ラブダブル!〜女神と運命のガイアメモリ〜 (壱肆陸)
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第1話 Mとの出会い/プロローグは突然に

初めまして146といいます!
アドバイスをいただき、このたび小説を始めることにしました。
文章力が皆無で、いろいろと至らずなところもありますがよろしくお願いします!


一人の少年がいた

 

 

 

 

 

彼は世界から拒絶され

 

 

 

 

 

 

誰にも愛されず、誰も信じられず

 

 

 

 

 

すべてを失った_____いや

 

 

 

 

 

手に入れることすら許されなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

そんな彼に手を差し伸べた一人の男_______

 

 

 

 

 

 

「俺と一緒に来い、お前の力が必要だ」

 

 

 

 

 

 

その言葉が彼の闇を払いのけ、

 

 

 

 

 

 

彼の世界に光を与えた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月日は流れ、春が始まってしばらくたったある日、

 

二人の少女が古びた建物の前に来ていた

 

 

「切風探偵事務所…ここだね!」

 

 

チラシを片手に興味深そうに建物を見つめる少女。

 

サイドポニーのオレンジ髪で、満面の笑顔がまぶしい。

 

 

「本当に行くのですか?こういう所は軽々しく出向かうべきでは……」

 

 

心配そうな表情をしているのは、青い長髪の少女。

 

さっきの少女が元気いっぱいおてんば娘だとすれば、こっちは清楚な大和なでしこ。

 

どっちにしろ、二人ともかなりの美少女であることは間違いない。

 

「あんなの見たら気になるでしょ!?私なんか気になって全然勉強してn」

「いつも通りじゃないですか」

 

 

サイドポニーの少女の言葉に、冷静にツッコむ長髪の少女。

 

 

「とにかく、中に入ってみようよ!」

「ちょっと待ってください!話を……」

 

 

サイドポニーの少女は好奇心にあふれた表情で、建物___探偵事務所の扉を開ける。

 

扉の奥で少女の眼にうつったのは……

 

 

 

 

 

「ワンワン!」

「バウバウ!」

「やめろ!こっちくんな!離せ!」

 

 

 

たくさんの犬と戯れ……もとい、襲われている高校生くらいの少年の姿だった。

 

突然現れた謎の光景に、二人もあっけにとられている

 

 

「ちょ……やめ……噛……ギャアアアアアアアア!!!!」

 

 

少年の悲鳴が聞こえたと同時に、二人は扉をゆっくりと閉める。

 

 

「……帰ろうか」

 

 

「……そうですね」

 

 

二人はそのまま来た道を戻ろうとするが次の瞬間、扉が勢いよく開き、中からさっきの少年が現れた。

 

 

「……入れ」

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

「で、何の用件で?」

 

犬に襲われるのを見られたせいか、不機嫌そうな表情でサイドポニーの少女に聞く。

 

「あの~さっきの犬は……」

 

「旅行に邪魔だから預かってほしいって依頼があって一時的に預かってんだ。

 

でも、どういう訳か俺には全然なつかなくってだな……」

 

 

よく見ると少年の額に包帯が巻いてある。どうやら頭に噛みつかれたようだ。

 

 

「ってそんなことより依頼はなんだ?迷子探しか?宿題の手伝いか?」

 

「宿題やってくれるんですか!それなら…」

「穂乃果!」

「はい…」

 

 

長髪の少女に冷たい目でにらまれ、穂乃果と呼ばれた少女は小さくなる。

 

 

「実は……怪物を見たんです」

 

 

穂乃果のつぶやきを聞き、さっきまで不機嫌そうだった少年の顔が一変した。

 

 

「おい、それ本当か!?」

 

 

予想以上の反応に二人は戸惑いながらも答える

 

 

「は、はい…3日前に秋葉原に行ってたらテレビで見たことがある女の人を見つけたんで、あとをつけたら急に真っ白な怪物に変身して……海未ちゃんも見たよね!?」

 

 

「えぇ…その時は二人でなんとか逃げましたが……」

 

 

二人の証言を聞いた少年は何かを考えている様子で、ブツブツつぶやいている。

 

その表情はどこか嬉しそうだ。

 

 

「よし、分かった。ちょっと待っててくれ」

 

 

少年はそう言って席を立ち、部屋の奥へ行きそこにある扉を開けて誰かに呼びかける。

 

 

「おーい、起きてるか?」

 

 

「……寝てま~す」

 

 

部屋の奥から声が聞こえ、少年はさらに呼びかける。

 

 

「嘘こけ!起きてんだろ!久々の怪物(ドーパント)事件だ、お前も出てこい!」

 

 

「え~あと30分……」

「いまから1分以内に出てこないとゲーム禁止な」

 

 

その5秒くらい後、奥の扉から分厚い本を持った少年が出てきた

 

髪は寝癖でボサボサで、しまりのない顔からはやる気なしオーラがこれでもかというほど出ている。

 

「自己紹介が遅れたな、俺は切風(きりかぜ)アラシ、こっちは相棒の士門(しもん)永斗(えいと)怪物専門(・・・・)の探偵だ」

 

 

「永斗で~す。よろしく…」

 

 

それが、後に伝説となる少年少女の出会いだった

 




いかがだったでしょうか?
感想、ご指摘、アドバイス等ありましたらお願いします!
批判はなるべくオブラートに包んでいただけると……


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第2話 Wな二人/凸凹コンビは名探偵

ども!テストを終えた146です!
しかし2週間後にはまたテストが…オデノカラダハボドボドダ!!
さて、テストが始まるまでに何話かけるか…まずは2話をどうぞ!



ここは多くの芸能人が出入りする、某有名テレビ局。

 

俺は切風アラシ、怪物事件専門の探偵だ。

 

さっき高坂穂乃果とかいう奴から依頼を受け、ここに調査に来ている。

 

 

「環季ちゃん?そういえば......3日くらい見てないかも」

 

「分かりました。ご協力感謝します」

 

 

こんな感じで一人で何度も聞き込みを繰り返す。

 

面倒だがその分手がかりが手に入った時の喜びは大きい。探偵のみに与えられた醍醐味だ。

 

そこに…

 

 

「何かわかりましたか?私にできることがあれば何でも…」

 

 

どういう訳かコイツがいる。

 

この少女の名前は園田海未。さっき依頼に来たもう一人の奴だ。

 

 

「だったら帰ってもらえる?ここから先は俺たちの仕事、一般人にウロチョロされると邪魔なんだよ」

 

「そういう訳にはいきません!私だって怪物の正体を知りたいですし」

 

 

さっきから何度も説得しているが頑なに帰ろうとしない。

 

ていうか、さっきまで全然乗り気じゃなかっただろ。どうしたんだ、急に?

 

「とにかく!依頼人を危険な目に合わせるわけにはいかないんだ!

分かったら帰r」

「上野の公園で怪物を見た人がいるらしいです!行ってみましょう!」

「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

はぁ…今回は大変そうだ……

 

アイツはちゃんとやってんだろうな……

 

 

 

_____________________

 

 

 

ー3人称sideー

 

 

同刻、切風探偵事務所。

 

静まり返った建物の中いるのは、気まずそうな穂乃果と、寝そべっている永斗の二人。

 

二人ともここ数十分、一言も言葉を発していない。

 

永斗に関しては、客をほったらかしでマ〇オ的なゲームをやっている。

 

 

 

「あの~~~」

 

 

この空気に耐えられなくなったのか、穂乃果が口を開いた。

 

 

「永斗さん…でしたよね?一緒に行かなくてよかったんですか?」

 

 

穂乃果の質問に永斗はだるそうに答える。

 

「外でめんどくさいことするのはアラシの仕事。

僕は手に入った手がかりを検索するだけ。楽な仕事だよ」

 

(検索?パソコンでも使うのかな?)

 

ゲーム機の画面に「STAGE CLEAR」の文字が表示され、永斗はゲーム機を閉じた。

 

「君、名前は?」

 

「高坂穂乃果ですけど…」

 

「じゃあ、ほのちゃんでいいや。ほのちゃんは怪物を見てここに来たんだよね?

ちょうど暇になったし、怪物のことをいろいろ教えてあげるよ」

 

そういうと、永斗は体を起こす。

 

「おっと、ここからは説明が続くから面倒だっていう人は読み飛ばしてもokだよ~」

 

「誰に言ったんですか?今の」

 

永斗がメタ発言をしたところで、今度こそ怪物について話し始めた。

 

「君が見た怪物は”ドーパント”っていって、”地球の記憶”を内包した”ガイアメモリ”を人体に挿すことで生まれる人知を超えた超生物……って聞いてる、ほのちゃん?」

 

「あ、スイマセン…」

 

聞いたことない単語が連発したためか、穂乃果は永斗の話そっちのけで部屋の中をウロウロしていた。

 

永斗はその光景を見て小さくため息をつく。

 

そして、何かを思いついたかのように冷蔵庫から一つのプリンを取り出した。

 

「ほのちゃん、プリン好き?」

「くれるんですか!?」

「いや、あげないけどさ」

 

目を輝かせた穂乃果の希望を永斗がぶった切る。

 

「ほのちゃんはプリンについていろいろ知ってるよね?味、食感、材料、匂い、色、etc…

それは、ほのちゃんの中で”プリン”という体験があったからなんだ」

 

さっきのよりは分かりやすいのか、穂乃果も話についてきている。

 

「同じように地球も、自分の中で起こった事は全部知ってる。

プリンだったら味とかだけじゃなく、世界中の種類、作った人、できたきっかけ…

地球は全部知ってる。もちろん、ほのちゃんや僕のこともね」

 

永斗はプリンを口に運び、さらに続ける。

 

「そういう地球の記憶を内包した装置が”ガイアメモリ”。それを人の体に挿すと人が怪物になるんだ」

 

「じゃあ、私が見たのはプリンの怪物ってことですか!?」

 

「う~ん…まぁそんな感じかな」

 

永斗は食べ終わったプリンの容器をゴミ箱へ放り、再びソファに寝そべった。

 

「話したら疲れた~~そんじゃお休み…」

「え~!?ちょっと、寝ないでくださいよ!起きて~!!」

 

___________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「こんなもんか…」

 

あれから3時間。いろいろ周って手掛かりは手に入った。

 

まず、あいつらが見たっていう女優の名前は咲田環季。

 

証言通りなら彼女が犯人ということになるが、3日前に突然姿を消している。

 

ネットとかで調べると「白い怪物」の目撃情報は数件あったが、目撃者は全員行方不明。

 

他にも、最近行方不明事件が頻発しているらしい。

 

まぁ、まとめるとこんな感じだ。

 

・咲田環季・・・今回の容疑者。3/22に姿を消した。

・岸田順子・・・専業主婦。3/5に行方不明。

・金山博史・・・デザイナー。3/17に行方不明。

・葉月キリカ・・・読者モデル。2/26に行方不明。

・山田瑞樹・・・jk。3/5に怪物を目撃。3/7に行方不明。

・西原香夏子・・・ol。2/26に怪物を目撃。2/28に行方不明。

・白戸健二・・・サラリーマン。3/17に怪物を目撃。3/18に行方不明。

 

ここ1か月の情報だけ見ると…

「咲田さんが恨みのある人と目撃者を消していってるってことでしょうか?」

「そうだな…って、お前まだいたのか!いい加減帰れよ!!」

「大丈夫です!熱いハートがあれば危険なんてどうとでもなります!!」

 

あ、変なスイッチ入ってる。めんどくせぇ…

 

「それで、アラシさんはどう思いますか?」

「だから…まぁいいや、俺もそう思う。だが…」

 

何かが引っ掛かる…この事件それだけじゃない気が…

 

「とりあえず、アイツに頼むか」

 

俺はポケットから携帯電話型ガジェット”スタッグフォン”を取り出し、事務所の番号にかけた。

 

『もしもし?』

 

着信音がしばらく鳴った後、電話がつながった。だが出てきたのは永斗ではなくあの穂乃果とかいう少女だった。

 

「永斗はどうした?」

 

『それが…』

 

なるほどな…大体わかった。

 

「アイツの耳に近づけてくれるか?」

 

案の定、受話器から寝息が聞こえる。

 

俺は周りに人がいないのを確認し、思いっきり息を吸い込んで…

 

 

 

 

「起きろゴラァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

俺の怒号が受話器とあたりの空間に響き、海未も耳をふさいでいる。

 

『うるっさいなぁ…もう少し優しく起こせないの?』

 

今度は受話器からけだるげな声が聞こえる。間違いなく永斗だ。

 

「人が仕事してるときに何寝てんだテメェは!!」

 

『え~と…そこに枕があったから?』

 

「登山家か!!」

 

『ほら、最近寝不足だし…眠気には勝てないっていうか…』

 

「寝てない?なんかあったのか?」

 

『それが…昨日の深夜3時から勇者サンダーファイアーの最終回があってさ』

 

「寝ろよ!!ていうかタイトルのセンス無さすぎだろ!!」

 

『まぁ、ビックリするくらいのクソアニメなんだけどね』

 

「じゃあ見んな!!」

 

言いたいことは山ほどあるが話が全く進まない。

 

仕方がないから本題に戻すことにした。

 

「続きは帰ってからだ。とりあえず”検索”頼めるか?」

 

 

 

____________________

 

 

ー3人称sideー

 

「はいはい、了解で~す」

 

アラシの言葉を聞くと永斗はソファから立ち上がり、机に置いてある分厚い本を手に取った。

 

「ほのちゃんはそこで見ててね」

 

そういうと永斗は目を閉じて腕を少し開く。

 

そのころ永斗は自分の意識が上へ昇っていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けるとそこは360度真っ白な空間。

 

何もない空間が果て無く無限に広がっている。

 

 

 

 

「じゃあ……」

 

 

 

 

すると、どこからか数え切れないほどの無数の本棚が現れ、瞬く間にあたりを埋め尽くした。

 

永斗はその中心に立ち、つぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「検索を始めようか」

 




この話を書き終わるまでに3、4回データが飛んだんですよね…
一応コピーしといた分ももろとも…オデノパソコンモボドボドダ!!
次回は白い怪物の正体が明らかに!そんで遂に変身します!(多分)
感想、評価、アドバイス等お待ちしています!


白い怪物の正体は…もしかしたら今回の話で分かるかも…?


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第3話 Wな二人/検索と変身と二人で一人

146です!ちょっと更新遅れました!
今回は謎解きと変身。早速どうぞ!!



最後にちょっとした発表があります。よろしければ最後までみてください!


「それじゃあ、検索を始めようか」

 

本棚で埋めつくされた謎の空間にたたずむ永斗。

 

「キーワードは?」

 

『そうだな…まずは“白い怪物”』

 

アラシがスタッグフォン伝いでキーワードを指示する。

 

ちなみに永斗は今電話を持つことができないので、代わりに穂乃果がスタッグフォンを持って永斗の顔に近づけることで会話が成立している。

 

「了解、“白い怪物”だね」

 

永斗の顔の前に緑のwhite monsterという文字が浮かび上がり、本棚が次々と移動していく。

 

しばらくすると本棚は最初の半分くらいの数まで減少していた。

 

「まだこんなに残ってる…面倒くさいなぁ…」

 

『どんどん行くぞ、次は…』

 

 

アラシは行方不明者の名前、現場、日付などをキーワードとして永斗に伝え、永斗もそれらを入力していった。

 

しかし…

 

「本の数が減らない…決定打になる手がかりが無いのかな?ちょっとアラシ、ちゃんとしてよ~」

 

『うるせぇ!寝てた奴に言われたくないんだよ!!』

 

_________________

 

ーアラシsideー

 

口ではそんなことを言いつつも、俺は内心焦っていた。

 

確かに今までの情報は決定打とは言いにくい。だが、これらの情報は必ず事件の核心につながっている。

 

考えろ、何かあるはずだ…検索のカギになる何かがこの中に……

 

「そういえば…行方不明者リストに違和感を感じたような…」

 

俺はもう一度情報を記した手帳をめくり、違和感の正体を探す。

 

改めて見ると違和感の正体はすぐにわかった。そして…

 

 

「そうか…もしかして!」

 

その瞬間、俺の中で一つの結論が生まれ、全ての手がかりが一つに繋がった!

 

 

「永斗、キーワードを追加する!キーワードは______」

 

 

 

_________________

 

 

ー3人称sideー

 

 

「なるほどね、わかった」

 

永斗はアラシに言われたキーワードを入れてみる。

 

すると、みるみるうちに本棚が減っていき、永斗の目の前には一冊の本だけが残った。

 

その本のページをパラパラとめくり、永斗は内容を把握する。

 

 

「なるほどこれは……結構おもしろい真相(こたえ)だね」

 

 

 

__________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「遅ぇな…」

 

ここは廃車のスクラップ場。事件の真相を知った俺は永斗達と待ち合わせをしている。

 

「本当にここに犯人が来るのですか?」

 

ちなみにコイツも一緒だ。

 

「…あぁ、間違いない。それより…」

 

しばらく待っているが永斗達が一向にやって来ない。

 

なにやってんだよアイツは…!

 

 

「ごめん、待った~?」

 

 

待ち合わせ時間から実に20分遅れで永斗と穂乃果がやって来た。

 

「待ったわ!20分も!!」

 

「アラシ…、そこは『ううん、待ってないよ。今来たとこ♡』っていうところでしょ?」

 

「付き合いたてのカップルか!」

 

穂乃果の方は申し訳なさそうな表情をしているが、永斗は悪びれる様子もない。

マジでぶん殴ってやろうかコイツ…

 

「で、何してたんだよ」

 

「ちょっと忙しくってね。アラシ知ってた?6面の4ステージに隠しゴールがあったんだよ」

 

「ゲームしてんじゃねぇか!知らねぇ上にどうでもいいよ!」

 

「どうでもいいって…一生懸命考えたニ〇テ〇ドーさんに謝りなよ!」

 

「お前はまず俺に謝れ!!」

 

 

「何やってるんですか!そんなことしてる場合ではないでしょう!」

「そうですよ、早くしないと怪物来ちゃいますよ!!」

 

俺たちの言い合いを2人が制止する。

 

「確かに…おふざけもここまでにして、そろそろ答え合わせといこうか」

「ふざけてんのはお前だけだからな」

 

まぁいいや、それじゃあ謎解きタイムといこうか…

 

俺は他の奴らに見えるように手帳を取り出して、開いた。

 

「まず俺が不自然に思ったのは、“目撃者がは必ず怪物を見て数日後に行方不明になっている”ということだ。口封じだけならその日のうちでいいだろう?」

 

「でも、それがどうしたというのですか?」

 

俺は海未の問に答えるように続ける。

 

「もう一つ不自然に思ったことがある。それが事件のカギになった訳だが…

誰かが怪物を見た日、必ず誰かが行方不明になっている」

 

手帳の情報と証言をわかりやすく繋げると

 

2/26葉月キリカ、行方不明。西原香夏子、怪物を目撃。

3/5岸田順子、行方不明。山田瑞樹、怪物を目撃。

3/17金山博史、行方不明。白戸健二、怪物を目撃。

3/22咲田環季、行方不明。高坂穂乃果と園田海未、怪物を目撃。

 

「偶然にしては少し出来すぎだ。ここで俺は思った

 

“目撃者は本当はその日のうちに姿を消したのではないか”と」

 

「それじゃあ、なんでいなくなったのは数日後なんですか?」

 

穂乃果の疑問に今度は永斗が答えた。

 

「そうだね、例えば…“その間別の人が成り代わってた”とか?」

 

「つまり犯人は人に化ける能力を持ったドーパントで、

誰かと成り代わる。誰かに見つかる。そいつと入れ替わる…みたいな感じで犯行を続けていたんだ」

 

それを踏まえてもう一度まとめると

 

2/26ドーパントが葉月キリカから西原香夏子に。

2/28ドーパントが西原香夏子から岸田順子に。

3/5ドーパントが岸田順子から山田瑞樹に。

3/7ドーパントが山田瑞樹から金山博史に。

3/17ドーパントが金山博史から白戸健二に。

3/22ドーパントが白戸健二から咲田環季に。

 

これならうまい具合に噛み合う。

 

「行方不明者になったやつらは全員、何かしらの形でドーパントを見ていたのだろう。

俺たちが行方不明だと思っていたのは、本当はドーパントが別の人に代わっていただけ、同時に2人には変われないからな。

てことは咲田環季は犯人ではなく被害者の一人だったってわけだ」

 

「えっ!?それじゃあ…」

 

穂乃果が何かに気付いたようだ。そんじゃ、そろそろ終わらせるか。

 

「ここで犯人にとって予想外の事態が起きた。2人の人間に同時に見られてしまったんだ。さっきも言ったように2人同時には入れ替われない。

そこで犯人はその片方と入れ替わり、もう片方が余計なことを言わないように見張ることにした。そして、調査にもしつこくついて来て俺を監視し続けた…

 

そんな奴は1人しかいねぇ!」

 

俺は犯人を指さし、言い放つ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犯人はお前だ、園田海未!!いや…ダミー・ドーパント!!」

 

 

 

「ッ…何を言うのですか!私が怪物だなんて…」

「そうですよ!海未ちゃんはどう見てもいつもの…」

 

「ダミー・ドーパントは姿だけでなく、記憶や能力、人格まで完璧にコピーできる

いくら幼馴染でもノーヒントで見破るのはまず無理だろうね」

 

「そんな…証拠はあるんですか!?」

 

「永斗の検索で監禁場所は既に分かっている。どうしてもって言うなら見せてやってもいいんだぜ、本物の園田海未をな!」

 

海未…いや、ダミーの抵抗も俺と永斗に打ち砕かれ、しばらくの間沈黙が流れる。

 

そして…

 

 

 

 

 

「ハッ…ハハ…ハハハハハ!!」

 

ダミーは海未の姿のまま態度を一変させ、堰が切れたように笑い出した。

 

「その通り、我が名はダミー!探偵風情がよく我が正体を見破ったな!」

 

海未の姿が歪み、その姿は白い怪物__ダミー・ドーパントへと変貌した。

 

「間違いない…私が見た怪物…」

 

突然現れた異形に穂乃果は怯えているようだ。

しかし…

 

 

「はぁ!?これがドーパント?想像してた35倍くらいショボいんだけど。

もう偽物の記憶じゃなくてパチモンの記憶とかでいいんじゃねぇか?」

 

「アラシ言い過ぎだよ。確かに姿は信じられないくらいダサいし、会心の一撃一発食らわせたら倒せそうな感じだけど~」

 

俺と永斗は全く怯えていない。当然だ、こんな奴ら()()()()()

 

ダミーも俺たちの態度にしばらくポカンとしていたが、すぐに調子を戻し言い放つ。

 

「ハッ!いくら虚勢を張ったところで、たかが探偵に我は止められない!!」

 

「確かに、()()()探偵ならな」

 

「何!?」

 

さて、ここからが俺たちの本業だ!

 

「いくぜ永斗!!」

「はいはい…」

 

俺は懐から赤いベルトのバックルのような装置”ダブルドライバー”を取り出し、腰に装着。

すると、永斗の腰にも同型のダブルドライバーが出現する。

 

俺と永斗はそれぞれ、黒のガイアメモリ”ジョーカーメモリ”と、緑のガイアメモリ”サイクロンメモリ”を取り出しボタンを押す。

 

《サイクロン!》

 

《ジョーカー!》

 

「「変身!!」」

 

俺たちは腕で“W”の文字を描くようにポーズをとる。

 

永斗がドライバーのメモリスロットにサイクロンメモリを差し込むと、俺のドライバーにメモリが転送される。

 

俺はソレを押し込み、もう片方のスロットにジョーカーメモリを差し込んで両手でドライバーを展開!

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

永斗はその場に倒れ、俺の中に意識が転送される。

周りに風が巻き起こり、俺の足元から姿が変わっていく…

 

そして俺は…いや俺たちは赤い複眼の、右が緑で左が黒の姿をした戦士へと変身した!

 

その姿を見て穂乃果がつぶやく。

 

「仮面…ライダー……」

 

「そう、俺たちはダブル。街の平和を守る、2人で1人の仮面ライダーだ!」

 

『以後、よろしくー』

 

俺たちは左手でドーパントを指さし、この言葉を投げかける。

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

ー3人称sideー

 

 

そのころ、スクラップ場のクレーン車の上からダブルを見下ろす男が1人…

 

「ダブル……」

 

 

_________________

 

 

 

 

「くらえ!!」

 

ダミーはダブルに向かって駆け出し、殴りかかる。

 

だが、その攻撃は難なくかわされ、逆に一撃を食らってしまう。

 

「ぐっ…バカな…」

 

「まだまだいくぜ」

 

隙が生まれたところでダブルはさらに二撃、三撃を食らわす。

 

さらに右手のアッパーが炸裂し、ダミーは吹っ飛ばされてしまった。

 

「どうした?ショボいのは見た目だけじゃなく実力もか?」

 

「黙れ!そこまで言うなら見せてやろう、俺の本気を!!」

 

アラシの煽りで頭に血が上ったダミーは姿を変えていく。

 

そして、その姿は戦車のような形へと変化した。右手にはブレード、左手にはドリル、背中にはウイングが付き、肩にはランチャーが搭載され、いかにも強そうだが…

 

「うわ、だっせぇ!もうちょいカッコイイ変身なかったのかよ!」

 

『デザイン性のかけらもないね。メカンダーロボの方がまだカッコいいよ』

 

散々な言いようである。(注 メカンダーロボについてはあくまで作者の感想です

 

「黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!!」

 

ダミーは自棄になってブレードでダブルに切りかかる。

 

その攻撃もかわされたが、ダブルのところにあった廃車が真っ二つに切り裂かれた。

 

「だせぇくせに火力はあるな。どうする永斗?」

 

『こっちも火力で押し切ろう』

 

ダブルは赤いメモリ“ヒートメモリ”と、銀のメモリ“メタルメモリ”を取り出し、ドライバーの2本のメモリと入れ替えた。

 

《ヒートメタル!!》

 

ダブルの右半分が赤に、左半分が銀へと変色し、こん棒状の武器“メタルシャフト”が装備される。

 

「それがどうした!!」

 

ダミーは臆することなくダブルに切りかかる。だが…

 

「オラぁ!!」

 

燃え盛るメタルシャフトがダミーのブレードを一撃で粉砕、さらに左腕のドリルも粉砕した。

 

『決まったね、会心の一撃。もう一発いっとく?』

 

ダブルは脅すようにメタルシャフトを構える。この攻撃力ならダミーの装備をすべて破壊できるだろう。

 

「それなら…」

 

追い詰められたダミーは体の方向を変え、ランチャーを発射。

 

ミサイルの飛んでいく方向には穂乃果と永斗の体が!

 

「マズい!!永斗、ホーミングだ!!」

 

今度は黄色いメモリ“ルナメモリ”と、青のメモリ“トリガーメモリ”をドライバーに装填。

 

《ルナトリガー!!》

 

右半分は黄色、左半分は青になり、青のボディに黄色いラインの入った銃“トリガーマグナム”が装備された。

 

トリガーマグナムから発射された光の銃弾は、奇妙な軌道を描いてミサイルへと向かっていき、穂乃果たちに届く前にミサイルをすべて撃ち落とした。

 

「危ねぇだろ!さっさとどっかいってろ!!」

『僕の体も一緒に頼むよ』

 

穂乃果はしばらく混乱していたが、状況を把握すると「プリンの怪物なんかに負けないでください!」と言って永斗の体とともに去っていった。

 

「プリンの怪物?何言ってんだアイツ」

 

『さぁ?とりあえずそろそろ決めとく?』

 

ダブルは銃弾を数発撃ちダミーを迎撃した後、再びメモリをサイクロンとジョーカーに戻した。

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

「そんな…この俺は最強のドーパントだぞ!負けるわけが…」

 

『知らないの?そういう台詞は負けフラグっていうんだよ』

 

「メモリブレイクだ。いくぜ!」

 

ドライバーの側部についている”マキシマムスロット”にジョーカーメモリを装填し、ダブルの体が風で浮かび上がる。

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

宙に浮かび上がったダブルはダミーに向かってキックの体制をとり、マキシマムスロットのボタンを押した。

 

「『ジョーカーエクストリーム!!』」

 

空中で加速しながらダブルはダミーに突っ込んでいく。

 

ダミーにキックが届く寸前、なんとダブルは右半分と左半分に分離。二つに分かれたダブルの2段キックが炸裂し、ダミー・ドーパントは爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

___________________

 

ーアラシsideー

 

 

3/25活動報告

 

こうして、少女たちの前に現れた奇妙な事件は無事解決した。

 

ダミーの正体は天才とうたわれる若手俳優「志島一喜」。様々な役を演じているうちに、本物の人生を演じてみたくなり今回の犯行に及んだらしい。

 

若手の慢心とゆがんだ欲望が生んだ事件だったってわけだ。

 

まぁ、あれだけ多くの人間に成り代わってたのに誰も気づけなかったんだから実力は本物なのだろう。

 

誘拐されていた人たちも無事保護され、高坂穂乃果も園田海未と再会することができた。

 

俺たちの活躍で…「ワンワン!!」

 

また一つ…「バウバウ!!」

 

街の平和が…「わんわーん!」

 

「あーもう、うるせぇ!!てか最後のは永斗だろ!!」

 

「わんわーん、おなかすいた~ご飯作って~」

 

「自分で作れニート犬!!」

 

「わんわん…」

 

15歳にもなってなにやってんだコイツ…まぁいいや、事件も解決したしとっといたプリンでも…

 

「おい、永斗。プリンどうした」

 

俺が永斗に問いかけると永斗は目をそらす。

 

「そういえば穂乃果のやつ、プリンの怪物がどうとかって…お前まさか…」

 

俺がその言葉を言い終わらないうちに、ものすごいスピードで永斗が姿を消した。

 

「あ!待て、永斗コラァァァァァァァ!!!!」

 

 

本日もこんな感じで切風探偵事務所、営業中です。

 

 




これだけは言っておこう。

海未ちゃんファンのみなさんスイマセンでしたぁぁぁぁぁ!!!!
いや、オリキャラとか出しちゃうと犯人ってバレバレだと思ってこうなったんですが…
本当に申し訳ございませんでした!次回からは普通に海未ちゃん出しますんで!

発表ですが…オリジナルドーパントを募集したいと思います!
いや、別に思いつかないとかじゃないですよ(汗)
こいつ出してほしいとかのリクエストでもokです!ご応募お待ちしております!

感想、評価、アドバイス等おねがいします!


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第4話 Sの予兆/探偵に向いてる職業

お久しぶりです!146です!
テストがあったため、更新がかなり遅れました!
エグゼイドを見てテンションも上がったので、1日で書き上げました。
結構雑ですがどうぞ!!


4月1日、音ノ木坂学院入学式。

 

 

今日、多くの少女たちが新たな世界へとはばたく。

 

 

新入生を迎えるのは…

 

 

 

立ち並ぶ桜並木_____

 

 

歴史を感じさせる校舎______

 

 

自分たちを導く頼もしい先輩______

 

 

優しげな清掃員のおじさん______

 

「誰がだコラ」

 

もとい、ご機嫌斜めな切風アラシ…

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

どーも…皆さんご存知、怪物専門探偵にして仮面ライダーの片割れの切風アラシだ。

 

そんな俺がどういうわけか…

 

 

「おはようございまーす。朝からお疲れ様です!」

 

 

通りかかった女子高生が俺に挨拶をして、すぐに立ち去る。

 

そして、俺は作業服を着て竹でできたホウキを持ち、地面に散らばる落ち葉や桜の花びらを延々と掃除し続ける。

 

そう、俺は今この学校で清掃員のバイトをしている。

 

その理由は大きく分けて2つ。1つは…単純に金欠だ…

 

知っての通り、俺たちは2人で探偵を営み、商売もしている。

 

だが実際は、この現代社会において探偵はそこまで頼りにされない。

 

ましてや15と16のガキがしている探偵なんてふつうは相手にされない。

 

最近だと白い怪物(ダミー)の事件があったが、それより前の1か月はろくな依頼が来なかった。

わかりやすく言えば、ここ最近閑古鳥が鳴きっぱなしってことだ。

 

当然、赤字。ついでに事務所は借家だからたまり続ける家賃…

あぁ…言ってて悲しくなってくる……

 

こんな感じで、ただでさえ生活が苦しいのにあの永斗(バカ)はフィギュアやらDVDやらを買いやがる!

 

おかげでこのままでは生活ができなくなったため、俺がバイトを始めたってわけだ。

 

「なんで俺がこんなこと…」

 

そうだ、アイツが原因なんだし永斗にやらせれば…

 

いやダメだ、アイツは自分の部屋もろくに片づけられないんだった…

あーもう使えねぇ、あの永斗(クソニート)!!

 

 

「あっ!すいません!!」

 

「ッ…!悪い、ケガはないか?」

 

 

俺としたことが人とぶつかってしまった…あれ?コイツ……

 

 

「高坂穂乃果!?」

 

「あっ!探偵さん!!」

 

 

このサイドポニーの少女は高坂穂乃果。数日前に依頼に来た少女だ。

 

女子高生だとは思ってたけどまさかこんなところで…世間って狭いな…

 

横には2人の少女。1人は…園田海未だな。直接会うのは初めてか?

 

もう1人は知らないやつだな。でもこの顔どこかで……?

 

「ほら、この人だよ!海未ちゃんを救けてくれた探偵さん」

 

「そうでしたか…本当に何とお礼を申せばよいのか…」

 

海未は俺に向かって頭を下げる。

 

「気にすんな。こっちも仕事でやってんだ。それより…」

 

俺は穂乃果の服を引っ張り、少し離れた所へ連れていき、ヒソヒソ声で話す。

 

「おい、俺が仮面ライダーだってこと言ってねぇだろうな?

前も言ったように絶対に人には…」

 

 

「穂乃果ちゃ~ん、その人が仮面ライダーなの?」

「あーっ!ことりちゃん、声!声大きい!!」

 

おもっきし公言してんじゃねぇか!!

 

__________________

 

 

まさかこんなにも口が軽いとは…まぁ、きつく口止めしといたし大丈夫だと思うが…

ネットに拡散されてなかったってのが不幸中の幸いだな。

 

そんな感じで俺は今、中庭で掃き掃除をしている。

 

ごみの整理だとか、蜘蛛の巣の撤去だとか、ほかの仕事はあらかた終わった。

 

永斗のせいで家事には慣れてるほうだからな。案外、天職なのかもしれない。

 

そういえば事務所のほうは任せてきたが、ちゃんと…

 

 

やってないだろうなぁ……寝てるかゲームしてんのが目に浮かぶ…

 

 

「おーい、切風くーん!」

 

俺を呼んだ老人の男性は、同じく清掃員の小森茂道さん。といっても、こっちは清掃員15年目の超ベテラン。夜にほかの公園とかもボランティアで掃除したりしてるらしい。

 

「もうほとんど終わってるね。いや~やっぱり若いってのはいいね~疲れたでしょ?しばらく休憩してきなよ」

 

小森さんはそう言って缶コーヒーを俺に手渡す。

 

そうだな、小森さんの言葉に甘えるとしよう。つっても休むつもりは無いけどな…

 

 

 

____________________

 

 

 

「ふ~、やっと終わった~」

 

ため息をつきながら廊下を歩くのは高坂穂乃果。その横には園田海未と、さっきアラシが出会ったもう一人の少女、南ことりだ。

 

入学式を終えた3人は、自分たちの新たな教室へ向かっているところだった。

 

「疲れた~、先生の話長すぎだよ~」

 

「でも穂乃果ちゃん、ほとんど寝てたような…」

 

「穂乃果…?」

 

鋭い目つきで海未が穂乃果をにらみつける。

そんなことをやってるうちに、3人は謎の人だかりを発見した。

 

「なんだろう…?」

 

「もしかして…購買に新しいパンが!?」

 

「まじめに考えてください」

 

そんなことを言いつつ3人は人込みをかき分け、人だかりの中心へとたどり着いた。

 

そこにあったのは一枚の掲示されたプリント。そして…

 

 

「廃…校…?」

 

 

そのプリントに刻まれていたのは「廃校」の2文字。

 

「うそ…」

 

「廃校って…」

 

「つまり、学校がなくなるということですね…」

 

そのとき突然穂乃果が倒れ、海未とことりは穂乃果を受け止める。

 

「穂乃果!?」

 

「穂乃果ちゃん!」

 

うすれゆく意識の中、その2文字が穂乃果の頭の中を駆け巡る。

 

「私の…私の輝かしい学校生活が!!」

 

 

 

___________________

 

 

 

ーアラシside-

 

 

「やっぱし無いか…」

 

俺はごみバケツの中をあさり、1人でつぶやく。

 

傍から見れば変な奴だが、これにはちゃんと理由がある。

 

それは俺がここへ来たもう一つの目的、俺の本業“調査”だ。

 

実は、数週間前からこのあたりで爆発事件が頻発している。

 

警察の調べによると、現場からは爆弾らしきものは見つからず、火薬すら検出されてないらしい。

何でこんなこと知っているかって?企業秘密だ。

 

俺たちはこれがドーパント絡みの事件だとにらんで調査を始めた。

依頼がなかろうが、ドーパントを放ってはおけないからな。

 

永斗の検索で犯人こそ特定できなかったが、代わりに次の犯行現場を特定できた。

 

それがここ、音ノ木坂学院ってわけだ。

 

清掃員ならば校内に入ることは許可されている。爆弾を探すのにはもってこいだが…

 

「無いな…ここ3時間ほど何も見つからない…

本当に爆弾なんかあるのか?」

 

最初に掃除した時も探してみたが、特にこれといったものは見つからなかった。

 

本当にここであってんのか?いや、でもアイツは…

 

 

「テメェか、こそこそ嗅ぎまわってるネズミ野郎は」

 

 

突然背後から声が聞こえ、俺は振り返る。

 

そこにいたのは1人の大柄な男。耳にはピアスをつけており、褐色の肌が目立つ。

 

「お前、何者だ?教師とかには見えねぇが…」

 

「テメェに答える義理はねぇ。ネズミらしく、ここで駆除されろ!!」

 

男は懐から1本の赤いガイアメモリを取り出す。そして…

 

《スパイス!》

 

音声を鳴らし、自身の首にメモリを挿した。

 

オレンジの光に包まれ、男の姿が変わっていく。光が消えると、そこにいたのは異形の姿。

頭にはターバン、さらに隆起した筋肉を持ち、それをカレーポッドのような鎧が覆う。

 

相変わらずダサいが、とりあえず今はそんなこと言ってる場合じゃない。

 

俺はドライバーを取り出し、腰へ装着。その瞬間、俺と永斗の意識は繋がり、意識での会話が可能になる。

 

「永斗!ドーパントが出た。変身だ!」

 

(ちょっと待って。さっき中間地点突破したとこだから)

 

「本っ当に予想を裏切らないな、お前は!!

いいから早くしろ!こっちはガチで死にそうなんだよ!」

 

今、俺はスパイスが放つ火炎から必死で逃げている。

少しでも気を抜けば、一瞬で丸焦げだ。

 

「マジで早くしろ!こっちはリアルでマンマミーアしそうだから!!」

 

(お、アラシにしてはなかなか面白い台詞だね。78点)

 

「言ってる場合かぁぁぁ!!」

 

しばらくするとサイクロンのメモリがドライバーへ転送されてきた。

俺はソレを急いで押し込み、ジョーカーメモリを装填する。

 

「変身!!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

ドライバーを展開し、俺たちは仮面ライダーダブルへと変身した!

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

___________________

 

 

ダブルは火炎を風で払いながら、スパイスへと向かっていく。

 

そして、鎧のない箇所____スパイスの腹部をめがけて拳を叩き込んだ。

 

「ふんっ!」

 

だがその攻撃は片手で受け止められてしまう。

 

『なるほど、こないだのパチモン君よりはやるみたいだね。それなら…』

 

《メタル!》

 

ダブルはジョーカーのメモリをメタルと入れ替え、再びドライバーを展開。

 

《サイクロンメタル!!》

 

右手にメタルシャフトが装備され、スパイスの腹部を突いた。

 

「ぐあぁ!」

 

攻撃を受け、スパイスは悶絶する。やはり弱点だったようだ。

 

「ネズミの分際で…これならどうだ!」

 

スパイスはそう言って小瓶を取り出した。その中には黄色い粉末が詰まっているようだ。

 

『なんだあれ?ターメリック?』

「気を付けろ永斗。何かするつもりだ」

 

スパイスが小瓶を開けると中の粉末がダブルへと襲いかかった!

 

「なんだこいつ!?当たると痛ぇ!!」

 

『おまけに粉末だから攻撃しても当んない…面倒くさいこの上ないね』

 

話しているうちにも、粉末はダブルへと攻撃を続ける。

このままではただ消耗するだけだ。

 

「なんか無いのか!?こいつらを何とかする方法!」

 

『そーだね…粉だし吹き飛ばせば消えるんじゃない?』

 

アラシはその言葉を聞くとメタルシャフトを構え、風を纏わせる。

 

ダブルが粉末の中でシャフトを振ると竜巻が発生し、粉末を一気に吹き飛ばした。

 

「よっしゃ!覚悟しろカレー野郎…って…」

 

そこにスパイスの姿はなかった。粉末にてこずっている間に逃げてしまったようだ。

 

『逃げられちゃったか。じゃ、僕はゲームの続きやるんで』

「ちゃんとドーパントのことも検索しとけよ」

 

永斗は「はいはい」といって変身を解除。ダブルはアラシの姿へと戻った。

 

「そんじゃ、俺も仕事に戻らねぇと…」

 

___________________

 

 

ーアラシsideー

 

 

「さて、どうしたもんか…」

 

俺はホウキを動かしながら考える。

 

普通に考えて、犯人はあのカレー野郎だ。でもメカニズムが分かんねぇ。

 

見た感じ爆発能力なんてなさそうだが…

 

 

「探偵さ~ん!」

 

校舎から穂乃果が出てきて叫びながらこっちに向かってくる。

あの2人も一緒だ。

 

「どうしたんだよ?なんだ、泣いてんのか?」

 

「だって…学校が…!」

 

 

 

事情説明中…

 

 

 

「へぇ、廃校ねぇ…」

 

人が少ないとは思ってたけど、そんなピンチだったとはな。

 

まぁ、事件が解決したら俺には関係ないが…

 

「探偵さん助けて!学校がなくなったら…」

 

コイツ…そんなに学校が…

 

「私勉強できないし、編入試験とか絶対受かんないです!!」

 

あ、そっちね。

 

「つっても、すぐに学校なくなるわけじゃないだろ?

少なくとも今の生徒が卒業するまではあると思うぞ」

 

すると、穂乃果は豆でっぽうを食らった鳩のような顔をして、

 

「え、本当?海未ちゃん?」

 

「だからさっきから言ってるじゃないですか!」

 

なるほど、コイツ馬鹿だ(納得)。

 

「な~んだ、それなら心配ないね!いや~今日もパンがうまい!」

 

穂乃果はカバンからパンを取り出し、かぶりつく。

単細胞にもほどがあんだろ…永斗とは違ったタイプの馬鹿だな。

 

「でも…正式に決まったら次から生徒は入ってこなくなって、来年は2年と3年だけ…」

 

「今の1年生は後輩がずっといないことになるんですね…」

 

「そっか…」

 

確かに、それは少しかわいそうだな…

 

「なんか部活とかで生徒は集めらんねぇのか?」

 

「一応調べてはみたんですけど…」

 

そういうと、灰色の髪の少女は紙を取り出し、読み上げ始める。

 

 

「珠算 関東大会6位」

 

「全国には行ってほしいな」

 

「合唱部 地区予選奨励賞」

 

「要は頑張った賞か…微妙だな」

 

「ロボット研究部 書類審査で失格」

 

「なにしたんだよ、ロボット研究部…」

 

「ゲーム研究会(自称) 部の設立を求めた殴り込みで、会長(自称)が1週間停学」

 

「もはや部ですらねぇ!てか、なにやってんだゲーム研究会(自称)!?」

 

全部今一つって感じだな。最後らへんは悪目立ちだが。

 

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

俺たちがそんなことを話していると、2人の女子生徒が俺たちに近づいてきた。

 

1人は金髪のポニーテールのやつ。もう1人は紫の髪をしたツインテ。金髪のやつと比べると、おっとりした感じのやつだ。

 

「「誰?」」

 

「生徒会長ですよ。探偵さんはともかく穂乃果は知っておいてください!」

 

生徒会長…てことは年上か。

 

「南さん、あなた確か理事長の娘よね?」

 

「は、はい…」

 

「理事長、何か言ってなかった?」

 

「いえ、私も今日知ったので…」

 

コイツの母親ってここの理事長なのか。すげぇな…

 

「そう、ありがとう」

 

「ほな~」

 

答えを聞くと2人はすぐにその場から立ち去ろうとする。

 

「あのっ!」

 

その2人を呼び止めたのは、穂乃果だ。

 

「本当に学校なくなっちゃうんですか?」

 

「…あなたたちが気にすることじゃないわ」

 

そう言って再び立ち去ろうとするが…

 

 

「待てよ!」

 

今度は俺があいつらを呼び止めた。

 

「そんな言い方はねぇだろ。こいつらだってここの生徒なんだから」

 

「あなたは?」

 

「俺は切風アラシ。今日からここで清掃員のバイトをすることになった」

 

「だったらあなたにも関係のないことよ。こんなことしてないで、早く仕事に戻ったらどうなの?」

 

この発言を聞いた俺の中で…

 

 

 

 

 

“なにか”が切れた。

 

 

「んだと!?関係ねぇわけねぇだろ!俺だってこの学校に働く1人だぞ!」

 

さっきと言ってることが真逆だと自分でも感じているが、こうなったらもう理性は関係ない。

 

「じゃあ、あなたが何とかしてくれるの?」

 

「上等だよ、やってやる!俺が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃校を阻止してやるよ!!」

 

 

 

その後、辺りにしばらく沈黙が流れる。

 

そして、ようやく俺は自分が言ってしまったことの重大さに気が付いた。

 

 

 

「あ………」

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

「で、言っちゃったんだ。廃校を阻止するって…」

 

 

仕事を終え、事務所に戻った俺は事情を永斗に説明。

 

「いやーバカだねー。頭に血が上ったらいっつもこうなんだから。

どうすんの?女の子たちの前であんなこと言っといて無理とか言わないよねー?」

 

めっちゃニヤニヤしながら永斗が俺を責め立てる。

コイツに相談した俺がバカだった…

 

「それはいいとして!ちゃんとドーパントのこと検索したんだろうな?」

 

「ちゃんとしてるよー。そこの紙にまとめてあるから読んどいて」

 

俺をからかうのに飽きたのか、永斗は部屋に閉じこもってしまった。

 

「からかうだけからかって逃げやがって…えーっと?」

 

スパイスの能力

 

スパイスは7つの特殊な香辛料を操れるよ☆

 

・アタックスパイス   さっき使われたやつ。

 

・ステルススパイス   視覚や嗅覚、触覚などで存在を感知されないスパイス。

            特に攻撃力はないからあんまり使えない。

 

・シールドスパイス   銃弾の攻撃はもちろん、物理攻撃も防げるスグレモノ。

 

・ヒールスパイス    使うと傷などを癒せる。体力も回復可能。

            傷口にスパイスは余計痛いとか言っちゃいけない。

 

・ポイズンスパイス   吸った相手を麻痺させる。ていうか普通に毒。

 

・スモークスパイス   煙を出し、目くらましをする。ていうか普通に煙幕。

 

・テイストスパイス   普通においしいスパイス。魚を焼くのに使うとうまいゾ!

 

 

 

この能力では爆発事件を起こすのは難しそうだな…やはり犯人は別のドーパントなのか?

 

それに加えて廃校問題…あーもう明日からバイト行きたくねぇ!!

 

 

______________________

 

 

 

「全く、アラシの性格には困ったもんだよ。

でも、僕も相棒として少しは手伝ってあげないと…」

 

そう言って永斗は部屋のクローゼットに手をかける。

 

「仕方ない、面倒くさいけど…僕が一肌脱ぎますか」

 

 




エグゼイドかっこよくないっすか?僕はドライバーを買う予定なんで超楽しみです!
今回から原作に入っていきます!今回と次回で原作1話をする予定です。
次回は永斗が大活躍!?お楽しみに!
感想、評価、アドバイス等ありましたらおねがいします!
オリジナルドーパントもメッセージ、活動記録などで募集中です!!


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第5話 Sの予兆/明日への一歩

146です!
本当に多くの皆様から感想をいただき、とても感謝です!!
UAも1000を超えました!(しょぼいとか言わないで…)本当に皆様ありがとうございます!

今回は結構重要な回になるかも…それではどうぞ!


東京某所、とあるさびれた洋館。

 

降りしきる雨の中、そこへ入ろうとする1人の黒服の男。

ダミーとの闘いでダブルを見下ろしていたあの男だ。

 

「やぁ、遅かったね」

 

出迎えたのは、白衣を着た男。見た目からして2~30代くらいだろうか。

 

他にも、芸術家のような風貌をした若い青年、フードで顔を隠した小柄な人物といった奇妙な奴らが建物の中に集まっている。

 

「これで今集まれる幹部は全員だね。それじゃあ…」

 

「ちょっと待て、それより聞きたいことがある」

 

白衣の男の発言に割って入ったのは、黒服の男だ。

 

「今活動しているスパイスのことだ。奴はメモリの力をほとんど使いこなせていない。

下手に情報が洩れる前に始末すべきではないのか?」

 

「あ~あのカレー大魔神君だね。せっかくあんな力を持ってるのに…

もっとパーッと派手にやればいいのにねぇ?」

 

今度は髪に金のメッシュが入った青年が口を挟む。

 

「まぁまぁ、2人ともそういわずに。彼の使い方はなかなか興味深い、斬新な発想だ。

それに、有望なコマは他にもたくさんいるからね…」

 

白衣の男はそう言って不敵にほほ笑む。

 

「さて、それじゃあ話し合いと行こうか。

 

 

僕たちの”目的”について……」

 

雨雲からさす一筋の光が、洋館を不気味に照らした。

 

 

_________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

「どーしよ…」

 

 

俺はホウキで地面を掃きながら考える。

 

まずは状況を整理しよう。

 

俺は音ノ木坂ここでバイト(永斗のせい)を兼ね、爆発事件の調査を始めた。

 

しかし手掛かりは全く見つからず、現れたドーパントの能力にも爆発能力は無かった。

 

そのうえ、誤ってこの学校の廃校問題に首を突っ込んでしまい…

 

一言でいえば超絶面倒くさい状況だ。

 

爆発事件の調査もだし、廃校阻止の方法も考えねぇと…

 

「おーい、切風くーん?」

 

突然聞こえた声で俺は我に返る。

 

「小森さん…どうしたんすか?」

 

「どうしたもこうしたも、さっきから何回も呼んでるのに返事がないからさ…」

 

「あ、スンマセン…」

 

考えすぎて周りが見えてなかったみたいだ。大丈夫か?俺…

 

「あと、ホウキ逆さまだよ」

 

よく見ると、俺はホウキの柄の部分で一生懸命地面を削っていた。

やべぇ、本当に自分が心配になってきた…

 

 

________________

 

 

 

俺は日陰の中でアンパンにかぶりつく。

 

俺が疲れているを察してくれたのか、小森さんは俺にしばらくの休憩をくれた。

あの人は本当に優しいな…あれ?目から汗が…

 

といっても休憩している暇なんてない。一刻も早く事件と廃校をなんとかしないと…

 

そういえば最近永斗のやつが、なんかのアイドルにハマってたな。

確か…スクールアイドルだったか。学校でアイドルっていえば…

 

 

 

いやいや、何考えてるんだ…廃校を防ぐためにアイドルやるようなバカいるわけが…

 

 

「海未ちゃ~ん、どこ~?海未ちゃ~ん?

あ、探偵さんいいところに!海未ちゃん知りません?」

 

また穂乃果(コイツ)か…

 

「知らねぇ、どうしたんだ?」

 

「ちょっと探してて…そうそう、廃校を阻止するいい方法思いついたんですよ!それは…」

 

そういって穂乃果はカバンから何冊かの雑誌を出して俺に見せた。

おいこれまさか……

 

「スクールアイドルです!!」

 

バカいた!こんな身近に!!

 

「どうです?名案だと思いませんか?」

 

「お前、本気か!?学校救うためにアイドルなんて」

 

「本気ですよ!でも海未ちゃんに言ったら…

 

 

『アイドルは無しです!!』

 

 

って……」

 

そりゃそうだ。

 

「そうだ!探偵さんも一緒にやりませんか?」

 

「はぁ!?するわけねぇだろ。なんで俺が?」

 

「だって、昨日廃校をなんとかするって…」

 

ぐっ…それは…

 

「いや、俺ここの生徒じゃねぇし…」

 

「あ、そっか…」

 

そういうと穂乃果は残念そうな表情を浮かべる。

 

冗談を言ってるようには見えなかった。本当に本気だったんだろう…

 

「なんでそこまで…卒業したら学校なんて関係ないだろ?」

 

「廃校を知ってわかったんです。私、この学校好きなんだって…

誰に言われるわけでもない、私がこの学校を救いたいんです!!」

 

コイツ…そんなことを……

 

「しゃーねーな…代わりのメンバーくらいは探してやるよ。

あんなこと言った俺にも責任があるからな…」

 

「本当ですか!?じゃあお願いします!!」

 

俺の言葉を聞くと、穂乃果はすぐに笑顔に戻り、駆け足で去っていった。

単純というかなんというか…

 

「また面倒な仕事が増えちまったな…まあいいや、俺も仕事に戻んないと」

 

「その必要はねぇよ。なぜなら、この学校は間もなく消し飛ぶからなぁ」

 

俺が仕事に戻ろうとしたその時、目の前にあのスパイスの男が現れた!

 

「ッ!テメェ、いつの間に!」

 

俺はとっさにダブルドライバーを取り出し、構えをとる。

 

「ハハハ!お前がのんきに掃除している間に、爆弾はすでにセットした!

もうじきこの学校は木っ端みじんだ!!」

 

しまった…廃校に気を取られすぎて”今日爆破される”という可能性を見逃していた…!

 

「ついでに言っとくが、俺を倒しても爆弾は止まらない。

諦めてそこでじっとしてな!!」

 

どうする?ハッタリには聞こえない。こいつを倒して爆弾を探すか?

いや、隠し場所には相当自信があるように見える。そう簡単に見つかるとは思えない…

 

今のうちに生徒を非難させる…ダメだ、「学校が爆発します!」なんて言っても信じてもらえるわけがない!もうダメなのか……

 

 

 

『誰に言われるわけでもない、私がこの学校を救いたいんです!!』

 

 

 

 

そんなとき、俺は穂乃果の言葉を思い出す。

そうか…そうだよな……

 

 

「アイツは…穂乃果は諦めてなかった。なのに俺が諦めてどうすんだ!」

 

そうだ、まだ終わってない!学校も、生徒も、平和も全部俺が守ってやる!!

それに今思い出した。この状況をひっくり返せる可能性を!

 

「何を言おうが爆発まであと少し。もうどうすることもできない!」

「残念、爆弾処理はもう終わったよ」

「何!?」

 

俺の背後から“アイツ”の声が聞こえる。

 

やっぱりな、どうりで朝から姿を見せなかったわけだ。

 

「遅かったな!永…斗……?」

 

俺が振り向くとそこには永斗の姿が……あるはずだった。

 

いや、厳密にいえばあったんだが、なんか漫画の探偵みたいな恰好をしてポーズをとっている。

 

 

「見た目はニート、頭脳は最強!迷宮なしの名探偵!

その名も名探偵エイト!真実はいつも一つ!!」

 

 

 

 

 

 

コイツ何やってんだ?

 

スパイスの男も感想は同じみたいで、永斗を見て呆然としている。

 

「ちょっとちょっとそこの2人、何か反応してよ。これじゃ僕がスベったみたいじゃん」

 

「事実スベってんだよ。てかなんだその恰好!」

 

「コスプレだよ。趣味を兼ねないと仕事なんかやってらんないでしょ?」

 

「お前は大体趣味だろうが!」

 

俺たちのやり取りを見て我に返ったのか、スパイスの男が言い放つ。

 

「ハッタリだ!貴様ごときが俺の計画を…」

 

「君の作戦なんか1面の1ステージよりも簡単だったよ。それじゃ、回答編もちゃっちゃと終わらせますか」

 

永斗は一呼吸置くと語りだした。

 

「爆弾の正体は単刀直入に言ってスパイス。それも“ステルススパイス”だ。

これなら存在を感知されず、当然火薬も残らないからね。

どうやって爆発させたかというと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“粉塵爆発”だ」

 

 

ふん…じん…ばくはつ?

 

「若干一名理解ができてないみたいだから説明するね」

 

悪かったな、知らなくて!!

 

「粉塵爆発は、大気中の粉末に火が付くことで爆発する現象のこと。

連鎖的に被害が広がるから、建物中に粉末を浮遊させておけば建物一個くらい軽く破壊できるだろうね」

 

「つまり、コイツは学校のいたるところにスパイスを蔓延させて、その粉塵爆発で学校を爆破するつもりだったってわけか。ドーパントによる超常事件だと、俺たちが思ったこと自体がこの事件を複雑にしていたってことだな」

 

永斗は俺の解釈を聞き、“だいたいあってる”のサインを手で出してさらに続ける。

 

「あとは火をつけるだけ。確か…そろそろ家庭部が新入生歓迎のためにホットケーキを作り始めるころかな?」

 

「だが、学校中に蔓延したスパイスはそう簡単には…」

 

「それならちょっとだけ頑張らせてもらったよ…」

 

 

____________________

 

 

数時間前

 

 

「よろしくね、バットショット」

 

永斗は誰もいない部屋で、カメラ型ガシェット”バットショット”にギジメモリを装填。

 

さらに、カメラから蝙蝠へと変形したバットショットのメモリをもう一度抜き、

代わりにサイクロンメモリを装填した。

 

《サイクロン!マキシマムドライブ!!》

 

風を発しながら、バットショットは部屋から出ていく。

 

「いってらっしゃーい」

 

 

__________________

 

 

「こんな感じで、バットショットに学校中の空気入れ替えをしてもらったってわけ。

それと、君本当は頭いいでしょ?そのとってつけたような不良キャラ、怪しいと思ってたんだよね~。僕たちをかく乱するために嘘ついたのかな?」

 

スパイスの男はしばらく何も言うことができなかったが、言葉を絞り出すようにつぶやいた。

 

「貴様、いったい……」

 

「いってなかった?僕は士門永斗。ゲームとアニメが趣味の、仮面ライダーの片割れさ」

 

どや顔で言い放つ永斗を見て俺はつぶやく。

 

 

「かなわねぇよな…」

 

コイツは前からそうだ。いつもは働かねぇし、ずっと家でゴロゴロしているが、

仕事で手を抜くことは絶対にしないし、いざというときコイツより頼りになるやつはそういない。

 

俺にないものをたくさん持っていて、なにより俺のことを理解し、信用してくれる。

 

だから俺もコイツを全力で信用できる。だから…コイツが俺の相棒なんだ。

 

 

 

「あああああぁぁぁぁぁぁl!!」

 

《スパイス!》

 

男は激情し、スパイスメモリを首に挿して姿をドーパントへと変化させる。

 

「よし…解説も終わったし、さっさと倒しちゃおうか。いくよアラシ」

 

「あぁ、半分だけ力貸せよ、相棒!!」

 

《サイクロン!》

 

《ジョーカー!》

 

 

「「変身!!」」

 

 

俺がダブルドライバーを腰につけると、永斗の腰にもドライバーが出現し、永斗はそこにサイクロンメモリを装填。

 

俺のドライバーにメモリが転送され、俺もドライバーにジョーカーメモリを装填し、ドライバーを展開した!

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

永斗の体はその場に倒れ、俺の姿は仮面ライダーダブルへと変化した。

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

BGM~CycloneEffect アラシ&永斗version~

 

 

 

場所を移し、とある広場で激闘が繰り広げられる。

 

ダブルは弱点である腹部に攻撃を当て続け、戦闘を有利にしている。

 

対して、スパイスはアタックスパイスを使い攻撃を仕掛けるが…

 

「何度も同じ手を食らうかよ!」

 

襲いかかるアタックスパイスを、ダブルは風を纏った拳で次々と吹き飛ばしていく。

 

「何度も同じ手を使うか!」

 

すると、スパイスは別の小瓶を取り出し、中身を出す。

出てきた粉末は空中に広がり、煙幕を放出してダブルの視界を奪った。

 

『スモークスパイス…逃げる気かな?』

 

「いや、これは……」

 

煙の中から現れたスパイスの拳を、ダブルは左手でガードする。

 

「なっ…!バカな!」

 

「殺気がダダ漏れだぜ!!」

 

ダブルはそのままスパイスの腕をつかみ、空中に放り投げる。

 

そして、ドライバーのジョーカーメモリをトリガーメモリと入れ替えた。

 

《サイクロントリガー!》

 

左半分が青色に変化したダブルは、空中に放り出されたスパイスに銃口を向ける。

 

『ロックオン!』

 

永斗の掛け声と同時にトリガーを引き、放たれた銃弾はスパイスに命中。

スパイスはそのまま落下し、地面に叩きつけられた。

 

「もう一発!」

 

ダブルはさらに銃弾を発射する。だが…

 

「させるか!」

 

スパイスはさらに別の小瓶から粉末を放出。その粉末はスパイスを囲むように浮遊し、ダブルが放った銃弾をはじき返した。

 

「ぐっ…」

 

ダブルは跳ね返った攻撃をモロにくらってしまう。

 

『シールドスパイス…いや、アタックスパイスを調合することでカウンター能力を得たんだ』

 

下手な攻撃は効かないどころか、跳ね返されてしまう。

そんな思わぬピンチの中、アラシは落ち着いて永斗に問いかける。

 

「なぁ、サイクロントリガーのマキシマムでアレ吹き飛ばせるか?」

 

『僕の予想だと、十中八九大丈夫。

でもダメだったら、攻撃が跳ね返される→マキシマム直撃→アラシ、死す。だけど?」

 

失敗すれば確実に負ける。だが、アラシの答えに迷いはない。

 

「お前を信じるぜ、相棒!!」

 

ダブルはトリガーマグナムにトリガーメモリを装填し、マキシマムの形態に変形させ、スパイスに照準を合わせる。

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

「『トリガーエアロバスター!!』」

 

マグナムから発射された風の銃弾は、シールドスパイスを吹き飛ばしスパイスの体を貫いた!

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

断末魔を上げ、スパイスは爆散。爆炎の中から現れた男の首からスパイスメモリが排出され、粉々に砕け散った。

 

ダブルはメモリが破壊されたのを確認すると、大きくため息をついた。

 

『事件解決…だね』

 

「あぁ、今回は本当に危なかった…ありがとな、永斗」

 

すると、永斗はそのセリフを待ってましたとばかりに…

 

『そーだねー、確かに僕がいなかったら今頃学校はなくなってただろうな~』

 

「…何が言いてぇんだ、テメェは?」

 

『別に?そういえば、今日新作ゲームの発売日だったな~。面白いだろうな~。

欲しいな~。誰か買ってくれないかな~?」

 

「わかったわかった!買ってきてやるから!」

 

『悪いね~。別にそんなつもりはなかったのに~』

 

「コイツ……」

 

一瞬でも下手に回ったことを後悔するアラシだった…

 

____________________

 

 

 

音ノ木坂学院、弓道場。

 

そこで海未は弓を構え、遠くの的に狙いを定める。

 

集中が極限まで達し、弓を放つ…!

 

 

『みんなのハート打ち抜くぞ~!バーン♡』

 

 

その瞬間、ステージに立つ自分の姿が海未の脳裏によぎり、矢はあらぬ方向へ…

 

(何を考えているんです!私は…)

 

「外したの!?珍しい!」

 

「た…たまたまです!」

 

そういってもう一度弓を構え、狙いを定めるが…

 

 

『ラブアローシュート!!』

 

 

「あぁ…いけません!余計なことを考えては…」

 

海未が弓を射る瞬間、決まって妄想が頭をよぎるため、ちっとも的に当たらない。

 

 

「海未ちゃ~ん、ちょっと来て~」

 

そんなとき、ことりがやって来て海未を連れ出した。

 

 

___________________

 

 

 

「穂乃果のせいです…全然練習に身が入りません…」

 

「てことは、ちょっとはアイドルに興味あるってこと?」

 

「それは…」

 

ことりに心を見透かされたようで、海未の言葉が詰まる。

 

「でも、やっぱり上手くいくとは思いません…」

 

「でも、こういうことっていつも穂乃果ちゃんが言い出してたよね。

私たちがしり込みしちゃうようなところも、引っ張ってくれて…」

 

「そのせいで散々な目に何度もあったじゃないですか…」

 

その言葉からは積年の恨みのようなものが感じられる。

これまでに散々な目にあったようだ…

 

「そうだったね…でも海未ちゃん。

 

後悔したこと…ある?」

 

その時、海未の頭によみがえったのは幼き日の記憶…

 

ある日の夕暮れ、大きな木を目の前に穂乃果が登ることを提案する。

 

その木はとても子供が登れるような高さではない。

戸惑うことりと海未だが、穂乃果はかまわず行ってしまい、2人も登ることに。

 

なんとか登り切ったが、あまりの高さに降りることができない。

 

なきじゃくることりと海未。そんな2人の目に映ったのは、見たこともないような美しい夕焼けだった。

 

確かに、穂乃果が提案するのはどれも無茶なことばかり。

でも、その挑戦が無駄だったということは一度もない。海未もそう感じていた。

 

 

「見て」

 

ことりに連れられて校舎裏にきた海未が見たのは、1人でダンスの練習をする穂乃果だった。

 

「ここを…こうやって…こう!うおぉ~とっと!」

 

穂乃果は足をもつらせ、そのまま転んでしまう。

 

不器用ながらも練習を続ける穂乃果を見て、ことりがつぶやく。

 

「海未ちゃん、私やってみようかな…

海未ちゃんはどうする?」

 

「私は…」

 

すると、もう一度穂乃果は転んでしまう。

 

「いたたた…やっぱ難しいや…みんなよく踊れるな~」

 

転んだ穂乃果に手が差し伸べられる。

 

「1人で練習しても意味がありませんよ。やるなら…3人でやらないと」

 

「海未ちゃん…でも、3人じゃなくて4人かな?」

 

 

「その4人に俺は入ってないだろうな?」

 

立ち上がった穂乃果の背後には、いつの間にかアラシが立っていた。

 

「まだ諦めてなかったのかよ…てか、結局お前らも始めたんだな、スクールアイドル。

そういえば、まだそこの奴は名前を聞いてなかったな」

 

アラシに尋ねられ、ことりが答える。

 

「南ことりです♪探偵さんはなんていうんですか?」

 

「まだ自己紹介してなかったっけか…俺は切風アラシ、探偵やってる。

ちなみに年はお前らと同じ16だ」

 

その言葉を聞くと、3人は目を見開いて…

 

「16歳!?」

 

「若いとは思ってましたが…」

 

「それじゃあ、アラシ君でいいよね!

アラシ君、一緒にスクールアイドルしよう!」

 

「だから学生じゃねぇって言ってんだろ。大体、女子でもないし」

 

「そっか…」

 

「だから手伝うだけだ。あくまでバイトとして、お前らの活動を支援する。それでいいだろ?」

 

 

一瞬暗くなった穂乃果の表情がパァッと明るくなる。

ガラにもないことをしているのは分かっている。でも、今回は穂乃果の言葉に救われたのは確かだ。

 

「じゃあ、よろしくね!アラシ君!」

 

「あぁ。よろしくな、穂乃果、海未、ことり」

 

 

アラシと穂乃果の強い握手が交わされる。

 

こうして、アラシと少女たちのアイドル活動が始まった!

 

 

 

 

 

 

そして、伝説が動き出す……

 

___________________

 

 

ーアラシsideー

 

4/2 活動報告

 

スパイスによる爆発事件は無事解決。

音ノ木坂は依然ピンチだが、とりあえず危機を脱した。

 

スパイスの男は、永斗が言ったとおりとある大学院の学生だった。

 

自ら計画した完全犯罪を実行するため、メモリを購入。

わざわざ俺たちに正体を明かしたところを見ると、俺たちに正面から喧嘩を売ってきたように思える。本当に迷惑な野郎だ…

 

ま、結果は永斗の完全勝利だったわけだが…

 

そういえば、あいつらはどうなったんだか…生徒会長に部の設立を申請しに行ったみたいだが…

 

「アラシ~ちょっといい?」

 

噂をすれば、永斗が部屋から出てきた。

 

「ちょっと頼みたいんだけど…」

 

 

_____________________

 

 

「全く、あの野郎…」

 

俺は愛機、“ハードボイルダー”(断じて俺命名ではない)に乗り、暗闇を走り抜ける。

 

永斗が学校に侵入するための変装を置き忘れたらしく、俺がとってきたところだ。

 

もう少しで閉められるところだったからな、小森さんがいて本当に助かった…

 

「それにしても女装するとか…もしや、アイツ変態か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、俺の目が1人の人物にとまる。

 

「……ッ!」

 

俺は急いでバイクを止める。だが、その人物の姿はもうなかった。

 

「さっきの奴が持ってたスーツケース…組織のマークが入ってた…」

 

口を開けたサメの歯を正面から見て、その中に目玉が描かれたようなデザイン。間違いない。

 

組織とはガイアメモリを流通させている黒幕で、俺たちが倒すべき最大の敵だ…

 

それだけじゃない、パーカーとフードで姿を隠していたが、

 

確かに見た。パーカーの中の()()()()()()()を。

 

やれやれ…俺のバイト生活はまだ続きそうだ…

 

__________________

 

 

その日の深夜、とある廃工場。

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊されたたくさんのバイクと、血を吐いて倒れる数えきれないほどの不良。

 

 

 

 

 

 

 

そして、その中心にたたずむ一つの影…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たな事件が、幕を上げる




回を増すごとに文字数が増える…
今回はもう少しで8000超えるとこでした。書くのがマジ大変…
今回の事件は少し適当になってしまいましたが…大目に見てくださいm(__)m

サブタイトルもコレジャナイ感がしますね…次回からはちゃんと考えます。

ゲーマドライバーを購入し、テンションはクライマックスです!この調子で次回も!

オリジナルドーパントも引き続き待ってます!
感想、評価、アドバイス等ありましたらお願いします!!


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第6話 闇潜むJ/音ノ木坂アイドル奮闘記

146です!今回から前書きにキャラ紹介を載せたいと思います!

切風アラシ(きりかぜあらし)
仮面ライダーWに変身する少年。ボディメモリを担当。
年齢は高校2年生だが、訳があり学校には通っておらず、相棒と二人で探偵事務所を営んでいる。
基本クールだが感情(特に怒り)が表に出やすい。たまに毒舌になる。ツッコミ系。
鋭い観察力やひらめきで事件の手がかりや敵の弱点を見つける。
名前の由来はWのメモリの「切」札と疾「風」で「切風」鳴海探偵事務所の亜希子、来人(フィリップ)、翔太郎の頭文字をとって「アラシ」

特技:運動、料理や掃除などの家事
好きなもの:スイーツ全般、パズル
嫌いなもの:動物(動物側も嫌っている)、家計簿(トラウマなため)

今回は本編第2話の内容です!完成間近でデータが飛んだので心が折れました!!(泣)


4/5切風探偵事務所

 

「はぁ…」

 

俺は椅子に座って、1人ため息をつく。

 

机の上には家計簿。ここ半年くらい文字が真っ赤かだ…

 

 

「…よし、クリア」

 

悩む俺をしり目にゲームをしているのは、俺の相棒にしてオタク系引きニートのダメ人間、士門永斗だ。

 

「いい加減にしとけよ。お前、こないだの事件から一回も外に出てないだろ?」

 

「わかってないね。外の世界なんて必要ない…

必要なのは二次元世界とゲーム機だけさ」

 

もういろいろとダメだコイツ…

 

「それより大丈夫なの?もう7時15分だよ」

 

え?バイトが7時半からだから…

 

「やっべ!永斗、留守番頼んだぞ!!」

 

 

________________

 

 

 

同刻、実験器具が並ぶとある研究室。

 

「スパイスがやられたそうじゃないか。どう責任を取るつもりだ?天金(あまがね)…」

 

黒服の男は白衣の男___天金に銃を突きつける。

 

「責任って…僕は何もしてないよ。メモリを売ったのは“あの娘”でしょ?」

 

「だとしても、奴を泳がせようといったのは貴様だ。

さっさとメモリを回収しておけばよかったものを…」

 

黒服の男は怒りの表情を浮かべ、引き金に指をかける。

 

「まぁまぁ落ち着いて、彼はなかなか役に立ったよ。

それに、いま活動しているドーパントも興味深い…」

 

男はその言葉を聞くと銃をしまった。

 

「ダークネスか…」

 

「なかなか面白い使い手だ。彼もきっと“アレ”の完成に役立つよ」

 

 

________________

 

 

ーアラシsideー

 

 

「やっと終わった…」

 

俺は学校のごみ箱の中身を集め終え、一息をつく。

 

今日から学校内での仕事も増えたからな…こないだのアイツを見つけるには都合がいいが、その分大変だ…

ていうか俺こないだからごみ箱あさってばっかだな…そのうちゴミ箱お兄さんとか呼ばれるんじゃねぇか?

 

「さて…仕事も終えたし、あいつらのところに行くか」

 

あいつらというのは、先日スクールアイドルを始めた穂乃果、海未、ことりの3人。

訳あって俺も手伝うことになっている。

 

「部室はないって言ってたから、教室か?」

 

部の設立には正式な部員が5人必要らしく、まだ部として認められてないらしい。

部室をもらうには、あと最低2人新メンバーが必要ってことだ。

 

新メンバーっていえば…

 

_________________

 

 

3日前、スパイスの事件解決直後。

 

俺は穂乃果との約束で、メンバーを探していた。

 

といっても皆目見当もつかないし、適当に校内をぶらぶらしてるだけだが…

 

「それにアイドルやってくれる奴なんて、そうそういないよな…」

 

そんなことをつぶやきつつ、俺が音楽室の前を通った時、

 

 

 

 

 

ピアノの伴奏とともに、歌声が聞こえた。

 

音楽室を覗くと、赤髪の少女がピアノを弾きながら歌っていた。

 

「すげぇ…」

 

音楽を全く知らない俺でもこれくらいはわかる。

まさに美しいの一言に尽きるような歌声だ…

 

俺は無意識に彼女は拍手を送っていた。

 

 

「ん?ゔぇえ!?」

 

 

あ、こっち気づいたみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、すげぇな。ピアノも弾けるし歌もうまい」

 

「ちょ…なんなのよ、いきなり!?」

 

俺は室内に入り、赤髪の少女に話しかけていた。目的は当然…

 

 

「なぁ、アイドルとか興味ないか?」

 

 

「…なにそれ、意味わかんない!」

 

しばらく黙っていたが、バッサリ断られてしまった…まぁ、だよな…

 

 

_____________________

 

 

「アイツをメンバーにできればあと1人…よし、後からもっかい行ってみるか」

 

そんな時、1枚のチラシが俺の目に入る。

それは他でもない、スクールアイドルの宣伝チラシ。

丁寧に初ライブの日程まで書いてある。

 

「アイツ……!」

 

 

__________________

 

 

「さぁ、説明してもらおうか?」

 

「うぅ…アラシ君、顔が怖いよ…」

 

俺はチラシを机にたたきつけ、穂乃果を責め立てる。

 

「なんで勝手にこんなもん作るんだよ!

曲、歌詞、衣装その他諸々全部決まってないんだぞ!?

てか、この日程だとあと1か月無いじゃなぇか!!」

 

「いや~なんとかなるかな~って…」

 

大胆というか、豪快というか…一言でいえばバカなんだが…

 

「そうですよ!穂乃果は勝手すぎます!」

 

海未も俺と同意見みたいだ。ことりは…何描いてんだ?

 

「3人とも見て、ステージ衣装を考えてみたの♪」

 

ことりはそう言って、スケッチブックを俺たちに見せる。

そこには可愛らしい衣装が、色鉛筆で描かれていた。

 

「可愛い!!」

 

「本当?ここのカーブのラインが難しいんだけど、頑張って作ってみようかなって」

 

「ことりにこんな特技が…とにかく、これで衣装は大丈夫そうだな。海未はどう思う?」

 

海未はなんかスケッチブックを見つめている。

 

「ここの、スーッと伸びているのは…?」

 

「足よ♪」

 

海未はイラストのスカートの下の部分を指さす。

いや、足だろ。それ以外の何に見えるんだ?

 

「素足にこの短いスカートってことですか…?」

 

「アイドルだもん」

 

すると、海未は今度は自分の足を見つめだした。どうしたんだ?

 

 

「大丈夫!海未ちゃんそんなに足太くないよ!」

「人のこと言えるのですか!」

 

そういわれた穂乃果は、自分の足も確認してみる。

 

「よし、ダイエットだ!」

 

「2人とも大丈夫だと思うけど…」

 

俺も大丈夫だと思うが…スタイルで悩むやつっているもんだな。

俺はもちろん、あんな生活している永斗でさえ痩せてるからな…

正直、全然イメージわかねぇ。

 

「あ~ほかにも決めておかなきゃいけないこと、たくさんあるよね~」

 

「そうだな、振り付けとか演出とか曲とか…」

 

「サインでしょ?街を歩く時の変装の方法でしょ?」

 

いやだから、そっちかいっ!!

 

「それより…」

 

すると、ことりが何か思い出したように言った。

 

 

「グループの名前、まだ決めてないし…」

 

 

_____________________

 

 

ー永斗sideー

 

 

「ふぁぁ…眠い」

 

僕は事務所で1人、あくびをする。

 

ここ最近ゲーム三昧という夢のような生活だったからな…ロクに寝てないんだよね。

おかげで、こないだ買ってもらった「マイティアクション」はほぼ全クリ。

確か、もう続編の制作が決まってんだよね。発売いつになるんだろ?

 

「録画したアニメも見ないと…ニートって忙しいな~」

 

 

その時、扉をノックする音が部屋に響いた。

 

仕事であってほしくないな…どうか宅配便でありますように!(何も買ってないけど)

 

僕がドアを開けると、チャラチャラした雰囲気の男性が焦った様子で入ってきた。

 

「た…たすけてくれ!!」

「警察行ってくださ~い」

「ちょ…ちょっと待って!」

 

僕は男性を追い出そうとするが、男性は必死に入ってくる。

 

「警察は相手してくれなかった!もうここしかないんだ!」

 

てことは、ドーパント確定だね…

僕は言われたらやるけど、極力仕事したくないんだよね…面倒だし。

 

「はぁ…アニメはまた今度か…」

 

 

__________________

 

 

ーアラシside-

 

俺たちは今、中庭に来ている。

グループ名?思いつかないから募集でぶん投げた。

 

「ここでは…歌と踊りはできそうにないですね」

 

バスケ部が使用している中庭を見て、海未がつぶやく。

 

ていうか…

 

「曲、まだないよな?」

 

 

 

 

 

 

ところ変わってグラウンド。ここではサッカー部やソフト部が練習していた。

 

「う~ん…ここでは邪魔になりそうだね…」

 

「そうだな…で、曲は?」

 

 

 

 

 

 

再びところ変わって体育館。案の定、バドミントン部やバレー部が使っていた。

 

「ここも全部使ってる…」

 

「やっぱりな…それで、曲は?」

 

 

 

 

 

 

またまたところ変わって廊下。空き教室の扉を開けようと、穂乃果が奮闘するが…

 

「鍵がかかってる…」

 

「空き教室は使えないんですね」

 

「それはいいとして、曲は?」

 

 

 

 

 

 

またまたまたところ変わって屋上。

さっき職員室に空き教室の使用許可をもらいに行ったが、普通に鼻で笑われた。

 

「ここしかないようですね…」

 

「日影がないし、雨が降ったら使えないけど…贅沢は言ってられないよね」

 

「でも、ここなら音も気にしないで済みそうだね!

よ~し!頑張って練習しなくちゃ!!」

 

「だから曲は…って聞いてます!?」

 

すると、3人は横一列に並んだ。

 

「まずは歌の練習から」

 

「「はい!」」

 

曲ないって言ってんのに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、曲は?」

 

「私は知りませんが……」

 

「私も……」

 

 

 

「お前らバカなの!?」

 

 

 

________________

 

 

仕事とバカ3人のコントを終え、俺はことりと一緒に穂乃果の実家である和菓子屋「穂むら」に来ていた。

 

「おじゃましまーす」

 

「邪魔するぞ」

 

「どうぞどうぞ入って~」

 

店に入った俺たちは、穂乃果に部屋まで案内された。

 

「ここが穂乃果の部屋か…」

 

見た感じはいかにも女子の部屋だが、若干散らかってたり、本棚の本がバラバラだったりと、所々性格が見て取れる。

 

そんなとき、俺は机の上の紙箱を発見した。

 

「これは?」

 

「ふっふっふ…これぞ、穂むら名物”ほむまん”!!」

 

よくみると、箱の中には饅頭が入っている。

何個か減ってるってことは…コイツ、俺たちを待てずにつまみ食いしたな?

 

俺の視線に気づいた穂乃果は目をそらす。図星か。

 

「穂乃果ちゃんのお父さんの特製なんだよ。アラシ君も食べてみて♪」

 

俺は、ことりに言われて饅頭を1個口に放り込む。

 

「これは…」

 

美味いな…もっちりとした生地が濃厚なあんこを包み込み、甘さをさらに引き立てている。

それでいて後味は爽やか。これ以上ない最高のバランスだ…!

 

「もう1個いいか?」

 

「もちろん!お団子もあるから、みんなで食べようよ!」

 

穂乃果にお茶を入れてもらい、3人で団子とほむまんを囲む。

なんかお茶会みたいだな…まぁ、たまには悪くないか。

あれ、なんか忘れてるような…

 

3人で和菓子を半分くらい食べ終わったころ、海未が部屋へと入ってきた。

 

「練習お疲れ様~」

 

「今お茶入れるね♪」

 

「お前も食うか?ほむまん」

 

 

「あなたたち、ダイエットは……」

 

 

「「「あ…」」」

 

 

 

 

 

 

※残った和菓子と、ほむまん追加2箱はアラシがすべておいしく頂きました

ほら、俺ダイエット関係ねぇしbyアラシ

 

 

 

 

 

 

 

「それで、曲のほうはどうなりました?」

 

「アラシ君から聞いたんだけど、1年生にとっても歌の上手な子がいるんだって!

ピアノも上手で、きっと作曲もできるんじゃないかなって。また今度聞いてみようと思うんだ」

 

「もし作曲をしてくれるなら、作詞はなんとかなるよね♪」

 

「なんとか…ですか?」

 

その話は俺も聞いてないな。あてでもあんのか?

 

すると、2人は海未へ顔を寄せた。

 

「海未ちゃんさ~中学の時、ポエムとか書いたことあったよね~?」

 

「読ませてもらったことも、あったよね~?」

 

マジか…中学生とはいえ、あの海未がそんなこと…

と、俺が思ったとたん、海未は猛スピードで逃げ出した。

 

「あ、逃げた!」

 

「まかせろ!」

 

俺は走って海未を追う。

永斗は何かあるとすぐ逃げるからな、追いかけまわすのには慣れてんだよ!

 

 

 

数分後、俺は海未を連れて部屋へと戻ってきた。

 

「お断りします!」

 

「ええっ!?なんでなんで!?」

 

「絶対に嫌です!中学の時のだって、思い出したくないくらい恥ずかしいんですよ!」

 

やっぱ黒歴史だったみたいだ。若気の至りって怖いな…

 

「アイドルの恥はかき捨てって言うじゃない?」

 

「いいません!!」

 

こんな感じで、言い争いが続く。

穂乃果が作詞するという案も出たが、なんか昔書いた俳句が絶望的だったらしく、却下になった。

アイツ、文才とかなさそうだもんな…

 

穂乃果も海未もなかなか譲らない。

この争いに終止符を打ったのは、意外にもことりだった。

 

「海未ちゃん…」

 

ことりは目を潤ませ、胸に手を置いて…

 

 

 

 

「お願い!」

 

 

 

ことりの言葉に、海未はなにかをくらったような表情を浮かべる。

 

「もう…ずるいですよ、ことり……」

 

なんか、急にあっさり承諾してくれた。なんでだ?

 

「ただし、ライブまでの練習メニューは私が決めます!

弓道部で鍛えている私はともかく、2人は基礎体力をつける必要があります!

明日早朝から、毎日練習です!!」

 

いいんじゃないか?2人は文句言ってたが、俺もそのくらいは必要だと思うし。

 

あれ?俺やることない?

 

 

_____________________________________

 

 

「…てな事があったわけだ」

 

俺は、今日の出来事をひとしきり永斗に話し終えた。

あいつらがスクールアイドル始めたって聞いたら急に興味持ち始めて、俺は毎日報告させられている。

気になるんだったら自分で行けばいいのに……

 

「へぇ…で、写真は?」

 

はぁ?写真?

 

「写真って、何の?」

 

「そんなの、ことりちゃんの"お願い!"の写真に決まってんじゃん。

もしかして…撮ってないとか…?」

 

「撮ってるわけねぇだろ」

 

すると、永斗は呆れた様子で、

 

「何で撮ってないの!?黒歴史を掘り返される女の子が心を許したんだよ?

可愛くないわけないでしょ!これだからリア充は……」

 

知らんがな。

 

「つーかお前、3次元興味ないとか言ってただろ」

 

「本当に分かってないね…可愛さは時に次元をも超えるんだよ…って忘れてた、そういえば依頼が来たんだった」

 

「そうか…って依頼!?」

 

思わずオーバーに驚いてしまった。本当に助かった…もう少しで食事がパンの耳になるところだったからな……

 

「で、どんな依頼だ?」

 

「なんか、夜に友達とダンスしてたら化物に襲われたらしく、それで犯人を捕まえて欲しいって

一応、ガシェットに見回りさせてるけど…」

 

その時、俺のスタッグフォンに通知が入る。

他のガシェットがドーパントを見つけると、通知を送るしくみだ。

 

「噂をすれば…だね」

 

「よし、さっさと捕まえて報酬頂くか」

 

 

_____________________________

 

 

俺はハードボイルダー(何度も言うが、決して俺命名ではない)に乗り、暗闇の中、現場に急行。

ちなみに、永斗は置いてきた。推理ならともかく、普通に邪魔だからな。

 

 

「見つけたぜ、ドーパント!」

 

スタッグフォンの通知の場所に行くと、そこには1体のドーパント。

身体は全身黒で、マントと仮面を着け、右手には鋭い爪が備わっている。

 

さらに、その周りには破壊されたラジカセらしきものと、傷を負った若者達が横たわっていた。

まだ息はあるみたいだが…

 

「随分と派手にやってくれたな。何が目的だ?」

 

俺の問いかけに、ドーパントが答える様子はない。

 

「シカトかよ…まぁいい。詳しくは警察では話してもらうぜ!」

 

俺はダブルドライバーを腰に装着し、ジョーカーメモリを取り出した。

 

《ジョーカー!》

 

ドライバーにサイクロンメモリが転送されてきたので、ソレを押し込みジョーカーメモリを装填する。

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

ドライバーを展開し、俺たちはダブルへと変身した。

 

 

 

____________________

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

ダブルは決め台詞と同時に、ダークネスへ飛びかかる。

 

そのパンチはダークネスの胴体にヒット。

風で推進力を増したダブルは、吹っ飛ばされたダークネスに追いつき、さらにキックを叩き込んだ。

 

『重いの一発入りましたー』

「油断すんな、アイツまだ動けるぞ」

 

アラシの言葉通りダークネスは立ち上がり、ダブルと距離を取る。

そして、ダークネスの爪が発光。腕を振ると、爪から紫の斬撃が放たれた。

 

かまいたちのように、弧を描きながら襲いかかる斬撃をダブルは避けることができず、そのまま直撃してしまう。

 

「近づかせない気だな…やるじゃねぇか…」

 

サイクロンジョーカーは、格闘に優れた形態。全体的にバランスのとれた、オールラウンドなフォームだ。

 

しかし、武器を使えないため遠距離戦に弱いという弱点を持つ。

ダークネスはそれを瞬時に見抜いたようだ。

 

『どうする、トリガーで行く?』

「いや、ここはコイツだ」

 

ダブルはジョーカーメモリをメタルメモリとチェンジ。

 

《メタル!》

 

《サイクロンメタル!!》

 

ダブルはサイクロンメタルにフォームチェンジするが、ダークネスは構わず斬撃を放つ。

 

ダブルは避けるそぶりもなく、ただダークネスに近づいていく。

当然、斬撃はダブルに直撃。しかし、ダブルには傷一つつかない。

 

スピード特化のサイクロンと、パワー&防御特化のメタルを組み合わせたサイクロンメタルは、最もバランスの悪い形態とされる。

 

その代わり、メタルの防御力に風の恩恵が加わることで、その防御力は全フォーム中最強を誇る。

半端な攻撃は一切きくことはない。

 

「オラァ!」

 

ダークネスに接近したダブルは、メタルシャフトでダークネスをぶん殴る。

 

『そろそろ11時30分。観たいアニメが始まる頃だね。それじゃ、決めようか』

 

「トドメを刺すという意見だけには賛成だ」

 

ダブルはメタルシャフトにメタルメモリを装填し、構えを取る。

 

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

「『メタルツイスター』」

 

旋風を発生させるメタルシャフトが、ダークネスに襲いかかる……

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

ダークネスが放った斬撃が、辺りの街灯といった光を発するものを全て破壊。

天気が曇りということもあり、辺りは暗闇に包まれた。

 

暗闇になろうが、ダークネスの場所は変わらない。そう思ったダブルは、そのままシャフトを振り下ろす。

 

だが、その考えとは対象にシャフトには何も当たることはなかった。

 

「な……」

 

驚きを隠せないダブル。そこに、ダークネスの爪が襲いかかる。

 

ダブルは辺りを見回すが、姿は見えない。

 

『アラシ、こないだみたいに殺気とかわかんないの?』

 

「いや、全然気配を感じない…まるで誰もいないみたいだ…」

 

困惑するダブルの前にダークネスが姿を現す。

 

 

 

「貴様も、夜を汚すか……?」

 

 

「くっ……!」

 

 

姿を現したダークネスに攻撃をするが、その攻撃は再び空ぶってしまう。

 

攻撃しても当たらない。かといって、ほっとけばこっちがやられる…

 

「どうすれば……」

 

 

 

 

 

その光景を、天金は屋上から見下ろしていた。

 

 

「さぁ見せてもらおうか、君の“正義”を……」

 

 

 

 




今回は色々雑でしたね。まぁ、前回もですが…
今回の事件はもしかしたら3話構成になるかもです。そうならないように頑張りますが…
オリジナルドーパントを送っていただいた方々、もう少しお待ちくださいm(_ _)m必ず使いますんで!
募集も引き続きお待ちしております!
感想、評価、アドバイス等ありましたらよろしくお願いします!!


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第7話 闇潜むJ/届かなかった思いについて

士門永斗(しもんえいと)
もう一人の主人公で、こっちはソウルメモリを担当する。
アニメ、ゲームが大好きで基本的に部屋でゴロゴロしていて働かない、いわゆるオタク系引きニートで、依頼が来た時も外に出ようとはせず、部屋の中で漫画などを読んでいることが多い。
それでもやるときはやる奴で、アラシが集めてきた手がかりをもとに検索し、事件の全容を解明する役割を担っている。また、指示も的確で、戦闘においては司令塔の役割を果たす。
また、ゲームの腕は超一流。
名前の由来はディケイドに変身する「門」矢「士」から「士門」、平成2期「8作目」のエグゼイドと、変身する「宝生永夢」をかけて「永斗(eight)」

特技:ゲーム、勉強全般(ただし好きではない)
好きなもの:アニメ、漫画、ゲーム、昼寝、スナック菓子
嫌いなもの:運動、外に出ること


どうも146です!ちょっと遅くなりました、スンマセン!
ウルスさん アーセルさん かっこう02さん むっつりさん 鳴神@堕天さん √Mr.Nさん おかぴーですねさん SHIELD9さん 龍蛇の水銀さん アスティオンさん 天津風/小倉病患者さん 更級牙依さん しょーくんだよ!さん x1さん MasterTreeさん ナツ・ドラグニルさん 真姫リコットさん ヘタレ犬さん 寝起きイグアナさん 流星のインプレッサさん にわかラブライバーさん 影我龍王さん 新生仮面ライダーさん

他4名の非公開お気に入り登録者さん。お気に入り登録ありがとうございます!
今回はダークネスの正体、事件の真相へ迫ります!


「どうすれば…」

 

闇の中、アラシたちの前に現れたダークネス・ドーパント。

 

最初は優勢だったが、辺りが闇に包まれた瞬間、攻撃が当たらなくなってしまった。

 

なすすべもなく、アラシ達ダブルは動くこともできない。

そんな中でもダークネスの攻撃は、容赦なくダブルを襲う。

 

「ぐあぁ!!」

 

ダークネスの斬撃がダブルの背中を切り裂く。

いくら防御力が高いサイクロンメタルといえど、何度も攻撃を食らって耐えられるはずがない。

ダブルは既に数十発の斬撃を受けている。アラシの体は限界に近づいていた。

 

『ここはいったん退こう、アラシ』

「それにしたって、隙が生まれない限りはどうしようも…」

 

相手は完全に攻撃態勢、そうやすやすと逃がしてはくれない。

 

八方ふさがりなその時、突然ダークネスが姿を現した。

 

「な……」

 

それはダークネスも予想外だったようで、ダークネスから驚きの声が漏れる。

 

空を見上げると、空を覆っていた雲に亀裂が入り、わずかだが月の光がダブルとダークネスを照らしていた。

 

「ここまでか…」

 

ダークネスはマントに身を包み、姿を消した。

今度は撤退したようだ。

 

 

「逃げた…か……」

 

 

 

 

ここでアラシの意識は途切れた…

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

俺が目を開けると同時に、光と見慣れた天井が入ってくる。

ここは…事務所か……

 

体を動かそうとすると、体中の傷が痛む。

そうか、俺はアイツにやられて…

 

 

「目を覚ましたみたいだね」

 

 

俺の目の前に永斗がプリンを持って現れる。

なぜか、永斗はひらひらしたエプロン姿だ。

 

「なんだその恰好…?」

 

「エプロンだよ」

 

「いや、見たらわかるわ。なんでひらひらなのかって聞いてんだよ」

 

「コスプレだよ~。魔法少女ピカピカガールの」

 

「相変わらずタイトルダッセぇな!?ていうか、いくらなんでも女装はキm」

「プリンあげないよ」

「スイマセンでした」

 

 

プリンを口に運びながら、俺は永斗に問いかける。

 

「アイツの検索はどうなった?」

 

「それなら、アラシが寝てる間にやっといたよ。

全部説明するのがめんどいからアラシが質問して」

 

「お前な…まぁいい、まず知りたいのはアイツの姿を消す能力だ」

 

俺たちはアイツの攻撃の間、やみくもにシャフトを振り回してみたが、まったく当たらなかった。

 

仮に透明化の能力だとしても、攻撃は当たるはずだし気配も感じるはずだ。

 

「あのドーパント、ダークネスは暗闇の中なら”自分の存在自体”を消すことができる。

つまり、あの時あそこには本当に誰もいなかったってことだね」

 

「そうか、だから気配を感じなかったのか…

それじゃあなんで攻撃ができたんだ?存在が消えていたら攻撃もできないはずだろ?」

 

「ダークネスの能力は任意でオンオフが可能なんだ。

要は、チートクラスのぶっ壊れメモリだね。ダブルとの相性も最悪だ」

 

「確かに…あそこまで一方的にやられたのは”あの時”以来だな。

でも”あの時”と違って、暗闇さえなんとかできれば…」

 

俺は傷を抑えながらルナメモリを手に取る。

 

そういえば海未のやつ、明日から練習だって言ってたけど…

この傷じゃしばらく安静か……謝っておかないとな。

 

 

__________________________________

 

 

 

1週間後 4/12 早朝

 

 

「やだ~外出たくない~寒い~帰りたい~寝たい~」

 

「うるせぇ!!あいつらに会いたいって言ったのはお前だろ!!」

 

俺たちは3人が練習しているっていう、神田明神に朝早くから向かっている。

どうしてもっていうから連れてきてやったのに、この有様である。

 

ちなみに、1週間前の傷はほぼ完治。その間ドーパントが出なかったのは奇跡だな…

 

ついでにいっとくが、この1週間俺は寝て過ごしたわけではない。

1週間も休んだおかげで、対抗策も大体まとまった。

次戦うときは絶対負けねぇ…!

 

そんな時、俺たちが見たのは階段をダッシュで上る穂乃果とことりの姿だった。

 

「穂乃果、タイム落ちてますよ!最近食べすぎなんじゃないですか?」

 

「ほら、お父さんが桜餅作ったっていうから…ことりちゃんも食べたよね!?」

 

「え?わたし!?」

 

「2人とも…あれほど甘いものは減らすよう言ったでしょう!」

 

相変わらずだなあの3人。なんか安心する。

 

「まぁそういうなよ、糖分こそ究極の栄養素だろ?」

「純粋な女の子たちに、狂った感覚を押し付けないでよ」

「お前だけには言われたくない」

 

「アラシ君!?」

 

「ケガはもう大丈夫?」

 

「あまり無理をしないほうが…」

 

3人が俺を心配しているのを見て、永斗がめっちゃにらみつけてくるが…まぁ気にしない。

 

「あぁ、1週間も休んだからな」

 

「ところで、そちらの方は…?」

 

海未は永斗を指さす。そっか、あの時会った海未はダミー・ドーパントだったもんな…

 

「コイツは士門永斗。穂乃果は知ってるよな?

俺の相棒で、オタク系引きニートのダメ人間かつゲーム廃人で俺にばかり働かせる寄生虫のごとき社会のゴミだ」

 

「どーも、アラシの相棒でオタク系引きニートのダメ人間(以下省略)の士門永斗で~す。

年は15だから呼び捨てでいいよ。よろしく、ほのちゃんに海未ちゃんにことりちゃ…」

 

永斗はことりの顔を見て、何かに気づく。それと同時にことりの顔は、どんどん青ざめていく。

 

 

「なんだ、だれかと思えばミナr…」

 

その瞬間、ことりは永斗の口を押さえながら、ものすごい速さで神社の裏まで走り去っていった。

 

と、思ったら1分後ぐらいに帰ってきた。

なんか永斗グッタリしてるな。どうしたんだ?

 

「おい、永斗。なにが…」

「ナンデモナイヨ」

「いやでも…」

「ナンデモナインダヨ、ナンデモ」

 

いきなりカタコトでしゃべりだす永斗。普通に怖い。

 

「なんでもないよね、永斗君♪」

 

「は、はい!なんでもないです、ことり先輩!!」

 

「先輩!?」

 

永斗が他人に敬語だなんて珍しいな…

これ以上詮索するのはやめとこう。踏み込んじゃダメな気がする…

 

 

「君たち」

 

その時、俺たちの前に現れたのは…

 

「副会長さん!?」

 

こないだの生徒副会長。名前は…知らねぇな。

あとなぜか巫女の恰好をしてる。

 

「で、副会長さんがこんなところで何してんだ?」

 

「ここでお手伝いしてるんや。神社はいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね。あなたたちも、階段使わせてもらってるんやから、お参りくらいしてき」

 

確かにそうだな。俺たちは言われたように賽銭箱の前に並ぶ。

 

 

「初ライブがうまくいきますように」

 

「「うまくいきますように」」

 

 

「新しいゲーム買ってくれますように!」

「空気読め、アホ」

 

 

_______________________________

 

 

 

同日、昼休憩。

 

 

「お断りします!」

 

俺と3人は今、屋上にいる。

 

そんで、たったいまきっぱりと何かを断ったのは、俺が会ったあの赤髪の少女だ。

穂乃果が1年生の教室から無理やり連れてきて、作曲を頼んでるわけだが…

 

「お願い!あなたに作曲してもらいたいの!」

「お断りします!」

 

結果はすがすがしい程のNO!

 

「もしかして作曲はできないのか?」

 

「できないわけないでしょ!!ただ…やりたくないだけです」

 

俺の言葉に激しく反論する。割とプライド高い系みたいだな。

 

「学校に生徒を集めるためだよ!?その曲で生徒が集まれば…」

「興味ないです!」

 

結局赤髪の少女はそのまま立ち去ってしまった。

 

「お断りしますって…海未ちゃんみたい…」

 

「あれが普通の反応です」

 

「はぁ…せっかく海未ちゃんがいい歌詞作ってくれたのに…」

 

「もうできたのか!?なになに…?産毛の小鳥たちが…」

「っ…!やめてください!!」

 

「なんでだ?どうせ歌うんだし、別に…」

「それはそうですが!」

 

そんなことをやってると、俺は背後の生徒会長に気づいた。

 

「生徒会長…?」

 

「ちょっと、いいかしら?」

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

「あー腹立つ!!」

 

俺はホウキで地面を思いっきり叩……いたりしないぞ。一応バイトだからな。

ただ延々と地面を蹴ってるだけだ。

 

 

「なにか悩み事かい?」

 

その時、誰かが俺の背中を叩いた。

 

「あ、ゴメン。ケガしてたね…」

 

「小森さん…大丈夫ですよ、もう治りました」

 

この人は、ご存じ理想的上司の小森さんだ。

 

「イライラは口に出すといいって言うし、私でよければ聞くよ?」

 

「それじゃあ…」

 

俺は小森さんに生徒会長の言葉を話した。

 

 

『スクールアイドルが今までなかったこの学校で、やってみたけどやっぱり駄目でしたってなったらどう思われるかしら?

私もこの学校が無くなってほしくない。本当にそう思っているから、簡単に考えてほしくないの』

 

 

「アイツらだってふざけてやってるわけじゃない、本気で学校を救おうとしてるんです。それに…あの生徒会長、なんか無理してるように見えて…いじ張ってるというか、縛られてるというか。まるで……いや、何でもないです」

 

「なるほどね…」

 

小森さんはしばらく考えると、俺に顔を合わせ話し始めた。

 

「彼女には、彼女なりの正義があるんじゃないかな?」

 

「正義…?」

 

「そう。それが何かはわからないけど、きっと彼女はその正義のために動いてるんだと思うよ。

人の数だけ正義はある。必要なのは、それぞれの正義を一度受け止めた後、君自身の正義がどうするかだ」

 

「正義を一度受け止める……ありがとうございます。何かわかった気がします」

 

「そうか、それならよかった」

 

それだけ言うと、小森さんは去っていった。

 

正義を受け止める…か…

ドーパントにもあるんだろうか?自分なりの正義ってやつが…

 

 

なんてことを考えてたら、スタッグフォンにメール通知が入った。

 

 

from穂乃果

 

大変だよ!!至急、教室に集合!!大至急!!!

 

 

 

ここまで内容が無いメールってあるだろうか?

 

とりあえず行ってみるか…

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

「遅いよ!アラシ君!!」

 

教室に入ってきた俺を穂乃果が 責する。ことりと海未も一緒だ。

 

「無茶言うなよ、仕事中だぞ。それで、何が大変なんだ?」

 

「それは……」

 

穂乃果はポケットをゴソゴソと探り出し、一枚の紙を取り出す。これって…

 

「グループ名募集のやつか!?」

 

「入ってたんだ!一枚!!」

 

俺もすっかり忘れてた。そういえばやったな、募集。

 

「それで、どんな名前なのですか?」

 

「えーっとね…」

 

穂乃果が紙を開くと、そこには…

 

 

 

μ’s

 

 

 

「ユーズ……?」

 

「バカ、これは”ミューズ”って読むんだよ」

 

「あぁ、石鹸?」

「絶対違う」

 

「おそらく、神話に出てくる女神からつけたんだと思います」

 

「いいと思う、私は好きだな♪」

 

「確かに、悪くないな…」

 

俺たちはμ’sの文字を見つめる。

名前をもらっただけとはいえ、応援してくれる人がいる。それがこんなに嬉しいとはな…

 

 

「今日から私たちはμ’sだ!!」

 

 

 

 

数分後

 

 

「誰もいない…」

 

「やっぱ、帰ったんじゃねぇか?」

 

俺と穂乃果は1年生の教室に来ている。

目的はもちろん、あの赤髪の少女のスカウトだ。

 

 

「にゃ?」

 

すろと突然、近くから猫みたいな声が聞こえた。

そこにいたのは、オレンジ髪のショートカットの少女。

 

「うわっ!誰だコイツ!?」

 

「1年生の子だよ。ねぇ、あの子は?」

 

「あの子?」

 

 

「西木野さん…ですよね…?歌のうまい…」

 

今度は背後に眼鏡の少女がいた。

てか、声小さいな。一瞬何言ってるかわからなかったぞ。

 

「そうそう!西木野さんっていうんだ」

 

「は、はい…西木野真姫さん…」

 

西木野か……どっかで聞いたことあるような、無いような…

 

「で、もう帰ったのか?」

 

「音楽室じゃないですか?あの子あまりみんなと話さないんです。

休み時間はいつも図書館だし、放課後は音楽室だし…」

 

「じゃあ音楽室か。行ってみようぜ」

 

「あ、ちょっと待ってアラシ君~!」

 

 

「あ…あの!」

 

 

眼鏡の少女が俺たちを呼び止める。

 

「が…頑張ってください…アイドル…」

 

 

その言葉を聞いた穂乃果はすごい嬉しそうだ。まぁ、俺もなんだが。

 

「うん!頑張る!!」

 

 

 

「また応援されちまったな。ファンの期待に応えるのがアイドルだぞ?」

 

「わかってるよ!よーし、それじゃあまずは作曲のスカウトだ!!」

 

 

 

 

 

さらに数分後、音楽室にて。

 

 

「お断りします!」

 

 

「「ですよねー…」」

 

 

普通に断られた。予想はできたが…

 

「そこを何とか!!お願い!!」

 

「いやです!私、そういう曲聞かないし…聞くのはクラシックとかジャズとかで…」

 

「へぇ…なんでだ?」

 

「軽いからよ!なんか薄っぺらくて…」

 

「そんなんだから友達できないんだぞ?真姫」

 

「関係ないでしょう!ていうか、何いきなり名前で呼んでんのよ!」

 

あ、嫌われたかな?まぁいいや。

 

「アイドルも案外いいもんだぞ。ファンからの応援や期待をもらえるってのは中々気持ちがいい。だよな?」

 

「うん!大変だけど応援とかしてもらえると、もっと頑張ろうって気持ちになれるんだ!!」

 

それでも真姫は興味がなさそうだ。

仕方がない、海未には怒られるだろうが…

 

「ほらよ、歌詞。一回読んでみろよ」

 

俺は真姫に歌詞が書いてある紙を手渡した。

 

「…答えが変わることはないと思いますけど」

 

「それは読んでから考えてくれ。それでもダメなら諦める。

お前自身が決めたことに、俺たちが文句つけるつもりはねぇよ」

 

 

〈~♪~♪~♪~♪〉

 

突然、俺のスタッグフォンから着信メロディが流れる。それもアニソンだ。

俺は着メロを入れた覚えはないが…

 

『もしもし?』

 

受話器から聞こえたのは、永斗の声だ。

 

「おい、この着メロお前の仕業だな?勝手なことすんなって」

 

『いや、そんなことより検索まだ?ずっとスタンバってるんですけど』

 

そういえば仕事が終わったら検索を頼んでたな。すっかり忘れてた。

 

「行くぞ穂乃果。じゃあな真姫」

 

「またねー!」

 

 

俺たちは音楽室を出て、人気のない場所へと移動する。

 

「よし、もういいぞ」

 

_________________________________

 

「はいはい…」

 

永斗は分厚い本を持ち、意識を集中させる。

 

永斗の意識は上昇し、果てしなく続く空間__地球(ほし)の本棚へ辿り着いた。

 

目を開けると、地球の本棚に無数の本と本棚が現れる。

 

「よし、準備OK」

 

 

_________________________________

 

 

「了解だ」

 

俺はこれまでのダークネスの犯行が記された紙を広げる。

 

これまでに被害にあったのは、不良、若者ダンスグループ、夜に活動する野外バンドなど。

どれも殺人までには至ってないが…

 

「う~ん…」

 

犯行記録を見た穂乃果は、何かを考えているような声を漏らす。

 

「どうした?」

 

「なんかこの人、悪い人には思えなくて…」

 

「は?」

 

「いや、やってることはいけないと思うよ!!でも、本質的には悪意が感じられないっていうか…なんとなく…」

 

 

 

 

 

 

その時、俺の中ですべてが繋がった。いや________

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()……

 

 

 

 

 

 

 

「そんな…もしかして……」

 

 

そんなはずはない、そうであっていいはずがない。

 

でも、見事にすべて説明がついてしまう…

 

 

『どうしたの?なんか分かった?』

 

 

そうだ、俺たちは探偵。何があろうと真実を明らかにしなければならない…

 

 

「あぁ…キーワードは”ダークネス”」

 

 

まだ決まったわけじゃない。そう心に言い聞かせ、俺は永斗のキーワードを伝える。

 

 

「それに”夜”、”若者”…」

 

 

キーワードをひとつ言う度、胸を締め付けられるような苦しみが俺を襲う。

 

 

言いたくない、真実を知りたくない、それでも…

 

 

 

 

 

「そして…”正義”……」

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

アラシから伝えられたキーワードをすべて入力し、検索をする。

 

すると、永斗の目の前には1冊の本だけが残った。

 

 

「なるほど、犯人は________」

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

同日、夜。

 

街灯が照らす道を、1人で歩く真姫。

その手には歌詞の紙が握られている。

 

「私が決めること…」

 

真姫の頭に、あの時のアラシの言葉がよぎる。

 

 

『お前自身が決めたことに、俺たちが文句つけるつもりはねぇよ』

 

 

ため息をつく真姫の足に何かが当たった。

 

辺りからは生臭いにおい。真姫は恐る恐る足元を確認する。

 

 

そこにあったのは、血を出して気を失った若者の体。

 

驚きのあまり、声も出せない真姫。

さらにその視線の先には、黒いマントを羽織った異形の姿。

 

 

異形は真姫に気づき、爪を光らせ近づいてくる。

 

真姫は腰が抜け、動くことができない。

その爪が真姫へと届くその時……

 

 

 

何かが崩れるような轟音が鳴り響き、異形の意識がそちらへと向く。

 

「誰だ……!」

 

 

異形はそのまま音のしたほうへ飛び去って行った。

 

 

____________________________________

 

 

 

異形__ダークネス・ドーパントは音のした場所へ降り立つ。

しかし、そこには何かが壊れたような残骸は無い。

 

「来ましたね…」

 

たたずむダークネスの前に、アラシが現れる。

 

その手にはカエル型のガシェット”フロッグポッド”。

これは音を録音し、加工して再生することができる。さっきの轟音はここから流れていたのだ。

 

「すいません…こうでもしないと、あなたをおびき寄せられなかったので…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小森さん……」

 

 

 

アラシの口から真実が告げられ、辺りを沈黙が包む。

 

 

「いつ…気付いた?」

 

 

「最初に不審に思ったのは、あなたが俺の背中をたたいた時です。

あなたはケガを心配してましたが、俺と永斗以外は”背中に大きな傷がある”ということは知らないはずです。普通、ケガと言ったら足や腕を連想しがちですから…

 

そして、穂乃果の言葉ですべてが繋がりました。

今回の事件、被害者はすべて”夜に迷惑行為をする者たち”。さらにあなたは夜間の見回りや、清掃をボランティアで行っている…

あなたは迷惑行為を続ける者たちに注意をしていたが、聞いてもらえずメモリを使用した…全ては”正義”がきっかけだった…違いますか?」

 

「……」

 

アラシの言葉にダークネスは黙り込む。

 

「どうしてですか?もっと他に手段はあったはずじゃないですか!

話し合えば分かり合えたはずです!!」

 

 

 

「私もそう思っていた…でも現実は違ったんだ」

 

 

 

_______________________________

 

 

数週間前

 

 

「はぁ…」

 

大きくため息をつく小森。

ごみのポイ捨て、未成年者の喫煙、他人のことを考えない若者の行動は注意しても増え続けるばかり…

 

そんな世の中に絶望しつつあった。

 

 

「おじいさん。ちょっといい?」

 

そんな小森の前に、フードで顔を隠した人物が現れる。

声や体格からは女性のように思えるが、深い闇を感じざるを得ないような雰囲気に包まれている。

なんとも不気味な人物だ。

 

 

「悩んでるんでしょう?だったら、私が力を貸してあげる」

 

その人物は持っていたスーツケースを開けた。

その中には無数のガイアメモリがギッシリ詰まっている。

 

小森は無意識のうちに一本のメモリに引き寄せられ、「D」と刻まれたメモリを手に取った。

 

「それがあなたの運命のメモリ…さぁ、あなたの輝きを見せて…」

 

 

 

その日の夜、小森はいつものように見回りを行う。

 

そんな中、多数の不良がバイクにまたがっている姿を見つけた。

小森は勇敢にも彼らに注意をしようとする。

 

 

「君たち!」

 

「あ?なんだよテメェ」

 

「こんな時間に出歩くのはやめなさい!バイクだって他人の迷惑に…」

 

「うるせぇんだよ!死ね、ジジィ!!」

 

不良は小森を殴りつけ、小森は地面へと転がる。

 

「他人の迷惑?知らねぇよ!俺たちはただ自分の時間を好きなように使ってるだけだ。

誰にも文句言われる筋合いはねぇよ!!」

 

そんなことを言って笑いあう不良たち。

小森の怒りと絶望は限界にまで達していた。そして…

 

 

 

 

《ダークネス!》

 

 

 

 

________________________________

 

 

「結局、分かり合うことはできなかった…もう私がこの世の中を正すしかないんだ!」

 

「あなたはメモリに操られているだけだ!

まだ間に合います、メモリを捨てて罪を償ってください…!」

 

「それが君の正義か。だが、もう遅い!!」

 

容赦なくアラシに攻撃を仕掛けるダークネス。

その攻撃はアラシの頬をかすめ、向こう側の木を切り倒した。

 

「どうして…分かってくれないんだ…」

 

アラシは辛そうな表情を浮かべながらも、ダブルドライバーを装着。

 

《ジョーカー!》

 

ジョーカーメモリと転送されたサイクロンメモリを装填し、ドライバーを展開。

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

吹き抜ける風と共に、アラシはダブルへと変身した。

 

 

『どう?決心ついた?』

 

「あぁ…覚悟を決めた。もう戦うしかねぇ!!」

 

ダブルは左手をダークネスに向け、この言葉を投げかける。

 

 

「『さぁ…お前の罪を数えろ!!』」

 

 

迫りくるダークネスをかわし、拳を叩き込む。

 

「ぐぁあ!!!」

 

さらに次々と攻撃を叩き込み、暗闇を作り出す隙も与えない。

 

《ヒート!》

 

《ヒートジョーカー!!》

 

サイクロンメモリをヒートメモリに交換し、一撃一撃の重みが増す。

 

「うらぁ!!」

 

渾身の一撃がダークネスへと直撃し、ダークネスの動きが止まる。

 

『アラシ、今のうちに』

 

「あぁ…」

 

ダブルはジョーカーメモリを抜きマキシマムスロットに装填しようとする。だが…

 

「ぐっ……」

 

その直前でダブルの手が止まる。アラシが迷っているのだ。

 

『アラシ!!』

 

その隙にダークネスは前と同じ方法で光を消し去り、暗闇の空間を作り出した。

 

「ッ…しまった!」

 

暗闇が生まれたことで、ダークネスが消える。

このままでは前回と同じだ。

 

「こうなったら…」

 

ダブルはルナメモリを取り出す。ルナメモリなら光を生み出し、ダークネスの能力を無効化できる。

 

「させん!」

 

ダークネスの攻撃がダブルの手にダメージを与え、ルナメモリを落としてしまった。

 

「なっ…そんな…」

 

『ちょ…これヤバいんじゃ…』

 

対抗策は尽きた。ダブルにはもうどうすることもできない…

 

 

 

 

 

その時、どこからか光が現れ、ダークネスの姿を照らした。

 

ダブルとダークネスは光の方向へ視線を向ける。

その先にあったのは、懐中電灯を構えた真姫の姿だった。

 

「ちょっと!早くそいつ倒しちゃいなさいよ!!」

 

「ッ…貴様ぁ!!」

 

 

ダークネスは殺意をむき出しにし、真姫へと迫っていく…!

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、アラシの心から迷いが消えた。

 

 

 

 

自分の正義だとか、相手の正義だとか、そんなものは一先ずどうでもいい________

 

 

俺はただ、目の前で消えそうな命を救いたい________

 

 

そのために…(あなた)を倒す!!

 

 

 

 

 

「真姫!!」

 

 

《ヒートメタル!!》

 

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

 

ダブルはヒートメタルにメモリチェンジし、メタルシャフトにメモリを装填。

 

 

「『メタルブランディング!!』」

 

シャフトの両端から炎が噴き出し、ブースターのような役割を果たす。

 

ダブルは凄まじい推進力でダークネスに突っ込んでいき、燃え盛るシャフトを叩きつけ、ダークネスは数メートル吹っ飛んだあと爆散した。

 

 

 

____________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

4/16活動報告

 

ダークネスの一件が解決してから早数日。

あの事件は俺に大きな傷跡を残していった。

 

小森さんは殺人未遂の犯人として逮捕。

優しい人だったため、惜しむ声や驚きの声が絶えなかったらしい。

 

それは俺も同じだ。それにあの時の小森さんの言葉…

 

俺にはあれが嘘のようには聞こえなかった。

あれはきっと本当の小森さんの心の声だった…少なくとも俺は、そう信じたい。

 

 

 

「なぁ永斗、正義って何だと思う?」

 

「どしたの急に。気持ち悪いよ?」

「うるせぇ」

 

 

 

「おっじゃまっしま~す!!」

 

そんな時、穂乃果が事務所のドアを開けやかましく入ってきた。

 

「お前、何しに…」

「これ見て!アラシ君、永斗君!!」

 

穂乃果が俺たちに見せたのは、1枚のCD。

中央には「μ’s」と記されている。

 

「これって…」

 

「あの子が作ってくれたんだよ!神田明神でみんなと一緒に聞こ!」

 

 

「あいつ…」

 

 

 

正義が何かはわからない。でも相いを伝えることは、きっと無駄じゃない。

 

 

 

例え、それが届かなかったとしても…

 

 

 

そんなことを思いながら、今日も俺の日常は始まる。

 

 

 




前半後半で文字数が違いすぎ?気にするな!

次回はファーストライブ回!
そして、応募していただいたオリジナルドーパントを登場させたいと思います!
誰考案のドーパントかは、次回のお楽しみ!!

感想、評価、アドバイス等ありましたらお願いします!!


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第8話 Lに運命を/未来を語る少女

ダミー・ドーパント
「偽物の記憶」を内包したガイアメモリを、俳優の志島一喜が手の甲に挿入することで生まれるドーパント。対象の姿、人格、記憶、能力をコピーすることができる。ただし、あくまで能力特化のメモリのため、素の戦闘能力は他と比べ低い。また、自分より大きなものになることはできない。

一言コーナー

アラシ「こいつは…海未になりすましてたやつだな」
永斗 「そういえば、風呂とかトイレとかどうしてたんだろ?」
アラシ「やめろ、それ以上考えるんじゃない」
永斗 「被害者も女性が多かった気が…」
アラシ「やめたげて!ダミーのライフはもうゼロだから!」


結構更新が遅れました!スイマセン!
今回からあとがきにクイズを出したいと思います。最後まで見ていただけると嬉しいです!
今回はオリジナルドーパントの登場です!ではどうぞ!

あと、新たにお気に入り登録していただいた
ロマンチスト(笑)さん 希ーさん ありがとうございます!


4/24 切風探偵事務所

 

「サーキット」

 

「虎」

 

「らくだ」

 

「濁流」

 

「ウスターソース」

 

「スキューバダイビング」

 

「グングニル」

 

「ルージュ」

 

「ゆず」

 

事務所で俺と永斗のしりとり対決が繰り広げられる。

今日は休日でバイトもなし、依頼も来ない。早い話、暇なのだ。

 

バイトを始める前はしょっちゅう対決をしていたが、まだ決着がついたことはない。

ていうか、長くなりすぎて永斗が飽きてしまい、いつも勝負が中断される。

 

今回「考え時間は3秒以内」というルールを加えたがなかなか決着がつかず、かれこれ1時間ほど続けている。

ちなみに、最初に「サーキット」って言ったのが永斗で、次に「虎」って言ったのが俺だ。

 

「図案化」

 

「カシオペア」

 

「握手会」

 

「イスタンブール」

 

「ルックス」

 

「スリジャヤワルダナプラコッテ!」

 

「点字…って、お前いつの間に入ってきたんだ?」

 

振り返るとそこには紫髪のツインテ。生徒副会長だ。

 

「ちょっと前からおったよ。なんか面白そうなことしてるやん」

 

「だからって入ってくんなよ。なんだよ、そのスリジャヤワルダなんとかって」

 

「まあまあ、そんなどうでもいいことは置いといて」

 

「質問に答えろよ…」

 

今回も決着はお預けだな…そろそろ永斗も飽き始めてた頃だし、いいか。

 

「それにしても、本当に探偵してるんやね。それじゃ、ちょっと依頼してみよっかな~」

 

 

「「依頼!?」」

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

電車に乗ること20分弱。ここは…

 

 

「リア充の街、渋谷…」

 

「変な名前付けんな。渋谷に失礼だろ」

 

そう、俺たちがいるのは高層ビルが立ち並ぶthe都会、渋谷。

ここに来るのは2人ともかなり久しぶりだ。

 

「聞いてた通り、リア充の巣窟だね…見てて吐き気してきた…」

 

「じゃあ来なきゃいいだろ!お前がいるから電車賃400円もかかったんだぞ!」

 

「え~、でもノリ的に行く感じだったし…」

 

「お前は変なところで空気読むよな…

って、そんなことしてる場合じゃなかった」

 

俺はスタッグフォンでネットを開き、とあるサイトを表示させる。

 

そのサイトは「音ノ木坂学院生徒掲示板」、学校関係者のみアクセスできるサイトだ。

ここでは主に生徒同士の雑談や、情報交換が行われる。

ちなみに、教員も頻繁にサイトを巡回しているため、いじめなどの心配は少ないらしい。

 

近頃この掲示板に奇妙な書き込みがされている。

それは「未来予知」。とある生徒が、次の日に起こる出来事を書き込んでいるというものだ。

 

さっき調べたところ、的中率は堂々の100%。もはや人間業を超えている。

これについての調査を、俺たちは依頼されたって訳だ。

 

昨日の書き込みによれば、今日の12時30分頃渋谷にて、ひったくり犯が現れるとのことだ。

 

今の時間は12時27分。そろそろ現れるはずだが…

 

「ねぇ、アラシ。どうでもいいことなんだけどさ…」

 

「じゃあ、いい」

 

「いやいや、聞いてよ!ふつう聞くでしょ、そういうの」

 

「あーもう!わかったから早く言えよ!」

 

「さっきのスリジャヤワルダナプラコッテって…

スリランカの首都らしいよ」

 

「本当にどうでもいいな…」

 

なんてことをやってるうちに、どこからか悲鳴が聞こえた。

 

「出たか!いくぞ、永斗!!」

 

俺は悲鳴が聞こえた方向へと走っていく。

一方、永斗は…

 

 

「ちょ…無理……死ぬ…」

「お前、マジで使えねぇな!!」

 

てか、まだ100メートルも走ってないぞ!?どんだけ体力無いんだよ!

 

 

使えない永斗は置き去りにし、俺は走り続ける。

すると、全身黒ずくめのバッグを抱えた男に遭遇した。

 

「見つけたぜ!」

 

俺を見て逃げ出すひったくり犯。

 

俺は腕時計型ガシェット”スパイダーショック”からロープを射出。

頭上の看板にロープをひっかけ、ジャンプと同時にロープを縮める。

 

空中に放り出された俺は、別の場所へロープをひっかけ、同じようにロープを縮める。

 

こんな感じで空中を移動していき、俺はひったくり犯の真上に到達。

 

「捕らえた!」

 

俺はひったくり犯にのしかかり、見事確保した。

 

それにしても本当に予知が当たったな…

休み明けたら本格的に調査しねぇと……

 

 

___________________________________

 

 

4/26 学生のみんなが大嫌いな月曜日。

 

 

休みが明け、俺はバイト生活へ。

言ってしまえば、依頼が来ない休日は俺もニートみたいなもんだからな。永斗を笑えない…

 

調査もあるし、ライブまであと1週間を切った。そろそろ本腰を入れないと…

 

「おはよう、アラシ君!」

 

いつもなら、これは穂乃果なんだが、この声は…

 

「副会長か」

 

「え~、穂乃果ちゃんたちみたいに名前で呼んでよ~

ウチは東條希。よろしくね!」

 

案外ノリ軽いなコイツ。

 

「それで、何か分かった?」

 

「いや、予知すげぇってことしか」

 

「そうだと思った。じゃあ今日の昼休憩、その投稿者に会わせてあげるね」

 

そうか、それなら調査も…って…

 

「投稿者、わかってんの?」

 

「うん。書き込みから投稿者を特定できるようになってるんよ」

 

「先に言え!!」

 

 

___________________________________

 

 

仕事に一区切りつけ、昼休憩。

 

俺は希に言われた場所へ、その投稿者に会いに行くところだ。

希は生徒会の活動だか何だかで忙しいらしい。よって俺1人だ。

 

「にしても、すごい視線を感じるな…3年の教室は初めてだからか?」

 

そんな時、希からメールが届いた。

 

 

 

ヤッホー('ω')ノ

 

ただいま生徒会で会議中だよ☆

 

言い忘れとったけど、アラシ君ちょっとした有名人になっとるよ!(^^)!

 

学校新聞をチェケラ!!

 

 

会議中に何やってんだコイツは!

なんて考えてたらキリがないので、かまわずいわれた通り学校新聞を見てみた。

するとそこには…

 

 

渋谷でリアルスパイダーマン現る!

 

昨日、渋谷にてひったくり犯が出現。

そこに現れたのは皆さんご存知、音ノ木坂のイケメン清掃員、切風アラシ(本名)。

彼はロープを巧みに使い、空中を自由に移動しひったくり犯を追跡。

その姿はまさしくスパイダーマン!

 

          (中略)

 

我々新聞部は、今後も謎多き清掃員、切風アラシ(本名)の生態を調査していくつもりだ。こうご期待!

 

 

 

「マジでか…」

 

だからこんなに視線を感じてたのか…

よく見ると、生徒の中にカメラを持った奴がチラホラみられる。あいつらが新聞部か…

 

ていうか…

 

 

「そんな大事なこと言い忘れんなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

俺の絶叫は廊下に響き渡り、ますます注目されることになってしまった…

 

後日、「怪奇!廊下で絶叫する清掃員」なる記事が書かれたのはまた別の話である。

 

 

_______________________________________

 

 

 

「やっと着いた…」

 

十数分後、俺はその投稿者がいるという教室にたどり着いた。

教室行くのにこんな苦労するとは…もう少しでカメラがトラウマになるところだった。

 

「いた、アイツか」

 

俺は席に座っている、1人の女子生徒に話しかけた。

 

「お前が予知書き込みの投稿者、斎藤(さいとう)深雪(みゆき)か?」

 

「やっと来たわね。あなたが来ることは予知で分かっていたわ。

そう、私が書き込みの投稿者。そしてあなたはあの女、東條希の回し者。そうでしょう?」

 

「だったら話が速い。お前の予知の方法、そしてその動機を教えろ。

単刀直入に言って、俺はお前をドーパントだと疑ってる」

 

すると斎藤はクスリと笑い、嘲るような態度で話し出した。

 

「私が怪物だって言いたいのね。だったら教えてあげる…

私には未来が見えるの…悲しい未来も、幸福な未来も。

あの女はタロット占いができるようだけど、私とはまるで次元が違う!

未来を見る力こそ、世界を凌駕するのよ!」

 

「何一つ答えになってねぇぞ。さっさと質問に…」

 

俺が斎藤に詰めかけようとした時、授業直前の予鈴が校内に鳴り響いた。

ここまでか…移動に時間とられすぎたな……

 

「また明日聞きに来る。その時は質問に答えてもらうぞ」

 

俺はそう言い残し、教室を後にする。

また視線を気にしながら戻るのか…

 

 

 

 

 

「あなたに、"明日"があったらね…」

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

「よいしょっと…」

 

ゴミが詰まった袋を両手に持ち歩くのは、スピリチュアル系生徒副会長、東條希。

 

少々自由な面もあるが、彼女はいたって優秀。

生徒会長の絢瀬絵里と並び、校内では高い支持率を得ている。

 

入学式やら新入生説明会やらで忙しく、放置され続けた生徒会室のゴミを、

まとめて彼女がゴミ捨て場にもっていっているところだ。

 

たまりにたまった大量のゴミに苦戦しながらも、希はゴミ捨て場に到着。

あとは清掃員であるアラシが片づけてくれる。

 

仕事を済ませ、生徒会室に戻ろうとすると

希の足元から、カチカチと妙な音が聞こえてきた。

 

「なんやろか…この音…」

 

希は音の聞こえる地面に顔を近づける。

 

その時、どこからか伸びてきたロープが希の腕を捕らえ、希をその場から引き離した。

 

 

その直後、さっきまで希がいたゴミ捨て場が大爆発。積み上げられたゴミ袋が木っ端みじんに爆散する。

あと少しでも回避が遅れたら、まず命はなかっただろう。

 

「無事か、希!!」

 

「アラシ…君…?」

 

希を爆発から救ったのは、スパイダーショックを腕に装着した切風アラシだった。

 

「理由は知らねぇが、お前の命を狙ってるやつがいる。

大体目星はついてるけどな…

 

 

 

 

いるんだろ?出てこい、斎藤深雪!!」

 

 

アラシに真実を見抜かれ、斎藤が校舎の影から姿を現す。

 

「よくわかったわね。てっきりまだ疑ってる段階だと思ってた」

 

「墓穴を掘ったな!お前は”ドーパント”という言葉を聞いたとき、それが怪物のことだとすぐに分かっていた。

ドーパント=怪物だということを知ってんのは、俺たちと組織、あとは事件関係者とドーパント本人ぐらいだ!!

それに、お前は希のことをよくは思ってない感じだったからな。

試しに後をつけてみたら、案の定犯行に及んだってわけだ。希の来る場所を予知して、そこに爆弾しかけてたってとこか?」

 

アラシの言葉に斎藤は動揺する様子もない。

おそらく、こうなることも予知していたのだろう。

 

「そんな…深雪ちゃん…?」

 

一方、自分の命を狙っているものの正体を知った希は、ショックを隠すことができない。

 

「ん?知り合いか?」

 

「中学のころ、ウチが転校してきたときに一緒のクラスだったんよ。

でも、なんで……?」

 

 

「あなたは私のことをどうも思ってないだろうけど、私はずっとあなたを恨んでいた!

だから…ここであなたをこの世から消す…」

 

 

《プリディクション!》

 

 

斎藤はメモリを取り出し、ソックスをおろし、右足のふくらはぎにメモリを挿入した。

 

彼女の体が光に包まれ、みるみるうちに姿が変わっていく。

 

光が消えると、そこには占い師のようなローブを纏ったドーパント、プリディクション・ドーパントが姿を現した。

 

 

「逃げろ、希。こっからは俺たちの世界だ」

 

 

《ジョーカー!》

 

 

アラシはドライバーを装着し、ジョーカーメモリを装填。

すぐにサイクロンメモリも転送されてきて、ソレを押し込みドライバーを展開した。

 

「変身!」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

アラシの中に永斗の意識が転送され、2人は仮面ライダーダブルへと変身した。

 

 

『ちょっと~今カップ麺にお湯入れたばっかなんだけど』

 

「そんなもんばっかり食ってるから、体力つかないんだろうが!」

 

『カップ麵をなめてもらっちゃ困るよ。味はともかく、破格のお手軽さと食べごたえは称賛に値する。

いまやカップ麵はニートの必須アイテムだよ』

 

「テメェはパンの耳でも食ってろよ…まぁいい、続きは事務所だ。

今はとりあえずアイツを倒す!」

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

ダブルは希を逃がすと、プリディクションへと向かっていき、パンチを繰り出す。

だが、その攻撃が当たる寸前、プリディクションは体をそらし攻撃を回避した。

 

さらに攻撃を続けるが、その攻撃はすべてかわされてしまう。

 

「やっぱり…予知で動きを読んでやがんな?」

『え…なにそれ、無理ゲーじゃん』

 

 

「それで終わり?だったらこっちから行かせてもらうわ」

 

プリディクションは先端に水晶がついた木の棒を出現させ、手に取る。

ソレを掲げると、水晶から放たれた雷撃がダブルに襲い掛かった。

 

「チッ…!」

 

ダブルは雷撃をかわすため、上へジャンプするが…

 

「残念でした」

 

水晶からもう一発雷撃が放たれ、ダブルを直撃した。

 

 

「くっ…やっぱ読まれてる分、行動はこっちが出遅れるな…」

 

『だから無理ゲーだって言ってんじゃん。

無理ゲーには無理ゲーの攻略法があるんだから、ここは僕に任せてよ』

 

永斗はドライバーのメモリを2本とも入れ替える。

 

 

《ルナメタル!!》

 

 

ダブルの右半身が黄色、左半身が銀に変わり、

メタルシャフトで放たれる雷撃をはじいていく。

 

プリディクションは攻撃を放ち続けるが、ダブルの操る伸縮自在のシャフトですべて打ち消されてしまう。

 

「そうか、いくら予知できても攻撃するエネルギーには限りがある。

あっちの攻撃を全部防ぎ続ければ、そのうちスタミナ切れになるってことだな」

 

予知されるんだったら動くだけ体力の無駄。というのが永斗の考えだ。

 

このまま攻防を続けていれば、先にへばるのはプリディクションの方。

実際、プリディクションの攻撃は徐々に威力を失ってきている。

 

 

「よし、このままいけば…」

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那________

 

 

 

 

 

ダブルの横を一閃の風が通り過ぎたかと思うと、

背後の桜の木が一刀両断され、音も立てず倒れた。

 

 

 

「面白そうなことをしているな。私も混ぜてもらおうか」

 

 

その時、凄まじい殺気がダブルを襲った。

 

殺気の方向にいたのはもう一体のドーパント。

剣士のような姿をしていて、見た感じは普通のドーパントと変わらないが、

違うのは、ドーパントに変身する際にメモリを挿入する場所に出現する”生体コネクタ”

これが右腕に大きく刻まれていること。そして、なによりそのただならぬ風格だ。

 

 

「右腕に生体コネクタ…コイツは…」

 

剣士のドーパントはダブルに手を向ける。

すると、その周りに無数の剣が出現し、一斉にダブルへと飛んで行った。

 

「くっ……」

 

飛んでくる剣をシャフトで防御するが、あまりに多すぎて防ぎきることができない。

 

さらに剣士のドーパントが手を上に向けると、上空に剣が出現。

空を埋め尽くすほどの剣が、雨のごとく降り注ぐ。

 

 

《ルナトリガー!!》

 

 

ダブルはトリガーにチェンジし、光の銃弾で剣を迎え撃つ。

プリディクションも予知能力を駆使し、降り注ぐ剣をかわしていった。

 

 

「ちょっと!私は仲間じゃないの!?」

 

「貴様を助けに来たつもりはない。邪魔だ」

 

剣士のドーパントの言葉に、最初は怒っている様子のプリディクションだったが、

ここは退いたほうがいいと判断し、その場から姿を消した。

 

 

「これで邪魔はいなくなった。私も少し本気を出そう…」

 

剣士のドーパントの手に1本の剣が形成される。

 

『なるほど、今までのは本来のスタイルじゃなかったってことだね』

 

 

どちらにしろ、飛び道具を使わなくなった今がチャンス。

ダブルはそう思い、マグナムから数発の弾丸を放った。

 

だが、その予想は見事に裏切られることになる。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

不規則な軌道を描きながら迫りくる銃弾を、剣士のドーパントは1本の剣だけで全て斬ってしまった。

 

「マジかよ…!」

 

その瞬間、剣士のドーパントは一気にダブルとの距離を詰める。

その速さは、まばたきと変わらない。まさに光速。

 

ダブルは防御の構えをとるが、もうすでに遅い。

ドーパントの剣撃がダブルを斬りつけた。

 

大きなダメージを受け、その場に膝をつくダブルに、剣士のドーパントは剣を突きつける。

 

「どうした、その程度か?」

 

「……」

 

ダブルは突き付けられた刃を振り払い、いったん距離をとる。

 

 

「ついて来いよ永斗……

 

 

 

久々にガチで行く!!」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

ダブルは再び姿をサイクロンジョーカーに戻し、精神を研ぎ澄ます。

 

 

ダブルの本気を感じ取ったのか、ドーパントも剣を構える。

そして、風を切る音とともに姿を消し、一瞬のうちにダブルの背後へと回り込み剣を振り上げる。

 

 

「そこだぁっ!!」

 

ドーパントの気配を瞬時に感じ取ったダブルは、後ろに向かって回し蹴りを繰り出した。

 

剣士のドーパントはその攻撃を、咄嗟に剣で防御。

ちなみに、このやり取りの所要時間はわずか1.5秒。

双方ともに人間業を優に超えている。

 

 

「くっ……」

 

強烈な蹴りを喰らい、ドーパントの剣は粉砕され、体は数メートル先に吹っ飛んでいく。

 

蹴りによる勢いが消えると、剣士のドーパントは手元に新しい剣を形成。

上空へと跳びあがり、上から斬撃をダブルへと飛ばす。

 

 

ダブルは凄まじい速さで迫る斬撃をかわし、

サイクロンによる風の力で、ドーパントの方へと跳びあがった。

 

「はあぁぁぁぁぁ!!!」

 

「でやぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

ダブルの技とドーパントの剣がぶつかり合い、空中で激しい戦いが繰り広げられる。

 

そして、ダブルのかかと落としが剣士のドーパントへ直撃。

ドーパントはそのまま地面へと落下していく。

 

体が地面に叩きつけられる瞬間、ドーパントは上空に剣を形成。

それらは一斉にダブルへ襲い掛かりダブルを墜落させた。

 

 

双方が墜落した時の衝撃で、辺りを土煙が覆う。

 

煙を割いて現れたのは、それぞれ剣と拳を構えたダブルとドーパント。

そして……

 

 

 

 

 

剣はダブルの首元で、拳はドーパントの眼前で止まった。

 

 

「貴様、名前を何という」

 

「はぁ?」

 

「侍は認めた相手には名前を聞くものだ」

 

「…よくわからんが、まあいい。

俺はダブル。仮面ライダーダブルだ」

 

「我が名はスラッシュ。組織に仇なすものを斬る、1本の剣だ。

次会う時は、貴様の持つ”C”と”J”のメモリを頂く…」

 

 

剣士のドーパント___スラッシュは剣を収め、跳び去っていった。

 

 

 

「さすがは組織の幹部といったところか…」

 

『ちょっと…いきなり飛ばしすぎ…』

 

「なんでお前が疲れてんだ?体は俺のだろ?」

 

『いくらなんでもあんなに動いたら疲れるよ…

意識と体は完全に別ってわけじゃないんだし…』

 

そんな時、スタッグフォンがメールの受信を知らせる。

 

「穂乃果からだ…」

 

『なに?これからデート?』

 

「アホか、ファーストライブ近いんだし、その練習だよ」

 

『ふーん…』

 

「お前は何を期待してたんだ?」

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

俺が呼び出されたのは、オタク都市秋葉原。

 

俺は永斗と一緒に3人が来るのを待っている。

 

 

 

 

 ど う し て こ う な っ た

 

 

 

 

ライブの練習するんじゃなかったのか?秋葉原って聞いたら永斗(コイツ)もついてくるっていうし…

そんで肝心の3人はなかなか来ないし……

 

 

「ごめんごめん!遅くなっちゃった!」

 

噂をすれば、穂乃果、海未、ことりの3人が到着したようだ。

 

「で、まずここに集められた理由を教えてもらおうか」

 

「それが……」

 

 

 

事情説明中……

 

 

 

 

「なるほど…海未が緊張して人前で歌えないと……」

 

「人前じゃなければ大丈夫だと思うんです…人前じゃなければ…」

 

それなんか意味あるか?

 

「じゃあ、観客を野菜だと思えばいいんじゃないの?

どっかのアイドルのインタビューで聞いたことあるよ」

 

「永斗君ナイスアイデア!」

 

「野菜…ですか…?」

 

海未はしばらく何かを考えていたが…

 

 

「私に一人で歌えと!?」

 

「なんでそうなるんだよ……」

 

「やっぱダメか~じゃあ習うより慣れよだね!ことりちゃん!!」

 

「うん!」

 

するとことりは、持ってきた紙袋の中から紙の束を取り出した。

 

「このチラシをみんなで配ろう!」

 

「それなら宣伝にもなるし、海未の練習にもなるし、いいかもな

じゃあみんなでやるか!」

 

「え~僕もやるの~」

 

「人がいっぱい……」

 

「つべこべ言わずにさっさと始めろ!!」

 

 

 

 

 

十数分後……

 

 

 

 

「結構配ったな…」

 

俺のチラシはすでに半分まで減っていた。

なんか女の人がよくチラシを取ってくれたな。

反対に男には反応が良くなかったが…一回靴踏まれたし…

 

穂乃果も順調なようだ。

 

ことりは…凄いな。もうほとんどチラシがなくなってる。

 

海未と永斗は……

 

 

「あ…レアなの出たみたいです…」

 

「2000円で買った」

 

 

座り込んでガシャを回していた…

 

 

「「海未ちゃん!?」」

 

「何やってんだお前らぁぁぁぁ!!」

 

 

ライブまであと6日。本当に大丈夫なのか…?

 




今回登場したのは、鳴神@堕天さん考案の「プリディクション・ドーパント」と、
MasterTreeさん考案の「スラッシュ・ドーパント」です!
オリジナルドーパントのアイデア、本当にありがとうございました!!
引き続き募集お待ちしています!!

予告したとおりクイズを出したいと思います!
実はこの作品のサブタイトルの多くは元ネタがあります。それは何でしょうか?

第1話 プロローグは突然に 難易度☆☆・・・どっかで聞いたことあるのでは?
第3話 検索と変身と二人で一人 難易度☆・・・ライダーファンなら一目でわかるはず!
第4話 探偵に向いてる職業 難易度☆☆☆・・・探偵つながりということで…
第7話 届かなかった思いについて 難易度☆☆☆☆・・・私の趣味だ、いいだろう!まあ最近のアニメなんで知ってる人もいるのでは?
第8話 未来を語る少女 難易度MAX!!・・・私の趣味(略)PART2!これわかる人いないと思います。ピンときたあなたは超アニメ博士!!

わかったらメッセージや感想で送ってもらっても構いません。
挑戦者求ム!!

感想、評価、アドバイス等ありましたらお願いします!
次回もお楽しみに!


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第9話 Lに運命を/START:DASH‼︎

146です!都合により、予定していたクイズの答え合わせと、キャラ紹介コーナーは今回はお休みにしたいと思います。

今回はついにファーストライブ!
いや~長かった…まさかこんなにかかるとは…

それではどうぞ!


「ここなら平気でしょ?」

 

「まあ…ここなら…」

 

俺たちが移動したのは、我らが音ノ木坂学院の校門。

ここなら人が少ないし、通行人も面識あるやつが多いだろう。

 

「あれ?そういえば永斗は?」

 

「永斗君なら飽きたから帰るって♪」

 

よし、帰ったらぶん殴ろう。

 

「じゃあ始めるよ!

μ’sファーストライブやりま~す!」

 

「よろしくおねがいしま~す♪」

 

穂乃果とことりはさっきと同じようにチラシを配っていく。

ちなみに俺は隠れて見てるだけだ。今でも新聞部の連中がこっちにカメラ向けてるからな…あんま顔を曝したくない。

 

一方、海未はなかなか声をかけることができない。

やっぱ緊張すんのかな…?

 

 

「お…お願いします!」

 

 

海未は勇気を出して通行人にチラシを差し出した!

 

 

「いらない」

 

バッサリ断られ、海未は悲しみの表情を浮かべる…

ていうかなんだアイツ!頑張ったのにその対応はねぇだろ!!

って、なんでこんな興奮してんだ?参観日の親じゃねぇんだし…

 

「ダメだよ、海未ちゃん!もっと声出さないと!」

 

「穂乃果はいいですよ…お店の手伝いで慣れてるんですから…」

 

「海未ちゃん、私が階段5往復できないとき何て言ったっけ?」

 

「それは…」

 

言ってたな。「できます!気持ちの問題です!!」って。

 

「わかりました!やりましょう!!」

 

そう言うと海未は声を出し、チラシを配り始めた。

 

 

「あの……」

 

 

チラシを配っている穂乃果に眼鏡の少女が声をかけた。

アイツは…いつぞやの声が小さい子か?

 

「ライブ…見に…行きます……」

 

その言葉を聞くが否や、3人が眼鏡の少女に寄ってきた。

 

「本当!?」

 

「来てくれるの?」

 

「では、1枚2枚と言わずこれを全部…」

 

おいコラ、海未。

 

 

_______________________________________

 

 

 

「やっぱり動きのキレが違うよね…」

 

俺たちは穂乃果の部屋に移動し、今度こそライブの打ち合わせをしている。

今、参考に見ているのは、現在スクールアイドルのトップと言われている「A‐RISE」のライブ動画だ。

 

「初めて1か月の素人とプロとを比べても仕方ねぇだろ。

とりあえず、現状で尽くせるベストを考えて…」

 

その時、パソコン画面に”974”と書かれた画面が表示された。

 

「ランクが上がってる!」

 

「チラシ見たやつが投票してくれたのか」

 

「嬉しいものですね…」

 

さっき表示されたのは、いわゆる「アイドルランク」というやつで、

こないだまで999位だったから…25位上がったってことか。なかなかいいスタートなんじゃないか?

 

「お待たせ~」

 

「あ、ことりちゃん見て見て!」

 

「あ、すご~い!!」

 

 

少し遅れて小鳥が部屋に入ってきて、ランクを見て感嘆の声を上げる。

その手には紙袋を持っているようだが…?

 

「ことり、それは?」

 

「さっきお店で最後の仕上げしてもらって…」

 

ことりは紙袋から、ヒラヒラしたピンクの服を取り出した。

それは前に見せてもらったスケッチとほとんど同じものだった。

 

「衣装か!」

 

「かわいい!」

 

おおはしゃぎする穂乃果とことりを尻目に、俺は海未の方の目を向ける。

すると案の定、衣装を見てワナワナと震えていた。

 

「ことり…そのスカート丈は…?」

 

「あ…」

 

 

遡ること3週間前。

 

 

「いいですか!スカートは最低でも膝下でなければ履きませんよ!!」

 

「は…はいぃぃぃ!!」

 

 

 

てなこと言ってたな。ことりが作った衣装のスカート丈は、どうみても膝下まで届かない。

 

 

「言ったはずです…!最低でも膝下までなければ履かないと!!」

 

うわ~…海未の顔がめっちゃ怖い。アイドルの顔じゃない…

 

「だってしかたないよ。アイドルだもん」

 

「アイドルだからと言って、スカートを短くする決まりはないはずです!」

 

「でも今から直すのは無理だろ。あと5日だぜ?」

 

「そういう手に出るのは卑怯です!

ならば、私は1人だけ制服で歌います!!」

 

海未はそう言って部屋から出ていこうとする。

てか、そっちの方が余計恥ずかしいだろ…

 

「そもそも3人が悪いんですよ!私に黙って結託するなんて!」

 

俺は結託した覚えはないぞ。

 

 

「だって…絶対成功させたいんだもん…」

 

「穂乃果…?」

 

「歌を作ってステップを覚えて、衣装も揃えて、ここまでずっと頑張ってきたんだもん。

みんなで頑張ってよかったって、やって来てよかったって、そう思いたいもん‼︎」

 

お前そんなことを…って、おい何やってんだ?こんな夜中に窓開けて…

 

 

「思いたいのーーー!!!」

 

 

叫んだ!?

 

「何をしているのですか!?」

 

「それは、私も同じかな。私も、4人でライブを成功させたい!ね、アラシ君♪」

 

「ああ…乗り掛かった舟だからな。俺も付き合うぜ、最後までな」

 

あの時の借りもあるしな……

 

 

「3人共…いつもいつもずるいです……」

 

その気持ちは海未も同じだったみたいだ。

まあ、そうだよな。なんだかんだ言って、一番頑張ってたのはコイツかもしれない。

 

 

「海未ちゃん…だーいすき!!」

「ちょ…穂乃果!?」

 

突然、穂乃果は跳びあがり海未に抱き着いた。

 

 

「あの~百合百合な雰囲気の中悪いんですけど…」

 

扉の方から声がして振り向くと、そこにはいつの間にか永斗がいた。

 

「永斗、お前飽きて帰ったんじゃなかったのか?」

 

「僕がそんなことする人に見える?」

「大いに見える」

 

「ひどい誤解だな…僕は、ほのちゃん達に頼まれてたものを仕上げてたの」

 

そういうと永斗は、カバンから紙の束を取り出した。

 

「ライブの演出、振り付けの調整、その他諸々。全国のスクールアイドルについて検索、分析した上で3人の現時点での実力を最大限見せられるように作ってあるよ」

 

「すごーい!さすが永斗君♪」

 

「い…いえ、とんでもないです、ことり先輩…」

 

「お前ら…いつの間に」

 

「ごめん…やっぱり私たちだけじゃ限界があって、永斗君に頼んでたの。

別にアラシ君に秘密にしてたわけじゃないよ!なんか忙しそうだったし、仲間外れとかそういうのじゃ…」

 

やめろ穂乃果。余計悲しくなってくる…

 

「アラシ、ほとんど何もしてないからねwww」

 

「お前はもうちょっと気を遣え!!つーか、その”w”やめろ!すっげぇムカつくんだよ!!」

 

「凹むことないですよ、アラシ」

 

「そうだよ、アラシ君ちゃんと応援とかしてくれてるよ♪」

 

「やめろぉぉぉぉ!!」

 

 

___________________________________________

 

 

 

ライブの練習、準備も順調に進み、本番2日前にまで迫ったある日。

俺は希を事務所まで呼び出した。

 

 

「で、どうしたん?いきなり呼び出して」

 

「実は、俺たちにこんなもんが届いた」

 

俺は手紙のようなものを広げ、希に見せる。

 

 

 

未来予知

 

5月2日午後3時30分、東條希は死ぬ。これは絶対に変えられない運命である。

 

 

 

「どう見たって殺害予告だ。つーわけで、この日は俺たちがお前を保護…」

「その心配はいらんよ」

「はあ!?」

 

思いがけない答えに驚く俺。

横で麦茶を飲んでいた永斗は、それを勢いよく吹き出した。

 

「何考えてんだ!殺すって予告されてるんだぞ!?」

 

「その紙ならウチのところにも届いたよ」

 

「だったらなんで…」

 

 

「その日、ファーストライブの日やん。アラシ君達も見に行きたいんとちゃうん?」

 

「それは…」

 

希の言う通り、5月2日は新入生歓迎会。それと同時にμ’sのファーストライブの日だ。

俺だって、できるならあいつらのステージを見たい。

でも、命がかかってるのなら、そんなことを言ってはいられない…

 

「何も問題ないやん。アラシ君達が、学校でウチを守ってくれればいいだけやろ?」

 

「危険すぎる!学校にだって行かせるわけには…」

「ウチは信じてる。アラシ君達が…仮面ライダーが必ず守ってくれるって…」

 

希は、そうはっきりと言い切った。

コイツ…なんで…

 

 

「…お前、変わってるな。普通はもっと慌てたり、怖がったりすんのに…」

 

「そんなことないよ。ウチはただ、仮面ライダーの頼もしさを知ってるだけや…」

 

 

「とは言っても、放っておくわけにはいかないよね~」

 

吹き出した麦茶を拭き終えた永斗が口を開いた。

 

「そうだよな…」

 

希を危険な目に合わせるわけにもいかないし…何か手は…

ん?この2人、よく見たら…それに…

 

よし、これなら…!

 

「いい考えがある。希、ちょっと頼みがあるんだが…」

 

「ん?」

 

 

______________________________________

 

 

そして迎えた、ファーストライブ当日!

 

 

「お願いしま~す!この後、午後4時からファーストライブやリま~す!」

 

「ぜひ、来てください!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

3人は人を呼び込むべく、チラシ配りを続けている。

海未も人前に慣れたのか、笑顔を振りまきながらチラシを配っている。

その姿は数日前とは別人のようだ。成長したな…

 

しかし、他の部活の勧誘もあり、なかなかチラシを手に取ってくれない。

 

「ほかの部活に負けてらんないね!

あれ?永斗君は?」

 

「アイツは別用があるって。ライブには来るから心配すんな」

 

予告通りなら今日プリディクションの襲撃が来るはずだ。

だが、弱ったことに人手が足りない。穂乃果たちに事件のことを言うわけにはいかないし…

ライブの音響とかしてくれる奴がいれば助かるんだが…

 

 

「穂乃果~!」

 

その時、女子生徒3人組がこっちへと駆け寄ってきた。

 

「手伝いに来たよ!リハーサルとかしたいでしょ?」

 

「穂乃果、コイツらは?」

 

「同じクラスのヒデコちゃんと、フミコちゃんと、ミカちゃんだよ。

3人にも紹介するね、この人は私たちのマネージャーのアラシ君!」

 

「あ~、スパイダーマンの!」

 

「やめろ。ってそんなことより、手伝ってくれるって本当か?」

 

「え…えぇ、私たちも学校なくなってほしくないし…」

 

「そうか…助かる!」

 

俺は持っていたチラシをミカに渡した。

 

「アラシ君、どこ行くの!?」

 

「ライブまでには戻る!」

 

 

襲撃まであと10分。ライブまでに片を付ける!

 

_____________________________________

 

 

 

間も無く3時30分。予告の時間。

 

命を狙われているにもかかわらず、人目につきやすい場所に佇む、東條希。

そして、そんな彼女を見つめる一つの影…

 

周りに護衛が居ないのを不審に思いつつも、影___プリディクションは鎌を手に取る。

 

殺意が彼女へ向けられ、憎しみの刃が希を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念、永斗くんでした」

 

 

「なっ…!」

 

そこにいたのは希ではなく、女子の制服に身を包んだ永斗だった。

 

襲撃に動じることなく、永斗はスパイダーショックの狙いを定める。

そして、発射された網がプリディクションを見事捕らえた。

 

 

 

「バカな!私がこんな事で…」

 

プリディクションは悔しがり、鎌で網を切ろうとする。

だが、この網は永斗特製の超強固版。そう簡単に切れる代物ではない。

 

「どうやら、うまくいったみたいだな」

 

そこに得意げな表情のアラシが現れる。

 

「切風アラシ…あなたの仕業ね…!」

 

「その通り。お前はきっと、当日に希のいる場所を予知してくると、俺たちは予想していた。

だが、予知されたらどうしようもないからな」

 

「だから、こっちから先手を打たせてもらったってわけ。

君はどうやって希ちゃん…じゃなかった。希ちゃんに化けた僕をみつけたの?」

 

「どうやってって…中庭で見つけて、後を……まさか……!」

 

「そう、午前中に希には人目につきやすい場所にいてもらった。そんで、放課後のタイミングで永斗と入れ替わった。

こうする事で、予知されない状況を作り出したって事だ。見えてるやつの場所を、わざわざ予知したりはしないからな!」

 

「本当にビックリしたよ〜。アラシが希ちゃんに"お前の服を貸せ"なんて言うもんだから」

 

「変装術で体型はごまかせても、身長はどうしようもないからな。希と永斗の身長が、ほとんど同じなのを見て思いついたんだ。

 

さて…後は身動き取れないコイツをボコるだけだが……」

 

不敵な笑みを浮かべ、プリディクションに近づくアラシ。その形相はもはやヒーローではない。

歩み寄って来るアラシに、プリディクションが軽く恐怖を覚えたその時!

 

 

 

 

パァン!!

 

 

 

銃声音と共に、プリディクションを捕らえていた網が切れる。

 

アラシと永斗は咄嗟に音の方向へ向く。だが、そこには誰もいない。

永斗は何も見えなかったようだが、アラシは確かに見た。遥か遠く、こちらに背を向ける黒いドーパントの姿を…

 

「あいつは…」

 

「それより…ちょっとヤバいんじゃない…?」

 

 

網が切れた。つまり……

 

 

「どうやら運命は私に味方したようね!

今まで散々コケにしたこと、後悔するといいわ!」

 

 

「だよね〜…どうする?アラシ」

 

「速攻で潰す!行くぞ、永斗!!」

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

「いよいよだね…」

 

「うん…」

 

 

リハーサル等の準備を終え、幕に覆われたステージに立つ3人。

3人とも緊張しているが、中でも海未は体をガクガクと震わせている。

 

さっきも鏡に映る自分を見て、急に恥ずかしくなったりと、極端に本番の緊張に弱いのだろう。

いくら練習を積んだとしても、幕の外に観客がいると思うと足がすくみ、手が震える。

 

そんな海未の手を、穂乃果はそっと握った。

ことりも同じように穂乃果の手を握る。

 

「大丈夫だよ。私たちがついてるから!」

 

「穂乃果…」

 

「でも、こういう時なんていえばいいのかな?」

 

「うーん…μ’sファイトオー!!」

「それでは運動部みたいですよ」

 

穂乃果の言葉で緊張がほぐれたのか、海未はいつも通り冷静にツッコむ。

 

「あ、思い出した!番号いうんだよ、みんなで!」

 

「面白そう!」

 

「よーし、じゃあいくよ~」

 

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

 

穂乃果、ことり、海未がそれぞれ自分の番号を言う。

 

 

「最高のライブにしよう!」

 

「うん!」

 

「もちろんです!」

 

 

会場にブザーが鳴り響き、ゆっくりと幕が上がる。

そして、彼女たちのステージが始まる…

 

 

_________________________________

 

 

 

「ぐあぁ!」

 

一方、ダブルに変身したアラシと永斗は、プリディクションと激闘を繰り広げる。

今回は時間に追われているため、前回の方法は使えない。

つまり、力業で倒すしかないのだが…

 

 

「クッソ!なんで当たんねぇんだよ!!」

『アラシ落ち着いて~』

 

ルナトリガーによる不規則な銃撃ですら、プリディクションには通用しない。

それに加え、斬撃と雷撃がダブルを追い詰めていく。

 

雷撃がダブルの足元を直撃し、体制が崩れる。

それを予知できていたプリディクションは、素早く足をかけ、ダブルを倒れさせた。

プリディクションは倒れたダブルに足を乗せ、勝ち誇ったように笑う。

 

 

「アハハハ!!やっぱり運命は変えられないみたいね!

そういえば…あなたはスクールアイドルとかいう連中とつるんでたわね。

だったら教えてあげるわ。あの子たちのライブには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰も来ない」

 

 

 

「んだと……!」

 

『……』

 

 

「予知で見えたの。あの子たちには誰一人として観客はいない。

そして、そのまま絶望し活動は終了。あの子たちは心に影を落としたまま、残りの人生を歩んでいくのよ!

本当にバカね!廃校という運命に従っておけば、そんなことにならずに済んだのに…アハハハハハハハ!!!」

 

笑い声とともに、衝撃の未来が宣告される。

それは約束された運命。どうあがいても変えられないもの…

 

 

 

そんな中、アラシは思い出す。

 

運命に見放された幼き日々…

 

それでも、もがき、あがいて生き抜いたあの頃を……

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「それだけか?」

 

「え?」

 

 

「言いたいことはそれだけかって聞いてんだよ!!」

 

 

 

ダブルはプリディクションの足を払いのけ、銃弾を発射する。

だが当然、その攻撃は防がれてしまう。

 

それでも攻撃を与え続けることで、相手に攻撃の隙を与えず、距離をとることに成功した。

 

 

「いくぞ永斗…アイツを一回ぶん殴る!!」

 

『アラシプッツンモード入りま~す……』

 

 

銃を向けながら、ダブルはプリディクションへと突っ込んでいく。

 

その時、プリディクションの頭にビジョンが映る。それは、突っ込んできたダブルが至近距離から銃弾を放つというものだった。

 

その攻撃を防ぐべく、杖を構えるプリディクション。

そしてダブルは銃を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空へとブン投げた。

 

 

「はあぁぁぁ!?」

 

 

想定外の行動でプリディクションに隙が生まれる。

 

 

その一瞬をダブルは見逃さない。

 

 

 

 

「おらあぁぁぁぁあ!!!」

 

 

 

 

 

 

突き出されたダブルの渾身の拳が、プリディクションへ叩きつけられた!

 

 

 

 

「そん…な…」

 

 

プリディクションは攻撃を食らったまま、立ち上がることができない。

ダブルの一撃が重かったのもあるが、何より自分の予知が外れたことにショックを受けていた。

 

 

「私の…予知が……」

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

 

「そんな……」

 

 

 

幕が上がり、3人は観客席を見る。

 

プリディクションの予知通り、そこには誰1人としていなかった。

 

 

今までの練習は何だったんだろう…みんなで懸けた思いは何だったんだろう…

 

そんな思いが3人を襲う。

 

 

 

「…そりゃそうだ!人生、そんなに甘くないっ!」

 

顔を上げ、そう言う穂乃果。

 

 

その目からは、今にも涙があふれそうになる…

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「はぁっ…はぁっ…あれ…ライブは?」

 

 

あの時見に来てくれると言ったメガネの少女、花陽が息を切らし、講堂へと駆け込んできた。

 

 

その姿を見た穂乃果は、涙をこらえ、決意する。

 

 

「やろう、全力で!そのために今日まで頑張ってきたんだから!!」

 

 

「穂乃果ちゃん…海未ちゃん…!」

 

「えぇ…!」

 

 

海未、ことりの胸にも強い思いが生まれていた

 

 

 

歌いたい…たとえ一人でも、自分たちを応援してくれる人たちのために!!

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

「お前のこと調べさせてもらった。占いをやってたお前は、転校してきた希のタロットに人気を奪われたみたいだな」

 

「ッ…そうよ!だからあの女を…」

「お前は希に勝つために、何か努力をしたのか?」

「それは…」

 

 

「運命は決まってるもんじゃない。自らの手でつかみ取るもんだ!!

穂乃果たちは、降りかかる運命に抗おうと必死に努力し、決して諦めなかった。

力に頼り、何の努力もしないテメェに…μ’s(あいつら)を笑う資格は無ぇ!!」

 

 

「『さあ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

BGM~START:DASH‼︎~

 

 

 

《ヒートトリガー!!》

 

 

ダブルは全フォーム中最高の攻撃力を誇る、ヒートトリガーにチェンジ。

プリディクションに炎の銃弾を放った。

 

 

「こんなもの…」

 

 

プリディクションは予知した方向に身を傾ける。しかし、銃弾はプリディクションへ直撃した。

 

 

「な…バカな…!」

 

 

ダブルはさらに銃弾を放つ。だが、プリディクションはそれらを避けることができない。

 

 

『どうしたの?予知の調子が悪いんじゃない?』

 

ダブルの攻撃が次々と当たり、プリディクションは急激に消耗していく。

 

 

「なんで…なんで…!」

 

予知ができないことを察したダブルは、銃を構えて突進していく。

さっきなら、あるいは避けられたかもしれない攻撃も、今のプリディクションには回避するすべがない。

 

そのままダブルとプリディクションは校舎の壁に激突。

ダブルはプリディクションの腹部へ銃口を密着させ、壁と銃口でサンドイッチ状態にする。

例え予知ができるようになったとしても、この状況からは逃げられない。

 

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

 

ダブルはマグナムにメモリを装填。炎のエネルギーが銃へと蓄積されていく。

 

 

その時、プリディクションの頭に嫌に鮮明に映るのは、己の敗北の未来……

 

 

 

「『トリガーエクスプロージョン!!』」

 

 

「いやぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!!」

 

 

 

至近距離からの最大火力を食らい、プリディクションは断末魔を上げ、爆散した。

 

 

 

 

 

___________________________________________________________________

 

 

 

 

 

曲が終わり、彼女たちのステージも幕を閉じた。

 

 

決して多いとは言えないが、見に来た観客は惜しみない拍手を3人に送った。

 

 

その中には、作曲を引き受けてくれた真姫や、花陽の側にいた短髪の少女。

海未のチラシを受け取らなかった、あのツインテールの少女もいた。

 

 

「あ!アラシ君に永斗君!」

 

観客の中に戦いを終えた2人を見つけ、穂乃果が声をかける。

 

 

「ひどいよー!ライブまでには戻るって言ったじゃん!」

 

 

アラシたちは結局ライブに間に合わず、最後の数分しか見ることができなかった。

 

それでも、いいライブと言うには十分すぎるステージだった。

永斗が途中でバテなければ、もう少し見れていたかもしれないが…

 

 

「話は後だ。今は……」

 

 

アラシの後ろから1人の金髪の少女、生徒会長の絢瀬絵里が姿を現した。

絵里は穂乃果たちに向かって、ゆっくりと階段を下りていく。

 

 

「どうするつもり?」

 

 

絵里の問いが3人の心に突き刺さる。

 

ライブをやり切ったとはいえど、観客は両手で数えられるほどしかいない。

 

お世辞にも成功とはいえないライブだった。学校を救うつもりならなおさらだ。

 

 

「続けます」

 

 

その質問に穂乃果が即答する。

 

 

「やりたいからです。今、私もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。

きっと…海未ちゃんもことりちゃんも…

こんな気持ち初めてなんです!やってよかったって本気で思えたんです!」

 

穂乃果の言葉に、アラシはフッとほほ笑む。

 

「今はこの気持ちを信じたい‥

このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない…応援なんて全然もらえないかもしれない…

でも、一生懸命頑張って、私達がとにかく頑張ってこの想いを届けたい!今、私達がここにいる…この想いを!」

 

 

そう、この3人は勝ち取ったのだ。

 

 

努力と、絆と、彼女たち自身の強さで……

 

 

”諦めない”という未来を……

 

 

 

「いつか…いつか私たち必ず……

 

 

 

 

 

ここを満員にしてみせます!!」

 

 

 

穂乃果は、はっきりとそう宣言した。

 

 

その言葉に、アラシが再び拍手を送ろうとした、その時。

 

 

 

 

「大変です!生徒会長!!」

 

 

1人の、生徒会と思しき女子生徒が、講堂へと駆け込んできた。

 

 

「何があったの?」

 

 

「それが…校舎の壁が……!」

 

「壁?」

 

 

 

「壁」というワードを聞いたアラシと永斗の頭に、とてつもなく嫌な予感がよぎった。

 

焦っててよく見てなかったけど、確かドーパントを逃がさないために、壁と銃口で挟み込んで…

そのドーパントは爆発したから……

 

 

 

 

 

「「あ……」」

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

俺と永斗は、ただいま理事長室。

つまり、目の前にいるのは音ノ木坂の理事長。ことりの母親だ。

 

親子っていうだけあって似てんな…って、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

問題は、何の用件で呼ばれたかだ。

特に心当たりは……あるが、それが用件ではないと信じたい。

 

 

「単刀直入に聞きます。あなた達が仮面ライダーね?」

 

終わったーーーーー……

 

 

いや、まだだ!まだ証拠をつかまれては…

 

 

「何言ってるんですか?俺たちは、ただのバイトとニートの探偵ですよ。な!永斗」

 

「ちょっと、僕に振らないでよ。面倒くさい…」

 

お前はもうちょっとフォローとかしろや!!

 

 

「監視カメラに、あなた達の変身の様子が映ってました」

 

 

そういって、理事長はパソコン画面を俺たちに見せる。

 

そこには、俺たちがポーズをとって変身する様子がバッチリ映っていた。

 

 

「壁を壊したのも、あなた達ですか?」

 

 

マズいぞ…ここで認めたらバイトなんか続けられない…

切羽詰まった俺は、アイコンタクトで永斗に意見を求める。

 

(どーすんだよ!このままじゃ生活できなくなるぞ!?)

 

(知らないよ…アラシがカッコつけるから、こんなことになるんでしょ?

自分で何とかしてよ…)

 

(お前もなんとか言えよ!何1人だけ安全圏にいるんだよ!!)

 

(え~…僕無理…この一族なんか苦手……)

 

(何をわけのわかんねぇことを…)

 

 

「壁を壊したのも、あなた達ですね……?」

「「はい…」」

 

 

理事長の声のトーンが急に変わり、思わず自白してしまった…

つーか怖ぇぇ!!

 

「やっぱ親子……」

 

 

 

「いつも怪物と戦ってくれているのは感謝します。

しかし、それとこれとは話が別。修理代は、給料から差し引かせてもらいます」

 

 

え…てことは、今までの借金に修理代が追加されて……

 

 

「そん…な……」

 

 

 

突然めまいが襲い、俺の視界がゆがむ。

 

 

 

そして、俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

倒れたアラシを引きずって、永斗が部屋から出ていくのを見ると、

理事長は机から一枚の古い写真を取り出した。

 

 

理事長はその写真を見て、懐かしそうに微笑む。

 

 

その写真に写っていたのは、高校生の頃の理事長と、赤味がかった茶髪の少女。

 

 

そして、泥だらけで満面の笑みを浮かべ、ピースをしている少年と、

照れくさそうにそっぽを向いている、目つきの悪い少年だった……

 

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

「プリディクションはやられちゃったか…」

 

 

真っ暗な研究室でひとり呟くのは、組織の科学者である天金。

 

 

「まぁ、いいや。彼女はよく働いてくれた…

仮面ライダー君にも礼を言わないとね。おかげで”選別”が成功した…」

 

 

雷が落ち、まばゆい光が研究室を照らす。

 

研究室の中心には、複雑な機材に囲まれた…

 

 

 

何色にも色が分かれた1本のガイアメモリがあった。

 

 

 

 

このプリディクションが引き起こした事件が、文字通り彼らの運命を大きく変えたことを…

 

 

アラシたちは、まだ知らない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後に書いたように、この事件は今後の展開に大きな影響を与えていきます。

次回はまきりんぱな回…もしくはオリエピソードを挟みたいと思ってます。

ですが、テストが始まるため、次回の更新は大幅に遅くなることが予想されます。
テストが終わるまで待っていただけると嬉しいです…読んでくださっている方々、本当にスイマセン!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパントのアイデア等ありましたらよろしくお願いします!!


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第10話 Oの一矢/死を呼ぶ怪人

スパイス・ドーパント
「香辛料の記憶」を内包するガイアメモリを、とある大学院の学生が首に挿入することで生まれるドーパント。特殊な能力を持つ7つのスパイスを操ることができ、それらを調合することで新たなスパイスを作ることもできる。体を覆う鎧は未知の金属で形成されており、いかなる攻撃も跳ね返す。ただ、鎧のない腹部が弱点。

一言コーナー

アラシ「そういえば、7つのスパイスの中にはなんか変な奴もあったよな」
永斗 「あ~、”テイストスパイス”とか?」
アラシ「そうそう、あれって料理人とかに高く売れるんじゃないか!?
    倒す前にぶんどっとけばよかった!!」
永斗 「アラシが守銭奴キャラになったのは僕の責任だ
    だが僕は謝らない!(キリッ)」
アラシ「何言ってんだお前」


テストが終わってもなかなか時間が取れず、遅れてしまいました!

結構急いで書いたので、今回は短めになっております。
新たにお気に入り登録していただいた、彷徨さん スケリオンさん ありがとうございます!!


「ハァ…ハァ…」

 

 

トンネルの中、何かから逃げるように走る1人の男。

その顔は恐怖で歪んでいるが、時折、時計を見ては喜んでいるようにも見える。

 

そんな男の前に、トンネルの向こう側から何者かが現れる。

そいつは、盆踊りなんかで見かけるお面、所謂”ひょっとこ”の面をつけている。

一見ひょうきんな面相が余計に不気味だ。

 

 

「そ…そんな……」

 

 

男の表情がみるみるうちに変わっていく。

その表情を表すには、”恐怖”という言葉では生ぬるい。まさに、純粋な”絶望”。

 

 

「残念、あとちょっとだったけど…」

 

 

機械によって加工された声が、トンネルに不気味に響き渡る。

 

男はさっきとは比べ物にならないような形相と剣幕で、反対方向へ逃げ出した。

 

そんな男を見据えるひょっとこ面の手の中には、一本の紫のガイアメモリ。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲームオーバー」

 

 

 

 

 

 

 

数日後、トンネルから死体となった男が発見された……

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

「アラシく~ん!いませんか~?」

 

 

ある休日の昼頃、切風探偵事務所のドアをたたく穂乃果。

そして、その様子を見ている海未とことり。おなじみのμ’sの3人だ。

 

「ここがアラシ達の事務所ですか…」

 

「思っていたより…ボロボロ?」

 

ことりの言う通り、以前に穂乃果と海未(偽物)が来た時よりもなんだか廃れて見える。

 

「確かに…って、アラシ君いるんでしょ?勝手に入っちゃうよ!」

 

「ちょ…穂乃果!?」

 

返事が来ないことにしびれを切らした穂乃果は、事務所のドアを開く。

 

だが、その先にあった光景は…

 

 

 

床に突っ伏して倒れる、アラシと永斗の姿だった。

 

 

「「「アラシ(君)!?」」」

 

 

急いでアラシのもとに駆け寄る3人。

 

 

「死んでる…」

 

「そんな…」

 

 

「アラシ君ーーーーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせぇぞ…空腹に響く」

 

穂乃果が叫び終わると、アラシがゆっくり目を開けて毒づいた。

 

「あ、生きてた」

 

「生きてるよ!勝手に殺すな!!」

 

 

「ちょっと…誰も来てくれないの軽くショックなんだけど」

 

誰も見ていないところで、永斗も目を開けた。

 

「ゴメン、忘れてた♪」

 

言いたいことは山ほどあるが、相手がことりなので、永斗は出てきそうな文句をそっと飲み込んだ。

 

 

「でも、なんで倒れてたの?」

 

「こないだの壁騒動で、俺たちの借金は倍近くにまで膨れ上がった。

食べ物買う金はほとんどないから、エネルギーを無駄遣いしないようにしてたんだよ」

 

「ま、普通に空腹すぎて倒れてたってのもあるけどね」

 

「た…大変だね…」

 

その時、アラシの鼻がピクピクと動いた。

 

「ん?なんか食べ物の匂いしねぇか?」

「そういえば」

 

極度の空腹により、2人の五感は食べ物を探すことに特化していた。

これが、生物としての人間の本来の姿なのかもしれない。

 

「もしかしてこれかな?みんなで食べようと思ってケーキ持ってきたんだ♪」

 

そう言って、ことりは袋からケーキの箱を取り出した。

 

「マジか!よっしゃ、皿とフォーク持ってこい。あと包丁も!」

 

「え~…」

 

 

文句を言いながらも、永斗はしぶしぶ食器と包丁を持ってきた。

 

 

ケーキを切るため、アラシは包丁を手に取る。

袖をまくると、鍛え抜かれたアラシの腕があらわになる。その腕には大きな傷が一つついていた。

 

「アラシ、その傷は…?」

 

海未は、アラシの痛々しい傷を指さした。

 

「あぁ、前にいろいろあってな」

 

特に気にしていない口ぶりだが、その表情はどこか苦々しい。

永斗も、不自然に視線をそらしている。

 

「前から気になってたんですが…アラシはなぜ戦っているのですか?

年齢は私たちと変わらないのに…」

 

穂乃果とことりも、真剣な眼差しをアラシに向ける。

 

「それは……」

 

 

その時、突然扉が開いて中年の男性が駆け込んできた。

焦点のあってない目、ふらついた足取り、荒い息遣い。どう見ても普通ではない。

 

男はその焦点のあってない目でケーキを見つけると、わき目もふらずに飛びついた。

 

「オイ!何してんだよ!?」

 

貪るようにケーキを食べる男性。だが…

 

 

「うっ…うぁ…あぁ…」

 

 

 

男性は突然苦しみだし、そのまま倒れこんでしまう。

 

目の前の光景に恐怖する穂乃果たち。

そんな中、アラシと永斗は冷静だった。

 

 

「永斗、救急車呼べ。早く!!」

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

数分後、男性は病院に搬送されたが、間もなく死亡が確認された。

 

死因は毒死。男性が死ぬ直前に食べたケーキを持ってきたことりは、警察で取り調べを受けている。

 

とは言っても、動機や状況から考えてことりが犯人でないのは明らか。

すぐに帰ってくるだろう。

 

今は俺と海未が警察署の前で待っている。

 

海未はしばらく一言も言葉を発していない。目の前で人が死んだんだ。無理もないか…

 

 

「悪いな、海未。巻き込んじまって…」

 

 

「アラシ……」

 

 

「これが俺たちのいる世界だ。俺たちはもう逃げられなくても、お前らは首を突っ込まずに済む。だから、できればお前らを巻き込みたくはなかった…」

 

 

だから俺は事件のことを言わないようにしていた。

 

こいつらはまだ普通に生きられる。それならいっそ…

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁ!!」

 

 

 

 

その時だった。

突然、俺たちの前に大柄な男が現れ、大声を出してこっちに突っ込んでくる。

 

男は俺の前まで来たかと思うと、いきなり拳を振り上げ、俺に殴りかかってきた。

 

 

「くっ…!」

 

 

俺は男の攻撃をかわし、殴りかかってきた腕をつかむ。

 

「いきなりなにすんだよ!!」

 

「うるせぇ!!」

 

 

男は腕を振りほどき、さらに攻撃をしようとする。

 

そっちがその気なら仕方ねぇ…

 

 

「警察の前で喧嘩したくはねぇんだけどな!!」

 

 

俺は男がこぶしを振り下ろす前に、懐に入り込む。

そして、男の腹に強烈な膝蹴りを食らわせた。

 

「ガハッ…!」

 

腹を抑え、悶絶する男。

その背後に回り込み、俺は首元に手刀を叩き込む。

 

その瞬間、男は白目をむきその場に倒れ、気絶した。

 

 

「正当防衛だ。悪く思うなよ」

 

さて、警察に見つかると面倒くさいな。どこかに隠しに行くか。

別に証拠隠滅とかそういうのじゃねぇからな!

 

 

 

 

「いやいや、見事だったよ。どこのだれかは知らないけど」

 

 

さっきまで誰もいなかった場所に、いつの間にか誰かが立っていた。

そいつは変なお面をかぶり、機械で声を加工している。

 

常識的にも、本能的にも言っている。

 

コイツは普通じゃねぇ…!

 

 

「リアル百人組手、16人目で終了か。

もうちょっとは楽しめると思ったけど…」

 

そう言って、そいつはポケットの中をゴソゴソと探り出した。

ポケットの中から出てきたのは、俺たちが悪い意味で見慣れた、あの装置。

 

 

「ガイアメモリ…!」

 

「それでは…あの方も怪物…」

 

 

「へぇ、コレを知ってるんだ。君たちもコッチ側?それとも…」

 

 

《コーヌス!》

 

 

メモリを掌に挿入し、姿を変えていくお面男。

顔にはストローのような口がついているだけで、顔の口以外の部分は甲羅で覆われている。目や鼻のようなものは見当たらない。

手や足に指はなく、まるでウミウシのような形状になっている。見た感じ生物系のメモリのようだ。

 

 

「まぁどうでもいいや。僕は負けたプレイヤーを殺すだけだから」

 

「させるかよ!」

 

 

俺はダブルドライバーを腰に装着。そして、ジョーカーメモリを取り出し、ボタンを押した。

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

「永斗君!この本ここ置いとくね!」

 

「そういうのいらないから。しまってきて」

 

僕はほのちゃんと一緒に図書館なう。

 

要件は犯人調べ。地球の本棚を使えばスグなんだけど、今はお巡りさんの捜査で事務所に入れなくて”白い本”を取りに行けないから、こんなアナログな方法で調べてるってわけ。

 

「え~なんで~?ドラマとかだと本いっぱい読んで調べたりするじゃん!」

 

「今の時代にはコンピューターという便利アイテムがあるの知らないの?

ていうか、ほのちゃんが持ってきた本”今すぐにできる!簡単ダイエット!”とかばっかりじゃん。コレをどうやって使えっていうの?」

 

「でもホラ!動物図鑑とかあるよ!」

 

「それ、シートン動物記」

 

ほのちゃんは頭のほうがちょっと残念なんだよね…ま、かわいいからいいけど。

 

とりあえず、ちゃっちゃと終わらせようか。

キーワードを入力して、ググればホラ簡単♪このシステム作った人は天才だね~って…

 

 

「これって…」

 

 

その時、僕の腰にドライバーが現れる。

アラシが犯人に出くわしたか、それとも別のやつか…

 

後者がいいな…犯人だとしたら、相当面倒な相手になりそうだし…

 

「ほのちゃん、ちゃんとキャッチしてね」

 

「任せて!!」

 

 

《サイクロン!》

 

 

 

「変身」

 

 

______________________________________

 

 

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

ダブルへと変身したアラシは、コーヌスに殴り掛かる。

 

どう見たって、甲羅の部分は防御力が高い。狙うのは甲羅がない胴体。

 

 

「おらぁ!」

 

だが、コーヌスの胴体は非常に柔らかく、攻撃のダメージを受け流されてしまう。

 

 

「そんな攻撃じゃ、僕は倒せないよ?」

 

「うるせぇ!!」

 

 

それならと、ダブルは甲羅のある頭部を攻撃する。

直接的なダメージは与えられないにせよ、頭部に衝撃を与えることができるはずだ。

 

コーヌスの頭部に攻撃を加えるため、接近したその時。

 

 

「かかったね」

 

 

コーヌスのストローのような長い口から、一本の針のようなものが発射された。

 

ダブルは直感的に、その攻撃をすんでのところで回避。

 

 

「よくわかったね。さっきの当たってたら死んでたよ?」

 

 

『やっぱり毒だね』

 

アラシは訳も分からず針をよけたが、永斗はさっきの針の正体を知ってるようだ。

 

 

『男の死体から検出された”コノトキシン”という毒は、フグ毒に匹敵する猛毒。

全身に回ると即座に筋肉が麻痺し、数分で死に至る。

そして、その毒を自力で作り出せる生物が一種類だけいる。それは…

 

 

 

 

 

 

海の殺人鬼・イモガイ。君のメモリはソレでしょ?』

 

 

「コイツが…って、そういうことは先に言えよ!もう少しで死ぬとこだったんだぞ!?」

 

『アラシならダイジョブかな~って。ほら、アラシたまに毒吐くじゃん。言葉的な意味で』

 

「人を危険生物扱いすんな!!」

 

 

アラシと永斗がギャーギャー言ってるうちにも、コーヌスは毒針を発射する。

 

 

「うおっと!ヤベぇな、一発でも当たったらアウトなんだろ?」

 

『メモリを変えて対抗するよ』

 

ダブルはメモリを入れ替え、ドライバーを展開。

 

 

《ルナメタル!!》

 

 

向かってくる毒針を、鞭のようなシャフトで叩き落す。

 

さらに、シャフトを伸ばし隙のできたコーヌスを捕らえ…

 

 

「はぁぁぁぁl!」

 

 

一度上空に浮かび上がらせた後、地面へとたたきつけた。

 

 

「痛いなぁ、さすがは仮面ライダーだ。だったら…

 

 

()()()()()()()は、どうかな?」

 

 

コーヌスは体の向きを変える。その方向には、逃げ遅れた海未が!

 

 

「『海未(ちゃん)!!』」

 

 

コーヌスは毒針を発射。シャフトを伸ばすが、届かない。

 

毒針は無情にも、海未の首へ突き刺さった。

 

 

「ッ……テメェ!!」

 

 

激情したアラシはドライバーからメタルメモリを引き抜き、メタルシャフトに装填しようとする。

 

 

『アラシストップ!』

 

「なんだよ永斗!」

 

『コノトキシンには抗毒血清がない。血清を作れるとしたら…』

 

 

「そ、僕だけ」

 

コーヌスはそう素っ気なく答える。

それはコーヌスを倒せないことを意味していた。海未の命が握られている以上、主導権は相手にある。

 

 

 

「その毒は改良を加えてある。打ってからしばらくは無害だが、24時間を過ぎると猛威を振るう代物だ。

血清が欲しければ明日の正午、僕の指定した住所に1人で来なよ。そこで取引だ」

 

 

コーヌスはそう言うと、悠々と背中を向けて去っていった。

 

 

 

「クソが……!」

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

それから数十分後、海未は目を覚ました。

 

 

「アラシ…私は一体…?」

 

 

海未は針を打たれた瞬間、気を失ったから毒のことを知らない。

だが、奴の毒はそんなことお構いなしに海未の命を奪っていくだろう。それも、わずか24時間で…

 

 

 

 

俺のせいだ…

 

 

俺がこいつらを巻き込んだ、こいつらを危険にさらした…

 

 

最初から関わらなければ、こんな目に合わせずに済んだんだ…

 

 

 

 

 

「海未、俺は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

μ’sを抜ける」

 

 

 

 

 

「ッ……どういうことですか!?」

 

 

 

「これ以上お前らを巻きこむわけにはいかない。

 

じゃあな、あとの2人にもそう伝えといてくれ」

 

 

 

「待ってください!アラシ!!」

 

 

 

後ろから俺を呼び止める声が聞こえる。

 

 

だが俺は振り向かない…これ以上、もう誰も失いたくないんだ……

 

 




はい、海未ちゃんが大変なことになりました。
またしてもスイマセンでしたぁぁぁぁ!!

さて、μ’sを抜けたアラシは、毒に侵された海未ちゃんはどうなるのか…

ひとまず予告していたクイズの答えを発表したいと思います!

第1話 楽曲「ラブストーリーは突然に」とバラエティ番組の「笑神様は突然に」から
前者はともかく、後者は知ってる人多いんじゃないでしょうか?

第3話 「仮面ライダーオーズ」のサブタイトル〇〇と〇〇と〇〇の形
ライダーファンでは常識ですね。僕はこのサブタイ形式お気に入りです。

第4話 小節「女には向かない職業」から
名探偵コーデリア・グレイの初出作品です。W本編にも同じようなサブタイがあったと思います。

第7話 アニメ サーヴァンプ第3話「訪れなかった未来について」から
はい、完全に個人的趣味です。スイマセン。

第8話 金色のガッシュ 第169話「風を語る少年」から
アニメだと101話ですね。わかるかそんなもん!っておもったあなた、正解です。

今回のサブタイトルの「死を招く怪人」も「怪人」と「貝人」をかけてみました。
これからもこんな感じで続けていくつもりです!

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第11話 Oの一矢/海洋の記憶

かなり遅くなりました146です!!
スイマセン、部活その他諸々で……あとパソコンがフリーズするのなんのって……

キャラ紹介は後から書きたいと思います。


今回はちょっとサプライズ展開があります!それではそうぞ!!


~前回のあらすじ~

 

俺は切風アラシ、探偵だ。

 

俺と永斗、μ’sの3人は突然、目の前で人が死ぬのを目の当たりにしてしまう。

 

穂乃果、海未、ことりが混乱する中、俺たちは今回の事件の犯人である、コーヌス・ドーパントに遭遇。

 

戦闘の中、コーヌスの毒針が逃げ遅れた海未へと刺さってしまった。

 

タイムリミットは24時間。俺は海未を救い出すのを決意すると同時に、

 

 

巻き込んでしまった責任を取り、μ’sを抜けた…

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

「μ’s、辞めたんだってね」

 

 

コーヌスとの取引に赴こうとする俺に、永斗が話しかける。

 

 

「あぁ…この事件が終わればバイトもやめるつもりだ。

借金は責任もって俺が全額払う」

 

「それは前と同じだけど」

 

「どーいう意味だコラ」

 

 

つい、いつもの感じでツッコんでしまい口を押えてしまいそうになる俺。

 

海未の命がかかってるんだ。ふざけてはいられない。

 

 

「なんか固いね~リラックスしないと救えるものも救えないよ?

ま、それはいいとして……

 

 

 

アラシはそれでいいの?」

 

 

永斗はいつになく真剣な目で、俺に問いかける。

その、発せられたたった一言が、俺の心の奥深くに突き刺さった。

 

 

「…どういう意味だ?」

 

 

「別に?そのままの意味だけど」

 

 

それ以上、俺は何も言うことができなかった。

 

それでいいのか?いいに決まってる。

そうすればμ’sの危険は格段に減る。アイツ等だってそのほうがいいはずだ。

 

それなのに、なんでこんなにも苦しいんだ……?

 

 

悩む俺に、永斗はさらに言葉を投げかける。

 

 

「アラシ、怖いんでしょ?誰かを失うのが。

 

 

()()()()みたいに…」

 

 

 

「ッ……!」

 

 

”あの時”の白い怪物、爆炎の中に消えた大切な人、

 

 

そして、叫ぶことしかできなかった無力な自分が、鮮明に脳裏によみがえる…

 

 

 

「あぁ、そうだよ…だから…

 

もう失いたくないんだろうが!!」

 

 

俺は勢いよく扉を開け、事務所から出て行った。

 

情けなくも、その時の足取りはまるで逃げるようだったのを覚えている…

 

 

_________________________________

 

 

 

ハードボイルダーを走らせ、20分ほど。

俺はコーヌスが取引に指定した場所へと到着した。

 

そこは2階建ての古びたマンション。

 

いくつもある部屋の中から”021”のナンバーを見つけ出し、ドアノブに手をかけた。

 

「痛っ…!」

 

その時、チクッとした痛みが俺の手に走った。

静電気か?まだ春だってのに。

 

もう一度ドアノブに手をかけると、今度は痛みはない。

鍵が開いていたようで、ドアノブを回すと扉が開いた。

 

 

その中はいたって普通の部屋。人が住んでいた形跡がある、コーヌス(あいつ)が住んでたのか?なんにせよ警戒が必要だ。

 

 

恐る恐る扉を開けていき、奥の部屋の中を確認する。

 

 

「これは…」

 

奥の部屋はひどく散らかっていて、床の上に無数の本や、ゲームのようなものが無造作に投げ散らかしてある。なんか永斗の部屋みたいだな…なんて言ってる場合じゃない。

俺は踏み場のない床を縫うように進み、机までたどり着いた。

 

その机の上にはたくさんの資料。

人の顔と名前、ほかにも様々な情報が記されている。

 

それだけじゃない、机の上には袋に入った拳銃、血の付いた手袋、ビデオテープなんかもある。

 

さっきの資料をもう一度確認すると、そこに書かれていたのはその人物が犯した犯罪。そして、これらの物はその犯罪の証拠だ。

 

 

「こんなもん使って何してたんだ?脅してた…ってわけでもなさそうだし…」

 

何より妙なのは、ここに人の気配を感じないことだ。

つまりコーヌスはここにはいない。わざわざこれを見せるために俺を呼んだのか?

 

 

ピピピピ ピピピピ

 

 

床に置いてある携帯電話から着信音が鳴る。発信元は決まってる。

俺は通話ボタンを押し、その電話に出た。

 

 

『やぁ、もしもし』

 

「テメェ…話が違うぞ!!」

 

 

出たのは、当然コーヌスだった。

 

 

『やだなぁ、僕は”来て”とは言ったけど、”来る”とは言ってないよ。

それより見てくれた?僕のコレクション。素敵でしょ?』

 

「コレクション?あの証拠品か。あれを使ってテメェは何してたんだ?」

 

『あれ?まだ見てないんだ。僕のパソコン』

 

 

そう言われて机の上を探すと、資料に埋もれたパソコンがあった。

俺はパソコンを立ち上げ、ファイルに目を通す。

 

その中の”ゲーム”というファイルが気になり、ダブルクリック。

すると画面にさっきの資料の人物の顔写真が。

 

 

「北野大紀 24歳男性、牧田博信 35歳男性、小西由加里 38歳女性…」

 

おそらく、こいつら全員が犯罪者。

その中には何人かニュースで見たことのある顔がある。

 

「こいつは…」

 

顔写真の中の1人の男性が俺の目に留まる。

その顔は紛れもなく、俺たちの目の前で毒死したあの男だった。

 

その顔写真をクリックして出てきた情報を見て、俺は言葉を失った。

 

 

「連続1か月断食サバイバル…!?なんだよこれ……」

 

 

そこには遊びのようなタイトルと共に、男性が日々衰弱していく様子が記録されていた。

そして、その記録は23日目に”ルール違反 ゲームオーバー”と記されて、そこで途切れている。

 

そういえば、あの時コーヌスは…

 

 

 

 

『リアル百人組手、16人目で終了か』

 

『僕は負けたプレイヤーを殺すだけだから』

 

 

 

 

 

「そういうことか……テメェは犯罪の証拠を盗み出し、その証拠を使って犯罪者共を脅した。そして、証拠品を景品としてゲームに参加させた。それも人の命をもてあそぶような非道なゲームに…」

 

『大体当たってるかな?じゃあ僕が何を言うかわかるよね?

 

君にもゲームに参加してもらう、名付けて”命がけデッドアーケード”制限時間はあの娘に毒が回るまでの4時間。それまでに僕のいるところまで来れたらゲームクリアだ』

 

 

なるほどな…最初からコイツは取引するつもりなんてなかったんだ。

海未に毒を打ったのも、全部俺をゲームに参加させるため。ハナからそれが狙いか!

 

その時、俺のポケットから着信音が鳴る。今度はスタッグフォンから、発信元は永斗だ。俺が通話ボタンを押すと、若干焦ったような永斗の声が耳へ飛び込んでくる。

 

 

『大変だよ。海未ちゃんがさらわれた』

 

「何!?」

 

海未がさらわれた!?この状況でそんなことする奴は…

 

 

『そうそう言い忘れてたけど

君の彼女、今ここにいるよ。声を聴くかい?』

 

電話から荒い呼吸が聞こえる、どうやら海未がそこにいるらしい。

やっぱりコイツが…でも何のために…?

いや、今は海未の安否確認が先だ!

 

 

「無事か、海m『余計なお世話です!!』はぁ!!??」

 

心配するや否や叱られた!なぜ!?

 

「どういうことだよ!お前、自分の状況わかってんのか!」

 

『分かってます!それでも、あなたのような自分勝手な人に助けてもらいたくはありません!!』

 

ちょっと待て…今あいつさらわれてんだよな?毒に侵されてんだよな?

どう見てもそんな感じじゃねぇけど!?

 

「自分勝手って…俺はお前らのことを思って…」

『それを自分勝手というんです!私たちを守るため、敢えて関係を切る?

勝手に引き離しておいて、守った気にならないでください!!

アラシはそんな生き方してて、何が楽しいんですか!!』

 

「それは…」

 

言い返したいことはたくさんある。だが、その言葉が喉から先に出てこない。

 

 

『分かりましたか!絶対に助けになんて来ないでください!迷惑です!!』

 

海未の説教が終わると、通話が終了した。

と思ったら、またすぐに電話がかかってきた。

 

 

『え…えーっと…ま、いいや。とにかく、パソコンの下に僕の居場所の書いた紙を置いてあるから、待ってるよ。あと最後に…

 

あくまでプレイヤーは君一人だ。それを忘れないように』

 

 

海未に説経され、訳も分からない状態だったが、我に返りパソコンの下の紙を確認する。

コーヌスのいう通りなら居場所が書いてあるはずだ。都外でもない限り、4時間もかからないと思うが…

 

 

 

 

ぅcきゃとm

 

 

 

 

そこに書かれていたのは、謎の文字群だった。

 

「暗号か…まぁそう簡単にはいかねぇよな」

 

確か、永斗がこういうの得意だったはずだ。ちょっと電話で…

 

 

 

『あくまでプレイヤーは君一人だ』

 

 

 

そうか…さっきの言葉は「暗号を一人で解け」というメッセージ。

 

それに、あの毒死した男が死んだときのように、ルール違反のプレイヤーは即死亡。

つまりプレイヤーは常に監視されている…

 

 

「上等だ!1人でも必ず海未を救ってやる!!」

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

1人、階段を下りる永斗の姿。

 

その階段は探偵事務所の地下室へとつながっている。

地下室といっても、普段はほとんど使わず行くこともないため、今では屋根裏扱いを受けている。

 

永斗は地下室へと到着すると、電気をつけ、宙に舞うホコリを吸わないように口をふさぐ。

 

そして、そこにある巨大な何かを見上げ、ダルそうにため息をついた。

 

 

 

「面倒くさいなぁ……」

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

俺はハードボイルダーを走らせ、目的地へと到着。

 

さっきの暗号「ぅcきゃとm」を全部ローマ字に変換すると…

 

 

 

lucky atom

 

 

これは近所のパチンコ屋の店名。分かってみればどうってことないことだった。

 

さて、着いたはいいが俺は一応未成年だから、中に入ることはできない。

 

コーヌスもそれはわかっているはずだが…

 

 

 

 

 

『そんな生き方してて何が楽しいんですか!!』

 

『アラシはそれでいいの?』

 

 

 

 

 

こんな時にあの2人の言葉が蘇ってくる。

 

集中しろ!何言われようが、まずは海未を助け出すのが先決だ。

あの時誓っただろ、もう誰も失わないって…

 

 

 

失わない…

 

 

 

 

 

 

 

それでいいのか?

 

 

 

 

 

 

そんな疑問がふと心に浮かぶ。

 

理由も根拠もわからない。

 

ただ、これは永斗の言葉ではない。俺の心から出てきた言葉だという確信はあった。

 

 

「何言ってんだよ…俺」

 

 

そんな疑問を払うように、俺は頭をかきむしる。

 

そして、バットショットにメモリを装填し、屋上へと飛ばした。

 

 

仮にコーヌスが俺が店に入れないことを考慮していたとして、

あと考えられるのは駐車場と屋上くらいだ。まずは屋上から洗い出す!

 

しばらくするとバットショットが戻ってきたので、俺は撮った写真を確認。

 

その写真は屋上を上から映してあるが、そこに人影はなく、

かわりに黒いスプレーで屋上いっぱいに、こう書いてあった。

 

 

 

 

悪魔の半塔の闇が集う場所、我が眷属あり

見つけ出し、我が行き先を辿れ

 

 

 

「えらく中二めいた文章だな…行き先を辿れって、まだ謎解きをさせる気か?」

 

 

おそらく場所を示しているのは”悪魔の半塔の闇が集う場所”の部分だ。

 

まず”半塔”ってなんだ?半分だけの塔なんてねぇし…

 

”悪魔”ってのも意味が分かんねぇ。悪魔…サタン…土星…いや違うか。

 

 

待てよ?この前、永斗がアニメの話で悪魔がどうとかって言ってた気がする!

 

何だったか…あーもう!いつも適当にあしらってたからな…ちゃんと聞いとけばよかった!

 

確か…悪魔戦隊なんとかって…

 

 

そうだ!悪魔戦隊666(スリーシックス)!!

悪魔の力を宿した3人の男が敵の悪魔と戦うヒーローアニメ。

永斗いわく、「外れとも当たりとも言い難い、なんとも微妙な出来」ってそんなのはどうでもいい!!

 

666ってのが悪魔の数字。これを半分にすると333。

 

”悪魔の半塔”ってのは”333の塔”。つまり、高さ333メートルの東京タワー!!

 

 

”闇が集う場所”…暗い場所…そうか!「灯台下暗し」だ!!

 

東京タワーはイルミネーションで光るから、灯台っちゃあ灯台。

若干無理やり感が漂うが、これが一番しっくりくる。奴の仲間がいるのは東京タワーのふもとだ!

 

 

「待ってろ海未。絶対……」

 

俺がバイクに乗ろうとしたとき、痺れたような感覚が俺の腕に走った。

 

だがその感覚は一瞬で消えてなくなってしまう。

 

 

 

「気のせい…か…」

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

「~♪~♪~♪~♪」

 

 

 

とある港、鼻歌を交え胡坐をかいているのは

今回のすべての元凶、コーヌスことひょっとこ男。

 

その様子は、まるで友達との待ち合わせをしている時のように気楽な雰囲気だ。

 

その横にいるのは、縛られ身動きが取れなくなっている海未。

 

タイムリミットまであと2時間。タイムオーバーはすなわち海未の死を意味する。

 

さっきはアラシと言い争いをしていた海未だったが、

今では縛られていなくとも動けないくらい衰弱していた。

 

少しでも気を抜けば意識を失ってしまいそうで、

そうすれば二度と戻ってこれないような恐怖が、常時海未に襲い掛かる。

 

 

 

「もうちょっと踏ん張ってよ?そろそろ迎えが来ると思うからさ。

景品が死んじゃったら意味ないじゃん」

 

 

自分を、人の命を物扱いするコーヌスに向かって、

海未は消えそうな意識の中、この言葉を絞りだした。

 

 

「……あなたは…人の命を何だと思っているのですか…!」

「なんとも思ってないよ」

 

 

その言葉からは一切の感情も感じられない。

ただ、機械的に事実を述べているだけ。それがかえって聞く者を恐怖させる。

 

 

 

「どうせ犯罪者なんだし、僕が好きに使ってもいいでしょ?

それにさ、命がかかって必死な奴らでゲームするなんて考えただけでもワクワクしない?」

 

 

玩具を買い与えられた子供のように、無邪気な様子で

平然とそんなことを言う。

 

まさに人の道を外れたもの。

 

人はこういうのを”外道”というのだろう。

 

 

 

「そろそろゲームも佳境だ。面白くなるのはここからだよ」

 

 

 

「アラシ……」

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

東京タワー付近、残り時間は2時間。

俺は無事、次の手がかりを手に入れた。

 

東京タワーにつくと、そこからは割とすんなりいった。

変なお面付けたやつがいたから、そいつの胸ぐらつかんだらあっさり渡してくれた。

手っ取り早くコーヌスの居場所を聞こうと思ったのだが、どうやらただ雇われただけだったらしい。

 

 

「タイムリミットは半分を切っている。急がねぇと…」

 

 

 

 

その瞬間、俺の視界が歪む。

 

腕に力が入らない、脚も、それどころか内臓さえ動いていない気がする。

 

耐えられなくなり俺は地面に膝をつけ、せき込む口を手で押さえた。

 

口から手を放すと、広げた掌は血で真っ赤に染まっていた。

 

 

 

「これは…毒…?」

 

 

いつのまに…そうか、ドアノブに手をかけたあの時の痛み…

あれは静電気なんかじゃなかった。あの時俺は毒を撃ち込まれていたんだ…

 

そうなると海未の救出は比較にならないほど困難になる。

 

俺の体は徐々に蝕まれていくだろう。

今はまだ動くことができるが、そのうち体は完全に動かなくなる。

そんな状態でバイクなんて乗ろうもんなら、毒より先に事故で死んじまう。

 

かといって徒歩で移動するわけにはいかない。

場所にもよるが、あと2時間で徒歩移動でコーヌスのところまでたどり着くのは不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなことはどうでもいい。

 

 

 

現に俺の体はまだ動く…だったら、残された時間を1秒も無駄にはできねぇ…!

 

俺は立ち上がり、手掛かりの書いてある紙を広げる。

 

 

 

「これって…」

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

紙に書いてあったのは”U+26E9 68”という文字。

 

これはすぐに分かった。”U+26E9”ってのはunicodeと呼ばれる、

簡単に言えば記号を文字にあらわしたもので、これは”神社”を意味する。

昔に依頼でこういうのを取り扱ったことがあったから、よく覚えている。

 

次に”68”。これはほぼ直勘だ。神社で68といえば思いつくのは一つだけ。

 

68は、すなわち階段の段数。つまり…

 

 

 

「神田明神か……」

 

 

 

薄れゆく意識の中、やっとの思いで到着した神田明神を見上げ、つぶやく。

 

俺が階段の段数を覚えていたのはアイツ達といっしょに練習してたからだ。

 

 

 

「結局…アイツ等には何もしてやれなかったな……」

 

 

 

体の力が完全に抜け、俺はその場に倒れこんだ。

死が目前にまで迫り、これまでの記憶が走馬灯のようによみがえる。

 

 

 

ガキの頃、たった一人で生き抜いた記憶____

 

 

あの人に救われ、生きる希望をもらった記憶____

 

 

永斗と出会い、仮面ライダーになった記憶____

 

 

そして、μ’sと過ごした記憶____

 

 

1か月やそこらで、何の力にもなれなかったが、それでも……

 

 

 

 

 

 

 

楽しかったな……

 

 

 

 

 

 

思えばこれまでの人生、同年代のダチなんていなかった。

こんな風にダチと時間を過ごせるだなんて、考えたりもしなかった。

 

 

練習場所を探して駆け回ったことも、

 

一緒に階段走ったことも、

 

ライブの成功のために話し合ったことも、

 

 

全部、俺の人生の中での初めてだった。

 

 

アイツ等と過ごす時間は、知らねぇうちに宝物になってた。

 

 

 

 

やっと分かった…俺の”するべきこと”じゃなくて”やりたいこと”が……

海未と永斗が言いたかったことが、今ならわかる。

 

なんで気づかなかったんだ…

 

いや、きっと俺は気づいていた。答えはそこにあったのにずっと目を背けてたんだ…

 

 

 

「情けねぇよな…結局俺は逃げてただけじゃねぇか……」

 

 

 

動け俺の身体…!こんなところで死ぬわけにはいかねぇ!

伝えるんだ、アイツ等に…俺の口から……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に面倒くさい奴だよね。アラシは…」

 

 

顔を上げ、そこにいたのは…

 

 

「永…斗……?」

 

 

消えそうな意識を必死に留め、俺は相棒の名を呼ぶ。

でもなんで……?

 

 

「ちょっと待ってて」

 

 

そういうと永斗は俺の靴を素早く脱がし、そのまま靴を遠くへ放り投げた。

 

 

「これで良し。さっきの靴にはコーヌスの分身、超ミニマムサイズのイモガイがついてたんだ。

それが発信機兼盗聴器の役割を果たし、アラシを監視してた。

あ~そうそう、それと…」

 

 

永斗は服のポケットから袋に入ったアンパンを取り出し、袋から出して俺に渡した。

 

 

「アラシが動けないのは毒のせいもあるけど、まず何より空腹が原因だと思う。

何か食べれば動けるようになると思うよ」

 

 

俺は残った力でアンパンをほおばる。

すると、体に力が湧いてきて立ち上がれるようになった。

 

 

「悪いな永斗。てか、なんでここが分かったんだ?」

 

「アラシ、ここ見て。ここ」

 

 

永斗は服の襟部分を指さす。

触ってみると、なにかコインのようなものがついている。これは…スパイダーショックの発信機か!

 

 

「ちなみに盗聴機能も搭載したスグレモノでございます」

 

てことは俺、2人に盗聴されてたってことかよ…警備ガバガバすぎんだろ…

 

 

「そんなことよりさ、分かったんでしょ?自分の気持ち」

 

 

「あぁ、ありがとな」

 

 

「それじゃ急いでいかないとね。”コレ”を整備するの大変だったんだよ?

アンパンの分と合わせてゲームソフト1本でいいから」

 

 

永斗がスタッグフォンのボタンを数回押すと、遠方から爆音が聞こえ、

道路に何やら見覚えのある巨大な影が現れる。

 

黒いボディに4つのタイヤ。車窓は赤く、形状はダブルの複眼を思わせる。こいつは…

 

 

 

「リボルギャリー!!??」

 

 

巨大車両型ベース リボルギャリー。部品をいくつか売ったら動かなくなって、そのまま放置していたが

まさか永斗がこれを復活させるとは…ていうか、できるんだったらもっと早くやれよ!!

 

 

「面倒だった」

 

しれっと心を読んでんじゃねぇ!!

 

 

「とにかく、コレに乗れば余裕で間に合う。行先も解いといたから」

 

永斗は暗号が書いてあるだろう紙をヒラヒラと振る。

本当にコイツはいざっていう時に有能だな。

 

 

「僕もあのエセゲーマーにはイラついてたんだ。2人でぶっ飛ばしに行くよ」

 

 

「あぁ!行くぜ相棒!!」

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

タイムリミットまであと30分を切った。

 

相変わらず能天気なひょっとこ男と、衰弱しきった海未は未だ来ないアラシを待ち続けていた。

 

 

 

 

「海未!!」

 

 

 

 

名前を呼ばれ、体を起こす海未。

そこには、息を切らした裸足のアラシが立っていた。

 

 

「アラシ…なぜ……」

 

「やっと来たね。でも流石、都市伝説のヒーローだ。

まさか毒に侵されながらここまで来るとは……」

 

「ちょっと黙ってろ。俺は……

 

 

海未に話があるんだ」

 

 

「ッ……!」

 

 

アラシの鋭い声と目線に、思わず気圧されてしまうひょっとこ男。

その姿はまるで蛇に睨まれた蛙のようだ。

 

 

「海未…お前は俺がお前らを引き離して、守った気になってるって言ったよな。

でも本当は違った。俺はただ怖かったんだ、また守り切れないのが…

だからお前らを引き離すことで、守ることから逃げてた……

 

やっと気づいたんだ、俺はお前らと過ごす時間が大好きだった。

出来ることならこれからも、お前らと過ごす時間を諦めたくない!!

そのために…俺はもう逃げない!!!何があったってお前らを守り抜いて見せる!!

 

こんなことをいうのは傲慢かもしれない…それでも……

 

 

 

 

俺をもう一度、μ’sに入れてくれ!!」

 

 

 

アラシの願いが辺りに響く。

その願いは、海未の心にも届いていた。

 

 

 

「傲慢なものですか……友達のわがままを聞けない程、私たちの心は狭くありませんよ……!」

 

 

海未の目には涙が浮かんでいた。

 

海未はずっと、人のために戦い続けるアラシが気にかかっていた。

だから、嬉しかったのだ。アラシがちゃんと、やりたいことを持っていたことが…

 

 

 

その時だった、

 

 

海未の体が突然青く光りだし、その光が海未の体から出ていく。

そしてアラシの方へゆっくり向かって行き、アラシの体へ入っていった。

 

 

「今のは……」

 

 

目の前で突然起こった現象に、驚くアラシ。

 

そんなことも気にせず、ひょっとこ男は退屈そうなポーズを崩し、メモリを取り出した。

 

 

「終わった?それじゃあ第2ステージといこうか。

あと30分以内に僕を倒せたら2人分の血清をあげるよ。」

 

 

「そんな!話が違います!」

 

 

「なんども言わせないでよ。僕は”ここまで来たら血清をあげる”なんて一言も言ってないよ?」

 

 

「そんな……」

 

「できなかったら、仮面ライダーかこの娘どっちを生かすかを選ばせる。勝っても負けてもどっちか助けてあげるって言ってるんだ、僕は優しいだろう?」

 

 

ひょっとこ男の言葉に絶望の表情を浮かべる海未。

すると、後ろから覇気のない声が聞こえる。

 

 

「確かに優しいね。要するに君をぶっ倒せば血清をくれるんでしょ?」

 

 

そこには永斗が眠たそうな雰囲気で立っていた。

だが、その眼には気持ち怒りがこもっている気がする。

 

 

「君みたいな奴のせいでゲーマーが風評被害受けてるんだ。

悪いけど、腐れゲーマーには即刻退場してもらうよ」

 

 

《サイクロン!》

 

 

 

「30分もいらねぇ、10分で決着つけてやる。

そんで海未!お前を絶対救って見せる!!」

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

「へぇ、言ってくれるね。それでこそ僕が選んだプレイヤーだ」

 

 

《コーヌス!》

 

 

 

アラシはドライバーを装着し、ひょっとこ男は右手を構える。

 

 

 

「「変身!!」」

 

 

 

アラシと永斗はメモリを装填し、ドライバーを展開、

 

ひょっとこ男は掌にメモリを挿入し、

 

それぞれ姿を、仮面ライダーダブルとコーヌス・ドーパントへと変化させた。

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

~BGM Cyclone Effect アラシ&永斗ver~

 

 

 

 

「はあぁぁぁ!」

 

 

ダブルはコーヌスに向かって助走をとり、勢いよく飛び蹴りをかました。

軟質ボディでいなされてしまうが、体勢を戻してさらに攻撃を加える。

 

いなされるとは言っても、100%ダメージが無いわけではない。

それならば、効くまで殴り続ける!

 

 

「おらぁ!」

 

 

サイクロンの素早い動きとジョーカーのパワーで、次々と攻撃をヒットさせていくダブル。

 

それだけではない。

サイクロンは体に風を取り入れることで、スタミナを回復させることができる。

 

無尽蔵のスタミナで繰り出される技は、少しずつだがコーヌスにダメージを与えていった。

 

 

さすがにヤバいと感じたのか、コーヌスは口から毒針を発射。

だが、元から毒針を警戒していたダブルはコレを難なくかわす。

 

コーヌスはさらに毒針を発射するが、ダブルには当たらない。圧倒的にダブルが優勢だった。

 

 

その時、ダブルの体に異変が起きた。

 

 

「くっ……!」

 

『アラシ!?』

 

 

ダブルの動きが完全に止まる。それはアラシの体に完全に毒が回ったことを意味していた。

 

なぜなら、アラシはリボルギャリー内で永斗からある薬をもらっていた。

それは毒による筋肉の麻痺を抑えるというものだ。ただし、毒による死を回避することはできない。

毒が全身に回るとその薬は効果を無くし、たちまち筋肉は動きを止める。

 

 

「あ~これも言い忘れてたね。

君に打った毒は、彼女の毒より20分回るのが早いんだよ」

 

 

「なっ……」

 

 

完全な誤算だった。

 

そんなダブルに構わず、コーヌスは近づいていく。そして……

 

 

 

 

「ゲームオーバー」

 

 

 

コーヌスはダブルの腹にパンチを叩き込む。

動けないダブルはその勢いを止めることができず、そのまま…

 

 

 

 

 

海へと落下した。

 

 

 

 

 

 

「アラシ!!永斗!!」

 

 

海未の悲痛な叫びが2人に届くことはなく、ダブルの体は海の中へと消えていった…

 

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

 

 

アラシと永斗の意識が海の底へと沈んでいく。

 

 

浮かび上がろうにも、体がピクリとも動かない。

 

 

結局守れなかった……そんな無念を心に抱いた、その時……!

 

 

 

 

(あれ…は…?)

 

 

 

 

海底から青い何かがこちらへと向かってくる。

ソレは沈んでいくダブルの側で止まり、青い光でダブルを包んだ。

 

 

(体が…動く…!)

 

 

青い光の恩恵か、泳ぐのはできないにせよ腕を動かすくらいはできるようになる。

 

青い物体の姿を見たダブルの行動に迷いはない。

ダブルはソレに手を伸ばし、叫んだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「『変身!!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《オーシャン!》

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

 

 

 

ザバァァァァァン!!

 

 

 

 

 

勝利を確信していたコーヌスの前に、突然水しぶきが上がる。

水しぶきの中から地面に降り立ったのは仮面ライダーダブル。

 

 

だが、その姿はいつもとは違う。

 

 

右半分は緑、左半分は藍色で左手には弓を持っていて、

体のところどころに甲冑のように、侍を彷彿とさせるような意匠が施されている。

 

ドライバーには”C”と”O”のメモリ。

 

 

いわばこの姿は、仮面ライダーダブル サイクロンオーシャン!!

 

 

 

「パワーアップでもしたつもり?笑わせるな!」

 

 

コーヌスはダブルに向かって毒針を発射。

だが、ダブルはその攻撃をかわそうとせず、毒針はそのまま突き刺さった。

 

 

「即効性の猛毒を打った。今度こそゲームオーバーだ!」

 

 

すると、ドライバーのオーシャンメモリから出された水のようなものが、ダブルを包み込む。

その後、何秒たってもダブルが苦しむ様子はない。

 

 

 

「誰がゲームオーバーだって?」

 

 

今度はダブルが持っていた藍色の弓___オーシャンアローを構え、矢を放つ。

その矢はコーヌスの軟質ボディを貫通し、コーヌスに重いダメージを与えた。

 

 

『それにしても、解毒効果だなんてタイムリーな能力だね。

これがメタ性能ってやつかな?』

 

 

「くっ……」

 

 

 

ダブルの能力を理解したコーヌスは自分の圧倒的劣勢を察する。

このままでは勝ち目がない。そう感じ、コーヌスは己の体を海へと投げ出した。

 

 

 

 

「○!※□◇#△!!!」

 

 

 

数秒後、奇妙な叫び声とともに巨大なイモガイが海から姿を現した。

 

 

「あれは…動物系メモリの切り札、巨大化……!」

 

『ちなみに巨大化したドーパントは、通常の10倍の戦闘力を持つぞカカロット』

 

「カカロット誰だよ!」

 

 

突っ込みながらも、アラシは対抗策を考えていた。

まずは地勢の不利を何とかする。そのためには…

 

 

「来い!リボルギャリー!!」

 

 

スタッグフォンを操作し、リボルギャリーを呼び出す。

そして、リボルギャリーは正面から車体部分がパッカリ割れ、搭載されているハードボイルダーの姿があらわになる。

 

 

ダブルがハードボイルダーに搭乗すると、リボルギャリーの後ろにあるターンテーブルのような部分が回転。黄色いユニットが下に来たところで回転が止まり、そのユニットとハードボイルダーの前半分が合体した!

 

これが水上戦闘用マシン ハードスプラッシャーである。

 

 

 

「さぁ行くぜ!」

 

 

 

 

~BGM 時の華 アラシ&海未Ver~

 

 

 

 

 

ハードスプラッシャーを水上に浮かべ、ビッグ・コーヌスに突っ込んでいくダブル。

近くまで接近したところで矢を発射!しかしその攻撃は殻によって防がれてしまう。

 

ビッグ・コーヌスは通常時より殻の部分が多い。

というより、ほぼ全身が殻に覆われているといってもいい。

 

 

『どうする?殻のないところを狙い撃ちする?』

 

「いや、殻ごと貫く!!」

 

『そういうと思ったよ…』

 

 

豪快すぎる考えのアラシに軽く呆れる永斗。

 

口で言うほどそれは簡単ではない。

この強度の殻を貫くには極限までエネルギーをためる必要がある。

 

攻撃のエネルギーをため、それを放出できる。

それもオーシャンの特性のひとつだ。

 

 

 

ダブルはドライバーからオーシャンメモリを引き抜き、オーシャンアローに装填。

アローを構え、ビッグ・コーヌスに狙いを定めて弓を引く。

 

 

「@%※□◇$#△!」

 

 

それを見たビッグ・コーヌスは口から巨大な針を発射。

ダブルは照準を合わせたまま、攻撃を回避した。

 

毒が効かないとしても、こんなもん喰らったらひとたまりもない。

 

 

 

「狙いを定めたままこいつを避けんのは、中々骨が折れるな…」

 

 

ビッグ・コーヌスの攻撃はやむことなく続いていく。

ダブルはその攻撃を全て、ギリギリのところで回避していた。

 

 

『ちょっと無理があるかなー?』

 

 

そう言うと、ダブルはスプラッシャーを一度浮かび上がらせ、水上に着地。

水しぶきが一瞬ダブルの姿を隠すが、すぐに元に戻ってしまう。

 

 

ビッグ・コーヌスはそのタイミングを見計らい、口から針を可能な限り放出。

無数の針がダブルへ襲い掛かり、ダブルの影は跡形もなく消えた……

 

 

 

 

 

かに思えた

 

 

 

 

 

 

「チェックメイト」

 

 

「○+※&*#△!?」

 

 

 

背後から聞こえたダブルの声に、驚いたような声を上げるビッグ・コーヌス。

よく見ると、上空にはルナメモリの刺さったバットショット。

ルナのマキシマムドライブを使えば、精密な幻を作り出すことができる。

 

 

ダブルのオーシャンアローの輝きが最高潮に達する。

それは殻を破るだけのエネルギーがたまったことを示していた。

 

 

 

「『これで決まりだ!!』」

 

 

《オーシャン!マキシマムドライブ!!》

 

 

「『オーシャンストライク!!』」

 

 

 

ダブルが弦を手放すと、生成された一本の水の矢が放たれる。

 

矢は放たれると同時に旋風を帯び、急激に加速。

ビッグ・コーヌスに届くころにはスピードは音速にまで達していた。

 

 

矢がビッグ・コーヌスの殻を完全に貫き、一瞬辺りが静まり返る。そして…

 

 

 

「○※□◇#△◎△$♪×¥●&%#?!!!!」

 

 

 

 

断末魔とともにビッグ・コーヌスは爆散。

悲劇の終わりを祝福するように、水上に水しぶきの華が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

5/12 活動報告

 

 

 

コーヌスを撃破し、海未の救出に無事成功。

オーシャンメモリで解毒にも成功した。

 

今回の事件はいろいろと謎を残していった。

 

まず一つ目、爆発の中からあのひょっとこ男が発見されなかったことだ。

水上で爆発して逃げられるとは思えないが……

 

 

二つ目はあの証拠品。警察からあれほどの物を盗み出すのは容易ではない。

協力者がいるか、あいつ自身が警察関係者か…

 

 

三つ目はあの青い光、そしてオーシャンメモリだ。

これについては少し心当たりがある。あとからそれを当ってみるつもりだ。

 

 

それと、俺とμ’sのことだが、海未は穂乃果とことりに抜けることを伝えなかったらしい。

 

海未はこうなることが分かっていたんだろうか。

 

どっちにしろ、これからは俺たちがμ’sを守り抜く!

 

今度こそ…守り抜いて見せる……!

 

 

 

「アラシ~」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

永斗はなにやら広告のようなものを持っている。嫌な予感しかしねぇ…

 

 

「アラシ、このゲーム買って」

 

「アホか!相変わらず俺達にはパンの耳買う金もないってこと忘れんな!!

欲しかったら自分の臓器でも売って買え!!」

 

「鬼畜……」

 

 

永斗はそのまま頭を下げて部屋に戻っていった。

 

本当にアイツは懲りないっていうか…現状がわかってないっていうか…

 

 

「あ、そうそう」

 

「今度はなんだ!?」

 

 

部屋から永斗が顔を出し、手にはパソコンを持っている。

 

 

そこにはアイドルランクのページが。そして、画面に写された数字は…

 

 

 

「539…!?」

 

 

前回から400近く上昇している。ファーストライブが影響したのか…

 

 

「アラシ、わかってるでしょ?」

 

「当たり前だ。絶対にμ’sをトップアイドルにしてやる!!」

 

 

 

 

俺はそう固く決意した。これが、俺たちの本当のスタートだ!!

 




というわけで、オリジナルフォームの登場でした!!
この設定はこの作品の最も重要な設定の一つとなります。
これからも増えていくと思うんでお楽しみに!!

次回こそまきりんぱなを書きたい…できるだけ早く…!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパントのアイデア等ありましたらよろしくお願いします!!


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第12話 Iは夢見る/運命と宿命の出会い

146です。投稿が遅れた理由?


そんなの貴利矢ショックに決まってるじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁ!!

貴利矢さん退場早すぎでしょ!唯一まともなライダーだったのに…
残ったやつ、二重人格、甘党、ボッチ、チャリで来た、しかいねぇよ!?どうすんの!?


大丈夫だ、まだ復活がある。東映サイトで見た花束はきっと目の錯覚だ。(錯乱)


未だショックから立ち直れない状態で書き終えた12話です。


「『これで決まりだ!』」

 

 

 

 

 

組織の研究所で一人、記録映像を見る天金。

 

その映像は一週間ほど前、ダブルがオーシャンメモリを入手し、

コーヌス・ドーパントを見事撃破した時のものだった。

 

 

 

「園田海未は適合者…これで僕の立てた仮説は立証された」

 

 

そうつぶやく天金の背後のホワイトボードには、

ボードが真っ黒になるほど文字で埋め尽くされている。

 

小難しい数式などが無数にあるが、それらすべてがガイアメモリに関係したことだ。

 

 

 

「次のターゲットは…()()()にしよう。でも、その前にすることがある。

研究に過程はつきものさ…」

 

 

 

 

そう言うと、天金は装置からガイアメモリを取り出す。

そのメモリは赤、青、緑、黄色に分かれており、”E”の文字が刻まれている。

 

 

椅子に掛けていた白衣を羽織り、天金は歩きながら研究室の扉を開けた…

 

 

 

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

コーヌスを倒し、アラシがμ’sに復帰してから早6日。

 

今のところドーパントは出現せず、アラシも彼女たちとの日々を改めて楽しんでいる。

 

 

だが、それでも避けられない問題。それは圧倒的赤字と絶望的空腹だ。

 

 

ドーパントが出ないということは、怪物専門探偵である2人に仕事がないという事。

 

アラシも永斗も、体力温存のため完全セーブモード。椅子に座ったままピクリとも動こうとしない。

 

 

アラシは空腹より赤字のほうが精神的にきているらしく、2分に一回のペースでため息をしていた。

 

 

 

 

「なぁ永斗」

 

 

そんな中、アラシが不意に口を開く。

 

 

「何?」

 

 

「検索で空腹と赤字をいっぺんに何とかする方法とか探せないの?」

 

 

「地球の本棚はYahoo知恵袋じゃありませ~ん……」

 

 

「そうだ、閑古鳥を捕まえて焼き鳥にすれば万事解決じゃねぇか!

よーし!早速2人で閑古鳥を捕まえに……」

 

 

「閑古鳥は実在しないし、仮に捕まえられたとしてもガス止められてるから調理不可。以上」

 

 

 

極度のストレスで壊れたアラシと、ツッコミを放棄してマジレスする永斗。

 

事件があってもこんな2人に依頼したくない。

 

 

しかし、なんとかこの生活から脱出しなければと思い、2人は我に返る。

 

 

 

 

 

 

「こうなったら……あの手を使うか…」

 

 

「マジ…?」

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

 

俺たちは事件が終わった後、依頼人から報酬をもらいそれで生活している。

 

 

しかし、依頼人が事件の関係者であったり、その他いろいろな事情などで

その場で報酬を払うことができない依頼者もある。

 

 

”あの手”とは、そんな奴らから未払いの報酬を回収することで、

ちなみに期間に応じて利子も付けている。オイ、誰だ闇金会社って言ったやつ。

 

 

 

とりあえず2軒回って、集まった額はおよそ5万円。

 

財布に万札が入ることがこんなにも嬉しかったのは、いつぶりだろうか…

とにかく借金返済の分を差し引いても、これで3週間は食っていける。

 

 

次に来たのはとある一軒家。

 

ここに住むのは……

 

 

 

 

「あ、久しぶりやん。アラシ君」

 

 

 

生徒副会長、東條希。

 

先日、未来予知の書き込みについて彼女に捜査依頼され、結局その書き込み主が未来を予知するドーパントになって彼女の命を狙っていた。

 

いろいろあったが、なんとか護衛に成功。

 

その直後に俺たちの正体が理事長にバレたり、借金が倍増したりして、報酬はまだ受け取っていなかった。

 

 

 

 

「報酬のことやろ。わかってる、ほら持ってって」

 

 

そういうと希は分厚い封筒を俺に手渡した。

 

 

 

「え、こんなに!?」

 

 

「ウチも命を守ってもらったんやし、このくらいはせんとね」

 

 

 

 

 

俺はありがたくそれを受け取り、希の家を後にした。

 

 

 

 

「それにしても分厚いな…いったい何十万入って……」

 

 

 

 

 

 

 

肩たたき券

 

 

 

 

 

「ちくしょぉぉぉぉおぉぉおぉ!!!」

 

 

 

 

やけに分厚いと思ったら全部肩たたき券じゃねぇか!

命守ってもらったお礼が、お父さんへの誕生日プレゼントレベル!?

 

 

まんまと騙された…アイツは今頃この状況を想像してニヤニヤしてんだろうな。

クッソ腹立つ……!

 

 

 

「とにかく、今すぐ戻ってもう一回報酬を…」

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

突然、凄まじい風が吹き、辺りの物を一斉に吹き飛ばした。

 

 

その風の強さは尋常ではない。まるで電柱も飛んで行ってしまいそうな、そんなレベルだ。

 

 

俺はそんな風の中、吹き飛ばされないように踏ん張る。

 

その数秒後、風がやみ、あたりが静寂に包まれる。

 

 

ひっくり返った車、粉砕された窓ガラス、剥がれた屋根のレンガ。

 

 

さっきまでの街からは想像できないような惨劇が、数秒間のうちに作り出されてしまった…

 

 

台風?いや、それにしては突然すぎる。

 

 

 

「一体、何が起こったんだ……?」

 

 

 

そんな俺を見つめる白衣の男がいたことに、

 

俺はその時、気づかなかった……

 

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

 

 

僕たちは事件が終わった後…ってアラシが説明しただろうから、説明は割愛。

 

 

 

というわけで報酬未払いのお宅に訪問するわけですが…

 

 

 

おっと、僕がまた「面倒くさい」っていうと思ったそこの君、残念でした。

 

なぜならそのお宅があるのは秋葉原。そして今日は…

 

 

幻夢コーポレーションの最新作「タドルクエスト」の発売日!

さすがの僕もテンション上がる。

 

 

幻夢コーポレーションはニ〇テ〇ドーみたいにたくさんのソフトを発売していない。

発売されたのはわずか5本やそこらだが、それら全てのクオリティーが高く、その辺のゲームとは一線を画しているほど。それ故にゲーマー勢からの評価も高い。

 

こないだ発売した「マイティアクション」も幻夢製だ。

 

僕自身も幻夢のファンなので、今回のソフトは何としても欲しい。

 

 

 

今回のミッションはこうだ。

 

 

 

数件分の未払い報酬を入手

 

     ↓

 

その中から5000円くすねる

 

     ↓

 

ゲーム屋に行ってソフトを入手

 

 

 

報酬から勝手にゲームを買ったなんて知れたら、アラシにシバかれる。

ていうか消される。

 

よって、今回のミッションは内密かつ迅速に。

既に報酬のほうは受け取った。あとはゲーム屋に急ぐだけだ。

 

 

 

 

 

数分後

 

 

 

 

 

店に着くと、そこには長蛇の列。幻夢は最近人気出てきたし、当然っちゃあ当然か。

 

といってもゴミのようだって言うほど人もいないし、

待ってもせいぜい30分くらいだろう。気長に待ちますか……

 

 

 

 

 

「わ~…すごい人だにゃ…」

 

 

 

 

僕が行列に並ぶと、店内に一人の女の子が入ってくる。

 

髪はオレンジでショートカット。体系は子供っぽいかな?

結論からして、めっちゃ可愛い。(確信)

 

 

その子はじっとこちらの方を見てくる。

そんな目で見ないで…可愛すぎて火傷するから……

 

 

 

「あの~どこかで会ったことないですか?」

 

 

 

まさかの逆ナン!?やめときなって…こんなニート誘ったって何も…

 

あれ?確かにどっかで会ったことあるような…

 

 

 

「思い出した!μ’sのマネージャーさんだ!」

 

「あ…ライブの時の…」

 

 

そうだ、この子はライブを見に来てくれた子だ。

 

 

「君も好きなの?幻夢」

 

「そうなんだー!凛、あんまりゲームとかやらないんだけど、ここのゲームだけはすごい面白くて!あ、星空凛っていうにゃ!よろしく!」

 

「士門永斗。よろしく…ちなみに年齢は高1」

 

「凛と同い年だ!背が低いから中学生かとおもってたにゃ!」

 

 

今サラッとひどいこと言わなかった?

どうせ僕はアラシみたいにイケスタイルじゃないですよ~だ。

 

 

 

 

そんな感じで話し続けていると、いつの間にか30分過ぎていて、僕の前の行列もなくなっていた。

 

趣味が合う人と、こんなに話したのは初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

「次のお客様~」

 

 

 

 

 

 

僕は無事、「タドルクエスト」を購入。

 

機会があればこのゲームについても彼女と話したいものだね。

また会えるかな……

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

月曜日が来た、即ちバイトの日々が戻ってくる。

 

昨日集めた分だけあれば、これからしばらくは大丈夫だろう。

しかしこれは単なるその場しのぎに過ぎない。もっと根本的に解決しねぇと…

 

 

それと気になるのが、あの時の強風だ。

 

調べてみたが、最近起こった騒動にも強風によるものがあった。

しかもその時は、風で建物数軒が木っ端みじんになっている。

 

他にも最近、火災や地割れ、あと突然森の木が粉砕されたりしている。何か関係があるのか…?

 

 

 

 

 

「あ~アルパカさん可愛い~♪」

 

「ことりちゃん最近よく来るよね」

 

「急にはまったらしいです」

 

 

 

今は昼休憩。よってこの3人(穂乃果、海未、ことり)と一緒だ。まぁ、いるのはなぜかアルパカ小屋前だが。

人が考え事してる時にのんきに…ていうかなんで学校にアルパカがいんだよ!

 

 

「可愛い…かな?アラシ君はどう思う?」

 

「別に…俺動物嫌いだし」

 

「え~可愛いよ~?首の辺りとかフサフサだし~はぁ~幸せ……」

 

 

アルパカの首をモフモフし続けることり。

大丈夫か?嚙まれたりするんじゃ…

 

 

「アラシ君も触ってみなよ♪」

 

「いや…だから俺は…」

 

「いいから♪」

 

 

ことりにグイグイ押され、恐る恐る茶色いアルパカに近づいていく。

 

本当に大丈夫……

 

 

 

ガブッ!!

 

 

 

「ぎゃあぁぁぁぁ!!」

 

 

 

手を出すや否や噛みやがったコイツ!

 

こうなったら俺のマキシマムで…!

 

 

「ダメだよ!」

 

「だからなんで心読んでんだよ、穂乃果!」

 

 

すると、後ろから体操服姿の少女が現れ、アルパカ小屋へ向かっていく。

そして俺を嚙んだアルパカの首や頭らへんをなでると、アルパカは急におとなしくなった。

 

あの子は…ライブを見に来てくれたメガネの子だ。名前知らねぇけど。

 

 

「遊んでて楽しかっただけだと思います…だから大丈夫だと……」

 

「本当に大丈夫なんだよな!?思いっきり手ぇいかれてますけど!!?」

 

 

メガネの少女は、くっきり歯形がついた俺の手を見て表情を変える。

 

 

「多分……」

 

「多分ってどーいうこと!?」

 

「もしかしたら…嫌いなのかも…?」

 

「結構スッパリいくね、お前!」

 

 

「あ!よく見たら花陽ちゃんじゃない!ライブに駆けつけてくれた!」

 

穂乃果が少女の顔を見て声を上げる。

てか、俺のはスルーの方向かな?

 

 

すると突然、穂乃果がその…花陽?の肩をつかみ…

 

 

「ねぇ、あなた!!」

 

「は…はい…」

 

「アイドルやりませんか?」

 

 

直球だな。ことりと海未も同じようなツッコミを入れるが、穂乃果は気にしない。

 

 

「君は光っている!!大丈夫!悪いようにしないから!!」

 

 

「なんかすごい悪人に見えますね…」

「俺には詐欺師に見える」

 

急にそんなことを言われ、花陽も戸惑っているようだ。

だが、穂乃果の行動にも一理ある。言葉には一理もねぇが。

 

μ’sはファーストライブをやり遂げたとはいえ、まだ非公認な部の状態。

一刻も早くメンバーを5人以上にする必要があるのだ。

 

 

「あ…あの…西木野さんが…」

 

「ん?何て?」

 

花陽が何か言ったような気がしたが、声が小さくて聞き取れなかった。

相変わらず声小さいな。いったい何に自信がねぇんだよ…

 

 

「に…西木野さんがいいと思います…すごく…歌、上手なんです……」

 

「西木野って…真姫か?アイツならずっと誘ってんだけどな…」

 

 

勧誘しても勧誘しても乗ってくれる気がしない。

作曲も、してないの一点張りだし…アイツは絶対向いてると思うんだけどな。

 

 

「あ…私、余計なことを…」

 

「いや、気にすんな。ありがとな」

 

 

俺が礼を言うと、花陽は足早に去っていった。

体操服も着てたし授業の前だったんだろう。

 

「って、お前ら授業は?」

 

 

「あっ忘れてた!急がないと!」

 

「ちょ…待ってください!確か、次は家庭科だったはず…」

 

「穂乃果ちゃん、そっち家庭科室じゃ……」

 

 

しばらくすると、穂乃果が猛スピードでUターンして戻ってきて、3人一緒に反対方向に走っていった。

 

 

「大丈夫かよアイツ等…」

 

 

3人が去ったあと、俺は一人アルパカを見つめる。

 

 

「かわいいかね?こんなn」

 

 

ペッ

 

 

ベチャッ

 

 

「………」

 

 

 

 

その時、凄まじい殺意が生まれたことだけは覚えている。

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

 

 

一日最後の授業が終わり、次々と帰る支度をする生徒たち。

 

小泉花陽もその一人だった。

 

 

「かーよちん!決まった?部活」

 

 

そんな彼女に話しかけたのは、幼馴染である星空凛。

 

 

「今日までに決めるって、昨日言ってたよ?」

 

「そうだっけ…明日、決めようかな…?」

 

 

凛から目をそらし、教科書をカバンに入れる花陽。

よっぽど部活のことに触れてほしくないのだろうか。

 

 

「早く決めないと、みんな部活始めてるよ?」

 

「え…えーっと…凛ちゃんはどこ入るの?」

 

「凛は陸上部かな~」

 

「陸上か……」

 

 

花陽はその答えに納得だった。

昔から足が速いし、運動も大体できる。運動が得意ではない自分からしたら、憧れのようなものだった。

 

だが、自分が入ろうとは思えない。最近、運動をしたいと感じているのは確かだ。

しかし、いざ踏み出そうとなると”何か”が自分にブレーキをかける。

 

それでいいのか?本当に?と、しつこく何度も。

 

結局、今まで部活は決めずじまいだった。

 

 

「もしかして~…スクールアイドルに入ろうと思ってたり?」

 

「えぇ!?」

 

 

花陽は思わず指を合わせ、戸惑いの表情を浮かべる。幼馴染である凛はそれを見逃さない。

 

 

「ダメだよかよちん、嘘つくとき必ず指合わせる癖があるから、すぐにわかっちゃうよ~

ホラ!一緒に行ってあげるから、先輩たちのところに行こ!」

 

「え!?違うの…本当に…

私が……アイドルなんて……」

 

 

花陽は自信なさげに顔をうなだれる。

 

アイドルは花陽の昔からの夢だった。だが、大人に近づくたび、夢よりも自信の無さが前に出てしまうことが多くなった。

 

目の前に夢をつかむ方法があるのに、手を伸ばそうとしない、できない。

 

凛はそんな花陽が気になっていた。花陽がずっとアイドルに憧れていたのは、誰よりも知っている。

 

 

「かよちん、そんなにかわいいんだよ?人気出るよ」

 

花陽を連れ出そうと凛は腕を引っ張るが、花陽はそれに抵抗する。

 

「待って…それじゃあ、一つわがまま言ってもいい……?

 

 

私が…アイドルやるって言ったら……一緒にやってくれる?」

 

 

「凛が……?」

 

 

凛はしばらく黙っていたが、すぐに否定しだした。

 

 

「ムリムリムリムリムリ!凛はそんなの似合わないよ。ほら、髪もこんなに短いし…

凜には絶対無理だよ……」

 

 

「凛ちゃん…」

 

 

凛は小学生のころからズボンにシャツと、男の子のような服装をしていた。

 

ある日、スカートをはいて登校したところ、クラスの男子にからかわれてしまい、結局家に帰って着替えてくることになった。

 

それ以来、花陽は凛がスカートをはいているところを見たことがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終的に凛が引き下がり、花陽は今日μ’sのところに行くのをやめた。

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

 

「こんな平日に外に出るとか…マジであり得ない…」

 

 

時刻は5時頃を回る。ニュース番組が始まり、休日の昼前の次にテレビがつまらない時間帯だ。

 

そんな時間に僕が外出する理由。それはアラシが残したこの書置き。

 

 

 

 

5時30分からタイムセール!卵特売は絶対逃すな!!

 

 

 

 

まず一つツッコミたい。雑。

 

値段どころか店舗の記載もなし。書置きの教科書があったなら、悪い見本として使われるやつだ。

 

 

新しいゲームが手に入ったのだから、本来なら一日中やってたいのだがそうはいかず。

といっても、半日で中ボスの魔法使いくらいなら倒せるようになった。この調子なら1週間でストーリー2週はできそうだね。まぁでも録画したアニメもあるし…じっくりやるか。

 

 

 

 

そんな時、見覚えのある姿が僕の目に映る。

あれは…この間知り合った凛ちゃんだ。なんか悩んでいるのか、上の空だ。

 

こんなにサクッと再会するとは。運命の再開的なフラグ立ててたんだけど……

 

 

 

「おーい、凛ty」

 

 

 

声をかけようとした、その時。

 

 

 

凛ちゃんの頭上の電信柱が、急に倒れそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジデスカ

 

 

 

 

 

 

 

凛ちゃんはそのことに気づいていない…声をかけても、反応する前につぶれる…

 

 

 

「くっ……」

 

 

普段使わない足の力を入れて、凛ちゃんのもとへと駆け出す。

 

 

間に合わない……こうなれば…

 

 

 

「スタッグフォン!」

 

 

 

スタッグフォンにギジメモリを挿し、クワガタ型のロボへと変形。

 

僕はソレを電柱に向けて飛ばした。

 

 

スタッグフォンが電柱を持ち上げ、一瞬倒れる電柱が空中で停止する。

 

 

僕はその隙に凛ちゃんの背中を突き飛ばした。

 

 

次の瞬間、電柱は倒れて木っ端微塵に。まさに間一髪…

 

 

 

「士門…永斗くん……?」

 

 

 

「大丈夫?無事でよかった……」

 

 

 

 

あれ?なんで僕、こんなに安心してるんだ?

 

 

人の命を救うなんて、これまでに何度もあった。でも今のはそれらとは明らかに違う…

 

 

 

あ〜もういいいや。考えるのも面倒くさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど…これは予想外の結果だ」

 

 

 

 

 

 

僕が凛ちゃんの体を起こし、その場から離れようとした時。

僕たちの目の前に白衣を着た男が現れる。

 

 

 

「星空凛の運動神経ならこれくらい避けるのは容易いと思ったが…まさか第三者が干渉するとは。

想定外の現象……これだから研究はやめられない…」

 

 

 

男は何かをブツブツと独り言している。キモい。

 

 

 

「でもまさか君が出てくるとはね。

 

久しぶり、士門永斗君……」

 

 

コイツ…僕のことを知っている?でも僕は…

 

 

「誰、君?」

 

 

正直、僕は覚えてない。だったらこっちから聞き出すしかない。

 

 

 

「誰…か…これは面白い問いだ」

 

 

 

は?

 

 

「"誰"という問いは何を基準に定義するのか。まず"誰"という問いには単純に名前を聞くだけの場合もあり職業を聞く場合や身分を聞く場合もある。ただそれを小説などの文脈上もしくは会話文で使用した場合詩的表現に近いものとなり単純に名前等を問いている可能性は低くなる。つまり彼が聞いているのは"僕が何者か"という可能性が最も高くそれを語るには僕の人生を一度振り返った上で様々な証明を繰り返し"僕"という定義を………」

 

 

 

 

 

前言撤回。こんな面倒くさいやつ知らない。

 

 

 

 

「まぁ、それをやっている暇は無いから、名前と素性だけ紹介しよう。

 

僕は天金狼。組織の最高科学者…と言ったら分かるかな?」

 

 

 

最高科学者…こんな時にとんだ大物に出会うとは…

 

でも今の僕は戦闘力皆無の下級戦士以下。今は……

 

 

 

 

「逃げる」

 

 

 

 

僕は呆然とする凛ちゃんの手を取り、反対方向に走り出した。

 

 

 

「逃がさないよ」

 

 

白衣の男、天金だったかな?がメモリを取り出す。

 

なんか無駄にカラフルなデザイン。あんなメモリは見たことがない…

 

 

 

 

《エレメント!》

 

 

 

天金が首元にメモリを挿すと、その姿は白金の異形へと変化した。

異形ながらも神々しい。精霊のような姿だ。

 

エレメントは僕たちの方へ手をかざす。すると、急に目の前の地面がせり上がり、僕たちの前に壁を生成した。

 

 

 

「やっべ」

 

 

僕たちの逃走経路は完全に閉ざされた。

 

 

「エレメント…元素の記憶か。四大元素、火、水、土、風を操る力。検索の通りだ」

 

 

アラシに最近の謎の現象についての検索を頼まれ、既にエレメントメモリの仕業だということは掴んでいた。

 

だが、そのメモリは販売されておらず、作られてすらいなかったはずだが

最高科学者だったら不思議ではない。

 

 

「いいだろう?ファイア、ウォーター、ランド、ウィンドの4本を合成して作った僕の自信作さ」

 

 

「で、その最高科学者さんが最高傑作引っさげて、僕たちに何の用?」

 

 

「僕は研究が好きなんだ。仮説を立て、証明し、検証する。

今回の検証にはその子が必要だったんだが…思わぬ収穫があった。

 

士門永斗君に星空凛君。2人とも大人しく僕について来てもらおう」

 

 

 

なるほど…でも僕だって敵のネタバレは知ってたんだ。当然、先手だって打ってある。

 

 

 

「下手な誘いだね。そんなんじゃギャルゲーのチョロインだって落とせないよ?」

 

 

 

目の前にあった壁が崩壊し、轟音と共にリボルギャリーが現れた。

 

 

 

「乗って」

 

 

凛ちゃんをリボルギャリーに乗せて、オート運転機能を作動。

 

一目散にエレメントから逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛ちゃん、意識ありますか?」

 

さっきから全く喋ってない凛ちゃんを心配し、リボルギャリー内で声をかける。

 

 

「大丈夫…だけど…」

 

 

「安心して、勝算はある。僕たちが車内にいる間、相手が下手に攻撃すると車体ごと爆発して僕たちも無事じゃ済まない」

 

 

「それって大ピンチにゃ!」

 

 

うん。こんな時になんだけどネコ語かわいいね。

 

 

「それは逆にチャンスだよ。相手は僕たちを"生きたまま"手に入れるのが目的だ。

だから下手に攻撃することはできない。最高科学者ならそのくらいわかってるはずだ」

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

「なんて、考えてるのかな?」

 

 

 

エレメントはそう呟き、走るリボルギャリーに手を向ける。

 

 

 

すると、空中に大量の水が生成され、洪水のようにリボルギャリーの足元を埋め尽くした。

 

 

 

「属性の力はこう使うんだよ」

 

 

 

エレメントはさらに発生させた突風で水を吹く。

 

急激に冷やされた水は瞬く間に凍りつき、リボルギャリーの動きを完全に停止させた。

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

「そうくるか……」

 

「止まっちゃったよ!どうするの!?」

 

 

 

リボルギャリーが止まり、凛は焦っている様子だ。

 

だが、永斗は相変わらず冷静。まるで最初から予想していたように…

 

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫かな」

 

 

永斗はサイクロンメモリを取り出し、ボタンを押す。

 

 

 

《サイクロン!》

 

 

 

「変身」

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

機体が止まったにも関わらず、一向に出てくる様子がない2人。

 

 

観念したのか?いや、そうは思えない。

 

 

 

「まさか…」

 

 

エレメントが上を見ると、そこには"奴"の姿。

 

 

ビルから飛び降りながら、こっちへ落ちてくる切風アラシの姿があった。

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

 

仮面ライダーダブルに変身したアラシは、すかさずジョーカーメモリをマキシマムスロットに装填。

 

 

 

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

 

「『ジョーカーエクストリーム!!』」

 

 

 

 

空中でダブルの体は2つに割れ、そのままエレメントに激突。

 

ダブルの必殺キックがエレメントに炸裂した。

 

 

 

さっきのエレメントとの会話、そしてリボルギャリーでの移動中に永斗はアラシにメールを打っていた。

 

メールを受けたアラシは急いで指定されたビルの屋上まで移動。

永斗はエレメントから逃げるのと同時に、エレメントをそのビルの近くまでおびき寄せた。

 

それによって上空からの不意打ちマキシマムに成功。エレメントに重い一撃を食らわせた

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「そう簡単にはいかないか…」

 

 

 

煙の中からエレメントの姿が現れる。

 

さっきの攻撃でエレメントは当たる直前、自身の前に土の壁を生成していた。

 

ジョーカーエクストリームは体を分けることで放つことができる、必殺二段キック。

だが、一発目が破壊したのは壁のみで、エレメントに当たったのは二発目だけ。これでは威力は半減している。

 

それでも通常のドーパントを倒すには十分な威力。

それで倒れもしないということは、エレメントの防御力も並ではない事を物語っていた。

 

 

「直接会うのは初めてかな?会いたかったよ、仮面ライダー君」

 

 

「奇遇だな。俺もアンタに聞きたいことが山ほどあるんだ。最高科学者さんよぉ」

 

『あ〜アラシ、そういう表現は…』

 

 

「山ほど…これは中々面白い表現だ。まずは何を持って山とするのか。宮城県の日和山は3メートルだが山であるが明確な山の定義は存在しないため仮に標高10メートル以上を山として"言いたいこと"一つを仮に一辺1メートルの立方体とし…いやその中には重大なものもあればそうでもない物もあるだろうからどこからどこまでが1立方メートルか定義し……」

 

 

「どうしたんだ、コイツ」

 

『そういうキャラだから。これ今のうちに逃げれるんじゃない?』

 

「だな」

 

 

すると周辺が炎で包まれ、ドームのようにダブルとエレメントを囲んだ。

 

 

「せっかくの実験サンプルだ。そう簡単には逃がさないよ」

 

 

「こっちだって逃げれるとは思ってねぇよ!」

 

 

ダブルはエレメントに飛び蹴りを放つ。だがその一撃は受け止められ、至近距離でエレメントは火球を放った。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

吹っ飛ぶダブルの周りにエレメントはさらに竜巻を発生させ、そこに巨大な火球を放った。

 

竜巻が炎を帯びて炎の竜巻となる。

その熱と風は、中にいるダブルの体力を急激に削っていった。

 

 

 

『目には目を』

 

「火には火を…だな!」

 

 

《ヒート!》

 

 

《ヒートジョーカー!!》

 

 

 

ダブルはヒートジョーカーにチェンジし、地面に炎の拳を叩きつける。

その衝撃で爆煙が生じ、竜巻をかき消した。

 

 

「『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」

 

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

「『ジョーカーグレネード!!』」

 

 

ジョーカーメモリをマキシマムスロットに装填し、マキシマムドライブが発動。

 

ダブルが再び2つに分かれ、今度はエレメントに殴り掛かる。

 

一撃、二撃とエレメントに直撃。

 

三撃も直撃し、エレメントの体が後退する。だが、倒れるどころか膝をつく様子もない。

 

 

「それで終わりかな?」

 

 

「まだだ!」

 

 

《オーシャン!》

 

 

ダブルは最近手に入れたオーシャンメモリを取り出し、ドライバーのジョーカーメモリを引き抜く。

 

 

《ヒートオーシャン!!》

 

 

右が赤、左が藍の戦士へと変身し、オーシャンアローから炎と水の2本の矢を発射した。

 

 

エレメントは風でその2本を受け止め、それらは空中で消滅。

ダブルの上に巨大な岩を生成し、ダブルに落とした。

 

オーシャンの感覚強化により気づいていたダブルは、その攻撃を回避。

 

今度はチャージした1本の水の矢エレメントに発射。エレメントに直撃し、僅かながら体勢が崩れる。

 

 

その瞬間、ダブルは無数の炎の矢をエレメントに放つ。

一発残らずエレメントに命中。その姿は完全に炎に包まれた。

 

しかし、エレメントは数秒後には炎をかき消し、何事もなかったかのように現れた。

 

 

「予想以上だ。"O"のメモリを手に入れたからといって、これほどとは…一体何が…」

 

 

その時、エレメントは気付いた。

 

さっきからダブルが、リボルギャリーから自分を遠ざけようと戦っているのに……

 

 

「なるほど…興味が湧いた」

 

 

エレメントは体の向きを変え、リボルギャリーを向く。

 

そして、火、水、風、土の巨大なエネルギー弾を作り出しリボルギャリーに放った。

 

 

 

その時何よりも早く動いたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダブルの右側。永斗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』」

 

 

 

 

 

 

リボルギャリーとエレメントの間に入ったダブルは、エレメントの攻撃を全て直撃。

 

 

 

煙が晴れると、そこにはダブルもリボルギャリーもいなかった。

 

 

 

 

「逃げた…戦いの熱で氷が溶けてたか。僕としたことが…

まぁいい、チャンスはいくらでもある。それまでに……」

 

 

 

 

 

天金は変身を解除し、エレメントメモリを見つめていた……

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 

放課後。生徒も部活を終え、帰る頃。

 

 

理事長室で電話で誰かと会話する、南理事長室。

 

 

 

 

「えぇ、分かったわ。計画は順調よ。早ければ今月中に実行に移せる。

 

 

分かってる、この計画は…私たちにとって、最後の切り札なんだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はかなりチートかな?まぁいつものことです。
エレメントの直撃を食らったダブル…そして、永斗の心に変化が…?
本編では花陽メインでしたが、この作品では他の2人にもスポットライトを当てるつもりです!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第13話 Iは夢見る/熱き思いは何処へ行く

ダークネス・ドーパント
「暗闇の記憶」を内包したガイアメモリを、清掃員の小森茂道が右肘に挿入することで生まれるドーパント。ナイフ等の暗器を主に使用し、そこからエネルギー状の斬撃を飛ばすことができる。また、暗闇ならば自身の”存在”自体を消すことができ、闇の中ならほぼ無敵。能力だけなら一般メモリのなかでは極めて強力な性能を持つ。


一言コーナー


永斗 「こいつは結構苦戦したよね」

アラシ「小森さん…」

永斗 「存在消せるとか、チートだよチート」

アラシ「小森さん…」

永斗 (あ~もう、面倒くさい…)




もう毎回遅くなってますね。ハイ。今回は文字数がヤバいことになってるってこともありますが…

まぁ、話は変わりますが



劇中挿入歌復活キターーーーー!!



ゴーストでは挿入歌なかったけど、エグゼイドの12話で挿入歌「Let’s try together」が流れました!いや、すごくいい!

エグゼイドはかなり期待できそうです!あとは貴利矢が復活すれば…←しつこい





「ごめん…凛のせいで……」

 

 

 

 

「凛ちゃんのせいじゃないよ」

 

 

 

 

「でも……」

 

 

 

 

「気にしないで。これが僕の仕事だから」

 

 

 

 

「士門くん…」

 

 

 

 

「あのさ、いい話の雰囲気の中悪いんだけど…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケガしてるの俺なんですけどォォォォォォォ!!」

 

 

 

 

 

病室のベッドの上で、包帯を巻かれたアラシが叫ぶ。

 

 

 

「あ、アラシまだいたんだ。もう帰っていいよ」

 

 

「誰のせいで帰れないと思ってんだ!お前はいいよな!何しても怪我すんのは俺なんだから!!」

 

 

 

前回のエレメント戦、永斗は体を張って凛を守ったが、

その場合永斗も瞬間的なダメージを受けるが、身体的なダメージが残るのはアラシだけなのだ。

 

 

「アラシ怒りすぎ。わざわざゲーム時間を割いて来てあげたんだから」

 

「割いてねぇだろ。今、思いっきりゲームやってんだろ」

 

 

永斗はアラシと話しながらゲームを。それも最新作”タドルクエスト”をやっている。

 

 

「え~だって今いいとこだし。アランブラがもう少しで倒せるから」

 

「あ、そこ凜はどうしても勝てないんだけど」

 

「凛ちゃんはゲーム初心者でしょ?だったら”トマール”対策が必要。

あと”マモール”使われたら初期の攻撃力じゃ勝ち目無いから、毒系呪文があったほうがいいかもね」

 

「ゲーム談義に花咲かせてんじゃねぇよ!家でやれや!!」

 

 

だが、アラシがここまで怒っているのには理由がある。

 

 

「別に捨て身する必要なかっただろうが!

リボルギャリーだけ動かしたり、マキシマムで相殺させたり色々あったろ!?」

 

 

「ゴメン、考えるのがめんどかった」

 

 

「お前なぁ…!」

 

 

 

思わず手が出そうになるが、骨折した左腕では殴れないことに気づき

諦めて包帯をつけたままベッドから降り、病室の扉を開けた。

 

 

「どこいくの?」

 

 

「アイスココア飲んでくる。今日の夕方には帰るから、お前はさっさと帰って調査を進めとけ」

 

 

怪我をしてからまだ2日程度で退院というのもおかしいが、ダークネスの一件で普通なら手術が必要な大けがを病院にもいかず一週間足らずで治したように、アラシの自然治癒力は常人のソレとは比較にならない。折れた腕も安静にしておけば3日もあれば治るだろう。

 

 

 

「そ、お大事に~」

 

 

「テメェ、マジで覚えとけよ」

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

 

「アイツ、腕が治ったら真っ先にぶん殴ってやる…」

 

 

 

折れた腕をさすりながら自販機へ向かうアラシ。

そんな中、正面側にいる少女と目が合う。

 

あの赤髪につり目。アラシははっきりと見覚えがあった。

 

 

 

「お、真姫」

 

 

「ゔぇえ!?」

 

 

 

その少女はμ’sの作曲を手掛け、アラシ達がずっとスカウトを続けている西木野真姫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんでここにいるのよ」

 

 

「なんでって…折れたんだよ、腕が。あと多少の全身打撲

お前こそなんでいるんだよ。怪我か?」

 

 

 

カップ自販機でアイスココアを購入し、ドリップが終わるのを待ちながら話すアラシ。

 

 

「前に家が病院やってるって言ったでしょ?

ここが私の家の病院。看板に西木野総合病院って書いてあるの見てないの?」

 

 

「そうだったな。それで医学部いかないといけないから、アイドルは無理。だったか?」

 

 

「そうよ。だから私は諦めて他の人に…」

 

 

「でもさ、それは”できない理由”だろ。”やりたくない理由”じゃない」

 

 

 

アラシはドリップを終えたココアを自販機から取り出し、口に含むと

「もう少し甘くてもいいかな」と言ってさらにコーヒー用のシュガーを加える。

 

 

 

「お前、前はアイドルは薄っぺらいとか言ってたけど、最近は言わなくなったよな。

アイツ等のライブを見て考えが変わったんじゃないか?」

 

 

「それは…」

 

 

「前にも言ったけど、俺はお前の決めたことに口を出すつもりはない。

今のお前に”やりたくない理由”があって、それで嫌だって言うんなら文句はねぇよ。

でも、やりたいんだったら正直になってもいいと思うぞ。俺も最近気づいたことなんだがな…」

 

 

 

アラシはこれでもかと言うほど砂糖を加えたココアを、一気に飲み干した。

 

 

 

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永斗と凛は言われた通り帰ることにし、2人とも家が近いため徒歩で帰宅していた。

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

2人とも無言。

 

久しく男子との関りが無かった女子高生と、そもそも人と関わらなかったニートのコンビだ。

話題もゲームのことしかないし、まあ無理もない。

 

 

「え…っと士門くん」

 

 

先に口を開いたのは凛だった。

 

 

 

「何?」

 

 

「アイドルの…μ’sのマネージャーさんなんだよね?」

 

 

「ま、そうだね」

 

 

 

女子とのかかわりが照れくさいのか、単純に面倒くさいのか、永斗の返事はそっけない。

 

 

 

「メンバーまだ募集してるよね?」

 

 

「してるけど…凛ちゃんしたいの?」

 

 

「いやいや!凛じゃなくて友達が。ずっとアイドルに憧れてるんだけど、中々勇気が出ないっぽくて…そっちからスカウトとかしてくれたり…?」

 

 

「いいけど…凛ちゃんはどうなの?」

 

 

 

思わぬ質問に、凛はあっけにとられた表情を浮かべる。

 

 

 

「絶対無理だよ!髪短いし、女の子っぽくないし、スカートとか似合わないし…

凛がアイドルなんて……」

 

 

 

「なるほどね…自信がないんだ」

 

 

 

「アハハ……そうだよね…」

 

 

 

「別に凹むことじゃないよ。人間だれしも最初は空っぽなんだから。

"自分"っていう器をどう飾って、何を入れるかはその人の自由だと思う」

 

 

そう言うと、永斗の表情が少し変わる。

 

 

 

「あんま人に言ってないんだけど、記憶喪失なんだよね。僕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

 

 

衝撃に告白に、凛は言葉を失う。

 

 

「それってどういう…」

 

 

「そのままの意味だよ。僕にはアラシと出会う前の記憶がない。

だから、僕の器に物が入ったのは割と最近。どういう訳か、こんな感じになっちゃったけど…」

 

 

 

記憶喪失。テレビでは聞き馴染みのある言葉だが、実際には聞いたことがなかった。

自分が誰かもわからないまま、何も知らない世界で生きる。そんな人生、想像すらできない。

 

 

 

「でも僕はこれでいいと思ってる。ニートになったのも、引きこもりオタクになったのも、アラシの相棒になったのも、仮面ライダーになったのも。全部、僕が望んだことだ。

ま、僕が言いたいのは、後のことあーだこーだ考えるなんて面倒なことせずに、やってみるのが一番楽だと思うよ。

"なりたい自分"が正解かはわからないけど、"変わりたい自分"はきっといつだって正しいんだから」

 

 

長セリフで疲れたのか、永斗は小さくあくびをする。

 

 

 

 

 

「僕は向いてると思うけどな…アイドル」

 

 

「凛が…?どうして?」

 

 

「それは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

 

病院内、アラシと真姫。

 

 

 

 

 

「そういえば、何でそんなに私にこだわるの?もっといい人なんて、いくらでもいるでしょ?」

 

 

 

「お前が向いてると思うからだよ。まず歌うまいだろ、曲作れるだろ、あと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「かわいいから」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「へ……?」」

 

 

 

 

 

同時刻、別の場所でまったく同じことを言うアラシと永斗。

 

 

 

同じく真姫と凛もその言葉に呆然としていたが、

状況を飲み込むと、顔を真っ赤にしてその場から逃げ去ってしまった。

 

 

 

 

 

当然、その気は微塵もなかったアラシと永斗は、

表情にハテナマークを浮かばせながら、それぞれ病室と事務所に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 

「ただいま~」

 

 

 

アラシは宣言通り、夕方に事務所へと帰宅。永斗はソファに寝そべっていた。

 

 

 

「オイコラ起きろ」

 

 

「あ、帰ってきたんだ。お疲れさんです」

 

 

 

永斗は顔をクッションに沈めたまま、顔を上げようとしない。

 

 

「なんかあったか?」

 

 

「いや、今考えると死ぬほど恥ずかしいこと言ったな~って…」

 

 

「はぁ?」

 

 

「アラシには一生わかんないよ」

 

 

「あっそ」

 

 

 

 

アラシが洗面所に向かうと、そこで衝撃の光景を目にする。

 

 

 

 

そこにあったのは、洗濯機に詰め込まれたまま放置された数日分の衣服。

 

 

 

 

 

 

「永斗ぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

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翌日

 

 

 

 

 

作業用のツナギを永斗が洗っておらず、アラシは臭い作業用のツナギでバイトに行くことになった。

 

アルパカに唾をかけられたまま数日放置。汗やその他諸々の匂いも相まって、その匂いは凄まじいものへと進化していた。もうそれは臭いなんてもんじゃない。近くにとまった鳥が気絶するレベル。

 

 

それが原因で、また学校新聞が盛り上がることになるのだが…その話は置いといて。

 

 

 

アイドルに憧れる少女、小泉花陽の話。

 

 

 

 

 

 

 

花陽は今、大きなお屋敷の前に来ていた。

 

授業が終わり、皆が帰宅するか部活に行き始める時間。

何があったのか、今日は凛が話しかけてこなかったのでそのまま帰ろうとしたが、そこで花陽は思いがけない人物、真姫がμ'sのポスターの前に立っているのを見かけた。

 

真姫が何をしているか気になりつつも、プライベートの問題なのであまり見ないようにしていたのだが、真姫が去った後に生徒手帳が落ちていたので届けに来たのだ。

 

 

 

 

「す…すごいな…」

 

 

 

ここまで大きいとは思っていなかったが、そのまま帰るわけにもいかない。

花陽は勇気を出して玄関のチャイムを鳴らした。

 

 

 

 

「…誰だ」

 

 

 

玄関から出てきたのは、長身の男性。

赤髪だったり、どことなく真姫に似ているが父親には見えない。

あと、目つきが悪い。

 

 

 

「あ…あの…真姫さんと同じクラスの…

小泉花陽…です……」

 

 

 

「同じクラス…友達か?」

 

 

 

「え…えっと…まぁ、そんな感じ…です…」

 

 

 

男性はそれを聞くと、態度を急変させた。

 

 

 

 

「マジで!よかった~あいつ前から友達とか家に呼ばないからさ~

クラスで孤立してないか心配だったんだよ。あ、全然彼氏とかはいらないけどな!」

 

 

「は…はぁ…」

 

 

 

さっきまでの表情はどこへやら。

急に笑顔になって饒舌に喋り出す青年に、戸惑いを隠せない花陽。

 

 

 

「あいつ頭いいだろ。あと超カワイイ!俺の唯一の自慢なんだよ。

あ、俺西木野(にしきの)一輝(かずき)。真姫の2つ上の兄だ。ヨロシク!

真姫に会いに来たんだろ?さぁ入って入って!」

 

 

 

「え…いや、私は忘れ物を…」

 

 

 

「いいからいいから!」

 

 

 

一輝に半ば強引に家に引きずり込まれた花陽は、真姫の部屋に案内された。

 

とにかく大きい。ソファもあって、テレビもあって、難しそうな本もたくさん置いてある。

棚には、今まで真姫がとった賞のトロフィーやメダルが置いてある。

 

 

 

 

「これが真姫が小3の時にとったやつで、こっちが中学のピアノコンクールのやつ」

 

 

自慢げに賞の説明をする一輝と、ただただ驚いている花陽。

 

 

 

「すごいんですね…」

 

 

 

「だろ!じゃ、今度はアルバム持ってきてやるから、一緒に幼き日の真姫を…」

 

「何やってるの、一輝」

 

 

 

部屋の入り口には、いつの間にか真姫が立っていた。それも、かなり怒っている様子で。

 

 

「あ、真姫。おかえり」

 

 

「おかえりじゃないわよ!人の部屋で勝手に何やってんの!」

 

 

「いいだろ?兄妹なんだし。あと、昔みたいに”お兄ちゃん”って呼んでも…」

 

 

「呼ばない!!!」

 

 

 

真姫は力ずくで一輝を追い出し、勢いよくドアを閉め、鍵をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「見苦しいもの見せたわね。で、何の用?」

 

 

外から入れないように、ドアの前にソファを移動させる真姫に多少の恐怖を覚えながらも

花陽は落ちていた生徒手帳を取り出した。

 

 

 

「これ…落ちてたから…西木野さんの…だよね…?」

 

 

差し出された手帳を確認すると、それは確かに真姫のものだった。

 

 

 

「そうだけど…なんで貴方が?」

 

「ごめんなさい…」

 

「なんで謝るのよ」

 

 

 

「あの…μ’sのポスター見てた…よね?」

 

 

図星だったらしく、わかりやすくそっぽを向く真姫。

 

 

「私が?人違いじゃないの?」

 

 

「でも、手帳もそこに落ちてたし…

西木野さん、アイドルに興味あるの…?」

 

 

 

もはや言い逃れはできなくなり、真姫の顔がさらに赤くなる。

 

まぁ、ポスターを見ていたのは事実だ。それもかなり興味津々で。

ちゃっかりチラシもカバンに入れて持って帰っている。

 

その理由はいろいろあるが、主にアラシの”かわいい”発言であるところ、やはり乙女である。

 

当然、本人に自覚はない。

 

 

 

「そ、それより。貴方はどうなのよ。アイドルやりたいんじゃないの?」

 

「わ、私!?なんで…?」

 

 

真姫はとっさに花陽に話を振るが、唐突すぎて花陽は理由がわからない。

 

でも、真姫は話をそらすために適当なことを言ったわけではない。

これは少し前から感じていたことだった。

 

 

「μ’sのライブの時、夢中で見てたじゃない」

 

「西木野さんもいたんだ」

 

「え…あ…私はたまたま通りかかっただけだけど」

 

 

たまたま通りかかっただけというわけはないのだが、とりあえず置いといて。

 

 

 

「やりたいならやればいいじゃない。そしたら、少しは応援…してあげるから」

 

 

「…ありがとう」

 

 

 

その時浮かんだ花陽の笑顔は、曇りのない、心からの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花陽はその後少し話してから、まもなく帰宅。

 

真姫は一人で過去の栄光を眺め、思いにふけっていた。

 

 

 

「やりたいならやればいい……か…」

 

 

 

さっき自分が口にした言葉をつぶやく。これはアラシにも言われたことだ。

 

 

 

「どっかの誰かにも聞かせてやりたいな、その言葉」

 

 

 

後ろから兄、一輝の声が聞こえる。

 

振り返るがそこに一輝の姿はなかった。ドアの外側から話しているようだ。

 

 

 

「言いたいことがあるなら、入ればいいじゃない」

 

 

「入ったら怒るだろ?それに、俺がお前に意見する資格はない」

 

 

 

ドアの外側で一輝は、リストバンドで隠した右手首を眺める。

 

 

 

「だったらどっか行きなさいよ…」

 

 

「そうだな…でも、これだけは言わせてくれ。

 

 

 

お前の人生はお前のものだ。誰が生もうが、誰が育てようが、

真姫の行く末を決められるのは、真姫しかいないんだ。

いつ終わるかわかんない人生、悔いがないほうがいいだろ?だったら行きたい方向に行けばいい」

 

 

 

その言葉が真姫を包み込む。

 

いつもは大嫌いな兄の言葉が、心に響いているのが自分でもわかった。

 

 

 

 

「一輝のくせに…」

 

 

「兄だからな。一応。

だからお前はわがまま言ってもいいんだよ。いつまでもお前は、俺のかわいい妹なんだからさ」

 

 

 

 

そうつぶやいたのが聞こえると、一輝の声は聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ花陽は。

 

 

 

帰宅途中、にわかに空の赤が薄くなり始める中、歩きながらつぶやく。

 

 

 

「いろいろあるんだな…みんな…」

 

 

真姫からいろいろ聞いた。

家が病院やってることや、それを継がなきゃいけないから音楽を続けられないことも。

 

 

悩んでいるのは自分だけじゃない。

みんながそういう時期なのだ。当然といえば当然だろう。

 

 

 

「あれ…?お兄さんがいるんだったら、西木野さんが継がなくてもいいんじゃ…」

 

 

 

すると、どこからか甘い香りが漂ってくる。

 

 

そこにあったのは、ちょっと老舗風な和菓子屋だった。

 

 

母へのお土産でも買って帰ろうと、店の扉を開けると……

 

 

 

 

 

「あ、いらっしゃいませ~!」

 

 

 

 

割烹着を着た、高坂穂乃果の姿があった。

 

 

 

「先輩…」

 

 

「おじゃましま~す」

 

 

 

と、そのあとに士門永斗も入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

 

「お…おじゃまします…」

 

「おじゃましま~す」

 

 

「私、店番あるから上でちょっと待ってて。

永斗君、場所案内してあげて」

 

 

「了解」

 

 

 

穂乃果は店番に戻り、花陽は永斗と一緒に階段を昇って行った。

 

 

 

 

「えっと…あなたは…」

 

「覚えてない?ま、ライブに夢中だったし、無理もないか。

僕は士門永斗。μ’sの協力者ってことになるね…」

 

 

「協力者…μ’sの…」

 

 

そういえば、ライブの最後のほうに、男の人が2人くらい入ってきた気がする。

あんまり覚えてないが。

 

 

 

「凛ちゃんは覚えてたんだけどね。あんな感じで案外記憶力はいいのかな?」

 

「凛ちゃんの知り合いなんですか?」

 

「知り合いっていうか…」

 

 

命守ってます。なんて絶対に言えない。

 

その時、永斗は凛が言っていたことを思い出した。

 

 

(そういえば、アイドルに憧れてる友達がいるって言ってたけど、この子かな?

誘ってとも言われてた気がするけど…いいや、面倒くさい)

 

 

二階に到着したが、永斗の足が止まる。

 

 

 

「ほのちゃんの部屋、どこだっけ?」

 

「えぇ!?」

 

 

永斗は毎回、全部の部屋を開けて確認していたため、どこがどこだか覚えてない。

 

超絶頭脳を誇る永斗だが、興味のないことは3秒で忘れる脳の構造をしている。

 

 

扉は合計3つ。とりあえず、一番近い扉を開けてみた。

 

 

 

ガチャ

 

 

 

「このくらいになれれば…!」

 

 

 

ガチャ

 

 

 

2人はその光景を一瞬目に映すと、すぐさま扉を閉めた。

 

 

 

((とんでもないものをみてしまった))

 

 

 

そこにいたのは、穂乃果の妹、雪穂。

 

 

その雪穂が鏡の前で、キュウリパックをして、タオル一枚のみの姿で、胸を手で寄せて大きく見せようとしていたのだ。

 

 

永斗は何度かあったことがあるが、

しっかりしている普段の姿からは想像もできない光景だった。

 

 

 

(どうすんのアレ。絶対見ちゃダメな奴だよ。100%パンドラの箱だよ。

ていうか何気初登場だよ、ゆきちゃん。いくら機会が無いからってこの登場はないでしょ。作者はゆきちゃんに恨みでもあんの?)

 

 

とりあえず、見てないふりをしてもう一つ奥の扉を開けた。

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

「みんな〜ありがと〜!」

 

 

 

ガチャ

 

 

 

 

ヤバい。これはヤバい。

 

さっきいたのは海未。ノリノリで鼻歌歌いながら鏡の前でポージングしていた。

 

これはパンドラとかそういうレベルじゃない。バレようもんなら消される。

 

永斗の中で最も怖いものは、1位怒ったアラシ 2位怒った海未 |越えられない壁| 3位セーブデータが飛ぶ

なのである。上位2つは場合によっちゃあ命に関わる。

 

 

 

「僕たちは何も見なかった」

 

 

「へ?」

 

 

永斗は真顔で花陽の方を向き、さらに語りかける。

 

 

「僕たちはここには来なかった」

 

 

「は…はい…」

 

 

「今日のことは忘れよう。というわけで、今すぐここからランナウェ…」

 

 

 

「「見ました…?」」

 

 

 

「oh……」

 

 

 

時すでに遅し。そこには、もう雪穂と海未が立っていた。

 

 

この瞬間。永斗は本気で死を覚悟したという。

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

 

それから数分後、ことりが穂乃果の部屋にやって来た。

 

 

そこには海未と穂乃果、申し訳なさそうな花陽、あと顔に赤い手のひらの痕を二つ付けた永斗がいた。

 

 

 

「パソコン持ってきたよ〜」

 

 

「ありがとうことりちゃん!肝心な時に壊れちゃうんだよ〜」

 

 

「あ、僕の件は無視の方向ね。あれ?アラシは?」

 

 

「アラシ君は、あまりに臭かったから外で待ってもらってるよ♪」

 

 

「笑顔でムゴイことしますね。ことり先輩…」

 

 

 

 

そんな中、ことりは花陽がいることに気づく。

 

 

 

「花陽ちゃん!もしかして、本当にアイドルに?」

 

 

「たまたま店によったから、せっかくだと思って。

あ、永斗君。例の動画お願い!」

 

 

 

永斗は黙ってパソコンを立ち上げ、某有名動画サイトでとある動画を開いた。

 

それは、ファーストライブの動画。μ'sの始まりのステージだった。

 

 

 

「凄い再生回数ですね…」

 

「どうりで最近ランクの上がりがいいわけだ」

 

「でも、結局誰が…?」

 

 

 

この動画は投稿者不明なのだ。ただ、ここまで細かく撮っているところから、あそこにいた人物に間違いはない。

 

 

「永斗君じゃないよね?」

 

 

「違うよ、ほのちゃん。僕だったらもっと上手く編集できる」

 

 

「じゃあアラシ君?」

 

 

「アラシ、機械オンチだし。ガシェットの使い方教えるのに、どれだけ苦労したと思ってんの」

 

 

「あ、そうなんだ…」

 

 

 

なんてことを話しながら、動画を見ている一同だが、

さっきから全く喋らず動画に集中している奴が、1人いる。花陽だ。

 

 

その目つきは真剣そのもの。声をかけるが、全く聞こえている様子はない。

 

 

その様子を見た女子三人組は、何かを決めたように、顔を見合わせる。

 

 

 

「小泉さん!」

 

 

「は、はい!?」

 

 

「スクールアイドル、本気でやってみない?」

 

 

「え…でも…私、向いてないですし……」

 

 

 

その言葉に真っ先に反応したのは、海未だ。

 

 

 

「私だって、人前に出るのが苦手です。とても向いているとは思えません」

 

 

さらに、ことり、穂乃果が続ける。

 

 

「私は運動苦手だし、歌を忘れちゃうこともよくあるんだ」

 

 

「私はすごいおっちょこちょいだよ!ね、永斗君?」

 

 

「え、僕も言うの?えっと、僕は…顔に覇気が無いとか?」

 

 

 

もっということあるだろ、と3人は思ったが、心の中にしまっておいた。

 

 

「今ここにいない人は、めっちゃ口が悪いよ」

 

 

 

外からくしゃみの音が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 

 

 

「プロだったら、私たちはすぐに失格です。

でも、スクールアイドルだったら、やりたいという気持ちを持って、目標を持って挑戦できます」

 

「それが、スクールアイドルなんじゃないかな?」

 

「ゆっくり考えて、答えを聞かせて。私たち、待ってるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、3人の少女たちは悩んでいた。

 

 

『やりたいならやればいいじゃない』

 

『私たち、待ってるから』

 

 

『"変わりたい自分"はきっといつだって正しいんだから』

 

『僕は向いてると思うけどな…アイドル』

 

 

『やりたいなら正直になってもいいと思うぞ』

 

『お前はわがまま言ってもいいんだよ』

 

 

 

それぞれが、もらった言葉を思い出す。

 

 

いくら考えても、答えは出ない。

 

 

いや、答えは目の前にあるのだろう。

 

 

あと一歩、何かがあれば手が届きそうな気がする。

 

 

 

 

そして、悩んでいるのは彼女たちだけではない。

 

 

 

 

 

 

切風探偵事務所にて

 

 

 

 

 

机の上にたくさんの写真が広げられ、それらを見る永斗。

それらはエレメントが起こしたと思しき被害の写真だった。

 

 

そこにアラシが、出来立ての野菜炒めを置いた。

 

 

 

「夕食だ。右手で作ったから、味は保証しねぇぞ」

 

 

利き手が使えないにも関わらずこの完成度は、流石と言わざるを得ない。

 

だが、永斗は反応がない。

 

いつもなら「え〜また野菜?」とでもいいそうなものだが。

よっぽど思いつめた状況にあるのがわかる。

 

 

 

あまり声をかけるべきでないのは分かるが、決戦前にどうしても聞いておきたいことがあった。

 

 

 

「永斗」

 

「何?」

 

 

永斗は写真を見たまま返事をする。

 

 

「病院でずっと考えてた。あの時、お前が体を張った理由」

 

 

「だから、考えてなかっただけだって…」

 

 

「お前ほどのやつが、あの程度の判断ができないなんておかしいと思ってた。

でもわかったよ。お前はあの時、頭より体が先に動いたんだよな?」

 

 

「……」

 

 

永斗の手が止まり、黙り込む。

 

 

 

「お前はいままで戦うのを"義務"として捉えることが多かったよな。

俺はそれを否定はしない。でも、それが変わり始めてるんじゃないのか?

友達っていう、守りたい存在ができたから…」

 

 

 

「今回の敵は組織の幹部だ。負けは許されない。

僕は勝つための選択をするだけ。それが、ダブルの頭脳である僕の役目だ」

 

 

 

「わかってる。でも、お前が守りたいっていうなら、俺もトコトン付き合ってやるよ」

 

 

 

「……面倒臭いなぁ…」

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

今日も授業を終え、放課後。

 

 

 

花陽は校庭の木の下に座り込み、ため息をついていた。

 

昨日は散々考えたが、結局どうすればいいかはわからなかった。

 

 

ただ、これだけはわかった。自分はアイドルをしたい。これだけははっきりと。

 

 

だが、踏み出せるかどうかは別問題。

 

先輩たちに気持ちを伝えれば済む話だ。しかし、その勇気がいつまで経っても出ない。

 

 

やっぱり変われないままなのか……

 

 

 

「何してるの?こんなところで」

 

 

「西木野さん…」

 

 

 

そんな時、目の前に現れたのは、昨日話をしてくれた真姫だった。

 

 

 

 

「で、どうするか決めた?」

 

 

「うん…やっぱり私、アイドルやりたいんだと思う…

でも、やっぱり勇気が出なくて…」

 

 

 

花陽は、そう自信なさげに答える。

 

 

 

「そう。でも、焦ることないわよ。別に期限があるわけでもないし」

 

 

 

 

「か~よちん!あれ、西木野さん?」

 

 

 

すると、そこに凛も駆け足で現れた。

 

 

 

「ま、いいや。とにかく、今日こそ先輩たちのところに行って、アイドルになりますって言わなきゃ!」

 

 

そう言って、花陽の手をとる凛。

そこに真姫が反論する。

 

 

「そんなせかさない方がいいわ。もう少し自信をつけてからでも…」

 

「なんで西木野さんが、凛とかよちんの話に入ってくるの!」

 

 

 

その一言で、真姫が少しムキになる。

 

 

「別に!歌うならそっちのほうがいいって言っただけ」

 

「かよちんは迷ってばっかりだから、パッて決めてあげた方がいいの!」

 

「そう?昨日話した感じじゃ、そうは思えなかったけど」

 

 

 

2人の視線がぶつかり合う中、当事者である花陽は戸惑っていた。

一触即発な雰囲気に、ただ怯えているという感じだ。

 

 

 

「行こ!先輩たち帰っちゃうよ!」

 

 

強引に花陽の腕を引っ張り、連れて行こうとする凛。

 

もう片方の腕を、真姫がつかんでそれを引き留める。

 

 

 

「待って!どうしてもっていうなら私が連れて行くわ!

音楽に関しては私のほうがアドバイスできるし、μ’sの曲は私が作ったんだから!」

 

 

「え!?そうなの?」

 

 

ついつい隠していたことを(隠せていたわけでもなかったが)自白してしまい、

急いで花陽の腕を引っ張って、屋上に連れて行こうとする。

 

 

それに伴い、凛も花陽の腕を引っ張って連れて行こうとする。

 

 

謎の争いが白熱し、花陽は完全に犬に引っ張られるそり状態に。

 

 

 

 

 

 

「誰か助けてーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

 

 

それから案外時間がかかり、数十分後。

 

 

 

 

「かよちんはずっとずっと前から、アイドルやってみたいと思ってたんです!」

 

 

「そんなことはどうでもよくて、この子は結構歌唱力あるんです!」

 

 

 

 

穂乃果、海未、ことり、アラシの前で、凛と真姫による花陽プレゼン大会が行われていた。

 

その本人はというと、なんかグッタリしている。

 

 

 

「どうでもいいってどういうこと!」

 

 

「言葉通りの意味よ」

 

 

 

「あ…私はまだ…なんていうか…」

 

 

やっと花陽は口を開くが、やはり言うことはできない。

そんな様子を見て、2人は。

 

 

 

「もう!いつまで迷ってるの!?絶対やったほうがいいの!」

 

 

「それには賛成!やってみたい気持ちがあるなら、やってみたほうがいいわ」

 

 

 

「でも…」

 

 

 

「大丈夫!貴方ならできるわ!私が自信もってそう言えるんだから!」

 

「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっと、アイドルに憧れてたってこと」

 

 

「凛ちゃん…西木野さん…」

 

 

 

夢が、憧れが、目の前まで来ている。あと少し、あと一歩でいい、踏み出せれば…

 

 

そんな花陽に、凛と真姫は笑顔で声をかける。

 

 

 

「頑張って!凛がずっとついていてあげるから!」

 

 

「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ?」

 

 

 

 

そして2人は、花陽の背中を押した。

 

 

踏み出した先、振り返れば応援してくれる友達。

 

 

 

 

一歩踏み出した。さぁ、今こそ夢に…手を伸ばす時!

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、小泉花陽といいます!一年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで…得意なものも何もないです……でも、アイドルへの思いは誰にも負けないつもりです!だから…μ’sのメンバーにしてください!!」

 

 

 

 

言った。溜めていた思いを。夢への憧れを。

 

 

 

 

顔を上げると、手を差し出す穂乃果の姿が。

 

 

 

 

 

「よろしく、花陽ちゃん」

 

 

 

 

花陽は涙を目に浮かばせ、穂乃果の手を取った。

 

 

同じく涙を流す、後ろの2人にアラシが声をかける。

 

 

 

 

 

「お前らはどうすんだ?」

 

 

 

 

「「え…?」」

 

 

 

 

 

 

2人は顔を見合わせるが、もう答えは決まっていた。

 

 

友達が、勇気をもって踏み出したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

変わるなら____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりたいなら____

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____今しかない!

 

 

 

 

 

 

 

「星空凛っていいます!運動は得意だけど、ダンスはしたことないです!

あと、髪も短くて、女の子っぽくなくて…ずっと自信がありませんでした…でも、そんな自分を変えたいです!」

 

 

 

 

「西木野真姫です。歌が好きで、ピアノが好きで、でも諦めるしかないと思ってました…

それでも、できるっていうなら…やりたいことを諦めたくないです!だから……」

 

 

 

 

 

 

 

「「私たちもμ’sに入れてください!」」

 

 

 

 

 

 

花陽から勇気をもらい、2人も思いを叫んだ。

 

 

答えは当然…

 

 

 

 

「あぁ、よろしくな」

 

 

 

 

凛と真姫が、しっかりとアラシの手を取った、

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、感動的だったよ。友情…中々素晴らしいじゃないか」

 

 

 

 

 

ゆっくりとした拍手と共に、男の声が聞こえる。

 

 

 

その声が聞こえた瞬間、アラシの目つきが変わった。

 

 

その目はさながら、獲物を見据える…獣。

 

 

 

 

 

「天金……!」

 

 

 

 

どこからか、白衣の男がμ’sの前に現れた。

 

 

 

 

「見つけたよ、星空凛君。それに他の適合者まで…」

 

 

 

 

《エレメント!》

 

 

 

 

首元にメモリを挿し、その姿をエレメント・ドーパントに変える天金。

 

 

 

 

「全員まとめて、実験道具として頂こう」

 

 

 

 

「感心しねぇなぁ、変態野郎。人の憧れを…邪魔してんじゃねぇよ!」

 

 

 

アラシもメモリを取り出し、ダブルドライバーを装着。

 

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

同刻、リボルギャリー内。

 

 

 

数えきれないほどの、文字が書かれた紙が散乱する中、

永斗の腰にドライバーが装着される。

 

 

 

「来たか…」

 

 

 

永斗は機会を少し操作すると、小さく伸びをしてメモリを取り出した。

 

 

 

 

《サイクロン!》

 

 

 

 

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

 

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

 

 

 

アラシは全員の前で、仮面ライダーダブルへと変身。

 

 

知らなかった花陽と真姫は、驚きを隠せない。

 

 

 

 

「貴方が仮面ライダー!?あの時の?」

 

 

「変身しちゃったのぉ!?」

 

 

 

 

そんな2人はさておき、上空から飛来した空中戦用ビークル”ハードタービュラー”が、

エレメントの体を直撃。エレメントはそのまま校舎から落下する。

 

 

 

「さぁ、決戦と行こうか!」

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

 

今日の朝

 

 

 

 

 

永斗はアラシにある写真を見せる。

 

 

それは銅像に、直径1センチほどの小さな穴が開いている写真だった。

 

 

 

「これは?いたずらかなんかか?」

 

 

「僕もそう思ったんだけどね。でも、ドリルとかにしては奇麗すぎる。

 

これは水によってあけられた穴だ。それも、多分エレメントが」

 

 

 

水で穴をあけるということに疑問はなかった。水は高出力で噴出すれば、石をも切れると聞いたことがある。

 

 

 

「他の写真を見ても、エレメントの被害は最近になって、確実に収縮している。

それがどういうことかわかるよね?」

 

 

 

写真を見れば、前は建物壊したりだとかしていたのが、

回を増すごとに木数本、車一つ、ごみ箱といった感じに範囲は小さくなっていっている。

 

弱くなっているとは考えにくい。つまり…

 

 

 

「エネルギーを操る”練習”をしているってことか」

 

「正解」

 

 

そういえば、前回戦った時は、攻撃が無駄に大雑把だった気がする。

それが、今は水でレーザーを打てるほどに制御を可能にしている…

 

 

「次は科学者の頭脳をフルに使った戦いを仕掛けてくる。

アラシも万全じゃないし、正直勝つ見込みは少ない」

 

 

 

それは紛れもない事実だった。おそらく、エレメントの脅威は前回の比ではない。

 

勝てるのか?という不安さえよぎる。

 

 

 

「でも、一つだけ方法がある。

一度しか言わない。これが僕の”勝つための”選択だ」

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

 

 

学校から少し離れた荒れ地に着地した、ダブルとエレメントが激闘を繰り広げる。

 

 

 

ダブルはヒートトリガーにチェンジしており、

炎の銃弾を可能な限り連射していく。

 

 

 

だが、エレメントは局所的に風を発生させ、銃弾の軌道を巧みに変えて防御。

 

 

さらに炎の球を形成し、ダブルへと投げつけた。

 

 

「くっ……」

 

 

 

炎の球めがけて引き金を引くダブル。

 

しかし、火球は空中で分裂。複数の火球となり、ダブルに襲い掛かった。

 

 

爆発の衝撃で吹っ飛び、背中を地面で汚すダブル。

 

 

 

『どうしたもんかね…』

 

 

 

 

まずはメモリを変える必要がある。

 

 

トリガーはさっきみたいに軌道を変えられる。オーシャンも同様だ。

 

ジョーカーも最善とは言えない。アラシの利き手が使えない以上、素手で戦うのは避けたい。

となると…

 

 

 

 

 

『メタルで行くよ』

 

「あぁ」

 

 

 

 

《ヒートメタル!!》

 

 

 

 

 

トリガーをメタルと入れ替え、ヒートメタルにチェンジ。

 

 

メタルなら防御もしつつ、中距離を保って武器で戦うことができる。

 

これも効果的とは言えないが、他よりかは大分マシである。

 

 

 

 

 

「はぁっ!」

 

 

 

シャフトでエレメントに殴りかかるが、

風でスピードアップしたエレメントはその攻撃を難なくかわす。

 

 

 

攻撃の後の一瞬。エレメントは数方向から水のレーザーを発射した。

 

すさまじい勢いで迫る、水の脅威。だが…

 

 

 

 

 

 

『まぁ、想定内だね』

 

 

 

 

それを予想していたダブルは、攻撃をすべてシャフトで弾いた。

 

 

 

 

「へぇ」

 

 

 

エレメントはさらに、ダブルの足元から火柱を噴出させる。

 

 

 

これも予期していたのか、ダブルは落ち着いて回避。

 

そして、火柱の向こう側にいるエレメントめがけ、シャフトをやり投げのように投げた。

 

 

 

自身の火柱が邪魔で、投げの動作が見えなかったエレメントは、

一瞬、火を突き破り迫るシャフトの対処が遅れる。

 

 

 

鉄の重さもあり、風では防ぎきれない。土壁でそれを防御した。

 

 

だが、ダブルはそのままダッシュし、土壁に刺さったシャフトを踏み台にしてジャンプ。

 

 

高く飛び上がり、エレメントに急降下キックをお見舞いした。

 

 

 

 

「やるじゃないか。予想をはるかに上回っている」

 

 

 

敵の能力を把握、完璧に分析し、思考まで考慮して敵の手を読む。

それがダブルの頭脳である永斗の力だ。

 

 

 

 

「僕は君を評価しているんだよ。読みも的確、その戦術も称賛に価する」

 

 

『そりゃどーも』

 

 

「だから君がほしい。でも、それが少し揺らいでいるんだ」

 

 

 

 

 

エレメントはそう言って、自身の周りに4属性のエネルギー弾を作り出した。

 

まさに、前回リボルギャリーに襲い掛かったあの攻撃だ。

 

 

だが、今回はそれを更に一つに圧縮。巨大なエネルギーは、野球ボールほどの大きさに変化した。

 

 

 

 

「四元素を複合した爆発球。物に触れると蓄積されたエネルギーが解放される。

ただし、これを作るには相応のエネルギーを要し、しばらく僕は動けない。

避けられれば僕は隙だらけだ。ただ…」

 

 

 

 

エレメントは自分の横方向を指さす。

 

その先には、穂乃果たちがいる音ノ木坂学院の校舎。

 

 

 

 

「これをあそこに放つ」

 

 

 

「ッ…てめぇ…」

 

 

 

「受ければ、一時は守れても敗北は免れず、結局守れない。

避ければ、多少の犠牲を払っても、勝機が見える。どっちが正しいか、君はわかるよね?」

 

 

 

『……』

 

 

 

 

「勝つか、守るか、選ぶがいい」

 

 

 

 

 

エレメントが手に力を籠めると、球が校舎へと飛んでいく。

 

 

だが、ダブルに迷いはない。

 

 

ダブルは球の前に立ちはだかり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

爆炎に包まれるダブルを見ながら、エレメントがつぶやく。

 

 

 

 

「がっかりだよ、永斗君。君は情に侵されてしまった。

そんな君はもういらないな。相棒と仲良く、天国で探偵業でもするといいさ」

 

 

 

 

炎はさらに広がり、ダブルの影は完全に消えた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ヒート!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆炎が、吸い込まれるように一点へと集まっていく。

 

 

 

 

そして、現れたのは消えたはずのダブルの姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

~BGM FreeYourHeat アラシ&永斗Ver~ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ…?」

 

 

 

 

あの爆発で変身解除すらしていない。

 

その状況には、最高科学者である天金も驚かざるを得なかった。

 

 

 

 

すると、永斗の声がその疑問に答えるように、語りだす。

 

 

 

 

『ヒートのマキシマム。それは発動と同時に周囲のエネルギーを取り込み、それを炎に変えて相手に放出する技だ。爆発と同時にマキシマムを使い、ダメージになるエネルギーを全部取り込んだ』

 

 

 

 

「正気か?あれほどのエネルギーを取り込むなんて、体がもつはずがない」

 

 

 

 

その通りだ。現にダブルは今にも倒れそうな状況。

体からは湯気が立ち上り、熱を制御しきれていないのが見て取れる。

 

 

だが、アラシはそんなこと覚悟の上だ。

 

 

 

 

「俺も無事で済むと思ってねぇよ。でも、相棒が守りたいって言ってんだ。

そいつについていくためなら…腕や足の1本や2本くらい、くれてやる!!」

 

 

 

 

 

『君を倒して、μ’sも守る。それが、僕たちの”勝利”だ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ヒートバックドラフト!!』」

 

 

 

 

 

 

凄まじい炎が、ダブルの体を覆いつくし、地面を焦がしながらエレメントに突っ込んでいく。

 

 

その姿は、さながら隕石のよう。

 

 

 

 

 

 

「僕が動けないなら…僕自身を強化すればいい」

 

 

 

 

突進してくるダブルを前に、エレメントは土を体に纏い、巨大な鎧を生成する。

 

 

 

 

構わずにダブルはエレメントに激突。

 

 

 

だが、その一撃は無情にも完全に受け止められてしまう。

 

 

 

 

 

 

「終わりだよ」

 

 

 

 

あれほどのエネルギーを以てしても、エレメントを倒すに及ばない。

 

 

もう、出来ることは何も……

 

 

 

 

 

 

 

「永斗ぉ!!俺のことは気にすんな!

俺は絶対に死なねぇ!だから…お前の思う”最善”を、思いっきりぶち込め!!」

 

 

 

 

 

それを聞いて、永斗も覚悟が決まった。

 

 

 

 

 

 

『全く…これだから、うちの相棒は面倒なんだ……!』

 

 

 

 

 

 

ダブルはドライバーに刺さっている、メタルメモリを引き抜く。

 

 

 

 

そして、ベルト横のスロットにヒートが刺さったまま、メタルをメタルシャフトに装填!

 

 

 

 

 

 

 

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

 

 

ダブルを覆っていた炎が、シャフトに集まっていく。

 

 

 

 

その燃え上がるシャフトで、エレメントの鎧を突き上げる!

 

 

 

 

 

 

「『ツインマキシマム!!』」

 

 

 

 

 

 

「2本同時の必殺攻撃…鎧が……」

 

 

 

 

 

見ると、シャフトが触れたところから、鎧が崩れていっている。

 

 

 

 

ヒートメモリは”熱き記憶”。その能力が行き着く先は、万物を滅却する、”熱”

 

 

 

 

 

それはまさしく、全てを滅ぼす煉獄の一撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『メタルインフェルノ!!』」

 

 

 

 

 

 

鎧が朽ち果て、エレメントの体にシャフトがヒットする。

 

 

その瞬間、全熱エネルギーを開放。

 

 

 

 

 

 

 

「面白い…それが君の、いや…」

 

 

 

 

 

 

 

膨大な熱に耐え切れず、エレメントの体は爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

「やった…か……」

 

 

 

『ちょっとやめてよ…フラグにしか聞こえない』

 

 

 

 

とはいいつつも、永斗も勝利を信じていた。

 

ていうか、信じるしかない。もしまだ戦うんであれば、今度こそ勝ち目ゼロだ。

 

 

 

煙が晴れ、そこには…

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなかった。

 

 

 

 

 

「逃げられた…か…」

 

 

 

急に体から力が抜け、ダブルはその場に倒れこむ。

 

 

 

 

「なぁ、永斗。救急車呼んでくんない?」

 

 

 

『とりあえず、昼寝が終わったらね…』

 

 

 

 

 

 

激戦の跡、2人で1人の戦士が戦いを終え、横たわる。そして…

 

 

 

 

 

粉々になったエレメントメモリが、彼らの勝利を静かに物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…ハァ…ハァ……」

 

 

 

 

 

某所の研究所。黒いワームホールのようなものから、天金が転がりこむ。

 

 

そこには、黒服の男の姿も。

 

 

 

 

「その様子だと、負けたようだな」

 

 

 

天金を見降ろす男の目は鋭く、冷酷だ。

 

 

 

「そうだね…()()の力は想定を大きく上回っていた。

それで、負けた僕を殺しに来たのかい?」

 

 

 

「貴様がいなければ、我々の計画が大幅に遅れる。

まだまだ働いてもらうぞ。その右腕の分までな」

 

 

 

天金の右腕は、白衣ごと跡形もなく消え去っていた。

 

 

ダブルの攻撃を食らったとき、体に放出された熱を、エレメントの炎を操る能力で右腕に集中させていた。

 

だが、熱を抑えきれず、結果的に右腕は消し飛ばされてしまった。

 

 

それでも、内臓を焼かれりするよりかは良い方だ。

あのままだったら、全身が焼き消されていた可能性だってある。

 

 

 

 

「さぁ~て、ここで問題です!ロウ君を救ったのは誰でしょうか?」

 

 

 

すると、どこからか妙にハイテンションな声が聞こえてくる。

 

 

天金達はこの声の主のことを知っていた。

 

 

 

「分かってるよ、君だろ。感謝してるよ、朱月(あかつき)

 

 

 

天金がそう言うと、ドアを開けて金メッシュの入った青年が部屋に入ってきた。

 

 

 

「さっすが~!ロウ君分かってるねぇ」

 

 

「あんなとこから助けられるのは、君のメモリくらいだろ?」

 

 

 

 

天金は立ち上がり、敗れた白衣を脱ぎ、新しいものを羽織る。

 

 

 

 

「さて、計画はこれからが本番だ。既にメモリの販売も拡大しつつある。

君たちの所にも、もっと働いてもらうよ」

 

 

 

 

 

 

 

__________

 

 

 

翌日、早朝

 

 

 

 

 

「朝練って、毎日こんなに早起きしなきゃいけないの~?」

 

 

「本当それ。大体、なんで僕が…」

 

 

「2人とも文句言わない。このくらいは当然よ」

 

 

 

朝早くからジャージ姿で神田明神の階段を上る、凛、真姫、永斗。

 

そんな中、真姫が永斗に尋ねる。

 

 

 

「そういえば、アラシさんは?」

 

 

「アラシは今、入院中。だから僕がこんな早起きしてるんでしょ?」

 

 

 

さすがに完治してない状態でツインマキシマムはマズかったらしく、

しばらくの間、入院が必要なようだ。

 

 

3人が階段を上り終えると、そこには準備運動をしている花陽の姿が。

 

 

 

「かよち~ん!」

 

 

 

凛の呼びかけに花陽が振り返ると、なんと…

 

 

 

 

「おはよう!」

 

 

 

メガネがなくなっていた。

 

 

 

「あれ?メガネは?」

 

 

「コンタクトにしてみたの。変…かな…?」

 

 

そう言う花陽は少し恥ずかしそうだが、以前のような自信のなさは減ったような気がする。

 

 

 

「ううん、全然かわいい!すっごく!」

 

 

「貴重なメガネキャラが…」

 

 

「そういうこと言わないの。私はいいと思うけど」

 

 

永斗の頭を真姫が軽くたたく。

 

 

 

「ありがとう、西木野さん」

 

 

「ねぇ、メガネとったついでに…名前で呼んでよ」

 

「いや、何のついd」

 

 

永斗の頭に、さっきより強力な二撃目が炸裂する。

 

 

 

「私も名前で呼ぶから…花陽、凛」

 

 

それを聞いた凛は、嬉しそうに真姫のまわりを飛び跳ねる。

 

 

 

「真姫ちゃん照れてる~かわいいにゃ~!」

 

 

「て…照れてない!」

 

 

 

そうこうしているうちに、2年生の3人もやってきた。

 

 

 

 

「おっはよ~!みんな揃ってるね、それじゃあ…」

 

 

 

全員が整列し、昨日打ち合わせたようにそれぞれが番号を言う。

 

 

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「プラス1」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな様子を写真に収め、どこかの部屋で一人眺める少女。

 

 

 

「アイドル部…」

 

 

 

その少女は素早くキーボードを叩き、こんな文字を入力した。

 

 

 

アイドルを語るなんて10年早い!‼︎

(((┗─y(`A´ ) y-˜ケッ!!

 

 

 

 

 

 

彼女たちの運命の歯車は、まだ動き出したばかり…

 

 

 

 

 

 

 




15000字超えました。書いてて量がやばいっす。
そのうち20000とか超えるんだろうな~

今回はちょっと早めにツインマキシマムの登場。
そして、オリキャラの西木野(兄)の登場です!詳しいキャラ説明はまた後程。

天金を退けた2人だが、まだ新たな事件が…
そして、次回はやっと”あの子”が襲来します。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらよろしくお願いします!


特にオリジナルドーパント案待ってます!異能力系が多くて、その辺はまだ出番が先になりそうなので、生物とかのシンプルなやつを送っていただけるとありがたいです!


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第14話 Nの襲来/にこっ♡なアイツがやって来る

天金 狼(あまがねろう)
組織の最高科学者、年齢不詳。その他個人情報不詳。常に白衣を着用していて、ガイアメモリを独自で作り出せる程の科学力を持つ。知能的には永斗以上。また、興味を持つとノンストップで独り言を言う癖がある。エレメントメモリを作り出し、ダブルに挑むが敗北。右腕を失ってしまった。どういうわけか、永斗とμ’Sメンバーを狙っているが…?
名前の由来は、仮面ライダードライブの「蛮野天十郎」から「天」と読み方をそのままに、漢字を変えて「狼」。彼が変身するゴルドドライブから「金」で「天金 狼」


特技:不明

好きなもの:不明(多分、研究)

嫌いなもの:不明



かなり急ピッチで書き上げました、146でございます!

今回はあの子の登場!あと、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします(活動報告から)!大事なことなので先に言いました。



 

 

 

「それでは、メンバーを新たに加えた、新生スクールアイドルμ’sの練習を始めたいと思います!」

 

 

 

新たに加わった1年生の3人+2年生の2人+退院し、バイト終えたアラシの6人の前で、穂乃果がリーダーとして取り仕切る。

 

 

「いつまで言っているのですか、それはもう2週間も前の話ですよ?」

 

 

「だって、嬉しいんだもん!なので、いつも恒例の…」

 

 

 

穂乃果が姿勢を正し、他のメンバーも整列する。

 

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

「プラス1!」

 

 

 

「くぅぅ~!6人だよ6人!あとマネージャーも2人!」

 

 

「いや、俺たちマネージャーってわけじゃないし。あと1人はここにいないし」

 

 

自分で言って自分で感動する穂乃果と、冷静にツッコむアラシ。

 

 

「アイドルグループみたいだよね~!」

 

 

「アイドルグループな。一応」

 

 

「いつかこの8人が、神8だとか、仏8だとか呼ばれるのかな~!」

 

 

「おい、仏だと死んでるぞ。てか神8だと永斗(あのバカ)が神みたいだから、やめろ」

 

 

「毎日同じことで感動できるなんて、羨ましいにゃ!」

 

 

「それ褒めてねぇからな!」

 

 

「私、にぎやかなの大好きでしょ。それに、たくさんいたら歌が下手でも目立たないでしょ。あと、ダンスを失敗しても…」

 

 

「オイ、穂乃果ぁ!」

 

 

 

 

いつもに増してアラシのツッコミが炸裂する。

 

メンバーが増えたが、凛は完全にボケ。花陽と真姫はまともではあるが、口を出さない。

 

ツッコミ要因はアラシと海未。

それも8:2位の割合であることは変わりはなかった。

 

ていうか、凛と穂乃果がボケの相乗効果を発揮させているため、前より負担が大きい。

 

 

 

「ダメだよ、ちゃんとやらないと。今朝言われたみたいに怒られちゃうよ?」

 

 

 

 

それは、遡ること今朝の早朝。

 

 

いつものように朝練に来ていた穂乃果とことり。

 

ことりが視線を感じ、2人で探していると中学生くらいの女子が現れ、

 

 

 

「解散しなさい!」

 

 

 

と言われたらしい。

 

その際、穂乃果はそいつからデコピンを食らっていたため、

今もおでこに絆創膏をつけている。

 

 

 

 

「でも、それだけ有名になってきたってことだよね!」

 

 

凛はナイスなポジティブ思考。といっても、他の奴らも大して気にはしていない様子だが。

 

 

 

「それより、練習は?どんどん時間なくなっていくわよ」

 

 

「お、やる気だな真姫」

 

 

 

アラシに褒められ、わかりやすく照れる真姫。

ここまでチョロいと、流石に心配である。

 

 

 

「べ、別に!私はとっととやって早く帰りたいの!」

 

 

「ん?でもお前、昼休憩に自主練してなかったか?」

 

 

「ゔぇえ!?」

 

 

 

清掃員のバイトであるアラシは、昼休憩に校舎裏でダンスをする真姫の姿を目撃していた。

 

 

 

「あ、あれはただ、この前やったステップがカッコ悪かったから、変えようとしてたのよ!あまりにも酷すぎるから!」

 

 

「あのステップ、私が考えたのですが…」

 

「あ、俺も。振り付けはことりに任せっぱなしだし、俺も今のところほとんど何もしてないから、とりあえず振付を海未と一緒に考えてみたんだが…

慣れないことはするもんじゃねぇな…って真姫!?」

 

 

見ると、真姫は廊下の隅で体育座りをして落ち込んでいた。

真姫らしからぬ様子に、海未とアラシは驚く。

 

 

「別にあそこまで落ち込む必要はないと思うのですが…」

 

「あいつ、あーゆータイプだったか?」

 

 

「気にすることないにゃ!真姫ちゃんは照れ臭いだけだよね!」

 

 

そう言って、階段を駆け上がり、屋上に向かおうとする凛。

凛は安定のポジティブ思考だが…

 

 

 

 

 

「雨だ…」

 

 

 

空模様までポジティブとはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

 

 

「雨…別に関係ないか…」

 

 

 

 

ただいま、事務所で留守番中の士門永斗です。

 

 

外では雨が降ってるみたいだけど、言ったように僕には関係ない。

 

なぜかって?ニートは晴れ、雨、雪の時は外に出ないからさ(キリッ)

 

 

 

「さてと…今度こそ…」

 

 

 

僕はゲームの画面を凝視しながら、一人呟く。

 

 

本日の午前中、地球の本棚を適当に検索。通称”本棚サーフィン”をしていたところ、

”タドルクエスト”の終盤で戦う暗黒騎士から、”邪神の剣”がドロップするという情報を手に入れ、正午から今まで検証をしている。

 

”邪神の剣”は主人公が中盤で手に入れる伝説の剣”英雄の剣”と対をなすアイテム。

 

”英雄の剣”が氷と炎を操るのに対し、”邪神の剣”は光と闇を操る。

暗黒騎士を倒すと、彼の使う”邪神の剣”が極稀にドロップするらしいが、そのは確率1%以下。

 

今まで数十回倒しているが、まったく落ちる気配もない。

それどころか、ドロップしたという報告もほぼゼロ。まさに幻のアイテム。

 

 

 

「地球の本棚レベルでないと分からないあたり、流石は幻夢ってとこかな…」

 

 

 

僕が暗黒騎士と戦おうとしているときに、呼び鈴が鳴る。

 

 

 

「なんかデジャヴ…」

 

 

恐る恐る僕はドアに近づく。

 

また仕事の依頼だろうな…適当なこと言って帰らせようか…もしくは居留守。

でも、アラシにバレればヤバいし……

 

 

 

「面倒だけど…仕方ない」

 

 

 

僕は渋々ドアを開けた

 

 

 

ガチャッ

 

「……」

 

ガチャッ

 

 

 

と同時に閉めた。

 

 

 

 

 

「なんだ今の…!」

 

 

 

 

さっきの一瞬、僕の目に映ったのは、異様な男。

 

もう6月だというのにロングコートで、深く帽子をかぶり、サングラス+マスクをしていた。

ロングコートは異常に大きく、足元まで完全に隠れ、手元も見えなかった。

 

わかりやすく言えば、金〇一少年によく出てた”明らかに見た目怪しいのに犯人じゃない”アレ。

 

なんにせよ、関わらないのが吉だね。うん。そうしよう。

 

 

 

ガチャッ

 

 

「……」

 

 

 

僕が部屋に閉じこもろうとすると、その男は黙って事務所に入ってきた。

 

ていうか怖い。その見た目で突然入ってきたら、通報されても文句言えないよ?

 

 

 

「ある人物の護衛を頼みたい…」

 

 

 

ボイスチェンジャーまで使ってるよこの人…もう恐怖以外の何物でもないよ…って…

 

 

 

「護衛…?」

 

 

襲うほうじゃなくて?と思ったが、声には出さなかった。

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

「土砂降りぃ~…」

 

 

「梅雨入りしたって言ってたもんね…」

 

 

 

屋上に続く扉を前に、俺たち7人は窓をのぞき込む。

 

空は雲に覆われ、雨は容赦なく降り続ける。とても練習ができる状況じゃない。

 

 

 

「それにしても降りすぎだよ!降水確率60%って言ってたのに…」

 

 

「60%なら降るだろ」

 

 

「あ、そうだアラシ君。こないだの空飛ぶマシンあったでしょ?」

 

 

「ハードタービュラーか?まさかそれを傘にするとか言わねぇだろうな?」

 

 

 

それを聞いた穂乃果の顔は瞬時にこわばる。図星か。

 

 

「全然広さ足らねぇだろ!せいぜい1人分だよ!」

 

 

「じゃあじゃあ!それに乗ってアラシ君たちが雨雲を追っ払いに行けば…」

 

 

「雨雲と戦えと!?」

 

 

 

 

「あ、雨少し弱くなったかも♪」

 

 

ことりがそういったのを聞き、穂乃果が窓をのぞくと

雨はいつの間にか小雨にまで落ち着いていた。

 

 

 

「本当だ!やっぱり確率だよ!」

 

「このくらいなら練習できるにゃ!」

 

 

 

雨が弱まり歓喜した穂乃果と凛は、外に出てアホみたいにはしゃぐ。

 

 

 

「でも地面は濡れていて滑りやすいですし、またいつ降りだすかも…」

 

 

 

そんな海未の心配も耳に入れることなく、2人は勝手に駆け出して行った。

 

 

 

「大丈夫大丈夫、練習できるよ~!」

 

 

「うぅ~!!テンション上がるにゃぁ~っ!」

 

 

 

 

すると、凛は地面に手をつき、ハンドスプリングを一回した後にその勢いで空中で2回転。

濡れた床を滑るように着地すると、クルッとターンし、横ピースで決めポーズ!

 

 

 

と同時に、狙ったかのように土砂降り。凛と穂乃果はびしょ濡れに。

うん、アクロバットはなかなかだったぞ。やる意味は分からんが。

 

 

 

「私帰る」

 

「私も今日は…」

 

 

真姫と花陽は、天候のせいか、先輩と同級生のバカさにうんざりしたのかはわからないが、

練習をするのを諦め、その場から立ち去って行った。

 

 

 

「そうね、また明日にしよっか」

 

「だな」

 

 

 

「えぇっ!帰っちゃうの!?」

 

「それじゃ凛たちがバカみたいじゃん!」

 

「「バカなんだよ(です)」」

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

一足先に階段を下りた真姫だったが、やはりやる気はあったのか

上を見て残念そうにため息をついていた。

 

 

 

そんな真姫を隠れて見る、生徒副会長 東條希。

 

 

 

「どうやらあの子ら、やめるつもりは無いようやで、にこっち」

 

 

 

希の後ろには、ツインテールの小柄な少女。

 

少女は目つきを鋭くし、廊下をUターンして去っていった。

 

 

 

 

 

 

それから数十分後。

 

 

練習はできず、暇ということで、メンバー全員でファストフード店に行くことになった。

 

永斗に集合をかけたところ、嫌そうな様子ではあったが来てはくれた。

 

 

 

「雨、なんでやまないの!」

 

 

 

穂乃果は不機嫌な様子で、文句を垂れながらポテトを口に運ぶ。

 

 

 

「ストレスを食欲にぶつけると、大変なことになりますよ!」

 

「だって60%だよ?だったら普通降らないでしょ!」

 

「まだ言っているのですか…永斗も何か言ってやってください」

 

 

 

永斗は店内にも関わらず、猫背で画面をのぞきながら

未だにクエスト周回を続けていた。

 

 

「今、1%に四苦八苦してるから」

 

 

「聞く相手を間違えました…アラシは…」

 

 

 

海未はアラシに助けを求めるが、アラシはパンケーキを目の前に目を輝かせていた。

 

 

「それは…」

 

「期間限定、幻のパンケーキ”ストロベリースペシャル”だ。その名の通りイチゴをふんだんに使ったパンケーキで、生地、ソース、トッピングの全てに、博多産”あまおう”を使用している。それが破格の200円!ただし、作るのに手間を要し、赤字覚悟の商品のため一日限定10食。それもゲリラ販売だったため、食べられないと思っていたが…まさかこんなところで会えるとは…雨に感謝」

 

 

 

レポーターばりの説明を行うアラシに、一同は困惑。

アラシは喜んでツッコミどころではない。この男、スイーツが絡むとポンコツになるのである。

 

 

それも気にすることなく、穂乃果は文句を言い続け、永斗はゲームを続ける。

もう一種のカオス状態だ。

 

 

 

その様子を隣の席からのぞくのは、さっきのツインテールの少女。

オレンジのサングラスで、白い派手な服。頭には…ピンクの渦巻き。

 

 

なんというか…個性的な格好をしている。

 

 

 

「穂乃果ちゃ~ん。予報見たら、明日も雨だって」

 

「えぇ~……」

 

 

 

ことりの報告を聞いて落胆する穂乃果は、そこにあったハンバーガーを取ろうとする。

そこに、横からさっきの少女の手がニュッと伸びてきて、バーガーを目にもとまらぬ速さで奪い取った。

 

 

 

「あれ?海未ちゃん食べたでしょ!」

 

「自分の食べた分も忘れたのですか!?」

 

 

 

ギャーギャー言い合いをする2人を尻目に、真姫とことりは話をしていた。

 

 

「そんなことより練習場所でしょ?教室とか借りられないの?」

 

「前に先生に頼んだけど、ちゃんとした部活じゃないと許可できないって…」

 

 

「許可もらえばいいじゃねぇか。もう部員6人いるんだし」

 

 

 

 

 

 

アラシがパンケーキを食べながら放った一言に、辺りが静まり返る。

 

 

 

 

 

穂乃果がようやく気付いたのか、急に立ち上がって、口を開いた。

 

 

 

「そうだ!忘れてた!部活申請すればいいんじゃん!!」

 

 

 

 

「「忘れてたんかいっっっ!!!」」

 

 

 

 

穂乃果の天然ボケに、2方向からツッコミが飛んでくる。

一方はアラシ。もう一方は隣の少女からだった。

 

少女は慌てて姿を隠す。

 

 

 

「全く…そんなんじゃ行く末が心配…」

 

 

アラシはパンケーキにフォークを刺そうとするが、そこにあったのは紙皿だけ。

パンケーキの方は影も形もなかった。

 

 

 

「穂乃果…歯ぁ食いしばれ…」

 

「いやいや、私じゃないよ!」

 

「じゃあ凛か!?」

 

「凛たちを疑うなんてひどいにゃ!これは冤罪です、穂乃果裁判官!」

 

「その通りです!それでは永斗裁判長、判決を!」

 

「アラシ死刑」

 

「なんでだぁ!!」

 

 

 

アラシがふと机に目をやると、横から伸びた手が誰かのハンバーガーを掴んでいた。

 

 

気づかれたことに気付いたのか、手はハンバーガを離し、

仕切り越しに見えるピンクの渦巻きが、そそくさとその場から離れていった。

 

 

その瞬間、アラシは形相を変え、猛スピードでダッシュ。

数秒後には逃げた少女の腕を掴んでいた。

 

 

 

「解散しろって言ったでしょ!」

 

 

捕らえられた少女はそう言い放つ。

そう、この少女こそ今朝現れた、μ’sアンチなのだ。

 

 

「解散!?」

 

 

突然の一言に、声を荒げる花陽。だが…

 

 

 

「んなことより、パンケーキ返せ!!」

 

 

「そっち!?」

 

 

 

それを聞くと、少女は「取れるもんなら取ってみなさいよ」と言わんばかりに口を開ける。

 

 

 

「誰がテメェの汚ねぇ食いカス欲しいっつったよ!

買って返せ。できなきゃ一発殴らせろ!!」

 

 

「ケチ臭いわね!このくらい先輩への敬意でしょ?」

 

 

「俺は小学生を先輩に持った覚えはない」

 

 

「誰が小学生よ!私は高3よ!大体、何その恰好は!?

ツナギ姿で食事とかありえなさすぎ~」

 

 

「頭にウ〇コ乗っけたファッションモンスターに言われたくねぇんだよ!

それオシャレだと思ってんの?流行ると思ってんの?飾りだけでなく、頭の中身まで汚物か?」

 

 

「最先端ファッションよ!服のセンスのかけらもないダメ男にはわかんないだろうけど」

 

 

「んだと…?」

 

 

「何よ…!」

 

 

 

「はいはいストップ。視線が痛いんでやめてもらえます?」

 

 

 

2人の視線がぶつかる中、いつの間にかゲームをやめた永斗が制止に入る。

 

永斗は写真を取り出し、何かを確認している。

 

 

 

「うん、やっぱあってる。矢澤にこさんだね?」

 

 

「そうだけど?」

 

 

「切風探偵事務所の士門永斗。こっちが切風アラシ。

面倒だけど、君を護衛させてもらうよ」

 

 

 

「「護衛!?」」

 

 

 

にことアラシは顔を見合わせ、同時に言った。

 

 

 

「仲いいね」

 

 

「「よくない!!」」

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 

 

「キーワードは”矢澤にこ”」

 

 

 

 

永斗の目の前の本が減っていき、一冊だけが残る。

 

 

それを流し読みすると、永斗は本を閉じ、地球の本棚を解除した。

 

 

 

 

その後、ファストフード店から追い出され、アラシ達はその場で解散。

永斗とアラシは、にこを連れて事務所へと戻り、にこの情報を検索していた。

 

 

 

 

検索の報告をすべく、永斗は自分の部屋を出ると…

 

 

 

 

「熱っ!このお茶熱すぎよ!もっとマシなもてなしはできないわけ?」

 

 

「テメェみたいな奴、護衛されるだけありがたく思え」

 

 

「この事務所をネットで炎上させてもいいのよ?

それがわかったら、この私をもっと丁重に扱いなさい!」

 

 

「上等だ!それより先に、テメェを簀巻にして東京湾にぶち込んでやる!」

 

 

 

まだ2人の口喧嘩が続いていた。

 

 

 

「まだやってたの?」

 

 

 

「守られる分際で、こいつの態度がデケぇんだよ!」

 

 

「そっちこそ、スーパースター矢澤にこの護衛ができるんだから、もっと光栄に思いなさい!」

 

 

「あぁ!?」

 

 

 

このままだと無限に終わりそうにないので、永斗が事件の話に戻す。

 

 

 

 

「えっと、にこちゃん」

「にこ先輩」

「にこ先輩に脅迫状が届くようになったのはいつ頃?」

 

 

「ちょっと!なんでそのこと知ってんのよ!?」

 

 

 

にこが驚きの声を上げる。アラシも多少は驚いているようだ。

 

 

「依頼人から教えてもらった。で、いつから?」

 

 

「そ、そんなのいう必要ないでしょ!」

 

 

「ま、2年前なんだけど」

 

 

「だから、何で知ってんのよ!」

 

 

 

立ち上がり、再び声を荒げるにこ。

 

永斗の検索にかかれば、大概の個人情報は入手できる。

それ故に、この事務所は優秀なのだ。モラル的に問題しかないが。

 

 

 

「2年前…結構昔だな。内容はどんなのだ?」

 

 

 

口喧嘩をしていたアラシも、既に探偵モードに移行している。

 

にこに質問するその目は、完全に探偵のソレだ。

 

 

 

 

「脅迫状っていうか、ただの嫌がらせみたいなものよ。

”お前を許さない”だとか”呪ってやる”だとか。特に意味はないわ。

現に2年間、何も起きてないんだから」

 

 

 

「最近特に変化はないか?電話がかかってくるとか」

 

 

 

アラシの質問に、嫌そうだが仕方なくにこは答える。

 

 

 

「特に。ただ、ストレスで幻聴が聞こえたり、変なものが見えるくらいよ。

何てことないわ。あの頃に比べれば……」

 

 

 

「あの頃…?」

 

 

 

にこが漏らした言葉に反応するアラシだが、そこに永斗が割って入る。

 

 

 

「まぁ、事情を知る人に聞いたほうが早いかもね。

彼女の過去もそこでわかると思うし…僕から言うのは面倒だし…」

 

 

 

「事情を知るやつって…心当たりあんのかよ?」

 

 

「アラシも知ってるでしょ?学院内の情報を完全網羅する、あの集団」

 

 

「あぁ…」

 

 

 

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

ただいま、夜の7時30分ほど。まだ校舎は空いている。

 

俺はここに、こいつらに会いに来た。そう…

 

 

 

「話すのは初めてですかね!いつもお世話になってます!

私、新聞部の部長にして3年生の、鈴島(すずしま)貴志音(きしね)と申します!」

 

 

学院内の情報機関、新聞部である。

 

できれば、ここに来たくはなかった。

スパイダーマンの件といい、悪臭事件の件といい、少なからず俺とこいつらには因縁がある。

 

といっても、あっちが一方的に記事にしてるだけなんだが。

 

 

 

「で、こんな時間に何の用件で?記事の撤回なら受け付けませんよ!

盗撮だろうが、許可とってなかろうが、多少誇張してようが、自分たちなりのニュースを学院に伝える!それが、ジャーナリズム!それが音ノ木坂新聞部です!」

 

 

「自覚してんなら、最初からそんな記事書くな!ていうか、新聞なら真実を伝えろ!」

 

 

「嫌です!」

 

 

「もうなんか清々しいよ!」

 

 

 

あ~疲れる…なんで今日はこんな奴らばっかと出会うんだ…

 

 

 

「聞きたいのは矢澤にこの事だ。アイツの過去に何があった?」

 

 

「矢澤さんですか…彼女は2年前、スクールアイドルだったんです。

今は部員も一人になって、ひっそりとアイドル研究部をしているみたいですが」

 

 

「アイドル!?」

 

 

 

驚いたな…アイツがアイドル…俺たちの先輩にあたるわけか……

 

なんか腹立つな。

 

 

 

「当時の担当記者は既に卒業しましたが、

彼女にゆかりのある人物なら、何人か教えられますが?」

 

 

「そうか。それなら…」

 

 

「ただし条件付きです!また今度、μ’sのマネージャーとして

私たちのインタビューに答えてもらいます!」

 

 

「俺は正式なマネージャーじゃねぇぞ」

 

 

「それはどうでしょうか…?私たちの情報網を舐めてもらっちゃ困りますよ!」

 

 

 

コイツ、何言ってんだ?

 

 

 

「まぁ直に分かります。とにかく、インタビューの際には

多少の表現の変更は覚悟しておいてください!」

 

 

「それを堂々と言うか…」

 

 

「新聞は嘘と真実の織り成す芸術です!」

 

 

 

廃部になっちまえ、こんな部活。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、職員室。

 

 

 

 

 

 

「やあ、君が切風くんだね」

 

 

 

俺の目の前にいるのは、この学校じゃ珍しい男性教員。

背は180センチくらいで、さわやかな雰囲気のメガネだ。

 

 

 

「僕が教員の夏目(なつめ)甲児(こうじ)です。矢澤さんのことが聞きたいんだよね?」

 

 

夏目先生は元アイドル研究部の顧問。

この学校では、部員が3名を切った部は、形式のみの部となり、顧問を外されるようになっているらしい。よって、夏目先生は今はアイドル研究部と関わりはない。

 

 

「当時、矢澤にこという生徒はどんな奴でした?」

 

 

「矢澤さんはすごく真っすぐで、目標に向かって一直線っていう感じの子だったよ。

でも、そのせいで温度差が生まれ始めて、部員は一人、また一人とやめていった」

 

 

「恨みを持った人物に心当たりは?」

 

 

 

もう時間が遅い。あとせいぜい1人に話を聞くのが限界だろう。

ここで話を聞くべき人間を絞り、今日の調査はそこにかける。

 

 

 

「う~ん…強いて言うなら、久坂(くさか)さんかな?」

 

 

 

久坂(くさか)陽子(ようこ)。にこと一緒にスクールアイドルをやっていた一人。

今は、キックボクシング部の部長らしい。さっきの人物リストに書いてあった。

 

 

 

「彼女は矢澤さんと仲が良かったし、アイドルのことにも前向きな姿勢だった。

でも、突然やめてしまって…それからというもの、成績は伸びてない一方だし、なかなか上手くいってないみたいなんだ。それで矢澤さんを恨んでる可能性もあるんじゃないかな?」

 

 

 

確かに、その線はなくもない。ただ、その場合は完全な逆恨みだな。

 

 

 

「そうだ切風くん!矢澤さんをアイドルに誘ってくれよ!」

 

 

「はい!?」

 

 

「彼女はきっと、今でもアイドルがしたいんだ。仲間がいれば、きっと彼女は再び輝ける!」

 

 

 

熱い先生を少々うっとうしく感じながらも、俺は職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体育館裏。もうすでに時刻は8時30分になっていた。

 

 

 

「矢澤にこについて聞きt」

「帰って」

 

 

 

1人で居残りして、サンドバッグに蹴りを入れ続ける久坂を発見し、声をかける。

だが、速攻で拒絶された。さすが格闘家、反応は早い…って言ってる場合じゃねぇな。

 

 

 

「元仲間だろ?それとも、何か話したくない理由でもあるのか?」

 

 

「あの子とはもう絶交した。それだけよ」

 

 

 

久坂はこちらに目も向けず、サンドバッグを蹴り続ける。

どうしようもないので、俺は強引に、彼女の右腕をつかんだ。

 

 

「痛っつ……触らないで!!」

 

 

 

彼女は俺の腕を振りほどくと、駆け足でその場から去っていった。

 

そんなに強くは触っていないんだが…

 

 

 

「なんにせよ、収穫は無しか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が校門に戻ると、そこには矢澤にこが待っていた。

 

 

 

「どう?何か分かった」

 

 

「別に。お前がアイドルやってたってことしか。

あと、お前は前から相変わらずのバカってことくらいしか分かんなかった」

 

 

「それどういうことよ」

 

 

「まんまの意味だよ。お前μ’s嫌いだろ。なんでだ?」

 

 

「アイドルを侮辱しているからよ!歌もダンスも全然なってない」

 

 

「ほらそれ」

 

 

「だから、どういうことよ!」

 

 

にこは意味が分かんなそうな顔をしていたが、何か思い出したような表情に変わる。

 

 

 

「忘れ物取りに来たの忘れてた!」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「そこで待っときなさいよ!一応護衛なんだから!」

 

 

 

偉そうなムカつく態度で、にこは校舎に走っていく。

 

6月とはいえ、夜は寒いんだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パカッ パカッ

 

 

 

 

 

 

突然、どこからか音が聞こえる。

 

その音はまるで馬の足音。足音は少しずつ大きくなっていく。

 

 

気づくと、背後に馬の怪物が立っていた。

 

 

 

 

 

「ッ…!ドーパント!」

 

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

 

俺はドライバーを装着し、メモリのボタンを押した。

もう夜だし、永斗が寝てなけりゃいいが…

 

 

 

そんな心配とは裏腹に、珍しくサイクロンメモリがすぐに転送されてきた。

 

 

 

「変身!」

 

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

 

 

ドライバーを展開し、俺たちは仮面ライダーダブルへと変身。

 

と同時に飛び蹴りをかまし、このセリフを叫ぶ。

 

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

馬のドーパントは素早い足技で、ダブルに攻撃を仕掛ける。

 

 

回し蹴り、ローキック、膝蹴り。多彩な技でダブルを翻弄していく。

 

 

だが、蹴り技が得意なのはサイクロンジョーカーも同じ。

キックの対決においては、ほぼ互角だった。

 

 

 

 

「馬だけあって、蹴りはやるな…」

 

 

『よく見て、角がある。あれは馬じゃなくてユニコーンだよ』

 

 

 

ユニコーン・ドーパントは重い一撃を次々と繰り出す。

さらに、ユニコーンは少しだけダブルと距離を取り、足の蹄からエネルギー波を発射した。

 

 

落ち着いてそれをかわすダブル。

 

だが、このままでは劣勢だと感じ、ダブルは更に距離をとる。

 

すると、どうしたのかユニコーンの攻撃はピタリとやみ、防御の構えをとっている。

 

 

 

 

「身体能力が高ぇな…おまけに小細工も使ってきやがる」

 

 

『でも惜しいね、身体能力だけじゃ…』

 

 

 

ダブルは地面を蹴り、一瞬で間合いを詰め、驚いたユニコーンに隙が生まれる。

 

その瞬間、ダブルはユニコーンの胴体に拳を叩き込んだ。

 

 

さらにユニコーンの顔をめがけて回し蹴り。その攻撃をユニコーンは右腕でガードする。

 

 

思いの外効いたのか、右腕を抑えてユニコーンがうずくまる。

 

そこにダブルは容赦なく飛び蹴りを放った。

 

 

その勢いで吹っ飛ぶユニコーン。

ダブルはそれに追いつき、ユニコーンに乗っかって動きを封じた。

 

 

 

 

『それだけじゃ、うちの相棒には勝てないよ』

 

 

「お前がやったみたいに言うなや。

ま、トドメいっとくか」

 

 

 

 

ダブルがサイクロンメモリを引き抜き、スロットに装填しようとする

 

 

 

その時だった。

 

 

 

上空に殺気を感じ、その場から離れるダブル。ユニコーンも同様に逃げる。

 

 

 

数秒後、さっきまでダブルがいたところに、鉄の大剣が突き刺さった。

 

 

こんな芸当できるやつは一人だ。

 

 

 

 

 

 

 

「また会ったな、仮面ライダーダブル」

 

 

 

「スラッシュ…!」

 

 

 

 

前回、ダブルと激闘を繰り広げた謎のドーパント、スラッシュ。

 

そいつが目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

「言ったはずだ、次ぎ合うときは貴様のメモリを頂くと。

武士に二言はない。勝負だ、仮面ライダーダブル!!」

 

 

 

 

 

剣士の刃が、ダブルに牙をむく…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を見ている、組織の幹部 朱月。

 

 

 

「面白そうだねぇ。さて、ここで問題!」

 

 

 

誰もいないのに、一人で質問する朱月。

 

 

 

「オレは今から何をするでしょうか?正解は…」

 

 

 

 

朱月が手を挙げると、空中に2つワームホールが出現する。

 

 

 

そのホールから、2体の怪物が

 

 

 

1体はハチのような姿をして、妙な形の腕輪を付けており、

暗い銀色をした、怪物の顔のようなバックルのベルトを着けている。

 

 

 

そして2体目はシカのような角を持ち、

全身にステンドグラスのような模様が刻まれた異形。

 

 

 

 

 

2体の怪物を、月は背後から照らす。

 

 

 

そして2体に挟まれた本物の怪物は、戦いを見下ろしながら、不敵に微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の怪物の正体は…わかる人はわかると思います。

さて、今回の犯人は…久しぶりに、この回で分かるようにしています(一応)。
相当難しいと思いますが…

そして予告します。次回、2つ目のオリジナルフォームを出します。


次回もお楽しみに!

感想、評価、アドバイス等ありましたら、よろしくお願いします!

オリジナルドーパント案も待ってます(活動報告で)!
大事なことなので後にも言いました。


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第15話 Nの襲来/ウザくてバカでかわいい奴

どうも146です。テストマジ爆ぜろ!(やけくそ)

今回はキャラ紹介お休みします。
ていうか深夜投稿するはいいが、起きるのがツラい…


今回はユニコーンの正体&オリフォームです!



「はぁぁぁぁ!!」

 

「でやぁぁぁぁっ!!」

 

 

闇夜の中、サイクロンメタルにチェンジしたダブルのシャフトと、スラッシュの剣が火花を散らす。

 

今回は、最初からスラッシュが得意な一刀流スタイル。

だが、迫る剣撃をなんとか弾きながら、ダブルも反撃を加えていた。

 

 

「どうして今回に限って現れた!天金の命令か?」

 

 

戦いながらも、アラシがスラッシュに尋ねる。

 

 

「笑わせるな。私は奴の配下ではない」

 

「何!?」

 

 

スラッシュは、ダブルの一撃を剣で防御する。

 

 

「我々の組織は、内部に複数の集団が存在する。

私が所属するのは”ある男”が組織したエージェント部隊」

 

 

スラッシュがダブルのシャフトを弾き、体に鋭い斬撃を浴びせる。

体勢が崩れたダブルに、スラッシュは剣先を向けた。

 

 

「コードネームは……”ファースト”」

 

「ファースト…一番手か…」

 

『道理で強いわけだ…』

 

 

その時だった

 

 

スラッシュが剣を振り上げた瞬間、

上空から飛んできた針が、地面へと突き刺さった。

 

 

2人が上方に目をやると、そこには謎のハチの怪物。

 

 

「なんだあいつ?新手のドーパントか?」

 

『いや…あれは…』

 

 

ハチの怪物は急降下し、ダブルに迫る。

ダブルは姿勢を低くして、その攻撃を回避。さらにシャフトを、ハチの怪物の腹部に叩き込んだ。

 

ハチの怪物はそのまま地面に落下。

だが、すぐに姿勢を戻し、上空に飛び上がった。

 

 

「ゴラゲパ・デババギバ・クウガ!」

 

「あ?何言ってんだ!?」

 

 

ハチの怪物は再び針を、ダブルにめがけて発射。

シャフトで弾き飛ばそうとするが、勢いが凄まじく、弾くことができない。

 

 

「痛ぇ…厄介だな…」

 

『それなら…』

 

《オーシャン!》

《ルナ!》

 

 

ダブルはドライバーのメモリを2本とも入れ替え、再び展開。

 

 

《ルナオーシャン!!》

 

 

黄と藍の形態 ルナオーシャンに変身し、オーシャンアローを構える。

強化された動体視力で、発射される針を回避。

 

狙いを定め、矢を放った。

 

矢は見事に命中。ハチの怪物が悶絶の声を上げる。

 

 

「お前の相手をしてる暇は無ぇんだよ!!」

 

《オーシャン!マキシマムドライブ!!》

 

 

オーシャンメモリをアローに装填し、弦を引く。

アローにエネルギーがチャージされ、一本の光の矢が放たれた。

 

矢は真っすぐハチの怪物に飛んでいくが、俊敏な動きで避けられてしまう。

 

 

「ゾボゾべ・サデデギス!」

 

『何言ってるかわかんないけど、粗方”どこを狙っている”とでも言いたいのかな?』

 

 

そう言うと、ダブルは右手で上を指さした。

 

そこには、避けられた矢がエネルギー球となって、

ハチの怪物の頭上に浮かんでいた。

 

 

 

「『オーシャンサウザンド!!』」

 

 

エネルギー球は空中で四散。無数の光の矢に変化。

そして、一斉にハチの怪物へと降り注ぐ。

 

この量を避けることはかなわず、ハチの怪物は木っ端微塵に爆発した。

 

 

『変身者がいない…やっぱりドーパントじゃ…』

 

「永斗!後ろ!!」

 

 

振り向くと、シカのような角を持った別の怪物が、すぐそこまで突進してきていた。

アラシはいち早く気配を感じ取ったが、時はすでに遅し。

 

巨大な角が、ダブルに迫りくる……

 

 

 

ザンッ!

 

 

 

一つの斬撃音がしたと思うと、怪物の体はガラスのように変化。

そして、砕け散るような音とともに消滅した。

 

消滅した怪物の先には、剣を振り下ろした体勢のスラッシュ。

 

 

「お前…なんで……」

 

 

アラシがその行動の真意を聞こうとするが、

その言葉は複数の奇声によってかき消されてしまう。

 

気づくと、2人の周りは5体の怪物によって囲まれていた。

 

 

それぞれ、緑の目をした人型の蜘蛛みたいな奴や、パンダとシャチが合体したような歪。

全身灰色のカマキリのような怪物、体にラインのはいったカメレオン。

そして、緑色の体に銅の文様と翼、鋭い爪を持った巨大な龍。

 

 

「別世界の怪物…朱月の差し金か……

邪魔をするな……!」

 

 

スラッシュは持っていた剣を捨て、一本の日本刀を出現させる。

 

 

「天下五剣 鬼丸国綱」

 

 

抜刀し、剣を構えるスラッシュ。

研ぎ澄まされた殺意で、辺りが凍り付く。

 

 

 

「レベル2」

 

 

 

次の瞬間、ダブルの後ろにいたカメレオン怪人が爆散。

 

そこにいたのは、スラッシュ。

だが、その半身は紫の炎を纏った異形と化している。

 

 

その様はまさしく───鬼

 

 

 

その姿をとらえた、カマキリとパンダの怪物はスラッシュに攻撃を仕掛ける。

だが、その攻撃が届く前に、斬撃が2体の体を裂断。

爆散し、それぞれメダルと灰になって消えた。

 

 

背後からスラッシュを狙う蜘蛛怪人。

それに気づいたスラッシュは、刀を蜘蛛怪人に振りかざす。

 

斬撃を何とか回避し、エネルギー弾を生成する蜘蛛怪人。

 

しかし、放たれたエネルギー弾は、一瞬でかき消されてしまった。

爆炎から現れたスラッシュは無数の剣を生成。炎を纏わせ、蜘蛛怪人に放つ。

 

全てが蜘蛛怪人に突き刺さり、爆発した。

 

 

残された巨大龍は、炎の息をスラッシュに放出。

炎がスラッシュを包んだように見えたが、そこには既にその姿はなかった。

 

 

スラッシュがいたのは、巨大龍の上。その一太刀は銅の翼を一撃で粉砕。

着地したスラッシュは構えの姿勢をとり、殺意を巨大龍に向ける。

 

 

「我流剣 三ノ技…」

 

 

スラッシュと姿が消えたと思うと、次の瞬間には巨大龍の向こう側に。

 

 

 

羅刹(らせつ)

 

 

 

巨大龍の体がバラバラに切断され、叫び声も上げず、大爆発を起こした。

 

 

「強い……」

 

 

アラシ、永斗は共に、驚くことしかできなかった。

こういうことを、格が違うというんだろう。

 

すべての怪人を倒し終えたスラッシュは、今度はダブルに剣を向ける。

 

 

「次はお前だ、仮面ライダーダブル」

 

 

その時、スラッシュの体に異変が起こる。

 

 

「ぐっ…ぐぁあっ!」

 

 

見ると、スラッシュの右手の生体コネクタが怪しく光り、体の炎が強くなる。

スラッシュ自身も苦しんでいる様子だ。

 

 

「ここまでか…覚えておけ、貴様を倒すのは…私だ」

 

 

 

そう言い残すと、スラッシュは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を見ていた朱月。

 

 

「まさか、レベル2まで使えるとはね。さすがは”S”のメモリ…いや、あの能力は本来”剣士の記憶”には内包されていないんだから、凄いのはファースト君か

 

それにしても、あの姿……彼は一体、何を抱えてるのかな?」

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

6月2日 音ノ木坂学院

 

 

 

 

昨日、もう既に部員の人数はそろっていたという、衝撃(?)の事実に気づいた穂乃果たち。

 

そこで、生徒会室に部の承認をもらいに行ったところ、「もう学院内にアイドル部が存在する」らしい。生徒副会長によれば、そこの部長と話をつけ、2つの部を1つにできれば部として認められるとのことだ。

 

 

そういうわけで、そのアイドル部に来ているわけだが…

 

 

「あなたがアイドル研究部の部長!?」

 

 

そこにいたのは、昨日現れたμ’sアンチのツインテール少女 矢澤にこ。

 

彼女こそ、アイドル部の部長だったのだ。

 

 

穂乃果たちも心底驚いていた。

大体、毎日通るこの廊下に部室があるなんてことも気づかなかった。

 

よくよく見れば、扉の窓の隅に”アイドル研究部”というシールが貼ってある。

 

 

「ウニャァアアアッ!!」

 

 

にこは腕を振り回し、猫のような声で威嚇。

隙が生まれ、その間に扉を開けて部室に閉じこもってしまった。

 

 

「部長さん!開けてください!」

 

 

穂乃果は扉をドンドン叩くが、開く様子はない。

それどころか、にこは室内に入れないように、扉の前に箱を積み上げている。

 

 

「外からいっくにゃー!」

 

 

その言葉を聞いたにこは、即座に反応し、窓から逃げようとする。

窓を開け、身を乗り出すと、もうそこまで凛が走ってきている。

 

 

にこは急いで窓から降り、全力ダッシュ!

 

 

しかし、すぐに力尽き、凛に捕まってしまった。

 

 

「捕まえたー!!」

 

 

だが、にこは自身の凹凸のない体を利用し、スルリと凛の腕から逃れる。

 

 

「あっ!しまったにゃ!」

 

「捕まるもんですか!」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

今日は雨天。しかし、バイトはかっぱを着れば問題なく行える。

ということで、俺はいつも通り清掃を行っているのだが…

 

 

「ファースト…か…」

 

 

昨日現れた、組織のエージェント一番手を名乗る人物 ファースト。

その実力は名に相応しく、圧倒的だった。

 

 

言ってしまえば、次元が違う。

 

 

「勝てるのか…?俺たちに……」

 

 

あの時、俺は奴に殺意を向けられたとき、怖気づいていた。

結局…俺は1年前と何も変わって無いってことかよ……!

 

 

 

「空助……」

 

 

 

その時、向こう側から人影が走ってくるのが見えた。

そいつの正体は、矢澤にこ。そして、それを追ってるのは凛だ。

 

 

「あっ!アラシさん!その人捕まえてください!!」

 

 

この瞬間、俺の中で次のような思考が展開された。

 

 

にこがこっちに向かって走ってくる→凛が捕まえろと言ってくる

→俺はこいつが嫌い→俺は今ムシャクシャしている→ただいま箒を装備中→

 

 

 

 

俺は走ってくるにこに向かって、箒を思いっきりフルスイングした。

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

「捕まえろとは言いました。ですが、誰がノックアウトさせろと言いましたか!?」

 

「そこにいたコイツが悪い」

 

「どんな理屈ですか!」

 

 

箒がクリティカルヒットし、にこはそのままKO。

そのことについて、俺は海未に説教を受けていた。

 

 

「でもいいじゃん。部室に入ることができたんだし」

 

 

穂乃果の言ったように、ここはアイドル研究部の部室。

 

室内にはアイドルのポスターやら、グッズやらが飾られており、

他の奴らはそれを見てはしゃいでいる。特に花陽の興奮が異常なレベルだ。

 

 

「こ…こ…これは…伝説のアイドル伝説DVD全巻BOX!!各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVD−BOXで、その希少性から伝説の伝説の伝説!略して”伝伝伝”と呼ばれる、アイドル好きなら誰もが知ってるDVD−BOXです!」

 

 

さっきからこの調子だ。キャラ変わりすぎだと思う。

 

 

「通販、ネットと共にオークションで瞬殺なのに、2セットも持っているなんて…」

 

「家にもう一セットあるけどね」

 

「じゃあこれみんなで見ようよ!」

 

「ダメよ。それは保存用」

 

 

保存用って…保存してどうすんだよ。売んのか?

ん?そういえば……

 

 

 

数か月前

 

 

 

「永斗ぉ!!ダブった人形買うなって、何回も言ってんだろうが!!」

 

「何言ってんの。観賞用、保存用、実用用で3つはいるでしょ!」

 

「人形に実用もクソも無いだろうが!!」

 

 

 

なるほど、にこは永斗と同人種か。苦手なわけだ。

ちなみに、花陽はDVDの視聴を拒否され、露骨に凹んでいる。

 

すると、今度はことりが棚にある何かに視線を向けている。

あれは…色紙?

 

 

「気づいた?秋葉のカリスマメイド ミナリンスキーさんのサインよ」

 

 

カリスマメイド…やはり、オタク文化はよくわからん。

 

 

「って、ことり知ってんのか?」

 

「え…いや…」

 

「ま、ネットで手に入れたものだから、本人には会ったことないんだけどね」

 

 

それを聞いたことりは、ホッとしたような表情を浮かべる。

 

 

「それで、何しに来たのよ?」

 

「おっと、そうだった。アイドル研究部さんっ!」

「にこよ」

「にこ先輩、実は私たちスクールアイドルをやっておりまして」

 

「知ってる」

 

 

知ってるだろ。昨日解散しろとまで言ったんだし。

 

 

「どうせ希に、部にしたいなら話をつけてこいとでも言われたんでしょ。

いずれ、そうなるとは思ってたけどね」

 

「おおっ!それなら話が早い!なら…」

 

「お断りよ」

 

「え?」

 

「お断りって言ってんの」

 

 

にこははっきりと、そう言い放つ。

 

 

「そこのバイト探偵にも言ったでしょ。あなた達はアイドルを汚しているの」

 

「そんな…」

 

「穂乃果、別にコイツに頭下げる必要は無ぇよ。

全員でコイツを袋叩きにして、ここから追い出せばいいだけの話だ」

 

「アラシさんがいつもに増してバイオレンスにゃ!!」

 

 

俺の発言を聞いたにこは、表情を変え、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「何?3年間部長を務めた、私に逆らうっていうの?」

 

「こんな部、所詮お前の夢の残骸。

老害はさっさと消えて、未来あるやつらに部を渡したらどうだ」

 

「誰が老害よ!!」

 

「悔しかったら、アイドルらしいことの一つや二つ、やってみろ」

 

「わかったわよ、見てなさい…」

 

 

そう言うと、にこは後ろを向き、そして……

 

 

 

 

「にっこにっこに〜♡

 

あなたのハートに にこにこに~♡

 

笑顔届ける矢澤にこにこ〜♡

 

にこにーって覚えてラブにこっ♡」

 

 

 

 

目の前で謎の儀式が行われ、一同唖然、硬直。

 

 

 

「どう?」

 

 

それぞれの反応はこんな感じ。

 

 

「うっ…」←穂乃果

 

「これは…」←海未

 

「キャラというか…」←ことり

 

「私無理…」←真姫

 

「ちょっと寒くないかにゃー」←凛

 

「フムフム…」←花陽

 

「うわっ……」←俺

 

 

「そこのあんた…今、寒いって…」

 

 

にこは目元を暗くし、凛をにらみつける。

 

 

「い、いや、すっごく可愛かったです!ホント、サイコーです!」

 

「あっでも、こういうのもいいかも♪」

 

「そうですね!お客様を楽しませるという、努力は大事です!」

 

「素晴らしい!さすが、にこ先輩!!」

 

「やっぱり無理……」

 

「悪い、殺意が沸いた」

 

「真姫とアラシは空気読んでください!」

 

 

薄っぺらい誉め言葉+2人のド直球な批判に、にこが肩を震わせる。

 

 

 

「出てって」

 

 

 

にこに力づくで追い出され、廊下で呆然とする俺たち。

 

 

「あ~あ、追い出されちゃった…」

 

「ま、俺はまた仕事で会うんだが」

 

 

アイツ、やっぱ変だ。

いや、普通に変だが、そういう意味じゃない。

 

 

どこか張りつめてるというか…脅迫行為のせいか…?

いや……

 

 

「お前…そんなに弱く無いだろ……?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

その数時間後、雨のせいで練習ができず、今日はそのまま解散。

各々が自宅に戻ったのだが、μ’sのバカトップ2が向かったのは…

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

「永斗くんいる~?」

 

 

切風探偵事務所だ。

 

永斗はソファでゲームをしていたが、2人が来た瞬間、あからさまに面倒くさそうな顔をする。

 

 

「あっ、タドクエにゃ!

凄い!もうここまで進んでる!!」

 

「ここまでって…もう暗黒騎士クエは282週目だけど」

 

「に…にひゃくはちじゅうに!!??」

 

「全然落ちないよ邪神の剣…もう1%とか優に超えてるでしょ

あ~もう!この演出スキップできないの!?」

 

 

ゲーム機を操作しながら愚痴を垂らす永斗。

そうこうしているうちに暗黒騎士を倒したが、またもドロップはなかった。

 

 

「あれ?アラシ君は?」

 

「アラシなら調査に行ったよ。

なんでも、にこ先輩の周りをもっと調べるって」

 

「ふ~ん……」

 

 

コーヌスの一件以来、アラシはμ’sのメンバーに事件の事を話すようにしている。

 

だから2人も、アラシたちがにこの護衛をしていることは知っていた。

 

 

「探偵か…大変だね……

そうだ!私たちで、その事件を解決しようよ!!」

 

「にゃ!?」

 

 

穂乃果の突然な提案に、凛も驚きを隠せない。

だが、すぐに

 

 

「面白そうにゃ!!」

 

「でしょ!名探偵ほのりんホームズ結成だ!」

 

 

あっさり受け入れた。

そう、このバカ2人は単細胞なのだ。

 

 

「というわけで、ヒントちょうだい!」

 

「速攻でヒント求める探偵って……」

 

 

永斗は軽くあきれるが、とりあえずこの2人の好きにさせとけば、ゲームに集中できると考え

机の上に置いてあったスタッグフォンを渡した。

 

 

「この中に昨日の調査映像が一通り入ってるから、これ見といて」

 

 

それだけ言うと、永斗は奥の部屋に消えていった。

 

 

「よ~し!ほのりんホームズ出動だ!」

 

「にゃ!」

 

 

__________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「よし…ここだな」

 

 

 

しばらくバイクを走らせ、俺はとあるキックボクシングジムにやって来た。

 

今日はキックボクシング部はオフ。

オフの日は、部長がここで練習をしているらしい。

 

そう、俺は部長である久坂陽子に話を聞きに来た。

昨日は断られてしまったが、彼女が必ず何かを握っているはずだ。

 

 

中に入ると、半そで姿の久坂が、俺を見つけてにらみつけてきた。

 

 

 

「何しに来たの?」

 

「決まってんだろ。話を聞きに来た」

 

「いやだって言ってんでしょ。さっさと帰って!」

 

「それで帰るんだったら、探偵は務まん無ぇよ」

 

 

久坂は険しい表情を続けるが、

しばらくすると、こちらにヘッドギアとグローブを投げてきた。

 

 

「勝負よ。私が勝ったら、今すぐ出てって」

 

 

大した自信だな。

当然か。久坂はキックボクシングで地区大会の優勝経験もある。

 

 

「わかった。だが、俺が勝ったら話を聞かせてもらうぞ」

 

 

俺はヘッドギアとグローブをつけ、リングに上がった。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

一方そのころ切風探偵事務所。

 

 

 

「全っ然わかんないね」

 

「うん」

 

 

全ての映像と資料を見終えたが、2人には何の見当もついていなかった。

 

 

「う~ん…怪物にヒントがあるのかな~?」

 

「馬…角…やっぱわかんないにゃ~」

 

 

すると、穂乃果が何かに気づく。

 

 

「ユニコーン…はっ!もしかして!

名前の中に”にこ”って入ってる!!」

 

「ホントだ!しかも、怪物が出る前ににこ先輩いなくなってる!」

 

「じゃあ…全部自作自演…?」

 

「あの性格ならありえるにゃ!」

 

「それじゃあ犯人はにこ先輩で……

いや、待てよ……」

 

 

ここに来て黙り込む穂乃果。

もう一度映像を見ているうちに、また何かに気づいたのだろうか。

 

 

「そうか…そういうことか…」

 

「何か分かったんですか!?」

 

「フッフッフ…気づかないかね?ワトリン君」

 

「にゃ!?」

 

「謎はすべて解けた!真実はいつも一つ!ジッチャンの名にかけて!」

 

「おぉ!パクり感が半端じゃないけど、なんか凄いにゃ!」

 

 

そんな謎劇場を見せられた永斗は、

関わるのが面倒なので、見てないふりをしていた。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

リングに上がり、久坂と顔を合わせる。

 

ルールは簡単。俺があいつを倒せば俺の勝ち。

男女のハンデとして、あいつは俺の顔に一発叩き込めば勝ちとなる。

 

 

「本当にいいの?ハンデ有りだと、すぐに終わるわよ」

 

「それはどうかな。キックボクシングは初めてだが、

俺とお前じゃ、くぐってきた修羅場が違う」

 

「言うじゃない…」

 

 

 

ジムのコーチの掛け声で、特殊ルールマッチが開始された。

それと同時に、久坂は俺の顔面を狙い、蹴りを放ってきた。

 

流石は優勝経験者。そこらのドーパントなんかより、全然鋭い蹴りだ。

 

だが、俺は落ち着いてそれを回避。

これで決まると思っていた久坂は、多少の驚きの様子を浮かべる.

