異世界料理店越後屋 (越後屋大輔)
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第1話冒険者達とハンバーガーセット

 「異世界西遊記」序盤に登場した四人をもっと書きたくて作った話です。
9月21日加筆しました、現在15話まで投稿してますがほぼ全て改稿する予定です


 日本時間の午後8時頃、疲弊しきった男女四人連れが暗い夜道を進んでいた。彼らは新進気鋭の冒険者の一行である。今日はギルド経由の依頼で拠点2つ先の街に現れた魔物バジリスクを倒し、その帰り道だった。

 「思いの外、強かったな」パーティーリーダーの剣士、人間のアランが呟く。

 「ええ、それよりカカンザはまだ先かしら?」魔術師でコボルトのリャフカが珍しく不平を漏らす。数日前からの雨により目的地までは非常に悪路になっており、馬車が使えず移動には徒歩しかなかったのだ。その為彼らも疲弊しきっていた。

 「お腹すいたニャー、もう歩きたくニャい!」武道家のケットシー、ルビィは疲れと空腹がピークに達してる。アランとリャフカが諫めるがホントは4人とも限界がきていた。

 「あ、あっち、あの家から食いもんの匂いするだ」斧使いのオーク、オィンクが一軒の建物を指し示す。そこには、窓から灯りが洩れる風変わりな家がある、目的地へ向かう時にはなかったものだ、同じ道をそのまま往復しているので冷静ならば不審に思っただろう、しかし今の彼らに空腹を満たす事以外考える余裕はない、四人とも一心不乱に建物を目指した。

 「いらっしゃい」一人の若者が出迎える、黒い瞳と短く揃えた黒髪が特徴的である(アラン達にとって髪や目が黒い人間は珍しかった)。我に返った四人は室内を見渡す。4人掛けのテーブルが三卓にカウンターに椅子が五脚、それはいい。驚いたのは火の気もないのに照明は明るく、窓は閉めてあるのにどこからか心地よい風が吹いてくる、オマケに楽団も吟遊詩人もいないのにどこからか音楽が流れている、異様な光景にアランは叫ぶ。

 「なんなんだ? ここは!」

 「なにって料理店ですよ、僕はここのマスターです」アッサリ答える若者。

 「じゃ食べるものあるのかニャ?」

 「なければ料理店とは言えないでしょ」

 「おで、腹へったもう我慢できねぇだ」

 「お金はある程度もってるわ、なにか食べさせて」

 「皆さん落ち着いてください、すぐ出せるものを今、作りますから」四人をテーブル席へ促すと水の入ったグラスとお湯で温めた布を人数分テーブルに並べるマスター。

 「オイ、水なんて頼んでないぞ」

 「え?ああ、そっか。その水は無料ですからお好きなだけどうぞ、あとおしぼり、その蒸した布で手を拭いて汚れを落として下さい」そういって奥の厨房に下がっていった。

 

 「なんでここに料理店があるんだ。1ヶ月前には影も形もなかったぞ」アランだけが冷静さを取り戻していた。しかし腹を空かせた仲間を思うと口には出せない、また彼も空腹には勝てなかった。食事をしてから考えよう、そう思い直した。

 マスターと名のる若者はカットしたじゃがいもを油の入った鍋に投入するとハンバーグ用のひき肉ダネを薄く成型し鉄板で焼き始める。バンズを上下2つに切り分け同じ鉄板で切り口をサッと炙る、その間もじゃがいもの鍋から目は離さない。炙ったバンズの下の方にの切り口にバターを塗りレタス、トマト、チーズ、焼き上げた肉を挟みもう一方のバンズを乗せる。丁度じゃがいもが揚がる。この十数年間の料理修行の甲斐あってタイミングを見極める目とそれに伴う技術が身に付いていた。最後にキンキンに冷えたコーラを人数分グラスに注ぎ完成だ。

 「お待たせしました。ハンバーガーセットです」マスターが料理を運んできた。四人は待ってましたとばかりにかぶりつく。一口食べた瞬間、

 「う、うまいっ!」

 「美味しい! なんなの?! このパン、スッゴク柔らかい!」アランとリャフカは生まれて初めての味に感動した。形がなくなる程細かく切って再びまとめて焼いた肉、あえてそうすることで塊の肉では味わえない旨味が口一杯に広がる。またパンといえばカチカチの硬いものしか知らなかった彼らには信じられないくらいフワフワで、そこに挟んだ肉の旨味とソースの味が染み込みシャキシャキした葉野菜となどが合わさる事で美味さが倍増する。

 「この細長いやつもおいしいニャー、回りはカリカリ、中はホクホクでいくらでも食べられるニャ」ルビィは芋の類いを揚げたシンプルな料理が気に入ったらしい。油が良質なのか胃にもたれることがなく、塩加減も絶妙で食べ始めたら止まらない。

 「おではこの黒いジュースが好きだ。口ん中さシュワシュワしてクセんなるだ」オィンクがはまった泡のたつ飲み物は甘さと少しだけ酸味があり肉と芋だけでは油が多く感じられる料理をスッキリさせてくれる。そして全て平らげた四人は声を揃えて言った。

 「「「「おかわり!」」」」

 

 「フゥー、さて店を閉めるか」午後九時の閉店時間になり、マスターこと越後屋大輔は今日の営業を終わらせた。この店「越後屋」の表口が異世界に繋がって数日経つが大輔自身は未だ実感はない、というのも裏口を開ければそこは日本でご近所さん方と普通に出会うしガス、電気、水道のライフラインもこれまで通りのままなのだ。

 「そういや、この前のオカマのお客さんが妙なこと言ってたけど…まさかね」件の客はこの店を気に入り大輔を悩ますある問題を百%解決すると申し出たのだ。確かにその問題自体は解決した、しかし大輔はどうも釈然としないのだった。




大輔を悩ませていた問題とは?そして件の客は一体何物なのか?詳しくは次回以降。
 9月21日加筆しました、既読済みの方は宜しければご確認下さい

 2017年5月24日再加筆しました


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第2話サイクロプスと借金取りとチキン南蛮

前半は時系列的には次回以降幾つかの話より、未来になります。後半が一番始めのエピソードっぽいです。尚ストーリーの時系列はランダムです。


 「越後屋」が異世界に繋がり1週間、新装開店から更に1週間が過ぎた、最初の数日こそ暇だったが先日の冒険者一行や偶然立ち寄った客等から安くて美味い店だと口コミで噂が広まり今や常連客がつき以前よりも賑わっていた。客の半数くらいは人間じゃないが。

 そんなある日の営業中のこと、大輔にとって招かざる2人組の客が裏口から入ってきた。

 「オイオイ、夜逃げでもしたかと思えば随分繁盛してるようだなぁ」

 「これなら今すぐ金返せるんじゃねぇか、なあ越後屋さんよぅ」さる悪徳金融業社に勤める所謂借金取りだ、大輔はまたかと嘆息した。その顔は不愉快というより憐れみの表情だった。ここで説明しておくと、まず大輔は今は亡き先代越後屋店主の養子である、実の両親が借金を残して事故死した時まだ未成年だった大輔を料理の師匠であり未婚で実子のいない先代が後継ぎに向かえてくれたのだ。相続放棄したうえ他家の戸籍になっている大輔に法律上払う義務はない。にも関わらず連中は難癖をつけては返済を要求してくるのだ。

 借金取りの2人は他人の迷惑を顧みる事もなくテーブルに陣取り悪態をつく、嫌がらせなどしたところでお金がわいて出る訳もない。非合理だし、パターンが古い。これが経営者の方針だとしたら余りにも頭が悪い、自分とは関係なくいずれ警察の手が入り倒産するなと大輔は冷静に考えてしまう。借金取りの1人は客の中に綺麗な若い女性をみつけると周りを押し退けて隣に移動する、肩に手をかけると剣を突き付けられる、相手は女性騎士だった。後退りすると大きな背中にぶつかる、常連の1人で大輔も恩があるヴァルガスだ。3メートル以上はある巨体が単眼で借金取りを睨み付ける。彼はサイクロプスである。

 「さっきから聞いてりゃ何なんだお前ら?来い!衛兵隊にひきわたしてやる!!」

 「バ、バケモノだぁ!」借金取り2人組が店内をよく見渡すと山羊の下半身を持つ少年やら二足歩行のトカゲやら蝙蝠の羽根が生えた女が一斉に敵意を向けている。最初はコスプレの客がやたら多いとしか思ってなかったがそれにしては大掛かりだし動きがしなやかすぎる。

 恐怖に怯える2人組は慌ててその場を立ち去ろうとするが、裏口のドアに弾き返される。

 「無駄だ、そこから出られるのはマスターだけだぜ」ヴァルガスはわざと意地の悪い笑みをみせる、大輔以外は日本側から入ったら最後、島流しならぬ異世界流しとなり2度と帰れない。今衛兵隊に連行されていった2人組も見知らぬ土地で生涯を過ごすことになる。

 「これで何人目だっけ、奴さんも懲りないよなあ」例の業者は既に何度も借金取りを送ってきている、その全員が(日本から見て)行方不明になっていて、何年か後には本人の生死関係なく死亡扱いになる。怒りを通り越して可哀想とすら思う。

 「あれも自業自得ってモンだぜマスター、それよかチキンナンバンとショーチューのおかわり頼む」事情を知るヴァルガスに諭され大輔も気を取り直し、追加注文をうける。

 「ハイ、すぐ用意します!少しお待ち下さい」鶏肉の下味をつけ馴染む間にマヨネーズとみじん切りにした玉ねぎ、パセリ等を混ぜる、味が染み込んだ鶏を低めな温度の油で揚げて1度取り出す。油の温度を上げてさっきの鶏肉を再び揚げ直す。最後に予め用意したソースをかけて完成だ。

 邪魔者も失せたところでヴァルガスはできたての好物のおかわりに手をつける、最初この店に客としてきた時、悪戯半分にムチャ振りしたのを思い出す。この世界で鶏料理といえば寿命の近い廃鶏を只適当に火を通しただけの生焼けのものでひどく臭いのだ。故にヴァルガスは鶏料理が苦手だった、ここでチキン南蛮に出会うまで。 

 

 「お待たせしました、チキン南蛮です」

 「ほう、鶏を揚げたのか。ン、なんか白いのがかけてあるな」

 「ええ、タルタルソースです、揚げ物にあいますよ」

 「まぁ一口食ってみるか、これは!」この鶏料理には全く臭みがなかった、むしろ鶏の芳醇な香りが口いっぱいに広がり、旨味が溢れだした、ずっと口に入れていたかったがやがて鶏肉が溶けるように口からなくなった。上からかけられたタルタルソースとやらも良い、細かく刻まれた野菜に卵の味、そこに酸味が加わり揚げた鶏と調和する。これは酒が欲しくなる。

 「オイ、この店に酒はないのか?」大輔はとりあえずビールをだすと、酒の置いてある棚を探す。

 「このビールとやらも悪くないが…他に酒がないのはさびしいかな」グラスを煽り、そんなことを考えていると、

 「えっと、後は焼酎があります、他は生憎切らしてまして、仕入れが明日になります」

 「おぅ、そいつを頼むわ」出された酒に口にすれば、 

 「何だこの酒は?!かなり強いけどまろやかでフルーティーだぞ、今まで呑んだことがない!」鶏を食い、酒を呑む。暫く繰り返しやがて皿もグラスも空になる。ほろ酔い気分で店を去るヴァルガス。

 「チキンナンバンにショーチューか、あれだけ飲み食いした割りに2アルで釣りがでるとは安かったな、また来よう」一方大輔はこの日の売り上げを計算していた。店が転移した日レジを開けたらこの世界の通貨になっていたのには驚いたけど、前日に売り上げをチェックしていたので相場がわかる。どうも1ニュームが十円、1アスが百円、1アルが千円、1ラムが一万円にあたるようだ。しかも大輔の都合次第でレジを開閉する度に日本円になっていたりこっちのお金になったりするのだ。換算した結果は大黒字となりお客さんには申し訳ない気がするがその分サービスを充実させねばと心に誓う大輔だった。

 




 設定とか、説明がやたらでてきて予定の倍近いながさになってしまいました(/▽\)。
 9月21日改稿しました、更に長くなりました
(/▽\)
 12月6日再改稿


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第3話貴夫人とパンケーキ

 ゴン義王名義で連載中の「異世界西遊記」は誠に勝手ながら暫く休載及び、不定期更新にさせて頂きます。尚、当初は外伝としてスタートさせた本作を今回より本編「異世界西遊記」をスピンオフにしたいと思います、ご了承ください


 いつもの営業日、大輔は2日前に予約されたりんごのタルトの仕上げに取り掛かっていた。店内用が2個、持ち帰りが6個合計8個、ちょうど1ホール分の注文である。こちらに店が転移する前は近所にフランチャイズのケーキ屋があるので特に需要はなかったがこちらではお菓子の種類が少ないのか主に女性を中心にスイーツ類のリクエストが後を絶たない、元々珍しくて美味い料理を出す店と評判を呼んでいるためお菓子類も美味しいだろうと期待を持たれてしまってた。幸い師匠はスイーツも得意だったし、大輔もレシピと技術を伝授されているので困る事はなかった。ただしケーキのように作るのに手間と時間がかかるものは完全予約制で、受け渡しは店が比較的暇になる昼過ぎにしている。

 

 タルトを予約した客は昼下がりに訪れた、こちらから見て越後屋が位置する街の領主を勤める貴族の奥方だ。多少年齢はいっているが相当な美女である。

 「思った通りここはお菓子も美味しいわ」タルトに舌鼓を打ちながらもセーダ・コルトン夫人は浮かない顔をしていた、彼女はある意味貴族ならではの悩みを抱えていたのである。

 夫のコルトン公爵は誠実な人物で市民から慕われているし今年10歳になる一人娘セリクスも素直ないい子と誰もが羨む一家だ、セーダも夫と娘を愛しているし決して不満がある訳じゃない。

 由緒正しい貴族の家柄のコルトン家だが子供達は同格の貴族御用達の学院ではなく市民と同じ学校へ通うことになっている。「市民の上にたつ貴族ならばこそ、直に彼らとふれあいを持たねばならぬ」という初代公爵の教えを代々守ってきたのだ、それ自体はむしろ立派な教えだと思う、問題はセリクスの担任教師から聞かされた学校行事である。5日後、授業の一環で母子料理教室を行うらしい。セーダは多くの名門貴族出身の婦女子同様料理はおろか家事一切を使用人に任せっきりで自分は何もできないのだ。参加しなければ娘の成績に響くし、参加すればコルトン家の恥をさらすことになる。学院だったらそんな授業はないが今更セリクスを転校させるのもムリ、ジレンマにかられていた。

 「お出ししたものはご不満でしたか?」この店のマスターが声をかけてきた、悩みが顔にでていたらしい。

 「ごめんなさい、そうじゃないの。ねぇマスター、料理経験が全くなくても作るのに失敗しない食べ物ってあるかしら?ないわよね」

 「保証はしかねますが…パンケーキならド○フのコント、イヤ喜劇舞台のピエロでもない限り成功率は高いと思います」

 「ナニそれ?パンなの?ケーキなの?」

 「この場合のパンは鍋の別名です、窯を使わず鍋1つで手早く作れるケーキです。この時間はヒマですから宜しければお教えしますよ」レシピを説明しながら実際に作ってみせるマスターの一挙手一投足をセーダは覚える。記憶力と観察力には自信がある。

 本番当日。他の母親達や担任教師はセーダの参加に正直不安だった。貴族の奥方がまともな料理を作れる訳がない、それが世間のイメージであり常識なのだ。セーダは早速調理を始める、鍋にバターを引きパンケーキパウダー(マスターにブレンドしてもらった)粉に卵とミルクを混ぜた生地を流す、香りが焼きたてのケーキ生地に移り香ばしさが教室いっぱいに広がる、仕上げにトベレの実に砂糖を加え水気がなくなるまで煮詰めたものを乗せて完成した。見た目は地味で貴族らしくないともいえる、香りもいい、だが味はわからない。

 「暖かいうちに召し上がって」嫌ともいえず担任は恐る恐る口に運ぶ、するとフワフワで香ばしいケーキと甘酸っぱい果物が溶け合い、さながら恋人達の抱擁或いは食べる芸術というべきか、美味しいを通り越して口の中で美しさすら感じるお菓子だ。他の母子も食べてみる、みんな思わず顔がニヤけてしまう。

 「パンケーキというお菓子ですわ、暖かいのはもちろん冷めても美味しくいただけますのよ」大成功である。その日の帰宅後、パンケーキは夫にも好評だった。

後日、家族で越後屋に来店したセリクスは大輔にこっそりこう呟いた。

 「パンケーキのおかげでお父様とお母様が益々仲良くなったわ、嬉しいんだけど、ちょっと不愉快っていうか変な気分なの」

 (あぁ、焼きもちだな、両親どちらも好きでどちらもライバルみたいな)大輔は思ったがその言葉は飲み込み、

 「ご両親の仲良しなのは幸せな事ですよ、少なくとも悪いよりいいでしょう」と優しく答えた。




実は筆者もパンケーキを始めて知った時同じ勘違いをしてました、今回はそのセリフを書きたくてセーダにも勘違いさせました。ヘ(≧▽≦ヘ)♪因みにトベレは苺の異世界語です。
 9月21日改稿しました


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第4話漁業事情と海鮮パエリア

 いつもの越後屋、いつもの営業日。だがこの日はいつもと違っていた。

 「だからなぁ今回の納品は少し待ってくれよぅ、オレとあんたの仲じゃないか」

 「そりゃ個人的には待ってもいいがな、オレんとこも商売なんでな、明日までに会合が開けなきゃお前さんとの契約切らにゃならんよ」普段なら仲良く酒を酌み交わす2人、漁師でリザードマンのフンダーと人間の海鮮卸売業者のディーンが珍しくモメている。

 「どうしたのよ、貴方達?私は2人共大好きなのに喧嘩なんて止めてちょうだい」ラミアのベポラが仲裁にはいるが、別に喧嘩している訳ではない。明日ディーンは取引先との会合を主催する事になっている、その為に必要な食材を昔馴染みのフンダーに依頼したのだが、

 「このところな、漁にでてもろくなモンが採れねぇんだ、せっかく張った網をバーグルやキヌスが切っちまってコリアもボニトンがみんな逃げちまってよぉこのままじゃ年取ったお袋と心中するしかねぇよ(´;ω;`)」

 「そうは言ってもなフンダー、こちとら客相手にしなきゃなんねぇ、お前ぇにばかり同情してたらオレが首括るハメになるでよぉ」ベポラは困った、さっきの言葉は嘘じゃない、織物問屋を営む彼女にとって扱うものこそ違えど商売人仲間のディーンと同じ爬虫系亜人のフンダー、両方を助けてあげたい、妙案はないものか。

 「フンダーさん、バーグルやキヌスは捨てましたか?」マスターも話を聞いていたのか、見かねた様子で訪ねてきた。

 「いんや、手やら針やら引っ掛かってとり辛ぇからそのまんまにしてらぁ、どうせ金になんねぇし」

 「だったら僕に売ってもらえますか?バーグルは1オイス1ラムで3オイス、キヌスは1個1アルで10個程買います」フンダーは耳を疑った、まさかそんな大金が手にはいるとは思わなかった。

 「ディーンさんは明日取引相手の方々との会合を当店で開催して下さい」

 「何だって!マスター、何する気かね?」

 「もちろん皆さんにキヌスとバーグルを使った料理をお出しするんですよ」

 翌日、ディーンは数人の取引相手を連れて越後屋へ来店した、いずれも大規模な商売を展開する一流の実業家ばかりだ。ディーンは気が気じゃなかった、マスターの腕は確かだし、信用に足る人物でもあるがそもそもあんなモン果たして食えんのか?冷や汗を流してるとマスターが料理を持ってきた。

 ディーン達が来店する2時間ほど前大輔は米を研ぎ終えてフンダーから買い取った海鮮の処理を始めた、殻を丁寧に外し身の部分を取り出す、鉄板に米を敷いて先程の海鮮と野菜をその上に並べる、お客の来店時間を見計らって火に掛ける。炊き上がったら鉄板ごと木の皿に乗せて配膳する。ちょうどいいタイミングでお客様がいらした。

 「海鮮パエリアです、鉄板が熱いので気をつけてお召し上がり下さい」実業家達は怪訝な顔をしながらも食べ始める、

 メインに使われたオリゼの淡白さに野菜の味わい、獣肉とは違う深く濃厚だが決して互いに邪魔しない甘味が絡み、まさに未知の領域といえる、海の中に落ちていくようだが溺れるのではなくまるで海と一体化するような不思議な感覚である。マスターのいう通り海鮮を使った料理なのは理解したが具体的な材料は全く見当がつかない。

 「君!この料理だが一体食材はなにかね?この旨味はどうやって出すのだ?!」実業家の1人がマスターを呼び問合せる。

 「どうやるもなにもバーグルとキヌスが持つ旨味そのままですよ」

 「なんと!海の二大疫病神といわれるバーグルとキヌスがかね?」

 「えぇ、僕の故郷ではどちらも高級食材とされていて年に一度も食べられないごちそうでした」驚愕を隠せない彼らに大輔は更に畳み掛ける。

 「必要とあればディーンさんからご購入下さい、値段はその日の水揚げ具合できめるそうです、ネ、ディーンさん?」

 「お、おぅフンダーにも相談しねぇとな、ほんじゃ皆さま今日はご足労頂き誠にありがとうござんした」後にフンダーの元にはディーンを通して多くの注文依頼が入ることになる、結局大輔はディーンとフンダー両方を救ったのだ。

 更に翌日の閉店間際、越後屋にディーンとフンダー、ベポラが揃っていた、昨日の会食の場に居合わせたベポラは大輔に惚れたらしく積極的に口説いている、逆に彼女に惚れている2人だが恩人であるマスターなら取られてもいいと思っていた、しかし大輔本人は全く靡かないのだった。




 異世界語、結構でました。
・バーグル→蟹
・キヌス→うに
・コリア→鯖
・ボニトン→鰹
・オリゼ→米
・オイス→重さの単位、1オイス=1キロ
旬の時期がちがう?それは無視して下さい、何せ
異世界なモンで(; ̄Д ̄)


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第5話奴隷少女と敏腕執事




 越後屋が転移した異世界は当然ながら日本とは法律が違う。その1つが奴隷制度の存在である。

 定休日になると大輔は表口から異世界の街に繰り出して情報収集に勤しむ、食に対する市場調査が目的だ。市民の好みを知って店の味に生かそうと考えていた。

 反対側から妙な男が歩いてくる。手にしているリードの先には1人の少女が繋がれていた。あちこちすりきれた服を着て髪はぼろぼろ、暴力によるものか手足は所々青く変色している、時折リードを強く引っ張られて苦しそうだ。大輔は以前それとなく聞いた奴隷制度の事を思い出した、確か奴隷になるのは犯罪者だけと聞く、あんな幼い少女が罪人とは思えないし現代日本人としては許しがたい気もするが、まあ地球でも未だに残ってる国もあるし、政治の事は素人で、まして異世界人である自分が考えても仕方ない。只あの手の客には店に来て欲しくないと思った。

 大輔の願いは叶わなかった、件の男が常連の獣人と来店したのだ。とはいえ客である以上無下にはできない、注文を取りに男の席へ向かおうとした時だった。ある紳士が店に訪れた。こちらも常連の1人である、彼は大輔にこんな事を告げる。

 「マスター、入口でリードに繋がれている少女は一体だれでしょうな」大輔より先に男が答える。

 「あの娘は俺の奴隷だ、なにか問題があるかね?」

 「大ありですな、この国で奴隷制度は重罪人に対する刑罰としてのみ採用されてます、条件の厳しい公共事業等に労働力として使われるのが常、個人が所有することはあってはならぬことです、ましてやそれが幼い少女とあらば尚更の事」男から冷や汗が流れる、周りからも不穏な視線を受ける

 「お、俺は外国人だ、この国の法律なんぞ関係無い、私の国では奴隷を持つことは当然の権利だ!」(大輔は知らないが)そんな国は少なくともこの大陸内に存在しない、男は完全にうろたえていて喋る言葉も支離滅裂だ。

 「では、不法入国も付いてきますな、正規の手続きをしていれば奴隷連れでは入国できないはずですぞ」逃げようとする男を紳士が取り押さえ、常連達が表口をかためる。

 「チキショー、貴様何者だ?!」

 「申し遅れました、ワタクシこの街の領主、コルトン様の執事でゴッシュと申します」

 ゴッシュは男を引き渡しに衛兵隊の駐屯所へむかう、大輔は経過を知りたいので閉店後でも来て欲しいと伝え表口に繋がれた少女のリードを外し、とりあえず店の二階にある住居スペースで休ませる。閉店時間になり他の客が帰った頃ゴッシュが戻ってきた、夕食を食べ損ねた彼は大輔にいつも注文するミートローフとワインを頼む。ゴッシュは食事をしながらその後の出来事をかいつまんで大輔に語った。奴の国でも奴隷の個人所有は違法で男は少女が見つからないよう監禁、暴力を与え続けていたが流石にバレそうになったので別大陸の奴隷所有が認められる地域まで逃げる途中だったらしい。この後コルトン公爵の判断で求刑が決まるが死刑または自身が奴隷落ちは確実との事。

 「詰めが甘いというか、世間をナメてるというか、それであの娘はどうなるんですか?」

 「今日のところはコルトン家の使用人部屋に泊めようかと、領主様の許可もいただいております、明日からは自分の力で生きるしかありませんが」その日ゴッシュに連れられて少女は店を後にした。




 今回食べ物描写はありません、
(|||´д`|||)


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第6話従業員とハムエッグランチ

遂に従業員が入ってきました


 昨日の捕物騒動から一晩明けた定休日の朝、大輔は異世界側の御近所の金物屋のご亭主と女将さんに挨拶し、とあるお願いをする、快く引き受けてもらい、金物屋の娘二人と店に戻ってきた、娘と言っても長女は大輔より少し年上で次女もほぼ同じ年である、そこにゴッシュが例の少女を連れて店にやってきた。

 「では、私めはこれにて」ゴッシュが帰り大輔と3人の女性が残る、今日初めて会う人もいるので互いに自己紹介することにした。

 「僕はダイスケ、ここのマスターです」

 「金物屋の長女マティスよ、去年夫が病死して子供と実家に出戻ってきたの」

 「同じく次女のロティスです、引きこもってたら親に家を追い出すっていわれました」

 「ラティファです、よろしくお願いいたします」最後は元奴隷少女だ。明日からはこのメンバーで店を切り盛りする、このところ忙しいので従業員を雇うことにしたのだ。前の定休日にそれとなく相談したら金物屋の女将さんが出戻りの長女と成人しても働こうとしない穀潰しの次女(地球でいうニート)を雇って欲しいと頼まれたのだ。もう一人くらい必要かと考えてるとあの騒ぎが起きて、ゴッシュと話をして今日連れて来てもらった。

 まずは掃除から始めることに決めていた、今まで一人で店をやっていたため厨房とカウンター、床、テーブルが精一杯だった。3人に蛍光灯やガラス窓の拭きかた、掃除機とBGM用のラジカセの使い方を教える、いずれも見た事のない魔法のアイテム(と3人は思っていた)に驚きながらも彼女達は掃除の仕方を身に付けていく。その間大輔は裏口から日本に行き、店の制服にする為女性物の襟シャツと黒いジーンズを3点ずつ購入した、スカートにしても良いのだがパンツスタイルの方がより業務をこなすのが楽なはずである。掃除が終わる頃を見計らい昼の賄いを準備する。

 冷蔵庫には卵とハム、牛乳がある、ご飯を炊くのは時間がかかりそうなので制服のついでに買ってきた食パンと今日偶々商店街で行っていた福引きで当たったコーン缶を使うことにする、コーンスープができるとハムエッグを作っている間にサラダを盛りパンをトースターで焼く。

 昼食ができたのでテーブルにつくよう促す、3人も適当な席に座る。

 「今は有り合わせのものしかなくて、夕食はなんとかするから」とだされたのはこの辺りじゃそのままだすのが当たり前な肉の燻製をわざわざ丁寧に焼いて上には卵が乗せられたメイン、珍しい四角いパンの切り口を網焼きにしたものにサラダと甘い香りのスープ 、どう見ても有り合わせとは思えない豪華さ。ナイフをいれると卵の黄身が外へ溶け出してくるが生焼けではなくしっかり火が通っていて、白身や燻製に絡まり味のアクセントになる。サラダに使われたラトゥールやルシコン、プラッカも酸味のあるソースの為か青臭さが全くない、パンといえばまるいのが一般的だがこれはマスター曰く四角く焼いたのを切ってあるそうで異世界ではごく普通に売られてるらしい。ゼアのスープは優しい甘さとコクがあり滑らかな中にも時折粒が残っていて食感が面白い、この店が評判を呼ぶ理由がわかる。しかも働いてる限りタダときている。ラティファが突然泣き出した、慌てる一同。

 「ど、どうしたの、スープが熱すぎた?」

 「ちがうんです、私こんなに美味しいもの食べたの生まれて初めてなんです」聞けば昨日捕まった奴の奴隷になる前、物心ついた頃から碌な目にあってないそうだ。

 「大丈夫、これからは運が向いてくるわ」

 「私なんてずっとノホホンと生きてきて…反省です」

大輔は特に何も言わず、パンをもう一枚彼女の皿に乗せると、優しくこう告げた。

 「さ、午後からも仕事を覚えてもらうよ、まずはしっかり食べておかないと」ラティファは涙を拭い笑顔を浮かべ 

 「はい、頑張ります!」元気に返事をした。そして午後からは接客と会計、調理補助等を大輔から教わった。

 




 今回の異世界語
 ・ラトゥール→レタス
 ・ルシコン→トマト
 ・プラッカ→キャベツ
 ・ゼア→とうもろこし


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第7話河童とけんちん汁

 ある真冬の寒い朝、大輔は人参とじゃがいもを炒めていた、灰汁をぬいたゴボウに下処理した大根を出汁に加え味噌を溶かして煮込めば完成だ、越後屋では元からスープや味噌汁は所謂サービスセットに入れていない、日本では塩分の取り過ぎが懸念されていたからだが味噌自体がないこちらでは得体の知れないものとして敬遠されたからだ。その中でこいつには固定ファンがいる。

 その日の晩、河童のトゥーンは今月の給料袋を握りしめ越後屋へやってきた。河童の特性を生かし船宿の渡し守になって8年、真面目に勤めてきたので宿の主人の信頼も厚い。そんな彼にとってあの店で夕食ついでに酒を一杯引っ掛けるのが月に一度の楽しみである。

 ご先祖様達が人間達に地球とか呼ばれてた、元いた世界を捨て河童の秘術でこちらにやってきて150年、その間に同胞達も皆散り散りになりトゥーン以外の河童はここにはいない、最も生まれて30年足らずのトゥーンにはどうでもよかった。

 店の中を吹く風は冷えた体を程よく暖めてくれるしまた昼間の様に明るい、店のマスター曰く人間が150年の間に色々開発したとか、しかもそのマスターは最近までご先祖が昔住んでいた世界にいたらしい。トゥーンが伝え聞いた話では人間は妖術を使えないらしいが。カウンター席に付くとウェートレスが注文を聞きに来る、

 「まずはアツカン、グルミスとソランゲのピクルスを。その後、オリゼとケンチンスープも」

 「はい!少しお待ち下さい」元気に答えるまだ幼さの残るウェートレスをトゥーンは微笑ましく思いつついつも通りの品をたのむ。この組み合わせは肉や魚があまり好きじゃない彼にとってなによりの御馳走だ。早速ピクルスでアツカンをやる、他の酒場等で出されるのは塩や酢が強すぎて酒の味が鈍る、だがここのは絶妙な漬かり具合で酒と合わせれば互いが引き立つ、もう少し呑んでいたいが明日も仕事があるので酒は打ち切りオリゼに移る、どっちもピクルスとの相性は抜群だ。それにオリゼはケンチンスープも合う、その水面の輝きは油だが肉の匂いは全くしない、どうも花から採れる油を使ってるらしい、煮崩れる限界まで柔らかくなった根菜と一見肉のようだが、実はヒスピの煮汁を固めたという具が胃に優しく溶け込んでいく、スープの味はどこか懐かしさすら感じさせなぜか会ったこともないご先祖様を彷彿とさせる、なによりこの季節に暖かいものはありがたい。すっかり満足すると支払いをして寒空へ戻っていく、外は寒くても腹は暖かい、次に訪れる来月の楽しみへ思いを馳せるトゥーンだった。

 その日の閉店後大輔はお品書き作りの為ロティスから文字を勉強していた、今まではお客から食べたいものを聞いてそれに答える形だったが店の繁盛ぶりからそれも限界が来ていた、基本この世界の識字率は王公貴族や大商家以外は低いがそれでもないよりはいい、そこで三人で唯一読み書きができるロティスから教わる事にした、常連さん方が必ず頼む好物を含むレパートリーや注意書き等をまとめておく。

 「ひとまずこれで形になったかな、ロティス、おかげで随分楽になるよ。でも君はどこで勉強したの?学校には行ってないよね」

「引きこもってた頃に独学で覚えたんです、働きたくなかったから他にする事がなくて」

 「そっか、人間なにが幸いするか分からないな、おかげで助かるよ」嫌味なく答える大輔に対し、ロティスは顔を真っ赤にした。




 トゥーンのご先祖達が異世界に転移したのは日本が明治維新を迎えた頃ですね。
 大輔は基本自分が異世界人である事はヴァルガスや金物屋夫妻を除いて内緒にしてますがトゥーンはご先祖の影響なのか匂いというか雰囲気で気付いたようです、お互い口にはだしません。
 今回の異世界語
・グルミス→きゅうり
・ソランゲ→なす
・ヒスピ→大豆
 後、この話にでてくるピクルスは
実はお新香のこと。
9月21日改稿、12月1日再改稿


