言いは…」

「良いんだよ。 それを言われてもしょうがねぇんだ、あいつは」

 

大柄な男に生熊と呼ばれた小柄な男・生熊(いくま)(しん)は、納得のいかない様子を露わにしながら、その歩みを進めていた。

 

「200年前の事、ですか」

「そうともよ。 あいつは200年前の卯ノ花(うのはな)(れつ)との戦いに参加してねぇ。 あの血みどろの戦いを生き抜いた俺達を差し置いて総代だなんて、笑わせるぜ」

 

血みどろ、と聞いて大柄な男・賽河原(さいがわら)康秀(やすひで)は200年前の戦いに想いを馳せた。

 

征郎太(せいろうた)殿が命を落とされた、激しい戦でしたな」

「実際感謝してるぜ、-丿字斎(えいじさい)、いや今は元柳斎(げんりゅうさい)かー にはな」

「あの時山本殿と握菱(つかびし)殿が来てくれなければ、今頃我らも…」

「まぁ、それも俺達の武運ってこった」

 

生熊はあっけらかんとそう言い放つと、「しかし」と話題を戻した。

 

「新たな八剣聖を入れると言っていたが」

「山本殿と武市(たけち)殿が除名になり今や6人。 確かに、新加入の者に初舞台を踏ませるには()()()()()()()()()()でしょうな」

「確かに、な」

 

話しながら歩いていると、自分の屋敷に到着したのか賽河原が足を止めた。

生熊もそれに合わせ足を止める。

 

「興征が言っていた、玉輝(たまき)と副総代に出したという別命… 嫌に引っ掛かる」

「別命の為会合に参加しなかったとの事ですが、会合より重要な事とは一体…」

 

生熊は、すでに日の落ち切った空を見上げた。

 

「俺達の知らない所で、何かが動いているのかもな」

 

 

——————————————————————————

 

 

「そろそろ来る頃だと思っとったわい」

 

夜更けにも関わらず死覇装をしっかりと着込んだ屋敷の(あるじ)は、笑みを浮かべて真夜中の訪問客に対応した。

一見(いっけん)すると青年風の訪問者は主の言葉には反応せず、持っていた木札を主の足元に放り投げた。

からん、と音を立て転がった木札は古く、表面に書かれた『大六野(だいろくの)治朗衛門(じろうえもん)』の文字はもはや消えかかっている程だった。

 

門人札(もんとふだ)か… 門人札は道場主との"血判(けっぱん)"。 道場から持ち出すその意味は分かっておろうな?」

「貴様に言われずとも分かっている」

「ほっほ、威勢が良いのう。 若いと言うわ羨ましいわい」

 

屋敷の主・葛貫(つづらぬき)勢五郎(せいごろう)は、足元の門人札を拾い上げると懐にしまった。

 

「葛貫、貴様何故()()()()()()()()()

「言えば聞いたか?」

 

葛貫の問いに答える事はせず、大六野は己の腰に挿さる斬魄刀を鞘ごと抜くと右手に持ち替えた。

 

「…ここではまずいのう。 場所を変える、付いて参れ」

 

葛貫に導かれるまま、大六野は闇に姿を消していった。

 

 

——————————————————————————

 

 

「至急隊長に御報告しろ!」

「隊長は席を外しております…!」

「馬鹿野郎、何の為の隠密機動(おんみつきどう)だ、裏挺(りてい)隊を使え!」

 

四番隊隊舎・護廷十三隊救護詰所は突如として騒然とした雰囲気に包まれた。

それは、1人の男の目覚めによるものだった。

 

如何(いかが)致した」

斧ノ木(おののき)副隊長!」

 

先程から指示を飛ばしている男に斧ノ木と呼ばれた、四番隊副隊長・斧ノ木(おののき)総二郎(そうじろう)は、急に慌ただしくなった隊舎の様子を見に来ていた。

 