 

 

「それで終わりか?だったら…」

 

 

今度は俺が、左足で蹴りの構えをとる。

久坂はそれに気づき、左手でガードをしようとする。

 

だが、それはフェイント。

俺はほぼノーモーションで、久坂の顔の右側に蹴りを放った。

 

若干の反応が遅れながらも、久坂は構えていた左手を右側に移動させ、ガード。

俺の一撃を完全に受け止める。

 

久坂は素早い動きで、カウンターをまたも顔面を狙って放つ。

それを俺は…

 

 

「はっ!!」

 

 

 

バク転でかわした。

 

着地すると、俺は右足を軸とし、利き足の左足で回し蹴りを放った。

蹴りは久坂の顔に届く寸前に止まり、俺は足を下ろした。

 

 

「俺の勝ちだ。さぁ、話を聞かせてもらおう」

 

 

 

ジムを離れ、近くの公園まで来た俺たち。

久坂はスポーツドリンクを、俺はおしるこを飲んで、ベンチに座っていた。

 

 

「まず聞きたいのは、お前と矢澤にこの関係だ。

お前が退部する前、お前らの関係はどんな感じだった?」

 

 

久坂は少し間をあけ、語りだした。

 

 

「親友だった。少なくとも、ほかの誰よりも。

アイドルのことだって、私は消極的じゃなかったし、最後まで残っていたのも私だった。

あの頃は…毎日が本当に楽しかった……ただ…」

 

 

そこまで話すと、久坂は突然黙ってしまう。

 

 

「ごめんなさい…ここからは…どうしても……」

 

 

その表情は、どこか苦しそうだ。何かに怯えているような…

 

 

「あぁ、それだけ聞ければ十分だ」

 

 

俺はおしるこを飲み干し、ベンチを立つ。

 

 

「お前は優勝経歴があるといっても、全国に出てからはいい結果を残していない。

成績だって伸びてないみたいだしな。

 

本当は後悔してるんだろ?にこを裏切ったこと」

 

「それは…」

 

「安心しろ。明日、俺が決着をつけてやる」

 

 

そのためにも、あと1つ…証言が必要だ…

 

俺は握った紙に書かれた住所を再確認し、

そこに向かってハードボイルダーを走らせた。

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

翌日 昼休憩、音ノ木坂学院

 

空き教室に呼び出されたのは、久坂陽子、夏目甲児、鈴島貴志音、矢沢にこ、あと数名の合計6人。

 

そこに現れたのは、穂乃果と凛。

なぜか探偵のコスプレをしている。ちなみに永斗から借りたものだ。

 

一つ、それっぽく咳払いすると、穂乃果は気取った口調で話し出した。

 

 

「みなさんに集まってもらったのは、他でもありません。

そこにいる、矢澤にこさんの脅迫事件のことについてです。

 

実は私……犯人が分かりました!!」

 

 

穂乃果のすごいドヤ顔で言ったセリフを聞き、何人かがザワザワする。

あと何人かは、凛が連れてきた全く関係ない人なので、キョトンとしている。

 

 

「これを見てください」

 

 

 

穂乃果がそう言うと、凛がバットショットをホワイトボードに向ける。

 

すると、バットショットから映像が映し出される。

これは穂乃果の無茶ぶりで、永斗が急いでつけた機能だ。

 

映し出されたのはダブルの戦闘映像。

 

ダブルが敵の懐に入り込み、ユニコーンの顔面に蹴りを入れようとする。

そこでユニコーンが右手でガードし、うずくまった。

 

凛はそこで映像を止めた。

 

 

 

「分かりましたか?この時、怪物は右手を打ってうずくまりました。

ですが、ここのダメージだけ大きいのは不自然じゃありませんか?」

 

 

 

穂乃果の言葉に、いくつか「確かに…」という声が聞こえる。

 

 

「そう、犯人は手をケガしていた!そして、怪物のこの戦い方…

犯人はあなたです!久坂陽子さん!!」

 

 

穂乃果は久坂を指さし、バシッと断言した。

 

 

「な…何言ってるの!私じゃない!!」

 

 

久坂は反抗するが、穂乃果は鼻で笑ってさらに続ける。

 

 

「無駄ですよ。あなたは1週間前に事故で手を負傷している。

そして、あなたはキックボクシング部の部長!これだけ揃えば間違いな……」

 

 

穂乃果は視線を感じ、ふと後ろを向く。

そこに立っていたのは、鬼のような形相のアラシだった。

 

 

「ア…アラシ君……」

「ちょっと来い」

 

 

2人はアラシに連れられ、廊下へ連行。

しばらくすると、アラシだけが教室に戻ってきた。

 

 

「確かにうちのバカが言ったように、一見犯人は久坂陽子のように思える」

 

 

何事もなかったように推理を話すアラシに、若干の恐怖を覚える一同。

だが怖いので、あの2人はどうなったか誰も聞かなかった。

 

 

 

「だが、それはフェイクだ。よく考えてみろ。

 

咄嗟だったとはいえ、ケガをしている手でわざわざガードする方が不自然だ

格闘家が、その程度の判断もできないとは考えにくい」

 

 

その言葉で、教室の空気が一気に緊張する。

確かに、アラシが久坂と戦った時、久坂は右の攻撃を左手でガードしていた。

 

 

「でも、それじゃあ犯人までは分からないんじゃないですか?」

 

 

そう言ったのは、新聞部の鈴島貴志音。

しかし、アラシは落ち着いて映像を再び再生した。

 

その映像に映ってるのは、離れたダブルに攻撃せず、急接近したダブルに驚くユニコーン。

 

 

 

「この時、ユニコーンは離れた仮面ライダーに攻撃しなかった。

でも、これは攻撃しなかったんじゃない。できなかったんだ。

そして、離れているとはいっても、接近されて隙を作るほど驚くのも妙だ

つまり犯人は……

 

遠くの敵が見えていなかった」

 

 

その言葉を聞いた一同の目線は、ある人物に集まる。

 

 

「ガイアメモリを使用すれば、着用している衣服やアクセサリーは、メモリの中にデータとなって保管される。当然、眼鏡も。すなわち犯人は視力が悪く、いつもは眼鏡をつけているが、メモリ使用の際に眼鏡が無くなったことで遠くが見えなくなった。この中で、視力が悪くて眼鏡をかけてんのは1人だよな…?」

 

 

アラシはある人物を指さし、目線を鋭くする。

そして、言い放った!

 

 

 

「アンタだよ、夏目先生!」

 

 

 

 

そう言われたのは、元アイドル部顧問の夏目甲児。

だが、夏目は落ち着いた様子で反論する。

 

 

「何をバカなことを…眼鏡をかけている?それだけで僕を疑うのかい?」

 

「それだけじゃない。5年前、ある学校で突然女子生徒が学校に来なくなり、間もなく自主退学。そして、3年前は男子生徒が遺書も残さず自殺。他にも多くの学校で、そんな事例が続いている」

 

「それが?よくある社会問題じゃないか」

 

 

「そうだ。だが、これらの生徒は全て、アンタが関係を持った生徒たちだ。しかも、アンタの交際相手は次々と謎の失踪を遂げている。これが偶然なわけないよな?」

 

 

夏目はしばらく黙っていたが、すぐに開き直り、弁解する。

 

 

「偶然さ!それとも、何か証拠でも?」

「あるよ」

「ッ……!」

 

 

アラシはポケットから一本のメモリを取り出した。

それはフロッグのギジメモリ。フロッグポッドで録音した音を、再生することができる。

 

 

「その事件の関係者に、片っ端から聞き込みに行った。

案の定、中々話してくれる奴はいなかったが、昨日の夕方からさっきまでで数人の証言を得られ、それらの証言すべてに、夏目甲児という教師の名前が出てきた。

 

アンタは昔から気に入った人物に目を付け、そいつをあらゆる手で追い詰めて、心が壊れていくのを楽しんでいた。3年前、矢澤にこに目を付けたアンタは、アイドル部のメンバーを全員辞めさせ、以後関わらないように脅しでもしたんだろう」

 

 

アラシの推理を、夏目は黙って聞いている。

当事者であるにこは、衝撃の事実に驚いている様子だ。

久坂は、聞きながら黙ってうなずいている。

 

 

「しかし、にこはそれでもアイドル部を続け、全く折れる様子がない。

そこで、2年前から脅迫状等を送り続け、にこを追い詰め続けた。それでもまだ折れないにこに、しびれを切らしたアンタは、ガイアメモリを購入し、足音や姿を現したりで、直接恐怖を与えた。

それらを全部、親友だった久坂の仕業にするため、アンタは変装して俺たちの事務所に現れ、調査と護衛を依頼。俺たちを利用して、久坂を脅迫の犯人にしたかったんだろう。親友に裏切られただけでなく、恨まれているとなれば、さすがのコイツも応えるだろうからな

 

 

どうだ、まだ言い逃れるつもりか?夏目先生よぉ!!」

 

 

 

推理が終わり、しばらく沈黙が流れる。

すると、夏目はかけていた眼鏡を床にたたきつけ、高笑いを始めた。

 

 

 

「そうさ!僕は気に入った生徒を壊すのが生きがいだった!

弱くいくせに屈さない。そんな奴らをこの手でぶち壊すのがな!!だが……」

 

 

 

夏目は、壊れた眼鏡を踏みつけ、にこを指さす。

 

 

 

「そいつだけは壊れなかった!!親友に裏切られても、恐怖を与えられても、

なぜだ!なぜお前はそれでも生きていける!!」

 

「アンタには一つ誤算がある」

 

「誤算だと?」

 

 

今度はアラシが、にこを指さして言った。

 

 

 

「コイツはバカなんだよ」

 

「はぁ!?」

 

 

 

予想外の答えに再び沈黙が流れるが、にこがアラシの胸倉を掴み、声を荒げる。

 

 

「アンタはここに来て罵倒ってどういうことよ!」

 

「やめろ。話を最後まで聞け」

 

 

アラシは、文句を言うにこをアイアンクローで制し、再び話し始めた。

 

 

「コイツはバカなんだ。バカだから、誰もついてきてないのに気づきもしなかった。

バカだから、裏切りの先にあった迷いに気づかなかった。バカだから、怪物の姿や音も、幻聴や幻覚ということで自分に納得させた。バカだから、誰かに頼らず、自分だけでなんとかしようとした。

 

 

バカだから…自分も人も、疑うことを知らねぇんだ」

 

 

 

若干バカ連呼にイラつきつつも、にこは黙って聞いている。

 

 

「コイツはどんな時も、”自分は正しい、強い”って自信を持ち続けたんだ。

だからコイツは、決して折れなかった。

 

わかったか夏目!お前はとっくに、この規格外のバカに負けてんだよ!!」

 

 

それを聞いた夏目は、またしても不気味な高笑いを始める。

そして、懐からユニコーンメモリを取り出した。

 

 

《ユニコーン!》

 

 

 

ボタンを押し、鎖骨部分にメモリを挿入。

その姿はユニコーン・ドーパントに変貌した。

 

 

「逃げろ!!」

 

 

アラシがそう言い終わる前に、一同は扉を開け、その場から逃げ出している。

だが、にこは逃げ遅れ、まだそこにいる。

 

それを見つけたユニコーンは、にこめがけて飛び蹴りを放った。

 

 

「にこ!!」

 

 

それに気づいた久坂は、にこを助けようと引き返すが、間に合わない。

ユニコーンの一蹴が、にこに届いてしまう……

 

 

 

 

寸前、アラシがにこを突き飛ばし、代わりにアラシに蹴りが直撃。

アラシの体は壁にたたきつけられ、壁を粉砕した。

 

 

「ちょっと!何やってんのよ!?」

 

 

にこはアラシのもとに駆け寄り、体を起こす。

 

 

「痛ってぇ…触んな」

 

「何よ!心配してあげてるのに!」

 

「元はといえば、お前がもっと早くに相談しなかったせいだろ!」

 

「言い分が理不尽過ぎない!?」

 

 

ユニコーンがそこまで迫ってるというのに、なんだか気楽な2人だ。

 

 

「いくら自信があっても、どうしようもないことだって山ほどあるんだ。

そういう時こそ、仲間を頼れ」

 

「私にはもう、仲間なんて…」

 

「違うだろ。お前は前も後ろも向かず、自分だけを見てきた。だから気づかないだけだ。

 

周りをよく見てみろ。お前を助けられる仲間は……ここにいる」

 

 

そう言って、アラシはダブルドライバーを取り出した。

 

 

「俺が仲間になってやる。だから、お前も俺を頼れ。

お前自身は嫌いだが、そういう根拠のない自信は嫌いじゃない」

 

アラシはにこに手を差し出す。

にこは、少々表情をゆがめながらも、その手を取った。

 

 

「信じて…いいんでしょうね?」

 

 

その時、にこの体が桃色の光に包まれ、光は収束し、球に。

その球はアラシの中に入っていった。オーシャンの海未の時と同じだ。

 

 

「矢澤…にこぉ…」

 

 

教室の中から、ユニコーンがこっちへ向かってくる。

アラシはにこを逃がし、ドライバーを装着。

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

ジョーカーメモリをベルトに装填。

転送されてきたサイクロンメモリを押し込み、ドライバーを展開した。

 

 

 

「変身!!」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

アラシの体が風に包まれ、仮面ライダーダブルへと変身。

それとほぼ同時にジャンプし、ユニコーンにパンチを叩き込んだ。

 

 

「はなっから容赦しねぇぞ!サイコ教師!!」

 

『いつにも増して、やる気満々だねー』

 

 

さらにダブルは、次々と技を叩き込む。

ユニコーンに攻撃のチャンスさえ与えない。

 

だが、ユニコーンは強靭な脚力で、一歩で距離をとる。

そして、角からエネルギー破を発射。

 

 

「そんなこともできんのかよ!」

 

 

その攻撃をダブルは何とか回避。

ユニコーンはその攻撃をさらに続ける。

 

 

『遠距離戦がお望みかな?じゃあ…』

 

 

ドライバーから2本ともメモリを引き抜き、入れ替える。

 

 

 

《ルナジョーカー!!》

 

 

 

ダブルは、右は黄、左は黒のトリッキー形態 ルナジョーカーに変身。

右腕を伸ばし、ユニコーンの体に巻き付け、こちらに引き寄せる。

 

 

「おらぁ!!」

 

 

寄ってきたユニコーンに、ダブルは片足キック。

その勢いでユニコーンは吹っ飛び、倒れる。

 

 

 

「お前に壊された人生の分の怒り、まとめて喰らえ!!」

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

ジョーカーメモリをマキシマムスロットに装填。

 

ダブルの体が2つに分かれ、右側が分身し、腕を伸ばして予測不能な打撃を繰り出す。

 

 

「『ジョーカーストレンジ!』」

 

 

そして、左側がエネルギーが込められた腕で、ユニコーンにトドメの手刀を叩き込んだ。

 

 

 

「ぐぁあぁぁああぁぁ!!!」

 

 

 

断末魔を上げ、ユニコーンは爆散。

 

だが、ダブルは気づいている。

その後ろの殺気に…

 

 

 

「来たか…」

 

 

 

ユニコーンの爆発の跡から、スラッシュが姿を現す。

 

 

「さぁ、続きと行こうか…」

 

 

スラッシュは剣を構え、ダブルへ襲い掛かった。

 

腕を伸ばし、木をつかんで上昇。スラッシュの攻撃を回避するダブル。

さらに、頭上から一撃を加えようとする。

 

 

気づいたスラッシュは剣で防御。

 

ひるんだダブルに向かって、生成した大剣を振り下ろした。

 

 

だが、そのダブルは幻影。

本物は、スラッシュの死角に潜り込んでいた。

 

 

気配を察知したスラッシュは、大剣をそちらに振る。

決定的な一撃は避けたものの、ダブルは攻撃を受け、吹っ飛んでしまった。

 

 

 

「やっぱ強いか…」

 

『本当に勝てるの?このチート性能』

 

 

 

ちょっと前のアラシなら、諦めていたかもしれない。

でも、アラシはにこの強さを知った。

 

自信だろうがなんだろうが、にこに負けてはいられない!

 

 

「当たり前だろ。幹部だろうが、ボスだろうが、俺たちが全員ぶっ倒す!!」

 

 

 

その時、彼方から飛来する謎の光る物体。

それはダブルの前で止まり、光が消え、ダブルの手に収まった。

 

 

「新しい…メモリ…!」

 

 

そのメモリは、音符で”R”と刻まれたピンクのメモリ。

 

 

 

《リズム!》

 

 

 

ダブルはルナメモリをヒートと、ジョーカーメモリを新たなメモリと入れ替える。

 

 

 

《ヒートリズム!!》

 

 

 

ドライバーを展開し、ダブルの体が変化

右側は赤く変色し、左側はピンクに。

 

その左腕にはグローブのようなものが装備され、

体のいたるところに、動きを補助するスプリングや、小型ブースターがついている。

 

これこそ”熱き鼓動”の形態 仮面ライダーダブル ヒートリズム!

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

「”R”のメモリ…面白い…!」

 

 

スラッシュはレイピアのような、細い剣を生成。

俊敏な動きでダブルに攻撃を仕掛ける。

 

しかし、ダブルはその攻撃を、無駄のない動きでよけ続ける。

 

 

「ならば…!」

 

 

今度は大剣を振りかざすスラッシュ。

 

さっきのように縦一閃に斬撃を放つが、ダブルはリンボーダンスのような動作でかわした。

 

さらにダブルはジャンプして大剣に飛び乗り、さらにもう一段ジャンプ。

スラッシュの胴体にキックを喰らわせ、軽快に着地した。

 

 

「すげぇな!体が軽い!!」

 

『リズム…鼓動の記憶か…

アラシ、ちょっと動きを僕に合わせて』

 

 

スラッシュは大剣を捨て、日本刀を生成。

本気になったということだろうか。だが、レベル2は使わないようだ。

 

スラッシュは刀を構え、一瞬で間合いを詰め、切りかかる。

 

ダブルはそれを、ステップを踏むように避け、腹に一撃を叩き込んだ。

 

 

「なっ……!」

 

 

隙が生まれ、次々と攻撃を畳みかける。

キック、パンチ、チョップ、エルボー。その様はまるで踊っているようだ。

 

 

『やっぱり、リズムに合わせての攻撃が有効だ。

コンボを重ねるほど、威力も上がってる』

 

「お前、いつダンスなんて覚えたんだよ」

 

『音ゲーなら熟知している』

 

「さいですか」

 

 

攻撃から立ち上がったスラッシュが、刀を横に構え、意識を集中させる。

次で決める。そう言っているように感じる。

 

 

ダブルもそれを感じ取り、左腕の”リズムフィスト”にメモリを装填。

 

 

《リズム!マキシマムドライブ!!》

 

「我流剣 二の技…」

 

 

 

双方が飛び上がり、剣と拳を交える…!

 

 

 

「『リズムスマッシュフィーバー!!』」

 

皇牙(こうが)

 

 

スラッシュから放たれた、神速の一太刀。

ダブルはそれを拳で迎え撃つ。そして…

 

 

 

迫る刃を粉々に砕いた。

 

 

「『らぁぁあぁぁぁ!!!』」

 

 

炎を纏った拳の連撃が、スラッシュに叩き込まれる。

 

そして、最後の一撃がスラッシュの体に直撃。

スラッシュは勢いよく地面にたたきつけられた。

 

 

土埃が晴れ、地面が見える。

しかし、そこにスラッシュの姿はなかった。

 

 

『逃げ足だけは早いね。組織の連中は』

 

「まぁでも、今回のは黒星ってことでいいのか?

結局、あの鬼モードは使われなかったし」

 

『確かにね、あれ使われたらマズいかも。だから…』

 

「だったらそれまでに強くなる。だよな相棒」

 

『今回、僕見せ場なかったんだから、そのくらい譲ってよ…』

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

6/4 活動報告書

 

 

 

ユニコーンを撃破、夏目も逮捕。矢澤にこ脅迫事件は幕を閉じた。

 

にこと久坂陽子はあの後仲直りし、再び友達になったらしい。

しかし、引き続きキックボクシングは続けるそうだ。

 

しかし、やはり謎なのは、このリズムメモリ。

 

永斗が検索しても分からないらしく、正直打つ手はない。”あて”もまだ使えそうにないし…

 

今回書くことはこれくらいだ。あと、いつもと違うといえば…

 

 

 

 

「いい?手はこうやって、ここに持ってきて、”にっこにっこ~♡”よ!」

 

「だから私はやらないって…」

 

「なるほど…さすがにこ先輩!」

 

「ほら!海未ちゃんもやって!」

 

「わ…私もですか…?」

 

 

ここがアイドル研究部の部室。そして、メンバーに矢澤にこが加入したことだ。

 

なんだかんだ言って、にこもまだアイドルをやりたかったらしい。

それか、また仲間がほしくなったか…

 

なんにせよ、μ’sに騒がしいのが増えたのには変わりはない。

 

 

俺たちもまだまだ強くなる必要がある。これからも、コイツらと一緒に。

 

 

 

「アラシ、何やってんの!アンタも一緒にやりなさい!」

 

 

 

前言撤回、やっぱりコイツは嫌いだ!!

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

「ご苦労だったな。朱月」

 

「いやいや、どうってことないよ~」

 

 

とある建物の屋上で話すのは、朱月と黒服の男。

 

 

「アイツは放っておけば、またレベル2を使っていた。

やはり、ファーストはまだ不安定か…」

 

「ふ~ん、ファースト君が心配なんだね~()()()

 

 

”ゼロ”そう呼ばれた黒服の男は、朱月に質問をぶつける。

 

 

「お前の組のメモリ事業拡大。調子はどうだ?」

 

「大抵はいいんだけどね…

実は、ウチの静岡支部がつぶされた」

 

「何…?」

 

 

思わぬ答えに、男の目が鋭くなる。

 

 

 

「アッチもただ黙ってはいないってことだね…」

 

 

 

まだ見ぬ相手を見据える朱月の目は、荒々しく輝いていた。

 

 

 

______________________

 

 

 

ところ変わって、理事長室。

またも誰かと電話で話す理事長。

 

 

 

「ええ、準備は完了したわ。対象も既に選定済みよ」

 

 

そう話す理事長の机の上、そこには…

粉砕されたユニコーンメモリが横たわっていた……

 

 

 

 

 

 

 




いろいろ詰め込んだ上にカットしてこんな感じになりました。反省しております。

そして、前回の投稿の後、多くのドーパント案が!
本当にありがとうございます!引き続き募集しております!!

さらに評価バーに色が付きました!評価してくださった皆様、本当にありがとうございます!(2回目)

今回は、異世界の怪人が登場しましたが、それぞれ何か分かるでしょうか?
全部平成ライダー怪人です。分かったら感想にでも書いていただけると嬉しいです。


感想、評価、アドバイス、オリドーパント案等ありましたら、よろしくお願いします!


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第16話 hに決めた/探偵に似合う服

数日前、ふと思った。

「ギャグ回だったら、テスト期間でも投稿できるんじゃないの?」

というわけで書きました、初挑戦のギャグ回です!


注)1、もう一度言いますが初挑戦です。温かい目で見守ってください。

  2、結構マニアックなネタが含まれます。ご了承ください。

  3、海未ちゃんが壊れます。



以上のことがOKな人はどうぞ!

それと、大分間が空きましたが、

新たにお気に入り登録していただいた、
月光閃火さん モルガナさん クラウンブレイドさん ゴモラたかみさん イマジンさん MrRさん 茨木翡翠さん 犬士さん フユニャンさん 椎音さん リョースケさん 恐竜ドラゴンさん 連次さん はしぽよさん カチューシャさん
ありがとうございます!名前変えただけって人がいたらスイマセン…


 

 

俺は切風アラシ、探偵だ。

 

 

 

 

探偵にして仮面ライダーの俺は、事件を捜査し、怪物と戦う毎日。

命をさらすことだって少なくない。

 

 

 

 

今、そんな俺の目前にあるのは、現場でもなければ怪物でもない。

 

 

 

 

 

そう、ここは…

 

 

 

 

 

 

 

「よし、行くか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか洒落た空気で、洋楽が流れる店内。

 

そう、ここは洋服店。なぜ俺がここに来たかというと、それは一週間ほど前。

 

 

 

ユニコーン事件の時、俺が初めてにこと会い、口喧嘩をしたとき…

 

 

 

 

 

 

「服のセンスのかけらもないダメ男にはわかんないだろうけど」

 

 

 

 

 

この言葉が、あれから俺の頭を旋回し続けている。

 

 

確かに、俺はほとんどファッションには無頓着だったし、正直興味はない。

だがしかし、アイツに馬鹿にされたと思うと、無性に腹が立つ。

 

 

というわけで、服を買いに来たのだ。

 

 

5月分のバイト代も入り、家計にも余裕ができた。

相も変わらず仕事は来ないが、服の一着や二着くらい買えるだろう。

 

 

 

 

「とは言っても、何買えばいいかさっぱり分からん…」

 

 

 

 

さっきも言ったように、ファッションに興味がない俺は、こういう場所に入るのは初めてだ。

 

とりあえず、それっぽいの選ぶか。

 

 

 

「これなんかどうだ?」

 

 

 

手に取ったのは、青いジャケット。

カッコいいが、もう夏だ。さすがに暑い。却下だな。

 

ん?よく見ると”イチオシ夏服”って書いてある。

 

見た目より暑くないのか?まぁ、素人は店の言うこと聞いときゃ問題ないだろ。

よし、じゃあこれで…

 

 

 

 

 

「高っ!!」

 

 

 

値札を見て目玉が飛び出そうになる俺。

値段はなんと20000円!

 

高すぎだろ!布だぞ!?もっと500円とかで買えねぇのか!!?

却下だ却下!こんなの買ったら、しばらく飯がドッグフードになる。

 

 

 

そうなると、もう本当にわからない。

 

店のチラシでオススメを見てみたが、”ランバージャック”だの”テーラード”だの

何語だかわからん単語が多すぎて、見るのをやめた。

 

 

店員に聞いたところ、”タータンチェック”だの”アイビー”だの知らない単語が増えた。

 

 

おかげで一種のゲシュタルト崩壊起こして、

「ユニクロ」を理解するのに時間がかかった始末だ。

 

 

よくよく見れば、全体的にアホみたいな値段が多い。

こうなったら見た目で明らかに安いやつ選ぶか…

 

 

「この、傷だらけのズボンとか安いんじゃねぇか?GパンだかJパンだか忘れたが。

値段は…」

 

 

 

 

33000円

 

 

 

 

 

もうバカだろ。なんか傷があるほど高くなってるし…

 

 

何なの?どっかの珍獣ハンターがこれはいて猛獣と戦って傷だらけなの?

だから高いの!?

 

 

 

 

「あ~もう!何なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、呼ばれたと…」

 

「そういうわけです」

 

 

 

仕方がないので、アラシはにこを除く、μ’sのメンバーを呼び出した。永斗もいる。

女子だけあって、ファッションなんかには詳しいだろう。

 

 

「あれ?にこ先輩はいないけど…」

 

「察そう、ほのちゃん。アラシが自分からにこ先輩を呼ぶわけないでしょ」

 

「当たり前だ。アイツが選んだ服着て出歩くぐらいなら、

ふんどし一丁で、原宿を歩くほうがまだマシだ」

 

 

かれこれ一週間程、にこと一緒に活動しているが、一向にウマが合わない。

結局、2人の仲の悪さは悪化する一方だ。

 

 

「つーわけで、お前らには俺の服を選んでもらいたい。

なるべく安くして、できるだけ見栄えのいい服で頼む」

 

 

 

 

 

こんなかんじでそれぞれが店内に散らばり、服を選ぶこと数十分。

 

 

 

最初にやってきたのは、ことりと花陽。

 

 

 

衣装担当のことりと、アイドルは、衣装も含めて詳しい花陽。

何よりμ’sきっての常識人の2人が一緒に選んだ服なら、期待ができる。

 

 

 

「あんまり男の人の服を選んだことないんだけど…」

 

「私も…ちょっと不安です…」

 

 

2人が持ってきた服を、アラシは試着室で着ている。

 

そして数分後。カーテンが開けられ、アラシが現れた。

 

 

黒いテーラードジャケットに、中には半袖のTシャツ、ズボンは黒いスリムパンツだ。

色も統一され、全体的にまとまって見える。黒もアラシのイメージにピッタリだ。

 

 

「いいんじゃねぇか?」

 

 

 

値段は10000円弱。アラシにとっては若干高いが、許容範囲だ。

 

 

 

 

「う~ん…ちょっと弱いんじゃないかな?」

 

 

 

そこに割って入ったのは穂乃果。

手には彼女が選んだ服が持たれている。

 

 

 

「そうか?俺はなかなか悪くないと思うが」

 

「ダメだよ!アラシ君は仮にもヒーローなんだから、もっとカッコつけないと!」

 

 

 

そういって穂乃果はアラシに服を持たせ、試着室に押し込んだ。

 

 

 

 

そう、この時止めておけば…アラシはそんな激しい後悔をすることになる…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試着室から出たアラシ。その姿は…

 

 

 

 

 

 

基本のファッションはさっきのまま。だが、黒いマントをはおり、バット〇ンのようなマスク。

胸にはTシャツに大きく”S”とシールが貼られている。

 

 

 

「カッコいい!!」

 

「じゃねぇだろォォォォォォォ!!」

 

 

 

アラシのシャウトが店内に木霊する。

 

 

 

「いいじゃん!すごいヒーロー感出てるよ!」

 

「誰がアメコミ風にしろって言ったよ!完全にアウトだろうが!」

 

 

 

BAAAAAAAAAAANG!!!

 

 

 

「ツッコミに効果音入れんな!!」

 

 

 

 

 

「ダメですよ、穂乃果!」

 

 

 

今度は海未が現れた。手にはやはり服…と思いきや、小包のようなものを持っている。

 

 

 

「そうだ!言ってやれ!」

 

「それでは男らしさが足りません!」

 

「そっち!?」

 

 

 

予想外の答えにアラシが声を荒げる。

 

 

薄々、アラシも予感していた。

これは海未もボケに回るのではないかと……

 

 

「これを着れば、男らしさがバッチリ出ます!さぁ、早速試着を…!」

「オイ、海未!お前までボケたら、もう手に…」

 

 

アラシがそう言い終わる前に、海未はアラシを試着室に突き飛ばす。

いつの間にか、試着室に入れば勝ちというルールが出来上がっている。

 

 

そして、数分後。現れたアラシの姿は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マントだけはそのままに。体は若干近代風の甲冑、目には眼帯をしていた。

 

 

「いや、男らしいけども!」

 

「完璧です!バッチリ伊達軍風が出てます!」

 

「そんな風味だしていらねぇんだよ!つーか、なんで洋服店に甲冑があるんだよ!!」

 

「何言ってるんですか。自前です」

 

「何そのボケに対する情熱!?結局、元のコーデは影も形もなくなってるし!」

 

「よく見てください。その甲冑の色」

 

「色?」

 

 

 

確かに、試着室で甲冑を見たときは、アラシの頭の中でツッコミがバーストし、ロクに色なんて見てなかった気がする。伊達なんだから青じゃないのか?と思いつつ色を見ると…

 

 

さっきのコーデと同じ、黒だった。

 

 

 

「いや、だから!?」

 

 

 

 

 

「これもいいけどさ…やっぱりちょっと足りないよね」

 

 

 

次に現れたのは永斗。もう、アラシは永斗がまともな案を出すことなんて、期待していなかった。

 

永斗は懐を探り出し、オタ芸の際に使用するいわゆる”オタク棒”ことサイリウムを6本取り出す。

そして、アラシの両手に3本ずつ。指に挟むように持たせた。

 

 

 

「レッツパーリィ」

 

「テメェだけレッツブラッドパーリィ(血祭り)!!DEATHFANG喰らわすぞゴラァ!!」

 

 

 

 

 

「カッコいいけど…ちょっと気合が足りないかな?

ホラ、この辺って治安悪いとこもあるし、もっとオラオラ感出さないと!」

 

 

次に現れたのは凛。もう不安しかない。

 

 

 

「いや、こんな格好だったら不良も寄ってこねぇよ!寄って来んの警察くらいだから!!」

 

 

アラシはそうツッコむが、気にせず続ける。

 

 

「マスクつけるなんてどうかな?ワンポイントファッションでヤンキーっぽく見えるでしょ!」

 

 

そう言って凛が取り出したのは…

 

 

 

 

ガスマスクだった。

 

 

 

 

「マスクってこっちィィィィ!?」

 

 

 

 

またも、アラシがシャウト。

 

 

「ヤンキー感出てませんか?」

 

「ヤンキーっていうか、害虫駆除業者にしか見えねぇよ!」

 

 

 

 

「とりあえず、今までの全部合わせれば…こうだね」

 

 

 

 

永斗にガスマスクをつけられ、アラシは黒い甲冑に、黒いマント。さらにガスマスクを着用し、手にはビームサーベ…もとい、長めのサイリウムが握られた、どこぞの侵略者みたくなっている。

 

 

 

 

「これ、ただのダー〇・ベイ〇ーじゃねぇか!!

つーか、何このガスマスク。呼吸するたび”コフーコフー”ってうるせぇんだけど!」

 

 

 

「フォースと共にあれ」

 

「兄より優れた弟などいないのです」

 

「考えるんじゃない、感じるんだよ!」

 

「凛がお前の父親にゃ!」

 

 

「うるせぇぇぇぇ!!テメェ等だけデス・スター行ってろ!そんでもう二度と帰ってくんな!

てゆーか、最終的にファッションどこ行った!お前らの大喜利に付き合わされただけだろうが!あと海未!それ似てるけど違う!」

 

 

 

その後、穂乃果、凛、海未、永斗はアラシにこっぴどく叱られた。

 

その頃、真姫は一人で真剣にアラシの服を選び続けているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~疲れた…」

 

 

 

怒涛のボケを捌ききり、アラシの疲労はピークだった

水分補給のため、自販機でコーラを買っている。そこに…

 

 

 

「!?」

 

 

 

背後から伸びた腕がアラシの腕をつかみ、近くの男子トイレに引きずり込んだ。

 

 

 

「ッ…!誰だ!!」

 

 

腕を振りほどき、振り返ると、そこには赤髪の男。

そう、重度のシスコンお兄ちゃん、西木野一輝である。

 

 

 

「お前は…?」

 

「単刀直入に聞く…」

 

 

 

一輝はアラシの胸ぐらを掴み…

 

 

 

 

「俺の真姫とどういう関係だ!!」

 

「はぁ!?」

 

 

 

胸ぐら掴んでまで言った内容が内容だったので、アラシは思わず聞き返す。

 

 

「アイドルを始めたことは知ってたし、応援もしていた…だが、男のマネージャーがいるなんて聞いてない!というわけで貴様!今すぐ腹を切れ!!」

 

「理不尽にも程があんだろ!ていうか、お前誰だよ!」

 

「いいだろう!俺の名は…」

 

 

すると一輝はポーズをとり、少し間をあけて語りだした。

 

 

「西木野家に長男として生まれ、名門小学校と中学校を卒業。中学時代は剣道で全国制覇を果たし、頭脳明晰超絶イケメンとして学校でも慕われた上に、100年に一度の天才とも呼ばれ…」

 

 

 

アラシは今日二度目の後悔をした。

延々と語り続ける一輝の話を、右から左に受け流すこと数分。

 

 

 

「…そんな数々の伝説を持つ俺だが、最も誇らしいのは世界一素晴らしい妹を持つこと!

そして、その妹を世界一愛している俺は…西木野真姫の兄!西木野一輝だ!!」

 

「あ~はいはい。要するに真姫の兄妹ってことね」

 

「軽々しく真姫の名を呼ぶな!!大体、一か月やそこらで彼氏にでもなったつもりか!

こっちは16年一緒にいるんだ。貴様とはレベルが違う!!」

 

「兄妹だからな」

 

「俺は小さいとき一緒に風呂も入ってたんだ!貴様にこれが超えられるか!!」

 

「それを誇らしげに言うって、兄としてどうなんだ…」

 

「真姫を好きなようにはさせんぞ!この変態が!!」

 

「いや、変態はお前!!」

 

 

 

すると突然、威勢がよかった一輝がしょぼくれ始める。

 

 

「なぜこんな変態と真姫が一緒にショッピングなんて…

俺なんか休日誘っても、返事すらくれないのに……」

 

「それはお前が嫌われてるだけなんじゃねぇの!?」

 

「失礼な!俺は何も嫌われるようなことはしてない!!

ただ、勝手に部屋に入ったり、休日の様子を監視したり、風呂覗こうとしただけだ!」

 

「そりゃ嫌われるわ!やっぱお前変態!!」

 

 

 

それを聞いた一輝は、今度は開き直る。

 

 

 

「何だと!?じゃあお前は、あんなかわいい妹がいて欲望を抑えられるのか!?」

 

「妹に欲情してる時点で変態だろうが!」

 

「そこまで言うなら、真姫がどんだけかわいいか教えてやる!そこになおれ!!」

 

「全力でお断りします!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで今日はこんなに疲れるんだ…」

 

 

 

あの後、一輝による妹自慢は強行開始され、アラシはそれに数十分付き合った後に、隙を見つけて逃げてきたところだ。

 

 

 

「真姫も大変だな…っていうか、真姫の兄ってことは長男だよな?だったらアイツが病院を継ぐんじゃないのか?自分で”天才”って言ってたし、出来が悪そうってわけでもなさそうだが……」

 

 

 

アラシが戻ると、メンバーみんなが集まっていた。

中心では穂乃果が紙袋を持って、立っている。

 

 

 

「はい、アラシ君!プレゼント!」

 

 

 

そう言って、穂乃果はアラシにプレゼントを渡した。

 

 

 

「なんだよ、これ…」

 

「服だよ。あの後みんなでまじめに考えて、アラシ君に似合う服を選んだんだ!」

 

「金はどうしたんだ?」

 

「お金は……」

 

 

 

穂乃果と他のメンバーは一斉に真姫の方を向く。

 

 

 

「お前が買ってくれたのか?」

 

「べ…別に、勘違いしないでよね!ただ、お金が余ってただけだから!!」

 

「金が余るってどういう状況だよ…でもまぁ、ありがとな真姫」

 

 

 

アラシがそう言うと、真姫の顔が一気に赤くなり、そっぽを向いて店を出て行ってしまった。

 

 

 

「なんだよアイツ…」

 

「まぁまぁ、真姫ちゃんは照れ臭いんだよ」

 

「アイツが?なんで?」

 

 

 

穂乃果の言葉に、アラシはそう聞き返す。

アラシが彼女の気持ちに気付くのは、まだ先のことになりそうだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

その夜 切風探偵事務所

 

 

 

「さてと、どんなのが入ってるかな…」

 

 

 

寝る前に、もらった紙袋を開封するアラシ。

そこには最初のコーデを基盤として、さらに最近の流行を盛り込んだ服が入っていた。

 

 

「アイツ等もやろうと思えばできるじゃねぇか…真姫にも、またお礼言っとかないとな」

 

 

アラシは、袋の中に入っている、もう一つの包みを見つける。

 

そういえば永斗が、”中には真姫ちゃんが選んだ服も入ってるよー”って言ってた。きっとこれだろう。

 

アラシは包みの封を開け、中身を確認する。それは…

 

 

 

 

 

クマの着ぐるみ風パジャマだった。

 

 

 

 

「うん、これは……機会があったら着よう……」

 

 

 

アラシはその服を、そっと床に置くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

同刻 静岡県某所

 

闇夜の中、佇む朱月。

 

 

 

「ほんの挨拶のつもりだったけど…やっぱし流石だね…」

 

 

 

その足元には、灰が山となって積もっている。

 

朱月は先ほど、人類が進化した怪物”オルフェノク”の軍団を、ここに送り込んだ。

だが、灰の山ができているということは、そいつらが全滅させられたということを意味していた。

 

 

 

「キミはどれだけオレを楽しませてくれる…?

 

 

 

 

 

 

 

 

”D”のメモリ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のは…想像にお任せします。近いうちに登場するんで。
次回はセンター決定戦の回か、オリジナルドーパント案を使わせていただいた、オリエピソードを書きたいと思います。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第17話 誰がためのC/突撃、隣のスクールアイドル

西木野一輝(にしきのかずき)
名前の通り、西木野真姫の兄。18歳。
病的なほどのシスコンで、真姫からはひどく嫌われている。早い話、変態。
容姿はつり目で赤い髪をしているなど、真姫の所々似ているが、性格は楽観的でノリは軽く、妹とは似ても似つかない。ただし、妹に近づく男には容赦しない。
長男にもかかわらず病院を継がないなど、色々と謎も多いが…?
名前の由来は、仮面ライダーブレイドに変身する剣崎一真役の、椿隆之さんが真姫推しということで、「剣崎一真」から「一」をとっている。


特技:剣道(全国優勝経験あり)、その他自称オーバースペック(真偽は不明)
好きなもの:真姫、歴史(特に戦国時代、主に戦国時代)、スルメイカ
嫌いなもの:真姫に近づく男、豆腐




恐ろしいのは…私自身の更新速度の遅ささぁ!
最近、壇社長にドはまりした146です。


なぜ!更新速度が遅いのかぁ!!なぜ!連載半年もたつのに、まだ本編が6話なのかぁ!!
それは…私の学校がテストをやたらするからだぁ!!フハハハハハッ!!


さて、テンションがおかしくなってきたので、そろそろ本編に入りたいと思います。

新たにお気に入り登録してくださった、
嗣雪さん レイシャキールさん スターゲイルさん ミルクティー改弐さん
そして満を持して、名もなきA・弐さん!

ありがとうございます!



 

 

「あの~…」

 

 

「ハイ、笑って」

 

 

 

 

困惑しながらも、ぎこちない笑顔を浮かべる穂乃果。

 

 

どういうわけか、穂乃果の前にはカメラを持った凛が立っていて、レンズを穂乃果へ向けている。

その横では希がナレーションを入れている。

 

 

 

 

「じゃあ決めポーズ!」

 

 

「え…えっと…お前の罪を数えろ!」

 

 

「これが、音ノ木坂学院に誕生したμ’sのリーダー、高坂穂乃果その人だ」

 

 

「はい、OK!」

 

 

 

 

「OKじゃねぇよ。人の決め台詞パクんのは著作権法違反だ」

 

 

 

 

凛が撮影をストップすると、すかさずバイトの休憩中のアラシが突っ込みを入れる。

 

 

 

 

「何やってんだ。生徒副会長って案外暇なのか?」

 

 

「ひどいなぁ。今度、生徒会で部活動を紹介するビデオを作ることになって、

ウチはその取材をしてるだけや。それに、細かい仕事はえりちに任せてるし、問題ない!」

 

 

「お前の意識に問題があると思う。

まぁ、それで知名度が上がるんなら、悪い話でもないかもな」

 

 

 

 

アラシはふと、メンバーに目をやる。

 

凛はカメラを持ってノリノリだし、穂乃果とことりも困惑はしているが、嫌ではなさそうだ。

今いない真姫や花陽も、たぶん大丈夫だろう。ただ…

 

 

 

 

 

「私は嫌です!カメラに映るなんて!」

 

 

 

 

問題は、ここにμ’s随一の恥ずかしがりや、園田海未がいることである。

 

 

彼女は作詞の才能もあり、スケジュール管理もしっかりしている。

μ’sへの貢献度であれば、マネージャーであるアラシよりも、多分上だ。

 

 

しかし、彼女のこの性格で、いままで幾度となく苦労してきた。

 

 

 

 

 

「取材…なんてアイドルな響き……」

 

 

 

 

 

もういっそ、みんなこのバカ(穂乃果)みたいに単純ならいいのに。と、アラシは思うが、現実はそうはいかない。

 

このミラクル単細胞は、10年に一度とかそういうレベルなのだ。

たくさんいたら、それこそ世界が滅びる。

 

 

 

 

「いいじゃねぇか。どうせライブもするんだし、その練習だと思えば」

 

 

「アラシまで…」

 

 

「ただし、取材に応じたらカメラ貸してくれよ。PVも作らなきゃだからな」

 

 

 

 

 

PVすなわち、プロモーションビデオ。

 

 

アラシもよくは知らないが、ただステージで歌うだけでなく、様々な場所で撮影した映像を組み合わせて作る、作品形式のライブらしい。

 

 

μ’sは既に7人だが、ファーストライブ以降ライブは行っていない。

 

時期的にも、そろそろ次をする頃合いだ。

 

 

 

 

「確かに…まだ3人でしかライブやったことなかったね。

そういえば、あのファーストライブの映像、結局誰が投稿したんだろう?」

 

 

「だよな…永斗でもないし俺でもない。お前じゃないよな?希」

 

 

 

「違う違う。ウチではないよ」

 

 

では(・・)?」

 

 

 

 

希の言葉に少しの不信感を抱くが、すぐに諦め、話を元に戻す。

 

 

 

 

「まぁいいや。じゃあ、PVのためにも取材を受けるのは決まりだ。

海未も新しい曲やったほうがいいって言ってただろ?丁度いいじゃねぇか」

 

 

 

「もぉ!本当に毎回ずるいです!!」

 

 

 

 

 

 

ちょっとだけ、海未の扱い方が分かったアラシだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

 

 

放課後、部室。机の上のパソコンに映し出される映像。

そこには授業を受けている穂乃果の姿が映っていた。

 

 

 

 

「スクールアイドルとはいえ学生である。

プロの様に時間外で授業を受けたり、早退が許されるようなことはない。

よって……」

 

 

 

 

穂乃果、寝落ち。

 

 

 

 

「こうなってしまうこともある」

 

 

 

 

映像が切り替わり、パンにかぶりつく穂乃果。

 

 

 

 

「昼食をしっかりとり、再び熟睡」

 

 

 

 

昼からの授業に、当然のように爆睡する穂乃果。

 

 

まもなく、先生に見つかり、背中をたたかれて驚いた穂乃果は、

バランスを崩して机を巻き込み、椅子ごと転倒。

 

 

 

 

「これが、スクールアイドルとはいえ、

まだ若干16歳、高坂穂乃果のありのままの姿である」

「ありのまますぎるよ!」

 

 

 

「よく撮れてたぞ。ことり、グッジョブ」

 

 

「こっそり撮るの、ドキドキしちゃった♪」

 

 

「ことりちゃんが!?なんかショック!」

 

 

 

 

「他にもこんなのがあるよ」

 

 

 

 

そう言って、希は別の動画を再生させる。

 

 

そこに映っていたのは、箒を持って掃除をしているアラシ。

 

 

 

 

『切風アラシ、16歳。年齢は高校生ながら、昼間から働いている。

今日は、この青年の生態を暴いていきたいと思う』

 

 

 

 

丁寧にナレーション付き。しかも、この声は完全にあのニートだ。

 

 

 

 

『バイトが始まり、1時間。通りすがる女子高生に写真を撮られる。

それもそのはず。様々な事件(笑)があり、アラシは学院内では有名人だ』

 

 

 

映像を見ているアラシの肩が震えているが、映像はまだ続く。

 

 

 

『その後、嫌そうにアラシは動物小屋へ向かう。今日は水曜日、動物小屋の掃除の日だ。

小屋に到着し、掃除をしようと近づこうとした瞬間、アルパカの唾が命中』

 

 

 

その後も、悪意たっぷりに編集された映像が5分くらい続く。

 

 

 

『以上が、切風アラシの生態でした。ではまた次回!

制作 士門永斗  協力 音ノ木坂学院新聞部』

 

 

 

 

「今すぐその映像を消せ。俺は製作者どもを消してくる」

 

 

 

 

 

その目に本気の殺意を感じた他のメンバーは、海未、凛、穂乃果の3人がかりで止めに入る。

 

 

 

「落ち着いてください!」

 

 

「そうだよ!」

 

 

「永斗くん死んじゃうにゃ!!」

 

 

「うるせぇ!人がバイトしてる時に、こんなことしやがって…!」

 

 

 

 

 

抵抗するアラシの腕がことりの鞄に当たり、

チャックが開いていた鞄の中身が、床にぶちまけられた。

 

 

 

 

「悪い!って…なんだこれ」

 

 

 

アラシはそこから出てきた写真のようなものに手を伸ばす。

 

すると、その手が届く前に、ことりは写真を目にもとまらぬ速さで回収した。

 

 

 

 

「オイ、ことりそれって…」

「ナンデモナイノヨ」

 

「いやでも…」

「ナンデモナイノヨナンデモ」

 

 

 

この反応にデジャヴを感じたアラシは、それ以上言及するのはやめた。

 

 

 

 

「DVDが完成したら、各部にチェックをしてもらうようにするから、

問題あったらその時に…」

 

 

「でも!その前に生徒会長が見たら…」

 

 

 

 

 

『困ります。貴方のせいで、音ノ木坂が怠け者の集団に見られてるのよ』

 

 

 

 

「って……」

 

 

 

「事実怠け者だろうが」

 

 

 

涙目で訴える穂乃果を、バッサリ切り捨てるアラシ。

 

 

 

「まぁ、そこは頑張ってもらうとして…」

 

 

「希先輩助けてくれないんですか!?」

 

 

「本当はそうしたいんやけど、ウチができるのは誰かを支えてあげることだけ」

 

 

 

「支える?」

 

 

 

 

希の言葉に疑問を感じたのか、穂乃果が首をかしげる。

 

そして、次にアラシが口を開いた。

 

 

 

 

「ずっと聞きたかったんだけど、お前はなんで…」

 

 

 

 

 

アラシのセリフが終わる前に、部室の扉が勢いよく開く。

 

 

そこから出てきたのは、息を切らしたにこだった。

 

 

 

 

「取材が来るって本当!?」

 

 

「知らん。帰れ」

 

 

「そうね…って、騙されるわけないでしょ!」

 

 

 

 

にこはカメラを構えた凛と、マイクを持った希を見つけると、

息を落ち着かせ、満面の笑みで振り返った。

 

 

 

 

「にっこにっこにー♡

皆んなの元気のにこにこにーの、矢澤にこでーす♡

え~っと~、好きな食べ物は~?」

 

 

 

「ごめん、そういうのいらないわ」

 

 

 

希の否定と同時に、全員がうなずく。

アラシにいたっては、中指を上に向けて”ファッキュー”のサインをとっている。

 

 

 

 

「部活動の生徒の、素顔に迫るって感じにしたいんだって~」

 

 

「素顔…?オッケーオッケー。そっちのパターンね~」

 

 

 

 

 

若干がっかりした感じのにこだったが、

すぐに部屋の隅に行って、髪を結んでいたリボンをとって立ち上がった。

 

 

 

 

 

「いつも?いつもはこんな感じにしてるんです。アイドルの時のにこは、もう一人の私。髪をキュッと留めた時に、スイッチが入る感じで……

あっ…そうです。普段は自分のこと、にこなんて呼ばないんで…グホォッ!!」

 

 

 

 

清楚系お嬢様を装うにこにイライラが限界に達したのか、

アラシは鞄をにこの腹部にスマッシュ!

 

 

うずくまるにこを気にもせず、一同はそのまま足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 

「た…助けて…」

 

 

 

 

KO状態のにこを部室に放置し、一同は中庭に。

 

来ていなかった一年生の2人を集め、花陽に取材をしているところだった。

 

 

 

 

「緊張しなくても平気!凛もいるから、がんばろ?」

 

 

 

 

 

凛のおかげが大きいが、海未に次いで恥ずかしがり屋の花陽も、大丈夫そうだ。

 

 

だが、今回の問題は…

 

 

 

 

 

 

 

「私はやらない」

 

 

 

 

 

Ms.積極性皆無 西木野真姫である。

 

 

凛は呼びかけているが、指で髪の毛をクルクル回しているだけで、来ようとはしない。

 

 

 

 

「予想はしていたが、前途多難だな…」

 

「アラシ君が頼めばイッパツだと思うけど…まぁ、ここはウチに任せて」

 

 

 

 

そう言うと、希はカメラを真姫に向けて、ナレーションを入れる。

 

 

 

 

「真姫だけは、インタビューに応じてくれなかった。

スクールアイドルから離れれば、ただの多感な15歳。これもまた自然なことだ…」

 

 

「何勝手にナレーションかぶせてんのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

結局、1年生全員がインタビューを受けることになり、3人はカメラの前に並んだ。

 

 

 

 

「まず、アイドルの魅力から聞いていきたいと思います。最初に花陽さんから」

 

 

「えぇ!?えーっと…その…」

 

 

「かよちんは昔からアイドル好きだったんだよね!」

 

 

 

 

カメラの前で緊張してしまう花陽を凛がフォロー。

付き合いが長いだけはある。

 

 

 

 

「それでスクールアイドルに?」

 

 

「あ、はい…えっと…ぷっ、ぷふっ!」

 

 

「ちょっと止めて!」

 

 

 

 

インタビューの途中、花陽は突然笑い出し、真姫はカメラを止めさせた。

 

 

その理由は、カメラを持った穂乃果の変顔。

そして、ひょっとこの面をかぶったことりだった。

 

 

 

 

「いや~緊張してるみたいだから、ほぐそうと思って…」

 

「ガンバッテイルカネ?」

 

 

 

 

その様子に笑いが止まらない花陽と凛だが、

海未とアラシはひょっとこ面がトラウマなのか、別方向を向いている。

 

 

 

 

「まったく!これじゃ、μ’sがどんどん誤解されるわ!」

 

 

「ん?真姫がμ’sの心配するなんて…珍しいな」

 

 

「べ…別に私は…」

 

 

 

アラシにそう言われ、赤くなる真姫。

 

シャッターチャンスとばかりに、穂乃果はカメラを向ける。

 

 

 

 

「撮らないで!」

 

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は一同が屋上へと移動。

 

 

今までの映像があまりにもふざけていたので、

そろそろ真面目な風景も必要ということで、練習の様子を撮影している。

 

 

 

 

 

「1・2・3・4・5・6・7・8」

 

 

 

海未が手拍子でリズムをとり、その様子をアラシは横で見ている。

 

 

 

 

「花陽はちょっと遅いです!」

 

「は…はい!」

 

 

 

「凛はちょっと早い!周りに合わせろ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

「ちゃんとやりなさいよ~!」

 

「お前はまたステップ間違えてる!昨日言っただろうが!」

 

「わ…分かってるわよ!」

 

 

 

「真姫はもっと大きく!」

 

「はい!」

 

 

 

「穂乃果、疲れたました?」

 

「まだまだ!」

 

 

 

「ことり、今の動き忘れんな!」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

「「ラスト!」」」

 

 

 

 

海未とアラシが号令をかけ、全員で決めポーズが決まる。

 

上手くいったように見えたが、まだ反省点があるらしく、海未とアラシは少し話をしている。

 

 

アラシは最近、海未と一緒にダンスのコーチングも行っている。

ステップ考えたりするより、こっちの方が向いているようだ。

 

 

 

 

 

「かれこれ一時間、ぶっ続けでダンスを続けてやっと休憩。

全員息が上がっているが、文句を言う者はいない」

 

 

 

 

 

「ちょっと!なんでアクエリアスなのよ!

スポーツドリンクって言ったら、普通はポカリでしょ!?」

 

 

「そんなに塩分取りたかったら、海水でも飲んでろ!

そんで飲みすぎてそのまま死ね」

 

 

 

 

 

文句を言う者はいたが、希は気にしない。

 

 

 

 

 

 

「でも、こういうのって普通リーダーがするんじゃ…」

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、休憩終わったら次はパートごとのステップ確認します。

イメトレきちんとやっておいてください」

 

 

再び海未が練習を仕切る様子を見て、希はそう呟いた。

 

 

 

 

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その後、切風探偵事務所。

 

 

永斗にも話を聞きたいということで、ここに来たのだが…

どうやら永斗は珍しく留守。仕方がないので、ここで待っていることにした。

 

 

 

 

 

「ここは…ファーストライブの一件以来やね」

 

 

「だな。真姫と凛は初めてか?」

 

 

「凛は穂乃果先輩と一回来たことあるよ!」

 

 

「私は初めてだけど…」

 

 

 

 

 

真姫が部屋の中を物色していると、

アラシの机に写真立てに入った一枚の写真があるのを見つけた。

 

 

 

その写真には、まだ小学生くらいのアラシと、一人の男性が映っている。

 

 

 

 

「これって…」

 

 

「アラシ君のお父さん!?」

 

 

 

 

「そんな感じだね」

 

 

 

 

永斗がいつの間にか帰ってきていて、穂乃果の質問に答える。

 

 

 

 

「その人は切風空助。この事務所の創始者で、組織と戦ってきた第一人者。

ドライバーを作ったのも、くーさんだね」

 

 

 

「話によれば、俺たちが仮面ライダーになる前にも、別の仮面ライダーがいたらしい。

それが空助だったのか、サポートしてただけなのかは分かんねぇが…

今となっては分かんないことだ。アイツは…空助は…

 

 

 

1年前に死んだんだ……」

 

 

 

 

アラシが発した思いもよらぬ言葉で、μ’sの7人は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ、暗い雰囲気も限界なんで、そろそろ穂むら行こうか」

 

 

「そうやね。永斗くんのインタビューもそこですればいいし」

 

 

「えー…」

 

 

 

 

 

希に続いて他のメンバーも事務所を出て、中には永斗とアラシだけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

「自分から話し振っといて黙らないでよ。トーク能力皆無なの?」

 

 

「うるせぇよ。ただ…ありがとな」

 

 

「別に無理して話さなくてもいいんじゃない。友達だからって、全部話す必要はないと思うし。

あと、何回も言うけど…くーさんが死んだのはアラシのせいじゃない」

 

 

 

 

 

そう言い残すと、永斗も事務所から出て行った。

 

 

一人残されたアラシは、思いつめたような表情で拳を固める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでも……救えなかったのは確かだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

 

用事があるとかで、にこ、真姫、花陽、ことりとは別れ、

穂むらへは残った5人で行くこととなった。

 

 

のだが…

 

 

 

 

 

「そういうことは先に言ってよ!ちょっと待って、化粧は…」

 

 

「生徒会の人だよ~。ちょっと、家族に話聞きたいってだけだから…」

 

 

「そうゆうわけにはいかないの!」

 

 

 

 

店に入ると店番をしていた穂乃果の母がいたから、話を聞こうと思ったが

カメラを見て、事象を聞くや否や、店の奥へと行ってしまった。

 

ちょっとしたことでも外へのイメージを保とうとする。

さすがは大人の女性といったところだろうか。

 

 

 

「ていうか、化粧してもしなくても同じだt」

 

 

 

 

穂乃果のデリカシーゼロ発言に、店の奥からティッシュ箱が飛んでくる。

 

ティッシュ箱は真っ直ぐ穂乃果の額にクリーンヒット。見事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

化粧がまだ終わりそうにないので、2階に行って妹である雪穂を紹介することにした。

 

 

 

 

「雪穂いる~?」

 

 

「あ…なんか嫌な予感が」

 

 

 

 

穂乃果が扉を開けると…

 

 

 

 

 

 

 

「もうちょい…あと…一穴~!」

 

 

 

 

 

必死にベルトを締めようとする雪穂の姿を見て、穂乃果はそっと扉を閉じた。

 

 

 

 

 

 

雪穂もダメそうだったので、仕方なく穂乃果の部屋に行くことにした。

 

 

 

「すいません…2人ともあんな感じで…」

 

 

「そういえば…お父さんは?」

 

 

「さっき厨房に行ったけど、断られちゃって…」

 

 

「穂乃果の父さんって、なんつーか…ハードボイルドって感じだよな」

 

 

 

 

 

穂乃果のお父さんは無口で、滅多に顔を出さない。

話によると優しい人らしいが、家族以外声を聴いたことがないと、もっぱらのうわさだ。

 

 

 

 

「そう、ここは皆集まったりするの?」

 

 

「俺達は事件がないときに限るけど…海未とことりは毎日来てるんじゃねぇか?

ここの和菓子うまいし」

 

 

 

そう言うアラシは、さっそく団子を口に運んでいる。

 

 

そんなやりとりをしているうちに、希は床に投げ出してあるノートを見つけた。

表紙には、歌詞ノートと丁寧な字で書いてある。

 

 

 

 

「これで歌詞を考えたりするん?」

 

 

「うん、海未ちゃんが」

 

 

「歌詞はだいたい海未先輩が考えるんだ!」

 

 

「じゃあ、新しいステップを考えるのは…」

 

 

「それはいつもことりちゃんが」

 

 

「ことり先輩は衣装も担当してたね」

 

 

 

 

ひとしきりの質問を終えた希に、一つの疑問が生まれる。

 

 

 

 

 

「じゃあ、あなたは何をしてるの?」

 

 

 

この質問はマズいと思ったのか、アラシの顔がこわばる。

永斗の顔も”これ以上言ってあげるな”とでも言っているようだ。

 

 

 

 

「う~ん……御飯食べて~テレビ見て~」

 

「それ日常生活!そうじゃなくて、もっとアイドルっぽいことを言え!」

 

 

「あっ!他のアイドルを見て凄いな~って思ったり、もちろん二人の応援もしてるよ!」

 

「ダメだコイツ…」

 

 

 

アラシの必死のフォローむなしく、希の口からこの言葉が放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃんって、どうしてμ’sのリーダーなん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辿り着いた…ここが魔都、東京……」

 

 

 

 

 

 

 

 

秋葉原の駅…の屋根の上で、都会を見下ろす青年が一人。

 

 

 

 

その青年は右手に包帯を巻き、大きな槍のようなものを背負っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが…我が新たな戦場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう呟く青年の手には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白銀に輝く、一本のメモリが握られていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は少し短めですね。次回もこのくらいになる予定です。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!



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第18話 誰がためのC/リーダーの行方

思いの外時間がかかりました。146です。
今回はセンター決定戦三本勝負!さらに、その陰にはドーパントも…?

そんで、関係ないけど、もう少しでスーパーヒーロー大戦!

当日は都合上無理だけど、必ず春休み中に見に行ってやる…
あわよくばウルトラマンオーブも一緒に…





ーアラシsideー

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーダーには誰がふさわしいか…」

 

 

 

 

にこの言葉で、部室に緊張が走る。

 

そう、それは先日のこと。

 

 

 

 

 

『穂乃果ちゃんって、どうしてμ’sのリーダーなん?』

 

 

 

 

この言葉からすべては始まった。

 

俺も薄々感じていたが、穂乃果はリーダーらしいことはほとんどしていない。

言ってしまえば、俺もマネージャーらしいことはしていないのだが、とりあえず置いておこう。

 

 

 

穂乃果がリーダーにふさわしくない。

 

この事実が明るみになったとたん気張りだしたのは、他でもないにこだ。

唯一の3年生だが、そんなこと誰も気にすることがない。それを気にしているのだろう。

 

ぶっちゃけどうでもいいし、それはコイツの小学生みたいな見た目と頭のせいなんだが、

とにかく、にこは自分の威厳を見せたくて仕方がないらしい。

 

 

 

 

「だいたい、私が部長についた時点で、一度考え直すべきだったのよ」

 

 

「リーダーね…」

 

 

「私は穂乃果ちゃんでいいけど…」

 

 

「ダメよ。今回の取材で分かったでしょ?この子はリーダーにまるで向いてないの」

 

 

 

 

ことりの主張をバッサリ切り捨てるにこ。

 

にこもリーダーって感じじゃないと思うんだが、本当にコイツの自信はどこから来るのだろうか。

 

 

 

 

「それもそうね」

 

 

「お前も結構ストレートに行くのな。真姫」

 

 

 

「そうとなったら、早く決めたほうがいいわね。PVもあるし。

リーダーが変われば、必然的にセンターだって変わるでしょ?新リーダーが、次のPVのセンターよ」

 

 

 

なるほど。コイツはリーダーの座に乗じて、センターも奪う気だな。

 

 

 

 

「アラシはちゃんとPVの案を考えてるんでしょうね?

私の…じゃなかった。μ’sの初PVなんだから、失敗は許されないわよ!」

 

 

 

 

オイ、今「私のPV」って言いかけたよな。心の声がダダ漏れじゃねぇか。

 

 

それと、さっきにこが言ったように、PVの企画は俺が担当することになった。

歌とダンスは既に練習は始まっている。あと決めるのは、場所や形式。

正直言って、まだあまり決まっていない。あまり時間はとってらんないんだけどな…

 

 

 

 

 

「でも…誰が…?」

 

 

 

花陽の質問を聞くと、待ってましたとばかりに、にこはホワイトボードをひっくり返す。

 

もう既に文字が書いてあるところ、用意周到である。

コイツの情熱は、本当にわけのわからんところに向くな…

 

 

 

 

 

「リーダーとは!まず第1に、誰よりも熱い情熱を持ってみんなを引っ張って行けること!

次に!精神的支柱になれる懐の大きさを持った人間であること!

そして何より!メンバーから尊敬される存在であること!

この条件を全て満たしたメンバーとなると…!」

 

 

 

「海未先輩かにゃ?」

 

 

「なんでやねぇーんっ!!」

 

 

 

にこの熱い演説は、どうやら皆に届かなかったようだ。

つーか、そもそも考えてみ。

 

熱い情熱はともかく、こないだの…

 

 

『ちょっと!なんでアクエリアスなのよ!

スポーツドリンクって言ったら、普通はポカリでしょ!?』

 

 

 

これのどこが懐が深いんだ。浅すぎて足がつくわ。

 

尊敬つったって、そうしてるのは花陽や海未くらいで、

俺と凛にいたっては小学生扱いだぞ。現実見ろ、現実。

 

 

 

 

「私がリーダーですか!?」

 

 

「そうだよ海未ちゃん!向いてるかも、リーダー!」

 

 

「それでいいのですか!?リーダーの座を奪われようとしているのですよ?」

 

 

「別に…みんなでμ’sをやっていくのは一緒でしょ?」

 

 

 

 

そもそも穂乃果にはリーダーとしての自覚がなかったらしい。

まあ、今までリーダーが機能を果たしていなくてもやっていけたし、

リーダーが誰でもいいってなれば、そうなのかもしれない。

 

 

 

 

「でも、センターじゃなくなるかもですよ?」

 

 

 

 

そう、花陽言う通り問題はそこなのだ。

 

穂乃果もそれに気づき、しばらく考えていたが…

 

 

 

 

 

「まぁ、いっか!」

 

 

「だろうな」

 

 

 

穂乃果の答えに、俺以外の奴は驚く。言い出したにこまで驚く始末だ。

 

穂乃果の返答は予想できたいた。

この単細胞のことだ、”みんなで歌えればそれでいい”とか思ってるんだろう。

 

 

 

 

「じゃあ、リーダーは海未ちゃんということで…」

 

 

「待ってください!

 

 

 

 

無理です……」

 

 

 

 

うん。こっちもそうだと思った。

 

 

 

 

 

「ことりは…副リーダーって感じだな。一年ってわけにもいかねぇし…」

 

 

 

 

にこの思惑通りになるのは、なんとなく気に入らない。

だが、思いのほか適任者がいないのだ。

 

 

 

 

「仕方ないわね~」

 

 

 

 

「やっぱり穂乃果ちゃんがいいと思うけど…」

 

 

 

 

「仕方ないわね~!」

 

 

 

 

「私は海未先輩を説得したほうがいいと思うけど」

 

 

 

 

「仕方ないわね~!!」

 

 

 

 

「投票がいいんじゃないかな…?」

 

 

 

 

「し・か・た・な・い・わ・ね~!!!」

 

 

 

 

 

にこは自分の存在を主張し続けるが、全員が華麗にスルー。

 

しまいには、メガホンで訴えるが…

 

 

 

 

 

「で、どうするにゃ?」

 

 

 

 

この始末である。

 

 

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

 

 

「わかったわよ!こうなったら…歌とダンスで決着をつけようじゃない!!」

 

 

 

 

1時間ほど後、俺たちはなぜかカラオケ店に。ついでに永斗も緊急収集された。

 

 

にこはこの期に及んで、まだ諦めてないらしい。

人望ないんだし、さっさと諦めればいいのに…

 

 

でも、実力で白黒つけるというのは嫌いじゃない。

にこにしては、中々理にかなった手段だ。

 

でもどうせアイツのことだから、

 

 

 

『クックックッ…こんな事もあろうかと

高得点の出やすい曲のピックアップは既に完了してあるのよ。

これでリーダーの座は確実に…』

 

 

 

とか思ってるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

「でも、私はカラオケは…」

 

 

「私も特に歌う気はしないわ」

 

 

 

「それなら結構。リーダーの権利が消失するだけだから」

 

 

 

 

海未と真姫は渋るが、にこにとっては好都合なようだ。

特に真姫は歌、めっちゃ上手いからな。

 

 

 

「つーか、にこでも”消失”なんて言葉知ってるんだな」

 

 

「現役の高3よ!馬鹿にしすぎじゃない!?」

 

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

 

「ふぅ…恥ずかしかった…」

 

 

 

 

7人目の海未が歌い終わり、採点が始まる。得点は…

 

 

 

 

《93点》

 

 

 

 

「海未ちゃんも93点!」

 

 

「これでみんな90点以上よ♪

みんな、毎日レッスンしているものね♪」

 

 

「真姫ちゃんが苦手なところ、ちゃんとアドバイスしてくれるし…」

 

 

「気づいてなかったけど、みんな上手くなってるんだね~」

 

 

 

 

高得点に一喜一憂する一同だが、一人顔色が悪いのはにこだ。

 

 

 

 

「こいつら、化け物か…」

 

 

 

 

アイドル歴一応3年目ということもあり、よほどの自信があったんだろうが

結果は真姫、花陽に負けて94点で3位だった。

 

 

まぁ、皆90点以上ってのも別に不思議ではない。

元々の才能も高い奴らだし、何より楽しんで練習してる。

 

 

人は好きなもの、もしくは生きる上で必要なものは、身に付きやすいものだ。

 

 

 

「にしても、このパフェうまいな…始めてきたが、カラオケも悪くn」

「あっ!そういえば、まだアラシと永斗が歌ってないじゃない!」

「はぁ!?」

 

 

 

コイツ…せめて俺たちに勝って、デカい顔しようとしてんな!?

 

 

 

 

「歌わねぇよ!俺はリーダー決定戦に関係ない…」

「え、歌わないの?僕もう予約したんだけど。デュエットで」

「なんでテメェはここだけやる気満々なんだよ!」

 

 

 

永斗の奴、今までゲームもせず静かだと思ったら、歌う曲考えてたのかよ!

 

 

 

「俺、曲とか全然知らねぇぞ!?」

 

 

「大丈夫大丈夫。アラシも知ってるから」

 

 

 

そうこうやってるうちに、イントロが流れ始める。

 

 

この曲は…

 

 

 

 

「Finger on the Triggerか…」

 

 

 

 

この曲は昔、永斗が事務所に来た頃。

永斗が空介と一緒によく歌ってた曲だ。確か、なんかのアニメの歌だったか?

 

 

 

「これなら知ってるでしょ?アラシのことだし、歌ってなくても耳コピできてると思うよ」

 

 

 

「そうだな…仕事中にうるさくて、何回お前と空介を怒鳴ったか覚えてねぇけど…

仕方ない、歌ってやるよ」

 

 

 

 

 

永斗がこの曲を選ぶとはな。アイツなりの励ましのつもりか?

 

 

 

そうだな。悔やんだって仕方ない。

 

 

 

今は、コイツらと楽しむか!

 

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

 

 

《97点》

 

 

 

 

 

「うそでしょぉ!?」

 

 

 

 

 

俺と永斗のデュエットは97点。

真姫の98点には敵わなかったものの、花陽、にこを抜いて2位。

 

 

つーわけで、にこの完全敗北。当人は点数を前に打ちひしがれている。

 

 

 

 

「すごいよ!2人ともこんなに歌うまかったんだね!」

 

 

「コイツと息ぴったりだったのが、ちょっと不本意だがな」

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

 

 

「次はダンス!今度は歌の時のように甘くないわよ!」

 

 

 

 

今度はゲームセンターに移動。

音ゲーを使い、ダンスの勝敗を決めるつもりらしい。

 

 

 

 

 

「ことりちゃん、もうちょっと右!」

 

 

「あ~…とれないよ~!」

 

 

「ちょっと貸して。こういうのは、タグに引っ掛けて…」

 

 

「「お~!」」

 

 

 

「アンタら緊張感なさすぎ!」

 

 

 

 

ことりと穂乃果がクレーンゲームで苦戦しているところを、

永斗がワンプレーであっさり取る。

 

 

ここはゲーセン。永斗にとっては、水を得た魚のようなものだろう。

 

 

 

 

「次は何やる?格ゲーか、それとも…」

 

「いつになく永斗くんの目が輝いてるにゃ!」

 

 

「人の話を聞きなさいよぉ!!私たちがやるのはコレ!」

 

 

 

 

そう言って、にこはゲームマシンを指さす。

 

 

 

「アポカリプスモードエキストラ!!これで勝負よ!」

 

「え~、それならドレミファビートやろうよ。

最近、幻夢がアーケードゲーム業界にも手を出し始めたらしいから」

 

 

「だいたい、凛は運動は得意だけど、ダンスは苦手だからな~」

 

 

 

 

凛と永斗が提案するが、2人は頑なに首を横に振り続ける。

どうせ…

 

 

 

『クックック…ダンスゲーム経験0の素人が挑んで、まともな点数が出るわけないわ。

カラオケの時は焦ったけど、これなら…』

 

 

 

とか思ってるんだろうが。

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

「なんかできちゃったー!」

 

 

 

 

凛がプレイを終え、スコアはAA。

 

対して、にこのスコアはA。またしても敗北である。

 

 

 

ついでに俺や永斗もやった。スコアはAAとB。

 

 

来るパネルの場所をタイミングを合わせて踏むだけだから、割と簡単だった。

ただ、リズム感が足りなかったのか、最高のSには届かなかった。

 

 

永斗は最初のほうはリズム感バッチリだったが、中盤からバテ始め、

終わるころには屍になっていた。

 

 

 

 

「だからドレミファビートにしようって言ったのに…」

 

 

 

って言ったっきり、アイツはベンチで死んでいる。

そのうち復活するだろ。多分。

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

「歌とダンスで決着がつかなかった以上、最後はオーラで決めるわ!」

 

 

 

「オーラ?」

 

 

 

「そう!アイドルとして一番過言ではないものよ!

歌も下手、ダンスもイマイチ、でも何故か人を引き付けるアイドルがいる!

それは即ちオーラ!人を引き付けて止まない何かを持っているのよ!」

 

 

 

「そうか、お前が威厳見せられなくて超焦っているのはわかったし、

そんなことに俺たちが付き合わされるのは、すっげぇムカつくが…

 

 

そのオーラ対決が、なんで秋葉原なんだ?」

 

 

 

 

俺たちは今、秋葉原のアイドルショップ前。

 

正直、オーラなんて対決できるものではないと思うが…

 

 

 

「そんなの決まってるじゃない!」

 

 

 

すると、にこはどこからか大量のチラシを取り出す。

 

 

 

 

「ビラ配りよ!!オーラがあれば黙っていても人は寄ってくるもの。

一時間で一番多くチラシを配れた人が勝者よ!」

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

 

というわけで始まったビラ配り対決。

 

 

 

 

「う~ん。なかなか減らないな~」

 

 

 

穂乃果は前に何度か経験があるが、やはりいつもうまくはいかない。

 

20分ほど経つが、4分の1も配れていないのが現状だ。

 

 

 

すると、そこに一人の青年が通りかかったので、その人に声をかけることにした。

 

 

 

「μ’sです!スクールアイドルやってます!」

 

 

 

青年は右腕に包帯を巻き、大きな槍を背負い、

髪の色は暗い青で、ピンクに近い瞳の色をしている。

 

 

 

 

「ミューズ…神話の女神の名か…」

 

 

 

 

 

青年はチラシを手に取り、つぶやく。

 

 

 

 

「そういえば、誰かがそんなこと言ってたような…」

 

 

「つまり、貴様らは神の使い…ならば、一つ忠告をしておこう」

 

 

 

 

 

すると、青年は右手で片目を抑えるようなポーズをとり、語りだした。

 

 

 

 

 

「この世界は終焉に近づいている…この世界を救うことができるのは、大いなる力と契約せし戦士のみ…貴様らが終末の運命を受け入れるというなら、何も問わない。だが、運命に抗い、剣をとるというなら…この俺と盟友の結びを……」

 

 

 

 

そこまで言うと、青年は突然後ろを振り向いた。

 

 

 

 

「この気配…出たか……」

 

 

 

 

 

それだけ言ったと思うと、青年はどこかへ走り去ってしまった。

 

その様子を、呆然と眺める穂乃果。

 

 

 

 

 

「何だったんだろ…今の…」

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

 

開始から30分。俺の調子はというと、あまり良好ではない。

 

 

女性は受け取ってくれる人が多いのだが、男性は逆だ。

 

あと、秋葉原は変な恰好している連中が多いから、なかなか話しかけづらい。

 

 

他の奴らもなかなか苦労しているようだ。

 

にこの奴も、どうせ…

 

 

 

『クックック…今度こそ…チラシ配りは前から得意中の得意、

この、にこスマイルで……!』

 

 

 

 

とか思ってたんだろうが、

さっき見に行った感じだと、殆どチラシの量は変わってなかった。ざまぁ。

 

 

永斗に関しては、チラシを適当に置き、

「自由にお取りください」の張り紙を張って、地べたで寝ている。

もう無駄だと思ったので、ツッコむのはやめておいた。

 

 

 

 

「何にせよ、油断してるとにこにも負けかねねぇからな…」

 

 

 

 

焦って人を探していると、俺の肩が一人の男性にぶつかる。

 

 

 

 

「あっ!スイマセン…って……」

 

 

 

 

その男性はぶつかった衝撃で、持っていたバッグの中身をぶちまける。

 

 

そして、その中に入っていたものに、俺は絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

「ガイアメモリ……!」

 

 

 

 

 

俺にメモリを見られたのに気づき、男はメモリだけ拾ってその場から逃げ出す。

 

 

 

 

「待てや!」

 

 

 

 

俺はすぐに追いつき、男を行き止まりへと追い込んだ。

 

まさかこんなところでメモリに出会うとはな…

もうここまで、一般人にメモリが流通してるなんて……

 

 

 

 

「こうなれば…」

 

 

 

 

 

切羽詰まった男はメモリを取り出し、手のひらにメモリを突き刺した。

 

 

 

 

《ベアー!》

 

 

 

 

男の体は光に包まれ、全身に毛皮を纏い、鋭い爪をもった怪物

ベアー・ドーパントに姿を変えた。

 

 

 

 

 

「グアァァァ!!」

 

 

 

ベアーは腕を振り上げ、こちらに迫ってくる。

俺はすかさずダブルドライバーを装着。

 

俺と永斗の意識が繋がると…

 

 

 

 

『zzz…』

 

 

 

 

寝息が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「まだ寝てんのか!いいかげん起きろやクソニート!!」

 

 

 

俺の叫び声で目が覚めたらしく、力のない永斗の声が聞こえてくる。

 

 

 

 

『あれ?今、朝?というわけで、二度寝を…』

 

 

「それ以上寝ぼけるんだったら、俺が永遠に眠らせてやろうか!?」

 

 

 

 

さすがに観念したらしく、ドライバーにメモリが転送されてくる。

 

 

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

 

俺もジョーカーメモリを装填し、ドライバーを展開。

 

 

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

 

 

ダブルは迫りくるベアーの巨体をいなし、攻撃をかわす。

 

 

しかし、ベアーは二撃目をダブルに叩き込む。

 

ベアーのパワーは凄まじく、ダブルは勢いよく吹っ飛んでしまった。

 

 

 

 

「クッソが…」

 

 

 

 

ダブルはすぐに体勢を戻し、次の攻撃に備える。

 

 

ベアーが放ったパンチを、ダブルは見事に回避。

だが、その一撃はコンクリートの地面をえぐりとった。

 

 

 

 

 

『パワーが面倒。力だけなら最近会ったやつで一番じゃない?』

 

 

「かもな、さすが熊。で、どうすんだ?」

 

 

『動きで翻弄が、一番楽だね』

 

 

 

 

 

その一言で意思を読んだアラシは、ジョーカーをリズムに入れ替える。

 

 

 

 

《サイクロンリズム!!》

 

 

 

 

「っしゃあ!いくぜ!!」

 

 

 

 

 

サイクロンリズムにチェンジしたダブルは、ダンスの動きでベアーの攻撃を回避。

 

 

その動きに驚き、隙が生まれたところを、サイクロンの素早い動きで攻撃。

 

 

ベアーの巨体がよろければ、更に隙が生まれる。

そんな感じで、連鎖的に連撃を叩き込んでいった。

 

 

 

 

「ぐっ…仮面ライダーなんて、聞いてないぞ!」

 

 

 

 

 

たまらず、ベアーはその場から逃げ出す。

ダブルもすぐにそれを追う。

 

この辺りはもともと人通りの少ない場所。少しいた人も、さっきの騒ぎで逃げている。

変身解除されて、人ごみに。なんて心配はない。

 

 

 

ベアーの背中を追い、追いつきそうになったその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りの雰囲気がガラッと変わった。

 

 

 

 

空気は冷たくなり、足元には霧。まるで目が赤くなったかのように、建物、地面、空までも、全てが赤く染まって見える。

 

 

 

 

『なにこれ……』

 

「モタモタしてると逃げられる。追うぞ!」

 

 

 

事実、ベアーは様子の変化も気にせず、逃走を続けている。

 

 

ベアーはダブルから逃れようと、角を曲がったが、

永斗の記憶だと、その先も行き止まり。これで、完全に追い詰めたはず。

 

 

そう信じ、ダブルは曲がり角を曲がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

 

 

 

 

 

その先の光景に、ダブルは言葉を失う。

 

 

 

そこにはベアーの姿はあった。

 

 

 

しかし、どこからか釣り下がった縄で首をつられた、変わり果てた姿で…

 

 

 

 

 

「スタッグフォン!」

 

 

 

ダブルはスタッグフォンを変形させ、ベアーを吊っている縄を切断。

 

ベアーの体は落下するが、動く気配はない。

 

 

 

 

「死んでる…嘘だろ…?」

 

 

『僕たちがベアーから目を離したのは、ほんの数秒。

その間にドーパントを殺せるとなると…』

 

 

 

 

 

ダブルは視界の奥に、人影があることに気づく。

 

 

その人影は歩いてこちらへと向かってきて、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

「これでまた、この世界から罪人が減った」

 

 

 

 

濃かった霧が薄くなり、人影の姿がはっきりとあらわになる。

 

 

 

 

現れたのは、ローブのようなものを着て、顔がろうそくの火のような炎で覆われた怪人。

ドーパントであることは言うまでもない。

 

 

 

 

『ギャロウ…絞首台の記憶…』

 

 

 

 

「貴様は罪人か?それとも…」

 

 

 

 

 

ギャロウはダブルに向けて手を伸ばす。

すると、ダブルの頭上に縄が出現。ダブルの首をめがけ、襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「ヤベぇ!!」

 

 

 

ダブルは反射的に回避。しかし、縄はまだこちらを向いている。

 

 

 

 

『ギャロウ、すなわち絞首台の記憶は、その名の通り縄で敵の首を絞める。

さらにこの空間は、いわば”処刑台”。この空間の中では、ギャロウの攻撃は一撃必殺。

首を絞められれば数秒と持たない。文字通り一発で殺せる能力だね』

 

 

 

「冷静に分析してる場合じゃねぇ!」

 

 

 

『まあ、まだ推測の段階だけどね』

 

 

 

「推測かよ!」

 

 

 

 

 

だが、今はその推測に頼るしかない。とにかく一回でも捕まればゲームオーバーだ。

 

 

 

ダブルは迫る縄をかわし、ギャロウへと近づいていく。

 

ギャロウに攻撃を浴びせようとしたが、背後からもう一本の縄が現れ、

ダブルはそれを避けるため、一度ギャロウから離れた。

 

 

 

「いいかげん鬱陶しいな」

 

 

 

ダブルはサイクロンをヒートへとチェンジ。

 

 

 

 

《ヒートリズム!!》

 

 

 

 

リズムフィストが炎を纏い、迫る縄に拳を突き出す。

 

すると、フィストから炎が噴出し、縄を跡形もなく焼き払った。

 

 

 

 

『確かにさっきの能力は強力だ。でも縄自体は大したスピードでもないし、こんな感じに簡単に処理もできる。僕たちにとっては、そこまで厄介とは言えない能力だったかな?』

 

 

 

永斗の声で得意げに話し、拳を構えてギャロウへと駆け出すダブル。

 

だが、ギャロウに焦った様子はない。むしろ、冷静のようにも見える。

 

 

 

 

「前座はここまでだ」

 

 

 

 

そう言うと、ギャロウの手に剣が現れる。

 

それは身の丈程もある大剣。処刑人の斬首用の剣といったところだろうか。

 

 

 

ギャロウはそれをダブルへと振り抜く。ダブルはその攻撃をすんでの所で避けた。

 

 

 

 

『これもギャロウの能力?パワーバランスおかしいでしょ』

 

 

 

 

だが、大剣はスラッシュで一度経験している。それを攻略したのもヒートリズムだ。

 

 

この間のように刀身へと飛び乗ろうとするが…

 

 

 

 

 

「悔い改めよ」

 

 

 

 

 

ギャロウの背中から、今度はギロチンの歯がついたアームが伸びてきた。

 

 

 

 

 

「このチート野郎……!」

 

 

 

 

《ルナトリガー!!》

 

 

 

 

 

 

ダブルはルナトリガーにチェンジし、光弾でギロチンアームを退ける。

 

 

 

恐らく、今までの攻撃すべてが一撃必殺。ここまで多彩な攻撃だと、攻略も容易ではない。

 

 

ダブルは身構えるが、対照的にギャロウはすべての装備を解除する。

 

 

 

 

 

 

「よそう、我は罪人以外を殺すつもりはない」

 

 

 

 

 

 

そう言うと、ギャロウは背を向け、ダブルから遠ざかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「罪人は裁かれ、腐った世界は首を切られる。

その処刑人こそ…我だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

一時間後、部室。

 

 

 

チラシ配り対決が終わり、全員が部室に戻っている。

にこはと言うと、やはり良くなかったのか、回る椅子でぐるぐる回りながら絶望の表情を浮かべている。

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっぱりみんな同じだぁ」

 

 

「そうですね。ダンスが苦手な花陽は歌がよくて、

カラオケが悪かったことりはチラシ配りが良く…」

 

 

「結局、みんな同じってことなんだね♪」

 

 

 

 

「にこ先輩も流石です。みんなより全然練習してないのに、同じ点数なんて」

 

 

 

 

凛の一撃でとどめを刺され、にこはそのまま机に突っ伏した。

 

 

 

 

「でも、どうするの?これじゃ決まんないわよ?」

 

 

「そうだな真姫。このままだと俺がリーダーってことになるが…」

 

 

 

 

その俺の言葉に反応したのは、撃沈していたにこだ。

 

 

 

 

「なんでアンタがリーダーなのよ!」

 

 

「カラオケもダンスもよかったんだから、順当だろうが!」

 

 

「チラシ配りはダメダメだったじゃない!!」

 

 

「あれはドーパントが出たから…って、マジでヤバかったんだからな!」

 

 

「ふ…二人とも落ち着いて…」

「「花陽、うるさい!!」」

「ご…ごめんなさい…」

 

 

「で、誰がリーダーをするのですか?」

 

 

「やっぱり海未先輩がいいと思うにゃ!」

 

 

「私はやっぱり穂乃果ちゃんが…」

 

 

「私はそもそもやる気ないし…」

 

 

「じゃあ、なくてもいいんじゃないかな?」

 

 

「そうだな…って……」

 

 

 

 

 

「「「「「「えぇ!!??」」」」」」

 

 

 

 

 

なんかどさくさに紛れて言ったが、穂乃果からの予想外の提案で、一同は声を合わせて驚く。

 

 

 

 

「うん。リーダーなしでも全然いいと思うよ。

今までそれで練習してきて、歌も歌ってきたんだし」

 

 

「でも、それではセンターが…」

 

 

 

そう、さっきも言ったがそれが問題だ。

企画する側からしても、センターは決まっていたほうがいい。

 

 

だが、穂乃果にはアイデアがあるようで、話を続ける。

 

 

 

 

「私思ったんだ、皆で順番に歌えたら素敵だな~って。

そんな曲、作れないかな~って…無理かな?」

 

 

「つまりは…全員がセンターってことか…」

 

 

 

 

全員がセンター。そのありきたりで、誰も思いつかなかったアイデアに

全員が目を輝かせているのがわかる。

 

 

 

 

「歌は…作れなくもないですね」

 

 

「そういう曲、なくはないわね」

 

 

「ダンスも、今の7人ならできると思うよ♪」

 

 

 

 

全員がセンター…そんな前例、永斗に聞いたって知らないだろう。

初仕事だ。そのくらいの方が、俺もやりがいがある。

 

 

 

「俺も賛成だ。海未、真姫、ことりは、これから頑張ってもらうことになるが、やってくれるか?」

 

 

 

「「「もちろん!」」」

 

 

 

3人は声を合わせて、そう返事をする。

本当に頼もしい奴らだ。

 

 

 

 

「じゃあ決まりだね!みんなが歌って、みんながセンター!」

 

 

 

 

その提案に異議を立てるものはいない。

 

いろんな奴らが、肩を並べて、主張しあって前に進む。

 

 

それが、このグループ…μ’sだ!

 

 

 

 

 

 

 

とは言っても、本当は全員わかってんだろうな。

 

 

何事にもとらわれず、やりたいこと、面白そうなことに躊躇なく飛び込む。

 

 

それは穂乃果にしかないもの。

 

 

穂乃果が紛れもない、μ’sのリーダーなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、PVの撮影場所…

ピッタリな場所があるじゃねぇか」

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 

 

全員がセンターという考えに賛同し、練習に励むμ’s。

 

 

その様子を、希は微笑みを浮かべて見ていた。

 

 

 

 

「あの子たちの今後…楽しみやね」

 

 

 

 

希はカードを一枚取り出し、それを見てまたも微笑んだ。

 

 

 

 

「星は動き出した…ってことかな?」

 

 

 

 

 

 

 

そのカードに描かれていたのは、”運命の車輪”。

 

 

 

 

 

 

 

その意味は「出会い」そして…「運命」

 

 

 

 




今回はレイシャキールさん考案の”ベアー・ドーパント”と、
ホワイト・ラムさん考案の”ギャロウ・ドーパント”を使わせていただきました!

レイシャキールさん、ベアーの見せ場少なくてすいませんでした!
他のアイデアは、きちんと活躍させますんで……


今回の騒動、次回に続きます。そして、次回から急展開が…?


感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第19話 Dが裁く/断罪の竜騎士

ども!pixiv百科事典の執筆をしていたら投稿が遅れた146です!
春休みが始まるが、俺にそんなものは存在しない!基本的に課題地獄さぁ!フハハハハハ!!

そういえば、社長もゲームオーバーしましたね…もう全員死亡エンドとか…無いよね?

さて、今回はギャロウの騒動の続きです。最初に予告しておきますが、今回のμ’sの出番はほとんどありません!ご了承ください。


新たにお気に入り登録してくださった、炎龍 剣心さん ポポイさん
ありがとうございます!


 

 

 

6/22 土曜日 切風探偵事務所

 

 

 

 

 

「海未ちゃん、のりとって~。スティックのやつ」

 

 

「その前に穂乃果はハサミを返してください」

 

 

「ここのデザイン、こんな感じでいいかな?」

 

 

「いいんじゃない?流石ことり先輩ね」

 

 

「アラシ~。材料足りないからド〇キで買ってきて」

 

 

「費用は部費で落ちるんだろうな?」

 

 

「はぁ!?冗談じゃないわよ!アンタらが出しなさい!」

 

 

「だ…ダレカタスケテ~!!」

 

 

「かよちんがバルーンでぐるぐる巻きに~!」

 

 

 

 

 

いつもに増して騒がしい、切風探偵事務所。

 

μ’sのメンバーが集まって、それぞれ紙を切ったり貼ったり。

 

 

今日の練習はオフ。そして、全員でPVに使用する飾りを作っているのだ。

 

 

 

 

 

「それにしても、学校をPVの撮影に使うとはね」

 

 

「スクールアイドルだし、ピッタリだと思ってな。

ただ…許可をもらうのにどれだけ苦労したか…」

 

 

 

 

永斗に言われ、アラシはあの苦労をしみじみと思い出す。

 

 

学校を使うとなると、当然だが許可が必要。

 

理事長の許可はとることができたが、大変だったのは生徒会長だ。

 

 

 

 

「あの堅物生徒会長から許可もらうために、俺がどれだけ頭下げたか…」

 

 

「お疲れ様で~す」

 

 

「お前絶対思ってないだろ」

 

 

「ニートには一生わかんないことっすよ」

 

 

 

 

会話が終わると、2人とも作業に手を戻す。

 

 

なんとか生徒会長の許可を得たが、その条件の一つが「必要なものは自分たちで調達すること」

 

アラシの企画では、学校じゅうを使ってPVを撮影する。

そうなると、それ相応の量の飾りが必要となるのだ。

 

 

学校を使用できるのは明日だけ。つまり、今日中に飾りをすべて作る必要がある。

 

 

 

 

「明らかに人手不足だよな…にこは久坂陽子とか呼べなかったのか?」

 

 

「陽子は練習試合で県外に行ってるわよ」

 

 

 

 

久坂陽子は、以前の事件で関りを持った、キックボクシング部の部長。

 

にこの親友である彼女なら、快く協力してくれると思っていたアラシだったが

部活があるのならどうしようもない。

 

 

 

「希先輩も誘ったんだけど…」

 

 

「生徒会の仕事で無理だそうです」

 

 

「雪穂も友達と遊びに行くって~…」

 

 

 

穂乃果、海未、ことりも心当たりを当たっているようだが、うまくいかなかったようだ。

 

 

 

「一人、暇してて協力してくれらる人なら知ってるけど…」

 

 

 

 

そう言った真姫だったが、表情は渋っている。

 

きっと兄である一輝のことだろう。察したアラシはそれ以上は言わなかった。

一輝は極度のシスコン。言ってしまえば変態だ。関わりたくないのは当然である。

 

 

 

 

「そんなもん期待しても仕方ないか…俺は材料でも買いに…」

 

 

 

 

アラシが立ち上がると同時に、呼び鈴が鳴る。

 

すると、間もなく扉が開き、一人の中学生くらいの少女が現れた。

 

 

 

 

「すいません、依頼…いいですか…?」

 

 

 

 

アラシは大量の折り紙と、まだ膨らまされていないバルーンを見て呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今じゃなきゃダメですか…?」

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

数分後、結局話を聞くことになったアラシと永斗。

 

 

 

 

「よかったんですか?」

 

 

「いや…よくはないけど…依頼を無視するわけにもいかないし……」

 

 

 

というわけで、後の作業は穂乃果たちに任せることにした。

 

 

 

 

「で、依頼は?」

 

 

 

アラシがそう聞くと、少女はピンクのガラケーを取り出した。

 

 

 

「”朱い月の処刑台”。知ってますか?一般人が、殺してほしい人を書き込む闇サイトで

管理人が”有罪”と判断したら、本当にその人が殺害されるらしいです」

 

 

 

アラシはその名前に聞き覚えはなかったが、

闇サイトでの正義のヒーロー気取り。いかにもな事件だ。

 

 

 

「この管理人を探してほしい。それが私の依頼です」

 

 

「そりゃまた。なんでだ?」

 

 

「この人が…命の恩人だからです」

 

 

 

親の仇とか、そういう言葉を予想していたアラシは、その言葉に驚く。

 

 

 

 

「一週間前、銀行にいた私は銀行強盗に人質にとられました。

拳銃は私に向けられ、引き金がひかれそうになった時、空中から縄が伸びて銀行強盗を絞めたんです」

 

 

「空中から縄!?それって……」

 

 

「間違いない。ギャロウだね」

 

 

 

ギャロウの名前に、今までゲームをしていた永斗も反応する。

 

 

ギャロウ・ドーパント。一週間前にアラシ達の前に現れたドーパントで

極めて強力な能力を持つ、手強いドーパントだった。

 

ただ、何より奴の行動が謎だ。

アラシの前に現れたベアー・ドーパントを殺害し、それから姿を見せない。

 

 

 

 

「人を殺すのは許されることではないと分かっています。彼女を肯定するつもりもありません。

ただ、一度話をして、その真意を聞きたいだけなんです」

 

 

「はぁ…でもよ、なんでそこまで深入りするんだ?」

 

 

「それは……」

 

 

 

そのまま少女は黙ってしまい、口を開こうとしない。

 

こうなっては何も聞き出せない。アラシは探偵としての経験上、そう分かっていた。

 

 

 

「分かった、管理人を探してやる。だが、人を殺めた以上、奴は裁かれなければならない。それは理解しとけよ」

 

 

 

 

少女は黙って頷き、そのまま深く礼をして去っていった。

 

そうなると、ここからは探偵の仕事。

アラシは思考を探偵モードに移行し、永斗に指示を出す。

 

 

 

「お前はサイトに書かれてる奴らを、片っ端から当たっていけ。

事務所でゲームとかしてたら、マジ処刑な」

 

 

「アラシはどうすんの?」

 

 

「俺は気になるところがあるから、そっちを当たる」

 

 

 

 

そう言って、アラシは携帯の画面を見て呟いた。

 

 

 

 

 

「朱月組……」

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

 

 

「はぁ…メンドい…」

 

 

 

 

 

どうも、久しぶりの僕視点。最近見せ場の少ないオタク系ニート、士門永斗です。

 

 

アラシは「片っ端から当たれ」って言ってたけど、正直そんなのやってらんないんだよね~

 

被害者には共通点があると思って、試しにベアーの変身者について検索したけど

そもそも他の例がないとどうしようもないし、他の例も、最近の縊死が死因の殺人事件なんて山ほどある。つまりお手上げってわけ。

 

 

というわけで、適当に一つ選んで来てみたけど…

 

 

 

 

「これ、来るの間違えたな…」

 

 

 

 

僕の目の前にあるのは、都会の中に聳え立つ高層ビル。

とある大手化粧品会社のビルなのだが、なんでも、社長を調べるといろいろな黒いうわさが点在しているらしく、書き込みにも書かれてた。

 

 

だが、どう考えても庶民が入れる場所じゃない。

こんなの、「スイマセ~ン。社長に会えるのは2週間後が最短となっておりますぅ~」

って言われるのがオチだ。てか、僕のイメージがおかしいのはノーコメントで。

 

 

 

「さて、どうしたもんかな…ここで2週間ゲームして待つのも面倒だし…」

 

 

 

 

そんな時、会社に入っていく少年が現れる。ぱっと見だったけど、なんかランスを背負っていたと思う。はたから見れば凄く痛い。

 

 

 

「ちょっとついて行くか…」

 

 

 

気配を殺し、僕は少年を尾行。少年はまっすぐ受付に向かっていき…

 

 

 

 

「社長に合わせてもらおう」

 

 

 

マジかこの子。

 

 

 

「すいません。早くても2週間後になりますが…」

 

 

 

でしょうね。てか、2週間後あってた。

 

 

 

「フッ…俺を誰だと思っている。俺こそ竜と契約し、天界より舞い降りた…」

 

「た…大変です!!」

 

 

 

少年がなんか痛いことを言いかけたと思うと、社員の一人が血相を変えて、エレベーターから降りてくる。その様子はまるで、恐ろしいものを見たような。

 

 

 

「社長が…社長が…!」

 

 

 

 

僕は、受付も少年も気にせず、駆け出した。

 

嫌な予感がする。その予感は多分当たってる。

 

運がいいのか、悪いのか。僕の勘はいきなりビンゴだったようだ。

 

 

 

 

 

「勘弁してよ…本当に…!」

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

”朱月組”。昔から強い力を持っていた暴力団。

日本各地に支部を持ち、規模なら国内随一である。

 

しかし、先代の組長が失脚し、それ以降鳴りを潜めていた。

 

ところが最近、ガイアメモリの流通に関わっているという噂が流れており、

それは当然、怪物専門探偵であるアラシの耳にも届いていた。

 

 

闇サイト”朱い月の処刑台”。この名前から朱月組を連想したアラシは、直感的に朱月組の関与を疑い、近場の朱月組支部まで来たのだが…

 

 

 

 

「誰もいない…」

 

 

 

結構な大きさの屋敷なのに、人が全くいない。気配も感じない。

まさに、もぬけの殻。もはや不気味さすら感じる。

 

 

 

「逃げた…?いや、不自然だな…」

 

 

 

 

その時だった。

 

突然、物音がしたと思うと、人影がアラシの視界を横切って行った。

 

 

 

 

「ッ…!待て!」

 

 

 

 

アラシはその人影を追い、屋敷内を駆け回る。

 

しばらく走り、アラシは足を止めた。

 

 

人影が逃げ込んだと思しき場所は、屋敷の最奥。

いわゆる、組長室だ。

 

 

 

 

「ここか?」

 

 

 

アラシは引き戸に手をかけ、勢いよく開いた。

 

 

だが、そこに人の姿はない。

 

暗い部屋の中、和室らしい置物が無造作に置いてあるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念、はっずれ~☆」

 

「ッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬。ほんの一瞬だが、アラシに感じたことのないような戦慄が走った。

 

その原因は、背後から聞こえてきた声。

 

 

アラシが恐る恐る振り返ると、そこには金メッシュの入った青年が立っていた。

 

 

 

 

「さぁ、問題です!オレは誰でしょうか?

 

はい、シンキングタイム終了!正解は…」

 

 

 

 

 

次の瞬間、アラシに謎の人影が飛びかかった。

 

 

人影は飛び蹴りを放つが、驚きながらもアラシはそれを回避。

 

さらに、アラシからもカウンターパンチを繰り出し、人影は吹っ飛んだ。

 

 

 

アラシは冷静になり、その人影の姿を見る。それは…

 

 

 

 

 

 

さっき依頼に来た、あの少女だった。

 

 

 

 

「なっ……そんな……」

 

 

 

 

アラシは驚きを隠せないが、それだけでは終わらない。

 

少女の姿は歪み、その姿は緑色で、サナギのような姿の怪物になり、アラシへ襲い掛かる。

 

 

アラシはドライバーを取り出すが、

永斗の応答を待つとなると、どう考えても間に合わない。

 

 

 

「ぐっ…!」

 

 

 

咄嗟に防御態勢をとるアラシ。そこに容赦なくサナギ怪人は飛びかかった。

 

 

 

 

 

「邪魔すんなよ。クイズの途中だ」

 

 

 

 

 

 

青年はサナギ怪人に手を向ける。

 

すると、小さなワームホールが出現し、そこから伸びた棘がサナギ怪人を貫く。

 

 

奇声を上げ、小さな緑色の爆炎と共に、サナギ怪人は爆散した。

 

 

 

 

「さて、邪魔もなくなったし、答え合わせしよっか」

 

 

 

 

青年は部屋に入り、奥に置かれている、明らかに風変わりな洋風な椅子に腰かけた。

 

 

 

 

「オレは朱月組六代目組長、朱月(あかつき)王我(おうが)

初めましてだよな?半分こライダー」

 

 

 

目の前で起こった急展開。しかし、アラシは冷静に分析し、答えを出す。

 

 

 

 

「組織の幹部だな。スラッシュの時、あの怪物を差し向けたのもお前か」

 

 

「おぉ!当たり!やっぱ、ここを突き止めただけはあるじゃん。

でもさ~気づかなかった?以来の時、アイツは管理人を”彼女”って言ったんだよ?

知らないはずなのにそこまで断言したって、そこで怪しんでくれると思ったんだけどな~

やっぱ、探偵ってそんなもんか…」

 

 

「随分と饒舌だな。サイトの名前も、依頼人も、俺をここに呼ぶためだったってことか?」

 

 

「いや、ちょっと違うね。キミたちを”この事件”に巻き込みたかった。

理由はいろいろあるけど…とりあえず、面白そうだったからかな」

 

 

 

 

会話をしながらも、アラシは警戒の体制を崩さない。

さっき感じた戦慄。あれは間違いなく本物だった。こんな奴でも、力は計り知れない。

 

 

しばらくの緊張状態が続いたが、嫌気がさしたのか、朱月が話を切り出した。

 

 

 

 

「あぁ~ま、いいや。そういえばさ、キミの相棒のところに丁度今、ギャロウちゃんが行ってるんだよね。汚名返上もしなきゃだし、行ったほうがいいんじゃないの?」

 

 

 

 

その言葉に、アラシの表情がこわばる。

 

そして、警戒しつつも、全速力で屋敷から飛び出した。

 

 

 

その様子を朱月は微笑みながら眺めていた。

 

 

 

「さて、ここからどうなるかな…ロウ君に怒られるかもだけど…」

 

 

 

朱月はゆっくり立ち上がり、目の前に大きなワームホールを出現させた。

 

 

 

 

 

「お楽しみはこれからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

 

数分後、最上階の社長室に到着した僕たち。

 

そこで目にしたのは、首つり状態で死亡していた、社長の桐谷克美。

目撃者は、秘書である静音羽華。死亡推定時刻は見た感じ、30分前といったところだろう。

 

 

こんな現場は何度も見ているが、やっぱり慣れないな…

 

 

 

 

「貴様は何者だ?」

 

 

 

そう聞いてきたのは、あの少年。彼も社長室についてきていた。

 

 

 

 

「見ただけで死亡時刻まで推定。ただの人間ではないな」

 

 

「僕は士門永斗。ニート探偵だよ。

僕も、探偵として君に聞きたいことがある

 

 

 

君はなんのためにここに来たの?騎士もどき君」

 

 

 

見た感じ、年は僕と大して変わらない。かと言って、正装でもないし、社長の親族には思えない。

何より、死亡推定時刻は30分前。彼もメモリを使って社長の殺害が可能だ。

社長に会いたがっていたのも、何かしらの証拠を隠滅したかったのかもしれない。

 

 

 

「俺がここに来た理由…それは…」

 

 

 

 

少年の言葉に僕は耳を傾ける。僕はだいたいの声のトーン、その他諸々で、その言葉が噓か否かが判断できる。さぁ、何を言う?

 

 

 

 

 

 

「罪が…俺を呼んでいた…」

 

 

 

 

 

 

 

 

はい?

 

 

 

 

 

「罪あるところに俺がある。そして、それを裁くのが…俺だ」

 

 

 

 

 

嫌な予感がする。このセリフ、この格好…

 

もしかして…ただのアホなんじゃ…

 

 

 

 

「天より下りし、我が槍は…いかなる罪も裁く…」

 

 

 

 

うん。そんな気がしてきた。ていうか、アホだ。うん。

 

 

 

「ハズレか。ていうか、僕にしては冷静さを欠いていたかも…」

 

 

 

 

その時、辺りを異様な空気が包み込んだ。

 

 

視界が赤く染まり、霧が立ち込める。

ギャロウに遭遇する直前の、あの感じだ。

 

つまり、奴が…ギャロウが来る…

 

 

 

 

 

 

 

「そこだ!」

 

 

 

 

 

あのアホ…じゃなかった、少年の声が聞こえ、少年は槍を秘書の静音羽華に投げる。

 

だが、その槍は静音秘書を通り過ぎ、彼女の後ろに迫っていた縄を貫いた。

 

 

 

 

「ほぅ…やるな」

 

 

 

僕の背後には、いつの間にかギャロウが立っている。

少年はその姿を見ると、投げた槍を引き抜き、ギャロウに攻撃を仕掛ける。

 

 

しかし、所詮は生身の人間の攻撃。造作もなくよけられてしまうが、素早く体制を切り返し、少年はギャロウに槍を持ったまま、思いっきりタックルした。

 

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 

その勢いで、ギャロウは窓ガラスを突き破り、落下。

 

 

さらに、タックルの勢いで、少年も落下。

 

 

 

 

 

 

いや、やばいっしょ。

 

ここは最上階。どう考えても人が飛び降りて生存不可能な高さ!

 

 

僕はスパイダーショックを装着し、割れた窓の下をのぞき込む。

 

 

そこには、信じられない光景が……

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

なんということでしょう。少年は槍をビルの壁をに突き刺し、落下速度を落としているではありませんか。そして、しばらくして無事に着地。

 

 

 

いや、生身の人間の動きじゃないでしょ…ただのアホじゃないことは分かったけど、もうバケモノだよ…

 

え?僕も仮面ライダーならやれって?アラシはともかく、僕は無理です。

意欲と能力的に。

 

 

 

 

「って、急いで降りないと…」

 

 

 

 

気は進まないけど…仕方ない。

 

 

 

 

 

「それっ」

 

 

 

 

僕も窓ガラスから飛び降り、すかさずスパイダーショックからロープを放出。

 

 

ロープは窓の格子に引っかかり、自由落下する僕の体をストップさせる。

 

そして、ゆっくりロープを伸ばし、僕は安全に着地した。

 

 

 

 

ギャロウもロープを使い、着地していたようで、

僕が地面に足をつけるころには、2人が対峙していた。

 

 

さて、困ったのはここからだ。

 

 

彼の身体能力が化け物じみてても、所詮は生身。

ドーパントに変身せずに挑むなんて無茶にもほどがある。

 

 

かといって、僕も変身できない。

 

 

ドライバーをつけるタイミングはアラシの一任。

仮にドライバーをつけれても、変身すれば意識はアッチに行ってしまう。

 

 

 

 

「無茶だ。そいつは君が何とかできるレベルじゃない」

 

 

 

 

まず、この騎士もどき君をなんとかしないと。そして、可能な限り時間を稼ぐ…

とんだ鬼ミッション。現実はクソゲーだ。

 

 

 

「確かに、此奴は今の俺が何とかできる相手じゃない」

 

 

「そうだね。じゃあ、さっさと逃げて…」

 

 

「俺も、契約の力を借りるとしよう」

 

 

「いや、中二っぽいこと言っても、無理なものは無理…」

 

 

 

 

 

 

少年が取り出したものを見て、僕は言葉を失った。

 

 

 

それは白銀のガイアメモリ。しかも、ドーパントが使用する、グロテスクな見た目ではない。

洗練された、僕たちが変身で使うようなメモリ。

 

 

 

 

 

「そして、ニート探偵。貴様は一つ勘違いをしている。

俺は”騎士もどき”ではない…”竜騎士”だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

《ドラゴン!》

 

 

 

 

”D”と刻まれたメモリのボタンを押し、メモリの名が叫ばれる。

 

ドラゴン…竜の記憶…

 

 

 

「我と契約せし白銀の竜よ、今こそ我が槍に力を!」

 

 

 

 

少年はそう叫び、ランスの形状の槍を構える。

 

その槍をよく見れば、竜の意匠が刻まれており、メモリのスロットも搭載されている。

 

 

 

「ちょっと待って…うそでしょ…」

 

 

 

 

少年は槍にメモリを装填。まるで騎士のように顔の前に槍を構えた。

 

 

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

 

 

叫ぶと同時に槍を掲げ、トリガーを引く。

 

 

 

 

 

《ドラゴン!!》

 

 

 

 

 

少年の体を白銀の装甲が包み込む。

 

 

その姿は、西洋の鎧のようなアーマーを纏い、まさしく騎士。

 

 

頭部は竜の頭の意匠が取り込まれており、黄色い複眼。

 

 

胸部の左側には、竜で象った”D”の文字が。

 

 

 

 

 

「我が名はエデン…天より出でし、断罪の竜騎士…仮面ライダーエデン!!」

 

 

 

 

 

少年は…エデンは槍をギャロウに向け、言い放つ。

 

 

 

 

 

「騎士の名の下に、貴様を裁く!」

 

 

 

 

 

 

マジデスカ。

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

 

 

「新しい仮面ライダー…」

 

 

 

 

謎の少年が変身した仮面ライダーエデン。

2人目、いや3人目というほうが妥当であろうか。その存在は永斗も知らないものだった。

 

 

切風空介から、かつて仮面ライダーがいたことは聞いていた。

 

 

しかし、自分たち以外の仮面ライダーを見るのは初めて。

 

それも、彼は槍型のドライバーで変身する。ダブルとは異なるシステムの戦士で間違いないだろう。

 

 

 

エデンとギャロウは、互いに殺気を放ちながら、戦闘態勢で様子をうかがっている。

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

 

 

気迫がぶつかり合い、その殺意が目に見えるように伝わってくる。

 

まさに、一触即発。そこに、テンションの高い声が割って入った。

 

 

 

 

「やぁっと来てくれたんだね、”D"のメモリ!」

 

 

 

 

両者の間にワームホールが出現、そこから現れるのは当然、朱月だ。

 

朱月はギャロウの背後にホールを作り出し、ギャロウが黒い空間の中に吸い込まれていく。

 

ギャロウの姿はそのまま消え、そこに残ったのは朱月とエデン。

そして、アラシの到着を待つ永斗だけになった。

 

 

 

 

「ギャロウちゃんには退散してもらったよ。ここまでやっといて、倒されでもしたら、オレがロウ君に大目玉食らっちゃうからね~。それに…」

 

 

 

朱月は手を掲げ、新たに上空にホールを出現させる。

 

 

 

 

「ニューカマーには、相応しい相手ってものがあるでしょ?」

 

 

 

 

 

ホールから人型の影が落下し、アスファルトの地面にひびが入る。

 

 

降り立ったのは、白いライオンの怪物。

右手に長く、鋭利な爪。頑丈そうな銀の鎧を纏い、その体格はエデンを圧倒している。

 

 

 

 

「アルビノレオイマジン。オレの手駒じゃ、6番手ってとこかな?」

 

 

 

アルビノレオイマジンは、空気を震わすほどの咆哮をし、エデンへと襲い掛かる。

 

 

 

 

「ほいじゃ、あとは楽しませてもらうよ~」

 

 

 

 

朱月は不敵な笑みを浮かべ、ワームホールへと消えた。

 

エデンはアルビノレオの攻撃をかわし、敵に槍を向けて自信ありげに言う。

 

 

 

 

「フッ…竜騎士たる俺の力が、こんな…えっと…

 

マーライオンで測れるものか!」

 

 

 

 

違います。それシンガポールのシンボルです。コイツは突然変異種(アルビノ)です。

 

 

と、ツッコみたかった永斗だが、黙っておく。

 

アラシはまだ到着しない。このライオン怪人は明らかに高い能力を持っている。

いくら新たなライダーと言えど、不利なのは目に見えている。

 

 

 

 

「無駄だ。お前は俺には勝てん」

 

 

「ほぅ。マーライオンってのは喋れるらしいな」

 

 

 

 

アルビノレオは再び、エデンに攻撃を仕掛ける。

 

巨体から振り下ろされた爪の一撃を、エデンは槍で防御。

 

 

流れるような動きでアルビノレオの腕を払いのけ、槍で横腹を殴りつけた。

 

 

 

「ぐぉっ!」

 

 

 

巨体が揺らぎ、そこにエデンは、素早く突きを放つ。

 

 

右腕のアーマーで防がれるが、すかさずもう一撃。

ヒットしたが、鎧の強度は高く、ダメージを与えられない。

 

 

しかし、エデンはひるむことなく次々と槍で攻撃を続ける。

 

 

一切の隙を見せることなく、連撃の雨がアルビノレオに降り注ぐ。

 

 

 

「小癪な!」

 

 

 

アルビノレオは再び咆哮。一瞬攻撃が緩んだところに、アルビノレオは口から火球を放った。

 

 

火球はエデンに直撃し、姿が爆炎に包まれた。

 

 

だが、その数秒後アルビノレオは驚愕することになる。

 

 

 

 

 

「なんだと……!」

 

 

 

 

爆炎の中からは、体勢を崩さず立ったままのエデンが現れた。

 

多少は効いているだろうが、そこまでのダメージには至っていないようだ。

防御力は、そもそもが高いスペックなのだろう。

 

 

 

「俺は竜騎士。竜の力を持つ者に火で挑むなど

愚の…愚の……ちょっこう?こっちょう?どっちだっけ…?」

 

 

 

 

エデンがくだらないことで悩んでいると、

アルビノレオはチャンスと言わんばかりに攻撃を仕掛けようとする。

 

 

それに気づかず、その攻撃はエデンにクリーンヒット。

 

防御力は高いが、やはり効いたようだ。

 

 

 

 

「やるな…この俺に一撃を浴びせるなど…」

 

 

 

 

セリフから馬鹿が丸出しだが、

余裕がないのと、面倒ということで、永斗は相変わらずツッコミを放棄。

 

 

 

 

「俺も少し本気を出すとしよう」

 

 

 

そう言って、エデンは新たなメモリを取り出す。

 

 

それはグリーンのメモリで、Gと刻まれている。

 

 

 

《グリフォン!》

 

 

 

エデンはそのメモリのボタンを押し、

ダブルでいうドライバー部分、腰の部分にあるバックル型メモリスロット”オーバースロット”に装填!

 

 

 

 

 

《グリフォン!マキシマムオーバー!!》

 

 

 

 

スロットから緑のラインがエデンの脚に向かって伸び、膝から下に収束。

 

緑の光を放ち、エデンの脚に爪がついたブーツ型の装甲が装備された。

 

 

 

アルビノレオは何かを感じ取ったのか、

二十体程の金と黒の兵隊”レオソルジャー”を出現させる。

 

 

 

 

「増援か。受けて立つ!」

 

 

 

 

脚の装甲から風が起こり、エデンの体が浮かび上がる。

 

そして空中で加速し、脚の爪でレオソルジャーを切りつけた。

 

 

攻撃を受けたレオソルジャーは爆発。

その衝撃で、エデンの体が宙に放り出される。しかし、エデンは空中で体の向きを変え…

 

 

 

 

 

空中を()()()

 

 

 

 

「喰らえ!」

 

 

 

 

エデンに装着された”ウィガルエッジ”は、風を起こす能力

そして、接した大気を一瞬だけ固体化できる能力を持っている。

 

 

空中を足場にしたことで、エデンはさらに加速。

 

その勢いのまま槍を突き出し、レオソルジャーを一気に何体か撃破した。

 

 

 

槍使いであるエデンにとって、足場は命。

 

空中を足場にできることにより、その力は戦い方によっては何倍にもなるのだ。

 

 

 

この装備をしている間、エデンの攻撃に死角はない。

 

 

数分後には、レオソルジャーは一体残らず倒されていた。

 

 

 

だが、それと同時にウィガルエッジも光となって消えてしまった。

 

 

 

 

 

「時間切れか…それなら…」

 

 

 

 

今度は紫のメモリを取り出すエデン。

 

スロットからグリフォンメモリを抜き、そのメモリのボタンを押した。

 

 

 

 

《ユニコーン!》

 

 

 

 

 

「ユニコーン…?」

 

 

 

そのメモリに疑問を感じたのは、永斗だ。

 

ユニコーンは最近ダブルが倒したドーパントが使っていたメモリ。

しかも、その後メモリの残骸は行方が知れない。これは偶然なのか…?

 

 

 

 

 

「主より授かった新たな力、試させてもらおう!」

 

 

 

 

 

《ユニコーン!マキシマムオーバー!!》

 

 

 

 

スロットにユニコーンメモリが装填され、

スロットから紫のラインが、エデンの胴体部分に収束していく。

 

 

そして光を放ち、エデンの右肩から胴にかけてプロテクターが装着された。

 

 

 

 

「小賢しい真似を…!」

 

 

 

 

アルビノレオは棒付きの鉄球、メイス型のモーニングスターを持ち、殴りかかる。

 

 

その一撃を、一角獣の角が光るプロテクター”モノケロスギア”は完全に受け止め、

右腕に持った槍で強烈なカウンターを放った。

 

 

 

槍はアルビノレオの鎧を粉砕。

 

 

すさまじい勢いで、アルビノレオはビルの壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

「これが、騎士の一撃だ」

 

 

「バ…バカな……」

 

 

 

 

能力により、エデンの腕力は攻撃の一瞬のみ数倍にも跳ね上がっていた。

その威力を持ってすれば、大概の防御を打ち破ることは容易い。

 

 

 

 

「さぁ、審判の時だ」

 

 

 

 

エデンは槍を、”エデンドライバー”をオーバースロットにかざす。

 

 

 

 

《ガイアコネクト》

 

 

 

 

電子音が鳴り、エデンドライバーにエネルギーが充填されていく。

 

エデンは姿勢を低くし、槍を構え、詠唱を始めた。

 

 

 

 

「白亜の竜よ、紫苑の角獣よ。誇りを掲げしその牙で、勇猛なるその角で

今こそ其の罪を祓い、敵を穿て!」

 

 

 

 

 

紫電を纏った槍の輝きが最高潮に達する。

 

エデンは踏み込みと同時に、その槍を勢いよく突き出した!

 

 

 

 

 

《ユニコーン!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

 

紫竜の穿角(レイ・グングニル)!!」

 

 

 

 

 

 

放たれた紫の衝撃波は、アルビノレオを貫通。

 

 

断末魔は爆炎の中に消え、その姿は形も残らず消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「永斗!ドーパントは…って…」

 

 

 

そこにバイクに乗って到着したアラシ。

 

アラシはバイクから降りて、ヘルメットを取り、状況を確認。

しかし、そこにはドーパントの姿はなく、代わりに爆炎に背を向ける騎士の姿が。

 

 

 

「アイツは…」

 

 

 

その姿を見て、アラシは呟く。

 

エデンの方もアラシに気づき、こちらを見ているようだ。

 

 

 

 

「本当、面倒くさい…」

 

 

 

 

結局わからなかった、ギャロウの正体と目的。突如現れた新たな戦士。

 

そして、対峙する2人の戦士。この先の展開を想像し、永斗はボソッと呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

 

「あれがマキシマムオーバーシステム。中々興味深いシステムだ。しかし、あの力はドライバーで出せる範囲を超えている。となれば、あれはドーパントの近い力を持つことになり、体に直接挿入することなく毒素が回らないギリギリのところまで力を引き出していることになる。誰が考えたかは知らないが見事なシステムだね」

 

 

 

戦闘の様子を見て、饒舌な独り言を話す男が一人。

 

白衣を着ているが、右手は依然として失われたまま。

組織の最高科学者 天金狼だ。

 

 

そのまま、しばらくしゃべり続けていたが、

少し経つと急に黙り、不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「計画は順調。そして、”複合メモリ”の実験も順調だ…

 

そろそろ仕上げだ。見せてもらうよ、君の”恨み”がどこに向かうのか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はオリジナルライダーが登場しました!どうだったでしょうか?
最初はアクセルにしようかと迷ったんですが、アクセルはオリジナルフォームが作りにくく、パワーアップまで相当な時間を有するし、キャラ的な問題もありオリジナルライダーにしました。

一応、タグに追加しておきましたが…誰か気づいたでしょうか?

次回はエデンに変身する彼について詳しく。そして、ギャロウの目的も明らかに!
急展開はまだ終わりませんよ~!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!



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第20話 Dが裁く/罪の代償

どうもです。146です。最近エグゼイドにハマりすぎてヤバイです。

さて、今回はエデンの変身者についてと、ギャロウの事件の真相です!
更に新キャラも登場いたします!最後までご覧ください!

それではどうぞ!


~前回のあらすじ~

 

 

僕は士門永斗。通称引きこもりニート、略して引きニートな探偵の片割れ。

μ’sのPV撮影の準備をしていた僕たちに舞い込んできた依頼。

”朱い月の処刑台”の管理人を探すため調査に出た僕たちだったが、そこで起きたのは殺人事件。

そして、そこに現れた怪物を操る男と、自称竜騎士の新ライダー。

急展開な物語に、僕たちは…

 

 

すいません、もう言うことないんで本編行ってもらってもいいですか?

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

 

 

「アイツは…」

 

 

 

アルビノレオイマジンを撃破し、爆炎に背を向ける仮面ライダーエデン。

 

エデンは槍を下ろし、アラシのほうへ歩いてくる。

 

 

 

「貴公が主の言っていた、もう一人の戦士か…」

 

 

 

そう言うとエデンは、ドライバーからメモリを抜き、トリガーを押して変身を解除。

右手に包帯を巻き、ダークブルーの髪をした少年の姿が現れる。

 

 

 

「我が名は竜騎士シュバルツ…戦士として、貴公に話が…」

 

 

 

少年がそう言って歩き出した、その時。

 

踏み出した足が、不自然にも転がってきた空き缶を踏み、転倒。

さらに、転んだ先にはさっきの爆発の瓦礫。頭部を強打。

挙句の果てには、空から落ちてきた鳥のフンが、顔面にスパーキング。

 

少年は気を失ったらしく、起き上がってこない。

 

 

その光景を唖然としてみていた、永斗とアラシ。

 

 

 

「どうすんの、コレ」

 

 

「可哀想すぎるし、とりあえず連れてくか」

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

というわけで、切風探偵事務所。

 

 

もう夕方だが、ほとんどのメンバーは残って飾り作りを続けていた。

 

ただ、花陽だけは体調が優れないということで、早めに帰宅したらしい。

明日の撮影に支障をきたしてはいけない。

 

 

で、連れてこられた自称竜騎士の少年はというと…

 

 

 

「ふむ…これはなかなかいける…」

 

 

一心不乱に出されたカップ麺の担々麺をむさぼっている。

 

目が覚めたかと思えば、腹が減ったとうるさいから適当に食わせたのだが

そうすれば食べるのに集中し、何も話さない。

 

しかも、奴は担々麵におぞましい程の唐辛子をぶち込んでいる。

超甘党のアラシから言わせれば、見ているだけで頭痛がする。

 

 

「この人が、新しい仮面ライダー?」

 

「とてもそうは思えませんが…」

 

 

 

穂乃果と海未も、目の前にいる辛党が仮面ライダーとは信じられないようだ。

穂乃果は一度会ったことがあるのだが、完全に忘れてしまっているらしい。

 

 

イライラが限界に達したアラシは、少年から担々麵を取り上げた。

 

 

「何をする!?」

 

 

「いい加減にしろ!聞きたいことは山ほどあるんだ。

話す気がないんだったら、今すぐ出ていけ!」

 

 

「そっちから連れてきておいて何を…

だが、まぁいい。この辺で我が名を知らしめておくとしよう」

 

 

 

口周りについた赤いスープをふき、少年は右手で顔を抑える。

 

 

「我が名は竜騎士シュバルツ!天界の竜騎士なり!」

「よし、コイツ外に捨てるぞ」

「わっ!ちょっと待て!何のつもりだ!!」

 

 

アラシは少年の服の襟をつかみ、外に出そうとするが

少年は必死に抵抗し、そこにいようとする。

 

 

 

「誰もテメェのペンネームなんて聞いてねぇんだよ

本名を言え。フルネームだ」

 

「い…いいだろう。我が名は津島=シュバルツ=ニブルヘイム…」

「殺すぞ」

「津島瞬樹です」

 

 

 

本気の殺意がこもった視線に、一瞬でキャラを放り捨てた少年。

竜騎士とはなんだったのだろうか。

 

 

 

「じゃあ瞬樹。そのドライバーはどこで…」

 

 

 

その時だった。

 

一瞬ドアが開いたような音がしたかと思うと、

アラシの頬、凛の髪をかすめ、瞬樹の顔の横にナイフが突き刺さった。

 

突然飛んできた凶器に、μ’sの一同は顔が引きつっている。

顔のすぐそばをナイフが通った凛に関しては、口をパクパクさせたまま声が出ない。

 

 

 

 

「探しましたよ、瞬樹。帰りますよ」

 

 

ドアのほうから高い声が聞こえ、全員が振り向いた。

そんな中、瞬樹はうれしそうな表情をして言った。

 

 

 

「遅いぞ、烈!」

 

 

 

”烈”その名前を聞いて、全員がドアのところに立っていた人物を二度見した。

 

なぜなら、そこにいたのはどう見ても少女。

声も高く、顔立ちも少女にしか見えない。身長だって160も無いだろう。

唯一男らしいと言ったら、短髪であるということくらいだ。

 

 

 

「不幸体質のくせに、勝手にどっかに行って遅いとか…殺しますよ。

おや、そこの方々は音ノ木坂の…転校に先立って学友の集いですか?」

 

 

 

その言葉に疑問を持ったのは、アラシだ。

 

 

「転校って…誰が?」

 

 

「言ってないんですね…そこにいるクソ竜騎士…

じゃなかった、津島瞬樹は、週明けから音ノ木坂学院に転校してくる男子学生です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「はいぃ!!??」」」」」」」」」

 

 

 

数秒間の間が空き、一同驚愕。

瞬樹はというと、誇っているような表情でカッコつけている。

 

 

 

「えーと…僕の記憶じゃ音ノ木坂って女子高だよね?」

 

「凛もそう思うけど…」

 

「ならば俺から解説してやろう!」

 

 

永斗と凛が困惑する中、瞬樹がここぞとばかりに出てくる。

 

 

「近年、生徒が減少を続ける音ノ木坂。それは知っているだろう?」

 

「まぁ…」

 

 

返事をしたのは真姫。事実、一年のクラスは1つしかなく、席も余っている状態だ。

 

 

「そこで!男女共学性を視野に入れ始めた理事長は、

数名のテスト生の一人として、この俺を指名したわけだ!」

 

 

 

その解説を聞き、大体を理解したアラシ。

 

理事長はアラシ達の正体を知っている。そこに新たなライダーを送り込むとは…

偶然でないとすれば、理事長は一体…

 

 

 

「とは言いつつ、本当は瞬樹の強い希望が大きいですね。

静岡での役目も終わったし、新しい学校でボッチを解消したいと…」

「余計なことを言うな、烈ぅぅぅ!」

 

 

絶叫が事務所に響くが、みんな飽きたのか、既にそれぞれの作業に戻っている。

それを見た烈も、無表情のまま瞬樹を持っていこうとするが…

 

 

 

「待て、俺には役目がある…竜騎士として、罪を見過ごすわけにはいかない…

というわけで烈!これから俺たちで調査だ!」

 

 

 

それを聞いた烈の目が、若干鋭くなる。

表情は相変わらず変わっていないが、気持ち怒っているようにも見えなくもない。

 

 

 

「また勝手なことを…」

 

 

 

烈は、瞬樹の腹部に強烈な一撃を食らわせ、首に針のようなものをさした。

 

瞬樹はまたしても気を失い、その場に倒れこむ。

 

 

 

「あと一時間くらいで目を覚ますので、好きにしてください。

邪魔なようなら粗大ごみにでも出しておいてください。ボクが回収しに行きますから。

 

おっと、自己紹介が遅れました。ボクは黒音 烈です。以後よろしく」

 

 

それだけ言い残し、竜騎士の屍を置いて、烈は出て行った。

 

 

 

 

「あ…ま、いいや。俺たちは引き続き調査だな」

 

 

目の前でおきたことについて、考えるだけ無駄だと思ったのか、アラシは思考を元に戻す。

 

 

「え~もう夕方だよ…?」

 

 

「明日PV撮影だろうが。それまでに終わらせるのがベストだ」

 

 

永斗も嫌がりながら、検索のため、奥の部屋に行こうとする。

 

 

 

「えっと…この人どうしよう?」

 

 

 

その時、ことりが指さしたのは、瞬樹の屍。

 

 

その屍は、アラシによって路上にリリースされたそうな。

 

 

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

「さて、まずは何から…」

 

 

 

永斗は地球の本棚を起動させ、本棚を前に検索する事柄を考える。

 

今回の件。わからないことが多すぎる。こういう時は、永斗の能力が重宝される。

 

 

 

「まずは”メモリ”。キーワードは”ギャロウ”、”処刑”」

 

 

 

ギャロウについては、最近一度検索した。

だが、その能力は首を絞める縄の生成。そして、中にいる生物の死への生命活動を強める空間”ギャロウフィールド”の展開のみだった。

前回、奴が使ったような大剣等の能力は無いはずなのだ。

 

 

 

「最後は…”複合”」

 

 

 

そのキーワードで、本は一気に減り、一冊が残った。

 

 

 

「やっぱり、”複合メモリ”だね」

 

 

永斗は本を開き、英語で書かれたページをパラパラと読んでいく。

 

 

要約すると、複合メモリとはその名の通り多数のメモリを複合したメモリ。

ただ、それにはいくつかタイプがあり、まずは複数のメモリを合体させて一本のメモリにするタイプ。これには天金のエレメントが該当する。

 

そして、メモリ自体が他のメモリの能力を奪う能力を持つメモリ。このタイプも該当例があり、組織に使い手も存在するようだ。

 

最後は、一本のメモリに他のメモリに能力のみを移植するタイプ。メモリの名称も姿も変わることがなく、最も量産化が期待できるタイプだ。

しかし、このメモリを使うにあたり、使用者は尋常じゃない負担がかかる。現時点では、まず前提条件として、適合率が極めて高い必要がある。その上操るとなれば、凄まじい精神力。何かに対する強い感情があるはずなのだ。

 

 

 

「次は、ギャロウの変身者について調べようか」

 

 

永斗は地球の本棚をリセットさせ、再びキーワードを入れる。

 

 

 

「キーワードは”ギャロウ”、”女”」

 

 

”女”は、あの偽依頼者が口走ったことだ。

信頼性は薄いが、今はこれにかけるのが最善だ。

 

 

「”桐谷克美”、”静音羽華”、”網野角蔵”」

 

 

 

ギャロウの事件の関係者たち。最後の奴は、殺害されたベアーの変身者だ。

さらに永斗は、他の被害者と思しき人物の名前も入れていく。

 

 

ここまでキーワードを入れたが、まだそこそこの量が残っている。

 

これ以上、入れるキーワードも見当たらない。

諦めて適当に本を眺めていると、気になる本が一冊。

 

 

 

「これは…」

 

 

 

永斗はその本を読んで、確信に近い推測を得た。

 

 

もう一度違うキーワードを入れて検索。それで、永斗の推測は確信に変わった。

 

ギャロウの正体はかなり絞られた。動機はおそらく間違いない。

 

そうなると厄介だ。正体までは特定できても、次の被害者までは特定ができない。

 

 

 

「お手上げだね…後は頼むよアラシ」

 

 

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

 

 

「了解。頼まれた」

 

 

 

永斗から検索の結果を聞いたアラシは、通話を切り、スタッグフォンをしまう。

やはり、”朱い月の処刑台”は朱月の仕組んだフェイクだったようだ。

 

そして、後ろにいる人物のほうへ振り返った。

 

 

 

「つーわけだ。アンタの素性は調べさせてもらった。

話聞かせてもらおうか、静音羽華」

 

 

 

その人物は、殺された化粧品会社社長の秘書、静音羽華。

 

永斗から話を聞いたところ、ギャロウは彼女も殺そうとして失敗したらしい。

犯人ではないにせよ、事件に深く関わっていることは間違いないということで、聞き込みに来ていた。

 

 

 

「その前に…そこの人は…?」

 

 

 

静音はアラシの後ろ。2人がいる建物の扉の方を指さす。

そこには…

 

 

 

 

「竜騎士、降臨」

 

 

 

さきほどアラシがポイしたはずの瞬樹が立っていた。

 

 

 

「おい、テメェどっから湧いてきた」

 

「フッ…俺は天界の竜騎士。我が魔力を使えば、神足通でどこであろうとドアtoドアだ」

 

「そうか。じゃあ、そのまま頭にプロペラでもつけて、どこかに飛んで行ってくれ」

 

 

 

瞬樹を適当にあしらい、外へと追い出して扉を抑えるアラシ。

 

だが、数秒後に扉をガンガン叩く音と共に、瞬樹の叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

「わぁぁぁぁ!!謝るから!謝るから中に入れて!

目が覚めたら路上だし、知らない人いっぱいいるし、烈に連絡したら『餓死寸前になるまで迎えに行かない』って言うし!!だから、ガシェット使ってここを探し当てたんだよ!

黙ってるから中に入れてぇぇぇ!!俺を見捨てないでぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

あの自称なんとか騎士の素顔に少々引きつつも、

近所迷惑になるのも困るので、仕方なく中に入れることにした。

 

 

 

 

「竜騎士、再臨」

 

 

 

アラシは、もうツッコむのはやめようと心に誓い、静音の方へ向きなおす。

 

 

 

「よし、まずはこっちが持ってる情報を言っておこう。

今回の被害者、こないだの社長とベアーとあと数名。あとはアンタ。

全員が音ノ木坂学院の卒業生か元職員。さらに同時期にいた連中で、その上全員が水泳部の関係者だ。これが無関係とは思えねぇよな」

 

 

その言葉で、静音の表情が変わる。まるで、何かを恐れているかのように。

 

 

 

「そんで、アンタが一年の時の夏。事件は起きた。

当時の部員の一人、石井聡美が突然行方不明に。事件から十年以上経っても、まだ発見されてない。

心当たりあるよな?原因はもしかして……

 

 

 

”いじめ”とか?」

 

 

 

 

静音の表情が、さっきよりも明確に恐怖へ変貌した。

もはや疑う余地はない。彼女は間違いなくこの件に関わっている。

 

 

 

 

「つまり、アンタ等のいじめが原因の怨恨で、犯人は石井…」

「違う!聡美はもう…」

 

 

そこまで言いかけて、静音は慌てて口を塞ぐ。

だが、それはもう遅かった。

 

 

 

「”もう”なんだ?もしかして、こう言おうとしたんじゃないのか?

”聡美はもう死んでる”って……

残念ながら、それについても調べがついている。詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

それを聞くと、静音は観念したようにへたり込み、力なくうなだれる。

そして、辛そうな表情を浮かべ、語りだした。

 

 

 

「殺された社長…桐谷先輩は、金持ちで、成績優秀、運動神経抜群で、当時の水泳部では群を抜いていた。その名前は、私が中学生の頃から知れ渡り、私は先輩にあこがれて入部したわ。

でも、私と同時期に入った転入生の聡美は、前いた学校では有名な選手で、それは桐谷先輩を凌駕していた。先輩はそれが気に入らず、嫌がらせをするようになったの」

 

 

「それで、それが原因で自殺したってか?」

 

 

「違うの!私は悪くない!あんなこと、やっちゃいけないことだって本当はわかってた…でも、先輩は人気もあって、力もあったから、従うしかなかったの!死体だって、先輩が隠そうって言いだしたし、どこにあるかは知らない!それに、結局は耐えられなかったあの子も悪いんじゃない!!私は何も悪くない!!」

 

 

 

懺悔の言葉もなく、勝手なことを言い続ける彼女に、アラシは思わずこぶしを固める。

 

 

だが、それよりも先に、瞬樹の槍が静音の顔をかすめて、タンスへと突き刺さった。

 

 

 

「瞬樹…」

 

 

「ふざけるな。人を殺しておいて、何が悪くないだ!相手がどんな気持ちだったか、貴様に想像できるか?嫌がらせをされるとわかりながら毎日貴様らに顔を合わせ、怯えながら生きる。理不尽なことを言われても、必死に耐えようとしたその心を、貴様らは壊した。栄光が待っていたかもしれない人生を、そんな下らない理由で奪ったんだ!!人は死んだらそこで終わりだ。己の罪の重さに、背を向けるな!!」

 

 

 

アラシは、激高する瞬樹を見て、少し驚いたような表情を浮かべる。

ただの痛いやつかと思ったら、そういうわけでも無さそうだ。

 

アラシはフッと微笑み、すぐに表情を変えて静音の胸ぐらを掴んだ。

 

 

 

「俺も概ねコイツと同意見だ。こうやって、テメェを殴りたい衝動を我慢して話を聞いてやってんだ。

質問に答えろ。石井聡美と友好関係にあった奴で、この事件の真相を知ってる奴は誰がいる」

 

 

「……聡美の友達といえば、同じく水泳部だった内藤一葉くらいよ。

事件のことを知ったとすれば、少し前にあった同窓会。当事者で事件について話してたから……」

 

 

 

 

 

その時、遠くから銃声音がしたかと思うと、追うように窓ガラスが割れる音が。

 

 

そして、静音の胸元から鮮血が飛び散った。

 

 

 

「ッ…!まさか…!」

 

 

アラシが振り向くと、割れた窓から銃を持ったまま去っていく影が見える。

体格からおそらくは女性。態度は銃を使い慣れてるようには見えない。

 

おそらく、ギャロウの変身者で間違いない。

 

迂闊だった。殺すという目的のためならば、何もメモリを使う必要はない。

 

 

後を追いたいところだが、今は静音の止血が先だ。

 

 

 

「瞬樹!救急車だ!!」

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

病院に搬送された静音は、一命をとりとめたものの、意識は戻らず。

 

その後、検索で内藤一葉について調べたところ、数日前から行方をくらましているらしい。

彼女が黒でほぼ間違いないだろう。

 

 

 

 

「本当に来るんだろうな?」

 

「あぁ、間違いない。竜騎士の勘だ」

 

「今の発言で信憑性が著しく欠けたんですけど…」

 

 

 

アラシ、永斗、瞬樹は音ノ木坂の屋上で、待ち構えるように立っている。

 

というのも、

 

 

「当時の水泳部員で、襲われていない奴らはいなくなった。

だが、復讐心というのは次から次へと矛先を変える。次に奴が恨むとするなら、あんな状況を生んだ環境。すなわち、この学校というわけだ」

 

 

 

それで、朝からここで見張りを続けている。周辺にはガシェットを配置し、死角はない。

 

もし、当たっているならば一大事だ。

なぜなら、今日はPVの撮影。μ’sも朝から校内の飾りつけを行っており、ここにドーパントが現れれば、巻き込むことは避けられない。

 

 

 

その時だった。

 

学院周辺を巡回していたバットショットが、人の姿をとらえ、スタッグフォンに映像が映し出される。

その姿は、アラシが見たあの人影だった。

 

 

 

「来たな。準備はいいか?」

 

「もち。倒れた時用のマクラも備えてるよ」

 

「フッ…愚問だな。言われるまでもない」

 

 

 

《ジョーカー!》

 

《サイクロン!》

 

《ドラゴン!》

 

 

 

アラシと永斗はダブルドライバーを装着し、瞬樹はエデンドライバーを構える。

 

そして、それぞれメモリの音声を鳴らし、装填!

 

 

 

 

「「変身!!」」

 

「変身!」

 

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

《ドラゴン!!》

 

 

 

3人がダブルドライバーを展開、エデンドライバーのトリガーを引く。

アラシは風に包まれ、仮面ライダーダブルへと変身。瞬樹は白銀の装甲を纏い、仮面ライダーエデンに変身した。

 

永斗は意識を失い、その場に倒れるが、マクラが功を奏して頭は無事だったようだ。

 

 

 

「来い!ハードタービュラー!」

 

「出でよ、ライバーン!」

 

 

それぞれの専用マシン。ハードタービュラーとマシンライバーンが翔来。

2人の戦士は各々の愛機へ搭乗し、学院を見据える姿へ飛び出した。

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

《ギャロウ!》

 

 

赤いメモリを取り出した女の目には光はなく、感じられるのは燃える復讐心のみ。

 

女は手の甲にメモリを挿入し、赤い処刑人____ギャロウ・ドーパントへ姿を変えた。

 

 

ギャロウは学院に手を向け、手のひらに不気味な光が集まる……

 

 

 

その光が強まる前に、上空からエデンの一撃がヒット。

たちまち、その光は消え、さらにダブルが重い拳を叩き込んだ。

 

 

 

「なぜ…邪魔をする…!」

 

 

攻撃を受けたギャロウは、2人の仮面ライダーに攻撃対象を変え、

背中から伸びたギロチンアームが2人に襲いかかる。

 

 

 

「内藤一葉だな!我が名は竜騎士シュバルツ」

 

 

 

エデンはギロチンアームの猛撃を受けながらも、ギャロウに語りかける。

 

 

 

「貴様と…話がしたい…」

 

 

エデンの言葉は届いていないのか、攻撃は止まらない。だが、エデンは続ける。

 

 

「話は聞いた。貴様は友を奪った仇を憎み、環境を憎み、世界を恨んだ。

だが、それに意味はあるのか?」

 

 

「何だと…?」

 

 

その言葉に、ギャロウの攻撃がピタリと止まる。

 

 

 

「何かを恨んだところで、友が帰ってくることはない。

貴様がやっていることは、ただ己の罪を重ね、己を苦しめているだけだ!」

 

 

 

『なるほどね。不自然だと思ってたんだ。複合メモリは強力だけど、リスクも大きい。

ただ人を殺すだけが用途なら、複合メモリは欠陥品と何ら変わらないはずだよ』

 

 

エデンの言葉に、ダブルの永斗側が口を挟む。

ギャロウは何も言わないが、殺意が増しているのがわかる。

 

 

「貴様が恨んでいるのは、仇でも、世界でもない。

貴様が本当に許せないのは……友を守れなかった、自分自身だろう?」

 

 

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

その瞬間、ギャロウの殺意が爆発し、背中から先端に凶器がついたアームが無数に伸びる。

 

2人はその攻撃をとっさに避け、攻撃を受けた地面がズタズタになった。

 

 

『マズイね…暴走してる。メモリブレイクしたら使用者の命に関わるかもね…』

 

「んだよ、それ…!」

 

 

ダブルがギャロウに飛び蹴りを放ち、ギャロウの体が後退する。

 

しかし、すぐに体勢を戻し広範囲にギャロウ・フィールドを展開した。

 

 

「気をつけろ!今は一撃くらったらアウトだぞ!!」

 

 

 

「この世界は腐っている…上に立つものは罪に汚れ、人を苦しめ続ける!

罪人は許されない!この世界は…処刑されるべきなんだぁぁぁぁ!!」

 

 

 

ギャロウが叫ぶと、音ノ木坂学院の上空に、校舎を両断するほどの巨大なギロチンが出現した。

 

 

「あれを落とすつもりかよ!校舎崩壊じゃすまねぇぞ!」

 

 

「ここは俺に任せろ!そっちはノコギリを頼む!」

 

 

『簡単に言ってくれるね…』

 

 

そう言いつつも、ダブルはハードタービュラーに乗り込み、校舎へ向かっていく。

 

 

 

「どうすんだよ!あんなの壊せんのか!?」

 

『普通に考えて無理だね。ギャロウを倒せば消えるはずだから、それまで時間稼ぎかな…

まぁ、あの竜騎士がどうやってメモリを処理すんのかはわかんないけど…』

 

「アイツなら大丈夫だ。俺たちは止めとけばいいんだよな?」

 

 

 

《ルナメタル!!》

 

《ルナ!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

ダブルはドライバーに刺さった2本のメモリを入れ替え、再び展開。

そしてルナメモリをメタルシャフトを装填した。

 

 

「『メタルイリュージョン!!』」

 

 

 

ギロチンの下に回り込みシャフトを振り回し、巨大な光の魔方陣が現れる。

 

ダブルは、ソレで降りてくるギロチンを受け止めた。

 

力を込めるが、凄まじい力で押し返される。正直、分は悪い。これでは何分持つかわからない。

 

 

「頼むぞ瞬樹…!」

 

 

 

 

 

 

一方、エデンとギャロウの戦いは激しさを増す。

 

 

伸びてくるアームとロープを躱し、反撃を加えようとするが、大剣でガードされる。

 

今はギャロウ・フィールドが展開されているため、一回のダメージが即死に繋がるのだ。

 

 

「避け続けるのは、竜騎士の戦いではない!」

 

 

《フェニックス!》

 

《フェニックス!マキシマムオーバー!!》

 

 

エデンは朱色のメモリを取り出し、オーバースロットに装填。

スロットから伸びたラインが背中に集まり、朱の翼が装着された。

 

エデンは翼を羽ばたかせ、上空に飛翔。

急降下し、槍でギャロウに一撃を加える。しかし、その際にアームの一本がエデンの体を切りつけてしまった。

 

普通はそのまま傷が広がり続け、体は急速に死へと向かっていく。

しかし、その瞬間エデンの体を炎が覆い、傷は完全に消えて無くなった。

 

エデンに装着された"イモータルフェザー"は、装着者に飛行能力と治癒能力を授ける。

 

傷が瞬時に塞がってしまえば、ギャロウの能力を無効化することが出来る。

 

 

攻撃を恐れる必要がなくなったエデンは、攻撃を受けながら接近。

懐に入り込み、胴体に鋭い突きが炸裂した。

 

 

「ぐっ……邪魔をするな…お前には分からないのか…

罪人が溢れるこの世界なんて、守る価値などどこにも無い!ならば、私が全てを…

罪人(わたしたち)を終わらせるしか無いんだ!!」

 

 

「分かるさ。罪を犯さずに生きれる人間なんて居ない。

罪から悲劇を生まないために、憎しみを生まないために戦うのが……断罪の竜騎士(おれ)だ!!」

 

 

 

エデンは更に槍に炎を纏わせ、ギャロウに突き出す!

 

その一撃を大剣でガードするが、威力に耐え切れず、大剣は粉砕されてしまう。

 

 

 

「人を恨み、世界を恨み、己を恨んだ悲しき女よ…

騎士の名の下に、貴様を裁く!」

 

 

 

 

エデンがドライバーをオーバースロットにかざし、炎がエデンの全身に広がる。

 

 

 

《フェニックス!マキシマムドライブ!!》

 

 

「無限の時を生きる者よ。我が望みは慈愛なり。

我が牙と一つとなりて、愛より生まれしその命を導け。滅さず、滅びずの刃となれ!!」

 

 

槍を地面に突き刺し、翼を広げて飛び上がる。

 

空中で蹴りの構えをとると、炎はエデンの脚に収束していく。

 

 

聖炎の不滅剣(フレイム・デュランダル)!」

 

 

 

エデンは翼を広げたまま、ギャロウに突っ込んでいく。その姿はまるで、一本の剣のように。

 

 

無数のアームのガードを粉砕し、渾身の一撃がギャロウに突き刺さった。

 

ギャロウは爆散し、内藤一葉の姿へと戻る。そして、フェニックスの炎が内藤一葉を包み込んだ。

 

 

エデンはギャロウを倒すと同時に、フェニックスの治癒の炎を纏わせた。

そうすることで、倒された際に生じる複合メモリの反動を緩和した。これなら死に至ることは無い。

 

 

 

「友のためにも、罪を背負って生き続けろ。

それが、俺からの審判だ…」

 

 

 

安らかな顔で眠る内藤一葉の手の甲から、ギャロウメモリが排出され、木っ端微塵に破裂した。

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

音ノ木坂学院内。

 

そこはμ’sのPV撮影用に、校内がステッカーやバルーンやらで飾り付けられている。

外のさっきまでの戦いが何だったのかと思えてくるほど、楽し気な空間が広がっていた。

 

 

そこに、戦いを終えたアラシと永斗がやって来る。

 

 

「あ!アラシ君お疲れ!」

 

「お疲れじゃねぇだろ!あんだけ逃げろっつったのに!」

 

 

 

駆け寄ってきた穂乃果の言葉を聞くや否や、彼女の頬を思いっきり引っ張るアラシ。

 

 

「痛い痛い!ごめんって!」

 

 

アラシが手を放すと、穂乃果は痛そうに頬を撫でる。

 

 

「全く…俺たちがどんだけ大変だったか分かってんのか?

もう少しでヤバい所だったんだからな…」

 

 

 

そう、ダブルはギロチンを抑え続けることに成功したが、本当にギリギリだった。

もう少し長引いていれば、結果がどうなっていたかわからない。

 

 

「いや~。アラシ君たちが守ってくれると思ったら、安心かな~って…」

 

 

「信頼してくれてるのは嬉しいが、お前らはもっと自分の身を案じろ。

それに、今回のMVPは間違いなくアイツだ」

 

 

 

アラシが指さす方向には、μ’sのメンバーに自身の武勇伝(嘘)を嬉々として語っている瞬樹の姿が。

 

 

「ただのバカじゃなかった。アイツは、信頼できるバカだ」

 

 

 

「す…すいません!遅くなりました!」

 

 

そこに、花陽が遅れて駆け足でやって来た。

 

 

「花陽、体調はもう大丈夫なのか?」

 

 

「はい。もうすっかり元気です!」

 

 

「そうか。飾りつけは終わったから、撮影まで休んどけ」

 

 

アラシがそう言うと、花陽は他のメンバーの方へ。

それと同時に、瞬樹がもの凄いスピードでこちらへやってくる。

 

 

 

「おい、今の少女は誰だ?」

 

 

「あ?花陽がどうかしたのか?」

 

 

「…天使だ……」

 

 

「そうか…いや、もう一回言って」

 

 

「後光が見え、翼が見えるほどに美しい……

真なる天使である我が妹に到達しうる美しさだ……」

 

 

「マジかコイツ……」

 

 

「そこの初対面の少女に心を奪われたシスコン竜騎士。ボクのことは無視ですか」

 

 

アラシが色々と引いていると、背後にはいつの間にか烈が立っていた。

 

 

「烈!迎えに来てくれたんだな!?

フッ…俺は信じてたぞ。竜騎士に仕える身であるお前が、あんな非道の所業をするわけが…」

 

「違いますよ。ボクはアイドルの撮影に興味があっただけです」

 

 

それだけ言って立ち去ろうとする烈の手を、瞬樹が必死に掴んだ。

 

 

「待ってくれ!謝るから!俺、確実に餓死するぞ!?」

 

 

「すいません。何言ってるかよくわかりませんね。

なにぶん、上からの声が聞こえづらいもので」

 

 

「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!!もう勝手なことはしないと誓いますから!!」

 

 

 

誇り高い騎士の設定は何処へやら。

烈に見事なDOGEZAを繰り出す瞬樹。

 

 

「本当に誓いますか?」

 

「誓います」

 

「神に誓いますか?」

 

「誓います」

 

「騎士道に誓いますか?」

 

「…………」

 

 

瞬樹が黙ったのを見ると、烈は体の向きを変え。

 

 

「今日は燃えないゴミの日でしたね。早速、瞬樹の部屋のガラクタを…」

 

「うわぁぁぁぁぁ!!俺の騎士コレクションだけはやめてください!

騎士道にでも何にでも誓いますから!ちょっと聞いてます烈さん!?」

 

 

 

 

無慈悲に去っていく烈を、涙目で追いかける瞬樹を見てアラシは思う。

 

 

やっぱりただのバカなのかもしれない……

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

その後、無事にμ'sのPVは撮影された。

 

7人になって初めての曲。曲名は「これからのSomeday」。

 

夜にまで及んだ撮影が終わると、永斗による超速編集が加えられ、

動画はμ's公式のチャンネルから、動画投稿サイトにアップされた。

 

 

そして全ての仕事が終わり、帰ろうとした時…

 

 

 

 

「心当たりあるか?」

 

「あるわけないじゃん」

 

 

 

俺と永斗は理事長室。俺たちの前には理事長が。

 

ここに来るのは、もうトラウマになりつつあるあの一件以来だ。

 

 

 

「突然呼んでしまって、ごめんなさいね。

というのも、怪物からこの学校を守ってくれたみたいね」

 

 

「なんだ…理事長みてたんすか…」

 

 

「知らない?今、貴方達がネットで話題になってるのよ?」

 

 

 

そう言って、理事長はパソコンの画面をこちらに向ける。

 

俺たちの行動はやはり目立ったらしく、様々なサイトで取り上げられてしまっていた。

 

まぁ今回は仕方ないだろう。これで仕事がやりづらくなることはないと思うが……

 

 

 

「ところで貴方達、収入は安定していないでしょう?」

「そうですね」

 

 

理事長の質問に、俺は即答する。

 

俺たちの主な収入源は探偵活動の報酬。

しかし、最近というと、事件に仕事が絡まないことも多いし、

依頼があったにしても、犯人のマッチポンプやらばっかりでロクな報酬を貰っていない。

 

 

 

「今回、私達は直接貴方達に命を救われました。それに加え、普段からの活動。

貴方達には、しかるべき報酬を与えたいと思います。

具体的に言うと、貴方達の功績に応じて、報酬に加えてこちらから追加報酬を与えるというものだけど…どうかしら?」

 

 

「マジですか!?」

 

「おぉ…大躍進…」

 

 

思いがけない提案だった。

思えば、借金も増えて、毎日の生活とニートの相棒に困窮しながらも戦い続けた俺……

それがついに報われた!天は俺を見放さなかった!

 

 

 

「ぜひお願いします!!」

 

 

「分かったわ。ただ、こちらからも一つ条件があるのだけど…」

 

 

「「?」」

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

翌日、月曜日。

 

 

生徒が登校すると、全校生徒が集められ、全校朝会が行われた。

 

前で話すのは、理事長。そして、横には制服姿の瞬樹も立っている。

 

 

「今回、生徒数の減少を受け、この学院を共学性にすることも視野に入れ始めました。

そこで、テスト生として男子生徒を編入させ、その結果次第で今後の方針を決めたいと思います。

彼は静岡の内浦から来た、津島瞬樹君。一年生のクラスに編入してもらいます。そして…」

 

 

 

舞台袖から出てきた人物に全校が、

主にμ'sのメンバーと、瞬樹が驚愕する。

 

 

 

「今日は一人だけが編入する予定でしたが、急遽、この2人が編入することになりました。

元清掃員の切風アラシ君と、士門永斗君です」

 

 

 

主にアラシの存在に、全校がどよめく中、2人は小声でつぶやく。

 

 

 

「マジか…」

 

「面倒くさい…」

 

 

 

 

 

新たな仲間も加え、物語は新たなステージを迎える……!

 

 

 




はい、アラシと永斗を転入させました!
これは物語当初から決まっていたことで、マネージャーとしてもこちらの方が便利かと…
事務所はどうするんだ?と思った方は、次回に詳しく書く予定なんでお待ちください。

今回の新キャラは2人とも語ると長いので、質問がございましたら受け付けたいと思います。

次回はテスト回!察しのいい方なら…もう分かりますよね?

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第21話 Tが来た/嵐を呼ぶ編入生

お久しぶりです!スイマセン、リアルで超忙しくて、しばらく感想にも顔を出していませんでした…次の話はなる早で頑張りたいと思います。

新たにお気に入り登録してくださった
夘月さん Fe_Philosopherさん ありがとうございます!

編入したアラシたちはどうなるのか?テスト回前編です!どうぞ!


「新たなライダー…それがどうした?」

 

「いや、少し気になって自分で考えてみたんだ」

 

 

研究所にて。組織の幹部である黒服の男、コードネーム”ゼロ”

そして、未だ片腕を失ったままの最高科学者、天金狼。

 

この二人が話すことは珍しくない。しかし、そこには今までにないような緊迫した雰囲気が漂っていた。

 

さらに珍しいのは、その緊迫を天金が放っているということだ。

 

 

「彼が使うあのシステム。あんな見事なものは誰にでも作れるものじゃない。

僕が知る限り、それを作れるのは僕を除いて一人だけ。でも、そいつは死んでいる、いや…

 

君が殺したはずだ」

 

 

その言葉に無言のまま頷くゼロ。

 

 

「それが生きているとなれば…まぁ、君に限ってあり得ないと思うけどね。

ただ、忠告はしておく。裏切りは死に直結するよ。君はただでさえ組織内の信用が薄いんだから」

 

 

「あり得んな。アイツが死ぬ前に作ったものを、誰かが持ち出しただけだ。

それに、俺は信用を得ようとはしてない。疑いたければ勝手にしろ」

 

 

「ふーん…一匹狼は君んとこのの専売特許だったね。

でも、これでアッチのメモリは合計5本。これは由々しき事態なんじゃないの?」

 

 

「それについては、既にウチの4番手と5番手を向かわせている。

今のアイツ等にあの2人を攻略できるか…見物だな」

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

「入学&正式入部おめでとう!!」

 

 

 

穂乃果の掛け声で一斉にクラッカーが鳴らされ、

俺と永斗は大量の紙テープをかぶる。

 

今、部室には俺たちとμ’sのメンバー(にこ以外)が揃っている。

 

いつもなら、バイトの合間に参加し、永斗は事務所で留守番しているはずだ。

だが、今日からは違う。俺たちは音ノ木坂学院に編入したのだ。

 

今は、その記念ということで部室でちょっとしたパーティーを開いている。

机にはフライドチキンだとか色々。花陽だけどんぶりを抱えているが…

 

当然、費用は部費で落とした。

 

 

「それにしても、まさか永斗君までね~」

 

穂乃果がチキンをくわえながらそう言う。

 

永斗は一年生クラスに編入。

一年生は一クラスしかないから、花陽、真姫、凛、瞬樹と同じクラスのはずだが。

 

 

「本当だよ…なんで僕まで…」

 

「仕方ねぇだろ。そういう条件なんだから」

 

 

先日、理事長から思ってもいない提案が出された。

それは、理事長からの、功績に応じた報酬の支払い。これによって、今までのようにタダ働きでドーパントを始末する。みたいなことはなくなるわけだ。

 

だが、それには条件があって、それが音ノ木坂学院への転入だ。

 

元々、このことは計画していたらしく、俺たちも誘うつもりだったらしい。

そういえば、新聞部の部長が言ってたのはこのことだったのか…後から経緯を聞いておこう。

 

もちろん、教科書や制服などの必需品は支給され、事件の捜査、戦闘のための欠席及び早退は認められている。ただ、俺も永斗も学校に通った経験はない。それに、事務所のことも悩みどころだ。

その上、周りは全員女子ときたもんだから。肩身が狭いってもんじゃない。

 

ちなみに、もう一人のライダーである津島瞬樹も編入してきたが、他にも後ほど何人か編入生は増える予定らしい。

 

 

「にしても、学生ってのは疲れるな…授業には慣れてないし、何より他の奴等からの質問攻めがキツイ…人の恋愛事情に何の興味があるんだよ……」

 

「確かに、アラシは凄く人に集まられてましたね。清掃員で多少顔が知られているからでしょうか?」

 

 

”恋愛事情”という単語に真姫が多少反応した気もしたが、きっと気のせいだろう。

あと、あんなに人がたかってきたのは、新聞部の連中が作ったあのフザけた記事のせいだ。

 

 

「僕も大変だったよ…いや、女の子に寄って来られるのは嫌じゃないんだよ?いや、むしろいい。すごくいい。でも、一々質問に答えるのが面倒だし…僕の場合どうやっても

女の子とイチャイチャしたい<サボりたい だからさ」

 

「お前のとこは瞬樹がいるから分散されるだろ?」

 

 

俺がそう言うと、答えたのは一年組の三人。

 

 

「えっと…瞬樹くんは…」

 

「なんか、教室に入ったら”俺の名は竜騎士シュバルツ!この俺と盟約を結び、共に剣を取ろう!終焉に抗えるのは我々だけだ!”とか言って、みんなをドン引きさせてたにゃ!」

 

「休憩時間には、半径一メートル内に誰もよらなかったわね」

 

 

なんだろう。すごく想像できる。アイツは本当にぶれないな。

 

そんなことを話しつつ、皆でご馳走をつまんでいると、誰かの携帯から通知が入った音が鳴った。

 

 

「あ、私です。えっと…」

 

 

携帯を取り出したのは花陽。しかし、画面を見ているとその表情は見る見るうちに変わっていく。

 

「た…大変です!!」

 

 

突然の大声に、永斗が口に含んでいたオレンジジュースを俺の顔にスパーキングさせた。

 

 

「あ、ゴメン」

 

 

俺が、ことりから渡されたタオルで顔を拭いていると、花陽はさらに続ける。

 

 

 

 

「ラブライブです!ラブライブが開催されることになりました!!」

 

 

永斗は、今度はコーラをまたも俺の顔面にスパーキングさせた。

 

 

 

 

 

 

「で、何?ラブライブって」

 

 

 

穂乃果が尋ねると、花陽はみんなに見えるようにパソコンでサイトを立ち上げる。

ちなみに、永斗は俺の制裁を受け、床で伸びている。

 

 

「スクールアイドルの甲子園。それがラブライブです!エントリーしたグループの中から、上位20位までがライブに出場。ナンバー1を決める大会です!噂には聞いていましたけど、ついに始まるなんて…今のアイドルランキングから上位20名となると、1位のA‐RISEは当然出場として、2位、3位は…まさに夢のイベント…チケット発売日はいつでしょうか…初日特典は…」

 

 

初めて会った頃の花陽はどこえやら。饒舌に話し続ける花陽。

人ってのは、好きなもののために、ここまで変われるもんなのか。

 

 

「って、花陽、見に行くつもりか?」

「当たり前です!」

 

その瞬間、花陽が形相を変えて振り返った。

うっわ、怖!さすがの俺でも、一瞬ガチでビビったぞ。

 

 

「何言ってんの、僕だってバッチリ予約するつもりだからね」

 

「お前はいい加減、やる気のベクトルがおかしいことに気づけ。ていうか、俺はてっきりμ’sが出場するのかと…」

 

 

そう言うと、花陽は腰が抜けたように、部屋の隅まで後ずさりし…

 

 

「そそそそそそんなっ!?私たちが、しゅ…出場なんて…お…恐れ多いです…!」

 

 

さっきの熱弁してたやつはどこ行った。

 

 

「でも、せっかくスクールアイドルやってるんだもん♪

目指してみるのも悪くないかも♪」

 

 

ことりは乗り気のようだ。他の奴らも表情の感じ、やりたそうな顔をしている。

当然、俺も例外ではない。これまでのμ’sがどこまで通用するか…正直、楽しみだ。

 

 

「決まりだな。ラブライブってのは、いわば全国大会なんだろ?高校で部活やってる以上、それは目指すべき目標だ」

 

「わーアラシが高校生ぶってるー。今まで学校通ったことないのにー」

 

「そろそろ一回埋めるぞ、クソニート」

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

屋上にて。練習がある程度終わり、皆が柵によっかかったりして休憩している。

にこの奴は、どういうわけかまだ来てない。

あの野郎…相応の理由がなかったらぶん殴る。あってもぶん殴る。

 

それはいいとして、目標が決まったこともあってか、今日の練習は全員がいきいきしていたように見えた。俺と永斗も、正式なマネージャーとしての初仕事だ。

 

ラブライブは全国大会。μ’sは出来立てホヤホヤもいいとこの新人グループだ。望みは薄いと思われがちだが、そんなことは決してなかった。

先ほど、アイドルランクをチェックしたところ、順位は78位。遂に2桁に突入したのだ。

ライブは2回。結成して数か月。この成長の早さは異常といえるだろう。

 

こないだのPVのコメントを少し抜粋すると、こんな感じ。

 

 

 

『7人になったんですね!いつも応援してます!』

『衣装かわいい!これ本当に手作り!?』

『歌うますぎwwwこれで高校生かよwww』

『海未ちゃんバニーガールキタァァァァァ!!!』

『編集の神現るΣ(・□・;)』

 

 

と、なかなかの高評価。PVと同時にメイキング映像も投稿したところ、評価がうなぎ上りだ。

永斗のアイデアだったが、アイツもたまにはいい働きをする。

 

とにかく、今のμ’sは乗りに乗っている。ラブライブも夢ではないと思うが……

 

 

「皆!聞きなさい!大ニュースよ!!って痛い痛い!なにすんの!!」

 

 

休憩していると、ポーズを決めてにこが現れたので、とりあえずアイアンクローをかます。

 

 

「テメェこそ何してんだ。大遅刻だ。いっとくが、学生になったからと言って俺に先輩権限は通用しないぞ。俺が敬意を示すのは、尊敬するに値する人だけだ」

 

「今、サラッと失礼なこと言ったわね!

まぁいいわ。これを聞けば、全員私に感謝することになるから!!」

 

 

にこは俺の手をほどき、再びポーズを決め、もったいぶるように体をモジモジさせる。

なるほど…大体のオチは読めた。

 

 

「ふっふっふ…今年の夏、遂に開かれることになったのよ!

スクールアイドルの祭t」

「ラブライブですか?♪」

「ラブライブだよね?」

「ラブライブね」

「ラブライブにゃ」

「ラブライブですね」

「ラブライブだな」

 

 

花陽と永斗以外の全員から同時ツッコミを受け、あからさまにテンションが下がるにこ。

 

 

「知ってるの?」

 

「情報おそいにゃ」

 

「オイ、まさかそれで遅れたとか言わねぇよな?」

 

 

にこは固まったまま、顔だけを俺からそらす。

 

 

「よし、ちょっと来い。折檻してやる」

「放しなさいよ!あんた、このスーパーアイドルにこにーに何する気よ!」

 

俺がにこの手を掴み、連行しようとすると、今度は扉から瞬樹が。

 

 

「竜騎士、降臨」

「あ、ボッチの人にゃ」

「やかましいわっ!!」

 

…凛は本当に人の心を的確にえぐってくる。

 

 

「ボッチではない、孤高と言え!今日は貴様らに天報を運んできてやったのだ!」

 

 

天報?天気予報の略称か?それに、この先の展開は見えている。

 

 

「そう、遂に始まるのだ…スクールアイドルの聖戦…いや、ラグナロクがッ!」

 

 

それもうさっきやった。

他の奴らも予想していたのか、台詞が終わる前に無言で瞬樹を通り過ぎ、階段に向かっている。

 

最後に花陽が残り、瞬樹に一言。

 

 

「なんか…ごめんなさい…」

 

 

その後、屋上には涙目の瞬樹だけが残されたのだった。

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

ラブライブに出場する。そのためには毎日の練習、それ相応の覚悟が必要となる。

だが、それともう一つ必要なもの。それは…

 

あの堅物生徒会長の許可である。

 

まぁ、普通に考えて無理だろう。どうせ、認められないって一蹴するに決まってる。

そこで俺たちが考えた案が…

 

 

「さらに入りにくい緊張感が…」

 

 

理事長に直接話をつけるということだ。

というわけで、全員が理事長室の前に。瞬樹もいつの間にか来ている。

 

海未曰く、部の要望は原則生徒会を通す必要があるらしいが、直接理事長のところに行くことは禁止されていないらしい。物は言いようだ。

それに、こっちのは親族であることりもいるし、理事長は何かと俺たちに目をかけてくれている。ワンチャンあるとしたらここしかない。

 

理事長室を前に、しばらく固まっていた穂乃果が意を決して扉をノックしようと…

 

 

「おぉ、お揃いでどうしたん?」

 

 

しようとしたところに、中から希が。

生徒副会長の希がいるということは当然、奥には生徒会長の絢瀬絵里が。

 

 

「……ちょっと急用が」

 

逃げ出そうとする永斗だったが、ことりがバッチリ制服の襟を掴んでいた。グッジョブ。

 

 

「何の用ですか?」

 

生徒会長の冷たい視線に、一同が固まってしまう。

そんな中、真姫が声を上げる。

 

 

「各部の申請は、生徒会を通す決まりよ」

 

「申請とは言ってないわ!ただ話があるの」

 

「まぁまぁ落ち着いて。ここは僕が」

 

 

珍しくも、永斗が真姫をなだめ、前に出る。

逃げ出せないから、せめてことを面倒にしたくないのだろうか。

 

 

「貴方は編入生の…」

 

「士門永斗です。うちのツンデレちゃんが失礼しました」

 

真姫が何か言いたそうだったが、永斗がどうするかを見てみたいので、俺が真姫を抑える。

 

 

「まぁ、僕自身は編入後の手続きで少し相談があったんですが、理事長に相談しに行こうとすると、そこのアラシが”廃校を打破する妙案”を思いついたとか言うもので、それなら直接お話ししたほうがよいかと」

 

「お前を信じた俺がバカだった。なに一人だけ責任逃れようとしてんだコラ」

 

 

俺と永斗が揉め合っていると、中から理事長が。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

 

 

 

一年組を置いて、俺たちは理事長室へ。

 

 

「へぇ…ラブライブねぇ…」

 

とりあえず一通りの説明をしたが、割と好印象なようだ。これなら…

 

 

「私は反対です」

 

「ですよね…」

 

俺は思わず声を漏らす。他の3人は少々驚いていたようだが、俺としてはこの反応は予想通りだ。

 

 

「理事長は学校の為に、学校生活を犠牲にするような事はすべきではないと仰いました。であれば…」

 

「そうね…でも、いいんじゃないかしら。エントリーするくらいなら」

 

「本当ですか!」

 

 

理事長のまさかのアッサリOK。

後ろの3人は声を上げて喜ぶが、生徒会長は納得してないようだ。

 

 

「ッ…!ちょっと待ってください!なんで彼女たちの肩を持つんですか!!」

 

「別に、そんなつもりはないけど…」

 

「だったら、生徒会にも学校存続のための活動を…」

 

「それはダメよ」

 

「…意味が分かりません」

 

 

俺は理事長に同意だ。生徒会長は完全に一人走りしている。

生徒会という集団に属しながらも、廃校を自分で何とかしようとしている感じ…

 

自分の力を過信し、散らばっている可能性を見向きもしない、無駄なプライド。

その愚かさは、俺が一番よくわかっている。

そんなことしなくたって、お前についていくやつなんか、いくらでもいるだろうに…

 

生徒会長はそのまま黙って理事長室を出ていき、希もそれに続く。

 

 

「フン、ざまぁみろってんのよ」

 

にこは去っていく2人を一瞥し、吐き捨てるように言う。

 

 

「ただし、条件があります」

 

 

理事長の言葉に、にこも顔を向け、一年組も扉を開けて身を乗り出す。

 

そして、その衝撃の条件が告げられた。

 

 

「勉強が疎かになってはいけません。今度の期末試験で一人でも赤点を取るようなことがあったら、ラブライブへのエントリーは認めませんよ」

 

「なんだ~さすがに赤点はないから、大丈夫か…と……」

 

周りを見て、ことりの言葉が止まる。

 

穂乃果が棚に手をついて、飲みすぎた会社員のような体勢でうなだれ、

にこは床に座り込み、涙目に。

凛は四つん這いの状態で落ち込んでおり、瞬樹にいたっては立ったまま白目をむいている。

 

 

かく言う俺は、土下座で条件の取り下げを要求しました。

 

 

 

_______________________

 

 

ー永斗sideー

 

 

「大変申し訳ございません」

「ません」

 

 

部室。机に土下座のような体勢で謝る凛ちゃんとほのちゃん。

美少女2人に謝られたら、普通なら即行で許すところだが、今回はそうはいかない。

 

うすうす感じていたけど、この子たち勉強もダメだったっぽい。

 

 

「小学校の頃から知ってはいましたが…」

 

「数学だけだよ!他は大丈夫だから!!」

 

「ほのちゃん、七四?」

 

「にじゅう…ろく?」

 

それもう数学じゃないです。算数です。

 

 

「凛ちゃんは?」

 

「英語!凛は英語だけはどうも肌に合わなくて…

いや、数学は大丈夫だよ!数学は!!」

 

かよちゃんの質問に、凛ちゃんは数学はできると激しく主張。よほど、九九もできないほのちゃんと一緒にしてほしくないのか。

 

 

「凛たちは日本人なんだよ!どうして外国語勉強しなきゃいけないの!?

永斗くんはわかってくれるよね!?」

「いや、僕は英語できるよ。地球の本棚の本は全部英語だし」

「永斗くんのバカーーーー!!」

 

正真正銘のバカは凛ちゃんたちだと思う。

 

 

「とにかく、これで赤点とって出場できませんでしたじゃ、恥ずかしすぎるわよ」

 

カオスになりかけていた状況をまとめてくれたのは、真姫ちゃん。いつもならこういう時、アラシがまとめるのだが…

 

 

「学校なんて…嫌いだ……」

 

そう呟きながら、アラシは体育座りで機能しなくなっている。

 

 

「アラシ先輩って、勉強できなかったの?」

 

「違うよかよちゃん。アラシは頭の回転は速いし、物覚えもいいんだけど…いろいろ訳ありで小学校にも通ったことがないから…」

 

そう、今回のテストでアラシが結果を出すというのは困難を極める。

数週間で小中学校+高校一年の内容、合計10年分を学習する必要があるのだ。

 

僕も条件的には同じだけど、一応天才で通ってるんで(キリッ)

 

 

「ま、まったくその通りよ!あんた達、赤点なんてとっちゃダメよ!?」

 

にこ先輩、声から動揺を隠せてませんが。ていうか数学の教科書反対ですが。

さらに言えば、その教科書2年生のやつなんですが。

 

その様子を見て、皆がこの人もダメだと察したようだ。

 

 

「で、問題は…」

 

僕はそう呟き、ポーズをとったままの竜騎士(笑)のほうへ振り向く。

一同、もう聞きたくないだろうが、代表して花陽が瞬樹に尋ねた。

 

 

「瞬樹くん、成績は…」

 

「我が天使のご所望とあらば、答えよう!

俺は中学の頃から、全教科のテストで2桁以上をとったことはほとんど無い!!」

 

本当に聞きたくなかった。

何が厄介かって、この男、既にアイドル研究部への入部申請を勝手に出したのだ。

校則上、入部から3か月は退部が認められない。追い出そうにも追い出せない。

 

 

さて、ここで話をまとめると

 

 

英語:凛

数学:にこ、穂乃果

全教科:アラシ、瞬樹

 

 

…マネージャーが足引っ張るってどういうことなんだろうか。

 

僕自身、アイドルは見る専だし、ラブライブにそこまで積極的ではないのだが、

この火のついたテンションが一気に冷め、気まずい空気の中過ごすのも面倒くさい。

かといって、僕が勉強教えるのも面倒だし……あ~帰ってゲームしたい。

 

 

「では、私とことりは穂乃果を。花陽と真姫は凛の勉強を見て、弱点教科を何とか底上げしていくことにします。後の3人は…」

 

「だから、私は大丈夫だって…」

 

「それはウチが担当するわ」

 

にこ先輩が謎の意地を張っていると、希ちゃんが扉を開けて現れた。

生徒副会長というだけあって、成績はいいのだろう。多分。

 

 

「だから言ってるでしょ、スーパーアイドルにこにーが赤点なんてとるわけ…」

 

にこ先輩がそう言ってると、希ちゃんは両腕を構える。まるで必殺技を放つ前のように。

僕は直感的にバットショットを取り出し、録画ボタンを押す。すると…

 

希ちゃんはにこ先輩に飛び掛かり、その平らな胸を鷲掴み。ごちそうさまです!

 

 

「嘘つくとわしわしするよ~?」

 

「わ、分かりました…教えてください…」

 

「はい、よろしい」

 

希ちゃんがにこ先輩から離れると、僕はバットショットをしまった。

おっと、皆さんゴミを見る目でこっちを見てますね。

 

 

「…永斗には後で話があります。ですが、後の問題はこの2人…永斗だけでは流石に…」

 

「先生とかはダメなの?」

 

「ダメだと思います。正式な補習ならともかく、部活の顧問などで忙しいでしょうから」

 

後で何言われるかは気になるが、それは置いておこう。

ほのちゃんの言う通り、だれか助っ人を呼ぶのがいいと思う。僕一人で二人とか絶対ヤだし。

 

 

「今は妥当な人物も見つかりませんし、とりあえずは2人は永斗が教えるということで…」

 

マジか…といっても、ここで反論したところでどうしようもない。

仕方ない。一辺従っとこう。

 

 

「よーし!それじゃあ、明日から頑張ろう!」

「今日からです」

 

海未ちゃんの容赦ない一言に、バカ5人はノックアウトされるのだった。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

放課後。鬼のような形相で海未ちゃんが部室に飛び込んできた。

 

 

「穂乃果たちはどこにいるのですか!!」

 

 

今日から放課後に補習を行う予定だったが、肝心の5人がどこにもいない。

まさかアラシまでいなくなるとは。

 

そんな中、おずおずとことり先輩が口を開く。

 

 

「えーっと…なんか、本屋で参考書を買ってくるとか…」

 

「逃げたに決まってるじゃないですか!!あーもう!なぜ穂乃果はいつもこうなのです!?」

 

そう言って海未ちゃんは外へと駆け出した。

 

 

「あ、僕も」

 

これに乗じて、探しに行くふりして帰ろう。どうせ見つかんないだろうし。

明日から頑張るんで、今日はゲームということで。

 

 

 

 

 

のはずだったんだけど…

 

校舎から出ると、校門には海未ちゃんと、黄色に近いベージュの髪をした少女。

そして、生徒会長さんも一緒に……

 

どうやら面倒な状況に直面したようです。

 

_____________________

 

 

ーアラシsideー

 

 

「参考書買いに行くんじゃなかったのか?」

 

俺は今、穂乃果、凛、にこ、瞬樹と一緒にファストフード店に。

きっかけはというと、穂乃果が参考書を買いに行くと言いだし、ほかの奴らもそれに賛同。

俺は残って勉強する予定だったのだが、半ば強引に連れてこられた。

 

 

「腹が減っては戦はできぬって言うでしょ?まずはハンバーガー食べて、そこから考えようよ」

 

机には既に、注文された大量のポテトとハンバーガーとドリンク。

まぁ、俺もちゃっかりパンケーキを買ってるんだが…帰ったら海未にどやされるだろうなぁ…

かと言って、さっきから何回も帰ろうとしているが、コイツ等はなかなか帰してくれない。

ここまで来たら、俺も道連れにする気だ。

 

俺は諦め、席の背もたれに寄りかかる。

すると、後ろの席から女性と男性一人ずつの声でこんな会話が聞こえてきた。

 

 

「ん~これ美味しいね!でも折角Japanに来たんだし、和食がよかったな」

 

「食べながらしゃべるな、素手で食べ物を掴むな、食べこぼしが過ぎる。年相応に、もう少しマナーというものを考えたらどうなんだ」

 

「え~アタシまだ20歳だから、そんな難しいこと分かんな~い」

 

「…日本に来たからと言って、少し浮かれすぎだ。

また仕事を忘れたら、今度は承知しないからな」

 

 

こんな会話を聞いていると、ウチの普段使えない相棒と重ねてしまう。この人も苦労してるんだろうな…

 

すると、更にこんな会話が。

 

 

「わかってるって~。で、今回は何だっけ?」

 

「忘れているじゃないか…今回の仕事は

 

仮面ライダーの討伐、メモリの回収、ファーストの近況報告だ」

 

 

おい待て。今なんて言った?

 

仮面ライダーの討伐?てことはコイツら、組織の刺客か?

 

瞬樹もこちらに鋭い視線を送ってきている。瞬樹もアイツ等に気付いたようだ。

今すぐ逃げるべきか…いや、あっちも俺達には気付いていない。組織の内情を探るまたとないチャンスだ。

 

 

「あーはいはい、そうだったね。ファーストもこの街にいるんだっけ?」

 

 

ファースト…スラッシュ・ドーパントの変身者…奴がこの街に?

 

 

「そうだ。レベル2の件以降、奴には行動を自粛させている。仮面ライダーの始末のついでに、奴の様子を見てこいとのことだ」

 

「そーゆー地味なことはソッチに任せるよ。とりあえずさ、勝負しない?

仮面ライダーが持ってるメモリは、C、J、O、R。あとDも増えたんだっけ?どっちが多くのメモリを奪えるか勝負しようよ!」

 

「軽率、不真面目、雑な見通し。そういう事が任務の失敗を招くんだ。

だが、まぁいいだろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ッ!?気付かれた!?

 

「お前ら逃げ……」

 

その瞬間、2つの席を隔てていた背の低い壁が、轟音と共に粉砕される。

俺と瞬樹は咄嗟に回避。瓦礫から穂乃果たちを守った。

 

土煙から出てきたのは、さっきの会話の主たち。

 

一人は茶髪の若い女。口には鋭い八重歯が。

もう一人は眼鏡をかけた長身の男。片足を構えた姿勢をとっている。

この男が蹴って壁を壊したのか?だとしたらふざけた脚力にも程がある。

 

 

「俺たちが会話を始めた途端、背後から2つ気配が消えた。居場所を教えているようなものだ。

所詮は子供…といったところか。いくぞ”ルーズレス”」

 

「OK”ラピッド”。任務開始だね。そんじゃ、アタシから先にいってみようか!」

 

 

《ティラコスミルス!》

 

 

女はメモリを首に挿し、姿が変化していく。

その姿は茶色い毛皮に覆われ、両腕には鋭い爪、口には大きな赤い牙と。それを収めるための鞘のような袋。言うならば虎のようなジャガーのような…ネコ科であることには間違いない。

 

全く…編入と同時に雲行きは最悪で、おまけに組織のエージェントに遭遇?

 

学生ってのは、楽な仕事ではないらしいな…!

 

 

 




事務所のこととを詳しく今回で書くと言っていたな。あれは嘘だ。スイマセン。
今回は最後にチラッとだけ、名もなきAさん考案の「ティラコスミルス・ドーパント」を登場させていただきました!

さて。次回はテスト後半になる予定です。戦闘シーン多めで長くなるかも?
感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!



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第22話 Tが来た/兼業探偵はつらいよ

津島瞬樹(つしましゅんき)
仮面ライダーエデンに変身する少年。高校1年生。静岡出身。
騎士、中でも竜騎士に憧れており、自信を「竜騎士シュバルツ」と称している。
超がつくほどの不幸体質で、超絶バカ。学力なら凛や穂乃果をも下回る。
前述の通り中二病気質であり、常に右手に包帯を巻き、セリフもいちいち痛い。しかし、何かあるとすぐに素が出る。だがバカというだけでなく、身体能力は非常に高く、精神面に関しては頼り甲斐のある人物でもある。超辛党。前の学校ではボッチだったらしい。
名前の由来は、仮面ライダーウィザードの「操真晴人」の「晴」を読み方そのままに漢字を変えて「春」。さらに音読みにして漢字を変え、「瞬」。ウィザードのテーマである「希望」の「希」を漢字を変えて「樹」。

特技:運動全般、手品、神話に登場する悪魔や神の暗唱
好きなもの:妹、花陽、辛い物、騎士道
嫌いなもの:勉強、パイナップル


今回で書く予定だった戦闘シーンを次回以降に回したため、予想よりかなり短くなりました。
有限不実行に定評がある146です。

瞬樹の名前の由来が回りくどいのには理由があります。
最初は「春希」だったんですが、僕が尊敬する先生のとある作品の主人公と名前もかぶり、漢字も若干かぶってしまうので、試行錯誤し、この名前に落ち着きました。

今回は前述の通り、予定よりだいぶ短いです。
幹部との闘いから始まるテスト回後半戦、どうぞ!



 

 

「全く…!何をしているのです穂乃果たちは…!!」

 

 

息を荒くし、いかにも怒っている様子で校門に歩いていく海未。

海未を知らない奴でも、この姿を見れば怖がること請け合いだろう。

 

スクールアイドルの祭典、ラブライブが開催されることになり、当然μ’sも参加の意思を見せた。しかし、メンバー全員が赤点を回避することが条件で。

メンバーの約半数がバカで占められたμ’sにとって、これは由々しき事態。

赤点回避のため、放課後の勉強会を行うことになったのだが…

 

やはりというか、穂乃果たち5人はアラシも含めて全員脱走した。

 

怒りを抑えきれない様子で、校門のそばまで行くと…

 

 

「この曲は……」

 

海未の耳に聞き覚えがあるメロディが入ってくる。

忘れるはずもない、初期メンバーの3人で初めて踊った曲。”START:DASH‼︎”だ。

その曲は、校門に立っている少女のIPodから、鼻歌を交えて聞こえてくる。

少女の来ている制服からして、中学生。それも、音ノ木坂中学の学生のようだ。

 

海未は少女のIPodをのぞき込む。

映っていたのはファーストライブの映像。それも、ネットでは配信されていない場所まで映っていた。

 

 

「……うわぁっ!!」

 

「ッ!ごめんなさい!」

 

のぞき込んでいた海未に気付き、驚く少女。

だが、その表情はすぐに喜びのものへと変わった。

 

 

「園田海未さんですよね!μ’sの!」

 

「えっ!?いえ、人違いです」

 

見知らぬ少女に名前を当てられ、驚いた海未は、何がしたいのか咄嗟に嘘をつく。

すると、少女の表情は喜びから落胆のものへと変わっていき、最後には申し訳なさそうな顔で立ち去ろうと…

 

 

「いえ、本物です……」

 

「ですよね!」

 

海未が根性負けしたようだ。

 

「それより、その映像…」

 

「はい!ライブの映像です。亜里沙は行けなかったんですけど、お姉ちゃんが撮影してきてくれて!」

 

「お姉ちゃん…?」

 

あのライブに来ていたのは、ほんのわずかな人数。あの時この映像を撮影できた人物は、そう多くはないはずなのだが…

そんなことを考えていると、後ろから少女を呼ぶ声が。

 

 

「亜里沙」

 

「あっ!お姉ちゃん!」

 

 

海未が振り向くとそこにいたのは…

 

 

「生徒会長……」

 

 

 

それと、そのほぼ同タイミングで来た人物がもう一人。

木の陰に隠れた士門永斗だ。

 

 

 

_____________________________

 

 

ー永斗side-

 

 

気まずい雰囲気でどこかへ向かう、海未ちゃんと生徒会長と、その妹さん。

そして、僕はそのあとを尾行している。ストーカーじゃないです、探偵です。

 

本当は帰るつもりだったんだけど、ついつい後をつけてしまった。

まぁでも、あの3人が何を話すのかは少し気になるし、いいとしよう。

 

しかし、さっきから何かを話しているようだけど、遠くてほとんど聞こえない。

 

 

「仕方ない、ちょっと近づくか…」

 

電柱に身を隠していたのを、それよりも前にあるゴミバケツの裏に場所を変える。

こういうスキルはサバイバルゲームで培ったもので、決して僕にはストーカー趣味はありませんので、あしからず。

 

でも、この距離だと結構聞こえるな。えっと…妹さんがこっち指さしてなんか言ってる。

 

「お姉ちゃん、変な人がいるよ」…って……

 

 

どうやらバレたっぽい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ尾行なんてしたんですか?普通についてくればいいものを…」

 

「僕もそう思う」

 

僕たちは近くの公園に到着し、生徒会長と一緒に座っている。

そこに、缶ジュースを持って妹さん。亜里沙ちゃんと言うらしいから、略してありちゃんが走ってきた。

 

 

「お待たせしました!」

 

そう言って笑顔で缶を渡してくるありちゃん。

でも、これおでんです。

 

そこに、会長さんがすかさずフォローを入れる。

 

「ごめんなさい。向こうでの暮らしが長かったから、まだ日本に慣れてないところがあって」

 

「向こう?」

 

「なるほどね…なんとなく感じてたけど、生徒会長さんハーフか何か?」

 

「クオーターよ。祖母がロシア人なの。

亜里沙、それは飲み物じゃないの。別のを買ってきてくれる?」

 

ありちゃんは、それを聞いて少し驚いたような顔を浮かべるが、すぐに自販機のほうに駆けていった。

僕、おでんでもよかったんだけどな。

 

 

「それにしても、貴方に見つかってしまうとはね」

 

「前から穂乃果たちと話してたんです。誰が撮影してネットにあげてくれたんだろうって。でも、生徒会長だったなんて…」

 

話の流れがイマイチ掴めないけど、結論は大体わかった。

あの映像はmade by 生徒会長だったってことか。

 

 

「あの映像があったから、今の私たちがあると思うんです。

あれがあったから、見てくれる人も増えたし、だから…」

「やめて」

 

海未ちゃんがお礼を言いそうだった雰囲気を、冷たい言葉が遮る。

 

 

「別に、貴方達の為にやったわけじゃないから。寧ろ逆…貴方達のダンスが、如何に人を引き付けられないものか、活動続けても意味がないか知ってもらおうと思って。

だから、今のこの状況が想定外。無くなるどころか人数が増えるなんて…」

 

思った以上に散々な言いよう。

気にはいらないけど、僕が一々口を出すことでもないかな。

 

 

「でも、私は認めない。

人に見せられるものになっているとは思えない。そんな状態で、学校の名前を背負って活動してほしくないの。話はそれだけ」

 

それだけ言うと、会長さんは立ち上がって立ち去ろうとする。

それを、海未ちゃんの言葉が引き留めた。

 

 

「待ってください!じゃあ、もし私たちが上手くいったら…

人を引き付けられるようになったら…認めてくれますか?」

 

「無理よ。私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えない。

一番実力があると言われるA-RISEでさえも、素人にしか見えない…」

 

 

 

次の瞬間、僕は会長さんの前に立っていた。

 

やれやれ、僕も性に合わないことをするようになったもんだ。こんな自分が嫌になる。

でも、彼女は”スクールアイドル”をバカにした。だったら、僕が黙っている筋合いもない。

 

 

「ずいぶんと偉そうですね。会長さんのおかげでμ’sが人気になったと勘違いしてるんだったら、これだけはハッキリ言っておきますよ。

別に会長さんが何もしなくても、あのくらいの映像なら僕が投稿してた。μ’sの人気は、彼女たち自身が勝ち取ったものです」

 

「…何が言いたいの」

 

「スクールアイドルは馴れ合いじゃない。人前に晒すことを前提にして努力し、人気を勝ち取る、女の子たちの真剣勝負だ。でも、そうなると貴方のようなお高くまとったアンチが湧いてくるのも必然。でも、考えの自由とか言って放っておくほど、僕は人権主義者じゃない」

 

 

僕は口元に笑みを浮かべ、こう宣言した。

 

 

「一アイドルファンとして宣言しますよ。

高みから偉そうに見下ろす貴方を、必ず僕たちのところまで引きずり下ろす」

 

会長さんの目つきが一瞬鋭くなったように見えたが、すぐに視線を変え、公園から去っていった。

すると、入れ替わるように、今度はありちゃんが僕たちによって来る。

さっきの会話を聞いていなかったのか、ピリピリした雰囲気に不思議そうな表情を浮かべながら。

 

 

「あの…亜里沙…μ’s、海未さんたちのこと、大好きです!」

 

そう言って、ありちゃんは買ってきた缶を僕たちに渡し、会長さんを追いかけていった。

おしるこも飲み物ではないけど、かわいいからまぁいいや。

 

アンチがいる反面、こういった純粋に応援してくれる人もいる。

だからスクールアイドルは成り立っているんだ。

 

 

「甘いな…」

 

僕はおしるこを口に含み、海未ちゃんの横で呟くのだった。

 

 

 

__________________________________

 

 

ーアラシside-

 

 

テスト勉強から逃れるため、ファストフード店に逃げてきた俺たちだったが、そこで不運にも組織のエージェント2人に遭遇。

 

そのうちの女の方、コードネーム”ルーズレス”がティラコスミルス・ドーパントに変身し、今にも戦闘になろうとしていた。

 

 

「どっちにしようかな~…じゃあ、アタシはこっちで!」

 

 

ティラコスミルスは地面を蹴ると、一瞬で距離を詰める。

そしてその勢いのまま瞬樹に激突。瞬樹は持ち歩いていたエデンドライバーで防御するが勢いは止まらず、壁に衝突し、ティラコスミルスと共に外へ放り出された。

 

なんつースピードと瞬発力…こんなの相手にするなら、まずは穂乃果たちを逃がさねぇと…

 

 

「どこを見ている」

 

 

今度は男の方、”ラピッド”の声が聞こえたかと思うと、片脚を構えていて…

 

次の瞬間、ラピッドの蹴りが俺の腹部に叩き込まれ、俺の体は数メートル先まで、机などの障害物を蹴散らしながら吹っ飛んでいった。

 

重い…!叩き込まれたっていうか、”突き刺さった”って言った方が妥当だろうか。

それほどに鋭く、強い蹴り。人間とは思えない程の…

だが、コイツが穂乃果たちから離れた。図らずも絶好の状況だ。

 

 

「お前ら!他の人たちを逃がして、お前らも大至急ここから逃げろ!!」

 

3人は少し戸惑ったようだが、すぐに一般客の誘導を始めた。

瞬く間に店から人はいなくなっていく。こういう時は本当に頼りになる奴らだ。

だが、ラピッドは他の奴らに見向きもせず、もう一撃を食らわせようと接近。

俺は痛む体で奴の攻撃を回避。俺がいた場所にあったコンクリ製の柱は、ガンという音と共に粉々に粉砕された。

 

 

「今の音は…なるほどな…!」

 

 

俺は攻撃を避けながら考える。

今、アイツの攻撃の時に鳴った金属音。アイツの靴は金属製だ。

どうりで、あんな固いもの蹴って足が壊れないはずだ。

それにしても、コンクリートを蹴り壊すだの、金属靴でピョンピョン動き回るだの、一体どんな脚力してんだよ!

 

 

「相手にしてられるかよ、こんな化け物!」

 

俺は近くにあった、燃えるごみの大きいゴミ箱をラピッドに向けて放り投げる。

ラピッドは俺に向けていた脚で、飛んできたゴミ箱を蹴り上げた。

ゴミ箱はそのまま天井に突き刺さり、間もなく落下した。

 

 

「…どこにいった?」

 

さっきの場所に、俺の姿はもうない。ラピッドは俺を探しているようだ。

ゴミ箱投げたくらいで奴にダメージを与えられるとは思ってない。むしろ、あれは奴の視界を奪うための攻撃。一瞬姿を隠せさえすれば、いくらでも隠れようはある。

 

ちなみに、俺は店のカウンターの裏に隠れている。見つかるのは時間の問題だが…

 

 

 

 

「言ったはずだ。所詮は子供と」

 

 

 

俺が隠れてから物の数秒。カウンターを蹴りで粉砕され、俺は調理場の奥へと逃げ込む。

逃げた先は行き止まり。ラピッドはもうそこまで来ている。逃げ場はない……!

 

 

「注意散漫、経験不足、稚拙な技術。

年にしては修羅場をくぐっているようだが、俺から見ればアマチュアもいいとこだ」

 

 

ポケットに手を突っ込み、殺意を放ちながらラピッドが歩いてくる。

 

 

A little knowledge is a dangerous thing(生兵法は怪我の基).終わりだ」

 

 

 

計算通りだ。

人が一番油断するとき、それは”勝利を確信したとき”。

俺は待っていたとばかりに口を開く。

 

 

「お前、戦闘中でも眼鏡をはずさないな」

 

 

その言葉に、ラピッドの顔が少しだけ引きつる。

普通は邪魔になるため、伊達眼鏡なら戦闘の際は外すことが多い。

 

 

「てことは、それは視力矯正の眼鏡。

それじゃ、さぞかし”強い光”に気を付けてんだろうな?」

 

俺は発光出力最大にしたバットショットを右手に持ち、ラピッドの前に突き出した。

ラピッドはその瞬間、思わず目を手で覆い…

 

背後に準備させておいたスパイダーショックが、ロープでラピッドの足を巻き付け、引っ張る。

注意がひきつけられていたラピッドは、それを察知することができず、体勢が崩れる。

 

「なっ…!」

 

 

この瞬間、俺はラピッドの腹に渾身の拳を叩き込んだ。

 

ラピッドは腹を片手で抑え、それでも立ったままコッチを睨んでいる。

さっき俺がやられたように、ぶっ飛ばすとまではいかなかったが、確実に深手は負わせたはずだ。

 

 

「さっき俺のことを”経験不足”だとか”アマチュア”だとか言ってたよな?

でもよ、命張った戦いにそんなもんは関係ねぇ」

 

 

俺はガキの頃は、人を信じることを知らなかった。

そんな俺が一つだけ信じていた、唯一の信条をラピッドにぶつける。

 

 

「”死んだら負け”それだけだ」

 

 

俺たちの間の空気が一気に緊張する。

カッコつけてはいるが、勝負はついていない。ダメージだってどっこいどっこいといったところだ。

 

何より、コイツはまだメモリを使っていない。俺も変身していないため、お互いに手の内を隠している状態。

双方が深手を負った今、必然的にお互いの力を警戒し合うことになる。

 

互いに一歩も動かないままで一分ほどたった頃。

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

叫び声をあげながら、エデンに変身した瞬樹が天井を突き破って落下してくる。

更に、ティラコスミルスも天井に空いた大穴から、軽快に飛び降りて着地。

 

瞬樹はアホだが、実力だけはある奴だ。そんな奴がここまでやられている。

だが、一方的にやられているというわけでもなさそうだ。ティラコスミルスの体には多くの傷がついていた。

 

 

「ハハ…結構やるじゃん。こっからが本番だよ」

 

「…あぁ」

 

 

ラピッドがメモリを取り出そうと上着のポケットに手を入れようとする。

その時だった。

 

 

パトカーの音が、徐々にこちらへ近づいて来ている。

それもそうだ、ここまで盛大に暴れれば、騒ぎをかぎつけた警察が来るに決まっている。

 

 

「警察か…面倒だ。退くぞルーズレス」

 

「えぇ~…でも、戦いにザコが入ってくるのもつまんないし、いいか」

 

 

予想外の展開だが、このまま戦うのは分が悪い。どっか行ってもらえると本望だ。

ルーズレスは変身を解除しないまま、ラピッド共々俺たちに背を向ける。

 

 

「貴様の心意気だけは認めてやろう。だからこそ…

次は本気だ」

 

 

ラピッドはそう言い残し、ティラコスミルスがおこした土煙の中に消えていった。

 

あの2人、とんでもない強さだった。それに、ファーストがこの近くにいる。

組織との闘いは確実に激化する。気を引き締めなおす必要があるな。てか、その前に…

 

 

「どうするか、この始末…」

 

 

俺はズタボロになった店内と建物を見て、ため息交じりに呟いた。

 

 

 

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6/27 

 

 

「今日のノルマはこれね!」

 

「「「鬼……」」」

 

 

机に大量の参考書を積み上げた希に、穂乃果、凛、にこの3人が同時に呟く。

 

とか言いつつも素直に取り組むのは、なんでも”お仕置き”を受けたらしい。

なんとなく察したので、具体的には聞かなかったが。

 

一方俺はというと、中々勉強に手がつかない。

理由は当然、昨日の戦闘。建物と一緒に監視カメラも使い物にならなくなっていたので、バレないうちにずらがったのだが、そんなことは問題ではない。

あの2人、特にラピッドは能力が計り知れない。奴らは近いうちに必ずやって来る。

次は負けられない。でも、能力がわからない相手を、どう対策すれば…

 

 

「なにボーっとしてるんですか、アラシ先輩」

 

「あぁ…悪い、真姫」

 

真姫に声をかけられ、我に返る俺。

 

「ほかの2人も今日はおかしいけど、どうしたんですか?」

 

ほかの2人というのは、ひょっとしなくとも…

 

 

「アイドルの魅力を…いや、無理だ……じゃあまずは……」

 

「あの猫女…次は必ず…!」

 

 

何かぶつぶつ呟いてる永斗と、シャーペンを折りそうな勢いで拳を固める瞬樹のことだろう。

永斗は事務所に帰ったらこんな感じだったし、瞬樹も戦いが終わってからずっとこの調子。

永斗のことはよく分からんが、瞬樹の方は負けたのがよほど悔しかったのだろう。

 

というか、集中できない理由はもう一つ。

 

それはこの場所、西木野邸である。

 

 

 

 

 

 

数時間前

 

 

 

「勉強合宿!?」

 

「はい、瞬樹や穂乃果が思った以上に重症なので、テストまで泊まり込みで勉強の面倒を見ることになりました。既に各自の親に許可をとってあります」

 

昨日の怪我が響き、少し遅れて登校してきた俺に告げられる提案。

テストまであと一週間といったところ。俺も含め、かなり厳しい状況だ。

ていうか、穂乃果たちは普通に学校来てたんだな。アイツ等も段々肝が据わってきている気がする。

 

 

「まぁ、やむを得んか…で、場所はどこだ?

大勢が寝泊まりできる場所なんて、そうそうないんじゃ…」

 

「真姫の家です」

 

西木野邸か……確か真姫の家は病院をやっている。それなりに金持ちで家も大きいのだろう。

だが、真姫の家ということは、当然あの変態、兄である西木野一輝がいるということだ。

以前あのシスコンに絡まれたときは、本当に大変だった。できれば絶対かかわりたくない。

勉強なら事務所でも集中できるし、仕方ない。今回は不参加で…

 

 

「そういえば、ことりがチーズケーキを買ってきて、みんなで食べるそうですが…」

「超行く」

 

 

 

 

 

 

てなことがあり、俺も参加することになった。

今回の勉強合宿、教える側が多い方がいいということで助っ人が2人呼ばれた。

 

1人は、

 

 

「ブツブツうるさいですよ。手を動かしてください」

 

「…しかし、竜騎士の誇りが……」

 

「誇りだか埃だか、そんなもんはどうでもいいんです。

あと20分以内に二次関数のところを全部終わらせてください。できなければ今日のノルマは2倍、制限時間を10分越える度に竜騎士グッズを一つ売却。終わったとしても、間違いが一つでもあれば夕食抜きで、間違い一つにつきボクが瞬樹の目の前で一品をたいらげます」

 

「オイ、ちょっと待て。流石にそれは…」

「はいスタート」

「えぇ!?いや…ちょ…クソがぁぁぁぁ!!」

 

 

瞬樹の相棒らしい、黒音烈。声や見た目は女だが、名前は男。

そして所業は鬼畜の不思議な奴。ただ、瞬樹と烈は俺と永斗のような関係だというのは見て取れる。

血も涙もないスパルタで瞬樹に勉強を叩き込んでるところを見ると、少しかわいそうにも見えてくる。

 

2人目は…

 

「おい貴様、何を真姫に話しかけられて嬉しがっている。

それで恋愛感情でも抱こうものなら、今すぐ殺してやろうか?」

 

「嬉しがってもないし、恋愛感情も無い」

 

「なぜこんなにも可愛い真姫に恋愛感情を抱かない!?

頭おかしいんじゃないか貴様!!」

 

「本当に頭おかしい奴に言われたくねぇんだよ!!お前は俺にどうしてほしいんだ?!」

 

 

俺が危惧していた変態兄、一輝だ。

さっきから何かある度にこの調子で、全く勉強に集中できない。

一輝もその度に真姫から制裁を受けているのだが、懲りる様子もない。あ、追い出されてる。

 

それぞれ勉強に気持ちを入れきれてないようだが、永斗はちゃんと勉強のアシストもしている。例えば、

 

「ねーねー永斗君、漢文の”けいおうききてこれをいいてさゆう…」

「”荊王之を聞きて、左右に謂ひて曰く、「晏子は賢人なり。今方に来たらんとす。之を辱めんと欲す。何を以てせんや」”だね。王様が部下的な人たちに、『アイツめっちゃ賢くてムカつくから恥ずかしい思いさせてやりたいんだけど、どうする?』って聞いたって意味だよ。てかほのちゃん、返り点ぐらい読もうよ」

 

かなり適当だが、流石は自他共に認める天才。

昨日その漢文は読んだが、大筋の意味はあっていた気がする。

 

しかし、瞬樹はご存知、正真正銘今世紀最大のバカ。

烈にしごかれているとはいえ、このままでは確実に赤点だ。どうしたもんか…

 

 

「そういえば、海未も元気ないな。永斗、なんか知ってるか?」

 

「ちょっと昨日、生徒会長といろいろあってね」

 

あの堅物に何をやらかしたんだ…

永斗は極稀に趣味以外でやる気スイッチが押されることがあるからな…変なことになってなければいいが…

 

いろいろと悩みは多い、テストのこともだし、あの幹部2人。

そして、この街にいるというファースト…どうすれば…

 

 

「悩んでるみたいだな」

「どっから湧いてきたテメェは」

 

俺の横には、さっき追い出されたはずの一輝が。不屈かコイツ。

 

 

「可愛い女の子たちと、もっと可愛い真姫はともかく、お前ら野郎どもがどうなろうが知ったことではないが、そのラブライブとやらが上手くいかなかったら真姫が悲しむからな。仕方なくアドバイスをしてやるよ。

A man cannot serve two masters.最近、知り合いに教えてもらった。両立しないような二つの仕事をひとりで兼ねることはむずかしいという意味らしい。まずは自分のするべきことを整理する必要があるんじゃないのか?そしてそれはもちろん、超絶可愛い俺の妹に尽くすこt」

 

言い終わる前に一輝は真姫に連行され、追い出される。今度は鍵もかけられた。

 

だが、言ってることはもっともだ。

そうだった。俺は今や探偵にして仮面ライダーであると同時に学生。さらにμ’sのマネージャーだ。

俺たちを信じてくれてるコイツ等のためにも、俺が期待を裏切るわけにはいかないよな!

 

 

「……よし!」

 

 

吹っ切れた。能力がわからない相手だとか、ファーストだとか、結論が出ないことを考えていてもしかたない。今は勉強だ。奴らが襲ってきたら、それはその時だ。

そうなるとまずは、コイツ等も奮い立たせないとな…!

 

 

「永斗、ちょっといいか?」

 

「何?あの会長さんをどう落とそうか考えてるんだけど…」

 

「何の話か知らないが、お前には俺たちの先生になってもらわなくちゃ困る。

そうだな…俺たちが70点を超えた数だけ、2000円分ほしいものを買ってやるってのは…」

「わからないことは何でも聞いて。この天才高校生永斗くんが完璧に答えてあげよう!」

 

よし、変わり身の早さに少し引くが、永斗がやる気になった。

 

 

「それなら私は遊園地行きたい!いいでしょ、アラシ君!」

 

「凛もジェットコースター乗りたいにゃ!」

 

「あんた等子供ね~やっぱりここは、観覧車で夜景を優雅に眺めるの一択よ!」

 

なぜか知らんが、3バカも話に食いついてきた。まぁでも、好都合だ。

 

 

「あ~もうわかった!連れてってやるからそれでいいだろ!」

 

俺がそう言うと、手を取り合って喜ぶ3人。単純で助かる。

よし、最後は…

 

 

「花陽、ちょっと来てくれ」

 

 

俺は小声で花陽を呼び、耳打ちする。

俺の指示を聞いた花陽は、頭から煙を出しながら問題とにらめっこしている瞬樹に近づき…

 

 

「えっと…一緒にテスト頑張ろうね!」

 

 

そんな感じで花陽は瞬樹に笑いかけた。

瞬樹はしばらくフリーズし、何かに感謝するように天を仰ぐ。そして、

 

 

「しゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

瞬樹は叫びながら、さっきとは比べ物にならないスピードで問題を解いていく。

コイツは花陽に好感情を抱いているようだったからけしかけてみたが、効果は予想以上だった。

 

さて、これでやれることはやった。あとは俺が努力するのみ。

 

やってやる。μ’sの未来のため、夢のため、

10年のブランクなんか、ぶっ壊してやる!!

 

 

こうして、俺たちの勉強合宿が始まった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後、テスト当日。

 

この一週間、幸運にも組織の2人もファーストも現れなかった。お陰で、勉強に集中できた。

 

手は尽くした。俺が10年の壁を壊せたかどうか、そしてμ’sの命運は今日で決まる。

 

静寂に包まれた教室。チャイムが鳴る。勝負の時だ。

 

 

俺は意を決して、答案をめくった……!

 

 

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

東京某所、建物の壁によりかかるラピッドとルーズレス。

 

 

「任務の追加か…了解した」

 

 

それだけ言って、ラピッドは電話を切った。

そんな彼に、ルーズレスは無邪気な様子で尋ねる。

 

 

「で、どんな任務なの?」

 

「新たな標的の追加だ。つい先日、新たな”オリジンメモリ”のドーパントが確認された。

適合者は不明、メモリは………”L”」

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話はダブルに変身しませんでしたね。その分、次の話では活躍させるんで…
勉強合宿の風景も、気が向いたら投稿するかもです。楽しみにしていただけたら幸いです。
さて、テストを終えたアラシ達の行方は!そして生徒会長は!エージェントの2人は!
いろいろと詰め込む予定のエピソード、頑張りたいと思います!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第23話 Vに届け/稲妻運ぶ真実

どもです。146です!
早速ですが、新たにお気に入り登録してくださった
ピスケス23さん カズ トさん オー村さん ハクリさん 三毛猫クロスケさん 風太郎さん トム氏さん ミカエラさん
ありがとうございます!お気に入り登録したのに呼ばれてないって方がいたら、ご指摘をお願いします。

そして……

UA10000を突破しましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

いつも読んでいただいているみなさんのおかげでございます!まさかこうなるまで続けられているとは思わなかった…ここまできたら次は20000を目標に、最後まで書き切りたいと思います!

そんでは、本編どうぞ!


ーアラシside-

 

 

 

“雷獣”を知っているだろうか。

 

それは、最近噂になっている都市伝説。何の前兆もなく突然現れ、一瞬で去っていくという、身体から雷を放つとも言われている獣の様なもの。それが日本に伝わる妖怪になぞらえ、こう呼ばれている。

実際に目撃した人も多数いるので、存在の信ぴょう性は極めて高い。だが、動きが非常に素早く、現れた際は監視カメラも電流で破壊されてしまうため、その姿を正確に知る者は少ないという。

 

建造物なんかを破壊することもあるらしいが、雷獣による死傷者はいない。

 

一か月前から噂にはなっていたが、最近は特に目撃情報が多い。

昨夜も闇の中、流星のごとく宙を駆けていたらしい。

 

 

 

まぁ、そんなことは今の俺達にはどうでもいいことだ。

 

 

 

「後は残すところ、穂乃果の数学と瞬樹の英語だな…」

 

 

そう、今日で運命の期末テストがすべて返却されたのだ。

部室には瞬樹と穂乃果を除いた8人が揃っている。

現時点のテストの結果は…

 

凛:英語71点

にこ:数学70点

 

と、2人は見事に赤点を回避。それどころか、70点を超えていきやがった。

遊園地の条件に出したが、まさか本当にとるとは思わなかった。どんだけ単純なんだ。

それに加え、永斗が本気出したのが大きいな。もうアイツ、教師とかやって食っていけるんじゃないか?

 

そして俺はというと…

 

現文88点

古典62点

数学71点

科学59点

物理74点

地理80点

英語60点

 

俺も全教科赤点を回避に成功。古典と科学、あと英語は覚えることが多くてキツかったが、テスト範囲に的を絞り、そこだけを学習することにした。逆に現文や地理なんかはそこまで難しくはなかった気がする。

数学はにこに負けたくなかったから、それはもう本気でやった。

結果、1点にこの点数を抜き、見事に勝利した。学年違う上にたかが1点でも勝ちは勝ちだ。

 

 

「…ふぅ」

 

「フッ…呼んだようだな」

 

すると、穂乃果と瞬樹が扉を開け、部室へ。

 

 

「あっ穂乃果ちゃん!瞬樹くんも」

 

「お前らテストは!?」

 

2人が部室に入ると、ことりが声をかけ、つられて俺も本題を聞く。

すると穂乃果は鞄の中を探り出し、テストの紙を取り出した。

 

 

「もう少しいい点数をとれると思ったんだけど…

ジャーン!」

 

 

穂乃果広げたテストには、赤く74点と書かれている。

穂乃果も赤点を無事回避!何気に負けたのがショックなんだが…

 

「これでみんなで遊園地にゃ!」

 

「私が本気出せばこんなもんよ」

 

 

にこが得意げなのがムカつく。お前ギリギリじゃねぇか。

それに、これで3人が遊園地決定…今月の家計大丈夫か……?

 

 

「で、瞬樹は?」

 

問題はコイツ。ほぼ2桁以上をとったことがないと言っていた瞬樹。

全ての命運は、この自称竜騎士にかかっている…

 

 

「いいだろう。刮目するがいい!!」

 

 

瞬樹は答案をバッと両手で広げる。そこには…

 

 

「「「「「「「「「90点!!??」」」」」」」」」」」

 

 

そう、赤ペンで9と0の文字が書いてあった。

あまりに信じられないので、全員が声を上げた後、同時に二度見。

さらに同時に目をこすって確認するが、見間違いではなかった。

 

確かに、花陽に声を掛けられてからの瞬樹のやる気は異常だった。

でも、それだけでこんなになるとは…ていうか、最初からこれだけやればいいのに。

 

何はともあれ、これで全員赤点回避!条件は満たした。

 

 

「よし、理事長に報告だ。まずはスタート地点に立つことができた。

絶対行くぞ、ラブライブ!」

 

俺の言葉で全員の気が高まっているのがわかる。

俺たちは部室を飛び出し、駆け足で理事長室に向かった。

 

ここからだ…ここからμ’sの物語が始まる……

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「国立音ノ木坂学院は、来年より生徒募集をやめ、廃校とします」

 

 

理事長室に到着した俺たちは、中で生徒会長と理事長が話していることに気づく。

それを聞いていると、突然告げられた無慈悲な宣告。

 

嘘だろ…?俺たちのやってきたことは無駄だったってのか?

 

いや、まだ確信するのは早い。俺たちは話の前後をはっきり聞いていたわけではない。

ここはもう少し話を聞いて、情報を……

 

 

「今の話、本当なんですか!?本当に廃校になっちゃうんですか!?」

「貴方!」

 

 

なんて考えているうちに、穂乃果が飛び出し、理事長に詰め寄っていた。

それに釣られ、ことりと海未も穂乃果に続く。

あのバカ!なんでそう考えもせずに動くか…

 

 

「お母さん!わたしそんなの全然聞いてないよ!」

 

「お願いします!あと一週間!

いえ、あと2日でなんとかしますから!もうちょっとだけ待ってください!」

「落ち着け。無理なこと言ったって現実は変わんねぇよ。

それで理事長、その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」

 

俺も理事長の前に出て、穂乃果を落ち着かせる。

理事長に詳細を問い詰めると、理事長は少し戸惑うような様子で、

 

 

「えぇっと…廃校にするといっても、それはオープンキャンパスの結果が悪かったらって話よ」

 

「オープンキャンパス…ってなんだ?」

 

「学校の入学希望者に施設内を公開、紹介し、学校への関心を深めることを目的とするイベントです」

 

俺が海未に尋ねると、少し呆れたような顔になるが、それでも律儀に答えてくれた。

なるほど、そのあとアンケートでも取って、ざっくりした入学希望者数を割り出すってことか。

 

 

「なんだ…それなら…」

 

「安心してる場合じゃないわよ」

 

少し気が抜けた穂乃果に言ったのは、生徒会長だった。

 

 

「オープンキャンパスは2週間後の日曜日。そこで結果が悪かったら本決まりってことよ」

 

そういわれると、確かにそうだ。タイムリミットは実質2週間。決定しているわけではないにせよ、前より状況は比較にならないほど悪化している。廃校寸前の窮地と言ってもいいだろう。

 

 

「理事長。オープンキャンパスのイベント内容は、生徒会で決めさせてもらいます」

 

「…止めても聞きそうにないわね」

 

「失礼します」

 

 

生徒会長は強い口調で理事長にそう言うと、理事長もあきらめたように許可を出した。

その後すぐ、生徒会長は小さく礼をし、部屋から出ていった。

 

残された俺たちと理事長。

このままでは廃校にまっしぐら。俺たちに何ができる?

穂乃果も同じことを考えているようだ。そして、多分思いついたことも同じ。

 

 

「なんとかしてやる!」

「なんとかしなくちゃ!」

 

 

_______________________________________

 

 

 

理事長室を出た絵里。外には腕を組んだ希が。

 

 

「どうするつもり?」

 

 

望みは手元に一枚のカードを取り出し、表面に裏返す。

 

その絵柄は”star”の逆位置。

その意味は、不安、妄信、そして…自己完結。

 

 

「決まってるでしょ…なんとかしないと…!」

 

 

____________________________

 

 

 

「そんな!つまり…どういうことだ?」

 

「私たちには後輩がいないかもしれないってことよ。

ま、私はそっちの方が気楽でいいけど」

 

 

話を理解できない瞬樹と、それを補足する真姫。

真姫もあんなことを言っているが、本心はどうだかわからない。

 

 

「とにかく!今は私たちにできることをしないと!」

 

「できることって…何が…」

 

穂乃果はそう言うが、イマイチ伝わっていないようで、花陽が困惑している。

仕方ない。俺が説明してやろう。

 

 

「具体的に言えばライブだ。次回のライブ用に、テスト勉強と同時進行で作ってた曲と振付があるよな。アレをオープンキャンパスでやって、入学希望者の増加を図る」

 

μ’sの人気は上昇しているとはいえど、まだまだ認知度は低い。

正直、決定打にはならないかもしれないが、それでもやるしか道はない。

 

他の奴らが屋上に向かい、永斗と瞬樹はボトルにポ〇リを準備する中、俺は一人考える。

 

今から知名度を底上げするのは難しい。せめて、見てくれた人たちの記憶に残るぐらい…

素人から見ても”凄い”ってわかるくらいのレベルじゃねぇと…どうすれば…

 

 

「ん?アラシよ」

 

「あ?どうした瞬樹」

 

 

スポーツドリンクの粉を入れていた瞬樹が、困ったような声で俺に話しかけてくる。

 

「スポーツドリンクの粉が切れた。買いに行きたいのだが…」

 

「そんなの一人で…いや、不安だ。俺も行く」

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

というわけで、俺と瞬樹は近場のスーパーで粉末スポーツドリンクを買うことに。

残量の管理は永斗のはずなんだが、サボってやがったな……

 

しかも瞬樹が気付いたと知った瞬間に逃げやがって…今日の夕食にはナスを混ぜてやろう。

 

さて、そろそろ到着…

 

 

「あ!アラシ君に…瞬樹君だったっけ?こんなところで奇遇やん」

 

 

なんと希に遭遇。何気に少し久しぶりか。

 

「ん?此奴は何者だ?」

 

「生徒副会長だよ。つーか、なんでこんなとこにいるんだよ」

 

「さっきまで生徒会でオープンキャンパスのことで話し合ってたんだけど、アルパカ見に行った時にエリちが唾を掛けられて、顔を洗ってくるって言ったきり、どこかに行っちゃって、今探してるんやけど…」

 

「お前らがアホなことばっか提案するから、嫌気さして帰ったんじゃねぇのか?

いや、あのプライドだけは高そうな堅物がそんなことするとは…」

 

 

 

それは何が根拠だっただろうか。

 

殺気か、呼吸か、それとも単なる直感か。

 

とにかく俺は、俺とすれ違った男に回し蹴りを放っていた。

 

 

「アラシ君!?」

 

 

驚いた希が声を荒げる。

だが、その男は俺の蹴りを片手でガードしていた。

 

 

「久しぶりじゃねぇか。2週間ぶりか?ラピッド!!」

 

 

そう、完全に気配を消し、人ごみに溶け込んでいたが、

その男は紛れもなく、組織のエージェント ラピッドだった。

 

 

「ファーストの近況報告に思いのほか時間がかかってな

それじゃあ、任務再開と行こうか」

 

 

その瞬間、数名の悲鳴が聞こえたと思うと、

人ごみの中からティラコスミルス変身したルーズレスが、俺たちに飛び掛かった。

 

瞬樹は希を守るように前に立ち、エデンドライバーでティラコスミルスの攻撃を防いだ。

 

 

「アハハッ!誰かと思えば、アタシに負けた銀の仮面ライダーじゃん!」

 

「騎士道に敗北の二文字はない。あと俺は竜騎士だ!!」

 

 

ティラコスミルスは瞬樹に狙いを定めたようだ。

俺は必然的にラピッドとの闘い。上等だ!

 

 

「言ったはずだ。次は本気と」

 

 

《ヴァイパー!》

 

 

ラピッドは蛇でVと描かれた紫のメモリを取り出し、自身の掌に挿入。

 

その姿は、全身を鱗でおおわれ、両手に暗器のような牙を忍ばせた蛇のような異形。

”毒蛇の記憶”ヴァイパー・ドーパントに姿を変えた。

 

俺たちもそれぞれ、ドラゴン、ジョーカーメモリを取り出す。

 

 

《ジョーカー!》

 

《ドラゴン!》

 

 

瞬樹は槍型ドライバーにメモリを装填。

俺は腰に付けたドライバーにジョーカーを装填し、転送されてきたサイクロンを押し込む。

 

 

 

「「変身!!」」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

《ドラゴン!!》

 

 

俺はドライバーを展開。瞬樹はトリガーを引き、それぞれダブルとエデンに変身した!

 

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

「騎士の名のもとに、貴様を裁く!」

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

 

 

 

「1・2・3・4・5・6・7・8!」

 

 

屋上にて。オープンキャンパスに向け、マネージャー不在の中練習に励むμ’sの7人。

 

ここしばらくテスト勉強合宿のため西木野邸に入りびたりだったため、あまり練習をしていなかったのだが、そこまでなまっていなかったようで一同は安心する。

 

 

「おぉ!みんな完璧!!」

 

「これならオープンキャンパスに間に合いそうだね♪」

 

ライブで披露する曲も決まり、部活紹介の時間でライブをすることも決まった。

あとは練習を重ね、本番に臨むだけなのだが…

 

 

「まだです。まだタイミングがずれています」

 

 

満足していないメンバーが一人。海未だ。

 

 

「…分かった。もう一回やろう!」

 

 

海未にダメ出しされるも、穂乃果たちはめげずに再度ダンスを行い…

 

 

「完璧!!」

 

「やっと私の踊りについてこられたわね!」

 

 

今度こそ。と喜ぶ穂乃果と、アラシがいないこともあり、少々調子に乗るにこ。

確かに、今までで一番出来の良かったダンスだったのかもしれない。

 

 

「まだです。まだダメです」

 

 

だが、海未はただ不満そうに否定を続ける。

そんな海未に対して我慢の限界が来た真姫が、海未に詰め寄って声を荒げる。

 

 

「何が気に入らないのよ!言いたいことがあるならハッキリ言って!」

 

すると海未は小さく項垂れ、真姫に一言。

 

 

 

「感動できないんです」

 

 

 

先日、生徒会長との一件の後。

永斗は地球の本棚で、海未は希から、それぞれ絵里の過去を知っていた。

 

7年前、絵里はロシアでバレエのコンクールの賞を独占。

小学生にしてその功績は”神童”と呼ばれるにふさわしいものだったという。

海未は実際に当時の映像を、希からもらっていた。

その実力は、まさしく天と地の差。到底及ばないと実感させられるものだった。

 

今の自分たちに、認められるほどの実力がないのは純然たる事実。

かといって、μ’sも学校を守るために励んでいる。このまま諦めるわけにはいかない。

 

そのために必要なこと…

 

海未は一人、それを確信していた。

 

 

 

______________________________________

 

 

 

ー瞬樹side-

 

 

「ハハハッ!今日はもっと楽しませてくれるんだろうね!」

 

「愚問だな。楽しむ暇もないほど、貴様を圧倒する!!」

 

 

ティラコスミルスが壁を蹴り、瞬間、俺の目の前に。

両腕の爪を槍ではじくも、奴の牙が俺の肩に突き刺さった。

 

 

「グッ…!」

 

俺はぶつかられた勢いに身を任せ、体をひねり、ティラコスミルスを建物の壁に俺ごと衝突させる。

肩から牙が抜け、俺は急いで距離をとった。

 

奴はすぐに体勢を戻し、俺に狙いを定めて構えをとる。

ティラコスミルスは瞬発力はトップクラスと見た。だが、裏を返せばスピード自体はそれほどでもないはず。一撃目をかわすことさえできれば、勝機はある…!

 

いや、違う。騎士ならばここは…

 

 

《ユニコーン!》

 

 

俺はユニコーンメモリを取り出し、オーバースロットに装填。

 

マキシマムオーバーは強力な能力ゆえに、使用時間は個体差はあれど、平均的に数分といったところ。さらに一度使えば、しばらく使用できなくなる。ユニコーンは3日といったところか。

前回は少し前に、あの…マーライオンとやらに使用していた。

ゆえに、前回の戦いでこの猫女に使うことはできなかったのだ。

 

 

《ユニコーン!マキシマムオーバー!!》

 

 

電子音が鳴ると同時に、ティラコスミルスが凄まじいスピードで接近する。

 

だが、その攻撃は我が聖鎧”モノケロスギア”によって完全に受け止められた。

避けられないのなら、正面から迎え撃つ。それこそ竜騎士!

 

能力によって爆発的に上がった腕力で、槍をティラコスミルスに振るう。

攻撃が直撃し、ティラコスミルスは背中を地面で汚しながら吹っ飛んでいった。

 

しかし、勢いが止まるとすぐに立ち上がる。

その眼つきはさっきよりも鋭く、殺気が刺さるようだ。

 

 

「ハハッ!いいよ、久しぶりだね。昔の頃を思い出す戦いは…」

 

 

なるほど。ここからが、本当の”本番”ということか…

 

俺が気を引き締め、槍を構えると

 

 

俺とティラコスミルスの間を、光る物体が通り過ぎて行った。

 

それは獣にも、流星にも似て……

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

ダブルとヴァイパーの戦いは激化していた。

メモリを使ってからも、ヴァイパーのスタイルは蹴り主体。さらに、ヴァイパーは”毒蛇”の意。

当然、毒も使ってくるのだろう。

 

それならば、遠距離で戦えて、尚且つ解毒の可能なルナオーシャンにチェンジ。

ダブルはルナの能力で矢の軌道を捻じ曲げ、ヴァイパーに放っているが…

 

 

「無駄だ」

 

 

死角から放った矢でも、いとも簡単に蹴り落される。

まるで、360度に目があるように。

 

 

「永斗!これじゃ埒が明かねぇ。弾数増やして一気に決めるぞ!」

 

『了解』

 

ダブルの左腕はオーシャンメモリを抜き、かわりにトリガーを挿す。

 

 

《トリガー!》

 

《ルナトリガー!!》

 

 

そして、再びドライバーを展開し、ルナトリガーへとチェンジした。

 

すかさずトリガーメモリをトリガーマグナムに装填。

トリガーマグナムをマキシマム待機状態に変形すると、ヴァイパーに照準を合わせ、引き金を引く!

 

 

「『トリガーフルバースト!!』」

 

 

弾数にして100発以上。空間を埋め尽くす光の銃弾が、あらゆる方向からヴァイパーに一斉攻撃。

まず逃げ場はない。ダークネス・ドーパントのように”存在を消す”能力でもない限り、避けることは不可能に思える。だが、ヴァイパーは落ち着いた様子で回し蹴りの構えをとると

 

炸裂音と共に、銃弾は弾けて消滅。ヴァイパーは攻撃の後の体勢で、悠然と立ったままだ。

 

蹴り落したのか?いや、それにしては速すぎる。銃弾が消えたのは、構えをとってから一瞬だった。

アラシはそんな考えを巡らせるが、ヴァイパーが再び構えをとっていることに気づく。

 

ダブルは慌てて距離をとるため、後方にジャンプ。だが…

 

 

次の瞬間、ダブルの体に激しい衝撃が襲い掛かった。

 

 

「がぁっ!!」

 

ダブルから悶えるような声が漏れ、その体は数メートル先に。

後ろに飛んでいたため、威力を軽減できたが、それでも威力は半端じゃない。

しかも、ヴァイパーとダブルは結構な距離があった。蹴りが届く距離ではない。

 

 

『あのさ、アラシ。ちょっと、言いたいことがあるんだけど』

 

身に起こったことを分析するアラシに、永斗がそんな言葉をかける。

 

 

『コーヌスの件で、有毒生物について調べたときに、蛇についても調べたんだけど…』

「それ詳しく」

 

そんな会話を続けながらも、ダブルは攻撃を受け続けるが、

アラシは永斗の言葉に耳を傾ける。

 

 

『蛇ってのは耳と目が悪い。でも、その代わり味覚と嗅覚、触覚はチート。

皮膚から地面からの振動を感じ取り、敵の足音を確認。嗅覚で敵や空気中の匂いを、舌で空気の振動を感じることができる。更に、”ピット器官”という部分で、周囲の熱で外敵を認識もできる。わかりやすく言えば、生きる高性能レーダーってとこ』

 

なんでそんな大事なこと先に言わねぇんだコイツ。と、文句を言いたい気持ちでいっぱいだったアラシだったが、そんなことをしている間にやられそうだったので、やめておく。

 

それに、アラシはヴァイパーの攻撃の正体も勘付いたようだ。

 

蛇は全身の筋肉の伸縮に長け、骨格も特殊。全身が自在に曲がるように出来ている。

ヴァイパーは回し蹴りの構えの瞬間に、足の骨格をしならせ、ムチのように蹴りを放っている。

ムチは達人が使うと、先端速度は音速を超えるという。ラピッドの蹴りもそれと同等か、それ以上の速さがあるだろう。その上、筋肉を伸縮させることで、距離と範囲も自由自在。

接近して構えの隙も与えなければ、この手は破れるが、その場合腕についた牙から猛毒を撃ち込まれる。

 

ヴァイパーの能力が高性能レーダーなら、メモリの力を最大以上に引き出し放たれる蹴りは、言うなれば射程自在の大砲。そして、毒牙は伏兵。

 

即ち、ラピッド一人で要塞に匹敵する能力を持つことになる。

 

 

タネがわかっても、それは攻略には繋がらない。ヴァイパーは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

ダブルは防御の構えで攻撃に備える。さっきから攻撃を受け続けたせいで、既に変身解除寸前。

これ以上はダメージを受けるわけにはいかない。ダブルは身構え、ヴァイパーは蹴りを…

 

 

 

その瞬間、2人はまばゆい閃光と雷撃音に襲われる。

 

目の前に現れたのは、雷を纏った、いや…

雷が獣人の姿をしたような異形。見た目はオオカミにもイタチにも見える。

その姿はまさしく、都市伝説の”雷獣”。

 

雷獣の()()()を見たダブルは、驚いたように呟いた。

 

 

「背中に…生体コネクタ…?」

『なんかデジャヴ…』

 

そう、雷獣の背中には大きく生体コネクタが刻まれていた。

これは一度見おぼえがある。組織のエージェント部隊 1番手であるファーストことスラッシュ・ドーパントも、右手首から腕にかけて、生体コネクタが刻まれていたのを、ダブルははっきり覚えていた。

 

 

「でたな、”L"。標的変更だ」

 

ヴァイパーは視線を雷獣に向け、両腕の牙で襲い掛かった。

雷獣は強力な雷でヴァイパーを迎撃。だが、ヴァイパーは一瞬ひるんだだけで、すぐに構えをとり、音速の蹴りを放った。

 

しかし、雷獣はその攻撃速度を上回る瞬間速度で、攻撃を回避。

身の危険を感じたのか、雷獣は逃げ出そうとするが…

 

 

「逃がさないよっ!」

 

 

逃げだす方向に先回りしたのは、ティラコスミルス。

向かってくる雷獣に巨大な爪で一撃。予測できなかったのか、モロに攻撃を受けてしまう。

 

ひるんだところに、ヴァイパーがさらに一撃。

雷で反撃は加ええるものの、エージェント部隊の4番手と5番手の連携攻撃に、確実に雷獣は追い詰められていた。

 

 

その攻防の最中、ダブルは完全に蚊帳の外。状況もよく理解できていない。

もう戦闘不能寸前なのだ。雷獣のことも気になるが、あの2人があの謎のドーパントを相手しているうちに、逃げるのがどう考えても得策だ。

そう考え、逃げようとする際に戦いの様子を一瞥したその時。

 

 

 

追い詰められている雷獣の目は、どことなく苦しそうで…

 

 

 

気付けば、アラシはヴァイパーとティラコスミルスに向けて、マグナムの引き金を引いていた。

 

 

『ちょっとアラシ、何やってんの』

 

「わかんねぇ…でも…助けなきゃいけねぇ気がした…!」

 

 

銃弾の接近を察知したヴァイパーは、蹴りでその攻撃を叩き落す。

先にダブルを始末するという結論に至ったらしく、ティラコスミルスがダブルの方へ駆け出した。

 

ティラコスミルスは踏み込むとほぼ同時に、ダブルの目の前へ。

この能力を見慣れていないダブルは、その攻撃を防ぐことができず…

 

 

 

「貴様の相手は俺だ!!」

 

 

攻撃が届く寸前、エデンの槍がティラコスミルスを弾き飛ばした。

時間切れが来たのか、それと同時にユニコーンの鎧が消滅してしまう。

 

 

「いいね!アタシ、そーゆータイプは大好きだよ!

ホラ、アタシも仕事より楽しみを優先するタイプだからさっ!」

 

 

ティラコスミルスは雷獣そっちのけで、エデンに飛び掛かる。

ヴァイパーはかなり呆れながらも、雷獣の相手を続けるが、ダブルは銃弾で妨害。

 

 

「少しは空気ってもんを読めよ。お前の相手は俺たちだ!」

『瞬樹と台詞かぶって嫌なんだけど…』

 

「どいつもこいつも…邪魔をするな!」

 

 

その時、その場にいる全員の動きが止まった。

 

ヴァイパーのセンサーがなくとも分かるほど空気が震え、バチバチと音が聞こえる。

そして、激しく発光する雷獣。

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、放たれた雷撃が全てを蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

______________________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

 

雷撃の痛みが走ると同時に、僕は目を覚ました。

意識が体に戻ったと言った方が正確だろうか。つまり、ダブルの変身が解除されたということだ。

ドライバーをつけている間は、僕とアラシの意識は繋がっている。

 

なるほど…どうやら無事の様だ。僕は安心すると、アラシがドライバーを外したらしく、僕の腰のドライバーも消えた。

 

 

頭が痛むな…変身したときにどっかに打ったか…枕でも用意しておけばよかった。

 

その時、僕はあることに気づく。

目を覚ました場所が公園だったことだ。こんなところで変身した覚えはない。

 

 

「やぁ、目を覚ましたようだね」

 

 

後ろから声が聞こえる。この声、忘れるわけもない。

 

 

「天金……」

 

 

そう、いつぞや僕と凛ちゃんを狙って襲ってきた、組織の最高科学者 天金。

なんで僕の場所が分かったのか、何の用なのかとか疑問はあるが、とりあえず面倒くさい。

 

「君の言いたいことは分かる僕がなぜ場所が分かったのか何の用があるかだね最初の質問としては理由として考えられるのは君の思考からプロファイリングしたかインターネットをハッキングして監視カメラをジャックしたか本当の答えとしては全部違うわけだけどやっぱり確率が高いのは僕の頭脳からして最初の選択肢で間違いないわけだけど偶然会ったていう可能性もあるわけでその場合の確率は……」

 

本当に面倒くさい。

 

 

「まぁ、それはいいとしよう。じゃあ後者の質問の答えだ。

いつまでたっても君たちが何も知らないんじゃ、興が冷めるからね。僕が教えてあげに来たんだ。

知りたいだろう?僕がなぜ君たちを狙ったか、なぜ彼女達がプリディクションの予知を打ち破れたか、さっき君たちが遭遇したドーパントが何なのか。僕たち組織が何を目的としているか…

 

答えはすべて、”オリジンメモリ”にある」

 

 

”オリジンメモリ”

その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏にノイズのかかった映像のような物が浮かぶ。

 

頭が痛い…まるで思い出すのを拒絶しているように……

 

 

 

「教えてあげよう、君が忘れた、この地球(ほし)の真実を」

 

 

 

___________________________________

 

 

その夜。絢瀬宅。

 

絢瀬絵里は一人部屋で頭を抱えていた。

 

オープンキャンパス用に作った原稿を、実際に中学生の高坂雪穂と亜里沙に聞かせたが、その際、亜里沙に…

 

 

「これがお姉ちゃんのやりたいこと?」

 

 

と言われてしまった。

少々堅苦しい文章になってしまったことは感じていた。でも、こんなことを言われるとは思っていなかった。

 

やりたいこと?そうに決まっている。学校を救うことは生徒会長の義務であり、音ノ木坂の卒業生である祖母から託された願いだ。そのために努力を惜しんだ覚えはない。

 

なのに…どうしてこんなにも苦しいのか…

 

 

苦しさゆえか、頭も痛む。

そういえば、放課後からしばらく記憶がない。

 

絵里が腕時計を見ると、その針は数時間前を指していた。

 

 

「故障かしら…?」

 

 

 

 

その様子を、一つの影が窓の外から見ていた____

 

 

 




半分くらい戦闘シーンでしたが、どうでしたでしょうか?
あと、毎回サブタイトルのアルファベットに悩む…関係があるように、それでいて被らないようにですからね……
あと、UA10000記念で何かしたいんですが、何か良い案ありますかね?

次回は、まぁ色々な謎が明らかになり、ハンパないほど詰め込む予定なので、かなり時間がかかることが予想されます。ご了承下さい。なる早で書きますので!!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第24話 Vに届け/9人の女神

今こそ多忙は極まれりぃぃぃぃ!!
はい、一か月ぶりです。恐らく人生最大の多忙時期で本当に死にかけました。
前回執筆に時間がかかると言っておきながら、これ書いたのは一週間だけですね。あとはずっとゲーmゲフンゲフン!勉強してました。

新しい作品を書きたいが、どう考えても時間がない。
もしドラゴンボールを七つ揃えたら、一日を48時間にするか、作業能率を倍にします。

さて、何言ってるかわかんなくなったところで、本編どうぞ!
今回は過去最大文字数の23000字でございます!!


ーアラシsideー

 

 

『『『えぇっ!?生徒会長に!?』』』

 

 

「うん、海未ちゃんがダンスを教わろうって」

 

 

電話越しの穂乃果の提案に、声を上げて驚く一年生三人組。

 

俺は穂乃果、海未、ことりと穂むらに。

瞬樹もいるにはいるが、部屋の隅でグッタリしている。

 

先ほどの雷獣の広範囲の雷。瞬樹は身代わりになって俺たちを守ってくれた。

エデンのドラゴンメモリには、デフォルトとして雷や炎の耐性がついているらしいが、それでも応えたらしく、体に相当な負担がかかっているように見えた。

 

俺は家で休んでおくように言ったのだが、

 

 

『女子高生の部屋という楽園のためならば、この身が滅びようとも悔いはない!』

 

 

とか言ってきた。

本当に滅ぼしてやろうかとも思ったが、助けてもらった身では声を大にして叱ることもできないので、仕方なく連れてきてやったのだが、結局このザマである。

 

永斗は変身解除した後、戻ってきてない。烈も連絡がつかない。

 

後のメンバーはどこにいるかは知らないが、穂乃果たちと電話で話している。

そこで出された提案こそが、生徒会長にダンスを教わるということだ。

 

 

「あの人のバレエを見て思ったんです。私たちはまだまだって…」

 

『話があるって、そんなこと?』

 

今度は海未が会話を代わり、にこが反応する。

それを受け、今度は花陽と凛も続く。

 

 

『でも、生徒会長、私たちのことを…』

 

『嫌ってるよねー。絶対!』

 

『つーか嫉妬してんのよ、嫉妬!』

 

「私もそう思ってました。でも、あんなに踊れる人が私たちを見たら、素人みたいって言う気持ちもわかるのです…」

 

 

俺も海未にその動画を見せてもらった。

確かにレベルは段違いだ。調べると、ロシアのコンクールの多くに絢瀬絵里の名前があった。実力は折り紙付きということか。

 

 

『私は反対。潰されかねないわ』

 

 

そこで、今まで黙っていた真姫が口を開いた。

それに続いて後の3人も。

 

 

『そうね。3年生は私がいれば十分だし』

 

『生徒会長…ちょっと怖い…』

 

『凛も楽しいのがいいなー』

 

 

もはや年齢以外に3年生要素が見当たらないにこが、先輩面しているのがムカつくが、まぁ3人が言うことも最もだと思う。だが…

 

 

「私はいいと思うけどなー」

 

 

やっぱり。こういう時はいつも穂乃果だ。

その言葉に一同の反感を買うが、そこで俺が会話を変わる。

 

 

「俺も賛成だな。元々、μ’sには経験者がいないのが弱点でもあったし、パフォーマンス力を底上げするいい機会だ。それに…せっかくトップパフォーマーが近くにいるんだ。見とかねぇと損だろ」

 

『確かに…生徒会長の踊りは見てみたいです!』

 

『かよちんがそう言うなら、凛も!』

 

『アラシ先輩が言うなら…』

 

 

アイドル好きの花陽が賛同したことで、後の2人も賛同してくれた。

さて、残りはにこだけだが…

 

 

『……どうなっても知らないわよ』

 

「賛成するなら素直に言えや。かわいくねぇな」

 

『うるっっさいわね!!』

 

 

 

____________________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

「あーはいはい。了解でーす」

 

 

アラシから話の全容を聞いた僕は、電話を切る。

会長さんにダンスを教わるか…面倒な臭いがプンプンするが、これはこれで利用できそうなイベントだ。

 

そして、天金から聞いた”オリジンメモリ”の真実。

 

これが本当なら、今回の騒動はあと少しの確証で全てが繋がる。

 

 

「皆には悪いけど、今回は利用させてもらうよ」

 

 

攻略までの道は見えた。さて、少し本気を出しますか…

 

 

____________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「私にダンスを?」

 

「はい、教えていただけないでしょうか。私たち、上手くなりたいんです!」

 

 

生徒会室の前、俺含めた2年生組が生徒会長に頭を下げる。

その時、生徒会長が海未。あと、曲がり角に隠れている永斗を一瞥したような気がしたが…

 

 

「わかったわ。貴方達の活動は理解できないけど、人気があるのは間違いないようだし、引き受けましょう」

 

「本当ですか!」

 

予想以上にすんなりいき、少々驚くが、時間もないし好都合だ。

 

 

「ただし、やるからには私が許せる水準まで頑張ってもらうわよ!」

 

 

 

 

そういうわけで屋上。こうして、生徒会長のダンスレッスンが始まったわけだが…

 

 

 

「柔軟性を上げることはすべてに繋がるわ。少なくとも全員、足を開いた状態でお腹がつけるようにして」

 

 

先ほどダンスを披露したところ、緊張していたのかミスを連発。

散々ダメ出しと説教を受けたうえで、柔軟の基本から練習をしている。

 

凛は運動神経はいいが、体は固く、生徒会長に背中を押された状態で、痛みで表情が歪んでいる。

 

ことりは問題なくクリア。後の奴らはそこそこといったところか。

 

 

「つーか、なんで俺まで…」

 

 

そう、なぜか俺や瞬樹も同じ練習を行っている。

ちなみに言っておくが、このくらいは余裕だ。戦闘において柔軟性は重要だからな。

 

 

「貴方はマネージャーにしては体が柔らかいのね」

 

「そりゃどーも。それにしても、率直にほめてくれるとは意外だな」

 

「褒めてないわ。アレに比べたらってことよ」

 

 

生徒会長の視線の先には、永斗が。

正確には、足を開いて掌だけ地面につき、体が足に垂直のまま固まってる永斗がいた。

 

 

「すいません。どうやってもこれ以上曲がる気がしないんですが」

 

お前はそれでも仮面ライダーか。

 

 

「ダンスで人を魅了したいんでしょ!このくらいはできて当たり前!!」

 

 

その後は、片足立ちだとか、筋トレだとかを一通り。

筋力もダンスをするうえで必要不可欠だ。性格は気に入らないが、この練習自体はかなり理にかなっている。

 

このくらいは俺が日課で行っているレベルだ。

だが、永斗は察しの通りまるでダメ。腕立て伏せ3回で撃沈していたところを見て、軽く絶望した。

 

7人はなんとかメニューをこなすが、休む間もなく2セット目。

そして、片足立ち6分が経過したころ…

 

 

花陽に限界が来たのか、バランスを崩して転倒してしまう。

 

 

「かよちん!」

 

急いで花陽のもとへ駆け寄る凛。

だが、そこに生徒会長の無慈悲な一言が。

 

 

「もういいわ。今日はここまで」

 

 

その言葉に、全員が悔しそうな、そんな表情を浮かべる。

 

たった一言。でも、その言葉の意味はこの場の全員が理解していた。

 

 

「ちょっ…なにそれ!」

 

にこが生徒会長につっかかるが、生徒会長はそれを冷たく返す。

 

 

「私は冷静に判断しただけよ。今度のオープンキャンパスには学校の存続がかかっているの。無理なら早めに言って、時間がもったいないから」

 

そう言って、背を向ける生徒会長。

彼女を呼び止めたのは…

 

 

「ちょっと待って。会長さん」

 

 

永斗だった。

 

 

「確かに、今のμ’sのレベルは低い。素人もいいとこだ。

でも僕は、あの時の発言を撤回するつもりはない。それに…

彼女達、まだ言う事があるみたいだよ」

 

 

永斗がそう言うと、7人は一列に並び。

 

 

「ありがとうございました!明日も練習お願いします!!」

 

「「「「「「お願いします!!」」」」」」

 

 

穂乃果の先導で、全員が一斉に礼をする。

その光景に、生徒会長はただ驚いたような表情を浮かべて目を見開いている。

 

 

「そっちこそ逃げないでくださいよ。明日」

 

 

そう言って、永斗はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

「オイ、本当にどうしたんだ?変なものでも食ったのか?」

 

 

練習を終え、俺と永斗、あと瞬樹は音ノ木坂中学まで来ていた。

なぜかというと、永斗が聞き込み調査を行いたいと言ってきたのだ。

コイツと会ってしばらくになるが、こんなことは初めてだ。今までは俺に行かせて、自分はゴロゴロしてたからな…

 

嬉しいのは嬉しいのだが、ここまで急に変わると、逆に心配になる。

 

 

「失礼だな。僕だって働くときは働くよ。」

 

 

本当にどうしたのだろうか。

俺は永斗を木こりの泉にぶち込んだ記憶はない。昨日の数時間、コイツをニートから転生させるようなイベントがあろうとは…

 

俺がそんなことを考えていると、校門から1人の少女が出てきた。

永斗はその少女に声を掛ける。

 

 

「や、ありちゃん」

 

「こんにちは永斗さん。あと、瞬樹さんにアラシさん」

 

 

少女はそう言って、礼儀正しく俺たちに礼をする。

 

この少女の正体が気になったところで、俺たちは永斗の説明を受ける。

 

 

 

 

「生徒会長の妹…ねぇ…」

 

そう、この少女は絢瀬亜里沙。生徒会長の絢瀬絵里の実の妹だ。

だが、性格は見た感じだとあまり似てない。こっちの方が自由に生きている感じがする。

 

 

「それで、話とは何ですか?」

 

そうだった。ここには聞き込み調査に来たのだった。

とは言っても、何を聞きたいかだとか詳しいことは、永斗は話さなかった。

 

俺が永斗に注意を向けていると、永斗は一つ咳ばらいをし、

 

 

 

「じゃあまずは…ありちゃんは会長さんと一緒にお風呂とか入る?」

「瞬樹、確保」

 

 

質問を言い終わる前に、瞬樹によって関節技で体をガッチリロックされた。

 

 

「痛い痛い!なにすんのさ」

 

「今回は妙にやる気があると思ったらそういう事か。テメェがいつニートから変態にジョブチェンジしたのか知らんが、白昼堂々と女子中学生にセクハラとはいい度胸だ。瞬樹、もっと強く締めろ」

 

「承知した」

 

「あぁぁぁぁぁ!!痛いから!本当にシャレになんないからぁぁぁぁぁ!!」

 

 

公衆の面前で絶叫する永斗を見ていられなかったのか、亜里沙はさっきの質問に答えてくれた。

 

 

「えっと…中学一年生までは入ってたんですが、最近は入ってないですね。

でも、それを知って一体何を…」

 

「いや、これには深い事情が…って、その冷たい目線で見ないでくれません?僕のライフもうゼロなんですけど…」

 

 

とりあえず一度永斗を開放し、永斗は体の各所を痛そうに抑える。

そして、亜里沙に向き直り、再び質問をした。

 

 

「じゃあ、もう一つだけ。最近、家の中の時計の調子はどう?」

 

 

その時、俺は永斗が何を知りたいのか、それがなんとなくだが分かった気がした。

瞬樹は分かっていないようだが…

 

いや、でもそんなことあり得るのか?

 

 

「そういえば…お姉ちゃんの部屋の時計とかが遅れてたような…あと、リビングのも…」

 

「OK。それだけ聞ければ十分だよ」

 

 

永斗がそれだけ言うと、俺たちは音ノ木坂中学を後にした。

 

 

事務所までの帰り道。

俺は永斗に気になっていたことを質問した。

 

 

「なぁ、永斗。お前まさか、さっきの質問…」

 

「多分、アラシの思ってる通りだよ。今回で確証を得たことで、全部が繋がった。

後はほのちゃん達が上手くやってくれれば、会長さんを攻略できる」

 

 

永斗は歩みを止めて、そう話すが、イマイチ何を言っているのかがわからない。

瞬樹に関しては、顔に?マークが浮かんでいるのが見えるようだ。

 

そんな俺たちを見て、永斗は小さくため息をつく。

そして、真剣な表情で言った。

 

 

 

 

「アラシと瞬樹には言っておく必要があるね……」

 

 

 

________________________________

 

 

 

翌日。

 

 

 

「おはよー!」

 

「おはよ♪」

「おはようございます」

 

 

μ’sの休日練。ことりと海未がいる屋上に、穂乃果が元気よく出てきた。

だが、いつもなら誰よりも早く来ているアラシの姿が見当たらない。

 

「アラシ君は?」

 

「永斗君ならさっき来たんだけど…

 

『会長さんの事は頼んだよ』

 

って言ってどこかに行っちゃって…」

 

 

ことりの言葉に首を傾げる穂乃果。

そんな光景を扉の裏から、絵里は浮かない顔で見ていた。

 

 

「覗き見ですか?」

 

 

そんな彼女に対し、階段から声が聞こえる。真姫だ。

真姫に続いて凛と花陽、にこの姿もある。だが、瞬樹はいないようだ。

 

絵里の姿に気づいた凛は、階段を駆け上がり、

 

 

「え…ちょ…!」

 

 

戸惑う絵里に構わず、テンション高めに背中を押して屋上へと出て行った。

 

 

「おはようございます!」

 

「まずは柔軟ですよね!」

 

現れた絵里に大きな声で挨拶をする穂乃果と、当然のようにメニューを確認することり。

そんな2人に、絵里が厳しい表情で一言だけ呟いた。

 

 

「辛くないの?」

 

 

その一言に、全員が思わず驚きの声を上げる。

 

 

「昨日あんなにやって出来なかったのよ?

第一、上手くなるかどうかもわからないのに…」

 

 

”上手くなるかどうかもわからない”そんなのは何の理由にもならないことは分かっている。

絵里自身、廃校という生徒ではどうしようもないような問題に立ち向かっている。

それも、一人で成し遂げようとしているのだ。

 

絵里が本当に聞きたいことは、そうではなかった。

何故、廃校というバッドエンドを目の前にしている状態。いわば首の皮一枚の時に、

 

”自分たちを目の敵にしている人間に、運命を委ねることができる”のか。

 

 

「やりたいからです!」

 

 

そんな疑問にこたえるかのように、穂乃果が声を上げた。

 

 

「確かに練習は厳しいです!身体中痛いです!

でも、廃校を阻止したいという気持ちは生徒会長にも負けません!

だから、練習を続けて下さい!お願いします!」

 

「「「「「「お願いします!」」」」」」

 

 

他の6人も穂乃果に続いて頭を下げる。

 

やりたいから?それだけで、プライドを捨ててまで敵に教えを乞う?

絵里は理解ができなかった。

 

そんなに簡単にプライドを捨てられるのなら、自分だって……

 

 

「生徒会長!」

 

 

絵里は何も言わず、メンバーに背を向け、屋上から出て行ってしまった。

 

 

 

_________________________________

 

 

 

『逃げないでくださいね。明日』

 

『これがお姉ちゃんのやりたいこと?』

 

『やりたいからです!』

 

 

絵里は項垂れながら、一人廊下を歩いていた。

歩みを進める度に、かけられた言葉が脳裏をよぎる。

 

私が何をした。私は彼女達とは違う。

 

ただ、学校のために、願いを託した祖母のために、自分の力でここまでやってきた。

 

それなのに…どうして……私の意志の邪魔をする…!

 

 

 

「うちなぁ」

 

 

そんな時、背後から声が聞こえた。

生徒副会長であり、絵里の無二の友人、東條希だ。

 

 

「えりちと友達になって、生徒会やってきて、ずっと思ってたんよ。

えりちは本当は何がしたいんやろうって」

 

「えっ…?」

 

「一緒にいると分かるんよ。えりちが頑張るのは、いつも誰かの為ばっかりで…

だから、いつも何かを我慢してるようで、全然自分の事は考えてなくて…」

 

 

絵里はその空気に耐え切れず、逃げ出そうとしてしまう。

だが、希は絵里を呼び止めるように、強い口調で続けた。

 

 

「学校を存続させようって気持ちも、生徒会長としての義務感なんやろ!?

だから理事長は、えりちの事、認めなかったんとちがう!?」

 

 

絵里は希に気圧され、何も言うことができない。

 

うるさい…分かっている…そんなこと、言われなくたって!

 

 

「…えりちの、えりちの本当にやりたい事は!?」

 

 

 

その時だった、屋上から彼女たちの練習をする声が聞こえる。

 

その声が絵里の心をひどく動かす。

 

責任、義務、誇り、期待…

 

そんなものに縛られず、ただ全てを心から楽しんでいる彼女たちの声は、

 

絵里には、嫌に羨ましくも、妬ましくも聞こえた。

 

 

 

「何よ…なんとかしなくちゃいけないんだから、しょうがないじゃない!!」

 

 

今まで沈黙を守ってきた絵里が口を開き、

これまでため込んできた本音が言い放たれた。

 

 

 

「私だって、好きなことだけやって!

それだけでなんとかなるんだったらそうしたいわよっ!」

 

 

廊下でそう叫ぶ彼女の目からは、涙があふれていた。

 

 

「自分が不器用なのは分かってる!でも!

……今更アイドルを始めようなんて…私が言えると思う……?」

 

 

絵里は諭す様に、もしくは己を嘆くようにそう言うと、

廊下を走り去っていってしまった。

 

 

「えりちっ!」

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

角を曲がり、希の視界からは完全に外れたころ。

絵里は自分の体の変化に気づいた。

 

体が全身しびれるような感覚が駆け巡っている。

でも、不思議と痛みなどは伴っていない。

 

そして、彼女の右腕…

 

 

 

それは、体毛に覆われ、雷を纏った獣の腕のようなものになっていた。

 

 

絵里の口から思わず悲鳴がこぼれる。

自分の身に何が起こっているのか、さっぱり分からない。

 

だが、変化した右腕を見るにつれ、頭に妙な記憶がよみがえってくる。

 

夜の空を飛び回る光景、自分の目の前に現れた2体の怪物。

そして…2人の仮面ライダー…

 

 

その瞬間、雷獣という都市伝説を思い出した。

 

この時、絵里の頭の中で、絶望的な真実が組み立てられていく。

 

最近記憶が抜け落ちていることが多いが、その間いったい何をしていた?

雷獣の都市伝説、かなり有名でテレビにも映るほどなのに、なぜ実物を見たことがない?

家で壊れたいくつかの時計。あれが自分の体に帯電した電流によるものだとしたら…?

 

 

気付いたときはすでに遅い。

見ると、既に左腕も変化している。

 

ここはまずい…!

 

薄れゆく意識の中、絵里は咄嗟に廊下の窓を開け、飛び出した。

 

その瞬間、絵里の意識はどこか遠くへと消えていく。

 

 

このまま終わってしまうのだろうか。

 

あそこまで自分を貫き通し、自分を殺し続けたのに…

 

結局、何もできないまま…何も言えないまま…

 

誰か……

 

 

 

 

 

 

助けて……!

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

後者から飛び出した、光る物体。

それは学校から少し離れた広場に着地した。

 

雷獣はあたりを見渡す。そこにいたのは…

 

 

既に変身した2人の仮面ライダー。ダブルとエデンだった。

 

 

 

「本当にここに来るとは…これも我が神魔眼の力か…!」

 

「違う。永斗のプロファイリングだ。

にしても、よくわかったな」

 

『雷獣に少しでも会長さんの意志が残ってるのなら、校舎内での変身は避けたいはず。

あと、意識が保つギリギリで人がいない場所と言ったら、ここくらいだからね』

 

 

だが、雷獣には既に絵里の意識はない。

ただ2人に牙を向け、唸っているのみだ。

 

 

「よし、手筈通りに行くぞ。雷獣は動きはバカ速い。

一斉に追い詰めて背後に…」

 

 

そう言い終わる前、上空から2つの陰が飛来した。

土煙で姿が隠れているが、もう正体は見なくてもわかる。

 

 

 

「案外早かったじゃねぇか…」

 

 

そこに現れたのはラピッド、ヴァイパー・ドーパント。

そして、ルーズレス、ティラコスミルス・ドーパント。

 

 

「ヴァイパーの能力があれば、標的が現れ次第感知が可能だ。

それにしても、”リッパー”の報告通り、学生が適合者とは…新入りもなかなか使えるらしい」

 

「そだねー。じゃ、そっちは任せるよ。アタシは…楽しみの続きをやるからさぁ!」

 

 

ティラコスミルスがそう言うと、こちらに飛び掛かり、

エデン同時に槍を構え、それを迎撃した。

 

 

「今こそ決着の時だ、猫女!」

 

「アハハッ!いいね!やっぱアタシ達気が合うよ!!」

 

 

2人は雷獣そっちのけで、またしても戦いを始めている。

ヴァイパーはすでに諦めたのか、2人に構わず、雷獣に襲い掛かった。

 

だが、雷獣に放たれた蹴りはダブルが身代わりとなって防がれた。

序盤でまだアクセルがかかりきっていないのか、前回よりも弱い気がするが、

それでも威力は十分に高い。

 

 

「知り合いか?だとしたら、諦めたほうがいい。

オリジンメモリに呑まれた者は、エネルギーを使い切るまで戻ることはない」

 

ヴァイパーの言うことは既にアラシ達も知っていた。

だが、それは少しでも意識が残っている状態の話。完全に意識を呑まれた今は、自分のエネルギーの消費にすら気がつかない。つまり、死ぬまで暴走を続けるということだ。

 

それを避けるための算段はある。だが、その為にはどう考えても隙がない。

 

ヴァイパーが二撃目を放とうと、脚を構える。

その時、背後にいた雷獣が眼前のダブル突き飛ばし、ヴァイパーに襲いかかった。

 

ヴァイパーはその対応に少しの隙を見せる。雷獣もヴァイパーにしか気が入ってないようだ。

 

期せずしてチャンス到来だ。

ダブルは戦っている雷獣の所まで一気に駆け寄り…

 

 

右の掌を、背中の生体コネクタに押し付けた。

 

 

「ーーーーッ!!」

 

 

雷獣は抵抗するように、全身から雷撃を放つ。だが、ダブルは掌を離さない。

 

ダブルの右側、永斗は地球の本棚を開く要領で、雷獣の意識内

絵里の意識の中へとダイブした。

 

 

その瞬間、雷撃は止み、ダブルの中から永斗の意識が消える。

 

普段の戦闘において、永斗は戦闘中に地球の本棚を開くことはない。理由は大きく2つ。

 

1つは白い本の存在。

永斗が検索の際に用いる白い本。あれは本棚の本を開く為の媒体となっている。言い換えるなら、永斗は閲覧者。地球の本棚はインターネット。白い本はそれを表示する為のコンピュータといったところだ。

あれが無くては、本を読むことは愚か、触ることも叶わない。

だが、今回の場合は心象世界の絵里と対話するだけ。この場合は本は必要ない。

 

 

「今、何をした?」

 

雷獣の動きが止まったのを見て、ヴァイパーが問う。

ダブルは雷獣から離れ、ヴァイパーに向き直った。

 

 

もう一つの理由。

永斗が地球の本棚を開いた場合、その意識は完全にダブルから無くなる。

その時でも変身は持続するが、ダブルは元々2人用のシステム。体がアラシの物だとしても、変身した状態で支障無く動かせるわけではない。その上、永斗抜きでは右半分のソウルメモリの能力を使えないのだ。

すなわち、事実上は戦闘力は半減、もしくはそれ以下になるということ。

 

アラシに残された道は一つだけ。

半分の能力が機能しない状態でヴァイパーを雷獣から退け、永斗が戻るまで持ちこたえる。

 

 

「何でもねぇよ。ちょっと相棒に急用が出来ただけだ。

つーわけで、ちょっとばかしタイマン付き合えよ!」

 

 

追い詰められた状況下。アラシは仮面の下で笑うのだった。

 

 

 

__________________________________

 

 

 

「ハァッ!!」

「ラァッ!!」

 

 

エデンとティラコスミルスの戦いは、またしても激化。場所もかなり離れた所まで来ていた。

 

エデンはグリフォンのマキシマムオーバーを発動し、空中を縦横無尽に駆け回り、ティラコスミルスを翻弄している。

だが、ティラコスミルスもアクロバティックな動きで対応。

 

戦いは互角。いや、エデンの方が僅かに劣勢だった。

 

 

「…ッ!しま…」

 

マキシマムオーバー発動から3分。ウィガルエッジが光の粒子になって消えてしまう。

その瞬間から、飛ぶ術を持たないエデンは自由落下を始める。

言わば完全無防備状態。ティラコスミルスはエデンの上に跳び上がり、エデンを殴り落とした。

 

地面に叩きつけられるエデン。

ティラコスミルスも側に着地し、見下すように言う。

 

 

「それで終わり?アタシ、弱い者いじめの趣味は無いんだよ」

 

ティラコスミルスとの戦闘は3回目、だが、戦う度に強さが増している気がする。

恐らく、エデンの力量を図りながらの戦いだったのだろう。一戦目は5割。二戦目は7割。今回は10割…いや、まだ余力を残しているような感じもする。

 

これが、組織のNo.5エージェント。その強さを、エデンも深く実感していた。

 

だが、エデンもこんな所で負けられない。傷ついた体を持ち上げ、立ち上がる。

 

 

「弱い者か…俺は弱い自分が嫌いだった。

だから竜騎士になった。己の信念を貫く、強さの象徴に憧れた!

それは今も変わらない…俺は、強くある為にここにいる!!」

 

 

エデンはドライバーからドラゴンメモリを引き抜く。

 

 

「強さの為に…俺はいつだって限界を超える!!」

 

 

そして、腰部のオーバースロットのグリフォンメモリを抜き、ドラゴンメモリを装填!

その瞬間、変身槍エデンドライバーがデータとなって、オーバースロットに吸い込まれる。

 

 

《ガイアリンク》

《ドラゴン!マキシマムオーバー!!》

 

 

オーバースロットから全身に銀のラインが伸び、エデンの両腕、両足に武装が展開される。

それは白銀に輝く竜の爪。それに合わせ、エデンの筋肉も隆起する。

 

 

「そうこなくっちゃ!!」

 

突撃するティラコスミルス。エデンは片足を上げ、地面を踏みつけた。

すると、エデンを中心に同心円状に地面が割れていく。

 

割れる地面に足を取られたティラコスミルスの動きが一瞬鈍る。

その瞬間にエデンは飛びかかり、右腕の爪でティラコスミルスを突き刺した。

 

「がぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

ティラコスミルスは悲鳴をあげるが、筋肉が硬く、貫くには至らない。

エデンの爪を弾き、一端距離をとるティラコスミルス。

 

だが、エデンは即座に追いつき、さらに一撃。

吹っ飛んだところをさらにもう一撃。ティラコスミルスは凄まじい風圧と共に吹っ飛んでいく。

 

飛んでいく自分の体を、足の爪でブレーキをかけ、なんとか勢いが止まる。

すると、エデンは少しだけ攻撃態勢を緩める。

 

 

「全力を出せ。それで完全に下してこその騎士道だ」

 

 

エデンは戦いの中、ティラコスミルスの余力を確かに感じ取っていた。

 

すると、ティラコスミルスが少し笑ったかと思うと、全身の力を抜く。

 

 

「アタシのコードネーム”ルーズレス”。この由来がわかる?」

「分からん」

「あ、そ…ま、いいや。ルーズレスは日本語で”無慈悲”。

全力の際、相手を容赦なく叩きのめす様子から、ゼロが名付けたんだ。

本気出せば、アタシでも制御できない。後悔したって無駄だよ…?」

 

「上等だ。ならば、こちらも全力を持って、貴様を下すのみ!」

 

 

瞬間、双方の殺気が一気に膨れ上がった。

双方ともに臨戦態勢に入り、力を高めている。

 

すると、ティラコスミルスの体が肥大化し、より獣に近く

否、獲物を狩る獣そのものの姿。ビッグ・ティラコスミルスへと変貌した。

 

 

「我と契約せし白亜の竜よ。神々の力と我が魂が命ず。

我が信念を糧とし、我と一つになれ。我が身を光輝の神竜と成せ!!」

 

 

《ドラゴン!マキシマムオーバードライブ!!》

 

 

エデンの全身が光に包まれ、姿が変貌していく。

腕と足だけでなく、全身に装甲が装備され、竜の翼と尾が現れる。

ヘルムも大きく変化しており、全身の風貌は、神々しき神獣のよう。

 

 

 

「ガアァァァァァァァ!!!!」

 

「アァァァァァァァァ!!!!」

 

 

2体の獣が咆哮し、次の瞬間、凄まじい衝撃がぶつかり合った。

 

突撃したティラコスミルスのスピードは今までと比較にならない。

だが、エデンはスピードで劣りはしたものの、それを右腕の爪で正面から迎え撃った。

その一撃は、ティラコスミルスの牙を粉々に粉砕。

 

だが、ティラコスミルスは怯むことなく、もう一度突撃。

エデンは再び迎え撃とうとするが、眼前でティラコスミルスは飛び上がり、一瞬でエデンの視界から消える。

 

一撃を加えようと、上空からエデンを狙うが、次の瞬間にはティラコスミルスの視界からエデンが消えた。

 

エデンが現れたのはティラコスミルスの真上。

自分の上空の殺気に気づき、右腕を構える。エデンも同様だ。

 

双方の攻撃が見事に入り、エデンは上へ、ティラコスミルスは下に吹っ飛んだ。

 

そんな互角の戦いが繰り広げられること、数十秒。

エデンがティラコスミルスから距離をとる。

 

ドラゴンのマキシマムオーバーは他と比べ強力である代わりに、持続時間は極端に短い。

100%の力を出すとなると、下手すれば20秒と持たない場合もある。

つまり、いつ解除されてもおかしくない状況なのだ。

 

 

「竜の牙は総てを穿ち、竜の翼は虚空を切り裂く。我が覚悟は罪を砕き、我が魂は滅びぬ槍。

罪を背負いし者に問う。汝の覚悟は牙にも成れた。汝の魂は翼に変われた…」

 

 

詠唱を始めたエデン。その力は突き上げた右腕に収束していく。

それに気づいたティラコスミルスも構えをとる。どちらも次で決めるつもりだ。

 

 

「帰らぬ時間を嘆くなかれ、明日の世界に願いを託せ。

罪の魂に罰を与えよ、悔いる心に光あれ!!」

 

 

エデンの右腕の爪からエネルギーが刃となって放出される。

それは巨大な光の剣。

 

 

罪を断つ神竜皇の聖剣(ジャッジメント・シン・エクスカリバー)!!」

 

 

それと同時に、ティラコスミルスも地面を蹴り、大地を削りながらエデンへ突っ込んでいく。

威力、スピードともに、今までとは段違いだ。

 

ティラコスミルスのスピードが最高潮に達し、目で追えなくなった瞬間。

エデンは光の剣を振り下ろした!

 

 

辺り一帯が光に包まれ、激しい爆風と衝撃波が大地に響き渡る。

 

それら全てが落ち着き、空間に静寂が戻ったころ。

 

 

 

砕けたメモリが地面に落下する音のみが鮮明に響き、

 

大きなクレーターの中心で、気を失ったルーズレスが横たわっていた。

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

 

 

永斗が目を開けると、そこには真っ白な空間が広がっていた。

 

それは、本棚を展開する前の”地球の本棚”と似た空間。

どうやら”L”のメモリの心象世界に入ることに成功したようだ。

 

 

「さて、会長さんを探すか…」

 

 

地球の本棚と違うところは、永斗の体が宙に浮いているということ。

白い本が無いため、シンクロが不完全なのだろうか。幽霊にでもなった気分だった。

 

永斗は空間内を泳ぐように移動し、先を進む。

 

すると、目の前に四角い画面のようなものが表示される。

砂嵐が吹く画面をタッチすると、永斗の頭の中に映像が流れ込んできた。

 

 

 

 

 

7年前、絵里が11歳になる少し前で、まだロシアにいた頃。

 

絵里は物心ついたころから続けているバレエに没頭していた。

いわゆる天才というやつだった。これまでのコンクールで、表彰台に上がらなかったことは無かった。

 

人々からは”無敗の神童”と呼ばれ、ロシアのバレエで彼女を知らない者はいない程だった。

 

 

いつものように練習に励んでいた、ある日。

彼女は、自分と同年代の一人の少年と出会った。

 

 

初めて会ったとき、少年はひどくみずほらしい格好をしていた。

服は汚れ、ボロボロ。体中に傷がついて、何日も何も食べていないような様子だった。

 

 

絵里は彼を家へと連れていき、少年は食べ物や服を与えられた。

 

だが、少年の表情だけは変わらず、死んだような顔をしているだけだった。

まるで、何かに絶望したかのように。

 

 

あんな状態で見つかった少年を、安直に警察に預けるわけにもいかず、しばらく絵里の家で保護することになった。だが、数日たっても、彼の顔が変わることは無かった。

 

 

ある日、絵里はいつも通り、バレエの練習をしていると、そこに少年が迷い込んできた。

 

絵里は驚いた。少年が現れたことではない。

彼女の踊りを見た少年が、初めて表情を明るく変えたのだ。

 

 

その日以来、絵里は少年に自分の踊りを、練習がてら見せるようになった。

少年の顔はだんだんと明るくなっていき、数か月後には笑顔を見せながら話すほどになった。

 

それからというもの、絵里は毎日の練習が、前以上に楽しみになった。

 

笑顔で彼と話すのが、とても楽しかった。

 

「上手になった」と彼が褒めてくれるのが、たまらなく嬉しかった。

 

絵里はそんな彼に、だんだんと惹かれていった。

 

 

絵里が少年と会って半年が過ぎた頃、

少年は、保護者と名乗る人物に引き取られ、絵里の家を去っていった。

 

だが、特に2人の関係に変化はなかった。

彼は前と同じように練習を見に来てくれた。

雨の日も、雪の日も毎日欠かすことなく。嵐の日に、びしょ濡れになって来てくれたこともあった。

 

そんな交流が続くこと半年。2人が会ってから一年以上が過ぎた頃。

 

当時、絵里は小学6年生。小学生としての最後の大会が迫っていた。

 

その大会は、これまでで一番大きな大会。当然、緊張していた。

そんな時、少年は「絶対見に行って、応援する」と言ってくれた。

 

特に他意のない言葉だったのかもしれない。

他のみんなが言ってくれる言葉と、そう変わらないのかもしれない。

 

それでも、その言葉は絵里を勇気づけてくれた。

 

 

迎えた大会当日。

 

彼は_____________

 

 

 

 

 

 

 

 

来なかった。

 

 

その大会で、絵里は初の敗北を喫した。

そして、それ以来、少年が絵里の前に姿を現すことは無かった。

 

 

許せなかった。

少年が来なかったことではない。少年が来なかっただけで負けてしまった自分が許せなかった。

傷ついてしまった自分が許せなかった。

 

 

いつから私はこんなに弱くなった?

 

 

彼と出会い、弱くなり、裏切られ、そして傷つくくらいなら、最初から会わなければよかった。

 

他人なんか信じるんじゃなかった。人を好きになるんじゃなかった。

 

結局、信じられるのは自分だけ。

もう誰にも頼らない。”無敗の神童”と呼ばれた、あの頃の誇りを取り戻すため。

 

 

絵里は戒めとして、バレエをやめた_____________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね…これが会長さんの核の記憶」

 

 

永斗は絵里の記憶を閲覧し、理解した。

これが、絵里の人格を作る最も中心にある記憶。彼女が一人で全てを背負う理由。

 

強かった自分の”誇り”。

 

 

それからしばらく先へ進むと、そこに人影が。

 

空間の片隅で泣いているようにうずくまっているのは、紛れもなく絵里だ。

 

 

 

「…何しに来たの?」

 

 

こちらに気づいた絵里が、小さくそう呟く。

絵里はすぐ近くにいる。だが、2人の心の間には、厚い壁があることを感じざるを得なかった。

だが、それを気にすることもなく、永斗はハッキリと言った。

 

 

「決まってるよ。約束通り、会長さんを引きずり下ろしに来た」

 

 

その言葉を受けても、絵里は顔を下げたまま。

だが、永斗は構わず続ける。

 

 

「まず、プロセス1。最初にはっきりさせておきたいのは、会長さんは天才なんかじゃない。

ただ、人一倍踊れて、人一倍努力しただけの、ただの女の子だ。

まぁ、天才の僕から言わせればだけどね」

 

 

絵里は相変わらず反応をしない。聞いていないのだろうか。

 

 

「そして、会長さんは強くなんてない。今も昔も弱いままだ」

 

 

その言葉を聞き、初めて絵里が少しの反応を見せる。

 

 

「理由だけ取り繕ったって、本質は変わりはしない。

誰も信頼できない?違う、誰かを信じて、また裏切られるのが怖いだけだ。

戒めとしてバレエを止めた?これも違うね、傷つけられたことを思い出したくない、それか、負けるのが怖いんだ」

 

「違……」

 

「違わないよ。あの時、大会で負けたのもそうだ。

会長さんは弱くなったんじゃない。最初から弱かった。

負けたのを出会ったせいにしたのは、負けたという現実から逃げたかっただけなんだよ」

 

 

絵里は何かを言いたそうな様子だが、何も言わず、ただ唇を悔しそうに噛んでいる。

 

 

「言い返せないね。心象世界は正直だ。

君は天才でもなければ、強くもない。ただ、プライドに踊らされただけの、愚かな普通の人間だ」

 

 

しばらく沈黙が流れる。絵里は今にも泣きだしそうだ。

 

 

「でも、それの何が悪い?」

 

 

その一言で、絵里が驚いたような表情を浮かべる。

すると、永斗は口元に笑みを浮かべ、どこか楽しそうに話をつづけた。

 

 

「プライドなんて誰もが持ってて、誰もがそれに踊らされている。

それが悪いわけがない。でも、僕がそれを悲観する理由はただ一つ。

たった一度の人生を、たかが一感情に踊らされて生きるなんて、面白くないでしょ?」

 

 

それを聞いても、絵里はよく分かっていないような様子だ。

 

 

「さぁ、ここからプロセス2。会長さんの固定観念をぶっ壊す。

会長さんは真面目すぎたんだよ。融通が利かない性格のせいで、自分のプライドに従順を貫き通し、時には自分を殺した。でも、そうじゃない。プライドだって、自分の一部なんだ。

適当でいいんだよ。都合のいい時にプライドを持って、邪魔な時は捨てて、また必要なら拾えばいい。

会長さんはもっとだらけて、自分のやりたいことやればいいんだよ」

 

 

その言葉を聞いた絵里の顔が、少し晴れたような気がした。

心象世界に小さなひびが入る。

 

 

「μ’sに、入りたいんでしょ?」

 

 

その言葉で、絵里の目から涙があふれる。

絵里は振り絞るように、こう呟いた。

 

 

「どうして…?私、貴方達にひどいこと言ったのに…あんな態度とったのに…

なんで私のために、ここまで……」

 

「それも同じだよ。

僕はただ、アイドルを馬鹿にした君を、アイドルファンとして許せなかっただけ。

それにさ、アンチをアイドルの道に引きずり込むなんて、そんなオタク冥利に尽きる展開、そうはないでしょ?」

 

 

そう言って、永斗は絵里に笑いかけた。

絵里も涙を拭き、それに応えるように笑顔を見せる。

それはかつて、少年と一緒にいた頃のような、屈託のない笑顔だった。

 

 

「最終プロセス。最後は会長さんが選ぶんだ。

君はたった今、自分の人生を全否定され、考えを壊され、僕に完敗した。

さぁ、弱い自分にコンテニューする?

それとも、弱いままでも、仲間と強くてニューゲームを始める?」

 

 

永斗は絵里に手を差し出す。

絵里の顔に迷いはない。

 

 

「私は______」

 

 

 

空間のひびが広がる。

 

心象世界が、崩れていく________

 

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

「どうした?ずいぶんと不調だな」

 

「ぐっ…!」

 

 

ダブルVSヴァイパー。その戦況は誰から見ても一目瞭然。

圧倒的にダブルが劣勢だった。

 

前回も優勢だったというわけではないが、あそこまで戦えたのは、右側があってこそ。

永斗がいない今、体を満足に動かすことができない。

その上、サイクロンの風吸収によるスタミナ回復が見込めない。

 

ヴァイパーの攻撃を避け続けるうち、神経も体力も限界に近づいていた。

 

やはり強い。純粋な格闘のみなら、ファーストよりも上だろう。

その戦いからは、強い信念のような、執念のようなものが感じられる。

それ故に、アラシは疑問を抱いていた。

 

 

「アンタ、そんなに強いのに、なんでそんな事してるんだ?」

 

 

「何……?」

 

 

アラシの言葉にヴァイパーの攻撃の手が止まる。

 

 

「ファーストもそうだったけど、戦ったらわかるんだよ。

アンタは、ただの悪人には思えない。本当はそんなこと望んで…」

 

 

アラシが言い終わる前に、ヴァイパーの蹴りが直撃。

うずくまるダブルに、ヴァイパーは見下す様に言った。

 

 

「油断、戦闘中の雑念、不要な同情。

あまり俺をなめるな。俺は自分の意志でここにいる。

では、俺からも一つ聞かせてもらおう」

 

 

ヴァイパーは足元のダブルを蹴り飛ばす。

ダブルは腹部を抑えながらも、立ち上がった。

 

 

「何故、貴様らは組織に歯向かう。

子供が何人集まったってどうにかなる相手じゃないことくらい、馬鹿でもわかるだろう」

 

 

ダブルはその質問には答えない。いや、答える余裕がないといった方が正確か。

ヴァイパーへと殴り掛かるが、難なく避けられてしまう。

 

 

「諦めなければ何とかなるとでも思っているのか?

だとしたら、そんな虫唾が走るような空論は捨てるべきだ。

どれだけ強くなっても、どれだけ強く思いを持っていても、”力”は”強さ”と違う。

ろくに強くもない奴が上でふんぞり返り、下の奴らが必死に生きるのを笑っている。

世界には、絶対に届かない力ってものがあるんだ……!」

 

 

ヴァイパーの言葉は段々と強くなり、激しい憤りを感じる。

 

 

「非情、理不尽、不平等…俺はこのゴミのような世界が嫌いだ!

だから、正義も悪も等しく殺して、この世界に復讐する!!」

 

 

ヴァイパーの足に銀色の棘が現れる。

腕についているのと同じ毒針。

 

ヴァイパーは力を込め、毒針の生えた足でダブルを……

 

 

 

 

その瞬間、ダブルの右側に力が戻る。

風の補助でスピードアップ。ヴァイパーの攻撃を回避。

 

回避にジャンプを用いたため、体に風が取り入れられ、体力が回復した。

 

 

アラシは自分の身に何が起こったかわかっていた。

ホッと安心したように息を吐くと、笑いを含んだ声で

 

 

「遅ぇんだよ。相棒」

 

『僕なりに飛ばしてきたんだけどね。

それと…お土産』

 

 

雷獣がいた方向から、ターコイズカラーの光球が飛翔。

ヴァイパーに激突し、牽制すると、ダブルの手元に収まった。

 

それは”L”と刻まれたガイアメモリ。

 

 

「上手くいったみたいだな」

 

『僕としてはもう功労賞だと思うけど、仕方ない。後ひと踏ん張りだ』

 

 

ダブルはドライバーのサイクロンメモリを引き抜き、メモリのボタンを押す。

 

 

《ライトニング!》

 

 

”L”ライトニングメモリをドライバーに装填し、再び展開!

 

 

 

《ライトニングジョーカー!!》

 

 

 

ドライバーの前に”L"と”J"の文字が浮かび上がり、ダブルの姿が変わっていく。

右側はターコイズカラーに、全身には稲妻を彷彿とさせるディティールが施されている。

 

 

「まさか…”L”のメモリ…!」

 

「アンタは言ったよな。この世界にはどうしても届かないものがあるって。

でもそれって、アンタが勝手に諦めてるだけじゃないのか?

ウチの相棒はたった今、不可能を可能にしてきたぜ。今度は俺たちがアンタを倒して、人は何処までも登れるって証明してやる!!」

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

姿が変わった瞬間、アラシと永斗の頭に情報が流れ込んでくる。

オーシャンやリズムの時もあった感覚。メモリの大まかな能力の詳細が自然に理解できた。

 

ヴァイパーは蹴りを構え、超速で蹴りを放つ。

 

だが、蹴りは地面に突き刺さり、ダブルには当たらなかった。

 

 

「ッ…!」

 

 

空気の振動と温度センサーでダブルの位置を把握。背後だ。

 

ヴァイパーは再び蹴りを放つが、またしても当たらない。

次の一瞬でダブルは懐に。鋭い拳が、初めてヴァイパーに直撃した。

 

 

ライトニングメモリの能力。それは”超高速移動”。

厳密に言えば、体に局所的な電流を流し、瞬間的に筋組織を激しく活性化させ、高速移動を可能にしている。そのスピードは、現時点最速だったサイクロンリズムさえも比較にはならない。

 

そのスピードを持ってすれば、ヴァイパーの攻撃をかわすことも容易い。

音速攻撃を攻略した今、ダブルの方が能力面では圧倒的に分があった。

 

だが、この能力は所謂、電流によるドーピング。

筋組織には尋常ならざる負担がかかるのだ。

 

アラシの回復力を持ってしても、戦闘中に回復することは不可能。

 

今の消耗具合から考え、持続時間はおよそ……10秒。

 

 

(それだけあれば十分だ!)

 

 

ダブルは高速移動でヴァイパーを翻弄。

隙を見せた瞬間に攻撃を加え続け、確実に追い詰めていく。

 

高速移動を開始して7秒。

勝負を決めるべく、ダブルはマキシマムスロットにライトニングメモリを…

 

 

ドスッ!

 

 

鈍い音と共に、ダブルの背中に何かが突き刺さった。

それはヴァイパーの足。背中に突き刺さっているのは毒針だ。

 

状況は瞬時に理解できた。

ヴァイパーは足を地面に突き刺して、足を延ばしてダブルの背後まで掘り進めたのだ。

 

一瞬で猛毒が回り、意識が朦朧とする。

 

一瞬でも考えを止めたら負ける。

一瞬でも動きを止めれば、死に直結する。

 

残り2秒。決められなければ確実に終わる。

冷静に、かつ迅速に、勝利の一手を探し出せ!

 

 

「飛ぶぞ!!」

 

 

残り1秒。ダブルは全ての力を足に集注させ、上空へと飛び上がった。

 

その高さ、約100メートル以上。

飛び上がったと同時に能力が切れ、全身から力が抜けていく。

 

 

《トリガー!》

 

《ライトニングトリガー!!》

 

 

ダブルはジョーカーをトリガーと交換し、ドライバーを展開。

左半身が青く変わり、胸元にトリガーマグナムが現れる。

 

ヴァイパーの攻撃に射程は、これまでの戦いから察するに、およそ40メートル弱。

ダブルは飛び上がったが、飛ぶ術は持たず、自由落下をするしかない。

敵の射程に入れば、直撃は必至だ。

 

ならば、射程に入るまでに仕留める!

 

ダブルはトリガーマグナムにライトニングメモリを装填し、マキシマム待機状態に変形。

トリガーによる超視力が、ヴァイパーの姿を捕捉する。

 

照準を合わせ、引き金に指をかける。

落下しながらの狙撃。狙いが定まらない。おまけに、毒のせいで視界が歪む。

 

永斗は自由落下による体の移動、角度、視界の歪みを考慮し、瞬時に計算。

ヴァイパーに攻撃が直撃するポイントを割り出した。

アラシは永斗の計算に全てを委ね、ヴァイパーに向かって引き金を引いた!

 

 

《ライトニング!マキシマムドライブ!!》

 

「『ライトニングアクイラ!!』」

 

 

ヴァイパーも同様にダブルの座標を捕捉。

攻撃を感知したヴァイパーは、叩き落すために攻撃を構える。

 

 

だが、それは()()()()

 

 

ヴァイパーの蹴りは、推測で音速を超える。それは数値に直して、秒速343メートル以上。

対して、雷の落ちる速度は秒速約150キロメートル。一秒で東京から静岡に行ける速さ。

 

雷撃を前に、音速はあまりに遅すぎる。

 

ヴァイパーの蹴りは放たれることなく、銃口から放たれた落雷がヴァイパーを貫く。

衝撃に耐えられなくなったヴァイパーの体は、木っ端みじんに爆散した。

 

 

 

____________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

マキシマムがヴァイパーに当たったのを確認すると、俺たちは着地。

念のため変身を持続したまま、力の入らない体を引きずって、爆発の方に向かっていく。

あれほどのエネルギーの攻撃が炸裂したんだ。確実にメモリブレイクはしたはずだ。

 

 

「あらら~。ラピッドくんもやられちゃったか~」

 

 

爆煙の中から声が聞こえる。

この声、聞き覚えがある。一度だけだがひどく印象に残り、軽い口調の中に恐ろしさを感じる。

 

 

「どォもどォも。また会ったね、探偵くん。

変身した姿は初めましてかな?」

 

 

組織の幹部。しかも、大型暴力団”朱月組”の組長。朱月王我。

詳しいことは不明だが、異世界の怪物を呼び出す能力を持っている。

 

「何しにきやがった。仲間の敵討ちか?」

 

「いやいや、ボロボロの相手倒しても面白くないでしょ?

ちょっと気まぐれで来てみたんだけど、いろいろといいものが見れた。

そしたら、ルーズレスちゃんとラピッドくんが負けてるからさ~」

 

 

朱月の足元には、気絶したラピッドだけでなく、ルーズレスもいる。

どうやら、瞬樹は勝ったようだ。まぁ、当然か。

 

 

「”L”のメモリも手に入れたみたいだね。大分、両方とも強くなったみたいだし…

 

これなら、オレの遊び相手くらいにはなるかな?」

 

 

突然、声が低く変わり、俺は思わず戦慄を覚える。

さっきから黙っている永斗も同様なようだ。

本能が言っている。コイツは…恐ろしく強い…!

 

 

「なんてね。でも、その調子で(メモリ)を集めなよ。

朱月組(ウチ)にも優秀な駒が揃ってる。もっとオリジンメモリを集めたら、今度は…

朱月組組長。七幹部”傲慢” 朱月王我が相手になろう」

 

 

そんなことを言い残し、朱月と気絶した2人はワームホールに包まれ、消えていった。

 

七幹部…初めて聞いたワードだ。

つまり、組織の幹部の中でも別格……。

 

 

 

「なるほど…こいつは潰し甲斐のある運命だ…」

 

 

組織の目的が明らかになり、構成や戦力も明らかになりつつある。

待っていろ…お前達は、俺たちが必ず叩き潰す!

 

 

 

 

______________________________________

 

 

 

 

一時間ほど後。

 

音ノ木坂学院、保健室にて。

 

 

 

「ここは……」

 

 

メモリから解放され、気を失っていた絵里が目を覚ました。

辺りを見渡し、絵里は驚いたような顔をする。

 

部屋には希、それとμ’sのメンバーが俺たちを含めて全員そろっていた。

 

 

「おかえり、えりち」

 

 

希は絵里に優しく言葉をかける。

事情は既に全員に説明した。絵里がどうなっていたか、それを全員が受け入れてここにいる。

大体、コイツ等はどいつもこいつも怪物にも物怖じしない、化け物みたいな根性の奴らばっかだ。そんなことくらいで怖気づいたりもしないだろう。

 

既に生体コネクタがなくなっているのも確認している。

オリジンメモリのドーパントは、人間態にも怪人態にも、同じ場所に消えることなく生体コネクタが残り続ける。あの時、永斗が亜里沙にあんなことを聞いたのはそのためだ。背中じゃ、自分ではまず気付かないだろうからな。

ちなみに言っておくが、背中を確認したのは希で、男子組は退場していたのであしからず。

 

 

 

「さて、会長さん。僕の話、覚えてるよね?」

 

 

永斗がそう言うと、絵里は黙って頷く。

何の話かは知らないが、精神世界での対話の事だろう。

 

絵里はしばらくバツが悪そうに黙っていたが、しばらくすると、意を決したように深呼吸をし、真剣な表情で穂乃果たちに向き直った。

 

 

「貴方達にお願いがあるの。勝手なことだってわかってる。貴方達が許さないのも覚悟の上。

でも、これを言わなきゃ確実に後悔する。だから、聞くだけでも聞いてほしい。

 

私を、スクールアイドルとしてμ’sに入れて!」

 

 

その言葉の後、部屋がシンと静まり返る。

 

だが、少し経つと穂乃果が前に出て、笑顔を見せながら手を差し出した。

 

 

 

「こちらからもお願いします。生徒会長、いや、絵里先輩!

μ’sで一緒に踊ってください!」

 

 

それを聞いた絵里の顔は、嬉しそうでもあるが戸惑っているような複雑な表情だった。

 

 

「ほ…本当にいいの…?」

 

「なんだよ。さっきから覚悟の上だとか、聞くだけ聞いてほしいだとか。

やりたいのかやりたくないのかどっちだよ」

 

「そりゃ、やりたいけど…」

 

 

少し恥ずかしそうに答える絵里に、俺は

 

 

「じゃあ、それで十分だ。何かをするのに、やりたい以外に理由なんていらないだろ」

「本当にやりたいことって、そんな感じに始まるんやない?」

 

 

乱入してきた希に驚いていると、希は俺にウインクを飛ばしてくる。

コイツ…おいしい場面取っていきやがった…

 

 

「それじゃ、穂乃果。代表頼むぜ」

 

俺が穂乃果を呼ぶと、穂乃果は絵里に向かって強く手を差し出す。

絵里はその手を取り、立ち上がった。

 

よほど嬉しかったのか、目を潤ませながら。

 

その瞬間、他のメンバーからも歓喜の声が上がる。

先輩の威厳が減るとか言って渋っていたにこも、なんだかんだ嬉しそうだ。

 

 

「これで8人…μ’sもだいぶ大きくなったもんだ…」

「いや、9人や。ウチを入れて」

 

そうそう、これで9人…って…

 

 

 

「「「「「「「「「「えぇぇっ!!」」」」」」」」」」

 

 

 

希の思いがけなさすぎる一言に、一同が驚きの声を上げた。

永斗だけは読んでいたか興味がないのか知らないが、驚いていなかった。

 

 

「占いで出てたんや。このグループは歌い手が9人になったとき、未来が開けるって。

だから付けたん。9人の歌の女神”μ’s”って」

 

 

またしても全員の驚きの声が上がる。

なるほど、最初から希の思惑通りだったってわけか。

 

いや、それは少し違うか。

今の俺たちは、紛れもなくμ’sがつかみ取った未来。

幾度と運命を乗り越えた結果、届いた未来だ。

 

それでも、きっかけをくれたのは希に違いはない。

 

 

「本当にいけ好かねぇ奴」

「それはお互いさまやろ?」

 

希はそう、俺に笑いかける。

やっぱ苦手だ。でも、本当に大した奴だよ…

 

 

「さてと、絵里も無事に加わり、予想外の奴も加わったところで…

お前たちに伝えておかなきゃいけないことがある」

 

 

急に真面目な雰囲気になった俺に、全員が息をのむ。

偶然か必然か、あの時の9人は全員μ’sに加入した。

俺たちも、マネージャー兼仮面ライダーでいる以上、これを話さないでおくわけにはいかない。

これは、彼女達の人生に大きく関係することだ。

 

 

 

「瞬樹と俺が永斗から聞いた話だ。話さないでおこうとも思ったが、やっぱり避けて通ることはできない。落ち着いて聞いてくれ。凛が前に組織に狙われた理由。海未とにこから謎の光が現れた理由。

そして、絵里がドーパントになった理由。それらを、一気に教える」

 

 

俺は語った。

 

俺たちが聞いた、地球の真相を……

 

 

 

 

 

 

 

今から46億年前。地球が誕生した。

大地が生まれ、海が生まれ、空が生まれた。

それと同時に、地球には”意思”が生まれた。

 

 

 

「石?地球に石もできたの?」

「よし、ちょっと黙ってろ穂乃果。話が進まん」

 

 

 

だが、地球に意思が生まれたといっても、それはシステムや本能に近い物。

地球は自分に起こっていることに干渉することなく、ただ自分に起こった事象のみを記憶し続けた。

それが、地球の本棚の基となっている。

 

 

記憶し続けること数十億年。最近になって、地球に人類が生まれた。

 

人類は”自我”を明確に持つ、唯一の生物。

地球はそのことを事象の一つとして記憶。だが、人類はとめどなく生まれる。

すると必然的に、地球にも”自我”が芽生え始めた。

 

 

自我が生まれたまではよかったのだ。ただ、人類はそれから急速に進化、発展し、それに伴って”感情”を持つようになった。

 

すると当然、地球も”感情”を学習する。

だが、それにとどまることなく、人類はより複雑な感情をそれぞれが持つようになった。

 

元々システムだった地球は、それら全てを。

地球上に存在する数多の人格をすべて記憶しようとした。

だが、”苦しみ”という感情も学習した地球にとって、それはあまりに酷だった。

 

 

地球は苦しみから逃れるため、自分の中の感情を分け、外に出そうと考えた。

その時分けられた人格や感情は、大きく分けて26。

分かれた地球の意思は、自分たちと同じ数存在する「アルファベット」の記憶を形として、地球の表面に現れた。

 

それが”オリジンメモリ”_________

 

 

 

 

 

「オリジンメモリは自らが司る感情に呼応し、適合者を選ぶ。

そして、適合者はある程度の加護をメモリから受けることになる。

お前らにはいってなかったが、ファーストライブの時、プリディクションっていう予知のドーパントがいた。そいつの予知によると、お前らのライブは誰も来ず、お前らは諦める運命だったらしい。

だが、お前らは諦めなかった。そして、ここにいる全員が、ライブを見に来た。

その理由は推測だが、俺が予知を破ったことでプリディクションの自信が消え、能力に揺らぎが生じる。それによって、オリジンメモリの加護が、プリディクションに打ち勝ったんだ」

 

 

プリディクションは永斗の検索によると、厳密には予知ではない。

状況から最も起こりうる可能性が高い事象を割り出し、あとは周囲の人間にその行動をさせるよう、弱い洗脳を施すのだ。これなら、さっきの説明が成立する。

 

 

「つまり結論から言って、ここの全員が適合者。

そして、組織の目的は、オリジンメモリを26本すべて揃えること。お前らはどうやっても、俺たちの戦いから逃げることはできない」

 

 

こんな近辺にここまで多くの適合者がいるのは変だが不自然ではない。

代を重ねるごとに、適合者がいる範囲が狭まっているらしい。そのうえ、適合者同士は引き寄せ合うという性質を持つ。まるで、再び集まらんとしているかのように。

 

 

結局、その後は話が纏まることは無く、自然解散となった。

あの単細胞な穂乃果でさえ、流石に考えることがあったらしく、最後まで黙っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、7/10

 

いつものように何とか授業をやりすごし、アイドル研究部部室へと向かう。

今日は結局、まだ穂乃果達とは会話していない。珍しく、朝練も休みだった。

瞬樹には咎められたし、やはり言うべきではなかったか…

 

 

部室に到着し、扉を開けようとする。

その時、部室の扉の横に立てかけてあった、ある物が俺の目に入った。

 

 

「オイ、これはどういうことだぁ!!」

 

 

ソレを見た俺は大声で叫びながら、部室に勢いよく入る。

中には、一年生以外の6人が揃っていた。

突然叫んだ俺に、穂乃果は落ち着いて、

 

 

「あ、アラシ君やっと来た!」

 

「あぁ、うん。遅れて悪かった…って、そんなことはどーでもいいんだよ!!

まずはコレの説明をしてもらおうか!」

 

 

俺は立てかけてあった物を穂乃果に突き出す。

それは、”探偵部”とマジックで書いてある、木の板だった。

 

 

「探偵部の看板だけど?」

 

「だけど?じゃねぇよ!なんで音ノ木坂に探偵部があるんだ!?」

 

「あー、それなら、昨日の夜に皆で話し合ったんだよ。

アラシ君が事務所に依頼が来ないだとか、学生になって事務所の事どうすればいいかわかんないとか言ってたから、学校に探偵部作ったら、同級生がいっぱい来て問題解決かなって」

 

 

なんでまたそんな話に…いや、確かに依頼は来ないが、最近は理事長との交換条件で家計は何とか助かっている。今回だって、エージェント2人倒した分の報酬をもらったところだ。

 

だが、確かに利点は大きい。

依頼は多いに越したことは無いし、学校に拠点を置くことで、この学校にいると思われるメモリセールスの正体も追いやすい。

 

 

「いや、部員はどうすんだ?俺と永斗、瞬樹を入れても3人しか…」

 

「それなら簡単だよ。μ’sが全員兼部するんだよ!」

 

「はぁぁぁ!!??」

 

 

コイツは何を言い出すんだ!?

だが、他の奴らの反応を見ると既に了承済みのようだ。正気か?

 

 

「でも、そんなの許可が通るわけ…」

 

「生徒会長の私がいるのよ?通るに決まってるじゃない」

 

「そういうのを職権乱用っていうんだぞ、絵里!!」

 

 

どいつもこいつも…なんでってこんな…

 

 

「分かってるのか?お前たちは組織に狙われるんだ。その上、探偵部なんて作れば、事件に嫌でもかかわることになる。そうすれば、もう引き返せないんだぞ!?」

 

「だからだよ。昨日の話で考えたんだ。私たちの運命がそうだって言うなら、中途半端に逃げたくない。アラシ君達が戦うなら、私たちだって戦いたい!」

 

「穂乃果…いや、でも…」

 

「何を迷っているんです。”何があっても私たちを守り抜く”って言ったの、もう忘れたんですか?」

 

「アンタが言ったんでしょ?”自分で抱え込まず、仲間を頼れ”って」

 

 

海未…にこ…そういえば、そんなこともいったっけな…

 

全く…組織より何より、コイツ等が一番厄介な相手だ…

 

 

 

「分かった。でも条件が3つある。

1つ。お前らはアイドル第一だ。そっちが本業であるのを忘れんな。

2つ。勝手な行動はするな。必要な時はこっちから指示を出す。

そして、3つ…」

 

 

俺はいったん区切り、声を強くしていった。

 

 

「いつ何時も、俺たちを信じろ。命に代えてでも、お前たちは必ず守る」

 

 

さぁ、運命に選ばれた役者は揃い、舞台は整った。

見せてやろうじゃねぇか。俺たちが運命を変える物語を!!

 

 

 

 

 

「大変です!!」

 

 

 

その時、勢いよく扉が開き、花陽が駆け込んでくる。

えらく既視感を覚える光景だが、その後に他の一年生も入ってきた。

なぜか、酷く絶望した様子で…

 

 

 

「オープンキャンパス…出られなくなりました……」

 

 

 

どうやら運命は俺たちを見放したらしい。

 

 

 

 




今回はSOURさん考案のオリジナルメモリ”ライトニングメモリ”を登場させていただきました!
ライダーシリーズ定番の10秒スピードアップってやつですね。

さて。色々明らかになったと同時に、謎も増えました。
朱月の二つ名。あれは幹部の格を分けるために設けたものです。
モデルは…皆さんご察しの通りです。

次回はオープンキャンパス前の一休み。
花陽の言葉の真意とは一体!?ネタバレしますと、瞬樹の隠された二つ名が明らかになります。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!



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第25話 Gは楽しく/真剣勝負《ファイブオンファイブ》

朱月王我(あかつきおうが)
大型暴力団”朱月組”の組長にして、称号”傲慢”を持つ組織の七幹部の一人。19歳。
髪には金のメッシュが入っており、口調は常にテンションが高く、誰に対しても軽い態度をとる。また、相手に質問をして自分で答えるという変わった癖を持つ。使用メモリは不明だが、ドーパントにならずども、異世界の怪人を呼び出すことができる。現時点では戦闘能力は未知数。
名前の由来は仮面ライダーキバのラスボス「バットファンガイア」の真名”「暁」が眠る素晴らしき物語の果て"から「あかつき」。バットファンガイアの称号「キング」から「王」。ファンガイアは「牙」でライフエナジーを吸い取るので、牙の読み方を変えて「が」。

特技:将棋、歌、喧嘩
好きなもの:派手なもの、争い、変わり種の飴
嫌いなもの:自分より目立つ奴、使えない奴


思ったより遅くなった…146です…
さて、まずは…


仮面ライダーW漫画化キタァァァァァ!!


いや、これは予想外!映像化じゃないと聞いて少し残念だったんですが、まさかの予想を斜め上に!!しかも脚本が三条さんときた!これは読むしかないでしょう!

さて、それではそろそろ本編どうぞ!今回は大量にオリキャラが出てきます。

新たにお気に入り登録してくださった
msterさん、銀の鐘さん、カグラZさん、シュバルツ レインさん、ナゴナゴさん、鮭ふりかけさん、仮面戦士十年記さん、コナミさん、仙石千歳さん、天ケ瀬奈月さん、Suilennさん、クロムスさん、ゲーム中毒患者さん、おみや1921さん、チキン革命さん
ありがとうございます!!いつものように確認が甘いので、呼ばれてない人がおられましたらご指摘お願いします。



ーアラシsideー

 

 

ラピッドとルーズレス。2人のエージェントを制し、新たなメモリ、ライトニングメモリを入手した俺たち。

 

更に、絵里と希がμ’sに加入し、μ’sは9人に。

その上、色々あって俺たちで探偵部を結成。オープンキャンパスも迫り、ここからが本格的に…

 

 

なるはずだったのだが、現在、部室は絶望の渦中にあった。

 

それは、突然の花陽の一言。

 

 

『オープンキャンパス…出られなくなりました……』

 

 

その後俺たちは現実を直視できず、現在進行形で落ち込んでいる。

そんな中、俺がふと我に返り、口を開く。

 

 

「いや、待て。いったん落ち着こう。

そもそも、なんでそんなことになったんだ?」

 

そうだ、まずは原因を聞かないことには始まらない。

場合によっては解決できる内容かもしれない。

 

すると、花陽がそれに答える。

 

 

「元々、時間ピッタリで部紹介のスケジュールが決められていたところに、急遽新しい部活ができたらしいです。今からスケジュールを変えるとなるといろいろと大変で、そこで、全部の部活がクジを引いてハズレの部が部紹介を譲るということに…」

 

今度は凛が。

 

「で、凛が代表してクジを引こうとしたら、なんか瞬樹くんが『我が神魔眼を開放すれば、アタリを引くくらい容易い…』とか言って、勝手に引いたらハズレが……」

 

 

それを聞いた全員の視線が、入口にいる瞬樹の方に集まり

 

 

「全部お前のせいじゃねぇか!!」

「グファァッ!!」

 

俺は、ドヤ顔でポーズを決める瞬樹に、思わず飛び蹴りをかました。

 

「待て!部は全部で17ある。つまり、全ての部に等しく17分の1の確率があったわけだ。

それを俺のせいにするのはどうなんだ!?」

 

「やかましい!計算ができたのは褒めてやる。でも、お前はそろそろ自分のミラクル不幸体質を自覚しろ!!常日頃から天文学的確率の壁を破って来てるお前が、たかが17分の1を的中させないとでも思ってんのか!?」

 

「フッ…これこそ、竜騎士に定められし宿命…

おっとアラシよ、まずはその掲げた椅子という名の鈍器をしまおう。そして一端落ち着くのだ。いや、他の奴らも物を投げるな!オイにこ、流石に石はアウトだって…ギャァァァァァ!!」

 

 

花陽とことり以外の全員から粛清を受け、瞬樹がKOしたのを確認すると、俺は話を元に戻す。

 

 

「ところで、その新しい部って何の部活なんだ?」

 

「確か…ゲーム研究会だったと…」

 

ゲーム研究会…聞いたことがあるな。

俺が清掃員のバイトを始めたばかりで、アイドルをしようと決める前、ことりが持ってきた部活の功績の一つに入っていた覚えがある。

確か、部の設立のため、部長が殴り込みしたという内容だった気がする。

 

 

「なんで今になってそんな部が…?」

 

「私は知らないわよ」

 

俺が目線を向けると、絵里は激しく首を横に振る。

部の承認には生徒会を通す必要がある。それなら、絵里が知っているはずなのだが。

 

 

「あー、それならウチやね。えりちが学校休んでた日に部の申請が来たから、面白そうだったし、そのまま承認したんよ」

 

 

希の一言に、さっきと同じような空気が流れ…

 

 

「やっぱ、お前のせいか!!」

「ストップ、アラシ!瞬樹はともかく、女の子に飛び蹴りはマズいから。

画的にもモラル的にも」

「放せ永斗!前々からこの適当な態度が腹立ってたんだよ!!

いい加減、報酬もちゃんと払えやコラッ!!」

 

俺が永斗に抑えられる光景を見て、ニヤニヤと笑う希。

クッソ!やっぱ腹立つ!!

 

 

「アラシは落ち着いて!希先輩も笑うのやめてください!

今は、そんな事している暇はないでしょう!!」

 

 

海未が声を上げると、部室が一気に静かになる。

流石は海未。俺でさえも恐怖を感じる。

 

 

「ゲーム研究会に交渉に行きましょう」

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

「ここが…ゲーム研究会…?」

 

 

 

交渉のため、ゲーム研究会の活動場所に来た俺たち。

全員行くとなると迷惑かもしれないし、何より瞬樹あたりが何を言うかわかったもんじゃない。

そこで、選ばれたのは俺、永斗、海未、絵里。ゲームに精通している永斗を除けば、メンバー内でも比較的まともな人物で構成されている。

 

他の奴らは練習をさせ、俺たちは交渉に向かったわけだが…

そこは体育館の器具庫。他の部活動の備品をいい感じにどかして場所を作り、そこで数人が携帯ゲーム機の画面をのぞき込んでいた。

 

 

「ん?これはこれは。アイドル研究部の皆さんじゃないか。

ようこそ我らがGAME PLAYING ORGANIZED PARTY。略してG‐POPへ!

私が会長の灰間(はいま)(あや)だ。歓迎しよう、我らが聖域(サンクチュアリ)へ!!」

 

 

俺たちに気づいた三つ編みの眼鏡が、こっちを向いて叫んだ。

なるほど、今のでコイツが面倒な奴だということは分かった。少し瞬樹と同じ匂いがする。

緑色のリボンを見る限り、3年生のようだ。新聞部の部長といい、希といい、この学校の3年生は大丈夫なのか?

 

 

「おっと?そこにいるのは絵里じゃないか。

先日は不在の時に生徒会にお邪魔してすまなかった。いや、特に他意は無いよ。ただ、堅物の君より希の方が我々の存在を許してくれると思い、少しタイミングを見計らわせてもらっただけさ」

 

そういうのを他意というのではないだろうか。

 

 

「アラシ、本題に入りましょう。この子はしゃべらせると止まらないから」

 

絵里の言う通り、俺たちが聞いていなくても一人で大声で話し続けている。

これはもう少し時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

数十分後。

 

やっと独り言が終わり、事情を説明。

俺たちがラブライブ出場と廃校阻止を目標としていることを伝え、そのためにもオープンキャンパスでライブをすることが必要だということを伝えた。

 

 

 

「なるほど…それで我々の部紹介の時間がほしいと…

確かに、我々は結成したての部。見ての通り、部室も持ち合わせていない。

そして、我々が欲しているのは有象無象のゲーム好きではなく、圧倒的情熱と実力を兼ね備えた人物。新入生が入るときは、こちらからスカウトに行くつもりだ」

 

「じゃあ…」

 

それなら、部紹介の時間は必要ないはずだと、期待を込めて言葉を出そうとするが、

 

 

「だが断る。この灰間彩が最も好きなことの一つは」

「「自分で強いと思っている相手に、NOと断ってやることだ」」

 

灰間の声と被ったのは、永斗。

 

 

「フッ…こんなところに同志がいようとは…」

 

「女の子ばっかりの学校だから諦めてたけど、先輩みたいな人がいて嬉しいよ」

 

 

そう言って、2人は固く手を握り合う。

わけのわからない友好関係を広げるのは止めていただきたい。

 

 

「他の部ならば快く差し渡した所だが、私はそこの絵里と少し因縁があってね。

なぁに、大したことじゃない。ただ、私が部の申請書を持って殴り込みに行った際、停学処分にしたことを根に持っているだけの話さ。なにぶん、やられたらやり返さないと気が済まない性分でね」

 

なんて器が小さいのだろうか。ていうか完全に自業自得だと思う。

 

 

「お願いします!そこをなんとか!」

 

 

話を聞いていた海未が突然頭を下げ、俺たちもそれに釣られて頭を下げる。

ここで時間を確保できなければ、廃校阻止のラストチャンスが潰えてしまう。

そうなれば、ラブライブ出場も壊滅的。アイドルを嫌がっていた海未も、今となっては強い思いが生まれているようだ。

 

 

「まぁまぁ。私は悪魔だのハイエナだのと揶揄されることはあるが、鬼ではない。

私たちは言ったように部室を持っていない。部室を使えなければ、ネットゲームもできない。

そこでこうしないか。そっちは部室、こちらは部紹介の時間を賭けてゲーム勝負をするというのは」

 

 

灰間の提案に戸惑いを隠せない俺たち。

部室を賭けるとなると、リスクは凄まじい。元々部室なしで活動してきたとはいえ、人数が増え、探偵部も兼ねるようになった俺たちにとって、部室の存在は大きいのだ。

 

それに勝負内容がゲームとなると、相手の独壇場だ。果たして勝てる見込みがあるのか…

 

俺たちは一度小さく集まり、小声で話し合う。

数分した後、俺は灰間の方へ振り返り、言った。

 

 

「わかった。その勝負受けよう」

 

 

時間を確保できなければ、それこそお終いだ。今は多少のリスクに怯んでいる余裕もない。

やるしかねぇ…μ’sの大勝負前の肩慣らしだ。

 

 

 

「決まりだね。勝負は明日の放課後。楽しみにしておくよ」

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

翌日、放課後。

 

 

アイドル研究部、ゲーム研究会が集まったのは、新聞部部室。

コンピュータもあり、広い机もあり、全員入っても余裕がある。

 

この話を聞きつけた鈴島貴志音が、取材をする条件付きで部室を貸してくれた。

今も手帳とカメラを構えて、ワクワク顔でスタンバイしている。

 

そういえば、ユニコーンの一件の時の約束も果たしていない。

こちらからもじっくり聞きたいことがある。それはまた今度でいいとしよう。

 

 

「全員揃ってるみたいですね」

 

 

ゲーム研究会の代表者が言うが、それは灰間ではない。

昨日一緒にゲームをしていた中の一人だ。ずっとニコニコしていて気持ちが悪い。

 

 

「会長はどうしたんだ?」

 

「会長は昨日、備品を勝手に動かされた部活と、器具庫を勝手に使われた体育館の責任者から苦情を受けまして」

 

無断だったのか、アレ。

 

「そこで会長が力の限り反抗したところ、一週間の停学処分に」

 

何がしたいんだアイツ。

絵里に視線を向けると、黙って頷いた。どうやら本当なようだ。

 

 

「私は副会長の、2年 木部(きべ)霧華(きりか)と申します」

 

 

俺たちは用意されていた椅子に腰を掛ける。

反対側にはゲーム研究会が。全部で5人といったところだ。

 

 

「今回のルールを説明します。あらかじめ決めておいたゲーム内容で、全部で5回の対決を行い、先に3勝した方の勝ち。勝者には要求した戦利品が譲渡されます。ルール違反はもちろん失格。時間の都合上、先鋒と次鋒戦、中堅と副将戦を同時に行います」

 

木部の解説が終わると、こちらからは先鋒、次鋒の穂乃果と海未が。

あちらからは木部と別の2年生が前に出た。髪は肩にかかるくらいまであって、ツリ目が特徴的だ。

 

 

「アタシの相手はアンタだね」

 

そう言って、別の2年生は穂乃果に手を差し出す。

 

「アタシは虎谷(とらや)(さき)

いい勝負にしようぜ。ま、勝負になればだがな」

 

「うん!いい勝負にしようね!」

 

 

予想外の反応だったのか、少し戸惑う虎谷。

かなり挑戦的で男勝りなようだが、ウチのバカには煽り耐性という概念すらないんだぞ。

 

それぞれ指定された席に座り、対戦相手と顔を合わせる。

 

その様子を確認した新聞部の鈴島が、なぜか用意されているゴングを鳴らした。

 

 

「それでは、先鋒、次鋒戦開始!!」

 

 

 

 

_______________________________________

 

 

 

『さぁ。盛り上がってまいりました!アイドル研究部VSゲーム研究会!!

実況は私、三度の飯より競馬と駅伝が好きな新聞部の実況担当こと、寺田(てらだ)星子(ほしこ)

解説はアイドル研究部の士門永斗選手でお送り致します!』

『帰りたいです』

 

いつの間にか設けられた解説席で何かが行われている。

 

『ただいま行われている競技は、高坂選手VS虎谷選手で人生ゲーム。

園田選手VS木部選手でポーカーとなっております!』

 

 

見た感じだと、人生ゲームは2人でしている割にはかなり白熱している。

 

 

「よっしゃぁぁっ!!宝くじが当たって200万円!!これは完全に勝負あったな!!」

 

「いや、まだまだ!私も…やった!テレビ局に就職だ!」

 

「八ッ!いくら高収入のテレビ局といえど、医者であるアタシに負ける要素は……

何ぃ!?医療ミスが発覚し、敗訴して慰謝料1000万だとぉぉぉぉ!?」

 

「よし!この調子で…

やった!作った番組が大ヒットして、昇進!!」

 

「バカなぁぁぁぁ!!」

 

 

どうやら穂乃果が優勢なようだ。にしても、人生の山と谷が激しいな、この人生ゲーム。

実力があまり関係ない人生ゲームに穂乃果を置いたのは正解だったようだ。

 

 

『さぁ、注目はポーカー対決!情報によりますと、ゲーム研究会副会長の木部選手は、通称”仮面の道化”。日常より常に口に笑みを浮かばせており、不気味な雰囲気な彼女ですが、騙し合いなどの駆け引きがカギとなるゲーム、まさにポーカーなどでは無双の強さを誇ると言います!

そんな木部選手を相手に、園田選手はどんな手を取るのk』

『あー…あんまりそーゆーの関係ないと思うよ』

『えっ?』

 

 

食い気味な永斗の一言に、言葉が止まる実況の寺田。

俺も永斗同意見。なぜなら……

 

 

「えっと…まだですかね…?」

 

「もう少し…決めました!これとこれを交換…

……よし!これで勝負です!!勝てます!!」

 

「受けます」

 

 

2人が手札を見せると、木部がスリーカード。海未がワンペア。

 

そう、海未が弱すぎるのだ。これには実況も絶句している様子だ。

 

今回の形式は”テキサスホールデム”。世界的に主流なポーカーの形式だ。

詳しい解説は省くが、要するに賭けを繰り返して、所持チップがゼロになったら負けとなる。

 

駆け引きが重要となるこの勝負。海未の何が弱いかというと、駆け引きに関するすべて。

カード交換の考え時間がやたら長く、ブラフを張っても手札が弱ければ明らかに表情が曇り、強ければ表情が晴れる。手札の強さ具合によってかなり細かく表情が変わるものだから、対戦相手からすれば相手の手札が丸わかりだ。

 

最初は警戒していた木部だが、数回でただの馬鹿正直だということに気づき、それ以降は海未の顔を見て勝負の乗り降りを正確に判断。結果として未だ勝負に負けていない。

対する海未は残りチップもあとわずか。負けるのも時間の問題だろう。明らかに人選ミスった。

 

 

「いや、まだです!ポーカーは一発逆転のある勝負。次の勝負で必ず!」

 

 

無理の方に俺の心臓を賭けてもいいとすら思える。

 

 

『……ではでは!人生ゲームの方はどうなってるでしょうか?』

 

実況も諦めたようだ。

永斗は既に寝ている。せめて見てやれ、海未がいたたまれない。

 

 

 

 

十数分後。

 

ポーカー対決はその後なんの転機も無く、普通に海未の負け。

木部はそれでも気を使って賭けるチップを少なめにしてたみたいだ。これでも続いた方だろう。

海未は理解できなさそうな様子で、「なぜです…」と呟きながら部屋の隅に頭を打ち付けている。後でほむまんでも奢って慰めてやろう。

 

 

人生ゲーム対決は穂乃果が優勢だったが、途中のギャンブルスペースで穂乃果が大金をかけて大敗。その上、終盤で家が全焼し、結果的に多額の借金を背負ってのゴールとなり、負けた。

穂乃果の将来が非常に心配になる一戦だった。こっちは後で説教しておく。

 

 

『さぁ、これでアイドル研究部は後がなくなりました!勝利には残りの3戦の全勝が必要となります!』

 

『分かってたけど…あー、僕が出るの面倒くさい。

最近、僕やたらシリアスだからさー。結構疲れてんだよ』

 

永斗が何か言っているようだが、気にせず次の対戦だ。

次は中堅、副将戦。そろそろアイツが来るはずだが…

 

 

「間に合いましたか?少し道に迷ってしまって」

 

「来たか。悪いな、わざわざ来てもら…って……?」

 

 

扉が開き、聞き覚えのある声が聞こえた。

待ってましたとばかりに振り向くと、そこには身長150cm後半くらいの少女が。

 

いや、誰だお前は。

 

 

「おっと、コレを付けたままでした」

 

そう言って、少女は自身の顔に手をかけると、その顔はペリペリと剥がれ、今度こそ俺の期待した奴の顔が。黒音烈の顔が現れた。

 

 

「手続き踏むのが面倒だったんで、生徒に扮して潜入させてもらいました。制服は通りがかった方から拝借を。マスクは自家製、カツラは百均で。声色はそのままです」

 

「オイ、手口が完全に常習犯だろ」

 

「瞬樹が一人で事件を解決できると思いますか?静岡にいる間、事件に関する情報はあらゆる手段を用いてボクが手に入れてたんです。経験上、こういう時は顔を残してしまうと面倒なんで。ここには監視カメラ無いですよね?」

 

真顔で淡々とそんなことを言い、カメラを探す烈を末恐ろしく感じる。

 

「まぁいいとしよう、中堅戦頼んだぞ!」

 

 

前回の勉強合宿で、コイツが相当頭の切れる奴だということは分かった。

他に頼りになる奴がいないということもあり、烈に助っ人に来てもらうことにしたのだ。

 

だが、問題は…

 

 

「我が名は竜騎士シュバルツ!天より降臨せし、神々の使者!

遊戯といえども、我が信念に一片の迷いなし!」

 

 

副将を務めるのが、メンバーを絶望に叩き落した張本人であり、自称竜騎士(笑)の超不幸体質を患ったその信念をぶち壊されまくったくせにまだ出しゃばろうとする害悪人間の、津島瞬樹だということだ。

 

本当は絶対に出したくなかったのだが、試合内容が決まった途端に出たいと言い出しやがった。

当然、全員が猛反対。俺、海未、絵里、ことりによるそれぞれ30分の個別説教の後でもまだ出たいと言い張るので、負けたら金輪際竜騎士を名乗らないという条件付きで、試合に出すことにした。

 

戦いだと頼り甲斐のあるやつだが、それ以外の時は痛さとポンコツを兼ね備えたハイブリットゴミ。正直信じたく無いが、信じるしかない。

 

 

「中堅戦、副将戦開始!!」

 

 

 

____________________________________

 

 

 

 

『さぁ、始まりました中堅戦、副将戦!もう後がないアイドル研究部が送り出したのは、助っ人の黒音選手と津島選手!試合内容はチェスとカードゲームですが、これをどう見ますか?』

 

『タピオカパンが食べたいです』

 

もはや聞いてすらおらず、マンガを読み続ける永斗。

本来なら構わないが、俺が解説をするのもそろそろダルい。

ここは永斗に働いてもらうとしよう。

 

 

「凛、GO」

 

「はいにゃ!」

 

 

俺の合図でスタンバイしていた凛が実況席に乱入。強引にマイクを奪った。

 

 

『えー、飛び入り実況の星空凛です!よろしくにゃ!』

『ちょ、何を…』

 

突然のことに戸惑う本来の実況。

 

『チェスとカードゲーム…チェスって将棋と似てるんだよね?

これについてどう思いますか?』

 

『……』

 

『聞いてる?永斗くん』

 

『聞-いーてーまーすーかー!にゃーにゃーにゃー!』

 

『あーもう分かったから。耳元でマイクで喋んないで!』

 

流石の永斗も、凛が相手では根負けするらしい。

永斗はため息をつき、マンガを机に置き、嫌々話し始めた。

 

 

『カードゲームもチェスも、運より実力がカギになるゲーム。

チェスに関しては運の介在する余地のない完全に実力のゲーム。経験者に圧倒的な分があるゲームの一つだね』

 

『では、黒音選手と対戦する、ゲーム研究会の鹿東選手の方が有利ということですか?』

 

なんとか凛からマイクを取り戻した実況の寺田が尋ねる。

だが、永斗は首を横に振り

 

 

『チェスでは確かに経験がものをいう。でも、それ以上にものを言うのは

才能とセンスだ』

 

「チェック」

 

永斗が言い終わると同時に、烈の声がそう告げる。

盤面をみると、烈が操る黒い駒の方が、素人目から見ても明らかに優勢。

ナイトがキングを仕留められる位置に設置されていた。

 

 

『おぉ!なんかわかんないけど凄いにゃ!』

『ちょっ、マイク放してください!でもこれチェックですよね?まだ勝負はついてないんじゃ…』

 

『いや、これはもう詰んでる。パッと見はまだ逃げの余地があるけど、逃げた後でも確実に仕留められる。見た感じ…あと3手で確実にチェックメイトだね』

 

烈は以前は事件や組織に関する情報を自分で探っているといった。

そんな情報を手に入れるためには、特に後者は正攻法では絶対に手に入らない。

きっと、ハッキング、潜入みたいな手段をとっていたのだろう。さっきの変装術が最たる証拠だ。

 

そんな奴が頭が切れないわけもないし、読み合いの勝負に弱いわけがない。

そして、永斗が宣言した3手目。相手も状況を察し、青ざめている。

烈は自分のナイトを……

 

 

 

動かさず、全く別のところにあるポーンの駒を進めた。

 

この一手には一同ポカン。

 

『これは…黒音選手のミスでしょうか?』

 

『いや、これは……』

 

「何やってんのよ!さっさとその馬でやっちゃいなさいよ!」

 

「行けー!スピリチュアルパワー全開やー!」

 

「2人とも落ち着いて!」

 

 

実況席は困惑気味。観客席からは怒号、応援、叱責が聞こえる。…絵里も苦労するな。

真姫は既に飽きたのか、髪の毛先チェックを行っている。真姫も案外、永斗と似たようなところがあるよな…

 

しばらく展開が続き、またしても烈の絶好のチャンス。

だが……

 

 

『おおっと!?またしても外した!』『にゃ!』

 

 

その後も仕留める寸前まではいくが、その度に烈はチャンスを逃している。

しかも、少しずつ相手の駒を減らしながら。

 

なるほど、アレだ。コイツ、わざと外してやがる。

 

『やっぱり…自分が不利な状況にならないよう、絶妙なプレーでわざと試合を長引かせてる。

いや、いたぶってるっていた方が妥当かな』

 

 

耳を澄まして聞くと、対戦する2人の間にはこんな会話が。

 

 

「おっと、そうきますか。なら、ボクはここで」

 

「……」

 

「ポーンがとられてしまいましたね。それなら、君がずっと守ってきたクイーンを…」

 

「……」

 

「おや、駒が最初の半分になってしまいましたね。まぁ、勝負には関係ありませんが。

そちらの番ですよ?今にもキングを討ち取りそうなナイトをとらなくていいんですか?最も、とれればの話ですが。手薄な軍勢を盾にするという手もアリじゃないですか?いや、それでは駒がさらに少なく…別に問題ありませんか。例えキングだけになっても、ボクがキングを仕留めるまで終わりませんから」

 

 

 

『『うわぁ・・・…』』

 

 

これには実況の2人も引いている。事実、対戦相手は今にも泣きだしそうだ。

最初から警戒すべきだった。そういえば最初に「参ったは無し」というルールを取り付けたのも、これが目的か…性格の悪さが出まくってるな。

 

こっちサイドの観客席もドン引き。

徐々に軍勢を削がれ続け、勝ち目がゼロになっていきながらの公開処刑。盤面が軽く地獄絵図だ。

 

 

『…気を取り直して、カードゲーム対決はどうなっているでしょうか!

津島選手と対戦する九十九選手は、公式大会で”鉄壁の竜使い”と呼ばれる猛者とのことです!』

 

『なにそれ痛い』

 

チェスが見てられなくなったので、全員がカードゲームに注目する。

だが、盤面を見てもルールがわからないので状況がわからない。

 

にしても、瞬樹がえらく自信満々だったのが気になる。

カードゲームって運も重要らしいが、大丈夫なのか?

 

とりあえず会話だけ拾っとくと。

 

 

「ハッハッハ!もう終わりの様ね!

貴方のライフはすでに1。対して私は鉄壁の守りで守り切った10のライフがあるッ!

貴方の場はザコの悪魔モンスターのみ。この勝負、貴方に勝ち目は無いッ!」

 

「フッ…どうかな?今宵の俺は悪魔の主。竜騎士とは違う俺を見せてやろう。

…来たようだな!我がメインフェイズ!俺はコストを支払い、場の万鍵泥棒グシオン、漂う悪魔デカラビア、司愛の騎士エリゴスを依り代に、我が切り札を呼び出す!」

 

「そ…そのカードは…ッ!」

 

「このカードは場の72柱の、戦士、水獣、獣系統の3体を依り代にして召喚できる!

君臨せよ!時と雷の魔導王バアル!!アタックフェイズ!バアルよ、敵の世界鎮める大蛇ヨルムンガンドを攻撃!バアルの攻撃力はヨルムンガンドの防御を上回る!雷に焼かれよ、グローム・アラクネア!!」

 

「グッ…!だが、それ以上は何も…」

 

「バアルの能力発動!依り代をすべて捨て、引き続き俺のターンを行う!」

 

「な…何ぃッ!」

 

「再び俺のターン!俺は魔学者フォラスを召喚!能力により自陣のカード一枚を手札に戻し、そのコストの合計になるよう、待機状態で墓地からカードを場に復活させる。バアルを手札に戻し、出でよ!グシオン、デカラビア!更にフォラスは戦士系統!3体を依り代とし、再び出でよ、時と雷の魔導王バアル!

バアルでライフを攻撃!貴様の残りライフは7。そして、バアルの能力で再び俺のターン!」

 

「そ…そんな…」

 

「さぁ、そろそろ終わりにしよう。このカードは場の上級悪魔一体を依り代にすることで召喚が可能!降臨せよ!魔界三皇帝ベルゼブブ!!場に出た時の能力で、貴様の手札は全て腐敗、墓地送りだ!

フォラスで攻撃、残りは5。ベルゼブブはバアルを依り代としたとき、一撃で5のダメージを与える!これで終局だ、ファントム・ロード・レクイエム!!」

 

「バカなぁぁぁぁッ!!」

 

 

よく分からんが、終わったらしい。

 

『よくわかりませんが、津島選手が勝利したようです!』

『よくわかんないけど、瞬樹くん凄いにゃ!』

 

いや、お前らもわからんのかい。

 

『よくわかんないけど、グッジョブ瞬樹』

 

絶対分かってるだろ、永斗は。

 

すると、打ちひしがれる九十九とか言った対戦相手が瞬樹に、

 

 

「貴方、その悪魔デッキ…その戦いっぷり…痛々しすぎる口調…まさか……

静岡で連戦連勝を飾った伝説のプレイヤー……」

 

「そう、我こそが”沼津の魔王”だ」

 

いや、そこは”竜騎士シュバルツ”で統一しろよ。つーかダセェな、オイ!

 

 

 

「おや、あちらは終わったみたいですね。それならチェックメイトです」

「負けました」

 

食い気味に敗北宣言をする鹿東。

その顔に悔しさはみじんも無い。ただ、地獄が終わったことを喜んでいた。

 

 

___________________________________

 

 

 

 

『これでチェス、カードゲーム共にアイドル研究部の勝利!

決着は大将戦に委ねられました!』

『最後は永斗くんの出番だから、解説は我らが鬼将軍アラシ先輩にゃ!』

 

『しばき倒すぞ、凛コラ』

 

 

言ったように、ウチの大将は永斗。よって、暇そうな俺が解説になった。

 

俺はゲーム研究会側の観客席をチラリと見る。

ずっと気になっていた奴がいた。試合中もずっとゲーム機を覗き込み、一度も顔をあげなかったヘアピンとマスクを着けている、髪の短い少女。服装は制服ではなく、パーカーにジャージの下。俺が言うことではないが、女子の私服には見えない。

 

ゲーム研究会は人数がそれほど多くない。大将で出るとするなら、奴だ。

 

 

『大将戦は、やっぱり電子ゲーム対決!今回のゲームは、幻夢コーポレーション製の格闘ゲーム”ノックアウトファイター”の一対一の1ラウンド制ゲームです!』

 

『凛も持ってるよ!やっぱり凛は”ランダー”が好きかな~』

 

『いやいや、ここは女性ファイターの”モア”でしょうよ!

使い勝手もいいし、なにより可愛いです!』

 

『こっちの方がカッコイイにゃ!必殺技とか!』

 

『あ、それは同意です!』

 

 

お前らはいつの間に仲良くなったんだ。

 

『あー、実況が機能しなくなったから、俺が仕切るぞ。

両者プレイヤー前へ。挨拶と握手を』

 

 

俺に言われて渋々前に出る永斗。だが、相手側は動こうとしない。

 

 

『おい、聞いてたか。とりあえず形式でいいから、挨拶を…』

 

「一年、楯銛(たてもり)赤里(あかり)。形式ならこれでいいよね?

握手はしたくもないし、する気もない。人間の手にどれだけの雑菌がついてると思ってんの?握手をしたことで得られるものと、その損害は絶対に釣り合わない。大体、立ち上がって礼をして戻るだけなんて、合理性に著しく欠ける。損傷する筋線維の分だけ無駄だ。ここにゲーム機があるんだから、さっさと初めて終わらせよう」

 

なんだこのクソ可愛くない一年生は。

天金と永斗の面倒くさいところを抽出して、にこの生意気なところを掛け合わせたような性格しやがって。

 

永斗は特にイラついてる様子もなく、黙って自分のゲーム機を手に取った。

相変わらず目に闘志は見えないが、ゲームの腕は何よりも確かな奴だ。何も問題は無い。

 

 

「大将戦、開始!!」

 

 

_______________________________

 

 

 

『勝負のゴングが鳴りました大将戦!実況は引き続き、寺田と』

『星空がお送りするにゃ!』

 

ゲーム開始から1分程。お互いに様子を見あっている段階だ。

ゲーム画面はスクリーンで全員に見えるようになっている。

 

『楯銛選手が使用するのは、スピードファイター”カトラス”!対して士門選手はテクニックファイター”フラン”です!』

 

『永斗くんのフランは後半戦で有利になるタイプ!テクニックが高いから、バシバシ急所に叩き込むにゃ!』

 

『これ俺いらないんじゃないか!?』

 

 

ここ一番で実況している2人。試合は未だに大きな動きを見せず、それでも少しずつ永斗のライフが削られていく。

 

 

『おっと、ここで情報が入りました。

なんと!楯銛選手はこのゲームを含め、数々のゲームでトップクラスのスコアをたたき出す天才ゲーマー、ハンドルネーム”ランス”とのことです!』

 

『ランスって、いっつもランキングの凄い上にいる人だ!

その人が相手で、永斗くんは…って、あれ…?』

 

 

凛も気づいたか。寺田も不可解そうな顔をしている。

そう、相手が使うのは速攻のファイターと見た。ゲームもリアルも戦闘の基本は同じ。

テクニック重視の奴は、速攻に長けた奴には弱いはずだ。

 

にもかかわらず、永斗は序盤を耐えきり、今も劣勢というところまでには至ってない。

いや、それどころか永斗の攻撃が刺さり始め、優勢に傾きつつあった。

 

 

『トッププレイヤー相手にあのプレー…士門選手はいったい…』

 

 

もうこれ以上の解説はいらないだろう。間もなくすれば、永斗が勝つのは目に見えてる。

 

以前に一度、永斗のプレーを見たことがある。古風なシューティングゲームだったが、地球随一の頭脳と知識を無駄に使ったプレーで、とんでもないスコアをたたき出していた。

 

リザルト画面で永斗のスコアがあったのは一番上。ハンドルネームは…

 

 

 

「天才ゲーマー…”∞”…!」

 

 

そう呟いた楯銛のプレースタイルが急変。

焦ったように攻撃を仕掛けはじめ、永斗に反撃の隙も与えなくしようとする。

 

 

「負けられない…勝たなきゃいけない…!

ボクは…コイツだけには……!」

 

 

思いつめたような口調で攻撃を続けるが、速さを重視しすぎて単調になった攻撃は難なく読まれて躱される。

 

攻撃の後、ガード不能の瞬間。既に相手のライフゲージはゼロに近い。

永斗はとどめの一撃を、敵キャラクターに…

 

 

 

プツン

 

 

 

その瞬間、ゲームの画面は暗転。事実上の中断となる。

 

永斗がすごい剣幕でこっちを睨みつけてくる。ゲームを邪魔されたときの永斗は本当に怖い。

機械音痴の俺が何かしたと疑っているようだが、今回は違うと目で訴える。第一、俺何にも触ってねぇし。

 

 

 

結局、今回の対決は永斗の勝利ということで収まった。

俺たちが勝利したことによって、オープンキャンパスの部紹介時間を奪取。

目的は達成されたわけだが…

 

 

俺は勝負が終わった後の、何かに怯えているような、もしくは恨みを抱いているような、ゲーマー”ランス”の顔が気になって仕方がなかった……

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

勝負の日、夜8時ごろ。学校にて。

 

後者の裏、月の光が届かない場所。暗闇に覆い隠された人影は、その手にアタッシュケースを持ち、電話で会話をしていた。

 

 

『活動は順調か?』

 

 

携帯電話から聞こえる、加工されていない声は、紛れもなく組織のエージェント部隊のボス、ゼロのものだ。

 

 

「えぇ。仮面ライダーの3人の接触にもすでに成功しているわ」

 

『適合者はこの近辺に集まりつつある。引き続き音ノ木坂周辺での活動を続けろ。

ただし、学生の死人は出すな。販売するメモリは考えて行動しろ』

 

「わかってるわ。事件性が目立つと活動がしにくくなる。それに、適合者がいる可能性が高い場所での殺人はリスクが大きい。それとも…何かこの学校に思い入れでもあるのかしら?」

 

『口には気を付けろ、クソガキ。貴様こそ大丈夫なんだろうな。

場合によっては貴様の称号、七幹部”暴食”を剥奪することにもなるぞ』

 

 

”暴食”。そう呼ばれた少女は、口に笑みを浮かべて

 

 

「口調も性格も変えて接している。絶対にバレないわ。

それに、今回のはかなりの有望株。メモリとの適合率は90%を超えている。これはかなり有意義なデータが取れるんじゃない?」

 

 

それだけ言って、少女は電話を切り、暗闇の中で不気味な笑い声をあげる。

 

 

”暴食”。それは古き時代、最も重き罪として戒められた罪。

 

善も悪も欲も感情も、全てを食らいつくす

 

 

純然で純粋な、欲の権化___

 

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

同刻、楯銛宅。

 

床が見えない程に物が散乱し、その上に無造作にパソコンが置いてある個室。

 

その部屋で彼女は、楯銛赤里は頭を抱え、呟いていた。

 

 

「まだだ…まだ負けてない…ボクはまだ…

勝たなきゃいけないんだ…そうしないと……()は……!」

 

 

 

その時、電源がついたままのパソコンの画面。

 

その画面が一瞬揺らぎ、奥に怪しく輝く光があった……

 

 

 

 

 

 

 

 




こんなつまらんことに13000字も使いました。スイマセン…
ギャグ回にしては弾け度合いが足りませんよね?これ、ご察しの通り次回も続きます。しかも、恐らく今回は3話完結のストーリーになる予定です。

ちなみに、今回登場したキャラクターは全員「仮面ライダーエグゼイド」の登場人物から取っております!

オープンキャンパス前に、探偵部として彼女たちを活躍させようと思います!
感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第26話 Gは楽しく/召喚法《サモントラップ》

146です。ちょっとだけお久です。

エグゼイドが早期終了だとか…あと5話程度とのことです。残念すぎる…
ですが、次のライダーも決定しました!
そうです、ビルドです!デザインがどことなくダブルっぽくて、好みにドンピシャでした!
いや~カッコいい。これは劇場版で一足早く雄姿を拝まなければ…

ゲーム研究会中編です。どうぞ!


 

 

世界の辺境に広がる荒野。

 

そこには植物も動物も、その地の主以外の生命が存在しない。

いや、全て滅ぼされたと言った方が妥当だろう。

 

その荒野に佇む、一体の巨竜。

朱い鉱物で覆われた、巨大な体。獲物を蹂躙する牙。

王と言うにふさわしい風格だ。

 

 

その王を討ち取らんとする、4人の戦士。

それぞれが洗練された装備を身にまとっている。

 

 

「ガァァァァァァッ!!」

 

 

朱い巨竜が咆哮する。狩り開始の合図だ。

 

王の名は”鉱竜王 グラファイト”。この世界の最上位種である”竜王”の一体。

しかも、その中でもグラファイトは無類の強さを誇り、さらにここにいるのは、鉱竜王の上位亜種であり、雷を操る”闇黒種”の更に上位の、炎を操る”紅蓮種”。

 

その姿を滅多に表すことは無く、比肩する者のいない程の強さにより、討伐難度は最高クラスの標的だ。

 

 

 

まず、右腕に剣、左腕に電磁砲のようなものを装備した戦士が先陣を切って巨竜へ駆け出す。

素早い動きで巨竜の懐に潜り込み、剣で前足を切りつける。

 

だが、流石は王。その程度では体制一つ崩さない。

 

だが、そんなことは織り込み済みと言わんばかりに、接近していたアーチャーが巨竜に矢を放つ。

矢は当たる直前に破裂。それによって、巨竜の肌に矢から飛散した液体が付着する。

 

この液体は”毒竜王 クラーレ”の血液から精製した毒。一瞬で生物を死に至らしめる猛毒でもあり、触れた物質に反応し、万物を溶かす溶解毒でもある。

 

紅蓮種の体を覆う鉱石は”朱金剛”と呼ばれるもので、世界最高の硬度を誇る。

それに対抗できるとするならば、同じ竜王の毒のみ。

その読みは当たり、わずかにその装甲が溶け、薄くなっている。

 

その瞬間、スタンバイしていた槍戦士。そして、最初に突撃した戦士が電子砲で、薄くなった部分を同時攻撃。

 

その攻撃は見事にヒット。だが…

 

 

「グラガァァァァァ!!」

 

 

咆哮と同時に、炎を纏った尾の一撃で全員が吹っ飛ばされる。

先程の攻撃は、装甲にわずかなひびを生じさせた程度。

ダメージはおろか、装甲を破ることさえ、はるか遠くの夢に等しい。

 

格が違う。その現実を突きつけられた瞬間…

 

 

何処からか飛んできたビーム砲が、巨竜を打ち抜いた。

 

 

「グギャァァァァ!!」

 

 

絶叫、悶絶する巨竜。

グラファイトには、脚の付け根に装甲の薄い部分が存在する。

だが、そこを攻撃するのはほぼ不可能。接近すれば瞬く間に攻撃され、射撃で狙えるような的ではない。

 

その攻撃を撃ったのは、最初から待機していたガンナー。

ガンナーはかなり離れたところにおり、そこからグラファイトの弱点を狙い撃つことは、数百メートル先にいるウサギの眉間を撃ち抜くようなもの。

 

更に使用している銃は、”雷竜王 ミカヅチ”の装備。

威力は絶大な代わりに命中率は著しく低いという、諸刃の剣として知られている。

 

それにも関わらず、ガンナーは攻撃を撃ち続け、次々に命中させていく。

 

他の戦士が呆気にとられて見ていく中、急激に巨竜が憔悴し始める。

 

次の一撃で仕留める……!

 

 

 

プツン

 

 

 

その世界は暗転した。

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

切風探偵事務所。

 

ガンナーを操作していたプレイヤー、士門永斗は肩を落として天を仰ぐ。

彼がプレイしていたゲームは”ドラゴナイトハンターZ”。最近出たばかりのゲームだが、前作の”ドラゴナイトハンター”の高ランクプレイヤーだった永斗は、即座に購入(無断)し、”∞”の名ですぐにトップランカーに上り詰めた。

 

グラファイト。それも紅蓮種なんて、前作から存在するにも関わらず、今まで遭遇したことのないほどのレア。今回逃がしたら次いつ出会えるかわかんない奴だったのに……

 

 

画面に映るのは、無情にも”接続が切断されました”の文字。

 

 

「またか……」

 

 

先日の戦い。自分と同じくトッププレイヤーの”ランス”との闘いを思い出し、永斗は不機嫌そうに呟くのだった。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

「1!2!3!4!5!6!」

 

 

 

同刻、音ノ木坂学院屋上。

ゲーム研究会から部紹介の時間を無事に奪取し、オープンキャンパスのライブに向けて練習に励むμ’s。

 

歌う曲、歌詞、振り付けも決まり、衣装もことりによって出来上がりつつある。

後はひたすら練習を続けるのみ。9人になって初めてのライブで、何より廃校の命運がかかっている。最高のものを作らなければ意味がない。

 

練習が1セット終わり、アラシは一年組の中でもとりわけ永斗と親しい凛に聞く。

 

「永斗どうした?」

 

「明日から本気出すって言ってました!」

 

そう。永斗が来てない。

別に珍しいことではないのだ。元々極度な面倒くさがり屋だし、学校だって隙あらばサボろうとするやつだ。前科も何回かある。

だが、永斗は近頃機嫌が悪い。理由は前回のゲーム研究会の楯銛赤里との一戦だろう。

ゲーム、アニメ、マンガに命を懸ける永斗は、それらを邪魔されることを極端に嫌う。

 

割と親しい人物には気を使うタイプなので、例えばアラシや凛が邪魔をしたところで、そこまで怒ることは無い。だが、停電みたいな自然現象で。しかもゲームを邪魔されたとなると、その怒り具合は半端じゃない。

 

今回の件も相当頭に来てるだろう。何かやらかさなければいいが…

 

 

「アンタら、探偵部だよな!?」

 

 

その時、屋上の扉が勢いよく開き、ツリ目で肩くらいまでの髪の少女が現れる。

一同はその人物に、ごく最近に見覚えがあった。

 

 

「お前、熊谷…咲…?」

「虎谷咲だ!!」

 

 

その少女は、先日の戦いで穂乃果と人生ゲームで対戦したプレイヤー。

2年生の虎谷咲だった。

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

「永斗!探偵部に依頼だ…って、なんじゃこりゃぁ!!」

 

依頼が来たということで、本当は部室で活動したいところだが、永斗もおらず、何より狭いということで、事務所に移動することにした。

 

そこで、アラシがメンバーと虎谷を連れて事務所に戻ると、甲冑だとか軍服だとか、とにかく戦闘態勢を現すような服を着た状態の永斗が待ち構えていた。

 

「合計3回の狩り失敗…タドクエでの突然のバグ…インターネットがいつまでたっても繋がらない…!これが偶然なわけがない…!必ず犯人を見つけ出し、一匹残らず駆逐してy」

「オイオイ、落ち着け!依頼だ依頼!!」

 

暴れだそうとする永斗をアラシは難なく沈静化(物理)。

激高状態でも永斗は永斗。貧弱すぎるほどに貧弱なのは変わりない。

 

とりあえず永斗にマンガでも与えてソファに寝転がせておく。

 

 

「それにしても、本当に探偵やってんだな」

 

「あ?どーした猫谷。探偵に興味でもあんのか?」

 

「ねーよ。あと虎谷だ。

ただ、学校行ってる間はどーすんのか気になっただけだよ」

 

「俺らがいない間は、ポストだったり録音だったりいろいろ試してる最中だ。

つっても、ほとんど依頼なんて来ないけどな。

おっと、そんで犬谷。依頼ってのは何だ?」

 

「虎谷だ!何回間違えんだよ!!」

 

 

文句を言いながらも、虎谷は椅子に座って要件を語りだす。

 

 

「アタシの親父、実業家なんだけどさ。会社の機密情報漏らしちゃってな。

しかも、アタシもそうなように親父も喧嘩っ早い性格でさ。本当にいつ首が飛ぶか分かんないんだよ。でも、アタシの親父はそんなこと絶対にしないし、そんなミスもしない。

その性格が災いして、仲が悪い奴は山ほどいる。だから…」

 

 

切実に語る虎谷。その言葉を最後まで聞くことなく、アラシは。

いや、探偵部(永斗以外)が立ち上がった!

 

 

「親父さんを陥れた奴を探ってほしい。だな?

任せな、兎谷。報酬は後払いだ。その依頼、音ノ木坂探偵部が承った!」

 

「オイ、わざとだろ!わざと間違えてんだろ!」

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

いつまでもやる気にならない永斗を放っておいて、俺たちは探偵の基本活動、聞き込みに。なんだか、大分久しぶりな気がするな。

 

今までと違う利点は、何といっても人数。俺と永斗だけの時とは違い、役割で分担できるのが大きい。しかし、μ’sの9人と俺、永斗、瞬樹、あと烈も含めると合計13人。分けるにしても多い。

というわけで、今回は俺、ことり、にこを聞き込みに。瞬樹、海未、絵里にはその他の情報を。穂乃果、凛には事務所に残って永斗の監視及び手に入った情報の整理を任せている。入ったばかりの希、ダンスに心配がある真姫、花陽は練習をさせることにした。

 

今回は久々の依頼。自然と気合が入る。

聞き込み開始から数時間。集合時間となり、聞き込み組が一端集まった。

 

 

「おし、それじゃ途中報告だ。まず、ことりから頼む」

 

「うん♪咲ちゃんのお父さんの話なんだけど…」

 

 

ことりが得た情報はこんな感じ。

 

まず狐谷…じゃなかった、虎谷の父親が働いている企業の関係者に話を聞いたところ、聞いた通り彼は短気な性格で、腕こそ確かだったが、取引先からはいい印象を持たれないことが多かったらしい。それでも私情ではなく合理性を重視する人物だったので、表面では喧嘩っ早くても、悪い人ではないという。

 

ことりは前にいざこざがあった取引先や同僚について調べてくれたが、多すぎて犯人特定には繋がらない。第一、根拠が足りない。

 

 

「…なるほど。にこはどうなんだ?こないだのチラシ配りみたく、腹立つ笑顔を振りまいて終わりじゃねぇだろうな?」

 

「分かってないわね~。にこにースマイルを見た人は、その一日を幸せに過ごせるって有名なんだから!にこっ♡」

 

「なんか…ツチノコみたい」

 

「一日ムナクソ悪くなるの間違いだろ」

 

「情報教えないわよ!?」

 

 

生意気なこと言ってきたので、アイアンクローで口を割らせるとこんな情報が。

 

今回の事件以外にも、最近は電脳犯罪が多発しているらしい。

企業が保有する個人情報の盗難、不特定多数の人物の銀行口座から金が奪われる、とある施設の監視カメラが一斉ハッキング、局所的な停電と空き巣。他にもいくつかの事件があったらしい。

 

ほとんどの事件で犯人は既に捕まっているらしいが、どれも凄腕のハッカーであろうと難しい規模の犯罪。しかも捕まった犯人は口をそろえてこう言うらしい。”ネットの悪魔にそそのかされた”と。

 

にこはこの情報を、ニュースや騒動好きなおばさんの井戸端会議に参加して手に入れたらしい。見た目は子供、頭脳はおばさんってなんだそりゃ。

 

 

「この情報が今回の事件と関係があるのか…気になるところではあるな。

犯人の供述が正しければ、これらの事件の主犯は、その”ネットの悪魔”ということになるか…」

 

「てことは、今回の事件も”ネットの悪魔”が犯人なのかな?」

 

「いや、そうとも限らないわよ。これだけ目立ったら真似する輩も出てくるだろうし。模倣犯って言うんだっけ?あと、普通に情報漏洩って可能性もあるわけでしょ?」

 

そんなことを言うにこに、俺とことりは顔を見合わせる。

そして、俺が一言。

 

 

「にこが頭よさげなこと言ってる…」

 

「それどういう意味よ!」

 

 

何にしても、これはドーパント犯罪である可能性が高い。

俺も聞き込みはしてみたが、この2人ほど重要な情報は手に入らなかった。

コミュニケーションという分野において、アイドルであるこいつらの方が上なのかもしれない。

 

 

「電脳犯罪か…」

 

俺は2人に聞こえないように呟き、ため息をつく。

一言で言うと苦手なんだ。この手の事件は。

 

とにかく、今度は被害者の共通点でも探ってみるか…

 

 

 

____________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

「キーワードは”バグ”、”ハッカー”、”ゲーム”」

 

 

…ダメだ。絞れない。

 

アラシ達が調査に出てから数時間。僕は地球の本棚を展開し、謎の通信障害及び、バグについて調べている。

 

しかし、何度検索しても本が減らない。

 

 

「参ったな…情報が足りない」

 

 

いつもはこんな時、昼寝して休憩するところだが、そうも言ってられない。

このままでは僕のゲーム生活に支障をきたす。僕は”∞”として名が知られている。標的にされるのは不思議ではない。

 

でも違和感はある。これらの現象、通信障害やバグを意図的に起こすなんて、普通に考えて不可能。意図的であるなら、おそらくはメモリ。

しかし、その割にはやってることがショボい。中学生が思いつくいやがらせレベルだ。いや、ゲーマーからしたら断罪もんだけど。

 

 

『永斗くーん!聞こえてるー?』

 

 

地球の本棚の外、外の世界から声が聞こえる。ほのちゃんだ。

 

 

『アラシくんから電話だよー!』

『出ないと晩飯抜きって言ってるにゃ!』

 

今度は凛ちゃんの声も聞こえる。

 

「悪いね。いつもならそこで引き下がるけど、今回は違う。

ゲーマーとしての誇りにかかってるんだ。そんな事している暇はない。

って言っといて」

 

2人の困ったようなボソボソ声が聞こえる。

これでしばらくは邪魔されない。さてと、もう一回検索……

 

 

『ゴラァッ!仕事しろやこのカスニートが』

 

 

うん。なんとなく予想はできたけど、今度はアラシの声で怒号が飛んできた。

地球の本棚にいても五感は健在。頬と耳に何かが当たる感覚から、凛ちゃんかほのちゃんが僕の顔に携帯電話を当てているのがわかる。

 

 

「…なるほどそう来たか。でも今回ばかりは…」

 

『調査でいろいろと分かった。お前のそれも、この事件と関連があるかもしれない』

 

「kwsk」

 

僕はアラシの言葉を聞くことにした。

もはや僕の得意技、見事なまでのTENOHIRAGAESI!

 

 

『おし。じゃあいくぞ。

キーワードは、”ガイアメモリ”、”インターネット”、”仲星コーポレーション”』

 

地球の本棚を一度リセット。言われたキーワードを入れていく。

 

「そのなんとかコーポレーションって?」

 

『そいつはだな…えっと…何谷だっけ?』

「狸谷でよくない?」

『そいつの父親が働いてるって会社だ。参考までに入れとけ。

後は…』

 

 

 

__________________________

 

 

ーアラシsideー

 

 

困ったな…調査で手に入った手に入った情報は粗方教えたつもりだが、

まだ本棚の本は絞れないらしい。

 

 

「アラシ君、これって……」

 

 

そんな中、事件の関連性が疑われる人物を確認していたことりが、何かに気づいたように声を上げた。

 

 

「どうした?」

 

「ここの名前なんだけど…ホラ…」

 

そこに書いてある名前に俺は目を疑う。珍しい苗字だ。間違いない。

偶然か?いや、直感的に感じる。これは偶然じゃない。

 

 

「キーワード追加だ。キーワードは”ネットの悪魔”。そして…

”楯銛赤里”」

 

 

 

________________________

 

 

ー永斗sideー

 

 

「へぇ…こりゃまたどうして?」

 

『正確には名前があったのは楯銛の父親。大手企業の社長で、過去に仲星コーポレーションから協力を断られている。その時の担当が虎谷の父。社長って言うんだから、いざこざも多いだろう。俺でも知ってる超有名な企業だ、そこの社長がリスクの高い方法をとるとは考えにくい』

 

「自分の娘に犯行を行わせたという可能性もあると…

ちょっと突飛すぎじゃないかなー?」

 

『ほぼ直感だ。試しに入れてみてくれ』

 

 

そんなことより、アラシが”虎谷”を正しく言えたことにツッコみたいところだが、シリアスパートなので黙っておく。

 

僕がキーワードを入れると、本棚は見る見るうちに減っていき、最後には一冊。メモリの名前が書かれた本だけが残った。アラシの勘って、未来予知に近い希ガス。

 

 

「なるほどね…メモリは

 

”サイバー”」

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 

「そろそろかしら…探偵がメモリの正体に気づいたのは」

 

 

 

μ’sのいない屋上。アタッシュケースを持って呟く、フードの少女。

七幹部”暴食”。

 

 

「今回の彼、つまらない人間だけど、素材だけは一級品。

”仕上がる”のが楽しみね。そのためにも…」

「仮面ライダーには黙ってもらわなきゃ…だね?」

 

後ろから聞こえた声は、七幹部”傲慢”、朱月王我。

対峙した2人の大罪を冠する者は、それぞれの思惑の中、静かにほほ笑んだ。

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

「永斗!見つかったか!?」

 

 

事務所の扉を突き飛ばし、焦った様子でアラシが駆け込んでくる。

後ろにことり、にこと続き、事務所には凛、穂乃果、あとはパソコンをつついている永斗。

 

 

「もうちょっと。回線が込んでてさ」

 

地球の本棚に”楯銛赤里”を入れてヒットしたということは、これらの事件と関連があるということ。複数の事件の情報で一つのメモリが浮かび上がったということも、これらの主犯が同一人物だと物語っている。

 

楯銛は前回の対決以来、学校には来ていないらしい。

だが、彼女とコンタクトをとること自体は容易。トップゲーマーが家にいるということは、ネットの世界にいるということ。”ランス”として名を馳せている彼女は、存在が確認されれば、ネット上で話題となるはずだ。

 

事実、とあるオンラインゲーム上で”ランス”の存在が話題となっている。

今は永斗がログインしようと試みている最中だ。

 

 

「お。入った」

 

 

ログインに成功し、全員が画面をのぞき込む。

永斗のアバターは共有のコミュニティースペースに移動。

そこにいた。その中央に、ユーザー名”ランス”が。

 

 

[遅かったな”∞”]

 

 

アバターから吹き出しで、そんな言葉が出て来る。

 

 

[君がここに来てくれるように、ボクなりに妨害してみたけど

ちょっとやり方が足りなかったようだね。連絡先もわからず、こんな非合理的な手法をとってしまった]

 

[そんなことより、僕から2つ質問がしたい。

ここに来る前、君のプレイを見せてもらった。君、チート使ってるね?]

 

 

チート。この中でおそらく最もゲームに疎いアラシでさえ、流石に知っている。

ゲームにおいて改造やツールアシストを用いることで、あり得ない強化を施す行為だ。

 

 

[それもプログラムに直接干渉してる。まず痕跡は残らないし、証拠も残らない]

 

[何を証拠に。でも、それはそれで好都合。

”チート狩り”と呼ばれる貴方がボクとの勝負に乗ってくれるのなら]

 

やっぱり。楯銛の狙いは永斗との勝負だ。ずいぶんと回りくどいが。

そこで、永斗はもう一つの疑問をぶつける。

 

 

[これまでに起こった電脳犯罪。例えば、虎谷咲の父親の情報漏洩も君の仕業?]