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第8話双子と合格祈願料理

シリーズ過去最高の長文になりました( ̄▽ ̄;)
9月21日過去の投稿話を改稿したため前言撤回します。


 「はぁ~」ルーカスは深くため息をついた。今日だけで何回目かわからない、というのも下士官への昇格試験が間近に迫っているからだ、3年前15歳で王室付き武官の下っ端になり日々の雑務と訓練に励みながらようやくここまできたのだ、合格する自信はあるが同時にえもいわれぬ不安がある。

 パシッと背中を叩かれる、双子の妹(本人は姉と主張)ルーリィだ。彼女も文官の下っ端で同じ日に昇格試験を受ける、双子の所以か二人は幼い頃から現在まで行動が一緒になる、風邪をひくのも初恋もその終わりも、必ず3分とずれたことがない。今度の試験もいつもならそれぞれ別の日に行われるのに今回に限って試験日が一緒になってしまった、こいつとは色んな意味で生涯離れられないとルーカスは思う、相方とて考えてる事は同じだろう。

 「ルーカス、なにシケた面してんのよ、アンタ試験受かる自信ないわけ?」

 「ちっげーよ!お前こそ大丈夫なのかよ?つーかあの店行って最後の悪あがきするんだろ」自分もそのつもりだからわかる、それが妙に悔しい。

 「まぁ単なる噂だとは思うけどさ、どっちにしろご飯は食べるんだし少なくても損にはならないわよ」二人は越後屋に向かっていた、このところ越後屋で食事をすると奇跡が起こり悪人には天罰がそれ以外の人間には幸せが訪れるという噂が囁かれていた。二人もそれにすがる気でいたのだ。

 ウェートレスにテーブルへ案内され品書きを見るが特に試験に合格するメニューなんてあるはずもない、ルーカスは些か落胆したが性別とポジティブさだけは彼と正反対なルーリィは一番若い12、3歳くらいのウェートレスに声をかける。

 「すいませ~ん、試験に効果のある料理ってありませんか?」突如意味不明なオーダーをされたラティファはマスターへ問い合わす旨を二人に伝え頭を下げて厨房へ向かう、入れ替わりに若い男性店員がきた、彼がこの店のマスターらしい。再び同じ事を聞くと、

 「そうですね、実質的な効果を望めるものはないと思います、只僕の故郷では験担ぎといって試験等の際気持ちだけでも盛り上げようという料理がありまして、まぁ大抵の場合駄洒落ですがね、それでもよろしければつくれます、後はお好みの材料をおっしゃって下さい、可能な限りお答えします」

 「じゃあ俺はガッツリした肉料理が食べたい、付け合わせはパンがいいな」

 「私は野菜中心に卵焼きを、オリゼと一緒に」

 「はい、しばらくお待ちください」マスターは厨房へ戻る、程なくマスターとメガネをかけたウェートレスが料理を運んできた。

 「お待たせしました、トンカツ定食と、モロヘイヤオムレツに蓮根のきんぴら、ラパーを使ったケラス漬けのセットです」何とも目を丸くさせる料理が並んだ。

 「肉に衣を付けて揚げたのはカツすなわち勝利を連想させます、こちらのモロヘイヤという野菜は粘り気が特長で粘る、つまり諦めない、蓮根は始めから中に穴が開いてまして先を見通せるという意味が込められてます、ケラスは僕の故郷で合格の象徴とされる花でラパーと一緒に酢で漬けました、あ、カツは熱くなってるので気をつけて下さい」マスターはさっと説明するとごゆっくりと一言告げてテーブルを去る。

 ルーカスはカツを頬張る

 「熱っ、けどウメェ」サクサクした心地よい噛み答えと肉の旨味、脂身の甘さが三位一体となり押し寄せる、

添えてある黒いソースは甘さ、辛さ、酸味、塩加減全てが同居しているのに見事に調和していてつけて食べるとまた味わいが違う。プラッカとの相性も抜群である。

一方ラパー以外見た事ない野菜ばかり並んだプレートに戸惑うルーリィは恐る恐るレンコンとやらに手を伸ばす。しゃきしゃきの食感が新しい、オリゼにもよく合う、オムレツに入れられたモロヘイヤとかも喉越しがよくいつの間にか食べきっていた、ラパーとケラスの酢漬けは味も香りもいい。双子は笑顔で食事を終えた。

 後日、この双子は昇格試験にそれぞれ合格し、噂に尾ひれがついて越後屋は神社か教会のような扱いを受けるがそれは別の話。




この双子どっちが上か、実は2人の母も知りません。出産した際、助産師さんから聞かされなかったのでしょう。その方が高齢で天に召され永遠の謎となりました。


今回の異世界語
・ラパー→大根または、かぶ
・ケラス→桜の花


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第9話老人と牛鍋

越後屋が異世界のなんて国にあるか判明します。



 王城から1台の瀟洒な馬車がでる、中に乗っているのは一人の老翁だ。20年前長男に家督を譲り以降、家族の目を盗んでは街へ繰り出していたが今は専ら越後屋に通っている、この老人もまたあの店の料理のファンなのだ。

近くまで来ると馬車を帰して徒歩で店に向かう、この街では路地に馬車等を停めるのは禁止となっている、他の通行の邪魔になるからと越後屋のマスターが進言したらしい、実際彼の地元では路地を乗り物で塞ぐ愚か者のせいで死者がでる事がままあるそうだ、考えてみれば何時何処で病人がでたり捕らえた罪人が逃げ出さんとも限らん、そんな折路地が使えなければ大変な事になる、実に理にかなっておる。コルトン家の若造が奮闘した結果この街では違法となったが国全体としても倅に法の検討をさせねばと老翁は思った。

店の戸を開け、ウェートレスの案内も待たずいつも自分がつくカウンター席に座る。ここならマスターに直接注文できる、歳のせいかどうも若い女は苦手だ。

 「いらっしゃい!御隠居さん、ご注文はいつものでいいですか?」マスターの問いにウム、と短く返事をする。隣にはデカイなりのサイクロプスが陣取っていて、鶏料理とショーチューとかいう酒を食らいながら話し掛ける。

 「ヨォ、じいさん久し振りだな。しばらく見ないから死んじまったかと思ってたぜ(^o^)」

 「ナニを馬鹿な事を、わしゃ百以上はいきるわい( ̄^ ̄)」負けじと応戦する老人。ここでは身分を隠し一介の隠居爺いという事にしており、衣服も簡素な物を着ている。だから普段は絶対出来ないこんなふざけあいも越後屋での楽しみの1つだ。

 底が平らな小さな鍋(日本でいう一人用鍋)に牛脂を滑らせ肉を焼き、砂糖と割下を加え煮る。肉に火が通ればネギとキノコ、春菊に豆腐を足す。白滝は肉を固くするしこちらで受け入れられない可能性がある為、今は使わない。

 「お待たせしました、牛鍋とどぶろくです」カウンターへ料理がくる。たまらず肉から手をつける。「う~ん実に柔らかい、城の料理長でもここまで柔かく仕上げる事はできまい」鍋で煮られたポルムやフンガ、シュンギクという未知の野菜やスープを吸って色がついてるが元は真っ白なのであろうトーフとやらもいい、肉と共に味わえば衛兵隊の行進が足並みを揃えるような一体感に包まれる、スープは甘くもあり辛くもありこの店に来るまで体験したことのない味だ、越後屋の料理はどれも2つ以上の味を併せ持つ複雑な料理ばかりである、その中で老人が最も気に入ったのが牛鍋である。異世界で鍋といえば器具だけではなく中の料理も含まれるらしい、それに合わす酒はやはりどぶろくである。独特の酸味がありこってりした牛鍋にぴったりだ。やがて食べ終わり支払いを済ませ迎えの馬車がくるところへと急ぐ、内緒で抜け出した事がバレたらみんなに叱られる。妻や倅はともかく宰相に見つかりでもしたらやれ王たるものとはなんぞや、国のトップはどうたらと口うるさく説教されるハメになる、ワシは既に退位しとるというのに。あやつもトシなんだからいい加減隠居して後身に任せればいいのだ、その時は一緒に牛鍋で1杯やろうとひとりごちるラターナ王国先代国王アルバート ・メルクリウス・ラターナだった。




今回の異世界語
・ポルム→長ネギ
・フンガ→茸
春菊はネタが思い浮かばずそのまま


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第10話ロティスの恋とショートケーキの日

 越後屋の営業前のいつもの朝、近所の金物屋に女将さんの大声が響く。

 「ロティス、ラティファちゃん、早く起きな!今日も仕事だろ、マティスはもうでかけたよ!」パッと起きて支度するラティファ、大輔が以前頼んだのはラティファの下宿である。金物屋には跡継ぎの息子もいるが既に妻子がいる為、実家とは別に家を持っているその分部屋が空いたので彼女を住まわせてもらえるようお願いしてみたら夫婦は喜んで引き受けてくれた。

 そんなラティファに対してベッドから出ようとしないロティス、女将さんに布団を剥がされる。

 「お母さん、私は閉店まで仕事するから朝遅くてもいいんだってば」まだ寝たいが為言い訳するロティス、実際マティスは保育所が閉まる前に子供を向かえに行かねばならんし、ラティファは夜遅く迄仕事をさせるには幼すぎる。その為大輔は夕食時を過ぎたら二人を先に上がらせ閉店まではロティスと二人で店を回している。

 「ナニ言ってんだい、お前も少しはラティファちゃんを見習ったらどうなの?一寸くらい早起きしたって損はしないよ、さっさと朝メシ食っちまいな!」これ以上雷をもらうのはゴメンなので起きる事にする。

 「お早うございます」ロティスとラティファは一緒に出勤してきた、越後屋は客だけでなく従業員も表口から出入りする、異世界側の店の外からだと何故か裏口が見つからないのだ、(勿論大輔は除く)厨房ではマスターと主に調理補助を担当しているマティスが料理の仕込みを行っている。

 「お早うございます、あれロティス、君はまだ仕事の時間じゃないよ、それにしても眠そうだね」

 「母に叩き起こされました」なんとなくその光景が目に浮かぶ。

 「開店まで奥の部屋で休んでていいよ、女将さんは後日僕が説得するから、ラティファちゃんはトベレを潰すのを手伝って、マティスは生クリームを準備して」

 「今日はショートケーキの日だったんですね」ラティファが嬉しそうに返す。今日は裏口の日本で22日である。越後屋が転移してから何か独自のサービスを考えていた大輔は、ある日デザート類の注文を受けた時、パッと閃いたのである。スポンジは既に焼きあがっているので生クリームを塗ればいい、苺を混ぜたものを1枚のスポンジに塗ってもう1枚を重ねたら白いままのクリームで周りをコーティングして、向かって東西南北方向に苺を並べる飾り付ける。そうしてホールケーキが完成したら慎重に8等分にきりわける。7ホール56個分できた頃開店時間がくる、異世界語で『本日ショートケーキの日』と書いた吊るし看板を入口に下げておく。

ランチタイム。心なしか女性客はケーキのサービスにテンションが高い。

 「え?!ケーキ一個無料なの?」問い合わせも幾つか受ける。

 「はい、今日は『ショートケーキの日』ですから」別に今日が初めてではないので接客担当のロティスとラティファは慣れた様子で答える。逆に男性陣はその様子を冷めた目で見ている。

「なぁマスター、女ってのはどうして甘いモンがこうも好きかねぇ?」男性客の1人が大輔に囁く。

「えっと、提供する側としてはなんともいえません。それに僕も割りと甘党ですから、」

そしてその日の営業が終わり、ロティスが帰ろうとした時、マスターに紙で作られた箱をわたされる。

「残り物で悪いけどさ、よかったら持ってって。」箱の中にはショートケーキが7つ入っていた。今朝作った56個はランチで終了して急きょ四ホール新たに追加したがそれも飛ぶようにでていき、閉店後に残った分はないはず、両親と自分達姉妹と姉の子達にラティファ、数があっている。

 「いやぁσ( ̄∇ ̄;)ぐ、偶然てあるんだね、アハハハ」多分我が家の為に別に用意してくれたのだろう。

「ありがとうございます、それじゃお疲れ様でした」お土産つきで家に帰る、その晩家族揃ってケーキを食べたが何故か父は不機嫌で母と姉は食べながらロティスの顔を見てニヤニヤしていた、真っ赤になる彼女をよそにラティファとマティスの子供達だけは無邪気にケーキを頬張っていた。




P・S金物屋の親父、結構甘党です


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第11話パーンとホワイトシチュー

人間の話が続いたので数話振りに亜人話を書きました


 腹を空かせたパーンの吟遊詩人サイモンは日の落ちた街の夜道を足の蹄を鳴らしつつトボトボと歩いていた、仕事を求めて酒場や料理屋を回ったが、まだ年端もなく経験浅い少年のサイモンを雇う店はなかった、廃屋の壁にもたれ腰を下ろす。手元に残った僅かアス硬貨3枚を半泣きでながめる。こんなはした金で食事をさせてくれる所なぞある訳もなく他に財産といえば愛用の竪琴だけ、これを売ってなにか食べるか、でも明日からの生活の糧を失っては意味がない。実家に戻って親の仕事を手伝うか、大口叩いて飛び出した身でどの面さげて帰れというのか。廃屋の向かい側、自分の真正面にある酒場らしき店で歌っておひねりをもらうか、門前払いは覚悟の上だ。

 裏口を探したがどうしても見つからない、妙に思いつつ玄関へ廻る。眼鏡のウェートレスが引き戸に棒を刺した布を掛けようとしている。

 「すみません、今日はもう閉店です」サイモンは項垂れてその場を去ろうとした、 

 「君、待ちなさい」店の主人らしき男性に呼び止められる。

「その様子じゃ暫く何も食べてないだろう?今夜だけでも泊まっていきなよ」

 マスター(先程のウェートレスがそう呼んでいた)に店の中を通され椅子を勧められる。

 「賄いの残り物のホワイトシチューだけどさ、これ食べてよ」皿にはパンが2つと真っ白なスープが用意してある。思わず唾を飲む、だが3アスしか手持ちのない彼に代金を払う事はできない。

 「お金ならいらないよ、明日まで残しても廃棄するしかないし」思いを見透かされていた、作って1日過ぎた料理は一部例外を除き基本的に商売物にしないのがマスターのこだわり(マスター自身は常識だと言っていた)だそうだ。腐りかけた食べ物を平気で供する店など珍しくないというのに。

 キラキラ輝くティナーカとケパは野菜本来の甘味が最大限に生きている。ホクホクしたチューバは共に口へ含んだ白いスープに溶けて瞬時になくなり旨さだけが残る。ラクがふんだんに使われたスープの見た目はさながら宝石が泳ぐ氷の湖の様。だが冷たくはなくむしろ熱い、それ以上に味わいはどこまでも優しく幼い頃両親に抱きしめられた温もりがよみがえる。スープ皿は瞬く間に空になっていた。

 「ありがとうございます、でも初めて会った僕にどうして良くしてくれるのですか?」腹のくちたサイモンはたずねる。

 「僕も借金やら何やらで苦労したよ、でもそんな時は必ず誰かが救いの手を差し伸べてくれた、それと同じことをしてるだけさ」淡々と語るマスターに衝撃を受けるサイモン、家を飛び出してから己の身を嘆くばかりで他人への優しさなど考えてもなかった、そんな浅ましい自分の歌に金を出す客などいるはずもない。吟遊詩人は廃業してこの街で1からやり直そう、働く場所ならあるはずだ。金を貯めて今度は正式な客として来よう。そしていつか家族を招待しよう。

 「オイ、新入り!新規の荷物が届いたぜ、今日配達の分は馬車に乗せてさっさと倉庫へ運んじまいな!」

「はい!」2日後、宅配業社の集積所で汗を流して元気に働くサイモンの姿があった。

 




 今回の異世界語
・ティナーカ→人参
・ケパ→玉ねぎ
・チューバ→じゃがいも
・ラク→牛乳
9月22日改稿


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第12話オカマの神様とエピソード0

『異世界西遊記』を読んで下さった方はお気づきでしょう、あの神様、ここにも登場します。第5話以来食べ物描写がありません。


 今日は久々に下界へやってきたわ、目的は美味しい物を食べる為。だからって何処でもいい訳じゃないのよ、アタシにはそれなりのこだわりがあるの。まず高級店はアウト、あの手の店って息が詰まるのよね。そしてマスコミとかに紹介されている所もダメ。ホラ、3次元を2次元に複写する…人間が生み出したカメラってヤツ、アタシ達の姿は捉える事ができないの。当然周りは大騒ぎになるわよね、だから知る人ぞ知るみたいなお店が一番いいの。そう言えば知り合いの世界に孫悟空として転生させたルカちゃんから友達が飲食店を経営()ってるって聞いたわ、そのお店がすぐそこに見えてきたわ。今回はここにしましょ♪

 「越後屋ぁ~出てこいや、オラァ」品のない男が2人お店の扉を乱暴に叩いてる、よくみたら『定休日』ってでてるじゃない。アタシの知ってる限りこの国の識字率は高いはずだけどこの人達文字が読めないのかしら?遠くから何かの警告音が聞こえる、パトカーってやつね。

 「ヤベェ、ずらかるぞ」

 「畜生!だれがポリ公呼びやがった?」そりゃあんだけ大騒ぎしたら誰だって呼ぶわよ。それより休みじゃしょうがないわね、出直すとしますか。

 

 次の日改めてお店に来たら『長らくのご利用ありがとうございました』と張り紙がでていた、お店はやってるみたいだけどなにがあったのかしら?

 「いらっしゃいませ」彼が店主ね、1人で切り盛りしてるみたい。そんなに大きなお店じゃないけど落ち着いていていい所だわ、お客だってそれなりに入っているし閉めるなんてもったいない。店主さんにそれとなく聞いたら借金取りに悩まされてるって事でこの土地を離れるみたい、昨日の連中も仲間だったのね。ああいうのは逃げたところでまた追って来そうだけど、そうねここはルカちゃんに1つ貸しを作っときましょ。

 

 その日はハンバーグ定食を頂いたわ。次の日はカレー同じ日の夜は餃子とビール。翌日はetc.…3日間通った結果味は充分合格だわ、彼にこそ神の思し召しがあるべきよね。間違いないっていい切れる、だってアタシが神だモン。

 「ねぇ、店主さん。アタシが借金取りの悩みから解放してあげる♥」

 「お客様は警察の方ですか?」

 「もっと上の存在よ」

 「それじゃCIAとか、でも日本に対してどれだけの権限があるんですか?」

 「明日になれば分かるわ」

 

 次の日の朝、大輔はゴミの集積所から裏口へ戻った、表がなんだか騒がしい、玄関を開けるといつもの光景が広がって…なかった、明らかに日本じゃない場所それもアニメなんかで見た昔のヨーロッパのような光景が目に写る、慌てて2階へ上がりテレビをつけると普通に朝のワイドショーを放送している、天変地異とかが起きたわけではなさそうだ、裏口の戸を開けたらこっちはいつも通りだった。

 「どーなってるの?」ふと玄関から誰かが声を掛けてくる、借金取りではないようだ。こうなれば全て正直に話すしかない、最も大輔自身何が起きたかサッパリわかってないが。玄関開けたら身長3メートルはありそうな一つ目の大男と夫婦らしき2人連れがいた。

 「つまりお前さんは異世界の人間で理不尽な借金の請求に困ってたら知らないうちに家ごとこっちの世界に引っ越してきたと、そういう訳だな」この街の商業ギルド長だというサイクロプスのヴァルガスに尋問されて有りのまま答える。自分は異世界に来てしまった、他に大輔には考えようがない。

 「は、はい信じていただけますか?」

 「少なくても異世界から来たってのはウソじゃないらしいね」恰幅のいい女性が天井の蛍光灯やガスレンジを見ながら頷く。この女性が地主だそうだ。4人で裏口へ向かうと大輔には見慣れた、他3名には衝撃の光景がみえる、

 「なんだありゃ馬車か?引くものもないし、しかも速すぎる!」

 「あの四角いのは山かい?建物!あんなデカいのがかい?」思わず身を乗り出す彼らだったが大輔1人を押し出し戸の敷居を境に見えない壁らしき何かに阻まれ日本側に入ることはなかった。

 「俺達が異世界へ行くのは無理みたいだな」

 「立場は逆とはいえアンタも数奇な運命背負いこんじまったねぇ」

 その後暫く話をして互いに打ち解けて来た頃再び裏口からがなり声が聞こえる、

 「出て来いやぁ越後屋ぁ!」

 「金出せや、こらぁ」大輔はいくら聞いても慣れない怒号に顔をしかめた、だが彼以上に気を悪くしたのがヴァルガスだ、

 「俺が追っ払ってやる」ヴァルガスは裏戸を開ける大輔のすぐ後ろに立つ。借金取り達は敷居をまたいで入ってくる。

 「今日こそ耳揃えて返すモン返してもらっ…」

 「オイ!どうしたっ、バ、バケモノ!」絶句する借金取りにヴァルガスは不機嫌にしながらも努めて紳士的にきりだす。

 「アンタら、金を返せというが、ちゃんとした証文でもあるのかね」借金取りはビクつきながらも精一杯虚勢を張って

 「う、ウルセー、とにかく金だしゃいいんだよ」

 「なんだそりゃ?ただの恐喝じゃないか」怒りが沸点を超え相手を捕らえようと手をのばすヴァルガス、間一髪逃れる借金取り。

 「つ、次こそ返してもらうぞ!」瞬間戸に顔をぶつける、大輔が戸を開けるとまたしても見えない壁が立ちはだかり、借金取りはふっ飛ばされる。

 「なんでだ?なんで出られない?!」大輔は敷居をまたぎ裏口へ出る。

 「それが僕にもわかりません」困ったように答える、奴らは今度こそヴァルガスの太い腕に捕まる。

 「お前らは衛兵隊につきだして、牢獄行きにしてもらうか、まぁ刑期が開けても元の世界には一生帰れないだろうがな、罪状は所有する土地を荒らされたって事でいいな、女将さん」

 「ああ、確かに間違っちゃいないからね」連絡を受けた衛兵隊がきて連行される異世界の罪人2名、大輔は少しばかり同情した。

 「アンタ料理人かい、じゃここで店をやればいいじゃないか、なにも遠慮する必要ないよ、土地の貸し賃?そんなケチくさい事ぁ気にしなさんな、他に困った事がありゃアタシら夫婦とこのヴァルガスが力になるよ」

 「ありがとうございます、これから宜しくお願いします!」こうして越後屋大輔の異世界ライフは始まった。

  




前後編2話形式にするつもりが調子こいて長い1話になりすぎました。ヴァルガスと大輔の出会いをようやく書けました。今回登場した夫婦は第6話からちょこちょこ出てくる金物屋ご夫婦です。旦那のセリフがないのは単に無口だからです(-_-)


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第13話ワーウルフと炒飯

国に続いて街の名前も明らかになります。
9月22日、前の話を改稿する為カウントが飛んでいます、ご了承下さい
23日「流れ者と鴨王子」全編削除しました
おわび致しますと同時にご理解の程御願い申し上げます


 「あ~うまい米が食いてぇ」ワーウルフのロボはエドウィンの街に来て後悔していた。遠く離れた別大陸で生まれ育った彼の故郷で主食といえばふっくらと炊き上がった米であり、パンや麺類は気が向いた時たまに食べる程度のものだった、一攫千金を夢見て故郷のある大陸を離れソロで流れの冒険者になってから訪れた土地ではオリゼと呼ばれる米は元からか料理の仕方かとにかく不味い、後は石みたいに固いパンか妙に粉っぽい麺類ばかりだ。

 

 エドウィンの街逗留2日目、ロボは冒険者ギルドに立ち寄り仕事を見つけた、船宿の主人から川に住み着いた魔物を退治して欲しいという依頼だった。成功すれば宿泊費無料というのもありがたかった。路銀が尽きてきたので宿を引き払ったばかりだったのだ。

 

 川の魔物を何とか退治して船宿から借りたボートに死体を乗せた、

 「これで陸に上がって死体をギルドに持っていけば仕事は終わりだ、しかし疲れたな、自分でボートを漕ぐのは辛いか」そこへ亀とも水鳥ともつかない獣人が川から上がってきた。得物のボーガンを構える。

 「そんな物騒なモンはしまって下さい、アッシはお宅さんに仕事を依頼した船宿で渡し守に雇われてる河童のトゥーンといいます」カッパとは種族の事か、初めて会う生き物だが物腰の低さと愛嬌のよさにロボは態度を軟化させた。渡し守ならちょうどいい、ボートを漕ぐのはこいつにまかせよう。

 「なぁ、やけにごきげんじゃないか」鼻歌混じりでボートを漕ぐトゥーンにロボは話かけた、

 「えぇ、アッシは毎月の給料日にちょっとした贅沢を楽しんでるんですがね、それが今日なんでさぁ、ピクルスで酒を1杯ひっかけて旨いオリゼを掻き込むのは何とも言えない…」

 「オリゼだって、この街で旨いオリゼが食えるのか?」

 「えぇ、宜しければご案内しやしょう、アッシも今日の仕事はこれで終わりですからね」

 

 夕刻トゥーンに連れられ越後屋へやってきたロボ、彼に倣いカウンター席に座る。メニューとかいう店でだせる料理が載っている本に書かれた文字は生憎読めないが、その隣には料理の絵が描いてある、ウエートレスの説明によると肉や魚、野菜料理全てに米かパンが付くうえ米自体の料理もあるそうだ。悩んだ末にロボは米を使った料理を注文する事にした。カウンター越しの厨房でサラダを作っている女性に声をかけメニューを見せる。

 「これだ、この黄金色のオリゼ料理をくれ!」女性はお待ち下さいとロボに愛想良く告げると手が空いた男に注文を伝え、サラダをウエートレスに渡し別の客へ対応する。

 大輔は冷蔵庫から卵と叉焼を取りだし中華鍋で炒める、そこに手早くご飯を加え、塩胡椒と醤油で味を調え、最後にねぎを散らし器に盛る。

 「お待たせしました、炒飯です」絵の通りの黄金色に輝く米料理にロボの心は踊る、一匙掬って食べる。それはかつて故郷で食べていた米料理、もしかするとそれ以上の味だ、米と卵と薫製肉の相性は抜群で胡椒の辛さが更に全体を調和させている、味付けは塩のみ、いやさっきの黒い液体、この香ばしさの秘密はあれか、スプーンが俺の意思を無視するかの如く止まんねぇ。旨い、旨すぎる。

 「やべぇ食い過ぎた」ロボの目の前には器が3枚重なっている。これ一皿幾らだ?ギルドから金を受け取ってるとはいっても腹一杯になったら急に支払いが心配になってきた。

「炒飯3点で1アルと8アスになります」想像より遥かに安い料金にかえって驚いたがいまのロボなら充分払える。

 「ね、いい店でしょう」帰り道トゥーンがまるで自分の事のように笑顔で問い掛ける。

 「あぁ、この街にいる間はメシはあそこで食おう」ついでにこのエドウィンの街を拠点にしよう、ギルドならアパートぐらい紹介してくれるだろう。旨いモノを安くたらふく食えるなら金も貯める事ができる。腹をさすりつつ改めて一攫千金に思いを馳せるロボだった。




14話以降の投稿はしばらくあとになります明日からは1~13話まで加筆修正をしていく予定です
9月23日2話削除した為カウント繰り上がります
 同じ国、世界に方言や外国語があるようにロボの故郷では米をオリゼとは呼びません


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第14話女隊長とシトラスパフェ

 2人でスイーツ食べてるカップルって絵になりますよね


 リタは周りを警戒しながら越後屋へ向かう、女だてらに衛兵隊の1小隊長を任された身としてはあの店での事は絶対に知られたくない。特に部下達にバレては上官としての威厳に関わる。この20年ぐらいで衛兵隊にも女性隊員が増えては来ているが男社会の名残は未だに残っており自分や彼女らをよく思わない男尊女卑至上主義な連中も少なくない。

 戸を開けると顔馴染みのウエートレスが奥の席へ案内してくれる、その中でも出来るだけ目立たない場所に座りメニューを広げる。

 「キルトスパフェをお願い」大の甘党であるリタが越後屋に通うようになってからのお気に入りはパフェというお菓子である。これまでトレベパフェや南の大陸でしか獲れないという高級果物をふんだんに盛ったムサパフェ、マスターの説明によれば摘みたてのテアの葉を使ったマッチャパフェと色々食べてきたが今日、新メニューだという数種類のキルトスを使ったパフェを見つけた。これはなんとしても食べなければなるまい。

 注文を受けたマティスはパフェ作りに取り掛かる、元々主婦だったから料理は得意な方だ、そこで厨房担当に選ばれた彼女。始めの内は盛り付けと野菜を切るぐらいだったけど最近はマスターから大抵の料理を任されるようになった、パフェ作りもその1つである。

 まずは皮を剥いて粗めに刻んだアルムと生クリームを混ぜレイゾウコなる魔法の箱からケーキにも使われるスポンジ、金属の筒に入ったレティの砂糖煮と凍らせたラクを取り出す、後は白いままのクリームとこの辺りでは見た事のない大きい黄色のアルムの薄皮を丁寧に剥いて順番に見映え美しく盛り付ければ完成だ。

 「お待たせしました、キルトスパフェです」待望の品がリタの前に表れる。早速スプーンを手に取り一匙口にする。

 「あっまーい♪おいひぃー」甘さの中にもアルムの仄かな酸味を感じるクリームとレティの爽やかさ、初めて見た大きいアルムの苦味もラクで作られた氷のまったりした甘さと相性がいい。

 今の私はさぞや腑抜けた顔をしてるに違いない、自覚はあるが、この時ばかりはいつもの衛兵隊小隊長ではなく1人の甘い物好きな女でいさせてほしい。

 「アレッ、リタ小隊長じゃないっスか」誰だ?声のする方へ目を向ける、副隊長のグレアムだ、終わった(ToT)今日までの努力が全てパーだ、私は明日から全衛兵隊の笑いものになる。

 「すいませーん、チョコレートパフェ下さい」エッなんて?目を丸くするリタにグレアムは声を潜めて言う。

 「小隊長、俺が甘党だって他の連中には黙ってて下さいよ」リタも同じ言葉を返すと、

 「俺は笑ったりしないし小隊長が変だとも思いません、むしろ素敵だなぁと…いえ何でもないっス」リタは自然と吹き出す。グレアムも思わず照れ笑いする、そして同じテーブルで仲よくパフェを食べる。

 この何年か後2人は結婚する事になり大輔はウェディングケーキならぬ巨大ウェディングパフェを依頼されおおいに苦労するハメになるがその事は語るまい。




 この話の元ネタは筆者宅近所の喫茶店のメニューにあるオレンジミルクです。あれ旨いのに他で見た事ないんですよね。
 ムサことバナナはこの世界にもあります、ただし超高級品で、ラターナには普通出回りません。
 今回の異世界語
・キルトス→柑橘類
・レティ→みかん
・アルム→オレンジ
・ムサ→バナナ
・テア→紅茶
 厳密には異世界語ではない言葉
・大きい黄色のアルム→グレープフルーツ
・金属の筒に入ったレティの砂糖煮→みかんの缶詰め
・摘みたてのテアの葉→緑茶の葉
・凍らせたラク→アイスクリーム


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第15話鬼と長崎チャンポン

10月1日「リュゼ」を「オリゼ」に変更しました、ご了承下さい


 ラターナ王国にある牢獄付きの鉄鉱山では今日も奴隷達が過酷な労働を強いられている、その中には以前越後屋での騒ぎの原因になったあの男、ラティファを奴隷にして虐めていた奴もいる、今では自分が奴隷に堕ちて獄卒に厳しく監視されている。まぁこいつの事はどうでもいい。

 「う~ん、鶏ガラだけじゃ弱いかな」大輔は定休日に行うもう1つの恒例行事である新メニュー開発に取り組んでいた、しばらくして店には従業員の他ヴァルガスと金物屋夫妻、お客様1号であるアラン達4人が集まってきた。彼らに新しくメニューに載せる料理の試食をしてもらおうと大輔本人が呼んだのだ。何回か試行錯誤を繰り返し納得いくものが完成したのでみんなに振る舞ったら想像以上に好評であった。

 話は変わりその翌日。(オウガ)の獄卒カラバにとって最悪の朝だった、奴隷の1人が重労働から逃れようと一瞬の隙をついて馬車を盗んで監獄から逃げ出したのが判明したからだ。この国で奴隷はいずれも大罪人ばかり、そんな奴が逃げたとあらば俺が上司にどやされる、いやそれ以前に何をしでかすか分かったもんじゃない。幸い鬼は鼻が利く上、馬(この世界で馬とは地球でいうダチョウ、ただし大きさは数倍サイズ)より早く走れる。一刻も早く捕まえよう。

 集落を3つほどすっ飛ばし、エドウィンに着いた、脱走犯の匂いがする。この街にいるのは間違いない。街の衛兵隊にも協力を頼んでしらみ潰しに調査した結果、日が暮れる頃廃屋に潜んでいるのを発見した。その後法律上の手続きを済ませ盗まれた馬車はカラバが駆り、脱走犯の身柄は今夜衛兵隊の駐屯所で拘束して翌日彼らが鉱山へ送り届けてくれる事に決まった。

 一安心したら腹が減った、今朝の騒ぎで朝から何も食ってない。この辺にメシ屋がないか衛兵隊に聞くと一風変わった凄くウマい店があるらしい、教わった場所へ行くとあまり大きくない店だが外へ漏れてくる賑わいから繁盛してるのは間違いない。

 「いらっしゃいませ」もう夜の帳も落ちたのに明るい店内、誰が演奏してるのか聞き慣れぬ音楽がひっきりなしに流れている。実に奇妙な店だったが客達は楽しそうだ。ウエートレスがメニューとやらを持ってきた、この中から食いたいモンを選ぶのか。しかし一見の客である俺にはよく分からん、悩んでると自分と同じくらいの体格をした常連らしきサイクロプスが話しかけてきた。