「奴が、奴が意識を取り戻しました!」

「なに…?」

「現世で虚に襲われた、七番隊第四席・伊座屋(いざや)仁峰(じんほう)が意識を…!」

 

その言葉を聞き、斧ノ木は急ぎ病床へ駆け付けた。

意識を取り戻したものの、未だ混濁激しい仁峰は、口を金魚のようにぱくぱくとさせている。

 

「隊長には?」

「只今連絡を取っております」

「総隊長には」

「いえ、それが…」

「何をしておる、早ようー」

 

斧ノ木が総隊長のもとに伝令を走らせようとしたその時、仁峰の口から声が漏れ出した。

 

「待て、何か言おうとしておる」

「…ば…おり」

「ゆっくりで良い、お主らを襲った奴を確実に頼む」

陣羽織(じんばおり)の男が… 俺達を襲った…」

「なっ…!」

 

斧ノ木は男の特徴を聞き、驚いた。

陣羽織の男に心当たりが有った。

尸魂界広しと言えども死覇装の上に陣羽織を羽織る男は、斧ノ木が知る限り1人しか居なかった。

その推測は、護廷十三隊が持っていた"疑惑"を"確信"へと変え、ともすると戦へと発展しかねない危うさを孕んでいた。

 

「…伝令は良い、儂が総隊長に報告する」

 

斧ノ木は一番隊隊舎へと走った。




ついに意識を取り戻した七番隊隊士・伊座屋仁峰。
仁峰ともう1人の七番隊隊士・斎賀栄八を襲った人物が仁峰の口から語られ、その正体が陣羽織を羽織った八剣聖・玉輝衛童だと判明する。

そして"20年前の再現"を目論む八剣聖は、八剣聖総代・東元坂興征が、副総代・葛貫勢五郎と玉輝衛童に出した別命により、大きく揺れる。

護廷十三隊・八剣聖・『元流』元字塾、そして尸魂界全土を巻き込む大戦が今まさに始まろうとしていた。


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五方布陣

「事態は火急である」

 

護廷十三隊の全隊長・副隊長が一番隊隊舎に会し行われる、護廷十三隊最高意思決定機関・護廷十三隊隊首会。

その席上、総隊長である山本元柳斎(げんりゅうさい)重國(しげくに)は開口一番、そう口にした。

 

「かねてより意識不明であった七番隊第四席・伊座屋(いざや)仁峰(じんほう)が先般、四番隊の尽力により意識を取り戻した。 その後の聴取により、いま現在も行方不明となっている同隊第六席・斎賀(さいが)栄八(えいはち)と伊座屋を襲ったのは、陣羽織を羽織る死神と大型の虚と証言、儂はこの男を八剣聖(はちけんせい)玉輝(たまき)衛童(えいどう)と断定した」

 

襲撃の主犯は八剣聖の1人との事実を聞かされても、隊長達に動揺は無かった。

山本は微動だにせず言葉を続ける。

「現世で斎賀と伊座屋は大型の虚と戦闘、玉輝衛童はその間に姿を消し行方不明。 虚は伊座屋に重症を負わせたのち、斎賀をさらい尸魂界に帰還したまでは確認出来たものの、依然行方不明である。 そこで」

 

山本の目つきが鋭さを増す。

 

「各隊隊長諸君らには、斎賀栄八の保護及び玉輝衛童の捕縛を命ずる。 虚に関しては、好きにして貰っても構わん」

 

総隊長たる山本からの命令。

その眼光に加え、"好きにして貰っても構わん"との言葉に明確な戦闘の意思が汲み取れ、隊長達に思わず緊張が走る。

 

「質問等無ければこれで—」

 

山本が隊首会を締めようとしたその時、二番隊隊長・四楓院(しほういん)夜影(よるかげ)に、隊首会室外から伝令する者があった。

 

「まだ隊首会は終えれそうにないのう、総隊長」

「先程のは裏挺隊(りていたい)。 夜影殿…いかがなされた」

 