 

その一言にランスはしばらく黙っていたが…

 

 

[そうだ。全部は∞と戦うための保険。探偵である君はボクを野放しにできない。

決着をつけよう。ボクは君だけには負けちゃいけない]

 

 

「何よコイツ…!」

 

にこは苦虫をかんだような表情でそう呟く。

ただ、永斗と戦うためだけにここまでの事件を起こした。どう考えても普通じゃない。

 

だが、永斗は落ち着いた様子でキーボードを叩き…

 

 

 

[嘘はいけないよ。ネットにデマを垂れ流すのは、ネチケットに欠ける]

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

「ソロモン王に仕えし悪魔よ。時は来たれり。

今こそ冥府の門を開き、迷える悪意を呼び覚ましたまえ!」

 

「何をしているんでしょう。私たちは…」

 

「ハラショー…」

 

 

地面に魔法陣を描き、大声で叫ぶ瞬樹。

そして、引きつった顔で呟く絵里と海未。

 

 

「いい加減にしてください!地面にこんなもの書いて、片づけどうするんですか!

それに周囲の目が痛いです!恥ずかしい…」

 

「そうよ。私たちも何となく付き合ってたけど、ちゃんと説明して」

 

「いいだろう。先ほどアラシの連絡があり、詳しい情報を聞いた。

何を言ってるかはよく分からなかったが、アラシは”ネットの悪魔”が犯人だと言った。

ならば悪魔を呼び出せばいい。これはそのための儀式だ」

 

 

連絡があった時、瞬樹に携帯電話を渡すのではなかったと、2人は激しく後悔した。

 

 

「さぁ続きだ!次は悪魔に贄を捧げる。召喚の代償だ。

さて…ネットの悪魔には何を捧げれば…とりあえず持ち合わせのデスソースでも…」

 

((悪魔に何の恨みが…))

 

 

懐からなぜか持っているデスソースを取り出す瞬樹。辛党なら常備品らしい。

 

海未は、それならネットで調べた方が幾分かはマシと思い、スマホで”ネットの悪魔”とキーワードを入れ、検索しようとする。

 

その時だった。

 

 

 

「かかったな…俺を嗅ぎまわっているのはお前らか」

 

 

海未のスマホからコードのような触手のようなものが飛び出し、海未に襲い掛かる。

 

だが、触手は海未に届くよりも前に瞬樹のエデンドライバーによって引きちぎられた。

海未は即座にスマホを投げ捨てる。

 

 

「おでましか。どうやらデスソースで正解だったようだな」

 

「それは違うわね。けど、これって…ドーパント…」

 

 

海未が手放したスマホの画面から、デジタル文字の形の光が無数に流出。

その光が収束し、人の形…いや、怪物の姿を形作った。

 

体中に電脳空間を模したように”0”と”1”が描かれており、先端にコネクタを備えた尻尾はLANケーブルのよう。指にもコネクタが備わっており、顔には解析用バイザー。両肩には一対のアンテナが。

 

電子系統のドーパント。そして、”ネットの悪魔”であることは一目瞭然だ。

 

 

「ここは任せます!絵里先輩、私たちはアラシ達に連絡を…」

 

「え、えぇ…」

 

場数が少ないせいか、絵里は少し戸惑っていたが、海未の言葉で冷静に戻り、自分の携帯を取り出す。しかし…

 

 

「携帯が…作動しない…?」

 

ここは明らかに街中。電波が来ないわけもないし、圏外なわけもない。

考えられるとすれば、あのドーパントの能力か…

 

 

「問題ない。お前たちは逃げろ!こんな奴、俺一人で十分だ!」

 

 

 

《ドラゴン!》

 

 

 

__________________________

 

 

 

[君はメモリを使ってない。そうだよね?]

 

 

打ち込まれた一言に、一同が疑問の表情。アラシはそうでもないようだ。

 

 

[最初の矛盾点。こないだの対決の時の通信切断。どう考えてもアレは君の仕業じゃない。

そして2つ目。さっき、虎谷咲の父親の事件の事を話したとき、次の一言まで数秒の間があった。君は頭がいいから咄嗟にこれを利用しようと考えたんだろうけど、効率主義者がそこまでするってのは、それこそ合理性に欠けるんじゃないの?]

 

 

「凄い…」

 

永斗の会話を見て、穂乃果は思わず呟いた。

探偵事務所に初めて来てから既に4か月ほど。2人の探偵ぶりは見てきたつもりだった。

 

だが、こうして改めて見ると、2人の凄さが身に染みて分かる。

 

 

「アラシ君も気づいてたの?」

 

「あ?いや、まぁ…俺はどっちかっつーと勘だけど

つまり犯人は別の人物…また振り出しかよ」

 

勘。それも探偵としては重要な能力。目の前にいる少年は、自分たちが遊んだり勉強している間、探偵として経験を重ねていたと思うと、恐ろしくも、誇らしくも感じた。

 

 

「やっぱ凄いなぁ…2人とも」

 

 

そして、これからは探偵として自分たちも仕事をすると考えると、この2人の存在が、嫌でも気を引き締めさせるのだった。

 

 

[君は対決が中断された後、どういう経緯かドーパントに出会った。そして、僕をおびき出すため手を組んだ。君も”ネットの悪魔”の共犯者の一人だったんだ]

 

[確かに奴はそう名乗った。だが、そんなことは関係ない。

ボクは天才ゲーマー∞と戦えればそれでいい]

 

[奴と組んだ多数は犯罪者として末路を迎えている。奴は文字通りの悪魔。人の欲望につけこみ、破滅させる]

 

[ボクと勝負するのが怖いのか?]

 

[僕に煽りは通用しない]

 

[探偵が犯罪者を見逃すのか?]

 

[僕が許せないのはサイバーメモリを使った犯人だけ。後はぶっちゃけどうでもいい]

 

[勝負を受けるまで妨害を続けるぞ。場合によっては手段は択ばない]

 

[できるの?箱入りの社長令嬢に]

 

[∞を倒すためなら構わない]

 

 

超高速で続けられるこんな会話。お互いが動じてないようだ。

永斗はふとこんな疑問をぶつける。

 

 

[どうしてそこまでこだわるの?]

 

 

その言葉に会話が数秒ストップする。そして、

 

 

[君には関係ない]

 

 

それを見た永斗は数秒考え、ウンザリした表情で声に出して言った。

 

 

「最近ニートキャラ崩壊気味なんだけど…仕方ない」

 

 

永斗の考えにアラシも気づいたらしく、無言で頷く。

そして小さくため息をつき、キーボードでこう打ち込んだ。

 

 

 

[受けよう。その勝負]

 

 

 

_____________________________

 

 

 

一方、エデンVSサイバー・ドーパント。

 

 

 

「クッソ…これでも!」

 

サイバーはディスク型の手裏剣を複数発射。

そこそこの速さがあるが、エデンの動体視力からすればどうということはない。

落ち着いて全弾ドライバーではじき返し、サイバーに接近して腹部に一撃を叩き込んだ。

 

大それた犯罪をやってのけたところ、能力は強いのだろうが、戦闘ではそうでもないのだろうか。マキシマムオーバーを使わずしても優勢だ。

 

しかし、ドラゴンメモリのマキシマムオーバーを使用してから、そこまで時間がたっていない。つい最近変身可能になったところだ。長期戦は避けたい。

 

 

「これで終わりだ。悪魔もどき!」

 

エデンはドラゴンメモリを一度ドライバーから引き抜き、もう一度装填。

突きの構えをとり、トリガーを引いた。

 

 

《ドラゴン!マキシマムドライブ!!》

 

 

「させるか!」

 

 

その瞬間、サイバーの尻尾が伸び、エデンドライバーに刺さる。

すると、ドライバーに蓄積されたエネルギーは消滅し、マキシマムの起動がキャンセルされてしまった。

 

 

「その槍にウイルスを流し込んだ!しばらくは技を使えまい」

 

「ウイルス?そうか、機械も風邪をひくのか…」

 

 

アホなことを言うエデンに、サイバーは再び攻撃。

しかし、機能を無力化しても槍は槍。攻撃を防がれ、反撃を食らってしまった。

 

とどめを刺されないにせよ、このままでは拘束は必至。

逃げ道は無いかと探すサイバー。その時、サイバーとエデンの間に黒いワームホールが。

 

 

「これはいつぞやの…」

 

 

そう。朱月が異世界の怪人を呼び出す際のワームホール。

すると当然、中からは異世界の怪人が。

 

 

「おやおや?こいつぁまた、面白い状況で呼んでくれちゃって。

あたしも暇じゃないんだよね。猫の手ならぬ、カニのハサミも借りたいってね」

 

 

現れたのはカニの怪人。赤い甲羅で覆われた全身に、左腕には大きなハサミ。体の随所には白い光沢の真珠のような球体が。そして、それを結ぶように赤いラインが走っている。

 

瞬時にその強さを感じ取ったエデンは、間髪入れず槍で連撃を繰り出す。

しかし、攻撃の後カニの怪人は堪えている様子が全くない。

 

 

「無駄無駄。あたしの甲羅とかけて取り調べ中の犯人の口と解く。

その心は、どちらもとっても堅い」

 

「何を…!」

 

カニの怪人は、もっと撃ってこいと言わんばかりに腕を広げる。

エデンは一端距離をとり、勢いをつけて突きを放った。

 

だが、その一撃も完全に防がれる。甲羅に傷がつく様子もない。

 

 

「もう一つなぞかけだ。今度はあたしのハサミとかけて、金魚のフンと解く。

どっちもそりゃあキレがいいってね」

 

 

カニの怪人___キャンサー・ゾディアーツはハサミのついた左腕を構え、大きく振りかぶる。

腕を振ると、ハサミから赤い三日月状のエネルギー波が発射され、ブーメランのように弧を描き……

 

 

「がぁぁぁぁッ!!」

 

 

エデンの胴体を切りつけた。

 

 

 

____________________________

 

 

 

同刻。瞬樹が暮らす借家。

 

そのころ、同居している烈もそこに戻っていた。

 

 

烈は習慣として、備え付けられた郵便受けを確認する。

すると、そこには一つの黒い長方形の箱が入っていた。

 

 

「早かったですね。今回は」

 

 

烈が箱を開けると、そこには丁寧にクッション材の上に乗った、赤紫色のメモリ。

端子は銅。これはユニコーンやグリフォンと同じ、戦闘用ギジメモリ。

 

そこに描かれるは、荒々しく咆哮する、獰猛な九頭の蛇。

 

 

 




今回はFe_Philosopherさん考案の「サイバー・ドーパント」を使わせていただきました!遅れました。スイマセン!

今回はゲストキャラで、僕のお気に入りの敵幹部さんが登場しました。趣味です。

今回はここまで。次回は長くなるか短くなるか、早くなるか遅くなるか全く予想がつきません!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!




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第27話 Gは楽しく/矛盾《ワッツ・ユア・ネーム》

夏休みって何だろう。みんなで海?お祭り?旅行?
否、夏休みと書いて戦争!課題、部活、テスト、補習の集中砲火じゃぁぁぁぁ!!

唐突にすみません。気付けば遊ばないまま夏休みが終わってた146です。

だいぶ間が開いたのでいくつかあります。

①風都探偵
第1話の感想は、マジでダブルの続編だぁぁぁ!って読みながら興奮してました。
青年誌ならではのダークな展開にも期待しつつ…と思ったら、クソ田舎のコンビニにはビッグコミックスピリッツが無い!2話が読めない!だが、俺は諦めない!

②仮面ライダーエグゼイド
最終回を迎えました仮面ライダーエグゼイド。実はそれより前に映画見に行ってて、時系列の事分かってたんですよ。ネタバレくらって楽しめるか不安だったけど…いや、最終回最高でした!!
ラストバトルのレベル2は興奮ヤバかったし、それぞれのその後みたいなのも本当にこれまでの物語が繋がってて良かったし、最終回じゃないけど、ポッピーが社長に語り掛けるシーンはマジで涙腺が(ボキャブラリーの無さがモロバレするので割愛)
とにかく、最後まで最高でした!エグゼイドのキャストの皆様、本当にありがとうございました!!あ、もちろんVシネも楽しみっす。

③Twitter
ガチな余談ですが、Twitter始めました。といっても、ガンバライジングのキャンペーン用に作ったやつで、たまに下らない事とガルパについてツイートするくらいですが…

④お気に入り登録
新たにお気に入り登録をしてくださった、
髭アンパンさん、黒っぽい猫さん、ナンジュさん、ギャルラホルンさん
ありがとうございます!
今回ばっかはマジで人数が合わないんで、絶対間違えてます。ご指摘お願いします、あとスイマセンm(__)m


ーアラシsideー

 

 

「よし。情報をまとめるぞ」

 

 

捜査一日目が終了。犯人の使用するメモリ、そして関係者も割り出せた。

一日でこの成果は上々といったところだ。

 

「えりちと海未ちゃん、瞬樹くんがおらんけど…」

 

「あぁ。電話も繋がらない。瞬樹がバカやらかしたか、それとも…」

 

 

そんな話をしていると、事務所の扉が開き、

絵里と海未に肩を貸してもらった状態の瞬樹が、傷だらけで帰ってきた。

 

 

「竜騎士…帰還……」

 

「なるほどな。ドーパントに出くわしたか。

花陽、手当てしてやれ」

 

「は…はい!」

 

「私も手伝うわ」

 

 

花陽と真姫は救急箱を持ってきて、手際よく瞬樹の上着を脱がせ、手当てをしている。

真姫は流石は医者志望。手順なんかはよく分かっている。

 

それにしても、瞬樹があそこまでの重傷を負うとは、幹部クラスか…

 

一方、花陽に手当てをしてもらっている瞬樹は幸せそうだ。

なんとなく安心する。

 

 

「瞬樹は2人に任せて、引き続き今日のまとめだ。

今日の成果は犯人の情報、事件の全容。明日からは…」

 

「アラシ、ちょっと」

 

「どうした?永斗」

 

手を挙げた永斗は、右手の人差し指で

 

 

「凛ちゃんが死にそう」

 

震える右手で、こぼしながら水を飲む凛を指さした。

緊張しているのは誰から見ても明らかだ。

 

 

「…何もそこまで緊張しなくても」

 

こうなった原因は決まっている。

それは永斗とランスこと楯銛赤里との勝負について。

 

数時間前、今回の事件の犯人”ネットの悪魔”と繋がりがある楯銛赤里とコンタクトをとった際の事。色々あって、永斗は楯銛のゲーム勝負を受けることにした。

勝負は明後日。勝負内容は前回と同じ電子ゲーム。ソフトは当日にあちらが用意することになっている。圧倒的にあっちが有利な条件だ。その代わりとして、永斗は一つの条件を提案した。

 

それが、「凛をパートナーとしてゲームに参加させる」だ。

 

 

「りりり、凛が…え永斗くんと…」

 

「そんなに嫌?僕のパートナー」

 

「嫌じゃないよ!でも、∞とランスのトップゲーマー2人の間に凛なんかが…」

 

「緊張することないって。絶対に足は引っ張らせないから。

気になるのは相手なんだよね…仮にもプロゲーマーのランスがチートを…

一時期ゲーム界から姿を消してたのも気になるし…って、凛ちゃん聞いてないね」

 

 

平常心を保とうとして再び水を飲むが、ほとんどが口からこぼれ、床に落ちている。

凛はこう見えて、海未や花陽に続く自信なしだ。

とにかく、こぼした水は後で掃除させよう。

 

 

「永斗も大丈夫なんだろうな?この戦いに勝てば、楯銛から情報を聞き出せるかもしれな…」

 

「あー、そのことなんだけど。明日、調べてほしいことがあるんだよね。

本棚で調べたけど、”錠”がかかってた。これによっては…

 

 

この勝負で、サイバーを捕まえられる」

 

 

 

_____________________________

 

 

 

翌日。

昨日永斗に言われたことを各自で調査。ただし、メンバーは調査は午前中のみ。午後は練習だ。オープンキャンパスはもう数日後に迫っているからな。

 

永斗は事務所でイメトレ…の口実でゲーム漬け。絶対これが狙いだなアイツ…

そして俺は永斗に頼まれた、とある条件を満たした人物を探しているのだが……

 

 

「ソロモン王に仕えし…」

「お前には反省の二文字がねぇのか!?」

 

俺は瞬樹にドロップキックをかまし、地面に書かれた魔法陣をホースの水で消す。

 

「あぁ~!魔法陣が…」

 

「昨日の一件の後、ウチに苦情が来たんだからな!

落書きの上にデスソースぶちまけて放置とか、頭ぶっ壊れてんのか!!」

 

「ちゃんと召喚できたのだぞ!我が魔力がなければ、召喚など…」

 

「アレは海未が偶然、サイバーの仕掛けた罠にかかっただけだ!

テメェの訳の分からん儀式は関係ないんだよ!」

 

そう言って俺は水圧を強め、涙目の瞬樹を片目に魔法陣を完全に消した。

 

俺が瞬樹と一緒にいる理由。それは単純だ。海未と絵里がコイツの世話を拒否した。

そりゃそうだ。俺もこんな痛いバカと一緒にいるのはゴメンだ。

 

 

「仕方ない…こうなれば奥の手のレジャーシートタイプを…」

「削除」

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

懲りずに魔法陣の書かれたレジャーシートを取り出したので、持っていたライターで焼却処分。魔法陣は灰になって消えた。

 

「何をする!悪魔に対抗するには悪魔が最も有効なのだぞ!」

 

「ふっざけんな!民衆の目が痛いってレベルじゃねぇんだよ!

悪魔には悪魔って、何バカなことを…」

 

 

いや、待て…悪魔には悪魔…

 

 

「そうだ…アイツなら!!」

 

 

俺は瞬樹を置いて、強い足取りで駆け出した!

 

「ソロモン…」

 

やっぱ不安なので、瞬樹を回収した。

 

 

 

________________________

 

 

 

一方、捜査中のメンバー。

 

永斗からの依頼。それは、楯銛赤里の過去。

ただ彼女は昔からほとんど学校には行ってなかったらしく、知り合いは皆無に等しい。

何せ、音ノ木坂の同級生でも知らないことが多いくらいだ。

 

実家は金持ちで父親は社長なので連絡も取れない。

というわけで、ダメ元で穂乃果、海未、絵里、凛が図書館で資料を漁っている。

もしかしたら地元の写真集や、昔の記録なんかに情報が残っているかもしれない。だが……

 

 

「あ〜!全然分かんないよ〜!!」

 

 

捜査は難航していた。

 

 

「穂乃果、うるさいですよ。図書館では静かに」

 

「だって全然分かんないんだもん!もうすぐ時間になっちゃうよ〜!」

 

今はすでに昼前。アラシとの約束の正午まで時間がないのだ。

すると、絵里は本棚から数冊の本を持ってきて、呟く。

 

「それにしても凄いわね。今までこれを2人でやってきたなんて…」

 

「永斗くんが"なんとかの本棚"が使えるから楽って言ってたけど、

永斗くんは家から出ないから、アラシ先輩1人にゃ!」

 

戻ってきた凛の一言に、今度は感心したような驚いたような顔で「1人で…」と呟く。

穂乃果と海未は本を取って、情報を確認する。穂乃果はいかにもウンザリした様子だが、手は止めない。

すると海未が。

 

「あの2人…私たちに会う前はどんな人生を送っていたのでしょう…?」

 

その一言に穂乃果の手も思わず止まる。

 

「私は入ったばっかりだから知らないと思ってたけど…貴方達も知らないの?」

 

「凛は少しだけ聞いたことあります。

永斗くんは記憶喪失で、アラシ先輩と初めて会ったのは割と最近だって…」

 

正確に言えば何度か聞いたことはある。だが、アラシ達は話してくれない。

そう言われると、自分たちはあの2人のことをよく知らないことに気づく。

探偵をやっていること、学校に通ってなかったこと、既に亡くなった親代りがいること

そして…仮面ライダーであること。

 

しかし、探偵をやっている理由、学校に通ってなかった理由、恩人を亡くした事件、仮面ライダーになったきっかけ。他にも知らないことは山程ある。

 

アラシ達は紛れもなく、μ'sの柱。

 

しかし、自分たちはアラシ達を支えられているのだろうか。

ふと、そんな疑問がよぎる。

 

 

「2人の口から言ってくれるのを待つしかないよ」

 

 

暗い気持ちを吹き飛ばすように、穂乃果が立ち上がり、力強く言った。

 

「穂乃果…」

 

「アラシ君たちが話してくれるくらい、私たちが2人を支えられるくらい

私たちも…頼もしくならなきゃ!」

 

 

気合を入れて机を強く叩く穂乃果。

だが、その衝撃で机から本が一冊落ちてしまう。

 

「あぁっ!本が…」

 

「何をやっているのですか…」

 

隣にいた海未が本を拾おうとする。

本は落ちた衝撃であるページを開いたまま転がっている。

 

海未はその本を拾い上げ、そのページに目を通した。

 

その瞬間、海未は言葉を失った。

 

 

「どうしたの?海未」

 

「絵里先輩、穂乃果、凛。これを…」

 

 

その本は幼い子供を撮った写真集。

海未が指差す写真には、幼稚園児の幼い少女が。

 

幼いといえど、その顔立ちは紛れもなく楯銛赤里だった。だが、それだけではない。

 

 

「赤里ちゃんが…2人…?」

 

 

その写真には、その楯銛赤里と思しき少女に瓜二つの少女も。

全く同じ顔の2人の幼い少女が、屈託のない笑顔を見せ、写っていた。

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

 

翌日。勝負当日。

 

会場は前回と同じ新聞部部室。

前回同様、新聞部部長の鈴島貴志音の猛プッシュでここに決まった。

観客はゲーム研究会の連中。あとは捜査に出ていないμ’sメンバーだ。

 

本当はネット回線での対戦だったが、永斗の要望で直接顔を合わせて戦うことになった。

既に永斗、楯銛、凛はゲーム機を持ってスタンバイ完了。

楯銛は前回と同じようにマスクをしている。

 

 

「はわわ……」

 

「凛ちゃんリラックス」

 

凛は相変わらず緊張しているようだ。

 

 

「ギャラリーは少ないようだけど、そっちのほうがいいね。吐かれる二酸化炭素が多いと気分が悪い」

 

「そっちも相変わらずだね。その潔癖キャラ」

 

キャラという単語に少し反応したようだったが、すぐに調子を戻す。

 

「御託はもういい。早く始めよう。

勝負内容は"バンバンシューティング"」

 

「聞いたことないね。その妙にダサいネーミングは幻夢製だろうけど…」

 

さしずめ開発途中、もしくは販売直前のゲームなのだろう。

サイバーの能力でゲームのデータだけを手に入れたと推測できる。

 

永斗はその意図を察知する。発売前のゲームなら、ある程度のチートは仕様で説明がつく。

そこまでして勝ちたい理由。それは昨日だけではわからなかった。

今、アラシとメンバー数人が調査している。

 

 

「ボクが勝ったら”∞”はゲーム世界から永久追放。そういう約束だよね?」

 

「こっちの要求はまだ決まってないんだよね。

自他ともに認める天才ゲーマーの釣り合うものってそうはないだろうし。

てなわけで、思いつき次第言うよ」

 

 

今回の試合、全体を通してサイバーを捕らえるための作戦だ。

そのためには楯銛の過去を知る必要があった。他の手はずは整っている。

 

 

(間に合うといいけど…)

 

 

 

永斗、凛、楯銛はゲームを起動した。

 

 

____________________________________

 

 

 

〈∞&リンside〉

 

 

バンバンシューティングは敵を討ち取って領土を広げる、近未来シューティングゲーム。

今回は対戦モード。武器は様々な性能を持つ銃。敵のヒットポイントをゼロにしたら勝利となる。

永斗は凛とタッグでの勝負。装備は永斗が2人分のを決めた。初見ゲームでも難なく対応できるあたり流石はトップゲーマー。

 

ゲームを起動し、それぞれのアバターが表示される。舞台はビル街。

楯銛のアバターは見えないが、永斗が使用する武器は小型の片手銃と、背中に背負った大型ビーム銃。バンバンシューティングは銃弾も変えられる使用だ。永斗の銃弾は任意の回数の跳弾で爆発するバウンド弾と、通常の銃弾。

 

凛は大型のライフル銃を使用。命中率に特化した作りになっている。サイレンサー付きだ。

銃弾は通常の銃弾。正直スキルの低い凛はこちらの方が使いやすいだろう。

 

 

「凛ならできる…凛ならできる…逃げちゃダメだ…逃げちゃダメだ…」

 

「初号機にでも乗ってるんすかね?」

 

 

画面にゲームスタートの文字が表示される。

と同時に辺りに複数の敵兵が。これは全プレイヤー共通の敵。こいつ等からの攻撃でもヒットポイントは減ってしまう。

 

 

「へぇ。今回のゲームは中々の難易度と見た。

凛ちゃん援護よろしく」

 

永斗は通常弾をセットした片手銃を構え、敵兵に突っ込んでいく。

 

敵兵は永斗めがけて銃弾を放つ。だが、銃口の向きでこれを予測した永斗は難なく回避。

他の銃撃も回避、もしくは自分の弾で撃ち落としていく。

 

 

「さてと」

 

 

永斗はうまい具合にフィールドを利用して高く飛び上がる。

それと同時に銃弾をバウンド弾に変更。

 

「一発目3バウンド。二発目5。三発目3」

 

跳弾回数を設定し、異なる三方向に銃弾を放つ。

放たれた銃弾は建物の壁、地面を反射し、完全な死角から敵兵に命中した。

敵兵のヒットポイントは低く設定してあるのだろう。一撃食らっただけで倒れてしまった。

 

 

「すごい…よし!凛も!」

 

道の先にはまだ多くの敵兵が残っている。

凛は今度こそ活躍しようと、敵兵の方へ駆け出すが…

 

道の石につまずき、転倒。流石は幻夢製。事象が一々リアルだ。

丁寧にヒットポイントまで減っている。

 

 

「にゃあ…」

 

「……」

 

 

 

〈ランスside〉

 

 

一方ランスこと楯銛は建物の中。

周囲にマップに存在する敵兵は、既にすべて死体だ。

 

 

「頼むよ。ネットの悪魔」

 

楯銛は自身の武器である、特殊な形状の中型レーザー銃を構える。

その瞬間、サイバーの加護により敵の座標が画面に表示された。

 

 

「負けちゃいけないんだ。一番でなきゃ、”ボク”は…」

 

 

 

〈∞&リンside〉

 

 

「こんなもんかな」

 

 

こちらも周辺の敵はすべて排除。ターゲットである、楯銛を探している。

 

必ず何かしらのチートは使ってくる。

今回、その審判として観客を設けているが、あまり期待しない方がいいだろう。

あちらもバレるようなチートは使ってこない。それに、発売前ゲームだとプレイ経験のある人物がいない。チートか否かの判断が極めて難しいのだ。使用者が強ければ強いほどなおさらだ。

 

チートを使われても勝つしかない。そのためにも、まずは相手の一手を見極める必要があった。

 

その時、少し遠くにある5階建ての建物からガラスの割れる音が聞こえた。

すると、建物の最上階の窓から光線が伸び、こちらに来るように曲がりながら接近してくる。

 

永斗はその攻撃を避け、状況を分析。

さっきの攻撃は恐らくあちらの武器によるもの。武器一覧の中に任意で軌道を曲げられるレーザー銃があったのを覚えていた。

 

しかし、敵の座標がわからない仕様のこのゲームにおいて、この武器の扱いづらさは群を抜く。

あちらはチートで場所が割れているのだろう。正確に狙ってくる。

 

 

そんなことを考えていると、今度は二発目が。

このレーザーは他と比べて弾速はそこまで速くない。遠いと避けやすさも増す。

 

永斗は再びその攻撃を引き付けて回避するが…

 

 

「ッ…!」

 

何故か攻撃はヒットし、ヒットポイントが減ってしまった。

 

 

(当たり判定の操作か…)

 

 

永斗はゲーム界において”チート狩り”として名を知られている。

それ即ち、チートを使った相手ですら下すことができるということ。むしろ、そうじゃないと力が釣り合わない。

 

しかし、元々実力がトップ同士のゲーマーがチートを使った場合、話は全く異なる。

 

他のプレイヤーのようにチートで力任せに攻めてくるのではなく、チートを自身の武器として扱い、巧みに攻めてくる。チートの扱いにおいても、ゲーマー”ランス”はトップクラスだった。

 

 

「ゲームとはいえど、これは流石に…」

 

 

永斗は銃を構え、現実世界ではコントローラーを操作していない左手でペンをとり、用意してあった紙に書くことで凛に指示を出した。

味方同士での連絡も可能な仕様だが、傍受される可能性が高い。これはその対策だ。

 

敵の居場所はあの建物で間違いない。まずは接近することが必要だ。

 

 

「面倒くさいなぁ…」

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

 

昨日の穂乃果たちが手に入れた情報。”2人の楯銛赤里”。

これについて調べたところ、一つの事実が明らかになった。

 

楯銛赤里には一卵性双生児の双子の姉がいた。名前は”楯銛青葉”。

父親の方針で、小学校から兄弟全く別の場所に通っていたらしい。双子の情報が出ないわけだ。

顔こそ瓜二つだが性格は似ても似つかず、姉の方は真面目で優しく、優等生だったらしい。

 

双子揃って学業は優秀を極めた。違ったところは、妹はその能力をゲームに行使し続けた結果、父親から見放されたこと。その代わりとして、姉の青葉には英才教育を施したという。

 

 

そして1年半前。双子で留守番中の出来事。

 

 

原因不明の火災により、自宅は全焼。

楯銛青葉は死亡した。

 

 

しかし、それ以降も楯銛赤里の性格は変わることもなく、むしろ今まで以上にゲームに没頭するようになった。

 

この一件は間違いなく彼女の過去における分岐点。

彼女の異様なまでの勝利への執着は、ここに鍵があるはず。

 

アラシは個人的に頼れると感じた真姫、海未、絵里。コミュニケーション能力が評価できるにこ。なんだかんだいろいろとハイスペックな希と様々な手段で調査を行っている。

ダメ兄貴(一輝)も暇そうだから手を借りようとも思ったが、真姫の猛烈な反対。アラシ自身も一輝に命を狙われ続けそうなので止めることになった。

 

 

「つっても、何も出てこねぇな…」

 

 

捜査を始めて早数時間。さっきまで一緒にいた希も、一瞬ニヤついたと思うと急用があると言ってどこかに行ってしまった。今は真姫とアラシの2人だけ。

 

そして、一方の真姫はというと。

 

 

(ア…アラシ先輩と2人っきり…って、何考えてんのよ私は!)

 

 

何やら落ち着かない様子だ。

真姫はアラシに命を助けられており、色々と相談に乗ってもらったこともある。

そして例の問題発言(13話参照)もあり、恋愛感情を抱くのも自然だ。服選びの時は誰よりも真剣だった。

 

しかし、気持ちがガッツリ表に出ているにもかかわらず、本人は無自覚。

本心と理性が葛藤状態にあるのだ。それに加え…

 

 

(さっきからどうしたんだアイツは。トイレでも我慢してるのか?)

 

 

この男、極度に鈍感である。

この2人の関係を誰よりも早く察知していた希は、チャンスとばかりに2人きり空間を生み出すことに成功。

 

 

「真姫。なんか分かったか?」

 

「えっ!い、いや、何も…」

 

 

しばらくの沈黙を破り、アラシが声を掛ける。

だが、あの状態の真姫が調査が進んでいるわけもなく。

 

 

「オッケ。分かったら言ってくれ。あと、トイレならいつでも…」

「行かないわよ!」

 

この男、デリカシーも人並み以下である。

 

真姫がいろいろと落ち着きがない中、アラシも思いつめていた。

 

環境が特殊なゆえか、調べてもこれといった情報が出てこない。分かったのは、楯銛青葉は世間一般で言う優等生にドンピシャリな人物。良くも悪くも普通に優秀なのだ。

対して楯銛赤里は数回受けたテストはどれも満点。こちらは異端児と言ったところだろうか。

 

アラシは探偵としての長年の勘でうすうす気づいていた。

この事件、これ以上調べても進展する望みは薄い。稀にあるのだ、こういうケースが。

 

犯人であるサイバーの正体を特定するのも一手だが、できればオープンキャンパスまでに肩を付けたい。そのためには、この作戦でサイバーをとらえるのが手っ取り早い。

 

何にせよ、こういうケースで頼れるのは勘のみ。

 

 

「なぁ、真姫。一輝のことどう思ってる?」

 

「どうしたんですか急に」

 

「いや、兄弟がいる奴の心境を知りたいと思ってな」

 

まずはその人物の心境を理解する。探偵は時に依頼者の心に寄り添う、または犯人を理解する必要のある仕事。この能力は探偵の必須スキルの一つ。

アラシはその割にいろいろと欠落しているのが玉に傷だが。

 

 

「…嫌いです」

 

「シスコンなところか?」

 

「いや、そこもですけど。

……一輝が中学生の頃は、私よりずっと優秀で、勉強もできてスポーツもできた。

正直に言って憧れてました。何でもできる兄に」

 

 

真姫の本心を聞いてアラシは驚く。

あんなに嫌いを表に出していた真姫がこんなことを思っていたとは、かなり意外だった。

 

 

「でも1年前くらいから急に学校もやめて、今みたいな感じに。性格は前からですが…

病院も継がないって言いだすし、父もそれを承諾。

だから嫌いなんです。何でもできるくせに、何にもしようとしないところが」

 

 

「なるほど…」

 

 

兄妹ともに優秀。これは楯銛姉妹と共通する。

楯銛赤里も、姉に憧れの感情を持っていたのだろうか。

 

 

「ありがとな。やっぱお前に聞いて正解だった」

 

その一言に、真姫は照れを隠せない。顔が赤くなり、それを隠す様にそっぽを向いている。

 

「あ、そうだ。その前に…」

 

 

そう言うと、アラシは真姫の方に歩み寄る。

距離が一気に近くなり、真姫の顔が一層赤くなる。

 

それにとどまらず、アラシは真姫の顔に自分の顔を近づけていき、真姫は自然と目を閉じてしまう。

そして…

 

 

 

真姫の服の襟についていた何かを取った。

 

 

「オイ、聞いてんだろ希。盗聴ならもっと上手くやれ」

 

そう言って、そのUSBメモリより一回り小さいくらいの何かを握りつぶした。

 

状況が把握できない真姫。アラシは淡々と説明する。

 

 

「これは希が仕掛けた盗聴器だ。さっき襟を直すとか言って仕込んだんだろう。

目的はよく分からんが、これを作れるとすれば…」

 

 

ふと真姫の方を見ると、怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にした真姫が。

 

 

「トマトみてぇだな」

 

 

次の瞬間、アラシは部屋を追い出された。

 

 

 

_________________________________

 

 

 

〈ランスside〉

 

 

放たれる追尾弾をかわし、いや、何発かは当たったものの、何とかその攻撃が放たれる建物の近くまでたどり着いた永斗。建物に入れば逃げ場はなくなる。場所がわかり、更に任意で軌道を曲げれる銃があるあちらが圧倒的有利だ。

 

だが、永斗はためらうことなく建物に入る。

その建物はまぁまぁの大きさの廃病院。敵がいるのは最上階の5階。

エレベーターもあるが階段もある。特に割れた窓は無いようだ。

 

逆転の条件は整っていた。

 

 

 

「一発目43、二発目52、三発目39」

 

跳弾回数を設定。異なる方向に三発の銃弾を放った。

 

 

 

〈ランスside〉

 

 

かれこれしばらく永斗を狙っているが、ギリギリでかわされる。

当たり判定操作も目立ちすぎるとリスクが高い。

だが、永斗はこの建物内に逃げ込んだ。普通の銃なら狙うことはできないが、こちらは弾道を操作できる。

 

 

「逃げ場はない。ボクの勝ちだ」

 

 

楯銛は銃を構え、敵の座標を捕捉する。

 

その瞬間、サイバーの攻撃感知の通知が現れる。

 

階段の方向から三発。壁で跳弾しながら異なる軌道で向かってくる。

その軌道の先は間違いなく自分。ギリギリでかわすと、その銃弾は全て天井に。爆発した。

 

(あり得ない!奴がいるのは一階、マップはあちらも見えてるにせよ、跳弾銃でここまでの正確さ。しかも、ボクに当たるタイミングで爆発するようになってる!)

 

そんなことを考えていると、次の攻撃が迫る。今度は五発。

 

 

「あっちの方がよっぽどチートじゃんか!」

 

避けきれないと判断した楯銛は二丁拳銃に装備を切り替える。

自分に当たるタイミングで爆発ということは、その直前に撃ち落とせば問題ない。

 

迫る五発、そして続く攻撃を撃ち落とし、時にはかわす。

かわした攻撃の中にはさらに跳弾するものもあったが、楯銛には当たらず天井に当たった。

サイバーのアシストもあり、弾幕を処理していく。このままでは劣勢は覆らない。どうすれば…

 

 

 

刹那、どこからか飛んできた銃弾が、楯銛の肩に命中した。

 

 

一階からの攻撃とは明らかに別方向。警戒してない場所からの一撃。

一瞬でも気を緩めれば跳弾の弾幕の餌食となる。落ち着いて弾幕の処理を…

 

 

「ッ……!」

 

 

まただ。今度は銃弾が頬をかすめた。

手を止めずに楯銛は考察する。銃弾は上から飛んできた。だが、跳弾したにしては方向があり得ない。

別の武器?チート?

 

だが、その時楯銛は思い出した。

ついでの様に出された条件、素人だと全く警戒していなかった。

そして、ゲーム開始以降目立った動きをせず、いつの間にか消えていた。

 

 

「星空凛……!」

 

 

状況を把握。星空凛はここより高い場所から狙撃を行っている。

跳弾による爆発が天井に偏った理由。爆発で天井に穴をあけることで、狙撃可能なポイントを作り出していたのだ。

 

傍受したゲーム内の会話にはそんな指示はなかった。差し詰め、口頭か紙での指示か。

 

なんにせよ、このままではマズイ。

弾幕もだが、何より凛の狙撃が厄介だ。攻撃に対応している間に頭でも打ち抜かれようものなら終わりだ。

 

 

 

嫌だ。まだ負けられない。

 

勝たなきゃいけない。でなければ…

 

 

”楯銛赤里”は消えてしまう。

 

 

 

「サイバー。身体ステータスを底上げして。

∞は…今ここでボクが討ち取る」

 

 

 

 

〈リンside〉

 

 

永斗の指示通り高いところに上り、そこから言われたポイントを狙撃。

シューティングゲームの経験は浅い凛だったが、前日の永斗との特訓で、元の動体視力の良さと反射神経もあり、かなり精密な遠距離射撃が可能になった。

 

 

「本当に天井に穴が開くなんて…流石だにゃ…」

 

 

凛は明かに実力は稚拙。正直なところ、この直前まで足を引っ張らないか不安だった。

だが、今はこうして自分の手で敵を追い詰め、永斗の力になれている。

 

永斗は所謂、この世界のプロだ。

そんな人物が自分を頼りにしてくれている。これが嬉しくないわけがない。

 

 

(永斗くんが作ってくれたチャンス。絶対に凛が決める!

凛だって戦えるんだ!)

 

 

気を引き締め、再び照準を合わせる。

だが、そこには敵の姿は無かった。

 

スコープの視点を移動させると、窓ガラスが割れている。

とある可能性が頭をよぎり、慌てて視点を下にずらす。しかし、気付くのが遅すぎた。

 

 

そこには窓ガラスを突き破って飛び降りた、楯銛。

そして、こちらに銃口を向け…

 

 

 

パァン!

 

 

 

銃声音とほぼ同時に、凛のゲーム画面は暗転した。

 

 

 

 

【リンGAMEOVER】

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「痛ってぇ…なにも追い出すこたねぇじゃねぇか…」

 

 

真姫に部屋から閉め出された俺。

盗聴器を取ってやったら追い出された。全くもって意味が分からん。

 

 

それにしてもさっきの盗聴器。仕掛けたのは間違いなく希だろう。

襟のところに隠すと外から見たらバレやすいが、仕掛けるときは全く気付かなかった。

さらにあのサイズを作るのにはかなりの技術が必要だ。流石にこれを作れるのは永斗だろう。

 

用途はよく分からなかったが、変なところで行動力のあるやつだ。

盗聴器を隠す手際と言い、察せさせない態度と言い、希は隠密活動に向いているのかもしれない。

 

 

そう言われると、他の奴らも今まで見えなかった長所が見える。

にこはバカだが人の間に入っていく才能がある。天性のコミュニケーション能力という奴だろうか。

海未や絵里は集中力があり、目星の付け方もいい。地道な情報収集なら持って来いだろう。

ことりは人との接し方が上手い。接客業なんかで重宝される技術だ。聞き込みなら右に出る者はいない。

花陽は誰よりも優しい。人の心に寄り添えるのも、立派な強みだ。

凛の運動神経の良さも必ず役に立つ。真姫は頭がよく、勘も鋭い。事実を見極めることに長けている、ジャストな探偵タイプ。

穂乃果は…やはりカリスマ性という奴だろう。特に目立った長所は無くとも、一度決めたことはやり通すリーダーの才覚。穂乃果がいるから、他の奴らも俺たちも力を常に最大限発揮できる。

 

 

アイツ等はきっと、その力に自分では気づいていない。

人と接することで気づき、学ぶことができる”強さ”もある。昔のままじゃ、絶対に見えなかっただろう。

 

 

「長所ってのは多種多様で、そいつは外からじゃないと見えない。

俺もアイツ等から見たら、頼もしく見えてんのかね?」

 

 

いや、待てよ。もしかして…

 

 

俺はスタッグフォンを取り出し、とある番号に電話を掛ける。

真姫に教えてもらった電話番号。

 

もうお分かりだろう。ヤツの携帯番号だ。

 

 

『もしもし。西木野病院の長男にして最高傑作の俺ですが』

 

「…初対面だったらどうすんだ。戸惑うわ」

 

『なんだ貴様か。家に真姫がいない。

今、真姫と一緒なら今すぐ死ね。一緒じゃなかったら、その後穏やかに死ね』

 

「死亡ルートしか見えませんが!?」

 

 

どうしよう、もう既に電話を切ってスタッグフォンを床に叩きつけたい衝動に駆られている。

 

 

「真姫は今一緒じゃない。超絶不本意だが、アンタに捜査協力を頼みたい」

 

『全力で断る。そのまま進展せず一生困ってろ、バーカバーカ!』

 

 

器が小せぇ上にうぜぇ。本当にダメな兄貴だな全く…

 

 

「調査には真姫も加わってる。この調査協力で真姫に感謝されることも…」

『いいだろう。超絶不本意だが頼まれてやる!』

 

チョロいな。まぁ楽だからいいが。

 

 

「まず一つ質問。真姫って一輝から見て優秀か?」

 

『何を当たり前のことを聞いている。神のごとし、いや神をも凌駕する美しさを持ち、学業、運動、音楽もでき、ツンデレ属性も併せ持つ真姫が優秀じゃないわけないだろう。頭湧いてるのか貴様』

 

「……!よし、オーケーだ。怒りが収まった。

じゃ、もう一つ。一輝は自分が真姫から憧れられてると思うか?」

 

 

その質問の後、一輝はしばらく黙り込む。

すると、さっきまでの調子が打って変わって、弱い口調で、それでいてハッキリと言った。

 

 

『いや、それは無いな。アイツはずっと真面目で、家のこと考えてて、自分より他人を大事にするやつだ。俺じゃアイツに敵わない。だから真姫の兄として恥ずかしくないように、結果をとり続けた。だが…』

 

「だが?」

 

『俺のせいで真姫は病院を継がなきゃいけなくなった。

真姫は病院を継ぐのが責任だと思ってる。でも違うんだ。真姫はもっと自由に生きていい。

だからアイドルを始めたと聞いたときは嬉しかった』

 

 

一輝は口調を改め、受話器の向こう側で言った。

 

 

『切風アラシ。真姫をアイドルに誘ってくれたこと、兄として礼を言う』

 

 

その言葉は真っすぐで、普段の一輝からは想像もつかない。

これが一輝の本心なのだろうか。

 

妹の、真姫の幸せを誰よりも考えている。それが一輝だ。

 

一周回って愛情が変な方向に向いてるが、それも一輝の良さなのかもしれない。

 

 

「お互いを尊敬しあう関係か…いい兄妹じゃねぇか」

 

 

 

人の良さは外からじゃないとわからない。だから人は人を羨み、妬み、憧れる。自分にある良さを知らないから。それを人が認めてるって知らないから。

 

 

いや、これって楯銛姉妹にも言えるんじゃないか?

 

姉は優等生、妹は引きこもり。妹が姉に憧れていたとしたら…

 

いや、そうじゃない。それじゃ、あの異様なまでの勝利への執着は説明できない。

あれはまるで責任感。自分のためじゃなく、人に向けられたような…

何に対する責任だ?死んだ姉?いや…

 

 

双子ならお互いの良さはよく知っているはず。

死因は火災事故。何故、妹だけが助かった?その後、生き残った妹が何も変化がないのはあまりにも不自然だ。

 

考えろ、姉が死んだとき、妹は何を思った。別れの直前、何かを託されたのか?

 

人の死は、人を最も大きく変える。それは身をもって知っている。

 

 

 

 

”楯銛姉妹は一卵性双生児”

 

”チートを使うプロゲーマー”

 

”一時期姿をくらませたランス”

 

”異常な責任感と執着心”

 

”人は自分にない良さに憧れる”

 

 

 

集めたピースが頭の中で嚙み合っていく。

 

そうか、変わってないわけがない。変わったんだ、ゲーマー”ランス”は劇的に。

 

 

 

「…相変わらず証拠のない妄想推理。我ながら探偵失格だな」

 

 

でもこれしかない。

俺は一輝との通話を切り、急いで観客席で永斗のプレーを見ている花陽の番号を打ち込んだ。

 

 

「大逆転は任せたぜ、永斗!」

 

 

 

_______________________________

 

 

 

〈∞side〉

 

 

 

 

永斗のマップから凛の反応が消えた。

即ち、凛がゲームオーバーしたことを意味している。

 

永斗は攻撃の手を止め、敵の攻撃を警戒する。

 

敵はチートを使っている。多少のあり得ない動きは想定内。

凛が撃たれるとするなら、天井に空いた穴からの逆狙撃。これは警戒していたため、そうさせる隙を作らないようにしていた。

 

とすると、ゲーム経験の浅い凛に弱いのは、予想外の行動。

凛を仕留められたということは、永斗の攻撃から逃れているということ。

なおかつ、敵は永斗を仕留めに来るはずだ。そうするなら…

 

 

(窓、一択)

 

 

永斗は背負ったレーザー銃を構え、窓の方向を向く。

 

飛び降りなら外にいる凛を仕留められ、素早く一番まで降りることが可能、なおかつ虚もつける。

数秒後、予想通り飛び降りてきた楯銛の姿が。

 

だが、その手には銃は構えられておらず…

 

 

かわりに手榴弾が握られていた。

 

 

「マズい!」

 

 

永斗は咄嗟に回避行動をとる。

それと同時に、投げられた手榴弾は窓ガラスを破り、地面に着弾。

 

 

大爆発を起こし、ステージは煙に覆われた。

 

 

 

 

「ッ…危ない危ない」

 

 

間一髪建物から退避していた永斗。

煙の中からは楯銛も現れた。

 

 

「邪魔者はもういない。決着だ、∞」

 

 

楯銛は永斗に銃を向け、永斗もそれに反応して、片手銃を構える

 

その時だった。

 

 

 

 

「永斗くん!!」

 

 

 

現実世界、観客席にいた花陽の声が聞こえた。

 

花陽は大きめな紙飛行機を飛ばし、永斗はそれをキャッチ。

紙を広げ、一瞬でその内容を把握した。

 

 

「ギリギリ間に合ったみたいだね」

 

 

永斗はその紙をポケットにしまい、今度はゲーム内ではなく、現実で楯銛赤里に話しかけた。

 

 

「ずっと不思議だったんだ。今のランスのプレースタイルは、一見すると前と同じように見える。でも、君と対戦した時、コンボの決め方が少しだけ違っていた。そしてチート。僕の知る限り、以前のランスは勝てない相手に安易にチートを使うようなプレイヤーではなかったはず。

でもこれで合点がいった。君は、()()()()()()()()()

 

 

「……どういう意味?」

 

 

「証拠が残るはずもない。一卵性双生児のDNAはほぼ一致し、焼死体からは指紋はわからない。

それにランスが一時期姿を消してた頃、それは君の家の火災事故の直後だった。その間、死に物狂いでゲームの練習、研究をしてたんだろう?前のランスに追いつくために。

 

 

だよね。楯銛青葉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

ある大企業の社長と、病弱な一般女性の間に2人の娘が生まれた。

 

一人は姉である私、楯銛青葉。

もう一人は妹の楯銛赤里。一卵性双生児の双子だった。

赤里は性同一障害だった。女性の体で男性の心を持つらしい。

 

だが、2人は幼稚園まで同じように通い、小学校からは違う学校に通うことになった。

これは父の方針だ。私たちは父の方針に従った。

 

小学校に入っても私たちの見た目は瓜二つのまま。

違うとすれば、私は髪を長くして、赤里は短くしていた。

 

ただ、中身はまるで違う。私は女の、赤里は男の心を持っている。

私はそれを嘆くようなことは絶対にしなかった。赤里がどうあろうが、赤里は赤里。

大好きな私の妹に変わりはない。

 

 

だが、小学校に入って少したったの頃。赤里は学校に行かなくなった。

赤里はそれから、部屋に引きこもるようになった。理由は分からない。

 

父の叱責を受けながらも、赤里は引きこもり続けた。理由も言わずに。

部屋の外から聞こえる音から、部屋でゲームをしていることは分かった。

 

 

私は学校に通い続け、小学校高学年になってしばらくした日、

私は意を決して赤里に尋ねた。

 

 

 

「赤里は学校に行かないの?」

 

 

すると、赤里は初めて私を部屋に入れてくれた。

 

部屋にあったのは大量のゲーム機。

そして、大量の分厚い本。教科書じゃない、とても小学生が読まないような、プログラムの技術書だった。他にも、多数の高校生用の参考書も転がっている。

 

 

「姉ちゃんは夢ってある?」

 

 

赤里は唐突にそんなことを聞いてきた。私は首を横に振った。

そんなこと考えてなかった。ただ、父の会社を継ぐことしかできないとばかり思っていた。

 

 

「ボクはやりたいことでこの世界に名前を残したい。

父さんは会社を継ぐことが全てみたいに言ってるけど、そうじゃないと思う。きっと、親や色んなものに縛られてやりたいことをできない人は大勢いる。だから、ボクが証明する。

まずはプロゲーマーになって有名になる。次にプログラマーになって、社会に大きく貢献するプログラムを構築する。それでインタビューの時言ってやるんだ。”ゲーマーの経験が役に立ちました”って。あと、他人を縛り付けてる連中に、”ザマぁ見ろ”ってね」

 

 

子供じみた、壮大な計画。でも赤里は頭がいい、それで昔から効率主義だ。

その赤里が言うのだ。本気に違いない。

 

「そのためには学校で漢字やら筆算なんか習ってる暇ない。

この夢を実現するために、時間も労力も少しも無駄にできない」

 

 

そう言って、赤里は部屋から私を追い出した。

 

話によると、赤里は既に簡単なプログラムは構築できるようになっていた。

これが独学と言うんだから天才と言って相違ないだろう。

 

私は毎日学校に通い、テストでは常に100点をとっている。自分でも頭のいい方だと思う。

世間から見れば優等生は私の方。

 

でも、社会に出れば私はありふれたその他大勢の一人。

 

社会で何かをなすのは、きっと赤里のような人間だ。

私のような空っぽな人間は、赤里が目が眩むほどにまぶしく見えた。

 

 

私なんかは妹を邪魔しちゃいけない。

せめてものの手助けとして、空っぽらしく、父の機嫌を取り続けるため”優等生”でい続けた。

 

 

そうして私たちが中学生になり、15になった年が終わるころ。

 

 

家が燃え上がった。

 

 

原因は分からない。親はいない。消防署はここから遠い。消防車を待っている暇なんてない。

 

私はいつでも逃げられる場所にいた。

でも、赤里はいつもの部屋の中。

 

 

「赤里!!」

 

 

裸足のままで燃える階段を駆け上がる。

赤里の部屋は2階の奥の方。無駄に広い家がこの上なく憎い。

 

2階に上がって部屋に向かっていると、向こうからこっちに走って来る赤里がいた。

 

 

よかった!無事だ!

そんな束の間の喜びに囚われ、私は気付いていなかった。

 

 

私の上で燃えて崩れ落ちる天井に。

 

 

その時、赤里は向かってくる私を突き飛ばした。

 

 

「ッ…!赤里!!!」

 

 

必然的に赤里は崩れた天井の下敷きに。

そして私たちの間を別つように、炎が急激に大きくなる。

 

 

「姉…ちゃん…」

 

 

赤里はこちらに手を伸ばそうともせず、口を開いた。そして…

 

 

崩れるモノに赤里は完全に埋もれてしまった。

最期の言葉も炎と轟音にかき消され、誰にも届かない。

 

 

私のせいだ。

 

私のせいで赤里の人生は終わった。赤里の夢をここで壊した。

 

そんなことがあっていいはずない。楯銛赤里は歴史に名を刻むはずだった名前だ。私なんかが奪っていいはずがない。

 

 

頭の中は苦悩で満ち、後悔と自分への憎悪を燃やしながら、

自分にできる償いを探していた。

 

 

あるじゃないか。自分にしかできないことが。

 

幸い見た目は変わらない。他人の事に興味のない父が気付くはずもない。

 

 

 

 

 

私は台所にある包丁で自分の髪を切り落した。

 

 

 

 

 

数分後、予想通り期待外れの消防車が到着。

その中から出てきた消防士の一人が、外にいる少女に名前を聞いた。

 

そして私は。いや、()()は答えた。

 

 

 

「楯銛…赤里……」

 

 

 

 

そこから先は悩んでる暇なんてなかった。

まずはプロゲーマーとして名を轟かせる。赤里が使っていたユーザー名とは別のものを使い、しばらくは鍛錬を重ねた。

 

その後、中学3年生はほとんど学校に行かず、赤里に追いつくように勉強を続けた

 

 

自分は独学でプログラムを学びきれるとは思えない。環境的な問題でも、大学に行く必要がある。

そのためには高校に行かなくては。

 

出席日数や内申の問題はあったが関係ない。入試満点でねじ伏せるのみ。

 

 

そして、音ノ木坂学院に入学。ゲームの実力も付き、”ランス”の名を使うようにした。

だが、越えられない壁があった。それが”∞”。

 

夢を実現するため、一番でなければ意味がない。

コイツが邪魔だ。消し去ってやりたい。

 

 

そんな時、気まぐれで行った部活動で、その”∞”に出会った。

 

 

勝てなかった。その間には圧倒的な差があった。

 

 

このままではいけない。こんなところで立ち止まっていては、生きる価値も資格もない。

 

 

そんなある日、画面から”悪魔”のささやきが聞こえた。

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

「何を言っている…ボクは…!

楯銛赤里だ!」

 

 

楯銛は永斗に向けて引き金を引く。

だが、動揺した心が放った銃弾は止まっている永斗にかすりもしない。

 

 

「精神面に影響されやすい。経験の浅い証拠だ」

 

 

さらに攻撃を続けるが、中々命中しない。

そんななかでも、永斗は攻撃のそぶりを見せなかった。

 

 

「君は妹が大好きだった。そして、妹を尊敬していた。

その上、死んだ妹の意志を継ぐ。これって自己満足だと思わない?」

 

「黙れ!!」

 

 

楯銛は激昂し、再び銃口を向ける。

すると永斗も楯銛に銃口を向け、素早く一発を撃ち込む。

 

銃弾は楯銛の手に向かっていき、持っている銃だけを弾き飛ばした。

 

 

「君は妹のことを一番に思ってる。でも、それに捕らわれすぎて

一瞬でも、赤里ちゃんの本当の思いを考えられなかったんじゃないの?」

 

 

その言葉で、楯銛の手が止まった。

 

 

「赤里の…思い…?」

 

 

「君は赤里ちゃんが大好きだった。そして、憧れていた。さっきも言ったね。

じゃあ、赤里ちゃんから見て、君はどう見えたと思う?

 

ここからは想像なんだけど…子供ってのは自分と違うモノをよってたかって非難する生き物だ。つまり…」

 

 

楯銛も気づいたようだ。ゲーム画面から目を離し、真っ直ぐ信じられないような目で永斗を見る。

 

 

「いじめられてたんじゃないかな?学校に行ってた時期。

それが引きこもりの原因だったのかもしれない」

 

 

考えたこともなかった。赤里が強いと信じ込んでいたから、そんな素振りは見せなかったから。

 

赤里は性同一障害。その上、異常なまでに優秀。

考えたこともなかったんだ。妹が自分と同じ弱い人間だなんて。

知らないうちに、自分の憧れを押し付けてた…

 

 

「赤里ちゃんからは君が眩しく見えただろうね。

自分が逃げ出した世界で、精一杯生き続ける君が」

 

 

赤里がゲーム世界に引きこもったのも、ただ現実から逃れたかったのがきっかけ。

あの壮大な夢は、くだらない理由で自分を狭い世界に縛り付けた同級生を見返すため。

 

それを私に語ったのは、私に認めてもらいたかったから…

 

 

似ていたんだ。私たちは。

 

当然だよ。双子なんだから。なのに…

 

 

 

「どうして…私は……」

 

 

ゲーム画面に涙が落ちる。

 

やっとわかった。あの時、赤里は”生きて”と言ったんだ

私が赤里の夢を継ごうとしたのと同じだった。

 

責任感に縛られ、託されたと思い込んだ夢を追って。

望まれてもいない罪滅ぼしを続け、気付こうともしなかった。

 

 

「赤里…私は、どうすればいい…?」

 

 

ゲームみたいにリセットはできない。こうして悩んでいる間も時は流れ続ける。

 

意識の中で、赤里が”思い出して”と言った気がした。

 

 

ふと無意識に横を向く。そこには、ゲーム研究会の皆がいた。

 

 

高校の入学式のあの日、入学式をサボっていた私に声を掛けたのは、灰間先輩だった。

 

ゲームのスキルアップにと入ったゲーム研究会。

 

そこには色んな人がいて、見たことのないような景色を見せてくれた。

使命感という殻に覆われながらも、心の奥ではこの時間を楽しみにしていたんだ。

 

この時間は、唯一”楯銛青葉”の心が生きていた時間だった。

 

 

罪滅ぼしのうち、ゲームが、ゲーム研究会の皆が好きになってしまった。

これが本当の私になってしまった。そんなこと許されないとはわかりながら。

 

 

”姉ちゃんはどうしたい?”意識の中、赤里がそう聞いてきた気がした。

 

今、応援してくれる大好きな仲間たち。目の前には”越えなければいけない”、いや…

”越えたい”好敵手。

 

 

我儘な姉ちゃんでごめん。

 

でも、赤里が許してくれるなら。私が私として生きていいのなら…!

 

 

 

「サイバー。掛かってる全部のチートを解除する」

 

 

画面の中で、サイバーが激しく反対する。

だが、構わずすべてのツールアシストを解除した。

 

 

 

「私は……∞、君に勝ちたい!」

 

 

「受けて立つよ。ゲーマー”ランス”。

銃を拾いなよ。ここからが勝負だ」

 

 

 

青葉は弾かれた銃を拾い、背負ったビーム銃を捨てた。

そして、永斗は手持ちの手榴弾を上空に投げ上げた。

 

 

手榴弾は上空で爆発。

それを合図に、銃撃戦の火ぶたが切って落とされた。

 

 

青葉は片手銃で銃撃。だが、永斗は建物に隠れてこれを回避。

建物の陰から跳弾数を設定し、永斗は3発の銃弾を放つ。

 

銃弾は壁や地面を反射して青葉へ向かっていく。

だが、青葉は真っすぐ永斗のいる方向に駆けていった。

しかし、銃弾は青葉には当たらない。

 

 

(一発目の銃弾の着弾を見て、マップから考えて当てに来るポイントを逆算したのか。

非常に高い空間認識能力と同時処理能力に計算能力。

なにより失敗によるダメージを恐れない無鉄砲さ。慎重だった以前のランスとは大違いだ)

 

 

「これは、また面倒な感じに覚醒してくれちゃって…!」

 

 

正直この行動を予測していなかった永斗は反応が遅れる。

 

急いで逃避行動をとり、マップを確認。プランを立てる。

永斗の姿をとらえた青葉は、二丁拳銃で永斗めがけて発砲。

 

一瞬では数えきれない発砲音が響き、多数の銃弾が永斗に向かってくる。

永斗は落ち着いて避け、跳弾を巧みに使って弾く。

顔の前に来た最後の一発を弾いたと思ったその瞬間、その真後ろから、ほぼ同時に発砲されたブラインド弾が姿を現し、永斗の頬をかすめた。

 

 

永斗は苦し紛れのように一発の弾丸を撃つ。しかし、その弾丸は明後日の方向に。

 

それに青葉は一瞬気をとられる。

その隙に、永斗は隠し持っていたもう一つの片手銃を取り出す。

既に銃弾、跳弾数は設定してある。

 

成功する確率はかなり低い。でもこれが最善手だ。

 

 

永斗は両手の銃で、これまで以上の量の銃弾を発射した。

 

普通に見れば、この跳弾する弾丸は避けられる量じゃない。

だが、瞬時に計算して攻撃を回避できるポイントを割り出す青葉。

 

さらにこの弾幕には隙間がある。絶好の狙撃ポイントだ。

 

青葉は迷わず、隙間を通るように銃弾を放った。

銃弾は何にも遮られることなく、永斗の足に命中した。

 

 

 

「足を撃ち抜いた。もう満足に動けないはず。

私の…勝ちだ」

 

 

だが、永斗はまだ諦めていない。それどころか、勝ちを確信したような口調で言い放った。

 

 

「問題ない。ここから一歩も動かずに、君を倒せる」

 

 

青葉の脳裏にさっきの明後日の方向に飛んで行った一発の記憶がよぎる。

あれは注意をそらすものだと思っていた。違うとするなら…

 

 

「物理ダメージでもヒットポイントが減るのは、凛ちゃんがこけたときに実証済みだ。

もし、君の頭上に工事用の鉄骨があって、さっきの銃弾はそのワイヤーを切るためだったとしたら?」

 

 

間違いなくゲームオーバー。青葉は慌てて上を向く。

 

 

 

 

だが、そこには鉄骨なんてなかった。

 

 

視線を戻すとそこには永斗の姿は無い。

 

 

 

「残念。君はさっきの一瞬で迷わず僕を撃つべきだった」

 

 

「しまっ…」

 

 

 

そう、足を撃ち抜いた。それは満足に動けなくなるだけで、完全に動けなくなるわけではない。

片足撃たれたくらいなら、視界から消えることはたやすい。

 

全ては誘導だった。青葉の経験の浅さから来る僅かな油断を見越した、見事なまでの。

 

 

 

「完敗だ…」

 

 

 

青葉の死角から放たれた銃弾が、青葉の頭を撃ち抜いた。

 

 

 

 

【ランスGAMEOVER】

 

 

 

【WINNER∞】

 

 

 

 

 

ゲームが終了し、青葉はゲーム機を机に置く。

だが、その顔は清々しい。あの勝利への執着は無くなったらしい。

 

最後の数プレーは、紛れもなく楯銛青葉としてのプレーだった。

 

永斗もゲーム機を置き、青葉に歩み寄る。

 

 

「勝負に勝った報酬。じゃあ、一つだけお願いを聞いてもらおうかな。

明日から学校に来なよ。クラスに友達は多い方が、気楽でいい。それに、君がいてくれると学校も幾分かは楽しくなりそうだ」

 

 

そして、表情を変えずに永斗は手を差し出した。

 

 

「またやろう。いつでも待ってる」

 

 

前は取らなかった手。青葉は笑顔でその手を強く握った。

 

 

 

「次は負けない!」

 

 

 

 

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「あのガキ!負けやがった!!」

 

 

電脳空間内。自らをデータにして、バンバンシューティングに干渉していたサイバー・ドーパントは、楯銛青葉の敗北を受け、憤慨した。

 

この戦いで明らかになった真実なんて、サイバーからすればどうでもいいことだった。

 

まぁいい。まずはいったん立て直しだ。

今じゃなくても目的は果たせる。なにより、復讐の大本命なのだから、それこそ盛大にやらなければ意味がない。

 

 

そうなると、用意していたルートで一度退避を…

 

 

 

「何…?」

 

 

おかしい。退避ルートが見当たらない。

電脳空間は幾つもに枝分かれする道のような構造になっている。

こちらから、あっちの位置情報も把握できる。だが、用意していたルートは何故か塞がれていた。

 

通信障害やケーブルや機材の故障でこういう事は起こりうる。

落ち着いて別の場所を探そう。

 

 

 

数分後。

 

 

 

「おかしい…!なぜ道がない!」

 

 

探せど探せど逃げ道がない。

おかしい、停電でも起きているのか?でないとするならば…

 

狙われている。それが結論だった。

 

早くしないと逃げ場が完全にふさがれる。どこか無いか?どこか…

 

 

あった。音ノ木坂から数キロ離れた場所のノートパソコン!

 

サイバーは迷わずそこに飛び込む。

画面を抜けた先には現実世界。そこは作業がストップしている建設現場。

 

 

 

そして、切風アラシと津島瞬樹の蹴りが、サイバーに炸裂した。

 

 

「ぐおっ!」

 

 

ノートパソコンはサイバーに下敷きになり、破壊。

これでもう完全に逃げ道は無い。

 

 

 

「バカな…なぜお前らがここに!」

 

「バカはテメェだ。勝負にすればお前は必ずサポートに来る。

後は逃げ出すタイミングで逃げ道をふさいで誘導するだけ。こんなアホみたいな手に引っかかってくれるとは思わなかったよ」

 

「あり得ん!逃げ道を誘導なんて、そんな芸当!」

 

「できるんだよ、これが。偶然知り合いに凄腕ハッカーがいてな。それも2人。

サイバーが回線を通るとき、通信速度が遅くなる。それで場所を把握しつつ、ここら近辺のネット接続を切断していってもらった」

 

 

 

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西木野邸、同刻。

 

 

大きな見るからにハイテクなコンピューターを前にする人物が2人。

一人は黒音烈。情報収集のプロフェッショナルだ。ハッキングにも精通している。

 

 

「流石は病院経営の西木野家。こんな高性能なコンピューターがあるとは驚きましたね。

あと、まさかハッキング技術を持つ高校生がいるとは思いませんでした」

 

「驚きはこちらもさ。悪魔に対抗するために、ネットで同じく”悪魔”と揶揄される私の力を借りようとは…前回の停学中に暇つぶしでハッキングを覚えた甲斐があるというものさ」

 

 

そう、ゲーム研究会の会長、灰間彩だ。

 

 

「停学中にわざわざ来るなんて、受験生は結構暇なんですね」

 

「かわいい顔で中々の棘を吐くじゃないか。なに、停学中の外出は慣れっこだよ。

それに、私の大切な後輩をそそのかす輩がいると聞いては黙ってはおけないだろう?

私の後輩を2人も巻き込んだ罪は重い。残りの人生をブタ箱で謳歌してもらうことにしよう」

 

「気が合いそうですね、ボク達」

 

 

 

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「さて、アンタの素性も割れてんだぜ、サイバー・ドーパント。

いや、西野五郎!」

 

 

本名を言い当てられ、動揺するサイバー。

それにバトンタッチするように瞬樹が前に出て、ポケットからカンペを取り出した。

 

 

「フッ…竜騎士シュバルツが貴様の罪状を宣告してやろう。

貴様の犯行の被害者には共通点は無かった。だが、穂乃果たちが調べたところ、逮捕された貴様の共犯者には共通点があった!まず、貴様は虎谷咲の父親に取引を断られている。さらに、共犯者には貴様と同期で貴様より成績がいい者、職場の上司、貴様に詐欺を行った相手、さらには学生時代に貴様を振った女までいた。そして、貴様は楯銛赤里の父親の会社に働き、クビになっている。ここまでの共通点に当てはまるのは偶然とは言えないな!」

 

「オイ、カッコつけてるけどお前何もしてないからな」

 

 

これらの事実は、全てμ’sのメンバーが聞き込みやインターネットで調べたことだ。

ゲームの最中、サイバーの注意を引くことができる。とはいえ、この短時間に真相にたどり着くとは、アラシも感心せざるを得なかった。

 

 

「…そうさ、俺はこの力で復讐を果たすんだ!どいつもこいつも俺を見下し、俺のコケにしやがって!俺の人生に泥を塗ったやつは全員破滅すればいいんだ!」

 

 

「なるほどな、やっとわかった。テメェは悪魔なんて高等なもんじゃねぇ、

逆恨みで人の人生を狂わす、ただの社会の害虫だ!!」

 

「己の罪も見えない愚者よ、貴様に許しの二文字は無い!!」

 

 

アラシ、瞬樹はそれぞれジョーカーとドラゴンのメモリを取り出す。

そしてアラシはダブルドライバーを腰に装着。瞬樹は背負ったエデンドライバーを構えた。

 

 

《ジョーカー!》

 

《ドラゴン!》

 

 

「永斗、いけるか?」

 

(大勝負の後で結構疲れてんだけどね。ま、しょうがないから付き合うよ)

 

 

ドライバーに永斗のサイクロンメモリが転送されてくる。

アラシはそれを押し込み、ジョーカーメモリを装填。

 

瞬樹はドラゴンメモリをドライバーに装填し、顔の前でドライバーを構えた。

 

 

 

「「変身!!」」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

《ドラゴン!》

 

 

 

アラシはドライバーを展開、瞬樹はトリガーを引き、仮面ライダーダブル、仮面ライダーエデンへと変身した!

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

「騎士の名のもとに、貴様を裁く!」

 

 

 

 

その時、目の前にワームホールが出現。

その中からは前回瞬樹を破った、キャンサー・ゾディアーツが現れた。

 

キャンサーはハサミをカチカチ鳴らしながら、エデンに歩み寄っていく。

 

 

「おおっと、また会ったね。これも何かの縁だ。

良かったらあたしの第二演目見ていかない?」

 

「望むところだ。その喧しい舌を引っこ抜いてやる」

 

 

『瞬樹はまた外に敵作ってるね。じゃ、僕らは』

「コイツだな。さっさと終わらせようぜ。覚悟しな、害虫野郎!」

 

「なめるなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

__________________________

 

 

 

エデンVSキャンサー・ゾディアーツ

 

 

 

「ハアッ!」

 

「無駄無駄無駄ぁ!ってね」

 

 

エデンの攻撃は相変わらず全く通らない。

そのくせキャンサーの攻撃は鋭く、確実にエデンを削っていく。

 

 

「ほれ、これでも食らいなっ!と」

 

 

キャンサーの斬撃がエデンに向かっていく。

エデンは槍でこれを弾く。そして勢いを付けてキャンサーに一撃を叩き込んだ。

 

 

「効かないねぇ。今のアンタは臆病なワニ。口だけは立派です。ってね」

 

 

 

このままでは前と同じだ。

そんな中、瞬樹は今朝の烈との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

数時間前。

 

 

 

烈に呼び出された瞬樹。その前には一つの小箱が置かれている。

瞬樹がそれを開けると、その中には一本の赤紫色のメモリ。

 

 

「ハイドラ…ヒュドラの記憶か」

 

「昨日、”X”から届いたプロトタイプです」

 

”X”とは、瞬樹及び烈の協力者。定期的に新装備を提供し、時には情報を寄こすこともある。エデンドライバーを瞬樹に渡したのも、この”X”だ。だが、その素顔も素性も明らかではない。

 

 

「これを使うことで、蛇の頭を模した、九つの浮遊式レーザー砲ユニットが装着されるらしいです。九のユニットはそれぞれ個別に操作可能。ただし、相応の技術が必要となります。戦闘でその機動性と戦闘での性能を検証してほしいとのことです。ただし、一つ注意が」

 

「注意?」

 

「発射されるレーザーは高密度エネルギーの光線で、凄まじい破壊力を持ちます。ですが、レーザーを使えるのはユニット一つにつき一度のみ。よく考えて使ってください」

 

 

 

 

 

 

マキシマムオーバーシステムは、一度使えばしばらくは使用不可となる。

当然、練習はできない。これを有効に操作するのは難しい。それは流石の瞬樹でもわかっていた。

更に、ドライバーにサイバーのウイルスが残留し、まだマキシマムが使えない。

甲羅を突破する火力があるとするなら、このハイドラメモリだ。

 

だとするなら、使うのは今じゃない。

 

 

《ユニコーン!》

 

《ユニコーン!マキシマムオーバー!!》

 

エデンはユニコーンメモリをオーバースロットに装填。

胴体に紫の鎧、”モノケロスギア”が装着される。

 

 

「そんなのでキャンサーの甲羅を破ろうってのかい?笑わせるねぇ!」

 

 

エデンはまず、槍の腹でキャンサーを殴りつける。

ユニコーンにより強化された腕力により、キャンサーは勢いよく吹っ飛んでいった。

 

甲羅を割らずとも、距離をとることに成功した。

エデンは槍を吹っ飛んだキャンサーに向け、突きの構えをとる。

 

 

「猫女、貴様の技を借りるぞ!」

 

 

普段は腕にしか使わないユニコーンの能力を高め、足にも行き渡らせる。

そして、爆発的に上がった脚力で踏み込み、

 

 

一瞬にしてキャンサーの間近に。突進の勢いをそのまま突きの力に変え、キャンサーの甲羅に炸裂した。

 

 

「お見事。臆病なワニでも牙はあったてことかい。

でも残念。あとちょっとだけ足りなかったみたいだねぇ」

 

 

エデンドライバーの先端はキャンサーの甲羅を貫き、突き刺さっている。

だが、それは先端だけ。とても有効打とはいえない。

 

 

「フッ…カニ芸人よ、貴様のコントもここまでだ」

 

「コントじゃなくて落語…ってどうしたの、面白くない冗談言っちゃって」

 

 

エデンはユニコーンメモリをスロットから引き抜く。そして

 

 

《ハイドラ!》

 

《ハイドラ!マキシマムオーバー!!》

ハイドラメモリを起動し、スロットに挿す。

スロットからエデンの胴体、そして背中に赤紫のラインが伸び、赤紫の鎧と九つの蛇の首のようなバックパックが装着される。

 

 

「都合により詠唱省略。喰らえ、神蛇の毒牙(サクリファイス・ハルパー)!!」

 

 

九本の首から同時に高密度レーザーを発射。

その光線は突き刺さったエデンドライバーに集まり、ドライバーを通してキャンサーの内部へ!

 

 

「そ…そんな馬鹿な…!」

 

「どうした?自慢の舌の動きが悪いぞ?」

 

 

九本のレーザーは内部で収束。

一本の剣のようになり、キャンサーの甲羅を完膚無きまでに貫通、粉砕。

 

キャンサーは断末魔も上げることなく、内部のエネルギーに耐え切れず、跡形もなく爆散した。

 

 

 

___________________________________

 

 

 

ダブルVSサイバー

 

 

ダブルはサイクロンジョーカーのままサイバーと戦闘を続けている。

 

サイバーは無数に円盤を生成し、投げつける。

だが、全てパンチやキックで叩き落され、ダブルには届かない。

 

サイバーは能力が極めて特殊で、強力。

だが、一方で戦闘における能力値は低く、正直に言って戦闘向きとは言い難い性能だ。

 

この戦い、ダブルが圧倒的に優勢だった。

 

 

 

「こんなところでやられてたまるか!俺はこの力でこの世界を支配するんだ!」

 

『黙っててよ、小悪党。聞いてるこっちが恥ずかしい』

「信念もないような奴は何もなせるわけがない。テメェみたいな奴は一生はいつくばって生きてやがれ!!」

 

 

ダブルの拳がサイバー腹部に直撃。その勢いで上に上がったサイバー。

そして落ちてくるタイミングでキックを放ち、サイバーは吹っ飛んで廃材の山に激突した。

 

 

「行くぞ永斗。10秒で決める」

『オッケー、アレだね』

 

 

《ライトニング!》

 

《メタル!》

 

 

ダブルは2本のメモリを取り出し、ドライバーのメモリと入れ替えて再び展開。

 

 

《ライトニングメタル!!》

 

 

ダブルの右半分はターコイズに。左半分は銀色になり、背中にメタルシャフトが現れる。

 

ライトニングメタルは一見するとサイクロンメタル同様にバランスが悪く見えるかもしれない。

だが、ライトニング程のスピードがあれば関係ない。防御、パワー、スピードを併せ持つ戦士の完成だ。その上、金属と電気という属性の特性上、相性がいいのだ。

 

 

「行くぜ…!」

 

 

ライトニングの能力を発動し、超加速を始める。

 

電流を帯びたメタルシャフトでサイバーに一撃。

吹っ飛ぶ前にもう一撃、もう一撃と、連続で攻撃を叩き込んでいく。

 

ダブルの攻撃が止まり、サイバーが時間差で吹っ飛んでいく。

だが、まだ10秒立っていない。ダブルは吹っ飛ぶサイバーに追いつき、メタルシャフトにライトニングメモリを装填した。

 

 

《ライトニング!マキシマムドライブ!!》

 

 

「『ライトニングハルバード!!』」

 

 

電流、いや、雷を纏ったシャフトで、サイバーを地面に叩きつける。

振り下ろされた棍棒は、さながら斧のよう。

 

 

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

雷が落ちたような轟音と閃光と共に、サイバーは爆発。

 

地面に転がっている気絶した男の顎から、水色のメモリが飛び出し、破裂した。

 

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

「よかったの?せっかく駒を貸したげたのに」

 

 

戦いから少し離れた建物の屋上。

サイバーが負けたのを見て、朱月王我は呟く。

すると、”暴食”は相変わらずフードをかぶって顔を隠し、不機嫌そうな声で返した。

 

 

「アレはとんだ期待外れね。適合率が高かったけど、メモリを進化させるには精神面がまるでダメ。

まぁ、心配ないわ。芽生えた悪意はまだまだあるんだから」

 

 

「世の中には悪人だけは掃いて捨てるほどいる。ホントにその通りだよねぇ」

 

 

見下ろすと、暗くなる街を照らす無数の明かり。

この光一つ一つは人々の善意か、それとも悪意か。

 

そんな風景を片目に、少なくとも2つの明確な”悪意”は、ワームホールの中に消えていった。

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

7/28 活動報告書

 

 

なんだかこれを書くのも久しぶりな気がする。

探偵部としての初めての活動報告だ。これは理事長に提出することになっている。締まっていこう。

 

 

まず、サイバーの件について。

 

一連の事件の犯人、西野五郎は逮捕。

自分勝手な恨みだけでなく、関係のない者まで巻き込んだ罪は重い。

虎谷の父親の件についても自白し、虎谷の父親は会社内での地位を取り戻したという。

 

虎谷からは報酬金。その上、虎谷の父親から国産黒毛和牛が届いたっていうんだから驚きだ。

高級食材なんて無縁の俺たちにとって、かなりありがたい。今度、直接会って礼を言おう。

 

ほかの被害者も皆が無罪というわけにはいかなかった。

事実、悪魔のささやきに傾かなかったのは虎谷の父親くらいで、他の奴らは黒幕がいるにしても、欲望のために自分の意志で犯行を行っている。罪を償わないわけにはいかない。

 

誰の心にも悪意は潜んでいる。

今回の事件の真の黒幕は、それを利用した西野か、それともその悪意に身を任せた人々か。

俺たち探偵はその命題に向き合っていく必要がある。

 

 

そして、楯銛青葉の件。

 

彼女は今日、学校に来ていた。永斗との契約らしい。

話によると事情が事情なので、すぐに”楯銛青葉”として生きることはできず、しばらくは”楯銛赤里”の名前で生活することになるという。これから少しずつ周りの人たちに明かしていくつもりらしい。

 

時期が来れば父親にも話すと言っていた。許してさえくれるなら、自分の事をネットに打ち明け、妹の存在を、かなえたかった夢を多くの人に知ってもらいたいという。

 

 

最後に、今回の事件で驚いたことと言えば、やはり穂乃果たちだ。

俺は別の調査で、永斗も試合中で本棚が使えなかったにもかかわらず、あの短時間で犯人を暴いて見せた。情報収集能力の高い奴、頭がいい奴、鋭い奴、リーダー格。

 

間違いなくコイツ等は頼れる探偵仲間になる。

才能ってのは意外なところで発掘されるもんだ。俺たちも負けちゃいられない。

 

 

「さてと、こんなもんか」

 

 

報告書を書き終わり、俺はノートパソコンを閉じる。

部室には俺だけ。他の奴らは練習に行ってしまった。

 

そんなアイツ等も、本業はアイドル。

そして、もうすぐ大舞台だ。

 

 

廃校の命運を賭けたオープンキャンパスまで、あと2日…

 

 

 

 

 

 




長かった…まさか自分でも2万5000も書くとは思ってなかった。
さて、やっとゲーム研究会編もひと段落。次回はようやくオープンキャンパスです!
もうすぐこの小説も一周年(だったらもっと進め)!
というわけで、次回は今までのキャラをできる限り出しつつ、振り返りとしたいと思います!
おなじみのあのキャラ、こんな奴いたっけ?ってキャラ、まさかのあのキャラ。

次回も頑張って書きます!
あと、最近他の作品の感想欄に顔出してないので、今度一気に感想投稿します。もうしばらくお待ちくださいm(__)m


感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第28話 **なる*/**の***

遅ぇ!&長ぇ!で定評のある146です。
あ、ビルドドライバー買いました。ビルドガシャットも無事確保。
とりあえず田舎なので、幸いにも在庫は余りに余ってました。買いに行くのに数時間かかるのが難点ですが…

さて、話を戻して。
総集編です。ですが、丁寧にやったところと、凄い雑になったところの差が激しいです。
いや、総集編って難しい…つーか、こんなことやってる場合なのか?ストーリー進めた方がいい気も…


とりあえず、どうぞ!最後までお付き合いください!


ーアラシsideー

 

 

7月30日。朝の6時。

 

 

「…よし、こんなもんか」

 

俺は小皿に入れたみそ汁のだしを口に含み、呟く。

毎朝の朝食は俺が作っている。今日は米にみそ汁、あとはスーパーで安売りだった卵を使った目玉焼き。いつもならもう少しひねるところだが、今日は時間がないし、これでいいとしよう。

 

ちなみに、みそ汁のだしは煮干しでとっている。煮干しなら比較的安価で手に入るから家計にも優しい。さらに、事前に弱火で炒めることで香ばしさを足すことができる。だしを取った後は醤油、みりん、砂糖で煮詰めて佃煮に。これで明日のおかずは困らない。

 

 

「さてと、そろそろ起こしに行くか」

 

俺はエプロンを外して、永斗の部屋に向かう。

今日は早いって言ったんだが…これで言うこと聞くようじゃ苦労しないが。

 

永斗の部屋のドアを前にして、ノックをせずにそのまま開ける。

寝ていた場合、ノックじゃ絶対に起きない。地震でも起きないと思う。

そして、もう一つのパターンが…

 

 

 

「あ、アラシ」

 

 

ドアを開けると、テレビの画面の前に正座している永斗。

そして、部屋には無数のスナック菓子の袋と空きペットボトルが散乱していた。

 

 

「こっちのパターンか…」

 

 

もう一つのパターン。それは”寝てない”パターン。

こいつは稀に、一晩中起きて大量の菓子とジュースを貪りながら何かをするときがある。俺からしたら家計にも響くため、空き巣より質が悪い。

 

 

「…今何時?あぁ、深夜30時か。

そんじゃ、おやすみ……」

 

「どんな時刻の数え方だ!つーか寝るな、オイ!!」

 

 

時計を見るや否や布団をかぶった永斗に強烈な蹴りを入れる。

 

 

「痛いなぁ…もうちょっと貫徹明けの人間に優しくなれないの?」

 

「自己責任だろうが!てか、今日何の日か知ってんだろ?」

 

「今日…?」

 

 

永斗は訳が分からなそうな顔をしている。

あれほど言ったのに忘れるか?コイツ…その頭脳を普通に生かしてもらいたいものだ。

 

 

「オープンキャンパスだよ!リハーサルやるから早めに集合って話だっただろうが!!」

 

 

今日はついに来たオープンキャンパス当日。夕方に部紹介の時間を利用し、μ’sがライブを行うことになっている。瞬樹のせいで時間が取れなくなって一時はどうなることかと思ったが、なんとか時間を取り返すことができた。

 

 

「そういえば…でもリハーサルでしょ?じゃあいいじゃん。

見た感じ大丈夫そうだったし。てなわけでおやすみ…」

 

「だーかーらー!寝るなって言ってんだろ!!

大体、朝まで何やってたんだよテメェは!」

 

「そんなの決まってんじゃん。溜まってたアニメの消化だよ。

こないだ〇mazonから届いたBlu-rayBOXもあるし、時間あるときに見ちゃわないと」

 

コイツの部屋にテレビ置いたのが間違いだった。

烈にでも頼んで、コイツの部屋のWi-Fi永久に切断させてやろうか。

ん?いや、そういえば…

 

 

「ソレ買ったって言ってたが、

そういえば、こないだの報酬からいつの間にか10000程抜かれてたんだが…」

 

「あー、きゅうにやるきでてきたなー

いそいでがっこうにいかないとー」

 

 

この後、滅茶苦茶説教した。

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

「あー疲れたー」

「にゃー」

 

 

アラシに説教されながら学校に向かい、早朝のリハを終え、僕と凛ちゃん、真姫ちゃん、かよちゃん、ついでに瞬樹が教室に入る。

 

僕は演出やその他の最終チェック。といっても衣装合わせも出来てるし、振り付けも完璧。僕だって何回もチェックするのは面倒だから、一回で済むように仕事をしているつもりなんだけど…心配性過ぎなんだよ、皆。

 

凛ちゃん達は踊ってたわけだから僕より疲れてると思う。

多分、授業中寝るな。

 

僕も一眠りしようと席に向かおうとする。

すると、僕の後から教室に入ってきた生徒がいた。

今日もちゃんと来た。約束は守ってくれるみたいだ。

 

 

「お…おはよう…」

 

「おはよ、青葉ちゃん」

 

 

楯銛青葉。こないだ僕とゲームで勝負した少女。

以前は死んだ妹を名乗る、潔癖効率主義のボクっ娘だったが、μ’sの皆とアラシ、あとは僕の活躍で本来の彼女を取り戻した。

 

彼女は大企業の社長令嬢で、色々あってサイバーって言うドーパントに狙われてたんだけど、そっちも僕たちが撃破

青葉ちゃんを共犯者にすることで社長の立場を奪う作戦は失敗に終わった。

と言いつつも、やったことと言えばチートだけ。ゲーム界からすればご法度だが、現実社会じゃどうということは無い。

 

というわけで、青葉ちゃんは学校に通うことになった。

 

しかし、それからというもの青葉ちゃんの態度が妙によそよそしい。

あんなことがあった後じゃ仕方が無いか。また今度ゲームでもして話そう。

 

そんなことより眠い。

僕は自分の席に座り、机に突っ伏した。

 

 

「かよちーん!真姫ちゃん!永斗くん!あと、ついでに瞬樹くんも。

こっち来てにゃ!」

 

 

寝たいんですが。

 

仕方ない。授業中に寝ることにしよう。

 

 

「どうしたの?」

 

「私、予習したいんだけど」

 

「予習なんかいらないでしょ。真姫ちゃん頭いいし。

寝てても質問に適当に正答しとけば問題ないって」

「それ出来るのアンタだけだから」

 

「でも予習は大事だよ。予習と復習すればテストだって備えられるし」

 

「かよちゃんが言うと説得力あるね」

 

「フッ…俺も予習などしたことは無い!」

「「知ってた」」

 

 

「ちょっとちょっと!こっちに注目!!」

 

「あ、ゴメン」

 

 

凛ちゃんがちょっと怒ってる。

あと、多分凛ちゃんも予習とかしないだろうな。

 

 

「で、何?要件って」

 

「ふっふっふっ…それは…

ジャーン!!」

 

 

凛ちゃんはポケットから自信満々に小さな4つのフェルト人形を取り出し、僕たちに見せた。

 

その人形はそれぞれ僕たちの姿を模していた。

 

 

「μ’sも9人になったし、こういうのあったらいいなーって思って!

まだ未完成なんだけど、一年生の分だけ上手くできたから見せようと思ったんだ!」

 

「すごいね…凛ちゃん、昔はこういうの苦手だったのに…」

 

「あ…だから指がボロボロなのね」

「にゃっ!これは…」

 

朝から気になっていたが、凛ちゃんの指は何枚もの絆創膏に覆われていた。

慣れないことするもんだから指とか針で刺したのだろう。

 

しかし、それにしてもよく出来てる。

真姫ちゃんもかよちゃんも細かいとこまで作りこまれており、瞬樹も人形からアホさがにじみ出ている。

 

凛ちゃん自身の分もよく出来てる。鏡を見て作ったんだろうか。

僕だったら絶対無理だな。3分で飽きる。

でも…

 

 

「何故、永斗だけ凝ってるんだ?」

「にゃっ!!??」

 

そう、瞬樹の言う通り僕のだけ無駄に高クオリティ。

服とかもだし、寝ぐせも毛糸で再現してある。

 

「いや、ほら!たまたま最初に作ったのが永斗くんので、一番やる気があったっていうか、作ってたらいつの間にかこうなってたというか…別に永斗くんだから気合が入ったわけじゃなくて…」

 

何を焦ってるんだろうか。

 

 

「でも凛ちゃん、永斗くんヘアピン付けてないよ?」

 

「あ、そういえば…」

 

凛ちゃん作の人形には緑のヘアピンが付けてある。

 

「そういえば付けてない。ヘアピン。

いつもだっけ?」

 

「いつも付けてないわよ。自分に関心無さすぎよ」

 

「あ、それは…」

 

 

凛ちゃんは今度は鞄の中を探りだし、小さい箱を取り出し、僕に渡した。

 

 

「永斗くん、最初に会った時から結構髪伸びたから、寝ぐせもひどいし、こういうの欲しいかと思って……」

 

中には人形に付いてるのと同型のヘアピン。

凛ちゃんは何故かモジモジしてる。可愛い。

 

確かに髪は伸びた気がする。金もないし、散髪もできないし、する気もない。

 

 

「言われてみれば、初めて会ってから結構経つね。

確か5月の最初くらい…あれ?まだ2か月しか経ってないの?」

 

「私が仮面ライダーに初めて会ったのはもう少し前だけど…

μ’sに入ったのはそのくらいね」

 

「色んなことがあったから、時間がたつのがゆっくりに感じるよね…」

 

 

僕が凛ちゃんに会ったのは、ゲーム屋だった。

新作ゲーム タドルクエストを買いに行ったとき、偶然出会ったのが最初だった。

いまじゃそのゲームもアイテムコンプも済ませて全クリしたけど、時が流れるのは早いのか遅いのか…

 

 

「そういえば、3人が加入したときも色々大変だったねー」

 

「ん?なんの話だ?」

 

「そっか、瞬樹くんはまだいなかったから知らないんだ。

実はμ’sに入る前、凛たちドーパントに襲われたんだよ!」

 

「それも飛び切り変な奴に…今考えても面倒くさい」

 

 

凛ちゃん達を襲ったのは、組織の最高科学者 天金狼。

ぶつくさと独り言を言う変人で、四元素を操る”エレメントメモリ”で僕たちの前に立ちふさがった。

 

今思えば、天金はオリジンメモリの適合者である凛ちゃんを狙って来たのだろう。

あの時は本当に無茶した。僕もアラシも。

彼女達を”友達”として認識し始めたのもこの頃。アラシのおかげだ。

 

でも、気になるのは天金と初めて会った時の発言…

 

 

 

『久しぶり、士門永斗君……』

 

 

僕は天金と面識があった?なくした記憶に関係が?

だとしたらどういう関係?ただの顔見知り、もしくは敵。

 

それとも……

 

 

 

「永斗くん!」

 

「…あ、ゴメン凛ちゃん。なんの話だっけ?」

 

「話ってわけじゃないけど…

大丈夫?顔色悪いよ?」

 

 

…考えるのは止めよう。今日はオープンキャンパスだ。

いずれは分かることだ。今考える必要はない。

 

 

「大丈夫。それと、ヘアピンありがたく受け取っとくよ」

 

そう言うと、凛ちゃんは嬉しそうに顔いっぱいの笑みを浮かべた。

そんなに嬉しかったのかな?僕だってプレゼントくらい受け取るし褒めるよ。

 

 

「…?オイ、凛!俺の人形に竜騎士の象徴たる槍がついてないぞ!」

 

「爪楊枝でも持たせたら?」

 

「永斗との扱いが違いすぎなんですが!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

「ふぃ~終わった~!」

 

午前中の授業を終え、大きく伸びをする俺。

今日は午前中のみ授業をし、午後からはオープンキャンパスの取り組みをする。

本来今日は休日なのだが、授業の見学も兼ねて授業をした。生徒側からしたら飛んだ迷惑だ。

 

 

「やっと終わったね~。海未ちゃん、今日の数学分かった?」

 

「今日は単純なベクトルの問題でしたから。

次回からベクトル方程式なので予習をしておかなければ」

 

「さすが海未ちゃん…アラシ君は?」

 

「なんとなく分かった」

 

「海未ちゃんだけでなく入学して1か月しか経ってないアラシ君にまで…

私ダメなのかな…」

 

「そんなことないよ!穂乃果ちゃんだって…」

 

「甘やかすな、ことり。ダメなものはダメだとはっきり言っておけ」

 

「うぅ…アラシ君が厳しい…」

 

「日頃から勉強をしないからです」

 

 

1か月前は慣れなかったこの会話も、今じゃ無いと落ち着かない。

まさか俺がこんな生活をするとは…半年前の俺なら思いもしなかっただろう。

 

 

「お前ら、これからどうする?

ライブまではまだ時間があるだろ?」

 

「うーん…もう一回練習しておきたいところだけど、こうも人が多いと屋上だと見られちゃうし、講堂は使えないし…」

 

 

見られたらダメな理由としては、永斗曰く「ライブは初めて見た時の興奮が大事」だかららしい。

 

今日の朝練を見た感じだと特に心配はなかった。

事前練習は無くても大丈夫だろう。よって、俺は暇だ。

 

「じゃあ海未。ちょっと面貸してくれよ」

 

「私…ですか…?」

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

 

 

 

「あ、お待ちしてました!どうもお世話になってます、新聞部の部長及び編集長の鈴島です!」

 

 

俺たちは新聞部部室へ。そして毎度おなじみのインチキ新聞記者、鈴島貴志音だ。

 

 

「アラシ、これは…」

 

「前にマネージャーとしてインタビューに答えるっていう約束してな。

それが今日になって急にするって言いだすもんだから、こうして来たわけだ」

 

「いやー、実は今日の部紹介でウチの新聞を使って軽く紹介をするつもりなんですが、先日何者かに新聞をすべて破棄されてしまいまして。

急遽、新しい新聞を作ることになったのですが、最近作ったばっかりだったのでネタが足りず、ネタの数合わせとしてこうしてお呼びしたわけです!」

 

 

鈴島が涼しい顔で言った一言に海未は驚くが、俺は特に驚かない。

 

「新聞が全て破棄って…ただ事じゃないですよね!?」

 

「特に不思議はない。コイツ等、学校中に敵作ってるからな」

 

 

探偵部である俺たちに相談に来なかったところ、あちら側からしても大したことではないのだろう。こんな事件がよくあるって、部としてどうなんだ。

 

 

「さて、さっそく始めましょうか!」

「ちょっと待て、その前に聞きたいことがある」

「?」

 

俺はずっと疑問に思っていたことをぶつける。

 

 

「あの時、お前は俺がマネージャーになるってことを知ってたんだろ?

つまり、共学に向けてのプロジェクトを知ってたってことだ。

理事長に聞いたが、あれは廃校を免れる”最後の切り札”。機密事項のマル秘プロジェクトだったはず。それをどうやって?」

 

「それはアレですよ。理事長室に盗聴機仕掛けました」

 

 

帰ってきた予想以上の回答に、今度は俺も口を開けて驚いた。

 

 

「やっぱり理事長室は情報の宝庫ですね。新聞にできないようなこともわんさか出てきました。それに…”もっと面白いこと”を知れましたし」

 

 

その時、俺は背筋に悪寒が走るのを感じた。

コイツはただの変人じゃない。絶対に敵に回してはいけない奴だ。

 

「それで、今はその盗聴機は」

 

「バレると面倒なんで、既に回収しました。

さぁさぁ、始めましょう!言ったように、多少の脚色と変更は了承してくださいよ!」

 

 

鈴島がウキウキ顔で道具を取りに行ってる間、聞こえないようにヒソヒソ話で海未が話しかけてきた。

 

「何故私を呼んだのですか?できれば関わりたくないのですが…」

 

「最悪、俺とμ’sで一番戦闘力があるお前でこの部を制圧するためだ。

これ以上変な噂を立てられると困るからな」

 

「インタビューを受ける心構えではありませんね」

 

 

まぁ、本心は”被害者は多い方がいい”なのだが、これ言ったら流石に怒られる。

なんて考えていると、鈴島がやってきた。

 

 

「さ、アイドル研究部 μ’sのメンバーの園田海未さん!マネージャー兼、探偵部部長の切風アラシさん!インタビューを始めますよ!」

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

午前中の授業が終わり、僕と皆はオープンキャンパスをいろいろ回ってる。

授業?もちろん爆睡ですよ。

 

オープンキャンパスは一般公開もされているため、ちらほら明らかに中学生ではない人もいる。

 

他の部は部紹介の時間以外にも、ブース形式でいろいろしている。

僕たちも何かしようとは考えたが、ライブ以外に特に思いつかなかったし、無しにした。

部紹介ではないので、同好会も紹介をしている。これを機に仲間を増やして部にするチャンスだから。

 

 

「永斗くん、アラシ先輩はどうしたにゃ?」

 

「アラシはなんか用事があるって。適当に合流するって言ってた」

 

 

さてと、どこ行こうか。

ライブまでまだ結構時間がある。準備とかするにしても早いし…

 

とりあえず、テキトーに知り合いのとこ行くか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

 

 

「よぉ!士門か?こないだはありがとな!」

 

「ん?あ、鼠谷先輩か」

「違うよ、牛谷先輩にゃ!」

「何言ってるの。えっと…豹谷先輩じゃなかった?」

「誰だ貴様」

 

「虎谷だ!!あと、最後の奴は論外だろ!」

 

 

僕たちが向かったのはゲーム研究会。

噂で、ゲーム勝負を挑んでどこかの部から場所を奪ったことを聞いていたので、そこに向かった。

 

そんで、この…と…何とか谷先輩は、さっき言ったサイバー事件の依頼人。

父親を貶めたサイバーを捕まえてほしいという依頼で、見事に探偵部最初の依頼を解決した。

アレは僕もよく働いたと思う。うん。

 

 

「ゲームができるって聞いたんだけど」

 

「おう!待ってたぜ。さっきまで青葉もいたんだが…

今、部長が戦ってるから、それ終わったらアタシとやろうか!」

 

 

やっぱりゲームはこういう和気あいあいとした感じに限る。

こないだみたいな面倒なのはゴメンだね。

 

 

「ハッハッハ!また会ったわね、津島瞬樹!

いや、”沼津の魔王”!!」

 

「ッ…!貴様は…”鉄壁の竜使い”!」

 

 

あー、早速面倒な展開に…

彼女は九十九とか言ってたカードゲーマー。瞬樹に負けたプレイヤーだ。

 

 

「ここで会ったが百年目!改造した我が”零壁竜連牙”デッキで勝負だッ!」

 

「いいだろう!だが、デッキがない。

まぁいい、貴様など寄せ集めのデッキで十分だ!」

 

 

絶対負けるよね。あの強さ烈くんのデッキありきだもんね。

 

関わりたくないな…部長さんの試合でも見とくか。

 

 

奥では電子ゲームでの2対2の試合が。

ゲーム研究会側は部長さんこと、灰間先輩。そして、副部長の木部先輩。

 

そして相手が……

 

 

 

「ちょ…おかしいわよ!絶対今の反則よ!レフェリー呼んで、レフェリー!」

 

「の…希?キャラが動かないんだけど、どれがパンチだったかしら?」

 

 

にこ先輩と絵里ちゃんだった。

もう帰りたい。

 

やってるゲームはノックアウトファイター。

でもにこ先輩はコンボがよくわかってないし、絵里ちゃんはコマンドがよく分かってない。

 

 

「おやおや、また私たちが勝ってしまったね。大口叩いてその様とは…笑わせてくれる。

絵里もてんでダメじゃないか!堅物と小学生では勝負にもならないか。ハハハハハ!」

 

「もう一回よ!ダメダメな絵里はほっといて、今度は希と私で行くわよ!」

 

「ウチ、にこっちが負ける方に500円!」

「勝手に何やってんのよ!!」

 

 

カオス以外の何物でもない。何だこの惨状。

灰間先輩はにこ先輩の性格分かって煽ってるな。相変わらず性格が悪い。

 

まぁでも、別に損害が出るわけじゃないし…

 

 

「言い忘れたけど、ここでの部同士の勝負は賭け形式だからな」

 

 

…つまり、もう既に部の何かしらが奪われ、これから奪われようとしていると……

 

 

あーもう!面倒臭いな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

 

「はい、じゃあお疲れさまでした」

 

 

メンバーが受けた勝負を僕が受け、早急に勝って終わらせた。

カードも寄せ集めで案外勝てるもんだ。ノックアウトファイターも2対1でちょっと苦戦したが、何とか勝てた。

 

今度からゲーム研究会は僕一人で行こう。

 

 

さっきので3年生組と合流し、今は合計8人パーティー。

RPGじゃないんだから、全く…

 

 

「で、どこ行く?アラシはまだみたいだし」

 

「それなら。ちょっと行ってみたいところがあるんだけど」

 

 

手を挙げたのは希ちゃん。

 

口にする言葉に、事情を知る僕だけが驚愕することになる。

 

やれやれ、希ちゃんも変わってるよ。

会うのか…彼女に。

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

インタビューを受けること数十分。

俺たちはいままでのアイドル活動を余すことなく話したが…

 

 

 

「弱いですね」

 

「あ?」

 

なんだか文句ありげだ。

んなこと言っても知らん。これ以上は特には無い。

 

 

「記事にするなら…もっとこう、面白さというか、驚き感があるといいんですよ!」

「知らん」

 

「ていうか、jk9人に対して男3人って、圧倒的ハーレムじゃないですか!」

「知らねぇっつってんだろ」

 

「そうだ!マネージャー一人ずつメンバーに3股してるって設定でどうです?」

「良い訳ねぇだろ!!シバくぞ!」

 

 

本当にコイツは苦手だ。早急にぶっ飛ばしたい。

 

 

「じゃあ、探偵部の話教えてくださいよ!その話を盛…脚色して記事にするんで!」

 

「今、盛るって言いかけたよな?」

 

つっても、探偵部を結成したのはごく最近。

特に話すことは…

 

 

「それなら探偵部結成前の話をするのはどうでしょう。

色々ありましたし、それでもインタビューには十分かと」

 

「それです!じゃあお願いします!」

 

「勝手に決めてんじゃねぇよ。

まあいいや。それじゃ…そうだな…振り返りも兼ねて、穂乃果たちと出会った事件でも話すか」

 

 

 

あれは新学年が始まる前。閑古鳥が鳴く事務所に入ってきた突然の依頼だった。

 

やってきたのは穂乃果と海未。

その依頼内容は、「白い怪物を調査してほしい」というものだった。

 

 

「お!最近話題の怪物事件ですね!」

 

「最近じゃ増えてるからな。この時はそこまで多くは無かったんだが…」

 

 

俺は穂乃果たちが見たって言う、とある有名女優を追った。

話によると、その女優が怪物になったらしい。

 

そして調査を進めていくと、その女優以外にも行方不明になっている人物が多くいることが分かったんだ。

 

そして、その情報を見ているうちに、その法則性を発見。

その後の推理で見事に犯人を突き止めたってわけさ。

 

 

「わりとざっくりですね」

 

「事細かに教えるわけにはいかねぇからな。

被害者もここにいるし」

 

 

俺は親指で海未を指す。

海未は申し訳なさそうにうなだれている。

 

 

「犯人は海未に化けた怪物だった。

俺たちの前に現れた海未は、最初から偽物だったんだ」

 

「本当に面目無い…」

 

 

実のところを言うと、犯人は有名俳優。”ダミー”のメモリを使って犯行を行っていた。

実刑判決が下され、芸能界からは追放。今は刑務所で服役中だ。

 

 

「それで、その後は?」

 

「「その後?」」

 

「怪物が出た後ですよ。事件解決ってことは、怪物も退治したんですよね?」

 

 

しまったぁぁぁ!!このままではバレる!仮面ライダーが俺たちだってバレる!

どう誤魔化す?仮面ライダーが通りがかったとか不自然だし…

そうだ!

 

 

「知り合いに仮面ライダーがいるんだよ!

ちょっと連絡したらすぐ来てくれてさ~。だよな!」

 

「え…えぇ!最近、一緒に食事にも行きましたし!」

 

「そうそう!もうマブダチっつーか、もう兄弟だね!うん!」

 

「そうですか…」

 

 

あっぶねー!危うくバレるとこだった。

いや、大丈夫だよな?バレてないよな?我ながら苦しすぎる言い訳だったんだが…

 

海未を連れてきて本当に良かった。

他の奴らなら間違いなくボロ出してた…

 

 

「うーん…もう少し話を聞きたいですね!」

 

勘弁してくれ!

 

「時田くんは何か聞きたい話あります?」

 

 

その言葉に、奥で作業していた一人の生徒が反応する。

あの制服は…

 

 

「男子生徒か?俺たち以外もいるのか」

 

そういえば、理事長が俺たち以外も追って編入すると言っていた気がする。

 

 

「最近転入してきたテスト生、時田(ときた)(かい)くんです。

2年生ですが、違うクラスの様ですね。彼も私たちと志を同じくするジャーナリストです!」

 

「海未、知ってたか?」

 

「いえ。聞いてませんが…」

 

 

見た目は背は少し高めで、髪は男子ならよくあるくらいの長さ。

ぱっと見はおとなしそうな顔で、見た感じ普通の男子高校生といったかんじだ。

だが、志を同じくって…要するにカス野郎ということになるが。

 

 

「そうですね。僕は…”犯罪者連続毒殺事件”について聞きたいですね」

 

 

なんだそりゃ。そんなの担当した覚え…

 

あるな。あの事件か…

 

 

「…あの事件ですか。私から話すのはちょっと…」

 

海未も勘付いたようだ。

その事件とは、謎の人物”ひょっとこ男”が起こした、連続殺人事件。

社会に潜む犯罪者たちを証拠を使って脅し、命がけのゲームに参加させる。

失敗、ルール違反でゲームオーバーとなり、ひょっとこ男が”イモガイの記憶”を内包したメモリ”コーヌスメモリ”でプレイヤーを処刑して行くという事件だった。

 

俺たちの目の前でプレイヤーが処刑され、それで俺たちも捜査することになった。

 

だが、俺のせいで海未が毒を受け、誘拐されてしまった。

責任を感じ、俺は一時μ’sを抜け、海未を助けるためにゲームに参加した。

 

その後いろいろあって、俺はひょっとこ男のもとにたどり着き、新たなメモリ”オーシャンメモリ”を手に入れてコーヌスを撃破した。

 

大事なことに気づけた事件だったが、俺も海未も死にかけたし、何より犯人がまだ捕まってない。

 

 

「悪い。その事件は話せねぇ。別のでいいか?」

 

 

これ以上、海未に辛い思いさせるわけにもいかねぇしな。

 

 

その後、数十分間のインタビューを受け、俺たちは解放された。

ちなみに、その後公開された新聞を見て、その改変っぷりに絶句したのは言うまでもない。

 

 

 

____________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

僕たち一行が到着したのは、部がそれぞれ紹介活動をする中、片隅で小さく設けられているコーナー。

カーテンで仕切ってあり部屋のようになって、中は見えない。

 

看板には地味な感じで”占いの館”。

 

お気付きの人がいるかもしれないが、とある人物が個人的に結成した”オカルト同好会”の活動の一環として行われている。占いがオカルトに入るのか微妙なところだけども。

 

僕たちはそこに入る。事情が事情なので、僕と希ちゃんだけ。

すると、予想通りの人物がそこに座っていた。

 

 

「久しぶりね…東條希」

 

「せやね。深雪ちゃん」

 

 

制服の上にローブを身にまとったその少女は、3年生の斎藤深雪。

何を隠そう、彼女はかつて希ちゃんの命を狙っていたプリディクション・ドーパントだった。

彼女の未来予知の能力にはずいぶん苦しめられた。後から予知じゃなかったことが判明したけど…

 

ちなみに、そのとき壊した壁にもずいぶん苦しめられた。

 

確かあの頃はちょうどファーストライブ。彼女が予知した未来は”μ’sのライブには誰も来ない”だったが、オリジンメモリの加護を受けた適合者たちは集まり、その運命を突破して見せた。

今思えばあの時集まったのが今のμ’sで、あのプリディクションの犯行こそ、組織が適合者を判別する計画の一つだったのだろう。斎藤先輩にはその気がなかったようだけど。

 

彼女は本来学校に通えない身。殺人未遂、脅迫、メモリ所持、器物損壊etc…懲役もんだが、被害者である希ちゃんきっての要望で、僕たちは彼女を見逃すことにした。それでも要注意人物として、あれ以来アラシが監視している。

 

 

「何しに来たの?」

 

「何って、占ってもらいにきたんや。

ちゃんと上達してるか見てみたいからね」

 

 

斎藤先輩は気に食わないような表情のまま、タロットをシャッフルし、手際よく並べていく。

 

「タロット始めたん?前は水晶だったのに」

 

「水晶は止めたわ。

本当は占いを止めようとも考えた。占った未来なんて、簡単に変えられる。

私たちがやってることは、相手の未来を吹聴して生を縛り付けてるに過ぎないって…」

 

 

そこまで話すと、斎藤先輩の手が止まった。

 

 

 

「許せるの?」

 

 

斎藤先輩が放った一言で、空気が静まり返った。

僕はあえて何も言わない。この2人の関係は面倒だし、これは希ちゃんが出すべき答えだと思う。

 

 

「許すって…何が?」

 

「とぼけないで!忘れたわけじゃないでしょう?私があなたを殺そうとしたこと…

メモリに心を支配されてたとはいえ、そこの探偵がいなかったら、私はあなたを殺してた!」

 

斎藤先輩が指さしてるのは…あ、僕っすね。

とりあえず会釈しとこう。

 

 

「現にこうやって生きてるんやから、ええやん」

 

「そういう問題じゃないの!本当なら、私はあなたに顔向けなんてできない…」

 

「ウチはもう気にしてへんよ。ウチが好きで許してるわけだし…

ねぇ、中学の頃、ウチが転入してきた時の事覚えてる?」

 

 

おぉっと。希ちゃんの過去編か。これは少し気になるところ。

 

 

「ウチは両親の仕事で、頻繁に転校してて友達がいなかった。いつしか、友達を作ることに意味を感じなくなってた。でも、クラスで人気者だった深雪ちゃんだけが、ウチに話しかけてくれた…」

 

「…忘れるわけないでしょ。クラスで孤立してたあなたを見てられなくて、水晶片手に話しかけたこと。

でも、あれは上の立場だった時の哀れみ。あなたへの好意じゃない」

 

「そうかもしれんね。でも、ウチは知ってる。深雪ちゃんは本当は優しいってこと。

だから深雪ちゃんを許したんや。中学の時からずっと、友達になりたかったから…」

 

 

話を聞いた斎藤先輩の目が潤んでいる。

もっと早く話をできていたら、斎藤先輩が希ちゃんを友達として受け入れられていたら、彼女は怪物になる道を通らずに済んだのかもしれない。

 

 

「ほらほら、早く占ってよ。ウチらは占ってもらいに来たんよ」

 

「……いい結果になるかはわからないわよ」

 

「悪い結果でも、μ’sの皆でなら乗り越えられる」

 

「タロットなんてしばらくぶりだから、外れるかも…」

 

「きっと当たるよ。ウチにタロット教えてくれたの、深雪ちゃんやし。

カードがウチにそう告げてる」

 

 

 

…本当に凄いよ。希ちゃんは。

殺されそうになった相手を許して友達になるとか、普通じゃない。

 

斎藤先輩の罪は消えない。でも、彼女は希ちゃんに救われた。

 

今度は誰かが不幸になる未来でも、自分の破滅の未来でもなく…

誰かが幸せになる未来を見てほしいものだね。

 

 

 

出たカードは星の正位置。意味は「未来の可能性」。

 

 

 

 

 

 

そしてもう一枚。僕へのカード。

 

 

 

月の正位置。意味は…「うつろう実体」、「隠されたもの」……

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「ねーねーアラシ君!家庭部が部紹介のための料理作ってるって!行ってみようよ!!」

 

「弓道部は大丈夫でしょうか…部長は大丈夫だと言っておられましたが…」

 

「みんなどこだろう…携帯は持ってきてないし…」

 

 

うるせぇ。

 

新聞部のインタビュー、もとい取り調べを終えて再び穂乃果、ことりと合流したのだが、本当にまとまりと落ち着きがねぇ!主に穂乃果が。

 

永斗にも連絡したが、返事がない。まぁ、面倒がって返事しないのはよくあることだが。

どうせ部紹介の時間になれば集まることになってるから、特に焦ることは無いが…

 

 

 

「ちょっとアラシ君、あれ見て!」

 

「あーもう、うるせぇな!ずっと喋ってねぇと死ぬのか!遊泳性のサメかお前は!」

 

 

やっぱこいつをずっと相手するのはしんどい。絵里か花陽と合流したいものだが…

 

 

 

 

 

「切風のアニキ!」

 

 

後ろから声が聞こえ、俺たちはいっせいに振り返る。

そこに立っていたのは、複数の男たち。顔にピアス付けてるやつもいれば、眉毛沿ってるやつもいるし、ナンパにでも来たのかってやつもいる。見た目は完全に人生舐め切ってるような感じだ。

 

 

「お勤めご苦労様です!!」

「「「「ご苦労様です!!」」」」

 

「やめんか!恥ずかしい!」

 

 

俺はこいつらに見覚えがある。ちょこちょこ会っては、こうやって大声で挨拶してくる。やめてほしい。

穂乃果たちは怖がっているような感じで、俺に身を寄せ、小さな声で囁いた。

 

 

「アラシ君、この人たちは…?」

「アニキって言ってたけど、どう見ても年上だよね?」

「まさか…裏の業界に関りがあるのでは…」

 

「なんだよ裏の業界って…

アイツ等はとある事件の関係者だ。もうちょい正確に言えば、事件の発端となった奴らだな。

今はキツくお灸をすえて、改心してるが」

 

 

とある事件。それは俺に大きな心の傷を残して行った事件だ。

 

俺が音ノ木坂でバイトを始めた頃、以前から清掃員をやっていた小森さんという高齢の男性と知り合った。

小森さんは優しい人で、俺に正義について語ってくれたこともあった。

 

だが、小森さんはメモリを所持し、ダークネス・ドーパントとして夜間に迷惑行為を行う者たちを粛清していた。これが小森さんの裏の顔だった。

 

俺は悩んだ末にダークネスを撃破。小森さんはメモリ所持罪、暴行罪で逮捕され、現在服役中。

 

俺はその後、小森さんがドーパントになるきっかけを作ってしまった奴ら、つまり、ダークネスによる被害者を片っ端から当たり、小森さんの思いを伝え、訴えかけていった。

それが、目の前にいるコイツ等。不良グループの時なんかは聞いてもらえなかったから、少々手荒な手段を使った結果、こんな感じになった。

 

 

 

「俺たちあの後考え直したんです!今じゃ反省もしてます!

最近はアニキに考え方を変えられた奴らと一緒に、路上でストリートダンスやってます!」

 

「ここにいる奴ら、全員アニキに恩義感じてるんす!」

 

 

なんでこうなったかな…俺はただ少しでも反省してもらおうとしただけなんだが…

いや、確かにその時は昂ってたから、結構な勢いで叱ったり、全然関係ないことで人生論語ったりはしたけど…今じゃほとんど何言ったか思い出せん。

 

 

「何かあったら、いつでも呼んでください!力になります!!」

 

「いらねぇよ。お前ら弱いし」

 

「それはアニキが強すぎるんですよ…」

 

 

まぁ、反省してくれてんならいいとしよう。人に迷惑かけなくなったんなら、それに越したことは無い。

穂乃果たちは相変わらず怯えてんな。海未なんか弓があったら打ちそうな感じだ。

後からちゃんと弁明しておくか。

 

 

「あ、そうだ!さっき、この辺でとんでもないやつ見ましたよ!」

 

「とんでもない奴?」

 

「アニキほどじゃないんですけど、とんでもなく強くて…

さっき、ここに来る途中、自転車に乗ったひったくりに出くわしたんですよ。

捕まえようと追いかけてたんですけど、通りがかった眼鏡の男が、自転車に乗ったままのひったくりを一撃で蹴り飛ばしたんです!蹴られた自転車は一撃でボロボロに…」

 

 

蹴り…眼鏡…いや、まさかな…

 

そんな時、スタッグフォンに連絡が入った。永斗たちからだ。

俺たち以外の全員を連れてるらしい。早いとこ合流するか。

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

「あ、いたいた!」

 

 

穂乃果が永斗たちの姿を見つけ、指をさし手を振る。

こっちに向かって手を振り返してんのは…凛か。永斗は眠そうにあくびをしている。

 

 

「遅いよ。こっち色々と大変だったんだよ」

 

「こっちもこっちで大変だったんだからな、クソニート。

ちゃんと全員いるんだろうな。そろそろ準備しないと時間が…」

 

 

俺がメンバーの人数を数えていると、違和感に気づいた。

違和感って言うか、一人多い。にこの隣。3年生の制服を着てるのは…

 

 

 

「久しぶりね。切風アラシ」

 

「お前は…久坂陽子か!」

 

 

彼女も前に解決した事件の関係者。

にこの奴が脅迫されていたことがあり、それについて調べていた時に出会った。

彼女は元アイドル研究部で、やめた後はキックボクシング部で部長をやってる。一度手を合わせたことがあるが、中々の実力者だ。

 

彼女の協力もあり、俺たちは事件の犯人であるユニコーン・ドーパントを倒すことができた。

 

 

「この人が久坂先輩…私たちの先輩にあたるのですね」

 

「まぁ、私は結局やめちゃったんだけど」

 

「歌とかダンスとか得意なんですか!?」

 

「えっと…歌はにこの方が上手かったけど、ダンスは私が…」

 

「じゃあ、今度教えてください!先輩♪」

 

「だな。絵里とは違う視点で教えてくれるとありがたい。

よろしく頼むぜ。先輩」

 

 

「ちょぉっと!!私の時と態度違いすぎじゃない!?」

 

 

横でなにやらにこが騒がしいが、放っておこう。

 

 

「それより、なんでってこんなとこに?」

 

「途中でにこに会って、ちょっと凄い人見つけたから見てもらおうと思ってね。

ここに来るときひったくりに会って、そこで助けてくれた人なんだけど…」

 

 

ん?その話まさか…

 

 

「あ、そう。あの人」

 

 

久坂が指さした方向には、一人の男の腕を掴んでこちらに来る、キックボクシング部員と思しき女子生徒。そして…

 

 

 

「何のつもりだ。俺はその部紹介とやらには出ないと言っているだろう」

 

「ねーねー。アタシ飽きてきちゃったからそろそろ帰ろうよー!」

 

 

 

 

引っ張られてきたのは眼鏡の長身の男。後を追いかけてくるのは、茶髪で八重歯の女。

この面を忘れるわけがない。案外早い再会だったな…!

 

 

 

「ラピッド、ルーズレス……!」

 

 

「お前は…」

 

 

 

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

適当な口実を作って、俺と永斗、あと瞬樹だけで別の場所に移動。

ラピッドとルーズレスも連れてきた。

 

 

 

「何のつもりだ。仮面ライダー」

 

「それはこっちのセリフだ。何しにここに来た。

生徒を巻き込むようであれば、俺たちも黙っちゃおかねぇぞ」

 

 

俺と瞬樹は戦闘態勢をとる。永斗も相変わらず覇気の無い佇まいだが、警戒はしているようだ。

 

この2人は組織のエージェント部隊の刺客。

つい最近、俺たちと死闘を繰り広げたが、新たな力であるライトニングを手に入れ、俺たちが勝利した。

 

その後は朱月に回収され、それからは姿を見せていなかったが…

 

 

 

「勘違いするな。俺たちは戦いに来たんじゃない」

 

「何?」

 

「そーだよ!せっかくJapanに来たんだし、観光くらいしておかないと」

 

 

そんなことを言っているが、どうも信用できない。

だが、嘘をついてるようにも見えない。

 

 

「俺たちはお前たちにメモリを破壊され、既に任務からは外された。

俺は仕事以外で人を狙わない。そこまで俺たちは暇じゃない」

 

「ふーん、よく言うよ。休日にわざわざ学校見に来る大人がさ」

 

 

そう言う永斗の顔を、ラピッドは黙って見つめる。

永斗は気味悪がってすぐに目線をそらすが。

 

 

「なるほど。やはり……」

 

 

 

「ん?何か言ったか?」

 

「いや何でもない」

 

 

さっきラピッドが何か言った気がしたが…

 

 

「俺たちはプライベートでここにいる。ルーズレスが暇だとうるさいからな。

それに……

 

戦いとは縁のない国で、お前たちがどう育ってきたのかに興味があった」

 

 

そう言って、ラピッドはどこか遠くを眺めるような目をする。

やっぱりか。外国人とは思ってたが、恐らく戦場を経験したことのある元兵士か何かだろう。

 

 

「いい国じゃないか。少なくともこの学校の中では、どいつもこいつも目が輝いている。

俺たちも、こんな国に生まれられたら……」

 

 

そう呟き、空を見るラピッドの目は、今度は酷く悲しそうに見えた。

同時に、その空に何かを強く望むような…

 

 

 

「でもアタシは今のままに満足してるよ。こうやってラピッドと一緒に暴れられるし!」

 

「あぁ…そうだな」

 

 

俺は初めて、この2人に俺と同じものを感じた。

組織の奴らも、ただの悪人ばかりじゃない。つらい過去を持ち、悩んだ末に道を踏み外したものだっている。

 

俺も一歩間違えば、どうなっていたか分からない。

もしこれから先、何かを抱え込んで、苦しみながらも人々に仇をなす者に出会ったとき…

 

俺はいつも通り、そいつに刃を向けることができるのだろうか…

 

 

 

 

「というわけだ。俺たちに戦う意思はない。せいぜい、与えられた幸せを謳歌するといい。

最後に言っておこう…」

 

 

すると、ラピッドはおもむろに口を開き…

 

 

「After a calm comes a storm.一人の戦士として、これだけは忠告しておく」

 

「じゃねー!今度また遊ぼうね、竜騎士クン!」

 

 

「上等だ猫女!今度こそ叩き潰してくれる!!」

 

「ホントに、できればもう会いたくないね…

あれ?どうしたのアラシ」

 

 

「…いや、なんでもない」

 

 

去っていくラピッドとルーズレスの背中を見ながら、アイツが最後に残した言葉が頭に木霊する。

俺も最近英語を勉強している。あの意味は「凪の次には嵐が来る」。これは一体…

 

 

時計を見ると、部紹介の時間が迫っていた。

 

 

 

 

「やっべぇ!急ぐぞ、お前ら!」

 

「えー…僕もう疲れたからそういうの…」

 

 

 

その時だった。

 

永斗が急にうめき声をあげて膝をついた。頭を押さえ、苦しんでるように。

 

 

 

「オイ、どうした!」

 

「いや…大丈夫。ただの頭痛。徹夜明けだからかな…?

でも平気だよ。ちゃんとμ’sのライブ見なきゃだし…」

 

「そうか…?」

 

 

 

とりあえずは様子を見ることにした。

本当何でもなければいいが…

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

数十分後

 

 

 

部活動の紹介が始まり、μ’sも衣装を着て、スタンバイ済み。照明なんかもOKだ。

ここは俺たちがする予定だったが、ヒデコ、フミコ、ミカの通称ヒフミトリオが引き受けてくれることになった。烈も手伝ってくれるらしい。

 

永斗と瞬樹はどこかに行ってしまった。すぐに戻ってくるだろう。

 

今までドーパントやら色々あり、落ち着いてμ’sのライブを見たことがなかった俺たち。

皆がそんな俺たちに気を遣ってくれた。地味にこういうのは嬉しいんだよな。

 

最初のライブはプリディクション襲撃のとき。

2回目はギャロウ・ドーパントの事件のときか…

 

あの事件で、初めて瞬樹と出会い、そこから仮面ライダーエデンが俺たちの仲間になったんだよな。

あのバカ中二病も、頼れるバカだった。そう思うと、あれから長かったような短かったような…

 

もうすぐライブが始まる。永斗がネットで拡散したこともあり、中々の人だかり。

ファーストライブの光景を思い出すと、なんだか感慨深い。

 

 

 

「全員、起立!」

 

 

人ごみの中から、どこかで聞いたような声が聞こえる。

しかもごく最近聞いた声だ。いや、もう間違いない。おかしいとは思っていた。こんな合法的に音ノ木坂に入れる行事で、やたらと知り合いに会う状況の中、コイツに会わないのは不自然だった。

 

 

 

「これより、我が妹の真姫を含めたμ’sのステージが執り行われる!

総員、踊り歌う女の子たちのために、命を燃やす覚悟はあるかぁぁぁぁ!!」

 

 

人ごみの間から見える赤髪つり目の長身。例によって西木野兄だ。

 

何やってんだ。シスコン拗らせすぎておかしくなったか?いや、もう既におかしかったが。

探偵として、路上で見つけた変態はとりあえず通報するべきだろうか…

 

様子を見ていると、一輝はこの暑い中着ていたローブを脱ぎ捨てる。

すると、中からは「真姫」と書かれたTシャツやうちわ。どっかで見たことある光る棒を持った姿に変貌した。

 

 

 

「μ’s親衛隊No.1!西木野一輝!!」

 

 

一輝の姿を見て、他の観客があからさまに引いてる。よし、考える余地なし。通報しよう。

てか、さっきは誰に叫んでたんだ?こんな変態についてくるような奴って一体…

 

 

 

 

「同じくNo.2!士門永斗!」

 

「同じくNo.3!津島瞬樹!!」

 

 

お前らかいぃぃぃぃぃぃ!!!

 

 

なんでこう、俺の周りには変人ばっかが集まるんだ!永斗はもう平気そうだな!安心したけど腹立つ!

つーか瞬樹はノリノリだ。いつもの竜騎士グッズに加え、花陽の応援グッズで身を包んでいる。

永斗は推しメンが決まらなかったのか、複数人のグッズを同時持ちしている。その姿は戦場に臨む軍人のよう。

 

 

 

……もうだめだコイツ等…これで廃校決まったらマジで殺す。

 

 

 

 

「皆さんこんにちは!」

 

 

 

始まった。ステージには衣装を着た9人。

 

 

 

「私たちは音ノ木坂学院スクールアイドル、μ’sです!」

 

 

 

絵里と希はこれが初舞台。だが、絵里は当然、希もアイツなりに努力してた。何も問題はない。

 

 

 

「私たちは、この音ノ木坂学院が大好きです!」

 

 

 

9人か…最初は穂乃果だけ。突飛で無茶な提案から生まれたμ’sが、まさかここまで大きくなるとは。

俺も永斗も巻き込まれ、1年組、にこ、瞬樹に希と絵里。

 

 

 

「この学校だから、このメンバーが揃い、この9人が揃ったんだと思います!」

 

 

 

誰もここまでやれるなんて思ってなかった。何度も過酷な運命が立ちふさがった。

でも俺たちは、アイツ等は…それを乗り越えて進んだ!

 

 

 

「これからやる曲は、私たちが9人になって初めて作った曲です!

私たちの…スタートの曲です!」

 

 

 

そう。ここがスタートライン。

スタートラインにも壁は俺たちを阻む。だが、いつもと変わらない。

 

壁ならば…超えるだけだ!

 

 

 

 

 

「聞いてください…」

 

 

 

 

 

 

 

僕らのLIVE 君とのLIFE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




多分全部振り返ったと思います(ドーパントが出た回は)。忘れてたらスイマセン。
やっと終わったオープンキャンパス…書いてるうちに学園祭みたいになったが、俺は気にしない!(いや、スイマセン)

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!















































μ’sのライブが大盛況で幕を閉じ、オープンキャンパスも幕が下りる。

そんな中、組織の幹部 ゼロは校舎の屋上からその光景を眺めていた。




「久しぶりだな。これがお前の学校か…南」


風で黒服をなびかせ、その光景に背を向ける。

振り返ると、そこには白衣を着た男が。だが、天金ではない。彼が身に着けるのは実験用の白衣。この男が着ているのは、まるで医者のようなもの。
顔立ちは若く、整っている。しかし、その顔には医療用の眼帯が。



「奇遇っスね。ゼロも来てたんスか」

「ハイドか…その恰好は紛らわしいと言っているだろう」


”ハイド”と呼ばれたその男は、癖のように自分の肩をかく。


「良いじゃないっスか。これジブンのアイデンティティですし。
あ、さっきラピッドとルーズレスに会いましたよ。他にもウチのと、それ以外にも何人か。
こんなにウチの上位メンバーが揃うなんて、いつぞやの忘年会ぶりっスね」

「そんなことより、奴のことは調べたのか。
お前のメモリの能力と技術を買って、俺はお前をNo3に配置している」

「分かってるっス。期待には答えますから。
さっき彼の記憶刺激してみたところ、バッチシ反応がありました。どうやら”力”は封印されてるようです。記憶と一緒に例の本棚に」

「そうか……」



ゼロは再び学生たちの光景を見下ろす。
そこにはアラシやμ’sの姿も。



「ハイド、アサルトを除く行動可能なエージェント全員に連絡を取れ」



その言葉の意図を察したハイドは「了解っス」と言い残し、屋上を後にした。





「”傲慢”でも”暴食”でもない。
仮面ライダーを…空助の忘れ形見を始末するのは、俺達”憤怒”だ」





その名を示すが如く、ゼロは固く拳を握り締め、眼差しが鋭く変わる。



ライブを終えたμ’sの現在のランクは53。ラブライブまで残りわずか。
しかし………










「我々の計画における最重要人物。
七幹部”怠惰” 士門永斗の奪還作戦を遂行する」






平穏は時として、音を立てて崩れ去る______








第28話 怠惰なるF/平穏の幕引き






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第29話 怠惰なるF/少年スロウス

ラブライブサンシャインの2期だぁぁぁぁぁ!!
どうも。ちょっとテンションが上手くコントロールできない146です。
サンシャイン2期1話視聴しました!作画めっちゃよくないっすか?個人的にopも神だし。
ストーリーは無印よりもかなり重めの感じで…でも、必ず奇跡を起こしてくれると信じて!
とりあえずは2話を正座待機です。

あと平成ジェネレーションズFinal!まさかの弦太郎が復活!あと映司とアンク!紘汰も今年は来てくれるということで!いや~もう楽しみで仕方ないっすよ!

ビルドもベストマッチがバンバン出てくる感じの様で。

こんな感じでモチベ上げて何とか書きました。どうぞ。



 

 

 

僕は狭い部屋にいた。

 

 

外の世界はめまぐるしく変わり続けているらしい。

だが、僕はそんな外の世界を見たことがない。

 

 

何も知らない。誰も知らない。

 

じきに、僕自身が何者なのかも忘れてしまった。

 

それは昔のお話。

 

 

 

 

 

今も自分が何者なのかは思い出せない。

 

今いるのは別の狭い部屋。

でもそこには色んな人が入ってきて、僕を外に連れ出す。

 

 

知らなかったことすら覚えてない外の世界は、喧しくて煩わしくて憂鬱で。

 

 

とても眩しく、それでいて暖かい世界だった。

 

 

 

僕は白い夢を見る。

 

 

白い空間で、僕の後ろに白い獣が。

 

獣の影は一層黒く、影はたくさんの手を伸ばし、獣と影は僕に言った。

 

 

 

 

お前のせいだ。と。

 

 

 

 

そして、獣は僕を飲み込んだ。

 

 

 

 

これはそんな少年のお話。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

8/1 切風探偵事務所

 

 

 

 

「μ’sアイドルランク50位以内達成おめでとー!!

そして……」

 

 

「「「「夏休みだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」

 

 

 

 

穂乃果の掛け声で昂る、μ’sの3バカもとい4バカ。

 

穂乃果も凛も瞬樹もにこも、夏休みが始まるということで、サンバのカーニバルの如く荒ぶっていた。

 

 

「何がそんなに嬉しいんだよ。

他の奴ら見てみろ。はしゃいでんのお前らだけじゃねぇか」

 

「学生じゃなかったアラシ君にはわかんないんだよ!

夏休みというのは、勉強に疲れ果てた学生に与えられた一か月の休息…」

 

「穂乃果先輩の言う通りにゃ!

年中夏休みみたいな生活送ってたアラシ先輩にはわかんないだろうけど!」

 

「誰の生活がニートだ!はったおすぞ凛ゴラァ!!」

 

 

 

夏休み1日目。μ’s全員が集まり、事務所でちょっとしたパーティーを開いていた。

ただし、永斗はまだ寝ている。

 

理由は夏休みの到来…ではなく、最初に穂乃果が言ったように、μ’sのランクが50を突破したことの祝いだ。

 

先日のライブの後、その日の夜にはランクが53に。

次の日はさらに話題に火が付き、今ではランクが41まで上がっている。

 

ライブしないうちにランクは下がっていったが、絵里のおかげでレベルアップしたダンスや、9人になったことの話題性もあり、ランクを元に戻した上に上げることに成功した。

 

 

「まだ信じられないです…私たちがスクールアイドルトップ50に入ってるなんて…」

 

「何言ってるの。私たちの目標はラブライブよ。こんなの通過点じゃない」

 

「花陽ちゃん涙目やん。あとにこっちも」

 

「泣いてないわよ!」

 

 

それぞれが努力し、つかみ取った結果だ。

問題の廃校を免れたかどうかはまだわからないが、ネットとかで反応は良いし、大丈夫だろうとアラシは考えている。

 

 

「確かににこの言う通りね。ここはあくまで通過点。

これからランクを上げていくためにも、日々の練習に励む必要があるわ」

 

「そうですね。その辺もアラシと相談して練習メニューを作っているところです」

 

「こっから先は今までとはわけが違う。上に行けば行くほど、追い越すことは困難になる。ラブライブ出場のトップ20までの道のりはまだ半分も行ってないと思え」

 

 

μ’sのストイックトリオの絵里、海未、アラシの発言に4バカのテンションが一気に冷める。

 

 

「俺達には時間がない。ライブももっとやっていかないといけない。

というわけで、目標は夏休み中にライブを3回行うこと。これくらいはしないと人気グループには届かないんじゃないか?」

 

 

4バカは一度冷静になり、夏休み日数をライブ回数で割る。

そのスピードは何故かいつもよりはるかに速かった。

 

 

「それって約8日に一回じゃん!」

 

「そうだな」

 

「プールはどうすんのよ!」

 

「却下だ」

 

「夏祭り行きたいにゃ!」

 

「我慢しろ」

 

「数多の戦士が集いし灼炎の戦場…またの名を夏コミ!」

 

「なんだそれ知らん」

 

「「「「宿題は!?」」」」

 

「それはしろ」

 

 

夏休み開始早々、幻想と希望を打ち砕かれた4人は、シンクロしているかのように同時に床に膝をついて倒れた。あまりの息の合いように、希と花陽は拍手している。

 

 

「あ、でも今日は練習は免除するか」

 

 

その言葉に死んでいた4バカは息を吹き返し、希望に満ち溢れた目でアラシを見上げる。アラシはそんな4人に向けて微笑みを見せる。

 

そして、どこからか大量の紙を取り出し……

 

 

 

「お仕事だ」

 

 

 

4バカは再び床に突っ伏すのだった。

 

 

 

______________________

 

 

しばらく後、永斗の部屋。

 

 

 

「…ッ!ハァ…ハァ…」

 

 

 

 

机に電気を付けたまま寝ていた永斗は、突然青い顔で目を覚ます。

 

机の上には工具と設計図と完成した手のひらサイズの機械。

永斗が開発した新型ガジェット。その形状は小さな恐竜のよう。色は後で付ける予定なので、今は黒く塗ってある。機能としては、他のガジェット同様人工知能での自立活動。また、機動性を重視した設計で、大きさに反して馬力は凄まじい。

 

こういった部品は切風空助が事務所に遺しているため、永斗がそれを利用して新たなガジェットを作り出している。とはいってもまだプロトタイプなので、変形機能は搭載していないため、ギジメモリとスロットは未搭載だ。

 

 

永斗は身の回りを確認して状況を把握。

どうやら作業を終えて寝てしまったらしい。

 

頭が痛い。そして、またあの夢にうなされた。

 

オープンキャンパス以来、決まって同じ夢を何度も見る。おかげで寝付けないため、新たなガジェット開発に着手したわけだが。

 

 

夢に出てきた白い獣…何故か初めて見る気はしない。

だが、同時に覗き込んではいけない気がした。覗き込めば最後、本当に飲み込まれてしまいそうな…

 

 

そこまで考えると、スタッグフォンからメール受信音が鳴る。

確認すると、凛からのメールだった。内容を要約すると、“起きたら調査に来るように”ということだ。チーム分けの経緯も書かれている。永斗はそれだけ読んで大体の状況を把握。

 

…これは行った方がいいな。

 

永斗は考えるのをやめ、伸びをして立ち上がった。念のため、完成したばかりのガジェットを持って。

 

 

 

 

「面倒くさいなぁ…」

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

前回のオープンキャンパスの際、俺と海未がインタビューを受けたことを覚えているだろうか。

あの時の新聞が良くも悪くも注目を集め、俺達の探偵部としての側面が多くに認知されることになった。

 

それに加え、こないだのゲーム研究会の一件の実績もあり、学校内で探偵部に依頼が殺到。

こんなに依頼が来たのは創立以来だと思う。

 

余りに多いため、俺達は4人3グループに分かれることにした。

とりあえずバカ3人を分け、俺達マネージャー3人も分ける。あとの6人はそのままで、厳正にくじ引きを行った。これ以降の仕事で分けるのも面倒なので、しばらくはこのグループで固定という条件で。

 

その結果、こうなった。

 

 

チーム1 穂乃果・花陽・ことり・瞬樹

チーム2 希・海未・凛・永斗

チーム3 絵里・真姫・にこ・アラシ

 

 

お分かりいただけただろうか。つまり…

 

 

 

「にっこにっこに〜♡

あなたのハートに にこにこに~♡

笑顔届ける矢澤にこにこ〜♡

にこにーって覚えてラブにこっ♡」

 

 

よりにもよってにこと同じグループだ。

 

 

「何やってんだ。真面目にやれ」

 

「真面目よ!生きとし生けるものなら、このにこにースマイルに引き寄せられないわけないのよ!」

 

「猫どころか人も寄り付いてねぇじゃねえか!

見てみろ、夏休み初日の街中にここだけ人がいねぇ!お前の何とかスマイル(笑)は虫コナーズですか!?」

 

 

俺達が担当する依頼は、迷子の猫探し。よくある案件だし、俺自身なぜか動物に嫌われてるから、正直なところしたくない。

 

ところが、この猫探しの依頼がやたらと多いのだ。

というわけで、一気に俺たちが担当することになったのだが、これが見つからない。

 

 

「もう結構探してるけど…全く見つからないわね。

聞き込みでも見つからないし、保健所も特には…」

 

 

絵里は保健所に連絡して確認したが、該当する野良猫は一切見つからなかった。

俺も犬探しの依頼は受けたが、猫探しは初めて。猫についてもよく知らない。

凛なんか適任だと思ったが、どうやら猫アレルギーらしい。あの口調で。よって、適任者がいない。

一応張り紙は貼っておいたが、いつ見つかるか…

 

 

 

「ホントいい加減にしてほしいわ!猫の迷子なんて飼い主の監督不行き届きじゃない!」

 

 

8月の昼間。暑さに限界が来たのか、にこが若干キレ始める。

真姫にいたっては、さっきから日陰に入って動かない。

 

 

「キレたって仕方ねぇだろ。依頼を無視する訳にもいかねぇし」

 

「巷では夏休みなの!大体、何がベテラン探偵よ。猫一匹も見つけられないじゃない。

学校も行かずに探偵やってた奴が聞いて呆れるわ!」

 

 

カッチーン

 

 

久しぶりに俺の中の何かが切れた。

 

 

「そういうテメェも何もしてねぇじゃねぇか。見た目は子供頭脳も子供のちょっと長く生きただけの小学生風情が。お前がやったことと言えば、街中での迷惑行為で住人をどん引かせたくらい。そんな事してる暇あったら、そのお粗末な頭を何とかする方法考えるか、凛みたく猫語でも話して猫の気持ちに寄り添っとけ。あ~そっか、頭がお粗末だから日本語を猫語にする機能も備わってないか~」

 

「アンタこそ上から目線で指示出す割には何もしてないじゃない。世間ではそういうのを無能っていうのよ。大体、猫語なんて話せるわけないじゃない。アンタは猫と会話できるの?そんなこともわかんないなんて、人としての常識が疑われるわ」

 

 

その後、一触即発の空気の中、沈黙が漂う。そして…

 

 

 

「上等だ!どっちが先に猫見つけるか勝負だオラァ!!

行くぞ、真姫!」

「やってやろうじゃない!途中であきらめて泣きつかないことね!!

行くわよ、絵里!」

 

 

「ちょ…にこ!?」

「ゔぇえ!?」

 

 

俺は真姫を連れ、にこは絵里を連れて駆け出した!

 

 

 

____________________________

 

 

 

一方そのころ穂乃果・花陽・ことり・瞬樹のチーム。

4人はどういうわけか、引くほどの長蛇の列に並んでいた。

 

 

 

「ことりちゃ~ん。これあと何分待つの~?」

 

「えっと…あと1時間くらいだって」

 

 

それを聞いて穂乃果がぐったりした様子でことりに寄りかかる。

無理もない。もう並び始めて1時間がたとうとしている。それも炎天直下のアスファルトで。

 

このチームが担当する依頼は、とあるアニメの限定グッズの入手。

依頼人は急遽部活の試合が入って来れなくなったらしい。

 

 

「こんなの探偵の仕事じゃないよ~!私もアラシ君みたいに捜索したり、凛ちゃん達みたいに調査したかった~!」

 

「しょうがないよ、依頼を無視する訳にもいかないし…

今度はもっといい依頼もらえるかもしれないから、頑張ろ♪」

 

ことりは精一杯励ますが、穂乃果は相変わらず嫌そうだ。

それと対照的に瞬樹、花陽は特に疲れてる様子はない。体力バカの瞬樹はまだしも、運動が苦手で体力も少ない花陽が平気なのは意外だった。

 

 

「だいたいおかしいよ!なんで4つも同じのが欲しいの!?

1つだけなら瞬樹君に任せて私たちは別の事できたのに…」

 

「依頼には観賞用、実用用、保存用、予備の保存用って書いてあったけど…

確かに4つは多すぎだよね?」

 

 

ことりは黙っている瞬樹と花陽に話を向ける。

 

 

「買いますよ。4つとはいかなくても、最低2つは」

「一人一つなら日を改めるか通販で手に入れるが?」

 

 

平然と答える2人を見て、穂乃果とことりはこの状況で平然としていた理由を察する。

慣れていたのだ。黙っていたのも、体力の温存のため。

 

格の違いのようなよく分からないものを見せつけられ、ことりも、文句がとめどなかった穂乃果もそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

その頃、凛・海未・希のチーム。永斗はまだ合流してない。

 

このチームの担当依頼は、“謎の空き家の捜査”。

依頼人の家の近所に昔からある空き家があるらしく、最近になって異変が起きるようになったらしい。

 

夜な夜な誰かが出入りするのを見かけたり、中から変な音が聞こえたり、動物の鳴き声が聞こえることもあるらしい。

だが、扉には鍵がかかってるし、中に誰かが住んでいる様子もない。

こんなことで警察は動かないし、自分たちで調べるのは気が引けるので探偵部に依頼したらしい。

 

 

とりあえず、その空き家に到着。

 

 

「ボロいにゃ~」

 

「失礼ですよ。確かに…その…慎ましやかではありますが!」

 

空き家は長年使われてなかったということで、かなり老朽化している。

割とボロボロな切風探偵事務所よりもボロい。

 

 

「この家、何年も住まれてないらしいけど、

噂によれば、ここに前住んでいた人が突然死して、その亡霊が今でも…」

「ちょ…やめてください希先輩!」

 

「冗談やって、冗談」

 

 

だが、見た目は完全に幽霊屋敷でもおかしくはない。

言われて見ると、もうそうにしか見えなくなる。

 

 

「もしかしたら、凛ちゃんの足元に幽霊の手が…」

 

「に゛ゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

よほど怖がっていたのか、凛は涙目で飛び上がり、激しくあとずさり。

すると、凛は通行人とぶつかり、転んでしまった。

 

 

「にゃっ!?」

 

「っと…大丈夫っスか?」

 

ぶつかられた通行人は、凛の手を取り、立ち上がるのを助ける。

その通行人は男で、明らかに年上。なぜかこの炎天下に白衣を着ていた。

 

 

「あ…ありがとうございます」

 

「すいません…お怪我はありませんか?」

 

「あ、いや。大丈夫っスよ。

それにこう見えて医者っスから、怪我しても平気っス」

 

 

医者と名乗るその男は、白衣の汚れを落とす。

なるほど。医者なら白衣を着ていても不思議ではない。

 

…いや、そうでもない。と一同思うが、それは心の隅に置いておいた。

 

 

 

「この家、噂によれば夜になると出るらしいっスよ。

暗くなる前に女の子は帰った方がいいんじゃないっスか?」

 

 

男はそれだけ言い残して、去っていった。

一方、男が残した言葉に激しく反応する奴が一人。

 

 

「やっぱり幽霊出るんだよ!噂は本当だったんだ!

さっきのお兄さんも言ってたし、凛たち早く帰った方が…」

 

「ダメです!探偵たるもの、依頼を投げ出すなど言語道断!

ちゃんと捜査きるまで返しませんよ!!」

 

「海未先輩が変なスイッチ入ってるにゃー…」

 

 

凛も観念したようで、おとなしくなった。

3人はとりあえず扉の前まで行ってみる。案の定、そこには古い南京錠がかかっていた。

 

 

「困りましたね…これでは中に入れません」

 

「これで壊せないかな?」

 

凛が取り出すのは、バットショット。

念のためにと、アラシが持たせたものだ。

 

 

「仮に壊せたとして、その後どうするのですか?

ここはやはり、この家の権利者に相談を…」

 

 

ガチャ

 

 

 

鍵の開く音がして、凛と海未が南京錠を見ると…

 

希が針金を差し込んでいつの間にか開けていた。

 

 

「開いたよ!ほな、入ろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうするんですか…完全に不法侵入ですよ!」

 

「そんなこと言われたって、あんな単純な鍵つけてた人も悪いし、表に晒されてる鍵だから色んな人が触って指紋なんか目立たへんって。それに、バレなきゃ犯罪じゃないって言うやん」

 

「言いません!!」

 

 

扉を開け、家の中に入ることに成功。

希の行動は完全にアウトだが、捜査も進まないので仕方なく海未も許容した。

物を壊したりしなければ問題ないだろう。

 

 

「でも埃っぽいねー。凛、さっきから鼻水が…」

 

「そうですか?」

 

 

そんなことを話しているうちに、家の一番奥までたどり着いた。

開けられる部屋は全部開けた。だが、特に何かある様子はなかった。

結局、ただの噂だったらしい。

 

 

「何もないようですね。仕方ないので、私たちも帰りますか」

 

「え~。もっと面白いと思っとったのに…」

 

 

希は残念そうに壁に寄りかかる。

すると、壁が回転し、奥に続く通路が現れた。

 

 

「これは…隠し通路ですか!?」

 

「忍者屋敷みたいにゃ!」

 

「面白くなってきたね!」

 

 

3人はそのまま奥へと進む。少し進むと、今度は別の扉が現れた。

海未が代表してドアノブを握る。

 

そして、意を決してその扉を開けた…!

 

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「あ゛ー!もう全然見つかんねぇ!!」

 

「おかしいでしょ!こんだけ探して見つからないなんて!!」

 

 

猫探しが謎の対抗戦になってから数時間。

再び合流したアラシチームとにこチームは、双方共に猫は一匹も見つけていなかった。

 

しかし、確かにおかしい。

完全にやる気MAXの俺とにこが血眼になって探しても、目撃情報すら出ない。

これまでの調査から、俺達は一つの結論を出していた。

 

 

「こりゃ迷子じゃねぇな」

 

「えぇ、窃盗ね」

 

 

絵里の言った通り、この事件は窃盗事件でほぼ間違いない。

依頼には猫以外にも少数ながら別の動物の捜索願が出されていた。

 

 

「でも猫なんて盗んでどうするんだ?そんな何匹もいらねぇだろ」

 

「売るんじゃない?猫って種類によっては何十万も価値がつくって聞いたことありますし」

 

「でも盗まれたの普通の猫よ。特に多いのは三毛猫だけど…」

 

 

三毛猫なんて一般的なペット。そんなの大量に売っても大した稼ぎにはならないはずだ。

つーか猫って高い奴もあるのか…

 

 

「いや、ちょっと待って!今なんて言った!?」

 

 

 

すると、文句を言ったきり黙っていたにこが、突然慌てた様子で口を開いた。

 

 

「あぁ?だから、猫は種類によっては何十万も…」

「その後よ!絵里が言ったでしょ?」

 

「え…特に多いのは三毛猫だって…」

 

 

それを聞いて、真姫は何かに気づいたようだ。俺と絵里は何もわかってないが。

 

 

「三毛猫ってほとんどがメスなのよ!そうよね真姫?」

 

「えぇ。染色体の関係で、本来ならメスしか生まれないようになってるわ。

突然変異でオスになることもあるけど、その確率は1/30000…」

 

「だから、三毛猫のオスはとっても高く取引されるのよ!

にこが聞いた話だと、確か一匹3000万円……」

 

「「3000万!?」」

 

 

3000万っつったら…ダメだ、莫大すぎて想像できん。

つーかなんでにこはそれを知ってんだ。

 

「じゃあ、犯人はオスの三毛猫を狙って猫を盗んでたってことか?」

 

「さっきも言ったけど、30000匹に1匹よ。そんなの宝くじ買うのと変わんないと思うけど…」

 

 

確かに現実性に欠ける。盗まれたのがオスだけってわけねぇし…

いや、ちょっと待てよ…

 

 

「性別を変えればいいんじゃねぇか?」

 

「はぁ!?アンタ何言ってんの?そんなのできるわけ…」

 

「できるだろ?メモリを使えば」

 

 

その言葉で、全員がはっとしたように顔を見合わせる。

猫探しというあまりに一般的な案件のせいで、メモリ犯罪と言う可能性を完全に捨てていた。

メモリは人間ができないことを可能にする。不可能犯罪を可能にする代物だ。

 

生物の性別を変えるメモリなんかも必ずあるはずだ。

 

 

「メモリ犯罪って決まったからには、まずは検索だな。

永斗は…流石に起きてるだろ。凛達に連絡するか…」

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

同刻、凛・海未・希チーム。

 

 

携帯から着信音が鳴り、凛は通話に出る。

アラシからだった。

 

 

「アラシ先輩…?」

 

『あぁ、凛か?永斗はいるか?至急検索してほしいことが…』

 

 

凛、そしてあとの2人も受話器越しにアラシから事情を聞いた。

猫の同時多発迷子は窃盗であり、メモリ犯罪。どこかに猫を収容しているアジトがあるはずだと。

 

 

「永斗くんはまだきてないにゃ…あと……

 

多分、凛たちそのアジトにいる…」

 

 

3人が扉を開けて、今目の前に広がる光景。

そこには多数の三毛猫が檻に入れられ、他にも多数の種類の白い動物がそこにいた。

 

ここに入ったときに凛の鼻水が出た理由。それは、凛の猫アレルギーが家に残った猫の毛に反応したから。

他の怪奇現象も、これで説明がつく。

白い動物はアルビノ種といって、これも高値で取引される。メモリの能力の産物だろう。

 

 

『何!?今すぐそこから離れろ!すぐにそっちに行く!』

 

 

状況を把握したアラシは、慌てた声で凛に叫ぶ。

だが、凛にその声は届いていない。

 

メモリ犯罪、その犯人のアジトにいる。つまり、危険極まりない場所。

そして、凛には天金ことエレメント・ドーパントに襲われたときの記憶が根付いている。

凛の体は、恐怖で全く動かなかった。

 

 

「凛!早くここから逃げますよ!」

「どこに逃げるって?」

 

 

海未が凛を連れて逃げようとしたその瞬間。

扉の前には、ジャケットを羽織り、短いひげを生やした中年の男が立っていた。

 

 

「ッ…!そんな……」

 

「まさかここがバレるとはな…しかもこんなガキどもに。

女子に手を出すのは気が引けるが…おじさんも命掛かってんだわ」

 

 

男はじりじりと3人に寄っていき、懐からメモリを取り出す。

 

 

《ホルモン!》

 

 

「悪いけど、死んでくれや」

 

 

男は肘に刻まれた生体コネクタにメモリを挿入。

その姿は、理科の実験で使うようなフラスコや試験管で構成された人形のように変わり、

体に通るチューブには、毒々しい色と粘性を持つ液体が循環している。

 

ホルモン・ドーパントは両腕に装備された注射器を構え、凛に寄っていく。

 

 

「まずは…お前からだ!」

 

 

ホルモンはその針を振り上げ、凛めがけて刺突。

凛は恐怖のあまり、腰が抜け、目をつぶった。

 

 

だが、その針が凛に届くことは無かった。

 

 

部屋に電子音のような獣の鳴き声のような音が鳴り響き、凛に向けられた注射針が粉砕される。

 

 

「何ィ!?」

 

 

注射針を粉砕した何かは、扉の方へ戻っていき、そこに立っている人物の掌に収まった。

 

 

「一応持ってきといてよかった。

ビックリだよ。遅刻してきたら何この状況」

 

 

かなり遅れて登場。新型ガジェットを持った永斗だった。

 

 

「永斗くん!」

「遅いやん!」

「何してたんですか!」

 

「え…助けたのに怒られた。ひどくない?」

 

ホルモンもその存在に気づき、振り返り、今度は永斗に向けて注射針を向ける。

粉砕された針も、あっという間に再生してしまった。

 

 

「なんだ?おじさんも困るんだよ。こう何人も来られちゃ…」

 

 

 

 

ホルモンの言葉が止まる。

ドーパントになれば表情の変化は薄くなる。だが、それでもハッキリわかるほど、ホルモンの顔は青ざめていた。

 

紛れもない、恐怖によって。

 

 

 

「お前は…何でここに……!」

 

 

先程までとの態度とは対照的に、恐れをあらわにし、完全に逃げ腰になっている。

 

 

 

「来るな…来るな!化け物が!!」

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

「やれやれ。だから言ったんスよ」

 

 

騒動の渦中にある空き家を、さっきの白衣の男は遠い目で見ていた。

だが、さっきと違って右目を医療用の眼帯で覆っている。

 

眼帯の奥に映る視界には、右に紫の髪のツインテール。左には青い長髪の少女。

目の前には背を向けたホルモン・ドーパント、そして、その奥には今回の任務の標的、士門永斗。

 

男は肩をかき、 ポケットからメモリを取り出した。

 

 

 

 

《ナーブ!》

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

「来るなぁぁぁぁぁ!!」

 

 

ホルモンは半狂乱になり、注射針を永斗に向けて突き出す。

弾丸をも超えるホルモンの刺突。凄まじい速度で放たれた刺突は永斗に向かっていく…

 

 

刹那。

 

永斗は不思議な感覚に支配された。

視界が白く染まり、世界が止まったように見えた。

無気力な心の奥底で、自分ではない何かが雄叫びをあげている。

激しい破壊衝動、闘争本能に飲み込まれてしまいそうな感覚。

 

 

気付くと、永斗は突き出された針を掴んでおり、針は手の中で粉々に砕けていた。

 

動体視力、握力共に、普段の永斗とは次元が違う。

永斗は自分の掌を、驚き、もしくは恐れているような目で見つめていた。

 

 

「間違いない…お前はあの時の…!」

「はい、そこまで」

 

 

ホルモンが何か言いかけたその時。突如として壁を突き破って伸びる触手。

その触手にホルモンは捕らえられ、引き寄せられるがままに壁を突き破って外に放り出された。

 

永斗達も壊れた壁から外の空き地に出る。

 

そこに立っていたのは、白色の体色の、複雑に分かれた樹木のような突起物を、全身から生やした怪人。

その無数の突起物一つ一つが、神経線維を彷彿とさせる。

 

 

「“例の一件”の後、メモリを盗んで消えた工作員がこんなところで見つかるとは。

それにしても、そんな強力なメモリで小銭稼ぎなんて…もったいないお化けが出るっスよ」

 

「お前は…思い出したぞ。憤怒の3番手、ハイド!」

 

「へぇ、知ってるんスか。じゃあ…

勝てないってのも、分かるっスよね?」

 

 

ホルモンは昂っているせいか、聞く耳を持たず、ナーブ・ドーパントに襲い掛かる。

 

 

「全く…ただ黙ってくれてたらそれで満足なんスけどね…」

 

ホルモンは注射針で刺突を繰り返すが、ナーブはそれを軽くあしらう。

 

 

「鯨さえ数滴で仕留め、肉体を溶解させる猛毒にもなる特殊ホルモン。

でも、当たらなければどうってことはない」

 

 

それどころか、大ぶりなホルモンの攻撃の後は、必ず隙が生じる。

ナーブはその隙を見極め、指先から神経線維を伸ばし、ホルモンの身体に突き刺した。

 

ナーブは伸びた神経を指先から分離。切り離された神経はホルモンの体内へと消えていく。

 

 

「終わりっス」

「しまっ……」

 

 

ナーブが指を鳴らす。その瞬間、ホルモンの身体に高圧電流が流れたような衝撃が走った。

体内の神経が焼けるような激痛に襲われ、ホルモンは怪人態のまま気を失ってしまった。

 

 

「今回はジブン等にとっても一世一代の任務。

今、彼にいろいろと話されちゃ困るんスよ。万が一の事があるっスからね」

 

 

ナーブは触手でホルモンの体を持ち上げ、そのまま去っていこうとする。

だが、それを引き留める者がいた。

 

 

「待って!」

 

 

去っていくナーブに向け、震える体を抑えながら

凛は泣きそうな声で、それでいて力強く、ナーブを呼び止めた。

 

 

「凛!?」

「なんのつもり!?」

 

 

海未と希は、凛を止めようとする。だが、凛は止まらない。

 

 

「さっきの人、永斗くんを怪物って言ってた!永斗くんを怖がってた!

何か知ってるんだよね!?永斗くんが忘れちゃったこと!」

 

 

そこまで言うと、ナーブが凛に向けて指先を向ける。

指先から神経が伸び、真っ直ぐ凛の首元へ……

 

 

 

届く寸前で止まり、指先が触れた凛の首元から一筋の血が流れた。

それでも凛は引こうとはしない。真っ直ぐ強いまなざしで、ナーブを見つめている。

 

 

「健気っスね~。なんでそこまで知りたいんスか?

自分のため?そこにいる彼のため?それとも一時の感情?

これは持論なんスけど。人生ってのは半分以上が選択で、間違えれば間違えるほど、その人生は正しさや幸せから外れていく。人生の先輩のアドバイスっスけど、この場合は“知らない”のが正解っスよ。もし知っちゃえば…

 

 

君、もう正しくなんか生きられないっスよ?」

 

 

ナーブの口調が変わる。漠然とした恐怖がその場にいる全員に襲い掛かった。

 

ナーブはそのまま去っていく。

だが、永斗も凛も、呼び止めることも、追うこともできなかった。

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

8/1 活動報告書

 

 

皆の働きもあり、一日で複数の依頼を解決することができた。

瞬樹のチームは無事にグッズを確保。

 

俺達は結果として結構な事件になってしまったが、なんやかんやで盗まれた猫や動物は見つかり、飼い主がいる奴は飼い主のところに戻してやった。ホルモンを倒せば元に戻るらしい。早急にメモリを破壊しなきゃな。

 

一方、永斗達が会ったという、3番手のエージェント“ハイド”。

ファースト、ラピッド、ルーズレス、あと話に少し出てきたリッパー。そしてハイド。

エージェント部隊の全容も見え始めてきた。

 

だが、帰って来てからと言うもの、永斗達のチームの様子がおかしい。

ずっと何かを考えているような…永斗はまた奥の部屋に引きこもっている。

俺が聞いても詳しく教えてはくれない。ドーパントに出くわしたのがそこまで効いたのか?

 

 

少し胸騒ぎがする。ラピッドが残したあの言葉、今回の一件…

 

 

μ’sの活動は順風満帆。だが、探偵部には不穏な風が吹いている気がしてならなかった……

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

その夜。

 

誰もいない道路で、ハイドは部隊のボスであるゼロに連絡を取っていた。

 

 

「良い駒が手に入りました。あと、奴が目覚めつつあるっスね。あまり時間はないかもです。

じゃあ…ハイ。他の奴らにも知らせておくっス」

 

 

ハイドは電話を切り、メールを打つ。

メールの内容は“七幹部怠惰の奪還作戦の全容”。一部を除くエージェントに一斉送信した。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

同刻、どこかの裏路地。

 

 

男が重傷を負い、ゴミ袋を背もたれにして倒れている。

その男はメガネをかけた長身の人物。そう、エージェント部隊No4ラピッドだ。

 

 

「何のつもりだ…“アサルト”……!」

 

 

血を流しながら、力尽きそうな声で言葉を放つ。

“アサルト”と呼ばれたのは、赤黒い髪の一部を青く染めた青年。ラピッドの前に立ち、見下すような態度を取っていた。

 

 

「何のつもりだ?それはこっちのセリフだろ。

俺を除いた奴らに任務連絡が来てんのは知ってんだぜ?

おかしいじゃねぇか。No4で、メモリも壊された負け犬に届いてて、No2の俺に届かないなんてよぉ!おかしいよなぁ!」

 

「貴様が…我々に協力しないからだ……

任務中も身勝手な行動で…どれほどの損害が出たと思っている…!誰が貴様に…協力を求めるか…!!」

 

「はぁ?協力だぁ?なんでそんなことやんなきゃいけねぇんだ?

そうだろ?俺達は憤怒。“怒り”のもとに集まったってだけで、行動理念なんかまるで違う。

お前で言うと、“理不尽な社会”への怒りだったか?」

 

「では貴様は…何に対する怒りを持っているというのだ…!」

 

 

アサルトはその質問に答えない。

その時、ラピッドのポケットの携帯から、メールの着信音が響いた。

 

アサルトはポケットから携帯を抜き取る。ラピッドにはもはや、妨げる力もない。

 

そのメールを開き、しばらく目を通す。

読んでいくうちにアサルトの表情が変わっていく。怒りを含んだ、不気味な笑みに。

 

 

読み終わった瞬間、アサルトの高笑いが夜の街に響いた。

笑い終わると、アサルトは携帯を投げ捨て、ゴキゴキと指を鳴らす。

 

そして、ラピッドの方へと振り返り、言った。

 

 

「さっき聞いてたよなぁ?俺の怒りが何なのかって。

俺は復讐するために組織に入った。俺の全部を殺した、七幹部“怠惰”に!

あの悪魔をぶっ殺すためになぁ!!」

 

 

アサルトの拳が、建物の壁に叩きつけられる。

一瞬の激しい振動と音があり、壁は凹み、ヒビが広がっていく。

 

 

「丁度任務に一人欠番ができた。だったら、代理が必要だよなぁ?

待ってやがれ“怠惰”…!テメェは俺が葬ってやる!!」

 

 

 

 

 

困惑、恐怖、怒り、苦悩……

 

様々な感情が交錯し…

 

 

物語は“絶望”へと向かっていく……

 

 

 

 

 




今回登場したのは、鈴神さん考案の「ホルモン・ドーパント」と、「ナーブ・ドーパント」です!
いや、ホルモンの扱いは反省してますよ。なんか事件起こして速攻で解決されるっていう…ね?
もう少しホルモンは登場しますんで。ナーブはまだまだ活躍させますし!

エージェントも結構出てきました。まとめとくと

No1ファースト(スラッシュ)No2アサルト(???)No3ハイド(ナーブ)No4ラピッド(ヴァイパー)No5ルーズレス(ティラコスミルス)No?リッパー(???)

みたいな感じですね。

言い忘れてましたが、活動報告で質問コーナーやってます。
何か疑問点がございましたら、何でもいいので気軽にどうぞ!精一杯答えます!

まだ“F”編は終わりません。結構な話数になると思われます。
まぁ、永斗の過去編とか入って来るんで、ご了承ください…m(__)m
そろそろラブライブ本編のエピソード書かなきゃだよなぁ…

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!



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第30話 怠惰なるF/士門永斗の消失

146です。案外時間かかった。模試?知らねぇな。
今回、話進んでないです。ていうか急展開です。色々と批判ございますでしょうが、スイマセン、今後の展開上こうしないとどうしようもないというか…

あと、お知らせがあります。
この度、MasterTreeさんの「ラブライブ!サンシャイン‼︎×仮面ライダードライブサーガ 仮面ライダーソニック」とのコラボが決定いたしました!
いつになるかは未定ですが、本編とガッツリ絡んだエピソードになる予定です。
正直、めっちゃ嬉しいですね。なんか、ここまで来れた感が。

新たにお気に入り登録してくださった
RRさん、tyexさん、ゼッパンさん、るどらさん、dyrgaさん
ありがとうございます!



ーアラシsideー

 

 

「1!2!3!4!5!6!7!8!」

 

 

8月3日。夏休み早くも3日目。炎天直下の屋上で、μ’sは今日も練習に励む。

 

「はい。では、5分だけ休憩します」

 

「え~!せめて10分…」

「5分だけ休憩します」

 

 

海未の掛け声で、休憩時間に入る。穂乃果の抵抗むなしく、休憩は5分の様だ。

それぞれタオルで汗吹いたり、水飲んだりしている。

 

一方、俺は……

 

 

 

「あの…海未先輩…アラシ先輩、どうかされたんですか……?」

 

「花陽。あれは俗に言う“修羅場”と言う奴です」

 

 

俺の脳内が阿鼻叫喚を上げていた。

夏休み中の目標。夏休み中にライブを3回。言ったものの、俺がライブ演出、企画担当だということ忘れてたチクショウ!

 

すぐにでもライブをしたいところではある。真姫は曲を完成させてくれている。海未が歌詞を作るにも、ライブのコンセプトが決まらない限りはどうしようもない。

俺のアイデア次第でライブの命運が変わる。慎重に…それでいて迅速に決めねぇと…

 

 

「あ゛ー!!ダメだ!思いつかねぇ!」

 

 

俺は叫び、勢いよく立ち上がった。

 

 

「ちょっと気分転換に散歩行ってくる。後の仕事は永斗に…

あれ?永斗どこ行った?」

 

「永斗くんなら気分がよくないって言って帰ったよー」

 

あの野郎。

いつもなら即行で帰って叱るとこだが、2日前のあの事件から様子がおかしい。何かをずっと考えているような。

 

それは永斗だけでなく、その時のメンバーもそうだ。

海未や希はいつもと変わらないように振舞ってるが、時おり思いつめたような表情を見せることがある。凛に関しては、動揺が直に出ており、今日の練習も何度も失敗していた。

 

 

「…何事も無けりゃいいが……」

 

 

少し気になるが、何と言うこともないだろう。今はμ’sの活動だ。

ラブライブまでそう時間は残されてない。

 

 

「そういえば、瞬樹もいねぇな。どうした?

絵里、なんか聞いてるか?」

 

「一番くじとかを引きに行くって言ってたけど…」

 

 

あの野郎、殺す。

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

真っ白な空間に、佇む僕。そして、宙に規則正しく並ぶ無数の本棚。

久しぶりな気がする。地球の本棚です。

 

僕は両腕を広げ、目を閉じて意識を集中させる。

 

 

「キーワードは……“士門永斗”」

 

 

一瞬躊躇したが、意を決してキーワードを入れた。

 

8月1日のあの事件の時、ホルモン・ドーパントは僕にこう言った。

 

 

 

『来るな…来るな!化け物が!!』

 

 

 

僕には過去の記憶がない。“化け物”と呼ばれる所以は一切知らないし、基本的に自分の事はほとんど知らない。

 

この地球の本棚の能力だって、気付けば持っていた。

強いて手がかりとするならば、天金からオリジンメモリについて聞かされた時に脳裏を過ったあのノイズのかかったビジョン。

 

僕は何者なのか。これは気になりはしたが、何故か踏み出すことはできなかった。

だが、ここまで来たら知る必要がある。手元に手段があるならなおさら。

 

 

「ビンゴ…まぁ、個人名だからね」

 

 

目の前には一冊の本が残った。

だが、その本は鎖でグルグル巻きにされ、表紙には錠がついている。

 

これは、地球の本棚では稀にある現象。ゲーム研究会騒動の際、青葉ちゃんの過去を検索できなかったのも、このため。

本棚の本には、その記憶が強い意志や外部からの力によって閉ざされている場合、錠がかかって中を見ることができないときがある。だが、その記憶に関する何かしらの“パスワード”を入力することで、閲覧が可能になる。いまでは青葉ちゃんの本も読めるようになっている。

 

 

僕は改めて“士門永斗”の本を見る。

錠はかかっている。しかし、錠の形状が普通と違い、かなり厳重に守ってあるような感じだ。

しかし、何故かボロボロ。厳重に守ってあると言えど、それが関係ないほど傷ついている。これなら僕の力でも錠を壊せそうな……そう思い、本に手を伸ばした。

 

 

「ッ…!今のは…!…?」

 

 

本に触れた瞬間、僕の頭にビジョンが浮かんだ。

今までの漠然としたものとは明らかに違う。明確で、具体的で、存在を確かに感じるもの。こちらに牙を向け、笑う、白い獣。

 

恐怖で腰が抜け、バランスを崩し、地球の本棚は解除された。

現実世界に戻った僕は、冷や汗が止まらない。

 

アレを開けたらどうなるんだ?

 

僕の事は知れるかもしれない。だが、それで終わるのか?

 

 

「…面倒くさい」

 

 

止めておこう。別に知る必要はないんだ。いままでそれで生きてきた。

僕は今のこの生活を変えたくない。無理をして、危険に身を投じる必要はない。

 

それでいいんだ…それで……

 

 

僕が無断で練習を抜けて数時間。

いつもならとっくにアラシが来るんだけど、来ない。どういう風の吹き回しだろうか。

気分が優れないってこと信じてくれたんだろうか。

 

 

「あ、でもそろそろ練習終わるか。じゃあ…」

 

 

 

ピンポーン

 

 

やっぱ来た。練習終わった後は穂むらか事務所が多い。

3人で探偵してた場所は、いつのまにやら友達の憩いの場か…なんだか感慨深い。

 

 

「しょうがない。僕も行くか…」

 

 

僕は白い本を散らかった床に置き、寝ぐせがついた頭をかいて、

猫背のまま、部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「オイ、途中で無断帰宅とはいい度胸だな…?」

「あれ…?体調が悪いってこと信じてくれたんじゃないの?」

 

 

ただいまアラシに頭を掴まれ、絶賛説教中。

身長差で上から見下ろしてくるから怖い。

 

「最近様子がおかしいから少し心配はしたが、お前がプライベートで言うことはほとんど信用してない。どうせ帰ってアニメだのマンガだの見てたんだろ?」

 

「いや、今回はマジだから。ホントに気分がアレだったから」

 

「アレってどれだ?説明してもらおうか。20文字以内で」

 

「ちょっと。アラシが平常運転の鬼畜なんだけど。誰か助けてくれませんか」

 

皆に助けを求めるけど、皆それぞれ会話してたりしてる。真姫ちゃんは完全にコッチに興味ないね。本読んでるもんね。ことり先輩はただただこっちに笑顔を向けてくる。逆に怖い。

 

なんてことをしてると、またしても扉が開く。

中に入ってきたのは、瞬樹の相棒らしい烈くん。何か持っている。

 

 

「お土産持ってきました。全員分のドーナツ買ってきたのと、

コンビニに落ちてた竜騎士の死骸です」

 

持ってたのはドーナツの入った箱。あと、意気消沈した瞬樹だった。

なんだろう、もらって嬉しいプレゼントと最高に要らないプレゼントを同時にもらって、なんだか複雑な気分。

 

 

「グッジョブ、2重の意味で。

海未、このサボり魔2号を拘束するの手伝え。目が覚め次第事情を吐いてもらおう」

 

「はい」

 

海未ちゃんとアラシは黙々と瞬樹を縄で縛っていく。何この断罪コンビ。

アラシは拘束した瞬樹を部屋の端に放置し、烈くんが持ってきたドーナツに直行。

 

「あ、私エンゼルフレンチがいい!」

「凛は~チョコリングがいいにゃ!」

「私は…アップルパイが欲しい…です…」

「ウチはオールドファッションかな~えりちは?」

「そんなこと言われても…じゃあ、私はプレーンで」

「私は余ったのを頂きますが…ことりはどうします?」

「うーん…期間限定とかないかな?」

「私はいらない」

「何してんのよ…!ストロベリーカスタードフレンチは私のものよ!」

「テメェこそその手放しやがれ…!ガキはチュロスでも食ってろ!」

 

ドーナツ争奪戦でちょっとしたカオスに。

僕は横でチョコファッションを頼んでいますが。まぁ、聞いてません。

 

 

最終的にドーナツが行き渡り、しばらく和やかな時間が流れる。

そんな中、エンゼルフレンチを食べながらほのちゃんが言った。

 

 

「そういえば、烈くん食べないの?」

 

 

そんな何気ない質問。これに一同反応する。

最初は絵里ちゃん。

 

 

「ちょっと待って。烈って男の子なの?私はてっきり女の子かと…」

 

「ウチもそう思っとったけど」

 

「え?でも、名前が男の子だし、男の子かなーって…」

 

「凛も男の子だとおもうにゃ!いつもエグいこと言うし!」

 

凛ちゃんも大概だと思う。

今度はことり先輩が。

 

「でも、声も見た目もすっごくかわいいよ♪持って帰っちゃいたいくらい」

 

「なぜか冗談に聞こえないのが怖いんだが。

俺は別に気にしてなかったな。永斗はどうだ?」

 

「僕は男の娘だと思ってた」

 

「字が違うぞ、オイ」

 

 

みたいな感じでガヤガヤと討論が続く。

埒が明かないので、本人に聞くことにした。

 

 

「で、結局のところ男なのか?女なのか?」

 

アラシに直接話しかけられ、ようやくこっちを見る烈くん。

さっきまでの会話は聞いてなかったらしい。自分が話題なのに。

 

しばらく黙っていたけど、ちょっとすると無言のまま口を開いた。

 

 

 

「秘密です」

 

 

 

その後、一同驚きの声を上げた。

構わず烈くんは続ける。

 

 

「性別はそちらの解釈でいいですよ。瞬樹にも言ってないですし。

呼ぶときはちゃん付けでもくん付けでも呼び捨てでも構いませんよ」

 

瞬樹は一緒に住んでるんだよね?今は気を失ったままだから聞けないけど。

ちょっとはそこを気にしようよ。同棲相手が美少女か男の娘かでは全く別……いや、どっちもアリか。

 

つまり、性別:烈でいいってこと?

 

 

「じゃあなんて呼ぼっか?くんでもちゃんでもしっくりこないし…」

 

悩んだ末、ほのちゃんが出した結論は…

 

 

「クロちゃんで!」

「嫌です」

 

流石に烈くんも速攻拒否。苗字の黒音から取ったんだろうけど、これはね…

 

「さっき何でもいいって言ったじゃん!」

「流石に嫌です。そんな地声が高い芸人みたいな名前」

 

「それならクロで!ちゃん付けなかったらいいでしょ?」

 

今度は猫っぽくなったなぁ。

 

「…ま、いいです。さっきよりはマシですし」

 

「いいんだ……」

 

 

こんな感じで、烈くんの呼び名は“クロ”に決定した。

ていうか、なんかアレだね。平和だね。

前みたいなアラシ、くーさんと一緒のダラダラ生活もよかったけど、こんな日常も悪くない。

 

…だからこそ、それを僕が壊すわけにはいかない。

 

 

「それじゃ、クロ!よろしくね!」

 

「はぁ…よろしくお願いします」

 

 

ほのちゃんが差し出した手を流されるままにとる烈くん、じゃなかったクロ。

ほのちゃんが呼び捨てって珍しいよね。あ、でも例のヒフミトリオは呼び捨てか。あだ名だと大丈夫なのかな?

 

そこに、僕の腕のスパイダーショックに連絡が入る。

常時ガジェットにはパトロールをさせており、ドーパントが出現すると連絡が来る仕組みだ。

 

 

「ハァ…これもまた僕らの日常か。

アラシ、ドーパントが出た。場所は神保町」

 

「分かった。俺が行くから後の奴は待機してろ」

 

 

アラシはハードボイルダーのキーを持ち、外に出る。

 

外からエンジンがかかる音が聞こえ、アラシは神保町に向け、バイクを走らせた。

 

 

 

_______________________________

 

 

 

 

数分後、アラシはバイクを止め、神保町に降り立った。

 

騒動の場所はすぐに分かった。そこには既に人はおらず、怪物が暴れているだけ。

その怪物は、前回の一件で永斗達が出くわしたドーパント、ホルモン・ドーパントだった。

 

 

「なんだアイツ。メモリの力に暴走してるってわけでもなさそうだが…」

 

何にしても、暴れられるのは迷惑だ。

アラシはダブルドライバーを装着し、永斗と意識を繋がらせる。

 

 

(ついた?今回はどんなドーパント?)

 

「お前が前に会ったっていう、ホルモンとかいうドーパントだ。

事件の後、バットショットの写真を確認したから間違いない」

 

(ホルモンか…)

 

「どうかしたか?」

 

(いや、何でもない。どのみちメモリブレイクが必要だったドーパント。さっさと片付けよう)

 

 

永斗はそう言うと、サイクロンメモリを転送させて来る。

ここまですんなり転送してくるのは珍しい。

 

アラシは少し疑問に思いながらも、それを押し込み、ジョーカーメモリを取り出した。

 

 

《ジョーカー!》

 

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

アラシは腕でWの左半分を描くようにポーズを決め、ジョーカーメモリを装填。

さらに、両手でドライバーを展開。アラシの体が風に包まれ、仮面ライダーダブルへと変身した。

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

ホルモンはこちらにまだ気づいてない。

その隙に、ダブルは暴れるホルモンの背後に蹴りを叩き込んだ。

 

 

「がぁっ!痛ぇ!!」

 

「散々暴れといて何言ってんだ!」

 

 

ダブルは構わず攻撃を続ける。

だが、ホルモンも黙ってはいない。右腕の注射器に特殊ホルモンを生成し、ダブルめがけて突き出した。

ダブルはこの能力を知っている。クジラを数滴で殺す猛毒。一回でも食らえば致命傷だ。

 

繰り出された攻撃をかわし、ホルモンの体のバランスが崩れたところで更にダブルのパンチが炸裂。

サイクロンによる風の力もあり、ホルモンは数メートル吹っ飛ばされた。

 

 

「何が目的だ。お前は裏で汚い商売してたんじゃないのか?

何で今更こんなことを…」

 

「うるせぇ!俺だってしたくてしてるわけじゃねぇんだ!

俺はお前を…仮面ライダーをおb」

 

 

ホルモンが何か言おうとしたその時、上空から何かが落下してくる。

落下する物体…いや、人物は、ホルモンの頭部を足場にして着地した。

 

その人物は赤黒い髪で、一部を青に染めた青年。

生身の人間と言えど、すさまじい落下速度で落ちてきたキックをモロに食らったホルモンは

後頭部を抑え、地面にうずくまっている。

 

 

「仮面ライダーをおびき寄せるための餌…だよなぁ?

おとりご苦労様。お前にゃ荷が重いから俺がかわってやるぜ」

 

 

指を鳴らしながら近づいてくる青年。

さっきの落下、あそこまでのスピードということは相当高いところから落ちたはず。

それでも青年は全く痛そうな素振りすらしていない。

 

 

「お前だろ?ファーストと引き分け、ラピッドを倒したっていう仮面ライダーは」

 

「…!お前、組織の人間か!」

 

「あ?俺は組織の犬じゃねぇ。

俺は“憤怒”のエージェント部隊のNo2アサルト!お前は“ヤツ”の前の肩慣らしだ。楽しませてくれるよなぁ!」

 

 

 

《カオス!》

 

 

アサルトと名乗る青年は歪な形をした銀のメモリを取り出す。

そこに描かれるのは、炎と氷で形作られたCの文字。

 

 

『シルバーメモリ…一般では流通してない、実力者のみに与えられるメモリ…』

 

「なるほどな。No2は伊達じゃねぇってことか!」

 

 

アサルトは右目の下に現れた生体コネクタに、メモリを挿入。

激しい衝撃波が発生し、今度は凄まじい熱気と冷気が襲い掛かる。

 

 

目の前に現れたのは、炎を纏ったトカゲと、氷を纏った狼が対照的に合わさったような異形。

鱗のついた右腕からは炎が噴き出し、毛皮に覆われた左腕からは冷気が出ている。

 

 

 

「さて…殺し合い開始と行こうか!」

 

 

 

_________________________________

 

 

 

その頃、切風探偵事務所。

 

 

「ん…?なんだここは?

って!何故俺が縛られている!」

 

 

ようやく気を失っていた瞬樹が目を覚ました。

だが、他のメンバーは気にせず次のライブについて話し合っている。

 

 

「オイ俺を無視するな!烈!説明しろ!」

「しろ?」

「してください!」

 

一瞬向けられた殺意に容易く屈服する自称竜騎士。

他のメンバーも瞬樹が目を覚ましたことに気づいたようだ。

 

 

「ボクがコンビニで瞬樹を見つけたので、とりあえず気絶させて連行しました」

「説明になってない!」

 

「縛ったのは私とアラシです。アラシが帰ってきたらきっちり話を聞かせてもらいますからね?」

「この敬語コンビ怖いんだが!」

 

 

涙目になっている瞬樹に、花陽が苦笑いで助け船を出す。

 

 

「でも、そこまでするのには理由があったんだよね?どうしても外せない用とか…」

 

「花陽…我が天使…!

そうだ!竜騎士たる俺が、サボりたいという邪な心を持つはずがないだろう!

花陽を見習い、慈愛の心を持って出直すがいい愚か者どもが!」

「殺しますよ?」

「調子乗りましたスイマセン!」

 

 

一連の会話で一同は烈と瞬樹の上下関係について察した。

ここまで権力格差があると、あわれみの心さえ抱いてしまう。

 

 

「でも瞬樹、一番くじを引きに行くって言ってなかった?

アラシにも伝えておいたけど…」

 

「その通り!今回の一番くじはA賞がランサーの…」

 

 

その瞬間、瞬樹は自分が詰んだことを理解した。

周囲の目が冷たい。オタク文化に理解がある花陽とにこはそこまでではないが、擁護できないという感じだった。

 

 

「ちなみに当たったのは?」

 

「10回引いて全てE賞D賞!エデンのEとドラゴンのD!」

 

テンション高めに言ってみたが、既に状況が終わっている。

軽く絶望する瞬樹に烈が。

 

 

「今月厳しいって言いましたよね?

その行動は、一週間夕飯抜きでいいという解釈でいいですか?」

 

「ちょっと待って!流石に死ぬから!竜騎士も空腹には勝てないから!」

 

「フェニックスメモリで空腹も回復できますよね」

 

「フェニックス一回使ったら3日使えないんだけど!」

 

 

瞬樹がわーわー抗議していると、今度は烈の携帯に何かの着信が入る。

それを見た烈は少し残念そうな表情で。

 

 

「ドーパントが出ました。切風さんとは違う奴です」

 

「ナイスタイミン!じゃなかった…

我が名は竜騎士シュバルツ!神の命により悪を裁く!行くぞ愛機ライバーン!!」

 

 

ノリノリでエデン専用マシン、マシンライバーンに乗り込む瞬樹。

 

 

「割とそこなので走ってください」

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

神保町。カオス・ドーパントと対峙するダブル。

ホルモンはどこかに逃げてしまっている。

 

 

「はぁっ!」

 

 

先に仕掛けたのはダブル。

ジョーカーで強化された左足で間合いをつめ、風を纏わせた拳で殴り掛かる。

 

その攻撃はカオスにヒット。カオスの態勢が少しだけ崩れる。

 

 

「悪くない攻撃だ。久しぶりに燃えさせてくれんじゃねぇか!」

 

 

カオスの炎の部分が大きく燃え上がり、その炎が掌に収束。

強烈な炎の掌法がダブルに炸裂した。

 

さらに冷気を纏った左足を地面に叩きつける。

すると、瞬く間に氷が生成され、数秒後には足元から現れた氷の巨槍がダブルに襲い掛かった。

 

蹴りで粉砕するが、飛び散る破片でカオスの姿が隠れてしまう。

その一瞬の隙にカオスが冷気と熱気を纏わせて接近。力強さが過ぎる踏み込みは地面にひびを入れる。

 

 

「くっ…!」

 

 

咄嗟に防御に入るダブル。カオスは左拳に強烈な冷気を帯びさせ一撃。

さらに間髪入れず、熱気を帯びた右腕による攻撃。

瞬間的に冷やされた空気が急激に加熱されたことにより、ダブルに繰り出された拳の周辺の空気が急激に膨張し、凄まじい衝撃波が発生。ダブルを吹き飛ばした。

 

 

ダブルは風によって吹き飛ばされるのを防ぐ。

だが、衝撃は体の内部まで届いた。ダメージは大きい。

 

 

 

「強ぇ…!」

『流石はNo2…エレメントの下位互換では決してないってことか』

 

 

その声。ダブルの右側、永斗の声を聞いたカオスの様子が変わった。

 

 

「オイお前、その声…聞き覚えがあんだよなぁ…」

 

『え…?』

 

「いや、でもあり得ねぇか。あんな大罪人が平気な顔してる生きてるはずがねぇ。生きていいはずがねぇ。

それもこれも、テメェぶっ飛ばせばわかる話だよなぁ!!」

 

 

カオスの殺意がより鋭く、大きいものに変わる。

ダブルは考えた。奴のスタイルとスピードから、遠距離戦に持ち込むのはリスクが大きい。

ライトニングを使ったとして、10秒で決められなければ勝てない。そうなるとサイクロンジョーカーがベストだ。

 

 

「させるかよ!」

 

 

攻撃するカオスをダブルは正面から迎え撃つ。

拳を避けたり防いだり、だが、いくら防いでも隙が見えない。動きが完璧すぎる。

 

ダブルもジョーカーによって、肉弾戦は得意であるはず。

しかし、繰り出した攻撃は流れるような動きで受け流されてしまう。

 

 

『打撃を受け流す動き…拳法使いだね』

 

「ビンゴだ!テメェが奴なら、覚えてるよなぁ!」

 

 

カオスの攻撃が激化する。もはやダブルに反撃の隙も与えない。

さらに、カオスは熱気を強く放出し、辺りはさながらサウナのような温度。時間が経つだけでダブルは消耗してしまう。

 

熱気と冷気。この2つがあればどんな状況も作り出してしまう。

まさに“混沌”の能力。

 

 

「マズい…意識が…」

 

 

熱気で限界が来はじめている。足元がふらつく。視界が狭まっていく。

 

 

「終いだ」

 

 

カオスは拳に力を込め、炎の拳でダブルを貫いた。

ダブルは力が抜けたように倒れ、風と共に装甲が消滅。変身解除してしまった。

 

地面に倒れるアラシ。だが、カオスは…

 

 

「違ぇか…だろうな。

本当は殺すつもりだったんだがな。もうテメェの興味も失せた」

 

 

変身を解除し、アサルトはアラシに背を向ける。

 

 

「奴が…“怠惰”が現れるのはもう少し先か…

誰にも殺させねぇよ。アイツは俺がぶっ殺す!」

 

 

 

アサルトが去り、辺りを覆っていた熱気も消えていく。

戻ってきた意識の中、アラシは強烈な悔しさと共に、別の違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

「永斗………?」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

事務所から少し離れたところ。

烈に言われたように、瞬樹は走って現場に急行。そこは、誰もいない路地裏。

少しの違和感を感じながらも、辺りを見回す。

 

ドーパントはいないが、一つ気付いた。

 

 

「烈…?どこだ?」

 

 

後ろに走ってついてきた烈がいない。運動神経はかなりバケモノなので、遅れるなんてことはあり得ないはずだが…

 

辺りを探すが、どこにもいない。

その時…

 

 

 

「ッ…!」

 

 

 

ナイフが突き刺さるような殺意。瞬樹の目が一瞬で戦闘モードに切り替わる。

殺意の発信源は…背後。

 

振り返った場所にいたのは、さっきまでは確実にいなかったドーパント。

 

赤く黒い、血のような色の服を着こんだような姿。腰にはナイフが備えられ、全身が凶器にも見える。

スマートな人型だが、人ではないと感じさせるような風貌。

 

何より、その肩には生体コネクタが刻まれている。

26本のオリジンメモリの内、どれかと適合したオリジンメモリのドーパントだ。

 

 

そして、そのドーパントは黒い携帯電話をつまんで、こちらに見せてくる。

それは、紛れもない烈のものだった。

 

 

「貴様…!それは烈の…!」

 

「邪魔だったから退場してもらった。それだけだ」

 

 

ドーパントは烈の携帯を放り投げ、落下した携帯電話の画面が割れる。

 

 

「貴様…何者だ!」

 

「今の所属は“憤怒”の下での諜報活動。No6リッパー。

“K”のメモリ、“キル”と適合した組織の元暗殺部隊所属」

 

 

ドーパント__キルはナイフを抜き、エデンに再び殺意を向ける。

 

 

「仮面ライダーエデン。抹殺する」

 

「返り討ちにしてくれる!我が友に手を出した罪を悔いるがいい!」

 

 

《ドラゴン!》

 

 

ドラゴンメモリを取り出し、起動させ、エデンドライバーに装填。

エデンドライバーを顔の前に構え、トリガーを引く。

 

 

「変身!」

 

 

《ドラゴン!!》

 

 

白銀の装甲を纏い、断罪の竜騎士が顕現する。

その名も、仮面ライダーエデン!

 

 

「騎士の名の下に、貴様を裁く!」

 

「やってみろ」

 

 

ナイフを構え、襲い掛かるキル。エデンは槍で一撃目は防ぐ。

だが、すぐさま二撃目、三撃目がやって来る。

 

目視では反応できないスピード。ほとんど直感で捌いていくが、あまりにも手数が多すぎる。

 

ナイフは絶対的威力とリーチがない代わりに、連続での攻撃が可能。

槍はその真逆。明らかに相性は悪かった。

 

 

「これならどうだ!」

 

 

《グリフォン!》

 

《グリフォン!マキシマムオーバー!!》

 

 

オーバースロットにグリフォンメモリを装填し、ウィガルエッジが装着される。

エデンは空中を足場にし、一端キルから遠ざかった。

 

ナイフはリーチが無い。投げ攻撃ならある程度対応が可能だ。

 

エデンは空中を蹴ってキルを翻弄する動きをする。

通常はあり得ない動き。よって、ほとんどの場合この手法は有効打になる。

 

 

しかし、キルは予測不能なエデンの攻撃を最小限の動きでかわしていく。

 

キルは攻撃をかわした後、一瞬背中を向けたエデンにナイフを投げつける。

ナイフはエデンの背中に突き刺さり、エデンの動きが止まる。

 

 

「がぁっ!」

 

 

キルは更に多数のナイフを出現させ、エデンに放つ。

圧倒的数の斬撃を浴びたことで、大きなダメージを受け、ウィガルエッジが消滅してしまう。

 

 

「強い…竜騎士の連撃をこうも簡単に…」

 

「ルーズレスを破っただけはある。だが、僕を肩書通りの強さと思わない方がいい」

 

 

言葉の通り、目の前にいるコイツはNo5のルーズレスより明らかに強い。

 

 

「こうなれば我が竜の力を…」

「使わせると思うか」

 

 

エデンがドライバーからメモリを抜こうとした瞬間。

 

周囲の景色が暗転する。一瞬、ほんの一瞬だけ、風景から光が消えた。

 

 

「な……」

 

 

次の瞬間、光が戻る。

だが、エデンの周りには4人のキル。それぞれナイフより少し大きい短剣を持っている。

 

 

 

オペラ座の怪人(ファントム・ダンス)

 

 

 

瞬きするほどわずかな瞬間。まさに刹那。

4人のキルは一斉に姿を消し、気付けばエデンの後ろに一人だけのキルが。

 

そして、遅れてくるように無数の斬撃がエデンを襲う。

 

 

 

「速…すぎる…!」

 

 

エデンは膝をつくが、気力でなんとか変身は維持している。

視線は真っすぐキルに向かっているが、すでに立ち向かう力はない。

 

 

「……そろそろか」

 

「なんの話だ…!」

 

「目的は果たしたということだ。早く仲間の元に戻るといい。

全員揃っているかは、保証できないが…な」

 

 

 

それだけ言い残し、キルは一瞬にして姿を消した。

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

アラシと瞬樹、それぞれの敗北を悔やみながら、事務所に戻ってきた。

烈は道中で刺されて倒れていたところを、瞬樹が病院に連れて行った。

命に別状はないらしいが、意識が戻らない。キルの能力だろうか。

 

そして、事務所にて。

 

待っていたのはμ’sの9人。だが……

 

 

 

 

そこに永斗の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

アラシが感じた違和感。それは、ダブルドライバーを装着したままにもかかわらず、

永斗の意志が繋がらなかったこと。

 

 

話によると、穂乃果たちの意識が突如として薄れ始め、

気が付いた時には既に気絶した永斗が消えていたという。

 

時間にして一分に満たない。

 

辺り一帯を捜索するも、手がかりすらつかめなかった。

 

 

七幹部“怠惰”奪還作戦は、標的を把握されることも、作戦の存在も把握されることもなく、

一分に満たない時間で完遂された。

 

 

 

「クソが……!」

 

 

 

アラシの自責の声が事務所に響く。

敵に敗北した上に、相棒まで失った。これ以上の失態があってたまるか。

 

永斗が誘拐された理由は分からない。

だが…

 

 

 

「助けよう」

 

 

 

同じく自責の念に押しつぶされていた9人。

声を上げたのは穂乃果だった。

 

 

「私たちのせいで永斗君がいなくなった。だったら、助けるしかないよ!」

 

 

言葉の真意はすぐわかった。

永斗が攫われた場所、恐らくは敵のアジトに乗り込み、永斗を奪還するということだ。

 

 

 

「確かに、ここにいる全員が適合者だ。多分俺も。

適合者が死ねば、次の適合者をメモリが選ぶまでオリジンメモリは無力になる。

組織はお前らを殺すことはしないはずだ。

 

それでも危険は大きすぎるほどに大きい。その覚悟があんのか?」

 

 

穂乃果の一言に勇気づけられたのだろうか。

9人の目に迷いはない。友を助けるため、ここで命を張らなくてどうする。

 

人数は多い方がいい。だが、以前のアラシならここで止めていたはずだ。

だが誓った。“μ’sは俺たちが守り抜く”と。

ここにいる全員、志は同じ。ならば、その覚悟に水を差すのは野暮と言うものだ。

 

 

 

「分かった。俺も“守るため”の最善を取る。

もう相棒も、誰も失わない。お前らに大事な奴は失わせない」

 

 

 

敵のアジト、恐らくエージェント部隊の上位メンバーが多くいる。

加えてアラシは変身ができない。状況は絶望的と言える。

 

 

それでも、やるしかない。

 

 

作戦開始は明日じゃ遅い。

 

今だ。勝機があるとすれば、完全な奇襲しかない。

敵の場所、建物の構造、敵戦力に能力。何もわからない無謀すぎる作戦だ。

 

 

 

「行くぞ。音ノ木坂探偵部、最初の潜入にして大任務。

目標は俺たちの頭脳。永斗の奪還だ!」

 

 

 

 

わずか11人の少年少女と、“憤怒”の決戦が始まろうとしている____

 

 

 

 

 

 

絶望まで…あと6時間。

 

 

 

 

 

 

 




今回は春流さん考案の「カオス・ドーパント」、しょーくんだよ!さん考案の「キル・ドーパント」を使わせていただきました!
ホルモンまだ生きてますよ。割と重要な役回りなんで。
次回は、敵の本拠地に潜入。次回でやっと書きたかったものが書けますよ…
次回も例によってオリジナルなので、少々お待ちいただけると嬉しいです。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第31話 怠惰なるF/チルドレンリブート

黒音烈(くろねれつ)
静岡にいる時からの、瞬樹の相棒。性別不詳。通称「クロ」。人の苦しむさまを見るのが好きな、生粋のサディスト。男として考えるなら背は低く160にも満たず、声も高い。麻酔針やナイフをなぜか持ち歩いており、変装やハッキングといった技術に長けており、諜報活動を得意とする。表情は基本真顔のままで、声のトーンもあまり変化しない。
名前の由来は仮面ライダーゴーストの変身音である「レッツゴー!覚悟!ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!」から「烈」、死を意味する英単語の「ネクロ」を並び替え、「黒音」。

特技:変装、声真似、以下自主規制
好きなもの:舞台、映画、もつ、以下自主規制
嫌いなもの:瞬樹、ワサビ


…だが私は誤らない。いや、嘘です。謝ります。こんなに間が空いて申し訳ございませんでした!
コラボが決まり、やる気入ったと思えばテストが多いし部活の大会多いし!
マジでバンバン進めていきたいと思ったら、半話で終わらせるつもりのこの話に一話を使ってしまうという…F編どんだけ長くなるんだろうか。

永斗メインエピソードとか言って、今回全く永斗登場しません。それと、今回登場する設定は最後まで悩んだんですが、最終的に加えることにしました。賛否あるでしょうがご了承ください。
よし、じゃあ本編いこうか!(投げやり)



「いやー。存外上手くいったっスね~。

流石ジブン、No3にして参謀はやっぱり伊達じゃないっスわ~!」

 

 

とある建物の中、白衣を着た眼帯の男 ハイドは、回転椅子に乗ってクルクルと回りながら自慢するかのように言う。

 

 

「アサルトが介入してきたのは予想外だったけど、念のために“怠惰”の正体や作戦の詳細は伏せといて正解だったっスね~」

 

 

隣には椅子に座って監視カメラの映像を確認する青年。髪は茶色で、服装こそ少々ラフではあるが、見た感じは普通の男。

彼は、ハイドの話をウンザリしたような顔で、それでも一応聞いている。

 

 

「やっぱ、こういうところに気が付く人が出世するべきだと思うんスよ!

って、“ビジョン”聞いてるっスか?」

 

「聞いてますよ!何回も何回も同じ話しやがって、暇かこのヤブ医者とか言いたいですけど我慢して聞いてますよ!」

 

「言ってるじゃないっスか」

 

「我慢の限界ですよ!!一応上位だから話くらい聞いてやろうって思ってましたけど!

大体、あそこから彼を運んだのオレなんですよ?仕事終わったと思ったらこんなの押し付けられるし!イジメですか!?」

 

「あ!今、すっごい失礼なこと言ったっスね!?

ていうか、君の能力なら運ぶなんて一瞬じゃないっスか」

 

「こんな離れたところまで転送するには、かなり高いとこまで上がらなきゃいけないんですよ!“マス目”を増やすのも疲れるし、視力強化だって疲れるんですよ!?」

 

 

ビジョンと呼ばれた青年と、ハイドの言い合いは続く。

だが、先にビジョンがため息をついて、作業に戻った。

 

 

「…もういいです。時間の無駄です。ていうか、監視なんて今絶対いらないじゃん。この人の相手押し付けられたな、チクショウ。

あ、そうだ。そういえば、あのへ……じゃなかった。ファーストも呼んでるんですよね?いつ頃合流の予定ですか?」

 

「坊ちゃんはもう少しかかるそうっス。

さっきから数分おきに電話しても出てくれないんスよ。昔馴染みなのに釣れないっスね」

 

 

それ絶対面倒がられてるじゃん。

もう反応するのも面倒だったビジョンは、その言葉をそっと飲み込んだ。

 

 

ビジョンはふと窓から外を見る。

日が沈み始め、空が紅く染まりつつある。

 

今頃、彼女らは友達が消えた悲しみと悔しさに明け暮れているだろう。

そんなことを考えると、少しだけ胸が苦しくなる。

 

 

 

 

「ゴメンね…でも、オレ達も

怒り(こんなもの)抱えたまま、前には進めないんだよ」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

㏘6:00 切風探偵事務所

 

 

 

「今すぐ作戦開始だ。作戦は速攻で俺が作る。

お前らは出撃の準備をしろ」

 

 

永斗が奪われ、奪還作戦を遂行することになったμ’s。

各々がメモリガジェットを用意したりする中、アラシは作戦の大筋を説明する。

 

 

「時間がない。一度しか言わないから、特に瞬樹と穂乃果はよく聞いとけ。

今、永斗の場所を見つける手掛かりはほぼない。発信機の類は全部外されてたし、ドライバーで意志を繋がらせるのも、相手に気づかれるリスクがある。諜報活動担当の烈も意識が戻らない。

そこで、唯一の手掛かりになりうるのがコイツだ」

 

 

アラシが取り出したのは、サイクロンメモリ。

ダブルに変身する際、転送されてくるが、毎回アラシが持って帰り、永斗に届けている。

 

 

「俺たちが持ってるメモリのうち、ヒート、ルナ、メタル、トリガーは空助が作った戦闘用ギジメモリだ」

 

「俺のユニコーンやフェニックスと同様か」

 

「多分。ただ、サイクロンは空助が元々持っていたらしい。恐らくはサイクロンが“C”のオリジンメモリ。オリジンメモリを使えるのは適合者か、そのメモリに力を継承された別の適合者だけだ」

 

「力の継承…あの時、私から青い光が出たのは…」

 

「アレが継承だったんだろうな。海未とにこ、あと絵里の時、俺達は“O”、“R”、“L”から力を授かった。今だから説明するが、継承の条件は3つ。継承元と継承先の両方が適合者であること。継承元が継承先に心を許し、強い思いを託したこと。継承先が、継承元に適合したメモリが司る“感情”を示し、メモリに認められたこと。この条件が満たされて初めて、オリジンメモリが力の一部を託し、継承先がそのメモリを使えるようになるっていうシステムだ」

 

 

長々と説明したが、珍しく瞬樹も穂乃果も分かっているようだ。

自分の身に起こりうる現象だ。何より、自分に適合したメモリをアラシたちに継承できれば、仮面ライダーは更なる力を手にすることができるかもしれない。

 

 

「つっても、自分の意志じゃどうしようもないんだがな。ほぼ自然現象みたいなもんだ。

そんで話を戻すが、永斗がサイクロンを使えてるってことは、経緯は不明だが、“C”のメモリが永斗に力を継承したということ。それなら、サイクロンメモリから永斗の存在を追える可能性はある」

 

 

「根拠はあるんでしょうね?」

 

今度はにこが何かを探しながら、そんなことを聞く。

 

 

「無い。強いて言えば、適合者と適合したメモリは引き合うってとこか。

手元にメモリが無くても、強い感情でメモリが飛んでくることもある。継承者でも同様というのは俺で検証済みだ。事実、オーシャンとリズムの時はメモリが飛んできた。

逆にメモリが適合者に反応するかは分からんが、これしか方法が無い」

 

 

とは言いつつも、状況はかなり厳しいことは分かっていた。

例え反応があったとしても、敵のアジトがどこにあるかがわかる可能性はかなり低い。遠くに言ってないという考えもあるが、メモリを使えば不可能は一転し、可能に変わってしまう。

 

何か少しだけでいい。あと少しだけ、手がかりがあれば……

 

 

 

 

 

「アニキィィィ!!」

 

 

 

 

その時、事務所の扉を勢いよく開き、数名の男が駆け込んできた。

そう、アラシを“アニキ”と呼ぶ彼らは、ダークネスの事件の被害者たち。不良だった奴らだが、どういうわけかアラシに改心させられ、今はみんなでダンスをやってるとかいないとか。

 

 

「アニキ!大変っす!助けてください!!」

 

「悪い。時間が無いから事情を簡潔に説明してくれ」

 

「取り込み中でしたか!すいません!!」

「「「すいませんでした!!」」」

 

「そういうのいいから、さっさと要件言ってくれないか!?

探偵って言う立場上、無視できねぇんだよ!」

 

「本当にすいません!」

「「「すいませんでした!!」」」

 

「人の話聞いてたか!?」

 

 

男達はもう一度だけ「すいませんでした!」というと、一人の男が代表して話し出す。

 

 

「何日か前、アニキに会う前に制圧した族のアジトを気が向いたんで見に行ったんすよ。

そんで皆で、あの時はバカやってたな〜とか、あの時お前が頭の頭を鉄パイプでブン殴ってなかったらヤバかったな〜とか、思い出に浸ってたんすけど…」

 

「何だその血生臭い思い出は」

 

「そしたら突然変わった奴らが入ってきて、出て行けって言うもんだから正当防衛ってことでシメようとしたら…」

 

 

アラシは再びチラッと男達を見る。

全員が体や腕に包帯を巻いていることから、こっぴどくやられたことは容易に想像できた。

 

「…マジで何やってんだよ」

 

「いや、メチャクチャ強かったんすよ!

特に白衣で眼帯の奴なんか、弱そうだったのに近づいたら急に体が動かなくなるし…」

 

 

その言葉に、希、海未、そして凛が反応した。

この間、永斗と共に行動し、ホルモンに遭遇したグループだ。

 

 

「海未ちゃん、それってウチらが会った…」

 

「えぇ、そして恐らくは…」

 

「その人、多分ドーパントだよ!口癖が同じだったから間違いないにゃ!」

 

 

アラシは驚きよりも先に、思考を展開していた。

凛達が出会ったドーパント、ホルモンではなく、変身前からメモリの力を使えるほど適合率が高く、メモリを制御できる使い手…

 

 

「そいつがお前らの言ってた“ハイド”か」

 

 

3人は大きく頷く。

話によると、組織のエージェントの、ファースト、アサルトに次ぐNo3。

 

「そいつで間違いないか?写真とかねぇのか」

 

「待って、凛が似顔絵描くから」

 

 

ことりに紙とペンをパスされ、似顔絵を描くこと数分。

一瞬満足したような表情を見せ、紙を全員に見せた。

 

 

「…アニキ、こいつじゃないっす」

「だろうな」

 

広げられた紙に誇らしげに描かれていたのは、白衣とかそういうのではなく、何とも形容しがたい異形。

強いて言うならば、“人のようではあるが、少なくとも人ではない何か”。

 

 

「花陽、清書」

 

「は…はい」

 

凛は涙目で何かを訴えてくるが、アラシ及び一同はスルー。

凛の壊滅的絵心に構っている暇はない。

 

しばらくすると、花陽が似顔絵の書き直しを終えた。さすがは幼馴染。ちゃんとした絵になっている。

 

 

「アニキ、こいつです!こいつが俺たちが会った眼帯野郎っす!」

 

海未や希も何かを言おうとはしていない。

ビンゴだ。アジトを奪った奴らというのは、組織のエージェント達。

話を詳しく聞くと、結構大きめの廃ビルらしい。拠点にするにはもってこいだ。恐らく、永斗はそこに捕らえられている。

 

どうやら運命は、今回ばかりはアラシ達に味方したらしい。

 

 

「決まりだな。案内してくれ、そこが奴らの拠点だ。

移動中に作戦は伝える。目標は今日中に拠点に乗り込み、永斗を奪還する!」

 

 

全員が準備はできている。唯一の戦力の瞬樹の顔も、友の仇を討たんとばかりに鋭い。

ただ、真姫だけは、その白衣の男の似顔絵を眺め、

驚いたような、不可解な表情を浮かべていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

数時間後、廃ビル最上階。

 

 

「なぁ、来ると思うか?」

 

「来ないでしょ。最低でもあと3日はかかると思うけど」

 

待ち構えているのは、刈り上げに剃り込みを入れた若い男と、ポニーテールでピアスをした若い女。

エージェントのNo11とNo12。コードネーム“リキッド”と“ソリッド”だ。

この2人はほぼ同時期にコードネームを与えられ、ランクは低いながらも、コンビネーションにおいてはラピッド、ルーズレスにも引けを取らない実力者だ。

 

 

「それにしても超暇じゃね?かれこれ半日は待ってるって」

 

「体内時計故障してるわよ単細胞。私たちにはここを任される程度の実力しかないんだから、黙って待ってなさいよ」

 

「いや、でも最上階だぜ?」

 

「下には私たちより上位が大勢いるのよ?ここに来れるわけがないじゃない。

大体、ここには怠惰はいないんだし、ただの見張り役だと思うけど」

 

「えぇ!?ハイドさん、重要な任務って言ってたのに!」

 

 

なんてしばらく話していると、沈黙が流れる。

すると、数秒も経たないうちにリキッドが

 

 

「暇だし指スマでもしようぜ!」

 

 

リキッドは沈黙が苦手で、数秒と黙らない。よく行動を共にするソリッドは、常に悩まされていた。

任務のどさくさに始末してやろうかと何度考えたかわからない。

 

 

 

ドガッ!!

 

 

 

 

その音は、ソリッドの制裁の音ではなかった。

それに続くように同じような轟音が鳴り響き、そして……

 

 

白銀の竜騎士、仮面ライダーエデンが、天井を突き破って現れた!

 

 

 

「なっ…!」

 

「オイ!3日は来ないんじゃねぇのかよ!」

 

「私だってそう思ってたけど!いいから戦闘態勢よ!」

 

 

ソリッドは青いメモリを、リキッドも遅れて同じ色のメモリを取り出す。

 

 

《ダイヤモンド!》

 

《ウォーター!》

 

 

そして、それぞれ右腕、左腕にメモリを装填し、輝く鉱石の身体を持つダイヤモンド・ドーパント、流線的な模様で魚人の意匠も見られる姿のウォーター・ドーパントに姿を変えた。

 

それと同時にエデンは床に降り立ち、槍を構える。

 

 

「竜騎士、天より推参!」

 

 

そのセリフにソリッド対応に困り、沈黙が流れたため、思わずリキッドが

 

 

「ここにはお前に仲間はいねぇぞ!残念だったな!」

「なんで言うのよ、バカぁぁぁぁ!!」

 

 

ダイヤモンドの固い一撃が炸裂した。

まさかこんなにも早く、それどころか屋上から攻めてくるとは思いもしなかった。

本来ならここで食い止めておくのが役目。だが、ここにいないと知られてしまった以上、あちらに留まる理由はない。

逃げられる…そう思い、行く手を阻もうとするが、エデンが逃げ出そうとする様子はない。

 

 

「俺は友の仇を取りに来た。

一つは攫われた永斗を奪い返すため。だがもう一つは、我が友、烈を傷つけた報いを与えるため!」

 

 

エデンは怒りを込め、ダイヤモンドに向けて鋭い突きを繰り出した。

ダイヤモンドは腕のダイヤのシールドで攻撃を防ぐ。だが、その一撃は絶対的防御力を持つダイヤモンドに、僅かながらヒビを与えた。

 

 

「何!?」

 

 

「覚悟しろ。我が友を攫い、傷つけた貴様らの罪、

騎士の名の下に、貴様らを一人残らず裁く!!」

 

 

 

________________________

 

 

 

同刻、監視室。ハイドとビジョン。

 

 

 

「大変ですよ!最上階に仮面ライダーが攻めてきました!」

 

「ん?あー、結構早かったっスね」

「のんきかこの上司は!」

 

 

暇すぎて椅子でうとうとしていたハイドを叩き起こすビジョン。

監視カメラの映像にはダイヤモンド、ウォーターと交戦するエデンの姿が。

 

 

「遅かれ早かれ来るとは思ってたんスけどね。

いい感じの拠点が見つかったと思えば、研究機材運ぶ前に引っ越しっスか…」

 

「んなこと言ってる場合じゃないですって!

とりあえず、最上階に増援を送りますよ。今の戦力は奴だけ、一気に畳みかければ恐れる相手じゃありません」

 

「そんなに単純だといいんスけどね」

 

 

ハイドの言葉は気にせず、ビジョンは増援の通達を出そうとするが、今度は一階の監視カメラの映像に異変が起こった。

 

 

 

『しゃぁぁぁぁ!カチコミじゃぁぁぁ!!』

『出てこいやぁぁぁ!眼帯野郎!!』

『俺達のアニキが相手してやるぜ!!』

『他力本願かお前らは!』

 

 

そこそこの人数が、正面から鉄パイプなんかを持って突入してきている。

この間のここに集まっていた輩どもだということはすぐに分かった。

だが、何故か奴らは全員、マントや覆面を付けていた。

 

 

「全く…なんでこんな時に限って」

 

 

一般人程度なら一回の見張りをさせている、メモリを持ってない下位メンバーでも対応できるはず。放っておいても問題はないだろう。そう思ったビジョンだが

 

 

「妙っスね。明らかに素性が割れ、隠す必要もないのに覆面…

それにこのタイミングに加え、前よりも人数が多い…」

 

 

一階では突入してきた奴らを、数人がかりで対応している。

通達により、何人かは最上階に増援に行った。

 

すると、突入してきた時から何人かが減っていることに気づいた。

 

 

「なるほど…そういう事っスか」

 

 

 

_______________________

 

 

 

数十分前、アラシの子分(?)の車の中。

アラシはメンバーに急遽立てた作戦の説明をしていた。

 

 

「目標は永斗の奪還。敵を殲滅する必要はないし、できない。

戦力が実質瞬樹だけだ。瞬樹をどう使うかが肝だが…

瞬樹は屋上を突き破って、最上階に直接攻め込んでくれ」

 

「そこに永斗がいなかったらどうする」

 

「いるなんて思ってない。いくら何でも安直だからな。

お前にやってほしいのは、幹部たちの足止めだ。お前が大暴れすれば、少なからず増援が行くはず。警備が手薄になったところを侵入し、永斗を奪い返す」

 

「了解した。竜騎士シュバルツが全員まとめて葬ってくれよう!」

 

「アンタが言うと急に不安ね」

「俺も不本意だが、にこに同意だ」

 

「頼んでおいて!?」

 

 

瞬樹の役目はとりあえずそれでいい。

次はアラシ自身の役目だ。

 

 

「俺はこいつらと一緒に正面から攻め込む。仲間も呼んでもらってな」

 

「「「分かりました!アニキ!!」」」

 

「…息ピッタリか。そんで、さっきドンキで買った変装グッズで適当に変装する。

そこで、お前ら9人には俺達の変装に混ざってもらい、騒ぎの間に上の階に行ってもらう」

 

 

μ’sの9人は、すぐにアラシの言葉の真意を理解した。

アラシが足止めをする。つまり…

 

 

「お前らだけで、建物内を散策してほしい」

 

 

 

___________________

 

 

 

計画通り、混乱に乗じて侵入に成功。

異なるルートでいくつかのグループに分けて散策をしている。

 

まずはグループ1。絵里、希、ことり。

 

 

侵入したは良いが、監視カメラは依然生きたまま。当然、追手はやって来る。

 

 

「こっちよ、ことり!」

「はい!」

 

 

角や物を上手く使い、3人はうまい具合に追手を巻いていく。

運動神経は良い方の3人組だ。体力的には問題はないが、早く手を打たないと他のメンバーも捕まってしまうし、なによりこのままでは捜索なんかできたものではない。

 

そんな中、絵里はポケットから何かを取り出す。

それは、“L”と刻まれたターコイズブルーのメモリ。ライトニングメモリだった。

 

激しい鼓動を必死に抑えながら、絵里はアラシの言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

『絵里、海未、にこ。お前らにはこれを渡しておく』

 

渡されたのは、それぞれライトニング、オーシャン、リズムのメモリ。

それぞれに適合したオリジンメモリだ。

 

 

『ドライバーを使っていない状態なら、適合者はドーパントや仮面ライダーにならなくても、ある程度はメモリの能力を使えるはずだ。実際見たことはないから分かんねぇが、ボタンを押せば体のどこかに生体コネクタが現れる。その状態なら能力を使えるらしい。

 

だが、間違っても挿したりはするな。絵里は分かってるだろうが、そうすれば最後…』

 

 

 

ドーパントになり、自分の制御なんて効かなくなる。

かつて、自分の知らない間にドーパントになり、不安定な感情により暴走を続けていた絵里は誰よりも分かっていた。

 

あの時、永斗が救い出してくれなければ、自分はきっとここにはいない。

 

 

アラシには、メモリを使って“ある事”を頼まれている。

だが、恐怖で踏み出せない。ボタンを押せば、再び飲み込まれるかもしれない。

 

 

怖い。今度こそ戻って来れない。

あの時の怪物となった自分の腕が頭に過り、その度に恐怖で頭がおかしくなりそうだ。

 

だが、このままでは状況は悪化するばかり。どうすれば…

 

 

 

「誰!?」

 

 

 

その時、希が何かに反応し、反射的に振り返る。

だが、そこには誰もいない。

 

 

「希先輩…?」

「誰もいないわよ?」

 

「いや、確かにおった。いや…そこにおる!」

 

 

希が指さす方向には、やはり誰もいない。

 

だが、そこから何者かの笑い声が響いた。

 

 

「ハハハハハッ!勘のいいJKもいたもんだ!

それとも…メモリの加護の妨害が入ったのかな?」

 

 

誰もいなかった場所に突然、怪物が現れる。

全身が精密機械の様で、右肩にはアンテナが。左腕を中心に各所にテレビ画面が備わっており、全体的な印象は最近出くわしたサイバー・ドーパントに近い。

 

 

「紳士な私は自己紹介をしてやろう!私はNo10“ジャミング”。

使うメモリは“ブロードキャスト”。私は一定範囲の人間に、同時に同じ情報を送ることができる」

 

 

さっきまで姿が見えなかったのは、ブロードキャストが発信した間違った映像を、3人が視覚情報として受け取っていたから。想像以上に厄介。というより、幹部クラスがここに残っていたことが予想外だった。

 

 

「ともかく!貴様らはもう終わりだ。

“電波の支配者”と呼ばれる、私が来たのだからな!」

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

「呼んでねぇよ」

「ねぇっスよ」

 

 

ビジョンとハイドの息の合った突っ込みが入る。

結構な人数が増援に行ってしまったが、今集められる限りの上位メンバーは、μ’sの確保に回っている。

 

これは余裕だろう。そう思い、ビジョンは3階の監視カメラの映像に目を向けた。

そこには、海未、花陽。

そして対峙するのは、ガタイのいい着物の中年男性。

 

 

「“ドランク”っスか。これは数秒持たないかもっスね」

 

 

 

_______________________

 

 

 

3階。永斗を探すため、ここまで上がってきた海未と花陽。

だが、和服の男が行く手を阻む。

 

 

「お嬢ちゃんたちまだ高校生だよね?

俺はここの最年長でNo8のドランクって言うんだけどさ。あんまり若い子を傷つけたくないわけよ。

てなわけで…いますぐ帰ってくんないかな?」

 

 

口調はまだ穏やかだが、意味は要するに脅迫だ。

痛い目見たくなければ立ち去れ。それでも、2人は一歩たりとも後ろには下がらない。

前に進まなければ、友は救えないと知っているから。

 

 

「…聞いちゃくれないか。

それじゃ、()()眠ってもらうとするか」

 

 

《サケ!》

 

 

ドランクは青いメモリを取り出しボタンを押す。

突然の日本語のメモリに驚く2人だが、そんなことをしている場合ではない。

 

ドランクは厚い胸板に刻まれた生体コネクタにメモリを挿入。

全身が和のテイストで、着物を着ているようにも見え、背中には酒が入ったと思しき大きな徳利。全体的に見れば青い鬼のような姿をしており、大きな牙が恐怖心を煽る。

 

次の瞬間、2人の体に異変が起こった。

 

 

「海未…先輩……」

 

「これは……」

 

 

それは今日2回目の感覚。あの時、永斗が攫われる直前の意識が薄れる感覚。

頭がふらつき、平衡感覚が保てない、強烈な眠気も襲ってくる。

 

 

「このあたり一帯に揮発性の特殊なアルコールを充満させた。

そいつを吸えば一瞬で“酔い”が回り、脳機能が急速マヒし始め、判断力、平衡感覚、集中力、最後には意識をも奪う。大酒飲みならまだしも、アルコールが飲めない未成年には効果覿面で、意識を奪うまで数秒と掛からない…はずなんだけどね」

 

 

ドランクの目の前、海未と花陽は口を抑え、消えゆく意識を叩き起こす様に依然として立っていた。

 

 

「普通は一回酔えば一日は酔いの冷めない代物なんだが…さっきといい、適合者ってぇのはメモリの能力にかなりの抵抗力があるみたいで。致し方ない。大人げないが…」

 

 

サケ・ドーパントは徳利の口に手を近づけると、そこに日本刀が出現する。

 

 

「お嬢ちゃんたち、見たところかなり限界みたいだ。

そんな状態で、いったいどれくらいもつかな?」

 

 

花陽、海未の手元には、スタッグフォンとヒートメモリとメタルメモリ。

そして、海未に適合したメモリである、オーシャンメモリ。

 

これだけで、この強敵をやり切るしかない。

2人は意識を振り絞り、サケへと向き直った。

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

2階、ジャミングことブロードキャスト・ドーパントと絵里、ことり、希。

 

 

ブロードキャストは目の前から再び消え、声だけが不気味に響く。

その声すらも誤った情報かもしれない。ともかく、捕まったら負けだ。

 

どうすればいい?手元にはバットショットとルナメモリ。

ルナの神秘の力を使えば、ブロードキャストの位置が分かるかもしれない。しかし、位置が分かったところで普通の勝負となれば、アラシならともかく、ドーパント対人間で勝ち目はほとんどない。

 

 

そんな中、絵里だけが対抗しうる力を持っていた。

そう、アラシから渡されたライトニングメモリ。

 

これを押せば、状況は打開できるかもしれない。だが、もし再び暴走してしまったらどうする?

そう考えてしまうと、怖くて仕方がない。

 

ブロードキャストの声は、3人を追い詰めるように響く。

恐怖はあらゆる方向から絵里を襲っていた。

 

 

 

(怖い…怖い…怖い……!)

 

 

 

絵里の心の中で悲痛な叫びが木霊する。

その時…

 

 

 

 

『お前は何に怖がっている』

 

 

 

そんな声が聞こえた気がした。

ことりでも、希の声でもない。聞こえたのは自分だけ。

だが、絵里はその声、その問いかけに真摯に向き合ってみることにした。

 

 

何が怖いのか…自分が死ぬこと?確かに、あちらの都合があるにしても、100%命に危険が無いとは言い切れない。しかし、そんなことは分かっていたことで、命が惜しいならこんな場所には来ていない。

 

ならば、何が怖いのか…すぐに分かった。

 

 

自分の命じゃない。こんな自分を仲間だと認めてくれた、彼女たちが死んでしまうのが怖い。

暴走すれば、なりふり構わず周囲のものを破壊するだろう。そうなれば当然、近くにいる2人が無事でいられるはずがない。

 

 

けれど、このまま何もしなければ、他の皆にも危険が及ぶ、さらに、自分を救い出してくれた恩人を救うことができない。

 

ならば、迷っている暇はないはずだ。仲間を救うためにもやるべきことはただ一つ。

 

だが、本当にできるのか?その時、絵里は思い出した。

彼はあの時言った『プライドなんて、都合のいいように捨てればいい。必要になれば、また拾えばいいんだから』と。

 

 

μ’sに入るため、絵里は閉じこもっていたプライドを捨てた。

それを拾うときは今だ。こんどは生徒会長の使命感ではなく、こんな素晴らしい仲間がいるμ’sの一員であるという“誇り”を持って…

 

 

 

 

「私は…この力を乗りこなす!!」

 

 

絵里は正面に向け、右手を伸ばし、左手にライトニングメモリを構えた。

 

 

「希、ことり、伏せて!」

 

 

 

《ライトニング!》

 

 

 

背中に生体コネクタが現れたことが感覚で分かる。

電流が集まる右腕は、怪物の手ではない。あの時、穂乃果が差し出してくれた手を取った、誇らしい右手のままだ。

 

 

“L”のオリジンメモリ。地球から分離した26の意志の一つにして、“誇り”の意志。

 

 

メモリは絵里の感情に呼応し、その雷を放った。

 

絵里の右手から放たれた高圧電流は周囲一帯に放電。

しかし、自分と希、ことりにはその電流は一切及んでいない。力がコントロール出来ている証拠だ。

 

放たれた高圧電流はそのフロアに設置された監視カメラを破壊。

それにとどまらず、電流は連鎖的に広がっていき、建物全体の監視カメラを破壊した。

 

 

「ぐあぁぁっ!!」

 

 

電流を受け、ブロードキャストが姿を現す。

ブロードキャストは体が精密機械であるため、電流を受ければ、その機能は支障をきたす。

更に、メモリの産物であるドーパントに対し、始祖のメモリであるオリジンメモリの力はあまりに有効だった。

 

 

「今よ!」

 

 

絵里の言葉の意味を察知した希はルナメモリをことりに渡す。

ことりはバットショットにメモリを装填。

 

 

《ルナ!》

 

 

「バットちゃん、おねがい!」

 

 

ことりはバットショットを放ち。バットショットはルナの能力で、激しい光を放出した。

ブロードキャストはその光に怯み、動きが止まる。

 

光がやんだ時、ブロードキャストの眼前には絵里の姿が。

 

 

「まさか……!」

 

 

絵里はライトニングの力で両手に電撃を纏わせる。

そして、その両手をブロードキャストの胴体に突きつけ、纏った電流を一斉放電した。

 

 

 

_______________________

 

 

 

一階、アラシとその子分たち。

 

予想以上の数の構成員。だが、アラシたちは問題なく対処していた。

ていうか、ほとんどアラシが片付けている。それほどまでに圧倒的だった。

 

 

「流石アニキ!」

「俺たちが敵わなかった奴らをこんな簡単に…」

「そこにシビれる!あこがれるゥ!」

 

「お前らからぶっ飛ばしてやろうか!?」

 

 

アラシが半ギレになる中、監視カメラが破壊されたのを確認した。

 

 

「絵里…やったか!」

 

 

それなら、こんな奴らに構っている暇はない。さっさと片付けて、一刻も早くアイツらと合流しなくては。そう思い、アラシは一層力を込め、蹴りを放った。

 

だが、その一撃は完璧に防がれた。

 

 

「お前は…」

 

 

今までの構成員なら一撃で倒している感覚だった。それを防ぐとなると、真っ先に浮かぶのはラピッドの姿。だが、そこにいたのは女。それも見覚えのある。

 

 

「アタシとやり合うのは初めてだっけ?半分の方」

 

 

ラピッドとコンビを組んでいたNo5のエージェント。ルーズレスだ。

 

 

「切風アラシだ。お前の担当は瞬樹の方だろうが」

 

「竜騎士の方はリッパーが行ったって連絡があった。アタシよか強いけど、またやり合いたいし、やられてほしくはないな~」

 

 

ルーズレスは獣の様な動きでアラシの目の前から消え、拳を繰り出す。

アラシは直感的にその攻撃を防ぐが、その攻撃は驚くほど重い。

 

 

「…ラピッドはどうした、一緒じゃねぇのか?」

 

「ラピッドは今病院にいる」

 

「何?」

 

 

ルーズレスは攻撃を続けながら答え、アラシも避けたり反撃しながら反応する。

 

 

「アサルトにやられたみたいでさ、右足の骨が折れてた。しばらくは戦えないって。

ラピッドって、小さい時から戦争に出てて、戦う事しかできなかった。それでも世界を変えるため、戦いから解放されてもアタシと一緒に戦うことを選んでくれた。それなのに……!」

 

 

ルーズレスの攻撃が、感情を伴い、重くなっていく。

 

 

「ヤツがいるってことは、アサルトは必ず来る。

だから…アタシがアサルトをぶっ殺す!」

 

 

そのためにお前は邪魔だと言わんばかりに、ルーズレスは鋭い一撃で勝負を終わらせようとする。

しかし、アラシは片手でその攻撃を受け止めた。

 

 

「お前の戦う理由はよく分かった。でも、俺達も負けっぱなしは性に合わねぇんだよ。

すっこんでろ。永斗を救い、アイツを倒すのは…俺達だ!」

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

同刻。

 

 

 

「やっと見つけたぜ…怠惰!」

 

 

《カオス!》

 

 

風景の奥にある廃ビルを睨みつけ、右目の下にメモリを挿入。

カオス・ドーパントに変身した。

 

激しい熱気と冷気で、辺りの植物が凍り、干からびて朽ち果てるものもある。

 

 

 

憤怒とμ’sの戦いは激化する。

 

 

 

絶望まで…あと1時間。

 

 

 

 

 

 

 




とにかくキャラが増えましたね。エージェントたちのメモリはコンセレ版のガイアメモリセットに入ってるやつをメインにしました。高くて買えなかったんですけどね。
オーズドライバーもメッチャほしいんですけど、変神パッド買ったり映画見に行ったりしたんで、マジで財布が枯渇中でして…
さて、次回はついに役者が出そろい、絶望のカウントダウンがゼロになります。
冬休み入ったら本格的に休めないから今のうちに書いとかないとな~

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第32話 怠惰なるF/ゼツボウヒーロー

新年あけましておめでとうございます!146です!
今回は純粋に構成に時間がかかりました。いや、全編オリジナルはきっつい。
さて、今回は結構な長さです。そして、やっとここまでたどりついたぞ…って感じが。

新しくお気に入り登録してくださった
グラハルト・ミルズさん、ぷよRさん、絶狼ゼロさん、桃梨 蜜柑@ILIMさん、hirotaniさん、ネゴトさん、Goeさん、シルベさん、陸奥修羅守辰巳さん、[キョンシー]さん
ありがとうございます!

そして、92名のお気に入り登録者の皆様、今年もラブダブル!をよろしくお願いします!


組織、研究所内。

複数の団体の集合体である組織は、決まったアジトと言うものを持たない。

今、憤怒とμ’sが戦っている場所も、怠惰を留置しておくための仮のアジトであり、研究所も各地に点在しており、都合によって場所を転々とする。

 

ここは現在使われている研究所、3年前の“例の一件”で以前の研究所が壊滅してからは、ここを使っている。

 

そこに赴いたのは、フードをかぶり、顔を隠した小柄な人物。

音ノ木坂学院に潜むメモリ販売人にして、七幹部“暴食”。その正体は未だ明らかではない。

 

 

暴食は研究所内の電子ロックのついた部屋の前にたどり着く。

適当に数字を入れ、解除を試みるが、当然開かない。

 

 

「50桁のアルファベットと数字、記号込みで半角全角の区別付きのパスコード。

しかも日付、その日の月の形みたいな要素によってパスコードは変更される。こんなの全部暗記して一瞬で暗算できるのは天金くらいね。だったら…」

 

 

暴食は懐から一本のメモリを。

悪魔のような獣の様な形でCと刻まれた、黄金に輝く歪なメモリ。

そして、中央にメモリを挿せるくぼみがある、ベルトのバックルのような装置を取り出した。

 

 

 

 

 

数分後。

 

轟音が鳴り響き、大きな風穴があいた鋼鉄の扉から暴食が現れる。

その手には片手で持てるサイズの小箱が。

 

暴食がそれを開けると、中には暴食が持つメモリと同じような黄金のメモリが。

七幹部のみが持つことを許される、シルバーメモリを凌駕する力を持つゴールドメモリ。

箱に入っていたメモリは、禍々しい模様で、Xと刻まれていた。

 

 

「さて…“器”になるのは誰かしら?」

 

 

 

___________________

 

 

 

憤怒アジト、監視室内。

 

監視カメラの映像を見て、ビジョンは顔を青ざめさせていた。

ライトニングの力によって、建物内の監視カメラはすべて破壊された。この施設は、今ここには来ていないが、No15の“クラフト”のツールメモリで改造されたばかり、予備電源なんて備わってない。

 

とにかく、ビジョンが言いたいことはただ一つ。

 

 

「ジャミングのアホ!!」

 

 

No10のジャミングと言う男は、メモリとの相性も良く、ちゃんと戦えば強いのに、勝ちを確信した瞬間に油断して標的を取り逃す。幾度となくその性格にはメンバー一同が悩まされている。

 

しかも今回は、油断した挙句電流で伸びてやがると来た。よくもまぁこれでNo10の座にいられるものだ。

 

 

「ていうか、どうします?通信機は生きてるし、一応は参謀のハイドさんも何か指示を…」

 

 

ビジョンがハイドが座っている椅子の方を向くと、そこには「ガンバ」と書いてある紙だけを残して、ハイドの姿はどこにもなくなっていた。

 

 

「あのアホ上司…!」

 

 

______________________

 

 

 

最上階、リキッド、ソリッド、その他の増援VS仮面ライダーエデン。

 

 

「喰らえや!」

 

「ハァッ!」

 

 

リキッドことウォーター・ドーパントは三又の槍を出現させ、エデンに素早い刺突を繰り出す。

エデンも槍で攻撃を防ぎ、反撃を行う。しかし、絶妙なタイミングで背後のソリッドことダイヤモンド・ドーパントがダイヤのバリアを生成し、反撃は完全に防がれてしまった。

 

この2人のコンビネーションがかなり厄介だ。瞬樹は戦ってきて敵の能力の大体は把握した。

 

ウォーターは武器も含め、自分の体を液状化させることができる。氷の能力があれば対処できるだろうが、生憎そのようなのメモリは持ち合わせてない。ただ、一度に全身を液状化はできないようだ。

 

ダイヤモンドはなんといってもその防御力。加えて一定範囲ならどこにでもダイヤのバリアを張ることができ、触れた無機物をダイヤに変化させることができるようだ。

 

さらに増援も少なからずメモリを使う奴がいる。瞬樹が確認できるだけでも、コックローチ、ホッパー、アノマロカリス、バード、バイオレンス他。個々の力は大したことないが、こうも数が集まると厄介だ。

 

 

「…!ビジョンさんから伝達だ。下で侵入者が現れたらしい。すぐに向かうぞ!」

 

「させるか!」

 

 

エデンはウォーターの攻撃をかいくぐり、エデンドライバーにフェニックスメモリを装填。

 

 

《フェニックス!マキシマムドライブ!!》

 

 

「詠唱と技名省略!」

 

 

炎を纏わせた槍で、下の階に向かおうとするアノマロカリス・ドーパントを一撃で貫通し、アノマロカリスは爆散。変身者と思しき男と粉々になったメモリが転がる。

 

ちなみに、瞬樹の必殺技時の詠唱と技名は事前に考えているもので、今回のマキシマムオーバーを使ってない状態での必殺技は試してみたらできたみたいなものなので、詠唱と技名は考えられていなかった。

 

 

「ん?まてよ、そういえば…」

 

 

エデンは何かを思い出すと、ハイドラメモリを取り出した。

サイバー戦の際、無茶な使い方をした上に全くテストにならない使い方だったため、一回の使用で壊れ、没収されていたが、先日、正式に完成版のものが渡された。

 

忘れていたが、前回は技名しか考えていなかったが、次に備えて詠唱も考えていたのだった。

 

 

「フッ…ならば見せてやろう。完全版となった我が奥義を!」

 

 

《ハイドラ!》

 

《ハイドラ!マキシマムオーバー!!》

 

 

エデンはハイドラメモリをオーバースロットに装填。

背中に赤紫の鎧と九つの蛇の首のようなバックパック、“ヴェノムブレイカー”が装着される。

 

さらに、すぐさまエデンドライバーをオーバースロットにかざし、構えを取り、詠唱を始めた。

 

 

《ガイアコネクト》

 

「空を飲み、大地を砕き、血の盟約で目醒めよ蛇竜。怒号と覚悟が汝を呪う。闇夜の眼差しが汝の終わりを告げる。叫べ。平伏せ。壊せ。轟け。今こそ不浄を裁く時。その目に刻め、邪神の英雄譚!」

 

《ハイドラ!マキシマムドライブ!!》

 

神蛇の滅毒牙(サクリファイス・ティルフィング)!!」

 

 

エデンから九つの浮遊ユニットが分離。

それぞれが変形し、両腕、両足、背中、肩にアーマーとして再び装着された。

 

ハイドラのレーザーは凄まじいエネルギーを誇るが、一つのユニットにつき一回しか放てない。

そこで瞬樹が思いついた打開策。ユニット一つでなく、自分の体をエネルギーの依り代とし、すべてのエネルギーを自身の体に集めれば、エネルギーの出力と停止を意思で行うことができ、その能力を十全に使えるのではないか、と。

 

全体的にガバガバな案だが、試しに烈が“X”にその案を送ったところ、マキシマムドライブ時の増幅するエネルギーを利用すれば可能であるという理論になり、そういう仕様になって完成品が送られてきた。

 

 

エデンは脚のユニットからエネルギーを放射し、ジェット機のように加速。

装備したエデンドライバーにもエネルギーが張り巡らされており、高速で移動しながらドーパントを攻撃していく。

その威力は通常時の比ではない。さらに、背中のユニットで飛行し、上空からの刺突と肩のユニットによる砲撃がドーパントを打ち倒す。まさに無双の強さ。次々とドーパントが倒され、メモリが破壊されていった。

 

 

「俺が相手だ!」

 

迫るウォーターの攻撃も難なくかわし、反撃の体制に。そこには当然ダイヤモンドのバリアが。

エデンは残っているエネルギーの一部を圧縮し、ドライバーに込め、素早く突き出す。

 

高密度エネルギーの攻撃がダイヤモンドのバリアを粉々に砕き、油断して液状化を怠っていたウォーターに一撃を浴びせた。

 

さらにエデンは残ったすべてのエネルギーをドライバーに注ぎ込み、一気に放出。

槍型ドライバーから放たれる赤紫のエネルギー波は、巨大な剣を形成した。その規模はキャンサー戦のときのものとは比較にならない。

 

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 

その剣を大きく振りかざし、辺り一帯を一周。ダイヤモンドは幾層にもバリアを張り、ウォーターは液状化で防ぐが、他の雑魚ドーパントはその一撃でほとんど一掃され、一帯が爆炎と煙に覆われる。

 

 

「ソリッド、無事か!?」

 

「えぇ。それにしても、あの数を一気に…」

 

 

数分が経ったことで、ハイドラのマキシマムオーバーが解除。装備が消滅する。

使ってみた感じは、瞬間火力と機動力に特化したドラゴンのマキシマムオーバーとでもいうべきだろう。ただ、エネルギーが膨大過ぎて、手に余る感じはあった。少し間違えば制御ができなくなるうえに消耗が激しい。

多対一ならともかく、一対一。それも強敵との戦いでは避けたい戦法だ。

 

 

 

 

 

シザーハンズ(トラジック・ネイル)

 

 

 

 

 

ハイドラの装備が消え、エデンが無防備になった瞬間。

何もなかった場所から声が聞こえたと思うと、一瞬のうちにそこに現れた。

 

紅い暗殺者___リッパー、またの名をキル・ドーパントの姿が。

 

 

エデンがそれに気づく前に、キルは両腕に装備された、大きな刃。

さながらハサミのようなその刃で、エデンを切りつける。

 

両腕で一回ずつの斬撃。しかし、受けた後から追うように無数の痛覚が。

まるで何度も切られているかのように、エデンに痛みが襲い掛かる。

 

 

最後に右腕の刃でエデンの体を貫く。

 

エデンは悶え、全身から力が抜ける。そして、地に膝を付け、完全にその動きを止めた。

 

 

「リッパー!勝手に人の相手横取りすんなよ!」

 

 

ウォーターは不満そうにキルへと詰め寄るが、キルは淡々と返す。

 

「任務は“怠惰”の奪還を阻止すること。この仮面ライダーさえ無力化できれば勝ったも同然。

そのために最も有効な手段を取ったまでだ」

 

「敵の虚を突き、無駄な戦闘をすることなく敵を仕留める。

流石は“嫉妬”の暗殺部隊から“憤怒”に移ったという異例の経歴の持ち主ね」

 

 

さっき放った技を受け、戦闘が続行可能だとは思えない。

しかし、腑に落ちなかった。エデンはあの攻撃を受け、変身解除していない。

さらに、膝こそついているが、体は依然として立ったままだ。

 

確実に仕留めるか?

 

キルはナイフを構え、エデンに飛び掛かった。

 

 

 

《フェニックス!マキシマムオーバー!!》

 

 

 

その瞬間、エデンの体を焔が覆い、飛び掛かるキルをはねのける。

そして“イモータルフェザー”が装備され、不死鳥の焔がエデンのダメージを癒した。

 

エデンはさっきの必殺を放った後、キルが来るということを読んでいた。

そのため、気付かれないように事前にフェニックスメモリを装填。ダメージを受けたと同時に発動するよう、仕組んでいたのだ。

 

 

「なるほど。どうやら、ただの馬鹿ではなさそうだ」

 

「当然だ!俺は竜騎士シュバルツ。今度こそ貴様を倒し、烈の敵を取る!!」

 

 

 

______________________

 

 

 

3階。海未と花陽。そしてサケ・ドーパント。

 

 

 

「ホラホラ。そろそろヤバいんじゃない…のっ!」

 

 

サケは刀を振り回し、海未を追い詰めていく。

アラシをして9人の中では最も戦闘力が高いと言わしめるだけあって、なんとか回避を続けるが、この状況がいつまでも続かないことは分かっていた。

 

ただでさえ薄い意識が、動き回って疲労することによって余計に薄くなる。

それも、空間内に漂う特殊アルコールのせい。だが、息を吸わない状態では数分と持たない。

 

 

花陽は海未に逃がされ、少し離れたところにいる。

自分では行ったところで何もできないのは分かっている。だが、目の前で海未が追い詰められていくのを見ているわけにはいかない。

 

手元にはスタッグフォン。これを使えば奇襲はできるかもしれない。

だが、サケの反射神経、戦闘力はかなり高い。そんな攻撃は弾かれるのが目に見えている。

 

海未も花陽も、心の中ではこんな感情が浮かんでいた。

 

 

(結局、私たちは足手まといにしかならない…)

 

 

μ’sとして活動するうえで、アラシや永斗にはかなり助けてもらっていた。

そんな2人を自分たちが助けようと、探偵部を発足させた。

サイバー事件では自分たちだけで犯人にたどり着き、力になっている気でいた。

 

だが、ドーパントと対峙すると、自分たちは何もできない。

結局のところ、ドーパントを倒して事件を解決できるのは仮面ライダーだけだ。

 

本当は自分たちがいなくたって、アラシ達はやっていける。

今までやってきたことは、ただの自己満足じゃないのか?

 

 

「考え事かい?だったらいっそ、楽になっちゃいなよ」

 

 

サケがそんなことを言って、近づいてくる。

 

アラシは、万が一のことがあれば状況を問わず助けに行くと言っていた。

どうせ足手まといにしかなれないなら、いっそのこと、ここで捕まって助けてもらうのを…

 

 

 

 

ドオォォォン!!

 

 

 

上から轟音が鳴り響き、海未と花陽の意識が戻って来る。

サケはビジョンからの通信に応答している。

 

 

「え?上の奴らがやられた?ま、暗殺部隊の子が言ってるなら大丈夫でしょ。

ホント、若いってのは怖いよね~。下ではルーズレスちゃんと左側の子が戦ってるみたいだし」

 

 

左側…アラシの事だ。上は作戦では瞬樹が敵幹部を足止めしているはず。

 

 

(何を考えていたのですか…私は!)

 

 

海未は自分の顔を両手で叩き、意識を集中させる。

アラシは私たちを信じてくれた。自分の相棒が取り戻せるかがかかった作戦を、私たちに任せてくれた。それを諦めてどうする!

 

いつだって言ってきたじゃないか。

 

熱い気持ちで。心で。信念で!成せないことなど何一つない!

 

 

「花陽!諦めてはダメです!私たちが永斗を救うんでしょう?」

 

「…っ!はい!!」

 

 

「全く…青春なら、他所でやってくんないかな!!」

 

 

サケがこれまでより速いスピードで、刀を振り下ろす。

花陽は直感的に、メタルメモリを装填したスタッグフォンを放っていた。

 

 

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

 

サケの太刀が、メタルの壁に完全に防がれる。

海未はその瞬間思いついた。サケに不可避の攻撃を浴びせ、ここから逃げる方法を。

 

 

《オーシャン!》

 

 

オリジンメモリの“O”。地球から分離した26の意志の一つにして、“信念”の意志。

海未の感情に呼応し、巨大な水の球を放った。

 

 

「花陽!炎です!」

 

 

サケは鋭い斬撃で、水球を一刀両断。

しかし、一瞬の隙ができたことにより、花陽は海未に駆け寄り、ヒートメモリを投げ渡す。

そしてスタッグフォンのメタルメモリを抜き、ヒートメモリを装填した。

 

 

《ヒート!マキシマムドライブ!!》

 

 

サケは迫るスタッグフォンを叩き落そうとする。

だが、炎を纏ったスタッグフォンはサケには向かわず辺りを旋回するのみ。

 

 

「一体何を。遂に酔いが回って判断力でも低下して…」

 

 

その時、サケは気付いた。

この空間内には揮発性のアルコール。つまり、そんなところで火を付ければ…

 

気付くのは既に遅し。アルコールが発火し、一面が炎の海と化した。

サケメモリの天敵は“炎”。日本刀も、酒を固形化したものであるため、炎に触れれば燃える。

出せる水はアルコールのみ。変身解除すれば、数分で焼死体だ。

当然、改造したてのこの建物に、スプリンクラーなんてない。

 

 

「はは…こりゃ、参ったねぇ…」

 

 

 

 

海未と花陽は、オーシャンの能力で張られた水の被膜により、炎を逃れていた。

サケを巻くことに成功した2人。だが、目的は永斗の奪還だ。

 

 

「行きましょう」

 

 

それだけ言って、海未は前に向かって歩きはじめる。

しかしその言葉には、今までより強固な決意が感じられた。

 

 

 

______________________

 

 

 

同時刻、5階。穂乃果、真姫コンビ。

 

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!真姫ちゃん!真姫ちゃん早く!!」

 

「そんなこと言ったってぇぇぇぇぇ!!」

 

 

 

2人は永斗捜索そっちのけで、追ってくる怪物から逃げていた。全力で。

それも、他の組とは違い、数が圧倒的に多い。

動きは遅いながらも、植物のようにも軟体動物のようにも見える不気味な怪物群が、ジリジリと近づいてくる。

 

この組はオリジンメモリを持っていない。ガジェットはフロッグポッドを、メモリはトリガーを持っていたのだが…

 

 

「穂乃果先輩が考えも無しに投げつけるから!」

 

「だって怖いじゃん!!」

 

「もっと音でかく乱とか色々あるでしょ!」

 

 

もう2人に戦力はない。

メモリで手が加わったためか、大きさの割にはやたらと複雑な構造の建物だが、逃げども逃げども行く先々に怪物がいる。

 

そんな状況下、穂乃果は絞り出すように言った。

 

 

「……もう、戦うしかないよ」

 

「はい!?」

 

「アラシ君なら…きっとそうする!」

 

 

確かに、アラシならそうするだろう。真姫もそれは分かっていた。

だが、高校生…いや、人間離れした身体能力と戦闘力のアラシならば、戦うどころか生身でも全滅させられるだろう。だが、穂乃果と真姫にそれができるかと言われれば…まぁ、確実に無理だった。

 

 

「やるしかない…!私たちが、永斗君を救けるんだぁぁぁ!!」

 

「ちょっと!?」

 

 

穂乃果は熱い覚悟を胸に、怪物たちの方向に果敢にも駆け出す。

そして、勢いよくその拳を突き出した……!

 

 

 

 

が、ポスッという音だけが鳴り、怪物の体は一ミリたりとも動かなかった。

なんなら目の前の状況に戸惑い、怪物たちの動きが一斉に止まったくらいだ。

 

 

「デスヨネー…」

 

 

穂乃果も冷静に状況を理解し、今するべき行動が見えた。

穂乃果は回れ右をして、真姫に少しの微笑みを向ける。そして…

 

 

2人は全力でダッシュした。

 

 

 

「だから言ったじゃないですか!!」

 

「だって…だってやれそうな気がしたもん!

それよりどうしよう!さっきのパンチで手が痛い!」

 

「反作用!!物理で習ったでしょう!?

穂乃果先輩はもう逃げる以外何もしないでください!」

 

 

 

当然、逃げた先にも多数の怪物が。

今度こそ完全に挟まれてしまい、逃げ場はない。

 

それでも怪物はゆっくりと、確実に2人に近づいていく…

 

 

 

「「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

 

《リズム!》

 

 

 

2人の断末魔の中、そんな音が聞こえた。

それとほとんど同時に、穂乃果たちを襲おうとしていた怪物たちの一部がはじけ飛んだ。

 

何が何だかよくわからないが、それによって抜け道ができる。

2人は考えることを止め、そこから逃げ出すことに成功した。

 

 

しばらく走り、怪物たちは見えなくなった。

すぐに追手が来るはずであるため、余裕はないに等しいが。

 

 

「全く…世話が焼けるわね」

 

 

穂乃果と真姫は声がした方を向く。

リズムの音声で推察していた通り、そこにいたのはにこだった。

 

 

「にこ先輩!」

 

「貴方が救けてくれたの?」

 

 

にこは“R”のオリジンメモリの適合者。

リズムメモリは“鼓動の記憶”。音を司るメモリだ。

見ると、にこの腕に生体コネクタが出現している。さっき能力を使ったとみて間違いないだろう。

 

 

「このメモリを使うと、音で相手を攻撃できるみたいね。

使ってみて要領が分かってきたら、音の弾みたいなのも出せるようになったし」

 

 

音は物理学的に言うと“波”。空気を伝わる“振動”である。

音で物を壊すことは、空気の振動がものの強度を上回れば、もしくはその物が持つ“固有振動数”と同じ振動数の音を与え続ければ可能であるが、固有振動数は極めて変動しやすく、人工的に出せる音を超えている場合がほとんどである。

実際は“音で物を壊す”なんてことは様々な点で考えても非現実的と言わざるを得ない。

 

しかし、リズムメモリが出せる音は人工的に出せる音の限度をはるかに上回っており、任意で音に指向性を持たせることも可能である。さらにリズムは敵の鼓動、すなわち固有振動数と共鳴するため、相手にかかわらず、固有振動数と同じ振動数の音が出せる。そう考えると、メモリの中でも屈指の必殺性を持っているといってもいいだろう。

 

そう、この矢澤にこという少女は、メモリの扱いにおいては、恐ろしいほどに天才的なのだ。

本当に何故かわからないが。

 

 

「私が担当した6階にも似たような怪物がいたけど、大体倒したわよ。

永斗も探したけどいなかったから、下に行ったらあの状況にでくわしたってわけ。

この私が来るのが少し遅かったら、どうなっていたかわからないわね」

 

 

((にこ先輩なのにカッコいい…))

 

 

「今、絶対失礼なこと考えたでしょ!」

 

 

兎にも角にも、これで心強い(仮)味方が増えたことには変わりない。

 

 

「にこ先輩のメモリがあれば、とりあえずは安心だね!

これで永斗君を探せるよ!」

 

「そうね。にこ先輩のメモリがあれば、怪物も対処できるだろうし」

 

「メモリじゃなくて、わ・た・し!このにこにーが凄いのよ!!

それが分かったら今後は私の事を、尊敬込めてパーフェクトにこにーと…っていないし!!」

 

 

にこのメモリがないと危ういにも関わらず、穂乃果と真姫はその場から速足に去っていってしまったのだった。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「あらら~。5階のもやられちゃったか」

 

 

穂乃果たちがいる階層とはまた別の階。

座り込んでいるポニーテールの幼い顔立ちの女性。歳は10代後半に見える。

彼女こそが、不気味な怪物たちを操っていた黒幕。

 

彼女のコードネームは“タクト”。憤怒のNo7。そして使うメモリはバクテリアメモリ。

空気中のバクテリアを急速進化、融合させ、下僕として使役する。バクテリアはほとんどの環境で存在するため、あらゆる状況で兵力を確保できる。一体の戦闘力は低いが、ストックはほぼ無限と言えるだろう。

 

更に、彼女は能力を変身前で使うことができる。

変身前でメモリを使うには、高い適合率と資質の両方が必要。憤怒の部隊の中でも、この能力を持っているのはハイド、アサルト、ラピッド、タクトだけだ。

 

 

「メモリ使って彼女たちの体を腐敗させるわけにもいかないし…殺さないよう手を抜くって大変だね。ドーパントになって使役可能な兵力を上げるか…」

 

 

ちなみに彼女は、性格はビジョンと並ぶ地味さ。性格が尖った奴が多い部隊の中では、なぜか浮いた存在になってしまっている。コードネームが男っぽいことも気にしており、更に、最近加入したリッパーにNo6の座を奪われたことに悩んでいる。

 

 

「そーいう解説はいらないから」

 

 

タクトはバクテリアメモリを取り出し、ボタンを押そうとする。

その時だった。

 

 

轟音が鳴り響き、建物を凄まじい熱気と冷気が支配した。

その瞬間にタクトは理解した。誰が攻め込んできたのかを。

 

急いで駆けつけると、やはり予想通りだ。一番来てほしくない鬼才が来た。

 

 

 

「召集はしてないよ?何しに来たのアサルト」

 

 

破壊された建物の壁。そして、半身を燃え上がらせたカオス・ドーパントの姿がそこにはあった。

 

 

「あ?んだよ、タクトのロリババァか」

 

「誰がババァよ。まだ30代よ。

それより、アンタの狙いは分かってる。怠惰でしょ?」

 

「話が早くて結構。それじゃあ、さっさと吐いてもらおうか」

 

 

カオスはゆっくりとタクトに近づいていく。

タクトは少し後ずさりした後、持っている緑のメモリのボタンを押した。

 

 

《バクテリア!》

 

 

「…クソ真面目ババァが吐くわけもねぇか。じゃあ仕方ねぇ…

精々、耐久力のあるサンドバッグになってくれよ…?」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

監視室。ハイドはどこかに消え、ビジョンだけが指示を出している。

そんな中、タクトからの連絡が入った。

 

 

 

「アサルトが来た!?

はい…はい…分かりました。タクトさんはそこで安静に」

 

 

報告の内容。矢澤にこ、西木野真姫、高坂穂乃果の3名を見逃したこと。アサルトの襲来。

そして、アサルトによって自身が戦闘不能になったこと。

 

ビジョンにとっては、数少ない尊敬する上司がやられたことがショックだったが、事態はそれどころじゃないくらい深刻だ。

 

士門永斗の居場所は、簡単には見つからないようにしてはいるが、見つからないという保証はない。アサルトに見つかるのだけは絶対に避けたい。

 

そしてμ’s。それぞれ刺客が突破され、監視カメラも機能しない。

一階のルーズレスが切風アラシを、リッパーが津島瞬樹を足止めしているのが救いだが、このまま放っておくのも危険だ。

 

 

「こんなときにあのアホは!」

 

 

脳裏に浮かんだ笑顔のハイドを全力で殴りつけたビジョンは、再び思考を冷静に戻す。

 

すると、一つ気になる点が浮かんだ。

μ’sのメンバーは、士門永斗を除けば11人だったはず。しかし、報告に出てきたのは10人のみ。

監視カメラの映像を確認できないのが痛いが、カメラが生きていた時に“彼女”の姿を見たことは一度もない。

 

 

 

「星空凛は何処に……?」

 

 

 

______________________

 

 

 

遡ること小一時間前。

アラシは瞬樹に最上階の襲撃を命じ、アラシ自身と子分(?)で一階の襲撃を行うことで、穂乃果たちの侵入を誤魔化すための陽動とした。

更に雷獣事件でライトニングが機械を故障させていた現象から監視カメラの破壊を思いつき、見事成功して追手を妨害できた。ダメ押しでそれぞれにメモリとガジェットを持たせる。μ’sのメンバーはアラシの予想をはるかに上回り、エージェントの撃退に成功。

 

これらを受け、敵は相当焦りと危機感を感じているだろう。

 

 

 

だが、これらも全て陽動に過ぎない。

 

 

 

激戦が繰り広げられる建物の中…ではなく外壁。

今回の作戦で姿を潜めていた人物。星空凛がスパイダーショックのロープで外壁をよじ登っていた。

 

 

「下は見ない下は見ない下は見ない下は見ない…」

 

 

凛のいる場所は5階、命綱一本で宙にぶら下がっている状態。凛は呪いでもかけるかのような形相で呟き続け、心を落ち着かせている。

 

凛の手には、永斗と反応するサイクロンメモリ。

継承したメモリでも適合者と反応するというのは仮定でしかなかったが、ビンゴだった。

実際、ここに来た時メモリが強く反応。それも場所によって微妙に反応の強弱が異なる。つまり、このメモリを使えば、永斗の場所が正確に把握できるということだ。

 

と言うわけで、メンバーで最も運動神経がいい凛が、数十メートルに及ぶスパイダーショックのロープで外壁をよじ登り、メモリの反応でどの階に永斗がいるのかを調べている。

更に四方から調べることで正確な位置まで特定できる。つまり、凛は既に8階もの壁をよじ登ること3週目。窓から映らないように気を付け、黙々と独自で捜査を続けていた。

 

8階ともなるとかなりの高さで、命綱一本と言うことを思い出すと卒倒しそうになるし、窓からのぞくとドーパントがいたりするし、なんか中から凄い音が聞こえるし、最上階で凄い爆発があって気絶しそうになったし、作業で言うと誰よりも心臓に悪い。

 

一応、スパイダーショックのロープは永斗がプリディクション事件の時に作ったネットの改良版で、刃物はおろか、ドーパントの攻撃でも切れることはない。そもそもスパイダーショック自体が、装着者が落ちそうになれば自動でロープを噴出する機能を持っている。安全と言えば安全なのだが、こういう恐怖は理屈ではないのだ。

 

 

「さっき向こう側で凄い音したけど…隕石とか落ちてきてないよね?」

 

 

隕石ではないが、その音はカオス・ドーパントが壁を破壊して侵入したときの音。

その時、凛は反対側の壁にいたことは僥倖と言うほかないだろう。

 

6階の壁に足をかけたとき、異変を感じた。

明かにメモリが強い反応を示している。他の方向から調べた時も6階は強い反応だったが、それと比べても一目瞭然だった。

 

 

「ここだ!」

 

 

凛は窓を覗き、誰もいないことを確認。

服のポケットからとある道具を取り出した。吸盤とペン先のような出っ張りが棒の両端についている。

 

凛は道具についている吸盤を窓に引っ付け、そこを中心としてコンパスを使うように回し、出っ張りでガラスを円状に傷つける。もうお分かりだろう。映画やドラマで泥棒が使う、ガラスサークルカッターと呼ばれる道具である。

道具自体はホームセンターでも手に入る。使い方は希とアラシに教えてもらった。

 

アラシはともかく、希が知っていたのが気になったが、そこは考えないでおく。

 

 

「…よし!これで…」

 

 

傷の円の内側に力を加えると、ガラスは簡単に外れる。凛はそこから細い腕を入れ、窓のカギを開け、侵入に成功した。

 

 

「にゃぁ…これって不法侵入だよね…。大丈夫かなぁ…」

 

 

ホルモン事件の時も、希が空き家のカギを勝手に外し、凛も中に入った。

言い方を悪くすれば前科一犯。今回で二犯だ。

 

ちなみにこの作戦を立てたアラシは「あ?バレなきゃ犯罪じゃねぇし、バレても逃げるなり誤魔化すなりすれば犯罪じゃねぇよ」とのことだ。探偵にあるまじき発言である。

 

希も前に似たようなことを言っていた。μ’sの危険思想二人を早急に何とかしなくてはならない。凛の頭にそんな心配が浮かぶ。

 

 

メモリの反応は歩くたびに強くなっている。その反応を見て、角を右へ左へと曲がっていく。

やはりドーパントの能力の影響か、建物の大きさと内部がかみ合ってない。まるで迷路の様だ。

 

メモリの反応はとある場所で最高潮になった。

しかし、そこはただの壁。そんな時、凛はホルモン事件の時を思い出す。

あの家は隠し部屋の扉がどんでん返しになっていた。

 

 

「もしかして…」

 

 

凛は確信し、その壁に背中を付けてクルっと回ろうとするが…

背中を付けた瞬間に壁をすり抜け、凛は背中から転んでしまった。

壁がフェイクという所まではあっていたが、どんでん返しではなかったようだ。

 

少々背中が痛むが、凛は先に進む。

その先も偽の壁はたくさんあり、そこを通るとメモリは強く反応していった。

この先に永斗がいることは間違いない。

 

しばらくした後、凛は一枚の扉の前にたどり着いた。

間違いない。ここだ。

 

 

「ふぅ………よし!」

 

 

深呼吸をし、呼吸を落ち着かせる。この先に永斗がいる。応援を待つか?いや、他のグループがどんな状況なのかもわからない。それに、この先に永斗がいることが分かっていて、じっとしてはいられない。

 

覚悟はできた。凛は汗で濡れた手で扉を開く。

 

 

 

「よくぞここまで来たっスね。勇敢で無謀な少女よ。

なんつって。ラスボスの魔王様、ハイドさんの登場っス」

 

 

 

そこには白衣を着た、眼帯の医者。凛は見覚えがある。

ホルモン・ドーパントを圧倒した、組織の幹部ハイドだ。

 

一方、気絶した永斗もいた。なぜか十字架に張り付けの状態で。

凛は状況に似つかない。いや、似合い過ぎてリアリティがないそのシュールな光景に言葉を失う。

 

 

 

「サービスっスよ。彼、ゲーム好きって聞いたから、こういうシチュエーションが好みかと思って」

 

 

気を遣う場所がいろいろとズレている気がする。

まぁ、間違いなく好みではあろうが。

 

なんて考えている場合じゃない。永斗の救出に来たことを思い出した凛は、再び覚悟を決めて言い放つ。

 

 

「永斗くんを返して!」

 

「お断りっス。この間言ったスよね?彼に関わり続ければ、正しくは生きられないって。

君たちは本来、こんな境遇にいるはずのない人間だった。普通に学校に通い、普通にアイドルをしてたんスよ。あの2人に出会ったが故に、君たちの運命は変わった。これ以上間違えれば、取り返しがつかないことになるっスよ」

 

「……それでも!凛は永斗くんを…友達を助けたい!」

 

「ホントに…これだから、聞き分けのない子供は嫌いなんスよ」

 

 

ハイドは気だるそうに肩をかき、メモリを取り出す。

 

《ナーブ!》

 

メモリに呼応し、ハイドの手の甲に整体コネクタが浮かび上がる。

メモリが挿入され、ハイドの白衣姿が遺伝子を彷彿とさせるような形状のエフェクトに包まれ、その姿を神経繊維で形成された異形の姿。ナーブ・ドーパントへと変化させた。

 

 

永とは奥で眠っている。凛がすべきことは、永斗を連れてここから逃げ、屋外にスタンバイさせているハードタービュラーで逃走すること。

 

しかし、小柄な永斗といえど、凛一人で永斗を運ぶのは困難。

そのうえ、これらの作戦をナーブの妨害をかいくぐって行う必要がある。一言でいえば、不可能に他ならない。

 

それならば、用意しておいた別の作戦だ。

アラシがドライバーを装着することで、永斗にもドライバーが装着される。まずは永斗のところまで行き、出現したドライバーにサイクロンメモリを装填。そうすればアラシがダブルに変身でき、ここに助けに来るはずだ。

スパイダーショックで他のメンバーにも通達はしておいた。アラシにも届いているはず。まずは永斗のところまで行く必要がある。

 

運動神経には自信がある。殺されることが無いならたどり着ける…!

凛は足に力を入れ、ナーブの向こうの永斗に駆けだし…

 

 

 

「あれ…?」

 

 

 

力を入れても、凛の体はピクリとも動かない。まるで、全身が石になったように。

そうこうしているうちに、ナーブはこちらに歩み寄って来る。

今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。頭が一瞬で恐怖に染まる。しかし、依然として体は全く動かない。

 

 

「捕まえた」

 

 

ナーブがそう言うと、今度は凛の体が勝手に動き、片膝と両手を地につけた状態になる。

その姿勢になると、ビデオの一時停止のように凛の体はピタリと止まり、再び動かなくなった。

 

 

「ナーブは全身の神経線維を自在に操れて、分離して他人に寄生させることもできる。

つまりのところ、ジブンはこっそり君に神経線維を寄生させ、神経伝達を操作。一時的に君の体を操れるようになったってことっス。本当は脳神経に接続して洗脳するのが手っ取り早いんスけど、適合者相手だと数分操るのが限界みたいっスからね」

 

 

ナーブの真価はそれだけではない。ナーブは自身から分離した神経に電流を流し、敵を内部から焼き殺すこともできる。さらに神経を他人の視神経等に接続することで、他人の視界や聴覚を共有することができ、洗脳と身体操作、感覚共有を組み合わせて使えば、他人の体を自分の物のように使い、会話する事さえ可能なのだ。

 

これらはハイドの卓越した知識と技術があってこそ可能な業。

他人に寄生してラジコンのように操り、ノーリスクかつ完全な隠密行動を可能にする。

それ故に“ハイド(隠れる)”の名を冠している。

 

 

「さて、お仲間もこっちに向かってるみたいだから、後は入れ食い状態。

ミッションコンプリートで一件落着っスね。ビジョンに説教されるのがちょっと嫌っスけど…」

 

 

そうだ。皆もこっちに向かっている。

凛は連絡しようとするが、やはり体は動かない。凛の表情は焦りと恐怖で歪んでいく。どうする?このままでは…

 

 

 

「…いい顔っスね。いいんスよ?怒っても。理不尽な力に怒るのは当然っスから。

そうだ。どうせ暇だし、お仲間が来るまで少し昔話でもどうっスか」

 

 

ナーブはしゃがみ込み、膝をついた凛に目線を合わせ、語りだした。

 

 

「むかーしむかしあるところに、とある少年がいました。

青年には幼馴染で体の弱い恋人がいて、彼女がどんな病になっても助けられるよう、医者になりました。

青年は医学部を超優秀な成績で卒業し、天才外科医として名を馳せたっス」

 

 

突然始まった昔話に困惑する凛。しかし、何故か聞き入ってしまう。

否、凛ができることはそれだけだった。

 

 

「都内の有名な病院に勤務してしばらくたった頃。恋人がとある病にかかったっス。

その病は脳の病気で、放っておけば記憶障害等を引き起こし、最後は脳の働きが止まり、心臓さえ動かなくなる。ただし、手術が成功すれば治すことが可能。不幸中の幸いか、青年の専門は脳神経外科。青年は、手術を成功させる自信があったっス。そのために努力してきたのだから。

 

しかし、病院の偉い人の命令で、手術が却下されたっス。青年は最年少で天才と謳われた身。邪魔に思ってるやつも山ほどいたんスよ。最終的に、別の医者が手術を担当し、青年はサポートに。

ところが、技術が足らなかったんスかね。執刀医は手術を失敗し、結局恋人はその場で亡くなったっス。

青年は怒りに任せ、執刀医を殴った。それも奴らの思うつぼなんスよね。その暴動は手術中におきたことにされ、それがミスを誘発したことになり、青年は免許を剥奪されたっス」

 

 

凛はその話をするナーブの声で全てを察した。

この話は、ハイドの半生。実際に起こった悲劇だ。

 

 

「結局のところ、皆が間違えたせいでこんなことになったんスよね。

青年は我を通せず、怒りに身を任せて間違えた。医者たちは、持った力と知恵、結束力の使い方を間違えた。恋人は…好きになる相手を間違えた。人間は誰もが最初は正しいんス。犯罪者も幼いころは何かに憧れ、汚い政治家も不正行為をするために政治家になったわけじゃない。あいつらだって、かつては純粋に医者を目指して努力した子供だったはずっス。

力を得て、もっと先を求めて堕ちていった。欲望に飲まれて堕ちていった。

改善するのは簡単。間違えた大人を破滅させ、純粋な子供を導けばいい。例え、自分が間違いの先に堕ちてしまったとしても…というわけで、青年はメモリ流通の組織に加入し、エージェントになったのでした。めでたしめでたし」

 

 

話が終わった。さっきまで恐怖でしかなかったナーブの姿が、いまでは違う風に見える。

彼も被害者だ。平穏に生きてきた凛とは違って、彼の過去は壮絶で、説得力があり、自分には彼を止める資格なんてないように思える。

 

それでも…

 

 

「そんなの…間違ってる!」

 

 

凛は思わずそう叫んでいた。

さっきまで口も動かなかったはずなのに。体はまだ動かないが、口だけは動く。

凛は勢いに任せ、心の声をハイドにぶつける。

 

 

「お医者さんの話とか、おじさんの昔の話とか…凛はよく分かんないけど…

おじさんは怒ってるだけだよ!あの時からずっと!恋人を救わなかった人たちに、救えなかった自分に!

そのために関係ない人を巻き込むのは、絶対に間違ってる!」

 

 

ナーブは驚いたのか、動きを止める。

思えば、諭されたのは初めてかもしれない。もし彼女が生きていたら、自分にこう言うのだろうか。

でも…怒りはそんなことで収まりはしない。

 

 

「怒ってる…っスか。確かに。でなきゃ、憤怒(こんなところ)になんか居ないっスもんね。

でも、口には気を付けた方がいいっスよ。ジブンらは殺さないだけで、殺せないわけじゃない。

その気になれば、君ら全員、数分と経たずに始末できるんスよ?」

 

 

ナーブの声が変わり、ナーブは神経線維の指先を伸ばす。

指は凛の後ろのコンクリート壁を貫通し、もとの長さに戻った。その威力は銃弾の比ではない。

 

凛の口は再び動かなくなる。能力のせいだろうか。

いや、違う。恐怖だ。虎の威を借っていた狐が、虎が捕食者であること思い出したかの如く、凛は恐怖で思考も、体も、全く動かなくなってしまった。

 

 

「結局は死なないという根拠のない確信にすがっていただけなんスよ。

ジブンらや上で戦ってる騎士の仮面ライダー、あと探偵の子みたいな覚悟なんてなかったってことっス」

 

 

…そうかもしれない。

アラシ達はずっと前から、死ぬ覚悟で戦い続けた。市民の平和を、自由を守るために仮面ライダーとして戦っていた。そんな人たちにかなうはずがないことは分かっていた。

 

でも、自分にはその覚悟もなかった。

友達を救いたいという気持ちは本物かもしれない。でもあの時、最初に声を上げたのは穂乃果だった。

穂乃果があの時何か言わなくても、アラシ達で助けに行っていただろう。しかし、止めることも、協力すると言うことも、できなかったかもしれない。凛は無意識に、自分の身を真っ先に案じてしまっていた。

 

助けたい大事な…いや、それだけじゃない友達なのに…

凛はそんな自分を恥じる。心の底から軽蔑する。それも逃げているだけなのかもしれない。この状況で何もできない無力感を紛らわせるために。何もできない自分を正当化するために。

 

 

「ごめん永斗くん…凛は……」

 

 

 

 

 

「弱虫なんかじゃないよ。凛ちゃんは」

 

 

 

その時、その声が凛の言葉を遮った。

その声は気だるげで、覇気と言うものが全く感じられない、聞き馴染んだあの声。

 

 

「永斗…くん…!」

 

 

凛の後ろには、眠っていたはずの永斗がだるそうに佇んでいた。

そして、その腹部にはダブルドライバーが。さっきまで永斗を縛っていた鎖は、凛のスパイダーショックが破壊していた。

 

すると、凛の懐からサイクロンメモリが抜けだし、永斗の手元に収まった。

 

 

「…どういうことっスか。薬品で入念に眠らせたはずっスけど」

 

「なぜって…そんなこと僕が知るか!って言いたいとこだけど、手抜きと思われるのやだし説明しとこう。今は深夜の11時半頃。つまり、深夜アニメが始まる時間帯。僕の体はこの時間になると、自動で起きるようになっている!」

 

 

 

・・・

 

 

 

((なんだそりゃ!))

 

 

 

ハイドと凛の思考が初めて一致した瞬間だった。

 

 

「それはいいとして、さっきは言いたい放題言ってくれたね。

そもそも、覚悟なんて無けりゃ、こんなとこには来ないでしょ。それに、何かをするときに死ぬ覚悟なんて必要ない。最初から死ぬつもりの奴が勝負に勝てるわけがないんだから。まぁ、かと言って戦いの後の事を言いすぎると死亡フラグなんだけど」

 

「君もなかなか言ってくれるっスね。でも、この子が臆病なのは確かっスよ。

さっきから能力解いてるのに、動かないんスから」

 

 

凛はそう言われて腕に力を入れると、確かに動いた。

いつから?そんなことは関係ない。まただ。皆が頑張っているのに、自分だけ諦めてしまった…

 

 

「やっぱり凛は…」

 

「大丈夫。凛ちゃんは逃げずに僕を助けに来てくれた。ゲーム対決の時だってそうだ。役に立とうと必死に戦っている女の子が臆病者だなんて、絶対に言わせない。

凛ちゃんたちがここまでしてくれたおかげで拘束が解けた。ここからは…僕たちのターンだ」

 

 

ハイドは、こちらに向かってくる一つの気配に気づく。

咄嗟にルーズレスに連絡を取るが、案の定応答はなかった。

 

 

「まさか…いままでのは全部時間稼ぎ…」

 

「参謀が誰だか知らないけど、見積もりが甘いよ。

うちの面倒な相棒止めたけりゃ、猛獣の群れでも連れてこないと」

 

《サイクロン!》

 

 

気配は段々と大きくなる。

凛も気づいた。間違いない、ヒロインの危機に登場するのは、ヒーローしかいない。

 

 

「変身」

 

 

永斗はサイクロンメモリをドライバーに装填、すぐに転送される。

そして、永斗はその場で気を失い、凛がその体を受け止めた。

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

一陣の風が吹き、その風は瞬く間に暴風へと変わり、扉を吹き飛ばす。

現れたその姿は街の平和を守る、2人で1人の仮面ライダー!

 

 

「仮面ライダー…ダブル!」

 

 

疾風の如く現れた戦士はマフラーをたなびかせ、ナーブに強烈な飛び蹴りを浴びせる。

ナーブはその勢いで吹き飛び、壁に激突。ダブルはその隙に、凛の元へ駆け寄る。

 

 

「よくやった。ここは俺と永斗に任せて、永斗の体と逃げろ」

 

 

凛はうなずき、永斗の体を背負って、部屋から出ようとする。

 

 

「させないっスよ!」

 

 

指先を伸ばすナーブ。だが、当然ダブルがその攻撃を弾く。

 

 

「それはこっちのセリフだ。よくも人の相棒とダチを散々な目にあわせてくれたな」

『なんかちょっと久しぶりな気がするね。この感じ』

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

 

_________________

 

 

 

1階。アラシの活躍で、敵はほぼ全滅。

元不良のアラシの子分達も、実際の活躍はあまり無いが、健闘はしていた。

 

 

「しゃあ!見たかアニキの力!」

「どんなもんじゃいボケェ!」

 

 

当の本人がいないにも関わらず、騒ぎ続ける。彼らを動かす謎の忠誠心は本当に謎だ。

 

 

 

「うるさいなぁ…そんなに元気ならアタシと改めて勝負する?」

 

 

その言葉で子分達の動きが瞬時に止まった。

その声の主は、ついさっきまでアラシと激闘を繰り広げ、勝負の果てに敗北し、気を失っていたはずのルーズレスだった。

 

 

「テ…テメェ!まだやる気か!?」

「お…お…俺達だって!やるときはやるんだぞコラァ!!」

「そうだそうだ!」

 

そうは言うものの、声が完全に震えている。

 

 

「…冗談だよ。アタシだってもうキツイし。こういうのJapanじゃマンシンソウイって言うんだっけ?」

 

 

確かに、ルーズレスは倒れたまま動こうとしない。

ただ、目を開けて天井を見ているだけだ。

 

 

「やっぱ強いや。ラピッドに勝っただけはある。

でもアタシは認めたくなかった。アタシたちの方が強いって言いたかった…アサルトを倒すのはアタシだって言いたかった……」

 

 

アラシ達は相棒である永斗を奪還しに来たが、ルーズレスも相棒の敵を取りに来たのだ。

それを叶えることができなかった無力感がこみ上げ、涙となって頬を伝い、地面に落ちる。

 

だが、その時だった。

階段から聞こえる足音。ルーズレスにはそれが、死神の足音に聞こえた。

 

反射的に起き上がり、戦闘態勢を取るルーズレス。

当然形だけで、もはや戦う力は無い。

 

そして、その死神は姿を現す。

 

 

「誰が誰を倒すって?クソ猫」

 

「アサルト…!」

 

 

タクトことバクテリア・ドーパントを撃破し、怠惰を探しに来たカオス・ドーパント。

足元からは熱気と冷気があふれ出ており、氷と焦げた跡の足跡がカオスの後ろに並んでいる。

 

 

「なんで…なんでラピッドを…!」

 

「なんで?お前の口からそんな台詞が聞けるとは思わなかったぜ!

いつもなら、なりふり構わず殴り掛かって来るくせになァ!さては…もう戦う体力がねぇか?」

 

 

カオスはあたりを確認し、障害となる存在がいないこと、そして怠惰がいないことを確認する。

 

 

「ここもハズレか…けど、死にかけの猫について回られるのも鬱陶しい。

だったら…いっそのこと死んでもらおうか」

 

 

カオスは掌をルーズレスに向ける。

その掌から冷気が放出され、冷気は収束し、氷の弾丸になる。そして…

 

 

氷の弾丸は、ルーズレスの胸を貫いた。

 

 

「ッ…!アサ…ルト…!」

 

 

鮮血が飛び、ルーズレスは力なく倒れた。

その時、アサルトは上の階層に強い気配がしたのを感じ取った。

 

 

「そっちか…!待ってやがれ怠惰!」

 

 

消えゆくカオスの姿に、ルーズレスは必死に手を伸ばす。

奴を追う足はある。奴を殴る腕もある。だが…無情にも彼女の体は彼女の意志に耳を傾けることはなかった。

 

 

 

「ラピッド…ごめん……」

 

 

 

ルーズレスの意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

4階。ダブルVSナーブ・ドーパント

 

 

 

戦いは互角。ナーブもかなりのやり手で、戦闘力もなかなか高い。

一方、ダブルは神経線維に寄生されないように、常に風で防壁を張っている。

 

 

「そこだ!」

 

 

ダブルの左腕がナーブに炸裂。だが、ナーブはその腕に自信の体の神経を絡ませ、ダブルの動きを封じる。

 

 

「やっと捕まえたっスよ」

 

 

風の防壁も、直接の寄生は意味をなさない。

ナーブの神経がダブルに入り込み、その神経と接続した。

 

 

「手間取ったっスけど。これでお終いっス」

 

 

ナーブが合図を送ると、ダブルの体の動きが支配される。

その手は真っすぐドライバーに向かっていく。変身解除をさせる気だ。

 

 

「させ…るか…よ!」

 

 

ドライバーに手が届く直前、ダブルの手は動きを止める。

そして、拳を握り固め、再びナーブに強烈な一撃をお見舞いした。

 

驚きとダメージで隙が生まれる。ダブルは更に風を纏った回し蹴りで、ナーブに一撃。

体勢を崩してぶっ飛ぶナーブ。その瞬間、ダブルはナーブの方に勢いを付けて、滑空するように飛び掛かり、その勢いのまま両足連続キックを繰り出す。

 

全ての攻撃をまともに食らったナーブは、火花を散らし、力が抜けたように膝をついた。

 

 

「気合でジブンの能力を無効化とか…君の相棒ぶっ飛んでるっスね…」

 

『僕もそう思う』

「るせぇ!」

 

『でも、この常識外れが僕の相棒だ。

覚悟しなよ、No3エージェント』

 

 

永斗はナーブにそう言い放つ。

だが、彼はまだ知らない。絶望は、すぐそこまでやって来ていることを…

 

_________________

 

 

 

永斗を担ぎ、逃走する凛。

しかし、バクテリアの怪物が行く手を阻む。

 

カオスによって戦闘不能になったタクトだが、メモリはかろうじて守り抜いていた。

メモリさえ破壊されてなければ兵隊の使役は可能。凛はハードタービュラーでの脱出も考えたが、外も羽根を生やしたバクテリアの怪物が何体かいた。その状況で空中の脱出は難しい。

 

凛は持ち前の運動神経と体力で怪物から逃げていくが、やはり永斗は女子一人で持つには重い。体力も想像以上に奪われてしまう。だが、止まるわけにはいかない。

 

 

だが、その決意空しく、凛は怪物に囲まれてしまう。

 

 

「そんな……」

 

 

凛は思わず目をつぶる。怪物はそんな凛にゆっくりと近づき…

 

 

 

《リズム!》

 

《オーシャン!》

 

《ライトニング!》

 

 

音、水、雷がバクテリアの怪物を蹂躙する。凛を囲んでいた怪物は瞬く間に消え去った。

そこには、スクールアイドルで集い、友情で結ばれた8人の仲間が。

 

 

「みんな…」

 

 

エージェントを突破し、合流した8人のメンバー。

そこに凛を加え、μ’sの9人が揃った。

 

 

「ここからは私たちが怪物から守ります」

 

「そうね。じゃあ、私と海未、にこが皆を囲むような形でどの方向からも対応できるようにしましょう。

凛だけじゃ重いだろうから、希と花陽も永斗を持ってあげて」

 

「わ…わかりました」

 

「了解了解!隠し部屋を見逃してたにこっちは、ちょっと頼りないけど」

 

「私が探したときは無かったのよ!てゆーかアレ反則よ!なによ見えない抜け道って!!」

 

「あ!確かに凄かったよね、ことりちゃん!」

 

「あれは私たちが会った、ブロードキャストっていうドーパントの能力じゃないかな?目に見えものを変えれるっていう…」

 

「凛、外にはリボルギャリーが待機してあるから、そこまで行ければ外の怪物たちも突破できるはずよ。早くしましょう」

 

 

指揮をとる海未と絵里、手助けしてくれる花陽と希、文句を言うにこ、この状況で単純に驚いている穂乃果、穂乃果に説明することり、冷静に状況を報告する真姫。

 

一見カオスだが、凛にはとても頼もしく見えた。

この危機的状況の中、いつもの皆のまま。そう思うと、安心感がこみ上げてくる。

 

凛は心に残る絶望感や恐怖を拭い去り、決意を新たにする。

 

 

「…行こう!ここから出て、みんなで事務所に帰ろう!」

 

 

 

しかし…

 

一難去ってまた一難とはよく言ったものだ。

 

拭い去った絶望の後には、また次の絶望がやって来る。

 

 

凛たちの目の前に、突如として火柱が上がる。

火柱は下の階層から噴き出ており、この階の床を突き破っていた。

 

そして、その穴から現れたのは、炎と氷の怪人、カオス・ドーパント。

カオスは9人に構わず、そのまま上で戦っているダブルとナーブのところに行こうとする。当然だ。カオスに、弱者の姿は見えていない。

 

だが、カオスは見つけてしまった。その姿を。

 

 

気絶した、士門永斗の姿を…

 

 

 

「見つけた…見つけたぞ!!」

 

 

カオスは飛び上がり、9人の前に着地。

海未、絵里、にこは思わずメモリを構えるが、直感的に察していた。

目の前のこのドーパントに、こんなものはなんの意味も成さないと。

 

 

「どけ。邪魔だ」

 

 

カオスは体の焔を吹き上がらせ、威嚇する。だが、ここの9人は、その憎しみのこもった目が永斗に向けられていることを理解し、永斗を守るように陣形を取る。

 

 

「なんの真似だ?」

 

「永斗くんは凛たちが守る。大事な友達だから!」

 

「友達?お前ら何を…」

 

 

カオスは永斗の腰のドライバーを見つけ、そのドライバーが昼間に戦った仮面ライダーのものと同じだったことを思い出す。

 

 

「メモリは一人一本のはず…そしてあの声…友達…

そうか…そういう事か!」

 

 

カオスは全てを理解し、高らかに笑う。

そして、すぐにその表情は怒りのものへと変わった。

 

 

「お前ら、そいつの事を何も知らねぇみたいだな。

だったら教えてやるよ。お前らも知ってるだろ?3年前、一晩にして数多の民間人が惨殺され、災害にも等しい未曾有の被害を生み出したあの事件を」

 

 

 

そして、カオスの口から語られた。

 

絶対に知ってはいけない真実が………

 

 

 

「そこにいる士門永斗こそ、その事件の犯人!

俺の家族を、仲間を殺した、組織の最高幹部の一人!“怠惰”だ!!」

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

永斗の意識の中。

 

さっきまでナーブと戦っていたはずなのに、気付けばそこにいた。

そこは地球の本棚のようだが、既に本棚が展開され、永斗の目の前には一冊の本が。

 

それは、数日前に見つけた、“士門永斗”の本。

 

そして、永斗の目の前で、その鎖が外れた。

 

 

本が開き、おぞましい牙を持ち、何人もの人間の姿が集まったような影の白い獣。

夢で見た、あの獣が現れる。

 

そして獣は…

 

 

 

 

永斗を飲み込んだ。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

「『ウァァァァァァ!!!!』」

 

 

 

ナーブとの勝負の最中、ダブルが突然叫び声をあげる。

ダブルの右目、永斗の方の赤い複眼が点滅し、消え、緑の体も色を失う。

 

そして、強制的に変身が解除され、アラシの姿に戻ってしまった。

 

 

 

「これは…まさか!」

 

 

ナーブはその状況を理解する。最悪の状況だった。

 

 

「探偵君、そのドライバーで意識が繋がるんスよね?

今、相棒君の声聞こえるっスか?」

 

 

アラシは言われるままに確認する。

だが…

 

 

「…!聞こえねぇ…永斗…?」

 

「やっぱり…」

 

 

予想通りだ。遅かった。

最も避けたかった事態に陥ってしまった。

 

 

 

「君も来るっス。もう事態は、敵とか味方とか言ってる場合じゃない」

 

 

 

_________________

 

 

 

 

カオスによって真実が語られた。

それと同時に、永斗が目を開け、立ち上がった。

 

 

「永斗…くん…?」

 

 

 

永斗の方を向いた凛、いや、全員が気付いた。

目を覚ました永斗の目には、光が宿っていないことに。

 

 

永斗は微かにほほ笑む。だが、その笑みはいつもの永斗のものではない。

誰の目からも分かるような、狂気に満ちた笑み。

 

永斗は笑みを浮かべたまま、右手を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「消えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン!

 

 

 

その瞬間、銃声が鳴り響き、銃弾が永斗の右手を撃ち抜いた。

 

 

鮮血が飛び、永斗の腕は力無く垂れ下がる。

だが、その傷は見る見るうちに治っていき、数秒後には塞がれてしまった。

 

 

しかし、傷が治っていく間に、黒い影が接近し、永斗のこめかみに銃口を突きつけた。

その影の正体は、エージェント部隊のボス。コードネーム“ゼロ”。

 

 

「ゼロ…!邪魔してんじゃ…」

 

 

これまで以上に力を昂らせ、永斗に襲い掛かろうとするカオス。

だが、その動きはピタリと止まった。

 

 

 

「ハイド。そのまま捕らえておけ」

 

「了解っス、ゼロ。何分持つかわかんないっスけど」

 

 

上の階から駆け付けた、ナーブ。カオスに神経を寄生させ、動きを封じている。

 

 

「近況を見に来たらこのザマか。お前はしばらく給料無しだ」

 

「勘弁してほしいっス。色んな意味で笑えないっスから、そのジョーク」

 

 

遅れてアラシも到着し、ゼロと目線が会う。

 

 

(アイツ、どこかで…)

 

 

いつもなら冷静に状況を見るアラシだが、今回はそうもいかなかった。

それもそうだ、永斗の頭に、あろうことか銃口が突きつけられている。

 

 

「テメ…永斗に何しやが」

「動くな」

 

 

ゼロは目線を永斗に向けたまま、もう片手でアラシに銃口を向けた。

アラシは本能的に、その声に服従してしまった。激しい戦慄を覚える。七幹部“傲慢”の朱月と同等、もしくはそれ以上の威圧感だ。

 

 

「コイツはもう、お前たちの知っている士門永斗じゃない。

組織を裏切った、もしくは甚大な被害をもたらした、3人の謀反者の一人。“怠惰”だ」

 

 

すると、永斗が口を開く。

いつも通り気だるそうな声で、でもその声には計り知れない悪意が感じられた。

 

 

 

 

「嘘言っちゃいけないな。僕は士門永斗だよ。

いつも通り、怠惰で、引きこもりで、人間が嫌いな…」

 

 

 

ガラスが割れる音が鳴り、飛来した白い光がゼロに襲い掛かる。

ゼロが一瞬だけ警戒を緩めると、その一瞬で永斗は数メートル先に。

 

そして、白い光は永斗の手に収まり、一本のメモリになった。

 

今までアラシも何度か遭遇した、あの現象。オリジンメモリの飛来。

 

 

 

「ただの…怪物だよ」

 

 

《ファング!》

 

 

 

永斗の掌に生体コネクタが現れる。

そのメモリは青い傷で“F”と刻まれており、その色は純粋な白。

しかし、その純粋は光だとは限らない。

 

 

「やめろ!!」

 

 

 

アラシは咄嗟に永斗を止めようとする。

しかし、永斗はそのまま掌にメモリを挿入。

 

永斗の体が輝き、その姿を変える。

 

全身に棘…いや、牙を生やし、体中に青い傷が刻まれた白い獣。

その姿はオオカミにも見え、絶滅した恐竜にも見える、禍々しい姿。

 

絶望の化身…ファング・ドーパント。

 

 

 

 

 

「3年ぶりか…

よくもここまで集まってくれたもんだ。下等生物が…」

 

 

 

 

 

時刻は0時。満月が夜空の頂点に輝き、

 

 

 

絶望は…ここに降り立った___

 

 

 

 

 

 

「間違いねぇ…!3年間…テメェを殺すためだけに生きてきた!

忘れたとは言わせねぇぞ!怠惰ぁ!!」

 

 

カオスが力づくでナーブの能力から逃れ、ファングに飛び掛かる。

しかし…

 

 

 

「覚えてるわけないだろ?踏み潰した虫の顔なんか」

 

 

 

ファングの体から伸びた、一本の牙が、凄まじい速さでカオスを薙ぎ払う。

カオスは吹き飛ばされ、壁に激突。更にファングの牙がカオスを貫き、カオスの変身が解除されてしまった。

 

 

 

「チク…ショウ………」

 

 

 

ナーブはファングに神経を寄生させる。

だが、全く効果がある様子はなく、何事も無いように歩みを止めない。

 

 

そんなファングに掴みかかる者が一人。

 

 

永斗の相棒。切風アラシだ。

 

 

 

 

「どうしたの?アラシ」

 

「黙れ。アイツの真似をしてんじゃねぇ!お前は誰だ!」

 

「真似?言ったでしょ。僕は士門永斗だって」

 

「違う!アイツは絶対にこんなこと…」

「2年前の6月10日、洗濯機を新調した」

「ッ…!」

 

 

 

アラシはファングから出た言葉に驚きを隠せない。

何故なら、それは実際に起こった出来事。日付まで間違いない。

 

 

「1年前の2月3日、迷子の捜査依頼が同時に3件。同年9月11日預かっていた犬全部に逃げられ、大騒動。今年の3月24日、白い怪物の依頼が舞い込み、μ’sの9人と関わるきっかけとなる。

なんなら、1年前のくーさんが死んだ“あの時”の話もしようか?」

 

 

アラシは言葉を失う。

本当に永斗なのか?記憶は正しい。だが…

 

 

 

「黙りやがれ…記憶を取り繕ったところで、テメェは永斗じゃねぇ…!」

 

「よく言うよ。僕の事、何も知らないくせに」

 

「なんだと…!?」

 

「思い出したんだ。僕は七幹部“怠惰”。メモリを作る科学者で、3年前、罪のない民間人を惨殺した。これが本当の僕だ」

 

 

 

ファングはアラシの胸ぐらを掴み、片手でアラシを持ち上げる。

そして、体に生える複数の牙を伸ばし、アラシへと向ける。

 

 

 

「アラシ君!!」

 

 

 

μ’sの9人が、ファングを止めようと駆け出す。

しかし、間に合わない。

 

 

 

「言いたいことは終わった?じゃあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いや、長かった。ただいま読者の方々の感想を代弁しております。
脳内プロットじゃもっと短いはずだったのに、色々してたらこんな感じに…

さて、今回の永斗。これが絶望です。絶望にはもっと別の意味もあるんですけどね…
次回はアラシはどうなるのか!そして、次回はいつ投稿できるのか!(オイ)

今年は高3ですが、こっちも頑張っていきたいと思っております!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第33話 怠惰なるF/剣ノ雨、最終戦争

割れるゥ!食われるゥ!砕け散るゥッ!!
クロコダイル・イン・ロォォォグッ!オォォォゥラァッ!!

クロコダイルクラックボトル楽しくないですか?(唐突)
どうも146です。

さてまずは、UA20000ありがとうございます!
いや、実を言うとこれ書いてる時点で19996なんですけど、まぁニアピンということで。

ホントに更新速度落ちていく中、少しづつだけど伸びていって、お気に入り登録してくださった98名の方々、評価を下さった17名の方々、その他、読んでくださった皆様!
ありがとうございます!!これからも、ラブダブル!をよろしくお願いします!

今回は、前回の続きです。←そりゃそうだ
ファング・ドーパントになった永斗、そしてアラシの命運は…!
少し短めです。どうぞ!



 

 

視界が赤く染まり、足元に無数の骸が、己が摘んだ命が転がる。

 

誰かが言った。「夢はかなう」と。

だが、そんな言葉はまやかしだ。

 

欲しいものは、手を伸ばせば蝋燭の炎のように容易く消える。

 

世界が僕を拒絶する限り、愛することも、愛されることも許されない。

 

夢を見たばかりに、全てを失った。

いや、最初から手に入ってすらいなかったのかもしれない。

 

世界は僕に未来をくれなかった。夢を見ることが罪だと言った。

 

世界は僕に絶望しか与えない。

 

それなら、僕が世界に絶望を与えよう。

誰かがそう囁く。

 

終わりが見えない闇を進むしかないのなら。

背負いきれない罪を背負うしかないのなら。

 

 

いつしか叫びは笑い声に変わり、憎しみの連鎖は加速する。

 

 

誰か教えてくれ________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(お前)は誰だ

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

「死ね」

 

 

 

午前零時。絶望と共に降り立った、ファング・ドーパント。

その正体は、七幹部“怠惰”の記憶を取り戻した、永斗だった。

 

ファングはアラシの首を掴み、片手で持ち上げ、背中から伸ばす数本の牙を向ける。

 

アラシの言葉は届かない。

本当に永斗なのか?たしかに、記憶はあり、アラシの目の前で、永斗の姿から変身した。

 

だが、理屈ではない。何の根拠もないが、

アラシには、目の前の怪物が永斗だと、どうしても思えなかった。

 

 

そんな疑心は関係なく、ファングの牙は無情にもアラシに向けられたまま。

ファングは殺意もなく、道端の虫を踏み潰すかのように…

 

 

 

 

 

その刹那。ファングとは対照的に、背中を突き刺すような殺意を感じた。

アラシが目を開けると、向けられていた牙は、鮮やかな断面を見せ、斬り落されていた。

 

カオスを圧倒した、異次元ともいえるファングの強さ。

だが、アラシはその強さを見たときに、不思議と既視感を感じていた。

前にも一度だけ、あれに比肩しうる強さを目の当たりにしたことがある。

 

 

 

「我流剣 二ノ技…皇牙(こうが)

 

 

 

ファングの胴体に、一閃の斬撃が炸裂する。

その反動で、ファングはアラシを手放し、数メートル先まで吹っ飛ばされた。

 

アラシはその攻撃の主の方を向く。

やはりだ。この殺気、何よりあの技。

 

 

「ファースト…!」

 

 

剣士の姿をしたドーパント。右腕から手首にかけてはオリジンメモリの適合者である証の、生体コネクタ。

 

憤怒のエージェントNo1。コードネーム“ファースト”こと、スラッシュ・ドーパント。

 

 

 

「ラピッドから話は聞いた。ダブルとは貴様か。そして、アレがその片割れだな」

 

 

アラシはスラッシュの言葉に少し違和感を覚えるが、よく考えれば変身前で会うのは初めてだ。

スラッシュの姿を見て、カオスを拘束していたナーブも近寄って来る。

 

 

「遅いっスよ坊ちゃん」

 

「坊ちゃんは止めろと言っている。

それより、今はヤツの対処だ。援護しろ岸戸」

 

「そっちこそ岸戸は止めて欲しいっス。今のジブンはハイドっスよ」

 

 

そんなやり取りの中、吹き飛ばされたファングは何事もなかったかのように立ち上がり、今度は殺意をむき出しにしてスラッシュに対峙する。

 

 

「虫が…僕に何をした…!?」

 

 

ファングの肩から腕にかけての、両腕3本ずつの牙が分離。

それぞれが意志を持っているように浮遊し、動き回る。

 

ファングがスラッシュに腕を向けると、浮遊していた牙は一斉にスラッシュに襲い掛かる。

 

 

「僕の前から…消え失せろ!」

 

 

飛び掛かる牙は、瞬く間に目に見えない程加速する。

だが、スラッシュは鋭い感覚でそれらの軌道を捉え、刀で叩き落とす。

 

しかし、その威力は凄まじく、牙の連撃を受けた刀は粉々に砕けてしまった。

 

スラッシュは怯むことなく、手元に新しい日本刀を生成。

そして、もう片方の手にも別の刀を生成した。

 

 

「天下五剣 大典太光世。同じく童子切安綱」

 

 

スラッシュは二本の刀を構え、ファングは再生した肩の牙を、再びスラッシュに向ける。

飛び掛かる牙を今度は完膚なきまでに粉砕。

ファングは両腕から、刃のような牙を伸ばし、スラッシュを迎え撃つ。

 

 

「レベル2!」

 

 

瞬間、スラッシュの体が紫の炎に包まれ、半身が鬼のような姿に。

刀に炎を纏わせ、ファングに斬りかかる。

 

激しい攻防が始まった。

 

空間には刃がぶつかり合う金属音だけが鳴り響き、2人の姿は目で追えない程激しい。

ファングの脇腹辺りから伸びた触手状の牙が、しなる鞭のように空間を切り裂く。

その衝撃波で建物の柱が一刀両断。だが、スラッシュはその攻撃を無駄のない動きでかわし、間合いを詰め、反撃に転じる。

 

ファングは更に全身から牙を伸ばし、スラッシュに斬りかかった。

圧倒的手数。スラッシュも全ては捌ききれず、軽いとは言い難いダメージを負ってしまう。

 

それを転機に、今度はファングの反撃が始まった。

 

腕の牙の剣撃、全身から伸びる触手状の牙、肩から分離した牙は遠距離攻撃を可能とする。

異なる3つの攻撃がスラッシュを追い詰める。

 

そして、ファングは飛び上がり、大きく体をひねらせ、脇腹から伸びる牙をスラッシュに叩きつけるように攻撃。

童子切安綱で防ぐスラッシュ。ファングの攻撃の切れ味で、足元のコンクリートの床がスッパリ切込みが入る。少しでも力を弱めれば、スラッシュの体は豆腐のように切断されてしまうだろう。

 

 

ファングの攻撃を弾き、一端距離をとるスラッシュ。

ファングは一気に間合いを詰めようとするが、

 

足元から伸びてきた糸の束のようなものが、ファングの足の動きを封じた。

それは紛れもない、ナーブの神経線維だ。

 

 

「能力が効かないなら、物理的に捕まえるだけっス。

技はラピッドのパクリっスけど」

 

 

ファングは一瞬で足の拘束を引きちぎる。

だが、その一瞬は、強者同士の戦いで命取りとなる。

 

その一瞬の間。スラッシュは両手の刀を構え、精神を研ぎ澄ます。

 

 

「我流剣 七ノ技…」

 

 

スラッシュの姿が消えた。

次の一瞬にはファングの死角に。

 

そして、二本の刀は竜巻を描くように、ファングを乱撃の渦に封じ込める!

 

 

「二刀流 蝉時雨(せみしぐれ)!」

 

 

ファングに無数の剣撃が炸裂する。

止むことのない剣の雨。鳴り響く斬撃音は、耳を劈く蝉の声のよう。

 

 

「ぐあぁぁぁっ!!」

 

 

今までとは確実に違う反応。効いている。

しかし、ファングの連撃で、強度の限界に達していた童子切安綱が粉々に。

 

だが、スラッシュの神経はもはや刀と同化していると言ってもいいほど、研ぎ澄まされている。童子切安綱の限界は承知の上。

 

 

「我流剣 四ノ技…」

 

 

連撃の最中、自然な動きで、その構えを突きのものへと転じる。

そして、残された大典太光世をファングへと突き出す!

 

 

壊龍(かいりゅう)!」

 

 

繰り出された刺突は、地上に災いをもたらす龍の如く。

万物を破壊する龍の咆哮が、ファングを破滅の激流に誘う。

 

凄まじいエネルギーがぶつかり合い、生じた衝撃波が建物のガラスを木っ端微塵に。

 

が、しかし…

 

 

 

「何を勘違いしている」

 

 

 

その一撃は、整体コネクタが刻まれたファングの右掌に、完全に受け止められた。

スラッシュの渾身の一撃は、ファングに傷一つ負わせることさえ叶わない。

 

 

「物語の登場人物は、創造主である作者には絶対に逆らえない。

それと同じだよ。君たちがどう足掻こうが僕には……」

 

 

 

掌に受け止められた大典太光世は、剣先から崩れ始め、数秒後には鉄屑となって朽ち果てる。

剣士にとって刀は命。能力で刀を無限に生成できるとしても、切り札である天下五剣を破壊されたことは、圧倒的な実力差を意味する。

 

 

「勝てないんだよ」

 

 

それ即ち、スラッシュの完敗。

それと同時、スラッシュに無数の斬撃が襲いかかる。この一瞬で叩き込まれた斬撃は、誰の意識にも留まらないほど疾く、鋭い。

 

無力な呻き声。スラッシュは膝をつき、レベル2が解除される。

 

 

「一矢報いたと思った?残念。所詮は僕の手の上に過ぎない」

 

 

その時の空気は、誰からでもわかるほど沈んでいた。

 

どんな気分だろうか。絶望を目の前にして打つ手が無いと思われた時、そこに現れた一寸の希望。

それが敵だろうが、誰だろうが、皆がその光に目を向け、手を伸ばし、奇跡を期待する。

 

だが、その希望がいとも容易く摘まれた時…

そこに光は戻ることがあるのだろうか。

 

 

「絶望とは実に多彩だ。積み上げたものが壊れた時、光を奪われた時…

例えば、目の前で命が潰えた時。たかが70億分の1が消えるだけで人は容易く絶望する。

あぁ、そうだ。3年前は本当に壮観だったよ。虫の命を摘んでいけば、瞬く間に絶望の波が広がっていく……」

 

 

その言葉で、倒れていたアサルトの記憶がフラッシュバックする。

3年前、恐怖というには生ぬるい、あの時の記憶。

 

門下生の仲間、友が謂れもなく殺された。

 

拳法の師範だった父は、自分を庇って死んだ。

 

白い牙はあの日、全てを一瞬にして蹂躙し、富士宮 太陽を復讐の鬼、アサルトに変えた。

組織に入って、あの日姿を消した怠惰という幹部の存在を知り、調べていくうちに確信へと変わった。

3年間で若くしてシルバーメモリを手に入れ、憤怒のNo2まで上り詰めた。

 

全ては家族と仲間を殺された怒りの下に。

 

ファングはその時の記憶を、まるで思い出話のように語る。

そして、なんの悪意も感じさせることなく、笑って言う。

 

 

 

 

「最高だったね」

 

 

 

その笑いは、聞いた者に悪寒を感じさせる。

その場にいた全員が確信した。

 

目の前の怪物を語るのに、死神や悪魔なんていう言葉は必要無い。

 

目の前にいるのは、「絶望」そのものだ。

 

 

 

「ざ…っけんな…!」

 

 

 

振り絞るようにして出てきた声。それは、アサルトのものではない。

拳を握り固め、怒りをその目に宿したアラシの声だ。

 

 

「命を…人の命を…なんだと思ってやがる!」

 

 

勝ち目は無い。行ったら死ぬ。

だが、アラシは怒りを抑えられない。

この化け物が相棒の名を語っていることが、どうしても許せない。

 

しかし、そこで満身創痍のスラッシュが、アラシを止めるように右手を伸ばす。

 

 

「待て。貴様は怒りに呑まれるべきじゃない」

 

 

その姿は、絶望なんかしていない。

ただ、目の前の敵を。勝機だけを見据えていた。

 

 

「怠惰。貴様は今まで、そうやって人間を見下し、人々に絶望を与えてきたんだな

だが、その程度の絶望…今更、取るに足らない」

 

 

さっきの攻撃を受け止めた、ファングの右掌。ファングが仕掛けたのは、斬撃だけにあらず。

 

 

「これは…!」

 

 

ファングの掌が紫の炎に覆われ、一気に燃え上がる。

そして、炎は生体コネクタに吸い込まれ、ファングの体を蝕む。

 

 

「絶望し、闇に呑まれるのは…貴様だ」

 

 

スラッシュが周りに、3本の大剣を生成する。

エクスキューショナーズソードと呼ばれる、斬首用の大剣。それをファングに向けて放つ。

 

普通なら牙で一瞬にして弾かれてしまうだろう。しかし、何か様子がおかしい。

 

ファングは防御することもなく直撃。

連続する3発の打撃に近い斬撃が、ファングを吹き飛ばした。

 

 

「この力…“S”…!」

 

 

吹き飛ばされる勢いは止まらず、そのまま壁を突き破って、ファングは外へ。

 

 

「今だ!ビジョン!」

 

 

スラッシュの声に、上空に浮遊している白いピラミッド状の物体が反応。

ただ、その物体には赤い一つ目が備わっている。形こそ変わっているが、これはドーパントに他ならない。

ビジョンが“空間の記憶”を内包する“ゾーンメモリ”を使用して変身した、ゾーン・ドーパントである。

 

ゾーンの能力は、一言で表すと「空間転移」。

空間平面上に将棋盤のようなマス目を出現させ、マス目とマス目を空間ごと転移させる。

 

ゾーンは扱いが極めて難しいメモリであり、強力なメモリでもある。

このドーパントがいれば、多対多の戦闘で戦況は一気にひっくり返る。味方も敵も場所交換自由自在。ただ、基本的には目に見える場所しか転移できない。今回の作戦でビル内を転移させられなかったのもこのためだ。

 

今、ゾーンはかなり高い場所にいる。マス目の範囲はおよそ10㎞×10㎞。

 

ここまでゾーンメモリを扱えるのは、ビジョンしかいない。

 

 

「了解。転移します」

 

 

視力を強化し、建物から飛び出たファングを確認。

可能な限り遠く、市街地から離れた場所まで、ファングを転移させた。

 

その瞬間、アラシやスラッシュの目の前からファングの姿が一瞬にして消える。

 

ナーブは気が抜けたようにその場に座り込むが、スラッシュやゼロは警戒を緩めない。

とはいえど、切り抜けたと言ってもいいだろう。

 

 

「流石っスね坊ちゃん。あの化け物を倒すなんて」

 

「倒してはない。オリジンメモリの力はオリジンメモリを抑制できる。その上、“S”は“F”よりも序列が上だ。向こう一週間は奴を大幅に弱体化できるが…」

 

 

そこまで言うと、スラッシュの体から力が抜け、倒れこむ。

ゼロは倒れるスラッシュを受け止め座らせ、壁に寄りかからせる。

 

 

「やはりオリジンメモリ…強さの底が知れない。今度は……!」

 

「憤るな。奴は一週間以内に残りのエージェント総出で叩く。お前はしばらく待機だ。

ハイド。今回の戦いで戦線離脱しそうな奴を教えろ」

 

「人使い荒いっスよゼロ。えっと…まずラピッドとルーズレスはメモリの支給はまだ。今回でタクトが重傷、ジャミングは…まぁ大丈夫っス。ただ、屋上に向かった下位メンバーの多くがメモリを破壊されてて、リキッドとソリッドも、リッパーと騎士のライダーの戦いに巻き込まれてやられたって報告があったっス」

 

「リッパーは」

 

「依然、戦闘中っス」

 

「そうか。後は…」

 

 

ゼロはそう言って、倒れているアサルトを一瞥する。

冷たい視線のまま、ゼロはアサルトから目を離し、通信機に声を掛ける。

 

 

「ビジョン。一斉転移、一時撤…」

 

 

ゼロに掴みかかった腕が、その言葉を遮る。

それは、怒りを露わにしたアラシの腕だった。

 

 

「テメェら…!永斗に何をした!!」

 

「待って!アラシ君!」

 

 

今にも殴り掛かりそうな勢いのアラシを、今まで動くことができなかった穂乃果が止める。

 

 

「この人は何もしてないよ!この人が来る前には、永斗君は…」

 

 

μ’sの9人は見た。あの時の永斗の目。光は無く、背筋が凍るような冷徹な目。

サボり魔で、めんどくさがり屋で、それでも根は真面目で仲間思いな永斗とは、とても思えない。

いや、もはや人間のものとは思えない、あの眼差しを。

 

それに、銃で撃たれた腕が数秒で治っていた。

どう考えたって、アレは異常だ。

 

穂乃果の言葉が、少しだけアラシを落ち着かせる。

それを見たゼロは、小さくため息を吐き、アラシに言った。

 

 

「その通りだ。俺は何もしていない。

強いて言うなら、引き金を引いたのはウチのアサルトだ。それでも、アレは元々アレだった」

 

「何?」

 

 

“アレは元々アレだった”?確かに、永斗は記憶喪失だ。つまり、記憶を失う前はファング・ドーパントだったという事か…?そして、あの人格。あれが本来の永斗…?

 

考えてみれば、アラシも永斗の事は知らないことが多すぎる。

 

 

「教えろ…お前らが知っていることを全部!」

 

 

アラシはゼロの胸ぐらを掴み、鬼気迫るものを感じさせる言葉。

だが、ゼロは動じず、ただうんざりしたような表情を浮かべる。

 

 

「立場もわきまえず物を言う、その傍若無人な態度。血が繋がってないというのに本当に似ているな。それに、躊躇いもなく戦場で立ち回る恐れ知らずどもか。アイツの教え子らしい。…心底嫌気がさす」

 

「…?なんの話をしている」

 

「お前たちが嫌いだと言っている。

お前は言ったな、奴の事について教えろと。だが、知ったところでどうするつもりだ?」

 

 

その言葉に対して、アラシに迷いはない。

 

 

「決まってんだろ!永斗を救う。その為にはアイツを知る必要がある」

 

「変身能力も無いのにか?知ったところでお前にできることは無い。単身挑んでファングに殺されるのがオチだ。そうなれば、適合者が死んで困るのは我々だ」

 

 

ゼロは掴みかかっているアラシの腕を振り払い、今度はアラシに掴みかかる。

 

 

「禁断の果実を口にしたアダムとイブ。禁断の箱を開けたパンドラ。太陽を目指して翼を得たイカロス。人類が身の丈に合わないものを望むのは神話が証明している。だが、その結果どうなった?

人間は悪の知恵を得て、地上には厄災が降り注ぎ、太陽を求めたものは太陽に翼を焼かれた。手に入れたものに対して、失ったものはあまりに大きすぎる。お前がしようとしているのは、そういう事だ」

 

 

その瞬間、ゼロの姿が。いや、その場にいる全ての者の姿が薄れていく。

勿論、アラシも含めて。

 

ゾーンの奥の手。“強制転送”。

ゾーンは目に見えてる平面上しか自在に移動させることはできない。だが、視野に入っている空間の範囲を指定することによって、立体であっても、その空間内の生体反応だけを転移させることができる。

ただし、転移先はゾーンの視界の中の場所にランダム。その上、空間内の生体反応は例外なく転移されてしまうため、これも作戦では使えなかった奥の手だ。

 

ゾーンメモリの使い手であるビジョンでさえも、転移先を危険のない場所に絞るのが限界。それでも、緊急脱出用にはうってつけの能力である。

 

 

自分の姿が薄くなっていく中、スラッシュは変身を維持したまま、

ナイフくらいの小型の剣を生成し、アラシに放つ。

 

アラシは反射的に人差し指と中指で、その剣の刃を止める。

 

 

「餞別だ。貴様がそれでも真実を追うと言うのなら…」

 

 

ナーブ、アサルト、ゼロ、そして穂乃果たちの姿が消える。

他の場所でも、気絶していたブロードキャスト、炎から抜け出したサケ、重傷を負ったタクト。

屋上で交戦していたエデンとキル、倒された多数の下位エージェントとリキッド、ソリッドが転送された。

 

偶然にも、最後に残ったのはアラシとスラッシュ。

スラッシュは深手を負いながらも立ち上がり、手元に日本刀を生成。それをアラシに向ける。

 

 

 

「武運を祈る。我が好敵手よ」

 

 

それは強者から向けられた、激励の言葉。

敵でありながらも、その言葉に偽りはなく、そして…

 

アラシはその一連の流れに、どこか既視感を覚えていた。

 

 

 

「待ってくれ…お前は…!」

 

 

 

次の瞬間。2人の姿は消え、建物内のすべての人間の転送が完了。

 

憤怒VSμ’s。組織と11人の少年少女の戦いは、一端幕を下ろした。

絶望の中に、一寸の希望を残して…

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

目が覚めると、そこはさっきまでとは全く違う景色だった。

手をついた地面が冷たい。そして、湿っている。そして草の匂い。

 

敵のドーパントの能力で飛ばされたのは分かった。

ここは山か?だが、街灯がある。日付が変わったばかりだと言うのに、人通りも多い。

都内の自然公園だ。

 

スパイダーショックで現在地を確認する。

 

 

「事務所から…結構離れてんな」

 

 

とりあえず、帰ることが先決だ。

俺は手に力を入れ、立ち上がろうと…

 

 

するが、何か力が入らない。

 

相棒を失った。それを思い出すと、体から力が抜けていく。

3年間だが、ずっと肩を並べ、支え合って来た。

俺が悩んでた時は、アイツが声を掛けてくれた、手を伸ばしてくれた。

 

 

「だったら…止まってる暇なんてねぇだろ…!」

 

 

無理にでも力を入れ、立ち上がる。

さっきスラッシュに渡された短剣は、とりあえずポケットに。こんなもん持って歩いてたら通報される。

 

事務所までの長い道のり。歩きながら考えろ。足と思考を止めるな。

 

 

あの時のアイツは、永斗じゃなかった。少なくとも、俺の知っている永斗では。

確かに、俺は何も知らない。永斗との出会いも、空助が永斗を連れてきたのがきっかけだ。

 

考えてみると謎が多い。地球の本棚、あの頭脳…そして、ゼロとかいう男は永斗を知っていた。

そもそも、何故、今回は永斗が攫われた?

考えられるのは、永斗が元々組織にいたということ。それがどういうわけか、記憶を失っていた。

ファングは、3年前の惨殺事件の犯人は自分、即ち永斗だと言った。

その行動に至ったきっかけは?永斗は元々どんな奴だ?どんな境遇だ?

 

どうすれば…永斗を取り戻せる…?

 

 

アイツが何者なのかは知らない。だから、知らなければならない。

さっきの永斗が本物だとしても…

 

俺達の知ってる、ニートで、怠け者で、適当なお前は…嘘じゃなかっただろ…?

 

 

増え続ける謎に向き合いながら、足を進めること数時間。

徐々に夜空も明りがさし始める。

 

たどり着いた。俺たちの事務所に。

いつ見てもボロボロで、それでも安心できる、切風探偵事務所に。

 

 

思ったより時間がかかっているが、あっという間に感じた。

他の奴らは帰れているだろうか。組織からしても、オリジンメモリの適合者は守りたいはず。危険な目には合わせないはずだが。

 

 

「なんか…すっげぇ久しぶりに感じるな」

 

 

つい10時間前くらいのはずなのに、不思議な感覚だ。

いつも通りきしむドアノブに手をかけ、扉を開ける。

 

思わず「ただいま」と口に出してしまう。

 

いつもなら、ずっと部屋にこもっている永斗がいた。

永斗が来る前は、奥で空助がいつも何かを作ったりしていた。

 

空助が手を伸ばしてくれたあの日から、俺の隣には、俺が帰る場所には、誰かが居てくれた。

 

 

いや、違うな。今だっているじゃないか。

 

昔とは違い、今の俺には友達がいる。μ’sのアイツらがいる。

今回の作戦だって、アイツら抜きでは成しえなかった。アイツらだって、俺の隣を本気で走ってくれる、大事な相棒だ。

 

俺はいつだって、誰かと一緒じゃないと何もできなかった。

だが、それを恥じるつもりはない。仲間がいるということは、それだけで誇りだ。

 

永斗だって、失ったわけじゃない。

俺達はいつだって2人で1人の探偵で、仮面ライダー。

だから俺は…お前を知りたい。交わすべきは対話なんだ。お前が悩んでるなら、俺が手を伸べてやる。お前が苦しむなら、俺が救い出してやる。お前が歪んでしまったなら、俺がぶん殴ってでも正す。

 

お前が誰でも、お前は俺の相棒だ。

 

 

だが、俺に何ができる…?

 

 

 

 

その時、中に入って辺りを見回していた俺は、あることに気づいた。

棚の上にある金庫のような箱。空助が遺していった、謎の箱だ。

 

空助はこれを、「パンドラの箱」と呼んでいた。

 

 

『禁断の箱を開けたパンドラ…』

 

 

あの時、ゼロはそう言っていた。かすかな可能性にすがるように、俺はその箱に手を伸ばす。

実は最近、この箱を開けようと試みたことがある。

 

コーヌス事件の活動記録にも残したように、今となってはオリジンメモリの出現だったあの現象を、空助なら何か知っていたのではないかと踏み、空助の遺産であるこの箱を開けようとしたのだ。記録の“当て”というのはこれの事だ。

 

しかし、その時は鍵が締まっており、全く開く様子が無かった。

何せ、鍵穴もなければ、番号入力ボタンも、それらしい仕掛けも全くない。開けさせる気が無いとしか考えられないような箱だった。

 

しかし、今回は、箱に唯一付いていたランプが赤から緑に変わっている。

蓋を持ち、手に力を入れると、パカッという音と共に、箱が空いた。

 

 

「手に入れたものに対して、失ったものはあまりにも大きい…」

 

 

俺はゼロの言葉を、思わず口ずさんでいた。

失ったものが大きい?それがどうした。行き止まりよりは何倍もマシと言うものだ。

 

一瞬で覚悟を決め、俺は箱を開ける。

 

その中には、紙を束ねた本のようなものが入っていた。

 

試しにパラパラとめくってみる。

 

 

「これは……」

 

 

 

 

分からん。

 

 

なんだこれ!?日本語か?何やら小難しい単語の羅列が続いており、紙にビッシリと文字が敷き詰められている。しばらくページをめくると、今度は図が出てきた。これも専門用語のオンパレード。その上、絵が下手過ぎて何書いてるのかさっぱり分からん。

 

間違いなく空助が書いたものだ。

アイツは昔から、自分基準で物を考えるのが悪い癖だ。何にしても人に合わせるという事を全くしない!

 

これを俺に読ませようとしてたとするなら、本気で腹が立つ。学校すら行ってない奴に読めるわけねぇだろ。解読するのに何年かかるんだ。

 

 

…とはいえ、空助の事だ。なにか考えがあるに違いない。

しばらく見ると、後半の図のページは段々なんとなく分かってきた。これは設計図だ。

俺だって長年、空助の絵は見慣れてる。これは…ダブルドライバーに似ているが、スロットが一個しかない。

よく見れば、表紙にクッソ汚い字で書いてある。

 

 

“Lost Driver”

 

 

今になってこの箱が空いた。これは偶然ではないはずだ。

きっと、永斗の記憶が戻ったタイミングで、この箱が空くようになっていた。

 

このドライバーは、見ただけだと、メモリ一本で変身するための装置。永斗がいないときの保険のようにも見える。だが、それだけではないはずだ。

 

つまり、このロストドライバーが、この状況を打開する鍵……

 

 

これを解読は多分無理だ。これを解読出来て、なおかつ作ることができる技術者に会うのが手っ取り早い。

それも、スラッシュが言っていたタイムリミット。一週間以内に。

 

 

「ん?スラッシュと言えば…」

 

 

なんとなく、しまっていた短剣を取り出す。さっきの言葉、“餞別”の意味がどうにも気になる。

するとどうだ。さっきは気付かなかったが、短剣の刃に、模様で文字が入っている。

 

“地球の扉”と。

 

さらにもう一つ気付いた。

設計図を取った後、箱の底にもう一枚、紙が張り付いている。

これも空助直筆の、醜い極まりない地図だ。住所まで書いてある。これは、ここに行けと言う空助の遺言。

 

 

ラッキーか必然か、こんなにも一気に手がかりが手に入った。

 

残り一週間。ファングが復活する前に永斗の過去を知る。永斗に向き合う方法を見つける。

俺にできるのはそれだけ、いや、それが全てだ。

 

 

俺は適当に身支度をし、念のため、緊急時の貯金箱を開ける。

…前見たときより随分減っている気がするが、取り合えずそれを財布の中に入れた。

 

そして最後に、凛が全員に作ったフェルトの人形。俺の分までずいぶんと丁寧に作ってある。

あとは、永斗が凛から貰ったっていう、ヘアピンを鞄に入れる。

永斗のやつ、嬉しいくせに、照れ臭いのか事務所に置きっぱなしにしていた。アイツが戻るまで、これは俺が責任を持って預かっておく。

 

 

荷物をまとめ終わり、俺は外に出て、扉を閉める。

そして、扉に「休業日」の手書きの張り紙を張り付けた。

 

この事務所は、俺一人には広すぎる。

 

 

 

「今度帰るときは、永斗と一緒だ」

 

 

 

まず、この住所に行く。多分、そこにドライバーを作る技師がいるはずだ。

その後は、この“地球の扉”の意味を探しに行く。他の計画は…その時に考える。

一週間でやることは山ほどある。

 

 

「…よし」

 

 

顔を叩き、貫徹明けの頭を引き締める。

そして、ハードボイルダーにまたがり、メットをかぶる。

 

キーを回す。決意を改めて心に浮かばせる。やってやるさ、相棒と向き合うためなら。

早朝、俺は目的地に向け、エンジンをかけた。

 

 

 

______________________________

 

 

 

同刻。

 

 

ゾーンによって転移させられたファング・ドーパント。

スラッシュの力で、その力が抑えられているため、変身を解除し、永斗の姿になっていた。

 

まじまじと自分の掌を眺めるファング。そこには消えない生体コネクタが刻まれていた。

 

 

「ずいぶんと力が奪われている。でも…この程度の拘束、さっきまでと比べれば生温いね」

 

 

封印の強さ、力の感覚から出された結論。それは“5日”だった。

一週間どころか、5日あれば、力は完全に元に戻る。

 

 

「5日か…まぁ、ゆっくり待とうじゃないか。

5日も3年も、退屈な時間に比べれば、瞬きするほどに短すぎる」

 

 

朝日がさす。

 

光に包まれた絶望は、太陽を嘲るように、口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 




今回でFの話は終わりです。あ、アルファベットがってことです。“F編”はまだ続きますよ。何言ってるかわかんないかもしれませんが、ちゃんと意味があるんで。

一人で永斗を取り戻す戦いに出たアラシ。そして、記憶が戻った永斗は…
残されたμ’sは何を思うのか?その辺、頑張って書きたいと思います。

何気にスラッシュ・ドーパントが久しぶりの登場。地味にサブタイでネタバレするという。
彼はこっから活躍させていくんで、他の幹部共々、応援よろしくお願いします。

次回、“Eという少年”。

今回はもう一本あるので、そちらもどうぞ!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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Lost memory of EITO episode1~怠惰~

初の2本同時更新でございます!
この話は、永斗の過去編第一話。このシリーズを通して、永斗の秘密を解き明かしていきたいと思います。

一つだけ注意を。
ただでさえラブライブ要素が少ない作品でございますが、このシリーズではそれがゼロになります!もうクロスオーバー作品としていいのか!?

あと、同時更新されたもう一本を読んでいない方は、そっちの方を先に読んだ方がよかったり、そうでもなかったり…


目が覚める。僕は白い部屋にいた。

目が覚めたという表現は正しいのだろうか。夢の中にいるような気もするし、なんだか頭がフワフワしている。

 

最後の記憶は、地球の本棚。“僕の本”から出てきた獣が、僕を飲み込んだ。

 

アラシや皆は脱出に成功したのだろうか。僕の体はどうなっているのだろうか。

そもそも、今の状況もこの場所も、何一つ分からない。

 

でも、何故かは分からないが…この場所にいて、いい気分はしない。

 

 

 

「やぁ、目が覚めたかい?」

 

 

 

何もない場所から声がする。

瞬きをすると、そこの人の姿が現れた。

 

僕だ。目の前に現れたのは、僕だった。

 

何を言っているのか自分でもわからないが、本当に僕が目の前にいる。

 

 

「ここは何処?どうやったら出れる?」

 

「冷静だね。もっと驚いたりしないんだ」

 

「普段から超常的なもの扱ってるからね」

 

 

確かに驚きはするが、パニックになっては意味がない。

目の前にいる自分は置いておいて、まずはココから出ないと。覚えてる限りでは、変身してナーブと交戦中だったはずだ。

 

ていうか、同じ声だと誰がしゃべってるのか自分でも分からなくなるんだけど。

 

 

「ここは、そうだな…“監獄”とでも言おうか。

君はココから出られない。償いきれない罪を、永遠にココで背負い続ける」

 

 

何を言っているのかさっぱり分からない。

すると、見透かしたように目の前の僕は続ける。

 

 

「わけがわからないような顔をしているね。もしかして、忘れたのかな?

思い出してごらん。君の意識じゃなくて、体が、ココに来る前に何を聞いたのか」

 

 

体?確か、僕の体は凛ちゃんと一緒にいて…

 

 

その時、僕の頭に声がフラシュバックした。

声の主はカオス・ドーパント。アサルトとかいうエージェントだ。

 

 

「思い出した………僕は……」

 

「そう。君は……」

 

 

 

 

 

 

「「怠惰」」

 

 

 

 

そうだ。アサルトは、僕をこう呼んでいた。“怠惰”と。

七幹部と言う言葉と、朱月の二つ名である“傲慢”。そこから推測するに。七幹部とは、キリスト教の“七つの大罪”を冠している。そして、“怠惰”はその一つ。つまり…

 

 

「君は組織の最高幹部の一人。七幹部の“怠惰”」

 

 

信じ難い事実だ。でも、不思議と驚きはしなかった。

僕が組織の人間であったということ、それは違和感という壁をすり抜け、僕の記憶に抜け落ちたパズルのピースのようにはまった。

 

アサルトはこうも言っていた。

3年前の惨殺事件の犯人も、僕であると。

 

“白い悪夢”。よくそう呼ばれるあの事件は、メモリ犯罪が世に広く知れ渡ったきっかけの事件であり、メモリ犯罪の中でも、最も凄惨な被害をもたらした事件だ。

生存者はごくわずかで、彼らは口々に、白い化け物を見たと証言している。

世に放たれた白い化け物は、災害の如く、一晩で町一つの被害を出したともいわれている。

 

僕はこの事件の日に、くーさんに拾われた。つまり、この事件以前の記憶は、僕にはない。

 

僕が…この事件の犯人……?

 

 

 

「……違う」

 

 

僕は絞り出すように言った。

 

 

「僕は知らない…!そんな証拠…どこにも!…」

 

 

 

その時、見てしまった。

僕の掌に刻まれた、生体コネクタを。

 

生体コネクタは、メモリを起動してなければすぐに消える。今もこうして残っているということは、僕がオリジンメモリを使ったという事。

 

なにより、僕がメモリを使ってドーパントになったという何よりの証拠だ。

 

 

「やっと分かったみたいだね」

 

 

目の前にいる僕は、そう言ってパチンと指を鳴らす。

 

すると、記憶が頭に流れ込んできた。

 

僕はドーパントになって、スラッシュと戦っている。

そして、その姿は…

 

 

“白”

 

 

事件の証言と一致。しかも、僕と適合したのはファング。“牙の記憶”。

被害者はほとんどが、刃物のような物で切られ、刺され、死亡していたという。

 

つまり、本当に…

 

 

 

「違う!例えそうだとしても、それは僕じゃない!!

僕は探偵、士門永斗だ!七幹部でも怠惰でもない!」

 

 

僕があの事件の犯人?そんなわけない!

 

仮にそうでも、それをしたのは記憶を失う前の僕。怠惰だ。“僕”は誰も殺してない!

 

 

そんな僕を見て、目の前にいる僕はクスクスと笑い、その顔を僕に近づけてくる。

 

 

「つくづく面白いね。君という人間は、本当に怠惰だ。

いや、()()()()()()()()()

 

 

その言葉の真意を考える暇も与えず、目の前の僕は、僕の頭に掌を乗せた。

 

その瞬間、意識が繋がったのが分かる。

地球の本棚に近い感覚が、僕の意識を包み込んだ。

 

 

「知るといい。君が犯した罪を………」

 

 

 

___________________

 

 

 

 

時は遡ること3年前。組織の研究施設にて。

地球の記憶を再現し、人間の身体を変異させ、異常進化させる装置。ガイアメモリ。

それを開発、生産するのがここだ。

 

組織が集めた有能な科学者たちが揃い、日夜研究が行われている。

その中でも、ロックが施された一室で、少年は大量の資料に埋もれた状態で目を覚ました。

 

 

「ん…寝てたか。2時間」

 

 

 

士門永斗 12歳。

研究員最年少にして、“地球の本棚”にアクセスし、ガイアメモリを新たに生み出すことができる唯一の存在。

 

最高幹部の一人、“怠惰”である。

 

 

 

 

___________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

時刻は…今何時だろうか。僕にとってはそんなことはどうでもいい。

僕の仕事は、本棚から地球の記憶を引っ張り出し、ガイアメモリにすること。一本だけ作れば、後は他の人が量産してくれる。

 

僕は物心ついたころにはこの仕事をしていた。

 

組織の最高幹部は、“憤怒”、“強欲”、“色欲”、“嫉妬”、“暴食”、“憂鬱”、“傲慢”、そしてこの僕、“怠惰”の8人で構成され、八幹部と呼ばれる。

 

最近は傲慢が、新たに加入した“朱月組”の組長になったという話を聞く。近年、幹部の入れ替わりが激しく、今の八幹部の半数以上が若い世代だ。

 

幹部の称号には条件があるが、その中でも“怠惰”は異質。

代々、怠惰を継承するのは“地球の本棚”にアクセスできる人間。

そして、“地球の本棚”に干渉できるようになる方法はただ一つだけである。

 

“ガイアゲート”。この施設の根幹ともいえる存在で、ここの地下に存在する。

地球の意思の分身であるオリジンメモリが外に出たときに生じたと推測されるもので、組織の技術を持ってそれを維持している。まるで井戸のような風貌で、その奥は地球の意思と直接繋がっているとも言われる。

 

別名“地球の扉”。

 

早い話、そこに落ち、地球の意思と繋がった者が、地球の本棚にアクセスできるようになる。

ただ、ほとんどの確率で、中に落ちた生命は、データとなって地球の意思の一部になる。再びデータが肉体として再構成される確率は、それこそ万に一つだ。

 

“怠惰”の称号を持つものが死ぬと、特殊な教育を受けた組織の施設の子供が、そのガイアゲートに落とされる。そういう風に、組織は“怠惰”を所有し続けている。

 

そして、数多くの子供が犠牲になる中、唯一生還したのが、この僕…らしい。

 

長々と説明したが、要するに僕は組織にとって、メモリを生産する道具。

まぁ、それについて特に思うことは無いが。

 

 

「さて、次は何を作るか…」

 

 

僕は本棚の検索結果をメモした資料に目を通しながら考える。

動物といったメジャーなものは、僕より前の“怠惰”が既に作りきっている。最近のマイブームは、メモリにするにはマイナーなモノ。最近だと、“愛玩動物の記憶(ペット)”や“傘の記憶(アンブレラ)”なんかを作ったが、気分的にもう少しカッコいいものを作りたい。

 

そうだ。“吸血鬼の記憶(ドラキュラ)”なんてどうだろうか。少し前に検索したが、噛みついた敵を隷属化に置き、尚且つ蝙蝠への変身、飛行が可能。強力な代わりに、日光、十字架、にんにく、流れる水等、弱点が多いというのも魅力的だ。何故、いままでなかったのかが不思議なくらいだ。

 

 

「決まりだね。じゃあ、配列はこんな感じかな……」

 

 

テーマが決まり、紙に適当な設計図を書いていく。この時間は嫌いじゃない。

イニシャルを象ったメモリの記号をデザインするのも僕の仕事だ。今回はドラキュラ、Dだから、吸血鬼の牙の生やした口を大文字のDに見立てよう。

 

子供が工作をする感覚で、僕はメモリを作る。

 

ここで作るメモリは、昔から多くを軍事兵器、暗殺道具として、様々な国家に売られている。

この装置は人間という定義を破壊する装置。一本で戦況は一変。強力なメモリなら、都市一つをパンデミックに陥れることも、ジャングルを一瞬で砂漠にすることも、湖を焦土と化すこともできる。

 

近頃の代になり、メモリは徐々に一般販売されているとも聞く。

地球の記憶を体に取り入れ、人ならざる能力を手にする。それが麻薬と同じように、一般社会に広がりつつある。“ドーパント”とはよく言ったものだ。

 

世の人間からすると、メモリは悪魔の道具で、それを作っている僕は悪魔そのものなのだろう。

 

だが、それは全くの見当違いだ。考えても見て欲しい、拳銃を作った人間は、犯罪者ではない。

“死の商人”と揶揄された科学者、アルフレッド・ノーベルも、元々戦争のためにダイナマイトを発明したわけではない。悪いのはそれを悪用する人間だ。

 

僕は生まれた時からメモリを作ることを義務付けられた。逆に言えば、それ以外の生き方は知らない。それなら、僕はいままで通り時間を過ごすだけだ。

 

理由もなく悪魔の道具を生み出し、それから先のことに目を向けない。

それ故の“怠惰”なのだから。

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

「じゃあ、明日までに試作品作っといて」

 

「……はい」

 

 

ドラキュラメモリの設計図を完成させ、担当の者。いわゆる部下に設計図を渡す。

部下といっても、当然、自分の何倍も生きている大人が相手だ。

 

設計図を受け取る手に力が入っており、手にした途端に紙が少し潰れる。

僕は仕事を終えたので、さっさと部屋に戻るとしよう。

 

 

「……」

 

 

少し体に違和感を覚える。若干、体に力が入らない。

すぐにその違和感の正体は分かった。単純に空腹、体のエネルギー切れだ。

 

最後に補給をしたのはいつだっただろうか、そういえば、最近はまとまった睡眠もとっていない気がする。

 

僕の生活は常にこんな感じだ。メモリ開発を常時義務付けられているため、なるべく継続的に作業を行った方がいい。人間、酸素は3分、水は3日、食べ物は3週間補給できなければ死ぬらしい。

逆に言えば、3週間なら何も食べなくてもいいということだ。睡眠だって、3日寝てないぐらいなら死ぬことも無い。

 

部屋に戻る前に、施設の所々にある冷蔵ボックスに立ち寄る。世で言う自動販売機みたいなものだろうか。そこに入っているのは、生活に必要な栄養分が含まれる、パックに入ったゼリー状の物体。手を汚さず、短時間で、簡単に食べることができる、研究者御用達の代物だ。

これは施設内の研究者なら誰でも使える。僕も、エネルギー補給はほとんどこれで済ませている。これさえあれば、研究活動に支障は出ない。

 

冷蔵ボックスを開け、パックを一つ取り、ボックスを閉める。

その時、さっき設計図を渡しに行った部屋から、ガン!という音が聞こえた。

特に驚きはしない、さっきの研究者がゴミ箱でも蹴ったのだろう。

 

ここにいる研究者は優秀な人員が揃っている。博士号を持っていたり、大学を飛び級する者だっているだろう。

 

だが、彼らは全員、僕より劣っている。

 

能力があるということは、努力をすると同時に、周りからもてはやされ、優越感に浸りっぱなしの人生を歩んできたということ。全員、自尊心の塊みたいな人間だ。

努力もせず、気付けば人知を超えた能力を持っていた、自分よりもはるかに優れる人間に指図されるのは、さぞ気分が悪いだろう。しかも、ソイツは自分よりも年下どころか、年で言うと中学一年生の子供だ。

ここで生活をしていれば、至る所で僕に対する愚痴や陰口を聞く。もう慣れた。それに、階級は圧倒的に上とはいえ、子供相手に言いたいことも言わず、才能を妬むだけの愚図の言うことに、聞く耳は持たないようにしている。

 

 

「…退屈だ」

 

 

僕は気付けば、そう口にしていた。

 

思わず、手首に付いた腕輪に目を落とす。

これがある限り、僕は施設の外に出られない。これは僕が覚えている限り、外れたことは無い。

つまり、僕は生まれてから一度も、この施設から出たことは無い。

人間以外の生物はデータで知るのみ。触ったことも無ければ、直接見たことも無い。

 

部屋にこもり、メモリを開発し、年上に指図し、妬まれる。今日起こったことだけで、僕の今までの人生は説明できる。このループをおよそ9年間、時間に直せば、80000時間以上を続け、生きてきた。そこに意味なんてない、運命づけられた職務を繰り返すだけの無為、いや…無意な時間。

 

部屋の前に立ち、腕を伸ばして扉に備え付けられた画面に指を置く。

指紋認証が完了し、扉が開いた。視界に床に散乱した資料が入って来る。

 

さて、次は何を作ろうか。

 

また新たにループが始まる。きっと、僕は一生このまま繰り返す。

とはいっても、今更それに不満は感じない。決まりきった、苦も楽も感情も無い人生も悪くない。

 

 

「それじゃあ、また検索でもするか…」

 

 

地球の本棚の鍵となる、“白い本”を探す僕。常に持ち歩いているが、思い出せば、さっきまで持っていた記憶が無い。さっきの冷蔵ボックスに置き忘れたか。

 

仕方がない。面倒くさいけど、取りに行こう。

 

僕が扉を開けようとした瞬間、勝手に扉が開いた。

と思うと、今度は眼前に資料の山が現れ、僕に激突。資料は飛び散り、ただでさえ紙が積もっていた床に、更に積み重なる。

当然、質量の小さい僕は、その勢いで積もった紙の上に倒れる。

 

 

「いたた…あっ!すいません!」

 

 

聞こえたのは、若い女性の声。

体勢を戻し、目を開けると、白衣姿の…セミショートと言ったっけか?そのくらいの髪の長さの女性が、腰の角度90度でこちらに頭を下げている。

 

 

「今日付けでアシスタントに配属されました!無悪(さかなし)冬海(ふゆみ)です!って…子供!?」

 

 

その女性は顔を上げ、自己紹介をするなり、僕の姿を見て驚いた。

アシスタントは名義上は僕の補佐だが、実際は僕の作業を手伝える人材はおらず、施設内の役立たずが最終的に回されてくる場所になっている。実際、今までも何人もアシスタントがいたが、そのほとんど全てが何もしないまま姿を見せなくなり、研究施設からもいなくなった。多分、クビになったのだろう。

 

今回の彼女だが、僕のことを知らなかったということは、ここに来たのはつい最近なのだろう。

それでここに回されてきたということは…この女性(ひと)はどれだけ無能なのだろうか。

 

容姿は…あまり女性を見たことが無いからよくわからないが、世間でいうスタイルがいいというやつに入るのだろうか、脚はスラっとしていて、顔も容姿端麗な部類に入るだろう。ひとつ言うとすれば、女性とは思えないほど、胸囲が小さいということだけだ。それ以外に興味を示すものは見当たらない。

 

 

「えっ…と…とりあえず、一生懸命頑張りますので、宜しくお願いします!」

 

 

再び腰を90度で曲げ、頭を下げる彼女。

感情豊かで忙しい人だ。怠惰である僕とは対照的に感じる。

 

こんな人が傍にいれば、うるさくて案外退屈がまぎれるかもしれない。

だがきっと、彼女もすぐにいなくなるだろう。結局は僕の人生にはなんの影響も及ぼさない。

 

僕は彼女から目を離し、無視するように扉を出る。

 

これからも僕の人生は変わらない。道具として生まれ、言われるままに生き、そのうち死ぬだろう。

あくびがでるような毎日の先には、何も待っていない。

 

さぁ、再開だ。

 

 

 

無意で怠惰な人生を続けよう。

 

 

 




予定したより短くなりました。
こんな感じで細かく更新していきます。


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第34話 Eという少年/走れ探偵

アサルト イメージCV岡本信彦
憤怒に所属するNo2エージェント。本名は富士宮 太陽(ふじみやたいよう)。
好戦的で高慢な性格。荒々しい口調で、実力は相当だが、協調性は皆無。3年前の事件でファング・ドーパントに家族と仲間を殺されており、それ以来、復讐のためだけに生きてきた。目的のためなら仲間にも躊躇なく手をかける。戦闘スタイルは、生前の父に教わっていた拳法を武器とし、攻撃を受け流す、無駄と隙の無い動きが特徴。使用メモリはシルバーメモリのカオスメモリ。温度を操る能力を持つ。μ’sの永斗奪還作戦の際、ファングに敗北したが……
本名の名前の由来は、仮面ライダーウィザードのフェニックスから。フェニックスは「不死身」であるため、そこから「富士宮」。フェニックスは太陽に飛ばされたことから、「太陽」。

特技:拳法、ギター、戦闘
好きなもの:格闘ゲーム、アイスクリーム(抹茶味)、キムチ
嫌いなもの:生魚、弱い自分

146です。若干スランプです。書きたいこと山ほどあるのに。
今回からキャラ紹介にイメージCVを付けることにしました。知識が浅いので、偏りが凄いと思いますが…

ビルドが面白れぇなぁ…グリスがカッコいい。何あれ、反則じゃない?
さて、ラビットラビットで氷室ーグこと絶縁おじさんのローグを倒せるのか?

新しくお気に入り登録してくださった、
いっちー3586さん メカ好きさん フェアリルーチェさん 黒い阿修羅さん さささささん ズミさん 灯油@まゆPさん ユウタさん

お気に入り登録ありがとうございます!
これでお気に入り登録者数100人を突破しました!本当にありがとうございます!!

今回はほとんど話が進んでない気がします。どうぞ。


 

 

永斗奪還作戦開始、そして、失敗から一日おいた次の日。

まだ人通りが少なく、夏だというのに少し凍える程の早朝。朝日に照らされた神田明神に、階段を駆け上がるテンポのいい足音と、軽快な呼吸音が聞こえる。

 

少し息を乱しながらゴールした一番乗りは、ジャージを着た穂乃果だった。

 

 

「やっぱりいないかぁ…」

 

 

ゾーンの能力で全員が転送され、時間に差こそあったが、全員が無事に家にたどり着くことができた。

しかし、それでも帰ることができた時間には、もう既に朝日が出ていた。無断で夜遅くまで外出していたことになるため、メンバーのほとんどが大目玉を食らったらしい。

特に海未の家は厳しめな家であるため、それはもう凄かったとか…

 

それは穂乃果も例外ではなく、昨日一日は外出禁止になってしまっていた。

そして今日を迎えたのだが…どうも動かずにはいられず、思わずここに来てしまった。

 

あんな激闘を繰り広げたのは昨日や今日の話だ。穂乃果も今思い出すと、とんでもないことをやっていたと実感する。それだけじゃない。あの戦いの末、結局永斗を失ってしまった。

 

 

誰の心にも、深い傷を残しているだろう。

昨日の練習があったのかは知らないが、普通に考えて、誰も来るはずが…

 

 

「穂乃果…?」

 

 

階段から声が聞こえ、咄嗟に穂乃果は振り返る。

そこにいたのは、同じく練習着の海未だった。

 

 

「海未ちゃん!?」

 

「穂乃果に先を越されるとは…少々心外です」

 

 

海未に駆け寄る穂乃果。だが、海未の方は穂乃果がいることを、特に不思議だとは思っていなかったようだった。

 

 

「…もしかして、昨日も練習あったの?私、外出禁止になってて、連絡も…」

 

「私も同じですよ。帰ったら、お母様にそれはもう叱られました。動かずにはいられなかったんですよね?それは、私たちも同じです」

 

「私たち?」

 

 

その言葉で、穂乃果はすぐに感づいた。

それもそうか。今まで、何度も危険な目にあい、何度も仮面ライダーに守られてきた。

今更、これくらいで物怖じするはずがなかった。止まっていられないのは、皆が一緒だ。

 

 

「海未ちゃん…早いよぉ…」

 

「だ…ダレカタスケテ…」

 

「かよちん!?かよちん、大丈夫!?」

 

 

海未の後に続き、ことり、凛、あと、虫の息の状態の花陽が。

 

 

「わ…本当にみんなあつまってるやん…」

 

「ハラショー…私達だけだと思ったのに、流石ね」

 

「ホンットにバカなんじゃないの!あんなことがあってすぐに練習するなんて!」

 

「そういう、貴女が一番早かったじゃない」

 

 

さらに、希、絵里、あと真姫に噛みついているにこと、それをスルーする真姫。

 

 

「みんな…」

 

 

速すぎるμ’sの再集結に、穂乃果は感動すら覚える。

あの作戦時もそうだった。やっぱり、9人揃うとこの上なく心強い。

たった9人なのに、なんだってできる気がしてくる。

 

だが、穂乃果はすぐに違和感を感じた。

誰よりも早く来て、遅れた自分たちを“遅い”と叱りさえしそうな彼が。μ’sのもう一人のメンバーが来ていない。

 

 

「アラシ君は…来てないの?」

 

 

その一言で、他の全員も黙り込む。

9人全員が、既にアラシは来ているものだと思っていた。

しかし、今回の騒動で一番傷ついたのはアラシのはずだ。たった一人の相棒を、目の前で失ってしまったのだから。

 

 

「答えよう、その疑問!」

 

 

その落ち込んだ空気に、空気の読めない声が割って入る。すると、木の陰から、物凄いスピードでダッシュしてくる人物が。

 

 

「この、竜騎士シュバルツがな!!」

 

 

いつも通り腕に包帯を巻き、エデンドライバーを誇らしげにぶら下げ、カッコつけた口調とボロボロの体で決めたポーズが鬱陶しい、平常運転の瞬樹だ。

 

突然のバカの登場に、ポカンとする9人。

そして、すぐに全員が瞬樹から目をそらした。

 

 

「…?どうしたというのだ、竜騎士の華麗なる登場に、驚いて声も出んか?」

 

 

別に、9人に悪気があったわけではないのだ。

瞬樹は作戦開始直後から、最上階の番人と、増援のエージェント達を一人で請け負ってくれていた。その上、強敵のキルこと、リッパーも。唯一の戦力であり、作戦の要であった瞬樹。彼がいなければ、この作戦は数分と持たずに頓挫していただろう。

 

ただ、自分の命を守り、永斗を救うことに必死だった他のメンバー。

しかも、アサルトの乱入、立ちはだかるエージェント、絵里や海未の覚醒、にこの思わぬ才能、仮面ライダーWの復活、永斗の正体、ファングの登場、そして、スラッシュとの激闘など、波乱万丈な展開が続いたのだ。

 

その上、瞬樹は終始最上階で戦っていて、転送時にも一人だけその場にいなかった。

 

もう一度言う。悪気があったわけではないのだ。しかし…

 

 

アラシを含めた10人が、たった今、この瞬間まで…

瞬樹のことを、完全に忘れていた。

 

 

忘れてたなんて絶対に言えない。

μ’sの皆も、しばらく瞬樹と過ごし、性格がわかってきた。いつもは中二全開の痛い奴だが、すぐに素が出る。忘れてたなんて言ったら、絶対に泣く。

 

 

「…?まぁ、いいだろう!俺も昨日は、あの刃物使いとの戦いの傷を癒すため、安静にしていた。そして今日、真っ先に探偵事務所に向かったのだが…」

 

 

瞬樹か取り出し、掲げた一枚の紙。

目をそらしていた9人の目線も、思わず集まる。

 

 

「これが扉に貼ってあった」

 

 

そこに書いてあったのは、“休業日”の張り紙。

今まで、2人とも学校に行っていた時も、事務所が休みになることは無かった。

 

そして、その紙を裏返すと、こんなメッセージが。

 

 

“探し物に行ってくる。お前らは自分たちのやることをしろ!”

 

 

「アラシ君らしいね…」

 

「でも、水臭いじゃない!なんで私たちに言わずに一人で行くのよ!」

 

 

そのメッセージに、一人腹を立てるにこ。

だが、真姫はその言葉の意味をもう一度考え、答えた。

 

 

「違うんじゃない?アラシ先輩がこんなことを書いたってことは、私たちがいない方が好都合だったか、一人じゃないといけない理由があったかだと思うけど」

 

「確かに…遠くに行くならバイクだし、何人もは乗れないわね」

 

 

そう答えるのは絵里だ。

そして、ずっと考え込んでいた穂乃果が、おもむろに口を開いた。

 

 

「それか…私たちにできることをしろ…ってことかも」

 

 

その言葉で、真っ先に反応したのは真姫だった。

しばらく考えると、決意を固めたような顔で、突然駆け出した。

 

 

「ちょ…どこに行くの!?」

 

 

絵里の声が聞こえてないように、真姫は全力疾走でどこかへ走っていく。

絵里は諦めたように、その後を追って走り出し、希もその後に続く。

 

 

「仕方ありませんね…全員で追いかけますよ。遅れた人はペナルティです」

 

「えー!この展開で練習しなくてもー!」

 

「さっきの穂乃果は何処に行ったのですか!?いいから、早くしないと置いて行かれますよ!」

 

「鬼~!」

 

 

文句言いながら海未についていく穂乃果。ことりは苦笑いしながら、にこは「やれやれ」とでも言いたげな顔でついていく。

 

残された花陽、瞬樹も走り出そうとするが…

 

 

「待って」

 

 

そんな2人を、凛が呼び止める。

さっきまでは明るく振舞っていた凛だったが、やっぱり無理をしていたのだろうか。その表情は、どこか思いつめている。

 

 

「みんな、怖くないの?あの時の永斗くんは、永斗くんじゃなかった…もう少しで凛たち、死んじゃうかもしれなかったんだよ!?」

 

 

凛は、一人だけ直接永斗を救けに行き、そこで格が違う敵、No3のハイドに出くわした。その上、μ’sの中では最も永斗と親しかった凛だ。大切な友達が突然豹変したら、心の中の整理がつかないのは当然。

あんな怪物を間近で見て、恐怖を覚えるのも当然だ。

 

花陽は凛のことを昔から知っている。だから、凛のことも人よりわかっているつもりだ。

凛が永斗に好意を抱いていることも、気付いていた。だが、凛はこう見えて昔から、人一倍怖がりだ。

 

きっと、色んな感情が頭の中をかき乱していて、自分でもどうすればいいかわからないのだろう。

 

花陽はそんな凛を諭す様に、言葉をかける。

 

 

「私も怖いよ。でも…私たちが頑張れば、永斗くんが戻ってくれるかもしれない。

凛ちゃんも、永斗くんに戻ってほしいでしょ?だったら…一緒に頑張ろう。怖くても…みんながついてるから…」

 

 

花陽に続き、瞬樹も言葉を続ける。

 

 

「そうだ。直接は見てないが、あれだけの戦いで、お前たちは誰一人として怪我もしてない。つまり、永斗はまだ消えたわけじゃない。俺は友のためなら、どんな覚悟も決める。お前はどうなんだ?」

 

 

2人の言葉に、凛は黙って頷く。

 

 

「じゃあ、早くいかないと…置いていかれちゃう」

 

 

少し笑いながら走り出す花陽に、瞬樹と凛が続く。

だが、凛の顔は曇ったままだ。

 

 

 

 

「やっぱり…凛、ダメだなぁ……」

 

 

 

 

その呟きは2人の耳に入らないまま、

3人は、ひたすらに前列の背中を追い続けた。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

「この辺…のはずなんだけどな…」

 

 

俺はコンビニで買ったアップルパイを頬張りながらつぶやく。

昨日の早朝に出発し、地図に書いてある場所に向かってから、既に24時間以上経っている。

確かに距離はある。示された場所は、宮城の仙台。でも、休憩なしなら4時間弱で行ける距離。何が惑って丸一日費やしたかというと、この地図の汚さだ。

 

図が雑、字が雑、道が雑、交通費も書いてない。とどのつまり、こんなの地図じゃない。

空助の奴、これで到着できるとでも思っていたのだろうか。日本地図広げて旅した方が、まだ望みがあるくらいだ。

 

そして、極めつけのこの一言。「仙人に会え」。地図に書いてあったが、何を意味しているのかさっぱりだ。

 

何度か心が折れかけた。あぁ…仙台来てるんだし牛タン食いたい。でも金もない。見通し甘かったなクソ。

 

何にせよ、やっとのことでたどり着いた…と思う。色々と検証したが、ここで間違いない。

だが、場所が場所だ。ここは結構な山奥。さっき、獲物をくわえて逃げる狐を見た。

こんなところに人がいるとは思えない。そして…

 

目の前には、ボロボロの洋館が。ウチの事務所も大概だが、これはレベルが違う。窓ガラスが割れている…というより、窓ガラスが無い。屋根もかなり剥がれてるし、壁にはめっちゃ植物が根を張っている。人が住める家じゃないだろ、こんなの…

 

というわけで、今ここに入るのをしばらく躊躇っている。

心の中で、ここじゃないようにと全力で願っている。こんなところに住んでいるとしたら、間違いなく普通の奴じゃない。下手すりゃ人間じゃない。トロールかなんかかもしれない。

 

しかし、他にそれらしい場所は見当たらない。

 

 

「……仕方ないか。こんなとこで止まってても、どうにもなんねぇし」

 

 

意を決して、扉の取っ手に手をかける。

なんか変なにおいするのは気にならないが、取っ手に手をかけた瞬間、取っ手が取れたことが更に不安を募らせる。

 

仕方ないので、扉を蹴破って突入。警察ですか俺は。

 

 

ネチョッ

 

 

何か粘着性のある固体の物質を踏み潰してしまったような音。聞きたくなかったそんな音は。

一歩踏み出した瞬間に、俺の足は何かに捕らわれた。

ていうか、本当に動けない。結構力を入れているが、足裏が床から離れる気がしない。動物の糞か何かかと思ったが、これは……

 

 

「この匂いは…接着剤…?

つーか、このままじゃヤバい。おーい!誰かいないのか!?」

 

 

俺の声が屋敷に響くだけで、反応なし。

誰もいない?いや、そんなはずはない。これは明かな罠。誰かがここに出入りしている証拠だ。

そして、中に入ってより強く感じる、人の気配。

 

 

「俺はアンタに会いに来た!アンタが“仙人”か!?」

 

 

……反応なし。やっぱり気のせいk

 

 

「今、なんて言った!?」

 

「ウワァァァァァァッ!!」

 

 

諦めかけたその瞬間、俺の頭上の天井がパカッと開き、そこから少女の顔が!