 「今日からマスターの新作料理が御披露目だそいつを食ってみな、味は保障するぜ、まぁこの店の料理全部にいえるけどな」どうやら酔っぱらい気味だな。しかし常連の進めるモンなら間違いないだろう。そいつを注文することに決めた。

 「お待たせしました、ナガサキチャンポンです」パスタ料理か、スープに浸してるのは初めて見るがさほど変わってるとは思えない。フォークで麺を巻き取って食べる。

 「ム、パスタとは違うな、波うっている麺がスープに絡んでくる。少し塩辛いが旨いスープだ、今日はあちこち駆けずり回ったからな、このぐらいが丁度いい」麺の次はスープに浮かんでいる肉とプラッカをスプーンで掬ってみる、肉は結構大きめの塊にも関わらず歯を使わず舌と唇だけで噛みきれる程柔らかい、プラッカも火がしっかり通してあるのにシャキシャキした歯ごたえがある。混ぜてある白いのはなんだ?味からして魚のような気もする。あっという間に麺と肉とプラッカが腹に消え最後にスープを飲み干そうとすると男の店員がチャンポンより一回り小さなボウルを差し出す。

 「こちらのオリゼは無料です、お嫌いならお下げしますがいかがなさいますか?」茹でられて温かいオリゼからは甘い香りが漂っている。このスープに合いそうだ。

 「いや、食うぞ!むしろもう一杯くれ!」

こうしてたらふく食った俺は馬車を御して鉱山のある監獄へ戻った。この店の料理は確かに旨い、だが勤務地から遠いのが残念だ、エドウィンに獄卒の仕事はないし。鉱山近くに支店が出来ないものか、それとも今の仕事を辞めちまうか。

 とりあえず上司に掛け合って今度3、4日休暇を取ろうとカラバは考えていた、エチゴヤでメシを食う、ただそれだけの為に。




越後屋の長崎チャンポンはチャーシューが丸々1枚乗ってます。後キャベツに混ざってるのはかまぼこです。
 ラターナのある大陸ではお米(オリゼ)を「炊く」という概念がありません。
 リクエストお願いします。今後登場させたい料理、それを食べる人物(亜人含む)のアイデア募集します、可能な限りお答えするつもりです。感想欄にお願いします


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第16話勅命とカバ公爵

今回はちょっとした事件が起きました、
第12話以来食べ物描写がない話になります。


 「えっ貸し切りですか?」越後屋マスター、大輔はある客からの言葉に思わず聞き返してしまった。

 「はい、無粋なお願いとは重々承知の上で申し上げます、お聞き頂けますか?」相手はかなり遠慮がちに頼んでくる。正確には彼の雇い主の頼みだ。幸か不幸か越後屋の評判は右肩上がりで料理店としては最小規模でありながら今やこのラターナ王国では知らぬ者のない有名店に押し上げられた、その為今日みたいな依頼もこれまで何度かあったが全て断っていた。越後屋は誰もが気軽に料理と酒を楽しめる店としてやってきた、それが先代のポリシーであったし大輔自身も曲げるつもりはない。今回も断るつもりだ。

 「すみません、当店はお客様をお選びするような店ではないので、貸し切りは受けかねます。勿論普通にご来店された場合は精一杯おもてなしさせて頂きます」大輔の言葉に相手は諦めて店を去って行った。

 召し使いの伝言を聞いたやたら華美なだけでセンスの欠片もない装いをしたボタモス公爵は人間ではあるがオークに間違えられるくらい突き出た腹を揺らし元々不細工な顔を更に醜くさせて憤怒した。

 「このワシの命令に刃向かうとはなんと無礼千万、目にもの見せてくれる」

 翌日の越後屋は営業できる状態ではなかった、胡散臭げなチンピラが店の前に座り込んで誰もが入れないようにしたり往来で暴れたり、わざと小火騒ぎを起こしたり嫌がらせのオンパレードを受けた。ヴァルガスが怒鳴り込みにきたがボタモスの名を出された為引き下がるしかなかった、貴族の命とあらば文句は言えない。コルトンにしても街の領主とはいえ自分と同格の「公爵」が相手である以上下手に手出し出来ない、人のいい大輔も流石に腹が立っていた。

 「バイクでも駆ってチンピラを追い返すか、あれなら裏口から出入りさせられるし。けど排気ガスを撒き散らす物をこちらに持ち込むのも気が引けるし…」結局この男のお人好しは異世界でも変わらなかった。やがてボタモス自身が下卑た笑みを浮かべ越後屋にやってきた。

 「ギョハッハ!ワシに逆らえば皆こうなるのだ、こんな店とっとと潰れてしまうがよい、ギョハハハハ」嫌みな高笑いをあげるボタモスの肩に手を掛けた人がいる、コルトン公爵その人だ。

 

 「ボタモス殿、申し訳ないが勅命により身柄を拘束させて頂きますぞ」コルトンの後ろには王族直属の警備兵が控えている。

 「コルトン!?貴様‼ワシにこんな事をしてただで済むと…!」警備兵に取り押さえられたまま喚き散らす。

 「どうもなりませんな。勅命と申したはず、相変わらず人の話を聞かん御仁ですな」コルトンが取り出したのは1枚の命令書だ、書面には王家の紋章と現国王のサインと共に「ボタモスを逮捕すべし」と書かれていた。途端にボタモスの顔が青ざめる、ワシが一体何故?店の1つや2つ潰したところで陛下の逆鱗に触れるはずがない。連行されるボタモスを遠目に街の人たちも彼の逮捕の理由にホッとしながらも見当がつかず首をかしげるのだった。




これまで通り1エピソード1000文字前後に収めたいので、食べ物描写は次回になります。m(._.)mマンネリを避けようとするとそれだけで長くなってしまいますネ。
 本文中でボタモスはオークに間違えられるとありますが、筆者のイメージでは豚よりカバに似ています。


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第17話似た者親子と持ち帰り弁当

コルトン公爵や王家の人々が大輔の正体を知っているのは異世界で店を始める時、色々協力してくれたヴァルガスと金物屋夫妻経由で公爵に伝わったからです、その公爵から王家に報告されたわけです。報告した理由はラターナの法律に基づいているからです。因みにコルトンの妻セーダと娘セリクスは大輔が異世界人だとはしりません。


 ボタモスが逮捕されたと同時にチンピラ共は巻き添えをくらうのはゴメンとばかりに蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ去った。大輔はヴァルガスや近隣の人々にお礼とお詫びを述べて周り(異世界人には何も悪くない大輔がどうして詫びるのかは理解できなかったが誠意は通じた)漸く人心地ついた。

 同じ頃ラターナ王国王城にてコルトン公爵はレックス現国王とアルバート先代王と面会していた。

 「コルトン君、この度は大義であったのぉ」今回の逮捕劇を裏で仕掛けた張本人、アルバートが労いの言葉を掛ける。

 「もったいないお言葉、恐悦至極に存じます」

 「しかし父上、確かにボタモスの行為は罰するべきですが、異世界から現れたとはいえ市井の料理店を王家が守る必要がありましたか?」

 「レックスや、あそこはワシの行きつけの店じゃ。潰されたらかなわん、少なくともワシにとって異世界云々は関係ない。そうじゃ今度は一緒に行かぬか?勿論身分を隠しての、お前はそうさな、材木商の主人とかどうじゃ?コルトン君にワシの時同様上手く誤魔化してもらえばいい」

 「何を呑気な事をおっしゃっいますか、現国王の私にそんな余裕などありません!父上が一番ご存知でしょう?大体いつもこそこそ城を抜け出して、少しは王家の威厳というものをお考えになって下さい!」

 「そんな堅いことを言うな!口うるさいのは宰相1人で沢山じゃ!」実はこの2人口喧嘩するのはいつもの事で本人達や身内にはちょっとしたレクリエーションみたいなモノなのだが勿論そんな事は知らないコルトンは焦った、この親子喧嘩を止めなければ。なにかいい方法はないか・・・そうだ!

 「恐れながら両陛下、わたくしに妙案があります」2人の喧嘩がハタと止まる。

 「「して、妙案とは?」」流石に親子、自然とハモる。

 「は、越後屋には『ベントー』なる土産用の料理がありまして冷めても美味にございます、そちらをご利用なさってはいかがでしょうか?」

 

 「そうですか。ご隠居さん、これから息子さんの住む街へお出かけになるんですか」アルバートはいつもの隠居爺いの装いで越後屋にやってきた。

 「ウム。あれにもこの店の料理を食わせてやりたいが忙しくて自分からは来れんというでの、マスターおすすめのベントーを持っていきたいのじゃ。できればそれに合う酒も一緒にな」大輔は予め日本のホームセンターで買っておいた紙箱の束から2枚取りだしそれぞれに料理を詰めて缶ビール2本と一緒にアルバートに手渡した。

 「紙の箱と金属の筒はどう処分して頂いても構いません、ご自由になさって下さい」品物を受け取りアルバートは城に帰る。

 

 「ご自分でお出かけに?使いをやればよかったのでは?」先代王は息子の言葉を遮る。

 「何を言うかレックス、彼らに余計な仕事を増やしてはならぬ、それにこれはワシの趣味じゃ。それより腹が減った、ベントーとやらを食おう」城の料理番には今日の2人の夕食は要らないと伝えてある。レックスは父親に言われるまま箱を開けて奇妙な銀色の紙を剥がすと1つはオリゼの粒を集め固めたものが2つと緑色のピクルス、焼いた肉の腸詰めに四角く作られたオムレツ。もう1つの箱には蝶番のように切られたパンに茶色い岩のような板が挟まれたモノも2つ、その脇にはラトゥールを敷かれた上に白と赤っぽいなにかと薄切りにしたグルミスと混ぜて練った球体が入っていた。アルバートはオリゼの固まりを手にして言う。

 「これがオニギリじゃ、中には赤く酸味の強いピクルスが入っとる、始めは驚くがハマればくせになるぞ、そっちのパンに挟まったのはチキンカツという鶏に衣を纏わせ揚げたモンじゃ。これが鶏特有の臭みが全くなくてな、出来立てもよいが冷めてもまた旨い。丸いのはチューバとティナーカのサラダじゃ、どちらもこの酒に合うぞい」

 「父上、この筒には蓋がありません。どうやって開ければよいのですか?」当然だが缶ビールなど見たことないレックスは戸惑っている。

 「それはの、この輪っかを軽く上に引っ張るとな、ホレこんな風に蓋に小さい穴が開く。グラスはいらん、筒のまま飲もう、礼儀なんぞ必要ない、今はワシとお前しかおらんのじゃからな」

 「旨い!同じ冷めた食事でも普段とは全く違う、父上が入れ込むのも納得です。この酒も酒精こそ弱いが喉ごしが実にすばらしい!」いい年をしてまるで子供に戻ったような表情になるレックス。自らも父親の身であるというのに。思えば息子と一緒に食事をするのはこいつの戴冠式以来じゃのう、だがあの時は祝いの席であったし。王族なんたらを抜きに只の親子としては何時ぶりかのぉ?我が子の成長は嬉しいが寂しくもある。アルバートは少し感傷的になりながらも2人だけの夕食を楽しんだ。




親子をテーマにした話ですが親子丼はベタ過ぎる気がしたのでこうなりました。


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第18話ドワーフと天麩羅

投降が大分遅れましたm(._.)mネタ自体は3つあったんですが平行して文章にしつつ手直し等してたらどれもまとまらなくて、その中から一編だけ書き上げ(駄洒落ではない)たので投降します。後二編は未だ未完成orボツになる可能性があります。
 書いたものを見直すと細かい矛盾点とか目に付きます
今回はそこらへんの帳尻合わせをしています。時系列は4話と5話の間になります。


 越後屋が異世界転移して1ヶ月、随分客足が増えた。それ自体は喜ばしい事だが何せ小さな店である。行列ができるほどではないが営業中にお客さんが途切れる事はなく大輔1人では給仕まで手が回らず、金物屋の女将さんやヴァルガスに頼み商業ギルドで臨時のバイトを手配してもらい何とか切り盛りしていた。これも単なる物珍しさで三日くらいで落ち着くだろうと思っていた大輔だったが彼の作る料理は余程この世界の人々に気に入られたのかその様子はなかった。

 「マスター、人を雇いなよ。このままじゃアンタの体だって持たないよ」女将さんがそういってくれる、しかし問題がある。

 「僕の店、1度入ったらでられないですよ。住み込みにしても帰る保証がない場所で働こうなんて人はそうそうみつかりませんし」

 「そりゃあっちの人の話だろ、こっちで探せばいいじゃないか。そういやうちの娘達なんだけど、上はご亭主に死なれちまって子供を養ってかないとならないし、下は外に出たがらなくてねぇ、うちの宿六が甘やかすから益々閉じ籠りっぱなしだよ、マスターんとこで使ってくれないかい?」押しつけられた!と思ったが恩ある女将さんの頼みじゃ断れないし、ウェートレスはいたほうがいいかもしれない。とにかく人手問題は解決しそうだ。

 夜になって店を閉めようとしたらヴァルガスが若いドワーフ2人組を連れてきた。名前をズドンとヘッポールというらしい。

 「マスター、コイツら雇ってくれないか?実は牢から出所したばかりでアテがねぇんだ」大輔はこの申し出を難色を示した、元犯罪者を雇うのは吝かではないが既に給仕のアテはある。それにドワーフといえば職人気質で知られる種族、接客向きとは思えない。しかしヴァルガスの手前只断るのも気が引ける、

 「少しここで待ってて下さい」自室の机からあるものを取りだして中を確認して計算する。再び店舗スペースにでるとヴァルガスに聞いてみた。

 「ヴァルガスさん、店を増築したいんですがこの額で足りるか見立てて頂けますか?」さっき確認したのは貯金通帳だ、20人も入らない今の規模では集客数にも限界がある。以前からリフォームを考えていたが今が丁度いいタイミングだ。この2人にも短期間ではあるが仕事を与える事ができる、この世界で日本円は使えないが一旦レジにしまえば後でこっちのお金になる。

 「こんだけありゃ充分だ、よーし、お前ら明日から大工仕事やらせるからな、しっかり働けよ!」大輔の気持ちを察したヴァルガスがドワーフ達にかつをいれる。

 翌日から工事が始まった、流石にドワーフは仕事が早い、たった2人しかも3日で完璧に仕上がった。増築費用はヴァルガス経由で支払われる。今後は商業ギルドの建築部門で働けるらしい。因みに日本と繋がる裏口周りはそのままにしてもらった。

 その日の夜、2人を夕食に招いた、好きな料理を聞いたらやはり酒に合うものが好みだそうだ。となれば餃子がいいか、でも今から作ると時間がかかる。そうだ、アレがいい。完成させると2人の前にウィスキーと料理を並べる。各自の皿には小さい籠、その中に敷いてある紙に料理が乗っていた。油のはぜる音が食欲をそそる。

 「お待たせしました、天麩羅です。具材は野菜がソランゲとカプシン、ケパとヒスピのカキアゲ、海産物がペナとハゲルと夏避け貝になります。添えてある天汁かテーブルに備え付けのサウルか醤油を付けてお召し上がり下さい」ヘッポールは早速テンツユとかいうスープに揚げたソランゲを浸して食べる。

 「ソランゲって改めて食ってみるとウメぇな。色もキレイだし、揚げると味が全然違う」彼はソランゲ=ピクルスにされた物しか知らなかったので意外な出会いをしたともいえよう。

 一方野菜嫌いのズドンは夏避け貝から手を出す。

 「この独特の苦み、クリーミーな旨みが最高だな。ショーユとかいうソースとの組合せもたまらん」

 「なぁズドン、野菜も食ってみろ。カプシンのやつがピリッとしててこの酒に合うぜ」相棒に薦められるままカプシンを一口噛むと

 「辛っ!」慌てて酒で胃へ流す。

 「ひーっ辛いっ、でも悪くない。おっこのケパのは甘い、けどこれも酒に合う、ヒスピがいいアクセントになってる。これならオレも野菜が食える」

 「ペナも程よく身が締まっててハゲルも揚げ物なのにしつこさがねぇ、こいつは酒が何杯でも飲めちまう」

 酒には強いはずのドワーフだが2人共いつしか酔いつぶれてテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 「おそらく久しぶりのお酒で酔いが早かったんだな」大輔は小柄な2人を彼ら自身の手によって注文通りに仕上がった座敷へ運ぶとそっと毛布を掛けた。

 




 今回の異世界語
・ペナ→車海老
・サウル→塩(ラターナのある大陸だけで使われる)
・ハゲル→鯛
・カプシン→ししとう、唐辛子
・夏避け貝→牡蠣
カタカナじゃない異世界語は今回初でした。


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第19話元カノとチャプスイ

 こっち側からのキャラ出してみました。登場の詳しい話は「転生したら女獄卒になってしまった」という短編として独立させてます。設定がかなり苦しいです、ハイ。
 


 ある日の朝、開店準備をしてるとスマホが鳴った。電話の相手の声には聞き覚えがあった、

 「大ちゃん?久しぶり」十代の頃付き合ってた元カノ朱 白夜からだ。そういや6年前、偶然再会してケー番交換したんだっけ。彼女は結婚してたし大輔も彼女に未練はなかったのですっかり忘れてた。

 「私、あの後離婚したの」突然そんな事僕に語られても困る、どないせぇっちゅーんじゃ。

 「それでね、これからお店に行ってもいい?」いい訳がない!来られたら大変なことになる。

 「ゴメン、今日は無理!また日を改めて違う場所で会わない?」できるだけ平静を装う。

 「実はもう来てるの。今、越後屋の入口の前」だったら聞くなって…入口?確か日本からは入れないはずだぞ。扉の方を向くと…いた。

 「来ちゃった」どーやって?

 

 越後屋は午前11時の開店から2時くらいまで主に労働者のお客がランチ目的で訪れてごった返す。10合炊きの炊飯器5台が瞬く間に空になる、その為大輔は少しでも時間を短縮しようと毎朝お米10キロを事前に研いでおく、そのお米やパスタやラーメン類に使う乾麺は定休日ごとに日本の問屋に裏口前へ配達してもらう、パンも同様だが足の早いので余り多くは注文できない。だから足りなくなれば裏口へ出て近所のスーパーで買い占める。この日もパンの在庫が少なかったので今から買いに行こうと思ってたところだ。そこへ白夜が表れた次第である。

 「夜9時過ぎにもう一度来て、話はその時に」大輔の提案を白夜は受け入れた。

 「わかった、でもランチは食べてくね。普通にお客として。それならいいでしょ?」

 

 「ネェ大ちゃん、いつ死んだの?」閉店後、言われた通り本日2度目の来店を果たしていた白夜は一番疑問に思ってた事を聞く。これまで色々ありすぎて間隔がマヒしたと自負していた大輔もあまりに予想外な質問に手が滑りそうになる。

 「死んでないよ!つーかいつでも日本に帰れるし食材は殆どあっちで仕入れてる。神様とかも逢った覚えがない」裏口を手で差す大輔。その戸を開けてみた白夜だがやはり見えない壁に押し戻される。その後お互いの近況を語り合いながらも大輔は手を休ませる事なく料理を作る。

 「ハイできた」お皿に注がれたのはキャベツとホウレン草を中心に沢山の野菜と金華ハムが泳ぐスープだ。一口啜ると、とうの昔に白夜が頭の片隅へ追いやった記憶がよみがえる。

 「これってチャプスイだよね、大ちゃんが初めて私に作ってくれた料理…」

 「うん、もう10年以上前か。あの日僕は初めて人に料理を振る舞ったんだ。だから君が僕のお客さん第1号なんだよね、今日は初心に返るいい機会になったよ、ありがとう」その台詞にタメ息をつく白夜、唐変木は相変わらずかぁ。ま、そこも含めて好きだったけど、違う今でも好き。ヨシ、覚悟を決めろ私!

 「大ちゃん彼女は?結婚の予定とかある?」

 「いないよ。2つの世界を行き来しながらこの店経営するのに精一杯。そんな余裕ないよ」

 「ヨッシャー!」越後屋を後にして思わず大声をあげる。恋人さえいなけりゃ私にだってチャンスはある。今度こそ大ちゃんと幸せになってやる。

 同じ頃金物屋の自室でロティスは不機嫌そうに頬を膨らましていた。

 「なんなのよ!あの女、(〇。〇#)マスターとあんな親しげにして。負けるもんか、彼を射止めるのは私なんだから!」余りに珍しい次女の荒れた様子に母は何があったのか長女に訪ねる。

 「恋のライバルが表れたのよ。でも母さん、ロティスも変わったわね」

 「あぁ、以前のあの子なら戦わずして諦めていたろうからね、ちったぁ成長したじゃないか。でもマスターはどっちを選ぶのかねぇ」2人はこれから面白くなると顔を見合わせほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 




実は朱 白夜のキャラ付けをしてたら話が二転三転して全く別の物語になってしまいました。
 そこで外伝というかもう一つのストーリーとして別枠で書きました、もし宜しければそちらも併せてご覧下さい。
 10/4タイトル変更します。「異世界料理店越後屋」とします、ご理解、ご了承のほどお願いします。


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第20話人魚と穴子料理

 ネタはあってもストーリーにならず己の文章力の無さに泣かされます(;_;)/~~~


 ラターナ王国領海内の漁港はこのところ賑わいを見せてない、原因はわかっている、時化だ。毎年季節の変わり目になれば海が荒れて船を出すには厳しい状況となる。当然漁師達は海に出ようとしない。ではその間どうするかといえば、実は時化が明ける頃にちょっとした金のアテがある。

 さて、この世界にも人魚と呼ばれる種族がいる。正確には鯨や海豚の獣人であり呼吸する為空気が必要だ、なので海底に排水設備の整った(さながらスペースコロニーのような)ドーム状の集落を作って暮らしている。人間や陸地の獣人とも古くから交流があり商売もしている。海上が時化になる頃、彼らの集落では珊瑚や真珠等の海底資源の採取が行われる。彼らにとっては大した価値はないが陸地の連中が欲しがるので代わりに海中暮らしでは手に入らない布地や陸の食べ物、酒などと物々交換するのだ、その取引を何百年と繰返す事で互いに交友関係を続けていた。

 時化のシーズンが過ぎて漁港に人魚が集まってきた。陸地の漁師達と互いに持ちよった品を等価交換する、その中に越後屋の常連の2人組、ディーンとフンダーもいた。

 「それじゃ、これとこれを交換な。後以前頼んでおいたモノは手に入ったかね?」普段は扱わないがこの日の為仕入れた獣肉を1人の人魚に引渡しディーンは聞いてみた。彼らの取引相手で友人でもある男性人魚のピスキーはそれを渡しながら尋ねた。

 「おぅ、だがお宅らこんなモンどうする気だ?これを欲しいなんて初めて聞いたぜ、まさか食う訳でもあるまい?」深海に生息するこの魚は人間以上に多種多様な魚介を食する人魚でも食べた事がない。

 「食うだよ。馴染みの店にこれをご馳走に変えちまう料理人がいるでな」

 「んだ。マスターに話はついてるで、今夜はこいつのミニコースと洒落混むべぇ」ポカンとするピスキーを残し2人は漁港を去ろうと踵を返す。

 「ディーンさんにフンダーさん、ちょっと待ってくれ!」好奇心旺盛な人魚の中でも特にその傾向の強いピスキーはあれをどうしたら食えるのか気になった。

 「いらっしゃいませ、あれディーンさんにフンダーさん、荷車に桶なんて積んでどうしたんですかってどちらさま?」

 「よぅマスター、こいつは俺達のダチで取引相手のピスキーってんだ」桶に入っていたのは上半身が人間で下半身が魚のいわゆる人魚という生き物だった。

 「ピスキーです、以後お見知りおきを」初めて会う人魚に驚いた大輔だったが伊達に十数年接客はやってない。すぐに手を差し出し握手を交わす。

 「当店マスターの大輔です、本日はご来店ありがとうございます」

 「それよかこの前話してたのが手に入ったで、早速うメェの作ってくれや」ディーンとフンダーがもう1つの小さい桶で持ってきたのは今回の取引で手に入れたこちらではコンギーラと呼ばれる魚、穴子である。以前大輔が賄いで食べてたのをたまたま目にした2人が問合せたのが切っ掛けで作る事になった。コンギーラは自分達が持ってくるから調理してくれと頼まれたのである、大輔は現在食材を全て裏口の日本で仕入れているが以前からこちらの食材も色々研究していて意外と同じ物が多い事に気付いていてこっちでもいずれ仕入れルートを確保するつもりだったので予行練習も兼ねてこの提案を受け入れた。

 「お待たせしました、まずは白焼きと天麩羅から、熱燗でどうぞ」サウルのみで味付けされたシンプルな焼き魚と2人も何度か食べた事のある揚げ物料理が並んだ。

 「ささ、ピスキー今日はお前ぇが主賓だ、最初に手をつけてくれ」

 「そ、そうか?じゃ遠慮なく、おぉなんだ身に甘味がある、それにふわりと柔らかい。コンギーラってこんな旨いモンだったのか?」

 「アツカンもぐっと呑ってくれ、この細身の容器に入ったのを小さい取手のないカップに移して一息にな」

 「温かい酒とは珍しい、ウンこれもまたイケる」

 「焼いたのも揚げ物もアツカンによく合うだ、こんな事ならもっと多く獲ってきてもらえばよかった」

 「俺も同意見だ、次のシーズンには沢山捕獲しておこう。同胞達にもこの旨さが伝われば取引の幅が広がるだろう」

 「こちらは今日のメイン、穴子丼です」この店で〇〇ドンといえば大抵オリゼ料理だ、蓋を開けると黒い液体を絡めたコンギーラが頭を除いて丸々一匹乗っている、その下には白い粒がこれでもかというくらい詰まっている、

 「そうか、ピスキーはオリゼさ見るのも初めてだったか」既にかっ込んでいる2人を真似てコンギーラとオリゼを合わせて口へ運び咀嚼してみる、

 「オリゼがコンギーラや黒いソースと一体化してる、2人共少しでいいから融通してくれ、上手くいけばこれからオリゼの取引が増えるかもしれん!」

 「勿論だ、それぞれの生活向上の為お互いに頑張るべぇ」3人は手を取り合い改めて契約と友情をより深く交わしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 投稿前に穴子食べました、丼ではありませんが。あと人魚と聞いて美女を期待した方々スミませんm(´◇`)m


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第21話薬師師弟とゆく年くる年  前編師匠と鯖の梅煮

 今回のテーマはお正月です。年跨ぎだからというわけじゃありませんが2話構成にしました。尚、設定上では同時進行してます。


 さて、この世界には〈アンノウス〉と呼ばれる地球のお正月に似た風習がある、本来は新年を向かえられる事を神に感謝する日らしいがいつの頃からか家族や親しい人同志での祝宴を楽しむ日になってしまったそうだ。越後屋にも何件かパーティーの予約が入っている。リサーチしたところおせちみたいな伝統的な料理はないらしいので大輔は結局いつもと同じ料理を出す事に決めた。尚、この日ばかりは年の明ける真夜中まで営業する。

 薬師のガーリンは最近弟子にした孤児の少女リベリを伴い越後屋へやってきた。

 「ここだね、世にも珍しい料理や菓子が食べられる店というのは」若い頃は王宮付きの薬師としてそれなりの地位を築いていたが後進に道を譲り今は山で薬草取りとその研究をする傍ら街外れの薬屋を営んでいる。

 ある日街へ使いにだしたリベリがガーリン宛の手紙を預かってきた。古い友人からのアンノウスパーティーの招待状である、元々酒や甘い物に目がないし、年に一度くらいはリベリにご馳走をたらふく食べさせてやりたいと思ったので誘いに応じる事にした。

 「いらっしゃいませ」アンノウス前夜なだけに店内は混雑していた、2人はリベリより少し年長の女給に向かえられる。

 「あぁ女給さん、すまないね連れが先に来てるはずなんだけど」

 「伺っています、こちらへどうぞ」カウンター席へ案内される、連れの古い友人とはヴァルガスだった。

 「久しいなガーリン、リベリも元気か?」

 「お久し振りヴァルガス、本日はお招きありがとう」

 「ヴァルガスおじさん、ご無沙汰してます」リベリは師匠のお使いでたまに街へ来る事がある、ヴァルガスにも師匠手製の薬を卸したりする事もあるので顔見知りであった。

 「今日は俺の奢りだ、この中から選ぶといい」メニューとかいう薄い本をヴァルガスから受け取る、客が好きな物を頼めるシステムになっているらしい、他じゃ聞かないやり方だ。酒の項目をみるとワインやウイスキーに並んで知らない名もある。

 「酒はヴァルガスと同じのを一杯頂こうかね。肴は何がお勧めだい?」ガーリンはメニューの説明書きを見ながら首をひねる、絵と文章だけでは今一つわかりにくいので注文を終えた友に尋ねる。

 「俺は大抵チキンナンバンだな、揚げた鶏にタルタルソースってのをかけたやつでこれがたまらなく旨い」ガーリンの記憶ではヴァルガスは鶏が苦手だったはずだ、どうやらここの店主はかなりの料理上手とみた。店主に声をかける。

 「店主さん、脂をしっかり感じられて尚且つさっぱりした料理なんてのはあるかい?」1つ目を丸くするヴァルガスに対し

 「はい、しばらくお待ち下さい」店主は慣れた調子で返事をして調理を始める、

 「お前も随分無茶な事を言うもんだな、まぁマスターならご期待に沿うモン出すだろうが」苦笑するヴァルガスに酒を次がれガーリンは言葉を返す。

 「昔、王宮勤めしていた頃にも城の料理人に頼んでみた事はあるよ、結果は最悪だったけど。あの時は廃棄処分される牛の肉を湯通ししただけのモンを出されたよ、味もなにもなかったね」そんな思い出話をしていると目の前に料理が置かれた。

 「お待たせしました。こちら、さ…コリアの梅煮です」コリアはそれほど珍しい魚ではない、ウメニとは調理法の事だろう。魚らしからぬ爽やかな香りにビクッとなるが顔には出さない、何十年も薬師をしているだけに嗅覚の鋭さは自負している。味はどうだか。

 「コリアの脂は抜いてないね、けど独特のしつこさは全然ない。調味料に酢を使ってるのか、いやこの酸味は違うねぇ。一緒に煮込まれた果物が秘密か」

 「物思いにふけるくせは相変わらずだな、旨いモンは旨い。それでいいだろ、相変わらず素直じゃないな」豪気なこの友人とは気が合わない事も多いのに何故かずっと仲がいい、我ながら不思議なモンだ。今度はショーチューとかいうヴァルガスお勧めの酒とあわせる。

 「こりゃ強い酒だね、けど旨い。この料理にはピッタリだよ」

 「後6時間もすれば新年だ、今夜は年を跨いで呑もうじゃないか」

 「あぁ、過ぎ行く年と来るべき年に」

  「「乾杯(^_^)/□☆□\(^_^)‼」」

 

 

 

 




 珍しく後編に続きます。
 


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第21話薬師師弟とゆく年くる年  後編弟子とお子様ランチ

 越後屋では注文すれば夜もお子様ランチが食べられます。内容は卵炒飯、海老フライ、ミートボール、ナポリタン、コールスロー、カスタードプリンになります。


 料理店に入ったのはほぼ生まれて初めてであるリベリはさっきからキョロキョロしている。

 「先生、あの天井の白くて細長いランプはなんですか?それに外は寒いのにここには暖かい風が吹いてます」さっきからお伽の国に迷いこんだようにはしゃぐリベリだが

 「騒ぐんじゃないよ、みっともないからね」師匠に諌められ姿勢を正す。とはいえカウンターから覗く厨房には薪のない竃に汲み置きの水がない洗い場、テーブルは客が帰る毎に片付けられ常に清潔さを保っている。よくみると師匠も時々目が泳いでいる。このような店は初めてみたいだ、ばつが悪そうにしながらもヴァルガスおじさんの盃を受ける。

 「お前も好きな物を頼みな、あぁ字はまだ教えてなかったね。けど丁寧に絵が載ってるよ」師匠からメニューを受け取るとすごく丁寧にしかも上手に書かれた絵を見る、これを眺めるだけでもウキウキする。その中でとりわけカラフルな料理の絵に目を奪われる。

 「これがいいです」お店の人に言うのは何となく恥ずかしいので師匠の袖を引いて呟く。師匠が声をかける前にカウンター越しに料理を作ってた店主さんが気づいてくれた。

 

 「お待たせしました、お子様ランチです」仕切りの付いたお皿に盛られてるのは卵と混ぜ合わされ山のような形に整えられたオリゼ、ルシコンで色付けされたパスタ、衣を纏い揚げられたペナ、白いソースが絡んだ細く刻まれたプラッカにコロコロしてるのが可愛い茶色くて丸い肉の塊にプルプルした甘い香りのする黄色い物。絵に書いてあるのと全く一緒だ。

 「どうだ、美味いか?」黙々と食べるリベリに優しい眼差しを向けるヴァルガス、リベリは口いっぱいにほうばったまま笑顔で頷く。ガーリンは申し訳なさそうに大輔に尋ねる。

 「店主さん、これは随分手間の掛かる料理じゃないかい?代金をみても採算が合わなそうだし」

 「えぇ、まぁメニューに載せてる以上注文があれば作ります、残ったら自分達で食べればいいんだし」会話しながらも手を休めず料理を作り続ける、ヴァルガスが話の輪に入ってきた。

 「マスター、オコサマっていうくらいなら、その大人は食ったらダメなのか?」何故か恥ずかしそうに訊ねてくる。

 「そうですねぇ、基本は12歳までにしてますけど、頼まれたら特に断りはしません。ただし…」

 「ただし、何だ?」

 「大人の方だとトルコライスと呼び名が変わります」ヴァルガスと大輔は顔をつきあわせて爆笑する。

 「じゃあ、そのトルコライスを追加だ」

 「ありがとうございます。すぐご用意しますね」正確には変わるのは呼び名だけじゃない、お子様ランチが仕切りのついた皿に分けて盛られるのに対しトルコライスは1枚の皿に重ねるように盛られ、量も多めである。因みにプリンを付けるかどうかはお客の好みに委ねられる。

 

 「あ、ロボさんいらっしゃいませ」現れたのは背丈がリベリの2倍はありそうなワーウルフだ。

 「チャーハンだ、チャーハンを大盛りでくれ!おっ商業ギルド長、それ旨そうっすね」

 「お前さんも頼むか?チャーハンより割高だが」一攫千金を目指しながらも実際は密かに貯金をしているロボは迷った末なくなく諦める。今度は冒険者パーティー4人組が来店していつもの料理を注文する。

 「「「「ハンバーガーセット4人分!」」」」

 

 やがて真夜中になり、日付が変わろうとしていた、月が南の真上に上がると店にいる全員が声をあわせ、

 「「「「アンノウス、おめでとう‼」」」」老若男女いっせいに叫ぶ。大輔にとって初めて迎える異世界のお正月は新鮮でありながらどこか懐かしさを感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ナポリタンと海老フライの話はまたいずれ、次回またしてもあのキャラが登場します。


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第22話殺し屋とすいとん

 流石神様、ネタに困った時意外に使えるキャラです。
(^人^)最近こっちに入り浸ってますね、地球はほったらかし?