護廷十三隊の最大意志決定機関である隊首会に参加する隊長に、裏挺隊が緊急的に伝令する事の意味。

その場に参加する隊長・副隊長は皆その意味を理解していた。

全員の視線が夜影に注がれる。

 

「尸魂界四方、瀞霊廷を囲むように虚の大軍が現れた」

「なっ…!」

「さらに、それらを率いているのは…八剣聖との事じゃ」

 

それは、その場に居たおおよその者が到底想像し得ない報告であった。

"虚"、"大軍"などの単語に加え、それらに囲まれたとあれば、瀞霊廷の守護を担う護廷十三隊の首長らを騒然とさせるのには、十分過ぎる程であった。

 

(かつ)っ!!」

 

そのたった一言で場は静まった。

各隊長と比べ、決して大柄とは言えない初老の丁髷(ちょんまげ)男から発せられたとは思えない、山本渾身(こんしん)の一喝である。

 

「…これぐらいで狼狽(うろた)えるでない。 我らは護廷十三隊、例え最後の1人になろうとも、"護廷"の二字は決して捨てぬ」

 

その言葉を聞いて夜影は、つくづくこの男が総隊長で良かったと思った。

かつて同じ五大貴族の面々を敵に回してまで進めた山本総隊長擁立(ようりつ)

いま、確実に山本の下に護廷十三隊は、名実共にまとまりつつあった。

 

「総隊長、御命令を」

「護廷十三隊を五方に分け、これに対抗する。 東に八番隊・京楽(きょうらく)源之佐(げんのすけ)と三番隊・握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)。 西に五番隊・二枚屋(にまいや)王悦(おうえつ)と十番隊・志波(しば)陸鷹(りくおう)。 南に六番隊・朽木(くちき)彩之丞(さいのじょう)と九番隊・狛村(こまむら)陣右衛門(じんえもん)。 北に二番隊・四楓院夜影と七番隊・武市(たけち)五十雨(いさめ)。 中央は儂と十三番隊・兵主部(ひょうすべ)一兵衛(いちべえ)で守護をする」

 

山本は、そのように命令を瞬時に変更すると「加えて」と言葉を足し、命令を続けた。

 

「四番隊・麒麟寺(きりんじ)天示朗(てんじろう)は隊舎にて傷病人保護、十一番隊・卯ノ花(うのはな)(れつ)は遊撃部隊。 十二番隊・修多羅(しゅたら)千手丸(せんじゅまる)は有事に備え魂魄を監視せよ。 異論の有る者はおるか?」

 

疑問形ではあるものの、一切の疑問を挟ませない、また挟みようのない采配(さいはい)だった。

山本は返答が無いのを確認すると、杖状に封印している己の斬魄刀『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』で地面を一度、とんっと突いた。

 

「さて諸君、 護廷十三隊の初陣じゃ。 多少廷内が壊れても構わん。 派手に暴れてやれ」

 

総隊長の命令に「(おう)」とだけこたえ、十三人の怪物は動き出した。



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真実と事実

護廷十三隊隊首会より1刻前—。

 

八剣聖総代、東元坂(とうげんざか)興征(こうせい)が道場主を務める『翅鳥(しちょう)流剣術道場』。

その一角である板張りの間、"護田鳥(うすべ)"に6人の男が集まっていた。

 

尸魂界随一の剣豪で構成される八剣聖。 それらを一手に纏める男、翅鳥流師範であり八剣聖総代・東元坂興征。

八剣聖副総代で、"千里轟(せんりごう)"と噂される『元流道場』に容易く侵入し、そこの師範である大六野(だいろくの)治郎衛門(じろうえもん)を急襲、重症を負わせた老練の士・葛貫(つづらぬき)勢五郎(せいごろう)

生熊流開祖、歳こそ若く見た目も幼いが、その天才的な剣武から付いたあだ名が"違天(いてん)の真"・生熊(いくま)(しん)