ビックリした!柄にもなく叫んじまったし。

 

 

「ちょっとちょっと。驚いてないで答えて。

その呼び名を知ってるってことは、もしかしてキミ、空助の知り合い?」

 

「え、あぁ。空助は俺の」

 

「いや、待って。キミの正体を当てるから。

うんうん。分かるよ。キミは…空き巣さん、だね!」

 

「違ぇよ!誰が空き巣に入るか、こんなボロ屋敷!」

 

「あちゃー違ったかー!空助みたいにいかないや」

 

 

何だこの女…上の階から顔だけさかさまに出したまま喧しい。

でも、空助のことを知っていた。コイツが“仙人”か?とてもそんな風には見えないが…

 

 

「いいから、入ってきなよ。空助の知り合いなら歓迎するからさ!」

 

「いや、でもこの足元の接着剤が…」

 

「“泥棒さんホイホイ”のこと?それ、最近発明したんだけど、なんと上に圧力がかかってから固まり始めて、1秒もたたないうちに完全に接着できるんだ!ただ、靴を脱がれたら逃げられるのが欠点で…」

 

 

有無を言わさない勢いで靴から足を引っこ抜き、接着剤から脱出する。

あーもう!馬鹿か俺は!相当疲れてんな、こりゃ……いや、これから余計疲れそうだ…

 

 

 

中に入り、ギシギシ鳴る床を歩き、二階にたどり着く。床が抜けて脱出に時間がかかったが。

当然のようにドアが外れている部屋に入ると、さっきの女がいた。

 

 

「ようこそ。わたしは山神(やがみ)未来(みく)。一応、技術者…かな?空助からは“ミミック”って呼ばれてた」

 

「“仙人”じゃないのか?ってか、さっきの天井は…」

 

「仙人はあだ名っていうより、二つ名って感じかな?空助、そういうの好きでしょ?あ、天井はわたしの改造なんだ。外に動物さん見つけたとき、パパっと出れるから」

 

 

空助の性格も分かってる。知り合いってのは本当みたいだ。

にしても、知り合いってのもどの程度のものなのか…見た感じは完全に子供。いや、そうはいっても俺と同じくらいに見える。髪はちょっと長めで、黄色がかっている。服装は何故かタンクトップ。俺でも分かるくらいのトンデモファッションだ。

 

 

「空助とは一体、どういう関係で…」

「待って待って。キミ、わたしより年下でしょ?

わたしは23歳で、キミは16歳。7つもお姉さんなの!当然、け・い・ご☆でしょ?」

 

 

腹立つ……!ん?待てよ

 

 

「なんで俺の年を知ってるんだ?」

 

「うん。分かるよ。名前は切風アラシ、空助に拾われたんだってね。色々とフクザツな状況みたいだけど。敬語も本当なら尊敬に値する人物にしか使わないけど、まぁそんなの関係ないよね?」

 

 

コイツ…さっきまでは、確実に俺のことを知らなかった。

ここに来るまで時間がかかった。もしかして、コイツも地球の本棚を…

 

 

「あ、本棚には入れないよ。憧れるよね~!地球に選ばれたVIPみたいなもんじゃん!

それで、質問は?」

 

 

…サラッと心を読みやがって。

 

 

「空助とはどういう関係だったん……ですか?」

 

「よろしい。空助はね~昔わたしを助けてくれたヒーローなんだ。だから、空助のこと大好きなの!結婚したいくらい!」

 

 

こいつマジか。

 

 

「はぁ…アイツ独身でしたけど、求婚でもしたんですか?」

 

「したよ。幾度となく」

 

「したんかい」

 

 

空助とかなり歳の差離れてんだろ。いつの話かは知らんが、俺が拾われる前ってことは、10年以上前、ってことか。つまりコイツはまだ子供…発想と頭のネジがぶっ飛んでんな。

 

 

「でも、頑なに断られてね。しばらく3人で探偵してたこともあるんだけど…

って、本題はそうじゃないでしょ?キミは相棒を助ける手掛かりを探しに来たんじゃないの?」

 

「ッ…!一体何者なんですか。どうしてそこまで知って…」

 

「さぁなんでだろーねぇ?それより、“設計図”持ってきたんでしょ?早く貸して」

 

 

仕方なく俺は設計図を渡す。空助の知り合いってことで、変人だとは思ってたが、予想以上だった。その上、気味が悪い。頭の中でも読めるっていうのか?

 

未来は設計図を受け取り、パラパラとめくっていく。

その設計図を読み進めていくたび、表情が明るくなり、ページをめくる速度が増すのがわかる。

一通り読み終えると、設計図をパタンと閉じ、深呼吸をした。

 

 

「ズルいよ空助…これで血が騒がなかったら技術者失格だ」

 

 

表情のワクワクさが見て取れる。どうやら理解したうえで、相当の興味を持ったようだ。

なんか鼻息も荒い。そんなに興奮することか?

 

 

「ロストドライバー…だね。これを作ればいいの?」

 

「出来るんですか?」

 

「まぁね。動物さんとイチャイチャする時間をしばらく無しにすると……大体、5日くらいで出来るかな?」

 

 

ここに来るまでで1日費やしたため、ファングの力が蘇るまで、残り6日。

確かに、5日で完成するなら間に合いはする。でも……

 

 

「すいません。そこを…」

 

「もっと早く作って欲しい。だよね?

分かるよ。本当は一秒でも早くキミの相棒を助けたい。いや、話がしたいんでしょ?じゃあ3日だ。お姉さん、集中力には自信あるんだよ?」

 

 

また心を読まれた。本当になんなんだこの人は。

でも、その通りだ。俺もじっとしていられないのは確か。知りたいんだ。アイツの真実を…今すぐにでも。

 

 

「……じゃ、その代わり。キミにも仕事してもらおうかな?」

 

 

そう言って、未来は床に転がっていたペンを拾い上げ、同じく床に落ちてた紙に何かを書き始めた。

すぐに書き終え、俺に渡す。そこには住所が書いてある。

 

 

「そこにある“石”や“ガラクタ”いくつか欲しいんだ。ちょっと緑色に光ってるからすぐに分かるよ。

それは“地球の意思”に干渉できる特別なモノで、それが無いと地球の意思を宿したオリジンメモリの力を引き出せないってわけ」

 

「そんな物が…で、場所は…」

 

 

神奈川県。

 

 

「まるっきり反対方向じゃねぇか!」

 

「つべこべ言わないの!さっさと行った行った!」

 

「いや、でも…」

 

「お金ないならホラ!ここ降りたらガソリンスタンドあるし、そこでバイクの給油しなよ。ご飯はガソリンスタンドの近くにコンビニあるから。靴は玄関に大きめのやつがあるからそれ使って。詳しい道は人に聞けばわかるし、キミの体力ならまだまだ平気でしょ?」

 

 

未来はそう言っておれに何枚かの万札を押し付け、俺の背中を押し、部屋から追い出す。

言おうと思ったこと、全部その前に解決された…ありがたいけど、なんか腹が立つ!

 

 

「あ˝ぁぁ!もう!分かりましたよ!!」

 

 

俺は半ばヤケになって部屋から飛び出す。

ちなみに、頭に血が上って玄関の接着剤のことを忘れ、俺の靴下が犠牲になったことは、言うまでもない。

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

アラシが神奈川に出発してから、数時間後。

とある小さな廃病院の診察室。白衣を着た男 ハイドはパソコンに目を通しながら、携帯で通話している。

いつもとは違い、眼帯はつけていない。傍から見れば、ただの医者にしか見えない風貌だ。

 

 

「ハイ…坊ちゃんはまだ無理そうっス。あと、ルーズレスが……ハイ、今は西木野総合病院に。ドランクとジャミングは問題ないっス。ソリッドとリキッドも、メモリブレイクは免れたみたいで。そうっスね。作戦決行は…」

 

 

その時、ハイドは監視カメラの映像に、複数の人影が写ったのを確認。その正体を知り、気だるそうにため息をつき、ポリポリと肩をかく。

 

 

「後でかけなおします。思わぬ来客が」

 

 

通話を切り、ハイドは伸びをする。

そして、白衣のポケットに入っているナーブメモリに触れた。

まぁ、遅かれ早かれ、場所がバレるとは思っていた。特に驚くことではない。

 

 

「何の用っスか?診察ってわけじゃなさそうっスけど」

 

 

診察室の引き戸が開けられ、入ってきたのは9人の少女と、1人の少年。μ’sの10人だ。先頭には真姫が立っており、瞬樹はエデンドライバーに手をかけ、完全に臨戦態勢だ。

 

 

「ショートカットの子、長髪の子、巨乳の子はこないだぶりっスね。

こっちはいつぶりだったっスかね?真姫ちゃん」

 

「お久しぶりです。花陽の描いた似顔絵ですぐに分かりました。どういうつもりですか?……岸戸先生…」

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「思わぬ来客…か」

 

 

ハイドに通話を切られた相手。ゼロは、吸っていた煙草を投げ捨て、携帯電話をしまう。

思わぬ来客。ハイドの身の上等から予想はついている。

 

 

「諦めの悪さも継いでいるか。本当に苛立たせてくれる」

 

 

ゼロは捨てた煙草と路地裏のコンクリートの地面を強く踏みつける。それと同時に、こちらに近づいてくる気配と、その正体に気づいた。

思わぬ来客は、あちらだけではなかったようだ。

 

 

「見つけたぜ…ゼロ!!」

 

「連絡がつかなかったと思ったが、その分だと大丈夫そうだな。何の用だ?アサルト」

 

 

ファングに敗れたNo2エージェント アサルト。

メモリを使っていないというのに、その怒りの熱はビリビリと伝わってくる。更に、凄まじい復讐心と殺気、苛立ち、そして焦りにより、その熱は一層暑さを増しているようだ。

 

 

「何の用だァ?そんなの決まってんだろ。

近いうちに行われる、怠惰の討伐作戦。俺が引き受ける」

 

「駄目だ。弱体化しているとはいえ、“F”は序列5位のオリジンメモリ。一斉に叩く他に、倒す術はない。お前は復讐心と怒りに囚われている。そんな奴がいたところで、連携の輪を乱すだけだ」

 

 

その言葉を聞いたアサルトは、一瞬だけ不可解な表情を浮かべる。

そして、その表情は、狂気に満ちた笑顔に豹変。過呼吸のようにも思えろ不気味な笑い声が、路地裏に響く。

 

 

「怒りに囚われるな?俺達は“憤怒”だぞ!怒りに囚われて何が悪い!怒りのままにムカつく奴をぶっ飛ばし、怒りのままに憎い相手は叩き潰す!それが俺達だろうが!!それに、連携だとかそんなもんはいらねぇ。弱い奴は何人いても邪魔なだけだ!」

 

「俺はお前の実力を買い、No2にした。だが、それは間違いだったようだな」

 

「んだと……!」

 

 

アサルトは怒りを露わにする。

俺が弱いだと…ふざけるな!俺は強い!強くなければ…生きてきた意味がない!!

 

アサルトは獣の様な形相で、戦闘の構えを取る。

腰を低くし、両手で爪を立てるように。そして、右腕を前に突き出し、左腕を曲げた、拳法特有の構え。

 

 

「“憤怒”の称号は、組織内で、戦闘において頂点に立つ者に与えられる。メモリを使わず、自分は何もしないお前に、その称号は不似合いだ。今ここで俺がお前を倒す!

七幹部の“憤怒”は俺だ!!」

 

 

今にも爆発しそうな殺気が、辺りを震わせる。

だが、ゼロは一切の動揺を見せない。怒りの熱とは対照的に、冷たい眼光が、アサルトに突き刺さった。

 

 

「……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分と経たない間。その間に何があったか、目撃した者はいない。

 

 

アサルトは体の随所の骨が砕ける音と共に、無惨に膝から崩れ落ちる。

ゼロは息一つ乱さず、服装すら乱れていない。倒れたアサルトを、鋭い眼差しで見下すのみだ。そこに込められた感情は、怒りか、哀れみか、そこに感情なんてないのかもしれない。

それほどに圧倒的だった。もしメモリを使えば、ファングに匹敵するとも思えるほどに。

 

 

「お前の言う通り、“憤怒”の称号は、組織の最強の戦士に与えられる。たかだか一部隊のNo2が、随分と簡単に倒せると思ったものだな」

 

「…ッソが……!メモリも使わず……この…化け物が…!」

 

 

アサルトの懐から、カオスメモリが落ちる。

ゼロはそれを拾い上げ、自分の懐にしまった。

 

 

「ラピッドとルーズレス、タクトをやったのはお前だな?」

 

 

ゼロの声が変わった。

アサルトの背筋が凍り付く。その恐怖、威圧感が脳裏に焼き付く。まるで“死神”。いや違う。この男は、“死”そのものだ。

 

 

「怒りは人を強くする。だが、怒りでは前に進めない。

あいつらはそれを分かっている。それでも、一度怒りに囚われてしまえば、もうその中で生きるしかない。だから抗うんだ。だから怒りを分かち合う。“憤怒”は俺で、俺達が“憤怒”だ。

 

それも理解できないお前に…“憤怒”の資格は無い」

 

 

 

ゼロはそう言い残し、去っていく。

 

全身の骨が砕け、動けない。だが、死ぬ気配もない。恐らく、死なない程度に戦闘不能になるようされている。

 

完全な敗北だ。

仇であるファングも、ゼロにも、全く歯が立たなかった。

 

俺は誰よりも強い。そう主張し続け、自分を追い詰め、努力し、目の前の敵も、立ちはだかる障害も、全部打倒してきた。すべてを捧げ、捨ててきた。限界も、人生も、仲間も。

 

 

このままでも、他の奴らが弱体化したファングを倒すかもしれない。

組織がその気になれば、ゼロを筆頭とする七幹部の奴らが、ファングを殺すだろう。

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

今更終われるか。敵わないとしても、この体が引きちぎれようとも……

 

怒りに囚われれば、その中でしか生きられない…か。

もう手遅れだよ。俺はもう、復讐の中でしか生きられない。

 

 

強さが…更なる強さが欲しい。

 

 

全てを殺す力が、恨んだ相手を殺す力が欲しい。

 

怠惰を殺した後は?今度は別のだれかを恨むだけだ。

 

 

例え、この世界のすべてを殺したとしても、俺は恨み続けることを、復讐を止めることは無い。

 

 

次は何を捨てればいい?何を捨てれば、俺は力を手に入れられる?

 

 

 

 

雨が降ってきた。

アサルトの体はまだ動かない。だが、その殺意はもう、既にとどまることを知らない。

 

雨の雫が落ちる音とは別に、足音が聞こえる。

 

スーツケースを持ち、女子の制服、それも音ノ木坂の制服の上にパーカーを着て、顔を隠した人物。七幹部“暴食”。

 

 

パーカーを着た悪魔は、倒れているアサルトの顔の近くに顔を近づけ、耳元で呟いた。

 

 

 

 

「力が欲しくない?」

 

 

 

 

 

 




結構短めになってしまった…今回は3話構成なんで、サクサク書いてしまいたいところだけども…
次は永斗の過去編書きます。本編の方は、石を取りに行ったアラシ、ハイドとμ’s、アサルト力をもらう、の3本でお送りします。(サザエさん風)
(予告は急遽変更になる場合がございます。ご了承ください)

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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Lost memory of EITO episode2~虚像~

ども、146です。過去編で10000字なのに、遅くなりやした。
番外編なんで、前書きはこの辺で。それではどうぞ。


某所。組織の研究所及び、メモリ開発施設。

 

 

「よっこらせ…っと」

 

 

大量の書類と本を持ち上げ、おもわず女性が声をもらす。

ここには無数の部署が存在し、彼女はそれらのすべてを回り、彼女の上司への要望、意見などを聞いて回ったところだ。

まぁ、その上司というのはあまりに優秀で、意見なんかは言うに言えない。

この書類はほとんどが、メモリの試作品の結果、不具合、その他の研究成果。本当のところ、主として上司への嫌がらせというか、当てつけで無駄にここまで多くなっているのだが。

 

積み上げられた書類は、結構な重さだ。顔のところまで高さがあり、下手をすれば前が見えない。

 

人にぶつからないように細心の注意を払い、彼女はとある扉の前にたどり着く。

ロックは指紋認証。登録されている人物の指が置かれれば、数秒間だけロックが開く。

 

しまった。両手が塞がっている。

片手だけ放すわけにはいかず、体と扉で書類の山を挟み込み、バランスを取ることで、なんとか指だけをロック認証の画面に置く。

 

ロックが解除され、扉が開いた。

一安心したのも束の間。さっきの状態で扉が開いたということは…

 

 

「あ」

 

 

書類を挟み込んでいた扉と体のうち、片方がなくなったため、体重を前にかけたまま、彼女は書類の上に前のめりに倒れてしまった。

 

幸い、紙や本がクッションになり、ダメージは無い。

しかし、彼女はすぐに、その下敷きになっている小さな体に気が付く。

 

やはりというか、案の定というか。それは、大きめの白衣を着た少年の姿。

髪はボサボサ、服装も乱れまくっており、目の下にはくっきりくまが。そして、ゲッソリとしており、その顔からは微塵も生気を感じられず、倒れたままピクリとも動く様子が無い。

 

 

「主任ーーーーー!!」

 

 

彼の名前は士門永斗。組織の最高幹部である八幹部の一人で、“怠惰”の称号を持つ、12歳の若すぎる天才。彼女の上司である。

 

そして、彼女の名前は無悪冬海。21歳。“怠惰”のアシスタントという、聞こえのいいお世話係になってから早一か月。

一か月たっても、この9歳下の子供に翻弄され、頭を悩まされる日々を過ごしていた。

 

 

 

________________

 

 

 

 

「あれほど言いましたよね!?食事は朝・昼・晩の3回!ちゃんとしたものを食べること!睡眠は最低でも7時間は取ってください!」

 

 

永斗は空腹の限界が来ていたようで、そこに冬海が、備え付けの栄養ゼリーを口から流し込む。なんとか会話ができるまでは回復した。

 

 

「わかりました!?」

 

「食事は3(日に一)回。睡眠は(一週間で)最低7時間」

 

「何を勝手に付け足してるんですか!主任はまだ子供なんですから、今から生活を整えていかないと、後から大変なことになりますよ!」

 

 

冬海は結構な剣幕で叱りつけるが、永斗は目を合わせない。

 

 

「聞いてます!?」

 

「聞くという定義を、耳から言葉が入っている状態と定義するならば、ちゃんと聞いてる」

 

「聞いてないじゃないですか!私だって怒りたくて怒ってるわけじゃないんですよ!」

 

 

「じゃあ怒らなきゃいいのに」と呟きたかった永斗だったが、絶対また叱られそうなので黙っておいた。今まで、この肩書上、永斗に意見する人物なんていなかった。永斗にとっては叱られるなんて初めての体験だ。まぁ、別にだからなんだという話だが。

 

 

「いいじゃん別に。今はシルバーメモリ3本の大仕事に着手してるんだから、邪魔しないでよ。それに、冬ちゃんが被害を受けるわけでもないのに」

 

「そういう問題じゃないんです!

主任はいつもメモリ開発ばかりしていますが、中身はまだ子供なんですから!」

 

 

子供扱いされたのも初めての経験だが、今度は何故かイラっと来る。

イラついていたのは冬海も同じだった。この説教はこの一か月で何度目だろうか。何度言ったって服装は乱れてるし、寝ないし、食事もとらない。

その行動は、完全に廃人のそれであるのだが、見た目のみずほらしさと容姿は比例しておらず、相も変わらず美少年で腹が立ってくる。

 

 

「とにかく!ちゃんとご飯食べてください。今日も持ってきましたから」

 

 

そう言うと、冬海は鞄からタッパーを取り出した。組織の科学力で作られた、超保温性能のタッパーウェアだ。欲しいと言ったら、永斗が片手間で作ってくれた。

 

永斗は渋々それを受け取る。しかし、少し楽しみでもあった。

冬海が永斗のために料理を作り、持ってくるようになったのは、アシスタントになってすぐの事。そのとき持ってきたのはハンバーグ。永斗は食事を全て栄養ゼリーで済ませていたため、ちゃんとした料理を見て、味わったのは初めてだった。

 

永斗がタッパーを開けると、解き放たれた肉と香辛料の強い香りが、永斗の鼻腔をくすぐる。瞬時に、それまで永斗の中に微塵もなかった“食欲”という概念が目を覚ました。

 

 

「お腹空きました?」

 

「……別に」

 

 

なんで彼女はいつもはどんくさい癖に、こういう時だけ勘がいいのだろうか。

永斗は今にもうなりを上げそうな腹の虫を必死に抑え、中を覗く。

 

中には、最初に冬海が持ってきたハンバーグと類似した物体が。

しかし、ソレが入っている器が風変りだった。容器というよりは、果実に近いような風貌をしている。

 

 

「これは?」

 

「え?ピーマン知らないんですか?」

 

 

その、ピーマンと呼ばれる物体をまじまじと眺める永斗。

永斗は地球の本棚で検索することで、大概の知識を得ることができる。しかし、地球の本棚というのは、インターネットよりも遥かに広大な世界。人間の一生で全てを閲覧することなど不可能である。

 

永斗はこれまでの人生で、常人とは比較にならない知識を蓄えてきたが、それには相当な偏りが存在する。冬海が永斗のために持ってくるもののほとんどは、永斗が知らないものだった。

 

永斗は目の前の未知の物体を注意深く観察する。表面は緑色で、つやがある。恐らく植物の果実であろう。匂いは、少し刺激が強い。鼻にツンとくる。

などと考えているうちに、冬海は自慢げに語りだした。

 

 

「これはピーマンの肉詰めって言ってですね。ピーマンの種をくりぬいて器に見立て、その中に肉だねを詰めて焼く料理です。野菜が嫌いな子供を持った親御さんには定番のメニューで、今回は醤油で和風に…」

「ごちそうさまでした」

「早っ!」

 

 

相当空腹だったのか、永斗は数秒でピーマンの肉詰めを平らげてしまった。

冬海がちょっと疑いを含んだ顔で、永斗に手を伸ばす。「タッパーを貸せ」というサインだ。

永斗はそれを見ないふりでやり過ごそうとするが、冬海の方は構わず永斗をじっと見続ける。

 

そして、冬海は無言で永斗の腕をつかみ…

 

 

「貸してください。いや、見せてください」

 

「嫌。断固拒否。これはプライバシーだから」

 

 

タッパーを腕と体で隠す永斗。しかし、あまりに貧弱であるため、その腕は簡単に剥がされてしまった。

空のはずのタッパーの中には、きれいに中の肉だけ食べられ、一口だけかじられたピーマンが。

 

追い詰められた永斗は、言い訳のように呟く。

 

 

「……苦かった」

 

「苦かったじゃないですよ!ちゃんと食べてください!」

 

 

ピーマンの残ったタッパーを、永斗の顔にグリグリ押し付ける冬海。

必死に抵抗しながら、永斗は悪あがきのような言い訳を続ける。

 

 

「人間が苦味を感じるってことは、それは健康に悪いってことを体が感じ取ったってことで、もうそれは毒と言っていい訳で、というわけで、僕はそれを断固として食べない」

 

「常日頃から健康に微塵も気を遣ってない人が何を言ってるんですか!ピーマンはビタミンが豊富で、クロロフィルは貧血も予防でき、とっても体にいいんです!それに、苦いのがダメって、やっぱり子供じゃないですか!そんなんじゃ大きくなれませんよ!」

 

「逆に聞きたいね。冬ちゃんは何を食べてて、そんなに胸囲が育たなかったの」

 

「なっ…!それは関係ないですよね!?私だって、C…いや、Bはありますから!多分…」

 

「無悪冬海 21歳。バストは73cm…完全にAでしょ。これ」

 

「なッッにを勝手に読んでるんですか!!人の個人情報を音読しないでください!ていうか、履歴書にスリーサイズまで書く必要ありました!?」

 

 

涙目で訴える冬海。永斗の巧みな話術で話題がすり替わっていることは、とうの昔に頭から消えてしまっている。

 

この感じも既に日常となりつつある。

一か月前は、永斗も冬海とはそこまで関わり合うつもりは毛頭なかった。これまでのアシスタントがそうだったように、会話も片手で数えられるほどしかしないまま、目の前からいなくなる。そう思っていた。

 

でも、彼女は違った。図々しく、立場もわきまえず、愚直に。それでも彼女は、永斗と真正面から向き合った。永斗に向けられる感情は、怒り、妬み、嫉みだけのモノクロの世界に、彼女が色を与えた。

 

こんなに人と会話するのも、何かを食べるのも、くだらないことで喧嘩するのも、永斗は望んですらいなかった。それでも、それは確実に、永斗にとっては甘美なものだった。生まれて初めてかもしれない。時が経ってほしくないのは。

 

 

「冬ちゃんはさ…」

 

 

思わず永斗はそう口にした。

永斗自身、それに驚くが、躊躇いより興味が勝る。

冬海も文句を止め、改まった雰囲気に息をのむ。永斗は、ずっと疑問だったことを冬海に吐き出した。

 

 

「どうして…そこまでしてくれるの?」

 

 

しばらく沈黙が流れる。

が、冬海はすぐに拍子抜けしたような声で言った。

 

 

「どうしたんですか?急に改まったと思ったら、そんなこと」

 

「そんなことって…僕は結構、本気で疑問なんだよ。

普通に考えて、赤の他人で、しかも年下の上司にご飯作ったりとかしないでしょ。

普通の人だったら、僕の能力を妬んで、気味悪がり、僕を疎ましく感じる。自分から話しかけるどころか、間違っても関わろうなんて思わないはずだけど」

 

 

永斗が淡々と吐いた言葉を聞いた冬海の目は、どこか悲しさを帯びているようだった。

目の前のこの少年は、他人に疎まれることに慣れ過ぎてしまっている。冬海は、優しく永斗の肩に手を置き、顔に微笑みを浮かばせ、言った。

 

 

「主任は…もっと人を信じていいんですよ。この世界は、この狭い建物なんか目じゃないくらい、広くて大きいんです。確かに、主任は子供にしては頭がいいし、ずる賢いし、屁理屈言うし、正直言って、可愛げはないですけど」

 

「慰めてんの?けなしてんの?」

 

「それでも主任は、まだ子供なんです。例え悪の組織の幹部でも、常人とは違う運命を持って生まれたとしても…人並みに嬉しいとか、楽しいとか感じたり、家族と一緒にご飯食べたりだとか、遊んだりだとか…それが子供なんです。その権利は誰にでもあるはずです!」

 

 

冬海の言葉に、呆然となる永斗。自分は特別だ、常人とは違う。関わることなんて許されない。そう思って来た。今思えば、自分が勝手に壁を作っていただけかもしれない。

 

 

「ここに初めて来たとき、主任は私を無視しましたよね?その時の顔がどうしても忘れられませんでした。まるで、何年も笑ってないような顔。その時思ったんです!私はこの子を笑顔にしたいって。一か月たっても主任はあんまり笑いませんが…いつか絶対、主任を笑顔にするために、毎日頑張ってます!私が主任と関わる理由を強いて挙げるとするなら、それだけです!以上!」

 

 

…本当に、彼女はいつだって真っ直ぐだ。

笑顔…か。笑った記憶なんて、あっただろうか。笑い方を忘れた…いや、知らないのかもしれない。

それでも、形として現れなくても…僕は…

 

 

「……じゃあ、笑顔になるため、協力してもらおうかな」

 

 

永斗はその先の言葉を出すことができず、床に広げられていたチラシを手に取り、苦し紛れのようにそう言った。

そのチラシはケーキのチラシ。そろそろ俗世で言うところのクリスマスである。

 

 

「これ買ってきて。この“ケーキ”っていうのには興味がある」

 

 

永斗はそう言って、チラシの中心に大きく描かれた、一番高価なホールケーキを指さした。

生クリームたっぷりの、一般的なショートケーキ。真ん中にメッセージが入った板チョコと、サンタのマジパンにそりの模型が乗っている。

 

 

「値段…は経費で落ちますけど、遠くないですか?今からこれはちょっと…」

 

 

この施設は神奈川県の人里離れた場所にあるのに対し、その洋菓子屋は東京都にある。

冬海は車を持っていないため、都市部まで徒歩で移動する他ない。

 

 

「八幹部権限。はい、じゃあ早く行って」

 

「えぇっ!?ちょっと待ってくださいよ!横暴ですって!

あ、わかりました!じゃんけん!じゃんけんで決めましょう!」

 

「じゃんけん?」

 

 

またしても聞きなれない言葉に、永斗の興味が移る。

 

 

「こんな感じで手で形を作って勝負する遊びです。これがグーで、石を表しています。これがパーで紙。これがチョキでハサミです。ハサミでは石を切れないから、チョキはパーより強くて、紙は石を包んでしまうから、パーはグーより強いです。それで、ハサミは紙を切るから、チョキはパーより強いって感じです。出した手が同じだったら、あいこっていって、もう一回勝負です」

 

 

手でグーチョキパーを出して見せて永斗に説明。

冬海は永斗にゲームを教えたりもする。これまでにオセロとか将棋とか持参して教えたが、ルールを教えるや否や、鬼のような強さで圧倒してくる。最近はビデオゲームに挑んだが、当然、惨敗した。

永斗が最も興味を持ったのは、食べ物よりも、こういったゲームの方だろう。

 

 

「あれ?でもその理屈なら、石は紙を突き破るはずだけど」

 

「細かいところはいいんです。最初はグー、じゃんけんポンの掛け声で手を出してください。主任が勝ったらケーキを買いに行きますから!」

 

「なんで最初はグーなの」

 

「細かいところはいいんです!」

 

「わかった。じゃあ、出した手が強かった方が勝ち。あと一回勝負で文句なし。ルールはそれだけだよね」

 

「はい!恨みっこなしですよ!」

 

「そうだね。じゃあ僕はパーを出すから」

 

「えっ!?ちょ…」

 

 

その瞬間、冬海は思考を展開する。冬海だって一応、研究者の端くれである。

永斗の考えを読み、先の先の先まで思考を広げる。最初に出す手を宣言して、相手の思考を操るありがちな手だ。こんなこともあろうかと、冬海はじゃんけんだけでも永斗に勝つため、前々からじゃんけん心理の研究をしていた。今度こそ、イケる……!

 

 

「「最初は」」

 

「グー!」

「パー」

 

 

 

 

「あ………」

 

 

 

無悪冬海。パシリ決定。

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

ー永斗sideー

 

 

 

冬ちゃんに深読みをさせ、最初はグーという謎ルールを利用し、あっさり勝利。

まさかあんな単純な手に引っかかるとは思わなかった。流石、ポンコツさにおいて右に出る者はいない。

 

残された僕は、またしても部屋に一人。

僕は“白い本”を手に、自分の意識を“地球の本棚”にダイブさせる。

 

地球に蓄積された膨大な知識を、本として管理する場所。“地球の本棚”。

僕はそれにアクセスできる唯一の存在だ。

使い方は、一般のコンピューターと同じ。調べたいワードを入れ、検索するだけ。

 

 

「キーワードは、“ピーマン”」

 

 

宙に浮く無数の本棚が一斉に動き始め、その大半がどこかに消える。

僕は残った本棚の中から、“green pepper”の題名の本を開き、パラパラと読んでいく。

 

気になる単語、初めて聞く単語があったときは、一人の時に検索するようにしている。

冬ちゃんが来てからというもの、この習慣の回数は飛躍的に増えた。

 

一か月前、初めて冬ちゃんが来た日は、僕からは一切関わらなかったし、冬ちゃんも戸惑っているようで、特に何もしてこなかった。ところが、2日目。冬ちゃんの第一声は「片付けましょう」だった。僕も巻き込まれ、一日かけてこの部屋が見違えるほどに片付いたのは記憶に新しい。…まぁ、ものの数日で元に戻ったのだが。

 

片付けは相当な苦痛だった。疲れるし、終わりが見えないし。でも、人に動かされた、影響された、そして、達成感を感じたのはそれが初めてだったかもしれない。

メモリを作るのは、生まれたときに宿命づけられた責務。僕はただの機械でしかないと思っていた。でも、あの時の僕は、責務を全うするだけの機械ではなかった。あの時の感覚は、今でも忘れられない。

 

 

「笑顔……」

 

 

僕は自分の頬を引っ張ってみる。

本棚の中には、当然鏡は無いが、見るに堪えない顔になっていることは想像に難くない。

何って、表情筋が微動だにしない。僕だって、あれだけしてくれる冬ちゃんの希望に応えたいという気持ちはある。ちょっと検索してみるか。

 

 

「キーワード。“笑顔”、“作り方”」

 

 

随分と本の数が減った。それでも相当な数だが。しらみつぶしに読んでいくとしよう。時間だけは有り余っているんだ。

 

僕が笑ったら、冬ちゃんはどんな反応をするだろう。

まぁ、まずは驚くだろうね。あと、喜ぶかも。

 

 

「褒めて…くれるかな」

 

 

そんな想像をしていると、僕の心臓の心拍数が上昇するのを感じる。

心臓の音も大きくなっている。

 

しまったな。睡眠不足と栄養不足が祟って、風邪でもひいたか?

急な心拍数の上昇。考えられる要因としては、若年性の更年期障害か、パニック障害か、不整脈か。

それとも、少し科学的根拠に欠けるが、感情によるものか……

 

 

だとするならば…この感情は、一体何と呼ぶのだろうか。

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

小一時間後、冬海は徒歩と電車を乗り継ぎ、洋菓子屋のある東京都の町に到着した。

 

歩きながら手でグーを作り、それをじっと見つめてみる。

まさか、あんな手を使ってくるとは。「じゃあ俺パーしか出さないから!」からの「最初はパー」は小学生あるあるにも数えられるほど、メジャーな手段だ。ただ、永斗の場合はそれの数倍質が悪い。

 

事前にルール確認と一回勝負を強調していたのはこういう事だったか。確かに、最初はグー以外を出してはいけないとは言ってないし、そこでの勝負は反則とも言ってない。いや…でもさぁ。分かるじゃないですか、暗黙のルール的な。

 

そんなことをブツブツ呟きながら、冬海は洋菓子屋を目指す。

チラシに書いてある住所は、この辺のはずなんだが。

 

 

 

 

「…あった」

 

 

 

めっちゃ混んでる。凄い人だ。

 

後で調べると、この店は都内でも屈指の人気店で、クリスマス時期になると予約も殺到し、行列も数時間待ちみたいなことになるらしい。こんなところに考えなしに自分を放りこんだ永斗を、改めて恨めしく思う。

 

しかも、このケーキは数量限定。誰もかれもが行列なんて並ぶつもりはなく、我先にと店頭に押しかけている。

デパートのバーゲンセールのおばさんたちみたいな光景だ。軽く地獄絵図である。

 

といっても、一応は上司の命令であるため、諦めるわけにもいかず…

 

 

「うぅ…覚悟を決めろ!無悪冬海!」

 

 

仕方なく、冬海はその体を、人ごみの中へと投じた。

 

 

…と同時にはじき返される。

トランポリンにでも突進したような感覚だ。

なるほど、数量品とか安売りみたいな言葉により、おばさんたちは戦闘民族と化すのか。なんてのんきなことを考えていては売り切れてしまう。

 

意を決して、再び突入…

 

する直前、黒い服装でマスクをした男性にぶつかってしまう。

体重が軽い冬海は、勢いのまま倒れる。男はそのまま声もかけず、冬海を通り過ぎてしまった。

 

 

「痛たた…」

 

 

その瞬間、冬海は気付いた。

ポケットに入っていた財布が無い。

 

 

「あ!ちょ……待ってください!」

 

 

声を出したときにはもう遅い。

男は猛ダッシュで、そこから離れていく。やられた、スリだ。

 

冬海は身体能力には自信があった。追いつけるか…?

 

走りの構えで身構えていると、男が走っていく方向から、一人の少年が歩いてくるのが見える。

なんだか目つきの悪い少年だ。歳は…それこそ永斗と同じくらいに見える。

 

男は歩いてくる少年を無視し、そのまま走り去ってしまう。

少年も同じように。前から大人が走って来るというのに、一切の動揺も見せない。

 

 

「あっ!しまった…」

 

 

そんな光景を見ているうちに、男の姿はもう見えなくなっていた。

やらかした。無悪冬海 21歳、痛恨のミス……これ、クビだろうか…

 

何故、あんな少年に意識を奪われてしまっていたのだろう。でも、あの少年は何故か普通には見えなかった。なんというか、まるで野犬でも見ているような…

 

 

 

「おい」

 

 

 

声が聞こえ、顔を上げると、その少年が目の前に立っていた。

近くで見ると、余計に感じる謎の野生児感。

 

すると、少年は手に持っていた何かを、こちらに見せてくる。

 

 

「これ、アンタのだろ。大事なもんならポケットなんかに入れんな」

 

 

それは、さっき黒い男に盗まれた財布。わけもわからずに取り敢えず受け取った。

なんで?と聞きたかったが、少年はそれだけ言って、洋菓子店の人ごみの中に消えてしまう。

 

数分後、ケーキを持ってそこから出てきた。

その光景に、冬海は驚きを隠せない。

 

あの少年、男とすれ違ったあの一瞬で、財布をスリ返したのか?そして、あの人ごみを難なく攻略…

ウチの上司の永斗も凄いが、彼もまた、別のベクトルで子供離れしている。

 

 

「やっぱ世の中広いなぁ…」

 

 

__________________

 

 

 

ケーキを持った少年は、しばらく歩き、少しさびれた建物の前に到着する。

看板には「切風探偵事務所」の文字が。どうやら私立探偵事務所らしい。

 

 

「帰ったぞ。ケーキもちゃんと…」

 

 

扉を開けた少年は、中の惨状を見て絶句した。

泥棒でも入ったかのような。いや、まるで爆発事故でも起きたかのような惨状。

…まぁ、恐らく実際にそうなのだろうが。

 

 

「空助ぇぇぇぇぇ!!」

 

 

めいいっぱい空気を吸い込み、少年の怒号が辺り一帯に響いた。

部屋の中心で縮こまっている物体、いや、人影。少年の怒号で恐る恐る体を起こす。

茶髪の中年男性のようで、髪の毛は爆発のせいか、アフロのようになっていた。

 

 

「あはは…おかえり」

 

 

再び少年の怒号が響き渡った。

 

切風アラシ 13歳。幼いころに拾われ、この事務所にやってきた、若すぎる探偵。

 

そして、切風空助。この事務所の創設者にして所長。アラシの親代わりである。

性格、生活能力には難あり。

 

 

_______________

 

 

 

「で、説明してもらおうか?」

 

 

13歳の少年の前で正座する中年男性。絵面がシュールだ。

これだけで力関係が見て取れる。

 

 

「いや…例のアレを開発してたら、ちょこっっとだけ薬品の配合間違えて、それでドカンと…」

 

 

空助を見下すアラシの目は、まるで鬼だ。

 

 

「奥の研究室あるだろうが。そこでしろって何回言ったら分かんだよ!」

 

「今、あそこに発掘してきた化石があんだよ!そんなとこで爆発したら大変だろうが!」

 

「部屋の書類とか家具より石かよ!」

 

「いや~。ホラ、俺って全方位の天才イケメンじゃん?考古学をたしなむ者としては、化石を何より大切にするのは当然であって」

 

「お前もう40近いだろ。恥ずかしくないのかよ」

 

「中身は永遠の18歳なの!見ろ!この30代とは思えぬ肌つやを!」

 

「黙っとけ、若作り親父!!中身が5歳の間違いだろうが!」

 

 

実際年齢よりも若くは見えるし、全方位の天才なのも事実。

空助は考古学、物理学、歴史学、電子工学、生物学、化学、etc…に精通し、運動能力も生身の戦闘力も高い。

本当のことしか言ってないはずなのに、ここまで間抜けに聞こえるのは何故だろうか。

 

 

「まぁいい!次やったら小遣い無しだ。わかったな?」

 

 

ちなみに、家事全般と家計の管理はアラシが行っている。このダメ人間に金を任せたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。

 

 

「で、調査報告。例の鋼鉄強盗団、メモリ犯罪で間違いない。

目撃者が鉄色の怪物について証言してくれた。金庫は警察の調べ通り、鉄の棍棒で一撃で壊された痕跡が…って、そこまではテレビでやってただろ」

 

「俺は実際に見たものしか信じないの。百聞は一見に如かずって言うけど、実際、百聞は一見するまで虚像でしかないんだよね。見ることで初めて実像になる。何事も、見ることが大事なんだよ。分かった?」

 

「じゃあ自分で行けよ。結局聞いてるだけじゃねぇか」

 

「アラシは嘘嫌いじゃん。そこはちゃんと信用してるの」

 

 

アラシは「面倒なだけだろうが…」と毒づくが、空助の眼差しは一転し、真剣なものとなる。

事件について考察するときは、この顔だ。アラシも認めたくはないが、全方位の天才である空助の天職は探偵だと言い切れる。それほどに、彼は探偵として優秀を極めている。やる気にムラっ気があるのは問題だが。

 

 

「…メモリはメタルで間違いない。硬い装甲と破壊力のある攻撃が武器の強敵だ。

これまで通り、ガジェットや武器での対応は、正直厳しいかもね」

 

「じゃあ、どうすんだよ」

 

 

静かに話していた空助の顔がまた一転する。

今度はいたずらする子供のような顔。この顔を見せたとき、大体はろくなことを言わないのが空助だ。

 

 

「無理なモノには…手を出さないのが一番だよな。

それよりさ、来週あたり予定あったっけ?」

 

 

もう嫌な予感しかしない。この中身幼稚園児のおっさんが。

 

 

「特に。依頼も無い。お前、何しようとして…」

 

 

空助はニヤッと笑い、人差し指を立て、言った。

 

 

 

「ピンポンダッシュ」

 

 

 

「今回はここまで。またお会いしましょう」

 

 

 




空助やっと出せた…彼はこういう性格です。直接描写したのは初めてかな?
ちょこちょこ本編とリンクしますんで、勘のいい方は気付きますかね?



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Lost memory of EITO episode3~嵐~

146です。忙しいです。やりたいことも多いので、早く書き進めたいのですが…書いてるうちに、文字数が予想の倍近くなっているのは何でだろう。

今回も過去編です。本編はもう少しお待ちください。


書類が散らかる部屋。何度片付け、数日後に元通りにな

るという輪廻を繰り返したかもわからないその部屋が、その時ばかりは西部劇で決闘が行われる荒野のように見えた。

 

部屋に佇むは一人の少年と、一人の女。

 

勝機をうかがう女の目に対し、少年の表情には余裕がある。

挑戦者と王者の構図が見て取れる。

 

勝負は一瞬。ほとんどの確率で、数手で勝負がつく。二度目は無い。

 

張り詰めた空気の中、2人の視線が一致。

勝負のゴングとも言える掛け声が、銃声のように鳴り響いた___

 

 

 

「「最初はグー。じゃんけんポン!」」

 

 

 

冬海が出した手はパー。永斗はチョキ。

永斗の勝ちだ。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁ……また負けたぁ…」

 

「これで20戦全勝。あいこは一度も無し。冬ちゃん弱すぎでしょ。

じゃんけんで20回連続で負けるなんて、3分の1の20乗で、34億8678万4401分の1だよ」

 

「絶対主任が強すぎるだけですって!」

 

「じゃあ、ペナルティ追加で。今度はこの“駅前のからあげ”っていう奴を買ってきて」

 

「はい…トホホ…もう貯金が……」

 

 

前回、永斗の姑息な戦術で敗北してからというもの、冬海は勝負に納得できず、幾度となく永斗に勝負を挑んでいた。

今までゲームで勝てたこともなく、3分の1で勝つことができる完全運ゲーのじゃんけんならばと、的を絞って挑み続けるが…結果は今の通りである。

 

永斗は勝つ度に冬海にパシリのペナルティを課している。

 

 

「それにしても、主任は随分と外の世界に興味を持つようになりましたね~。最初は料理作っても、いらないの一点張りだったのに」

 

「別に…知識は多いのに越したことは無いでしょ」

 

「私は嬉しいですよ。主任が少しずつだけど、心を開いてくれてるみたいで」

 

 

そう言って笑う冬海に、永斗は思わず少し照れ臭そうに、目をそらしてしまう。

 

 

「どうしました?」

 

「いいから…そろそろ仕事に戻って」

 

 

永斗は冬海に、書類の束を渡す。

メモリの設計図やデータなどがギッシリと、細かく記されている。

 

 

「シルバーメモリの一本目。それを渡してきて」

 

「ほぇ……もうできたんですか…

なになに?“エンジェルメモリ”…天使なんて、随分と可愛いメモリですね」

 

「そのメモリの能力は、人間の信仰心を煽り、己を崇拝対象とすることで、一種の洗脳を行うことができる。しかも一度に大人数。その気になれば、極めて従順な人間の軍団をも編成できるくらい強力だ」

 

「全然可愛くない……あとの2本もそんなに怖いんですか?」

 

「いや。これでシルバーメモリの開発はいったんストップ。

ついさっき、新しい仕事が届いた」

 

「新しい仕事って…?」

 

 

シルバーメモリの開発をもうち止めてまで、やらなければいけない事。

永斗の目も、いつになく真剣だ。

 

 

「ゴールドメモリの開発。内包する記憶は決まってる。

“エクスティンクトメモリ”。“絶滅の記憶”を宿した、最高位のメモリだ」

 

 

ゴールドメモリ。その存在は、冬海も知っている。

最高幹部だけが所持を許される、超強力な最上位のメモリ。量産が難しく、組織に現存するゴールドメモリは10本とないが、それだけで他のすべてのメモリの能力をはるかに凌駕するとも言われている。

 

 

「それを主任が作るんですか…?」

 

「いや。先代までの怠惰が少しずつ開発を進めていたものを、一気に完成させようって言う算段だと思う。実際、僕も10年近く少しずつ手を加えていた。完成まではあと一歩ってところ」

 

 

よく分かってなさそうだが、とりあえず深く感心する冬海。

話のスケールが大きすぎて、想像ができていないことが見て取れる。

 

 

「まぁいいや。とにかく、その書類持っていっといて」

 

「いいですけど…主任は相変わらず自分では持って行かないんですね。

ダメですよ?部下の人とも、ちゃんとコミュニケーションはとらないと!」

 

「コミュニケーション…か…」

 

 

先日、冬海に言われてから、考えていた。

自分は子供だ。相手は大人だ。自分がずっと見下し続けてきた大人たちは、永斗の何倍も生きていて、永斗の知らない外の世界を知っている。

 

 

「分かった。考えておく」

 

「だから、コミュニケーションは大事だから…って、え!?

どうしたんですか!?ずいぶんと素直ですけど、料理に変なモノでも入ってました!?」

 

「君って、ちょこちょこ失礼だよね」

 

 

永斗の中には、興味が生じつつあった。

周りの人間は、その人生で何を感じたのか、何を得たのか、何を知ったのか。

 

もちろん、永斗をこんな風に変えた、冬海の人生にも。

 

 

「冬ちゃんは本当に不思議だ。経歴から見ても、性格から見ても、君は普通で、優しすぎる。冬ちゃんは…こんな組織にいるべき人間じゃない」

 

 

それが本音だった。

それだけがずっと疑問だった。

 

ここはメモリを、悪魔の道具を開発する組織。いわば悪の組織だ。

彼女は悪の組織に属するには、あまりに優しすぎる。

 

どんな経緯があったのかは分からないが、こんなところに来なければ、彼女には幸せな人生があったのではないだろうか。

 

 

「私は……」

 

 

冬海はいつも通り、笑って答えようとする。

だが、様子が変わった。言葉が詰まり、どこか息苦しさを感じさせる表情で、その目は悲しい目をしていた。

 

普段の彼女からは、想像もできないような、そんな様子だった。

 

そして彼女は、まるで別人のような口調で、こう答える。

 

 

 

 

「私は…貴方が思っているような人間じゃありませんよ」

 

 

 

 

その時だった。

 

備え付けられたセキュリティ機能が、侵入者の存在を感知。

施設中に、警報のサイレンが鳴り響く。

当然、永斗の部屋にも。

 

 

「ッ…!これって…」

 

 

こんなこと、ずっとここにいる永斗も初めての事だ。

それもそうだ。表社会にはないような技術のセキュリティが、この施設を守っている。そこらのコソ泥が入れるような場所じゃない。無論、システムの誤作動なんてのもあり得ない。それには永斗にも自信はあった。

 

でも、現実に侵入者が現れている。

誰だ?ここに入れる人間なんて、全人類の中で一握りもいないはず…

 

 

「主任はここでじっとしていてください!私は外を見てきます!」

 

「冬ちゃん……待って!」

 

 

その声が届くことは無く、冬海は部屋から出て行ってしまう。

追うべきか?いや、永斗は人間としては非力にも程がある。出ていったところでリスクが増えるだけだ。外に出ず、ここにいるのが最も安全ということには、疑いの余地もない。少し前まではそう考えていただろう。

 

しかし、どうしてだろうか。

 

一人になるのが、彼女と離れるのがこんなにも不安なのは。

 

 

 

 

_____________

 

 

 

一方その頃。

 

 

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 

 

施設の大型セキュリティロボという名の破壊兵器から、全力疾走で逃げ回る二人。

今回の騒動の犯人、切風空助と、巻き込まれた切風アラシである。

 

 

「アッハッハ!やっぱ面白れぇわ!なんだよ、外敵排除セキュリティロボって。劇場版ドラ〇もんかよ!」

 

「分かりにくい例えで笑ってんじゃねぇぞボケナス!さっきもレーザー光線やら、落とし穴やらあったし、なんだよこのモンスターハウスは!」

 

「お前の例えも大概分かりにくいって。それより走れ!一瞬でも止まったら死ぬぞ!」

 

「分かってんだよそんなことぉぉぉぉ!!」

 

 

しゃべりながら人間離れしたスピードで逃げ回る二人。

何故こんなことになったかというと、発端は一週間前の空助の一言。

 

 

『ピンポンダッシュ』

 

 

である。

 

 

「ホンッットにバカじゃねぇの!?何を近所の家に遊び行くみたいなノリで、組織の最高研究所に忍び込んでんだよ!」

 

「色々調べてたら偶然ここの情報掴んで、セキュリティ見たら割とイケそうだったから」

 

「目的は!?」

 

「ねぇよ。ピンポンダッシュって言ったろ?騒ぐだけ騒いで、さっさと帰宅だ」

 

「お前、帰ったら絶対ぶっ殺すからな!!」

 

 

逃げながら蹴りを入れるアラシ。空助はそれを難なく捌く。

そうこうしてると、セキュリティロボに追いつかれた。

 

 

「「ヤバ…」」

 

 

ロボの発射するレーザービームを回避するが、レーザーに触れた金属の床は、その熱で溶けてしまう。

 

 

「オーバーテクノロジー甚だしいな、ったく…

アラシ、ちょっとだけ逃げてろ」

 

 

空助はそう言って、懐から赤い銃を取り出す。

黒い持ち手に、銀のラインが入っており、ガイアメモリを装填するスロットも搭載されている。

 

それを見たアラシは、顔色を変え、一瞬で遠くの物陰に隠れた。

 

空助はアラシが逃げたのを見ると、一本の赤いガイアメモリを取り出し、音声を鳴らした。

 

 

《ボム!》

 

 

そのメモリには、爆弾とその導火線で、Bと刻まれている。

“爆弾の記憶”を内包した、空助が作った戦闘用ギジメモリ。

 

ボムメモリをマグナムに装填。変形させ、必殺技待機状態に。

銃を構え、エネルギーが銃口に充填されていく。

 

セキュリティロボはそのまま空助を始末しようと、装備を展開し、接近。

その距離が最大まで縮まった瞬間、空助はトリガーを引いた。

 

 

《ボム!マキシマムドライブ!!》

 

 

発射された赤い球体は、セキュリティロボに触れた途端に大爆発。

辺り一帯を爆炎と煙が支配した。

 

 

「よっしゃ。一件落着」

 

「落着させんな!まだ敵の陣地真っただ中だっつーの!」

 

 

粉々になったセキュリティロボだが、空助はほぼ無傷で帰ってきた。

そこにアラシも合流し、お気楽な発言に飛び蹴りをかます。

 

 

「どーよ?俺の空助マグナムから放たれる、最強の必殺技は!」

 

「とりあえず、そのネーミングは無い。それに周りの被害が甚大過ぎんだろ!それで無傷って、どんな身体構造してんだ!」

 

 

確かに、辺り一帯は焼け焦げ、ちょっとした災害の跡のような惨状だ。

にも拘らず無傷であるこの男。本当に謎である。

 

すると、アラシはあることに気づく。

 

 

「それにしても…技術はすげぇが、ドーパントは見ねぇな。メモリの開発してるんじゃねぇのか?」

 

 

今までアラシ達が対峙したのは、どれもただのセキュリティシステム。

正直、ドーパントの2対や3体来ると思っていたアラシは、少々拍子抜けだった。

 

 

「そりゃそうだ。そのメモリを作ってんのは自分たちだからな。それがどんだけ危険な代物か、よーく知ってるはずだ。だから自分たちでは使わず、他の奴らに売って、データ集めてんだ」

 

「悪魔の道具をばらまいといて、自分の身は大事ってか…絶対許せねぇ……!」

 

「ま、その渦の中心にいるのが、悪意とは限らないんだけどな……」

 

 

アラシに聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟くと、空助はまたニヤッと笑い、言った。

 

 

「よーし!ここからは別行動だ!各自、盛大に嫌がらせするように!

30分後に入口集合な。道に迷ったらすぐに連絡すること!家に帰るまでが、ピンポンダッシュだぞ☆」

 

「はぁ!?お前、何言って…」

 

「解散!」

 

「うぉぉぉぉぉぉい!!」

 

 

それだけ言うと、空助は一瞬でどこかに行ってしまった。

残されたアラシはポツンと佇み、シャウトする。

 

 

 

「ざっけんな、あのクソ親父ィィィィィッ!!」

 

 

 

______________

 

 

 

 

数分前、侵入者発見の直後。メモリ開発の研究室にて。

 

 

「システム応答なし!駄目です、こちらからの干渉ができません!」

 

「こっちもです!」

 

「監視カメラも反応なし!セキュリティロボも反応が消えました!」

 

「クソっ!どうなってやがる!」

 

 

侵入者により、セキュリティシステムは完全に機能を失っており、研究員たちはその復旧に追われていた。

 

 

「どうします!?塩野副主任!このままでは……」

 

「うるせぇ!何が何でも復旧させろ!」

 

 

一人毒づく男性。

塩野と呼ばれた男性は、この施設の永斗に次ぐ責任者である。

 

 

「やっぱり、あんなガキにセキュリティから何もかも任せてたのが間違いなんだよ!

偉そうにガキの分際で命令しやがって!結局テメェも役立たずじゃねぇか!

オイ、お前ら!数時間で死んでも直しやがれ!このまま復旧しないとなると、俺の責任になる!」

 

 

塩野という男は、確かに優秀であるが、見ての通り性格は高慢。

優秀であったが故に、子供である永斗に指図されることに、誰よりも憤りを感じている。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ…アイツさえいなけりゃ、俺が主任だったんだ!

大人の世界も知らねぇクソガキが……ガキはガキらしく、家で寝てやがれ!」

「だよな。俺もそう思う。誰の話か知らねぇけど」

 

 

その時、突然割って入った声に、研究員たちはあからさまに、驚きを露わにした。

誰かが入った気配なんて感じなかった。それに、その人物は子供。

ちょうど話に出てきた、この施設の主任と同じように。

 

空助に置いて行かれ、空助から貰ったウイルスプログラムでこの部屋に入った、切風アラシだ。

 

 

「子供だ大人だ区別すんのは嫌いだが、少しくらいは休ませてほしいもんだ。

ま、ウチのクソ親父はそんなこと考えてもねぇだろうが…」

 

「ッ…何者だ!まさか、侵入者って…」

 

「俺と…あとはどっかに行った、迷子の30歳児だ。

アイツはココでは何もする気が無いって言ってたが、残念ながら俺は違う。

俺はボランティアやサービス残業は大嫌いなんだ。労働にはそれに見合った対価を。つーわけで、ここの一番偉い奴を借りてく。ナントカ認証とか、空助じゃあるまいし解けねぇからな」

 

「ふざけるな!たかが子供、簡単に取り押さえ…」

 

「あ、ちなみに。あのセキュリティロボ壊したのは俺だ。ハッタリだと思うならかかって来いよ。

お前ら頭いいんだから理解できるだろ?それじゃあ、一番偉い奴は誰だ?」

 

 

アラシの一言、そして、セキュリティロボが破壊されていたという事実が噛み合い、喧騒の中にあった研究室が、一気に静まり返る。

 

この中で一番権威を持つ人物。塩野だ。

しかし、塩野による普段からの圧力で、誰一人としてその名前を挙げる者はいない。

目の前にいる謎の子供への恐怖より、塩野への恐怖の方が勝っているということ。だが…

 

 

「なるほど。お前か」

 

 

アラシは即座に塩野を上司と見抜き、飛び掛かる。

大人の腕力の抵抗も難なく振りほどき、取り出したナイフを塩野の首に触れさせる。

その瞬間、命の危険を感じた研究員たちは一瞬で無抵抗に。恐怖の位置づけが逆転した瞬間だった。

 

 

「ふざけんな!お前ら、今すぐ俺を助けろ!」

 

「研究員って言っても、根本には人間に過ぎないんだな。人間は予想外のことが起きると、自分より目上の人間に視線を向ける。全員目線は意識してたみたいだが、意識自体はガッツリこの男に向いてたぞ。そして、その目上の人間が完全に制圧されている。この状況を前に、戦い慣れもしてねぇ、関係も上っ面のお前らが、手出しできるわけもするわけもねぇ」

 

 

塩野も頭に血を登らせながらも、状況を理解。手を上げ、完全に無抵抗な状態に。

 

 

「んの、糞餓鬼が……!」

 

「それじゃ、最重要機密まで案内して貰おうか」

 

 

______________

 

 

 

次から次へと警報音がけたたましく鳴り響く。

そんな中、永斗は厳重に電子ロックがかかった部屋で、一人縮こまっていた。

 

セキュリティシステムの状態は、主任である永斗にも届いている。

あのシステムは永斗が、以前までのものを改良したもの。間違いなく、現代においてトップクラスのセキュリティシステムであり、永斗自身も相当な自信があった。

 

しかも、セキュリティロボットまで攻略されている。敵は一体何人か?少なくとも超優秀なハッカー集団と、セキュリティロボットを破壊できるほどの兵力。

国家レベルの勢力が攻めてきていると考えるのが妥当だろう。

 

組織のバックには、こちらも国家レベルの勢力がある。うかつに手を出せるとは思えない。となると…何の権力下にもない、個人勢力…にわかには信じがたいが。

 

何にしても、応援が来るまでもう少しかかりそうだ。

それまで、この部屋に籠もっておくのが安全。

 

単身出て行った冬海とも連絡がつかない。それだけが少々…否、相当気がかりではある。

 

永斗は気を紛らわせようと、冬海が持ってきた“マンガ”なるものを取りに行こうとする。内容は至って普通のドラゴ○ボールだが、物語を読むという経験の無かった永斗にとって、その出会いは革命とも呼ぶべきものだった。

 

どハマリした結果、アニメでいうZのサイヤ人編まで読んでしまった。

 

永斗は奥の部屋から出て、マンガを取りに行こうとする。

 

 

「いやー、やっぱフリーザ編は神だな。

最終形態でスマートになる格好良さの発見は、ノーベル賞レベルの偉業だ」

 

 

そのマンガを、自分の物のようにかじり付きで読むオッサン。永斗は上手く言い表せなかったが、一般人ならリビングでゴキブリを発見した嫌悪感に似た言葉で表現しただろう。

 

いや、それより…

 

 

瞬間。永斗は戦慄した。

 

この部屋は他の部屋よりもセキュリティが優れている。入れるのは、永斗と冬海だけ。それをこの男は、さも当然のように入り、挙げ句、マンガを読んでいる。

 

 

「お、誰かいたのか。俺は切風空助。物騒な仕掛けが多くて危ないから、勝手に入らせて貰ったよ」

 

 

男はこちらに気づき、またも近所の知り合いとの会話ような口ぶりで話す。

 

驚いて声が出ないのは初めてだった。この男が今回の騒動の首謀者に間違いない。セキュリティを看破したのはこの男なのか?到底、外の人間だとは思えない。

 

驚愕している永斗に対し、空助は落ち着いた様子で辺りを見回す。

そして、ある物を見つけ、一人で口元に笑みを浮かべる。

 

 

「チェスしようぜ」

 

 

それはチェス盤。またも冬海が持ってきたものだ。

それより、永斗は自分の耳を疑った。

 

何を言ってるんだこのオッサンは。

 

 

 

______________

 

 

ー永斗sideー

 

 

と言うわけで、その数分後。

何故か僕は、侵入者とチェス勝負をしている。

 

 

「お前なかなかやるな。これならどうだ!」

 

「…」

 

 

随分楽しそうだ。とても敵地にいる人間の態度とは思えない。

しかし、この人は中々に強い。冬ちゃんが弱すぎるだけかもしれないが、いつものように簡単に勝てるイメージが湧いてこない。

 

 

「ただチェスしてるだけってのもアレだな。話をしようぜ」

 

集中力が無いのか、随分と余裕だ。

ただのバカか、それとも策士か。ここらで見極めてみよう。

 

 

「いかにも傍若無人に振る舞ってるけど、自分の立場が分かってないみたいだね。ここは組織の直属の施設。すぐに応援が駆けつける。そうなれば君に逃げ場はない。そして僕は…」

 

「八幹部“怠惰”だろ?」

 

 

空助とか言った男は、少しの動揺も見せず言った。

この男、僕の立場を知った上でここに来ているのか?目的は僕の誘拐か?いや、何にしても、呑気にここでチェスをする理由がどうしても分からない。いったい何が目的で…

 

 

「おらおら、考え事とは余裕だなぁ?

悪いが俺は負けず嫌いなんでね。子供相手だろうが勝っちまうぞ?」

 

 

話しかけたのは君でしょうが。

 

 

「ハァ…じゃあ、単刀直入に聞こう。君の目的は何?」

 

「別に何もねぇよ。ただ遊びに来ただけだ。ほれ、チェック」

 

「遊びって…僕らは結構甚大な被害なんだけど…」

 

 

話しているうちにも、盤面の展開は進んでいく。

しかもやたらハイレベル。油断すれば即負けるほどの読み合いが繰り広げられてるのに…なんだこの間の抜けた感じは。

 

すると、駒を動かした僕の手を、彼はじっと見てくる。

気持ち悪い。

 

 

「なるほどな…お前も外に出たことないのか」

 

 

どうやら、彼が見ていたのは、この装置。これをつけたまま施設の外には出られないようになっている。それを一目で見抜くとは。

 

 

「いや、お前も…って?」

 

「あー…なんでもない。気にすんな。

それより、やっぱ外には出たことないみたいだな。出たくはないのか?」

 

 

本当に何なんだこの人は。

でも、考えたこともほとんど無かった。外に出たい…か。

 

僕は自然と口を開いていた。

 

 

「前は…そうでもなかった。このまま一生この中でも別に構わなかった。でも……」

 

 

冬ちゃんが変えてくれた。

外の世界に、間接的にでも触れさせてくれた。外の世界広いって教えてくれた。

 

 

「……ハハーン。お前、恋してるな?」

 

 

 

 

 

 

マジで何言ってるんだこの人は。

 

恋?それはあれか?生物の持つ、子孫を残すという本能から生じる、求愛行動の原因となるアレのことかな?

 

一般的に、異性に惹かれたときに発生するあの恋のことか?

 

いやいや、ありえない。僕にそんな程度の低い感情は無いし、大体年の差が離れすぎている。僕はまだ子供だし、生物学的にもケースが不自然だ。

 

 

「…何を根拠に。チェック」

 

「いやぁ?ちょっと14年ほど前に、同じような忘れられないツラ見たからな。って、オイ!この流れはズルいだろ!えーと…どこ動かしたんだよ!」

 

 

ニヤニヤとこっち見て笑ってたから、隙を突いてやった。ざまぁみろ。

 

それにしても…恋……想像もつかない。

一体、どのような状態をそう呼ぶのか…何を根拠に判定するのか…そもそも恋ってなんだ?

 

ダメだ。混乱してきた。

 

 

「まぁ、とにかく外の世界には興味があるんだろ?別に、引きこもりっぱなしを否定はしない。でも、お前なら絶対、外の世界にハマる!これだけは断言できる」

 

「…また、何を根拠に」

 

「根拠ならある。秘密だけどな。

外の世界ってのは、いろんな奴がいる。そんで、その中にいらねぇ奴なんて、凄くねぇ奴なんて一人もいない!

外でお前を待つのは、70億の人生という物語が作り出した人間達!そして、地球と数多の命が繋いだ世界だ!どうだ?ワクワクしねぇか?」

 

 

その言葉は壮大で、説得力があり、不覚にも僕は高揚してしまう。

 

こんな狭い施設なんかよりももっと広く、地球の本棚よりも壮大な世界…

 

 

「好きな奴がいるなら、一緒に出てこいよ。

愛ってのは、ただでさえ面白い人生に、より一層色を与える。愛の無い旅路なんて、風景のない絵画みたいなもんだ。芸術はよく分かんねぇけどな」

 

「だからそれは違うって…」

 

 

僕は彼の言葉を否定し、誤魔化すように盤面に目線を落とす。

忘れていたが、そういえばチェスをしていたんだった。

 

…いや、待てよ。これって…

 

 

「言い忘れてたな。チェックメイトだ」

 

 

気づけば、盤面は既に詰んでいた。

いつの間に?会話をしながら、追い詰められていたのは僕のほうだったのか…?

 

 

「チェスには必勝法があるんだ。今度会ったら教えてやるよ。

外に出る気になったら、まずはここに来い。面倒見てやるからよ。その想い人も一緒に、な」

 

 

彼は立ち上がり、僕の足元に名刺のようなものを落とした。

 

そこには、「切風探偵事務所」と書いてあった。

 

再び目線を戻すと、そこにはもう彼の姿はなかった。

 

探偵…か…結局、目的は分からずじまい。不思議な人だった。

 

外の世界…広大な、見たこともないもので溢れる世界を、彼女と一緒に旅をする自分を想像する。

 

…案外、悪くないな。

 

 

 

______________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

「…ロックを開いた」

 

「おし。ご苦労さん」

 

 

適当な部屋に乗り込んで、そこで偉そうな奴を捕獲。

そこから重要な部屋に入り、機密情報をかっさらう。名づけて、わらしべ長者作戦。まさかこんなにも上手くいくとは。

 

副主任らしい、塩野とか言う男を捕まえ、ロックを解除させ、何やら難しい機材がある部屋に侵入成功。

 

とはいっても、何をどうすればいいか全く分からん。

 

 

「取り敢えず、適当にボタン押してみるか」

「な…!待て!」

 

 

適当にポチポチバンバンしてたら、コンピューターの画面が真っ黒になり、何やら変な音が鳴って火花が散った。

 

こりゃ壊れたな。俺、機械音痴だったの忘れてた。

 

このまま触ってたら、重要な機密情報もパーになりかねない。時間もそんなに無いし、まずは部屋を一通り…

 

部屋を捜索していると、部屋の奥に、他よりも明らかに高度な機械が備わった場所を見つけた。

 

そして、その中心。

ガラス…いや、厚いアクリルの大きい円形の容器。

そこに入った液体の中で、浮遊している物体。

 

一目でこれが研究の中枢だと理解できる。

それは一本のメモリ。黒いボディで、“J”と刻まれている。

 

 

何故かは分からない。だが…

理屈ではなく、俺の中の何かが、このメモリと惹かれあっている…

 

 

「…おい。これ、どうやって開けるんだ」

 

 

これは素手じゃ開けらんねぇな。

この男になんやかんしてもらって、開けてもらうしかない。そう思い、塩野の方に振り返った。

 

しかし、塩野はそこにはいない。

カチャッと金属音が聞こえ、音の方向を向く。

 

しまった、油断した。まさかそんなものを持ってるとはな。

 

塩野はピストルを持ち、銃口をこちらに向けていた。

 

 

「…調子に乗ってんじゃねぇぞガキが!

オラ!手を上げろ!抵抗したら撃つぞ!!」

 

 

そう言い、塩野は引き金に指をかける。

マズいな…この状況、正直打つ手がない。アイツに頼るのは癪だが、空助が助けに来るのを待つしか…

 

 

「どいつもこいつも、ガキの分際で俺をコケにしやがって!お前らは知らねぇだろうがな!俺には生まれ持った才能があるんだよ!!今まで、誰かに負けたことなんて一度だってなかった!俺はその辺の愚図どもとは生きる世界が違うんだ!その俺を…ガキなんかが指図してんじゃねぇよ!!大人に逆らった罰だ。お前はここで殺してやる!」

 

 

随分と聞いてもないことをベラベラと…

アイツの言葉を聞いて、俺の中で何かの感情が煮えたぎるのが分かる。

…前言撤回だ。よく分かったよ。それならこっちも、ことさらテメェなんかに屈するわけにはいかねぇ!

 

塩野は銃口を向けたまま、こちらに近づいてくる。

確実に当てるためだろう。だが、これこそ待っていたチャンス。

 

ジリジリと歩み寄り、銃口が俺の額につく直前。

俺はしゃがみ込んで姿勢を低くし、回避行動をとった。

 

 

 

「なッ…!」

 

 

わざわざ近づいてきたということは、奴は銃を使い慣れていない。ということ。

殺しに精通しているわけでもない。そんな奴が銃を人に向けている。その意識は極度の緊張状態にあるはずだ。

 

そんな中、予想外のことが起きれば、パニックを起こす。ただしゃがんだだけでも、奴の目からは姿が消えたかのように映っただろう。

 

だが、すぐに気づく。

 

すかさず俺は塩野が銃を持つ右手と逆方向、俺から見て右側に移動。

 

 

「ッ…!なめんな!」

 

 

パァン!

 

 

しかし、俺を狙ったはずの銃弾は俺に当たることなく、コンピューターの画面を粉砕した。

 

銃を持つ手と反対方向に移動する物体を狙えば、肘が開き、姿勢が崩れることで命中率はガタ落ちする。

リスキーな手だから使いたくはなかったが、事情が変わった。

ともかく、銃を撃った後、そこには確実な隙が生まれる。

 

その瞬間を俺は見逃さない。

塩野のピストルを持った手を蹴り、その衝撃でピストルは宙に放り出される。

 

そして、腕を後ろに組ませ、完全な固めの構えを完成させた。

 

 

「子供は大人に従えだの、生意気なことをするなだの、逆らうなだの…クソ食らえだ。勘違いすんな、お前らは少し早く生まれてきただけで、何の権力も無いただの人間だ。才能がある?知るか。会話から察するに、お前の上司は子供らしいな。その子供に負けてんのがお前なんだよ」

 

 

いつだってそうだ。大人は自分より目下の人間を見つけ、絶対的な力があると錯覚し、虐げる。人より上に立つことでしか自分を見つけられない、哀れな生物だ。

 

過去の記憶が俺の脳裏をよぎり、どす黒い感情が蘇ってくる。

 

無意識のうちに俺は、懐からナイフを抜いていた。

 

 

「お前らが俺を虐げるんだったら、俺にもあるはずだ。その権利がな…!」

 

「ま…待て!やめろ!」

 

 

 

「その人から離れてください!」

 

 

女の声が聞こえた。

それを拍子に、俺は正気に戻る。気づけば、俺はナイフを振り上げていた。

 

…空助と暮らすうちに、この感情は消えて無くなると思っていた。でも、時折この感情が俺の心を支配する。

 

ダメだ。落ち着け。冷静になれ。

俺は“切風アラシ”だ。あの記憶も、時間も、既に死んだんだ…

 

 

なんとか落ち着きを取り戻し、その声の主を確認する。

部屋の入り口に立っているのは、白衣姿の髪が微妙な長さの女。いや女か?にしては胸がなさ過ぎる。

待てよ…この女、こないだケーキ屋で財布をスられてた…組織の人間だったのか。

 

 

「その人から…塩野副主任から離れてください!」

 

 

すると、塩野は驚いたような怒っているような声で。

 

 

「お前…あのガキの世話係の…!」

 

「貴方のような人でも、主任に辛い思いはさせたくありません。待ってて下さい、今…助けます」

 

 

そう言うと、女はポケットから装置を取り出す。

あれは…スタンガン。でも何故だ、見るからにどんくさそうな奴なのに、この女……

 

 

 

その時だった。

 

 

俺たちの足下に、赤いラインが現れる。

他の二人も驚いている。そういうシステムではないのか?

 

赤いラインは円を描いている。

いや違う!これは……

 

 

気づいたときには遅かった。

それは、大砲なんかで狙いを合わせるときや、銃のスコープを覗いたときに見える、照準のマーク。

 

 

次の瞬間。

 

 

その部屋は、爆風と爆炎の中に消えた。

 

 

 

______________

 

 

 

「おー、爆発した。やったのか?胡蝶(フーディエ)

 

 

爆煙が上がる施設を、高い場所から見下ろす筋肉質の大男が、そうつぶやく。

 

すると、横にいた、ソーラーパネルのような翼を持ち、肩にはパラボラアンテナ、全身

に精密機械のディテールが施されており、右腕にレーザー砲を備えたドーパントは、鎖骨のあたりからメモリを取り出す。

 

すると、その姿はスーツに身を包んだ、中国人の女性の姿になった。

 

 

「あぁ、例の部屋に切風空助の連れ子が進入したのを確認。砲撃で直ちに抹殺した」

 

「え!?切風空助は殺してないのかよ!侵入者は始末するって任務だろ!」

 

「馬鹿者!」

 

 

胡蝶は男を、鋭い視線とともに蹴り飛ばす。

 

 

「我々は“憂鬱”直属の戦士。主であるエルバ様のため、命を賭け、エルバ様に忠誠を尽くし、そして死ぬのが本懐!嗚呼…エルバ様…私の心はいつでも貴方に陶酔しております……」

 

「いや、そうだが…つーか死ぬのか?」

 

「エルバ様は退屈しておられる。そして、切風空助はエルバ様同様、人間が持ちうる才を超えた存在。奴ならエルバ様の乾きを癒やしてくれるやもしれん。よって、片割れのみを始末するべきと判断した!」

 

「それなら俺にもやらせろよ!言ってくれれば、切風空助は残せたぜ?」

 

「嘘を言うな、デムド。貴様が暴れると施設そのものが消えて無くなる。それより、貴様の任務の方は順調なんだろうな?」

 

「釣れねぇなァ。ちゃんと、そっちも兵隊を使ってやってるよ」

 

「どうだかな」

 

 

胡蝶は再びメモリを取り出し、ボタンを押す。

 

 

《サテライト!》

 

 

スーツの胸元を広げ、鎖骨あたりに出現した生体コネクタにメモリを挿入した。

 

その姿は再びサテライト・ドーパントに変化する。

 

そして、一瞬の閃光と共に、二人の姿はその場から跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

______________

 

 

 

「おーい。生きてるか-?」

 

 

施設から少し離れた場所。空助の声で、気を失っていたアラシは目を覚ました。

 

と同時に、アラシは反射的に空助の顔面をパンチ。

 

 

「痛った!何すんだよ!お前が廊下で倒れてたのここまで運んでやったの、俺なんだぞ!?」

 

「そもそも、お前のバカ行動に付き合ってなかったら、こんな目に遭ってねぇんだよ!」

 

 

そこで、アラシはふと、気を失う直前の記憶を思い出す。

廊下に倒れてた…ということは、あの爆発から逃れたということ。しかし、一切の記憶が無い。どういうことだ…?

 

 

「ハァ…なんでもいいか。にしても、結局成果は無し。本当にピンポンダッシュになるとは…」

 

「でも、楽しかったろ?それに、これのおかげで、もしかしたらお前の弟と姉ができるかもしんないぜ?」

 

「訳分かんねぇこと言ってると、ぶっ殺すぞ」

 

 

毒づきながら歩く帰路の中、アラシはポケットの中の違和感に気づく。

 

それは、一本のメモリ。施設にあった黒いメモリだった。

 

 

(なんでここに……?)

 

 

疲れていたためか、詳しく考えずにアラシはそれを、ポケットに仕舞う。

 

 

そのメモリが、地球の意思を内包した、“J”のオリジンメモリであると知ることになるのは、この3年後。

 

そして、このメモリがアラシの運命を大きく変えるのは、この少し後の話である。

 

 

 

______________

 

 

 

組織全体を騒がせた侵入者騒ぎは、部屋一つが爆破されたのみで、それ以外は一切のデータも盗まれることなく終わった。

 

水面下では何の変化ももたらさなかったが、ただ一人、永斗はそうではなかった。

 

空助の話で、永斗は以前よりも、確実に外の世界に興味を持ち、これまでよりも様々なことを検索するようになった。

 

たこ焼き、遊園地、お祭り、せんべい汁…手当たり次第に検索をし、その度に興味は強くなっていった。

 

しかし、彼に訪れた変化はそれだけではなかった。

騒動の次の日から、

 

 

 

 

 

 

無悪冬海は施設に来なくなった。

 

 

 

最初は特に不自然だとは思わなかった。これまでにもあったことだ。事実、永斗はその隙に徹夜をしている。

 

しかし、一週間経っても彼女が来ることはなかった。

研究員の誰も、事情を知るものはなかった。検索をしようとも思った。だが、そんな方法で彼女のことは知りたくない。何故かそう感じ、踏みとどまった。

 

それから一ヶ月、やはり彼女は来なかった。

 

永斗は再び、冬海に会う前の生活に戻り、部屋の片隅には、使わなくなったチェス盤やカードなどのゲームがほこりをかぶっている。

 

メモリを作るだけの、無意な人生の繰り返し。

生じた外の世界の興味も消え、手に入れた知識も、誰にも披露する事なく、記憶の中に埋もれていく。

 

食べ慣れていたはずの栄養ゼリーの味は、久々に食べると、酷く味気なく感じた。彼女が持ってきた、あの現実の味が恋しい。

 

同じ日々の繰り返し、ふと永斗は思う。

 

なんのために僕は動いている?

 

誰とも話せず、誰にも褒められず。

僕を笑顔にしたがっていた、あの人はもういない。

 

一度意味を持ってしまった人生は、再び元に戻ることは出来ない。心はどうしても、それを求めてしまう。

 

しかし、それは手に入らない。それをくれる彼女は、僕の前からいなくなった。

 

もはや、何をする理由も、そこにはない。

 

そんなことを考えると、永斗の口からこぼれ落ちるように、言葉が漏れ出た。

 

 

 

 

「面倒くさいなぁ…」

 

 

 

 

______________

 

 

 

あの騒動が引き起こした変化は、実はもう一つ。

 

例の爆発に巻き込まれた塩野。だが、いつのまにか施設の外で気を失っていたようだった。

 

それからというもの、塩野の中では憎悪が渦巻いていた。

あの主任だけでなく、侵入者の子供にさえ、自分をコケにされた。終いには、愚図と見下していた女に助けられる始末。彼の自尊心は、もう限界だった。

 

あの子供と無悪冬海は、あの爆発に巻き込まれて死んだだろう。だが、ずっと疎ましい存在だった士門永斗は、今でも自分の上に鎮座している。

 

 

「ふざけんな…俺はこんなところで終わる男じゃねぇ…!俺にはその才能があるんだ!誰にもなめた口は聞かせねぇ…!あのガキさえいなければ…」

 

「じゃあ、消してしまえばいい。キミにはその方法も力もあるじゃないか」

 

 

その“声”は、どこからか聞こえた。

そこに何の姿もなく、その“声”がどのような高さだったか、口調だったか、それは既に記憶から消えてしまった。いや、初めからその事実はなかったようにさえ思える。

 

しかし、“何”を言われたか。それだけは鮮明に心に残り、彼の心の深い場所に根付く。

 

 

過ぎ去った嵐の後、暫くの凪が訪れる。

 

 

嵐が呼んだ僅かな歪みは、徐々に大きくなり、眠っていた“絶望”を現世に呼び出す。

 

“絶望”が現れれば、そこに光は残らない。

訪れるは、脚本通りで抗うことのできない

 

 

 

バッドエンドのみ_____

 

 

 

「さぁ、舞台と役者は仕上がりました。間もなくご覧頂きましょう、この物語の“約束されたバッドエンド”を」

 

 




色々詰め込みました…過去編も、次回完結…の予定です。終わるかな…?


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第35話 Eという少年/諦めることを

受験生って、本当に時間ないんですね。これは色々とマズいかも。146です。
お久しぶりです。過去最高で時間が空いたかもしれない。

もう本当にヤバい。早いことファング編終わらせないと、本当にヤバい!



「どういうつもりですか…岸戸先生…?」

 

 

とある廃病院、対峙するは瞬樹を含めたμ’sのメンバー。そして、組織のエージェント集団“憤怒”のNo3、コードネーム“ハイド”。

 

真姫はハイドの事を、「岸戸先生」と呼ぶ。

ここに来る前、メンバー一同は真姫からハイドについての話を聞いていた。

 

本名 岸戸(きしど)能晴(あたる)。名前の読み方には一同驚かされたが、それはまた別の話。

彼は、数年前まで西木野総合病院に勤務していた外科医。脳神経外科においては、数十年に一人の逸材とまで言われた天才医だった。しかし、手術中に執刀医に対し暴行を働き、医師免許を剥奪されたとされている。

 

凛が書いた(花陽の清書)似顔絵を見て、真姫はすぐに思い当たった。にわかには信じられなかったが、もし彼が組織にいるならば…そう思い、真姫たちは西木野家にあるデータを片っ端から集め、当時の知り合いや、院長である真姫の父親にも聞き込みをした。

その結果、この診療所にたどり着いたのだ。

 

 

「どういうつもりはこっちのセリフっスよ。せっかく逃がしてあげたのに、ノコノコやって来るなんて」

 

「貴方がなぜそうなったかは、事の真相を凛から聞きました。

それでも、私は納得できません!患者想いだった貴方が、どうして…」

 

「岸戸能晴はもう死んだ。今のジブンは“ハイド”っス。

それより、ジブンの身の上話なんかより、大事な本題があるんじゃないっスか?

まぁもっとも、彼のことだろうっスけど」

 

 

ファングの一件の時、ファーストはこう言っていた。

“力が弱まっている一週間以内に、総攻撃を仕掛ける”と。

 

あの時、エージェント達は完全に、オリジンメモリ適合者の永斗を殺す気だった。

もし総攻撃されれば、ファング・ドーパントである永斗が殺されてしまう可能性がある。

 

 

「…はい。永斗への総攻撃を、ギリギリまで延ばしてください」

 

 

少なくとも、アラシが帰って来るまで、永斗を守らなくてはいけない。

そして、それができるのは、岸戸能晴と関わりを持つ、真姫だけだった。

 

しかし、ハイドは驚いた様子もなく、ただ吐き捨てるように言った。

 

 

「駄目っス。総攻撃は今日の正午きっかりに遂行される。ジブン等も、子供の我儘聞くほど暇じゃないんスよ」

 

「そんな…何故ですか!?一週間のタイムリミットまでは、まだ時間があるはずです!」

 

「ファーストの封印は、刻一刻と弱まっていってるっス。体制が整い次第、最高戦力で叩くのが必定なんスよ」

 

 

ハイドは席から立ち、右手でクルクルとペンを回しながら、歩き回り、ペン先を真姫に向けて言った。

 

 

「仮にこの作戦が失敗すれば、ファングは無差別殺人鬼になるっス。真姫ちゃんも、君たちも、君たちの家族も皆死ぬ。それを止める方法は士門永斗を殺すしかないんスよ」

 

「ッ…!ふざけるな!永斗を見捨てろと…」

 

 

ハイドの言葉に激昂する瞬樹。だが、真姫は右腕で瞬樹を制止させる。

 

その目は、「ここは任せて」そう言っているようだった。

 

 

「私たちは死にたくないです。スクールアイドルとして、μ’sの仲間とラブライブに出場する。それが今の私の夢だから…」

 

「そうっス。なら分かるっスよね?夢が叶うかは別として、君たちが未来を迎えるためには、士門永斗を殺すしか…」

 

「私の夢は、μ’sの仲間とラブライブに出場すること。

……永斗も、みんなでμ’sの仲間です!」

 

 

ハイドは真姫の言葉の真意を読み取り、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。もしくは、顔の周りを悪臭の煙が回っているような。そんな表情。

 

 

「つまり、こう言いたいんスね。

自分達の命も、彼の命も、断固として諦めるつもりはないと。論外っス。そんなもの、子供の我儘に過ぎない」

 

 

ハイドの口調が強くなる。激しい口論が始まった。

 

 

「失敗すれば、あの未曾有の悲劇が繰り返される。勝機を逃せば終わりなんスよ!“集”を生かすために“個”を殺す。それが大人の常識っス」

 

「あの白い怪物は必ず、アラシ先輩が止めてくれます。それまで待って欲しいと言ってるんです!」

 

「こっちも、現実見てものを言えって言ってるんスよ!止める?どうやって!?アレが今の彼の人格。結局は殺すしかないってことが分かんないんスか!?」

 

「永斗の昔のことは知りません…でも、私たちに見せていたあの顔は、絶対に嘘じゃなかった。実際、あんな激闘の中でも、私たちには傷一つついていません!それって、まだ私たちの知る永斗の心が残ってるってことなんじゃないんですか!?」

 

「そんなのは偶然っス!もしくはファーストが君たちに危害が出ないように戦っていたか。なんにせよ、君の言うことには何の確証もない。ただの絵空事っス!」

 

「それでも私は…永斗とアラシ先輩を…あの二人で一人の仮面ライダーを信じています!だからお願いします!総攻撃を中止してください!」

 

「話にならない!!この世の中、何も諦めずに何かを得ようなんて、愚かしいこと極まりないっス!得ることとは、即ち、妥協し、諦めること。身の丈に合わないものを望んだところで、手に入るのは後悔だけ。そんな望み、持つこと自体が“間違い”なんだ!!」

 

 

口調が変わるほど、ハイドの感情は高ぶっていた。

真姫は感じていた。その言葉が自分に向けられたものではないと。

 

その言葉の先にいたのは、誰でも無い、ハイド自身だ。

 

 

「それは…あの事件のことを言ってるんですか…?」

 

 

ハイドは思わず口走ってしまったことに気づき、しまったという顔をする。が、一度歯ぎしりをすると、開き直るように言った。

 

 

「…あぁ、そうっスよ!あの時、手術をさせて貰えないと…彼女は助からないと薄々気づいてた!それでも、僅かでも可能性があると信じた結果、あの事件を呼んだ…そのせいで、命が尽きるその瞬間まで、ジブンは彼女に何もしてやれなかった!!残された時間を一緒に過ごすことも…できなかった…!」

 

 

ハイドの声が震える。爪が手の皮膚を破りそうなほど強く握られた拳は、彼の自分への激しい怒りが込められていた。

 

 

「岸戸先生、貴方はあの時、彼女の命を諦めるべきだった…そう言いたいんですか?」

 

「そうに決まってるじゃないっスか!だから諦めるべきなんスよ!士門永斗を確実に殺し、君たちは明日を手に入れられる。君たちまで…全部を失うことはないんだ…!」

 

 

ハイドに__岸戸にとって、彼女の存在は全てだった。

そして、彼女を失うと同時に、免許も、地位も全て奪われた。

 

そんな中、彼を引き留めたのが、西木野兄妹。一医者に過ぎない彼を、院長の子息である二人は慕い、まるで兄弟のように接してくれた。あの事件の後も、彼がそんなことをするはずが無い、引き戻してくれと、父親である院長に頼み込んでいたと聞く。

 

だから彼は真姫に感謝していた。立場上、敵対せざるを得ないが、それでも彼女には不幸になって欲しくはなかった。

 

そのためにも、士門永斗を殺すのが確実で最善。可能性は低いと言わざるを得ないが、それでも仕留めるには今しかない。それは誰の目からも明らか。それなのに…

 

何故わからない…何故諦めない…何故、そんな目で見るんだ…

 

ハイドはそれが分からないまま、真姫は口を開いた。

 

 

「安心しました。やっぱり貴方は、私たちの知る優しい先生のままです。でも…昔の貴方はそんなことを言う人じゃなかった」

 

 

その言葉に、ハイドの胸がズキズキと痛む。

変わった。そうだ。名前も捨て、悪の道に進んだ。自分は変わったんだ。分かっている…分かっているはずなのに…

 

 

「昔の貴方は、患者の命は絶対に諦めない、そのための努力は惜しまない。そんな医者だった。私と一輝はその姿に憧れました。それなのに…患者の命を諦めるのが正しかったっていうんですか!」

 

「黙れ…!救えなかったら意味なんて無い、出来ないことは諦める、それが大人の社会っス!人間は出来もしないことを望み、手に入ればその次と望み続け、墜ちていく!ジブンはこれ以上、子供が間違いの果てに大人になるのを、見たくはない!」

 

「大人になるってことは!諦めることじゃないはずです!!」

 

 

ハイドの記憶がフラッシュバックする。

思い出すのが辛くて、封じ込めていた彼女との記憶だった。

 

真姫はまだ何かを言おうとしていたが、その前にハイドの手が動く。無意識にその手はポケットに入り、メモリを持っていた。

 

 

《ナーブ!》

 

 

「話は…お終いっス!」

 

 

手の甲にメモリを挿入し、神経繊維のエフェクトと共に、その姿をナーブ・ドーパントへと変える。

 

そして右腕を真姫たちに向けると、その腕は夥しい数の神経繊維に分解される。

 

身構える瞬樹。しかし、それより前にナーブの神経繊維が、洪水のごとく壁を粉砕し、彼女らを病院の外に押し出した。

 

 

 

 

気づけば、全員が診療所の敷地外に放り出されており、その診療所はナーブの神経繊維で作られた、ドームのようなもので囲まれていた。

 

ナーブの能力で作られた、中範囲防壁“神経虫籠”。触れれば電流が流れ、大型トラックの衝突にも耐えうる強度を持つ。生身での進入は不可能である。

 

 

 

「交渉失敗じゃないのよ!」

 

 

空気を読まずに真姫に怒鳴りつけるのは、矢澤にこである。

 

 

「仕方ないでしょう!?あんな理屈にもなってない屁理屈、通る方がおかしいわよ!」

 

「何開き直ってんのよ!どーすんの、完っ全に怒らせちゃったじゃないの!」

 

 

反ギレで言い合う、にこと真姫。さっきまでの切迫した口論とは何だったのかと思うほど、喧しいだけの口論が続いた。

 

 

「でも…真姫ちゃんの気持ちは、ちゃんと伝えられたんじゃないのかな♪」

 

 

見かねたように口を開いたのは、ことりだった。

 

この作戦は失敗してしまったのかもしれない。でも、伝えたいことは伝えられた。

 

真姫は、いつかアラシが書いた活動報告書にあった言葉を口ずさんでいた。

 

 

「想いを伝えることは、きっと無駄じゃない…」

 

 

それは、アラシと真姫が初めて出会った時のこと。音丿木坂の清掃員だった小森が、ダークネス・ドーパントとなり若者を襲っていた事件。アラシの心境に大きな変化をもたらした事件だ。

 

結局、アラシの言葉が彼に届くことはなかった。でも、きっと伝えたことで何かが変わったはずだ。真姫もそう信じていたからこそ、今回ハイドに胸の内を語るに至った。そして、そこにはきっと意味があるはずだ。

 

 

「せやね…最初のアプローチにしては上々なんやない?

それはそうと、“μ'sの仲間とラブライブに出ることが私の夢”やったっけ?それについて詳しく聞かせて貰おうか?」

 

「ゔぇえ!?ち…違うわよ!あれはあの時仕方なく言っただけで、本当はそんなこと思って…」

 

「とか言っちゃって~本当は本音なんでしょ~?」

 

「私は嬉しいな♪真姫ちゃんがそんなこと思ってくれてて」

 

 

希だけでなく、穂乃果とことりまで乗っかってくる。

真姫は心の中で「しまった」と叫んだ。確かに言った。しかも図星も図星、本心である。だが、真姫は無自覚であるため、内心パニック状態に陥っている。

 

ニヤニヤしながら詰め寄ってくる、穂乃果や希に、そんな真姫は思わず。

 

 

「本当に違うわよ!ただ…アラシ先輩の期待には、どうしても応えたくて…」

 

 

自分の言ったことを理解した真姫は、その場から全力で逃げ出したい衝動に駆られ、顔を真っ赤に染める。またも無自覚な本心である。

 

「おーっと?それはどういう意味かな?ウチに詳しく教えてくれる?」

 

「いや…だから…私はアラシ先輩が…って、あぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

何を言おうとしたのかは分からないが、半狂乱になる真姫と、それを面白がって弄り続ける希。

そんな二人を尻目に、海未は依然として冷静に述べる。

 

 

「確かに、上手くいったとは言えませんね。もう中には入れませんし、日を改めるか、別の方法を考えましょう」

 

「そうね。上手くいくと思ったんだけど…って、どうしたの瞬樹、珍しく静かで」

 

「人を蝉みたいに言うな、絵里。ただ…」

 

「ただ…?」

 

 

そう言ったっきり、それっぽい表情で何も言わない瞬樹に、若干のいらつきを感じる絵里。

 

 

「…まぁいいわ。まずは一旦帰りましょう。今後の方針はそこで」

 

 

絵里の言葉で、真姫弄りから手を引く希。他のメンバーもそれに従う。

 

その時、希が何かを聞いたかのように反応。

一人歩みを止め、安心したように柔らかな微笑みを見せる。

 

 

 

「よかった…ちゃんと、伝わったみたい」

 

 

 

___________

 

 

 

 

「……」

 

 

μ'sの気配が無くなったのを確認し、“神経虫籠”を解除し、ハイドはメモリを体内から取り出し、変身を解除する。

 

壁の穴をふさいでいたものが無くなり、部屋から外の景色が一望できる状態に。

 

 

「これは…やり過ぎたっスかねぇ…」

 

 

この修理費、経費で落ちるかな…などと考えるが、ビジョンに怒鳴られる未来を想像し、軽くため息をつく。

 

何はともあれ、邪魔者はいなくなった。既に時間も正午が近い。ハイドは電話を取りだし、アドレス帳からゼロの名前を見つける。

 

電話をかける寸前、真姫の言葉が頭に蘇る。

 

 

『大人になるってことは!諦めることじゃないはずです!!』

 

 

「ッ…!」

 

 

ハイドは少し動きを止めるが、迷いを振り払い、ゼロの連絡先をタップ。即座に電話が繋がった。

 

 

「あ、もしもし。ジブンっスけど。ファング殲滅作戦の実行について…

 

 

 

 

実は、さっき騎士の仮面ライダーと交戦して、結構な深手を負っちゃったんスよ。はい…大丈夫っス、医者っスから。数日あれば。作戦のほうなんスけど…タクトとジブンが万全じゃないのは厳しいんじゃないっスか?自分で言うのもなんスけど。えぇ…はい…分かりました。回復に専念するっス」

 

 

電話を切り、複雑な表情で天井を眺めるハイド。

これバレたら怒鳴られるじゃすまないだろうな…と考えると、さっきよりも大きなため息が自然と出てくる。

 

 

「ホント、最近の子は油断ならないっスね…真姫ちゃんも見ないうちに立派になったもんス。騎士の子には、さっきの攻撃に敵意がないのバレてたっぽいし。おまけに、こんなものまで…」

 

 

ハイドは机の裏側に手を回し、そこに付いていた小さな装置を取り外す。さっきの口論の隙に、希が取り付けたものだ。先ほどの電話も聞かれていただろう。

 

掌にのせ、それを粉々に握りつぶした。

実際、ほんのさっきまで気がつかなかった。大したもんだと、ハイドは内心では感心していた。

 

 

さっきの行動、自分は何をやってるんだという気持ちはあるが、後悔はしていない。真姫の言葉を聞いたとき、フラッシュバックしたのは、十数年前の彼女との記憶。

 

 

 

『宇宙飛行士?』

 

『そう!私、宇宙飛行士になるんだ!それで火星に行くの!』

 

 

岸戸能晴 高校生。病院の庭で自分の夢を楽しそうに語るのは、能晴の同級生で幼馴染みの女子だ。

 

 

『また大層な夢だね。じゃあ、その前に赤点くらいは回避できるようにしよっか』

 

 

彼女は思い切りのいい性格で、しばしばスケールの大きい夢を持つ。幼稚園での大金持ちから始まり、最近ではノーベル賞受賞まで来た。年齢を重ねるごとに夢が大きくなるのは、端から見れば稀有であろうが、能晴はこんな突拍子も無いような展開に慣れてしまっていた。

 

 

『うぅ…あっくんはいいよね~頭いいし。やっぱり大学は医学部?』

 

『うん。医者になれば、体の弱いお前に何かあっても、俺が助けられるだろ?未来の宇宙飛行士さん』

 

 

いつも通りの対応で返す能晴を、彼女はいつにない目つきで彼を見つめる。

 

 

『な…どうしたんだよ』

 

『あっくんってさ、いっつも軽く返すけど、馬鹿にしたりはしないよね。それが不思議だな~って。成績も悪くて、体も弱いお前に出来るわけがない。現実を見ろ、大人になれって、先生やお父さんには言われるのに、あっくんだけはちゃんと聞いてくれる』

 

『…そんなに不思議かな?俺は別に、お前ならなれるとか信じてるわけじゃないし…ただ、お前は昔から、痛いほど真っ直ぐなのは知ってる。だから、冗談や適当に言ってるわけじゃないってのは知ってる…だけなんだが…』

 

 

その言葉を聞いた彼女は、しばらく能晴の顔をじっと見つめる。能晴は照れくさそうな、気だるそうな感じで、顔を少し赤くしながら肩をかく。そんな能晴を見て、彼女は思わず吹き出した。

 

 

『な…なんだよ!』

 

『アハハ…!いや、別に…やっぱり、あっくんは優しいや』

 

 

彼女は暫く笑った後、遠い目をして、先程とはまた違う様子で、別の未来を語った。

 

 

『あっくんがそう言ってくれて、いつも本当に嬉しいんだよ。私が将来何になれるのかは分からないし、こんな体だから大人になれるかも分からないけど…どんな未来になったとしても、誰かの夢や希望、目標に対して、それがどんなに難しくても、“諦めるな”って教えられる。私はそんな大人になりたい。大人になるってことはきっと、諦めを知ることじゃないはずだから…』

 

『そりゃまた、大層な夢だ。でも、きっとなれるよ』

 

 

 

 

 

 

あの時彼女の頭に置いた右手を見つめる。

 

結果として、あの言葉は嘘になってしまった。彼女を救うことは出来なかった。幾度となく自分を責めた。何度も自分を殺した。数え切れないほど、自分を否定し続けた。それでも…

 

 

「誰より真っ直ぐで、一生懸命生きてたお前を…否定なんてできないよ…」

 

 

眼帯で覆った右目から、不意に涙がこぼれ落ちた。

 

 

「おっと…いけない。“憤怒”のNo3が柄にもないっスね。さてと…壁でも直すっスかね…」

 

 

ハイドは涙をぬぐい、診療所のどこかにあったと思しき工具を探しに行くのだった。

 

 

_______________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

前回までのあらすじ。

空助の遺した言葉に従い、仙台まで“仙人”という人物に会いに行った俺。しかし、そこで出会ったのは、人の心を読むような言動をする女 山神未来。空助と知り合いだったという彼女は、俺に神奈川に行って来いと告げた。

 

そんな感じだ。あれからバイクで結構な距離と長さを走って、指定された住所に到着した。空助の地図よか数段わかりやすかったため、そこまで苦労しなかったが、単純に疲れた。

 

仙台の山奥から出発し、神奈川の山奥に到着。どこからどこまで山奥。風景はどちらも同じようなものだが、こちらは立ち入り禁止のテープが蜘蛛の巣にように張り巡らされており、中には相当大きな建物が倒壊した跡が。

 

住所を見たときはピンと来なかったが、ここに来るまでの道のりで確信した。

 

ここは3年前、俺と空助が侵入した、組織の最高科学施設。偶然にも、俺はここでジョーカーメモリ…オリジンメモリの“J”を手に入れた。

 

 

「組織の施設…確かに、例のパーツがあるのもなんとなく納得できるが…」

 

 

取りあえず、立ち入り禁止のテープをくぐり中に入ってみる。それにしても妙なのは、3年前まで確かに機能していたはずの施設が、こんな短期間で残骸と化していること。そして、倒壊してしばらくたった様子なのに、誰かがここに入った痕跡がほぼ無いということだ。普通なら、解体工事でもしていてもおかしくないのに。

 

 

まずは手当たり次第、その“緑色に光るパーツ”を探す。それさえ見つければゲームクリアだ。

捜し物には自信があった。しかし、これが中々見つからない。

 

代わりに妙なことに気づいた。建物の瓦礫の中には、高度な機材の残骸もあり、何より妙なのは、建物の瓦礫が綺麗すぎるのだ。そう、まるで、建物全体が切り刻まれたかのように、瓦礫の断面は鮮やかだった。

 

切り刻まれたような…否が応でも、その言葉はファングの事を思い出させた。

この規模から考え、ファングが暴れた跡だとすれば自然である。そうなれば、永斗の過去にも関わってくるはずだ。あの女は心が読めていた。それを承知で俺をここにけしかけたのか?などと考えながら、俺は未来から言われた緑色の光を探しながら歩き回り、瓦礫の中を探っていく。

 

 

 

痛い。俺の手が傷だらけになり、何度目か分からない深いため息をついたとき、辺りは既に暗くなっており、太陽が沈むまで秒読みの状況であった。あの女に騙されたのではないか、こんなことに意味があるのか。そんな疑念は太陽の光が弱まっていくにつれて大きくなっていく。

 

____そうはいくか。

疲れた、辛い、そうだろうな。もう何時間も探し回っている。でも、そんなことは知ってるんだ。それが、ここで退く理由になるか。ただ“辛い”だけで、諦めるわけにはいかない。

 

 

太陽が沈んだ。途端に辺りは曇り始める。月の光の進路は雲に阻まれ、地面には届かない。

昨日の夜もそうだった。永斗がファングになったあの日に昇った満月から、月は一度も空に姿を見せない。

 

その時だった。

空間を覆った暗がりは、今まで見ることができなかったそれを、はっきりと鮮明化させた。

瓦礫の隙間を抜け、仄かに輝く緑色の光。

 

 

俺は何も考えず、その光に駆けだした。

そこは、先程確認した場所。再度瓦礫をどかして確認しても、やはり何もない。だが、俺の心は確かに歓喜している。

 

そこにあったのは、四角く淵を取るように地下から輝く、緑の光だった。

 

 

 

___________________

 

 

 

「まさか、地下室があったとはな。こりゃ気付かねぇわ」

 

 

地下室と地上は四角いパネルのようなもので隔てられていた。中には階段と機材が。地下だったためか、地上に比べて比較的原型が残っている。まだ使える機械なんかもあるのではないだろうか。

 

進むにつれ、緑色と光が強くなっていく。間違いない。この先にある。

 

しばらく進むと、曲がり角が。さらに機械の扉まで。しかし、どういうわけか既に開いている。壊れているのか?なんにしても、この先に例の石とかがあるはずだ。俺は思わず駆け足になり、曲がり角を曲がった。

 

 

そこにあったのは、緑の光を放つ石や機械の残骸。

そして、それをせっせと集めている、中年の男だった。

 

 

「ッ!お前…仮面ライダー!なぜここに!」

 

 

こちらを見て腰を抜かす男。コイツは…確か、海未たちの報告でチラッと見た、ホルモン・ドーパントの変身者。変身前で会ってないのに俺がダブルだって知ってるってことは、組織から教えられたのか。でも何故だ。それ以外にも、コイツとはどこかで……

 

 

「来るな!俺を捕まえに来たのか!?」

 

 

男は、何もしていないのに勝手にビビり始めた。なるほど、コイツは俺が変身できないことを知らない。しかも、コイツがここにいて、その石を集めえているということは、多少はこの施設に詳しいということだ。これは願っても無い好機!

 

 

「あぁ。偶然ここに入るのを見かけてな。観念して縄に附け。そうすれば、手荒な真似はしない」

 

 

俺はありもしないドライバーを構える仕草をする。男は完全に戦意が無いようだ。

 

 

「警察に突き出す前に、質問に答えてもらおうか。断れば、この地下室ごと生け埋めだ。悪いが、もう手段を選んでる暇はない」

 

 

無論、ハッタリである。そんなことできるか。今の俺は生身だぞ。

しかし、案の定ちょろいというか、すんなり男は頷いた。

 

 

「よし…じゃあまず。この施設に何があった」

 

「…白い化け物が、全部やった。ここの研究者で、生き残ったのは俺だけ。後は全員死んだよ。探せば白骨死体が出てくるはずだ」

 

「その緑色の石は」

 

「これは、“地球の遺産(ガイアパーツ)”と呼ばれる物だ。地球の意思と直接つながるための空間、地球の扉…ガイアゲートの近くでその波動を受け続けた物体は、こう変異することがあるらしい…って言っても、お前には分かんねぇだろうがな」

 

 

地球の扉…スラッシュの餞別が、ここで繋がった。つまり、ここにはそのガイアゲートが存在したということか。

そして、白い化け物…やはりファングで間違いない。問題は…

 

 

「白い怪物が現れた原因はなんだ。白い怪物の正体はなんだ!」

 

「……当時、この施設の権力者だった俺は、邪魔な施設の最高責任者を殺そうと画策した。ガイアゲートに落とし、殺害は成功したはずだった。だが奴は、何故か蘇り、ある研究員と脱走を図った。その途中で奴はオリジンメモリに適合し……あの惨劇が起きた」

 

「…その、最高責任者の名前は」

 

「士門永斗。アイツはまた俺の前に現れた!今度こそ殺すつもりだ…!だから、一部から高値で売れるこの石を売り、海外に逃げるつもりだった!」

 

 

俺の思考が真っ暗になった。

オリジンメモリに適合し、ドーパントになった永斗。でも、暴走すれば普通は、まともに会話もできなくなる。絵里がその前例だ。しかし、あの時の永斗は明確な自我があった。つまり…

 

永斗は3年前、自分の意思で大量虐殺を行った……

 

確かに、そんなこと考えなかったわけではない。俺たちの潜入作戦の少しあと、あの事件が起きた。空助は何故か捜査しようとはしなかった。そして、その直後に空助が記憶喪失の永斗を連れてきた。驚くほど噛み合っている。

 

これは永斗の記憶を失う前の人格が、殺人鬼であることの証明だ。

 

 

その後も、男から多くの情報を引き出した。

地球の本棚とは、ガイアゲートに落ち、地球の意思とつながることで手に入る能力。永斗は幼少期に一度、そこに落ちて生還したことで、地球の本棚にアクセスできるようになったらしい。そして、“F”のメモリはこの施設で保管されていたらしい。何でも、ガイアパーツがメモリと呼応したため、組織は“F”のメモリの場所を特定できたらしい。

 

謎は残る。だが、それよりも俺の中では、行き場のない怒りが渦巻いていた。

原因は依然として不明。聞く限りでは、士門永斗という人間が元々怪物だったとしか考えられない。

それがたまたま記憶を失ったことで、人格が変わった。そして先日それが表に現れた…他にないのか!?それが真相なのか!考えろ!どこかに答えが…!

 

 

 

 

____駄目だ。全く見えない…

 

頭では分かっていたはずだった。俺は永斗を理解し、救い出そうと誓った。

でも、心のどこかで、ファングの言葉は嘘で、永斗は無実で、ただ体を乗っ取られただけだ…そんな甘い答えを望んでいた…現実が目の前まで来たとき、思考と体は動きを止めた。振出しに戻った気分だった。滑稽だな…永斗の過去を探りに来たのに、望んだ答えが無いだけで、こんなにも心が折れそうになる。

 

仮に元の人格が戻ったとして…俺は、お前にどんな顔をすればいい……?

 

 

 

 

「…イ……オイ!聞こえてんのか!」

 

 

男の怒号が、俺を現実の世界に引き戻した。

いつの間にか、男は立ち上がり、メモリを構えていた。

 

 

「さっきから偉そうにしやがって…俺はな!上から目線のガキが一番嫌いなんだよ!」

 

 

《ホルモン!》

 

 

男はメモリを使い、ホルモン・ドーパントへと変身した。

 

ホルモンは腕の注射器を、躊躇なく俺に向けて突き出してくる。

俺は無意識に回避した。永斗が居なければ、敵の能力が分からない。だが、なんとなくアレは喰らったらヤバイのは分かる。

 

攻撃は絶え間がない。使用者のレベルが低いため、生身でもなんとか回避できているが、ここまでの疲労が俺の足をふらつかせる。

 

ホルモンの一撃が、俺の服をかすめた。

マズイ…このままでは時間の問題だ。なんとか打開策を…

 

頭が働かない…さっきまで俺を動かしていた原動力は、もう俺の中にはない。希望は全て…水泡に消えてしまった。

 

もう、ここまでか……

俺はホルモンの攻撃を避けた反動で、バランスを崩し、尻から倒れこんでしまう。

 

 

「やっと力尽きたか…これで終わりだ!」

 

 

ホルモンは腕の注射器を振り上げた。俺は全てを悟った。俺は…ここで死ぬ____

 

 

 

倒れた反動で、俺の服のポケットから何かが落ち、戦意を失った俺の手に落ちた。

それは、凛が作った…俺の分のフェルト人形____

 

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

ジョーカーメモリを作動。首に生体コネクタが出現し、俺は爆発的に飛躍した身体能力で、ホルモンの攻撃を避け、さらにホルモンの腹部に一撃を叩き込んだ。

 

俺は拳を握り固め、自分の顔をぶん殴った。

 

 

「痛ッッ!!」

 

 

ジョーカーで強化されてんの忘れてた…首が飛ぶかと思った。

でも、おかげで目が覚めた。何を勝手に諦めてんだ俺は!ちょっと疲れただけで弱気になってんじゃねぇぞ!俺は、アイツ等の思いも背負って、ここに来た。これは俺だけの戦いじゃない。永斗は…μ’sの全員にとってかけがえのない存在だ。無論、俺にとっても…

 

再び誓え!切風アラシ!!俺とアイツはいつだって、二人で一人の仮面ライダーだ!

永斗が己の罪を数えるならば、俺もその罪を背負う。例え、そこに俺たちが知る永斗がいなくても…俺はお前の名前を呼ぶ。どんなに離れていても、何が阻んだとしても、大きな声で叫び続ければ、いつかは届く!そう信じて!!

 

 

『また軽い決意か?いい加減理解しろ。ここで諦める、それが運命だ』

 

 

お前は誰だなんて聞かない。どうだっていい。俺に必要なのは、その問いの答えを声を大にして宣言することだけ。俺は戦う。諦めるのが運命ならば、俺は運命をぶっ壊して前に進む!

 

 

「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

俺の拳は、ホルモンがガードに使った自信の腕の注射器を粉砕。胴体まで到達し、拳がメリメリと食い込む。攻撃が深くまで突き刺さった感触が俺の腕に伝わる。その瞬間、ホルモンの体は凄まじい衝撃波と共に吹き飛び、壁に激突。衝撃波はとどまらず、壁をも粉砕した。

 

ホルモンの変身が解け、男は気を失う寸前、俺を見て憎しみに満ちた表情を浮かべた。

 

 

「お前…あの時の…!」

 

 

俺はただただ自分の身に起こった事態に驚いていた。

確かに、変身以外でメモリを使うのは初めてだった。だが、変身前でこんなパワーが出るなんて普通にあり得ない。

 

しかし、どうやらそれを考える暇はなさそうだった。

 

さっきの衝撃で、元々危うかった地下室が崩れ始めた。マズい…早くここから逃げないと!

と、その時、気絶したホルモンの男が目に入る。

 

 

「あー!しゃあねぇ!!」

 

 

 

_________________

 

 

 

 

数分後、俺は男を担ぎ、何とか脱出に成功した。

例のガイアパーツとやらは、地下室と共に土の中に消えてしまったが、問題はない。

この男が集めていた分が入ったケースが、コイツの服から出てきた。命救ったんだから、このくらいは頂戴しても問題ねぇだろ。オイ、誰だお前のせいだろって言ったやつ。

 

ホルモンメモリは依頼にも合った通り、きっちり破壊しておいた。

さてと…そんなに重症でもないし、放置しといても風邪は引くかもしれねぇけど死にはしないだろう。この辺に投げとこう。

 

 

辺りはすっかり暗くなっている。何はともあれミッションはクリア。心も新たに入れ替えた。もう一遍の迷いも甘えも無い。さて、アイツのとこに戻るとするか…

 

 

「にしても…こんな石ころのために、ここまで苦労するとはな…」

 

 

地球の意思と繋がる物体…興味が無いわけではない。

まぁ、持つくらいなら…そんな気持ちで男が持っていたケースを開け、掌に緑色に輝く石を出した。

 

歩きながら近くで見てみるが、光っている以外に特異な点は見当たらない。

 

 

「よくわかんねぇな。まぁ、持っていけばドライバーが完成するし、それでいいとし…」

 

 

俺が石を持ったまま、とあるポイントに足を踏み入れた瞬間。その刹那だった。

俺の首元に残っていた生体コネクタが輝く。そして、俺の視界は真っ白になった。

 

 

不思議な感覚だ。眠っている時と、現実との間のような__意識が自分の体から抜け出て、上に上がっていく感覚。そして、俺の頭を膨大な量の何かが通り抜けていく。文字列のようにも、無数の写真のようにも、映像のようにも感じる。だが、はっきりとわかる。それらは何かの記憶。長い長い時間を経て記録された、“この場所”の記憶。

 

その時、一瞬だけ。無数の情報はピタリと止まり、俺にある場面を見せた。

場所は異常に散らかった狭い部屋。そこにあったのは、チェスをしている女の後ろ姿。そして、少し小さい永斗の姿。笑ってこそいなかったが、俺には分かる。俺の知っている永斗よりもずっと不器用みたいで、顔に上手く感情が表せない。それでも、あの顔は、心の底から楽しんでいる顔だ。

 

それからも、永斗が過ごした時間、感情が流れ込んでくる。

最後に、永斗が大切な誰かに向けた、()()()()が、俺の意識を満たした。それはとても…とても温かく_______

 

 

 

 

いつの間にか、意識は元に戻っていた。それと同時に、俺の目から涙がこぼれ落ちる。

 

 

永斗の感情を知り、理解した。記憶を失う前のアイツも、仲間に恵まれたんだ。他とは違う自分を理解し、向き合ってくれる、大切な人がいたんだな……そして、最後に感じたあの感情。そこまで来れば確信できる。俺の知る永斗と、過去の永斗は何ら違わない。昔の永斗は…人を平気で何人も殺すような奴だとは思えない。

 

何か大きなきっかけが無ければ、あんな事件が起こることはあり得ない。

得た情報から現実を見ろ、記憶をたどれ、希望的観測を捨てて推理しろ!

 

きっかけは何だ?その大切な人がいなくなった…もしくは死んだとか…でも、誰かに殺されたとしても、無関係な人間を手にかける理由にはならない。読み取った永斗の過去や感情から考えて、それで永斗が何かを失うことはあっても、何かを奪うとは考えにくい。動機としては突飛すぎだ。

 

スラッシュがわざわざ俺に残した手がかり“地球の扉”、永斗が見せた異常な再生能力。そして、あの時。ファングとの闘いでの、ファング、ゼロやスラッシュの言葉の違和感…ファングの化け物じみた強さ…最後に、さっき俺に問いかけてきた“声”と、俺に宿った力…

 

 

 

『レベル2…』

 

『よくもここまで集まってくれたもんだ。下等生物が…』

 

『物語の登場人物は、創造主である作者には絶対に逆らえない』

 

『手に入れたものに対して、失ったものはあまりに大きすぎる』

 

『やはりオリジンメモリ…強さの底が知れない』

 

『ガイアゲートの近くでその波動を受け続けた物体は、こう変異することがあるらしい』

 

『ガイアゲートに落とし、殺害は成功したはずだった』

 

 

 

「そうか…アイツは永斗で……永斗じゃなかったんだ」

 

 

 

たどり着いた真相。もし、これが真実ならば____

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

数時間後。俺は再び神奈川から仙台まで。本当にこの短期間で何週すればいいのだろうか。

そして、またしても山奥。地図は空助のだし、道中に目印らしきものも無いから、またしても迷ってしまう。

余計に時間がかかるのが苛立って仕方がない。

 

やっとの思いで見つけた廃洋館。ドアノブは取れたまま修理してない。

慎重に扉を開け、鳥もちが無いかを確認。いつ抜けるか分からない床を進んでいき、階段も出来る限りのいたわりを尽くして昇っていく。

 

やっと着いた、山神未来の部屋だ。ドアは外れているため、すぐにあの女の姿が目に入り…

 

 

 

「あぁ~タカさん可愛いぃぃぃ~」

 

 

 

大きめの猛禽類と戯れる未来を見て、俺は無意識の殺意と共にメモリを構えた。

 

 

「って帰ってたの!?ちょ!待って待って!休憩だから!いったん落ち着こ?」

 

「……それで、持ってきましたよ。例のパーツ」

 

 

俺は心を落ち着かせ、ガイアパーツの入ったケースを渡した。

未来は鳥を逃がし、パーツをじろじろと見つめる。

 

 

「お疲れさ~ん。じゃあ、早速取り付けるね~」

 

「待ってください。その前に、話をしてもいいですか」

「気付いたんでしょ?彼の正体」

 

 

…少し予想はしていた。だが、やはり驚いてしまう。本当にどこまでもこの人は、俺の思考を読んでくる。

 

 

「キミならたどり着くって信じてた。でも、それはまだスタートラインだよ」

 

 

そう言って、未来は俺に近づき、掌を俺の頭部にかぶせてくる。

その瞬間、さっきの、場所の記憶を読み取る感覚と似た感覚が、俺の中に走った。

 

 

今度は、俺の意識だけでなく体も、どこか分からない白い空間の中にいた。

 

体がフワフワする。力も上手く入らない。すべての事象が現実と少し異なるような、そんな空間。

 

 

『そこは、意識空間。いわゆる、地球の本棚と似た空間だよ』

 

 

未来の声が聞こえるが、姿は見えない。それより、これが地球の本棚の空間…この能力、やっぱり彼女は…

 

 

「それで、なんで俺をこんなところに!」

 

『詳しい事情は後で☆何にしても、キミはヤツと戦わなければならない、それには今のキミじゃ力不足なんだ。だから、未来お姉さんが開発の片手間で特訓してあげようってわけ』

 

 

空間が歪み、俺以外の存在が意識空間に現れた。鈍色の肉体に鋼の皮膚、赤い目。

俺たちが初めて仮面ライダーとして戦った敵。メタル・ドーパントだ。

 

 

『キミの記憶から生まれたドーパントと戦ってもらう。その空間は時間が圧縮されてるから、時間のことは気にしなくてもいいよ。体力の限界も、死の概念も、その空間にはない。何時間でも敵を倒すまで戦える、出来るまでやるを実践可能な、理想的教育空間だよ☆』

 

 

懐をまさぐると、ジョーカーメモリはあった。つまり、これで戦えということだろう。

言ってることは相当鬼畜だが、今となってはありがたい。丁度、己の力不足は感じていた。

 

 

「あぁ、分かった。じゃ、遠慮なく特訓させてもらうぜ!」

 

 

誓ったからな。どんな道だろうが、俺はもうお前を諦めない!!

 

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

 

 




はい~もうね。頭悪いから要約ができない。長くなっちゃうの。すいません!
一応、Eという少年は次でラスト!のはずです…過去編も次回ラストなんで、もう少し頑張ります。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第36話 Eという少年/切り札はジョーカー

どーもー!最近Twitterで調子に乗ってる146です!
2日で書き上げました。受験が近づいてきて地獄もいいとこでございます。

F編最終章といったな?あれは嘘だ。
纏めて書きたかったんですが、勉強しないといろんな意味でヤバイので、ここで一回切らせていただきます。

今回は永斗の真実を明かします。


8月9日 早朝。

宮城県の仙台、とある山奥。鹿とか鷹とか普通にいるくらいの山奥。

人の気配が全く無い空間の中、何故かポツンと佇む古びた洋館。さらにその中の一室で、少年は目を覚ました。いや、“戻ってきた”という方が妥当であろう。

 

目を開けると、視界がぼやけている。まったく別の空間にいたためか、音もよく聞こえず、力も入らない。ただ、なんとなく見知った女の姿は認識できた。

 

女に導かれるままに動くと、段々と感覚が戻っていくのがわかる。それと同時に、数年分の食欲を刺激する何かを感じた。

 

何かはわからないが、少年は反射的にそれを手に取り、口に入れた。懐かしい感触だ。体より、心がソレを欲し、次々と手が伸びる。満たされる感覚とともに、おぼろげだった視界や聴覚も元に戻っていく。体に力もみなぎる。そして、自分の目的も思い出した。

 

彼は日付を問う。女は「8月9日」と答えた。体感時間では数年が経過しており、数日しかたっていないことが信じられないが、今はそんなことはどうでもよかった。

 

 

ほんの少しだけ身支度をし、多少の身なりを整える。

まだ少々の違和感があるが、そんなことを気に留めないほど、彼は昂っていた。

 

 

「もう行くの?」

 

 

彼はうなずく。

 

 

「そ。そんじゃ、忘れ物だよ」

 

 

女___山神未来が放った物体を、少年は受け止める。

それは赤く、何かが入る空洞が“一つだけ”ある装置。

 

 

「それとさっき渡した“アレ”を一緒に使えば、地球の本棚に入れる」

 

 

少年は少しだけそれを見つめると、懐にしまい、ポケットからバイクのキーを取り出す。そして、緑と黒の半々という風変わりなバイクにまたがり、キーを回した。

 

 

「うん、わかるよ。顔つき変わったね。

期待してるよ、少年」

 

 

ヘルメットをかぶる前、少年は未来に振り向く。

 

 

「行ってきます」

 

 

少年___切風アラシは、そう言って微笑んだ。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

同刻、ハイドが潜伏する診療所。壁に空いた穴も完全にふさがっている。

起きたばかりのハイドは、髪をセットする前に白衣を羽織り、能力サポートの眼帯を付け、物憂げに携帯の画面を見る。

 

表示されたのは8月9日の文字。真姫に諭され、ファング討伐作戦を延期していたが、言い訳にしていたタクトの容態も回復し、でっちあげたケガの話もバレるのも時間の問題。時間稼ぎは限界だった。

 

 

「ダメだったっスか…」

 

 

ハイドは少し残念そうに呟く。本当に彼女たちが士門永斗のことを解決してくれたらどんなに良かったか。だが、どうやら叶わなかったようだ。

 

致し方なく、ハイドはメンバーにメールを一斉送信。

 

 

 

“本日正午、怠惰討伐作戦決行”

 

 

 

_______________

 

 

 

それから数時間が立ち、お昼ごろ。

 

でかでかと「ほ」の文字が書いてあるオレンジの練習着を着て、息を切らしながら少女が走る。μ’sのメンバーである、高坂穂乃果だ。

 

彼女が止まった先には、ほかのメンバーも集まっていた。

 

 

「どう!見つかった!?」

 

 

深く息を吸い込みながら、開口一番そう大声で問う。

しかし、海未はバツが悪そうに目を下に向ける。

 

 

「いえ…やはりダメでした」

 

 

ハイドに交渉に行ったあの日以来、μ’sは永斗の捜索をしていた。

ガジェットでの見回りや、メンバーで手分けして広範囲にわたって聞き込みもした。9人で思いつく限りのことはした。しかし、いまだに何の手掛かりも得られなかった。

 

 

「確か、岸戸先生は一週間って言ってた…もう時間がない……」

 

「そんな…」

 

 

真姫もいつになく思い詰めた様子だ。時間がないのは皆が百も承知。それ故に、無力感がより一層募っていく。

 

そんな中、凛が口を開き、ついにその言葉が出た。

 

 

「やっぱり凛たちじゃ何もできないんだよ…」

 

「凛ちゃん!」

「凛!私たちが諦めたら誰が…」

 

「かよちんも絵里先輩も分かってるでしょ!?凛だって嫌だよ…このままじゃ永斗くんが……!」

 

 

無力感、焦り、絶望。凛が言わずとも、誰かが言っただろう。

誰も言い返せない。タイムリミットを目前にして、誰もが心が折れる寸前だった。

 

 

「難航しているみたいだな」

 

 

その時吹いた、一陣の風。

9人は思い出し、期待した。幾度となく自分たちを救い、導いてくれた、あの探偵の姿を……

 

 

 

「竜騎士降臨!」

 

 

 

9人は落胆し、絶望した。よりにもよって、このアホが来たと。戦闘ならまだしも、こういう活動にはクソの役にも立たない自称竜騎士が来てしまった。

 

 

「なんだ、いたんですか。それで何かありました?」

 

「辛辣だな!?いや、ただ顔を見せに来た、否!我が天使を拝みに来たに過ぎない。

無論、手掛かりは我が神魔眼をもってしても見つけられなかった、というわけだ」

 

 

それを聞くや否や、全員が立ち去ろうとする。このアホに付き合うだけ時間の無駄である。さっきまでの絶望ムードも、なんだかどこかへ行ってしまった。

 

瞬樹の行動のおかげだろうか。その時、穂乃果は何かを思いついたように声を上げた。

 

 

「そうだ!みんな、提案があるんだけど……」

 

 

 

___________________

 

 

 

 

「提案って…これ?」

 

「そうだよ、ことりちゃん!困ったときはやっぱりここでしょ!」

 

 

穂乃果が全員を引き連れてやってきた場所。

それは、μ’sの第二の本拠地にして、μ’sの活動を支え、見守ってきた場所。

目の前に伸びる長い階段。

 

そう、神田明神だ。

 

 

「神頼みって…いくら何でも雑過ぎない?」

 

「ええやん。こういう時って、神様にお願いするのが案外良かったりするんよ」

 

 

にこは水を差すような発言をするが、内心どこか安心していた。

やはりここには謎の落ち着きがある。近頃は焦り、バタバタしていたためか、ここには集まっていなかった。

 

 

「よーし!じゃあ、誰が一番乗りか競争だー!」

 

「ちょ…待ってください、穂乃果!」

 

 

元気よく飛び出す穂乃果。それを追って他も階段を駆け上がっていく。

 

長い階段を上っていき、神田明神の本殿の屋根が視界に覗き始める。

スピードを上げ、一気に駆け上がる。何の理由もない、単純に息が上がっているからだろうか、それでも確かに、彼女たちの気分は高揚していた。

 

穂乃果が最後の一段を踏みつけ、一番に到着。

 

数日ぶりの神田明神の空気を、思い切り吸って吐き出す。

すると、風や木の音とは違う音が聞こえた。

 

チャリンという音の後に、手をたたく音。

さっきまで風景と同化していたかのように、気配を感じなかったが、その音でその姿が穂乃果の視界に移った。

 

その姿を見た瞬間、穂乃果の中で何かが込みあがってくる。

 

他のメンバーも到着すると、それと同時にその姿が目に入る。

 

たった数日のはずだった。

でも、何故だかわからないが、その姿を見て喜びを隠せない。

 

ある者はその姿を見て微笑み、ある者は駆け出す。

そして、その名前を呼んだ。

 

 

「アラシ君!!」

 

 

神田明神本殿の前に立っていた人物。

それは、仙台から帰還した探偵の姿だった。

 

 

アラシはμ’sの姿を見て、最初にこの言葉があふれ出てきた。

 

 

「…久しぶりだな、みんな」

 

「まだ三日くらいだよ?」

 

「あぁ、そうだったな。それでも…久しぶりだ、この場所も、お前らと会うのも…」

 

 

アラシの言葉に、穂乃果の頭には?しか浮かばない。

しかし、不思議なことにこれだけは感じ取った。

 

 

「アラシ君、どこか…変わった…?」

 

 

「アラシ先輩!」

 

 

今度は真姫が、すごい嬉しそうに駆け寄ってくる。

アラシはその姿を見て、半ば不可解な顔をしながらも微笑む。

 

が、そこに飛んできたのは真姫ではなく、にこの飛び蹴りだった。

 

 

「痛ぇじゃねぇかバカにこ!」

 

「うっさい!何日もどこ行ってたのよ!」

 

「あぁ!?テメェに教える筋合いなんかねぇよ!一人で街に降りて不愉快スマイルでもまき散らしとけ!」

 

 

そのやり取りを見て、さっき感じた雰囲気が気のせいのようにも感じる。

だが、穂乃果には、その背中が以前よりも大きく見えた。

 

みんなが集まる中、瞬樹だけはじっとアラシを見つめていた。

 

 

「お前、本当に何をしていた?」

 

「何って、ちょっと山籠もりをな」

 

 

他の9人とは違い、戦闘職の瞬樹はアラシの変化を見逃さない。

肉体的な変化はあまり見られないが、風格はまるで別人だ。澄ました静けさの中に、以前よりも大きな暴威を感じる。

 

 

「さてと、それはそうとお前ら。看板見たよな?

俺の言いつけちゃんと守ったか?」

 

 

アラシはそう言って、穂乃果の顔を指さす。

一方の穂乃果は胸を張って、鼻を高くして言う。

 

 

「実はね……!」

 

 

 

 

 

 

かくかくしかじか

 

 

 

 

「……!」

 

 

穂乃果の事情説明が終わり、アラシは頭を抱える。

話によると、こいつ等だけでハイドのところに行って、作戦延期の交渉をしたという。しかも成功したらしい。

 

 

「アホか!あれはそういう意味じゃなく、永斗を取り戻した後はライブもあるから、ちゃんと練習しとけっていう…」

 

「えぇ!?でも、じゃあなんで…」

 

 

そんなことになった発端を思い出すと、全員が顔を真っ赤にして下を向いている真姫の方を向いた。「期待されてる」とか色々言っていたのが全部的外れで、よほど恥ずかしかったのだろうか。

 

 

「ホントにお前らは…俺の考えなんて飛び越えていきやがる。

でも、ありがとな。おかげで俺も準備ができた」

 

 

 

アラシはそう言って、ロストドライバーを取り出す。

 

 

「これって……」

 

「永斗を救う方法が見つかった。お前らの力が必要だ」

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

山神未来曰く、このロストドライバーはメモリ一本で変身する用のドライバー。そして、それと同時に地球の本棚に入るための“裏口扉”らしい。本棚とつながっている永斗の意識は、本棚にあるはず。空助はそこまで見越して、このドライバーを設計したということだ。

 

つまり、実体が見つからなくても、精神世界でなら干渉できる。そのための“鍵”も手に入れた。

 

そして、手に入れた真実と、体感時間数年分の修行。

これがあれば、永斗を取り戻すことができる。

 

方法は簡単。ドライバーに“鍵”をセットして展開。しかし、試したところ、アラシ一人の体では負荷に耐えられなかった。そこで、オリジンメモリの適合者であるμ’sの一同に協力を仰いだというわけだ。

 

とは言っても、道中で儀式を行うわけにもいかない。人目が少なく、できれば共通の思い入れの強い場所の方が意識のシンクロが高まる。となると…

 

 

 

「やっぱここだな」

 

 

やってきたのは、神田明神に並んでμ’sの本拠地、音ノ木坂学園の屋上。

この高さから感じる風も、景色も、数年ぶりのものだった。

 

しかし、懐かしんでいる暇もない。

 

 

「よし、時間が惜しいから始めるぞ」

 

「ちょっと待って、確認させて。今から私たちはアラシの意識と繋がって、その“地球の本棚”に行くと…」

 

「絵理の言うとおりだ。これは師匠が言ってたことなんだが、そこでなら俺たちがWに変身するような要領で、11人の意識を一つにできるらしい」

 

「ハラショー…でもどうやって?」

 

「わからん。とにかく色々やってみるしかないだろ」

 

 

その発言に反応したのは希だった。何か企んでいる顔をしている。

 

 

「せやね。それじゃあ、手をつないでみよっか!」

 

 

すると希は瞬樹と花陽の手を取り……

 

 

「こんな風に」

 

「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

二人の手をつながせる希、苦笑いする花陽、興奮し、絶叫する瞬樹。

 

 

「もっと繋がったほうがいいよね?花陽ちゃん、指とか絡めてみて」

 

「えぇっ!?こ…こうかな?」

 

「グッフォォッ!!」

 

 

困惑しながらもやって見せる花陽に、瞬樹は鼻血出して死にかけている。

 

 

「オイオイ!作戦前に一人減らしてどうすんだ!」

 

「俺はもう満足だ……我が騎士道に…一片の悔い無し……!」

 

「死ぬな!お前の騎士道それでいいのか!」

 

 

今度は穂乃果とにこが、

 

 

「手をつなぐっていうと…」

「こうよね」

 

 

穂乃果の手の上から、にこの手がかぶさるように手をつなぐ。

 

 

「「バルス」」

 

「目がァ!目がァァァァァ!!」

 

 

「うるせーぞ!凛まで何やってんだ!!お前ら3バカ纏めて天空の城と一緒に沈んどけ!」

 

 

 

馬鹿どもの茶番はアラシの制裁によって幕を閉じ、とりあえず手をつなぐことになった。

並びは適当で。瞬樹は両隣女子は命にかかわるということで、端に。問題はアラシの隣だが…

 

まぁ早かったのが真姫。有無を言わせないスピードでアラシの隣を確保した。

もう片方の隣はノリで穂乃果に。とりあえず手をつないでみると…

 

 

「……両手ふさがってんじゃねぇか!」

 

 

ということで儀式不可ということに。

 

 

「じゃあアラシ君は端っこにするとか♪」

 

「なんか締まらねぇだろ、それ」

 

 

今度は穂乃果が、

 

 

「じゃあ、みんなでアラシ君を持ち上げよう!」

 

「試合後の野球監督か、俺は!」

 

「よーし、みんな行くよー!せーの!」

 

「わ、ちょ…待……」

 

 

勢いでアラシは全員に胴上げされるが、下の連中がキャッチに失敗し、アラシは背中を痛めることに。

 

 

「いや、儀式何処行った!!」

 

 

アラシはいつものようにツッコむが、自然と笑いがこみあげてくる。

そうだ、この感じも久しぶりだ。戻るんだ、この日常に。永斗と一緒に!

 

 

アラシが先頭に立ち、その背中を全員が抑える。

まもなく正午、太陽が頂点に輝く。

 

 

「行くぞ!」

 

 

アラシはロストドライバーを腰にかざす。ベルトが展開され、ドライバーが装着される。そして、ポケットから一本の緑色のメモリを取り出す。脳のような模様で“M”と描かれたメモリ。山神未来に適合した、“M”のオリジンメモリにして、“記憶の記憶”を内包する“メモリーメモリ”。このメモリの力は、あらゆる記憶を閲覧、干渉する、全知の能力。この力で地球の記憶そのもの、つまり“地球の本棚”にアクセスする。

 

 

 

《メモリー!》

 

 

儀式の直前、凛がアラシに聞く。

 

 

「凛たちも、力になれるの?」

 

「何度も言わせんな。お前らの力が“必要”なんだ。

俺たちで永斗を取り戻そう」

 

 

その言葉を聞いた凛は、涙を浮かべ、心の底から嬉しそうな表情を見せた。

 

ドライバーにメモリーメモリを装填し、ドライバーを展開!

アラシの意識に複数の意識が統合される感覚に襲われ、その意識はまとめて何処かに吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

頭の中に凄まじい量の情報が流れ込む、今にも頭がパンクしそうだ。

激流に逆らって泳ぐようなもので、少しでも気を緩めれば、意識が流されてバラバラになってしまいそう。

 

その時、誰かの影を見た。

 

よく認識できない。だが、その影は溺れる意識の手を引っ張り、導くように放り投げる。その先には白い扉が。

 

扉にたどり着く寸前、その影がもう一度だけ見えた。

その影は、髪の長い女性のようで。その姿には、どことなく既視感を感じ……

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、真っ白な空間にいた。

体はアラシのもの一つだけ。でも、中には確かに10人の意識を感じた。

 

現実世界とは違う感覚だが、アラシは修行でこの環境に適応済み。何食わぬ顔で進んでいく。すると、空中に浮く本棚を発見。しかも無数に存在する。

 

 

「ここが地球の本棚。文字通りだな……」

 

 

「あれ?来ちゃったんだ。もう少しだったんだけどな」

 

 

来た。その声を聴いてすさまじい戦慄を感じるアラシ。だが、もはやそこに恐怖はない。

上空の本棚に腰掛けるその姿だけを考え、力を磨いてきた。

 

 

「ファング…!」

 

「違う違う。僕は…」

 

 

ファングは本棚から飛び降り、アラシと同じ目線の場所に静かに着地。

永斗の姿のまま、混じりけのない邪悪な眼をアラシにのぞかせる。

 

 

「僕は士門永斗。君の相棒だよ。忘れたの?」

 

「違う…とも言い切れねぇな。確かにお前を呼んだのは永斗だ」

 

 

憤ると思っていたファングは、予想外の反応に思わず笑みをこぼす。

その顔は、明らかに高揚していた。

 

 

「へぇ…そこまで行ったんだ。でも…」

 

 

空間を切り裂くような衝撃波が本棚を烈断する。

永斗の腕から触手のような牙が伸び、目の前のアラシを切り裂いた…

 

かのように見えた。

 

 

目の前にいたのは肉塊ではなく、依然として人の形を保ったままのアラシだった。

 

 

「最初に違和感を持ったのは、お前の言葉だった」

 

 

再びしなる触手がアラシに襲い掛かる。

が、またしても斬撃は空を切るのみでアラシには当たらない。

 

 

「“物語の登場人物は作者には勝てない”。この表現に違和感があった。確かにお前は強い。だが、数年前の永斗の人格だとして、この表現は的を射ているとは思えない」

 

 

またもファングの攻撃が外れる。

いや、当たらない。

 

 

「ゼロの言葉にも同様なものを感じた。パンドラの箱、太陽、禁断の果実。これらはすべて、“人間が届かないもの、届いてはいけないもの”だ。不思議とお前の表現に通づるものがある。そして、俺は組織の施設跡でガイアパーツについて知った」

 

 

違う。当たらないのではない。この男は、すべての攻撃を最小限のモーションで避けている。

この空間での戦闘を数年間続けたアラシは、精神空間では現実世界よりも素早い動きをすることを可能にしていた。加えて、修行で得た超人的な集中力。それが神速の攻撃を回避させている。

 

 

「ガイアゲートの近くにあった物質が変異したもの。俺はこれを放射能のようなものと解釈したが、違った。そもそも、ガイアゲートとは何だ。地球の意思にこちらから干渉できる穴と聞いた。ならば、逆も然りのはずだ。ガイアパーツとは、ゲートから放出された“地球の意思”の力を受け取った物質。近くにあるだけで変異するのに、その中に人間が二度も落ちればどうなる?」

 

「余裕だね。いつまで避け続けられるかも分かんないのに」

 

「解答は探偵の義務だよ。話を変えて、次はオリジンメモリの話だ。俺は一つ大きな勘違いをしていた。オリジンメモリは分離した“地球の意思”。そう、意思なんだ。俺はあの時、確かに誰かの声を感じた。あれは“J”だった。そしてその直後、俺のパワーが飛躍した。そして、ファーストが使った“レベル2”。適合者の強さは、“どれだけメモリの意思と繋がったか”に左右される。違うか?」

 

 

アラシの中の絵里の意識が、永斗奪還戦の際に感じた謎の声を思い出す。そう、あれが“L”の意思だったのだ。

 

 

「なんでそれを僕に聞くのかな?」

 

「黙って聞いてろ。お前のその異常な強さにも違和感があった。さっきの理屈では、お前はかなり深くオリジンメモリ“F”と繋がっていることになる。ここでファーストの言葉が俺を真実に導いた。奴はこう言った、“オリジンメモリ。強さの底が知れない”と。同じ適合者である相手に対し、この言葉は不自然だ」

 

 

この言葉で、アラシの中にいる何人かは気づいた。

目の前にいる怪物の正体に。

 

 

「地球の意思を干渉させ、物体を変異させるガイアゲート。これは仮定だが、その穴が“オリジンメモリの出入り口”、つまり、地球の意思という精神世界から、現実世界にやってくるための扉だとしたら?そこに入った人間は?そして、お前の強さ。そう、“繋がっている”んじゃない。もっと高次な存在だとしたら?永斗の体の傷がすぐに回復したのは、“永遠に生き続ける体として、相応しいものに変異させた”のなら?

答えは一つだ。“お前”は永斗の体で現世に現れ、何かのトリガーによって永斗の感情によって覚醒した。丁度、適合者がメモリを呼び出すときのように。

 

お前の正体は……永斗と一体化した、オリジンメモリ“F”!そのものだ!!」

 

 

 

 

真実が地球の本棚に木霊し、永斗いや、“F”の動きが止まる。

 

 

「フ…ハハ……ハハハッ!97点ってところだ、素晴らしい!ヒントはあれど、“自力で”答えを手に入れたのは君が初めてだ」

 

 

嗤う“F”。アラシは再び戦慄を感じる。

 

 

「あぁ……複雑な気分だよ。下等生物ごときに見抜かれたのは屈辱だ。でも、どこかで興奮を感じている。僕は数千年間、君のような存在を待っていたのかもしれない」

 

 

“F”の手の中に、白いメモリ__ファングメモリが形成される。

 

 

《ファング!》

 

 

「お前は目覚めてすぐにファーストに邪魔された。だから永斗との融合は不完全のままだ。つまり、この精神世界でお前を倒せば、お前と永斗を切り離せる!」

 

「正解。でも、間もなく封印が解け、意識は完全に一つとなる。

惨劇(パーティー)はすぐそこだ」

 

 

自身の分身でもあるメモリを手の甲に挿入。白と青の禍々しい鬼火が体を包み込み、鬼火を切り裂き、ファング・ドーパントが姿を現す。

それと同時にアラシはロストドライバーを装着。ジョーカーメモリを取り出し、掲げる。

 

 

《ジョーカー!》

 

 

ロストドライバーにジョーカーメモリを装填。

右腕を左側に運び、腕でJを描くように構えを取り、紫の波動がアラシの体を変異させていく。

 

 

「変身」

 

 

《ジョーカー!》

 

 

空いた右腕で、ドライバーを展開!

紫電が走り、装甲がアラシの全身を纏った。

 

その瞬間、ファングの全身の牙が一斉に伸び、剛質化してアラシに襲い掛かる。

激しい衝撃音。さっきまでアラシがいた場所は白銀の牙で埋め尽くされた。

 

 

「へぇ。前座にしては楽しませてくれそうだ」

 

 

ファングが伸ばした牙は、一部が完全に粉砕され、人一人分の空間を残していた。

そこに佇むは、全身が漆黒に包まれ、胸から肩にかけ紫のラインが刻まれた戦士。絶望の中、滾る闘志を示すかのように輝く赤い複眼。

 

黒のW、否、仮面ライダージョーカー!

 

 

「メモリ一本の劣化版W。どこまで戦えるかな?」

 

「悪いが、負ける気はしねぇな。今の俺には、アイツの帰りを心から望む、10人の心と力が宿ってんだ。今の俺、いや俺たちは____

 

μ’s(みんな)で一人の仮面ライダーだ!」

 

 

アラシを合わせて11人、各々の思いを込めて、仮面ライダーは強大な敵に、この言葉を投げかける!

 

 

 

「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

 

 

 

 

 




結構短くなりました。あと、次回はマジで未定です。受験の都合上、かなり遅くなると思われます。
ジョーカー登場で、戦闘は次回!マジで次こそはファングとの決着つけさせます。展開の遅い長編にしてしまい、猛反省しております。お許しください。


感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!



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第37話 Eという少年/牙と切り札

超!お久しぶりです!146です。多分みんなもう忘れていると思いますけど。
センター終わって二次対策の間に書き終えました。久しぶりすぎて書き方忘れてますので、若干雑です。

それではどうぞ。


あ、受験終わったらジオウの新作書きます。



 

 

8月9日 正午

 

場所は都外のとある樹海。年間の自殺者が多いという、不気味な肩書を持つことで有名な場所だ。組織のエージェント、ハイドは白衣を着てその入り口ともいえる場所に佇んでいる。

 

隣にはポニーテールの若い女性。憤怒のNo7、コードネーム“タクト”。つい先日まで重傷で寝込んでいたため、まだ少し傷が残っていた。

 

 

「悪いっスね、病み上がりのところ」

 

「医者のアンタが言うなら大丈夫なんでしょ?それに、正直私がいないと厳しいじゃない」

 

「ハハ…返す言葉もないっスわ。坊ちゃん、アサルト、しまいにはリッパーにも連絡つかないんスから。だから非戦闘員のクラフトにも出てきてもらってるんスよ」

 

 

ハイドの隣で座り込んでいる、たれ目気味の少年。見た目は中学生ほどにも見える。

憤怒の中では最年少、組織内でもトップクラスで幼い、No15“クラフト”。ツールメモリであらゆるものを改造する、組織内きってのクリエイター。年齢ゆえにこの序列に収まっているが、その才能は上位メンバーにも一目置かれている。

 

 

「ん?いーよぉ。どうせ暇だしぃ。それより、いつになったら始まんのぉ?」

 

「君はもう少し、目上に対する言葉遣いを覚えた方がいいっスね」

 

 

この樹海の周りは、ジャミング、リキッド、ソリッド、ドラウンといった上位メンバーに包囲されている。そして上空にはゾーン・ドーパントに変身したビジョンもスタンバイ済み。

 

 

「よーし。じゃあ、そろそろ準備しようか」

 

 

《バクテリア!》

 

 

タクトが肘に緑のメモリを挿入。その姿が変異する。

女性的なスレンダーなフォルムは残しつつも、体の各所は映画に出てくる凶暴なエイリアンのような風貌に。それは武装しているというよりは、原生生物を思わせるような姿。これがバクテリア・ドーパントである。

 

 

飛翔兵(ジャバウォック)

 

 

バクテリアが手を掲げると、上空の空中細菌が能力に反応し、急速進化。

瞬く間に、樹海の上空には数十体の怪物が。手足は人間のようだが、翼を持ち、目はない。大きな口には鋭い牙が生えそろっている。さしずめ亜人といったところだろうか。

 

ハイドもナーブメモリを起動させ、変身しようとする。しかし、その瞬間、真姫の顔と言葉が脳裏をよぎる。

 

 

ダメだ。今は岸戸能晴としての感情は殺せ。憤怒の参謀 ハイドとして果たすべき役割のみを遂行しろ。

気の迷いは死に直結する。この樹海にいる相手はそういう相手、正真正銘の化け物なのだから。

 

 

ハイドはナーブ・ドーパントに変身し、総員に一斉通達。

 

 

 

「ファング討伐作戦、開始」

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

「ハハハッ!どうした、その程度か仮面ライダー!!」

 

 

 

地球の本棚では激しい戦いが展開されている。

ファング・ドーパントはスラッシュ戦の時のように、鞭のような牙で広範囲攻撃を続ける。その一撃は、宙に無数に浮かぶ本棚を一撃で一刀両断。まともに受けたらゲームオーバーは間違いない。

 

仮面ライダージョーカーは本棚に身を隠しつつ、反撃のタイミングをうかがう。

攻撃手段が近接格闘のみのジョーカーは、うかつに近づくことができない。

 

 

「クッソが…見てろよ、あの野郎」

 

 

ジョーカーのその呟きが聞こえたのか、ファングはジョーカーの場所を完全に把握。

 

 

「そこだッ!」

 

 

鋭い斬撃が、ジョーカーのいた辺り一帯を切り刻む。

が、しかし。手ごたえがない。

 

次の瞬間、切り刻まれるはずだったジョーカーはファングの背後に現れた。

その気配を察知し、ファングは腕に刃状の牙を生成し、切りかかる。

 

 

が、ジョーカーはその攻撃も飛び上がって回避。さらに、空中に固定された本棚を足場として使い、壁キックのような要領で空間を飛び回る。縦横無尽に動くジョーカーには、攻撃が中々当たらない。

 

 

「ちょこまかと…調子に乗るなよ虫の分際で!」

 

 

ファングはスラッシュに見せた三つ目の戦法を行使する。肩の牙を分離し、凄まじい速度で遠隔操作。その威力もシャレにならない程である。

 

それにより、ジョーカーの戦況は一気に悪化すると思われた。

だが、それでもなお攻撃の回避を続ける。本棚から本棚へと、まるで宙を駆けるように移動し、ファングの攻撃を避け続けている。

 

ファングも空を飛んで追いかけるが、遮蔽物が多く、見失ってしまう。分離した牙には自動追尾機能は無い。つまり、術者の視界から消えたものを追うことはできないという欠点がある。

 

 

「なるほどね、小動物程度の知恵はあるみたいだ。でも、甘いよ」

 

 

ファングは分離した牙を回収し、右手を前に。

 

 

「消えろ」

 

 

腕の付け根から指先にかけて、右腕の全体から夥しい数の牙が、毛髪を思わせるかの如く伸びる。ただ言うまでもなく毛髪と違う点は、その一本一本が絶対的な破壊力を持つこと。

 

ファングが右腕に力を籠める。それに呼応した右腕の白牙は、眼前のあらゆる物体を破壊、蹂躙しながら、広く、遠くに伸びていく。

 

響く轟音。瞬く間に世界は喰らいつくされていく。

 

 

一分と立たず、ファングの目の前のみ、真っ白な空間が広がる。そこだけ空間がかじり取られたようだった。これがオリジンメモリの力、この技を市街地で使われれば、被害者の数はまさに天災クラスだ。

 

しかし、破壊の範囲が広すぎるあまり、自身も何を破壊したかは把握できていない。あれで殺せていなければ、もう一度打つだけだが……

 

 

 

「そう来ると思ったぜ」

 

 

 

ファングの頭上で聞こえる、本棚を蹴る軽快な足音。が、認知した時にはもう遅い。

頭上に現れたジョーカーのかかと落としが、ファングに炸裂。ジョーカーの攻撃が初めて届いた瞬間だった。

 

その勢いで、宙に浮いていたファングは下面に叩きつけられる。

痛がっているというよりは、自分に攻撃が当たったことが不可解な様子だ。

 

 

「見失えば、圧倒的な力で広範囲攻撃。探すのが面倒だったか?」

 

 

着地したジョーカーは、間髪入れずに殴りかかる。

その攻撃は受け止められるが、力で押されているようにも見える。何より、戦闘を近距離に持ち込むことに成功した。

 

 

「分かりやすいな、地球の意思さんよぉ」

 

「下等生物が…!」

 

 

かと言って、ファングに近距離の戦闘手段がないわけではない。腕の牙を剣のように扱い、ジョーカーに神速の斬撃を繰り出す。

 

その速度はさっきまでの攻撃よりも速い。にもかかわらず、ジョーカーは紙一重で回避。二撃目、三撃目もギリギリで避ける。ギリギリの回避を続けている、それ即ち、完全に見切っているということ。

 

 

ここで話をアラシの修行のことに変えよう。

 

アラシはメモリーメモリの力で、圧縮された時間で数年間の修行を行っていた。

その内容は、死と疲労の概念がない空間で、過去に戦ったドーパントとの戦闘。これをひたすら行うというものだった。

 

つまりアラシは、数多の戦闘、敗北を超え、数年間かけることにより、過去の戦闘から得られる経験、学び、技術を100%習得したということになる。

 

 

「“F”。確かにお前の攻撃は速い。でもな…」

 

 

再びファングが斬撃を仕掛ける。その時、アラシの目にはその攻撃と数年間の戦闘の記憶が重なって見えた。

 

 

「ラピッドの方が__疾い!!」

 

 

蛇の身体構造が可能にする、ヴァイパー・ドーパントの鞭のような音速の蹴り。あれに対処することを考えれば、ファングの攻撃は遅くすら感じる。

 

さらに、ファングの斬撃。その技の精度は、ファーストことスラッシュ・ドーパントに比べれば何段も劣る。

 

ジョーカーは続けて攻撃を問題なく躱していく。

ファングの攻撃には焦りが見え始め、少しずつ精度も落ちていっているのが分かる。

 

 

「図に…乗るなッ!」

 

 

そして、ファングのプライドから生まれた一瞬の隙。そこにジョーカーは拳を叩き込む。

 

硬い。その肉体はまるで鋼の鎧を纏っているかのような強度を見せる。だが、

 

 

「ハァッ!!」

 

「ガァッッ!!」

 

 

ただ殴るのではない。拳に溜めたエネルギーを、インパクトの瞬間に解放することで、打撃とは別の衝撃波を加える。そしてその攻撃は防御力を無視して、確実にダメージを与える一撃。

 

 

軟質ボディ(コーヌス)攻略の際に得た発想だ!食らえ!!」

 

ファングの腹部に渾身の一撃が突き刺さる。衝撃は体を貫通し、ファングの体を吹っ飛ばすに留まらない。衝撃をモロに喰らい、ファングは思わず膝をついた。

 

 

「僕に…膝をつかせただと…!?」

 

 

追撃に迫るジョーカー。その瞬間、ファングの姿が消えた。

だが、ジョーカーは動じない。

 

 

「そこだ!」

 

 

背後に蹴りを放つと、偶然か、打ち合わせたかのようにそこにファングが現れる。

 

「ッ!?」

 

 

空中で体勢を変え、なんとか回避。再び遠距離に持ち込もうと、ファングは浮遊するが、それも予測したジョーカーは本棚を足場に強引に間合いを詰めてくる。

 

ファングは一気に加速し、触手と分離牙を展開して攻撃を仕掛ける。そしてジョーカーも自分から突っ込んでいき、本棚を足場として、加速するファングとの戦闘が始まった。

 

常人の反応速度を優に超えた闘い。その上、ファングの攻撃は全て必殺性を持つ。それでも、ジョーカーは互角以上に闘いを繰り広げられている。

 

理由は簡単。まず全ての攻撃が必殺技、というのはギャロウ・ドーパント。触手と手裏剣の攻撃はサイバー・ドーパントと共通している。アラシからすれば、闘い慣れた相手とも言える。

そして奴の攻撃は触手攻撃、斬撃とバリエーションが乏しい。四属性を組み合わせるエレメント・ドーパントに比べれば対応も容易というものだ。

 

 

「そこだっ!!」

 

「バカな…動きが読まれている…?」

 

 

さらに、未来予知をするプリディクション・ドーパントとの闘いでは、予知される未来さえも捉える予測能力が必要とされた。それに加え、今のアラシ__仮面ライダージョーカーには11人分の情報処理能力、反応が備わっている。

 

 

「俺はお前には勝てない。だが…

俺達が積み上げてきた全部なら!お前を倒せる!!これがお前が舐めてきた、人間の力だ!」

 

 

ジョーカーの攻撃がファングの牙を弾き、頭部に炸裂。吹っ飛ばされこそはしないが、確かにダメージになる一撃を与えた。

 

 

「人間の力…だと?!あり得ないんだよ。人間ごときが、僕に歯向かえるなんて!」

 

 

ファングの攻撃が激しさを増す。それでも、ジョーカーも攻撃を捌きつつ互角以上に立ち回る。

だが、有効打となる攻撃が決まらない。確かな一撃を叩き込むには、見せる隙が余りにも小さすぎる。このままではジリ貧だ。

 

 

(クソ…!なんかねぇのか、コイツに隙を作らせる方法が…!)

 

 

 

________________

 

 

 

同刻__

“憤怒”のメンバーが、ある一人の人物を中心に広い円を描くように取り囲む。空にはバクテリアが作り出した飛翔兵。逃げ場はない。

 

そしてその中心にいるのは、士門永斗__現実世界の“F”だ。

 

 

「今取り込み中なんだ。邪魔…しないでくれるかな!」

 

 

“F”の瞳が白く輝いたかと思うと、ファングメモリがひとりでに手の甲の生体コネクタに刺さり、その姿をファング・ドーパントに変える。変身時に発せられた衝撃は、不可視の斬撃となって辺りの大木を切り落とし、重力のままに地面に倒れた大木が地響きを鳴らした。

 

 

それが、開戦のゴングだった。

 

 

「行くぞ!」

 

 

憤怒の11番手、リキッド__ウォーター・ドーパントは体を液状化させ、槍を構えて真っ先に突っ込んでいく。ファングの斬撃は凄まじい攻撃力。しかし、物理攻撃である以上、流動体を捉えることは不可能。攻撃はウォーターの体をすり抜ける。

 

そして、攻撃の後に生じる隙を見計らい、実体化したウォーターの刺突がファングに刺さる。だが、鎧のような皮膚を貫くには至らない。

ファングは無論、ウォーターが実体化したその瞬間に再び攻撃を仕掛ける。だが、攻撃はまたしても不発に終わった。今度は、盾のようなものに弾かれて。No12ソリッド__ダイヤモンド・ドーパントの能力で生成された、ダイヤの盾だ。

 

 

殲滅兵(リントヴルム)

 

 

今度はバクテリアの能力で空気中の微生物が異常進化。ドーパントに変身した状態でのみ生み出せる、彼女の最高戦力。目は無いが、四つの首と大きな口、牙を持つ巨大な蛇、殲滅兵(リントヴルム)を生み出す。あくまで微生物の進化の延長線であるため火を吐いたりはできないが、その巨大な体躯と獰猛さから繰り出されるのは純粋な「暴力」。唸り声をあげ、四つ首が一斉にファングへと襲い掛かる。

 

 

「その程度…!」

 

 

数秒と立たないうちに殲滅兵(リントヴルム)はこま切れと化す。しかし、その数秒で喰らわせたダメージは大きい。そして、それを予期していたハイド__ナーブ・ドーパントが、突如としてファングの目の前に現れる。クラフトメモリの力で改造されたこの“樹海”には、憤怒のメンバーしか知りえない抜け道、仕掛けが多数存在する。

 

 

「まずは挨拶代わりっスよ!」

 

 

ナーブはファングに拳を突き出す。神経線維で構成されたその拳は、ファングに届くまでに槍のような形状に変形。

 

 

「ガハァッ!!」

 

 

さっきよりも深く刺さった一撃は、ファングの体を数メートル吹っ飛ばした。インパクトの瞬間に流した高圧電流…仮に生身の人間が喰らえば一瞬で消し炭になるほどの強さなのに、ファングは体から少し煙が出ている程度で、大したダメージが残っている様子もない。こんな怪物の相手をするのかと思うと、ナーブの口から自然とため息が漏れる。

 

 

「まぁ、仕方ないっスね。人類の未来…なんてことを言うつもりは毛頭ないっスけど、“ジブン達の怒り”のために…消えてもらうっスよ、士門永斗」

 

「どいつもこいつも…調子に乗るなよ、虫の分際で!」

 

 

 

________________

 

 

 

地球の本棚。

 

 

 

変わらず、ファング・ドーパントと仮面ライダージョーカーの激闘が繰り広げられている。

戦況にも変化がなく互いの力が拮抗しており、ファングは距離を取ろうとするとジョーカーが間合いを詰めて対応。これを繰り返している。

 

体力も11人分あるとはいえ、このままでは分が悪い。

 

しかし、その時だった。

 

 

「ッ!」

 

「何…?!」

 

 

ジョーカーの蹴りが、ファングの体をかすめた。さっきまでなら確実に避けられていた攻撃だ。攻撃を仕掛けた側も受けた側も、驚きを隠せない。

 

 

(反応が鈍っている…これなら!)

 

 

ジョーカーは温存していた力を開放し、攻撃をより速く、鋭くさせ、ファングを追い詰める。

 

アラシの読みは当たっていた。現在、ファングは精神世界だけでなく現実でも戦闘を行っている。言わば、スマホゲームをしながら喧嘩をするようなものである。必然的に動きは鈍る。

 

ファングの反応が明らかに遅れだした。そして、そこには確かな隙が生まれる。イケる。今なら…!

 

ジョーカーはありったけの力を左腕に込め、ファングの胴体に叩き込んだ!

ファングの体を貫通する衝撃。体が軋む音。拳に伝わる、何かを砕く感触。今度こそ確実に、ジョーカーの攻撃が“決まった”。

 

 

「まだだ___」

 

 

この好機を逃す手はない。次は右腕、蹴り、といったように全力の一撃を加え続ける。

 

 

「バカな、この僕が…!」

 

 

ファングの体にヒビが入り、攻撃を受けるたびにヒビは広がっていく。そして、何十発目かの全力の一撃がファングの体を吹っ飛ばした。

 

本棚に激突し、ファングの勢いが止まる。常軌を逸した衝撃で地球の本棚の空間が歪み、地面の無いはずの空間で白い土煙のようなものがファングの姿を隠す。

 

しかし、奴の気配は依然としてそこに感じる。

トドメを指すのは今だ。ジョーカーの行動に迷いは無い。

 

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

ドライバーからメモリを抜き、ベルト横のマキシマムスロットに装填!メモリのエネルギーが仮面ライダージョーカーの左腕に蓄積されていく。

 

 

「ライダーパンチ!」

 

 

文字通り全てがこもった拳は、さながら紫の流星のように直線を描き、煙の中のファングに向かっていく。

そして、その必殺はファングの胸に突き刺さり、先程を優に超える衝撃が、今度は煙を消し飛ばした。

 

 

「ハハ…驚いたよ。まさか君達人間が……ここまで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愚かだなんてね」

 

 

その一言で、アラシに襲い掛かったのは途方もない恐怖、そして言うまでもない__圧倒的な絶望。

違和感はあった。炸裂したはずのライダーパンチ、あれは今までとは明らかに違う。「刺さった」というより、「当たった」いや、「止められた」といった言葉の方が妥当だ。

 

信じたくはない。だが、信じざるを得ない。

 

 

「愉快を通り越して苛立ちすら覚えるよ。まさかこうも同じ手に引っかかるなんて。

それに、君の推理の中で言っていただろう?僕たちオリジンメモリは神に等しい存在。絶対的な力を持ち、そして……“不変”だ」

 

 

さっきまでの戦闘で与えたファングの。傷、体のヒビが消えていく。ビデオの早戻しのように、数秒でその体は戦闘前のものに戻ってしまった。

 

そう。信じたくはなかった。これまでの攻撃が“全く効いていなかった”なんて。

 

だが、アラシも薄々予感している。否、予感できてしまった。

絶望は__まだ終わらない。

 

 

ファングの姿が変化していく。体の棘が伸び、鋭さと禍々しさを増す。さらに、背中から二本、腰から二本、腕のようなものが伸びる。腕というには長く、恐竜の肋骨のような形状をしている。そして先端にはそれぞれ一本の巨大な爪。

 

 

「いい絶望だよ。これだから人間で遊ぶのはやめられない」

 

 

そのうち一本がジョーカーの首を掴み、吊るし上げる。

肌からも感じる、圧倒的な力。そのときアラシ含め、その中の全員がこう感じてしまった。

 

 

「レベル2。“誰が僕を狂わせた(ダンス・マカブル)”」

 

 

 

勝機は___完全に潰えた。

 

 

 

 

ヒュンと空気が切れる音が聞こえると、次の瞬間にジョーカーの体は意識も追いつけないような速度で吹き飛び、本棚に激突、粉砕。しかし勢いは止まらず、背中に痛みが走るよりも速く次々と本棚を貫通していく。

 

レベル2になって生えた触手が、ジョーカーを投げ飛ばしたのだ。そう、"投げただけ”で、この威力。

 

体を起こすと、間髪入れずに別の触手が迫る。肋骨のような刺はそれぞれ伸び、個別にジョーカーへと襲いかかる。

 

 

「ッ……!」

 

 

とっさの回避行動で、なんとか攻撃を全て避けきる。

だが、あの触手は一本ではない。残りの三本も同様に迫り、追撃を浴びせる。逃げても逃げても、遮蔽物なんか無いように触れる全てを破壊し、速度を上げながらジョーカーの後を追い続ける。

 

逃げ切ることは…不可能に他ならない。そして、ついに一本の触手の先端がジョーカーの腹部に突き刺さる。

 

声にならない痛みと叫び声を気にとめることなく、他の触手は迫り来る。体が思うように動かない。痛みが、力が、恐怖が、絶望が、その全てが体を縛り付ける。

 

 

「ち…くしょう……!」

 

 

なされるがまま、ジョーカーの体は四本の触手に絡め取られた。触手は縮み、ジョーカーの体を持ったままファングのもとへと戻っていく。

 

ジョーカーを捕らえるまでの一連の動作で、ファング自信は一歩たりとも動いていない。さっきまでの攻防は茶番だった。否が応でも、その事実が残酷に突きつけられる。

 

 

 

「理解したかい?例え僕の力が不完全でも、君達の浅知恵じゃあ僕には届かないし、十数年なんて瞬きみたいな時間で培ったもの程度で僕は倒せない。

 

君達ムシケラがいくらお涙頂戴の絆や友情を見せたところで、僕に一矢報いることすら出来ないんだよ!」

 

 

既に崩壊しかけている地球の本棚に、“F”の高笑いが響き渡る。この力じゃ、勝つことどころか、歯向かうこともできない。アラシはこの瞬間に理解した。

 

それでも…

 

 

 

 

 

「うる…せぇ……!!」

 

 

 

 

 

例え理解するしかなくても、納得する訳には、いかなかった。

 

 

 

「俺達は永斗を取り戻す……!お前をぶっ倒して…皆で帰るんだ…空助が作った……俺達の居場所に!だから…諦めるわけには…いかねぇんだよ!!」

 

 

 

それを聞いたファングの笑い声が止まり、不気味な静寂が訪れる。ファングの視線は冷たく、心から辟易しているのが伝わってくる。すると、少し声に笑いを含ませ、言った。

 

 

「助ける…ねぇ。よくそんな勝手なことが言えたもんだ」

 

「んだと…!?」

 

「分からないみたいだから教えてあげるよ。士門永斗は……」

 

 

ファングが笑いながら何かを言おうとしたその時。

突如、ロストドライバーに装填されているジョーカーメモリが黒く輝きだす。そして、ファングの掌の生体コネクタも、それに呼応するように白く輝いている。

 

 

「これ…は…?」

 

「まさか……」

 

 

ファングも何が起こっているのかは理解できていないようだ。しかし、どことなくその声には動揺が見える。

 

輝きが強まり、アラシの意識が光の中に吸い込まれていく。それを見たファングの中で想像が確信に変わり、怒りを露わにした声を発する。

 

 

「やっぱり…“J”…!千年振りに動いたと思えば、また邪魔するつもり…!?」

 

 

誰かが笑った。そんな気がしたかと思うと、アラシの意識は完全に体から抜けた。

精神世界の、さらに奥へと入っていく感覚。地球の本棚よりも、もう一つ深層の世界。

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、さっきまで白い空間にいたはずのアラシは、真っ黒な空間にいた。

 

そして、視界に入った自分の手は、仮面ライダージョーカーの黒いアンダースーツではなく、変身前の生身のもの。服装も変身前の状態に戻っている。

しかし、さっき受けた腹部への攻撃で負ったはずの傷も、戦闘での疲れも消えている。現実と地球の本棚での感覚が違うように、ここもまた別の世界。いうなれば、“精神世界の中の精神世界”。

 

いるのはアラシだけで、ファングはいない。だが、アラシの中には、一緒に入ったμ’sの10人の意識がはっきり感じられる。

 

いや、違う。アラシだけではない。アラシはこの奥に誰かいるのを感じた。そして、それが“誰”なのかも。

 

なんでここにいるのかは分からない。こうしている間、自分の体がどうなっているのかも分からない。それでもアラシは、アラシの中にいる皆が、“そいつ”に会うために力の限り駆けた。

 

 

そして、いた。走り抜けた先に、その姿はあった。

 

 

 

「永斗!!」

 

 

 

直感的にわかる。座り込んでおり、こちらに顔を向けていないが、あれは士門永斗だ。“F”でもない。間違いなく、アラシの相棒でμ’sのマネージャーの士門永斗だ。

 

駆け寄ろうとするが、そこには見えない壁、いや、永斗を囲む透明な箱があり、それを阻む。

 

だが、アラシは箱を叩き、永斗に大声で呼びかけた。

 

 

「永斗!お前を助けに来た!!“F”の呪縛から逃れるには今しかない!一緒に帰るぞ!」

 

 

アラシにとってはあまりに久しぶりだったせいだろうか。嬉しさみたいないろんな感情がごっちゃになって、上手く言葉が出ず、不器用な感じになってしまった。

 

他の皆の喜びや、安堵を内から感じる。ここで永斗を連れ出せば、助け出せる。そう思っていた。

 

 

 

 

 

でも、帰ってきたのは、思いもしない言葉だった。

 

 

 

 

「だめだ」

 

 

「…え……?」

 

 

 

聞き間違いかと思った。でも、すぐに違うと分かった。

永斗はこちらを見ないまま、続ける。寸分の希望すらも感じない、そんな声で。

 

 

 

 

 

 

「僕はここから出ない。君達とは………一緒に行けない」

 

 

 

 

 

 

 




はい。終わりませんでした。嘘つきました。
サブタイトルもしれっと変えました。スイマセン、次こそVSファング終わらせるんで。
てか、久しくF編やってるとラブライブの二次創作だってことを忘れてしまう。早く書かねば…

次はホントに二次試験終わってから…あと一、二か月後になります。頑張りますので、どうか待っていてください……

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第38話 Eという少年/士門永斗

完全復活!146です!受験終わったで!&受かったで!自由だぁぁぁ!!

はい、テンション戻します。
今回でEという少年は完結です。長い。ファングともついに決着!


ここで一つ謝らせていただきたいことがあります。

今回、いくつかの頂いた感想が、運営対処によって消されてしまいました。
原因は感想欄でのドーパント案のご提供でした。メッセージおよび、活動報告への誘導を怠っていた僕の責任です。申し訳ありませんでした。

今度からはメッセージか活動報告にお願いします。案への感想もきちんと送らせていただきます。

至らない作者ですが、今後ともラブダブルをよろしくお願いいたします。



 

 

 

 

誰かが言った。

 

 

「出会うことだ。好きな女でも、競い合うライバルでも、何でもいい。

コイツになら全てを託せる。そう思える相手に出会って初めて、人間は進化できる」

 

 

彼には何もなかった。生まれた時から隣には誰もいない。

 

手を伸べてくれた人の背中は遥か遠く。

 

そんな、彼の前に現れたのは_____

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

「どういうことだよ。永斗……!」

 

「そのままの意味だよ。僕はここから出るつもりは無い。君達とは……ここでお別れだ」

 

 

 

オリジンメモリの意思“F”が目覚め、永斗の体を奪ってから数日。

メモリーメモリの適合者、山神未来のもとでの修行を経たアラシは、μ’sと瞬樹の意思と一体化し、地球の本棚でファング・ドーパントとの激闘を繰り広げていた。

 

レベル2の力を解放したファング。その力に手も足も出ない状況の中、突如としてジョーカーメモリが共鳴し、アラシ達の体だけを別の空間に転移させた。

 

そこにいたのは捕らわれた永斗の意識。瞬間的に理解した。これは、アラシと適合した“J”が仕掛けたもの。永斗の意識との対話の場。

 

しかし、彼はここから出るつもりは無いと言う。

 

理解ができないアラシは、再び問う。

 

 

「分かってんのか!?もうじきお前と“F”が完全に融合する。そうすれば…」

「僕の意識と体は奪われる。そして…受肉した“F”は暴虐の限りを尽くし、大勢の犠牲者が出る。全て承知の上だ。君達に言われるまでもなく、奴は僕が止める」

 

永斗はこちらを見ないまま続ける。

 

「奴と融合する瞬間、地球の本棚にアクセスし、ありったけの情報を“F”の意識に流し込む。不変の存在といえど意思がある以上、過剰な情報量を処理しきれず、システムダウンを起こし、一日は目覚めないはずだ。そうすれば、交戦中の組織のエージェントが僕を捉え、総力を尽くして僕を無力化する。組織が保有するゴールドメモリの力を使えば、それも可能だ」

 

確かに、その方法なら犠牲者を出さずに“F”を無力化できる。永斗が“F”と一体化するからこそ可能な、唯一の勝機。しかし、それは___

 

 

「待てよ…それじゃ、お前はどうなるんだよ!?」

 

「決まってるだろ。融合した僕の意識も同じように、死ぬこともなく永遠に暗闇をさまようだけだ」

 

 

アラシは、言葉を失った。

 

死ぬこともなく、自由もない。永遠の監獄。それはもはや生きているとはいえない。生命としての意義は、無いに等しい。

 

 

「何でお前がそんなことをしなきゃいけないんだ!お前は“F”に利用されただけ、あの事件を起こしたのだって…」

「僕じゃない。そう言いたいんだろう」

 

 

永斗は嘲笑うような声を出し、立ち上がる。そしてこちらを向き。

 

 

ドン!

 

 

細い腕で、二人の間を隔てる壁を叩いた。

無音の空間にその音が響く。永斗が初めて見せたその顔は___

 

 

怒り、絶望、そして憎しみに歪んでいた。

 

 

「僕だってそう信じたかった。“僕は何も悪くない”魔法の言葉だよ。それを言えば、過去から目を背け!何も疑問に思うこともなく!何も考えないで済む!!

 

でも違ったんだ。この街を、この世界を泣かせているのも…人々を苦しめているのも…あの日、大勢の命を奪ったのも……冬ちゃんを殺したのも……!全部僕なんだ!!」

 

 

その瞬間、アラシとその中の10人の意識に大量の映像が流れ込む。

ガイアパーツの回収に行った時と同じだ。

 

それは、永斗の記憶。ガイアメモリを製造していた、組織の最高幹部“怠惰”としての記憶。

 

アラシ達はすべて理解した。彼の過去、苦悩、そして__絶望を。

 

オリジンメモリはあくまでも適合者の感情に反応する。あの日、永斗が絶望したことで“F”が呼び覚まされた。完全に融合していない時、つまりまだ永斗の意識が残っているにも関わらずあの事件が起きたということは、絶望した永斗が心のどこかで、それを望んでいたから……

 

 

「分かっただろ。僕たちがいままで戦ってきた怪物を作ったのも僕だ。

僕はそのことに感付いていながら、向き合おうとしなかった。僕は君たちと一緒にいる資格なんてない。僕は怪物よりも醜悪な…悪魔なんだよ!

僕はもう死んで詫びることもできない。これしかないんだ、これが僕の償いなんだ!

だからもう……放っておいてくれ!!」

 

 

 

永斗の叫びに応えるように、永斗を囲む箱からファング・ドーパントの牙がアラシに襲い掛かる。永斗に攻撃の意思はないのか、牙は頬をかすめこそすれど、当たることはない。

 

しかし、それは永斗と“F”の融合がここまで進んでいるということ。

 

今すぐ永斗を取り戻さなければ、取り返しのつかないことになる。そんなことは分かっていた。でも…

 

 

(体が……動かねぇ……?)

 

 

力の入れた方向に体が動かない。体の中で何かが分裂しそうな感覚。まるでリモコンが壊れたラジコンのように。

原因はすぐにわかった。それは、“心の揺れ”だ。

 

アラシの体にある合計11人の意識は、“永斗を助けたい”という思いで一つになっていた。それ故にあれほどのシンクロを実現させていた。

 

しかし、助けなんて求められてないと知り、自分たちの行動に疑問が生じた。そうすれば穴が広がっていくように、今まで閉じられていた、恐怖、不安といった感情が一つになっていた心をかき乱す。

 

 

「クソ…!迷ってる暇なんてねぇんだ!俺は…永斗を助けるって決めたんだ…だから……!」

 

 

しかし、アラシの心に生じた迷いは消えない。

 

永斗は決して無感情な人間ではない。でも、いつも見せるその感情は、どこかお茶らけていた。無理をしているようにも見えた。相棒でありながら、誰よりも一緒にいながら、アラシは永斗の本当の顔を見たことがないのかもしれない。

 

そして今、初めて相棒に拒絶された。

 

混ざった心が揺らぎを増幅させ、それは波に変わっていく。

 

 

(そうか、俺…アイツのこと、何も知らなかったんだ…)

 

 

自分への憤りが、さらに心を乱す。

精神世界での存在が保てない程に___

 

 

「もう君達も限界のはずだ。今すぐここから消えてくれ。そうすれば…もう君たちが傷つくことはない…もう嫌なんだ!僕のせいで、誰かが傷つくのは!!」

 

「そんなこと…」

 

「あるんだよ!“僕の本”から出てきた影がずっと言ってくるんだ、“お前のせいだ”、“幸せを返せ、命を返せ”、“お前なんて、いなけりゃよかったんだ”って…その通りだよ。僕がいなければ“怠惰”はそこで潰えてた、怪物はあれ以上増えなかった、“F”も目覚めなかった、冬ちゃんだって幸せに生きられた!君たちをこんな戦いに巻き込まずにすんだ!!全部、僕なんかがいたせいで、掛け替えのないものが壊れていく!!」

 

 

その言葉によって、乱れた心は一層歪んでいく。もう存在を保つことはできない。

存在が消えそうな中、動かない体を無理やり動かし、顔を上げる。

 

その時に見えた永斗の顔は、さっきと同じ。

 

でも_______

 

 

 

 

「僕は…生まれちゃいけなかったんだ……!」

 

 

 

 

その叫び、その顔の奥には____

 

 

言葉にならない、悲しみがあった。

 

潰れてしまいそうな、心があった。

 

 

 

本当に、迷っている暇なんてなかった。

 

大切な相棒が、仲間が、友達が、目の前で壊れそうな心を震えさせて、悲しみに満ちた顔で、己の存在を、すべてを嘆いている。

 

それを救ってやれずして何が相棒だ、何が仲間だ、何が友達だ、笑わせるな!

 

助けなんて乞われてなくても、死なせてくれって叫んでいても……

 

“生きてほしい”って思うことに、理由がいるか!!

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

叫びが木霊する。迷いも全て消し去っていく。再び心が一つとなり、存在が安定し始めた。

 

覚悟を決めたような目線を永斗に送ると、アラシは伸びてきたファングの牙を掴み、

 

 

 

自分の腹に突き刺した。

 

 

「ッ…!ガハァッ!!」

 

 

うめき声と共に放たれた吐血が、精神世界に音を立てて飛び散る。

アラシだけじゃない。中にいる全員に、その激痛が走る。

 

 

「何を…!?」

 

「うるせぇ。こんくらいじゃ死なねぇよ。

これは俺たちの意思、自分への罰だ。そんで……」

 

 

アラシは牙を腹部から抜き、拳を握り固める。そして…

永斗を囲む箱を、思いっきり殴りつけた。

 

拳、腹部に再び激痛が走る。箱には傷一つつかない。

 

 

「クッソ…まだだ!!」

 

「何してるんだ!その傷でそんな無茶したら…いくら精神世界でも!」

 

「黙ってろ、引きこもりニート!お前が出る気がねぇなら、無理やりでも引きずり出す!

何を反省しただけで満足してんだ!人生そんなに甘くねぇんだよ!!」

 

 

ガンガンと殴りつけるが、箱は微動だにしない。

 

 

「やめてよ!言っただろう、もう僕のせいで誰かが死ぬのは嫌だって!」

「るせぇ!そんなに死んでほしくなけりゃ出てこい!」

「何その無茶苦茶理論!?」

 

 

思わず突っ込んでしまった永斗。その一瞬だけは、アラシ達の知る、いつもの永斗だった。

 

 

「ほら見ろ。やっぱり死にたくねぇんじゃねぇか」

 

「………うるさい…!君たちに何が分かるんだ!」

 

「分かんねぇよ。俺たちはお前のこと、なんも知らなかった。怖かったのかもしれねぇな、知ればお前が遠くに行ってしまう気がして。だからこそ…知らなきゃいけねぇんだ!」

 

 

永斗は耳を塞ぎ、再び目を背ける。アラシの言葉が聞こえないように。アラシの姿を見ずに済むように。

 

 

「確かに、お前の言う通りかもしれない。あの野郎が目覚めたのも、ガイアメモリのことも、俺たちが戦ってんのも、お前が言うならお前のせいなんだろう。でもお前が生きた証は、それだけじゃねぇだろ!?」

 

 

永斗は黙ってうつむいたまま、答えない。

だが、それで構わない。永斗を救うため、今の思いを届けるだけだ。

 

 

「これだけは言える。少なくとも、俺はお前に救われた!」

 

「……え…?」

 

 

永斗が顔を上げる。さっきまで自分のことで精一杯で、アラシの顔を見ていなかった。永斗が見たその顔は…笑っていた。

 

 

「空助がよく言ってた。“出会うことだ。好きな女でも、競い合うライバルでも、何でもいい。コイツになら全てを託せる。そう思える相手に出会って初めて、人間は進化できる”ってな。俺には誰もいなかった。空助も、隣にいるようで遥か遠くにいた。ずっと欲しかったんだ、横に並び立ってくれる“相棒”が。

 

最初お前に会ったときは、正直クソ野郎だと思ってた。常識は無い、人の情は無い、記憶も無い、おまけに働かないと来た。いつ追い出してやろうかってずっと考えてたよ。まぁ、今でもたまに考えるけど。

 

でも、違ったんだ。お前は俺にないものをたくさん持ってて、たくさんのことを教えられた。何度も助けられた。お前のおかげで、俺は前に進めた。

 

 

ありがとな、永斗」

 

 

「ッ…!なんで…なんでそんなこと言うんだよ!僕は…僕は…!」

 

 

その時だった。

 

殴り続けていた箱の側壁に、ひびが入った。痛む拳と悲鳴を上げる全身を奮い立たせ、さらに殴り続ける。

 

 

「これで分かっただろ!良いことも悪いことも、お前がやったことは消えねぇんだ!それは償いなんかじゃねぇ!お前が消えてできることなんざ、何一つねぇんだよ!」

 

 

拳を叩きつけるたびにヒビが広がっていく。

 

永斗の目から…涙がこぼれる。

 

 

「“いなけりゃよかった”だと?ふざけんな!そんなこと考えてる暇がありゃ、今!お前が生きて何ができるのかを考えろ!

 

“士門永斗”は…今ここに居んだろうが!!」

 

 

 

全ての力を込めて、拳を叩き込んだ。

ヒビが瞬く間に全体に広がり、箱は___

 

 

木っ端微塵に砕け散った。

 

もはや、二人を隔てるものは何もない。

 

 

 

 

その目に涙を溜めた永斗は、座り込んだまま呟く。

 

 

 

 

 

「……僕は、どうすればいい……?」

 

「そんぐらい自分で考えろ馬鹿。まぁでも、どうしても一人じゃ無理だって言うんなら、穂乃果達も手伝ってやるってさ。

 

俺も…力を貸してやるよ。半分だけな」

 

 

アラシが、いや、仲間の皆が、永斗に手を差し出す。

 

 

 

 

 

___あぁ、クソ。何でだよ。

 

 

 

 

もう二度と会えないと思ってた。真実を知れば、拒絶されると思ってた。僕はもうずっと、独りだと思ってた。

 

 

もうこんな気持ちにはならないと思ってた。

 

ダメなはずなのに。罪を犯した僕が、こんなことを望んでいいはずがないのに…

 

 

 

 

“皆と一緒にいたい”だなんて____

 

 

 

永斗が手を伸ばそうとした、その時だった。

 

 

虚空から現れた黒と白の無数の腕が、永斗を捉え、空間の奥へと引きずり込む。

 

 

「永斗!」

 

 

アラシは精一杯手を伸ばす。だが、アラシの体もこの空間から引きはがされようとしていた。

 

 

 

 

「待ってろ!絶対、助け出す!だから……!」

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

気が付くと、そこは崩壊しかけた地球の本棚。目の前には、頭を押さえたファング・ドーパントがいた。

 

アラシの姿は仮面ライダージョーカーに戻り、さっきの腹部の傷がなくなった代わりに、先の戦闘で受けた傷が戻っている。

 

 

ジョーカーの体は触手から解放され、ファングの前に倒れていた。

 

 

「…興覚めもいいとこだ。“J”、余計なことを」

 

 

ファングとジョーカーが体勢を戻し、再び構える。

 

 

「遊びは終わりだ。今すぐ僕の前から消えろ!!」

 

 

ファングが四本の牙腕をジョーカーに伸ばす。先ほどよりも威力も速度も増した攻撃。しかし、ジョーカーは避けるそぶりを見せない。

 

 

「ハハッ!どうした、もう避ける力もないか!」

 

 

そのまま腕は、あたりの遮蔽物もろともジョーカーを蹂躙。空間が歪み、また砂埃のようなものが視界を奪った。

 

 

確実に仕留めた。そう、そのはずだった。

 

 

 

「何……!?」

 

 

 

伸ばした腕に違和感。獲物を貫いた感覚ではない、これは……

 

 

「捕まえたぞ」

 

 

襲い掛かった腕は、ジョーカーの手が掴み、完全に無力化されていた。

 

腕を引き戻そうとするファング。だが、できない。

ファング・ドーパントが、力負けしている。

 

 

「バカな!」

 

「うらぁぁぁっ!!」

 

 

ジョーカーは掴んだファングの牙腕を引きちぎり、それをファングに放り投げる。一瞬視界が奪われ、ジョーカーを見失った。

 

次の瞬間にはジョーカーは懐に入り込み、ファングの胸部、腹部に連撃を叩き込む。

 

ひるんだ一瞬で今度は顔面にキックを決め、最後に拳がファングの体に炸裂、そのままファングごと地面に叩きつけた。逃げ場をなくした衝撃がそのままファングに襲い掛かる。

 

 

「ッ…!ガハッ……!」

 

 

傷はすぐに再生する。しかし、ジョーカーの連撃は止むことがない。

 

どういうことだ、さっきまでレベル2の性能には手も足も出なかったはずだ。だが、今のジョーカーのスピード、パワーは先程までとは段違い。

 

 

「この力…まさか、レベル2!」

 

 

ジョーカーの能力は“身体強化”ただ一つ。ゆえに、レベル2の能力もそのグレードアップに過ぎない。だが、特殊能力を備えてない分、オリジンメモリの力をすべて、その拳、蹴りに捧げる。それがジョーカーメモリである。

 

 

「答えろ!何故、地球の意思であるお前が、永斗の体を使って虐殺を起こした!それが地球の望みだというのか!」

 

「だとしたらどうする!」

 

 

ファングの反撃が、ジョーカーを吹き飛ばす。しかし、一瞬たりともひるまず、ジョーカーは反撃の反撃に転じる。

 

 

「決まってんだろ!人々を、俺たちの世界を泣かせる奴らは、例え地球だろうが黙らせる!」

 

「はッ!面白いが不正解だ!これは“僕自身”の意思!人間という使い勝手のいい玩具を使った、最高の暇つぶしさ!

 

考えたことがあるか?何千年も、下等生物を導くという下らない使命を押し付けられ、自由のないままシステムとして存在するだけの時間を!行きついた先は“怠惰”だよ。僕は一度使命を放棄し、僕が司る“絶望”という感情を求めるままに力を与えた。するとどうだ!実に愉快で、興奮する体験だった!」

 

「オリジンメモリの力を…故意的に悪用させたってことか!」

 

「その通り。暴走させた時も中々興の乗る面白さだった。でも、300年くらいで飽きてきてね。満足できなくなっていたんだよ。君ら風に言うと、テレビゲームを実際に体験したくなった…ってとこかな?するとどうだ、扉から体が降ってきた!しかも相性は最高の体が!僕はこれを使って遊ぶんだ、心が躍るだろ!?」

 

 

ファングの四本の腕から放たれた衝撃波が、再びジョーカーを吹き飛ばし、その体は本棚に激突した。

 

 

「ま、君らには理解できないだろうけどね」

 

 

レベル2になったとはいえ、まだ力の差は大きい。何より、ダメージが一切通らないという問題が残ったままだ。

 

だが、それは何の理由にもならない。

 

ジョーカーは立ち上がる。さっき約束したんだ、絶対助けるって!

 

 

「もう…終わりか…!?」

 

 

それを見たファングの目つきが変わる。嫌悪か、それとも別の何かか。

しかし、これだけはわかる。さっきまでの余裕を見せていた態度は、消えた。

 

 

「いい加減鬱陶しいにも程がある。

いいよ、もうこれで、本当に最後だ」

 

 

レベル2になって生じた四本の腕がファングの体に収束し、ファングの体が浮き上がる。骨格が変形していき、全身の牙は一部が消滅し、一部はさらに鋭さを増す。胸部に蒼い眼球のような宝玉が現れ、全身を走っていた蒼い傷跡も消滅し、獣に近しい姿から、より人に、いや__神に近い姿へと変わっていく。

 

見る者全てに絶望を与える、その姿の名は____

 

 

 

「レベル4、“僕は何も知らない(イノセンス)”」

 

 

 

 

刹那、

 

 

 

空間を切り裂くような衝撃と共に、白い流星がジョーカーを貫く。

 

 

「か…ッ…!」

 

 

背後に現れたファングは、鋭い爪と刃が備わった手甲をジョーカーに突き出す。防御行動は意味をなさないことが直感で分かる。

 

なんとか攻撃を回避。その衝撃は、向こう数十メートルの障害物をすべて消し飛ばした。

 

距離を詰め、ファングにパンチを繰り出す。

しかし、その鎧はおおよそ地球に存在しているとは思えない硬度。一切傷がつく気配もない。

 

手から放たれた衝撃波で、ジョーカーの体は空中に放り出される。

 

ファングは肩から牙を伸ばし、ジョーカーめがけてスイング。

 

 

斬ッ!

 

 

放たれた斬撃は文字通り空間を切り裂き、一直線の爆発を引き起こす。

その斬撃をもろに喰らったジョーカーは、そのまま自由落下。落ちてくるジョーカーにファングは蹴りを叩き込み、ジョーカーは本棚を粉砕しながら彼方まで吹っ飛んだ。

 

当然のように飛んで行ったジョーカーの先回りをするファング。

 

攻撃を受けて無防備な状態のジョーカーに、連撃を叩き込んでいく。

 

 

 

ダメだ___勝てない。

 

いくら何でも強すぎる。自分がどうして人の形を保てているのか、不思議でたまらない。変身状態も、ほとんど気力で維持しているに過ぎない。

 

諦めてたまるかよ。そう心の底から思っていても、二秒後に死ぬ未来しか見えない。

 

クソ……!アイツを、永斗を救えないのか!アイツは最後、確かに助けを求めてた。そして何より、あの目は俺達を信じてくれてた!それなのに…!

 

 

『無様だな』

 

 

何だ…?走馬燈にしては、随分と失礼だな。

 

 

『啖呵切った割には、“F”にも勝てねぇのか』

 

 

うるせぇ…負けるつもりはねぇよ。ここで死ぬつもりも毛頭ねぇ…!

 

 

『ほぅ、心意気だけは本物か。気が変わった。

全部をひっくり返す“切り札”、お前に貸してやるよ。

 

後はお前次第だ、失望…させんじゃねぇぞ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連撃が止む。すでに地球の本棚が崩壊を始めており、空間にヒビが入っている。

ジョーカーは、動かない。生命力は微塵も感じない。しかし、なぜか変身状態は保ったままだ。

 

死んだか…?

 

ファングに疑念がよぎる。これまで何度も立ち上がってきた、今回もそうかもしれない。

だが、だからなんだという話だ。起き上がってきたところで太刀打ちすらできない。放っておいても、地球の本棚の崩壊と共に、コイツは消滅する。

 

あとは現実に戻り、交戦中の“憤怒”のメンバーを血祭りにあげれば終わり。

 

そうすれば、待ち焦がれた自由だ。嫌が応にも笑いがこみあげてくる。

 

 

ファングは高笑いを響かせると、この空間から去ろうとする。

 

が…

 

 

「…!」

 

 

一瞬、ジョーカーが動いた気がした。だが、改めて見るとさっきと何も変わってない。

気のせいか…?いや、

 

ファングは腕の牙を構える。

 

この男は危険だ。ここで確実に…仕留める__

 

 

 

ガッ!

 

 

 

首筋めがけて真っすぐ振り下ろされた刃。それは…

 

ジョーカーの手に受け止められ、粉々に砕かれた。

 

 

「な……そんな…!」

 

「やかましいんだよ、気持ち悪い笑い声響かせやがって。嫌でも目が覚めるわ」

 

「お前…本当に人間なのか!?」

 

 

ジョーカーはまたしても立ち上がる。

そして、ファングが初めて見せる、明確な“恐れ”。

 

 

「人間だよ。お前の言う、矮小な下等生物のな!」

 

 

拳を突き出すジョーカー。反射的にファングも拳で迎撃。

両者のパンチがぶつかり合い、衝撃波が風圧と爆音に変わる。そして……

 

 

「グアァァァッ!!」

 

 

ファングの拳が、弾かれた。

腕の鎧が砕け、衝撃が胴体に伝わる。

 

 

(馬鹿な…レベル4(イノセンス)が押し負けた!?)

 

 

間髪入れずにジョーカーのキックが炸裂。

痛くもかゆくもなかったはずの攻撃を受けた体が、悲鳴を上げているのが分かる。

 

 

「お前ら……力を貸してくれ!」

 

 

ジョーカーは手元に一本のメモリを取り出す。

青のオリジンメモリ、海未と適合した“O”のメモリ、オーシャンメモリ!

 

 

《オーシャン!》

 

 

オリジンメモリの適合者であるμ’sのメンバー&瞬樹と一つになっている今、アラシはオリジンメモリの力を最大限発揮できる。

メモリを起動させ、マキシマムスロットに装填!

 

 

《オーシャン!マキシマムドライブ!!》

 

 

ファングの四方を囲むように、渦を巻いた海水が現れる。

海水はファングを飲み込み、重力に逆らって滝のように昇っていく。

 

 

オリジンメモリは溺死することはなくとも、息を吸えないことでの苦痛は持続する。

その苦痛は、ファングを少しずつ、だが確実に蝕んでいった。

 

 

「こんなもの!!」

 

 

ファングはエネルギーの一部を爆発させ、海水を吹き飛ばす。

だが当然、その隙にジョーカーも残った本棚を利用して、ここまで登ってきている。

 

 

「僕に…歯向かうなぁッ!!」

 

 

背中から伸ばした、一本の牙。それは腕に絡みつき、腕を一本の刃のように変化させる。ファングは体をねじらせ、その腕で空を切り裂く。

 

その斬撃は空中を旋回し、急激に加速。風を巻き起こしながら拡大していく。

 

 

 

「“僕に近づくな(ロストワン)”!!」

 

 

 

それは、触れる者を灰燼に帰す、斬撃の竜巻。巻き込まれれば一瞬で粒子になるまで切り刻まれ、音すら逃れることはできない。発動したら最後、半径数十メートルは無の世界となる。

 

言うまでもなく、接近していたジョーカーも逃れることはできない。

逃れられるとするならば…

 

 

《ライトニング!マキシマムドライブ!!》

 

 

光だけだ。

 

 

「ガあッ!!」

 

 

ライトニングの能力で技の範囲外に退避したジョーカーは、解除と同時に超速で接近、ファングに攻撃を仕掛ける。

 

ファングが反撃に転じると同時に再び退避、次の瞬間には死角から攻撃が叩き込まれる。完璧なヒットアンドアウェイ戦法。

 

そして何より、ファングは無視できない違和感を覚えていた。

 

そう、“傷の治りが遅い”。

 

さっき砕かれた腕の装甲が、まだ完全に回復していない。普通なら数秒とかからないはずにもかかわらずだ。

 

 

(まさか……)

 

 

ファングの脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。

あり得ない。確かに危惧はしていた。だが、毛ほどの脅威だったはずだ。

 

しかし、その現状を前に、確信せざるを得ない。

 

 

「そんな…嫌だ……僕は…!」

 

 

余力を残すため、7秒程度でライトニングを解除。

足に力を籠め、ファングとの距離を一気に詰める。

 

 

「来るなぁっ!!」

 

 

地面から無数の牙が生え、壁を形成。

だが、ジョーカーはそんなものを意に介さず、易々と粉砕し、ファングに蹴りを叩き込む。

 

 

(なんなんだ!この強さ、レベルとかそういう次元の話じゃない!)

 

 

 

軋むファングの体、激闘の中、ジョーカーは語り掛ける。

 

 

「お前、言ってたな。これは遊びだって。それにしちゃあ、随分と必死じゃねぇか」

 

「黙れぇぇぇ!!僕が…人間ごときに…何でだよぉぉぉ!!」

 

 

能力が暴走するように、ファングの全身から牙が伸び、不規則に曲がりくねりながら辺りを破壊していく。だが、理性を失ったその攻撃はジョーカーには当たらなかった。

 

 

「やっとわかったよ、お前はガキなんだ。そうやって人間を、生命を見下してきたから、誰とも出会わず、変わりもしなかった!

 

確かに人間の一生は、お前らにとっちゃ取るに足らない物かもしれねぇ。でも、だからこそ、その短い命で一歩でも前に進もうと足掻くんだ!

 

何千年もの間、一歩も進めてねぇお前なんかに…負けるわけがねぇんだよ!!」

 

 

「黙れ!お前に…何が分かる!!」

 

「悪いがお前のことなんざ、大して分かりたくもねぇ!

失せろ!俺たちの未来に、絶望(お前)は必要ねぇ!!」

 

 

《リズム!》

 

 

今度はピンクのメモリ、リズムメモリを取り出し、装填!

 

 

《リズム!マキシマムドライブ!!》

 

 

エネルギーがジョーカーの拳に蓄積され、放出された音エネルギーが、ジョーカーを加速させる。

 

瞬間、“F”が生まれて初めて感じる、“死の恐怖”。

ファングは初めて、本当の意味で“防御”をとった。

 

繰り出された拳を、ファングの防御は完全に受け止めた。

安堵するファング。だが……

 

 

「まだだ」

 

 

防いだはずの攻撃は、衝撃だけが勢いを弱めず襲い掛かる。さらにもう一撃、さらに一撃と、防御が破壊されても次々とヒットしていく。

 

リズムの能力。数段の攻撃を一撃に乗せる、必殺パンチ。

 

 

地面に叩きつけられるファング。

対して、ジョーカーは高く飛び上がり、こんどは白銀のメモリをスロットに装填。

 

 

《ドラゴン!マキシマムドライブ!!》

 

 

「行っけぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

瞬樹のイメージが西洋の竜なのに対し、現れたのは東洋の龍。高密度エネルギーの龍が、構えをとるジョーカーと共に、ファングに突っ込んでいく。

 

またしても得も言われぬ恐怖が、ファングを襲う。

 

 

「来るな…来るなぁぁぁぁ!!」

 

 

足元から無数の牙を生やし、ジョーカーを迎撃。

回避と撃破を続けるが、手数が多すぎる。そのうちの一本がジョーカーの脇腹を抉った。

 

 

揺らぐ体勢。形成は好転したといっても、気力だけで動いていることに変わりはない。気を抜けば意識を持っていかれる。そんな中、この一撃は致命的だった。

 

それでも、ここで倒れるわけにはいかない!

 

 

「オラァァァァッ!!」

 

 

突き出した拳に呼応し、龍はファングに襲い掛かり、爆発。

無数の牙は一つ残らず燃え尽き、ファングも爆炎の中に飲み込まれた。

 

なんとか着地したジョーカー。もう満身創痍とかいうレベルではない。限界なんて何度も超え、何故動けているのかもわからない。

 

しかし、

 

 

 

「ふざけるな…僕は地球の意思なんだ…!神なんだ!失せるのはお前だ、人間!!」

 

 

 

爆炎の中から傷だらけのファングが現れる。

そうだった。俺の人生、そんな上手くいったことなんて一個もなかったな!

 

 

ファングの全身から鋭い牙が伸び、右腕に収束。それは腕というか、怪物そのもの。見るからに一撃必殺。その名の通り、受けたら一撃で必ず死ぬ。

 

だが、絶望はしない。相棒にあんな偉そうなこと言って、示しがつかない。

ただ一寸先の敗北の先にある勝機を、必然を、絶対に逃さない!

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

腕を振り下ろせば終わり。自分を脅かす存在は、消える。

それなのに…

 

体が動かない___

 

 

 

そこには誰もいなかったのだろう。

 

だが、“F”には見えた。自分の腕を振り下ろさせまいと、非力ながらも、力の限り腕をつかむ“彼”の姿が。

 

 

 

「士門……永斗ぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 

精神も身体も削りに削れた今、あるいは見逃してしまっていたかもしれないその一瞬。

アラシは決して見逃さなかった。まるで、“そこに隙ができること”を知っていた、いや…

 

信じていたかのように。

 

 

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

手首をスナップさせ、構えを取る。

身をかがめ、足に力を入れ、地面を蹴った。そして、紫電を纏った右足を突き出し、その一撃がファングの胸部の宝玉に炸裂する!!

 

 

「ライダー……キック!!」

 

 

全てのエネルギーが注ぎ込まれた必殺の一撃。宝玉が砕けていき、ファングの全身が崩れていく。その姿はレベル2…そして、レベル1にまで戻ってしまった。

 

全身に走る激痛、迫りくる死の気配、未来のない恐怖、抗えない絶望___

 

 

 

「嫌だ……死にたくない…!僕は…嫌だ…!独りはもう…嫌だぁぁぁぁ!!」

 

 

 

感情をさらけ出した、身勝手な叫び。

ファングの体が粒子となって消えていく。

 

目の前で消えゆく叫びに、アラシがかけるのは、ただ一言だけ。

 

 

 

「あぁ……俺もだよ」

 

 

 

ライダーキックがファングの体を貫き、白と紫の電光が走る。崩れ行く地球の本棚と共に、ファング・ドーパントは断末魔をあげ爆散した。

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

同刻、樹海。

 

 

ファングと交戦中のエージェント達。

すでに半数以上の人員が撃破され、上位メンバーも限界寸前。このままでは…

 

 

誰もがそう思っていた矢先、突然、ファングがその場に倒れ、士門永斗の姿へと戻った。

 

 

 

「…これは一体、どういうことっスか…?」

 

 

 

恐る恐る近づくが、どうやら意識は無いようだ。

全員、何が起こったのかは分からないが、流石プロ、誰一人として油断はしていない。

 

ハイドが辺りを観察していると、ある物を見つける。

それを見たハイドは、全てを理解した。

 

 

「ハハ…マジっスか。まさか、本当に……」

 

 

顔を押さえ、呆れたような、喜んでいるような笑いを見せるハイドに一同困惑。撃破され、倒れていたビジョンに関しては、「ついに壊れたか」とつぶやいている。

 

 

「そんで、コイツどうします?任務通り、ここで始末しますか」

 

 

槍を構えるウォーター・ドーパントことリキッド。だがハイドはそんなリキッドを制止する。

 

 

「まぁまぁ、無力な人間に手を上げる趣味は無いっスよ。もう大丈夫そうだし、ウチの診療所に運んでくんないっスか?」

 

 

ポカンとする一同だったが、取り合えず従っておこうと、永斗の体をビジョンにパス。当然ビジョンは「自分で運べや無能上司…」と聞こえるか聞こえないかの声で毒づく。

 

 

そんなハイドの肩に手をおき話しかける、着物の大男__ドランク。

 

 

「いいのかい?任務に背いちまっても」

 

「ジブン等の任務は、“危険分子の抹殺”。彼はもう違うっスよ」

 

 

そう言って、ハイドは地面に落ちていた物を拾い上げる。

それは、一本のガイアメモリ。士門永斗から排出された、ファングメモリだった。

 

ただ、本来絶対にありえないことが起こっている。

核爆弾でさえも破壊できないオリジンメモリのボディに、大きなヒビが入っていたのだ。

 

 

 

「ホンット、何者なんスか……君達……」

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

8/10活動報告書

 

 

組織の永斗誘拐から始まった騒動は、ひとまず幕を閉じた。

ファングを撃破した直後、俺たちの意識は精神世界から引き戻され、気づけば音ノ木坂の屋上にいた。

 

とりあえずは、俺たちの勝利だ。傷は全て無くなっていたが、あれだけの戦いを繰り広げたんだ、心の方はヘトヘトで、帰ってから全員もれなく爆睡。穂乃果にいたっては、まだ寝てるとか。

 

しかし、問題は永斗だ。“F”の意思は撃破したはずだ。だが、永斗の体が見つからない。今は俺が全力で情報を集めまわっている。そして、もう一つは“F”のことだ。確かに倒しはした。俺たち全員でつかんだ勝利だ。だが…どうも胸騒ぎがする。アイツは本当に消えたのか…?

 

まだ一件落着とはいかないが、殺伐としていたここ数日に、やっと日常が戻りつつある。俺からすると数年ぶりだ。あとはここに永斗を迎え入れるだけ。必ず、お前を見つけ出して見せる!

 

 

あ、そうだ。もう一つ問題があった。それは…

 

 

 

「今日は誰の家にします?」

 

「わ…私は別に来てほしいとかそういうの思ってないけど、どうしてもって言うなら私の家に…」

 

「あ、ツンデレ真姫ちゃんは放っておいて、今日はウチにせん?」

 

「ちょ…希先輩!?」

 

「ま~にこは~今日は別荘に泊まるつもりなんだけど~

どーしてもって土下座するなら、にこの実家の庭くらいには野宿させてやってもいいわよ~?」

 

「うっせぇ死ね」

 

「ならば我が神殿に来るといい!烈が入院中で、早い話暇なのだ!」

 

「何しに沸いてきたテメェは」

 

 

俺の住居である。

 

あの日、永斗と一緒じゃないと事務所には帰らないと決意した。

一度決めたなら意地でも通す。これを言ったら全員に呆れられたのが釈然としないが…

まぁ、というわけで、今の俺は住所不定。野宿しようとしていたら皆に止められて、永斗が帰るまでコイツ等の家を日替わりで貸してもらうことになった。

 

昨日は海未の家にお世話になった。料理とか家事とか、手伝える範囲で手伝ったつもりだが…なんか厳しめな感じの家で、微妙に落ち着きはしなかった。ちなみに今も海未宅。暇な奴らが集まってる。

 

 

「早いとこ永斗見つけねぇとな…どっかに落ちてて誰かが拾ってくれたりしてねぇかな」

 

 

その時、スタッグフォンに着信が入った。

見慣れない電話番号だ。とりあえず出てみる。

 

 

「もしもし…ってハイド!?」

 

 

その言葉に一同ビックリ。俺もビックリだわ。電話に出たのは敵組織のエージェント“ハイド”。間違っても気軽に電話かけるような間柄ではない。

っと、驚いている場合じゃない。

 

 

「何だ?一体俺達に何を……え…?

永斗いんの!?」

 

 

今日一のビックリ更新。あぁもう、何が何やら……

 

 

 

だが、この時は誰も気づいていなかった。

この騒動の幕は、まだ下りていないことに……

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

「調子はどう?太陽クン」

 

「おかげさまだ。それじゃあ、始めるぞ」

 

 

 

そう言って白い立方体の部屋に足を踏み入れる2人の人影。

 

一人はフードで顔を隠した小柄な女性、七幹部“暴食”。

 

もう一人は元・“憤怒”のNo2アサルト。服装は以前と変わって、口を開けたサメの歯を正面から見て、その中に目玉が描かれたようなデザインのマークが刻まれた、黒いコート。そして、腰にはベルト型の装置が装着されている。

 

 

部屋の中にいたのは数十人の黒スーツに覆面の怪人、マスカレイド・ドーパント。

 

 

敵を一瞥すると、アサルトはメモリを取り出す。

それは禍々しく黄金に輝くメモリ。

 

 

 

 

 

 

《エクスティンクト!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後

 

 

 

 

「アハッ、仕上がってるわね。想像以上よ」

 

 

 

室内はまるで地獄のような風貌になっていた。

 

あれだけいた敵は一人残らず全滅しており、ある者は焼け焦げ、ある者は凍り、ある者は朽ち果てている。部屋の形は原形をとどめていない。

 

 

その中心に佇む、黒一色の異形。生命を淘汰し続けた、“災害”そのものの姿___

 

 

 

 

絶望のカウントダウンは、再び針を進める。

 

 

 

 

 

 

 




長い(二回目)。F編、もうちっとだけ続くんじゃよ。ってやつですね。やめて!靴を投げないで!
あと2話で終わらせます!ちゃんと出しますよ、黒と白のアイツは…!

今回、最後にチョコっとだけ登場したのは、鈴神さん考案の「エクスティンクト・ドーパント」です!過去編でもちょっとだけ出てましたね。

隙を見つけて過去編も終わらせますし、コラボも進めたい所存!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案(活動報告かメッセージ)などございましたら、よろしくお願いします!


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第39話 終幕はX/復讐鬼

結構時間かかりました。146です。
F編もラスト2話です。残るはvsアサルト!お付き合いください!


古びた洋館。長い机に、七つの椅子。

そのうち一つに座っているのは、組織の最高科学者、天金狼。その真正面の席には七幹部“傲慢”こと、朱月王我。その隣は七幹部“憤怒”、コードネーム“ゼロ”。

 

最後に一人だけ離れた席に、初老の男性が一人。白い服に身を包みながら、その風貌は神父のよう。

 

 

 

「あら?一番乗りのつもりで来たのに、随分と早いわね」

 

 

 

扉を開け最後に入ってきたのは、七幹部“暴食”。本名不明、ただ一つわかっているのは、音ノ木坂に潜伏しているメモリセールスということだけだ。

 

暴食が席に着くと、ゼロが口を開ける。

 

 

「これで全員か?」

 

「“色欲”がいないのはいつもの事ですが…“強欲”がいないのは、いささか珍しいですね」

 

「え!あの成金野郎いないんだ!ラッキィィ!」

 

 

それに反応したのは初老の男性、朱月は高笑いしながら喜んでいる。

ゼロに視線を送られた天金は、進行を始めた。

 

 

「とにかくこれで全員揃ったことだし、七幹部定例会議を始めよう。

今回の議題は…いうまでもないかな?“F”が倒された。それも、仮面ライダーの片割れに」

 

「それは驚嘆せざるを得ない事象です。不変であるはずのオリジンメモリを、どうやって倒したというのでしょう」

 

「それは僕にも分からない。なんにせよ、これまで以上の警戒が必要となってくる」

 

 

議論を進める間、朱月は一人笑い続けている。

遊び相手がまた強くなったのが、この上なく愉快な様子だ。

 

そんな中、暴食が嘲笑をゼロに向けた。

 

 

「それにしても無様ね。任された任務を先延ばしにした挙句、獲物を横取りされるなんて。憤怒なんていう馴れ合い集団、潰してしまった方が組織のためなんじゃなくって?」

 

「どうとでも言えクソガキ。貴様についても目に余る点が多々ある。

先日の組織の研究所が襲撃され、エクスティンクトメモリが強奪された件。貴様、その時何処にいた?」

 

「何?まさかとは思うけど、無能の分際で私を疑ってるの?」

 

 

目に見えるほど殺気がぶつかり合っている。

そんな中、なにもできずにただ立っているだけの人物が一人。

従者として連れてこられた、憤怒のエージェントの一人、ビジョンだ。

 

 

(何でオレがこんなとこ来なきゃいけないんだよ!怖すぎんだろこの人達!ファースト、アサルトは連絡つかないし、ハイドさんは来客ってなんだあの野郎!かといってリキッドなんか連れてったら何しでかすか分かんないし、ソリッドはコミュ障!ジャミングに関しては論外!マジでウチの奴ら使えねぇ!)

 

 

頭の中では文句の大嵐だが、声に出そうものなら一瞬でひき肉にされそうなので、必死に黙り続ける。

 

 

「その日は、そこの朱月とディナーを嗜なんでたわ。そうよね?」

 

「楽しい夜だったよー」

 

 

(だから怖いよ!人でも食ってんのか!)

 

 

「フン。まぁいい。あともう一つだが、ウチのアサルトが行方をくらませた。どうしようもない奴だが、俺の部下だ。何かあるようなことがあれば……死んで済むと思うなよ、小娘」

 

 

その一言で、場が戦慄で凍り付く。いくら手練れといえど、一瞬の恐怖を禁じ得ない。それほどの気迫。

 

 

(…やっぱ、ウチのボスがいっちゃん怖いわ…)

 

 

 

その雰囲気をリセットするように、パンと天金が手を叩く。

 

 

「そこまでだよ。じゃあ、最後にもう一つ報告。

今回の一件で、士門永斗を再び“怠惰”として計画に組み込むのは不可能と判断した。そこで、空席となった“怠惰”の代理として、この僕、天金狼が七幹部を務めることとした。ボスも了承済みだ。意義のある者は?」

 

 

驚愕するビジョン。今までこんな形での“怠惰”の継承は聞いたことがない。それに、長きにわたって裏で組織を支えてきた天金が、機は熟したといわんばかりに表舞台に立とうとしている。

 

しかし、他の幹部たちは表情を変えず、その場にいる誰も手を上げることはなかった。

 

 

「よろしい。じゃあこれでお開きとしよう」

 

 

これまでも組織内はギスギスしっぱなしではあったが、近頃はどこかおかしい。それぞれの腹の内が一層暗くなり、何が起こるのかが全く予測できない。ただ、何かが起こるという確信がそこにあるだけだ。

 

 

(どうなっちゃうんだよ、オレ達……)

 

 

取り敢えず、ここに来てしまったことを、強烈に後悔するビジョンであった。

 

 

 

 

________________

 

 

 

ーアラシsideー

 

 

 

 

「永斗!」

 

 

 

真姫から教えてもらった住所をもとに、古い診療所に駆け込む俺。

 

遡ること数十分前、一件落着し一息ついていた俺にかかった電話。それは、組織のエージェント、ハイドからの電話だった。奴が言うには、戦闘中に意識を失った永斗を保護しているから、来い。とのことだった。

 

 

言うまでもないが、めちゃくちゃ警戒している。ついさっきまで永斗を殺そうとしていたやつらだ。何されたか分かったものじゃない。というより、何故わざわざ俺に報告したのかが不可解だ。罠である可能性は高いし、そうでなくとも必ず何か裏があるはず……

 

 

「あ、病室で寝てるから、すぐ連れて帰ってもいいっスよ」

 

 

診療所にいたハイドから言われたのは、その一言だった。

 

 

「いやいやいや、ちょっと待て!どういう事だ!」

 

「何っスか?こっちも壁の修理とかで忙しいんで、出来れば手短に頼むっス」

 

「そうじゃねぇだろ!お前ら、永斗を奪って、挙句の果てに殺そうとしてたよな!?そんな奴らが簡単に永斗を返すわけねぇだろ!何が狙いだ!!」

 

「狙いって…健康な患者には退院していただくのが筋ってもんじゃないっスか」

 

 

そう言ってハイドは病室の扉を開ける。

窓際のベッドで寝ていたのは、紛れもない永斗。俺は思わず永斗に駆け寄る。

 

確かに、顔色は良いし、近くで見ても具合が悪いようには見えない。

 

 

「一通り調べたんスけど、体は理想的な健康体。正直、ウチで出来ることは何もないっスよ」

 

「だから返すってのか。筋は通ってるが、納得はできねぇな。ファングが倒され、永斗を殺す理由が無くなったとしても、ここで永斗を捕えておけば、仮面ライダーは大幅に弱体化する。お前ら組織としては、何としてでも捕えておきたいはずだ」

 

 

他にも理由はいろいろある。そもそも永斗が攫われた件に関しても目的が分からない。何にしても、永斗を俺に返すメリットは一つもないはず。

 

 

「気づかないフリしてあげようってのに、自分から言っちゃうんだから、もう…そうっスよ、組織は絶対こんな行動を許可したりはしない。だから、これはジブンの独断っス。これは君たちがファングを倒してくれたおかげで、仲間に犠牲が出ずに済んだことの礼と、有言実行の報酬」

 

 

有言実行…真姫の説得がどうとか言ってた件か。

それに真姫から以前のこの男の話を聞く限り、嘘を言ってるとは思えない。

 

 

「……永斗に何もしてねぇだろうな。この場所を仲間に伝えて一斉攻撃なんてことも……」

 

「ジブンは腐っても元医者っスよ。患者を売ったり、捨てたりするような真似は死んでもしない。そんで、士門永斗は目が覚めるまではジブンの患者っス」

 

 

言葉から伝わってくる強い感情。誰が聞いても分かる。コイツが言っていることは、間違いなく本心であると。…これは信じざるを得ないな。

 

それにしても、ラピッドにせよファーストにせよ、これ程の人間たちが何故組織にいるんだ……?

 

俺は永斗の腕を持ち、肩を貸して連れて帰ろうとする。呼吸は聞こえるが、意識は全く感じない。

すると、病室を出ようとしたとき、ハイドが声を掛けてきた。

 

 

「でも用心はした方がいいっスよ。どうも“F”は、完全には消えてないみたいっスから」

 

「ッ…!どういうことだ…!」

 

 

激しい戦慄を覚えると同時に、なんとなく腑に落ちた。

正直なところ、あれだけの戦闘を経ても、奴を倒せたとは思えない。それほどに、あの存在は強大だった。

 

 

「ファングメモリは組織が厳重保管してるんスけど、ヒビが入ってるだけで壊れては無かった。ていうかこの場合、傷が入ってる時点でおかしいんスけどね。一体何をどうやったら可能なんスか」

 

「…知るか」

 

「そっスか。言いたくないならいいっスよ」

 

 

俺が隠してる風に思われたみたいだが、実際は本当に俺も分からない。

あの時、おぼろげに誰かの声が聞こえたのは覚えている。確か、“全部をひっくり返すナントカ”とか言ってたような…

恐らく、あれは“J”の声。推測だが、あの一瞬だけオリジンメモリと繋がったことにより、より高次な力が発揮されたのだろう。俺のオリジンメモリ、ジョーカーには、まだ知らない力が眠っているということか…

 

 

「もしその力が“オリジンメモリを殺す能力”だとすれば、組織はいち早く君を狙いに来る。それこそ、ウチの上位メンバー全員で、なんてこともあり得るし、最悪“七幹部”が出てくる可能性もあるっス。あともう一つ……」

 

 

ハイドが何かを言おうとした時、外から爆音が聞こえ、ポケットに入っていたスタッグフォンが激しく反応しだす。これは…ドーパント出現の通知!

 

 

「言うまでもなかったみたいっスね」

 

「こんな時に…仕方ねぇ、永斗をここに置いてく!」

 

「え!?ちょっとそれは困るっスよ!こんなのゼロに見つかったら何言われるか…」

 

「アンタの医者としての矜持を信じる!」

 

 

よくよく考えれば賢い判断ではないのかもしれない。

だがこの時の俺は、義理堅く、己に強いプライドを持つハイドという男に、感化されていたのだろう。

 

 

俺はそのまま外に出て、ハードボイルダーにまたがり、ドーパントが出現した現場に急行した。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

少し前。場所は西木野総合病院。

 

 

 

「来たぞ、烈!起きているか!?」

 

 

病室の扉を勢いよく開け、大声で叫ぶ阿呆は、自称竜騎士の津島瞬樹。

その横で恥ずかしそうに下を向いているのは、お目付け役として同行させられた園田海未だ。

 

瞬樹は他の患者が驚いているのを気にも留めず、真っすぐ奥のベッドに進み、カーテンを開ける。

 

だが、そこには誰もいなかった。

 

 

「ちょっと瞬樹、場所間違えたのではないですか?それはいくらなんでも恥ずかしすぎますよ…」

 

「馬鹿を言うな。この俺が友の場所を間違えるわけなかろう!俺と瞬樹は離れていても、天界の盟約で結ばれた盟友なのだから…!」

 

「何してるんですか。痛い発言で患者に余計なダメージ与えないでください。殺しますよ?」

 

 

敬語口調で一瞬海未がしゃべったのかと思ったが、横には病衣を着た烈がいた。

 

 

「ん?烈、いたのか」

 

「散歩して帰ってきたらこの惨状で驚いてますよ。それにしてもμ’sの園田さんがいるとは、珍しいですね」

 

「海未で構いませんよ。こちらとしても久しぶりですね、烈。いや、クロと呼ぶように決めたのでしたね」

 

「どっちでもいいですよ」

 

 

口調が同じで、どっちがしゃべっているのか分かりづらいが、一旦状況を整理する。

まず、この少女とも少年ともとれない辛辣な人物は、瞬樹の相棒である黒音烈。永斗が攫われる直前、キル・ドーパントことリッパーによって、仮死状態に陥らされていた。

 

それから数日後に目が覚め、そろそろ退院できるという。

 

すると、瞬樹が思い出したように口を開いた。

 

 

「そうだ、見舞いに来たのだった!禁断の果実を持ってきてやったぞ。今ここでアルミラージに転生させてやろう!」

 

「林檎を持ってきたのでウサギ型に切ってやる、と言ってます」

 

 

瞬樹の厨二発言を律義に訂正する烈。海未は苦笑いし、持ってきた見舞い品を手渡す。

 

 

「私は小説を持ってきました。そろそろ退院なので、役に立たないかもしれませんが、退屈な時に読んでいただければと」

 

「ありがとうございます、瞬樹と違って気が利きますね。これは…“モンテ・クリスト伯”ですか。確か、無実の罪で投獄された男が主人公の復讐劇…でしたっけ」

 

「はい。舞台が好きだと聞いたので」

 

「俺も読んだが、理解はできんな。人間の進むべき道は前だけにある。まして、復讐のために生きるなど騎士道ではない」

 

「何を馬鹿が一丁前に。どうせ大して読んでもないでしょう」

 

 

図星である。あらすじと冒頭3ページで瞬樹の脳がキャパオーバーを起こしていた。

 

 

「自分で持ってきておいてなんですが、小説だけでなく、たまにはこうやって外の空気を吸うのも…」

 

 

そう言って海未が窓を開けた瞬間、

爆音と共に、遠くで天にも昇りそうな火柱が上がった。

 

振動は病院まで伝わり、一瞬で院内はパニック状態に陥る。

 

 

「ドーパントですね。ボクも同行します」

 

「駄目だ。烈は海未と共にここにいろ。ドーパントは俺とアラシで何とかする」

 

 

一瞬で瞬樹の表情が変わった。空気をヒリつかせるような、本気の表情。

瞬樹は壁に立てかけておいたエデンドライバーを持ち、窓から飛び降りた。

 

その光景に、周りの患者は腰を抜かすが、すぐにエデン専用バイク マシンライバーンの飛行モードに乗った瞬樹が現れ、そのまま火柱が上がった方向へと飛んで行った。

 

 

 

_________________

 

 

 

数分後、ハードボイルダーが現場に到着。ヘルメットを外し、アラシが現場に降り立つ。

確か、この場所は公園があった()()()()()

 

 

しかしアラシの目の前に広がる光景は、余りにも異様。

 

池は蒸発し、芝生や草木は燃え尽きているが地面は凍り付いている。空を飛ぶ野鳥は地に落ち、あちこちに凸凹と大きな穴が開いていた。幸い、人間の遺体は見つからない。犠牲者はまだいないようだ。

 

そして、明らかに目立つ、一つの立った人影。

 

赤黒い髪に青く染めた部分が見える。雰囲気こそ変わっているが、間違いない。

 

 

「アサルト!」

 

「…んだよ。テメェは呼んでねぇ」

 

 

憤怒のNo2コードネーム“アサルト”。以前に一度戦い、敗北している。

シルバーメモリのカオスメモリの使い手であり、かなりの強敵だった。

 

だが妙だ。この状況は、奴のカオスメモリで作り出せる次元を超えている。

 

 

「派手に騒ぎを起こせばアイツが来ると思ったが、とんだハズレくじだ。お前に特段恨みはねぇが…邪魔すんなら消し炭にすんぞ…!」

 

「…お前の目的はなんだ。何がお前達をそうさせる!?」

 

「お前達…?なんか勘違いしてるみてぇだから言っとくが、俺はもう“憤怒”を抜けた。

今の俺はただの怪物…“怠惰”を殺すために生きる、“鬼”だ!」

 

 

アサルトは懐からベルトのバックル型装置を取り出す。その外見は、仮面ライダーのドライバーを彷彿とさせる。そして、ソレを腰にかざすとベルトが展開。さらにアサルトはメモリを取り出した。

 

それはシルバーメモリではなく、さらに高ランクの存在。

七幹部のみが持つ、ドーパントメモリ最高ランクの“ゴールドメモリ”だった。そのメモリには恐竜の骨と悪魔のようなイメージでXと刻まれている。

 

 

《エクスティンクト!》

 

 

 

「気が変わった。俺の前に立つ奴は、全員根絶やしだ!」

 

 

アサルトが腰の装置“ガイアドライバー”にメモリを挿すと、どす黒いオーラに包まれ、その体が変容していく。その姿は見た者を終末へと誘うような、黒一色の体。纏うローブは不吉という概念を物質化したような雰囲気。時折、発光するように体を不規則に走る赤のラインは、まるで血管のようでマグマのように赤い。

 

これがゴールドメモリのドーパント____エクスティンクト・ドーパント…!

 

 

「グラァァァァッ!!」

 

 

化け物の叫び声を上げると、エクスティンクトを中心に地面にヒビが入っていく。

そのヒビはアラシの足元にまで広がっていき、地割れを引き起こした。

 

 

「何だよ、この規格外の力…!」

 

 

ジャンプでダメージを回避したアラシだったが、大地は揺れを強め、地形が激変するほど地割れが大きくなる。急いでアラシはロストドライバーを装着し、ジョーカーメモリを起動させ、装填からの展開!

 

 

《ジョーカー!》

 

「変身!」

 

《ジョーカー!》

 

 

仮面ライダージョーカーに変身するが、足場もまともに確保できず、ジャンプを繰り返して回避を続けるしかない。

 

だが、エクスティンクトの能力はそれに留まらない。

エクスティンクトが掌をジョーカーに向けると、凄まじい熱気がジョーカーに襲い掛かった。

 

尋常ではないほど熱い。炎でもないのに、体が焼け焦げてしまいそうだ。

 

 

「クッソ…!負けるかぁ!」

 

 

が、ジョーカーは半ばやせ我慢で、そのままエクスティンクトに接近。殴りかかる。だが、その攻撃は片手で止められてしまう。エクスティンクトのパワーもパワーだが、やはり現実世界ではファング戦ほどの力も出せないどころか、レベル2の使用もできない。言ってしまえば、ただの劣化版ダブル。

 

勝ち目は無いと言っていい。

 

 

「答えろ、“怠惰”はどこだ!」

 

「怠惰…そうかコイツ、永斗を…」

 

 

前回戦った際、詳しい事情は分からないが、アサルトは永斗を恨んでいる様子がうかがえた。

そしてこの様子だと、どうやら現在の状況が把握できていないらしい。それなら…

 

 

「よく聞け。お前の言う“怠惰”は、永斗じゃなかった」

 

「何!?」

 

 

アラシは事の全てを、出来るだけ簡潔に説明した。

永斗に入り込んだもう一つの人格“F”の存在、その真相、そして“F”はアラシ達によって倒されたということを。

 

復讐が目的ならば、その相手が無くなれば戦わずに済む。そう思っていた。

だが…

 

 

「…だからどうした!」

 

 

帰ってきた言葉は、その一言だった。

 

 

「だから許されんのか!?例えそれが真実だとしても、奴がこの手で俺の家族を殺した事実は変わらねぇ!!」

 

「ッ…!何でそうなるんだよ!?永斗は罪を受け止め、償おうとしている!それにお前も分かるだろ!真の意味であの事件を起こしたのは“F”だ!そんで“F”はもう倒された!もう復讐も必要ないはずだ!!」

 

「俺がこの3年間、どんな思いで生きてきたと思ってやがる!!奴を殺すことだけを考え、すべてを捨てて強くなった!それが見当外れで先を越されたから終わりだぁ?ふざけんのも大概にしろ!」

 

 

エクスティンクトの足元から凍り付き始め、地割れで原型を留めていない大地も全て、一瞬のうちに氷河に覆われる。無論、ジョーカーの足も凍ってしまい、この絶望的状況の前に、動くことすらもできない。

 

 

「俺は“怠惰”を殺す!!だから手始めに、テメェが死ねぇ!!」

 

 

エクスティンクトの前に形成される巨大な岩塊が炎を纏う。小さいが間違いない、恐竜を絶滅に至らしめたと言われる地球外からの悪意なき殺戮兵器___隕石だ。

 

隕石は重力を無視し、水平方向に氷河を削りながらジョーカーへと襲い掛かる。

避ける術は無い。眼前に迫るは、確実な死_____

 

 

 

 

 

 

 

《ドラゴン!マキシマムドライブ!!》

 

 

翼竜の光剣(ワイバーン・クラウソラス)!」

 

 

エデンドライバーにドラゴンメモリを装填した必殺攻撃で、隕石を粉砕。

マシンライバーンから仮面ライダーエデンが降り立った!

 

 

「何をしている、アラシ!」

 

「礼は言うけど遅ぇよ、そっちの病院の方が近かっただろ」

 

「道に迷った!」

 

「さっきの感謝返せ!」

 

 

隕石の熱で、足元が溶けたようだ。エデンとジョーカーは並び立ち、エクスティンクトを見据え、構えを取る。

エクスティンクトはエデンの姿を見て、憤りを爆発させる。

 

 

「増えやがっただぁ?もう一人は聞いてねぇぞ“暴食”!!」

 

「ごめんなさいね。言ってなかったかしら?」

 

 

 

突然、大きな悪意が目の前に現れた。パーカーを着た、小柄な人物、声は高い…おそらく女だろう。だが、ソイツが“悪”であることは、一瞬で理解できた。

 

2人の背筋を電撃が走るような感覚が襲う。アラシは二度、これに近い感覚を体験したことがある。一度目は朱月組で朱月王我に出くわしたとき。二度目は永斗奪還の際、ゼロと呼ばれる男と出会ったとき。

 

 

「自己紹介するわ。私は七幹部が一人、“暴食”。面識はあるはずよ?特にそこの、黒い仮面ライダー」

 

 

そう言うと、暴食は黒いパーカーのチャックを下ろした。顔は依然として判別できないが、アラシはその人物が誰なのかを一瞬で理解する。

 

その下に着ていたのは、音ノ木坂学園の制服。そして、彼女の手に現れたのは、ガイアメモリの入ったスーツーケース。

 

 

 

「お前…あの時のメモリセールス!」

 

「当たり。面白そうだったから呼んであげたのよ。私の庭にね」

 

 

スパイス・ドーパントの事件の直後にすれ違ったメモリセールスこそが彼女。あれは故意的だったことに、多少の驚きを隠せない。

 

 

「もうおしゃべりは十分でしょう?太陽クン、2人まとめてやっちゃって」

 

「言われるまでもねぇんだよ!」

 

 

小さな隕石を多数生成し、エクスティンクトはジョーカーに向けて放つ。

しかし、エデンがその間に入り、全ての攻撃を叩き落した。

 

 

「千載一遇のナントカという奴だろう!?アラシはその女を逃がすな!」

 

「一人でいけるか?…って、愚問だったな!」

 

 

エデンがエクスティンクトに、ジョーカーは暴食に向けて駆け出していく。

生身といえど、油断してかかれば痛い目を見るのは明白。ジョーカーは殺さない程度の力で殴り掛かる。

 

しかし、その拳は暴食には届かない。まるで反発するかのように。

 

 

「んだと…!?」

 

「心外ね、手加減されるなんて。それなら…」

 

 

暴食はパーカーのポケットからガイアドライバーを取り出し、腰に装着。そして暴食も、アサルト同様にゴールドメモリを取り出した。指で隠れてメモリのイニシャルは見えない。暴食はそのままドライバーにメモリを挿入。

 

凄まじいエネルギーが放出され、暴食の姿が変貌する。

 

 

「これが…七幹部のドーパント態…!」

 

 

黒色と赤銅色の体をした、獅子のような姿。半生物的とでも言えばよいのだろうか、生物のようにも見えるし機械的なモールドも入っている。隆起する筋肉に、ネコ科特有の形状の脚。さらに妙な模様が入った長い帯を纏わせており、天女の羽衣を連想させる。

 

ガイアドライバーのバックル部分は、エクスティンクト同様に黄色い球が現れていた。

 

 

(ゴールドメモリのドーパントが2体……様子見は危険すぎる。だが…)

 

 

アラシは獅子のドーパントに攻撃を続けるが、反発するように攻撃が届かない。

獅子のドーパントがジョーカーに向けて咆哮。衝撃波となってジョーカーを襲った。

 

 

「ぐあぁッ!」

 

 

獅子のドーパントがクラウチングスタートのようなポーズを取ると、脚の形状が変化。それにより瞬発力が大幅に向上。吹っ飛んだジョーカーが地面に落ちる前に追いつき、さらに殴打。一撃毎に雷撃を喰らっているような痛みが、連続で襲い掛かった。

 

 

「あら?案外味気ないわね」

 

「うるせぇ!」

 

 

ジョーカーだってなされるがままではない。なんとか体勢を戻したジョーカーは、いったん距離を取る。さっきのハメ技は喰らうとマズい。だが、超瞬発の接近なら分かっていれば対処できる。

 

しかし、その考えは裏切られることとなる。

獅子のドーパントがジョーカーに向けて手を向けると、その腕が伸び、まるで鞭のようにジョーカーに迫ってきた。しかも空中で伸縮操作自在。回避してもしつこく追ってくる。

 

 

 

(見た目の通り“ライオン”か、ライトニングみたいな電撃系のメモリかと思っていた。だが…)

 

 

一度腕がジョーカーを捉えると、一瞬で獅子のドーパントが腕を元に戻して距離を詰め、ジョーカーに馬乗りの状態に。

 

 

「じゃあコレはどうかしら。少しは食べ甲斐、見せてくれる?」

 

 

獅子のドーパントの帯が、赤く発光し始める。

ヤバいのは肌で分かる。だが、獅子のドーパントの体は想像を絶する程重く、体が微動だにしない。

 

 

次の瞬間、獅子のドーパントを中心に大爆発が起こった。

それこそ隕石が落ちたかのようなクレーターが地面に残り、変身解除したアラシがその中心で倒れている。

一方の獅子のドーパントは、あの爆発の中心にいたにも関わらず、傷一つついていない。

 

 

 

「口ほどにもないわね。やっぱり片割れだとこんなものかしら。それに…」

 

 

 

こっちとは別の場所で爆発が聞こえ、こちらも変身が解けた瞬樹が爆風に吹き飛ばされて来た。

爆炎をかき消してエクスティンクトが現れ、獅子のドーパントと並び立つ。

 

状況は…絶望的としか言いようがない。

 

 

 

「そっちも終わったみてぇだな。そんじゃあ、死ね!」

 

 

エネルギーを込めた腕を、生身の2人に振り下ろすエクスティンクト。

大地を砕くパワーをモロに喰らえば、まず命はない。2人は無念の表情を浮かべない。その眼は清々しい程にしつこく、まだ諦めていない。だが、現実は非情にも、エクスティンクトの攻撃は_____

 

 

 

届くことはなかった。

 

 

 

「どういうつもりだぁ…“暴食”!」

 

 

エクスティンクトの攻撃はアラシ同様、反発するように動きを阻まれている。

 

 

「どうもこうも、私たちの計画はオリジンメモリを揃えることよ。適合者を殺してどうするの」

 

「知らねぇんだよ、んなことは!じゃあ何だ?“怠惰”も殺すなとか言うんじゃねえだろうな!?」

 

 

エクスティンクトの攻撃の矛先は、獅子のドーパントへと変わる。

暴風、隕石、氷河が一斉に獅子のドーパントへと迫っていく。

 

 

「全く…世話の焼ける子だこと」

 

 

しかし、それらの攻撃は全て獅子のドーパントの前で静止。エクスティンクトも動きを封じられてしまった。

 

 

「今はこの子で手一杯だから、今回は見逃してあげるわ。それに貴方達は、もっと育ってからが楽しみですもの。また学校で会いましょう?夏休み明けまで、何事もなければ…ね」

 

 

 

そう言って、暴食とアサルトは一瞬にして消えてしまった。

なんとか生き延びた2人。だが、無様な敗北、ゴールドメモリに太刀打ちできなかった不甲斐無さが、彼ら自身を追い詰める。

 

 

 

さっきまで公園だった焦土の中心で、2人の少年は声にならない無力感を叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

 

 

 

「永斗くん!」

 

 

 

ハイドの診療所に永斗がいるということを知った凛、花陽、絵里は診療所に急行。だが、そこには既に他のメンバーが。そして、眠っている永斗と体に包帯を巻いたアラシと瞬樹がいた。

 

 

「アラシ先輩!?瞬樹くんまで…」

 

「!?その声は我が天使!」

 

 

花陽の声を聞いた瞬樹は一瞬で完全復活。アラシもなんとか立ち上がった。

 

 

「その分ならもう大丈夫そうっスね」

 

「あぁ、恩に着る」

 

「本当っスよ。敵の仮面ライダー3人も治療なんて、裏切り扱いもおかしくないっスからね!」

 

 

普通にハイドとアラシ達が一緒にいる状況が理解できない3人。全員揃ったこともあり、アラシが状況を説明する。

 

 

「なるほど…つまり永斗に恨みを持つ敵が幹部級の力を付けていて、そこに本物の幹部まで混ざって惨敗した。そこで状況も状況だから一時停戦…ということね。今更だけど、随分と物騒な世界に巻き込まれたものね…」

 

「流石は絵里、理解が早くて助かる。正直なところ、アサルト一人でも、エデンとジョーカーじゃ手に余る。せめて永斗が目覚めてくれれば…」

 

 

ファングを倒してから随分経つが、永斗が目覚める気配はない。

状況としては詰みに近い。そんな中、穂乃果は神が降りてきたと言わんばかりの勢いで、思いついたことを提案する。

 

 

「それじゃあ、永斗君が起きるまで待てばいいんだよ!この間みたいなタイムリミットとかないんだから、それまでここで皆で待てば…」

 

「ダメよ。そのアサルトって人がいつ暴れだすかもわからないし、その度に止めに行かなければいかないんだから、そんな余裕はないんじゃない?」

 

「真姫ちゃんの言う通りっス。ついさっき、こんなものが届いたっスから」

 

 

ハイドは自分の携帯電話を皆に見せる。表示されたのはメール画面で、こんな文章が打たれていた。

 

 

 

[明日の正午までに怠惰を近くの廃工場に連れてこい。そこで全て終わりにする。]

 

 

 

「メアドはアサルトのもので間違いないっス」

 

「つーか場所バレてんじゃねぇか」

 

「知らないっスよ。大方、ウチのメンバーの誰かがチクったんだろうっスけど。これは減給っスね。

まぁ言ってる場合じゃないっスか。どうやら、アイツは本気みたいっスから」

 

 

そう言って、ハイドは座りながら親指で窓を指す。

全員が窓の外を見ると、外は雲一つない快晴だった。しかし、空に見えるのは太陽ともう一つ。

 

遥か上空に見える、小さな点。

 

 

「あれってまさか…」

 

 

いち早く嫌な予感を察知したにこが、恐る恐る聞く。

帰ってきたのは無慈悲な返答だった。

 

 

「隕石っスね。今は宇宙空間で静止している状態みたいっス。既に世間では大騒ぎ、高さと大きさから人類絶滅とまではいかなくとも、余裕で東京都半壊か全壊っス」

 

 

開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。大規模殺人を起こしたファングを倒したかと思えば、さらにヤバいのがやってきた。つまりアサルトは、ここら一帯を壊滅させることで、永斗も殺そうとしている。

 

 

「全てを終わらせるってこういうことかよ…」

 

「つまりはこう言いたいのだな。明日の正午までに奴を倒さなければ、魔都・東京は壊滅!」

 

「でもそれっておかしいよ!そのために関係ない人を巻き込むなんて…まるで……」

 

 

“3年前の事件と同じ”。穂乃果がそう言いたいのは、全員が分かった。アサルトは自分の家族を奪った悲劇を、自身の手で繰り返そうとしている。

 

 

「ゴールドメモリの毒素で大分キてるっぽいっスね。でも、どーにも不可解な点が多いんスよね…例えば」

 

「わざわざ隕石にした事…とかか?永斗を殺したいのなら他にも手段はいくらでもあるはずだ。場所も割れてるんだし、速攻でココに攻め込めば終わり。逆に隕石みたいに目立つ形にしてしまったことで、遠くに逃げれば回避できる状況になってしまってる」

 

 

そう考えると、アサルトの行動はある意味最悪手とも言えるだろう。いくらなんでも少し不自然だ。

 

 

「流石はダブルの片割れ、その通りっス。組織の意向に従うなら、君達適合者を無理矢理でも逃がす所なんスけど…

 

まぁやめとくっス。それに、例え関係のない人でも、一度私怨で誰かを殺せばもう後には引けなくなる。ジブンだってアサルトを助けたいんス。だから…」

 

 

ハイドは真剣な眼差しをアラシ達に向け、覚悟を決めたように言った。

 

 

「共同戦線っス。“憤怒”と仮面ライダー、二つの勢力でアサルトを止める」

 

「利害は一致してるってか。背中預けるには信用できねぇが…そうするしかねぇみたいだ」

 

 

明日の正午までにアサルトを倒すのが勝利条件。今回のアサルトの行動から考えて、暴食は関与してないと考えてもいいだろう。それでも現時点の戦力じゃ勝つのは無理だ。ここは同盟を受け入れるしか手段はない。

 

 

「と言っても、ほとんど先のファング戦でメモリブレイクか負傷してるんで、戦力はほぼいないんスけど…ジブンも万が一に備えてここで居残りした方がいいと思うし…あーでもいたっスね、一人だけ出撃できる奴」

 

 

“一人かよ…”と言いたげなアラシだったが、心に置いておくことにした。

 

 

「本当は士門永斗が目を覚ませば手っ取り早いんスけどね」

 

「永斗くん……このまま目を覚まさなかったら…」

 

「心配すんな凛。俺達はやれることをやった。後は、永斗を信じるだけだ」

 

 

もし永斗が目を覚まし、戦力に加われば勝率は跳ね上がる。だが、ハイドの力ではどうしようもできない状況にあるため、待つしか方法がない。

 

それでも凛は、心配そうな、それでいてどこか後ろめたさを感じさせるような表情で、眠り続ける永斗を見ていた。

 

そんな凛を見たハイドは、何を思ったのか、凛の肩を叩き、声を掛けた。

 

 

 

「ちょっと手を貸してくんないっスか?」

 

 

 

__________________

 

 

 

 

ハイドと凛は、診療所の奥にある台所に移動。

 

 

「同盟結成を祝して皆にお茶でも出したいんスけど、どうも人数が多いじゃないっスか。だから手伝ってもらおうと思って。食器棚から人数分のカップ出して貰えないっスか?」

 

 

とりあえず言われたとおりに動く凛。その間、ハイドは棚の奥から紅茶のパックを取り出し、お湯を沸かしている。

 

これはどういう状況なのだろうか。

 

凛にとってハイドはモロ恐怖の対象である。過去に2回、ドーパント態のハイドと対峙して殺されかけているのだ、無理はない。今だって震えで手からカップが落ちそうになっている。落としたら落としたで殺されそうなイメージがあるので、死んでも落とさないが。

 

一方のハイドも、怖がられているのは察している。こんな協力関係、元から無理があるのだから仕方がないし、こっちだって親に顔向けできない程度のことはやってきている。本来ならあくまで一般人である彼女たちとは関わるべきではないのだが、ハイドは凛にどうしても聞いておきたいことがあった。

 

 

「凛ちゃん…だったっスか?前にジブンの昔話したことあったっスよね?」

 

「え…!?あ…ハイ…」

 

 

完全に怯えきっているせいか、驚きのあまり心臓がとまるような思いをした凛。

昔話…永斗奪還のときの話だ。

 

 

「君に叱られて、その後は真姫ちゃんにも叱られて、色々と考えたんスよ。その結果、こうやって君達にも手を貸してる。真姫ちゃんは、あの時のジブンの決断は間違いじゃなかったって言ってくれた。でも分かんないんスよ、ずっと間違いだと思っていたあの選択が、本当はどうだったかなんて」

 

 

凛からカップを受け取ったハイドは湯を注ぎ、紅茶のパックが入った袋を開けた。

 

 

「ジブンは君に忠告した。“士門永斗のことを知るのは間違い”だって。今でもそう思ってるっス。君達は忠告を振り切って彼を奪い返しに来てファングまで倒して見せたけど、彼の罪はどう繕ったって消えない。それでも君は、自分の行いが“間違い”じゃなかったって言えるっスか?」

 

 

今すぐに否定したい。でも、のどより先に言葉が出ない。

まただ、自分の弱さが嫌になる。誰よりも意思が弱く、臆病で、覚悟がなくて……それなのに皆の隣にいる自分が、それを許されている自分が許せない。

 

 

「凛…は……」

 

 

結局、その答えは出せないまま時間は過ぎる。

日が落ちると、アラシと瞬樹以外は帰宅。今すぐに攻め入る手もあったが、まずは体力の回復を優先させた。決戦は明日に持ち越された。

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

数時間前。仙台の山奥に住む技師 山神未来の元に一人の来客が訪れた。

取り掛かっていた“2つ目のロストドライバー”の制作を切り上げ、その姿を見た未来は、少し曇った表情を見せたかと思うと、すぐに鋭い視線を向ける。

 

その先にいたのは、黒服の男性。組織の七幹部の一人、“憤怒”ゼロ。

 

その意外な来訪者に、未来は冷たい声で問いかける。

 

 

「珍しいね。どの面下げて今更何をしに来たの?()()

 

「山神、有無を言わず俺の話を聞いてほしい。

お前に2つ、頼みたいことがある」

 

 

その時のゼロが何を思っていたのかは、メモリーメモリを手放した未来には分からなかったが、何か一つ“大きな覚悟”をしていたことだけは、その目にはっきりと映った。

 

 

 




次回でラストです。しれっと色々明らかになりましたが、気にせず行きましょう!
鈴神さん考案のエクスティンクト・ドーパントも大活躍です!

次の話も書き終わってるので、少ししたら投稿します。
予告しますが、次回は秘密になっている誰かの正体を明らかにします。


感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第40話 終幕はX/牙の切り札

引っ越しします146です。どうでもいいっすね、ハイ。

今回でラスト!F編長かったですね。受験勉強もありましたが、まさか1年半かかるとは…なめとんのかって話ですよね。

ラブライブ要素は限りなく極薄となったこの作品ですが、これで一段落です。


予告したとおり、今回は誰かの正体を明かします。




 

───なんで僕は生まれてきたの?

 

 

 

崩れた本棚が無数に存在する世界が燃え上がる。

その中で泣きじゃくる子供が一人。

 

───なんでみんな死んじゃうの?

 

───なんで僕を一人にするの?

 

 

 

その叫びは誰にも届くことなく、少年は消えない炎の中に呑まれていった。

 

 

 

 

 

翌日、朝。

 

目を覚ましたアラシは、外で精神を統一させる。今回は絶対に負けられない戦い、この街の命運が、アラシと瞬樹にかかっているのだ。

 

 

「つっても、負けていい戦いなんて一度もなかったけどな」

 

 

心は不気味なほどに落ち着いている。こうしていると修行の事を思い出すが、今回は一人じゃない。瞬樹もいるし、中には既にμ’sの皆が集まっている。

 

 

「まぁ、あの時も一人じゃなかったか。見えてなかったけど、傍には師匠が…」

 

 

精神統一で閉じていた目を開けると、診療所の敷地外にどうも見たことのある人影が…

 

 

 

__________________

 

 

 

「やっほーーーー!みんなおはよー!弟子のピンチに駆けつける、出張ミミックお姉さんだぞ☆」

 

「何してんですか朝っぱらから!」

 

 

朝から元気のいい大声で病室に入ってきたのは、仙台の山奥に住む仙人こと、山神未来。そして、既に疲れが見えるアラシだった。

 

中にいる全員、「誰?」と言わんばかりの表情。

 

 

「あそっか、お前ら初対面だったな。この人は山神未来、ロストドライバーを作った技師で、切風探偵事務所の元・探偵、そんで俺の師匠だ」

 

「じゃあ、私たちの先輩ってこと!?」

 

「それにしても、アラシが敬語とは珍しいですね…」

 

 

関心を示す海未と、はしゃぐ穂乃果。そして、それ以上にはしゃぐ未来。

 

 

「君たちがスクールアイドルのμ’sだね!わー、聞いてたよりずっと可愛い!えーっと…うん、分かるよ。君が穂乃果ちゃんで、そっちが海未ちゃん、花陽ちゃんに絵里ちゃん、希ちゃんと…にこちゃんは聞いてた通りバカっぽい!」

 

「ちょっとアラシ!何を吹き込んだのよ!」

 

 

一人だけバカ扱いされたにこは納得いかない様子だが、未来のテンションは止まらない。

 

 

「そっちは…うん、よく似てる。南ことりちゃんに、西木野真姫ちゃん。あと凛ちゃんだね!悩み事かな?浮かない顔だぞ?」

 

 

いつもなら凛がハイテンションに共鳴する所だが、バツが悪そうに目をそらす。

すると、騒ぎを聞いたハイドも病室に入ってきた。

 

 

「朝からうるさいと思ったら…珍しい客っスね。山神未来…ゼロから聞いてるっスよ。その見た目で、千年以上生きてる“仙人”だって」

 

 

それを聞いたアラシ以外の全員が「千年!?」と驚きの声を上げる。

 

 

「やだなぁ。実年齢は紛れもなく23歳だよ!」

 

「それで、何しに来たんですか師匠。俺達は今から…」

 

「ゴールドメモリのドーパントと戦いに行くんでしょ?だからわたしは、そこで寝てる永斗くんを診に来てあげたんだ。ダッシュで来たから、結構時間かかっちゃったけど」

 

 

なんで事情を知ってるのかとか色々気になるが、この人がツッコミ所満載なのはいつものことなので、黙っておく。

未来は未だに眠ったままの永斗に近づき、手のひらに生体コネクタが残っていることを確認する。

 

 

「切風少年、わたしのメモリあるよね?」

 

「ありますけど…なんすかその呼び方」

 

 

アラシはメモリーメモリを未来に手渡す。メモリーメモリは元々未来に適合したオリジンメモリで、司る感情は「真実」。あらゆる記憶に干渉し、閲覧する全知の力を持つ。

 

 

《メモリー!》

 

 

未来がメモリを起動させると、彼女の指先に生体コネクタが現れ、それを永斗の生体コネクタに接着させた。2人の体が薄く緑に輝く。しばらくすると光は消え、未来が目を開けた。

 

 

「なるほど…色々とわかったよ。まず今の彼は、“F”と半分つながった状態にある。前よりは大分弱いつながりだけどね。でもそのせいで、“F”を倒したとき一緒に意識にダメージを受けてしまったんだ」

 

「じゃあどうすれば…」

 

「このままじゃ絶対に目を覚まさないね…でも、一つだけ方法があるよ。やっぱり王子様を目覚めさせるのは、お姫様のキス…!」

 

「そういうのいいですから。ていうか逆です」

 

「わたしの弟子のくせにノリ悪いなぁ…オリジンメモリと同化してるってことは、感情に反応するはず。そのメモリが司る感情がいいんだけど…“F”は“絶望”だし、アカンですな。誰かが彼に感情のこもった言葉をかけてあげるのがいいと思うよ。出来れば彼に対する思いを。大勢よりも一人の方がより強く感情が伝わるハズだよ。その後は、彼自身の意思次第だね」

 

 

一人と言われ、アラシはメンバー全員を見渡す。

まずアラシと瞬樹は戦闘に行くため無理。そんで、永斗に語り掛けるとなれば…

 

悩む時間は圧倒的に少なかった。アラシは即断し、その名前を呼ぶ。

 

 

 

「凛、頼めるか」

 

「え…!?凛!!??」

 

 

自分が呼ばれたことに驚いている凛。永斗が目覚めるかどうかは勝敗に深く関わってくる。そんな責任重大な仕事をこなせるとは思えなかった。

 

しかし、他のメンバーは納得したような顔で凛を見る。

 

 

「私も…凛ちゃんがいいと思う」

 

「かよちん!?何で…?凛は、永斗くんに言えることなんて何も……」

 

「凛ちゃんの気持ちでいいんだよ。正直な思いを伝えれば…きっと永斗君にも届くと思うよ…」

 

 

花陽に諭されても納得のできない凛。しかし、タイムリミットは構わずに迫る。

 

 

「時間だ。瞬樹、いけるか」

 

「無論。次こそ奴を葬ってくれる」

 

「ほどほどに頼むっスよ。さてと、こっちも連絡を…」

 

 

μ’sの9人と未来に見送られ、2人の戦士は戦いに赴く。

永斗を巡る長い戦いの最終マッチの火ぶたが、今、切って落とされようとしていた。

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

数十分後。時刻は朝の10時を回っている。

近くの廃工場というアバウトな場所指定だったが、なんとか特定して2人が到着。

 

そこにはやはり、アサルト一人が佇んでいた。

 

 

「随分と早いなァ。それにしちゃあ、怠惰の姿が見えないようだが」

 

 

2人はドライバーを変身待機状態にセットし、メモリを取り出す。

アサルトも既にガイアドライバーを装着しており、エクスティンクトメモリを取り出した。

 

 

「永斗の奴、まだぐっすり寝てるみたいでな。でもアイツは必ず来る。それまでは…俺達が相手してやるよ」

 

「リベンジマッチというやつだ。覚悟しろ、復讐に囚われた哀れな獣よ!」

 

「笑わせんじゃねぇよ。肩慣らしくらいにはなってくれんだろうな!!」

 

 

《ジョーカー!》

 

《ドラゴン!》

 

《エクスティンクト!》

 

 

「「変身!」」

 

《ジョーカー!》

 

《ドラゴン!》

 

 

廃工場に2人の戦士、ジョーカーとエデン、そして一体の獣、エクスティンクト・ドーパントが顕現する。

 

 

「征くぞ!」

 

「あぁ!」

 

「失せろ、雑魚どもがァァ!」

 

 

 

エクスティンクトは開戦と同時に大規模な氷河を展開。一気にカタを付ける気だ。

しかし、その行動を呼んでいたエデン。フェニックスメモリでマキシマムオーバーを発動させる。

 

 

《フェニックス!マキシマムオーバー!》

 

 

イモータルフェザーの炎が冷気を相殺させ、氷河を消し去る。さらに熱を放出しながらエデンは飛翔。上空から急降下の刺突を繰り出す。

 

エクスティンクトは小型の隕石で迎撃するが、エデンが受けた傷は一瞬で治癒される。その上、氷河で防御できないため、一撃を喰らってしまう。

 

そこにジョーカーがさらに拳を叩き込み、エクスティンクトが怯んだ。だが流石の性能。そこまでダメージは残っていない。

 

 

「効かねぇんだよ!」

 

 

エクスティンクトの周りから巨大な植物が生え、急速に成長し、2人に襲い掛かる。

被子植物の大量発生によって二酸化炭素濃度低下が起こり、生物が絶滅したという説がある。この能力はその再現だろう。

 

植物はフェニックスの炎で焼き消すことができる。やはりエクスティンクトに炎の能力は有効。対策を練った甲斐があった。

 

しかし、ジャングルのようなフィールドは2人の視界を奪う。そこにエクスティンクトは草刈り機の刃のようなエネルギー弾を放ち、植物もろとも仮面ライダーを攻撃。死角からの攻撃をまともに喰らってしまう。

 

さらにジョーカーの足元にヒビが入り、直感的に回避。次の瞬間、その場所に火柱が、いやマグマが吹き上がる。

 

2人は攻撃の回避を続けるが、それでは消耗するだけで直にフェニックスメモリの能力も切れる。

そうなれば氷河を展開され、厳しい戦いとなってしまう。その前に有効打の一発でも加えておきたい所だが…

 

 

「あぁクソ!しゃらくせぇ!!」

 

 

焦りもあってか、エクスティンクトがいるであろう方向にダッシュしたジョーカー。だが、やけくそという訳ではない。エクスティンクトの姿を見つけると、切断された植物や残っている氷河を足場に、縦横無尽に立ち回る。ファング戦での本棚を足場に使った戦術を、体が覚えていた。

 

エクスティンクトの黒い頭部に蹴りが炸裂。だが、攻撃が浅い。それなら…

 

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

「ライダーキック!」

 

 

ジョーカーメモリをスロットに装填し、マキシマムドライブを発動。エネルギーが込もったキックがエクスティンクトの身体に突き刺さった。だが…

 

 

「効かねぇっつってんだろ!!」

 

 

エクスティンクトに脚を掴まれ、宙に放り出されるジョーカー。マキシマムドライブが効かなかった事に驚きを隠せず、対応が遅れてしまう。

 

 

「テメェはコイツを避けられねぇんだったな。ここで死んどけ、片割れライダー!」

 

 

地面から出現するのは、氷の巨槍。カオス戦で一度使われた技だが、威力が比較にならない。

エデンが炎を放出しても間に合わない。迫りくる氷山が、ジョーカーを貫く───

 

 

 

 

「助太刀するぞ。我が好敵手」

 

 

 

 

刹那。キンと高い金属音が聞こえ、次の一瞬には氷山が微塵に切り裂かれていた。ジョーカーの視界に映るのは、剣士の背中。

 

なるほど。助っ人がこれなら一人でも十分すぎる。

アラシの知る限り、最強の助っ人。

 

 

 

「ファースト…!」

 

「餞別は役に立ったようだな。本当なら敵として相見えたいところだが、不完全な貴様と戦っても価値はない。まずはあの馬鹿を共に倒すぞ。立てないというのならそこで寝ていろ!」

 

 

ファーストことスラッシュ・ドーパントは日本刀を手に攻め入る。一瞬で間合いを詰め斬りかかるが、エクスティンクトの防御を前にダメージを与えられない。

 

 

「ならば…重い一撃を浴びせるまで!」

 

 

スラッシュは持っている日本刀を上空に放り投げ、手元に別の刀を生成。数歩だけ後ろに下がったと思うと、敵に反撃をさせる隙も与えず再び接近!

 

 

「天下五剣 数珠丸恒次。我流剣 八ノ技…牙鬼(きばおに)!」

 

 

エネルギーで固形化された、飛ぶ斬撃。大地を抉り、その勢いは止まらない。そして、その斬撃はエクスティンクトの体をも抉る!

 

 

「グアァァァっ!!」

 

 

初めてエクスティンクトに深い傷が刻まれる。そのタイミングで宙に投げた刀がスラッシュの手元に戻り、エクスティンクトの傷に突き刺した。これで簡単には再生できない。

 

エクスティンクトは小型の隕石を無数に生成し、スラッシュに放つ。しかし、スラッシュは後ろに飛びながら、向かってくる隕石を全て叩き斬る。

 

 

「貴様ばかりにいい格好はさせんぞ、侍!」

 

 

炎で障害物を焼き尽くして現れたのは、エデンドライバーを構えたエデン。炎を纏った槍がエクスティンクトを貫く。出力は言うまでもなく全開。不死鳥の一撃が、エクスティンクトを燃え上がらせた。

 

 

「話には聞いている。貴様が騎士のライダーか」

 

「フッ…竜騎士シュバルツと呼べ。貴様の事も聞いているぞ。道は違えど騎士と剣士、互いに一つの道を征く同士だ」

 

「……一緒にするな」

 

 

槍と刀の乱舞がエクスティンクトの攻撃を捌き、確実にダメージを積もらせていく。

だが、それだけでは終わらない。この状況で、アラシが黙っているはずもない。

 

 

「俺を無視してんじゃねぇよ!」

 

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

「ライダーパンチ!」

 

 

再びマキシマムドライブを発動させ、今度は拳にエネルギーを込め、エクスティンクトに叩き付ける。一撃では効いている様子はない。ならば…

 

 

「何度だって叩き込む!」

 

 

言葉の通り、エクスティンクトに連撃を叩き込むジョーカー。スペックは貧弱であるが、何十発も殴っていれば流石にダメージとなる。

 

渾身の一撃が炸裂すると、エクスティンクトの体が衝撃に負け、吹っ飛ぶ。ファースト加勢、それによる相乗効果も相まって、形勢は逆転したといってもいいだろう。

 

 

 

「ファースト…!何でテメェが邪魔しやがんだ…!?」

 

「適合者が死なれると困るだけだ、貴様にもな。それにしても、少し見ないうちに半端な男になったものだ」

 

「んだと…!!」

 

 

エクスティンクトがマグマを放出。凄まじい出力だが、スラッシュ及び仮面ライダー2人はそれを躱す。

 

 

「気付かんのか。まずそのメモリ、能力の範囲は目を見張るものがあるが、対個人では能力を十全に発揮できない。復讐の手段としては、少々的外れだ」

 

 

それを聞いたアラシは感じていた違和感の正体に気づく。

 

 

「そうか…カオスの上位互換に見えるが、その規模を比べるとまるで別物だ。カオスが能力を周辺に留めるのに対し、エクスティンクトはぶっ放す。拳法を基本スタイルとするアサルトとは、能力が噛み合わねぇ!」

 

 

道理で戦っていて以前のような無駄のなさを感じなかったわけだ。単に能力に合わせた戦い方が、肌に合っていなかったということだった。

 

 

「だからどうしたってんだ!どんな力だろうが構わねぇ!俺は怠惰をブチ殺すだけだ!!」

 

「口は達者だが、貴様の戦いに迷いを感じるのは気のせいか?」

 

 

ファーストの思わぬ指摘。エクスティンクトの動きが止まる。

 

 

「迷い…?何ぬかしてやがんだ…俺は!」

 

「お前も聞いたはずだ、怠惰の真実を。それを聞いて自身が持てなくなったのではないか?自分が選んだ、“復讐”という選択に!」

 

 

アラシの中でまた一つ腑に落ちた。メリットは一つもないのにタイムリミットを指定した理由、それは、無意識のうちに迷いが生じていたから。永斗が本当に、殺すべき仇なのかに。

 

 

腑に落ちたのはアサルトも同じだ。殺そうと思えば、エクスティンクトのウイルス能力で街ごと殺せたはず。なのに、そうしなかった。自分でも分からなかった理由が“迷い”だった。

 

受け入れるわけにはいかない。でも、事実であることは自分が一番わかってしまう。

 

一瞬でも恨み続けた相手を許してしまった事実は、彼自身の信念、目的、存在意義さえも揺るがす。

 

 

 

「だから言っている。“半端者”とな」

 

「黙れ…黙りやがれぇぇぇぇ!」

 

 

 

そして、揺らいだ心は

メモリを暴走させる。

 

 

 

 

 

「ガ……グァ…アァァァァァァ!!!」

 

 

 

 

エクスティンクトの体に無数の赤いラインが走る。まるで充血した眼球のように。

暴走した能力はブレーキを失っているため、出力は大幅に上がっている。

 

暴風、マグマ、氷河、ウイルス、植物、地割れ。あらゆる天災が廃工場を跡形もなく消し飛ばした。

 

なんとか耐えきった3人だったが、正直、受けたダメージは軽いとは言い難い。

 

 

嫌に澄み切った青空の下。佇むのは、理性を失った正真正銘の怪物。

 

 

そして瞬樹は気付いてしまった。

 

 

 

「アラシ!あれは…」

 

「オイ…マジかよ!」

 

 

 

上空の小さな点が、さっきよりも大きくなっている。能力の暴走で、隕石の落下が予定よりも早く始まってしまったのだ。

 

 

 

「戦意を折るつもりが、どうやら失敗のようだな」

 

「失敗どころじゃねぇよ、ファースト!やっぱ慣れねぇ共闘はロクな事ねぇな!」

 

 

もうそんなこと言ってる場合ではない。手が付けられなくなったアサルトに、隕石。状況が詰みに漸近している。これを覆せるとすれば……

 

 

 

「永斗…!」

 

 

 

 

_______________

 

 

診療所の永斗が眠る病室。眠ったままの永斗の横に凛が座っているだけで、他は誰もいない。

永斗を目覚めさせる重要な役目。それに自分が選ばれたことが、未だに理解できない。それでも、やるしかない。

 

とは言っても何を言えばいいかわからない。何かを言う資格は無いとも思えてしまう。

 

 

「…やっぱりわかんないや。だから、凛の思ってたことを言うね」

 

 

それはメッセージというよりは、愚痴か、それとも自責か。少なくとも凛の口から出てきたのは、そういう言葉だった。

 

 

「凛ね、昔っから怖がりだったんだ。かよちんよりもずっと。でも、永斗くんに背中を押されてμ’sに入って、探偵部にもなって、力にもなれて…少し変われた気がした。でも…そんなことはなかったんだ」

 

 

凛は初めてハイドと対峙した時を思い出す。あの時振り絞った勇気は、一瞬で恐怖にかき消されてしまった。

 

 

「穂乃果先輩が真っ先に声を上げて、真姫ちゃんも自分のできることをやり遂げて、皆が永斗くんを助けるために戦ってた。でも凛は…何もできなかった。すぐに弱音を吐いて、怖くなって……あの時、永斗くんに助けなんかいらないって言われた時も、迷っちゃった…永斗くんはとっても大切な友達で、助けたいって思ってた。でも、それと同じくらい、凜は自分が死んじゃうのが、怖かった……」

 

 

 

───“自分”っていう器をどう飾って、何を入れるかはその人の自由だと思う

 

凜は永斗と初めて会った頃、言われた言葉を思い出す。

臆病で泣き虫、冷静に物を見れなくて、少しのきっかけで揺れてしまうほど心が弱い。きっとそれが星空凛という器なんだ。どう努力したって、そう簡単に変えられるものではない。

 

そして、その器は恐怖でいっぱいで、勇気が入る余地なんてなかった。

 

自分は皆より弱い。皆のようにできない。自分の小さくて弱い器がこの上なく恨めしい。

 

無理に張り詰めた器には傷が入り、貯めこんでいた弱さが、本音が溢れ出す。

 

 

 

「怖いよ…もう戦いたくないよ…!だから帰ってきてよ……ずっと一緒にいて、凛のこと守ってよ、永斗くん…!」

 

 

 

あふれた感情が言の葉となり、涙となって現れる。

 

ゲーム研究会の一件、ハイドとの2度の対峙、どれもそこには永斗がいた。

凛が勇気を出せたのは、永斗がそこにいたから。信頼でき、親しく、自分よりずっと先の憧れる姿があったから。

 

凛を変えたのは、永斗だった。

 

 

 

「凜は凜のことが嫌い。ほかの皆みたいにかわいくなれなくて…弱くて、勇気も出せないし、自分のことしか考えられない。でも、そんな凛を、永斗くんは“かわいい”って…“弱虫なんかじゃない”って言ってくれた。自分でもびっくりするくらい、すっごく嬉しかったんだ。だから……永斗くんじゃなきゃ嫌だ!凛は永斗くんのこと────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好きだから」

 

 

 

 

 

それは想いが生んだ結果。弱々しく、我儘な、飾りのない本心のままに

凜は目を閉じて、眠る永斗に顔を近づける。吐息が鮮明に聞こえる。精一杯の勇気が彼女を動かし、

 

 

その小さな唇は、永斗の唇と重なった。

 

 

 

 

「会いたいよ………永斗くん」

 

 

 

 

一筋の涙が永斗の顔に落ちる。

やっと分かった。永斗のことを知ってしまったのも、この選択も、間違いかどうかなんて分からない。ただ、大好きな人といる時間は、絶対に“間違い”なんかじゃない。

 

 

 

目を開けた凜が目にするのは、涙でぼやけた世界。そして、そこには永斗の姿はなかった。

 

 

さっきまで閉まっていたはずの窓。そこから吹き抜ける乾いた夏風が、凜の涙を乾かした。

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

「ア゛ァァァァァァッ!!」

 

 

 

 

呻き声を上げ、エクスティンクトは暴走を続ける。

能力のブレーキが外れ、近づくことすらもままならない。スラッシュのレベル2を持ってしても、都市を壊滅させるほどの力を突破しきれるかは分からない。

 

本来ならこのままエネルギー切れを待ち、耐久戦に持ち込むのがセオリーだが、隕石は刻一刻と地表に近づいてきている。そんなことをしている暇はない。

 

 

 

数十メートル上から隕石を無数に落とすエクスティンクト。それはさながら流星群。スラッシュが同程度の手数の剣を生成して迎撃するも、同時に襲い来るマグマの砲撃は捌ききれない。

 

少しでも油断すれば氷河が自由を奪う。フェニックスは力を使い切り、ジョーカーが使うヒートでは火力不足。一度足を捕らえられたら、逃げることは容易でない。

 

しかし、空気中に充満する瘴気が問題だった。生命を蝕む感染型ウイルスだ。死ぬことはない分即効性で、数分と立たずに目まいと頭痛が襲ってくる。そんな状態で戦いを続行するのは無理というものだ。

 

 

 

「動けるか、仮面ライダーの片割れ」

 

「誰に言ってやがる…目まい及び頭痛は大体気のせいってのが常識だ」

 

「竜騎士は風邪を引かん!」

 

 

3人の戦士は気迫でなんとか意識を保っている。

そんな中でも攻撃は手を止めない。氷河の槍がスラッシュへと飛ぶ。

 

巨大剣を生成し、一刀両断。そのままエクスティンクトに突っ込み、巨大剣で斬り付けた。

暴風のバリアが攻撃を阻み、届かない。間近まできたせいで、スラッシュはエネルギーカッターを喰らってしまう。

 

だが、その瞬間、防御が弱くなったのをエデンは見逃さない。

 

 

 

《ユニコーン!マキシマムドライブ!!》

 

「白亜の竜よ、紫苑の角獣よ。誇りを掲げしその牙で、勇猛なるその角で、今こそ其の罪を祓い、敵を穿て!紫竜の穿角(レイ・グングニル)!」

 

 

 

モノケロスギアを装着したエデンは、マキシマムドライブを発動。エネルギーを振り絞った一撃が、エクスティンクトの防御を引きはがすことに成功した。

 

 

「今だ!アラシ!」

 

「あぁ!」

 

 

 

そのタイミングを待っていたジョーカー。渾身のエネルギーを込めた拳を、エクスティンクトに叩き込む!

が……

 

 

 

「ッ…!ッソが…」

 

 

 

やはりメモリ一本では貧弱。そのパンチは届く前に受け止められてしまう。エクスティンクトはそのままジョーカーの腕を掴み、つるし上げた。

 

そして、エクスティンクトの手に、冷気を纏わりつく。

 

 

 

「…!やめろ!!」

 

「させん!」

 

 

危機を察知し、エクスティンクトに立ち向かうスラッシュとエデン。しかし、既に防御は元の状態に回復してしまっている。意識も朦朧とする中、そう簡単に防御を突破できない。

 

ジョーカーの体を放り投げるエクスティンクト。そこに、冷気を帯びた腕を氷槍へと変化させ……

 

 

ジョーカーの腹部を貫いた

 

 

 

 

「アラシ!!!」

 

 

 

抉れ、砕ける肉体。刹那の惨状にエデンが叫ぶ。しかしエクスティンクトの一撃はロストドライバーに直撃し、アラシは一命をとりとめた。

 

だがロストドライバーは大破。変身も解除されてしまう。さらに生きていたとはいえど、その痛々しい傷は戦闘不能と判断するには十分だった。アラシの手元に残ったのは、壊れないジョーカーメモリのみ。

 

 

暴走したドーパントに慈悲は存在しない。目の前の獲物を狩るだけの獣は、アラシに腕を振り下ろした。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

白い斬撃がエクスティンクトの攻撃を砕き、さらに加速してエクスティンクトを迎撃する。

予想外の攻撃に怯むエクスティンクト。白い斬撃は恐竜の声のような電子音を鳴らし、アラシの前に降り立った。

 

それは白く、薄透明なメモリガジェット。その風貌は恐竜のヴェロキラプトルのよう。

 

そして、そのメモリガジェットは回転しながら、ある人物の手に収まった。

 

 

アラシでも、エデンでも、スラッシュでも、エクスティンクトでもない。

病院から抜け出したような服装で、髪はボサボサ。相も変わらず顔には覇気が微塵も感じられない。

 

アラシに湧き上がる得も言われぬ感情。

言葉にするにはあまりに大きく、複雑なそれは、ただ彼の心を熱くする。

 

 

 

「ーッ…!遅ぇんだよ……!」

 

「ごめん。待たせたね」

 

 

その姿に、その場にいた誰もが驚いた。

 

 

 

「帰ってきたのか…!」

 

「士門…永斗…」

 

 

 

その男の名は士門永斗。仮面ライダーダブルの片割れで、アラシの相棒。数多の戦いと苦悩、覚悟を経て、今ここに戦場へと舞い戻った。

 

 

 

「面倒くさがりのお前を引っ張り出すなんて、凜に何言われたんだ?」

 

「さぁ、よくは覚えてない。でも…ずっと欲しかったモノを貰った気がした。そうだアラシ、アレ持ってるよね?」

 

 

アレと言われて、アラシはすぐに思い当たった。懐から箱を取り出す。

それは凜から貰ったヘアピン。永斗はそれを受け取り、寝ぐせのついた前髪を留めた。

 

そのせいだろうか。どこか以前とは雰囲気が変わって見える。

 

 

 

「…ガァ……!ア…タイダァ……!」

 

 

 

その姿を見たエクスティンクトは様子を変えた。心の歪みが大きくなり、暴走は激化する。纏うオーラはより禍々しいものとなる。最早、生命ではない。一種の災害と言って然るべき存在となってしまった。

 

 

「永斗…アイツは…」

 

「状況は分かってる。アレは僕が作り出した化物だ。だからここで……ケリを付ける!」

 

 

 

アラシはダブルドライバーを装着。それと同時に永斗の腰にもダブルドライバーが現れる。

 

 

《ジョーカー!》

 

 

ジョーカーメモリを起動し、ドライバーに装填。

しかし、アラシの体はメモリの力に耐えられず、膝から崩れ落ちてしまう。

 

 

「クッソ…!こんな時に……!」

 

「その傷じゃ無理だ。僕がやる」

 

「何言ってんだ!俺も戦うぞ!!」

 

「わかってるよ。だから……

約束通り、半分だけ力を貸して」

 

 

永斗は手元に収まった恐竜型メモリガジェットをライブモードから変形。通常ならサポートツールに変形するが、このガジェットはそれとは異なる。

 

手足、頭部を畳み込み、隠れていた“ソレ”を弾く様にタッチし、その姿を出現させる。

 

それは紛うことなきガイアメモリ。そのメモリを見たスラッシュは驚きの声を上げる。

 

 

「馬鹿な…アレはファングメモリ!」

 

 

ファングメモリは組織が厳重に管理していた。何より、オリジンメモリをガジェットと同化させるなど、聞いたことがない。

 

 

 

《ファング!》

 

 

 

メモリの起動と同時に、ジョーカーメモリが永斗のドライバーへと転送される。

 

アラシも何が起こっているのか分らない。この現象はいつもと逆であり、それは“永斗の体でダブルに変身する”ことを意味している。

 

ただ、これだけは分かった。

俺にできるのは、永斗を信じることだけだ。

 

 

 

「「変身!」」

 

 

 

永斗はジョーカーメモリを押し込み、ファングメモリを装填。そしてドライバーを展開!

 

永斗の体にアラシの意識が流れ込む。そして、ファングメモリの力が永斗の中で暴走する

 

 

 

「負けるか……!決着を付けよう……"F"ッ!!!」

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

「まさか僕を使うとはね。てっきり消すものだと思ってた」

 

 

 

永斗がいたのは、地球の本棚。しかし、先の激闘によって既に崩壊しており、それどころか空間が燃え上がっている。その中心にいるのは、小さな子供。直感的に分かる。これが“F”の本当の姿だ。

 

 

「力を貸すつもりはないよ。お前らのせいで向こう200年は身動きできなくなったからね。でもこれで道連れだ」

 

「分かってるさ。だから……

 

 

僕と一つになれ、“F”」

 

 

 

それが、永斗の決断だった。“F”との分離のために戦ったアラシ達とは相反し、永斗は敢えて一つになる道を選んだ。エクスティンクトを倒し、人々を救うにはそれしかない。“F”が消耗しきった今ならば、永斗の人格をメインに融合することができるかもしれない。だが……

 

 

 

「はっ…正気か…!?自由に恵まれ、命に恵まれたお前たち人間が!この呪われた運命を自ら選ぶというのか!?」

 

「やっぱり。それが君の本音なんだね」

 

 

“F”は自分の口から出た言葉に驚く。永斗は“F”と融合している間、感情を共有することで気付いた。彼は人間を見下していたんじゃない。そうするしかなかったのだ。

 

 

「君は人間が好きだったのかもしれない。でも、“絶望”を司る君は、出会った適合者を不幸にしかできなかった。ずっと独りで、バッドエンドを繰り返しながら、永遠の時を生きるしかなかった。だから壊れた、壊れるしかなかったんだ」

 

「だったら分かるはずだ!!この運命がどれだけ残酷なのか!僕がどれだけ…自分を呪ったのか!!僕を消さなければ、待っているのは絶望だけだ!」

 

「それでも!!守りたい…大切な人達がいるんだ。

絶望しかないのなら、僕は絶望しながら前に進む、誰にも認められなくても…終わりなんてなくても…この罪を償う!」

 

 

 

信じられなかった。どうして人間がそんなことを言える。

 

同じだったはずだ。関わる人をみんな不幸にしてきた。命にも、自由にも恵まれなかった。どこまでも憐れな、呪われた運命。だからこそ、“F”は永斗を選んだ。それなのに、コイツは選んだ。永遠の絶望の中、それでも諦めず、前に進む道を。

 

“F”がずっと、選べなかった道を。

 

 

「バカな…勝てるわけがないんだ。“人を不幸にする”それが僕たちの運命なんだ!」

 

「勝つさ。だって僕は───」

 

 

激情し、永斗に殴り掛かる“F”。だが、その腕は永斗の眼前で止まった。

誰かが“F”の腕を掴んでいる。燃える空間の中、現れたのは……切風アラシの姿だった。

 

 

 

あぁ、そうか。一つだけ、違ったんだ。

 

 

 

 

「妬けるなぁ………」

 

 

 

 

“F”の姿が、永斗の体に吸い込まれていく。

残された2人を中心に、空間が修復される。炎は消え、本棚は再生する。眼前に広がっていくのは、真っ白な、美しい光景───

 

 

再生した世界で、白き獣が雄叫びを上げる。

 

 

_______________

 

 

 

 

 

《ファングジョーカー!!》

 

 

 

 

「『ウアァァァァァァッ!!』」

 

 

 

アラシの体が倒れ、永斗の足元から装甲が展開されていく。

 

右半分は白いボディに黒のライン。左半分は黒いボディに紫のライン。全身に牙が生えたような獰猛な姿だが、それでいて洗練されている。鋭さを増した赤く輝く複眼から延びるのは、涙の痕のような黒いライン。

ドライバーに装填されたファングメモリは変形しており、さながら恐竜の頭蓋骨。

 

これが、仮面ライダーダブル ファングジョーカー!!

 

 

 

「タイダァァァァ!!」

 

 

エクスティンクトは中型の隕石を生成し、発射。だがダブルは避けるそぶりを見せず、逆に突っ込んでいく。

 

 

《アームファング!》

 

 

ファングメモリの角ように見える部分を押すと、能力が発動。右手首に刃が装備される。

 

そしてその刃で、隕石を一刀両断。

 

エクスティンクトは次々に攻撃を続ける。しかし、ダブルはそれらを全て切り裂き、進む勢いを止めない。

 

 

「ずっと罪から目を背けてきた。“面倒だ”って、考えもしなかった。そのせいで…皆を傷つけた!」

 

 

暴風のバリアも2、3撃で破壊。凄まじい推進力とスラッシュ・ドーパントをも凌駕する攻撃力。それこそがファングジョーカー最大の武器。

 

 

『信じてるなんていいながら、俺は相棒の事を何も知らなかった!一瞬でも、永斗を疑った!』

 

 

防御が消えたエクスティンクトに斬撃を浴びせた。その攻撃スタイルは、まさしく暴れ狂う獣。

 

それでもなお、エクスティンクトは暴走を続ける。

理性を失い罪を犯した人間に、2色の戦士はこの言葉を投げかける!

 

 

 

 

「僕たちの罪は数えたよ。さぁ…」

 

「『お前の罪を数えろ!!』」

 

 

 

白亜の斬撃がエクスティンクトを穿つ。

 

エデンとスラッシュの出る幕がない程に、ファングジョーカーはエクスティンクトを圧倒していた。それもそのはずだ、エクスティンクトは近距離戦ではカオスメモリに劣る。そして、理性を失った攻撃は読みやすく、正面の攻撃なら確実に突破できるファングジョーカーの前には無力。

 

そして、オリジンメモリと同化し不変となった永斗に、ウイルスは効かない。

 

これは運命が引き寄せた最適解。エクスティンクトにとって、ファングジョーカーは最強の天敵と言ってもいい。

 

 

だが、永斗は知っている。このメモリにはもう一つ、恐ろしい能力が眠っている。

 

 

 

「タイダ……オレハ…オマエヲ…!!ガァァァァァッ!!!」

 

 

 

エクスティンクトの纏っていたローブが広がり、肉体が隆起する。いや、隆起なんてものじゃない。これはまさに、ティラコスミルスのような巨大化能力だ。

 

その姿も人型から変貌する。大きな翼、七つの頭を持ち、十の角を生やした竜。体を走っていた赤いラインが全身を巡り、体全体を紅蓮に染め上げた。黙示録の獣を彷彿とさせるその異形を、永斗が言葉にする。

 

 

 

「エクスティンクト・ドラゴン。あれがエクスティンクトメモリの真の力だ。力尽きるまで暴れ続け、このまま倒しても、変身者の命はない」

 

「ドラゴンだと…?俺とかぶっている!」

 

『かぶってねぇ黙ってろ』

 

「それで、アレをなんとかする方法はあるんだろうな」

 

 

スラッシュが上空で飛翔するエクスティンクト・ドラゴンを指さして問いかける。暴れる異形には、もう微塵の理性も感じない。

 

 

「もちろん、彼を救う方法が一つだけ。力を貸してくれるなら…だけどね」

 

 

永斗は全員に作戦を伝えた。それを聞いたスラッシュは所定の位置に移動。エデンはエデンドライバーのドラゴンメモリを引き抜き、エデンドライバーに装填した。

 

 

《ガイアコネクト》

 

「我と契約せし白亜の竜よ。神々の力と我が魂が命ず。

我が信念を糧とし、我と一つになれ。我が身を光輝の神竜と成せ!!」

 

《ドラゴン!マキシマムオーバードライブ!!》

 

 

エデンがドラゴンのマキシマムオーバードライブを発動させ、全身に竜の装甲を装備し、神獣となった姿、エデン・オーバードライブに変化。エデンが翼を広げると、ファングジョーカーはその上に乗り、飛翔した。

 

エクスティンクト・ドラゴンはエデンめがけて攻撃を開始。それぞれの首から異なる攻撃が繰り出される。

 

 

《ショルダーファング!》

 

 

 

ファングメモリの角を2回押すと、今度は肩に刃が出現。ダブルは刃を取り外し、エクスティンクト・ドラゴンに投げつけた。

 

刃は空中を旋回しながら、吐き出される氷河、隕石といった固形物を破壊し、エクスティンクト・ドラゴンを斬り付ける。だが雷や風の攻撃、中心の首からの黒い炎は対処できない。

 

そこはエデンの飛行スピードでなんとか回避する。特に黒い炎は一度付いたら対象が炭化するまで消えない、呪詛の炎。そのことを事前に聞いていなければマズかった。

 

ショルダーファングは自在な軌道を描き、攻撃と防御を行う。さらにエデンも攻撃に参加しているが。決定打に欠ける。そこでダブルは、エデンの背中を足場に、エクスティンクト・ドラゴンに飛び掛かった。

 

 

「××××!!×××××××××!」

 

 

声にならない奇声を上げ、ダブルに襲い掛かるエクスティンクト・ドラゴン。ダブルはショルダーファングを操り、足場とすることでもう一段ジャンプ。エクスティンクト・ドラゴンの攻撃を避け、アームファングでエクスティンクト・ドラゴンの片翼を切断した。

 

 

「瞬樹!ここで決める!!」

 

「承知!」

 

 

ダブルの落下方向に先回りしたエデンは、右腕に備わった巨大なクローとパワーで、ダブルを高く打ち上げる。

それと同時にマキシマムオーバードライブが解除されてしまった。

 

だが、問題はない。最高到達点に達したダブルは、ファングメモリの角を3回弾く!

 

 

《ファング!マキシマムドライブ!!》

 

 

右足に刃が装備され、ダブルは右足を突き出したポーズで、体を軸にしたチェーンソーのように回転。

落ちていくエクスティンクト・ドラゴンよりも速いスピードで距離を詰める。

 

 

「これで終わらせる。行くよ、相棒!」

 

『あぁ!!』

 

 

回転は加速し、刃にエネルギーが充填される。言うなれば、今のダブルは万物を狩り取る、斬撃の嵐。

 

 

 

「『ファングストライザー!!』」

 

 

 

全てのエネルギーを一撃に収束。蒼白い斬撃が、恐竜が獲物に噛みつくように刻み込まれた。

 

 

刻まれたFの残光───それは、絶望のピリオド。

 

 

 

「××××××××××××!!!」

 

 

 

ダブルが着地すると同時に、エクスティンクト・ドラゴンは爆散した。

 

炎を纏った巨体が、まるで隕石のように落下する。そこに、スタンバイしていたスラッシュが飛び上がり、抜刀。

 

 

「我流剣 六ノ技…」

 

 

目で捉えられないスピードで、ただ一太刀だけが繰り出された。

 

 

真月(しんげつ)

 

 

その一太刀は、エクスティンクト・ドラゴンのガイアドライバーのみを破壊。その姿はアサルトに戻り、エクスティンクトメモリは空中で砕け散った。同時に、迫っていた隕石は砂塵となって消滅したのだった。

 

 

落下するアサルトをスラッシュがキャッチ。メモリだけを破壊できたため、息はあるようだ。

 

 

「助けろだなんて…頼んじゃいねぇ…!」

 

 

ダブルとエデンは変身を解除。すると、アサルトがそう言って立ち上がり、永斗の前に立つ。

 

 

 

「……ざけんなよ、怠惰…!これで…許されたつもりか…?俺はまた、お前を殺しに来るぞ……!」

 

「それでいい。僕はもう忘れちゃいけないんだ、僕の…罪を。だから、ずっと恨み続けてくれ。もう二度と、忘れてしまわないように……」

 

 

混沌とする頭じゃ理解できなかった。

それを聞いたアサルトは呆れるように吐き捨てる。

 

 

「んだよ…それ……」

 

 

それだけ言って、アサルトは意識を失った。

恨み言なのかもしれない。だが、その顔はどこか笑っているように見えた。

 

 

「これで今度こそ一件落着…だな」

 

 

意識が戻ったアラシが、傷を抑え合流。しかし、スラッシュは持っていた刀をアラシに向けた。

どうやら、まだ一件落着ではないらしい。

 

 

「これで停戦も終結だ。任務通り、怠惰を抹殺する」

 

「な…待て!」

 

 

そう言って、スラッシュは永斗の首をめがけ、刀を───

 

 

 

「と思ったが、やめだ。どうやら“F”の危険は去ったらしい」

 

 

刃は永斗の首に届く寸前で止まり、消滅した。

アラシと瞬樹はほっとしたような文句言いたげなような顔でスラッシュを睨みつけている。

 

 

「組織を裏切った“怠惰”は記憶を失う前の士門永斗。記憶が戻ったかどうかは、こちらでは判断しかねる。それに、組織は既に士門永斗は不要との判断を下した。我々が貴様らを狙う理由はなくなったということだ」

 

「つまり、もう戦わなくていい…ってこと?」

 

 

首はね寸前だったというのに、永斗は冷静に聞く。

 

 

「少なくとも、今回の共闘が明るみに出れば“憤怒”の地位は下がり、表立った任務は減るだろう。だが忘れるな。近いうちに必ず、お前たちのメモリを頂く」

 

 

そう言って、スラッシュはアサルトを連れて去っていった。今回戦わなかったのは、ファーストなりに恩義を感じているからかもしれない。

 

 

何にせよ、これで正真正銘の一件落着だ。

体から力が抜け、アラシが大の字になって寝ころんだ。

 

 

「終わったぁー……帰ったらまずメシだな。いや、その前に病院か。腹に穴開いてるし」

 

「フッ…この程度の傷、我が天使を目にすれば一瞬!今行くぞ!我が天使!!」

 

「変態が行ったぞ、止めろ永斗」

 

「はいはい…」

 

 

戻ってきた、永斗はそう実感する。

自分が消えることで、この時間を守ろうとした。でも…やっぱり、僕はここに居たい。

 

 

「まだ夏休みだからな。あいつ等もお前と遊びたがってたし、ライブだって予定通り進める」

 

「アニメは?」

 

「全部録画してあるよ。だから……

一緒に帰るぞ、俺達の家に」

 

「面倒くさいなぁ…でも、付き合うよ。ずっと…」

 

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

8/11活動報告書

 

事務所に到着した俺達は、休業の看板を取り、扉を開けた。電気をつけると、そこに待っていたのは穂乃果たち。まるで誕生日パーティーでもするようなテンションで、ケーキやら料理やらを並べていた。

 

俺と瞬樹が中に入り、最後に永斗が皆の前に姿を見せた。

 

穂乃果達が永斗に駆け寄る。だが、誰よりも早かったのは凛だった。

 

凜は泣きながら、永斗に抱きついて、この言葉をかけた。

 

 

 

「…おかえり!」

 

「ただいま」

 

 

 

色々あったが、報告書に書くことと言えばこれくらいだ。

 

 

俺達の事務所に、永斗が帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

ー“F”編、完結ー

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

「こんな所に呼び出して、何の用だ。リッパー」

 

 

呼び出されたゼロの前に佇むのは、キル・ドーパント。“憤怒”のNo6 リッパー。ファング討伐作戦にも不参加で、暗殺部隊から配属されたばかりの最も謎の多いメンバーだ。

 

 

「いえ。ただ、今回の件で“憤怒”の信用は地に落ちたものですから」

 

「信用なんぞハナから気にしていない。ウチが不要と判断したのなら、さっさと抜ければいい。俺達は俺達の目的のために動くだけだ」

 

「そのつもりですよ。ですが……」

 

 

キルは短剣を構え、ゼロに襲い掛かる。

 

 

「ゴミはすぐに片づける主義でね」

 

 

しかしゼロは何食わぬ顔で攻撃を捌き、キルに蹴りを入れた。生身だというのに、その身体能力はドーパントに比肩する。

 

 

「やはりメモリは使わないんですね?」

 

「無駄遣いはしない主義…ってやつでな」

 

 

しばらく激闘が繰り広げられた。

生身vsドーパントだというのに、互角の戦いを繰り広げるゼロ。まだ余力を残しているようにも見える。やはりこの男、どこまでも化物だ。これが組織最強の戦士、“憤怒”。

 

リッパーは一本のナイフをゼロに投げる。

ナイフは真っ直ぐ心臓に。しかし、当然のように二本の指でナイフがキャッチされ……

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

 

刹那。

キャッチしたナイフから、極小の弾丸が発射された。無論、警戒はしていた。そのはずなのに、弾丸は意識の間を縫うようにゼロの心臓を、つまり左胸を貫いた。

 

血を吐き、倒れるゼロ。

 

 

「キルの基本能力は“血液を操る”。これは貴方の血から作られた弾丸、凶器は残りません。

さて、これでいいですか?」

 

「えぇ、合格よ」

 

 

奥から現れたのは、“暴食”の姿。倒れるゼロを見て、愉快そうに笑っている。

 

 

「流石は“嫉妬”のジジイに次ぐ暗殺者。太陽クンがやられちゃったのは残念だったけど、貴方がいるならいいわ。それにしてもあっけないものね、最強さんは」

 

 

とはいえ、キルもかなりのダメージを負った。この男は、限りなく危険な存在。生物の限界に、最も近づいているとさえ言われるだけはある。

 

 

 

「これで邪魔な憤怒は力を失った。アハハッ…!天下を取るのは…“暴食”よ!」

 

 

 

高笑いが響く。キルも全く動かないゼロの体を一瞥し、つぶやいた。

 

 

「何でもいい。ただ…」

 

 

キル・ドーパントが変身を解除し、肩からキルメモリが排出される。

血で出来た衣服が剥がれ落ちるようなエフェクトの奥から現れたのは、リッパーの姿。

 

背は低い。髪は赤黒く、女性にしては短髪で、男性にしては少し長い。

 

そう、“男とも女ともとれない姿”。

 

 

 

 

そこに現れたのは、黒音烈の姿だった。

 

 

 

 

 

「ボクは…勝ち馬に乗るだけです」

 

 

 

 

一つの事件が幕を閉じた。

だが、物語は終わらない。新たな真実、交錯する運命……

 

 

物語は、次のステージへ───

 

 

 

 




ファングジョーカー来ました!長かったやっと中間フォーム!まぁ、後期中間も控えてますが。
あと若干恋愛要素入ってきました。うん、やっぱ苦手だ。経験無いし。

そんで、キルの正体ですが…感づいていた人もいると思います。これがまた色々かき乱していく予定です。

次回は…何書こうかな。コラボももう少しで始められそうですし。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第41話 不思議なB/メイドのヒミツ

ハイド イメージCV中村悠一
憤怒に所属するNo3エージェント。一人称は「ジブン」。「~っス」が口癖で、白衣と眼帯を着用している。ちなみに、眼帯はメモリ能力のサポートが用途である。性格は軽めで適当だが、状況を俯瞰する力や参謀としての実力は本物。また、ゼロ、ファーストと共に、憤怒の最古参である。その正体はかつて西木野総合病院に勤務していた医者で、本名は岸戸能晴(きしどあたる)。とある事件がきっかけで医師免許をはく奪された。μ’sのメンバーと関わっていくうちに、心境が変わり始めたようで…?
名前の由来は仮面ライダードライブのブレン。「毒」を英語にして「トキシック」。これをもじって「岸戸」。ブレンのコピー元、杵田光晴と「脳」から「能晴」。

特技:治療、諜報活動、部下の目を盗んでサボること
好きなもの:死んだ幼馴染、温泉卵、牛乳
嫌いなもの:自分、豆類全般

146です。龍騎見てたら遅くなりました。面白いですね。RT龍騎も、本編見てからだと全然違った楽しみ方ができます。

今回はアンケートの結果、ワンダーゾーン回をお送りいたします。

あ、これと同時にジオウ新作も投下しました。よろしければどうぞ。


8/13 音ノ木坂学院。

 

 

「ラーララー♪ラーララー♪」

 

 

校舎内で歌いながら踊り回るのは、練習着姿の穂乃果だ。

いつになくご機嫌。それもそのはずだ、今日の朝、彼女たちにはある吉報が届いた。

 

 

「オープンキャンパスのアンケートの結果、廃校の決定はもう少し様子を見てからとなったそうです!」

 

 

全員が部室に揃い、花陽の発表に全員が歓喜する。

ちなみに夏休み期間でも、部室には入れるようになっている。

 

 

「それって…オープンキャンパスのライブが評価された、ということでしょうか…?」

 

「そうなんじゃない?ま、私はどうでもいいけど」

 

「真姫ちゃんはいつも通りツンツンやね~。こういう時は、素直に喜んでもいいんとちゃう?」

 

「そうだよ!ともかくこれは、凛たちの大勝利にゃー!」

 

「まだ首の皮一枚ってとこだけどな。ていうか……

そういえばあったな。廃校なんて話」

 

 

アラシの一言に、皆が「あぁ……」とため息に近いような呟きをこぼす。

最近は組織の永斗奪還やら、オリジンメモリとの決戦やら、ゴールドメモリの襲来やらと殺伐とした展開が続いたため、廃校のことはほとんど頭になかった。まぁ、無理もないだろう。

 

だが、だからといって無視していいという訳ではない。当初の目的はこっちだ。今後も組織と戦いつつ、廃校も阻止する方向で進んでいく。…中々ややこしい展開になってきた。

 

 

「でもでも!それだけじゃないんだよー!」

 

 

穂乃果はそう言って、狭い部室の奥に行き、そこにある扉に手をかける、

前までは開かなかった扉だったが、穂乃果がドアノブを捻るとガチャという音と共に扉が開き、その奥には別の部屋が広がっていた。

 

 

「部室が広くなりました!」

 

 

一同が「おぉー」と歓声を上げる。何故か穂乃果は得意げだ。

 

 

「人も増えたし、これはありがたいな。

永斗も帰ってきたことだし、心機一転!ここから再スタートだ」

 

「ま、おかげさまでね」

 

 

アラシの後ろから、今まで黙っていた永斗が口を開いた。

凛から貰ったヘアピンを付けており、全体的に雰囲気が変わっている。そのことについては、ひとしきり希にいじられた後だ。

 

皆が喜んでいる中、絵里は冷静に意見する。

 

 

「安心してる場合じゃないわよ。生徒がたくさん入ってこない限り廃校の可能性はあるんだから、まだ頑張らないと」

 

「……!嬉しいです…!まともな事を言ってくれる人がやっと入ってくれました!」

 

 

そこに涙ぐみながら感動する海未。まともじゃない認定に少し不満げな凛と、大分ショックを受けているアラシ。全員揃ってのこの感じは久しい。永斗はこの時間を心から愛しく感じる。

 

 

(守らないとね、今度こそ……)

 

 

永斗はその決意を、心に強く刻み込んだ。

 

 

「ほな、そろそろ練習始めよか」

 

「あ…ごめんなさい。私ちょっと…今日はこれで!」

 

 

練習を始めようとしたとき、ことりはそう言って駆け足で去って行ってしまった。

 

 

「どうしたんだろう?ことりちゃん、最近早く帰るよね」

 

 

少し心配そうに穂乃果が言う。

 

その刹那、永斗は全てを察し、思い出した。

初めて穂乃果、海未、ことりの3人に出会ったときに味わった、あの漠然とした恐怖を。

そして、自分が何をすべきなのかを……

 

 

 

 

______________

 

 

ー永斗sideー

 

 

「すごーい!39位だって!20位に大分近づいたよ!!」

 

 

ネットでμ’sのアイドルランクを確認し、おおはしゃぎするほのちゃん、凛ちゃん。

ラブライブ出場の20位までは残り19。凄いと言えば凄いが、実は夏休みの始まりから2つしか上がってない。どうもほのちゃん達は忘れているようだけど。

 

 

「絵里先輩が加わったことで、女性ファンもついたみたいです」

 

「確かに…!足も長いし、背も高いし、美人だし!何より大人っぽい!」

 

 

会長さんを見てついうっとりするほのちゃん。会長さんには男女問わず、人を引き付ける魅力があるような気がする。いや、みんなかわいいんですけどね。

 

 

「背は永斗くんより高いにゃ!」

 

「やめて凛ちゃん。グサっとくるから」

 

 

その通り、僕よりも会長さんの方が大きい。相当なモデル体型だ。

それと、希ちゃんの加入もデカいと思う。言うまでもなく美人だし、何より大きい。何がとは言わないけど。そのお陰で男性ファンの勢いにも火がついている。

 

 

「さすが三年生…ってことかな」

 

 

僕が発した一言で、全員の目がにこ先輩に向く。

 

 

「何よ」

「貧相」

「うっさい!」

 

 

アラシの一言に物理的に反撃するにこ先輩。あ、アイアンクローが帰ってきた。

 

 

さて、こんな感じで時間が過ぎてくれると非常にありがたい。

その理由としては、この時間が好きなのもあるがそれだけではない。僕の脳は完全に戦争モードである。

 

簡潔に言うと、僕はことり先輩が帰った理由を知っている。そして、それを絶対に明かしてはいけないのだ。

 

 

「おし!じゃあ練習を始めるぞ。今回の一件で夏休みの半分程を浪費したんだから、その埋め合わせをしなきゃいけねぇ。人気も出てきたことだし、まずは次のライブに向けて練習だ!」

 

「人の重大イベントを浪費とかいわないでくれません?」

 

「それはそれ。これはこれだ。お前の過去とか組織の事とか、ラブライブへの道には関係ない」

 

「豪快すぎるんですがそれは」

 

 

まぁ、そう言ってくれるのはありがたくも感じる。何事もなかったように接してくれるのは凄く嬉しい。でも、分かってる。何事もなかった訳なんか、無いってことは。

 

そんなことを思っていると、死んでいたにこ先輩が起き上がり、言った。

 

 

「その前に、しなきゃいけない事があるんじゃない?」

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

「あの~凄く暑いんですが」

 

「我慢しなさい。これがアイドルに生きる者の道よ。有名人なら有名人らしく、街で紛れる格好ってものがあるの!」

 

 

炎天直下の秋葉原に、全身黒ずくめでマスク&サングラスの不審者が約11人。警察に捕まる前に可及的速やかに逃げたいものです。

 

ほのちゃんの言う通りかなり暑いのだが、そこは問題ではない。

 

 

「例えプライベートであっても、常に人に見られてることを意識する!トップアイドルを目指すなら当たり前よ!」

 

「じゃあなんで俺達まで…つーか時間ねぇって言ったよなアホにこ!」

 

「黒…!黒竜騎士!悪くない……!」

 

 

なんか色々言ってるようだけど、それどころじゃない。

秋葉原はダメだ。こんなところにいたらバッタリエンカウントも全然ある。そうなれば僕がことり先輩のおやつにされるのは自明!

 

さっきから暑さとは別の汗が溢れてくるのが分かる。早くここから引き離さないと…

 

 

「みんな、やっぱり帰って練習を…」

 

「凄いにゃー!」

「ふわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

凛ちゃんとかよちゃんの声が店の中から聞こえる。すると、中では2人が商品を見て感激していた。

いや、タイミングよ2人とも!

 

そこにあったのはA‐RISEのグッズ。僕だって一応知っている、ここは最近オープンしたスクールアイドル専門店だ。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ…!ふわぁぁぁぁぁ…!うっわぁぁぁぁぁぁ……!」

 

 

かよちゃんからしたら夢の空間だろう。見たことないようなテンションと声で大喜びしている。

 

 

「Midnight catsに、あれは沖縄アイドルのLucky!名古屋のgeorgeまであります!あ、こっちは人気急上昇中の福岡アイドルB×M!凄すぎます!!」

 

 

凄い楽しそうなところ悪いけど、こっちとしてはそれどころじゃないんです。一刻も早く帰らなきゃマズいんです。

 

 

「こんなお店があったなんて…」

 

「あの、会長さん?感心してるみたいだけど、やっぱ帰って練習を……」

「見て見て!この缶バッジの子すっごく可愛いよ!まるでかよちんみたい!」

 

 

凛ちゃんんん!?空気読んでよ!ていうか、かよちゃんに似てるアイドルなんて見たことも…って…

 

凛ちゃんが持っている缶バッジを見て、即座に確信する。似てるっていうか…

 

 

「これ、かよちゃんだよね」

「え?えぇぇぇぇぇ!?」

 

 

かよちゃんだけじゃない。海未ちゃんのブロマイド、凛ちゃんのうちわ。あとほのちゃんのシャツまで売っている。新入荷のシールが貼ってある店の一角には、μ’sのコーナーが出来上がっていた。

 

 

「嘘でしょ……!」

 

「うううう海未ちゃん、これ私たちだよ!?」

 

「おおおおお落ち着きなさい!」

 

「そそそそうにゃ!まだ慌てるような時間じゃ無いにゃ!」

 

「ハラショー……」

 

「あれ?私のグッズが無い!?どーゆうことぉ!!」

 

「待てにこ!我が天使の宝具は全て俺が手に入れる!!」

 

「なぁ永斗、これ金とれんのかな?使用料的な」

 

「そういう考え良くないと思うよ、アラシ」

 

 

μ’sのコーナーに全員おおはしゃぎ。にこちゃんと瞬樹はグッズの争奪戦を繰り広げている。真姫ちゃんも黙ってはいるが、結構驚いている様子だ。かよちゃんは泣いて喜んでるし。

 

それにしてもねぇ…確かにこの短期間でこの急成長は異常ともいえる。アイドルショップが食いつくのも当然か。

 

その瞬間、僕の目に一枚の写真が映った。そこにいたのはメイド姿のことり先輩。

その間わずかコンマ1秒。人間を超越した速さで僕はその写真を取り去る。

 

 

「あれ?永斗君、さっきそこに何か…」

「何のことかな?ほのちゃん。虫でも止まってたんじゃない?」

 

 

あっぶねぇぇぇぇ!なんでこんなもん置いてんの!?店内は写真撮影禁止でしょうが!しかもそれを売るとか下衆の極み!オタクの恥さらし!平成最大の汚点!毎日家にゴキブリが出るくらいのバチが当たれバーカ!

 

っと、取り乱すのもこれくらいにしよう。なんとか窮地は脱した。あとはこの写真を秘密裏に購入すれば…

 

 

「すいません!あの…ここに写真が!」

 

 

店の外から高い声が聞こえた。この脳トロボイス、もういやな予感しかしない。

 

 

「私の生写真があるって聞いて…アレはダメなんです!今すぐ無くしてください!」

 

 

なんでだよぉぉぉぉぉぉ!!

そこにいたのは紛れもないことり先輩。しかもメイド服!もう言い逃れできない。

 

ことり先輩も僕に気づいた。でもまだ他の人はグッズに夢中で気付いていない。今のうちに逃がせば…

 

 

「あれ、ことりちゃん?」

 

 

ゲームオーバー。

 

 

ほのちゃんが気付いてしまった。続いて皆もこっちに気が付く。ことり先輩は咄嗟に逆方向を向いたけど、流石にこれはもう…

 

すると、何を思ったのかことり先輩はガチャのカプセル置き場からカプセルを拾い、両目を隠すように当てた。

 

 

「コトリ?What!?ドーナタディースカ??」

 

「わっ!外国人!?」

 

 

ことり先輩、流石に無理あります。別人のつもりなのだろうが、傍から見れば隠す気ゼロにしか見えない。凛ちゃんはアホだから騙されてるけど、後ろの会長さんに至っては、すっごい冷めた目で見てるからね。

 

 

「ことりちゃん…だよね?」

 

 

流石のほのちゃんでも分かるか…もうこれは諦めるのが…

 

ちょっと何ことり先輩、何その目!?そんな「事情分かってんなら助けろや」みたいな目でこっち見ないで!ていうか、何でことり先輩は僕にだけこんな怖いわけ!?

 

ダメだ。これ何もしなかったら後でもっと怖いやつだ。あぁもう!面倒くさいなぁ!

 

 

「違うよほのちゃん」

 

「永斗君?」

 

「この人は…その…留学生のコトリーナさん。メイド喫茶でバイトしてるんだ。ね!?」

 

「え…イ、イエース!マイネームイズコトリーナデェース!」

 

 

よし、フォローはした。アホの凛ちゃんと瞬樹は騙せてるっぽいけど…あ、ダメだこれ。ほのちゃん先輩「コイツ何言ってんだ」みたいな目をしてる。会長さんは僕を本気で心配している感じだ。逆に悲しい。

 

よし仕方がない。こうなれば……

 

 

「あー僕たち急用出来たから、急いで行かないとー。それじゃあ……

 

 

さらば!」

 

 

 

僕の合図でことり先輩が走り出す。当然、僕も逃げるが…

2秒後に海未ちゃんに捕まった。そういえば足遅かったわ僕。

 

後は頼むよことり先輩…取り調べでも出来るだけ吐かないようにするから……!

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

ことりが逃げること数分。どうやら穂乃果と海未を完全に巻いたようだ。

こんなこともあろうかと、あらかじめ脱出ルートを決めておいたのが功を奏した。永斗には悪いことをしたと思いつつも、今はとりあえず逃げる。

 

ある程度距離も離れた。もう安心だろう。

そう思い、ことりは足を止め、胸をなで下ろす。

 

 

「みーつけた」

 

 

寄りかかった壁の後ろから声がしたと思うと、そこに希の姿が現れた。

 

希のセクハラまがいの脅しもあり、ことりは抵抗することなく確保。一同の元へと連行されたのだった。

 

 

_____________

 

 

 

「「「「「「ええぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」」

 

「こ…ことり先輩がアキバで伝説のメイド、ミナリンスキーさんだったんですか!?」

 

 

 

声を上げて驚く花陽。ここは秋葉原のメイドカフェ、ことりの事情聴取のためにやって来た。

 

 

「ひどいよことりちゃん!そういうことなら教えてよ!

言ってくれたら遊びに来て、ジュースとかご馳走になったのに!」

 

「そこじゃねぇだろバカ穂乃果。つーか永斗は知ってたんだな」

 

「まぁ、前からメイド喫茶には通ってたからね。そこで最近ことり先輩に、ミナリンスキーの正体を隠すようおど…頼まれたんだよ」

 

 

一瞬「脅されて」と言いそうになった永斗、慌てて誤魔化す。

アラシも思い出した。そういえば前にアイドル研究部の部室でミナリンスキーのサインを見たことがあったのだ。他にも思い当たる節はちらほらある。

 

 

「それにしても、いつからやってたんだよ。穂乃果や海未も知らなかったんだろ?」

 

「ちょうどμ’sを始めたころ……」

 

 

ことりの話によると、4月頃に路上でスカウトされ、試しに行ってみたところ衣装が想像以上に可愛く、働いてたらいつの間にか伝説になっていた…ということだった。

 

 

「私、穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていくことなんてできないし、海未ちゃんみたいにしっかりもしてなくて…一人だけ何もないから…」

 

「そんなことないよ!歌もダンスも、ことりちゃん上手だよ!」

 

「衣装だって、ことりが作ってくれてるじゃないですか」

 

「少なくとも、2年では一番まともね」

 

「そうだぞ、お前がいなきゃライブすら出来な…ってオイ真姫!?」

 

 

本日二度目のまともじゃない認定に、深く凹むアラシ。

まぁそうだろう。骨折を数日で直し、腹に穴が開いた数日後に登校してくる奴を、世間一般ではまともとは言わない。

 

 

「私はただ…2人について行ってるだけだよ」

 

 

ことりが何に悩んでいるのかは分からなかったが、きっと幼馴染だからこそ感じてしまうのだ。2人との間にある“差”を。

 

 

 

________________

 

 

 

ことりの事を他言しないよう約束した一同は、帰路につく。

帰る方向が同じ絵里、アラシ、永斗、穂乃果、海未は一緒に帰っていた。

 

 

 

「でも意外だなー。ことりちゃんがそんなこと悩んでたなんて」

 

「意外とみんな、そうなのかもしれないわね。

自分の事を優れてるなんて思ってる人間、ほとんどいないってこと。だからみんな努力するのよ」

 

 

絵里の言う通りだ。ことりは大きな差を縮めようとして、努力を重ね、伝説と呼ばれるに至った。少し前の絵里もそうだった、生徒会長として至らないと分かっていたから、自分を殺して学校のために動いていた。結局、それは永斗に看破されてしまったわけだが。

 

 

「そうだな。お互い高めあえる相手との出会い、それが人間を前に進めるんだ。ことりは恵まれたんだよ、お前らっていう出会いにな」

 

「会長さんは良いこと言うね。μ’sに入ってもらって、本当に良かった」

 

 

永斗の言葉を聞いた絵里は少し笑い、分かれ道で4人と別れていった。

そんな中、穂乃果がふと思いついたことを言う。

 

 

「海未ちゃんは私を見て、もっと頑張らなきゃ!って感じたことはある?」

 

「…数えきれないほどに」

 

「えぇっ!?海未ちゃん、何をやっても私より上手じゃない!私のどこを見てそう思うの?」

 

「悔しいから秘密にしておきます。穂乃果とことりは、私の一番のライバルですから」

 

 

そう言って笑う海未と穂乃果。そんな2人を、アラシは羨ましく感じる。

アラシもμ’sのみんなから学んだことは山ほどある。永斗だって同じだ。かつて一人だった2人の少年は、今では多くの仲間に恵まれた。

 

アラシと永斗は心の底から思う。

 

μ’sに出会えて、本当に良かった…と。

 

 

 

__________________

 

 

その日の夜。ことりが働くメイド喫茶に、人影が一つ。

その後ろにもう一つ人影が現れた。奇妙なマークが入った黒いコートに身を包んだ、黒音烈だ。

 

 

「調子はどうですか」

 

 

その声に反応し、店の中にいる人影は軽く頷く。

 

 

「暴食が少々不機嫌です。成果を上げるなら今のうちですよ」

 

 

烈の姿はその一言を最後に消え去った。

店内の人影は一本のメモリを取り出し、強く握りしめるのだった。

 

 

 

__________________

 

 

翌日。

 

 

 

「チョコレートパフェ、おいしい」

 

 

 

夏休み中の空き教室で、ことりが何やら大真面目な顔で酔狂な事を言い出した。

 

 

「生地がパリパリなクレープ、食べたい。八割れのネコ、可愛い。五本指ソックス、気持ちいい…」

 

 

そんな奇妙な様子を外から見つめる、穂乃果、海未、アラシ。

 

何故こんなことになったかというと、それは遡ること数時間前のことだ。

「アキバでライブよ!」という絵里の一言から始まった。アラシも絵里から提案されたときは驚いた。なにせ、アキバといえばA‐RISEのお膝元。しかし、アキバはアイドルファンの聖地。そこで認められれば大きなアピールとなる。ということで、アキバでライブをすることが決定したのだ。

 

そして問題はここだ。絵里とアラシは、作詞にことりを指名した。

理由としては秋葉原をよく知っている人物だから、あとは当初の夏休みスケジュールが崩れ、かなり厳しくなったため、作詞のスピードを上げたいというものだ。海未の負担を軽減するため、別の誰かを指名することにしたのだ。

 

という訳で、作詞に奮闘していることりだが…

 

 

「ふーわふーわしたものかーわいいな、ハイッ☆

あとはマッカロンたっくさん並べたら~カラフルーでし~あ~わ~せ~☆

 

うぅ…やっぱり無理だよおぉぉぉぉ!」

 

 

相当難航していた。ことりが壊れる程度には。

 

 

「中々苦戦しているようですね…」

 

「絵描き歌みたいになってるもんな」

 

 

その後も数時間考え込むが、ワンフレーズも出てこない。

ことりは涙ぐみながら諦めた様子で、歌詞ノートを閉じた。

 

このままじゃよくない。そう感じた穂乃果は、ことりがいる教室の中に飛び込んだ。

 

 

「ことりちゃん!」

 

「ほ…穂乃果ちゃん!?」

 

「こうなったら一緒に考えよう!とっておきの方法で!」

 

 

 

_________________

 

 

 

その一時間ほど後。

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

 

「おかえりなさいませ!ご主人様!!」

 

「お…おかえりなさいませ…ご主人様……」

 

「なんで俺まで…」

 

 

 

どういうわけか、2年組の4人はメイド喫茶でバイトすることとなった。

 

 

 

________________

 

 

 

「すいません。ここの赤い髪のめっちゃ可愛い子のグッズ、全部下さい」

 

 

ちなみに、μ’sのグッズが入荷されて数日後、真姫のグッズを買い占める一輝の姿が目撃されたとか、されてないとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりすぎて笑えないラブライブ本編回。まぁ当然のように事件をぶち込んでいきます。今回は全3話となってます。ことりは地味に扱いづらいキャラだから敬遠してきたけど、これを機に色々書けたらな~と思ってます。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第42話 不思議なB/イッツ・アン・アキバワールド

ミニコーナー

穂乃果「結果発表~!」

アラシ「ん?どうした穂乃果」

穂乃果「知ってた?実はちょっと前から人気投票やってたんだよ!」

アラシ「へぇ、永斗は知ってたか?」

永斗「知ってるわけないじゃん。この間までの僕の状況考えてよ」

穂乃果「今回は主役2人の人気投票なんだ!票数はなんと…44票!」

永斗「ホント、アンケート機能様様だね」

アラシ「投票してくださった読者さんに感謝だろうが。本当に投票ありがとうございました!」

穂乃果「それでは結果発表!勝者は…
アラシ君38票、永斗君6票!アラシ君の圧勝です!」

アラシ「っしゃあ!!」

永斗「……納得いかない。少なくとも最序盤では僕の方が人気あったはず」

アラシ「負け惜しみはよくないぞ?」

永斗「そんなんじゃないし。ていうか、僕一年半くらいロクに出番無かったし。その間にアラシはバンバン活躍するし、僕メインの章なのに…それに僕の過去編だって最終回ほったらかしだし」

穂乃果「まぁまぁ。今回はこんな結果だったけど、これから挽回できるよ!」

永斗「このままじゃ終わらない…絶対リベンジしてやる。やられたらやり返す…倍返s」

アラシ「その辺にしとけよ」

穂乃果「あともう一つ!なんと、この作品のUAが30000を突破しました!」

永斗「これも、応援してくださった皆さんのおかげです…ってこんな感じ?」

アラシ「そんなんだから人気出ねぇんだぞ。それはそうと、ここまで応援していただいて、本当にありがとうございました。これからもこの作品を…」

一同「よろしくお願いします!」



ミニコーナーにお付き合いいただきありがとうございました。146です。
言った通り、前回の更新を持ちましてUAが30000を突破しました!

評価してくださった24人の方々、感想も184件!そして、お気に入り登録してくださった…

月光閃火さん ユウタさん 嗣雪さん アーセルさん msterさん 銀の鐘さん namcoさん ぱ~るるさん 虎鉄さん 彗龍さん クラウンブレイドさん カグラZさん 福鬼さん 月光丸彡さん シュバルツ レインさん 彷徨さん ゴモラたかみさん イマジンさん 鳴神さん 仮面戦士十年記さん  一方通行(笑)さん √Mr.Nさん ミカエラさん 希ーさん バリスタさん 茨木翡翠さん 犬士さん クロの助さん おかぴーですねさん 仙石千歳さん SHIELD9さん 龍蛇の水銀さん グラハルト・ミルズさん ケモミミ愛好家さん 椎音さん  ぷよRさん トム氏さん 三毛猫クロスケさん 絶狼ゼロさん 天津風/小倉病患者さん 炎龍 剣心さん 天ヶ瀬奈月さん フユニャンさん サラシナ ガイさん ポポイさん スターゲイルさん ハクリさん しょーくんさん サガークさん x1さん キン肉ドライバーさん マスツリさん クロムスさん 白銀るるさん ナツ・ドラグニルさん MrKINGDAMさん 咲麻さん 寝起きイグアナさん アジアの大提督さん 連次さん スケリオンさん ニックネームは忍者さん リメイルさん にわかラブライバーさん ギャラルホルンさん 影我龍王さん daxyhn13さん 新生仮面ライダーさん カチューシャさん hirotaniさん ナンジュさん チキン革命さん RRⅢさん kkakakakaさん 揚げ饅頭さん ざんきさん メカ好きさん 黒っぽい猫さん フェリアルーチェさん 名もなきAさん カニの爪さん ラララさん 夘月さん ピスケス23さん Fe_Philosopherさん 和人さん gootyさん UNICORNさん オー村さん 徹夜3612さん ネゴトさん おみや1921さん Goeさん tyexさん 髭アンパンさん 烈火舞さん るどらさん ゼッパンさん 黒い阿修羅さん [キョンシー]さん dyrgaさん 邪龍王さん  ハイパームテキさん 鳳凰院龍牙さん 風峰 虹晴さん 灯油@まゆPさん ポテト大王さん 散りわさびさん ズミさん 島知真さん 花蕾さん 筋肉野郎さん ミサエルさん higurasi1117さん ブラッドマスカレイドさん 檮原さん マジカルポンポンさん ミツナさん テテフガチ恋民さん デルタスキーさん 夏夜月怪像さん 四宮子音さん シェフ猫々さん
あと14名の非公開登録者さん、本当にありがとうございます!!!

それではどうぞ!
 


「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

 

「おかえりなさいませ!ご主人様!!」

 

「お…おかえりなさいませ…ご主人様……」

 

 

メイド喫茶にて、3人がメイド服を着て並び立った。

ことりは安定感のあるクオリティ。穂乃果はなんか強そうな感じがする。海未は恥ずかしさのあまり、ろくに顔を上げれていない。

 

そしてもう一人。

 

 

「なんで俺まで…」

 

 

アラシもそこに並んでいた。もちろんメイド服ではなく、執事服で。

 

 

「2人ともかわいい~♪アラシ君も着ればよかったのに♪」

 

「そうだよ!」

 

「お前ら、ナチュラルにエグいこと言うな!」

 

「まぁ、一応着せてみたのですが…その…見るに堪えなかったので」

 

「当たり前だろ!どこの世界に需要があるんだ!!」

 

 

ライブの歌詞作りに難航することり、そんな中、穂乃果の提案はみんなでメイド喫茶で働いてみようとのことだった。ことりと同じように秋葉原で働けば、何かを掴めるかもしれない。

 

 

「にゃ!遊びに来たよ!!」

 

「えへへ…」

 

 

ドアの開く音がして、凛と花陽が入ってきた。それに続いて永斗も入ってくる。

 

 

「うわ、なにこれ可愛すぎるんですが」

 

「……」

 

 

目に入ってきた光景に思わず漏れる率直な感想。それを聞いた凛は少し不機嫌そうに、永斗の手をつねった。

 

 

「痛った!何よ凛ちゃん」

 

「別にぃー」

 

 

そんなやり取りをしていると、そこに絵里、希、真姫が入ってきた。

話によると、穂乃果が呼んだらしい。瞬樹は他のスクールアイドルショップに花陽グッズを漁りに行ったらしく、今日はいない。

 

 

「それより、早く接客して頂戴」

 

 

いつの間にか来ていたにこが、いつの間にか偉そうに座っている。

当然接客の心得は無いため困惑する海未と穂乃果。若干キレそうなアラシ。しかし、ことりは違った。その瞬間、スイッチが入ったように、落ち着いた口調で接客を始めた。

 

 

「いらっしゃいませ、お客様。2名様でよろしいでしょうか?」

 

 

そう言ってことりは、凛と花陽を席まで案内。メニューを渡し、お冷を運ぶ。一挙一動が礼儀に溢れ、無駄がなく、美しい。お客へのスマイルも忘れない。まるでお手本のような完璧な接客。思わず魅入ってしまう。

 

 

「さすが伝説のメイド…」

 

「ミナリンスキー…」

 

 

感心する凛と花陽。初めて数か月とは思えない技術。嫌でも天性の才能と努力を感じさせる、そんな接客だった。

 

一方、真姫とにこ、希を接客しているアラシ。

最初はことりと同じように、完璧な手順で接客していく。愛想がないのが玉に瑕だが。

 

 

「へぇ、意外とうまくやるやん。もっとこう…ガーッってなっちゃうと思っとったけど」

 

「処世術ってやつだ。最低限の礼儀くらいは身に着けてるよ」

 

 

少し意外そうな希。もっと荒々しい感じを想定していた希は、アラシへの認識を改めた。

 

 

「ちょっと~!このお冷、氷が入ってないんですけど~!」

 

 

勿論、アラシが相手なら容赦はしないにこ。一瞬で怒りの臨界点を超えたアラシは、手づかみの氷をにこのグラスにぶん投げた。一応はきれいに入った。

 

 

「何よその態度!」

 

「テメェに払う礼儀なんてミリもないんだよ。さっさとお帰り下さいませ、ご主人様!」

 

 

希が改めた認識が、一瞬で元に戻った。

一方で、心ここにあらずの真姫。

 

 

(執事のアラシ先輩……)

 

 

思わずアラシに見惚れる真姫。素行が悪いのは気にしていないどころか、いくら積めば西木野家で雇えるのかまで考えている。

 

そんな中、絵里がアラシに質問する。

 

 

「それにしても、即日バイトなんてね。許可は取ってあるの?」

 

「あぁ、店長にな。ただし、一つ条件付きだが…」

 

 

 

それは数時間前。

 

 

 

「行方不明?」

 

「そう。ここ最近、店のお客やバイトちゃんが突然いなくなっちゃうんだよ。おかげで人食いハウスだとか言われちゃうし、いなくなった人たちも心配でさ」

 

 

バイト許可を取りに、なぜか俺が店長に話を付けることになった。

そこでこのメイド喫茶の店長、木村一郎さんと話をしているところだ。話が逸れて俺が探偵だと知ると、この行方不明事件の話を持ち出してきた。

 

 

「監視カメラは付けたんですか?」

 

「もちろん。でも、知らないうちに全部消えてて…映像を確認しても、急に消えてるもんだから、もう訳が分かんなくて…

だからさ、この事件を調べてくれない?バイトは許すからさ!」

 

 

話を聞く限りでは、ドーパント事件に間違いない。ことりのバイト先での事件だ、見過ごすわけにもいくまい。それに、久しぶりの依頼と来た。嫌でもやる気が出る。

 

 

「分かりました。その依頼、切風探偵事務所が引き受けます」

 

 

 

 

という訳で今に至る。

 

 

「それで、僕を呼んだのはそういう事?」

 

「そうだ。そしたら、何か色々付いてきたみたいだが。特にあのチビは何で連れてきた」

 

「そこのデカい執事~。お腹空いたんだけど、オムライス持ってきてくれない?あーでも、待つの嫌だから10分以内ね」

 

「上等だクソチビ!黙って10分待ってろ、デカい口叩けねぇようにしてやる!!」

 

 

そう言って、アラシは息を荒くしながら厨房に向かっていった。

 

 

「本当に仲良いよね、あの2人」

 

「そうかしら…?」

 

 

永斗の言葉に苦笑いする絵里。

 

 

「さてと…」

 

 

穂乃果たちが尻目に、永斗は男子トイレの個室に入り、鍵をかける。

持ってきた大きめの鞄から白い本を取り出し、両手を広げて目を閉じた。そう、検索だ。

 

 

永斗の意識が地球の本棚に飛ばされる。

 

 

「メモリが分かってれば手っ取り早いんだけどな…

キーワードは、“行方不明”、“秋葉原”、“メイド喫茶”」

 

 

本棚が動き、数が減る。しかし案の定、絞り込むには至らない。

 

 

「だよね。そう簡単には行かないか」

 

 

早々に諦めて検索を閉じる永斗。今回の一件だけではキーワードが足りなさすぎる。

アラシの調べによると、似たような事件が過去にも何件か起こっているらしい。そっちについても調べる必要がありそうだ。

 

 

「監視カメラが消えてたってのも気になるね。犯人のメモリが分からないから何ともだけど、何にせよ監視カメラの位置を把握していたってことだ。となると、内部犯の可能性が高いか…」

 

 

 

思考を巡らせ、永斗はある事を決め、トイレから出た。

すると、そこには待っていたかのように凛の姿が。

 

 

「あれ?凛ちゃん」

 

「にゃ!?永斗くん…?あの…ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

「何?」

 

 

凛はしばらくモジモジし、言い出すのを躊躇っていたが、意を決して小声で聞いた。

 

 

「永斗くんが眠ってた時の事って…覚えてたりする……?」

 

「あぁ…凛ちゃんが起こしてくれたのは覚えてるよ。でもゴメン。それ以外はあんまし」

 

「あ!うん。それならいいいの!」

 

「え…あ、そう。そうだ、ほのちゃんと海未ちゃん呼んできてくれない?あとアラシも」

 

 

 

永斗はそれだけ言って、足早に去っていってしまった。

胸をなで下ろす凛。でも、どこか複雑な心境のようだ。覚えてなくてホッとする半面、覚えておいて欲しかったという気持ちがあったのも事実。

 

 

「何の話してたん?」

 

「にゃぁあぁぁ!?」

 

 

気配もなく背後から聞こえた声。振り返ると、希がいつの間にか立っていた。

 

 

「の…希先輩。いや、別に…」

 

「もしかして、この間の診療所でのアレの事?」

 

 

希の一言に、汗が噴き出す凛。希の表情を再度確認。めちゃくちゃニヤニヤしてる。確実に知っている顔だ。

 

 

「アカンよ?アイドルたる者、あぁいう時はちゃんと警戒しないと。隠しカメラの1つや2つ、あるかも分らんし。

ほな、後で話は聞かせてもらうよ~?」

 

 

 

満足げに立ち去る希と、たちつくす凛。

永斗とことりの関係に続き、μ’s内で新たに恐怖が生まれた瞬間だった。

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

「んで、何だよ呼び出して」

 

「簡単な話だよ。どうもこの店に犯人が潜んでいる可能性が高い。だからバイトついでに調査をしてほしいんだ」

 

「なるほど…しかし、ここでも事件とは…流石に笑えませんね」

 

 

凛は言われたように一同を収集。店の裏に連れ出し、永斗は話を進める。

すると、穂乃果がある事に気づく。

 

 

「あれ、ことりちゃんは?」

 

「ことり先輩には作詞に集中してほしいからね。不安にさせたくもないし、今回は外れてもらうことにしたよ。さてと、まずは調査するにあたっての人員整理だけど…取り敢えずアラシはクビね」

 

「あぁ、うん…ってオイ!!」

 

 

聞き流す所だったが、すかさずアラシがツッコミを入れる。

 

 

「何で俺がクビなんだよ!?」

 

「何でって…アラシはにこ先輩との小競り合いで、既に皿何枚かダメにしてるでしょ。これ以上は僕が出禁になるからね。黙って帰って過去の事件の事でも調べてて」

 

「くっ…事実だから言い返せねぇ…!」

 

「で、アラシの代わりに僕が。あとはことり先輩の代わりに…凛ちゃんお願い」

 

 

成り行きでそこにいた凛。希の一件で動揺している中での思わぬ指名に驚く。

 

 

「え、凛!?なんで!?」

 

「いや、できれば一年組が良かったのと、かよちゃんと真姫ちゃんだと、もれなく付属品の追っかけが付いてくるから。それに…」

 

「それに?」

 

「えっと…なんとなく凛ちゃんのメイド服が見たかったから…」

 

 

永斗が自分の口から出てきた言葉に驚く一方、凛は顔を一気に赤くする。

 

 

「あ、ゴメン。気を悪くしたなら別に…」

 

「い、いや!やる!やらせてください!

よーし、はりきっていっくにゃー!!」

 

 

テンションが上がったのかピョンピョン跳ねる凛。アラシと永斗はその姿を見て、少し安心する。

 

 

「なんか久しぶりだな、凛のあんな感じ」

 

「だね。最近は色々元気が無かったけど、やっぱり凛ちゃんは元気いっぱいが一番可愛いよ」

 

 

 

その後、店長に話を付け、凛と永斗のバイトが許可された。

ちなみに永斗はナチュラルにメイド服を着ていたが、アラシによって執事服に替えられたのだった。

 

 

 

 

________________

 

 

 

調査開始。

 

凛の場合。

 

 

「よし、がんばるにゃ!!」

 

 

永斗の言葉もあって、かなり張り切る凛。

客から注文を受け、それを伝える。ここまでは慣れないながらも何とかこなしていた。

 

アキバの中でも割と人気なメイド喫茶で、伝説のメイドがいるだけあって人は多い。凛は大急ぎでお冷をお盆に乗せ、運ぼうとする。だが…

 

 

「にゃっ!?」

 

 

足をつまずかせ、お盆が凜の手から離れてしまう。お盆はそのまま水平方向に運動し……

 

 

「よっと」

 

 

メイド服の女性の手に見事収まった。

凜は慌ててその女性に駆け寄り、礼を言う。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「いや、いいって。貴方、さっき採用されたばっかの子でしょ?習うより慣れよはいいんだけど、あの店長はもう少し新人教育とかした方がいいと思うけどなぁ。あ、私は北田(きただ)(みどり)。よろしくね」

 

 

身長は高めで、少し長い薄い黒のストレートヘアー。何より足が長く、美人だ。

そういえば、彼女の事は永斗から聞いていた。北田慧、20歳の大学二年生。去年からバイトをしており、高校時代は陸上部だったとか。事件が起こったと思しき日にアリバイはない。調べの結果、犯人である可能性が高い店員の一人だったはず。

 

 

「どうしたの?なんか身構えちゃって」

 

「え!?あ…何でもないです」

 

 

思わず警戒を露にしてしまう凛。探偵あるもの、常に冷静に。そして、永斗の足を引っ張るわけにはいかない。そう暗示をかけ、凜は北田に事件の事を聞く。

 

 

「えっと…最近、なんか人がいなくなるとかって聞いたんですけど、それって本当なんですか?」

 

「あぁ…本当だよ。私の友達もいなくなっちゃって、心配してるんだけど…

消えた人たちに共通点が無くてさ、本当になんで消えちゃったのか……」

 

 

そう言う北田は、酷く悲しそうな表情を浮かべる。

凜は素直だ。アラシや永斗なら演技を疑ってかかる所を、彼女は何のためらいも無く信じた。

 

 

「大丈夫です!その友達も、絶対に凜たちが見つけますから!」

 

「え…?それってどういう…」

 

「あ…いやその…凛ちょっと水運んできまーす」

 

 

「水、私が持ってるんだけど…」

 

 

うっかり口を滑らせた凛。危うく潜入調査が水泡に帰すところだった。いや、もう手遅れかもしれないが。

ちなみに、凜はもう一回足を滑らせ、今度は盛大に水をまき散らした。

 

 

 

_______________

 

 

穂乃果の場合。

 

 

 

「じーっ……」

 

 

物陰に隠れ、ある人物を見つめる穂乃果。

彼女は白府(しらふ)リズ。永斗から聞かされた容疑者の一人で、彼女にもアリバイはなかった。

どういうわけか服装は一人だけゴスロリ。19歳で素性に関しては特筆すべきことは無いらしい。3週間ほど前にバイトを始め、その華憐さで人気を博しているとか。

 

穂乃果は調査のために観察を続けている。が、見て何かわかるという訳でもないし、視線が強烈であるため、既に周囲にも白府にも気付かれている。

 

 

「あの…(わたくし)に何か御用でしょうか?」

 

「ってアレ?バレてる!」

 

 

気付かれていることに気付いていなかった穂乃果、振り向かれ、声を掛けられたことに激しく驚く。

 

 

「えーっと…あ、そうだ!私、高坂穂乃果っていいます!」

 

「存じておりますわ。ことりさんから話は伺っております」

 

 

お嬢様言葉だ~、と関心する穂乃果。だが、当然凄く怪しまれている。

こうなったら、ストレートに聞き出すしかない!

 

 

「リズさん!最近の行方不明事件の犯人って、誰だと思います!?」

 

 

アラシか永斗が見たら頭を抱えるような光景だろう。潜入捜査とは一体何なのだろうか。

 

 

「まぁ、面白いことをおっしゃりますわね。犯人捜しをしておられるのですか?」

 

「いや……犯人探しっていうか…その…」

 

「まぁ、興味が出るのも分かりますわ。人が消えているのは純然たる事実。しかし、監視カメラは消え、痕跡は何一つ残らない。もしかすると、これは人の仕業じゃないのかもしれませんわね」

 

 

そう言って口を隠しながら笑う白府。ドーパントを知っているような口ぶりに穂乃果は一瞬だけ疑うが、状況からこう考えるのは無理はないし、そもそもドーパント自体が周知になりつつある。よく考えれば特に不思議はない。むしろ、怪物の事を知らないようにふるまう方が、逆に不自然にも思えてくる。

 

 

「メイドの戯言ですわ、お気になさらず。(わたくし)を疑っているようであれば、好きなだけ観察してもらってもよろしくてよ?」

 

「疑ってるなんて、そんな!

それより、そのしゃべり方とか服とか…もしかして本物のメイドさんですか!?」

 

「いえ、口調は親のしつけで。あと、この服は私服ですわ」

 

 

へぇそっか、私服かー。と納得する穂乃果だったが、白府と別れた後に気づく。ゴスロリが私服って何!?

 

 

その後、穂乃果は仕事に戻る。

すると、聞きなじみのある声とドアが開く音が聞こえる。

 

 

「おかえりなさいませ、ご主人様…って雪穂!?」

 

「あ、お姉ちゃんホントに働いてる」

 

「お…おじゃまします」

 

 

店に来たのは穂乃果の妹の雪穂。そして、その後ろには絵里の妹である亜里沙もいる。

 

 

「永斗さんからお姉ちゃんたちがメイドやってるって聞いたから、来てみたんだ。亜里沙も海未さんに会いたいっていうし」

 

「もー、永斗君ってば、雪穂にバラすことないじゃん!」

 

「まぁまぁ、今は私が“ご主人様”なんでしょ?とりあえずジュース持ってきてよ、オレンジのやつ」

 

 

そう言って席に座る雪穂。ここぞとばかりに優位に立てる分、すごく楽しそうだ。亜里沙は店内にいる絵里を見つけ、そっちに行った。

穂乃果は若干納得いかなさそうだが、仕事は仕事。しぶしぶ厨房へ向かう。

 

その背中姿を見ながら、ひとりで席に座っている雪穂。穂乃果を見るその目は、どこか不安げだ。

 

仕事ぶりが心配というのもあるが、それだけではない。

最近というもの、穂乃果が朝にヘトヘトになって帰ってきたり、何かに凄く悩んで苦しそうだったり、上の空になることが増えたりと、様子がおかしい。何より、何かを隠している。そんな感じがする。

 

 

「お姉ちゃん…」

 

 

 

______________

 

 

 

永斗の場合。

 

 

 

「なるほどね…」

 

 

永斗は店長の木村に再び話を聞いていた。

すると、色々な事実が分かった。まず、行方不明になったのは、急に消えたという訳ではない。ある日突然いなくなったという感じだ。監視カメラの位置は店員は知っているらしい。後は、店長にもアリバイはないということだ。

 

 

「これだけじゃ検索にもヒットしなかったし…どうしようか」

 

 

とりあえず接客することにした永斗。しぶしぶだが働き始める。

すると、席には雪穂と亜里沙、あともう一人見覚えのある顔があった。

 

 

「お久しぶりですな、士門氏」

 

「どうも、相変わらずアキバに入り浸ってるようだね」

 

 

永斗に声を掛けたのは、少し太った眼鏡の男性。世間一般のオタクのイメージを集約させたような人物だ。永斗とは秋葉原でしょっちゅう会う間柄だ。

彼の名前はカニキング。本名不詳。その気になれば永斗なら調べられるが、特に興味もない。

 

 

「それにしても驚きましたぞ。まさか士門氏がメイド喫茶で働くとは。

しかもあのμ’sのマネージャーをされているとは…羨ましい限りですな」

 

「まぁね。そうだ、君にも聞きたいことがあるんだけど」

 

「む?なんですかな?」

 

 

この人は見た目はアレだけど、信用はできる…と思う。彼はアキバについてかなり詳しいし、何か有益な情報が手に入るかもしれない。全てとはいかないが、ある程度の情報を与えて意見を聞く価値はある。

 

というわけで、永斗はカニキングに状況を大雑把に話した。

 

 

「ほぅ…探偵をしているとは聞いていましたが、中々そそる状況ですな」

 

「遊んでるんじゃないんだけど」

 

「分かってますとも。それで、犯人は監視カメラの場所を知っている人物であると…

そんな情報なら手に入れる方法はいくらでもありそうですが…知っているとしたら、やはり“アキバ四天王”でしょう」

 

 

飛び出てきたワードに、ゲームの話してたっけと思う永斗。しかし、カニキングの方はいたって真剣だ。

 

 

「まずは拙者、全てのアイドルを知り尽くし、追い続ける“狂信のカニキング”」

 

「あ、君も入ってるのね」

 

「拙者は四天王の中でも最弱。その上の三人は別格でござる。

秋葉原に存在するお宝グッズを圧倒的な財力でかき集める、“宝物帝 マックス”。そして、完璧な知識量と想像力で同人界隈のトップに立つ、“創造主 浦島”」

 

「本当、何その痛い集団」

 

「最後に、あらゆるゲームで百戦錬磨、常勝圧勝、完全無欠の最強ゲーマー“遊戯王 永斗”」

 

「なんで僕も入ってるのかな!?」

 

「この4人なら、秋葉原の全てを知っている。監視カメラについても然りでござる」

 

「あれ?これ、僕も容疑者!?」

 

 

話を聞いた結果、容疑者が増えただけだった。

まぁ、どうせ全員オタクなんだからアリバイはないだろうし、条件には合致する。実際、永斗は監視カメラのことを知っていたので言い返せないのだが。

 

 

「後は、アラシの頑張り次第かな…」

 

 

 

______________

 

 

 

アラシの場合。

 

 

 

バイトをクビにされ、事務所に戻ったアラシ。関連があると思われる事件が過去に数件あったらしい。それを調べる必要があるのだが…

 

 

「上等だ。永斗がいなくたって、調べごとの一つや二つくらい…」

 

 

アラシは意を決して事務所のパソコンを立ち上げた。

確か使い方は…ここを押して…とやっているうちに、なんとか検索のページを開くことに成功する。そして、そこの空白に検索ワードを入力。アラシとてローマ字は覚えている。

 

 

「んだよ、簡単じゃねぇか」

 

 

入力が終わり、検索をしようとするが、どこを押せばいいのか分からない。適当に押してるとなんか動かなくなった。アラシは動かないテレビを叩いて直すタイプ。パソコンも同様に色々叩いていると、変な音がして画面が暗くなってしまった。

 

それからは、何を押しても返答無し。

 

 

「よし、新聞漁るか」

 

 

 

数時間後。

 

事務所にため込んであった新聞とかで事件の情報を収集。

事件は関連性が疑われるものだった。今回と同様に、ある日突然人が消える事件が、狭い範囲で起こっている。

 

ある女性は職場に呼び出されたのを最後に消息不明、ある男性は彼女の家に遊びに行くと言って消えている。他にも自宅で消えた者もいる。話題になってないだけで、他にも起こっているのかもしれない。

 

何より不可解なの事が一つ。これらが同一犯であるという仮定の下であるが、これだけの事件を起こしておいて証拠がなさすぎる。それに、事件に関する情報も少なすぎる。そう、まるで隠されているように。

 

 

「隠すって言っても、誰が……?そんなことができるのは…」

 

「はかどってます?」

 

 

気配もなく後ろから現れる声。アラシは少し驚くが、すぐに誰かは分かった。

 

 

「烈か。心臓に悪いから、一言何か言ってから入ってくれ」

 

「それは失敬。それにしてもクビになったというのは本当だったんですね」

 

「ほっとけ。お前は何しに来たんだよ」

 

「いえ、瞬樹がいないので珍しく羽を伸ばせるのですが、あいにくすることがなくて。例のメイド喫茶にも行こうと思いましたが、クビになった人の方が面白そうだったもので」

 

「いい性格してるよ、お前…」

 

 

烈は表情を変えずにアラシの手元にある新聞に目を落とす。

 

 

「それは?」

 

「今調査してる事件の記事だよ。そうだ、お前も事件調査担当だったんだよな?この事件について、お前の意見を聞きたいんだが」

 

 

アラシは事件の分かっている情報を烈に説明する。

烈は相変わらず表情を変えないまま話を聞き、口を開いた。

 

 

「分かりませんね。情報が少なすぎます。犯人は相当に手練れの犯罪者であることが伺えますね」

 

「そうか。やっぱそうだよな…」

 

「ですが、一つだけ言えることがあります。犯罪者として生きる者には、何かしらの“こだわり”がある場合が多いです」

 

「こだわり?」

 

「はい。コンプレックスや趣向から生まれる、犯行の核となる物の事です。それは犯罪者としてレベルが高い程顕著になる、いわば自信、驕りのようなものです。それは同時に、付け入る隙となる。まぁ、この犯人がそうだというわけではないんですけど。

それでは、そろそろ瞬樹が帰ってくるのでボクはここで」

 

 

そう言って、烈は静かに去っていった。

残されたアラシは、再び新聞に目を通す。

 

 

「こだわり…か」

 

 

 

__________

 

 

 

海未の場合。

 

 

穂乃果、凛、永斗が調査(?)を続ける中、海未は一人、厨房で皿洗いを続けていた。

永斗の言ったように、調査をしなければいけないのは分かっている。普通ならまだいいのだ、ただ…この格好で人前に出るのは正直キツいものがある。女装までしようとしていた永斗の意味が分からない。

 

 

「海未ちゃーん、どこー?あ、いた!海未ちゃん!!」

 

「ずっと皿洗いしてるし…」

 

 

穂乃果と永斗が厨房まで来てしまった。咄嗟に皿で顔を隠す海未だったが、まぁ意味はない。

 

 

「さっきから海未ちゃんずっと洗い物ばっかり!亜里沙ちゃんも来てるんだし、ちゃんとお客さんとお話ししなよ!」

 

「し…仕事はしています。そもそも、本来のメイドはこういった仕事がメインのはずです」

 

「何言ってんの、そのメイドとこのメイドは別物だから。屁理屈なんて言ってないで。妙に人が多くて手が足りてないんだからさ」

 

 

返す言葉がなくなりつつも、海未は必死に抵抗する。そんな中、凄まじい量の客を一人で半分近く捌いたことりが、大量の皿を持ってやって来た。

 

 

「ダメだよ海未ちゃん。ここにいる時は笑顔を忘れちゃダメ♪」

 

「しかし…」

 

「お客さんの前じゃなくても、そういう心構えが大事なの♪」

 

「そーそー。だから行くよー」

 

「ちょ…永斗!」

 

 

海未は永斗に腕を引っ張られ、強引に背客に回されるのだった。

残された穂乃果とことりは、海未が残した皿を洗う。

 

 

「ことりちゃん、やっぱりここにいると、ちょっと違うね」

 

「え?そうかな…」

 

「別人みたい!いつも以上に生き生きしてるよ!」

 

「…うん。なんかね、この服を着てると…できるっていうか。この街にいると、不思議と勇気がもらえるの。もし、思い切って自分を変えようとしたら、この街はきっと受け入れてくれる気がする。そんな気持ちにさせてくれるんだ…だから好きっ!」

 

 

ことりの正直な気持ちに、微笑む穂乃果。

すると、穂乃果の頭に電流が走ったように閃きが舞い降りた。

 

 

「ことりちゃん!今のだよ!!」

 

「えっ…?」

 

「今ことりちゃんが言ったことを、そのまま歌詞にすればいいんだよ!

この街を見て、友達を見て、いろんなものを見て…ことりちゃんが感じたこと、思ったことを…

そのまま…ただそのまま…歌に乗せればいいんだよ!」

 

 

それを聞いた瞬間、ことりの中で何かがハマった。空いた場所にストンと何かが落ちて埋まるような感覚。そうだ、きっとこれが答えなんだ。

 

 

「うん、私、やってみるっ!」

 

 

ことりは洗い物と接客を他の店員に任せ、店の奥に。着替えもせず歌詞ノートを開き、筆を動かした。

 

穂乃果たちの知らないこの街を、自分しか知りえないこの愛を…そのまま言葉に!

 

 

そのやりとりを陰から見ていた永斗。

歌詞を書くことりを見て、聞こえないようにつぶやく。

 

 

「変わった自分も、受け入れてくれる…か」

 

 

永斗はそのまま接客に戻る。

だが、誰も気付いていなかった。そこにもう一つ、ことりを見る一つの人影があったことに……

 

 

 

__________

 

 

 

その日の夜。

 

 

事務所に帰った永斗。アラシと2人で情報交換を終えた。

 

 

「何にもわかんねぇな」

「何にもわからないね」

 

 

メイド喫茶組は穂乃果、凛の潜入捜査っぷりがアレだったのと、海未が使い物にならなかったせいで、大分滞った。希にすればよかったと後悔する永斗。

 

一方アラシは、壊滅的機械音痴のせいでインターネットが使えない以上、主な手段は新聞のみ。凄まじく効率が悪い。

 

適材不適所が顕著になったところで今日の調査は終了。あまり成果は芳しくないと言える。

 

 

「こりゃまた明日か…あんまり時間使ってる場合じゃないんだけどな」

 

「その分、僕たちが頑張らないとね」

 

 

すると、永斗はある事に気付く。

 

 

「あれ?人形がない」

 

「人形…あぁ、凛が作ってくれたアレか」

 

「メイド喫茶に忘れてきたのかな…ちょっと取ってくる」

 

「え!?今からか?」

 

 

有無を言わず、永斗は事務所から飛び出す。

普通なら明日まで待つところだろうが、よっぽどあの人形が大事なのだろう。

 

 

 

数十分後。

 

 

 

「すいません、ことり先輩。鍵が無くて…」

 

「気にしないで。私も携帯電話を置いてきたみたいだから」

 

 

鍵が閉まった店には入れないので、ことりを呼んだ永斗。それにしても、ことりが忘れ物をするとは…少し永斗は疑問に思う。

 

 

ことりは店の鍵を開け、中に入る。そして、それぞれ更衣室に向かう。落とすとしたらそこだろう。

 

 

「あ、ことり先輩。ありました?」

 

「うん♪」

 

「こっちもありました。それじゃあ…」

 

 

更衣室に落ちていた目的のものを回収。すぐに帰ろうとする二人だったが…

 

 

 

《ボックス!》

 

 

 

「ッ…!」

 

「どうしたの永斗君?」

 

「いや…ことり先輩、今の聞こえました?」

 

「今のって?」

 

 

どうやらことりは感じなかったようだが、永斗は確かに感じ取った。この近くでの、ガイアメモリの起動を。

“F”と融合した影響だろうか、メモリに対する感覚が鋭くなっている気がする。

 

 

「気を付けて。早くここから…」

 

 

真っ直ぐ扉に向かおうとする2人。しかし…

 

 

扉の前にドーパントが降りてきた。

肩、腕、体、足、至る所に箱がついている、というより箱で体を構成しているようだ。

頭も箱をかぶっているようで、一つ空いた穴からは大きな目が。口元は覆われておらず、歯茎と鋭い牙が露出している。

 

文字通り箱の怪物。ボックス・ドーパントだ。

 

 

ボックスは手元に2本の大型カッターを生成。両手にカッターを構え、襲い掛かる。

 

永斗はことりの前に出て、攻撃から庇う。

カッターは永斗の胸を斜めに切り裂いた。服が破れ、鮮血が飛び散る。

 

 

「永斗君!!」

 

 

倒れる永斗。ボックスはカッターを構え、ことりににじり寄る。

逃げようとするが、店の角に追い詰められてしまった。逃げ場は…ない。

 

 

「させない」

 

 

が、ボックスの体が蹴り飛ばされる。

そこに現れたのは、さっき倒れたはずの永斗だった。見ると、服は破れたままだが傷は跡形もなくなっている。

 

オリジンメモリと同化した永斗は、不変の存在となった。

傷はすぐに治り、身体的成長はしない。つまり、不死と同義。

 

 

がしかし、永斗では力不足。変身しようにも、アラシに連絡する隙が無い。

 

 

「ファング!」

 

 

襲い掛かるボックスを、永斗を守りに来たファングメモリが迎撃。ゴールドメモリのドーパントを怯ませた攻撃力で、ボックスを食い止める。

 

その隙に永斗は一旦逃げるを選択。ことりを連れ、出口に向かうが…

 

 

 

「なっ…!」

 

「きゃっ!」

 

 

その寸前、永斗たちの前に一枚の板が現れた。

いや、一枚ではない。横、下、後ろ、合計6枚の板が2人を囲んでいる。

 

ボックス・ドーパント、“箱の記憶”。その能力は…

 

 

 

“対象を箱に閉じ込める”。

 

 

 

 

6枚の板は組み合わされ、立方体を形成。2人を閉じ込め、そのまま圧縮。

手のひらサイズの緑の箱になってしまった。

 

 

ボックスはファングを跳ね飛ばし、箱を回収。変身を解除。

 

 

その人物は暗闇に包まれた店内で、静かに笑うのだった。

 

 

 

 

____________

 

 

 

翌日。

 

 

 

永斗、そしてことりが帰ってないという事で、メイド喫茶に急行する一同。

店は内側から鍵がかかっていた。とは言っても、外側から開けることはできる。ただ鍵をかけたのかが内側か外側かを区別しているだけだ。

 

その中に永斗とことりの姿はなかった。

 

代わりに、永斗が探しに行った人形。そして、破れた服の切れ端。特徴的な柄だ。永斗の来ていたものに間違いない。つまり、永斗とことりはここに間違いなく来ていたということ。

 

 

「待てよ、これって…」

 

 

アラシが状況を確認しながら、あることに気付く。

 

昨晩、2人は確実にここに居た。そして、鍵は内側からかかっていた。他に鍵が開いている場所はなかった。

つまり、これは今調査している行方不明事件と同じ。そして…

 

 

「これって…密室じゃねぇか」

 

 

 

そう。永斗とことりは、密室の中で消滅した。

ダブルドライバーを装着し、永斗と意識が繋がるかを確認。しかし、全くつながらない。携帯電話等も同様だ。

 

そしてアラシ達は敵のメモリを把握できていない。変身も検索も封じられた。

 

メイド喫茶の密室消失事件。

それは、“2人で1人の探偵”にとって、最大の危機であった。

 

 

 




今回登場したのはMrKINGDAMさん考案の「ボックス・ドーパント」です!お待たせしました!
思ったより時間がかかりました。大学生活がヒマなうちに執筆していきたいと思います!
今回の犯人は、犯罪者としてはかなりレベル高いです。いままで戦闘のエキスパートだったので、今回からはこんな感じの敵になります。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第43話 不思議なB/箱庭の主、籠の小鳥

ひっさしぶりの146です。ジオウ書いてたらこっち遅くなりました。調子乗って2本も連載するからですスイマセン。
今回はメイド喫茶編ラスト。どうしても長くなっちゃうのなんでだろう。

注意です。今回の犯人、かなりヤバい奴なので、苦手な方はご遠慮ください。

大丈夫な方はどうぞ。


高層ビルの窓から見える夜景、落ち着いたクラシックのBGM、完璧な雰囲気を演出する内装。言うまでもなく最高級。世界五大料理と名高いイタリア料理を専門とする高級料理店だ。

 

 

「お待たせいたしました。アクアパッツァでございます」

 

 

水とトマトの水分だけを使った魚の煮込み料理、イタリア料理の定番ともいえるアクアパッツァが、2人の人物が座るテーブルに運ばれた。

 

1人は正装に身を包んだ、朱月王我。やはり窮屈なのか、少し着崩している。

もう1人はドレスを着た女性。肌に張り付くようなドレスが彼女の美しい体のラインを強調し、否が応でも目を惹く。言われなければ分からないだろうが、彼女は“暴食”。普段はフードで隠している顔を、今は仮面で隠している。

 

暴食は魚の身をナイフで取り分け、口に運んだ。ブイヨンを使っていないとは信じれれない程、複雑で洗練された旨味が口の中を駆け巡る。

 

 

「やはり美味ね。貴方も食べなさい」

 

「オレ、変わった物が食いたいんだけどなぁ。カタツムリ食えるんだっけ?あ、それはフランスか」

 

 

朱月は乱暴に、魚を丸ごと口に放り込んだ。おおよそ品位とはかけ離れている。

 

 

「ん、美味し」

 

「下品ね。そういえば、最近は随分とおとなしいみたいだけど?」

 

「あ、オレの事?いや、そろそろ仮面ライダーと遊んでもいいかな~って、ちょっと準備してんだよねぇ。んで?ソッチはゼロをちゃんと始末できたわけ?」

 

「貴方の言う通りだったわ。仲間相手ではまるで雑魚、最強と呼ぶには少し甘すぎた。計画通り、同時進行で憤怒の立場を落とし、七幹部の一柱の事実上無力化に成功…順調よ」

 

 

話しているうちに、別の皿が運ばれてきた。

これもイタリア料理の定番。分厚く切られたTボーンステーキが巨大な花を描くように重なっている、ボリューミーな料理。ビステッカ・アラ・フィオレンティーナ。レアに焼かれた赤色が美しい。

 

 

「おー、やっぱ肉はテンション上がるね~!