 ロックウィルの街で暮らす殺し屋のピコリーノがエドウィンにやってきた。依頼によるとターゲットはこのところ繁盛しているエチゴヤとかいう酒場、いや料理店だったか、そこの主人だ。殺し屋の業界では依頼主が直接彼らに殺しを頼んだりはしない、全て仲介人が間に入り話が通される。今度の仕事もピコリーノは誰の依頼かは知らない、彼がよく知る仲介人が話を持ってきたのだ。ピコリーノは義賊であり殺るのは悪党と決めている。自分の信念を曲げてまで引き受ける気はない、対して仲介人は金になるならターゲットがどんな相手でもお構いなしだ。だから依頼を受けるのは己の目でターゲットを見極めてからにしようと思ったのだ。

 正体を悟られぬように行商人風の出で立ちで店の中へ入る。今日は生憎の豪雨にみまわれ、コートも傘も役に立たない、こんな濡れ鼠では追い出されるのが関の山ではなかろうか、

 「いらっしゃいませ」パンツスタイルのウエートレスに向かえられる、眼鏡が邪魔をして気付きにくいが中々の美人である。

 「コートと傘、お預かりします」ピコリーノからコートと傘を受け取ると店の隅に備えてある衣紋掛けとスタンドに納める。やけに親切な待遇だ、常連客らしき衛兵に聞いてみるとここでは普通の事だという。勧められるまま空いているカウンター席へつくとなにやら薄い書物らしき物が置いてあった。

 「そちらはメニューになります、お好きな物を選んでお申しつけ下さい」今回のターゲットとなるこの店の主人が説明してくれた。今日は雨に打たれて体が冷えている、こんな日は暖かい物が食べたい。ついでに酒でもあればありがたいところだ。この辺、否この世界にメニュー自体存在する店は他にないので越後屋でも一見の客はメニューを見ても結局店のお任せにする事が多い、ピコリーノも例に漏れず暖かい料理と酒を、とだけウエートレスに伝える。

 「さて、どんなものがでてくるか」店内を見渡すと、さっきの衛兵に加え金のネックレスに色つきの眼鏡をかけ、髪を香油で後ろに撫で付けている派手な服装の男、揚げ物と一緒に褐色の酒をカパカパと呑むドワーフの2人組にスターキーを使った菓子を食べる身なりの良い、年かさながら美しい貴族の夫人とその娘。顔を付き合わせて食事をする鏡合わせのようにそっくりな男女、やたら白い料理を旨そうに食べるパーンと客も個性的な面々である。こういった店は大抵気のいい者が仕切っている、悪党には真似出来ぬモンだ。

 「お待たせしました、スイトンとニホンシュです」褐色のスープに色とりどりの野菜と肉、小麦か何かの粉を練って丸めた白いものが浮かんでいる。

 「ウン、スープは旨い。この白いのはオリゼの粉を練った物か、スープがいい感じに染みている、野菜も柔らかく煮てありながら食感が残してある」酒の肴にするよう肉だけ残して一緒に運ばれてきた酒に手をつける。ガラスの瓶から取手のない陶器製のカップに移して呑むのか。見た目より強い酒だ、飲み過ぎないようにしなければ。

 料理と酒を平らげたピコリーノは主人をじっくり観察する。どう見ても悪党には思えん、今回の仕事は断わらせてもらおう。

 店を出ると同時にさっきの派手男に取り押さえられる、殺し屋を長くやっていれば逆に命を狙われるなんてのはよくある事だ、ピコリーノも殺されかけたのは一度や二度なんてモンじゃない、それでも相手の気配を察し全て躱してきた。危険を察知する力は自然と身に付いている、その俺が全く気付けなかったとは。相手はかなりの手練れの同業者なのか(;゚;Д;゚;;)?

 「あの店には手を出しちゃダメよ。いいわね、嫌だといえば容赦しないわよ」男の癖に女口調で話すケッタイな奴だが隙のない態度に素早い身のこなし。腕は侮れない、勝負になれば俺は間違いなく殺される。

 「わ、分かった」冷や汗を垂らして頷き降伏する。男はいつの間にか消えていた。

 しばらくしてピコリーノは件の仲介人と依頼主らしき人物が謎の変死を遂げたと聞き、間もなく何処かへ行方を眩ました。その後の彼がどうなったかは誰も知らない。

 




 池波正太郎先生の作品では〈仕掛人藤枝梅安〉が一番好きです。
・スターキー→林檎。第3話では大輔視点の文面だった為、日本語でした。


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第23話ブラウニーと羊羹

 今回の主人公、ルッコラ。実は最初に考えたキャラでした、やっと出せた。(^▽^:)ゞ


 突如発生した竜巻によって生まれ育った村から吹き飛ばされたブラウニーの子供、ルッコラは幸運にも死ぬ事なく、果てしなく広い大地に降ろされた。草木一本生えない大地の両脇には幾つもの洞窟が立ち並ぶ。

 「ここはどこ?」辺りには家族も友人もいない、ドシン!大きな足音が聞こえる、回りでは彼を優に越える大きさの怪物達がところ狭しと歩いている、身長3センチ程のルッコラなどあっという間に踏み潰されそうだ。

 「ハワワワッ!」一頭の2本足の怪物の足を見つけそこにしがみつきどうにか難を逃れる。

 時は夕方、既に日は落ちそうでこのままでは今夜寝る場所もない。怪物の足は洞窟の1つを目指している、中に入れば眩い明かりに目を覆ってしまう、両手を放してしまい地面に転げ落ちる。

 「ア痛タタタ」漸く明るさに目が慣れて改めて洞窟内を見渡すとルッコラ達が使う物に比べかなり巨大ではあるがテーブルと椅子があり怪物達は何かをバクバク食べている。よく声を聞くとルッコラ達と同じ言葉を話しているのに気づく。

 「マスター、ドブロクの追加じゃ」真っ黒な池を食べる白い髭をした年寄りの怪物が叫ぶ。比較的小さい女の怪物(尤もルッコラよりは圧倒的に大きい)はキラキラした塔の屋根をほじくり返して食べていた。彼が足にしがみついてた怪物はさっきから火山に蓋をしたり銀色の湖に手を突っ込んだりしている。

 「逃げなきゃヘ(・・ヘ)」本当ならじっとしていた方が安全でそうする方が利口なのだがまだ子供のルッコラにそこまで考える知恵はない。ふいに巨大な皺の多い手が伸びてルッコラを捕まえる。

 「なんだい、鼠かと思えばブラウニーの子供じゃないか。1人っきりかい?こんなとこに迷い混んでよく死なずにいられたねぇ」聞き覚えのある声の方に向くと顔馴染みの人間がいた。ルッコラが怪物だと思っていたのもよくよく見ると大半は人間で洞窟も彼らの家だった。

 ブラウニーの村がある山に自生する薬草をよく採りに行くガーリンは彼らとも面識がある、人間では入れない狭い箇所の薬草摘みを手伝って貰ったりしてる事もあって親しい付き合いをしていた。ガーリンは幼い友をカウンターに座らせると越後屋一同と店の客達に紹介した、ルッコラはその可愛らしさであっという間に皆の人気者になりその夜の酒の席は大いに盛り上がった。

 店を閉める時間になり、ガーリンが明日薬草採りのついでにルッコラをブラウニーの村に送って行く事になった、大輔はこれも何かの縁だからと試作した物を土産に持たせる。

 「ルッコラ!無事でよかった、ガーリンさん、わざわざすまなかったね」ルッコラの両親は首が痛くなるほど頭を上げ感謝の言葉を述べる。因みに歴とした大人である彼らも身長は10センチくらいである。

 「もののついでさ、おかげで私も御相伴に預かる事ができたからね、こっちが礼を言いたいくらいだよ」酒も好きだが甘党でもあるガーリンは腰を上げリベリと一緒にブラウニー達が傷付かないよう藁を敷いた荷車に彼らを乗せて家路へつく。

 村中のブラウニーがガーリンの自宅の机に乗せられ渡された土産の箱の1つを囲む、村長をはじめ大人達数人で箱の蓋を開けると四角くて黒い塊が出てきた。

 「これは一体なんだい?」

 「見た目は不気味だがなんとも甘い匂いがするよ」

 「食べ物だって」人間でいえば4、5歳くらいにしかならないルッコラに聞いても要領を得ない。

 「ヨーカンとかいう甘い菓子だそうだ、この黒いのがスタンダードで赤や緑のもあるとさ。リベリ、お茶を淹れとくれ。お前も一緒に食べよう」お茶を運んできたリベリは机の上のブラウニー達を挟んで師匠と向かい合わせに座りもう1つの四角い菓子をフォークで崩して口にする。

 「先生、甘いです!でもプリンとは全然違う、あっちは柔らかいけどこっちは歯応えが楽しくて。あれ?私、変な事言ってますか?」

 2人の様子を見たブラウニー達は一斉にヨーカンに群がる。

 「甘いけど後味がすっきりしてる」

 「なんとなくヒスピの風味があるよ」

 「こいつはラクや卵が使われてないらしいね、これを作った料理人がヒスピの親類に海藻を主な材料にしていると言ってたよ」ガーリンの説明を受けて女性陣は更に詳しくレシピを請うが、 

 「それ以上は私も知らないよ、薬師や料理人にとってレシピは命も同然、本人に聞くか金を払って現物を買うしかないね」彼らの社会には貨幣は流通しておらず手に入れるには人魚みたいに物々交換するしかない。そんな中、村の長老は自らが子供の頃、当時の大人達に出入りを禁じられていた山奥の森を思い出していた。成人した後訪れたその森には山賊らしき人間の白骨死体が数人分、確か今でもあのままになっているはず。その全員が死んで尚、大事そうにしていた布の袋に詰まっていた白や黄色の丸くて固い物。あれこそがこの友のいう「カネ」であろう。持ち主は死んでるしワシがもらっても構うまい、あれさえ持っていけばこの旨い菓子がたらふく食える。山を下りる方法は幾つかある、ガーリンらに頼むのも手だろう。

 「問題は独り占めできん事じゃな」長老は苦笑する、何せ村中100人全員が腹一杯食べても四角い塊は半分残っているのだから。

 

 




 ホントはルッコラとブラウニーがメインの話にしたかったのにいつの間にか薬師師弟中心になってしまいました。この2人何気に準レギュラー化の予感(°〇°)


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第24話不良娘とウスターソース

 元々は焼きそばの話にしたかったのですが気が付いたらこんな展開に。
(∥ ̄□ ̄∥)この頃、脳と手が一致してない気がする…。


 ある営業日、ラティファは手が離せないマスターに変わって蝙蝠の獣人のカリーナが営んでいる農場に不足気味の野菜を仕入れにきた、エチゴヤで働いてわかったのだが野菜に関しては異世界とこちらを比べても殆ど違いがない、マスターは今後少しずつではあるが食材をこちらで仕入れると言っていた。より地域に根差した店を目指すらしい、ラティファにはよく意味が分からないが。

 「はい、ラトゥールとプラッカがそれぞれ3玉にティナーカが半オイスね、ラティファちゃん今日もよく働くね」カリーナはこの少女を随分前に家出した娘の幼かった頃に重ねていた。酒浸りの夫と別れ女手1つで育てた娘。父親に似たのか、私の育て方が悪かったのか風の噂では悪い仲間とつるんでこそ泥や恐喝といった罪を犯してはよそ様にご迷惑を掛けているとか。できれば1日も早く改心して真っ当な道に進んでほしい。などと考えてたらその日の夜に一人娘リルルが泣きながら帰って来た。頭には金属の輪っかが嵌められている。

 「お母さぁん、ヒク、エッグッ」母より身長は高くなったというのにまるで中身だけ小さい子どもに逆戻りしたかのように泣きじゃくる。家出した時の傲慢さが失せきった娘を優しく抱き締めるカリーナ、聞きたい事は色々あるけど後回しにしよう、今は帰ってきてくれただけで充分なのだから。

 次の日からリルルは母の農場を手伝い始め、街の人々も次第に受け入れてくれた。あのサルに嵌められた頭の輪っかだけはどうしても外れないが今更恨むつもりもない。

 「リルル、ケパとスターキーをエチゴヤに届けてきとくれ」今この街で人気の料理店だ、リルル母娘は客として訪れた事はないが噂じゃ貴族様からならず者まで通い詰めるとか。とはいえ

 「今日はあのお店確か定休日のはずでしょ、食材を仕入れてどうするつもりかしら?」

 「さあ、でも注文があったからにはお届けしないとね」リルルが野菜を持って越後屋に訪れると商業ギルド長のヴァルガスが店にいた。

 「ギ、ギルド長こんにちは。どうしてここに?」一つ目で巨躯なギルド長の迫力に押され強張るリルルに対しヴァルガスは気さくに話す。

 「今日は仕事の話があってな。なあマスター、例のモンは出来たのか?」

 「えぇ、オリジナルレシピ完成です。あっリルルさん、ケパとスターキーはその辺に積んどいて下さい」

 「ホォこいつが"あれ"の材料か。もう一つのは作れんのか」

 「僕が店閉めてそれだけに取り組んで1年かかりますよ」

 「そうか、当面は諦めるか」真剣な面持ちの2人の会話に己が場違いな気がして帰ろうとしたリルルをマスターが呼び止める。

 「今夜、試食会をするのでお母さんといらして下さい」

 カリーナとリルルが越後屋に入るとヴァルガスと領主様のコルトン公爵がなにやら難しい話をしている。

 「領主様、当ギルドで"あれ"を販売すればエドウィンの名産となり、街に貢献もしましょう。是非許可を頂けませぬか?」

 「マスターが良いなら私に異存はないが、先ずは食さねばな」

 「お待たせしました、ソース焼きそばです。これが一番ダイレクトに味がわかりますからね」黒っぽいパスタらしき料理が各々に出された、具材は肉とプラッカだけのシンプルなモノだ。

 「試食つってんだからタダなんだよね」なぜかビビりながら食べようとするリルルとは対称的にカリーナは

 「美味しいじゃない(^o^)!家の野菜が使われてると思うと尚更だね」結構な量があったにも関わらず瞬く間に完食した、一方公爵らは一口ずつ吟味しながらこの料理の調味料について論じている。

 「これがウスターソースとやらで作った料理か、うむ甘味、酸味、辛味全て合わせながらも纏まりがある、我が街で売り出すのも良いな」

 「これも酒に合いそうだ。マスター、今度店のメニューにも入れてくれ」

 「冷やしたビールありますよ、公爵様も宜しければ」

 「その前にギルド長、ウスターソースの材料になるケパとスターキーの仕入れルートはどうするつもりかな?」

 「農場の女将さんが今ここに来てます。聞いたかい?街をあげての産業だ、アンタも協力してくれ」

 「私からもよろしく頼む」公爵様直々に握手を求められ緊張しまくりのカリーナ。突然湧いた大口の仕事に頭がクラクラし、倒れそうになるのを支えるリルル。

 「お母さん、私も頑張るよ」今まで心配させた分、親孝行しようとリルルは気持ちを新たにする、あのサルに感謝すべきかはどうかは迷うが。

 




 遂にウスターソースが異世界デビュー?
ウスターって確か地名ですよね、なら〈エドウィンソース〉として売られるのか?!
 「異世界西遊記」からまたしてもキャラがお引っ越ししました。
m(._.)m


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第25話小説家とラタトゥイユ

 書いていて一番の悩みどころが各話の主人公が越後屋へ訪れるきっかけ作りです


 人気恋愛小説家のマージンはここのところ不調気味で頭を抱えていた。不調といっても体ではなく頭、思考の方である。つまりスランプだったのだ。彼は既に多くの作品を書いていてその収入でかなりの財産を得ている、後は印税だけで生活していくのも可能だが当人はまだまだ書き続けるつもりだ。しかし肝心のアイデアがなければどうしようもない。彼はプレイボーイでもあり特に妙齢の女性をみれば口説かずにはいられなかった。百発百中とまではいかないがマージンに口説かれた女性は高確率で彼と一晩を共に過ごしてしまう。彼女達とのその場かぎりのロマンスを基に書く事もある。その辺が甘ったるさの中にもリアリティー溢れる彼の作品が人気を博す要因でもあった。

 そんな折マージンは自分の小説を舞台にしたいという話を聞いて不調ながらも頭を悩まし続け過去最高と自負する程の大作を書き上げ、その原稿を抱えパトロンが待ち合わせ場所に指定した越後屋へ意気揚々と訪れた。小説が舞台になり成功すれば富も名声も更に高まる、テーブル席のパトロンを確認して恭しく挨拶するマージン、ところが意外な言葉を返された。

 「そういった訳でな、今回の件はなかった事にしてほしい」

 「そ、そんなぁ。私の作家生命を賭して書いたというのにヽ(;´ω`)ノ」

 「つまりは需要だよ、マージン君。君の小説は確かに素晴らしい、だが今最も受ける舞台は活劇だ。主人公が悪党や魔物を倒さんと縦横無尽に暴れ回る、観衆はそれが見たいのだよ、我々としてはできるだけより多くのニーズに答えなければならん、イヤ私も残念だ、君にはスマンと思っとる」パトロンの非情な通達に項垂れるマージン。ぬか喜びさせやがって!(`Δ´)だったら最初から俺に話を持ってこなければいいだろ。原稿を床に叩きつけパトロンが去ったテーブルの空席に毒づきながら1人残りブランデーを煽る。

 「オイ!酒をもう1瓶持ってこい!それとつまみだ、早くしろ!」日頃のプレイボーイぶりは何処へやら、ウェートレスは恐がり思わず後退りするがマスターは泥酔したお客には向こうで店を開いていた頃から慣れている、それにさっきの話も耳に入っていて丁度いい肴のヒントになった。

 「お待たせしました、五色のラタトゥイユです」マージンの前に現れたのは野菜と燻製肉の煮込み料理だ。ルシコンとラパとソランゲ、巨大化したグルミスになんだか見当のつかない黄色いモノも混ざっている。何だかやたらカラフルな料理がでてきた、ルシコンの酸味を仄かに感じ、燻製肉から溶けだした旨味は薄すぎでも濃すぎでもなく口に合うというより口の方が料理に合わせていくと言った感じで全身に広がっていくようだ。食べ進めていく内に酔いも醒めて気持ちも落ち着いてくる。

 「恥知らずな真似をして申し訳ありません」マージンは頭を下げ己の非礼をマスターに詫びる、彼の名前を知っていて小説も読んだ事もある大輔は

 「いえいえ、今後のご活躍も期待してます、頑張って下さい」特に責める事はなかった。

 帰途についたマージンは道すがらあのパトロンの言葉を思い出していた。

 「今は活劇の時代か、なら俺も書いて見せようじゃないか」自宅に戻り今日食べた料理からインスパイアを受ける、小説家マージンが(比喩的に)生まれ変わった瞬間だった。

 どこかの街の劇場でマージンが脚本も手掛けた新作舞台が大入満員だという、それぞれがシンボルカラーを持つ5人の騎士が魔王軍と戦うといった内容でこれまで恋愛物しか書いてこなかった彼の新たな作風として大々的に宣伝されている。店内もその話題で持ちきりだ、しかし大輔だけは

 「確かに活劇と聞いて僕もアレを連想したけど…偶然だよね?」どう考えても日曜日の子供向け特撮シリーズとしか思えないストーリーに1人苦笑した。




 黄色いのはパプリカ、巨大化グルミスはズッキーニです、どちらもこちらにはない野菜です。
 過去の投稿話もちょこちょこ直してます、きが向いたらチェックしてみて下さい


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第26話宮廷料理長とカレーライス

 異世界料理物において、やはりカレーは定番なのか、( ̄。 ̄)書くつもりなかったのに。


 季節は夏、時刻は昼下がり、暑い日が続いている。こうなると越後屋は知った顔が一同に揃う。夏は涼しく冬は暖かい風を放つ魔道具(要するにエアコン)があるので店が比較的暇になるこの時間に皆涼みに来るのだ。特に気温の変化に弱いラミアのベポラなどはこの頃来店頻度が多くなっている。

 彼女は相変わらず自分に靡かない大輔に対しアプローチを続けていた。大輔は色違いの粉末の入った幾つもの瓶を目の前に並べてじっと何か考え込んでいるようでベポラの言葉が聞こえていない、その光景を端から見ていたヴァルガスは苦笑しながら

 「お前さん、孫もいる歳にもなって恥ずかしいとは思わんのかね」見た目は三十路そこそこで通りそうなベポラだが実際は孫娘に結婚の話が来ている程の大年増である。

 「アラ、恋をするのに歳なんて関係ないわ。大体孫はいるけど夫には先立たれるし。何も問題ないでしょ」

 「あります!」思わず声をあげるロティスだが姉マティスとラティファに宥められる。

 「確かに、まだ若い店主さんをお爺ちゃんにするのはねぇ。子や孫も抵抗あるだろう」ロティスの気を知ってか知らずかガーリンが援護射撃する。

 「俺だったらそれでも構わんぞ。なぁディーンさんよう」

 「んだな、フンダー。俺ぁそれほど若くもねぇし」ベポラに惚れているこの2人はマスターにその気がないならとさりげなく自己アピールしている。

 「ところで店主さん、さっきから眺めているそれらの瓶には何が入ってるんだい?」ガーリンがこの場にいた全員の疑問を代表するかのように大輔に訊ねる。

 

 ラターナ王国の宮廷料理長を勤めるジョルジオは3人の弟子を伴い越後屋へやってきた。先代国王の舌を虜にしたという料理人を偵察するのが目的だ。あわよくばその技術を盗もうとも考えている。

 以前昼時に訪ねたらあまりの混雑に偵察どころではなくやむを得ず引き返した、今日は陽が沈む少し前にやってきた、この時間も夕食を摂ろうとする客が多くいたが昼程混んではいない。従業員は4名、厨房に男女と女給が2人。男の方が常連達にマスターと呼ばれる店主だろう。

 「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」女給に案内されテーブルにつく。厨房からは香辛料の香りが漂ってくる。見渡すと客達は全員同じものを食べている、香りの元はあの料理らしい。だが自分が調べた限りこの店の料理は一種類だけじゃなくもっと豊富にあったはずだ。女給を呼び問い合わせる。

 「君、この店は他のモノはないのか?それとも今日は品切れかい?」代わりに常連客達が答える。

 「俺ぁいつも別のモン頼むんだが、今日ばかりはこいつを食わなきゃな」この街の商業ギルド長は一口毎にスプーンと酒のグラスを持ちかえる。

 「オリゼとの相性が抜群だ、こいつはスプーンが止まんねぇ」お代わりを繰り返すワーウルフ、隣に座る亀の甲羅と手足に水掻きを持つ獣人は

 「こりゃ肉抜きですかい、いやアッシにはありがてえ」ジョルジオらはポカーンとしながらも香りの誘惑に勝てず自分達も食べてみる事にした。

 「お待たせしました、カレーライスです」オリゼに土色のソースがかけられた料理が出される、はっきりいって見た目はあまり良くないがその香りは確かに他の客達が食べていたのと同じもの。

 「辛いっ、でも旨い」

 「ケパがいい感じにとろけてる、それに肉が柔らかい」

 「これはチューバか、それにティナーカ。ほくほくして辛い味付けにぴったりだ」4人の皿がみるみる空になる。落ち着いたところで ジョルジオは店主を呼ぶ。

 「実に旨かった、ところでお客全員が同じものを食べているが今日は何か特別な日なのかい、我々も雰囲気にのまれて思わず頼んでしまったよ」

 「大した事じゃないんです、この料理に欠かせない香辛料は今までいせ…僕の故郷から取り寄せていたのを地元で採れる物に変えて自分で配合したと話したら皆さんが注文して下さったんです」

 「なるほど、して何種類の香辛料を使っているのだね?」

 「30種類ほど。中々納得できる物にならなくて100回以上作り直しましたが」苦笑する大輔に対しジョルジオは強いカルチャーショックを受けていた、宮廷料理長という立場に胡座をかいていた自分が恥ずかしい。本物の料理人とは彼のように常に探求心を持ち精進を怠らない人物を指すのだろう。

 翌日からジョルジオは仕事の合間を縫っては新しい料理の研究に取り組み始めた。あのカレーライスにも負けない先代国王陛下やエチゴヤの主人を唸らせる物を作って見せる。

 因みに先代国王アルバートはライスよりカレーうどん派であった。



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第27話ろくろ首とカプレーゼ

今回の悪役の悪井ですが名付けるのに意外に苦労しました、感想、お気に入り登録して下さった皆さんの本名と被ったら嫌ですから。結果メッチャベタな名前になりました_(・・)ゞ


 いつもの朝だった。ネットのニュースをチェックしていると例の金融会社が倒産したと情報が入ってきた。予測の範囲内だったのか大輔は大して驚きもせず店の表口を掃除しようと玄関へ向かう。

 その大輔を玄関で待ち伏せしていた人物がいた、かつて異世界転移以前から越後屋に嫌がらせしていた借金取りの1人だ。名を悪井という。衛兵に逮捕されて牢に入っていたがつい最近釈放された。しかし越後屋を逆恨みしていたこの男は手にナイフを持って大輔に近づく。

 いきなりナイフで切りつけられ咄嗟に座り込む大輔、尚も大輔を襲う悪井。そこにもう1つの顔が寄ってくる、ろくろ首のコルルンがその体に長い首を絡めて悪井を捕まえる。

 「元犯罪者がな~にやってんの~?ま~た~牢獄に~逆戻り~したい~のか~しら~?」

 「ひっ!」

 「あーびっくりした。コルルンさん、ありがとうございます」

 「ふっふ~、こ~れも~お~仕事だ~か~ら」コルルンは衛兵隊の女性隊員である、街や王城の警備等もする衛兵の仕事は24時間体制となっていて、昨夜警備当番でたまたま夜勤明けだったコルルンに悪井は運悪く鉢合わせてしまったのだ、彼女は罪人を首で縛ったまま駐屯所へ一旦戻り早番の衛兵に引き渡してから寝るためだけに借りている下宿に戻った。

 数日後コルルンは夜勤を終え暫しの休日を得た、とはいえ夜更けに営業してる店は只一軒。そう、こんな夜はエチゴヤで呑むに限る。

 「いらっしゃいませ、あっコルルンさん、先日はお世話になりました」

 「い~よ~、お礼なら~今日奢ってくれれば~それでい~いから~ビ~ルと~とりあえずあの3色サラダ~。あれちょうだ~い」

 「はい、カプレーゼですね。少しお待ち下さい」コルルンは文字通りの意味で首を長くして待ってると程なく料理と酒がカウンターに並ぶ。

 「カプレーゼとビールお待たせしました」コルルンがエチゴヤにきて最初に頼むのはいつもこのメニューだ、ルシコンとカッセ、正体不明の緑の野菜が彩りも美しく重ねられたサラダ。ルシコンの酸味にカッセのコクとちょっぴりコッテリした野菜、この3つを同時に味わえば細かく刻んだケパを混ぜた液体(ドレッシングというらしい)と相まって絶妙なバランスがうまれる。またビールという酒もいい。喉の奥を洗浄するような感覚は他の店ではまず出会えない、この店の料理は大きく分けて3種類あるそうだがビールは大抵どの料理にも合う。カプレーゼ2皿でビールを3杯呑んだ後、チューバとプラッカのサウル漬けが添えられた腸詰めを頼んだ、チューバは只茹でてあるだけだが腸詰めの旨味とプラッカにしっかり味が付いてるので全体としては丁度いい。更に2杯お代わりを重ねる、ヤッパこの店は最高だ。

 「こ~れで~一緒に呑む相手が~彼氏とか~いれば~言う事な~いん~だ~けど~」今日も1人で来店した彼氏いない歴=年齢のコルルンは少しばかり虚しさを抱え店を出る。今日はマスターの奢りなので支払いは必要ない。

 更に別の日、エドウィンから遠く離れた故郷よりコルルン宛の手紙が届く。差出人は両親で衛兵を辞めてお見合いをするように勧める内容だった、気持ちが揺らぐ中一昼夜悩んで断る事にした。

 「私って~何だかんだいっても~食い意地はってる~よ~ね~」衛兵の仕事は好きだしエチゴヤに通えないのは彼氏がいないより辛い。彼女は自嘲しながら今日も仕事に向かうのだった。

 

  




本文に出てくる緑の野菜とはアボカドです、実際は野菜じゃありませんがコルルンはそう思ってます
 今回の異世界語
・カッセ→チーズ


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外伝その1私の履歴書 ラティファ編

従業員3人の過去を明かします。連続にするかは不明です。
履歴書なので食べ物描写はありません


 生まれた時から私の人生は碌なモノじゃなかった、両親は5歳の頃他界した、それから親戚をたらい回しにされたが何処も貧しさ故私に構う余裕はない。その後奴隷商人に買い取られ固いパンと腐りかけの野菜といった僅かな食事の代償に子供には辛い労働を強いられる。更に別の男に売り飛ばされ何か面白くない事があるとその都度腹いせに殴る、蹴るといった暴力を振るわれた。

 ある日その男が自分の屋敷から逃げる仕度を始めた。5年くらい前から奴隷制度が変わり私と同じ環境に置かれた人達が次々と解放されていると聞く、ほんの少し希望が見えた気がしたが首輪に繋がれた紐で引っ張られる。

 「この大陸さえ出れば奴隷所有が認められる地域があるはずだ、道中は適当に誤魔化せばいい。お前を苛める楽しみを法律なんかに奪われてたまるか」やっぱり私はついてない。

 男に連れられてラターナ王国のエドウィンの街という場所に来た、行く先々で好奇の目に晒される。夕方宿屋に着くと男は当然のように私を外の厩に放り出す、その時私の中で何かが弾けた。涙が止めどなく溢れ大声をあげて哭く、すると宿屋の船着き場から水鳥みたいな顔に亀の甲羅を背負った奇妙な亜人が表れた。

 「お嬢さん、奴隷の身ですかい?辛抱も今夜まででさぁ、あの野郎はアッシがエチゴヤに誘導しやすから。ナーニ、そしたら野郎は一貫の終わりですよ」エチゴヤって何?それより私が助かる?そんなの信じられない、でも目の前の相手が嘘をついてるとは思えない。

 その夜、飲食店の外に犬みたいに繋がれていたらあいつが衛兵隊の人達に逮捕されどこかへ連れられていった、直後に店主さんが私の首輪を外して店の中へ入れてくれた。真っ白で織り目のない布と色の綺麗な石桶にお湯を入れてきたのを私の前に差し出すと靴も履いてない汚れた足を洗って奥にある自室で寛ぐように言われる。石桶は驚くほど軽かった。

 「ホントは昼間見かけた時すぐに助けてあげたかったけど、この辺りの法は良く分からないから下手に口出しできなくて。ゴメンね」

 部屋内は不思議な空間だった、草で作られた床があり端には使い方すら想像できない黒くて水晶玉を四角くしたような魔道具、その下には沢山の突起が彫られた素材も分からない板、天井のランプは輪っかの形をしている、中央に布団を被せた低いテーブルがあり周りにはクッションが置かれている。座って足を伸ばすと何の魔法か中は暖かい。暫く休んでいるとお風呂が沸いたので入るように言われる、流石にお世話になりすぎだと思い断ろうとしたが女の子は清潔にしていなきゃダメだと諌められてしまい、お言葉に甘える事にした。

 お風呂からでて店主さんの清潔な服を借りて(この服は後にもらった)着替えるとお店は片付いていて1人の紳士が店主さんと何か話していた、この人のおかげであの男は衛兵隊に連行されたそうだ、今夜の寝床もこの紳士が用意してくれたという。彼はこの街の領主様に仕える執事さんだった。道すがら執事のゴッシュさんは私にあそこの常連さん達があの男の逮捕に協力してくれた事や宿の亜人さんは貴族様や衛兵さんもあのお店に通っているのを知ってて捕まるようにわざと誘いだしてくれた事、店主さんが何の縁もない私を気にかけてくれていた事を話してくれた、

 「それでマスターとも先程お話ししましたがあの店、エチゴヤでは給仕を募ってましてな。貴女さえよければ明日からでも働いて欲しいそうです、食事付で朝から夕食時まで、給金は1月10ラム出すそうですが如何なさいますかな?」思わずその場で惚けてしまった、何?その厚待遇!嘘みたい!いや絶対嘘!私がそんなついてるはずがない。

 翌日ゴッシュさんに連れられてエチゴヤにきた、中には店主さんの他に綺麗なお姉さんが2人いて互いに自己紹介を済ませると店主さんもといマスターから店の掃除をいいつかる。3人で魔道具やテーブル、床と天井を掃除してるとお昼近くにマスターが荷物を沢山持って裏口から帰ってきた、今日のお昼ご飯の材料と私たちの仕事着を買ってきたそうだ、真っ白なシャツと頑丈な黒いズボンを渡されて着替えるように言われた。マスターはその間食事の仕度をするといって厨房の魔道具を操作しだした。この時私はマスターが外国人ならぬ異世界人だと知らされて腰を抜かしそうになった。

 その日のお昼ご飯は今まで見た事ないご馳走だった。これを有り合わせと言うマスターには驚いた、パンを一口かじるとまた涙がでてきた。この瞬間私は救われたんだと自覚した。お姉さん達は慰めてくれてマスターはパンを1枚オマケしてくれた。

 夕方になりマスターから私達に袋が配られた、中にはアル硬貨が7枚も入っていた。

 「じゃ明日から店の営業だからよろしく、今日はお疲れ様」帰る時間だけど私には家がない、するとお姉さん2人から一緒に来るように言われついていくと金物屋さんの前にきた。

 「今日からここがアンタのうちだよ」2人のお母さんだろうおばさんが手招きする。やっと人間らしい生き方ができる、またしても泣いてしまいおばさんを困らせてしまった。

 長々と語りましたがこれが私、ラティファがエチゴヤで働く事になった経緯です。

 

 

 

 

 




 今度従業員の過去を書く時はマティス編になるでしょう


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外伝その2私の履歴書 マティス編

思いの外、外伝その2がすんなり書けたので続けて投稿しました


 今から8年前、私は両親はじめ大勢の人達から祝福されて結婚した、3年後には息子をその2年後は娘を授かり慎ましくも幸せな日々を送っていた。

 ある日仕事から帰ってきた夫が頭痛がするといって早めに床につき、そのまま翌日には亡くなっていた。突然の事にどうすればいいか分からなかった。お葬式の最中はただ泣き通した以外に記憶はない、夫には身寄りがなかった事もあり子供2人を連れて実家に戻った。両親は孫と暮らせるのを喜んでくれたけど、兄を半ば追い出す形になってしまったのは申し訳なかった。

 それから3年は夫の遺産を切り崩したり父さんと兄さんを手伝ったりして子供達を育てていたが蓄えも底を尽きこれから親子3人どうやって生活していこうか悩んでたある日の事、母さんの所有地に突如奇妙な家が表れたと聞いて朝早く家を空けていた両親が帰ってきた、なんと家の主は異世界からきた料理人で当の本人も知らない内にこの世界に引越してしまったそうだ。母さんから一緒に立ち会った商業ギルド長のヴァルガスさん以外には秘密にするよう釘を刺される、土地もそのまま使わせる事にしたと言っていた。

 1ヶ月くらい経つとそのお店が大忙しになり、私も臨時で給仕を手伝う。お昼から夕方まで働いて異世界人のマスターから日当をもらう、中にはアル硬貨が5枚入っていた。働いた時間の割に大金だ、これだけ貰えるならいっそ本格的に雇って欲しいと願ってたら従業員の募集を始めたそうだ。

 「母さん、私を雇ってもらえるように頼んで。子供達のためにお金がいるの!」

 願いは通じて今日から仕事をして欲しいとマスターに頼まれてた日、ナゼか私と妹のロティスを迎えにきた。母さんに何かお願いがあるのでそのついでだそうだ、この日お店は休みだがその分掃除をしっかり行いたいらしい、マスターは用があると裏口から出ていった。異世界に興味はあるがそもそも彼以外誰も行き来できないそうだ。ロティスがふっ飛んだ気がするが多分目の錯覚だと思う、ウン。その後私は元主婦だった事もあり給仕ではなく調理補助担当に選ばれた。

 これから先は余り語る事もない、エチゴヤは他の飲食店より夜遅くまで営業してるが、保育所に子供を預けてる私とまだ12歳のラティファは早めに帰らして貰っている、閉店後の片付けまで残って仕事するロティスは逆に出勤するのは私達より遅い。

 夏を向かえたある日の夜、保育所の帰り道の途中、どこか娘の様子がおかしい。呼吸は荒いし足下もおぼつかない、どこかで見た事ある状態だ。そう3年前死んだ夫と同じ、今度は娘まで失うの?