出自こそ貴族だが、その実力を認められ、前総代である東元坂(とうげんざか)征郎太(せいろうた)の時代から八剣聖に名を連ねる大剣豪・龍堂寺(りゅうどうじ)業良(なりよし)

総代の興征から厚い信頼を寄せられ、大型虚と共に現世で伊座屋(いざや)仁峰(じんほう)斎賀(さいが)栄八(えいはち)を襲った頭の切れる兇漢・玉輝(たまき)|衛童(えいどう)

骰震(とうしん)流開祖にして、元流客員師範。 八剣聖では末席だが、その実力は隊長就任前の京楽(きょうらく)源之佐(げんのすけ)八番隊隊長を剣気だけで萎縮させる程の腕前。 八剣聖の一番槍・賽河原(さいがわら)康秀(やすひで)

 

正しく1人1人が尸魂界随一の腕前を誇る剣豪。

"剣聖"の称号を欲しいままにしている6人が一堂に会していた。

総代である興征は、例によって一段高い上段に座り、あとの5人は板張りの床に円座を敷き、そこに胡座をかいて座っていた。

八剣聖総代の道場だけあって、数多くの門人が稽古に打ち込んでいるような威勢の良い声が聞こえてくる。

 

「さて、先日に引き続き一統に集まって貰ったのは他でもない。 いよいよ準備は整った」

「ほっほ、いよいよですな」

「ふん。 準備に時間を取り過ぎじゃないかね?」

「いよいよ、か」

「という事は、例のあれも…」

「準備とは一体…」

 

興征が言った宣言とも取れる発言に、他の八剣聖は様々な反応を見せた。

小柄な男・生熊は、多少の苛立ちを見せながら、興征に無遠慮に質問した。

 

「準備とは、例の副総代殿と玉輝殿に命じたという別命か?」

「いかにも」

「その2つの別命を我々が知らない事を問題だとは思わんのか?」

 

生熊の語気が段々と荒くなる。

 

「それを今から説明しようと言うのだ。 まずは玉輝に頼もう」

「では私から… 私が総代から承った別命は1つ。 現世に赴き、"()"に堕ちかけている"(せい)"を大量に尸魂界に攫い、こちらで戦闘可能にする事」

「戦闘可能…? まさか玉輝、貴様…」

「人間の魂魄である"整"を無理やり"虚"にした」

 

生熊は座っていた円座から素早く片膝立ちの状態になると、自身の右側に置いてあった斬魄刀を左手に持った。

 

「辞めたまえ生熊君。 斬魄刀を右手で持つ事、右側に置く事の意味。 そしてそれを左手に持ち替える事の意味を君が知らぬはずは有るまい」

「ああ、知っているともよ。 俺はお前さん方を今しがた敵と見なした」

「ほう。 敵とは物騒な… 何故(しゃく)に障ったのだ」

「それが分からぬ程耄碌(もうろく)したか、興征」

「所詮掃いて捨てる程度の魂魄、最後に一花咲かせてやろうじゃないか」

 

その言葉を聞き終えるが早いか、生熊は興征に斬りかかった。

"護田鳥"に鋭く甲高い金属音が鳴り響く。

 

「ここで抜刀するか… 生熊殿…!」

「龍堂寺…!」

 

斬撃は、興征に届く前に阻まれた。

生熊の斬撃を止めたのは、生熊より下座に座っていた龍堂寺だった。

龍堂寺は完全に斬魄刀を抜刀せず、鞘から少し引き抜き、生熊の斬撃を受け止めた。

それは、生熊の斬撃を見切ってこそ出来る妙技だった。

興征は生熊の鬼気迫る斬撃に眉1つ動かさず、先程の言葉を続ける。

 

「生熊君、まぁ落ち着きたまえ。 私は君が癪に障った部分が分からぬ訳ではない。 ただ、何故今さら癪に障ったのだと問うただけだ」

「今さら、だと?」

「そこの龍堂寺君はその点理解が深い。 だからこうして守ってくれた訳だが」

「…貴様ら、俺らに話してない事が有るみたいだな」

「まだ分からぬか… 生熊君、君は虚が()()()()()()とでも思っているのかね?」

「なっ…」

 