でもさぁ…暴食チャン、こんなのじゃ全然足りないんじゃないの?」

 

「そうね。そろそろ……

お腹が空いてきちゃった」

 

 

その言葉が、周囲の空気をひり付かせる。あの朱月でさえも、少し緊張を感じるほどに。

 

 

「また食い荒らされちゃ、たまったもんじゃないよねぇ…」

 

 

朱月はそう呟き、手づかみで肉を噛み千切った。

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

その翌日。

 

昨日の夜に忘れ物を取りに行った永斗は、ことりと同様に帰ってこなかった。

新聞漁りの疲れと翌日のバイトの事を考え、アラシが早めに寝たのが裏目に出てしまった。

 

翌朝、他のメンバーも一緒にメイド喫茶に急行。

 

鍵を開け、中に入るが誰もいない。しかし、服の切れ端から、永斗はここにいたと確信するアラシ。

 

だが、問題があった。この店の鍵は、外からも開けられるが、鍵をかけたのが外か内かは分かる仕様になっている。そして、今回は鍵は“内側から閉まっていた”。

 

 

手分けをし、極力現場を乱さないように痕跡を探す。

 

 

しかし、他に鍵が開いている場所は無し。窓に穴も開いてないし、逃げた痕跡も全くない。争った痕跡は見られたが、犯人の特定には繋がらない。

 

 

「これって…密室じゃねぇか」

 

 

そう、アラシの言う通り、これは紛れもない密室。

そして、事態は深刻だ。敵は証拠を全く残しておらず、メモリの能力も見当がつかない。それを調べられる永斗と分断されてしまったからだ。

 

分断という点では、この間と同じだが、戦闘と事件捜査では話が違う。

 

戦闘ではアラシがメインを担っているのに対し、捜査では永斗がメイン。アラシの閃きも情報収集も、永斗なしでは意味を成さない。

サイバー事件でμ’sが犯人を特定できたのも、実は永斗がゲーム決戦の前に検索を行い、ある程度情報をまとめていたためである。

 

 

つまり、探偵としては今の状況は絶望的。

 

加えて戦闘でもだ。ロストドライバーは破壊され、もうジョーカーには変身できない。エデンはマキシマムオーバードライブを使用したため、1週間は変身できない。あと数日は必要だ。

 

 

「マズいな、俺達の状況を完全に把握してやがる。組織絡みってのは間違いなさそうか」

 

 

早急になんとかしなければ。言ってしまえば、この状態で組織の刺客でも襲ってきたら、打つ手がない。ことりが捉えられてるのも心配だ。永斗が一緒なら、大丈夫だとは思うが…

 

ということは、この事件自体が仮面ライダーを潰すための罠という解釈もできる。しかもライブまで時間も無いし、何より永斗とことりの状態が把握できてない以上、時間を掛けられない。

今回の事件に限っては、訳あって警察は全く信用できない。店長にはそう言って警察を呼ばないようにしてもらったが、そうなると逆に情報が……

 

 

 

「アラシ君!」

 

 

 

考え込んでいたアラシに声を掛けたのは、穂乃果だった。

その声で、アラシの意識が一旦現実に戻る。

 

 

「私たち、もう一回逃げた証拠がないか探してくるね!」

 

「お…おう」

 

 

そう言うと、穂乃果はもう一度店の奥に入っていった。

 

驚いた。ことりと永斗がいなくなった動揺より、“自分達の手で助け出す”という思考が先に出てる。永斗を取り戻したという成功体験が大きいのだろうが、これは探偵としては大きな前進。

 

 

「見くびり過ぎてたのかもな、アイツ等のこと」

 

 

μ’sはもう立派に主戦力だ。全員の力を合わせれば、2人を必ず助け出せる。

 

 

「今、俺がすべき事は……」

 

 

それを考えるアラシの頭に、昨日ぶっ壊したパソコンがよぎった。

 

 

 

____________

 

 

 

 

「キーワードは“ボックスメモリ”」

 

 

 

地球の本棚の本が散り散りとなり、永斗の前に「BOX」と書かれた本だけが残った。

英語で書かれた本をパラパラと読み進め、数分で閲覧を終え、本棚を閉じた。

 

 

「ここでも問題なく地球の本棚は使えるみたいだね。それで、調子はどう?ことり先輩」

 

「うん…大丈夫だよ」

 

 

ボックス・ドーパントに閉じ込められてから、10時間程経過しつつある。

ことりと永斗がいるのは、一面緑色の空間。歩き回って調べたところ、ここは一辺5メートル程度の立方体の中。いや、ドーパントの能力を検索したところ、箱は小さく、中にいる自分達が圧縮されているらしい。

 

箱はかなり丈夫で、持っていたメモリガジェットでも壁を壊せなかった。

 

そして、ここでは電波は全く無いため連絡はできない、さらに、メモリやドライバーの力をも遮断する。つまり、アラシがドライバーを装着しても、永斗のドライバーは現れない。変身は不可能だ。

 

しかし、この空間に何もないという訳ではない。空間の中心に、果物や野菜といった生の食べ物が置いてある。虫でも飼っているつもりなのか。

 

 

 

「検索の結果、ここを内側から開けるのは無理。まぁ、箱を壊せるだけのパワーがあれば別だけど…」

 

「変身できないんだよね…アラシ君も、瞬樹君も」

 

 

それもだが、問題はメモリを検索しても犯人が分からなかったという事。もう少し情報があれば分からないが、外との疎通が望めない。

 

 

 

「ねぇ永斗君」

 

 

 

考える永斗に、ことりは暗い表情で話しかけた。

 

 

「何?」

 

「あの箱のドーパント…もしかして、皆は調べてたりしてたの?」

 

 

やはり鋭い。何でそう思ったのかは分からないが、ことりに黙って事件の調査をしてたのは事実だ。永斗は返答に困る。

 

 

「何で黙ってたの?」

 

「そりゃ…作詞に集中してほしいからだけど」

 

 

そう言うが、ことりの目は真っ直ぐ永斗を見て離さない。永斗は諦める。ことりに永斗の嘘は通じない。

 

 

「…ことり先輩、ちょっと前からメイド喫茶の店員や客が行方不明になる事件、知ってる?」

 

 

驚くことり。その反応を見て、永斗は「やっぱり…」とこぼす。

 

 

「でも……店長もみんなも、辞めたとか風邪としか…」

 

「何で皆が隠したか、分かる?」

 

 

ことりは首を横に振る。永斗は少し躊躇いながらも、言った。

 

 

「皆もそうだけど、ことり先輩は特にだ。ことり先輩は、他人の痛みに敏感すぎる。優しすぎるんだよ。だから、そんな事を知ったら傷つくと思って、誰も教えなかった。今回の事件でことり先輩を外したのも、そういう理由だよ」

 

 

ことりにとって店員や店長、そしてお客は、家族やμ’sの皆の次に近い関係。その中の誰かが攫われたなんて知ったらショックを受けるだろうし、犯人がいるなんて知ればなおさらだ。

 

 

「みんなには大きい借りがある。それに、僕はみんなを守るって決めたんだ。

だから…僕はことり先輩たちに、探偵をして欲しくない」

 

 

「ッ…!?そんな……私たちだって、この間は戦えたよ!それに…」

 

「そういう問題じゃないんだ。当然、みんなは僕たちが守る。でも探偵を続けてれば、必ず人の悪意に触れる。目の前で命が消えることだってある。その度に傷ついてたら、戦わなくても壊れる。それだけは…嫌なんだ」

 

 

人は、不幸になるのを避けて真実を隠す。それを暴くのが探偵。必ず誰かが不幸になる。

 

 

例えそれが犯罪者であっても、ことりは傷ついてしまうだろう。探偵としては致命的なほどに、ことりは優しすぎる。

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

「ホンット無能ね~。パソコンで検索なんてきょうび小学生でもできるわよ?それを壊すだけでも失笑ものなのに、新聞記事でしらみつぶしなんて、大正時代の人間でももう少しマシな思考すると思うけど?」

 

「…!この……!」

 

「落ち着いてくださいアラシ!今回ばかりは、全面的ににこ先輩が正しいです」

 

 

切風探偵事務所で見せつけるようにパソコンを操作するにこと、それに殴り掛かろうとするアラシ、で、それを止める海未、を尻目に壁に寄りかかっている真姫。このメンバーで調査を進めることとなった。

 

昨日、アラシがパソコンを破壊したため、にこが部室から持ってきたパソコンを使用している。

 

 

「貸せ!お前が出来んなら俺にもできる!」

 

「はぁ!?嫌よ!私のパソコンまで壊されてたまるもんですか!」

 

「アラシ、本当にやめてください」

 

 

ガチトーンで諭され、身を引くアラシ。

そうこうしているうちに、にこがある程度情報を揃えた。

 

 

「さて、これと昨日俺が集めた情報が大体の全容だ」

 

 

 

ここ最近起こった、関連性が疑われる事件。どれも妙に証拠が少ない。共通するのは、神隠しのように誰かが消えているという事のみ。

 

 

「そういえば…」

 

「ん?どうした真姫」

 

「永斗が捕まったのは分かります。でも、ことり先輩だけを狙う理由が分からないんです」

 

「確かにな。昨日は2人揃って忘れ物をしてたらしい。それ自体が多分罠なんだろうが、そうなると、狙いはことりの方か」

 

「別に不思議でもないわよ。カリスマメイド、ミナリンスキーを狙う人なんていそうじゃない」

 

 

にこが若干不機嫌そうに言う。自分が狙われなかったのが気に喰わないのだろうか。

 

 

「しかし、被害者の共通点として、“顔立ちが整っている”というのは言えるかもしれません」

 

 

海未の言う通り、行方不明事件の被害者は美男美女が多い。永斗もことりも条件は満たしている。

とすると犯人の動機が見えてくる。気に入った人を誘拐する、典型的なストーカーだ。証拠を残さない分、数段厄介ではあるが。

 

 

「あとは…妙なんだよな。何で犯人はわざわざ密室を作ったんだ?」

 

「攪乱じゃないですか?今だって穂乃果先輩たちはそっちに行ってるわけだし」

 

「いや、今回も証拠と呼べるものはなかった。だったらわざわざ密室になんてしなくても…」

 

 

その時、烈が昨日言っていた言葉を思い出した。犯罪者が持つ、“こだわり”…

 

 

 

「そうか…もしかして…!」

 

 

 

_____________

 

 

 

「ここです、穂乃果先輩!」

 

「ありがとう花陽ちゃん!この窓から外に出たなら、そこだけホコリが落ちてるはずだよ!」

 

「おぉ!さすがは穂乃果先輩にゃ!」

 

「全部ピカピカやん。やっぱりことりちゃん、仕事が細かい!」

 

 

秒で穂乃果の推理が破綻した。

しかし、穂乃果はめげない。

 

 

「じゃああの窓から出たんだよ!」

 

「天窓やね…ちょっと高すぎひん?」

 

「それは…その…ホラ、これに乗ったら届くんじゃない?」

 

 

穂乃果は店の椅子を持ち上げ、天窓の下に持っていこうとする。

しかし、途中で飾り棚にあたり、乗っていた箱のインテリアが落ちてしまう。そこをバレーのスーパーレシーブの如く、持ち前の運動神経で凜がキャッチ。

 

 

「ちょ…穂乃果先輩!」

 

「ごめんごめん。凛ちゃん、ナイスキャッチだよ!」

 

 

全く気にしてない様子で椅子に乗るが、全く天窓には届かない。ていうかよく見たら人が通れる大きさじゃないし、鍵が閉まっている。

 

 

「じゃあワイヤーだよ!凛ちゃん、ワイヤーの跡を探すよ!」

 

「了解にゃ!行くよ、かよちん!」

 

「ま…待ってよ凛ちゃん…!」

 

 

そんな様子を見る絵里。ワイヤーをどう使うのかは分からないが、とりあえず一生懸命だ。まぁ、まだ何の手掛かりも無いのだが。

そんな中、絵里の携帯電話に着信が入る。アラシからだ。

 

 

「もしもし、アラシ?こっちはまだ…え…?

密室はいいから、手を貸せ?」

 

 

 

_____________

 

 

全員が集合し、アラシの指示に従って移動する。ちなみに連絡はできたが瞬樹は来なかった。次会ったらぶん殴ると決意するアラシ。

 

メンバーはそれぞれ、リストに上がった事件の現場に向かった。事件現場が明瞭なものもあれば、不明瞭なものもある。実際に見て確認するのが一番だ。

 

 

「3か月前、大学生の男が行方不明になった事件。家は一軒屋の一人暮らし…と」

 

 

 

これについて、気になる事があった。その男には恋人がおり、いなくなった日の夜に電話で話をしていたという。

 

そして、その恋人の証言によると「あの日の夜。彼は先輩に呼び出され、待ち合わせ場所である公民館に到着し、中に入るまで自分と通話をしていたが、急に通話が切れてしまった」らしい。そのまま男は行方不明に。警察も一時関連性を疑ったが、翌日の朝、その公民館には鍵がかかっており、中には誰もいなかったため関連性なしと判断した。

 

 

そこでアラシはその公民館に赴き、聞き込みを行った。

 

結果、その日の夜、公民館に入る男の姿を目撃した人はいたが、“出ていく様子を見た人はいなかった”。その辺りは深夜でも人通りが多いのにも関わらずだ。

 

証言が正しければ、この事件も“密室”となる。

 

 

 

「やっぱり。殺人事件ならともかく行方不明事件だから分かりにくかったが、この犯人の起こす事件は、いずれも密室である可能性が高い」

 

 

 

 

一連の事件の中には、今回のように被害者が現場にいた痕跡が残っているケースもあった。そして、そのいずれも“密室”。

 

アラシはこれが犯人の“こだわり”と睨み、各人員を操作に向かわせた。

しかし、何かが引っかかる。この公民館を見た時から、何かが…

 

 

すると、スタッグフォンに着信が入った。

穂乃果からだ。穂乃果は2か月前に行方不明になった女性が最後に目撃された場所に行ったはずだ。

 

 

「穂乃果、どうだ?現場は分かったか?」

 

『すごいよアラシ君!その近くにね、すっごい変わった建物があるんだけど!』

 

 

アラシは頭を抱えた。何をやってるあのアホ!しかも、なぜそれを報告する!?

 

 

『なんかキレイなサイコロみたいなカラフルな建物で、げんだいあーと?とかの美術館なんだって!これ何か関係あるかな!?』

 

「あるわけねぇだろ!つーか知ってるよ。ちょっと前にできた立方体型美術館で、オープン直前に鍵と館内の監視カメラがごっそり盗まれたって話題に……」

 

 

 

いや、待て。

 

カメラが消えた?それってメイド喫茶の事件と似ている…それに、鍵が盗まれたってことは、オープン前に中に入ったということ。脱出を考えなければ、密室を作れる。何より、その事件は犯人が捕まっていない。

 

もしかして、そこが現場?

いや、引っかかるのはそこじゃない。この公民館、メイド喫茶、そして…立方体美術館……

 

 

 

「そうか…!でかした穂乃果!」

 

『え!?もしかしてビンゴ?』

 

「あぁビンゴだ。他の奴らにも確認させてみる」

 

 

それぞれ新しい指示を出して数十分後。ほぼ全員がアラシに写真添付したメールを送ってきた。

 

その後、アラシの招集で全員が集合。烈も呼び出した。

 

アラシの指示は、「とある条件を満たす建物が、被害者目撃場所の近くにあるか探せ」というもの。そして、その条件とは…

 

 

「やっぱり、間違いない。犯人のこだわりは密室じゃない…“箱”だ」

 

 

一同が首をかしげる。そこでアラシは送られてきた写真と、メイド喫茶の写真を見せる。

 

 

「メイド喫茶も、この建物たちも、扉や窓を閉めて壁と見立てると、余分な凸凹も装飾もない、左右対称な立方体だったり、直方体だったり…とにかく箱の形になる。探してみるとそういう建物はそんなに無いが、被害者目撃場所の近くには必ずそれがあった」

 

 

アラシはさらに説明を続ける。密室だった理由は、あくまで偽装。行方不明事件+密室なら、そもそも事件がそこで起こったことを隠すことが出来る。そうすれば“箱型”という条件を満たす建物を、警戒されることなく、狩り場として複数回使用できるというわけだ。

 

事実、今回の事件も他の一部の事件も、箱型建造物付近で立て続けに起きている。

 

しかし、烈がそこに口を出す。

 

 

「確かに、そこが現場だった可能性は高いでしょう。しかし、それが犯人を特定する鍵にはなりえません」

 

「その通りだ。でも、同時にメイド喫茶に“アレ”があったことを思い出した。密室のトリックも考えると、メモリの見当がつく。相性のいいメモリは、使用者の遍歴や性格に大きく左右されるからな」

 

「そういえば…あのハイドっていうお医者さんも…」

 

「えぇ、凜の言う通り、岸戸先生の専門は脳神経外科だったわ。そして、先生が使っていたメモリはナーブ…神経よ。ていうことは…」

 

 

真姫は気付いたみたいだ。アラシはそれに続ける。

 

 

「恐らく敵のメモリは“ボックス”、箱の記憶。そうすれば、事件の内容から“対象を箱に閉じ込める能力”って推測できる。人攫いには持ってこいの能力だし、何より密室のトリックを成立させられる。

問題は…烈の言う通り、犯人が分からないってことだ」

 

 

こういう時に永斗がいれば…ここまで情報が揃えば、ほぼ確実に地球の本棚で犯人を特定できる。そうでなくても、永斗なら犯人を見つける策を思いつくはずだ。

 

箱に監禁されているなら、時間に猶予はないと考えるべきだ。考えろ…何か策は……!

 

 

思いつめるアラシ。それを見た穂乃果は、アラシの前に。

 

 

「アラシ君」

 

「なんだ穂乃果…って痛った!」

 

 

穂乃果は頬を膨らませ、アラシの顔を引っ張った。いきなりの事で大いに戸惑うアラシに、穂乃果は言う。

 

 

「アラシ君は、永斗君より頭悪いよ!」

 

「何、悪口!?」

 

「ここにいる皆も、永斗君には勝てない。でも、ことりちゃんと永斗君を助けたいって気持ちは同じだよ!」

 

 

そう言われて、アラシは皆の目を改めて見る。

分かっていたつもりが、分かっていなかった。アラシはずっと、一人では何もできなかった。だから、手を取り合わなければいけない。コイツらは、アラシを導けるだけの力がある。

 

 

「一緒に考えましょう。アラシ先輩」

 

「真姫…あぁ、悪かったな。俺はお前らにも勝てねぇわ。

じゃあ考えるぞ。犯人はことりと永斗を罠に嵌めた。だから俺達も、罠で犯人を仕留める」

 

 

力強く頷く一同。そうして、アラシ達は策を練っていく。

 

しかし、その中で一人。烈は表情を変えずに呟いた。

 

 

「チェックメイト…ですね」

 

 

 

 

______________

 

 

 

その日の夕方。

 

 

「ふー、秋葉原中の花陽グッズを買い占めた!我が騎士道に一辺の悔いなし!!」

 

 

昨日から秋葉原またはその近辺にあるアイドルショップ等を巡って、花陽のグッズを買い漁った瞬樹。ちなみに行く所全てに真姫のグッズも無かったらしい。どこぞの変態兄貴の仕業だろう。

 

花陽のプリントTシャツを着て、花陽のタオルを首に巻き、花陽の缶バッジを山ほど付けた花陽のバッグを背負っている。しかもそれにエデンドライバーを背負っているときた。一歩も間違えず不審者だ。

 

満足げな顔で秋葉原を歩く瞬樹だったが、携帯電話が鳴り、着信元を見ると全身から冷や汗が溢れ出てきた。

 

当然、黒音烈からの電話である。恐る恐る出る瞬樹。

 

 

「もしもし、烈…?」

 

『あ、瞬樹。さっき家の鍵変えたんで、もう帰ってこなくていいですよ。それじゃ』

 

 

通話が終了した。

瞬樹は地に伏せて叫んだ。一瞬にして瞬樹はホームレスとなってしまった。

 

 

「何故だ…まさか!花陽グッズのために烈の貯金ちょろまかしたのがバレた…?」

 

 

実際はちょろまかしたどころか、一週間分の2人の食費を使ったのだが。

何にせよ、瞬樹の貯金はゼロ。食べ物も買えないし、早い話死ぬ。

 

絶望していると、烈からメールが届いた。

 

内容は「すでに話を付けたから、反省するまでここに泊まれ」とのこと。そこは、秋葉原のメイド喫茶だった。無論、瞬樹はそこで事件が起こったことなんて知らない。

 

 

「代わりの家…だと…?いつもだったら三日三晩野宿させた後、家の鍵を川に放り投げて探しに行かせ、しばらくは夕飯が雑草かイナゴになるのに……」

 

あまりの好待遇に、思わず烈を心配してしまう。

しかし、これは好都合。瞬樹はウキウキでメイド喫茶に向かった。

 

 

 

 

「鍵を預けておくよ。冷蔵庫にある余った料理は食べていいけど、他の食材はダメ。奥の部屋が一応寝室になってるから、そこで寝てね。一泊分の料金は追々請求するから」

 

「フッ…承知した」

 

「ホント、何考えてんのよあの店長…ウチはホテルじゃないっての…

今回は特別だからね!今夜泊まったらちゃんと家の人に謝りに行きなさいよ!」

 

 

店員の北田慧から鍵を貰い、説明と説教も貰った瞬樹は、早速中に入り内側から鍵を閉める。

奥の部屋には布団があった。店長がたまに泊まるらしい。

 

風呂は無いが、食事はある。割といい物件ではあるが、実際はつい昨日事件が起こったばかりの事故物件である。

 

そんなことも知らない瞬樹は飯を食べ、そのまま就寝した。

 

 

 

 

その日の深夜。

 

 

 

 

いびきをかいて爆睡する瞬樹に忍び寄る影___ボックス・ドーパント。

既に窓や扉の鍵を閉め、密室は完成している。

 

仮面ライダーダブルを封じ、仮面ライダーエデンが変身できない今が好機。津島瞬樹の姿が確認できないうちに、変身能力が回復するのではないかと焦りはしたが、願っても無いチャンスがやって来た。

 

能力を使用し、瞬樹を箱に封じ込める。これで仮面ライダーは完全に無力化された。あとは危険因子の切風アラシを同様に封じ込めばいい。そうだ、殺さなければいいなら、μ’sの子たちも手に入れよう。楽しみが増えた。

 

 

ここが餌場としての利用価値はもう無い。このまま変身解除し、店から脱出するか?いや、暗くて外が把握できない。深夜だと店から出る様子が目撃されれば怪しまれてしまう。それに…

 

 

やはりここは、いつも通り___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。

 

 

店の扉が開く。アラシだ。瞬樹の様子を見るため、店長から借りた鍵で扉を開けた。

 

 

「おーい、瞬樹!起きてるか!

つーかお前、皿ぐらい洗ってんだろうな!」

 

 

アラシは声を張るが、返答はない。

不自然に思い、瞬樹が泊っている奥の部屋に。

 

 

 

これで誰もいなくなった。犯人は静かに笑う。

 

早朝だが、外には誰もいない。見られる心配もない。切風アラシをここで捕らえるのもいいが、今はまず…

 

 

 

「“対象を箱に閉じ込める”。それなら自分も箱に入れられるよな?

この店に箱のインテリアがあったのを思い出した。店長に聞いた。それはアンタが持ってきたものだってな」

 

 

 

外に出ようとする人影の後ろから声が聞こえた。

そこにあったのは切風アラシの姿。そして、トリガーマグナムの銃口をその人物に向けている。

 

 

「簡単な話だ。店の鍵が閉まる前に、帰る振りをして自分を箱に閉じ込める。そして標的を建物に誘い出し、内側から鍵を閉め、捕まえる。後はもう一回箱に入り、箱のインテリアと入れ替われば準備完了。翌日、誰かが鍵を開けた後、誰もいなくなったタイミングで外に出れば密室の完成。朝や昼なら見つかっても言い逃れ出来るからな。

 

そうだろ、白府リズ」

 

 

立ち尽くす人影__ゴスロリ姿の店員、白府リズは振り返って笑みを浮かべる。

 

 

 

「あら、何の話かわかりませんわ。(わたくし)は今、忘れ物を取りにきただけですわよ?」

 

「へー、そうか。よく入れたな?鍵が閉まってるのに」

 

 

白府はドアノブを捻るが、開かない。外から鍵がかかっている。

 

 

「俺が入った後、外で待ってた凜に、窓から見えないように鍵を閉めてもらった。店長から借りたスペアキーだ。ついでに言っておくが、スペアキーは俺以外誰にも渡してないそうだぞ」

 

 

もう言い逃れはできない。白府の顔から余裕が消えた。

 

 

「メモリを地面に置いて手を上げろ。少しでも不審な行動をしたら撃つ。

言っておくが、俺は穂乃果たちみたいに優しくないからな」

 

 

アラシはトリガーマグナムの引き金に指をかけた。殺気が肌に伝わり、ハッタリじゃないのは明白。

白府は箱とその蓋で「b」と入った青いメモリを取り出す。そして、そのメモリを地面に…

 

 

《ボックス!》

 

 

「ッ!」

 

 

置く寸前にメモリが起動。アラシは迷わず白府に発砲する。

しかし、

 

 

「何!?」

 

 

弾丸は弾かれた。その理由は分かった。ドーパントには変身していないのに、白府を中心に立方体の光の壁が展開されている。

 

 

「惜しかったですわね。貴方の誤算は、(わたくし)が“ハイドープ”だと見抜けなかった事。そして、即座に(わたくし)を撃てなかった、貴方自身の甘さ」

 

 

白府はスカートをめくり、ボトムスとソックスの間、いわゆる絶対領域に刻まれた生体コネクタを露出。ボックスメモリを挿入した。全身を小さな箱が蝕むように、その姿をボックス・ドーパントに変化させる。

 

 

「仕方ないですわね。今ここで、貴方も頂くこととしましょう」

 

「ハッ!やってみろよお嬢様!」

 

 

アラシの周りに板が出現。アラシは咄嗟にそこから離れる。

 

 

「あら、避けますの?」

 

 

箱に閉じ込められれば終わり。分かっていてもいずれ限界が来る。

アラシはトリガーマグナムの銃弾を連射。しかし、全ての銃弾は、届く前に小さな箱に閉じ込められてしまった。

 

 

「そんなのもアリかよ!」

 

 

やはり永斗がいないと情報が足りない。しかも、これで遠距離攻撃が通用しないことが分かった。変身もせずにこの強敵を倒すのは不可能だ。

 

状況はこれ以上ない程に、万事休す。

 

 

「終わりにいたしましょう」

 

 

ボックスはそう笑い、両手にカッターを出現させた。

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

箱の中で、ことりは思い出していた。

 

幼少期、ことりは左ひざが弱く、激しい運動が出来なかった。そのせいで、周りからも浮いていた。

一方で、似た境遇の友達もいた。彼女は足自体が不自由で、歩くこともままならない。手術で治るらしいが、彼女の家は貧しく、手術を受けることはできなかった。

 

その後、ことりだけが手術を受けた。

 

それを知った友達は、泣きながらこう言った。

「ことりちゃんは守られてばっかりだ。お金もあって、お母さんも優しくて、そんなのずるい」と。

 

のちに知ったことだが、彼女の母は娘の足の事で親や夫から見放され、そのストレスを娘にぶつけていたという。

 

彼女の言う通り、私は守られてばかり。

籠の中で育った小鳥だ。

 

 

 

そして今、変わりたくてバイトを始めた。強くなりたくてアラシ達について行った。

それなのに…

 

 

ことりは目を開けた。

何時間経っただろうか。電波時計が使えないせいで、時間も把握できない。

 

食べ物はまだ余っている。永斗が何も食べていないからだ。

永斗は死ぬことは無いといっても、平気なはずはない。

 

 

すると、静かにしていた永斗が顔を上げ、立ち上がった。

 

 

「今、アラシが戦ってる」

 

 

永斗もその感覚に驚く。何故かは分からないが、確信した。音も何も外からは遮断されているはずだ。

 

 

「本当?」

 

「うん、多分。ボンヤリだけど何かイメージが…」

 

 

意識を集中させると、それは明確なイメージに変化した。

ボックスとアラシがメイド喫茶店内で戦っている。

 

 

「そうか…ファングメモリだ!ファングと僕は“同じ存在”。そして、絶対に断ち切れない“不変の存在”。だったらこの箱で遮断できないのも頷ける」

 

 

そう、これはあの時ボックスに弾かれ、店内に転がっていたファングメモリの視界。

一体化して間もないからか、視界がハッキリせず、ファングを思うように動かせない。だが、簡単な命令なら与えられそうだ。

 

ファングが捕まったら終わり。チャンスは一回。

でも、活路は開けた!

 

 

「ファング!」

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…」

 

 

 

この狭い空間で何とか逃げ続けること数分。ボックスの斬撃も机などを盾にして避け続けるも、既に限界が近い。

秘密兵器も用意はしていたが、正面の攻撃を箱に閉じ込められるなら意味はない。

 

 

「瞬樹をエサにするべきじゃなかったか…」

 

 

「さて、そろそろお返ししましょう」

 

 

ボックスは落ちている箱を一つ拾い上げ、アラシに投げつけた。

すると、箱は空中で解除され、さっきアラシが撃った弾が帰ってくる。

 

 

「マジか!」

 

 

予想外の攻撃を避けるも、対応が遅れる。

その一瞬が致命的。カッターを持ち、ボックスはアラシに斬りかかる___

 

 

 

その瞬間、電子音が鳴り響き、白い斬撃がカッターの刃を砕いた。

それはファングメモリ。ファングは回転しながら、さらにボックスを攻撃。

 

そして深い斬撃がボックスの体に入ると、火花を散らし、その勢いで一つの箱が宙に放り出された。

ボックスが保管していた、永斗とことりが入った緑の箱だ。

 

 

 

「しまっ……」

 

 

 

その刹那で、アラシは永斗の考えを悟った。

アラシはバットショットを取り出し、変形。さらにトリガーメモリをマグナムに装填。

そして、バットショットとトリガーマグナムを合体させた。

 

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

バットショットと合体させることで、命中精度は格段に上がる。本来はスタッグフォンで威力を底上げしてボックスを倒す算段だったが、バットショットも持ってきておいてよかった。

 

 

「トリガーバットシューティング!」

 

 

箱に照準を合わせ、引き金を引く。

生身の分かなり威力は落ちるが、それで十分だった。発射されたエネルギー弾は、箱の角を正確に射抜き、破壊した。

 

 

それと同時にファングは、破損した箱に飛びつき、消えた。

 

 

アラシはそこでドライバーを装着し、ジョーカーメモリを起動させる。

 

 

《ジョーカー!》

 

 

 

 

________________

 

 

 

「永斗君!?今のって…」

 

「うん、成功だ」

 

 

箱の角に大きな穴が開いた。永斗たちの頭上で、届きはしないが、それでいい。

 

電子音を鳴らし、ファングメモリが箱の中に圧縮されて入ってきた。そして、同時に永斗の腰にドライバーが出現する。

これが狙いだ。メモリが揃い、厄介な箱に穴が開いたのなら、変身できない道理はない!

 

 

《ファング!》

 

 

メモリを変形させ、ドライバーに装填。

すると、アラシのジョーカーメモリが転送されてくる。

 

 

「変身!」

 

 

ジョーカーを押し込み、ドライバーを開いた直後にファングメモリを倒す。

ドライバーに竜の横顔が現れ、戦意の雄叫びを上げる!

 

 

 

《ファングジョーカー!!》

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

箱を切り裂き、ボックスの前に現れるは、脱出した南ことり。そして…

 

 

「よくも、(わたくし)の箱を!」

 

「残念だったね。箱庭遊びは、もう終わりだ」

 

 

永斗が変身した、攻撃特化のダブル。

白と黒の、仮面ライダーダブル ファングジョーカーの姿。

 

 

「ここは店内だよ。マナーの悪いご主人様には、ご退店願おうか」

 

 

ダブルの蹴りがボックスに炸裂。その勢いは止まらず、ボックスは扉を破壊し、外に投げ出された。

 

 

 

「外…箱の外…?ダメ…お母様…お父様…違うのですわ…これは…!」

 

 

 

ボックスの様子がおかしい。何かに話しかけている…いや、独り言?

ともかく、まともに動けていない、今がチャンス…

 

 

「その声…リズさん…!?」

 

 

ボックスの様子を気にしたことりが、追って外に出てきてしまう。

そしてボックスはそれに気づき、半狂乱の様子でことりに向かって駆け出した。

 

 

『ことり!!』

 

「ことり先輩…だから言ったのに!」

 

 

ダブルもボックスを追う。

しかし、ボックスはことりの傍に行くと、ダブルが来たのを見計らい、箱を展開。

 

自分もろとも、ことりとダブルを箱に閉じ込めたのだ。

 

 

 

「これで戦えますわね。さぁ、始めましょう」

 

 

さっきまで2人がいた箱と同じ空間だ。だが、永斗はそんなことを気にしてはいない。

先程のやり取りで、ボックスが白府リズだということと、彼女が箱に執着を持っているのは分かった。そして、それを知ったことりがショックを受けているのも。

 

 

『永斗、どうした?』

 

「ボックス・ドーパント…白府リズだね。君はなぜ、あそこまで箱に固執する。

一連の事件の目的は何だ」

 

 

こんなこと、聞く必要なんて全くない。永斗も分かっている。

でも、優しすぎることりを引き離すには、知らしめておかなければならない。

 

ボックスは不可解そうにしながらも、語りだした。

 

 

「いいですわ。(わたくし)は両親の方針で、幼少期より習い事の英才教育を受け、学校にも行かせてもらえず、勉強は全て家庭教師でした。そこに自由は…全くありませんでした。

唯一遊び道具としてお父様が下さったのは、“箱庭”だけ。その中だけで、(わたくし)は自由でした」

 

 

「箱庭…?」

 

 

「えぇ。そんなある日、車の窓から見えたある男の子に、(わたくし)は一目ぼれ致しました。しかし、(わたくし)に自由は無い。ですが諦めきれない(わたくし)は、こう思ったのです。

 

いつも通り、箱庭の中なら、お父様もお母様も許してくださると」

 

 

永斗の体に悪寒が走る。

 

 

「まさか…」

 

「人が入れるだけの箱庭なんてありませんから、執事にも無理を言い、目を盗んで準備したのです。箱の形の建物を。

早速彼を招き入れたのですが、どうも帰ろうとしたり大声を出したりと、箱庭遊びのようには行きませんでした。ですので……」

 

「……!今、その人はどこに…」

 

「もしかしてお知り合いでしたか?それは申し訳ありません。

そうですね…

 

骨でよろしいなら、お返ししますわよ?」

 

 

気付けば斬りかかっていた。

アームファングがボックスのカッターを粉微塵に砕く。

 

 

『今まで攫った人達も、そうやってきたのか!』

 

「愉しませてもらっていますわ。(わたくし)と違って皆さん良い子ばかりで、少し“躾”をすればちゃんという事を聞いてくださいます♡」

 

『あぁ、そうかよ!胸糞悪ぃからもうしゃべんな!!』

 

 

怒りのこもった声で、ダブルの左側は蹴りと殴打を繰り返す。

 

 

「聞いたよね、ことり先輩」

 

 

攻撃を続けながら、永斗は問いかける。

ことりは、彼女が何を言っているのか分からなかった。ただ、怖く、異常で、冷たい。体が震える。体が動かない。そうか、これが…

 

 

「これが人の悪意だ。ことり先輩も、みんなも、こんな世界で生きるべきじゃない!」

 

 

逃げ出したい。それがことりの正直な心だった。

でも、それって…

 

 

 

「決めるよアラシ」

 

『あぁ、思いっきりドギツいの喰らわせて…』

 

 

ダブルは気付き、動きが止まる。

こんな狭い場所でマキシマムドライブを使えば、ことりも無事じゃすまない。

 

この箱から出ようにも、マキシマム並みの威力が必要。外側からの攻撃や、一部が破壊されている状態とは訳が違う。

 

 

 

『テメェ…ことりを入れたのはこれが狙いか!』

 

「ここまで強いドーパント相手だと押し切れない…どうすれば…」

 

 

 

ボックスの反撃が始まった。

スタミナを消費してしまったのか、防戦一方のダブル。

 

さらにボックスは、箱型エネルギー弾をことりに向けて放った。

 

 

『ヤロウ…!』

 

 

ダブルはことりの前に立ち、攻撃を受け続ける。その度に火花が散り、呻き声が上がる。

 

 

同じだ。

 

変わりたかったのに、変わったつもりだったのに。

籠から飛び立ったつもりが、結局守られてばかり。

 

 

そうだ、私は守られてばかりだ。

 

 

永斗君もアラシ君も、みんなを守るために戦ってる。私を守るため、悪意から引き離そうとしてる。

 

なんでそんなに強くなれるの…?なんで…私は……

 

 

ことりは前を向く。そこには攻撃を受けるダブルの姿が。

傷つき続ける、友達の姿があった。

 

 

そうだ。いくら強くたって、平気なはずなんて無い。

 

悪意の中で戦う2人は、誰かを守るために傷つき続けている。その為なら、その身が擦り減っても戦い続ける。

 

 

 

じゃあ、永斗君たちは___誰が守るの?

 

 

 

 

「永斗君…アラシ君…ごめんね。私、気付けなくて…」

 

 

 

 

ずっと守られてきた。優しい人たちの中で、ずっと。

 

強くならなきゃ、守ってくれた大切な人達を、今度は……私が守るために___

 

 

 

 

「終わり…ですわ!」

 

 

大きなエネルギー弾がダブルに飛ぶ。アームファングで斬れば爆発し、後ろのことりが危ない。受けるしか…ない。

ダブルは変身解除ギリギリで、それでも動く素振りを見せない。エネルギー弾はそのままダブルに……

 

 

 

「…え?」

 

 

 

当たらなかった。

いや、消えた。

 

ダブルを囲うように、ドームのような光が出現していた。

 

 

「そんな…もう一度!」

 

 

再び放つも、エネルギー弾はドームに触れた途端、分解され、光の粒子となる。

こんな力はファングジョーカーにはない。ということは…

 

閉鎖空間であるはずの箱の中に、朝日を思わせる光が差し込む。

 

よく見ると、天井に穴が開き、そこから光が漏れているようだ。そして、その小さな穴から光の球がゆっくりと降りてくる。

 

 

 

『永斗、これって』

 

 

光はことりの手に収まり、灰色のメモリに。

灰色ながらも輝かしいそのメモリには、翼で描かれた“B”の文字が。

 

 

「ことり先輩に適合したオリジンメモリ…“B”!」

 

 

ことりが望んだ、誰かを守る力。ことりはそのメモリを起動させ、地面に手を付ける。

 

 

「永斗君、ありがとう。でも、私は決めたの。皆が私を守ってくれるなら、私は皆を守るって」

 

「ことり先輩…それでも」

 

「私も強くなる。永斗君たちばっかりに辛い思いをさせたくない。

みんなが私を守ってくれるなら、私がみんなを守れば、完璧だよ♪」

 

 

 

 

《ブレッシング!》

 

 

 

ブレッシング__祝福の記憶。神の祝福は、全ての生命を守護する。その能力は、範囲内のメモリ能力を無効化する、絶対防御。

 

 

“B”のオリジンメモリ。地球から分離した26の意思にして、“庇護”の意思。

 

 

その能力で、ボックスの能力が消えていく。

箱が…崩壊する。

 

 

 

 

「馬鹿な…(わたくし)の箱が…箱が……」

 

 

箱が消え、外への脱出に成功した。

開けた場所に出て、ことりも逃がした。もう躊躇する必要は全くない。

 

 

 

「この街…秋葉原はどんなものでも受け入れてくれる。例えそれが、君や僕みたいな大罪人でも。ことり先輩もそうだ。だから、彼女にはこの街がよく似合う。だからこそ、この街を…彼女を泣かせるような奴は、絶対に赦さない!」

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

 

ファングメモリの角を三回弾き、脚に必殺の刃“マキシマムセイバー”が光り輝く。

ダブルはボックスに向かってジャンプ。しかし、ボックスの能力が発動し、ダブルを再び箱に閉じ込めてしまった。

 

 

「これで…(わたくし)の勝ち……!」

 

 

 

がしかし、その程度では

ファングジョーカーは止まらない。

 

 

箱は一瞬にして斬り刻まれ、勢いがついたダブルがボックスの前に。

背中を向け、構えを取っている一瞬は、さながら抜刀する侍。

 

 

 

「『ファングストライザー!』」

 

 

 

空中で振り返ると同時に放たれた、斬撃を纏った回転蹴りが、ボックスの体を裂断する。

 

 

 

「いやああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

断末魔と爆炎の中、蒼白い斬撃の跡が、獲物の終焉を語った。

 

 

 

倒れる白府リズ。そして粉々になったボックスメモリ。

しかし、白府リズが起き上がる。

 

 

 

「嫌だ…(わたくし)はまだ…」

 

「見事だ、仮面ライダーダブル」

 

 

音もなく声だけが現れたような感覚。

メイド喫茶の屋根の上に、突如としてドーパントが現れた。

 

赤い身体で、腰にナイフを仕舞っている。

 

 

「キル。リッパーと言えば通るか?」

 

『リッパー…瞬樹が言ってた刃物使いのドーパントか。ファーストに聞いた話と違うな、もう攻めてこないって話じゃなかったか?』

 

「勘違いするな。既に“憤怒”を捨て、“暴食”の下についた。あともう一つ、別に戦いに来たわけではない」

 

 

キルが手を伸ばすと、白府リズの足元を赤い紐のような物が縛る。

いや、これは…血?

 

 

「メモリブレイクで不要と判断。次はお前だ」

 

「そんな……嫌!放して!放しなさい!!」

 

 

 

血の色の紐は腕、肩、頭と伸びていき、全身を包み込むと、収縮していく。

 

 

 

「嫌だ!嫌だ!やめてぇぇぇぇぇッ!1」

 

 

 

そして数秒後には白府リズの姿は消え、血の色をした小さいボールに。

キルは屋根から降りると、そのボールを回収する。

 

 

巌窟王(ロックド・ロック)。せっかくだ、模倣させてもらった」

 

 

 

キルはまた屋根に飛び乗り、ダブルに背を向ける。

 

 

 

「第二幕は始まったばかり。この舞台の主役は“暴食”か、それとも…」

 

 

 

そう言うと、キルは消えてしまった。

 

 

「瞬樹の言う通り、肩にコネクタがあった」

 

『つーことは、アイツもファーストと同じ、オリジンメモリのドーパントってことか…』

 

 

ダブルは変身を解除し、ドライバー外す。

永斗はひどく疲れた様子で、呟いた。

 

 

「第二幕か……アニメなら一年は待ってくれるのにね」

 

 

すると、永斗はあるモノに気付く。

キルが落としたのか、それはハンカチくらいの大きさの布。

 

サメの口の骨の中に目玉が描かれた、不気味なマークが入っている。

 

 

「これって……」

 

 

 

 

_____________

 

 

8/16 活動報告書

 

 

事件が集結して1日。

永斗が帰ってきて早々に起こった事件は、無事幕を閉じた。

 

メモリが破壊されたことで、箱が全て解除された。瞬樹の箱は戦闘中に落ちていたらしく、店内の床で爆睡していたのが発見された。

 

白府リズの犯行は数年に渡って行われていたことが分かり、被害者の数は数十名。うち、無事に保護されたのが12名、衰弱した状態で治療が続いているのが9名、他の被害者は死体で見つかった。白骨化しているものから、四肢が切断されているものまであったらしい。彼女の両親もその中にいたという。

 

探偵をしてきた中でも、相当に悲惨な事件だった。ガイアメモリは人を狂わせる。だが、元から狂っている人間も存在する。そんな奴らがメモリを手にしたら…悪寒が走るような話だが、それが現実となってしまった。絶対に、こんな事件を繰り返してはいけない。

 

それにしても、白府リズのあの異常性……

 

 

「似ていた。ひょっとこ男に」

 

 

ひょっとこ男__コーヌス・ドーパントとして前に戦った相手だ。人の命を利用し、残虐非道なゲームを行って楽しんでいた外道。

 

それだけではない。今回の事件の不自然なまでの証拠のなさ、ひょっとこ男が持っていた脅しのための証拠品や情報。繋がりを感じざるを得ない。敵が少しずつだが見えてきた。

 

なんにせよ、今後は新聞やインターネットの情報じゃ、今回みたいに隠蔽される可能性がある。キーワードが無ければ地球の本棚も無力。

 

 

「これからは、信頼できる情報源が必要…か」

 

 

そして最後に、ことりのオリジンメモリ…“B"。

これで俺達の所有するオリジンメモリは9本。敵は確認する限り、スラッシュとキルの2本。所在不明が残り15本…

 

 

「悩みは多いな。でも、とりあえず今は…」

 

 

カレンダーに付いた赤丸印。一週間後、ライブが決定した。

ことりの歌詞も順調。衣装はメイド喫茶の物を拝借することで、ことりの負担をカット。場所はもちろん秋葉原!

 

 

準備が進み、練習を重ねること一週間……

 

 

 

ライブ当日。

 

 

「かわいいです!にこ先輩!」

 

「ふっふ~ん!まぁ、にこくらい可愛いと~、メイド服が似合いすぎちゃって困るのよね~!」

 

 

穂乃果におだてられて天狗になるにこ。

そんな中、別の場所で歓声が上がる。

 

 

「ど…どう?変じゃない?」

 

 

歓声の中心にいたのは絵里。メイド服は他のメンバーと同じはずなのに、なんかオーラが違う。ロングスカートがカチューシャが似合いすぎてて怖いくらいだ。

 

 

「やっぱ破壊力凄いわ」

 

 

想像以上に決まっている絵里を見て、永斗は思わず一言。

アラシはそんな絵里とにこを見比べ、割と故意的に噴き出した。

 

 

「何がおかしいのよ!」

 

「いや、馬子にも衣裳だなって…ククッ…」

 

「どーゆー意味!?」

 

 

 

「ゼェ…ハァ…!竜騎士…帰還……」

 

 

メイド服で盛り上がる雰囲気に割って入るように、息を切らして死にそうな瞬樹が入ってきた。

 

 

「貴様…この竜騎士を囮に使ったと思えば、今度は走ってチラシばら撒いてこいだと!?俺は選挙カーか!」

 

「お前、今回何もしてねぇだろうが。我慢しろ」

 

「黙れ黙れ!だからと言ってこの仕打ちはあんまりだろう!神は許しても、この俺が絶対に許さん!」

 

 

 

すると、「遅くなっちゃった!」という凜の声が聞こえ、メイド服に着替えた一年生3人が登場。と、同時にメイド花陽の姿が目に入った瞬樹。驚くほど自然にその場に倒れた。

 

 

「瞬樹くん!?」

 

「天使の域をも超える神々しさ…そうか、俺はこのために生まれたのか…」

 

 

後で分かったことだが、瞬樹はメイド好きだったらしい。花陽+メイドは文字通りの一撃必殺だったようだ。

 

 

「真姫も似合ってんな」

 

「あ…ありがと」

 

「ホント、可愛い子にはメイド服似合うよね。僕としては猫耳付けて欲しいところだけど。凛ちゃんとか絶対可愛いと思う」

 

「にゃ!?そ…そうかな?」

 

 

照れながらも「猫耳…」と呟く凛。

一方で、ことりが永斗の傍に寄ってきた。実家のような安心感のある可愛さだ。すごく衣装と馴染んでいる。

 

 

「ことり先輩…言っても聞きそうにないですね」

 

「うん♪これからもよろしくね、永斗君!」

 

「あー、ずるいわ。かわいすぎる」

 

 

やっぱり彼女は優しすぎる。でも、その優しさも、守りたいと思う可愛さも、立派な強さだ。

 

ことりはそれを一つ乗り越えた。守られる側から、守る側に。

ひとまずは、それを祝福するべきだろう。

 

 

 

 

そして、ライブが始まった。

 

曲名は「Wonder zone」。瞬樹の宣伝の甲斐あって、多くの人が集まった。

 

この街の愛を綴った、真っ直ぐな詩が、優しく、自由な街に響いていく。

歌声は風となり、街を吹き抜け、心を繋ぐ。

 

 

翼を広げた小鳥は、その風に乗り、巣から大空へと羽ばたいていった___

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

路地裏で口笛が聞こえる。

 

青いゴミ箱を蹴っ飛ばした少年は、取り出した写真を見て笑った。

 

 

「ライダーの、正体見たり高校生…ってね」

 

 

その写真は、仮面ライダーダブルと仮面ライダーエデン。そして、変身解除するアラシ、瞬樹、永斗。

写真はあと3枚。うち1枚は、アイドルショップに売られていた、メイド姿のことりの写真。

 

 

あとの2枚は風に飛ばされ、建物の壁に張り付く。

そこに映るのは2つの影。

 

 

 

赤い重装甲を纏った戦士と、マントを翻す白い戦士___

 

 

 

 




新メモリと最後の新キャラ!そして最後の写真は…まぁ、お分かりでしょう。第2章で登場予定の方々です。

本編では触れませんでしたが、ハイドープになったことでの能力は「光の壁」、「箱の中の完全把握」です。箱の定義は使用者の解釈に依存します。白府はこれで建物内の監視カメラの位置を把握し、死角からボックスの能力で消失させていった感じです。

過去編の前に合宿やります。それかコラボも手をつけたい所……
ことりの掘り下げ終わったし、次は花陽か……

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第44話 Qで合宿/一日目・先輩禁止令

大学生活、未成年でも普通に酒飲む奴が普通にいることを知り、軽く引いた146です。
最低限のルールくらいは守りましょう。社会を盾に酒を強要する先輩なんて、尊敬する価値ナシです。適当にあしらいましょう。未成年飲酒、喫煙、ダメ、ゼッタイ。

今回は合宿編、やっと夏っぽいイベントです。割と長くなったのでご了承ください。今回はμ’s陣営(ほぼ)オールキャストでお送りします!


 

8/23

 

 

「暑い…」

 

「そうだねえ…」

 

 

夏休みも終盤に差し掛かるが、暑さは増すばかり。

今日も今日とて炎天下。そんな日々に、にこと穂乃果は悲鳴を上げていた。

 

 

「てゆーかバカじゃないの!この暑さで練習とか!」

 

「情けねぇぞアホにこ。ライブの予定も迫ってんだ、つべこべ言わずに動け」

 

「アラシの言う通り。早くレッスン始めるわよ」

 

 

流石はμ’sストイック2トップ。にこと穂乃果は全力で反対している顔だったが、かたや花陽はその雰囲気に委縮してしまっていた。

 

 

「花陽…これからは先輩も後輩もないんだから…ね?」

 

「…はい」

 

 

絵里が加入してから色々あったが、やはり花陽の中ではアラシと絵里はまだ“先輩”なのだろう。どこか一線を引いている印象がある。特に絵里は生徒会長として対立していた頃が記憶に新しい。

 

 

「そうだ!合宿しようよ!!」

 

 

そんな中、唐突に穂乃果が提案する。とにかく、この暑い中、少しでも楽しみを見つけようと必死なのだ。

 

 

「合宿かぁ~凜も行きたいにゃ!」

 

「確かに面白そうやん。こう炎天下での練習が続くと体もキツいし」

 

「そうそう!それに、もう夏休みが終わるのに私たち全然遊んでないんだよ!」

 

「遊ぶ気ですか」

 

「えー…僕は却下。暑いし、とても外出する気にはならないなぁ」

 

 

割と賛同が多いが、永斗は首を横に振る。本心はエアコン効いた部屋でアイス食いながらゲームがしたいと叫んでいるような男だ。合宿なんてもってのほか。論外である。

 

 

「でも、どこへ?」

 

 

花陽がその場所を尋ねる。

穂乃果は飛び上がるようなテンションで言った。

 

 

「海だよ!夏だもん!」

 

「海!?マジ!?行く!!」

 

「さっき反対してた奴どこ行った!」

 

 

毎度、永斗の手のひら返しの早さには舌を巻く。海と聞いた瞬間にこのテンションの上りよう。間違いなく何か企んでいる。

 

 

「費用はどうするのです?」

 

「それは…」

 

 

海未に痛い所を突かれ、穂乃果は目を逸らす。合宿できるほどの部費は無い。そうなれば…

 

 

「…ことりちゃん、バイト代いつ入るの?」

 

「ええぇぇぇぇっ?」

 

「ことりをあてにするつもりだったのですか?」

 

「じゃあ、アラシ君!この間の事件の報酬とか…ね?」

 

「全額壁の借金に充てた」

 

「そんなぁ~…」

 

 

壁の借金というのは、プリディクション戦で破壊した学校の壁、あとはユニコーン戦でも破壊した壁の弁償代である。ファングの討伐、エクスティンクトの撃破で理事長がくれた報酬も、ほぼ消えた。

 

 

「あ、そうだ!真姫ちゃん家なら別荘とかあるんじゃない!?」

 

「アホか。いくら金持ちでも別荘なんて…」

 

「あるけど」

 

「あるのね」

 

 

一人階段の方にいて、話の輪に入ってなかった真姫が答えた。

 

 

「え、本当!?真姫ちゃん、おねがーいっ!」

 

「ちょ…なんでそうなるのよ!」

 

 

それを聞いた穂乃果は嬉しそうに、というかエサを見つけた猫みたいに真姫に近寄り、抱き着いて頬をすり合わせる。

真姫は恥ずかしがって引き離そうとするも、穂乃果はしつこい。許諾を得るまで離さないつもりだ。

 

 

「そうよ、いきなり押し掛けるわけにはいかないわ」

 

「絵里の言う通りだ。確かに“デカいライブ”も控えてるから、合宿はしておきたいが…真姫ばっかりに頼るのも迷惑だろう」

 

 

アラシの一言に、真姫の耳が動いた。

 

 

「…アラシ先輩は、合宿したいの?」

 

「ん?まぁ、出来るんだったらな。真姫が力を貸してくれるんなら助かるが」

 

 

落ちつけ。思考を整理しよう。

珍しくアラシが“真姫一人”の力を頼っている。そして、アラシも来るなら必然的に一つ屋根の下で……

 

 

「……仕方ないわね。聞いてみるわ」

 

 

仕方なくにしては結構嬉しそうに答えた真姫に、一同は大喜び。絵里もなんだかんだ笑っている。

 

 

「急にどうしたんだ、真姫のやつ」

 

「やるやん!さすがアラシ君プレイボーイ!」

 

「グッジョブ鈍感」

 

 

希と永斗に背中を叩かれ、余計に訳が分からないアラシ。

 

 

 

「…そうだ。これを機に、やってしまった方がいいかもね」

 

 

喜ぶメンバーたちを尻目に、絵里はそう呟くのだった。

 

 

 

 

________________

 

 

 

その日の夜。西木野邸。

 

 

 

「~♪~♪~♪」

 

 

鼻歌を歌いながら支度をする真姫。両親から許可を貰い、海沿いの別荘を2泊3日借りることに成功した。これで合宿ができる。

 

自分でもここまで上機嫌な理由は謎だが、アラシと仲良くなりたいと思っていたのは自覚している。これを機に距離を縮められるかもしれない。

 

 

「どうした、えらく機嫌がいいじゃないか。お前が鼻歌なんて一か月ぶりだぞ」

 

「私の部屋に近寄らないでって言ってるでしょ、一輝」

 

 

厳重に閉じた部屋の扉越しに聞こえるのは、真姫の兄、西木野一輝の声。

 

 

「で、何かいいことでもあったか?」

 

「別に。明日からμ’sで合宿するのよ。だから別荘を借りろって言われて、ホントいい迷惑」

 

「ふっ。その割には、結構楽しそうだぞ」

 

「何言ってんのよ」

 

 

つい最近まで友達もいなかった真姫が…と一輝は感傷に浸る。前に話した花陽も、勉強合宿で会った子たちも、みんないい子だった。いい友達を持ったと思うと、兄である自分も誇らしくなる。

 

 

「じゃあ明日から、あの9人で合宿か。いいじゃないか」

 

「あとは永斗と瞬樹、クロにアラシ先輩を入れて13人ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

翌日、東京駅。

 

 

「先輩禁止!?」

 

「前からちょっと気になっていたの。先輩後輩はもちろん大事だけど、踊っているときにそういう事気にしちゃダメだから」

 

 

まだ数名来ていないが、μ’sの9人が揃ったところで、絵里が提案したのは「先輩禁止」だった。

 

 

「そうですね、私も3年生に合わせてしまう所がありますし…」

 

「そんな気遣い全く感じないんだけど?」

 

 

海未の言葉に反応する、一応3年生であるにこ。

そこに喰いつくのは、無自覚辛辣娘こと凜だった。

 

 

「それは、にこ先輩が上級生って感じじゃないからにゃ」

 

「上級生じゃなきゃ、何だっていうのよ!」

 

 

凜は一瞬考え、にこやかに。

 

 

「後輩?」

 

「小学生」

 

「ていうか子供?」

 

「マスコットかと思っとった」

 

 

凜の一撃に続き、アラシ、穂乃果、希の言葉の槍がにこに突き刺さる。出発前にして既に瀕死状態に。

 

 

「それじゃあ、早速今から始めるわよ?穂乃果」

 

「は…はい、いいと思います!え…え…絵里ちゃん!」

 

 

不意打ちに思わず敬語が出てしまったが、なんとか名前は先輩を付けずに呼べた。

しかし、やはり怖いのか、つい顔を下にしてしまう。恐る恐る穂乃果は絵里の顔を見るが…

 

 

「うん」

 

 

笑顔で答えてくれて、穂乃果の緊張が一気に解ける。大丈夫だとは思っていても、やはり緊張してしまう。

 

 

「じゃあ凜も!えっと…ことり……ちゃん?」

 

「はいっ。よろしくね、凜ちゃん♪」

 

「じゃあ次は、アラシく…」

 

「あ?」

 

 

 

ことりを呼ぶ所までは良かった凜だったが、アラシの名前を呼ぼうと顔を見ると、なんというか威圧感が凄い。野性的本能で怯えてしまう。

 

凜は永斗を連れ、チョコチョコと駆け足で少し離れた場所に。そこで永斗に小声で囁く。

 

 

「永斗くん、アラシ先輩すっごい怖いんだけど!永斗くんはどんな気持ちで呼び捨てしてるの!?」

 

「あの悪人の目つきを見るからダメなんだよ。目を見ずに、野良犬に名前つけて呼ぶ感覚で」

 

 

永斗のアドバイスを受け、凜は深呼吸。

言われた通り目を極力見ず、できるだけ気軽に……

 

 

「…アラシくん」

 

「…おぉ」

 

「やった!言えたにゃ!」

 

「頑張ったね、凜ちゃん」

 

「何か分かんねぇけど、失礼なこと言われたのはよーく分かった」

 

 

喜び合う凜と永斗を片目に置きながら、アラシは改めて思い返す。

 

 

「そういや、俺は別に誰にも敬語使ってなかったな」

 

「アンタはもう少し敬意ってのを覚えなさい」

 

「チビは論外」

 

「何よ!!」

 

 

相変わらずギャーギャー仲良さそうに喧嘩する2人。

真姫はそんな2人を見ながら考えていた。

 

先輩禁止ということは、アラシを呼び捨てで、タメ口で呼ぶことになる。他のメンバーはともかく、アラシには一貫して敬語を使ってきた真姫にとって、少しハードルが高い。それどころか、小中と友人関係がそこまで広くなかったため、他のメンバーを名前で呼ぶのも難しいかもしれない。

 

 

(ベ…別に、わざわざ呼んだりするもんじゃないわ)

 

 

真姫が心でそう割り切ったところで、まだ来ていなかった瞬樹と烈が到着した。

 

 

「竜騎士推参!いや、海に行く俺は海王神ポセイドンの恩恵を受ける…海竜騎士だッ!これからは俺の事を、海竜騎士シュバルツ=アクアと呼べ!」

 

「遅くなりました。この馬鹿が楽しみで眠れないとかで、結局寝坊したもので。それにしても、ボクまで誘ったのはどういう…」

 

「クロもμ’sの仲間だもん!あんまり遊んだことなかったから、一緒に楽しみたいなーって!」

 

 

穂乃果の返答に目を丸くする烈。仲間と認定されているのに驚いたのだが、相変わらず顔には出さない。

 

 

「そうですか。ありがとうございます高坂さん」

 

「もー、先輩禁止なんだからクロも名前で呼んでよ~!」

 

「先輩禁止というのは知りませんが、園田さんと同じく、ボクのは口調です。気にしないでください」

 

 

そう言われて、穂乃果は仕方なく引き下がる。

全く変化しない、その中性的で端正な顔立ちを見つめながら、希は何か企むように笑った。

 

 

「これで全員揃ったわね。では改めて、これから合宿に出発します!

部長の矢澤さんから一言」

 

「えっ…にこ!?」

 

 

てっきり絵里が音頭を取ると思っていたにこは、不意打ちを喰らって困惑。ほぼ全員忘れかけていたが、アイドル研究部の部長は矢澤にこ名義だった。

 

周りの雰囲気に押され、輪の中心に立つにこだが、言葉が出てこない。

焦る気持ちの中、なんとか捻り出した言葉は…

 

 

 

「しゅ…しゅっぱ~つ……」

 

 

 

「え、それだけ?」

「部長辞めろ無能」

 

「考えてなかったのよ!あとアラシ、アンタいつか覚えてなさいよ!!」

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 

電車に乗る事数時間。一同はやっと合宿場所の別荘に到着したのだが…

 

 

「でっか」

 

 

アラシの口から出てきたのはその一言だけだった。

想像を余裕で越える大きさ。別荘ってもっと慎ましやかなものかと思っていたが、切風探偵事務所の倍はある。

 

 

「凄いよ真姫ちゃん!」

 

「さすがお金持ちにゃー!」

 

「そう?普通でしょ」

 

 

そんな会話を交わしながら、ウキウキで別荘に入るメンバー。

にこだけは悔しそうに別荘を睨みつけ、アラシはそのスケールに口を開けて立ち尽くしていた。

 

そう。その時は気付かなかった。気付くべきだったのだ。

 

ここが、“西木野家の別荘”だということに。

 

 

 

 

 

「こことーった!」

 

 

海未、穂乃果、凜は真っ先に寝室に。穂乃果はベッドを見かけるや躊躇なくダイブし、ゴロゴロと体を転がす。何人用のベッドなのか、かなり広い。それに感動さえ覚えるフカフカ感。流石は西木野家、最高級品であることは想像に難くない。

 

それに続き、凜もベッドに。

 

 

「じゃあ凜はここ!海未先輩も早く取った方が……あっ」

 

「やり直しですね」

 

「うん、海未ちゃん、穂乃果ちゃんっ!」

 

 

やはりまだ慣れないらしい。

一方、穂乃果は既にベッドの上で眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

真姫、ことり、にこ、永斗はキッチンに。

 

 

「料理人!?」

 

「そんなに驚くこと?」

 

 

真姫の口から出てきたパワーワードに、驚愕を隠せないにこ。キッチンの広さと設備の充実さにも驚いたのに、さらに普段は料理人がいるという。どこまでお嬢様なのだろうか。

 

 

「驚くよ~、そんな人が家にいるなんて…凄いよね?」

 

「いや、ウチにもいますよ料理人」

 

 

永斗の言う料理人とは、ひょっとしなくてもアラシの事だが、それを知らないにこは更に対抗心を燃やして、よく分からないことを言い出した。

 

 

「へ…へぇ~、そうだったんだ~!実はにこん家も料理人いるのよね~。だからにこー、料理とか全然やったことなくて~」

 

 

明らかな虚言にも素直に感心することり。永斗はそんな彼女に少し頭が痛くなる。

 

 

「やっぱ、少しは疑うことくらい覚えた方がいいですって、ことり先輩」

 

「先輩禁止♪」

 

「…ことりちゃん。あー怖、面倒くさい…」

 

 

 

また、絵里、希はリビングに。

 

 

「ここなら練習もできそうね」

 

「そうやね。でもせっかくなんやし、外の方がええんやない?」

 

「海に来たとはいえ、あまり大きな音を出すのも迷惑でしょう?」

 

「もしかして、歌の練習もするつもり?」

 

「もちろん!ラブライブ出場枠が決定するまで、あと一か月もないんだもの」

 

 

相当やる気になっているのが伺える。絵里も、もうすっかりμ’sの一員だ。

ただ、希には気になる事が一つ…

 

 

「それで、花陽ちゃんはどうしてそんな端っこにおるん?」

 

 

花陽は観葉植物の陰に、スマホを持って隠れていた。

 

 

「なんか…広いと落ち着かなくって…」

 

「少しは羽目を外したっていいのよ?ただ、やりすぎるとあぁなるから注意ね」

 

 

絵里は苦笑いしながら、窓の外の光景を

到着と同時にはしゃぎ回り、烈によって砂浜に埋められた自称海竜騎士を指さした。

 

 

 

 

最後はアラシ。少し遅れて別荘に入り、その設備に何度も驚く。なんかもうここに住みたいくらいだった。いや、本当にいいなら、迷わずあのボロ事務所を捨てる自信はあった。

 

ひとしきり見終わると、アラシはもう一つの寝室の扉を開けた。

 

そして、驚愕の光景を目の当たりにすることとなる。

 

 

 

「おわあぁぁぁぁぁぁッ!!??」

 

 

 

アラシの断末魔で、埋まっていた瞬樹以外が集結する。アラシが指さす先に注目する一同。真姫は真っ先に顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 

「なんでいるのよ、一輝!!」

 

 

そこにいたのは言わずと知れた変態シスコン兄貴、西木野一輝。彼はベッドの上で得意げに佇んでいる。

 

 

「何でとは心外だな。西木野の人間なら当然、この別荘の鍵も持っている。君らより先回りして待っていたのさ」

 

「何でってそういうことじゃねぇんだよ、お前はお呼びじゃねぇんだ変態!」

 

「お呼びでないのは貴様らの方だ野郎ども!女の子だけの合宿ならいざ知らず、そこに乗じて真姫と寝泊まりだと!?恥を知れ!!」

 

「部外者のくせにしっかり付いて来てる、お前が恥を知れ!」

 

「当たり前だろ!俺の目の届かないところで、絶対に好き勝手はさせん!そして俺は片時も真姫から目を離すつもりは無い!残念だったな!!」

 

「オイ誰かこの犯罪者予備軍を警察に突き出してくれ」

 

 

 

しかし、ここは一輝の別荘である以上、追い出すことはできない。

仕方なく一輝の合宿参加を認める真姫とアラシ。これで総勢14名、オールスターもいいとこだ。

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

「瞬樹」

 

「どうした永斗」

 

「神は3日目に海を作り、7日で世界を創造したらしいよ。なんで神様は海を作ったんだろうね」

 

「フッ…愚問だな。それは……

 

 

この楽園のために決まっているだろう!!」

 

「全くもって同意見だ」

 

 

 

照る日差しを一身に受け海水の水しぶきが飛び交う中、仲睦まじく遊ぶ女子たちを見て、海パンの瞬樹と海パン+浮き輪の永斗が魂の声を叫ぶ。

 

こうなった経緯は数十分前。

 

 

 

 

「これが!合宿での練習メニューになります!」

 

 

練習を始めるべく外に出た一同。そこで、海未とアラシが前に立ち、練習メニューを提示する。

ただ、その内容がひどかった。

 

ザックリ一日のスケジュールをまとめるとこんな感じ。

 

 

ランニング10㎞

腕立て腹筋20セット

精神統一

発声

ダンスレッスン

遠泳10㎞

 

 

休憩と食事と睡眠って知ってる?と突っ込みたくなる内容だ。

 

 

「なにこれ中世の拷問?」

 

「れっきとした練習メニューです。アラシと協力して昨日決めました」

 

 

永斗はアラシにこれまでないくらい恨みを込めた視線を送るが、アラシとて大真面目に考えたメニューであるため、全然伝わってない。

 

ほとんどのメンバーが絶句している中、5人は、具体的に瞬樹、穂乃果、にこ、凜、あと一輝は既に水着に着替えてスタンバイしていた。

 

 

「って……海は!?」

 

「…?私ですが」

 

「そうじゃなくて、海だよ!海水浴だよ!」

 

 

天然ボケをかます海未に、穂乃果は全力で抗議する。

一方で、他の水着たちも。

 

 

「君ら少しおかしいんじゃないのか?なぜ夏に海に来てトレーニングをする必要がある」

「一輝さんの言う通りにゃ!」

「そうよ!アンタ、暑さで頭がイカれたんじゃないの!?」

「……海が、俺を呼んでいる!」

 

「年中頭が沸騰してるバカとド変態に言われたくねぇんだよ。つーか海水浴ならちゃんと用意してんだろうが」

 

 

そう言ってアラシが指さしたのは、遠泳10㎞の欄。それは海水浴とはいわない。

 

 

「最近、基礎体力をつける練習が減っています。せっかくの合宿ですし、ここでミッチリやっておいた方がいいかと!」

 

「そうだ。今回のメニューも短期間で体力を付けられるよう、無理のない程度で設定してある」

 

 

無理ないってテメェ本気で言ってんのか?と言わんばかりの視線。無論、アラシにその自覚は無い。育て親である切風空介の「基本的に自分基準で話をする癖」に苦言を呈していたアラシだが、実のところアラシにもその性格はバッチリ継がれていた。

 

 

「さすがにこれはキツいんじゃないかしら…?」

 

「大丈夫です!熱いハートがあれば!」

 

 

絵里の言葉に興奮しきった顔で答える海未。常識人だと思っていた海未が陥落し、絵里は改めてこのメンバーと共に歩くことの大変さを感じた。

 

久しぶりに海未のやる気スイッチがぶっ壊れてる。これはまともに付き合えば普通にヤバい。

命の危険を感じた4バカ+変態兄貴は……

 

 

「逃げろー!」

 

 

全速力で海岸へとダッシュした。

ことり、花陽もそれに続く。温厚な2人も流石に付き合いきれないらしい。

 

 

 

「ちょっと、貴方達!」

 

「まぁ、仕方ないんじゃない?」

 

「いいんですか?絵里先輩……あ」

 

「禁止、って言ったでしょ?」

 

「すみません…」

 

 

やっぱりまだ少し抵抗がある。慣れるまではもう少しかかりそうだ。

 

 

「μ’sはこれまで部活の側面も強かったから、こうやって遊んで先輩後輩の垣根を取ることも重要な事よ」

 

「部活っつうか、ほぼ戦場みたいなこともしてんだけどな。本当、命知らずのバカばっかで困る」

 

「それはお互い様、でしょう?」

 

 

絵里にアラシは「まぁな」と答える。

すると、花陽が手を振って大きな声で何かを言っている。

 

 

「おぉーい!海未ちゃーん!絵里ちゃーん!」

 

 

…どうやら、一番意外な奴が先輩禁止に最も順応しているらしい。

結局アラシと海未も諦め、全員が海で遊ぶこととなった。

 

 

 

 

そして今に至る。

 

 

 

せっかくだしPV撮るぞというアラシの提案で、希にビデオカメラが渡された。よりにもよって趣向は完全にオヤジのそれである希に。大義名分のもと、女子の水着姿を撮りまくっている。

 

そして男子組も水着に着替え、海辺に集結した。

 

 

「想像はしていましたが…凄い身体ですね」

 

「ハラショー…」

 

「あんま見んな。恥ずかしい」

 

 

上半身を露出したアラシを見て、絵里と海未が驚いて言う。

そこまで体格は大きくないのだが、なんというか筋肉の密度が凄い。細マッチョというやつだろうか。海未は前に見たことがあるが、腕には大きい傷が残っていて、それ以外にも体中に戦いの跡が痛々しく刻まれている。

 

 

「それに比べて……」

 

 

海未はふと永斗の方に目をやる。全く日焼けしてない真っ白で真っ平な貧弱な体。浮き輪を持っていることから、泳げないことが容易に察せられる。ひどい格差だとしみじみ思う。

 

そんな永斗は、瞬樹、一輝と一緒に、少し離れたところで水着の女子たちを観察していた。

ちなみに一輝が毛嫌いするのはアラシのみで、瞬樹と永斗に関してはいつの間にか打ち解けており、オープンキャンパスの際にはμ’s親衛隊として共に活動するほどの間柄である。

 

しばらく男子3人の煩悩丸出しの会話にお付き合いください。

 

 

「どう思う士門君」

 

「やはりμ’sと水着の組み合わせは暴力的だね。それぞれの水着の選び方も性格が出てて、非常に可愛い」

 

「それな。希ちゃんや絵里ちゃんは、モノがモノだけに攻めた水着が似合いすぎててエロい」

 

「それを言うなら我が天使、花陽もだ。あえてその胸を強調しないワンピースタイプの水着が、殺したエロさを補って余りある可愛さを生み出している。いやもう逆にエロい」

 

「かよちゃんそんなにバストサイズ大きかったっけ?」

 

「希、絵里に続いて3番目だ」

 

「マジか、ことり先輩かと思ってた。でも凜ちゃんも良いよね。貧相めなボディにも関わらず勝負するようなビキニタイプ。萌える」

 

「しかし、やっぱ一番は真姫だな。見ろあのスタイル、一年生とは思えないほどに完成されている。横に並んでるにこちゃんと比べても、足の長さが顕著だ。さらに、真姫のヒップサイズはμ’sでもトップクラスと見た。もはや芸術品と言ってもいいだろう」

 

「地味に穂乃果もスタイルのバランスがいいな。我が天使には及ばんが。それにしても海未は他に水着なかったのか?真っ白はないだろう」

 

「バッカ、そこがいいんじゃん。分かってないね瞬樹は」

 

 

 

「最低ですね」

「最低にゃ」

「最低ね」

 

 

下劣な会話に海未、凜、絵里が汚物を見る目で言い放つ。

もうアレは放っておいて遊ぼうという事になり、人を集めるのだが

 

 

「真姫ちゃん遊ばないの?」

 

「私はやらない」

 

 

穂乃果の誘いを断り、真姫はパラソルの下で本を読んでいる。

そんな真姫を見て絵里はやれやれと言うような表情を浮かべた。

 

そんな絵里を見て、希もまた笑うのだった。

 

 

そしてあと一人、真姫の他にもいない人物が。

 

 

「今日は有用なデータは取れそうにないですね」

 

 

麦わら帽子とビーチサンダル、半そで半ズボンの上に赤い半そでパーカーを羽織った烈。

遊んでいる一同から離れ、その手に謎の装置を握らせていた。

 

その装置は黒い箱のような物で、メモリより一回り大きく、端子は見えない。形は直方体というより、正面から見ると六角形の形状をしており、天面にはスイッチのような物が。

 

 

その時、背後に気配を感じ、思わず仕舞っているキルメモリを構える。

しかし、すぐにそれは杞憂だと分かった。

 

 

「ここにいたのですか、クロ」

 

「園田さん。どうしたんですか?」

 

 

岩陰から現れたのは海未だった。烈は表情を変えないまま、持っていた六角形の装置を隠す。

 

 

「いえ、姿が見えなかったので気になっただけです。クロは遊ばないのですか?」

 

「結構ですよ。部外者のボクがいても、興が削がれるでしょう」

 

「そうですか。

 

そういうことなら、無理にでも連れていきます」

 

 

海未はそう言って、笑顔で烈の腕を掴んで引っ張っていく。相変わらず顔には出さないが、烈も内心かなり驚いていた。

 

 

「部外者なんかじゃありません!普段、あまり関わりが持てなかったからこそ、今こうやって距離を縮めるべきです!」

 

「諜報は士門永斗がいれば十分なはず。なぜボクと関わる必要があるんです」

 

「呆れました。クロはそんなことを考えて私たちに近付いたのですか!?」

 

 

そうだ。μ’sに接近したのはオリジンメモリの適合者だったから。組織からの観察対象であると同時に、利用価値があったからに過ぎない。

 

人との関わりは利か不利かが全て。少なくともボクはそう学んだ。

そこに余分な感情を乗せれば、失う時、奪う時に苦しくなる。それも知っているから。

 

失望されたか?まぁ構わない。園田海未は既にオーシャンメモリを出現されているため、利用価値は薄い。これを機に関わらないでくれるなら、行動もしやすくなるというものだ。

 

 

 

「貴方がそうだとしても、私たちは違います。

ですので、絶対に貴方を連れていきます。理由なんてなくたって、私たちはクロと仲良くなりたいんです!」

 

 

その時、烈の顔に初めて驚きが見えた。海未はそれにも気付かず、力強く烈を引っ張っていく。

 

 

「意外です。園田さんはもっと現実主義者かと思ってました」

 

「伊達に何年も穂乃果といませんよ。それに、現実主義者だって友情は大事にします」

 

 

友情。何度も利用した都合のいい言葉。最も広く使われる嘘。

今更そこに何の感情も湧かない。しかし、海未のその言葉には、嘘が見えなかった。

 

 

「少しだけ付き合いましょう」

 

 

やはり感情を含まない声で、烈はそう答えた。

 

その後、真姫以外の13人でビーチバレー、スイカ割りを満喫し、数時間後に別荘へと戻った。

 

 

 

___________

 

 

 

かなり遊んだため、もう夜だ。そろそろ夕飯の支度をする必要がある。

しかし、買い出しに行こうにもスーパーは遠くにある一件のみ。場所が分かる真姫が立候補したのだが…

 

 

「おぉ~きれいな夕日やね!」

 

「どういうつもり?」

 

「別に。たまにはえぇやろ?こんな組み合わせも」

 

 

車が通っていない夕日の道を歩きながら、希が言った。

そう、希もなぜか真姫について行ったのだ。真姫は半ば呆れた顔で希について行く。前から思っていたが、彼女は何を考えているのか読めない。

 

 

「それに、真姫ちゃんは面倒なタイプやなーって。

本当は皆と仲良くしたいのに、なかなか素直になれない」

 

「私は別に…普通にしてるだけで…」

 

「そうそう。そうやって素直になれないんよね?」

 

 

図星だという事は自分で分かっている。

前からそうだったが、最近では特にだ。他人とどう接していいのかが分からない。躊躇う必要も、怖がる必要も無いはずなのに…

 

一輝に対してだってそうだ。別に病院を継がなきゃいけなくなったことを恨んではない。だが、その才能を捨てるように学校を辞めたときは、真姫は一輝を一方的に嫌った。

 

あんなのでも、たった一人の兄だ。嫌いっぱなしでいたくはない。

 

μ’sの皆とも、一輝とも、アラシとも、もっと近づきたい。

だが、距離を詰めようとするほど、逆に遠くへ逃げてしまう。そんな悪癖が彼女を悩ませる。

 

 

 

「どうして私に絡むの?」

 

 

まただ。なんでこうやって…

そんな真姫を見た希は、優しく笑う。

 

 

「放っておけないのよ。よく知ってるから、貴方みたいなタイプ」

 

「意味わかんない…」

 

 

 

 

___________

 

 

 

 

「アンタ、玉ねぎの切り方雑なのよ!もっと細かく切れないの!?」

 

「お前こそ下ごしらえが雑なんだよ!これじゃ肉の臭みが抜けねぇだろうが!!」

 

 

真姫と希が帰り食材を渡すと、キッチンは瞬く間に戦場と化した。

ことりが料理当番だったのだが、あまり良くない手際を見かねたにこが半ば強引に交代。それを知ってムキになったアラシがそこに乱入し、2人で戦争の如く料理を作っているという光景が生まれてしまった。

 

 

その数十分後。

 

 

『おぉ~!』

 

 

出来上がった料理が机に並び、一同から歓声が上がる。

メインはカレーライス。そこにサラダと、にこが作ったコーンポタージュと、アラシが作ったミルフィーユが並んでいる。

 

 

「何でかよちゃんは茶碗にご飯なの?」

 

「気にしないでください」

 

「あ、そう」

 

 

永斗は深く考えないことにした。

いただきますをし、食事が始まる。まずはカレーを口にした穂乃果と凜が、歓喜の声を上げる。

 

 

「おいしいにゃ!」

 

「ホントだ!にこちゃんもアラシ君も、料理上手なんだね!」

 

「ふっふ~ん!」

 

「ドヤ顔してんじゃねぇ。スパイスを増やし過ぎなんだよ、旨味が死んでる」

 

「アンタこそリンゴと蜂蜜って、デザート作ってんじゃないのよ!?」

 

「カレーにリンゴと蜂蜜は常識だろうが!」

 

 

また喧嘩を始める二人。恐らく調理中ずっとこんなだったのだろう。

それでも味が纏まってるカレーを口に入れるたびに、このカレーが奇跡のようにさえ思えてしまう。

 

 

「このコーンポタージュいけるやん!コクが普通のとは段違い!」

 

「明日の味噌汁用の白味噌を入れてあるわ。これでグッと濃厚になるのよね」

 

「このミルフィーユは?パイシートもクリームも買った覚えないけど」

 

「いい質問だ真姫。そいつは生地の代わりに油揚げを使ってる。カスタードは持ってきたプリンで、生クリームは牛乳とバターで作った、いわば即席デザートってやつだ」

 

 

ドヤ顔で言った後、2人はまたお互いの顔を睨みつける。対抗心が目に見えるほど燃え盛っている。

アラシはコーンポタージュを、にこはミルフィーユを口に入れると、また激しく睨みあう。どうやら美味しかったようだ。

 

 

「でも、そういえばにこちゃん。お昼に“料理なんてしたことなーい”って言ってなかった?」

 

 

純真無垢なことりの疑問で、にこの表情が固まる。永斗は「聞くな」と目でサインを送るが、まぁ届いてない。

 

 

「言ってたわよ。いつも料理人が作ってくれるって」

 

 

真姫の言葉がさらに追い打ちをかける。見え張って自分でバラすという自爆。万事休すのにこが取った行動は……

 

 

 

「いやーん!にこ、こんな重いもの持てない~!」

 

 

「……」

 

 

 

スプーンを重そうに持てるって逆に凄いなー、くらいの感想しか出てこない行動に、全員沈黙。

あの瞬樹ですら言葉を失っている。

 

 

「これからのアイドルは、料理の一つや二つ出来ないと生き残れないのよ!」

 

「開き直った!?」

 

 

 

_____________

 

 

 

 

「はぁ~食べた食べた!」

 

「いきなり横になると牛になりますよ」

 

「もぉ~お母さんみたいなこと言わないでよ~!」

 

「牛になる…だと…?それはどんな転生魔術だ!?」

 

「園田さん、バカが本気にするのでやめてください」

 

「貴様…ちょっと料理が出来るからって真姫に認められると思うなよ。

ミルフィーユをもう一皿寄越せ」

 

「もうねぇよ。いくつ食う気だお前は」

 

 

食事も終わり満腹になったところで、空気がダラけ始める。日が落ちたばかりではあるが、テンションは深夜のものへと変わりつつあった。

 

 

「よーし、これから花火するにゃ!」

 

「その前に、ご飯の後片付けしなきゃダメだよ」

 

「それに、花火よりも練習です」

 

「え、これから?」

 

 

海未が発した言葉で、にこと凜の顔が引きつる。

もう遅いし、今から海未がスイッチを入れれば、朝までなんて話も否定できない。

 

 

「当然です。昼間あんなに遊んでしまったのですから」

 

「そうだ。貴重な合宿を既に半日も失ったんだぞ?今からでも遅くない、練習だ」

 

 

アラシも便乗し、いよいよ練習する空気になってきた。永斗も「いや遅いでしょ」というツッコミを思わずかみ殺してしまう。

 

ただ、穂乃果はというと…

 

 

「ゆきほ~お茶まだ~?」

 

「家ですか!」

 

 

ソファで寝そべったまま何か言ってる。

もう半分寝ている状態、いやもう寝てるのだろう。普段どれだけだらしのない生活をしているのか目に浮かぶような寝言だ。

 

 

「じゃ、私は食器片づけたら寝るわね」

 

「え!?真姫ちゃんも一緒にやろうよ、花火!」

 

「いえ、練習があります」

 

「本気…?」

 

「本気だ」

 

「えー、花火やろうよ!永斗くんとかよちんはどう?」

 

「そろそろ見たいアニメが始まるんですが」

 

「わ…私はお風呂に…」

 

「意見増やしてどうすんのよ!」

 

「ゆきほ~おちゃ~」

 

 

各々の意見が錯綜し、いよいよ収拾がつかなくなってきた。

いつもはまとめる役のアラシと海未は完全に練習サイド、絵里もどうまとめていいか戸惑っている。瞬樹は寝始めた。

 

そんなカオスの中、口を開いたのは希だった。

 

 

「じゃあ今日はみんなもう寝よっか。みんな疲れてるだろうし、練習は明日の早朝。花火は明日の夜することにするってのはどう?」

 

「そっか、それでもいいにゃ」

 

「確かに、そちらの方が練習も効率がいいかもしれませんね」

 

「アラシ君は?」

 

「しゃーねぇ。でも今日一日サボった分…明日は覚悟しとけよ?」

 

 

アラシのガチな目線に、にこと凜、永斗は恐怖をも覚える。これ明日地獄だろうな…と思うと急に気が重くなる。

 

一方穂乃果は、空気を読まずひたすら「おちゃ~」と寝言を連呼するのだった。

 

 

 

 

_______________

 

 

 

その後は女子組が先に風呂に入ることとなり、男子組は部屋に布団を敷き、待機していた。

烈は後で風呂に入るとだけ言い残しどこかへ行ってしまったが、残された男子にとって、そんなことは些事以外の何物でもなかった。

 

 

話を切り出したのは、一輝だった。

 

 

「たった今、アイドルの女子たちと神可愛い俺の妹が風呂に入った。一糸纏わぬ姿で…だ。何が言いたいか分かるか?」

 

 

その瞬間、アニメを見ていた永斗も、寝ていた瞬樹も一輝と目を合わせる。

しかし、アラシだけは察したように冷ややかな視線を送る。

 

 

「何言ってんだお前…そろそろガチで通報するぞ?」

 

「貴様こそ何を言っている。いいか?普段は真姫が風呂に入っていても、俺は鋼の精神で出来るだけ風呂場には近寄らないようにしてる。だがしかし!今は合宿だ。状況的には修学旅行と同義。そして修学旅行といえば…

覗きだ」

 

「カッコつけてるとこ悪いが、普通に犯罪だからな」

 

「そう、覗きは立派な犯罪。断固として許されるものじゃない」

 

 

そう言って立ち上がったのは永斗だ。そんな相棒の姿を見て、アラシは少し安心する。コイツにも探偵としての自覚が芽生えたのか…

 

 

「だが、こんな言葉がある。“バレなきゃ犯罪じゃない”と」

 

「お前を信じた俺がバカだった!」

 

「止めないでアラシ。僕だって男の端くれ、男にはやらなきゃいけない時がある!」

 

「それは絶対今じゃねぇよ!

オイ、瞬樹もじゃねぇだろうな?仮にも騎士を名乗っといて、そんな事する訳が…」

 

「フッ…俺は騎士道を歩む者、竜騎士シュバルツ。そして…

俺の騎士道的には全然オッケーです!」

 

「今すぐ捨てろ、そんな騎士道!」

 

 

 

こうして、μ’s親衛隊3人による、覗きチームが発足してしまった。

 

 

「本来なら、俺以外の男に真姫の身体を見せるわけにはいかない。

でも、今回は危険なミッション。君らの力が必要となる。背に腹は代えられない」

 

「今は力を合わせよう。全ては桃源郷にたどり着くために」

 

「ワンフォーオール・オールフォーワン…だな」

 

「状況確認をする。まず、ここの風呂は露天風呂。柵は2m弱。高さは大したことないが、正面入り口以外からは外側の崖を上るしかない。こんなこともあろうかと、既にルートは決めている」

 

「さすがは隊長。でも柵が2mってことは気付かれやすくもある。刺し違え覚悟でも見れるのは数秒…」

 

「ならば俺が我がエデンドライバーで穴を穿とう。そっちの方が危険は少ないはずだ」

 

「最初に僕が穴をあけるポイントを探そう。デンデンセンサーで人の位置なら把握できるはずだよ」

 

 

いつも以上に真剣な作戦会議。アラシはもうツッコミを放棄した。

ちなみにデンデンセンサーはこれが初出である。史上最悪の登場と言ってもいい気がする。

 

もはや視線すら合わせないアラシに、永斗が一言。

 

 

「アラシはいいの?」

 

「お前らと一緒にすんな。興味ねぇよ」

 

 

そっけなく言うアラシだが、それを聞いた3人は本気で心配するような表情を浮かべる。信じられない、それでも男か、という言葉が聞こえてくるようだ。

 

 

「貴様、真姫の可愛さにも動じないから薄々思ってはいたが…コッチか?」

 

「シバくぞ?」

 

「という事はアラシ貴様……行ったのか?神の領域に…」

 

「瞬樹、それはない。だってアラシだよ?こんな笑っちゃうほど鈍感&デリカシーレスがそんな…エロ同人じゃあるまいし」

 

 

そんなことを言って爆笑していた3人は、アラシによって部屋から蹴って追い出された。

 

そして外に出た3人は、露天風呂がある崖の下に。

茂みがあるため、落ちても大丈夫そうだが…見てみると思ったよりも高い。しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない!

 

 

「行くぞ!」

 

「「了解!」」

 

 

3人は崖を上り始める。凹凸が多く、上りやすくはある。運動能力が高い一輝は、μ’s親衛隊隊長の威厳を見せるかの如くスピードを上げて上り続ける。

 

そして、その手がもうすぐ頂上に、ヴァルハラにかかりそうになった時、柵の内側から会話が聞こえ始めた。

 

 

 

「明日は練習しますよ?」

 

「わかってるって~」

 

 

この声は海未と穂乃果。風呂から聞こえる女子の声の破壊力が思いのほか強く、一輝に顔面パンチのような衝撃が走る。一輝は文武両道のイケメンでモテてはいたのだが、当然妹一筋。よって、しっかり童貞である。童貞にこのシチュエーションは暴力的だ。

 

だが耐えた。全ては愛する妹の姿をこの目に焼き付けるため……

 

 

「あれ?真姫ちゃん、また胸が大きくなったんとちゃう?ウチがチェックしてあげよっか!」

 

「ちょ…なにやってんのよ!?あ…ダメ……だからやめてって…あっ…ん…」

 

 

 

それはどれほどのダメージだっただろうか。

きっとそれはパンチだとかキックだとか、想像の範疇にあるような代物ではなかったのだろう。

 

彼は後にこう語ったという。「高速ジェット機に轢かれたかと思った」と。

 

 

 

「「隊長ぉぉぉぉぉぉッ!!」」

 

 

 

一輝は衝撃に耐えきれず、崖から落下。

その真下を上っていた瞬樹と永斗。瞬樹は持ち前の反射神経で落下する一輝を避ける。

 

しかし、永斗にそんなもの備わっているはずがなく……

 

 

 

「永斗ぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 

一輝に激突した永斗、体力の限界だったこともありその手は簡単に離れ、一輝と共に自由落下していった。

2人の姿は闇の中に消え、残されたのは瞬樹のみ。

 

瞬樹は固く誓う。死んだ友の分まで、その光景をしかと見届けると!あわよくば主に花陽を!

 

 

「絶対にたどり着いて見せる…我が騎士道にかけて!」

 

 

そして、その手が頂上に届いた。

湯気が楽園の存在を示し、その中には柵の影が見える。あの先が切望した楽園…瞬樹は手に力を入れ、ビシッという音が…

 

 

「ん?ビシッ?」

 

 

湯気で見えなかったが、瞬樹の両手がかかっている岩にナイフが突き刺さっている。そこからヒビは広がり、あっという間に崩壊。そして当然、瞬樹は掴む場所を失い…

 

 

「嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

 

勢いよく落下していった。

湯気の中からは、ナイフを構えた烈の姿が。

 

 

「こんなことだろうと思いましたよ」

 

 

たまたま近くを通っていた所、3人が崖を上っているのを目撃した烈によって、覗きは未然に防がれたのだった。

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

「「「「「最低」」」」」

 

「もっと言ってやれ。一生の傷になるくらい言ってやれ」

 

 

崖の下で捕らえられた3人は、縄でまとめて縛られた後、「私は覗きをしました」という張り紙を張られて廊下に放置され、海未、凜、絵里、真姫、にこによる言葉の袋叩きを受けていた。

 

 

「オイ、話し合った結果、お前らは一晩中このまま放置だと。じっくり反省しろ」

 

「貴様…ふざけるな!せっかくの合法的に真姫と一緒に寝るチャンスを……!」

 

「ノリノリで違法行為に手を染めた奴が言うな」

 

 

無慈悲にもアラシによって扉は閉められた。

やれやれといった感じで布団の方に目をやると、穂乃果、凜、にこの3バカが布団の上で転がって遊んでいる。

 

そこに、真姫が苦言を呈する。

 

 

「どうして皆同じ部屋じゃなきゃいけないのよ?」

 

 

他にもベッドのある寝室があるのにと言いたげな真姫に、絵里は「合宿だからね」と返す。

一方でアラシは部屋を出ようとしていた。絵里はそんなアラシに声を掛ける。

 

 

「アラシ、どこ行くの?」

 

「俺は2階で寝る。ベッドなんてそう使えるもんじゃねぇしな」

 

 

そのまま、そそくさとアラシは階段を上っていってしまった。

恐らくだが、アラシの頭に女子だ男子だの思考は無かっただろうし、本当にベッドで寝たかっただけだろう。そういう所はやはりアラシらしい。

 

 

布団も敷き終わり、女子9人だけが部屋に横たわっている。

電気も消え、全員が眠りに落ちたかと思われた頃…

 

 

「ことりちゃん、起きてる?」

 

「どうしたの?穂乃果ちゃん」

 

 

ヒソヒソ声でそんな会話が始まった。

 

 

「なんだか眠れなくって…」

 

「そうやって話してたらもっと眠れないわよ」

 

「ご…ごめんなさい」

 

「海未を見なさい。もう寝てる」

 

 

絵里の注意の後に海未を見ると、とても行儀の良い姿勢で理想的なほど静かに眠っていた。

すると今度は希が。

 

 

「真姫ちゃん、寝ちゃった?」

 

「…何よ」

 

「本当にそっくりやね」

 

「何なの?さっきから」

 

「ふふ、別に?あ、そうや!

せっかく男の子が誰もいないんやし、恋バナでもする?」

 

 

思わぬ展開に、驚いた真姫が顔を赤くして起き上がる。

他のメンバーも同様に興味があるのか、目を開けて真姫を見る。ただし、にこはうつ伏せのままで、海未は相変わらず熟睡している。

 

 

「希…明日はちゃんと朝から練習するんだから」

 

「まぁまぁ、えりちも一緒に。“彼”の話とかしたら盛り上がるんやない?」

 

「小学生の時の話っていったでしょう?いいから早く寝なさい」

 

 

若干テンションが上がってしまったが、仕方なく全員が再び目を閉じた。

しばらくし、皆が眠りに落ちたと思われた頃…

 

 

パリッ

 

 

こんな音がした。

 

 

「ちょ…今の何の音!?」

 

「私じゃないです」

 

「凜でもないよ!」

 

 

仕方なく電気を付けると、穂乃果がセンベイの袋を開け、布団の中で食べていた。

急に電気が点いて驚いたせいか、センベイをのどに詰まらせ、トントンと胸を叩く。

 

 

「いや~何か食べたら眠れるかな~って」

 

「…もー、いい加減にしなさいよ!寝れないじゃないの!」

 

 

そう言って、うつ伏せだったにこが起き上がる。

そして、その顔を見た一同は驚いた…というより恐怖した。

 

 

「な…何よ、それ…」

 

「美容法だけど?」

 

「ハラショー…」

 

 

にこの顔には緑の美容パック。ここまではまだいいのだ。

問題はその上に、何故か薄切りのキュウリが貼ってあるというところだ。敢えて言うとすれば、それは…

 

 

「キュウリの妖怪にゃ!」

 

「誰が妖怪よ!」

 

 

凛の発言に噛みつくにこ。

そこに突然枕が飛んできて、にこの顔面にヒット。張り付いていたキュウリも散ってしまう。

 

枕が飛んできた先には…

 

 

「真姫ちゃん何するのー!」

 

「えっ!?何言ってるの!?」

 

 

一同の視線が真姫に集まる。確かに枕は真姫の方から飛んできた。希もいるのでお察しではあるが。

一方でにこは真姫の仕業だと思っているようで、パックと怒りで本当に妖怪みたいな顔になっている。

 

 

「いくらうるさいからって、そんなことしちゃダメ…よっと!」

 

 

そう言って希が放った枕は、今度は凛にヒット。

 

 

「何する…にゃっ!」

 

「ほぶっ!よぉーし…えいっ!」

 

 

凛は穂乃果に、穂乃果は真姫に枕を投げつけ、枕は真姫の顔にヒット。

 

 

「投げ返さないのー?」

 

「貴方ねぇー…!」

 

 

真姫は希に文句を言いたげな視線を送るが、枕は予想外の方向から真姫の顔に再び当たった。

意外にも、そこにはイタズラな笑顔を見せる絵里の姿が。

 

この空気、真姫以外は完全にスイッチが入っている。信じていた絵里にも裏切られた気分だし、自分一人だけ体裁を保っているのもバカらしくなってくる。

 

そして、ついに真姫にも火が付いた。

 

 

「んもぉ!いいわよ!やってやろうじゃない!」

 

 

こうしてμ’sによる、仁義なき枕投げ大会が始まった。

真姫が放った枕は凜へ。しかし、難なく躱され、何故かまたにこに当たった。

 

今度は凜が投げると、その枕はことりの方向へ。しかし

 

 

「パス♪」

 

「おぶっ!」

 

 

ことりの枕の盾が攻撃を反射し、穂乃果に直撃してしまった。

一方で真姫は絵里と希に挟まれており、四面楚歌の状態。

 

同時に投げられた枕。逃げ場はない。

だが、真姫は瞬間的に思考する。こんな時にアラシならどう動くか…

 

 

「えいっ!」

 

 

答えは簡単。しゃがんで両方の攻撃を避け、その一瞬の隙にカウンターを仕掛ける。

がしかし、避けた後に放った枕は希には届かない。

 

 

「残念」

 

「むっ……」

 

 

こんな感じで枕投げは白熱する。部屋中を枕が行ったり来たり。時間も明日の事も全て忘れて、彼女たちは一時の遊戯に思う存分興じていた。

 

そんな中、誰かが投げた枕が、“彼女”にクリーンヒットしてしまった。

 

そう、一つだけそこに過ちがあったとすれば、皆が忘れすぎてしまっていた事。

眠れる暴君を___海未を忘れてしまっていたことだ。

 

 

 

「……何事ですか」

 

 

 

空気が凍った、いや死んだ。一寸の生気も感じさせない佇まいで、海未が立ち上がった瞬間、そこにいる全ての者は死をも覚悟した。

 

 

「どういうことですか……?」

 

「いや…その…違うの!狙って当てたわけじゃ…」

 

 

どうやら当てたのは真姫だったらしいが、そんなことはどうでもよかった。

いつになく焦っている真姫も分かっている。弁明は最早、無意味であると。

 

 

「明日、早朝から練習と言いましたよね……?」

 

 

「確か海未ちゃん…寝てるときに起こされると、ものすごく機嫌が…」

 

 

ことりがそんな事を口にした刹那、物凄い風圧と共に枕が飛んで行った。分かりやすく形容するならば、銃弾あたりが妥当だろう。枕はたまたま起き上がったにこに直撃。今度は本当にノックアウトしてしまった。

 

機嫌が悪いとかいうレベルじゃないだろう、なんてツッコミを心に抱きながらも、圧倒的な恐怖のオーラを漂わせる海未を見る。

 

そこには悪魔が…いや、魔王がいた。一方的な殺戮を好む魔王がいた。

 

 

「ふふふ…覚悟はいいですね……?」

 

 

「どうしよう穂乃果ちゃん!」

 

「生き残るには…戦うしかへぶっ!」

 

 

攻撃の暇も与えんとばかりに、まずは穂乃果が狩り取られた。

 

 

「ごめん海未…ぶっ!」

 

 

隙を見計らったつもりの絵里だったが、勇敢虚しく超音速枕が炸裂。

メンバーがいずれもワンパンで3タテされ、勝ち目がないのは明白。枕という名の武器を構え、隅で怯える凜と花陽に海未がにじりよる。

 

 

 

「「助けてぇーーーーっ!」」

 

 

 

必死に助けを呼ぶ2人。そして、その悲鳴は確かに届いた。

 

 

 

「我が天使…花陽は俺が守る!」

 

 

騒ぎを聞きつけ、扉を蹴破って、竜騎士とニートとシスコンの軍艦巻きとも言える物が海未と2人の前に現れた。流石は瞬樹、一緒に括り付けられている2人の重さにもろともせず、勇敢にも魔王に立ち向かう姿はまさに竜騎士。そして…

 

魔王の一撃は永斗の顔面に炸裂した。

 

 

「なんでっ!!??」

 

 

会心の一撃!瞬樹の代わりにみがわりが攻撃を受けた!…といったところか。

ちなみに縄で3人が縛られているため、腕は使えない。完全な肉壁要員である。

 

そこに希、真姫の枕が海未にクリティカルヒット!意識外からの攻撃に、魔王も成す術なく…と思いきや、それでも魔王は倒れない。

 

海未は真姫と希に標的を変え、枕を振りかぶる。

 

 

「真姫!させるか!!」

「ちょっと待って嫌な予感が!」

 

 

今度は一輝が2人を引きずって真姫の前に。その恐怖に物怖じしない勇気は、ひとえに妹への愛から来るのだろう。妹のためなら命をも捨てるという、曇りのない覚悟。

 

ちなみに超音速枕は永斗に直撃した。

 

 

「理不尽!!」

 

 

このまま永斗を盾にし、希と真姫が攻撃を続ける。そして最後の一撃が決まった。

海未はやっと戦意を失い、再び眠りについたのだった。

 

やっと終わった茶番に、真姫はため息をつく。

 

 

「全く…」

 

「でも、元はと言えば真姫ちゃんがはじめたにゃ」

 

「ち…違うわよ!アレは希が…」

 

「ウチは何もしらないけどねー!」

 

「あんたねぇ…」

 

「えいっ!」

 

 

文句を言わせまいとしたのか、希がまた真姫の顔に枕を押し付ける。

 

 

「何するのよ希!」

 

「自然に呼べるようになったやん、名前」

 

 

そう言われればと自分で驚く真姫。そうか、邪魔していたのは変なプライドだったみたいだ。難しく考える必要なんてどこにも無かったんだ。こんな自分でも、やっぱり本心では…

 

そんな光景を、一輝は微笑ましく見ているのだった。

 

 

 

 

ちなみにその頃、2階の寝室。

 

 

「うるせぇ……」

 

 

下のうるささに、アラシは眠れないでいた。

ちなみにその直後枕投げ2回戦が始まり、キレたアラシが全員枕でシバき倒したのはまた別の話。

 

 

 

___________

 

 

翌朝

 

真姫が目を覚ました。カーテンの隙間から零れる朝日を浴び、大きく伸びをする。

他の皆はまだグッスリ眠っているのだが、希の姿だけは見えなかった。

 

気まぐれに外に出ると、砂浜に海を眺める希の姿があった。

 

 

「おっ、早起きは三文の徳。お日様からたっぷりパワー貰おか」

 

「どういうつもり?」

 

「別に真姫ちゃんのためやないよ」

 

 

それだけ言うと、希はまた海に視線を戻す。

 

 

「海はいいよね。見ていると大きいと思っていた悩み事が、小さく見えてきたりする」

 

「えらく詩的だな、希」

 

 

真姫と希の後ろから、既に着替えたアラシが現れた。アラシは小さくあくびをし、希と並んで海を見つめる。

 

 

「たかだか人の悩みなんて、大概ちゃちいもんだ。海じゃなくたって、色んな奴らといるだけでもそれを痛感する。そう思うと、お前らには教えられてばっかだな」

 

 

日が昇っていき、光が水面に反射しキラキラと美しい。

希は真姫とアラシに向き直り、言った。

 

 

「ウチなぁ、μ’sのメンバーのみんなが大好きなん。

ウチはμ’sの誰にも欠けて欲しくないの。確かにμ’sを作ったのは穂乃果ちゃんたちだけど、ウチはずっと見てきた。何かあるたびにアドバイスもしてきたつもり。それだけ思い入れがある」

 

「あぁ、知ってるよ。俺もお前らのことが大好きだ」

 

「ホント、アラシ君はそういうことを平気で言っちゃうんだから」

 

「なんだよ、悪いか」

 

 

笑いあう希とアラシ。そこに真姫も決意したように声を出した。

 

 

「私は、ずっと甘えてた。凛や穂乃果…一輝も、強引に手を引っ張ってくれたお陰で、こうやって一緒にいられてるんだって分かったの。でも、それじゃダメだってことも分かった。もっと好きになれるように…好きになってくれるように、頑張るから。

 

見ててね……アラシ」

 

 

その時の真姫の顔は、笑っていた。素直な気持ちが波の音に乗って伝わってくる。

名前を呼ばれて驚いたのか、的を得ないような表情のアラシだが、希はニヤニヤ笑って真姫に詰め寄った。

 

 

「真姫ちゃん、なかなか大胆やね~」

 

「ち…違うわよ!これは…そう、みんな!みんなへの話よ!」

 

「ホントかな~?」

 

 

ガヤガヤと早朝から2人が揉めているのを見て、少し笑うアラシ。それを見て2人もまた笑った。

すると、別荘の方から声が聞こえてくる。

 

 

「真姫ちゃーん!希ちゃーん!アラシくーん!」

 

 

目を覚ましたμ’sのみんなだ。

朝日の光が一層強くなり、一日の始まりを告げる。その絆を確かめ合うように、10人は海の前に並び、手を繋いだ。

 

近付いた距離と、強くなった友情を手に、μ’sは新たなスタートを切る。

 

 

「よぉーし!ラブライブに向けて、μ’s!頑張るぞー!」

 

 

穂乃果の号令で、メンバーから声が上がる。

右手を希と、左手をアラシと繋いだ真姫は、まるで子供のような幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

一方その頃、別荘では。

 

 

「なんか凄いハブられてる気がする…」

 

 

未だに爆睡する瞬樹と一輝のいびきを聞きながら、廊下に放置された永斗は呟いた。

 

 

μ’s合宿、遊びの1日目終了。

そして地獄の2日目が始まる……

 

 

 

 

 




ひたすらに永斗が不憫な回でした。今回の話で色々と人間関係を進められたかな~と思います。
次回は本編にない2日目の様子をお届けします。あんな特訓やこんな特訓、ついに例のアレにも踏み込みます(予定)。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第45話 Qで合宿/二日目・鍛えて夏

ミニコーナー

ビジョン「結果発表……」

ハイド「重い!重いっスよ!もっとテンション上げて!」

ビジョン「なんで自分の入ってない人気投票でテンション上がるんですか。大体。そんなテンション高いのハイドさんだけですよ。ホラ!」

ファースト「一体何の催しだ」
ラピッド「怠慢、意識の低さ、危機感の欠如。憤怒の地位が下がっている時になんの冗談だ。全くもって度し難い」
アサルト「ガタガタうるせぇんだよ。やるならさっさと終わらせろ」

ハイド「うわー、なんでこうも堅いのばっか揃ってんスか」

ビジョン「会話が持ちそうにないんで進めますよ!
第二回人気投票、何を思ったのか敵キャラのノミネートです。投票総数は25票!オリキャラで出番も少ない奴らでしたが、投票ありがとうございました!」

ファースト「前置きは十分だ。さぁ、早く発表しろ」

ハイド「お、ちょっと乗ってきたっスか?坊ちゃん」

ファースト「坊ちゃんはやめろ」

ビジョン「えーじゃあ、結果発表です。
ファースト12票、ハイドさん8票、ラピッドさん4票、アサルト1票。優勝はウチの最強剣士、ファーストでした」

ファースト(無言で右手を上げガッツポーズ)

ハイド「やっぱテンション上がってるじゃないっスか。
いやーそれにしてもジブンが2位っスか~、やっぱ過去編やったキャラは強いんスね」

ラピッド「ルーズレスが出れば結果は変わっただろうがな。あいつはこういうの好きそうだ」

アサルト「人気だとか、どうだっていいんだよ。興味ねェ」

ファースト・ハイド・ラピッド「「「黙れ一票の男」」」

アサルト「るせぇ!んだコラァ!!」

ビジョン「えー、ではこれで結果発表を終わります!今後とも、我々憤怒をよろしくお願いします!」

アサルト「誰が一票だクソが!猫女やロリババァ入れて投票をやり直せ!アイツらよりはマシだ!」
ラピッド「ルーズレスなら貴様の10倍は得票する。世話の焼けるところが魅力的だ」
ファースト「まだ俺の方が多い」
ハイド「じゃあここは間を取ってジブンが一番人気という事で…」
アサルト「ざけんなヤブ医者!」

ビジョン「収拾つかないなコレ…」


えー、長くなった146です。合宿二日目どうぞ。
内容うっすいので、明日に次話を投稿します…どうぞよろしく。





朝7時半。覗き(未遂)の罪で縛られていた男子3人が、ようやく解放された。

瞬樹はまだ寝ているようで、一輝と永斗だけが起き上がった。

 

 

「全く…酷い目にあったな。大丈夫か士門君、君寝れてないんじゃないか?」

 

「まぁ…僕はもう寝なくてもいい体なんで」

 

「え?」

 

「あ、いや。何でも。それよりμ’sの皆は…」

 

6時からの早朝練習を終え、朝食を摂ろうとするμ’s一同は

見事に撃沈していた。

 

 

「無理…」

「死ぬ…」

「眠い…」

 

「「何この地獄絵図」」

 

 

流れるように弱音を吐くのは、凜、穂乃果、にこの3バカ。もはや朝食を食べる体力すら残ってない気がする。

 

 

「おら、早く飯食え。1時間後に再開だ」

 

「……」

 

 

そう言ってアラシが彼女らを急かす。反抗する気力すら起きないようで、黙々と食べ始めた。絵里はまだ比較的余裕そうで、ご飯をみたせいか花陽にも活力がみなぎっている。意外と花陽の扱いは単純で、アラシとしても助かっている。

 

一番ピンピンしているのは海未だろう。昨日ほとんど練習しなかったこともあり、水を得た魚のように生き生きとしていた。

 

 

「海未ちゃん…本当にコレやるの?」

 

「何度も言っているでしょう。昨日あれだけ遊んだ分、今日は練習すると」

 

 

穂乃果は眠たそうな目で再び練習表を見る。

 

 

ランニング10㎞

腕立て腹筋20セット

精神統一

発声

ダンスレッスン

遠泳10㎞

歌のレッスン

 

 

何度見ても練習が変わるハズもなく、穂乃果はため息をつく。ていうか、昨日よりなんか増えている。

 

 

瞬く間に休憩時間は過ぎ、ランニング10㎞へと向かう一同。寝転んでいた3バカは、海未に強制退出させられた。

 

 

「あ、真姫が行くなら俺も…」

「じゃあ僕は部屋でゲームでも…」

 

「待てお前ら」

 

 

サボろうとしている永斗は当然として、練習に参加しようとする一輝まで引き留められた。

 

 

「今回の合宿、もう一つの目的は永斗の体力強化だ。というわけでお前には、あるコーチの下で特別訓練を行ってもらう」

 

「えー…」

 

 

そう言われると、何かとアラシと波長の合う海未を想像するが、今は海未はランニングに行っており不在。少し安堵する永斗。

 

 

「特別コーチは烈だ」

「もっとヤバいの来た」

 

「そういう訳です。士門さん、今日はよろしくお願いします」

 

「待って。よろしくするつもりないでしょ。何するの?拷問!?」

 

 

どこからか現れた烈に、永斗は悲鳴と共に連行されていった。

 

 

「そんで瞬樹…ってアレ?どこ行きやがった」

 

 

さっきまで爆睡していた瞬樹が、いつの間にか姿を消している。サボるような奴ではないと思うが…

 

 

「じゃあ仕方ない。一輝」

 

「何だ。協力するつもりは無いぞゴミムシ」

 

「息をするように罵倒すんな。

前々から聞きたかったことがある。ちょっと付き合え」

 

 

___________

 

 

「何で僕が…」

 

 

とは言いつつも、大体察しがついている永斗。烈は自分よりも小柄なのに、あっちの方が断然パワーがあり、抵抗するに出来なかった。

 

冷徹な雰囲気を放つ烈をチラ見する。何度見ても中性的な顔だ。腕も足も男子にしては細いが、胸は無い。割と余裕のある服を着ているため、分かりにくいのもあるが。総じていえば、男なのか女なのかやはり全く分からない。

 

「切風さんから聞きました。Wの新形態、ファングジョーカーは士門さんの体で変身する。今まで切風さんに頼りっぱなしだった体力を放置するわけにはいかなくなったという訳です」

 

 

確かに、先日のボックス・ドーパント戦。ファングジョーカーのスタミナの消耗が激しかった。

 

 

「でも、僕はオリジンメモリと同化したから、これ以上の体力トレーニングは無意味だと思うけど…不変だし」

 

「そうですか、まずはそこを理解しなければ始まりませんね。現状を詳しく教えていただけますか?」

 

 

そう言われ、永斗は渋々説明を始める。これは烈にとっても幸運だった。オリジンメモリと同化した人間がどのような存在になるのか、それを知っておいて損は無い。

 

説明を要約するとこう

 

 

1・身体の変化はすぐに戻る。変化の度合いにもよるが、致命傷でもおおよそ10秒あれば完治する。そのため、身長も体重も変わらず、髪も切ったところから再生する。

 

2・窒息、飢餓、疲労、痛みなどによる苦しみは変わらないが、それによって死ぬことは無い。限界が来ると、限界直前の状態にロードされる感じ。

 

3・毒及び薬は効かない、病気にもならない。麻酔も効かなくなったらしい。

 

4・身体から切り離されたパーツは、再生する際に消える。血も同様。

 

5・少しだけ全体的な能力が向上した。

 

6・地球の本棚の閲覧可能範囲が拡大した。

 

 

「ボクとしては6番目が気になりますが…まぁいいでしょう。

身体が変化しないという事は、体力強化も不可能という事になりますね」

 

「そうそう。だから、僕はもうカンストしてるの。分かった?」

 

「分かりました。それなら…」

 

 

烈は無言で永斗の体にロープを括り付ける。そのまま持ち上げ…

海に放り投げた。

 

 

「うそぉ」

 

 

ちなみに言っておくが、永斗は泳げない。

泳げても手足を縛られた状態では、溺れるしかない。やっていることはヤクザと同じだ。「コイツ簀巻きにして東京湾に沈めやすかい」的なアレだ。

 

 

「傷はすぐに治るのなら、身体自体は無限に戦えるという事です。つまり要は苦しみさえ克服すれば、体力が切れても大丈夫なはず。死ぬほど溺死して慣れてください」

 

「そんなピーマン克服するみたいなノリで言われてもぉぉぉぉ!!」

 

 

叫ぶ永斗に烈は岩を蹴り落とした。

 

 

 

_____________

 

 

 

一方、アラシと一輝。

 

 

「お前、真姫に隠し事してんだろ」

 

「何だ、あったとしても貴様に教えてやる義理は無い。分かったらさっさと失せろ、シッシ」

 

「義理とかそういうのはいいんだよ。

いい加減説明したらどうだ、何故お前は病院を継がない」

 

 

一輝の顔が少し曇る。

以前、真姫から一輝のことについて聞いた。そのせいで、兄妹の溝が深まったことも。

 

真姫はもっと親しい人と距離を縮めたいと思っている。それなら、この男が何を思っているのか、それを真姫に知ってもらわねばならない。

 

 

「真姫は言ってたぞ。お前は何でも出来るくせに何もしないって。前はそうじゃなかったってことも」

 

「光栄だな。流石は真姫、世界一素晴らしい俺の妹。俺の魅力にも気付いていたか」

 

「一輝、お前はいつまでそうやって逃げる気だ?」

 

 

その言葉で、一輝の視線が少し鋭く変わる。

 

 

「…逃げる?何の話だ」

 

「お前はいつも一方的な愛を真姫にぶつけてばかり。正面から向き合おうとしてねぇんだ。そのくらい、部外者の俺でも分かる」

 

 

笑って返す一輝だったが、すぐにその顔から笑みが消えた。

それでも、アラシは続ける。

 

 

「お前は医者や学校を諦めざるを得なかった。でも、それを言えない理由があった。

秘密にしなきゃいけねぇ程の後ろめたい理由、知られたら真姫が傷つくような理由……

 

例えば、真姫を守るために公然に言えない事に手を染めた…とかな」

 

 

一輝は何も言わない。ただ冷たくアラシを見るだけ。

 

 

「真姫はお前と向き合おうとしてんだ!お前、兄貴だろ!ちゃんと向き合って、守ってやらねぇと…絶対……!」

 

「他人の心に土足でずけずけと…それが探偵か、いい身分だな」

 

 

黙っていた一輝が、詰め寄ってきたアラシを突き放した。

さっきまでの遊びのある声とはまるで別人のよう。

 

 

「向き合ってどうする。どうせ…()()()()()()()()()()()()

 

 

一輝の口から出たその言葉と蝉の声が、日差しの中に響く。

一輝はそれだけ言うと少し顔を緩め、アラシに背を向けた。

 

 

「半分ハズレだ名探偵。

真姫が帰ってきたら呼べ、それまで寝てる」

 

 

一輝は別荘の二階に消えていった。

残されたアラシはさっきの言葉の真意を探る。それだけの事をしたのか、それとも……

 

 

「西木野一輝、アイツ一体……」

 

 

 

____________

 

 

そして正午近く。日が天頂に上る頃。

既にμ'sの9人はバテバテだった。

 

 

「さぁ次は追加ランニングです!行きますよ!」

 

 

海未を除いて。

 

 

「追加って…アンタ馬鹿なの!?」

 

「海未ちゃぁん……」

 

「にこも穂乃果も情けないですよ!あんな山があるのです、登らなければ損です!山が私を呼んでいます!」

 

 

海未は太陽を背に受けて聳え立つ山を指さし、嬉々として語る。

絵里やことりも「さすがに…」となだめるも、山を見てテンションが上がり切ってる海未は聞く耳を持たない。

 

 

「帰ってから昼食です!モタモタしてると置いていきますよ!」

 

 

凄い楽しそうに走り出す海未。これ本当に置いて行かれる奴だ…と察した一同は、諦めて海未について行った。

 

 

ちなみに昼食を食べた後は、テンションが上がった海未によって遠泳も追加となるのだが…

結果として、夕暮れには海未を除くμ’s8人は、ほぼ屍の状態で帰ってきたのだった。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

そしてあっという間に日も落ち、地獄は終わりを告げようとしていた。

 

 

「終わったぁぁぁ……」

 

 

夕暮れに屍になってから歌のレッスンを経て、全ての練習メニューが終了した。

穂乃果、にこは部屋の机に突っ伏して微動だにせず、凜もぐったりしている。絵里や希、真姫にことりもさすがに応えたらしく床に寝ころんでいた。

 

花陽は静かに天に召されるが如く、部屋の隅で灰になっている。

 

海未は何故かまだピンピンしていた。今後一切、海未とアラシに練習メニューを任せないと心に誓った一同だった。

 

 

「私たちも凄かったけど…永斗は何されたらそうなるの…?」

 

 

絵里は、部屋の隅でタオルをかぶって何重にも布団を羽織りながら小刻みに震えている永斗を見て言った。よく見れば顔も真っ青だ。

 

そこにいた烈は、相変わらず無表情に説明する。

 

 

「長時間水中にいたせいで体が冷えたみたいですね」

 

「どう見てもそのレベルじゃないわよ!?トラウマとかそういうのじゃなくて!?」

「というか、長時間水中にって…」

 

 

絵里が激しくツッコミを入れる一方で、ことりが何かを察した。

烈はさも部外者みたいな顔をしているが、思いっきり加害者である。

 

 

「それと、瞬樹くんもボロボロだけど…

まぁそれはいっかにゃ」

「そうやね」

 

「オイ凜、希!なんだその扱いは!他の奴らも興味なさそうな顔をするな!」

 

 

朝から姿を見せなかった瞬樹も、何故か全身ボロボロで帰ってきていた。服には何か獣に引っかかれたような傷も入っている。

 

もう満身創痍で余裕がないのか、真姫はいつも以上に適当にあしらう。

 

 

「どうせ道に迷って山に入ってたまたま熊と遭遇したとかでしょう?」

 

「たまたまではない!この俺自ら、魔獣を討伐しに赴いたのだ!」

 

「あ、熊は本当なのね」

 

 

普通ならもっとリアクションを取る所だが、もう疲れて誰もそれ以上ツッコまない。

もうこのまま眠ってしまいそうな勢いだった。

 

 

「なんだ?どいつもこいつもボロボロだな」

 

 

そんなグッタリ空間に、アラシが何やら袋を持って帰ってきた。

当然のようにみんなの反応は最小限。それでも一応、にこは突っかかる。

 

 

「何よ、もうアンタに付き合うほど元気じゃないの。その辺で大人しくしてなさい」

 

「んだよ、折角今からバーベキューしようと思ったのに」

 

 

その単語を聞いて、眠りかけていた精神が目を覚ました。

枯れた大地に雨が降るような、求めていたものが降りてきたような感覚。

 

一応、穂乃果が聞き返す。

 

 

「今なんと?」

 

「いやだから、バーベキュー」

 

「バーベキューって、お肉焼いたりして食べるBBQのこと?」

 

「それ以外にあんのかよ」

 

 

“BBQ”その呪文はまさしく死者蘇生。灰になっていた花陽も、アラシの持つ袋に入った米を見て、満面の笑みで生き返った。

 

墓場のような雰囲気が一転。特に3バカが大はしゃぎし、にこまでアラシを胴上げする。

 

 

「神!」

「仏!」

「さすが我らが探偵部部長!」

 

 

真姫はそんな3人を見て少し笑う。

 

 

「ホント、単純なんだから」

 

「ええんやない?そういうのも」

 

 

地獄が終わり、一気に天国に。

 

 

 

日が完全に落ち、月が昇る。肉の焼ける煙が天へと昇り、一同は海岸でバーベキューを満喫していた。

 

穂乃果、ことり、海未は市販の打ち上げ花火をセットし、火を付ける。

 

 

「いっくよ~!それっ!」

 

「「た~まや~!」」

「それにしては少し小さい気もしますが…」

 

「もっと大きい方がいいかしら?それなら…」

 

「いえ!冗談です。ですから電話をしまってください、真姫」

 

「そう?」

 

 

慌てて海未は真姫を止める。この金持ちなら、今から花火職人を呼びかねない。

 

一方、アラシは串に焼きマシュマロを刺して、希と一緒にそれを眺める。

 

 

「もう花火してんのか、アイツら」

 

「そういえば、アラシ君は昼間に何してたん?」

 

「ランニングがてら買い出しに」

 

 

希は肉が入っていたレジ袋に目を向ける。

すぐにそれが山を3つほど超えた先のスーパーの物だと気付いたが、あえて黙っておいた。

 

 

(一輝の奴は…変わらずか)

 

 

一輝はいつも通り、真姫にくっ付こうとしては剥がされるのを繰り返している。普段と変わらない様子ではあるが、アラシとは目を合わせない。

 

アラシの中では、どうしてもあの言葉が引っかかる。

 

 

「はぁ…幸せ……」

 

「我が天使、何が欲しい?肉か!それなら俺が育てていたとっておきがある!そこで待っていろ!」

 

「あー!それ凜が取っといたやつ!

永斗くん、瞬樹くんが酷いにゃ!」

 

「ちょ…揺らさないで、波を…波を思い出すから……」

 

 

花陽も肉の乗った皿を傍に、丼ぶりいっぱいのご飯を頬張る。今日一番に幸せそうな顔だ。

瞬樹がどこかに飛んで行って凜と小競り合いしているのにも気づかず、皿に箸を伸ばす。

 

すると、皿の近くに何かあることに気付いた。

 

真っ黒な物体。形は六角形で、石ではないようだ。上部にスイッチもついている。

そう、昨日の時点で烈が持っていた装置だった。

 

 

「これ、なんだろ…」

 

 

捨てようとも思ったが、何故か惹き付けられる。見ていると意識が入っていきそうなそんな感覚が、穏やかな波のように押し寄せる。

 

 

「どうしたのだ?花陽」

 

「あ…瞬樹くん。ううん、なんでもないよ」

 

 

花陽はそれを、思わずポケットに仕舞った。

それを確認した烈は、焼きおにぎり片手に呟く。

 

 

「小泉さんで間違いないみたいですね」

 

 

 

連続で花火が打ちあがり、夜空に小さな華を咲かせる。

長いようで短かった合宿の終わり。

 

 

「アイドル、廃校、部活、探偵、合宿……もう十分楽しんだでしょう。

適合者に泳がせるのは終わりです。まずは彼女たちから……

 

アイドルを奪う」

 

 

 

線香花火をして笑っている矢澤にこに視線を送り、その宴の隅で烈は呟いた。

 

線香花火の火玉が落ちる。

 

 

 

μ's夏合宿、全日程終了。

 

 

 

 

 

 

 

 




合宿終了!チラッと現れた新アイテムは近々…
次回はオリジナルドーパントです。この方のドーパント案は、前回使い方が微妙だったので、今回で名誉挽回したいところ。
次回は明日のスピード投稿です!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第46話 チェンジ・Y・ワールド /晩夏の人魚姫

山神未来(やがみみく)
宮城の山奥に住む技師の女性。23歳。ロストドライバーを作るほどの高い技術を持つ。切風空介とは昔一緒に探偵をやっていた間柄らしく、「ミミック」と呼ばれていた。ゼロとも面識があるらしく、彼によると「1000年以上生きている仙人」らしいが、詳細は不明。“M”のメモリ(メモリーメモリ)と“真実”の感情で適合しており、その能力で他人の記憶を読み取れる。性格は元気溌剌、天真爛漫で、勢いのあまり周りを置いてけぼりにすることもしばしば。
名前の由来は「仮面ライダー電王」から、「野上良太郎」の「野上」を読み方と漢字を変えて「山神」。時間のイメージから「未来」。

特技:機械いじり、発明、その他大体できます(ドヤッ)
好きなもの:空助、動物さん、可愛い子、金平糖
嫌いなもの:片付け、お刺身


昨日ぶりの人は昨日ぶり、146です。久しぶりにキャラ紹介入れてみました。
アルファベットも底をつき始めたところなんですが…さて、どうするか。


人の気配のない夜の公園。そこで一人、段ボールの住処を背後に彷徨うホームレスの男がいた。

体は汚れ、髭は伸び、清潔感は微塵も感じられない。

 

そこに、黒いマスクをした小さな影が、軽い足音を鳴らしながら闇より現れる。

 

 

「暴食の言ってた“魔術師”、ですね」

 

 

マスクを取ると、烈の顔が虫の集まる街灯に照らされる。無表情な言葉に、ホームレスの男は聞こえていない様子で空き缶を拾い始めた。

 

 

「殺してほしい人がいます。達成報酬は…300万払いましょう」

 

 

それだけ聞くと、髭を生やした口で笑みを浮かべ、持っていた空き缶を放り投げた。

男は汚れ一つないハンカチを広げ、描かれた鮫の歯と目玉の紋章を月に重ねる。

 

空き缶は微塵の音もたてず、地に落下した。

 

 

 

____________

 

 

 

 

時は少し遡って7月22日。ゲーム研究会からオープンキャンパスの発表権を奪取してしばらくした日。そして

 

 

「みんな~!今日はにこの誕生会に来てくれてありがと~!にこっ♡」

 

 

矢澤にこの誕生日である。

皆はサプライズを計画したのだが、自分で宣伝し始めたため頓挫に。部室でパーティーを開き、各々持ち寄ったプレゼントを渡しているわけだが…

 

 

「なんでアンタはプレゼントの一つも無いのよ!」

「うるせぇ、こっちだって死活問題なんだ。テメェに振る袖はねぇ。

そもそも言うのが遅いんだよ!誕生日なら一か月前に申告しろやクソチビ!」

 

 

いわゆる誕生日席で三角帽をかぶって祝われているにこは、一人だけ何も持て来なかったアラシと喧嘩していた。

 

 

「なぜあの2人はいつも喧嘩腰なのでしょう…」

 

「さぁ?似たもの同士だと思うんだけどねぇ…」

 

 

それを見て呆れる海未に、フライドポテトをカリカリかじりながら永斗が答えた。

一方、一人だけ茶碗にご飯を盛っていた花陽。パソコンにメールが届き、確認する。

 

 

「え…ええぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 

 

その直後、誕生日パーティーに似つかわしくない、悲鳴にも似た花陽の声が響いた。

 

 

「どうした我が天使!魔界の敵襲か!全員俺の後ろに隠れろ!」

 

「それで、どうしたの?」

「え…絵里先輩…皆さんも見てください…こ…これ……」

 

 

そう言われて部室のパソコンの画面を覗く。メールが表示されており、何やら短い文章の上には「μ’s様へ」と書かれている。

 

 

「んで、なんだよコレ」

「分からないんですか!?Summer Girls Festival、通称サガフェス!毎年夏の終わりに行われるスクールアイドルの一大イベントです!ラブライブの開催決定前は、スクールアイドルといえばこのイベントだったんです!」

 

「お…おぉ…。で、そのサバフェスがどうしたんだ?」

 

「サガフェスです!この大イベントに……注目アイドル枠でμ’sにお誘いが来たんです!!」

 

「なんですって!?」

 

 

それを聞くや否や、座っていたにこが帽子を捨ててすっ飛んできた。

パソコンの前の一同をかき分けその画面を確認すると、目を輝かせて一人で何やら笑っている。

 

そんな中、絵里と希は冷静に。

 

 

「日程は一か月後、8月29日ね。是非とも出たいところだけど…」

 

「このちょっと後に文化祭やね。夏休みの終わりってこともあるし…どうする?」

「何言ってんのよ!出るわ!出るに決まってるじゃない!」

 

 

相談が始まりそうなところに、有無を言わせない勢いで食い気味ににこが割り込む。凄くテンションが上がっているのが目に見えるようだ。

 

 

「最高の誕生日プレゼントよ!待ちに待ったこのサガフェスで…この宇宙ナンバーワンアイドルにこにーが、ラブにこパワーで最高のライブを届けるの!」

 

 

机に脚を乗せ、高笑いするにこ。いつも以上にテンションが暴走しているにこに、思わず皆少し引いてしまった。

 

その中で、穂乃果は少し不思議そうにこぼした。

 

 

「なんでにこ先輩、あんなに嬉しそうなんだろう…」

 

 

 

____________

 

 

そして夏合宿を経た、8月27日。

 

 

「あー。それはアレよ。サガフェスっていうと、にこの前からの目標だったから」

 

 

場所は切風探偵事務所。サガフェスも目前に迫る中、ポッキーをかじりながら穂乃果に詳細を説明しているのは、アラシ達がユニコーン事件で知り合った元アイドル研究部員の久坂陽子だ。

 

 

「前っていうと…にこちゃんが一年生の時からですか?」

 

「話だと小学生だったか中学生だったか…そのくらい前から目指してたって聞いてる。

それより、アイドル研究部は敬語禁止になったんだって?ちょっと私のことも陽子ちゃんって呼んでみてよ」

 

「え…えぇ…?」

 

「ったく…夏休みも終わるってのに、キックボクシング部は暇なのか?」

 

 

困っていた穂乃果に助け船を出すアラシ。サガフェスのライブが近く、準備で少しイライラしているようだ。

 

 

「今日はオフよ。後輩が揃って今日のお祭りに彼氏連れで行くって言うから…

それにしても…サガフェスかぁ。もうそんな時期なのね。これはちょっとタイミング悪かったかな?」

 

「「タイミング?」」

 

「うん。そろそろ来ると思うんだけど…」

 

 

そう言われ、ふと扉の方を見ると、半開きした扉から誰かがのぞき込んでいるのが見えた。その隙間から、上で結んだ髪の毛がぴょこんとはみ出ている。

 

 

「誰だ?」

 

「やっぱり来てた。ほらほら、こっち来なって」

 

 

陽子に促され、その人物は気恥ずかしそうに事務所内へと入ってくる。

さっき見えたように、前髪は上で結んであり、草の葉のようになっている。背はにこより少し高い程度の女子だ。

 

 

「音ノ木坂2年の茂枝ミズノちゃん。演劇部のエースって有名だけど、知らない?」

 

「知ってます!隣のクラスにすっごい声が奇麗な子がいるって、ことりちゃん言ってた!」

 

「あぁ…クラスが違うのか。道理で知らないわけだ。

んで、用件は?依頼なんだろ」

 

 

アラシが問うも、ミズノは下を向いたまま話そうとしない。

 

 

「アラシ君が怖いから!ほらもっと笑って……!」

「ちょ…穂乃果、顔を引っ張るな、痛い!」

 

「あー、違うんだ。ミズノは話さないんじゃなくて…話せないんだ」

 

 

それを聞いて、2人は黙ってミズノを見る。見られて恥ずかしそうに顔を隠してしまった。ここだけ見れば単に恥ずかしがり屋のようにも見えるが…

 

 

「ミズノは確かに舞台以外じゃこんなのだけど、そうじゃないんだ。ミズノは文字通り“声が出ない”。これを見たら分かるかな」

 

 

ミズノは顔を下げたまま手を叩く。しかし、そこからは全く音が出なかった。

他にも机を叩いたりするが、やはり無音。

 

 

「それじゃあ、ミズノちゃんから音が出なくなっちゃった…ってこと?」

 

「んで、こんな芸当はドーパントに間違いないって訳だ。確かに今来てほしくはなかったが…」

 

 

アラシはミズノを一瞥する。顔を隠してはいるが、その表情は暗い。泣きそう…というより、ひとしきり泣いた後だろう。少し目が腫れているのが分かる。

 

アラシはさっきまで何やら書いていた紙を机の本立てに突っ込み、日差し避けの帽子をかぶった。

 

 

「依頼は“声を取り戻す”でいいな?引き受けた。ソッコーで片づけてやる」

 

 

ミズノの顔が上がり、表情も少し晴れる。信じてもらえたこと、そして陽子から聞いた通りの頼もしさが何より嬉しかった。

 

しかし、声を消すドーパント。これがこの状況で何を意味するのか

穂乃果とアラシは、ここで気付くべきだったのかもしれない。

 

 

_____________

 

 

「ふぁ~あ…」

 

 

場所は音ノ木坂学園。穂乃果が練習に来たのを見届けると、永斗は下の階でスポーツドリンクを作り始めた。欠伸をしながら水を入れていると、背後から襟を掴まれ、勢いよく体が後ろに引っ張られた。

 

 

「うぉっ、ビックリした。ってなんだ、アラシか」

 

「瞬樹はどうした」

 

「皆のアイス買いに行ったよ」

 

「そうか。じゃあ取り敢えず検索だ」

 

「えー…このタイミングで依頼?」

 

 

文句を垂れ流しながらも、永斗は依頼の概要を聞き、白い本を片手に地球の本棚を展開した。

先日の戦いの痕は消え、以前のような本棚だけの空間が広がっている。

 

 

「声を取り戻す…ねぇ。まるで人魚姫だ」

 

「あ、そうだ。アイツらの調子はどうだ?」

 

「それ今聞く?まぁ…張り切ってるよ。特ににこちゃん」

 

「だろうな。アイツこの間、鏡の前で決め顔とかポーズとか練習してたからな。訳分かんねぇ」

 

「へー、結構見てんだね、アラシ」

 

「勝手に視界に入ってくるだけだ。邪魔で仕方ねぇ」

 

 

気を取り直し、検索準備を始める永斗。目を閉じ、腕を広げる。

 

 

「じゃあまずは“声”」

 

「いや、声が消えたっていうより、茂枝ミズノの“音”が消えたって感じだ」

 

「そうだったね。ピンポイントなテレビのミュート機能みたいな?

それじゃ最初のキーワードは“無音”」

 

 

本棚が移動するが、案の定絞り切ることはできない。

永斗は更なる情報を求める。

 

 

「音が消えた時の事を詳しく」

 

「数日前の帰宅途中、突然首筋に刺されたような痛みが生じると、その直後に声が出なくなっていたらしい」

 

「まぁそれがドーパントの攻撃と見て間違いないだろうね。

となると可能性は3つ。①シンプルに針②静電気のような不可視の攻撃③虫のような生物を使役しての攻撃」

 

「その直後、誰かとぶつかったらしい。パニック状態で顔も姿も覚えてねぇらしいが。

となると①だろうな」

 

「だね。それが犯人と考えればの話だけど…ぶつかった際に刺さったままの針を回収した。回収しないといけないってことは、不可視でも自律でもないわけだからね」

 

 

永斗は“針”をさらに入力。本棚がかなり減る。

 

 

「にしても、今回の奴も手強そうだね」

 

「痛みが走れば声を出す。つまり、針より先に消えた声に気付く。そのままパニック状態に陥っから、姿を記憶にも残さず、気付かれないまま針を回収できる…今回みたいな、声にこだわりを持つ奴なら尚更だ。大胆かつ安全な策…余程の自信家で、慎重。そんでかなり犯行慣れしてやがる」

 

 

永斗は気になっていた。前回の犯人、ボックス・ドーパントこと白府リズ。彼女はこれまでの犯罪者とは一線を画すほどに狡猾、それでいて異常。今回の事件も似た雰囲気を思わせる。

 

 

「もしかして…」

 

 

キルが白府リズを回収する際に落としていった布。そこに描いてあった紋章…

 

 

「キーワードを追加。“鮫の歯”、“目玉”、“暴食”」

 

「おい永斗、それって…」

 

 

以前に何度か遭遇したメモリセールスのアタッシュケースには、決まってそのマークが刻まれていた。そのため、アラシ達はこれを“組織のマーク”と考えていた。

 

しかし憤怒のメンバー、そして蘇った永斗の記憶の中での怠惰直属の研究者たち。彼らは誰一人として、このマークを身に着けていなかった。

 

つまり、このマークは組織ではなく“暴食”のマーク。白府リズ、キルは暴食配下だった可能性が高い。

そして暴食が率いる集団、永斗はその正体にも目星がついていた。

 

 

「前じゃ無理だったろうけど、記憶が戻って、検索範囲が広がった今なら…」

 

 

本棚が遠くへと消えていき、目の前に一冊の本だけが残った。

表紙に刻まれるのは「silence」の文字。

 

 

「ビンゴ。メモリはサイレンスだ」

 

 

 

___________

 

 

 

夏も終わりかけているが、暑さは容赦を知らない。

そんな中、買ってきた全員分のアイスの入った袋を引っさげ、瞬樹は鼻歌混じりにノリノリで帰っていた。

 

暑さで頭がおかしくなったわけではない。何故機嫌がいいのかというと、この男、貰った金で自分だけ2つもアイスを買ったのだ。

 

瞬樹はスイカバーを太陽にかざし、ほくそ笑む。

 

 

「西瓜烈斬…いや、赤果氷砕槍!」

 

 

満足そうにスイカバーを振りかざす瞬樹、子供に笑われているのは気付かない。

今度はあずきバーを取り出して

 

 

「赤銅金剛鎚と書き…トールハンマー!」

 

 

二刀流!と叫びながらアイスを振り回す瞬樹。やはり頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

ふと冷静に戻り、笑っている子供に気付くと、大人しくベンチに座った。

 

あずきバーの堅さは知っている。瞬樹は意を決して、あずきバーに噛みつこうとする

 

 

次の瞬間、風でも吹いたかのように、あずきバーが瞬樹の手から弾かれた。

 

 

「誰だ!」

 

 

瞬樹は立ち上がり、エデンドライバーを構える。しっかりスイカバーはホールドしたままだ。

突然誰もいないところに武器を構える瞬樹を見て、子供がまた笑う。

 

傍目には瞬樹がアイスを落としただけのように見えるだろう。

しかし、瞬樹の目は捉えた。“銃弾があずきバーを貫いた”光景を。

 

が、全く発砲音も聞こえなかった。超遠距離射撃を警戒し、瞬樹は木の多い公園に逃げ込んだ。

 

 

「ッ!」

 

 

瞬樹がエデンドライバーを振ると、再び放たれた銃弾が弾かれた。

火花は見えたが、当たった金属音は聞こえなかった。

 

しかし、銃弾の放たれた方向は上からではなく、正面。そして、僅かに火薬の匂い。

 

 

「近い…?そこか!」

 

 

少し先に隠れる人影を発見。気付かれたことに気付いたのか、その人影は逃げだす。

瞬樹は駆ける。人影を追って走った。メモリガジェットを置いてきたため、全力で走った。

 

人影との距離は縮まっていき、その姿を捕らえた。みすぼらしい格好の男、公園で見かけるホームレスだ。

 

 

「逃げられると…思うなっ!」

 

 

完全に追いつき、男の服を掴んだ。

が、手答えがあまりにも軽い。そう、掴んだのは服だけ。かぶっていた帽子や付け髭、ズボンがアスファルトに落ちる。

 

 

「ブラボー。鬼ごっこの勝ちは譲ろう」

 

 

いつの間にか背後に立つ男。しかし、その姿はまるで別人。タキシード姿で、片目だけを見せるような仮面をかぶっている。仮面の口の部分には、ファスナーのようなデザインが。

 

 

「なんだビックリマジシャン。暑そうな恰好しやがって」

 

「正装だよ。それにマジシャンではなく…魔術師と呼んでもらいたいね!」

 

 

ピストルを構えた男は、再び無音で発砲。しかし、瞬樹は即座に躱し、銃弾は瞬樹の肩をかすめた。

 

 

「やはり銃は苦手だね。腕を撃ってしばらく大人しくさせたかったんだが…」

 

《サイレンス!》

 

 

胸ポケットから取り出した赤いドーパントメモリ。横顔と口の前で立てられた人差し指で、Sと描かれている。

手袋を外し、手首の生体コネクタにメモリを挿入した。

 

 

「ドーパントか!」

 

《ドラゴン!》

 

「変身!」

 

 

すっかり溶けてしまったスイカバーの棒を投げ捨て、エデンドライバーにドラゴンメモリを装填。瞬樹は白銀の鎧を纏い、仮面ライダーエデンに変身。

一方で男もドーパントへと姿を変えた。

 

姿は比較的人に近い。灰色の体に、忍者を想起させる鎖帷子が全身を覆う。胸にある大きな口のような部位は、糸で縫い付けられている。他に目立った装飾は無く、口元は真っ黒なフェイスマスクに覆われている。

 

 

「騎士の名の下に、貴様を裁く!」

 

 

サイレンスはピストルを捨て、別の銃を取り出した。ピストルより一回り大きい。

引き金を引くと、やはり無音で弾が発射される。エデンドライバーで防ぐが、衝撃が体まで伝わってきた。

 

 

「特注の銃だよ。人間じゃ耐えられない反動の代わりに、とんでもない威力を見せてくれる」

 

「おのれ…ならば!」

 

《ハイドラ!》

 

 

エデンはハイドラメモリをバックルのスロットに装填。

 

 

《ハイドラ!マキシマムオーバー!!》

 

 

マキシマムオーバーを発動し、バックパックの浮遊攻撃ユニット“ヴェノムブレイカー”を起動。九つの蛇を模した砲台が、サイレンスに照準を合わせる。

 

3つのユニットが高密度レーザーを発射。しかし、サイレンスは身軽に避け、飛び上がる。

すると、その姿は背後に。着地の音も消えており、対応に遅れてしまう。直後、銃弾の痛みだけがエデンに走った。

 

 

「くっ…!」

 

 

尚も攻撃を続けるが、サイレンスはヒョイヒョイと躱してしまう。隙を見つければ、無音で接近し攻撃。サイレンスは足音も攻撃音も無い。それが想像以上に厄介だった。

 

だが、エデンも諦めはしない。幸い、サイレンスの攻撃力はそこまでではない。タイミングを見計らい…

 

 

「そこだ!」

 

「ガアァっ!」

 

 

レーザーがサイレンスの体に直撃。サイレンスは痛々しい音と共に、背中を地面で汚して地に伏せた。

九本のユニットを使い切り、エデンのマキシマムオーバーが解除される。

 

 

「音は聞こえんが、戦えないというまでではない!終わりだ手品師!」

 

「魔術師とは呼んでくれないみたいだねぇ…

そうだ騎士の仮面ライダー、最後にとっておきのマジックをしよう」

 

「何?」

 

 

エデンはサイレンスの動きに警戒する。音が聞こえない以上、目視しか術がない。

 

ここでマジックの基本を確認しよう。それは…

“いかにタネから注意を逸らすのか”。

 

 

瞬間、エデンの体に横から凄まじい衝撃が襲った。

 

 

「君が無様にぶっ飛ばされる、というマジックだ。気に入ってもらえたかな?」

 

 

エデンがサイレンスによって誘導されていたのは、道路の真ん中。そしてエデンを襲ったのは、優に10トンを超える大型トラック。

 

気付くはずもない。走行音も聞こえず、注意は全てサイレンスに注がれていたのだから。

何よりそのトラックは無人。れっきとした、サイレンスによる攻撃だった。

 

 

「悪いが、2人目の標的は君じゃない」

 

 

トラックはそのまま建物に激突し、爆発。

倒れるエデンを尻目に、サイレンスは足音を立てず消えていった。

 

 

 

____________

 

 

 

「瞬樹の野郎…連絡つかねぇ、何やってんだ」

 

 

サイレンスの事を伝えようとするも、瞬樹が電話に出ず、苛立つアラシ。

永斗のおかげで、サイレンス・ドーパントの能力詳細が分かった。メモリ自体はかなり弱い部類。まずは見つけてシバく。

 

 

「永斗は調べものあるって帰りやがったし…人手が足りねえな。情報収集に長けた奴…」

 

 

ふとアラシの脳裏ににこの顔がちらつく。だが、すぐに払拭した。今、彼女に頼るわけにはいかない。

 

 

「いた!アラシ、アンタ何やってんのよ!」

 

「ゲッ…」

 

「ゲッって何よ。ゲッって」

 

 

そんな考えを読むかのように、休憩で降りてきたにこと出くわしてしまった。

 

 

「サガフェスは目前。アンタも私たちの調整に付き合いなさい!特に2番のステップに不安が…」

 

「あー、俺はちょっと捜査に行ってくる。ダンスのことは絵里に聞いてくれ」

 

 

そう言って立ち去ろうとするアラシ。

しかし、にこはそれを見過ごすわけがなかった。

 

 

「待ちなさいよ!まさかとは思うけど…こんな時まで依頼?」

 

「……あぁ、音ノ木坂の学生からの依頼だ。ライブ準備はちゃんとすっから、心配すんな」

 

「信じらんない!サガフェスは私の夢なの!μ’sのためにも、絶対に成功させなきゃいけないのよ!アンタはμ’sより、そのよく知らない奴の方が大事って言うの!?」

 

 

にこが激昂する。喧嘩することは度々だったが、こうも感情をぶつけられるのは初めてだった。

アラシも分かっている、にこのアイドルに対する思いは。それでも…

 

 

「依頼人を大切にしない奴は探偵失格だ。彼女は俺達を頼って来た、俺達にはそれに応える義務がある。

断じてそこに貴賤を設けるつもりは無い」

 

 

アラシは言い切った。ここだけは譲れなかったから。

アイドルと探偵の両立の上で、避けては通れない問題だ。

 

だが、少し相手とタイミングが悪かった。

 

 

「…そう、やっぱり。アンタは私のこと嫌いだから…」

 

「は?お前、何言って…」

 

「分かってるのよ!!いつも憎まれ口叩く私のことが嫌いなんでしょ!だから協力したくないんでしょ!?本当は…私なんていなけりゃいいって思ってる癖に!!」

 

「おい…マジで何言ってんだ、このバカ!」

 

「じゃあなんで誕生日に何もしてくれなかったのよ!」

 

「…それは……」

 

 

そう、あの時アラシは珍しく嘘をついた。プレゼントを用意するくらい金はあったのだ。にこもそれに気づいていた。それでもアラシは、にこにプレゼントを渡さなかった。

 

にことアラシは仲が悪いように見えて、互いに敵意があるわけではない。そんな微妙な関係。

が、にこの方は少しずつ不安が溜まっていたのだ。

 

本当に嫌われていたら。

 

他の皆のように、仲間と思われてなかったら。

 

 

『俺が仲間になってやる』

 

 

あの言葉は、にこを一人の世界から連れ出した。

その言葉がにこを支えていた。

 

もし、あの言葉に意味なんて無かったら。

 

もし、また裏切られたら。いや…

ずっと信じられてなんていなかったら。

 

 

やっぱり、仲間なんて最初から誰も___

 

 

 

「やっとここまで来たの…私が夢を掴むの!私のことが嫌いならもう邪魔しないで!!私だって……

 

アンタのことなんて大っ嫌いよ!!」

 

 

歪な叫びが校舎に響く。

にこは階段を駆け下り、行ってしまった。

 

アラシは呼び止めなかった。

いくらデリカシーが無いからといっても、分かる。これはアラシの怠慢が招いた末路だ。

 

 

「バカ……は俺か。ったく…」

 

 

しかし、実に数分後。

アラシは呼び止めなかったことを後悔することになる。

 

 

______________

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

つい学校の外まで出てしまった。

にこは心の中で言い聞かせる。

 

間違ってない。前からそうだった。

夢を掴む以外に、欲しいものなんてない。それだけのために生きればいい。

 

 

「やぁ、矢澤にこちゃん」

 

 

音もなく現れたタキシードの仮面の男。

にこは助けを呼ぼうとする。だが、躊躇ってしまった。

 

助けを呼ぶ?誰に?アラシに?

 

あんなことを言ってしまったのに?

 

 

その躊躇の時間で、にこは背後から口を押えられ、自由を奪われてしまう。

抵抗するにこ。しかし、体格差が大きい。腕を振りほどくことが出来ない。

 

 

「おっと暴れるねぇ。君、予防接種で逃げ出しちゃうタイプだろう?

ダメだよ?そういうのって、こっちに任せてくれれば痛くないようにしてるんだから

 

暴れたら、うっかり殺してしまうかもしれない」

 

 

恐怖が背中にへばりつくような感覚。この男は本当に殺す。

アラシたちとの経験が、皮肉にもそれを告げていた。

 

 

「大丈夫。殺しはしない。

死んでは貰うけどね」

 

 

 

 

___________

 

 

 

「にこちゃーん!」

「どこにゃー」

「にこっちー?」

 

 

アラシから事情を聞き、走り去ってしまったにこを探すμ’s。

そんな中、真姫と希が、校舎裏で倒れているにこを発見した。

 

 

「にこちゃん!?」

 

 

真姫が容態を確認する。異常は特に見られない。

すると、にこが目を覚ました。

 

 

「にこっち!大丈夫!?」

「何があったの?私のこと分かる?」

 

 

朧げな視界と記憶で、真姫に答えようと口を開く。

そして気付いた衝撃で、意識が叩き起こされた。

 

 

おかしい。

 

いつものようにやってるのに。それなのに聞こえない。

何度やっても。何度やっても。信じたくない現実が首を絞める。

 

 

「にこちゃん?どうしたの、答えて!」

「にこっち!?」

 

 

夢が崩れ去る音で、もはや何も聞こえない。

それは、アイドルとしての“死”を意味する。

 

 

声が___消えた。

 

 

 

 




今回登場したのはFe_Philosopherさん考案の、「サイレンス・ドーパント」でした!お待たせしました!サイバーでは扱いが雑になってしまったので、今回こそは…!
さて、にことアラシが本格的に仲違い。しかもアイドルとしては大ピンチ。しかも強敵ときた…どうするんでしょうかね(他人事)。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第47話 チェンジ・Y・ワールド /笑顔が消えた日

夏休みニート化146です。自動車学校卒業したらラーメン食って寝ての生活を続けてます。メタボまっしぐらですね、ハイ。
まぁ、もうすぐ学校始まるんですけどね初見さん。

今回は短めです。何を思ったかまた3話構成にします。反省はしてません。


「どうだった?」

 

「うん…やっぱりにこちゃん、すごく落ち込んでる」

 

 

永斗の問いかけに、屋上に上がってきたことりが答える。

屋上には、永斗、花陽、真姫、ことり。そして、不気味なほどに静かなアラシが座り込んでいた。

 

針を刺した物体から「音」を消す怪人、サイレンス・ドーパント。

にこがアラシと仲違いし、一人になった隙を突かれ、にこは声を失ってしまった。

 

にこは声が消えた事実が受け入れがたい様子で、一人部室に籠って面会謝絶状態。

そこで、メモリの能力を無効化するメモリ、ブレッシングメモリが使えるのではないかと、ことりが向かったのだが…

 

 

「その様子だと、やっぱり駄目だったっぽいね」

 

 

永斗の言葉に対し、ことりは辛そうに黙って頷いた。

 

 

「ブレッシングは強いけど、能力発動条件がシビアなんだ。

まず継承してない僕らは使えない。そして、ことりちゃんの“守る”っていう気持ちにしか反応しないんだろうね。

刺される前の針は消せても、刺された後の“症状”は消せない。どうしても、“守る”より“治す”っていうイメージが先行しちゃうから」

 

 

ブレッシングはあくまで防御専門。ボックス戦で箱を壊せたのも、そうしなければWが危ないという状況を身近で感じ、ことりの中で“守りたい”という気持ちが強く働いたからだろう。

 

今回のケースで上手く使えないのは、仕方のないことだった。

 

 

「それで、にこちゃんの声を戻す方法は無いの!?永斗、なんか検索したりしなさいよ!」

 

「真姫ちゃん…首…絞めないで」

 

「あ。ごめんなさい」

 

 

真姫も焦っているのが分かる。イベントの事もあるが、何よりにこの事を案じているのだろう。永斗は自分の扱いが雑化しているのが気に入らないようだが。

 

 

「検索はもうした。サイレンスはメモリとしては弱い部類だから、仕組みもシンプル。

あの能力を消せる方法は、メモリブレイクだけ。逆に言えば、倒せば万事解決なんだけど…」

 

 

永斗が何か言おうとした時、穂乃果の大声が聞こえ、その直後に屋上に彼女が駆け込んできた。

 

 

「みんな!大変だよ、瞬樹君が!!」

 

 

穂乃果に肩を貸してもらいながら現れたのは、ボロボロの瞬樹。そんな彼に花陽と真姫が駆け寄る。

 

 

「ちょっと貴方、何があったのよ!」

 

「鉄の…魔獣にやられた……」

 

「えぇっ!?瞬樹くん、トラックに轢かれちゃったのぉ!?」

 

「なんで花陽分かったのよ…」

 

 

そこそこ付き合いも長くなったお陰か、花陽が瞬樹語を解読できるようになったことに驚く真姫。一方、永斗は瞬樹の手に握られている紙に気付いた。

 

瞬樹の手から紙を取り上げ、永斗はその文面を読み上げる。

 

 

「謹啓、仮面ライダーの諸君。矢澤にこの声は頂戴した。

一度だけチャンスを与える。明日の正午、指定された場所に来い。

なるほど、舐め腐ってるって訳ね」

 

「いつの間にか背中に張り付けてあった……

無論、俺も行く。騎士の名に懸け、このままでは済まさん……!」

 

「瞬樹はしばらく安静よ。一応、医者の娘の名に懸けて…ね」

 

 

悔しそうに拳を握り固めるも、瞬樹はそれ以上反抗しなかった。

真姫は瞬樹をたしなめた後、ふと静かなのが気になってアラシの方を向く。

 

しかし、そこに彼の姿は無かった。

 

 

「アラシ…?」

 

 

_________

 

 

アラシは静かに部室の前に佇む。ドアノブに手を掛けようともせず、ただ扉に寄りかかるだけ。

 

確かに人の気配はある。しかし、中からは全く音はしない。

無念の叫びも、むせび泣く声も聞こえはしない。

 

 

__一瞬だけ、空気が震えた気がした。

 

 

アラシはそのまま表情を変えず、廊下を歩いて行った。

 

 

 

________

 

 

 

翌日、正午。サガフェスまで、あと一日。

アラシは指定された工事現場に到着した。人の気配は感じない。放置されたまま暫く経っているようだ。

 

 

「出やがったな」

 

「流石。この距離だと音無しでも気付かれるか」

 

 

アラシの背後を取った、魔術師の男。瞬樹の話の通り、奇抜な恰好をしている。

アラシはドライバーを装着し、男はサイレンスメモリを構えている。互いに戦闘態勢だ。

 

 

「何のつもりだ。俺を呼んだ理由を言え」

 

「一つ言い忘れていたことがあってね」

 

 

男は拳銃をアラシに向け、一切の音を立てず接近する。

アラシが後ろに距離を取った瞬間、男は無音で発砲。しかし、銃弾は空を打ち抜いた。

 

 

「銃口と動き見えてりゃ避けれんだよ、舐めてんのか」

 

「まさか」

 

 

男は更に拳銃を上空に向け、引き金を引いた。

すると、今度は銃声が響き渡り、銃弾はアラシの頭上の鉄骨を束ねるロープに命中。

 

瞬時に退避し、鉄骨から逃れることは出来た。特に外傷も無い。

しかし、アラシにとっては、ある事実が不可解だった。

 

 

「おい永斗、能力はメモリブレイクでしか消えねぇんじゃねぇのか!」

 

(そう書いてあったはずなんだけどね…)

 

 

この男は音の消えていたはずの拳銃で、発砲音を出した。

それだけではない。足音や動きの音を消していたにもかかわらず、この男は今こうして話している。

 

永斗の情報と一致しないが、地球の本棚に嘘が書かれることはまずない。

 

 

「どういうこった」

 

「やはりこのメモリの力は知っているみたいだね。ならば種明かしだ。

僕は“ハイドープ”に覚醒した。それにより、能力のオンオフが“自分の意志”に切り替わったのさ」

 

「ハイドープ…白府リズの言ってたヤツか!」

 

「彼女も優秀なハイドープだったが…残念だよ。

分かったかな?つまり君たちは、僕を倒しても声を戻せない。というわけさ!」

 

 

ハイドープ、その詳細は永斗も検索済みだった。

極めて相性の良いメモリを継続的に使い、特定の条件を満たすことで覚醒を果たす領域。それは生身での超能力や、ドーパントの能力の拡張を授ける。

 

白府リズが使った、箱状の光の壁がこれに該当する。

 

そして厄介なのが、“ハイドープによる能力は、地球の本棚に記載されない”という事だ。これが永斗が懸念していた点だった。

 

 

「あぁ…そうかよ。だがな、

ここで俺に捕まって火炙り市中引き回しにされるとは考えなかったか?三流手品師!!」

 

 

《ジョーカー!》

 

 

メモリを起動し、ドライバーに永斗からメモリが転送されてくる。

しかし、そのメモリはサイクロンではなく、ライトニング。アラシはすぐにその意図を理解した。

 

ライトニングメモリを押し込み、ジョーカーメモリを装填。

 

アラシがドライバーを展開すると同時に、相手もサイレンスメモリを手首に挿入。相対する探偵と犯罪者が、同時にその姿を変えた。

 

 

《サイレンス!》

 

 

「変身!」

 

《ライトニングジョーカー!》

 

 

無音の一歩目で逃げようとするサイレンス。しかしダブルは変身した瞬間、間髪入れずにサイレンス・ドーパントに超速の蹴りを叩き込む。

 

鈍い音を立て、衝撃のままに吹き飛ばされる。しかし、すぐに体勢を整える。やはり上手く流されたようだ。

 

 

「ヒュウ、容赦が無いね」

 

『ステータスを身体能力に全振りしたフォームだからね』

「逃げられると思うなよ!」

 

 

ライトニングの能力で急激加速。吹っ飛んで行ったサイレンスに狙いを定め、その距離を縮めようとする。

 

しかし、ダブルの視界からサイレンスの姿が消えた。

 

 

「……んだと…!?」

 

 

やむを得ず一度停止。サイレンスはダブルよりも上の空間を跳躍していた。

その手元にある装置からフック付きロープが射出され、引っかかった瞬間に一気に巻き戻す。この仕組みで空中を移動したようだ。

 

分かってしまえばチープな手品。ダブルは再びサイレンスに向かって跳躍した。この距離なら間合いを詰めるのに1秒とかからない。

 

 

だが、向かった先にもサイレンスはいない。

場所は工事現場、鉄骨の骨組みも多いし物も多い。サイレンスがすぐには見つからない。

 

 

「クッソ…!」

 

「その形態、ライトニングは厄介だ。当然、対策はしている」

 

「そこかッ!」

 

 

声が聞こえた場所に跳躍し、キックを放つ。

しかし、崩れた機材の中からレコーダーが顔を出す。どうやら、予め録音した音声のようだ。

 

上空に目を向けると、サイレンスが高くそびえる骨組みの上で、手を振っているのが見えた。

 

 

「野郎…!」

 

 

ダブルが動いた瞬間、サイレンスは別の鉄骨にフックを掛け、大きく移動。

間一髪ではあるが、確実にダブルから逃げ続けている。

 

 

「ソレの弱点は僕が思うに2つ。一つ目は、その高速移動に、君自身の運動能力や意識が追いついていないことだ。その証拠に、君たちの高速移動は決まって直線しかない」

 

 

レコーダーから音声が続く。

確かにそれは事実。この速度では視覚はほぼ機能しないため、移動は点と点でしか行えない。敵を見失えば、一時停止を余儀なくされる。

 

そしてこの物が多い工事現場、音を消したことによるステルス機能によって、見つけるまでに数秒のラグが生じる。その隙にサイレンスはまた別の場所に逃げることが出来る。

 

空中に居ても、ワイヤーを使って移動可能。そして、高速移動するダブルにそれを見定める余裕はない。

 

 

『なるほど、ゴキブリが消えるのと同じ原理か』

「悠長に解説してる余裕はねぇぞ!」

 

 

縦横無尽にサイレンスを追う。しかし、紙一重で回避され続けてしまう。

言うは簡単かもしれないが、ライトニングから逃げ回るのは至難の業。やはり相当な技術を持っていると認めざるを得ない。

 

 

「そして、2つ目は…」

 

 

動きを止めた瞬間、ダブルの背中に鋭い痛みが走った。間違いない、無音ではあったが、銃弾だ。暗いが確かに人影が見える。

 

 

『駄目だ、アラシ!』

 

 

焦ったアラシは反射的に脚の力を込め、その方向に突撃。

しかし、永斗の予想は当たった。そこにあったのは、三脚で固定された自動発砲の拳銃と人形だけ。

 

 

「そのタイムリミットは10秒そこそこ。それを過ぎれば、君は無力な肉ダルマだ」

 

 

ダブルの全身から力が抜ける。ライトニングの能力の代償だ。

速度を付けて滑るように倒れたダブルに、サイレンスは手榴弾を遊ぶように投げる。

 

 

無音の爆発が炸裂し、崩れた骨組みは鉄骨の雨となり、爆炎と共にダブルを襲った。

 

 

 

 

__________

 

 

 

「本当、怪我人が増えるなんてことが無くてよかったわ」

 

「……」

 

 

真姫はそう言って、部室でアラシの擦り傷を手当てする。

アラシはサイレンスにしてやられた事が、どうにも悔しそうな様子だ。

 

万が一に備えて海未と凜が近くにスタンバイしていて助かった形となった。

爆炎はオーシャンメモリを入れたスタッグフォンが、鉄骨はファングメモリが上手く対処し、アラシに目立ったダメージは残らなかった。

 

 

「追跡にガジェットを送ったのですが…」

「全部見失っちゃったにゃ…」

 

「まぁ、だろうね」

 

 

海未と凜の行動も成果には繋がらなかったようだ。

 

 

「すぐにライトニングを変えるか、能力をセーブ。それか、まぁ対策はされてたとしても、最初からファングジョーカーで行けばワンチャンってとこだったけど…どっかの誰かが冷静なフリして冷静さ欠きまくってたからねー」

 

「……うるせぇ」

 

「そうね、最初から永斗が行けば、こんな手当の必要も無くて楽だったんだけど」

 

「あれ?やっぱり真姫ちゃん、僕の扱い雑になってない??」

 

「冗談よ。それで、結局どうなのよ。

明日のライブまでに、にこちゃんの声は治せるの?」

 

 

サガフェスは明日。真姫の投げた質問に、一同の期待と不安が、永斗へと集まった。

永斗は少し考え、黙り込む。そして、間を開けて口を開いた。

 

 

「勝利条件が“サイレンスを捕獲。交渉、強要で能力を解除させる”なら…

不可能だね。にこちゃんの声は戻らない」

 

 

その時、アラシが何かに反応し、立ち上がった。

驚いている真姫を押しのけ、アラシは部室を強い足取りで出ていく。

 

廊下の先。アラシの思った通り、その人物はそこにいた。

 

 

「にこ!」

 

 

にこはすぐに走り去ってしまい、足音すら残さない。ただ居心地の悪い静寂が、人の居ない校舎に漂っていた。

どうやら先程の話を聞いていたようだ。タイミングが悪すぎた。

 

 

「永斗くんがあんなこと言うから逃げちゃったにゃ!それに、声戻らないってどういうこと!?」

 

「ホント、にこちゃんってアラシに似てるよね。話を最後まで聞かない所とか」

 

「どういう意味ですか?」

 

「まぁ、2人とも落ち着いて」

 

 

海未と凜に詰め寄られる永斗。にこの背中を見ていたアラシの顔を一瞥し、呟いた。

 

 

「ちゃんと言葉にしないと伝わんないよ。

まぁ…分かってるだろうけど」

 

 

 

_________

 

 

矢澤にこは走った。

 

 

『にこちゃんの声は戻らない』

 

 

この言葉が頭の中で旋回を続ける。

あの永斗の言葉だ、それだけで信じるに足りてしまう。でも、信じたくはない。

 

頭を抱えて、何度も何度もその言葉を殺そうとする。

 

 

その叫びは聞こえない。

 

 

信じなかったところで、何が変わるわけでもない。何もできない。

どうしようもない現実なんだ、悪い夢なんかじゃない。

絶望が黒い霧になって、頭も心も真っ黒に曇っていくみたい。

 

 

その嗚咽は聞こえない。

 

 

矢澤にこは走った。もうどこを走っているのかもわからない。

太陽は偉そうに頭上に鎮座しながら、彼女の目の前を照らしてはくれない。

 

 

『人を笑顔にできる人になれ』

 

 

今はいない父から貰った、たった一つの夢。

 

__ごめん、もう無理みたい。

 

だって、もう自分でさえも、笑顔にできない。

 

あれだけ夢見たステージで、

自分の声だけが、少しも聞こえない。

 

 

もう、何も聞こえない。

 

夢が崩れた音も

誰かが私を笑う声も

胸の鼓動も

 

 

どうせ誰にも聞こえないなら

 

 

__泣いててもいいよね、パパ。

 

 

 

________

 

 

 

「報酬です」

 

 

マスクを着けた烈が、ホームレスの恰好をしたサイレンスの男に札束を投げ渡した。

報酬は300万円。男はその重さを確かめ、付け髭の中で笑い、懐に札束を忍ばせた。

 

 

「随分と羽振りがいいみたいですね」

 

「茂枝ミズノ、演劇界期待の若き名女優って言われてた娘ね。

あぁいう声の出せない美人を可愛がるお偉いさんって多くてね、随分と高く売れたよ。

前金でもかなり貰った。あとは声を戻すことをチラつかせば、彼女を好きに動かせる」

 

 

得意げに男は話す。やり方は外道も良いとこだが、烈はやはり表情を全く動かさない。

外道の集まり、それが“暴食”だ。

 

 

「欲を出さない事をお勧めします。

このまま矢澤にこを利用しないのであれば、さらに上乗せを約束しますよ」

 

「分かってるさ。慎重さが僕の取り柄だからね」

 

 

そう言いつつも、その醜悪な笑顔は

「食い足りない」、そう雄弁に語っていた。

 

 

 

 

___________

 

 

 

「見つかった?にこちゃん」

 

「あぁ」

 

 

日も落ちた頃、永斗の待つ事務所に帰ってきたのは、アラシだった。

 

 

「一人で泣いてたよ、アイツ」

 

「変な意地張ってないで、声かけりゃいいのに。面倒くさい」

 

「うるせぇ、別に必要ねぇだろうが」

 

 

アラシは自分のデスクに視線を落とす。

明日のサガフェスの準備は完璧に済ませている。曲も衣装も全て。

 

これがμ’sの答え。明日のライブ、辞退するつもりは毛頭ない。

 

永斗は白い本を閉じ、ソファに投げ捨てる。

明日のプランは全て永斗の頭の中で構築された。

 

 

「サイレンス攻略のオペレーション、結構キツいけどいけるよね?アラシもどう?そろそろ落ち着いた?」

 

「誰に言ってんだ」

 

 

アラシのこの感じは、永斗も久しぶりに感じる。いや、ここまでのものは初めてかもしれない。思わず身の毛がよだつ。

 

この、空気が震えるような、激しい闘気に。

 

 

 

「俺はハチャメチャに冷静だ……!」

 

 

 

 

 




アラシぷっつんモード入りまーす。まぁ、殴って解決!とはならないので、一体どうするのかは次回。

多分次回も短くなると思います。まとめろやって話ですね、えぇ分かってますも。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第48話 チェンジ・Y・ワールド /Your song.

146です。学校始まってテンション下がってます。
実はまた一つコラボできるかも…って感じなんですよね。それも大分な大物さんと。

まぁ、まだ一つも実現してないんですけどね!!


今回はサイレンス編、ラストでございます。
結構気合入れて書いたつもりです!これが俺の限界だ!(吐血)


8月29日。明朝。

Summer Girls Festival、通称サガフェス当日。

 

矢澤にこは目を覚ました。

辺りを見回すと見慣れた内装。体には力が入らず、頭も痛い。

 

にこは思い出した。昨日、あの後そのまま家に戻り、部屋にこもって、そのまま泣き疲れて寝てしまったのだ。

 

風呂にも入らず、練習着のまま。腹は減っているが、食欲は湧かない。

そして…

 

 

喉の震えは感じるのに、やはり聞こえない。

声が出ない。悪い夢ならば、どれほど嬉しかっただろうか。

 

 

部屋いっぱいに飾られた、古今東西のスクールアイドルのポスター。

もう決して届くことのない、夢の亡骸。

 

時間も、傷も、痛みも、全てを夢への足場にしてきた。それだけが、生きる理由だった。

それなのに、夢を叶える一歩手前で、積み上げてきた全てが無音で崩れ去った。

 

後にも先にも足場は無い。もう何も____

 

 

朝日が昇り、彼女は顔にできた不自然な影に気付いた。

窓に貼られた紙が、光を遮っている。紙__いや、封筒に入った手紙だった。

 

にこは外に貼られた手紙を剥がし、封を開けた。

 

 

 

『謹啓、矢澤にこ様』

 

 

 

その書き出しから始まった手紙の送り主は、読んでいるとすぐに分かった。

サイレンス・ドーパント、にこの声を消した張本人。しかし、不思議と怒りも湧いてこない。ベットリとした諦めの感情が、他の感情を食い潰してしまったようだった。

 

だが、その後の文言を見て、その感情が動いた。

 

 

『__以下の条件を用意して下さるならば、貴方の声をお返しすることを約束しましょう』

 

 

にこは慌てて全文を再び読む。

どれだけ胡散臭かろうが、それはにこに差した微かな光だった。

 

父から貰ったあの夢は命と同じ。それを返してくれるなら、例え悪魔とだって取引したって構わない。どんな物だってくれてやる。その覚悟はあった。

 

 

 

全文を読み終わって、にこは出ない声で絶句し、呆然と立ち尽くした。

 

 

『交換条件は、仮面ライダーWのドライバーとメモリ』

 

 

それは文字通りの「悪魔の契約」。それでも……

 

 

 

__やってやる。

 

 

 

笑顔の消えた険しい表情で、にこは部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

___________

 

 

 

人気のない広場。そこで魔術師を自称するサイレンスの男が、メモリを手で遊ばせ、口笛を吹いて歩き回っている。

 

自分の計画の完成度に、思わずにやけてしまう。

 

完璧に成功すれば、仮面ライダーのドライバーにオリジンメモリ、適合者の矢澤にこまでも手に入る。これを更に利用すれば、組織の“強欲”や“色欲”あたりと上手い取引ができるかもしれない。

 

 

「ハハハ…ハッハッハッハ!」

 

 

笑いが止まらない。

 

監視役の黒音烈からはお咎めを喰らったが、問題は無い。

仮にこの取引に仮面ライダーが乱入してこようが、対策は完璧だ。エデンを先に潰し、最も危惧していた2対1の阻止にも成功した。

 

ファングジョーカーという新形態も、外部との協力ありきではあるが、対抗可能。

 

第一、矢澤にこの声を人質に取っている以上、彼らは手出し出来ない。

 

懸念点は矢澤にこの行動であるが、こちらも問題は無い。

夢を失い、自暴自棄になった人間ほど操りやすい物は無い。イベントという明確なタイムリミットも手伝い、裏切り程度のラインなら容易く超えてくるだろう。

 

 

計画は完璧。

後はカモがネギを背負ってやってくるのを、鍋を抱えて待つだけだ。

 

 

 

_________

 

 

にこは身を隠しながら、切風探偵事務所の前までやって来た。

音がしない。中に人がいる気配もない。

 

ドアノブに手を掛ける。鍵は開いている。

 

少し扉を開けて、中を覗いた。

いつもアラシが座っているデスクには、誰もいない。扉近くの机には置手紙があり、「永斗、朝メシは無いから起きたら適当に食っとけ」と書いてある。アラシは出かけており、永斗はまだ寝ているようだ。

 

 

この上ないチャンスだった。

皮肉にもサイレンスの能力で、にこは音を立てずに部屋内を動ける。部屋を捜索すること数分。

 

 

あった。アラシのデスクの引き出しの中。

ダブルドライバーとメモリ一式だ。

 

 

声を戻し、ライブ会場に行くには時間が無い。にこは急いでドライバーを取ろうとする。

寸前、にこの手が止まった。

 

 

__私は、とんでもない事をしようとしているんじゃないか。

 

 

そんな思考が過った。

控えめに言っても、これはアラシ達への裏切りだ。仮面ライダーに変身できなくなれば、どれだけの苦難が待っているのかは容易に想像できる。

 

そして、裏切った身の上で、どの面を下げてステージに立てというのか。

少なくとも、他のメンバーに顔向けなんてできない。

 

今ならまだ引き返せる。

 

夢をあきらめれば。

 

 

冗談じゃない。

 

 

 

かつては、夢のために仲間を置き去りにした。なぜ今更そんなものに固執する必要がある。

 

そもそも、こんな事になったのはアラシのせいだ。

あの時、アラシと仲違いしなければ。アラシが憎まれ口ばかり叩かなければ。

 

アラシがいなければ、こんな目には合わなかった。

 

もう知ったことか。アラシが変身できなくなろうが、どんな目に合おうが、ドーパントや組織のことだってどうでもいい。このステージに立てれば、後はもうどうだっていい。

 

 

全部アラシが悪いんだ。いつも悪口ばかり言って、すぐに手を出すし、あんなこと言って結局守れてないし、仲間なんて言って私のこと考えてくれないし私のこと見てくれないしそもそも大嫌いだし。

 

 

__アラシになんて、出会わなければ良かった。

 

 

 

ぐちゃぐちゃな思考回路を放り出し、にこはダブルドライバーとメモリを鞄の中に仕舞った。

 

最初からこうするべきだったんだ。仲間なんて夢の足枷でしかない。

これでいい。これでまた…一人だ。

 

 

時間が無い。焦るように立ち上がり、事務所から出ようとする。

その時、にこの足がアラシのデスクにぶつかり、不安定だった本立てが崩れてしまった。

 

音を立てて、床に本と資料が散乱する。

 

聞こえはしないが、激しく心臓が波打っているのが分かる。

奥の部屋で寝ている永斗は…どうやら起きていないようだ。にこは胸をなで下ろした。

 

直している暇はない。そのまま放置し、その場を後にしようとする。

しかし、本の中に紛れている、紙の束がにこの目に留まった。

 

しわくちゃで黒ずんだ紙で、字は間違いなくアラシのもの。破れた個所はテープで張り付けてある。何度も書いては消したのが目に見えるようだった。

 

時間は無い。だが、にこの意識はそこから離れなかった。

 

 

『にこ 誕生日 歌詞』

 

 

アラシの乱暴な字で、そうハッキリと書いてあった。

にこの頭の中は、真っ白になった。

 

その下に書かれた7月22日の上には×が書いてある。その更に下には「もっと早く言えアホ!」と小さく書かれていた。

 

 

鞄がにこの手から滑り落ち、にこは力なく座り込んでその紙を読んだ。

 

それは歌詞だった。アラシがにこの誕生日に送るはずだった、彼女のソロ曲の歌詞。真姫の作った曲の楽譜の下に詩が書きこまれている。

 

床に散らばった本の中には、「猿でも出来る作詞」や「子供のための音楽」といった本がある。わざわざ海未や真姫に貸してもらい、勉強したのだろう。それも、ライブ準備やスケジュール調整、ドーパントとの戦いもあった中で。

 

 

サイレンスも声の事も全部忘れ、にこはその詩を読んでいた。

 

 

『キメ顔きびしく追及』

『完璧なウインクみせる』

 

 

アラシなりに彼女を観察し、考えたフレーズが並ぶ。

ところどころ悪口に線を引かれ、永斗の字で書き直されている所もあるが、その中に嘘は書いていないのは分かった。

 

何か所か小馬鹿にしたようなフレーズもあり、にこは思わずムッとする。

しかし、その紙には隅から隅まで、彼から見たにこの事だけが書いてあった。

 

そして最後。ここだけは直しも消した跡も見えない。

ハッキリと一筆で、こう書かれていた。

 

 

『痛さも本気 悪いか本気さ』

『それが にこの女子道』

 

 

それは、アラシがにこをずっと見ていたという証拠。

彼の、信頼の詞。

 

 

空白もまだ多い、渡されるのは先になりそうだ。

紙をめくると、日付とどこを進めたのか、それと思いついたフレーズが細かく書いてあった。完成目標が少しずつ後になっているところまで律義に記録してあった。

 

ほぼ毎日書いているのが分かる。最近で昨日。

 

つまりアラシは、にこがこの歌を歌えるようになると信じている。

その事実が、にこの胸を締め付けた。

 

 

涙がこぼれ、にこの口が「バカ」と動く。

 

 

__なんで、信じられなかったんだろう。

 

 

永斗の断片的な言葉で絶望して、逃げ出して、話を聞こうともせずに塞ぎこんで。

あれだけ自分を守ってくれた背中を、間近で見てたはずなのに。

 

彼が自分にウソをついたことなんてないって、知っていたはずなのに。

 

誰も信じられなくなって、ずっと信じていた自分さえも信じられなくなって。

勝手に勘違いして、あんなことを言って、引き離して。

 

もう少しで、取り返しのつかない場所に行ってしまうところだった。

 

 

にこは両手で自分の顔を叩く。いつまで寝ぼけているつもりだ、と。

今ここで、にこを信じていないのは自分自身だけだ。

 

そんなの、宇宙ナンバーワンアイドルの名折れだ。

信じる心でも、アラシに負けるつもりは無い。

 

 

散々否定してきたが、今は言える。アラシとは似た者同士。

嫌われてるわけがなかった。だって、にこは____

 

 

 

__________

 

 

アラシが事務所の扉を開ける。

誰かが入った痕跡がある。誰か、というのはもう分かっているが。

 

 

「オイ、永斗。起きてるか?」

 

「起きてる」

 

 

奥の部屋から永斗が出てきた。寝起き…という感じではない。

 

 

「言われた通り、ちゃんと“寝てた”よ」

 

「そりゃよかった」

 

 

サイレンスのこれまでの手口や言動を元にした、永斗のプロファイリングによれば、サイレンスはにこを利用して取引をするはずだった。

 

仮面ライダーと繋がっている、貴重な相手。取引するのはドライバーとオリジンメモリ一択。ここまでは予測していた。

 

だからドライバーに発信機を付け、サイレンスの場所の特定を図った。そこでにこも保護するつもりだった。

 

そのはずだったのだが…

 

 

「なるほど…そっちパターンね」

 

 

状況を確認し、永斗はダルそうに呟いた。

ドライバーは引き出しに入ったまま。ここまでは予想の範疇だった。しかし、アラシは頭を抱えた。

 

 

「あの馬鹿……!」

 

 

引き出しからは、リズムメモリだけが取っていかれていた。

 

 

 

___________

 

 

広場に立つ魔術師の恰好をした、仮面の男。

時刻は正午少し前。その場所に、矢澤にこが現れた。

 

仮面の下で醜く笑う男。

 

 

「やぁ、来たね。矢澤にこちゃん。約束の物、ちゃんと持ってきてくれたかな?」

 

 

にこは物を取り出す素振りを見せない。交換は同時に、ということだろうか。

思っていたよりも冷静だ。何より男が気にしていたのは、

 

絶望した瞳の奥に宿った、その敵意__

 

 

《リズム!》

 

 

「ッ!」

 

 

隠し持っていたリズムメモリを起動させ、にこは男に向けて音の弾丸を発射した。

固有振動数に共鳴し、一撃で敵を葬る必殺攻撃。これならサイレンスを制圧できる。

 

そのはずだった。

 

 

「……惜しかったねぇ。ソレも警戒しておいて良かったよ」

 

 

男は何事も無かったように立っている。

手袋をした手元には、ドーパントの能力で作り出した、相手を無音化させる針が。

 

にこの攻撃と同時に針を放つ。それによって攻撃と中和したのだ。

音の攻撃は、“静寂”の前には無力。

 

 

「交渉決裂…って解釈でいいね?残念だよ、適合者一人とメモリ一本で我慢しなければならないなんて」

 

《サイレンス!》

 

 

男はメモリを挿入し、サイレンス・ドーパントに変化。

ナイフを構え、にこに歩み寄る。

 

にこは恐怖はするが、後悔はしていない。

結局無駄に終わってしまったけど、大切な仲間たちも、大切な夢も、どちらも裏切らない道を選べたのだから。

 

最後に、自分を信じることが出来たのだから___

 

 

 

「終わった気になってんじゃねぇよ」

 

 

打撲音、そして誰かが倒れた音。

目を開けると、そこには見慣れた大きな背中。

 

切風アラシ。倒れたサイレンスの前に、彼が立っていた。

 

 

謝らなければいけない。そう思った。

あんな事を言ってしまった。裏切ってしまう所だった。何度も迷惑をかけた。

謝りたいのに、声が……

 

 

「手間掛けさせやがって、このクソバカ!」

 

 

思わぬ罵倒が飛んできて、目を丸くしてしまう。

アラシは怒りの口調でさらに続ける。

 

 

「お前が素直にドライバー持って行ってくれれば、発信機で一発だったんだ!それを何で自分で戦うなんて考えんだよ、それにしても永斗に報告とか色々あんだろうが、そんくらい考えろアホ!バットショットがお前を見つけなかったらどうするつもりだったんだマヌケ!大体な、茂枝の依頼を完遂させるにはお前が協力すんのが手っ取り早かったんだ、それを話も聞かずに部屋で一人うじうじと…」

 

 

何故か普通に叱られている。

アラシの小言は続く。なんか身に覚えのない話も多いし、関係ない話まで持ち出してきた。

 

謝りたい気持ちが、段々苛立ちに変わってきた。声を出して文句言いたいが、声が出ないのがもどかしい。

 

そんなことをしているうちに、サイレンスが起き上がっている。

にこはそれを指さしてアラシに伝えようとする。が、アラシはにこの方を向いたまま…

 

 

「ちょっとテメェは黙ってろ、三流手品師」

 

 

バットショット、スタッグフォン、フロッグポッド、スパイダーショック、デンデンセンサー、ファングメモリ。メモリガジェットオールスターズがサイレンスを足止めする。

 

 

「いいか、お前はどうせ鳥頭だから覚えてねぇだろうが」

 

 

文句言いたげにジタバタするにこを抑え、アラシは続ける。

 

 

「お前はオリジンメモリの適合者、メモリ能力への耐性を持ってる。

つまり、お前とメモリの共鳴次第で、そのサイレンスのクソッタレ能力を打ち払えるってわけだ。

 

勝負だ。俺がアイツぶっ飛ばして声戻すのが早いか、お前が自力で克服すんのが早いか」

 

 

アラシは時間を確認し、にこの小さな手からリズムメモリを取り上げた。

 

 

「今ならまだライブに間に合う。もうちょい先で瞬樹がバイクでスタンバってるから、そいつに乗って早く行け。穂乃果たちも待ってる。

あとお前臭ぇな、風呂入ってねぇだろ。そんで顔面が酷ぇ」

 

 

にこは顔を真っ赤にして膨らませ、恥ずかしさと怒りが入り混じった表情で、アラシの首を掴む。

当然すぐに頭を掴まれて制圧されるわけだが。

 

 

「ちゃんと風呂入って、なんか腹に入れとけ。あとは…」

 

 

アラシはにこの頭から手を放し、体を逆に向かせ、背中を強く押した。

 

『言葉にしなきゃ伝わんないよ』

アラシは永斗の言葉を思い出した。

 

だから彼は、彼なりの激励の言葉と共に。

 

 

 

「その似合わねぇ泣きっ面、もう見せんじゃねぇぞ」

 

 

 

背中を押されたにこが、思わず立ち止まってしまう。

だが、にこは振り向かない。すぐに駆け出して行った。

 

夜通し泣いたせいでぐちゃぐちゃで、

 

それでも心から嬉しくて、

 

知らない感情が腹の底から湧き上がってきて、

 

 

きっと今、彼に見せられないような顔してる。

 

 

 

「行かせるわけ…ないじゃないか!」

 

 

ガジェットを振り切り、サイレンスが空気を読まずににこに飛び掛かる。

その瞬間、サイレンスは近づいてくる轟音と黒い鋼の巨体に弾き飛ばされた。

 

巨大ビークル、リボルギャリーは、サイレンスの妨害だけでなく、にこの逃げ先を隠す役割も果たす。

サイレンスからにこを逃がす事には成功した。

 

 

「さて…こっからが勝負だ」

 

《ジョーカー!》

 

 

ドライバーを装着。サイクロンメモリが転送され、ジョーカーメモリを装填。

 

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

アラシは巻き起こる風の中で、仮面ライダーWへと変身。

マフラーをたなびかせ、起き上がるサイレンスに構えを取った。

 

だが、サイレンスはまだ余裕を見せびらかすような態度を続ける。

 

 

「僕を倒して声を取り戻す?どうやら忘れているみたいだね。

僕の能力の解除は意思次第。僕を倒せば、声は永遠に戻らないって言ったはずだが?」

 

「テメェこそ、そのゴミクソ読解力晒してんな。幼稚園あひる組辺りからやり直して来たらどうだ?

そのチンケな手品のタネ、全部見破ったって言ってんだよ!」

 

 

サイレンスに蹴りを入れるダブル。サイレンスは手甲で攻撃を防ぎ、手甲から爪を展開した。

 

 

「手品?何を言っているのかさっぱりだよ」

 

『タネ明かしは僕のターンだね。

最初に気になったのは、声の消えたにこちゃんから、足音が聞こえなかった時だ。検索を続けると、“サイレンスは対象が原因で起こる音を消す”とあった。だから靴から出る足音も消えたんだと解釈出来た』

 

 

サイレンスはリーチのある爪で攻撃を続ける。ダブルは数発喰らいながらも、反撃を試みる。しかし、思った以上に素早く、上手くかわされてしまう。

 

 

『でもおかしいんだよ。前回、君と戦ったとき、君の体からは“打撲音”がした。直前まで足音を消していたはずなのに、だ。わざわざ蹴られる時だけ能力を解除したってことになる』

 

 

ダブルの速度が上がり、サイレンスの攻撃が当たらなくなる。

それどころか、逆にダブルの攻撃が鋭さを見せ始めた。蹴りが体に入ると、永斗の言う通り“打撲音”が。

 

 

『もう一つ。僕らは2人で1人、会話でコミュニケーションを取っている事は知っているはず。

じゃあなんで、僕らを無音にしない?君がやったような隠密攻撃を警戒したから?そんなの、僕らを見失ったら能力を解除すればいい話だ。

 

それをしなかった理由はただ一つ。出来なかったんだ』

 

「要するにこうだ。お前のハイドープ能力は真っ赤な嘘、お前は自分の能力を解除できない!」

 

『足音を消したリ、銃声をオンオフしていた仕組みは簡単だ。

君はドーパントにしては珍しく、武装をしている。手甲に銃、ワイヤーに…あと他にも色々、そんで靴も履いてるね。メモリをいじれば、怪人態変異と同時に装備することも可能だ。

つまり君は自分の体ではなく、“音を消したい箇所”にだけ能力を使っていた。違う?』

 

 

靴にだけ能力を使えば、“足音だけ”を消すことが出来る。同様に服に使えば、衣擦れの音だけを。

無音化した銃に、無音化してない銃弾を一つだけ入れれば、一発だけ音の鳴る銃の完成だ。

これが音を消したり出したりしていたトリック。

 

 

「……その通り。一本はくれてやるよ。

でも、“僕を倒せば音は戻らない”。これは真実だ!」

「いいや、それも嘘だ!」

 

 

ダブルの拳が、サイレンスの後付け装甲を粉砕する。

爪の攻撃も、完全に受け止められた。

 

 

「任意で能力解除が嘘なら、そいつは実際確かめたってことになるよな。

どうやって確かめたってんだ?メモリブレイクしなきゃ知りようもない、その能力を!」

 

「ッ…!実験さ。その後、暴食に新しいメモリを貰った!」

 

『残念。ハイドープのことは書かれてなくても、地球の本棚には“メモリがどれだけ使用されたか”は書いてあるんだよね。

サイレンスは弱いメモリだからねー。結論から言うと、それを使ったのは一人だけ、そんで一本だけだ』

 

「馬鹿な…!」

 

 

馬鹿げている言い分だ。無論、これは永斗のブラフ。地球の本棚にそこまで記載されていない。

しかし、これは“悪魔の証明”。サイレンスには、永斗が地球の本棚でその情報を知ったことを、否定することはできない。

 

そしてサイレンスがこれに反論しないという事は、サイレンスの言葉が嘘である事の証明だった。

 

 

「これでテメェを殴れない理由が無くなったな。さぁ…」

「『お前の罪を数えろ!!』」

 

 

サイレンスを守っていた虚偽の鎧が、2人の紡いだ真実と計略の剣によって切り捨てられた。

しかし、残された丸腰のサイレンスは、おかしな様子で笑い出した。

 

 

「ハ…ハハハ…ハッハッハッ!」

 

 

負けを悟ったような笑いではない。狂ったようで、まだ勝機を伺う眼差しがダブルを差す。

 

 

「魔術師は…奥の手を取っておくものだよ」

 

 

サイレンスの手から無造作に投げられたのは、一つの手榴弾。

ダブルは思わず爆発を警戒する。

 

しかし、破裂したのは強烈な光だけ。

 

 

「……!閃光弾か!」

 

 

視界が戻った瞬間、サイレンスがバイクに乗って逃げるのがギリギリ見えた。

 

 

『バイクチェイスか。まぁ仮面ライダーだし、たまにはね』

「追いかけっこなら上等だ、逃がすかよ!」

 

 

ダブルもハードボイルダーに跨り、昼間の喧騒の中を駆け抜け、エンジン全開でサイレンスを追った。

 

 

 

________

 

 

 

矢澤にこは走った。

 

全ての準備を万全に終え、ライブの控室に向かう。

イベントは既に始まっている。μ’sの出番は正午、スケジュールは全くズレることなく進んでいる。

 

ただ、声だけはまだ戻らない。

 

 

控室に息を切らして入ると、そこには仲間たちが待っていた。

 

負けそうになった彼女を責める者は誰もいなかった。

ことりが衣装を手渡した。声が出ない中、打ち合わせも十分に行った。

 

皆が信じているのだ。にこの声は、ライブまでに戻ると。

 

気付けばμ’sの出番は次にまで近づいていた。

ずっと夢見たサガフェスのステージが、数分後にまで迫っている。

 

髪を結び、いつものツインテールに。鏡を見て、その笑顔を確かめる。

 

 

__大丈夫、いつも通り。最高の笑顔だ。

 

 

 

前のライブが終わった。

 

手が震える。体の中で心臓が暴れるようだ。

それでも聞こえない心拍音が、声が戻っていないと残酷に告げている。

 

掛け声も、一人だけ声を出すことはできなかった。

一同に不安の顔が無かったと言えば、嘘になるだろう。

 

それでも、信じなければいけない。

アラシは彼女を信じたのだから。

 

 

ステージに足を踏み入れる。スポットライトが9人を照らす。

少しは慣れたはずの場所は、まるで別世界のよう。

 

観客の視線が、一気に彼女たちに、特に先頭のにこに集まる。

息が詰まる。夢と期待の重圧が一気にのしかかる。

 

怖くないわけがない。マイクを握る手からは汗が止まらない。

 

震える喉からは声は出ない。

 

 

それでも…

 

 

 

にこはステージ前に足を進める。震える体を必死に抑え、それでも笑顔だけは自慢げに。

 

何が彼女をそうさせるのだろう。

アラシがいるからだろうか。きっと彼女は、呆れてこう答えるだろう。

 

 

__違う、アレはライバル。

 

 

 

これは彼との勝負。そう思うと、恐怖も緊張も消えていった。

だって負けるわけがないから。彼には胸を張ってそう言えるから。

 

 

『なんで?』

 

 

そんな無邪気な、幼い声が聞こえた気がした。

 

そんなの決まってる。

何の根拠も必要ない。気持ち悪いくらい、痛くて寒いくらいに満ち溢れた自信が、

 

いつものように、満面の笑顔で言うんだ。

 

 

 

__だって私はいつだって……

 

 

 

 

 

 

 

 

__最高に可愛いスーパーアイドル、にこにーだから!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にっこにっこにーっ!!」

 

 

 

マイク越しのその“声”が、会場中に広がっていく。

その瞬間、歓声が沸いた。夢に描いた光景が、目の前に広がっていた。

 

泣いてはいけない。約束したじゃないか。

勝負はまだ、終わってない!

 

 

__あぁ、今なら聞こえる。

  

 

私を待つ、みんなの声が!

 

 

 

 

 

___夏色えがおで1,2,Jump!___

 

 

 

 

 

 

________

 

 

 

時は少し遡る。

 

 

何度も見失ったが、ダブルはサイレンスをある倉庫にまで追い詰めた。

いや、ここまで誘い込まれたと言うべきだろう。逃げきれる可能性を早々に捨て、何かしらの策のためにダブルをここまで誘導した。切羽詰まったにしては、驚くほどに冷静だ。

 

 

「さぁ、とりあえず逃げ場はねぇぞ」

 

「逃げる?ハッ!もうその必要も無いのさ!

間もなくここに援軍がやって来る!僕を支援する者の中で、最強の3人だ!」

 

「策ってのがその程度なら、問題はねぇな」

 

 

ダブルはそう言って、二本のメモリを取り出した。

永斗はそのメモリを見て、少し驚く。

 

サイレンスの対策をかいくぐるには、まだ見せていないメモリの組み合わせが有効。

アラシが選択したのは…

 

 

「テメェは超速攻でブッ飛ばす」

 

 

ピンクのメモリとターコイズのメモリ。

リズムとライトニングだった。

 

 

「ハッハッハ!どうやら物覚えがよくないらしいね探偵くん!

どちらも僕の前には無力だったじゃあないか!」

 

 

倉庫は工事現場と同じく、物が多い。ワイヤーを引っ掛ける場所もある。ライトニングをやり過ごせる環境は整っている。

そして、サイレンスの能力で音は無力化されてしまう。

 

それでも永斗は感じ取った。アラシの中にある確かな勝機を。

そして、さらにその中で激しく燃え盛る、「負けず嫌いの炎」を。

 

 

《ライトニング!》

《リズム!》

 

 

メモリを入れ替え、ドライバーを再び展開。

中心から割れるように色が変わり、右側がターコイズ、左側がピンクに。

 

 

《ライトニングリズム!!》

 

 

全身に走る稲妻の意匠に、スプリングやブースター。左腕には専用武器「リズムフィスト」。

それは、これまで見せたどの形態とも異なる、全く新しい姿。

 

 

仮面ライダーダブル ライトニングリズム!

 

 

 

「覚悟しやがれ。今の俺は、ちょっとばかし機嫌が悪ぃんだ」

 

「失笑ものだな!」

 

 

嘘を信じさせるには、真実の中に混ぜるのがコツ。サイレンスがハイドープに覚醒しているのは真実である。

 

その能力は“感覚操作自在”。ある感覚を鈍らせることで、その分だけ別の感覚を鋭敏化させる能力。

今のサイレンスは、味覚、嗅覚、触覚を殺し、動体視力を強化している。ライトニングを避け続けられたのも、これが理由だった。

 

サイレンスは超視力でダブルの一歩目を見切る。ここから先は一直線しか進まない。

こうなれば、どれだけ速くても避けるのは容易__

 

 

「ッ!……ガあッ…!」

 

 

 

奴の動きの軌道上からは避けたはずだ。しかし、ダブルの拳は想定したよりも手前で止まり、大きく避けたはずのサイレンスの体には電撃と衝撃が走った。

 

 

(どうなっている…!ライトニングの能力に、放電は無かったはずだ!)

 

 

サイレンスはワイヤーで上空に退避。

それを目視で確認したダブルは、両拳を突き合わせ、上空のサイレンスに拳を突き出した。

 

サイレンスは咄嗟に針を放った。音による遠距離攻撃と推理したからだ。

しかし、今度は爆発するような電流だけが、サイレンスの体を駆け巡った。

 

 

「何が…起こっている…!?」

 

『分かんない?』

「お前の大好きな手品だよ、ミスター口だけ野郎」

 

 

空中で動きが止まったサイレンス、当然これを見逃すわけがない。

強化脚力で飛び上がったダブルは、空中で体を捻り、叩き落すような蹴りを決める。

 

サイレンスは無防備に落下する。

 

 

「それじゃあ、タネ明かしだ」

 

 

悠然と着地したダブルは左腕に力を込め、リズムフィストを地面に叩きつけた。

それと同時に地中に爆音が響き、同心円状に地面が割れる。

 

それだけじゃない。割れた地面の隙間からは、音と共に雷が解放された。

 

回避不能の広範囲攻撃、地を這う稲妻。

そして、サイレンスはその仕組みの遅すぎる理解を果たした。

 

 

「馬鹿げている……“音に電撃を重ねた”だと!?」

 

 

ライトニングの能力は“帯電”のみ。トリガーなら銃撃、ジョーカーなら体に電撃を帯びさせるに留まる。超高速移動も筋肉に帯電させるという応用だ。

 

一方、リズムメモリやオーシャンメモリは、他のボディメモリには無い“属性”を持っている。これはオリジンメモリにボディとソウルの区別が無いことに起因している訳だが。

 

これにより、ライトニングとリズムを掛け合わせることで、“音の攻撃”に“雷の属性”を添加が可能。

上下左右、放射状に広がっていく音に電撃を重ねる。例え音が消されても、一度外に出た電撃だけは消されず、空中で解き放たれる。

 

 

アラシの発想は至ってシンプル。

槍で避けられるのなら、逃げ場なんて与えない槍の壁(ファランクス)に!

 

 

「さぁこれで、マジックショーもお開きだ!」

 

 

地中からの電撃で動きを封じられたサイレンス、彼に攻撃を防ぐ術は無い。

 

電撃を帯びたフィストで、サイレンスに連撃を繰り出す。

リズムを刻むようにテンポよく、音楽に乗るように爽快に、ダンスを踊るように痛快に。

 

コンボを重ねるほどに威力は増す。

そして、戦士の輪舞(ロンド)はクライマックスを迎える。

 

 

《リズム!マキシマムドライブ!!》

 

 

リズムフィストにリズムメモリを装填。

フィストに収束する音のエネルギーが溢れ出し、豪快な音楽を奏でる。

 

 

 

 

しかし、これだけでは終わらない。

 

 

 

 

 

《ライトニング!マキシマムドライブ!!》

 

 

更にライトニングメモリを、ベルト横のマキシマムスロットに装填。

音の上に膨大な雷の波動が被さり、超必殺の爆音の拳から、一撃絶殺の破壊兵器(ジャガーノート)へと昇華を果たす。

 

 

「ま…待て…!取引しよう、もう彼女たちには手を出さない。僕が得た報酬の半分は君たちに譲ろう。僕だけしか知らない顧客や組織の情報だってくれてやる、だから……!」

 

「安心しな、俺はテメェみたいに騙したりはしねぇ。正真正銘一撃で

 

 

地獄の果てまで吹っ飛びやがれ」

 

 

 

“R”のオリジンメモリ。

地球から分離した26の意思の一つにして、“自尊”の意思。

 

それは、誰よりも強く自分を信じ、高みを目指す心。

 

 

ダブルはコンボを繋いだまま、サイレンスを空中に蹴り上げる。

 

全てのエネルギーを左腕へ、電撃により身体能力を瞬発的に超強化。空間を震わせながら光り輝く拳を後ろに引き、力強くその右足を

 

 

踏み込んだ。

 

 

 

「『ツインマキシマム』」

 

 

 

光×音。自然界最速の掛け合わせは、あらゆる存在の意識を振り切る。

 

 

一刹那先、

 

 

ダブルの目の前から敵は消え失せ、突き出した左腕の先には倉庫の壁に大きく空いた風穴。

電撃で焼き払われたような穴の先も、コンテナや樹木が焼き抉れており、一本の道を作っていた。

 

その遥か先に見える、何かが叩きつけられたような崖。

 

 

遅れてきた轟音が鳴り響き、抉れた樹木は倒れ、思い出したかのように崖に円状のヒビが入った。

 

 

 

「『リズムボルテックス』」

 

 

 

大爆発が起こり、その爆風がダブルにまで届く。

その断末魔は、爆音と崖の崩れる音にかき消され、誰にも届くことは無かった。

 

 

 

 

___________

 

 

 

高台から倉庫を見下ろしていた3人。

一人はマスクと黒いローブを身に着けた烈。

 

残りの二人は似たような恰好をした青年で、修道服に身を包んでいる。

片方は髪で右目を隠し、左手に暴食のマークを刻む。もう一人はその逆だ。

 

サイレンスが撃破されたのを確認すると、右目を隠した男が天を仰いで嘆く。

 

 

「あぁ!あんなにも弱き者を一方的に加虐するなど…神の意思に背く行為!

これを許さでおくべきか…否、天は彼の者に罰を与えよとのお告げだ!」

 

 

すると、今度は左目を隠した男が。

 

 

「本ットなんだよなぁ、アイツのメモリは色々便利なんだから。

あぁ…腹立ってムカついてしゃあねぇ!って神さんも言ってる気ィするわ」

 

 

烈は遠くで崩れた崖を見つめ、ダブルの進化を実感する。

脅威を見据えるにしては、やはり熱を持たない瞳を他所に向かせ、烈はその場を後にした。

 

 

「サイレンスは彼女…暴食の本命じゃありません。行きましょう」

 

 

残された2人の男は、どうにもダブルに意識を向けている。

しかしその目もまた、脅威を見据える目というよりは、ただ恨みの対象を見るような怪訝な目であった。

 

 

「チッ……なんだ、やらねぇんだ」

「然し。近いうちに借りは返すことになるでしょう」

 

 

二人の男は修道服を翻し、片手で作った歪な祈りを捧げる。

 

 

 

「「神の名の下に」」

 

「報復を!」

「復讐を!」

 

 

 

__________

 

 

8/29 活動報告書

 

 

「12時1分3秒!私の勝ちよ!!

まぁ当然の結果ね、このスーパーアイドルにこにーが、アンタなんかに負けるわけないんだから?」

 

「ふっざけんな!こんなん誤差だ!時計がズレてたんだよ!!」

 

「スパイダーショック、磁気の嵐の中でもコンマ一秒すらズレないんですけどそれは」

 

「永斗は余計な事言ってんじゃねぇ!」

 

 

えーっと、アラシが忙しいので今回の活動報告は僕が担当します。士門永斗です、面倒くさい。

 

今はライブ終わって既に夜。事務所に集まってライブ映像の見返し、そんでドーパント倒したのが早いか、にこちゃんが声を出したのが早いかで揉めてる最中です。

 

結果としてはサイレンスを倒したのが12時1分9秒。声が戻ったのが12時1分3秒で、にこちゃんの勝ち。

アラシはそれがどうも気に入らないみたいだ。

 

 

さて、活動報告といきますか。

 

 

サイレンスを撃破したことで、消えていた音は全て戻った。

先程、依頼人の茂枝ミズノに会いに行ったが、問題なく声は治っていた。涙ながらに感謝する彼女に、次の劇を見に行くことを約束して一件落着。注目女優の演劇、少し楽しみだ。

 

にこちゃんの声は、どうやら本当にオリジンメモリの力で跳ね飛ばしたらしい。とんでもないね。

そんでライブの方も大成功を収めた。ネット上でも反応が良く、間違いなくアイドルランク上昇に繋がるだろう。

 

 

サイレンスは撃破後、崖崩れの中から発見されて無事に逮捕された。

完全にオーバーキルだったが、生きていたようだ。まぁあの攻撃で地面にでも叩きつけようもんなら、間違いなく全身が肉片となって弾け飛んでただろうけど。その辺はアラシの慈悲だろう…いや、慈悲ではないな。

 

 

「それにしても、今回はアラシのキレ具合凄かったねー」

「ホントにゃ!アラシくん、いつもの倍くらい怖い顔してたよ!」

 

「はぁ?別に怒ってねぇし」

 

「いや、本当に怖かったわよ?ねぇ、希」

「鬼さんみたいな顔しとったね!」

 

「絵里…希まで、だから怒ってねぇっつってんだろ。

まぁ確かに、茂枝ミズノの件は気の毒に思ったし、イラつきもしたが」

 

「何?私の声はどうでもよかったわけ!?」

 

 

にこちゃんが突っかかる。

まぁ安定で嘘乙だよね。アラシが珍しい。

 

大体、あの時僕が“不可能”って断言したのはこれが理由だ。

サイレンスを“倒さず捕獲”なんて、自分で思ってる以上にブチ切れてたアラシには無理だったに決まってる。

 

 

「別にお前の声は心配してねぇよ。

だって、お前は勝手に自分でなんとかすんだろ」

 

「えっ…?」

 

 

おーっと、前言撤回。これは嘘じゃないね。本当、アラシってさらっとこんな事言うんだから。

 

 

「な…なによ!にこだって?別にアンタの助けなんていらなかったし!

でも……その…なによ。一応、ありがとう…っていうか、ごめんっていうか……」

 

「あ?声小せぇんだよ。いっつもアホみたいにデケぇ声出す癖に」

 

 

あ、にこちゃんモジモジしてる。可愛い。

アラシは難聴系かよ、空気読めや。あ、にこちゃんキレてる。

 

 

「うるっっさいわね!人が珍しく素直になってやろうってのに!」

 

「はぁ!?」

 

「そうよ!にこにーが見事勝利を収めたんだから、アンタに一つ命令をしてあげるわ!」

 

「ふざけんなお前、なんで……」

 

「いい?アンタは明日も明後日も、卒業して大人になってもずーっと!

 

このハイパー可愛いアイドル矢澤にこを、ずっと近くで褒め称えなさい!!」

 

 

 

……はい?

 

事務所にいる皆が止まった。かよちゃん口空いてるよ。真姫ちゃんコーヒーこぼしてますけど大丈夫ですか?

あ、違うわ。ほのちゃんだけ話聞かずに寝てた。

 

にこちゃん、多分うっかり言っちゃったんだろうな。顔、超真っ赤になってる。

いや、だって。大人になってもずっと近くにって、言っちゃえばそれって……

 

 

「誰が褒め称えるか、バーカ」

 

 

アラシはそう言って、にこちゃんにデコピンをした。

何でアラシはこんなに残念なんだろうか。

 

 

「……!な……アンタ負けたんだから言う事聞きなさいよ!作詞のセンスも無いクセに!」

 

「は、お前、作詞って…アレ見たのか!?」

 

「見たわよ?あんなに私のことが好きなら、ちゃんと言えばいいのに~?

しょーがないから、私が曲名付けてあげるわ!ズバリ、“にこぷり♡女子道”!」

 

「ざっけんな、却下だ却下!お前が付けた題名は全部却下!」

 

「はぁ!?私のソロ曲でしょ!?」

 

 

…ガチで一生このやり取り続けそうだね、この2人。

アラシはデリカシー無いのに、何であんなにモテるんだろうね。そのうちハーレム作るよあの子。

 

まぁ、にこちゃんが若干デレに近寄ってるって感じで。いたたまれない真姫ちゃんとか諸々一旦置いといて、

 

 

矢澤にこ喪失編、まずはこれまで……ってとこかな。

 

 

 

 




何を疑い、何を信じるか。虚実と信頼の3話エピソード、いかがだったでしょうか。
あと、先に言っておきます。恋愛描写はこれが限界です。誰か初恋を僕に下さい。

最後に出た2人は、近いうちに立ちふさがる“暴食”の中ボスです。濃いですね。いつも通り。

そして最後に、予告する!

「次回、地獄より永遠を盗みに参上する」


感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


……過去編最終話なんて知らへんのや。


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第49話 アイツはK/永遠を盗んだ怪盗

大学の学園祭が台風で両日中止!146です。
一日かけて準備したんですけどね。ウチは金が動かないんで損害はないんですけど、飲食店のサークル考えると…うん。中止の決定後が悲壮感凄かったですもん。

まぁ、その時間を利用して書き上げました。
今回はダブルとμ’sの出番(ほぼ)無し!新作の読み切りのつもりで書いてみました。設定とかキャラとか用語とかバンバン詰め込んでます。

遂に登場、新たなライダー!そして、彼らと交差するのはμ’sではなく…?


怪盗。小説といったフィクションに登場する、世にも華麗な泥棒。想像上の生物と言っても差し支えない彼らは、この世界に確かに存在する。

 

世界各地で世間を騒がせる、“地獄の怪盗団”。

その頭領と思われるのは、覆面を被った白き影。

 

 

彼の姿を見た者は、口を揃えてこう言う。

 

 

黄色の眼を夜の帳に光らせ、黒いマントで星空を覆い隠す

 

青き炎を身に纏った、白の“死神”を見たと───

 

 

 

 

 

_____________

 

 

 

「……で、その怪盗を見に行くってこと?」

 

「うん!雪穂も一緒に行きましょう?」

 

 

 

8月24日。夏休みも終盤に差し掛かり、世の学生は宿題に追われる日々を過ごしている頃。

μ’sの高坂穂乃果の妹、高坂雪穂も自宅である和菓子屋穂むらで勉学に勤しんでいた。

 

今日からμ’sは合宿で、何かと手のかかる姉は家を離れる。雪穂は来年高校受験を控えた中学三年生。集中して勉強できるチャンスを逃すまいとしたのだが…

 

 

「あの…亜里沙?私たち、一応受験生だと思うんだけど……」

 

「勉強ならお姉ちゃんが教えてくれたし、お姉ちゃんも今の私なら音ノ木坂はダイジョーブって。…学校がまだあればの話だけど」

 

 

そんな雪穂のもとに来たのは、同じくμ’sの絢瀬絵里の妹である、絢瀬亜里沙。2人とも音ノ木坂中学の学生であり、お互いの家によく行くほど仲がいい。

 

しかし今回、亜里沙が持ってきた話が「怪盗を見に行こう」というものだった。

 

 

先日、この近くの美術館に予告状が届いたという。

なんでも、そこで展示する宝石を頂くとかなんとか。その犯行予告が今日の夜なのだ。

 

フィクションではよく聞く「怪盗」。それがどんなものなのか、雪穂も興味はあった。

しかし、いくら言い繕っても怪盗は泥棒、犯罪者だ。それを面白半分で見に行くというのは、どうにも抵抗がある。

 

一方で亜里沙は、怪盗に興味津々。見に行く気マンマンで雪穂を誘いに来たのだった。

 

 

「私は行かないよ?勉強もだけど、今日はお母さんが夜に出かけるから、店番しなきゃだし」

 

「そっか…今日はお姉ちゃんもいないし、雪穂と一緒に見たかったけど……うん、じゃあ亜里沙ひとりで行くね」

 

 

その少し残念そうだが必死に平素を保とうとする笑顔に、罪悪感で雪穂の胸が締め付けられる。相変わらずの天使だった。

 

 

(いやいや、私別にウソは言ってないし…)

 

 

店番も本当であるため、家を出るわけにはいかない。

それでも申し訳なかったのか、雪穂は亜里沙に数個の饅頭を持たせたのだった。

 

 

 

__________

 

 

 

「そろそろ…時間か」

 

 

それは雲をも見下ろす、遥か上空。

口元に笑みを浮かべ、時計に目線を落とした男は、隣に立つ褐色肌で銀髪の男から受け取ったマスクを目元に着けた。

 

礼儀正しく棒のように立つ銀髪の男は、静かに目を閉じ、浅く礼をした。

 

 

「ご武運を、マジェスティ」

 

 

目を開けた時、彼の姿は霧のように消えていた。

 

 

 

__________

 

 

 

時刻は夜の8時を回った。

雪穂は店のカウンターで、店の制服である割烹着を着て、少し気怠そうに座っていた。

 

 

「お姉ちゃん、今頃何してるんだろ…ちゃんと練習してるのかなぁ?」

 

 

この時間に客は少ない。早い話、退屈だった。それを紛らわせるかのように、なんとなく単語帳を眺めている。

 

雪穂は音ノ木坂ではなく、UTX高校を受験するつもりだ。理由としては、全国的に高い偏差値が挙げられるのと、何より音ノ木坂が廃校になるからだ。

 

音ノ木坂は高坂家が代々通っていた高校で、姉と同じ学校に通いたいという気持ちもあり、廃校が悲しくないと言えば嘘になる。しかし、普通に考えてどうしようもないことなのだ。

 

 

(まぁ、それを自分でなんとかしようってのが、凄くお姉ちゃんらしいけど…)

 

 

穂乃果はスクールアイドルで廃校を防ごうとしている。聞いた時は耳を疑った。無理だと思った。それでも、そんな姉に賛同する仲間も集まり、驚くことに成果まで出し始めている。

 

 

穂乃果の事と言えば、それだけじゃない。穂乃果はどうにも隠し事をしている節がある。雪穂はそれが気になっていた。

 

どう考えても部活でつかないような怪我をするときもあった。突然家を飛び出し、夜遅くに帰ってきたこともあった。すごく悩んでいるときもあった。

 

たまに家に来る男子、切風アラシと士門永斗が何か関係している気もするが、真相は分からない。ただ、穂乃果一人で抱えるには大きすぎる何かが、その輪郭を雪穂の目に映していた。

 

 

それでも、穂乃果は笑っている。誤魔化しじゃなく、心から毎日笑っている。雪穂には分かる。例えどんな逆境や恐怖の中にいるとしても、彼女はその毎日の中で生き生きと楽しんでいる。

 

 

(じゃあ、私は?)

 

 

そんな考えが頭に浮かび、消えた。

 

やりたいことは特にない。でも別にそれに不満があるわけでは無い。出来ることなら毎日が何事もなく、平和に過ぎればいいと思っている。

 

 

人が出来ることなんて所詮、目の前とちょっと先の事を考え、ただしっかりと生きていくことだけなんだ。

これが中学3年生にして雪穂が持つ、彼女の持論だった。

 

 

客は来ない。

 

 

単語帳を片手に、ふと亜里沙の事を考える。

 

 

「怪盗はもう来たのかな……」

 

 

怪盗。口に出すと感じるが、やはり現実離れしている単語だ。

ニュースで世界各国の美術品が盗まれたという話は知っているが、逆に言えばそのくらいしか知らない。この技術も発展した現代で、警察を欺いて宝を盗むなど、可能なのだろうか?

 

雪穂は単語帳から目を離し、少し記憶を辿る。

怪盗の名前、なんだったか。確か単語帳で見た英単語。Eから始まる……

 

 

「すいません、やってます?」

 

 

引き戸が開く音と、男の人の声が、雪穂を現実に引き戻した。いけない、今は店番だった。怪盗の存在はやはり心をかき乱す。

 

 

「あっ、いらっしゃいませ!ごめんなさい、少しボーっとしてて…」

 

 

雪穂はやって来た客の顔を眺める。

髪は暗い金髪のくせ毛。しかし、髪の一部が青く染めてある。肌は他と比べると白く、男性にしては綺麗だった。成人しているかしてないかくらいに見えるが、背は高い。脚は長く、スタイルの良い男性ってこんな感じなんだなーと、雪穂はふと思った。

 

 

「イラッシャイ、って本当に言うんだ。聞いてた通り、この国は楽しそうだな」

 

(外国の人…なのかな?)

 

 

青年の言動に、そう思った。しかし、それにしては日本語が流暢だ。この人も亜里沙のような混血なのだろうか。亜里沙と会った頃の会話を思い出す。

 

 

「ご注文は?」

 

「ワガシですよね?一番美味しいのってどれ?」

 

「えっと……このほむまんっていうお饅頭が一番人気で…」

 

「じゃあそれ全部ください」

 

「全部!?」

 

 

思わず大きな声が出てしまった。

全部というと、かなりの量が残っている。ざっと30箱くらいだろうか。

 

一人で運ぶには多すぎる量を、幾つもの袋に詰める雪穂を見て、男は興味ありげに話しかけた。

 

 

「店員さんって、生きてて楽しい?」

 

「…はい?」

 

 

雪穂は思わず聞き返した。随分失礼な人だなと思ったが、目を見る限り悪意は無さそうだった。

 

 

「……まぁ、それなりに」

 

「ソレナリじゃダメだよ。せっかく生きてるんだから、ちゃんと楽しまないと。

死ぬ気でさ」

 

 

一瞬、背筋がゾッとした気がした。

なんだろう、言葉の強さ故だろうか?もしかしたら、よく意味を知らずに使ったのかもしれない。雪穂はそう考えることにした。

 

10を超える数の紙袋を仕上げ、雪穂は一息。

男は財布を取り出そうとしているが、様子がおかしい。

 

 

「財布無いみたいだ。悪いけど、コレで代わりにしてくれないかな?」

 

 

男はそう言って、雪穂にどこからか取り出したソレを渡した。

風呂敷に覆われていて、持った感じは手のひらサイズのボールのよう。しかし、それにしては随分と重たい。

 

 

「この店も楽しかった。またね」

 

「…って、待ってください!こういうのは困りま……あれ?」

 

 

雪穂がその何かに目を取られていた、ほんの数秒。

視線を戻したときには、その男の姿も、あの大量の饅頭が入った紙袋たちも、幻にように消え去ってしまっていた。

 

 

 

「えっと……どうしよう…」

 

 

 

____________

 

 

 

 

「美術館の周りをお巡りさんがたくさん守ってて、もうネズミさんも入れないの!それでどうするかと思ったら、カイトーさんが空から降って来たの!хорошо(ハラショー)!亜里沙、ビックリしちゃった!雪穂も来ればよかったのに…」

 

「亜里沙…こっちもこっちで大変だったんだから」

 

 

怪盗を見に行った亜里沙は、もう夜も遅いというのに、テンションが上がり切ってしまたのか穂むらに戻ってきていた。そしてその感動を叫ぶこと、数十分が経過している。

 

 

「えっと…クイニゲさん?だったっけ」

 

「食い逃げ…っていうより、泥棒だね。ほむまん全部の代わりに、一銭も払わずに消えちゃった」

 

「でも代わりに何か貰ったって…」

 

「あ、そうそう。そこに置いてあるやつね。結局見てないけど、それなんなんだろう?

高く売れる物ならいいなー、なんて……」

 

 

興味を持ったのか、亜里沙が男が渡したソレを手に取る。

そして結んである風呂敷をほどき、その中身を見せた。

 

 

「わ、本当に高そう…」

「キラキラしてる…」

 

 

それは黄色いガラス玉のようなものだった。大きさは女子の手のひらよりも小さい程度で、その玉を掴むように、3本の龍の指のような彫刻が装飾されている。

 

ガラス球にしては密度の高い輝きを放つソレは、余りにも美しかった。

 

 

思わず魅入ってしまう2人。

そんな時、点けていたテレビからニュースが流れた。

 

 

『本日夜8時。先日の予告通り、世界で話題となっている“怪盗”が日本に現れました。

怪盗が現れたのは本日開催された国際宝飾展で、盗まれたのは宝玉、“賢王の右目”。古来中国より伝わったと言われ、琥珀色の水晶のような……」

 

 

そのワードを、2人の耳は聞き逃さなかった。

雪穂は一旦目を閉じる。まさか、そんなはずがない。そう言い聞かせ、心を落ち着かせた。

 

意を決してテレビを見る。

表示される、宝玉“賢王の右目”の写真。

 

 

そこには、今まさに亜里沙が手にしている物と、全く同じものが映っていた。

 

 

хорошо(ハラショー)……」

「わっ!ちょっと亜里沙!!」

 

 

驚きのあまり、宝玉から手を放してしまった亜里沙。

咄嗟に滑り込んだ雪穂がすんでの所でキャッチ。確実に寿命を一週間は縮めたであろう恐怖が、雪穂に襲い掛かった瞬間だった。

 

 

雪穂の手には、怪盗が盗んだという宝玉が。気のせいか、その手がとてつもなく重く感じる。

 

 

「でも、なんで…?まさか、さっきの客が怪盗!?」

 

「えっ!?雪穂、怪盗に会ったの!?どんな人だった?」

 

 

噂には、怪盗は黄色い目、白い姿、黒いマント、青い炎を纏っているとあった。色が混雑しすぎだと思う。

 

確かに肌は白かったが、目は黄色ではなく青だった。大体、炎を纏っているなんて時点で非現実的だし、こんな場所に素顔で来るとも思えない。

 

問題はそれよりも、この庶民の手に余る宝をどうするか、だ。

落し物は交番に届ける…これを届けられたお巡りさんも困るだろうが。

 

怪盗の意図はわからない。とにかく、これは今すぐ警察に連絡した方がよさそうだ。

 

 

雪穂の考えはそう纏まり、早急に警察に連絡しようと立ち上がる。

 

その時だった。一瞬、視界と頭の中が真っ白に染まる。

 

 

「…!?」

 

 

気付くと、目の前にいるはずの亜里沙の場所が、真っ黒に見えていた。

それは塗りつぶされたというより、何も存在していないような、そんな黒だった。

 

 

「……雪穂?雪穂!」

 

 

亜里沙の呼びかけで、雪穂は我に返る。

今の一瞬はなんだったのだろうか。目の前の亜里沙はいつも通りに映っている。ただ、彼女はとても驚いてた顔をしており…

 

 

「……ごめん、なんか頭が…」

 

「雪穂!その目、どうしたの!?」

 

「目……?」

 

 

雪穂はいまいちハッキリしない意識で、窓ガラスに映る自分を覗き込んだ。

 

 

目が、右目の色だけが黄色く変わっている。

それだけじゃない。右の手のひらにも、謎の模様が浮かび上がっていた。

 

 

「なに…これ…?あれ…?」

 

 

もう一つ、雪穂は気付いた。

さっきまで持っていたはずの物が消えている。

 

宝玉“賢王の右目”。その名前で、なんとなく状況は察した。

あり得ない。非現実的すぎること多すぎて、普通と自負している雪穂の頭は、パンクしそうな勢いだった。

 

 

 

「宝石が、私の中に入った!!??」

 

 

 

_________

 

 

 

そして翌日。

 

 

「どうだった?」

 

「……ダメ」

 

 

雪穂と亜里沙は病院に来ていた。

ダメ元で目を元に戻すためだったが、やはり相手にされない。まぁ、体に宝石が入って目の色が変わりました、なんて信じる方がどうかしている。

 

 

「なんだか、雪穂ったらとっても可笑しい。その眼帯と包帯……えっと、チュウ二ビョーさんみたい!」

 

「やめてよ…この暑い中手袋ってのも変だし、こうするしかなかったんだから……」

 

 

笑いながら亜里沙が言う一方で、雪穂はとても恥ずかしそうだった。

 

 

「中学三年生にもなってこんな格好…うぅ……」

 

 

 

 

一方そのころμ’s合宿では。

 

 

「ヴェぇっクション!!なんだ…風が呼んでいる!」

 

 

クマと戦いボロボロになった男。

高校一年生にして手に包帯を巻き、槍を振り回し、痛々しい口調の自称竜騎士が、夏空にくしゃみをぶちまけていた。

 

 

 

場所は戻って東京。

 

 

「それで、目はなんともないの?」

 

「うん。色が変わっただけで…何が起こってるのか本当に分かんないけど…」

 

 

心当たりがあるとすれば、昨日亜里沙に見えた黒いなにか。だが、あれ以降変なものは見えない。気のせいだったのかもしれない。

 

とにかく、病院が相手にしてくれない以上、警察に行くべきかとも考えるが、警察にこそこの状況をどう説明しろと言うのだろうか。

 

状況は既に手詰まりだった。あとあるとすれば、姉の友達の物知り少年、士門永斗に聞いてみるくらいしか…

 

 

 

「亜里沙、とりあえず帰って……ッ!?」

 

 

 

背後から強い力が雪穂を抑えつけた。

亜里沙の方を見ると、サングラスとマスクをした男が彼女を取り押さえている。

 

抵抗しても、力と体格の差が大きすぎる。

なされるがままに組み伏させられ、口元にハンカチを抑えつけられる。

 

 

 

雪穂と亜里沙は、そのまま意識を失った。

 

 

 

__________

 

 

 

 

__目を覚ました。

 

 

 

「ここ…は……?」

 

 

そこは、見知らぬ倉庫。ロープで体が縛り付けられ、身動きが出来ない。

そして、雪穂の目の前には、黒いスーツを着た数十名の男たち。

 

 

「目が覚めたようだな」

 

 

その先頭に立つのは、同様に黒いスーツを着た小柄な男性。雪穂は状況が理解できてないのか、妙に落ち着いた様子で辺りを見回す。

 

その瞬間、雪穂の目に昨日のような光景が映った。

彼女の目の前に大きく燃え上がる、青い炎。

 

 

「…ッ!亜里沙!」

 

 

現実に引き戻されると、隣には、未だ目覚めぬ亜里沙が同じように縛られていた。それがきっかけで、雪穂は状況を把握した。そして、目の前にいる彼らの目的も。

 

何故なら目の前にいる小柄な男は、左目が赤く、左手に見覚えのある紋章を刻んでいたから。

 

 

「その左目……」

 

「そう、“愚王の左目”。お前の未来を見通す“賢王の右目”とは逆に、こちらは過去を見る力がある。慣れればこうして、片割れの場所も把握できる。

驚いたぞ。まさかこんな小娘が怪盗だったとは」

 

 

雪穂は更にマズい状況にある事に気付いてしまった。

あの宝石を受け取ったせいで、どうやら奴らは雪穂が怪盗であると誤解しているらしい。

 

 

「ちょ…ちょっと待って!私は怪盗じゃないし、大体亜里沙は無関係よ!あのよく分かんない宝石だって好きに持って行っていいから、だから…」

 

「そんなことを信じるとでも思うか?それに知らないわけがあるまい。その宝玉を取り出す手段は、腕を切り落として力を断つ以外にないと」

 

 

男は懐から一枚の紙を取りだし、こちらに見せてくる。

そこに書いてあったのは以下の文章。

 

 

『本日夜7時、“愚王の左目”を頂きに参上する。───地獄の怪盗団』

 

 

「つまりこれは、このハルカス・ピライナーノの左腕を切り落とすという意味。我々ピライナーノファミリーに対する宣戦布告であると取って良いのだな?」

 

 

ファミリー。雪穂は理解していなかったが、この名前は彼らがマフィアであるという事を意味する。

 

 

「“賢王の右目”と“愚王の左目”。その昔、盗人がこの2つの力を得て、そのまま王になったという逸話さえも残る代物だ。なんとしても2つ揃える必要があったが、盗んでくれたお陰で手間が省けた。兄者!」

 

 

兄者。そう呼ぶと、後ろから一際大きな体格の男が、構成員をかき分けて現れた。

 

 

「我々をコケにした罪だ。その悲鳴と恐怖の顔を見るため、わざわざ起きるまでまってやったのだ。さぁ兄者、この娘を殺し、腕を切り落とせ」

 

「あァ…例のアレを寄越セ」

 

「そんな……!」

 

 

大柄の男が持ったのは、棘の付いたハンマー。

男はそれを、愛おしそうに掲げ、雪穂を嗜虐心に満ちた目で見降ろす。

 

 

「最近の兄者の流行りらしい。楽に死ねるとは思わない方がいい」

 

 

そんな言葉はもう雪穂の耳には届いていなかった。

 

なんでこうなったんだろうとか、亜里沙はどうなるんだろうとか、お姉ちゃん元気かなとか、宿題終わるかなとか、そんな思考が冗談みたいにグルグルと。

 

 

きっと自分は悪くない。言うとするなら、運が悪かった。

人生はそんなものか。と、笑えるくらいに達観した意見が浮かんでくるのが笑えない。

 

男がハンマーを振り下ろそうとしている。

多分一回じゃ死ねないんだろうな。ごめんね亜里沙、付き合わせちゃって。

 

 

こんな時、助けてくれる人がいたら。

そんなアニメや小説みたいなヒーロー、現実に…

 

 

いるわけ、ないよなぁ。

 

 

 

 

 

 

「どう?楽しかった?」

 

 

そんな声が闇の中から聞こえた。とてもよく聞いた無邪気な声だった。

 

 

「亜里沙…?」

 

 

眠っていたはずの彼女は、縄も解いて雪穂と男の間に立っている。

しかも、ハンマーを持った男の腕を、片手で支えながら。

 

 

「馬鹿な!兄者、早く娘を殺せ!」

 

「動かなイ…こノ女、強イ…!」

 

「あり得ない…子供の細腕一本だぞ!?」

 

 

目の前の亜里沙が手を離すと、そのままハンマーは振り下ろされた。

しかし、その殴撃は地面を抉っただけで、縛られていたはずの雪穂は居なくなっていた。

 

その姿は、壁沿いに設置された倉庫の二階に。

しかし、そこにあったのは2人の少女の姿ではない。

 

一人の少女、雪穂を抱きかかえた、仮面を着け、軍服とスーツが合わさったような服の男───

 

 

「そうか、貴様が…怪盗!」

 

 

怪盗が笑うと同時に、倉庫の天井を突き破り、2つの影が彼の後ろに降り立った。

一人は褐色の肌の銀髪執事。もう一人は後ろ髪を伸ばし、顔にピアスを着けた薄着の男。

 

突如現れた人物に敵意を向ける群衆に向け、銀髪の執事は静かに言い放つ。

 

 

 

「控えよ。我らが王の御前である」

 

 

 

言葉がそのまま重力になったような威圧が、その場にいたほとんどの者を抑えつけた。

 

息の詰まるような迫力と、肌を刺すような大きな殺気が3つ。本能的に屈服してしまうような、異常な気迫。

 

彼らは怪盗と呼ぶには、余りにも強大だった。

 

 

「また会えたね。高坂雪穂ちゃん」

 

「亜里沙が…あれ?でも…」

 

 

常人の一年分くらいの情報量と展開で、雪穂の頭はパンクしそうだった。

しかし、冷静になって考えてみる。この男があの宝石を押し付けたのであって、それはつまり…

 

 

(私、この人のせいで死にかけたのでは??)

 

 

 

「……何をやってるお前たち!今すぐ奴を…怪盗を血祭りにあげろ!」

 

 

マフィアたちが一斉に何かを取り出す。

雪穂はそれが拳銃だと思った。しかし、それはもっと恐ろしい、悪魔の発明。

 

ガイアメモリ。雪穂もテレビのニュースで見たことがあった。

人間を化け物にするという、禁断の小箱。

 

そしてリーダー格の2人もメモリを見せる。

特に大柄な男の方のメモリは他とは明らかに違う、銀のボディ。

 

 

《アメーバ!》

《スケイル!》

 

 

ハルカスと言った小柄な男の方は、青いメモリを手首に挿し、透明な肉体の中に気泡や核、目玉や牙を泳がせた不定形の怪物、アメーバ・ドーパントに。

 

大柄な兄者と呼ばれた男は、銀のメモリを右の二の腕に挿入し、魚類を彷彿とさせるが全身を鈍色の鱗が覆った化け物、スケイル・ドーパントに変身した。

 

他のマフィアのほとんどは、スーツ姿に不気味な骨の覆面を被ったような、マスカレイド・ドーパントへ姿を変えているが、その中にも別の姿をしたドーパントが一割ほど存在している。

 

 

「いいね。楽しくなってきた」

 

「楽しくって…何十人もいますよ!?逃げられるんですか!!?」

 

「なんで逃げるのさ雪穂ちゃん。これは人生つまらなそうにしてた、君への2つ目のプレゼント」

 

 

怪盗は悠々と執事に雪穂の体を預けた。

何かを取り出そうとする怪盗に、執事が進言する。

 

 

「思ったよりも敵の数が多いです。マジェスティ一人では、7時30分のディナーに間に合わないかと」

 

「それは困る…仕方ない」

 

 

怪盗が右手を挙げると、ずっと黙っていたピアスの男がドーパントの軍団の中に飛び降りた。

 

 

「屠れ、ロイ」

 

「Да、俺の出番か」

 

 

ロイと言う男は、怪物たちの真ん中で上着を破り捨てる。

右胸に見えるのは、体に埋め込まれた何か。それはチップのようで、Wと描かれている。

 

 

「コーフンすんなぁ!殺し合いのお時間だァッ!!」

 

《ウルフ・アンリーシュ》

 

 

右胸のチップが肉体と共鳴し、ロイの体を変異させる。

灰色…いや、銀色の毛が全身を覆い隠し、背中から牙のような角のような骨格が皮膚を突き破って現れる。

口は前に突き出て、鋭い牙が生え揃う。口の横からも2本の大きな牙が横に現れ、剣か三日月を喰らった獣のよう。

両手両足の血管が走ったような模様を刻んだ爪、発達した脚部、その肉体の全てが彼の名を物語る。

 

 

それはドーピングした人間(ドーパント)ではない。

“地球の記憶”と“人間の肉体”。その境界を極限まで取り払った、全く新しい生命。

 

ある者はそれを“命の冒涜”と呼び、“神への挑戦”とも呼ぶ。

それはまさしく禁忌。倫理や信仰を真っ向から斬って捨てる、人間の業と罪の刃。

 

 

彼らは人としての生を捨て、想像し直された生命。

その名も“ガイアノイド”。

 

 

 

「ウア゛オァァァァァァッッ!!」

 

 

 

ウルフ・ガイアノイドは目の前のマスカレイドの体を、その爪で引き裂いていく。そしてその咆哮は、前方の敵を全て消し去る。

あらゆる者は一矢報いることすらできず、その命を散らす。

 

そんな中、右腕にブレードを備えたドーパント、アームズ・ドーパントがその刃でウルフに斬りかかった。

 

 

ウルフはアームズの存在に気付きながらも、その刃を己の心臓に突き刺させた。

 

歓喜の声を上げるアームズ。しかし、何かがおかしい。

その刃は彼の胸に刺さったまま、どれだけの力を入れても微動だにしない。

 

 

「おい、次は?」

 

「は……?」

 

「これで終わりかよ?色々あんだろ、毒に電撃、回転、肥大化、炎、氷結、爆発、その他諸々エトセトラ!!心臓刺しただけで殺した気になってんじゃねェぞ素人が!!」

 

 

ウルフは怒りの込もった腕でアームズの右肩と胴体を掴み、その腕を軽々と引きちぎった。

 

 

「ひぃっ……!?」

 

 

その様を見ていた雪穂は、思わず恐怖の声を漏らした。

それは腕が引きちぎられた光景ではなく、彼が腕を放り投げ、天に吠えた叫びへの恐れ。

 

 

 

「誰か俺を…殺して見せろァァァァァァッッ!!」

 

 

 

その光景に驚くしかない、アメーバ・ドーパント。

大金と大きな代償を払い、“強欲”から手に入れた大量のメモリ。それで作り上げた、最強の部隊。

 

それが、何故こうも押されている!?

 

 

「アナタの相手はオレがしよう」

 

 

スケイル、アメーバの前に降り立った怪盗。

その右手に持っているのは、パール色のガイアメモリ。

 

 

「怪盗…お前もドーパントか!」

 

「Нет、違うね。オレは…仮面ライダーだ」

 

 

怪盗が取り出した赤い装置、“ロストドライバー”を腰にかざすと、ひとりでにベルトが展開する。

 

 

「ここにいる全ての者を招待しよう。

さぁ踊るといい、最高に楽しい…死神のパーティータイムだ!!」

 

 

《エターナル!》

 

 

エターナル、“E”のオリジンメモリを起動させ、ドライバーに装填。琥珀の波動が怪盗の姿を包み込む。

 

 

「変身」

 

《エターナル!》

 

 

ドライバーを展開。足元から白い破片が集まるように、怪盗の姿を変えた。

 

∞を象った黄色い複眼、白い身体、大きく広げた黒いマント、両腕に施された青い炎の模様。

全身にメモリを装填するスロットを備えたその姿を見た瞬間、雪穂は思い出した。

 

 

「怪盗の名前……そうだ、怪盗………エターナル!」

 

 

 

“永遠”をその名に掲げ、地獄からやって来た怪盗。

その名も、仮面ライダーエターナル。

 

 

「怪盗エターナル。予告通り、“愚王の左目”を頂きに参上した」

 

「兄者ァ!」

「おオッ!」

 

 

アメーバが体を流体化させ、スケイルの体内に入り込む。寄生アメーバの生態を再現したこの能力により、アメーバはシルバーメモリのドーパントという最強の鎧を手に入れた。

 

スケイルは腕を振り上げ、拳をエターナルに向けて叩きつける。エターナルはそれを余裕のある動きでかわし、専用ナイフ“エターナルエッジ”でその体を斬り付けた。

 

 

「硬い」

 

 

軽い斬撃では傷一つ付かない強固な鱗。さらにスケイルは、その鱗を変形させ、棘のようにしてエターナルに射出する。

 

ナイフを使わず、蹴りとパンチでそのミサイル棘を弾くエターナル。スケイルは更に、剣のように変形させた鱗で、エターナルへと攻撃を仕掛けた。

 

その斬撃はエターナルエッジで受け止められるが、パワーではスケイルが押している。

 

 

ダイヤモンド並みの強度を誇る鱗、そのくせ形状は変幻自在。そしてこの圧倒的パワー。これがスケイルメモリがシルバーメモリに属する由縁だ。

 

 

「マジェスティ。そのドーパントの鱗は、射出した後の表皮が弱点のように見受けます。ご所望とあらば、私が全て削ぎ落して差し上げますが」

 

「いや、エンリョしておこう」

 

 

雪穂の目には、その光景は劣勢に映っていた。

しかし、なぜだろう。彼が負ける気が一切しない。そんな気持ちになっていた。

 

 

「シオン。Gの7番、Iの12番、Uの25番を」

「承知しました」

 

 

シオン、そう呼ばれた銀髪の執事は、持っていたアタッシュケースを開く。

雪穂はその中身に驚愕する。何故なら、それはケースごとに分けられ敷き詰められた、無数のドーパントメモリ。

 

シオンはその中から手際よく3本のメモリを抜き取り、エターナルへと投げ渡す。スケイルの腕を押し返したエターナルは、3本のメモリを受け取り、その中の紫のメモリを起動させた。

 

 

《グラビテイション!》

 

 

重力で押しつぶされたGが描かれたドーパントメモリ、グラビテイションメモリをベルト側部のスロットに装填。

 

 

《グラビテイション!マキシマムドライブ!!》

 

 

エターナルを中心に、紫の重力波が辺りに広がっていく。エターナルが右腕を上げると、アメーバが中に入ったスケイル、シオンと雪穂、エターナル自身が浮かび上がった。

 

エターナルとスケイルが屋根を突き破り、上空に浮かび上がる。

満天の星々が輝く夜空を背に、エターナルは指揮棒を振るように両腕を上げた。

 

この倉庫は漁港のもの。背後に海が存在する。

グラビテイションの能力を受けた大量の海水は、スケイルとエターナルの周りに収束を始めた。

 

 

一方で同じように浮かび上がったシオンと、彼に抱きかかえられている雪穂。雪穂は浮いたことにかなりパニックだが、さらに目の前の光景にパニックを重ねる。

 

エターナルとスケイルを中心に出来上がったのは、グラビテイションの能力で支えられた超巨大な水球。

 

 

「これほどまでの規模の物体を維持し、同時に我々を浮かせる技術。御見逸れいたします」

 

「ちょ…ちょっと、これ大丈夫なんですか!?なんか浮いてるんですけど!」

 

「反重力で場所を固定しております。試しに私から降りられてみますか?」

「いえ、結構です」

 

 

上空100メートルの特等席から、エターナルとスケイルの水中の激闘を観戦する。

 

 

『水中戦だと?ぬかったな、水中戦は兄者の十八番だ!』

 

 

スケイルの体内でアメーバが叫ぶ。

スケイルはエターナルに照準を合わせ、棘を乱射。エターナルもそれに応じ、水色のメモリを起動させる。

 

 

《アイスエイジ!》

《アイスエイジ!マキシマムドライブ!!》

 

 

アイスエイジメモリを右腕のスロットに装填。

左腕で重力操作を続けながら、右腕に纏った冷気で周囲の水を氷結させ、数本の氷槍を生成する。

 

放った氷の槍は棘とぶつかり合う。しかし、勢いを弱める程度の気休めにしかならない。

 

 

「いいね!楽しくなってきた」

 

 

エッジを構え、飛んできた棘を弾く。

水中を高速で移動しながら氷槍を放つが、鱗を貫くには至らない。

 

 

「逃がさなイ!」

 

 

スケイルが構えを取ると、その巨躯は急激に加速。

鮫の楯鱗と同じ原理で時速数百キロまで加速したスケイルは、まさしく魚雷。

 

そして、そのミサイルに等しい突進攻撃は、エターナルの体に突き刺さった。

 

 

「あぁっ!」

 

 

雪穂が思わず声を上げた。

その戦いを見ているシオンも、少し表情を崩す。

 

 

「これは…少し厳しいですね」

 

 

スケイルはその隙に、全身から棘を発射。

それは一本残らずエターナルに命中。雪穂は目を覆ってしまう。

 

勝利を確信したように笑いを上げるスケイル。

 

 

 

「ハ…ハハハッ!」

 

 

 

その笑い声は、スケイルのものでは無い。

そこにあったのは、悠然とマントを水流でたなびかせた、エターナルの姿。

 

 

『何故だ!あの攻撃を受けて…無傷だと!?』

 

「あぁ、悪くなかった。それじゃあ…死神のパーティーはここからだ!」

 

 

鱗の剣で斬りかかるスケイル。エターナルはエッジで剣を受け止め

 

易々と鱗を粉砕した。

 

 

「なニ!?」

 

「お魚とダンス、リュウグウジョウみたいで楽しいじゃないか!」

 

「ふザけやがっテ!」

 

 

ヤケになってスケイルは棘を再び乱射。

エターナルは向かってくる棘を、握り固めた拳で弾き飛ばす。

 

弾かれた棘はエターナルの重力圏を突破し、

 

 

「ひえっ!?」

 

 

雪穂の真横をかすめて飛んで行った。

 

 

「…興が乗ってこられた」

 

「テンション上がってこっちに棘投げてきたってことですか!?」

 

「マジェスティは興が乗ると、エンターテイナーであることを忘れる。あれこそがあの方の本質。ただひたすらに己が楽しむために戦う、無垢なる天災」

 

 

話しているうちにエターナルがスケイルを圧倒し始めた。それに応じて、飛び火の数も多くなってくる。当たりそうなものはシオンが弾くが、それでも怖い。

 

 

「いやぁぁぁぁ!死ぬ!死にますって!」

 

「高坂女史、これを」

 

 

シオンが雪穂にある物を手渡す。

それは、赤と青のレンズが入った、紙製の眼鏡。

 

 

「3Dメガネと呼ばれるものです。飛び出す映像と思えば楽しめるかと」

 

「楽しめませんって!早くここから降ろして!」

 

「手を放してもよろしいのですか?」

「絶対に放さないでください!!」

 

 

スケイルが最後の切り札を見せる。

全身の鱗を棘に変化させ、超速で突進を仕掛ける。大抵の物体はこの攻撃を前に成す術を持たない。

 

しかし、エターナルはその攻撃を、両腕で完全に受け止めた。

 

 

「こんなもんか!?まだまだ終わんねぇよなぁ!」

 

「そ…ソんナ……!」

 

 

エターナルの手から発せられる冷気が、瞬く間にスケイルの全身を凍結させる。

そして、エターナルは最後の一本のメモリを、胸のスロットの一つに装填した。

 

 

《ユニコーン!》

《ユニコーン!マキシマムドライブ!!》

 

 

「ブチ抜け!」

 

 

渦巻く波動を宿したエターナルの拳が、スケイルの体を一撃で貫く。その衝撃は止まることを知らず、拳から水面まで道のような風穴が開通。

 

その凄まじいエネルギーはスケイルの爆散と同時に、水の惑星を花火のように破裂させた。

 

 

飛散する海水は雪穂に届く前に、シオンが用意していた傘によって阻まれる。視界を覆っていた傘が消えると、雪穂はいつの間にか地上に立っていた。

 

 

「あれ…?地面?」

 

「失礼ながら、まだ御目をお離しにならないようお願いいたします。これより貴方様のためのショーが、クライマックスを迎えますゆえ」

 

 

見ると、スケイルから脱出したアメーバ・ドーパントが倒れている。対して、ゆっくりと着地するエターナル。スロットから3本のメモリが飛び出し、そのまま破裂してしまった。

 

アメーバは状況を確認する。ウルフ・ガイアノイドによって手下は全滅。スケイルも散った。

悪夢としか思えなかった。世界を支配するはずの記念すべき日が、全てを失った日になるとは。

 

 

「まだ…まだ終わらんよ!」

 

 

アメーバは両腕を振り、その体組織を飛散させる。

飛び散った体はそれぞれ再生し、新たな肉体を構築する。アメーバの体は、一瞬で両手で数えられない程の頭数となった。

 

 

「分裂能力!これこそアメーバメモリの真骨頂だ!さぁお前たち、奴の相手を…」

 

 

それもまた、一瞬だった。

 

エターナルの両腕が燃え上がり、蒼炎が大地を走る。

その炎はアメーバ軍団に着火したかと思うと、瞬きも許さない速さで彼らを焼き払った。

 

 

「な…んだと……!」

 

 

気付けば、エターナルは目の前に。

防御を取る間もなく、エターナルエッジはアメーバの左腕を切断した。

 

アメーバは急いで左腕に力を込める。しかし…

 

 

(何故だ!何故アメーバメモリの再生能力が作用しない!?)

 

 

噴き出すのは鮮血ではなく、赤いエネルギー。

それはエターナルの手の中に集まっていき、甲虫の腕に捕まれたような赤き宝玉に変化した。

 

 

「A級ガイアパーツ“愚王の左目”、確かに頂戴した」

 

「くッ……返せッ!それは私の…」

 

 

エターナルは黒いマントを翻し、僅かな風を起こす。

 

エターナル。“永遠の記憶”。

永遠、つまり無限。その能力は、“永遠を作り出す”こと。

 

一度付いた火は、敵を焼却するまで燃え続ける。

放った攻撃は、勢いが殺されることなく進み続ける。

付けた傷は、いかなる力を持ってしても再生不可能。

 

 

そして、そよ風を起こせば。

その勢いは消えることなく辺りの大気を巻き込み続け、

 

ものの数秒で竜巻をも作り出す。

 

 

「今宵、貴方を招くのは刹那の永遠。月と太陽、恐怖と愉悦に彩られ……」

 

 

竜巻がアメーバの体を巻き上げる。

飛び上がったエターナルはエターナルメモリを、エターナルエッジのスロットに装填。

 

 

 

《エターナル!マキシマムドライブ!!》

 

 

 

天井を蹴り、重力に従って急降下。

足先に集中した蒼炎で「∞」を描くように体を旋回させ、昇ってくるアメーバにキックを炸裂させた。

 

衝撃で竜巻が消滅。

地面に叩きつけられたアメーバは炎に焼かれ、過剰なエネルギーが体内で暴れ狂う。

 

憐れな異形が語る言葉は無い。

エターナルは背を向け、右腕を横に伸ばし、親指を下に向ける。

 

そのサムズダウンは、さながら死神の奏でる鎮魂歌。

 

 

 

「さぁ、地獄を楽しみな!」

 

 

 

アメーバの体は爆散。

元の姿に戻った男は燃え上がる青い炎の中で、失った左腕をエターナルに伸ばす。

 

 

 

До свидания(ごきげんよう)!地獄でまた会おう」

 

 

その意気揚々とした声だけが火炎の中に響く。

蜃気楼のように消えた怪盗たちに手が届くことは無く、砕けたメモリを握りしめたまま、男の意識は途絶えた。

 

 

 

 

___________

 

 

 

「あれ?」

 

 

雪穂はまた意識を失っていた。

気が付いたのは、またしても見慣れぬ場所。豪華な洋室のようで、前方に貴族が座るような椅子が置いてあった。

 

覚えているのは、怪盗エターナルがネバネバ怪人を倒したところまで。

咄嗟に雪穂は自分の右腕を見る。

 

 

「良かった…斬られてない」

 

 

紋章は残ったままだが、宝を取り出すために腕を斬られてはいないようだった。

 

 

「お目覚めのようですね」

 

「あ…さっきの……」

 

「申し遅れました。私はこの船の使用人を務めさせて頂いております、シオンと申します」

 

 

銀髪に褐色肌の執事、シオンが礼儀正しく礼をする。

彼がいるという事は、あの信じがたいショーは現実だったという事だ。

 

 

(怪盗が変身して怪物と戦って狼男がいてなんか浮いたり水が空中で……意味わかんない)

 

 

頭が痛くなるような現実だ。

 

 

「そういえば、さっき船って…じゃあここは…」

 

「はい。この船の名は“コルヴォ・ビアンコ”」

 

 

海の景色は好きだ。もし潜水艦なら、神秘的な海底がそこには広がっていることだろう。雪穂は少し顔に出さない程度にワクワクした様子で、窓を覗き込んだ。

 

 

そこに広がっていたのは、まっさらな青。

でもおかしい。眩しい。というより、真上に太陽が──

 

 

「ええぇぇぇぇっ!?空の上!!?」

 

「この船は“白きカラス”の名を冠し、上空2万メートルを旅する飛行船でございます」

 

「どう、気に入ってくれたかな?」

 

 

飛行機の倍近い高度に驚く雪穂の前に、仮面を取った怪盗が顔を出した。

やはり、昨日穂むらに来た客と同じ顔だ。よく見れば、部屋の端にほむまんの箱が積みあがっている。

 

 

「怪盗エターナル…そうだ!亜里沙は!?」

 

 

今日、雪穂の一緒にいた亜里沙は、怪盗の変装だった。

ならば、本物の亜里沙はいったい何処に……

 

怪盗が不気味に笑みを浮かべる。

 

 

「まさか……」

 

「雪穂!」

 

「……ってえぇ!?亜里沙、なんで!?」

 

 

普通にいた。亜里沙が後ろの出入り口から現れ、貰ったらしい異国の洋服で楽しそうにダンスをしている。

 

 

「勝手ながら、絢瀬女史はこちらでもてなさせて頂きました」

 

「雪穂もカイトーさんに連れてきてもらったの?あれ?雪穂その目……チューニビョーさんみたい!」

 

 

 

 

一方その頃、μ’s合宿。

 

 

「ふぁっクショイ!!」

 

「えぇっ?瞬樹くん、風邪?」

 

「馬鹿なのに風邪引いてるにゃ」

 

「竜騎士といえど泣くぞ!?」

 

 

バーベキューの最中、くしゃみをぶちまけた厨二病男子高校生。それを心配する花陽に、真顔で辛辣に対応し、花陽を彼から離す凜であった。

 

 

 

場所は戻って、飛行船コルヴォ・ビアンコ。

 

 

「それで、亜里沙はなんでここに…」

 

「カイトーさんを見に行ったあと、くらくらしたと思ったら、いつの間にかここに」

 

 

ということは、少なくとも昨日の夜に来た亜里沙は、既に怪盗の変装だったという事だ。雪穂は頭を抱える。声はおろか、体格まで変わっていたら気付くはずもない。

 

 

「きゃーっ!この子が雪穂ちゃん?」

 

 

頭痛が激しい雪穂に、追い打ちをかけるように知らない顔が増える。

背は少し雪穂より高いくらいで、例にもれず外国の人だ。可愛らしい声と顔のロングヘアー。服装は何故か女子高生の制服だった。

 

 

「えっと……」

 

「亜里沙ちゃんから聞いてた通り、すっごい可愛いわ!もっとこう…アイドル系とか似合うんじゃない?」

 

「ア…アイドル…!?私が?」

 

 

凄くグイグイ来る。ネイルも付けており、ザ・最近の女子高生って感じだった。

 

 

「いや~亜里沙ちゃんと雪穂ちゃんか…主サマが連れてきたにしては、いい趣味してるじゃない!どう?今晩あたり、お姉さんとイイコトしない?」

 

「イイコト?」

 

「い…いや、私たち、そういう趣味は……」

 

 

「安心しろ、ソイツは男だ」

 

 

上半身裸で現れた、ロイと呼ばれていた先ほどの狼男。

あの時の残忍さが雪穂の脳裏をよぎるが、それより衝撃的な発言を聞き逃さなかった。

 

 

「って、男!?」

 

「あたしはライム・マグナ。体は男、心は女の子で、好きなものも女の子!よろしくね!」

 

 

勢いのままに握手を交わす雪穂。

改めて見るが、女にしか見えない。というか、自分よりも女っぽくて、雪穂はなんだか変な気分だった。

 

 

「よし、これで全員揃ったね」

 

 

マントを外し、怪盗が貴族椅子に腰を掛ける。

それと同時に、シオン、ロイ、ライムの3人は一斉に跪いた。

 

 

「高坂雪穂、今からキミの目の話をしよう。

体から“賢王の右目”を取り出す方法は、その右腕を断ち切ること。だが……シオン」

 

「ここに」

 

 

怪盗が指を鳴らすと、シオンが取り出した“愚王の左目”を差し出した。同じようにエターナルメモリを取り出した怪盗は、“愚王の左目”に手をかざす。

 

すると、宝石から光が抜けていき、その光はエターナルメモリに吸収されていった。

 

 

「このように、その力だけを抜き取れる。もともとそっちが目的な訳だし。さぁ、どうする?」

 

「それはもちろん…後者でお願いします」

 

「いいの?未来が見える力、楽しいと思うけどな」

 

「いいんです。そんな力なんて無くても生きていけるし、私はこのまま普通でありたい」

 

「へぇ、亜里沙ちゃんは楽しそうに生きてるのに。友達のキミはつまんないね」

 

 

椅子から立った怪盗は、雪穂の前に。

顔を近づけ右手を握る。思わず雪穂の顔が赤くなる。

 

すると、右手から黄色い光が放出され、紋章が消えた。

右目が元に戻っていることも、感覚で分かった。

 

 

「これでキミは、晴れて普通の人だ」

 

「よかった…じゃあ亜里沙、そろそろ…」

 

 

「帰ろう」。そう言おうとしたとき、気が付いた。

ここは上空。一体どうやって地上に降りろというのだろう。

 

そもそも、目の前にいるのは紛れもない犯罪集団。もしかして、逃げ場を断たれたのでは?

 

 

「どうしたの?雪穂」

 

「いや…あの、もう遅いんで、そろそろ帰っても…なんて……」

 

「シオン、日本の時刻は?」

「8時を回った頃でございます」

「そうか、じゃあ送ってあげて」

 

「え…?帰してくれるんですか?顔も見ちゃったし、口止めされるかと…」

 

「そんなブスイなことしないさ。

そもそも警察なんかに捕まらないし、それに、キミも立派な共犯者だ」

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

「はい?」

 

 

動いてない頭で雪穂は聞き返した。亜里沙も驚いて、雪穂の顔を見つめる。

 

 

「雪穂、カイトーさんだったの?」

 

「いやいやいや、私べつに何もそんな…」

 

「何言ってんの。キミは“賢王の右目”を使い、そのまま取り出さなかった。つまり、雪穂ちゃんはお宝を壊したのと同じなんだよ」

 

「あ……」

 

 

そうだ。宝石が出てこないのでまさかとは思ったが、やっぱりそういう事だった。仮に雪穂の証言で怪盗が捕まったとしよう。そうなると、彼らは雪穂がお宝を亡き者にしたことをバラすだろう。

 

しゃがみ込んで泣きそうな雪穂とは逆に、実に楽しそうに怪盗は続ける。

 

 

「いや、そうか。アレはオレたちの物なんだし、弁償してもらわないとな。シオン、弁償額は?」

 

「未来を見る力を除外し、芸術的、学術的価値から算出した“賢王の右目”の値段は…

ざっと日本円で30億程度かと」

 

「さ…さんじゅうおく…」

 

 

白目を剥いて倒れそうになる雪穂。

その前に冷静になる。そもそも、あの宝石は盗んだものだし、饅頭代が無いからって代わりに渡してきたものだし、あれを持たせるように仕向けたのも彼だし、そんなこと事前に言わないと法律に…

 

そこまで考えて雪穂は言うのをやめた。

 

彼らは怪盗。最初から、常識やルールが通用する相手ではない。

 

 

「こうなったら仕方ない。30億円分、この船で働いてもらうしかないよね」

 

「そ…そんな…」

 

「えっと…もしかして亜里沙たち、カイトーさんの仲間になれるの!хорошо(ハラショー)!」

「亜里沙はなんでそんなにポジティブなの!?」

 

 

腰が抜け、力なく座り込んでしまう雪穂。

怪盗はそんな彼女に目線を合わせ、嬉しそうに言う。

 

 

「怪盗、エターナル、ナナシのゴンベエ…オレの事は好きに呼んでくれて構わない。でも、一つ気に入ってる名前があってね。

 

“ミツバ”。そう呼んでくれると嬉しい」

 

 

最後に怪盗エターナル───ミツバは、曇りのない笑顔を、意気消沈した雪穂に見せつける。

 

 

 

「楽しくなってきたね!」

 

 

 

雪穂はその笑顔と、喜んでいる亜里沙を前に何も言う気が起きず、ただうなだれてため息を吐くのだった。

 

 

 

___________

 

 

 

その日の深夜。

絢瀬亜里沙と屍のようになった高坂雪穂を送り届け、ミツバは紅茶を嗜んでいた。

 

 

「紅茶も飽きたな…そうだ、リョクチャ…いや、マッチャ!シオン、明日はマッチャを買いに行こう」

 

「では、京都の宇治抹茶がよろしいかと」

 

 

まるで遠足を明日に控えた小学生のように、ミツバは楽し気だった。そんな彼は鼻歌を唄いながら、机にトランプを並べる。

 

 

「マジェスティ。彼女と接触するのは、計画ではもう少し後のはずでは?」

 

「楽しみは早めるものだろ?

今日も明日も全力で楽しむ。それだけが、オレたち死人が生きる証なんだ」

 

「…存じております」

 

 

ミツバはトランプを空中に放り投げ、ダーツを放った。

ジョーカー、クラブのJが射抜かれて壁に貼り付く。

 

 

「仮面ライダーダブルに、仮面ライダーエデン…そして」

 

 

 

最後に放ったダーツが刺したカード。

それはダイヤの“A”。

 

 

「死ぬほど楽しめそうじゃないか。死ねないけどね」

 

 

 

 

__________

 

 

 

東京、秋葉原。

 

真夏だというのに長袖の革ジャンをきっちり着込み、右腕にキャプテンマークのような腕章を付けた男。

人ごみの中で一人立ち止まり、妙な存在感を放つその男は、その手に深紅のメモリを携えていた。

 

 

《アクセル!》

 

 

 




・賢王の右目
龍の手が掴んだような彫刻で飾られた、黄色い宝玉。一定時間触れるとその者と同化し、未来を見る力を与える。右腕を切断することで力の脈が断ち切られ、宝玉を取り出すことが出来る。2つ揃って初めて力が安定するため、片方だけでは上手く力を使えない。モチーフは「仮面ライダーアギト」より、オルタリングに埋め込まれた「賢者の石」。

・愚王の左目
甲虫の腕が掴んだような彫刻で飾られた、赤い宝玉。こちらは過去を見る力を与える。片割れと同じく古来中国より伝わり、盗人がそのまま王になったという逸話も残っている。一般にはその力は機密とされ、誰にも売られることなく伝わってきた。モチーフは「仮面ライダークウガ」より、アークルに埋め込まれた「天飛(アマダム)」。


いかがでしょうか。新設定のオンパレード。
今回一番苦労したのは、雪穂と亜里沙のセリフですね。なにせサンプル数が少ないから、口調が一定しない…勉強不足でございます。

ちなみに、今回登場した「スケイル・ドーパント」は鈴神さん考案。
「ウルフ・ガイアノイド」はMasterTreeさん考案の「ウルフ・ドーパント」を元にさせていただきました!

ガイアノイドは「薬物摂取」というより、「人体改造」をイメージしました。
名前は女性型アンドロイドの総称、「ガイノイド」をもじりました。分かりにくいと思いますが、こっちはメモリではなく「SDカード」を直接体に埋め込んでおります。

そして次回、サブタイトルのKは「怪盗」「仮面ライダー」そして、「警察」でございます!
振り切って行きましょう!!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第50話 アイツはK/その男、アクセル

ポケモン楽しいなぁ~あぁポケモン楽しいなぁ~やっぱ一番楽しいのは…
あおいで!まぜて!まごころ込めてぇぇぇぇぇ!!

カレーを作って失踪4か月。どうも、カレー職人の146です。

もう隠しません。ポケモンしてました。
更新は愚か、ドーパント案の返信もサボっていたのは人生初ポケモンをしていたからです。
あとテストもありましたが、余裕で単位2つ落としました。全部ポケモンが悪いです。

対戦の方はクソ雑魚ですが、やっぱポケモンで一番楽しいのはキャンプです(断言)。異論は認めない。


……というわけで、土下座しながら書きました。18000字です申し訳ない。
50話にして遂に本家2号ライダーの登場です!



8月。

呆れるほどに強い日差しが、屋上の床を照り付ける。

 

足元から反射する光と、上空からの日光を一身に浴び、

その男はそこに立っていた。

 

黒いタンクトップを纏ったその男は、燃えるように赤い革ジャンを羽織り、きっちりと着込む。

 

ポケットから取り出した腕章に腕を通し、ワッペンで固定。

そして男は顔を上げ、太陽を見下すように睨みつけた。

 

 

「さぁ__正義執行だ」

 

 

 

_______

 

 

 

スクールアイドル。

その名の通り、女子高生がアイドルとして活動することの総称。

 

それは昨今で急激に流行。社会現象を経て一つの文化として定着し、今に至る。

 

いわゆる部活と括ることもできるが、彼女たちをそのような尺度で測ると痛い目を見るだろう。そのパフォーマンスはプロと呼ぶに相応しく、日夜繰り広げられるアイドル達の激戦は、熾烈を極める。

 

スクールアイドルを擁する学校の中には、その地位を盤石なものとすべく、学校内ですらアイドルの選抜を行う所もあるという。

 

 

そういった学校の一つが、UTX高校。

言わずと知れた都内トップの人気校であり、学内には認証改札、劇場、複数のカフェや屋内プール、フィットネスクラブやコンサートホールすら存在するという、圧倒的な設備を誇る。

 

当然、入学のハードルも高く、その入試の倍率は15倍。入学金も庶民が易々と手を出せるものではない。

 

それでもUTXの人気は凄まじく、周辺の女子校が廃校に追いやられることもあるほどだ。

 

その人気の要因こそが、UTX高校芸能学科での競争を勝ち抜き、その環境で天賦の才を最大限に伸ばし続けた3人組のスクールアイドル。

 

 

アイドルランクは不動にして堂々の1位。

現スクールアイドル界のトップに君臨する、彼女たちのグループ名は___

 

 

「A-RISE……」

 

 

UTX高校の一室で、窓から太陽を見上げる彼女はその名を呟いた。

忘れないようにその名を噛みしめる。忘れてはならない、譲ってはならない、

 

自分が、頂点であるということを。

 

彼女は“綺羅ツバサ”。

UTX高校芸能学科3年生にして、スクールアイドルのトップ、A-RISEのリーダーその人である。

 

 

 

 

________

 

 

 

「それで、話って何?」

 

 

トップアイドルに安息は無い。

世の学生は夏休みを謳歌する時間も過ぎ去り、宿題に追われ始める頃だが、彼女たちは変わることなく今日も己を磨き続ける。

 

そんな彼女たち、A-RISEの統堂英玲奈、優木あんじゅ、綺羅ツバサの3人は、練習の最中にA-RISE専用ルーム、いわゆる部室に呼び出された。

 

3人を前に、眼鏡をかけたスーツの男性が説明を始めた。

ちなみに、彼は形式上のA-RISEの顧問。しかし、実際はプロデューサーのようなものだ。

 

 

「練習中すまない。実は、今朝方こんなものが届いた」

 

 

顧問が机に置いたのは、一枚の手紙。

その手紙には、短くこう書いてある。

 

 

『人は人として、あるべき姿に。

大自然の使徒が天誅を下す』

 

 

「…脅迫文?」

 

 

ツバサは落ち着いた様子で手紙を取った。

 

 

「こういうのも久しぶりね~」

「今回のはまた、怪文書じみているな」

 

 

あんじゅと英玲奈も落ち着いている。

それも当然だ。トップアイドルほどの有名人となると、このような事態は日常茶飯事。殺害予告だって、しょっちゅうと言わずとも、珍しくは無いレベルだ。

 

 

「これがどうかしたの?今回もどうせ、口だけの悪戯の類でしょう」

 

「こちらもそう判断したんだがな…天木の奴が…」

 

 

頭を抱える顧問の男性の後ろで、あわあわと惑う小柄な少女。

A-RISEのマネージャーを務める芸能学科の2年生、天木(あまき)華香(はなか)

 

 

「ご…ごめんなさい…綺羅先輩……この手紙、今までとは違う気がして…

私…つい…警察に連絡を………」

 

 

泣きそうな顔で俯く華香の肩に、ツバサは優しく手を置いて、声を掛ける。

 

 

「ありがとう、天木さん。でも大丈夫。私たちは負けないから」

 

「私たちの事、心配してくれたのね。華香ちゃんってば、本当にいい子♪」

 

 

あんじゅにも励まされ、華香は目に涙を溜めて小さく頷いた。

そんな華香を見て、表情を変えたツバサは話を次に進める。

 

 

「私たちが呼ばれたってことは、警察が来るってことね。

来てもらうところ悪いけれど、警察の方には帰ってもらうことにするわ」

 

 

「それは出来ない」

 

 

そんな男の声が聞こえて、思わず顧問の顔を見る。

しかし、彼のものではない。何より、聞いたことのないほど、芯の通った強い声だ。

 

ツバサたちは後ろを向く。そこには、扉の傍で壁に寄りかかって腕を組む、革ジャンを着た男性がいた。

 

 

「お前達は幸運だった。通報したそこの女学生の英断を、お前達は称賛して然るべきだ」

 

「もしかして、貴方が警察の?」

 

 

ツバサの問いかけに、男は即座に手帳を見せる。

ドラマで見るような警察手帳に、その男の顔写真が収まっていた。

 

 

「超常犯罪捜査課巡査、赤嶺(あかみね)(こう)だ」

 

 

警察とは思えない服装、真夏に長袖の革ジャン、生徒会を思わせる腕章。

思っていたものとは異なる要素が多すぎて、一同の顔に困惑の色が見える。

 

 

「えっと…警察の人で間違いのよね?」

 

「無論だ、額の広い女学生その1」

 

「…綺羅ツバサです。先ほどの話の通り、この件は私たちで対処します。警察の手を煩わせるまでもないかと」

 

「いや…待て、ツバサ」

 

 

力強く進言するツバサを止めに入ったのは、英玲奈だった。

 

 

「この刑事はこう言った、“超常犯罪捜査課”と。私も警察組織についての常識は持ち合わせているつもりだが、そんな捜査部署は聞いたことが無い」

 

「その通りだ女学生その2。超常犯罪捜査課は新設された部署、

我々は主に“ガイアメモリ犯罪”を担当する」

 

 

ガイアメモリ。赤嶺の口から出てきたその単語に、その場がざわめいた。

ツバサも当然知っていた。ガイアメモリは、人を怪物に変えるという装置。メモリの怪物の目撃情報や写真、事件も相次いだこともあり、それは既に都市伝説の枠を超え、常識となりつつあった。

 

 

「この1か月で起きた、ガイアメモリの関与が疑われる殺人事件の中に数件、その手紙と同様のものが発見されたものがあった。よって、これは脅迫などではなく確固とした殺害予告だ。それでもお前達で対処できると思うか?」

 

「…確かに、そうね」

 

 

英玲奈とあんじゅも頷く。

 

 

「この件、お願いできるかしら。刑事さん」

 

「最初からそのつもりで来ている。時に女学生、お前達は何かのイベントを4日後に控えているそうだな」

 

 

Summer Girls Festival、通称サガフェス。毎年夏に行われる一大イベントであり、4日後のイベントというのは間違いなくそれだ。スクールアイドルの頂点に座するA-RISEも、当然出演することになっている。

 

 

「えぇ、それが何か?」

「辞退しろ」

「なっ……!」

 

 

平静を保っていたツバサの表情が、初めて崩れた。

前のめりに反論しようとする彼女だが、赤嶺はその眼前に指をさし、その言葉を遮る。

 

 

「予め言っておくが、お前達に拒否権は無い。何故なら……」

 

 

神妙な顔つきで眼差しをツバサに向ける赤嶺に、その場にいる誰もが息を呑んだ。

迫力と緊張でひりついた空気で、彼は言った。

 

 

 

 

「俺が、正義だからだ」

 

 

 

 

___________

 

 

 

「大事になったな。まさかあのメモリ犯罪だとは思いもしなかった。あの刑事の言う通り、華香には感謝しなければ」

 

「そうね~、それにあの刑事さん変わった人だったわ。あぁいうのを俺様系っていうのかしら?

ツバサちゃんはどう思う?」

 

 

あんじゅは髪先をいじりながら、ツバサに視線を向ける。

 

 

「…そうね、面白そうな人だったわ」

 

 

校内の自販機から缶を取り出した彼女は、いつもと変わらない余裕を漂わせ、佇んでいる。

だが、付き合いの長い英玲奈とあんじゅが、その違和感に気付かないわけもなかった。

 

 

「ツバサちゃん…もしかして怒ってる?」

 

「怒る?まさかそんな…」

 

「ツバサ、それブラックコーヒーだぞ」

 

 

2人の指摘を受け、慌てて飲み込んだ缶の中身がツバサの顔を青ざめさせる。

普段よりツバサがコーヒーを好んでいるのはファンならば皆知っているが、実はブラックは大の苦手。

 

そんなツバサを見て笑う英玲奈とあんじゅに、ツバサはむくれてコーヒーの缶を押し付けた。

 

 

「啖呵を切ったのに言いくるめられ、かといって自分達では何もできないという歯がゆさ。

更に待ちに待ったラブライブを間近に控えて高揚している所に、スクールアイドルとして最後のサガフェスを横暴で妨害され、無力感も相まって苛立っているんだろう」

 

「…わざわざ声に出さないで英玲奈」

 

「それ抜きにしても、ツバサちゃんって前から強引なタイプ苦手だったものね~」

 

「否定はしないけど…って、好みとかそういう話じゃないの!」

 

 

仲間の前では、その毅然とした態度も自然と崩れる。

トップアイドルとて、その実態は18歳の少女。見方を少し変えれば歳相応の一面も現れるというものだ。

 

 

「横暴とは言えど、あの刑事の判断は間違いではない。どうするつもりだ?ツバサ」

 

「決まっているでしょう。このまま終わらせはしないわ」

 

 

ツバサはその表情を引き締め直す。

その目には、突き刺さるほど硬く、真っ直ぐな熱意が宿っていた。

 

 

 

__________

 

 

 

A-RISEの3人は超常犯罪捜査課に保護されることとなり、一時的に活動拠点を学院から警察署へと移すことになった。

 

そして保護された直後の朝のこと。

 

 

「早朝から大変ね、赤嶺巡査」

 

「何の用だ女学生」

 

 

ツバサ達は超常犯罪捜査課に押しかけ、件の赤嶺刑事に詰め寄った。

清々しい程愚直な方法だが、正々堂々とぶつかっていくのはトップたる由縁だろうか。

 

そんな彼女たちに、赤嶺は相変わらず鋭い視線を向ける。

 

 

「わざわざ言わなくても、聡明な刑事さんなら察しがつくのでは?」

 

「全く心当たりがないな。要件は直ちに言え」

 

 

ツバサの少し煽りを含めた言い回しがストレートに跳ね返された。

彼女の引きつり始めた笑顔を見て、ツバサに代わってあんじゅが続ける。

 

 

「サガフェスの件ですが、私たちはどうしても出場したいんです。どうにかなりませんか刑事さん?」

 

「その話なら辞退しろと言って終わったはずだ。何度も同じ話をさせるな」

 

「辞退しなければいけない理由はなんですか?このままでは納得できません」

 

「お前達の納得など必要ない。

俺は正義であり、俺の言う事が最善だ。間違えることも無ければ、訂正することもない」

 

 

ハッキリと突き刺すように話す赤嶺。他意も悪意も無く、心からそう思っているのが分かる。

 

一方で「それで納得したとでも思っているのか」と言わんばかりのツバサの気迫。表情こそまだ対話用の笑顔だが、額には青筋が浮かんできそうだった。

 

後ろで見ている英玲奈はため息を吐く。この短い会話で赤嶺が意見を曲げないというのは分かったし、このままでは話し合いが成立しそうにない。

 

 

「…仕方ない、また日を改めることにしよう。早朝から失礼した」

 

 

英玲奈は強引に話し合いを断ち切り、ツバサの腕を掴んで出ていこうとする。

だが、ツバサはその腕を振り払う。

 

 

「ツバサ!?」

「大丈夫よ、怒ってないから」

 

 

怒ってないと言いつつも、ツバサは少し呼吸を整える。

 

 

「私たちも譲るつもりは無いわ。私たちA-RISEがステージから逃げることは、絶対にない」

 

 

そう強く言い残し、3人は超常犯罪捜査課を後にした。赤嶺はそれでも表情を一切崩さない。

そんな彼女たちと入れ違うように、室内に入ってくるのは2人の刑事。

 

 

「おーっす、お疲れさん」

 

 

一人は無精ひげを生やしたやせ型の中年男性刑事、北嶋純吾。

自分の席に腰かけた彼は、ポケットから取り出したスルメをかじる。

 

 

「赤嶺…お前また一晩中ここにいたのか?」

 

 

もう一人は若い男性刑事の、喜田聡一。

容姿は荒れているわけでも、落ち着きすぎているわけでもなく、至って普通。普通の成人男性だ。

赤嶺とは同期であり、階級は巡査である。

 

小人数ではあるが、この3人が超常犯罪捜査課の刑事たちだ。

 

 

「北嶋刑事、ついさっき例の女学生3人がここに来た。見張りを怠るどころか場所も教えたな」

 

「いやー、だってあのA-RISEよ?頼まれたら断れないって…」

 

「意識が低すぎる。監視を請け負ったのならば一秒たりとも目を離すな」

 

 

北嶋に説教をする赤嶺だが、階級は北嶋が警部補で赤嶺が巡査。上司に部下が説教するという光景も、この部署では珍しくない。というより、赤嶺は最も階級が低い巡査でありながら、誰に大しても尊大である。

 

そこで北嶋の発した単語に反応したのは、欠伸をしていた喜田。

 

 

「えーっ!!?A-RISEここに来たんですか!?てか例の脅迫状が届いたスクールアイドルって、あのA-RISE!?」

 

「なんだ赤嶺、言ってなかったのか?

そうなんだよ喜田、俺昨日からずっとA-RISEを間近で見張ってたんだよ。そんでさ…さっき握手もしてもらってさ~!」

 

「羨ましすぎますって北嶋さん!俺A-RISEの大ファンなんですよ!CDも全部持ってますし、テレビ特番のライブ映像なんて録画してずっと見てますよ!ちなみに…北嶋さんは誰推しです?」

 

「やっぱり俺はあんじゅちゃんだよ。近くで見るとより可愛いのなんのって!」

 

「俺は断ッ然、英玲奈様推しです。女子人気って言いますけど、あのカッコよさは男にも突き刺さるんですよ!」

 

「分かる~!」

 

 

北嶋と喜田のA-RISEトークに拍車がかかる中、赤嶺は全く気にせず作業を進めている。

しかし、突然その手がピタリと止まり、こんな言葉で2人の間に割って入った。

 

 

「アライズ…とは何だ」

 

 

あれだけ白熱していた会話が一瞬で停止し、2人は目を丸くして真顔の赤嶺を見つめる。

北嶋は恐る恐る口を開いた。

 

 

「赤嶺…キミ、もしかして知らずに昨日UTX行ったの?」

 

「踊りと歌の部活をしている女学生に脅迫状が届いた、という事は知っていた」

 

「踊りと歌って…この感じだとスクールアイドルも知ってそうにないっすね。

いいか赤嶺!A-RISEってのはな、このスクールアイドル戦国時代でトップに君臨する、超凄いアイドルなんだよ!」

 

 

喜田の熱弁を聞きながら、赤嶺は少し思い返す。

先程の3人、特にツバサの言葉はこの上ない程に強く、真っ直ぐだった。

 

赤嶺は知っている。あの目は、声は__真に強い者の証だ。

 

 

「……喜田」

 

 

昂っている喜田を止め、赤嶺は喜田に2つ指示を出した。

北嶋は喜田に同情の視線を送る。大抵、こういう時の赤嶺はロクな事を言わない。

 

 

「えっと…まず最初のは今じゃなきゃダメ?そんで…

後者はやんなきゃダメか…?」

 

「俺は間違えない」

 

「だよな!あぁもう…せめてA-RISEにサイン貰ってからでも…」

 

「そんな暇は無い。早く行け」

 

「はいはい分かりました!!」

 

 

もう何を言っても無駄なので、涙目で喜田は走り去っていった。

赤嶺も立ち上がり、革ジャンを羽織る。

 

 

「赤嶺、どこ行くんだ?」

 

 

声を掛ける北嶋に、赤嶺は一言だけ答えた。

 

 

「秋葉原だ」

 

 

 

________

 

 

 

人通りの少ない路地裏で、その人物は浅い呼吸で歩みを進める。

そこにあるはずのソレを視界の隅に確認し、変わらない表情で安堵の息を漏らした。

 

 

「久方ぶりではないか、我が同志よ」

「好きに動きすぎじゃァないか?我が同志よ」

 

 

目の前に修道服の男が2人現れる。

その人物にとっても、馴染みがあると同時に好きにはなれない顔だ。

 

 

観測者(オブザーバー)が不在の今、我々がその責を全うしろと天は告げている!」

「我ら守護者(パニッシャー)の仕事が増えてイラつく…って神さんも言ってる気ィするな」

 

 

2人のうち、右目を隠した方の青年は、その人物にある物を投げ渡した。

 

 

「勝手な動きをされては困る、とのことだが。其方も己が使命を全うすべきだ」

「ストレスフリーで自由に伸び伸びと、が暴食の理念だからなァ」

 

 

その人物が投げ渡されたものを強く握ると、目の前からは2人の姿は消えていた。

 

 

 

「「神の御加護があらんことを」」

 

 

 

祝詞のような呪いのような、そんな言葉だけを残して。

 

 

 

 

________

 

 

それから時は過ぎる。

あの後も事あるごとに交渉にいったツバサ達だったが、当の赤嶺が全くいない。それどころか超常犯罪捜査課の刑事は全員が同様で、ほとんどの場合は別の部署の刑事が留守番しているだけだった。

 

 

そして、日数だけが消費されていき、

問題のサガフェスは、翌日にまで迫っていた。

 

 

「昼も近い。そろそろ休憩にするか」

「そうね、ツバサちゃんはどう?」

 

「ごめん。私はもう少し続けさせて」

 

 

警察に保護されている間も、A-RISEにレッスンを怠るという選択肢はない。

イベント出場が厳しく、監視下に置かれながらも、警察署の施設内でレッスンを行ってきた。

 

だが、あんじゅと英玲奈の眼には、ツバサに少し熱が入り過ぎているようにも見えた。

 

 

「…分かっていると思うが、オーバーワークは厳禁だ。サガフェスに出られなくても、ラブライブまで無くなる訳では無い。あまり焦るのは良くないぞ」

 

「えぇ、大丈夫。分かってるわ」

 

 

心配を隠さない様子だが、2人は一度訓練場から立ち去る。

一人になったツバサの顔には、明らかな焦りが見え始めていた。

 

命を狙われているのも分かっている。ここにいれば限りなく安全だというのも、無事のまま過ごせたこの数日が証明だ。だからいたずらな外出は避けるべきであり、ライブなんてもってのほか。

 

 

「赤嶺刑事は正しい。でも……!」

 

 

理解っている。

しかし、この感情が理解という鎖で縛れないということを、ツバサは知ってしまっている。

 

気を緩めてはいけない。足を止めてはいけない。

もっと、もっと高く。手を伸ばさなければ、高く飛ばなければ、そうでなければ___

 

 

「焦っているのか。とてもトップの顔には見えないな」

 

 

訓練場に足を踏み入れた声は、あの2人のものではない。

この自分に対して一片の疑いもないような声は、紛れもない彼だ。

 

 

「刑事さん……今日までどこに…!…っ?」

 

 

怒りと焦燥の混じった顔を上げるが、その感情は一瞬で霧散してしまう。

そこにいた赤嶺が余りに素っ頓狂な姿をしていたからだ。

 

警察に似つかわしくない革ジャン、ここまでは良い。

なぜかその上に法被を羽織り、うちわとサイリウムを剣でも持つかのように装備している。

 

 

「それ、何…?」

「アイドル応援グッズという奴だ。見て分からないか、綺羅ツバサ」

 

 

ライブで見慣れに見慣れた格好だが、何故そんな恰好をしているのだろうか。

その疑問が口から出る前に、ツバサはあることに対して声を漏らした。

 

 

「今、私の名前を……」

 

「綺羅ツバサ、藤堂英玲奈、優木あんじゅ。スクールアイドルランク1位の3人グループA-RISE。特に綺羅ツバサはトップアイドルのリーダーを務め、ダンスの技術はプロの中でも頂点に近いと言ってもいい」

 

 

突然饒舌に話し出す赤嶺に、ツバサは理解が追いつかない。

 

 

「この3日間、秋葉原にてスクールアイドルについて調べた。喜田に持ってこさせたA-RISEのCD、ライブ映像も全て見させてもらった。お前達のパフォーマンスは、素晴らしいの一言に尽きる。自信を持っていい」

 

「嬉しいけど、辞退を訂正するつもりはないんでしょう?」

 

「当然だ。俺の言葉に一切の間違いはない」

 

 

考えを変えてくれるだなんて、淡い期待は持たない。

ツバサには何故かよく分かっていた。この男は、そういう人間だ。

 

だが、そんな赤嶺の心にも、アイドルを追ったこの数日間で一つの疑問が芽生えていた。

 

 

「一つだけ答えろ。お前達は名実ともにトップアイドル、それも群を抜いている。ラブライブとやらが開催されるまでにA-RISEがトップから陥落することはどう考えてもあり得ない。ならばなぜ明日のイベントに固執する」

 

 

一つのステージを逃したところでA-RISEの地位は揺るがない。この男はそう言っている。

正しいと自負するだけあって、それは客観的事実だ。だが、

 

 

「言ったはずよ。私たちは、ステージから逃げないって」

 

 

ツバサの信念は、そんな低い次元に立ってはいない。

 

 

「ここが頂点だなんて思ってない。私たちはもっと上に行ける。もっとファンを楽しませられる。

スクールアイドルとして残された時間は短いわ。だからこそ、一秒も余さず全力で駆け抜けないと意味が無い!」

 

 

ツバサを突き動かすのは焦りでも、ましてプライドでもない。

ひたすらに限界を超え、上へと登り続ける、常識外れの向上心だ。

 

 

「それに刑事さん、貴方の言葉には一つだけ間違いがあるわ」

 

「俺は間違えない」

 

「ふふっ…そうね。でも、私たちのいる場所は、決して絶対なんかじゃない。

少なくとも一グループ、過激な才能と熱意で駆け上がってくるアイドルを、私は知っているわ」

 

 

この春に結成し、類を見ない速度で人気を伸ばしている9人組のスクールアイドル。

A-RISEの3人も予感していた。ラブライブで最大の障壁となるのは、間違いなく“あのグループ”だ。

 

 

「負けるつもりは無いわ。だから、立ちふさがる貴方を突き倒してでも、明日のサガフェスには絶対に出場する」

 

「そうか。ならばしっかりと備えておけ」

 

 

ツバサの力のこもった言葉に対する返答は、

あっさりとしたもので、余りに予想外なものだった。

 

自信に満ちた顔の赤嶺を、冷静になったツバサが引き留める。

 

 

「どういうこと?訂正はしないんじゃなかったの」

 

「何度も言わせるな。()()()()()()()()()お前達を自由には出来ない。

今日中に犯人を逮捕すれば、保護しておく理由は無い」

 

 

法被を脱ぎ捨て、腕章に腕を通す赤嶺を見上げるツバサの顔は、驚きと喜びが混じったようだった。

 

 

「犯人の目星は付いていた。被害無くヤツを逮捕するには慎重に調査し、証拠を集め、周到に警戒と備えをする必要があった。必要な時間は例の殺害予告が届いてから1週間。

 

だが、お前達のパフォーマンスも、その意志も、市民の平和には必要だと知った。

ならばそれを含めて守り通すのが、“正義”というものだ」

 

「…意外。傲慢な人かと思ってたけど、優しい所もあるのね」

 

「違うな。俺を形容する言葉はただ一つ。

“正しい”、それだけだ」

 

 

ツバサを指さした赤嶺は、背を向けて出ていこうとする。

そんな彼を、再び彼女は呼び止めた。

 

 

「待って。私も連れていって」

 

「練習はいいのか」

 

「これは元々私たちの問題よ。私には、それを見届ける義務がある。

それに…きっと守ってくれるんでしょ?正義のお巡りさん」

 

「……勝手にしろ」

 

 

 

 

________

 

 

 

深紅のバイクに乗り、エンジンを止めた場所は23区の外にある大学。

迷いなく足を進め、時には国家権力の力で奥へと進んでいく赤嶺に、ツバサも続く。

 

話の流れからして、ここに犯人がいるのだろう。

赤嶺の話が正しければ…だが、今更そんな疑問を抱くのは愚かだ。

 

 

「ここだ。お前は下がっていろ」

 

 

辿り着いたのはとある研究室の前。当然、鍵が閉まっている。

赤嶺は何のためらいも無く、真正面からその扉を蹴破った。

 

 

「警察だ。宮間(みやま)(けい)、脅迫及び殺人、ガイアメモリ所持の疑いで逮捕する!」

 

 

赤嶺に拳銃を向けられ、その部屋にいた一人の白衣の女性が手を上げる。

 

ツバサは犯人と思しき人物を、赤嶺から聞いていた。

宮間景。この大学の生物科学科博士課程2年生。

 

宮間は無抵抗な様子を見せながらも、余裕のある口ぶりで言葉を発した。

 

 

「何、刑事さん?そんなモノを向けられるような覚え、全く無いんだけど。人違いじゃない?」

 

「黙れ、俺は間違えない。お前が起こした脅迫状の殺人事件、その殺害方法は残酷非道」

 

 

赤嶺は写真を数枚机に叩きつける。ツバサは思わず声を漏らす。

それは現場の写真であり、()()()()()()()()()()()()()()()遺体が映っていた。

 

 

「検死の結果、被害者を喰い散らしたのは“昆虫”の可能性が高いことが分かった。

そして現場で複数見つかった“薄い皮膜”を鑑定したところ、それは飛蝗類の卵の殻だった。

 

よって犯人は“バッタの怪物”で、事前に標的の近くに卵を植え付け、捕食させたと見て間違いない」

 

「確かに私は昆虫学を専攻してる。まさかそれだけで疑われてるわけ?」

 

「事件直前の被害者周りの様子を徹底的に洗った。合同研究、資材の受け取り、引率…名目はどうあれ、ほとんどの被害者に近付いていた人物が一人いた、それがお前だ」

 

 

ツバサはその話を聞き、宮間の顔を凝視する。

そして、悪寒と共にその記憶が蘇った。

 

 

「思い出したわ…脅迫状が届く前日、UTXでこの人を見かけた…!」

 

「この女はUTXのOGだ。そして、応用生命科学科の卒業生座談会に参加していた。

そしてお前達を保護した後、A-RISEの控室の隅に孵化する前の、野球ボールほどの大きさの“卵”を発見した」

 

「知ってるよ、A-RISEのツバサちゃん。後輩にまで疑われるなんて超心外。そんなの状況証拠でしょ?」

 

 

尚も軽口を叩く宮間。そんな余裕を殴って叩き割るように、

赤嶺は机にある物を叩きつけた。

 

それはUSBメモリ。それを見た宮間は鼻で笑うが、その表情はすぐに崩れ去った。

 

 

「見てみるといい。よく知っているデータが入っているはずだ」

 

「…まさか……!」

 

「お前の自宅のパソコンからコピーしたものだ。

そこにはこれまでの被害者の名前、更にA-RISEの名前まで記されていた」

 

 

A-RISEの脅迫状の一件は、まだ報道されていない。つまり、A-RISEが次の犠牲者であることは、警察と犯人以外知りえない。

 

狼狽する宮間だが、ツバサが冷静に尋ねる。

 

 

「そのデータ、どうやって?」

「喜田に侵入させて盗ませた」

「差押許可状は…」

「無い。俺の指示は全て正義だ、誰の許しも請わない。

さぁ、観念しろ宮間景!」

 

 

赤嶺は引き金に指を掛ける。

宮間の顔が険しく変貌し、完全に追い詰めたと確信した。

 

その時、何かが割れる音がして

宮間の顔は、醜悪な笑みを浮かべた。

 

 

「…ッ!綺羅!」

 

 

瞬間、赤嶺はツバサを部屋の外へと突き飛ばした。

部屋の隙間から湧いて出た黒い集合体が、獰猛な羽音を立てて赤嶺へと襲い掛かる。

 

 

《ローカスト!》

 

 

その隙に宮間がガイアメモリを起動させる。

脚を曲げたイナゴで描かれたLを刻んだ、「イナゴの記憶」を内包したメモリ。

 

その端子を鎖骨へと挿入。

そこにあった人間の女性の姿は、昆虫の異形へと姿を変えた。

 

茶色と緑が入り混じった禍々しいグラデーションの体色。項部に生えた羽は美しいが、全身の棘やその触覚が想起させるのはむしろ悪魔。

 

ローカスト・ドーパントとなった宮間は、抵抗を続ける赤嶺に手を向ける。

腕から分離した無数のイナゴが、援軍となって赤嶺に食らいつく。

 

 

「刑事さん!!」

 

 

ツバサの声も虚しく、彼の姿どころか部屋中がイナゴの群れで埋め尽くされてしまう。

何かが引き千切れる音が羽音に混じって届く。

 

彼に手を伸ばそうとするツバサだが、そんな賢明な姿をあざ笑うようにローカストは全身をイナゴへと分裂させ、ツバサの姿を包み込んだ。

 

 

 

 

________

 

 

 

戻って来た意識が真っ先に思い出すのは、その絶望と恐怖。

それらはツバサを叩き起こし、更なる恐怖へと陥れる。

 

今いるのはどうやら駐車場。だが、今は使われていないのか車も人もいない。

 

そして、目の前には宮間景だけが、白衣を脱ぎ捨てた姿で立っていた。

 

 

「邪魔はもういないよね。んじゃあ始めちゃおっか」

 

 

赤嶺の姿は無い。最後の記憶は、イナゴから自分を庇った姿と声。

あの大群に襲われて、生きているはずがない。

 

ローカストメモリを構える宮間に対し、ツバサは振り絞るように怒号にも似た問いかけを投げる。

 

 

「何が理由なの…!?なんで貴方は、何の罪もない人たちを……!」

 

「罪が無い…?あぁ、そっか…だからァ…

キミたちの存在が!人類を罪深い生物にしちゃったの!」

 

 

宮間は狂人の如く声を荒げ、ツバサに詰め寄る。

正面から彼女を覗き込むその目は、とても人間の物とは思えないほど虚ろだ。

 

 

「生物学やってるとさぁ、思っちゃうんだよ。人間だって生態系の一つであるはずじゃん?

それなのに思い上がって、自然が作り上げたシステムを全部!壊して!傲慢にも程があるんだよ!

なんでこんなことになっちゃうのかなぁ、って考えた時、分かったわけ。

 

“夢”なんかを持つからいけないんだ…って」

 

 

《ローカスト!》

 

 

宮間は再びローカスト・ドーパントに変身。

ツバサの首を掴み、軽々とその身体を持ち上げ、その手に力を込める。

 

 

「たかが生命が何者かになれるだなんて願望を抱いちゃいけない。私が人類を一つの種として、自然の理に還す。

そのためにキミたちのような“憧れ”には、出来るだけ凄惨に死んでもらわなきゃ」

 

 

この時、やっとあの脅迫状の意味が理解できた。

狂っている。そうとしか言えない。その狂気は恐怖となり、ローカストの腕から痛みとして伝わってくる。

 

骨の軋む音が響く。ローカストから分離したイナゴ達が、牙を剥いてこちらを見ている。

誰も護ってくれる者はいない。自分は、この都市伝説の怪物に殺される。

 

 

その時、ツバサの記憶に浮かんだ、もう一つの噂。

 

 

「助…けて……!」

 

 

闇がある所に、光もある。

ドーパントと並んで噂される、もう一つの都市伝説。

 

街に蔓延る怪物を打ち倒す、そのヒーローの名は___

 

 

 

「助けて…仮面ライダー……!!」

 

 

 

その音が聞こえた時、ローカストの腕が力を込めるのを止めた。

 

それは足音ではない。もっと重く、戦意に満ちた音。

何かを引きずるような…否、何かを削り取るような音が近づいてくる。

 

近付くにつれ大きくなる、命を感じさせる呼吸、熱さすら覚える足音。

それらは混じり合い、途轍もない程に大きな生命の鼓動のよう。

 

影から現れたその姿は、食い千切られた革ジャンと、無数の傷から血を流す一人の男。

その手に持っているのは、コンクリートに減り込み、地面を斬る重量の大剣。

 

その男__赤嶺甲はその歩幅を速め、振り上げた剣でローカストの腕を叩き斬った。

 

 

反射的に腕をイナゴに分解し、斬撃を回避する。

赤嶺は放されたツバサを受け止め、その剣先をローカストへと向けた。

 

 

「よく耐えた。礼を言ってやる」

 

「刑事さん…!」

 

 

助けが来た、赤嶺が生きていたという2つの事実に一度は安堵するツバサだが。彼女はそこまで致命的な楽観はしない。今この状況は、何一つとして改善していないからだ。

 

ローカストにも、生身の人間が自分を倒せないと分かっている。

だから、余裕な素振りで問いかけた。

 

 

「あの子たちに襲われて死んでない?あり得ないんだけど」

 

「俺は死なない。何故なら、俺は正義だからだ」

 

 

その発言に呆れるローカストだが、その手に握られているものを見て、僅かに表情が歪む。

スピードメーターの両横に伸びるバイクのハンドル。両手で両ハンドルを掴んだ赤嶺は、その装置を腰へと装着し、ベルトが展開される。

 

 

「正義は何者にも屈してはならない。絶対に砕けてはならない。

俺自身でさえも、正義(おれ)を殺す事は赦されない!お前如きが砕けるものではない!!」

 

 

赤嶺が見せるのは、赤く輝き洗練されたメモリ。

 

 

《アクセル!》

 

 

「変……身!」

 

 

 

“A”のオリジンメモリが起動。

剣を足元に突き刺し、アクセルメモリをドライバーに装填。右ハンドル“パワースロットル”を掴み、そのエンジンを目覚めさせる。

 

 

《アクセル!》

 

 

赤い稲妻が彼の全身を駆け抜け、激しい熱と共にアーマーが装着される。

空気を震わすエンジン音が、この場にいる全ての者の心臓に響き渡った。

 

全身を覆う赤い重装甲。背負ったタイヤが、彼がバイクの戦士であることを物語る。

Aを象った銀の角の奥で、その単眼が青く輝いた。

 

 

「アンタ…何者!?」

 

「俺は正義。仮面ライダー…アクセル」

 

 

アクセルは突き刺さった大剣__エンジンブレードを引き抜いた。

あの重量の剣を軽々と振り上げ、アクセルはローカストの前に立ちふさがる。

 

 

「さぁ…振り切るぜ!」

 

 

エンジンブレードを構え、アクセルがローカストへと駆け出した。

振り下ろされるブレードを見て、ローカストはその強靭な脚力で飛び上がって回避。

その剛腕と圧倒的重量から繰り出される斬撃は、コンクリートを豆腐のように烈断する。

 

飛び上がったローカストは天井を足場にして、棘の生えた脚部を突き刺すようにキックを放った。

 

だが、アクセルの装甲には傷一つ付かず、とんでもない威力の蹴りの衝撃も全身で受け止めている。

 

アクセルの反撃を受け、吹っ飛んだ勢いで背中を地面で汚すローカスト。

あの戦士の攻撃出力は半端ではない。一挙一動が、とんでもなく“重い”。

 

 

「何が正義よ、思い上がるな!」

 

 

翅を広げ、高速振動による超音波が放たれる。

ツバサは耳を塞ぐが、それでも脳を手掴みで揺さぶられるような感覚。気を緩めれば間違いなく意識を持っていかれる。

 

しかし、アクセルはその音波の中心へと足を止めない。

灰色の戦闘用ギジメモリ、「エンジンメモリ」を起動させ、刀身を押し下げたエンジンブレードのスロットへと装填。

 

 

《エンジン!》

《エレクトリック!》

 

 

メモリの力で電撃を帯びたエンジンブレードを、再びローカストへと振り下ろす。

さっきと同じ単純な攻撃。ローカストは冷静にジャンプして躱そうとするが…

 

 

「はぁっ!!」

 

 

その刀身は飛び上がる直前のローカストへと届き、その身体を電撃と共に地へ叩きつけた。

 

 

「…!?」

 

 

驚きを隠せないが、ローカストはすぐに体勢を立て直す。

アクセルの猛攻は続き、その攻撃を俊敏な動きとジャンプを駆使して回避していく。

 

だが、何かがおかしい。彼女の中に違和感と焦燥が生じる。

 

徐々に回避が追いつかなくなる。余裕があったはずの体捌きは見る影も無くなり、かすっただけの攻撃で想像以上のダメージが入る。

 

そして、その違和感が確信へと変化を遂げた頃。

迫りくる赤い重戦士に、本気の恐怖を覚え…

 

 

その完璧なブレードの一撃が、ローカストの意識を振り切って炸裂した。

 

 

「がっ…ア……!何それ、ふざけてる!」

 

 

外から見ていたツバサも気付いていた。

アクセルの動きが、“段々と加速している”ことに。

 

 

アクセル、即ち「加速の記憶」。

起動時でさえ超人的なアクセルの身体能力は、エンジンが温まっていくように上昇していく。

 

戦闘が長引くにつれ、その速度からパワー、果てには防御力に至るまで、あらゆるステータスが「加速」する。それこそが「アクセルメモリ」の能力にして真価。

 

 

「分からないの?人は皆、平等にただの生物として生を全うすべき!

私は大自然の使徒。その崇高な意思に歯向かうのが、お前の正義か!」

 

 

翅をもう一度広げ、ローカストが宙に飛び上がる。

そして、全身をイナゴに分解し、一斉にアクセルへと喰らい付いた。

 

いくら剣を振り回した所で、この数のイナゴを全て斬ることは出来ない。

 

 

「黙れ、俺が正義だ」

 

 

アクセルメモリの能力は加速だけではない。

ドライバーのスロットルを回すことで、増加していくエネルギーを熱として出力する。

 

全身から解き放たれた熱は、アクセルに喰らい付いていたイナゴを焼き払った。

体中が燃えているに等しいローカストは、たまらず体を再構築。

 

 

「そしてお前は勘違いをしている。

()正義ではない。俺自身()正義だ!」

 

《ジェット!》

 

 

その隙にエンジンブレードから斬撃が発射され、飛行していたローカストの翅を切断。

飛行能力を失い落下するローカストに、アクセルの渾身の斬撃が決まった。

 

変身が解除され、地に伏せる宮間。

しかし、メモリの破壊には至っておらず、ローカストメモリはその手に握られている。

 

 

「終わりだ、宮間景」

 

「そうだね。私の勝ちよ」

 

 

宮間そう勝ち誇った台詞を吐き、指を鳴らした。

 

 

「たった今、隠していた私の子供たちが孵化した。

私を捕まえたとしても、あの子たちが思い上がった人類を食い潰す!」

 

「そうか。その様子だと

やはり卵の様子は分からないようだな」

 

 

膝をついて高笑いする宮間が止まる。

 

 

「まさか、そんな……」

 

「産み落とした卵の様子が分かる生物なんていない。だから、お前もそうだと目星をつけ、過去及びこの3日のお前の行動を全て調べさせてもらった。確認するなら目視が最も手っ取り早い方法だからだ。

最初から予想は出来ていた。お前がよく秋葉原に足を運んでいるというのは、調べがついていたからな」

 

 

秋葉原で、赤嶺はただアイドルを調べていたわけでは無い。

それと並行して捜査も全力で行っていた。常人では考えられないバイタリティーと技能だ。

 

 

「案の定、お前の卵は秋葉原にあった。時間はかかったが、お前がよく訪れる場所を洗い出し、他の卵の座標も特定。先刻、北嶋刑事から全ての卵の処理が完了したと報告があった。

 

侮ったな。これが正義を擁する警察の力だ」

 

 

本日何度目の常識外れだろうか。ツバサはまたも衝撃を受けると同時に、引き付けられる。

この、赤嶺甲という存在に。

 

この男を前に、もはやハッタリを疑う気力も失せる。

宮間は半狂乱にメモリを振り上げ、修道服の2人から渡された「錠剤」を飲み込んだ。

 

 

「こんな所で潰えない…理に還らない種なんて、不要な存在だ!」

 

《ローカスト!》

 

 

3度目の変身。しかし、様子がおかしい。

錠剤の影響で、ローカストの全身から溢れるようにイナゴが湧いて現れる。

それは先程までとは比較にならない数で、それらはローカストの全身を覆いつくし、一匹の巨大なイナゴのような姿を形作った。

 

 

飛び上がった巨大ローカストは天井を粉砕し、地上にその姿を現す。

 

 

「もしかして、地上の人達を襲いに…!」

 

「させるか。バイクになって追うぞ」

 

「えぇ、そうね。バイクに乗って……え…?」

 

 

一瞬バイクに「なって」と聞こえたツバサがアクセルに目をやると、

アクセルはバックルを取り外すと、全身の装備が変形。

 

文字通り、アクセル自身がバイクに変身した。

 

 

「何を見ている綺羅。乗れ」

 

「え……えっ…!?」

 

「見届ける責任があると言ったのはお前だ。

正義の名にかけて、安全は保障してやる」

 

 

変な所で融通が利かず、律義な男だ。

ツバサはアクセルバイクフォームに跨り、アクセルは自身のエンジンを吹かす。

 

 

「飛ばすぞ。捕まっていろ!」

 

 

ヘルメットが無い事に不安を感じるより先に、アクセルはトップスピードまで加速。

地上に出て飛行している巨大ローカストの姿を捉えると、さらに加速させた。

 

さっきの戦闘で消耗したせいか、あまり高くを飛べないようだ。

アクセルを振り切るほどの速度も無く、エネルギー弾を発射してアクセルを妨害する。

 

 

アクセルは車道を走る車の間を縫うようにローカストを追う。

自分に乗るツバサを守り、それでいて向けられた攻撃が一般人に当たらないようにしつつ、その速度を保って走っている。

 

 

「…見くびってたわ。凄いのね、貴方って」

 

「当然だ。凄くなければ正義は務まらない」

 

 

彼はきっと、「一人の犠牲者も出さない」以外の選択肢を許さない。

その理想論とも吐き捨てられる正義を全うするため、彼は常識破りを繰り返し、どこまでも自分を追い詰める。

 

何者にも縛られない無法者(アウトロー)にして、

正義と言う法に絶対遵守の番人(ローキーパー)

 

それが、赤嶺甲__仮面ライダーアクセル。

 

 

そしてツバサは理解した。

 

ツバサと赤嶺は、馬鹿馬鹿しいほど自分に素直で厳しい、

ダイヤより強固な筋金入りの狂人同士だ。

 

 

巨大ローカストは、身体を構成させるイナゴを6本脚の一本に集中。

その脚に爪を生成し、長大させたその腕をアクセルに叩きつけた。

 

アスファルトを破砕し、煙が辺りを支配する。

 

だが、ローカストに伝わるのは手応えではなく、その執念が近寄ってくる確かな恐怖だった。

 

 

「レースも大詰めだ。覚悟しろ」

 

 

伸ばされた脚を道にして、アクセルが空に留まるローカストとの距離を猛スピードで詰めてくる。

脚を分解するも、アクセルは物理の法則に従い、巨大ローカストの胴体へと宙に放物線を描く。

 

 

「翔べ!」

 

 

アクセルはバイクフォームを解除。

搭載していたエンジンブレードを振りかぶり、宙に放り出されたツバサもその動きに合わせる。

 

そしてツバサはエンジンブレードの剣脊を足場にして、アクセルは思いっきり

ツバサを天高く打ち上げた。

 

 

「っ…アぁ…綺羅…ツバサぁ!!」

 

「何処を見ている」

 

 

理性を失いかけているローカストは、飛び上がったツバサを襲おうとする。

だが、アクセルがそれを許さない。

 

エンジンブレードを上空に放り投げ、ドライバーのグリップ「マキシマムクラッチレバー」を強く握る。

 

 

《アクセル!マキシマムドライブ!!》

 

 

青き単眼(モノアイ)が、群がるイナゴの中にローカストの本体を捉えた。

その姿を目掛け、アクセルは燃え盛る身体を捻り、深紅のエネルギーを脚部に宿す。

 

これまでの戦闘で頂点に達した「加速」のエネルギーに急ブレーキをかけ、累積されたエネルギーを凄まじい勢いで出力する。

 

アクセルが放つ必殺の後ろ回し蹴り、「アクセルグランツァー」が炸裂。

ローカストの本体にタイヤ痕を刻み、その身体を地に叩きつけた。

 

 

アスファルトのクレーターの中心で悶えるローカストを背後に、アクセルは空中旅行から帰還したツバサを受け止めて着地。

 

 

「まだ…よ……」

 

 

全身の崩壊を感じながらも、ローカストの力はまだ絶えていなかった。

ハイドープとしての「全身をイナゴに分裂させる」能力で、しぶとく逃避を図ろうとする。

 

腕を分解しようとした瞬間、

天からの裁きが、倒れたローカストの胴体を貫いた。

 

 

それは、アクセルがツバサと共に空に預けた、エンジンブレードの刃。

 

 

 

「絶望がお前の……ゴールだ」

 

 

 

爆音にも勝る断末魔の中心で、ローカストは爆散。排出されたメモリは砕け散る。

 

その戦士は爆風の中で、少女を抱きかかえて佇む。

消灯する単眼が戦いの終結を告げた。

 

 

 

 

________

 

 

 

 

そうして、脅迫状連続殺人事件は幕を閉じた。

A-RISEは保護から解放され、サガフェスにも問題なく出場できるようになった。

 

そして、事件の翌日。サガフェスが開催される日の朝のこと。

 

 

「朝から大変ね。…本当に大変そうね」

 

「何の用だ、綺羅」

 

 

最初に3人が赤嶺に交渉に来た朝のように、ツバサは超常犯罪捜査課に訪れていた。

そしてこの一件の功労者、赤嶺甲はと言うと…

 

イナゴに全身をかじられ、その後の激しい戦闘も祟り、全身包帯だらけの状態だった。

それでも意地で勤務に戻っている辺り、彼の人間離れぶりがよく分かる。

 

 

「ステージがあるんじゃないのか」

 

「その前に貴方に礼をしたくてね。

どう?私たちのステージを見ていかない?いい席を用意するわ」

 

「その必要は無い。正義はただ執行されるものだ。それに、今日もメモリ事件が立て込んでいる」

 

 

赤嶺はそう言ってツバサをあしらう。

だが、赤嶺は彼女が立ち去る前に呼び止めた。

 

 

「綺羅ツバサ。お前はあの怪物に最後まで屈しなかった。お前はどこまでも頂点に相応しい女だ。この俺が認めてやる」

 

「えぇ、私も認めるわ。貴方は最高に頑固な警察官で、最高に格好いい正義の味方よ」

 

「正義の味方ではない。俺自身が…」

 

「“正義”、でしょう?」

 

 

ツバサは赤嶺の口もとに人差し指を置き、その言葉を遮った。

悪戯に微笑む彼女はウインクをして、彼に背を向けた。

 

 

「また会いましょう?甲」

 

「……俺を名前で呼ぶな」

 

 

その会話を最後に、ツバサは去っていった。

そのやり取りを見て、驚愕の表情で机の下から顔を出すのは、何故か隠れていた北嶋警部補だ。

 

 

「えぇ~……何今の。ちょっと赤嶺、昨日ツバサちゃんと一体何があっ」

「赤嶺テメェこの野郎ぉぉぉぉぉ!!」

 

 

北嶋を跳ね飛ばし、同じく隠れていた喜田が激しく取り乱して赤嶺の首を掴む。

 

 

「お前いつからツバサちゃんとあんなに親密になったんだよ!羨ましいにも程がある!」

「親密?何の話だ」

「あれが親密以外の何だってんだよぉぉぉ!!人が不法侵入した上に害虫駆除までやってる時に!ツバサちゃんと何しやがった洗いざらい話しやがれこの我儘革ジャン電波野郎ぉぉぉ!!!」

 

 

怒りのままに赤嶺の頭を揺らす喜田。一応怪我人なのだが、知ったことではない。

結局、赤嶺の頭突きが喜田にクリティカルヒットし、暴走が止まった。

 

ちなみに、彼が仮面ライダーアクセルであることは、喜田も北嶋も知らない。

この一件での戦いは、ツバサと赤嶺だけの秘密となった。

 

 

喜田に跳ね飛ばされ、壁に頭を強打してダウンした北嶋。

ツバサと赤嶺の会話と、捜査のせいでライブに行けないという悲しみで暴走して鎮圧された喜田。

 

そんな朝から大惨事な状況で、彼も彼とて大怪我をしている赤嶺は、この事件の捜査資料を手に取る。

 

 

宮間が使用した、メモリの力を異常活性させる「錠剤」。

押収したその錠剤を調べれば、必ずメモリ流通のルートへの手がかりとなるはず。

 

そして、彼女の所持品からは、僅かながら“奴ら”と接触した痕跡があった。宮間もメンバーだったと見て間違いない。

 

メモリを生産する「組織」。その中でメモリ流通を牛耳っているのは、“暴食”という最高幹部。

その“暴食”が率いる、大規模犯罪集団。

 

 

「犯罪シンジケート“悪食(アクジキ)”。奴らの尻尾、必ず掴んで見せる…!」

 

 

 

2人で1人の探偵と、廃校を救うスクールアイドル。

地獄から来た怪盗と、巻き込まれた少女たち。

正義の名を掲げる警察と、トップアイドル。

 

 

 

その物語が交差するのは、もう少し先の話である。

 

 

 




ようやく警察官にして仮面ライダー、赤嶺甲の登場です。
かなり濃ゆいキャラに仕上がりましたが、コイツはオリキャラの中で一番気に入ってるキャラです。ちなみに、年齢は23歳くらいをイメージしていただければ…

余談ですが、ツバサのブラックコーヒー嫌い設定は、とある作品の設定を勝手にリスペクトさせて頂きました。

さて次回は超久しぶりにアラシ達のターン!新学期も始まり、新キャラも出ます!

今回登場した「ローカスト・ドーパント」はτ素子さん考案です!第一号はコイツとなりました。ほら、メタルクラスタホッパーも出てきて丁度良かったので…

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第51話 Pは牙を剥く/再会・再開・新学期

帰省したらしたで忙しいよね。146です。
最初にお知らせが2つ!長いですがどうか最後まで見てください!

一つ!前々より企画していた「ラブライダージェネレーションズ」が開催されました!!
この企画は「ラブライブ×仮面ライダー(一部例外アリ)」の作品のキャラが豪華クロスオーバーするものとなっております!

参加する作品は…
希-さんの「ラブドライブ!~女神の守り人~」
蒼人さんの「ビルライブ!サンシャイン!!〜School idol War〜」
ワトさんの「仮面ライダーの力を得て転生したったwwwww」
MasterTreeさんの「ラブライブ!サンシャイン‼︎×仮面ライダードライブサーガ 仮面ライダーソニック」と「異世界ディケイド」
グラ二さんの「ラブ鎧武!」
ポリゴン佐藤さんの「ラブライブ!King's Revelation」
がじゃまるさんの「Journey Through The Rainbow」
ボドボドさんの「ラブライブ! ―目覚める魂―」
ゆっくりシップさんの「ラブオーズ!「Anything goes!『旅はまだ途中』」」
水卵さんの「ゼロの名の戦士―その未来を守るために―」
花蕾さんの「少女よ、愛を知れ」
ゲーマーΣさんの「ラブエグゼイド!SUNSHINE!!」
そんで、「ラブダブル!~女神と運命のガイアメモリ~」です!!(書き洩らしあったら死んで償います)

運営対処で削除済み作品から、完全非公開まで参戦。こんなに多い作品クロスしてわけ分かんなくならない?とか、話まとまるの?とか、知らないキャラ多いのはちょっと…とか思っている人も数名いると思います。

が!今回執筆を担当するのは、なんとラブドライブや異形の仮面でお馴染み希ーさんでございます!はい安心!もう安心!見なきゃ損!
残念ながら希ーさんは何故かアカウント凍結されてしまっているため、pixivでの連載となります。ですが、希ーさんが執筆する以上、確実に面白いので是非!是非とも読みに行ってください!(現時点ではpixivで「きー」さんにマイピク申請したら読めます)


そんで二つ!オリジナルドーパント案ですが、集計したところ160を超えておりました!
というわけで、今回から続く2つのエピソードは、「募集案をいつもより割り増しで登場させる」というコンセプトでお送りします!

というわけで新学期編開幕です!


「新学期!だー!」

 

 

ことりと海未を置いて、穂乃果は大声で叫びながら走り回る。

今日は9月1日。長かった夏休みも終わり、今日から音ノ木坂学院は2学期を迎えようとしていた。

 

通学路ではしゃぐ穂乃果を見ながら、アラシは思いにふける。

思えば、夏休みは色々なことがあり過ぎた。

 

まず、組織の“憤怒”による永斗の誘拐、それの奪還。

その際に目覚めたファング・ドーパントとも激闘を繰り広げ、最終的には記憶を取り戻した永斗を奪い返すことが出来た。

 

そんでエクスティンクト・ドーパントとの戦闘ではファーストと協力し、ダブルはファングジョーカーという戦力を手に入れた。

 

その後もメイド喫茶で連続失踪事件があったり、先輩禁止で合宿をしたり、にこの声が消えたりもして大変だった。

 

 

「…思い返せば、改めて濃い一か月だったな……」

 

 

事件とは関係が無いが、プールにも行ったし、祭りにも行った。本当に色々なことがあった。

 

アラシはファング戦の前に数年間の修行をしたのだが、それ抜きにしても長かった。

なんというか、2年半くらい経っている気がする。

 

 

「それにしても、穂乃果ちゃん元気だね」

 

「本当です。昨日は宿題が終わらないと泣きついていたのに。凛やにこも、永斗がいなければどうなっていたか…」

 

「問題はその永斗が学校行ってるかなんだが……」

 

 

 

_______

 

 

 

「あ゛ぁぁぁぁー……学校始まったぁぁ…帰り゛だいぃ……」

 

「永斗くんがこの世の終わりみたいな声出してるにゃ」

 

「あはは…」

 

 

一年生の教室で、永斗は机に突っ伏して唸っていた。それを囲むのは、いつものµ’s1年組。凛、花陽、真姫、瞬樹。

 

まずは早朝に凛が探偵事務所にアタック。布団から出ようとしない永斗を引きずり出し、4人がかりで学校まで連れてきた。今も逃げないように監視している。

 

 

「なんで夏休みが終わると学校始まるのさ…面倒くさい…新型ウイルスの流行とかで休みが伸びたりしないかな……」

 

「ちょっとやめなさい。洒落にならないから」

 

「竜騎士は風邪などに負けん!そしてこの新学期…いや!新世紀は俺の時代だ!」

 

「瞬樹くんはそんなんだから、新学期でもどうせボッチにゃ」

 

「おい凛。永斗を好いているのは分かったが、少しは俺にも優しくしろ!花陽を見習ったらどうだ!お前達は本当に幼馴染か!?」

 

「失礼な!凛とかよちんは、昔からの大親友にゃ!ねー!かよちん」

 

「う…うん。そうだけど…瞬樹くん泣いてない?」

 

 

そんな1年組の賑やかな会話も、教室に教師が入ってきたことで中断される。

教師の後には、5人ほどの生徒が続いて入室してきた。

 

主に男子だが、その中に一人の女子生徒。教室が少しざわめく。

 

 

「えー、今日から新学期ですが、新たに5人の編入生が入ってくることになりました」

 

 

きっとアラシ達同様に、共学に向けた試験編入生なのだろう。

その中に女子が混ざっているのも、5人と大人数なのも、学校存続が現実的になり始めている証拠だ。

 

永斗は興味なさげに爆速で眠りに落ちるが、凛は編入生の顔をじっくり見て、難しそうな顔をしている。そして何かに気付いたのか、ひどく驚いて飛び上がるように立ち上がった。

 

 

「あーっ!」

 

 

凛は女子の編入生を指さし、教室の中で一人声を上げた。

 

 

_______

 

 

今日は休み明けの一日目。午前中に始業式が行われ、午前で放課となる。

この時間を練習に当てようと、絵里と希は部室へと向かっていた。

 

 

「よーし!新学期もはりきっていこかー!」

 

「え…えぇ。元気ね、希」

 

「ウチは嬉しいんよ。編入生も増えて、µ’sでやってきた事がちゃんと形になってるみたいで。編入生といえば…3年生にも一人、男子生徒が入ってきたらしいけど…えりち知っとる?」

 

「このタイミングで3年に編入生?気になるわね」

 

 

クラスが違うにこは、一足早く部室へと向かった。

その男子編入生のことも何か知っているかも、なんて考えていたら2年生組とも遭遇。

 

 

「あ、絵里ちゃん!新学期も頑張ろー!」

 

「穂乃果も元気ね…」

 

 

開口一番がハツラツな穂乃果に、ことりは苦笑い。

海未は疲れた様子でため息を吐くが、ここでツッコむアラシは今はいないようだ。

 

 

「あれ、にこちゃんは?」

 

「にこっちならいち早く部室に行っとるよ。にこっちも相当張り切ってたみたいやし…」

 

 

ことりがそんなことを訪ねているうちに、部室に到着。

やはり既に鍵は開いているため、気軽に扉を開けるが…

 

 

「いいねぇ!今を煌めく新世代スクールアイドル!いいよいいよ、イケてるよ矢澤にこちゃん!」

 

「あんた分かってるじゃない!この宇宙最強アイドルのキュートな立ち姿、しっかりレンズに収めなさい!あ、そっちじゃなくてこの角度から…そうよ。よし、せーのっ!にこっ♡」

 

 

部室では細かく指示を出してポーズを決めるにこと、そんな彼女を撮影する男性が。

そのウルフカットの髪型をした男性は音ノ木坂の男子制服を着ており、そのネクタイの色は緑色。

 

何はともあれ、一同はこの状況に絶句した。

 

 

 

 

 

「えーはい、自己紹介遅れて申し訳ない。俺は嘉神(かがみ)留人(りゅうと)。2学期から編入してきた3年生の男子生徒ということで…以後よろしくµ’sの皆さん」

 

「え…はぁ」

 

 

何故か名刺を渡される穂乃果。その男、嘉神は困惑する穂乃果にレンズを向け、楽しそうにシャッターを切る。

 

 

「人気急上昇中のスクールアイドルµ’s。そんな方々のいる学校に来たなら、会っておくのが礼儀ってもんでしょう。はい、矢澤ちゃんもう一枚!」

 

「ちょっと。編入生なのはわかったけど、急に押しかけてどういうつもりなの?」

 

「君は絢瀬絵里ちゃんだね。知ってるよ、ロシアの天才バレリーナ。それと…一年生の御三方はまだかな?」

 

「質問に…」

 

「ジャーナリストを志す手前、煌びやかなものにレンズを向け、マイクを向けるのが性ってもんでして。µ’sはアイドルと探偵を兼業してるとか。それに男子マネージャーもいると…知りたいことずくめだ」

 

 

嘉神の口からは次から次へと言葉が流れ、瞬きをするようにシャッターを切る。

目を輝かせ、まるで遊園地に来た子供のようだ。

 

 

「それで本題なんだけど…部長は誰?」

 

「にこ、貴方が責任者でしょう。アラシもいませんし」

 

「えっ…あ、そうね!私が部長よ!」

 

「威勢がいいのは助かるよ。実は俺が頼みたいのは一つだけなんだよね。アイドル部への取材はまた追々するとして、今は…」

 

 

「部長」の肩書が非常に嬉しそうなにこ。あからさまに鼻を高くしている。

それを見た嘉神が笑みを浮かべ、何かを取り出そうとした時。

 

 

「お前ら、さっき事務所の方に書面で依頼が入ってた。今日の練習終わったら、いける奴は調べに…」

 

 

遅れてやって来たアラシが自然に扉を開けた。

いつもと変わらない面子の中に、一人違う奴がいる。

 

その顔を捉えたアラシの表情が、塗り替わるように変わった。

 

 

「あ、アラシ君!この人は…」

 

 

状況を説明しようとする穂乃果の言葉を待たず、アラシは血相を変えて飛び出す。

その手は真っ直ぐに嘉神の首を掴み、棚へと叩きつけた。

 

 

「ちょ…アラシ君!?」

「おい穂乃果。いや誰でもいい説明しろ。

なんでコイツがここにいる」

 

 

見たことが無い表情だった。怒った顔は何度も見ているが、それとも違う。普段ドーパントに向ける視線とも違う。だが、どこかで既視感のある空気だった。

 

そこで、ことりが説明を入れる。

 

 

「えっと…編入してきた3年生の嘉神先輩だけど。友達…?」

 

「どう見たって違ぇだろ。つーか編入?んなわけあるか。だってコイツは…」

 

「ちょいちょいちょい。急になにすんのよ()()()()()()()()

 

 

アラシの手から、嘉神がいつの間にか抜けている。

掴みかかろうとするアラシの手をひょいひょいと避け、嘉神はにこを盾にして身を隠す。

 

 

「じゃ、矢澤ちゃん。話を続けよっか。

俺は“探偵部”と契約がしたい。俺が持ってくる情報を、お金で買って欲しいんだよね」

 

「け…契約!?」

 

「そ。探偵とアイドルの両立なんて大変でしょ?俺はその一助になりたいのよ。さぁさご決断を、部長の矢澤さん?」

 

「ふざけんな!誰がテメェなんか信用するか!」

 

 

この狭い部屋で追いかけっこがヒートアップ。状況はまるで分らないが、とりあえず止めねばと、絵里と海未がアラシをなんとか鎮めた。

 

その間に嘉神は窓を開け、風が部屋に吹き込んでくる。

アラシの言葉を聞いた嘉神は、嘲笑するように呟いた。

 

 

「信用…ねぇ。そりゃ()()()()()()()()()なんて無理な話だ。あー可哀想に。彼女たちは気の毒だね」

 

 

冷たい風が吹いた。怖気にも似た感覚が背中に走る。

嘉神は窓に足をかけ、紙飛行機を穂乃果に向けて飛ばした。

 

 

「まぁ信用云々も真っ当な意見だし、それはお試しキャンペーンってことで。事務所に届いてた依頼のお役に立ちますように♬」

 

 

「ばいちゃ」と軽く手を振って嘉神は窓から出て行った。事情を聞く暇も与えず、アラシも額に青筋を浮かべたままそれを追う。

 

 

『アラシに信用されるなんて無理な話だ』

 

 

冷たい声で吐かれたその言葉が、穂乃果たちの心に反響する。

 

µ’sの新学期は、突然に突き付けられた謎から始まってしまった。

 

 

 

_______

 

 

 

「待て!」

 

「って言われて待つ奴いる?まぁ俺は待っちゃうんだけどね。駆けっこで勝てるわけないし」

 

 

手を上げて、アルパカ小屋の前で嘉神は止まった。

ヘラヘラとした様子に、アラシの口から舌打ちの音が漏れる。

 

 

「嘉神、何が狙いだ。テメェが子供相手に小銭稼ぎなんて、それこそあり得ねぇ」

 

「いやー?俺はジャーナリストよ?生まれてこの方、嘘なんて一度も…なーんてジョークが通じる相手でもないか…」

 

 

嘉神の表情が変わった。その懐から出したのは、2枚の写真。仮面ライダーダブルの写真と、変身解除直後のアラシの写真だ。

 

 

「…!コイツを何処で!」

 

「さぁ?仮面ライダーがアラシだったとはねー。あ、最近やっと相棒の方も撮れたよ、白黒のヤツね。メイド喫茶の事件、うまいこと誘導できてよかったよ。ミナリンスキーの写真もいい値で売れたし」

 

 

彼は手のひらをヒラヒラと振って得意げに話す。

この嘉神留人という男は、嘘を嘘と、卑怯を卑怯と、悪を悪と理解したうえで、己の欲望に一切の躊躇が無い。

 

だからアラシは、嘉神が()()()嫌いだ。

 

 

「…コイツで強請るって訳でもねぇんだろ」

 

「貧乏人にそんなことしないよ?俺はただ、“知りたがり”なだけさ。

 

“仮面ライダーに成る方法”、それが知りたい」

 

 

その一瞬のアラシの表情を、嘉神のシャッターが切り取った。

 

 

_______

 

 

アイドル研究部に来訪者がやって来た頃、そこにいなかった一年生は教室に残っていた。

一クラスしかなかった1年生に、5人もの編入生が加わった。学生一同それに沸くが、µ’sの1年組もその渦中だ。

 

 

「さっちー!久しぶりにゃ!」

 

「小学校のときに転校しちゃって以来だよね…?元気にしてた?珊瑚ちゃん」

 

「うん!また会えて嬉しいよぉ、花陽ちゃん!凛ちゃん!」

 

 

編入生唯一の女子生徒、灰垣(はいがき)珊瑚(さんご)

髪型は少しだけ長い、薄い黒髪のショートボブ。音ノ木坂はまだ夏服だが、半袖にアームカバーを着けている。どうやら、彼女は花陽と凜の幼馴染らしい。

 

おとなしい花陽、活発な凛の幼馴染だけあって悪い雰囲気は見えず、言葉にするなら“淡い”印象の少女だ。

 

 

「聞いたよー!2人ともアイドル始めたんだって?意外だよー、特に花陽ちゃん!」

 

「えー、そうかな?かよちんは前からアイドル好きだったじゃん」

 

「2人とも意外なんだけどね。可愛いのに、なーんか自信無さげだったから。何があったの?」

 

「えっと…私の場合は、真姫ちゃんと凜ちゃんに背中を…というか、手を引っ張られて…」

 

 

花陽の視線が、髪の毛を弄っていた真姫に向いた。

珊瑚と目が合った真姫は、つい目を逸らしてしまう。

 

 

「あ、アイドル仲間の。西木野さん…だったっけ」

 

「うん、友達の真姫ちゃんにゃ!」

 

「…よろしく」

 

「で、こっちが…」

 

 

気恥ずかしいのか、真姫は一言だけそう挨拶する。

そして、次に凛の手が向いたのは永斗。しかし、永斗は珊瑚が自分の方を向く前に、超速で目どころか顔を逸らした。

 

凛が力づくで顔を前に向かせようとする。非力にそれに抵抗する永斗。

 

 

「永斗くん!ちゃんとさっちーの方みるにゃ!あいさつ!」

 

「いやいやいや、知らない人と、それも女子と目を合わせるのは陰の者にはキツいから。分かって。友達の友達って一番ハードル高いんだよ」

 

「凛と初めて会ったときは、ちゃんとおしゃべり出来たじゃん!」

 

「ゲーオタ同士で駄弁るのとは訳が違うの。大体、あの時だって凛ちゃんが強引に…」

 

 

結局、永斗の抵抗は長くは持たず、微妙な顔をした珊瑚と顔を合わせることになってしまった。

 

 

「マネージャーの士門永斗くんにゃ!いっつもぐーたらしてるけど、頭がすっごい良くて、あと…いざって時はちょっとだけカッコいいんだよ!」

 

「あ…え…よろしく…お願いします。てか凛ちゃん、ちょっとだけって何?僕けっこう頑張ってるんだけど」

 

「永斗くんはカッコいいって感じじゃないにゃ」

 

 

頭を両手で掴まれたまま、挙動不審な挨拶をする永斗。その反動か、凜との会話が嫌に饒舌だ。

 

 

「仲…いいんだねぇ」

 

「え…そうかな?」

 

 

珊瑚にそう言われて、凛は少しニヤついて分かりやすく照れる。そんな様子を目の当たりにして、珊瑚の表情が止まった。

 

凛のこんな表情は見たことが無かった。その光景から目を逸らすように、珊瑚の視線は瞬樹へと向く。

 

 

「女、今この俺と目が合ったな?」

 

「へ?」

 

「我が名は竜騎士シュバルツ!我が天使の旧友よ、我と盟友の契りを結ぶのであれば、この騎士の名に懸けて!貴公を悪しき刃より守る盾となることを誓おう!」

 

 

もはや定番。瞬樹の竜騎士ムーブは、初見の空気を絶対零度で凍らせる。

皆が冷めた目で見放す中、花陽だけは申し訳なさそうな、困ったような顔をしている。

 

 

「友達…選んだ方がいいんじゃない?」

 

「そ…そんなことないよ!瞬樹くんはちょっと変だけど…すごく優しいんだよ!」

 

 

花陽が慌てて食い気味なフォローを入れた。

自信無さげな様子は変わっていないと思っていたが、その時の花陽の声は、想像よりも芯の通った声だった。

 

その言葉で舞い上がる瞬樹に、花陽と瞬樹を引き離そうとする凛。わちゃわちゃとそんなやり取りが珊瑚の視界で繰り広げられる。

 

 

「あ!もうこんな時間にゃ!絵里ちゃんに怒られる!」

 

「えー、海未ちゃんとアラシの方が怖いでしょ」

 

「そこ論点じゃないの。行くわよ、花陽」

 

「あ…うん。じゃあ練習があるから。また明日ね、珊瑚ちゃん」

 

 

去っていく彼女たちの姿を、珊瑚は柔らかい笑顔で手を振って見送った。

 

教室を後にして少し経った。

突然、花陽が足を止め、走る瞬樹の袖を引っ張って呼び止めた。

 

 

「花陽?」

 

「瞬樹くん…」

 

 

珊瑚に背を向けた一瞬、花陽の目に映った彼女の顔。

何度か見たことがある感覚だった。それも、恐怖や悲しみに結びつくような経験の中で。

 

 

「一つ…お願いがあるんだけど。いい?」

 

「何でも任せろ」

 

 

親指を立て、瞬樹はすごく嬉しそうに答えた。

 

______

 

 

今日のダンスと歌の練習が終わり、アイドル部としての活動は終了。

日も落ちた後は、探偵部の活動が始まる。

 

 

「新学期一発目の依頼はコイツだ」

 

 

アラシが机に紙を叩きつけた。

それは、パソコンで書かれた手紙。文章はメールのような、とても簡素なものだった。

 

内容は探偵らしいものだ。

送り主は母親らしく、進学校に通う受験期の自身の息子の様子がおかしいから、調べて欲しいとのこと。

 

 

「具体的に言えば、両親が仕事でいない夜に不良と絡んでるんじゃないか…ってことだそうだ」

 

「“仮面優等生”って言うらしいわね。それにしても…なんだかドライな文章ね。自分の子供の話なのに、直接依頼にも来ないし…」

 

 

絵里の苦言も分かる。文章は“進学校”や“受験”、“成績”の単語を強調していて、心配というより自分の世間体を気にするような文面だ。

 

 

「別に珍しくもねぇだろ。今時、こんな親は」

 

 

そう言うアラシの声は、喉の奥から怒りや嫌悪感が湧き上がるような声だった。

そういえば、アラシには切風空助という親代わりがいたのは聞いたが、本当の両親の話は全く知らない。

 

それどころか、アラシの過去は全く知らないと言ってもいい。今日やって来た編入生の嘉神だって、結局どんな関係なのか話してもくれないままだ。

 

 

「でもやっぱり、“ここ”にその人がいるのかな?」

 

「あり得る話よ。穂乃果の成績じゃ分かんないだろうけど、受験のプレッシャーってとんでもないんだから」

 

「テメェも言えた話じゃねえだろ、バカにこ。が、ご丁寧に写真まで用意されたら、嫌でも怪しむしかねぇ」

 

 

話の中心にあるのは、嘉神から渡された紙飛行機。

そこに折り込まれていたのは二枚の写真。一枚はある少年が倉庫の奥に入っていく写真だ。調べた結果、調査対象である依頼人の息子で間違いない。

 

二枚目はその倉庫の地下の写真。そして、紙飛行機には情報の詳細まで書かれていた。

 

 

「あの野郎が何のつもりか知らねぇが、調べる必要はあるな。今夜だ。早速潜入捜査を行うぞ。荒くれ者の集いなら、まずは俺の出番だ。

そんでここには、他にも“何か”匂う。俺とは別ルートで調べる部隊として、絵里、希、凛、穂乃果。お前らに頼みたい」

 

 

二枚目の写真に映っていたのは、四方のフェンスに囲まれて殴り合う男たちと、それを囲んで盛り上がる人々。その息子が“賭ける側”か、“賭けられる側”かは分からないが、マトモな人間が関わるべき場所じゃないのは確かだ。

 

 

 

「行くぞ。賭博と殴り合いの悪魔の娯楽、地下闘技場!」

 

 

 

______

 

 

 

飛び散る血、打ちのめされた肉体、それを見て沸く観衆。

 

そんな映像を眺め、ソファの上で踏ん反り返る男。サングラスに派手なアクセサリー、鍛えられた上裸の上に羽織った毛皮コートが目立つ。

 

彼の前の机には大量の料理が置かれ、手づかみでそれを貪るように喰らう。

料理だけでなく、机にはPと刻まれた“銀色”のドーパントメモリも乱雑に置かれ、ソファの隣には大量のドーパントメモリが入ったケースが鎮座していた。

 

 

「んで、何の用だ観測者(オブザーバー)。メシの時間邪魔されてゲロ機嫌悪ぃんだが?」

 

 

その男は不機嫌そうに、空の皿を後ろにいた人物に投げつけた。

その人物=黒音烈は、投擲したナイフで皿を割る。開いた口からは、冷たく美しい声が吹き抜けた。

 

 

「仮面ライダーが、この地下闘技場を嗅ぎつけました。警戒をお勧めしますよ」

 

 

それを聞いた男の口角が吊り上がる。鋭い歯を見せ、皿から取り上げた骨付き肉を、骨ごと噛み千切った。

 

 

「待ってたよ。あの女を喰って、“暴食”の椅子を奪う時が来た。歓迎するぜ、ここが血の海で生きる俺様達の楽園!強者の宴を始めようか!」

 

 

その拳を、机のメモリに叩きつける。

電子音が響き渡る。試合の幕開けを告げるゴングのように。

 

 

《プレデター!》

 

 

 




まずは導入の一話目です。今回も3話構成になりそうです。
今回もオリジナル案をチラ見せしましたが、紹介の方はまとめてさせていただきます。

なお、なんやかんやの都合上、複数の案を一つにまとめるパターンになりますので、ご了承ください。

そして新学期編ですが、ずばりテーマは「ライダーの素顔」!掘り下げなかったアラシと瞬樹の過去、あとはほったらかしの永斗過去編も終わらせます!

ラブライダージェネレーションズの方もよろしくお願いします!一話にチラッとアラシも出ておりますので!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第52話 Pは牙を剥く/バケモノの楽園

146です。思ったより遅れました。何故かというと…
あつ森してましたぁ(前科二犯)(繰り返されるポケモンの過ち)(成長しない男)

いや、無人島ライフは正直言ってポケモンバトルより性に合ってました。ただしブラックバス、スズキ、テメェらは悪意に満ちているから絶滅すべき。

今回からちょっとだけラブジェネ宣伝挟みます。
まずは皆さんご存知、ラブジェネ主催者にして「ラブドライブ」でお馴染み希ーさん。マジで何故か垢凍結されてしまいましたが、pixivと暁で「ラブドライブ」と「異形の仮面」の連載を続けられております。是非見に行ってください!

そして今回ですが、オリジナル案大放出です。どうぞ。




地下闘技場とは、

法外な格闘試合が行われる闘技場。地下にあるというよりは“裏社会の闘技場”という意味合いが強い。表社会では考えられない莫大なファイトマネーが動く分、命が保証されることは無い、ルール無用の試合が毎夜繰り広げられているという。

 

そこの調査をすることとなった探偵部。

アラシ、凛、穂乃果、絵里、希の目と鼻の先にある倉庫こそが、その地下闘技場へのゲートだ。

 

 

「ここから先は別行動だ。何か分かったらすぐに連絡しろ」

 

「わかった!」

 

 

アラシはそう言って、倉庫の裏へと向かう。

この治外法権の戦場に赴くのは、変装をした4人の少女のみだ。

 

 

話は遡る事、2時間前。

 

 

「お前らはアイドルだ。有名人に片足突っ込んでると言っていい。

顔が割れてる可能性も無視できねぇ。だから、お前ら4人には変装をしてもらう」

 

 

アラシがそう提案する。「有名人」という単語に穂乃果とにこが嬉しそうだが、もう放っておくことにした。

 

 

「配役、設定も大事だよね。女の子だけってのはアレだから、一人男装させた方が…」

 

 

永斗は潜入部隊4人を眺める。

絵里と希は目線が素通りし、一瞬だけ穂乃果に止まる。だが、永斗は首を横に振った。

 

そして今度は凜に止まる。永斗の視線は、彼女の顔より少し下に向けられ…

 

 

「よし、凛ちゃんだね。男装決定」

「待って。今どこ見たの?」

「身長は低くてオッケー。マフィアのボスっぽくすればいける」

「そうじゃなくて。永斗くん?」

 

 

こんな感じで色々決定。各々が衣装を揃え、いざ潜入。

 

 

「…これやっぱり露出多くないかしら?」

 

「絵里ちゃんは似合ってるからいいよ!凛なんておっさんだよ!?納得いかないにゃー!」

 

「あ、そうそう。えりちは喋るといい子なのバレバレやから、黙って愚民どもを見下す感じで!ちょっと前の嫌ーな生徒会長をイメージするとええと思う!」

 

「学校の許可ァ?認められないわァ」

 

「ちょっと、私そんなこと言ってないわよ!?」

 

 

絵里は胸元の開いた大人っぽい赤いドレスにピアス。永斗と希がノリノリで選んでいた。

目元には仮面舞踏会のようにマスクを着けている。

 

凛はサングラスを着け、さらに付け髭とメイク、帽子、高そうなコート。なんちゃって葉巻まで咥えている。成金具合を表す時計や指輪は、どれも100均で買った偽物である。

 

希と穂乃果はネタに走ったと言わんばかりの不良ファッション。サングラスでは隠しきれない程の、人生を舐め切った顔面を完全再現している。

 

 

「卍ィ!」

 

 

ちなみにボキャブラリーが乏しすぎた穂乃果は、さっきからこれ以外の言葉を発さない。

 

変装したとはいえ、緊張は凄まじい。

倉庫の入り口でスーツ姿の男が2人、見張りをしている。狼狽を悟られないように、4人は足を進めた。

 

 

「会員か。会員証を見せてもらおう」

 

 

呼び止められる。波打った心臓を鎮め、堂々と4人は立ち止まった。

会員証を出そうとしない凛たちを怪しむ見張りの男たち。だが、凛がネクタイ替わりに着けていた“布”のマークを見て、その態度が変わる。

 

 

「こ…これは失礼を。“悪食”の方々でしたか」

 

「そ…そうだ!全く…そのくらいすぐに分らんのか!」

 

「おぉん!?なんやウチのボス舐めとんのかぁ!?」

「卍ィ!」

 

 

凛は慌てて偉そうに振る舞うが、無事に通過できて死ぬほど安心している。

 

やっぱり永斗の言う通りだった。地下闘技場への侵入に成功し、凜はせき込むように口元に手を置き、小さく呟いた。

 

 

「あの布で中に入れたにゃ。アラシくん」

 

 

凛が語り掛けたのは、小型のマイクガジェット。

それと入場券の役割を果たした“布”は、永斗が持たせたものだった。

 

 

 

 

 

「これは“オタマポッド”。フロッグポッドを介することで、通話、録音、再生ができる超小型ユニット」

 

 

永斗は潜入隊5人に一つずつ、そのオタマジャクシの形をしたガジェットを渡した。

そして、凜には更に一枚の布を手渡した。

 

布にはサメの口の骨の中に目玉が描かれたマークが。

 

 

「これはボックスとの戦闘の後、キルが落として行ったやつ。倉庫の写真を解像したところ、このマークを身に着けた人間が散見された」

 

「このマーク…何?なんか怖いにゃ…」

 

「“暴食”のマーク、って考えた。そんで、さっき検索したところ…そのマークは犯罪シンジケート“悪食”のものってことが判明した」

 

 

犯罪シンジケート「悪食」。犯罪者たちに対し、メモリや戦力、装備、果てには証拠隠滅まであらゆる面から犯行をサポートする組織。表社会での知名度は皆無。地球の本棚によって、やっとその輪郭が見え始めたレベルだ。

 

永斗の考えでは、その「悪食」のトップにいる人物こそ、七幹部の暴食。

 

 

「その布を身に着けて、もし入れたのなら間違いないよ。

この地下闘技場は、組織の息がかかっている施設だ」

 

 

 

_______

 

 

 

「組織がただの喧嘩大会を応援するか?絶対に何か秘密がある。

俺は俺のやり方で…まずは!」

 

 

オタマポッドから凜の連絡を聞いたアラシは、既に倉庫の中へと侵入していた。微かに聞こえてくる歓声は遠い。どうやら、ここはいわゆる選手控室辺りのようだ。

 

通路を通る、袋のようなマスクを被った選手を見つけた。

アラシは即座に背後へと回り込み、一撃。その選手は声を出す間もなく気を失い、倒れた。

 

 

「おい!そこのお前、次が出番だぞ!」

 

「あぁ、今行く」

 

 

奥から聞こえた声に、マスクを被ったアラシは、小さく答えた。

 

 

 

______

 

 

派手な恰好をしている者、凜たちと同じように顔を隠す者、身なりのいい者、大勢の裏社会の住人が集い、倉庫の地下を熱気で満たしていた。

 

リングではルール無用のデスマッチが繰り広げられる。ルールは簡単。素手での勝負、そして片方が戦闘不能で試合終了。命の安否は問われない。

 

 

「本当にいるのかなぁ…この人」

 

 

穂乃果が捜査対象の人物の写真を取り出す。

松井卓郎。太めの眉に大人しそうな顔、メガネが特徴的な男子学生だ。

 

目の前の死闘と写真を交互に見る。

容赦なく顔面に叩きつける拳、なんなら蹴りも顔面に入る。こんな貧弱そうな男子があそこに立てるとはとても思えない。

 

 

「やっぱりこの人、観客側にいるんとちゃう?」

 

「でもここで動くお金って、さっき見たけどとんでもない額よ?競馬や競艇とは訳が違うわ。それに、そもそも普通の高校生がここに入れるとも思えないし…」

 

 

絵里が頭を悩ませる。ここに居ないのならば、別室の賭博場にいるはずだ。

しかしやはり、アラシの言っていた“何か”があるのかもしれない。

 

鈍い音が聞こえ、試合が終わった。観客の一喜一憂の声が聞こえる中、負けた側は意識が無いようだ。率直に、この場所は狂っているとしか思えない。

 

 

「あっ、みんな!あれ…」

 

 

すぐに次の選手が出てくる。

袋を被ったようなマスクの選手。顔を隠しているが、布を纏わぬ上半身に刻まれた傷は、海に行った時に見覚えがあるものだった。

 

 

「もしかしてアラシくん!?」

 

「ハラショー…確かに手っ取り早いけど、まさか選手になるなんて…」

 

 

相手は体格が二回りも大きい巨漢。案の定、賭け金も相手側に集中しているようだ。

四人も心配そうな視線で見守る。そして、ゴングが鳴り…

 

 

アラシの蹴りが相手のガードを崩壊させ、鳩尾に左ストレート。畳みかけるように回し蹴りが顔面にめり込み、一瞬で試合は決した。

 

 

「容赦ないにゃ…」

 

 

流石にこれは…なんてチラリと思いはしたが、全くそんなことは無かった。アラシに関しては心配する必要は毛ほども無いだろう。

 

しかし、観客席からは気になる会話が聞こえてきた。

 

 

「あの男、もしや…」

「あぁ。久しぶりに一般からVIPに上がるかもしれんな」

 

 

“VIP”確かにそう聞こえた。

 

 

「ビップ…って何?絵里ちゃん」

 

「穂乃果…VIPっていうのは、更に上のランク、特別なランクのことよ」

 

「つまり、こことは別に特別な試合をしてる…ってことやね」

 

 

永斗は潜入前に、“ある可能性”を提示していた。それがVIPの正体であるならば、卓郎がそこにいる可能性は高い。

 

 

「なんじゃ。ゴロツキにしちゃ勿体ないくらいのべっぴんさんがおるやないか」

 

 

VIPを探しに行こうとしていた矢先、観客の男に絡まれてしまう。

長髪を後ろで結んだ、ガタイのいい男。リングに立っていてもなんら不思議ではない。

 

男はどうやら、絵里をナンパしようとしているようだ。

 

 

「暴食にこんな娘おったか?まぁええわ。どや、ちょっとワシんとこ来ぃひんか?」

 

「おぅおぅ!なんや、ウチの婦人に手ぇ出そうっちゅうんか!?」

 

「卍ィ!」

 

「あー、イキらんでもえぇぞ。ワシは鼻がえぇんじゃ。オタクらが弱っちいことくらいは分かっとる。でもこの姉ちゃんからはメモリの匂いがするなぁ。若とも違う濃い匂い…オリジンメモリか?」

 

 

希と穂乃果の虚勢が看破されている。凛が持つ、悪食のマークにも動じてない。

それどころか、オリジンメモリや暴食のことを知っている。組織の人間確定だ。

 

想定よりも早い非常事態だ。捜査が打ち切りになる恐れもあるが、これしか方法が無い。

絵里は隠し持っていたライトニングメモリに手を伸ばす。

 

 

「よしておけ」

 

 

別の男の声が、その状況に割って入った。

メガネを掛けている。が、松井卓郎のような弱腰な顔ではない。

冷徹と断ずることのできる、切っ先のように鋭い視線。穂乃果と凜はその男に見覚えがあった。

 

 

「ラピッド…!?」

 

 

憤怒のエージェントの一人、ラピッド。

ファストフード店で一度襲われたことがある。絵里がドーパントになった時の事件で、ダブルに敗北してから永斗奪還戦にも現れなかった。そんな男が、何故ここに?

 

 

「久しいのう、憤怒の足長。コイツらは知り合いなんか?」

 

「貴様の姿が癪に障るだけだ、鉄頭。この期に及んで口説きとは、余程暇らしいな」

 

「アンタさんには負けるわ。憤怒がボロボロなときに呑気に賭けとは。最強…ハハッ、じゃったか?あの男の部下も堕ちたもんじゃ」

 

「黙れ。その臭い顔に風穴を開けられたくなければ、さっさと失せろ」

 

 

男は両手を放り出すように上げ、ポケットに手を突っ込んで何処かへ行ってしまった。

ラピッドはその眼差しを凛たち4人に向ける。

 

 

「…今、リングで戦っているのは切風アラシだな。その時点でお前達の目的は把握した」

 

 

当然のように変装がバレている。

 

 

「今すぐここから去れ。今のこの場所はバケモノの巣窟だ、獅子丸土成がいたのがその証拠。お前達が手に負える相手ではない」

 

「え…?」

 

 

敵として相見えた記憶がある穂乃果から、戸惑いの声が漏れる。

アラシから、憤怒が襲ってくることは暫く無いという話は聞いていた。それと関係しているのか、ラピッドに敵意は無いようだ。戦闘にならなくて、一先ず胸をなで下ろす。

 

 

「あの馬鹿を救った借りは返した。次は無しだ」

「待って!…ください!」

 

 

消えようとするラピッドを、誰かが呼び止めた。

その声は、穂乃果だ。

 

 

「穂乃果…!?あなた、何を…」

 

「ここに来たことはあるんですよね。だったら、私たちをVIPに連れていってください!」

 

 

正体を隠しながらVIPを探すのは難しいだろう。仮に調べられたとしても、入るのは更に困難なのは容易に想像できる。反面、ラピッドは組織の上級職。VIPに出入りできてもおかしくはない。

 

永斗の予測が正しければ、松井卓郎を一分一秒とて放っておくわけにはいかない。

だから、穂乃果は思いついたこの可能性に賭けた。

 

 

「忠告はした。が、撤退はそもそも論外というわけか。

話にならないな」

 

 

ラピッドが眼鏡を上げる。その一挙動だけで、心臓を握られたような気分だった。

 

 

「借りは返したと言ったはずだ。All covet, all lose(大欲は無欲に似たり).軽々しく下げた頭が、一秒後に胴と別れることを想像しないのか。その程度すら理解できない者の言葉など、聞くに値しないな」

 

 

威圧感のある言葉がのしかかる。正論だ。

放っておいて上手く行くなんて世界ではない。アイドルも、探偵も、考えて動いた結果でしか何も成しえない。

 

絵里と凛は引き下がることを進めてくる。希は何かを考えているようだ。

 

 

(アラシ君が、私たちに任せてくれたんだ。だから、アラシ君みたいにしなきゃ!)