 「イヤァァァァー!」錯乱して大騒ぎしまくる私にラティファが駆け付けてマスターとロティスが店から飛び出してきた。

 「ハイ、これ飲んで」マスターだけが冷静を保ち水を飲ませる、彼の指示に従い療養所の戸を叩いて医者を引っ張り出して娘を診てもらう。

 「夜とはいえこの暑さじゃ、体内の水分が枯渇したんじゃろう、こうなると普通は手遅れになりがちだがマスターの応急処置が良かったんじゃな」

 翌日出勤の時両親もついてきた、2人はマスターに会うなり孫を助けてくれてありがとうと涙を流して感謝していた。あの時飲ませたのはたまに賄いについてくる赤いピクルスと砂糖を混ぜた水だったそうだ、汗をかいて失った水分を補給して、酸味が体力を付けさらに砂糖を加えてより体に浸透しやすくしたという、なお異世界でもこの病で亡くなる人は多いが素人でも対処の仕方は知ってるという。一方で当人に自覚がないのも特徴だから夏の暑い日や鍛冶仕事をする者などはかかりやすいので水筒を持ち歩くとかすぐに水を飲める状況を用意するのが大切とのこと。

 少し逸れましたが私の話はこれで終わりです。

 




マティスの夫の死因も熱中症でした、アナフィラキシーショックとどちらか迷いましたが異世界側からすればこっちの方が説得力があるのではないでしょうか?


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外伝その3私の履歴書 ロティス編

並行して書いてる本編が中々進まない(; ̄□ ̄;)


 小さい頃は目立つのが嫌いだった、とにかく人目につくのがイヤで風とか砂とかになりたかった。そしたら誰も私の事なんか気にならないだろう。

 14才になると私は回りの人間とは違うきっと大きな事を成し遂げる、後の世に名を残す人物になるんだ、こんな街で一生を終えてたまるかなんてバカな事を考えていた。15歳で両親の反対を押しきってラターナの王都へ旅立ち、商店で下働きをしたり騎士団の雑用をして生活費を稼ぎながら暮らしている内に自分がありふれた田舎娘だと痛感した。今思い出すのも恥ずかしい。挫折してエドウィンの実家に戻ってからは外にでるのも人に会うのもイヤになり10年以上自室で引き籠る日々を送る。その間は王都での経験を基に文字や計算を覚える事ができそれが家業にも役立ったので暫くはお母さんにも怒られずにすんだ。

 お姉ちゃんがご亭主を亡くして家に帰ってきて3年、例の異世界から表れた料理店で働くと言い出した。 まぁ子育てってお金かかるもんね、なんて思ってたらお母さんが

 「アンタの事も頼んどいたからね、ヤダとかいったらこの家から追い出すよ」ガーン‼(〇□〇;))

 いよいよその日がきた、お姉ちゃんと店主さんとお店に向かう。私達2人だけかと思ってたら程なくして12歳くらいの少女が領主様にお仕えする執事さんに連れられてやってきた、今日からこの面子で働くそうだ。早速店中の掃除を仰せつかる、その間マスターは買い物に行くといって異世界へと続く裏口から出ていった。こっそり後をつけてドアを開け外に踏み出そうとしたら魔法の結界らしきものにぶつかってふっ飛んでひっくり返る、ラティファちゃんは心配してくれたがお姉ちゃんには呆れられた。

 給仕の仕事にも慣れてきたある日、マスターがこの世界の文字を勉強したいと言い出した。お店で出す料理やお菓子類の名前を一冊の本にまとめたいそうだ、3人の中で私だけが文字を読み書きできるので教える事にした。

 「この料理はどう表現したら伝わるかな?」

 「その食材はこっちにもあるけど違う言葉で呼ばれてます」妙なくらいリアルな絵が描かれた紙をマスターから受け取り私はあらんかぎりの知識で質問に答え、メニューとかいう本作りを進める。お姉ちゃんとラティファちゃんは先に帰ったのでお店に残っているのはマスターと私だけ。男性と2人っきりなんて生まれて初めて、ヤダ変に緊張する。それにしてもこの人、料理の事にはすごく真摯に向き合うのね、普段は冴えないお父さんも鋳物を鍛えてる時は格好いいと思うしそんな姿がマスターと重なる、顔とか全然似てないのに。お母さんがお父さんを好きになったきっかけもこんな感じなのかしら?え、何?私マスターの事好きになっちゃったの?嘘でしょ?

(///∇///)

 「ひとまずこれで形になったかな」今日はこのくらいにしておこうとマスターに言われ家に帰る、道すがら私は気持ちを自覚する。

 「やっぱり私マスターが好き」さっきも帰り際に褒められてしまった。長い間引きこもっていたのが逆に役立つとは、マスターのいう通り人間何が幸いするか分からない。目指せ!未来のエチゴヤの女将!

 この物語は誰にも話せない、否話したくない!将来マスターと結婚するまでは。ここで日記を締める、我が家で文字を読めるのは私だけ。誰にもバレる恐れはない、あ、ヤダお姉ちゃん何すんの?私の日記返して!お母さん、ヴァルガスさんに見せようって?商業ギルド長なら文字読めるじゃない!や~め~て~!(//;/∇/;//)




結局外伝3話連続でお送りしました。それにしてもロティス昔は中二病だったとは…。


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第28話タヌキ一家とナポリタン

悪党には天罰が下されます


 エドウィンとの隣に位置するムッサンの街に先祖代々農業で生計を立てていたタヌキの獣人夫婦と子供達3人の一家がいる。しかし今は農地を失っていた、悪質な不動産業者に騙されて土地を奪われたのだ。

 その街の外れで休息中のアラン、ルビィ、リャフカ、オィンクの4人は渋い顔でランチを摂っていた、エチゴヤのメシの旨さを知った後じゃこんな不味いパンは腹の足しにしかならん。楽しくもない食事をさっさと切り上げ拠点のカカンザの街へと足を進めていた、途中人相の悪い男達の怒号が聞こえる、相手は小さい子供達だ。親の姿は見当たらない、4人は咄嗟に間に割って入る。男達は武装した連中が相手では分が悪いと思ったのか悪態をつきながらも逃げ去っていった。

 

 「君達の親はどうしたんだ?」アランが問う。

 「お父さんとお母さんの畑があの人達に盗られたの」一番上の7、8才の子がいう、後の2人は3才か4才くらいか、何があったかよく分からないといった様子だ。

 「あの辺から変な匂いがするだ」オィンクが気づく、病人特有の匂いらしい。それもこの子達の家方面のようだ。子供達を掲げ、途中で村でたった1人の医者を強引に連れ出し急いで目的地へ走った。中で夫婦らしき男女が倒れていた、最悪の事態が4人の頭をよぎる、医者は息切れしながらも的確に診断する。

 「過労と栄養不足ですな、このままだと衰弱死する恐れがあります。何か栄養のあるモノを食べさせれば回復するでしょう」医者を見送り自分達も帰ろうとして、ふと子供達と目が合ってしまった。お父さんとお母さんを助けてと言わんばかりの目だ、しかも汚れのない無垢で綺麗な目。

 「ダアーッ、もうしょうがニャいニャー!」ルビィがチビ2人を抱えアランが母親をオィンクが父親を背負い上の女の子はリャフカが手を引きエドウィンの街まで連れていった。その足でエチゴヤに向かう、もう遅い時間だが明かりはついてるので営業はしているはず。

 「まぁとりあえずは訳を話して下さい」大輔はこの場を取りしきり、ロティスに手伝ってもらい一家を座敷へ上げて4人をテーブルに座らせて全員分の食事を用意する。別のテーブルに蝙蝠の獣人の母子がいた。

 「お待たせしました、ペンネナポリタンです」タヌキ一家に振る舞ってから4人の前に出てくる。生憎今日は4人共持ち合わせが殆どなかった為速攻で作れて尚且つ安い料理を注文したらこれがでてきた。

 「これはパスタか?普通もっと細長いモンだろ」この世界ではパスタといえば地球のスパゲッティを指し、マカロニやリングイネは存在しない。しかしこの矢じりのような形のパスタもルシコンの仄かな酸味と香りが染み込んでいてケパと燻製肉の甘味を引き立て緑色の野菜の苦味がアクセントになり料理全体の味を締める。

  「「「「やっぱりここの料理は最高!」」」」

 「皆さん、お世話になりました」タヌキ夫婦が座敷から出てきてお礼の言葉を述べる。

 「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう」

  「「あいあとー」」子供達からもお礼を言われる、こういうのは嬉しいモンだ。

 「それでその・・・お代なんですが」大輔は話を遮り、蝙蝠母に尋ねた。

 「カリーナさん、農場で人手がいるんですよね、こちらも農業をやっているそうですよ」

 「いやあ、助かるよ。大きな仕事が入って農地を広げたのはいいけど娘と2人じゃ手が回らなくてね、でもまずは体をしっかり直してからだね。マスター、この人達のお代はあたしが持つよ、後で働いて返してもらえりゃいいさ」夫婦は感謝の言葉も掠れる程泣きながら何度も頭を下げる。

 暫くしてタヌキ一家はエドウィンに引っ越してきた、カリーナが以前より広げた農場でケパとスターキーを栽培する為雇われたのだ。子供達もリルルに教わりながら簡単な作業を手伝う、一家は再び幸せを取り戻せた。

 尚、一家が以前所有していた土地を手に入れた不動産屋は詐欺で騙しとったのがムッサンの領主にバレておとり潰しになったそうな。




タヌキ一家を助けるのは最初鬼のカラバの予定だったのですが、色々矛盾が出てきたので冒険者チームに変更しました。


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第29話お姫様とカツ丼

 やはり年末は皆さん投稿されてないご様子ですね、この時期書いてるのは療養中の筆者位でしょうか?


 アルバートはいつもの如く城を抜け出してエチゴヤに行こうとしていた、不意に何者かが後ろから抱きついてくる。振り返ると目鼻立ちの整った17歳くらいの美少女がいた、ラターナの姫であり現国王レックスの娘、シャーロット。つまり己の孫である。

 「お祖父様、そんな簡素な装いでどちらへ行かれるのですか?まぁ聞くだけ無駄でしたわ、どうせエチゴヤとかいう異世界の料理が食べられるお店に決まってますもの」

 「シャーロット、この事は内密にな、特に宰相には絶対言わんでくれ。この通りじゃ」膝を折ってまで孫に懇願する前国王、端から見ると情けない光景だ。

 「ダメです、お父様に言い付けます、イヤだとおっしゃるなら」

 「イヤだと言ったらなんじゃ?」

 「わたくしも連れていって下さいまし」こうして2人は一緒に馬車に乗って出掛ける事になった。勿論シャーロットも一般市民に見えるようシンプルな服装に着替えている、

 「良いなシャーロット、さっきも話したが王族であると気取られぬ事じゃ」

 「分かってますわ、お祖父様」アルバートは馭者に命じ馬車をコルトン公爵の屋敷の前で止めさせる。

 「ここからは歩いて行くぞ、なぁにすぐそこじゃ」確かに大して歩かない内にエチゴヤに着いた、シャーロットは普段歩き慣れてないのが災いし途中から不満タラタラだったが。

 「いらっしゃいませ、アレ?」ウェートレスが一瞬怪訝な顔をする、いつもは1人で来店し席へ案内するまでもなくカウンターにさっさと陣取るアルバートに連れがいたからだ。

 「これはワシの孫娘じゃ、今日はるばる訪ねてきたのでな。一緒に食事をしにきたんじゃよ」

 「そうでしたか、では本日はテーブル席でよろしいですか?」シャーロットと2人テーブルに向かい合わせに座る、程なくしてウェートレスがグラスに入った水を2つ持ってくる。アルバートはテーブルに備え付けの本らしきモノを孫娘に渡し説明する。

 「これはメニューといってな、この店で出せる料理が書いてある、水はオヒヤと呼ばれとる、金は取らないそうじゃ。ここの方針らしい」メニューには数多い料理や菓子の名前と絵が載っている。

 「お祖父様、このカツドンとかだけでも2種類ありますわ。どう違いますの?」

 「ホゥ、初心者にしては良いとこに目をつけたの(店員はともかく客に初心者もベテランもないと思うが)ならワシはいつものギューナベはやめて今日はそれを1人分ずつ頼むとしよう」

 「お待たせしました、卵とじカツドンとソースカツドンです」オリゼを詰めた深めの器の上には同じ揚げ物が乗っている、ただ揚げてからの調理方法が違っている、一方はケパと共に煮られて崩した卵でまとめられていて、もう一方はオリゼに刻んだプラッカが被せてあり、揚げ物には黒い液体がかけられている。

 「卵の方は衣がしっとりしてますわね、お肉も柔らかいし。それにケパが甘いですわ、もっと辛くて苦みの強い野菜だと思ってましたのに」

 「こちらは揚げたてのサクサクした食感を残しておる、オリゼとプラッカと合わせるとまるで三重奏じゃ」

 「お祖父様、交換いたしましょう。そちらも半分残して下さいまし」

 

 「ふーっ、お腹いっぱいですわ」満足気にお腹をさするシャーロット。世間には知られてないが実は王族の食事は意外に満足とは程遠いものだったりする、いつ如何なる状況でその命を狙われぬとも限らない、当然毒殺も念頭に置かれている為毒味役だけで数人が皿に手を付け初めて食卓にだされる、いわば冷めきったしかも誰かの食べかけを毎度食べさせられているのだ、しかし今は出来立ての温かい料理を心行くまで堪能した。何しろここでは店員も客も自分等が王族である事すら知らない。ふと眠気を感じる。ここで眠らせる訳にはいかん、大輔はアルバートが難儀する様子に気づいて

 「ご隠居さん、座敷を使って下さい、今日は空いてますから。上に掛けるモノ持ってきますね」

 「スマンのう、マスター」乾し草で作られた床板が張られた個室を借りて孫を寝かせる、この店の幼いウェートレスより我が孫は歳上のはずじゃったが。

 「レックスといい、この()といい、まだまだ子供っぽさが抜けとらん。こりゃワシもすぐにはあの世に行けそうにないのう」口ではボヤきながらどことなく嬉しそうな笑みを浮かべるアルバートであった。

 




 ラターナ王家3代に渡り越後屋料理のとりこになったみたいです、しかも父娘揃ってカツ系って( ̄▽ ̄;)


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第30話金物屋長男とお雑煮

このシリーズで初めて、リアルタイムリーな内容になりました


 お正月前の定休日の日、大輔は食品問屋からの宅配係を裏口で待っていた。万が一店の中に入ってくると異世界流しに遭わせてしまうのでいつも裏口前で受け取りと支払いをすましている。因みに何故か日本からは表口が店の外から見る事ができない(勿論大輔は除く)。

 「邑楽食品店です、毎度ありがとうございます」担当者から荷物を受け取り中を確認して注文してないモノが混じっているのに気づく。

 「そちらはいつもご注文頂いているお客様へのサービスです、勿論代金は結構です」少し顔がひきつりそうになるがそこは長年培った接客スマイルで誤魔化す。

 「ありがとうございます、ではお言葉に甘えさせてもらいます」

 「恐れ入ります、今後ともご贔屓に」宅配係を見送ってから大輔は頭を捻る。近いうちに試食会を開くか、賄いでだすかどっちにしろ1人では食べきれない、意外に悩みのたねである。

 「まぁ、アンノウス明けにでもだすかな」

 アンノウス初日に金物屋の息子デティスは実家へ帰ってきた、とはいっても隣街だが。戸を叩くと出迎えたのは見た事がない少女だった。

 「どちら様ですか?」

 「この家の息子だ、君は?」

 「失礼しました、私はこのお家に下宿させて頂いてるラティファです、よろしくお願いいたします」礼儀正しい娘だ、母と入れ替わりに家の奥に下がる少女。久しぶりの実家には他に父しかいない。

 「マティスと子供達、ロティスはどうしたんだ?」母があっけらかんと答える。

 「昨日はアンノウス前夜だったからね、店を閉めてから従業員だけで呑もうってんでそのまま泊まってくとさ、ラティファちゃんだけは帰ってきたけどね」店ってなんの事だ?まさか如何わしいところじゃ、口にする前に母に気づかれどつかれる。

 「真っ当な料理店だよ!(゚o゚(Σ=お前の思うようなところになんか勤めさせる訳ないだろ!」これまた久しぶりの母の拳は相変わらず痛い。

 両親とラティファと共にその店に向かう、今日は定休日だが試食会に招待されたとの事だ。テーブルではマティスの子供達がマスの書かれた板の上でコインのようなモノをひっくり返し合って遊んでいる。(リバーシというそうだ)愚妹2人が奥の個室からでてきた、吐く息が酒臭い。明らかに二日酔いだ。

 「あ~お兄ちゃん、おめれと~」

 「兄さんかへってきへひゃのね」

 「ああ、おめでとうってお前ら昨夜相当呑んだな」

 「呑んらよ~、真夜にゃかまで~仕事してそれから明け方まれ~」情けないといわんばかりに手を額に当てるデティス、厨房で1人の男がなにやら料理の支度をしている。この男は呑まなかったのか余程酒に強いのか二日酔いにはなってないようだ。

 「この人が2人の雇い主、この店のマスターさ、こっちは家のせがれだよ」

 「デティスだ、よろしく」

 「大輔といいます、今日は営業日ではありませんがゆっくりしていって下さい」ダイスケは厨房に戻ると竈の上に網を乗せなにやら白い物を焼き始めた、

 「それもマスターんとこの郷土料理かい?」

 「ええ、アンノウスに食べるのが最も一般的ですね」その白いのが突然膨張しだした。子供達は大はしゃぎし大人は椅子ごと後ろに倒れかける、オレ達の狼狽ぶりに対しダイスケは顔色一つ変えず、

 「そろそろ食べ頃ですね」白いやつを鍋に移し、人数分の器を用意する、マティスの子供達用に小さい器もある。

 「お待たせしました、雑煮です」適度な焼き目がついた白いのが野菜と鶏肉の入った黒褐色のスープに映える、スプーンと一緒に2本の棒がついてきた。

 「白いのは餅といってオリゼを練ったり叩いたりして作られた物です、咽に閊えやすいので箸で千切りながら召し上がって下さい」この2本の棒がハシか、いまいち使い方がわからん。横を見るとラティファが器用にそのハシを使いモチを小さくちぎりながら食べていた。両親とロティスはハフハフしながら熱いスープを啜っていて、隣では酔いの覚めたマティスが自分の娘に食べさせている。

 モチはまるで粘土のように伸び縮みしたが喉ごしが良く病み付きになりそうだ、気が付いたら1人で5つくらい平らげていた。聞けばゾーニ以外にも食べ方はあるらしい。ダイスケは材料さえ手に入ればアンノウスに関係なく作ってくれるそうだ。

 「そういやデティス、お前の奥さんと子供はどうしたんだい?」

 「向こうの実家に帰ってるよ、女房はオレと違って遠くの街の生まれだからな」戻ってきたらあいつらもここへ連れてきてやるか。それにしてもダイスケが異世界人とは流石に驚いた、しかもロティスに惚れられているとは。ある意味気の毒だな、羽ペンでつむじを刺された。

 「(#〇皿〇#)お兄ちゃん、失礼すぎ」心が読めるのか、ウチの女共は?今年のアンノウス、実家にいる間は親父と2人縮こまっていよう。




遂に30話に突入しました。
邑楽食品は筆者が創作した架空の企業です、実在したとしても本作とは一切関係ありません


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第31話女ドワーフとお好み焼き

ウスターソースのネタが結構しつこいですm(。_。)m


 「オイ、今日で刑期明け、釈放だ」見るからに恐ろしい形相の獄卒が牢の鍵を開けて1人の女ドワーフの囚人を解き放った。彼女はかつて同族の男2人を子分にしてどこぞの街のギルド内にある金庫から金を盗み出そうとしたが失敗して衛兵隊に捕まった。子分達は初犯だったので比較的短い刑期で釈放されたが彼女はこれまで何件もの窃盗を繰り返していたのが明らかになり今日まで罪を償う為刑に服していたのだ。

 久しぶりに娑婆に出るとあの時の子分2人が迎えにきていた、ズドンとヘッポールだ。

 「お前達、あたしの事忘れないでいてくれたのかい?」

 「当たり前だろ、セシール。俺達ゃ義姉弟の盃を交わした仲じゃないか」

 「やっと出てこれたんだ、これからは真っ当に生きて行こうぜ」

 「そうしたいけどさ、今更あたしに出来る仕事があるのかねえ」

 「それなら心配無用だ、今度エドウィンに新しい工場を建設する計画がある。今は商業ギルド長や領主様が人足や技術者を集めてる最中だからお前もそこで働けばいいさ」セシールとて歴としたドワーフ、鍛冶や建築なぞお手のものだ、需要はあるだろう。3人は足並みを揃えて街へ繰り出す。2人に案内されて一軒の料理店にやってきた。

 この世界の人々は夜7時くらいからを夜更けと見なし地球人に比べて早寝の傾向にある、ドワーフ3人組が越後屋に訪れたのもそんな時間だった。

 「こんな夜中にメシを食える店があるとは珍しいね」

 「ああ、この街でもここだけだがな」

 「いらっしゃいませ」店員は厨房に料理人が1人とウェートレスの2人だけだ、テーブルに案内され席につくと水と蒸された布が目の前に並べられた、ズドンとヘッポールを見やると2人はその布で綺麗に手を拭いている。セシールもとりあえず2人の真似をしておく。

 「さてズドンよ、今日は何を食う?」

 「ヘッポール、さっき工場の話をセシールにもしただろう、ならばあれがいいんじゃないか」

 「すいませーん、注文いいですか?」ヘッポールが手を上げてウェートレスを呼ぶ。

 

 「はい、オコノミヤキミックス3人分とギンジョウシュ1本ですね、暫くお待ち下さい」ウェートレスは注文を伝えに厨房に入ると中で細々した作業を始める、料理を担当しているのがこの店の主で2人はマスターと呼んでいた。

 「お待たせしました」マスターが料理を焼けた鉄板に乗せて運んできた、ウェートレスは酒とグラスに白い半液体状なものが入った小さな器を3人の前に並べる。

 「こちらの白いのはマヨネーズといいます、後はテーブルに備え付けのウスターソースをご自由にどうぞ。鉄板は熱いので火傷に注意して下さい」

 「それじゃ早速頂くかねえ」セシールは切れ目に沿って1/4程を鉄板から剥がす、まずはそのまま。最初はどんな料理も味付け無しで食べるのが彼女のこだわりである、

 「小麦粉を練ったのを焼いたんだね、他にも混ぜてあるみたいだけど。中の具はプラッカに猪肉(ししにく)、カッセと乾燥させたペナか。随分豪勢だこと」ズドンを見ると何やら黒い液体とさっきの白いやつをオコノミヤキにかけている、

 「ズドン、それはなんだい?」

 「こいつはウスターソースつってオコノミヤキには欠かせないモンだ、ここにマヨネーズが絡むともう旨ぇのなんのって」そのマヨネーズをヘッポールはかけずにウスターソースだけで食べ始めた。

 「俺ァマヨネーズ要らねえ派なんだ」ヘッポールに倣いセシールもウスターソースをかけて食べる。

 「こりゃ不思議な味だね、辛いだけじゃなく後から甘いのや酸っぱいのが追いかけてくるようだよ」次はズドンを真似てマヨネーズとやらも合わせる。

 「これは卵を材料にしたのか、酸味があって少しこってりしてて、これもいいじゃないか」オコノミヤキを半分程食べてからギンジョウシュという酒にうつる。

 「うーん、いい酒だ。これが呑めないくらいなら悪い事なんぞする気にならないね」

 「そうだろ?あ、もう瓶が空になる、お代わりお願いします」いい感じでホロ酔いになった3人、ふとセシールはここへきて2人が話していた事を思い出す。

 「それで、この料理と新しい工場がどう関係あるんだい?」

 「オウ。実はその工場こそ、このウスターソースを作るために建てられるんだ」

 「街ぐるみで行われる産業になる、だから人手が必要なんだ」酒を煽りながらセシールは今までの人生を振り替える、そっか、これからやり直す事もできるんだ。泥棒なんて2度とやらず今後は堅気な生き方をしよう、あたしには少なくても2人の味方がいる。コイツらとなら何だって出来るさ。

 何百年か後、この産業は長くエドウィンの経済を潤して3人は名誉工場長としてその伝説が子々孫々に渡り語り継がれる事になるがもちろん本人達は知る由もない。

 




次回はあの連中をだす予定です


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第32話孫悟空とモツ煮込み

ついにあの連中が越後屋にやってきました、文中では結構来店しているようですが


 ルカ、トロワ、ゴノー、ディーネの4人はあの旅を終えてからも冒険者の道を進む事にした、この日はある国に100メートル級の大きさを誇る魔物が現れ大暴れし、国立軍をもってしても手に負えないというので出掛けて行ってサクッと退治した。ゴノーが街を囲む防波堤を造りトロワが細かい急所を狙うよう小動物達に頼んでディーネが洪水を起こして溺れさせルカがアイ〇ン・ギ〇ーに化けて叩きのめす。衛兵達も一般市民も喜ぶというより唖然としていた、勿論その国から報酬を貰うのも忘れない。

 一晩かけてラターナ王国のエドウィンの街に入りその中でも一際立派な屋敷に到着する、ルカが扉をノックすると執事と思われる身なりのいい紳士が対応にでてきた。

 「コルトン公爵様はいるかい?すまねえが暫く馬車をここの敷地に停めさせてほしいんだが」

 「生憎お仕事で外出中でいらっしゃいますが、他ならぬ皆様でしたら構わないでしょう。公爵様には私から申し上げておきます」屋敷の庭をでてからは徒歩で向かう、ついたのは料理店だった。

 「いらっしゃいませ、ルカさん達お久し振りです、4名様ですね。テーブルにご案内します」テーブル奥に女子2人、反対側にゴノーとルカがつく。いつぞやの事件以来ここのマスターと親しくなりこの越後屋にも、たまに来るようになっていた。1度死んでこちらに転生した元日本人のルカはこの店が向こうで営業していた頃から通っていたが。メニューを開き各自好きな物を探す、4人共事情は違えど文字は読める。トロワと同じ年頃のウェートレスが注文をとりにくる。

 「ワシはウィスキーとフライの盛合せを頼む」

 「私はカルボナーラとワイン」

 「オムライスとコーラ下さい」ゴノーとディーネは呑む気満々である。今は懐も暖かいので問題ない、トロワはまだお酒を飲むには早い歳なので酒精のない飲み物を注文する、ルカだけはまだ決めかねていた。彼にとって越後屋は昔懐かしい料理が食べられる世界で唯一の店なのだ。どうせなら他の飲食店じゃ出されないモンが食べたい、そこに新メニューを発見した。

 「焼酎にモツ煮込みをくれ!」ラティファはメモをとりつつ(最近、ロティスに文字を習いメニューの内容は読み書きできるようになった)ルカに尋ねる。

 「モツニコミは少しお時間頂きますがよろしいですか?」マスターから注文がある場合は確認するように言われていたからだ。

 「ああ、構わんよ」ルカとてそれくらい見当はつく、まして俺以外頼む客はまずいないだろうから尚更だ。

 「なぁールカよ、モツニコミとはなんじゃい」興味があるのかゴノーのオッサンが問う。

 「獣肉の内臓を使った料理だ、酒の肴にゃ最高さ」

 「そんなモン食べられるの?」ディーネは顔をしかめる、あの旨さを知らんとは可哀想なヤツだ、

 「普通は土を掘って捨てますよね」トロワちゃんにまで否定された!分かってはいたがなんか悔しい。

 「大変お待たせしました、モツニコミです」案の定最後に運ばれてきた、3人の怪訝な眼差しを無視して俺は箸を使って食べ始める。

 「かぁーっ、やっぱ旨ぇなあ」この店のモツ煮込みは先代の頃から丁寧に作られている、今のマスターもしっかり味を受け継いでいるようだ。

 「旨そうな臭いじゃのう」ドワーフだけに酒好きのオッサンは早くも折れそうだ、そういやオッサンだけ否定しなかったな。よし、一口分けてやろう。

 「こりゃ旨いワイ、すまんワシにもモツニコミをくれ!」それから堰を切ったようにオッサンより若いドワーフ3人組、街の商業ギルド長、ろくろ首の女衛兵にお忍びでやってきたこの国の先代国王と呑兵衛の常連客達が一斉に注文しだした。俺も追加してもらうか。

 「思いの外人気の品になったわね、あらマスター、あまり嬉しそうじゃないけどなにかあったの?」アシスタントコックのマティスは沈みがちの大輔に声をかけると、

 「僕の晩酌の分がなくなる…(..)、まぁ店主としてはありがたいけどね」今晩の肴は缶詰か残り物にしよう、複雑な思いの大輔だった。




登場人物が段々使い回し見たいになってる(;_;)/~~~


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第33話エルフと粕汁

ひさびさの新キャラ登場で、おそらく過去最多文字数の話になってると思います。(8話以降ちゃんと数えた事ない)
(∥ ̄△ ̄∥)



 影も形も無くなったかつてのチョヤの森の残骸を悲しい目で見つめる1人のエルフがいた。マリエルはこの森で生まれてこの森で育ち、あの忌まわしい悲劇の現場にも遭遇していた。矢のように森に降り注ぐ円錐状の物体は家族や友人の命を容赦なく奪っていた、魔王の部下達はまるで草でも刈るみたいに仲間を殺して回った。幸い彼女は変身魔法を身につけていたので奴らが撤退するまで蟻に化けて難を逃れた、今日はあの日死んだ同胞達の魂を慰める為にここへ訪れた。

 エルフに伝わる鎮魂の儀式を済ますと日も暮れてきたので森の跡地で野宿をする、お腹が空いてるが食べ物は持ってない、

 「一食くらい平気よね」そのまま寝てしまう。

 翌朝目を覚ますと体がダルい。頭がボーッとして、寒気もする。

 「風邪かしら、弱ったわあ。私、治癒魔法は使えないし、エルフを診察できる医者なんている訳ないし」人間とエルフ、耳を除けば外見は酷似しているが実質は全く別の生き物だ、元々エルフ社会では医療が発達してない上にエルフ自体絶滅の危機である現在彼らを治療できる医者は存在しない。とにかく街に出よう、そうすれば何とかなるかもしれない。

 