生熊はその言葉を聞くなり、力無く刀を引き、斬魄刀を鞘に納めた。

龍堂寺はそれを確認すると、自身も納刀し、もとの席へと戻った。

 

「20年前、尸魂界を虚が襲い、それを俺を含む八剣聖が討伐した事により、我ら八剣聖の名声は上がり、尸魂界にとって必要不可欠な存在となった…」

「そうだ。 そして我らは以来尸魂界の護衛を担ってきた」

「しかし、その虚侵攻戦自体は、仕組まれたものだった」

「そう。 それは生熊君も知っての通りだ」

「俺は、自然発生した虚を使っていたと思っていたが、まさかそれが今回と同じ様に無理やり虚にさせられた魂魄だったとは…」

「これが、我ら八剣聖が共有する20年前の真実だ。 言ったろう、今回は2()0()()()()()()()、と」

 

人間の魂魄を無理やり虚にし、それを八剣聖自ら尸魂界に解き放ち、それを討伐する形で名声を得る。

それがかつて八剣聖が犯した罪であり、八剣聖同士を結び付ける『絆』となっていた。

興征から20年前の真実を聞かされ、それに加担した形になっている事実とを確認すると、生熊はへたり込むように円座に座った。

生熊にはすでに、先程の怒りと勢いは無かった。

興征は場が落ち着いた事を確認すると、話を続けた。

 

興征が一通り説明を終えると、末席に座る大柄で短髪の男・賽河原が手を挙げた。

 

「賽河原殿、質問ですかな?」

「先程のご説明で虚と八剣聖を4団に分けると言われたが、八剣聖が6人しか居ない現状、どのように分けなさるおつもりか」

「それがもう1つの別命、副総代殿に頼んである。 では副総代殿」

 

興征が八剣聖副総代・葛貫に説明を促すと、葛貫は両手をゆっくりと上げ、その手を2回打った。

すると、"護田鳥"の入り口にあたる木戸が開いた。

 

「この男は…!」

「この男こそ、本作戦で重要な役割を果たす男よ」

 

興征は不敵な笑みを浮かべた。



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八剣聖・玉輝衛童が用意した300体の虚と共に、尸魂界に侵攻を開始した八剣聖。
その動きを裏挺隊から報告を受けた山本元柳斎重國は、自身を含む護廷十三隊を五方に分けこれに対抗、東西南北四方に分かれた各隊長は、決戦の時を迎えていた。

一方八剣聖は、20年前の虚討伐の真実を知り落胆する者・その真実に加担した事実に縛られている者・先代総代の恩義に報いる為だけに動いている者など、様々な思惑が交錯する中、薄氷を踏むような関係性を保っていた。

300体を超える虚と八剣聖を相手に、護廷十三隊は尸魂界を危機から救えるのか。
そして八剣聖現総代・東元坂興征の真の狙いとは。
両者、激突。


数え切れない程の行軍の足音は轟音となって、まるで1つの塊のように1つの地点を目指して突き進んでいた。

それを率いるのは2人の男。

いや、厳密には、決して率いれてはいなかった。

その集団は、率いる程の統率力・判断力を持ってはいなかったからだ。

 

胸に穴の空いた異形の化け物・虚。

 

20年前に、自分達を英雄視させる為に起こした事件を、もう一度自らの手で引き起こす。

そうする事により、自分達の存在意義を、八剣聖の必要性を尸魂界に痛感させる。

その命題の元、2人の男は轟音と共に突き進んでいた。

 

「なぁ賽河原よ、走りながらで良い、聞いてくれ」

「今回の戦の大義、ですか」

 

賽河原と呼ばれた大柄で髪を短く刈り込んだ男・賽河原(さいがわら)康秀(やすひで)は、共に走る小柄な男・生熊(いくま)(しん)の意図を見抜き、言い当てた。

 