 

 

アラシの戦いを間近で見てきたはずだ。その武器も。

そこに必ず、答えはある。

 

 

「……ラピッドさん。私たちと協力しませんか?」

 

「何だと?」

 

 

考えた末、穂乃果の口から出たのはそんな提案だった。

 

 

「アラシ君も言ってました。私も実際に会って思いました。

ラピッドさん。戦い、好きじゃないですよね?」

 

 

ラピッドの眼や放つ空気は、これまでに出会ったドーパントや、他のエージェントとは全く異なっている。事実、ラピッドはさっきからリングを極力見ようとしない。

 

 

「それなのにこんな所に来た。ってことは、何か別に目的があるはずです。それが“誰かをやっつける”ことなら、アラシ君に永斗君、瞬樹君が手を貸します!」

 

「その代価としてVIPに連れていけと?仮にそうだったとして、仮面ライダーの力を借りる必要が何処にある」

 

「怪我してますよね?アラシ君がよく無茶するから、よく見てます。ラピッドさんの歩き方や立ち方が、その時とよく似てる。その身体で戦うのは危ないと思います」

 

 

穂乃果の推理は見事に的中していた。ラピッドの足は、アサルトとの戦いで折れてから完治していない。さらに、この状況だと「憤怒VS他幹部」の構図を作るのは危険。一方、仮面ライダーを代理で戦わせれば、実に自然な構図となる上に、失敗したところで仮面ライダー側が痛手を負うだけで、ラピッド側には不利益が最小限となる。

 

そこまで穂乃果が分かっているのか定かではないが、少しの推理で見事に「頼み」から「取引」へと昇華させた。

 

 

「…断る理由は無いか。ついてこい」

 

 

苦虫を噛んだような顔をした後、ラピッドは背を向けて歩き出した。

後ろで、穂乃果は安堵を込めて息を吐きだした。希から「グッジョブ」と言われ、親指を立てて返す。絵里と凛も感心して、力の抜けた穂乃果を支えた。

 

闘技場を後にし、オタマポッドでアラシに報告。

しばらく歩くと、また見張りの男たちが立っていた。

 

ラピッドの顔を見ると、すぐに道を開けた。

もう一段地下に続く広い階段が、目の前に広がる。

 

 

「40点だ」

 

 

階段を下りながら、ラピッドは開口してそう言った。

 

 

「よんじゅ…ってん?」

 

「さっきの貴様の交渉だ、高坂穂乃果。理由は三つ。

まず第一に、俺は誰かと戦いに来たわけじゃない。人探しが目的だ。最初からこの交渉は破綻している」

 

 

疑問が穂乃果の口から出る前に、ラピッドは足を速めて続ける。

 

 

「二つ目、ここにいる化物は俺と仮面ライダーが組んだところで、どうにかなる相手では無い。そして最後…俺はここにいる連中も、貴様たちも、心の底から嫌いだ」

 

「え…?なら、なんで私たちを…?」

 

「端からどうでもよかっただけの話だ」

 

 

戦わずして生きることが出来る命に生まれ、それを自分から投げ捨てて不幸面する。死と隣り合わせでないと生きられなかった命が、争いが無ければ真っ当に生きられた命が、どれだけあるのかも知らないで。

 

 

『あたしを…たたかわせて』

 

 

15年前、拙い日本語でそう声を掛けられた。その声の主は、幼い女の子だった。

その思いを声には出さない。が、この少女を見るたびに湧き上がるのは、嫌悪感か、それとも在りし日の“彼女”の面影か。

 

 

「着いたぞ」

 

 

穂乃果たちが疑問を口にする前に、もう一つの地下闘技場が見えた。

上の階よりも数倍広い空間。そして、歓声も充満する狂気も比ではない。

 

 

「ここがVIP…凄い人にゃ…」

 

「約束通り連れてきた。対価は貰っていくぞ」

 

 

ラピッドは絵里の前に立ち、仮面を被ったその顔を見下ろす。

彼女たちに戦慄が走った。もし、対価がオリジンメモリを持つ絵里とするなら、とても守り切ることは出来ない。

 

 

「ルーズレスの見舞い品に丁度いい」

 

 

しかし、ラピッドの手は絵里の耳に伸び、安物のピアスだけをその手に収めた。

彼はそれを仕舞うと、それ以上何も言うことなく踵を返し、人ごみの中へと消えていく。

 

例え敵だとしても、それを忘れてはいけないと思った。

声を出すと目立つ。だから、穂乃果たちは感謝の意を込め、深く頭を下げた。

 

 

「あの人も、もっと違う所で逢えてたらなぁ…」

 

 

そんな穂乃果の呟きをかき消すように、大きな歓声が反響した。

人をかき分け、リングがその視界に飛び込んでくる。それは、信じられない光景だった。

 

フェンスに囲まれた広い空間の中で、命を削り合うのは人に非ず。

黒い外套を纏って牙を剥いた蝙蝠男と、全身刃物の歪な怪人。

 

目に映った瞬間、それがドーパントであることは分かってしまう。

この時、永斗の予想は見事に的中していたことが確定した。

 

 

「永斗君の言った通りやね」

「えぇ。まさかとは思ったけど…“ドーパント同士の拳闘試合”なんて」

 

 

予想を裏付けるように、リングでは理性の欠片も無い猛戦が続く。

二体のドーパント―――ドラキュラ・ドーパントとエッジ・ドーパントの戦いは既に佳境。ドラキュラが小さなコウモリに分裂し、エッジへと襲い掛かる。黒い渦の隙間から飛び散る鮮血と悲鳴が、その末路を物語る。数秒後には、瀕死の男と破壊されたメモリが地を転がった。

 

 

「でも…やっぱりそうだよね?この卓郎っていう人、ドーパントになって戦ってるんじゃ…」

 

 

凛が怯えた声で言う。その推測は、ほとんど確証に近いだろう。

ドーパントになれば、変身前の身体能力など容易くひっくり返るのはよく知っている。

 

リングではドラキュラが雄叫びを上げる。

しかし、仕合終了のゴングは鳴っていない。その直後、上空から触手がドラキュラに襲い掛かった。

 

そう、この戦いは三つ巴。ドラキュラはコウモリを放ち、触手の根元の駆逐を試みる。

だが、コウモリは二度と戻ってこない。代わりに聞こえるのは、観客席まで響く身の毛がよだつ様な“租借音”。

 

 

「ひっ……!?」

 

 

その姿を見て、絵里が思わず悲鳴に近い声を上げた。

天井フェンスに張り付いていた三体目のドーパント。頭部には触覚と顎、体中の節足動物の脚は、個別にワラワラと蠢いている。

 

その正体は一目瞭然。“ムカデの記憶”で変貌した、センチピード・ドーパントだ。

 

ムカデは極めて凶暴な肉食節足動物。大きいムカデは洞窟の天井から体を伸ばし、飛行するコウモリさえも捕食するという。その生態を再現するように、センチピードはその強靭な顎でドラキュラのコウモリを噛み砕いている。

 

 

「ギ…チ…」

 

 

骨が軋むような音を立て、センチピードが体から触手を伸ばす。

その触手はムカデそのもの。自我を持つ触手は飛行するドラキュラを追尾し、爪がドラキュラの胴体をかすめた。

 

途端にドラキュラの様子が急変。真っ直ぐ飛行することもままならなくなり、能力も上手く使えていない。狩り時と言わんばかりに、センチピードの触手がドラキュラを締め上げ……

 

 

バキッ、ゴキッ。

 

 

耳を塞ぎたくなるような、痛々しい音が聞こえた。

派手に地面に叩きつけられたドラキュラは、変身が維持できず、泡を吹いて倒れた男の姿に戻る。

 

センチピードの勝利だ。

 

一段と観客席が盛り上がる。

「ドラキュラも勝てないか」や「あのルーキーはまだ稼がせてくれそうだ」などと、嬉しそうに語る身なりの良い男や女。何処かに運ばれてしまった瀕死の敗者の身を案じるのは、穂乃果たち4人だけだった。

 

 

「めちゃくちゃだよ…こんなの!」

 

「そうだよ!こんなことしてたら、みんな死んじゃうにゃ!」

 

「落ち着きなさい。残酷だけど…私たちの目的は、この地下闘技場を叩くことじゃないわ。まずは選手の中から松井卓郎を探さないと」

 

「いや、その必要は無いみたいやよ」

 

 

リングの中心で佇むセンチピードが、変身を解除した。その姿に一同が目を見張る。

雰囲気が少し荒いが、その姿はまさしく、写真の松井卓郎に間違いない。

 

 

「大変だ…次の仕合が始まる前に、早く助けないと!」

 

「穂乃果!?」

 

 

絵里の制止も聞かず、穂乃果は真っ先に飛び出してしまった。

 

 

 

______

 

 

地下闘技場の最深部。そこでは昼夜問わず、この闘技場のオーナーが“食事”を行っている。

フォークもナイフも使わず、オーナーの男は一人で料理を口に押し込む。これが彼の食事会だ。しかし、今日に限っては、そこに客人の席が用意されていた。

 

 

「下品な味ね。上等なのはお酒くらいかしら」

 

 

上品に料理を一口食べると、今日の客人である“暴食”はそう吐き捨てた。

 

 

「まぁそう言うもんじゃないぜ、暴食ちゃん。ここのシェフは“強欲”から借りたんだろ?クソ成金の趣味が狂ってるのはいつものことじゃない」

 

 

そう返すのは、もう1人の客人。こちらも七幹部の“傲慢”、朱月王我。

 

 

「勝手に押し掛けといて好き勝手言うじゃねェか、七幹部ども。アンタらは客じゃねぇんだよ」

 

 

一心不乱に食事を続けていたオーナーの男が、食べるのをやめた。

不機嫌そうな声で、幹部だろうが構わず食いかかる。

 

 

「勝手にとは心外ね。愛しい貴方に会いに来てあげたのよ?ねぇ、氷餓(ひょうが)

 

「“愛しい”…だぁ?よく言うぜ。なら夜這いに行ってやるから股広げて待ってやがれ」

 

「あら怖い。そんな大それたことは、せめてハイドープに覚醒してから言いなさい」

 

「まー、冗談はさておき。実際は近況確認だよね。

なにせ、この地下闘技場は“朱月組”がバックに付き、“悪食”による運営及び、選手提供と選手育成。言うなればオレと暴食ちゃんの、愛の合作だからねぇ。獅子丸から“憤怒”のラピッドくんが来てるって聞いたし、存外面白い場所になっててオレは満足だよ」

 

 

「じゃあ帰れよ」と氷餓が睨みつける。

そんな時、暴食はそのテーブルに、もう一つ空席があることに気付いた。

 

 

「珍しいわね。誰か客人がいたのかしら?」

 

 

その席には一杯だけ、ワインが置いてある。

 

 

「あぁ。俺様の客はアンタらじゃなく…仮面ライダーだ」

 

「さっき烈クンから聞いたのね。でもはしゃぎすぎよ、サンタを待つ子供じゃあるまいし。果たしてそんなすぐに来るのかしら?」

 

「一度、二色の仮面ライダーの戦いを見た時に確信した。アイツは俺様と“同種”だ。

俺様が作ったこの場所はなぁ、そんな奴らの“楽園”なんだよ!それを黙って我慢なんてできる訳ねぇ」

 

 

モニターに映る、一般闘技場の仕合が終わった。

仮面の男がこれで7連勝。いずれも瞬殺だ。

 

その戦いっぷりを見ていた朱月、そして氷餓の表情が変わる。

飢えた笑みを浮かべた氷餓は、机に置かれたメモリを掴んだ。

 

 

「待ってたぜ…仮面ライダーダブル!」

 

 

 

______

 

 

選手控室に戻ったその少年、松井卓郎は、センチピードメモリを握りしめて追憶にふける。

 

この手でドラキュラの全身を砕いた。その感触も、音も、鮮明に身体に刻まれている。“彼女”に誘われ、ここに来てから全てが滅茶苦茶になった。人生、常識、価値観。何もかもが痛快なくらいに。

 

 

「松井さん…松井卓郎さん!」

 

 

記憶の反芻をとある声が遮った。

彼の腕を引き、物陰に連れ込んだのは、見るからに不良の少女。

 

その少女、穂乃果は卓郎の前で変装を解いて見せる。

 

 

「…君は……」

 

「えっと…探偵です!あなたのお母さんの依頼で、卓郎さんを助けに来ました!早くここから逃げましょう!」

 

 

穂乃果が強く腕を引いて、ここから離れようとする。

だが、卓郎はそれを突き放すように振りほどいた。

 

 

「バカにしてるの?」

 

 

拒絶を予想もしていなかった穂乃果の肩を、強く押す。勢いのまま壁にぶつかった穂乃果は、戸惑いのあまり動けない。卓郎の顔は、実に楽しそうに笑っていた。

 

 

「ここは僕たちの“楽園”なんだよ。クソ婆は口を開けば“進学”、“いい会社”、“楽な人生”。どうせ自分の経歴に傷がつくのが嫌で、探偵なんて雇ったんだろ?そんな表の世界よりこっちの方がマシだよ」

 

「でも…あんなことしてたら、いつか死んじゃいますよ!」

 

「いいよ別に。あんな人生を生きるくらいなら、ここで死んだって」

 

 

永斗を“F"から奪還した時と似ているようで、全く違う。

彼は、心から助けなんて求めてない。ただ軽率に、自分の命を捨てようとしている。

 

 

「なんで……何にも悪くないのに…!なんであなたが死ななきゃいけないの!?」

 

「は?」

 

 

涙が落ちるように、その言葉は自然と穂乃果の口から零れた。

自分でも驚いているようだ。その言葉に対する驚きではなく、“前にこの言葉を言ったことがあるような”感覚に。

 

 

 

「君、知ってる。µ’sの高坂穂乃果でしょ?学校でも話題だよ。

いいよね、才能が有って。自由に好きなこと出来て。色んな人に愛されて。

でもさ、僕だってココじゃ強いんだ。この楽園の中でだけ、僕は自由になれる!!」

 

 

感情が昂った卓郎は穂乃果を睨みつけ、メモリを振り上げる。

しかし、その手は別の腕に捕まれ、止まった。

 

穂乃果を守る形で、袋仮面の選手がそこに立っていた。

連勝し、VIPまで最短で上がって来たアラシだ。

 

 

「何?お前…!」

 

「暴れたければ相手してやる。リングに上がれ」

 

 

上等。そう言うように、卓郎の足は真っ直ぐリングへと向けられた。

同じようにアラシもリングへと向かう。その際、穂乃果の頭に手を置き、一言だけ囁いた。

 

 

「後は任せろ」

 

 

 

______

 

 

 

上と四方は強固なフェンス。恐らく、並大抵のドーパントでは破壊も出来ないソレは、さながら牢獄のよう。そして、その牢獄から無事に出られるのは勝者の片方のみ。

 

その拳闘の場に、松井卓郎とアラシが立つ。

 

 

「話は聞いてた。お前、死んでもいいんだって?」

 

「はぁ…?それが?そうだよ、どうせ生きてても言いなりの人生だし」

 

「よし分かった。テメェは、とんでもない勘違い野郎だ」

 

 

アラシはメモリを取り出す。

が、渡されたドーパントメモリを投げ捨て、代わりに取り出したのはダブルドライバー。

 

 

「あー、聞いたことあるよ。お前が仮面ライダーか!」

 

「ついでに探偵だ。依頼通り、テメェを自由から引きずり戻してやるから覚悟しろ」

 

「冗談じゃない!」

 

 

仮面ライダーの登場で、会場が一気に沸いた。

今度はジョーカーメモリを取り出して起動させ、転送されてきたサイクロンメモリと同時に押し込んだ。

 

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

旋風を帯び、足元からその姿が仮面ライダーへと変わる。

 

 

《センチピード!》

 

 

卓郎もセンチピードメモリを首裏に挿入。人の形は瞬く間に異形へ。

マフラーをたなびかせる戦士とムカデの怪物が、仕合という場で相見える。

 

ゴングが鳴った。

 

先に仕掛けたのはセンチピード。ムカデ触手が同時に2本伸び、ダブル目掛けて喰らい付いた。

ジャンプで回避し、足場だけが削れる。

 

その隙にセンチピードが一気に加速。

ムカデの走行速度は節足動物界ではトップクラス。ドーパントとなったその走力を用い、瞬きの間にこの広いリングを縦横無尽に駆け回る。

 

 

「どうだ!僕に追いつけないだろ!!」

 

 

高速移動するセンチピードの爪が、ダブルの腕をかすめた。

その瞬間、アラシの体を異変が襲った。熱、痛み、吐き気、寒気、痺れ。異なる5つの苦痛が、渾然一体となって体を蝕んでいく。

 

 

『センチピードの毒か…どーする?毒効かないし、僕に代わる?』

 

「いや、必要ねぇ」

 

『だよね』

 

 

ダブルは平衡感覚が狂いながらも、構えを取る。

好機とばかりに、センチピードは背後を取って触手攻撃を繰り出した。

捕えれば締め上げて勝負ありの一撃必殺。

 

 

(獲った!―――)

 

 

 

 

「甘ぇ」

 

 

その攻撃を完全に読んだダブルの回し蹴りが、触手を弾いた。

いや違う。旋風を帯びた蹴りは、斬撃にも似る。その蹴りは、センチピードの触手を“切り裂いた”のだ。

 

 

「意味わかんない…まだ…!」

 

「そうか、じゃあ…これで分かんだろ!」

 

 

毒が回っているはず。まともに立てもできないはず。

そんなのは理由にならない。その現実を

 

ダブルの左腕が、渾身の一撃と共に叩きつけた。

 

 

「は…ァ…!?」

 

 

その衝撃のままフェンスに叩きつけられたセンチピード。

動くことが出来ない。今の一撃で、完全に戦意が折られてしまった。

 

数年分の修行を経て、さらに暴食の強敵と立て続けの連戦。

この夏休みで、アラシの戦闘力は爆発的に上がった。

 

もう素人の一般ドーパントなど、相手にすらならない。

 

 

「弱いな」

 

「ッ…!うるさい!」

 

「そりゃそうだ。生きようともしない、失うものもない。

この世にそれ以上弱いもんなんてねぇよ」

 

 

センチピードの姿が人間へと戻った。

ダブルは卓郎の胸ぐらを掴み、力ない彼に語り掛ける。

 

 

「これが自由か?んなわけねぇ。今ここで死ねば、テメェはそこらの虫未満の存在で終わりだ」

 

「じゃあどうしろって言うんだよ!戻っても母さんは僕を道具としか思ってない!周りの奴も僕を必要となんてしてない!生きてたってしょうがないじゃないか!」

 

「誰かに求められねぇと生きていけねぇのか?違ぇだろ!!」

 

 

熱が込められた声が、その場に木霊した。

上っ面じゃないのが伝わってくる。信念から滲み出たような、そんな言葉だった。

 

 

「ただ生きろ!!そのクソみてぇな人生の泥沼から、光る石を必死で探せ!

そいつが生きる価値か死ぬ価値か、命を投げ出すのは見定めてからでも遅くねぇよ」

 

 

手を放された卓郎が、膝から崩れ落ちた。

終了のゴングは鳴らない。歓声も皆無だ。だが、確かに勝負はここに決した。

 

 

会場はざわついている。混乱と落胆を含んだ声が乱雑に聞こえる。

 

それに割って入るように、拍手の音が聞こえた。

ゆっくりと近づくその拍手は、会場を静まり返らせる。

 

そして、その姿が現れた時、観客の熱気は最高潮に達した。

 

 

「良いこと言うじゃねぇか、仮面ライダー」

 

「察しはつくよ。お前がここのボスか」

 

 

ゲートを通ってリングに足を踏み入れた氷餓は、サングラスを外す。

 

 

「人生には光が必要だ。だから俺様はこの場所を作った。闘争を求める獣たちの“楽園”としてなぁ。だから…ソイツみたいな半端な奴は、見ててゲロほど白ける」

 

 

氷餓の言葉は卓郎に向けられる。

この一言から発する気迫で分かる。この男は、強い。

 

 

「自己紹介が遅れた。俺様は氷餓!苗字は胎盤の中に捨ててきた。

さぁ!第二ラウンドだぜ、仮面ライダーダブル!」

 

《プレデター!》

 

 

氷餓が掲げるのはシルバーメモリ。獲物を喰らう獣で、Pと刻まれている。

プレデターメモリが起動し、氷餓が出した長い舌の上に生体コネクタが出現。飲み込むようにメモリを突き刺す。

 

目の無い顔には牙が生え揃った大きな口、左腕は口の付いた触手でまるでウツボ。右腕には長い針と、手のひらにタコやウニのもののような口。とにかく口が多い。それだけでなく、発達した四肢は狼すら想起させる。まさに狩りに適した姿。

 

 

「随分と食い意地張った格好だな。

穂乃果、コイツを連れて逃げろ!」

 

 

控室から騒ぎを聞きつけ、リング近くまで穂乃果が来ている。

ダブルは卓郎をここから逃がそうと、放り投げるように後ろへ…

 

 

手を離した瞬間。

床を突き破り、飛び出した口を持つ物体。それが、卓郎へと喰らい付いた。

 

 

「いい恐怖の味だ。うっすら希望の味もしやがる。食前酒にゃ丁度いい」

 

「……!?テメェ!」

 

 

確かに喰らい付かれたが、卓郎に外傷はない。その生物のようなものは、卓郎を透過し、プレデターと一体化した。

 

 

「何しやがった…!」

 

「精気を喰った。まァ、要するに感情と体力だ。敗けた奴は俺様の食事になる、そういうルールだ知らなかったか?」

 

 

卓郎の呼吸に変化はない。意識を失っているわけでもない。

ただ無気力に、そこに倒れている。目を開けたまま、逃げようともせずに。

 

 

「精気は腹に溜まんなくて困る。が、弱者の肉はマズくて食えたもんじゃねぇ。

お前はどうだ?一口喰わせろやァ!!」

 

「食い意地は見た目だけにしやがれ、この口だらけ野郎!」

 

 

姿勢を低くしたプレデターが、間合いを詰めると同時に攻撃を仕掛けてくる。

蹴りで叩き落そうとするが、宙で体をよじり逃げられた。荒々しいが、洗練された体捌きだ。

 

 

「食い意地上等!“食”とは命を求める尊い欲求!日々飢え、求める俺様は!そこらの上部を飾った雑魚とは格が違ぇ!!」

 

 

繰り出された右腕の突きはフェイント。左腕の触手がダブルの命を狙う。

だが、それはダブルも読んでいた。風の補助で身体能力を強化し、紙一重で触手を躱した。

 

触手は勢いを止めず、床を削りフェンスへと激突。

その通り道全てが、触手によって“喰われて”いた。

 

 

「口だけじゃ…ねぇってことか」

 

「当然。俺様は捕食者(プレデター)!この世界の全てを、喰らい尽くす男だ!!」

 

 

ダブルが加速し、距離を取る。

控室付近まで逃げると、ダブルは変身を解除した。

 

傍から見ると「逃げ」以外の何物でもない。客席はブーイングが飛び交っている。

 

 

「早すぎるぜ、まだ幻滅させてくれんなよ!」

 

 

プレデターがそれを見逃すわけもない。

アラシとて、逃げられると考えるほど楽観的ではない。穂乃果が近くに来たことを確認すると、アラシはドライバーからサイクロンメモリを抜いた。

 

 

「変身」

 

 

プレデターが迫る中、再びドライバーを展開する。

そもそも、この場所には戦いに来たのではない。戦闘態勢が万全ではない中、こんな強敵を相手するのは危険。

 

だが、その可能性を考慮しないわけもない。

万が一を考え、µ’sの司令塔は“保険”を用意していた。

 

 

《ファングジョーカー!!》

 

 

強固なフェンスが切り裂かれ、そのリングに新たな戦士が降り立つ。

穂乃果がアラシの体を連れ出したのを見届けると、永斗が変身したファングジョーカーは、プレデターを挑発するように尋ねた。

 

 

「あ、選手交代って…ルール的にオッケー?」

 

「ヒハハッ!大歓迎だぜぇッ!」

 

 

 

_______

 

 

 

探偵部による地下闘技場潜入作戦。

重大な戦力である瞬樹は、招集にも応じず不参加だった。

 

その理由はただ一つ。瞬樹は昼に花陽から受けた“頼み”に、盲目ともいえる熱意で取り組んでいた。

 

 

『珊瑚ちゃんを…見ててくれないかな?』

 

 

この一言を受けてから、瞬樹は灰垣珊瑚を徹底的に付け回している。

花陽の頼みを違えているわけでは無いが、ストーカーと化している辺り何かがズレている。

 

既に夜も遅いが、珊瑚が家に帰る様子も無い。放課後からこの一日、あてもなくあちこち歩き回っているだけだった。

 

 

「あの女…どういうつもりだ?」

 

 

瞬樹が疑念を持ち始めた頃、珊瑚の足が止まった。

人通りが少ない公園。珊瑚は左手首を握り、項垂れた。

 

 

 

うっとうしいなぁ…

 

 

 

小さな呟きは、瞬樹の耳に届く前にかき消された。

珊瑚を照らしていた街灯が、いきなり音を立てて折れたのだ。

 

突然の事で、瞬樹の意識が珊瑚から離れてしまう。

 

次の瞬間、何かが瞬樹の耳元の空気を切り裂いた。

 

 

「くっ…!?ドーパント…か…!?」

 

 

その姿を見て、瞬樹の頭から言葉が消えた。

暗闇に佇む雰囲気は、確かにドーパント。だが、異形と称するには余りに“醜い”。

 

暗闇に浮かび上がる髑髏に顎は無い。嗅覚を侵すような焼ける匂いと腐った匂い。体が黒いのか随所は見えないが、全身で鈍く輝くのは溶岩のように赤く、ドロドロと流れる血液。

 

瞬樹は思わず口を押える。見ただけで吐き気を催す程の嫌悪感。

このドーパントは、疑う余地も無く異質だ。

 

 

「こけおどしなら…効かん!気持ち悪いが、それで怖気づく竜騎士ではない!」

 

 

すぐさまドライバーを構え、メモリを装填。

ドーパントに一撃を浴びせ、トリガーを引く。

 

 

「変身!」

 

《ドラゴン!!》

 

 

仮面ライダーエデンへと変身し、エデンドライバーの刺突でドーパントに攻め入る。

“地獄の記憶”を宿したそのドーパントは、「ヘル・ドーパント」。ヘルは錆びついた大鉈を振るい、大きい動きでエデンに斬りかかった。

 

エデンとヘルの打ち合いが続いた。だが、この数手で把握した。ヘルの動きは鈍く、攻撃力も特段高いという訳ではない。これまで戦ってきた組織の刺客たちと比べれば、数段見劣りするレベルだ。

 

 

「容赦はしない。騎士の名の下に、貴様を裁く!」

 

 

隙を見つけ、そこの力を込めた一撃を突き刺す。

しかし、その槍の一撃は、ヘルに届く前に弾かれた。

 

 

「弱き者を加害する…許されざる行為っ…!」

「どーでもいいが…今そいつ殺されちゃ困るんだよなぁ、空気読んでくれや騎士さん」

 

 

ヘルとエデンの間に現れたのは、修道服の二人組。

それぞれ右目と左目を髪で隠した二人は、片目ずつでエデンを睨んでいる。

 

 

「ほら、早く逃げなさい。神の思し召しは今日ではない」

「来たる日まで自由にさせてやっから、勘弁してくれや。って、神さんも言ってるな」

 

「何者だ、邪魔をするな!」

 

「邪魔?そりゃこっちのセリフだよ、なぁヒデリ」

「その通りだカゲリ。我らは神の思し召しがまま、この者を守護するだけだ」

 

 

信仰的な方の「ヒデリ」と、気だるげな「カゲリ」。

その二人は、それぞれドーパントメモリを出し、それぞれ左手と右手の掌にメモリを挿した。

 

 

《アベンジャー!》

《リベンジャー!》

 

 

その姿が変わる頃には、ヘルの姿は闇の中に消えていた。

だが、それを追う余裕などない。少しでも目を離せば刈り取られる。瞬樹の直感が、そう最大音量で告げている。

 

ヒデリと呼ばれた男は、報復者=アベンジャー。サイのような逞しい一本角を持ち、纏った鎧は鎖で覆われ、血の色が染みついたような盾と大剣を構える。

 

もう一人のカゲリは、復讐者=リベンジャー。鋭い2本の角が後ろに伸び、全身に埋め込まれた化石の意匠を囲む有刺鉄線。両手の手甲には刀のような爪が二本ずつ。

 

 

「いいだろう。この竜騎士の名に懸け、返り討ちにしてくれる!」

 

《グリフォン!》

《グリフォン!マキシマムオーバー!!》

 

 

二体一の構図を確認した瞬間、エデンはグリフォンのマキシマムオーバーを発動させ、空中へ跳び上がった。

 

ウィガルエッジで空中を足場に、予測不可能の高速移動を可能にする。初見でこの動きを制した者は、存在しない。

 

 

「跳ね回るが脱兎の如し…カゲリ!」

「はいよ。ピョンピョンすんなよイラつくから」

 

 

リベンジャーの姿が、陽炎が揺らぐように消えた。

構わずエデンは残るアベンジャーに攻撃を仕掛ける。しかし、その死角からの攻撃が何処かから防がれた。

 

 

「…!?」

 

 

その一瞬、リベンジャーの姿がエデンの視界に映った。

エデンは空を蹴り、さらに速度を上げる。縦横無尽に空中を駆けまわるが、肝心なタイミングで何度もリベンジャーが妨害に入ってくる。

 

ここまで来れば間違いない。リベンジャーは、エデンの動きを完全に見切っている。

 

 

(信じられない…この動きを初見で見切る反射も、それについてくる速さも、化物か!)

 

 

体勢を整えるためエデンが動きを止めた瞬間、待ちくたびれたようにリベンジャーが眼前へ。

刹那の怯みが敗北に直結する。それが分かっているから、エデンは即座に攻め入った。

 

グリフォンの力で、あらゆる動きのスピードが上がっている。

その状態で放たれるエデンの連続突きは、疾風怒濤の百裂ラッシュ。

 

 

一つ問題があるとするならば、

リベンジャーがそれらを全て、余裕で弾いたことだけだった。

 

 

「微妙ぉーだな。遅くはないけど…言うて速くもねぇ」

 

 

動きを止めたエデンに複数の斬撃が、遅れて襲い掛かった。

攻撃を捌くどころか、あの連撃の隙間を突き、超速のカウンターを返す神業。どう考えても、この男の実力は常軌を逸している。

 

 

「終わ…るか!まだだ!」

 

《ユニコーン!マキシマムオーバー!!》

 

 

今度はユニコーンのマキシマムオーバーを発動。防御とパワーを底上げし、軽い攻撃は一切受け付けない要塞と化す。そしてエデンは、リベンジャーに向けて全力の一撃を突き出した。

 

そこに割って入るは、アベンジャー・ドーパント。

しかし何を思ったか、盾と剣を手放している。無防備なアベンジャーに、容赦なくエデンの一撃が炸裂した。

 

 

「哀れだ…我々に背いた時点で、神は貴殿を見放した」

 

 

アベンジャーは一歩も退かず、その一撃を“片手で”受け止めていた。

剣を持つことも無く、アベンジャーの右拳がエデンの装甲を強襲。防御が意味を成さない威力が、エデンの体に響く。

 

パワーも、防御も、エデンが出せる最高値を圧倒的に上回っている。

絶望的事実に、瞬樹の心まで折れそうになる。だが…

 

 

「まだ…だ……!」

 

《フェニックス!マキシマムオーバー!!》

 

 

エデンドライバーを地に刺し、体を支え、倒れる体を留めた。

ここにフェニックスのマキシマムオーバーを使用し、イモータルフェザーが展開。聖炎がエデンの傷を癒す。

 

 

「まだ立つ…諦め悪いのは美点だとは思わねーな、これだから」

「救わねば…この愚かな生命を、戦いの監獄から!」

 

「無限の時を生きる者よ。我が望みは慈愛なり。

我が牙と一つとなりて、愛より生まれしその命を導け。滅さず、滅びずの刃となれ!!」

 

《フェニックス!マキシマムドライブ!!》

 

 

ドライバーをバックルにかざし、マキシマム状態に移行。炎を纏ったエデンは飛び上がり、炎剣の蹴撃を解き放った。

 

 

聖炎の不滅剣(フレイム・デュランダル)!!」

 

 

再生能力を帯びた必殺攻撃は、その名の通り不滅。敵を穿つ瞬間まで朽ちることは無い。

その赤き炎撃を受け止めたのは、アベンジャーではなく防御の薄いリベンジャー。

 

確かな手ごたえが感覚を刺激した。

だが、倒せた気はしない。何故なら…リベンジャーは、()()()()()

 

 

「あー…!痛ぇ、痛ぇ痛ぇ痛ぇっ!!なんで我がこんな目に遭うんだ?おかしいよなぁ!ムカついてムカついて、頭に血が上ってしゃあねぇ!!神さんもそう言ってるぜ、なぁヒデリ!!」

 

「あぁ神よ!この者は分不相応に我が兄弟を傷つけた!この愚か極まりない子羊を、この手で罰することをお許しください!そうさカゲリ、我らはいつでも神のお告げのままに!!」

 

 

リベンジャーから黒い炎が吹き上がる。エデンの足元から何かが飛び出て、それはアベンジャーに白い炎を宿した。その時、瞬樹は確かに感じた。

 

忘れたと思い込んでいた、「恐怖」を。

 

 

「「神の名の下に―――」」

 

 

白炎と黒炎が激しく輝く。

何が起こったのかは定かではない。だが、結果だけは残酷にそこに遺ってしまう。

 

 

「報復を」

「復讐を」

 

 

エデンの装甲が砕け、爆散。

簡潔なその事実は、何よりもエデンの敗北を意味していた。

 

 

 

_____

 

 

戦いの場は、地下VIP闘技場へ。

 

プレデターVSダブル ファングジョーカー。

過去、これ以上に盛り上がる仕合は無かっただろう。敵であるダブルが来てもなお、楽しむ余裕のある観客たち。仮面ライダーなんて脅威じゃない程の存在が後ろにいるという事だ。やはりこの闘技場は果てしなく黒い。

 

だが、そんなことを考えている余裕も無い。

 

戦況を一気に優位にするための交代だったが、予想を大きく外し、現時点で完全に力が拮抗している。

プレデターの実力が予想以上だった。この男は、前情報なしで戦うには危険過ぎる。

 

 

『永斗、まだ踏ん張れるか』

「クロの鬼訓練のおかげで多少はね。でも限界近いんで逃げても…」

『却下だ。ふざけんなクソニート』

「だよねー。知ってた知ってた」

 

「“二人で一人”はマジだったか。面白ぇ芸だなオイ!面白ついでにもっと盛り上げてくれやぁ!!」

 

 

ダブルのショルダーファングを、プレデターの口が受け止め、噛み砕いた。

勢いを止めないプレデターの突進。猛スピードで弾丸のようなパンチが迫る。

 

ダブルはそれに突っ込んでいく形で応戦。アームファングでプレデターを迎え撃つ。

 

二人が交差する瞬間、一瞬きで凄まじい攻防が繰り広げられる。

通り過ぎた後、ダブルの脚が、プレデターの触手が、それぞれ斬り付けられていた。

 

 

「やるじゃねぇか。そんならコイツは知ってるか?俺様は拳闘士であると同時に…“剣闘士”だ!」

 

 

再び繰り出したアームファングの斬撃が、何かとぶつかり合った。

この感触は、間違いなく“太刀”。

 

プレデターの体から引きずり出された、身の丈程もある肉の大剣。無数の牙と口が備わったその剣は、まるで生物のように脈打っている。

 

 

『おいおい!ペットはともかく、剣が使い手に似るなんて聞いたことねぇぞ!?』

 

「ヒハハッ!コイツの名は喰墮折(くいだおれ)、洒落た名前だろ?ついでに言っとくが…食い意地も俺様譲りだぜぇ!」

 

 

飛び掛かったプレデターが、軽々と大剣を振るう。ダブルの首目掛けた斬撃はすんでの所で回避され、その後ろにあったフェンスが食い千切られた。

 

「食う」と「斬る」を同時に行う武器。しかも出鱈目に振り回しているのではなく、一撃で命を狩り取るために的確な太刀筋をしている。

 

 

「厄介過ぎるでしょ、その性能は」

 

 

攻撃を回避した瞬間、プレデターの姿が消えた。

ほぼ直感。咄嗟に振り返った背後に、剣を振りかぶるプレデターが。

 

ダブルは後ろに蹴って、間合いから出ようとする。

しかし、振られた刃は斬撃の途中で“伸びた”。肉で出来た剣は、長さも自在という事か。

 

 

「こう見えて小細工大好きだ。さぁ喰い甲斐見せてみろやぁッ!!」

 

 

急所を狙う刃を、ダブルはアームファングで受ける。さらに刃同士を滑らせつつ、加速してプレデターに接近。アームファングで剣を根元から断ち切った。

 

剣から鮮血が噴き出す。完全に間合に入った。ダブルの刃はプレデターの胴体に牙を剥く。

が、アームファングに蓄積された衝撃が、最悪のタイミングで敵に回った。

 

敵前にして、無慈悲に砕け散るアームファング。

途端に状況は攻勢から、絶体絶命に。

 

今のダブルは口を開けたワニに裸で突っ込んでいくに等しい。

いや、もう例えでも何でもない。プレデターは顔の口を大きく開け―――

 

 

 

ダブルの右腕を、噛み千切った。

 

 

 




バトル書くの楽しくて5000字くらい増えちった(反省)。
今回登場した案を一気に紹介!まず、ブラッドマスカレイドさん考案の「センチピード・ドーパント」。こんころ狐さん考案の「プレデター・ドーパント」、MrKINGDAMさん考案の「イーター・ドーパント」、Fe_Philosopherさん考案の「ハンガー・ドーパント」、鈴神さん考案の「イート・ドーパント」を一つにまとめたのが「プレデター・ドーパント」。希-さん考案の「ヘル・ドーパント」。MrKINGDAMさん考案の「ビートル・ドーパント」「スタッグ・ドーパント」にτ素子さん考案の「リベンジャー・ドーパント」をまた合体させ、「リベンジャー・ドーパント」と「アベンジャー・ドーパント」。です!

今回登場しなかった案は、今出すべきではないと考え、保留しました。多分今回に限らず、今後オリジナル案放出のスピードは上がってくるので、よろしくお願いします!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第53話 Pは牙を剥く/飢えに、飢えて

私だ。146です。最近Twitterのアイコン変えました。
今回でPは牙を剥く編が完結……

出来ませんでしたァ!!文字数エグくなったんで分けました!!
結構カットして、文字数なんと25000字。ふざけてやがる。

というわけで、もう一話増やします。分けます。まさかの4話完結です。
もう次話も完成しているので、明日に投稿させていただきます。よろしくお願いします!


あ、コラボが始まりそうです。
MasterTreeさんの「ラブライブ!サンシャイン‼︎×仮面ライダードライブサーガ 仮面ライダーソニック」の方もよろしくお願いします!最新話にコラボキャラがチラ出しております。



プレデター・ドーパントの牙がダブルの右腕に食い込む。そして

肉が引き千切れる音が聞こえ、ダブルの腕は噛み切られてしまった。

 

 

「あァ…?」

 

 

腕を租借し、飲み込んだプレデターの声は喜びではなく、むしろ惑い。

「食いごたえが無い」。腹にも溜まらないし、余りにあっさりと腕を差し出したようにも感じた。

 

 

「なるほどなァ、トカゲの尻尾か」

 

「ご明察。じゃあ、続きは()()にしよう」

 

 

プレデターが気付いた直後、予めスタンバイさせていたバットショットが強い光を放つ。

ルナメモリを用いたマキシマムドライブは、そこにいた全ての者の視界を奪い、視覚が復活する頃にはダブルの姿は消えていた。

 

 

 

______

 

 

 

「大丈夫?永斗くん」

 

「あ、うん。大丈夫。ほらこの通り」

 

 

地下闘技場から脱出し、凛と合流した永斗。あとのメンバーはアラシの体を連れて先に脱出済みだ。

 

腕が喰われたのを見ていた凛は心配そうに永斗に触れるが、千切れたはずの永斗の腕は既に元通りになっていた。

 

 

「オリジンメモリと一体化して不死ってのも便利だね。試してないけど、多分頭を吹き飛ばされても平気だと思う」

 

「ダメだよ、いくら治るからって…なんというか…そういうのは良くないにゃ!」

 

「分かってるよ。このヘアピンは治らないからね、頭は死守しますって」

 

 

永斗が指さすのは、凛が永斗に送ったヘアピンだ。

言葉が伝わってない気がしてならない。不死になったせいもあるが、永斗は怠惰の一件から、どうも自分を雑に扱うきらいがある。

 

 

「さて、次の手を考えようか。凛ちゃん、なんか分かった事ある?」

 

「え…あ、絵里ちゃんと希ちゃんが、VIPの奥に秘密の部屋を見つけたらしいにゃ。中には入れなかったらしいけど、話によると、中にいるのは仕合で負けた人たちらしくて…」

 

「その全員が松井卓郎みたいに、無気力状態になってたって訳ね。プレデターは人を喰うメモリだ。いたずらに喰い散らしてないだけ、まだマシな奴に渡ったと考えるべきかな」

 

 

検索をするまでも無い。プレデターメモリは永斗が組織にいた時に制作していたメモリだ。完成させたのは天金だろうが、恐らく概要は同じ。

 

プレデターは「あらゆる物を喰うメモリ」。

強靭な咬合力で生物から岩まで喰うだけでなく、感情や体力、記憶までも食すことが可能。しかし、それらはただ「エネルギー」として、変身者の飢えを満たすためだけに使われる。

 

問題なのはその「飢え」。プレデターメモリを使うと、途轍もない飢餓感が使用者を襲うのだ。メモリに適合しなければ、目の前の物を全て喰らい尽くした後、数刻も経たずに餓死する、強力な飢え。故にこのメモリは危険であると同時に利用価値無しと判断され、開発が打ち切られていた。

 

 

「“暴食”が適合者を見つけたのか…偶然にしちゃ厄介なんだよなぁ。なんにせよ、あんな危険なもの放っておく訳にはいかないし、そもそも指定したのは明日だ。何か対策を考えないと」

 

「そうだね…って!騙されないよ!永斗くんは無理しすぎって話だったはずにゃ!」

 

「えぇ…別にいいでしょ?死なないし。面倒くさい…」

 

「いいわけないにゃ!とにかく!次は永斗くんが戦うの禁止!わかった!?」

 

「いや、それ何の解決にもなって……

そうか、僕が戦わない…なるほど、それだよ凛ちゃん」

 

 

何か思いついたようで満足げな永斗だが、またも話がズレており、凛は深く息を吐いた。

 

 

「絶対伝わってないにゃ…」

 

 

 

________

 

 

 

「明日…明日か…ヒハハッ!」

 

 

観客がいなくなったVIPのリングで、氷餓は牙を見せて笑う。

彼の足元には選手たちの死屍累々。いや、死体ではなく、プレデターメモリによって精神を喰われた状態だ。

 

これは「補給」。ダブルは去り際に「明日」と言った。その戦いを最高のコンディションで迎えるための、暴飲暴食の「食事」である。

 

 

「あらあら、敗者以外の選手や従業員まで食べちゃって。本当に意地汚い子ね」

 

「アンタに言われたくねぇな。まだいやがったのか“暴食”」

 

 

無気力な人々を踏みつけ、パーカーで姿を隠した“暴食”が立っている。

その存在は喜びに浮かれていた氷餓を、一気に不機嫌にさせた。

 

氷餓はこの女が嫌いだ。生理的に受け付けない、という言葉が最も的を射ている。例えプレデターメモリにより飢餓感に蝕まれたとしても、この女だけは喰える気がしない。そう本能的な不快感が告げていた。

 

 

「楽しみで眠れないのね。可愛い」

 

「あぁそうだよ、俺様は何時まで経っても餓鬼のままだ。俺様は生まれ持った本能のまま、戦って、殺して、喰って!この飢えを満たすためだけに生きる!」

 

 

暴食はそれを聞いて嗤った。パーカーの袖から伸びる、白く、細い、綺麗な腕で、暴食は氷餓の頬に触れる。手から伝わる熱は「温かさ」と「渇望」を、鮮明に伝えていた。

 

 

「ねぇ氷餓、私のこと嫌い?」

 

「あァ。嫌いだね」

 

「そう。私は愛してるわよ、貴方のこと」

 

 

氷餓がその手を振り払うと、暴食は彼の耳元で愛を囁き、消えた。

 

吐き気がする。

でも、もうこの嫌悪感ともお別れだ。いずれまた、飢えが彼を満たす。

 

仮面ライダーを喰い、一つ上のステージに足を踏み入れる。

その時が、“暴食”の最期だ。

 

 

 

「殺してやるよ、愛してるってんならなァ」

 

 

 

______

 

 

 

そして、次の日の夜がやって来た。

アラシは堂々と、正面から、警備も何も無い地下闘技場に足を運ぶ。

 

 

「待ってたぜ。仮面ライダー…ダブルぅッ!!」

 

「あぁ。待たせたな」

 

 

VIP闘技場には、昨日とは比較にならない人数がいた。一般闘技場の観客も全て、今日に限ってここに集まっているようだ。なにせ、仮面ライダーと闘技場最強のドーパントの仕合だ。観客は、この上ない程に盛り上がっていた。

 

 

「今日はテメェが最後まで相手してくれんだろうなぁ?」

 

「安心しやがれ。今日は選手交代は無しのつもりだ」

 

「そりゃいい。実を言うと、テメェと戦った前半の方が楽しかったんでな。

改めて名乗るぜ。俺様は地下闘技場オーナー、氷餓」

 

「探偵、切風アラシ」

 

「ヒハッ!いいぜ、切風アラシ!テメェとなら、最高の仕合が出来そうだッ!!」

 

 

アラシがドライバーを装着し、氷餓がプレデターメモリを構えて舌を出す。

 

 

《ジョーカー!》

《プレデター!》

 

 

ジョーカーメモリを装填し、サイクロンメモリを押し込む。

アラシがドライバーを展開、氷餓がプレデターメモリを舌に挿入。

 

相対する二人は、同時に人の姿を捨てる。

 

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

ゴングをかき消す歓声が、勝負の始まりを告げた。

戦いが始まった途端、プレデターの肉体から剣が生成される。

 

 

「おらァ!」

 

 

伸縮自在の生きる大剣。斬ったそばから削ぎ落し、食い千切る。

振るわれた大剣は、ダブルがいた足元を食い荒らす。風による跳躍のお陰で回避できたが、まずはこれに対処しなければ、ファングジョーカーじゃないダブルでは話にならない。

 

 

『予想通りの動きだね』

「じゃあこっちも予定通り、コイツだ」

 

《ヒート!》

《メタル!》

 

 

対プレデターにおいては、ファングジョーカーを使ったとしても互角の戦い。今後組織と戦うにあたって、ファングジョーカーは「安定な選択肢」では無いことが判明した。

 

ならば、ファングジョーカーも上位形態としてではなく、「一つの戦術」として相性や戦況に応じて使い分けるべきだ。しかもメモリチェンジが出来ない分、より慎重に。

 

永斗が弾き出した結論はこうだ。

「ダブルの持つ基本の6本のメモリ。その全身全霊を以って、プレデターを打倒する」。

 

 

《ヒートメタル!!》

 

 

ダブルはヒートメタルにチェンジ。メタルシャフトでプレデターの斬撃を受け止めた。

プレデターの剣は接した物を喰う剣だ。当然、メタルシャフトに喰らい付く。

 

 

「かかったな」

 

 

その瞬間だけ、ダブルの右半身が燃え上がった。瞬発的に放出された膨大な炎はシャフトに宿る。

シャフトに喰らい付いた剣にも炎は広がり、瞬く間にその剣を燃やし尽くした。

 

 

『その剣は君の肉体で出来ている。鉄だったらこうはいかないけど、生物の体組織なら簡単に燃えるんだよ』

 

「やるじゃねぇか。しっかり天敵を用意してくるとはなァ」

 

 

焼け焦げて炭になった剣を投げ捨て、プレデターは左腕の触手を伸ばす。

シャフトの反応が間に合わないレベルの速さ。ダブルの右腕に触手が噛みついた。

 

炎を放出しても離れる気配が無い。右腕が軋む。一歩でも引き下がれば、食い千切られる。

ダブルはメタルを引き抜き、トリガーとチェンジ。

 

 

《ヒートトリガー!!》

 

 

噛みついた触手に銃口を密着させ、超火力の炎弾を放射。

爆発に呑まれた触手がようやく口を離した。しかし、そんな悠長な対処をしているうちに、プレデターの本体は間近に接近している。

 

 

「くッ……!」

 

 

すぐさま銃口を向けるが、目の前でプレデターの姿が()()()

思わずアラシの体から血の気が引く。精神を集中させ、プレデターの気配を感じ取る。

 

攻撃の瞬間にプレデターが実体化。繰り出された右拳を、ダブルは紙一重で躱し、プレデターの胴体に向けて放った銃弾が炸裂した。

 

 

「危なかったな。今の喰らってたら、テメェ死んでたぞ?」

 

「知ってるから喰らわなかったんだろうが!」

 

 

プレデターは「捕食者の記憶」。地球上の生物が進化の過程で得てきた「捕食するための力」、それらを操る能力を持つ。透明化…つまり「擬態」もその一つ。カメレオンなどが、警戒されずに獲物を捕食するための能力だ。

 

そして、プレデターの右腕には「針」が備わっている。

これは蚊と同じように、血を吸うためのもの。刺された時に痛みは生じず、数秒で致死量の血液を吸い取られる。

例え気付いたとしても、針は返し針になっているため、引き抜くことは不可能。これはアマゾン川流域に生息する「カンディル」という魚の能力だ。

 

 

「一撃一撃が必殺級、見事なまでの初見殺し、冗談じゃねぇんだよ…!」

『本当だよ。とんだクソゲーだ』

 

「言っただろ、俺様は捕食者(プレデター)!目の前の獲物を喰うために心血を注ぐ、高潔の狩人!積み重ねた生命の生存本能が!欲が!飢えが!この俺様に、血を!肉を!骨を!全てを捧げる糧となる!!」

 

 

弾丸を喰らってもなお、プレデターはすぐに体勢を戻し、その強靭な脚力で間合いを詰める。

ダブルの胴体に蹴りが叩き込まれ、勢いのままフェンスに激突。

 

貪欲にも、プレデターはそこに右拳で追撃。

だが、そこに手ごたえは無く、フェンスだけがパンチの衝撃で抉り取られていた。

 

 

《ルナメタル!!》

 

 

今度はダブルがルナメタルにチェンジ。

伸びたメタルシャフトがプレデターを縛り上げ、そのまま力の限りぶん回す。

 

 

「おらぁぁぁぁっ!」

 

 

鎖付き鉄球のように、振り回されたプレデターは上下左右のフェンスに叩きつけられ、最後に思いっきり上にかち上げられた。

 

プレデターの体はフェンスを突き破り、地下の天井に激突。

 

 

「狭ぇな。場所を変えるぞ」

『場外乱闘、もちろんアリだよね?』

 

 

スタッグフォンをメタルシャフトに接続させ、メタルメモリをシャフトに装填。マキシマム状態に移行したシャフトを、落下してくるプレデターに突き出した。

 

 

《スタッグ》

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

 

「『メタルスタッグブレイカー!!』」

 

 

光で形成されたクローがプレデターを掴み、再び天井に押し付ける。

ルナの力を帯びたクローは勢いを止めず、更に伸長を続け、天井を突き破った。

 

場所は一つ上階の一般闘技場へ。

それでもなお勢いを止めず、プレデターはもう一度天井を突き破り、遂には屋根をも突破し、その体が屋外にまで放り出されてしまった。

 

 

『天下一武道会なら、場外で勝ちなんだけどね』

「うるせぇ。俺達も追うぞ」

 

 

シャフトを伸ばし、ダブルも天井の穴から地上を目指す。

リングには誰もいなくなり、観客がざわめいている。誰に言う訳でもなく「ふざけんな!」「仕合見せろ!」と文句の怒号が飛び交う。

 

それを見かねたように、VIP闘技場の上部に備え付けられていた、仕合モニターの映像が切り替わる。

その映像は屋外。手のひらを返すように、歓声が上がった。それに合わせ、戦闘の音声も大音量で垂れ流される。

 

その中では、プレデターとダブルの激闘が再開していた。

 

 

 

《サイクロントリガー!!》

 

 

俊敏な動きでプレデターを翻弄しながら、風の銃弾を連射。

決定打には欠けるが、ジワジワと確実にプレデターを削っている。

 

 

「豆鉄砲は喰い飽きたぜ。そろそろ主菜と行こうかァッ!!」

 

 

まるでハイエナや豹のような四足獣の体捌きで、連射の雨をかいくぐる。

そうして接近したプレデターの攻撃を、ダブルは寸前で飛び上がって回避。プレデターは攻撃に「喰う」動作を重ねており、その証拠にアスファルトがかじり取られている。分かってはいたが、とんでもない咬合力だ。

 

 

「逃げてんじゃねぇ!!」

 

 

サイクロンの力で落下を遅らせているダブルに、プレデターはウツボのような触手を伸ばす。

ダブルはマグナムをあらぬ方向に向け、全力の一撃を射出。当然、当たりはしないが、その反動でダブルの体が触手の起動から逸れた。

 

 

「ちょこまかと…嫌いじゃねぇぜ、そういうのよォ!!」

 

 

触手はダブルを通り過ぎ、その通り道にいた烏を一瞬で喰らった。

今は触手が伸びきっており、戻るまでの間には隙が生じる。

 

 

チャンスだ。確かな一撃を浴びせるため、マグナムを構えてプレデターに接近を図る。

警戒すべきは、刺さったら終わりの右腕の針。それを念頭に置き、ダブルは右拳を避ける体勢で……

 

 

「言わなかったか?俺様は小細工大好きだってな!」

 

 

プレデターの胴体に、袈裟斬りされたような亀裂が入った。

それはプレデターの隠された「口」。牙が無いカエルのような口からは長い舌が伸び、ダブルを捕えた。

 

サイクロントリガーの馬力では、この舌を振り解けない。

まんまと引き寄せられたダブルに、プレデターは吸血針を突き刺した。

 

 

「があ゛ぁぁぁぁっ!!?……なんつってな!」

 

「ッ…!?テメェ…!」

 

 

突き刺した。否、それは叶わなかった。

 

 

《サイクロンメタル!!》

 

 

ダブルはトリガーからメタルに切り替わった左半身を差し出し、わざと針に刺されにいったのだ。

永斗の検索によると、プレデターの針にサイクロンメタルの装甲を貫ける強度は無い。その想定通り、針は刺さるどころかメタルのボディを前に砕け散った。

 

プレデターの胴体にある口のことも、最初から検索済み。

これらの動きは全て、最も厄介な吸血針を破壊するための「罠」。

 

 

『ウチの脳筋相棒はどうあれ、僕も小細工大好きなんでね』

 

 

もう遠慮はいらない。メタルシャフトを握り直し、猛攻を開始する。

突き、薙ぎ払い、そして旋風。サイクロンメタルの能力を駆使し、プレデターの拳撃と鍔迫り合う。

 

しかし、スピードは最遅のサイクロンメタル。連撃速度ではプレデターに大きく劣る。

一歩下がって、風を纏った突き攻撃。プレデターの右ストレート。その双方が見事にヒットし、互いの体勢が崩れた。

 

 

「ヒ…ハハハッ!!最高だ。満たされるのを感じるよ!俺様の飢えが!渇きが!

なァ…昔話でもしようや、切風アラシ。テメェは何処で生まれた?親は?どうやって生きてきた?」

 

 

プレデターがそんなことを言い出した。思わず、ダブルの左半身が動きを止める。

 

 

「俺様は生まれてすぐに捨てられた。覚えてねぇが、物心ついた時にゃ一人だったよ。

生きるために何だって殺した。何だって食ってきた。悪意も、欲望も、欺瞞も、どんな汚ぇもんでも、喉に捻じ込んで生きてきた!」

 

 

プレデターの踏み込みで、アスファルトがひび割れる。

と思うと、眼前にはもう拳を構えたプレデターが。

 

咄嗟にメタルシャフトで攻撃を防ぐ。

腕からとんでもない衝撃が伝わってくる。たった一撃でひしゃげてしまったメタルシャフトが、その威力を物語っていた。

 

 

「俺様はメモリを手に入れ、全てを思いのままにする力を得た。金も、食い物も、女も、飢えなんて無いはずの裕福な生活だよ。でもよォ…飢えて飢えて仕方がねぇんだ!」

 

 

プレデターが二撃目を構えている。これをまともに喰らう訳にはいかない。

 

 

「何が言いてぇんだ…お前は!!」

 

《ヒートジョーカー!!》

 

 

肉弾戦に秀でたヒートジョーカーにチェンジ。

燃える拳と喰う拳が互いの命を削り合う。

 

 

「何が言いたい?テメェなら分かるだろ!テメェと俺様は同種だ!」

 

「一緒にすんじゃねぇ!」

 

「一緒だよ!分かるさ、テメェの戦いからは匂いがする。振るう拳に染みついた、どうしようもない飢えの匂いが!!欲しくて仕方なかったんだろ!貪りたくて仕方なかったんだろッ!!与えられたはずの幸せを!権利を!愛を!」

 

 

ヒートジョーカーが押し負けている。一撃毎に体力が喰われているのを感じる。それでもプレデターは喜びに満ちた声で、叫び、拳を叩きつけ続ける。

 

 

「それらをやっとの思いで手に入れ、思う訳だ。今度はあの糞みたいな飢えが、恋しくて仕方ないってな!

其処には確かに()()()!力で獲物を抑えつける快感が!命を握り潰す愉悦が!その渇望が体中を巡る快楽がッ!いいか、俺様達は!喉を通る悪意の味を忘れられない、『飢え』に飢えるバケモノなんだよ!

 

解放されたって求めるさ、それが本能だ!バケモノのなァ!だから作った。そんなバケモノの楽園を、俺様が欲してやまなかった楽園を!この飢えを理解する、同胞を喰らうために!!やっと見つけたんだよ切風アラシぃ!!」

 

「うるせぇ、話が長ぇんだよ!」

『自分語り乙。ネットを始めた小学生じゃないんだから』

 

 

ダブルの半身が燃える。ここは講演会ではないのだ、黙って話を聞いてやる道理は無い。プレデターの攻撃を喰らいつつも、ダブルは燃え盛る右拳で無理矢理な反撃を叩き込んだ。

 

超高温の全力の一撃。プレデターの肉体が焼け焦げ、火傷では済まないダメージが入ったはずだ。

 

 

「釣れねぇことを言ってくれんな?同胞じゃねぇかよ。

なぁテメェを喰わせろよ、飢えてんだよ、欲しいんだよ!その漲る魂を肉を骨を血を喰って飲んで舐って噛んで!!飢えのままに!本能のままに!飢えさえも貪るこの俺様が!この俺様こそが―――

 

 

“暴食”だぁッッ!!」

 

 

その捕食者が、飢えを咆哮する。

叫びに呼応し、肉体が変質していく。焼けた肉体が戻った。針が再生する。

再生じゃない、進化だ。黒い翼が生え、全身から伸びる鋭い牙、肉体を覆う堅い鎧、無秩序に要素が混ぜられた異合の姿。

 

 

「永斗…ありゃなんだ!?」

『地球の本棚にはあんな情報は無かったよ。そんなの、可能性は一つしかない』

 

 

 

「ハイドープ」。その単語が絶望と共に焼き付いた。

シルバーメモリ、それも危険極まりないプレデターのハイドープが、たった今覚醒してしまった。

 

 

「ヒハハハハハッ!!これだ!これを待っていた!あの女を殺す力!俺様の時代だぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

プレデターが翼を広げ、飛翔。急降下し、右腕に生えた『牙』でダブルを斬り付ける。

その反面、反撃は黒い鎧に阻まれる。どれだけ連撃を浴びせ、ダメージを与えたとしても、瞬く間に再生する。

 

ファング・ドーパントに近い絶望感だ。だが、このハイドープ能力の正体も理解した。

 

 

『“消化”だ。アイツは食べたものの能力を、自分の血肉に変えてる』

 

「羽はさっき喰ったカラス、鎧はアスファルト、牙は…なるほどな、昨日喰ったファングの腕か。再生はどういう絡繰りだ?」

 

『消化って言ったでしょ。食べた感情や気力、記憶、それらをエネルギーにして自然治癒にブーストをかけてる。となるとマズいね。一気に決めないと、食べた分が()()()()()

 

 

そもそも、プレデターと戦う理由は依頼の達成のためだ。昨日、感情を喰われて無気力状態のままの松井卓郎を、元に戻す必要がある。食べたものを吐き出させるには、再生できないほどの火力を、一撃で打ち出さなければいけない。

 

 

《ルナジョーカー!!》

 

『僕に考えがある。でも、今はまだダメだ』

「分かってるよ。()()()()()()()()()()まで、時間を稼がねぇと…」

 

 

ダブルはルナジョーカーにチェンジ。飛行するプレデターに腕を伸ばし、叩き落そうとする。

しかし、片腕で対応できる相手では無い。易々と腕が弾かれ、飛ばされた牙がダブルに襲い掛かった。

 

が、牙の刺さったダブルの体がぼやけ、消えた。

 

 

「匂うぜ!そこかァ!!」

 

 

プレデターが左腕を伸ばし、街路樹を食い千切る。

その陰から飛び出したダブルは、伸ばした腕を巧みに使って、再びプレデターの視界から消えた。

 

ルナメモリの幻影と伸縮自在の腕、ジョーカーメモリの身体能力強化で、爆発的にパワーアップしたプレデターの猛攻をかいくぐっている。だが、巧みなのは回避だけだ。攻めには未だ転じれてない。

 

 

「いいぜ…あァ!テメェとの勝負は最高だ!!」

 

 

プレデターは高揚していた。

強くなった自分自身、それを倒そうと狙う仮面ライダー、飢えが満ちていくのを感じる。

笑いが止まらない。これからこの男を喰い、暴食を殺す。止まることを知らない飢えが、快楽そのものだ。

 

 

 

「……んァ?」

 

 

刹那、そんな興奮に水を差す不快感が、プレデターの鼻腔を貫いた。

戦いに夢中で気が付かなかったが、誰かがいる。しかも、弱く、怯えて、満たされたヤツの匂い。

氷餓が最も嫌う人種の匂いだ。

 

プレデターは左腕の触手を、その方向に伸ばした。

ダブルの右腕が同じように伸び、その進路を妨害する。軌道が逸れ、触手は道端の茂みをかじり取った。

 

 

「誰だァ!!俺様の食事を邪魔しやがる輩は!!」

 

 

その茂みの隣から、人影が逃げ出していく。

少女だ。逃げながらもカメラを向けるその少女は、小泉花陽。

 

彼女は耳元に手を当てると、表情を恐怖から明るいものに変える。

そして、ダブルに向けて両手で「◯」を作り、精一杯声を上げた。

 

 

「アラシくん!永斗くん!オッケーだよ!」

 

 

プレデターが花陽に牙を飛ばす。それを看過するはずもなく、ダブルが間に入って攻撃を弾いた。

肩の荷が下りたのか、少し身軽になったようなダブルは左腕をスナップさせ、プレデターに赤い複眼を向ける。

 

 

「つーわけだ。俺達の作戦は完了した」

 

「作戦だと?ただ俺様と戦いに来たってんじゃねェのか、おい!?」

 

「一緒にすんなって言っただろ。俺達の目的は卓郎を連れ戻す事。でもアイツは弱い人間だ、挫ければまた、狂気にすがろうとするだろう。だから…もうすがる場所なんて与えない。地下闘技場をぶっ潰すしかねぇ!」

 

「んだと…!?」

 

 

 

 

 

 

 

プレデターとの戦闘開始前。

切風探偵事務所に集まった一同は、永斗の口から作戦を聞かされた。

 

 

「最終目的は、地下闘技場にいる観客全員の確保だ。見たところ、あの観客たちはメモリこそ持っていないけど、流通や開発なんかで組織と繋がりがありそうな奴らが多い。そもそもが賭博自体違法だしね。それを一網打尽にするのには、大いに意味がある。そのためにまず、チームを4つに分けるよ」

 

「…なるほど!」

「そういうことね」

「そういうことにゃ!」

 

「分かってないのがよく分かるリアクションをありがとう、いつもの3人。

まず僕らがプレデターと戦って、観客を惹き付ける。でも多分だけど、あのリングじゃ僕らが戦うには狭すぎる。バトってたら観客席にも被害が出るだろうね。だから、途中で外に出るよ」

 

「でも…それじゃ観客の人たちが帰っちゃうんじゃ…」

 

 

花陽がおずおずと手を上げ、そう意見する。

すると永斗はビデオカメラを取り、花陽の手に押し付けた。

 

 

「そう。だから僕らの戦いをかよちゃんが記録して。これがチーム1」

「チームって…私一人なのぉ!?」

 

 

VIP闘技場にあったモニターをハッキングし、花陽が撮影した映像が流れるようにする。

観客はこれを運営の仕業と解釈するだろうし、怪しまれることは無いだろう。

 

 

「そしてチーム2、にこちゃんと希ちゃん。君らには賭博場に潜り込んで撮影をしてもらいたい。そんで海未ちゃんがチーム3、そのリアルタイム映像を警察に送りつける役だ。残りのメンバーはチーム4、正直これが一番キツイけど…」

 

 

 

そして作戦が決行された。

 

チーム2。

 

 

「潜り込むって…どうするのよ!」

 

「アラシ君も言ってたやん。とにかく誰かについて行くしかない!」

 

 

にこはアラシのアドバイスというか、言っていたことを思い出す。

 

 

『とにかくコバンザメみてぇに誰かにくっつけ。最悪アイドルってことをチラつかせてもいい。なるべく顔が良けりゃ誰彼構わず手を出すような節操のねぇ豚を狙え』

 

 

とんでもなく毒のある助言だ。

だが、にこは苦笑いするのではなく、怒り狂っていた。

 

 

「あいつ…私を何だと思ってるのよ!矢澤にこよ?にこにーよ?こんなに可愛い女の子が寄ってきたら、本当に連れて行かれるに決まってるじゃない!?それでもいいって言うの!?」

 

 

ズレているいつも通りの怒りだ。にことしては、アラシが心配してくれないのが本気で気に入らないのだろうが。だが、感情が昂っているときのにこは、この上なく扱いやすいものだ。希はそう考え、悪戯に笑みを浮かべた。

 

 

「でもにこっち。アラシ君、“あのド貧乳断崖絶壁が男を口説けるとも思えないから、希がサポートしろ”って言ってたよ?よかったやん、心配してくれてて!」

 

「誰がド貧乳まな板断崖絶壁グランドキャニオンよ!」

「言ってへんよ?」

「はぁーっ!?上等じゃない!口説けるわよおっさんの一人や二人!口説きすぎてドン引かせてやるわ!見てなさいあの顔面犯罪男!」

 

 

その後、にこ一人でしばらく悪戦苦闘。

最終的に、なんとかVIP闘技場にいた男に賭博場まで連れて行ってもらった。

 

希がそこで小型カメラを回し、その映像が事務所にいる海未に転送される。

 

 

 

チーム3。

 

希からの映像が届いた。ここからが海未の仕事だ。

といっても、やる仕事は極めて簡単。アラシが用意したメールアドレスに、この中継映像を送りつけるだけ。こんなのはアラシ以外なら誰でも出来る。

 

 

「これで…大丈夫ですね。それにしても、アラシに警察の知り合いがいたとは…」

 

 

送り先は、北嶋純吾という刑事。超常犯罪捜査課という部署に配属されているらしい。

とにかく、映像の送信は完了した。賭博映像を確認すれば、現行犯逮捕のために警察がすぐにでも動き出す。

 

問題は、それまでの間に誰一人として逃がさない事。

 

 

 

チーム4。

 

 

「よし、ちゃんとみんな映像に夢中だし、これだけ大音量なら音にも気付かれない…はず!」

 

 

扉の隙間から穂乃果が観客の様子を確認する。

このチームの目標は、観客をここに「閉じ込める」こと。

 

 

『俺達が戦っている間は観客は釘付けだ。でも、プレデター相手じゃ正直、警察が来るまで持久戦は出来そうにない。だから俺達の限界が来る前に、お前らには出入り口を全部封印してほしい』

 

 

「封印って…随分と物理的ね」

 

 

手に持った釘や電動ドリル、そして板や鎖なんかを見て、真姫がぼやいた。ことりも苦笑いする。

だが、これ以外に方法は無いから仕方がない。

 

 

「おい!お前ら何やってる!」

 

 

穂乃果たちを見つけ、黒スーツの見張りが声を荒げた。

氷餓に喰われて少なくなったといっても、見張りがゼロではない。男は穂乃果たちを捕まえようとするが、

 

一歩を踏み出したところで、槍に殴られて気絶してしまった。

 

 

「瞬樹くんナイスぅ!」

 

 

凛がサムズアップを槍を下ろした瞬樹に向けた。

昨日、ボロボロになって帰ってきた瞬樹だったが、この作戦を聞くと二つ返事で引き受けてくれた。

 

 

「瞬樹君…何か悩んでる?」

 

「悩み…?何を言っている、ことり。我は竜騎士、悩みなど概念から存在しない!一つ憂いがあるとするならば、我が天使と共に行動できなかったことだけ……」

 

「あーはいはい。そうね」

 

 

真姫が適当にあしらっていると、騒ぎを聞きつけた他の見張りが集まって来た。

男たちはメモリを取り出し、ドーパントに変身した。

 

 

《ドラゴン!》

 

「変身!」

 

 

瞬樹はエデンに変身し、ドーパントに向けて槍を振るう。

これが瞬樹の役目だ。警察が到着する前に、生身の人間では手に余るドーパントを一掃する。

 

 

「おぅおぅ、騒がしいと思えば仮面ライダーやないか?」

 

 

上の階からの階段を下って、その男は現れた。

長髪を結んだ筋肉質の男、昨日の潜入で穂乃果に絡んできた男だ。

 

 

「誰だ貴様…!」

 

「ワシは獅子丸(ししまる)土成(つちなり)ちゅうもんじゃ。

若…“傲慢”朱月王我の鉄砲玉、って言うたら分かるか?」

 

 

七幹部直属の部下。それを聞いて、思わずエデンは半歩引いてしまった。

気迫で感じる。この男が弱いわけがない。

 

エデンは昨日、人生に傷を刻む大敗北を喫した。そしてこの男は、その敗北を繰り返させる。そんな予感がして、動揺と冷や汗が止まらない。

 

 

「弱い匂いじゃ…怯えとるんか?」

 

「何だと…!?」

 

「無理せんでもえぇぞ。戦いたくないなら、そこですっこんどいても…」

「そこをどけ、騎士のライダー」

「ッ…!?この匂い…まだおったんか」

 

 

階段の奥から声がして、次の瞬間には獅子丸に蹴りが炸裂する。

エデンの前に金属音を立てて降り立ったラピッドが、眼鏡を上げて獅子丸を睨みつけた。

 

 

「なんじゃ、お前さんに用は無いぞ足長」

 

「俺にはある。邪魔させてもらうぞ鉄頭」

 

「貴様は…猫女の相棒か!」

 

「相棒…か。そう感じているなら勝手にしろ。何かを企んでいるなら、勝手に協力してやる。この男は俺に任せてもらおうか」

 

 

ラピッドは懐からヴァイパーメモリを見せる。

獅子丸もそれに応じて、右手にメモリを掴んだ。

 

 

「裏切りか?まぁ、孤立は憤怒の十八番じゃったか」

 

「どうとでも言え。貴様には人探しに協力して貰うぞ傲慢の側近。

我らが頭目、ゼロは何処にいる」

 

「それをワシらに聞くのは分からんが、聞きたきゃ力づくが流儀じゃろう!」

 

「最初からそのつもりだ」

 

 

視線で火花を散らす二人は、互いにメモリを起動させる。

 

 

《ヴァイパー!》

《パキケファロサウルス!》

 

 

ラピッドはヴァイパー・ドーパントに変身し、超速の蹴りを獅子丸に叩き込む。

獅子丸の方はメモリを額に挿入し、変化した右腕でその蹴りを受け止めていた。

 

 

「前やった時より軽くなったか?なまっとるぞ、足長ぁ!」

 

 

頭部と両腕にコブのような硬い装甲。茶緑色の肉体は隆起しており、風貌は拳闘士(ボクサー)の形をした竜。パキケファロサウルス・ドーパントだ。

 

ヴァイパーとパキケファロが激突し、その戦いは地上にまで展開される。

 

 

かくして、闘技場の中のドーパントは一掃された。

穂乃果たちチーム4も、順調に出入り口の封鎖を完了。

 

 

予想外の事態が重なった。だが、それらを足し合わせても余りに順調に、

観客の足止め、賭博場の撮影、警察への通報、ドーパントの始末、出入り口の封鎖、

それらすべての作戦が、見事に完遂された。

 

 

 

 

 

「これでもう逃げられねぇ、地下闘技場は…終わりだ!」

 

「はっ、そうか…それがどうした!」

 

 

アラシが作戦の全容を語るが、プレデターは獰猛に笑い飛ばした。

 

 

「どうでもいいんだよ!俺様はもうテメェとの戦いを手に入れた、それだけで十分だ!

それとも何か?時間稼ぎが終わったから、俺様を倒せるとでも言いてぇのか!?あァ!?」

 

「あぁ、その通りだよ」

 

 

ダブルは強い口調で、そう宣言した。

ジョーカーメモリを引き抜き、トリガーメモリを装填。

 

 

《ルナトリガー!!》

 

 

最後の形態、ルナトリガーにチェンジ。トリガーマグナムの銃口をプレデターに向け、右手の人差し指で「かかってこい」と安い挑発を見せつけた。

 

 

「上等だ!喰らってやるぜ、仮面ライダーダブル!!」

 

 

やはり来た。直線的な動きで、上空から猛スピードで接近してくる。

ダブルはすかさずトリガーメモリをマグナムに装填し、変形させた。

 

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

 

追尾式全弾放射(トリガーフルバースト)では、プレデターを倒すことは出来ない。

だからダブルはドライバーからもう一本、ルナメモリをマキシマムスロットへ叩き込んだ。

 

 

《ルナ!マキシマムドライブ!!》

 

「『ツインマキシマム!!』」

 

 

二本分のメモリの全エネルギーが、マグナムに集中。それをプレデターに向け、引き金に指を掛ける。

プレデターは速度を緩めない。真っ向から受け止めるつもりだ。実際それが可能であるし、そう来るのはダブルも予想できていた。

 

だからこその、ルナトリガーのツインマキシマムだ。

 

 

「行くぞ永斗。俺達の“策”が勝つか、アイツの“食い意地”が勝つか」

『分かってるよ。これで決着…最後の勝負だ』

 

 

口を開き、牙を剥き、迫る飢えた捕食者。

ダブルは敵に照準を合わせ、そのトリガーを引いた。

 

 

 

「『トリガーフルムーン!!』」

 

 

 

 

 




今回登場したのは、τ素子さん考案の「パキケファロサウルス・ドーパント」でした!詳しい活躍はまた今後ですが…まぁ強いのでご勘弁を。


予定を早め、ダブルの基本形態てんこ盛りでやってみました。
いや、氷餓が中々にいいキャラになって、強敵になってくれたのでね、こんくらいしないと勝てないかなーと。

さて、発動したツインマキシマム「トリガーフルムーン」。そんで勝負の行方。それらは明日投稿の次回で!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第54話 Pは牙を剥く/『暴食』と『傲慢』

昨日ぶりの人は昨日ぶり、146です。
今回はプレデター戦の続きから。そして、ようやく暴食と傲慢が本性を見せます。

若干グロ注意。



 

「『トリガーフルムーン!!』」

 

 

 

銃口から同時に射出された、無数の光弾。ここまではトリガーフルバーストと同じだ。

違うのはここから。光弾は即座に破裂し、辺り一帯を光で包み込んだ。

 

 

「また目くらましかァ…!?しゃらくせぇ!!」

 

 

 

プレデターが目を開けると、視界に飛び込んできたのは優しい光。

四方八方、いや、プレデターを中心に光を放つ空間が広がっている。広い空間だ。見た感じ、球体の中に入り込んだようだった。

 

 

「何だ此処は…」

 

「トリガーフルムーン。ルナの力を最大限に増幅させ、トリガーの力でそれを射出し、幻想空間を作り出す技だ」

 

 

プレデターの目の前に浮かぶのは、ルナトリガーのダブル。

しかし、目の前に広がるのはもっと解せない光景だった。

 

 

「幻想…ねぇ、コイツがそういうことか?」

 

 

プレデターの前にいるのはルナトリガーだけではない、サイクロンメタル、ヒートジョーカー、その他合計9人。基本の6メモリで変身が可能な全ての姿が、そこに勢揃いしていた。

 

 

「俺達、仮面ライダーダブルの全部でお前を叩き潰す」

 

「お前を倒すまで消えない、脱出不可能の無限地獄」

 

「今度はお前が狩られる側だ」

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

9人のダブルが、一斉にその言葉を投げかけた。

プレデターが雄叫びをあげた。喜びに打ちひしがれた叫びだ。

 

 

「罪ィ?本能に従い、喰らうことが罪なわけあるか!!

全員纏めて!喰らってやるよ切風アラシぃ!!」

 

 

ヒートトリガー、ルナトリガー、サイクロントリガーが一斉に銃口を向け、プレデターの周囲を弾丸が支配した。光弾、炎弾、風弾、それらが相乗効果を発揮し、量増しされた火力がプレデターの防御を穿つ。

 

爆発に呑まれるプレデター。が、次の瞬間には爆炎の中から触手が伸び、サイクロントリガーを締め上げると、その首を食い千切った。

 

 

「まずは…一体!」

 

 

再生能力で無傷のプレデター。しかし、サイクロントリガーは光の粒子になって消えた。

プレデターは次の獲物に飢えを向ける。何が無限地獄だ、全員食い殺せばいいだけの話。

 

次に仕掛けたのはルナメタルだ。生物のように動くシャフトがプレデターの触手を縛り上げ、無力化。ヒートトリガー、ヒートジョーカー、ヒートメタルの超火力攻撃が火を吹く。

 

プレデターは甲高い呼吸をしたかと思うと、それらの攻撃を全て拳で迎え撃った。

さらに大剣をもう一度生成。今度は喰ったアスファルトやフェンスの材質でコーティングし、耐熱性能を上げている。

 

 

「ヒハハハハハッ!!これだけか!?こんな人形劇で俺様を倒すつもりか!!笑いが止まんねぇぞぉッ!!」

 

 

更に凶暴性を増した大剣は、触れるものに見境なく、全てを喰い尽くす。

その斬撃の餌食となったのは、ルナメタル、ヒートトリガー。反撃に転じようとしていたヒートジョーカーは、その一瞬の隙を突かれ、首を食い千切られて消滅。さらにサイクロンメタルはファングの牙で凶化された針に刺し貫かれ、何もできずに消えてしまった。

 

 

「あと4体…か…?」

 

 

残っているのは、ルナトリガー、サイクロンジョーカー、ルナジョーカー、ヒートメタル。

光の幻とは言えど、それぞれが本物と同じ戦闘力を持つはずだ。それがこうも一方的に、瞬く間に5体も蹂躙させられたことから、ハイドーププレデターの凶悪的な強さが伺える。

 

「どれが本物だ」プレデターはその思考を巡らせ、一瞬で結論を導き出した。

ならば最後だ。まずは幻を喰い散らし、最後に本物を喰らう。

 

 

「はぁっ!」

 

 

ルナジョーカーが鞭のような腕を叩きつける。プレデターが反撃の素振りを見せると、ルナトリガーの連射がそれを妨害。生じた隙にサイクロンジョーカーとヒートメタルが畳みかける。

 

小賢しい。そう一笑に付すように、プレデターが翼を広げ、飛翔する。

連射されたルナトリガーの光の弾。プレデターはそれと同数の羽を、翼から分離させ、射出。分離した羽は牙へと変化し、光弾を全て撃ち落とした。

 

 

「邪魔だァ!!」

 

 

超高速で急降下。片手間のようにルナジョーカーを斬り倒し、消滅させる。

残りは三体。減っていく皿の上の料理を惜しむように、もしくは最後の一口を待ちきれないように、プレデターは舌なめずりをして飛び掛かった。

 

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

「『トリガーフルバースト!!』」

 

 

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

「『メタルブランディング!!』」

 

 

ルナトリガーとヒートメタルがマキシマムドライブを発動。

息の合った同時必殺攻撃は、ツインマキシマムの火力にも匹敵する。

 

無数の光弾は予測不能の弾道を描き、ヒートメタルはその間を通って、両端から炎が噴き出したシャフトを凄まじい勢いで炸裂させる。一つの兵器と言って差し支えの無いその威力は、プレデターを爆炎で包み込んだ。

 

 

「……効いたぜェ、今のはなァ!!」

 

 

ヒートメタルが両断され、消えた。

回避の動作も、もう遅い。伸びた触手が胴体を貫通し、ルナトリガーも光となって消えてしまった。

 

爆炎を散らし、プレデターが姿を現した。

右腕が使い物にならなくなり、体が焼け焦げ、剣が消し飛んでいる。これまでの攻撃よりも間違いなくダメージが入っているが、既に再生が始まっている。完全回復も時間の問題だ。

 

 

だが、ここまでは想定通りだ。

 

 

残るは一体。削りに削れたプレデターを仕留めるため、最後の一人が爆炎の中から―――

 

 

「やっぱりテメェだよなぁ」

 

 

トドメを刺そうとしたサイクロンジョーカーの動きが、止まった。

 

毒だ。プレデターは予め、サイクロンジョーカーにだけ毒の攻撃を仕掛けていた。

毒もまた、生物が捕食に用いる武器の一つ。プレデターはこの時のために、最後の最後まで切札を隠していたのだ。

 

 

「すぐに分かったぜ、テメェと俺様は同種なんだ。最後の一口は万全で迎えたい。銃でも、棒でもなく、生まれ持ったその拳で!全身全力で叩き壊す!ぶち殺す!虐げる!その快感を余すことなく貪り尽くす!そうしねぇと飢えが収まんねぇからなァ!!バケモノならそうだ、その甘美な誘惑に!勝てる訳がねぇんだよ!!」

 

 

拳を構える。毒で全く動けないダブルを触手で吊るし上げる。

この長かった晩餐会も、これで終わりだ。

 

 

「楽しかったぜ、切風アラシ。テメェは骨も残らず、この俺様が喰らってやるよ!!」

 

 

プレデターの拳が、ダブルの体を貫いた。

 

プレデターは笑った。

待ちに待ったその味を、拳を伝う感覚を味わい、笑った。

 

 

 

 

 

 

「んだよ、俺様の見当違いかァ………」

 

 

 

 

そう、()()()()()()

目の前で消えた、サイクロンジョーカーの陰を眺め、己を嘲った。

 

 

最初からこの空間に、本物なんていなかった。

アラシは獲物を喰らう悦楽に浸る獣ではない、彼が見据えるのは、ただ敵を屠るその瞬間だけだ。

 

 

《オーシャン!マキシマムドライブ!!》

 

 

地上に残った本物のダブルは、ヒートオーシャンに変身し、オーシャンアローを宙に浮かぶ球状の幻想空間に向ける。オーシャンの能力は「エネルギーのチャージ」。ルナトリガーのツインマキシマムは、プレデターを確実に倒すエネルギーを溜めるまでの時間稼ぎに過ぎない。

 

 

「『オーシャンブラスター!!』」

 

 

アローから発射される一撃は、矢という定義から外れ、もはや砲撃。

水と炎、相反する属性が混然一体となった砲撃が、夜空に浮かぶ満月を射抜いた。

 

 

「氷餓。お前の気持ち、他人(ひと)よりは分かるよ。…でもな」

 

 

マキシマムドライブの反動、そして蓄積されたダメージがダブルを襲い、仮面の下でアラシが血を吐く。

幾度となく喰い飽きた、吐き気のする味だ。だから、痛みも、戦いも、嘘も、飢えも―――

 

 

「俺はもう、二度と御免だ」

 

 

幻想空間が破裂。アスファルトに光の雨が降り注ぎ、胴を貫かれた捕食者の肉体が、そこに墜落した。

 

 

 

______

 

 

VIP闘技場。アラシ達が仕掛けた作戦の一部始終が聞かされ、モニター内の戦闘ではプレデターが敗北した。それはつまり、ここにいる観客は全て、逮捕を待つ状態になってしまったことを意味する。

 

 

「ふざけるな!ここから出せ!!」

「待て!俺が先だ!」

「クソ!開かない!なんで私たちがこんな目に!」

「ちょっと!聞いてないわよこんなの!!」

 

 

出入り口に殺到する観客たち。我先にと、一秒でも早く逃げ出そうとする。

しかし、穂乃果たちによって無駄に固く閉ざされた扉は、身体能力の低い生身の人間では開かない。息を合わせて扉に体当たりでもすれば開くかもしれないが、頭に血が上った彼らに、協力の選択肢は見えはしない。

 

地獄絵図だ。人間の醜悪さが濃縮された空間、まさに地獄。

そんな地獄に降り立つのは、悪魔か鬼と相場が決まっている。

 

 

「喚いてるねぇ、お金持ち諸君」

 

 

闘技場の中心に現れたのは、頭髪に金メッシュを入れた、赤い瞳の青年。

お茶らけた声で、バカにするように佇む。彼の名は七幹部“傲慢”、朱月王我。

 

 

「朱月組の組長か!」

「そうだ…この闘技場には朱月組が付いてるんだ!」

「アンタならここから出せるんでしょ!?」

 

 

観客たちが口々にそう浴びせかける。

朱月はニコニコと手を振って、まるで凱旋パレードでもしているようだ。

 

その一言が、観客席から飛び出すまでは。

 

 

「早くここから出せ!私がこの闘技場にどれだけ金を使ったと思ってるんだ!」

 

 

朱月の表情が変わった。

 

 

「———はぁ?」

 

 

死んだ。

 

それを言ったのは、肥満質な男だったと思う。でも、どんな顔かは分からない。

血飛沫が飛散。顔面が破裂し、ボトリと眼球が落ちたからだ。

 

観客は一斉に黙った。その全ての視線が朱月に向いた。

その目に焼き付いたのは、得体の知れない闇。それか悪意。

 

 

「金を払った。で?なんでそれにオレが答えなきゃいけないワケ?

金を落とすのはオマエらの役目でしょ?オマエらがオレの思い通りになるのは、『義務』なんだ。当然なんだよ。それが出来たくらいでオレに指図??それってさぁ……ちょっと傲慢過ぎじゃない?」

 

 

朱月が指を向けた方向から、老いた男が操られるように闘技場に降りてくる。

抵抗しようとする意志に体が従うことは無く、その男は朱月の前まで来てしまった。

 

恐怖することしか出来ないその男に、朱月は明るく問いかける。

 

 

「オマエ、さっき死んだ奴と同じこと思ってたでしょ?」

「い…いえ!断じて!神に誓って思っておりません!」

「いや、思ったんだよ。オレがそう思ったって思ったんだから、オマエはそう思うべきなんだよ」

 

 

無茶苦茶だ。自分で行ったことが可笑しかったのか、朱月だけが笑っている。

笑い声の隣で、その男の四肢が弾け飛ぶ。朱月は無造作に男の死体を投げ捨てると、観客席に向けて手を伸ばした。

 

 

「そんじゃあ…ここで問題です!このオレの気分が害されたワケですがぁ……

ここにいる数百人の中で、これから一体何人死んじゃうんでしょうか?」

 

 

観客の中から、若い女が必死になって扉を殴りつける。

もう誰でもいい。警察でもいい、仮面ライダーでもいい、どんな畜生だろうが鬼だろうが悪魔でもいい。

 

 

「助けて…誰かっ……!ここから出して…出してぇぇえェっ!!!」

 

 

扉を殴る音が消えた。

扉が血に染まった。頸が、恐怖に引きつった顔のまま、落ちた。

 

 

「全員だよ」

 

 

数百人の命が、その瞬間に一つ残らず消え去った。

血と臓物の海になった闘技場の中心で、朱月は退屈そうに息を吐く。

 

悪魔でも、鬼でもない。

 

この男を表現するのは、「傲慢」という言葉しかない。

 

 

 

 

______

 

 

 

 

プレデター・ドーパントVS仮面ライダーダブル。

その勝負は決した。しかし、一つ解せないのは

 

その肉体が、ドーパント態のまま変わらないということだ。

 

 

「ァ……!残念、だったなァ…!!」

 

 

プレデターの体が、急速に再生していく。

ヒートオーシャンの限界火力でも、プレデターの再生を上回れなかった。その事実に、ダブルは打ちのめされてしまう。

 

 

「この大食い野郎…!」

『どーする?これマズいでしょ』

 

「身構えんじゃねぇ。流石の俺様も、これで負けを認めないほど意地汚くねぇよ」

 

 

プレデターは腹に溜めていたエネルギーを使い切った。事前に喰っておいたあれだけのエネルギーを全て使い、なんとか再生することが出来た状態だ。

 

完敗だ。氷餓の猛執をも手玉に取った、見事な作戦。闘技場も潰された。

何より、アラシは氷餓の求めていた人間では無かった。もうアラシに対する飢えも失せ、氷餓はハイドープへの覚醒という目的も果たしている。

 

 

「満足だ。テメェは同種じゃなかったが、強い奴は軒並み好きだぜ。

もう喰いには行かねぇが、暇つぶしで殺しに行くかもなァ」

 

「冗談じゃねぇよ。負けを認めるってんなら、卓郎の感情と気力を吐いて行きやがれ」

 

「使ったもんは仕方ねェだろ?代わりに一つ教えてやるよ、喰った感情はそのうち“再生する”。このメモリを壊せば、の話だけどなァ」

 

 

プレデターは舌を出して、ダブルに背を向ける。

 

 

「…そう長くは待たせねぇよ。すぐにでもそのメモリぶっ壊してやる」

 

「いいじゃねェか。また会おうや、切風アラシ」

 

 

 

 

 

 

 

「あら、その必要は無いわよ?」

 

 

その声が、去ろうとするプレデターを呼び止めた。

嫌いな声だ。食欲が失せる声だ。殺したくなる声だ。

 

 

「暴食…!!」

 

「ご馳走を前にして帰るなんて、貴方らしくなくってよ?氷餓」

 

 

ダブルが身構える。パーカー姿の女。その下には音ノ木坂の制服。七幹部“暴食”だ。

しかし、ダブルはそこから動くことが出来ない。ダブルの四方上下を、透明な壁が囲っている。いや、これは壁というより「箱」だ。

 

 

「この能力…まさか…!」

 

「そこで見てなさい、仮面ライダー。

ここからは私の食事よ」

 

 

暴食がガイアドライバーを装着し、ゴールドメモリを取り出した。

様々な物が混ざった悪魔の横顔のような形で、Cと刻まれたメモリ。暴食はそのメモリを起動させ、その名を叫ばせた。

 

 

《キメラ!》

 

 

 

_______

 

 

 

闘技場には間もなく警察がやって来る。

エデンは槍の一撃をマスカレイドに突き刺し、その戦いを終えた。

 

これで全てのドーパントを撃退した。獅子丸という男とラピッドは外で戦っているようだが、とにかく、もう警察の突入を妨げるものは無くなったと見て間違いないだろう。

 

槍を床に刺し、瞬樹は昨日の戦いの結末を思い出す。

 

 

仮面ライダーエデンは敗北した。

リベンジャーとアベンジャーの前に、完膚なきまでに叩きのめされた。

だが、彼らはトドメを刺さず、代わりにこの言葉を残して行った。

 

 

『弱き者を加害するのは、神の慈悲に反する行いだ』

 

 

「弱い」。その単語が昨日からずっと、瞬樹の頭を蝕んでいる。

 

 

「弱いだと…ふざけるな、俺は竜騎士だ!弱いはずが無いんだ…!!」

 

 

瞬樹は強さを求めた。だから騎士道を信じ、竜騎士を名乗った。

強くなりたかったから。強くあらねばならなかったから。

 

竜騎士は、強さの象徴だから。

 

強くないと、天使を護れないから。

 

 

 

「“D”のメモリ…来てたんだねぇ!」

 

 

靄のような空間を通り、エデンの前に朱月が降り立った。

床に降ろした靴や、その服は、血で汚れて生臭い。それに反して嬉しそうな彼の表情が、心底不気味だ。

 

何より。この男は七幹部の“傲慢”。組織の最高幹部の一人。

 

腕が震え、呼吸が乱れる。呼び起された恐怖が、逃げろと全力で警告する。

でも、ダメだ。ここで逃げてしまったら、大事な何かが土台から崩れ去ってしまう。

 

 

「…来い!“傲慢”!この俺が…竜騎士シュバルツが相手だ!!」

 

「へぇ、やるんだ。いいよ、オレが直々に相手してあげる。

オレ機嫌悪いからさぁ、気分転換くらいにはなってよ?」

 

 

朱月は腰にガイアドライバーを装着し、黄金のメモリを掲げた。

扉が書いてある。そこから伸びる腕。象る文字は…G。

 

 

《ゲート!》

 

 

朱月が、メモリをドライバーに挿した。

 

ゲート、「門の記憶」。闇の靄の中から顕現したその姿は、一言で表すなら「皇帝」。

赤黒い血が染みついたような衣服、頭には冠のように黄金の角が6本。顔には目も口も無く、ただ装飾が施されている。体の中央や顔を始めとして、全身に走るのは「縫い目」。胸や腕の縫い目は広がっており、そこから指や大きな瞳が覗く。

 

 

「ゲート・ドーパント…」

 

 

エデンが無意識にその名を繰り返す。

その存在感は、これまで対峙したドーパントと比較する事すら烏滸がましい。

エクスティンクトや暴食のドーパント態。ゴールドメモリのドーパントは数回見てきたが、コイツはそれらとは別格だ。考えるまでも無く、記憶にある敵の中で最強。

 

 

「く…うあぁぁぁぁッ!!」

 

 

エデンは恐怖を誤魔化すように、槍を構えて一直線に突っ込んでいく。

半狂乱とは言えど、相当なスピードだ。だが、ゲートはそれを避ける素振りすら見せない。

 

気付くと、エデンの前には誰もいなかった。

確かにゲートに接近し、槍を突き出した。だが、そのゲートはエデンの背後に。

 

 

「ほら、次」

 

 

ゲートに煽られ、エデンは再び槍を突き出す。

今度はハッキリと視界が捉えた。エデンの攻撃は、ゲートをすり抜けている。

 

 

「そんなバカな…!?」

 

 

よく見ると、すり抜けているのではない。

ゲートの前に出現した靄に触れ、その槍先が別の場所に転移されている。

 

手数を増やそうと、連続刺突を繰り出す。しかし、それらは全て靄に呑まれ、エデンの背後に出現した別の靄からエデンの攻撃がそのまま返ってきてしまう。

 

 

「空間を切って、繋げて、操るのがオレの能力。どう?強いっしょ」

 

 

強いなんてものではない。理論上、あらゆる攻撃は意味を成さないことになる。

しかし、逆に言えばその能力は…

 

 

「今、オレの能力は防御だけで、攻撃は大したことないって思ったでしょ?その考えは傲慢だねぇ。

確かに、オレは“憂鬱”くんみたいに空間を削ったり斬ったり出来ないけど…そうだ!」

 

 

ゲートはエデンを突き放し、腕を組んだ。

顎をエデンに向け、いかにも隙だらけの姿勢で佇む。

 

 

「何のつもりだ!」

 

「かかって来なよ。オレは一歩も動かないで、右足しか使わない。あ、もちろん“門”で防御もしないからさ」

 

「貴様…舐めるな!!」

 

 

エデンは一歩目を踏み出し、爆発的に加速。

ゲートの前で攻撃のモーションを見せるが、それはフェイント。一瞬で横に回り込み、全力を込めた一撃を浴びせた。

 

だが、ゲートは右足を上げてその攻撃に合わせ、易々と全ての威力を受け止めて見せた。

 

 

「ふざけるな…あぁッ!!」

 

 

エデンが次の攻撃をする前に、ゲートの蹴りがエデンの手から槍を弾く。

そして、ゲートはボールでもリフティングするかのように、エデンを蹴り上げた。

 

攻撃力が低い?とんでもない。蹴りがまるで至近距離で砲撃を喰らったようなダメージだ。

 

エデンが天井に叩きつけられる瞬間、門が出現し、ゲートの前に転移される。

ゲートは転移されたエデンを再び蹴り飛ばし、こんどは凄まじい勢いで前へ。壁にぶつかる寸前で、またしてもゲートの前に転移され、今度はかかと落としが突き刺さった。

 

エデンの変身が解除され、ゲートに踏みつけられた瞬樹が呻く。

 

 

「なんでだ…なんで…手も足も出ないなんて…ッ!」

 

 

無念を叫ぶ。悔しそうに涙を浮かべるその姿は、騎士ではなく普通の少年のようだった。

力尽きた瞬樹が気を失った。ゲートはそれに興味が失せたように、足に力を込めた。

 

 

ゲートが瞬樹を踏み砕く前に、地面から生え出てきた血色の紐が瞬樹を包んだ。

それはすぐに圧縮され、手のひらサイズのボールとなって、ゲートの足元から消える。

 

 

「今の技、嫉妬…いや今は暴食ちゃんとこの烈だっけ?

まぁいいか。聞いてた程じゃないし、もうアイツに興味ないや」

 

 

変身を解除した朱月は、瞬樹への失望の台詞を残し、靄の中に消えた。

 

 

 

_______

 

 

 

暴食は羽衣を纏った獅子のドーパントに変身した。

内包する記憶は「合成生物の記憶」、キメラ・ドーパントだ。

 

 

「ハッ!俺様を喰いに来たか、暴食」

 

「えぇ、貴方がやっとハイドープに覚醒したんだもの」

 

「そうかよ…ふざけてんじゃねェっ!!」

 

 

プレデターが構えを取り、剛腕から弾丸の殴撃を繰り出す。

無駄のない動きで躱すキメラ。プレデターは殺気の込められた拳を、何度も突き出し続ける。

 

 

「俺様は喰う側だ!誰よりも飢え、求める俺様こそが!暴食に相応しい!!」

 

「可哀想な子ね…まだ、()()()()()()()()に踊らされてるなんて」

 

 

「偽物の記憶」たしかにそう言った。

プレデターの動きが止まった。何を言っているのか分からなかった。激しく首を横に振り、否定する。だが、その言葉が鍵とでも言うかのように、その事実は氷餓の記憶を激しく揺さぶった。

 

 

「そうだ、仮面ライダーには言ってなかったわね。

私のメモリはキメラ。“食べたメモリの能力を奪う能力”を持つわ」

 

 

その説明で合点がいった。前回キメラと戦ったときに見せた、多様な能力。永斗の検索も行ったが、それに引っかからなかった理由も、後付けの能力なら当然だ。

 

ならば、現在ダブルを封じているこの箱は…

 

 

「喰ったのか、白府リズのメモリを」

『いやアラシ、それはおかしい。僕たちはあの時、確かにボックスのメモリを砕いたはずだ』

 

「そうね。だから私は、()()()()しか食べられなかった。だから能力も半端なのよ」

 

「食べた…だと!?白府リズをか!?」

 

「えぇ」

 

 

驚くほどあっさりと、キメラは答えた。

驚くことではないのかもしれない。現にプレデターメモリも、人を喰うメモリだ。だが、氷餓はむやみに人を喰わなかった。それだけでなく、予想は出来てもその事実は、余りに吐き気を催す。

 

 

「ふざけんな…有り得ねぇ!俺様の記憶が嘘だと…?俺様の飢えは…俺様のものだ!」

 

「本当よ。せっかくだから、全部教えてあげるわ。

私はプレデターメモリを食べたかったの。同系統の能力を食べると、その能力は飛躍する。私のキメラメモリを強くするのに、プレデターメモリは必要だった。

 

メモリはただ食べればいいってものじゃないの。適合者によって力を引き出す…即ちハイドープに覚醒して初めて、食べるに値する美食となる。私はプレデターの適合者を探したわ。探して、探して、でも最も高い適合率を出したのは………私自身だった」

 

 

頭を抑え、悶え、プレデターはその言葉を遮ろうと、腕を振り回し、能力を暴走させ、暴れ回る。叫び声が全身の口から溢れ出る。その叫びは聞いたことのないような、悲痛の叫びだった。

 

 

「それで天金に相談したのだけど、そこでいい計画を思いついたの」

 

 

キメラは笑いを含んだ声で、口元に手を当てて言った。

 

永斗がキメラの能力を鑑みて、一つの結論を導き出した。ただしそれは、人の道から外れ過ぎた行為だった。

 

 

『暴食、答えろ。君の能力ストックの中には記憶改竄と……()()がある。違う?』

 

 

アラシもそれを聞いて察しがついた。その事実に、震えるほどの怒りがこみ上げる。

きっとそれは、氷餓も同じだ。そんな彼らを嘲るように、キメラはその言葉を突き付けた。

 

 

「知ってる?適合率って、遺伝するのよ」

 

 

 

寒気がする。吐き気がする。どうか、それが嘘であって欲しかった。

でなければ、例え悪人だろうが、氷餓が救われない。そんな人生が有ってはいけない。

 

 

「もう分かったでしょう?氷餓。貴方は4年前、私が産んだ子よ」

 

 

話はこうだ。この女は自分で産んだ子供を、メモリの力で大人の体にし、プレデターの適合率がより高くなるように飢えの記憶を植え付けた。

 

 

「…………嘘だ」

 

 

この女の年齢がいくつだとか、一先ずどうでも良くなった。

 

氷餓が両膝を震わせ、痙攣するように息を荒げ、呆けている。

彼は、暴食に喰われるためだけに生み出された命だ。彼を突き動かしていた記憶も、飢えも、全てが食材としての価値を高めるためのもの。

 

彼の、氷餓の人生に、意味なんて何一つ無かった。

 

 

 

「殺す…殺してやる……殺してやる…ッ!ふざけんな…俺様は…おれは…あ゛ぁッ…あぁぁぁァぁぁッ!!」

 

 

泣き叫び、殺意を剥き出しにして、恐怖も絶望もさらけ出す。

反吐が出る。吐き出したくなる。流れる血が憎くて、運命が残酷過ぎて、命が空虚で。

言葉が出ないほど、彼には何もなくて。

 

 

抵抗さえも虚しくて、

差し出されたキメラの腕が、プレデターの胸を貫いた。

 

 

「長かったわ。必要なメモリの適合者を探して、相応しい遺伝子を見つけて、貴方を育てて…4年もかかった。やっと…貴方を食べられる」

 

 

キメラの体に亀裂が入り、開いた。

涎の糸を引き、内側まで牙が生えた、大きな口だ。

 

開いたキメラの胴体の内側は、脈打つ肉の壁。

そこから這い出るのは、一糸纏わぬ姿の暴食の身体。

彼女は焦がれるように、プレデターに―――氷餓に腕を伸ばす。

 

 

「おいで」

 

 

消えゆく意識の中で、氷餓は初めて母に抱かれた。

それは余りに無情で歪で醜悪な、食慾に塗れた愛だった。

 

 

「愛してるわ、氷餓」

 

「………死ね…!」

 

 

口が閉じた。

骨が砕ける音がした。肉が千切れる音がした。血が流れ落ちる音がした。

命が食い荒らされる音がした。踏みにじられる音がした。

 

快感に浸るように恍惚とした声で、キメラは艶めかしくその言葉を捧げる。

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

「暴食……!!!テメェぇぇぇぇッ!!」

 

 

サイクロンジョーカーに変身したダブルが、箱を突き破った。

抑えの効かない怒りが全身を動かす感覚だ。脳からつま先まで走る嫌悪感が、コイツを殺せと叫んでいる。

 

ひょっとこ男、白府リズ、魔術師。外道は今まで散々叩き潰して来た。

信じたくは無かったが、この女は外道共の首魁に相応しい、常軌を逸した怪物だ。

 

喰うために手段を選ばず、喰うものに見境が無い。

 

それは古き時代、最も重き罪として戒められた罪。

善も悪も欲も感情も、全てを食らいつくす。純然で純粋な、欲の権化。

 

故に、“暴食”。

 

 

「冗談じゃねぇ…冗談じゃねぇんだよ!アレが親か?喰うために産んだだと?命を何だと思ってんだ……テメェの子を何だと思ってんだ!!!」

 

「あら心外ね。私は氷餓を愛してるわよ?そこらの親子よりもよっぽど」

 

『君のソレは愛なんかじゃない!ただ自分が欲しただけの、どこまでも意地汚い欲望だ!』

 

 

ダブルの怒りも届かず、その拳はキメラの眼前で止まる。

 

材料の記憶(マテリアル)×磁石の記憶(マグネット)

金属に変化したダブルの拳は、磁力の壁に阻まれて攻撃が出来ない。

 

 

「食後の余韻は楽しみたい主義なの。消えてくれるかしら?」

 

 

箱の記憶(ボックス)×材料の記憶(マテリアル)

またしても、ダブルを箱が覆った。しかし、今度はより強固な鋼鉄の箱だ。

 

ディノニクスの記憶(ディノニクス)×爆発の記憶(エクスプロージョン)×捕食者の記憶(プレデター)

キメラの腕に生えた、鋭い爪。それを身動きが取れないダブルに振ると、喰い裂くような斬撃に爆発が付与され、箱ごとダブルを切り裂いた。

 

 

「が…ぁ…ッ!」

 

 

変身解除したアラシが地面でのたうち回る。

この女は強い。この怒りが遠く、分厚い壁に阻まれる。それが体が裂けるほど悔しい。

 

 

泥沼の記憶(スワンプ)

苦しむアラシを見下し、笑い声を上げながらキメラは泥沼の中へと姿を消した。

 

 

 

_______

 

 

9/3 活動報告書

 

 

あの後、地下闘技場に突入した警察が見たのは、数百人の観客の惨殺死体だった。

賭博の証拠も残っていた。オーナーである氷餓が死亡した。地下闘技場を潰すという目的は達成された。

 

 

逆に言えば、それだけだ。

 

 

プレデターのメモリはキメラに吸収され、卓郎は未だに無気力状態のまま、回復の兆しを見せない。瞬樹も気を失っている状態で烈によって発見された。朱月と戦いになったが、まるで相手にならなかったと、瞬樹は悔しそうに語っていた。

 

ダブルも、エデンも、七幹部相手には全く歯が立たなかった。

 

µ’sの9人が無事だったのは良い。

だが、新学期初めての依頼は、大失敗で終わった。

 

 

「終わらせねぇ…終わらせてたまるか!」

 

 

例え依頼人がクソ親だろうが、探偵が依頼を投げ出す事は有り得ない。

 

音ノ木坂に巣食う暴食を見つけ出し、メモリを壊す。

そして卓郎を救い出す。一刻も早くあのバケモノをぶっ潰す!

 

 

俺達の新学期は、その決意から始まる。

これが、七幹部との戦いの始まりだった。

 

 

 

______

 

 

 

こんな噂が立っていた。

毎夜毎夜、ビルの屋上に立って天を仰ぐ、美人の女がいると。

 

別の噂ではこうだ。

毎晩、都市の夜空をロボットが駆け回っていると。

 

 

それらの噂は両方真実であり、一つの事実を指していた。

 

 

ビルの屋上で、スーツの女は天を見上げ、腕を広げた。

その女の顔つきから、彼女は中国人だと推測できる。

 

彼女はメモリを起動させ、鎖骨へと突き刺す。

 

 

《サテライト!》

 

 

「衛星の記憶」を宿したメモリで、その女はサテライト・ドーパントへと変化。

そう、この女は3年前、組織の研究施設に切風空助が侵入した事件の際、アラシと無悪冬海を射撃したドーパントだ。

 

サテライトの様子が変わった。

喜びに打ちひしがれた様子で膝を付き、手を組み、神に謝辞を述べるように感涙の言葉を吐き出す。

 

 

「嗚呼…ようやく…ようやくっ…!この時をお待ちしておりました!

『受信』しましたエルバ様、貴方様の崇高な思念を!さぁ、今こそ晴らしましょう…貴方様の『憂鬱』をッ!!」

 

 

 

世界の壁が開く。

『憂鬱』が、目を覚ます―――

 

 

 




最後に出てきたアイツは永斗過去編に登場した奴です。あのシーンはコラボ編と繋がっていますので、仮面ライダーソニックの方と併せて読んでいただければ。

暴食と傲慢のメモリが明かされました。「キメラ」と「ゲート」です。キメラは本当に最初から登場予定だったので、「能力を奪う系」の能力を持つドーパント案は軒並みボツにせざるを得ない形になってしまいました。申し訳ございません。

氷餓の設定は…「人間家畜」のコンセプトです。暴食の幹部として、このくらいはやりかねないと思って決定しました。一応結構それらしい描写は入れてあります。ネームドのキャラが死んだのは初めてかな?

次回は負けまくった瞬樹のメインエピソード。ヘルやリベンジャー・アベンジャーが再び現れます。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第55話 Hの審判/進化する竜騎士

お久しぶりですねぇ146です。
遅れた理由は…デュエマしてましたぁ(いい加減にしろ)(前科三犯)(ポケモンカフェミックスもやってた)

3か月も空いてしまいました申し訳ございません。
とりあえず言いたいことがいくつかあるので、サクッと。

①希ーさん主催のラブライダージェネレーション企画の第二話が投稿されました!前も宣伝した通り、pixivでマイピク申請したら読むことができます!今回は永斗も出てました!

②ハーメルンで「ここすき機能」が実装されました!スマホ版限定ですが、好きな文章や台詞をスライドすると、「ここすき」を投げることができます。貰うと冗談抜きで死ぬほど嬉しいので、暇な人は適当な所にここすきください(切実)。

③これまで登場したローカストメモリ、アベンジャーメモリ、リベンジャーメモリをτ素子さんがデザインしてくださりました!ありがとうございます!

【挿絵表示】

【挿絵表示】

【挿絵表示】



さて、今回は久しぶりかつ新展開です。瞬樹メインでどうぞ!


人生とは、往々にして不平等である。

 

生まれ持った素質と生まれ落ちた場所が全てを決定し、おおよそ生命の理を外れるほどの格差と高度な知能から成る浅はかな悪意が、息が止まるまで弱者を痛めつける。

 

種が一つの生命として根を張る、楽園だった頃の地球はもう無い。

ここに在るのは、短い歴史が正当化したアイデンティティという癌を免罪符に、ヒトがヒトを虐げる「地獄」。

 

弱き人々は待っている。この不条理を理に還す「天使」を。

そして、その「天使」こそが―――

 

 

 

 

________

 

 

 

『弱き者を加害するのは、神の慈悲に反する行いだ』

 

『もうアイツに興味ないや』

 

 

何かの呪いみたいに、その言葉は彼の心の深くを蝕む。

彼は負けた。強くなれたつもりだった彼の首筋に、悪は情け容赦無く現実を突きつけた。

 

 

「違う……俺は……ッ…!」

 

 

泥沼から這いずり出るように、瞬樹は目を覚ました。

『傲慢』から受けた傷が痛む。しかし、何より瞬樹を苦しめるのは、遥か上から叩きつけられた敗北の烙印だった。

 

 

「起きましたか」

 

 

その声で、横に烈がいるのが分かった。ぼやける視界に映るデジタル時計の日付は、一日飛んでいた。どうやら丸一日眠っていたようだ。

 

 

「学校は理事長に説明して公欠にしてもらいました。サボり属性まで付与されたら、いよいよボッチ極めそうで見てられませんからね」

「烈…!俺は……っ…」

 

 

瞬樹は見たことが無いような弱々しい表情で、すがりつくように烈の袖を掴んだ。

 

 

「俺は……弱いのか……?」

 

 

息が出来ない。濁った水の中でもがく。そんな言葉だった。

烈は知っている。これが竜騎士の仮面を剥いだ、津島瞬樹の素顔だ。

 

 

「強いですよ。瞬樹は」

 

 

感情を見せない表情で、烈は呼吸と共にそう言った。

 

瞬樹を片目に捉えたまま、烈は机に向かう。

そこに置いてある「X」のマークが入った箱を開け、中で眠っていた装置に触れた。

 

七幹部と接触を果たした。瞬樹たちは組織の根幹に迫りつつある。そろそろ頃合いだ。

 

 

「竜騎士の、進化の時です」

 

 

剣を表すような意匠が施された、ベルト型のドライバー。

白銀に光るそのドライバーに与えられた名は、

 

 

『ロードドライバー』

 

 

 

________

 

 

 

「はぁ……」

 

 

編入性が増えて手狭になった一年生の教室の片隅で、永斗は息と憂いを吐き出す。永斗は眺めていたスタッグフォンの画面を閉じ、昼休憩がまだ終わらない事を確認すると、ラップにくるまれた握り飯を口に運んだ。

 

 

地下闘技場を巡った、氷餓ことプレデター・ドーパントとの戦い。

永斗達はそこで吐き気を催す悪意と、七幹部の圧倒的な力を目の当たりにした。

 

七幹部「暴食」により、依頼は失敗。七幹部「傲慢」は瞬樹を叩きのめし、瞬樹は昨日から目を覚まさないという。

 

そして、永斗は再びスタッグフォンに目をやり、先ほど浮上した新たな問題に対し頭を掻いた。

 

 

「勘弁してほしいよね…過労死するよ死なないけど」

 

 

世界はいつだって面倒で満ちている。

そこから目を背ける気は無いが、願わくば天から降りてきた神様が、不思議な力で全部解決してくれないだろうか。

 

 

「あなたは…神様を信じますか?」

 

「……ん…?……!?」

 

 

そんな事を考えていた永斗を呼んだのは神様―――ではなく凛。なぜか胸の前で手を組み、祈るように目を閉じた凛だ。

 

 

「…何、どしたの?変な宗教でも始めた?」

 

「神様は全てを救います…代わりに星空凛にラーメンを奢りなさいと、神様は言っています…」

 

「随分と欲に正直な神様だね。信者多そう」

「そんな神様いないわよ」

 

 

半分ツッコミを放棄している永斗に代わり、真姫と花陽がフォローに入ろうと合流する。

 

 

「ごめんね…近頃この辺りに宗教勧誘の人が多くて、凛ちゃんの家にもその人たちが来たみたいで…」

 

「本当に変な宗教来てたんだ。でも影響受けてやることがラーメンたかりですか…神様報われないね」

 

「ウチには来てないわよ。多分、自宅警備員(一輝)が追っ払ってるんでしょうけど」

 

「奇遇だね。ウチも番犬(アラシ)のお陰で宗教もNHK(ヤクザ)も無縁だよ」

「通信料は払わなきゃダメだよ!…ってアラシくんに言っておいて!」

「あ、凛ちゃん戻った」

 

 

ここで瞬樹がいたなら「花陽に寄る怪しい連中は俺が成敗する!」とか言いそうなものだが、眠ったままの瞬樹が学校にいるはずもない。そのせいか、朝から教室が若干静かで寂しくもある。

 

 

「瞬樹くん、大丈夫かな…」

 

「大丈夫でしょ。体は何ともなかったわけだし。

心の方がちょっと不安だけども…」

 

 

心配する花陽に永斗は軽く返しながらも、少しの憂慮を添える。

瞬樹はメンタルが強いかと言われると、実はそうでもない。凛と同じで表は強気を装っているが、素は人一倍脆い。そんな印象を受けた。

 

だが、瞬樹の傍には烈もいる。そこまでの心配はいらないだろう。

 

 

「永斗くんどこ行くの?」

 

「アラシに報告。授業遅れたら適当に言い訳しといてー」

 

 

永斗は思考に一旦終止符を打つと、いつも通り無責任な頼みを凛に託し、教室から出て行った。

 

午後の授業が始まるまでもう少し。それぞれ席に戻り、凛は少し寝ておこうと机に突っ伏す。

 

 

「ねぇ凛ちゃん」

 

 

そのタイミングを見計らったように、彼女は寝かけた凛に声を掛けた。

彼女は灰垣珊瑚。先日このクラスに編入してきた女子生徒であり、凛と花陽の小学校時代の友人。

 

余り話をする機会が無かったため、凛は表情を明るくする。

 

 

「さっちー!あ、そうだ。ごめんねこの間誘ってくれたのに…」

 

「ううん。アイドルだもんね忙しいの分かるよ」

 

「え…あ、うん!そう!アイドル!ライブ近いから忙しくて!」

 

 

珊瑚からは一昨日、遊ばないかと連絡が来ていた。

が、その日はプレデター戦でそれどころではなかった。当然「地下闘技場に潜入してたにゃ!」なんて言えないため、慌てて誤魔化した。まぁライブは近いので嘘ではない。

 

 

「じゃあ今日とかどう?練習終わるの待つから、また昔みたいに花陽ちゃんも一緒に三人で遊ぼうよ」

 

「今日…は、ごめん…μ′sの一年生で遊びに行く約束してるんだ…

そうだ!さっちーも一緒に来ればいいにゃ!真姫ちゃんや永斗くんと仲良くなるチャンスだよ!」

 

 

珊瑚とも遊びたい凛はそんな提案をする。永斗が聞いたら頭を痛めそうな提案だ。誰もが凛のように「友達の友達は友達!」思考をしているわけではない。

 

実際、珊瑚の表情も好意的ではない。

 

 

「うーん…ありがたいけど、そういうことなら遠慮しとくよ」

 

「えぇーなんで!?」

 

「西木野さんはともかくさ…ほら、私って男の子苦手だし。また今度でいいかな」

 

「そう…だっけ?」

 

 

確かに珊瑚が男子と仲がいいイメージは無いが、そんな話も初耳だった。凛は思い出そうと天井を見上げる。

 

そのまま席に戻った珊瑚を、花陽は自分の席から見ていた。

さっきのやり取りの後、背を向けた瞬間から珊瑚は笑っていなかった。凛と会話している時も、この間もそうだ。表面上は明るい彼女だが、何故か暗い何かを感じた。

 

 

花陽は他人がよく見えている。人の目線を気にする気質だからかもしれない。

だが、それにしても余りに鮮明なその違和感。

 

 

「珊瑚ちゃん…」

 

 

それが、今の珊瑚は花陽の知る彼女では無いと、克明に告げていた。

 

 

 

_______

 

 

 

永斗たちとはまた別の教室で、午前の授業が終わった。

しかし、その中でアラシだけは気が休まらない、という様子だった。

 

 

「暴食…アイツをすぐにでも…!」

 

 

暴食を逃がし、松井卓郎は眠ったまま。

それは切風探偵事務所が依頼に応えられなかったという事を意味する。

 

切風空助から預かった事務所の看板に汚点を残した。

そして、取り逃がした悪党はこの学校に潜んでいる。いつすれ違ってもおかしくはない。それなのに何一つとして手掛かりも見つからない。

 

 

同時に、七幹部の圧倒的な強さも見せつけられた。

 

永斗の記憶が戻って拡張された地球の本棚。今回判明した七幹部の情報を元に検索を行うと、いくつかの情報が浮上した。それが、「暴食と傲慢のメモリの詳細」と「七幹部の序列」だ。

 

 

『なんでか分からないけど、序列に関しては妙に正確な値が記されてた』

 

 

永斗はそう言っていた。

しかし、地球の本棚であれば信憑性は語るまでもない。

まず、メモリの詳細はこうだ。

 

暴食のメモリ、「キメラメモリ」。

「合成生物の記憶」を内包したメモリ。他のドーパントの能力を奪うことができる。同時にストックできる能力は12個、同時に発動できる能力は3個。同系統の能力は統合されて強化される。しかし、対象の肉体を摂取する必要はなく、ハイドープ能力も本来奪えないはず。

 

傲慢のメモリ、「ゲートメモリ」。

「門の記憶」を内包したメモリ。空間を切って、繋げる能力を持つ。それによって敵の攻撃を転移させることもできるし、自分も移動が可能。移動範囲は相当に広く、過度な干渉は出来ないが並行世界にも繋げられる。攻撃力も極めて高い。しかし、記録に残っていた地下闘技場の観客を操り、非接触で殺害した能力の詳細は不明。

 

 

 

七幹部の強さの序列は上から順に―――

 

 

『憤怒』『色欲』『傲慢』『嫉妬』『強欲』『暴食』『怠惰』

 

 

怠惰は永斗で非戦闘員。つまり、あの暴食ですら七幹部の中では最弱。

瞬樹を下した無敵とさえ思える傲慢ですらも、最強ではない。

 

七幹部の最弱にすらも強さで遠く及ばなかった。

 

探偵としても、仮面ライダーとしても、己の不甲斐なさに腸が煮えくり返る。

 

 

「急がねぇと…暴食を、いや組織を野放しになんて…!」

 

「もしもーし。気は確かですか人殺し顔さーん」

 

「誰の顔面が…って永斗か」

 

 

思いつめていたアラシの前に永斗が立っていた。

全く気が付かなかったと驚き、時計を見るとまた驚く。もう休憩が終わりそうだ。かなりの時間考え込んでいたらしい。

 

 

「悪い。で、何の用だ。お前がわざわざ教室まで来るなんて」

 

「大分悩んでるとこ悪いけど、その悩みの種増やしに来たよ。ちょっとこれ見て」

 

 

永斗はしゃがみ込み、スタッグフォンの画面を見せた。表示されるのは、ネット上の掲示板。

 

 

「授業サボってネットサーフィンしてたらさ」

「おいコラ」

「言うところのエゴサってやつ?μ’sで検索かけると、色々出てくるわけ。もちろん良くないのも」

 

 

表示されていたのは、所謂アンチスレ。μ’sに批判的な意見が書き込まれたチャットだ。

 

 

「技術的なことにケチ付ける人はまぁいいとして、ある事無い事言いまわってネガキャンしてる奴もいるわけよ」

 

「で、それがどうした。それが話題じゃねぇだろ?」

 

正解(エサクタ)。まぁ、彼女らは現代社会にあるまじき、叩いても埃すら出ないいい子ちゃんズだからね。強い証拠もあるわけ無いし、誰も真面目に取り合わなかったわけよ。

 

でも、つい最近。そういう書き込みがピタリと止まった」

 

 

アラシも確認するが、確かにほぼ毎日投稿されていたネガティブキャンペーンや過激な批判コメントが、ある日を境に消えている。

 

 

「暇だからちゃちゃっと投稿元特定したわけよ。そしたら出てきたのはスクールアイドル。しかも、アイドルランクはギリラブライブに出れるか出れないかくらいの、結構な有名さん」

 

「破竹の勢いで人気を伸ばすμ’sは、そりゃ邪魔だろうな。下手すりゃ自分たちが出場枠から溢れんだから」

 

「それがアンチ投稿を止めた。どういうわけだと思う?

正解は…投稿が止まった日、そいつが何者かに斬られて重体で見つかったから。しかも状況から見て多分だけど、メモリ犯罪」

 

 

アラシの表情が変わる。

言いたいことは分かった。まだ心配事の一つに過ぎないが、またメモリ事件にμ’sが巻き込まれる可能性があるということだ。

 

予鈴が鳴る。

とても穏やかに授業を受ける気持ちにならないまま、休憩時間は過ぎ去った。

 

 

 

______

 

 

時は少し過ぎて、放課後。

練習も終わり、一年生組は約束通り街に遊びに出た。屋台で買った飲み物を片手に、ベンチに腰掛けて談笑する一行だが、永斗はどうも何か考えているようだった。

 

当然、彼を悩ませるのは先ほどのアイドル傷害事件。

それをアラシに相談しに行ったが、帰ってきた返答は

 

 

『そっちはお前に任せる』

 

 

だった。いくらなんでも永斗に仕事を丸投げ、というのは彼らしくない返事だ。七幹部について、相当焦りを見せているのが分かる。

 

 

「なーんか不穏フラグ…やだやだ」

 

「なにかあったの?ていうか、永斗くんまた何か凛たちに隠してるでしょ」

 

「ん。別にー?」

 

 

凛がかなり鋭くなっていることに恐れを感じつつも、永斗は適当に受け流す。流石に今回の事件を、考え無しに彼女たちに伝えるのは危険だ。まだ黙っておくのが賢明だろう。

 

永斗がストローから口を離すと、メールが届いた。相手は警察の北嶋刑事。今回の事件について、詳しい情報をくれと頼んだところだが、意外と早い返信だ。

 

 

(あの人確実に情報漏洩の躊躇が無くなってる気がする。大いに結構だけど)

 

 

メールで送られた情報を見る限り、やはりドーパント事件で間違いない。これは早急に検索の必要がありそうだ。

 

「トイレ」と一言残して、建物の裏に隠れた永斗は、白い本を持って地球の本棚へとダイブする。

 

 

 

「さーて。検索項目は『人物』、キーワードは…」

 

 

情報を整理する。被害者は愛知にある四葉木学園のスクールアイドル「Rabbit Heart」の「林瑛子」。凶器は何かしらの刃物だが、胴体をかなり広い範囲で斬り付けられていた。ナイフでは考えにくい。

 

 

「まずは『林瑛子』、『スクールアイドル』、『刀身の長い刃物』」

 

 

本の減り具合は良くない。もっとクリティカルなキーワードが必要だ。

被害者は目を覚ましたらしいが、証言に妙な点がある。犯人が黒い怪物というのは覚えているらしいが、事件直前の記憶が無いというのだ。

 

 

「記憶を消すドーパント…いや、でも何のために?ドーパントになってたなら、素顔を見られたなんてことも無いだろうし…」

 

 

もう一つ、現場で不審な点があった。被害者が倒れていた場所には、大量の血だけでなく、被害者の「吐しゃ物」も残ってたらしい。つまり、彼女は犯人を前に「嘔吐した」ということになる。

 

刃に毒か細菌が塗られていた?いくらなんでも回りくどすぎる。有り得ない。そうなると考えられるのは…

 

 

「『黒』、そんで……『醜悪』『嫌悪感』」

 

 

嘔吐したのは恐らく事故。意図したものではない。そうさせるだけ今回のドーパントは「醜い」ということだ。

 

 

「まだ絞れない。となると次は動機…僕の見解じゃ、アンチに過度な反応をしたμ’s過激派の犯行なんだけど…」

 

 

根拠はある。というのも、彼女を検索したところ、殺人の動機になりそうな事象はそのくらいだった。三年生の彼女にとって、最初で最後のラブライブ。その焦りでこんな手段を取ってしまっただけで、特段性根が悪い子というわけでもないのだ。

 

となると、犯人も自然に絞られる。被害者の林はアイドル故か、個人情報の管理は徹底していた。永斗でも、地球の本棚の力を借りなければ特定できなかったくらいだ。ネット上の情報だけで特定するのはまず不可能。

 

うっかりバレたとするなら、彼女の身近の人間。家族は考えにくいし、スクールアイドル関係者…もしくは少し広げて学校にいる人物くらいが妥当だ。

 

そうすると疑問点が生じる。まず、そんな過激なファンはμ’sマネージャーの永斗も聞いたことが無い。そして、何故今になって彼女を襲ったのか、だ。

 

 

「書き込みに何かヒントが…えっと確か、犯行が起こった頃のアンチコメで目立ったものは…」

 

 

記憶を探る永斗の意識に、一つの書き込みが引っ掛かった。

アンチコメントによるメンバー個人への攻撃は、間をあけて書き込まれていた。だが、事件の前日、というか最後の書き込み。それは、いつもより嘘と批判が若干過激で、初めての相手に対する書き込みだった。

 

それは、凛と花陽に対する書き込み。内容としては、小学生時代の二人に対する悪質なでっち上げ。これが動機とするなら、犯人は病的な凛か花陽推し。

 

 

「キーワード追加。『四葉木学園』、『星空凛』、『小泉花陽』…」

 

 

本が減っていく。もう一押しだ。

永斗は最後に、あるキーワードを入力する。

 

 

「………見つけた」

 

 

本が一冊だけ、彼の前に残った。

 

 

________

 

 

 

「永斗くん遅いにゃ!トイレ長す…ぎ……?永斗くん…?」

 

 

帰ってきた永斗の表情が、さっきまでと明らかに違う。

永斗は凛と花陽に交互に視線を向けると、二人に向かって問いかけた。

 

最後に残った名前に、驚愕した。

花陽と凛に親しく、最近まで四葉木学園に在籍していた人物が、一人だけいた。それも、聞き覚えのある名前が。

 

危険信号はずっと出ていた。もし、その人物が永斗の想像通りの人間なら、

今こうしていること自体が、致命的になりかねない。

 

 

「かよちゃん凛ちゃん………灰垣珊瑚は今どこに―――」

 

「私が…どうかした?」

 

 

凛と花陽と、真姫がいて。その奥。

自然に控えめな笑いを見せる珊瑚が、視界の隅に。

 

 

「さっちーなら、さっき偶然会って今一緒に…」

「っ…!」

 

 

咄嗟に永斗が手を伸ばした先は、凛でも花陽でもなかった。

彼が強くつかんだのは、真姫の腕。

 

 

「えっ…どうしたのよ永斗!」

「この子に近づいちゃダメだ!凛ちゃんも、花陽ちゃんも…その子から離れて!」

 

 

永斗は見た。最後に残った本に、灰垣珊瑚の名前が記されていたのを。

 

こんな時にありがちな言い逃れなんかは、彼女は口にしなかった。

ただ瞬きと同時にその目は豹変し、この一言を吐いて

 

 

「さっすが。もうバレてんだ」

 

 

何の躊躇いもなく、ナイフを永斗の腹に突き刺した。

 

 

「……あの人に聞いてた通りだ。本当に死なないのね」

 

「痛った……街中で白昼堂々刺します?正気…ではないよねどー考えても」

 

 

永斗の傷はすぐに塞がる。

だが、女子高生の殺人未遂で、周囲は大パニック。そして、その中で最も動揺しているのは他でもない、凛と花陽だ。

 

 

「さっちー……?どういう…こと……?」

 

「危ないから下がっててね凛ちゃん。

大丈夫。すぐ、終わるから」

 

 

今度は感情のない眼差しが真姫に向けられる。

やはり躊躇いは無く、ナイフを突き出す珊瑚。しかし、永斗がそれを看過するわけがない。飛来したファングメモリがナイフを砕き、永斗は珊瑚の両腕を掴んで動きを止めさせた。

 

アラシなら制圧できるが、永斗は知っての通り貧弱。女子相手でも拘束すらできない。その上、変身するにはアラシがドライバーを装着する必要がある。今、悠長に連絡している暇はない。

 

 

「アンチどころかマネージャーとメンバー殺そうとするってどういうことよ。同じ凛ちゃん推しとして、民度低いって思われたくないんですけど……!」

 

「アンチ…あぁ、林さんのことか。あの人は私たちの思い出を汚して、私の花陽ちゃんと凛ちゃんを貶めた。でも殺さなかったよ?だって、花陽ちゃんはアイドル大好きだもんね」

 

 

寒気がする感情が、言葉から伝わってくる。

 

 

「花陽ちゃんはアイドル好きしてる時が一番かわいいんだ。凛ちゃんもすっごくかわいい。二人とも誰にでも優しくて、だからどいつもこいつも勘違いするの。笑っちゃうよね、二人の友達は……私だけなのに」

 

 

永斗が検索した、最後のキーワード。

それこそが彼女を狂わせたもの、「愛」。それも、とびっきり質が悪い「狂愛」だ。

 

 

「…あっそう。じゃあ僕らも見逃してくんない?僕は死なないけど、真姫ちゃん死んだら引くほど悲しむよ」

 

「お前らはダメ。だって汚らしく私の友達に触れて、優しさに付け込んで対等だと思い込むなんて烏滸がましいじゃん。それにさ、二人ともお前らのせいで変わっちゃったんだよ。ねぇ、凛ちゃん」

 

 

声を向けられ、思わず背中に虫が這うような怖気が走る。

 

 

「一昨日練習で忙しかったって、あれ嘘だよね?私知ってるよ。その日、みんなして危ないところ行ってたって。凛ちゃん、昔は嘘つくような子じゃなかったんだけどなぁ…危ないことして心配かけさせるような子でもなかったのに……あぁごめんね違うの。大丈夫だよ凛ちゃんも花陽ちゃんも悪くない。悪いのは全部こいつらだから」

 

 

親しい幼馴染だと思っていたのに、今はもう、彼女が怖くて仕方がない。

 

珊瑚は気味が悪いほど爽やかに笑い、左腕のアームカバーを外した。

手首の白い肌に残る、痛々しい傷痕。自傷の痕だ。

 

 

「でも一つだけ言わせて?私、音ノ木坂に転校できるって聞いて、死ぬほど嬉しかったんだ。会えなかった何年も、ずーっと辛かったんだよ?それなのに、ずっと友達って言ってくれたのに、私の知らない人たちと楽しそうにしててさ…非道いよ。だから、ちょっと辛いのも…我慢してね」

 

《ヘル!》

 

 

珊瑚はメモリを出した。小文字の「h」が入った、赤いメモリ。

堕ちる天使が焼き付いた、「地獄の記憶」。

 

メモリの起動で右腕に浮かび上がった肥大化した生体コネクタに、ヘルメモリを突き刺す。黒い霧が立ち込め、グチュグチュと肉が潰されるような音と異臭がしたと思うと、珊瑚の肉体は醜く変貌していた。

 

 

「嘘…珊瑚ちゃんが、ドーパント……!?」

「さっちーが…だって、でも…なんで…!うっ……!」

 

「気を確かにね三人とも。なるほど、こりゃ確かに吐くのも分かるわ…」

 

 

痛みと、醜さと、嫌悪感の化身。グロテスクという形容詞を、そのままかろうじて人型にしたような文字通り異形。それがヘル・ドーパントの姿。

 

 

「酷い姿だね。それで皆を殺して、それでも凛ちゃんとかよちゃんが許してくれるって、本気で思ってるわけ?」

 

「醜いよ?私も自分が汚いと思う。でもね、凛ちゃんも花陽ちゃんも優しいから。友達の私を拒絶なんてしない。どんな私でも受け入れてくれる、絶対に!」

 

 

自分勝手な理論で錆びた鎌を振るう。これは愛というより、もはや「信仰」だ。

必死に語り掛ける凛と花陽。だが、狂信者には神の言葉すらも、届きはしない。

 

 

「ほんっとにさぁ…一生仲良くなれないと思うわ、君みたいなタイプ…!」

 

 

苦し紛れか、怒りか。永斗は、ヘルにそう吐き捨てた。

 

 

______

 

 

 

『俺、強くなる。天使を守る…騎士になる!』

 

 

そう誓ったのは、いつだったか。

胸に抱えた騎士道を信じ続け、少年は地球の意思に選ばれ、力を手に入れた。

 

 

「そうだ…俺は強い…!」

 

 

目を覚ました瞬樹が真っ先に思い出したのは、花陽との約束だった。

「灰垣珊瑚を見ていてほしい」。それがどういう意図なのかは分からないが、あれは瞬樹への「依頼」だ。何があってもそれを違えることは出来ない。

 

ガジェットからの情報で、珊瑚を見つけた。はっきりしない意識のまま、瞬樹は急いで足を進める。

 

そんな彼が背中に背負うのは、彼の誇り、エデンドライバー。

そしてその手には「新たなドライバー」が、強く握られていた。

 

 

走る瞬樹が直面したのは、激しい人の逆流。悲鳴をあげて逃げ惑う人々の先に、黒い何かが見える。

 

 

「やめて珊瑚ちゃん!お願い…メモリを捨てて…!そんなことしなくたって…私たち、珊瑚ちゃんのこと大好きなのに…!」

 

「心配してくれるんだ嬉しいよぉ。でもね、耐えられないの。私以外が二人の寵愛を受ける…この悪平等が!」

 

 

ヘルにすがりつくように語り掛ける花陽。その煮えたぎるような血液に触れても、その手を離すことは無く、涙を流して必死に言葉を紡ぐ。

 

それでもヘルは暴走を止めない。二人以外は世界にいらないと主張するかの如く、辺りのものを全て蹴散らし、永斗と真姫の頸を狙う。

 

 

「花陽……!!」

 

 

花陽の言葉は瞬樹にまでは届かなかった。だが、今暴れているのは前に出くわしたドーパント。そいつが皆を襲っている。彼は、すぐにそう理解した。

 

理解したら、そこから先は一瞬だった。

あのドーパントは大した強さじゃない。今は新しい力も手に入った。「勝てる」そう確信した瞬樹が恐怖で躊躇う要素は、無かった。

 

 

《ドラゴン!》

 

「変身!」

 

 

ドラゴンメモリを起動し、仮面ライダーエデンへと姿を変える。

白銀の鎧を纏い、エデンはヘルに槍の斬撃を浴びせた。

 

その攻撃の反動で、ヘルと花陽が引き剥がされる。

ようやく現れた彼の姿に、茫然自失となっていた凛も、襲われていた永斗と真姫も、隠すことなく喜びを見せる。

 

 

「待たせたな。この化け物は…俺に任せろ」

 

 

得意げにランスを掲げ、ドーパントを前に一歩も引かないその姿。

自分を特別だと疑わない、中二病で勇敢な騎士の背中だ。これまで、何度も見てきたはずだ。

 

 

「瞬樹…くん…?」

 

 

それなのに、花陽の中で漠然と渦巻く、この嫌な感じ。

今まで見てきた彼と、何かが違う。花陽が信頼を寄せていた何かが、もっと危うい何かに変わってしまったような。

 

そんな彼女の不安を意に介さず、エデンはバックル部分の「オーバースロット」を取り外す。

 

そして、これまでマキシマムオーバーに使用していたそのユニットの代わりに、エデンの新たな装備「ロードドライバー」を装着した。

 

 

《ユニコーン!》

 

 

ロードドライバーは、マキシマムオーバーを進化させるユニット。これまで体の一部分のみで出力していた戦闘用ギジメモリの力を、ドラゴンのマキシマムオーバードライブのように全身へと拡大させる。

 

それにより、エデンはダブルのように二つのメモリで変身することが可能。進化した、全く新しい戦士となる。

 

 

「見せてやる。進化した竜騎士の姿を、俺の強さを!」

 

 

ユニコーンメモリを、剣を模したスロットに装填。メモリをもう一度押し込むことでスロットパーツが下にスライドし、二度目の変身が展開される。

 

紫のラインが胴体から、全身に張り巡らされる。メモリから放出された光の粒子がエデンの装甲に入り込み、その体を内側から再構築するように変質させ、紫苑の輝きがエデンを包んだ。

 

 

《ユニコーン!オーバーロード!》

《Mode:STRIKE》

 

 

ドラゴンの鎧と一体化した、ユニコーンの装甲。装備では無い完全に別のエデンの姿。

頭部の一本角と馬の意匠が追加されたヘルムがその融合を証明し、その姿はより攻撃的に。白銀と混ざり合う紫が光を放ち、腕、肩、脚と更に重装備になった印象。その装甲は、どこか角ばった鋭さが目立つ。

 

「竜の記憶」と「一角獣の記憶」が一つとなった、蛮勇の騎士。

その名も、仮面ライダーエデン・オーバーロード。

 

 

「今度こそ…俺が倒す!」

 

「お前…本当にうっとうしいなぁ!」

 

 

ヘルにとって、瞬樹も当然憎しみの対象。負の感情を込めた鎌を振り上げ、炎と共にエデンに振り下ろす。しかし、その攻撃は次の瞬間に無に還ることとなる。

 

ガキンという音が聞こえ、ヘルの鎌は粉々に砕け散った。

鎌の攻撃を受け止め、逆に破壊したのはエデンの槍。ただし、マキシマムオーバーロードによってエデンドライバーも変形しており、その形状はより細く尚且つ強靭な、一角獣の角のようなランスに。

 

 

「く…うおぁぁぁぁぁ!」

 

 

ヘルは別の武器、棍棒を生成して攻撃を再開する。

だが、全ての攻撃がエデンに弾かれる。どれだけ攻撃しても、全く通用しない。

 

余裕がある。それがエデンが感じる感覚だった。

こちらの動きの方が圧倒的に速く、腕に意識を向ければ力が沸き、武器を一撃で破壊する馬力が簡単に出る。

 

ヘルが逃げようとしても、今度は足に力を込めれば過剰な速度でそれに追いつく。

反撃を避けることも受け止めるのも自由で、槍を振るえばヘルの体が吹き飛び、地を転がった。

 

 

「強い…!強いぞ!そうだ、これが竜騎士の力だ!」

 

 

ここまで一方的な戦いはしたことが無い。恐怖を忘れたような、今なら誰にでも勝てるような自信が、瞬樹の頭を埋め尽くす。

 

これでいい。俺は強くなった。もう誰にも負けない。

あの誓いに嘘をつかなくて済む。どんな悪だろうが、この手で裁ける。

 

 

「ズルい……ズルい!お前も!どいつもこいつも特別で!私の友達を奪おうとする!なんで私ばっかり“こっち側”なの!?理不尽だ、不公平だ、不平等だ!」

 

 

ヘルがそんな事を叫ぶ。どういう意味かは、もうどうでもいい。

だが、これだけは思った。俺は、貴様とは違う。

 

 

『弱き者を加害するのは、神の慈悲に反する行いだ』

『もうアイツに興味ないや』

 

黙れ。もうそんなこと言わせない。この力で、お前たちを否定してやる。

 

 

これが、俺の目指した騎士だ。

 

 

「トドメだ!」

 

 

《ガイアコネクト》

《ユニコーン!》《ドラゴン!》

《マキシマムドライブ!!》

 

 

ドラゴンメモリが装填された槍をロードドライバーにかざし、渦巻く高エネルギーが槍に収束。全身全霊を右腕に宿し、視線の先にいるヘルの胴体に狙いを定めた。

 

その瞬間、理屈は無いがハッキリと形を示す恐怖が、花陽の心を貫く。

 

 

「瞬樹くん!やめて!」

 

 

普段なら間違いなく届いていた、その声。

だが、今の彼は違う。

 

 

今の彼は、誰の言葉にも耳を貸さない。

 

 

 

闇穿つ紫獣の雷角(オーバーレイ・ゲイボルグ)!!」

 

 

 

亜音速に達する速度で放たれた槍は、その空間に一直線の光の尾を残し、ヘルの体を貫く。

衝撃の刹那、紫電が走る。断末魔を上げる時間すら与えることなく、ヘル・ドーパントの肉体は爆発四散した。

 

 

「…勝った……!」

 

 

拳を握り固め、その感覚を反芻する。気分がいい。鼓動が高鳴る。

いつぶりの勝利か。勝利は、いつも自分の正しさと強さを証明してくれる。

 

煙が晴れ、倒れた人影が見える。

花陽と凛は、そのヘルだた人物に声を上げて駆け寄った。

 

 

「珊瑚ちゃん!」

「さっちー!」

 

 

その名前を聞き、瞬樹は驚いた。ヘルの正体は知らなかったが、それなら前回ヘルに遭遇したことも納得だ。それに、彼にとってドーパントの正体など些事だった。

 

そう、その時はまだ。

 

 

何かおかしい。永斗は何故かそう感じた。

まず、メモリが排出されていない。その上、灰垣珊瑚が余りに大人しい。いくら撃破された直後といえど、違和感を拭えない。

 

永斗も彼女に駆け寄る。凛と花陽の声にも、珊瑚は目を覚まさない。

まさか。半ば冗談めいた可能性が頭に過ぎり、永斗は彼女に触れる。

 

そして、その可能性が現実であると、確認してしまった。

 

 

 

「………死んでる…!?」

 

 

 

嫌に静かで、その言葉は残酷にも鮮明に聞こえて。

誰も、その言葉を受け入れられず、時間が止まったようだった。

 

 

死んだ?誰が?

灰垣珊瑚が?花陽と凛の友人が?何故?誰が殺した?

 

 

彼女を倒したのは誰だ?彼女を痛めつけたのは誰だ?

泣き叫び、悔しそうに顔を歪める仲間たちは、誰を見ている?

 

 

俺だ。

 

 

俺が、殺した。

 

 

 

「なん…で……?俺が……っ?」

 

 

瞬樹の中で、世界が崩れ去るように。目の前が闇に閉ざされ、頭から一切がドロドロに溶けて消えてしまう。そんな絶望が、輝いていた騎士の姿を塗り潰した。

 

俺が彼女を殺した。花陽の友達を殺した。

俺は花陽の願いを違えた。あの誓いを違えた。

 

力に溺れ、悦に浸り、弱者を嬲って、殺した。

これが、俺の目指した騎士か?

 

 

「違う……違う違う…ッ!俺は…こんなこと……!」

 

 

悪夢だ。夢ならば醒めて欲しい。だが、あの時感じた悦楽は間違いなく現実だ。

その悪夢はまだ苦しめ足りないようで、立ち尽くす瞬樹の前に、「彼ら」は降り立った。

 

 

「思ったより早かったなぁ、ヒデリ」

「あぁカゲリ。ついにその日が来た、神は大層喜んでおられる!」

 

 

瞬樹に敗北の記憶を植え付けた、修道服の二人組。ヒデリとカゲリ。

この悲劇の中で、彼らだけは異質に、笑っていた。

 

 

「貴様…たちは……」

 

「騎士のライダーよ、感謝する。薄弱ながらも神の思し召しに報わんとする、その心意気。実に見事」

「あんたのお陰で手間が省けた。しかも超いいタイミングでその女殺してくれてさぁ。めっちゃ上機嫌、って神さんも言ってる気ィするわ」

 

 

その時、珊瑚の死体が異変を見せる。

体が粒子状に分解していき、大量の黒い霧が肉体から溢れるように放出されては、周囲の空間に溶けていく。

 

最後に残ったのは、彼女が着ていた衣服のみ。

灰垣珊瑚の体は、跡形もなく消え去っていた。

 

 

「冥府の門は開いた」

「終末を告げる鐘が聞こえたか」

 

「「地獄はまだ、終わらない」」

 

 

 

この瞬間を境に世界が塗り替えられた事は、生きる人々は気付かない。

 

その世界の中でただ一人、開いた地獄を祝福する男がいた。

白いローブを纏い、寝室のベッドに腰掛けたその男は、窓を開いて空に手を伸ばす。

 

 

「待ってたよ、珊瑚。さぁ…僕と一緒に楽園を取り戻そう」

 

 

その時、男の背中に翼が生えたようだった。

真っ白のようで、真っ黒のようでもある、「天使」の翼が。

 

 

 

奇跡と、悲劇を、繰り返し、

これは天使が楽園へと還るまでの、聖戦の記憶だ。

 

 

 

 




瞬樹メイン回です(曇らせないとは言ってない)。
今回からはH編。長くなる…かどうかは分かりませんが、かなり重要なパートとなります。

しれっとエデンも強化入れました。エデン・オーバーロードをよろしくお願いします。今回の出番はアレでしたが、多分恐らくまだ活躍するので。

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!



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第56話 Hの審判/神はいなかった

地球は青かった。だが、神はいなかった。
ユーリイ・ガガーリン(1934~1968)

しゃっす、146です。上のはサブタイ補足ととある人の影響です。気にしないでください。遅れた理由はバイトとかテストです。いつものです。

えーまず言っておくべきなのが、仮面ライダーエデンが被りました。
劇場版ゼロワンの限定ライダーですね。まぁ安直な名前ですから直に被る気はしてたんですが…しかも今やってるヘルも少し被るという。ヘルライジングホッパーっすね。

それに対する処置はそのうちするとして、取り合えず僕が先にやってたので!(切実)


今回も暇な人、ここすきお願いします!


永斗にμ'sアンチ傷害事件の捜査を任せたアラシ。彼は血眼になり別の捜査を行っていた。そう、音ノ木坂に潜むメモリセールス『暴食』を探しているのだ。

 

 

「で、どうだ。なんか情報は無いか?」

 

「ふむ…いや、部員にも聞いてきたんですけどね。それらしい情報は特に…」

 

 

アラシが情報を求めて訪れたのは、音ノ木坂の新聞部。誇張、脚色、嘘、無許可、なんでもありのクソ新聞を刷りまくっており、学院中で叩かれまくっている部活だ。

 

アラシもこの部、特に部長の鈴島には良い意味と悪い意味の両方で世話になったことがある。新聞の質はともかく、集まってくる情報とその速度は相当だ。

 

だからこうして頼って来たのだが、そう簡単には行かないようだ。アラシは鈴島から返された暴食のマーク付きの布をしまう。

 

 

「それで、今回はどんな事件追ってるんです?何なら記事にしたいんで教えてもらっていいですか!もしかしてヤバイやつですか!大歓迎ですよ!」

 

「頼りに来てなんだが、正直お前には何も教えたくない」

 

「また~憎まれ口お得意ですね切風さん!ヤバイ話ってなら…実は心当たりあったりしますよ?」

 

 

あまり期待せずにいたアラシだが、コソコソと鈴島が取り出した物で顔色を変える。それは紛れもなく、ドーパントのガイアメモリだった。

 

 

「お前…これをどこで!」

 

「秋葉原駅で置き忘れられてた鞄の中に。持ち主は分からないままでしたが…その反応、やっぱりビンゴみたいですね!」

 

 

すると鈴島は妙に明るい笑顔で、机の引き出しから透明な袋を出す。その中にあるのは紫色の欠片。見慣れているアラシには分かるが、これはメモリの破片だ。

 

 

「この間のインタビューの時、言ったじゃないですか。理事長室で知った『もっと面白い事』がこれです」

 

「ッ…!じゃあこれは…!」

 

「理事長室の盗聴器を回収するとき、見つけたものです。これは件の怪物になれるというモノですよね。さらに私の推測ですが、切風さんの調べてる件はコレに関係しているのでは?」

 

 

驚きを見せるアラシの顔を見て、鈴島はニッと笑う。この女はふざけた新聞を書く癖に、情報を集めさせれば一流だし頭は切れる。これを厄介とみるか、思い切って心強いと見るか。

 

 

「きな臭い話なら協力を惜しみませんよ!お礼はアイドル研究部の面白話でいいので!これからも懇意によろしくお願いします!」

 

「アイドルは情報にデリケートらしいからな。お前に教えるかバカ」

 

 

アラシと鈴島の会話はそれで終わり、部室からも撤退。しかし、収穫は大きかった。彼女の話が確かなら、理事長室にメモリがあったということになる。つまり疑うべきは……

 

 

「どうよ、豊作でしたー?こ・う・は・い・君?」

 

「テメェ嘉神…!何しに来やがった!」

 

「会いに来たと思った?残念、自意識過剰だねー。俺はただ新聞部の部活動見学だよ。やっぱ俺ってばジャーナリストなワケだし。

 

それで?仮面ライダーになる方法、話してくれる気になったかい?」

 

 

部室の前で待ち構えていたのは、三年生として編入してきた男子生徒の嘉神留人。アラシとは知り合いのようだが、どうも円満な関係ではないようだった。

 

 

「その顔は…分かるよ、否だね」

 

「ったりめぇだボケ」

 

「駄目かぁー。それにしても、情報探しなら俺んとこ来ればいいのに。代金もお安くしますし、今ならあんな情報こんな情報も付けまっせ?例えば…こんな情報はいかが?」

 

 

嘉神はノートパソコンを開き、リアルタイムの掲示板を表示させる。文字より先に目に入ったのは、街を歩くドーパントの写真。

 

 

「こいつは…場所何処だ!」

 

「ヘイヘイここから有料。さぁさ知りたければ俺に色々と…」

 

 

ノートパソコンを閉じた嘉神を、アラシは躊躇なく首を掴んで締め上げる。たまらずすぐにパソコンを開いて場所を明かした。

 

 

「…なぁんだ。やーっぱし変わってないね、アラシ」

 

「あぁ?」

 

「嫌いな奴には全く容赦が無い。いや、()()()()()()()()()()()()、の方が正しかったりしちゃう?」

 

「んだと……!?」

 

 

嘉神の言葉を聞き逃せず、怒りで開いた瞳孔を向ける。しかし、この男に構っている暇はないという理性の警告が、アラシを舌打ちの後に走らせた。

 

 

 

_______

 

 

 

嘉神のパソコンに書いてあった場所に急行。騒ぎの中心に向かっていくと、そこにはゆったりと無気力に歩くドーパントの姿があった。

 

 

「変身だ、永斗。行けるか」

 

(…オーケー、わかった)

 

「…何かあったのか」

 

(いや。話はとりあえず後でいいよ)

 

 

嘉神がいないことを確認すると、ドライバーを装着して永斗と意識を繋げ、サイクロンメモリが転送されてきた。それに合わせてアラシもジョーカーメモリを装填する。

 

 

《ジョーカー!》

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

仮面ライダーダブルに変身した二人。人々に向けて鎌を振り上げるドーパントの前に立ちふさがる。

 

 

『っ…こいつ…!ヘル…!?』

 

 

街を徘徊していた真っ黒でグロテスクなドーパント。動きこそ先ほどとは若干異なるが、間違いなくヘル・ドーパントだ。

 

 

「知ってんのか永斗?」

 

『さっき瞬樹が倒したドーパントだ。そんで…変身者が死んだはずだった』

 

「死んだ!?そりゃ一体どういうことだ!」

 

『検索が必要だけど…まずはこのヘルを止めるよ』

 

 

手首をスナップさせ、風を纏った拳でヘルを殴りつける。さらに切れ味の鋭い蹴りで武器を破壊し、最後に人のいない場所にヘルを思いきり蹴り飛ばした。

 

 

『変だ。さっきよりも弱い?』

 

 

武器も脆い。動きも鈍い。体も軽い。妙な点を挙げれば余裕で両手が塞がる。しかし、ヘルはいくら攻撃してもゾンビのように立ち上がり、虚ろな雰囲気で去ろうとする。

 

 

「埒が明かねぇ。一気に決めるぞ」

 

『…そうだね』

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

ジョーカーメモリをマキシマムスロットに装填し、浮かび上がったダブルは背中を見せるヘルに狙いを定めた。

 

 

「『ジョーカーエクストリーム!!』」

 

 

分割した体で放たれる二連キックがヘルを貫き、爆散。

だが、爆炎の中心からは黒い霧が溢れるだけで、ヘルの変身者と思われる影は見えない。メモリの残骸も見当たらない。

 

 

「訳が分からねぇ。一体どういうことだ…?」

 

『…早く事務所に戻ろう。嫌な予感がする』

 

 

 

______

 

 

 

事務所にはヘルの騒動に巻き込まれた凛と花陽、真姫がいた。

アラシは真姫から事の詳細を聞いた。凛と花陽の昔馴染みがドーパントだったこと、瞬樹が新たな装備を使ってドーパントを倒したこと、そして…ドーパントの変身者が死に、死体が消えたこと。

 

瞬樹は茫然自失となり、どこかに消えてしまったらしい。とても声を掛けられるような状態ではなかった、と真姫は言っていた。

 

花陽と凛も同様だ。友人が死に、消滅したという現実を目の当たりにし、言葉が出ないほど塞ぎ込んでしまっている。

 

 

「お待たせー。検索終わったよ」

 

 

奥の部屋から出てきた永斗。どうやらヘルに関する検索は問題なく完了したようだ。欠伸をする永斗に真っ先に駆け寄ったのは、さっきまで言葉を発する様子も無かった凛だった。

 

 

「永斗くん…さっちーは…さっちーはどうなっちゃったの…?」

 

 

当然の質問だ。後ろの花陽もそれが聞きたいのは分かる。

答えるのは簡単だ。しかし、永斗は少し悩んだ後、こう返した。

 

 

「ごめん。詳しいことは伏せることにするよ」

 

「なんで…?ちゃんと教えてよ!」

 

「今起こってることは、ここにいる誰の想定よりも複雑で、深刻だった。灰垣珊瑚のことで心いっぱいの二人が聞いても、無駄に混乱するだけだ」

 

 

「でも…」と続こうとする凛の言葉を遮るように、永斗は続ける。

 

 

「言っておくのは二つだけ。まず一つ、あのヘルはこれからも各所に現れる。でも、これ以上は絶対に倒してはいけない」

 

「倒しちゃ駄目だと?」

 

「次からは捕獲ね。さっきうっかり倒したのも実は相当マズかったりする。

そんで二つ目。このヘルの騒動、これは灰垣珊瑚の暴走でも、瞬樹が起こした事故でも、ついでに組織の暴食や傲慢が企てた策略でもない。

 

これはもっと別の誰かの陰謀だ。その誰かが、灰垣珊瑚も、瞬樹も、僕たちも、果てには組織をも利用した」

 

「つまり、まず探るべきは…灰垣珊瑚のルーツってことか」

 

 

最初の指針は決まった。だが、永斗は知っているこれは気休めでしかない。

 

今回の件の黒幕は、それ相応に頭が切れるのは間違いない。

もし、それが永斗の想定を超えるレベルなら……

 

 

_______

 

 

 

翌日

 

灰垣珊瑚に関する検索も済ませた。彼女の父親は新興宗教団体の教祖であり、信者の数もそれなり。珊瑚も幼少時からその活動に付き合わされていたらしい。

 

しかし、新興宗教なんて見るからに怪しさの塊。実際は後ろにいるヤクザの資金源として利用されているだけで、やっていることと言えば形だけの教えを街中で垂れ流し、入信した人から金を搾り取り、薬・暴力・淫行その全てを神の教えとして正当化してやりたい放題。

 

珊瑚の父親は教祖と言うだけあって酷く、信者の女性に何度も手を出し、まだ小さかった珊瑚の育児を放棄した上に日常的に暴力を振るっていたらしい。彼女があんなふうになるのも分かる。

 

そしてその父親だが、4年前に死亡している。

その後はバックにいたヤクザが別の暴力団に潰され、その宗教団体の管理権限は宙づりに。

 

そこで珊瑚の親代わりと新たな教主に信者の一人が名乗り出て、それからは見違えるように比較的真っ当な宗教として活動しているという。教主と珊瑚はあちこちを転々として、全国的に信者を増やしているとか。

 

 

しかし、未だ怪しい点も多い。

その宗教団体を解放した暴力団というのが朱月組だ。しかもタイミングは朱月王我が「傲慢」に就いた直後。他にも知れべれば調べるほどメモリと関わっている可能性が浮上する。調べる価値は大いにありだ。

 

 

「悪いな。依頼でもないのに急に頼んじまって」

 

「何を今更という話です。言ってくれればいつでも手を貸しますよ」

「大丈夫だよ!私も、アラシ君たちの力になるって決めたから!」

 

 

呼びかけに応じてくれた海未とことりが頼もしい返事をする。

これから彼女たちに入信と言う名目で潜入調査をしてもらう。本来ならアラシが行きたいところだが、組織の息がかかった団体なら顔が割れている可能性が高い。

 

 

「よーし!潜入調査、頑張るぞぉー!」

 

 

ちなみに穂乃果もいる。ふわふわした返事に急に不安になってきた。

 

 

「…やっぱり穂乃果は留守番にしましょうか」

 

「えー!?なんで私も行くよー!」

 

「お前の一挙一動が不安なんだよ。行ってもいいけど潜入中は極力喋んな。あと勝手に行動もすんな。いいな」

 

「それ潜入する意味あるのかな…?」

 

 

潜入するのは灰垣珊瑚が育った宗教団体「ノアの天秤」。

入信の話をしたところ、驚くほど簡単に教主と会えることに。三人に通話・録音が可能なオタマポッドを持たせ、潜入捜査が始まった。

 

 

「やぁどうも。貴女方が入信したいという…

自己紹介が遅れて申し訳ない。僕がノアの天秤の二代目教主、山門(やまと)です」

 

 

やたらと明るい部屋に入れられ、そこに一人の男が現れる。

 

白いローブを羽織った男は「山門」と名乗った。

格好こそ少々派手だが、その風貌は何とも地味。特筆するような特徴は無いが、かといって何処にでもいる容姿でもない。ただ、すぐに忘れてしまいそうな、そんな見た目だった。

 

 

「え…えっと、私たちは…」

 

「いえ、自己紹介の必要はありませんよ、高坂穂乃果さん。それに園田海未さんに南ことりさん。スクールアイドルμ'sの方々ですよね」

 

「御存じなのですね…ありがとうございます」

 

「自分で言うのは烏滸がましいですが、そういった趣向には造詣が深い方だと思いますよ。先日のイベントのライブも、拝見させてもらいました。実に素晴らしいステージだった」

 

 

にこやかに山門はそう言う。

嘘のようには聞こえない。しかし、心から喜ぶ気にもなれない、不思議な声だ。

 

 

「しかし…高坂穂乃果さん。貴女の踊りには少し淀みがあった。何か悩みを抱えているんじゃないですか?」

 

「私…ですか?いや、別に悩みなんて…」

 

「おっと、そうなのですか。てっきり悩みがあるから、我がノアの天秤の門を叩いたのかと」

 

「あ…あー!あります!ありますよ!悩みですよねっ!」

 

 

早々に穂乃果がやらかした。宗教入信手続きに来ておいて悩み無しは無いだろう。今のはただの話の流れか、それとも鎌をかけて来たのか…なんにせよ不用意な発言には気を付けた方がいい。

 

 

「そうでしょう。そうでなくとも、人間誰しも悩みがあるものです。報われない努力、生まれながらの格差、他者への嫉妬。僕らノアの天秤の教えは『万命平等』。命には違いがある、しかし差など何処にも無いのです」

 

「ばんめい…びょうどう…?」

 

「高坂穂乃果さん、貴女の悩みを当ててみせましょう。それは不安、焦り。μ'sの躍進は凄まじいが、ラブライブ出場決定には一歩及ばず。廃校の件も不透明なまま。そういった事もあり、かつては希薄だった仮にもリーダーの責任感が芽生え始めている…そんなところでしょうか。それに加え、その身には大きすぎる何かを抱えていると見た」

 

 

海未はすぐに違和感に気付いた。この男はいくらなんでも事情を分かりすぎている。それは穂乃果も気付くはずだが、どうも彼女の様子がおかしい。

 

 

「僕はラブライブには消極的なんですよ。明確な優劣をつければ、そこには負の側面も現れる。それはよくない。勝たなければと貴女が気負う必要はない。ラブライブも廃校も所詮は強者の利益のため。誤っているのは環境の方なのですから」

 

「そう……かも…しれない…ですね…」

 

(穂乃果…!?)

 

 

正論の皮を被っただけの滅茶苦茶な現実逃避だ。心が動く要素など皆無。少なくとも海未はそう感じた。

 

それなのに穂乃果の反応が肯定的なのは、いくらなんでも不自然だ。

 

 

「貴女もですよ。園田海未さん」

 

 

矛先、と言っていいのか。山門は海未に言葉を向けた。

敵意は無い。そうとしか思えない。海未もまた、彼に敵意を向けられない。

 

 

「見ていれば解ります。人前、得意じゃないですよね」

 

「それは…」

 

「ステージの度に無理をしている。弱音を吐いても拒絶しないのは、貴女もまた強い責任感を持っているから。それから左右のお二人との友情も意識していますね。ですが、貴女が背伸びをして合わせようとするのは違いますよ。貴女だけが劣っているなんてことは無い。命は皆、平等なのです」

 

 

山門の言葉が耳に入る度に、海未の中の何かが掠れていく。

反論する気が起きない。彼の言葉こそが正しいとしか―――

 

 

「ご…ごめんなさいっ!ちょっと急用思い出しちゃったので、また今度来ます!」

 

 

異変を感じて立ち上がったのは、ことりだった。

ほぼ直感だが、これ以上ここにいるのはマズい。何かを言われる前に。穂乃果と海未を連れて部屋から逃げ出すように出て行った。

 

 

______

 

 

穂乃果たち3人の背中を見送り、山門は口元に笑みを浮かべてその部屋を後にする。

 

扉の先で頭を下げる、乱れた長髪の女性。歳は二十に満たない程だろうか。

その頭が上がると、睨み付けるような角ばった眼と余裕がなく硬い表情が見えた。ピアスをしていたのか、口元に一か所穴が開いている。

 

 

「彼女らがオリジンメモリの適合者…まさか山門様のお言葉で正気を保つとは。

しかし、そんな貴重な検体を逃がしてしまってよかったのですか」

 

「はは、別に逃がすつもりは無かったんだ。そう怒らないでくれたまえ里梨(さとり)くん」

 

「別に怒ってません」

 

「いやはや、少し驚いてしまったんだ。メモリへの耐性があるとは聞いていたんだが…実に素晴らしい具合だ」

 

 

失敗した、という顔では無かった。そんな切迫感は、山門のどこからも感じられない。彼の体はその隅々まで、気味の悪い自信で満ちている。

 

 

「時に里梨くん。そういえば、つい先日に宮間くんが捕まったばかりだ。彼女は敬虔な信者で、行動力に溢れた素晴らしい人物だった。来るべき日への戦力としても申し分なかったのが惜しい。我が教団としては、彼女に代わる人員をいち早く確保しなければいけないのだが…僕はどうするべきかな?」

 

「……あの中の二人は、既にメモリを発現させているそうです。手に入れては如何でしょう」

 

「あぁ、やはり君は素晴らしい。全ては天使の導きのままに」

 

 

山門がその手に、銀のメモリを携えた。

 

 

______

 

 

 

ことりは外で待機していた永斗たちと合流。穂乃果と海未も普段通りに戻ったようだが、結論から言って潜入作戦は大失敗だ。

 

 

「ごめん…珊瑚ちゃんのことも、何も聞けなかった…」

 

「いや、ことりちゃんはグッジョブだよ。僕も通信で聞いてたし、ほのちゃん達に指示出しても聞こえてないみたいだった」

 

「え…本当に?永斗くんの声なんて全然…」

 

「本当本当」

 

「そうでしたか…あの山門という方の言葉、不思議でした。おかしな事を言っているのは分かるのですが、どうにも疑えないというか、同調したくなるような…」

 

「めっちゃ口が上手いってことか?海未がそう言うんだしな、穂乃果ならともかく」

 

「口が達者。それならいいんだけど……」

 

 

永斗の中に渦巻く、一つの大きな不安要素。

それを明かすべきか。永斗は僅かではない時間を思考に回す。

 

しかし、結論を待たずにそれは降り立った。

 

 

「…天使」

 

 

その姿を見た穂乃果が、思わずそう零した。

天から降り立ったのはドーパントだった。だが、アラシも戦闘態勢に入るまで数秒かかった。一瞬だけ、それを「敵」として認識できなかった。

 

それほどに神々しい姿。黄金の体を纏う聖職者のローブに金の装飾、何より真っ白な翼と頭上の輪っか、それに加えて大理石で形作られた微笑みの顔がそのドーパントの名を示している。

 

 

「エンジェル…!?早くも最悪に王手は笑えないなぁ…」

 

 

アラシもドライバーを装着し、永斗はサイクロンメモリを装填。ファングでは行かないようだったが、ジョーカーを取り出したアラシを制止する。

 

 

「トリガーでお願い。アイツの事はよく知ってる」

 

 

アラシは無言で頷き、トリガーメモリを装填。

 

 

「「変身!」」

 

《サイクロントリガー!!》

 

 

ドライバーを展開してダブルへと変身。

胸部に現れたマグナムを手に取り、永斗の意識のままその銃口はエンジェルの上空へ向けられる。

 

 

「おい永斗!どこ狙ってる!」

『これでいい。攻撃よりもまずこっちだ!』

 

 

放った銃弾は店の看板の支柱を射抜き、大きめの看板が落下。ダブルはそれを穂乃果たちに投げ飛ばす。

 

ダブルの動きを意に介していなかったエンジェルは、背後に後光を象った紋様を展開。そこから放たれた眩い光が、周囲の空間を塗り潰した。

 

 

『“グロリア・サールス”…!やっぱ使えるか……』

 

 

光は看板に遮られ、穂乃果たちには届かなかった。

ダブルはその光を浴びてしまったのだが、身体ダメージは皆無。放出されたのは本当に光のみ。

 

だが、その光の持つ能力を、永斗は熟知している。

 

 

「テメ…今何しやがった!」

「銃を下ろしなさい」

「ッ……!?」

 

 

エンジェルの声で、ダブルの指が引き金にかかったまま止まった。

引き金を引こうとする意志を、アラシの中の別の何かが妨害する。

 

だが、アラシの対処も見事だった。仮面の下で即座に舌を噛んで意識を戻し、エンジェルに乱れ打ち。光の矢で全て撃ち落とされてしまうが、エンジェルの能力を引きちぎることに成功した。

 

 

「っクソ!悪ぃ永斗」

 

『今のがエンジェルの能力だ。心に曇りがある者があの光を浴びると、一種の洗脳状態に陥る。しかも奴はシルバーメモリだ。オリジンメモリの抵抗力でも油断は出来ないと踏んでたけど…思ったよりずっと面倒な性能してるっぽいね』

 

「一瞬だけアイツが本物の天使に見えたが…生憎俺は神様クソ喰らえの無宗教だ。もうテメェのチンケな営業スマイルには引っ掛からねぇぞ!」

 

「そんなことは無い。一瞬でも僕の救済が届いたのが、君が迷いの中にいる証拠。いずれ僕の心を理解するのも時間の問題だ」

 

 

穂乃果たちは看板に身を隠しながら逃げたようだ。永斗の咄嗟の的確な判断に、エンジェルは舌を巻く。悔しいが、目的は果たされないことが確定した。

 

ならば折角だ、敵の力を測っておくのがいいだろう。

 

 

「命は皆、平等。力を得た愚かな命に死の粛清を」

 

 

翼を広げると同時に、無数の羽根が分離。それは吹雪となって広範囲でダブルに襲い掛かった。

 

更にエンジェルは天秤の杖を掲げる。そこから指した光はダブルの上空に収束し、羽根吹雪の中心で苦しむダブルに、強烈な雷を叩きつけた。

 

 

「銀メモリの馬鹿げた強さにも…いい加減慣れてきたな」

『そだね。じゃあ反撃だ』

 

《ライトニングメタル!!》

 

 

ダメージを受けながらも、ダブルはライトニングメタルにチェンジ。

メタルの防御力で羽根吹雪をシャットアウトし、雷はライトニングで吸収する。

 

エンジェルメモリは永斗が作ったメモリ。攻撃手段は知り尽くしているし、他のシルバーメモリに比べて戦闘力は頭一つ劣っているのも知っている。

 

よって対エンジェルにおいて、ライトニングメタルが最適解だと断言できる。

 

 

計算通りエンジェルは成す術なく、雷撃の棍棒による攻撃をその身に浴びる。

 

だが、そのまま戦闘が終わるなんて甘い結末は待っておらず、エンジェルは光の剣でダブルに反撃。一瞬だがライトニングを上回る速度を見せ、無数の羽根と一体化した剣がダブルの体を弾き飛ばした。

 

 

「つっても銀メモリ。そう簡単には行かねぇか」

 

『当然のように知らない技使うし、性能も設計段階より上がってる。間違いなくハイドープだろうね。エンジェルはとんでもなく面倒な奴に渡ったと見た』

 

 

警戒レベルを上げざるを得ない。作戦も一から立て直しだ。

 

しかし、そうシンプルな勝負では無くなるようだ。

思考を回す永斗と敵を警戒するアラシの視界が、新たな存在を知覚する。見ただけで全身を貫く嫌悪感。ヘル・ドーパントだ。

 

 

「ヘル…!永斗、アイツは…」

『捕獲だ。それに多分、エンジェルはヘルを狙う』

「つまり守りゃいいんだな!」

 

「珊瑚…素晴らしいよ…!君の命が、世界を楽園に変える」

 

 

永斗の言葉通りにエンジェルは光の矢と羽根をヘルに射出する。

ダブルはその間に入り、それらをシャフトを振り回すことで弾いて防御。

 

ヘルに対する攻撃は通さない。確固たる力と意志で、それを示した。

 

 

だが、その程度は狡猾な天使の手の上だ。

 

 

「…ご苦労。敬虔な僕の同志よ」

 

 

咄嗟にダブルが振り返ると、守っていたはずのヘルの体は引き裂かれていた。呆気にとられるダブルを見下ろすのは、浮かび上がった上半身のみの大きなミイラ。エンジェルとは別のドーパントだ。

 

引き裂かれたヘルは、これまでと同じく黒い霧になって拡散。

しかし、霧は空間に溶けきらず、大気を赤黒い血の色に染め上げた。

 

永斗は頭を抱える。これも想定以上だ。想定よりも、ずっと早い。

 

 

『第二段階……!』

 

 

エンジェルともう一体のドーパントが消えた。だが、それも気にならない程、永斗の心理状態はかき乱されていた。

 

やはり黒幕はエンジェルだった。証拠は無いが、使用者はあの山門とかいう男で九割九分九厘間違いない。しかも極めて厄介なレベルでメモリを使いこなし、既に手下も揃っていると来た。

 

 

前代未聞、未曾有の危機だ。

このままでは、世界が終わる。

 

 

______

 

 

 

異変に気付いたのは仮面ライダー陣営だけではない。

暴食の下の身を置く烈も、この状況に焦りを見せていた。

 

 

「瞬樹が暴走した…それにヘルのメモリがどうして…」

 

 

ヘルは特異なメモリ。量産が容易であるにも関わらず、一定条件下で発動するその性質は極めて危険かつ制御不能。よって最初の一本のみで開発が打ち止められ、保管されていたランク「禁断(フォビドゥン)」のメモリだ。

 

あのメモリを持ち出せるとすれば七幹部か、その側近クラスの人物。

心当たりはある。烈と同じく『悪食』の管理人の一人…いや、二人。

 

 

「ここにいますよね。ヒデリ、カゲリ」

 

 

宗教団体「ノアの天秤」が管理する教会。烈はそこで疑わしき者たちの名を呼ぶ。

 

 

「我らの居場所くらいお見通しってワケか、観測者(オブザーバー)

「我らに一体何の用であろうか、観測者(オブザーバー)

 

「白々しいです。貴方たちですよね、ヘルを持ち出したのは」

 

 

烈の呼びかけに悪びれも無く現れた二人。表情こそ変わらないが、烈の口調からは苛立ちが見える。

 

 

「ご明察。しかしこれは全て暴食のため」

「真に力を得たエンジェル、そしてヘルの力を得ることで、暴食は神にもなれる」

 

「だから独断でやったと。分かっているはずです、ヘルの能力が完遂されれば、それどころでは済まない。それにノアの天秤が掲げる理念…アレのせいで、()()()()()()()()()()()()。誇張なしで全てがお終いです」

 

「当然分かってらぁ。だからこそ、我らが適切に管理する」

「山門様が作る楽園にこそ、暴食が求めるモノがあるのだ」

「神さんも言ってんぜ。山門の理想こそ暴食の理想だって」

「神の思し召しが成就する時、山門様が全てを手に入れる」

 

「…今一度聞きます。ヘルを持ち出したのは何故ですか」

 

「「全ては暴食のために」」

 

 

駄目だ。この二人はもう奴の傀儡になり果てている。

いや、自分はそうじゃないと言い切れるか?

 

観測者として、暴食が管理するシルバーメモリの所持者である山門は監視していた。だが、ハイドープにまで覚醒しておいて目立った動きは無し。しかし、処刑というには早計という判断をせざるを得なかった。そんな絶妙な立場にいた。

 

結果、観測者である烈も、暴食さえも彼を意識の外に置いていた。あれだけの力を隠し、七幹部すらも欺いて利用してみせた。気付いた頃にはもう手遅れの状況。

 

 

あの山門という男の危険性は、七幹部にも匹敵する。

 

 

「ボクは少し前に一度だけ山門に会っている。もしあの時、仕掛けられていたとしたら…」

 

 

瞬樹にロードドライバーを渡すとき、頃合いだと思った。

どうしてそう思った。何を根拠に。精神が不安定だからこそ、新たな力で立て直そうとしたのか。今考えれば暴走の可能性は無視できない。どう考えたっておかしいほど、あの判断は即決だった。

 

 

烈もまた、彼の思惑通りに導かれた。

ヒデリとカゲリをけしかけ、烈を操り、瞬樹を暴走させたのはヘルを殺すためか?

 

それだけじゃないとすれば、山門が打つ次の一手は―――

 

 

 

______

 

 

 

家にも帰らず、一晩を超えた。

瞬樹はただ目の前の道を進み、倒れ、また進み、それだけを繰り返している。

 

彼の心を満たすのは、言葉にできない罪悪感。そして己への失望。

自分が殺した灰垣珊瑚の死に顔が、花陽の泣き顔が、顔を上げればいつでも浮かび上がって瞬樹を絶望の奈落深くに叩き墜とす。

 

 

瞬樹が掲げた、騎士の心。そんなものは、もう消え失せていた。

 

 

「酷い有り様だ。楽園の騎士ともあろう者が」

 

 

瞬樹は普通の少年だ。騎士の名を剥げば、その一面は容易く見える。

そんな彼は、愚かにも、誰かの許しを求めていた。

 

そこに現れたのは、山門だった。

 

 

「実に憤りを感じます。何故あれほどまでに人々のため奔走していた君が、こんな目に合わなければならないのか」

 

 

限界にあった瞬樹の心。その目には、山門の背から光が指しているように見えた。

 

 

「一体誰がこんな仕打ちをしたのでしょう。散々施しを受けておいて、彼を許さないのは実に身勝手極まりない。しかし、世間は君を許さない。何故なら、この世界は間違っているからです」

 

 

何も考えられない。考えたくない。

今はただ、彼の言葉を浴びていたい。

 

 

「悪いのは君ではありません。君は力を持たない少年だった。それなのに担ぎ上げ、期待し、君にそうまでさせたのは誰だ?なんとも残酷な話です。命は平等、君はこんなものを背負うべきじゃなかった」

 

 

山門は目に光を捉え始めた瞬樹に微笑みを向け、その手を差し出した。

 

 

 

「僕が君に、もう一度羽ばたくための翼を与えましょう。

全ては、天使()の導きのままに」

 

 

 

 




今回登場したのはFe_Philosopherさん、及びτ素子さん考案の「エンジェル・ドーパント」です!もう一体の方もオリジナル案ですが、その紹介は追々。
案のベースはFe_Philosopherさんの方がメインです。そっちの方が先で、エピソードも組んじゃってたので…τ素子さんからは「エンジェルは女性で!京美人敵幹部で!」という要望があったのですが…すいません。天使って軒並み男じゃないっすか…あと男キャラの方が書きやすいという……

さて、今回登場した山門。こいつは準七幹部ともとれる難敵です。七幹部との決戦の前哨戦みたいなイメージです。そして最後に瞬樹に翼を与えようとするレッドブル山門。


感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第57話 Hの審判/失楽園

毎回恒例のお久しぶりです146です。
オリジナルドーパント案への返信、全てさせていただきました!半年も放置してすいませんでしたァ!!こんなんですが、これからも良しなによろしくおねがいします!!

話は変わりますが、今回もτ素子さんからメモリデザインを頂きました!ありがとうございます!

スラッシュメモリ
【挿絵表示】

キルメモリ
【挿絵表示】

エンジェルメモリ
【挿絵表示】


今回は解説回の雰囲気強めなので、文字数と言うか台詞が長いです。まぁ色々重要なこと言ってたりもするので、我慢して読んでいただければ…

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


体が、熱い。痛い。苦しい。

生きた大蛇と剣山を一緒くたに飲み込んで、溶岩の上を裸足で歩いているような地獄。僅かに残る自我は、自身のいる場所をそう形容した。

 

いや、今更何を言っている。私はいつだって地獄の中心に居た。

 

母親には見捨てられ、残った色狂いの父親には痛めつけられ、真っ当に育てられなかった私が学校で受け入れられる訳も無く。新興宗教なんて嘘と欲まみれの場所に根を張っていたから、この世界に神なんて居ないと知ってしまっている。

 

そんな私を受け入れてくれた大切な二人の友人と出会った。父も死に、神気取りの悪の巣窟からも解放された。

 

しかし、そんな人生初めての幸運の代償として、天使を名乗る彼は私と彼女たちを引き離した。そこからも地獄だ。布教なんて心底どうでもいい活動で彼女たちに会えない憤りが身を焦がし、自分の中で育つ『歪んでいると自覚できてしまう愛』が、自分を醜く変えていく。

 

それを受け入れてしまう自分も、縋ることしか出来ない自分も

殺してしまいたい。死んでしまいたい。

 

そうだ。いっそ。どうせ。この世界、あの二人以外に意味はないのだから。

全部が全部、誰も彼もが

 

 

地獄に呑まれて、死んでしまえ。

 

 

 

「君の望みは叶う。そして、僕を楽園に導くんだ」

 

 

 

声が聞こえて、視界が傾いた。

顔だけが地面に落ち、光剣に斬られた首からは血の代わりに赤黒い霧が溢れ出す。

 

これで楽になんてなれはしない。またすぐに苦しみを纏って蘇る。

望み通りの末路だ。この地獄は、永遠に終わりはしない。

 

 

 

 

______

 

 

 

「何がどうなってこうなってんだ……」

 

 

様変わりした空を見上げ、アラシが呟いた。

エンジェル・ドーパントとの戦いに乱入したヘル・ドーパント。永斗の指示通りヘルを守ろうとするも、もう一体のドーパントがヘルを撃破してしまった。その結果が、この血の色の空だ。

 

 

「ヘルは一般メモリ開発で偶然生まれた禁断のメモリ。その所以がこれ、仮に…『無間地獄』とでも呼ぼうか」

 

「ヘルを倒すなってのは、それが理由か」

 

「そ。ヘルを一定条件下で倒すとこの無間地獄が解放される。言っとくけどこれはまだ初期段階さ。このままヘルを殺し続ければ川は血の川に、山は針山に、歩行者天国には人の代わりに魑魅魍魎のバケモノが闊歩するようになるだろうね」

 

 

果てには仏教に伝わる地獄そのままになるだろう、と永斗はそこまで言わなかった。八大地獄による人間の断罪が四六時中行われる。どうせ『地獄』としか形容できないのだから、言うだけ無意味だ。

 

 

「と言っても条件は『使用者は異常適合者で、脳の隅々にまで毒素が回った状態で、感情が暴走している時に過剰なダメージにより撃破されること』。普通は有り得ないよ。これが偶然起こる確率なんて僕が投げたストレートでメジャーリーガーから三振を取るより遥かに低い」

 

「ゼロじゃねぇか」

 

「そゆこと。それが今回は、たまたま生体コネクタが肥大化するほど使用者の体が弄られてて、たまたま使用者が病気レベルでヤンデレ拗らせてて、たまたまタイミングのせいで最高にハイで、そこにたまたま仮面ライダーが通りがかって、たまたまそいつがコンプレックスの根源にいたせいで激おこになって、たまたまそこに強化アイテム持ってて、たまたま仮面ライダーも悩んでたからついオーバーキル気味にトドメ差しちゃったってこと。いやー、たまたまって怖いねぇ」

 

「全部あの山門が仕組んだ…って言いてぇのか」

 

「どこから…って、考えたくないけどね」

 

 

アラシの目に映る永斗は、珍しい表情をしていた。余裕そうに装いながらも、溢れ出る悔しさを潰すように奥歯を噛み締めている。

 

 

「山門の目的は見えねぇが、このままじゃマズいのは理解できる。それで、この地獄を消し飛ばす方法はあんのか?」

 

「ある。いや…あった、って言った方が良いか。

でももうハッキリ言おう。無間地獄を消滅させるのは……不可能だ」

 

 

 

______

 

 

 

ヘルの無間地獄は既に街を複数呑み込むまでに成長している。そんな状況を喜ぶのか、憂うのか、少なくとも「彼」の心情は明らかだった。

 

 

「さぁ~問題です!今オレはどんな気分でしょうか?」

 

「サービス問題ね。雪降った時の犬みたく外駆けまわりたいけど、手出しできなくて溜まっているんでしょう?」

 

「さすが暴食ちゃん正解っ!オレってば、今超ぉぉぉぉぉ退屈!誰だか忘れたけどこんな面白いことすんのに、オレらをはみ子にすんのは酷いぜ。あっ、はみ子って伝わる?」

 

 

七幹部「傲慢」の朱月は大きく欠伸をして、負けそうな盤面のチェス盤を机ごと蹴飛ばした。対面する暴食は呆れた様子で、駒を拾い上げる。

 

 

「チェス飽きたー!将棋しよーぜ」

 

「嫌よ。将棋じゃ勝ち目無いじゃない」

 

 

今回の件では、七幹部は動けない。理由は山門が掲げている教えと、その最終目的にある。それが組織の「根源」の意志に沿っている限り、「根源」の手足である七幹部は何もできないのだ。

 

 

「山門は私が最初に育てたハイドープよ。愛着はあったから始末せずに見てたけど、してやられたわ。熟すのを待っていたつもりが、とっくの昔に腐って毒林檎になってたってわけね。もしかしたら最初から…なんて」

 

「可笑しいね、実の息子食っておいて愛着言う?ま、そのヤマトくんの計画が進めばこの世は地獄…傲りに傲ってるねぇ気に入ったよ。それに生きたまま地獄を手に入れるってのも、いや悪くない」

 

「少なからず窮屈になるけど、私たちが脅かされることは無い…彼らしいわ」

 

「じゃあ上手くいかなかったら?あーでもそん時は『嫉妬』が殺すか『強欲』の成金がスカウトするか」

 

「誰にも渡さないわよ。毒林檎の味にも、興味はあるの」

 

「悪食だねー」

 

 

朱月は勝手に将棋の駒を並べ始め、王の駒を飛車にぶつけ、飛車をつまみ上げた。

七幹部を蚊帳の外に追い出し、世界を作り替えようとする山門。不愉快だが、面白い。

 

 

「さぁて。次の一手、退屈させないでくれよ」

 

 

______

 

 

 

「無理ってどういう事よ!あんたが諦めたらどうしようも無いじゃない!」

 

「そんなこと言ったって無理は無理だよ。相手が悪かった…というか、相手の頭がイカれてたとしか言えない」

 

「そんな…でもっ!」

 

「にこっち落ち着いて。永斗くんも、気軽に言ってるわけやないんだから」

 

 

もう隠し通すのは無理だと判断し、永斗は皆に今の状況を明かした。それが絶望的だということも、包み隠さずに。

 

にこが動揺するのも当然だ。永斗が無理だと言うのは、他の誰よりも説得力を持ってしまうのだから。

 

 

「ヘルのメモリを破壊する方法はあった。無間地獄の中に発生する複数のヘルから灰垣珊瑚がいる『本物』を見つけ出して、そいつを()()()()()()()()()()()()()()で倒せばいい」

 

「ツインマキシマムを超える…『トライマキシマム』ってとこか」

 

「理論上可能だけど連発は無理だ。だから、無間地獄が初期のうちにヘルを集めて、一発のトライマキシマムで一気に倒せば可能性は高かった……でも」

 

 

永斗の視線がテレビに移った。当然、世間は大パニック。どのチャンネルでも変質した世について臨時ニュースを流しっぱなしだ。

 

ニュースキャスターが言う事には、無間地獄は指数関数的に広がっているらしく、もうじき東京都を覆いつくすだろうとのことだ。山門たちの妨害の中、その中のヘルを全て集めるなんて、不可能だ。

 

やるせなさを発散させるように、にこはまだ声を荒げる。

 

 

「その山門って男が主犯なのよね!?なんで宗教のリーダーが世界をこんなにするのよ!前にチラシ見たけど、平等がどうとか言ってたわよね!これのどこが平等よ!」

 

「みんな一緒に死ねば平等…ってことなんじゃない?結構いるわよ、軽率にそういうこと望んじゃう人」

 

「信者の方々はそうかもしれません。でも…あの教主は違う気がします。今にして思えば、彼の言葉は羽根のように薄く、軽かった。きっとあの言葉に本心など微塵も含まれていなかったのでしょう」

 

 

真姫の意見に対し、海未がそう返す。直接山門と顔を合わせ、洗脳能力の一片を見た彼女が言うのだ。間違いないだろう。

 

 

「目的が分からねぇ、で思考は打ち止めか。穂乃果、あの教会は…」

 

「ダメだったよ。もう誰もいなかった。どうしてこんな…みんなを不安にさせるような事をするんだろう……」

 

「愉快犯のテロリストなら単純でいいんだが…いたずらに不安を撒き散らして何を……」

 

 

『不安』。その単語が痛みを伴うほどハッキリと引っ掛かった。

その痛みは瞬時に後悔へと変わる。目の前の絶望的状況に気を取られ過ぎて、その先にある最悪を想像できなかった。

 

 

「永斗!奴の狙いは…!」

「なんで気付かなかったんだ……急ごう!」

 

 

アラシと永斗の目が合う。そして、次に二人の双眸が向けられる場所も同じ。

無間地獄の報道を続ける、テレビ画面。

 

 

「「テレビ局だ!!」」

 

 

 

______

 

 

 

ハードボイルダーではなく、リボルギャリーで山門が向かうと思われるテレビ局へと急ぐ。

 

奴の狙いは「世界に共通の不安を植え付けること」。エンジェルの能力「救済の後光(グロリア・サールス)」は悩みや不安を抱える人間を言葉と特殊な光で操る力。

 

つまり、世界が地獄と化した状態で彼の言葉と姿が報道されでもすれば、見た者全てがノアの天秤に入信。山門の傀儡になり果てるという寸法だ。

 

 

「野郎…世界征服とは大きく出やがったな……!」

 

「ちょっと違うかな。全人類が彼の言いなりで、自分は幸せだと確信しながら地獄に苦しむ。歴史上誰も成しえなかった世界平和だよ……最悪のね」

 

 

さっき話している間にも何体かヘルを殺したのだろう。風景の変貌が著しい。まだ完璧でないとはいえ、今テレビに映っても視聴者の三分の一は信者になってしまう程度の効果が予測できる。

 

そこから先は永斗の脳が全て予測している。初手を挫かなければ、今度こそ本当に打つ手無しの絶望だ。

 

 

「気付くのが速いではないか、見事なり探偵」

「いーや大分遅かったぜ。手遅れだノロ探偵」

 

《アベンジャー!》

《リベンジャー!》

 

 

リボルギャリーの進路に現れた二人組、ヒデリとカゲリ。見覚えのある永斗は彼らを敵と即判断し、リボルギャリーでの強行突破を図った。

 

しかし、ヒデリが変身したアベンジャー・ドーパントの剛腕と盾が、リボルギャリーの突進を衝撃を余さず受け止めてしまう。この二人との戦闘は避けられない。

 

 

「あいつら多分、山門の刺客だ。どうやらもうギリギリらしいね」

 

「みたいだな、速攻で片付けるぞ!」

 

「「変身!」」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

 

即座にサイクロンジョーカーに変身し、リボルギャリーから飛び出すと同時にアベンジャーに攻撃を仕掛ける。が、一瞬で間に入ったリベンジャーがダブルを妨害する。

 

 

「邪魔だ!どけ!」

 

「邪魔はお互い様だろうに…」

 

 

時間は無い。ダブルは最初から全力で倒しに行くつもりだ。

しかし、アベンジャーは余裕を切らすことなく攻撃を回避し、カウンターを仕掛ける。ダブルは挟まれるカウンターを防御、もしくは最低限受けながらも、攻撃の手を緩めない。

 

互いが互いの動きに慣れてきた頃、ダブルはアベンジャーの爪斬撃をサイクロンの力を利用して大きく躱し、死角に着地。そのまま右足でのキックを放つ。

 

間合いを把握して避けようとするアベンジャーだが、蹴りに合わせて風の斬撃を付与することで、リーチを拡張。ダブルの一撃がアベンジャーの胴体を斬り付けた。

 

 

「あ゛ぁ…場数が違うな。あの槍ライダーとは違う」

 

「その通りだなカゲリ。彼の者のような形を倣う想像から生じた戦いでは無い。しっかりと踏み固めた感覚と理性故の強さだ。実に勤勉……!」

 

「うるせぇなヒデリ。お前も手伝え…って神さん言ってんぞ」

 

 

アベンジャーも地に刺した剣を引き抜き、戦闘態勢に入った。

その抜刀と同時にダブルの足元が燃え上がる。異質なほど真っ赤な炎だ。熱さよりも、痛みを訴えるような炎。

 

赤い炎はアベンジャーの肉体と剣に入り込み、それらを赤に変えた。力がそのまま色になったように。

 

 

「この赤き鋼を見よ。これは貴殿の業。弱き者を痛めつけてきた、その報いを…我が神に代わって下す!」

 

 

赤剣を振り上げたアベンジャー。一瞬メタルメモリに手が伸びたが、アラシの本能がそれを止めた。

 

そんなものは無意味だと、直感した。

 

 

「我は報復者。踏みにじられし怨念を代行する者。その命を以て天に詫びるがいい!」

 

 

アベンジャーが振り下ろした剣は、アスファルトの道路と軌道にあった全ての物体を一刀両断した。それも、十数メートルに渡って。

 

アベンジャーの能力は「報復」。敵が過去に他者に与えた痛み、向けられた恨みに応じてパワーと防御力が向上する。敵が戦場をくぐり続けた猛者であるほど、彼は鬼神の如き力を発揮するのだ。

 

 

『パワー系にしても限度があるでしょ…』

 

「おいおい。二人いるって忘れてんのか?」

 

 

避けた所にリベンジャーが追撃に迫る。

ダブルは咄嗟に蹴りのカウンターを放ち、リベンジャーを退けた。

 

 

「妙だ…今の避けれたはずだろ」

 

「勘が良いなぁ…嫌いだぜ探偵」

 

 

ダメージを受けた場所に炎が燃え上がっている。アベンジャーとは対照的な、青い炎だ。蒼炎は同様にリベンジャーの体に吸い込まれ、青いオーラへと変換された。

 

 

「顔面蒼白、真っ青だ。この青は我が痛み。あぁ痛ぇ痛ぇ痛ぇッ!!許さねぇでいいよな!?殺していいよな神さんよぉ!!」

 

 

意識を振り切る爆発的初速。からの、炎が添加された爪の連撃。呼吸どころか瞬きの隙も与えない。意識を途切れさせれば、次の刹那には背後に回っている。

 

 

「我は復讐者!己の怒りのままに怨敵を穿つ者!許してほしけりゃ死ね!仮面ライダーぁぁぁぁッ!!」

 

 

リベンジャーの能力は「復讐」。自身が受けたダメージ、抱いた負の感情に応じて速度・感覚・機動力が強化される。殴り合えば殴り合うほど、彼は強くなっていく。

 

戦って浮かぶ感想は「強い」の一言だ。尖った力が組み合わさることで、見事に相互補完をしている。コンビなら恐らく、あのファーストをも超える強さ。

 

 

「こんな奴らの相手してる場合じゃねぇってのに……!」

 

 

焦るダブル。すると、途端にリベンジャーとアベンジャーが動きを止めた。何かに気付いたような素振りだ。

 

 

「……そういうことか。お許しください神よ!我らの手出しは不要だった!行くぞカゲリ!」

 

「つーか、それなら山門も言ってくれりゃいいのによぉ。撤退だヒデリ。辻褄は合わせなきゃなぁ」

 

 

その場では理解できない言葉を残し、二人は消えた。

しかしチャンスだ。今からでもテレビ局に行けばまだ……

 

 

「待て」

 

 

ダブルの前に立ちふさがったのは、ヒデリでもカゲリでも無かった。

いや、彼らが帰ってきた方が良かったかもしれない。今、この人物が邪魔をするというのは何を意味するのか、考えなくても分かってしまう。

 

 

『最悪の展開だ』

「何のつもりだ……瞬樹!」

 

 

立ちはだかるのは、エデンドライバーを構え、ロードドライバーを装着した瞬樹。まるで別人のような顔つきだが、間違いなく彼だ。

 

そして彼は、その槍先をダブルに向けようとしていた。

 

 

「救済の邪魔は…させない」

 

《ドラゴン!》

《グリフォン!》

 

 

「この…馬鹿野郎が!!」

 

 

殴ってでも止めようとするダブルの拳を弾き、瞬樹は二本のメモリをそれぞれのドライバーに装填。敵意を明確に込めた、この言葉を吐いた。

 

 

「変身」

 

《ドラゴン!》

《グリフォン!オーバーロード!》

《Mode:ATTACKER》

 

 

グリフォンとドラゴンのメモリが融合し、鋭い爪と短い翼を備えた翠嵐のエデンが誕生した。それは先陣を切り、疾風怒濤の勢いで敵を討つ、迅雷の騎士。

 

しかし、その『敵』はダブルだ。

 

 

「邪魔をしないでくれ。地獄を避けられないのなら、せめて山門の救済を受け入れるべきなんだ」

 

「お前がそんなにバカとは思わなかったぜ!何を言われた!お前はどんな馬鹿げた話を信じた!?」

 

 

瞬樹に話をする気は無い。グリフォンの能力で宙を蹴り、異次元の動きでダブルを翻弄する。その素早さも鋭さも、ロードドライバーを介することで飛躍している。

 

瞬樹はあの一件で打ちのめされていた。そこに山門の甘言が耳に入れば、心を奪われてしまうのも無理はない。無理はないのだが……

 

 

「ふざけんな!お前、今自分が何してんのか分かってんのか!?」

 

「分かっているさ…人類を救うため、俺が山門の剣になる。お前たちもすぐに理解できる。地獄の中で人を導けるのは…山門しかいない」

 

「違ぇな分かってねぇ!お前がやってんのは裏切りだ!お前を信じて、心から心配してたアイツらをお前は裏切った!」

 

「だとしても……俺が地獄の窯を開いたんだ。これが俺の償いなんだ!」

 

 

ルナトリガーにチェンジしたダブルの連射を、薙刀状に変形したエデンドライバーが切り伏せる。

 

時間差で迫る追尾弾も予測しており、発生させた竜巻でエネルギー弾を巻き取ると、そのままダブルへと跳ね返した。その隙に乗じて肉薄したエデンは、薙刀の両刃でルナトリガーを一方的に圧倒して見せる。

 

 

「いいか!猿にも分かるように教えてやるから耳かっぽじって聞きやがれ!お前の言う救済ってのは、山門の自作自演。ヘルの一件もお前の暴走も!全部あの野郎が仕組んだ事だ!分かったら目ぇ覚ませこのバカ!」

 

「ッ……!?」

 

 

エデンの攻撃が止んだ。ダブルが告白した真実に、心を揺さぶられているのだ。

信頼する仲間の言葉、疑う余地は無い。少なくとも、以前までの瞬樹ならそう考えていたはずだ。

 

それなのに、今はそうはいかない。そう考えようとすると、自我が鎖に縛られたように、思考がそれ以上前進しなくなる。

 

 

「そんなわけ……ない!」

 

『駄目だアラシ。エンジェルの洗脳を前に、信頼なんて意味を成さない』

「…ふざけやがって……!何が天使だ!」

 

 

再開したエデンの攻撃を浴びながらも、ダブルは至近距離からエデンに連続射撃。回避しようのない攻撃で退いたエデンを、ダブルはマグナムで顔面めがけて殴りつけた。

 

 

「お前の……名前を言えよ」

 

「……津島…瞬樹…」

 

「違ぇだろ!お前は竜騎士シュバルツだ!あんだけ自称しといて忘れたか!」

 

「黙れ……」

 

「都合良い事しか言わねぇ天使様はどうだ!?心地いいだろうな!現実見ずに正しいことしてるって言い切れるんだ、なんて素晴らしい生き方だ!羨ましいぜ!」

 

「黙れ……!」

 

「これが騎士道か竜騎士シュバルツ!!ウザったらしいほど連呼してた、お前の騎士道ってのはどこ行った!!」

 

「黙れ…!黙れ!!俺は…殺した!泣かせた!何も守れなかった!力に溺れた!何が騎士だ!弱いんだ…俺は。でも俺は騎士じゃなきゃいけない!強く正しくなきゃいけない!だから邪魔をするなあぁぁぁっ!!」

 

 

アラシの言葉を断ち切るように、悲痛に濡れた刃を振り下ろす。

だが、刃がダブルを傷つけることは二度と無く、それどころか鎧も、苦悶の形相を隠していた仮面も、何もかもが消え去ってしまった。

 

ドライバーからドラゴンメモリが弾け、その色を失った。

 

 

“D”のオリジンメモリ。

地球から分離した26の意思の一つにして、“信仰”の意思。

 

それは一本の槍の如く、一つを信じて命を捧げる気高き魂。

信じることを止めた騎士を、竜は見放した。

 

 

「そん…な……」

 

 

瞬樹を支えていた唯一の存在が消え去った。彼の手にはもう、強さの証など欠片も残ってはいない。

 

今の彼は騎士でも戦士でも何でもない。

全てを否定されて地に這いつくばる、惨めなただの少年だ。

 

 

そんな時、ダブルの着けた通信機から声が聞こえた。

事務所にいる穂乃果の声が、こう報告する。「テレビに山門が現れた」、そして「何やら大変なことになっている」と。

 

 

 

 

_______

 

 

 

時は少しだけ遡り、場所はテレビ局に移る。

世間を騒がせているこの現象について、山門はコメンテーターとして報道番組に出演を果たした。

 

全てが計画通り。番組制作側もパニックな状態、エンジェルの力でそこに取り入るのは造作もない事だ。

 

 

「…この奇妙な現象は更に範囲を拡大しており、怪物を見たという目撃情報も相次いでいます。今回特別にお越しいただいた、宗教団体『ノアの天秤』の山門さんに、詳しい解説をしていただけるとのことです」

 

「ご紹介ありがとうございます。僕がノアの天秤二代目教主、山門です。僕程度が得た情報で恐縮ですが、この現象は『ガイアメモリ』が引き起こしたものです。止まることはありません」

 

 

誰しもが不安、もしくは好奇を顔に出す中、山門だけは異質。何もなかったように、誰もが日常で浮かべるような笑みを見せていた。

 

 

「ガイアメモリと言いますと…近頃頻発する、怪物騒動の原因となっている機械のことですね」

 

「流石です、お耳が速い。僕がノアの天秤を受け継いでから4年。僕たちは独自にガイアメモリの解明を試みていました。全ては今日のような、来るべき日のために」

 

 

スタジオの照明が強くて誰も気付かない。山門の背後から、僅かに光が漏れていることに。

 

場は完成した。後は言葉と映像に乗って、山門の救済は人々の心を侵略する。

 

 

「ですので何も恐れることはありません。僕たちが必ず、皆さんを……」

 

 

言葉を遮るのは言葉とは限らない。割り込むのは人とも限らない。

時には、単純にナイフが言葉を断ち切ることもあるのだ。

 

 

「……驚いたな」

 

 

首を傾けた山門の顔を、ナイフがかすめる。

平常から騒乱の狭間を裂いてカメラ前に降り立ったのは、キル・ドーパントだった。

 

 

「暗殺を狙ってましたが隙が無いもので。白昼堂々、明殺とさせてもらいます」

 

「それは困る。僕には…大衆を救うという使命があるのでね」

 

 

騒然となるスタジオ。山門はカメラを横目で確認すると、手元に隠し持ったメモリを指先に挿し、報道される中でエンジェル・ドーパントに変身してみせた。

 

 

「なんのつもりで…?」

 

「僕は天使です。その本来の姿を曝け出しただけのこと」

 

「そういうことですか。それなら、ここからの報道は禁じます」

 

 

未だカメラを回し続けていたスタッフだったが、キルが放った攻撃がカメラや他の機材を破壊し、スタジオのセットをも切り裂く。

 

キルに一切の遠慮は無い。居残り続けるなら迷わず殺す。その意思はそのまま恐怖として伝わったらしく、スタジオからは誰もが蜘蛛の子を散らして去っていた。

 

 

「貴方の信者候補は居なくなりました。救世主様はここで、磔になって死にます」

 

「ユダに裏切られていたのなら…あぁ、それも受け入るしかあるまい」

 

 

先手を取ったのはキルだ。短剣を握り、天使の心臓を貫かんとする。

しかしエンジェルは光の防壁でガード。錫杖を掲げ、招来した雷がキルを撃つ。

 

残った防壁は矢に変わり、キルに突き刺さった。傷から落ちる血が痛みの証拠だ。

 

 

「見えました」

 

 

床に落ちたキルの血液が刃になり、無防備なエンジェルに襲い掛かる。

キルの能力は「血液操作」。攻撃を必要以上に受けたのも、自身の流血を狙ったものだ。

 

だが、その不意打ちさえも防壁は阻んだ。

 

 

「甘いね。どうやら、ゴルゴダの丘はまだ遠いようだ」

 

 

人の心を掌握するため、山門は時間をかけて周囲を調べ上げている。キルの能力も例外ではなかった。

 

渾身の不意打ちを防いだエンジェルは、その好機に意識が攻撃へと転換する。光剣を構え、狙うは手負いの暗殺者。

 

 

「見えたと…言ったはずです」

 

 

振り上げた腕に痛みが走る。意識外のエリアから飛来した血液のナイフが、エンジェルに突き刺さったのだ。

 

 

「スタジオの破壊の時、誰かを斬った際の血か…素晴らしい」

 

「褒めるのは良いですが、ボクは知りませんよ。それが貴方の最期の言葉です」

 

 

防がれた攻撃が血液に戻り、今度は紐のように変質すると、エンジェルに刺さったナイフとキルの傷口を接続。

 

その途端、エンジェルの動きが止まった。山門はそれが「主導権を奪われた」という事だと認識出来た。出来た上で、成す術はもう無い。

 

 

「『マルコヴィッチの穴(ディア・マイ・マリオネット)』。ボクの血で貴方の体を奪いました。一応は貴方を模倣したつもりです…多少スマートさには欠けますが」

 

 

エンジェルの剣が自身の首に向く。

キルの勝利で勝負は決した。

 

 

《サクリファイス!》

 

 

電子音が聞こえ、キルが振り返るよりも速く、包帯が巻かれた巨大な腕がキルを床に押し付けた。

 

上半身だけの巨躯。変身前で一切気配を悟らせない技量。キルはこのドーパントを知っている。

 

 

「サクリファイス・ドーパント…佐向里梨…!」

 

「どうやらユダはまだ僕に従順だったらしい。やはり君は素晴らしいよ、里梨くん」

 

 

 

その動揺でコントロールが切れ、エンジェルが解放されてしまった。

押し付けられたキルを見下ろす天使は、自由を見せつけるように翼を広げる。

 

 

「最後に聞くとしよう。神を信じる者は、神の声を聴いたと思うか?」

 

「何を……」

 

「答えは否だ。神も天使も言葉など要らない。ただ『奇跡』があればいい。組み立てられた願望という土台の上に奇跡を見れば、人はそれを神と呼ぶんだ」

 

 

エンジェルが天に飛び去って行く。

最後の言葉で理解した。彼の狙いと、最初から自分が『利用されていた』ことに。

 

 

 

______

 

 

 

穂乃果から受けた報告は「山門がテレビに出たら別のドーパントが出てきて、山門がエンジェルになったら放送が止まった」。何が何やらではあるが、大体の状況は読み取れる。

 

 

『別のドーパント、ってことは組織が動いた?随分と遅い気もするけど』

 

「とにかく俺たちもテレビ局に!」

 

 

妨害する者もようやく消えた。エンジェルがやられていれば一件落着、その別のドーパントとやらを倒せばいい。エンジェルが健在ならこの手で叩き潰す。急ぐ以外の選択肢は無い。

 

即決してリボルギャリーに足を向けた時だった。

 

 

「……太陽…!?」

 

 

ダブルはその背中に、眩い光が当たるのを感じた。

無間地獄の大気はまるで濃い霧のようで、太陽なんて見えちゃいなかった。

 

しかし空を見上げれば、そこには光。雲の隙間から差すような優しい光が。

 

地獄の中の希望。そんな直喩的な言葉が浮かぶ。

遥か上空から都心を照らす、その姿は―――天使(エンジェル・ドーパント)

 

 

『しまった……!これが狙いか…っ!』

 

「おい待て。あれが山門なら、この後光を浴びた奴は…!」

 

 

一度テレビに映って変身することで、見た者に「エンジェル=山門」の等式を植え付ける。そこに乱入したドーパントは、視聴者目線では地獄から生じた怪物だ。

 

その怪物との戦いから生還し、こうして天高くで輝いているのは勝利の証。その一連の流れは「山門なら本当にこの地獄から救ってくれる」という考えを抱かせる。

 

そんな状態で「救済の後光」を浴びれば、

言葉なんて無くたって、エンジェルは本物の天使に見えてしまうだろう。

 

 

『人は画面を通したものより、肉眼で見たものを信じる。その肉眼で今、人々は神を見てる。あとは人が勝手に解釈して期待して、ほっといても山門は全人類の教祖様だ』

 

 

燦々と振りまく希望が全て偽りだと、彼らは知らない。

これは神の啓示なんかじゃない。天から民衆を見下し、嘲笑っているだけであると、誰も知らない。

 

地獄に怯える人々も、力を失ったまま立ち上がらない瞬樹も、

誰もが皆、信じれば救われると、本気で信じて―――

 

 

 

「山門おぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 

ハードタービュラーを発進させ、怒りの頂点に達したダブルが空を突っ切る。全ては、あの最悪の天使を空から叩き落すために。

 

姿を晒している今が好機だ。今を逃せば奴を探すのは困難になる。

しかし、ダブルがその短くない距離を詰めてくる間、エンジェルは動かなかった。ただ悠々と空に鎮座するようにダブルを待ち受ける。

 

 

《ルナメタル!!》

 

「『メタルイリュージョン!!』」

 

 

エンジェル狙撃を弾き、無数の光の円盤がエンジェルに飛んで行く。

それらを防ぎ切った先にいるのは、急接近しヒートメタルにチェンジしたダブル。そして、その燃えるシャフトを力の限り光のバリアに叩きつけた。

 

 

「もしや僕は怒りを買ってしまったのかな?だとしたら残念だ。僕はただ、人々を救済したいだけなのだよ。この世界は不平等だとは思わないか?くだらない差別、貧困、実に不条理だ。だから僕はかつての地球のような、楽園を取り戻したかった。全ての命が生を全うできるような楽園を」

 

「ざけんな!!大嘘並べてテメェは何人騙した!何人の心を踏みつけにした!」

 

「心を…あぁそうか。怒っているのは津島瞬樹の事かな。彼は仕方が無かったんだ、本当は君たち二人に珊瑚を殺してもらうつもりだったんだが…」

 

 

そう言うと、エンジェルは自身の計画を語り始める。既に全て遂行された計画を。

 

 

「暴食が今の彼女に代わったのは5年前だったかな。その頃にはもう、彼女は音ノ木坂を巣としていた。ならば仮面ライダーがそこに辿り着くのは必然で、そのために珊瑚を手に入れた。音ノ木坂に進学する友人を持つ珊瑚と、音ノ木坂で暴食を探す君たち。この共通項さえあれば、いずれ珊瑚を殺させることは可能だった」

 

『それじゃ、瞬樹は…』

 

「イレギュラーだったけど、彼は素晴らしかった!心は未熟で崩しやすく、それでいて凄まじい才能を持っているが、それは僕の手中に収まる程度。彼のお陰で数年も早く楽園創造が叶った……心から感謝しているよ」

 

 

ヘルを超える程の精神的嫌悪感だ。やはり彼は、他の人間を「動かしやすい人形」程度にしか思っていない。

 

 

「天使が聞いて呆れるな!テメェのクソみてぇな野望のために、矛盾だらけのペテンで人形遊びか!くだらな過ぎて吐き気がする!」

 

「何も矛盾はしていないさ。僕は何も嘘を言っていない。地獄の原因がメモリなのも、それを止める手段が無いのも、僕の手によって誰もが救われるのも、全て真実を述べたに過ぎない。それを各々が好きなように信じてくれたんだ。

 

例えば、これまでの僕の信者は破滅願望が強くてね。彼らは『人類皆平等の終わり』を求めていた。だから彼らは僕の行動を『衆愚を欺き終末を呼び込むための演技』と思うだろう。

 

逆に僕の新たな信者は『平等に幸せに生きる権利』を欲しがっている。そんな彼らは僕が不審な行動をしても『反乱勢力を丸め込むための方便』と思ってくれるはずだ。

 

あぁ…素晴らしい!誰もが自分の望み通りに生き、生を全うできるんだ。永らえるも、散るも、全ての命は平等に。何故なら………

 

 

天使である僕を、誰も疑わない」

 

 

海未の言う、羽根のような言葉だ。彼の思想はどれも軽く、心にも無い。

逆に己の魂胆の暴露は、重く、どす黒い、煮詰まったヘドロのような嫌悪感。

 

ダブルの怒りが拳に伝達し、そのまま力となってシャフトを駆ける。血管が千切れるような絶叫と共に、エンジェルの防壁に亀裂が走った。

 

この怒りを脳天に叩き込む。そう鬼気を放つダブルに対し、エンジェルはゆっくりと、手を伸ばした。

 

 

 

「自分を偽るのは辛いだろう、切風アラシ」

 

 

 

ダブルの左側から、力が消えた。

 

 

『アラシ!?』

 

 

あの後光を浴びていたのはアラシも同じ。

そしてエンジェルの言葉は、アラシの心の底を、貫く言葉だった。

 

 

「その怒りは本物なのかな」

 

「やめろ…」

 

「本当はどうでもいいと思っているはずだ。どうせ貴方が憎んだ世界なんだから」

 

「それ以上喋んな…!」

 

「貴方は何も悪くない。あんな過去を強いた世界が誤っている。

でも、これからは一人が理不尽を被ることは無い。全てが平等な世界が訪れる…共に復讐しようじゃないか。その薄汚い命を僕が救ってあげよう」

 

「黙れって…言ってんだろがぁッッ!!」

 

 

もう一度メタルシャフトを振りかぶる。エンジェルの言葉を否定するその一撃は

 

 

「止まりなさい」

 

 

エンジェルには、届かなかった。

アラシの体が完全に止まった。エンジェルに危害を加えようとすると、頭が全力で拒んで来る。

 

その理由であるアラシの「過去」や「本心」は、永斗にも分からない。

分からないが、この一手はダブルにとってチェックメイトも同然だ。

 

 

「畜生……!!」

 

「…あくまでも僕を拒絶するつもりか。ふむ、どうするか。神を疑い、無垢を失ったニンゲンは…あぁ、そうだ。もう僕の楽園には要らないな」

 

 

エンジェルが掲げる天秤は雷雲を呼び、猛風を起こす。

滝の如く地に叩きつけるような竜巻がダブルの体を飲み込み、無力な彼らを天空から追放した。

 

 

 

_______

 

 

 

それから何時間経っただろう。

時間を忘れる眠りから、アラシは目を覚ました。起き上がった頭が捉えるのは、見慣れた事務所だ。

 

 

「…ッ!何時間寝てた…山門の野郎は…!?」

 

「一晩分くらい寝てたわよ。あんな高くから叩き落されたんだから、もう少し寝ててもいいのに…」

 

 

目覚め直後の問いに、傍で看病をしていた真姫が答えた。

一晩と聞いて時計を確認する。時刻は真夜中というか朝になる直前のような時間、窓の外は月の光も入らない真っ暗だった。

 

 

「悪いな…こんな遅くまで」

 

「いいわよ。永斗から状況は聞いたから、あんなの聞いたら不安で寝れないわよ」

 

 

意識を叩き起こし、アラシも現状を確認する。

どうやら凛以外の皆がここにいるようだ。流石にほとんどの面々は眠っていたが、花陽だけ部屋の隅で目を開けていた。アラシが目覚めて安心しているようだが、駆け寄れる気力は無いほど、衰弱している。

 

無理もない。親友の珊瑚の転入からこんな事態になり、珊瑚が死に、こうして地獄が広がっているのだ。おまけに自分自身も山門の計画に利用されていたとなれば、普通の精神力じゃ耐えられない。

 

 

「永斗…そうだ、永斗はどこに」

 

「今、奥の部屋で根詰めてるわ。帰ってきてからずっと…心配で私たちも代わる代わる様子を見に行ってるんだけど……」

 

 

 

_______

 

 

 

「永斗…君…?」

 

 

もう何時間も部屋に籠っている永斗。彼の様子を伺いに、ことりが恐る恐る顔を出す。

 

妙に広い奥の永斗の部屋。広いホワイトボードには真っ黒とも言えるくらい文字が敷き詰められており、それでは足りなかったのか足元にも文字だらけの紙が積もっている。

 

永斗はその中心で、紙に埋もれて倒れていた。

 

 

「永斗君!?」

 

「あっ待って。大丈夫、ただの気分転換…

って今度はことりちゃんか。凛ちゃんじゃなくて良かった」

 

 

よっこらせと永斗が起き上がり、ことりの顔を見て息をついた。

 

 

「凛ちゃんは…まだ家から出てこないって。大丈夫だって言ってたけど…」

 

「本人が言うなら大丈夫でしょ。僕のこんなザマを見られたくないし」

 

「ふーん。私ならいいんだね」

 

「先輩禁止令とか出たけど、ことりちゃんは僕ん中では頼れておっかない先輩だよ。今となっちゃ海未ちゃんより大分怖いし」

 

「怖いって…酷いよ永斗君!」

 

「だからちょっと…聞いてくれる?()()()()()だから言える、僕の弱音」

 

 

「弱音」という単語が永斗から出てくるのは珍しい。だが、この部屋の惨状から難航しているのは見て取れた。ここまで永斗が追い詰められているのを見るのは、初めてだ。

 

だから、先輩として頼ってくれるなら。応えるべきだ。

 

 

「…うん。聞くよ」

 

「良かった。正直…もう無理なんだ。山門には勝てない。世界は山門が支配する。チャンスはいくらでもあったのに、僕はそれを全部見逃した」

 

「でも…弱点とか無いの?みんなを言いなりにするなんて、いくらなんでも…」

 

「有るよ、勘が鋭いね。エンジェルの『救済の後光(グロリア・サールス)』は強力過ぎるから、その力の源を別の物質に宿さなきゃいけない」

 

「じゃあそれを壊しちゃえば…」

 

「間違いなくそれはヘルメモリだよ。ゴールドメモリならともかく、低級メモリのヘルにならエンジェルの能力を添加出来る。人々の洗脳を解くにはヘルメモリを壊さなきゃいけない、ヘルを倒すにはエンジェルの一派が邪魔過ぎる…完全にデッドロックになってるんだ」

 

「せめて山門さんだけやっつけるってのは、出来ないのかな?」

 

「瞬樹が洗脳されてアラシも山門には無力になった。僕はオリジンメモリと一体化してるから無事だけど、僕だけじゃエンジェルにすら勝てない。その勝ち筋をずっと考えてたけど、やっぱり無理だ」

 

「それじゃ…そうだ!また岸戸先生に力を貸してもらうってのは?」

 

「岸戸…憤怒のハイドの事か。確かに彼らならエンジェルは倒せるかもだけど、あの修道服の二人組がいる。例えファーストでもあの二人に勝てるかどうか…それに悪戯に戦力を投入すると、瞬樹みたいに洗脳されて戦力を奪われる可能性がある。そういう意味もあって、憤怒は全く信用できない」

 

「え…っと…じゃあ…」

 

「ここまで事が進んで組織が動かないってことは、そもそも組織の思惑通りか、動けない理由があるってこと。乱入したドーパントってのも、今となっちゃ山門の自作自演の可能性も否定できない。今のとこ全部あいつの思惑通りってわけ。じゃあ次は天使として街に現れるヘルを堂々と退治する…いや、山門の事だ、警察や裏社会の連中から一般市民に武器を流して、『我々自身の手で世界を取り戻すのです』とか言って市民とヘル軍団をぶつけさせるだろうね。灰垣珊瑚の適合率を手術で無理やり引き上げたせいで、複製ヘルは通常より脆くなってる。あの程度だったら一般人が手榴弾持って特攻でもすれば倒せるし…そうなったら地球全体が無間地獄になるまで一瞬だ。拡大具合と進行具合から概算して、ヘルが108体死ねば地獄惑星地球の完成。奇しくも煩悩の数と同じだね。それまでもそれからも、数えきれないほどの人が死ぬことになる。でも大丈夫だよ、この何時間かで皆を生かす方法だけは考えてあるから……学校やアイドルはちょっと…続けさせてあげられないけど。せめてあの時瞬樹をケア出来てれば、もう少し早く灰垣珊瑚の狂気性を知れてれば、ことりちゃんのブレッシングメモリを使って洗脳から守ることを思いついてれば、山門の狙いにもっと早く気付いてれば…あぁもう面倒くさい。なんで僕は強くも無ければ、肝心な時に役立たずなんだろうね」

 

 

ことりの口から言葉が出てこない。

いくら考えても、それは永斗が通った道。何を言ったところで、永斗が自身に押した「無能」の烙印を、拭い去ってあげることができない。

 

 

永斗の言葉が止んだ時、扉が閉まる音がした。

 

 

「誰かにさっきの弱音聞かれちゃったか…」

 

「あれは……花陽ちゃんかな…?ちょっと見てくるね」

 

「お願い。だとしたらマズいかも…変な事思わなきゃ良いんだけど」

 

 

__________

 

 

盗み聞きをしてしまった花陽は、耐えきれずに事務所を飛び出した。

 

永斗は誰よりも頭が良い。冷静にものを見て、的確な結論を出す。

そんな彼が言ったんだ。

 

『珊瑚を知っていれば』『瞬樹を救えていれば』

 

 

「私の…せいだよね…」

 

 

ヘルの影響で、街並みはとっくに見慣れないものに変わってしまっている。この地獄を彷徨っているであろう瞬樹も、苦しみながら死を繰り返す珊瑚も、ついこの間までは隣にいたはずなのに。

 

 

「真夜中に散歩ですか、小泉さん。月は見えませんが」

 

 

当てもなく歩き回っていた花陽に声を掛けたのは、烈だった。

 

 

「こんな夜中に女性が出歩くのは少々不用心ですよ。ウチの馬鹿がゾッコンになる程度に麗しいんですから、どんな暴漢が襲ってくるかも分かりません」

 

「クロ…は、そっか、瞬樹くんを探してたんだよね」

 

「まぁそんなとこです。折角ですし、少し歩きましょう。もしかしたら露頭に迷った竜騎士が釣れるかもしれません」

 

「そうだね…瞬樹くん、大丈夫かな…」

 

 

烈はそう呟く花陽の顔を見て、その心中を読み取った。

この顔は、自分に負い目を感じている人間の顔だ。

 

 

「自分のせい、なんて考えてますか」

 

「…うん。珊瑚ちゃんも瞬樹くんも大事な友達で、二人ともどこか違うって、おかしいって気付いてたのに……私は何もできなかった…」

 

「それ以上は結構ですよ。貴女は星空さんより聡明ですから、下手に触れると相手を傷つけてしまうと知っていたし、恐れていた。要は優しすぎただけのことです」

 

「ううん、違うの。私は…小学校の時から、珊瑚ちゃんの家がおかしいって知ってた。それだけじゃないんだ。凛ちゃんが男の子みたいってからかわれてた時も。ずっと私は何もしなかった…」

 

 

瞬樹もそうだ。どんな危険な状況でも、ずっと支えてもらっていた。それでいざ自分が助ける番になると、今度は下手をするのが怖くなる。今彼と出会ってもきっと、与える言葉なんて浮かんでこない。

 

 

「ずっと助けてもらってばっかりで…私は誰も助けられない。そのありがとうって気持ちを返してあげたいのに……私は…誰の希望にもなれないのかな…?」

 

 

花陽の大きな欠点である、圧倒的な自信の無さ。気持ちも勇気も大きいものがあるのに、自分の器に入り切っていない。

 

その理由は、さっき語った後悔か。それとももっと昔の記憶か。

烈の顔が一瞬曇った。結局は彼女も過去の奴隷だった。そんな生き方を見ていると、

 

少しだけ腹が立つ。

 

 

「清算なんてできませんよ」

 

「…クロ……?」

 

 

その一言だけは別人のようで、感情が乗った声が真っ暗な地獄に響いた。

 

 

「復讐、贖罪、後悔、恩返し、どれも意味なんて無い。人は過去を清算できない。どれだけ何をしたところで消えはしないんです。だったら忘れた方が良いに決まってます。それで…死ぬくらいなら」

 

 

烈の声色は元に戻った。一瞬の情熱と感情が、闇に溶けていくように。

空気の温度と同じになった言葉は、花陽に向けられ続ける。

 

 

「切風さんに伝えてください。『切り札は全てを覆すから切り札』と。

代わりに小泉さん、貴女にはボクの母の言葉を送ります。『閉じた小箱の中には、希望が詰まっている』」

 

「閉じた…小箱?」

 

「解釈はお好きにどうぞ。それでは朝が来る前にボクは退散します。

どうか、一度全部忘れて向き合ってみてください。今の小泉さんの胸を貫く、衝動に」

 

 

烈がそう言って去ると、少し辺りが明るくなったような気がした。地獄の霧に覆われて見えはしないが、太陽が昇ったのだろうか。

 

 

「少し…喋り過ぎましたね」

 

 

烈もまた、山門の討伐に失敗した身。もう自分の力では山門の野望は阻止できない。

全ては花陽にかかっている。そのための布石は、もう置いてあるのだから。

 

 

 

________

 

 

 

『人は過去を清算できない』

この言葉をどんな気持ちで言ったのかは分からないが、花陽にはこう聞こえた。

 

『滅茶苦茶でいい。やるだけやってみろ』

 

 

「うん…そうだよね。私は諦めたくない!瞬樹くんも珊瑚ちゃんも助けたい!」

 

 

これが純粋な衝動だ。蓋なんてしてたまるか。

ただそれだけの一人として、走るんだ。

 

 

「凛ちゃん!!」

 

 

朝も早く、異常な景色を駆け抜けて、花陽は凛の家の前で叫んだ。

 

 

「かよちん…?」

「行こう!」

 

 

眠っていないのか、疲れた顔で扉を開けた凛の手を、花陽は強く握って再び駆け出す。向かう先は切風探偵事務所。これで、瞬樹と烈以外の全員が揃った。

 

 

「あ、かよちゃん戻ってきた。良かった、てっきり変に思いつめてるのかと」

「永斗くん!諦めちゃダメ!」

「えっあっ、はい」

 

 

妙に滾った第一声で、永斗の思考より先に間の抜けた返事が出る。

沈んだ顔で目覚めた皆の前で、花陽は思いつく限りの言葉を放つ。その先を考えず、何も考えず、ただがむしゃらに。

 

 

「大丈夫…絶対大丈夫!なんとかなってきたから、今までずっと!瞬樹くんは私が助けるよ!珊瑚ちゃんも絶対探し出す!みんなは嘘っぱちの天使なんかに負けないって、私は知ってるから!」

 

 

花陽が目を開くと、空気は唖然としていた。

強く言い切ったのがなんか恥ずかしくなって、あわあわと取り乱す花陽。そんな様子を見て、絶望しきっていた永斗が、真っ先に腹から笑った。

 

 

「わ…笑わないでぇぇ…!」

 

「はは…ゴメン。いや、やっぱり可愛いって正義だわ。僕があれこれ理屈こねた『無理』より、かよちゃんの必死な『できる』の方が、よっぽど心に響く」

 

 

花陽の全力を聞いた他の皆も、思い出した。

出来ないから何だと言うのか。それで何もしないわけがない。

 

ずっと前からそうだった、何もしてこなかったらμ'sは生まれていない。

敵がどれだけ凶悪で強大だろうと、その心が変わるはずもない。

 

 

「お前の言う通りだ花陽、全部どうにだってなる」

 

「アラシくん…」

 

「天使がなんだってんだ。こっちは女神だぞ、しかも9人。おまけに探偵と竜騎士も付けてやるよ格が違ぇ!あのクソッタレ天使、せーので楽園から突き落としてやろうぜ!!」

 

 

地獄の枯れた大地だろうと、希望の花は咲き誇る。

地上の花が見えない天界の住人を、嘲るかの如く、

 

その花は、強く、美しく、咲いていた。

 

 

 

 




今回登場したのは、祈願花さん考案の「サクリファイス・ドーパント」でした!

そういえば虹ヶ咲のアニメ始まりましたね。前書きで言えって話ですけど。
あのアニメ話数重ねるたびに推しが増えるから困る…感想で推しとか教えていただけると嬉しいです。あ、今のは「推し」と「教える」をかけた面白いジョークです。

さて、絶望的状況で花陽が光る!
…正直花陽のキャラはどうしても掴めないんで、今回ばかりは解釈違いって怒られても文句言えねぇ……謝っときますスイマセン。

さて、あと2話続くと思います。瞬樹が現時点で不憫+出番少ないなので。形はどうあれ、少しは挽回させなければ。

知り合いの作者さんたちが猛スピードで小説を進めており、焦っております!大学と格闘しながらこれからも書いていくので、気長にお待ちください!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!



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第58話 Hの審判/されど天使は地獄で嗤う

テストが終わり、色々な楽しみと年末が間近に迫り、めっちゃ急いで執筆してる146です。

今回は前書き少な目で。あと今回は2万字超えたので覚悟のほどを。
もうこれ山門がラスボスでいいんじゃないかな……

今回も「ここすき」お願いします!好きな文をクリックorスライド!


一年前。彼がまだ東京に居ない頃。

竜騎士が誕生したのは、静岡の沼津だった。

 

 

「これが…俺の力…!」

 

 

突如として辺境の田舎に出現した半鳥半獣のドーパント。立ち向かった少年、瞬樹の前に現れた「X」と名乗る人物は、彼に槍型の変身ドライバーを与えた。

 

ドライバーを受け取り、メモリに選ばれた瞬樹は仮面ライダーに変身。見事にドーパントを撃破してみせたのだった。

 

 

「お前を選んだのは『D』のメモリ…信仰を司る意思か。まさか竜の記憶を宿すなんてな」

 

 

そう語る「X」は素顔を一切見せないような目隠しとマスクをしており、服も大きめのものを着ていて、総じて不気味な出で立ちをしている。性別は男のように見えるが、体のラインが見えにくく断定はできない。

 

 

「名付けるなら…ドラゴン。仮面ライダードラゴン…というのはどうだ?」

 

「いや、俺は……エデンだ。エデンがいい」

 

「エデン?うん、センスが分からないな」

 

「エデンは楽園。天使が住む楽園だ!俺はその名前を掲げ、楽園と天使を守護する騎士になった…いや、竜騎士だ!俺は竜騎士シュバルツ、仮面ライダーエデン!」

 

「旧約聖書のエデンの園には天使は住んでいないと思うが…」

 

 

その日から彼は竜騎士になった。

 

 

 

「…夢……?」

 

 

地獄に変貌した路地裏で浅い眠りから目覚めたのは、現在の彼。

その手に握られるのは無色のメモリと、ただ重いだけの槍。

 

あの日からずっと勘違いしていた。いや、ずっと前からそうだったに違いない。

 

全部が砕けた衝撃でようやく目覚めた。

とても長く、残酷で、滑稽な―――悪夢だった。

 

 

______

 

 

 

「天気はどうだ、にこ」

 

「昨日と同じで地獄の一丁目日和ね。

針とか降るかもだから、洗濯物は干さない方がいいわよ」

 

「冗談言える程度に元気かと思ったけど、馬鹿頭にしちゃ凝った皮肉だな。やっぱりどっかおかしいか」

 

「うるさいわね!この私の大人な返答のどこバカなのよ!」

 

「よし元気だな」

 

 

9月7日 本当なら音ノ木坂の文化祭が終わった頃だ。しかし、世界がこんな状況ではそれも不可能というもの。

 

宗教団体「ノアの天秤」の山門ことエンジェル・ドーパントの策略により、世界が地獄に作り替えられた。

 

 

「ここもいつまで安全か…分かんねぇな」

 

 

アラシは岩肌のような壁に触れ、気色の悪い内装をグルリと見渡す。無間地獄の影響は建物にも及び、気付けば匠も驚きのビフォーアフター。こんな場所、安全と言う方が無理がある。

 

山門が初めてテレビに映ってから丁度48時間ほど経った。そして、報道によると無間地獄は日本列島を覆いつくし、中国にまで届こうとしているという。

 

その後の山門の足取りは掴めず、アラシ達は完全に手詰まり。早い話「詰み」。状況は最悪だった。

 

 

「永斗、今の状況どうなってる」

 

「見に行った方が早いと思うよ、なんなら僕がガイドしようか。

えーただいま渋谷、右手に見えますのはスクランブル交差点に現れた等活地獄。面白半分で見に来たアンポンタンや自殺志願者が武器を取り、互いを殺し合っております。ですがご安心、死んでもすぐに生き返るため彼らは永遠に苦しみ続けるだけで済むのでございます」

 

「悪趣味な解説はやめてください!」

 

「僕なりの工夫だよ、これなら怖がり海未ちゃんも平気かなーと…うんゴメン、冗談だからビンタは勘弁して」

 

 

もう外を出歩くだけでも危険な状況であるため、アラシたちは探偵事務所に籠城状態。ただし、それも瞬樹を除いての話。

 

瞬樹は山門に洗脳され、敵についた。しかしダブルとの戦闘で変身能力を失ってしまっている。仮にも裏切ったとはいえ、心配になるのは自然だろう。

 

 

「やっぱり行こう!瞬樹くんを探しに行かないと!」

 

 

そう声を上げたのは花陽だった。

花陽は一昨日からこんな様子だ。そこに希が疑問を投じる。

 

 

「えらいアグレッシブやね、花陽ちゃん。なんかあった?」

 

「え…いや、なんでもないよ!?ただ…瞬樹くんは大事な友達だから。私も大事な人の助けになりたい…今はそれだけ考えてる……かな?」

 

「かよちゃんの意外な一面だね。初対面はもじもじ眼鏡っ娘って感じだったのに。あの時は確か海未ちゃんが鏡見て『みんなありがと~』…って……あー何でもないですスイマセン」

 

 

海未に睨まれ、永斗が閉口する。今日はなんだか永斗の口数が多い。『完全に詰みな状況』だからこそ、せめて空気を軽くしようとしているのだろうか。ことごとく裏目に出ている気がするが。

 

 

「…そうだな、瞬樹を放置したままってワケにはいかねぇ。洗脳されてるってなら、殴ればなんか情報出すかもだしな」

 

「乱暴…しないであげてね…?」

 

「冗談だよ花陽。そんじゃ、俺が探しに行ってくる。お前ら永斗と留守番を…」

 

 

アラシが外に出ようとしたとき、座り込んだ彼女たちの中で誰かが手を挙げた。弱々しく、それでも高く挙げられた腕は、凛のものだった。

 

 

「凛も…外に出たい。さっちーを探して、話をしたい…!」

 

 

凛の言葉を受け、アラシは永斗に目を合わせる。永斗も少し曇った表情をアラシに返した。

 

凛はヘル・ドーパントの変身者である灰垣珊瑚を説得したいと言っている。だが、無間地獄には無数にヘルが存在し、どれが本体かは分からない。

 

 

「凛…灰垣は……」

 

「わかってる…わかってるよ。さっちーはあの時死んじゃって、心もどこにあるか分からないって。でもね…かよちんと同じなの。さっちーは凛の大事な友達だから…苦しんでるさっちーを助けてあげたい。ちゃんと…仲直りしたい…」

 

 

合理的に視れば、危険性しかない行動だ。

しかし、凛の思いを無下にはできない。それに、この詰んだ状況を打開するためには諦めないだけじゃ不十分。奇跡にすがる形でも、「何か」をしなければいけない。

 

 

「分かった。永斗、凛について行ってやれ。留守番組には今からメモリを渡す。あと何かあったらすぐ連絡しろ」

 

 

天使討伐のための一歩目。

竜騎士の奪還と、地獄の鍵探しが始まった。

 

ただ一筋の希望を求めて。

 

 

________

 

 

 

地獄を創ったのは人間の願望と想像力。

この地獄もそれは同じで、仕組んだのも管理するのも、踊らされるのも人間だ。

 

 

「よくぞお集まりくださいました。万命平等の心を受け取った、我らが新たな同士たちよ」

 

 

仮面を着けた女性が、大衆の前で頭を下げた。

彼女は佐向里梨。ノアの天秤の教主、山門の側近。目の前にいる彼らは、先日の「奇跡」で山門に感化された、新たな信者たちだ。

 

佐向は山門から受け取った仮面に触れる。

彼曰く「君は表情が険しい。信者たちを怖がらせてはいけない」だそうだ。形はどうあれ、敬愛する山門が自分を思って与えてくれた品。この期待に応えなければいけない。

 

 

「あの女…宮間景がいない今、山門様の寵愛を受けるのは私だ」

 

 

宮間景。口を開けば生態系、自然科学と煩い羽虫のような女。先走った挙句サプリを使ったのに警察に捕まった間抜けの能無し。その癖に山門に気に入られている、目障りな女。

 

信者たちに聞こえないように怒りを呟くと、佐向は大きなアタッシュケースを開けて見せた。

 

 

_______

 

 

 

凛の護衛で同行した永斗。妙に熱い足場の丘を登り地獄を一望して、この一言を吐いた。

 

 

「うわー、生で見るとこりゃ酷い」

 

 

ガジェットで映像は見ていたが、実際に歩くと変貌具合もよく分かる。建物も道路も地獄風にフォルムチェンジされ、地形まで変わっている。しっかり道を覚えないと迷子になってしまいそうだ。

 

 

「凛ちゃんはあんま見ない方がいいよ。こっからでも二・三個地獄が見えて人が襲われまくってるから」

 

「…大丈夫だよ。でも、死んじゃったりはしないんだよね?さっきすぐに元に戻るって言ってたし…?」

 

「…うーん。不死身ルーキーの意見だけど、そうでもなさそうかな。多分普通の人の心は死に耐えられない。だから何十回何百回も死んでれば、慣れるより先に心が消える」

 

 

検索によると、ヘルの無間地獄は仮想空間の類。今こうして見えている空間も、元の地形を基にはしているが全くの別物。そうやって「生き返り」が再現されている。つまり、意識が世界を構築していると言っていい。

 

そんな空間で意識が完全に死ねば、肉体は形を保てず崩壊し、再生は不可能になるだろう。

 

 

(もう死者が出ててもおかしくない…犠牲は免れないか)

 

 

口には出さない。永斗は焦りと怒りを飲み込み、丘から見えるあるポイントを指さした。

 

 

「あそこにヘルがいる。ヘルメモリの仕組みがイマイチ分かってないけど、多分本体はそう遠くには行ってない…と思う。行ってみよう」

 

「…うん…!」

 

 

 

 

のろのろと彷徨うヘル。分身か本体かも分からず、本体だとしても灰垣珊瑚の意識があるかも分からない。ヘルの無間地獄はイレギュラーであり、地球の本棚からも情報が読み取りづらいのだ。

 

それでも凛は言葉を紡ぐ。珊瑚に聞こえていると信じて。

 

 

「さっちー!」

 

 

ヘルの脚は止まらない。首をこちらにも向けない。

構わない。凛は続ける。

 

 

「さっちー…ごめんね。あのとき、嘘ついて」

 

 

珊瑚が言っていた、凛の『嘘』。先日の地下闘技場の件を内緒にしていたことだ。

 

 

「心配させたくなかったんだ…でも、さっちーがもうメモリを持ってて、あんなに悩んでたなんて…気付けなかった。友達、失格だよね…?ごめんね……」

 

 

永斗は凛の言葉が今回ばかりは分からない。

永斗は珊瑚が大嫌いだ。凛に非など全くない、あっちが勝手に暴走しただけ。凛は彼女を突き放す権利がある。それでも、あの珊瑚を「悩んでた」で済ませて謝罪までする凛が理解できない。

 

「優しすぎる」。何度目かのその感想を、無粋だと永斗は飲み込んだ。

 

 

「でもね、凛はさっちーのことずっと友達だと思ってるよ!順番なんかつけられない…永斗くんも真姫ちゃんもかよちんもさっちーも…瞬樹くんも。みんなで仲良しになれたらいいな…って、思っちゃだめかな…?」

 

 

反応を示さないヘルに向けた、凛の言葉。それは永斗の心にも刺さった。

しかし、心とは別に背後に刺さる、鉄の視線。

 

 

「凛ちゃん伏せて!」

 

 

無気力に動くヘルを、鮮烈な発砲音と痛覚を覚えるような着弾音が貫く。

地獄の一角で化け物に殺意と銃口を向けていた男たち。立ち振る舞いから、彼らが一般人であることは理解できた。

 

 

「早いな…!もう武器が民衆に流れて…って凛ちゃん!?」

 

 

永斗が止める間も無く、凛は躊躇いなくヘルの前に立ちふさがった。

 

 

「なんだお前、邪魔するな!あと何発か撃ち込めば、そのバケモン殺せるんだ!」

 

「やめて!さっちーを…撃たないで!」

 

「何言ってんだ…?そうかお前ら異教徒だな。救済の邪魔をするなら、ここで死ね!」

 

 

そんなやり取りを放置するはずもなく、永斗はファングメモリで男たちの拳銃を発砲前に弾き飛ばす。所詮は一般人、ファングだけで事足りる程度で助かった。

 

 

「さすが僕の半身」

 

「永斗くんより強いにゃ」

 

「うーん正論。さてと、どうせこいつら山門の信者で口割らないだろうし、適当に安全な場所探して気絶させとけば…」

 

 

起き上がった男たちは拳銃を拾いに行くわけでも無く、懐をまさぐり出した。

永斗の冷や汗が頬を伝う。まさかとは思っていたが、彼らが持っているのは―――ガイアメモリ。

 

 

「やけに発砲に躊躇無いとは思ったけど…なるほど、頭イってたかー」

 

「万命平等の理想の元に、異教徒の汚れた命にも死の救済を!」

 

 

どこからメモリが流れたのか知らないが、メモリは分かるだけでもドッグ、アイスエイジ、ダーツ、ヌエ…割と高ランクなメモリも散見される。この大群をファングメモリだけで対処とはいかず、跳ね飛ばされた後に永斗の手元にとんぼ返りしてきた。

 

 

「あーもう僕の半身役立たず!」

 

 

こうなったら変身しかない。今すぐアラシに連絡を取り、ドライバーを…

そう思った矢先、連絡よりも先にドライバーが出現し、永斗はこの危機的状況を悟った。

 

 

(おい永斗!説明は後、早く変身だ!)

 

「…アラシ。今の状況当てよう、一般人がドーパントになって襲ってきてるでしょ。しかも大量」

 

(永斗まさかお前らも…)

 

「そのまさかです…!」

 

 

終わった。

とりあえず永斗は、凛を連れて一目散に逃げだした。

 

すぐ後ろでドーパントたちの攻撃がドンパチしている。これは非常にマズい。

 

 

「アラシ何したの!?いややっぱいい、どうせ地獄のバケモノ倒してたら信者に噛みつかれたんでしょ!?」

 

(その通りだよ相棒!人助けのつもりが最悪だクソ!お前死なないだろ変身権寄越せ!)

 

「凛ちゃんいるんだから無理!アラシならパパっと逃げれるでしょ!それかジョーカーメモリでぶん殴れば万事解決!ほら早くして!」

 

(こんだけ数いて無理に決まってんだろ!バイクは反対方向だし振り切る前に被弾してお陀仏だ!)

 

「んんんん…土下座で許してくれ…ないね。もう殺す気だよ宗教怖い!」

 

「ごめん永斗くん…凛がこんなワガママ言ったせいで…」

 

「ほらー凛ちゃんが変に気を使って落ち込んじゃったよ!どうしてくれんのアラシ!」

 

(知るかボケ!とにかく今は事務所に全速力で走れ!!)

 

 

アラシと永斗が落ち合えば解決だが、そうも行かなそうなのが現実。

永斗は死なないが息もスタミナも切れる。酸欠になって頭も回らない永斗は、凛のお荷物でしかない。

 

こんな状況で神に祈りたいが、神と聞くとあの山門の顔面がチラつく。それでも永斗は祈った。これからクリスマスにはお誕生日をちゃんと祝うので、今だけ助けてくださいと。

 

 

結果として、その願いは叶った。

 

 

「世界は変わっても君らは変わんないっスね。ヤンチャやってて安心っス」

 

 

白衣を纏った影が、進撃するドーパントたちに突入。

そこを通り抜けて現れたのは白色の、神経線維のドーパント。

 

 

「なんだ貴様…ッ…!?体が…動かない…!?」

 

「はいはーい、診察するんで動かないでくださーい。悪いのは体?内臓?それとも残念な頭っスか?じっくり診察したげるんで…動くと痛いっスよ?」

 

 

凛が声を上げる。忘れる訳も無い、凛にとってはトラウマだったこのドーパント態は…

 

 

「ハイド…岸戸先生にゃ!」

 

「ははっ…僕、今年のクリスマスはプレゼントいらないや……」

 

 

______

 

 

永斗達を助けたハイド。メモリが一般人に流れたことにいち早く気付き、憤怒が動いたのだ。そして、それはアラシの場合も例外では無かった。

 

 

「お前らは……!」

 

 

生身のアラシを追っていたドーパントを、一瞬で蹴散らしたのは二人組。

かつてダブルと戦いを繰り広げた、憤怒の最強コンビ。

 

 

「失望させないでもらおう。諦めないと啖呵を切ったのは何処の子供だったか?」

 

「ねーねー仮面ライダーの黒い方!アタシのこと覚えてる?」

 

「別に会いたくもなかったが忘れるわけねぇだろ…

ラピッド、ルーズレス…!」

 

 

コードネーム「ラピッド」、ヴァイパー・ドーパント。

コードネーム「ルーズレス」、ティラコスミルス・ドーパント。

 

戦線を離脱していたはずの二人が戻ってきた。組織の戦力増強は冷や汗ものだが、今この瞬間に限ってはアラシにとって吉報だ。

 

 

「まだいるな…5、いや7体か。獅子丸土成との戦いでリハビリには十分かと思っていたが、やはり少し感覚が鈍っているようだ」

 

「えっ、シシマルとやったの!?いーなー、アタシも呼んでよ!」

 

「女子供をあんな場所に誘うか。それより無駄口は終わりだ、任務の確認に入る。変化した世界の調査、事態の鎮静化、持ち出されたメモリの回収。この任務は憤怒の地位を上げる好機だ、抜かりなく行くぞ」

 

「わっかんないけど、つまり全員ぶっ倒せばいいんだよね!」

 

「…分かった、それでいい」

 

 

立ち上がるドーパントたち、更に増援もやって来る。

囲まれた二体の獣は、冷酷な闘気と共に牙を剥いた。

 

 

 

_______

 

 

 

アラシ達が出かけた直後のこと。

残された8人とて、何もしないのは体が疼く。とにかく考えている最中だった。

 

 

「アラシって…奇跡とか信じないタイプよね?」

 

 

絵里がそんなことを口に出した。

皆は少し考えて同調の頷きを見せる。彼は脳筋ではあるが、考え無しの男ではない。

 

 

「それ言ったら永斗君もそうやない?なんかー…適当な振りして頭でっかちというか…二人ともリアリストっていうんかな?」

 

「そうなのよ希。だから見落としてる、というか…計算に入れてない部分があると思うの。例えば私たちのオリジンメモリの事とか」

 

「それだよ!私たちが新しいメモリを出せばいいんだよ!」

 

 

穂乃果が立ち上がってついでに腕も挙げた。

彼女は適合者だが、まだメモリを発現させていない。同様なのは他にも凛、花陽、真姫、希がそう。

 

オリジンメモリが発現したことで切り抜けたピンチは多い。今回もそれを起こせばいいのだ。

 

 

「よーし!そうと決まればメモリを出そう!

海未ちゃん、ことりちゃん!二人はどうやってメモリを出したの!?」

 

「そ…そんな急に言われても…あの時はアラシの言葉を聞いて、こう…胸の奥が熱くなったというか…アラシの心と繋がった…?と言うべきでしょうか。不思議な感覚でした…」

 

「私も…同じかな。守りたい、って強く思ったら…頭がふわーっって…ぎゅいーん…?わかんないけど何かが外からも中からも来てる…ってのは感じた…かな?」

 

 

穂乃果の目線がにこと絵里にも向く。

絵里は激しく首を横に振っているが、無理もない。彼女は知らぬうちにメモリを持っていたのだ。

 

一方でにこは…

 

 

「にこにー最強!無敵!って思ったら出たわ!

って何よその反応!?」

 

 

全く参考にならなかった。

実際『R』は自尊を司っているので間違いではないのだが。

 

 

「興味深い話してるね~もっと聞かせてくれる?」

 

 

進行しない話し合いに割って入った、突然の訪問者。

こんな状況で有り得ないほど軽い声は、前に一度衝撃を残して消えて行った人物のものだ。

 

カメラを持って変質した壁に寄りかかっていたのは、嘉神留人。

 

 

「嘉神先輩!」

 

「お、先輩って呼んでくれるの穂乃果ちゃん!嬉しいねぇ、アラシってば敬語も使ってくれなくてさー。それで、そのアラシが居ないタイミングを見計らって来たわけだけど…」

 

 

思わず警戒の意思を表す8人。

なにせ、彼はアラシと知り合いだったり仲が最悪だったり、全く得体が知れない。

 

その展開は予想していたようで、嘉神は笑いながら8人にある写真を見せた。

そこに映っていたのは、瞬樹の姿。地獄の背景からついさっきのものと断定できる。

 

 

「瞬樹くん!これどこで…!」

 

「おっとここから先は有料だよ。アラシが居たら取引にならないけど、君らになら可能だと思ってね」

 

「取引…こんな状況で足元見るなんて最低ね」

 

「真姫ちゃんだっけ?分かってないのはそっち。俺は救世主の立場、こんな状況だから逃す手は無いんだよ。さぁ決断しようね、俺が出すのは彼の居場所とそこまでの安全な道。君らには俺と取引契約をしてもらいたい」

 

「契約内容は…?」

 

 

仮にも部長。にこが嘉神の話に片足を乗せた。

今は何より瞬樹を保護するのが先決だ。

 

 

「俺はこれからも必要な情報をあげる。逆に俺が欲しい情報をその度にくれればそれでいい。それと、この契約はここにいる俺たち以外には内緒。そんで、今回情報を伝えるのは一人だけだ。契約書は無いけど、まさか人に夢を与えるアイドルが反故になんてしないでしょ?」

 

「…分かったわ。瞬樹の居場所を教えなさい」

 

「毎度アリぃー。さ、誰が俺と一緒に行く?」

 

 

勝手なのは承知だが、仕方無い。

話し合いの雰囲気になる中、真っ先に手を挙げたのは

 

 

「私が…行きたい!」

 

 

力強く声を上げた、花陽だった。

 

 

 

_______

 

 

 

こうして、花陽が嘉神の案内を受けることになった。

この無間地獄は地形も大きく変わっているため、既存の地図が役に立たない。彼はその地形を調べていく内に現時点では怪物も人もほぼ居ない「安全地帯」があることに気付いたらしい。

 

そこを上手く通っていくと瞬樹が滞在している場所に到着する、との事だ。

彼の言っていることは本当で、バイクで派手に道を進んでいても襲われる様子が無い。

 

 

「…嘉神先輩は…アラシくんとお知り合い…なんですか?」

 

「お、おしゃべり希望?いーね、折角だ。

でもそれは違うよね。俺は情報を与えた、俺の話題に花陽ちゃんが答える形でどうよ。独占インタビューってことで」

 

「わ…わかりました」

 

「よーしじゃ早速。ズバリ!今のこの世界、どう思う?」

 

 

いきなり答えにくい質問だ。無間地獄の原因には珊瑚がいるのだから。

でも、花陽は答えた。

 

 

「私は…嫌です。みんなの優しさとか、そういうの全部無くしちゃったみたいで。嫌なところだけが見える世界…そんな風に思います」

 

「いい答えだ。でも分かってるっしょ、これもまた人間。これもまた世界。苦しいから得体のしれないものを信じて思考放棄。安直な死や生を望む。他の人間のことも自分のことも、なーんにも知らない癖に全知を気取って自己完結だよ。まぁ、ひとしきり笑ったよね」

 

「嘉神先輩は…あの天使を信じてないんですか?」

 

「もちろん。俺はまだ、この目であの天使の『腹』を見てない。百聞は一見するまで虚像に過ぎない…俺が尊敬する人の言葉だよ。あんな眩しいだけの光に目を焼かれるなんて、御免過ぎるね。

 

だから俺は君らに協力するよ?この世界、『まだ』滅びてもらうわけにはいかない」

 

 

その言葉が妙に気になるが、そうこうしているうちに到着したようだ。

 

 

「この先にいると思うよ。流石にこの地獄を移動するほど馬鹿じゃないと思うし」

 

「ありがとうございました…!」

 

「帰るときは声かけてねー」

 

 

バイクから降り、花陽は嘉神が指さす方向に駆け出した。

 

また変わった風景だ。遠くは炎が燃え上がっているが、その反対方向には氷山が見える。その影響かここら近辺は寒くも熱くもない、比較的快適な場所になっている。身を隠すにはうってつけだろう。

 

かつてビルだったと思しき岩の柱の間を抜け、恐らく路地裏だった場所に足を踏み入れた。

 

すると、いた。槍を足元に手放した瞬樹が、そこに座り込んでいた。

 

 

「瞬樹くん!良かった…無事だったんだね」

 

「花陽…!?なんでここが…」

 

 

安心が処理しきれなかったのか、思わず抱きついてしまった花陽。瞬樹が一瞬でオーバーヒートした。やはり彼女は、昨日から行動が感情的だ。

 

 

「は…花陽…!!??」

 

「あっ!ごめん…びっくりさせちゃって」

 

「あぁ…うん。すごく驚いた。死ぬかと思った。

………それで、俺を探しに来たのか?」

 

「そうだよ。みんな心配してるから、一緒に帰ろう?」

 

 

心配している。その一言は、瞬樹にとってもはや苦言に等しい。

瞬樹だって分かっている。一体どの面下げて心配されろと言うのか。

 

 

「俺は…裏切り者だ。アラシから聞いただろ」

 

「うん…聞いたよ。

でも瞬樹くんは、世界を救おうって自分なりに頑張ってたんでしょ?それなら…」

「やめて!」

 

 

花陽の言葉を遮った瞬樹は、少し違って見えた。

年相応の、いやもっと幼くすら見える泣きそうな顔、震えた声、口調。分かっていたつもりだったが、これが本当の津島瞬樹なのだ。

 

 

「俺は騎士なんかじゃないよ。メモリも俺を見放したし、もう俺は何も出来ない。違う…最初から何も出来なかったのに粋がってたんだ。俺はただの…痛い中二病だ」

 

 

この瞬樹は、信じる全部が挫かれた残骸。

同じなのかもしれない。自信が欠片も無かった、μ'sに入る前の花陽と。

 

あの時は真姫と凛に背中を押された。あんな強引になんて、自分にはできない。

 

何ができる。そうじゃない、何がしたい。

この少年に、何をしてあげたい。

 

 

「聞かせて…瞬樹くんのこと」

 

「え…?」

 

「竜騎士とか…天使とか…瞬樹くんが好きなもの。昔の話。知りたいな」

 

 

踏み込みたい。希望が見えないんじゃない、見ようとしなかっただけ。誰かを助けたいのなら、その深く深くまで踏み込んでそこにある希望を、抱きしめて、見せてあげなければいけない。

 

 

「何も面白くなんて無い…そんな話になる」

 

「そんなことないよ。友達のことを知るのに…嬉しくないわけないんだから」

 

 

今日に限って、花陽は嫌に真っ直ぐに瞬樹を見る。

この目が好きだ。彼女が好きだ。だって思い出した、これは良く知った…天使の眼だ。

 

 

 

 

 

 

津島瞬樹は静岡の沼津の少年だった。

何もない場所だった。そこに生まれた彼もまた、何も無くて、平凡だった。もし彼だけの話なら、話はこの数行で終わっていただろう。

 

でも違う。彼には妹が一人いた。

少し年が離れた妹。彼女が幼稚園に入ったころ、彼女はこんなことを言い出した。

 

 

「自分は天使、いつか羽が生えて天に還る」と。

 

 

多分、家に置いてあった漫画か何かに影響されたのだろう。幼い頃は自分が特別で、物語の主人公に自分を重ねるのも変わった話じゃない。

 

だが、その時小学生だった瞬樹は、そんな妹が凄いと感じた。

瞬樹は運動はできたから友達はいた。それだけだった。それを失いたくなかったから、「特別になりたい」なんて言う勇気は無かった。

 

それでも妹は天使を名乗り続け、幼稚園でバカにされてもそれを止めなかった。

そう、瞬樹が最初に憧れたのは騎士じゃない。妹だった。彼女のように生きたかった。そんな時に目に入ったのが、騎士が主人公の漫画だった。

 

 

「俺、強くなる。善子が天使なら、俺は天使を守る…騎士になる!」

 

 

何かになりたい。憧れが近くにいて、少年の心はその願望を抑えきれない。

瞬樹は信じる心だけは誰より強かった。漫画の主人公が掲げていた「騎士道」を信じ、本当に騎士になろうとしていた。

 

友達には笑われ、離れて行った。

だから更に騎士に没頭した。体を鍛え、親に無理を言って格闘技の習い事もした。

それでたまたま才能があって、瞬樹はその道が正しいと思うようになった。

 

 

「そんなの何も変わっちゃいない。騎士に成れるわけがない。友達に依存していた時と同じ、無になるのが怖くて騎士に縋っているだけだ」

今の瞬樹は、そう断じる。

 

 

習い事で結果は残った。親に褒められた。

小学校になった妹をいじめる上級生を懲らしめた。妹には尊敬された。

 

中学生になっても騎士を名乗った。強さだけを求めて、それ以外を怠った。

誰も寄り付かなかったが、良かった。騎士道を理解するのは天使である妹と、親だけだ。

 

 

「身内に褒められて正当化してるだけだ。お前は得意なこと以外から目を背けてた。お前は不良と何も変わらない」

今の瞬樹は、そう嫌悪する。

 

 

瞬樹は高校生になって、妹は小学校中学年に。

どちらもまだ騎士と天使を名乗っていた。

 

 

「気付けよ。善子はいつまでも友達が出来ないし、お母さんは周りから白い目で見られてる。全部お前のせいだろ」

今の瞬樹は、そう後悔する。

 

 

ある日ドーパントが出現した。グリフォンのドーパントだった。

己を過信していた瞬樹は無謀にも立ち向かい、叩きのめされた。それでも諦めずに家族を守ろうとした。そしたらメモリが現れ、通りがかった人物がドライバーをくれた。

 

 

「そこで終わればよかったんだ。そのせいで俺は、俺を勘違いしたままここまで来てしまった」

今の瞬樹は、そう恨む。

 

 

そして仮面ライダーエデンとして戦い続け、今。

負けを重ね、仲間を裏切り、得た力を失った。遅すぎた中二病の卒業だ。

 

 

騎士道を失った瞬樹に何が残った?

騎士に依存していたから友達は居ない。勉強はできない。未来に向けて何もしていない。ただ妹と親に迷惑をかけた挙句、世界滅亡の片棒を担いだとんでもない餓鬼だ。

 

 

何も無いから逃げ続け、辿り着いたのは正真正銘の「無」。

所詮は地べたで槍を振り回すだけの騎士。天使が住む空の上には、届くはずもなかったんだ。

 

 

 

 

 

「俺は強さが欲しかった…それしかなかったから。それを否定されれば何も無くなるって、怖かったから。それで全部見失って、珊瑚を殺した。花陽は…俺を恨んだっていいんだ」

 

「…恨まないよ。珊瑚ちゃんは助けられる。凛ちゃんも頑張ってるよ。

それに…瞬樹くんは何も無くなんてない。ただの強がりでも、瞬樹くんに助けられて、瞬樹くんが大好きな人だってたくさんいる。だから…一緒に帰ろう?みんな瞬樹くんを待ってるよ」

 

「帰れないんだ…分かってる、こうなったのは全部山門が仕組んだんだって。あの時のアラシの言葉が全部正しいって……でも!動こうとすると頭が拒むんだ…!きっとまた山門を視れば、俺はあいつの言う事を聞く…」

 

「……わかった。でも…私もみんなも瞬樹くんにいて欲しいのは本当だから…全部終わったあとでいい、帰ってきてね。竜騎士じゃなくても、私たちは瞬樹くんを待ってるから」

 

 

遠くで嘉神が花陽に合図を出す。どうやら、アラシ達が事務所に戻ってきたようだ。花陽は瞬樹のことが気になりながらも、小さく手を振ってそこを後にした。

 

 

「…分からない。俺を待ってるって…なんなの…?」

 

 

つまらない男の話をしたはずだった。罵られて当然だと思ってたのに、なんでそれを受け入れるのか。瞬樹の手に残った、力を失った『D』のメモリ。こいつは何を見て瞬樹を選んだのか。

 

 

「誰か教えてくれ…みんな、俺の何を知ってるんだよ……」

 

 

 

________

 

 

 

「憤怒の奴らが現れた?」

 

「はい山門様、信者に配ったメモリも彼らによって奪取されつつあります」

 

 

佐向は山門にそう報告する。あの大量のメモリは、例の地下闘技場に残っていたのを山門が回収したもの。もしくは『強欲』との取引などで、長い時間をかけて山門が手に入れたものだ。それを無駄にしたのは失態でしかない。

 

しかし、山門は笑って答える。

 

 

「予想通りです。七幹部のゼロが不在である以上、彼らを咎める者も居ないのだから」

 

「しかし…憤怒には『奴ら』がいます。それでは計画が……」

 

「そいつから山門守んのが我らの仕事だろ?我が同士よ」

「我らは山門様の剣にして盾なのだ。忘れてはいまいな」

 

「ヒデリ、カゲリ…この新参風情が…!」

 

 

ヒデリとカゲリの二人もそこに合流。同じく、山門にアラシ達がまだ動いていることを報告する。

 

 

「まだ諦めないとは…僕に手は出せないとはいえ、このまま信者を痛めつけるのを黙っているわけにはいかない。彼らの信仰心は脆い、手を打たなければ…」

 

「しかし、奴らがいる以上、山門様が出るのは危険です」

 

「僕も信者を導くため忙しいんだ。もうじき地獄が世界を包み込む、やるべき事は山のようさ。そうだな……手が足りないのなら、刑務所にいる景くんを呼び戻すか…」

 

「ッ…!?いえ、私たちで十分です。彼女の手など借りず、奴らを殲滅してみせます」

 

「あぁ、やはり君は素晴らしいよ」

 

 

あと十体やそこらのヘルを倒せば無間地獄が完成する。死者数も飛躍し、それに感化された者たちが狂気に走る。そこに山門が手を回してメモリや武器を振りまき、エンジェルの能力を使えば…世界を掌握したも同然だ。

 

 

「さて…あとは()()()()()()()()()……ですね」

 

 

 

_______

 

 

 

「おいこら花陽!お前一人でどこに…まぁいい。とにかく入れ」

 

 

嘉神の事を話せない手前、アラシに怒鳴られると思っていた花陽。

半分は当たりだったが、何やら予想外の反応で拍子抜けする。しかし、事務所にいた人物を見て拍子抜けどころか腰を抜かした。

 

 

「えぇっ!?この人たちって…」

 

「おひさっスねー」

「邪魔をしている」

 

「あんま深く考えるな花陽。いいから座れ」

 

 

憤怒のハイドとラピッドが気楽にそう返すが、花陽の方は気楽になれる心境ではない。しかし話が進まないため、アラシは動揺している花陽を座らせた。

 

 

「俺と永斗、それぞれコイツらにばったり会って助けられた」

 

「そーいう事っス。てなわけで今回も利害一致、協力するのはどうっスか?」

 

「またか……正直お前らとの協力は肝が冷えるが、んなこと言ってらんねぇな。でも山門を潰す手はあるのかよ。見たところ戦力も半端だが、後でファーストも来るのか?」

 

「いやいや、そこの元怠惰くんなら分かると思うっスけど、下手に戦力つぎ込むとエンジェルに洗脳されて危ない。アサルトやファーストなんてバケモノ、敵に回ると手に負えないっスからね…今回は待機っス」

 

 

そんな会議から花陽がふと目を離すと、横の絵里たちの中にもう一人混ざっていることに気付く。写真で見たことがある、憤怒のエージェントの女性、ルーズレスだ。

 

 

「キミ、『L』のメモリの子だよね!アタシのこと覚えてる?あ、そうだラピッドから聞いたよ!このピアス、キミのなんだよね!気に入ってるよありがとー!」

 

「えっ…あぁ…どうも…ははは…」

 

 

絵里が凄い絡まれてる。しかも前に襲われた相手に。絵里の心境を考えると、自然と同情する。

 

 

「で、言っておくが俺たちは山門に何も出来ねぇ。瞬樹は見つからねぇ。どうするつもりだ?」

 

「足手まといの癖に偉そうっスね…まぁジブンらも考え無しの人選じゃないっス」

 

「その通りだ、組織の不始末は我々の仕事。

簡潔に結論から言おう、俺はエンジェルを殺せる」

 

 

ラピッドの一言に、アラシと永斗が立ち上がる。特に永斗の方は頭を抑えて喜びの顔を見せた。その真意を理解したようだ。

 

 

「そうか…!ヴァイパーの強化触覚とピット器官!エンジェルの能力のタネは光と言葉、つまりそのどちらも遮断が可能なら…エンジェルを完封できる!」

 

「そういう事だ。俺は視覚と聴覚を完全に消しながらでも戦闘ができる。肌に伝わる振動と熱源反応さえあれば、あの程度の敵を屠るのは造作もない」

 

「いや待て。それならあの修道服コンビはどうする。奴らはラピッドを襲うはずだ」

 

「そうっスね、今日は派手にやったっスから明日にでもジブンらを潰しに来るはずっス」

「いいや、それでいい。こっから先はただの詰将棋だ」

 

 

ハイドと永斗、両陣営の参謀の脳内には、既に勝利までの道筋が見えている。それを確認し合うように、彼らは互いの策をぶつける。

 

 

「山門はヴァイパーメモリの危険性を知ってるはず。彼の性質上、絶対にラピッドの前には現れない」

 

「確実に潰したがるはずっス。つまり現れるのはヒデリとカゲリのコンビか、サクリファイスの里梨ちゃん。まぁ実力から考えてヒデカゲの方っスね」

 

「それか僕らの誰かを内密に洗脳しようとするか…狙うならハイドだね。対策あるよね?」

 

「もちっス。ジブンはナーブ、神経のドーパントっスよ?ジブン自身の脳神経なんて自由自在、洗脳してもされはしないっス」

 

「つまり修道服ブラザーズをラピッドにぶつける間、山門は現れない。μ'sのみんなを洗脳しに来るのも…今の計画段階から奴は仕事で手一杯のはずだ。そっちを放り出すほどの旨味は無いと思う。そもそもハイドが守ればいいし」

 

「ジブンはエンジェルを倒せるか微妙っスけど…まぁ洗脳されないカードが二枚ある時点で超有利っス。それにあっちはラピッドを殺せる気だと思うっスけど、こっちにはルーズレスもいる」

 

「あぁ?お前ら二人であのコンビに勝てるのか?」

 

「馬鹿にすると痛い目見るっスよアラシ君。この二人は憤怒最強のコンビ、コンビなら坊ちゃんより強いっス」

 

 

話を聞いていたルーズレスがピースサインで答える。思い返せば雷獣事件の時は、それぞれ単独戦闘に終始していた。というより、ルーズレスが一人で瞬樹に突っかかっていっていた。

 

 

「てことはラピッドを襲いに来たアイツらは返り討ちに出来る。山門が来ればラピッドが倒す。他の刺客や細々した一般ドーパントは俺たちが請け負う…ハイドが穂乃果たちを守る」

 

「そう、だから詰将棋。少しずつ敵戦力を削いでいって、最後に洗脳されないハイドとラピッドを山門にぶつけて僕らの勝ちだ」

 

 

終わりを悟って諦めない以外の選択肢が無かったこの地獄に、ようやく光明が見え始めた。アラシは悔しさ半分だが、小さくガッツポーズを決める。これでようやく、あの天使を叩き墜とせる。

 

 

「最後の問題はヘルだね…こればっかりは既存の方法じゃどうしようもない。山門を倒した後、僕が何とか撃破法を……」

 

 

ラピッドの腕が永斗の言葉を中断させた。

彼は変身せずとも多少の能力を使える。ヴァイパーの索敵能力が、この場所に近づく存在を捉えた。

 

 

「悠長な思考だったのは我々か。

構えろ、来るぞ!」

 

 

壁と天井を派手に壊して出現した影が、直線的にラピッドを狙う。

が、ルーズレスが一瞬で反応。生身のままだが、凄まじい勢いの蹴りが侵入者を弾いた。

 

 

「邪魔をすんなよ憤怒、すげぇイラつく…って神さんも言ってるぜ」

「一体何の真似か憤怒、我らは暴食がために力を振るう者。邪魔をされる筋合いは無い」

 

 

予想通り突入してきたのはカゲリとヒデリ。

二人は既にドーパント態に変身しており、その一挙手一投足が事務所だったものを破壊する。

 

 

「何の問題も無い、予定が早まっただけだ。ハイドは奴らと逃げろ、ここは俺とルーズレスが…」

 

 

そう指示するラピッド。だが、彼の指示を飲まない者が二人いた。

ドライバーを装着した、アラシと永斗だ。

 

 

「…何のつもりだ」

 

「わざわざこいつらが奇襲をかけて来た理由を考えたんだ。山門の思考を辿るに、彼がここで焦る理由は一つもない。一つも無いけど…僕らが知らない『何か』がある。ラピッドをここで釘付けにされるのは、山門の思う壺だと思う」

 

「だから、奴らにとっちゃ死に札の俺たちが請け負う。今だけはお前が俺たちの切り札だ、次の刺客が来る前に先に行け!」

 

「貴様らがこの二人に勝てるのか?」

 

「さっきの問答そのまま返すぜ。お前らなんかより、俺たちが最強コンビだ!」

 

 

ラピッドは面白く無さそうに笑うと、ルーズレスと共にハイドたちを追った。永斗の読み通り、それを良しとしないリベンジャー、アベンジャーだったが、二人は即座に変身し、その妨害を妨害する。

 

 

《ファングジョーカー!!》

 

『俺たちだって、このまま役立たずのまま終われねぇんだよ!』

 

「片腹痛いぜ、思い上がったなぁ無能探偵どもが」

 

「あぁ神よ…彼らの罪を裁く権利を、どうか我らに!」

 

「違うね。人の心を弄び、命を踏みにじった報いを受けるのは君たちだ」

 

 

復讐者の刃と報復者の剣。

相対するは、希望を繋がんとする白亜の牙。

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!!』」

 

 

_______

 

 

 

「でー…これ逃げるってどこに!?ていうかなんで逃げてんのよ!」

 

「考えないでとにかく走るっスよにこちゃん!来たのがあのコンビだけって事は有り得ないから…」

 

 

事務所から全速力で離れるハイドたちの前から迫りくる、まるで津波のような威圧感の大群。というのも、数はそれほどでも無いのだが全員がドーパントなのだ。

 

そして、その先頭に立つのは一人の女性。佐向里梨。

 

 

「やっぱ来るっスよねぇ…」

 

「返答は聞かない。山門様の御心のままに、適合者以外は抹殺する」

 

《サクリファイス!》

 

 

佐向はローブを脱ぎ捨て、左袖の破けた部分から二の腕にメモリを挿入。

包帯が体から展開され、下半身が消失。上半身が肥大化。泥を包帯で人型にしたようなミイラの怪物、サクリファイス・ドーパントが出現した。

 

 

「多勢に無勢…っスね。じゃジブンはこの子ら守るんで、あと頼むっスお二人さん」

 

「…承知した。行くぞルーズレス」

 

「おっきいドーパント!いいね、『オオモノクイ』だね!」

 

 

《ナーブ!》

《ヴァイパー!》

《ティラコスミルス!》

 

 

ドーパントに変身したヴァイパーとティラコスミルスが先陣を切る、というよりも一直線にサクリファイスの首筋を狙って容赦の無い一撃を加えた。

 

ほぼ不意打ちに近い一撃、防御は皆無。

しかしサクリファイスの体勢が揺らいだだけで、目立ったダメージになっていない。

 

 

「手応えあったんだけどなー」

 

「ダメージが入らない訳が無い。ヤツの能力だ」

 

 

ヴァイパーのピット器官が、ドーパントの大群の中で一体が倒れたのを確認した。熱源反応から、そいつが首元に大きなダメージを受けたことまで分かる。ここから推察されるサクリファイスの能力は一つだ。

 

 

「sacrifice…日本語で『犠牲』か。ヤツは自分が受けた傷を手下に押し付けられると見た」

 

「理解できたか。理解できたなら死ね!山門様に歯向かう獣畜生風情が!!」

 

「へー!てことはぁ…」

 

 

背中から伸びる包帯の触手と、巨大な腕に爪がヴァイパーを殺しにかかる。

しかし、ティラコスミルスの初速度はサクリファイスの想定を凌駕し、一瞬で間合いを詰めて触手を切断。更にはティラコスミルスの強烈な蹴りが、振り下ろされた腕をも弾き返す。

 

攻撃を全て防がれた一瞬で、ヴァイパーの鞭のような蹴りがサクリファイスの胴体を貫いた。そしてティラコスミルスが頭部に全力の殴撃。衝撃で掠れる視界の隅でヴァイパーが消えたのを捉えたかと思うと、背後から波打つような連続の痛みが走る。

 

 

一連の攻撃が終わると、五体のドーパントがその場で倒れた。つまり、サクリファイスが反応できなかったさっきの一瞬で、五回も倒されたことと同義である。

 

 

「何回も倒せるってことじゃん!オトク!」

 

「数えるのも面倒だ。死ぬまで殺させてもらうぞ」

 

「有り得ない、この…化け物共が…!」

 

 

ナーブも襲い掛かるドーパントからμ'sを守る余裕を見せる。参謀としての役割が強いものの、彼もまた憤怒のNo3。低級ドーパントに遅れは取らない。

 

 

「ジブンから離れないで欲しいっス。最悪、メモリ使って自己防衛で」

 

 

ドーパントたちはナーブに敵わないと知りつつも、死に物狂いで攻勢を見せ続ける。まるで特攻兵の如き修羅の様相だ。不自然に思った真姫が、ナーブに声を掛ける。

 

 

「岸戸先生、この人たち…どこかおかしいわ」

 

「あー…知らない方が良いっスけど、まぁ言っとくっス。

この地獄で、もう既に結構な死人が出てるんスよね。で、多分この人たちはその遺族か関係者か…」

 

「まさか……!岸戸先生や私たちが首謀者だって、山門が吹き込んで…!?」

 

「探偵が板についてきたっスね、真姫ちゃん」

 

「そんなの…酷すぎる!」

 

 

彼女たちがこの感情を抱くことは少ない。少なくとも彼女たちが生きるべき世界は、もっと優しいものだから。でもそれが歪められ、想像を絶する邪悪が現れてしまった。

 

人を支えるはずの信仰心を好き勝手に塗り替え、軽々しく大勢を殺した挙句、残された人は悲しむことすらも許さない人形にする外道の天使。彼女たちは優しいからこそ、そんな山門に激しい嫌悪と怒りを覚えた。

 

 

「そりゃ怒るっスよね。でもその怒り、辛くても腹に留めておかなきゃダメっスよ。怒ってるのはジブンらも同じ、それをぶちまけるのは大人の役目っス」

 

 

目一杯伸ばされたナーブの腕がドーパントたちを薙ぎ払い、もう片方の腕から枝分かれした神経線維がドーパント軍団の体に侵入。その能力で動きを封じた。

 

体の底に煮えたぎる怒りのまま、善にも悪にも矛先を向ける暴獣の群れ。

それこそが、彼らが『憤怒』である所以だ。

 

 

ハイドは冷静に戦況を分析する。敵の数は多いが、ラピッド&ルーズレスコンビの敵ではない。サクリファイスを完封するまでそう時間は掛からない。ハイドもそれまでの間、背後の彼女たちを守ることは可能だ。

 

例えここに未知の増援が来たとしても、一方的に負けることは考えにくい。討ち漏らしはあれど戦力を削ぐという目的は達成できる。勝てるはずだ。

 

ただ一つ解せないのは永斗と同じ懸念。

何故奴らは奇襲をかけて来たのか。

 

 

そして、その懸念は実体となり、天から舞い降りた。

 

 

「おいおい…そりゃ聞いてないっスよ…」

 

「それは光栄なことだ。天使の降臨は、予期されぬもので無ければならない」

 

 

その場にいた全員の視線が集まった先は、光の柱から現れた白い翼。戦略的に有り得ないと分かっていても、網膜に焼き付いた光が現実を告げる。エンジェルが、戦場に現れた。

 

 

「山門様…!?なぜ……」

 

「ゲッ!あれエンジェルじゃん!どーする!?」

 

「狼狽えるなルーズレス。ならばヤツをここで討つまで。サクリファイスは任せるぞ」

 

 

ラピッドの言う通り。わざわざ現れてくれるのなら願ったり叶ったりというもの。あとは洗脳が効かないヴァイパーで大将を討ち取れる。

 

 

「蛇は人に知識の実を唆す悪魔の使い。しかし、時には人を裁くための神の使いでもある。どちらにせよ、僕の楽園を脅かす因子であり…僕への試練と言える」

 

 

エンジェルは後光を展開しない。視覚を遮断しているヴァイパーには無意味と知っているから。故に、その代わりとして一本の剣を握った。

 

それは実体を持たない光の剣。無駄な装飾の無い、簡素な剣だった。

 

ヴァイパーもそれを感覚で感じ取る。剣持ちを想定した動きに一瞬で切り替え、捻った体勢からカーブを描くような音速の蹴りを放った。

 

 

「僕の楽園に、悪魔も神もいらない」

 

「何…!?」

 

 

仕留めるつもりで放った攻撃が、回避された。

想定を遥かに超えた体捌きだった。あの速度の攻撃を捌く技量も、身体能力も、事前に得ていたエンジェルのデータを凌駕している。

 

それだけじゃない。あの一撃の回避に紛れ、光剣の剣先がヴァイパーの脚を掠め―――

 

 

「ッ…!?これは…っ…!」

 

 

ヴァイパーは自身の異変に気付いた。あの時、剣先は脚を傷つけることなく「透過」した。だが、その剣先が触れた部分から感じる「強烈な違和感」がヴァイパーの意識を刺す。

 

 

「蛇には声が聞こえないか…まぁいいでしょう。

必ず君たち憤怒が決起すると思っていた。そして仮面ライダーと合流し、君たちは僕の救済が届かない二人を得て歓喜しただろう。これで勝てる、恨みを晴らせると。だがその程度を覆せないようでは、楽園創造など夢のまた夢なのですよ」

 

 

エンジェルは剣を掲げる。絶望に沈みつつある者たちを、嘲笑うように。

 

 

「地球の本棚にも無い、僕のハイドープ能力。きっとこの世界規模の惨劇から、それは洗脳能力の拡大強化か何かだと結論付けたのだろう。だが違う、これは僕の努力の賜物に過ぎない。

 

僕が天から与えられたのは、この『救済の剣』。僕が救済できない神の使い、知恵を得た愚かなニンゲン、そんな彼らの心を斬り捨ててでも救済の道に導く、正義の刃。これに斬られた部分から僕の光が浸食し、脳に到達した時点で『救済の後光』を受けたのと同じ状態になる」

 

 

ヴァイパーの脚を襲う違和感はそれだ。まるで徐々に自分の脚では無くなっていくような感覚。あと10分もすれば満足に歩行もままならなくなるだろう。そうなれば、頭部を一突きされて洗脳されてしまう。

 

 

「僕はこの能力と実力を信者にも隠してきた。全ては君たち憤怒という、最後の障害を崩すこの瞬間のために。さぁ喜びたまえ全人類よ!救済を拒む者は潰え、世界が救われる時が来たのです!」

 

 

切り札のラピッドが潰された。あの剣の能力があれば、今まで完全洗脳を踏みとどまってきたアラシたちも山門の傀儡となる。ナーブの能力でも防げるかは不明だし、仮に防げたとしてここで確実に殺されるだけだ。

 

 

「最悪っスね…」

 

 

真姫たちを逃がそうにも、この状況だとドーパント軍団が邪魔で無理だ。となると今、ハイドに取れる最善の一手は…

 

 

「君らは適合者っスから、洗脳されても殺されはしない。後はせめて、ダブルがリベンジャー、アベンジャーを倒して逃げるまでの時間稼ぎをするしかないっスね…」

 

 

世界の命運はアラシと永斗に託すしかない。ハイドの役目はここで奮闘して死ぬこと。

それはルーズレスもラピッドも分かっている。今やるべきは、洗脳される前に敵をなるべく倒し、自害することだ。

 

その真意を悟った彼女たちが、憤怒の彼らを止めようと叫ぶ。

彼らは敵だ。でも決して邪悪じゃない。死ななければいけないなんて、そんなの間違っている。

 

 

天使は嗤う。虚偽で民を扇動し、地獄の玉座に君臨しようとしている。

 

愛情と命を弄ばれた珊瑚。救いを求めて騙され殺された民衆。邪魔という理由で死のうとしている憤怒の彼ら。命を賭して戦っても誰からも求められない仮面ライダー。

 

これだけの命を不幸にして、それでも天使は嗤うのだ。

こんな理不尽があるか。こんな世界が許されていいのか。

 

 

『これもまた人間』

 

『これもまた世界』

 

 

その瞬間、どこかでヘルが死に、無間地獄が世界を包み込んだ。

地獄の底に咲いた希望の花は、悪意の炎に焼かれ、

 

灰となって燃え尽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て!!」

 

 

 

絶望を裂いて届いた声。飛び出した『彼』は、高笑いするエンジェルに渾身の一撃を叩き込んだ。その一撃は…槍の一撃。

 

 

「…素晴らしい、ここまで抗うとは…津島瞬樹」

 

 

もう何の力も無い槍を、それでも誇らしげに向ける。自分が弱いと知っていても、何も無いと嘆いても、それでも瞬樹はここに来たのだ。

 

 

「瞬樹くん!」

 

「すまなかった花陽…馬鹿な話をした。お前達の言葉が、俺に気付かせてくれた!」

 

 

エンジェルが天秤の錫杖を構え、雷を落とす。

瞬樹はそれを生身で回避し、油断の隙を貫く刺突を放ち続ける。

 

 

「止まりなさい」

 

 

エンジェルの言葉が瞬樹の動きを止めた。それは、まだエンジェルの洗脳が健在であることの証明。

 

 

「動け…!動け!俺が信じるのは……お前なんかじゃない!!」

 

 

ここに来るまでに、瞬樹は思い出した。

 

瞬樹の騎士道を形作った漫画の騎士。彼は、主人公なんかじゃなかった。

主人公は天使。騎士はそんな天使を慕うどんくさい男、とても活躍していたとは言えなかった。

 

でも、彼はずっと天使を守っていた。何があってもどんな強敵を前にしても、ただ守り続けていた。ただ特別になりたかっただけの少年が、どうしてそんな騎士に憧れた?

 

 

違った。瞬樹の憧れは特別を主張した妹じゃない。

そんな妹を守ってあげられるような、冴えなくても守ることだけはやめない、そんな騎士になりたかった。

 

 

「何も無くなんて無い!俺は俺だ!俺のこの心が、最初から騎士道に通じていた!!」

 

 

瞬樹の体を縛っていた洗脳の鎖が引きちぎられ、一直線の刺突がエンジェルの体に突き刺さる。その一撃は瞬樹の『信仰』のように、真っ直ぐで硬い。偽りの天使になんて、歪められるわけが無い。

 

 

「救済の後光を…打ち破った…!?

そうか、これが僕への最後の試練という訳か!」

 

 

喜びと屈辱の狭間で、エンジェルは再び笑いを上げる。

 

花陽は瞬樹の何を信じていたのか、その答えも出た。

そんなの一つしかない。瞬樹が彼女たちに見せていたのは、その姿と生き方だけだ。

 

強くなりたいと重ねてきた努力は消えてない。竜騎士であることを認めてくれた仲間たちはここにいる。

 

 

『お前の……名前を言えよ』

 

 

アラシはあの時、そう言った。

負けたからなんだ。過ちを犯したからなんだ。それで消えてしまうほど、この名前は軽くない!

 

 

「我が仲間よ!好敵手よ!憎き地獄の使者共よ!この地に生きる全ての命よ!誇り高き誉れ高きこの名を聞き、笑うがいい!それでも俺はこの名を叫び、讃え続ける!!

 

我が名は竜騎士シュバルツ!!白銀の竜と契約せし、天より出でし、断罪の竜騎士だ!!」

 

 

その「信仰」に呼応し、メモリが光り輝く。

声が聞こえる。「その心、命を賭しても貫くか」と。

 

その声に瞬樹が頷くと、『D』のメモリがドラゴンメモリとして復活を遂げた。

 

 

《ドラゴン!》

 

「変身!」

 

 

白銀の鎧を纏い、ここに竜騎士の仮面ライダーが復活した。瞬樹は決意を掲げるように、今一度名乗りを上げる。

 

 

「我こそは最強、無敵、唯一無二の断罪の竜騎士!仮面ライダーエデン!!騎士の名のもとに、貴様を裁く!!」

 

 

 

______

 

 

 

まだ足りない。

 

地獄を祓うには、まだ不十分だ。

 

 

『閉じた箱の中には、希望が詰まっている』

 

 

彼と彼女の心と共に、それは鼓動する。

 

それは必然。それは布石。それは誰かが望んだ未来。

それはこの惑星が生んだ―――

 

『機械仕掛けの神』

 

 

 




今回のエンジェル・ドーパントの能力はチキン革命さん考案の「キング・ドーパント」を元にさせていただきました!もう出せそうになかったので、「電流で敵を操る」から「光の浸食」を思いつき、言葉も光も使わない第三の手として使わせていただきました。着想からかなり離れ、原型が留まっていませんが…報告しておいた方が良いと思いまして……いやこんな形になってしまったのは申し訳ないです。

さて、エデンが復活しました。中二病瞬樹も久しぶりですね。
カッコいいものに憧れるって、ただ「特別が良い」ってだけじゃないと思うんです。小さいころに感じた「こうなりたい」を、ずっと大切にしていければいいのにと思います。

次回でH編ラストです!まだあと一つ二つ展開を残してますので、頑張って書かせていただきます!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案などございましたら、よろしくお願いします!


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第59話 Hの審判/断罪の天竜騎士

爆速執筆男146です。今回はマジで頑張りました。
今回はついにH編ラストです。極端な二つのエンドに迷いまくりましたが、悩んだ末にこっちの終わり方を取りました。

あと、最後は若干注意です。これまでの読んでくれてる人なら大丈夫だと思いますが…

クリックorタップで「ここすき」もよろしくお願いします!


仮面ライダーダブル ファングジョーカーとアベンジャー・ドーパント、リベンジャー・ドーパント。周りの空間全てを抉り取るようなその戦いは更に激化していく。

 

 

「愚かな…何故抗おうとするのか。これは神が定めし運命だというのに!」

 

「理解しかねるなァ…状況も理解できないレベルじゃ、神さんの声も聞こえねェか」

 

 

アベンジャーの豪快な攻撃と、リベンジャーの細かく鋭い連撃。この単純な緩急が厄介極まりない。「反応」という観点からファングジョーカーを選択して正解だった。

 

 

「確かに…ゲームだと負け認めて降参…ってのも礼儀の一つだね。でもこれはリアルなんだ。山門の頭にいきなり隕石が落ちるかもしれない。君たちだって、突然飛んできたキツツキに刺されて爆発するかもしれない。現実で負け筋を潰し切るなんてできないんだから、諦めるのはどう足掻いてもプレミなんだよ」

 

『ゲームの話は知らねぇが、そういう事だ。例え地獄が消えなくたって、俺たちはここでテメェらを叩き潰す!』

 

《アームファング!》

 

 

アベンジャーが振り下ろした剣をギリギリで受け流し、追撃に来るリベンジャーの爪もアームファングで弾き返す。少しずつだが動きの線が見え始めた。

 

しかし、ダブルの順応に焦る様子も見せず、ただうんざりとした様子でリベンジャーは毒づく。

 

 

「はぁ…お前らもそうか。あの騎士のライダーもそうだったぜ、力の差を見せつけても立ち上がって来やがった。諦めが悪ぃのはこれだから嫌いだ」

 

「だが彼の者は屈した。どれだけ表を飾ろうと神にはその弱さが見えていた。力も心も及ばず…弱者として山門の言葉に与したのだ」

 

 

アベンジャーは神の名を以て、瞬樹を「弱者」と称した。

確かに瞬樹は彼らに負け、山門に屈したかもしれない。

 

 

『瞬樹が弱い…?何言ってんだ』

 

 

だがダブルは、奴らの勝手な評価を笑い飛ばした。

 

 

『聞いたか永斗、神ってのは随分と目と頭が悪いらしいぜ』

 

「そうだねー、無宗教で良かったよ。そんなアホ神なんて願い下げだ」

 

「あぁ…?とうとう頭がイカれちまったか?あの男は我らに全く敵わなかった。はっきり言って雑魚だ。何が違うってんだァ?」

 

『違うな。弱いのはお前らだ。お前らは何も分かっちゃいねぇ。この世界で最強なのは人外の化け物でも、悪知恵働く天才でもねぇんだよ』

 

「僕たちは見てきた。リスク躊躇諦め謙遜、そんなの知らないとばかりに一つを追うような馬鹿な人達を。瞬樹はそんな底抜けの馬鹿の一人だ。そういう馬鹿が…いつだって最強なんだ」

 

 

その時、ファングメモリとジョーカーメモリが微かに何かを感じ取った。

まるで共鳴しているような心地の良い高鳴り。思考の奥に見える、ドラゴンの姿。

 

それがドラゴンメモリの復活を示しているのは分かった。そして、それは同時に瞬樹の復活も意味する。

 

 

「噂をすれば…ってやつ?さて…これで僕らはあの馬鹿に世界の全てを賭けることになったワケだけど……」

 

『随分と分がいい賭けじゃねぇか。見てやがれ、お前らが嘲った馬鹿が…世界を救う瞬間をよ』

 

 

________

 

 

 

「我こそは仮面ライダーエデン!騎士の名の下に、貴様を裁く!」

 

 

志を取り戻し、立ち上がったエデンはエンジェルに槍先を向けて宣言した。そんな彼に、花陽たちも声援を送る。

 

 

「瞬樹くん!」

 

「俺が天使を守る竜騎士!白銀の槍が悪を貫く!」

 

「瞬樹…くん?」

 

「竜はここに蘇った!貴様に未来は無い!」

 

「お…おーい…」

 

「絶対無敵、唯一無二、唯我独尊の我こそが!楽園を守護する竜騎士シュバ…」

「しつこい!」

「くどいです!」

「さっさと頑張るにゃ!」

「えぇっ!?」

 

 

長々と名乗りを上げていたら真姫、海未、凛の順にクレームを返され、ノリノリだった瞬樹がショックを受ける。

 

と、その隙にエンジェルが『救済の剣』をエデンに突き出す。慌てて躱したが、危うく間抜けなやり取りで敗北するところだった。

 

 

「危ぶな!貴様、卑怯だぞ!ちゃんと正面から狙え!」

 

「失敬、僕はコメディを嗜まなくてね。作法というものを知らないのですよ」

 

「フッ…そんな余裕を言っていられるのも今のうちだ。我が聖なる騎士力を解放すれば貴様など一瞬で…うぉっ!?だから話してる時に…ひぃっ!攻撃するな!」

 

 

エデンに隙が見えれば容赦なく攻撃するエンジェル。それを避けるのがギリギリだから本当に見ていてヒヤヒヤする。救世主のような立ち位置だったのに、この男に全く安心感が無いのは何故だろう。

 

だが、それはいつもの瞬樹だ。安心感は無いかもしれないが、不安感も無い。彼は負けないという絶対的な信頼が、心の底から湧いて来る。

 

 

「頑張れ!瞬樹くん!」

 

 

花陽の声援に応えるように、エデンの槍がエンジェルの右肩を穿つ。しかし、本来は胴体を狙ったはずの一撃。寸前で躱された。

 

 

「僕の救済から自力で外れたのは素晴らしい。その上、君の戦いは才能に満ち溢れている。直に全力の僕を打ち負かすやもしれない…だが」

 

 

エンジェルが翼を広げ、飛翔。天空から光の矢を雨のように放ち、エデンを防戦へと追い詰める。

 

 

「二つだ。君が僕に届かない理由は二つある。

一つは、君には翼が無い。その短い槍では天使の世界には届かない。

もう一つ…これは心苦しい事だが、あまり僕を追い詰めると、そこらにいる信者が何をするか分からない。もしかしたら僕の敗北に絶望し、皆命を絶ってしまうかもしれないね」

 

「っ…!外道天使め…!」

 

 

エデンはフェニックスメモリに手を伸ばす。これを使えば飛行能力を得られ、エンジェルと五分の戦いに持ち込める。

 

しかし、制限時間内に仕留められるか怪しい。つい最近使ったばかりのグリフォンやユニコーンは使えないし、これを無駄にすれば後はハイドラのみ。

 

また、信者たちを無視するわけにもいかない。自害させる前にエンジェルを撃破、死ぬ前にフェニックスの炎で治療…どれも不確定だ。取り返しのつかない状況で手が出せる案ではない。

 

 

「威勢も終わったようだ。その素晴らしい素質、出来れば抱えておきたいんだが…僕の剣で救済の道に引き戻せるかな?」

 

「…やってみるといい!」

 

 

エンジェルは急降下し、その剣でエデンの頭部を狙う。

エデンは槍で防ごうとしたが、直感的に頭を下げて回避。接近したエンジェルに突き上げる蹴りを入れ、槍を思いきり叩き付けた。

 

エデンの判断は正しかった。あの剣に実体は無く、物質による防御は透過されるのみ。

 

エデンの攻撃を翼でガードしていたエンジェルは、更に光剣による猛攻を加える。その一発とて喰らうわけにはいかない。だが攻撃がそれだけなはずも無く、挟まれる雷や羽の矢が、エデンの体力を確実に削り取っていく。

 

 

「くっ…!?」

 

「驚いている。まさかここまで耐え抜くとは…この剣が効かなかった場合が残念でならないよ。君は是非とも欲しい」

 

「ふん…もう二度と貴様の軍門になど下るか!俺はもう折れない!例えこの槍が折れ、腕が折れ…あと他にも色々と折れまくろうとも!俺は貴様に歯向かい続ける!それが俺の騎士道だ!!」

 

「……そうか。残念な事を聞いた」

 

 

エンジェルは救済の剣を消し、体勢を変えた。どこか余裕を見せびらかすようだった姿勢から、エデンの心臓を一点に見つめるような姿勢に。

 

 

「気が変わったよ。やはりその心は危険だ。君の騎士道とやらにも敬意を示し…神が下りる前に、君には死んでもらう」

 

 

エンジェルは錫杖を構え、剣のようにエデンを斬り付ける。実体がある分さっきより厄介ではないが、動きの機敏さが段違いだ。

 

 

「少し語弊があった。死んでもらうとは言ったが、死ぬわけじゃない。ただそのメモリとドライバー、あとは腕と脚、目も奪っておこう。そうすれば二度と戦えないだろう?」

 

「フッ…見くびるな。俺は天界の竜騎士!体だけになろうと…えっと…神通力的な何かで戦える!そんな感じの敵キャラを見たことがある!」

 

「ははははっ!滑稽だがそれもまた素晴らしい!」

 

 

エンジェルとエデンの攻防は互角。いや、あちらは飛行も出来るし人質もある。山門自身の実力もかなりのもので、戦闘能力は憤怒の上位にも匹敵する。率直に圧倒的不利の大ピンチだ。

 

 

奴の言葉は怖い。だが、怯えるわけにはいかない。

奴は強い。だが、負けるわけにはいかない。

 

己の後ろにいる、守るべき存在を忘れるな。

地獄を受け入れるのはまだ早いと、彼女たちに示せ。

 

立ち上がれ。槍を振るえ。戦え。

どれだけ打ちのめされようと、地獄の底で輝く『希望』であり続けろ。

 

 

「それが竜騎士の…俺の生き様だ!!」

 

 

見守る彼女たちも願う。どうか彼に僅かな奇跡を。

 

その中で、花陽は願った。

エンジェルの能力『救済の後光』の依り代である、ヘルメモリ。せめてあれを壊せれば。本体である珊瑚を見つけ出し、ヘルの力を吹き飛ばせるだけの力があれば。

 

そうすれば微かな灯である希望も、燦々と光り輝くだろう。それはきっと眩しく、偽りの光を掻き消してくれる。

 

 

願わくばどうか、『希望』に地獄を祓う光を。

 

 

「どうか瞬樹くんに…天に届く翼を―――」

 

 

 

そんな花陽の願いに、それは呼応した。

地獄の一角で眩い光の柱が上がる。その場所は様変わりしているが、花陽の家があった場所だ。

 

柱の根元にあるのは一つの装置。

六角形の箱のようなそれは、夏合宿で花陽が拾い、持ち帰ったものだ。

 

その黒い物体は呼吸をするように、己自身に色を宿す。

光は緑色を帯び始め、瞬時に消失した。そして

 

 

花陽の手の中に、それは現れた。

 

 

「これ……もしかして…!」

 

 

外装に包まれているが、花陽はそれの正体を漠然と理解した。見ると、戦い続けるエデンの体が、装置と同じ色に薄く輝いている。

 

 

「瞬樹くん!これを―――」

 

 

花陽は迷わず、エデンにそれを放り投げた。

しかし、エンジェルはそれを予期していたかのように、最大出力の光の矢を花陽が投げた装置に放つ。

 

 

「させるかあぁぁぁぁ!」

 

 

それが何かは分からない。でも、花陽の思いを無駄にはさせない。エデンは躊躇なく飛び込み、装置を受け止めた。

 

その瞬間、エデンの姿が消え、光の矢が虚空で炸裂。

うずくまったエデンが現れたのは花陽たちの前だった。

 

 

「花陽…これは…いや、いい。分かる。ありがとう…!」

 

 

握りしめたその装置は、黒から銀に変化していた。中央には長方形の小さな窪みがあり、それを囲って緑や黄色の紋様が刻まれている。まるで騎士が使う盾のようだ。

 

これは花陽が託してくれた力だ。その思いを全身で感じる。

なんて光栄なのだろう。真の天使に認められ、命を尽くして戦う事を許された。これが騎士の本懐でなくて何だと言うのか。

 

 

「山門…お前は、天使なんかじゃない。俺が知り、愛し、今この瞬間仕える天使は…慈愛の心で満ち溢れ、ご飯が大好きな、優しくて可愛い女の子だ!

 

我こそは天使を守護する楽園の竜騎士!その誇りをとくと見よ!」

 

 

心の声が叫ぶままに、エデンはオーバースロットを取り外し、腹部にロードドライバーを装着する。

 

嫌な記憶がよぎる。これを使い、灰垣珊瑚を殺した記憶。ダブルと戦った記憶。でも大丈夫だ、もう瞬樹は自分を見失わない。

 

エデンはロードドライバーに、花陽から受け取った装置を叩き込む。案の定、それはピッタリとドライバーに装填された。やはりこの装置は『メモリ』だ。

 

 

「我と契約せし白銀の竜、そして天界を統べる覇者よ!

勇猛と高貴の光を我が魂に宿し、その聖なる力を解き放て!!」

 

 

メモリ上部のスイッチを叩き、スロットを押し込む。が、それと同時に激しい力が逆流する。

 

それもそのはず、このメモリはオリジンメモリ。ロードドライバーはギジメモリでの使用を想定している上に、一つの精神と体に二つのオリジンメモリを使うなんて前代未聞だ。

 

 

それでもやる以外に道は無い。

真っ直ぐに伸びる騎士道という一本道に、思いに応える以外の道は無い。

 

 

「変身!!」

 

 

痛みも苦しみも越え、花陽が託したメモリが展開された。

盾は中心から広がるように割れ、左右三枚ずつの翼のように。剣を模したスロットに収まっている、その黄緑のメモリに刻まれた文字は……

 

真っ白な翼と十字架で描かれた、『H』

 

 

《ヘブン!マキシマムオーバーロード!!》

《Mode:MESSIAH》

 

 

その力はヘブン、地獄と対を成す『天国の記憶』。

 

エデンから放たれた光が天を貫き、地獄に風穴を開けた。そこから指す太陽の光が、新たな竜騎士の誕生を祝福する。

 

ヘルム、胴体、腕、脚、至る所に宿した翼の意匠。鎧は銀から輝く白になり、胴体の竜の顔が噛みついた緑のラインが『H』を鎧に刻む。

 

エデンドライバーはランス型からスピア型に。

神々しきその姿は、例えるなら御伽噺の聖騎士。

 

 

「今ここに再誕!生まれ変わった我が名は、ヘブンエデン……いや、語呂が悪いな…エデンへブン…ヘデンエブン?」

 

「凄いけど…瞬樹くん…どうしたの?」

 

「すまない花陽、どうも名前がしっくり来ないというか…」

 

「えぇ…わ、わかった!それなら私が…」

 

 

花陽がエデンに耳打ちすると、エデンと花陽は互いに指をさし、笑って頷いた。

 

 

「我が主より承ったその名を聞け!

我こそ断罪の竜騎士改め、断罪の天竜騎士!

 

仮面ライダーエデンヘブンズ!」

 

 

天に届くはずも無いと嘆いた騎士見習いは、ようやく愛する天使を守るための翼を得た。その力と忠誠の名前こそが、仮面ライダーエデンヘブンズ。

 

 

「は…はははははっ!!!そうか!やはり来たか!それが僕への試練というのなら、そうだ…やはりそれもいい、充実を貪るのも飽きていた所だ!」

 

 

エンジェルは辺り一帯を吹き飛ばす程の雷を杖に蓄え、一気にエデンに放つ。だが、ヘブンメモリの力を宿した槍は、それを容易く相殺してみせた。

 

攻撃を撥ね退けたエデンは両手で槍を掴み、背中に三対の翼を展開。羽ばたいて宙に飛びあがると、体を巡る光の力をその槍先に集中させる。

 

 

天門開錠(ヘブンズドア)!」

 

 

地獄に空いた穴の下で、エデンは更なる光を放った。彼を中心に光は円状に広がっていき、地獄にいるあらゆる者に触れては通過していく。

 

光の波は届いては去っていく一瞬の風のように地獄を吹き抜ける。そしてその光は遂に、ある闇に呑まれた『心』を感知した。

 

 

「見えた!」

 

 

ヘブンの能力は、変身より前に片鱗を見せていた。

花陽の家からここまでの一瞬の移動、メモリを受け止めたエデンもそうだったように、ヘブンメモリは「瞬間移動」を可能にする。

 

その能力でエデンの前に呼び出したのは、地獄を彷徨っていた一体のヘル・ドーパント。

 

 

「見つけたぞ…灰垣珊瑚。今度こそ俺が、貴様を救う」

 

 

『H』は花陽と適合したメモリ。その能力は彼女の思いから生み出されたもの。その力の本質はエンジェルのそれとは格が違う『救済の力』だ。

 

その救済の力を以て、エデンは珊瑚の心を見つけ出した。

何をすべきかも、花陽の意思を宿したヘブンメモリが教えてくれる。ドラゴンメモリが入ったエデンドライバーをロードドライバーにかざし、天高くでその槍を掲げた。

 

 

《ガイアコネクト》

《ヘブン!》《ドラゴン!》

《マキシマムオーバードライブ!!》

 

「遥か天空。神話より生み出されし竜は咆哮する。開け星々の扉よ、我は断罪の使者。我が主の願いに応え、この地に大いなる希望を呼び覚ます者。この一撃で世界を拓け!来たれ天国の聖槍!!」

 

 

ドラゴンでのマキシマムオーバーがドラゴンメモリの限界突破なのに対し、オリジンメモリであるヘブンのオーバードライブはいわば常時ツインマキシマム状態。

 

そこから更に二本のメモリの力を絞り出す必殺攻撃は、ツインマキシマムを超えた「実質2.5本のマキシマムドライブ」。ヘルを撃破するには十分な威力を持つ。

 

 

楽園を統べる天竜皇の裁剣(ロード・エデン・カラドボルグ)!!」

 

 

ヘルの体を超高密度エネルギーが包み込む。

このまま倒すのは可能だ。しかし、ヘブンメモリがその先にある「灰垣珊瑚の死」を告げている。

 

だからエデンは、その雷雲に等しいエネルギー球の中へと飛び込んだ。

 

 

 

________

 

 

 

 

「…ここは…成功したようだな」

 

 

雷獣事件の際、永斗は絵里の精神と対話した。ファング事件の時は全員で永斗の精神に乗り込んだ。そのどちらも「地球の本棚」があってこそ。

 

しかし、ヘブンメモリのもう一つの特殊能力は「同調」。

この二つ目の能力を使う事で本体のヘルを探し出すことができたし、今こうして前の事例と同様に、ヘルメモリの中へとアクセスできているのだ。

 

 

「お前…本当にうっとうしい」

 

 

耳が千切れそうな悲鳴と軋む空間。苦痛を具現化したような場所の中心に、珊瑚はいた。

 

 

「殺せばいい。じゃないと私は世界を殺すよ。こんな世界、もうどうなったっていい。みんな死ねばいいんだ」

 

「花陽と凛もか…?」

 

「黙れ…お前なんかが、あの二人の名前を呼ぶな!!」

 

 

珊瑚の拒絶で、空間を支配する悲鳴がより一層強くなる。

しかし、いくら拒絶されても退くわけにはいかない。少なくとも珊瑚に生きる気が無ければ、ヘルの撃破と同時に死ぬだけだ。

 

 

「花陽は貴様を待っている!まだ友達でいたいと、そう願っている。だから生きて帰るんだ!」

 

「…そんなわけない。私なんかが、求められるはずない」

 

「嘘じゃない!」

「分かってるよそんなこと!凛ちゃんの声も聞こえてた!私がどれだけ醜くても、二人は私を拒まない…拒絶してくれればよかったんだ、そうすれば私は縋らずにすんだ…凛ちゃんも花陽ちゃんも、苦しめずにすんだのに……」

 

 

瞬樹はその言葉で理解した。彼女の「殺してくれ」の意味を。

 

ずっと前から、彼女は知っていた。自分は汚い場所で育ち、体は醜い感情でいっぱいで、歪んだ愛を抱えた化け物だと。そんな化け物を、花陽と凛は最後まで愛してしまった。

 

だから瞬樹に頼んでいる。一度は自分を殺した彼に。

 

 

「動画サイトで…あの二人を見たんだ。しばらく会わないうちに綺麗になってて、あの引っ込み思案の凛ちゃんと花陽ちゃんが、笑ってアイドルやってた。隣で踊る子たちも綺麗で、私なんかとは比べ物にならなくて…それで山門さんからマネージャーの男の子たちが仮面ライダーって聞いて……急に怖くなった。

 

みんな凄い。そこに入っていく私だけ何も無い。嫌だ…私には凛ちゃんと花陽ちゃんしかいないのに!ずっと一番でいたかった!私だけを見ていて欲しかった!ふたりの優しさだけで…生きていたくなんてなかった…!」

 

 

「そう、だから僕は君にヘルメモリを与えた」

 

「貴様…!何故ここに!」

 

「扉を開け放しにしていたのは君だろう?」

 

 

珊瑚とエデンだけの世界に、侵入者が割って入った。

ヘブンメモリの能力はその出力と引き換えに、周囲をも巻き込んでしまう。あの瞬間、エンジェルも咄嗟に範囲内に飛び込んでいたようだ。

 

 

「僕は君に、その寵愛を勝ち取る力を与えた。そして君は何をしたか…忘れてはいまい」

 

「そう…私は…」

 

「君は彼女たちの陰口を吐いていたアイドルを襲い、μ'sの他のメンバーやマネージャーを殺そうとし、最後には世界を地獄に作り替えた。君がとった手段は殺意に満ちていた!」

 

「黙れ!それを仕組んだのは貴様だろう!」

 

「選んだのは彼女だ。僕はその選択を尊重したまで。

さぁ珊瑚、君のせいでいったい何人が死んだだろうね。君の中から出てきた地獄は、今も世界中で悲鳴を生み続けているよ」

 

「そうだ…私はここで死ぬべき…」

 

「違う。君は永遠にここで苦しみ続けるんだ。もう後戻りなんてできない。今死んで彼女たちに悲しまれ、悔やまれる資格なんて君にあるか?」

 

「……あるわけない。私にそんな最期が…許されるわけが…」

 

「君は永遠に恨まれ続けるんだ。全人類に、そしていずれは彼女たちに!それこそが君に相応しい罰というものだ」

 

 

泥のような霧が、足元から這い上がって来る。それは珊瑚の全身を包み込み、底へ底へと引きずり込もうとしているようだった。

 

エンジェルは珊瑚の心を折ろうとしている。生きたいなんて考えを僅かにも抱かせないよう、徹底的に。そうなればエデンは攻撃を中止せざるを得ず、無間地獄は継続される。

 

彼はどこまでも狡猾。これだけの奇跡を以てしても、彼の邪心を砕くに至らないというのか。いや……

 

 

「ふざけるな…!」

 

 

山門の策がどうとか、地獄の開放がどうとか、そんな事はもう瞬樹の頭には無かった。その竜騎士は馬鹿なので、今彼が抱いているのは激しい怒りのみ。

 

 

「貴様如きが…珊瑚の命を決めつけるな!!」

 

「…え……?」

 

 

その一瞬、珊瑚は思わず前を向いた。

理解ができなかった。彼が、自分のために怒っているという事実が。

 

 

「如き…?僕は天使にして教主。そして彼女の保護者でもある。君に言われる筋合いは無いと思うのだけどね」

 

「知らん!黙って聞いていれば何が永遠に苦しみ続けろだ、そんなものを望むのは天使でも保護者でも何でもない!

 

確かに珊瑚は罪を犯した。きっと多くは珊瑚を許さない。それが例え…腐った天使の策略だとしても」

 

「分かっているじゃないか。この審判は、いわば民衆の総意なんだ」

 

「だとしても…珊瑚はもう十分苦しんだ!己の醜さと向き合い、地獄の苦しみを受け入れ続けた。それも全て罪の報いだと。罰はそれで十分だ…誰が許さなくとも、俺は珊瑚の罪を許す!」

 

「咎人同士が傷の舐めあいかな?君は地獄を創った張本人で、仲間を裏切った最低の男じゃないか」

 

「貴様の方が酷い事たくさんしてるだろ!貴様には言われたくない!」

 

 

ごもっともだ。というか、頭に血が上って罪悪感とか考える余裕も無いというのが正しいか。

 

 

「聞け、珊瑚。貴様と俺は同じなんだ。近くに誇れる誰かがいて、その誰かと比べると自分が余りに乏しくて…それが耐えられなかった。俺はそこで騎士と出会い、道の先に友が居た。ただそれだけの違いだ。だが、俺が進んだ騎士道の先には…珊瑚、貴様もいたんだ」

 

「私…が…?」

 

「道行き出会った化け物も、倒した後は仲間にする。それが騎士道だ!さぁ生きたいと望め!俺が貴様を騎士道に導いてやる!」

 

「冗談はよすんだ。珊瑚、君に彼女たちと並ぶ資格は無い。生きて帰ればまた罪を犯す。君はそういう人間だ、君は現世を生きられない、僕がそう導いた!」

 

「珊瑚はそんな人間じゃない!珊瑚は我が主、花陽の友人にして…たった今から俺の盟友だ!我らが友を侮辱することは、この俺が断じて許さん!!」

 

 

エデンは光る槍で珊瑚を蝕む闇を切り裂き、強引にその手を掴む。

 

この男も、こんな化け物を受け入れた。

なんて残酷な信頼だ。この男は人の話を聞いていなかったのか。それにどれだけ悩んでいたと思っている。そもそもお前なんて嫌いだ。知った口で友達面するな。

 

 

あぁ、もう全部馬鹿らしい。

それだけ理屈を捏ねても、この男は無慈悲に手を掴む。

 

こんな人間がいるから、また縋ってしまうんだ。

 

 

「うっとうしい……」

 

 

うんざりとした表情。それでも、随分と晴れた顔で、珊瑚はエデンの手を握った。

 

 

人は誰しも弱く、醜い。そして罪を犯す。だが、どんな人間にも救いを求める権利はある。

 

手を伸ばせば応えよう。伸ばされなくたって応えてやる。

それは同情やエゴなんかじゃない。生きなければならないんだ。誰かがそれを求める限り、それに報いる事が罪の代償だ。

 

 

罪を犯さずに生きられる人間なんて居ない。

罪から悲劇を生まないために、憎しみを生まないために戦うのが―――

 

 

『断罪の竜騎士』

 

 

エデンの槍が、空間を貫く。

闇はひび割れ光に変わり、その全てが現世へと解き放たれた。

 

 

 

_______

 

 

 

ヘルを包んでいたエネルギーの光球は収束し、爆発と共に眩い光が地獄の隙間をこじ開ける。広がっていく光の環が血の色の空を洗い流し、炎も氷山も岩山も、地獄もそこに蔓延る怪物も、その一切合切を幻想の中へと還した。

 

 

「きれいだね…」

 

 

花陽は思わずそう呟く。青い空と白い雲。久しく見ていない気さえする光景が、世界は美しいと告げている。

 

その美しい空から降り立った戦士は、かつて地獄と呼ばれた一人の少女と、砕けたヘルメモリを抱えていた。

 

 

_______

 

 

 

「無間地獄が消えていく…」

『瞬樹のやつ、やりやがった…!』

 

 

踏みしめていた岩肌がアスファルトになったのを確認し、ダブルはその勝利を確信した。さっきのヘブンメモリの誕生もジョーカーとファングのメモリから伝わってきたが、まさかヘルをも倒すとは。やはり馬鹿は最強、この一言に尽きる。

 

そして、終わったのは無間地獄だけではない。

ヘルメモリが破壊されたという事は、エンジェルの洗脳能力も綺麗さっぱり消えたという事だ。

 

 

「信じられるか、カゲリよ。地獄が晴れていく。世界は終わらなかった」

 

「あぁヒデリ。頭も醒めた気ぃするわ。最悪の気分だ」

 

 

洗脳されていたのは民衆だけじゃなく、彼らも同じ。「悪食」の管理者である彼らは、利用価値のある駒として山門に操られていたに過ぎない。

 

 

「…耐え難き恥辱だ。己が使命も忘た挙句、あのような弱者に救われた形になるとは…嘆かわしいっ!」

 

「あー…今から山門に復讐も間に合わねぇな。無様だ、あぁ…最悪に無様だ」

 

「で、どうする気?戦う気はありませんで逃げる?」

『言っとくが逃がさねぇぞ。山門をぶっ倒して終わりの楽な戦いじゃねぇからな』

 

「心配すんな仮面ライダーダブル。それは…我らも同じだ」

「全ては暴食のために。我らが使命は神に傅き殉ずること!」

 

 

リベンジャーの剣がアベンジャーを、アベンジャーの爪がリベンジャーを刺し貫いた。ドーパント態から流れ落ちる鮮血。しかし、その先にあるのが二つの骸とはどうしても思えない。

 

 

「我は報復者」

「我は復讐者」

 

「「我らは共に、恨みを遂行する亡者である」」

 

 

永斗は一つの可能性が思い当たった。

リベンジャーとアベンジャー、そのメモリは地球の本棚の記録では「一冊の本」だった。それはつまり、二つの力はほぼ同一であることを示している。

 

リベンジャーとアベンジャーの姿が互いに混ざり合い、一つなった。鎖と有刺鉄線に巻き付かれた装甲に、剣のように太く鋭い爪の刃と両腕の盾。額の三本角が分かりやすく融合の証となっている。

 

 

《パニッシャー!》

 

「我らは守護者にして粛清者。神に楯突く愚者を呪い、恨み、断罪する者」

 

「なるほど、パニッシャー・ドーパントね」

『そいつがテメェの正体か!上等だ、かかって……』

 

 

パニッシャーはリベンジャーの時と同等の速度で肉薄。ファングの反応速度でギリギリ防御を構えたが、繰り出される攻撃はアベンジャーの威力。凄まじい破壊力が全身を駆け抜ける。

 

 

「調子が難しいか…?一人になるのは久しぶりだからな…」

 

 

一見重戦車のような見た目をしているが、蓋を開ければ速度は戦闘機だ。一撃を受けて分かったのは、能力はリベンジャーとアベンジャーのいいとこどりのバケモノという事だけ。

 

 

『んの野郎…!』

 

《ショルダーファング!》

 

 

ショルダーファングを持ち、止まっていたパニッシャーに向けて投擲。ショルダーファングは縦横無尽にパニッシャーを斬り続け、ダブルが接近した所で手の中に戻り、短剣として再びパニッシャーを襲う。

 

が、その速度に易々と反応するパニッシャー。しかも体に赤と青の炎が宿っている。報復と復讐の身体強化が同時に作用し、パワーとスピード共にダブルを凌駕した。

 

 

「あーチート。マジでチート!」

 

 

ジョーカーの力をレベル2まで解放してやっと、なんとかその猛攻についていけている状態。少しでも刃の置き所が狂えば腕が吹っ飛ばされそうな威力をいなし続け、あの馬鹿げた速度で逃げられないように攻撃の手は緩めない。死ぬほど過酷な戦いが続く。

 

何発かの被弾は永斗の不変の再生で誤魔化せているが、そろそろ体力と精神の方が限界だ。

 

 

「そろそろ終わりだ…その身に粛清を受け入れろ」

 

『うるせぇ…いや、随分と寡黙になりやがって。余裕ぶってんじゃねぇぞ!』

 

 

反応が遅れ始めた右側を引っ張るように、左側のジョーカーサイドがパニッシャーの盾に拳を打ち付けた。傷は入っていないが、瞬発的な火事場の馬鹿力が、一瞬その体勢を退かせる。

 

 

「我らは憤怒の奴らとは違う。貴様らを確実に、ここで殺す」

 

『だから殺しに来い…ってか?そんなに死にてぇか』

 

「…どうだろうな」

 

 

ダブルとパニッシャーの姿が消え、その中心で互いの刃が衝撃を撒き散らしてぶつかり合う。風圧が街路樹を薙ぎ倒し、勢いに負けたダブルは地面を削りながらの後退を強いられた。

 

 

「え、何言ってんのアラシ」

 

『なんか殴り合ってて感じたんだよ。ヤツのペースは合体前に比べて異常に速い。死に急いでるって感じの投げやりな戦いだ』

 

「ほへー、じゃあ付け入る隙はあるってことね」

 

『そうでなくても、アレはまだ俺たちが届く範疇だ』

 

 

パニッシャーの戦いに、ファングや七幹部のドーパントのような底知れない何かは感じない。かなり深いが、底は見えている。

 

肩が引き千切れるほど腕を伸ばせば、あの強さには届き得る。そう確信した。

 

 

『死にてぇなら乗ってやる。こっちも後先度外視の一発勝負でな』

 

「げぇ…大体予想ついたよ。オッケーわかった。そう言う事なら面倒くさいけど付き合おう」

 

『行くぜ粛清者。テメェらの屍を踏み越える!』

 

 

ダブルはファングメモリを三回弾き、マキシマムドライブを起動。

更に、引き抜いたジョーカーメモリをマキシマムスロットへと装填。ダブルの一発勝負、それは現時点最大威力の大技。ファングジョーカーのツインマキシマムだ。

 

 

《ファング!マキシマムドライブ!!》

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

 

「『ウオアァァァァァァァッッ!!!!』」

 

 

街に響く咆哮。アームファング、ショルダーファング、マキシマムセイバーがファングとジョーカーの両側にそれぞれ全装備される。その姿は猛々しくも恐ろしい、刃を纏った獣だ。

 

 

「……!」

 

 

パニッシャーは戦慄する。体感したことの無い研ぎ澄まされた強さが、心臓をなぞる氷の棘を想起させる。それ即ち、死の感覚。

 

 

「『ツインマキシマム!!』」

 

 

ダブルが地を蹴り、弾け飛んだアスファルトが落下するより先にパニッシャーに一撃。パニッシャーもそれに反応して瞬時に応戦するも、繰り広げられるのは先ほどまでとは違う互角の戦いだ。

 

耐久が上がっているはずのパニッシャーの鎧に、深い傷が入った。短くない戦いの末、ダブルの暴威はパニッシャーの身体能力に並び、最後に右足の刃とパニッシャーの爪が鍔迫り合う。

 

結果はパニッシャーの爪が砕け、その動揺に叩き込んだ五連撃がパニッシャーをノーガードの瞬間にまで追い込んだ。

 

 

『これで決まりだ!』

 

 

ファングストライザーと同じように回転して接近するダブルは、ジョーカーの力で左右二つに分かれ、異なる方向からパニッシャーのトドメを狙う。

 

ファングストライザーが「鎌」だとすれば、この技は半身そのものを一本の刃として見立て、双方向の斬撃で敵を刈り取る。それはまさに、噛み千切る「牙」の一撃。

 

 

「『ファングディザスター!!』」

 

 

白と黒の牙がパニッシャーの鎧を噛み砕き、敵を仕留めた。

一つに戻った獣…否、戦士の前で粛清者は爆散。

 

メモリが地に落ちて砕け、炎の中心で一人の男が天を仰ぐ。

 

 

「世界は終わらなかった。我らはきっと、あのまま終わりを望んでいた」

 

 

彼らは報復者と復讐者。ずっと恨みを晴らし、殺し続けて生き抜いた。だがその力を利用されて使命から外れ、恨みを向ける敵も直に消える。目が覚めて残ったのは、浅はかな敵意のみ。

 

暴食に忠誠などあるはずも無い。だが歯向かうつもりも無い。

「あれ」を見たあの瞬間から、彼らは虚しい抜け殻に成り果てていた。

 

 

「我らは、神を見た。

そして…神などいなければ良かったと、嘆いた。

 

この敗北こそが…我らの報復にして、復讐だ……!」

 

 

呪いの言葉を残し、その身体に融合の代償が訪れる。

 

 

「神の…名の…下に……」

 

 

最期の祈りを上げることも叶わず、その一つの肉体は光に当てられ崩れ去った。その言葉の真意を飲み込めないまま、アラシは消えた彼らにこう吐き捨てる。

 

 

『だからテメェらは…弱いって言ったんだ』

 

 

______

 

 

 

無間地獄が消滅し、山門の策略は全て崩壊した。

エンジェルの「救済の後光」の依り代も破壊され、洗脳も消滅。ドーパントとして暴れていた一般人も、徐々に自我を取り戻しつつある。

 

 

「ふはは…はははははっ!!あっはははははっ!!

津島瞬樹だけでなく、珊瑚まで僕を拒絶してみせるとは…素晴らしい…!これもまた…神の、試練!!」

 

 

尚も笑うエンジェルだが、様子がおかしい。

 

顔を覆っていた大理石の仮面が砕け、衆目に晒されるその素顔。

信仰心が瞬時に掻き消えるほどの醜悪さ。彼の内面をそのまま表したような、天使とは程遠い悪魔の顔だ。

 

 

「それが貴様の素顔か」

 

「僕の楽園は砕けた…もう誰も僕を天使と認めない…か。僕が支配し、誰もが僕を信じる楽園…悪くないと思ったんだけどね」

 

「幼稚な野望だったな。貴様は一瞬たりとて天使なんかじゃなかった。貴様は神の使いを気取り、人々の心を弄ぶ史上最悪の……人間だ!」

 

 

風を巻き起こし、逃げようとするエンジェル。しかも民衆の近くを陣取っているため、人質を取っている構図だ。この期に及んでも卑劣極まりない。

 

だから、エデンは即座にエンジェルに接近した。

誰かを盾にするよりも速く、エデンが展開した光はエンジェルを飲み込み……

 

 

 

「…決着はここか。なるほど、相応しい」

 

 

次の一瞬には、ヘブンの能力で二人の転移が完了。

その場所は人が粒にも見えないような天空。この場所なら何の妨害も入らない。正真正銘、翼を持つ二人だけの一騎打ちだ。

 

 

「貴様を倒し、全てを終わらせる!」

 

「何も終わりはしないさ!僕が死んだところで、人間は変わらず愚かであり続ける!その愚かさこそが、何度でも地獄を生むんだ!」

 

「気取るなと言ったはずだ!人が人を勝手に語るな!!」

 

 

エンジェルは黒い翼を、エデンは白い翼を広げ、空を舞台に聖戦の最終局面を繰り広げる。しかし、異変が起きたのはエデンの方だ。

 

ヘルを倒す際に全力の一撃を放った。マキシマムオーバーの特性上、時間制限というデメリットも存在する。早い話がエネルギー切れを起こしたのだ。

 

 

「身の丈に合わない力を使うからだよ。そうさ、僕も君も人間だ。あぁもう白状しよう、僕は教えだとか楽園だとかどうだっていい!僕は僕の力で得られるものを貪るだけだ!人類は僕に敗北したんだ、君如きに僕は越えられない!」

 

「一度は…そうだったかもしれない。貴様という悪に、俺を含め多くの者が負けた。だが立ち上がれる!弱いからこそ、何かに頼る以外に生きられないからこそ!何度だって縋りついて立ち上がればいい!心に抱いた一本の槍が折れない限り、俺たち人間が負けることは無い!!」

 

 

ベルトに刺さったヘブンメモリの翼が閉じられ、再び盾の形態に戻った。それは時間切れの合図だが、同時に「再起動」の合図でもある。

 

 

《フェニックス!》

 

 

温存していたフェニックスメモリをここで起動。閉じた状態のヘブンメモリの正面にある窪みに、フェニックスメモリメモリを挿した。

 

これは『H』のメモリに後から加えられたユニットの機能。一度空になったメモリに別のメモリのエネルギーを移し替えることで、エデンヘブンズは蘇る。

 

 

《フェニックス!マキシマムオーバーリロード!!》

 

 

“H”のオリジンメモリ。

地球から分離した26の意思の一つにして、“希望”の意思。

 

希望ある限り、天竜騎士は倒れない。

その優しき力を以て、エデンはタイムリミットを克服した。

 

 

「竜騎士に限界は無い…終わりだ、山門!!」

 

「素晴らしいッ!!!来るがいい津島瞬樹!!」

 

 

エンジェルの天秤から黒い雷が放たれ、逃げ道を塞ぐように凄まじい竜巻がエデンを囲った。

 

だが今のエデンに逃げ道など必要ない。一瞬でエンジェルの眼前に転移し槍を突き出すが、それを読んでいたエンジェルは光の棘でエデンを迎え撃ち、予め発射していた黒い羽根を呼び戻してエデンの背後をも狙う。

 

 

「騎士は…ただで復活なんてしない。いつだって新たな力で、人々の希望を照らす!」

 

 

エデンが広げた翼が燃え上がり、迫る黒い羽根を焼き払った。

オーバーリロードはヘブンのエネルギー補填だけでなく、属性付与をも可能にする。マキシマムオーバーほどの出力は出せないが、今のエデンはフェニックスの炎と治癒能力をも操る規格外の戦士だ。

 

 

エンジェルがまた大きく笑い声を上げると、エンジェルの光と羽根が一つの座標に収束。雷を帯びた巨大な光剣が具現化し、左手でその裁きの鉄槌をエデンに放つ。

 

悪意と狂気に満ちた禍々しい刃。エデンは転移での回避をせず、それを正面から迎え撃つ。光り輝く炎を纏った槍と竜騎士は刃を砕きながら前進し、根本にいるエンジェルへと到達した。

 

 

大きく槍を振りかぶったエデンがエンジェルの眼前に迫る。

 

だが、開いたエンジェルの右手には、蓄えていたもう一手があった。風属性を宿した高密度エネルギーの乱気流がエデンの姿を飲み込まんとする。

 

 

「闇を照らすは原初の炎。神が授けし希望の炎は、業火となりて罪を焼き祓う」

 

「…ッ!?」

 

 

詠唱が聞こえたのはエンジェルの背後。エデンは隠された一手を直感したから、その瞬間までヘブンの瞬間移動を温存していたのだ。

 

エンジェルの反応も見事だった。あの大技の後で瞬時に体勢を立て直し、エデンの攻撃に備えようとしていた。

 

だが、竜が吐く不死鳥の炎はそれより速い。エデンの神速の一撃はエンジェルの黒き右翼を燃やし尽くし、偽りの天使は飛翔の力を失った。

 

 

「我は断罪の使者。我が主の願いに応え、天空に大いなる裁きを下す者。不滅の炎は我が誇りに!世界の真理を焼き尽くせ!!」

 

《ヘブン!》《ドラゴン!》

《リロード・フェニックス》

《マキシマムオーバードライブ!!》

 

 

落下していくエンジェルに槍が投じられ、突き刺さった槍は光の陣になってエンジェルを空間に固定する。

 

 

「神には届かず…か………!」

 

 

そんな言葉を吐いたエンジェルに、エデンは狙いを定める。その脚に全ての光と炎、竜の力を宿して放つのは、一振りの聖剣が如き制裁(ライダーキック)

 

 

楽園を統べる天竜皇の裁剣(ロード・エデン・カラドボルグ)―――」

 

 

空からエデンの姿が消えた。

まるで舞い落ちる羽根のように、エデンは音も無く地上に降り立つ。

 

 

煉獄(プロメテウス)

 

 

エデンは技名をそう締めくくる。

必殺技は格好よく詠唱付き。それも瞬樹の騎士道。

 

そして、上空で黒い羽根を撒き散らしてエンジェル・ドーパントが爆発。

 

羽根が降り注ぐその瞬間に、言葉はいらない。騎士の姿こそが勝利の証。

この現世に彼が届けた人類賛歌は、青き空に響いていた。

 

 

______

 

 

9/8 活動報告書

 

 

無間地獄の大気のせいで分かりにくかったが、あの戦いは真夜中から朝方にかけてのものだったらしい。ようやく事態が落ち着いてきたので報告書を書く。今は日付変わるギリギリだ。

 

今回の事件はとてつもなかった。語彙力が残念な表現だが、そう言うしかない。なにせ全世界を巻き込み世界滅亡さえするところだったからな。

 

犠牲者の数は、事件の規模と比較してみれば有り得ないほど少数に収まっていた。しかし、それを幸いとは言えない。実際多くの命が失われているし、死んでないにしても地獄に引きずり込まれたせいで精神崩壊を起こしている奴も少なくない。

 

それに、山門がバラまいたメモリも問題だ。相当な数を破壊したつもりだが、未だ大半は見つかっていない。組織が見つければ回収、俺たちが見つければ破壊のレースになるだろうが、まだメモリを持ったままの一般人もいるはずだ。警戒しなきゃいけねぇ。

 

警戒と言えば、今回の首謀グループ「ノアの天秤」だが…当の山門が発見されていない。サクリファイスに関しても、ラピッド曰く「仕留め損ねた」らしい。死亡が確認されたのは、俺たちが倒したあの二人だけだ。

 

今回は事件の規模が規模だ。一件落着なんて都合のいいはずが無く、多くの傷跡は残った。

 

 

…さて、悪いニュースはもう十分だろう。傷跡は残ったとしても、良かったことだってある。

 

まずあれだけ暴動や破壊が起こりながらも、無間地獄が消滅すれば街は何事も無かったように元に戻っていた。都市機能に支障も無く、復興の必要はまるで無い有り様だという。

 

永斗が言うには無間地獄は仮想空間の類で、実際に物質が変化していたわけでは無かったかららしい。よく分からんが、派手に壊された事務所も無事で安心した。

 

それに伴い、学校もすぐに再開しそうだ。それどころか学園祭も一週間遅れで開催するなんて情報まで入る始末…あの理事長は少し強か過ぎる。まぁ喜ばしいことだが。

 

 

そして忘れちゃいけない。今回のMVP、瞬樹の事だが…

 

 

「俺はジョブチェンジ…いや、ランクアップした!竜騎士から天竜騎士に!世界を救った天!竜騎士!だ!存分に称えろ!」

 

 

増長した。

 

いや相応の活躍はしたんだ、大目に見るべきだろう。でもしつこいんだよコイツ。最初はめっちゃ褒めてお祭り騒ぎだった穂乃果や凛も、昼過ぎにはうんざりして扱いが雑になっていた。株ってのを大事に出来ないのかあの騎士は。

 

 

「そして世界を救った騎士の主こそ、花陽だ!」

 

「ちょっと瞬樹くん…主はやめて…!恥ずかしいよ…」

 

「我が天使、そして我が主よ!俺は生涯をかけて貴女に仕える!」

 

「あっ、聞いてない……」

 

 

なんか花陽も天使だけじゃなく、「主」なんていう称号を貰っていた。不憫に見えるのはなんでだろうか。まぁ近い関係になったと思えば良し…だと思う。

 

何より、瞬樹はいつもの騎士っぷりが戻ってきた。それはもう見事な復活だ。馬鹿加減も見事に復活して、半裸の灰垣を連れて帰って「我が盟友だ!」なんて言ったから卒倒しかけたくらいだ。

 

あぁそうだ、灰垣珊瑚のことを忘れていた。

新たなメモリの力で救い出すことができたらしい。花陽と凛の友達だし、俺としては帰ってきて良かったとは思う。だが永斗の方はどうも彼女が気に食わないらしく、フクザツな顔をしていた。

 

結局は問題を起こすようなら俺たちが対処すればいい、という風に収まり、今はヘルメモリの暴走の後遺症の治療のためハイドの診療所に預けてある。

 

 

「勘弁してほしいんスけど…」

 

 

なんて言っていたが、メモリに関する治療が可能なのはハイドしかいない。今回の騒動は瞬樹が解決したという借りもあったため、渋々だが預かってくれた。

 

何があったのかは知らないが、瞬樹は「珊瑚は騎士道を共に歩む友になった!いわば騎士見習い…リトルナイトだ!」なんて言っている。治療を終えて学校に戻った時、居場所があるようで何よりだ。

 

 

「随分と丸く収まってくれたな……俺はてっきり、日常には戻れないもんだと思ってた」

 

 

戦いが集結したわけでは無い。更なる巨悪が先で待ち構えている。

だが、この日常を諦めなかった花陽がいて、それでアイツらが立ち上がって、瞬樹はそれに応えてみせた。日常という希望を、全員の力で繋いだんだ。

 

天使を騙る悪との戦い。奇跡と悲劇を繰り返した末、天使は楽園に…いや、楽園(エデン)は天使のもとに還ってきた。

 

聖戦は決した。

本当の天使を見失わなかった、馬鹿な騎士の勝利だ。

 

 

 

______

 

 

それは月が出る夜。山道に入ろうとするトンネルでのこと。

 

 

「……仮面ライダーエデン…騎士…津島瞬樹…

素晴らしい…僕は、君の才能に敗北した……!」

 

 

翼をもがれた天使。だが、その命は未だ果てず。

天使の記憶を宿した銀のメモリは、砕けることなく握られていた。

 

サクリファイスの能力は「受けるダメージを自身と同等の存在に移す」。それは自分だけでなく物にも適応可能で、山門はエンジェルメモリにその能力を使わせていた。

 

エンジェルと同等の別のシルバーメモリも用意してあった。その結果あの攻撃によるメモリブレイクはそのメモリが受け、エンジェルメモリは壊れなかった。

 

山門は嗤う。まだ終わってないと。

愚かな人間を利用すれば、また一から立て直せる。その力が、自分には有る。

 

 

 

「人が優れた才能を見た時、取る行動は二つです。

嫉妬を覚えるか、それを賛美するか。貴方は後者をよくするみたいですね」

 

 

山門は瞬時にエンジェル・ドーパントに変身。光の刃を暗闇に放った。

刃を握り潰しながら現れたのは、キルだ。

 

 

「…姿を見ないと思っていた。諦めてくれた…なんてのは、僕の傲慢だったか」

 

「いえ、正しいですよ。ボクには何もできなかった。

だから彼らに託したんです。目覚めたのは『H』の方でしたが…結果としては満足です」

 

 

エンジェルは救済の剣を出現させ、キルに斬りかかった。急ごしらえだが依り代は既に拵えた。この剣が奴を斬れば、エンジェルの勝ちだ。

 

 

「……レベル2」

 

 

キルがそう呟くと、影から溢れ出た黒い液体が人型となり、圧倒的な力でエンジェルを抑えつけた。

 

 

「この力は…!?」

 

「ボクはあの時、警戒していました。貴方は手の内を隠してそうでしたから。でもそれが人を洗脳する剣程度なら…何の問題も無かったみたいです」

 

「そういう事か…あの時の君は、全力なんて出していなかった…!」

 

「貴方は随分と役に立ってくれました。オリジンメモリの一本を目覚めさせ、瞬樹を強くしてくれた。でもエンジェルの力が暴食に渡ると厄介です。思い通りに動かされるのは、死ぬほど不快でしたから」

 

 

エンジェルを抑えつける黒い人型が大きくなる。巨人を構成し、体に絡みついてくるそれは血液のようでもあり、肉のようでもある。だがそれは少なくとも、人から生じたモノだと断言できた。

 

 

「このまま世界を支配するなら、貴方に取り入るのもアリかと考えました。でも貴方には何も無かった。野望も稚拙、衝動と呼ぶには余りに粗末な欲望、貴方は何も欲してなどいなかったんです。地獄を創れるから創ったに過ぎない。同じ暴食でも氷餓が『飢餓』なら、貴方は『飽食』でしょうか」

 

「何も…望めないのさ。僕は『本物』を見た。あの才能に触れ……僕はそれで満たされてしまった。彼の『憂鬱』に…僕は囚われてしまったんだ」

 

「だからもう貴方は用済み。貴方をこの世に残してはおけないんです。それこそ、身体の一片残らず。奇しくも……今宵は満月ですね」

 

 

黒い巨人の顔に空洞が現れ、石のようなものが並んでいるのが見えた。世界を手に入れようとした愚かな天使紛いの結末、それが眼前にまで迫る。

 

 

「あぁ……素晴らし―――」

 

 

巨人の「口」が、「歯」が、山門を咀嚼し飲み込んだ。

 

黒い巨人が影に融け、その姿がキルと重なり薄れていく。

 

 

「『満月の狂人(グレイマン)』…やはり、暴食の気持ちは分かりませんね。こんなものの…どこがいいんでしょう」

 

 

暗殺者は満月から目を逸らすように、トンネルの影を目指す。

変身を解いた烈は、口に残った血を道路に吐き捨てて闇に消えた。

 

 

 

______

 

 

 

山門が最期に口走った、あの名前。

 

 

『憂鬱』

 

 

それはかつて、組織最強の才能を持った者の称号。

暇潰しと言わんばかりに謀反を起こすが、『傲慢』によって世界から追放された…はずだった。

 

 

 

「退屈な時間が続く…あぁ、笑えない。憂鬱で憂鬱で…死んでしまいそうだ」

 

 

異なる世界で、彼は今も憂う。

その巨大な憂鬱は、次元を超えて世界を侵食する。

 

 

「退屈は病だ。だがきっと、こいつが俺を治してくれるだろう。

()()は……この憂鬱を晴らしてくれるかな?」

 

 

 

彼の瞳が見据えるのは、女神を守る二色の戦士。

そして、また別の歌姫たちを守る『蒼き音速の戦士』

 

 

 

世界の壁が、開いた

 

 

 

 




一つ、エデンヘブンズ爆誕。エデン被り、セイバーの竜騎士被りとありましたが、僕の答えはこれです。エデンは僕が作った僕のライダーなので、何も変えずいっそパワーアップさせちゃえ大作戦!まぁパワーアップは前から考えてたんですけども。

二つ、ヒデカゲと山門退場。彼らも十分魅力的な敵ですが、なにせ強敵の後がつっかえているもので…しかし、彼らはしっかりダブルやエデンの超えるべき壁としての役割を全うしてくれました。

三つ、次回からMasterTreeさんの「ラブライブ!サンシャイン!!×仮面ライダードライブサーガ 仮面ライダーソニック」とのコラボ編です!マジで何年越しかの実現!めちゃくちゃ本筋と絡むので、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!

感想、評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 プロローグ この世界に落ちてきたのは誰か

ワクワクが止まらない146です。
ようやく…ようやく…!決定から3年と3か月の時を経て、MasterTreeさんの「仮面ライダーソニック」とのコラボが実現しました!

まずはプロローグ。あっちのキャラは(ほぼ)出ませんが、ソニックから来てくれた方々のためにも振り返り的な内容にしてあります。これまでの話を読んで欲しくはありますが、この話だけ読んでもらう形でもコラボ編を楽しめるかと。

PCならクリック、スマホならスライドで「ここすき」もよろしくお願いします!


空に吸い込まれ、空から落ちた。

流れついた場所には見覚えがあった。慌ただしく人間が動き回り、悪がベットリとこべり付いたあの街。忘れるわけが無い。俺は一度ここで死んだのだから。

 

だが違う。あの時の街とも、それどころか()()()()()()()()()とも、同じようで全く違う。この世界は一体なんだ?

 

まぁいい。俺のやる事は変わらない。

どんな世界でもどうせ、社会から悪が消えることは無いのだから。

 

 

______

 

 

 

「クソがッ!しつこいっ!」

 

 

街中を走る怪人。頭部から背中にかけて大きな殻を背負い、粘液に塗れた体を持つその姿は誰が見ても一目瞭然。カタツムリの能力を持ったスネイル・ドーパント。

 

 

「しつこいのはテメェだ!止まれゴラァ!」

『走るカタツムリってそれどうなの…!?』

 

 

逃げるスネイルを追うのは仮面ライダーダブル。だが彼らは普段より機嫌が悪いようだ。怒りをそのまま発散させるような熱が、ヒートジョーカーの体から溢れ出している。

 

苦し紛れにスネイルが吐き出した粘液も、その熱で一瞬も経たずに焼き払われてしまう。万事休すの場面で、スネイルは最後の手段を解放。背負った強固な殻で完全防御体勢に変化した。

 

 

「やっと止まった!覚悟しやがれ!」

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

「『ジョーカーグレネード!!』」

 

 

がしかし、ダブルにとってはスネイルの防御など薄皮。二方向から繰り出された炎の拳が殻を粉砕し、本体を叩きのめす。

 

 

「なんなんだよ…お前…!警察か…!?」

 

「探偵だ」

 

 

爆発したスネイルから金髪のゴロツキが転がり出たのを確認すると、ダブルはスネイルメモリを踏み潰した。

 

これで任務完了。とはいっても、これは本日3件目のドーパント騒ぎだ。

 

先日のエンジェル・ドーパントこと山門が引き起こした大事件、その過程で一般人に大量のガイアメモリが流出してしまった。その多くは警察によって回収されているのだが、当然このようにメモリを使って暴れる輩も現れる。ダブルはその始末に追われているのだ。

 

 

「つっても探偵の仕事じゃねぇよなコレ…依頼も出てないってのに」

 

『僕ら警察とやってること変わらないからね実は。せめて警察にも仮面ライダーいたら楽でいいんだけど…』

 

 

変身を解除すると、アラシのスタッグフォンに着信が入る。ドーパント退治に出ているもう一人の仮面ライダー、津島瞬樹からだ。

 

 

『我が名は…フッ、竜騎士シュバルツ』

 

「いたずら電話の方がなんぼかマシな第一声だな。で、何の用だアホ」

 

『アホじゃない竜騎士だ!実は重大な問題に直面してしまった…コンビニの新作特選米おにぎりと、定番のごはん屋のおにぎり…我が天使はどっちを買えば喜んでくれるだろうか!?』

 

「知るかボケ」

 

 

その次の言葉を待つことも無く、アラシはすぐに電話を切った。

 

これが先日の事件がもたらしたもう一つの弊害。瞬樹が立ち直り、花陽との仲も深まったのはいい。しかし瞬樹の花陽に対する好意と忠誠心が悪く作用し、瞬樹のバカさに拍車がかかってしまったのだ。

あれから口を開けば「我が天使が…」「我が主が…」しか言わないから心底面倒くさい。

 

 

「惚気…って言わねぇかアレは。花陽のやつも大変だろうな…」

 

 

花陽もそうだが、μ'sの彼女たち全員が大変だ。なにせこんな状況でも学園祭は開催されることとなり、ただいま急ピッチで準備に勤しんでいるのだから。

 

学園祭ではライブをする予定だ。ラブライブも予定より一週間遅れで開催が決定したため、このライブは極めて重要なものとなる。気合が入るのは必然。

 

 

「俺らも手伝ってやりてぇが…」

 

 

せめてこれ以上、何事も起こらないように。

アラシはそう心の中で願った。

 

 

_______

 

 

 

さて、アラシ達がドーパント退治をしている中、アイドル研究部の方はというと。

 

 

「………」

 

 

準備の慌ただしさはそのままに、雰囲気は完全にお通夜だった。

その原因は、一人こわばった笑みを見せている自称部長の矢澤にこにあった。

 

 

「……講堂」

 

 

希がわざとらしく、ため息交じりで呟いた。

その単語はにこの心臓に鋭く刺さる。

 

 

「なによ!私のせいっていうの!?」

 

「だってそうにゃ!にこちゃんがハズレなんか出すから!“瞬樹じゃないんだから余裕よ余裕~”とか言ってたのどこの誰にゃ!」

 

「うっさーい!運なんだから仕方ないでしょ!」

 

「疫病神ー」

 

「聞こえてんのよ希!」

 

 

さきほど行われた、学園祭での講堂の使用をかけた抽選会。回転抽選機、いわゆるガラガラで行われたのだが、にこはそれで見事にハズレを引いたのだ。

 

つまり、アイドル研究部は学園祭で講堂を使えない。

 

 

「そういえば、オープンキャンパスの時はゲーム研究会から時間を勝ち取れたよね?」

 

「今回はあそこも外れてたわよ。灰間部長が絵里を散々煽ってたけど…」

 

 

花陽の提案に真姫が返し、その時の光景を思い出す。

 

『おやおやおやおや、天下の生徒会長要するアイドル研究部がまたもハズレを引くとは!天に見放されてなんとも哀れ!私たちが輝くアタリを出す所を指を咥えて見ているがいいさ、既得権益に胡坐をかいた堅物生徒会長!ははははっ!』

 

と言った直後にハズレの白玉を出していて、運営に訴えようとしていたところを副部長の木部霧華と部員の楯銛青葉に連行されていた。

 

絵里曰く「少し留飲が下がった」らしい。

 

 

「その話はもういいでしょう。結局屋上でライブすることになったんですから、喋ってないで手を動かしてください。ステージを一から作るのですから、急がないと間に合いませんよ!」

 

 

海未がそう周りを急かす。

彼女の言う通り、穂乃果の提案でライブは屋上ですることとなった。ハズレを引いたことに対する同情ゆえか、演劇部などから簡易ステージの材料を分けてもらえることになったが、練習などを考えると本当に時間が無い。

 

皆が気合を入れ直したその時、ステージ背景に使う布を確認していたことりがある事に気付く。

 

 

「布の大きさ…ちょっと足りないかも…」

 

「…どうしましょう。これ以上他の部から貰う訳にはいきませんし、買うとなると少し費用が……」

 

「あ、布ならあったよ!確か…永斗君の部屋に使ってないのがたくさん!」

 

 

穂乃果が思い出したのは、永斗のコスプレ趣味だ。出会った当初こそ何度かコスプレしていたが、最近は事件続きでコスプレ衣装を用意する暇がないとぼやいていた。

 

その使わなくなった衣装用の布が、事務所に残っているはず。それを上手く貼り合わせれば背景の布を拡張できるかもしれない。

 

 

「私、ちょっと取ってくる!」

 

 

そう思い付いたらノータイム。返事を待たずに穂乃果が飛び出してしまった。

 

 

_______

 

 

 

「布?あー、持って行っていいよ。てかよく覚えてたね、自分でもコスプレ趣味なんて死に設定だと思ってたけど」

 

「ありがとう永斗君!そっちもファイトだよ!」

 

「うんファイトする。頑張る」

 

 

変身するため事務所に残っていた永斗を軽く励まし、穂乃果は布を持ってドタバタと出て行く。

 

一刻も早く学校に戻ろうとしたが、事務所を出ると扉の前にいた誰かとぶつかりそうになってしまった。

 

 

「あっ!ごめんなさい!大丈夫ですか?」

 

「いえいえ…こちらこそごめんなさいね」

 

 

いたのは柔らかい表情のお婆さんだった。杖を使っているから腰は悪そうだが、ぶつかりそうになった際にどこかを痛めたような様子はない。穂乃果はとりあえず安堵した。

 

 

「それで、この探偵事務所に何かご用ですか?おばあちゃん」

 

「ここから出てきたけど…もしかして探偵さんかしら?」

 

「探偵…私が…!はいっ!私は音ノ木坂探偵部の高坂穂乃果です!」

 

「あら…若いのにすごいわねぇ。

それならお願いしたいことがあるの……探し物をしてほしいんだけど……」

 

 

______

 

 

 

「また電話かよ。穂乃果から…?」

 

 

少し休憩とクレープを食べていたアラシに再び着信。急いでクレープを食べ終えると、口元のクリームを拭いながら電話に出た。

 

 

「もしもし、どうした。なんかトラブルか?」

 

『アラシ君!依頼だよっ!探偵の依頼!』

 

「はぁ!?依頼って…今かよ」

 

 

何事も無いようにと祈った傍からこれだ。自分は疫病神かもしれないと、少し落ち込んでみたくもなってしまう。

 

 

「お前なぁ…俺がいないのに勝手に依頼を受けんなよ」

 

『でもサネ子さんすごい困ってるって!助けてあげないと!』

 

「誰」

 

『さっき事務所前にいたおばあちゃん。お孫さんの誕生日プレゼントにおもちゃを買ったらしいんだけど、急に無くなっちゃったんだって!今日中に見つけないと誕生会に間に合わないみたい。引き受けようアラシ君!』

 

 

声が大きい。思わず携帯から耳を放してしまう。

何だか知らないが妙に張り切っている。こういう時の穂乃果は少し面倒だ。

 

だがアラシは仮にもマネージャーの立場。その辺はしっかりと管理しなければならない。

 

 

「駄目だ。学園祭まで時間が無さすぎる。そんなことしてる暇はねぇ」

 

『そんな…でも!探偵もアイドルも両立させるって…頑張ればきっと!』

 

「無理なものは無理だ。両立とは言ったが限度がある。廃校を防ぐためにもお前らはアイドル優先。しかもライブ前なのに無理してどうすんだバカ」

 

『でもサネ子さんは…』

 

「分かってる、依頼人を大事にしない奴は探偵失格だ。

だから俺たちがやる。お前は安心してライブの準備してろ」

 

 

それだけ言って、アラシは聞こえないように溜息をついた。

あっちの両立もそうだが、こっちの仮面ライダーと探偵、ついでにマネージャーの両立も楽じゃない。

 

 

______

 

 

 

結局、あの後穂乃果を説得するのにも一苦労した。

依頼人のお婆さんには事務所で休んでもらい、暇な永斗が接待しつつ色々と聞き込みをしている。

 

アラシはまず、そのおもちゃを無くしたという場所に向かった。

 

 

「おもちゃ屋を出て信号を渡り、右に曲がってすぐ。人通りは少なくない場所だな。でも落としてすぐに拾えないほど混んではねぇ…」

 

 

一応確認として、アラシは近くの交番に落とし物が届いていないか聞きに行った。そこで帰ってきたのは警官の「またですか」という反応。どうやらここ近辺で紛失が多発しているらしい。それも恐らく同じタイミングで。

 

その後、明らかに何か苛立っていた若い男性に話を聞くと、お婆さんと同じ場所で財布を『誰かに盗まれた』という。

 

 

「永斗、大体話が見えてきた。こいつは紛失じゃなくて窃盗。しかも多分メモリ犯罪だ。もう手の凝った事件を起こす奴が現れやがった」

 

『僕もサネ子さんに話聞いたよ。その場所で突然“体が動かなくなった”らしい。動けるようになったらおもちゃが消えていた』

 

「こっちも同じ話を被害者から聞いた。さっき行ったケーキ屋も同じ現象が起こった後、気付いたらシュークリームがごっそり消えてたってよ。山門のせいで大騒ぎだってのに、とんだ火事場泥棒だ」

 

 

だが依頼とドーパント退治を同時にこなせるのは幸運かもしれない。ここから先はいつも通り、犯行手口とメモリの特定から始める。

 

 

「その婆さんは腰が悪いんだよな?どっか痛めてる様子はあるか?」

 

『特に』

 

「じゃあメモリは重力系じゃねぇな。重力で動きを封じて窃盗したなら、老人はその負荷に耐えられねぇ。そもそも、んなことすればシュークリームがペシャンコで台無しだ」

 

『オッケー。じゃ鈍化の方向で検索進めとくねー』

 

「サボんじゃねぇぞ」

 

『善処します』

 

 

ここで永斗が電話を切った。ここからは出来るだけ情報を集め、永斗の検索をサポートするのがアラシの仕事。

 

おもちゃなら買い直せばいいと一回思ったが、永斗が言うには「アレは先着順に特典アイテムが付いてくるやつ。同じのはもうどこに行っても買えない」らしい。さっさと泥棒を見つけるしかない。

 

 

「監視カメラには泥棒の姿映ってるかもな。こればっかは警察じゃなきゃ無理だし、北嶋のオッサンに頼んでみるか」

 

 

しばらく手掛かりを探るも、特に無し。盗まれたものに統一性も無く推理は行き詰まり。やはり捜査では警察に遠く及ばないと判断し、アラシは警察内の知り合いである北嶋刑事に連絡を取ろうとした。

 

 

「……おい」

 

 

が、スタッグフォンを閉じ、アラシはすれ違った男に声を掛ける。

口と顎に短い髭を生やした、若干ワイルドな40代くらいの男。特に変な様子は無く、声を掛けられた男も少しの困惑が見えた。

 

 

「何かな」

 

「俺はスイーツが好きなんだ。最近の流行りはシュークリームでよ、特に秋葉原にクランベリーをふんだんに使ったシュークリームを出す洋菓子店がある。珍しいだろ?あそこは結構穴場で俺のお気に入りだ」

 

「…そうか、覚えとくよ。じゃあ」

 

「待てオッサン、話は終わってねぇ。

今日もシュークリーム買いに行ったらビックリだ。開店前に全部盗まれたってんだから。でも新しく焼いて開店できるようになったら連絡くれるってんだから、親切な店だよな。ちなみに連絡はまだだ」

 

「もういいだろ!?何の話なんだよさっきから!」

 

 

声を荒げる男の怒りに見向きもせず、アラシは男の服に付着していた塵のようなものをつまみ上げる。それは黄色がかった薄い皮のようなもの。

 

 

「小麦と砂糖の匂い、シュー生地だ。ついでに口からプンプン匂うクランベリーの香り…そんだけ匂うだけの量、間違ってたら悪いが…何を食ったんだ?」

 

 

アラシの推理の正誤を確かめるまでもなく、様子が豹変した男はアラシを突き飛ばして逃走した。

 

 

「ラッキー、当たりだ!」

 

 

しかし突き飛ばした程度でアラシが怯むはずもなく、一瞬で立ち上がると猛スピードで追跡。すぐに追いつき、抵抗する男を捻じ伏せた。

 

 

「はははっ!いいぜ、こいつを使ってやる!」

 

《ハンマー!》

 

 

どこからか取り出した大きな袋。その中をまさぐって取り出したのはガイアメモリだった。

 

ガイアメモリを腕に挿し、追い詰められた男がドーパント態に。全身に大小様々なハンマーの形を持った筋骨隆々の姿。特に右腕のハンマーの破壊力は見るまでもない。

 

 

《ジョーカー!》

 

「永斗、変身だ。いけるか?」

(早いねー。仕事が減るのはいいけどさ)

 

 

ドライバーにサイクロンメモリが転送され、アラシもジョーカーメモリを装填。ドライバーを展開し、風を纏って仮面ライダーダブルへ変身する。

 

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

「お前…仮面ライダーだったのか!」

 

 

ハンマーは開幕全力の一撃。量産メモリといえど、流石に何発も喰らえない威力だ。と、そこで永斗がドーパントを見て首を傾げる。

 

 

『あれが窃盗の犯人?ハンマーじゃ例の現象が説明できないんだけど』

 

「知るか。殴れば分かる!」

 

『アラシって戦闘になると途端に脳筋だよね…慣れたけどさ』

 

 

ハンマーの攻撃の間を縫って、的確に蹴りのカウンターを入れていく。硬い肉体だが、さっき戦ったスネイルほどじゃない。軽く三発も入れればダメージになる程度だ。

 

 

「野郎…!これでも喰らえ!」

 

 

苛立ってきたハンマーが鎖付き鉄球をダブルに投げつけた。受け止めた腕がジンジンと痛む、骨にまで響く重さ。これはサイクロンジョーカーでは面倒だ。

 

 

《サイクロンメタル!!》

 

『磯野、野球しようぜー。なんてね』

 

 

ダブルはサイクロンメタルへとチェンジし、メタルシャフトで鉄球を打ち返す。何度投げても打ち返されるし、接近して殴ってもサイクロンメタルの防御力で受け切られてしまう。殴り合ったら先に根を上げるのはハンマーの方だ。

 

サイクロンジョーカーまでは感じていた手応えが、完全に消えた。多彩なフォームであらゆる敵に対して苦手をぶつけることが出来る、これこそがダブルの強み。

 

 

「詰みだぜクソ火事場泥棒」

 

「調子に乗るなよ!俺はまだ終わっちゃいねぇ!」

 

 

勝ちの局面だと思っていたが、その考えは一変する。

またも出現した袋から、ハンマーが今度は別のメモリを取り出したのだ。

 

 

《ノイズ!》

 

 

ハンマーが体にメモリを挿し、別の姿に。

体格が一転して細身になり、鉄々しかった見た目が電子機器のような電線乱れる全身へと変化した。特徴的な右手のマイクと右胸のメガホンといい、さっきまでとは完全に別物だ。

 

 

「メモリの複数使用だと!?どうなってんだ!」

 

『幹部格ならまぁ分かるけど、ただの人間がやっていい所業じゃないよね…普通なら負担と毒素に耐え切れずぶっ倒れるよ』

 

 

ノイズは持っていた袋を野球ボールほどに縮小化し、腰に仕舞った。あの袋の仕組みにもツッコみたいところだが、ノイズの攻撃が迫る。

 

 

「くたばれえぇぇぇぇっ!仮面ライダァァァァァァッ!」

 

「うる…っせぇ!」

『耳壊れる……』

 

 

見た目通りの騒音攻撃。凄まじい怪電波で耳どころか全身の感覚にまで狂いが生じ始め、視界が傾き、シャフトを掴む握力が緩む。

 

 

「今だ!もらいっ!」

 

 

ノイズが伸ばした触手がメタルシャフトを奪い取り、そのシャフトでダブルを攻撃。反撃しようにも感覚が全く掴めず、視界が当てにならないため避けることもできない。

 

 

「この蝉野郎…!見た目も蝉っぽいの腹立つな…夏終わったんだから冬眠してろ!」

 

『リズムで相殺…いや、それならトリガーだ』

 

「…!あぁ、なるほどな」

 

 

ダブルはなんとかメモリを入れ替え、ドライバーを再展開。

 

 

《ヒートトリガー!!》

 

 

メタルメモリを抜いたことでシャフトが消滅。ノイズが驚いた隙に、トリガーマグナムから広範囲の火炎放射を繰り出す。

 

これなら狙いが定まらなくても比較的当たりやすいし、電子機器は熱に弱い。その狙い通り火炎を受けたノイズが怪電波を停止させ、ダブルの感覚が復活した。

 

 

「っしゃあ!覚悟しやがれ!」

 

「クソ!もう一度…!」

 

 

一度見た手は何度も喰らわない。ダブルはノイズが仕掛ける前にインファイトへと持ち込み、顔面を銃で殴りつけると炎の蹴りで吹っ飛ばす。

 

地面を転がるノイズに照準を定め、マグナムにトリガーメモリを装填。荒ぶるエネルギーを抑え、引き金を引いた。

 

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

「『トリガーエクスプロージョン!!』」

 

 

超圧縮された炎がノイズの姿を焼き尽くし、大爆発。ノイズメモリは砕け、放り出されたハンマーメモリもダブルが握り潰して無力化完了。

 

が、男はすぐに立ち上がると、まだ抵抗の姿勢を示す。

 

 

「まだメモリを使う気か?上等だよ、何回でもぶっ倒してやる」

『えー僕もう嫌なんだけど…』

「黙ってろクソニート」

 

「畜生…()()()()()()()をしやがって…!もういい!遊びはおしまいだ!」

 

 

男はそう言い放つと、髑髏の頭部を持った機械の怪人に変化。首元の襟のような部分は緑色で、胸には三桁の数字が刻まれている。その番号は『106』。

 

 

「なんだあの姿、蛾…いや蝙蝠のドーパントか…?

いやおかしい。今アイツ、メモリを…」

 

『うん、ガイアメモリを使わず変身した。あいつはドーパントじゃない!』

 

 

蝙蝠怪人が両手を前に出すと、奇妙な波動が空間に広がっていく。それは一瞬の衝撃と、その後の異変をもたらした。

 

 

「……これは…!?体が重い…そうかこれが!」

 

 

ダブルが動けない間に、怪人は緑の翼を広げて飛び去ってしまう。しばらくの時間が経つと、ようやく重苦しさから解放された。

 

まるで泥沼の中でもがいているような不自由感。盗難被害者が感じた奇妙な現象は、やはりあの男が出したもので間違いなかった。

 

 

『あら逃げられちゃった…どーしよっか、あの重いやつあると僕ら手出せないよ』

 

「それはそのうち考える。今は…依頼達成の報告だ」

 

『達成?…あ、なるほど。ちゃっかりしてるね』

 

 

ダブルの手の中には、さっきの怪人が持っていた小さな袋が握られていた。強く握ると元の大きさに戻り、中には被害にあった盗品がズラリ。依頼人のお婆さんが買ったと思われるおもちゃも、その中にあった。

 

 

「殴り合った時にスった。泥棒返しってやつだ」

 

『手癖の悪さに定評のある探偵ねぇ…』

 

「うるせぇよ。勝手にゲームに金使ってるお前に言われたくねぇ」

 

 

犯人には逃げられたが、おもちゃの奪還には成功。

大きな懸念を残しながらも、見事に依頼を達成したダブルであった。

 

 

_______

 

 

 

人々を鈍化させる謎の機械怪人の出現は、あらゆる陣営に波紋を広げる。

 

永斗は事務所に戻った後、すぐに検索を開始。

心当たりはある。何度か『傲慢』がゲートから出していた「異世界の怪人」。異世界が並行世界という意味ならば、この世界にも情報が存在している可能性がある。

 

『機械』『鈍化』『変身』『蝙蝠』『数字』―――

最後に『並行世界』と『未知』。そのキーワードを入れ終えると、一冊の薄い本が残った。

 

ページを開く。空白と文字化けだらけで読めたものではない。

永斗は嫌な予感を胸に留めながら、その題名を呟いた。

 

 

「ロイミュード…」

 

 

一方、カフェで退屈そうにお茶をしていた組織の幹部、『傲慢』こと朱月王我と『暴食』の女も、その存在を感知し、興味を向ける。

 

 

「アレ、貴方が出したの?」

 

「まさか。あのロイミュードは違う、()()()()()()から来たホンモノさ。誰が送ってきたんだろうねぇ。あっちの世界に追放したヤツで生きてそうなバケモノなんて…一人しか知らないけど!」

 

「まさか彼が…?3年前、貴方でも殺せなかったって言う…」

 

「いいねぇ!帰って来なよ。今度こそ退屈させず、オレが殺してやる」

 

 

そして、逃走したロイミュード106。

ダブルの攻撃はボディにも大きな損傷を与え、このままじゃロクに活動もできない。

 

 

「クソっ!この世界にも仮面ライダーがいやがるのか!見てやがれ、俺も進化すればあんな奴!」

 

 

106は、かつて一度仮面ライダーに敗北した。使い捨ての駒にされ、炎に焼かれて死んだ。

 

その時は警察官とは名ばかりの、とある卑劣な男と融合して進化を果たしていた。だから今度は自分の力で、あれ以上の力を手にする。

 

あの時と同じように『盗み』を繰り返し、その快感を吸収し続ければ…やがて到達できるはずだ。究極の、超進化態へ。

 

 

「嗚呼エルバ様!心より感謝致します!私如きのために、貴方様直々にこのような贈り物をくださるとは…!!」

 

 

野望を噛み締めていた106の前に、天を仰いで叫ぶ妙な女が現れた。

女の視線は106に向けられ、恐れるでもなく近寄って来る。

 

 

《サテライト!》

 

「ッ…!させるか!」

 

 

女から何かを感じ取っていたのか、警戒していた106。女―――胡蝶(フーディエ)がメモリを出して鎖骨に挿した瞬間、攻撃より早く重加速を発動させた。

 

ドーパントやメモリの仮面ライダーは、この重加速を前に太刀打ちはできない。その事実を確認し、106は笑う。この世界でなら、天下をも手中にできる。

 

 

そんな身の程知らずの野望を、レーザーという名の天誅が射貫く。

 

 

「なにィ…!?」

 

 

一撃で急所をやられ、106のボディは爆散。

重加速が展開される寸前にサテライトが発射した小型衛星が、重加速の範囲外の空から106を狙撃したのだ。

 

浮かび上がる106のコアを、サテライトは掴んで放さない。

 

 

「あちらの世界の記憶を持つ存在。これにより転移の座標が固定され、私のプログラムは完成する……お待たせしましたエルバ様!この忌々しい世界の壁、今こそ壊して会いに行きます!この世界と数多の悲鳴を手土産にっ!」

 

 

『人は皆、化け物と呼び合う心を持っている』

かつて106と融合した人間、仁良光秀は人間をそう評した。彼も桁外れの外道だったが、それを今になって痛感する。

 

106のコアを掴んだ腕から伝わってくるのは、もはや醜いとまで言える忠誠心。恐怖すら覚える禍々しく濁った感情。

 

106は思い出した。106をこの世界に送り込んだ男もそうだった。

彼の中身は虚無。ただ広く、無限に広がる狂気の『憂鬱』。これが人間。これが本当の化け物。

 

 

サテライトの右腕が、106のコアを吸収。

最後に覚えた恐怖を抱え、そのロイミュードの意思は消え去った。

 

 

 

そして再び扉が開き、新たに二つの存在が世界に落ちる。

並行で平行だったはずの世界が、混ざり合おうとしていた。

 

 

 

 




今回登場したのはMrKINGDAMさん考案の「ハンマー・ドーパント」、髭アンパンさんとτ素子さん考案の「ノイズ・ドーパント」でした!