 同じ頃、越後屋では大輔を除く3人が雇い主の持ってきた奇妙な食材に目を白黒させていた。

 「マスター、これ何?」厨房を手伝うマティスは大輔に問う。

 「酒粕だよ、スープにしたりケーキに混ぜても美味しいよ。しかもお酒を仕入れると只で貰えるし」

 「お酒が入ってるんですか?」ラティファが尋ねると

 「正確にはお酒作りで残った副産物だね」

 「それってゴミなんじゃ…」ロティスが呟くが、

 「そういう人もいる、でもどうせなら美味しく料理した方がいいと思わない?」笑顔を見せながらも真剣な目になる大輔に何かを悟った3人はそれ以上何も言わなかった。

 

 エルフの大賢者にしてラターナ王家に400年に渡って仕える宮廷魔術師であるコーリャンは現国王の依頼を果たしての帰り道、街外れで行き倒れを見つけた、若いエルフ女性のようである。

 「風邪を拗らせたようじゃ、とりあえず治癒魔法をかけておこう」エルフは普通複数の魔法を使えないが大賢者として人間、エルフ両方の間で名高いコーリャンは多くの魔法を会得していて、その数は百とも億とも噂される、真相は定かでないが。思えば同胞に巡り会うのは王国に仕えてから1度もない、実に400年ぶりである、顔に血色が戻ってきた。もう大丈夫だ。

 「あっ、貴方は大賢者様!」マリエルは思わぬ偉人を目の当たりにして恐縮する。しかも風邪で倒れた自分を助けて下さったらしい、余りに申し訳なくてお礼の言葉を述べようにも呂律が回らない。

 「よいよい、それよりあの近くにいたという事はチョヤの森の生まれかね?」マリエルはガチガチに緊張しながら昨日からの経緯を話す、コーリャンは頷き最近の若者にしては殊勝な心がけと誉める、因みにこの2人115歳と680歳である。

 「ところで腹は減っとらんか?ワシは仕事を済ませたらメシを食いに行くつもりじゃが同行せんかね」雲の上の人というべき大賢者様のまさかのお誘いにマリエルはすぐさま乗った。

 コーリャンと共に訪れた料理店は想像よりこじんまりしていた、もっと大きく豪奢なお店の方が偉大な魔術師にはふさわしい気がしたが心を読まれたか大賢者自身がそれを否定する、

 「君の言わんとする事は分かる、けれどこの店はラターナ随一といっても過言ではないぞ」

 「コーリャンさん、いらっしゃいませ。お席へご案内します」給仕らしき女性に進められるままテーブルに腰を下ろす。

 「今日の日替りは魚か、ならパンよりオリゼのがよいな、君も同じモノで構わんかね」マリエルに反対する理由などあるはずもない。コーリャンは手を上げウェートレスを呼ぶ。

 「日替りを2人分、それとマスターお薦めのスープも2つ頂こう」

 

 「お待たせしました、日替りランチとサケカスのスープです」焼かれた魚と軽く盛られたオリゼが二皿、白いスープが注がれた深い器が2つ運ばれてきた。コーリャンはスープから手をつける。

 「うん?酒の香りと味がするな、しかし酒精は全くない。ただ酒を混ぜただけではこの味は出せんぞ。マスターは魔法を使えないはずじゃが、どうしたらこんなスープを作れるのかのう?」一方マリエルは少し緊張が解けてきた途端腹の虫が疼きだす、思えば昨夜から何も食べてない、魚の香ばしさとオリゼの暖かい湯気が更に食欲を刺激する。もはや目の前の料理しか見えない、オリゼと魚を犬の如く一気にがっつく、気がつくと大賢者様が微笑ましくこちらを見ておられる。

 「す、すみません。私、はしたない姿をお見せしてしまって」

 「いやいや、見事な食べっぷりじゃった。若い者はそのぐらいがちょうどいい、まだスープがある。遠慮せず食べなさい」スープは体の中を芯から暖めてくれて、深い味わいと香りが全身を駆け巡って行く、具材のティナーカとラパーが柔らかく煮込まれていて魔法で治してもらったとはいえ病んでいた身に優しい。

 「コーリャン様、このご恩は生涯忘れません」心からの礼を改めて述べるマリエル。コーリャンはこの若者を気に入り1つの提案をだす。

 「これからアテはあるかね、なければワシの元で魔術師の修行をせんか?実は後継者が欲しいと常々考えておったのじゃ」いくらエルフが長生きとはいえ限界はある、自分も流石に歳をとりすぎた、しかもこの歳まで妻も子もいた事がない。恩ある王国が今後何千年、何万年と永らく栄える為にも後継ぎは必要だ。

 「私なんかが大賢者様の後継者に?」

 「イヤかね?」

 「とんでもないです!よ、宜しくお願いしましゅ!」感激のあまり噛んでしまった。コーリャンはこれからの人生、この後継ぎを鍛えながらあのサケカススープの秘密を探る事に決めた、宮廷料理長より先に見つけてやろう。年寄りとはいえ人間よりは寿命に時間がある。

 そんな下界の様子を上から見ていた女神様は

 「最近、食い意地の張った人が増えてまちゅね。でも羨まちいでちゅ、ワタチもあのおみちぇ(お店)のお料理食べたいでちゅ」この女神様が'あの'神様と越後屋を訪れるのもそう遠くはないだろう。

 




 遠くないといっても、次回神様コンビはでてきません( ̄3 ̄)/~


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第34話フランケンと挨拶回り

これまでいわゆる'妖怪'が結構でてきたのでフランケンシュタインも登場させてみました。


 ある機関でクローン人間の製造が秘密裏に行われた。〈フランケン・プロジェクト〉と名付けられたこの計画は作成した屈強なクローン人間を兵士として外国に売りつけるのが目的だったがある程度の知能と会話能力を与えて作られた最初の実験体が逃げ出した、研究所の連中は慎重に追いかけ続けた。存在が世間に知られたら大事(おおごと)だ、プロジェクトの名の通りの姿をしている実験体が一般人に見つかれば通報されかねない、計画は違法行為なので公にできずこちらから警察や自衛隊も呼べない。

 逃げ出した実験体は走り疲れたらしくどこかの建物を背もたれにして座り込んでいた、

 「おいら人殺しの道具なんてゴメンだい、そんなモンに生まれたくなかったやい」うずくまって泣いていた。背もたれにしていたのが丁度ドアの部分だった。内側からドアが開いた拍子に背もたれを失った実験体は転がりながら家の中へ入りその拍子に頭を打って意識を失う。

 目が覚めた実験体は自分の顔を覗きこむ人間が4人いるのに気付いた、男が1人に女が3人、ここは研究室ではないようだがとうとう捕まったのか、これから使い捨ての兵士として僅かな人生を生きる事になる。

 「大丈夫?」何だって?おいらを心配してくれてる?こいつらは研究所の連中じゃないのか。

 「ここは異世界の料理店だよ、それより君の話を聞かせてくれないかい?」実験体は自分の誕生の経緯やプロジェクトの事など拙い口調で知っている限り答えた、話終わるとここの少女が泣き出した。

 「いくらなんでも酷すぎます!」

 「そうね、殺すために命を創造するなんて矛盾してるわ」

 「私、異世界ってもっと楽しい所だと思ってた」

 「みんながそんなやつじゃないが…僕も間違ってると思う、でも君はもう逃げる必要はない、帰る事もできないけどね。ところで何か食べる?賄いのハンバーグと半端に残ったショートケーキがあるよ」実験体は目をパチクリさせる。食べ物をくれるのか?食物を摂れるようには作られている、しかし研究所では家畜の飼料や生ゴミしか与えられた事しかない、当然美味い訳がない。

 目の前にでてきたのは実験体にとって生まれて初めての人間が食べるちゃんとした食事だった、美味しい料理を堪能し人心地ついたところにここの主人が話しかける。

 「明日からこの店で働かないか?僕は貧弱だし、他は女性しかいないから力のある男手が欲しかったんだ」兵士として作られたなら腕力はあるだろう。

 「おいら働く、戦争するのヤダ、平和な事したい」彼なりに精一杯の笑顔を見せる、一見怖いが喜んでいるのが分かる。

 「それじゃ名前を決めようか」

 「おいら、実験体。研究所の連中そう呼んでた」

 「それはダメ、君はもうここの一員なんだから。そうだな、平和を意味する〈パックス〉ってのはどう?」

 「おいら気に入った、今日から名前パックス」名前を与えられたのがよほど嬉しいらしい。

 翌日は定休日だったので大輔は新しい従業員を紹介するためパックスを連れていつもお世話になっている人達の元を回って歩いた。この世界は地球で妖怪とかモンスター、魔物などといわれる存在が当たり前にいて人間と同じ生活をしている。誰もパックスの容姿なぞ気にしないはず、大輔の予想は当たり彼は街の人々に受け入れられた。その道中で色々貰い物があった、漁師のフンダーからは魚、冒険者達からは魔物の肉、ガーリンの家を訪れていたブラウニーからは山菜を頂き1人では持ち帰りできないが心配はない

 「じゃあ、初仕事。これを店まで持って帰るの手伝って」ニコニコ顔で頷くパックス、こうして越後屋に力仕事担当の新しい従業員が増えた。一方〈フランケン・プロジェクト〉の研究所は突如発生した大地震により倒壊してしまい中にいた研究者は全員死亡した、奇妙な事にその近隣の住居や施設には全く被害が及ばなかったという。

 

 




書きながら気付いたんですがフランケンシュタインって妖怪の類じゃありませんでしたね_(^^;)ゞ


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第35話警察官と元日本人

そういえば異世界流しにあった連中の捜索は続いているのだろうか?と考えてこの話を作りました、最近食べ物描写がないネタが多いなぁ


 警察官の高坂(こうさか)諒平(りょうへい)は先日逮捕された違法金融会社の元社長を尋問していた。失踪した社員について調書をとる為だ。

 「それじゃお前も何処へ行ったかわからないのか?」

 「ああ、共通しているのは越後屋に取立てに行ったまま帰ってこないってだけだ」高坂は越後屋の店主に事情聴取をする事を決めた、彼は徹底的に真実を追い詰めないと気が済まないタイプの熱血バカな刑事だった。

 翌日、高坂は越後屋に聴き込みへ向かうが出入口が見つからない、裏口に回りチャイムを鳴らしてみる。

 高坂は自分の目を疑った、さっきまで確かに存在した建物がチャイムを鳴らしたと同時に一瞬で消えてしまったのだ。慌ててその場から数メートル離れると同じ建物がまた目の前に現れた、再びチャイムを押して家主を呼び出そうとするとまた消える、3回程繰り返すと近所の老人が咎めにきた。

 「いい歳をしてそんな悪戯辞めなさい」子供がよくやるピンポンダッシュに見えたらしい。

 「じ、自分は警察官です。事件について聞きたい事があって訪ねてきたのです」

 「越後屋さんなら今日はおらんし、いつ戻ってくるかも分からんよ」すっかり項垂れて管轄署に戻る高坂を見送ると老人はスッと姿を消す。

 翌日の晩から高坂は夢にうなされ続ける、でてくるのは昼間の老人だ。

 「越後屋にこれ以上深入りしてはいかん」

 「イヤだ、俺は真実を見つけて本庁へ届ける。それが警察官としての務めだ!」

 「それは出来ん、これはお前さんの為を思っての忠告なんじゃ」

 「お前は誰だ?犯罪者の仲間か」老人は半ば呆れ顔で続ける。

 「よいか、もう一度分かりやすく教えてやる、真実を知ろうと越後屋に行けばそこは治外法権どころか警察自体が存在せんのじゃ、務めもへったくれもなくなる」

 「騙されるモンか、悪党め!」大量の寝汗をかいて目が覚める。

 次の日、高坂は越後屋に食材を卸している邑楽食品店に聴き込みをした。

 「越後屋さんですか?お得意様ですよ、受け渡しも支払いも外で済ませますね。中に入れたくない事情があるみたいですが私共には分かりませんね」これではっきりした、越後屋は犯罪者の海外逃亡に一役買っている。令状をとって家宅捜索してやろう。

 その晩、寝苦しさに目を覚ますとあの老人が目の前にいた、と思ったら老人の姿は消えて目の前には美人だが凄味のある目付きをした女性と棍棒を携えたサルがいた。以前交通課にいた高坂はこの2人に見覚えがあった。

 「確か君らは交通事故で死んだはず、そうか、保険金詐欺で…」

  「「そんな訳ねーだろ!」」2人同時にシバく。それから越後屋の秘密を話すが、

 「裏口が異世界に?神の加護が?信じられるか!俺を騙すつもりだろう」なんでも犯罪に結びつけて考える事しかできないこのバカに頭痛を感じる2人。

 「あのな、そんな事して俺達に何のメリットがあると思うんだ?それに出入口が見つからない、建物は近づくと消える、離れるとまた現れる、アンタもその目でみただろ?他に説明がつくか?」ルカはあくまで話し合おうとするが、

 「殺しちゃお❤そしたら信じるかもよ」白夜は怒りのボルテージが振り切れている、愛しの大輔にあらぬ疑いをかけたのが許せないらしい。

 「俺を殺すだと?警察が黙ってないぞ!」

 「うっさい!こっちは女神様の勅命受けてんのよ!」

 「殺す命令自体は受けてないんだが…あの術を使うしかないな」ルカは自分の口元に人差し指と中指を当てると呪文を唱える。

 

 目を覚ますといつもの朝だった、高坂はいつものように署に出勤する、何か忘れてる気がするが普段と同じ仕事をこなす。

 「で、何したのよ?」

 「記憶を操作したのさ、あのバカだけじゃなく警察全体が越後屋に関する全てを忘れてる。2度と思い出せないようにもしたから今後警察が越後屋を調査する事もないはずだ」

 「よかったぁ\(^o^)/じゃ私ご飯食べに行こ。大ちゃ~ん今行くわ(≧∀≦)」

 「オイ!女神様に報告はっ?まあどっちにしろ俺が行くしかないけどさ」白夜は大輔に会いに、ルカは觔斗雲で天界へ昇って行く。尚、大輔本人は裏口の日本でこんな騒動があった事は一切知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、長らくモブだったあのキャラが主役で登場します。


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第36話ラミアとチーズタルト

第4話に初登場以来ずっとくすぶっていたベポラ。やっと主役が回って来ました


 奴隷制度が犯罪者を除き廃止されたとはいえ、世間にはまだ奴隷商人が存在する。連中は法の抜け穴を上手く見繕っては巧妙に人身売買を繰り返す。

 ある奴隷商人がこれから奴隷として売り飛ばす予定の若い娘達を幌馬車に詰め込み商船で別大陸へ向かおうとしていた、彼にとって不運だったのはこの船がラターナの港を経由して別大陸に向かう事である。

 ラターナの港に着いた船から多くの商人が大量の荷物を下ろし各自取引先のへ引き渡す、金はこの時支払う場合と既に船便で送ってる場合がある。買い手の1人である織物問屋のベポラがこちらにない別大陸独自の縫製がなされた織物を部下に命じて自分の馬車へ積ませていると怪しげな男が深くフードを被った女性を10人くらい引き連れて船に乗ろうとしていた、不審に思ったベポラはラミアならではの感覚で(蛇のピット器官)観察して男の正体を見抜くと長い尻尾で足を絡めとり体の自由を奪い今度はその全身に自分を巻き付ける。顔面蒼白になっている奴隷商人を衛兵隊に引き渡し、女性達が無事保護されたのを見届けると買い付けた輸入品と一緒に自分の店に帰っていった。

 「そうですか、お手柄でしたねベポラさん」3日後越後屋でベポラは自らの武勇伝をマスターに語っていた。

 「んふふ、少しは惚れたかしら?」

 「いえ別に」ズルッ

 「まぁいいわ、昨日予約しておいたモノは出来てるかしら?」

 「はい、いつものお持ち帰り用が30個。いつでもお渡しできます」注文したモノが詰められた箱を5つ、ホクホク顔で抱えるとベポラは自分の店とは別に建てられた自宅へ帰っていった。

 自宅へ戻ると6人の娘と20人の孫娘がベポラの帰りを今か今かと待ち望んでいた、目当ては彼女が買ってくるお菓子だった。尻尾を合わすと子供でも2メートルはあるラミアが大人数で来店すれば越後屋は忽ち狭くなり他のお客に迷惑がかかる、ベポラとて商売人なのだからそれぐらい分かる。だから家族のうち誰か1人が交代でみんなが大好物のこれを持ち帰り用で買ってくるのがベポラ一家の取り決めだ。

 「ママ、お帰りなさい」見た目はあまり歳の違いがなさそうな長女が出迎える。

 「あのお菓子買ってきてくれた?」10才くらいの幼いラミアが待ちきれなくてそわそわしている、こちらは一番末の孫娘だ。

 「ええ、勿論よ。さ、誰かお茶を淹れてちょうだい、みんなで頂きましょう」1つの箱を開けると手のひらサイズの円い菓子が6つ入っていた。家族27人が同時に食べ始める。

 真上には練って柔らかくしたカッセが乗っていてサクッとした回りの生地を噛みきると中からは甘酸っぱいトレベの砂糖煮が口の中に流れてくる。同時にカッセが口の中で溶けていく、2つの味が混ざり合う瞬間、己の体まで溶けそうな快感が全身を駆け巡る。

 「やっぱりチーズタルトって美味しいわ、こればっかりは止められない」

 「ホント。1人1個なのは物足りない、私もっと食べたい」

 「太るわよ」女3人寄れば姦しいとはいうがそれが26人いるのだから賑かさは半端ない。いつのまにか娘達から離れていたベポラは1人で自室にいた、買ってきたチーズタルトは30個、つまり3つ残っている。

 「これは年長者の特権よ、それに私が今回の当番だったんだし。黙ってればわからないわよね」食べようとした瞬間背を向けていたドアが開いた。

 「ママ!(お婆様!)」独り占めがバレてしまい娘達から暫く越後屋へ行くのを禁止されるベポラであった。




本作でもラミアには女性しかおらず人間か他種族の協力がないと子を成せません、娘達にはちゃんとご亭主がいますがこの時は留守にしてました


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第37話公爵とパン屋とエピソード1

たまに<不味いパン><石みたいなパン>出てきますがエドウィンのパン事情を紹介します、時系列は越後屋が異世界で開店する直前くらいです


 異世界はラターナ王国のエドウィンの街に店舗ごと転移した大輔は市場調査を始める事にした、ここで店をやっていく以上人々の暮らしや食文化を知っておく必要がある。案内役は商業ギルド長の(いわば商店街の会長さんみたいなものかなとこの時の大輔は思ってた)ヴァルガスが引き受けてくれた。

 やがて一軒の店に到着した、ベーカリーのようだ。ヴァルガスは大輔を別大陸からきた、昔馴染みの親類でこの街で料理店を開く予定の若者と紹介した。昨日4人で話し合い大輔が異世界人である事は内緒にした方がいいだろうという事になり予め裏設定を決めておいた。

 大方の予想はしていたがこちらの主食はパンだった。鋸らしき道具で薄切りにされている、1つ貰って口に入れようとしたら怪訝な顔をされた、囓ってみると固い!まるで木片のようだ。味はそこそこだったが普段食べ慣れているものと違う。パンというより大きな煎餅かクッキーといった感じである。

 「この世界じゃパンをそのまま食わねえよ、スープや茶につけて柔らかくして食うんだ」周りからクスクス笑われる中ヴァルガスから丁寧に説明を受ける。

 「このパン、どうやって作るかわかりますか?」パン屋の主人に気付かれないようにヴァルガスに尋ねる、

 「ン、異世界のパンは材料とか違うのか?」

 「材料というより加工の仕方だと思うんです。失礼がない範囲で聞き出したいんですが」ヴァルガスからみればこいつらの方がよっぽど失礼だと思ったが大輔の事を礼儀正しい若者と感心もした。同時に異世界のパンを食べてみたかったのもあり妙案が浮かんだ。

 「こいつの故郷のパンは一味違うぜ、みんなで試食に行かないか?もう土地と建物はできてんだ」この言葉に焦る大輔、今は買い置きのパンがない。一昨日使いきっていたのだ、仕方ない、店についたら正直にいって謝ろう。という訳で全員揃って越後屋へ向かう事になった。

 「えっと…本来だったら僕の故郷で専門の職人が焼いたパンを召し上がってもらうのですが、生憎切らしているので代わりに僕が自分で焼いたモノになります。その…失敗作なんですが」手にとるとそのままで綿のように柔らかく甘い香りがする。

 「なんだ?これがパンか?家のとは全然違う!」

 「これで失敗作?成功したらどれだけ美味いんだ?」ふと入口から柄の悪そうな男達が入ってきた、パン屋の主人に駆け寄るといきなり胸ぐらを掴む。

 「オイ!金はできてんだろうな」こいつらも借金取りか、どこにでもいるんだな。嘆息する大輔に対しヴァルガスはパン屋の主人と借金取りの両方を睨み付ける。

 「俺はこの街で商業ギルド長を任されているヴァルガスだ!お前ら誰の許可を得て金貸しなんぞやってんだ?それにパン屋、借金してるのは本当か?」借金取りよりヴァルガスが怖くて涙目で頷くパン屋、一方借金取りもビビりまくっている。

 「こいつは領主様の判断を仰がなけりゃならねえ問題だ、お前ら全員ついてこい!」全員というので大輔もついていく。

 やがて交番を彷彿させる建物につく、ここが衛兵隊の駐屯所だそうだ、ヴァルガスから話を聞いた衛兵達はヴァルガスと大輔以外の全員を縄で縛り上げた。

 「この国じゃ基本的に金貸し業は禁止されてる、必要な場合は商業ギルドが貸すのが習わしだ、異世界じゃどうだか知らんが、あの連中のやり方も違法行為なのは間違いなかろう?」日本の借金取りにムカついた訳を理解した大輔、衛兵に連れられてやってきたのは大層立派なお屋敷だ。

 「執務室で領主様がお待ちだ!」衛兵に煽られ書斎みたいなところへ入るといかにも貴族を思わせる中年寄りだがイケメンの男性が控えていた、この人が領主様だろう。

 「では両者に判決を下す、借金取りは最低2年間牢内にて服役、パン屋の主人は身分証剥奪の上街払いとする」この国では罪人の刑罰は法律に沿って領主の判断に委ねられ、彼らは裁判官の仕事も兼任しているらしい。罪人達が衛兵隊に連行されて大輔とヴァルガスだけ領主様の元に残される。

 「ふぅーっ、国どころか世界の違う人にみっともないモノをみせてしまったな。改めて自己紹介しよう、私はこの街の領主でエスター・コルトンという。爵位は公爵だ、以後宜しく頼む」

 「だ、ダイスケ・エチゴヤです。こ、こちらこそ宜しくお願いします」な、なんでバレてんの?

 「悪ぃが領主様にはお前さんの正体を話しておいた、黙ってたらかえって色々と不都合だからな、ホントは数日後くらいにご挨拶に連れてくるつもりだったが変な状況になっちまってスマン」得心した、どこの馬の骨とも知れない僕にとって権力者の後ろ楯があった方が何かと有利だ。

 「表向きはギルド長達のアイデアでいいだろう、身分証も商業ギルドで発行するといい。だが私は領主として国王陛下には真実を話す義務がある。それだけは理解して欲しい、無論君の事は私にできる限り悪いようにはしない」話の分かる人でよかった、とりあえず一安心だ。

 その晩、大輔は裏口の日本へ行きスーパーで買ってきたパンと自分で焼いたのを公爵とヴァルガスに食べ比べてもらったが、

 「どこら辺が違うのか今一つ分からんな」

 「寧ろお前さんの焼いた方が旨い気がするぞ」

 「砂糖の量を間違えたんです、だから思ったより膨らまなくて」

 「いやいや充分だ、こりゃパンの常識が変わっちまうな」

 「しかし、自分で追い出しておいて言えた義理ではないがパン屋がないのは不便だな、君暫く異世界でパンを仕入れて商業ギルド本部に卸してくれないか、ギルド長は新しく我が街で働くパン屋の手配をしてくれ。それまで街の人々には異世界のパンを販売する事にしよう」大輔は快く引き受けた、店を始められるまでまだ色々手続きとかあるし。それまでパンの卸売りで生計をたてるのもいいかもしれない。

 この1ヶ月後エドウィンの街では越後屋の影響と謎の大豊作でオリゼが主食に成り代わりパン屋の需要が当分なくなる事など3人共予想もしていなかった。

 




思い付いた順に書いてるからいまになって綻びが目立ってきます
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第38話炭焼きときつね月見うどん

大輔は(神様に通じている点以外)ルカの正体を知っています。


 大輔とパックスはいつも食材を仕入れている邑楽食品にきていた、あれから分かったのだがパックスも店の裏口から異世界と日本を自由に行き来できるのだ。正体がバレないように念のためパックスにはサングラスとマスクを着けさせる。

 「生きたままだと移動できるのかな、でも借金取りは無理だったし、ルカさんもどっからか行き来できるって言ってたな」この件について彼に相談したら何の問題はないとサラリと返された。

 「万が一戻れなくなりゃ俺が責任もってこっちへ送り届けるからさ」そこまで言われると信じるしかないがあの自信はどこからくるのか、気にはなるが考えてどうにかなる訳でもないし、一旦忘れる事にした。

 いつものように大量の食材を購入していく、パックスに運んでもらえば配送手数料の分安くなる。2人は荷物を抱え越後屋に帰ってきた。

 「じゃ少し休んだら、始めようか」

 「ウン、おいら、頑張る」

 

 山奥で暮らし炭焼きと薪売りで生計をたてる家族がいる、だが彼らは夫婦でも親子でも兄弟姉妹でもない。頭の禿げ上がった老爺と女性にしては筋肉質な30くらいの元海賊と5年前、赤ん坊の時に山へ置き去りにされた幼子の3人が身寄りのない者同士粗末な家に一緒に住んでいた。老人が炭を焼き女が薪を割り幼子と売りに行く、家の留守を守るのは老人の役目だ。

 「爺ちゃん、いってきます。お土産買ってくるね」老人は幼子を実の孫を見るように目を細める、この穢れのない笑顔を守れただけで5年前保護して本当によかったと思う。

 「んじゃ、いってくるぜ爺さん。無理すんなよ」元海賊だけに口調の荒い女は老人に留守を任せ幼子と出かける準備をする、

 「オウ、俺ァ家ん中で一眠りしてっからよ」炭焼きは1度始めると2晩は寝ずの仕事になる、さっきまで働いていた老人は無責任な一言を返すがホントは2人が戻るまで心配で寝るどころじゃない、そんな事決して口にはださないが。女の方もこの老人の性格は長い同居生活をする内に心得ている、いつの頃からかお互い黙ってても通じ合う関係になっていた。

 いつものように商業ギルド本部に寄り挨拶する、街で商売するにはギルドの許可がいるし印象を良くしておけば仕事もし易い。この2人は各家庭や店や施設に薪と炭を訪問販売しているのだ、担いできた品物を売りアル硬貨を50枚ばかり手に入れる、山には野草があるし魚も捕れるから食うにはあまり困らない。稼いだ金で2人は山では手に入らないパンやオリゼや酒、日用品を購入していく。

 「よっしゃ、チル。後はエチゴヤさんに炭を届ければ今日の仕事は終わりだぜ」チルと呼ばれた幼子の顔がパアッと明るくなる。本来薪と炭は併用するモノだがなぜかあの店は薪は不要だからといって断られた、でもその分炭をどこよりも大量に買ってくれるので不満はない、それにいつも美味いメシを安く食わせて貰える。

 今日のエチゴヤは店を休んでいたが戸は開いていたので中へ入る、時間はそろそろ夕方になる。

 

 「毎度~、炭のお届けっス」女が声をかけると主人でない図体のデカい男がいた、ギョっとする女。

 「い、いらっしゃいませ」男は震えていた、ガタイのわりに小心者のようだ、チルは幼いからか怖いもの知らずで男に近づき握手しようとその大きな手をとる。店の奥から主人がでてきた。

 「リッキーさんにチルちゃん、いつもご苦労様です。あれパックス、早速仲良くなったの?」

 「あたしチルってゆーの、今日から友達」

 「おいら、パックス。おいら友達できた嬉しい」リッキーは多少不安だったがここの主人が雇う者なら大丈夫だろうと思い直した、炭を納めると相場の代金を貰う、主人は受け取った炭を奥の部屋へしまいにいく。

 「じゃあ、椅子にかけて待ってて下さい。夕食を用意しますから」チルは待ちきれないのか足をブラブラさせている、リッキーは彼女の手をおしぼりで優しく拭いている。こうして見ると本当の親子のようだ。

 

 昼間、日本から帰ってきた後パックスは小麦粉を練っていた、大輔の指導のもと初めての仕込みに挑戦したのだ。大輔はそれを茹でながら油揚を煮て卵を2つフライパンに落とし目玉焼きを作る、この世界では生卵を食べる習慣がないので一工夫した。

 「お待たせしました、きつね月見うどんです」スープに浸かった真っ白なパスタに焼いた卵と土色の肉っぽいのが乗っている、チルには取り分け用の小さな器がそえてある。ヒスピでできているという土色の塊は肉と比べても遜色ない美味さで甘くて仄かにしょっぱい、卵は下味もなく焼いただけだがスープの味が濃いめな分釣り合いがとれている。この日は定休日だったので大輔達も一緒に食事を摂っていた、こちらは目玉焼きではなく生卵を使っていたが。パックスは初めて自分で作ったうどんが料理されてとても嬉しそうだ、大輔はリッキーとチルが料理を平らげると再び厨房へ入り何やら作業を始めた。帰り際にリッキーが代金を払おうとしたら

 「今日は定休日だしお客様用の料理じゃないので結構です」と断られ、なぜか小さな鍋を渡される。

 「イアンさんの分です、少し煮ればすぐ食べられます、鍋は次いらっしゃる頃返して下さい」

 

 リッキーは家に帰ってエチゴヤの主人に教わった通り鍋を火にかけ中身を器に移し老人に振る舞う。

 「美味いな、俺の分までわざわざ作ってくれるとは、エチゴヤの旦那ってのは性分のいい人だな、今度は3人で街へ降りてあの店で外食するのもいいだろう」リッキーはイアンと一杯()りながら頷き、

 「ああ。それにチルはともかくあたいや爺さんの名前までちゃんと覚えてんのはあの旦那ぐれぇだぜ」街へ行けば誰からも(炭屋さん)、(薪売りさん)と呼ばれているリッキーだがあそこの主人だけは決してそう呼ばない、それは本人が目の前にいなくても同じだ。

 「まさか、惚れたか?」イアンはちょっとからかってみる。

 「馬鹿言うな、爺ぃ!」酒のカップを思わずイアンめがけて投げつけてしまうリッキー、外れたが。その顔は真っ赤になっている。

 「チキショー、酔いが回った、あたいもう寝るぞ!」既に寝息をたてているチルの隣で床につく。イアンは一頻り笑っていたが

 「俺も長くはねぇし、責めてこの2人にはもっと楽な生活させてやりてえな」リッキーが寝付くと軽く溜め息をつきイアンは彼女達の幸せを祈りつつチルを挟んでリッキーの反対側の毛布に踞った。

 

 




ニューヒロイン登場?しかもコブ付きって親子じゃなかったですね(^_^ゞ
「コブ付きじゃダメなの?それじゃ私の立場はどうなるのよ!?」BYベポラ
大輔は冷蔵室や冷蔵庫の消臭の為に炭を購入しています
'しょっぱい'の異世界語も当初考えましたが調べたら元々塩(サウル)からきた言葉ではないのでボツにしました


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第39話吸血鬼とまぐろ丼

もっと感想が欲しい…


 衛兵隊の警ら部隊は8時間ごとに隊員が交代し、24時間街の治安を守っている、殆どの隊員は大体1ヶ月単位で早番と中番、遅番を繰り返すが例外もいる。吸血鬼にして衛兵隊員のテトラもその1人である。

 吸血鬼というと人間の血を吸い尽くして命を奪うか、相手も同じ吸血鬼に変えてしまうイメージがあるがこの世界ではそんな伝説も事例もない。単に獣肉や魚を生でしか食べる事ができず(逆に人間等は肉と魚を生で食べる習慣はない)同時に血も摂取する為そう呼ばれるだけである。但し陽の光が苦手なのは変わらない。その為彼女は警ら部隊でも専ら夜勤専門である。

 仕事を終えて真っ黒いフードつきのマントを被る、朝も早い今のうちなら陽の光を遮断すればなんとか我慢できる。この時代、仕事がなけりゃ生活もままならない。帰り際に同僚のコルルンに声をかけられる。

 「テ~ト~ラ~、今~夜は~非番~でしょ~?一緒~に呑み~に行~こう~」いつも無感情な態度で笑顔1つ見せない私は同僚達の間ではクールどころか冷徹なイメージを持たれている、本当は誰かと仲良くなるの昔から下手なだけなのよ、それでも彼女だけは普通に話しかけてくる。鬱陶しいけど嫌いにはなれない。

 「イヤよ、私が偏食なのは知っているでしょ?」

 「大~丈夫~エチゴヤのマスターな~ら~きっと~どうにか~して~く~れ~る~から~」その間延びした話し方どうにかならないの?伸びるのは首だけで沢山よ、まあお酒は好きだから付き合ってもいいけど。コルルンと待ち合わせの時間を決めて地下深く掘られた穴蔵に建てられた家に帰る。

 その晩2人は越後屋を訪れカウンター席につく、コルルンはいつものカプレーゼとビールを頼んだ。テトラはダメ元で生の魚を食べられるかウェートレスに聞いてみると彼女は下がり店の主が対応に出てきた、この人がコルルンのいうマスターらしい。

 「ああ、それならテュンのいいのがあるんでお出しできますよ」ヘッ?意外な返事につい変な声がでてしまった、何なの?この店。その場を慌てて誤魔化しおすすめのお酒も一緒に頼む。

 「お待たせしました、カプレーゼとビールにテュンのサシミとニホンシュです、マスター曰くショーユをつけて召し上がるのがお勧めだそうです、添えてある緑のハーブは付けすぎると鼻が痛くなるので注意なさって下さい」テトラの前にあるのは確かに生魚を切ったモノだがそれだけじゃない、丁寧にナイフが入った切り口は美しく信じられないくらい新鮮だ。なにより魚特有の生臭さが全くない、早速ショーユとかをつけて食べる。

 「美味ひいっ、普段食べてる魚と全然違う」試しにさっきのハーブをほんの少しのせてみる。

 「は、鼻がっ、ごほっごほごほ」

 「気~をつ~けて~って言われ~た~でしょ~」コルルンにお酒の入った小さいカップを手渡される。グッと呑みほすとその濃さにまたも驚く。

 「ふぅーっ、びっくりしたぁ」周りがキョトンとした顔で私をみつめる。

 「ふっふ~、今日は~テトラの~可愛~いとこ~ろ~いっぱ~いみ~ちゃった~」コルルンにからかわれた!