「そうだ。 果たして我らに大義は有るのだろうか」

「大義など、20年前にすでに失われているかと」

 

確かに大義は20年前にすでに失われていた。

しかし今もこうして、大義無き戦に赴いている。

しかも、自分と反りの合わない、形だけの八剣聖総代・東元坂(とうげんざか)興征(こうせい)の命で。

 

「大義は有りませんがー」

 

賽河原は生熊の思考を読み取ったのか、言葉を続けた。

 

「大義は有りませんが、今回の戦の理由は有ります」

「ほう、どのような」

「今回の件で、八剣聖を終わらせる。 尸魂界を護るのは、護廷十三隊だけで充分だと知らしめるのです」

「という事はつまり」

 

生熊は賽河原の進言を聞くや、足を止め、振り返った。

一塊となった轟音が迫ってくる。

 

「この塊を壊さなきゃなぁ」

 

「それは良い考えですな」

 

尸魂界を背にし斬魄刀に手を掛け、虚の大群が目前に迫ったとき、生熊と賽河原の背後から声がした。

振り返ると、錫杖を手にした見覚えのある大男が立っていた。

 

「破道の十二 "伏火(ふしび)"」

 

言うが早いか、霊子で編まれた網が広範囲に広がり、虚の先鋒部を包み込んだ。

包み込むと同時に炎が広がり、虚を焼いていく。

 

「鉄裁!」

「東はあなた方でしたか」

 

三番隊隊長・握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)の圧倒的な霊圧が放つ破道が虚の先鋒部を焼いたものの、虚の大群は形態を変えず、尸魂界に突き進み続けた。

その矢先、虚が次々と真っ二つになっていった。

その中心では、肌の浅黒い男が刀を振るっていた。

 

「止まってくれないと僕が怒られるんだよね」

 

肌の浅黒い男、五番隊隊長・二枚屋(にまいや)は、軽口を叩きながら自分の仕事を粛々とこなす。

鉄裁も破道と縛道を自由自在に状況に応じて操りつつ、虚の数を減らしていった。

 

「生熊殿、賽河原殿、説明は後で聞くとして、 今は虚の数を一体でも多く減らし、中央に進みでましょう」

「一度のみならず、二度も鉄裁に助けられるとはな」

 

握菱鉄裁・二枚屋王悦・生熊真・賽河原康秀の4人は、護廷十三隊と八剣聖の垣根を超え、正しく『護廷』の為に、100体を超える虚と対峙した。




まさかこの日が来るとは。

1年以上もの間執筆期間を空けた今作品は、『平成』と共に失われたモノになるはずだった。
心の片隅に有りながらも、その存在を無視し続けていた。
何度も設定のメモを見返し、自分の創り出した登場人物を見るにつけ、自分では到底表現しきれない、そんな思いも、筆を止める一要因となっていた。
何より期間が空き過ぎた。
もう読者も居ないだろう。
そう思いながらも、増えたり減ったりするお気に入り登録者を見ながら、ハーメルンのマイページを開いたり閉じたりする事も有った。

転機が訪れた。

余りにも暇だった時、改めて自分の作品を一から読んでみた。
賛否両論有り、感想を下さった方より御指摘頂くことも多々有ったが、やはり面白い。
原作『BLEACH』の1ファンとして、読みたい部分が描かれており、そして一度書き始めたその続きを描けるのは自分しか居ない。 その想いがムクムクと沸き起こった。
もう一度設定を見直し、なるたけ原作と矛盾のないよう・自分の考えた設定と矛盾の無いように話の筋を思い起こし、今話を書き上げた。

1年以上間を空けた今作品は、平成から令和へと、その時代を跨ぎつつある。
平成と共に終わる予定は今のところ無いが、時代が変わり、年号が変わっても、再び筆をとったその想いを忘れる事無く、この作品の行方を見守りたい。


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