ロイミュード106って実は声優が勝杏里さんなんですよね。仮面ライダービルドのキルバスやダンボール戦機の仙道ダイキを演じられてる方です。そういう意味でも好きなロイミュードだったので、今回ソニック世界からお借りしました。

仮面ライダーソニックの方でもプロローグが投稿されているので、ぜひ見に行ってください!

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第1話 青い仮面ライダーはどこから来たのか

ちょっと遅れました146です。
遂に始まります、仮面ライダーソニックとのコラボ編!今回から本当の始まりです。これ読む前に、あっちで投稿されているコラボ編1話を読むといいかもです。

https://syosetu.org/novel/91797/
↑このURLで仮面ライダーソニックを読みに行ってください!


今回も「ここすき」よろしくお願いします!


 

 

『憤怒』『色欲』『傲慢』『嫉妬』『強欲』『暴食』『怠惰』

人が背負いし七つの大罪。ガイアメモリで世界を掌握する組織の大幹部は、それぞれその罪の名を冠する。

 

しかし、キリスト教に伝わる七つの大罪には原型が存在する。それが『八つの枢要罪』。七つの大罪が定まるにあたり、その中から二つの大罪が除名された。

 

『憂鬱』『虚飾』

うち、憂鬱の名を冠する幹部はかつて組織に存在した。それは組織の中で最も優れた才能を持った者だったという。

 

 

3年前、憂鬱に狂った彼は組織を敵に回した。

そして幹部の一人、『傲慢』の朱月王我ことゲート・ドーパントが、その始末に駆り出された。

 

 

「…あぁ、笑えないなぁ」

 

 

ゲートとの激戦の最中、憂鬱は不意に呟いた。

 

 

「組織では俺の感情を晴らせない。悪と悪のぶつかり合いほど、心が躍らないものは無い。実に笑えない……退屈で、憂鬱で、死んでしまいそうだ」

 

 

ゲートは並行世界に続く扉を作り出すことが出来る。

しかしその中は、物理法則も何もあったものではない地獄の積乱雲。端的に言って入れば即死。その先にある景色を拝むことは不可能だ。

 

だからその扉は、ゲートの一撃必殺として使われた。

()()()()()()()憂鬱にとって、その扉を斬ることは容易かったはずだ。しかし、憂鬱は―――

 

 

自らその扉の中に、身を投げた。

 

 

 

「…やっぱ生きてたか憂鬱くん。このオレを前に退屈だなんて、ホンットに傲慢だよねぇ。その憂鬱の矜持……今度はグッチャグチャになるまで遊んでやるよ」

 

 

あの時のやり取りを思い出し、朱月は皿の上にナイフを放り出した。

 

秋葉原のメイドカフェの一角。

暴食が去った後に残された朱月は、席を立って店を後にしようとする。

 

 

「お待ちください旦那様!お代を払っていただかないと…」

 

「んー?何、ご主人様から金取るの?傲慢だねぇ」

 

 

朱月の人差し指が、代金を請求しに来たメイドの腹部を指す。

その途端、体の内から逆流するような怖気を感じたメイドは、死を悟ったように瞳孔を開いて膝を地につけてしまった。

 

声も出せず座り込んだメイド。朱月は愉快そうな様子で指を下ろすと。彼女の脚に札束を投げ渡した。

 

 

「また来るよ」

 

 

笑って手を振った朱月は、再び笑った。

何もかもが楽しみだ。憂鬱の断末魔を聞くのも、世界が崩れ行くのも、その全てが。

 

 

「キミたちは…どれだけオレを楽しませてくれる?」

 

 

メイドカフェにすれ違いで入った、2人の少年。

彼らには聞こえなかった呟きが、朱月の心を震わせた。

 

 

 

_________

 

 

 

金縛り窃盗事件の犯人は、複数のメモリを使う機械怪人だった。犯人は逃がしてしまったが、盗品は見事に回収。アラシは依頼人のお婆さんに盗まれた玩具を返し、残りを交番に届けて依頼を完遂させた。

 

 

「ったく…ドーパントだけで手一杯だっての。何なんだよアレは。あんなのまで面倒見切れるか」

 

 

アラシは文句を言いながらも、表情はそこまで不機嫌そうでは無かった。というのも、盗難被害にあった秋葉原の洋菓子店から焼き上がりの連絡が来て、お待ちかねの特製シュークリームが手に入ったからだ。

 

口を大きく開けて、一口でシュークリームを頬張る。

 

 

「疲れた体に甘味が染みるな…やっぱ仕事の後はスイーツに限る」

 

 

これはアラシの勘だが、多分まだ事件は起こるだろう。

いや、それだけじゃない。それだけでは済まないと、妙な胸騒ぎが止まらない。

 

そんな自分の勘に、アラシは大きくため息を吐いた。嫌な予感とかの類はよく当たるものだ。

 

 

「学園祭…できるといいけどな。ラブライブ出場のためにも、あと一押し欲しい。それに…アイツらにはちゃんと頑張らせてやりてぇ」

 

 

これまで必要以上に危険を味わって来たμ's。彼女たちがどう言おうと、巻き込んだことに対するアラシの責任が消えることは無い。せめて、彼女たちの本分を全うさせてやりたいものだ。

 

なんて思いにふけって秋葉原を歩いていると、アイドルショップから見覚えのある姿が駆け足で出てきた。その姿は気付かずのうち、アラシの方に走って来る。

 

 

「…何やってんだ穂乃果」

 

 

てっきり学校に戻ったと思っていた穂乃果が、何かを買ったと思しき袋を持ってアラシにぶつかった。

 

 

「ごめん…ってアラシ君!?あ、サネ子さんのおもちゃ見つかった?」

 

「さっき届けてきたよ。誕生会にも間に合いそうで、めでたしめでたしだ」

 

「そっかぁ…よかったー!」

 

「よかったじゃねぇんだよ。お前は何してんだ。学校で準備してんじゃなかったのか?」

 

「いやー、それが……」

 

 

 

少し時は遡る。

音ノ木坂にて、布を取りに行った穂乃果を見送った後。今度はにこが重大な事に気付いたようだ。

 

 

「花陽…あんた、今日が何の日か覚えてるわよね…?」

 

 

引きつった顔で見られた花陽は最初キョトンとしていたが、日付を確認すると、衝撃の余りトンカチを床に落としてしまう。

 

 

「あーっ!大変だよ!そういえば今日だったよね…忘れてたぁ…!」

 

「やっぱり!どーすんのよ今から行ったって間に合わないわよ!」

 

「どうしたのですか騒々しい!ちゃんと説明をしてください!」

 

 

一方で時間が無くて気が立っている海未。しかし、今回ばかりは二人がそれに競る剣幕で視線を返してくるので、海未も思わず息をのむ。

 

 

「今日は……スクールアイドル特集雑誌、マガジンSIFTの特別号発売日なのよ!」

 

 

にこの告白に対し、花陽以外の全員が「解散解散」と言わんばかりに作業に戻った。が、花陽は戻ろうとする海未を無理やり捕まえて話を続ける。

 

 

「今回はラブライブ開催直前の特別号!トップランカーのスクールアイドルを一挙特集した豪華ボリュームで、ここでしか手に入らない限定プロマイドやグラビアも付いてるんだよ!」

 

「し・か・も!滅多に取材に応じないことで有名なスクールアイドルランク現在17位の福岡アイドル『Dream』のインタビューが載ってるのよ!絶対に逃せない超激レア雑誌!」

 

「そ…そうですか。予約すればよかったのでは…?」

 

「「できなかったの!!」」

 

「は…はい…」

 

 

海未の勢いが完全に呑まれてしまった。

にこと花陽は、連日の事件続きもあって予約を逃した。つまり、手に入れるには店頭で手に入れるしかないが…もうすぐ開店時間。今から秋葉原に行っては間に合わない。

 

そこで、外出していた穂乃果に白羽の矢が立ったというわけだ。

 

 

「アイツら…それで、その雑誌ってのは」

 

「普通に残ってたよ!夕方に行っても買えたんじゃないかなぁ。

でも私たちちょっと有名だったみたいで、色んな子に声かけられちゃった…」

 

「それでまだ秋葉原に居たのか……有名人に片足突っ込んでるって、いつも言ってんだろ?にこじゃねぇけど、サングラスくらいはしとけな」

 

「そうだね…あ、でもでも!そこでさっきこんな話を聞いたよ!確か…あっちの方で『男の子が二人、空から落ちてきた』って」

 

「空から…?またドーパントかよふざけんな。

分かった。今度はちゃんと学校に戻れよ。俺はそれを調べに行く」

 

 

簡単に別れを済ませると、アラシは穂乃果が言っていた方向に駆け出した。

 

 

 

__________

 

 

 

『ロイミュード』それがあの怪人の名前。

地球の本棚にダイブした永斗は、あのロイミュードの本を見てから検索に没頭していた。

 

 

「キーワード変更…『並行世界』『ロイミュード』……」

 

 

ロイミュードという単語を入れたのに絞り切れない。少なくとも、あれに近いテクノロジーはこの世界に存在するということなのだろうか。

 

だが、あの本は確実に違った。

地球の本棚に生じた一種のバグ。少なくとも、あんな異質な本はこれまで存在しなかったと断言できる。

 

つまり、あの本は最近になって本棚に()()()()()()本ということ。それがもし、ロイミュードの本だけでないとするなら……

 

 

「キーワードを追加…『加速』。そして……『仮面ライダー』」

 

 

化け物が存在する異世界。もしそれがこの世界と繋がってしまったとして、()()()()()()()()()をしているのなら、

 

 

「それに立ち向かう力が必ず存在する……当たりだ」

 

 

残った本は、あの本と同じで異質な本が4冊。

タイトルは人名と、戦士の名前。

 

 

『KAMENRIDER SONIC』『TENJO HAYATO』

『KAMENRIDER SLAYER』『KARIYA REN』

 

 

__________

 

 

 

穂乃果の話を頼りに「空から落ちてきた少年」の情報を集めるアラシ。話を聞くと確かに事実らしいのだが、詳しい話を聞くと皆口々にこう答えた。

 

 

「普通に起き上がってどっか行った…ねぇ。丈夫で結構なこった」

 

 

飛び降り自殺というわけでもなく、空に『孔』が開いていたという目撃情報もあった。それだけ聞くとドーパント事件を疑わざるを得ない。

 

取り合えずアラシは新たな情報を求め、道行く女子高生に聞き込みを再開する。

 

 

「えー!一日に2回も聞き込みに会うとかヤバ過ぎ!しかもどっちもイケメンだしマジモテ期到来!?」

 

「は、2回?」

 

「最初英語喋ってたし、外人さん?てか帰国子女的な?なんか事件の話気になるってゆーから、ウチらの中で超話題になってた、夜に騒ぐDQNを襲うヤバい怪物の話したげたんだけどさー」

 

 

夜の怪物、と聞いて心当たりはある。春頃に起きたダークネス・ドーパントの事件。あまりいい思い出ではない事件だ。

 

しかし、どうもその聞き込みをしていた奴が気になる。そう思って話を続けたのだが、いかんせん会話が続くたびに難解な単語が増えて行くので、アラシは早々に諦めた。

 

 

「女子高生って皆あんなんなのか!?穂乃果たちがマトモなだけか?いや、アレはそんなにマトモじゃねぇか……」

 

 

会話だけで疲れてしまい、またも甘味が欲しくなった。

通りがかったのはメイドカフェ。ここのチョコバナナパンケーキは美味いが、以前メイド喫茶での密室事件を担当してから、どうにもメイドカフェには抵抗がある。

 

というか、主にメイド喫茶で働く羽目になった時。海未にメイド服着せられたり、にこと喧嘩して皿割ったりだとか、色々と大失敗した時の記憶が悪いのだが。

 

少しだけ気が立ってきた所で、アラシはスタッグフォンを出した。とにかく永斗に報告しなければ。

 

 

「永斗か。残念な話だがまた事件だ。秋葉原に出現した空の穴から二人、男が降ってきたらしい。それ以外に被害は無しみたいだが、大事になる前に片付けっぞ」

 

『何それラピュタ?てか空の穴って、並行世界……二人の少年…テンジョウハヤトとカリヤレン…?』

 

「あ?今なんか言ったか?」

 

『ん、いや…ちょっとね。さっき検索してて、変わった本が―――』

 

 

永斗が何かを伝えかけた時、遠方から悲鳴が聞こえてきた。

思わず白目を剥きそうになるアラシ。永斗もそれを察したように話を切った。

 

 

『もしかして臨時残念な話だったりする?』

 

「……いい加減にしろよマジで。あぁもうクソ!」

 

 

電話を切って、ヤケクソ気味に現場へ直行。騒ぎの中心にあったのは、無駄に荒らされた宝石店だった。

 

既にイライラが頂点に達しそうだったアラシだったが、頑張って冷静になると、逃げる市民を捕まえて事情を聴きだす。

 

 

「…ちょっと話聞かせてくれ。これ何があった?」

 

「怪物が店をあちこち襲ってるんだよ!見ればわかるだろ!」

 

「っ…はぁ。拾ったメモリで強盗かよ…頭に何詰まってたらそんなアホな考えになるんだよマジで。世紀末じゃねぇんだぞ」

 

「今は仮面ライダーが怪物と戦ってるらしいけど…あんたも早く逃げろよ!」

 

 

男はアラシの腕を振り払って逃げて行った。

事情を把握したアラシはドライバーを装着し、永斗と意識を繋げる。

 

 

「アホの強盗事件だ。想像の五億倍しょーもなかった。仮面ライダーが行ったって話だから、もう瞬樹が対処に行ってると思うがどうする?」

 

(仮面ライダーが…?というかアラシ、なんかキレてない?)

 

「別にテクノロジー拾ってはしゃぐ脳みそ猿人類のアホ共に振り回されて怒ってるわけじゃねぇ。俺は全然冷静……」

 

 

手掛かりを探しに、現場に立ち入っていたアラシ。

イライラと通話で意識が散漫していたのか足元に気付かず、床に落ちていた粘性のある液体に足を奪われ……

 

派手にすっ転んだ。

 

 

「………ふー」

 

(アラシ…?)

 

 

不自然に切れた会話から、永斗もなんとなく状況を察していた。

 

 

「よし永斗、この犯人とっ捕まえてビルの屋上から吊るして公衆の面前でボッコボコにすんぞ。それでも暴れるようなゴミは……二度と口聞けねぇ体にしてやる」

 

(ストップアラシ。発想が完全に独裁者だから。正義の味方が恐怖政治は流石にマズいって)

 

「うるせぇ!何が正義だ知るかボケ!ただでさえ無償労働で腹立ってる中で仕事増やすような小悪党に一切の人権はねぇ!!労働者舐めんじゃねぇぞゴラァ!!」

 

《ジョーカー!》

 

 

過去一で激しくキレるアラシは、ドライバーを壊す勢いでジョーカーメモリを叩き込む。永斗も流石に空気を読んですぐにサイクロンメモリを転送。

 

 

「変身ッ!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

「逃げられると思うなよクソがぁ!!」

 

 

変身して即座に全力ダッシュ。犯人が逃げたと思わしき方向を半分野生の勘で探り当て、とにかく走る。

 

荒ぶっているアラシとは反対に、永斗は物静かに考えていた。というのも、気になるのはドーパントと戦っているという仮面ライダーだ。

 

普通に考えれば瞬樹だ。その場合は最悪、瞬樹もろともドーパントが吹っ飛ばされるくらいで済みそうなのだが、永斗が気になっているのは検索に出てきた二人の未知の仮面ライダー。

 

 

『仮面ライダーソニック』と『仮面ライダースレイヤー』

 

 

並行世界の仮面ライダー。彼らがこの世界に来ていて、今戦っているなら……といった旨をアラシに伝えたいが、どう考えても面倒くさかったので黙っておいた。

 

 

野生の勘というのは凄まじく、ダブルの視界の奥にドーパントの姿を捉えた。その姿は茶色くくすんでおり、翅や触覚から間違いなく昆虫と言える。いや、というかあの姿は紛れもなく―――

 

 

『うっわ、ゴキブリ…コックローチか』

 

「ゴキブリぃ!?虫が強盗してんじゃねぇ冷蔵庫裏で勝手にホイホイされてくたばってやがれ!もう許さねぇ絶対ぶっ殺す!!」

 

《ジョーカー!マキシマムドライブ!!》

 

『ちょ…初手必殺は反則じゃない!?……まぁいいや面倒くさい』

 

 

様子見とか躊躇とかの全てが頭から抜け落ちたアラシ。最速で必殺技の行使を決断する。

 

曲がり角にいるコックローチはこちらを見ずに、曲がった先を見ている。つまりまだダブルには気づいておらず、その隙にダブルは大きく跳び上がって風を纏う。

 

 

「『ジョーカーエクストリーム!!』」

 

 

ダブルの体は二つに分かれ、真っ直ぐ且つ超高速でコックローチに突撃。アラシの怒りも相まって、この威力を受けて無事な一般ドーパントは存在しないだろう。

 

しかし、サイクロンサイドを司る永斗はソレに気付いた。

 

 

「ストリーム・ソニック!!」

 

 

そんな叫びが聞こえた。そして、曲がり角の先から感じる『風』。その途轍もなく強い風は、徐々に近づき

 

 

「「『あっ』」」

 

 

出会った。

 

 

「ギャアアア!?half&half monster(半分半分の怪物)!?」

 

「なんだと!?」

 

 

コックローチにキックを決めようとしていたのは、取り合えず「仮面ライダー」と形容できる姿の人型。エンカウント自体は予測していた永斗だったが、まさかこんな最悪のタイミングになるとは。

 

 

『あー……そのパターンは思いつかなかったなぁ……

ってか待って。なんか風が……』

 

 

流石にアラシも気付いた。ダブルが纏っていた風が、新たに現れた仮面ライダーのマフラーに()()()()()()()。サイクロンにも風を吸収する力はあるが、それを圧倒的に上回る出力だ。

 

なんて冷静に考えている暇なんて無く。驚きの展開で忘れていたが、両者必殺技の最中なワケで。そんな中、ダブルの風は吸収されてしまったワケで……

 

 

「うおおおお!?」

 

「おいこれちょっと待て!?」

『…やっべ』

 

 

勢いを増した謎の仮面ライダーの一撃が、コックローチを粉砕。

ついでにダブルも吹っ飛ばした。

 

 

「・・・」

 

 

謎の仮面ライダーが発する「やっちまった」感。

オロオロとダブルの様子を気にしているようだったが、何やら独り言で誤魔化したみたいで、そそくさとその場を去ろうとする。

 

 

「ちょっと待てゴラ」

 

 

それをダブルは見逃さないが。

 

初めて目が合った、その謎の仮面ライダー。

ダブルに比べると随分と機械的な姿で、複眼は緑。青い装甲に白いマフラーを巻いた姿は、まさしく正統派ヒーローの姿。永斗的にはダブルよりこっちの方が断然好みだ。

 

 

「ぎゃああああ!生きてるぅぅぅ!?」

 

「生きてるに決まってんだろこの野郎!テメェ俺らごとドーパントぶっ飛ばしやがって!そもそもお前何者だ!新手のドーパントか!?」

 

 

早速アラシが喧嘩を始めた。怒りの発散を邪魔されたのだから気持ちは分かるが、これには永斗も頭を抱える。

 

 

「ドーパントならこの俺がさっき倒してやっただろうが!それに…お前みる目ねえな!この!どっからどう見ても!正義のヒーローな見た目したこの俺が!怪物な訳ねえだろうが!!お前こそ同じガイアメモリ使ってやがる!お前こそドーパントなんじゃねえのか!?」

 

「んだと一緒にすんな!?まぁ俺もセンスはアレだと思うが…あんな化け物ならいざ知らずこの見た目の何処が……!」

 

『まーまーお二人共、その辺にして』

 

 

とにかく落ち着かせないと話が進まない。

それに、これで確定した。彼は並行世界の仮面ライダー。今、二つの世界が繋がろうとしている。

 

 

『それでさアラシ、僕の勘が正しければだけど……この不審者(仮)さん、恐らくあの怪物のことを知ってる人物だと思う』

 

「本当か?」

 

「誰が不審者だ!」

 

『あ、それと今回の事故だけど過失はどっちも同じくらいだから一先ず水に流してもらって…その人連れて帰ってきてもらってもいい?』

 

「…お前がそう言うなら……わーったよ永斗」

 

 

アラシもそろそろ冷静になったようで、永斗も安心した。

ダブルは変身を解き、彼の前に素顔を見せる。

 

 

「人間!?」

 

「当たり前だ。俺をどんな化け物だと思ってたんだ!」

 

 

よく分からないところで驚いた仮面ライダー。彼もまたベルトから小さなバイクを引き抜き、変身を解除した。

 

 

《オツカーレ!》

 

「ベルトがお疲れって……なんだそりゃ」

 

 

現れたのは少年の姿。歳は多分、アラシと同じくらいで間違いない。仮面ライダーはどいつもこいつも若いのだろうか。

 

容姿はあのJKが言うようなイケメンの部類なのだろうか。アラシには判断しかねるが、一番強く抱いた印象は別の所にあった。

 

 

(小せぇな……)

 

 

身長は雑に160㎝くらいだろうか。永斗より低い気がする。

アラシとは15㎝以上の身長差があり、完全に見下ろしている形になっている。

 

 

「とりあえず、お前何者だ。名を名乗れ」

 

「人に名前を聞くときはまず自分から、だろ?what's your name?半分こさん?」

 

「半分こさんじゃねぇ!」

 

 

会話に英語を織り交ぜる少年。これもまたさっき聞いた特徴だ。

仕方がないと、アラシは自分から名乗った。

 

 

「俺は切風アラシ……探偵だ」

 

 

_________

 

 

 

変身を解除し、事務所の体に意識を戻した永斗は、すぐにさっきの仮面ライダーに対する考察を始める。

 

 

「アレは多分『仮面ライダーソニック』の方…で、変身者はテンジョウハヤト……あともう一人いるし、なんでこの世界に……」

 

 

考えれば考えるほど、何かの始まりを感じざるを得ない。

こんな壮大な世界観が広がっているのに、ただの泥棒騒ぎで終わるわけが無いのだ。

 

 

「面倒くさい事になってきた……」

 

 

 




まぁそこまで出番は無かったですけど、仮面ライダーソニック/天城隼斗の登場です!次回からは一緒に行動するので、更にコラボコラボしてくると思います。

今回のコラボは「同じ話を別視点で書く」という手法を取らせていただきます。両方読むと色々と楽しめる仕掛けに……なればいいなと思ってます。頑張ります。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第2話 その出会いは何を呼ぶのか

無事進級が決まった146です。コラボ編続きやっていきましょう。
今回から大元の話は同じで、それぞれの視点で地の文も変わってる…って感じです。あっち限定、こっち限定のシーンもあったりします。

まぁ僕の方が三人称視点、ソニックの方が一人称視点なので、あっちの方が主観が見えて面白いと思います。

あと宣伝。僕が並行連載中の「仮面ライダージオウ~Crossover Stories~」のダブル編にて、この作品と同作者コラボしてます。ちょっと未来のアラシ達も見れるので是非。


今回も「ここすき」よろしくお願いします!


強盗を行ったコックローチ・ドーパントを追い、トドメを刺す瞬間。ダブルは見たことの無い仮面ライダーと遭遇した。その名は、仮面ライダーソニック。

 

ソニックに変身する少年、天城隼斗と出会い、永斗の進言で事務所に連れ帰ったアラシだったが……

 

 

「見てんじゃねぇよガキ」

 

「見てねえしガキじゃねえよ。俺は高校二年生だ!」

 

「同い年だぁ!?冗談も休み休み言えやチビ!」

 

「ほんっっと口悪いなテメェ!お前それでも仮面ライダーか!?」

 

 

早速ケンカしていた。

というのも、ソニックのキックでダブルがドーパント諸共吹き飛ばされるという事故があったせいだ。それにしてもアラシの喧嘩っ早さには、永斗も面倒そうに溜息を漏らす。

 

 

「だから謝っただろ!さっきのは事故だったし、それ言うなら俺のソニックをドーパント(バケモノ)呼ばわりしたことを謝れ!俺の!あの!超絶Coolなソニックのどこがドーパントだ!」

 

「そっちの過失の事故だボケ!謝ってやる謂れは無ぇ!こっちは危うく死ぬとこだったんだ誠意見せろやオラァ!」

 

「はいはい、そこまで。口喧嘩でどれだけ尺使うつもりよ二人とも」

 

 

殴り合いに発展する前に止める永斗。わざわざ喧嘩をさせに彼を連れて来たわけでは無いのだ。

 

 

「それで…説明しろ永斗。コイツがあの怪人と関係あるって、どういうことだ」

 

「本人に聞くのが早いでしょ。という訳で隼斗さん、この怪物に見覚えは?」

 

「おう…ってあれ、俺名乗ったか?」

 

 

永斗が出したのは、さっき雑に書いた怪人の絵。妙な能力を使う、あの機械蝙蝠の怪人だ。

隼斗はしばらく首をひねっていたが、胸部分の「106」を見て気付いた。

 

 

「これロイミュードじゃねえか!106、か……アイツ以外にもいたなんて…やっぱり、この世界にもロイミュードがいるのか!?」

 

「は?この世界?何言ってんだコイツ」

 

「ふーん、そっか。やっぱ確定だ。

面倒だし単刀直入、ストレート150㎞/hで行こう。天城隼斗さん、あと狩夜憐さん。二人は別世界から来た仮面ライダー…だよね」

 

 

その推理は的中。隼斗は思わず身構える。

 

 

「あんた…なんでそれを…!それに憐の名前まで!あれ、しかもこの声…さっきの半分ライダーからも聞こえた気が…もう一つの人格…?」

 

「いや説明しないよ。面倒って言ったじゃん」

 

「しないのかよ!しろよ!」

 

「まぁこっからは僕の予想だけど、このロイミュードは別世界の怪人。彼らは僕らがドーパントと戦うみたいに、ロイミュードと戦ってるってこと。それで、今日出てきたロイミュードも隼斗さんも、同じ別世界から来たってことだね」

 

「俺にはその別世界…ってのがよく分からねぇんだが」

 

「まぁ分岐した並行世界とか、もっと大雑把なIFの世界とか、根本から違う魔法とファンタジーの世界とか……うん、そんな感じ。まぁ今回は僕らの世界とそんな変わって無さそうかな。なんやかんやあって、僕らの世界と隼斗さんの世界が繋がってるってことだと思う」

 

 

アラシはいまいちピンと来ていないようだが、隼斗の方は驚いているようだ。何せ、冷静に語るその推理は全て当たっているからだ。

 

 

「その少年の推理はだいたい正解だな…探偵って言ってたが…ここまでとはな」

 

「ん?まぁね。僕、天才だから」

 

 

「それに比べてこっちは…」と目線をアラシに向ける隼斗。喧嘩が再開する前に、永斗が話を戻す。

 

 

「さーて、それでこの件をどうするか…どうアラシ?」

 

「あぁ?そうだな…あのロイミュードってのがポンポン出られると困るが…逆に言えば不都合はそんくらいだ。文化祭もあるし、せめてそれまでは様子見で良いんじゃねぇか?」

 

「そうだねー。世界の穴塞ぐ方法なんて見当もつかないし、ぶっちゃけ最近は大事件続きで面倒くさいし。僕もしばらく放置に一票。ロイミュードは隼斗さんに倒してもらお」

 

「おい待て待てwait!さっきから聞いてりゃ勝手に話進めんな!しばらく様子見だと?ふざけんじゃねえぞ!俺は一刻も早く元の世界に戻りたいんだ!」

 

 

正直、波風起きて欲しくないアラシと永斗。しかし、彼らが出した結論は隼斗には受け入れがたいものだったようだ。

 

 

「あっちの世界には…とんでもなく強い怪物が残ってる!ロイミュードだってまだまだいる!皆を守るために、留守になんてできない!俺たちにも何が何だか分かんねえから…そっちの天才の力を借りさせてくれ!」

 

「知らねぇな。こっちにはこっちの都合がある。他所の世界の事まで面倒見れるか、お前らだけでやれ」

 

「何なんだよお前!仮面ライダーだろ!?正義のヒーローだろうが!」

 

「そんな面倒なもんに成った覚えはねぇ!お前の世界の仮面ライダーが何なのかは知らねぇが、正義の味方ごっこに俺たちを巻き込むな。迷惑だ」

 

 

アラシの意見は普段より棘があった。

だが、世界があんな風になった後だ。日常全ては無理だとしても、μ’sの文化祭くらいは邪魔をさせたくない。彼にもそんな思いがあってのことなのだ。

 

 

「…OK…!わかったよ!期待した俺が馬鹿だったぜ!だったらお前らなんかに頼むか!俺と憐だけで…!」

 

 

怒りに任せ、事務所を出ようとする隼斗。だが、ドアノブに手が触れる前に踏みとどまり、思考を再起動させる。

 

この何も分からない世界で、本当に自分たちだけで元の世界に戻れるのか?気合いだ根性だという考えを出すたびに、置き去りにした大切な人の顔がよぎる。その意地のせいで間に合わなかった、なんてことになれば……

 

 

「何やってんだ…冷静になれよ、俺。今やるべきは喧嘩じゃないだろ!?」

 

 

はっきり言ってアラシは気に食わない。でも、別に仲間になれと言っているんじゃない。そんな時、彼らの立場を思い出した。力を借りるなら、簡単な手段があった。

 

 

「Detective…探偵って言ったよな!?だったら依頼だ、俺と憐を…元の世界に戻してくれ!」

 

 

「依頼」。そう聞いて、アラシの表情が変わる。

険しい表情から、何と言うか、凄く嫌そうな表情に。

 

 

「…依頼人を大事にしない奴は?」

 

「探偵失格…だろ。うるせぇわかってるよ永斗。

全く…またこのパターンか。いい加減にしろってんだ」

 

 

悪態をつきながらも、その熱意は明らかにシフトチェンジした。探偵としての仕事なら、例えどんな無理難題でも放り出すわけにはいかない。

 

 

「上等だ。その依頼、切風探偵事務所が受けてやる。迅速に終わらせっから報酬弾めや」

 

「いいぜ。足引っ張るんじゃねえぞ、Bad detective(不良探偵)!」

 

「あー…本当に手がかかる二人だなぁ…」

 

 

ここまで持ってくるのに一苦労し、永斗はまたも溜息。

探偵と依頼人として、二つの世界のライダーはようやく共闘戦線を成立させた。

 

 

 

___________

 

 

ダブルとソニックが事故り、異世界間の邂逅を果たしているなんて知る由も無く。一方その頃の瞬樹はと言うと……

 

 

「どちらかを選ぶなど忠義が矮小!最初から両方選べばよかったのだ!コンビニ新作特選米おにぎり&Go-HANYAのおにぎりで倍プッシュだ!」

 

 

花陽への土産を買って満足気だった。女子におにぎり二つはどうなのかという問題だが、花陽なら喜ぶし余裕でおやつ感覚だ。今の瞬樹は完全に花陽甘やかしモードである。

 

ホクホク顔で学校に差し入れに行こうとする瞬樹。幸福指数が高すぎて周りの騒ぎに気付いていない。

 

結果、眼前のドーパントにも気付かず。ドーパントが放った炎によって、瞬樹が持つ袋は焼き払われた。

 

 

「わ゛ーっ!!??我が天使へのおにぎりが焼きおにぎりに!!?

愚か者が!焼きおにぎりはタレを付け、外側こんがり内側ふんわりに仕上げるものだ!これではただの焦げた米…ってドーパントぉ!?」

 

 

今更気付いたようだ。

瞬樹は反射的にメモリを起動。槍型ドライバーに装填。

 

 

「変身!」

 

《ドラゴン!》

 

 

仮面ライダーエデンに変身し、ドーパントに槍の一突き。

しかし、表皮が硬い。まさに岩の強度だ。

 

エデンが一旦退避すると、ドーパントは足元から溶岩を放出。凄まじい熱気が、一瞬にして空間を支配する。

 

 

「煮えたぎる溶岩…マグマのメモリか。

だが、この程度の熱で我が鎧が溶け落ちることはない!!」

 

 

瞬樹にしては珍しく的中。このドーパントのメモリは「マグマ」だ。

だが、竜とは雷雲の中を飛び回り、溶岩の中で眠る神獣。ドラゴンメモリには優れた属性攻撃耐性が備わっている。

 

 

《ドラゴン!マキシマムドライブ!!》

 

「光輝なる竜よ!その牙に輝きを宿し、剣と化して闇を裂け!」

 

 

マグマが放った溶岩弾を一撃で破壊し、研ぎ澄まされた光の刃で溶岩の鎧を砕き斬る。

 

 

翼竜の光剣(ワイバーン・クラウソラス)!」

 

 

ヘルの事件で新たな力を手に入れ、瞬樹は力の使い方を掴んだ。ドラゴンメモリに関しても、瞬樹はほとんどレベル2の領域に達している。そんな竜を相手に、溶岩では余りに相手が悪い。

 

マグマは一撃で爆散。大柄な男からメモリが排出され、騒動は終結した。

が、瞬樹的には何も解決してない。もう一度お土産を探さなければいけないのだから。

 

 

「全く…我が天使の為の貢物を探していたらドーパント騒ぎに巻き込まれるとは…だが、あれ以降ドーパントによる事件が増えている…気がする。これも騎士としての運命か……む?」

 

 

もう一度コンビニに行こうとした時、変身を解除する前にエデンはある存在を見つけた。こちらを見ている黒い鎧の存在。一瞬新手のドーパントかと思ったが、違うと判断した。何せ───

 

 

(かっけぇーーーー!!)

 

 

背中にタイヤを背負った、漆黒のメカニカルな装甲。両手の爪。

瞬樹のセンスにドンピシャな容姿。悪い奴じゃないと即座かつ雑に判断した。

 

思わず近づくエデン。その戦士も逃げようとはせず、エデンと戦士は握手できる距離にまで接近した。

 

 

「こ、コンチワ……?」

 

 

戦士の方がそう会釈する。

気まずい。何も考えずに近づいてしまった。だがやはり敵というわけではなさそうなので、エデンはいつもの調子で、

 

 

「貴様…何者だ?」

 

「それ俺っちが言いたいんだケド…」

 

「見たところ我らは同じ戦士として生きる者…だがそのベルトは見たことがないぞ…?まさか新しいシステムか…?」

 

 

エデンはその戦士の腰を指す。ダブルドライバーとは明らかに違う、見たことの無いドライバー。何やら小さなバイクが入っているように見える。メモリを使っているようには見えないが、『X』の新作だろうか。

 

 

「戦士か…って事はアンタも仮面ライダー、なのカ?」

 

「いかにも!我が名は竜騎士シュヴァルツ!またの名を、仮面ライダーエデン!!」

 

「エデン…」

 

 

少しテンションが上がって、変身を解除する瞬樹。

 

 

「改めて問おう、貴様は……」

 

 

ガコン。からの大きな影。

変身を解除した途端にこれだ。久々の不幸体質。

 

マグマの攻撃で支柱が溶け、看板が二人に向かって落下して来ていた。

 

 

「ワァァァァァァ!!!?ヤバイヤバイヤバイ死ぬ死ぬ死ぬ!!!」

 

 

自称竜騎士激しく動揺。生身の瞬樹はこのままペッチャンコで煎餅コースまっしぐらだ。

 

が、その時。黒い戦士が飛び上がり、両手の爪を構える。

そして、黒い閃光が看板を粉々に切り刻んでしまった。凄まじい速度、そしてパワーに、瞬樹は眼を見開く。

 

 

「っと…手間かけさせやがっテ……」

 

《オツカーレ》

 

 

黒い戦士───仮面ライダースレイヤーは変身を解除。

黒髪にグレーのメッシュを入れた、鋭い瞳をした少年───狩夜憐の姿を見せる。

 

 

「ベルトが労いの言葉を…!まさか、これは意思を持つのか!?」

 

「ちげーよ。これはドライバーについてる補助AIの音声…デ……」

 

 

よく分からない所に食いつく瞬樹。中二病の琴線は分からない。

そんな瞬樹の顔を、憐はまじまじと見つめる。まるで、頭の中に浮かぶ誰かと見比べるように。

 

 

「アンタ…」

 

「む?なんだ貴様」

 

「イヤ、でも……ん?その見た目何処かで…」

 

「俺とどこかで逢った事がある、とでも言いたげだな」

 

「…まぁ、そんなトコ」

 

 

また瞬樹のテンションが上がる。

格好いい黒の新戦士。しかもあちらは自分に既視感があるという。瞬樹側は全く知らない人だけど。

 

瞬樹の頭に浮かぶ、「運命」の二文字。

 

 

「それよりすまなかった。俺とした事が不覚をとった…まさか看板が落ちてくるなど…」

 

「イイってイイって!」

 

「何か礼をしなければな。フム……よし!謎の仮面ライダーよ!貴様には我が新たなる盟友『異界の黒騎士』の称号を授けよう!」

 

 

「黒…騎士?」と憐は首を捻る。憐の心境は分からないが、瞬樹と同類で無ければ迷惑千万過ぎる称号だ。しかし、どうにもそういう意味で首を捻っているのでは無さそうだ。

 

 

「何か違ったか?あのいかにもな鎧姿、あの闇の力を感じざるを得ない力…」

 

「いやそれはまあ自覚してっケド…それより異界って……」

 

「我らのようなガイアメモリ使いとは全くの異なる力…俺が知らないという事は、つまりこの世界には存在しないという事だ。ずばり、貴様の正体は我々の世界とは異なる異界から来たりし戦士だな!!」

 

 

瞬樹の世界が止まらない。脳内設定は完全に暴走を始め、憐は勝手に異界の騎士にされた。

しかしここで面倒が発生。アラシ達といる隼斗の事情を知っていれば察せられる通り、瞬樹の推理が奇跡的に的中してしまっている。

 

 

「どうした黒騎士よ?」

 

「え?あーなんでもナイ。まあ概ね正解…って言ってイイのカナ…?」

 

「おお!やはりそうか!っと…それでは改めて名乗ろう、我が名は竜騎士シュヴァルツ!天より竜の力を授かり、騎士としてその力を振るう者である!」

 

 

概ね正解が本当に概ね正解だとは思いもせず、瞬樹は憐を完全に同類認定。旧知の友人に会ったかのような口ぶりで、握手を求める。

 

 

「竜騎士シュヴァルツ?その口振り、やっぱりこのヒト……まぁ、イイや!それなら多分アンタはイイ人っポイし。俺っちは憐。狩夜憐!この世の悪を狩り尽くす狩人ってとこカナ?よろしくナ、シュヴァルツ!」

 

「狩人にして黒騎士のレンか…いいだろう!これより我ら友として共に騎士道を歩まん!行くぞ!」

 

「なんだかよくワカンネーけど…とりあえずまあいいや!オー!!」

 

 

握手&肩を組む竜騎士と黒騎士。

アラシ達とは違い、こちらの邂逅は穏やかに終わったようである。

 

妙な関係性になってしまったことには、目を瞑ろう。

 

 

 

___________

 

 

「だーかーらー!データにねえロイミュードが空に孔を作って、そこに吸い込まれたら秋葉に落ちてたんだよ!鳥もそこではぐれた!」

 

「抽象的だって言ってんだよ!んだよ鳥って!誰もテメェのペットの話はしてねぇ!」

 

「駄目だこりゃー」

 

 

取り合えず隼斗から事情を聴こうとするが、案の定と言うか喧嘩が再開。永斗はもう呆れるのもやめた。

 

 

「まぁ…隼斗さんの話をザックリまとめると、世界を移動したのは事故じゃなくて人為的なもの。その上、並行世界ってだけじゃなくて時間も移動してると来た。隼斗さんは異世界人にして未来人ってわけだ」

 

「Exactly!やっぱそっちは話が早いな!お前、名前は?」

 

「士門永斗。この脳筋顔面犯罪者の相棒やってる苦労人です」

 

「誰が誰に苦労してるって!?あ゛ぁ!?」

 

「だよな、ウンウン。そりゃこんな奴が相棒だと苦労するぜ。よろしくな永斗」

 

「お前、コイツが一体どれだけ……まぁいい!今は情報だ!話を続けろ!」

 

 

喧嘩腰でも事情聴取は続けるアラシ。噛みつき返す勢いだが話す隼斗。

永斗はその間、隼斗からの情報を再び咀嚼する。

 

 

(さっきも言ったけど、正直並行世界を移動する方法なんて皆目見当も付かない。しかもタイムスリップも込みって…相対性理論を覆せと?でも事実こっちに来てるってことは、可か不可だと可ってことになるし…あー分かんない。助けてドラえもん)

 

 

永斗が頭を悩ませている。彼の頭脳を持ってしても、この状況は余りに常軌を逸しているのだ。既に放り出して寝たい永斗だったが、仕方なく再び隼斗の話に耳を傾ける。

 

 

「だーっ!分かんねぇんだよ!もっと詳しくだ!詳細に話せチビ!」

 

「隼斗だ!そんじゃ最初っから行くぞ。俺たちが期間限定塩プリンを賭けて腕相撲大会をしてたら、妙な男が現れて……」

 

「…おい、その期間限定塩プリンってのは何だ。美味いのか?」

 

「は?そりゃまぁ…美味いに決まってるだろ!厳選された食材を使い、最強パティシエの鳳凰・ピーター・アルデンテさんが神の手によって作り上げた、沼津が誇る究極のスイーツ……」

 

「すいませーん。スイーツ談義は後でいいんで、というか金輪際やらなくていいんで、その妙な男ってのを詳しく」

 

「ん?あぁ。Sorry、話を戻そう。で、そいつは俺たちの前に現れたかと思うと、ガイアメモリを使って変身を───」

 

 

その単語を聞き逃さない。というか、それをもっと早く言えと言わんばかりに、二人の態度が急変する。

 

 

「おい!てことはソイツはドーパントってことか!?」

 

「あぁ…そうか、お前はドーパントと戦ってるんだったな。

でも違うと思うぜ。俺たちの世界にもドーパントはいるし。ただ…とんでもなく強かったのは確かだ」

 

 

この騒動の黒幕はドーパント。その事実だけで動揺が走る。

隼斗を元の世界に返す方法であるとすれば、この世界に来た方法の丸っきり逆の手順をすること。世界移動がメモリの力なら、こっちの世界の同じメモリを使えばよかったが、それはロイミュードの能力らしいとのことだ。

 

 

「そっちの世界にはロイミュードとドーパント、両方いるってことか。

永斗、こっちの世界にロイミュードはいたのか?」

 

「うーん…どうだろ。本棚にはあったけど、なんか変な本だった。存在の有無は2:8ってとこで、いたとしても未完成か全く何もしてないってとこかな」

 

「本棚?」

 

「あー、こっちの話。隼斗さん」

 

 

アラシは事実確認を終え、「異世界の怪人」という一点に着目する。

ロイミュードは現状この世界で活動してない。ドーパントとは全く異なる怪人、その存在を…アラシはロイミュード以外にも目にしたことがある。

 

 

「……朱月だ」

 

 

アラシがその名を口に出す。知らない隼斗は「忍者の漫画の話か?」といった顔だが、永斗はその意味を理解した。

 

 

「俺たちは何度か、ロイミュード以外にも妙な怪人と出くわしてる。あの時は分かんなくてスルーしたが、ファーストの奴は確かに言ってやがった。『別世界の怪人』……と」

 

「朱月のメモリは『ゲート』らしいからね。インチキみたいだけど、異世界への扉を作れる可能性は十分にある」

 

「なんだ、方法が見つかったのか!?」

 

 

目を輝かせる隼斗。アラシと永斗はその選択に躊躇いながらも、作戦の強行を決意した。

 

 

「おい!どこに連れて行くつもりだよ!放せ!」

 

「うるせぇ!黙ってついて来い異世界迷子!」

 

「ちょっと待て!せめて憐に連絡を…ってなんで出ないんだよ!!」

 

 

アラシは隼斗をバイクに乗せ、とある目的地までバイクを飛ばす。

その目的地とは───

 

 

 

 

 

 

「……いい加減にして欲しいんスけど」

 

「話聞かせろハイド。朱月どこにいる」

 

「話聞く気有るのか無いのかどっちなんスか」

 

 

隼斗とアラシが来たのは、小さな診療所。

そこにいる医者は組織の戦闘員集団『憤怒』のエージェント、ハイドだ。

 

隼斗はその姿を見て、一瞬で最大の警戒を払う。彼という存在の強大さは、隼斗にも伝わったようだ。

 

 

「知らない子連れて来たと思ったら、どーにも只者じゃあなさそうっスね」

 

「そういうお前こそ…何者だ…!?もしかして……!」

 

「察しがいいっスね。でもだいじょぶっスよ。良い人では無いっスけど、ここは病院。君らとドンパチやり合う気は無いっス。うるさくしたら珊瑚ちゃん起きちゃうし、後で怒られるのジブンなんスから…」

 

 

そう言ってハイドは奥のベッドを気にする素振りを見せる。

この診療所に預けられているのは、先日の事件でヘル・ドーパントとして暴走していた灰垣珊瑚。奇跡の力で命を繋ぎとめた彼女は、ハイドの所でリハビリを行っている。

 

だが、ハイドの様子を見る限り、彼女の性格で苦労しているのは彼の方なようだ。

 

 

「で、そこの彼。彼はなんスか?新しい仮面ライダーとかっスか?」

 

「みたいだ。しかも異世界から来たとか言ってやがる」

 

「それで朱月…っスか。なんとなーく状況が掴めてきたっスよ」

 

 

アラシがハイドに事情を説明している間、隼斗の方はアラシとハイドへ交互に懐疑の目線を送る。アラシの方もそれに気づいているが、言ってしまえばどうでもいい。

 

()()()()()()()のはお互い様だ。

 

 

「オススメは出来ないっスねー…彼に頼み事はアホらしいって言わざるを得ない。彼に指図できる奴なんて、この世に存在しないって思った方がいいっスから」

 

「コイツがそこまで言うなんて…そんなにヤバいのか、その朱月って奴は…!」

 

「ヤバいっスよー。君が会ったっていう『とんでもなく強い異世界のドーパント』も気になるっスけど、流石に朱月ほどじゃ無いと思うっス」

 

「あのディストピアとかいうドーパントより強い…!?そいつの力を借りねえと元の世界には戻れない…か。上等だぜ、やってやる!」

 

「待って。今、何て言ったっスか?ディストピア!?」

 

 

初めて開示された、隼斗が遭遇したメモリの名前。

ディストピア、暗黒郷、絶望郷。その大それた名前を、ハイドは知っている。

 

 

「まさか……『憂鬱』が…!?」

 

 

その話を遮るように、外から轟音が響いた。まるで大地が割れ、削られ、砕けるような音。そして、さっきまで窓から差していた陽の光が消え失せる。

 

その理由は単純。突如現れた巨大な『塔』が、この診療所を日陰に飲み込んだのだ。

 

 

「んだよアレ…また野良のドーパントか!?」

 

「だったら黙っておく訳には行かねえだろ!行くぞ!」

 

「テメェが仕切んなチビ!」

 

 

突風のように駆け出した隼斗。アラシも仕方なくそれを追う。

面倒な客が帰り一息つくハイドだが、同時に膨大な不安が心に流れ込んで来るようだった。

 

 

「もしかすると、まーた世界の危機かもしれないっスね……」

 

 

 

___________

 

 

 

アラシはハードボイルダ―で、隼斗はいつの間にか戻っていたライドソニックで現場に急行。最初は出現した塔に向かおうとしていたが、それよりも早く二人はバイクを停める。

 

塔への道を塞ぐように、ドーパントが立っていたからだ。

 

 

「早速お出ましか。ありゃ…分かりやすいな、多分タワーのメモリだ」

 

「ん…まぁ、言われてみりゃ…レンガ造りの身体に、頭には弾け飛んだ王冠みたいなのもあるし……アレはThe towerのタロットカードみてえだ。善子に見せてもらったことがある」

 

 

二人の推理通り、目の前のドーパントは「タワー・ドーパント」。

動きに余裕を見せるタワー。と思いきや、二人に向けて掌から雷撃を放った。避けたアラシには更に指を鳴らして炎を追撃。

 

 

「うおっ!?いきなり攻撃してきやがった!」

 

「なんで俺だけ…!あぁクソ、頭に来た!ぶっ潰してやる!」

 

 

いつもより沸点が低めのアラシは、怒りに任せてドライバーを装着。そして、ジョーカーメモリを起動させる。

 

 

《ジョーカー!》

 

「Joker…道化師…いや、切札のメモリ…?」

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

サイクロンメモリが転送され、ドライバーに二本のメモリが揃う。

ドライバーを展開し、アラシは仮面ライダーダブルへと変身。再び放たれた炎を風で掻き消し、タワーに鋭い跳び蹴りを突き刺した。

 

 

「やはり野蛮…ワタシの見立て通り、アナタはそっち側のようですね!」

 

「あ?何言ってんだテメェ」

 

 

攻撃は大して効いていなかったようで、蹴られた部分を手で払いながらタワーが口を開いた。

 

 

「何の話か知らねぇが、人を見かけで判断してんじゃねぇ。つーか、俺がダメであのチビはオーケーなのが気に食わん」

 

『アラシ、それそこまで気にしなくていいでしょ』

 

「ん…?その声、やっぱり永斗少年か!?」

 

『あ、そうそう隼斗さん。僕らは二人で一人の仮面ライダー…まぁ合体ロボみたいな感じ?』

 

「そういう事…なのか?異世界ってすげえな…」

「全然違ぇよ。それで、俺の何が野蛮だ塔野郎。納得いくように説明しやがれ」

 

 

アラシが野蛮という意見には全員同意だ。

しかし、タワーは何か考える素振りをすると、ダブルと隼斗に指を向ける。

 

 

「なるほど一理ある意見、ならば聞きましょう。全員、あの塔を見なさい!」

 

 

タワーが次に指を向けたのは、出現した巨大な塔だ。ダブルと隼斗は、律儀に塔を見る。

 

 

「あの塔はワタシの作品!第一の塔はスペインのヘラクレスの塔をオマージュしたローマ建築で仕上げ、古の技術に最先端の感性を織り交ぜた正にッ!究極の美術たる塔です!あの塔を見て、アナタたちは何を感じる!?」

 

 

タワーが何やら熱弁し始めた。

どう感じると言われても、アラシと隼斗は芸術に大した興味も無い。ので、単純に感想を述べた。

 

 

「超デカい」

 

「洗濯乾かすのに邪魔だ」

 

「ガアアアアアアッデム!!話にならない!そっちの男だけかと思いきや、そっちのボーイも!まるで理解を持たない低能の劣等種族め!」

 

 

帰国子女とはいえ普段は田舎者の隼斗。小さい頃は東京の鉄塔は全部東京タワーだと思っていた。

 

事務所の家事全般を引き受け10年以上のアラシ。あんなのが近所に建ったら迷惑でしかない。

 

そんな彼らの感性はタワーには合わなかったようで、激しく拒絶反応を起こす。そして、今度は明らかに隼斗を巻き込む規模で攻撃を放った。

 

 

「うわっ危なっ!あの野郎、人を低能呼ばわりしやがって!」

 

 

隼斗もマッハドライバーMk-IIを装着し、バイク型の小型自立起動ユニット『シグナルソニック』をドライバーにセット。

 

 

《SignalBike!》

 

「Ready!変──おわっ!?」

 

《Rider!Sonic!!》

 

 

待機音に合わせてポーズを取り、異世界での二度目の変身をキメようとした、その時。遠方から放たれた光弾が戦場に降り注ぎ、隼斗は転がった拍子に中途半端なタイミングでパネルを下げてしまった。

 

転んだ状態の隼斗を、蒼い装甲が包む。

結果、何とも間の抜けた変身に。

 

 

「うわぁ…決まんねえ…」

 

「ゴメ、怪我はねぇか…あ、なんだハーさんダ」

 

「憐!?なんだじゃねえよ!電話にも出ないし俺の折角の見せ場をだな…

…まぁ今はそれより!あの塔のドーパントだ!」

 

「分かってるっテ!いっちょ行くゼ!」

 

 

ドーパントの騒ぎを聞きつけ、駆け付けたのは仮面ライダースレイヤー。ソニックに軽く頭を下げると、我先にの勢いでタワーに殴りかかった。

 

先に戦闘に入っているダブルの存在を確認すると、その攻防に相槌を打つように爪で迫撃を加える。

 

 

「半分半分!?アンタがシュバルツが言ってたダブル…ダナ!」

 

『そういう君は仮面ライダースレイヤー、狩夜憐だね』

 

「つか今シュバルツって…大体状況が見えてきた」

 

 

ダブルとスレイヤーの連携は想像以上にハマっており、怒涛の勢いでタワーを追い詰める。それもそのはず、アラシと憐は双方がアグレッシブな近接戦闘を得意とする、バーサーカーなのだから。

 

そんな状況に、謎の疎外感を感じるソニック。

 

 

「……よし、手は十分だな!俺はあの塔を調べに行く!」

 

「あっ…おい待てチビ!」

 

「そうだ待て!キサマのような理解の無い節足動物がワタシの塔に触るな!!」

 

「うっせぇテメェは黙ってロ!」

 

 

そこに遅れて駆け付けたもう一台のバイク。

マシンライバーンに乗ったエデンが、結構慌てた様子で現れる。

 

 

「黒騎士よ!盟友である俺を置いていくとはなんたる…この状況何事!?うおっ!しかも今度は蒼騎士だと!?」

 

「遅ぇよ瞬樹!そうだ、アイツ追え!その蒼騎士の後に付いていけ!」

 

「何が何やら…だが承知!断罪の竜騎士、異界の蒼騎士に助太刀を…って速っ!!?」

 

 

そんな会話の間で、ソニックの姿は見えないくらいにまで小さくなっていた。流石は音速を冠する仮面ライダー、スピードはダブルやエデンを軽く凌駕している。

 

急いで後を追う瞬樹だが、果たして追いつけるのかどうか。

 

一方でタワーとの戦闘に戻るが、そこではタワーの問答が再開していた。

 

 

「黒い仮面ライダー!そしてアナタ、その野蛮人の中にいるアナタだ!」

 

「俺っち?」

『…僕ですか』

 

「そう!人間は二つに分けられるのです。一もしくは無から可能性を創り出す『創造する側』と、それを低能の分際で批評し何の礼儀もなく創造を侵害する『破壊する側』の二つ!世界の存続に貢献したのは何時でも前者だ!アナタたちはどっちですか?あの塔を見て、何を感じた!」

 

『僕、建築ゲームはそんなに好きじゃないっていうか…』

「あ、ゴメン。そんなに見てなかったワ」

 

「見ろやあああああッ!!やはり議論不要!仮面ライダーは総じて、愚劣極まる『破壊する側』だっ!」

 

 

勝手にキレ始め、タワーの攻撃が激しくなっていく。

 

そんな時、二人の攻撃が一瞬止まった。

スレイヤーとダブルの連携、それを初歩から崩したのは、スレイヤーの足元に生成された障害物。

 

 

「んだコレ…小っちゃい塔…!?」

 

「見せてあげましょう!この、ワタシが、創造する者の真価を!」

 

 

タワーは足元のコンクリートを操作し、円形の防壁を創り出す。ダブルとスレイヤーの攻撃を一通り防いだ後、壁に穴を創り出すとそこから雷撃を放射。ダブルに手痛いダメージが刻まれる。

 

 

「ダブル!」

 

 

反撃に入ろうとするスレイヤーだが、それが出来ない。

何故なら、地面から生えた未完成の塔が、スレイヤーの片足を完全に固定してしまっているからだ。

 

更に、地面から突き出る斜塔が、槍のようにスレイヤーの体を貫く。

 

一連の戦闘で感じざるを得ない。このドーパントは、拾い物で変身した一般人の雑魚とは違う。

 

 

「ダブル、気を付けロ。コイツは……」

 

「言われなくても分かってらぁ。コイツ、強ぇ…!」

 

「ワタシは『憂鬱』の芸術師、デュオン・ヴァン・スーザ!叩き殺しです害虫共がッ!」

 

 

聞いても無いのに身元を喋り出した。

するとタワーは足元に小さな塔を複数創造。そして地面から引き抜いた細長い塔を、その中に突き刺す。

 

そうして地面から引きずり出されたのは、塔の塊で構成された戦鎚だった。

 

 

『うわー器用なことするね…来るよ、憐さん』

 

「上等…ハンマーとクロー、パワー比べは望むところダゼ!」

 

「一撃で沈める!潰れてしまいなさいっ!」

 

 

タワーが鎚を大きく振りかぶり、スレイヤーとダブルがそれに備える。

その瞬間、点滅した天の輝きが地上に落下し───

 

 

タワーの戦鎚を粉砕した。

 

 

「ノオオオオォォッ!?ワタシの作品がァァァっ!?」

 

「テメェ作品で殴ろうとしてたろうが!」

 

「律儀にツッコんでる場合じゃないと思うんですケド!あの光は一体…」

 

 

「いつまで経っても現れないと思えば、貴様何をしているスーザ!」

 

 

光の次に降り立ったのは中国人の女性───憂鬱の側近である胡蝶(フーディエ)だ。

 

 

胡蝶(フーディエ)!キサマこそ何をする!一体何の了見でワタシの作品を!」

 

「貴様の下らぬ矜持など些事も些事!貴様如きが意見も主張も持つな屑!あの塔は我らが主君のためのもの、価値は貴様のような塵が決めるものでは無い!貴様は我らが主君の望みのまま、舞台を完成させることだけが役目だ!部を弁えろこの痴れ者が!」

 

「……そこまで言わなくても…」

 

『凹んだんだけどあの人』

 

「もしかしてアイツってバカ?」

 

「強くて馬鹿は竜騎士で十分だ」

 

「貴様らもだ!分不相応に我らに歯向かう蛆共が!あちら側から来た貴様、誰の恩情で息を吸っていると思っている!あの方の退屈凌ぎになれただけ生涯の栄誉だというのに邪魔立てだと!?身の程を知れ!」

 

 

フーディエの矛先が仮面ライダーに向き、スレイヤーに特に強く罵倒を浴びせる。何が何だか分からないスレイヤーは、戸惑いながらダブルに助けを求める。

 

なお、面倒くさがったダブルの両サイドはスルーする。

 

 

「で、テメェ敵だな。ぶっ潰してやるから変身しろ」

 

「ようやく知ったぞ仮面ライダーの片割れ、貴様は私の失態そのものだ!あの日貴様を殺せていれば貴様に()()()()()()()()()()()()()()。だが、今はただあの方の望みを遂行するのみ!妨害するのであれば、邪魔者として始末する!」

 

 

フーディエが出した、奇怪で異質なオーラを放つ本。蛇の皮で作られた表紙に、宝玉のように埋め込まれた目玉。小さいながらも「異形」と呼ぶに相応しい存在感の本だ。

 

フーディエが本を開く。ページをめくる素振りは見せず、ただ本に語り掛ける。

 

 

「传送」

 

 

随分と喧嘩腰だったが戦う気は無いようだ。

タワーとフーディエは本から放たれた光に包まれ、姿を消してしまった。

 

 

「……そんで誰だテメェ」

 

『だから異世界人間二号だって』

 

「ドーモ、異世界人間二号です…ってどういう状況コレ!?」

 

 

残されたダブルとスレイヤー。絶妙に気まずい。

しかしともかく、この世界での戦いの駒は並べられた。

 

全ての役者は、ここに邂逅を果たした。

 

 

 




敵キャラ、味方キャラがようやく顔見せ完了しました。
仮面ライダーソニックの方では、隼斗が行った塔の中で、この作品から「アイツ」が出張しております。

https://syosetu.org/novel/91797/
↑ソニックサイドもどうぞ!

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第3話 彼は誰のために戦うのか

進級した146です。コラボ編ビシバシやっていきましょう。
今回のテーマは仲直り?みたいな感じです。お互いの世界のことに少しだけコンタクトもします。あとは謎に文字数が多いです。すまない。

とりあえず「天城隼斗はカッコいい男」というのは覚えて帰ってください。

今回も「ここすき」よろしくお願いします!


「瞬樹。お前に言ったよな、アイツ追えって。

で、なんでテメェはぬけぬけと一人で帰ってきてんだ?」

 

「フッ…見失った。あの速さ流星の如し」

 

「塔に行ったの分かんだろ。見失うもクソもあるか。本当は」

 

「……見かけないおにぎり屋があったから、我が天使にとつい…いででででで!」

 

 

言い終わる前に、アラシの指が瞬樹の頬を千切る勢いで引っ張る。アラシ的にはどうしても隼斗を1人にしたくなかったようだ。

 

 

「で、テメェがもう一人の異世界人の…」

 

「狩夜憐。仮面ライダースレイヤーに変身する。天城隼斗さんの一個下…ってことは僕と同い年の高1なんだ。よろしく憐くん」

 

「自己紹介前に全部言われたんですケド…何その少年、全知全能??」

 

「天才なので」

 

「待て永斗。俺は初対面で呼び捨てだったのだが……」

 

「まぁ瞬樹は瞬樹だし」

 

 

二人目の異世界ライダー、憐も合流。事態は拡大する一方で頭が痛くなるが、永斗は先ほどからのアラシの挙動も気にしていた。

 

 

「アラシ、隼斗さんのこと信用してないの?」

 

「するわけねぇだろ。さっき会ったばっかの奴を」

 

「でも瞬樹の時はもう少しマシだったと思うんだけど。なんか特別気になってる事でも?」

 

「……いや、別にねぇよ。多分こいつは…俺の問題だ」

 

 

アラシの思考が軋む。おかしくなったというか、おかしく()()()というのは解っていた。氷餓や嘉神、山門といい、昔を思い出すことが近頃多すぎたせいだ。

 

そして、噂をすれば影が差す。怒りマシマシの勢いで扉が開き、はぐれていた隼斗が帰還した。

 

 

「あっ、隼斗さん帰ってきたね」

 

「遅えぞ!勝手に飛び出して何やってたんだ!」

 

「っせえな…ついて来れなかったそっちが悪いだろ。それにでけえ声出すな傷に響く…」

 

「んだと?大体お前が人の話を聞かずに突っ走ってくから…」

「はいはいそこまで。また喧嘩されてそれを仲裁する僕の身にもなってくれる?とりあえず隼斗さん、その怪我どうしたの?」

 

 

いつもと違いアラシが厄介者のように見られてると察し、ここぞとばかりに永斗が苦労人常識人アピール。普段の素行に問題があるのは永斗の方である。

 

 

「ああ、永斗少年か。まあこれは元からのやつもあるが……まぁさっきちょっとあの塔の中で戦ってる時に…」

 

「塔の中で?あのドーパント達の他にも敵がいたってこと?」

 

「一体何とやり合ってたんだよ」

 

「アンタらが言ってたアカツキって奴だよ。異世界への扉を作れるっていう…」

 

 

あっさりと飛び出た名前に、事情を知るアラシ達3人の目も飛び出そうになる。今飲み物を含んでいたら間違いなく噴き出していた。

 

 

「なんだと!朱月の野郎が!?」

 

「まさか向こう側から出向いてくれるとはね…で、結果は?って…聞くまでもないか。サクッと倒されたら僕らの面目立たないよ。こっちの大ボスなんだから」

 

「正直しんどかったけどな。向こうに追いつくのが精一杯だったが…この通り生き延びてやったぜ?」

 

 

帰ってきたのは想像以上の言葉。朱月と戦い、無事生還しているのがその証左だ。現状の戦力は異世界組の方が高い可能性が高い。

 

 

「まさか…あの化物とマトモにやり合えていただと!?流石は黒騎士の盟友…」

 

「黒騎士?さっきも言ってたが…ってアンタは…!!」

 

 

隼斗が瞬樹を見て分かりやすい驚きを見せる。憐にも似たような反応をされていたため戸惑う瞬樹だったが、異世界組のしばらくのコソコソ話の後、隼斗は今度は納得したような表情に。

 

 

「お前らさっきから何をコソコソ話してんだ」

 

「こっちの話だ。別に関係ねえよ」

 

「それより異界の蒼騎士!お前の名前は…」

 

 

頭の弱い竜騎士、さっき言われてたのにもう隼斗の名前を忘れる。というか多分聞いてなかった。

 

 

「ああワリ。天城隼斗だ。nice to meet you.」

 

「テンジョウ…天の城か?」

 

「ああ、そう書く。アンタは…」

 

「そうか!ならば答えよう我が名は…」

 

「津島…か?」

 

「そう!我が名は津島……待て、何故お前が我が真名を知っている!?」

 

「そしてシュヴァルツ。アンタには妹が1人イル、堕天使のナ。違うカ?」

 

 

「堕天使」という単語は他人が聞けばすっとぼけたものだろう。でも瞬樹は違う。少なくとも彼の知る妹は「天使」を名乗っていた。

 

 

「た、たしかに妹はいるが……何故そこまで知っている?」

 

「俺達の世界ではその妹さんは仲間の1人なんだ。だからアンタの容姿とキャラを見て確信が持てたって事だ」

 

「そ…そうか…!」

 

 

永斗から聞いた話だと、彼らは未来の並行世界から来たという。

たとえ並行世界の話でも、妹は未来で仲間に恵まれる。そして天使の名前を掲げ続け、誇りを持って生きている。

 

兄にとって、これが嬉しくないはずがない。

 

 

「まあいい!ゴホン!我が名は竜騎士シュヴァルツ!そこの黒騎士と出会い盟友の契りを交わした者である!!」

 

 

瞬樹は槍を掲げ、誇り高くその名を言い放った。

この数奇な偶然と、妹の盟友に深い感謝を述べるように。

 

 

「しかし、あのドーパントとやり合えてるとは蒼騎士もなかなかやるではないか!」

 

「まあな。けど、こっちは数発喰らわせるのが精一杯だった。アンタもアレと戦ったことがあったのか?あの時…『少なくとも、あの騎士のライダーよりかは面白かったし?』とかアイツ言ってたけど…」

 

「…ああ、一度だけな。だがあの時の俺は自らの強さに疑念を抱いていたせいで惨敗を喫し命を落とす寸前まで行った。今は全く負ける気はせんがな!ただ、生き延びただけでなく一対一で奴とやり合えていただけそちらの方が凄い。流石は善子の友!」

 

「…そっか、まあ色々あったんだな」

 

「それより、朱月とやり合っただけか?他に何かあの塔について情報はねぇのかよ?」

 

「朱月の言ってた情報通りなら内壁には多分爆薬かそれに似た何かがある。下手にぶっ壊すのはNG。異世界の扉については俺達の他に誰か別の奴が行ってたらしい。多分そいつが俺達がこっちに来る前に戦ったディストピアとみていいと思う。ただ朱月がそいつを化け物って言ってたのが気になったな…確かにアイツはかなりの強敵だったが…俺からは以上だ。そっから先は朱月とやり合ってたから無い」

 

「了解。それでこっちだけど…」

 

「ハーさんが塔の中に入ってったあと、タワー・ドーパントとやり合ってたケド邪魔が入って…」

 

「フーディエとかいうやつが変な本を使ってタワーを連れて逃げてった。僕たちの方はこんなもんです」

 

「そうか…サンキュ、永斗少年」

 

「いえいえ」

 

「んで、こっからドーすんの?」

 

「どーするっつっても…」

 

 

永斗には一つ、気になっていることがあった。

それはタワー・ドーパントが口走った文言、『憂鬱』。隼斗が言った異世界に行った誰かと合わせて考え、都合の悪いように組み立てると……嫌な想像が出来上がってしまう。

 

だが、まだ想像の域を出ない。黙っておいた方がいい。

 

 

「今のところは隼斗さんや僕らが得た情報以外に目立った手掛かりは無しだからね…」

 

「まぁ言うなら塔のドーパントが言ってた『第一の塔』ってのが気になるな。第一があるってことは二、三もある可能性が高ぇ。でも予測もできねぇし手掛かりっては言えねぇ」

 

「手掛かりが無いなら探せばいいだろ!さっさとあの朱月ってやつをぶっ倒して…」

 

「待てよハーさん。その朱月ってヤツ強エーんダロ?今もういっぺん戦いに行って勝てる見込みは?」

 

「…んなもんどうにかする!例え強敵っつってもライダー全員でかかればどうにか…」

 

「金色クラスならブレイヴは絶対的に必要になると俺っち思うけどナ。鳥も見つかってない現時点で挑んだところで返り討ちになるだけダ」

 

「んなもんそこのダブルと竜騎士で足りない分は補えば…」

 

 

隼斗がアラシと永斗を見るが、

 

 

「俺らを勝手に巻き込むな」

 

「この暴れん坊に同じく」

「あ゛ぁ!?」

 

 

正直首を縦に振りかねる。なにせ組織の最高幹部、しかも三強に入る実力者だ。倒せれば最高だが、あちらが手を出してこない以上、こちらから攻めるのはリスクが大きすぎる。

 

 

「俺としては我が盟友達に手を貸したい気持ちは山々だが…恐らく今のままでは…」

 

「けどこのまま待ってても…!!」

 

「それにハーさん、怪我まだ治りきってないでしょ?」

 

「あ、確かに出会った時から所々…朱月との戦いで負った傷…ではないよね」

 

 

隼斗の体には見るからにダメージが刻まれている。その体で朱月と再戦は死にに行くようなものだ。

 

 

「けどこんなもん見た目だけでほとんど治りきって…」

 

「テイ」

 

「っ……!」

 

「ホレミロ言わんこっちゃナイ。それで無理でもしてミロ、果南サンにまた会う前にこっちの世界でおっ死ぬゼ?」

 

 

憐の傷デコピンで隼斗が蹲る。それを見ていたアラシが呆れたように溜息をついていた気がしたが、隼斗には気付かれなかったようだ。喧嘩にならずに永斗は安心する。

 

 

「そういえば果南さん、って誰?」

 

「向こうにいる俺っち達の仲間でハーさんの幼馴染のオネーさん。ハーさんにとっては1番大事な存在なんダ」

 

「幼馴染のお姉さん?美人なの?」

 

「そりゃーもう!ハーさんがゾッコンにナルレベルで!あ、写真見ル?」

 

「善子はいるのか!?いや…俺は見ない!今はまだ運命の時では……というか勝手に出て行った迷惑かけたくせに俺だけそれを見て満足するのは少し違うというか騎士道に…そう俺の騎士道に反して……」

 

「素が出てるよ瞬樹。あ、この子可愛い」

 

「御目が高い!それがシュバルツの妹さんデ……」

 

「わあああああああっ!!」

 

 

憐の携帯を見て騒ぐ一年組。一方で二年組はそれを比較的冷めた目で見ていた。

 

 

「で、そっちはなんかアイデアねえのかBad detective(不良探偵)

 

「随分上からな依頼人だな」

「最初に目の前の依頼人を見捨てようとした探偵の屑よりはマシだと思うが?」

「勝手にどっか行った奴が悪い。身長以外もガキか?」

 

 

アラシと隼斗の間は会話できないレベルで火花が散る。うっかり爆発しそうなのを見かね、永斗と憐が止めに入った。こっちはもう息が合ってそうだ。

 

 

「まーまー2人ともその辺で」

「そうダゼハーさん!確かに俺っちもこのヒトのことは言いたいことあるケド…」

「あるのか」

 

「あーもう…とにかく、事件に関しては一度ここで切ろう。隼斗さん、憐くん、2人ってスクールアイドルは好き?」

 

「え?まあ好きだが…」

「ってか俺っち達向こうでスクールアイドルのマネージャーやってるシナ」

 

 

またしても幸運な偶然。境遇まで妙に似通っていたようで、話が速い。

 

 

「それならよかった。どうせ暇なら、僕らの仲間の手伝いをして欲しいんだけど…お願いできる?」

 

「手伝い?…まぁ休憩にはなるか。そんで、どんなグループなんだ?永斗少年達の仲間って…」

 

「行けば分かるよ。じゃアラシ、バイク出してー」

「…わーったよ、行くぞ」

 

「行けば分かるって…」

 

 

こんな感じでお世辞にも乗り気ではなかった隼斗&憐だったが、いざその学校に到着すると態度は一変した。

 

 

「こ、ここって……!!」

「まさカ……!!」

 

「音ノ木坂学院。僕らの通ってる学校です」

 

「「音ノ木坂ァァァァァァ!!!?」」

 

「うっせえな!そんなに驚くことかよ!」

 

 

驚きと恐らく喜びのシャウト。それはもう感情の込められた叫びだった。

 

 

「shut up!未来人の俺らからしたら音ノ木坂はかなりの有名どころなんだよ!!」

「詳細はイエネーのが厳しいトコだけどナ」

 

 

凄まじく歯がゆいのがよく分かる顔で、隼斗と憐が訴えてくる。未来で音ノ木坂が有名なのはいいが、どうかいい意味であることを祈る。この世界だと、ぶっちゃけこの学校は魔窟だから。

 

 

「まあいい、行くぞ。アイツらが待ってる」

 

「アイツらって…」

「マサカ……」

 

「決まってるでしょ?μ'sだよ」

 

 

隼斗と憐の許可証を発行してもらい、音ノ木坂の中に。

足を進める度に興奮が指数関数的に上昇するようで、色々と抑えきれないという様子だった。

 

その興奮は、ある場所に来ると最高潮に達した。

アイドル研究部の部室前だ。しかし、そこにあるもう一つの名前に隼斗が首をかしげる。

 

 

「探偵部…?」

 

「うちの仲間達はスクールアイドルと同時に探偵部もやってる。事務所にあんまりにも依頼が来なすぎて、我らがリーダーの提案とみんなの相談で出来上がったんだ」

 

「ま、こんなのが探偵なんじゃな…ってかあの人達になんて事させてんだ…」

「まあ、それもみんなの決断故だから。さ、入るよ」

 

「いや待ってくれ永斗少年心の準備が」

「ただいまー」

 

 

隼斗の進言虚しく、扉は普通に開けられた。

 

 

「あ、アラシ君に永斗君!おかえり!」

 

 

扉を開けた先にいた穂乃果が、パンを食べながら元気に挨拶。色々と動き回って疲れていたのか、休憩中なようだ。

 

 

「Real高坂穂乃果さん…!」

 

 

隼斗はその光景に限界直前のようだ。

 

 

「あれ?その人達は誰?」

「ただいまほのちゃん。この人たちはちょっと訳ありの依頼人で…」

 

「え!依頼人の人!?今回はどんな…」

 

「悪ぃがそれについては話せない。ともかくコイツらがその依頼人だ」

 

「あ、ちょ、テメェ待て…!」

 

「おととと…!」

 

 

アラシが異世界組二人の首を掴み、少し引きがちだった彼らを穂乃果の前に引っ張り出した。思わず二人は目を覆ってしまう。太陽でも見ているようだった。

 

 

「この人達が?」

 

「ああ、事務所に置いとくのも面倒だからな。永斗の提案で連れてきた」

 

「へぇ、そうなんだ!あ、私高坂穂乃果!この音ノ木坂のスクールアイドル、μ'sのメンバーです!よろしくね!」

 

「よ、よろしくお願いします!俺、天城隼斗です!初めまして!」

 

「ツレの狩夜憐デス。ヨロしくお願いします!」

 

 

「なんか俺の時と反応違くねぇか」「そりゃ女子だし」とやり取りをする探偵二人を放っておいて、隼斗たちは興奮どころか爆発寸前に。

 

 

「うん!よろしくね!って…もしかして2人とも私と同じぐらいの年齢?」

 

「一応俺が17で…」

「俺っちが16デス」

 

「そっか、じゃあ隼斗くんとは同い年だし、憐君は後輩かぁ…!」

 

「まあ年齢だけなら、ですけど…」

 

「え?それってどういう……」

 

 

 

「ちょっと穂乃果!いつまで休憩しているつもりですか!?」

 

 

そこに海未も参戦。二撃目の衝撃が体のダメージにも響いたのか、よくわからない風に顔が引きつっていた。

 

 

「あ、ごめーん海未ちゃん!けどほら!依頼人の人だって!」

 

「依頼人、ですか?…見たところこの学校の生徒では無いようですが…アラシが連れてきたのですか?」

 

「みたい!だからこっちの対処もしなくちゃ!」

 

「あーいえ!お構いなく!一応俺…自分達も色々あるんでここに居させてさえくれれば…」

 

 

隼斗の対応に、アラシが「誰だテメェ」と言いたげだ。

しかし、そんな時に再び轟音。さっきと同じく窓の奥に塔が出現していた。これは「第二の塔」だろうか。

 

 

「アラシ、今の音…」

 

「ったくまたアレかよ!次から次へと…!!」

 

「何かあったのですか?」

 

「あぁ、ちょっとな。だけど心配すんな、この件は俺たちだけで片付ける。行くぞ永斗」

「あーちょっと待って。真姫ちゃんいる?」

 

「真姫、永斗が……」

 

「何よこんな時に…」

 

「西木野真姫さん!!」

 

 

唐突に叩き込まれる真姫の登場、すなわち隼斗にとっては三撃目のパンチ。大袈裟だと思いつつも、永斗はある事を確かめるために真姫に提言する。

 

 

「ちょっとお家の車借りたいんだけどいい?」

 

「車?構わないけど…何に使うのよ?」

 

「ちょっと調べ物。あ、あと凛ちゃん借りてくね」

 

「永斗くん呼んだ!?」

 

 

凛の登場。死角からの右ストレート。

「ヤベェ」と遺言を残して隼斗が倒れた。憐がちゃんと受け止めてくれた。

 

 

「ちょっと調査に付き合って欲しい。来てくれる?」

 

「分かったにゃ!」

 

「あとはもう2人ぐらい人手が欲しいけど…」

 

「待ってください!これ以上そちらに人員を裂くと文化祭の準備が……」

 

「あー、そっかぁ…でも残ったメンバーでもどうにかならない?」

 

「ただでさえ私たちは事件につぐ事件で遅れてるんですよ?それを更に遅らせてしまったら……」

 

 

海未の言い分は尤もだ。アラシとしてもこれ以上彼女たちの邪魔をしたくはない。しかし、隼斗を送り返す+塔の対処も完遂しなければならない。勘でしかないが、そうしなければいけない気がする。

 

考えを巡らせているうちに、立ち上がった隼斗が手を挙げた。

 

 

「永斗少年、さっき言ってたよな?仲間の手伝いをして欲しいって」

 

「え?…あーうん、けどさっきのは何というかあわよくば隼斗さん達に手伝わせようかな〜と思ってただけだから…」

 

「俺にやらせてくれ!それなら多少そっちにメンバーが行っても俺がその分をFollowすればいいだろ?」

 

「「ええっ!?」」

 

「は、隼斗くんが私たちの手伝いを!?」

「申し訳ないですよ!依頼人の方に私たちの都合でそんなこと…」

 

「そんなこと言わないでください海未先輩!」

 

「せ、先輩…?」

 

「あ、いえ!なんでもないですあはは…とにかく!俺でよければ力を貸しますよ!それに諸々の理由で当分満足に動けないですし…」

 

 

アラシをチラチラと見る隼斗。永斗はその行動の理由を察したようで、真姫にOKサインを出す。やはり信用できないのか、アラシが若干嫌そうだったが。

 

 

「猫の手でも借りたい気分だったし、本人もそう言ってるんだから、いいんじゃないの?」

 

「…よろしいのですか?ええと…」

 

「あ、こちら依頼人の天城隼斗くん!そして後輩の狩夜憐くん!」

 

「天城さん、よろしいのですか?」

 

「sure.喜んで!あと、隼斗でいいですよ。さん付けも必要無いです」

 

「では…隼斗、お願いします」

 

 

真姫の助け舟に海未も承諾。その後一気に詰められる距離に、アラシの表情が更に曇った。これは多分信用云々ではなさそうだ。

 

 

「…もしかしてやきもち?あぁいうタイプはコミュニケーション激しいからね。不愛想なコミュ障は気にしなーい気にしなーい」

 

「うるせぇ死ね。じゃあ穂乃果、こっちは任せるぞ。あと海未、そいつきっちり見張っとけ」

 

「まかせて!」

 

「何故見張りを?」

 

「訳ありだって言ったろ?じゃあ頼むぞ」

 

 

そう言い残すと、アラシと憐はにこと希を連れて塔に。凛と永斗は車でとある場所へ。謎の塔の捜査が、本格的に始まった。

 

 

 

__________

 

 

 

「…俺たちだけで片付けるって言ったろが。ついて来てんじゃねぇ帰れ」

 

「あんたじゃなくて永斗に頼まれたから来てあげたのよ!アイドル2人も連れてデートみたいなもんなんだがら、素直に感謝しなさい?孫の代まで自慢できるわよ」

 

「アホ抜かせ貧相。希はともかく、テメェは主に首から下鏡に映してジックリ見りゃわかんだろ」

 

「だーれーがー貧相よ!あんたいい加減デリカシーってものを…!」

 

 

塔への道のりの最中、憐は終始アラシとにこの喧嘩を見せられていた。

憐はその口論を聞きながら、同じく捜査に同行している希とにこを見比べる。確かに残酷までな格差。これで同じ3年生というのだから驚きだ。

 

 

「憐君…でいい?ウチは東條希、よろしくね!」

 

「うーん…よく知ってるケド…まぁいいや。

ちょっと聞きたいんデスけど、あの二人って仲悪いんスか?」

 

「憐君にはそう見えるん?」

 

「まぁ、ハーさん…俺っちと一緒にいたもう一人も、アイツとは仲悪かったし。あんな感じデ」

 

「ふーん…それってもしかして、最初に会った時からずっと喧嘩してたりするん?」

 

「そうデスそうデス。ハーさんから聞く限りそうだし、少なくとも俺っちが見てる時はズット……」

 

「それなら大丈夫やと思うよ。カードもそう言ってる」

 

 

タロットカードを出して断言する希だが、どうも憐はピンと来ていないようだ。

 

 

「それじゃ頑張って当ててみよか。ヒントは…アラシ君は動物によく噛まれる!」

 

「動物…?わけワカンネ。でもそう言われると気になるようナ…」

 

 

「むむむ…」と考える憐。何か挑戦されている気がして投げ出す気になれず、アラシとにこの喧嘩を中断させて強引にアラシに質問した。考えるよりも聞くが早い。

 

 

「アラシサン、動物って嫌い?」

 

「んだ急に…そりゃ嫌いだ。それがどうした」

 

「アラシは学校のアルパカにも嚙まれるし、唾かけられるし、猫探しじゃ引っかかれて逃げられるしで動物絡みだとてんで駄目なのよねー。そんな目つきしてるから動物にも嫌われるのよ」

 

「余計なお世話だ!クソ…チビはどいつもこいつも…」

 

「動物に嫌われる……そっかわかったゼ!

アラシサン、アンタは『自分を嫌いな奴が嫌い』なんダ!」

 

 

突然投下された発言に、空気が凍る。何かマズい事を言ってしまったのではないかと焦る憐だったが、そうじゃない。『アラシの内面を言葉にする』という事自体が、なかなかに珍しい状況なのだ。

 

アラシは自分の事を仲間にも話さない。だから仲間もそれに大きくは踏み込まない。

 

 

「……俺を嫌いな奴が嫌い…か。かもな」

 

「アラシが素直…!?」

 

「これはまた珍しい光景やね…」

 

「そんなに!?どんだけ捻くれてんだこのヒト…」

 

 

声に出されたことでアラシも初めて気づいた、そんな様子だった。

今のアラシは『元のアラシ』とは違う。それは自覚しているが、別に何かを意識して振舞っているわけじゃない。ただ前とは違う何かになりたかっただけ。

 

接し方が分からなかったから、無意識な受け身になっていた。

『敵意』には『敵意』を。『善意』には『善意』を。そんな本能的コミュニケーション。

 

 

「単純で分かりやすいってこった。テメェも殴られたくなけりゃ、下手に手ぇ出さねぇことだ」

 

「じゃあ結構いい奴じゃねぇカ、それって優しくされたら優しくし返す…ってことダロ?」

 

「あぁ?」

 

「あと一つ訂正したいとこがアル。ハーさんは別に悪い奴じゃない。多分アンタを嫌ってるだろうケド……それはアンタが俺っちたちの事情を聞いた上で突っぱねたのが、仲間を侮辱されたみたいで嫌だったってだけだと思う。結構メンド―な人なんだ、ハーさんって」

 

 

隼斗から聞いた話で、憐はそう結論付けた。

 

天城隼斗は仲間や友を大切にする男。自分が大切だと思う人物に対し、向ける感情に際限が無い男だ。それは敵対心も同じ。隼斗たちの仲間のスクールアイドルがステージで大敗を喫し、それをライバルに叱責された時は激しく嚙みついたと、憐も聞いている。

 

 

「じゃあ聞いてもええ?その隼斗君って、どんな人なん?」

 

「ハーさんは一言で言えば…愛に生きる男、カナ?果南サンっていうハーさんゾッコンの先輩がいるんだケド、果南サンがこれまたよくトラブルに巻き込まれる人で…二回も誘拐されちゃったりしたワケ。その時ハーさんが……」

 

 

憐は仮面ライダーであることを希とにこに隠しつつも、事の顛末を語る。

一回目はチェーンロイミュードによる事件。その時は怒りの余りデッドヒートという力によって暴走し、危うく人間の犯人まで殺すところだったとか。

 

 

「…ヤバい奴じゃねぇか」

 

「あくまでデッドヒートのフルバーストシステムのせいナ。そんだけ人のために怒れる人だってコト」

 

 

二回目は強敵、トルネードロイミュードとの戦いだった。

自身の「こだわり」のために果南を攫ったトルネードに対し、彼女を絶対に救うために隼斗は修行と覚悟の末、トルネードを凌駕する「限界を超えた力」を手に入れたのだ。今度は怒りに呑まれず、その力を正しく乗りこなすという進化を果たして。

 

他にも果南絡みの事件といえば、ロイミュードが果南をコピーした事件もあった。その時のイミテーションロイミュードも相当な強敵だったが、他二件と同じように「思い」で強くなり、乗り越えたという。この件に関しては()()()憐は関与しなかったため、聞いた話に過ぎないのだが。

 

 

思えばソニックが強くなるきっかけには、いつだって彼女たちがいた。

 

 

「聞いた話と言えバ、曜サンと梨子サンが果南サンから聞いたっていう、ハーさんの告白台詞でも聞く?」

 

「なになに、告白!?ウチ聞きたい!」

 

「下世話ね希……それ言ってもいいやつなんでしょうね?」

 

「多分ダイジョブ!どーせ本人にその気は無かっただろうシ……っと確か」

 

 

『俺は絶対に死なない!俺は…俺は姉ちゃんの事を、心から愛してる。その気持ちがある限り、俺は不死身だよ!』

 

 

「こんな感じカナ?」

 

 

思ったより火力の高い台詞に、女子2人が湧き上がる。普段接する男子が朴念仁、オタク、中二と惚れた腫れたの恋愛話が全く出ない面子であるため、男子のイケ台詞に胸がときめいているようだ。

 

 

「カッコええやん隼斗君!ほらほらアラシ君も見習って!にこっちにカッコいい告白の一つや二つ!」

 

「こ…コクハク…!?なにいってんのよ希、そんなの別に嬉しくなんて……!」

 

「は?言う訳ねぇだろ何言って…痛っ!テメコラ何蹴ってんだチビ!」

 

「…なんだ、アンタも仲間から好かれてるんダナ。その様子ならハーさんとも仲良くなれるんじゃないカ?」

 

「どこ見てそう思ったんだテメェは……

まぁ…ちゃんと凄ぇ奴でいい奴だってことは認めてやるよ。アイツもお前もな。愛を持ってそれを伝えるってのは、心底尊敬する」

 

 

またしても飛び出たアラシの素直に、希とにこは目を丸くする。

特ににことの会話は悪態無しで成り立ったことが無いため、ここまで淀みの無い賛美がアラシの口から出てきたことに違和感しか覚えていないようだ。

 

 

「そっか…憐君に優しくされたから、アラシ君も同じように返したってことやね!つまり精一杯褒めて褒めて褒めちぎって優しくすれば、いつもと違うアラシ君が見れる!」

 

「はぁ!?おい待て希、テメェ何考えて…」

 

「アラシ君は本当は優しい!友達想い!料理上手!甘党なところがギャップ萌え!」

 

「じゃあ俺っちモ!アラシサン強い!仲間に慕われてる!多分頭いい!ほらほら、にこサンも続いテ!」

 

「え…えぇっ!?なによ、えっと……顔は良い、いつも全力なのがカッコいい、頼りがいがある、にこのことちゃんと見てくれてる、誕生日の曲が嬉しかった……あれ…?」

 

「な……ばっ…何言ってんだお前ら!うるせぇやめろ!ボケ!バーカ!」

 

 

勢いでこちらも素直になるにこも面白いが、優しさの集中砲火でアラシの挙動がバグった。そこからしばらくこの遊びは終わらず、アラシの小学生語彙の罵倒も続くのだった。

 

 

 

___________

 

 

 

「ん…!?」

 

「どうしたの永斗くん?」

 

「いや、今アラシがすっごい面白い事になってる気がして…」

 

 

西木野家から借りた車で移動中、永斗は相棒としての第六感で何かを察知した。後でその詳細を聞き、その場に居なかった事を死ぬほど後悔するのはまた別の話だ。

 

永斗が考え事をしている間、凛は暇を潰す。そうして車が向かうのは東京都の外。

隼斗は異世界に行った誰か=ディストピアと断定した。全く部外者というのは恐ろしい推測をするもので、そしてそれは十中八九の正解を示すのも世の常。

 

タワー・ドーパントは『憂鬱』と言葉を漏らした。そしてあのフーディエという女性に関しては、朧気だが見覚えがある。しかもディストピアが朱月によって異世界に送られたとなれば、出てくる結論は一つしかない。

 

 

「着いたね。一応凛ちゃんも付いてきて」

 

「わかったにゃ。でもなんで、ここって神奈川だよね…?しかも山奥だし」

 

「凛ちゃんには紹介しとくよ。ここが僕の生まれ育った実家」

 

 

そこはかつて永斗が七幹部『怠惰』として研究を行っていた、組織の最高研究所。生まれた時からここに監禁されていた場所だが、永斗はここで大切な人にも出会った。なんとも言い難いが、思い入れがあるのは間違いない。

 

 

「実家!?でも永斗くん、ここって…」

 

「そうだね。久しぶりの帰省だってのに、随分と迎えが寂しい。思った通りだけどね」

 

 

ここはファング事件の際にもアラシが訪れた場所で、その時は研究所の瓦礫が積みあがっていたと聞いている。しかし永斗と凛の目の前に広がるのは、驚くほど平たい「更地」だった。

 

 

「あの塔がドーパントの能力だとしても、あの大きさを無から創り出すのは流石に無理だ。凛ちゃんわかる?質量保存の法則っていうんだけど」

 

「ん……うーん…?たしか理科だったよね!」

 

「化学ね。要するに10の量からは10しか作れない。0から1は不可能ってこと。まぁドーパントの力は物理法則ガン無視もいいとこだけど、それにしたって限度があるって話よ。つまり、あれだけ巨大な塔を作るのにはそれだけの『材料』を使ったはず。

 

さてここでクイズ。ここには何年も放置されてたはずの大量の瓦礫がありましたが、最近になって忽然と消えてしまいました。それはどうしてでしょうか?」

 

「もしかして…そのガレキで塔を作ったってこと!?」

 

「多分正解。さらに、ここを知った上で勝手に持ち出したりできるとなると、それはもう組織の人間確定。しかも相当な実力と立場がある人間……七幹部の一派クラスだ」

 

 

ある場所を目指しながら、永斗は自身の推理を凛に語る。

少なくとも七幹部は、永斗がファングの力で暴走して記憶を失うまでは『八幹部』だったはずだ。消えていた名前こそが『憂鬱』。

 

更地の一角に到着した。

そこは地下室への入り口で、丁寧に入口まで取っ払われていた。

 

そこに入った二人は、その奥に緑に光る鉱床があるのを見つける。

瓦礫が目的なら無用の長物として放置されていると思ったが、ビンゴだ。

 

 

「きれいにゃ…」

 

「これはガイアパーツ。アラシがロストドライバー作る時に採集したやつね」

 

「あ、永斗くんが引きこもってた時の!」

 

「言い方やめようか。語弊があるでしょ色々と。

で本題だけど、これは地球の意思の影響を強く受けた石なわけよ。僕の本棚がデータベースなら、これはその端末。超平たく言うとカメラや録音機ってとこ。地球の本棚とこれを併用すれば、この場所の記憶にアクセスできる」

 

「…わかりやすく言ってくれるんだよね!」

 

「諦めが早いのも美点だと思うよ僕は。まぁすっごい大雑把に言うと、僕は今からタイムスリップする」

 

 

地球の本棚では、組織や幹部のことにはロックが掛かって閲覧できない。だからこのガイアパーツに保存されている記憶から研究所を再現し、永斗の力でそれに干渉。そこで直接『憂鬱』のことを調べるしかない。

 

 

「そんなことできるの!?」

 

「だからアラシからメモリーメモリを借りてきた。ここに来るまでに理論は構築したし、面倒だけどやるしかない。成功したら褒めてね凛ちゃん」

 

 

永斗はガイアパーツを握ってメモリーメモリを起動させ、同時に地球の本棚にアクセス。『憂鬱』を追うため、過去の記憶に足を踏み入れた。

 

 

___________

 

 

一方その頃、事務所で留守番している瞬樹。

 

 

「未来の善子…善子がスクールアイドル…!?しかも、堕天使…!!そういえば烈は善子に懐かれていたな、教えておいてやろう。それにしても気になる…!どんな風に…いや必ず麗しい!必然的に!だが我が天使とどちらが……はっ!天使を比べるなんて愚かにも程があるぞ竜騎士シュバルツ!いやでも絶対可愛いんだよなぁ……」

 

 

妹の事について、1人で延々と悶々としていた。

 

___________

 

 

 

それから調査と準備は日が落ちきるまで続いた。

 

アラシ達は出現した塔をくまなく調べたが、分かったことは隼斗の言う通り爆薬が仕込まれているという事と、第一の塔とは全く造りが異なっているという事。敵がこれを使って何かを企んでいるのは確定なのだが、この塔を撤去するのは無理そうだ。

 

一方で隼斗とμ’sの文化祭ステージ準備の方は、学校に戻って来た永斗がその程度を確認した。

 

 

「これは……また随分と進んだね」

 

「えぇ、隼斗がとても働いてくれました。これなら早くて明日からは打ち合わせや練習に専念できそうです!」

 

「そりゃ全速全開で張り切りますよ!何せあのμ’sと……いや、なんでもないっす」

 

 

隼斗が何か言おうとしたのも気になるが、それ以上にほとんど完成した簡易ステージに驚いてしまう。というか、真姫や絵里は余りの進行具合に若干引いているまである。

 

 

「それで永斗少年はどこに行ってたんだ?」

 

「過去」

 

「過去!!??いやでも俺も今過去に……ん…!?」

 

「説明は後で。とりま情報共有しよう。

もう遅いし、皆はそろそろ帰った方がいいんじゃない?」

 

「そうですね。今日は随分と進みましたし…そろそろ片付けましょう」

 

 

μ’sが片付けをしている間に永斗と隼斗はアラシに電話をする。どうやら永斗は相当な情報を掴んで帰って来たらしい。隼斗も大きな期待を寄せているようだ。

 

と思ったら着信音は近くから聞こえた。そこには珍しいレベルで疲弊した様子のアラシと、実に楽しそうな希と憐。あとは何やら後悔のオーラを撒き散らすにこがいた。

 

 

「……今戻った」

 

「なんかめちゃくちゃ疲れてねえかアイツ」

「うわ絶対面白い事あったじゃん。見逃したの痛すぎ」

 

「うるせぇ…お前んとこのコイツが…その…お前が……あぁもういい。情報共有するんだろ、早くしてくれ」

 

 

語彙力の低下と疲労で悪態からキレが消失している。海未から聞いた話もあり、次に会ったらちゃんとアラシを見定めようとしていた隼斗だったが、相手側に余裕が無さすぎた。

 

 

「えーと…僕は例の研究所兼実家に行ってきたんだけど、そこで過去に触れて全知全能になりました」

 

「……ゼウスか」

 

「ヤバいよ隼斗さん、アラシがクソツッコミした。これは重症だ」

 

「おい何があったんだよ憐。あのMad dog(狂犬)が老いたブルドッグみたいになってるぞ」

 

「何ってずーっと褒めてたダケ。そしたらアラシサンがフニャフニャに。なんでダロ?」

 

「…よく分からんが、褒め殺しが実現し得る事象だってことは分かった」

 

 

ツッコミが無くて張り合いが無いのか、永斗は普通に手に入れた情報を開示し始める。

 

 

「まず塔のドーパントね。アイツは僕らの世界の敵組織の構成員確定で、アイツが創る塔には『原料』がある。具体的に言えば壊れた建物のリサイクルね」

 

「質量保存則だな」

 

「隼斗さん理系?話が早くていいや。どうにも原料は組織が所有してた建物を再利用してるみたいで、調べた限りだと崩壊したまま放置されてた建物が二件まるっと消えてた。大きさは大体同じくらいのやつ」

 

「塔は二本、つまり一件で一本ってことダナ、エイくん」

 

「エイくんって僕?」

 

「永斗だからエイくん」

 

「あそう。そんで僕らと憐くんの前に現れたあの女の人だけど…彼女は胡蝶(フーディエ)。組織の最高幹部『憂鬱』の側近。タワーことデュオン・ヴァン・スーザも憂鬱の部下」

 

「『憂鬱』だと…!最高幹部は七人じゃねぇのか!?」

 

 

その名前に、くだびれていたアラシも声を荒げた。

 

 

「ここに来る前、ハイドから聞いた。僕が記憶を失った直後に八幹部『憂鬱』が謀反を起こし、朱月の手によって処理されてる。憂鬱は朱月でも倒せず、取られた処刑方法は……ゲートの能力での別世界追放」

 

「おい、てことは俺たちが戦ったのが…!」

 

「使用メモリはディストピア、その名はエルバ。称号は『憂鬱』にして組織最高の万能を持った最も完全に近しい人類。そいつが今、この世界に戻って来ようとしてると見て間違いない」

 

 

七幹部最弱の『暴食』ですら、ダブルは遠く及ばない現状。数年前とはいえ朱月でも倒せなかった相手は、どう考えても手に余る。

 

しかもつい先日あんな大事件が起こったばかりで世界中が不安定なのだ。そんな化け物が帰ってきて暴れでもすれば、今度こそ完全に世界から日常は消え失せる。

 

 

「…何が何事も起こらないように、だよ。未曾有のピンチじゃねぇかよクソが」

 

「あんな危ないヤツがこの世界に…!早く帰ってぶっ倒さねえと!この世界のμ’sの学園祭、邪魔なんてさせてたまるか!手を貸せよBad detective(不良探偵)、μ’sを守り抜くんだろ?」

 

「初めて意見が合ったが言われるまでもねぇ。これ以上アイツらの道を歪めさせねぇよ。そのためにお前が手を貸せ」

 

 

また喧嘩をしているように見えて、何かが違う。

互いが互いを少しだけ理解して、この二人は初めて手を取った。少なくともそれぞれの相棒にはそう見えた。

 

 

「よーし変わらず目標は異世界御一行をお帰しするでいいね。他にも色々分かってるから明日からは憂鬱の作戦を探りつつ、ワンチャンその異世界転移を利用して隼斗さんと憐くんを送るって流れで。それで一つ気になるんだけど……お二人はどこ泊まるの?」

 

 

永斗が出した疑問に、隼斗と憐は完全に忘れていたと口を開ける。

そのままアラシの方を向く二人だが、帰って来たのは露骨に嫌な顔。このままじゃ野宿になりかねない。

 

 

「それなら、ウチたちの内誰かの家に泊まるってのはどう?」

 

「はいっ!?」

 

 

そこだけ都合よく話を聞いていた希が、そんな事を言い出した。

しゃっくりレベル100みたいなリアクションをする隼斗。口に水分を含んでいたら、間違いなく派手にぶちまけていただろう。

 

 

「あーなるほどそういう展開…希ちゃんそんなこと言ってるけど、どうするアラシ?」

 

「あ?いいんじゃねぇか別に。コイツら泊めなくていいなら願ったり叶ったりだ」

 

「はっ!?バッッッカじゃねぇのお前!あのμ’sだぞ!?そもそも初対面で迷惑だし、男二人がこんな美少女アイドルと、しかもあのμ’sと一つ屋根の下って!?」

 

「何がダメなんだよ。俺も何人かの家に泊まったことあるけど、別に邪険に扱われるなんて無かったぞ」

 

「───!?」

 

「あ、ハーさん死んだ」

 

「アラシはその辺の観念ガバいからね…希ちゃんも分かって言ってるでしょ。依頼人で遊ばないで」

 

「んー?なんのことかウチさっぱりわかんない」

 

「うるせぇのが寝てるうちにさっさと決めろ。誰の家に泊まるんだ?」

 

「えぇ…本当に泊めてくれるのカヨ……」

 

 

ステージ準備を通して隼斗の印象が良かったのか、その提案には皆が肯定的だった。その中でも、隼斗たちを泊めるという事で真っ先に立候補したのは穂乃果だ。

 

 

「はいはい!私の家に泊まってよ!みんなはどう?」

 

「穂乃果!?いえ…流石に私は見知ったばかりの男性を泊めるのは、やはり少し抵抗があると言いますか……」

 

「私はお母さんに聞いてからって思ったけど…穂乃果ちゃんは大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよことりちゃん!二人も急に泊まった時あったじゃない!それと同じだよ!」

 

 

永斗は頭を抱えた。我らが二大リーダーの穂乃果とアラシ、似ている所は多いが一番似ているのは貞操観念というか男女関係の考えが小学生レベルということだ。憐もそれには苦笑い。

 

ともあれ、永斗や憐のやんわりとした抵抗では穂乃果の謎情熱に勝てず、そのまま高坂家に泊まる流れになってしまった。

 

 

隼斗が目を覚ましたのは、穂乃果の実家「穂むら」の前。目覚めと同時にもう一度絶叫したらしい。

 

 

_________

 

 

 

事務所に帰ると、アラシはソファに倒れ込んだ。

彼にしては珍しい疲弊具合だった。エンジェル事件の連続後始末から始まり、急遽入った依頼でロイミュードに出くわし、異世界の仮面ライダーもやって来たかと思えば八人目の幹部と来たのだから仕方がない。何気に褒めちぎられた時間が一番しんどかった気もする。

 

 

「お疲れさん」

 

「…そりゃお互い様だろ。あの場所に行ったんだろ、永斗」

 

「……まぁ、何にも無くなってたのはちょっと寂しかったかな…

この話はいいよ。問題は憂鬱の方だけど……」

 

 

永斗がチラリと寝かけているアラシに視線を移す。

アラシが何に悩んでいるのかは分かる。相棒である彼が何を考えているのか、永斗には比較的はっきりと分かってしまう。

 

 

「ダブルの頭脳として進言するけど、僕はソレをおすすめは出来ないよ。μ’sやこの世界の事を考えるなら…それ以外の道を選ぶのが丸いと思う」

 

「分かってる。どっちが大事なんて選ぶまでもねぇ。

でも……アイツらも同じなんだよな、俺たちと」

 

「なんだかんだ結構悩むよね、アラシって」

 

 

そうして長い一日が終わった。

しかし、きっと次の一日も長くなる。その予感は実体を得て、街に降り立つ。

 

 

 

 

「Good morning…なんて気分じゃねえな、クソ」

 

「遅ぇぞ、呑気に寝坊しやがって」

 

「穂乃果さんの家だぞバカ!こちとら疲れてたのに緊張で全然寝付けなかったんだよ!」

 

「ハーさん寝たのほとんど朝だったらしいゼ。エイくんは?」

 

「寝てる。いつものことだ、どーせ起きねぇから置いてきた。

それはいいとして…コイツは随分と分かりやすい号砲だ」

 

 

朝がやって来た。

死んだように眠っていたアラシを叩き起こしたのは、太陽と共に地面から昇ったこの『第三の塔』と激し過ぎる轟音。

 

 

「いち早く俺たちの世界に帰って、ディストピアから姉ちゃんたちを守る」

 

「憂鬱の帰還作戦を阻止して、学園祭を守る」

 

「「この一日が勝負だ」」

 

 

アラシと隼斗は力強く、同時に決意を口に出した。

世界を超える戦いが遂に始まる。

 

 

 

 




https://syosetu.org/novel/91797/
↑ソニックサイド。隼斗の手伝いや、高坂家のお泊り会はあっちで読めます。今回も今回でこちらから珍しいゲストが行ってます。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!



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コラボ編 第4話 いかにして陰謀を暴くのか

ポケモンスナップを買った146です。神ゲーなので皆買いましょう。
今回もコラボ編!憂鬱の陰謀を阻止するため、本格的に調査開始です。そのせいでラブライブ要素希薄というクロスオーバー作品最悪の事変(いつもの)が起きてますが、いずれ挽回するので…!

今回の主役は仮面ライダースレイヤーこと狩夜憐かな?本邦初公開のアレが……

今回も「ここすき」よろしくお願いします!


 

異世界から来た仮面ライダー、天城隼斗と狩夜憐。これら一連の騒動の元凶が組織の元幹部『憂鬱』と判明し、二つの世界を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。

 

そして我らの世界の仮面ライダーの一人、士門永斗はというと…

 

 

「おいコラ!テメェいつまで寝てんだこのボケが!」

 

「うるさい…いーじゃん僕いなくても。せっかく2人増えたんだし、浮いた人数はちゃんと有効活用しないと……」

 

「手がいくらあっても足りないって分かってんだろ!おら動け!朝飯食え!」

 

 

めちゃくちゃ寝坊していた。

見慣れたいつもの光景だが、待機していた隼斗は意外そうに驚く。というのも、これまで隼斗は参謀としての優秀な永斗しか見ていなかったからだろう。

 

 

「今んとこ出てんのが塔三本。憂鬱の一派の足取りは全く掴めねぇ」

 

「前はあのスーザって奴が勝手してたっぽいから会えたが、あれ以降徹底した作戦を取ってるみたいだな…」

 

「確かにタワーはアホだったケド、あのフーディエっていう姉さんはマジメそうだったしナ」

 

「奴らが行動を終わらす前に動くには、お前の本棚が必要なんだ。キビキビ働け永斗」

 

「へいへい…」

 

「前から気になってたんだけど、その本棚ってなんだ?」

 

「あー言ってなかったっけ」

「お前が説明面倒くさがるからだろ」

 

 

アラシは永斗の「地球の本棚」について説明した。地球上の全てを閲覧できるデータベース、そのスケールに隼斗たちは「マジか…」と開いた口が塞がらない様子。無理もない話だが。

 

 

その後、永斗の検索を駆使して憂鬱一派の足取りを追跡を開始。瞬樹は行方不明だが隼斗、憐の追加により捜査効率が格段に上がったため、いつもより数段早く情報は集まった。

 

そうして集まった情報は以下の通り。

 

1.タワーは塔を作る時に、その座標近くに居る必要がある。

2.昨日から今日にかけて突然消失した瓦礫やゴミ山、廃車などが多数あった。

3.ロイミュード106はダブルと交戦後複数人に目撃されたが、ある時点から一切の足取りを消した。

 

そして4.憂鬱がかつて使っていたという施設を発見した。

 

 

「消えた材料の量から見積もって雑に計算すると……塔3本分ってとこかな」

 

「今日の朝の1本と、さらに2本…これで合計5本か。キリがいいな」

 

「とにかくタワーは塔を作りに現れる!てことは、塔が出る場所さえ分かればぶっ倒せるってことだ!」

 

「隼斗さんもアラシに劣らず脳筋だねー」

 

「追跡、撲滅!いずれもMach!それが分かったなら、さっさとアイツを見つけてぶっ潰す!そうだろ?」

 

「あとやっぱ気になるって言えバ、その憂鬱のアジト……」

 

 

憐の言葉を遮り、隼斗の携帯の着信が鳴り響いた。

「なんだ電話か」と息をつく一同だが、すぐに気付く。別世界から来た彼に、一体誰が電話を掛けるのだろう…と。

 

 

「『霧香博士』!!!?」

 

「マジ!?博士カラ!?」

 

 

その発信元を見た隼斗が、それを聞いた憐が連鎖爆発のように声を上げた。

 

 

「博士?」

 

「誰だそいつ?」

 

「俺達の顧問でうちの学校の教師。んでもって仮面ライダーとしての協力者の…とにかく今はそんなのどうでもいいんだ!早く出ないと……もしもし!!!?」

 

 

『ん?おい、真っ暗だぞ!しかも何も見えない…』

 

「真っ暗?」

 

 

どうやらテレビ電話だったようで、慌てて隼斗は画面を覗く。

ウェーブのかかった長髪を靡かせYシャツの上に茶色のベストを着て白衣を羽織った女性。隼斗たちの表情を見るに、彼女が『博士』で間違いないようだ。

 

 

『ああ見えた見えた!やっと繋がったか!こちらキリカラボ!2人…も無事か!?』

 

「博士!ああ、こっちは2人ともなんとか無事だ!ってかどうやってケータイ繋げたんだよ!?」

 

『フン!愚…だな隼斗!私は君たちのためにい…でいろんな発明をしてきた女だぜ?一…も有れば別の世界と回線を繋…る装置など…おい曜くん!角度が悪い!戻…てくれ!そうそうそっち方向…オッケー固定!戻ってきてくれ!』

 

 

電波が悪いらしく、声が途切れ途切れになる。とはいえ、世界をまたいだ通信なんて永斗ですら想像もつかないテクノロジーだ。

 

 

「誰だコイツ」

 

「こいつとか言うな!この人はなぁ…」

 

『いい質問だ目つきの悪い少年A!ならば答えよう!私の名は一時 霧香(ひととき きりか)。そこにいる天城隼斗と狩夜憐の所属するスクールアイドル部顧問にして浦の星女学院の化学担当教師!しかしてその正体は………一言で言うならばそう!天才科学者だ!!』

 

 

霧香博士が高テンションで答える。が、アラシが返すのは懐疑の視線。

 

 

『おっと滑った?そこはほら、もっとさー盛り上がってくれたまえよ〜人が自己紹介してるんだからさぁ〜』

 

「博士、それは後にしてくれ。あ、こいつらは切風アラシと士門永斗少年。こっちの世界で協力してもらってる高校生探偵コンビで、この世界の仮面ライダー達だ!」

 

『高校生探偵だぁ?馬鹿も休み休み言いたまえよ。そんなコ○ンじゃないんだから…………ちょっと待て!仮面ライダー!?仮面ライダーって言ったか!』

 

「ああ、んでもってこの異世界迷子の預かり人だ。アンタがコイツらの保護者か?」

 

『ああ、切風少年…と言ったね。彼らが無事ということは君たちが助けてくれたんだな。まずは例を言うよ。彼らの無事を知れただけでも、私たちはみんな安心してる』

 

「博士!姉ちゃんはいるか!?一応俺は無事だって伝えて…」

 

『隼斗!隼斗いるの!?』

 

 

画面の中の博士が吹っ飛んだ。代わりに画面に現れた人物に、隼斗が見たこと無いくらい柔らかい表情を見せる。

 

彼女はAqoursの松浦果南。隼斗が「姉ちゃん」と呼び慕う少女だ。

 

 

「もしもし姉ちゃん?とりあえず俺無事だから…」

 

『馬鹿!また心配かけて…今度こそ隼斗が…』

 

「前にも言ったでしょ?姉ちゃんがいてくれる限り俺は不死身だって!」

 

『隼斗……』

 

 

「すいませーんイチャつくの後にしてもらっていいですかね隼斗さん?」

 

 

他人の幸せ(特に男)が気に食わない、リア充爆発推進委員会の永斗。吹っ飛ばされた霧香博士も復帰し、ようやく話が進められそうだ。

 

 

「その人が果南さん?あ、確かに美人…それと博士?僕は士門永斗。先の他己紹介の通り探偵やってる仮面ライダーの片割れでーす」

 

『ああ、よろしくな士門くん。でだ隼斗、憐。2人がそちらの世界に飛ばされた件だが…こちらでも少し調べた結果ある事が分かった』

 

「何が分かったんだ!?」

 

『あの謎のドーパント男…私の過去の黒歴史を悪用して今回の事件を起こしやがったんだ』

 

「黒歴史?」

「ドーユーことよ博士?」

 

『Aqoursの面々には話したが…改めて君たちに話そう。そこの探偵くん達も聞いてくれたまえ』

 

 

隼斗初対面時と同じく警戒によるバイアスがかかり過ぎているアラシは、どうにも彼女を疑ってしまうようだ。話を聞けば聞くほど目線が鋭くなっている。

 

 

「黒歴史ってのはどういうことだ。まさかお前が…」

「一応聞いとこうよアラシ。まだ敵だと決めつけるにはいくらなんでも早すぎるよ」

 

『私は君たちの前にこうして現れる前…とある研究をしていたんだ。それが、並行世界の存在論』

 

「並行世界の?」

 

『多次元存在干渉論…私はかつてそれを研究する1人のしがない科学者だった。だがある日研究をしてる途中で思ったんだ。私はこの研究を続けていいのか、とね』

 

「何でだよ?並行世界なんて割と浪漫のある話だと思うけど…」

 

 

永斗も隼斗の意見に同意のようだが、博士の考えも分かる。それはアラシも同じだった。

 

 

「悪用されることを恐れたんだろ。現にお前らが今の騒ぎの渦中に巻き込まれてるじゃねぇか」

「奇遇だね。僕も同じこと考えてたよ。アラシと意見が合うなんてめっずらし」

「黙ってろ。で、どうしたんだよ?」

 

『私は一度自分の研究を論文として纏めた。が…それを世に出すことなく消し去ることに決めた。世に出してしまって、もしも悪用されるぐらいなら…研究が無駄になるのはキツイものがあったけどね。それで救われるものがあるなら…そう思ってのことだった』

 

「だがその論文を誰かが見つけてしまったと…」

 

『ああ。全く誰がこんな事を…』

 

「それについてならこっちで調べがついてる。永斗少年!」

 

「はいはい…えーと霧香博士。あなた達の教え子2人をこっちの世界に飛ばしたの奴なんですけど…奴の名前はエルバ。僕らが戦ってるガイアメモリをばら撒いてる組織の元幹部で…異世界に追放されたはずの奴です」

 

『エルバ…それがアイツの名前か』

 

「はい、なんか知らないけど本来他の幹部の力で飛ばされた時点で死んでるはずなんですけどアイツ生きてたらしくて…」

 

『今回の事件を起こした、と…一体なんの為に…』

 

「正直それは今のところ不明。僕らでも調査中です」

「それで博士、もう一つ言っておく事があるんだが…」

 

『なんだい?』

 

「俺達とは別に、どうやらロイミュードも一体こっちに来てたらしい。ナンバーは106。アラシと永斗少年が一度戦ったらしいけど逃げられて…こっちに関しても今調査中だ」

 

『もう一体ロイミュードが!?そして今回の異世界へのゲート…なるほどな………』

 

「なるほどってどういう事だよ?」

 

『いいかい?今回隼斗達が飛ばされた件だが…これは私が考えていた別世界への転移を可能とする理論と似たようなものだ』

 

 

アラシの問いかけに霧香博士がホワイトボードとペンで解説を始める。永斗は既に分かっているようでアラシにドヤ顔を送るが、アイアンクローで捻じ伏せられた。

 

 

『まず初めにその指定した世界の座標を算出し…その世界にマーカー…言うなれば目印となるものを送り込む。このマーカーが、今回の場合はロイミュード106だったんだろう。あとは別世界に繋げるゲートを作り出せる装置を作り、それを使って転移…といった感じだ』

 

「なるほど単純。その装置となるものが、隼斗さんの言ってたデータに無いロイミュードだったってことだね。それで博士さん、こっちも色々と聞きたいことあるんだけど」

 

『何かな?』

 

「世界転移の理論を全部。どーにもエルバがこっちの世界戻るために色々やってるみたいで、その辺を推理するのに理論を知らなきゃ無理ゲーなんですよ」

 

『ふむ…この通信がいつまで持つか分からない。教えるとなるとかなりの突貫作業になるが、君のような少年に理解できるとはとても……』

 

「あ、その辺は心配なく。僕は天才なので」

 

『ほう…!そこまで言うなら見せてもらおう。付いてきたまえ士門少年!まず世界間のゲートというのは血管の弁のようになっており───』

 

 

そこから先は情報の洪水というより岩雪崩だった。怒涛の密度の専門用語、概念、口上での数式にその他諸々…最初から聞く気が無かったアラシと憐はともかく、最初だけ頑張っていた隼斗は完全に頭がショートしていた。

 

そんな暴言とは異なった言葉の暴力にも、永斗は眠そうな眼をしながら頷いて相槌を返していた。

 

 

「───ってことだよね博士」

 

『まさか本当に理解して見せるとは…正解だ士門少年。43点をあげよう!』

 

「やっと終わったか…にしても数字が中途半端過ぎんだろ」

 

『あとの57点は無事にこっちに隼斗達が戻って来てく…たらあ…られ…ん……が…』

 

 

しばらく流暢だった通信にも限界が訪れ、画面と音声が乱れ始めた。

 

 

「博士?おい博士!」

 

『す……ん!時…切れらしい!ともかく切風くん!士門くん!2人を……頼………』

 

 

隼斗の呼びかけに通信機器は応えず、霧香博士の言葉は完全に途絶え、画面は完全に砂嵐に。今後の通信もあまり期待できそうにない。

 

 

「クソ…やっぱ世界間の通信には無理があんのか…!?でも何はともあれ、姉ちゃん達が無事でよかった……」

 

「すごいね彼女。僕は天才だけど新しいこと考えるのは苦手だから、あぁいう理論は思いつかないし現代科学で世界間通信なんか作れない」

 

「俺っちから見りゃエイくんも大概だけどナ…」

 

「同じ開発職の博士って言っても、師匠とは大分違ったな」

 

「あー山神博士ね。僕会ったことないけど。

とにかくあっちの状況は分かったし、超大事な情報も入った。今の通信はかなり大きいよ」

 

 

永斗の脳内に攻略までの道筋が浮かび始めた。

天才でありゲーマーである永斗が次に取る一手は、更なる情報の獲得。

 

 

「アラシ」

 

「分かってる。次は憂鬱の元アジトだな」

 

「随分と神妙ダナ。アジトっていってももう使われてないんダロ?そんなとこわざわざ行く必要あんのカ?」

 

「いやそれがそうでもないんだよ憐くん。あのフーディエとかいう人、ハチャメチャに忠誠心と主君愛がヤバい。主君のエルバが昔使ってた部屋なんて、絶対そのままにしてある。重要な情報も置いてあるに決まってる」

 

「なるほどな…てことは当然、余所者には入って欲しくないってことだ。そうなると相当強い見張りがいるはず…だろ永斗少年」

 

 

永斗は頷く。過去の記憶に触れ、憂鬱の構成員等の情報は得た。その中から見張りに最適な人物といえば、誰でも一人の人物を選ぶだろう。

 

 

「憂鬱の戦闘員、グリウス・コベルシア。エルバの配下の中じゃ戦闘力は三本の指に入る危険な男だ。使うメモリは『スコミムス』」

 

「スコミムス?なんだそりゃ」

 

「聞いたことあるゼ、確か水場に住む恐竜!」

 

「俺も聞いたことあるかも。恐竜キ○グだったか?」

「やっぱ恐竜って少年の夢だよナ!」

 

「スコミムス・ドーパントは『ワニもどき』の名の通り、アジトの傍の湖に標的を引きずり込んで一方的な虐殺を展開する。アジトの建物はグルっと湖に囲まれてるから、正攻法では侵入不可能だね」

 

「そんなの空飛べばいいじゃねえか…ってそうだ鳥いないじゃん!あっ!でも俺たちの持ってるこのメテオデッドヒートなら…」

 

「当然、空の門番もいるよ。フーディエのメモリ…サテライトの自動迎撃衛星だ。飛行物体は全て衛星がシャットアウトする。もし飛んで行こうものならレーザー一斉照射で湖に叩き墜とされるね」

 

 

つまりスコミムスとの戦闘は不可避。水中戦なら組織最高峰の強敵を倒さずして、その先の情報は得られないということだ。

 

永斗も次の手を決めかねている。あまり時間に猶予はないのだから、人員は割けない。しかしあれほどの強敵となると……

 

 

「お前が行け、音速チビ」

 

「音速チビ…俺のことか!?だからお前いい加減に……」

 

 

沸点に達しかけた隼斗だったが、少し妙だと気付いた。というより、よくよく考えれば驚くべきことで、永斗や憐も目を丸くしている。

 

今アラシは「隼斗に頼み事をした」。

言い方はどうあれ、隼斗ならスコミムス・ドーパントという強敵を倒せると判断し、信頼したのだ。

 

 

「ったく…言い方ってあるだろうよ。上等だDetective(探偵)、お前の信頼ってやつに応えてやるよ!」

 

「おぉ、チビから音速チビ。不良探偵から探偵。お互い昇格だアツいね」

 

「両方とも素直じゃないカンジだケド」

 

「お前らと俺は塔出現地点の予想だ。余計な事言ってねぇで働け」

 

 

___________

 

 

ちなみに我らの世界の仮面ライダーの一人、津島瞬樹はというと…

 

 

「雑念退散ッッッ!!騎士道全開いぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

妹の未来が気になって一睡もできなかった瞬樹。雑念排除の旅と称し、大声を出しながら街中を猛スピードで駆け回っていた。

 

その後、近隣住民の通報で警察から怒られた。

 

___________

 

 

 

「よし。今のとこ塔は3本、場所を地図に書き込むと…」

 

 

壁に貼られた地図にアラシが印を付けていく。

塔を建てることに意味があるとするのなら、その場所も無関係ではないはず。法則性を見つければおのずと次も読めてくるはずだ。

 

 

「塔の場所を結ぶト…おぉっ!これは二等辺三角形ダナ!」

 

「塔で図形を描くっていう観点は合ってると思うんだけど、やっぱり3本じゃ特定まではいかないかな。4本目まで分かればいけそうなんだけど…」

 

「待てよ。そもそも塔には材料がいるんだ、そんな大量の瓦礫やらを運ぶんだから目立ちもするだろ。そこを叩けばいい話じゃねぇか」

 

「それもそーだよナ。タワーが近くにいなきゃ塔は作れないカラ、同時に塔を建てられることもナイ。4本目を見てからでも十分間に合うんじゃないカ?」

 

「まぁ、確かにそれならラクチンだけどさ…」

 

 

それならば塔3本分もの動きを見過ごしていることになる。そもそもどうやって材料を運んだのだろう。永斗の知る限り、憂鬱の構成員は少数精鋭で戦力層は厚くない。あれだけの質量の運搬を可能にするメモリの使い手なんていなかったはずだ。

 

 

「…それもそうだね。今は外を調べようか」

 

 

 

__________

 

 

 

「……!……!」

 

 

警察に怒られてからは静かに走り回る瞬樹。今考えているのは花陽と善子のことで、捜査に参加する意思は頭の片隅にもなさそうだ。

 

ちなみに何故走り回っているかというと、隼斗たちのことや善子の未来のことを烈に伝えたところ……

 

 

『未来?異世界?可哀そうに、洗脳がまだ残ってるんですね』

 

 

と真顔で言われた後、匂うゴミを捨てるように家から閉め出されたからだ。黒音烈という人物は、瞬樹を虐げるのに躊躇も暇もない。

 

帰る場所がないので仕方なく走り回った結果、相当遠くまで来たようだ。この竜騎士、無駄に元気だけは有り余っている。

 

 

「…!?」

 

 

そこでやっと瞬樹の足が止まった。人通りが少なく、それでいて十分な面積のある土地を前に誰かが1人立っているのを見つけた。

 

彫の深い顔をした金髪外国人男性。表情を見た一瞬で気取った感じが伝わって来る。もっと具体的に例えるなら、通りすがりの人に舌打ちされそうな顔をしていた。

 

彼が持つのは何かの設計図だろうか。気になった瞬樹は興味本位で近付き、紙を覗き込んだ。

 

 

「これは…!?」

 

「な…なんだ!?何故ここに人が!?」

 

 

そこに描かれていたのは「塔」のデザイン。

何を隠そうこの男こそ、タワー・ドーパントの変身者であるデュオン・ヴァン・スーザなのだ。

 

しかし、捜査の詳細が完全に頭から抜け落ちた瞬樹はそれに気づくわけもなく。

 

 

「カッコいい…なんだこの荘厳で斬新なデザインは!我が竜魔眼も感動に打ち震えている…!これは革命だ!貴様が描いたのか!?」

 

「お…おぉ!素晴らしいっ!アナタはこの美しさを理解できるのですか!今回のオーダーは鉄塔だが、そこに!あえて!鉄塔の存在しない古代文化のデザインを取り入れたのです!さらに内装には更なる工夫が……」

 

「これは…!貴様は希代の天才だ!特にこの竜のデザインは……」

 

 

カッコよけりゃなんでもいい中二バカ。もとい瞬樹。芸術なんて分からないが、ゲームやアニメに出てそうなデザインの塔をテンションでべた褒め。

 

最近誰も褒めてくれなくて凹んでた美術バカ。もといスーザ。一応フーディエから瞬樹のことも聞いているのだが、嬉しさの余り全く気付いていない。

 

 

しばらく語り合った後、二人は固い握手を交わす。

バカ二人が奇跡的に嚙み合った瞬間だった。

 

 

「素晴らしい塔だ。いつかこれを形にするのか?」

 

「いつかとは随分と遠い話ですね同士よ。ワタシの創造心は絶え間なく溢れているのです。世界はワタシの創造を絶えず現実にする義務があるっ!完成した暁には必ず同士を……」

 

 

「貴様…よほど舌を引っこ抜かれたいようだな、スーザ!いや…もはや貴様には脳すらも不要か!」

 

 

熱く言葉を交わしていた二人に放たれたレーザー光線。二人の間の地面を焼き焦がしたその光線は、浮かび上るサテライト・ドーパントが放ったものだった。

 

 

「フーディエ!これだから理解の無い野蛮人は…!」

 

「人を野蛮と言えた立場か無能!確かに伝えたはずだ、貴様が呑気に会話していたその男は仮面ライダーの一人だぞ!」

 

「なっ…!?そんな……何故!」

「貴様…はっ!そういえばアラシが塔がどうとか…もしかして貴様ドーパントか!」

 

 

今になってようやく互いの立場を知った瞬樹とスーザ。二人とも馬鹿とはいえ戦士、それが分かれば戦わない選択肢は無い。

 

 

《タワー!》

《ドラゴン!》

 

「変身!」

 

 

スーザは肘にメモリを挿入し、瞬樹はドライバーにメモリを装填。互いに変身した二人は、躊躇いながらもハンマーと槍をぶつけ合わせる。

 

 

「何故…何故です同士!アナタはワタシの芸術を理解できるこちら側の人間!そんなアナタが仮面ライダーであるべきではない!」

 

「それはこちらのセリフだ!貴様のような素晴らしいデザイナーがどうして…!」

 

「世界が理解しないからだ!低能な劣等人種どもは、創造という才能を隅へと追いやる!ワタシにはそれが耐えられない…だからエルバ様を信じたのです!あの方の才能なら必ず、世界から凡夫を駆逐してくれる!」

 

「余計な事を喋るなと言っている!スーザ!貴様の役目を迅速に果たすのだ!」

 

 

エデンとタワーの戦いの間に割り込むサテライト。その驚異的な速度を前に防御も妨害も許されず、一瞬でタワーと引き剥がされてしまった。

 

タワーが向かうのは、さっきまで存在しなかったはずの鉄くず山の麓。

 

 

「待て!よくわからないが…竜騎士の勘だ!止める!」

 

「許すと思うか?貴様如きが、我が主君の道を塞ぐなど言語道断!」

 

「我が主君だと?主への愛で俺と競おうなど、それこそ結構!…じゃないコッケイだ!」

 

 

サテライトの腕に装備されたレーザー砲が、ビームサーベルの形状に変形。そこから繰り出されたのは片腕で紡がれた高貴なる剣術だった。

 

恐らくこれが彼女の十八番。エデンの槍術も負けじと白熱するが、フェンシングに似た速度重視の剣術はあっという間にエデンの動きを制する。

 

しかも、これだけの猛攻を仕掛けながらサテライトの姿勢は全く揺るがない。衛星の姿勢制御機能により環境を意に介さない彼女の攻撃は、敵に恒常的な防御姿勢を強制する。

 

 

「やれ、スーザ!第四の柱を突き立てろ!」

 

「言われずとも!世界よ見るがいい、ワタシの作品を!」

 

「させるかあああっ!!」

 

 

タワーが鉄の山に触れ、能力を発動させようとしたその時。気合でサテライトの攻撃を振り切り、エデンがそれを止めるべく鉄の山に駆け出した。

 

しかし、力み過ぎたのか余分に勢いを帯びてしまい……

 

 

__________

 

 

 

外で憂鬱一派を探していたアラシ達。そこに飛来したのは瞬樹に持たせていたスタッグフォンだった。それが何を意味するのか、永斗とアラシには分かっていた。

 

 

「…瞬樹が憂鬱の奴らを見つけたらしい」

 

「スゲーなシュバルツ」

 

「世の中はマジメな奴が馬鹿を見るって決まってんだ。仕方ねぇ、急いで助けに向かうか……」

 

 

走り出そうとした矢先。もはや慣れてきた轟音と共に、遠くで鉄塔が大樹の如く生えてそびえ立った。更に目を凝らすと、鉄塔の天辺から黒ひげ危機一髪のように放り出された何かは……紛れもなくエデンだった。

 

 

「「瞬樹ぃぃぃぃぃ!?」」

 

 

竜騎士、天に還る。

憐の目にはうっすらと、いい笑顔でサムズアップする瞬樹の姿が空に見えたという。

 

 

 

 

冗談はさておき、墜落した瞬樹は無事発見された。

 

 

「大丈夫カ、シュバルツ」

 

「すまない黒騎士…危うく天界に送られるところだった…竜騎士をも裁くバベルの塔……フッ…」

 

「こういうとこ見ると確かにヨっちゃんそっくりダナ」

 

「まぁアホの尊い犠牲のおかげで4本目の塔も出た。これで次の話に進めるな」

 

 

「死んでないぞ!」とアラシに抗議する瞬樹をことごとく無視し、地図に4つ目の印を入れた。その配置を見れば誰でも5本目の場所は予測できる。

 

 

「やっぱり星形。それも一番メジャーな五芒星だね。まだ確定じゃないにせよ、ここに狙いを付けてよさそうだ」

 

「あんまり期待してねぇが瞬樹、他になんか気付いたことは?」

 

「タワーの変身者は天才だ!あの塔はとてもカッコいい!」

 

「期待しただけ無駄だった」

 

「待て待て!まだだ!まだあるぞ!えっと…そうだ、鉄の山がいきなり出て来てそれが塔になったぞ!一緒に現れた機械のドーパントは超強かった!敵のボスはエルバという名前らしい!」

 

「シュバルツ…それ分かってることばっかダゾ…」

 

 

涙目になる瞬樹をよそに、アラシは早速ハードボイルダ―に跨って出発の素振りを見せる。目的地は分かり切っている。

 

 

「五番目の塔の場所に行くんダナ!俺っちも行くゼ!」

 

「じゃ僕は事務所帰ってお昼寝タイムってことで…」

 

「もしかしてだけど、エイくんって結構自堕落?」

 

「結構どころか自堕落の擬人化だ。帰るならついでに瞬樹を見張ってろ。瞬樹、お前次勝手にどっか行ったら事務所のお前用七味唐辛子を全部砂糖にすっからな」

 

「悪魔ァ!?」

 

 

ここだけの話、烈に追い出され過ぎて探偵事務所に瞬樹の私物が増えてきたのだ。そして、辛党の瞬樹にとってアラシの所業は悪鬼羅刹の行いと同義であった。

 

 

 

____________

 

 

 

アラシと隼斗たちが事件解決のため奔走している頃、μ’sもまたステージ作りの仕上げのために精を出していた。

 

 

「思ったより随分と早く終わりそうね」

 

「はい。これも隼斗のおかげです!今日も手伝ってくれると有難かったのですが…」

 

「流石に二日も手伝ってもらうわけにはいかないわよ。それでも、静岡に帰る前にお礼をしなきゃいけないわね。いつ帰るのか聞いてる?穂乃果」

 

 

絵里の問いかけに、穂乃果は上の空気味に首を横に振る。

興味本位もあり、穂乃果は自分の家に隼斗たちを泊めて話を聞いた。穂乃果はその中で出てきた名前が気になって仕方がない。

 

 

「ねぇ花陽ちゃん」

 

「穂乃果ちゃん…?どうしたの?」

 

「アイドル詳しい花陽ちゃんなら知ってるかなぁ…って思って。Aqoursって…知ってる?静岡のスクールアイドルらしいんだけど」

 

 

隼斗と憐の仲間だというスクールアイドル『Aqours』。穂乃果は他のスクールアイドルをそれなりに調べていたつもりだが、聞いたことのない名前だった。

 

それだけなら興味程度で終わっただろう。だが、Aqoursのことを話す時の隼斗たちの態度が妙によそよそしく、それがどうにも気になってしまったのだ。

 

 

「聞いたことない…かな。一応私も全国のスクールアイドルを知ってるつもりなんだけど…!それ、どんなグループ!?」

 

「花陽ちゃん目が怖い……えっとね、海沿いの街の学校らしいよ。あとは……写真だと確かμ’sと同じ9人組で、絵里ちゃんみたいな人や、にこちゃんくらい小っちゃい子もいたかも!」

 

「私みたいな…ってどういうこと?」

「誰が小っちゃいって!?」

 

「なんだろう…外国の人っぽい…って感じかな?」

 

「ふむ…9人組のスクールアイドルは珍しいんだ。しかもハーフかクオーターのメンバーがいるなんて絶対そんなにいないはず。だから知ってるはずなんだけど…」

 

「私も知らないわよ、そんなスクールアイドル。適当なこと言ってるんじゃないの?言っとくけど私も花陽も、よっぽど新人じゃなければ暗記してるわよ」

 

「そんなの覚えてるなら勉強してください」

 

 

花陽もにこも全く知らないスクールアイドル。けれど、あの写真の彼女たちは確かにスクールアイドルだった。そう断言できるだけの『何か』はあった。

 

 

「そういえばあの子、誰かに似てたような……?」

 

 

 

___________

 

 

 

「ここが第五の塔、出現予測地点だ。待ち伏せでもするつもりだったが…」

 

「あぁ、どーやらアタリみたいダナ」

 

 

アラシと憐をその地で待ち受けていたのは、地面にうつ伏せで寝っ転がった上半身裸の男だった。ツッコミどころ満載の風貌はさておき、見張りがいるという事はここが出現地点であると言っているようなもの。

 

 

「なぁ、何してんダ?アンタ」

 

「シッ!静かにしてくれるか、おれは今…大地の声を聴いているんだ」

 

「また変な奴が出やがった……おい裸族、テメェの気色悪い趣味に付き合ってる暇はねぇんだ。関係ねぇならどっか行け。もしテメェが憂鬱の一味なら……」

 

 

その警告が締められる前に、ゆらりと立ち上がった男は腹部にメモリを突き刺した。紫色のドーパントメモリ。刻まれた文字は沼と引きずり込まれる人間で描かれたS。

 

 

《スワンプ!》

 

 

『泥沼の記憶』、スワンプメモリ。植物の根で辛うじて形を保った泥人形のような姿が、地面に溶けていくように消えた。

 

暴食ことキメラ・ドーパントも使用していた能力である『地面潜水』。その能力によって一切の妨害を受けず、スワンプはアラシの傍に浮上する。

 

アラシが攻撃を回避しようとすると、足元の自由が消えていることに気付いた。スワンプの能力で付近が泥沼に変化しているのだ。

 

 

「おれの邪魔をした罰だ。土の中で反省するんだな」

 

「クソ、避けられねぇ…!?」

 

 

足元が固定されたせいで吹っ飛んで衝撃を逃がせないし、受け身も取れない。こんな状態でドーパントの攻撃を喰らえば間違いなく全身が砕ける。

 

痛みを覚悟した瞬間、黒い援軍がスワンプの攻撃を未然に防いだ。それは小さなバイク型ユニット、シグナルスレイヤー。その持ち主である憐も、沈みゆくバイクを足場にして足元の自由を死守し、スワンプに追撃の蹴りを叩き込む。

 

 

「危ないトコだったな、アラシサン!」

 

「…あぁ、悪い。助かった」

 

「ココは俺っちに任せてよ。ハーさんにばっかカッコつけさせるわけにはいかねーからナ!」

 

 

憐は隼斗と同じマッハドライバーMk-Ⅱを腰に巻き付け、空を旋回するシグナルスレイヤーを掴むとドライバーにセット。

 

 

《SignalBike!Rider!》

 

「変身ッ!!」

 

《Rider!Slayer!!》

 

 

纏う装甲は黒。瞬樹は彼を黒騎士と呼んでいたが、その姿は敢えて言葉にするなら「機獣戦士」が相応しいだろう。戦場を疾走する狼が、底なし沼の中心で咆哮する。

 

 

「おまえ、何者だ?」

 

「聞きたキャその耳カッポじり、その目を開いてよーく聞ケ!!

この世の悪党!魑魅魍魎!全テを狩り尽くす漆黒の戦士!仮面ライダースレイヤー!!」

 

 

漲る闘気を名乗りに重ね、腕の『スレイクロー』を向けてスワンプに殺気を浴びせる。

 

 

「仮面ライダーだと…!?黒一色は聞いてないぞフーディエ」

 

「アンタが何考えてんだかはわかんねーケド…こっちもこっちで訳ありナンダ。邪魔をすんなら……ぶっ倒ス!!」

 

 

飛び掛かるスレイヤー。だが、スワンプはまたしても姿を地中に隠す。

 

 

「消えた…!?何処ニ…」

 

「さっきのを忘れたのか!下から来るぞ!」

 

 

アラシの助言でスレイヤーは地面に浮かぶ波紋を見つける。これがスワンプ出現のサインと直感し、その不意からの一撃をなんとか防いで見せた。

 

 

「ワリ、助かった!」

 

「これで貸し借り無しだ。アイツは地面に潜って攻撃してくる、足元に気をつけて戦え!」

 

「気をつけて戦えっつーケドさ!アラシサンもなんとかしてくれヨ!」

 

「無理に決まってんだろ!この状態じゃまともに動けねえしドライバーも出せねえよ!」

 

 

既にアラシは腰まで沈んでしまっており、身動きが取れない。

 

普通の泥沼なら抜けるのは訳無いが、この沼は重力に加え沼内部から引っ張るような力で沈む力が尋常じゃない。一度足を奪われれば最後の初見殺しだ。

 

 

「シャーねぇ!俺っちだけでなんとかするしかねーカァ!!」

 

《ズーット!Slayer!!》

 

 

スレイヤーはドライバー上部の『ブーストイグナイター』を連打しシフトアップ。姿勢を低くし、全身に迸るエネルギーの行き先を見定める。

 

 

「行っくゼェェェッ!!」

 

 

スワンプは自身の周囲に泥沼を展開し、スレイヤーを待ち構える。しかし、スレイヤーは漆黒の電光を纏って泥沼地帯に飛び込んだ。

 

一度捕まえれば勝ち、そう思っていたスワンプ。それは謙遜も傲りも無い事実だが、獲物を追う黒獣は予測を遥かに上回ってみせた。

 

 

「なにっ!?」

 

「アイツ…やるじゃねぇか」

 

 

泥沼を強く踏みしめ、脚が沈む前に次の一歩を叩きつけて猛スピードで爆進。

 

衝撃を受けた瞬間、粒子を多分に含んだ液体は一瞬硬化して足場になる。『ダイラタンシー現象』と呼ばれる物理現象だが、スレイヤーはその最適解を本能で探り当てたのだ。

 

 

「一瞬でも力か速さを緩めれば沈むだけだ。狂っているのかコイツ…!」

 

 

スワンプの意識を刺した悪寒。それに従ってスワンプはまたしても地中に沈み込んだ。スレイヤーを沈めるのは諦め、ヒット&アウェイに舵を切ったようだ。

 

 

「また消えやがった…気をつけろ!」

 

「わーってるヨ!ここハ……」

 

 

見た目と戦いだけじゃない。スレイヤーの感覚もまた、獣と呼ぶに足る鋭さを持っている。その聴覚は背後で泡立つ大地の音を捉えた。

 

 

「みっけた!」

 

「っ!しまっ…」

 

 

浮上した瞬間を捕捉されたスワンプ。そこからの潜土はスレイヤーを相手に無謀というもの。

 

 

「微塵切りダゼ!」

 

 

右手のクローが鮮烈な軌跡を描き、隙だらけのスワンプの体を一瞬で切り刻んだ。刻まれたスワンプが水分を含んだ音を立てて地に落ちる。

 

 

「アレ?微塵切りどころか輪切りレベルで倒しちっタ…まーいいヤこれでジ・エンド…」

 

 

永斗が見ていたら拍子抜けはフラグと言っていただろう。その展開予想は大体正しく、憂鬱の刺客はそう一筋縄で倒せる程度の強敵ではない。

 

バラバラになったスワンプの体は一度泥に戻ると、すぐに人の形を取り戻してしまった。完全な再生を果たしたのだ。

 

 

「まじかヨ!?」

 

「こいつ再生能力まで持ってんのか!」

 

「当然だ。今のおれはこの大地と一体化しているも同然!簡単に倒せると思うな!」

 

 

スワンプの攻撃が近接から泥団子発射に切り替わった。

その威力は大したことないし、爆発するでもない。クローで叩き落とすスレイヤーだったが、すぐに異変に気付いた。

 

泥団子は被弾した箇所に付着し、岩のように硬化してしまっていた。それによりスレイヤーの両手、則ち最大の武器であるスレイクローが封じられてしまう。

 

 

「腕ガ!?」

 

「どうだ。たかが泥と侮るな!土は遥か昔から人類が様々なものを造り出す為に使われてきた、正に大地の恵みそのもの!おまえ如きがおれを倒せると思うな!」

 

 

そこからはスワンプの接近戦が再開。その動きに渡り合うことは造作も無いが、クローが無ければ攻撃力に欠ける。防御はできても反撃は不可能だ。

 

 

「流石に不味いナ……!」

 

「クッソ!変身さえできりゃあんなヤツ…!」

 

 

アラシが苦し紛れに発した『変身』の一言。それがスレイヤーに閃きを与えた。スレイヤーはこの状況を覆すワイルドカードの名を叫ぶ。

 

 

「来イ!メテオデッドヒート!!」

 

 

呼びかけに応じて馳せ参じたのは、竜の如き深紅のシフトカー。撒き散らされた炎はスワンプを牽制し、『シフトデッドヒートver.メテオカスタム』がスレイヤーの手の中に収まった。

 

 

「ぶっつけ本番だケド…やるしかねぇ!!」

 

 

シグナルスレイヤーとシフトデッドヒートを入れ替える。リアウイング部分を押し、ドラゴンの咆哮と共にヘッドライトが点灯。

 

 

《Burst!Overd Power!!》

 

 

泥沼の湿気を吹き飛ばす熱気が、周囲の空間を制する。

スレイヤーはスロットをドライバーに叩き込み、その変身を完遂させる。

 

 

《SignalBike/Shift Car!》

 

《Rider!Dead Heat!Meteor!!》

 

 

「オオオオオッ!!」

 

 

召喚された火竜のアーマーを纏い、黒と赤のオーラをこの世界に焼き付ける。

 

溶岩を思わせる装甲。換装により復活したスレイクローの先端は赤く染まり、三本角と琥珀の複眼、最後に大きな翼は獣からの転生の証明だ。

 

 

「なに……!?」

 

「進化……したのか…!?」

 

「悪鬼羅刹ヲ焼き尽くシ地獄をも焦がす龍の炎!全ての悪よ 俺っちの前に恐れ平伏セ!!仮面ライダースレイヤー メテオデッドヒートフォーム!!」

 

 

今の彼は『竜』。内浦に飛来した隕石を素材に、デッドヒートを改良して暴走の危険性を出力に転化することに成功した霧香博士の最高傑作。それがメテオデッドヒート。

 

ちなみに、以前隼斗が使用した際はソニックだけで全て片付いたため、憐は変身せず終いだった。なので憐は只今かなりテンションがウキウキだったりする。

 

 

「幾ら姿が変わった所で!」

 

 

スワンプがまたしても地面に潜伏。

 

しかし、その攻撃はもう飽きたと言わんばかりにスレイヤーは翼型の飛行用装備『ドラゴフレアウイング』に炎を纏わせる。

 

 

「喰らえ!!」

 

 

スレイヤーの眼前に浮上したスワンプ。しかし、その攻撃は虚空を突くのみ。何故ならスレイヤーは翼を広げ、飛翔したからだ。

 

 

「何っ!?」

 

「アイツ飛べんのかよ!」

 

「っハハー!空飛べんのはハーさんの専売特許じゃねぇんダゼ!!」

 

 

空中なら底なし沼に怯える必要もない。空中から急降下し、炎を帯びたクローが強襲。スワンプの体がもう一度切り裂かれる。

 

 

「忘れたのか。幾ら切られようとおれの体は……」

 

「それはどうカナ?」

 

「なに…?」

 

 

泥とは、水と砂が混ざった固体と液体の中間の振る舞いをする物体である。スワンプの体が再生するのも、その水分が砂の体組織を繋ぎ合わせるから。

 

ならばそこに熱を加えれば?

答えは単純。泥はただの砂になり、零れ落ちて二度と元に戻らない。

 

 

「アンタ、焼き物って知ってるカ?ホラ、お皿とか…壺トカ。アレも元をたどりゃタダの泥ダ。けど色々手を加えて熱を入れりゃたちまち硬くナル。んでもって割れモノ故に壊れやすい。その理論を使ったダケさ!!」

 

「なるほどな、アイツ中々考えは良いじゃねえか…あの音速チビの仲間なだけはあるか」

 

 

泥沼は飛行。再生は炎。スワンプの能力全てに回答が突きつけられ、後は力の限りスワンプを叩き潰すのみ。

 

クロ―の斬撃にも、空中から繰り出される蹴りにも、炎が付与されることで確実にスワンプの寿命を縮めていていく。

 

 

「くっ…馬鹿な!このおれがこんな奴に…!!」

 

 

またスワンプが地面に潜ろうとする。ただし、今度は泥の触手でスレイヤーの脚を掴んで。

 

 

「ヤッベ」

 

「底なしの地面に沈めてくれる!」

 

「エェッ!?おいおいおいちょっとマテマテマテ!!

 

 

 

 

 

 

 

…………………なんてナ」

 

 

息を深く吸い込み、スレイヤーの口部装甲が展開。

やはりコレを抜きに炎のドラゴンを語れない。

 

 

「なっ……!」

 

「ブレス・オブ・バーン!!!」

 

 

放たれた火竜の咆哮が至近距離でスワンプを焼き焦がす。炎を纏った攻撃とは訳が違う圧倒的高熱で、スワンプの体は砂を通り越して『焼き物』に。

 

 

「ぐおおおおおおおっ!!!?」

 

 

こうなればもはやスワンプに未来は無い。

陶器は『硬くて割れやすい』のだから。

 

 

「ウーン……土偶とか埴輪の方ガまだマシなデザインしてんナ…俺っち正直趣味じゃネェや。つー訳デ……」

 

《ヒッサツ!Volca Full throttle!Dead Heat!!》

 

《Meteor!!》

 

 

「これで最後ダ!」

 

 

脆くなった触手から逃れ、ドライバーを操作して必殺シークエンスを起動。右腕のクローがガントレットのように変形し展開。激しく炎を噴く拳を握り固める。

 

 

「くっ……!まだだ…おれは……!」

 

「ヨッちゃんじゃねーケド言わせてもらうゼ……

地獄の炎に焼かれて散りナ!!」

 

 

赤黒い炎の光景と熱が網膜に焼き付く感覚。そこから伝わって来るのは熱き心と荒ぶる狂気。その全てが火力として、スワンプの身体に浴びせられる。

 

 

「ヴォルカニック・ヘル・バースト!!」

 

 

拳から放出された桁外れに激しい炎は、竜の形を成してスワンプを飲み込んだ。その温度は大気圏を突き進む隕石の表面温度、数千度に到達。泥人形がそんな炎に耐えられる道理は無く、焼けた全身が砕け爆散した。

 

今度こそメモリが砕け、勝負は決した。

憂鬱の刺客を単独で撃破して見せたスレイヤー。朱月と渡り合ったソニックといい、彼らの異様な強さは敵にとって大きな誤算だったに違いない。

 

 

「よーし…いっちょアガリ!」

 

「まだアガリじゃねぇ!こっちを助けろ!」

 

「『助けてください』ダロ?ヤレヤレ……」

 

 

メモリブレイクで沼は消滅したが、それはそれでアラシの下半身は地面に埋まってしまったままだった。永斗が見たら「ディグダだ」と爆笑するに決まっている。そう考えるとなんだか腹が立ってきた。

 

スレイヤーのガントレットで地面にヒビが入り、なんとか地中から脱出に成功。

 

 

「で、コイツどーすんの?」

 

「あ?…とりあえずメモリは砕いたし、放置でいいだろ」

 

「ラジャー♪」

 

《オツカーレ!》

 

 

スワンプになっていた男を目に届く場所に放置し、スレイヤーも変身を解除。とにかく、これでこの場所での面倒事は終わったと見てよさそうだ。

 

 

「後はここで待ち伏せシテ、残りの敵を待てばいいんダロ?楽勝じゃネ?」

 

「……いや、気になる。順調すぎるんだよ。確かに見張りは決して雑魚じゃなかったし、お前らがいなけりゃもっと手間取ってた。それにしても……だ」

 

 

何より塔の配置が素直過ぎる。見張りがいたにせよ、場所がこうも予測しやすいと妨害のリスクは避けられない。フーディエの性格を考えた時、そんな手を取るかと言われると疑問が残る。

 

アラシはおもむろにスタッグフォンを取り、永斗に通話をかけた。

 

 

『もしもし?どしたの、そっち着いた?見張りいた?』

 

「見張りはもう片付いた。それより検索だ!奴らは必ずまだ何かを温存してやがる。今ここで憂鬱の策を一切合切洗い出す!」

 

『検索って言ったって…めぼしい新情報はそこまで無いし……』

 

 

永斗が検索を渋っていると、示し合わせたように憐の携帯に連絡が入った。その相手は確認せずとも隼斗以外に有り得ない。憂鬱の元アジトに行った隼斗が情報を手に入れたのだろう。

 

 

「ハーさん!そっちはどうナノ?まぁ連絡してきたってことハ…勝ったんだナ!さっすがハーさん!よっ!最強ヒーロー!!………エイくんに?予想外?どうしたんだよハーさん?」

 

 

何やら思っていた内容とは違ったようで、憐の声も曇る。一通り話を聞いた憐は、よく分からなそうにその内容をアラシに伝えた。

 

 

「なんかハーさん曰く、奴らを追う第三者?がいるらしいケド…あと今からアジト入るっテ」

 

『電話越しにすごく面倒くさそうな事が聞こえた』

 

「第三者も気になるが…今は丁度いい。その通話ちょっと俺と代われ」

 

 

憐から携帯を受け取ったアラシは、右手で永斗と、左手で隼斗と通話するという面白い状況に。

 

 

『なんだよ探偵。言われた通り来てやったぞ。ま、見張りに関しちゃ誰かに倒されてたが…』

 

「それはまた後から聞いてやる。今の急ぎは憂鬱の情報だ。何か一つ…どデカい見落としがある気がする。その正体がそこにあるはずなんだ」

 

『なんだよそれ…根拠は?』

『どうせ勘だから聞くだけ無駄だよ』

 

「うるせぇ勘だよ悪いかさっさとしろ」

 

 

言われるまでもなく隼斗はアジトへ向かっていたらしく、しばらくすると通話越しに色々と探している音が聞こえだした。そこから更に待つこと十分弱、隼斗は早くも何かを見つけたようだ。

 

 

『永斗少年、エルバは研究者だったのか?』

 

『憂鬱は基本、エルバが好きな事やってそれに部下がついて行く感じだったから、何やってたかは部外者には分からないんだ。でも…エルバなら出来ただろうね、常軌を逸した研究くらいは』

 

『確かに霧香博士の研究を利用したくらいだもんな。それなら間違いねえ、俺は今エルバが使ってた研究室にいる』

 

「よし、そのまま捜索を続けろ。その間にこっちも真実に近づきに行ってやる」

 

 

____________

 

 

 

「やらなきゃいけなさそうね。それなら…検索を始めようか」

 

 

少し疲れた様子で白い本を手に取り、目を瞑って意識を空気と馴染ませるように力を抜く。目を開けるとそこは、本棚で埋め尽くされた真っ白な空間。

 

 

「で、何が気になるのアラシ?」

 

『奴らの奥の手だ。まずは作戦の全容から考えねぇと話にならねぇ。そもそもどうやって異世界を繋げるかもわかってねぇんだ』

 

「オーケー、検索項目は『方法』。キーワードは『並行世界』『扉』『塔』『五芒星』」

 

 

瞬樹に持たせた携帯から聞こえる声の指示に従い、永斗はキーワードを入力。その度に本棚の数は減っていくが、今一つ絞り込みには至らない。

 

 

「キーワード追加。『ガイアメモリ』…」

 

 

少し考え、永斗はそのワードを追加する。

隼斗たちをこちらに送ったロイミュードの能力で世界転移をするのは有り得ない。何故なら、それは霧香博士の理論に反しているから。

 

世界間のゲートは一方通行。あちらからこちらに来れても、その逆はできない。逆をしたければ別の方法で新たなゲートを開けなければいけない。

 

そしてその一方通行のゲートが両側の世界から開けられた時、世界間のトンネルは開通される。そのためには両側のゲートの位置を合わせなければいけない。

 

 

「もう一つ、『秋葉原』」

 

 

隼斗たちが落ちて来たのは秋葉原。つまりこちらから観測は出来ないが、あちらからこちらのゲートは秋葉原に存在する。

 

 

「五本の塔が描く星の中心には丁度秋葉原がある。みんな聞いてたから分かると思うけど、霧香博士の理論通りなら塔の配置は星形で間違いないよ」

 

『分かるわけねぇだろアホか。だがそれなら猶の事ここが五本目の場所で間違いないことになる。俺の考えすぎか…?』

 

 

______________

 

 

 

「考えろ…!絶対に何か見落としてる。未知の中の不自然が、これまでの何処かに…!」

 

『…おい!おい!聞いてるか探偵!?見つけたぞ!エルバの研究に一つ、俺でも分かるとんでもないヤツがあった!』

 

「おぉっ!さすがハーさん!」

 

「でかした音速チビ!そいつは一体───」

 

 

隼斗の口からその内容が伝えられる。

それはまさしく常軌を逸した研究だった。これが本当ならエルバはやはりとんでもない天才だ。しかし、アラシはその驚きよりも、組みあがっていく手掛かりに目を見開く。

 

よく考えれば『あの能力』はなんだ。

それに瞬樹も言っていた。既知の情報に紛れた未知。

 

『瓦礫が突然現れた』

 

『それ』があるなら、これにも説明がつく。

 

 

「永斗!項目変更、『メモリ』だ!キーワードは…『瞬間移動』!

そして……『非生物のドーパント化』だ!!」

 

『はぁっ!?非生物って…そりゃ猫や鳥類のドーパント化には成功してたらしいけど、物をドーパントになんて……!』

 

 

それこそが隼斗が突き止めた憂鬱の研究成果。

この技術がありながら使わない手は無い。そしてアラシは一度、それらしき物を目撃していた。

 

フーディエが初めて現れた時。彼女が持っていた『本』のようなもの。あれに何かの声を入れると瞬間移動が起こっていた。あれが非生物のドーパントだったのだ。

 

 

「次に『本』、いや待て…本はいい。確かにドーパント態の見た目は本だった。でも人が変身したら二本の手足になるように、物の場合も変身物の元の形状に引っ張られるとしたら…あのページの無い本は本というよりも……ノートパソコン!『コンピューター』だ!」

 

 

言われた通り、通話の奥の意識空間で永斗はキーワードを入力する。絞り込みまではあと一歩。そこで止まってしまう。

 

 

「クソ…!他に何か…瓦礫運びだけにんな大層なもん使うとは思えねぇ。恐らく世界転移にもコイツが何か関係して……」

 

「本って、アレがドーパントだったのカ…いやー、でも瞬間移動したり世界の扉を作ったりって、まるで魔法みたいダナ」

 

 

退屈そうにしていた憐が不意に呟いた、その一言。

それこそが答えだと、アラシの嗅覚が告げる。

 

 

「それだ!キーワードは『魔法』!」

 

 

____________

 

 

緑色の文字で『magic』と表示され、キーワード入力が完了。

その瞬間、本棚は大移動を開始し、一つの本棚から抜け出た一冊が永斗の前で止まった。

 

 

「検索完了…っと、なるほど。憂鬱も随分と考えたね。奴らは想像以上に質が悪いっていう、アラシの直感が見事にビンゴだったってわけだ」

 

 

手に取った本のタイトルは『grimoire』。

日本語に直すと『魔導書』。あの本の正体はパソコンが変身したグリモア・ドーパントだ。

 

 

「グリモアは魔法を作って使えるようになるメモリ。でも、メモリを使ってもその魔法理論っていう概念を知れるだけで、それを理解&構築は簡単じゃない。普通の人なら必死に頑張っても火の玉出すくらいの魔法が関の山。そんなので世界を繋ぐなんて大魔法を作るなんて、ローマ字覚えたてがシェイクスピアレベルの戯曲を作るのと大差無いよ」

 

『そいつをコンピューターに使うとどうなる?』

 

「そこが肝だね。コンピューターの記憶力と演算能力で魔法理解+構築を劇的に簡易化。しかもそれによってプログラム構築の要領で外部から魔法構築ができるようになってる。それでも十分難しいけど、無理じゃない」

 

 

____________

 

 

 

「そうなりゃ奴らが一気に塔を作れない理由も分かってくるな。多分だが電力と情報処理の問題だ。あれだけの量の瓦礫を移動させるには、それなりの充電時間が必要ってこった」

 

 

タワー・ドーパント、サテライト・ドーパント、そしてグリモア・ドーパント。敵の残り手札が全て見えた。後はこれらの駒を敵がどう使い、こちらを出し抜こうとするかを読むだけ。

 

 

「話は聞いてたか?」

 

『あぁ、俺もすぐそっちに戻る。やっと決戦の時…だろ?』

 

「話が早くて結構だ。これまでの塔出現の間隔を考えると、奴らが動くのは早くても……今夜。それまでに俺たち探偵が奴らの策を探り尽くす」

 

「そこで俺っちとハーさんが加わって一気にぶっ叩ク!待ってロ憂鬱野郎!」

 

 

それぞれの活躍により、事件解決までの道筋は完全に浮かび上がった。

 

隼斗たち異世界組の力が無ければここまで早くこの段階には至れなかった。もしかすると憂鬱にまんまとしてやられていたかもしれない。

 

依頼人に頼りきりでは探偵が聞いて呆れる。

露払いをしてくれたのが彼らなら、今度はこちらの番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

思考と捜査の時間は過ぎ、その時がやって来た。

帰路を歩く学生たちも居なくなった浅い夜。フーディエとスーザが塔の陣を完成させに現れる。

 

その場所はアラシと憐が見つけた場所では無く、()()()()()()

 

 

「遂にこの時が…これでワタシの作品は真の完成を迎える!」

 

「貴様の作品などどうでもいい!この作戦は全て!この私がエルバ様から承り!この私がエルバ様のために遂行した誉れ高き栄誉!嗚呼、今こそあのお方が戻ってこられる時!」

 

 

 

「散歩のつもりが奇遇だな。たまたま悪巧みする悪党を二人も見つけちまった」

 

「……何…!?」

 

 

塔の反対側から、そこで待っていたアラシが姿を現した。

驚く時間も与えず、アラシは間髪入れずにフーディエに攻撃を仕掛ける。狙うはその手に持った、ノートパソコンのグリモア・ドーパント。

 

 

「馬鹿なっ…!何故この場所が!」

 

「捻くれ者同士気が合うってヤツだ。素直にあの場所で塔を建てる気は無いって思ってな!そこであの場所を詳しく調べた!」

 

 

デンデンセンサーにリズムメモリを装填し、スワンプが守ってたあの場所を超音波の非破壊検査で観察したところ、案の定それは見つかった。

 

 

「スワンプの力で地下深くに沈めた大量の瓦礫があった!だとしたら妙だな。既に材料は転送してあるのに何故すぐに塔を作らない?それは俺たちが五本目を予測するのを想定済みで、逆に出し抜いてやるためだ。

 

お前たちの狙いは『塔のシャッフル』。この第一の塔と瓦礫の埋まった区画をグリモアの力で丸ごと空間転移させて、第五の塔の場所で待ち構える俺たちに待ちぼうけさせようって魂胆だろ!」

 

 

そこまで分かれば問題は奴らがどの塔と入れ替えるかだが、それに関しては地球の本棚の得意分野。『場所』を項目に検索をすれば、精々四択クイズ程度なら正確に正解を割り出せる。

 

 

「もう説明は必要無い、不快だ!分かったところで貴様らには、こうしてグリモアを狙うことしか出来ないのだからな!」

 

 

アラシは男女関係なく顔面を殴れる男。女であるフーディエにも全力で殴りかかっているが、彼女の戦闘能力も凄まじく、グリモアを手放させることすら出来ない。

 

 

「用意をしろスーザ!この邪魔者を塔に行け埋めしてやれ!传送───」

 

 

あの時と同じ合図。空間転移が始まってしまう。

しかし、その呪文が認証される、まさに瀬戸際。

 

アラシの猛撃に意識を割いていたフーディエにそれは不可避。電子的な銃声がバイクのエンジン音の後を追いかけ、輝くエネルギー弾がグリモアを撃ち抜いた。

 

 

「っしゃあ見たか!hit!!」

 

「相変わらず遅ぇな。どこがソニックだ」

 

「見計らってたんだよ。最高にカッコいいタイミング…ってヤツをな!どうせ放っておいても上手くやんだろDetective(探偵)!」

 

「貴様…あちらの世界の…!どこまで邪魔をすれば気が済むのだ!」

 

「Stupid!『どこまでも』だ!俺たちの世界を守るため、お前もお前のご主人様もぶっ飛ばす!」

 

 

颯爽と合流した隼斗が、銃剣武器『リジェネレイトブラッシャー』の銃撃でグリモアを破壊してみせた。これで空間転移はもう出来ない。

 

 

《サテライト!》

 

「許されざる愚行…!エルバ様の帰還を妨げたその大罪!命を以て償え虫けら共がッ!!」

 

 

怒り狂ったフーディエがサテライト・ドーパントへ変身。

それに対する手は一つ。アラシがダブルドライバーを、隼斗がマッハドライバーMk-Ⅱを装着し、それぞれが変身アイテムを握った。

 

 

「最初っから飛ばすぜ、付いて来いよ!」

 

「そっちこそ、ちょこまか動いて足引っ張んじゃねぇぞ!」

 

 

《ジョーカー!》

《SignalBike!》

 

 

「Ready!」

「「変身!!」」

 

 

《サイクロンジョーカー!!》

《Rider!Sonic!!》

 

 

その変身は暴風警報。異なる風が混ざり合い、辺り一帯を刹那の台風が飲み込んだ。そこから出でる違う世界の二人、もしくは三人の『主役』。

 

 

「悪は撃滅!正義は不滅!この世の全てをトップスピードでぶっちぎる!仮面ライダー………ソニック!!」

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

異世界転移の作戦は阻止された。最後に残った仕事は、この騒動の黒幕であるサテライトの撃退だけ。

 

立ちはだかる敵を前に、仮面ライダーダブル、仮面ライダーソニックが遂に並び立った。

 

 

______________

 

 

 

隼斗は憂鬱のアジトに向かったが、そこで待っていたはずの見張りは既に何者かに倒されていた。そこに残っていたのは鋭利な『斬撃』の跡。

 

一体誰が見張りを討ったのか。その答えを示すため、少し時間を遡る。

 

 

それは隼斗がアジトに向けて出発した、その直後。

診療所で珊瑚のリハビリの面倒を見ていたハイドは、片目を隠した医療用眼帯の奥に別の景色を映していた。

 

 

「ふーん…憂鬱の施設見つけるとはやるっスねぇ」

 

 

ハイドのメモリは『神経の記憶』。体から分離した神経を他人に寄生させることで、感覚を共有したり動きを操ったりすることができる。

 

アラシの周りにいる人物は皆オリジンメモリの適合者であるため、能力が十分に使えなかった。しかし、隼斗は違う。隼斗が診療所に来たあの時から、ハイドは神経を隼斗の体内に忍ばせ、その視覚を一方的に共有していたのだ。

 

何か思いついたようで、ハイドは一旦席を外して誰かに電話をかけた。折角の大騒動、最近ご無沙汰だった彼を巻き込みたいようだ。

 

 

「あ、もしもし坊ちゃん?今ちょっと色々大変なんスけど、どーやら『憂鬱』が帰って来ようとしてるみたいで……えぇ、はいそうっス。そんでアジトが栃木の方で、今ちょうど坊ちゃんその辺に───」

 

 

 

 

 

ファングの一件は彼の心に多くの影を残した。

 

ファング・ドーパントは余りに強大で、彼の力では時間稼ぎが限界だった。憤怒No2のアサルトが暴走した際も、本来ならば身内で火消しすべき騒ぎに、彼一人では力不足だった。

 

そしてエンジェルの地獄変。洗脳される危険性から彼に召集はかからず、あれだけの戦いに何も貢献することができなかった。

 

彼は己の力不足を嘆いた。

その目的のためにNo1の座では足りない。頭領をも越える、最強の力が必要だ。

 

 

そして届いた『憂鬱』帰還の伝達。

組織最強格の謀反者、相手にとって不足無し。己の限界を超える好機。

 

 

「憂鬱のエルバ。アイツを斬るのは……俺だ」

 

 

鈍った腕を磨き直すためスコミムス・ドーパントを撃破した彼───ファーストは東京に戻って来た。そこで聳え立つ塔に、研ぎ澄まされた殺意の切っ先を向ける。

 

上を向いていた彼の足元にぶつかる、硬い何か。

それは鋼鉄の翼を持った、青い……

 

 

「鳥…!?」

 

 

 

 




ファースト参戦!スラッシュはMasterTreeさん考案ということもあり、コラボ編ではキーパーソンを務めます。の割には登場遅かったですけど。

次回はVSサテライト&タワー!憂鬱の降臨を阻止できるか!?
https://syosetu.org/novel/91797/
↑ソニックサイドもよろしくお願いします!

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第5話 青い風はいつ一つになったのか

何度目のお久しぶりか、146です。ソシャゲ課金の味を覚えました。
コラボ編5話、ようやくサテライト(ついでにタワー)とバトルです!かなりボリューム増えたので、半分くらいソニックサイドに任せてあります。

https://syosetu.org/novel/91797/
↑ソニックの方もよろしくです。

ひっさびさにファーストが動くし、個人的に気に入ってる苦労人部下も冒頭から出ます。
今回も「ここすき」よろしくお願いします!


「岸戸いるか?」

 

「まぁ今はプライベートだし岸戸でいいっスよ。お疲れ様っス坊ちゃん…ってなんスかそれ。鳥?ジブン、獣医じゃないっスよ?」

 

 

憂鬱を倒すため東京へと戻って来たファーストは、道中で拾った鳥を土産感覚で持ってハイドの診療所に顔を出した。最も、鳥と言っても明らかに鉄製であることは見れば分かるが。

 

 

「どれどれ…なんスかこれ。門外漢のジブンでもワケわからないテクノロジーって事だけは……あ、もしかして彼ら関係っスかね」

 

「何か知ってるのか?」

 

「例の異世界人っスよ。そうなると直したげた方がいい感じに転ぶかもっスね。でもこれ医療じゃなくて修理…」

 

「ハイドさん!なんなんですかヘルの変身者のあの子!持ってるわけないでしょ星空凛と小泉花陽の写真なんて!大体なんで面倒見るのはアンタの……ゲェっ…!」

 

「あ、ビジョン」

 

 

様子を見に来たらそのまま仕事を押し付けられた憤怒の常識人、ビジョン。異議申し立てをしてやろうと鼻息を荒くするが、そこに一緒だったファーストを見るや、心底嫌そうな顔を見せた。

 

 

「なんでファーストいるんですか…!?地獄!?ここは地獄か!」

 

「山門は倒したっスよ何言ってんスか」

 

「俺にとっちゃあんたらも山門も大概なんだよ!」

 

「そうだビジョン。お前、機械系統得意だろ」

 

「そうっスね。はい、お願いっス。上司命令」

 

「ほんと…マジ……こういうとこ!!」

 

 

平気で人の仕事を増やすのも、このコンビの相手をしたくない理由の一つだ。頑張れビジョン、社畜の道は険しいぞ。

 

 

 

______________

 

 

並行世界とこの世界を繋げ、大罪幹部『憂鬱』ことエルバを降臨させようと画策するフーディエ。二つの世界の仮面ライダー達の活躍によりその作戦は阻止され、陰謀の芽を断たんとダブルとソニックが今ここに並び立った。

 

 

「それで私を止められたつもりか、愚か者が!貴様たちをここで消し、我々は必ず陣を完成させる!」

 

「させるわけねぇだろボケが!」

 

「そのために俺たちが来たんだからな!行くぜ!」

 

 

倒すべき敵は2人。サテライト・ドーパントとタワー・ドーパント。

特にサテライトの強さは驚異的で、特筆すべきはその速度。ラピッドの音速蹴りを一挙一動に纏ったような、並の速度特化ドーパントを一笑に付すレベルの速さだ。

 

 

『流石は幹部クラス。戦闘力はカオスやプレデターやパニッシャーと同等かそれ以上だね』

 

「ライトニングでトントン。先にスタミナ切れて負けるのはこっちだ。でも…今に限っちゃ対策講じるまでもねぇよな!」

 

 

速度で圧倒しようと攻めに来るサテライトだが、蒼い風がその攻撃を弾く。

 

 

「何…!?」

 

「おいおいそれがfull-throttleか?こっちはまだエンジンも温まってないぜ?」

 

 

ソニックはサテライトの速さに余裕で追いつき、渡り合う。あの朱月に一撃を入れたという戦闘力なら、幹部側近程度に過度な後れを取るはずが無い。

 

燃え上がる屈辱と対抗心。サテライトの照準がソニックに定められた。

 

そうなれば、ダブルの相手は必然的に決まる。

 

 

「オラァぶっ壊れろ!」

 

「なぁっ!?いきなり殴りかかるとはやはり野蛮…低能種族が!」

 

『ヒーローの台詞ではないよね。僕もそう思う』

 

 

なんだかボケっとしていたタワーに、今がチャンスと殴りかかった。

すぐさま塔で作ったハンマーで応戦。素手喧嘩に持ち込みたいダブルだが、ハンマーで距離を維持されて鬱陶しい。

 

 

「ならコイツだ」

 

《メタル!》

《サイクロンメタル!!》

 

 

長物には長物で対抗。ハンマーをメタルシャフトで受け止め弾き返し、強風を伴うシャフトの舞いがタワーに乱打を喰らわせる。

 

だが、腐っても鯛、こんなのでも憂鬱直属の戦士ということだろう。すぐさま地面からせり出した塔で防御。サイクロンメタルは一撃が軽いのが弱点なのは把握されているようだ。

 

 

「ワタシの創作を邪魔立てした行為、実に罪深い!そちらが力で来るなら上等です!全力こめて叩き潰してあげましょう!」

 

『スピード対決&パワー対決。いい展開だね』

「だったらこっちもフルパワーだ」

 

《ヒートメタル!!》

 

 

サイクロンをヒートに変え、タワーの防御を一撃粉砕。

タワーと常に接近しているため相手も小細工を使えない。ハンマーとシャフトがぶつかり合う、力任せの喧嘩だ、

 

攻撃の手を休めず、ダブルはソニックの方をチラリと確認する。高速で移動しながら『ゼンリンシューターBS』で派手に銃撃戦をしているようだ。互いの手数が余りに多すぎて、どちらも捌くので精一杯な拮抗した状況に見える。

 

 

「…?今アイツ……そういう事か!」

 

 

ソニックの挙動の中で何かを見たダブルは、タワーの相手をしながらソニックと距離を近づけていく。二つの白熱した戦いが隣り合った瞬間、

 

 

「チェンジだ」

「OK!」

 

 

互いが敵に背を向け、新たな敵に向き合う。

サテライトの相手は一瞬にしてダブルに切り替わり、サテライトの速さを重視した軽い攻撃はメタルの防壁が拒絶する。

 

スピードタイプの相手が一瞬にして防御タイプに。そうなれば動き方の変更を余儀なくされ、ミスでも隙でもない必然の「緩」が生まれる。

 

そこに切り込むダブルの一撃。最大まで熱されたシャフトがサテライトを地面に抑えつけた。

 

 

『苦い物食べた後だと甘い物がより甘く感じるみたいな?とにかく人は急激な環境変化に弱い。タイマン得意のプロ様だと猶更切り替えの瞬間が顕著だ』

 

「くっ…小細工を…!」

 

「俺たちは小細工で戦う探偵なんだよ。まだまだ行くぞ、弾幕だ音速チビ。俺たちがお前の速さに適応してやる」

 

《ルナトリガー!!》

 

「そーかよ!俺のmessageは伝わったみたいだな!」

 

《Signal koukan!超・カクサーン!!》

 

 

ダブルがルナトリガーにチェンジし、ソニックはシグナルバイク『シグナルカクサーンⅡ』の力でシグナルコウカン。フォームチェンジした両者は共に、銃口を空に向けて無数の光弾を解き放った。

 

 

「なっ…なかなかに美しい光景…!ジェラシーだ…ベホォっ!?痛ぁっ!」

 

 

見とれていたタワーにはもれなく多数の銃弾が降り注ぐ。問題外は置いておいて、サテライトは攻撃を喰らうまいと銃撃モーションの時点で浮遊し、その速度を回避に注ぎ込む。

 

瞬時に弾幕の薄い部分を見つけて切り拓き、ダメージを最小限に抑える行動を取る。光弾の波の出口が見え、反撃に意識を向けたその刹那。

 

 

《超・トマーレ!!》

 

「なんだ…これは…!?貴様の仕業か異世界の仮面ライダー!」

 

「おっとLady、そこは通行止めだぜ!」

 

 

戦いの中で一発、ソニックがシグナルトマーレⅡで空に撃ち込んでいた『置き弾』へ誘導する弾幕。それにより一時停止の標識がサテライトを空中で磔にした。

 

 

「ちょこまかした動きも止まった!Chanceだ!これでも喰らえ…!」

 

《ヒートジョーカー!!》

 

「ぶっ飛べぇっ!!」

「おいちょ待て……!」

 

 

追撃に行こうとしたソニックだが、反対側からヒートジョーカーで火力を底上げしたダブルが迫り、サテライトに叩きつけた炎の拳でついでにソニックまで吹っ飛ばされた。

 

ここまでいい感じにコンビネーションが決まっていたのに、最後で台無しだ。

 

 

「おいコラ馬鹿探偵!お前何やって…いやわざとだろ!絶対わざとだ!お前初対面のアレまだ根に持ってんだろ!?」

 

「持ってねぇ。避けなかったお前が悪ぃ」

 

「空中で避けれるか!smallな(器の小さい)ヤツめ……」

 

 

しかし、戦闘力とセンス、スピードで群を抜いているソニックに、2人で1人の形式上コンビネーションと適応には一日の長があるダブル。このコンビはハマれば破壊的に強いことが証明された。勝利の確信が、もはや目前にまで迫っている。

 

 

 

そんな戦いを退屈そうに見ていた男は、欠伸をしながら戦場に手を重ねる。

 

 

「ちょいちょいちょっと!まさかこれで終わりとか言わないよねフーディエちゃん。せっかく憂鬱帰って来るってアガってたのにさぁ」

 

 

子供の駄々のように不平を喚きながらも、明確な殺意を垂れ流すのは朱月。絶大な力を持つ彼の苛立ち一つで、戦局なんていくらでも変わる。そんな彼が、立ち往生しているタワーを指さした。

 

 

「頼んでやるからさ、オレを失望させんなよ?」

 

 

 

タワーの姿を黒いワームホールが包んだ。

戦場から消えたタワーが次に現れたのは……最悪の場所だった。

 

 

「本当に寝ちゃったよエイくん…にしても暇ダナ。俺っちが念押しの保険扱いってのはやっぱ納得いかないっていうカ……」

 

 

気絶した永斗の体とぼやく憐が待機していたのは、スワンプが待ち構えていた最初の第五の塔出現予測地点。なんとなく呟いただけだったのに、現れた光景に憐は目を見開く。

 

 

「ここは…何が起こったというのだ!」

 

「アイツ、タワー!?ってことはヤバイ!」

 

 

朱月の力で第五の塔の予測地点まで転位されたタワー。彼もすぐに今の状況を理解し、これが千載一遇の好機だと気付いた。

 

今もこの地には塔の材料が大量に埋まっている。つまり、この一手で憂鬱の計画は完遂されてしまう。

 

 

「…よく分からないが幸運!ワタシの作品、完成の時!出でよ第五の塔!」

 

「クッソ……待テ!!」

 

 

憐の行動は一歩遅く、成長する大樹のように塔が大地から天高く伸びていく。

 

悪魔の気まぐれで事態は優性から圧倒的劣勢の大ピンチに。

空から見ると五芒星。秋葉原を中心とした塔の魔法陣が完成した。

 

 

 

____________

 

 

 

「What's!?何が起こったんだ!?あのエセ芸術家はどこに…」

 

『分かんない。でも…行き先は明らかだね』

 

「クソが冗談じゃねぇ…最悪だ…!」

 

 

タワーの姿が消えたと思えば、第五の塔予測地点に塔が現れた。

それはつまり、あれだけ阻止ししようとした魔法陣の完成が果たされてしまったことを意味する。

 

 

「…よくやったスーザ。そして我が僥倖に、感謝を。

今ここに、エルバ様降臨の儀式を開始する!!」

 

 

高らかに言い放ったサテライトは、ダブルとソニックが呆然としていた隙に一瞬で天高く飛び上がった。それを追尾するサテライトの小型ビットに加え、別の複数の場所からもサテライトの端末衛星が集まって来る。

 

 

『アレは……憂鬱のアジトとかを見張ってた衛星か。つまりサテライトは別の場所に半身を置いてたも同然ってことね』

 

「マジかよ…てか、それを今になって集めるってことは…!」

 

 

ソニックにもダブルにも、サテライトの意図は伝わっていた。

それは憂鬱の計画の最終目標、つまり『どうやってエルバをこの世界に呼ぶか』にある。その真相は少し前、意外にも憐が導き出した。

 

 

「こうグルっと丸を書いテ、そこに星。これで異世界と来れば…なんか聞いたコト………あぁっ!思い出しタ!これ有名な都市伝説だぜハーさん!」

 

 

そう言って憐は、小さな紙に丸と六芒星、更に赤い文字で「飽きた」と書く。

 

 

「…飽きた?なんだ永斗みたいなこと言いやがって」

 

「違うぜアラシサン!前にヨっちゃんあたりから聞いた気がすんだケド、こーやって紙に書いて寝ると、起きたら異世界の自分と入れ替わる…っていう都市伝説があるらしいんダ!」

 

「ほへー、それ多分そっちの時代で広まった都市伝説だね。僕の本棚には無かった。異世界にいるエルバが、なんらかの方法で部下に伝えたとかかな?」

 

「でも憐、それ形が違うぞ?六芒星と五芒星じゃ全然……」

 

 

しかしこれは大きすぎるヒント。すぐさま永斗が検索に入り、その意味を手に入れて帰ってきた。

 

 

「その都市伝説を実行するにせよ、それは『入れ替わり』のための方法だよね。それじゃ駄目だからこそのアレンジなんだ」

 

「記号で何か変わるってのか?」

 

「六芒星の効力は『宇宙のパワーを集める』とされてる。でも今はグリモア・ドーパントと電力っていうエネルギー源があるからいらないんだ。対して五芒星の意味は『循環』、いかにもシステムにあつらえ向きじゃない?しかも逆五芒星になると…『穴』を意味するようになる」

 

「『穴』…俺たちを吸い込んだのも穴だ!つまり敵は六芒星を五芒星にして、都市伝説の魔術を作り替えた…!?そんなことできんのかよ!」

 

「魔術理論はよく知らないけど、グリモアならそういうシステムを構築できる可能性は高いね」

 

「それじゃ、この赤文字の『飽きた』ってのハ…?」

 

「それも頭柔軟にして解釈すると…」

 

 

街を包む巨大な魔法陣に文字を書くのは無理がある。

そもそも文字である必要は?『飽きた』とはつまり逃避願望。今の世界に対する絶望、言い換えれば『憂鬱』。

 

赤い文字で『飽きた』。それらの要素を解釈し再構築すると、『赤』で逃避の『憂鬱』を描く。巨大魔法陣に描くのにうってつけの『憂鬱』の『赤』と言えば───

 

 

 

 

「『血』だ。アイツは今ここで、魔法陣範囲内の一般人を大量虐殺する気だ!」

 

『だよね…で、あの衛星ってわけ…!』

 

 

エネルギーを充電していた小型衛星たちが全て合体し、一つのレーザー砲を構築した。はるか離れたこの地上からでも分かるレーザー砲の眩しい輝き、迸るエナジーが、最悪の未来を想起させる。

 

 

「永斗!ライトニングトリガーだ!あれなら射程も時間も間に合う!」

 

『無理!レーザー砲の周囲に別の衛星、あれは避雷針だ!中途半端な飛び道具じゃ吸われる!止めるなら直接行って叩かないと…!』

 

「クッソ……鳥がいれば…ブレイヴソニックさえ使えれば余裕で間に合うのに…!」

 

 

この距離まで飛ばれればメテオデッドヒートじゃ間に合わないし、サテライト本人を搔い潜れるだけの突破力も無い。このまま黙って見ていれば充填が完了した瞬間に、この世界の人々は大勢死ぬ。

 

そう思った時、隼斗の選択に迷いは無かった。

 

 

「瞬樹くんに連絡だ!世界転移を制御するグリモアを今すぐ壊せば、作戦は続行不可能!そうなればサテライトも止まってくれるかもしれない!」

 

 

フーディエが使っていたのは、瞬間移動を制御するノートパソコンのグリモア・ドーパント。世界転移ほどの大魔法をコントロールするにはノートパソコンのスペックでは足りない、というのが永斗の推理。

 

つまりグリモアはもう一つある。仮にグリモアⅡとし、そのベースは恐らくスーパーコンピューター。国内にあるスーパーコンピューターの数など限られており、その場所を特定するのは容易だった。

 

そこで瞬樹をそのグリモアⅡの場所に配置した。最悪の事態に陥った際、グリモアⅡを破壊してエルバ帰還を阻止するために。

 

 

しかし、それはあくまで最終手段。

何故ならここでグリモアⅡを破壊すれば、隼斗と憐は元の世界に戻る手段を失ってしまう。

 

 

『隼斗さん…でも帰る方法は無くなるよ?本当にいいの?』

 

「ここでこの世界見捨てて帰って…そんなんで姉ちゃんたちに顔向けできるわけねえ!もうこれしかないんだ早くしろ!μ'sを守るんだろ!!」

 

 

例えそうしたところで、サテライトが止まってくれる保証は無い。それでも隼斗にはそうすることしかできないのだ。

 

自分の世界を諦める気は無い。でもこの世界を見捨てる気も無い。

それが天城隼斗の生き方。誰よりもヒーローで、きっと誰よりも苦しい生き方。

 

 

「駄目だ」

 

 

だが、そんな隼斗の答えを、アラシは拒絶した。

 

 

「…何言ってんだバカ野郎!!ここはお前らの世界だろ!人が大勢死ぬんだぞ!そんなことになれば…μ'sの未来は絶対に終わる!!お前はそれを守るんじゃなかったのかよ!!」

 

「俺たちは探偵だ!依頼は絶対、依頼人のために最善を尽くすそれが俺たちだ!お前らを元の世界に速攻で帰す、探偵の誇りに懸けてそれだけは違えねぇ!!」

 

「そんなこと言ってる場合かよ!」

 

「お前と一緒だ。μ'sは守る!お前らも帰す!その両方を通すしか生きる道はねぇんだよ!」

 

 

切風空介が教えてくれた探偵の生き方。それだけは譲れない。

発射寸前のレーザー砲から一瞬たりとも眼は離さない。この最悪を打開する手段が、絶対にあるはずだ。

 

隼斗が未来を見据えていたとするなら、アラシは今だけを見ていた。

未来の自分なんて信じるに値しない。未来の現実なんて知ったことじゃない。がむしゃらに今この瞬間だけを、どんな手を使ってでも生き繋いでいく。アラシは、そんな生き方しか知らないのだ。

 

 

どちらの考えも間違いでも正解でもない。観測する側面で正誤は変わる。

それに、どちらの生き方を通したところで、天上に鎮座する裁きの光には届き得ない。

 

 

「叫べ有象無象の虫けら共よ。貴様らの憂鬱を喰らい、我が主は舞い戻る!!」

 

 

地に足を付けた『生きるための生き方』では届かない───

 

 

 

____________

 

 

 

「レベル2。天下五剣 三日月宗近。

我流剣 八ノ技・奥義………!」

 

 

別の場所でサテライトを見上げる剣士は、斬るべき敵を見据えて剣に触れる。

『三日月宗近』は天下五剣の中で最も美しいと言われる業物。その美麗な刃が紡ぎ出すのは、一糸の狂いも許さない正確無比の一太刀。

 

三日月を喰らった鬼は、天を駆ける。

 

 

牙鬼(きばおに)(あまつ)!」

 

 

抜刀。

 

鞘を滑り、解放された刃の切っ先が描く軌跡。天まで伸びる直線。

斬撃を固形化させ飛ばす『牙鬼』の範囲を超超超拡張し、まるで銃弾のように斬撃がレーザー砲に飛んで行く。

 

避雷針に反応しない斬撃が、レーザー砲に届いた。

しかし、この距離まで固形化させた斬撃が届いただけで奇跡。威力は度外視の悪あがきに過ぎない。

 

 

「我流剣 十一ノ技……」

 

 

だからここから先は即興(アドリブ)

更に高く行くため、彼は新たな技を今ここで生み出した。

 

彼の生き方はヒーロー然とした献身的なものではない。己の命だろうと何だろうと犠牲にし、天高く昇るために強くなろうとする生き方。

 

その破滅的な彼の怒りと、才覚と、運命は、天をも突き抜ける刃となる。

 

 

裂界(さっかい)!」

 

 

レーザー砲に触れて勢いを失った斬撃に、再び命を吹き込む。

遠く離れた刃を操る遠隔斬撃。その新たな技が、発射秒読みだったレーザー砲を一刀両断した。

 

 

「……斬れたか」

 

 

スラッシュはレベル2を解除し、青い鉄の鳥を空に放った。

ゾーンメモリで損傷個所を把握し、ビジョンの指示のもと、ナーブメモリの精密な作業で完全に修理されたものだ。

 

ビジョンによると内部に何か個別のユニットが収納されているらしい。詳しくは分からないらしいが恐らく、ダブルのファングメモリと似たような強化アイテムと推測される。

 

 

「見せてみろ異世界の仮面ライダー。俺に無い強さを」

 

 

 

_______________

 

 

 

「レーザーが…壊れやがった…!?」

 

『なにが…ラッキーだけど…えっ…!?』

 

 

突然レーザー砲が破壊され、必死に頭を働かせていたダブルの思考に急ブレーキがかかる。しかも壊れ方が『斬れた』だから本当に何が起こったのか分からない。

 

宿敵であるダブルよりも先に、その正体に感づいたのはソニックだった。

憂鬱のアジトに行った際、見張りを全て倒していた何者か。痕を見ただけで分かる極めて練度の高い斬撃は、隼斗の中に強烈な印象を残していた。

 

先の一瞬で感じたのは全く同じイメージ。

隼斗の中で等式が結びつくと同時に、自然と体が震え、昂った声が漏れ出る。

 

 

「すげえ……!!」

 

 

感動するソニックを引き戻すように、頭部に割と強い衝撃が走る。

勢いをつけてぶつかってきた鉄の塊。この痛みには馴染みがあった。

 

 

「痛ぁっ!?…ってこの感じ……鳥!?」

 

『ー!ー!』

 

「お前今まで何処行ってたんだ!?いや…無事でよかった!お前がいれば百人力だ!」

 

 

鳥型疑似ロイミュードRF-01改め『ブレイヴ・ファルコン』。ブレイヴ・ファルコンもまた、この世界にやって来ていたソニックの仲間の一人だ。

 

 

「ペットと感動の再会やってる暇ねぇぞ馬鹿」

 

『いやでも凄いよアラシ。自律AI搭載の鳥型アンドロイド、霧香博士が作ったんでしょ。あの人やっぱ凄い』

 

「だろ!?でも驚くには早いぜ永斗少年!コイツはただのペットじゃねえ。正真正銘の『相棒』だ!さぁ見せてやろうぜ、俺達の本気!」

 

 

ブレイヴ・ファルコンは機体から一台のシグナルバイク『シグナルブレイヴ』を射出し、ソニックの右手に止まる。

 

ドライバーのスロットを上げ、シグナルブレイヴを装填。

 

 

《Evolution!》

 

「I'm Ready !超・Hensin!!」

 

 

掛け声に合わせ、ブレイヴ・ファルコンが分解される。

その瞬間、アラシも感じ取った。仮面ライダーソニックが進化する、その予感を。

 

ソニックの姿が変わり、高く跳躍。光り輝く風を帯びて、変形したブレイヴ・ファルコンの各部パーツが鎧としてソニックに装着される。

 

 

《Brave!TAKE OFF‼︎》

 

「あれがアイツの全力か…!」

 

『僕らはまだ到達できてない領域…アツいね』

 

 

ダブルがその姿を捉えられたのはほんの一瞬だけ。ソニックは瞬く間に速度を飛躍させ、天空に留まったままのサテライトのもとに飛んで行ってしまった。

 

 

「馬鹿な!私の衛星を誰が……!?いいや、そんな事はどうでもいい!我が主を世界が拒絶するというのならば!!こんな世界、私の手で真っ新に整地してくれる!」

 

「させるかよ!もうお前には何もさせねえ!」

 

 

激情に駆られるサテライトの前に、ソニックは現れた。

有り得ない。目を離したたったのは数秒。その僅かな一瞬で、彼はこのサテライトの不可侵領域である上空にまで到達したのだ。

 

 

「仮面ライダー…ソニック…っ!!」

 

「ようやく名前を覚えてくれたか!でも違うな。進化した俺の名前を、その胸によーく刻み込め!!」

 

 

サファイアのように輝く、神鳥のようなその姿。

大空を舞うその翼の名は『勇気』、『勇猛』あるいは『絢爛』。

 

 

このライダー、『ブレイヴ』!

 

 

「勇気と奇跡がもたらす翼!望む未来を拓く為、オレの正義を貫き通す!仮面ライダー…ブレイヴソニック!!」

 

 

仮面ライダーソニックの最終形態『仮面ライダーブレイヴソニック』が、この世界に音速の旋風を巻き起こす。

 

 

_______________

 

 

 

地上に残されたダブルは、ソニックを遠目で見守るしかできない。ハードタービュラーを使えばあの場所まで行けそうではあるが、その場合速さについて行けず戦いに参加できないのだ。

 

 

『こりゃもう僕らの出番無いね。帰る?』

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ。つーかワープしたタワーの奴を忘れてんじゃねぇよ。さっさとそっちを追いに行くぞ」

 

『そっちには憐くんいるじゃん。だからもうお役御免で……』

 

 

完全に面倒くさいモードに入った永斗を引っ張るように、ダブルは第五の塔の方へ向き直る。すると、そこには信じがたい光景が広がっていた。

 

確かにさっきまでサテライトの砲撃に集中していたとはいえ、よくもまぁ気付かなかったものだ。いやむしろ気付かねぇとヤバいだろと、アラシは自分に心内ツッコミをかます。

 

 

「……助け必要ねぇか?」

 

『急ごっか。あれは流石に』

 

 

第五の塔付近でも激しい戦いが繰り広げられていた。

なんでこの距離で分かるか?それは…

 

 

タワーが超巨大化して怪獣大戦争に突入していたからだ。

 

 

「おいふっざけんなよ!なんだアレ!デカすぎんだろ!デカけりゃいいってもんじゃねぇぞあのアホ建築家!」

 

『まさに怪獣サイズだね…多分塔周りの山の土を吸収したのかな』

 

 

サイズはざっと50メートル前後。人型でアレに立ち向かうのは気が遠くなるが、やるしかない。

 

そこでダブルは、塔の陰で変身を解除した。

 

 

 

______________

 

 

 

「あーもうデカすぎ!どうしろってんダヨ!」

 

 

タワーとの戦闘になったスレイヤーだったが、タワーが周囲の土を取り込んでゴーレムのように巨大化してしまったからさぁ大変。スレイクローで足元を削るが、全く効いている気がしない。

 

 

「はははははは!矮小な野蛮人め!所詮貴様らはその程度の器なのだ!踏み潰してやる……おい貴様!塔の後ろに隠れるな!理解の無い虫がワタシの塔に触れるなあああああ!!」

 

「デカくなってもバカは変わらないのカ…」

 

 

しかしその巨体で地団太を踏むのはやめていただきたい。

スレイヤーに手を出せずにいる巨大タワー。その状況に斬り込みを入れたのは、タワーの首を裂いた牙の斬撃だった。

 

 

「選手交代。アラシに代わって真打登場」

 

『誰が前座だコラ』

 

 

こちらも現時点最強形態、ダブルファングジョーカーに変身。

しかし、先の一撃は切り傷をつけただけで切断には至っていない。

 

 

『デカいし硬ぇのかよ。ふざけてんな』

 

「アラシサン!?サテライトの方はどうなった…って早いナ!?」

 

「これ僕の方の身体で変身してるから。こういう時に瞬間移動っぽいことできるから便利だよ、2人で1人。サテライトの方は…もう大丈夫そうだし隼斗さんに任せた」

 

「ハーさんに…あぁ、それなら大丈夫ダナ!それならハーさんより速くコイツぶっ倒そうゼ!」

 

「当たり前だ!」

 

 

スレイヤーもタワーの足から身体へと昇っていき、胴体に鋭い一撃を刻み込んだ。黒爪と白牙のバイオレンスコンビネーションは、巨体相手だろうと構わず威力を発揮した。

 

たまらずタワーはダブルとスレイヤーをはたき落とし、とにかく一回離れようと街の方へ足を進める。

 

 

「あんなデカいのが街に出たらヤバいっテ!家とか車とかぶっ壊され…」

 

「…ないだろうね。ほら、足元にめっちゃ気を付けて進んでるし。あの巨体であの動き面白いね」

 

『あ…家も車もアイツにとっちゃ誰かの作品。アイツの言う劣等種族は踏み潰しても、作品は壊せないってことか。ワケわかんねぇ倫理観だな』

 

 

だが、その思想も今だけは好都合。これである程度街の被害を気にせず戦える。

 

ダブルはハードタービュラーに乗り、スレイヤーはメテオデッドヒートにフォームチェンジして再び接近。叩き落とそうとするタワーの腕を掻い潜り、ダブルはアームファングで、スレイヤーは紅のスレイクローで右腕を集中攻撃。

 

一部分ではあるが、ようやく腕を破壊することに成功した。

 

 

「貴様ら…ワタシの芸術的なこのボディに傷を!許さん!握り潰すッ!」

 

「んな大事なら倉庫にでもしまっときナ!」

 

「黙れぇ!貴様のゴミのような感性になど用は無い!!」

 

 

あからさまな怒りがスレイヤーに向けられ、大地をも砕きそうな鉄槌が振り下ろされる。避ければ地上に大被害。スレイヤーはこれを受け止めなければいけない。

 

 

「憐くん!」

 

「ぐ…ッ……平気だぜエイくん!こんなもん弾き返しテ……っ!」

 

 

ふざけた言動だが、この巨大タワーのパワーは圧倒的。いくらパワーアップしたといえど、スレイヤー1人では受け止め続けるのも難しい。

 

腕が破裂しそうな痛みがスレイヤーを襲う。メテオデッドヒートのジェット推進力が限界を迎えそうになったその時、温かい熱と共にタワーの腕が軽くなり、痛みも引いた。

 

 

「この竜騎士シュバルツが加勢する!まだ戦えるな!黒騎士!」

 

「シュバルツ…!おう、当然ダ!!」

 

 

フェニックスのマキシマムオーバーを発動して駆け付けた、仮面ライダーエデン。エデンはスレイヤーと共にタワーの攻撃を受け止め、押し返し、共鳴する炎で一気に跳ね返した。

 

 

「瞬樹!?グリモアⅡのとこで待機って言ったのに……」

 

「愚問だな永斗よ!この戦い、もはや完全ハッピーエンド以外の終わりは有り得ない!そもそも保険など、ここで此奴を倒せば必要ないはずだ!そして俺は負けん!」

 

「アナタは……昼間の少年!何故です!芸術を理解するアナタが、何故ワタシたちの邪魔を!」

 

「スーザと言ったな!確かに貴様の塔は素晴らしい!カッコいい!だが!誰かを傷付け不幸にするためのものは芸術なんかじゃない!貴様ほどの天才なら…誰もを感動させる真の芸術に辿り着けるはずだ!」

 

「なっ……!戯言だ…!破壊する側の人間は理解しようとすらしない!真に優れた感性が翼を広げるために、低能な凡夫には消えてもらうしかないのです!」

 

『うるせぇんだよボケェ!!』

「へぶらぁッ!!?」

 

 

互いに信念を熱弁していた場面で、ダブルの左側がタワーの顔面に強烈キック。物理的に黙らせたが、流石の脳筋に一同唖然。

 

 

「うわー、このタイミングで蹴る?普通」

「空気読もうぜアラシサン」

「鬼か貴様…」

 

『知らねぇんだよテメェの主張なんか!んな駄弁りたけりゃ通学路で横断幕持って一人でメガホンに呼びかけて通行人に白い目で見られてろ!』

 

 

知らないうちに展開されていた瞬樹とスーザの友情など、興味はない。アラシは自分に関係ない展開に心底イライラしていたようで、喋りを再開させまいとアームファングで顔面近くを斬り続けるダブル。

 

まぁもうこうなっては話し合うムードでは無く、スレイヤーとエデンも攻撃を再開。3人揃えばなんとやらで、強化されたコンビネーションがタワーの各部を次々に砕いていく。

 

しかし、

 

 

「どうなっている!壊しても効いてないぞ!」

 

「壊しても空洞なとことかあるし、あくまで巨体も人工物ってことでしょ。ガンダムのモビルスーツみたいな?」

 

「てことは、どっかに本体がいるってことダナ!そうなりゃ普通に考えて胸のとこダ!」

 

「なっ…!?何故わかったのです!」

 

「はいバカ」

 

 

当てずっぽうにわざわざ答え合わせまでしてくれたおかげで、戦いのゴールがハッキリと見えた。胸の部分にいる本体を正確に撃ち抜けば、巨大タワーを倒せる。

 

しかし、言うは易し行うは難し。当然だが胸部分の装甲は他より遥かに硬く、タワーもそう易々と胸を狙わせてはくれない。

 

 

「エイくん!アラシサン!」

 

『っ…!危ねぇ!』

 

「いやギリアウトだね。今のでハードタービュラーがイカれた」

 

 

攻めに転じたせいで僅かに回避が疎かになり、タワーの攻撃がかすってしまった。それによりハードタービュラーはもう飛行できない状態に。

 

一旦タワーの首元に着地するが、ここから胸部は狙えない。

 

 

「このままじゃ僕ら戦力外だね」

 

『うるせぇ分かって……あれは…!』

 

 

ダブルの視界に入ったのは、超速で激闘を続けるソニックとサテライト。巨大敵を相手していて気付かなかったが、随分な距離を動いていたらしい。

 

見る限り、戦いの状況は拮抗状態…いや、あと一押しあればソニックが決められそうだ。

 

 

『…!永斗、俺に考えがある!』

 

「アラシがそれいう時って、大体無茶苦茶やる時なんだけど…」

 

 

アラシが構えたメモリで、永斗もその意図を完全に読み取った。

 

 

「瞬樹!憐くん!一気に決める。後先度外視でガードをぶち破って!」

 

「承知!」

「オーケー!」

 

 

永斗の指示でスレイヤーはスロットを上げてイグナイターを押し、必殺待機状態に。エデンはオーバースロットからフェニックスメモリを引き抜くと、今度はハイドラメモリを突き刺した。

 

 

《ヒッサツ!Volca Full throttle!Dead Heat!!》

《Meteor!!》

 

《ハイドラ!マキシマムオーバー!!》

 

 

エデンはハイドラメモリの装備『ヴェノムブレイカー』を鎧として纏い、すぐさま槍をバックルにかざしてこちらも必殺状態に。

 

 

《ガイアコネクト》

《ハイドラ!マキシマムドライブ!!》

 

「空を飲み、大地を砕き、血の盟約で目醒めよ蛇竜。怒号と覚悟が汝を呪う。闇夜の眼差しが汝の終わりを告げる。叫べ。平伏せ。壊せ。轟け。今こそ不浄を裁く時。その目に刻め、邪神の英雄譚!」

 

「おぉ…世界が違ってもやっぱ兄妹なんだナ…!流石ヨっちゃんの兄貴!」

 

「帰る前に…その…ちょっとだけ聞かせろ!善子のこと!」

 

「モチロン!いくらでも教えてやるサ、アンタの妹は楽しいヤツってナ!」

 

 

エデンはバックパックから分離した九本のユニットを纏い、エデンドライバーに全エネルギーを集中させて巨大な剣を形成させる。スレイヤーも同じく、全エネルギーをスレイクローに注ぎ込み、タワーに激突。

 

 

神蛇の滅毒牙(サクリファイス・ティルフィング)!!」

 

「ヴォルケイノ・ヘルズクロー!!」

 

 

エデンの紫光剣がタワーの右腕を粉砕し、スレイヤーの炎爪が赤黒い閃光と共にタワーの左腕を焼き切り刻んだ。

 

双方が共に死力を尽くし切って作り出した最大の好機。

最後の1人であるダブルは、それと同時にタワーの首元から飛び降り、ジョーカーメモリを引き抜いた。

 

 

今の永斗はファングメモリと完全に同化している。つまり適合率は∞と言ってもいい。そんな永斗に適応してきたアラシもまた、メモリの制御は以前よりも遥かに熟練している。

 

何より、隼斗という存在の熱に影響を受けたか、

あるいは風に乗ったとも言えるだろう。とにかく今のアラシと永斗は絶好調、冴え渡っていた。

 

だから直感した。今なら出来る。

 

 

超攻撃力×超火力

 

 

 

「『変身!』」

 

《ファングトリガー!!》

 

 

ファングジョーカーの左側が蒼く染まる。

それは不可能領域に存在する変身。仮面ライダーダブル ファングトリガー!

 

 

《アームファング!》

 

『もう一回!』

 

《アームファング!》

《ファング!マキシマムドライブ!!》

 

 

落下しながらファングメモリの角を弾き、もう一度弾く。するとトリガー側の左腕から蒼い牙が二本出現し、牙の弧を作り出した。

 

そして今度は3回弾く。そうすることでファングメモリから放出された矢のようなエネルギーを掴み、右腕の弧に構え、強く引いた。

 

 

牙の記憶と銃撃手の記憶の掛け合わせが導いたのは、『弓矢』。

オーシャンメモリも弓を使うが、あちらのチャージ+放出とは根本的に異なる。

 

ファングトリガーの変身維持時間はほんの一瞬。

この蒼き一本の矢は、その一瞬で全てを貫く。

 

 

「『ファングスクリュードル!!』」

 

 

手を放すと同時に凄まじい暴威が解放され、激しい稲妻そして斬撃を伴う竜巻となって、まるで生きているように矢は暴れ狂う。そんな天を統べる大災害はタワーの胴体を貫くだけでは収まらず、さらに高度を上げていく。

 

天に昇る白亜の竜。うねりながら、暴れながら、ファングスクリュードルはサテライトの戦闘軌道に重なり、

 

 

サテライトの翼を噛み砕いた。

 

 

ダブルは落下するだけ。でも後はソニックが終わらせてくれる。

信頼なんかじゃない。この短い時間で知ってしまっただけだ。

 

かけがえのない大切な誰かがいて、そいつらの未来を、日常を守るために戦う。彼女たちに誇れる生き方で、最後の最後まで戦い抜く。

 

同じだ、アラシも隼斗も。だから───

 

 

『───決めろ、()()!』

 

「……あぁ、任せろ()()()!」

 

 

確かに意志を受け取ったソニックが『天下零剣 煌風』と『リジェネレイトブラッシャー』を強く握る。

 

 

《ヒッサツ!ぁふるすろっとる!!》

《ヒッサツ!Full throttle Over!Brave!カクサーン!!》

 

「見せてやる!これが俺の新必殺技!隼斗流剣技、二刀流ッ!!」

 

 

そこからの一瞬で、勝負はついた。

決着の瞬間は、この場の誰の眼にも捉えられなかった。ただ、吹き抜いた神風が敵を討ちとったのは揺るぎない事実。

 

 

「────飛夜叉(とびやしゃ)

 

 

ソニックが停止し煌風を鞘に納めた瞬間、幾重もの斬撃がサテライトの鋼鉄の体を斬り刻んだ。

 

 

「エルバ……様………!!」

 

 

ダブルは確かに見届けた。タワーに空いた大きな風穴から、ソニックが勝利した瞬間を。この出会いが無ければ成し得なかった勝利を噛み締める。

 

その夜、二つの爆発がこの世界から『憂鬱』を消し飛ばした。

 

 

_______________

 

 

 

「なんか言う事あるんじゃないのアラシ?」

 

「いつぞやの恨みだ」

 

「正論の反撃やめてもらっていいですか?」

 

 

ファングトリガーを維持できず、ダブルは空中で変身を解除。

その結果、永斗の体が無様に墜落した。もちろん永斗なので無事ではあるが。

 

 

「永斗少年!アラシ!」

 

「おー隼斗さん、お疲れ」

 

「おいハーさん、なんダヨあの技!」

「あぁカッコよかった!二刀流でズバズバズバって!侍だ!」

 

「だろ?Coolだろ!?飛夜叉って言ってな……アレの完成には苦労したぜ…っと、それよりアラシ!」

 

 

戦いを終えた隼斗が向いたのはアラシの方。

手を出す隼斗に、戸惑いながらもアラシがハイタッチ。なんだか珍しい光景だ。

 

 

「やるじゃねぇか」

 

「そっちこそな。大した探偵だぜ」

 

 

短い会話だったが、それだけでも互いに認め合った証。

しかし友情を確かめ合っている猶予もそれほど無い。永斗がここで話を断ち切る。

 

 

「で、隼斗さん。サテライトの変身者は?こっちのタワーの方はご覧の通りだけど」

 

 

砕けたタワーメモリとスーザはすぐに見つかり、今はこうして気絶させた上で拘束している。しかし、隼斗がフーディエを捕まえているようには見えない。

 

 

「それがだな永斗少年…いないんだ。空からも地上からも探したが全く見つからなかった」

 

「物探しはチビの専売特許だろ。しっかりしろ」

「なんだコラやんのか?」

 

「アンタら仲良くなったんじゃなかったのカヨ…」

 

 

フーディエが見つからないとはいえ、あの攻撃を受けてメモリブレイクを免れているとは思えない。問題はないだろうと誰もが思っていたが、その考えは刹那で払拭された。

 

タワーが敗れ、崩壊し始めていたはずの塔が輝き始めたのだ。

5本の塔から光が伸び、五芒星の紋章が空中に描き出される。

 

 

「なっ…どうなってんだ!サテライトもタワーも倒したはずだろ!」

 

「落ち着け隼斗。システム起動条件にサテライトもタワーも関係ねぇ、条件は……赤文字で『飽きた』、つまり『憂鬱』の……!」

 

 

_____________

 

 

 

「申し訳ございません…エルバ様……!」

 

 

フーディエの手から砕けたサテライトメモリが零れ落ちる。

計画完遂まであと一歩だったというのに、あの謎のアクシデントで全てが台無しになった。異世界の仮面ライダーに惨敗した。

 

ソニックとスレイヤーを送ったのはエルバその人だ。つまり、異世界の仮面ライダーという障壁を乗り越えろというエルバの試練、もしくは期待。

 

 

(私はその期待にお応えできなかった…エルバ様の退屈を晴らすのに、私では余りに力不足ということか……)

 

 

つまらない人間などエルバは歯牙にもかけない。

試練を超えられなかったフーディエがエルバの隣にいる未来は、永遠に有り得ない。

 

 

「きっと私は貴方の記憶にも残らない…ならば………!」

 

 

仕舞っていたナイフ、これは『この瞬間』のためのもの。この敗北を計算に入れていた時点で、もしかしたら自分はとっくに凡人止まりだったのかもしれない。

 

フーディエはエルバと並び立てない自身の凡才を恨んだ。

恨み、その刃を胸に突き立て、押し込んだ。

 

 

死神の足音が鼓膜を叩き鳴らす。意識が無に消えていく。

 

命を賭して我が主の意に従う。なんという美徳だろう。

だが、主の未来に自分は居ない。居なくても何も変わらない。この結果も全て、エルバの才によるものだと嘯き、彼はまた退屈に沈んでいくのだ。

 

苦しみに釣り合わない結末だ。自己犠牲の忠誠なんて、思っていたよりも良いものなんかじゃなかった。

 

 

「あぁ……報われない…何故……」

 

 

過去未来現在、四方八方が真っ暗に塞がれながら消えゆく。

何も愛せない後悔の末路。『憂鬱』。

 

 

『憂鬱』の『赤』が、地に落ちた。

 

 

 

______________

 

 

 

フーディエの自害により、グリモアⅡの世界転移システムが起動してしまった。このまま扉が開くのを待っていてはエルバがこちらに戻って来てしまう。

 

この状況を収めるため、永斗の提案で一行はグリモアⅡのもとにまでやって来た。

 

そこはスーパーコンピューターが作動するサーバールーム。グリモアメモリの影響で蔦の巻き付いた魔法の書庫のようになったスパコンの間を通り抜け、制御パネルを発見した。

 

 

「んで、どーすんのエイくん?」

 

「これでこちらから開くゲートの位置を変える。そうすれば、2つの世界を繋ぐゲートは少なくともトンネルでは無くなり…少なくともエルバがこのまま来る…なんで事態は最低限防げる筈だよ」

 

「なるほど、流石永斗少年」

 

 

あちら側のゲートはこちらから観測して秋葉原に存在する。それがこちら側のゲートとピッタリ一致して初めて世界を繋ぐトンネルになるのだ。ズラしてしまえば一方通行のままだ。

 

永斗はプログラムを書き換えようとグリモアⅡの操作を始めた。魔法理論は全く知らないから、その場で解読しながら猛スピードで再構築。プログラムの骨格は霧香博士の理論であるため、そこから解読が進められる。やはり聞いておいて正解だった。

 

 

「だが、そのゲートの位置ってのは何処にするんだ?」

 

「うーんそうだね……あの魔法陣から最も遠くて…かつ効果範囲圏内で最適な場所となると……………」

 

 

魔法陣に落された血液量は人間一人分。最大でもゲートの大きさは精々半径数メートルで、開通時間は三分ほど。魔法陣の中心から離れるほど大きさも時間も縮まる。

 

可能な限り距離を離し、ゲートを有効にし、なおかつ立ち入り可能で人を巻き込まない場所といえば───

 

 

 

_____________

 

 

 

「ここだと」

 

「うん」

 

「都合過ぎるだろ流石に」

 

「いやもうビックリよ。ほんとミラクル」

 

 

隼斗とアラシが拍子抜けした声を出すのも無理はない。

弾き出された場所とは、お馴染み音ノ木坂の屋上だったのだから。

 

もう間もなくゲートが開く。隼斗と憐がそこを通って帰れば、晴れて依頼達成だ。2人は少し名残惜しそうな様子だが、それは永斗も同じだった。

 

しかしアラシは少し様子が違った。それを見て湧き上がる嫌な予感を拭うように、永斗は隼斗たちに確認を促す。

 

 

「2人とも、忘れ物ない?多分一回帰ったらもう戻ってくることはできないからね」

 

「ってか2度と来るな。こんなこと一度で充分だ」

 

「ねぇよ。そもそもバイクやらドライバーやら以外はこっち来る時持ってなかったからな」

 

「俺っちも同じく。特に忘れモノ…は……」

 

 

憐も軽く応答を返そうとするが、言い終わる寸前にしゃっくりみたいな「あっ」という声が漏れ、

 

 

「あああああっ!!」

 

 

からのどデカい叫び。どうやら弩級の忘れ物があったようだ。

 

 

「うっせ!どうしたんだよ憐!?」

 

「ハーさん!俺っち、いや俺っち『達』重要な忘れ物してル!!」

 

「おいしっかりしろよ。お前らの私物なんかいらねぇからな」

 

「忘れ物?んなもんねぇだろ。ドライバー、武器装備、バイク…は瞬樹くんがあのバイクで吊り上げてくれるって言ってたか。鳥もいるし、それ以外には何も……」

 

 

思い返しても答えが見当たらない隼斗。そこに憐が笑顔で答え合わせをする。

 

 

「μ'sの!サイン!!俺っち達の世界ジャとっくに解散して会えないケド、この世界じゃ現役ダロ!?持って帰ったらゼッテーみんな喜ぶッテ!」

 

「俺達もな」

 

「イェア!!」

 

 

その答えはμ'sのサイン。

憐のグッジョブに隼斗もテンションを上げて喜ぶが、アラシにはその価値がイマイチ分からず呆れ気味だ。

 

 

「なんだよ、手伝いしてた時に貰ったんじゃねぇのかよ」

 

「思いの外忙しくてとても頼める状況じゃなかったんだよ察しろ鈍チン探偵」

 

「誰が鈍いって!?」

 

「俺らがμ'sの誰かの家泊まるってなった時にロクに反応しなかったアレの何処が鈍いってんだ!」

 

「んだと!大体あの程度の攻撃も避けられないお前の方が鈍いんじゃねぇのか!?」

 

「アレはお前がワザとやったんだろ!分かってんだよこっちは!!」

 

「なんで最後まで喧嘩してんのこの2人は…」

 

「まぁ心の底デは通じ合ってルみてーだし…いいんじゃナイ?どの道この戦いが終わったらお別れなんダ」

 

「…だね。じゃあやらせとこうか、面倒くさいし」

「オウ」

 

 

ギャーギャーワーワーの喧嘩の後ろで、隼斗たちのバイクを吊り上げ終えた瞬樹が屋上に着地。しかし、それと同時にガチャという音も聞こえた。

 

 

「あ、でも憐くん。μ'sのサインがどうとか言ってたけど、ぶっちゃけもう時間無いよ。いくらなんでも今からは無理」

 

「嘘ダロ!?マジで?もう無理!?そんなああぁぁぁ……千載一遇のチャンスだったノニ…あー、今からμ'sがここに来てくれればナ……」

 

「呼んだ?」

 

 

気分が泥沼に沈んた憐が振り返ると、穂乃果がいた。

穂乃果どころかμ'sが全員集合。

 

 

「うおおおおおおっ!?スゲー!!神サマ仏サマ!サンキュー!」

「Miracle!奇跡だ!奇跡が起こった!」

 

「ほのちゃんたち…なんでここに?」

「そうだ、なんで来やがった。寝てろ」

 

「瞬樹君のバイクが学校のところで浮かんでたから、ここにいるんだろうなーって。ちょっと聞きたい事あったから来ちゃった!」

 

「そもそも巨大なドーパントが暴れていたのだから気にもなります。どうして永斗もアラシも連絡に応じないのですか!」

 

「海未ちゃん…いやー全部終わってから説明しようと…」

 

「シュバルツ…!お前マジでナイス!」

 

「…ん?ま、まぁ礼には及ばんぞ黒騎士!」

 

「そう!瞬樹君!瞬樹君に聞きたいの!」

 

 

穂乃果は全く訳が分かっていない瞬樹に詰め寄る。

隼斗と憐はというと、

 

 

「真姫さんサインお願いしマス!この色紙のこの辺に…」

 

「サ…サイン…?なんで私がそんな…え、ちょっとどうすればいいのよ!」

 

「じゃあ希さん!俺にもサインを!」

 

「おーウチからとはお目が高いね!」

「はぁ!?普通私からに決まってんでしょ!ちょっと貸しなさい希!ど真ん中におっきく書かないで!にこにースペースが無くなるじゃない!」

 

「ニコさんspaceはまだまだありますから、どうか落ち着いて……」

 

 

急いでμ'sにサインを貰っていた。滞っているようで時間がかかりそうだが。

その間に穂乃果が瞬樹に問いただすのは、意外な内容だった。

 

 

「瞬樹君って…妹いるよね!?」

 

「…!?まぁいるが、な、なぜそれを……!」

 

「おい待て穂乃果。何の話をするつもりだ」

 

「隼斗君と憐君がうちに泊まって、色々お話聞いたんだ。静岡のスクールアイドル、Aqoursのこと。でも花陽ちゃんもにこちゃんもそんなアイドル知らないって。それでその中に子の一人が、瞬樹君に似てた気がして……」

 

 

それを聞き隼斗もフリーズする。あのくらいなら大丈夫だろうと思っていたが、これはひょっとするかもしれない。

 

 

「それでクロに聞いたんだ。そしたら瞬樹君に妹はいるけど、その子はまだ小学生だって。写真も見せてもらったけどやっぱり同じ人だった。だから……

 

ズバリ、隼斗君たちは未来から来た!だよね!?」

 

 

ひょっとした。異世界まで行かずとも、素性が言い当てられた。

知られて困ることでは無いが驚いた。まさかたったあれだけのヒントでそこまで辿り着くとは。

 

 

「…あぁ、隼斗と憐は未来から来た仮面ライダーだ」

 

「おいアラシ!仮面ライダーのことまでは…!」

 

「もういいだろ。別にコイツらに隠してもしょうがないことだ」

 

「やっぱり!じゃあAqoursは未来のスクールアイドルなんだ…!でも酷いよアラシ君!なんでそんな凄いこと言ってくれなかったの!知ってたら未来のアイドルのこととかもっと聞けたのにー!」

 

「別に隠してたわけじゃねぇ、次のライブに集中して欲しかっただけだ」

 

「あと…すんません穂乃果さん、Aqoursのこと話したいのは山々なんですけど、俺らもう帰らなきゃいけなくて……あっちで倒さなきゃいけないヤツいるんです。あ、最後にサインだけ」

 

 

不満そうな穂乃果からサインを貰い、忘れ物は無くなった。

そして、顔の高さくらいの場所に両手を広げたくらいの大きさの穴が開いた。ソニックの世界に通じるゲートだ。

 

 

「さて、お別れだね」

 

「あぁ…こっちの世界に来てビックリしたけど、今となっちゃ来てよかったって思うよ」

 

「まさか過去の世界でμ'sに会えるなんてナ!ホントにラッキー!」

 

「ちょっと待ちなさい!その口ぶり、まるで未来でμ'sが有名みたいじゃない!未来でどうなってるの!?私はもちろんトップアイドルよね!!?」

 

「うるせぇ空気読め馬鹿にこ」

 

「そうよ。未来のことを聞くのは反則だと思うけど?」

「絵里は頭が固いのよ!」

 

 

にこもそう言いながら、分かってはいるようだった。

未来の事なんて知るべきではない。それが唯一の答えとして、心に突き刺さってしまうから。それが未来を捻じ曲げてしまうかもしれない。

 

だから隼斗たちも多くは語ろうとしない。多くは語らず、その感謝を真っ直ぐに伝える。

 

 

「μ'sの皆さん、今回は本当にありがとうございました!あんま多くは言えないですけど…最後にこれだけ言わせてください。

 

あなた達の作る物語は…いつか誰かにとっての輝きになる、そんな素晴らしさを秘めてるんです!俺が、俺たちが保証します!だからこれからも……頑張ってください!!」

 

「俺っちも、仲間たちの誰もが夢中になっちまうスーパーアイドル…それがアンタ達なんだゼ!もう会えないかもだケド…この2日間を俺っちは忘れナイ!!」

 

 

彼らの言葉を聞けば、μ'sが未来でどんな存在になっているかは想像できる。

別世界だとしてもμ'sの未来は明るい。それが分かっただけで十分だ。

 

別れのムードでゲートに向かう隼斗と憐。

それを見送ろうとする状況に、穂乃果だけが不思議そうに首をかしげ、その疑問をそのまま言葉にした。

 

 

「二人ともなんで見てるの?」

 

「…あぁそうだな穂乃果。見てたって仕方ねぇな」

 

「…?穂乃果さんとアラシ、何言って…」

 

 

疑問に足を止めた隼斗に、アラシが並び立つ。

そこはゲートの真ん前。それが意味することは一つ。永斗は「やっぱり」と頭を抱えた。

 

 

「俺たちもお前らの時代に行く」

 

「「はあぁぁっ!!?」」

 

「だよね!アラシ君見てて絶対そうするって思ってたんだ!やっつけたい人がいるなら、一緒に戦ったほうがいいもん!ね?」

 

「そう言う事だ」

 

「いやいやそう言う事じゃねぇよ!依頼はこれで終わりだろ!?なんでお前らが来なきゃいけないんだよ!帰る方法無いって言ってただろ!」

 

「うん僕もそう思う。やめとこ。ね、アラシ」

 

 

アラシと穂乃果の勢いに負けないぞと、永斗が抵抗を続ける。往生際の悪さにμ'sの皆からは少し幻滅されているが。

 

 

「エルバは俺達の世界の荷物だからな。そいつを放置した結果、勝手に死なれると探偵の名折れだ。帰る方法は…まぁなんとかなるだろ。その時考える」

 

「んな適当な…」

 

「そのなんとかのために働くの僕なんですけど。エルバって滅茶苦茶強いんですけど。なんでわざわざ自分から頭突っ込みに行かなきゃなんないのさ……」

 

「もー!ウダウダうるさいにゃ!永斗くんも男らしく行った行った!」

 

「えぇ……」

 

 

永斗も凛に押され、ゲートの前まで来てしまう。

それでも承諾に困る隼斗と憐。来てくれるのは心強いが、彼らにはμ'sを守るのに専念して欲しい。

 

しかし、お互いに同じだというのは分かっている。

お互いに守りたい人たちがいるのは同じだ。同じだからこそ力になってやりたい。

 

何よりアラシは、彼らが守りたいというそのAqoursというスクールアイドルを、この目で見ておきたかった。

 

 

「貸しっぱなしで逃がさねぇよ。大人しく返させろ」

 

「割に合わねぇって話だ。帰れるかどうかもわからない、それにエルバは強い。お前らがどうなるか……」

 

「そうだな、そういえば報酬もまだ貰ってねぇしな。

……じゃあ塩プリンだ」

 

「は?」

 

「報酬はお前の言ってた塩プリンでいい。美味いんだろ?マズかったら殺す」

 

「はっ…!よく覚えてたなそんなの!なんだよアラシ、お前スイーツ好きなのかよ!」

 

「悪ぃか?」

 

「いいや、スイーツ好きに悪いヤツはいねえ!そうだな…俺もお前と話し足りないって思ってたとこだ。わかったよ!報酬も善処してやる、帰る方法は…まあ博士がいるしなんとかなるだろ!多分!!」

 

「多分なんだ…」

 

「だから来い!一緒に戦うぞアラシ!」

 

 

隼斗が伸ばした手をアラシが握る。

笑い合う2人に、永斗と憐もやれやれといった顔で後ろに続き、手を重ねた。長いようで短かったこの数日、2つの世界の仮面ライダーは『戦友』として巨悪に挑む。

 

 

「待て待て!俺を置いていくな!騎士道的にここで友を見捨てることはできん!」

 

 

ちなみに瞬樹もしれっと付いて行くつもりのようだ。妹の善子のことが気になって仕方ないのだろう。

 

バイクにエンジンをかけ、ゲートに入ろうとした瞬間、聞こえたのは9人の声援。

 

 

「ファイトだよっ!仮面ライダー!」

 

 

最後に聴こえた穂乃果の声を耳に残し、5人は未来の異世界へと飛び込んだ。

 

 

 

____________

 

 

波に乗ったような、空に浮いたような不思議な感覚の空間を通り抜け、着地したのは静かな道路の真ん中。

 

アラシと永斗には馴染みのない田舎の空気。静岡の内浦だ。

 

 

「よーし!I'm home 我が故郷!」

 

「ここが未来の世界か…未来つってもクソ田舎ってこんな感じなんだな」

 

「性格には『別世界』の未来だけどね」

 

「未来世界…別世界の未来の我が故郷……」

 

 

晴れて元の世界に戻れて、こっち世界二人組はなんだかんだ嬉しそうだ。

 

 

「ようこそ、3人とも。ここが我が故郷静岡県内浦の……」

 

「あー、隼斗さん?言いたそうにしてる所悪いけど……なんか静か過ぎない?」

 

「田舎だし当たり前だろ、秋葉原とこっちとじゃ言いたかないが天地の差があるわ。が…否定はできないな。普段はまだ住民の人達の話し声が聞こえてきてもいいはず……」

 

 

「っ!おい、アレを見ろ!人がいるぞ!」

 

 

そんなに人がいるのが珍しいのかと言わんばかりに声を張る瞬樹。故郷自虐もそこまで行くかと思ったが、どうやら違うようだった。

 

 

それなりに人はいた。田舎と言っても街と言える程度には。

ただし、完全に動きが止まっていたのだ。ビデオで一時停止をしたかのように。

 

 

「っ!?どうなってやがる!」

 

「人が止まっテ……それにこの空気…ハーさん!」

 

「まさか、重加速…!?」

 

 

永斗が想起したのはロイミュード106と戦った際の重加速現象だが、あの時とは何か雰囲気が異なる。

 

 

「いや、だとしてもだ!グローバルフリーズ級じゃない限り『完全停止』なんてのはあり得ねえんだ!」

 

「グローバルフリーズ?」

 

「かつてこっちの世界で起こった、世界中で重加速が起こったっていう大事件。ってかそんなこと今はどうでもいいんだ!」

 

「やっぱりな、ロイミュードじゃねぇってんなら…この現象を起こしてる奴なんて1人しかいねぇだろ。

 

そうだろ?『憂鬱』さんよぉ!!」

 

 

さっきから全身に突き刺さる、もしくは圧しかかるような緊張。重く暗い嫌な強さの感覚だが、その根本はゼロや朱月、暴食と対峙した時と同一だ。

 

 

「おや、まさか俺を知るものがまだいたとはね…意外だったよ」

 

 

袖どころか腕に縫い跡、ボディステッチが刻まれた暗い雰囲気とロングコートを羽織る青年。問答は必要無い。彼が『憂鬱』その人、エルバに違いない。

 

 

「エルバ…!マジかよ早速お出ましか!」

 

「あっちの世界で名前を知ったのか。まぁだが、帰って来るとは思っていたよ。あの程度の障壁など超えると分かっていた、だからこうしてここで待っていた」

 

「あの程度、か…敵に同情はしねぇが、あのカンフー女は気の毒だな」

 

「結果、全ては俺の思う通りになった。全てが俺の想像の域を出ない。あぁ…やはり驚きも無い、感動も無い、この世界はモノクロ…本当に笑えない」

 

 

憂うエルバ。その周りに広がるのは、苦しんだ表情のまま動けない人々の姿。これだけで彼の桁外れの異常さがビリビリと戦慄として伝わって来る。

 

 

「俺はポエムが嫌いなんだ、分かりにくくて仕方ねぇ。文句があるなら聞いてやるよ、拳でな」

 

「…はっ、やる気みたいだなアラシ。だったら俺も最初からFull speedだ!今の俺達は、俄然負ける気がしないんでね!!」

 

「そうだな。御託ばかりじゃいつまで経っても笑えない。

そろそろ楽しませてもらおうか、仮面ライダー」

 

 

絶望郷の中心で黒の支配者は愉楽を求める。

絶対的な威圧を振りほどき、退屈の霧を掃い、その力は届くのか。

 

戦場はダブルの世界から、ソニックの世界へ───

 

 

 

 




もうちょっとだけ続くんじゃよ。はい、もう少しだけお付き合いください。
次回からはソニックの世界で戦いが繰り広げられます。流石にエルバを放置というわけにはいかないので…瞬樹も善子と会えるか乞うご期待。

あ、ファーストもまだ出番あるので。なんならキーパーソン続投です。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第6話 憂鬱とはなにか

お久しぶりのコラボ編、146です。遅れてすいません。
並行連載中のジオウではラブダブルのセルフコラボ編であるラブライブ編が完結しました。そっちも是非ともよろしくお願いします。

前回、ソニック世界にやって来た一同がエンカウントしたのはいきなりラスボスのエルバ。初っ端から全力バトル勃発です。

今回もここすきをよろしくお願いします!


異世界から来た仮面ライダー、ソニックとスレイヤー。彼らと協力することで組織から追放された一派である『憂鬱』の陰謀を阻止し、彼らを元の世界に戻すという依頼を達成した。

 

しかしアラシは、彼らの世界に行って共に組織の元幹部、憂鬱のエルバを倒すことを決断する。そうして今度はソニックの世界にやって来た3人だったが…

 

そこにあったのは静止した世界と、支配者であるエルバその人だった。

 

 

《ディストピア!》

 

 

エルバがガイアドライバーを装着し、金色のメモリを起動させる。強者が弱者を押し付け、弱者が強者に捧げる、そうやって描かれたDの文字。

 

それはこの静止した世界を的確に表す、『絶望郷』のメモリ。

朽ち果て、錆びつき、黒ずんだ騎士、あるいは皇帝の姿がそこに顕現した。

 

 

「初手から全力だ!行くぞみんな!!」

 

「オウよ!」

 

「覚悟しやがれ憂鬱野郎、とっとと片付けてアイツらの所に帰らせてもらう!」

 

「ステージ移動したらいきなりラスボスとかちょっと笑えないんだけど…ま、それもそうだね」

 

「貴様はここで俺が裁く!」

 

 

5人の戦士が最大限の警戒を放ちながら、それぞれ変身の構えを取る。

 

 

《Evolution!》

 

《SignalBike/Shift Car!》

 

《サイクロン!》

《ジョーカー!》

 

《ドラゴン!》

 

 

「Ready────!」

 

「「「「「変身(Hensin)!!」」」」」

 

 

《Brave!TAKE OFF‼︎》

 

《Rider!Dead Heat!Meteor!!》

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

《ドラゴン!!》

 

 

ソニックとスレイヤーは彼の強さを身を以て知っている。初手から最強形態で挑むその姿勢が、エルバの規格外の強さを示している。

 

ダブル、エデンとて様子見というわけではない。ファングジョーカーは持久力に欠け、エデンヘブンズも()()()()()諸刃の剣。

 

この相手にそれを易々と振りかざすなと、彼らの経験が警告しているのだ。

 

 

「来るがいい」

 

 

「名乗り省略!まずは俺だ!!」

 

「あ、おい待て隼斗!」

 

 

挑発するディストピアにソニックが最速で応じた。数の利と速さで圧倒し、相手に何もさせたくない、そんな動き出しだ。

 

煌風とリジェネレイトブラッシャーの二刀流を構えたソニックは一気に加速。呼吸すら許さないスピードでディストピアの懐へ。

 

 

「っラァっ!」

 

 

煌風を振り抜き、胴へ一閃。

ブラッシャーと煌風でもう二撃。

 

速度と技巧が同居する太刀筋がディストピアのガードを崩す。ゆったりと剣を抜いたディストピアだったが、そんな動きでソニックの斬撃に間に合うわけがない。

 

 

「…ほう」

 

「まだまだ!」

 

 

ディストピアに更に一撃が入り、続けて左手のリジェネレイトブラッシャーを振り抜く。しかし、舐めるなと言わんばかりにディストピアの『絶望郷の剣』がそれを受け止めた。

 

あっという間に剣技で制圧された。ソニックの思考回路が予測するのは、()()()()の斬撃を喰らう未来。

 

その必然を覆したのは、この世界にやって来たもう一つの異物の存在だった。

 

 

「余所見すんな憂鬱野郎!」

 

 

ソニックの動きに遅れは取ったが好タイミング。ダブルがディストピアの死角から上段蹴りを繰り出し、カウンターをキャンセルした。

 

 

「先走りがちな馬鹿の扱いなんて、ここんとこ日常茶飯事なんだよ!おら行けバカ二号!」

 

「竜騎士だ!」

 

 

ダブルに続いてエデンが槍をディストピアにぶちかます。そして…

 

 

「黒騎士!」

 

「オウ!グレン・メテオ・レイン!」

 

 

エデンの合図で、空中のスレイヤーが爆発力を蓄えた火球を蹴り飛ばした。

火球は分裂し、ディストピアに降り注ぐ炎の流星群。4人の仮面ライダーが繰り出した波状攻撃が、ディストピアに反撃の余地を与えない。

 

 

『手数には手数、アレで行くよ』

「分かってる!」

 

《ルナトリガー!!》

 

 

スレイヤーの『ブレス・オブ・バーン』による火炎放射。ダブルの集中砲火。このまま一気に畳み掛ける。全員が完全な攻撃姿勢で手を止める気は無い。

 

 

「Yes!これなら行ける!」

 

「オウ!ブレイヴにメテオデドヒ、加えてアラシサン達の力!初戦とはちげーゼ!」

 

「…ほう、少しは手応えのある戦い振りになったみたいだな。だが……」

 

「……ッ!?こいつは───!」

 

 

集中攻撃の中で聞こえた余裕のある声。そこから感じ取った色の濃い『死のイメージ』に、ダブルは全ての攻撃を中断して退避に切り替える。

 

その刹那先に、ダブルが立っていた場所が『斬り取られた』。

コンクリートは何かが通り過ぎて抉られたのではなく、削り取られている。恐らく大気もそうだ。

 

 

『ディストピアの斬撃が通った場所は無に還る。まぁ月並みな表現だけど“空間を切り裂く剣”がディストピアの能力の一つだね』

 

「おい待てコラ永斗、あと隼斗!お前ら知ってただろ!言えや!死ぬとこだったぞ!」

 

「アラシ!俺でも知っていたぞ!?傲慢のヤツが…」

「黙れボケカス中二病!」

 

「説明の暇も無かったんだよ!それに…あんなNo motion(予備動作無し)な攻撃どうしようもねえだろ」

 

 

あの攻撃の中でも自分の攻撃を捻じ込んできた。いくら手練れだろうと、そんな超絶技巧を考慮する方がどうかしている。

 

 

『憂鬱は組織の中で最も才能に優れる者の称号だった』

 

「なんでもござれの全能の天才…ってことカ?」

 

「全方位の天才、どっかのクソ親父思い出すな」

 

『そんでこれ言おうか迷ってたけど…七幹部の序列教えたよね?

憂鬱、エルバは追放時点で傲慢の一つ下に入ってた。つまり……』

 

 

永斗がそれ以上言わずとも、戦士たちの空気は一層ひりついた。

序列は上から『憤怒』『色欲』『傲慢』『嫉妬』『強欲』『暴食』『怠惰』。傲慢の一つ下ということは、『憂鬱』は組織の四天王に名を連ねる強敵ということになる。

 

ずっと攻撃を続け、追い詰めているつもりだが、時折ディストピアの思い出したような反撃が割り込んで陣形が崩れてしまう。その隙は段々と積み重なっていき、ディストピアに致命的な一瞬を与えてしまった。

 

 

「やはり笑えない…もう終わりにしよう」

 

 

大きく構えられたディストピアの剣が暗く輝く。大技を決める気で、これを喰らったら全員もれなく死ぬなんてのは確認の必要もない。避けられるかどうかも怪しいところだ。

 

早い話、撃たせたらヤバい。その先の未来が断たれる。

 

なんのためにここに来た?なんのために戻って来た?ここでやられるためなんかじゃ断じてない。例え相手がどれだけ強かろうと、仮面ライダーは最速最強最善の一発を悪に叩きつけるしかない。

 

 

「絶対止めるぞ!永斗少年!」

 

『アラシ、早撃ちゲーってやれる?』

「やれるに決まってんだろ!」

 

《ライトニングトリガー!!》

 

 

音をも超える光の速さ。稲妻の狙撃手、ライトニングトリガーにチェンジしたダブルは、トリガーマグナムから雷の弾丸を撃ち込んだ。

 

光の速さは人間の反応どうこうで手の届く命題ではない。ライトニングトリガーの射撃を回避することはエルバにさえ不可能。そして、雷弾はディストピアの手から剣を弾き飛ばすことに成功した。

 

 

「なに?」

 

 

「隼斗!行け!!」

 

《ヒッサツ!Full throttle Over!Sonic!Brave!!》

 

 

リジェネレイトブラッシャーをブラスターガンモードに変形させ、シグナルソニックとシグナルブレイヴを装填。ブーストをかけたソニックがディストピアに肉薄する。

 

 

「愚かな。早めに決着を着けたいからとはいえ、闇雲に接近すればいいというものでは……」

 

 

ディストピアは二度目でもうライトニングトリガーの弾丸を弾いた。意味の分からない適応能力だが、一瞬でも気を散らせたのなら狙い通りと言って差し支えない。

 

 

《スタッグ》

《メタル!マキシマムドライブ!!》

 

 

「これは……」

 

 

ルナメタルにチェンジしたダブルのメタルシャフトが、光の爪でディストピアの動きを封じた。メタルシャフトにスタッグフォンを合体させ、敵の束縛に長けたルナメタルでそれを使うことで、無類の拘束能力を発揮するのだ。

 

 

「『メタルスタッグブレイク!』」

 

 

身動きができなければ、それは最早ただの的。

的という表現も正しくないか。ソニックは既に外す要素の無い距離にまで接近し、その銃口をディストピアに密着させていたのだから。

 

 

「吹っ飛びやがれ!テンペスト・バーストォォッ!!!」

 

 

ソニック決死の必殺攻撃、直撃以外の可能性無し。蒼い暴風の砲撃がディストピアの黒き鎧を打ち抜き、大地を削り取りながらその姿を視界の外側にまで追いやった。

 

 

『…いや、本当すごいねソレ…速いしオマケに高火力、攻撃と素早さにスペックガン振りって』

 

「蒼き嵐…これが蒼騎士の真の力か…!」

 

「どうだ……!?」

 

 

これで倒せたなんて思わないから、誰もが警戒を解かない。

粉塵から現れる影の姿、一挙手一投足に全神経を集中させる。

 

 

「────なるほど、これが今の君達の力量か」

 

 

現れたディストピアはほぼ無傷。

頼むから少しくらい削れていて欲しい。そんな謙虚に満ちた見積りでさえも、このエルバという男は甘いと切って捨てた。

 

 

「なん…だと…!?」

 

「今のは確かに会心の一撃だったはず!それを奴は……」

 

『まぁいくらこのメンバーとはいえ相手は組織の四強。瞬殺は無理だとは思ってたけど、まさかね…』

 

「冗談ダロ…!?強いなんてもんじゃねーゾ……!」

 

 

驚嘆と弱音が漏れながらも、まだ戦いの意志は研ぎ澄まされている。誰一人として一歩たりとも退くつもりはない、その覚悟をディストピアに見せつける。

 

 

「…なるほど、悪くない。少し試そうか」

 

「試すだと…!?」

 

「選別さ、仮面ライダーソニック。君たちが俺の憂鬱を晴らしてくれる希望か、つまらない凡夫か、はたまた俺の理解者になってくれるか……」

 

 

ディストピアが剣の先を地面に向けた。その瞬間だけディストピアから戦意が消え、僅かな高揚と深い憂鬱と共にその剣を両手で突き立てる。

 

 

「開闢せよ、『憂鬱世界』───」

 

 

黒いオーラが大気を染め上げた。

瞬間、4人の仮面ライダーがその身で異変を感じ取った。

 

 

(んだこれ……!身体が…重い!?)

 

 

重加速とは性質の異なる何かが彼らを押さえつける。

身体だけじゃない。まるで粘液の海に沈んているみたいで、でも空気は感じられて、しかし酸素が喉を通らない。心臓の音が徐々に遅くなっていくのがわかり、それを認識する思考さえも動きが鈍くなっていく。

 

 

「憂鬱とは停滞の意志さ。外界に希望を見いだせなくなり、前進の意味を見失った時、人はそれを憂鬱と呼ぶ。君たちが今感じているソレは、俺を蝕む憂鬱の一片だ」

 

 

ディストピアの言葉がそのまま重く圧し掛かり、一歩も動けない。動ける気がしない。負の感情が心の内側にへばりついて全身に力すら入らない。

 

 

「チッ…!重加速でもねぇのに…ソニックが止められるなんて……ッ!!」

 

「面倒な能力……持ちやがって…!」

 

「どーすんだヨ……ハーさん…!!」

 

「動けないか…仮面ライダー、どうやらとんだ期待外れだったようだな」

 

「なんだと……!?」

 

「選別はこれまでにも行っていた。俺以外にこの退屈を共有できるものがいれば、そう思ったんだが……誰一人として俺の憂鬱を受け入れる者はいなかった」

 

 

そう言って辺りを見回すディストピア。その言いぶりと苦悶の表情を浮かべたまま止まる街の人々から、彼が何をしたのかは容易に想像できる。

 

 

「まさか、お前そんなことのために…!」

 

『この街の人たちを次々に止めていったって訳ね…本当暇人なのこの人?』

 

「暇だとも。この世界は退屈な事ばかりだ。

毎日を生きる人の人生も、人が描く物語も…俺にとってはどうでもいい。だが一つ面白いことを思いついてね」

 

「面白いことだと…?」

『この手の面白いこととか絶対碌でもないでしょ』

 

 

全てに飽いた魔人は組織に反旗を翻した。

しかしそこで気付いたのだ。悪と悪がぶつかった所で、生まれるのは醜いだけの虚空。負けか勝ちかだけの結果だけが残る。

 

勝ってしまうと退屈だが、負けて死にたいわけじゃない。

心の底から憂鬱を忘れ、笑いたいのだ。そのためにエルバが出した結論はこうだった。

 

 

「────世界を己が物とする。

これほど面白いことは無いだろう、とね。その時俺は…あぁ、久々に笑える気がするよ」

 

『………驚いた。大層な能力持ってる割に、やりたい事が世界征服なんてね』

 

「あぁ……思いの外……拍子抜けで助かったぜ…!」

 

「だったら…止めなきゃな…!sober&better(地味だしありきたり)なのも良いとこだが…世界征服の阻止……HEROらしくていいじゃねえか…!」

 

 

ソニックは煌風を杖になんとか体勢を整え、ダブルも立ち上がろうとする。しかし思うように体が動かない。まるで夢の中にいるよう。

 

ディストピアを前に、平伏さないのがやっとだ。

 

 

「ヒーロー…か………フフッ」

 

「ッ!何がおかしい!」

 

「いや何、少し驚いてね。思わず失笑してしまった。

確か君達が来る前…街の方でこの姿で力を使っていたら、警察の連中が立ち向かってきたのをふと思い出してね」

 

「警察…?」

 

「ドーパントに立ち向かうとは…勇気ある者達だ!」

 

「ああそうだね。だが…いやはや、流石は市民の味方と言ったところか?その姿勢は評価するが、その盲目さは凡人の証だ。実に笑えない。自分達では勝てないと思っていながら、敵わないと理解していながらも…

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

乾いた感情の無い笑いで、ため息交じりに侮辱を吐き出す。

街の方、つまり沼津にまで魔の手が及んでいる。エルバの絶望郷の支配はかなり広大だ。

 

 

「市民どころか警察にまで犠牲者が……!」

 

「何という事を……!!」

 

『マズイね…思ったより事態が深刻そうだ。

とりあえずこの状況をなんとかしないと………憐くん?』

 

 

「………ろ」

 

「憐?お前────」

 

 

ディストピアのあの言葉からだ。スレイヤーの様子がおかしい。

重圧に沈んでいたはずの体が小刻みに震え、赤黒い蒸気がスレイヤーの体から立ち上る。それが示すのは、全身から噴き出すほど激しい……『怒り』。

 

 

「もういっぺん……言ってみろ!!!

 

 

黒竜が咆哮し、獄炎を宿した爪や翼が絶望郷を焼き焦がす。叫び如きで怒りは留まることなく、獄炎のドラゴンとなったスレイヤーが激情の矛先をディストピアに定めた。

 

 

「エルバァァァァァァ!!!!」

 

 

急加速したスレイヤーがディストピアに迫撃を仕掛ける。

その事実に3人の仮面ライダーの鈍る思考に、驚きという閃光が駆けた。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

迫るスレイヤーにディストピアが放つ雰囲気も変わった。

だがそれは、突如飛来した謎の怪物に阻まれた。

 

 

「コイツは──!?」

 

「……参ったな。せっかく笑えるかもしれない所に…」

 

 

スレイヤーの攻撃からディストピアを守ったのは、漆黒の螺旋の体を持った改造の形跡があるロイミュード。その姿にソニックたちは見覚えがあり、ダブルたちは聞き覚えがあった。

 

 

『なるほどね、コイツが隼斗さんの言ってた…』

 

「あぁ、俺達をあっちの世界に飛ばした…謎のロイミュード……!」

 

「謎のロイミュードか…その名でもいいんだが、それだと些か呼びづらいだろう。これの名は『ディファレント』。俺が作り出した、忠実なる僕だ。たまにこうして勝手な真似をするのが玉に瑕だがね」

 

「different…」

 

 

ソニックがその名を口ずさむ。その名の意味は『異質』、存在自体も強さも別格であるということは口に出して推測するまでもない。

 

 

「君たちの思う通り『強敵』という解釈に間違いは無い。選別はやめだ、兎角今は…それだけでは無いということを覚えてもらおうか」

 

 

ディストピアが剣を振るうと、ダブルたちにかかっていた謎の重圧が消え去った。その途端、怒りのままにスレイヤーの攻撃が牙を剥く。

 

立ちはだかるディファレントが右手にエネルギーを集中させ、それを地面に叩きつけた瞬間……

 

 

「ッ……!?」

 

 

ダブルとエデンに襲い掛かる桁外れの重さ、不自由感。さっきまでが粘液の海なら、今味わっているこれはそんなものじゃない。固まったコンクリの中だ。指先一つ動かすこともできない。

 

 

「っ!おい、なんだこれ……!?」

 

『体が重い…こっちは重加速!?いや、あの時とはレベルが違う!』

 

「この途轍も無い威圧感…ヤツが放っているのか!?」

 

 

ソニックとスレイヤーは何の異常もなく動けていることから、重加速には間違いない。しかし、ソニックとスレイヤーはこの現象を知っているようで激しい驚愕を露にした。

 

 

「重加速…いや、『超』重加速だと!?」

 

「ありえねぇ!だって超重加速を使えてたのっテ……」

 

「あぁ…魔進…否、仮面ライダーチェイサーと言うべきか?それとハート…その2機のみがこれを使用していた。ソレについてこの世界に来てから調べ、そして利用させてもらった。仕組み自体を解き明かすのは極めて簡単だったからな」

 

 

この世界ではかつて別の戦いが起こっていた。その際に培われた技術と経験から、ソニックとスレイヤーの装備には超重加速対策機構が備わっている。

 

恐るべきは世界レベルの部外者にしてその技術を盗んだエルバの才覚だ。

 

 

「shit!けど無いよりはマシか…!マガール!カクサーン!それからお前もだキケーン!」

 

ソニックのシグナルバイク、マガールⅡとカクサーンⅡがダブルに、キケーンⅡがエデンの手に収まり超重加速状態が解除される。

 

 

「すまねぇ助かった!」

『まだちょっと重いけどね…なんだったの今の…』

 

「おお!体が動く!なんのこれしき!竜騎士を舐めるな!」

 

 

動けるようになったとはいえ、永斗の言う通り100%の動きができるわけじゃない。その状態で奴らの相手をするのは余りに無謀だ。しかし、そんな理屈で黙っていられるアラシではない。

 

 

「アイツらに任せっきりにさせてたまるかよ…!いいとこ無しで帰ったらアイツらに顔向けできねぇ!永斗!こんなもん死ぬ気で振り払え!!」

 

『いやいやアラシ、これは気力でどうにかなるもんじゃないから。今の僕らにできるのは…ま、後方支援だよね』

 

《ヒートトリガー!!》

 

「クッ…先の決戦でハイドラを使ってさえいなければ…!」

 

 

ダブルはヒートトリガーにチェンジして、激しい動きができない分ソニックと暴れ狂うスレイヤーのサポートに徹する。

 

一方のエデンは遠距離戦闘での戦力不足が悔やまれるが、動きが鈍いながらも持ち前の根性と適応能力で接近戦へと踏み込んだ。

 

 

ディストピアは高みの見物を決め込んでいる分、相手はディファレントのみ。いくら強いロイミュードとはいえ4人で一斉に戦っているのなら勝ち筋は見える。しかし、ディストピアはその光景を退屈そうに見下ろしていた。

 

 

「この程度に手こずるか…やはりまだ早かったようだ。この程度では退屈凌ぎにもならない…全く、あれを超えてきたから少しは楽しめると思ったのだが…笑えないな…」

 

「んだと…!?」

 

「ハッ!そんなこと言ってられるのも…今のうちだぜ!」

 

《SignalBike!Signal Boost!トマーレ!》

 

ソニックがトマーレⅡをブラッシャーに装填し、強化拘束弾を発射。元より躱す気が無いようにも見えたが、黄色の網状の電磁ネットがディストピアを拘束した。

 

 

「そこで大人しく見てろ!お前の最高傑作が無惨にscrapになる瞬間をな!みんな!!」

 

《ヒッサツ!Full throttle!Brave!!》

 

《ヒッサツ!Volca Full throttle!Dead Heat!Meteor!!》

 

《ドラゴン!マキシマムドライブ!!》

 

 

ソニック、スレイヤー、エデンの3人が同時に必殺待機状態に。怒りで1人先走るスレイヤーに合わせる形で、3人の攻撃が一点のタイミングに集約した最大火力を、その歪な体にぶちかます。

 

 

「ディファレントだがなんだか知らねえが、これで終わりだ!」

 

 

「メテオ・インフェルノブレイク!!」

 

「ブレイヴ・エクストリーム!!」

 

竜爪蹴砕撃(ドラゴニック・ミョルニル)!!」

 

 

三位一体のライダーキックが放たれた。だが、その渾身の一撃はディファレントが張った紫の障壁によって完全に防がれていた。

 

 

『────!』

 

「バリア!?おいそれは聞いてねえぞ!!」

 

「舐めんナ!ハーさん!シュヴァルツ!息を合わせてブチ抜くゼ!!」

 

「おう!黒騎士!蒼騎士!力の全てを!!」

 

 

バリアから一度空中に退避したところで、ソニックの風がそのライダーキックに再び命を吹き込む。そうして倍化された必殺攻撃がバリアへと二度目の炸裂を果たした。

 

 

「踏ん張れ2人とも!もうちょっとだ!」

 

「「オオッ!!」」

 

 

バリアが割れる感触が伝わるが、それと同時に急速に修復されているのも分かる。馬鹿げた能力だ。あと一撃、何かが押し込まれればこの均衡は破れるはず……

 

 

《トリガー!マキシマムドライブ!!》

 

 

無論、最初からそんなもの、祈る必要すらも無かった。

 

 

「撃て!アラシ!永斗少年!!」

 

「お前らばっかにいいとこ持ってかせるかよ!行くぞ!!」

 

「『トリガー・エクスプロージョン!!』」

 

 

超高密度の炎が作り出す、殴撃にも似た火炎放射。

これがこの瞬間に繰り出し得る最大の火力。4人のライダーの力が一つになったこの一撃で破れない防壁など、存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

それは根拠のない希望的観測だった。ディファレントが放った暗い光が、それを教えた。

 

 

『────!!』

 

 

光はバリアが一瞬にして修復し、それどころか4人の攻撃のエネルギーが全てバリアに吸収されていく。

 

 

「何っ!?」

 

「我らの必殺技が……!」

 

「エネルギーが吸われテル…!?」

 

 

吸収されたエネルギーは血管を通るようにディファレントの全身を巡り、その体のラインが光を帯び始める。流れ込んでいく膨大なエネルギーを蓄えたとして、それを放出する先なんて一つしかない。

 

 

 

「全員ソイツから離れ───!」

 

 

 

ソニックの警告も遅すぎた。

ディファレントが蓄えたエネルギーは余さず反転され、閃光と衝撃波と爆発になって4人の仮面ライダーの体を紙切れのように吹き飛ばした。

 

それは大量殺戮兵器と言って申し分ない凶悪極まる威力。

その戦場に悪以外の存在は影すらも残らなかった。

 

 

 

___________

 

 

 

無気力に息苦しい何処かを漂う。背中が冷たい。

網膜に焼き付いた閃光からは夢の中でも抜け出せない。

 

 

「───丈夫ですか───しっかり───」

 

 

声が聞こえては夢の中で目を覚まし、痛みと強まる鼓動が少しずつ暗闇を削り取り……

 

 

「っ…!はぁっ…!ここは……!?」

 

 

アラシが目を覚まし、目に入ったのは木製の天井。布団から出した手が覚えたザラザラとした感触は、疊だ。目線を前に向けると障子もあるし、横に向けると女子がいた。

 

ここは旅館のように見える。アラシの服装も浴衣だ。

記憶は鮮明だった。あのディファレントというロイミュードが起こした爆発を喰らい、派手に吹っ飛ばされて海に落ちたのだ。他の連中は無事だろうか───

 

 

「誰だテメェ」

 

「あっ、おはようございます!…なんちゃって…?」

 

 

普通にスルーしていたが、起きたアラシの横に見知らぬ女子がいた。

仲居というには若く、多分同年代。格好も間違いなく私服。肩にかからないくらいの髪は少しだけくるんと癖がついており、その明るい顔つきから既に元気さが見えてくる。

 

少し穂乃果に似ているようで、そうでもないな。それがアラシの第一印象だった。

 

 

「…俺を介抱してくれた、ってことでいいよな。ここは旅館か?悪いがこっちで使えそうな金は無いかもしれねぇんだが…」

 

「こっちでつかえそうな…?あ、お金の話ならいりませんよ!どうせ今はお客さん誰もいないし…それよりも気が付いてよかったぁ……海に浮かんでて服かと思ったら人で!もしかして…海の音とか聞こうとしてました?」

 

「は?海の音?んだそりゃ。アレはその…アレだ、ちょっと爆発に巻き込まれたっつーか」

 

「あー爆発!なるほど爆発…爆発?」

 

「うるせぇ何でもねぇ忘れろ。とにかくありがとな。俺は行く」

 

 

命があった幸運に浸る気も無いアラシは、早速立ち上がって戦いに戻ろうとする。まずは隼斗たちと合流するのが先決。そこから作戦を立て、仮面ライダーがまとめてやられたと思っているエルバの寝首を搔く。これが最も濃い勝機だ。

 

と、思ったがアラシの足が止まった。代わりに手があくせくと動き、自分の体中をまさぐる。そして大変な事態だということに気付いてしまった。

 

 

「……冗談じゃねぇぞ。ダブルドライバーが無ぇ……!?」

 

 

ダブルドライバーが無ければ永斗と連絡を取ることもできない。しかも刺さっていたジョーカーメモリまで一緒に紛失と来た。試しにスタッグフォンを使ってみるが、ここが異世界だからか応答なし。

 

今のアラシは、波に攫われた文字通りの漂流人になってしまった。

 

そんな顔色の悪い彼の様子に、少女もおずおずと声を掛ける。

 

 

「どうかしました…?」

 

「…なんでもねぇ」

 

「なんでもなくないですよその顔は!あっ、もしかして…海に落とし物!?なーんて……その顔、まさか本当に?」

 

「なんっなんだよお前!やっぱ似てるわお前!人の事に首ツッコんでくるとことか特に!あーそうだよ海で居眠りこいて大事なもん落とした阿保は俺だ悪ぃか!悪ぃわ馬鹿!」

 

「逆ギレされた…」

 

「海に落ちたとかシャレになってねぇんだよ…あそこから大分な距離飛ばされたし、そこまで潜水できっか…?」

 

 

無茶なことを考えている自覚はあるが、ダブルドライバーとメモリが無けりゃあらゆる意味で話にならない。探して見つける以外に道は無いのだ、無茶を通すしかない。

 

出て行こうとするアラシを、少女がまた引き留めた。

 

 

「だから何なんだよ!」

 

「今外に出るのはちょっと危ないし…それなら一緒に!私も手伝う!その落とし物探し!」

 

「はぁ!?何言ってんだお前!んなことして何の意味が───」

 

 

意味不明な彼女の決断にアラシが苦言を呈そうとしたその時、開いていた襖から巨大な塊がアラシの顔面に圧し掛かってきた。

 

重さに体が倒れる。顔から感じるのは温度と呼吸、そして毛。

 

 

「しいたけ!?」

 

 

アラシの顔に飛び掛かったのはこの旅館「十千万」で飼われている大型犬のしいたけ。アラシの動物嫌われ体質が関係しているかは不明だが、その毛むくじゃらの体でアラシを捕まえて放さない。

 

 

「んだこの犬!?」

 

「しいたけダメだよ!その人から離れ……」

 

 

困っているアラシを見て、少女の言葉が止まった。そして目を細めてニヤリと悪そうな笑みを浮かべる。

 

 

「しいたけを離して欲しいなら、私も探し物に連れてってください!」

 

「マジかお前」

 

「いいんですかー?このままじゃ髪の毛がしいた毛だらけになっちゃいますよー?私はちょっと声かければ止めれるんだけどなー?」

 

 

このまましいたけを力づくで跳ね飛ばせはするが、敵意を感じない生き物に害を加えるのは流石にどうかと思い困ってしまう。というかなんで彼女はそんなに同行したいのか、そもそも考えればアラシが拒否する理由もそんなに無いのだが…

 

 

「…分かったよ。勝手にしやがれ」

 

 

それを聞いた少女は宣言通りの一声でしいたけを落ち着かせ、アラシから引き離した。

 

 

「マジで意味が分かんねぇよお前。俺の知り合いといい勝負だ。歳と名前は?」

 

「高海千歌です。高校二年生!」

 

「じゃあタメだ。敬語やめろ」

 

「えぇっ同い年!?その顔で!?」

 

「急に失礼だなやんのかコラ」

 

 

______________

 

 

 

「ところで…どっかで声聞いたことある気がするんだけど、前に会った?」

 

「俺は聞いたことねぇから気のせいだ」

 

 

アラシと千歌は海を前にして気付いた。流石に着衣泳ではキツいな、と。だから淡島にあるダイビングショップまで喋りながら歩くことになった。

 

 

「…で、なんでだ」

 

「なんで?」

 

「執拗について行こうとした理由だよ。お前は比較的バカには見えるけど、余程のバカには見えねぇ。なんか理由あんだろ」

 

「……うん。まぁ…ひとりが怖かった、ってだけだけどね。でもじっとしてるのも辛かったから…」

 

 

悔しさの苦痛に耐えかねた千歌の顔はぎこちなく、心に馴染んでいない感情をどうすればいいか分からない、そんな顔だった。

 

 

「この街に何があった?俺は他所から来たもんで何も知らねぇ」

 

「急に現れた誰かが、この内浦を自分のものにするって言って街を止めたり怪物を呼んだり……自由にしていいって言われたけど外に助けも呼べないし、私の友達も…何言ってるか分かんないよね?」

 

 

その誰かというのは確認せずともエルバだろう。アラシ達があっちの世界で憂鬱を相手にしている間に、そこまで事が進行していたのは不覚だった。

 

 

「今から行こうとしてるお店も友達の家なんだけど、その子も連れて行かれちゃって…いつも助けてくれる友達も今は遠くにいて帰ってこれないみたいで…」

 

「わかったもういい。十分伝わった。でもなんで俺について来た?ただ海に浮かんでた水死体予備軍だぞ?」

 

「わかんない。でも、私の友達となんか似てる気がした。それに、何も出来ずに足踏みしてるくらいだったら、外で走って何か見つけたいもん!」

 

「やっぱ余程のバカかもしんねぇなお前…」

 

 

歩いて淡島の形もくっきりと見えてきたが、ここまで歩いているうちにも止まった人々が散見された。今から行くダイビングショップもそうなってしまっていると、千歌は言っていた。「道具はこっそり借りれるから!」とすぐに明るく振舞うが、辛そうだ。

 

一刻も早くドライバーを見つけ、エルバを叩きのめさなければいけないと、最初は無関係に考えていたこの世界に対してアラシはそんな思いを抱いていた。

 

 

「おやおや、辛気臭い街だと思ったらようやく見つけたよ。活きのいいサンプルを」

 

 

ダイビングショップに向かおうとしていた2人の前に現れたのは、クククと見下す笑いを含んだスパイダー型ロイミュード。胸のナンバーは「050」だ。

 

 

「本場のロイミュードかよ…!」

 

「ロイミュード知ってるの!?」

 

「お前も知ってんのか…!?いや、話は後の方が良さそうだな。おいコラ蜘蛛野郎、そこどけ邪魔だ」

 

「ただの人間如きが俺に指図するな。いいか?お前達は俺達『憂鬱』の管理下にあるんだ。お前達が俺の指図を聞け」

 

「なるほど状況見えたぜ。ロイミュードがエルバの野郎の手下になったってワケか」

 

「クク…分かっていないな。俺は利用しているのさ。ヤツの才能を利用すれば、俺はあの融合進化態を越えた超進化態に……いいや更に上の力を手にできる!」

 

 

目論みを自慢げに語る所がいかにも小物臭いが、奴を煽ったって仕方がない。今は変身能力の無いこの状況をなんとかしなければ。

 

 

「俺は050、エルバからこの区域の管理を任されたロイミュード。俺たちは進化のために管理区域のモノ全てを自由にできる権利を貰っている。つまり、お前たちは俺の所有物…実験サンプルなのさ」

 

「誰がモルモットだこの野郎……っ…!」

 

 

アラシが食いつく前に体が重くなった。050が重加速を展開したのだ。050はアラシを片手で払いのけ、千歌の腕を掴む。

 

 

「人間の女のサンプルを探していた。融合進化と性別の関係を調べる実験をしているんだ。俺が前に融合したのは心の醜い女だったからなぁ。平凡に近いお前で、前に果たせなかった実験の続きも兼ねるとしよう!」

 

「千歌…!待ちやがれ…っ!!」

 

 

ディストピア戦で渡されたシグナルバイクも紛失してしまっている。アラシに打てる手は無く、千歌が連れて行かれるのを見ているしかできない。

 

 

「…っ、絶対…嫌だ!こんなところで…絶対捕まってやるもんか!」

 

 

050に触れていたことで重加速から逃れた千歌が、その鋼鉄の腕に噛み付き、暴れ、050の腕を振りほどいた。しかし離れた瞬間に重加速の効果が復活し、逃げられない。

 

 

「っ…よくも歯向かったなこの子ネズミが!」

 

 

腹を立てた050は電撃を生身でしかも動けない千歌に放った。その苦痛すらも鈍化し、声を上げて痛がることも自由にできない。

 

 

「お前達は俺の実験サンプルだと言ったはずだ!俺に従え!俺に歯向かうな!仮面ライダーもいないこの街じゃ俺達の力が全てなんだ。力の無い下等な存在が、実験サンプルとして役に立って死ねるだけ有難いと思え!」

 

 

050の言う事は確かに一部正しい。この世界じゃ強さが全てを決めるのであって、今ここに050に対抗できる力はない。

 

弱肉強食という仕組みはシンプルにして真理。

 

 

「黙って従え…?弱いから死ねだ…?クソみてぇなご高説垂れてんじゃねぇぞ鉄人形…!!」

 

 

例えその仕組みが正しいとしても、

何か努力しないと生きれもしないのか。努力しても生きれないかもしれないのか。赤子や子供にもそれを強制するのか。力があるから幸せすらも取り上げていいのか。

 

アラシの記憶がその一瞬だけ、ずっと過去に遡る。

 

生まれてきて、生きたいのなら、幸せに生きていいはずだ。

それができない奴は何も間違っていない。間違っているのは世界の方だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「何をモルモットの分際で…気が変わったよ、ここで貴様の耐久実験を始め───!?」

 

 

止まっていたアラシは、海から飛び出てきた紫の光を掴んだ。

それはアラシの感情に呼応したジョーカーメモリ。

 

050は一つ、重大なミスを犯していた。050の能力は触れた相手の悪感情を増幅させる力であり、アラシを払いのけた際に特に考えずその能力を使っていたのだ。

 

その結果がこれだ。アラシの負の感情が増幅されたことで、その感情と適合したジョーカーメモリが飛来した。更にジョーカーの能力である「感情に応じて火力増強」が発動し、そのパワーは何乗にも跳ね上がっている。

 

 

それだけに留まらず、アラシは重加速を撥ね退けた。

ロイミュードでもその事象の解析が追いつかない。理を覆したとしか言えない事実で思考が止まっているうちにアラシの拳は眼前まで到達し……

 

 

「死ね」

 

 

生身のはずのアラシの一撃が頭部装甲を破壊。050は向こう数十メートルは吹っ飛び、水柱を上げて海に落下した。

 

050がダメージを受けたからか能力と重加速が消えた。重圧が消え去り、アラシも我に返る。

 

 

「…っ、なんだ今の。それより…大丈夫か千歌!」

 

「う…うん、平気…ちょっとヒリヒリするけど…ってそんなことより今の何!?」

 

「俺もただいま困惑中だっての。ジョーカーこんな強かったか?今の下手すりゃアイツぶっ壊せてたぞ…?」

 

「どんよりも効かないしさっきのパワー…はっ、もしかして仮面ライダー!?なーんてまさか……」

 

「あぁ」

 

「本当に!?」

 

 

流れで正体を明かしてしまい、口を押えるアラシ。しかしどうせ異世界なのだから、隠す意味もあまり無い気がして気を取り直す。

 

しかし仮面ライダーを知っているということは…アラシにその可能性が思い当たる。

 

 

「そうだ名前!自己紹介したの私だけだったじゃん!名前教えて!」

 

「切風アラシだ」

 

「アラシ、アラシ…やっぱりどこかで聞いたコトあるんだよなぁ…ああぁぁそうだよ!霧香先生の電話に出てた別世界の人!高校生探偵!だよね!?」

 

「…なるほどやっぱりか。お前、隼斗の身内だな。つーことはAqoursか」

 

「Aqoursも知ってるんだ!そうこの私、高海千歌こそAqoursの一人なのです!…でもなんでこっちの世界に?あれ?それなら隼斗くんは?」

 

「はぐれちゃいるが隼斗もこっちに来てる。つまり、もう奴らのクソ政治はおしまいっつーことだ。俺達も手を貸す」

 

 

互いの身分が明らかになり、一気に状況が進展したことに気付く。

隼斗たちは戦力を連れて帰ってきた。千歌が隼斗たちの仲間なら必ず合流の手掛かりにもなるし、女子高生とはいえ頼りになるというのはμ'sでアラシも痛いほど知っている。

 

 

「これって奇跡だよ!」

 

「あぁ奇跡だ。連れ去られたっていうお前らの仲間を助けて、エルバをぶっ潰す!…まずは海に落ちたドライバーを探してからな」

 

「ダメじゃん」

「んだコラ」

 

 

揉めそうになったが050が撃破出来ていない以上、今すぐここから逃げた方がいい。騒ぎを聞きつけて別のロイミュードが来ないとも限らない。

 

アラシは負傷した千歌を抱きかかえ、その場から駆け出した。

 

 

「これ見た目どうなの?お姫様だっこだけど」

 

「文句言ってんじゃねぇ。とにかく今どうなってんだ、捕まってるの何人だ?」

 

「あれは…あの通話の後、それぞれ帰ろうとしてた時…あの縫い痕が付いた人が現れて、私たちのうち果南ちゃんと曜ちゃんと梨子ちゃんを連れて行っちゃったんだ…」

 

「つーことは3人か…なんでそいつらだけ」

 

「分かんない。でも、才能を探しているって…そう言ってた」

 

「才能…か」

 

 

とにかく優先すべきは合流だ。ドライバーを探すにも人手が増えた方がいい。今、エルバはアラシ達を倒したと思っているはずだ。隼斗たちが無事ならば、そのアドバンテージを活かせば勝ちの目も見える。

 

どうか無事であってくれ。あと心配はいらないと思うが………

 

 

____________

 

 

 

攫われたAqoursの3人、果南、曜、梨子は憂鬱が拠点としている研究施設で身を寄せ合っていた。

 

 

「みんな無事かなぁ…」

 

「ここに来ては無さそうだし、もう捕まったってことは無さそうね。外の様子は分からないのがちょっと怖いけど…」

 

「隼斗……」

 

 

エルバの手によって多くの人がここに集められており、どうやら内浦の外からも連れてこられているようだった。その中には見覚えのある有名な人物も散見される。

 

その目的は聞かされていた。「優れた才能を持つ者」を集めているらしい。

 

 

「才能でなんで私なんだろうね?そりゃ曜は水泳、梨子はピアノで分かるけどさぁ」

 

「果南ちゃんも私から見れば凄いよ。体力とか色々…」

 

「いい観点じゃないか。思考停止しない、則ち憂鬱に沈まない心というのは十分に才能だ。やはり俺の目に狂いは無かった。それはそれで…笑えないがな」

 

 

曜の言葉の次に現れたのは出かけていたはずのエルバだった。しかし、普段よりも上機嫌に見えるのが気になる。

 

 

「で!いつまで私たちをこうしておくつもりなわけ!?」

 

「俺の手の上での自由なら許すと言ったはずだけどね。君たちは俺が興味を持った才能の持ち主なんだ。あっちの世界で敗れ、減った手駒の補填として迎え入れてもいいと言っているだろう。君たちに適したメモリも用意してある」

 

「だーかーらー!嫌だって言ってるでしょ!?早くここから帰して!」

 

 

エルバの手から三本のドーパントメモリをはたき落とし、怒鳴りつける果南。敵が誰でも物怖じしないその姿勢に、曜と梨子も思わず委縮する。

 

エルバの勧誘に応じてメモリを受け取る者も多い。しかし3人は断固としてそうするつもりはない。この問答も既に5回目だ。

 

 

「無駄だ。ここから出ても既にこの街は俺の拠点、俺が世界を掌握するための城となっている」

 

「世界を…掌握…!?」

 

「言っていなかったかな桜内梨子、そう怪訝な顔をされるのは心外だ。通信妨害で情報は遮断し、外部にこの状況が漏れることはない。誰も俺の計画を知り得ない。今、別の仮面ライダーに来られるとそれはそれで笑えないからな」

 

 

エルバが警戒するのは、データにあった仮面ライダードライブをはじめとする、こちらの世界にいる歴戦の仮面ライダーたちだ。その中にはガイアメモリの戦士も確認できた。

 

その話を聞き、果南がエルバの目論みを笑い飛ばす。

 

 

「散々なんでもできるって言っておいて、仮面ライダーには怯えるんだ。戦って楽しくなりたいなら他所の仮面ライダーのとこに行っちゃえばいいのに」

 

「…例えば、だ。強さに飢える戦闘民族がいたとして、彼は迫る津波に勝負を挑むか?それでは笑えない。何故なら彼は死にいわけじゃないからだ。俺も失敗したいわけじゃない。順序を立て、その道のりを噛み締め…作り上げた城の上で笑うのさ。

 

一つの挑戦を乗り越えてこそ、憂鬱を晴らし前に進める。その届き得る限界こそ、俺の場合は二つの世界の支配なんだ」

 

 

エルバは袖から金色のメモリを『二本』取り出し、作った笑い声を短く響かせた。その才能には結果へ至る道も、その間に立ちふさがる障害も全てが見えている。

 

 

「今のところつまらないほど予想通りに苦戦し、順調で、少し苛立っている。世界を掌握し、憤怒も『神』も殺し地球の意志を掌上に置いた時…その時にようやく笑えるのかもしれないな。最も…このままでは退屈でその前に死んでしまいそうだが…」

 

「…あっそう。別にあんたのことなんて知らないけどさ、さっきから聞いてりゃ面白くないつまらないって文句ばっかり。子供じゃないんだから」

 

「何…?」

 

「自分ばっかり不幸な顔してるのが可笑しいって言ってるの。自分だけが憂鬱だなんて馬鹿みたい」

 

 

敵であるエルバに話す必要もない。ただ、エルバが言う憂鬱は多くの者が知っている。ここにいる3人もそうだ。

 

曜は千歌との感情のすれ違いで。梨子はピアノのスランプで。

果南は鞠莉の将来を思って突き放した2年間で。

 

果南はあの後、父の怪我で休学していた時期もあったが、今なら分かる。あの頃の果南は学校に行きたいだなんて思わなかった。何かをしたいと心から思うこともなかった。

 

負の感情の鎖で雁字搦めになって一歩も動けない。あれをきっと『憂鬱』と呼ぶのだろう。

 

 

「そうか、ならば教えてくれ。俺の憂鬱はどうすれば晴れる?憂鬱を知っているというのなら、君はどうやってそこから解き放たれた?」

 

「……そんなの、言ったってあんたなんかに分かるわけない。でもさ、もしあんたが世界征服して誰も敵わなくなったとしても……本当にそれで笑えると思ってる?」

 

 

エルバの才能はあらゆる正解を出し続けてきた。分からなかったのはこの憂鬱の晴らし方だけ。部下を使い己を使いあらゆる手を試したが、分からないまま。遂には世界支配にまで来てしまった。

 

しかし、その方針を否定されたのは初めてだ。

 

 

「…面白いことを言うな。それを確かめるため、成し遂げるのさ」

 

 

エルバは果南の言葉を軽く押し返すが、彼女は食い下がり言葉を弾き返す。

 

 

「確かめる、ね……悪いけど、多分あなたの目的は果たせないよ、『絶対』に」

 

「それは、彼のことを言ってるのかい?天城隼斗……確か君の幼馴染だったな。いや、幼馴染…違うな、もはや姉弟と言っても過言ではない…理解はできないが、彼と君との間には切っても切れない縁がある…そう、人が言う『絆』というものが。硬い鎖のように君達を繋いでいる」

 

「隼斗達がいる限り、絶対にあなたの目的は果たせない。いや、果たさせない」

 

「そうだよ!隼斗達を打ち負かした気になってるみたいだけど、隼斗が本気出したらすごいんだからね!!」

 

「隼斗君と憐君がいる限り、あなたが目的を果たす事はないですよ。倒れても立ち上がる…憐君はともかく、隼斗君すごく負けず嫌いだから」

 

「だとしてもだ。彼は一度俺に完膚なきまでに倒されている。いくら力をつけたところで、仲間を増やしたところで勝てはしないさ。それに、今の彼にここを突き止めることは────」

 

 

エルバの言葉の途中で地面が揺れ始めた。床や天井にもヒビが入り、まるで災害でも襲来したかのような騒めきが建物を揺らす。

 

 

「え!え!?何!?」

 

「地震!?こんなときに……」

 

「いや、待って!地震だけじゃない……これは────────風?」

 

 

その風を感じたら直感が降ってきた。それに従い、果南は声を出す。

 

 

「みんな!気をつけて────」

 

 

次の瞬間、風を纏った光が天井を貫き、怒りの一撃を参上と共に炸裂させた。エルバはそれを避け、見えた姿を呆れた声で歓迎する。

 

 

「…全く、野蛮な訪問者だ。笑えない…正義のヒーローとは思えないな」

 

 

ここでアラシの懸念を思い出そう。

アラシははぐれた隼斗たちが無事であることと、もう一つを祈っていた。それはちゃんと再出撃の体勢が整ってくれること。

 

アラシはその心配を除外したが、もし考え無しに単身突撃する者がいたのなら、相手の僅かな油断というアドバンテージをみすみす失ってしまう。

 

結果としてはこうだ。皮肉なことにアラシと千歌がダイビングショップに向かうのをやめた直後、そのダイビングショップに来た彼が惨状を把握し、怒りのままにここへ神風特攻を仕掛けたのだ。

 

 

「────エルバ!!」

 

 

仮面ライダーソニック、早くも敵陣に突撃完了。

 

 




ソニック突撃。それに至る経緯の詳しくはソニックサイドをどうぞ↓
https://syosetu.org/novel/91797/
永斗と憐は待機中ですが、唯一行方不明なままの竜騎士は……!?

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第7話 なぜ仮面ライダーは存在するのか

お久しぶりですっっっ146でございますっっっ!!!
大変遅くなって申し訳ありません。マスツリさんはすごい進めてくださったんですが、僕の方がバイトやらなにやらで…コラボ編もラストスパートでございます。遅くなるかもですがお願いします。

エルバに負け、仮面ライダーは散り散りに。ソニックは単身突入…ですが、その様子はソニックサイドの方で詳しく。
https://syosetu.org/novel/91797/

今回も「ここすき」よろしくお願いします!


異世界から来たライダーたちと手を組み、アラシたちは『憂鬱』の刺客を全て撃破。その計画も無事に阻止され、異世界への扉は閉ざされたように思われた。

 

しかし、厳密に言えばそれは間違いだった。異世界への扉は依然として存在しているが、開いていない状態なのだ。

 

 

「うぇ~終わんないよぉ~…」

 

「隼斗が手伝ってくれたおかげでかなり進んだんです。あと少しだから文句言わずに動いてください!」

 

「そのあと少しが長いんだよぉ…あー、みんな早く帰って来ないかな…」

 

 

文化祭のステージ準備を引き続き行っているμ'sだが、終わりが見えた作業でも穂乃果が弱音を吐き始めた。そのうち「私も別の世界行きたかったー!」とか言いそうだ。

 

そんな音ノ木坂の屋上に、明らかに場違いな姿がどこからか降り立った。

 

 

「海未、ちょっと外出るけどついでに飲み物でも……きゃああっ!?」

 

 

様子を見に来た真姫が声を上げて腰を抜かした。

そこにいたのは黒い剣士の怪人、スラッシュ・ドーパント。

 

 

「ドーパント!? どーすんのよ瞬樹もアラシも永斗もいないのに……

あのドーパント……ファングの時の!?」

 

「あのメチャクチャ強かったやつやね…」

 

 

にこと希、他の皆も警戒するが今襲われたらどうしようもないのは明白。

 

ファング事件の際、スラッシュがファング・ドーパントと戦っていたのをμ'sは見ていた。その時の激しい戦いからスラッシュが普通のドーパントじゃないのも分かっている。

 

 

「声を出すな。安心しろ、貴様たちに用があって来たわけじゃない」

 

 

スラッシュは必要最低限、短くそう言うと、μ'sに背を向けて刀に手をかけた。焦点を定めるのは時空のゲートが存在する場所。

 

閉じたゲートの正確な位置に高速で一定の衝撃が加わる事で、ゲートは一瞬だけ再び開かれる。しかし、それは偶然では決して起こらないような難易度。

 

 

「……ここだな」

 

 

スラッシュが刀を目視できない速度で振り切り、閉じたはずのゲートが開いた。

ゲートを開く難易度は極めて高く、ましてや刀でそれを行うなんて正に大気を斬り分けるような神業。

 

そんな神業を容易く成し遂げ、スラッシュはソニックの世界へと飛び込んだ。

 

 

_______________

 

 

 

前回までのあらすじ。

ソニックの世界に来たダブル一向。しかし早々に『憂鬱』エルバとエンカウントし、派手にやられてそれぞれ離散してしまう。

 

目覚めた場所でAqoursの高海千歌と出会ったアラシ。アジトに逃走した憐と永斗。松浦果南が攫われたと知って単身エルバに挑みに行った隼斗。そして、行方不明なもう一人、瞬樹はというと───

 

 

「フッ…空を駆け、竜騎士は迷える子羊に…! ここどこだ…へぶちっ!」

 

 

あの爆発でダブル同様に海に放り出されたエデン。

それなら海流に従ってアラシと似た場所に漂着するはずなのだが、持ち前の不運で何故か全然知らない場所にずぶ濡れで打ち上げられてしまった。

 

いやでも、世界は違えどここは瞬樹の地元。迷ったうちに入らないと思っていた。よくよく考えれば瞬樹の実家は沼津で、この辺はあまり来たことが無いので普通に遭難したことに気付いたのだが。

 

 

「なるほど、これが異世界の洗礼…か」

 

「確保ですわ!」

「うゆ!」

「ん……?」

 

 

無意味に風を感じながら海岸を歩いていた竜騎士を襲う、陸上漁業。2人の声と突然飛んできた網が瞬樹を捕まえた。

 

 

訳の分からないまま瞬樹は連れ去られ、気付けば瞬樹は畳の部屋で正座させられているのだった。何故か黒髪ぱっつんの美女に薙刀を突きつけられながら。

 

 

「さぁお答えなさい! あなたは何者なんですの!? なぜ槍を持って海岸に!?」

 

「フッ…我が名は竜騎士シュバルツ。異界より降り立ち、空の旅と海の旅の末にこの地に辿り着いた……説明したのでソレ下ろして欲しいです」

 

「お姉ちゃん…この人、何言ってるかわかんない…?」

「ダメですわルビィ! この方は危ない方です近づいてはいけません!」

 

 

完全に頭がアレな人と思われたらしいが、瞬樹はめげない。

どうやら物騒な方の後ろで怯えている少女が、彼女の妹でルビィというらしい。悪い人ではなさそうで瞬樹も安心する。

 

一方で物騒な方、黒澤ダイヤも瞬樹から危険というものを感じ取れていなかった。というより、この独特の一人だけ世界が違うような雰囲気に、すごく見覚えがあった。

 

 

「…そうですわね、突然申し訳ありません。わたくし達はあの辺りで魚を獲っていまして、そこであなたを発見したのです。この状況下放置しておくわけにもいかず、しかし武器を持っているようだったのでこのような事に…」

 

「なるほど…この竜騎士、全てを理解した!」

 

 

そんな危ないヤツを網で捕まえて家まで持ってくるかとか、薙刀どっから出してきたとか、何故魚獲ってたのかとか色々と疑問がほんのりと後からやって来るが、瞬樹はそれを言語化できないため全てを理解したと思う事にした。

 

 

「先ほども言ったが、俺は竜騎士シュバルツ。恥ずかしながら戦いに敗北し、海の流れに導かれここへ流れ着いた。俺は今すぐ仲間のもとへ急がねばならん」

 

「だめ! 今出て行くのは…ちょっと危ないと思います」

 

「ルビィの言う通りですわ。今、この辺りはロイミュードと呼ばれる怪物が支配しています。通信も切られていて助けも呼べません」

 

「隼斗さんや憐くんもまだ帰ってこないし…」

 

 

不安からルビィが漏らした言葉に、瞬樹の耳が動く。

 

 

「隼斗と憐だと? 我が盟友、蒼騎士と黒騎士を知っているのか!?」

 

「あお…きし…?」

 

「それはもしやソニックとスレイヤーの事では!? つまりあなたは…あの異世界から来た異世界人! そうですわね!?」

 

「最初からそう言っている。俺は異界の騎士……と。そして、なるほど……フッ、感じるぞこれは運命に違いない!」

 

 

あのテンションで異世界人と言われて誰が信じるかと言いたいが、瞬樹の謎テンションにスイッチが入って空気を奪われてしまった。

 

 

「この部屋の作り、そしてその薙刀! 間違いない、この家は侍の家だな!!」

 

「えっ…そうなの、お姉ちゃん?」

 

「違います。黒澤家は網元の家ですわ」

 

 

網元とは漁船や漁網を所有し漁業を経営する者の事。武家ではない。しかし瞬樹が網元なんて単語を知るわけもなく。その謎の単語はバカの脳内で自動変換され……

 

 

「…つまり、この一帯を牛耳るヤクザ…闇の一家というわけか」

 

「お姉ちゃん、ルビィたちってヤクザなの!?」

 

「変なこと言わないでいただけます!? だからわたくしたちの家は…」

 

「皆まで言わずとも解っている。影の中で街を守る、さながら正義たる闇! これもまた縁だ。この竜騎士、この街を取り戻すため力を貸そう」

 

「あーダメですわ。話まったく聞いて……なんですって?」

 

「ロイミュードに支配されて困っているのだろう? ならば俺が倒してみせようじゃないか! 俺には心に決めた主君がいるが、今だけは貴女の剣…いや、ドスになろう! さぁ俺に続くのだ親分とお嬢!」

 

 

瞬樹のテンションが最高潮。困惑するダイヤとルビィを振り回すだけ振り回し、ロイミュード撃破のために勝手に飛び出してしまった。

 

この辺りを支配しているのはロイミュード090。かつてシェフと融合し、究極の味覚を目指したロイミュードだ。それを更に追及すべく、住人たちに食材の調達や労働を強いているらしい。ダイヤたちは魚を担当させられていたとのこと。

 

当然、瞬樹がそんな話ろくに聞くはずもない。ダイヤとルビィがその力について説明し、瞬樹を止めようとしたのを凄まじい勢いで無視し、

 

 

「お控えなすって! 生まれは異世界、奇妙な運命に翻弄されここに流れ着いた流浪人! その名も…フッ、黒澤一家の用心棒! 竜騎士シュバルツと申しやす!」

 

「な…なんだ貴様! 侵入者か!?」

 

「悪しきロイミュードを成敗致す! 覚悟おおおお!!」

 

 

仮面ライダーエデンに変身。重加速を使われたりもしたが、

 

なんだかんだロイミュード090を撃破したのだった。

 

 

「どうだ親分! お嬢! これが我が力、竜騎士の力だ!」

 

 

もう滅茶苦茶だ。何を言っているのか分からない少年が仮面ライダーに変身したかと思うと、重加速を無理矢理攻略して勢いでロイミュードを倒してしまった。

 

余りの急展開と情報量に、ルビィは言葉を出すこともできない。が、しかしダイヤの方はというと、その光景に体を震わせていた。

 

 

「…素晴らしいですわシュバルツさん! 異世界からやって来た仮面ライダー…その力があれば、必ずロイミュードたちから内浦を救い出せます!」

 

 

感動に体を震わせていた。ダイヤもどちらかと言えばテンションに乗せられる方で、中二病はそういう人がいると一気に増長する。

 

 

「フッ…やはりわかるか親分。無論だ、我々がこの息苦しい世界を打ち壊し、愛する街を取り戻す! 戦いの準備をしろ、親分! お嬢! 一世一代の聖戦……いや、抗争だ!」

 

「当然ですわ! まずは囚われた果南さんたちを、あのエルバという男から救出するのです! 行きますわよシュバルツさん! ルビィ!」

 

「ル…ルビィも…!?」

 

 

ロイミュード撃破で盛り上がった熱で、竜騎士同盟『黒澤一家』が結成されてしまったのだった。

 

 

_____________

 

 

 

ロイミュード050をジョーカーメモリで撃破したアラシ。しかしダブルドライバーは紛失したままであり、千歌を連れてエルバ配下のロイミュードの支配から逃走していた。

 

 

「ドライバー探してぇが、流石に海潜ってる時にロイミュードに見つかったら死ぬからな…」

 

「じゃあ連れて行かれた皆を助けに行こう!」

 

「馬鹿かドライバー無いって言ってんだろ。あったとしてもさっき負けたばっかだっつーの」

 

「それなら他のAqoursの皆が無事なのか…それだけでも! ロイミュードもいるかもだけど、さっきのパンチでいけるでしょ!」

 

「いけりゃいいな。いけなきゃ死ぬけどな。…あぁもう、あれこれ考えて立ち止まんのは性に合わねぇ。分かった行きゃいいんだろ、折角だしそいつら全員集めて隼斗たちと合流だ」

 

「よっし! それじゃまずは……」

 

 

ロイミュードに見つからないよう、慎重に2人が向かったのはAqoursのメンバーである黒澤ダイヤ&黒澤ルビィ姉妹の家だ。

 

 

「どーなってんだ、いねぇじゃねえか」

 

「もしかして…連れて行かれたのかも…!? やっぱり早くみんなを助けに行こう!」

 

「そうとも限らねぇだろ落ち着け。いねぇなら後回しだ」

 

 

部屋は綺麗なままだったため、少なくとも家にいる時に襲われたわけではなさそうだ。靴も無かったし外出している時に攫われたか、今外に出ているかのどちらかだろう。

 

ロイミュードの気配を全く感じなかったが、一応警戒しつつ黒澤姉妹を探すも、やはり見つからず。「まだ探す」と言う千歌を引っ張って次の場所へ。

 

 

「さっきの三下実験ロイミュードが追って来るかもしれねぇ、遠回りでも不規則に動くぞ。パッと思いつくメンバー言え」

 

「うーん…よし、決めた! 善子ちゃんと花丸ちゃんで! あの2人は一緒にいるらしいし」

 

「善子……あぁ、瞬樹の…」

 

「善子ちゃんは知ってるの?」

 

「…いや、知らねぇ。千歌には関係ない話だ、行くぞ」

 

 

そうして一年生の国木田花丸の家の近くに来たのだが、ここもさっきと同じ。十千万の辺りでは感じた『支配されている雰囲気』を全く感じない。

 

千歌が「ここだ」と言う神社に来ると、いた。少女の姿がふたつ。

 

 

「よかったぁ…! 花丸ちゃんと善子ちゃん、ちゃんといた!」

 

「千歌!? なんでここに…って怖い顔の男の人ぉ!?」

「初対面さんに失礼ずらよ、善子ちゃん」

「ヨハネよ!」

 

 

どうやらこの2人が「国木田花丸」と「津島善子」らしい。どっちがどっちなのかは確認するまでもなかった。

 

 

「お前が津島善子か」

 

「…千歌の知り合い…? なら……

クックック…それは世を忍ぶ仮初の名。私の真名は、そう! 堕天使ヨハネ! あなたも我がリトルデーモンになる気はない?」

 

 

この雰囲気にこの台詞を吐かれると、確かに瞬樹の血族だ。全体的に見て瞬樹とにこを足し合わせたような感じ。アラシからすれば頭痛がしてくる組み合わせだった。

 

 

「…バカのごった煮だな。で、状況説明終わったか千歌」

 

「うん! 善子ちゃんにも…この人はアラシくんで、別世界から来た仮面ライダーで隼斗くんたちの友達なんだって!」

 

「異界の仮面騎士…!?」

 

「えっと、マルは国木田花丸ず…じゃなくて、です…」

 

「聞いてるよ。それより聞きてぇことがある。ここにロイミュードはいねぇのか? お前らの顔から感じる緊張感が薄いのが気になる」

 

「そっか、そういえば高校生探偵って! もしかして推理始まる!?」

 

「始まらん。分かんねぇから聞いてんだろが」

 

 

千歌の不用意な一言にソワソワしたアニメ好き善子と小説好き花丸。アラシがキッパリ期待を断ち切り、3人のテンションが少し下がった。しかし善子が事情を説明してくれるようだ。

 

 

「さっきよ。さっきこの辺りに来た剣士?が、ロイミュードを倒したの」

 

 

 

ここを支配していたのはロイミュード007。エルバの配下の中で最も数字が若く、危険かつ強大なロイミュードだった。

 

007の支配は実にシンプルな恐怖統制。事態を聞きつけてやって来た警官を斬り、逆らう者や命令を聞かない者も容赦なく斬ってこの区域を恐怖に染め上げたのだ。

 

 

「お前だなァ、津島善子と国木田花丸は! やっと見つけたぞ!」

 

 

バット型ロイミュード007、首元が金色の特別なシングルナンバーの個体。隠れていた2人を見つけると、彼はエキセントリックな口調で喜びを発露させる。

 

 

「…っ、ずら丸逃げて!」

 

「善子ちゃん!」

 

「おおッとぉ? 逃がすわけないだろッ!!」

 

 

007の右腕が刃に変化。その鋭い斬撃が善子の頬を撫で、髪先を斬り落とした。動いたら即座に殺されるという事実が、心臓から体温を奪っていく。

 

 

「エルバから聞いている。お前達は仮面ライダーの仲間なんだってなァ? 大概のロイミュードがそうだろうが、俺は仮面ライダーが大嫌いさ! 特に死神のヤツだが…まぁいい! お前達を目の前で斬れば、正義の仮面ライダーはどんな顔するんだろうなァ!」

 

「隼斗くんも憐くんも…今はいないずら!」

 

「そうよ! それに、帰ってきたらアンタなんかあっという間に…!」

 

「おいおい俺が喋ってるだろ、黙って震えてろよ」

 

 

007はかつて「警官殺し」と呼ばれた男と融合し、進化した。進化に必要な感情を挙げるとするなら「理由の無い殺意」。好きなように虐げ、好きなように殺すことが007の望み。

 

右腕の刃を伝う怯えた呼吸と、強がっていても震える唇が嗜虐心を刺激する。今すぐにでも殺してしまいたい、

 

そんな昂る感情は一つの金属音で霧散した。

 

 

「ッぁあっ…!? なんッッだァ!? 誰だ!」

 

 

007の背中を襲ったのは斬撃。一瞬で007の感情が怒りへと塗り替わり、殺意の照準が背後に向けられた。しかし、振り返った瞬間に襲い掛かる斬撃の暴風。あっという間に制圧され、善子と花丸から距離を取らされてしまった。

 

 

「無事か」

 

 

短くそう尋ねる人物に他の者は言葉を失う。助けに入ったその姿は明らかに怪人だったからだ。だが、その背中から敵意は感じず、正面からは殺意を解き放っている。

 

007、花丸、善子、誰も知る由も無い。彼が別世界のドーパント、スラッシュであることを。

 

 

「ロイミュードじゃあないな! 雑魚がッ! 切り刻んでやるよ!」

 

「力を測る眼も持たないか。滑稽だな異世界のロボット」

 

「黙れェっ!!」

 

 

刃を向けて突撃する007に対し、スラッシュは新たに一本の剣を握る。殺意に満ちた荒々しい007の太刀筋を全て見切り、スラッシュはその波打つような刀身で007の鋼鉄の肉体を斬り付けた。

 

 

「あ゛アァ…がァっ!? なんだその剣は!」

 

「炎の剣、フランベルジュ。付けた切り傷は燃えるように痛むと言われた、極めて殺傷能力の高い剣だ。俺が使えば鉄だろうが抉り斬れる。そしてこれが…」

 

 

ヤケクソで反撃する007の剣に、スラッシュの新たな剣が「引っかかった」。そして気付いた時には刃が折れ、007は戦う武器をも失っていた。

 

 

「ソードブレイカー。名の通り剣を壊す剣。電子回路にでも刻み付けておけ」

 

 

圧倒的強者を前に打つ手が消失。フランベルジュの連撃で007の全身が削り取られ、ソードブレイカーが胴体ごと大地を貫く。大爆発をも一瞬で切り裂き、スラッシュは007に完勝したのだった。

 

 

 

「……てな感じで。まさに魔剣士、あれは間違いなく天界の存在よ!」

 

「黒い剣士にその能力、ファーストだ! アイツがこっちの世界に来てやがったのか!?」

 

「アラシさんの知り合いずらか? それなら今度お礼を…」

 

「悪いがそんな間柄じゃねぇな。運よく会えたらその時言え」

 

 

世界間ゲートは閉じたはずなのだが、今はファーストが来ているという事実を素直に受け止めるべきだ。考えるべきは目的だが、アラシ達の障害になる可能性も高い。警戒の必要がある。

 

 

「とにかくこれで2人拾えたな。次だ千歌、急ぐぞ。行った先で隼斗か憐と会えればいいんだが…」

 

「隼斗さん帰ってきてるずらか?」

 

「それなら話は早いわね! いざ堕天、反逆の時!」

 

「その話なんだけど、さっきみんな一緒に負けちゃったらしい!」

 

「「うっそぉ…」」

 

 

千歌のカミングアウトに落ち込む2人。これまで隼斗たちの帰還を心のよりどころにしていたのだから無理もない。

 

 

「次は勝ってやるから安心しろ。それで、隼斗が行くとすりゃどのメンバーのとこだ?」

 

「絶対に果南ちゃんずらね」

「果南以外ありえないわ」

「果南ちゃんなんだけど、それがさっきのダイビングショップの子で…」

 

「果南…通信に出てたヤツか、確かにな。で、そいつは攫われてると。ん…待てよ、隼斗がそいつの家行って攫われてることに気付いたら……」

 

「隼斗さんのことだから、ひとりで敵のボスのとこに行ったり……?」

 

 

花丸がそこまで言ったところで、全員が「まさかー」と笑い話として終わらせた。誰もこれ以上状況が悪くなる想像をしたくなかったのだ。

 

これでAqoursのメンバーは3人。攫われている3人を合わせると、6人の所在が明らかになった。最後のメンバーは小原鞠莉だ。

 

鞠莉のところを訪ね、その後に霧香博士のラボに戻るというルートに決定。しかし、出発からしばらくして問題が発生してしまった。

 

 

「もう……無理…ずら…」

 

 

体力が少ない花丸が早々にダウン。あまり目立たないよう道を選んでいたため、遠回りになってしまっているのも向かい風で、千歌と善子も疲れているようだ。

 

仕方がないのでダメ元でAqoursの学校、浦の星女学院に向かうことにした。そちらの方がまだ近い。

 

 

「…いやがるな。ロイミュードだけじゃねぇ、明らかに『管理する側の顔』してる人間がチラホラいやがる」

 

「あれが敵なら街中進めないよ…」

 

「それなら天から! 不死鳥の如く!

……ツッコミなさいよずら丸!」

 

「ずらぁ……」

 

 

花丸の限界が近い。最悪アラシがおぶって進めばいいが、目立つので避けたいところ。

 

 

「これはもう…堕天使の力に頼るしかないわね! 見てなさい、この堕天使ヨハネの指が導く方角に…救いの光が現れるのです!」

 

「千歌、善子ってもしかして運悪いか」

 

「すごい悪い。じゃんけんで勝ったの見たことない」

 

「だと思ったよ」

 

 

兄と同じ不幸体質に一切の期待を持たずスルーするが、善子は構わず当てずっぽうに腕をとある方向に向けた。恐る恐る目を開け、その方角には……

 

 

「……ん?」

 

「マジか堕天使」

 

 

まさに偶然。もしくは奇跡。

Aqoursのメンバーである桜内梨子と渡辺曜、そしてその2人に肩を貸りた満身創痍の隼斗とばったり直面した。

 

 

「梨子ちゃーん! 曜ちゃーん!!」

 

「この声……え!? 曜ちゃん、アレ!!」

 

「…アレって! …千歌ちゃん! よかった、無事だったのね!」

 

「梨子ちゃんたちこそ…怪我は無い!?」

 

「うん、私たちは隼斗に助けられて…」

 

「そっか! 隼斗くんが……隼斗くん!?」

 

 

奇跡的な合流から少しして、千歌がやっと隼斗の現状に気付いた。自分の足で歩けないくらいにボロボロ。かろうじて目が開けられているような有様だ。

 

 

「隼斗さーん!」

 

「隼斗!! おいどうした!しっかりしろ!!」

 

「ぁ……アラシ……?」

 

「そうだ、俺だ! 一体何があった?…まあ聞かなくても大方予想はついてるが…」

 

 

そこにアラシと善子と花丸も追いついた。ようやく再会したというのに隼斗は意識もハッキリしない様子。ここまで来ると、さっきの予想が確定的なのは避けられないようだ。

 

 

「貴方のことだから、愛する者を助ける為、単身敵の居城へと侵攻した…でしょ?」

 

「…その言葉…善子か…なんだかいつも通りなのに妙に懐かしいな。数日離れてただけなのに…」

 

「ヨハネよ!!」

 

「…だろうな。否定しねぇってことはやっぱそうか。お前、相当な無茶しただろう。見りゃわかる」

 

 

普段ならデカい溜息で罵倒の一つでもするところだが、ここまでの道でAqoursと触れ合って、彼らの関係はアラシ達とμ'sの関係に限りなく近いことは分かった。実際にアラシも海未が攫われた時は即報復の姿勢だったし、アラシが文句を言えた話じゃない。

 

 

「ちょっと…張り切りすぎただけだ…心配いらねぇよ…」

 

「ったくお前ってやつは…どこの世界も仮面ライダーはバカしかいねぇ。お前ら変われ。俺がコイツおぶっていく」

 

 

アラシが隼斗を背負い、千歌と花丸が軽くここまでの状況の説明をしてくれた。スラッシュの話をした時、隼斗が少し反応した気がしたが、深く聞き返す気力もないようだ。

 

 

「で…お前ら…これから、どうする気だ?」

 

「学校も近いし、まず先生のところね。今はあのラボの方が家よりは安全だと思うし」

 

「…了解。んじゃ行くか…降ろせアラシ」

 

「お前は休んでろ、そんな状態でマトモに歩けるわけがねぇ。何があったかは知らねえが…ったく後先考えずに突っ走りやがって…」

 

「んな事になって…止まってる方がどうかしてる…俺にとって姉ちゃんは……っぐぅ…!」

 

「本当に何があったんだよ…つか寝てろ。もう喋んな」

 

 

何か重要そうな話を抱えているようだが、それは全員が揃ってからにした。残りはこれから向かう小原鞠莉と、所在不明の黒澤姉妹、永斗と憐に……一番不安な瞬樹だ。

 

隼斗は行動が読みやすいからまだ良かった。ただ、瞬樹は本当に何をしでかすか分からないタイプのバカ野郎なのだ。

 

 

_________________

 

 

アラシの不安をよそに、瞬樹と黒澤姉妹の「黒澤一家」はエルバのアジトまで到達してしまった。追手や手下を全部勢いで無視して。

 

 

「ここですわシュバルツさん!」

 

「ビビってるやついねぇよなぁ!! 征くぞ黒澤一家ァ!!」

 

「ル…ルビィはやめたほうがいいと思う…な…」

「変身!!」

 

 

全く聞いてない。エデンに変身した瞬樹は、エデンドライバーを無意味に振り回したかと思うと……

 

 

《ドラゴン!マキシマムドライブ!!》

 

「さぁ今こそ“反撃”の“瞬間(とき)”ですわ!!」

「“覚悟”を“キメろ”よ“憂鬱”! 二度と“シャバ”の空気“吸”えなくしてやるからよォ!」

 

「おねえちゃん…シュバルツさん…!?」

 

竜騎士特攻弾(ドラゴニック・ブッコミボンバー)!」

 

 

テンションがヤクザから暴走族になってきたところで、エデンが速攻必殺技を発動。四の五の言わせないテンポで槍を構えてダッシュして建物に激突。

 

エルバのアジトの前側が半壊した。

 

 

「歯向かう者を全員やっておしまいなさい! 果南さんたちを見つけるまで、止まらず突き進むのです! そう暴走バイクのように!」

 

「合点承知!」

 

 

暴走竜騎士、エルバのアジトを荒らしまくる。

しかし妙に敵がいないため、ただただ妙なテンションの2人が爆走し、戸惑いながらルビィがそれを追いかけるという絵面になってしまっている。

 

それもそのはず、ここはさっき隼斗が突入したばかりで、その際にエルバが集めた部下候補もほとんど逃げてしまっていた。つまり、ここは既にお開きになった後というわけで……

 

 

「“見”つけたぞ“憂鬱”ゥ! この“竜騎士”が“粛清”して……」

 

 

!?

 

 

エデンとダイヤがやっとエルバがいる部屋に到達。

しかし、そこには真顔のエルバと、とても微妙な表情をした果南がいた。

 

 

「あ、ダイヤ…と誰?」

 

「果南さん! 無事だったんですわね…ってなぜそんなに冷静なんですの? それに梨子さんと曜さんは…」

 

「さっき天城隼斗が連れて帰ったよ。忘れ物でもしたのかな?」

 

「ん…蒼騎士が来た…? いや、構わん! なら俺が彼女を救い出して…」

「そうですわシュバルツさん! やっておしまいなさい!」

 

「なんだ彼から聞いていないのか。同じ話を二度するのは、格好が悪くて笑えないなぁ」

 

「あー……ダイヤと…そこの仮面ライダーさん、その話なんだけど…私、ここに残ることにして…そのあれこれもさっきやったばっかというか…」

 

 

全部終わった後に全く無意味の突入。戦う気の無いエルバと逃げる気のない果南でテンションに天地の差があり、果南もさっきの覚悟を決めたやり取りを繰り返せと言われると、流石に抵抗がある。空気がとてつもなく気まずい。

 

ダイヤと瞬樹も場違いなことに気付いて、段々恥ずかしくなってきた。

 

 

「フッ…“不運(ハードラック)”と“(ダンス)”っちまったってことか………すいませんでしたすぐ帰ります…」

 

「えーと…ダイヤ、こっちは大丈夫だから。事情は隼斗から聞いて。あと隼斗に無茶しないようにって」

 

「え…あ…そう、ですわね。果南さんもお気をつけて……?」

 

 

そそくさと2人は退場。なんともいえない感情を抱えたまま、アジトから撤退したのだった。

 

ちなみにワケの分からないまま突撃し、ワケの分からないまま撤退させられたルビィは、それ以降考えるのをやめたという。

 

 

_______________

 

 

負傷した隼斗を寝かせ、目的地の浦の星女学院に。ここに霧香博士のラボがあるらしい。Aqoursの部室に行くと、どかされたダンボール群の近くで音がして、地下へと続くスライダーが現れた。

 

 

「なんだこの少年の夢満載ギミックは。これが入口か?」

 

「そう! いいよねー、これぞ秘密基地だよ!」

 

「永斗が好きそうと思ったけど千歌もか。ここにある程度いてくれりゃ助かるんだが…」

 

 

そう思ってスライダーに飛び込み、いざキリカラボへ。

その先で待っていたのは想像していたよりも多い人数だった。

 

 

「おっ、皆にアラシサンにハーさん…あー、こっぴどくやられたカ…」

 

「遅いよアラシ。遅すぎて暇だったからマリーちゃんと意気投合しちゃった」

 

「Hello! アナタがエイトのbuddyね? 私は小原鞠莉、マリーって呼んで」

 

「長い旅路ご苦労だったね。おかえり、そしてようこそ私のキリカラボへ! ん? 切風くんはテンションが低いね。士門くんは私のラボに喜んでくれたのに」

 

「ほぼ全員集合じゃねぇか」

 

 

憐に永斗霧香博士、後で迎えに行くつもりだった鞠莉までいた。アラシは思わず突っ込んだがこれは幸運だ。一気に体制が整った。

 

 

「悪ぃが再会のアレコレやってるほど暇じゃねぇぞ。あといねぇのは瞬樹と黒澤姉妹、あとは松浦果南だったか」

 

「そうだよ果南ちゃん! 果南ちゃんはどうしたの!?」

 

「ホントだ。攫われたっていう3人のうち果南サンだけいない…肝心のハーさんはグッタリだしナ…」

 

「そのことなんだけど…実は果南ちゃんはあの人との取引で……」

 

 

曜の口から語られた、隼斗突入の詳細。エルバに敗れた隼斗と他の人質を見逃す代わりに、果南が1人エルバの所に残ったという。

 

 

「それで、エルバは計画実行までに猶予があるって言ってた。確か…」

「24時間と半日…だったと思う」

 

「36時間かぁ…いやーどう思う霧香博士? 僕はキッツいと思うんだけど」

 

「厳しいだろうね。これを見る限り、このバカ者はオーバーブレイクを使ったようだ。ったく生きているだけ奇跡というべきか…それでもこのやられようという事は…どの仮面ライダーもエルバには遠く及ばないという事になる」

 

「それに加えて配下のロイミュードもいやがる。36時間で戦力差は埋まらねぇぞ」

 

「しかもアラシくんはベルト失くして変身できないし…」

 

 

最後の千歌の一言が全員を絶望に叩き落とした。永斗は薄々感づいていたようだが、瞬樹がいない状況では実質異世界から足手まといが増えただけになってしまう。

 

 

「なにやってんだよアラシサン…」

 

「うるせぇ俺が一番凹んでんだよ」

 

「それならあの黒き剣聖を召喚…いてっ」

「あのファーストさん?に力を貸してもらえれば…」

 

「え、ファースト来てんの? マ?」

 

「だから友達じゃねぇって言ってんだろ。それより瞬樹と黒澤姉妹が優先だろうが」

 

「ん? それならもう見つけてるけど」

 

 

今度は永斗の言葉で全員が驚きに跳ね上がった。窮地だからか皆感情の起伏が激しくなっているようだ。永斗は「あ、言ってなかった」と呑気気味だが。

 

 

「どーいうことだよエイくん? エイくんずっとここにいたヨナ?」

 

「ファングメモリ…って言ってもわかんないね。僕の分身みたいなのがいて、そいつに瞬樹を探させてたんだ。それでさっき、めちゃくちゃ落ち込んでた瞬樹と、その黒澤ダイヤさんとルビィちゃんを見つけたんだ」

 

「アイツら一緒にいたのか。ならまぁある程度安心だな」

 

「んでファング見つけた瞬樹から色々聞いてるよ。なんかエルバのとこ勝手に突撃したけど無意味に終わったとか」

 

「ワーオDynamic…」

「流石は竜騎士シュバルツ、破天荒ダナ…」

 

「竜騎士シュバルツ…? 何よそれ、堕天使ヨハネのパクリよパクリ!」

 

「あぁ…うん、そだね。偶然だよ偶然。

あと瞬樹曰く、これから黒澤姉妹と一緒に解放軍を結成して各地のロイミュードを倒して回るって」

 

「ファングに『ざけんなアホ帰って来い』って手紙運ばせろ。帰って来ねぇならもうアイツは知らん」

 

 

とにかくこれで全員の所在が明らかになった。ただ、残された時間はたったの1.5日。敵の能力や戦力、目的の詳細が不明で、もはや何から手を付けたらいいのか分からない。

 

「勝てる気がしない」。ここまでそう感じたのはアラシや永斗にとっては初めてだった。

 

 

________________

 

 

 

そのまま夜がやって来た。朝が来れば残る時間は一日を切る。かといって、今更アラシに出来る事なんて何も無く、でもじっとしていることはできず、なんとなく夜の浦の星女学院を徘徊していた。

 

 

「なんか雰囲気は音ノ木坂に似てんだな…つっても、こっちは廃校か」

 

 

この学校も音ノ木坂と同じく廃校の危機にあり、それを覆すためにAqoursは活動し続けたらしい。ラブライブの決勝大会進出まで辿り着いたが、やはり立地や人口の限界があったのだろう。つい先日、正式に統廃合が決定してしまったという。

 

 

「報われねぇもんだな。これじゃ何の為に戦ってきたのか分かったもんじゃねぇ。でも…アイツらAqoursは立ち上がって、まだ戦おうとしてやがる」

 

 

それは隼斗も憐も同じだった。何度負けても守りたい者のために戦いを挑み、決して折れない。失っても取り返す。前を向いて進み続ける。その心が少しだけ理解できるようで、理解できない気もした。

 

アラシは何かを守って生きるような繊細な生き方で育たなかった。自分の命以外の全てをおざなりにして生きてきたから、何かを守ることが肌に染み付かない。

 

だから肝心な時に取りこぼす。コーヌスの時も、ファングの時も、ボックスの時も、サイレンスの時も。大事なモノに手が届かず失ってしまい、それを取り返すのに必死になるしかできない。その気持ちは隼斗と似ているのだろう。

 

 

「でもこの学校はもう戻って来ねぇだろうが。なんで前に進める。俺はまだ…()()()()()の影を追う事しか出来ないのに」

 

 

ふと過ぎる喪った父親の姿。その余韻がやって来る前に、屋上の方で気配が動いているのを感じた。誰なのかは確かめるまでもなく分かる。

 

 

「バカも休み休みやれって…」

 

 

_______________

 

 

「っ! はっ! っあッ!! …まだだ、こんなもんじゃ…この程度じゃアイツ(エルバ)には勝てねぇ…!」

 

 

屋上に行くと、やはりそこで刀を振っていたのは隼斗だった。

大きくため息をついても気付かれない程に集中している。声を掛けようとしたが、アラシはそれよりも先に走り出していた。

 

 

「どうせ寝れねぇなら…俺が相手してやるよ」

 

 

じっとしていられないのはアラシもだ。こちらに気付かない隼斗に対し、蹴りで不意打ちをぶちかまし、その体を地に転がした。

 

 

「っ! の野郎!!」

 

「っぶね! お前、ちょっ!!」

 

 

まだアラシと判別できていないらしく、刀を振り回す隼斗。相手をするとは言ったが、流石に凶器で襲われるのは話が違う。

 

闇雲に見えて確実に獲りに来る動きだ。アラシはなんとかそれらの斬撃を捌き切り、最後の斬りあげもバク転で回避。

 

 

「だったらッ!!」

 

「っ…バカ野郎! 殺す気か!」

 

 

全力の一撃と言わんばかりに刀を振り上げる隼斗。

アラシは懐に入り込んで隼斗の手を抑え、その一撃を未然に防いだ。割と紙一重で本当に焦ったが、隼斗もようやくアラシに気付いたようだ。

 

 

「ったく……寝てねぇ悪ガキ連れ戻しに来たんだが…何やってんだテメェ」

 

「んだよ…脅かしやがって」

 

「こっちの台詞だ! 死ぬかと思ったわ! お前が俺らの中で一番重症だってのに無駄に体力使ってんじゃねぇよ」

 

「動いてる方がいいんだよ。コアドライビアのエネルギーのお陰で自然治癒力が活性化してる、これならほとんど休まなくても傷は治るし反動も問題ねえ」

 

「そういう問題じゃねぇ。言いたかねぇけど…お前が今いる中じゃ最高戦力なんだ、あの野郎倒す切り札みたいなもんなのに下手に体力使うと───」

 

「分かってんだよ!!!」

 

 

隼斗が大声を上げ、やるせない感情を大気に吐き出した。

何も馬鹿だからエルバに挑んだわけじゃない。他の全てを棚に上げても守らなければいけなかっただけなのだ。それが出来ず無様に敗れたのに、寝ていられるわけがない。

 

 

「っ……分かってる。分かってるけど…落ち着かねえんだよ…」

 

「……お前も大概だな」

 

「え?」

 

「仲間想いのお人好し、どっかの馬鹿とそっくりだ」

 

 

なんでそうなってしまったのか、多分それは「隼斗は自分と同じ」と思ってしまったことが始まりだろう。だから気になってしまった、Aqoursの事も、隼斗の事も。

 

 

「落ち着かねぇのはこっちも同じだ。デカい山が片付いてようやく文化祭の準備に取り掛かれると思った矢先にこの事件、最初は本当に面倒で仕方なかったし、今もアイツらがしっかりやれてるか気が気で仕方ねぇよ」

 

「…そうだな。本当にすまな…」

 

「でもな」

 

「え…?」

 

「まあ、アイツらなら大丈夫だろって思ってる。半分くらいだけどな? まぁ元から思ってたんだよ。μ'sは俺ら抜きでもキッチリやるだろってな…だからお前もなんでもかんでも1人で背負い込むんじゃねぇよ。お前の仲間を、俺たちを……果南って奴を信じろ」

 

「信じる………」

 

「もっと肩の力抜け。信じて、そんで危なくなったら助け合う。そんなもんだろ」

 

「助け合う………」

 

 

一人じゃ満足に息もできない。それが人間だとアラシも教えられた。

誰だって誰かに空気を貰っている。体を動かしてもらっている。それを忘れた時が人の死ぬ時だ。それを忘れないように、そして自分も誰かを助けられるようになるためにいるのが、相棒や仲間なのだろう。

 

 

 

「……って、あークソ! 説教なんて柄でもねぇ事しちまった。俺は寝るぞ、お前もさっさと───」

 

「アラシ!」

 

「んだよ?」

 

「…ありがとな」

 

 

ついこの間までいがみ合ってた仲だからか、それ抜きにしても素直に感謝されるとなんだか調子が狂う。こういう感情に率直なところも、仲間に好かれる隼斗の人柄というやつか。

 

 

「別に。見てられなかっただけだ」

 

「面倒見いいんだな」

 

「普段からあのクソニートとμ'sの連中と一緒にいるんだ、そりゃ嫌でもなるさ。それに…それを言うなら、もっと昔から………」

 

「……昔?なんだそりゃ」

 

 

つい言葉が零れ出てしまった。ついさっき彼の事を思い出してしまったからだろうか。

 

特に振り返りたくもないし、昔の話なんて自分からした覚えは無い。でも、どうせどう転んでももうじき別れる関係なのだ。たまには口に出してみるのもいいかと、その時のアラシは思っていた。

 

 

「…聞いても面白くはねぇぞ」

 

「気になるんだから聞かせてくれよ。ちっとはよく眠れるかもしれねえ」

 

「俺の昔話は絵本じゃねぇんだよ」

 

「んな扱いするもんか。これはそう…あれだ!海未さんから聞いたよ、コーヌスって奴の事件。それを聞いて思ったんだ、俺もお前も…なんのために戦うのかとか、何処か似てるってな。だから知りてえんだ」

 

 

アラシと隼斗はその場に寝っ転がり空を見上げる。田舎だからか、東京で見るよりも澄んだ綺麗な空だ。

 

 

「…もう、だいぶ昔の話だ。それはそれは手のかかるダメ親父がいてな───」

 

 

美しい夜空で酔いでも回ったことにしておこうと、アラシは自身の親代わり───切風空助の話を始めた。かつて組織の研究所に悪戯感覚で忍び込み、組織の幹部だった永斗に接触した上にジョーカーメモリまで奪った話は、その無茶苦茶ぶりに隼斗も驚いていた。

 

 

「そんで、その空助さんが今も探偵事務所の所長やってんのか? いなかったけど…」

 

「いや、空助はもういねぇ」

 

「いねぇって…」

 

「ドーパント事件を追ってる最中に敵にやられた。そっからは永斗と2人での探偵だ」

 

 

忘れもしない。あれは永斗とコンビを結成し、仮面ライダーとして一人の強敵を倒した直後のことだった。仮面ライダーの力を過信してたアラシは、なんでもない事件だと思って油断していた。

 

そこに現れた『白い怪物』と『黒い怪物』。その『白い怪物』の方にダブルは一方的に叩きのめされ、『黒い怪物』が空助の命を奪っていった。

 

アラシは未だ、その過去を乗り越えることができない。

 

 

「………そうか…悪い」

 

「勝手に話したのは俺だ、別に謝ることじゃねぇよ。ま、色々あったが…今の俺があるのはμ'sや永斗だけじゃねえ。少なからず…空助の存在もあるんだよ」

 

「…いい親父さんなんだな」

 

「まぁな。自慢できるもんでもねぇけど……んじゃ、次お前な」

 

「はぁ!? 俺!?」

 

「当たり前だろ。こっちも慣れねぇことしたんだから割に合わせろ。なんか面白い昔話でも吐けや」

 

 

「………スゥ」

 

 

「寝たふりすんなや起きろコラ!!」

 

 

容赦なく隼斗の腹部に拳の鉄槌。昔話なんて滅多にしないものだから、アラシも相当恥ずかしかったのだろう。隼斗にとってはとばっちりもいい所だが。

 

 

「殺す気か! つーかお前寝ろっつったり寝るなつったりどっちなんだよ!!」

 

「あー殺す気だよ。お前の話聞くまで死んでも放さねぇ。あと5秒で話さねぇと次は顔面だ」

 

「怖えよ。つーか、聞いても面白くねぇぞ?」

 

「俺がそれ言っても聞いたろうがお前は。具体的に言えば…アレだ。普通の学生やってたお前がどういう経緯で仮面ライダーになったとか、そういうのだよ」

 

「あーそれな。つっても、本当にどうって事ねえ理由だぜ?」

 

「それを聞かせろっつってんだよ。何回も言わせんな殴るぞ」

 

 

瞬樹がどうなのかは聞いたことが無いが、アラシも永斗も最初から普通じゃなかった。少なくとも今のダブルより強い隼斗がどうして仮面ライダーになったのか、興味があるとまで言わなくても、少し聞いてみたい。

 

隼斗も根負けしたようで、仕方が無さそうに話し始めた。

 

 

「…かつて、世界の全てが止まりとある悪の機械生命体『ロイミュード』によって支配されようとしていた。だが…仮面ライダードライブ、マッハ、チェイサー。彼ら3人を始めとした人達によりこの世界は救われた。

 

んでその後、それらの技術は戦いの後に凍結され……彼らの戦いは終わりを告げた。

 

で、そんなヒーロー達に憧れた1人の少年がいた。その男の名は天城隼斗、彼はアメリカでその仮面ライダー達の協力者である科学者と出会い、紆余曲折あって助手として研究を手伝い始めた」

 

 

物語口調で語られる隼斗の過去。かつて別の仮面ライダーがいたという話も気になるが、今は隼斗の話だ。

 

 

「お前が助手に? それに科学者ってことはあの一時博士が作ったのか?」

 

「いや、別の人だ。ハーレー博士っていう人でな…ソニックのデザインやら基本やらは俺が作った。仕上げとか細けえ所はその博士がやったんだ」

 

「はー、お前そう見えて永斗タイプなのかよ」

 

「で、いよいよ高1の終わり頃にソニックを完成させて、たまたま実戦でのテストもできて…それを持って高2の春に日本に帰ってきたら…倒されたはずのロイミュードが何故か復活。戦う事になった…って訳だ」

 

「なるほどな……なんとなーくだけど、そこまでは分かった。んで、もう一つ気になるのは……」

 

「これ以上何聞くってんだよ……」

 

「人質として残ってるっていう松浦果南だ。お前が必死になる程惚れ込んでる…っていうのは分かる。顔しか見たことねぇけど、どんな奴なんだ?」

 

「…優しい人だよ。昔、よく助けられてな。これでも幼い頃は強い人間じゃなくってな…姉ちゃんにはいつも助けられてた。頼りになるし、一緒にいると安心できて…俺にとっちゃ、果南姉ちゃんはもう1人の家族みたいなもんなんだ」

 

「なるほど…『愛してる』なんて言うくらいだもんな。そりゃ大事か」

 

「まあな!……おい待て、誰から聞いたその話」

 

「憐が言ってた」

 

「…んのヤロウ………」

 

 

隼斗の怒りが憐に向けられ、眠っている憐がラボでくしゃみを飛ばした。

 

 

「愛してるってんなら、死んでも助けろ。んでお前も死ぬな」

 

「死んでも助けろなのに死ぬなって…」

 

「死んでなきゃどうとでもなる。死んだら負け、それだけだ。でも()()の存在価値は多分そんなに簡単じゃねぇ…なぁ隼斗、感情論抜きで考えた時、アイツらにとって俺達は何のために存在してると思う?」

 

 

また、らしくない疑問を投げかけた。

前のアラシなら「命があればいい」という考えだった。間違ってもエルバに戦いを挑むなんてせず、自分や助けられる仲間だけを連れて逃げていた。それが賢い選択だと今でも思う。

 

でも、それじゃ駄目だと思ってしまう。エルバを倒し何も無かったように、また彼女たちがスクールアイドルを続けられるようにしないと意味が無い。いつからか、そう思うようになってしまった。

 

 

「分かんねえ…なんだよそれ」

 

「いや、なんでもねぇ。ただの比喩だ忘れろ。要するに、周りのもんを誰も死なせんなってことだ。おら、無駄に感傷に浸ってるぐらいなら戻って休め。明日も早ぇぞ」

 

「あぁ、分かってる」

 

 

隼斗より一足先に立ちあがり、屋上を後にするアラシ。

Aqoursもμ'sと同じだというなら守らなきゃいけない。この世界を守れないようなら、この先μ'sを守る資格なんてありはしない。

 

 

「また後手に回るのは御免だ。俺はもう…失わない」

 

 

失ったものを乗り越える強さなんてアラシには無い。大切なモノの全てが体の一部で、きっとどれか欠けると息ができなくなる。死んでしまう。だから失うのが怖い。

 

千歌と出会って、Aqoursと関わって、少しでも大切だと思ったのなら、命を懸けて戦うだけだ。

 

 

 

_______________

 

 

隼斗と瞬樹の突入によって派手に壊されてしまった憂鬱のアジトだが、エルバは果南と共にそこで待ち続けていた。計画実行までの残り24時間と少しを。

 

 

「ねぇ、人質ってこんな自由でいいわけ?」

 

「ここで逃げるほど愚かな女を引き留めたつもりはないさ。退屈なら踊りでも歌でも好きにすればいい。そちらの方が、俺も退屈しないかもしれない」

 

「あなたのために見せるものなんて無いし」

 

「それは残念」

 

 

特に縄で縛られたりだとか見張りを付けられたりもせず、果南はほとんど自由の身でエルバの傍に置かれていた。しかし、ここで逃げれても隼斗たちに危険が及ぶだけ。果南にできることは何も無い。

 

 

「なんで36時間なの? さっさと別の世界にでも行っちゃえばいいのに」

 

「あちらの世界に帰ることなんて造作も無い。奴らは穴をずらして手を打ったつもりだろうが、こちらから穴を広げれば扉は開通する。36時間は単にディファレントの充電時間だ。先の戦いで削れてしまった分が大きい」

 

「じゃあ世界を手に入れる計画っていうのは…」

 

「質問が多いな。仲間に伝える手段があるわけでもあるまいし」

 

「暇なの。あと1日もこうしてなきゃいけないんだから!」

 

「暇…それは妙だな。暇、則ち憂鬱の種のはずだ。これだけ俺の近くに居ながら何の異常も無いということは、君は全く憂鬱に沈んでいないという事だが」

 

「当たり前。だって隼斗が助けに来てくれるから」

 

 

果南の態度と言葉に一片の偽りも無いことは自明。その胆力と、仮面ライダーソニックに対する全幅の信頼に、エルバは興味をそそられた。

 

 

「天城隼斗は君の弟なのか?」

 

「急になに? 弟…だとは思ってるし、隼斗も『姉ちゃん』って呼んでくれるけど、別に血が繋がってるわけじゃないよ。弟っていうよりは、私のヒーローって感じかも」

 

「ヒーロー…なるほど、それが憂鬱を晴らすモノの一つか。俺という『悪』には無縁な存在だな。驚いたか? これでも自分が悪だという自覚はある」

 

「別に。なんか開き直ってる感じはずっとイラついてたし。

じゃあそっちはどうなの。家族とか友達とかいないの?」

 

 

果南の質問返しにエルバが思わず目を丸くする。他人と会話してここまで驚いたのはいつぶりだっただろうか。つい真剣に考え、返答してしまう。

 

 

「…親はいたが、会っていない。俺の才能を疎んで家から追い出されて以来は一度もだ。歳の離れた弟は俺の才能に憧れたのか、家を捨てて組織にまで接触してきたな。ヤツは俺ではなく『暴食』の下につき、ついぞ会うことは無かったが…」

 

「歳の離れた弟って…あなた今いくつ? なんなら年下に見えるんだけど」

 

「軽く君の倍は生きている」

 

「えぇ…その歳で女子高生攫って世界征服って…ちょっと引く」

 

「成長なんて憂鬱の温床だ。行動原理は幼いくらいが薬というものじゃないか? 後は友達だったか…友はいない。部下は集めたが誰も彼も役に立たなかったな。本当に笑えない人生だ」

 

「…あっそう。なんでそこまで言って気付かないの?って感じなんだけど」

 

「どういうことだ…?」

 

「自分で考えれば。あと1日、隼斗にぶっ飛ばされる時までね」

 

 

エルバと話すのも飽きたのか、果南は立ち上がって適当に体操を始めた。ここまで不安が感じられないとむしろ不気味だ。天城隼斗という存在がそこまで大きいのかと思うと、あの時見せられたソニックの強さの片鱗も相まって、俄然興味が湧いて来る。

 

 

「お腹すいたー、あとお風呂とかないの!?」

 

「強かが過ぎるな君は。浴室も寝室も勝手に使えばいい。全く…」

 

 

果南の度胸と態度は余りにも過ぎて少し想定外だった。そう言葉にしようとした時、エルバは気付く。

 

 

(想定外…? この俺が…予見できなかった展開だとでも?)

 

 

その時、ほんの少しだけ体が軽くなった気がした。体の中を熱が循環する久しい感覚。味わえるほどではないにせよ、ほんの一瞬だけ確かにそれは蘇った。

 

本当に彼女をここに留めて良かった。この憂鬱を晴らす鍵は、きっと松浦果南と天城隼斗にある。

 

 

_________________

 

 

朝が来て、タイムリミット24時間が始まってしまった。

霧香博士と永斗はエルバの対策を練り、憐と隼斗は自己鍛錬。そしてアラシは最大の問題である、ダブルドライバーの捜索をしていた。

 

 

「クッソが…見つからねぇ! 折角ロイミュードがいねぇってのに…」

 

 

各区域を支配していたロイミュードだが、めっきり姿を見せなくなっていた。というのも……

 

 

「『帰って来い』…ですか。他の皆さんはもうラボに集まってるようですわ」

 

「じゃあルビィたちも早くいっしょに…」

 

「いいや待てお嬢! このメッセージには裏がある。これはつまり『お前達だけじゃ危険だから戻れ』ということだろう…しかし! 我らはその程度の弱卒ではない!」

 

「はっ…そうですわシュバルツさん! ここで我々が独自に動き、奴らの戦力を削ぐなりすれば、本部隊は格段に動きやすくなるはずです!」

 

「つまりこれは、万が一メッセージが敵に見つかった時、欺くための暗号! フッ…この竜騎士、同志の考えなど手に取るように理解る……」

 

「そんな裏、ないと思うんだけどなぁ…」

 

 

こんな感じで瞬樹たちはラボには戻らず、勝手に各地で暴れ散らかしていたらしい。その過程でロイミュード067を始めとした各地の刺客を撃破し、エルバ陣営の対応はそちらに集中。結果、アラシ達はノーマークでドライバーを探すことができた。

 

 

「こういうのなんて言うんだっけ、怪我の…明星?」

 

「怪我の功名よ」

 

 

海の上で浮かびながら、千歌の間違いを梨子が訂正。そうこうしているうちに善子と曜も浮かんできたが、どうやらドライバーは見つからないらしい。

 

アラシはAqoursメンバーと一緒に、海に潜って落としたドライバーを探している。花丸と鞠莉は海岸を探してくれているが、そちらからも連絡はない。

 

 

「それにしても凄いですね。ダイヤさんとルビィちゃん連れて、敵を纏めて相手するなんて…」

 

「本当だよねー。いくら余ったシグナルバイクを借りたからって、この短時間で内浦全部解放しちゃう勢いだし…」

 

「無駄に強いのだけがアイツの取り柄だからな。結果的にマシだったものの、あの竜騎士…次会ったら殴る」

 

「だから竜騎士ってなんなのよ」

 

「善子ちゃんと似てるよね」

 

「似てない! 堕天使の起源は天界の存在…! 竜騎士も伝説の獣にまたがっていようと、その体は所詮人間! 堕天使には遠く及ばない……そうでしょう、リトルデーモン・リリー!」

 

「そうそう…って、急に振らないで! 思わず頷いちゃった…」

 

 

実際死ぬほど似たようなものなのだが、今は黙っておくことにした。

そんなことをしているうちに時間は無くなる一方。このままではエルバの計画遂行を見ていることしか出来なくなってしまう。

 

 

「……アラシくん、先に行ってて!」

 

「はぁ!? 何言ってんだ千歌」

 

「隼斗くんも憐くんもいるし、アラシくん強いし、変身できなくても多分ちょっとは大丈夫だと思う! 見つけたらすぐ届けに行くから、今は少しでも動かないと!」

 

 

迫る時間の中で、千歌はドライバー探しを任せろと提案した。

その択は余りに危険だ。もしエルバの手下がこの様子を見つけようものなら、Aqoursに対抗する手段は無いのだから。

 

しかし、止める気も起きなかった。アラシたちの力になろうと無茶をしてきたμ'sをアラシは止められなかったように、きっと今も止めたって無駄だ。

 

 

「…無茶すんじゃねぇぞ」

 

 

ダブルドライバーはAqoursに任せ、アラシは海から上がった。

スタッグフォンで待機している永斗に連絡をする。謎の妨害電波を無効化できるように、霧香博士がスタッグフォンを改良してくれた。世界間通信までやってのけた彼女なら、この程度は容易い。

 

 

『もしもしアラシ、ドライバーは見つかんなかったでオッケー?』

 

「あぁ、アイツらに任せた。つーわけで生身で突入だ。ファングを使いたいからお前が行ってくれりゃ有難いが…」

 

『まぁ余裕で戦力外だよね。死なないにしても』

 

「つーわけで俺が行く。お前はなんか作ってるもんあんだろ? どうせ暇ならそいつ仕上げとけ」

 

 

電話を切った。いよいよ決戦の時だ。2つの世界を巻き込んだ戦いに、今度こそ正真正銘の決着がつく。

 

戦いへの覚悟を表す、屋上での隼斗への問い。Aqoursと触れ、それがμ'sの本質と同じことを知り、アラシの中ではその答えが明確になった。

 

 

「行くぞ隼斗。俺達は守り抜く…それが仮面ライダーとしての意味だ」

 

 

 




次こそ本当のラストバトルです! ソニック世界、ダブル世界の両方で史上最強の敵。ファーストの介入や謎の2本目ゴールドメモリなどなど残りの要素も回収しつつ、フィニッシュまで持っていきたいと思います!

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第8話 最後の戦いはどこへ向かうのか

お久しぶりの146です。コラボ編は時間がかかってしまうんですね、すいません。この挨拶も既に恒例行事。コラボ編のラストスパート、駆け抜けて行きたいんですが…

遂に最終決戦に突入。今回はソニック側とダブル側で大きく話が変わっています(具体的に言えばあっちの方が1万字くらいボリューム多いです。楽してすいません)。

https://syosetu.org/novel/91797/
ソニックサイドはこちらから。アイツが大活躍です。

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


エルバが告げたタイムリミット、36時間が経過。

勝算がその手にあるのか定かではないが、戦士たちはそれぞれ戦地へと赴く。組織の元大幹部“憂鬱”、最強の敵との最終決戦。

 

 

「準備はいいか?」

 

「とっくに一回突撃してんだ、準備も何もAll readyだぜ!」

 

「ちなみに俺は全くだけどな。ドライバー見つかってねぇし」

 

 

エルバのアジトを前にするのは、アラシと隼斗と憐。永斗は何かを仕上げる必要があるらしく、居残り。瞬樹は音信不通。その上、アラシは変身できないと来たから状況はお世辞にもいいとは言えない。

 

集った場所は隼斗(あと瞬樹)が一度攻め入った、エルバのアジト。順当にいけばここにエルバと人質の果南がいるはずなのだが、アラシの直感がその足を止める。

 

 

「このアジト、どうにも怪しい感じすんだよな」

 

「罠ってことカ? まぁこんなバリア張ってあるくらいだしナ…」

 

 

少なくとも一日前には無かった透明なバリアが、アジト周辺の敷地を覆っていた。これのせいでファングメモリやシグナルバイクといった偵察が役目を果たせなかったのだ。

 

仮に罠だとして、その内容は? そもそもエルバの目的は? その打開策は?

その全ての答えは、結論から言って用意できなかった。それだけエルバと仮面ライダーたちの戦力の差は甚大だったのだ。

 

 

「……あぁもう、しゃらくせぇ!! どうせ分かんねぇんだ! フクザツに考えるのはもうやめだ!」

 

「気が合うじゃねえかアラシ! そうだよな、こーいうのは…Dashで突破あるのみだぜ!!」

 

《SignalBike!》

「Ready! 変身!!」

《Rider!Sonic!!》

 

 

隼斗が仮面ライダーソニックに変身し、突風を伴った進撃がアジトのバリアを突き破った。罠だろうと全速力で駆け抜ける、それが仮面ライダーたちの答えだ。あるはずの無かった出会い、その化学反応に賭ける。エルバを凌駕できる奇跡があるとすればそこにしかない。

 

 

「しゃあ! 突入成功!!」

 

「マジで雑だなハーさん…アラシサンももうちょいクールだった気ガ…」

 

「永斗曰く脳筋らしいぞ、俺は。知らんけど。んで…どうにも予想通りガッツリ罠だったみてぇだな」

 

 

破ったバリアはすぐに再生したが、内部への侵入に成功した3人。

しかし、アジトで待ち構えていたのは、案の定エルバではなかった。

 

 

「クク…待っていたぞ愚かな下等生物共が。まんまと罠に嵌ったな!」

 

「ロイミュード!? ナンバーは050…!」

 

「テメェは…見覚えある番号だな。海底でスクラップになったかと思ってたぜ」

 

「あの程度で死ぬとでも思ったか! この上なく不愉快だ。借りは返させてもらおうか切風アラシ!」

 

 

050は千歌と逃走していた際にアラシが遭遇したロイミュード。あの時はジョーカーメモリから引き出された「謎の力」で撃退して難を逃れたが、050が生き残っていたとなれば厄介だ。なにせ、アラシはまだ変身ができないのだから。

 

戦えないアラシの代わりに憐とソニックが前に出る。仮面ライダー2人がいれば、ロイミュード1体に時間稼ぎすらさせないだろう。

 

 

「ハッ! たかが下級1匹、お前に何ができるってんだ! 今は西堀令子もいねぇ、進化態にもなれねぇお前が、俺たち相手にどうするつもりだ?」

 

 

しかし、050は笑って余裕の様子を隠さない。その鋼鉄の手に握られたのは、青いドーパントメモリ。

 

 

「これが何か、お前たちに分かるか?」

 

「なるほどな…東京で出くわした奴みたいに、ロイミュードでもドーパントに変身できるんだったな、そういえば!」

 

「凡人の発想だ。ロイミュードがガイアメモリを使ったところで、できあがるのは多少強力なドーパント。進化態と大差は無い、077が良い例だ。だがもし、進化態とドーパントの力を融合できれば? これはそういう実験だ!」

 

《アクアリウム!》

 

 

050が肩にメモリを突き刺すと、「水族館の記憶」のアクアリウムメモリがロイミュードのボディと融合する。

 

魔法使いのような姿を侵食する、無数の鋼鉄質の水性生物の意匠。かつての050の融合進化態「シーカーロイミュード」に、「アクアリウム・ドーパント」が融合した姿、アクアリウム・ドーパント・シーカーが誕生してしまった。

 

 

「実験は成功だ! 次は性能検証に移行しよう!」

 

 

アクアリウム・シーカーの右腕がウツボに変化し、変身する寸前だった憐の体に絡みついた。その腕はそのまま窓ガラスを突き破り、憐を高所から放り投げる。

 

 

「くっ…憐!」

 

 

伸びた腕には珊瑚と貝殻の装甲。斬り落とすより受け止めに行くのが安定択。ソニックは落とされた憐に追いついて受け止めたが、そこはバリアの外側だった。

 

 

「…これが狙いかお魚天国」

 

「最初の実験モルモットはお前と決めていたんだ。おっと、逃げようとしても無駄だぞ? 変身したことでバリアの強度は上がっている」

 

「水族館の水槽ってとこか。アクリル板を何層にも重ねてるっつう」

 

 

ソニックがバリアを破ろうとしているが、手こずっているのが分かる。こんな手下一体に足止めされているこの状況こそ、敵の思う壺。そう判断したアラシは、破れた窓ガラスから腕を伸ばして向こう側を指さした。

 

 

「何のつもりだ?」

 

「俺に構わずさっさと行けってサインだよ。テメェみたいな研究者気取りの三下、俺一人で十分だって言ってんだ」

 

「…クッ、ハハハ! これが屈辱という感情か興味深い! 001が超進化にまで至ったというのも納得だ!」

 

 

_________________

 

 

アラシがアジトに閉じ込められ、隼斗たちはエルバを探しに向かった。アジトに罠を張り、ロイミュードたちにガイアメモリを渡し、エルバが身を隠した先は。

 

 

「…そろそろ気付いた頃か」

 

「待ってるんじゃなかったの? こんな山の中に逃げ込んでさ」

 

 

呆れた果南がエルバに噛み付くが、今はしっかりと身動きを封じられているため軽口を叩くくらいしか抵抗ができない。

 

ここは鷲頭山。さほど高い山ではないが、『沼津アルプス』とも呼ばれる有名な観光スポットだ。エルバはアジトを捨て、そこに潜伏している。

 

 

「切風アラシと狩夜憐の足止めには成功したようだが、天城隼斗は間もなくここに来るだろう。松浦果南、君を助けに。こちらも見つからないよう場所を移すか」

 

「だからなんで逃げるの!? 隼斗と勝負したいんじゃないの!」

 

「勝負? 勘違いを正すが、このまま彼と俺が遭えば、俺は天城隼斗を殺す。殺せる。間違いなくだ。それが君の望みか?」

 

「隼斗は負けない」

 

「根拠のない自信は笑えない…が、君と彼の関係性は興味深い。それもまた肯定しよう。しかし、俺から見ればその結果は必然なんだ。それで終幕では、余りに退屈で俺は死んでしまう」

 

 

エルバの冗談めいた台詞回しも、果南には嘘には聞こえなかった。

 

 

「力量差があるのに挑みに来る彼は理解できないが、それならこちらは計画を完遂させるだけだ」

 

「結局、計画ってなんなの? 昨日から暇潰しだとか、世界征服だとか言ってるけど、まさか具体的なこと何も考えてないとか無いよね? これだけ私たちの街と、友達と、色んなもの巻き込んどいて」

 

「それは理解する気があると解釈してもいいか?」

 

「……まさか」

 

「まぁ聞いてくれ。君との会話は悪くない」

 

 

そう言うエルバの表情は、なんというか「生きている」感じが少しだけした。

彼女に限った話ではないが、果南は「悪」というものにあまり触れない恵まれた環境で育ってきた。しかし、ロイミュードとの戦いの中では何度もその悪意に触れ、その恐ろしさを身をもって知った。

 

そんな悪の像と、エルバは少しズレて感じた。もちろん善人では断じて無いが、会話が全くできないような悪意でもない。ただ憂鬱に囚われた孤独な存在なのだとしたら。

 

もし彼と理解しあえるとしたら、隼斗と戦わせずして場を収めることができるかもしれない。果南はその時、そうとすら思ってしまった。

 

 

_________________

 

 

四方の逃げ場を封じた巨大な水槽の中で、外骨格で武装したタコの触腕が床を破壊しながら生身のアラシを追う。状況は完全に狩人と獲物のそれだった。

 

 

「しぶといな…曲芸はそろそろやめにするか」

 

「曲芸って自覚はあったんだな。能力がちゃっちくて何処の3流ドーパントかと思ったぜ」

 

「減らず口を叩く余裕があったとは驚いた! それならこれを聞いて絶望し黙るがいい、俺はまだ『進化態』としての能力を一切使っていない! さぁ新たな実験に段階移行だ!」

 

 

アクアリウム・シーカーの攻撃から逃げている内に、意図的にこの場所に追い詰められていたようだ。息をつくと同時に周囲に目を向けると、数十人単位の人間が意識を失い倒れていた。

 

 

「どういうこった…」

 

「もう少し動揺すると思ったが、見て分かるだろう。俺の実験モルモットたちだ。言うまでも無いが、全員に俺の能力をマーキング済みだ」

 

 

アクアリウム・シーカーが手を開くと、眼のような紋章が。倒れた人々全員の掌にも同様の模様が入っている。

 

 

「俺は人間の悪感情を増幅できる。それにアクアリウムガイアメモリの能力を掛け合わせる! この実験モルモットたちの負の感情を、俺の傀儡として召喚できるのさ!」

 

 

アクアリウム・シーカーの掌が光る。呻く人々の体から半透明なエネルギー体が抜け出て、それは様々な水性生物の形状へと変化し、アクアリウム・シーカーの周囲を泳ぎ回る。数多の非道の上に成り立った幻想的な光景だ。

 

 

「行け。その悪感情のまま、あの人間を喰らい尽くせ!」

 

「冗談じゃねぇぞ…!」

 

 

今まで1対1だから保っていた生命線がプツンと切れた音がした。襲い掛かる無数のカサゴ、ウミヘビ、カクレクマノミ、etc…どんな闇深い人間から出たか知らないがサメも何匹かいる。

 

 

「サメは海に帰ってろ! 陸を泳ぐな!」

 

 

永斗曰く陸に出るサメやら頭が3つあるサメやら、核が搭載されたサメまでいるらしい。どこまで本当なのかは知らないが。

 

半透明だが実体はあるようで、サメが壁にぶつかってコンクリートを齧っているのが見えた。しかも猛スピードで、本気でアラシを喰う気で襲ってくる。

 

こうも通路が狭いと逃げられない。3階まで来ていたがアラシは迷わず窓ガラスに飛び込み、アジトの外へと脱出した。しかし依然としてそこは「水槽」の中。動き回れる場所が増えただけだ。

 

 

「ここから飛び降りるのか。人間の癖によく動く!」

 

「んの野郎…高みの見物か!?」

 

「そしてもう一つ言っておこう! その魚たちは人間の精神と密接にリンクしている。もし殴り殺せば…人間共がどうなるか想像できるな?」

 

「狡い事しやがって、これだから理系は…!」

 

 

魚類の数も確実に増えている。このままでは消耗する一方。

隼斗に「行け」と言ったことに後悔は無いが、ジョーカーメモリだけでは魚を殺さず凌ぐなんて器用な真似はできる自信がないし恐らく無理だ。

 

アラシは考える、この状況を打開する方法を。ソニックでも破れなかったこの水槽を突破する方法。魚を無視してあの魔法使い気取りを殴る方法……

 

考えているうちにアラシは水槽の端にまで追い詰められてしまう。そんな時、水槽のバリアをドンドンと叩く音と衝撃が、アラシの背中に伝わった。

 

 

「アラシくん! これなに!? 隼斗くんたちは!?」

 

「千歌!?」

 

「わーっ! サメ!? えぇっ、サメが飛んでる!!」

 

「絶賛パニック中だよ俺も! で何しに来たんだお前は!!」

 

 

バリアの外側からアジトに駆け付けたのは千歌。勢いで尋ねたアラシだったが、その手を見て理由を把握する。そもそも千歌は海で探し物をしていたはず。それなのにここへ来たということは、つまり───

 

 

「ダブルドライバー! 本当に見つけたのか!」

 

「うん! 遅くなっちゃってごめん! 待ってて、すぐこれを……」

 

 

そこで問題発覚。千歌とアラシの間には分厚いアクリルガラスのバリアが。

 

 

「どうやって渡そう…?」

 

「畜生そうだった!」

 

 

止まっていては魚に喰われるので、壁に沿いながらアラシは逃げ回る。千歌もそれを追って動くが、四方が完全に塞がっている。壁を突破する方法は見つけられない。

 

 

「…そうだ、上は!? 横がダメなら上から!」

 

「上!? …そうか盲点だった! 水槽なら天井は開いてるはずだ!」

 

 

空を見上げると、ガラスに阻まれていない太陽が見えた。千歌の発想通り、上部に関しては吹き曝しのようだ。だが、だからどうしたという話だ。空が飛べでもしない限り、この高い壁を越えることはできない。

 

 

「よし! ちょっと待っててアラシくん!」

 

「待ってろって…何する気だお前!」

 

「登る!」

 

「はぁ!!?」

 

 

特に凹凸もないツルツルな壁に足をかけ、千歌は壁をよじ登ろうとしている。当然、そんなことが出来るわけもなく、すぐに滑り落ちる。しかし諦めず、もう一度壁を掴んだ。

 

 

「クハハッ! なんだそれは! 愚かだとは思っていたが、そこまで知能が低いとはな!」

 

 

いつの間にか地に降りてきていたアクアリウム・シーカーが、アラシの前に現れて千歌を笑い飛ばした。完全に舐め切った態度と、千歌への侮辱が、アラシの怒りに火をくべる。

 

 

「わざわざ降りてきて言うことがソレか? 知能が低いアホはどっちだ」

 

「もう追いかけっこの必要も無い。気付いているだろ切風アラシ。もう逃げ場なんてどこにも無いことに」

 

 

壁を背中にそれ以外の逃げ場は全て魚に塞がれた。後ろには千歌がいる。オリジンメモリの適合者だから殺されないいつもとは違い、ロイミュードはそんなことを考慮してくれない。

 

久々に感じる、圧倒的な窮地。

 

 

「…ムカつくんだよ」

 

「何?」

 

「上を気取ったその態度がだよ。ムカつき過ぎて吐き気がする。なんで俺や千歌が、テメェらみたいな奴に生き死にを決められなきゃなんねぇんだ? なんでテメェなんかに笑われなきゃなんねぇ」

 

「単純な摂理。俺の方が強いからだ! 人間よりもロイミュードの方が遥かに優れている! 支配して当然なのさ!」

 

「そりゃ実にシンプル。そんでクソ喰らえだ木偶の坊」

 

 

アラシの左手に握られたジョーカーメモリが輝きを増す。湧き上がった感情のまま、紫に光るその拳を、アラシはバリアに向けて叩きつけた。

 

アクアリウム・シーカーはそれに既視感を覚え、恐怖を禁じ得なかった。それは前に重加速を突破し、自分を殴り飛ばした時と全く同じ光景。

 

バリア全体が震える。余りの衝撃に壁の傍にいた千歌が腰を抜かし、アクアリウム・シーカーもその動きを止めた。しかし……バリアが壊れることはなかった。

 

 

「は…はははははははッ! 驚かせやがって! そうだ、俺のバリアは無敵だ! 人間如きに砕けるものでは───」

 

 

アクアリウム・シーカーの笑い声は、バリアの崩壊と共に切断された。

崩壊は少し表現が異なる。正確に言うなら、それも「切断」。バリアを破壊したのはアラシの拳ではなく、斬撃だった。その主はアラシにとって想像できる相手。

 

 

「ファースト!!」

 

「オリジンメモリの波動を感じたが、“J”のものだったか。道理で異様なわけだ。答えろ仮面ライダーの片割れ、憂鬱はここにいるか」

 

 

千歌とアラシの間に現れたのは、スラッシュ・ドーパント。桁外れに硬く分厚いバリアを三角に切り取り、何でも無いようにバリアの内側へ侵入してきた。

 

 

「聞いてはいたが、本当に来てやがったかこの野郎……!」

 

「生身…? あぁ、なるほどそう言う事か。という事は、憂鬱は別の場所か。邪魔をしたな」

 

「待て!!」

 

 

スラッシュが去ろうとするのを止めたのは、アラシではなくアクアリウム・シーカー。震える指で剣を指し、怒りと屈辱と混乱の言葉を吐き連ねる。

 

 

「…どういうことだ!? 斬ったのか? 俺のバリアを? その剣で!!?」

 

「そうだ」

 

「馬鹿を言うな! 俺のバリアは硬い! 鉄の棒きれ如きで斬れるわけがない! 優れた頭脳の人間から奪った物理理論で構築したバリアだぞ!!」

 

「異世界のロボットは随分と学が無いみたいだな。いいか、剣に斬れないものは存在しない。理論だろうが斬れる」

 

 

スラッシュの言葉が全く理解できないようで、アクアリウム・シーカーが動きを止めてしまう。アラシもその滅茶苦茶具合を呆れ気味に笑うと、立ち上がり、倒れた千歌に手を貸した。

 

 

「…諸々の礼は言っとくぞ」

 

「礼をするつもりがあるなら憂鬱から手を引け。裏切り者のヤツは俺が斬る」

 

「そいつはできねぇ相談だな。ここまでされて今更引けるか」

 

「そうか」

 

 

スラッシュは短い会話を終えると、剣を仕舞って山の方へと走り去った。流石に居場所の目星は付いているということか。

 

 

「お前にも礼を言わなきゃいけねぇな、千歌」

 

「大丈夫。お礼よりも、この力で隼斗くんや果南ちゃんをお願い!」

 

「当然だ」

 

 

バリアの穴を通し、千歌からダブルドライバーを受け取ったアラシ。そこでバリアの穴は塞がれてしまったが、最早そんな事は問題にはならなかった。

 

 

「待たせたな、永斗。手は空いてるか?」

 

(ちょうど暇になったとこだったのに…しょうがないから手下の雑魚は手早く倒して、早い事ラスボス戦に行こうか)

 

《ジョーカー!》

 

 

ダブルドライバーの装着とジョーカーメモリの装填。そしてサイクロンメモリが転送され、変身準備が完了。ドライバーを展開し、水槽の中で逆転の風が魚たちを吹き飛ばす。

 

 

「変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

「覚悟はいいか、お魚天国」

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

「実験サンプル風情が俺に指図するなあああ!!」

 

 

我に返ったアクアリウム・シーカーが魚たちを一斉にダブルへと仕向ける。だが、先程まで脅威だったそれらも変身すれば話は別。

 

空を泳ぐ魚、つまり水流は風と置き換えられる。そこでダブルは風を操作して魚の動きを制限し、アクアリウム・シーカーに続く一本道を作り出し、真っ直ぐその顔面に一撃を叩き込んだ。

 

 

「馬…鹿なッ…!!」

 

『イライラしてるでしょアラシ。気分転換にコレ行っとく?』

「こっちも実験ってことだな」

 

《ルナ!》

《リズム!》

《ルナリズム!!》

 

 

ダブルにとっても初めての組み合わせ。左がピンク、右が黄色のルナリズム。

その動きは幻惑そのもの。舞い、流れる予測不能な体の動きはバイオリンの演奏のように見る者、聞く者を魅了し、視覚さえも錯覚させる。

 

故に魚たちもダブルの姿を見失い、訳も分からず泳ぎ回るだけ。それがかえってアクアリウム・シーカーの動きを阻害し、周囲の魚を避けた捻じ曲がるパンチが次々とヒットする。

 

 

(ふざけるな…! 有り得ない! 融合進化態を越えたこの俺が、負ける!? 完璧な作戦だったはずだ! そうだ途中までは完璧だった! それなのに…!!)