奥にいるウェートレスも笑いをこらえてる、は、は恥ずかしい(≧≦)マスターだけは何も見てないそぶりで厨房で仕事をしている。

 「なんか、お腹空いた!オリゼとかお腹にたまるもの食べたい」恥かきついでにヤケ食いしてやる!実際腹ペコだけど。まだ残っているサシミを使ってオリゼ料理ができないかマスターに相談する。

 

 「まぐろ丼です、味付けはしてあるのでそのままどうぞ」器に盛ったオリゼの上にショーユと例のハーブが絡んだサシミが2種類。さっきのより白っぽいサシミが一緒に乗ってて更に黒い紙が細切りにされて散りばめてある、これ何?

 「テュンの脂身で希少部位です、僕の故郷ではトロと呼ばれてます。黒い紙のようなものは海苔、海草を加工したものです」そのトロから口に入れる、今度はハーブで鼻が痛くなる事はなかった。それどころか爽やかな辛味で食欲が増してくる、あれ、まだ噛んでないのに消えた?まるで春の雪のように溶けてなくなったが舌に味が残っている。脂はすごく甘いけどしつこくはない、ノリとかいう海草も香りがよくてこの料理にすごく合う。オリゼで口直しして赤い方のサシミを食べてニホンシュを呑む、あとはそれをひたすら繰り返す。

 結局私たちは閉店するまで散々飲み食いした、食べ物屋でお金使ったのはお酒以外ホントに久しぶり。

 「あ~食べた×2、大満足」

 「テ~ト~ラ~」

 「な、何よ(//ε//)」

 「や~っぱり~テト~ラ~って可~愛い~な~」ちょっと今日のコイツ変!

 「グゥ(-.-)Zzz・・・・」寝ちゃったの?真夜中で人通りがないからってここ往来よ!仕方ない、今夜は私ん家に泊めるか。テトラは手のかかる同僚を担いでいく、エチゴヤを紹介してくれた事には感謝するけどね、マグロドン美味しかったな。今度家族も連れてこよう、父さんに母さん。兄貴に妹、5人か。給料日待ちね、夜空を見上げると満月も微笑んでくれているように見えた。

 

 




これで某大先生の作品に登場する子分トリオ揃い踏みです。(違う?)
 テュン→まぐろ
あと、お分かりでしょうがここにでてくるハーブとは山葵です。
 


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第40話鬼一家とバームクーヘン

知り合いのアイディアをヒントに書きました。遂に40話です


 新たにエドウィンの街の冒険者ギルド長に就任した(オウガ)のゴドノフは多忙な日々を過ごしていた、何せならず者ばかりが集う場所だ。喧嘩や揉め事は日常茶飯事だし、酷い場合はそれが決闘にまで発展する事もよくある。そして今日も…

 「オイ、()ろうってのか!」

 「上等だ、表出ろやっゴルゥァ!」2人の冒険者が大喧嘩をおっ始めやがった、ゴドノフは溜め息をつくと仲裁に向かう。冒険者ギルドは曲がりなりにも公共の施設である、万が一ここで人が死ねば大問題であり、何よりゴドノフも罪に問われるのだ。

 ゴドノフも若い頃は冒険者であり、2本の斧を振り回すその戦闘スタイルから〈双刀鬼のゴドノフ〉とパーティーメンバーや同業者からも恐れられ、多くの伝説を残している、子供が生まれたのを機に冒険者を辞めてギルドで働くようになり、早くはないが着実に出世してギルド長にまでなった。最近の若い連中でもこの街の生まれなら勿論、拠点にしている奴らはゴドノフの伝説を知っている。ここまで大きな騒ぎを起こすのは余所からきた流れ者ぐらいだ、彼等の間に入ると両者の胸ぐらを掴んで声を張り上げて叫ぶ。

 「手前ぇら!喧嘩ならよそで殺れ!さもなきゃ2人共この場でぶっ殺すぞ!」両者を張り倒し怒号を浴びせるゴドノフ、その剛腕と何より迫力ある強面にシュンとなり矛を収める冒険者達。怒りが収まらないといった様子で傍観していた他の冒険者達を地獄の番犬のような形相で睨みつける、これで当分は牽制になるだろう。

 ようやく1日の仕事を終えて家に帰る、その前にエチゴヤに寄り、昨日予約しておいた最近お気に入りのモノのお持ち帰りを受け取りにいく。

 自宅では妻のルイサと娘のフロワが待っていた、風呂に入りその日の汗を流して家族で夕食を食べる。その後はお楽しみがある、さっき買ってきたお菓子だ。箱を開けて3等分にして家族で仲良く食べる。今日張り倒された2人の冒険者がこの姿をみたらどう思うだろうか?

 「美味ぇな、バームクーヘンって。こんな柔らかくてフワフワな菓子は他じゃ食った事ねえよ」ゴドノフは顔に似合わず甘いモノ好きである、独り身の頃から仕事で大陸中を渡り歩きそこで名の売れた菓子屋を訪れては色々な菓子を食べてはみたがどれも今一つなモノばかりであった、齧れば石か木のように固かったりただ砂糖の甘さが強過ぎて舌が疲れたり逆に全然味がしなかったりと'ハズレ'も多かった。そこへいくとエチゴヤの菓子はどれも'アタリ'だ、マスターの故郷で[木の年輪]を意味するらしい名が付くこのお菓子を家族はそれぞれの形で楽しむ、ゴドノフは大きな塊を手掴みでかぶり付き、ルイサは年輪を模した線に沿って割りフォークで少しずつ食べる、フロワは敢えて線の垂直に手でちぎって親指と人差し指で摘まんで口に放り込む。

 「そういや、マスターが味付けにもバリエーションがあるって言っていたな」

 「えっホント?私今度はトレベ味がいい」これはフロワの意見。

 「私は、マッチャ味とかいうのが美味しいと思うわ」ルイサがいう、ゴドノフも黙ってない。

 「俺ならチョコレート味にしてもらうな、よし1度3つ共作ってもらい買ってきて食べ比べてみるか」

 「「賛成!」」家族一同仲良く食べながら笑い合う。こうしてゴドノフ一家の楽しい夜は更けていくのだった。

 




ゴドノフは間違って覚えてるので訂正します、バームクーヘンはバームが木、クーヘンがお菓子の事で〈木のお菓子〉という意味が正しいです、詳しくはwikiなどを参照して下さい
越後屋のバームクーヘンはフライパンで作られるハーフサイズのものです
この一家と15話及びスピンオフ「転生したら女獄卒になってしまった」に登場するカラバとは血縁関係などは特にありません


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第41話流れ者夫婦とかぼちゃのマカロニスープ

出来の良し悪しはともかくとして今日一気に2話書きました、
サブタイトルが今までで一番長い…σ( ̄∇ ̄;)


 バズとマデリーンは傭兵をやめる決意をして生まれて間もない我が子を連れ安住の地を目指していた。まだ若く実力もある2人だったが子供の将来を思い危険な仕事から足を洗う道を選んだのだ。

 バズは生まれつきのいかつい顔と右目にかかった古傷のせいで見目麗しいマデリーンと並ぶとまるで娘を売り飛ばす女衒に見えなくもない、しかしこの2人歴とした夫婦である。マデリーンもバズもお互いに相手を誰よりも愛しているし、信頼しあっている。マデリーンが抱いている赤ん坊がその確固とした証だ。

 翌日の夜になってようやくエドウィンの街へたどり着いた。出産後すぐに旅だったせいでマデリーンは疲れがピークに達してるようだ、子供はバズが背負っている、一刻も早く休ませてあげたい。こんな時は冒険者ギルドに立ち寄り情報を集めるのが得策だ。中に入るとバズ以上に強面の職員がいた、恐る恐る自分達の事情を話すと意外に気さくに教えてくれた。

 「腹は減ってるか?そんなら近くにエチゴヤってメシ屋がある、ここらじゃこの時間にやってる店は他にないからすぐ分かるぜ。メシ代がなきゃ俺にツケとけ、貸しにしといてやるからよ、冒険者ギルド長のゴドノフって言やあ分かる。あそこのマスターはいい奴だから素泊まりなら寝床も貸してくれるだろう」子供を背負ったバズを嘲笑する者もいたがゴドノフが睨むと忽ち大人しくなる。親切なギルド長にお礼を言って、マデリーンが倒れないよう体を支えつつその店を目指す事にする。

 「見かけによらずいい人(鬼だが)だったわね」

 「俺ぁ、自分より怖い顔初めてみたな」少しだけ歩くとその店が見えた。

 「いらっしゃいませ」2人共土と埃で汚れているにも関わらずウェートレスがにこやかに迎える、厨房にいた男が彼女に目で合図したかと思うと、

 「それじゃ、ザシキへご案内します。足も伸ばせますのでお(くつろ)ぎ下さい」ウェートレスについていき個室へ入ろうとすると

 「履き物を脱いでお入り下さい、そこに鍵付の箱があるのでしまっておきますね」テーブルの上に水の入ったグラスと筒状の蒸した布を置き2人の靴を所定の箱にしまう、バズは彼女から靴箱の鍵を受け取り中に入ると床板は干し草を編んだモノでクッションも備えてある。これなら直接腰を下ろしても大丈夫そうだ。戸がノックされてこれまたバズ以上に怖い顔した大柄な店員が足のない椅子を2つ持ってきた。

 「ざ、座椅子お持ちしました。お使い下さい」座椅子は骨組みはしっかりしてるが中身は綿のように柔らかく座り心地が良さそうで赤ん坊を抱えていて疲れぎみの彼らにはありがたい配慮だ。料理はマスターと呼ばれる店主に任せる事にした、教わったように布で手を拭き脚の短いテーブルの下に足を伸ばしているとさっきのウェートレスがパンと料理を運んできた。

 「お待たせしました、ペポのマカロニスープです、ごゆっくりどうぞ」バズはスープを一匙掬う、ペポの優しい甘さが疲れた体に染み渡るようだ、マデリーンばかり気にかけていたが彼も疲労が貯まっていたとみえる。マデリーンは短いパスタみたいな麺を食べてみようとフォークをとるがバズがスプーンで代わりにマデリーンの口に入れる。

 「熱くなかったか?」ぶっきらぼうに聞きながらもその顔は照れて真っ赤になっていた、マデリーンは思わず吹き出してしまう。

 「貴方ってホントに優しいのね、バズ。だから大好きよ❤❤」

 「止せって」しばしイチャつく2人だが美味しい料理に再び腹の虫が疼き出す。それから全ての皿が空になるまで食事に没頭する、パンはそのままで充分に柔らかくまたスープに浸けても相性がいい。粒のやたら目立つ野菜と薫製肉もパスタやパンに良く合う、すっかり満たされたところで赤ん坊が目を覚まし元気に泣き出した。

 「ゴメンなさいね、あなたを忘れていたわ」バズは店主が個室を使わせてくれた理由にようやく気づいた。マデリーンが赤ん坊に食事を与える間にマスターに代金の事などを相談しようと一旦個室をでる、ゴドノフさんがたてかえるといってくれたがそこまでお世話にはなれない。

 「お代ならツケでいいですよ」マスターは支払いはバズに金が入った頃で構わないと言ってくれた、更に仕事を探しているというバズに商業ギルド長へ紹介状も書いてくれるそうだ。その夜バズ達はザシキに布団を借りて泊めてもらった。

 翌日朝食までご馳走になって3人で冒険者ギルドに立ち寄りギルド長に昨日のお礼を言って商業ギルドに行く、ここのギルド長のヴァルガスも見た目は恐ろしいサイクロプスだが紹介状を見せると笑顔で相談にのってくれた。

 「昨日エチゴヤでパンを食ったか?ならパン屋をやってはみないか、そこらのモンじゃなくあの店でだすやつをさ。実は前にいたパン屋が廃業してな、店舗がそのまま残ってるから仕事はいつでも始められるし作り方はエチゴヤマスターが教えるって言うから問題ないぜ。今年はオリゼが大豊作だったからなくてもどうにかなったが来年は分からんしな」若夫婦はこの話を受ける事にした、明日から2人の、イヤ3人の新しい日々が始まる。

 




今後しばらく投稿ないかもです、(終わりにはしません)\( ̄O ̄)/

ペポ→かぼちゃ。粒のやたら目立つ野菜はブロッコリーでした


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第42話学生と社会科見学前編 女子とサンドイッチ

第21話以来の2話構成でお届けします


 国立ラターナ学園エドウィン校は一般市民向けの学校である、この学校で教鞭を執るベテラン教師のジャップ先生は毎日やんちゃな生徒達に悩まされていた。

 授業など碌に聞きはしない、それでいて教師のプライバシーは気になるのかやたら問い詰めてくる。入口の戸にバケツを挟んだり教壇に蛙を忍ばせるとかは日常茶飯事、この有り様を殆どの教師が放っておく始末。これは教育庁に取りあってもらうしかない。学長にも相談しなければ。

 就業後その日の仕事を片付けて帰り仕度の最中、新米女性教師ルーシー先生と共に学長に呼ばれた、生徒達の件で相談があるという。

 「学長から切り出して頂くとは話が早いですな、私もホトホト手を焼いておりまして」

 「その件ですが、ジャップ先生。生徒達が授業に興味を示さないのは我々教師にも責任の一端があると思いましてな」

 「ではどうしろとおっしゃるのです?」

 「何も読み書き、計算、歴史といった座学ばかりが勉強とは限りません。実質的なモノを学ぶのも良いのではないかと」

 「つまり生徒達に大人の仕事を体験させようとおっしゃるのですわね」若いだけにルーシー先生は理解が早い、その後3人は具体的な打ち合わせを始めるが学長とルーシーの熱の入れようにジャップは1人置き去りにされた気になった。

 翌日ジャップとルーシーは生徒達を引率してエチゴヤにきた、彼らに飲食店の仕事を体験させるよう学長から指示されたのだ、ようするに社会科見学である。

 「一同、店主さんの言う事をよく聞くように」 

 「今日の授業は必ず将来役にたつわ、みんなしっかり学びなさい」

 いつになく緊張する大輔、社会科見学される(・・・)立場になるのは初めてである。

 「それじゃ男子班と女子班に分かれてもらいます、女子はルーシー先生と、パン屋のバズさん夫婦の元へ移動してもらいます。男子はジャップ先生と残って下さい」

 半々に分かれた彼らが近くのパン屋へ行くと顔に大きな傷のある男と美しい女がエプロン姿で出迎える。2人は大輔から学んだパン作りを今度は学生達に教える、元は傭兵だったこの2人だが今は店をやりつつエチゴヤにもパンを卸している。窯の様子を見るとちょうど食パンが焼けていた。

 「それじゃあら熱がとれたらパンを切ってサンドイッチを作ります、主人が揚げ物やオムレツなどを作ってるので各自好きなモノを挟んで下さいね」マデリーンが説明している間バズはサンドイッチの具を仕上げていく。

 サンドイッチは今、この街ではメジャーな料理として広まりつつある。パンに惣菜を挟むだけの手軽さが人気でここにも買いに来る人が多い、またパンだけ買って自宅で作る人もいる。女子学生はキャーキャー言いながらサンドイッチ作りに挑戦する。

 「パンが上手に切れなーい」

 「ヤダ、中身がはみでちゃった」

 「今作って貰っているのがそのまま皆さんのお昼ご飯になりますから頑張って下さいね」マデリーンの言葉を聞いた途端に真剣になる女子学生達、ルーシーも一緒に作っているが1人暮らしが長いせいか生徒達よりは幾らか上手にできている、それでもバズとマデリーンには遠く及ばない。

 「やっぱりお2人とも手際がいいですね」感心するルーシーだが、

 「私達も最初は下手でした、最近になってどうにか売り物にできるのがやっと作れるようになったんです」普段は穏やかでお人好しなエチゴヤのマスターだが料理の事になると一転して厳しくなり2人は相当な猛特訓を受けたという。

 「ここは大人数で食事するには不向きですからエチゴヤに戻ってお昼にしましょう」サンドイッチをのせた皿を持ってエチゴヤへ移動した。

 

 




バズとマデリーン、結構パン屋の才能ありましたね、
(^o^)後編へ続きます。


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第42話学生と社会科見学後編 男子とおにぎり

学生達は殆どが料理未経験なので簡単なモノをと大輔は考えたみたいです


 一方男子は初めてのオリゼ洗い(研ぐと言うと伝わりにくいので大輔は『洗う』と表現した)に四苦八苦している、春とはいえ水はまだ冷たく指がちぎれそうなくらい痛い。

 「お湯で洗ってはダメですか?」この店には火に掛けなくても自動でお湯がでる魔道具があったはずだ、生徒の質問に大輔は真剣に答える。

 「オリゼの味が劣化するのでダメです。後透明感がでるまで水を2、3回交換してその都度洗います」

 「「「「え~っ!」」」」

 「ぼやいてはいかん!店主さんはこれを大量にしかも毎日やっておられるのだぞ」

 「それならジャップ先生もやってみて下さい、これスッゲェ辛いっす」生徒の言葉に怯むジャップ、料理をはじめ家庭内の事は妻に任せっきりで自分でオリゼを洗うのは未経験だ、しかしやらなければ生徒に示しがつかない。挑戦してはみるものの、

 「うぅ、指が痛い!これは確かに辛い」家にいるはずの妻が嘲笑っている気がする、そういえば生徒と同じ体験をするなんて今までなかったな、いつも上の立場で頭ごなしに叱るばかりだったと思い返す。

 「マスター、これ。でっかい釜、おいら綺麗に洗った」

 「サンキュー、パックス。次は火の様子をみていて」大男の店員が直径1メートルはありそうな釜を持ってきて厨房の奥にある竃にのせる。そこにオリゼを移していよいよ茹でる、今回は生徒の社会勉強の為、普段オリゼを茹でるのに使っているという魔道具は片付けられている、パックスとやらに火加減を任せて茹で上がるのを待つ。その間に今度は肉や魚、野菜を使ったツクダニという料理の作り方を教えてもらう、

 「水分は全部蒸発させて下さい、焦げ付かないように鍋の中は小まめにかき混ぜる、そういい感じです。ジャップ先生お上手ですね」いつの間にか生徒と一緒に料理に夢中になっていたジャップ、案外楽しいものだ。

 「オリゼも茹で上がったのでおにぎりを作ります、みんな手の平を水に浸けて準備しましょう」

 

 「うわっちっちっ、茹でたてのオリゼって熱い!」焦る学生達に対して大輔は慣れた調子で炊きたての米を手にのせて彼らに手本を見せる。

 「こうやって手にのせて真ん中に先ほどの佃煮をおきます、そうしたらオリゼを潰さないように握って、丸めて角の緩い三角形にしたら海苔、この黒い紙にみえる海草で包んで完成です」ジャップと生徒達は各自で作ったおにぎりを皿の上に並べる、大小様々なおにぎりが揃った。

 「女子生徒の皆さんとバズさん、マデリーンさんがきましたね、それじゃみんなで作ったおにぎりで昼食にしましょう」再び生徒全員が揃いテーブルについたところで食事前の祈りが始まる。

 「天におわす女神様、我らに生きる糧を与えて下さった事に感謝します」信心深いジャップは当然この世界の最高神たる女神様に祈りを捧げる、大輔とパックスは

 「いただきます」と日本人らしく手を合わせ短く祈っただけである。

 「今のは?」聞き慣れない祈りに対してジャップは訊ねる。

 「僕の国では食事の時、神様に祈る人は稀です、元は生きていた、つまり命を頂く訳ですから殆どの人が目の前の料理とその食材に感謝の祈りを捧げます」命を頂くか。なるほど、言葉にするのは簡単だが考えてみると深い一言だ、それに彼のいう事も一理ある。

 学生達は自分の作ったオニギリやサンドイッチを食べていたがその内

 「〇〇君、私のサンドイッチ、食べてみて」

 「これ、僕の作ったオニギリだよ」男女間で交換し始めた。

 「若いっていいわね」溜め息混じりにルーシーが呟くと、

 「君だって若いじゃないか、少なくとも私よりは。しかしまあ、こういうのを青春の一ページというのだろうな。私にもこんな時代があったよ」学生時代の自分の思い出と生徒達の姿を重ねて懐かしむジャップ。大人になるにつれて置き去りにしてきた思いが溢れてくる、ジャップ自身もこのくらいの年齢(とし)の頃はかなりヤンチャしていたものだがいつの間にか忘れていた、今や生徒達をみる眼差しは穏やかなモノとなっていた。

 「それでは店主さん、お世話になりました」2人の教師が頭を下げる。

 「「「「本日はありがとうございました!」」」」生徒達は声を揃えてお礼の言葉を述べた。このあと一旦学校に戻ってから解散となりそれぞれ家路につく。これを教訓に少しでも学生達が成長してくれるのを願うジャップであった。

 翌日、食材代も含む学校からの礼金を届けにきたジャップはコッソリと大輔にある頼み事をした。

 「私にもう少し料理を教えて頂けませんか?たまには妻を見返してやりたいのです」

 

 

 

 

 

 




社会科見学とその翌日、越後屋は休業日でした。
マティス 「アノ…ひょっとしてお給料減るとか」
大輔   「それはない、いつも通りちゃんとだすから」
ロティス 「マスター、私は体で払って欲しっ、ゴぶぉあ!」
マティス 「ラティファもいるのよ、変な事いうんじゃないの!(*`◇´)
ラティファ「?」


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第43話肉屋と烏賊、蛸の唐揚げ

どこかにネタが落ちてませんか?
( ̄~ ̄;)
あらすじ情報書き換えました、ご了承下さい


 肉屋の跡取り息子のヨセフは店主の父親にどやされながら朝から腸詰めと薫製肉作りに追われていた、先日大量の肉を仕入れたので傷む前に全て加工しなければならない。本当なら凍らせてさえおければいいのだけど、その為の魔道具は高価で買えないし、専門の魔術師に頼むのもやはり金がかかる。

 やっと作業が終わるがまだ休めない、次はエチゴヤへの配達が待っている。あの店には食材を凍らせておける巨大な魔道具箱があるので大量に注文が入る。汗だくになりながら荷車をひきエチゴヤに着く。

 「まぁ、ダイスケならお茶くらいのませてくれるっすよね」彼もここの常連の1人であり、この街には他に同世代の男が殆どいない事もあり大柄で太っちょなヨセフと中肉中背な大輔、見た目は違うがお人好し同士な2人は個人的にも仲が良い。

 「ちはっす、肉屋です。ご注文の品お届けに来ました」営業時間前のエチゴヤに着く。大輔は仕込みの手を止めてヨセフにアイスコーヒーを淹れる、ヨセフは他では飲めないこの茶が大のお気に入りだった。支払いを済ませた大輔はパックスと肉を冷蔵庫にしまいコーヒーを飲み終えたヨセフを見送る。

 「それじゃ、またヨロシクっす」

 「ええ、この次もお願いします」夕方今度は客としてヨセフは再び来店した。

 「今夜は何を食うっすかね?」ヨセフはこの店では肉料理はあまり食べない、家が肉屋だからわざわざ他所で食べる気にならないのだ。よし、海の幸にしよう。ロティスを呼んで今日の魚料理は何があるか聞く、共にこの街で生まれ育ったいわば幼馴染みなので気心の知れた仲だ。

 「今日はラーケンのカラーゲかな、赤と白どっちにする?」ラーケンって結構固くて食べづらいっすよね、ダイスケの事だから心配はないと思うっすが。

 「両方一人前ずつお願いするっす」

 

 「お待たせしました、ラーケンのカラーゲです」ぶつ切りにされた赤ラーケンの足と輪っかにされた白ラーケンの体が衣をまとい揚げられていた。

 「柔らかっ!こりゃラーケンとは思えないっす、あっ、あとビールも頼むっす」同じラーケンでも赤と白は随分味が違う、赤は噛むほど海の風味が口に広がって、白は仄かな甘さが滲み出てこれは呑まずにいられない、顔を上げると商業ギルド長が向かい側に座ってきた、今日はカウンターが埋まっているようだ。

 「ラーケンか、固くないか?」予想通りの質問をされた。

 「ちょうどいい噛み答えっす、酒も進むっすよ」

 「そうか。オーイ、俺にもこいつと同じのをくれ、あといつものショーチューな」カウンターではディーンとフンダーが唐揚げに舌鼓を打ちながらも

 「ラーケンがこんな旨ぇとは、今まで逃がしてたのが悔やまれるのぅ」

 「しかしな、マスター以外がラーケンをこれほど見事に料理できるとは思えねぇべ」その話をこっそり聞いていた宮廷料理長のジョルジオは歯ぎしりしたいほど悔しい気持ちをどうにかこらえていた。

 「あ~いつ~ら~、言いたい放題抜かしおって!」彼らの言う事は本当であり、ジョルジオも認めざるをえない。それが分かっているからこそ余計に腹が立つ。そして今日の料理もまた旨い。

 「確かに柔らかい、絶対コツ(・ ・)があるはずだ。なんとしても盗んで見せるぞ」忙しなく動く大輔と厨房をじっと見つめていた。

 

 

 




・ラーケン→烏賊、蛸両方をいいます。蛇足ですが白いのが烏賊、赤いのが蛸です


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第44話神様コンビとオムライス

納得いくストーリーが書けず書いては削除を繰り返しました、異世界の女神様遂に初来店です。



 とある晩、ギム盗賊団はエドウィンの街の外れにあるあばら屋を根城にして次の獲物を狙っていた。目を付けたのは養蜂を産業にしている小さな村だ。

 「お頭、あんな貧乏臭い村襲っても大した金になりやせんぜ」子分の1人が言うが

 「金なんぞどうでもいい。それより村には人間もいるだろう、ひっひっ、また殺せる、人間を殺せるぞー!」快楽殺人者のギムは単に人殺しがしたいが為、盗賊団を結成した、金品は殆ど子分達で山分けしていた。

 その頃村に2人連れの男女が訪れていた、女の方…いや幼女と言った方が正しいか。歳は3、4才くらい。白い肌と赤い唇を持ち幼いながら美しい顔立ちで絹織物で作られたような上等なドレスを纏っている、この貧しい村には不釣り合いに思える。

 男の方は美しいとは言い難い、髪を何かの油で固めており、派手なだけでセンスのない服装に色つきの眼鏡をかけている。実に奇妙な組合せだ。

 「ただの通りすがりだけど、知った以上見過ごせないわね」

 「真っ直ぐ(まっちゅぐ)エドウィンの街へ行かなくて、正解(ちぇいかい)でちた。悪い人は懲らちめるでちゅ」

 「先代のここの女神に聞かせてやりたいわね」

 

 「お頭、村の連中みんな寝静まってます。やるなら今でさあ」

 「オイ、2人彷徨(うろつ)いているぞ」

 「どうせ、道に迷った旅行者だろ。ひひひ、俺ァ殺せる数が増えりゃいいんだ。野郎共、松明はあるな」

 「へい!」

 「行っけー、皆殺しだ!村中焼き払え!」

 暗がりから盗賊団が一斉に村へ襲い掛かる、ところが誰1人村へ入れなかった、旅行者と思われるさっきの2人連れに拳や蹴りで追い払われる。反撃にでるも全然歯が立たない、子分達が松明を投げて家々を燃やそうとしてもどういう訳か火が移る事なく松明は凍ってしまう、思い通りに行かずたった2人に邪魔されてギムは面白くない。やがて子分達は恐ろしくなり全員逃げていく、逆上したギムは剣を振り回し幼女に斬りかかるが、

 「ミミズになりなちゃい!」その一言でギムが今までいた場所から消えて代わりに一匹のミミズが這っていた。

 「貴方みたいな悪党は人間の記憶を持ったままミミズでいなちゃい、この(ちゃき)何度転生(てんちぇい)してもずっとミミズでちゅ」

 「アラ、顔に似合わずえげつない事するわね、子分共はどうする気?逃げちゃったわよ」

 「あっちは王都方面でちゅ、(おちょ)かれ早かれ捕まるでちょう。それよりエチゴヤへ行くでちゅ」

 「流石にこの時間は営業()ってないわよ。まあ、お楽しみは明日に取って置きましょ」

 翌日開店するやいなや越後屋に訪れた2柱は昨日から頼むモノを決めていたので早速注文する。

 

 「お待たせしました、オムライスです」越後屋のオムライスは炊いたトマト味のチキンライスに焼いたオムレツを乗せるタイプである。お客の好みでオムレツをナイフで上から割り開いて食べるのもアリだ。

 「相変わらず腕がいいわね」これまで何度か大輔の料理を食べている男は素直な感想をいう。一方越後屋の料理の初体験の幼女は

 「卵がふわふわでお口の中で(とろ)けまちゅ、オリゼもふっくらパラパラで美味ちい。この世界(ちぇかい)では普通食べられまちぇん」今日まで我慢しただけの、否それ以上の価値がある。付け合わせのサラダと食後のアイスクリームも平らげる。

 男の方が支払いをして店をでる、以前こちらへ来た時あっちの宝石類を売って現金に換えてあった分が残っていた。

 「どうだった?満足したかしら?」幼女に問うと

 「はぁ~最高でちゅ、美味ちいモノ食べるってこんなにも(ちあわ)せな事なんでちゅね」その恍惚とした顔は少々みっともない。

 「んもぅー(^へ^)折角の美人が台無しよ」やがてどこへともなく消えていく2柱だった。

 

 「そういえば今日のお客さん、注文慣れてましたね、常連さんでもないのに」

 「そうだなぁ、どっかで会った気もするんだけど…誰だっけ?僕、一度きたお客さんは忘れないんだけど」2柱は大輔をはじめ、店にいた全員の記憶もしっかり操作して天界へ帰っていった。




先代女神は亡くなったようです
(-人-)♪チーン/▽


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第45話マイルーンと豚骨ラーメン

闇の皇子様へ。頂いたネタを元に久し振りのラーメン回を書きました、今一つ生かしきれなかった点はご容赦下さいm(._.)mこの場を借りてお礼とお詫びを申し上げます


 「それじゃこれ、頼まれていたモノっす」ヨセフはこの前注文された品をエチゴヤへ運んできた。

 「ありがとうございます、お代はいくらですか?」

 「ただでいいっす、本来捨てるモンなのに金なんて取ったら親父にぶん殴られるっす」ゴミにしかならないこんなモノをダイスケが欲しいといった時は家族揃ってビックリした。

 「それじゃ、今度ご家族でいらして下さい、これを使った料理をごちそうします」大輔からみれば貰ってばかりでは忍びないのでこれでお互いに手を打つ事にした。

 

 季節は廻りラターナ王国に春が近づいてきた。今年もマイルーンが去っていく、美しい人間の姿に背中に翼を持っていて空を飛ぶ事ができる種族である。寒い地域を好む彼らは渡り鳥のように毎年晩秋になるとここへくるが暖かくなる前に冬を向かえる別大陸の土地に移動する。

 マイルーンの若き族長、ミルコはこの冬エチゴヤへ通うようになりすっかり虜になった。中でも熱いスープ類の料理を特に好んだ、寒い場所に生きるとはいえお腹の中は温かい方がいい。

 「いらっしゃいませ、ミルコさん。今年もそろそろ旅立ちですか?」

 「ええ、しばらくはここの料理も食べ納めね」ウェートレスとそんな会話をしていると中年夫婦と恰幅のいい男が来店してきた。

 「いらっしゃいませタックさん、パティさん。カウンターへどうぞ」肉屋夫妻と息子のヨセフは並んで席に着いた、両親と一緒にこの店に来るのは初めてだ。

 「しかし、山イノシシの骨で料理なんて作れるのかね?」ヨセフの父、タックが問う。

 「勿論骨そのものを食べる訳じゃありません、スープ作りに使うんです」ダイスケの後ろには中で骨が煮込まれている鍋が音を立てていた。相変わらずこの店は食欲を刺激する香りが立ち込めている。

 「あの骨でどんなスープができるの?」パティは捨てるしかないモノが料理になるのが未だに信じられない。

 「説明するより召し上がって頂く方が早いですね、ちょうどできました。今盛りつけます」器にサウルをいれさっきのスープで溶かしたら別の鍋で茹でていたパスタを上げて器の中へ、細かく刻んだポルムに数種類のピクルスと燻製肉を乗せて完成した。

 「お待たせしました、豚骨ラーメンです、上に乗せた叉焼という燻製肉も山イノシシから作りました」靴紐よりも細いパスタが真っ白なスープを泳いでいる今まで見た事ない料理がきた。

 「一見ラクの入ったスープにみえるが、こりゃ違うみたいだな。骨そのものから白い色がでるのか?」タックは呑み仲間のディーンやフンダーがエチゴヤのマスターは普段なら食べない魚も旨い料理に換えてしまうと絶賛していたのを思い出した。

 (今度あの肉が手に入る機会があったら真っ先に相談してみよう)そう考えていた。

 「また山イノシシを丸ごと仕入れたらまたヨセフに骨を持ってこさせるよ、今度は肉も一緒にね。そしたらこの燻製肉も作り方教えとくれ、店には出さないからさ」パティは叉焼が気に入ったようだ。実際売り物にする気は更々ない、あくまで自分で食べるのが目的だ。