 

 

怒りに任せたアクアリウム・シーカーの能力が暴走。蟹のハサミ、イソギンチャクやクラゲの触覚、アザラシの尾ひれ、ペンギンの翼……水性生物の部位が出鱈目に発現するが、戦略性の無いそれは、どれも十分な効果をもたらさない。

 

 

『アクアリウム…察するに無数の能力を使える『全内包タイプ』のメモリ。シルバーに準ずるとも言っていい強力なメモリだ。優れた使い手が持っていたら、さぞ脅威だっただろうね』

 

「強い方が支配する、単純な摂理だったか? そのルールに則って、俺たちがテメェの命の行き先を決めてやる」

 

《リズム! マキシマムドライブ!!》

 

 

リズムフィストにメモリを装填。

不可思議なメロディを発する拳を、アクアリウム・シーカーの生体装甲の上から炸裂させる。

 

 

「『リズムシンフォニー!!』」

 

 

音波に乗った衝撃はアクアリウム・シーカーの全身の隅々にまで伝播する。まるで何かを探しているように。そして、衝撃波は「それ」を見つけた。

 

 

「くっ、認められない! 俺は今度こそ成し遂げるのだ! 優れた俺が、俺自身の力で!!」

 

 

アクアリウム・シーカーは傀儡のマンタの背に乗り、空高く逃走を始めた。

ロイミュード050は、かつて人間の悪意を調べる実験をしていた。しかし、それは001の策略のうち。最高の犯罪を成し遂げるという目的も、融合していた西堀令子の目的に協力するもの。その強烈な悪意に扇動され、050は死まで付き合わされたのだ。

 

誰かの手の内で生きるのはもう嫌だ。まだ終われない。優れた存在として、必ず生命の頂点に───

 

 

「マズいな。引き剥がすぞ」

『ラジャ』

 

《サイクロンオーシャン!!》

 

 

フォームチェンジしたダブルの弓矢、そして突風がアクアリウム・シーカーを射抜き、アクアリウム・シーカーはマンタの背から弾き落とされた。そして、その瞬間に体の中心で起動する時間差攻撃。

 

 

『ロイミュードはボディとコアが完全独立。撃破してもコアが逃げれるようになってるっていうから、考えたよ。そこで思い付いたのがリズムシンフォニーだ。この技は『すり替え』だ。衝撃波の発信源を、リズムフィストからロイミュードのコアに入れ替えた』

 

「どんだけ逃げようが、技はテメェの中に潜伏してる。分かるか? コイツは逃げる雑魚専用の時限爆弾だ」

 

「そんな…違う、俺は、こんな所で終わる存在では……!!」

 

 

コアから鳴り響く鎮魂歌。内から爆裂する衝撃波が、アクアリウム・シーカーのボディ、コア、メモリの全てを粉々に爆散させた。

 

 

「気付いてなかったかのか? ロイミュード050、お前、弱いぞ。勘違いしてたとすりゃ…お前を使ってた奴らが強かったってだけだ」

 

 

能力は戦闘に向かず、メモリを十分に使えず、生身の相手に油断し、土壇場で重加速を使うことにすら頭が回らない。アラシと050では、潜り抜けた戦いの数が違った。

 

 

「さて、アイツを使ってた優秀野郎を追うぞ」

『勝算が薄い戦いって、マジでやる気起きないね…』

 

 

 

_________________

 

 

「ねぇ、聞かせてよ。私たちを巻き込んで、あなたが何をしようとしてるのか」

 

 

果南がエルバに真っ直ぐ視線を合わせ、改めて問いを投げかけた。エルバにとって、誰かの目をこんな対等に見たのは久しい経験だった。

 

果南はエルバの真意を引き出そうとしていた。

彼は「自分の中の欠陥」に気付いていない。それは外から見れば簡単なものなのだが、何年探しても見えないものだという。人の中に巣食う煩雑な問題というのは大概そういうものだ。果南や鞠莉、ダイヤの問題もそうだったように。

 

その答えで手を伸べることができれば、分かり合うこともできるかもしれない。

 

 

「この憂鬱を晴らすために、俺は世界を統べたい。そのために───

この街を俺の城にする。俺の憂鬱を晴らせない凡夫は、もはや価値もない。『憂鬱世界』で永久に静止させる」

 

 

その言葉を聞いて、果南の表情の動きが止まった。まるで凍り付いたように。

 

 

「どういうこと……!?」

 

「どうした。あぁ、表現が分かりにくかったか」

 

 

そう言うとエルバは近くに居たディファレントロイミュードを操作し、映像を空中に投影した。それは果南の実家のダイビングハウスの「映像」で、そこでは父と母が完全に動かなくなっていた。窓から見える動く雲がなければ、静止画だと思ってしまう光景。

 

言葉を失った果南は、悲鳴を喉に留めることで精一杯だった。そんな様子に気付くことも無く、エルバは揚々と話の続きを吐き出す。

 

 

「この街を拠点に陣地を広げ、ある程度の憂鬱に耐えられる器だけを手駒として置く。労働力にしても君の両親程度の者はいらない。そして、俺が設計した『兵器』を始めとした戦力を生産した末、あの世界への侵攻を行う。そのために、こちらの世界のメモリと、この『ゴールドメモリ』を用意したのだ。この戦争に勝利した時、俺の憂鬱が晴れるはずさ」

 

 

長台詞が頭に入ってこない。急に隣にいるそれが「ヒト」に見えなくなって、同じ言葉を使っているように思えなくなった。

 

 

「……つまり、あなたは…大勢の人を動かない人形にして…奴隷にして…! 人を殺す兵器を作らせて、化け物にして! 戦争に使おうって言うの!?」

 

「そうなる。だが安心していい、兵力として『消費』するのは中の上レベルの人間。松浦果南、君はそんな真似をすることはない。君もまた、俺の憂鬱を晴らす可能性がある存在だからな」

 

「なに…それ…!!」

 

 

何が「自分を悪と自覚している」、だ。その口ぶりは自分の言った事の悍ましさをまるで理解していない。果南が彼を悪と思えなかったのも、決して分かり合えるからなんて理由ではなかった。

 

 

「やっぱり…分かり合うなんてできない! だって、あんたは人の気持ちをまるで理解できないから! 理解できるなら、そんな恐ろしいこと言わない! やっと分かった、あんたは自分が退屈だ、憂鬱だって、自分のことしか考えてない!」

 

「…何をそんなに怒っている? 君には危害は加えないと言ったはずだが…そうか、もしかして両親や天城隼斗のことか。それならこうしよう、君が選んだ人間は特別待遇にする。君の意見次第で、俺の計画を変えてもいい」

 

 

取って付けたような配慮で、エルバが手を伸ばしているのが分かる。誠意の表明か、果南の体を縛っていた拘束具も消えた。だが、もう易々とその手を取ることは果南にはできなかった。そして最後にトドメを刺すような、エルバの言葉。

 

 

「特に君と天城隼斗は俺にとっての鍵、もはや手荒な真似はしないと約束する。君たち2人は…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

言葉を聞き切った直後、その音が山に木霊する。

気付けば果南は、自由になった右手でエルバの頬を引っぱたいていた。久々どころか確実に経験に無い痛覚に、エルバは眼を見開く。

 

見えたのは、敵意以外の何も感じない果南の瞳。

 

 

「ふざけないで…! 隼斗は命を懸けて、私を助けようと戦ってくれる。それなのに…隼斗に誰かが傷つくのを安全圏から見てろって!? しかもあんたなんかの下で! 隼斗を…私のヒーローを馬鹿にするな!!」

 

 

エルバは理解ができなかった。自分に歯向かう果南という存在も、思い通りにいかなかった展開も、冷えた心臓と脈、そして込み上がって来るこの感情も全てが。

 

 

「……!」

 

《ディストピア!》

 

 

思考が巡らないまま、エルバはディストピアメモリを腰のドライバーに挿入し、ディストピア・ドーパントへと姿を変えた。逃げ出そうとする果南の頭を掴み、解析できない感情のままその力を注ぎ込む。

 

 

「やめ…て…!!放して……っ……!!?」

 

 

「絶望郷の記憶」の能力の一つ、それは衆愚を統制する支配の力、「感情の植え付け」。これまで必要としていなかったこの能力を、エルバは反射的に果南に使った。拒絶を拒絶するため。離れて行く彼女を、ここに縛り付けるため。

 

しかし、感情が制御できない。果南に注ぎ込まれるのは、純度の高い「悪意」のみ。

 

 

「……何故だ、君は俺の憂鬱を晴らす存在ではなかったのか? 何故俺に反抗する…?」

 

「違…う…! 私も、隼斗も…あんたの都合のいい道具なんかじゃ…ない…!!」

 

「馬鹿な……どういうことだ。思い通りにいかない、それなのに何故俺の心は晴れない。何故こんなにも気分が悪い…!?」

 

「やっぱり、分かるわけ…ない…! それが分かんないなら…あんたの『憂鬱』は、一生………」

 

 

言葉を否定もせず、ただ払いのけるように、ディストピアは果南の腕に握っていたメモリを突き刺した。コネクタの無いその腕にズブズブと入り込んでいくのは、エルバが所有していたもう一本のゴールドメモリ。

 

それは組織から持ち去った、エルバの切り札。本来はエルバが構想した『殺戮兵器』に『非生物をドーパント化させる技術』を適用し、究極のドーパントを作る計画のためのものだった。

 

果南の姿が悲鳴と共に変異し、体積も膨れ上がっていく。

爬虫類のような鱗、大地に突き刺さる爪、巨大で長い角、空を覆う翼、木を薙ぎ倒す骨槌。自然界を制するに相応な特質がちぐはぐに混ざり合った、馬鹿馬鹿しい程に強大な姿をした『最強生物』。

 

その名は「ダイノエイジ・ドーパント」。「恐竜時代の記憶」を内包し、あらゆる恐竜の力を『全内包』した巨大な怪物。松浦果南は悪意に浸食され、そんな怪物に成り果ててしまった。

 

 

 

「何をやっている…俺は……」

 

 

木を薙ぎ倒し、遠のいていくダイノエイジを見ながら、自分への啞然でディストピアは足を動かすことができなかった。

 

ダイノエイジは組織が保有する「エクスティンクトメモリ」の対となる存在。暴食の手によってそれが失われた今、ダイノエイジの抑止力となるメモリは存在せず、他の幹部に対する決定力になるはずだった。それをこんな形で使ってしまったのは、愚作と言わざるを得ない。

 

 

「この俺が、感情に駆られただと。馬鹿な。俺に何が起こった。俺に何をした、松浦果南…!」

 

 

全身が硬直したように動けないディストピア。しかし、空気を裂いて駆け寄ってくる殺気が、その体を動かした。首筋めがけた刃を躱し、剣で急襲者の胴体を叩き切る。

 

だが手応えが無い。その反撃を予期していたダブル ファングジョーカーは、避ける前提の動きでディストピアの剣を回避していた。

 

 

「クソデカ恐竜のとこ行くつもりが、ラスボスにエンカしちゃうとか…」

『願ったり叶ったりだぜ。恐竜退治より、手っ取り早く一件落着だ』

 

「仮面ライダーダブル…そうか、俺の悪手がお前たちを呼び寄せたか」

 

 

ディストピアの態度に余裕が見られない。これまでのような虚無を感じさせる口調とは一転し、強張った喉から出る声から、彼の苛立ちを感じ取れる。

 

 

「そうか思い出した、この感情は『不快』か」

 

『今更人間らしいこと言ってんじゃねぇよバケモノ。そいつは常々俺らがテメェらに向けてる感情だ。テメェだけだと思うな』

 

「物覚えよくて偉いね憂鬱さん。次に覚えるとしたらオススメは…『痛み』とか『敗北』とかだけど」

 

「憂鬱以外の何かを感じるのは久々だが、いいものではないな。無性に何かを切り刻みたい気分だ。俺が憤死してしまう前に、お前達にあたるとしよう。同郷の仮面ライダー」

 

 

空間を斬り裂く『絶望郷の剣』が山肌を削り、木を削る。太刀筋が出鱈目な怒りに任せた攻撃だ。しかし、それでも一分の隙もないのは流石に冗談が過ぎる。

 

 

『人にあたんな、ガキかテメェは!』

「まぁ幹部って大体こんな感じよ。朱月とか暴食とか会話通じないでしょ」

 

「朱月…“傲慢”か。懐かしい名を聞いた。そういえば、今戦っている体は士門永斗、“怠惰”だな」

 

「元同僚ですよ、どうも」

 

「悪に興味はない。それに、オリジンメモリと同化し不変だと聞いている。つまり、うっかり切り刻んでも問題ないということだな」

 

『テメェも適合者は殺せないクチか?』

 

「オリジンメモリの適合者よりも価値のあるものは、世界にそう存在しない。全てのオリジンメモリを集められたのなら、それはそれで俺の憂鬱は晴れるのだから」

 

 

組織がオリジンメモリを26本集めている理由は未だ分からない。その話を彼から聞き出したいところだが、余計な考え事をしていてはそれこそ微塵切りにされて終わりだ。

 

大幹部クラスとここまで踏み入った戦いをするのは初めてだ。だからこそ、痛感してしまった。ファング・ドーパントと似た感覚、この男は立つ次元が違う。

 

 

「怒りも冷めてきた。故に、感じるな。お前たちはつまらない。俺の憂鬱を晴らし得ない」

 

 

ダブルが投げたショルダーファングの軌道を完全に読みきり、高速で飛び回る牙を剣で串刺しにして消滅させた。更に、防御不能の剣とアームファングでは斬り合いにすらならず、ダブルは回避に集中した防戦を強いられる。

 

 

「ファングの売りの攻撃力が完全に死んでる。こうなったら…」

『相打ち覚悟は却下だ馬鹿野郎。超えるんだよ、アイツのスピードを!』

「はいはい…しょうがないね」

 

《アームファング!》

 

「ほう…」

 

 

ダブルは斬られたアームファングを再度展開し、駆け出す。ファングはゴールドメモリのエクスティンクトの攻撃を全て、真っ向から叩き斬るだけの攻撃力があるのは証明済み。攻撃が入りさえすれば、必ず大きなダメージになる。

 

触れた場所から無に還すディストピアの剣は避けるしかない。だが避けるではなく、「抜ける」のだ。ディストピアの攻撃を通り抜け、懐に潜り込む。

 

 

「無駄だ」

 

 

ディストピアもファングの攻撃力を警戒しているから、攻勢ではなく退き気味に斬撃を繰り出している。ダブルの息切れを待つだけの余裕があるのは事実。だから、ディストピアに攻撃を届かせるために、ダブルはそのスピードを越えなければならない。

 

 

「言っとくけど体力には自信ないよ」

『分かってんだよそんな事。こっからは俺の仕事だ!』

 

 

ジョーカーメモリのフィジカル増強がダブルの動きを加速させる。的確に放たれるディストピアの斬撃に反応し、予測し、退避することなく足を前に進ませ続ける。

そして、到達した。その速度は最高値に達し、ディストピアの攻撃の隙間に踏み入った。

 

 

(───違う…!コイツは誘いだ!)

 

 

ダブルはその間合いに入るのを躊躇した。その直感は正しく、それはディストピアが仕掛けた巧妙な罠。もしそこに足を入れれば、ダブルの攻撃が届く前に軽く6回は胴体を両断されるだろう。

 

だが、ここで退く選択肢はない。その瞬間、今度は永斗がその打開策を弾き出した。

 

 

「止まった…やはりその程度か」

 

 

ダブルは止まり、ディストピアの間合いには入らず腕を振るった。

一見するとディストピアに怖気づいた苦し紛れの攻撃擬きだ。

 

 

「違うね。僕らの牙は、君に届く」

 

《アームファング!》

《アームファング!》

 

「何……!?」

 

 

間合いの範囲外からの斬撃。しかしダブルはアームファングを()()()()、攻撃範囲を瞬間的に三倍にしたのだ。

 

完全に虚を突いた最適解にして、反撃の狼煙となる一撃。

 

 

 

『それが……なんで防がれんだよ…!!』

 

 

完全に虚を突いていたはずだった。それなのに、ディストピアはダブルの拡長アームファングを斬り落としてみせた。

 

エルバはその不意を突いた見事な攻撃を、見てから反応し、異次元の動きで防いだのだ。

 

 

「悪くない攻撃だったが速度が足りなかったな。俺を屠りたければ、それこそあの輝くソニックくらいは欲しい。お前達には無理な話だが」

 

 

体勢を崩したダブルを幾多の斬撃が撫で、最後にディストピアの剣が突き刺さる。剣が体を貫通しているため、尋常じゃない痛覚が襲い掛かって来る。永斗の体じゃなければ死んでいた。

 

ディストピアが剣を抜くと、ダブルは距離を取った。しかし体力の限界か、膝を地に付けたまま上手く体を動かせない。それに加え体の再生まで遅い。

 

 

「そういうことね…切断されたり、飛び散ったりした分は分解+再構成ですぐ修復できるけど、ディストピアの剣は物質を『無』にする。一から体組織を作り直すから、再生に手こずってるんだ。これもしかして天敵?」

 

『ざけんな…! 相性まで悪いのは聞いてねぇぞ!』

 

 

ファングジョーカーの強みは攻撃。永斗の体は不死身であるため、ある程度のダメージのリスクを無視すれば超攻撃的に立ち回れる。そのアドバンテージですらも、ディストピアには通用しない。

 

これが組織の大幹部の実力ということか。

 

 

「組織を敵に回しながら、その強さでは幹部の一人も倒せてないだろう。天城隼斗とは違い、お前達には何の可能性も感じない。生憎だが何も出来ない者の気は知れないんだ。このまま両手両足を斬り、俺は望むものを手に入れる」

 

『望むもの…? あぁ、2つの世界か。退屈で仕方ねぇから世界征服だったな。だったら教えてやるよ、お前に世界は手に入れられねぇ』

 

「何?」

 

『世界は広いんだよ。ただでさえ広いと思ってた世界が、もう一つ…まだまだ何個もあるってんだから冗談じゃねぇ。そんなもんが誰かひとりの手に負えるわけがねぇんだ』

「うん、そうさ。世界は広い。地球の全てを知れる僕ですら、見ていたのは世界の一部ですらなかった。憂鬱、エルバ…君は何も分かってない」

『どの世界にも、どんな場所にも、いやがるんだよ。自由のために、大事なもんを守るために戦う…仮面ライダーっていう馬鹿野郎が!!』

 

「俺の才能に届かない程度の存在が何を言う。俺が届かない物など何も無かった。今度も同じだ。世界を手に入れ、俺は必ず笑ってみせる」

 

「笑えないよ、そんなことじゃ。誰のための笑顔かも分かんないなら」

『逆に聞くが、テメェが何を叶えたって? 適当に手を振り回して掴んだのを手に入れたとは言わねぇぞ。本当に望むものを手に入れるのを叶えたって言うんだ』

「僕らはまだ負けてない。君の強さを前に、僕らは誰一人折れてなんかない」

『俺らを黙らせたいか? 屈服させたいか? 組織に背を向けて逃げたのは誰だ? 少なくとも、俺が知るテメェは何も達成できちゃいねぇ。分かったらデカい口仕舞えよ、負け犬野郎!』

 

 

ディストピアの心に再び広がる「不快」の煙。鉄が軋むほど強く握られた剣を振りかざし、ディストピアが狙うのはダブルの首。首を落としてしまえば、この不愉快な言葉は消え去る。

 

 

『……一旦切り替える。暫く頼むぞ』

 

 

ダブルの変身が解除され、地に転がるのは傷が再生しきらない永斗の体。ディストピアはその無防備な首に、刃を振り下ろし───

 

 

「エルバああああああッッ!!」

 

 

大地を抉り迫る暴風。その声よりも早く、仮面ライダーソニックは苛立ちに飲まれていたディストピアの体に、厳密に言えば心臓を目掛けた一突きを炸裂させた。

 

貫くには届かなかったが、想像を超えた全身全霊、怒りの一撃にディストピアがたじろぐ。

 

 

「ッ…! 大丈夫か永斗少年!」

 

「気付いてたよ、厳密に言えばアラシがだけど。ね、言ったでしょ憂鬱さん。君は…何も成し遂げられない」

 

 

それだけ言うと永斗はサイクロンメモリを起動し、気を失った。

ディストピアの怒りが再燃し、空間を抉る剣を振り抜く。しかし、空間切断が発動するコンマ数秒前のタイミングで、剣戟がその一撃を弾いた。

 

 

「ようやくお目にかかれたな、組織の離反者…“憂鬱”!」

 

「君は、憤怒の…! それに仮面ライダーソニック…まさか、ダイノエイジを倒したのか」

 

 

ソニックと共に現れたのは、こちらの世界にやって来ていた憤怒最強のエージェントことファースト、スラッシュ・ドーパント。ダイノエイジの対処で共闘することとなった彼らは、紆余曲折あって対憂鬱の共同戦線を張ることになったのだ。

 

 

_________________

 

 

また、この最終決戦に集結したのはファーストだけではない。

 

 

「我こそは黒澤一家の鉄砲玉、極道竜騎士卍シュバルツ卍! 道を開けろカチコミだオラァ!!」

 

 

ぶっちゃけると大体の面子が忘れていたであろう瞬樹もまた、この鷲頭山に赴いていた。アラシの招集を無視し、各地でロイミュードを討伐し続けた後、最終決戦の知らせを聞き一足遅れて駆け付けたのだ。

 

隼斗や憐とは別の方向から登山を試みた瞬樹に待っていたのもまた、ガイアメモリを使うロイミュード。しかしエデンはそれを比較的すんなり突破し、速度を落とさず山を登る。

 

 

「見つからない!! どこだー! どこにいる憂鬱ー! 蒼騎士ー! 黒騎士ー! アラシでもいいから返事してぇぇぇぇ!!」

 

 

刺客がいたからそんなわけはないのだが、もしや場所を間違えたとか、そういう可能性が過ぎって凄まじく焦る瞬樹。ただでさえ招集知らせの文章が明らかにキレていたから、次アラシに会った時にどう怒られるか分かったものではない。

 

冷や汗が仮面の下を伝いだした時、木々が踏み倒される音が聞こえ、大地が揺れた。

 

 

「あれは、恐竜!!! 恐竜だと!!? なんでここに恐竜が…フッ、関係ないこれは運命だ! 今行くぞ古代のドラゴン!!」

 

 

エデンが目にしたのは巨大なダイノエイジ・ドーパントの姿。それに対して抱いた感情は当然、「カッコいい!!」だった。瞬樹が「竜」の付く存在にときめかないはずがない。

 

もちろんエデンは全力疾走。竜と戦えるなんて竜騎士冥利に尽きすぎるのだから。結果としてだがそこはエルバがいた場所であり、エデンは戦地に向かうことができた。そして、その道中にいたのは別の存在。

 

 

「クッソ…やっぱコイツ強すぎ…ッテ、シュバルツ!? オイ、どこ行ってんダ!? シュバルツ!!?」

 

「…ん? 黒騎士! こんなところで何を…貴様、あの時の黒い機械生命体か!!」

 

 

ダイノエイジ目指してスルーしそうになっていたエデンを呼び止めたのは、戦いの最中のスレイヤー。その相手は、瞬樹たちを爆発で散り散りにさせたディファレントロイミュードだった。

 

 

「シュバルツお前、ダイヤサンとルビィちゃんは!?」

 

「親分とお嬢ならば無論置いてきた! 今頃仲間たちと合流しているはずだ!」

 

「親分? お嬢…? まぁイイヤ手を貸してくれ! さっさとコイツ倒してハーさんのとこ行かなきゃいけねーんダ!」

 

「え…俺、あの恐竜の方がいい……ってアレ!? いない! 恐竜いなくなってるぞ!?」

 

 

丁度その時、ソニックとスラッシュの協力によりダイノエイジが撃破されていた。テンションを下げてしばらく沈黙した後、エデンは槍を構え……

 

 

「我こそは竜騎士シュバルツ!! 覚悟せよ異界の機械兵! 黒騎士と竜騎士が、貴様の鉄の心臓を穿つ!!」

 

「さっき俺っちを無視しようとしたよナ!?」

 

「…細かい事は良い!! 奇跡の絆が結んだ盟友がここに揃った。もはや負ける事は有り得ない! 共に征くぞ黒騎士スレイヤー!」

 

「ったく…そうダナ! 2人揃ったからには、この世界も…向こうの世界も!これ以上お前らの好きにはさせネェ!お前は、俺っち達が狩ル!!」

 

 

__________________

 

 

「…っ、ここは!」

 

 

変身解除から目を覚まし、アラシは開口一番場所の確認を始めた。

感じるのは何かが下敷きになっている感触。「重い…」と呻いているそれは、千歌の背中だった。

 

 

「悪い」

 

「ううん、平気…急に動くからびっくりしちゃったけど」

 

 

アクアリウム・シーカーを撃破し、ファングジョーカーに変身する際、アラシは自分の体を千歌に預けた。そして、「俺の体をあの山の方へ運んでおいて欲しい」と頼んだのだ。

 

現在地は随分と近い。山は目と鼻の先だ。しかし、気になるのはアラシと千歌が狭い何かしらの機内にいること。狭さに耐え兼ね外に飛び出すと、それはバイクが2つ合体したような四駆だった。

 

 

「なんだこりゃ」

 

『ライドXガンナー(仮)さ。隼斗と憐のバイクを合体したビークル』

 

「車が喋った…あの博士女か。通信できねぇんじゃなかったのかよ。わざわざコイツも改造したのか?」

 

『この天才にかかれば通信を取り戻すなんてお茶の子さいさい! しかしこちらの居場所を特定される危険性があったんだ。今はもう関係無いがね! なにせあの盗っ人憂鬱はここでお終いなのだからな!』

 

「アラシくんに言われて、おんぶで山まで連れてこうとしてたんだけど…」

 

「そこをコレに拾われたと。おんぶでって…愚直過ぎんだろ」

 

「いやぁ、それほどでもぉ」

 

「半分は褒めてねぇよ。でも助かった。これですぐアイツをぶっ飛ばしに行ける!」

 

 

アラシは装着したままのダブルドライバーからジョーカーメモリを引き抜き、再び装填。そうすることでサイクロンメモリが転送され、変身者の切り替えが完了した。

 

 

「安心しろ千歌。Aqoursと隼斗たちの世界は、こんなとこで終わらせねぇ。この街に広がってる憂鬱なんて…全部吹き飛ばしてやる。変身!!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

アラシの姿が二色の戦士に変わり、白いマフラーがたなびく。千歌がその姿を見たのは初めてだが、その頼もしさだけは何度だって見て来た。彼もまた、仮面ライダーだから。

 

海風と混ざり合った疾風が、大地を踏み鳴らして山を駆け上っていく。見据えるは頂点。その頂上決戦。

 

 

「待たせたな、第2ラウンド…いや、最終ラウンドだ!」

 

 

あっという間にディストピアVSソニック&スラッシュの戦いに追いつき、張り詰めた戦闘に殴りこんだ。その一瞬だけディストピアが圧され、3人の連携がディストピアを退けた。

 

 

『で、なんでファーストいんのさ』

「そうだ。しれーっと並んでんじゃねぇよ帰れ」

 

「さっき一緒に戦おうってなったんだよ! 協力してアイツに勝とう、ってな! いやぁ本当なら小一時間は喋り倒してえ所だ!あんなに充実した戦いは初めてだったからな!」

 

「やはり手は引かないか。が、ヤツを斬るのは俺だ。そしてその次は貴様らだ。そのメモリはついでに頂く」

 

「うるせぇなやってみろや。エルバのついでに勢い余ってぶっ飛ばされないよう気ぃつけろ」

 

「え、何? お前ら仲悪いのか?」

 

 

ダブル、ソニック、スラッシュが並び立つが、ディストピアは焦りの感情なんて微塵も見せはしない。ただ憂鬱そうに、害虫でも見たかのような態度を貫く。

 

 

「不思議だな。ソニックにファースト、相応の才が集っているのに期待ができない。俺の憂鬱は増す一方だ。それも全て…貴様のせいか、仮面ライダーダブル」

 

『そうやってさ、人のせいにするのやめてもらっていいかな?』

「そうだ三下野郎。自分とこどころか人様の世界で…俺の()()の居場所で好き勝手やった報い、受けさせてやるよ!」

 

「あぁ…エルバ! お前はやっちゃいけねえことをやった。町を…仲間を…そして果南姉ちゃんを……! 大切なものを傷つけまくったてめぇだけは、絶対に許さない!! 俺の…俺達の『正義』が、お前という『悪』を討ち滅ぼす!!!」

 

 

果てしなく遠い強さを持った、黒い虚悪。隼斗たちにとっては自分の世界を脅かすかつてない侵略者であり、アラシたちにとってはこれから戦う事となる巨大な敵の一角。

 

無謀な賭けだった。ダブルが勝てる相手では無かったが、奇跡の出会いがここまで導いてくれた。隼斗たちがいなければ挑戦にすらならなかった。

 

 

「勝つぞ。ここまでお膳立てしてもらって勝てなけりゃ先はねぇ。ここで大罪の一柱、へし折ってやる」

 

 

世界に空いた穴から始まった、かつてない戦い。その決着の足音が耳元にまで迫っているのが分かる。憂鬱を祓い、勝敗を決する鍵は

 

───2つの世界を斬り拓く、剣。

 

 

 

 




今回登場したのは、τ素子さん考案の「アクアリウム・ドーパント」、MrKINGDAMさん考案の「ダイナソー・ドーパント」改め「ダイノエイジ・ドーパント」です。ダイノエイジなんて単語はありません。あと、τ素子さん考案の「バレット・ドーパント」もソニックサイドで登場しております。

次回は正真正銘最後の決戦VSエルバ!ここまでお付き合いいただき感謝です。決着をどうか見届けて頂ければ!ネクストラブダブルズヒント、「剣」です。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 第9話 この世界を救うのは誰か

新年、明けましておめでとうございます。
今年も何卒、146をよろしくお願いいたします。

新年一発目は年内に完結し損ねたコラボ編、最終決戦。コラボ相手のマスツリさんとあれやこれや足して盛ってした結果、前代未聞の文字数45000字でございます。

ここまで引っ張った善子と瞬樹。エルバの向かう先。ダブルの限定フォームも…?
3話分くらいのテンションを詰め込んでいるので、ゆっくりとお読みください。

ソニックサイドはこちらから!↓
https://syosetu.org/novel/91797/

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


生命とは一つの劇だ。憂鬱とはそれに対する批評だ。

憂鬱は人を生かさず、殺しもしない。ただ蝕んでいく。死ぬことすらも億劫にさせ、気付けば平坦な舞台の上で立つだけの人形に成り果てた。そこでは何も起きない。彼の人生は流れるように過ぎる無味のドラマだった。

 

舞台に素敵な配役が揃えば、きっと面白くなる。

衛星さえも乗っ取り国家を転覆させた女スパイ。スラム街の生まれから国を亡ぼす軍を率いるに至った男。齢10歳にして巨大遊園地の設計図を書き上げた創作意欲の化身。血で海を赤く染めたという伝説が残る海賊の末裔。大地の声を聴くことができるという特異な感覚を持つ青年。偶像で人を操る才能を世界征服に届くまで尖らせた実の弟。

 

そして、別の世界に来て更に興味を唆られた。人類を淘汰しようとする人工機械生命体「ロイミュード」に、それを撲滅したという日本の警察。その事件の中心にいた仮面ライダードライブ、泊進ノ介の存在。その力は地中深くでスリープしてしまったというが、後継者ともいえる人物がいた。

 

仮面ライダーソニック、天城隼斗だ。その近くに居たのは、自分と同じく憂鬱を燻らせていた少女が作った「Aqours」というアイドルグループ。廃校を覆すため、激しい逆境の中で戦い続けるその一部始終を観察した。なんとドラマティックなのだろう、これだけの人間を巻き込めばきっとこの憂鬱だって晴れるはずだ。

 

本当は結末なんてどうだっていい。ただ笑えればそれでよかった。腹を抱え、床を叩き、手に汗を握って、寸分先の青い景色を想像して、この腐った人生に一度でいいから笑ってみたかっただけなのだ。それなのに───

 

 

苛立たせることを吐き連ねる仮面ライダーダブル。理解できない松浦果南の言動。怒りの刃を突き出す天城隼斗に、どうやってかやって来た組織の刺客、ファースト。何故だ、何も面白くない。どうして憂鬱が加速する一方なのだ。

 

 

「……笑えないなぁ。全く笑えない…!!」

 

 

ディストピア・ドーパントに殴りかかる仮面ライダーダブル。いきなりブレイブ状態で刀を振り抜いた仮面ライダーソニック、とそれに合わせて斬りこむスラッシュ・ドーパント。

 

その全てを苛立ちをぶつけるような動作で易々と捌き、殺さないようにダブルの右腕に剣を動かした。しかし、それよりも速くソニックの殴打がディストピアの斬撃の軌道を逸らす。結果、空間を無に還す斬撃はダブルのマフラーの端だけを斬り取った。

 

そして、空いた体にダブルの蹴りが入った。スラッシュの追撃も続く。

だが、その連携もしっかりと「受けられた」。ほとんどダメージになっていないと見ていいだろう。

 

 

「っクソ! あと一歩だってのにあの野郎!!」

 

『3人がかりでコレかぁ…しんどいなぁ。ていうか隼斗さんキレてない?』

 

「この間も全員攻撃がまるで効いてなかったしな。この分だと素の防御力もあるだろうが、単純にコイツの技術がふざけてやがるのか」

 

「この程度を技術と言うなら論外だ。凡夫と悪は去れ。俺を笑わせる気が無い者は、朽ちて消えろ」

 

 

一挙一動の精度が高いディストピアの攻撃。速さに物を言わせたソニックや、後出しで適応を常とするダブルとはタイプが異なる。しかし、スラッシュは別だった。

 

 

「空間を削り取る剣。触れたものを殺す、対話拒否の刃。武士としては全く趣を感じさせない剣だな、憂鬱」

 

「“憤怒”のファースト、あのゼロが秘蔵とした天才剣士だとは聞いていたが…悪である以上興味がないのはこっちだ。それに君の太刀筋は泥臭く、血反吐の匂いがする」

 

「たわけ者が。正義だ、悪だ、好き嫌いだなどと戦いに余計な感情は不要。突き進むは己が覚悟。従うは己の怒り。悪だろうが正義だろうが、俺は全てを喰らって前に進む!」

 

 

生粋の剣士であるスラッシュは、同じく剣士であるディストピアの動きに順応していた。才能に身を任せ、研鑽の跡がない太刀筋ならば、『剣士の記憶』は既に踏み越えている。

 

 

「アンタにばっかカッコつけさせねえよ! そいつをぶっ倒すのは、俺だ!」

 

《カナリ!Brave!!》

 

 

その研ぎ澄まされた神業の領域に、ソニックは超高速で強引に割って入った。スピード依存の戦法上等。ならばもっと加速するだけ。オーバーブレイクに到達する分水嶺ギリギリの速度で、ディストピアの守りを切り刻んでいく。

 

 

『……やめてよ? あそこ入ったら死ぬからね』

 

「分かってんだよ、んなこと。にしてもあの野郎…完全に頭に血が昇ってやがるな。冷静になれってんだ馬鹿が」

 

『え、持ちネタがキレ芸のアラシが言う?』

 

「なんだ喧嘩売ってんのか?」

 

 

ダブルだけが空拳しか攻撃手段を持たず、斬撃入り乱れる戦闘領域に踏み入れない。だから少しだけ冷静に戦いを観察する瞬間があった。そこでアラシの脳裏に閃光する、僅かな違和感。

 

 

「っ…? そうか! ファースト、隼斗! 左肩から腹、あとは特に心臓付近だ!」

 

 

戦いの最中に差し込まれた情報。2人にとってその解説は必要無く、ディストピアの動きからその意味は読み取れた。アラシが指定したのは「綻び」の場所だ。

 

その綻びから縫い目を広げるように、ディストピアの防御を崩していく。気が遠くなるような張り詰めた剣戟の末、遂に入った。確実に手応えのある一撃が。

 

 

「気付くか…オリジンメモリに選ばれる程度の才覚はあるようだ」

 

「動きをよく見りゃバレバレだ。テメェは……」

「“傷”だ! アラシが教えてくれたのは、俺が前の戦い、後は今回で特に深く入ったダメージの場所だった!」

「…あぁ、そうだ。エルバ、テメェはそこを庇って動いてた。つまり……」

「お前のWeak point(弱点)は回復力の無さだ!!」

「おい隼斗。俺のセリフだ。戦闘以外でも見せ場取ってんじゃねぇぞチビコラ」

 

 

何はともあれ、完全無欠に見えたディストピアに亀裂が発覚したのは大きい。しかし、だから何だと言わんばかりの攻撃が再開し、再び苦戦を押し付けられる。このままでは太刀打ち程度で終わってしまう。

 

 

『で、その弱点をどうするかだよ。折角3人いるんだし、上手いこと連携しよ』

 

「そうだ、俺がエルバをぶっ飛ばす! そもそも俺がダメージ与えたんだしな。ソニックがこん中じゃ最速最強だから、俺に合わせてくれ!」

 

「「……」」

 

「なんだよその間は」

 

「…強いのは認めるけど、指図されたと思うと腹が立つ。作戦はこっちで建てる」

 

「俺の方が強い。仮面ライダーソニックに出来たのなら、俺の剣も奴に届く。俺がとっておきの技で仕留めるから貴様らがサポートしろ」

 

「いいや、いくらアンタらでも譲れねえな! 姉ちゃんを傷付けられた借りは絶対に返す! ていうか実際問題、俺が一番速いだろ。俺がメイン張るのがBest、大正義だ!」

 

「速さとか剣でマウント取ってんじゃねぇよ。それともなんだ、2人揃ってまた俺らに貸しを作る気か? 知らんうちに仲良くなってたと思ったが、変な趣味まで気が合ってよかったな」

 

「上等だ仮面ライダー。全員でかかって来い、まとめて斬り伏せてやる」

 

『駄目だ。この人たち全然話聞いてくれない』

 

 

肝心なところで息が合わず、戦闘がギクシャクと不和を起こしてしまう。我が強い戦士が集まるとこういう事も起きるんだなぁと、永斗は一人冷静に思った。最も、冷静にしている間にもディストピアの攻撃がかすったりと、大変なことになっているのだが。

 

 

「あぁもう大体が敵のファーストがいるんだ! 仲良くなんて無理だろが!」

 

「同感だ。状況がどうあろうが関係ない。どんな敵が相手でも、思うままに刀を振っていればそのうち大抵斬れる。勝手にやらせてもらおう」

 

「だったらRaceだ! 誰が最初にエルバぶっ倒すか! 俺のソニックが最速だって見せてやるよ!」

 

『ねぇ論点違うよね。言ってる場合じゃないよね全体的に』

 

「笑えない談笑も十分だろう。そろそろ退屈も限界だ、終わりにしよう」

 

 

エルバの剣に黒い光が伝い、一振りで無数の斬撃へと分裂。凶悪極まるカマイタチが、3次元的に不規則に戦士たちを襲う。やっとの思いで凌ぎ切ったかと思うと、今度はディストピアの剣が大地に突き刺さる音が聞こえた。

 

 

「隼斗、逸れろ!!」

「ッ!?」

 

 

アラシの本能的な指示が出たのは、音が聞こえる寸前。ソニックはカマイタチの回避のために飛行しており、その時にはディストピアがその真下に移動していた。そして大地から突き上げる斬撃が間欠泉の如く天に昇り、その余波は雲をも斬り裂いた。

 

ソニックはそれを間一髪で回避。コンマ数秒遅れていたら真っ二つだった。

だが、ソニックはそんな紙一重に対し一切怯むことなく、激情に駆られるままディストピアへと急降下。

 

 

「治りが遅えなら、また深いのをくれてやる!!」

 

 

リジェネレイトブラッシャーと天下零剣『煌風』を両翼のように携え、当たれば必殺の絶望郷の剣にも臆さず、急降下の速度のまますれ違いざまに6連斬。うち5撃は見切られたが、残った一撃がディストピアの脚を斬り付ける。

 

 

「っ…浅い。溜息が出るな。それで俺を倒せるつもりか?」

 

「そりゃこっちのセリフだボケが」

 

 

地面を蹴り、跳躍したダブルが傷を負ったディストピアの脚を蹴り、崩す。更にすかさず、蹴りの勢いを殺さず風で加速し、その胴体に風の砲弾が如き回し蹴りを喰らわせた。思わぬ追撃に隙を許したディストピアに、手応えのあるダメージが焼き付いた。

 

 

「仮面ライダーダブル…!」

 

「眼中に無い雑魚だと思って油断したか? 殺してもねぇ癖に見下ろしてんじゃねぇぞ」

『悪いね憂鬱さん。ウチの相棒、重度の負けず嫌いなんだわ』

 

 

ソニックの神速二刀流とダブルのレベル2領域の肉弾戦。これらを剣一本で対応していたところに、控えていたスラッシュが斬りこんでいく。エンジンが温まって来たというところか、ここに来てようやく3対1という数の有利が目に見え始めて来た。

 

 

『やっと見えて来たよエルバ、君の戦い方。あと能力。ステータスは超チート級だけど、戦法自体は至ってシンプル。弱さ故に戦略を練ったりとか、自分のスタイルを見つけるとかがないからね。あと傷の治りに、君のその剣。空間を斬る技には必ずチャージがある』

 

「テメェのふざけた体力と気力で誤魔化してるだけで、本来はそう何発も使える技じゃねぇってことだ。道理で能力が強すぎると思ったぜ」

 

「MP消費の必殺技ってとこか…なるほどな! 流石はダブルのBrainだぜ永斗少年!」

 

「再生が遅いという理屈なら体力も同じであるはずだ。そうなれば切り拓く道はただ一つ!」

 

「テメェがぶっ倒れるまで殴って削りきる!!」

「逃げもチャージもさせない音速でぶった斬る!!」

 

 

永斗としては「エルバの体力切れを待って、まずは剣を無力化しよう」という趣旨の発言だったのだが、アラシと隼斗が導き出した結論はその真反対。意味は違えど答えは同じ、「とにかく攻撃あるのみ」!

 

有言実行をまず体現したのはソニック。ディストピアの隙の無い一振りをギリギリで見切ると、逃げの選択肢を捨てて懐に入り込み、一気に加速。剣のチャージが完了する前に超近接でディストピアと超高速で斬り結ぶ。

 

 

「うおおおおおおおおッ!!!」

 

 

青い気迫がディストピアを圧し、その余裕を削り取っていく。一瞬でも手を緩めれば技が発動し、体を両断される。相手の攻撃を受け損なっても同じ。一歩間違えれば、運が無ければ死ぬ、そんな斬り合いを極限集中状態で駆け抜けるソニック。

 

しかし、先に限界が訪れたのはその集中ではなく、体。突如右腕から力が抜け、ディストピアの斬撃を受けきれず、煌風がソニックの手を離れてしまった。

 

ダイノエイジとスラッシュの交戦を経ていたソニックは、分け与えられたスラッシュメモリのエネルギーでなんとか動けている状態。それがいつどこで綻んでもおかしくはない。おかしくはないが、その不運を恨まずにはいられない。

 

 

「畜生っ…! なんでここで…!」

「まだだ、前を向け! 仮面ライダーソニック!」

 

 

侍たるもの戦友の覚悟を無駄にはしない。戦意のバトン、宙を舞った煌風をスラッシュが受け取り、呼吸の余裕もろともディストピアの体を斬撃で撫ぜる。それもソニックが前に付けた傷と、寸分狂わず重なるように。

 

そして、空いてしまったソニックの片手に、スラッシュは新たな刀を生成。それを瞬時に掴み取ったソニックは、力を込め直した両腕で連続斬り。今度はその全てがディストピアに傷を刻んだ。

 

 

「いい刀だ」

 

「だろ? 天下一…それをも超える零! それと皆の煌きから名前を貰った、俺の自慢の愛刀だ!」

 

「道理だな。侍たるもの、目指すべきは強さの異次元。即ち絶対的な“0”だ」

 

「お前らだけで仲良くしてんじゃねぇよ。喋ってんなら一番乗りは貰うぜ」

 

 

ソニックとスラッシュの攻撃から立ち直ろうとしていたディストピアを、遠方から伸びる鉄の触手が掴んだ。機を伺っていたダブル ルナメタルの伸縮自在メタルシャフトが、ディストピアを釣り上げたのだ。

 

 

《ヒートメタル!!》

 

 

そのまま木に叩きつけ、メモリチェンジしてダブルはディストピアに特攻。その判断をディストピアは煩わしそうに否定する。

 

 

「ここまでの戦闘で削れていれば、そう思ったのか? やはり君が一番笑えないことに変わりはないな。俺を苛立たせるだけの存在は一片の価値すらない。消えろ…!」

 

 

わざわざ引き剥がしてしまったせいで、ディストピアに時間を与えてしまった。その間に当然チャージを完了させ、再び空間を斬り裂く攻撃がダブルに振り下ろされる。

 

 

「かかりやがったな」

《ブレッシング! マキシマムドライブ!!》

 

「何…!?」

 

 

ことりから預かったブレッシングメモリをスロットに叩き入れ、僅か数秒だけ光のベールがダブルを包む。そのベールに触れた途端にディストピアの空間切除能力は霧散し、ただの斬撃をダブルの左側の鋼鉄装甲が受け止めた。

 

 

『僕らも初めて使うメモリだ。知らないでしょ? そんで…』

 

 

そして、止まった剣の側部に熱されたメタルシャフトを叩きつける。剣は側面からの攻撃には弱く、ましてや空間切断用途で硬度を考慮する必要のない剣なら猶の事。賭けに勝ったダブルの一撃は、絶望郷の剣を砕き折った。

 

一撃必殺の能力がようやく無力化され、閉じた状況に風穴が空いた。ダブルはその勝機へ闘気と体力の全てを注ぎ込み、熱波と打撃の乱舞へとディストピアを誘う。

 

 

《メタル! マキシマムドライブ!!》

 

「雑魚にいいようにされて冷めてんだろ憂鬱。お熱いの一発喰らっとけや!!」

「『メタルブランディング!!』」

 

 

熱を帯びた決死と執念の一撃が、ディストピアの姿を爆炎の中に消し飛ばした。

 

 

_____________

 

 

 

「ハァッ!」

「ルァァ!!」

 

 

時を同じくして繰り広げられるもう一つの戦い。仮面ライダースレイヤーと仮面ライダーエデンは、異常進化態『ディファレントロイミュード』を討伐すべく凌ぎを削っていた。

 

エデンの槍とスレイヤーの爪、互いが互いの得意分野を200%活かす連携攻撃。研ぎ澄ましたセンスでディファレントに攻め寄っていく。

 

 

『……!!』

 

 

斬撃と刺突で装甲は削られる一方。防勢=劣勢と捉えたディファレントは、右腕に備わったガトリングの銃口を二人に向けた。立ち止まって防御を構えたスレイヤーに対し、エデンは速度を緩めず攻撃を断行する。

 

 

「無茶だゼシュバルツ!?」

 

「無茶なものか! この程度!!」

 

 

放たれた死の豪雨。行く手には弾丸の壁が迫る。

しかし、エデンはそのセンスだけを頼りに、槍を振り回す曲芸で銃弾の全てを弾き落としてみせた。

 

 

「“不良”の“加護”を“受け取っ(キメ)た”極道竜騎士卍シュバルツ卍は止まらないッ!! 故に鉄砲玉! 行け、黒騎士!!」

 

「お…おおっ! 肩借りるゼシュバルツ!」

 

 

銃弾を叩き落とすエデンに防御を任せ、スレイヤーはその肩を足場にして飛び上がり、ディファレントの背後に着地した。そこから淀みなく放たれる、虚を刈り取る爪の一撃。更に二連撃。

 

そこで襲撃者を感知したディファレントの照準がスレイヤーへと向いた。しかし、それはエデンに対して無防備になることを意味しており、完全に攻撃の姿勢となったエデンが槍をディファレントに叩きつける。

 

加えて、退いたディファレントに鋭い追撃を刻むスレイヤー。双方向の連携が見事に決まった。

 

 

『………!』

 

 

しかし、ディファレントは損傷した機能を即時に再起動させ、立ち上がる。いくら小手先で翻弄しようと、この異常なタフネスを削りきることができない。早い話、決め手に欠けている。

 

 

「やっぱ手強いナ…」

 

「ああ、この機械兵…一筋縄ではいかないな」

 

 

ディファレントは瞬間瞬間で最適な解を弾き出す。紙一重の攻防でディファレントを圧している彼らに対しては、戦場の情報量を増やすのが最適と判断。

 

空間操作の能力が起動し、新たに3体の下級ロイミュードが投入された。ナンバーは038、039、040。

 

 

「新手だと!?」

 

「マジかよこんな時ニ!」

 

 

瞬間、展開される重加速。その影響を受けたのは、コア・ドライビアを搭載しないエデン。

 

 

「しまった!?」

 

 

ディファレントの指揮で、バット型ロイミュード040が翼を広げて飛び掛かる。光弾の狙いは当然、動きの鈍ったエデンだ。

 

 

「っ! させるカっての!!」

 

 

スレイヤーは攻撃からエデンを守ると、ドライバーに刺さっていた「シグナルカクサーンⅡ」をエデンに渡した。これにより重加速を克服したエデンは、4対2の劣勢に一度距離を置く。

 

 

「っ! すまない黒騎士!」

 

「礼はいらネェ。それよりもここで増えるって…」

 

「やや面倒になってしまった…よし、黒騎士! 何か策はあるか?」

 

「とーゼン! 来い、デッドヒート!!」

 

 

スレイヤーは掛け声で飛来したデッドヒートメテオをドライバーに装填し、強化変身。

 

 

《Burst!Overd Power!!》

 

《SignalBike/Shift Car!Rider!Dead Heat!!Meteor!!》

 

 

スワンプ戦、タワー戦と八面六臂の活躍を見せた、紅と黒の竜戦士メテオデッドヒート。紛れもなくスレイヤーの切り札だ。

 

 

「おおお! あの時の煉獄の竜!!」

 

「こっからはガチの上のガチで行く! シュヴァルツ! そっちもなんかネーのか!? 切り札とかそーいうの!」

 

「フッ…無論、ある!!」

 

「マジか!」

 

 

スレイヤーに強化形態があるように、エデンにも強化形態は存在する。ヘル・ドーパントを浄化し、エンジェル・ドーパントを撃破した聖騎士の姿、エデンヘブンズの事なのだが……

 

 

 

「が、今は何故か使えないんだ…」

 

「エ、エ、なんで!?」

 

「我が天使に認められ、忠誠を誓ったあの時以来、使おうとしても何故か変身ができん……禁じられし力、その道理は神のみぞ知る…か」

 

 

一度タワー戦に参戦する際、満を持して変身を試みたのだが、ヘブンメモリの盾は開いてくれなかった。マキシマムオーバーのように使用後の充電時間があるのかと思っていたが、一向に変身できるようになる気配が無い。

 

 

「なんでこんな時ニ……!」

 

「ほんとごめん……」

 

「マァ、使えないもんはしゃーねぇ…俺っちがやる!バックアップ任せタ!!」

 

「承知!!」

 

 

熱気を放ち、爆発するように踏み込んだスレイヤーが、下級ロイミュードを突っ切ってディファレントの胴体にブローを叩き込んだ。が、全力で放ったその一発も致命傷にはならない。

 

データの無い一撃目だからこそ全力を出したのだが、それで決まらないと話は変わってくる。二発目以降、ディファレントは速度と威力に対応し始め、思うようにダメージを与えられない。

 

しかも妨害に来る下級ロイミュードも、想定より遥かに厄介だ。

 

 

「クソ! 雑魚かと思ったら進化ロイミュードくらいパワーがありやがル!」

 

「そこを退け兵隊共! 我らの道を開けろ!」

 

《グリフォン!》

《グリフォン! マキシマムオーバー!!》

 

 

グリフォンメモリを使用し、速度を強化させたエデンがスレイヤーのサポートに入る。エデンヘブンズでなくともロードドライバーを使った強化なら、ディファレントに太刀打ちもできると、そう考えはした瞬樹だったが、

 

寸前で使用を拒んでしまった。己の心の弱さに負け、花陽の思いを裏切ったこと。灰垣珊瑚を一度殺したことが、未だ心に根を張り続けているのだ。何より己の強さを捧げた象徴である花陽が、ここにはいない。

 

 

(これが理由か…俺は怖いのか。また過ちを犯してしまうかもしれないことが。花陽がいないだけで俺は……!)

 

 

払拭しきれない弱さを抱えながら、下級ロイミュードを相手取る。しかしやはり火力不足だ。強化されたロイミュードを越えてディファレントに到達するには、今のエデンではどうやってもパワーが足りない。

 

 

『……!』

 

「やべェ!! またアレだ、伏せロ! シュバルツ!」

 

 

前に4人の仮面ライダーを纏めて吹き飛ばした、エネルギー反転のカウンター攻撃。あの時と同じ挙動を見たスレイヤーはすぐに身構える。しかし、今度はエネルギーは右腕に収束し、砲撃のようなインパクトがスレイヤーの体を貫通した。

 

 

「黒騎士!!」

 

「くッ…! アイツ、俺っちの攻撃を吸収して、右腕一本に収まる分だけ解放しやがっタ……あの感じじゃ、ここまでの戦いのエネルギーがまだまだチャージされてるっぽいナ…!」

 

 

防御、吸収に反転。それがディファレントのメインウェポンと見て差し支えないだろう。攻略方法は瞬間許容量を超過する攻撃に絞られるが、そうなってくるとやはり火力不足が響く。

 

 

「足手まといは俺か…騎士の名折れだ…!」

 

 

______________

 

 

鷲頭山で最終決戦が白熱する一方で、キリカラボも別の理由で熱がこもっていた。鬼気迫る様相で画面を睨み、目にも止まらぬ速度で何かを打ち込む霧香博士。

 

 

「っうおおおおおお!! これで…どうだっ!!!」

 

 

最後にエンターキーを叩き、画面に「ALL CLEAR」が表示された。熱くなった脳の熱気を全て出すように息を吐きだすと、霧香博士は調整を済ませたアイテム達を掴む。

 

 

「いよっっっっし!! 流石は天才科学者! 士門くんが抜けてどうなることかと思ったが、よくやったぞ一時霧香!! さぁ最終調整が完了した! あとはコイツを……」

 

 

そこで霧香博士の動きが一瞬止まった。永斗との会話を思い出したからだ。

 

 

『博士。ウチの中二病が、あの善子ちゃんの兄って話はしましたよね?』

 

『ん? あぁ、津島瞬樹くんだったか。だがこちらの世界の善子くんは一人っ子と聞いている。恐らく並行世界における細かな差異の一つだろう』

 

『まぁそれはアイツも分かってると思うんです。でもアイツ、話じゃドーパントとの戦いに巻き込まないため勝手に家を出て行ったらしくて、本人も気にしてるみたいなんですよ』

 

『ほう…』

 

『多分瞬樹はわざと合流しないんだと思います。違うって分かってても、会えないから。向ける顔が無いと思ってる。本当に面倒くさい……どんな形でも、家族と向き合えるなら向き合った方がいい、そう思いませんか』

 

 

物心ついた時から家族がいなかった永斗は、そう語った。クールそうに見えて案外仲間思いだったというのを知り、霧香博士も驚いたものだ。

 

 

「…仕方ない。先生らしく、たまにはお節介を焼くとしようかな」

 

「先生!? どうしたんですか急に大声出して…?」

 

「おぉ梨子くん! 丁度良かった、帰って来た果南くんの調子は?」

 

「呼吸も落ち着いて、今は横になってます。千歌ちゃんも疲れてそうだけど、怪我とかはなさそうです」

 

「ふむ、ガイアメモリの後遺症が無いのは幸運だったな。それでは善子くんを呼んでくれないか?」

 

「ククッ…この堕天使ヨハネ、召喚に応じて降臨…!」

「盗み聞きしてたのね」

 

 

ソワソワを持て余していたAqoursメンバーは、霧香博士のもとに集まってくる。それならば話が早いと、霧香博士は持っていたアイテムを善子の手に押し付けた。

 

 

「たった今、仮面ライダーたちを超パワーアップする秘策のアイテムが完成したところだ! がしかし、私としたことが急ぎの余り自律走行機能を付け忘れてしまってね…」

 

 

無論、嘘だ。「んな訳ないだろう馬鹿め」と脳内では大声でツッコんでいる。

 

 

「というわけで。すまないがAqours諸君、彼らに届けに行ってくれないか?」

 

「じゃあ私が隼斗に届ける!」

「私も行く!」

 

「果南くんと千歌くんは留守番だ! 絶対安静とヘトヘト娘はステイ! で、こっちが隼斗と士門くんに切風くん。こっちは憐に、つし…いや、竜騎士シュバルツ用だ」

 

「じゃあシュバルツさんにはわたくし達が…」

「いいやストップだ黒澤姉妹。憐とシュバルツには、善子くん。君が届けに行きたまえ」

 

「…え? なんで私が名指しなのよ!?」

 

「それは……その…闇の運命だよ」

 

 

上手い事言い訳を思いつかず、よく分からない単語を出す霧香博士。しかし、善子もとい堕天使ヨハネはそれに共鳴する。

 

 

「闇の運命…ですって…?」

 

「その通り。✝漆黒の魔天黙示録✝がそう導いている! さぁ行けAqours諸君! 君たちの手で仮面ライダーを救うんだ!!」

 

「✝漆黒の魔天黙示録✝が…!? ククッ、そうと決まればこの堕天使ヨハネ…預言に従い、いざ堕天っ! ギラン!」

 

 

_________________

 

 

「憐っ!」

 

「その声…ヨッちゃん!? しかも梨子サンも! 危ねェって、早く逃げロ!」

 

「そんな事言ったって、黙示録が……!」

 

 

ライドXガンナー(仮)に乗って駆け付けたのは、霧香博士が言いつけた通り善子。そしてその付き添いとして同行した梨子だった。急いで持ってきたアイテムを渡そうとするが、その時、ディファレントの左腕から衝撃が解放された。それをモロに喰らったのはエデンで、そのダメージはエデンを変身解除させてしまった。

 

 

「シュバルツ!!」

 

「…シュバルツ? この人が、竜騎士…?」

 

「ッ…すまん黒騎士! 心配無用! 俺はまだ戦え───」

 

 

血気を巡らせ、前のめりに立ち上がった瞬樹は彼女と目が合い、息を止めた。

 

 

「な…なに…? はっ! そういうことね…この堕天使ヨハネの魅了魔術で、また罪なき下位存在を虜に…! ……なんか言いなさいよ!」

 

 

知らない姿だった。でも、知っていた。瞬樹は彼女を知っている。記憶にある幼い姿とは違うが、確かめる必要も無い。ただ溢れ出す感情のまま、戦場で瞬樹は跪き、涙を溢した。

 

 

「泣いたぁっ!?」

「初対面の人に何したの!?」

「何もしてないわよ!! 分かんない、ちょっと無理! リリー、パス!」

 

「いや…ごめん…! 君は何もしていない…悪いのは、俺なんだ…! ただ、すこし…嬉しくて……!」

 

「シュバルツ…お前……

いよーし、決まりダ! シュバルツ、こっから先はしばらく俺っちが引き受けル! その間、好きなだけヨっちゃんと喋って来イ!!」

 

「……ありがとう、憐…」

 

 

止まった標的を狙うロイミュード達を、スレイヤーが一騎当千の大立ち回りで引き受ける。瞬樹はそんな憐に感謝しながら息を吐き、涙を拭い、梨子の後ろに隠れてしまった善子に向き直った。

 

どう接すればいいのだろう。この世界の彼女、妹の善子は赤の他人だ。あちらは瞬樹の事を知らない。思うままに一方的な感情をぶつけるでは対話にならないし、戸惑っていては上手く言葉を紡げない。

 

ならば選択肢は一つ、ステージを変えよう。生きる世界が違っても、善子と共に立てる場所で話をしよう。

 

 

「……汝、名はなんという」

 

「え…?」

 

「我が名は竜騎士シュバルツ! 天界より天使を守護するために降り立った、断罪の竜騎士! 俺には見える、汝の姿は下界を生きる仮初のもの…今一度問おう、汝の真名はなんだ!」

 

 

顔を隠すように手を当て、包帯を巻いた右腕を善子に向けた。

誘う先は常人のセンスから外れた超時空、中二病の領域。善子なら当然、その時空に共鳴する。

 

 

「ククッ…どこの愚か者かと思いましたが、見る目があるようですね。そう! 我が名は堕天使ヨハネ! あなた、竜騎士と言いましたね。天界より降り立ったのなら、その位階を示しなさい」

 

「我は大天使ミカエル配下、天頂四大騎士ウルフェリオンの末弟。しかし下界に蔓延る悪から天使を守護するため言いつけを破った身…お師匠の名を借りることは出来ない…」

 

「なるほど、ウルフェリオンの末弟ですか。私が天界にいた頃、彼とは何度も言葉を交わし、時には剣を交わした間柄なのです…懐かしき天界の記憶、そうあれは魔界と天界の存亡を揺るがす最終呪詛プロジェクト『ルシファー』を構築した時のこと…」

 

「なっ…! あの数多の使い魔を同時生成し、世界一つを呑み込むという混沌極まるアジェンダを…!?」

 

 

早々に梨子が世界からおいて行かれた。憐も話を聞くのを諦め、戦いに集中する始末。兄妹関係が成す奇跡的な設定の噛み合いが世界を広げ、会話は更に深層の次元へ。普段こういう経験ができないからか、善子は心底楽しそうだ。瞬樹も妹との触れあいが喜ばしくて仕方なく、優しい笑みが零れる。

 

 

「…堕天使ヨハネよ。名のある天使と見込んで、一つ話を聞いて欲しい」

 

「いいでしょう、竜騎士シュバルツ、我が同士。迷える子羊を導くのもまた…地上に降りし堕天使の使命!」

 

「恩に着る…俺には、相棒と主君がいる。相棒は人ならざる残酷さを持ってはいるが、俺の行く末を示してくれる、全てを任せることが出来る奴だ」

 

「人ならざる……魔物?」

 

「そして我が主君は、俺が命を捧げると心に決めた最愛の天使だ。彼女は俺の全てを肯定してくれた。彼女と出会えたから騎士としての俺がいる。だが……ここは異界の地、俺の強さを支えてくれる相棒も主君もいない。ここにいるのは、残った弱き俺だ…」

 

 

瞬樹はそこで敢えて話を止めた。彼女に道を問うことはできない。だが、堕天使ヨハネは迷える竜騎士に道を示した。

 

 

「堕天使ヨハネが宣言します。生命である限り、光と闇が、強さと弱さがあるのは当然。だから……悩むことはありません、その弱さもあなたなのです! 嫌っていた自分が、人に愛されると知るように。完全に別なんて、そんなことは有り得ないのです!」

 

「弱さも、俺…!?」

 

「弱き者ならこの堕天使ヨハネが直々に契約を…そう思ったけれど、あなたにその必要はないようです。あなたなら飛べる! この矛盾の空を!」

「…たまにはいい事言うじゃない、善子ちゃん」

「ヨハネよ!」

 

 

カッコつけた所に梨子に水を差され、ブーブーと文句を言っている善子。だがその言葉は、瞬樹の心の溝にピタリとはまった。止まっていた血流が動き出したような高揚感、全能感。これは、エンジェルの前に飛び出した時と同じだ。

 

返しきれない恩だ、礼を言わなければいけない。しかし、瞬樹の喉から出て来たのは全く別の感情。割り切れず、抑えることのできなかった、罪の感情だった。

 

 

「最後にもう一つだけ…聞いてくれ」

 

「…な、なに? さっきので終わりだと思ってたんだけど…」

 

「俺は戦いに身を投じるため、家族を置いてきた。危険から守るためとはいえ一方的に、言葉も交わさず」

 

「家族…?」

 

「やっと気付いたんだ。俺のせいで、家族がどれだけ迷惑を…! その顔に泥を塗る過ちも犯した! 本当に…ごめん…!! 俺がお前の未来を歪めたっ…! 俺は、お前に…なんて謝れば……」

 

 

最後に溢れ出したのは、瞬樹の懺悔だった。エンジェルの戦いを経ても拭いきることができなかった、家族への罪悪感。後悔。誰かに向けられたその感情に対し、善子は「善子」として、答えた。

 

 

「……何言ってるの、大事な家族なんでしょ? だったら迷惑だなんて思ってない」

 

「っ……!」

 

「この私が保証してあげる! ちゃんと帰って、家族と向き合いなさい。許しが無いと帰れないなら、私が許すわ。全然関係ないけど無いよりはいいでしょ?」

 

 

大きな勘違いをしていたと瞬樹は理解した。

守ってやることが必要でも、善子は強い人間だ。瞬樹がいようがいまいが、どんな道を進もうがそれは変わらなかった。瞬樹の妹は、堕天使として誰かの心を救い、堕天使として今を美しく羽ばたく。堕天使という生き方は正しいと、己自身で証明したのだ。

 

 

「すごいな…やっぱり俺の誇りだ。強く、綺麗に、立派な天使になったんだな…善子」

 

「ヨハネ!…って、なんで私の真名を……」

 

「あれ…? 別の世界から来て、この見た目…もしかしてこの人って、善子ちゃんの───」

 

 

梨子が核心に触れようとした時、スレイヤーが防ぎ漏らしたディファレントのミサイル弾が、瞬樹たちに迫る。近づく破壊に梨子と善子は身を屈め、怯えるが、瞬樹は生身での槍の一振りで、そのミサイル弾を爆風ごと叩き割ってみせた。

 

 

 

「堕天使ヨハネ、その従者。そして黒騎士! 時間を取らせた。騎士道に則り、心より全身全霊の感謝を!」

 

「完全復活…ダナ! シュバルツ!」

 

「あぁ! もはや俺を縛る楔は、何一つ存在しない! 最大級の礼としてお見せしよう、堕天使ヨハネ! そして傷一つ付けぬよう守り抜くと約束する! この竜騎士の戦いを刮目せよ!」

 

《ドラゴン!》

 

「変身!」

 

 

善子の目の前で槍を掲げ、瞬樹は仮面ライダーエデン───竜騎士の姿へと変身。世界を救う道に立ちふさがる4体のロイミュードに向け、善子とエデンは並んでその指を向けた。

 

 

「この堕天使ヨハネの名の下に宣誓します。この歪な世界に邂逅した勇士達よ、今こそ力を結集させ堕天同盟の名を響かせる時です。名を連ねるは堕天使ヨハネ、そして!」

 

「信仰の白銀竜と契約せし、天使を守護する天界の槍! 竜騎士シュバルツ!」

 

「……え、私? えっと…堕天使ヨハネの闇の盟友、リトルデーモン・リリー!」

 

「マジか梨子サン。これ俺っちも言うヤツ?」

「いつもと違う奴でね」

「ヨッちゃん無茶ぶりィ…っと…、地の果てから闇を駆け、悪を噛み砕く漆黒の獣騎士! 地獄の狩人スレイヤー!」

 

「「我ら堕天同盟が、汝を闇へと葬る!!」」

 

 

理想通りに決まった開戦のセリフに、ハイタッチして喜びたい気持ちを抑え、エデンと善子は顔を見合わせ互いに笑いかけた。

 

 

「まずはリリー! 地獄の狩人に天啓の神器を!」

 

「そうだったわね…これ、先生から預かった新しいシグナルバイクよ! 使って憐くん!」

 

「お、マジ!? この期に及んで新装備って、あの人も粋なコト……このシグナルバイク!?」

 

 

襲い掛かるロイミュードを善子と梨子から退けさせるスレイヤーに、まずは梨子が預かっていた新規シグナルバイクを手渡した。それはあちらの世界で見た、エデンの専用マシン「マシンライバーン」に酷使した形状に、ドラゴンメモリのクレストが描かれたシグナルバイク。

 

 

「大魔導士キリカ曰く、異世界の術師と共に創造した奇跡の魔道具…」

「永斗さんと一緒に作った、あっちの世界の仮面ライダーの力を使えるシグナルバイク…って先生が!」

 

「こりゃシュバルツの力が使えるってことカ! リョーカイ! そうと決まりゃ、有難く使わせてもらうゼ!」

 

《SignalBike!》

《Signal koukan!》

《Legend!》

 

 

シグナルレジェンドエデンをドライバーに装填し、スレイヤーの胴体に紫色の鎧が重ね掛けされた。一角獣の意匠を含んだその装甲は、ユニコーンメモリの「モノケロスギア」だ。

 

 

「ん? なっ、それ俺の鎧!!」

 

「うわ、スッゲェゴツい…でもなんか力が漲ってクル…?」

 

 

身軽さが失われ、最初は不自由そうにしていたスレイヤー。しかし、攻撃してくる下級ロイミュードに応戦するうちにパワーが体全体に伝播していくのを感じた。

 

そして、攻撃を振り払うつもりのクローの一撃で、衝撃の余りロイミュードが遥か後方に。

 

 

「スゲェ…! 軽く殴っただけでこの吹っ飛ばしカヨ!! これがマキシマムオーバー!!」

 

「フッ…当然だ。俺の鎧だからな! 俺の!」

 

「さぁドンドン行くゼ! 頼むぜユニコーン!」

 

「ヨハネ、俺にも! 俺にも無いのかあぁいうの!? 勝手に使って黒騎士だけズルいぞ!」

 

「ククッ…もちろんあるわ! さぁ、堕天使の恵みを使いなさい!」

「先生の、ね」

 

「感謝する! よし、これで俺も黒騎士の力を…ってアレ!? これ黒騎士じゃないぞ誰だこれ!?」

 

 

エデン用にも新たなガイアメモリが用意されていたのだが、アルファベットの代わりに描かれていたのは予想に反して全く知らない戦士。それを横から覗き込み、スレイヤーはそれが誰なのかを説明した。

 

 

「おぉッ! これはチェイサー先輩ダナ!」

 

「チェイサー?」

 

「かつてはロイミュードの番人にして死神だったんダガ…今じゃロイミュードから人間を守った大英雄! 俺っちが尊敬する大先輩ダ!」

 

「伝説の死神…いいだろう。この竜騎士に力を貸せ、仮面ライダーチェイサー!」

 

《チェイサー!》

《チェイサー!マキシマムオーバー!!》

 

 

チェイサーレジェンドメモリをオーバースロットに装填することで、伝説の戦士のマキシマムオーバーが発動。エデンの背中に閉じた翼のようなバックパックが出現したかと思うと、右腕に移動してメタルクローへと変形し、装備された。

 

ロイミュードの死神、「魔進チェイサー」がバイラルコアの力で操ったという「武装チェイサー」の能力だ。

 

 

「さぁ征くぞ、死神竜騎士が貴様を凌駕する!」

「俺っち達の裁きをうけナ!」

 

 

超パワーと超防御を兼ね備えるスレイヤーとエデンのクローが、迫る敵を片っ端から斬り付け、削り、止まることなく薙ぎ倒す。桁外れの突破能力であっという間にディファレントの下へ辿り着き、至近距離からスレイヤーの全力攻撃が炸裂した。

 

 

『……!?』

 

「効いた…って感じの反応ダナ!」

 

 

余波だけで木々を激しく揺らすスレイヤーの一撃。明らかに見せた反応が異なっていたが、それでも許容範囲内だったようでディファレントはすぐさまカウンターの構えを見せる。

 

またしても手痛いエネルギー反射を喰らいそうになった寸前、エデンの武装チェイサーが弓の形状へと変形。射出された矢はディファレントの腕の関節を的確に射貫き、その動きを止めた。

 

 

「攻め続けろ黒騎士! 周りは俺に任せておけ!」

 

「オッケー任せたゼ、シュバルツ!」

 

 

カウンターを先送りにし生まれた猶予に、スレイヤーは次々と超火力を爆発させていく。その頃、倒されていたロイミュードが再起しスレイヤーの妨害に入ろうとするが、エデンがそれを許さない。

 

再び武装チェイサーが変形。今度は折りたたまれ、鞭のパーツが出現する。

 

 

「蜘蛛に蝙蝠、そして蛇! 全員纏めて俺が相手だ機械兵!」

 

 

翼を広げる040、力と速度で殴りかかる038、サポートに徹して捕縛糸を吐く039。ディファレントの意思で統率された動きだが、エデンはその全てを伸縮自在の金属鞭で制してみせた。飛ぶ040をはたき落とし、糸を斬り裂き、038を退ける。巧みな鞭の操術で、近くのスレイヤーの戦いには一切干渉させることなく。

 

一方でスレイヤーも連撃を叩き込み続けていたが、ディファレントが強引にカウンターを捻じ込んできた。というのも、エネルギー吸収を解除し反撃に徹し、ガトリングを乱射するという機械ならではの高リスクな方法を取ってきたのだ。しかし、

 

 

「効かネェんだよ、そっちの攻撃はナァ!」

 

 

攻撃を喰らった瞬間、フェニックスメモリの「イモータルフェザー」が展開。受けたダメージを即座に再生・回復させ、メテオデッドヒートの炎とフェニックスの炎を両腕に宿して一気に放出!

 

 

「ヴォルケイノ・ツヴァイ・ブラスター!!」

 

「トリプルチューン!!」

 

 

竜の炎と不死鳥の炎、そこに加わる三位一体の死神の力。渾然一体となった超常的な火力がエネルギー吸収を解除したディファレントに爆裂し、かつてないダメージを叩き込むことに成功した。だが、これでもまだ撃破には至らない。

 

 

「ならばもう一発!」

 

《チェイサー!マキシマムドライブ!》

 

「来たれ異界の追跡者! 紫の爆音が生命の業を死へと───」

《マッテローヨ!》

「…なんて!?」

 

 

エデンドライバーにメモリを装填し、揚々と必殺技を放とうとしていたエデン。しかし、まさかのドライバーから怒られるという事態に。

 

 

「あぁ…シュバルツ? それシンゴウアックスつって、そーゆー仕様なんだワ。信号待ちってコト。悪いけどもうチョイ待ってテ」

 

「待つのか? 今? まぁ確かに信号待ちは大事なルール、騎士道!」

「堕天使の翼を以てすれば、横断歩道なんてひとっ飛び!」

「それ言ってる場合じゃないと思うんだけど…」

 

《イッテイーヨ!》

 

「あ、行っていいってサ」

「よし来た喰ら……!」

 

 

エデンは青信号と同時に寄りかかっていた槍を引き抜き、勢いのまま突き出した。

 

瞬間、弾ける爆風。紫の波動が山肌を、木々を貫き、水平線目掛けて爆走していった。その通り道にいた3体の下級ロイミュードは全員爆散し、コアごと消失している。率直に言って非常識な強烈な一撃が放たれたのだった。

 

ついでにエデンも反動でぶっ飛んだ。

 

 

「こ…これは神話級の一撃ね…流石にちょっと引く…」

「ふ…フッ…こ、これが竜騎士の本気…!…!?」

「なんつーアホみてぇなパワー…流石は先輩の武器…ってかやり過ぎダロ博士」

 

 

そういえば霧香博士がこんな事を言っていたのを、梨子は思い出した。「士門くんとの悪ノリでチェイサーメモリだけ出力と燃費の調整馬鹿みたいな設定にしちゃったけど、なんか竜騎士は無敵って言ってたし多分大丈夫だよな!」と。

 

 

 

_________________

 

 

策は打破され、剣は折れ、味わった経験の少ない逆境にいるのは分かる。それなのに、この憂鬱は全く晴れる気配がない。組織を敵に回し、朱月やあのゼロに命を狙われた時もそうだった。

 

何故ただ不愉快でしかないのか。その答えを待たず、仮面ライダーソニックとスラッシュ・ドーパントは迫りくる。

 

 

「行け、隼斗!」

 

「All right!合わせろファースト!」

 

「たわけ!貴様が合わせろ!!」

 

《ヒッサツ!ぁふるすろっとる!!》

 

《ヒッサツ!Full throttle Over!Brave!カクサーン!!》

 

「隼斗流剣技 二刀流!」

 

「我流剣七ノ技、二刀流!」

 

 

ダブルの渾身の一撃で空間切断能力が無に帰した。その好機を逃さず、二人の二刀流が風を巻き込んで容赦なく斬り込む。

 

 

「蝉時雨!!」

 

 

不規則、高速、圧倒的手数と殺傷能力の螺旋斬撃。それらの斬撃は余さずディストピアに刻まれる。そして、時雨の如き刹那の剣技の後には、また色の異なった二刀高速斬撃が幕を開ける。

 

 

「究極奥義!絶禍凌嵐!!」

 

 

ソニックの煌風とリジェネレイトブラッシャー、それらで紡がれる止むことの無い斬撃暴風。愚直かつ暴力的な、超強力なただの連続斬り。

 

 

「速く!速く!もっと速く!!」

 

 

大事な人を傷付けられ、故郷を踏みにじられ、ソニックの怒りが尽きることはない。故に、攻撃の手が緩むこともない。

 

 

「オルァァァっ!!!!」

 

 

全ての体力を込めた最後の一太刀が決まった。

決して癒えない、かつてない痛みがディストピアの全身に焼き付いた。

 

 

「やったか!?」

『やめてよアラシここでフラグはマジで無いから』

 

「いや、ソニックの一撃は確かに入った。だが油断するな!」

 

「『ッ!』」

 

 

ファーストの警告は一瞬も跨がずに現実となってしまった。

ディストピアは立ち上がった。確実に死に近づいている体を、どんな道理を使ってか動かして。

 

 

「マジかよ……ッ!」

 

『いやぁ…これで倒れないのはどうかしてるでしょマジで』

 

「何故だ…実力も計画も、こちらが先を行っていたはず…! 俺の目論見に狂いなんてあるはずがない…なのに何故……!!」

 

「まだわかんねぇかよ、確かにテメェの計画は厄介だったし、ここまで来るのに苦労はしたさ。でもな…テメェは甘く見過ぎてたんだよ、俺たちのことを」

 

「そうだ、『憂鬱』。こいつらはどんな逆境に立たされてなお折れることが無かった、俺の認めた強き戦士たち。天才ともあろうものが、まさかその予想を見誤ったか?」

 

 

突き付けられる刃が不愉快で仕方ない。それよりもただ、分からない。この数分で何が起こったのか、何が自分を苦しめているのか。近づく敗北と挫折を、生まれながらの天才は知り得ない。

 

 

「黙れ…!俺はまだ立っている……俺はまだ…まだ……!」

 

 

頭に熱が籠って物事を考えられない。ただ溢れる力だけが、ディストピアから立ち昇る。その状況に戦慄する戦士たちだったが、そこへやって来たのは予想外の援軍。

 

 

「お待ちなさい!」

 

「just a moment!!」

 

 

瞬樹のマシンライバーンで空から駆け付け、頭上から降り立った場違いな二人。

 

 

「お待たせしました!隼斗さん!」

 

「でもGood timingだったようね!」

 

 

Aqoursの黒澤ダイヤと小原鞠莉。殺伐とした戦況に差し込まれた展開に、一同困惑を隠せなかった。

 

 

「ダイヤさん!?」

 

『え、鞠莉さんまで……なんで?』

 

「お前が黒澤ダイヤか。なんで瞬樹のバイクに乗って来たかとかはこの際突っ込まねぇが…危ねぇぞ退いてろ!」

 

「フフーン! ハヤト! エイト! それにアラシ! センセイからのpresentよ!!」

 

 

馳せ参じた理由はただ一つ。彼女たちもまた、ライダーの力を宿したアイテムを届けに来てくれたのだ。ダブルには白と赤の2本のガイアメモリが、ソニックにはハードボイルダーを模したシグナルバイクが渡された。

 

 

「これって……!?」

 

「なんだコレ? 英語じゃねぇな…仮面ライダーか?」

 

『そういうことね。よかった、博士間に合わせてくれたんだ』

 

 

永斗と霧香博士が共同で作ったメモリであるため、永斗はその仮面ライダーを知っている。赤い方に描かれるのは『仮面ライダードライブ』、白い方は『仮面ライダーマッハ』、彼らもまたこの世界でかつてロイミュードと戦っていた戦士たちだ。

 

 

「ドライブ先輩! マッハ先輩!? どうして…」

 

『やぁ、無事届いたようだな!』

 

 

ソニックの通信機から聞こえる霧香博士の声。明らかに疲弊した様子であり、永斗が片手で「任せてすんません」と平謝り。

 

 

「博士! コレって……」

 

『シグナルレジェンドダブル、そしてドライブレジェンドメモリ、マッハレジェンドメモリだ! ダブル、ドライブ、マッハのそれぞれの力を再現できるようになるアイテムだ! コイツでエルバをぶっ倒したまえ!!』

 

 

簡潔な通信だったが、充分に伝わった。今一つ届かなかったエルバの底に、このアイテムなら届き得るということだ。

 

 

「ってかなんで俺だけこれ一個なんだよ! むしろドライブ先輩達の力とか俺の方が使いたいんだが!?」

 

「ぐだぐだ文句言ってんじゃねぇ、オラ行くぞ!」

 

『さぁお待ちかねだね。先輩ライダーの力…使わせてもらうよ』

 

《ドライブ!》

《ドライブ!マキシマムドライブ!!》

 

 

ドライブメモリをマキシマムスロットにセットすると、ダブルの目の前に一本の剣が出現した。クリアな刃に、最も目を惹くのは柄についたハンドル。車を操縦するあのハンドルである。

 

 

「なんだコレ…永斗の趣味か?」

 

『能力は博士に任せっきりだったから…ドライブの武器だと思うけど、ハンドルソード?』

 

「ハンドル剣だ」

 

「まんまじゃねぇか」

『もう少しいいネーミング無かったの?』

 

「文句なら泊先輩に言え。言わせないけどな! とにかく使ってみろ!」

 

「使ってみろって…あぁクソ! んなトンチキな剣どう使えば…」

 

 

シャフトを背中に戻し、立ち止まっていたディストピアに「ハンドル剣」で斬りかかった。メタルシャフトと同じ要領で使ってみるが、想像よりかなり軽く、動かしやすい。あのディストピアに対しスムーズに四撃も入った。

 

 

「へぇ…名前の割には意外と使いやすいじゃねぇかコレ」

 

「フフン…それだけじゃねぇぜ! ハンドル切ってみろ!」

 

「ハンドルを?」

『アラシ貸して。こうでしょ』

 

《Turn!》

 

「これでどうすんだ?」

 

「こうすんだ。ほら行ってこい!」

 

「うおおっ!?」

 

 

ソニックがダブルの背中を押すと、強風に吹かれたかのように急加速。剣に引っ張られるように体が勝手に動き、滑らかな連続斬りが繰り出された。予測し辛い攻撃だったようで、何発かは防がれたが後半は防御を振り切ってダメージを与えることができた。

 

 

「…ッ、ふざけた攻撃を……」

 

「な、なんだ今の……」

 

「コレもハンドル剣の能力だ! それに…ドライブの力が使えるってんなら多分アレも…っと!」

 

 

ソニックがダブルのマキシマムスロットを再度叩くと、今度は銃が出てきた。予想に違わずまた風変りな形状で、今度は車のドアのようになっていた。

 

 

「なんだ? 銃……まさかコレ…」

『ドア銃だね』

 

「正解だ永斗少年!」

 

「マジでネーミングセンスどうかしてんぞお前の先輩!」

 

「それは言わねえ約束だ、んじゃまそろそろ俺も行くかぁ!」

 

《SignalBike!》

《Signal koukan!》

《Legend!!》

 

 

ソニックはシグナルブレイヴをシグナルレジェンドダブルに入れ替え、能力が発動。元々機動力に優れるソニックだが、緑色の風を纏ってそれが更に向上したのを感じた。

 

 

「よーし…行くぜ!」

 

 

手首をダブルのようにスナップさせ、攻撃を斬撃から肉弾戦へと切り替えた。サイクロンの力で動きが流動的になり、ジョーカーの力で一気に穿つ。二乗になった風の力で、ディストピアの動きを凌駕しダメージを与えた。

 

 

『ま、銃ならコレだよね!』

 

《ルナトリガー!!》

 

 

ルナトリガーにチェンジしたダブルは、トリガーマグナムとドア銃の二丁拳銃でソニックの戦いをサポートする。

 

 

「コイツも名前の割にいい火力してんじゃねぇか。名前がアレだが」

 

「お前ばっかズルいぞ!それよこせ!」

 

「あっおい! ったく…使いてぇならそう言えっての」

『憧れの先輩だっけ?それなら尚更だよね〜。って、ん?』

 

 

ソニックがハンドル剣を奪取し、攻撃を再び斬撃に。呆れるアラシとなだめる永斗だったが、突然ドア銃の連射が止まってしまった。弾切れのようだが、リロード方法が分からない。そんな時、ソニックがダブルに指示を出す。

 

 

「ドアを開けて閉めろ!」

 

「あ? 開けて閉める?…こうか。喰らえ!」

 

 

《半・ドア………》

 

 

「……は?」

 

 

言われた通りにしたのに銃弾は発射されなかった。ドア銃をよく見ると、ドアが少し開いたままになっている。

 

 

「ばーか…ドアはちゃんと閉めろって」

 

 

どうやら半ドアではリロードされない仕組みになっているらしい。

 

 

「なんだよそれ!?」

 

『そうだよアラシ、開けたらちゃんと閉めないと…』

 

「いやそうじゃねぇだろ! なんだその無駄に細けぇ仕様は!?」

 

「ドア銃を作った沢神りんな博士の拘りなんだとさ」

 

「なんだよそのこだわり……どいつもこいつも一周回って馬鹿なんだろ、天才ってやつは」

 

《Charge!》

 

「そうそう…よーし、俺も!」

 

 

煌風を納刀したソニックは、ダブルの力でトリガーマグナムを出現させ、風の弾丸を乱射してディストピアに反撃の隙を与えない。油断はできない強敵だ、このまま押し切るしかない。

 

そしてリジェネレイトブラッシャーを投げ捨て、ハンドル剣とメタルシャフトを構え、ハンドル剣のハンドルを切ってクラクションを鳴らし、完全な攻撃態勢に。

 

 

《Turn!ドリフト・カイテーン!!》

 

「行くぜ!」

 

 

超高速回転斬りと棍棒の連打の合わせ技。威力の壮絶さは言うまでもない。

 

 

『アラシ、こっちも使ってみようよ』

 

「あぁ、この白い方だな!」

 

《マッハ!》

《マッハ!マキシマムドライブ!!》

 

 

仮面ライダーマッハの力が発動し、ダブルの体が白いオーラと蒸気に包まれる。それを見てソニックは仮面ライダーマッハ、詩島剛の戦いを思い出し、再びダブルへと指示を出す。

 

 

「アラシ! サイクロンジョーカーに戻せ!」

 

「あ?…おう。でもなんでだ?」

 

「マッハ先輩の力を活かすならその姿が多分1番だ。ほらコレ!」

 

 

サイクロンジョーカーに切り替えたダブルに、ソニックはゼンリンシューターを手渡す。改めて見るとこれもそこそこに変わった見た目だ。前輪がそのまま付いているのだから。

 

 

「さぁ着いてこい!」

 

『着いてこいって…あーでもなんか速そうな感じするね』

 

「おいファースト、さっきからボサっと見てんじゃねぇよ。テメェも合わせろ!」

 

「異世界の仮面ライダーの力。珍しかったから見入っていただけだ。指図をするな!」

 

 

鼓動と共鳴し、鳴り響くエンジン音。白い稲妻を帯びた連撃を叩き込み、ゼンリンシューターを連射。知らないはずの仮面ライダーマッハの戦い方を見事になぞり、音速目掛けて加速していく。

 

 

『すっご…ライトニングより速いよこれ』

「この速さなら置いて行かれねぇな!」

 

「よーし…俺も!」

 

《Turn!Turn!U・Turn!!》

 

 

カーブとターン、スピードアップを繰り返しキレを増していくソニックの斬撃。それに合わせシグナルカクサーンの力を発動させたダブルが、ディストピアの頭上に弾丸の豪雨を降らせた。

 

 

「泊進ノ介…詩島剛…!ここにいない仮面ライダーの力まで…一時霧香……!」

 

 

いずれもエルバが見込んだ者たちと同じ、歴史に名を残すに足る非凡な存在。エルバ自身が望んだ存在であるはずの彼らに、苛立ってしかたがない。

 

そんなディストピアを連撃で退け、急ブレーキをかけ並び立つソニックとダブル。ソニックはシグナルレジェンドダブルをハンドル剣に、ダブルはドライブメモリをマキシマムスロットに装填。

 

 

《ヒッサーツ!Full throttle!!》

《ドライブ!マキシマムドライブ!!》

 

「ハァァァァッ!!」

 

「レベル…2!」

 

 

蒼、緑、黒の風、そして紫の炎。混ざり合う4色がディストピアに炸裂。そして、何処からともなく現れた深紅のスーパーマシン『トライドロン』が、必殺の合図となる。

 

 

「我流剣 二ノ技…二刀流・怒髪天(どはつてん)!」

 

 

ディストピアの空拳と真っ向から「打ち合う」のは、怒りを乗せたスラッシュの二刀。「斬る」よりも「壊す」ことを重視したその技は、およそ剣では出せないレベルの衝撃値を叩きだす。

 

スラッシュの技でディストピアの体が大きく弾かれ、飛ばされた先はトライドロンが旋回する中心。

 

 

「『ダブル・スピードロップ!!』」

「よーし…俺も!!」

 

 

動くトライドロンを足場にし、その領域で反射を繰り返して何度も蹴りを叩き込む。そこに憧れにブレーキをかけられなかったソニックも乱入。二倍となったキックの嵐が次々とディストピアに叩きつけられていく。

 

 

「「『ハァァァァッッ!!!』」」

 

 

最後の一撃がディストピアを貫き、地面を削ってダブルとソニックは着地。「ナイスドライブ」と、声に出さずとも拳を合わせて通じ合った。

 

 

ディストピアのドライバーが火花を散らす。痛みが心の臓まで届きそうだ。息が止まる。苦しい。心拍数が薄れ、消えて行く。耐え難い苦しみの中で、エルバは思考する。

 

 

憂鬱を晴らしたかっただけだった。それなのに、何も変わらない。未来が一向に見えてこない。憂鬱の病は、どこまでもエルバを蝕んでいく。このまま苦しんで終わるのか、不快な奴らが笑っているのを見て諦めるのか。

 

面白くない。笑えない。もう何もしたくなくて、何も考えたくない。

鬱だ。憂鬱だ。どうせ憂鬱でしかないなら、考えるのもやめてしまおう。

 

 

「───どうでもいいな」

 

「っ…おいざけんなボケが。倒せた流れだったろうが!」

「流石にJokeが過ぎるぜ、まだ起きるってのかよ!」

 

「天城隼斗…切風アラシ…士門……いや、もういいか。俺にとっては結局、全部が無価値だった。それだけの話だったんだ」

 

 

死体と同じ気配で、ディストピアは立ち上がった。そこにはもう葛藤はなかった。あるのはただひたすらに質の悪い、天才の思考放棄。

 

ディストピアが虚空に手をかざす。すると、黒い稲妻が収束。それだけでその場にいる全員が絶望するには十分過ぎた。その手に生み出されたのは、絶望郷の剣よりも数回りも強大な武器『絶望郷の戦斧』だったのだから。

 

 

「雲があると、見栄えが悪いか」

 

 

ディストピアが巨大な斧を天に振るう。

解放されたエネルギーが天空で爆ぜ、その一撃は()()()()()。爆発が起こるよりも遥かに静かに、鷲頭山上空の雲を全て消滅させたのだ。それは最早、神の所業。

 

 

「どういうことだよ…どこにそんな力が!」

 

「馬鹿を言うな。ずっと考えて試していただけだ、俺が笑うための手段を。だが無理だと悟っただけの事。俺がただ世界を壊すのに、策も力も必要無い」

 

 

___________________

 

 

 

チャージ時間中に修復し、エデンの必殺を凌いだディファレントだったが、戦闘開始時よりも明らかに消耗しているのが分かった。そこに勝機を見出し、エデンとスレイヤーは更に攻撃を加えようとした、その時だった。

 

 

『………!!』

 

 

「なんだ…!?」

「これッテ…あの時と同じ、異世界へのワームホール!?」

 

 

ディファレントの手から放たれた波動が、雲の消えた空に黒い渦を作り出した。それは隼斗たちをダブルの世界に送り込んだ、異世界に通じる孔そのもの。

 

 

__________________

 

 

「テメェ…まさか元の世界に逃げる気か!? 上等だよ、どこまでだって追いかけてやる」

 

「帰る? 違うな、俺が向かう場所なんてどこにもない。だから壊すんだ。今度は世界の移動なんて生温いことは言わない、二つの世界を衝突させる」

 

「衝突!? そんなことになりゃ…どうなっちまうんだよ!」

 

『分かんないけど…上手いこと融合できても死人は千や万じゃ済まないだろうし、下手すればぶつかったとこから綺麗さっぱり対消滅…! 普通にぶつかっても災害どころじゃないでしょ…!』

 

「絶望し、生きる理由を、戦う理由を忘れたか? 精々味わえ、それが俺の憂鬱だ」

 

 

ディストピアが斧を大地に突き刺した。瞬間、破壊のエネルギーが駆け、足場がひび割れ崩壊を始める。そしてディストピアは、絶望郷の開国宣言を憂鬱そうに発した。

 

 

「開闢せよ、『憂鬱世界』───」

 

 

重加速とは異なる黒い霧。山の全てを、内浦の街をも飲み込み、絶望で人の心を固定し、時間を止める。誰も前進しない。誰も生きようとしない。黒き支配者のエゴを強制され、滅びを待つだけの憂鬱の絶望郷が、そこに完成した。

 

 

(またこれかクソ…! 動けねぇ!)

 

 

巨大な生物に圧し潰されているように、身動きが全く取れない。それはソニックやファーストも同じ。恐らくここら一帯にいる全ての生命が同じ状況に陥っている。

 

できるのは上を見上げ、空の孔を睨み続けることだけ。うっすらと見え始める「あちらの世界」が、滅亡へのカウントダウン開始を意味していた。

 

 

「最初からこうするべきだったんだ。こんな結末、あぁ全く……笑えないな」

 

(クソが…! 動け! せめて声くらい出せや俺! 永斗! 隼斗! 早く立ち上がれ! 早く!!)

 

 

まるで体が石になったように声も出せなくなり、やがて思考や感覚さえも停滞を始めた。このままでは世界が止まり、止まったまま静かに終わりを迎えるだろう。立ち上がらねば、一刻も早く。

 

立ち上がったとして、どうする?

 

 

(……そうだ。立ち上がったからなんだってんだ。あんだけやってエルバの野郎はまだ余裕だ。世界がぶつかるのだってどう止めりゃいい? 俺がここで起き上がったところで、何も───)

 

 

アラシの、永斗の、隼斗の全てが憂鬱に沈む。

意識が隅々まで暗闇に塗り潰されそうになった、その時。光を放ったのはその過去。帰るべき場所に置いてきた、彼女たちだった。

 

 

(馬鹿か…俺は! ここで死ねねぇ、世界を終わらせてたまるか! アイツらが待ってんだよ…! 文化祭あんだろうが。廃校覆すんだろうが!! 夢を叶えさせてやるんだ、俺達が!)

 

 

永斗もまた、アラシと同じように追い縋る暗闇から脱した。アラシとは違い、永斗は少しだけ冷静に戦局を俯瞰する。

 

 

(さて、気合で踏みとどまってもどうするか…声も出ないし、まだ首の皮一枚だ。なんか勝ち目とか見つけないと…このままじゃ結局同じ……!)

 

(クッソあの野郎、自分も死ぬってのに悠々と突っ立ってやがる…! 俺達にはトドメ刺さなくてもいいってか? あぁ!? こんな時にイライラさせ……! 待てよ…!)

 

 

佇んだまま動かないディストピア。そこに永斗とアラシは光明を見出した。もし動かないんじゃなくて、動けないのだとしたら? その理由はダメージの受けすぎか? そもそも、ゴールドメモリであるディストピアの再生力が異様に低い理由は?

 

エルバは能力発動前にわざわざ絶望を見せつけた。そして、先の戦闘で憐が一度重圧を振り払った。その時「怒り」という感情に満たされたからと考えると、答えは見える。

 

 

(見えたね、エルバの『憂鬱世界』の全容)

 

(永斗…! やっと声が繋がりやがった!)

 

(アラシも気付いたでしょ。だから繋がった。そう、あの能力の正体は…範囲内の人間全てに、精神状態に応じた概念的重圧をかける能力。そんで多分、いや絶対。それは自分にもかかってる)

 

 

普段は出力を抑えているのだろうが、恐らく『憂鬱世界』は解除不可の能力。エルバは憂鬱に苦しみ続けている。だから常に概念的圧力でエルバの体は停滞し、「傷の治りが遅く」、「老化もしない」。出力が最大の今、エルバは一歩も動くことは出来ないのだ。

 

今、アラシ達が動けないのも同じ理由だ。絶望し、何をしても仕方がないと思ってしまったから。即ち憂鬱になったから。

 

 

(簡単な話じゃねぇか畜生…! 要は根性で前向けってことだ!)

 

(あの時の憐くんみたいに、絶望してる暇ないほど昂るんだ。ブチ切れればいい。アラシ得意技でしょ?)

 

(るせぇよボケ。悪いが今回は怒りじゃねぇ、希望だ! お前も起きてんだろ隼斗! アイツは動けねぇ、今こそ動き出せ! この止まった世界で俺達だけが走るんだ! お前となら…世界を救える!)

 

 

 

「「うおおおおおおおおおっ!!!!」」

 

 

 

戦士の咆哮が、憂鬱に染まった世界を揺らした。

憂鬱に堕ちない、それ即ち生きることと同義。圧倒的な絶望を凌駕し、未来を諦めなかった世界を越えた絆。同じ結論に至った仮面ライダーダブル、仮面ライダーソニックが、エルバの憂鬱を掻き消したのだ。

 

 

「…は……!? 馬鹿な……! この憂鬱世界の中で、何故動ける…!?」

 

「テメェとは違うんだよ根暗野郎が! 背負う責任、戦う覚悟ってやつがな!」

 

『まぁ僕は死ねないからねー。全部諦めてずっと後悔する方が、死ぬより面倒くさい。だから諦めない』

 

「俺達を舐めんなって言っただろエルバ! 俺達はヒーローだ! ヒーローは…憂鬱なんかじゃ終わらねえんだよ!!」

 

 

彼らの目覚めで、止まっていた時間が動き出す。

動き始めたのは彼らだけではない。仮面ライダーならば当然、こんな憂鬱に躓いたりはしない。

 

 

《Volcanic!キュウニ!Dead Heat!Meteor!!》

 

「…っシャア!! しっかり覚えてるゼ、あの時の感覚! 体中熱くなるくらいの怒り! こんなもんで俺っちのデッドヒートは止められネェ!!」

 

 

前にただ一人、憂鬱世界を克服していたスレイヤーは、その時の感覚を頼りに重圧を振り切った。世界の孔を広げるディストピアに一撃を加えようとした、その時。並び立つもう一人の覚醒者。

 

 

「フッ…竜騎士、再び復活!」

 

「シュバルツ! マジかお前、このプレッシャーをぶっつけで乗り切ったのカヨ!」

 

「プレッシャー…? 何のことだ。俺はただ、さっきの死神の一撃の代償で動けなかっただけだが…」

 

「…ハハッ! お前やっぱ半端ねぇナ!」

 

 

善子と再会し、胸に残っていた未練が全て取り払われた瞬樹には、そもそも憂鬱に落ちる要素などなかった。悩んでいない時の馬鹿は、世界滅亡が眼前にあるくらいでは挫けたりしないのだ。

 

 

「さぁ引っ越しの準備はできたかクソ野郎。悪ぃが元の世界にも帰らせねぇぞ。テメェの引っ越し先は地獄だ、憂鬱になんて一人で堕ちてろ!」

 

 

動きが鈍るディストピアに反し、ダブルは有り得ないほど身軽に全霊の回し蹴りを叩き入れる。

 

 

「お前の敗因はsimpleだ! お前は俺達の逆鱗に触れた! 覚えておけ! 俺達は…スクールアイドルを守る、仮面ライダーだ!」

 

 

鈍化した意識ではもはや目で追えない速度。ソニックの連打がディストピアの装甲を貫き、それらは全てエルバの命に至る痛みへと昇華した。

 

 

「つまんねぇ人生の終わりが見えたか。そいつがテメェのやってきたことのツケだ。そういや、テメェにはまだ言ってなかったよな」

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

「何故…だ。俺の苦しみを、重さを…絶望を…! 全て知ったはずだ! 何故お前達は笑っている。何故お前達の世界は晴れた…! 何故、俺、だけ…が…………」

 

 

『憂鬱世界』の効力で、ディストピアの体は重くなる一方。この戦場で最も憂鬱なのは、彼なのだから。いずれ感覚が閉じる。意識が閉じる。彼の世界が…終わる。

 

 

生命とは一つの劇だ。憂鬱とはそれに対する批評だ。

 

違う。憂鬱=退屈、なんかじゃない。

憂鬱は無じゃない。マイナスなのだ。それはあらゆる負の感情の終着点。何より、己への嫌悪感がその道標。

 

 

『エルバ様、私は貴方の所有物…なんなりと捨て石に』

『反抗? 馬鹿言わんで欲しいぜ、誰があんたに勝てるってんだ?』

『ワタシの美学を理解するのはアナタだけでいい! アナタだけのために創造しましょう!』

『海の支配が俺の祖先の悲願。エルバ様がその時代にいたら、誰もそう願わなかっただろうよ』

『おれには大地の声が聞こえる。その全ては、エルバ様への賛美だと理解した』

 

『あぁ…素晴らしいよ兄上。僕は満たされてしまった、頂点になんて届き得ないと。僕は貴方の下には行かないよ。この軽薄な命が尽きるまで、この矮小な力で衆愚を貪り生きると決めた』

 

 

期待していたのに、誰もが変わってしまうんだ。自分の才能のせいで、優れた才能が錆びてしまう。笑えなくなってしまう。誰もを絶望させ、憂鬱にするんだ。

 

 

「『さぁ、お前の罪を数えろ!』」

 

 

そう、誰かのせいなんかじゃない。人生がつまらないのは全て自分のせいだ。

 

でも彼らは違った。

俺を目の前にしても憂鬱に堕ちなかった。笑っていた。俺は羨ましかったんだ。笑っている人たちに駆け寄り、仲間に入れて欲しかった。

 

 

欲しいものがあったんだ。でもあれは俺には相応しくない。

欲しいものはあったんだ。でも手に入らなかったから諦めた。

欲しいものはあったのに。手に入らないから怒った。駄々をこねた。

 

あぁつまらない! 何もうまくいかない! 世界なんて無くなればいい!

 

 

「………愚かだな、まるで子供じゃないか」

 

 

憂鬱の底を目前にして、ディストピアは力強く足を踏み出した。崩れかけた大地を踏み固めるように。そして……

 

 

「は…はははははっ!! あっはっはははははは!!」

 

 

笑った。腹を抱え、膝が崩れそうになるほど笑っていた。

世界の孔が閉じていく。世界の終わりが、遥か時空の彼方に遠のいて行く。

 

 

「…認めよう、天城隼斗。切風アラシ。士門永斗。そして…松浦果南。俺は君たちを侮っていた。俺より下の、取るに足らない存在と。だが訂正する、それは誤りだ」

 

「急に何言ってやがんだテメェ…」

 

「まぁ聞いてくれ。劣っていたのは俺だ。全ては君たちの言う通りだった! 俺は認めたくなくて、駄々をこねていたに過ぎない。滑稽だろう、笑うといい」

 

『隼斗さん、この人急にキモくなったんだけど…その…』

「分かってるよ永斗少年。さっきよりもずっと、強さの圧が半端ねぇ……!」

 

 

笑みを撒き散らすディストピアに、誰一人油断なんてしていない。目の前にいるのは先ほどよりも遥かに成長した、巨大な何かだ。

 

 

「世界を滅ぼすのは中止だ。災害にだろうと立ち向かおう、この世界の全てのライダー、悪に挑もう。空を飛び、海を駆け、大地を制する日まで退屈する暇なんて無い。俺に出来ないことなんて山ほどある」

 

「……させねえよ。お前にはもう、何も!」

 

「それでいいさ仮面ライダーソニック。そうだ、そういえば一つ自覚したことがある。俺は松浦果南に恋をしていたようだ」

 

「………はぁ!!??」

 

「これだけ生きて初めての経験だよ。だが、彼女は君を好いているようだ。それでは全く笑えない。だからこれが、俺の最初の挑戦だ」

 

 

絶望郷の戦斧を引き抜き、巨大な斧を仮面ライダーたちに向ける。向けられた刃先は随分と軽そうで、それが意味するものはかつてなく重い。

 

 

「仮面ライダーソニック、恋敵の君を超え、松浦果南を手に入れる。仮面ライダーダブル、俺を否定する君を倒し、俺という存在を俺自身が肯定する。さぁ…ここからが本当の勝負だ。笑い合おう、仮面ライダー!」

 

「ざっけんなクソが! 誰が誰に恋したって!? お前みたいな悪党に姉ちゃんを渡すわけねえだろうが!! もう我慢ならねぇ…俺がぶっ殺す!!!」

 

「急に開き直ってんじゃねぇよボケ! そのまま落ち込んだまま死んどきゃよかったんだカスが!!! 何回でも否定してやんよ憂鬱ゲリクソ野郎!!」

 

『お二人さん。ヒーローの台詞じゃないよそれ』

 

 

怒りでボルテージが上がったものの、警戒は過去最大値だ。今のディストピアは危険すぎる。しかし、そんな最大の警戒も不足と嘲笑するように、ディストピアは一瞬でソニックとダブルの懐に入り込んでいた。

 

 

「嘘だろ、速───」

「体が軽い。思い出す、生まれた頃のようだ」

 

 

今のエルバは『憂鬱世界』による重圧を一切感じなくなっていた。血液は全身を激しく循環し、吸った空気が指先にまで巡る。体が羽のように軽い。

 

ディストピアは身の丈ほどもある斧を軽々振り回し、そこには当然空間切除の能力付き。そんな冗談みたいな攻撃をなんとか切り抜けたダブルとソニックだったが、息つく暇も無く『次』の予感がビリビリと肌を揺らす。

 

高く腕を振り上げ、斧が縦一閃に叩き下ろされた。

黒い閃光が世界を左右に分断する。その一撃は地中深くにまで到達し、山を割り、ここから見える海をも烈断した。

 

 

『地形変えたんだけどあの人…!!』

 

「正真正銘、これが俺の全力だ。君たちに対する全霊の敬意を示し、久々に『技』を使うとしよう」

 

 

それを聞き、ソニックとダブルは一瞬で回避を選択した。ディストピアが技と呼ぶものとまともに打ち合って、生きていられる気が到底しない。しかし、そんな予想も軽々と超えるのが、エルバという究極の才能。

 

 

「───黒天の彼方(ネロ・ユニヴェルソ)!」

 

 

斧の大振り。その衝撃波に乗せられたのは密度の高い『憂鬱世界』と、速度の遅い空間切断。そして最たる脅威は、銀河の星を想起するほど数多の「形ある斬撃」。

 

形ある斬撃の方は剣や打撃で弾けるが、だから何だと言いたくなる馬鹿げた数と複雑な軌道。これを速度の異なる空間切断の回避に合わせて捌かなければならない。そのうえ一瞬でも絶望を感じれば『憂鬱世界』で動きを奪われ、粉微塵だ。

 

 

「やるしかねぇ!! 突破するぞ!!」

「All right! 上等だぁッ!!」

『あーもう! なんなのこのクソゲーは!!』

 

 

信じられないほど煩雑で技巧が極まった攻撃。これをあの一振りで繰り出すだなんて、世迷言や冗談のレベルを超えている。それでもなんとかダブルとソニックは凌ぎ続けた。だが、まだ黒い宇宙は中間地点に過ぎない。

 

受けきれない。神経がそう感じ取り、思考してしまう寸前。

割って入った何かが黒い宇宙をかき分け、その先の出口に見える景色へと導いた。ダブルとソニックはディストピアの技を突破したのだ。

 

 

「なんだ今の…!」

 

「いや、一瞬見えた。今のはファースト!……どこ行ったんだ?」

 

 

ソニックが見た通り、彼らの窮地を救ったのは息をひそめていたスラッシュだ。しかし、そこから剣士の姿は既に消え去ってしまっていた。

 

 

「───ここまでだな……」

 

 

戦場から離脱したスラッシュ───いや、変身前の『ファースト』が手首のコネクタを抑えて歯を食いしばる。先程の攻防で全身を随分と削られた。捌ききることが出来ず、ほぼ身代わりの形になってしまったのだ。

 

というのも、体が重い。ファーストの心に根付く『ソレ』のせいで、ファーストは『憂鬱世界』を完全に克服することができなかったのだ。このまま戦っても足手まといにしかならない。

 

 

「不覚もいいところだ…! やむを得ないな…俺の『剣』を貸してやる。だから必ず憂鬱を斬れ、切風アラシ!」

 

 

ファーストが去った後、そこには激しい斬撃の跡と共にガイアメモリが横たわっていた。それは黒く輝くオリジンメモリ。描かれたのは、流麗な斬撃が竹を斬る“S”。

 

 

『これ、スラッシュメモリ!? マジで…!?』

 

「good.粋な計らいしてくれやがるぜ…!」

 

「いつからそんな仲になったんだ? まぁ使えって言うなら上等だ。借りパクしても文句言うんじゃねぇぞ!」

 

《スラッシュ!》

 

 

ダブルはジョーカーメモリを引き抜き、オリジンメモリの“S”、スラッシュメモリを装填。再びドライバーを展開し、その溢れる力を全身に開放する。

 

 

「『変身!』」

 

《サイクロンスラッシュ!!》

 

 

ギターが奏でる風の音、それに続き響き渡る三味線。表現するは武の魂。

ダブルの左半身がより漆黒へと変わり、マフラーの代わりに二色の腰マントが風を受け止める。左手に握るのは、借り受けた剣士の力『スラッシュブレイカー』。

 

蓄積された膨大な剣士の記憶が、ダブルの頭に流れ込む。剣の振り方、技、その戦いの歴史の全ての最後に、誉れ高きその名前が浮かび上がった。

 

その名は「疾風の剣士」。仮面ライダーダブル サイクロンスラッシュ!

 

 

「“S”のメモリを継承したか…!」

 

『いいね、スペシャルな感じ。いつも以上に…下手すりゃファング以上の力を感じる』

 

「隼斗!俺はまだ見た事ねぇけど、お前まだ限界突破の全力があるんだろ? それまだ使えるか!」

 

「オーバーブレイクのことか? 10秒くらいなら……いや…」

 

 

ソニックは連戦に次ぐ連戦で体力の限界だ。こんな状態で限界突破のオーバーブレイクを使えば命にかかわる。しかし、そんな事を気にして勝てる相手じゃないのは百も承知。

 

隼斗は心の中で果南に謝った。今は、覚悟を決める時だ。

 

 

「20秒だ! 20秒なら全速力で駆け抜けられる!」

 

『了解。思ったよりもずっと長いけど、博士には黙っとくよ』

「命運賭けるには十分過ぎる時間だ。この20秒で…終わりにするぞ!」

 

「いいだろう。さぁ、最後の勝負だ!」

 

 

 

________________

 

 

「凄い地響き…さっき海も割れたし、あの空の穴も消えた…何が起こってるの…?」

 

「愚問ねリリー。きっと近づいているということよ、この聖戦の終幕が! さぁ堕天使ヨハネの名において命じます! 我が堕天同盟よ、今こそ地上を救いへと導くのです!」

 

「合点承知! ハーさんも激しくやり合ってるみたいだシ、俺っちたちもいっちょ行こうゼ! ド派手にナァ!!」

 

「あぁ! 心が無い貴様にも刻み付けてやる、憂鬱の傀儡! 来たる断罪の恐れを、そして我らが天使の偉大さを!」

 

 

戦いが終局へと踏み込んだのを、荒れる風が伝えてくれる。

エデンは盾の形のガイアメモリを起動させ、その切り札を切った。天使の加護という名の優しさが心に満ちている今、天国の門は開く。

 

 

《ヘブン!》

 

「待たせた黒騎士! これが俺の、ガチの上のガチ! 刮目せよ、我が名は天竜騎士シュバルツだ!」

 

 

ロードドライバーを装着し、叩き入れたヘブンメモリが翼を展開する。

 

 

《ヘブン!マキシマムオーバーロード!!》

《Mode:MESSIAH》

 

 

救世主の称号を掲げ、銀が剥がれ落ちて騎士は白く輝く。翠の光を翼のように溢れさせる。神々しさを強さとして纏いて、聖騎士は名乗りを上げた。

 

 

「仮面ライダーエデンヘブンズ! 異界の地にて、いざ! 再誕!」

 

『……!!』

 

 

脅威を電子頭脳で感じ取ったか、名乗りに間髪入れず攻撃を仕掛けるディファレント。ターボで爆発的加速からの接近。未放出だったエネルギーを両腕に充填し、ガトリングの乱射と共に解き放った。

 

 

「シュバルツ!」

 

 

普通に喰らえば肉片すらも残らない狂気的な火力。しかし、一筋の光がスレイヤーを始め全員の視界を駆けたかと思うと、エデンの姿はディファレントの背後に。

 

その気配に反射するディファレントだが、一歩遅い。スピア状に変形したエデンドライバーに光を纏わせて振るうと、光速の衝撃波がディファレントを天空に吹き飛ばした。

 

 

「瞬間移動にパワー…アレがシュバルツのガチ…スッゲェ!」

 

「当然でしょ憐。この堕天使ヨハネが認めた竜騎士よ!」

 

 

だが、ディファレントは弾き飛ばされた先、空中でその勢いを留めた。反重力を全身から発して滞空、飛行しているのだ。

 

 

「アイツ飛べたのカヨ…」

 

「望む所だ。我ら2人の竜騎士、双方共に羽ばたく翼を持っている。その大空が貴様の墓標だ! ロイミュード!」

 

「ヨッシャ! そこで見てな、ヨっちゃんに梨子サン! シュバルツと一緒に、いっちょ世界救って来っカラ!」

 

《Volcanic!キュウニ!Dead Heat!Meteor!!》

 

 

スレイヤーはドライバーのイグナイターを連打し、再び竜の炎を纏い、その熱と闘志をバーストさせた。紅蓮の翼と光の翼が広がり、戦いは空へと場所を変える。

 

 

『……破壊!』

 

「急に喋りやがっテ! ビックリすんだろーガ!」

 

 

反重力と重加速が重なった、不可視のバリアがディファレントを覆う。しかし、スレイヤーの炎は勢いを更に爆発させ、その守りを強引に突破。熱されたクローでその胴体を斬り裂く。

 

斬り裂いたところから温度が上昇し、発火。電子回路を焼き尽くす。スレイヤーはそれに重ねるように、次々と竜の爪痕を刻み付けていく。そんな防御度外視のインファイトを甘んじて受ける理由はなく、ディファレントは圧縮した反重力を放ち、スレイヤーを地上近くまで退かせた。

 

 

「任せタ、シュバルツ!」

 

『……!?』

 

「こっちだ!」

 

 

超重加速の防壁をテレポートで潜り抜け、光の一閃がディファレントを刺し貫いた。反撃の四方八方から放たれる反射エネルギー弾を、エデンは光速で避けて、避けて、避け続ける。空を駆ける閃光を、ディファレントは追う事ができない。

 

 

天刃飛翔(ヘブンズソード)!」

 

 

エデンの周囲に出現する光の刃が3本。それらはエデンの意思に応じて自在に飛び回る。増えた攻撃手段に意識を割いたディファレントは、その接近に対して少しだけ油断を見せてしまった。

 

 

「ただいま…ッテナ!」

 

「それを使え黒騎士!」

 

「ありがたく頂戴するゼ!」

 

 

その僅かな油断を、獣は切り拓いて致命傷にする。

再び舞い戻ったスレイヤーがエデンの刃を受け取り、斬りかかった。即座に学習したディファレントは鋭い爪を装備して対応。優れた知能で2対1の斬り合いを分析し、渡り合う。

 

だが、光の刃を持つスレイヤーはエデンの能力の加護下。ディファレントのエネルギー斬撃がヒットする寸前にスレイヤーを瞬間移動させ、それに驚異的な直感で対応したスレイヤーが転移先で即座に超高火力の攻撃を放った。

 

 

『……スレイヤー…! エデン…!』

 

 

黒い炎で焼け焦げるディファレント。腕を振り回して繰り出した超密度追尾式のエネルギー斬撃も、独立移動のエデンの2本の刃に阻まれ、エデンの接近を許してしまった。

 

そしてスレイヤーが投げ放った光の刃が一度ディファレントを斬り、反転し、他の2本と同様にエデンの槍に結合。強化された槍の光が、空に、海に、大地に降り注ぎ、神の一閃がディファレントの装備を一撃で打ち砕いた。

 

 

「…チクショウ、やっぱ足りねぇよナァ…」

 

 

この攻勢にもスレイヤーは嘆きを呟いた。何故なら、肝心のディファレントに入っているダメージは充分とは言い難いから。これだけ攻撃してもかなりの割合の衝撃を吸収されている。

 

そもそも、前に戦った時はダブル、ソニック、スレイヤー、エデンの必殺技を全て吸収され、即座に反射されたのだ。甘く見積もったとして、あれ以上の攻撃を2人で繰り出さなければいけないということ。

 

装備を破壊されたディファレントが、大きな構えを見せている。さっきの攻防でスパートをかけ過ぎたか、反応が遅れてしまった。ここまでのエネルギーを反射する気だ。

 

 

「噂をすれば光が射す…か…!」

 

「影ナ! その姿、防御はそんなダロ!? 俺っちの後ろ隠れてロ!」

 

 

一方向に砲撃の如く放出されたエネルギーを、スレイヤーが全身全霊で受け止める。エデンヘブンズとは違い、隕石から作られたメテオデッドヒートは防御にも秀でている。しかし、それも限度があるというもので、その砲撃をなんとか突破はできたものの、かなり体力を削られてしまった。

 

 

「クッソ、急に頭悪い攻撃しやがっテ…いや待てヨ…!?」

 

 

ディファレントの体の光が、先程よりも弱まっている。

憐の思考に光明が差した。あの吸収を打ち破る方法はこれしかない。

 

 

「シュバルツ! アイツ、さっきからちょくちょくエネルギーを“排出”してル! 溜めたエネルギーは出さなきゃ消えなくて、体に溜めておけるエネルギーにも限界があるんダ!」

 

「トイレみたいなものか!」

 

「うんじゃあそれでいーワ! 認識が汚ぇケド!」

 

「フッ…つまり、どういうことだ!」

 

「アイツがパンクするまで、放出させずにぶん殴り続けル! とどのつまり根性の体力勝負ダ!」

 

 

そうと決まれば余計な問答は不要。ここから先は隙さえも与えず、レッドゾーンで全力を放ち続ける危険領域(デッドヒートエリア)。2人の仮面ライダーが、各々の全開を解き放った。

 

 

《ヒッサツ!Volca Full throttle!Dead Heat!!》

《Meteor!!》

 

《ガイアコネクト》

《ヘブン!》《ドラゴン!》

《マキシマムオーバードライブ!!》

 

 

「ブレイクダウン・シャウト!!」

 

 

それは惑星に迫る隕石そのもの。スレイヤーは激しい加速で空気を裂き、その摩擦と溢れるエネルギーが暴走せんばかりの激しい熱炎を生む。

 

荒ぶる力を猛る感情で調律し、炎を拳に圧縮させ、スレイヤーは空中で鎮座するディファレントを前置き無しの最大出力で殴り落とした。回避不能の災害に見舞われ、墜落したディファレント。

 

墜落の地響き。地面は波状にひび割れ、大地の割れ目から爆炎が噴き出す。火山の噴火に等しい破滅的な二次災害が、ディファレントを継続的に削り続ける。

 

 

先の一撃で様変わりはしたが、一度移り変わった戦場は再び善子たちが待つ鷲頭山へ。スレイヤーの一撃でかなり許容量を喰われたディファレントは、その背後に死を認識していた。それが本来存在しないはずのロイミュードとしての感情や悪意を呼び覚ました。

 

どうしてこんなにも窮地に追い込まれているのか。何がきっかけでエデンとスレイヤーが強くなったのか。その答えはあの瞬間、彼女が来てからに違いない。

 

 

『津島善子…!!』

 

 

エデンとスレイヤーを応援していた善子の生体反応をすぐ近くで確認し、溜まったエネルギーの放出先、則ち悪意の矛先を善子に向けた。

 

 

「貴様、誰に向けて牙を剥いている!」

 

 

善子が悲鳴を上げる前に、その間に光が招来。瞬間移動したエデンはエネルギーの放出を許すまいと、まず善子に向けられた腕を斬り落とし、槍を放り投げて顔面に回し蹴り。更に、ブレた視界では捉えきれない速度の殴撃がもう一度頭部を襲った。

 

 

「あと、名を呼ぶときは気を付けろ。貴様如きが二度と間違えるな…『ヨハネ』だっ!!」

 

 

詠唱は省略。最短最速で、ディファレントに莫大なエネルギーを押し付ける。

 

 

楽園を統べる天竜皇の裁剣(ロード・エデン・カラドボルグ)!!」

 

 

集約した光が槍と一体化し、練り上げられた光剣をディファレントに炸裂させる。ツインマキシマムを超える出力を誇る、大地を割るほどの一撃さえも、ディファレントに触れた部分から吸収されている。

 

エデンは体の隅々から絞り出すように、出力を上げ続ける。が、無情な現実がそこにはあり、攻撃を全て吸収しきったディファレントが佇んでいた。このエネルギーを反転されれば、辺り一帯は消し飛ばされてしまうだろう。

 

 

 

「「まだだ!!!」」

 

 

 

スレイヤーとエデンは吠える。そう、終わってなんかいない。体が動く限り、この激情が叫ぶ限り、騎士道が折れない限り、彼らが倒れることは有り得ない。

 

 

《Volcanic!キュウニ!Dead Heat!Meteor!!》

 

 

スレイヤーが再びイグナイターを連打し、限界を超えた熱量が空間を喰い尽くした。まるで爆発がそのまま人の形になったようなスレイヤーは、木々を、大地を焼き尽くしながらディファレントにガントレットを叩きつけた。

 

エデンも立ち上がる手段は持っている。ヘブンメモリを閉じ、盾の中心に出現したコネクターに、このメモリを挿した。

 

 

《チェイサー!》

《チェイサー!マキシマムオーバーリロード!!》

 

 

チェイサーメモリを呼び水とし、エデンヘブンズがもう一度翼を広げる。闇と光。死神の力を帯びたエデンの姿を見て、善子の口から言葉が零れ落ちた。

 

 

「堕天竜騎士…シュバルツ!」

 

 

右翼は白。左翼は黒。それが堕天したエデンヘブンズ。黒と白の羽が舞い落ち、炎が走る大地を蹴って、エデンとスレイヤーはディストピアに駆け出した。

 

 

「悪を滅ぼセ、激憤の業火!! 悪鬼羅刹、魑魅魍魎、地獄の狩人は全てを燃やシ、狩り尽くス!! 絶望の暗闇を切り拓ケ!!」

 

「絶望を超え、二頭の竜が遍く世界に光をもたらす。我は断罪の使者。愛する堕天使の願いに応え、異界の大地を救世する者!!」

 

 

厚い雲を裂いて、世界に光が射し込めた。そんな希望が、勇猛が、ここには満ちていた。心が躍る。胸が高鳴る。止まらない輝きを、善子も唱えた。

 

 

「光と闇は一つに! 堕天の絆が結ぶ、奇跡の剣は世界を導いた! 全てのリトルデーモンよ、愛する地上の人々よ! その目に焼き付けよこれが…仮面騎士が紡ぐ希望の光!」

 

 

あらゆる世界の全ての輝きがそこに集約したような、眩く熱い輝き。感情と気力の全身全霊を乗せたエデンドライバーと、スレイクローを、絆で染まった純然たる力を───突き出す!

 

 

《ヘブン!》《ドラゴン!》

《リロード・チェイサー》

《マキシマムオーバードライブ!!》

 

《ヒッサツ!Volca Full throttle!Dead Heat!!》

《Meteor!!》

 

 

「「「騎聖と鬼神の竜皇剣(インフェルノ・エデン・レーヴァテイン)黙示録(アポカリプス)!!」」」

 

 

迫る熱光を受け止める。吸い込み続ける。だが、限界は背中に張り付く。その芽生えたばかりの悪意の器が、粉々に砕ける感覚と共に、ディファレントの意識はシャットダウンした。

 

衝撃に貫かれて暴走する光はヘブンの力で遥か上空に送られ、蓄えられた全てのエネルギーを吐き出して大爆発。

 

第二の太陽が昇ったように。一つの絶望の消失を憂鬱な世界に教えたのだ。

 

残る絶望はただ一つ。

2人の戦士は空を見上げて倒れ、主人公たちに願いを託した。

 

 

_________________

 

 

残された最後の戦いは、緊張を極めていた。

相対する1人と1人と2人で1人。うち1人は個人というには余りに強大で、2人で1人はその大きさを前に新たな力を研ぎ澄まし、もう1人は───

 

 

「Clear mind! 永遠に輝く俺の翼が 新たな未来の扉を開く!! オーバーブレイクモード! 解放ッ!!」

 

 

果南に対するエルバの告白で怒りを沸騰させていたソニックは、深い呼吸と共に感情を抑え、意識を波一つ立たない水面へと至らせた。

 

ブレイブソニックの装甲が展開し、美麗な粒子を竜巻が取り込んで、溢れる力の輝きが乱反射する。竜巻は斬り裂かれ、新境地の扉は開かれた。

 

 

《O V E R - B R E A K!!》

 

 

仮面ライダーブレイブソニック、オーバーブレイクモード。コアドライビアが半永久的に生み出すエネルギーを隼斗の肉体に循環させ、爆発的な身体強化を成す最後の切り札。

 

それは同時に諸刃の剣。発動と同時に膝が崩れそうになる。限界が近づいているのは明白だが、隼斗は足を踏みしめた。誓った20秒、勝利のためにこれだけは死守する。

 

 

「来たか…輝くソニック…!」

 

「…さっさと終わらせる!!」

 

 

世界を賭けた20秒が始まった。

 

一歩。からの急加速、音を置き去りに。

空間切断を使わせないよう、連打に次ぐ連打。20秒先のことは一切考えない、全力の二刀乱舞。

 

 

《マッハ!》

《マッハ!マキシマムドライブ!!》

 

 

ダブルもマッハメモリを使い、超加速。異次元の領域に足を踏み入れた。

 

 

「俺たちを忘れんなよ!」

 

「面白い!来るがいい、仮面ライダー!」

 

 

スラッシュメモリの力で満ちた専用装備「スラッシュブレイカー」。膨大な力だがファングのような凶暴性は見えない。まるで、遥か高みからダブルを試しているような意思を感じた。

 

 

「上等だ“S”、使いこなしてやるよ…!」

 

 

ソニックが煌風で斬り込んだ。空間切断発動より前にディストピアの斧をブラッシャーで弾き、緩急を含めた斬撃の激流でダメージを与えていく。いくら覚醒しようと、ここまでの戦闘で痛手を与えて来たのは事実。ディストピアも限界は近いはずだ。

 

ソニックの呼吸を見計らい、ディストピアが斧を振り上げる。それをカバーしてダブルがディストピアの攻撃を斬撃で妨害。スラッシュメモリの能力か、2人の太刀筋が目視できるようだった。不思議と心が落ち着く。戦場が透き通るように感じる。

 

 

残り15秒。

 

 

神経が悲鳴を上げるより速く、ソニックが更に急加速して跳び膝蹴りを叩き入れる。ノックバックするディストピアに、そのまま2連続で殴りつけ、畳み掛ける5連撃。

 

しかし、合計8発のうち半分は防がれている。あり得ない反射速度、まるで隙が無いとはこのこと。

 

隙が無いなんて文句を言えるほど偉くはない。不平不満、憤りは力づくで押し付ける。ソニックの影からダブルが剣を振るい、恐ろしいほど正確に傷と斬撃を重ねてみせた。

 

 

「やるな……だが、()()()()()()()()()()()()?」

 

 

一気にトドメ、そう考えていたダブルとソニックの足場が途端に崩れた。激しい戦いに大地が耐え切れず、割れ始めているのだ。

 

「大地の声」、スレイヤーと交戦したスワンプ・ドーパントがそんな事を言っていたのをアラシは思い当たった。この男は見よう見まねで部下の特異な才能を模倣し、この激しい攻防の対応をしながら崩れかけたポイントに誘導までしてのけたのだ。

 

ディストピアの「技」が来る。あんなものをもう一度喰らえば終わりだ。それでも止めるな、体を。最善でなくとも次の一秒の生存権を掴み取れ。

 

 

「走るぞ永斗!」

 

 

ソニックは風に乗って飛行し瞬時に距離を詰める。一方ダブルは浮いてから動くでは間に合わない。だから剣士の記憶に身を任せ、風で動きを補助しつつ『駆けた』。崩れる大地を滑り、まるで水面の近くを滑空する燕のように。

 

 

残り10秒。

 

 

折り返しを超え、また一つ次元を超えた。風が吹いたと思えば地面が割れ、木々が道端の石のように弾き飛ばされ、目視できない色彩豊かな残像と遅れて聞こえる金属音が、熾烈な戦いを混沌の世界に表現している。

 

ディストピアの一撃、ソニックとダブルの剣が拮抗。戦場が一秒止まった。大きな衝突音と共に、置き去りにしていた世界が追いつき破壊が伝播する。

 

停滞は死。すぐさま次の手を繰り出すソニックとダブルだが、注視していたディストピアの周囲の世界が歪み、その姿が眩んだ。その歪みの発生源は、ディストピアのマント。

 

武器に適応される能力をマントに使って、周囲の空間を歪めて光の屈折方向を歪めたのだ。その結果、ほんの一瞬だけ2人はディストピアを見失ってしまった。

 

 

「名も無い技だ、何せ初めてやったからな。挑戦というものはいいな…世界が瞬きで塗り替わる、形容し難い快感だ!」

 

『っ!隼斗さん!!』

 

 

その一瞬のうちにディストピアは斧に力を充填させていた。ディストピアはソニックの前に現れ、空間切断を真正面に解き放つ。

 

 

「問題ねぇ!」

 

 

だが速度が遅い。ディストピアの動きのキレは明らかに劣化している。

ソニックは身体を捻って回避。敵の体力の限界という好機に踏み込み、強く煌風を振り下ろした。

 

 

残り5秒。

 

 

「っ!」

 

「隼斗!合わせろ!」

 

「おう!!」

 

《スラッシュ!マキシマムドライブ!!》

《ヒッサツ!ぁふるすろっとる!!》

 

 

スラッシュメモリをスラッシュブレイカーに装填。リジェネレイトブラッシャーを捨てシグナルソニックを煌風に装填。互いに構えを完了させ、いざ放つは必殺の技。

 

 

「隼斗流剣技、拾ノ芸!」

 

「『これで決まりだ!!』」

 

 

目の前にいるこのエルバという存在は、本当に底が見えない。20秒どころか一晩斬り合ったとしても勝てる気が全くしない。それがどうした。それでも勝つんだ。

 

この一瞬で、遥か高い絶望郷の壁を乗り越える!

 

 

 

「一刀流!天之波覇斬(アメノハバギリ)!!」

 

「『スラッシュストリーム!!』」

 

 

吼える青龍の如く突進するソニック。そして、ダブルが繰り出す翠の烈風、数多の斬撃。それらは正義を纏って、黒く深い、空間を呑み込む戦斧とぶつかり合う。

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 

限界だった。

 

カウントを待たずして、ソニックの体が苦痛に沈んだ。仮面の内側にへばり付く血液。心臓が反旗を翻したように動きを止め、体が急速に死へと向かって行くのが分かった。

 

 

「隼斗!?」

 

「っまだ……まだぁ……!!」

 

「諦めたまえ、これ以上無理をすれば君は間違いなく………」

 

「ぶざ げん゙な゙………ッ!これ以上…お前に好きにさせてたまるかぁぁぁッ!!!」

 

「そうか。………君ほど勇敢な戦士は初めてだ。俺がこうして心惹かれたのも……倒すのは非常に心苦しいが……」

 

 

全方向からのダブルの必殺攻撃も空間ごと抉り取って無慈悲に無力化。そして、ディストピアは勢いを失ったソニック共々、ダブルを上空へと弾き飛ばした。

 

 

収束する黒い波動。逃げ場のない空という牢獄。

『詰み』だ。

 

 

「ここまでだ。…さらばだ、我が宿敵たち! 仮面ライダーソニック、仮面ライダーダブル!!」

 

 

もし、万全なら。

隼斗が全快だったとしたのなら、音速で空を駆けてダブルを救って攻撃を回避し、次の攻撃に賭けることができただろう。

 

『もし』は戦いの中では無意味な妄想だ。だから───

 

 

 

「させるかァァァァ!!!!」

 

 

 

最後に残った力で、加速した先は攻撃の矛先。

 

 

 

「…………………なんと」

 

「………っ!?」

『…そんな……!?』

 

 

 

 

残り0秒。

 

 

 

 

「………だよ………なぁ……………」

 

 

 

漆黒の斬撃がソニックを直撃した。

 

意識と体が落ちていく。地面に叩きつけられた痛みを二の次に、ダブルは顔を上げてソニックの姿を追う。だが、それは手が届かない遠くに。意識が抜け出たような隼斗の肉体は、やがて海面に消え去ってしまった。

 

 

「隼斗ォォォォッ!!?」

『…まさか隼斗さん、僕らを庇って…!?』

 

 

「まさかここまでするとはね…驚いたよ、天城隼斗。最期まで仲間のためにその身を捧げて散るとは……素晴らしい。敵ながら賞賛に値する」

 

 

「……何勝手に終わらせてんだテメェ…」

 

「…何?」

 

 

20秒は過ぎた。隼斗は落ちて消えて行った。

そんなものは所詮ただの現実だ。何一つ諦める理由になんて成り得ない。

 

 

「アイツが…まだ死ぬわけねぇだろうが馬鹿が! あの何処までもお人好しで! 仲間思いで! 馬鹿みてぇに真っ直ぐで! 誰よりも正義のヒーローしてるアイツが! たかが空間ぶった斬る攻撃喰らった程度で!!」

 

『いやアラシ、いくらなんでも今回は……いや、そうだね。隼斗さんなら死ぬはずない! あんなこれ以上ないくらいのヒーローが、こんな所で終わるはずがない!』

 

 

アラシも永斗も分かっているのは一つ。隼斗と自分たちは違う。清算できない罪や業を抱えた自分たちとは違い、隼斗は無償の愛を、怒りを、誰かに捧げることができる人間だ。

 

純正のヒーロー。そんな彼は、世界に必要な存在なのだ。

 

 

「昼寝するにはまだ早えぞ隼斗! お前が本当に死んでるってんなら俺が天国だろうが地獄だろうが引き摺ってでも連れ戻しに行ってやる! だから……まだ勝手に諦めてんじゃねぇぞ!!!」

 

 

2人で1人、それだけで戦うには大きすぎる敵。ここで退く選択肢なんて無い以上、こんな分析は無意味と放り出せ。希望は繋ぐ。信じて、戦い抜く。

 

覚悟を決めろ。どんな奇跡に縋ってでも戦う覚悟を。死なない覚悟を。

 

 

「『来い!!!』」

 

 

迫る黒い重圧を前に、アラシは考える。そういえばあの時の答え、隼斗に聞いていなかった。

 

 

『感情論抜きで考えた時、アイツらにとって俺達は何のために存在してると思う?』

 

 

アラシは自分の存在がμ'sに必要だとは思ってない。きっと自分たちがいなくたって廃校を阻止して何かに成る。そう確信できるほどの力がある。だとしたら、何のために仮面ライダーは存在するのか。

 

思うに、「釣り合い」なのだ。

彼女たちの世界に不似合いな邪悪、暴力、理不尽。そんな不純物に侵される彼女たちの人生を元の道に修正する。それが仮面ライダーの役目。

 

今目の前にいるコイツは、知り得る中で最も巨大な「不純物」。こんな存在がいてはスクールアイドルの物語は歪んでしまう。それだけは、絶対に許してはいけないのだ。

 

 

「俺はアイツらのために…俺のために…! 俺の生き様は曲げねぇ! だからここでぶっ潰す! この世界の明日に…お前はいさせちゃいけねぇんだ!!」

 

「これが“J”に選ばれた者の心か。何故にそれほどまでに強い!?」

 

「依頼を受けたからな! 一度誓った約束は違えねぇ、それが探偵だクソ野郎!!」

 

 

空間を砕く横一撃を全身を捻って躱し、低く着地して次の一撃も回避。すれ違いざまの一瞬でようやく一発を刻み込んだが、連続する死との直面で精神が削り取られていく。

 

 

「まだやれるかよ、永斗…!」

『正直もうマジで限界だけどね…僕らが諦めたらその瞬間コンテ不可能ゲームオーバー。ハードコアもいいとこだけどやらなきゃね…!』

 

「…まだ憂鬱に堕ちないか。それでこそだ。だが、天城隼斗ももういない、序列4位“S”のオリジンメモリの力があるとはいえ、君達たった2人で何ができる?」

 

「…たった2人だぁ? 何言ってんだテメェ」

 

「…何?」

 

「あいにく俺らは2人じゃねぇ。あっちの世界に残してきたアイツら、瞬樹、Aqours、憐、霧香博士、それに………隼斗も!」

 

『そ、スポ根は好きじゃないんだけどね。僕らはみんなの想い全部を背負って今ここに立ってる。今の君が相手してるのはたった2人なんかじゃない!』

 

「全ての想い…か。面白い。ならば今ここで、そのことごとくを打ち砕こう!」

 

 

大技が来る。ダブルが走り出す。0.1%の勝機を求め、またも絶望と敗北の乱気流の中に身を投じる。漆黒のエネルギーが斧に満ち、それが放たれようとした時……

 

アラシはその鼓動を感じた。水底から天に昇る、逆転の鼓動を。

 

 

「………アレは!?」

 

 

水を巻き上げ、海から昇るのは巨大な竜巻。

 

 

「何っ!…………まさか!?」

 

 

「そのまさかだ!!」

 

《O V E R - B R E A K!!》

 

 

光の柱が暗雲ごと竜巻を貫く。奇跡の光に照らされ、止まない風を従えたその姿は、紛れもなく沈んだはずの希望。仮面ライダーソニック。

 

 

「天城………隼斗………!?」

 

「はッ…思ったよか元気そうだな……!」

『信じてみるもんだね。隼斗さんコンティニュー入ります…ってか何あの姿……』

 

 

 

ディストピアはもはや敵を侮らない。が、その姿を見失った。速過ぎたのだ。エルバすらも認識できない速度の領域に達したソニックは、易々とその背後を取った。

 

反射、からの反撃。常人のそれを遥かに超えたエルバの挙動も、ソニックは置き去りに。キックが放たれると同時に衝撃が一直線に駆け、ソニックブームを起こしてディストピアは後方に弾き飛ばされた。

 

 

「お……え…………え!?」

 

「隼斗!?」

『隼斗さん!』

 

 

自分でも速度に驚いている様子のソニック。そんな彼に駆け寄ったダブル。普通に驚きと安心を見せる右側に対し、左側が何故か真っ先にソニックの首を絞めた。何故か、と言っても親しい相手に見せるいつものアラシの態度なので、理由は明白だが。

 

 

「テメェふざけんな! 勝手に庇って死にかけてんじゃねぇよ殺すぞ!?」

 

「いやしょうがねぇだろ! 首絞めんなさっきまでガチで死にかけだったんだぞこちとら!?」

 

『あーでもよかった、生きてて……それより隼斗さん、その姿なに?』

 

「え?…………ああ、これか……」

 

 

ブレイヴソニックのオーバーブレイクモードのはずが、先程までとは容姿が異なる。水色に輝いていた全身の装甲が白銀になり、背中の『アクセラーウイング』が、淡く紫色のオーラを纏いマフラーの様に靡いていた。

 

何より隼斗の視点で不思議でならないのは、オーバーブレイクの負担を一切感じないということだ。

 

 

「うーん……わかんね! けどまぁ…さっき以上の力が湧いて来るのは確かだ!」

 

「さっき以上って…大丈夫なのかよそれ?」

 

『ん…ちょっと待って、え……これマジ……?』

「どうしたんだよ永斗?」

『アラシ……ジョーカーメモリ持ってる?』

 

 

永斗が何かを感じ取り、右側で頭を押さえながらアラシに尋ねる。言われた通り確認してみると、その答えは確信へと昇華した。

 

 

「あ? 何言ってんだよ、ちゃんと持って………ねぇ………!? ふざけんなまた失くしたのか!?」

 

『いや、それは違う。あと、僕はサイクロン持ってる。ファングはいないけど…今回のコレは違う』

 

「………おい待て、まさか……!」

 

『……隼斗さん、ジョーカーメモリ……持ってる?』

 

 

何言ってるんだといった態度のソニックだったが、確認すると普通に持っていた。盗むわけも紛れ込むわけも無いので困惑していたが、永斗がその理由を答えた。

 

 

『……確定だね。隼斗さん、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「はぁっ!!?」」

 

 

オリジンメモリとの一体化。永斗が“F”相手にやった事と全く同じだ。そうすると体は地球の記憶と接続され、無限に肉体の情報のロードを繰り返す不変の存在となる。

 

 

『ファングと一体化してるから感じ取れる。それに、そうじゃなきゃアレ喰らって生きてるのおかしいし。それにこれは、まさかスラッシュの……?』

 

「なんだそれ…つか適合者俺だろうが。んな事有り得んのかよ」

 

「え…有り得ないけど」

 

「有り得ないのかよ! どーなってんだ俺の体!?」

 

『マジでわかんない…でも、ちゃんと一つになってる僕に比べたら今の隼斗さんとジョーカーの繋がりはかなり弱い。多分本当に一時的なものだと思うけど……』

 

「マジかよ……」

 

「……ともかく、今のところ特に害は無いんだよな? 永斗少年」

 

『多分ね。限定的とはいえど、僕と同じなら多少のダメージも問題無いはず……でもどうやって……?』

 

「うるせぇな、一体化しちゃったもんは仕方ねぇだろ。奇跡ってことにしとけや」

 

 

余計な事を考えたく無いのか、アラシは強引に解答を出してソニックを見つめる。なんだかんだジョーカーを取られたのが気になるのだろうか。

 

 

「な、なんだよジロジロと」

 

「なんでもねぇ。ただ、テメェも大概頑固な野郎だなって思っただけだよ」

 

「あいにく諦めは悪い方でな。死のうがくたばろうが…負けを認めない限り、大事な人がいる限り、俺は死なねえよ!」

 

「当たり前だ、そうじゃなきゃ困る」

 

 

ダブルの左拳が向けられ、ソニックがそれを掴んだ。最後の戦いが再開する前に、ソニックは一つアラシに問う。

 

 

「…なあアラシ、覚えてるか? あの夜の事」

 

「あ?」

 

「『感情論抜きで考えた時、アイツらにとって俺達は何のために存在してると思う?』…お前が聞いた言葉だ」

 

「あぁ、丁度それ考えてたとこだ。でもアレはただの比喩だって……」

 

「俺、なんとなく答えが分かった気がする」

 

「答えって…なんだよ?」

 

 

「………分かんねえ!!」

 

「…………はぁ??」

 

「仲間達が大好きだから。守りたいから守る、理屈なんかどうでもいい! それが俺の…『天城隼斗(仮面ライダーソニック)』のあり方なんだ! だから…もう考えるのはやめた!!」

 

 

アラシが出した答えとは全く違う方向。ヒーローらしい爽快な結論だ。

それでいい。世界が違うのだから、見ている場所も違うに決まっている。例え道が違っていたとしても、それぞれが各々の世界を守るために戦うのは変わらない。

 

 

「ったくお前は……」

『でも、隼斗さんらしくていいじゃん。僕は嫌いじゃないよ』

 

「だな。そうだ、お前はそのままでいい! 難しい事は考えんな!」

 

「ああ!」

 

 

笑い合う3人の前に、憂鬱もまた笑って立ち上がる。

 

 

「やはり生きていたか仮面ライダーソニック……だがなんだ…俺は知らない……なんなんだ、その姿は……!?」

 

「I don't know!だけどこれだけは分かるぜ、この姿は……今の俺の天辺だ!!」

 

「ッハハ……ハハハハハ!面白い! やはり君は面白い! 天城隼斗!!」

 

「さぁ、終わらせようぜエルバ!最後の一走り…付き合いな!!」

 

「面白い…来い! ダブル! ソニック!」

 

 

仮面ライダーが武器を構える。それと同時にディストピアが黒いエネルギーを圧縮、大型弾として解き放ち、空間を焼き尽くしながら迫り来る。

 

しかし、輝きを増したソニックが煌風を振るうとエネルギー弾は一刀両断。爆発を背景に速度を緩めず超加速で斬り込んだ。

 

 

「これまでしてきた事の報い、受けやがれ!」

 

 

ソニックはまだ自分の速度を制御しきれない。それならそれで上等だと、急ブレーキをかけてターンし、またしても背後を奪って煌風で連続斬り。

 

遅れて参じたダブルはディストピアとの数秒間の一騎打ち。重く広い斧の乱撃を剣で受け止め、上に弾いたところをブレイカーで斬りつけ、更に突き出して火花が散る。

 

 

「ッ………まだ…まだ!」

 

「させるか!」

 

《ブレッシング!マキシマムドライブ!!》

 

 

痛みを負いながらも、ここに来て一瞬でエネルギーの充填を完了させたディストピアが、空間切断を放った。が、直感でそれを予期したダブルはブレッシングメモリをスラッシュブレイカーに使用し、白い刀身で空間切断の能力を対消滅させた。

 

 

『もう1発!』

 

《ドライブ!マキシマムドライブ!!》

 

「『ドライブドリフトスラッシュ!!』」

 

 

剣士の記憶とドライブの記憶。その2つが共鳴し、ダブルが繰り出したのは寸分違わない『泊進ノ介の技』、ハンドル剣での連続斬撃。それに続くのは、神速の仮面ライダーソニック。

 

 

「ファースト…お前の力、借りるぞ! 共鳴しろ、オリジンメモリ“S”!!」

 

 

隼斗の体に残ったスラッシュの力を増幅させ、解放。翼が紫色の光を放ち、背中から放たれた羽が無数の剣や刀と成る。

 

 

《ヒッサツ!ぁふるすろっとる!!》

《ヒッサツ!Full throttle Over!Sonic!W!!》

 

「オマケにコイツも!」

 

《ヒッサツ!Full throttle Over!Brave!!》

 

「我流剣 “継承“」

 

 

カクサーンⅡを装填した煌風。シグナルソニックとレジェンドダブルを装填したブラッシャー。最後にドライバーのフルスロットルを乗算し、ファーストが隼斗に見せた『技』に重ねた。

 

混ざり合った爆発寸前のエネルギーを研ぎ澄まし、生成された無数の刀剣と共に、一斉に斬りかかる!

 

 

「多刀流 裂空(れっくう)!!」

 

 

正義の刃で満ちた、今ここは剣撃の世界。空間を埋め尽くす、空をも裂く連撃が空を食い潰すディストピアの斧と衝突する。

 

 

「この力………まさか、ジョーカーだけでなくスラッシュの力まで!?」

 

「いっ………けぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 

全力で振り下ろしたソニックの剣が、ディストピアの斧を粉々に打ち砕いた。しかし、煌風とリジェネレイトブラッシャーも激闘の限界を迎え、同じく砕け散ってしまう。

 

現在、限界を超えて尚も形を保っているのは、この3つの身体のみ。

 

 

「面白い…! 次の一瞬、死んでいるのはお前達か! 俺か! 何も分からない、この美しい世界に生きる、この一瞬! それだけが全てだと、さぁ笑おうか仮面ライダー!!!」

 

 

武器を失い、枯れかけたディストピアの力が膨れ上がるのを感じた。器を突き破って解き放たれるように。『憂鬱世界』の波動、その更に奥底で目を覚ます、計り知れない闇の本流。『罪』の根源。

 

 

■■(■■・■■■)

 

 

何かを呟いた、それが号砲。

 

世界一つを踏み潰すほど巨大。心臓一つを貫くに足るだけの鋭小。人の姿、獣の姿、植物の姿。どれにも感じてどれも違う。ディストピアの像が溢れる闇で囲まれて、どんな姿なのかを認識できない。余りに強大過ぎて、神経が個の存在として捉えることができない。

 

ただ、その姿は悪感情の化身。あらゆる負の感情を目で、鼻で、肌で、耳で、舌で、芯に至るまで感じさせ、前に進む足を止めようとしてくる。五感を悪意で犯す絶望と停滞の権化、それがあの姿だ。

 

 

だが、もう止まらない。

 

 

 

「エルバァァァッ!!」

 

 

ディストピアの一挙手一投足が空間を抉る。世界を壊す。

そこに白銀の神風は吹き抜ける。黒の世界を駆け、果てしない闇に拳を叩きつけた。

 

 

「ぶっっっっっ飛べェェェェェェっ!!」

 

 

ソニックとディストピア、互いの凄まじいインパクトが炸裂。相打ちに見えたが、紙一重で避けきったソニックだけがその一撃を成功させていた。

 

たった一撃を喰らった場所から力が暴発するように、ディストピアの体が揺らぎ、爆発し、その姿は地を離れて空中に放り出された。

 

しかし、空中でディストピアが腕を振るう。真空波が地面を砕き、空の随所の大気が削られて真っ黒に染まる。比喩でも何でもなく世界を壊すだけの力、あれをまともに向けられれば最後だ。

 

それでも希望は絶やさない。さっきの一撃で、ソニックとダブルは感じていたのだ。あの姿は酷く不安定で、恐らく、きっと『とても脆い』。

 

 

 

『アラシ!』

「分かってる!今度こそ決めるぞ、隼斗!!」

 

「ああ! 行くぞ、アラシ! 永斗少年!!」

 

《スラッシュ!マキシマムドライブ!!》

《ヒッサツ!Full throttle Over!Brave!!》

 

 

天に向けて吹く風を感じ、最後の技を発動。

崩れつつある大地を昇り、ダブルのバイク『ハードボイルダー』とソニックの『ライドソニック』が、光を帯びてディストピアへと飛翔した。

 

2機のマシンはその周囲を縦横無尽に駆け回り、暴れるディストピアを球状のエネルギーフィールドの中に封じ込めた。

 

 

「飛っっっべぇぇぇぇ!!」

 

 

ソニックに投げられたダブルは風に乗り、ソニックも超速で追いついて姿を並べる。そして共に放つのは、渾身の一撃。ライダーキック。

 

だが、ディストピアの体は崩れない。

元よりそれで終わるつもりは無い。終わるまで、何度でも。

 

ライドソニックとハードボイルダーを足場に、方向転換を繰り返して幾度となく全力のキックを連発し続ける。旋回と反射で軌道を描く光の尾が、闇を削り続ける。

 

 

しかし、『憂鬱』は腕を広げた。迫る風の戦士たちを屠るに足る余力を、その体に込めて。

 

 

あと一撃で確実に倒せる。だが、それが果てしなく遠い。

ディストピアと仮面ライダー、どちらの攻撃が先に届くか。その二つに一つ、最後の勝負は『速さ』で決着する。

 

 

 

「これで……」

 

 

「「『終わりだ!!!』」」

 

 

再び並ぶ、仮面ライダーダブルと仮面ライダーソニック。

忘れもしない出会いの時。曲がり角でダブルの必殺技の風を吸収し、加速したソニックがダブルと衝突した最悪の出会い。

 

そう。あの時、()()()()()()()()()

 

ダブルのサイクロンサイドと、ソニック。

互いが互いの風を取り込み、加速する。速く。速く。もっと速く。風よ叫べ。

 

 

音速(ソニック)相乗り(ダブル)で突破しろ!!

 

 

 

「「『ダブル・オーバー・エクストリーム!!!』」」

 

 

光の領域の中心で、二つの突風が闇を貫いた。

 

緑と紫、そして白銀と蒼。

四色の風纏い、全力を超えた一撃が砕くのは憂鬱蔓延る絶望郷。

 

闇が崩れていく。どこまでも広い空の境界へと、溶けて消えるように。

 

 

「あぁ………笑えないな。これでもう……終わってしまうだなん…て……」

 

 

世界の広さに思いを馳せる。

最期の最期に、彼は笑わなかった。断末魔も残さず、『憂鬱』という虚無として、その姿は世界に響く爆発の中に消失した。

 

 

 




あとはエピローグでコラボ編完結です。長かったエルバ戦…少し強すぎた気もしますが。色々と設定のあれこれもマスツリさんの邪魔にならない程度に盛り込んでみました。

あとサイクロンスラッシュ。これ元々マスツリさんがスラッシュメモリを変身用に考案されたことの名残で使ってみました。最後は剣じゃなかったですが、仮面ライダーだしキックでしょ!

元の世界に帰るまで、あとひとっ走りお付き合いお願いします。
感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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コラボ編 エピローグ 君の待つ未来になにを託すのか

ヒスイ地方で生きていたらまさかの二か月の間が空きました。146でございます。

お誘いしてから実現まで数年、更にコラボエピソードを進めること一年……長いお話もこれにて終結。コラボ編、最終話でございます。平和から別れまでのラストラン、お付き合いください。

https://syosetu.org/novel/91797/
↑コラボ編お世話になりましたソニックのお話はこちら!!!



自分の世界も守れてない癖に、他人の世界を救いに行きたい。そう言った自分には驚いた。それから届き得ない強さに何度も打ちひしがれて、それでもこの奇跡が繋いだ風を止めたくないと走り続けた。

 

そして、幾度めかの奇跡を踏み越えて、高く飛び上がって。

 

仮面ライダーの一撃は『憂鬱』を穿った。

暗闇に覆われた世界に風穴を開けたのだ。

 

 

「……勝ったのか…俺達が……」

 

 

着地と同時に崩れる変身。晴れていく街を見下ろして、アラシは満足そうに倒れ込んだ。勝ち取った勝利と革新的な一歩を、眠りに落ちる意識に沁み込ませて。

 

 

______________

 

 

 

「えーそれでは!この度はえーと…エルバ? をぶっ倒して!」

 

「俺たちがな」

 

「内浦に平和が訪れましたって事で! 『隼斗くんと憐くん、アラシくん、永斗くん、シュバルツくんありがとう&勝利おめでとうパーティー』を始めます!!」

 

「長いねー」

 

「まあいいじゃない。本当なんだし」

「そうそう!」

 

 

『憂鬱』との短く濃い戦いは終わり、2日が経過。

それを祝し、仮面ライダーたちはAqoursの9人と共にパーティーをして〆る運びになった。音頭を取るのは彼女たちのリーダー、高海千歌。

 

 

「エヘン。てな訳でみんな、グラスをお持ちください!」

「…ん? まちたまえ千歌くん、私は!?」

 

 

頑張ったのに功労者として名前を呼ばれなかったのが気に入らない霧香博士。まぁ元はと言えば彼女の研究データがエルバに盗まれたのが悪いわけで。

 

 

「みんな!今日はとことん!飲んだり食べたりして楽しもう!カンパーイ!!」

 

『カンパーイ!!!』

 

「聞けえええええ!?」

 

 

パーティーが始まった。この立食パーティーは浦の星の屋上で行われており、折角の機会ということでアラシ達も大いに準備に力を貸した。特に料理は戦いの後だというのに気合が入っている。

 

 

「お前、料理できたんだな…」

「まぁな。普段からこの怠け者の面倒見てんだ、これぐらい朝飯前だ」

「アラシー、ハンバーガーまだー?」

「黙って待ってろクソニート!」

「本当お疲れ様だな」

 

 

怒涛の勢いで魚を捌いて揚げていくアラシ。余りに暇だったもので昨日は勝手に沼津に行ったのだが、そこで食べた料理が彼の何かを刺激したらしい。それから食材を買って再現&アレンジに没頭し、永斗がゲームしながら「料理漫画の主人公か」とツッコミを入れていた。

 

 

「はーい!ヨキソバ、もうすぐあがるよー!」

「marryのシャイ煮もよ!」

 

 

曜や鞠莉も料理を担当しており、曜が作っているのシンプルに食欲を惹かれるオムそば。しかし鞠莉が混ぜている鍋の方は得体が知れない。高級食材が詰められているのは分かるのだが、なんかオレンジ色だし変な匂いするのは何故だ。

 

 

「曜のはともかくなんだあのグロテスクな料理」

「高級食材を適当にぶち込んで煮込んだらなんかすごいのができた奴だ。見た目は擁護できないが味は保証する」

「濾す前のコンソメスープみたいなもんか。てか食ったことあんのか………」

 

 

美味いと言われてもアレを食す気にはなれないのは当然だと思う。一方で、別方向からも得体のしれない料理が迫っていた。

 

 

「アラシ! 永斗! 食ってみろこれ! とてつもなく美味いぞ!!」

「クックックッ…そうでしょう? 我が至高の一品、堕天使の泪……竜騎士シュバルツ、お口に合ったようで何よりです」

 

 

善子が作って瞬樹が美味しそうに食べているのは黒い球体。その正体はタコの代わりに何故かタバスコを詰めたタコ焼きのようなもの。兄妹揃って味覚が狂っているため美味しそうに見えるが、率直に劇物であるため誰も近寄らない。

 

 

「しかし、こんなことしてていいのか? 事件は終わったんだ、さっさと帰らねえと……」

「それがそうもいかんのだよ、切風くん」

 

「…あんた楽しそうだな。なんだその山盛りカレー」

「あ、博士いいところに。これあげる」

「やめたまえ士門くん、いらないからってその黒い物体を私のカレーに乗せるのは」

 

 

瞬樹に堕天使の泪を押し付けられた永斗が霧香博士にパス。危険物を押し付け合いながら、霧香博士は帰れない理由というのを説明する。

 

 

「もう一度世界間ゲートを開くにはちょっとまた装置を作り直さなきゃならなくてな……設計、開発、起動実験エトセトラ…諸々細かい点を省いてどんなに急いでも最低3日はかかる」

 

「「3日!?」」

 

「うん。僕と霧香博士で検討した結果多分どんなに急いでもそれぐらいはかかる。だからとりあえず今はのんびりしとこうよ、せっかく大きな山場を越えたんだし」

 

「つってもなぁ……どうすんだよ文化祭とか。モタモタしてたら余裕で始まるぞ」

 

「あ、それなら大丈夫。並行世界間では時間の流れがなんやかんや違うから。良い感じに戻れると思うよ多分」

 

「急に都合良いなオイ」

 

 

なんにしても、あと3日で隼斗たちとはお別れ。奇妙な邂逅から始まった同盟にも終止符が打たれるということだ。それに感じるものがあったのか、隼斗がこんな提案をする。

 

 

「なら、それまでは暇って事だな?」

 

「私と士門くん以外は、だが」

 

「いや……博士、それって俺にも手伝えるか?」

「隼斗に?……まあ所々君でも出来そうな所はありそうだが…」

 

「せっかくだ、サクッとゲート完成させてそしたら最後に遊ぼうぜ! あとは…どうせならAqoursのパフォーマンス見てってもらうか? この時代のスクールアイドルのパフォーマンスを生で見れる大チャンスだし」

 

 

夏休みの宿題を早く終わらせて遊ぼう!みたいなことを言いだした隼斗に、Aqoursも同調する。

 

 

「名案ですわね隼斗さん!」

「good idea! カナン、いけるわよね?」

「もちろん! もうすっかり良くなったしね!」

 

 

ゴールドメモリを使わされたという果南も、この数日ですっかり健康体に。元気が有り余っているくらいで、食い気味にライブの提案に賛成した。

 

 

「未来から過去へ…最高の贈り物ずら!」

「で、でも! それで過去が変わったりしたら……」

「並行世界なんだし、心配ないんじゃないの? あ、でもμ'sが…スクールアイドルが存在する以上過去の私達も確かに存在するかもしれない…そうしたら…」

 

 

勢いよく話が進んでいるが、アラシと永斗もそれを拒む理由は無い。それに未来のスクールアイドルがどれほどのレベルにいるのか、今後もμ'sをサポートするなら見ておいて損は無いだろう。

 

 

「心配すんな、そんな未来のことをベラベラ喋る気はねぇよ」

「それに、こっちのμ'sが君らの知ってるような歴史を辿るかどうかなんて分からないしね~」

 

「影響が出ない程度になら大丈夫なはずだ。そんな訳だ、とりあえず今日は思いっきり騒ごうぜ!!」

 

 

元々が陽気な性格な隼斗。楽しいことを考えるのは得意なようで、アラシは穂乃果に振り回されている気分だった。しかし彼に関し、一つ気になることは残っている。

 

 

「お前、体は大丈夫なのか?」

 

「そういえば。ジョーカーとはもう分離してるけど、そうなるとオーバーブレイクのバックファイアが…」

 

「あー、それか…実はな……特に何もねえ。なんかちっともなんだよ、全然反動がねぇんだ…」

 

 

エルバとの最終決戦中に発現したソニックの謎の力。形は違えどオーバーブレイクである以上、尋常ならざる反動がかかるはず。あの時はジョーカーメモリと一体化したことで負担を帳消ししているのだと分析したが、一体化が解けても隼斗の身体は変化しないままだった。

 

 

「最強の力なのにまさかの反動無効化?…それちょっとチートじゃない?」

 

「んなもんどうでもいいだろ、無事ならそれでいいじゃねえか。死ななかったんだから得したぜラッキー、ぐらいに思っとけ」

 

「…まあ、それならいいか。そうだな!よしもっと食うぞー! 曜! こっちにも焼きそばplease!」

「ヨーソロー!」

 

「よし、俺らも食うか!」

「だね」

 

「堕天使の泪おかわり!!」

「承知!」

 

 

戦いが終わったのだから、難しい話は無粋というもの。取り合えず元の世界に帰るまでの、まずはこの一晩。何も考えずに宴に興じることにした。

 

_____________

 

 

「ふぅ…」

「いやぁ…これは極楽だねぇ」

「戦いで負った傷が癒えてゆく……」

 

「だろ? ここの温泉悪くねえだろ」

「ハーさん確かここ毎日入れんだよナ?いいな~」

 

「けどなんで俺ら揃って一緒に温泉入ってんだよ」

 

 

パーティーが終わり、アラシたちは千歌の実家の旅館「十千万」に。折角だからとライダー組で仲良く温泉に浸かっていた。広い風呂場という非日常に、アラシは静かに感動していた。

 

 

「いいじゃねえか、裸の付き合いってやつ。こうして一緒に居られんのも残り3日だ、どうせなら最後の最後まで一緒にいてぇ」

「お前なぁ…」

 

「まあいいじゃんアラシ。今のうちに沢山喋っときなよ、友達いないアラシにとって隼斗さんは貴重な同性タメじゃん?」

 

「うっせえ黙ってろ。それに、手は組んだけどダチなんかじゃ…」

「え、そうなのか? 俺はてっきりお前とはもうダチなのかと…」

「なんでだよ」

 

「お前自分で言ってたじゃねえか。『俺のダチの居場所で好き勝手やった報い、受けさせてやるよ!』って」

 

「お前本当どうでもいい事よく覚えてるよな」

 

 

熱に浮かされてそんな事も言ったなと、アラシは少しだけ後悔した。しかし永斗の言う通り、隼斗との縁は自分で思っていたよりも深いらしい。これもまた、空助が言っていた『人を変える出会い』なのかもしれない。

 

 

「……そうだな。確かに最初はお前が気に食わなかった、仮面ライダーが正義のヒーローだのなんだの面倒事持ち込んできやがってってな。お前の真っ直ぐな志が眩しかったんだ。くだらねぇ感情からキツく当たっちまって…」

 

「no problem.別に気にしてねえよ」

 

「隼斗、お前言ったよな。守りたいから守る、理屈なんぞどうでもいいって。…その言葉、最後まで貫けよ」

「アラシ…」

 

「あと、果南のこと。あまり心配かけさせんなよ? 家族みてえなもんなんだろ」

 

 

『出会い』は大切で、人間は一人じゃ生きられない。独りで生きていたアラシに、空助はそれを教えてくれた。だからアラシは一度掴んだ『出会い』を放したくない。

 

あの時、失ってしまったアラシと違って、隼斗には守り抜いて欲しいと願った。

 

 

「…分かってる。死ぬほど分かってる」

「死んだじゃん一回」

「シャラップ永斗少年」

 

「え、ハーさんマジ?」

「死者蘇生、リビングデッドソニック…!」

 

「いや…俺もよく分かんねえんだけどさ…」

 

 

隼斗の口から語られる、その言葉の真実。

戦いから戻った隼斗は博士に呼び出され、開口一番で折檻を喰らった

 

 

「今度は何をしたんだお前は!! 戦闘ログを見直してたらまたオーバーブレイクを使った挙句、君の生体反応が一瞬消えていたんだが!?」

 

 

あの一撃を喰らった時、隼斗は本当に一度死んでいたらしい。理屈不明のジョーカーメモリとの融合が起こったからよかったものの、あれが無ければそのまま海の下で死体になっていたということだ。

 

 

「いやいや別に大したことねえって!そんな怒らなくても…」

「いーや良くない! それに、あの時それを見ていた果南くんがどれだけ取り乱したか! 君には想像つくまい!!」

 

「……まあ」

 

「……だが、五体満足で生きているならいいさ。私は許そう、この事は不問に処す」

「博士……!!」

 

「が、()()が許すかな?」

「彼女?…………………あっ」

 

 

霧香博士が指さす先。彼女というのはもちろん、

目に涙を浮かべ、ずかずかとこちらに歩いてくる果南だった。

 

 

「あ、やっほー姉ちゃんただい…」

 

 

ま、を言う前に走る衝撃。果南のビンタが、隼斗の頬を引っぱたいた。

 

 

「っ……痛って!?痛ったいよ姉ちゃん! 俺怪我人なんだけど!?」

 

「うるさい!!!」

 

「………ごめん、また…心配かけて…」

 

「本当に…本当に心配してたんだから……!」

 

 

涙を流す果南。約束を破ってしまったことに後悔は無い。それでも、頬の痛さ以上に心が痛く、どうしようもなく申し訳なくて、隼斗は少し背伸びしてその頭を撫でた。

 

 

「でも死んでないから。またちゃんと帰ってきたから……ね?」

 

「……バカ」

 

「…ただいま、果南姉ちゃん」

「…お帰り、隼斗!」

 

そのまま力強く抱きしめられる隼斗。大好きな人の温もりで、やっと戦いが終わったことを───

 

 

「はい終わり終わり! いらなかったよね果南ちゃんのくだり丸々。あーもうやめよこの話。温泉に砂糖リバースしそう」

「だな、これ以上惚気話なんか聞けるか」

 

「……………」

 

「シュバルツ死んでるケド」

 

「ほっといて大丈夫だよ、リア充のオーラに殺されてるだけだから」

「あ、ウン」

 

「リア充って…まだ付き合ってねえんだけど」

 

「はぁー?」

 

 

永斗がうんざりしたように隼斗のカミングアウトに反感を吐き出した。完全に永斗のリア充に対する悪感情にスイッチが入ったようだ。

 

 

「あんだけイチャついてそりゃないでしょ。別に幸せが妬ましいとかそういうのじゃないけどさ、持ってる側がこっち側の顔してるのは流石に看過できないよ僕は」

「事実だ、そもそも姉ちゃんは俺を異性としては見てねえよ。それに俺も…この好きはlikeであってloveでは……」

 

「いやあれはラブだろ良く分かんねぇけど」

「あのアラシまで言ってるのヤバいよ。100%ラブでしょなんなの隼斗さん」

「…………」

 

「ハーさん、俺っちもそう思ウ。いい加減自覚したら?」

 

「でも………」

 

「likeだってんなら、エルバの野郎にあんな事言われたりしてキレはしねぇだろうがよ」

 

 

『俺は松浦果南に恋をしていたようだ』、エルバが発した一言に対する隼斗の反応は、それは激しいものだった。激怒だった。思い出した今も嫉妬の炎が背後に浮かび上がるようだ。

 

その感情に対し、隼斗もそろそろ名前を付けるべきだと感じた。

 

 

「……かもな」

 

「だろ? 他の奴に盗られる前にさっさと告っとけ面倒くせぇ」

「そうそう、後々バトルになった時面倒だよ?」

 

「そうする。その時が来たら……伝えるさ」

 

 

今は大事な時期だと、一度身を引く隼斗。

しかしそういう話にときめかないタイプの男子2人、容赦なく一蹴。

 

 

「チキんな」

「クソビビり」

 

「うっせーーーな!!! じゃあそっちはどうなんだよ! μ'sの皆さんと随分仲良さそうだったけど!!?」

 

「いや俺らのは違ぇだろ。何言ってんだ」

「うん。ほら、流石に僕ら弁えてるし。現役アイドルだよ?」

 

「ああぁぁぁぁぁ納得いかねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

理不尽に唸る隼斗。その横で瞬樹は「善子の恋愛話とか知らないか? 黒騎士は善子のことどう思ってる?」と問い詰めていた。

 

 

_________________

 

 

残された時間はあと3日。

激闘の後の休息のため、体に続いて戦士たちは頭脳を酷使する羽目になった。

 

 

「次そっちの回路を頼むよ。電位差キープが肝だから留意するように」

「げぇ、これ半導体作りからやんの。母相はこれでいいとしてもドープ何? さっき使えそうなデータあったからテキトーに改良でおk?」

「それなら合成条件をこうするといい。光電効果がフルで回るようになるはずだ」

「めんどい。今更何を電気代ケチってるんすか」

「なぁここのプログラム、こうじゃなくて繋げるのこっちじゃないか?」

「そーだね、隼斗さんナイス。それでお願い。あーあと10分、それで休憩でいい? もう無理」

 

 

霧香博士、永斗の2人が主だった調製やデータ管理、プログラミングを行う。隼斗ができる範囲でそれらの作業をサポートして補完する。こうして世界間ゲートは急ピッチで開発が進んでいた。

 

一方そのころ他の面子は。

 

 

「フッ……この時を待っていた! 行くぞ8切り、からの起きよ革命! これより強さの定義は逆転する!」

「今こそ月の魔力が満ちる時…褒めて遣わします竜騎士シュバルツ!」

「ヤベーぞアラシサン! ヨっちゃんのことだから絶対手札クソザコ数字に決まってル!」

「これはまさかの善子ちゃん大富豪コースずら…!?」

「行けーっ! 決めろ善子!!」

「ヨハネよ! さぁ喰らいなさい堕天の一撃、4の3枚出し!」

「3の3枚出し。8切り。10捨てであがり」

「あ、俺っちも6であがりダ」

「マルもあがりずら。後はシュバルツさんと善子ちゃんだけずらね」

「……始めようか堕天使ヨハネ、貧民の座を賭けた闇のゲームを…!」

「なんでまたこうなるのよ!!」

 

「Heyお前ら! トランプなら他所でやってくんねぇかな!?」

 

 

非頭脳派ライダーズは、Aqoursの皆と一緒に知能指数の低いトランプに興じていた。何故かゲート開発の横で。人数が多くてうるさいので十千万を使えないという理由を盾にしているが、実際のところノリである。

 

 

「ったく…遊んでるなら手伝えっての。瞬樹くんはともかくアラシとかなら少しは……」

「何言ってんの。少しでもアラシが触ったら完成が半日は遠のくよ」

「マジ…?」

 

 

 

そんなこんながありまして。隼斗のアシスト、アラシの不干渉のおかげで最後の一日を残してゲートが完成した。しかし突貫作業で作った物。一度きりの使用が限界らしいが、今回に限っては十二分だ。

 

 

「はああああああ疲れた……!」

 

「Wake up永斗少年! もうみんな待ってる!」

 

「えー…僕寝る…って言いたいけど、仕方ないね。そういう話だったし」

 

「さぁ行こうぜ最後の一日、遊ぶぞ!!」

 

 

______________________

 

 

時間の許す限り。平穏の許す限り。

彼らは男子高校生。慣れた場所を散歩して、知らない場所を開拓して、過ぎる時間を謳歌する。

 

 

「とりあえず土産買っとかなきゃだよな、アイツらにも」

 

「この辺で土産ならやっぱみかんダゼ、アラシサン!」

 

「海鮮類も美味いぞ! まあ長持ちはしないだろうが…」

 

「アラシ! 木刀がある! 買うぞ!」

「いらん。返してこい」

 

「刀と言えば…あのスラッシュメモリはどうしたんだ? ファーストも…」

 

「戦いの後すぐ飛んでったよ。ファーストも来る時勝手に来たんだし、帰る時も勝手にやるでしょ。知らんけど」

 

 

今回の戦果、ファーストがいなければ決して成し得ないものだった。これまで何度も救われたのは分かっている。それでも、いずれ彼らと本格的に敵対する日が来るだろう。あの鋭い剣先はいずれ仮面ライダーに向けられる。

 

 

「戦いたくねぇな、お前とは……」

 

 

敵に回すと厄介だからか、もしくは別の理由か。

だがアラシの勘は当たる。まだ見ぬ彼の素顔と、その憤怒の源泉は、きっと彼らを死闘へと誘うだろう。

 

今はまだその時じゃない。アラシは自分の予感に蓋をし、この束の間の暇に再び身を投じることにした。

 

 

「おお…まさかこんなすげぇもん食えるなんてな……」

「隼斗さん、マジでいいのコレ…?」

 

「no problem!どうせ博士の金だし!」

「あの人謎に金持ちだよナ」

 

 

沼津の有名海鮮料理店「丸勘」で絶品海鮮丼を頬張る少年一行。少ない探偵業の稼ぎでは滅多に食べられない高級品に、アラシと永斗は一口ずつ感動を味わっていた。

 

 

「霧香博士、か……」

 

「どうしたアラシ?」

「なぁ隼斗、ちょっと気になったんだが…あの博士ってどういう流れでお前らの仲間になったんだ?」

 

「あ? 霧香博士なら、確かハーレー博士…ああ、お前にはあの夜話したろ? 俺が助手やってたその博士の紹介で浦女に来たんだが…それより前のこととなると知らねえな」

「…そうか」

 

 

博士と聞くとアラシが思い当たるのは2人の人物。切風空助と山神未来、喪った父親と最近知り合った師匠の名だった。あの二人が前に仲間だったという話は聞いているが、詳しい話は聞かず終いだった。

 

霧香博士と未来がもし出会ったら…随分と話が弾みそうだ。間違っても巻き込まれたくない組み合わせなのは確かだが。

 

 

「それがどうかしたのか?」

「…いや、なんでもねぇ。ちょっと気になっただけだ。あと美味いな、魚が良い。やっぱ魚買って帰るぞ。他のやつも色々食っとくか」

「マジで? アラシまだ食うの?」

 

「高ぇもんを金のこと気にせず食える貴重な機会なんだ、食わなきゃ損だろ?」

 

 

そういえばアラシは金が絡むとがめついのだった。

次に向かったのはみかん園。

 

 

「…美味いなコレ」

「だろ!? ここらのみかんは日本一だぜ! 他の県にも負けちゃいねぇよ!」

「持ち帰りもできるから、その辺気にしなくていいのが最高だよナ」

 

「烈の分と、我が天使の分…ハッ!善子にも持っていってやらねば!」

「オイシュバルツ! あんま採りすぎんなヨ!?」

 

「μ'sのみんなにもお土産として持っていかなきゃだからね。迷惑にならない程度に沢山持っていっとこうか」

「だな、甘いもんはいくらあってもいいもんだ。足りない分は別途で買えばいい」

「博士の金だからって遠慮なさすぎナ…」

 

 

甘いものということでアラシのテンションは更にヒートアップ。稀に見る上機嫌でみかん園を後にした次は、Aqoursが練習に使っているという淡島神社に。

 

 

「『がんばって』」

「『禁煙』……妙に馴染むあと張りされてんな」

 

「だろ?一周回って自然に見えるよな本当に」

 

 

「ゼェ…ゼェ…蒼騎士!黒騎士!あとどれぐらい登るんだ!?」

「ちょ…無理…マジで……死ぬ…」

 

「シュバルツもエイくんもバテ過ぎダロ……」

 

 

この神社の石階段がまぁ長い長い。ここまでフルパワーで遊んでいた瞬樹と、特にはしゃいではなかったが単に体力がミジンコの永斗は虫の息だった。階段上りの特訓はスクールアイドルの中で伝統となっているのだろうか。

 

 

「ってか毎回練習で上り下りしてんのか?」

「いいや、最近は全くだ。終バスの時間とかの都合で沼津のスタジオに練習拠点移したからな」

 

「って事はその前は結構やってたんだな」

「鬼じゃん……Aqours鬼じゃん……」

「うちの海未とどっこいどっこいだな」

 

「そういやアラシ、ダイヤさんが言ってたんだが……この特訓メニュー、マジでやったのか?」

「あ?…………お前なんでこれ知ってんだ」

「ゲェッ………」

 

 

永斗が絶句した。隼斗が見せたメニュー表は、見覚えしかなかったのだから。

 

 

「ダイヤさんが裏ルートで手に入れたって。μ'sが夏合宿でやった(とされてる)super特訓メニュー表」

 

「……アイツ、こっちの世界でも変わらねぇのか」

「え、really………?」

「負の遺産すぎる……」

 

 

夏合宿にて海未が錬成したメニューが後世に残っているとは。感心しているアラシの横で、永斗は手を合わせておいた。

 

そして次なる目的地は水族館「三津シーパラダイス」。

 

 

「しかし、初めて来たなこんなとこ……」

「それは僕もだよ、知識としては勿論知ってたけどやっぱり実際に来ないと楽しさってのは分からないもんだね」

 

「アラシ! 永斗! 巨大な牙を持った魔獣がいるぞ!!」

 

「シュバルツそれうちっちー! マスコットだゼ!?」

 

「目立つだろはしゃぐなバカ!」

 

 

「そろそろだな……アラシ、永斗少年、大丈夫か?」

 

「問題ねぇ」

「モチ。瞬樹、本当にいいの?」

「たかが水飛沫程度、この俺には効かん! どんとこい!!」

 

『ー!』

 

 

盛り上がるイルカショー。トレーナーさんの合図で飛び上がるイルカ。着水した途端、とてつもない水飛沫が一斉に飛び掛かる。被害を被ったのは逆張りでレインコートを着用しなかった瞬樹だけだったが。

 

 

「だから言ったのに……」

「シュバルツ…警告を無視したカラ…」

 

「フッ…水も滴る偉大な竜騎士……ブェクショイ!!!」

 

 

こうして遊んで、過ぎ去りつつある平和を楽しんだ。

しかし日は暮れる。いつまでもここに居るわけにはいかない。

 

残ったプログラムはあと一つ。Aqoursが贈る、仮面ライダーたちへのライブだ。

 

 

「…にしても、わざわざそこまでしてくれなくても良かったんだぞ。この短期間でライブだなんて無茶だろ」

 

「それ僕らが言う? まぁちょい見せくらいのテンションでしょ。そんな大変じゃないんじゃない」

 

「いや、なんかμ’sに伝わるかもって事で気合入ったらしくてな」

「特にダイヤサンがナ」

「3曲やるらしいぜ。しかも一つは新曲だとよ」

 

「マジかよ」

 

 

案内通りに指定場所へ向かうと、そこにはきっちりと簡易特設ステージが用意されていた。ここまでやるかと仰け反るアラシ。暇だったから内緒でステージ建設を手伝っていた憐は得意げだ。

 

 

「お待たせ! 私たちは…浦の星女学院のスクールアイドル、Aqoursです!」

 

 

ステージの照明が閃光し、華やかな衣装をまとったAqoursの9人が登場した。マイクを握って声を張る千歌の姿に、アラシたちは穂乃果の姿を想起した。

 

 

「まず最初に……私たちの世界を守ってくれて、ありがとう!!」

 

 

律儀に謝意をマイク越しに叫ぶ千歌。他の8人も気持ちは同じなのだろう。返事を返してやりたいところだが、そこで永斗がアラシ達にサイリウムを手渡す。アイドルと観客という関係性の今、対話はパフォーマンスと応援が礼儀だ。

 

 

「私は…μ'sが憧れでした! μ'sがいたからAqoursがいる! そんなμ'sを守ってくれてありがとう!!」

 

 

オレンジに光ったサイリウムを振る男たち。Aqoursは微笑んで天を指す。

 

 

「この感謝をこめて、未来から過去に! これが私たち…Aqoursの輝き! 聞いてください───『MIRAI TICKET』!」

 

 

上昇する熱気とメロディーに乗って少女たちは舞う。この曲はAqoursが一回目のラブライブ地区大会で披露したもの。あの時は惜しくも敗退を喫してしまったが、『未来』からの贈り物ならこの曲を外すことはできないだろう。

 

 

「いい曲だね。なんていうか、彼女たちが歩んできた道が見えるみたいだ」

 

「そのための曲だからな。とにかくみんな必死だったんだ、学校を守ろうって」

 

「μ'sとはまた違ぇな…」

 

「善子ー!! 善子すごいぞ!! 善子ー!!」

 

 

若干一名喧しいが、アラシはそのステージを冷静に分析する。形が歪な原石を激流と激突で削って、そうして出来上がりつつある未完成な宝石。

 

この曲はさながら夢への『情熱』や『希望』。

 

そうして一曲目が終わった。

暗転。息をつく暇も無く、次の旋律が始まり、9人が新たなフォーメーションに。

 

 

「おっ…この曲やるのカ!」

 

「なんだ憐?」

 

「まあ見てなってお前ら。凄いもん見れっから! 『MIRACLE WAVE』だ!」

 

 

先ほどとは打って変わって激しい曲調が走り抜ける。

2曲目『MIRACLE WAVE』。隼斗たちの記憶にも新しい、この間のラブライブ地区大会で披露した曲だ。ただ1曲目と違うのは、Aqoursはこの曲で勝利を勝ち取ったということ。

 

アップテンポに乗って垣間見える、Aqoursの新たな顔。しかしこの曲の真価はここからだ。曲がサビ前に差し掛かった瞬間、千歌以外の8人が作り出したドルフィンウェーブ。そこを渡る千歌と、そこから訪れる静寂の時。

 

 

そして、披露されたのは千歌のバク転パフォーマンス。

これにはアラシ達も目を見開き、それをニヤニヤと隼斗達が眺める。

 

 

「…すっご。何今の、難易度鬼じゃん」

 

「アイツあんなに運動神経良さそうには見えなかったけどな…凛ならともかく」

 

「そりゃもー大変だったゼ。な、ハーさん」

「だな。でも…千歌なら絶対やれるって信じてた」

「泣いてたくせに」

 

 

まぁそりゃ泣きもするだろうと、アラシは思った。まだ形も無かったような夢や希望を、なんとか背伸びしてその手に掴もうとする気迫。血の滲むような努力を隠さない彼女たちのパフォーマンスは、観客に熱と感動を与えるのだ。

 

曲が終わった。ここからは隼斗も知らないAqoursだ。彼女たちは輝きを求めて、進化を止めないのだから。

 

 

「これが最後の曲…世界と世界、私たちの知らない戦い。知らなかった仮面ライダー。この掛け替えのない出会いを……全力で歌います!」

 

 

―『KU-RU-KU-RU Cruller!』―

 

 

「いつの間に作ったんだか…amazingだな。本当、皆には驚かされてばっかりだ」

 

「気持ち分かるぞ。スクールアイドルってのはどいつも予想を超えて、驚かせることしかしねぇんだよ」

 

 

──空はつながってるよ

──海もつながってるよ

──いつだって いつだって 心のなかで会えるから

 

 

この曲は千歌と梨子が作ったまま形にせず、埃を被っていたものの一つ。だが、今回の世界を超えた邂逅、その送別と来て、偶然にもこの曲の歌詞と状況がリンクしたのだ。

 

未発表で既存の曲がベストという奇跡。それがこの短時間で新たなパフォーマンスを創り出し、彼らに送るライブを最高のものへと昇華させた。この奇跡はきっと必然で、意味のあるものだ。

 

 

──飛びこんだ世界で 夢よまわれ…まわれ!

 

 

『ギャアアア!?half&half monster!?』

『なんだと!?』

 

思い返すと出会いは最低で最悪だった。そこから盛大にいがみ合って、分かり合えない互いの性分をぶつけ合った。ぶつけ合った先で、見えたモノがあった。

 

『───決めろ、隼斗!』

『……あぁ、任せろアラシ!』

 

その化学反応が憂鬱の絶壁に風穴を開けた。敵でも無ければ相棒でもない、仲間ではあるのだろうが少し不思議な感触。その未知の絆があったからアラシ達は飛べたのだ。

 

 

──楽しいなら大丈夫さ

──新しいやり方で Make you happy!

 

 

全く縁もゆかりもない世界で命を懸けて戦った。出会って少しのよく分からない奴らに命を預けた。そうやって勝ち取った、何万分の一の奇跡。採算度外視もいいところだ。こんなことを続けてれば命がいくつあっても足りない。

 

 

(割に合わねぇか…? 馬鹿言え、後悔なんてこれっぽちもねぇよ)

 

 

──おなじキモチだって 分かっちゃう いつも分かっちゃう

──君の想いが分かっちゃうんだ

 

 

戦いの先で手に入った友情と、Aqoursが見せてくれたスクールアイドルの未来。身に余る報酬だ。これ以上望む馬鹿がどこにいる。

 

 

「……すげぇな。μ'sが憧れ…か。えらいもんに憧れられたな、アイツらも」

 

「何言ってんだアラシ。超えてくぜ、Aqoursはμ'sを!」

 

 

こうしてAqoursのライブは幕を閉じた。

それはこの世界に居られる時間が尽きたことを意味する。別れの時が、やって来たのだ。

 

 

_________________

 

 

 

「回路接続、起動シークエンス開始。次元座標WL-02、接続レベル146。目標設定…日本 東京…秋葉原周辺と…」

 

「博士、まだかかりそうか?」

「急かすな隼斗。テスト不可の1発勝負なんだ、ちゃんと帰せなくてみすみす切風くん達を死なせる訳にはいかないんだよ!」

「あ、そうか…了解」

 

「まーそう言わないでよ隼斗さん、仕方ないし。博士には随分無理頼んでるんだからこれぐらいはね」

「ああ、時間云々もほぼ気にしなくていいってなら別に急ぎはしねぇよ」

 

 

日が昇った。霧香博士が完成した世界間転移ゲートを操作している間、そわそわとする仮面ライダーたち。別れに向けて綺麗に収めたつもりが、最後にグダグダしていてなんとも言えない感じだ。

 

 

「善子ォォォ! 俺が帰っても息災でいるんだぞぉぉ!!」

「あとこの竜騎士どうにかしてくれ」

「ゴメン、それは無理カナ」

 

 

ただし瞬樹はただただ煩かった。ライブ中も一番叫んでたし、なんなら終わってからもめっちゃ叫んでいる。

 

 

「いや、そうだ! 俺は残るぞアラシ! 永斗! 我が妹を残して帰る訳には…」

 

「向こうにいる本来の妹はどうすんだ瞬樹くん」

「そうだぞ、シュバルツ」

 

「ハッ! そうだった…グッ…仕方ないか…」

「なくねぇだろ何言ってんだ」

 

 

ここにいる善子とあちらの善子、あと花陽のこともあって瞬樹が悶える。現地妻ならぬ現地天使なんて永斗は思ったが、流石に怒られそうだったので言わなかった。

 

そんなこんなでも時間は過ぎる。ようやくその時はやってきた。

 

 

「待たせたな3人とも! ゲート…開通だ!」

 

 

操作がエンターキーで締めくくられ、円形のゲートから緑色の光が溢れた。ここに来るときと似た感じの光。元の世界に繋がっているゲートだ。

 

 

「…お別れだな」

 

「ああ…世話になったな、色々と」

「最初は面倒くさかったけどね…世界が違ってもμ'sが、スクールアイドルが与える影響って凄いんだね。ちょっと安心したよ」

 

「そうだな…面倒だったし疲れたし…でも、楽しかった。それが全然気にならなくなるくらい、この数日は楽しかった!」

「ダナ! 俺っちも久しぶりに楽しかったゼ」

 

「楽しかった…かもな。全部が全部とは言わねぇが」

「だね」

「異世界での新たなる盟友…この出会い、俺は決して忘れないぞ!」

 

 

アラシは隼斗と、憐は瞬樹と。永斗は隼斗と憐2人同時に手を差し出し握手を交わす。それで終わりかと思いきや、隼斗はアラシの手を強く引っ張ると、他の面子も引き寄せ思い切り抱きしめた。

 

 

「ちょ、いきなり何すんだお前…!」

 

「…俺は忘れない。お前らのこと、μ'sの皆さんのこと…この戦いの全てを、絶対忘れねえから…!」

 

「…ハーさん?」

 

 

その目に溜めた涙をアラシは見逃さなかった。アラシは別れに対しこんなに感傷的にはなれないが、隼斗は優しく感情豊かで融通が利かない超特急みたいな人間だった。似ても似つかない、光と影のような乖離した人間性。それでも出会えて良かったと、心から思えた。

 

隼斗は涙をアラシの肩で拭い、肩を押して離れた。そして最高の笑顔で、心からの言葉で感謝を込めて叫ぶ。

 

 

「Let's meet again! Our best companion!」

 

「…なんて?」

「またな…だってさ」

「…あぁ、その時が来ればいいな。今度は厄介事抜きでな」

 

「ダナ。…あ、アラシサン達これ!」

 

 

憐が駆け寄り、アラシ達に一つのビニール袋を渡す。その中身を見て、アラシは呆れたように笑った。

 

 

「ああ! それ私の残してたやつ!?」

「まだ持ってたのかよ!?…まあいいや、ほらアラシ!約束の物だ」

 

「馬鹿律儀だな、流石正義のヒーロー様」

「まあな、ヒーローたる者約束は守んなきゃな。コイツで依頼達成って事で」

 

「……そういう事か。ならいいだろう! 切風くん、士門くん! そしてシュバルツ! そろそろ時間だ、行きたまえ!」

 

 

それぞれが自分のバイクに跨り、エンジンをかけようとしたその時。Aqoursの中から一人、縋りつくように飛び出した影があった。

 

 

「竜騎士シュバルツ!」

 

「……善子?」

 

 

津島善子だった。その相手は、もちろん瞬樹だ。驚いて目を丸くする瞬樹に、善子は言いそびれていた言葉を伝えた。

 

 

「竜騎士シュバルツ…いや、『兄上』…と呼んでもいいのかしら」

 

 

不意に喜んでしまう瞬樹だったが、すぐにそれを隠すように背を向ける。その呼び名は、瞬樹には少々重い。

 

 

「…俺は、お前の本当の兄じゃない。この世界のお前は一人っ子、俺は存在しないのだろう? なら俺とお前は運命が巡り合わせただけの関係、家族や兄妹では…」

 

「それでも、あなたは私を守ってくれた。心を通わせ、あの巨悪を共に打ち砕いた! ならば何をそんな事! 世界が違えど同じ血が流れているのなら、心に宿す誇りが似通っているのなら!……私達は兄妹、そうでしょう?」

 

 

善子はその親愛の証として、黒い羽根を瞬樹に手渡した。それは堕天使ヨハネとしての善子のトレードマークだ。

 

 

「これは…」

 

「貴方にこれを授けましょう。これは私との絆の証…そして誓いの証。今ここで永遠の別れとなろうとも、これからも互いに己の道を突き進む。貴方は…それを約束できる?」

 

 

これもまた、少し重い。だが『弱さも強さ』、堕天使ヨハネがくれた言葉が竜騎士シュバルツを強くした。だからもう逃げない。己の弱ささえも誇らしく掲げ、瞬樹は進む。

 

 

「我は誓おう! 異なる世界の妹よ! 天界堕天条約に基づき、命尽きる時までこの誓約を破らぬ事を!」

「ええ! 我らの魂は永久不変! 共に互いの明日に祝福を! そして…いつでもいい。向こうの私に会えたら、それを渡して。そして伝えてほしいの。『貴女は貴女の道を行きなさい、ありのままの貴女を受け入れてくれる仲間に、いつか必ず巡り合える。信念を曲げずに生きなさい』とね」

 

「ああ、約束しよう。さらばだ我が最愛の妹よ!」

 

 

包み込むような握手をして、涙を隠さず瞬樹は別れを告げた。

 

 

「…さぁ、行くぞ!」

 

 

今度こそ本当の別れだ。エンジンを始動させ、ゲートに向かって走り出す。

 

 

「アラシくん!永斗くん!瞬樹くん!ありがとー!!!!」

 

『ありがとう!!!!』

 

「…あぇ! またなお前ら! 超えて見せろよ、μ'sを!」

「またね~!」

 

「さらば異世界の盟友達よ! いずれ運命が、再び我らを導くまで!」

 

 

加速するバイクに追いつく別れの言葉と感謝の想い。向かう先は光に包まれ、いずれ何も聞こえなくなった。その全てを胸の中に仕舞い、事件の風吹く故郷の世界へ。

 

 

「……じゃあな、仮面ライダーソニック」

 

 

____________

 

 

9/13 活動報告書

 

 

元幹部の『憂鬱』が引き起こした異世界をも巻き込んだ事件は、こうして幕を閉じた。この事件の立役者は言うまでもなく隼斗や憐、あっちの世界の仮面ライダーたちだ。

 

 

「ちょっとアラシ君! そんなの書いてないで手伝ってよー!」

「でけぇ事件だったんだよ、報告書ちゃんと書かせろ!」

 

 

穂乃果が引っ張るのに抵抗し、俺はキーを叩く。こっちの世界には存在しない仮面ライダーの記録、しっかり記録に残しておきたい。いつものお飾り報告書とは訳が違うんだから集中させてほしい。

 

そういえばこっちの世界に帰った時、本当に時間が経っていなかったらしく驚いた。皆には「もう帰って来たの?」と言われた始末だ。

 

さて、執筆に戻るが今回の事件はファングやエンジェルの件に並ぶほど大きなものだったと言えるだろう。当然、俺達に残した影響もとてつもなく大きい。

 

 

「で、凛たちまだ隼斗さんたちの活躍聞いてないにゃー! 仮面ライダーソニック! どんなのだったのか気になるよー!」

 

「お前もか凛、永斗に聞け…って寝てんじゃねぇか起こせ」

 

「ウチは憐君のスレイヤーが聞きたいな!」

 

「なんだ全員集合か? お前ら暇なのか?」

 

 

仮面ライダーソニック、仮面ライダースレイヤー。コイツらがいたから大罪の一柱『憂鬱』を落とすことが出来た。現状、俺達よりも遥か先にいる存在だ。でも、ここからは俺達だけでも七幹部を倒せるようにならなければいけない。

 

 

「ねぇアラシ、さっき瞬樹が凹みながら歩いてたんだけど、アレなに?」

 

「真姫もいんのか。そりゃ多分アレだ、本当に久しぶりに実家に連絡したが、そん時に母親にガチ叱られしたらしい」

 

「でも妹ちゃんにも謝れたって瞬樹くん言ってたよ。お正月には帰る約束もしたって」

「あっ、かよちん! 聞いてよアラシくんが隼斗さんたちの話してくれなくてー!」

 

「そうよ! 仮面ライダーの話なんてどーでもいいけど、Aqoursの話を聞かせなさい! 未来のスクールアイドル……なにより未来のにこ…じゃなくてμ'sの話を!」

 

「うるせぇバカにこ。そいつは喋れねぇ約束だ」

 

 

影響と言えば、Aqoursの事も外せない。わざわざ見せてくれた未来のスクールアイドルの新世界。今よりももっと広く、熱狂の飛び交う、自由な世界だった。そしてμ'sに憧れたっていう千歌や、隼斗たちの反応から未来でμ'sがどんな存在になっているのか想像はできるが、それは俺達が勝ち取らなきゃいけない未来だ。

 

 

「未来の話より一週間先の話です! 揃いも揃って何をしているのですか!」

 

「せっかく隼斗たちが手伝ってくれたのに、これじゃ顔向けできないわよ。ほらみんな、準備と練習戻って」

 

「海未ちゃんと絵里ちゃん!?」

「なんでここがバレたにゃ!」

「そうよ! こっそり準備抜け出して来たのに!」

 

「ごめん…聞かれちゃったからつい…」

 

「ナイスことり。文句言ってないで戻れ3バカ」

 

 

学園祭まであと1週間。これもまた隼斗たちが戦ってくれたから勝ち取れた未来だ。俺達はこれからも戦って、スクールアイドルの未来を繋いでいく。少なくともお前らが見せてくれたあの未来までは、必ず……

 

 

「待てお前ら」

 

 

準備に戻ろうとするμ'sを、俺は呼び止めた。

 

 

「これだけ言っとくが、お前らの後輩はすげぇぞ」

 

「…じゃあ負けられないね! まずは学園祭成功させて、廃校阻止だ!」

「あとはラブライブも。目指せランキング20位♪」

「後輩のAqoursに恥じぬよう、皆で精進あるのみですね!」

 

 

超えてみせろ、そうは言った。でもな隼斗。世界が違おうがこっちだって負けてやる気は一ミリもねぇ。μ'sはAqoursの何倍もすげぇって事を精々未来で思い知れ音速ヒーロー。

 

ある程度文を書いて疲れた。俺は手元に置いてあった袋から、最後にアイツらから受け取った「土産」を取り出す。それの蓋を開け、スプーンを沈ませて口に運ぶ。

 

 

「アラシ君、なにそれ? プリン?」

 

「塩プリンだ。沼津のなんとかってパティシエが…詳しい話は忘れた」

 

「プリンに塩!? それって美味しいの? 合うの?」

 

 

あちらの世界に行くとき隼斗と約束した、今回の「依頼」の達成報酬。あんな流れの約束を律儀に守る辺り、本当に愚直で眩しいヤツだった。自分で言うのもなんだが捻くれたクール気取りとは大違いだ。でも、この「出会い」はきっと俺たちを進化させたはずだ。そうだろ、空助。

 

 

「合うんだよ。こういうよく分かんねぇ組み合わせが意外とな」

 

 

海風を感じる味わいの余韻に浸り、窓から空を見上げる。

空も海も繋がってる。スクールアイドルの運命は音が繋げてくれる。どーせまた世界だって繋がるんだ。だったらまたどっかで会えんだろ。

 

扉は閉じた。それでも()()はきっと、何処までも高く上昇する。

世界を超えるほど疾い、正義の風に乗って。

 

 

 




コラボ編、これにて終了。改めましてMasterTreeさん、コラボありがとうございました!誰かと小説書くっていう一年、本当に楽しかったです!マスツリさんが作ったスラッシュ(あとロイ)はこれからも活躍しますのでよろしくお願いします!ソニックもラストスパート、頑張れ!

コラボ編、個人的な満足ポイントは善子と瞬樹の話をしっかり書けたとこです。話し始めると長くなるので振り返りはまたどこかの機会に。

さてさて次回からはいつも通り(くっそ久しぶり)の原作回です。やって来ました学園祭。コラボ編で大暴れした憂鬱やジョーカーメモリの謎も引っ張りつつ、あの幹部が大きく動き始めます。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第60話 cな悪戯/子供心を忘れない

1年以上待たせました、本編の更新でございます。146でございます。
早速学園祭編に……といきたいところでしたが、挟まなきゃいけない話があったので小文字編として先にお出しします。(小文字編…単話完結のちょっとした回。アルファベットが小文字)

それと、仮面ライダーエターナルことミツバのお話、「Eの怪盗」を並行連載中の「仮面ライダージオウ~Crossover Stories~」で掲載しました。そっちもよろしくお願いします。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


これはスクールアイドルと仮面ライダーの物語。

かつて惨劇を起こした白い上位存在『F』。全てに飢えたデザイナーベイビー『氷餓』。世界を地獄へ導こうとした飽食の異才『山門』。異世界さえ巻き込んだだ憂鬱の化身『エルバ』。これらの強敵たちを退け、仮面ライダーはこれからも戦い続ける。

 

しかし、これはスクールアイドルの物語でもある。

全ては『力』と『平和』の完璧な均衡で成り立っている。

 

ポストに一通のエアメールが投函される。

『平和』が揺れつつあった。

 

そして、彼女たちを守る『力』もまた───

 

 

_________________

 

 

硬いソファの上で目を覚ます。体内時計が朝の訪れを告げていた。

切風アラシは欠伸もせず、立ち上がったら真っ直ぐに冷蔵庫に向かう。手のかかる相棒は今日に限って放っておくことになっているため、アラシもたまには楽をしたい。作り置きの朝飯で事を済ませる。

 

 

「夜は刺身でもやってみるか。アイツらも呼んで」

 

 

ゴミ箱のプリンの器を見て冷凍庫に詰めた内浦土産の魚を思い出し、炊いておく米の量も考える。折角買った魚を一気に食べてしまうのはもったいない気もするが、まぁいいかと思考を締め切った。

 

皿を洗い、歯を磨き、気にならない程度に髪を直し、未だに慣れない制服に袖を通す。学校に行くのも随分と久しぶりな気がしていた。

 

 

 

_________________

 

 

アラシは珍しく遅刻気味に教室に滑り込み、席については上の空。授業が行われているようだがイマイチ意識が向かない。近くの席で爆睡している穂乃果にツッコミもしない。

 

 

「……まるで実感湧かねぇなぁ」

 

 

聞こえないくらいの声で不意に呟いてしまう。

あの戦いが終わって体感時間は結構経つというのに、今自分が生きて帰って来て、授業を受けていることがふと不思議に思うことがある。それだけ熾烈な戦いだったのだ。

 

異世界の仮面ライダーソニックたちと未来のスクールアイドルAqoursと共に、組織の元幹部『憂鬱』のエルバを撃破した。組織打倒への第一歩、大幹部の一柱を落としたという事実は果てしなく大きい。

 

 

(でも、それは隼斗たちがいたからだ。俺たちだけでも奴らを倒せるくらいにならねぇと……! それに……)

 

 

延期されていた学園祭も近い。本来なら3週間ほど離れていたはずの学園祭とラブライブも、ヘル騒動のせいで1週間に縮んでしまった。これはμ'sにとっては圧倒的に痛手。ラブライブ出場資格のランク20位以内に、学園祭当日に入っていなければいけない計算だ。

 

ドーパント騒ぎも落ち着いた気がする。当面はアイドルランク20位以内を目指し、μ'sのサポートをすべきだろう。

 

 

「ちょっとお話いいですか? スクールアイドル部のマネージャー、切風アラシさん?」

 

 

授業が終わり、廊下を適当にぶらついていた所に声がかけられる。男の声でアラシが真っ先に不信感を前面に出すこの声の主は、一人しかいない。

 

 

「なんつって」

 

「嘉神…! 本当にこの学校通う気なのかテメェ」

 

 

先日転入してきた男子学生、嘉神留人だ。

 

 

「もっちのろん。それだけじゃないさ、俺は晴れて新聞部に入部したよ。警戒しないでよアラシ、これはただの取材だからさぁ」

 

「あのクソッタレ新聞部かよ、お似合いだな」

 

「っしょ? とゆーわけで今はμ'sの皆さんにマイク向けて回ってるとこなわけよ。で、μ'sのアイドルランク19位に上昇、ラブライブ出場圏内突入おめでとうございます。いつになく随分と気に入ってる子たちみたいだけど、今のお気持ちは?」

 

 

苛立ちを煽る口調と声。アラシはこの男が腹の底から嫌いだ。嘉神はアラシがとっくに捨て去ったものを笑顔で穿り出そうとする。今だって、アラシをわざと怒らせようと……

 

 

「……今なんつった? 19位?」

 

「あら、ご存じなかった」

 

 

_________________

 

 

「おいコラ穂乃果ァ!!」

 

「うわっアラシ君!? ってああああああサインがぁぁぁぁ!!」

 

 

大声で教室に帰還したアラシに驚き、穂乃果の手元が派手に狂う。その結果、穂乃果が色紙に書いていたサインの「果」の部分に変なハネができてしまった。

 

 

「うぅ…ごめんミカ…初サインだったのにぃ…アラシ君のバカ!」

 

「いやいや気にしないで切風さん! 元から変なバランスだし…果だけ小っちゃい」

 

「悪い…で、なんだアイドルランク19位って! 聞いてねぇぞ! なんでこんな吉報を嘉神の口から聞かなきゃなんねぇんだ!」

 

「えぇぇぇぇっアラシ君知らなかったの!? 朝からみんなその話してたのに! 海未ちゃんなんて見られ過ぎてずっと顔隠してるし!」

 

 

そう言われてみれば朝から海未の存在感が薄かった気がする。今も横の席にいるが下を向いたまま「余計なお世話です…」と呟くだけ。

 

 

「メールもしたじゃん!」

 

「見てるわけねぇだろ、そういうのは永斗の……あぁそうか、今日は永斗がへばってるから情報入んなかったのか…あの野郎肝心なところでタイミング悪ぃ」

 

 

異世界から帰還するまで働きづめだった永斗。凄まじい眼力で「今日だけは、今日だけは休まして頼むから」と言われればアラシも流石に折れるというもの。機械や情報に疎いアラシだけでは当然出遅れてしまう。

 

 

「…いや、俺が浮足立ってただけだな。悪かった。目標の20位以内か……案外突然に来るもんなんだな、おめでとう」

 

「え…あ…アラシ君が褒めてくれたぁ!?」

 

「いや褒めるわ。俺だって」

 

「大変だよ海未ちゃん! ことりちゃん! アラシ君が褒めたってことは…もしかして夢!? ミカ、私の顔思いっきりつねって!」

 

「よっしゃそこまで言うなら俺がやってやるよ。つねると言わずにパンチでいいな?」

 

 

そうは言いつつも、アラシも内心では自分の言葉に驚いている。それ以前に、アラシは礼を言う事はあっても褒めるなんてしてこなかったのだと気付かされた。

 

受けた思いは返さなきゃいけない。

もっと真摯に向き合うべきだ。アラシはμ'sと。

 

 

「って、ことりのやついねぇな」

 

「あれ、ホントだ。ことりちゃーん?」

 

 

もうすぐ授業が始まると言うのに、真面目なことりが珍しく教室に戻っていなかった。妙に思いつつも、今は19位のランクインに対する喜びが勝ってしまっていた。気付くべきだったのだ、吉報の割に朝からことりの表情が浮かない事に。

 

時間がないのに教室に入って穂乃果たちに向き合えず、廊下でことりは項垂れる。どこか悲しそうに落とした視線の先には、話を切りだそうと持ってきたエアメールが。

 

そんなことりを見つけた嘉神。悩ましい顔に嬉々として声を掛けた。

 

 

「南ことりちゃーん」

 

「ひゃっ!? か…嘉神先輩っ……!? えっと…あ、この間はありがとうございます…」

 

「ども。今μ'sにインタビューしてんだけど…それ何隠したのかな?」

 

 

咄嗟にことりが後ろに隠したエアメールを指摘。嘉神はニコニコと情報が沸く間欠泉にメスを入れる。例えそれが、その人物の静脈であろうと。

 

 

「これは……!」

 

「手紙だった。それもエアメール、英語だった。海外から? 焦った割に随分と丁寧に隠したね? 視線の方向は教室だったし、お友達の誰かに関係ある話?」

 

「っ……!」

 

「教えてよ、そういう契約だ。お礼したなら覚えてるでしょ? 『津島瞬樹の居場所を教える代わりに、アラシに内緒で情報提供関係を結ぶ』」

 

「でも…これは言えないんです! これだけは先輩よりも先に、穂乃果ちゃんと話さないと!」

 

「んー嫌っ♡ 出回った情報は金にならないじゃんよ、それじゃ意味ないだろーが」

 

 

体をベタベタ触られているような問答に、声の圧で首を掴まれたようにも錯覚した。ドーパントの悪意とも全く違う嫌な威圧感を前に、それでもことりは無言を貫いた。

 

 

「……やめてよ俺が悪者みたいに。俺は中立のメッセンジャーなのに」

 

「ごめんなさい…でもやっぱり、話せないんです…」

 

「ま、いいや。お詫びと貸す借り増やしに一つ教えたげる。つってもすぐ知れ渡る程度の情報だけど……」

 

 

嘉神は去り際にことりに耳打ち。それを聞いた彼女の足は、今の悩みを忘れるように教室ではなく職員室へと向かった。

 

 

「この学校は面白いね。そんで、これからもっと面白くなる」

 

 

息を乱して疾走し、職員室を経由してことりは教室へ。目にしたのは惨状。記憶したその光景を、教室にいるアラシに大慌てで伝えた。

 

 

「大変! 職員室が───!」

 

 

_______________

 

 

「なにこれ……」

「なんだこれ……」

 

 

職員室に急行した探偵部。そこに広がっていたのは、穂乃果とアラシの知能レベルと語彙が同等になるほど無惨な光景だった。

 

 

「みてーこれおもしろいよー! なんかぴかぴかひかってるー!」

 

「おいかけっこするひと、このゆびとーまれ!」

 

「うわあああああん! よっちゃんがいじわるするぅぅぅぅっ!」

 

 

先生が集まっているはずの職員室なのに、そこにいるのは子供だけ。その幼稚園児くらいの子供たちは職員室のパソコンやコピー機をおもちゃに遊び、書類を踏みつけにして走り回り、備品を投げ回って喧嘩する地獄絵図。

 

この子供たちがどこから現れたのか。

子供たちが着ている大人用のブカブカな服を見れば、超常現象に慣れているアラシや穂乃果ならすぐに答えを出せる。

 

 

「もしかして先生が子供になっちゃった!?」

 

「職員会議を狙ってドーパントが来たってことか!? どんなドーパントだよ、ざけんなボケが!」

 

「よかった…お母さんはいないみたいだけど…」

 

「ではやはり、この子たちは先生方という事に…」

 

 

大いに戸惑う海未の袖を引っ張る男児。万人を惑わす幼い笑顔が海未に向けられる。

 

 

「おねえちゃんあそぼ!」

 

「え…っと、私はお姉ちゃんではないんです。あなた方は私たちの先生でして…」

 

「あそんでくれないの…?」

 

「くっ…なんて眩しい笑顔…! 助けてくださいことり!」

「ごめん海未ちゃん…私もこの子たち可愛くて…! アラシ君、ちょっとだけ遊んであげちゃダメ?」

 

「思い出せ、そいつらハゲの教頭と英語のババアだぞ。おいガキ、ここにバケモノ来ただろ。どこ行った」

 

 

アラシは動物に嫌われる。それと同じ道理か、アラシが目を向けた途端、子供たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。目を合わせるだけで泣き出す子もいる始末で、これにはアラシの顔も引きつる。

 

 

「ダメだよアラシ君の顔怖いから! ほら、もっとにっこり笑って! にこちゃんみたいに!」

 

「穂乃果だって舐められてんじゃねぇか。顔引っ張られながら蹴られながらで言えた台詞か!」

 

 

穂乃果とアラシが子供相手に全く役に立たないので、ことりが事情を聞きだす。すると、子供たちは揃って一枚の窓を指さした。その窓枠の端には、ひっそりとこの惨状を記録していたビデオカメラと、それを持つ人外の手が。

 

 

「そこかァ!!」

 

 

アラシが窓を勢いよく開けるとビデオカメラは引っ込み、2階の壁に張り付いていた影は派手に着地。その姿は間違いなくドーパントで、子供の落書きのようなふざけた見た目をしていた。

 

アラシは迷わず2階の窓からドーパントを追ってジャンプ。受け身を取って着地すると、人間離れした動きでドーパントを追う。

 

 

「アラシ君! 早く私たちも…!」

 

「ねーあそんでよ! ねーねーねー!」

 

「えぇ……でも…」

 

「穂乃果! この喧嘩を止めるの手伝ってください! このままでは職員室がめちゃくちゃに!」

 

「穂乃果ちゃん…この子、トイレに行きたいって……こっちの子はお昼寝がしたいみたいで…」

 

「もう…どーすればいいのー!!」

 

 

________________

 

 

 

「待てやオラァ!!」

 

「だーれが待つかっての! ほいほいっ、こっちまで来てみろ~!」

 

「見た目だけじゃねぇんだなムカつくのは!! ぶっ殺す!!」

 

 

山門がメモリをばら撒いたことによるドーパント騒ぎが落ち着いたと思いきや、その矢先にこれだ。しかも音ノ木坂に殴りこんで来るのだから、ランクインを喜ぶ暇もあったもんじゃない。

 

 

「俺の学校に手ぇ出すとはいい度胸だな!」

 

 

ドーパントはアラシから逃げつつ、一階の窓から再び校舎に。向かう場所は一つしかない一年生の教室。今度は生徒を子供化させるつもりだ。

 

 

「ざっけんなテメェ! ッ…瞬樹、ドーパントだ!」

 

「なっ…!? 我が天使との休息を妨げるとは、許すまじ! 皆は俺の後ろに…ってあれ!?」

 

 

ドーパントが教室に現れて大パニックに陥る。ここまでは分かっていてアラシは教室にいた瞬樹に任せたのだが、瞬樹の人望が無さ過ぎて生徒たちが誰も瞬樹の言う事を聞かない。

 

 

「ヒャハハ! 隙ありだぜガキになっちまえ~!」

 

「させん! 竜騎士が必ず守り抜く!」

 

「俺もいんだよクソ野郎が!」

 

 

アラシと瞬樹は2人がかりでドーパントに殴りかかるも、拳は空を貫いた。攻撃が当たる瞬間にドーパントの姿が消えたのだ。そう思いきや、その声は今度は足元から。

 

 

「俺は小さくなれるんだよーだ! 騙されてやんのバーカ!」

 

「フッ…馬鹿ではない竜騎士だ! あと馬鹿といった方が馬鹿だ!」

 

「ガキの喧嘩は他所でやれってんだ、このっ!」

 

 

幼児サイズになったドーパントを中々捕まえられず、追い回す男子2人に事情を知らない生徒たちで大カオス。そんな中に席を外していた真姫が、騒ぎを聞いて戻って来てしまった。

 

 

「何よいったい! って…ドーパント!?」

 

「ヒャハハいいとこに来たなー! それっ!」

 

「真姫!!」

 

 

それを見逃さなかったドーパントは、お手玉のような光弾を真姫に放った。ドーパントはその動揺に乗じて即座に逃走。今度は階段を駆け上がって上の階層に。

 

 

「真姫…くっ、待ちやがれテメェ!!」

 

 

その後もドーパントの逃走劇は続く。ドーパントは異常にすばしっこく、アラシと瞬樹が追っても中々捕まらない。かといって校舎内で変身するわけにもいかない。学校中を逃げ回った末に、ドーパントを完全に見失ってしまった。

 

こうして一時はドーパントを凌いだのだが、それに至るまでに出た犠牲は甚大だった。

 

 

 

「うーん……カオス。帰っていい?」

 

 

ドーパントが出たということで重い腰を上げ、嫌々ながら学校に来た永斗。その惨状を目にして早くも帰りたいという気持ちが抑えられなくなっていた。珍しくアラシが本気で狼狽しているので、流石にやめてあげることにしたが。

 

まず、あの後もドーパントは暴走し、今度は2年生や3年生の教室へ。無差別に生徒を子供化させた。その被害となったのはμ'sにも数人。

 

 

「えーと、こっちは海未ちゃんでいい? で、こっちは希ちゃん」

 

 

パッと目につくのは海未と希の姿。明らかに縮んでおり、子供用の服も着せられてた。ことりが持ってきたのだろうか。

 

 

「……不覚です…恥ずかしすぎますこんな格好…」

 

「話だと中身も子供になってるってことだけど、海未ちゃんはそのままなんだ」

 

「みたいだな。ドーパントの仕様なのか、適合者のメモリ能力耐性によるものか…希は中身も子供になってるらしい」

 

 

いつもは人を小馬鹿にするような掴めない態度の希だが、子供化してからはずっと沈黙していた。誰とも目を合わせず、空気に溶け込むように。それを不思議そうに見る、被害にあってない穂乃果。

 

 

「意外な一面だね…希ちゃんって昔こんな感じだったんだ。絵里ちゃん知ってた?」

 

「私が希と知り合った時は今と変わらなかったから…本当に意外ね」

 

「こういうのって触らない方がいいわよ。昔のことなんて黒歴史だったりするし、本人が話すの待つべきなんだから」

 

 

そういうのは同じく希の昔を知らなかったにこだが、口を開くと全員の視線が集まる。

 

 

「へぇ、にこちゃん無事なんだ」

 

「はぁ! 無事じゃないわよ!! しっかり子供になってますけど!?」

 

「あんま変わらんしスルーでいいだろ。それより問題なのは…」

「それよりってなによ!」

 

 

永斗が勘違うのも無理はなく、にこの容姿は子供化しても比較的そのままだった。流石に身長はかなり縮んでいるが、元が小さいので気にならないバグが発生している。しかし、アラシの言う通りそこには無視できない問題もあって……

 

 

「永斗だー!これでみんなそろったよ! なにして遊ぶ?」

 

「……誰!?」

 

「真姫だ。見りゃわかるだろ」

 

 

ドーパントの攻撃を喰らった真姫も子供化しているのだが、こちらはなんと中身だけが子供化していた。ので、高校生の見た目のまま真姫は永斗に飛びつき、いつもは絶対に見せない笑顔を振りまいている。

 

 

「記憶はあるのに人格だけ戻ってるんだ…」

 

「うん、みんなのこと覚えてるよ! みんなだーいすき!」

 

「これを見ると私たちは随分とマシと言いますか…まだ軽いと思ってしまいますね」

 

 

人によっては軽く死ねる状況。どうか記憶が残らないタイプの能力であると信じたい。

 

 

「で、検索はしてきたんだろうな? ヤツはわざわざ学校に乗り込んできた。その理由や手段も洗い出さねぇと」

 

「うん。真面目に仕切ってるとこ悪いけど、アラシも子供になってるからね」

 

「…うるせぇ」

 

 

そう、ここまで変わらず振舞っているようだったが、アラシもドーパントの攻撃を受けてしっかりと外見だけ子供化していた。というのも、ドーパントは散々振り回した挙句にアラシを子供化させると、一目散に学校から逃げて行ったのだ。

 

 

「アラシ君…可愛い~!」

 

「ほんとにゃ~! まだちょっと怖いけど、やっぱり子供の時は可愛かったんだ!」

 

「喧しいわ」

 

 

ことりと凛、あとは子供化した真姫に絡まれながらアラシは機嫌悪そうに呟く。しかし幼い見た目では威圧感も激減というもの。

 

 

「メモリは『チルド』、子供の記憶で確定。能力聞いた時は『ヤング』かと思ったけど、チルドはその低級版って感じだね。人間にしか効かない上にヤングみたいに存在を無にまで巻き戻すことはできない。殺傷能力の低い比較的安全なメモリだ」

 

「チルド……か…そのメモリ、確か……」

 

 

「真姫ぃっ!!」

 

 

 

アラシが小さな頭で考えてるのも知った事かと、鼓膜が暴発するような声で部室に殴りこんできた赤毛の青年。「兄」である。学校にドーパントが出たと聞きつけた西木野一輝である。

 

アラシと一輝は合宿の際に一悶着あった以来なのだが、そんな事はどうでもいい様子だ。

 

 

「このシスコン兄貴…! おい誰だ呼んだやつ!」

 

「黙れクズが! なんのためにお前がいるんだ抜け抜けとバケモノの侵入許しやがって役立たず! 俺の真姫に怪我なんてさせてねぇだろうなぁ!? あ゛ぁ!?」

 

 

他の連中が子供になっているのなんて全く気にしない。一輝が心配してるのは真姫のことだけ。ギラつく眼で真姫の安否を探り、彼女の無事そうな姿を確認。一息ついた瞬間に放たれる、無垢な一撃。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

一輝が灰になって消えた。正確には余りの尊さに「お兄ちゃん…」と呟きながら白目を剥いて倒れたのだが。いつも嫌われている身にあの笑顔と声は刺激が強すぎたらしい。

 

騒がしい兄が退場したところで、その後ろから黒音烈も落ち着いた様子で現れた。烈は異世界騒ぎには手を出さなかったため、随分と久しぶりに感じる。

 

 

「みなさん、かなり面白い状況なようですね。小泉さんはこの間ぶりです、ウチの竜騎士のお世話ありがとうございます」

 

「ずっとお礼言わなきゃって思ってたんだ。クロのおかげで瞬樹くんを…」

 

「ボクは何もしてませんよ。して、瞬樹はいないようですが…『子供の小泉さんを見たい気持ちと守り抜くという覚悟が衝突しているため、その辺で槍を振ってる』辺りですかね」

 

「当たりにゃ…流石は瞬樹くんの相棒!」

 

 

烈は足元に転がる一輝の体を蹴って脇に寄せ、子供化した海未を一瞥すると次に向くのはアラシの方。どうやら本題はこちらのようだ。

 

 

「瞬樹から聞きました。組織の幹部の討伐、おめでとうございます」

 

「色々喜びてぇがそれどころじゃねぇな。見りゃわかんだろ」

 

「えぇ随分と可愛らしい姿で。似合ってますよ。それで切風さん…ジョーカーメモリに何か異変はありましたか?」

 

 

声の調子を変えないまま尋ねる。烈が何故そんな事を聞くのか、それは烈も組織を追っていてメモリに精通しているからで説明がつくが、ほんの少しだけ妙な胸騒ぎがした。しかし、それは取るに足らない不安だと、アラシは見切りをつける。

 

 

「あぁ。適合者じゃないヤツと一時的にだが同化した」

 

「あーアレね。僕も理屈わかんないの。どう考えても普通に無理なんだけど」

 

「それは興味深いですね」

 

 

知っていた。憂鬱が動き出したのを受け、烈も情報収集を続けていたため、あちらの世界で起こった戦いの仔細も把握している。そこで起こったスラッシュメモリの継承や、ジョーカーメモリの『片鱗』も。

 

エルバほどの敵と戦いならと期待していたが、完全とまでは行かずとも予想通りだった。妙な形ではあるが『J』はようやくその力を見せたのだ。

 

 

「…興味深いですが、今はこの状況ですね」

 

「だな。このままじゃ練習も出来ねぇし学園祭どころじゃねぇ」

 

「そんなの困る! やっとμ'sがラブライブに出場できるところまで来たのに…!」

 

「大丈夫ほのちゃん。すぐにやっつければいい話でしょ、面倒くさいけど…」

 

 

やることはいつもと変わらない。ドーパントを倒すため、探偵たちは動き出す。

 

 

「……アラシ君?」

 

「…なんでもねぇ。お前らは待機な」

 

 

穂乃果は何故かアラシの様子に引っかかった。別に特段不自然ではなかったのだが気になってしまったのだ。たったの一瞬、ガラスに映る自分を見た時にアラシが見せた、あの表情が。

 

 

________________

 

 

 

趣味の悪いドーパントだ。ここまで人に隠さなきゃいけない怒りを抱いた敵は、多分初めてだと思う。アラシは幼い自分の姿をできるだけ目に入れないよう、呼吸を落ち着かせて廊下を歩む。

 

勘付かれるな。これは、『もう忘れた感情』だ。

 

 

「早く見つけねぇと……」

 

 

_______________

 

 

「アラシどこ行く気なんだろ…別に手掛かりがあるわけじゃないのに」

 

「えっ、そうなの?」

 

 

部室に残された永斗が呟き、花陽が返す。今回のチルド・ドーパントは不自然なほど鮮やかに校舎に侵入していたのだ。それこそ、内部が手引きしたかのように。仮に学校に潜伏する『暴食』がそうしたとしても、幹部が動くだけの目的があったとは思えない。

 

 

「いつもなら僕の検索を待つか、現場に戻る…職員室に行くかだけど。さっきのアラシは行く当てがないみたいだった」

 

「だよね! やっぱりアラシ君なにかおかしいよ!」

 

「アンタたち! そんなことどーでもいいからこっちにヘルプ寄越しなさいよ!」

 

 

冷静に分析している横は阿鼻叫喚。引っ込み思案化した希に、積極性がカンストした真姫が化学反応で暴走を起こしている。

 

 

「希ちゃん、いっしょに遊びましょ! ふたりでいっしょに魔法少女をやるの!」

 

「…わたしは……いいから……」

 

「海未ちゃんは妖精さんで、にこちゃんは悪い魔女さんの役ね!」

 

「だれが悪い魔女よ!? なっ、ちょ離しなさい! この子ひとりだけ体が大きいのズルいわよ!」

 

「妖精というのは何をすれば…」

 

「うーんとね…魔法で飛んでみて! それからね、仮面の王子様を呼んでくるの!」

「無理ですよ!?」

 

 

拒否しても高校生のフィジカルには勝てない子供化組。考え得る最悪の事態に、他の皆は巻き込まれないように一定の距離を保っていた。

 

 

「可愛いんだけどね、こうして外から見る分には」

 

「海未ちゃんが小っちゃいと、昔に戻っちゃったみたいだね。穂乃果ちゃん」

 

 

ことりが話しかけるが、穂乃果はやはりアラシが気になっているようだ。引っかかるのはさっきの表情。子供化したアラシを見た時から浮かぶ、得も言われぬモヤモヤ感。

 

 

「…うん、やっぱりアラシ君のところ行ってみる!それで直接聞いてみよう!」

 

「ま、僕も相棒として気になるし……って、待ってほのちゃん。わざわざ探さなくてよさそうだ」

 

 

スタッグフォンからのドーパント発見連絡。この短時間で見つけたのに目を見開くが、どうやらチルドはドーパントの姿のまま街を走り回っていたらしい。そりゃ見つかる。

 

要は恐らく、今回のドーパントは底抜けにアホのようだ。

 

 

_______________

 

 

音ノ木坂を攻めたチルド・ドーパントが次に向かったのは、とある一流企業のオフィス。余談だが変身者の男性が就活時代に落ちた会社である。

 

 

「よくも俺を落としやがったな! 恥晒せバーカ! 子供化ビーム!」

 

 

学歴とコネクションで勝ち上がったエリートたちだろうが、チルドの能力の前ではそんなものを得る前に戻ってしまう。鼻水を垂らし、何も考えず、自分の全てを隠さなかった無垢な姿に。

 

そんな恥ずかしい姿を記録し、後でネットにバラまいた後に能力を解除する。そして恥ずかしがっているのを見て愉悦に浸る。それがチルドの企みだった。

 

その会社で好き放題能力をぶっ放すと、やはりドーパント態のまま退社。特に理由は無く、メモリをくれた人物から戻り方を教えてもらってないだけである。

 

 

「ふい~満足満足。お次は誰を狙おっかなー…」

「見つけたぞクソ野郎」

「ひでぶぅッ!?」

 

 

そこに待ち構えていたアラシの飛び蹴り。子供の体とはいえど、充分に高い身体能力と顔面狙いが相まってギャグみたいにチルドがふっ飛ばされた。

 

 

「な…なにィ~? なんで俺の場所が!?」

 

「そりゃギャグで言ってんのか。俺は今そういう機嫌じゃねぇんだよ」

 

「あ、アラシ君! もういる!」

「ほのちゃん…僕の体力考えて……速いって…」

 

 

そこに遅れて駆け付けたのは永斗と穂乃果の2人。またチルドが逃げる前に確実に仕留めようと、アラシは子供の体でいつも以上の怒気を放っていた。

 

 

「永斗、変身だ! ファングジョーカーで潰す!」

 

「いや…それは無理かも。今のアラシのジョーカーの力は多分弱いから、ファングと釣り合いが取れない。それならサイクロンジョーカーの方がまだマシ」

 

「ッ…分かった。行くぞ!」

 

 

まるで自分の体で戦いたくないようなアラシの態度が目立ちつつも、サイズの大きいダブルドライバーを装着し、逆転した身長関係でアラシと永斗は並ぶ。

 

 

《サイクロン!》

《ジョーカー!》

 

「「変身!」」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

永斗が倒れ、子供の体に意識と力が集約。キッズサイズの仮面ライダーダブルが誕生し、前置き無しの全力で倒しにかかった。

 

 

『ちょっとアラシ、なんか焦ってない? 決め台詞やんないの?』

 

「省略だ! まずはぶっ叩いて元の体に戻る!」

 

『…わかった。やりすぎないでね、聞きたい事色々とあるし』

 

「そんな体で凄まれても怖くねぇし!? おいかけっこだぜ!」

 

 

音ノ木坂の時のように逃走するチルドだが、変身した今じゃあの時とは話が違う。歩幅が小さいせいで感覚は狂うが、体が軽いおかげで風の加速で一気に距離を詰めることができ、チルドの反撃を潜り抜けて一撃。

 

 

『小さい体も便利だね。不便の方が勝るけど』

 

「この体じゃメタルは重いし、トリガーは反動がデカい! このまま詰める!」

 

「くっそぉ…このままやられるかって! これから色んな所で子供化しまくって、俺はもっと好き放題やるんだ! どんなやつも俺が馬鹿にしてやるんだ! お前の中身も子供になっちまえ!」

 

 

チルドの光弾発射に、アラシ側の体が強張る。そして、やや過敏にそれを回避。それがきっかけだった。右と左のバランスが歪になっていくのを永斗は感じていた。

 

 

『アラシどうしたの、落ち着いて…』

 

「るせぇ! お前が合わせろ!」

 

 

戦いを見ていた穂乃果も、相棒の永斗も、こんなアラシは初めて見た。いつもはクールを保つアラシが年相応に、いやそれ以下に焦り、呼吸が乱れる。こんな事態になるだなんて誰が予想できたか。

 

その乱れは仮面ライダーダブルにとっては致命的。右と左で完璧に呼吸を合わせて初めて、ダブルは動くことが出来るのだ。つまり今の状況は、戦闘中のダブルの停止を意味していた。

 

 

『アラシ!?』

 

「このバーカ! くらえ子供化ビーム!」

 

「……ッ、やめろ!!」

 

 

アラシの叫びも意味なく、チルドの光弾がダブルにヒット。一度目は体のみが子供になった。つまり二度目は…アラシの精神までもが子供になる。

 

これで勝ったとチルドは考えていた。中身が無邪気で馬鹿な子供になれば、戦闘技術も感覚も振出しに戻る。戦闘続行は誰がどう考えても不可能だ。それ故に自分の能力は無敵だと、そう思っていた。

 

 

「……アラシ君…?」

 

 

悶え苦しんだ後、ダブルの左側は呻きを止めた。体は小さいままだが、先程とは絶対に違う。心配が走った穂乃果が呼ぶ声も、アラシには届いていなかった。

 

誰も知らないアラシの昔。子供の頃の事。

 

その赤い複眼は、敵を捉えた。

 

 

「…………殺す」

 

 

比較にならない速度。黒い殺意が飛ぶ。

記憶も消えるほど強く能力をかけたはずなのに、アラシは実質初見のダブルの力をフルに使い、チルドに接近。右と左のバランスも永斗の側を無理矢理引っ張って制御。

 

そして、左手を鋭い手刀にすると、狙うは顔。しかも目だ。

 

 

「あああああっ!? 目がァ! 俺の目がッ!!」

 

「うるせぇ」

 

 

左拳で再び顔面に一発。今度は鼻だ。その次も小さい体で慣れたように、人体の急所を的確に突く。見るも悍ましい、人を壊すための戦い方が繰り出される。

 

 

『アラシ待ってやり過ぎ!』

 

 

永斗の静止も効かない。そもそも今のアラシに他者との会話という選択肢は無い。

 

 

「なんっ…で、子供に戻ったはずだろ…!? うぐっ!?」

 

 

ダブルの左手はチルドの首を掴んだ。チルドの能力で小さくなったところで、もう逃げることはできない。メモリブレイクを挟まず生物学的に殺すつもりだ。

 

子供化したばかりのアラシの精神状態は不安定で、それこそ幼児のように心の内をそのまま口に出していた。

 

 

「死ね……」

 

『アラシ…!?』

 

「死ね。死ねよ。見んな。触んな。誰も信じられない。誰も助けちゃくれない。大人が何だ。仲間が何だ。この家は、国は、世界はみんな敵だ。裏切りやがって。見下しやがって。幸せそうな奴らが憎い。大人が憎い。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。何したってんだ俺が!教えろよだって偉いんだろうがテメェらは!なあ!」

 

 

その体には不釣り合いな、夥しい殺意は呪言となって。

 

 

「殺される前に殺してやる…死んでやらねぇ…一人で、俺は…どいつもこいつもぶっ殺してやる!」

 

「やめ…ゆるして、俺は…ただ、そんなつもりじゃ……っ!!」

 

 

チルドは力を向けた先に後悔する。触れてはいけない場所を踏み抜いてしまった。その末路は言うまでも無く、死への直行以外有り得ない。逃げ場のない力が首に伝い、そのまま骨を砕く───

 

 

「やめて…アラシ君っ!」

 

 

恐怖の中からの穂乃果の叫びが聞こえた。

そして、止まった。永斗の抵抗も意に介さなかったダブルが、穂乃果の一声で動きを鈍らせたのだ。

 

それに合わせてダブルの右手がドライバーからメモリを引き抜き、チルドを殺す前に変身を解除させた。子供の姿のアラシを前に、死への恐怖でチルドは戦意を失った。

 

その影響か、チルドの能力も影響を弱め、アラシも我に返る。

 

 

「穂乃果…? 違う……俺は……!」

 

 

空助と出会って救われたと思っていた。あの頃の自分とは決着をつけ、他との繋がりや信頼の意味を知って、変われたんだ。他の誰かのように優しく、少しは誇れるような人間になれたはずだ。自分じゃなくて誰かのために生きる探偵として。あの時とは違う。

 

そう主張したかった。だが、穂乃果の怯えた眼を前に、アラシは何も言う事ができなかった。

 

 

 

__________________

 

 

 

その後、メモリを破壊したことで子供化の被害者たちは元に戻り、犯人は逮捕。子供だった時の記憶が残るか残らないかは個人差があるが、オリジンメモリ適合者のμ'sは能力耐性があるためか確実に記憶が残っていた。

 

 

「死にたい……」

 

 

真姫はこんな感じで精神的大ダメージを負ったようだ。

 

 

「あっれぇ~魔法少女ごっこやらなくていいの~? マジカル真姫ちゃ~ん?」

 

「うっ……知らない! 忘れて!!」

 

 

水を得た魚のように、にこが真姫を弄りまくっている。

精神が子供になっていたのは希もだが、彼女の方は何食わぬ顔を貫いているため触れづらいのだろう。少し怖いまである。

 

しかし、触れづらいといえばアラシだ。

 

 

「アラシはどうしたのよ…アラシも子供になってたじゃない」

 

 

真姫が苦し紛れに出した話題に、穂乃果と永斗だけが態度が沈む。アラシはあれから逃げるように何処かへ行ってしまった。あのアラシを知ったふたりは、それを共有することを無意識に避けていた。

 

 

「アラシ君は……」

「ま、ちょっといろいろあっただけ。大丈夫。そのうち帰って来るでしょ」

 

「どーせなんか恥ずかしいもの見られたに決まってるわ。どっかの真姫ちゃんみたいにぃ~」

 

「い…いい加減にしなさいよ! もう許さないから!」

 

「きゃ~マジカル真姫ちゃんが怒った~!」

「にこ、私を盾にするのは…落ち着いてください真姫! 私は忘れましたから! 忘れましたからぁぁっ!!」

 

 

にこと真姫のバトルが白熱し、海未も巻き込まれ、騒がしい日常が滞りなく進んでいるように見える一幕。ただ、その後ろでは確かに何かに亀裂が入りつつあった。

 

 

「ほのちゃんは気にしないでいいよ。僕がなんとかするよ、相棒だからね」

 

「うん…心配だけど、今はライブのことも考えないとだよね。アラシ君もそうして欲しいと思うし…」

 

 

穂乃果の中で呑み込めない感覚があった。触れるものを全て傷付ける、全方位に対する敵意。あのアラシを見た時、恐怖と心配と、もう一つ別の感覚が生じたのだ。

 

 

「私……どこかで…?」

 

 

学園祭とアラシのことで心が満たされた穂乃果。そんな彼女に、ことりは話すべきことを話すことができなかった。鞄の中に仕舞われたエアメールが、荷物の奥に埋もれていく。

 

 

こんなふざけた事件こそが決戦の序章になろうとは、誰も思わなかった。

 

 

 

「ねぇ朱月。貴方が贔屓にしてた“憂鬱”、負けたらしいじゃない」

 

「そーだねー」

 

 

暴食の問いかけに、朱月は珍しく心ここに在らずといったようだった。自身と同等の存在だと思っていたエルバが仮面ライダーに負け、帰って来なかったという事実が未だ受け入れられないらしい。

 

 

「憂鬱くんが帰って来ないし、憂鬱くんを倒した異世界の仮面ライダーも来ない。なんだろーねぇ…イライラっつうか、めちゃくちゃ退屈になったって感じぃ? あー、こんなのならもっとアイツと遊んどきゃよかったー!」

 

 

遠足が雨で中止になった。プレゼントを貰えなかった誕生日。そんな感覚で、朱月はとにかく自身の欲求を持て余していた。そんな彼に、暴食は妖しい笑みで再び問いかけた。

 

 

「私たちが音ノ木坂に手を出せない理由はなに?」

 

「適合者がいるってのもだけど、大きいのはゼロくんの意向でしょ。なんでか知らないけど、妙にそこはキッチリしてるしぃ」

 

「そうね。でも、組織最強の“憤怒”はもういない」

 

 

ゼロは扱いとしては消息不明となっている。そんな彼を「いない」と断定した暴食に、朱月もその意図とゼロの行方を察した。

 

 

「貴方が他の幹部に再三言ってた、憂鬱の帰還。万が一にもそれに備えるためにも、組織間での抗争は避けるべきとされていた…でもその恐れも無意味になったわ」

 

「……どーかな。憤怒にはファーストくんがいるよ? ゼロくんがいなくたって、ワンちゃんズは死に物狂いで喉元くらい噛み千切るかも」

 

「ファーストの正体は掴んだ。その裏側もね。アレは()()()()()()()よ」

 

 

ファーストは組織の中でも数少ないオリジンメモリ適合者。故に、ゼロはその正体を“憤怒”内の秘密にした。しかし、暴食はそれを突き止めた上で攻略済みと言ってのけた。

 

これでもう、音ノ木坂を守る盾は仮面ライダーのみ。

 

 

「…そろそろ限界なのよ。皿の上に並べられたご馳走を、黙って見ているのは」

 

「いいね…! また食い荒らす気? まさか暴食ちゃんまでオレを退屈させないよね」

 

「えぇ、貴方も招待するわ。とびきり豪華な晩餐会といきましょう」

 

 

食欲の発露。生命の尊厳たる尊き行為。

解き放たれた暴食の獣が、青い春を喰らう。

 

 

 




今回登場したのはFe_Philosopherさん考案の「チルド・ドーパント」でした!
ゆるゆる回と思いきや、僕のペース配分と要素回収が下手すぎてアラシが曇りました。そして暴食がようやく始動します。一期編もクライマックス、頑張ります。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第61話 Aの別れ /文化祭迫る!

短編から2か月ぶりです、146です。お久しぶりですが、研究と大学院試験で高校受験ばりの激務です…しばらく更新頻度はお察しになってしまいます。申し訳ございません…時間をかけた分、良いものをお送りしたい所存です。

アルファベットも少なくなってきました、今回は遂に「A」です。残るは4つの文字…これらすべてを使い、一期編最終4部作が始まります。まずは待ちに待った文化祭…ラブライブアニメをご存じならそこで何が起こるかご存じでしょうが…本作では果たして。

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


国立音ノ木坂学院。秋葉原・神田・神保町という恵まれた立地に校舎を構える、古くから多くの人々に慕われた伝統的な女子高。数えきれない程の青春がこの学校で芽吹いては、飛び立っていった。

 

そんな音ノ木坂学院も少子化に伴い統廃合の危機に晒された。

しかし、そんな常識的な問題に目を奪われるだけで、多くの人々は知らない。この清い心と美しい友情に重きを置く伝統校は、およそ人と呼べない怪物の「餌場」となっていることを。

 

 

「…オリジンメモリは地球の意思が形を得たもの。彼らは適合者を選んでは、適宜見合った記憶を地球から引き出し、力を与える。そして人間の進化に応じてオリジンメモリも進化を遂げていた」

 

 

組織の最高科学者、天金は空に字を描くように歴史を振り返っていた。それを興味無さそうに聞き流す朱月は、未だ失ったままの天金の片側を叩く。

 

 

「右腕、まだ作んないんだ。不便じゃないのぉ?」

 

「僕の頭脳は常に腕を動かす速度を遥かに凌駕する速度で回転しているんだ。腕が二本ある場合と今の状況、不便さの変性は誤差の範疇なんだよ。それで話の続きだけれど…」

 

「うげぇ…まだ続くの?」

 

「オリジンメモリは常に最適な形を求めて進化する。今の形になったのはおよそ50年前。素晴らしいだろう。かつては石や本、札の形状だった彼らはUSBメモリなんて誰の脳内にも無かった時代に今のメモリの形状へと辿り着いたんだ。そしてそれを基にし、人工的に彼らを再現する研究が始まった。そうして生まれたのがドーパントメモリ……実用化されたのはもう20年以上前だったかな。それでもUSBメモリが一般普及される前だけどね」

 

「うんうん、それは知ってるぜ? オヤジが教えてくれたし」

 

「そう、君のとこの先代組長やその少し後に“憤怒”になった卓羽零治…『ゼロ』の意向でドーパントメモリの未成年への販売は禁止された。まぁデータ収集が目的だったしそれも容認されたね。でも……12年前に一度だけ、未成年にメモリが渡った事例があった」

 

 

ようやく本題のお出ましだ。朱月が大きく伸びをすると、体を前に傾けて話に興味を示した。

 

 

「それが最初だったんだねぇ。七幹部『暴食』───石井美弥の胎動は。今は名前変えてるから久々の感じだ」

 

「彼女の経歴は組織では余りに有名。メモリの魅力に囚われた彼女は、音ノ木坂学院に入学後すぐにメモリセールスとして成果を上げた。未成年にメモリを使わせる意義を充分に見せつけた上で、だ。その功績で『暴食』を襲名し犯罪シンジケート『悪食』を樹立し、彼女は餌場を広げていった」

 

 

それは組織に対する献身か? それは絶対に有り得ない。

彼女が地位を欲したのも、未成年への効果的なメモリ使用法を成立させたのも、『悪食』を作り優秀なハイドープを多数生み出したのも、全ては己の欲のため。

 

清々しい程に公私混同。そして恐ろしく狡猾で、巧妙で、慎重で、邪悪。

 

そして名を変えて未だ音ノ木坂に巣食う『石井美弥』は、その食欲で全てを食い散らそうとしていた。

 

 

「…オレはワクワクするねぇ。オレ、憂鬱くんと同じくらい美弥ちゃん大好きだし」

 

「僕は観察させてもらうよ。若き幹部の君たち2人が、どんな世界を作るのか……とてもいい実験になりそうだ」

 

「そりゃあ最高に酷い世界に決まってんじゃん!」

 

 

『暴食』と『傲慢』が動き出す。その果てしない悪意の前に、この世界と平和は脆すぎる。

 

_______________

 

 

音ノ木坂学院の文化祭。μ'sはそこでライブを行い注目を集め、ラブライブ本戦への出場を目指していた。全ては音ノ木坂学院の廃校を阻止するために。そして、文化祭が間近に迫った今、ある小さな事件が起こった。

 

それがきっかけで暴かれたのは、切風アラシの『本性』だった。

 

 

『殺される前に殺してやる…死んでやらねぇ…一人で、俺は…どいつもこいつもぶっ殺してやる!』

 

 

忘れたかった過去だったのは言うまでもない。隠したかった過去なのも言うまでもない。ずっと濁し続けた過去は、最悪なタイミングで最悪な相手に知られてしまった。

 

事務所には戻った。学校は休まなかった。ただ、アラシは永斗とも穂乃果とも、言葉を交わすことはなかった。

 

 

「俺…やっぱ何も変わってねぇな…そりゃそうだ、忘れたふりしてたのは…俺だけだ」

 

 

バレたからといって誰が傷つくわけでも無い。ただ信頼していて、好いていた相手に幻滅されるだけの話。たったそれだけがとても怖いのだ。誰かとの繋がりがなければ、アラシはただの薄汚い『バケモノ』なのだから。

 

 

「へいへい、インタビューいいですか? 素敵な顔してるマネージャーさん」

 

「……嘉神…!」

 

 

その日、アラシが初めて言葉を交わした相手は嘉神だった。しかし、その返答には最大の敵意が込められる。この男に対する大きな疑心が、アラシの中にはあったからだ。

 

 

「テメェの仕業か」

 

「ほぉ…何が? 主語と述語だけじゃ伝わんないぜ」

 

「チルドだ。全く騒ぎにならず職員室に侵入し、騒ぎにしないまま教員を子供にした。そんな芸当は内部からの手引きなしじゃ不可能だろうが」

 

「他の根拠をお聞きしたいね?」

 

「あのメモリには見覚えがある。ノアの天秤騒ぎの時、新聞部部長の鈴島が俺に見せたメモリがチルドだった。その時、テメェも近くにいたはずだ」

 

「なるほど。で、俺は今や新聞部員…そりゃ確かに怪しい!」

 

 

相も変わらず軽口を叩く嘉神を、アラシは壁に叩きつける。チルドの変身者はメモリを受け取った時の記憶を失っていたらしいが、嘉神が奴にメモリを与えた可能性はある。理由なんてなんでもいい。嘉神はそういうことを平気でする男だ。

 

 

「何が狙いだ。この学校に来て、何をする気だ!」

 

「言っただろ、俺は仮面ライダーになる方法を知りたい。あとは新進気鋭のアイドル、μ'sに注目してるだけ」

 

「μ'sになんかしてみろ…殺すぞ」

 

 

その言葉は虚勢でもなんでもない。今のアラシなら、きっと嘉神を殺す。そんなアラシを見て満足そうに、降参の意味も含めて嘉神は両手を上げた。

 

 

「惜しいなぁ…でもやっぱその顔だアラシは。この世の全てを信用しない、誰も愛せない。その気になればあの子らも相棒も勘定に入れる、そういう男」

 

「…黙れ」

 

「分かるよ、アラシは空助さんとは違って探偵にはまるで向かない。だって本当は他人のことなんて心底どうでもいい。素顔で俺と向き合えよアラシ、俺はジャーナリスト…この目で見たいのはお前の本性なんだ」

 

 

手に力を込めかけ、やめた。ここで殺しても意味がない。どうせもう隠す必要もない本性だ。

 

 

「…殴りもしないんだ?」

 

「こんな時に学校で暴行事件なんて起こせるか。ただでさえ事件だらけで廃校にリーチかかってんだ」

 

「廃校ねぇ…不思議だよなぁ、今年度だけでも音ノ木坂関係者がメモリを使った事例は多すぎる。それなのに世に出回ってる悪評は少なすぎだ」

 

 

清掃員の小森、3年生の斎藤、教師の夏目、卒業生の内藤、転入生の灰垣。厳密に言えば永斗や絵里もそうだ。音ノ木坂に関連付けられる事件となれば更に多い。

 

それも全てメモリセールスの『暴食』がいるから。ヤツをこの学校から排除すれば、悪意の柵から音ノ木坂を、μ'sを解放できる。それでμ'sを守れるはずだ。

 

 

「この学校を守るため、すぐに『暴食』を倒す」

 

 

この思考には何度も至った。ただ、穂乃果たちが自分たちを支えたいと言ってくれたからずっと巻き込み続けていただけだ。でも、もうそれも終わった。あんなアラシを見て、誰が支えたいだなんて思うか。

 

μ'sは19位にランクインし、ラブライブ本戦の出場資格を得た。きっともう彼女たちに手助けは必要無い。

 

 

「『暴食』を倒して……探偵部も高校生もマネージャーも終わりだ」

 

 

 

部活には顔を出すことなく、アラシは真っ直ぐに事務所へ帰る。

その扉の前で、酷く焦燥した様子の女が縋るように戸を叩き続けていた。

 

 

「俺の事務所に何の用だ?」

 

「探偵……こんな子供が、そんな……!? でもっ……!」

 

 

探偵が高校生だということに驚き、絶望したような顔をした女だったが、それでも構わないとアラシの前に跪く。そして、命乞いのような「依頼」をした。

 

 

「お願い…! 私を守って!」

 

 

______________

 

 

 

「μ'sが20位に入った!」

 

「うんうん」

 

「ラブライブ出場が決まったんだよ!?」

 

「そうだね」

 

「だったらなんでこんなにピリピリしてるの~! もっとパーッとパーティーとかしたいにゃ~!」

 

 

凛が部室で永斗にだだをこねているが、絵里や海未たちもいるので大き目の愚痴とでも呼ぶべきだろうか。当然、そんな意見は真面目派閥に食い気味に却下される。

 

 

「そんなことをしている暇はありません!」

 

「そうよ。学園祭まで一週間を切ってるんだから。それに…」

 

「まだ出場が決まったわけじゃないわ。トップのA-RISEだって連日ライブをやってるのに、μ'sなんてボケっとしてたらすぐ追い越されるわよ!?」

 

 

にこが馬鹿意見側に回らない。瞬樹が先生に呼び出しを喰らって不在というのもあり。凛が完全に孤軍となってしまっていた。

 

 

「にこちゃんはいっつもこっち側だったのに~! にこちゃんが正論言い出したらもう終わりにゃ!」

「確かに、それもそうね」

「なによ後輩2人して!? 凛にマジカルマッキーの癖に!」

「マジカル…! その話はもう忘れてって言ったでしょ!」

 

 

先日の真姫中身だけ幼児化騒動を経て、にこと真姫の力関係が変化したようだ。しかし、にこの意見は真っ当。彼女も夢にまで見たラブライブ出場が目前まで来ているせいで、喜びを通り越して過敏なほど用心になっている様子。

 

だが、ラブライブ出場権の獲得自体はもっと喜んでもいいはずだ。

そうできない理由は、一重に居るべき人物がここにいないから。

 

 

「でぇ…なんでアラシは来ないのよ!? まさか無断欠席!?」

 

「いやいやいや、アラシ君に限ってそれは無いって…にこっちが一番分かっとるやん?」

 

「……そうとも言い切れません。今日のアラシは教室でも様子が変でした。ことりと穂乃果は何か知っていますか?」

 

「え…ううん! 私は…何も…穂乃果ちゃんは!?」

 

「それは………えっと…」

 

 

永斗に目配せしようとした穂乃果だったが、その前に考えた。アラシがおかしいのは幼児化で見せたあの異様な言動が理由に違いない。しかし、あのアラシは正直に言って怖かった。そして、アラシはそれを見られたくなかったのだと、なんとなく推察することができた。

 

いくら仲間だからといって、それを勝手に広めてしまうのはよくない。

何より穂乃果の中で引っかかっている妙な感覚。あのアラシを見た時に生じたこの感覚に対し、まずは自分で答えを見つけるべきだ。

 

 

「ごめん…言えない」

 

「知らないとは言わないのがほのちゃんらしね。大丈夫だよみんな、アラシは僕がなんとかするから任せて。今は時間もないし、文化祭の話しよ」

 

 

永斗が大きく一度手を叩き、話題を断ち切った。彼が話を仕切るのも珍しい。

 

 

「……うん! 切り替えよ、みんな! そうそう文化祭のライブの話で…」

 

「穂乃果は素直ね。普通はそんなに早く切り替えれないわよ?」

 

「まずはライブを成功させるが第一だよ絵里ちゃん! 帰って来た時にラブライブ出れないってなったら、アラシ君に怒られちゃう!」

 

「そうね。それで、そんなに気合を入れて穂乃果は何を提案してくれるのかしら?」

 

「文化祭のライブ、新曲やろう!」

 

 

穂乃果が発した爆弾はμ'sの中心にてノータイムで爆裂した。

息を揃えた驚愕の声色。自信満々な穂乃果は、それでも話を続ける。

 

 

「この間、真姫ちゃんに聞かせてもらった新曲がやっぱりよくって! これ一番最初にやったら盛り上がるんじゃないかなーって!」

 

 

意見自体の筋は通っている。しかし、余りに無茶だ。真姫も曲を褒められて嬉しそうではあるが、まさか学園祭で使うとは思ってなかったのか驚きが勝っているようだった。

 

 

「待って! 文化祭まで一週間を切ってるのよ? 振り付けも歌もこれからなのに…絶対に間に合わないわよ?」

 

「歌詞は海未ちゃん作ってるでしょ?」

 

「えっ…!? 確かに書き溜めていたフレーズはありますが…」

 

「音源は永斗君が作ってくれる!」

 

「…はい、ガンバリマス」

 

「でも、そんなに一気に覚えられるか…私、自信ない…」

 

「ラブライブもかかってる。アラシ君にも心配かけられない。このライブは、μ'sの集大成にしたいんだ!」

 

 

花陽の不安も最もだった。しかし、穂乃果は理想を貫く。

誰かがアラシを救わなければいけないことを、9人の中では穂乃果だけが知っている。救わなければいけないと思ってしまっているのだ。出来ることは、精一杯のステージしかない。

 

 

「アラシ君はこれまでずっと守ってくれた。ラブライブに出て、廃校を阻止するのが、その一番の恩返しだと思う! だからみんなで最高のライブにしよう!」

 

 

それを出されて断れる者はここにはいない。8人は首を縦に振った。

きっとこれはあるべき流れ。望ましい流れなのだろう。ただ、ここにいる穂乃果以外の者はうっすらと、感じてしまっていた。

 

最悪なバランスで天秤が狂っている。この現在が酷く歪であると。

 

 

________________

 

 

依頼を受けるべきか否かアラシは迷った。

今は暴食探しに注力したい。しかし、ここで見捨てれば探偵としての生き方に傷がつく。下手をすればただでさえ危ういアラシのパーソナリティを揺るがしかねない事態だったが、事情を聞けばその迷いは払拭されることとなった。

 

 

「その話は本当か? アンタを追ってるのが、『朱月組』って話は」

 

 

依頼人の名は蜂須賀鈴子。指定暴力団『朱月組』傘下の団体の構成員。依頼内容は追って来る朱月組から自分を守って欲しいというものだった。暴力団と関りのある人間だから警察を頼れず、ここを探し出したらしい。

 

 

「お金ならいくらでも…私ができることならなんだってする! だから、『あの男』から逃がして! じゃないと殺されるっ! 死にたくない!」

 

 

蜂須賀はさっきから震えてこれしか言わない。命の危機を前に到底まともな精神状態ではないようだった。会話にならないのが少々面倒ではあるが、アラシにとってこの依頼は好都合だった。

 

朱月組の長は『傲慢』、朱月王我。そこから暴食の情報を引き出すことだって可能なはずだ。

 

 

「その追って来る男ってやつ、名前はなんだ」

 

「片島……朱月組の幹部、非道な男…あいつと組長だけには目を付けられないよう、上手くやってたはずだったのに…!」

 

「朱月じゃねぇのか…だったらアンタから引き出す。よりにもよってここに来たってことは、多少なりともメモリのことを知ってるってことだろ」

 

 

蜂須賀は頷いた。朱月はアラシの顔と居場所を知っており、一度それを利用して鎌をかけられたこともある。それでも奴らが直接攻めに来ない理由はその情報を幹部団で独占しているからであろうが、それを知り得たということは、この女は内部事情に深く精通しているに違いない。

 

 

「報酬はただ一つだ。組織…七幹部の連中について、知ってる事を全部話してもらうぞ」

 

 

_______________

 

 

音ノ木坂文化祭までの日数は更に刻まれていく。

既に生徒たちの心は授業に入っておらず、永斗に至ってはもはや教室にも姿を見せていなかった。

 

 

「何…!? 新曲だと!」

 

「うん…穂乃果ちゃんの提案でやることになったんだけど…私ちょっと自信なくて…」

 

「何を言う花陽! お前の歌唱力は神にも届くほど素晴らしいものだ、自信を持て我が主よ!」

 

 

休憩時間。もう教室でも定番となりつつある花陽と瞬樹の組み合わせが、そんな会話を繰り広げる。そこに口を挟むのは凛。

 

 

「そうにゃ、かよちんはやれば出来る子だよ!」

 

「ありがと凛ちゃん。でも、本当に大変なのは私より永斗くんかも…」

 

「そうね。珍しくやる気になってたけど、編曲や振付、作詞の大半を一人でやるなんて無茶よ。穂乃果も穂乃果だけど、永斗もなんか変っていうか…」

 

「僕が……なんて?」

 

 

噂をすればなんとやら。授業も休んでいた永斗が疲れ果てた様子で教室に現れ、不安がっていた真姫に紙束を受け渡した。そこには新曲の楽譜と歌詞、振付が丁寧に記されている。

 

 

「できてるにゃ…」

「うそ…曲のデータ渡したの昨日なのに…まさか一晩で!?」

 

「一晩ちょいかかったけどね…海未ちゃんの詩を元にそれっぽく並べたけど、振付に関しては自信ないよ。音楽も歌詞も本棚にあった分のメソッドと、統計的な傾向から形にしてるだけ。あとは悪いけど、みんなの感性でブラッシュアップして……」

 

「十分すぎるわよ…やればできるってレベルじゃない」

 

 

気味が悪いほど永斗がやる気を出したのには、当然理由がある。それは昨日の会議のあと、アラシからかかってきた電話のせいだ。

 

 

「…依頼受けた? マジ…!?」

 

 

そんな電話越しの事後報告に、永斗は頭を痛めた。幸いこの場には誰も居ないため聞かれずに済んだが、彼女たちに知られたらまた面倒なことになりそうだ。

 

 

『朱月組との追いかけっこになる。俺はしばらく事務所離れて身を隠して行動する』

 

「ちょっと待って、μ'sのことはどうすんのさ。さっきもほのちゃんが新曲やるって言いだしたし、皆も心配してるんだからまずは顔くらい見せたら…」

 

『…必要無い。俺ができるのは組織を潰してアイツら守ることだけだ。μ'sのことはお前がなんとかしてやれ、永斗』

 

 

それだけだった。事務所に帰れば作り置きの夕飯だけが置いてあった。

アラシとこんなにも距離を感じたのは初めてのことだ。信頼しているような口ぶりとは裏腹に、その言葉は冷たかった。

 

アラシのことは相棒である自分がなんとかすべきだと、そう思って、そう宣言した。でもそれができないと、アラシはそれを望んでいないと分かってしまった。

 

 

「無理しちゃダメだよ永斗くん…」

 

「別に無理じゃないよ凛ちゃん。できるからやってる。僕は僕にできることを…みんなに恩返ししたいのは、僕やアラシだって同じだからさ」

 

「恩返し…なるほどいいな! ならば俺は……そうだ、ダンスだ! 花陽が不安なのはダンスのはずだ、俺が力になろう。この竜騎士シュバルツ、体を動かすことには自信がある! 我が秘伝の竜騎士ズブートキャンプを伝授しよう!」

 

 

瞬樹が馬鹿なことを言っていると無条件に安心できて良い。ともあれ、学園祭のライブは9人+3人が全力を注いで作る集大成のライブになりそうだ。そのはずなのに……

 

 

「あー…不穏臭いなぁ……」

 

 

激務に掻き消されそうな一寸先の暗雲。そして、見えない相棒の胸中に、永斗は不安を呟いた。

 

 

_________________

 

 

暴食の情報を掴むため、朱月組から匿って欲しいという蜂須賀鈴子の依頼を受けたアラシ。まず思いついたのは海外逃亡だが、ダメだった。そんな手段は朱月組も読んでいる。空港は使えない。

 

かといって海も駄目だ。他国に船を出すだけの人脈は、空助ならともかくアラシには無い。

 

方法を考えながら身を隠し逃げ回ってほぼ一日。まだ姿も不明瞭だった追手が、遂にその背中を捉えてしまった。

 

 

「はぁ……また新しい男、しかもガキ。節操が無ぇとは自分で思わないか。なァ蜂須賀」

 

 

乱暴な運転で行く手を塞がれたアラシと蜂須賀。

後ろから追ってきていた朱月組の奴らも追いつく。思ったよりも格段に早い万事休すだ。それに加え、蜂須賀の怯え具合を見るに、車から出てきた派手めなサラリーマン風の男こそが……

 

 

「テメェが片島か。思ったよりヒョロいな、それでもヤクザか?」

 

「いかにも俺は片島夜鷹だが、初対面の子供に体格云々口を出される筋合いは無いな。今の教育カリキュラムには年上への礼節が含まれないのか?」

 

「悪いが教育を受けた覚えはねぇよ」

 

「子供が首を突っ込むなよ。そいつはウチのメモリを無駄にした欠陥品だ、適切に処分してやるからさっさと引き渡せ」

 

「そうはいかねぇ。コイツは俺の依頼人なんでな!」

 

 

奴らは銃を抜いてない。それなら好都合だ。

襲い掛かってくるヤクザ共を蹴り飛ばし、突破口を生み出す。敵が十数人だろうと、相手がヤクザなら容赦は不要。アラシの敵ではない。

 

 

「…とんだモンスターチルドレンだな。蜂須賀が頼ったってことは、例の変身する探偵…オリジンメモリの適合者。殺せねぇのはかなりウザったい…!」

 

 

バイクで逃走したアラシに銃口を向けた片島だったが、すぐにそれを下ろした。舌打ちして代わりに黄色いドーパントメモリを構えるが、こめかみに指を当て、大きく息を吐いて踏みとどまる。

 

 

「落ち着け落ち着け…そうやってすぐに手ぇ出ンのは悪手だろ、若のお遊びに付き合ってやんのも俺達の存在意義だ。ただし遊びは遊び…投入コストは最小限。採算は取る」

 

 

アラシに倒された構成員の一人を強く踏みつけ、力づくで叩き起こすと、片島はその男の額に自分のメモリを挿し込んだ。

 

 

《アンバー!》

 

 

黄色く輝く液体が男の身体を包み込み、ドーパントの姿を顕現させ生命力を吹き返させる。そして目的は当然、アラシと蜂須賀の捕獲。そして『暴食』から頼まれた事がもう一つ。

 

 

「あの女の命令は把握してるな。鬼ごっこしてやれ、最大効率でだ」

 

 




今回登場したのはτ素子さん考案の「アンバー・ドーパント」です!この案、めっちゃ気に入ってて温存に温存を重ねていたんですが、遂に出番と相成りました。そういう案はたくさんあるのでドンドン使いたいです。あと、既に書き終わってる次話を投稿しましたら溜めに溜めてるオリジナルドーパント案返信も再開致しますので……

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第62話 Aの別れ/No brand…

青い鳥文庫読者の146です。先日怪盗クイーンの映画を見に行きました。昔読んでたなーと思った方には是非おすすめしたいです。そうでない方も全員見に行って続編映画を作ってもらいましょう。

文化祭編後半です。アニメを見た皆さんなら何が起こるか承知のはずですが…アラシは一体どうするのか…!?

今回も「ここすき」をよろしくお願いいたします!


 

永斗が曲をほとんど完成させたことでμ'sは早々に新曲の練習に入ることができた。加え、瞬樹も練習に参加。花陽がいるおかげか、意外にも教えるのが上手いので練習はかなり捗った。そして日数は順調に過ぎる。

 

永斗を始めとし、この案に不安を持っていた面々は安堵した。これなら本番までにライブを仕上げることも可能かもしれない。

 

 

「永斗、少し話があるのですが…」

 

「え…なんか叱られるようなことしたっけ?」

 

「私をなんだと思っているのですか?」

 

 

海未に呼び止められ身構えた永斗。なにか悩みでも打ち明けるようだったが、その前に屋上に来訪者が現れ、話が途切れてしまう。

 

 

「皆さんお疲れ様です。学園祭……それとも文化祭でしたか? どちらにせよ、また無茶なことを挑戦しているようで」

 

「烈! 竜騎士の招集…ナイツ・サインに応じてくれたようだな!」

「そんなものに応じた気はありませんが、協力者として少しは手を貸さないと不義理というものでしょう。変装技術の一環でメイクには一家言ありますし、少々手荒にはなりますが人にものを教えるのも得手なので」

 

 

屋上で合流した烈が涼しい顔でそう言い放ち、そのドS指導に覚えがある永斗が苦い顔をする。ライブの成功率を高めるという意味では適任なのではあろうが。

 

烈は持ってきたドーナツの差し入れを穂乃果に渡すと、海未と永斗に目を向けた。

 

 

「お話の邪魔をしてしまったようですね」

 

「いえ…そんなことは。せっかくです、クロも聞いてくれますか?」

 

「ボクが聞いて構わない話なら是非」

 

「……穂乃果のことです」

 

 

海未は声を細め、近頃気になっていた穂乃果の様子に対する不安を吐露した。それは永斗も薄々感じていたものだ。練習に対する熱がいつも以上だったり、急に振り付けの変更を提案したり、雪穂からの話だが夜中まで練習をしていたりと、どこか過熱気味なところが目立っている。

 

 

「それだけではありません。ことりもです」

 

「ことり先輩も? いや…確かにそうかも、言われてみれば。なんかモジモジしてるっていうか、圧し留めてる感じ」

 

「はい…それにアラシも顔を見せません。とても心配ではあるのですが、下手に強く口を出すと崩れてしまいそうで…ただでさえ本番まで時間がないというのに」

 

 

簡潔に言うと、今のμ'sには余裕と呼べるものが全くない。そのせいで散見されるバランスの悪さにまで構っていられないのだ。それを解消していたのは本来であればアラシのはずなのに、今ここに彼はいない。

 

 

「大丈夫でしょう。そこまで大袈裟に心配することは無いと思いますが」

 

 

永斗が返答に困っていると、食い気味に烈がそう答えた。

 

 

「しかし……」

 

「本番近くに気合が入るのは当然。今の園田さんのように、南さんも心配になっているだけでは? 切風さんに関しては、恐らく別の依頼を受けていたりとか」

 

「そうなのですか、永斗?」

 

「いやぁ…うん、確かにそうなんだけど…」

 

「では何も問題はないでしょう。準備は滞りなく進んでいる、喜ばしいことです。それに万が一何かあったとしても…所詮は高校のイベント、大事には至りませんよ」

 

 

「所詮は高校のイベント」という言葉に思う所はあったが、そう言われれば納得してしまいたい気持ちはある。本当に何も無いのなら、ライブを成功させて、ラブライブに出場できるのだから。

 

不安を呑み込んでしまった。そして練習は続行し、本番へのカウントは刻まれる。

 

 

________________

 

 

「ねぇ! どうやって逃げ切るつもりなの! あんな…あんなバケモノからっ! ちゃんと逃げ切れるんでしょうね答えてよ!」

 

「うるせぇ!! んなこと考えてる場合じゃねぇのはわかんだろうが!!」

 

 

鬼ごっこは続く。ただし、鬼の役はヤクザの群れなんていう生易しいものではなくなっていた。蜂須賀の喧しい苦言を無視し、裏路地に逃げ込んだアラシの前に、先回りした鬼が待ち構える。

 

 

「畜生っ! テメェ離れんなよ、死ぬのもナシだ!」

 

《ジョーカー!》

 

 

ジョーカーメモリを起動し、強化された身体能力でドーパントを思いきり殴り飛ばした。拳に反転する硬さの衝撃。フェンスを突き破ったドーパントは、すぐにゾンビの如く立ち上がり、追跡を再開する。

 

黄金色の宝石で作られた彫像のような姿。ただしモチーフは羽虫と芸術にしては少々禍々しいセンス。『琥珀の記憶』の怪人、アンバー・ドーパントだ。

 

 

「殴ったくらいじゃ効きやしねぇ! 変身!」

 

《サイクロンジョーカー!!》

 

 

襲い掛かるアンバーに対し、アラシはダブルに変身して応戦する。

 

 

『また!? アラシ本当になにやってんの、もう本番近いんだけど!』

 

「そんな話は後にしろ! 今はこのハエ野郎だ!」

 

 

永斗は戦闘の度に呼ばれるが、アラシは永斗の話を聞くつもりは無いようだ。なにせ、この怯え切ってパニック状態の依頼人を庇って戦わなければいけない。余裕がないのは何処でも同じだった。

 

アンバーの腕から滴り落ちる黄金色の蜜のような液体は、物質に触れた途端に硬化している。標的を生かして固めるにはもってこいの代物。触れたら最後だ。

 

 

『検索はしてある。アイツは『琥珀』、ドイツでは燃える石って呼ばれてる宝石だ』

 

「燃やせるならヒートだ!」

 

《ヒートジョーカー!!》

 

 

炎で身体を覆い、高熱の拳がアンバーを次々と殴りつける。黄金色の流体「エレクトラムリキッド」は熱が入ることによって妙な香りを発し、勢いよく燃えていく。

 

 

『ビンゴ。しっかり効いてる』

 

 

執拗に攻撃を続け、液体が黒く焦げ始めた。そこからはもはや生命力を感じない。やはりアンバーに対して熱は有効と確信し、仕留める勢いで攻め立てていく。

 

しかし、その身体を燃やし尽くす前に、溶けたアンバーがダブルの攻撃をすり抜け距離を取られてしまった。炎の攻撃で痛手を負ったのか、アンバーはそのまま逃げ出した。

 

 

「クソっ! また仕留め損なった!」

 

『でもヒートを使えば楽に立ち回れる。そいつ倒したらさ、いっぺんμ'sのとこに…』

 

「その話は終わりだって言っただろ…お前みたいに曲いじったり、データ管理したりはできねぇんだ。もう俺に出来ることは無い」

 

『そういう意味じゃなくて……!』

 

 

永斗の言葉が続く前に、アラシは変身を解除して交信を遮断した。道の隅で過呼吸になってる蜂須賀の手を掴み、この場所を離れようと逃走を再開させる。

 

 

「…嫌……もう嫌…なんで…なんで私がこんな目に…さっきももう少しで、あの液が私に…アレに触れたら……!」

 

「なんでこんな目にはこっちが聞きたいんだけどな。いや…どうでもいいか。知ったところで、話が通じる相手なわけもねぇ」

 

 

アンバーと戦ったのはこれが初めてじゃない。何度かダブルに変身して交戦し、撃破寸前で逃げられての繰り返しなのだ。その度に相当なダメージを与えているはずなのだが、少しすれば何事も無かったかのように復活してくる。

 

それでも逃げるしかない。あの片島という男を殺してでも。

 

 

「…またやられたのか。火に弱いのがバレたんじゃあ、勿体ないが別のメモリを使うか。アンバーは大事な稼業道具…壊されたらたまったものじゃねぇ」

 

 

敗北したアンバーからメモリが排出され、変身者の男が悶え苦しむ。メモリを挿入した部分が焼け爛れているのだ。これは本来使用者ではないメモリを使った事の副作用。

 

苦しむ男を足蹴にし、片島はケースから取り出した琥珀に火を付け、放り投げる。琥珀は溶けていくにつれ大きくなっていき、その中から現れたのは生きた人間だった。

 

 

「幸い体の在庫は充分にある。次だ」

 

 

灰色が空を覆い始めた。予報通りの曇り空は、その日まで続く。

 

 

______________

 

 

更に時間は経った。文化祭は翌日にまで迫る。

結論から言って、あの無茶な新曲作戦は成功した。瞬樹に烈に永斗の尽力、なによりμ's自身の努力の甲斐あって、新曲はライブとして披露できるレベルにまで完成させることができたのだった。

 

 

「ことりちゃん…? 別にいつもと変わらないと思うけど」

 

 

そして本番前、最後の夜。穂乃果は海未からの電話に軽くそう返した。やはりことりが何処かおかしいと思っての海未の行動だったが、穂乃果には特に変わらないように見えていたので心底不思議そうな声で会話を続ける。

 

 

『穂乃果もそう言うのなら…杞憂なら良いのですが…』

 

「大丈夫だって! 海未ちゃんは心配性なんだから…へっくしゅ!」

 

『穂乃果? 明日は本番、体調を崩したら元も子もありませんよ。今日はもう休みなさい』

 

「はーい」

 

 

電話を切って、言われた通りに布団に潜ろうとした穂乃果。しかし、ふと気になってしまい、確認してしまう、携帯に表示されるのは、この一週間で幾度となく見たアイドルランク。

 

 

「……っ!」

 

 

21位のギリギリ圏外だったグループがひとつランクを上げ、20位になっていた。そして20位だったグループは21位の圏外に。いつμ'sがこうなっても、全くおかしくはない。

 

それは心配のような感情では無かった。言語化するなら、並々ならぬ使命感。穂乃果の身体はひとりでに玄関へと向かい、靴を履いていた。

 

 

「お姉ちゃん、また行くの!?」

 

「うん…ちょっとだけ!」

 

 

そんな穂乃果を見た妹の雪穂は、当然呆れかえる。もう一人で出歩くには遅い時間、しかも本番前。それに、雪穂だって気付かない訳が無かった。ここ数日、姉の情熱がどう考えても過剰であることに。

 

 

「大丈夫。すぐ帰るから!」

 

「やめなよ。もうこんな時間だし、それに……!」

 

 

そこで鳴り響く雪穂の携帯。発信元を見て雪穂が大きく顔をしかめる。

 

 

「もう…なんでこんな時に! ちょっと待っててお姉ちゃん!」

 

 

雪穂が電話に出るためにいなくなると、穂乃果は待つことなく玄関を出た。

一秒だって止まっていたくはない。寝て、起きて、ランクが下がっていたら。もし明日、ステップを忘れてしまったら、ミスをしてしまったら───

 

ラブライブには出られなくなる。それが何より怖い。

 

ラブライブに出なければ廃校も決まってしまう。自分の無茶な提案を受け入れてくれた仲間たちを裏切ることになってしまう。今まで守ってくれたアラシたちにも顔向けができない。

 

 

『穂乃果…? 違う……俺は……!』

 

 

あのアラシを救うこともできない。

肯定してあげないと。支えてあげないと。アラシが守ってくれた自分自身の価値を証明することで。

 

 

目立っていた曇り空は成長し、外はあいにくの雨だった。夏も終わり、夜の闇も相まって肌寒い。

 

「もっと頑張らないと彼は救えないよ」

 

見えない手に背中を押されたように、穂乃果は脚を踏み出す。

そこからはもう止まらない。フードを深く被って、雨の中を走り出した。

 

 

_____________

 

 

「雨か……」

 

 

あれからアンバー・ドーパントは現れなくなり、代わりに別のドーパントが現れるようになった。メモリブレイクしても次々と別のドーパントが現れる。時間だけが過ぎていく。

 

もう何日も経った。夜が明ければ、もう文化祭の日だ。きっと彼女たちはちゃんと立派なパフォーマンスを完成させているはず。それを見れないのは、少しだけ心残りではある。

 

 

「…ここまで付き合ってやったんだ、聞かせろ。お前なんで朱月組に追われてる。メモリがどうとか言ってたが…」

 

 

当然の疑問だったが、アラシは蜂須賀にここまで聞かなかった。

μ'sのことを想った時、ふと浮かんだのだ。自分は今なにを守っているのだろうと。

 

 

「……私は、家が貧しかった。生きる上でなにをするにも苦労した。だから人に言えないようなことしなきゃ生活できなかったし、朱月組にだって取り入った。強い人の後ろに隠れて、なんとかうまく立ち回って…そうやって生きるしかなかったの」

 

 

蜂須賀鈴子が語る自身の過去。恵まれなかった幼少期の話に、アラシは自分を重ねた。生きるために手段を選べず、今もこうして誰とも知らない探偵に縋りついている。

 

 

「追われる理由は…ちょっとした裏切り。ずっと嫌だったの…あんな暴力団の一員として悪さをする自分が。後悔はした。でも、あなたが助けてくれるなら私は……」

 

「…分かった、それで充分だ。お前を絶対に逃がしてやる。そのためには……!」

 

 

夜が明けようとしている。それでも、雨は止まない。

 

 

______________

 

 

「穂乃果! 今日文化祭でしょ、早起きするんじゃなかったの?」

 

 

母の声で穂乃果は目を覚ました。

結局、あの後も練習に熱が入ってしまい、帰った頃には深夜で母と父に酷く叱られた。疲れたせいか、昂る気持ちとは逆に熟睡してしまったらしい。

 

早く学校に行って最後のリハーサルをしなければ。まだ詰めれる部分はあるはず。そう思い、立ち上がり、まずは着替えるためにロッカーに向かわなければ……

 

 

「あれ……?」

 

 

立ち上がった途端にぼやける視界。一歩進むごとに襲う尋常じゃない倦怠感。熱の籠った頭では平衡感覚すら維持できず、よろけてタンスに倒れかかって声が漏れた時、初めてそれは確信に変わる。

 

 

「っ………!?」

 

 

______________

 

 

校内と外観は派手に飾られ、各々が出しものの工夫を凝らし、気合の入った準備相応に盛り上がる音ノ木坂文化祭───とは行かなかった。なにせ生憎の悪天候。数日前から続いていた雨は、ここに来て更に強さを増した。

 

 

「すごい雨……」

 

「お客さん全然いない…」

 

 

凛と花陽が屋上を除いては、ため息交じりにそう嘆く。悪天候の煽りを最も受けているのは間違いなくアイドル研究部。ただでさえ雨天で想定より人が少ないのに、屋上のライブに来る客なんてそういるはずがない。

 

それに関してはライブのパフォーマンスで盛り上げるほか無いと、気合が入るくらいで済む話。しかし、μ's内の局所的な歪みが、ここに来て大きくなっていた。

 

 

「…本当によかったのですか?」

 

「うん…本番直前にそんな話したら、穂乃果ちゃんにも…みんなにも悪いよ」

 

 

昨夜、穂乃果との電話の直後、海未にことりから電話がかかって来た。そこでの会話で明かされたことりの悩み。海未の嫌な予感は、やはり正しかったのだ。リミットギリギリまで話す余裕さえ作ってあげられなかった自分が心底不甲斐ない。

 

 

「だから…ライブ終わったら私から話す。みんなにも…穂乃果ちゃんにも…」

 

 

ことりが抱えるそれは、ライブ前に残しておいていいしこりではない。それなのに、穂乃果にもアラシも、昨夜連絡に応じることはなかった。

 

 

______________

 

 

 

「竜騎士推参! みんなおはよう!」

 

「全然遅いにゃ! 永斗くんはもう来てるんだよ!」

「人を遅刻常習犯みたいに…実際そうだけど」

 

「烈が起こしてくれなかったからな!」

 

 

永斗、烈に遅れ、瞬樹がμ'sに合流した。永斗は雨が続くことを見越し、ネット上でのμ'sライブの宣伝で徹夜明けだ。この数日戦闘に呼ばれることも多かったため働きづめだった。

 

それに、文化祭で活性化するのはどの生徒も同じ。

瞬樹に少し遅れ、この記者もスクープを嗅ぎ付けて現れる。

 

 

「おはよーございますμ'sのみなさん! ライブ前に取材のお時間…いいっすか?」

 

 

新聞部3年の男子生徒、嘉神留人。彼が現れた途端、少しμ'sの空気が雲った。なにせ先日足元を見た取引を持ち掛けられたばかりで、率直に言ってμ'sの嘉神に対する印象は「胡散臭い」「得体の知れない」「怖い」と最悪に近い。

 

 

「…なによ、またなんか変なこと言いに来たんじゃないでしょうね」

 

「そう嫌わないでよ真姫ちゃん。あ、そうだ。この間校内で倒れた男って、あれもしかしてお兄さん? さっきも見かけたよ。一年生のクラス企画で男子にガン飛ばしてたから面白くて」

 

「最っ悪……」

 

「あのねぇ、悪いけど私たち暇じゃないの! ていうか女子の控室に普通に入ってくるマスコミってどーなのよ! 品が無いんじゃないの品が!」

 

「あっはは、矢澤にこに品性問われちゃ終わりだね」

 

「どういう意味よ!」

 

「まぁまぁ、それ言ったら俺以外にも男子が2人…いや、3人? 生徒さんじゃないね、新しいマネージャー?」

 

 

嘉神が興味を向けたのは、希の衣装を直していた烈だった。そういえばこの2人はまだ会ったことが無かったはず。男子とも女子とも取れない容姿の烈に、嘉神はペンを向ける。

 

 

「ボクは黒音烈です。御察しの通り生徒ではありませんが、μ'sのメイク兼コーチくらいに思っておいてください。性別に関してはノーコメントで」

 

「俺は嘉神留人。μ'sの専属記者…になる予定の新聞部3年生でございやす。どうも、()()()()()()

 

「えぇ、()()()()()()

 

 

含みのある声で挨拶を済ませた嘉神は、もう一度控室を見渡してクスリと笑う。

 

 

「…あれぇ、人が足りないみたいですけど。2人も。もしや欠席かな?」

 

「それは……」

「っ……おはよー! ごめんごめん、当日に寝坊しちゃうなんて……」

 

 

不在メンバーに関する問答に海未が口ごもっていると、そこでようやく彼女が扉を開いて現れた。あれだけ気合が入っていたのにまだ来ていなかった穂乃果だ。

 

 

「日常でも寝坊気味の高坂穂乃果さん、本番まで遅刻とはらしいですねぇ。もしや昨日は眠れなかった?」

 

「そ、そんな感じです…でも今日のライブは最高のものにするので! 期待しててください!」

 

「いいねいいね! そういうコメントが欲しかったんだよ!」

 

 

嘉神に気持ちの入った宣言をした穂乃果だったが、どこか様子がおかしかった。足取りが少しブレている。なにより変なのは声。特ににこはその異変と、それに対する隠しきれてない穂乃果の動揺を敏感に感じ取った。

 

 

「穂乃果…あんたもしかして…!」

 

「失礼、高坂さん。雨での登校で髪が乱れてますよ、ボクが直します」

 

 

にこの言葉を遮り、烈が穂乃果を目線から遠ざける。そして、髪を直す素振りをしつつ、他に見えないように穂乃果へ錠剤を渡した。

 

 

「飲んでください。喉の痛みを緩和し、一時的に熱も下げる薬です。ライブ終わりまでは効果が持続するでしょう」

 

「クロ……ありがとう…!」

 

「本番に風邪で辞退なんて不本意でしょう。こんなこともあろうかと、用意しておいてよかったです」

 

 

薬を飲むと、立っているのも辛かった苦痛が途端に和らいだ。これなら最後まで踊れる。

 

 

「……雨、強くなる一方ね」

 

「アラシ君も来ぃひんし…不吉やね…」

 

 

好転しない雨に不安が募る。本番にまで現れないアラシも心配だった。にこに至ってはアラシに対する怒りが爆発寸前だった。そんな本番前に滅入る気分を、穂乃果が大声で吹き飛ばす。

 

 

「……うん、みんな! やろう! ファーストライブの時からそうだった…どんな時も諦めずにやってきたから、今のμ'sがある! だから行こう!」

 

 

諦めなければ、きっとアラシのことも救えるはず。そして戻って来てくれるはずだ。このライブが終わったらすぐラブライブ出場可否の結果が出る。ここで勝ち取って、μ'sはもっと先に行く。

 

穂乃果の声はいつも通りに澄んでいた。不信がっていたにこも、気のせいということにしたようだ。

 

海未も気持ちを強く保った。ことりはライブ後に打ち明けると言っていた。その後に何も起こらないというのは有り得ないが、最高のライブを果たした後ならきっとわかってくれるはずだ。

 

 

そうだ、きっとこのライブさえ乗り越えれば、全てが丸く収まる。

 

 

ライブに臨む前のμ'sの一瞬を、嘉神は笑みを浮かべながらシャッターで切り取った。

 

_________________

 

 

「変身!」

 

 

またしても襲い掛かって来た新手のドーパント。今度はドラキュラ・ドーパント、地下闘技場にいたものと全く同じ能力の個体だ。それを待っていたとばかりに、アラシは変身して戦闘を開始する。

 

 

『……アラシ、もうライブなんだけど。本当に見ない気?』

 

「なんべんも言わせんな…今は何よりも組織を潰すことが先決だ。幹部の一人や二人沈めねぇと、アイツらの未来も無い」

 

『そうかもしれないけど…!』

 

 

飛行するドラキュラをジャンプからの蹴りで叩き落とし、そこからの接近戦ではガードに使われた翼を数発のパンチでバキバキに砕いた。これでドラキュラの飛行能力は死んだ。

 

メモリブレイクするには充分なダメージを与えた。しかしダブルはトドメを刺さず、ドラキュラを逃がした。

 

 

「追うぞ。ヤツは必ずあの片島って男のとこに帰る。最初の蜂蜜みてぇな奴もそうだった、逃がした後は必ず同じドーパントが現れたのが証拠だ」

 

「はぁ…? 待ってよ、私を逃がしてくれるんじゃなかったの!?」

 

「逃がす! だが俺たちに逃げ場なんてねぇ。だから戦って潰すしかねぇんだよ!」

 

 

この数日逃げ回って、辿り着いた結論はそれだった。

あっちは巨大な暴力団、こっちは子供。どうやったって届く力の範囲が違う。だったら正面突破以外に無いはずだ。

 

拒む蜂須賀だが、一人になる方が遥かに危険。ついて行くしかない。翼を失ったドラキュラの動きは遅く、尾行は容易だった。そして、ドラキュラが逃げた先の倉庫に予想通り奴はいた。

 

 

「……少年探偵と聞いてた。あの氷餓に勝って闘技施設を潰し、果てには異世界の憂鬱まで潰した若のお気に。それが最後は正面玉砕ねぇ……度し難い馬鹿だ、これだから子供は」

 

 

しかし、尾行は予想通りと言わんばかりに、片島はダブルの気配を察知した。倒れたドラキュラからメモリを引き抜くとまた別の構成員にメモリを挿し、新たに生まれたドラキュラ・ドーパントがダブルを襲う。

 

 

「頼る相手を間違えたなぁ蜂須賀。ま、元より都合のいい時間だった。俺としては手間が省けて助かる」

 

「誰が子供だクソ野郎。分かんねぇなら教えてやる、テメェぶっ潰してこいつ逃がすんだよ! テメェの次は暴食と朱月だ!」

 

 

牙を剥いて低空飛行するドラキュラの顔を、ダブルの左拳が掴んで容赦なく硬い地面に叩きつける。そうして牙が折れたドラキュラを再び持ち上げると、今度は右足で貫くように蹴り飛ばした。

 

蹴り返された形となったドラキュラは、片島の後ろの車に激突。ひしゃげた車と変身解除し悶える構成員を見て、片島は犬歯を噛み砕くように顔を歪めた。

 

 

「メモリ数本に車が大破、もう既に損害が釣り合ってねぇ…蜂須賀如きに冗談じゃない。大損だ。こいつは遊びじゃねぇんだよガキが!」

 

《アンバー!》

 

 

メモリを握り、起動させたと同時に端子が触れていた親指にコネクタが出現し、片島は一瞬で変身を完了させた。その姿は最初に襲ってきたアンバー・ドーパントと全く同じ。しかし、このメモリの正当な使い手は恐らく彼だ。

 

 

「落とし前ってのは嫌いだ…そんなもんは何の補填にもなっちゃねぇ。だからお前らをシバき殺すのは責任云々の話じゃない。大人に逆らったらどうなるかっつう、効率的な教育だ」

 

 

アンバーの腕から滴る流体が硬化し、爪のような刃を生み出した。そこから繰り出される最短の起動を描く攻撃。その一太刀だけで、これまでの雑魚とは格の違いが察せられる。

 

 

「永斗! ヒートだ!」

 

『わかってる。コイツ相手はヒートが適性だ』

 

《ヒートメタル!!》

 

 

ダブルは両側のメモリを変え、熱されたメタルシャフトでアンバーの刃を焼き溶かす。アンバーの弱点が火だというのは先の戦いで判明済みだ。

 

 

「馬鹿の一つ覚えに…いいか、俺の好きなものは一に利得、二に利潤、三に利益。嫌いなものは欠陥品だ」

 

「なんの話だ! 余裕だなヒョロガリヤクザが!」

 

「黙れ。筋肉っつうのも非効率だな…獅子丸のアレはむはや無駄だろう。効率的に結論から言うと、俺の知る限りこのメモリに欠陥はねぇって話だ」

 

 

熱源がある限り有利に戦えると思っていたダブル。しかし、アンバーが腕をこすり合わせるだけで戦況は変わった。そこからメタルの肉体に流れ込んだのは、体を焼き焦がすほどの高圧電流。

 

 

「電気だと…!?」

 

『琥珀を擦れば静電気が発生する…古代ギリシャ語では琥珀はエレクトロン…そのまんま電気の語源だよ。でも……どう考えたって静電気のレベルじゃないでしょ』

 

「説明が要らないのは助かるなぁ。効率的だ」

 

 

再び形成された刃を指揮棒に放たれる電撃は、ダブルを近づかせさえせずに制圧する。電気のドーパントといえばライトニングだが、あちらよりも数段電撃の使い方が巧い。電撃がいずれも吸い寄せられるように必中する。

 

 

「だったらッ!」

 

『琥珀は絶縁体…ライトニングは効かないし、オーシャンで放電もさせるのも危険だ。このままヒートで押し切る!』

 

 

相手が距離を保つつもりならこちらも遠距離と、ダブルは左手にトリガーメモリを取り出しメモリチェンジを図った。だが、攻防の狭間にアンバーが発射した液体が、その左手をピンポイントに固める。

 

熱を発する右側から離れた部位、溶かすのに時間がかかる。その間にアンバーは左足にも液体を飛ばして動きを止め、ダブルの胴体に掌打を叩き込んだ。それと同時に解放される凄まじい電撃がそのままダメージに変換される。

 

 

「その程度で若をどうこう言ってたとは…計算のできない馬鹿の考えることは理解できない」

 

 

アンバーの強さはサテライトやプレデターのような幹部に準ずるレベル。裏を返せばファングジョーカーでの対応が可能だった。事前の永斗との連携不足が悔やまれる。

 

 

「ざけんなよ…負けられねぇんだ俺は…! 俺は『切風アラシ』だ…探偵だ…! メモリばら撒くクソ共をぶっ殺して音ノ木坂を守る…それしかねぇんだよ!」

 

「ウダウダとウザったいんだよ。俺は大人で、ここは社会、そしてお前は子供。お前が敗北する理由に、これ以上のリソースは不要だろうよ」

 

「黙れよクソ野郎が……大人だガキだ偉そうに…上から見てんじゃねぇ!!」

 

 

怒りが体に満ちダブルを立ち上がらせるが、それは再起ではなくむしろ逆だった。ダブルの左側が反発する。チルドと戦った時と同じ現象が起き、左右のバランスが崩壊したのだ。

 

アラシの怒りと拒絶だけが永斗を置いて先行し、もはやダブルは動けない。

 

 

「……そろそろいいだろ。頃合いだ、この損な仕事も大詰めにするか」

 

 

気だるそうに壊れた車にもたれ掛かるアンバー。そこに朱月組の構成員が、息を切らし抵抗する蜂須賀鈴子の身体を転がした。

 

 

「ッ…蜂須賀…!」

 

「おいそれ以上動くな…なぁ少年探偵。今更問うのも非効率だが、この女を助ける理由があるのか? 無いならそのままじっとしてろ」

 

「あるに決まってんだろ…! そいつから引き出す情報だけじゃねぇ…頼って来たヤツは見捨てねぇのが、探偵だ!」

 

「理解に苦しむ。そいつは、お前が若に挑むと聞いて見切りをつけて逃げた。そうだろ? お前はそういう女だもんな蜂須賀」

 

 

蜂須賀がアラシから目を逸らし、言葉を詰まらせた。アラシの中に生じた疑念を広げるように、アンバーは事実を連ねた。

 

 

「その女、蜂須賀鈴子はウチの美人局だ。子供にもわかるように言えば…結婚詐欺ってとこか? 遊び感覚で朱月組に関わって、そのまま男を伝って成り上がった恐ろしい女だよ」

 

 

彼女から聞いていた話と違う。探偵として彼女を救う意味はあると思っていた。アラシが縋っていたその信念に、ヒビが入る。

 

 

「騙すのは堅気だけじゃない。組の奴らも手段を択ばず騙して搾って、手に入れた金で豪遊。組の所有物も勝手に動かして、挙句の果てにはあるメモリを無駄にした! こいつ一人で生み出した損害は桁が違う。組の利益の保護のため、処分するのは妥当だと思わねぇか?」

 

 

アンバーの指から落ちた液体が、蜂須賀に触れた。呼吸が打ち止められるような恐怖に駆られた蜂須賀は、必死で這いずり、絞り出した声で助けを求める。

 

 

「助けて! ねぇ助けてくれるって言ったじゃない! 私を逃がすって! なんで見てるのよ役立たず! さっさと私を───」

「喧しい。なぁ、答えろよ。これ見てまだ助けたいって思うかよ? 俺ぁ表と裏の世界の住み分けは必要だと思ってる。お前らは表の住人で、コイツは裏で悪さしたクズだ。助ける価値が本当にあると?」

 

 

弱者を見下し食い物にする強者。それが本当なら、アラシが最も嫌う人間だ。だから、救う価値を答えられなかった。同時に、ダブルはまだ動けなかった。動かなかったのではなく、動けなかったはずだ。

 

 

「沈黙ってのは非効率な同意だなァ。そこで何もするなよ仮面ライダー。さて蜂須賀。俺のメモリの能力は知ってるか? コイツはいいメモリだ。特に稼業(シノギ)の点じゃ、若のゲートや獅子丸のパキケファロより優れてると自負してる」

 

 

アンバーから流れるエレクトラムリキッドが蜂須賀の身体を侵食し始めた。まずは口を塞ぎ、次に体全体を覆うように広がり、じわじわとあらゆる自由を奪っていく。

 

 

「琥珀ってのは宝石としても価値が高けりゃ、燃やせば香になり、薬としても使える一挙両得の理想みたいな代物だ。更に加えるなら琥珀は天然のタイムカプセル。内部に物体を保存できる缶詰いらず。当然、人間も例外じゃない」

 

「───っ!!」

 

「作るにはコツがいるんだがな、生きた人間入りの琥珀ってのは悪趣味な金持ちに高値で売れる。火を付けりゃすぐ取り出せる、バレにくい人体売買としても優秀だ。売られた後に犯さ(あそば)れるか解体(バラ)されるか…クライアント次第だがな」

 

 

組にとっての邪魔な人間、不要な人間を始末する代わりに琥珀に加工し、売買する。それが朱月組の金庫番、片島夜鷹が牛耳る市場。

 

 

『───アラシ!』

「っ……! やめろ!」

 

「説得力が無ぇんだよ、子供の戯言には」

 

 

強くなる雨が倉庫の屋根を突く。遅れて止めに入るダブルを阻む構成員たち。叫ぶことさえできない蜂須賀は、雨音の喧騒の中で近寄る死以上の恐怖と、息が止まる苦しみと、不幸に対する身勝手な怒りをただ体の内で暴れさせていた。

 

それは悪感情で遂行される蟲毒。

溜め込み、煮え滾り、荒れ狂い、絶望を前にして『器』は遂に満たされた。

 

 

《エンプティ!》

 

 

琥珀に成りかけていた蜂須賀の腕に生体コネクタが現れ、その姿が変容し始めた。琥珀を突き破り、様々な色が混ざった極彩色の体皮が棘や鱗を伴って発現する。それは怪物と形容するには間違いないが、それ以外の言葉では表せないような具体性のない姿。

 

強いて言うのなら「イメージの集合体」。蜂須賀は突如、メモリの挿入も無しにそんなドーパントへと変貌したのだ。

 

 

「手間をかけさせやがって…これだから嫌だったんだ、この仕事は」

 

『何が起こったっての…!? なにあのドーパント…!』

 

 

永斗でも正確に分析できない今の事態。対して、この状況に加え己の感情すらも清算できないアラシは、ダブルとして未だ動けずのまま。そんなダブルに、そのドーパントは爆音波の攻撃を浴びせた。

 

 

「ッ───!!」

『アラシ! 前! 来てる!』

 

「…死ねっ! この、役立たずのガキが!」

 

 

蜂須賀の理性を残したまま、ドーパントはダブルに異形の腕で襲い掛かった。それを上手く躱せないダブル。ドーパントは無抵抗な彼らに悪意のままをぶつける。

 

 

「何が『助ける』よ! ちょっとは使えると思ったけど所詮は子供! なーんにも出来やしないじゃないの! 思い出したらムシャクシャしてきた…あんたのせいで余計に危ない目に遭って、しかも組長に楯突く? 冗談じゃねぇんだよ死にたいなら一人でやってろ! 探偵ごっこのイキリ坊主が!」

 

 

棘付きのバットでぶん殴られているような、不必要なほどの痛みを伴った殴打。触れた部分から爛れるような感覚。エンプティの攻撃には隅から隅まで、他者を傷付けるための悪意が込められていた。

 

しかし、そんな痛みなんてどうでもよかった。

「探偵ごっこ」。どんな悪意よりもその言葉が、アラシの心を刺し貫いた。

 

 

「気分はどうだ? 蜂須賀ァ。苦労して用意してやったその力、気に入ったか?」

 

「サイコーよ! 今ならなんでもできる気がする! あの時使ったメモリが、こんなにいいものだったなんて!」

 

「お前が勝手に使ったメモリ…エンプティって言ってな。そいつは能力を持っちゃいねぇ。その代わり、使用者の感情やら気力やらを無尽蔵に溜め込む性質があって、溜め込んだ分がそのまま力になる。非効率の極みみてぇなクソメモリだ」

 

「あはっ、そういうこと! この力を作るために私を追い詰めてたのね! いいわ許してあげる。その代わり…このゴミをぶっ殺す権利をちょうだい?」

 

 

エンプティ・ドーパントの攻撃は続く。悪意で満たされた空白は、暴力を以て現世に存在を示す。今や何も無い空白は、ダブルの左半身の方だった。

 

切風空助に拾われて、初めて探偵の仕事を手伝って、依頼人から感謝された時のことは忘れない。愛を知らず、信頼を知らなかったアラシの人生が変わった瞬間だった。誰かに必要とされることの温かさが、アラシを人間にしてくれた。

 

 

「出来もしない癖に汚ぇ手で私を引張りやがって! お前みたいな無能な子供がやっていけるほど世の中甘くないんだよ! だったら死んだ方がマシじゃない!?」

 

 

優しくて、慕われて、強い。生まれて初めて尊敬した。そんな空助みたいになりたかった。だから永斗と共に変身した時に、少しでも近づけた気がして飛びがるほど嬉しかったんだ。

 

 

「都市伝説のヒーロー? 仮面ライダー? バッカじゃないの! ダッセェ恰好で人助けでもしてるつもり!? いつまでも現実が見えてない子供が、これが人生よ! あっはははははっ!!」

 

 

やめろ。

やめてくれ。

俺の『あれから』を否定しないでくれ。

 

 

「うわあ゛ああああああああっっ!!!」

 

 

見よう見まねの探偵ごっこが崩れる。ヒーローごっこが崩れる。もう戻りたくないんだ、ありのままの名前のない『俺』には。生きるために手段を選べなかった、周りの全てが敵に見えた、殺したいほど汚らわしくて憎い昔の自分には。

 

 

『いい加減にしてよクソ女…君みたいなヤツが一番嫌いだ…! 君なんかが僕の相棒を侮辱するな!』

 

 

そんな永斗の言葉も、アラシには届かなかった。もう何も聞きたくなかったのだ。ただ、喚くような叫び声で世の中の全てを幼稚に拒絶していた。そして、ダブルの左腕が、エンプティの踏みつけを振り払う。

 

 

「なによ?」

 

『アラシ……! ダメだ、落ち着いて!』

 

 

永斗が戦慄する。チルドの精神子供化を喰らった時と同じことが始まろうとしていたのは、すぐに分かった。立ち上がるダブルの体を永斗が制御できない。アラシが抱える巨大な感情が、バランスを無視してダブルを動かしているのだ。

 

このままではアラシはエンプティを、蜂須賀を間違いなく殺す。

それだけはダメだ。殺意を以て殺めたら最後、きっとアラシは戻れない。それはもう『仮面ライダー』とは呼べないほど成り下がった、ただの悪魔だ。

 

ダブルの左目がエンプティを睨み付けた。

言葉すら要らない普遍的な恐怖がエンプティを貫いた。抵抗しない体に八つ当たりをしていた彼女は、その一瞬で獲物に回ったことを理解した。虎の尾を踏んでしまったのだ。

 

 

「救けてあげましょうか?」

 

 

ダブルの殺意にスイッチが入る瞬間、艶めかしくその声は割り込んで現れた。聞き覚えがある者は例外なく、戦慄と嫌悪を覚える女の声。

 

音ノ木坂の制服に身を包んだ『暴食』が、そこに現れた。

 

 

____________

 

 

激しくなる雨の中、μ'sは今日のために作った衣装を着て、今日のために作った特設ステージに立つ。そして、永斗やヒデコやフミにミカの宣伝が効果を発揮したらしく、この雨天の屋上にも観客は大勢いた。

 

そこにアラシはいない。でも、雪穂や亜里沙、これから高校生になる子たちは沢山いた。このライブで学校への関心を惹ければ、きっと廃校も解決する。ラブライブにも出られる。

 

もうライブ前に緊張なんてしない。穂乃果はただ手を固く結んで、弱った己の体を鼓舞する。

 

 

(大丈夫…いける、できる。今までもそうだった…命だって危なかったときも、世界が危なかったときだって、やろうと思えばなんとかできた! だから今だって…!)

 

 

大丈夫。そう心も結び、今日のために作った音楽は始まる。

この数日で何度だって練習した。体だって声だって勝手に動くくらいに。これまでμ'sが重ねて来た時間はこの瞬間のためにあるんだ。ここまで積み上げた、今日のための全てを……ここで魅せる!

 

 

─『No brand girls』─

 

 

_____________

 

 

『暴食…!!』

 

「チッ…やっと来たか、いい身分だな幹部様。言われた通りに仕上げまでやってやった。契約は以上だ、時間も詰まってるんで俺はここで降りる」

 

「えぇ、ご苦労様。朱月には私が直接お礼を言っておくわ。さて…私もいま文化祭で忙しいの。折角だけど、手早く済ませることにするわ」

 

《キメラ!》

 

 

現れた暴食は片島に礼を済ますと、ガイアドライバーを介してキメラ・ドーパントへと変身した。ここでの彼女の出現は最悪だ。アラシが不安定でまともに連携も取れないこの状況、戦いになれば負けは必至。

 

 

「あ…あなたがあの組長にも並ぶ、七幹部の…! あなたに忠誠を誓います! この力、必ず役に立ちます! だからどうか私をあなたの下に……!」

 

 

力関係を読み取ったエンプティが、即座にキメラに下った。目の前の圧倒的な力に対する躊躇の無い薄っぺらな服従。彼女がこれまでそうして生きて来たように、暴食へと取り入ってダブルを共に倒すつもりだ。

 

 

「あら、嬉しいわね。私もあなたが欲しかったところよ。そのメモリ…エンプティには思い入れがあってね」

 

「ああっ…それなら私を!」

 

『…おめでたいね、君……!』

 

 

暴食に気に入られ、勝利と生存を確信していたエンプティに、未だ身動きが取れないダブルの右側が吐き捨てる。その意味がわからないエンプティは、そんな永斗の台詞を負け惜しみと捉えて嘲笑う。

 

 

「うるさいのよ死に損ないが! さっさとくたばってろよ気持ち悪い」

 

『……僕にはオチが見えてるよ。僕はアラシみたいに優しくないからさ…ザマーミロって思ってる。そうだろ暴食…!』

 

「……そのメモリ、エンプティは特殊なメモリよ。何も無いのが能力のメモリは、強さと引き換えに弱さも存在しない。だから、『複数人での使用』が可能だった。普通のメモリならそこに倒れている彼らのように大きな反動を喰らうけど、エンプティにはそれがない」

 

 

キメラは朱月組の構成員たちを指して言った。彼らは片島によってメモリを使い回しされた者たち。本来の使用者以外がメモリを使った場合、短時間の使用でも毒素の逆流と異常な反動、メモリの機能不全が起き最悪死に至ることもある。

 

しかし、エンプティにはそれが無いと言う。

つまりエンプティとは複数人での使用を前提とされたガイアメモリ。

 

 

「その美しい程濁った姿、能力、それはあなただけのものじゃない。そのメモリはこれまで何人もの苦しみや悪意、そして生命を取り込んで、あなたの番でようやく満たされた。完成したのよ。もはやその空洞には何も入らない。それ以上そのメモリを使っても、命を吸われるリスクもない完全無欠な力となった」

 

「そんな力を私が…あははっ! やっぱりそう、今までも全部うまく行ってた! 人生なんて簡単! 最後に勝つのは私なんだ!」

 

「まぁ私は、『あなた』になんて興味はないけれど」

 

「え?」

 

 

己の幸運に酔っていたエンプティの体が、キメラが腕を振るうと同時にパカッと斬り裂かれた。流れ出す気色の悪い液体。絶望への転調に、叫びすらも形に出来ないエンプティ。

 

永斗にとっては予想通りの展開だった。暴食が「欲しい」と言う理由なんてただ一つ。そして永斗の読みが正しければ、この後はダブルにとっての猶予が生まれる。『食事の時間』という猶予が。

 

だから永斗は密かにそれを動かしており、ようやく到着した。倉庫の壁を突き破り、巨大ビークル・リボルギャリーが動けないダブルの前に現着する。

 

 

「食事の時間に無粋なことをするじゃない」

 

『悪いけど、テーブルマナーは無駄だって思ってるクチなんで』

 

「いいの? 私を見逃しても。その暴れん坊の相棒さんは、そのつもりはないみたいだけど」

 

 

アラシがダブルの中で反発を続ける。暴食を倒さなければという殺意だけが、理由を忘れて暴れていた。だが今どうやったって勝つ手段はない。ダブルの頭脳として、永斗が責任をもって選択した策は『逃走』だった。

 

 

『別に逃がす気は無いよ…君は僕たちが必ず倒す。すぐにね』

 

「好きよ、そういう腹を疼かせてくれる言葉。お礼にいいこと教えてあげる。あなた達が大好きなアイドルのあの子たち……なかなか面白い事になりそうよ」

 

 

否応なく駆け巡る悪寒と、吐き戻しそうになるほどの黒い怒り。彼女たちに何をしたと問い質したくなる衝動に駆られるが、永斗は冷静だ。言葉の真意を確かめるためにもダブルはそれ以上時間を使わず、リボルギャリーで撤退した。

 

その場に残されたのは、皿の上に乗ったエンプティと、捕食者キメラ・ドーパントのみ。

 

 

「なんで……いやぁっ…助けて、誰か助けて! 助けなさいよおおおっ!」

 

「そのメモリ…エンプティはね、私が最初に手にしたメモリなの。その時から私はそのメモリの持つ魅力に囚われた。だからずっと育て続けたのよ。人から人へ、命を食わせ、何年も何年も愛情かけて。私はずっと…その空白の味を知りたかった」

 

 

『食』とは生命維持の行為。しかし『暴食』はそれを逸脱した行為だ。そこにあるのは未知への好奇心と、異様なまでの執着と、満たされない永遠の空虚。故に彼女は語る。

 

『暴食』とは『愛』なのだ。探し育て虐げ殺し食べることこそが、世に存在する中で最上の愛情表現。

 

エンプティも氷餓と同じ。時間をかけて育てられ、ブクブクと太らせられたいわばフォアグラ。蜂須賀鈴子は詰んでいたのだ。軽率にもエンプティというメモリに手を出した、その瞬間から。

 

 

「いただきます」

 

 

12年越しの食事は、じっくりと、心に染み渡らせるように。

暴食は腹を満たす。それでも欲の器だけは、悲鳴の中で広がっていく一方だ。

 

 

____________

 

 

暴食は言った、『μ'sが面白い事になる』と。

嫌な予感が止まらない。アラシの意識も徐々に平静を取り戻し始め、未だ搔き乱された感情の中でもμ'sへと心配が向くようになった。リボルギャリーを走らせて、音ノ木坂へと急ぐ。

 

永斗も考える。大丈夫なはずだ。あそこには瞬樹もいるのだ、最悪ドーパントの襲撃があったってダブルが着く前に惨事には成り得ない。それに、スタッグフォンの映像からμ'sのライブが滞りなく進んでいるのは分かる。

 

大丈夫だ。これまでとんでもない大事件に見舞われても、なんとかなっていた。彼女たちを守れていた。文化祭は順調だ、だから今回だってきっと……

 

 

 

「やった……!」

 

 

μ'sの一曲目にして新曲、『No brand girls』が終わった。

パフォーマンスは完璧、微塵のミスもなかった。それどころか本番で最高のものを出せたと胸を張って言える。観客からの万雷の拍手が、その事実を裏付けている。

 

穂乃果の期待通り、最初に新曲を持ってきたことで最高に盛り上がった。

ここからだ。ここから更に盛り上げて、ランクを上げて、ラブライブで結果を出して、廃校から学校を救って。命を懸けて守る価値があったと言える、未来の世界にまで名を残す、そんな最高のスクールアイドルになれる。

 

まだ何者でもないμ'sは、こ

 

 

 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃん!」

 

 

ことりが叫んでいた。傾いた景色の中で、みんなが自分の方に走っているのが見えた。頬に感じる冷たいステージの上で、雨音だけが嫌に大きく聞こえた。それなのに身体だけは熱かった。

 

細くなっていく呼吸と黒に蝕まれる視界、鈍足の痛みを以てようやく、穂乃果は自分が倒れた事に気が付いた。徐々に、消え入るように、頭の中がまっしろになっていく

 

 

「次の…曲…」

 

 

絞り出した声がそれだった。

ライブはまだ終わっていないと、もう立ち上がれもしない体がそう言っていた。誰も穂乃果の体を起こそうとは、できなかった。

 

 

「せっかくここまで……きたんだから……」

 

 

どうにもできやしない現実が雨に流されていく。

穂乃果の体からなにもかもが抜けきって、ようやく彼はそこに来た。

 

 

「穂乃果………?」

 

 

傘も刺さず、切風アラシは騒然となる人ごみの中で、叫ぶ事すらせずに立ち尽くした。穂乃果がステージの上で倒れて動かないという事実は到底受け入れがたく、受け入れた瞬間に逆流するのはその感情の矛先。

 

 

俺はなにをしていた?

アイツらから目を背けて、

あんなクズを助けようとして、

何度も声を無視して、

 

見放されたくなかったから。

ただ俺が傷つきたくなかったから。

まだ俺はお前らの何かになっていたかったから。

 

でも、何も知らないまま、終わりにだけ立ち会った。

もう切風アラシはμ'sにとってのなんでもない。彼女に駆け寄る権利もありはしない。

 

 

『お前、乱暴なヤツだな。近づく奴らを区別せずに牙を剥く…なんだそれカッケーじゃねーか! 決めた、今日からお前の名前は……『アラシ』、『切風アラシ』だ!』

 

 

変わろうと思った。

あの日から積み重ねてきた『切風アラシ』のすべてが溶けていく。

 

もう何者でもない少年は、人の群れの流れに逆らい、姿を消した。

 

 

 




今回登場した「エンプティ・ドーパント」は、希ーさん考案の「パラサイティズム・ドーパント」を参考にさせていただきました!だいぶ変えてしまいましたが…

A編はまだ終わりません。この文化祭の2話はいわば「出題編」。次から「解答編」。探偵とマネージャーという意味を失ったアラシが、遂に暴食の正体に迫ります。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!


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第63話 Aの別れ/制服を着た怪物

お久しぶりです!!!!!!!!!
実に1年弱の休載期間、帰ってまいりました。院入試と卒論、あとは新作などもあり中々手が付けられず……大変お待たせして申し訳ございません。

これ以上待たせるのはダメなので、前置きはここまで。
今回は切風アラシ……だった少年の孤独な闘い。遂に『暴食』の素顔に迫ります。


タップorスライドで「ここすき」をよろしくお願いいたします!


積み上げた石とか、丁寧に並べたドミノとか、ほんの些細なことで声を上げる間もなく崩れ去る。どこの世界でも例えるまでもなく同じ、絶対の原理。『創造』と『破壊』は等価じゃない。

 

『彼』は薄汚い野犬だった。愛の感触を知らず、差し出されたそれを好意と見ず、誰も信じずに生きた人ではないナニカ。

 

やがて『彼』には『切風アラシ』という名前が与えられ、世界に漂っていた愛が分かるようになった。それが欲しくて、憧れて、誰かの役に立とうとした。野犬の嗅覚を買われ、探偵になった。

 

そして今、化けの皮は剥がれ落ちた。

『彼』はまた己の名を忘れ、黒い感情のままに生き始める。

 

 

「永斗。この事務所は今後お前に任せる」

 

「……は?」

 

 

それは余りに前置きなく放たれた発言だった。

だが、唐突かと言われると否定せざるを得ない。予測はできて、遂にやってきてしまった現実を、それでも永斗は受容できるわけがなかった。

 

 

「俺もお前も空助のやり方は見てきたんだ。継ぐのが俺である必要はねぇ」

 

「待ってよアラシ……僕が一人で探偵なんてやると思う!? 面倒くさがる僕の尻を叩いて、アラシが力づくで推し進める。それが僕らだ! 僕らは二人で一人だろ!」

 

「だからそれはもう終わりだ。見ただろ、ダブルはもう俺の方が使いものにならない。戦えない仮面ライダーに価値はねぇ」

 

「そんなの……ほのちゃんの事は心配じゃないの!? ステージで倒れて……脚を壊したって病院で聞いた。断言できる、ラブライブ本選までに治すのは不可能だ。μ'sはステージには立てない……!」

 

「……そうか」

 

 

廃校を阻止するために、これまでずっと頑張ってきた。そして本選出場ランク圏内に到達し、夢が見えてきた矢先にこれだ。未だ目覚めない穂乃果の意見を聞く余地もなく、間もなくμ'sの名前はランキングから消滅する。

 

 

「いま、μ'sは最悪に不安定だ。海美ちゃんから聞いた、ことり先輩の話も……! このままじゃ崩れる……今だからこそアラシが必要なんだ!」

 

「今更……俺が何を言えって? 俺がいて何になる。俺にはもう……アイツらに与えられるものは何一つ残っちゃいねぇ。いや、そんなもん最初から無かったのに、それすら知らずに一緒にいすぎたんだ」

 

 

駄目だ。チルドの事件の時から、アラシは永斗の言葉を聞いちゃくれない。その目が見ているのは彼女たちでも、相棒でもなく、怒りと殺意の矛先だけ。もうアラシは境界を踏み越えてしまった。

 

 

「俺は暴食を殺す」

 

 

その目は、もう探偵の目ではなかった。

 

 

__________

 

 

組織の幹部『暴食』は、音ノ木坂に学生として潜伏している女だ。

 

音ノ木坂付近を巣とし、メモリを販売して優れた素材を見つけ、そうして管理下に置いた犯罪者たちを暴れさせ、ハイドープへと育てる牧場としている。全ては育てたドーパントを『キメラ』の能力の糧とするため。

 

長い因縁だった。暴食のせいで、数えきれない悲劇が起きた。

あの常軌を逸した怪物との決着をつける時だ。

 

 

「お前言ったよな『自分しか知らない組織の情報がある』って。吐いてもらうぞ、三流手品師」

 

 

アラシが向かった先は刑務所だった。目的は『面会』だ。これまで倒してきたドーパントたち、暴食の正体に迫れるとしたらそこしかない。アラシが狙いを定めた相手は、先月矢澤にこの声を奪ったサイレンス・ドーパント。『魔術師』と呼ばれた男だった。

 

 

「吐いてもらう……だぁ? あー確かに言ったさ、取引としてね。だがテメーは僕をぶん殴ったよなァ!? 僕を無視してッ! 契約なんざ不履行だバアァァァァァァカ!!」

 

「何か勘違いしてるな、お前」

 

 

サイレンスの男、本名「池谷九郎」。アラシは彼と交渉をしに来たわけではない。ガラス越しでアラシが池谷に見せたのはリズムメモリ。池谷の態度が怯えたものになるのも当然、それはかつてサイレンスを完膚なきまでに叩き潰した決定打なのだから。

 

 

「ガラスは振動して音を伝える。ってことはだ、お前はそん中にいようがリズムメモリの射程圏内ってことだよな」

 

「……ハッタリだね! そのメモリの適合者は矢澤にこだ、お前に使えるワケが……!」

 

「現に使ってぶちのめされたの忘れたかクソボケ。ハッタリと思って沈黙決めんのは自由だが、今の俺はお前を殺すのに欠片の躊躇もねぇぞ?」

 

 

これまで何人もの人間を騙してきた池谷には分かってしまう。その言葉は真実だ。草だけ食って生きた温室育ちの動物のそれではない、法を障害としか見ていない獣の顔。こういう奴を操ることはできない。

 

 

「はっ、誰か殺されでもしたか……!?」

 

「そうなる前に殺すんだよ、あの女をな」

 

「だったらしっかり殺せよ。刑務所だろうがなんだろうが、僕はまだあの女の皿の上なんだ」

 

 

暴食は捕まった配下のドーパントに、食材としての興味を示さない。だが、情報の漏洩を懸念しないわけもない。だから暴食は配下にほとんど情報を与えなかった。彼女の正体を知っていた者は、シルバーメモリを保有していた山門と氷餓のみ。

 

だが、池谷は『魔術師』だ。静寂を司り、沈黙を操る詐欺師。

彼はただ一人、暴食の眼を掻い潜ってその情報を手にしていた。いずれ組織の幹部との取引のカードとするために。

 

 

「暴食は12年前、『エンプティ』のメモリを手にした。それが始まりだ」

 

「エンプティ……ついこの間そいつが出た。もう暴食に食われただろうけどな。だがそいつは変だ、エンプティは使用者の命を吸う呪物のはずだろ」

 

「当時彼女は年端もいかない幼女だったはずさ。エンプティでなくとも仮に使ってれば、まぁ毒素で死ぬだろうね。つまり彼女はメモリを使ってないことになる。まぁここまでは余興だよ、問題はその情報(カード)の『裏面』───彼女の()()、『石井美弥』」

 

 

___________

 

 

暴食の『本名』、想像以上に大きな獲物が釣れた。警察とのコネクションでなりふり構わず手に入れた3回の面会権利、1回目の狙いは大当たりだ。だが、その名前の学生は音ノ木坂にはいなかった。恐らく名前も顔も変えているはずだ、真実への直通切符にはなり得ない。

 

 

「名前が分かった……でも、『検索』には頼らねぇ」

 

 

どの口で永斗に頼めるというんだ。彼には今、μ'sのケアという大役がある。アラシは『探偵』として暴食を追ってるんじゃない。この道の行きつく先はただの『殺人犯』だ。

 

残り2回の面会権利。これまで叩き壊してきた、犯罪者たちのことを思い出せ。奴らが起こした事件のことを思い出せ。暴食の撒いた餌の、その痕跡が、何処かに必ずあるはずだ。

 

 

「───あの人しかいねぇな。会いたくは、ねぇが……」

 

 

面会の手続きを終え、その人物は面会室に現れた。

その事件が起きたのは春だ。アラシがまだ音ノ木坂の清掃員をやっていた頃のこと。それはちょうど制服姿の『暴食』を見た直後に起きた事件。

 

 

「……お久しぶりです。痩せましたね、小森さん」

 

「さすが探偵、よく見ているね……久しぶり切風くん」

 

 

小森茂道。かつて、音ノ木坂学院の清掃員をやっていた初老の男性。彼は夜の静寂を汚す迷惑な若者を許せず、ダークネス・ドーパントとして暴れ、そしてダブルに敗れて逮捕された。

 

複数の暴行罪、殺人未遂、メモリ使用罪で服役中の彼だが、それは正義の暴走故だ。敬語を使うほど、アラシは小森に敬意を表している。だからこそ、今は会いたくなかったのが本音だ。

 

 

「───信じられないな……あのフードの子が、音ノ木坂の生徒だったなんて」

 

「生徒に紛れて悪意をばらまく、貴方にメモリを与えたのは学校に巣食うバケモノだ。その立ち姿に見覚えは? 清掃員として生徒を見てきた小森さんなら、何か気付いたんじゃないんですか?」

 

「残念だけど……心当たりは無いよ。彼女からは底知れない闇と、蠱惑的なものを感じた。今思うと、とてもじゃないが人間にすら思えないよ」

 

 

ここまでは予想できた返答だった。暴食は周到に、秀逸に、自身の邪悪を腹の中に隠して生きているのだから。

 

 

「だったら生徒の中に違和感はありませんでしたか」

 

「……どういう事かな?」

 

「前の面会で『暴食はたった1年間の実験と成果で幹部になった』と聞きました。付け加えて、前に戦ったヤツがこんなことを言っていた」

 

 

思い出すのは先日世界を巻き込む大事件を起こした、エンジェル・ドーパント───山門の言葉だ。彼は自身の計画を語る時、ダブルの猛攻を受けながら意気揚々と口走っていた。『彼女が暴食になったのは5年前。その時には音ノ木坂を餌場にしていた』と。

 

 

「これがマジなら、暴食は音ノ木坂に『6年』いることになります。音ノ木坂中学か? いや、アイツは進学で律儀に巣を変えたりなんかしねぇ。『老化のメモリ』で老けて『高校』に6年いたんだ。いったん卒業して、顔を変えて、誰かに成り代わってアイツは巣食い続けてる」

 

「入学したのが6年前だとしたら……もう2回は卒業してる計算になる。つまり……」

 

「俺はヤツが1年生の中にいると踏んでます。暴食は二度も違和感の温床を残しやがった。ありませんか。今年入って来たばかりなのに見たことがあるような、卒業したはずなのにそこにいたような、そんな違和感を覚えたことは!?」

 

 

鬼気迫る様相で、アラシは小森に問い詰める。口調と態度は小森の知る彼に取り繕いつつも、剥き出しになっているのは傷だらけの殺意だ。

 

かつて義憤だったものが変容した狂気、それは小森がガラスの向こうにいる理由そのもの。それを目の当たりにして、怯えたように、小森は首を横に振る。

 

 

「───ックソ!!」

 

 

やっと見つけた匂いは、拭えば消えてしまった。

だが音ノ木坂の1年生は僅か1クラス。人数にして30人と少しだ。その素性から生い立ち、学校内での行動まで、虱潰しに追跡できない数ではない。()()()()()()()()でも、暴食を殺さなければならない。

 

 

「切風くん、君と私は……最後まで分かり合えなかった」

 

「それが……どうしたんですか」

 

「相手の正義を理解する必要があると、私が言ったのを覚えてるかな。しかし本音ではね、正義の無い者に正義は無価値なんだと思っていたんだ。だから罰した。でもそんな私に切風くんは、最後まで声を……」

 

「そいつは俺じゃない。空助の真似をした……出来の悪い模造品だ」

 

 

手作りの仮面を被って探偵を演じていた、それが切風アラシだ。出会いを重ねて、居場所を知って、心を許すたびに堅牢な鎖が解かれていった。そして同時に、濃い悪意にあてられるたびに封じ込めた感情を思い出してしまった。

 

徐々にアラシは、名もなき殺意へと戻っていった。

 

 

「“俺”なら理解できますよ、小森さんの言葉。クズは正義が見えないからクズなんだ。クズを裁くのはクズでいい。一片の正義も無く、俺は『石井美弥』を殺す……!」

 

「……石井……!?」

 

 

その名前を出したのは初めてだった。暴食は顔も名前も変え、『記憶改竄』の能力で誰かの人生を乗っ取っているのだとアラシは思っていたからだ。大体、本名なんてわかりやすい痕跡から辿れるものなんて、暴食は既に消していると踏んでいた。

 

 

「関係は……きっと無いと思うよ。でも……12年前で、『石井』という名前を聞いたら、ある生徒を思い出して───」

 

 

小森の口から語られたその話が、アラシの記憶を貫いた。

結論から言って、それはアラシもよく知っている『事件』の話だった。だがその前提に『石井美弥』という存在がいて、それが原点であったと、そう仮定するのなら───

 

点と点が繋がっていく。暴食が学校に植え続けた悪意が、アラシが音ノ木坂で過ごした全てが、脳細胞を突き破っていくように破線で結ばれた。

 

 

「やっとだ……! 感じたぞ……テメェの匂いを……!!」

 

 

巧妙に隠されてきたその影を遂に捉え、照準は定まった。そいつを『殺してもいい』と確証を得るために、ここから先は詰めだ。だとしたら、次に打つ一手は考えるまでも無かった。

 

 

__________

 

 

日が落ちたタイミングを見計らった。誰とも会いたくなかったからだ。

アラシが赴いたのは音ノ木坂だった。文化祭の2日目が終わり、片づけを待つ空の教室を素通りし、向かう先はアイドル研究部でも屋上でもなく『新聞部』。

 

 

「いるか、鈴島」

 

「おやや……切風さん! 文化祭にいなかったからつまら……じゃなかった、心配したんですよ~! いやぁ、それにしても昨日は災難でしたね」

 

「記事にしたら殺すって嘉神の野郎に言っとけ」

 

「嘉神くんですか~……彼、私の言うことあんま聞いてくれないんです。まぁ流石にしませんよ、ニュースはジョークとエンタメ! 不謹慎はNGです!」

 

「説得力がねぇな」

 

 

新聞部部長の3年生、鈴島貴志音。虚構脚色たっぷり迷惑新聞でお馴染みの彼女だが、ガイアメモリを発見したり盗聴器をそこらじゅうに仕掛けてたりと、学院内で彼女より上の情報持ちはいない。

 

 

「それで、やっと私と手を組む覚悟ができたんです!?」

 

「あぁ。俺はもう手段を選ぶのをやめた。お前も覚悟を持てよ、人を殺す覚悟をだ」

 

「そんなのジャーナリストなら当然の覚悟ですよ」

 

 

鈴島の方もアラシが自分を頼りに来たのだろうと、既に親身な姿勢でアラシを見る。それに応えるように、アラシも今度は包み隠さず情報を開示した。

 

 

「……この学校にメモリをばら撒く黒幕がいるって話はしたな」

 

「あっ、はい。それはもう血眼になって探してますが、今のとこ進展ナシですよ?」

 

「目星が付いた。アイツは1年生の中にいる。お前の知見を借りたい」

 

「んーーーーーっ!!?? 遂に来ましたかこの時がっ!! そうと決まればラストスパート、この大スクープは必ずモノにしますよ!」

 

 

ニュース狂いの想像通りの反応を横目に、アラシは話し始めた。

小森から聞いた事実から推測し、検証した、暴食の足跡を。

 

 

「今でこそ暴食のせいで事件多発の音ノ木坂だ。だが、昔は超が付くほど穏やかな学校で有名だったらしい。それでも……一度だけ悲劇は起きた。12年前の水泳部だ」

 

「12年前……それって!」

 

 

鈴島が部室の備品を弾き飛ばしながら試料を漁る。そして見つけたのは、一枚の『捜索願』。

 

 

「12年前、当時水泳部のエースって騒がれてた部員が行方不明になってます。で、確かその真相は部内でのいじめが原因の自殺、そして首謀者による死体遺棄。そして、この事件は……!」

 

「あぁ、つい最近別の事件を生んだ。被害者の友人が、当時の関係者をメモリで殺して回ったんだ。そして最後には音ノ木坂の校舎そのものを壊そうとし、仮面ライダーに阻止された。犯人の名前は『内藤一葉』、使ったメモリは『ギャロウ』───『絞首台の記憶』」

 

 

忘れもしない、アラシたちが直接解決した事件だ。

瞬樹と出会ってすぐの事件だったはず。事の顛末は話した通りの復讐劇だが、重要なのは『被害者』の方。

 

 

「暴食の本名は『石井美弥』。そして、この事件で自殺した生徒の名前は『石井聡美』。調べた結果……石井美弥は石井聡美の妹だった」

 

「うぉっ……!? つまりそれは!!」

 

「あぁ、12年の間明かされなかった事件の真相には、まだ裏がある。この事件こそが暴食の原点だったんだ」

 

 

アラシの推理はこうだ。石井美弥は手にしたエンプティメモリを自分で使わず、姉に使わせたのだ。

 

エンプティメモリは人間の負の感情を溜め込むだけで、ドーパント態への変身はできない。だがメモリには共通して毒素があり、それは人間の脳を狂わせて多幸感と高揚を与える。石井聡美はすぐにメモリの虜になったに違いない。

 

だが、エンプティは同時に人間の生気も奪うと言っていた。

だからアラシは、あの事件の当事者で唯一生き延び、時効が成立して逮捕されなかった静音羽華に話を聞いた。遺体発見時、石井聡美は首を吊っていたわけでも、頸動脈を斬っていたわけでもなく、ただ部室で倒れて死んでいたという。つまり死因は不明。

 

石井聡美は自殺ではなく「エンプティメモリによる衰弱」で死んだのだ。

 

 

「そんな話が……!? あり得るんですかホントに!?」

 

「あの女は姉くらい殺す。自分の欲のためならな」

 

 

息子を食った女だ、何をしてももう驚かない。

これを裏付けたのは「ギャロウメモリ」の存在。あのメモリは他に現れなかった「複合メモリ」だった。

 

暴食は「同系統の能力を食べると力が飛躍する」と言っていた。

彼女のキメラメモリの能力は「食べて」「溜めて」「掛け合わせる」に三分される。それぞれ「プレデター」、「エンプティ」が該当すると考えたとき、複合メモリは「掛け合わせる」に該当する。

 

暴食は本命のメモリに対し、手間と時間を惜しまず、「シチュエーション」を重視する。プレデターの氷餓は自分自身で出産した実子だし、エンプティは12年もの間監視しながら放置し、機が熟するのをずっと待っていた。自分をルーツに持つ存在を喰らいたい、その歪んだ嗜好は顕著だ。

 

これらの事柄を複数方向から追跡すると、繋がるのだ。実の姉が死んだ事件を発端とし、復讐鬼に仕立て上げられた内藤一葉は見事にそれに当てはまる。

 

 

「そこで俺は事件の犯人だった内藤一葉と面会をした。石井聡美と親しかった彼女は知ってたよ、石井美弥の存在を。彼女が実家に残していたアルバムから石井美弥の写真も手に入れた。見せて貰うのには多少苦労したがな」

 

「それなら話は早いじゃないですか! 顔と名前が分かれば警察に追えないワケありませんよ!」

 

「辿れるわけねぇんだよ。仮に辿れるなら、内藤一葉とその家族を生かしておくはずがねぇ。調べられる範囲じゃ、石井美弥は小学校卒業と同時に両親共々行方不明だ。何が起きたかは分かり切ってる」

 

「んぬ~もどかしいですねぇ。届きそうで届かない、もうちょっとな気もするのに、遥か遠くにも感じる。私ができることと言えば……そうです! 全生徒のスキャンダルを振り返ってみましょう! なにか手がかりがあるかも、えっと1年生は……」

 

 

鈴島が席を立ち、今度は分厚いファイルを開いて情報を探し出した。この部屋にはきっと、全校生徒のあらゆる情報が載っている。簡易的な地球の本棚のようなものだ。その執念には関心さえ覚えてしまう。

 

 

「……顔と声が分からねぇからほぼ手詰まりだ。だが、ヤツも変えてない部分は確かにある」

 

「変えてない部分……ですか? それは気になりますね!」

 

「例えば性別。男になれないのか、ならないのか。それと───」

 

 

アラシが鈴島と距離を詰め、その髪にそっと触れた。

 

 

「ザッ」という短い音が、部室に落ちた。

 

 

崩れる書類、倒れる備品。散らばった記事や写真を踏みつけに。

資料に滲む赤色の染み。漂う鉄の匂い。ファイルごと鈴島の掌を貫いたのは、アラシが振り下ろしたナイフだった。

 

 

「───ッあっ……!? は、な、なんのつもりですかっ……!? これはッ……!?」

 

「頭の傷」

 

「……ッ!?」

 

 

悲鳴を抑える鈴島の髪をアラシは掻き上げた。一部分、髪が生えてない部分がある。これは手術の痕だ。

 

 

「……俺は暴食が1年生の中にいると思った。だが違った。ズレてたんだ、実の息子の氷餓がその証拠だ」

 

「な……なにを言って……ッ!?」

 

「『妊娠期間』だ。学校生活じゃ誤魔化しようのねぇ体型の変化……調べたらいたよ、4年前に1年間休学してた生徒がな。その生徒は後に復学して卒業してた。つまり推測から1年ズレて、暴食は今の『3年生』だ」

 

「……!? 嘘……ですよね切風さん……!? まさ、か……ッ!?」

 

「石井美弥は3歳のとき、事故で頭を怪我してる。ちなみになんだが、鈴島貴志音の親曰く彼女に手術歴は無いそうだ」

 

 

アラシはナイフを引き抜いた。

その血を拭わないまま、鈴島に向け、アラシは刃よりも冷たくその言葉を告げた。

 

 

ずっと素知らぬ笑顔で潜んでいたんだ。

僅かに有害な存在として、彼女は全ての生徒に寄り添っていた。

愉快な生徒を装って、その行動全てを奇行に見せかけて、アラシの前で堂々と生徒の情報を集めて『顧客』と『獲物』を探し、学校を掌握していた。

 

その悪意は、アラシが清掃員として音ノ木坂にいた時から、カメラと新聞を通じてずっと近くで嘲笑っていた。

 

 

「───『暴食』はお前だ、鈴島貴志音……!」

 

 

二人だけの部屋で、男は女に全てを晒す。

腹の底で練り固めた殺意。幾重にも折り重なった恨み。眩暈のする怒りも、慟哭してしまいそうな吐き気も、憎悪で崩れ落ちそうな脳髄から絞り出した言霊に乗せて吐きかける。

 

 

「な……んです、それ……? 学年に、傷に、ッ……!? ダメですよ、そんな理論じゃあ……探偵でしょ……!? 馬鹿にしてます……!!?」

 

「……お前は本当に厄介だったよ。犯罪のエキスパート共の飼い主だけあって、手がかりも証拠も残しやしねぇ。煽るだけ煽って、正体を匂わせて、必ず途切れる道を辿らせる。だが……一つだけお前はボロを出した。それがやがて疑いに化けた」

 

「……!?」

 

「チルド・ドーパントのメモリは、お前が落し物から拾ったって聞いた。一本だけな。こいつは嘘だ」

 

 

一本だけなうえに、置いて行くという不用心さ。状況から考えて、その落とし主はメモリを購入した使用者で間違いないだろう。しかし、そのメモリは後に流出して別の使用者が事件を起こし、そのまま犯人は五体満足で逮捕された。

 

しかし、()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()()()()。チルドほど低いランクのメモリが『使い回し』なんかをして、反動が起きないわけがねぇんだよ。ついこの間、どっかのヤクザがメモリ使い回して死にかけてんのを見たばっかなんでな」

 

「っ、でも!! ありますよね……可能性!? 私が拾ったメモリが、まだ未使用だっただけっていう……!」

 

「あぁだから『疑い』が限界だったんだ。警察か、或いは探偵じゃあ辿り着けなかっただろうな。でも俺はもう探偵じゃねぇ。疑いと、俺の中の確信さえあれば、俺は人を殺せる」

 

「はっは……冗談じゃないですよ……! やっぱり今日の切風さんはおかしい。貴方こそ本当は……!」

 

「シラを切って時間稼ぎか。生徒に見つけてもらうか、部下を呼んだか……でもまぁ元探偵の性だな。お前を刺す切札はもう手の内にある」

 

 

鈴島の血液が付着したナイフを左手に、アラシは右手でポケットから小瓶を出した。それを満たしていたのは、どう見ても『血液』だ。

 

 

「あの時、お前が食い残した氷餓の血を回収した。DNA鑑定でチェックメイトなんだよ。ここで逃げようがもう『鈴島貴志音』に居場所はねぇ」

 

 

確たる証拠はまだ存在しない。もしアラシの推理が尽く外れていて、鈴島が白だったとしても、やるべきことは変わらない。疑わしきは排斥し、刈りつくす。もう誰も信用できず、誰にも信用されないから、その身が滅びるまでただ一人歯向かい続けるだけだ。

 

鈴島も理解した。ここにいるのは『探偵 切風アラシ』じゃない。

 

 

「……小さいときのことってあんまり覚えてないですよね、人間って。でも私、3歳の事故のことから先はぜーんぶ覚えてるんです。きっと私は、その時まで死んでたんですよ」

 

 

『嘘』や『偽り』は人間の専売特許じゃない。

自然界の捕食者、被食者は、生存のために他種を騙す。植物に化け、天敵を騙り、風景に溶け込む。

 

 

「そのとき舌に流れた、自分の血と、髄液の味が忘れられないんです。それからもっと欲しくなって。そしたら他人の心とか道徳とか、どうでもよくなったんです。嫌がってるのとか、苦しんでるの見ると、どうしようもなくお腹が疼くんです」

 

 

彼女は捕食者として『擬態』をしていた。

だが、それは人間相手の嘘である。『悪意から産まれた怪物』の『同種』相手に、擬態は必要ない。

 

 

「だから本当は、もっと信用されて、もっと仲良くなってから食べようと思ってたんです───えぇとても残念よ、仮面ライダー」

 

 

怪物には、怪物として。彼女は擬態を解いた。

両親を殺し、姉も息子も喰らい、一般人も犯罪者も等しく食い物としてきた、青春に寄生する齢19の人外外道。

 

七幹部『暴食』が、その素顔を晒した。

 

 

「同じ顔でも……消えるもんだな、面影ってのは。もう疑いようもねぇ。ようやくそのフード引っ剥がせたな、会いたかったぜ……『暴食』!!」

 

「あら嬉しいわね。でもなんか期待外れ。もっと驚いてくれたりとか、ショックを受けてくれるのが見たかったんだけど」

 

「生憎だが俺は、最初から誰も信じちゃいなかったみたいだ。何一つ感慨も沸かねぇし、そのデカっ腹ズタズタにしたいって気持ちはブレねぇよ……!」

 

「まさか相棒も彼女たちも捨てて、たった独りでここまで来るなんて。関心するわ、あそこまで執心だったものを捨てるなんて、私にはできない」

 

 

暴食はアラシに対し煽るように背を向け、その人差し指で引き出しを開ける。そこから引っ張り出された一枚の張り紙は、黒に染まったアラシの感情さえ揺らす代物だった。

 

「来年度入学者受付のお知らせ」の文字が、アラシの視線を滑らせる。

 

 

「───こいつは……!」

 

「おめでとうスクールアイドルさん、廃校は取り消しよ。この知らせは明日にはもう学校に張り出される。彼女たちは喜ぶでしょうね、それが目標だったんですもの。それがどういう意味かも知らずに」

 

 

アラシも喜ぶべき場面だ。たとえラブライブに出られなくても、μ'sは目的を達成したのだから。しかし、暴食が浮かべる艶めかしく醜悪な笑みが、アラシにその真相を突き付ける。

 

 

「こんな事件だらけの学校の悪評を……スクールアイドルの活躍で搔き消せるもんなのか……?」

 

「ひどいマネージャーさん。彼女たちの努力を肯定しないの?」

 

「お前が……手を回したのか……!?」

 

「……っふふ、あははははっ!! そうね、その通り! 音ノ木坂は私とお姉ちゃんの思い出の場所、私の巣よ!? 最初から、廃校なんかで潰させるわけないじゃない」

 

 

アラシの手からナイフが落ちる。

身体の全身から力が抜けた。考えるのを辞めたがる頭が、音も光も拒絶して、ただどこか深くに墜ちていく感覚だけが、アラシの思考を包んだ。こんなにも怒っているのに、叫ぶ気にすらなれない。喉だけが震えて声が出ない。

 

なんで、どうして気付かなかった。

気付きたいわけがない。気付いて何になるんだ、こんな真実。

 

『学校を守ろう』という決意から始まった、μ'sの物語。

その夢は全部茶番だった。彼女たちが叶える物語と勘違っていたそれは、暴食の悪意一つで叶う、醜い食欲の結実だった。

 

アラシが守ってきたものに、μ'sの歩んできた道に、意味はなかった。

音ノ木坂はとっくに、『暴食』のために存在する蟲毒の壺でしかなかったのだ。

 

 

「───滑稽だよな。俺も、お前も……!」

 

「あら、どうして私が?」

 

「だってそうだろ、お前もう幾つだよ。いい歳して制服なんて着て、学生2週目のくせに初心ですって顔で青春してたんだろ?」

 

「まぁひどい人、レディになんてこと言うの?」

 

「人間の心なんて分かりもしねぇ癖に、装って、フリをして。何がレディだ、俺たちは進化に遅れた動物の雄と雌だろうが。授業も、部活も、文化祭も───全部意味のねぇ真似事なんだよ」

 

 

ここに入るために着てきたブレザー制服を脱ぎ捨て、ネクタイを解く。

 

彼女たちがいる学校に、人に擬態した怪物はいちゃいけない。アラシの左手に握るのはジョーカーメモリだけ。ダブルドライバーは、どこにも無い。

 

それが意味するのはただ一つの覚悟。未練と憧れさえも捨て去った、人間との決別の意志。

 

 

「制服脱げよクズ畜生。人間ごっこはもう終わりだ」

 

《ジョーカー!》

 

「いいわ、来なさい。ここで貴方を喰らってあげるわ『切風さん』!」

 

《キメラ!》

 

 

首元に出現した生体コネクタに、アラシはジョーカーメモリの端子を叩き込んだ。黒い雷が弾け、散らばった紙類と制服が発火する。火災報知器が感知する前に、それは不可視の風となって炎もろともキメラを部屋から消し飛ばした。

 

 

「っ……!? 何が───」

 

「どこ見てんだ目暗か?」

 

 

変身と同時に後ろに弾かれ、窓ガラスを割って外に追い出された。それをキメラ自身が認識し、振り返った瞬間、顔部に触れる漆黒の拳。桁外れのパワーが頭部装甲を破砕する。

 

そして、彼女はようやくその目で姿を捉えた。

影だ。己で黒を放ち続ける影が、肉体を持って佇んでいる。その刺々しい外殻から想起されるのは、悲劇の舞台で滑稽を演じる『道化師(ピエロ)』。

 

首元で紫に輝く生体コネクタは、オリジンメモリのドーパントの証。

黒い衝動を以て舞台の幕を下ろす殺人道化師(キラークラウン)───ジョーカー・ドーパント。

 

 

「素敵な姿ね……お似合いよ、帽子や制服なんかよりずっと」

 

「そりゃそうだ。人の皮剥いだバケモノ同士、殺し合おうぜ。消えてなくなるまでな」

 

 

ジョーカーが右足を踏み込む。爆発的に加速する肉体を阻むのは、六方を塞ぐ透明な防壁。

 

箱の記憶(ボックス)×材料の記憶(マテリアル)

出現した鋼鉄の箱を、ジョーカーは一撃でぶち破って、弾丸の如くキメラに迫る。

 

 

「一撃で……!? だったら、これはどう!?」

 

 

ディノニクスの記憶(ディノニクス)×発電機の記憶(ダイナモ)×大蛇の記憶(アナコンダ)

肉食恐竜の脚力で跳躍し、ジョーカーの頭上を取ったキメラ。この運動をそのまま電気エネルギーに変換し、大蛇の構造となった右腕に電撃を纏わせて鞭のような攻撃を仕掛ける。

 

 

「同じ手喰うわけねぇだろ。やったの忘れたか低能」

 

 

キメラの攻撃を薙ぎ払い一発で弾くと、ジョーカーはキメラを遥かに上回る脚力で跳躍。空中で地上と遜色なく放たれる回し蹴りが、キメラをグラウンドに叩き落とした。

 

強過ぎる。そのスペックは確実にゴールドメモリにも匹敵している。単純な身体能力しか持ち得ないジョーカーメモリでこの強さ、これがオリジンメモリのドーパントか。

 

しかし、解せないのはさっきの攻防。高圧電流が流れていたはずのキメラの腕を、ジョーカーは触れて弾いていた。

 

 

「こんなもんか暴食。こんな力で、猿山の主気取ってやがったのか?」

 

「あら心外。腹が立つものね、まな板の魚に睨み返されるのって」

 

 

泥沼の記憶(スワンプ)×磁石の記憶(マグネット)

グラウンドの一帯を泥沼に変え、キメラ自身は磁力で浮遊した。このまま放っておけばジョーカーだけが生け埋めにされて息絶える。

 

しかし、それも『もう見た』攻撃だ。スワンプ・ドーパントと遭遇した際、異世界から来た仮面ライダーがそうしたように、ジョーカーは一歩一歩に凄まじい衝撃を纏わせ、泥沼を踏み固めながら駆け抜ける。

 

この対応は予測済みだ。だからこそ、キメラは罠を張った。

爆発の記憶(エクスプロージョン)。泥沼に仕込んだ地雷を踏み、ジョーカーの体を爆炎と衝撃が襲う。

 

 

「何遍も言わせんな。見飽きたって言ってんだよ」

 

「まさか……冗談でしょう……?」

 

 

殺せなくても、僅かでも足を止めれれば泥沼で捉えられる算段だった。しかし、ジョーカーは1秒とて怯まず、キメラに肉迫した。磁石の記憶(マグネット)をジョーカーに付与して攻撃からの離脱を測るが、反発が起きない。能力が作用しない。

 

拳が迫り来る瞬間、キメラはそのメカニズムを理解した。

ジョーカーの全身を真っ黒なオーラが覆っている。感情を力に変えるジョーカーメモリによって、体から溢れた生体エネルギーが体表に留まっているのだ。それは電撃も、衝撃も、能力さえも遮断する鉄壁の防護膜。

 

 

「罪数えんならあの世でやれ。テメェは死刑一択だ」

 

 

ジョーカーの拳がキメラの肉体に爆ぜる。痛みを感じるより先に、次の一撃が叩き込まれる。怒り、憎しみ、恨み、絶望、その全てがジョーカーの力と速度に変換され、炸裂する殺意のラッシュ。

 

そして、ジョーカーは腕から切札を引き抜く。

生体エネルギーの圧縮により、生成されたカード状の刃がキメラに突き刺さる。刹那、解放された無尽蔵の悪感情がキメラの全身を内側から切り裂いた。

 

 

「……上限の無いパワー、アジリティ。無限に補填される無敵の鎧に、必殺の武器……! ああああああっ……! 疼かせてくれるわね、切風アラシ……!!」

 

「くたばれっつったろ、死ねよ化け猫の分際で」

 

「でも本当に最高なのは、その醜い心よ。一発一発から感じる微塵も揺るがない私への殺意。それは私への『同族嫌悪』? ほんっとーに理解できないわ。同族こそ、自分に近い存在だからこそ、その味で舌を満たしたいものでしょう!? 私が私であるからこそッ!!」

 

 

もうこれ以上怒りようもない。溶岩のように熱された頭で、ジョーカーは確実に敵を殺す生存戦略を組み立てていた。

 

キメラの能力は永斗の検索で既知だ。その能力ストックは最大で「12個」。ここまでの戦闘でキメラは能力を「8個」使った。食ったところを確認したプレデターとエンプティを含めれば10個。氷餓の育成にも使った『老化(オールド)』と『記憶改竄(アルター)』は学校に潜むのに極めて有用、捨てることは無いはずだ。

 

つまりこれで12個。どこかで見立てを間違えてたとしても、未知の能力はあって精々2つか3つ。そんな知れた手札じゃ、ジョーカーは殺せない。

 

 

「気色悪ぃんだよ。そんなに共食いしたけりゃ、自分でも食ってやがれ!」

 

 

ジョーカーは攻撃を再開。声にすらならない激情が、致死量の暴力となって発露される。カードがキメラの肉を切り刻み、抉り傷から溢れ落ちる生命。

 

 

「───それじゃあ、満たされないのよ」

 

 

その夥しい殺意を、喉笛に迫る獣の牙さえも、暴食は手を伸ばして腹の中に迎え入れる。

 

キメラの傷と足元から成長する無数の腕。それらは何重もの蔦によって補強され、掌と同化しているのは食虫植物の捕虫葉。引き千切れないほど強固な触腕は次々に増殖し、歯の立たないジョーカーの腕を捕まえて地中へと引きずり込む。

 

 

捕食者の記憶(プレデター)×庭園の記憶(ガーデン)×ヘカトンケイルの記憶(ヘカトンケイル)

 

そして、キメラと共にジョーカーは地中へと沈んだ。

泥沼の中じゃない。まるで海に潜るかのような感覚の後、空と大地が反転した世界へと浮上した。明暗の定義の無い、怪しい大気が充満する吐き気のする世界。

 

 

「どういうことだよ……!?」

 

「場所を変えたわ。誰かに見られるのは嫌でしょ? 私たちだけの愛情表現に衆目は無粋じゃない」

 

 

深層の記憶(アンダー)×道の記憶(ロード)×構築の記憶(クリエイト)

人間の知覚の底に定義した裏世界。そこに彼女自身が喰った人間の血肉で生成した『道』を、切り取って並べて不可侵の空間を創造したのだ。

 

 

「私の能力、12個だけだと思った?」

 

 

血肉の大地を突き破り、ジョーカーの足元から登り迫る小生物の群れ。

 

女王蜂の記憶(クインビー)×ナメクジの記憶(スラッグ)×発電機の記憶(ダイナモ)×酸の記憶(アシッド)

地を這うナメクジと蜜蜂の合成生物がジョーカーの両足を覆うと、体内内蔵の発電機構で激しい電熱を発生させた。その熱殺鉢球は熱による攻撃に留まらず、硝酸を基軸に合成された爆発性物質に着火させる。

 

跳躍しようが逃げられない不意打ちの爆弾。合成生物たちはジョーカーの下半身を起点に大爆発した。生体エネルギーの装甲ですらダメージを阻み切ることはできず、ジョーカーの両足が焼け爛れる。

 

 

「貴方が推理したのよ? 同系統の能力を食べることで、能力は進化する……空虚の記憶(エンプティ)を食べたことで、私の容量(メモリー)はやっと私の食欲に追いついた」

 

「……ッ、ふざけ、やがって……! テメェ、昨日の今日で……()()()()()()()()……!?」

 

「そうね。まだまだお腹いっぱいには足らないけれど……50人くらいかしら」

 

 

エンプティによって得られる無限の胃袋、それを視野に入れて、彼女はこの6年間育ったドーパントたちを『保存』および『飼育』していた。それを一気に取り込んだ。犯罪シンジケート「悪食」に所属していたドーパントも、堪える必要がなくなったのだから全て食い尽くした。

 

それにより獲得した絶望的な数。新たな「50」以上の能力。

 

欲の歯止めが消えた今、彼女はもう止まらない。

満たされない胃袋の声に従うまま、暴食は善悪の区別なく全てを喰い散らす。

 

 

「5年前、私は『暴食』を継いだ。私の前に暴食をやっていたお姉様は、自分の身を滅ぼそうとも手を止めない、欲に従順な人だったわ。だからこそ……『この力』がよくお似合いだった」

 

 

捕食者の記憶(プレデター)×空虚の記憶(エンプティ)

 

×禁忌の記憶(タブー)

 

 

キメラの全身に発現する異形。あらゆる悪感情を攪拌し、濁り切った混沌が縫い込まれた無数の『口』が、その身体と空間全体から出現する。

 

それらを束ねる圧倒的な闇こそが、先代『暴食』のメモリである禁忌の記憶(タブー)。裏世界で血色に輝く蠱惑的な力の奔流は、彼女が侵してきた倫理そのもの。人の業を見通す瞳が、ジョーカーを覗き込む。

 

与えられるのは凄惨な罰。赤い空から垂れる「食欲」を持った肉塊が、無限に降り注いだ。ドチャドチャと鼓膜に張り付くような音を鳴らし、流動的な肉塊は触れた存在を破壊して喰らう。

 

ジョーカーの姿が、血肉の世界の中に溶けて消えた。

 

 

 

「───あぁ、臭ぇな」

 

 

破裂する肉塊。生ける屍を見たキメラは鳴くように嗤う。

 

坩堝の底から這い出で、ジョーカーは吠えた。触れる者全てをズタズタに引き裂くような叫びを上げ、傷だらけのバリアを晒し、形を保てていない肉体で疾走する。

 

ざらついた吐息、滴り落ちる涎、向けられる食欲をその腕で掴んでは引き千切る。

 

 

「臭ぇんだよ……! 噎せ返っちまいそうな、ゲロ吐きたくなるような匂いだ。肉の匂い、酒の匂い、金の匂い、ヒトの匂い───臭くて仕方ねぇ。充満して、蒸れてんだよ、気色悪ぃんだよこの世界の全部が!!」

 

 

痛みと悪意だけが、彼の記憶だった。絶望の中で理性と思考は火花となって弾け飛び、少年の内側を本能だけが逆流する。

 

 

「旨そうに食ってんなぁ、テメェ。楽しそーにベラベラベラベラうっせぇんだよ!! その汚ぇ腹も舌も、テメェらの幸せってやつ全部ッ……! 磨り潰してやるよ、どろどろのぐっちゃぐちゃになァ!」

 

 

少年の人生は、不幸だった。

ただ、その不幸が彼を作ったのではない。少年は夥しい敵意を生まれ持った、往来の怪物。

 

物心ついた時から、

 

この世界は濁って汚く見えた。誰も信じられなかった。

見下す親気取りが憎い。近寄る全てが憎い。世界が憎い。

 

少年は生まれつき、自分の物語を憎んでいた。

 

 

「やっぱり……貴方と私は“同種”なのね。誰にも理解されない壊れた生物。世界に生まれるべきじゃなかった突然変異体。そう貴方は……肉親よりも深い縁で繋がれた、私の運命!」

 

「うっせぇつったよなゲボクズデブババア」

 

 

ジョーカーの前に存在する無数の異形たち。

 

キメラから伸びる触手を掴む。

舌の根を握り、引きずり出す。

邪な視線に詰め寄り、目玉を掘り返す。

その全てが泥になるまで、執拗に踏み躙る。

 

 

「舌噛み潰して死ねよ」

 

 

暴風雨の記憶(テンペスト)×爪の記憶(ネイル)

斬撃を伴う横向きの台風が、砲撃としてジョーカーを襲う。

 

 

「胃ぃ引き裂かれて死ねよ」

 

 

信じられない光景だ。ジョーカーは肉を削がれながら、ダメージに目もくれず前進する。狂っている。常軌を逸している。彼は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「なぁ死ねよ。できるだけ不幸に死ね。テメェのゲロと糞に溺れて死ね。楽しかったこと全部忘れるくらい、嫌な形で苦しんで死ね!」

 

 

彼は他人の不幸の事しか考えていない。

その躍動に技や戦略は無い。視界に入った敵意に反応し、純粋な暴力を以て厭悪を発露するのみ。

 

殴られ、齧られ、傷ついても体を微塵も止めない。その眼に恐怖が映っていない。暴食の悪意を猛追し、肉迫する。能力の掛け合わせで向けられる殺意を両手で切り裂いて、遂にその腕が──キメラの首を掴んだ。

 

 

「死ねッッ!!!」

 

 

裏世界の大地に叩きつけられるキメラの体躯。血肉で作られた脆い地盤は易々と砕け、溶けて崩壊し、2体のドーパントは流体となった地面に沈降する。

 

ジョーカーは血に塗れ、溺れながらもさらに深くへとキメラを沈めようとする。底無しの敵意は裏世界の次元を突破し、地面の境目を突き破って通常の世界に到達した。

 

 

「───ぁっ!!」

 

 

墜落するキメラ。そしてジョーカー。

座標は大幅にずれて、音ノ木坂から離れたどこかの河川。握りつぶされた喉で呼吸を試みるキメラ。顔を上げた瞬間、見たのは立ち上がって迫っていたジョーカーの姿。

 

その時、彼女は恐怖を自覚した。伸ばされる腕、決して絶えることのない憎悪。振り上げる爪刃、揺るがない殺意。彼はきっと地獄の果てまで追いかけて彼女を殺す。

 

これが彼の生まれ持った性質。

叛逆の意志に愛された、名もなき少年の正体だ。

 

 

「あぁ、残念───もう少し貴方を味わっていたかった」

 

 

その執念はいずれ彼女を殺しただろう。

ただ、彼には『理性』が無かった。故に、殺意より先に途切れたのは『体力』。

 

ジョーカー・ドーパントはキメラを眼前にして、声も出せない程に力尽きていた。

 

 

「貴方を今すぐに食べてしまいたい。でも……悲しいわね、貴方はオリジンメモリの適合者。殺してしまうと、全ては無意味に帰してしまう。だから……」

 

 

キメラが触れたことで、ジョーカーの体が薄れていく。

彼女が発動させた能力は『抹消の記憶(デリート)』。

 

彼をこの世界から追放する能力だ。

 

 

「さようなら愛しき私の同胞。私が全てを手に入れた後、最後の晩餐にまた会いましょう」

 

 

彼の『存在』が断絶された。

河川の流れの中心に佇むのは、ただ1体の異形の怪物。

 

 

「───ごちそうさまでした」

 

 

____________

 

 

「ほのかちゃん……よかった、起きられるようになったんだぁ」

 

「うん! 風邪だからプリン3個食べていいって!」

 

 

ライブ中に高熱を出し、倒れた穂乃果。

その結果として足を捻挫したものの、体調は順調に回復。既に様子は平時と変わらず、見舞いに来たことり、海未、そして3年生の3人も胸をなでおろす。

 

 

「今回はごめんね……せっかく最高のライブになりそうだったのに……」

 

 

穂乃果が倒れた理由は明白、過労だ。

過密なスケジュールに加えて、彼女は明らかに根を詰め過ぎていた。体調管理ができていなかったのは間違いなく穂乃果の落ち度だが、気付けなかったメンバー全員に余裕がなかったのも事実。あの場で倒れていたのが誰でもおかしくはなかった。

 

 

「穂乃果のせいじゃないわ。気付けなかった私たち全員の責任」

 

「あんまり気にしとると、どっかの騎士さんが腹切っちゃうかもしれんし」

 

「実際、瞬樹が『コーチの責任だ、切腹する!』とか言って大変だったんだから。うるさいから1年がいま暴れる瞬樹を止めてるわ」

 

「あはは……悪いことしちゃったなー、あと永斗君にも謝っとかないと……」

 

 

3年生たちの言葉を聞いて、いつものように自然に吐いた台詞。

そこで、穂乃果の声が止まった。今なにかがおかしかった。まるで、何かを大きなものを忘れてしまっているような。

 

 

「……穂乃果、話があります」

 

 

海未が、今話すべき本題を、重い声色で切り出した。

予感がした。大事なものが瓦解する予感が。だが、その背筋を刺す冷たい予感の正体は───

 

 

「μ'sはラブライブに出場しません。理事長に警告され、時間も無かった。だから意識の戻らない穂乃果を除く───私たち8人と瞬樹と永斗、1()0()()()()で決めたことです」

 

 

知らないうちに夢が崩れていた、その喪失の中に確かに感じる、途轍もなく大きな違和感。でもそれに名前を付けることができない。

 

絶望で脚を止める思考は、その結論に至らない。

この場の誰もがそれを知覚していない。覚えていない。

この話の中に存在しない『誰か』のことに気付けない。

 

ただ、その目の前の現実が重く穂乃果の背中に圧し掛かり、違和感は忘却の底に沈んでいく。

 

 

───その日、『切風アラシ』が世界から消失した。

 

 

 




待ってたんですよ……風都探偵でジョーカー・ドーパントが出るのを!
もちろん嘘です。ジョーカーの登場は完全に偶然の事故です。

今回はキメラの能力として、夏夜月怪像さん考案の「アナコンダ・ドーパント」、MrKINGDAMさん考案の「ヘカトンケイル・ドーパント」、τ素子さん考案の「ガーデン・ドーパント」、SOURさん考案の「ルーム・ドーパント」を少し変えた「クリエイト・ドーパント」を採用させていただきました!

かくして少年は、己という存在を思い出す。理由のない純粋な、生まれついての「敵意」。それが彼の正体です。彼もまたラブライブの世界にはいてはいけない存在でした。

その名前が世界から消え、μ'sは夢を失い……
残されたのは生まれついての「食欲」と、探偵の片割れ。
次回はなるべく早くお届けしたいです。

感想、高評価、アドバイス、オリジナルドーパント案ありましたらお願いします!



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