 一方今日の注文を決めかねていたミルコは肉屋一家の様子をみてると口の中が唾で溢れて食べたくて堪らなくなり自分も同じモノを頼んだ。

 

 「ハフハフ」熱々のスープを啜る、ゆで卵の黄身が溶けた部分がまたいい味わいをだす。本格的な春はまだなのに汗をかくほど体の中が熱い、ピクルスと燻製肉が細いパスタによく合う。他所の街や海を越えた別大陸でこのトンコツなんたらを食べるのは無理だろう、このままエドウィンに定住してしまいたい気持ちに捕らわれるが族長たる自分が仲間を見捨て居残るなんてできるはずもない。マイルーンは狩猟民族でもあり、獣を狩って肉を食べるがその場合、焼くかただ湯に通すだけのいい加減な方法だけでとても料理といえる代物じゃない、これを再現するのは難しいみたいだ。少なくともミルコには真似できない。

 2日後、ミルコは仲間達と別大陸へ旅に出た。次の晩秋、またこの街へ戻ってきてトンコツラーメンを食べると自分自身に誓って。




タイトルとは裏腹に肉屋夫妻がメインになってしまった
(;_;)ミルコはまた冬の話を書く時再登場させます


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第46話ジューダ王と食品サンプル

似たような話をどっかで聞いた気もしますがその辺りはご容赦を
m(>_<)m


 ある日の店の定休日、大輔は日本某所にある調理道具で有名な商店街に来ていた、パックスも同行している。目的の店を見つけると中に入りそこのオーナーと交渉してなんとかそこの工房を見せてもらう事に成功した。

 「マスター、これ食べ物じゃない。なんでくる?」(つたな)い言葉で問うパックスに

 「依頼を果たすのに必要だからさ」工房の職人達はその姿に震え上がっていたが大輔がフォローしてパックスには優しく答える。

 「材料は向こうで手に入るからあとは作るだけだな」

 

 事の発端は昨日の夜、コルトン公爵が大輔に頼みがあるといってきたのが始まりだ

 「先日レックス国王陛下がジューダ王国の新国王の戴冠式に出席なされた、そこで会食があってな。そこでの両陛下の対談は政治的なモノからごく私的な話まで大いに盛り上がり食事の方もメインディッシュの七面鳥の丸焼きが運ばれてきたのだが」公爵は話を一旦切り、出されたビールで喉を潤してると大輔からこう返された。

 「ジューダ王国って確か最近まで王妃による悪政で財政も逼迫していたんですよね」

 「いかにも。で、その七面鳥だが城のメイドが緊張からかテーブルに乗せる直前にひっくり返してしまい料理をダメにしてしまった」その先は大輔にも見当がつく。

 「直後に新しい七面鳥が運ばれてきたんですね、それも最初のよりも立派なヤツが」

 「その通りだよ、マスター。よく分かったな」

 「王公貴族の逸話としては有名な話ですからね、ジューダとしては心からもてなすと共に自国の財力をアピール、つまり復興した事を示そうとする意味を込めたパフォーマンスだったのでしょう。個人的には食材を無駄にするのは感心しませんが、政治に関わる側としてはそんな場合じゃないでしょうし」公爵は大輔に感心した、この若者は教養もそれなりにあるようだ。

 「それで今度はジューダ王国の方々をラターナにお招きして何らかのサプライズを仕掛けたいと国王陛下から仰せつかったのだが同じ事をしても意味がない、かといって私には何も思い付かずこうして君を頼ってきたのだよ」話を聞いた大輔の頭に突如ピンとあるモノが閃いた。

 「時間がかかりますが妙案が浮かびました、明日は店が休みなので向こうで下準備してきます」

 「おぉ、いっ」慌てて口をつぐみ声を潜めて会話を続ける。

 「異世界の技術か、正にうってつけだな」

 翌日、日本から帰ってきた大輔はコルトン邸を訪れて公爵と打ち合わせを始めた。

 

 しばらくしてジューダ王国ご一行がラターナを訪れて二度目の会食が行われる日がやって来た。コルトン公爵は大輔から城の門前で例のモノを受けとりあとを任された。

 

 「それではメインの料理をお出ししましょう、こちらでございます」執事が皿に乗せた料理を運ぶ途中手を滑らせ皿を落とす、料理は床の上でぐちゃぐちゃに…なっていない!なんと逆さまに落ちたにも関わらず形を崩す事なく始めの姿を保ったままであった。よくみると周りにかけられたソースまで固まっている。ジューダ側は全員開いた口が塞がらない。

 「こちらは蝋でできた偽物でございます、先日の会食では見事に驚かされましたので我々もお返しのサプライズを仕掛けさせて頂いたのです。勿論食べられる本物の料理もご用意してあります」

 「そういう事でしたか、いや驚きましたが楽ませて頂きました。これなら食材を無駄にしなくて済む。しかしまあ、よくできてますな。みただけではとても蝋とは思えない」ジューダ王はその素晴らしい細工にじっと見入っていた。

 (こっちにきて結構色々あったけど食品サンプルまで自作するとはなぁ、蝋製だけど)現在では主に合成樹脂が使われているが日本でも購入は難しい為こっちで手に入れた蝋で作ったがそれでもインパクトがあるだろう、ジューダの王様が沢山欲しいとか言わなきゃいいけど。それより余った材料どうしよう?今になって処分に悩む大輔であった。

 




ジューダ王国の悲劇について知りたい方は「異世界西遊記」をお読み下さい


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第47話元海賊とコロッケ定食

誰に何を食べさせるか、それが最近の悩みどころです


 見習いとして海賊に加わったガトーとジムだがすぐに一味が解散して、その後は日雇いの仕事でなんとか生計を立てていた。ある日エドウィンの建築現場で土木工事の仕事をしていると昔の知り合いを見かけた、しかも子連れだった。

 「オイ、ガトー見ろ!あっあっ、アレ」

 「何を慌ててんだ、ジム。ってオー」2人に気付いた相手も声をかけてきた。

 「おメーらぁ、久し振りだな。元気だったか?」ここに居着く前は海賊団の船長だったリッキーはかつての手下達と再会した。現場監督が2人を怒鳴る声が聞こえたので夕方に改めて会う事に決め、リッキーは会う場所を指定して一度別れる。

 「リッキー母ちゃん、今の誰?」この2人は実の親子じゃないしチルもそれは知っているがリッキーをこう呼んでいる。彼女にとってはリッキーは実の母同然だし、リッキーも我が子として育てている。さっきの2人もおそらくリッキーの子供と思ってるに違いない。

 「昔のてし…友達だよ、仕事終わったらエチゴヤで会おうって約束したんだ。チルも行こうな」

 「うん」

 

 夕方になりガトーとジムはエチゴヤなる料理店にやってきた、これまで行った事のない店で詳しい道筋は知らなかったが現場には地元民で作業員の常連客も多いので迷わずたどりついた。

 「おーい、こっちだ」2人を見つけたリッキーがテーブルから声をかける、ガトーとジムは向かい側の席についた。

 「そんで船長…」切り出すガトーにリッキーはピシャリという。

 「船長はよせ、もう一味は解散したんだぜ。それよかメシにしよう、お前ら字は読めるか?」メニューを手に聞いてみるが

 「「無理ッス」」

 「やっぱりな、絵で決めるか」チルがテーブルの脇を通りがかったウェートレスのラティファのシャツを掴んで言った。

 「おねーちゃん、よんで」

 「お、おいチル。迷惑だぞ」

 「いえ、いいですよ」満面の笑顔で答えるラティファ

 「こちらからヤキニク、テンプラ、コロッケの定食になります、料金はこんな風に…」ウェートレスの丁寧な説明を受けて全員同じモノを注文する事に決まった。

 「コロッケ定食を4人分頼むよ、付け合わせはオリゼで。あともう1人分持ち帰りはできるか?」家で留守番しているイアンの分も注文する。

 「はい、しばらくお待ち下さい」すぐに料理が運ばれてきた。

 

 「これ、ウスターソースってやつだよな。俺達が建設してるのがその工場なんだが」ウェートレスからおすすめだと聞かされたテーブルに備え付けの調味料を手にしたジムの言葉にガトーが頷く。

 「ああ、なんでこの店にあるんだろな」リッキーがその疑問を明かす。

 「ここがそのウスターソース発祥の店なんだよ」驚く2人をよそにチルはコロッケにフォークを突き刺す。マスターがチルの分だけ食べやすいように一口大に作ってくれていた。

 「ほら、口の周りベトベトだぞ」リッキーがソースまみれの顔を拭く。ジムとガトーも初体験の料理を夢中になって食べている。

 「丸い方の中はチューバにゼアか、あと細かくした肉も入ってる、旨ぇなこれ」

 「こっちの筒みたいなのはラクか?少し魚っぽい味もするぞ」

 「な、なあガトーよ」

 「なんだよジム」

 「これ、どうやって衣の中に入れたんだろうな?」

 「そりゃ、魔法とかじゃないか?」筒型のコロッケのなかは液体だ、普通に考えたら衣に包めるはずがない。だとしたら魔法しか方法はない、2人は途端に恐くなった。

 「エチゴヤに魔法を使える人はいねぇよ、まあ店にはけったいな魔道具が沢山あるがな」リッキーからそう聞かされて2人は納得した。

 

 食事を終えて4人は2人ずつになってそれぞれの家へと帰る。

 「それじゃ、せ…リッキーさん。俺達はここで。エドウィンにはしばらくいるんでまた機会があれば。チルちゃんもお休み」

 「オウ、じゃまたな」

 「おあすみぃ」チルはもう眠そうだった。リッキーはお土産だけはしっかり握ったまま寝入る娘をおぶって帰る。

 「ふぃ~久し振りに腹いっぱい食ったな」

 「旨くて安い、しかも店内は清潔。地元の連中が通いつめるはずだぜ」

 「しかし、あの女性(ひと)に子供がいたとはな」

 「そんだけ時が流れたって事さ、俺達も今の仕事が終わったら新しい生活を始めてみるか、自分達で商売をするのもいいかもしれん」

 「俺やお前ぇにそんな才能ある訳ねぇだろ」

 「違えねぇ!」高らかに大笑いする2人、まだ二十歳にも満たない彼ら。可能性は無限に広がっている、その未来はきっと輝いているだろう。




同時進行で3作書いてるのでペースが遅いですがご容赦をm(>_<)m


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第48話楽団とフライドチキン

あと二回で当初の目標だった50話に達します


 旅の楽隊である4人は貯えが少なくなったので次の街で演奏しておひねりを貰って食い繋ぐ事にした。

 「あーお腹が限界、早くご飯食べたい!」太鼓を背負(しょ)った人一倍食いしん坊な熊の獣人ミラは空きっ腹を抱えてボヤく。

 「ミラちゃん、あとちょっとの辛抱だよ」管楽器担当でハーフリングのジュニが宥める。

 「もう少しでエドウィンって街につくわ」ヘレンが地図を見ながら説明する。

 「結構大きな街だからそこそこ儲かるかもね、それまで我慢しなさい」同じく管楽器を務めるこのチームで唯一の人間、サリーがミラを諌める。

 

 最近では荷物の積み降ろし以外に配達も任されるようになったサイモンはその日の仕事を終えてエドウィンの街に帰ってきた、すると路上で演奏している女子4人組の楽隊をみた。その内の1人、竪琴を弾いているのはサイモンがよく知っている同じパーンの少女である、

 「おーい、ヘレーン!」遠くから呼びかける。

 「サイモン!えっ、なんでこの街にいるの?」直後商業ギルドの職員が彼女達に駆け寄ってきて何やら4人を叱っている。

 「どうかしましたか?」サイモンは職員に尋ねる。

 「ああ、この()達、ギルドに無許可で路上演奏してたのよ。それだけならいいけどお金貰ってたら違法商売扱いになるから注意しにきたの」このエドウィンでは商業ギルドの許可なくして収入を得てはならない決まりになっている、この娘達はそれを知らなかったのだろう。とりあえず一緒に謝っておく、結局彼女達は1ニュームにも手に入らなかったので罪には問われずに済んだ。

 

 「ヘレンも村をでたのかい?」

 「えぇ、楽隊を結成して色んな場所で演奏して日銭を稼いで過ごしてきたわ。そうだ仲間を紹介するわね」突然ミラが倒れそうになる、仲間達とサイモンが体を支える。

 「もう空腹で動けな~い」仲間達は呆れ返るがサイモンは笑いながら

 「僕もこのあと何もないし、みんなで食事に行こう。一番安いので良ければ奢るからさ」

 「わ~い、お兄さん気前いい!」

 「サイモン、大丈夫なの?」

 「ああ、安くて旨い店があるんだ」こうして5人はエチゴヤの客となった。

 「マスター、こんばんは。あっ商業ギルド長」サイモンが話しかける相手にビクッとなる4人、さっき職員の人に怒られたのとその巨体に二重の意味で怖がるが

 「あ~部下から報告のあった嬢ちゃん達か、二度とやらなきゃいいんだから気にすんな。俺ァメシついでに呑みにきただけだからよ」ヴァルガスと4人の間に挟まれる形でカウンターについたサイモンが料理を作っている男性に注文しようとすると給仕の女性がすぐに水の入ったコップを目の前に並べる。

 「あの…お水は頼んでないんですが」

 「こちらは無料です、足りなかったら水差しもお持ちしますからお声をかけて下さい」女性にそう言われて恐る恐る水を口にする4人、

 「えっ、水が美味しい?」

 「驚いたろ、僕も最初は信じられなかったよ、あの時は金もなくて料理までただで食べさせてもらったし」

 

 「日替わりを5人分下さい。付け合わせはパンで」

 「はい、すぐご用意します」

 「マスター、今日の日替わりはなんだ?」

 「フライドチキンです」

 「チキンナンバンとは違うのか?」

 「あれは鶏の唐揚げにタルタルソースを乗せてます、フライドチキンの南蛮風もできますよ」

 「それじゃ今日はそっちをもらうか」ギルド長はこの店の常連らしい。

 

 「お待たせしました、フライドチキン定食です」赤カプシンやアリューム、ジベリの香りが鼻をくすぐる。ミラはよだれを垂らしかけものすごい勢いでかぶりつく。

 「美味し~い、こんな鶏料理初めて食べた~」

 「パンがふわふわ~、」

 「皮はサクサク、中は柔らか。サリーあの鍋見て」

 「油をあんな沢山使ってるの?これで一番安いって1人何ラムよ?」

 「1人6アスですから5人分で3アルです」マスターと呼ばれる男性から知らされる。

 「「「「安っ‼」」」」このあと商業ギルド長にビールとかいうお酒も一杯ずつご馳走になり安宿で一晩過ごして今度は改めて許可を得て路上演奏でお金を稼いだ、それにしてもここはいい街だった。次の街へと先に進む道中みんなしてヘレンをからかう、

 「ヘレンはサイモンさんとあの街で暮らすっていうと思ってた」

 「私達なら気を使わなくていいのよ」

 「ホントは好きなんでしょ?」

 「も~!みんなやめてよ、それよりもっと曲を作って練習しないと。あんなラッキーな事絶対二度とないわよ」

 後に演奏が人気小説家で劇作家のマージンの目に留まり彼女達は大劇場で腕前を披露して一躍有名になるがそれはまた別の話。

 

 

 




同時進行は頭を悩ましますが意外に楽しかったりします、書くペースは落ちますが
 今回の異世界語
・アリューム→にんにく
・ジベリ→生姜


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第49話兎と筑前煮

いよいよあと1話で当初の目的達成です
\(^^)/


 ガーリンはリベリと数人のブラウニーを伴って一緒にある植物を探していた。

 「エチゴヤの店主さんはやっぱり凄いですね、先生」

 「そうさね、あんなモノまで料理にしてしまうんだから」2人が探しているのはグリューの木の新芽である、エチゴヤの店主曰く夜明けを向かえる日が登らない内にしかも土から頭をだしてないのが食べ頃との事だ。とは言っても探すのはブラウニー達に任せっきりにしている、小さい体の彼らなら探すのも簡単だ。見つけてもらえば2人はそれを掘るだけでいい。

 

 同じ日の昼過ぎ、船宿で渡し守として働く河童のトゥーンはお見合いをする事になった、今日が相手との初顔合わせの日。いつにない緊張感に包まれる。仲介の雇い主夫婦がその彼女を連れてきた。長い耳を持つ兎の獣人女性だ。

 「彼がうちで働いているトゥーン君です」主から紹介される。相手をみて鼓動が高鳴る、自分には勿体ないほどの美少女である。

 「こちらはムッサンの街で領主様のメイドをされているパーラさん、以前お泊まり頂いたお客様の娘さんよ、ご両親から私達に嫁の貰い手がないかと相談されていてね…」最近同族同士の結婚が相次ぐ中、パーラはどうしても兎獣人の男性を恋愛対象としてみる事ができない、ならば異種族でいいから彼氏くらい作れと両親に責っ付かれているのだった。今日も船宿の主夫婦の顔をたてる為に仕方なくきた、相手に申し訳ない気持ちになる。

 「おい母さん、そのくらいで」

 「あらご免なさい、じゃ後は若い人同士でね」席を離れる主夫婦。向こうも緊張しているのか互いに言葉がでてこない。するとパーラのお腹が鳴った。

 「ご、ご免なさい。こんな時に」

 「イヤその、アッシは全然構いません。そうだ、せっかくですから一緒にお食事に行きませんか?」

 「え、でも私好き嫌い多いし。特にお肉や魚が苦手で」兎獣人は植物性のモノしか食べられない、だからパーラは回りの人達に焼いた肉や魚のスープを薦められても断るしかない。そのせいか仕事や同僚との付き合いもうまくいかずいつも苦労しがちなのである、ところが意外な答えが返ってきた。

 「アッシもです、ちょうどいい店があるんです。夕食はそこでどうでしょう?」

 トゥーンとパーラがエチゴヤにくると相変わらずの賑わいだった、今日は連れがいるのでテーブル席へつく。ウェートレスにお薦めの料理を聞いてみる。

 「こちらもアッシと同じで肉や魚が苦手でして、何かいいのはありやすかね?」話を耳にしたガーリンがトゥーン達に

 「それなら私らが今朝、いいモノを収穫したよ、アンタ達にはうってつけじゃないかねぇ。酒にもよく合うよ」

 「じゃ、ガーリンさんのお薦めを、あといつものを2人分」トゥーンが注文すると早速オリゼとケンチンスープの器にピクルスを乗せた皿と温めた酒の容器と小さい取っ手のないカップが2つ並べられた。しばらくすると

 「お待たせしました、チクゼンニです」こちらはケパにカリュート、チューバとは違う芋の類いに見覚えない野菜の煮物だ。

 「まだ小さいグリューの木の新芽です、きちんと下処理すれば立派な食材になりますよ」マスターの説明を聞いてただ感心するばかりの2人だったがちょこまかと何かを食べているブラウニー達が気になる。

 「ブラウニーの皆さんは甘いモノがお好きみたいなのでさっきの新芽で作ったコンポートをお出しました」

 「それって確か果物の砂糖煮ですよね、あれでも作れるんですか?」リベリが珍しく前のめりになり大輔に問う、すぐにガーリンが嗜めたが。ブラウニー達は甘くてさっぱりした味がするお菓子に群がって食べている、マスターは同じ材料でも時に全然違う料理を作ってしまう。オリゼの粉でパンを焼いたり花の根っこを茶にしたりなんてのもあるし、普段なら食えそうにない草木までご馳走にしてしまう事もあるほどだ。パーラは勿論、常連であるトゥーンもこれには驚いた。

 帰り道、意を決してパーラにトゥーンは告げる。

 「これからもアッシと食事とかしてもらえますか?できれば、その…け、けけ」肝心なところで言葉につまる。しかしパーラは

 「私でよければ結婚を前提におつきあいして下さい」自分から告白した、この街ならエチゴヤで誰にも遠慮しないでご飯を食べられる。勿論あのお店の料理だけが理由じゃない。同族以外で自分と同じ嗜好の相手がいるのは素直に嬉しい、この人となら上手くやっていけそうな気がする、何より彼女はトゥーンに心引かれ始めていた。

 

 「ところで店主さんは身を固める気はないのかい?」大輔はガーリンに問われたが

 「今のところ、その気になれませんね。まあ僕も色々ありまして」言葉を濁して誤魔化した。異世界に骨を埋めるには戸籍やら税金やら地球で片付ける問題が山ほど残っている、大輔には身寄りもないので失踪届も出せない。

 (今度ルカさんに相談しよう)話を聞いていたロティスの切なげな表情に大輔は気付かなかった。

 

 




恋人同士の話を続けて投稿しましたが単なる偶然です
・グリューの木→竹、新芽は筍。


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第50話常連達とバイキング

やっと…やっと、目標達成しました


 大輔が日本とこの世界で二重生活を送るようになって一年が経とうとしている。こっちにきてお客もそれなりに増え金物屋夫婦を始め街の人々にもかなりお世話になった。

 「せっかくだからメモリアルイベントを開催しよう」予算の相談を経理を手伝ってくれているロティスと話し合って次の定休日に商業ギルド長のヴァルガスの元へ相談しに行く。

 「給仕なしで料金は普段より高め、その代わり酒以外は好きなだけ食い放題か。悪くねえな」

 「向こうじゃそれほど珍しくもないんですよ、それに1日限りですから」

 「採算は取れんのか?かなり損失が出そうな気もするが」

 「いつもの営業で充分儲けがありますからご心配には及びません」

 「そうか、マスターがいいんなら許可出すしかねーな。その代わり当日は俺も客で呼ばれるぜ」

 「勿論、是非ご来店下さい」

 

 前日になると大輔と4人のスタッフは店内の改装にとりかかった、これが中々骨の折れる仕事になる。パックスがいなければまずむりだったろう、当日はお客が自分で料理を運ぶので邪魔になるカウンターの椅子をどかして代わりに長テーブルをおいて料理の皿をのせるスペースが必要になる、そこに人が歩ける通路も確保する、それから当日の注意というかお客様へのお願いを書いたプレートをセットしたスタンドを立てる。夜になり何とか作業が終わった。

 

 翌日は朝から料理作りに追われる。大輔とマティスは勿論、この日はロティスとラティファも厨房に入り野菜を切ったりお米を研いだりしている。パックスは麺類に使う生地を懸命に練っている、やがて開店時間になると常連客でごった返す。一番乗りはヴァルガスだ。

 「まずは肉だな。ウン、なんだ注意書きみたいのがあるな」

 『料理は好きなだけお手持ちのお皿にどうぞ、ただし取るときは食事で使うフォークはご遠慮頂きます。備え付けのトングをご利用下さい』

 『一度取った料理は元のお皿に戻さないようお願いします』

 「なるほどのぉ、最低限の礼儀をわきまえさせて清潔さを保つという事じゃな。確かに守れんモノがいたら他の客はいい気はせんな」アルバートがしきりに感心している。尚、文字が読めないお客にはそばについてるロティスとラティファが説明している。幸い越後屋にはマナーのなってないお客はあまりいないのでそれほど問題ない。

 

 「すまねぇ、ピスキーは座って待っといてくれや」

 「通路が荷車が通れるほど広くねぇだよ、お前ぇの分も俺らがとってくるでの」

 「イヤ却って申し訳ない、じゃあ俺は魚のフライと野菜の煮物を頂こうか」ディーン、フンダーの友人コンビに人魚のピスキーを加えたトリオは今日も仲良く来店した。

 

 「プリンも食べ放題なんですか?」

 「菓子は最後、まずはちゃんと食事をしてからだよ。酒だけはいつも通りかい?まあそれでも安いモンさね」薬師のガーリンはデザートから取ろうとする弟子リベリを諌めながら自身は秘かに酒の肴を選んでいる。

 

 「オリゼ食い放題だぜ♪せっかくいつもより高い金だしたんだ、普段の倍は食わねぇとな」

 「アッシは食えるモンが限られてやすがこれなら元が充分とれるっモンでさぁ」食事の好みも生まれ育った環境も今の職種も違うワーウルフのロボと河童のトゥーンだがナゼかよくつるんでいる。

 こちらに店が転移して最初のお客である冒険者の一行は随分賑やかだ。

 「パンもお肉も食べ放題ニャー!あ、あっちに私の好きなフライドポテトもあるニャッ」飛び付きそうないきおいのルビィを制止する仲間達。

 「そんなに慌てなくても料理は逃げないわよ」

 「みっともない真似はよせ、街の有力者も来ているんだぞ」

 「んだ」

 「フニャン(´,`)」

 山奥の炭焼き一家も来ている、イアンも山を降りて久し振りに街へでてきた。

 「どれも旨そうだな。旦那ぁ、本当に好きなだけ食っていいのかい?」老人の問いに大輔は料理の手を休めず告げる

 「はい、今日は本日限りの食べ放題。心行くまでお召し上がり下さい」

 「リッキー母ちゃん、届かない」チルはつま先を一生懸命伸ばしてる、リッキーが手を貸そうとしたらチルの体が誰かの手によって浮き上がる、ヴァルガスの妻で同じサイクロプスのシンシアである。この店に夫婦でよく食事しにくるので大輔達にもお馴染みのお客の1人だ。

 「おばちゃん、あいかとー」チルとリッキーはこの女性とも顔見知りだった。

 「いいのよ、チルちゃんはどれが食べたいの?」

 「このヒラヒラぁ」チルが差したのはファルファッレだ。

 「これ何かしら?」シンシアの問いにラティファが答える、

 「これもパスタの一種です、長くないからチルちゃんにも食べ安いと思います」このやりとりの間チルをずっと抱き上げていたシンシアは

 「チルちゃん、いっそうちの子になる?」と聞いてみたが

 「いい」とだけ返してリッキーの元に戻る。

 「あらあら、フラれちゃったわ」因みにヴァルガス夫妻は3人の子供に恵まれたが既に成長しみんな独立したので今は2人暮らしだ。

 

 やがてドアが開いてまたお客が1人入ってくる、旅人なのか街の新参者なのか見慣れない顔だが店員一同にこやかに迎える。

 「「「「いらっしゃいませ‼‼」」」」

 




内容が最終回っぽいですが50回達成の節目です、サブタイトル「~と~」は無くなるかもですが物語は続きます。


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第51話嫁姑とピザ

今までと何も変わらず51話スタートです


 ラターナ王国、レックス現国王の母であるシュリーは夫が時たま通うエチゴヤという市井の料理店が気になっていた。その店には今まで誰も見た事食べた事ない料理が供され、そこで食事をした客は皆満足して帰っていくらしい。

 「あの人も今は悠々自適なのだから私も連れてってくれてもいいでしょうに」妻を放っておいて食道楽に走るとは、これが愛人とかなら赦しはしないが理屈は分かる。しかし浮気相手が食べ物では怒りのぶつけようがない。

 ドアがノックされて息子の嫁で王妃のアンジェがティーセットのワゴンを押したメイドを伴って入ってきた。

 「お義母(かあ)様、お茶になさいませんか?」嫁と姑で仲良くティータイムを楽しむ、この2人は実の親子か姉妹のように仲がいい。

 「美味しいわね、アンジェ。でもたまにはお茶よりお酒でも呑みたいわ」

 「ええ、(わたくし)も。時にお義父(とう)様は今日もお出かけになりますの?」

 「そうらしいわ、あれで本人は気付かれてないと思ってるのだから。そんなところが可愛いのだけど」

 「まあ、お義母様ったら」しばし談笑していたがシュリーは何やら思い付く。

 「アルバートはいつも途中まで馬車に乗って行くのよ、先回りしましょう」

 さて、その日もこっそり出かけようとしたアルバートは馬車で待ち構えてた妻と嫁の姿をみるとがっくり項垂れたが追い出す訳にもいかず一緒に出かけるハメになる。

 「ワシらが王族である事は決して気付かれてはならん、それだけは頼むぞ」シュリーもアンジェも元は一般市民の出身だからその心配はない。公爵家に馬車を止めて歩くこと数分、エチゴヤについた。

 

 「いらっしゃいませ。ご隠居さん、今日もお連れの方が?」

 「ウム、妻と娘じゃ」義理のじゃが…心で呟くアルバート、ふとカッセの焼ける香りが漂ってくる。シュリとアンジェも気づいたようだ。なら今回は他にあるまい、ウェートレスを呼び注文する。

 「注文はワシに任せなさい。ピザを3人分頼む、あとは赤ワインを貰おう」ウェートレスが下がるとシュリは夫に問う。

 「あなた、ピザとはなんですか?」

 「薄いパンにルシコンや燻製肉、一番上にカッセを乗せて焼いた料理じゃ、赤ワインに合わすのならばこれじゃろう。」

 

 今日はウェートレスではなく女性コックが料理を運んできた、

 「お待たせしました、ピザと赤ワインです。焼きたてで熱くなってますので火傷にご注意下さい。切り分けますか?」円形のパンの上にたっぷりの燻製肉とルシコン、カッセがのってていい感じに焼き色がついている。アルバートが申し出を断ると彼女は厨房へ戻っていった

 「ではワシが切り分けよう、これが案外楽しいんじゃ」アルバートはピザカッターを手にして3等分にするとカッターを妻に手渡す。

 「お前達もやってみるといい、自分が食べ易い大きさになるようにな」

 「車輪を回すように切りますのね、何とも変わったナイフですわ」アルバートを真似てピザの上に刃を滑らす。アンジェも同様に切ってみる。

 「アラ、なんかこれワクワクしますわ」

 「そうじゃろ?それはそうと早く食わんと冷めてしまうぞ、それ好みでカプシンを使った香辛料をかけてもいい」そういうと指にカッセが絡み付くのも構わず手づかみでピザ一切れとってかぶりつく。カッセが長い糸を引きそこからも湯気がたってくる、そしてもう一方の手でワイングラスを持ち口の中を洗うように呑む。こんな姿を誰も先代国王とは思うまい、尤もこの店では正体を隠しているのだから好都合ではあるが。

 アルバートの様子をみていたシュリとアンジェもたまらず同じように食べてみる、

 「熱っつ!カッセが熱い」慌ててワイングラスを取り口へ流し込む。カッセと燻製肉の持つ脂とルシコンの程よい酸味が渋みの強い赤ワインと相性がいい、赤い香辛料が味を一層引き締めてそのあとはもう食べる手と口が止まらない。手が汚れるのも気にしないでいたら

 「ホレ、ここに来た時最初に温めた布を配られたろう?それで手を拭くんじゃ」アルバートの声でハッと我に返る2人だった。

 

 「今日はとんだ恥をかいたわ、次はもう少し理性的になりましょう」帰り道の馬車の中で反省するシュリとアンジェ、アルバートは初心者ならよくあると笑っていた。しかし

 「ちょっと待て『次は』という事は2人共エチゴヤに通うつもりか?」

 「勿論ですとも、あなたが特にお好きだというギューナベも食べてみたいわ」

 「お義母様、あのお店はお菓子も豊富に扱ってるそうですわ。そちらも是非頂きましょう」

 「ウッいつの間にそんな情報を?」

 「他のお客さん達から聞きましたわ、皆さんいい方ばかりですのね」自分の隠れ家を奪われたかのようにまたしてもガックリするアルバート。

 こうして店主の大輔も知らない内に越後屋は王家御用達の店になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




小ネタはまだあるのでストーリーにまとまり次第続き書きます


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第52話リバーシと秋刀魚の塩焼き

どちらかというとリバーシがメインの話になりましたがご容赦を
最近投稿の度に謝ってるよなぁ


 最近エドウィンの街ではリバーシが大ブームである。マティスの2人の子供が大輔にルールを教えてもらい遊んでいるのを祖母である金物屋の女将さんが目をつけて、ご亭主に同じモノを作らせた。それがきっかけとなり今では老若男女問わず誰もが楽しんでいる。街における発信元は言うまでもなく大輔であった。

 

 話はアンノウス前夜まで遡る、その日は仕事が終わってから従業員3人とマティスの子供達だけでパーティーをしたのだがマティスとロティスが予想以上に酒好きでガンガン呑みまくり空が白んできた頃泥酔して店内で寝てしまった。大輔が作った魚とハーブのディップも酒が止まらなくなる一因であった。翌日はアンノウス初日、つまり年明け。こちらでも殆どの人が仕事を休む、越後屋も例外なく休日になるので大輔は自分の住居スペースから布団を持ってきてラティファにも手伝ってもらい先に座敷へ寝かしつけた子供達と同じ部屋に2人を運び、ラティファを金物屋夫妻の元へ送る、女将さんとご亭主もちょうど帰ってきたところだった。

 「アタシらも昨夜は年忘れで呑んで帰ってきたんだよ」こっちの事情を話すと

 「昼頃に迎えに行くよ。世話のかかる娘達ですまないね、マスター」

 「それならお昼ごはんを用意しておきますね、せっかくなので試食して下さい」

 

 翌朝、早起きした子供達は母と叔母を起こそうとしたが酒精(アルコール)が抜けきってない為一向に目覚める様子がない、大輔は子供達の手を引いてテーブルまで連れていくと表裏が白黒になったチップとマスが掘られた四角い板をテーブルの上に置いた。

 「まず自分の色を白と黒か決めてこういう風に4枚真ん中に並べる。そうしたら自分のチップで挟んでひっくり返して、マスが全部埋まって自分の色が多い方が勝ちだよ。朝ごはんができるまでこれで遊んでてね」それだけ説明すると子供達はすぐにルールを覚えて、いつの間にか夢中になっていた。この間に大輔は3人分の朝食を作る事にした。

 「僕の分はこのまま焼いて、2人のは骨とワタを取り除いたのがあるからそれを使って…」この前ディーンから買った秋刀魚を調理する、凝ったモノを作る気はないのですぐに完成した。

 

 「はい、ゲームは一旦終了。コブレッソのサウル焼きとオリゼで朝ごはんにしようね」自分は丸ごと一匹に箸、子供達には頭と骨と内蔵を除いた半身を乗せた皿、箸が使えない2人用にフォークをだしてテーブルの真ん中に大根おろしを入れた小鉢を並べる。大輔にとっては幼い頃から食べ慣れている朝食の定番だが子供達には珍しいとみえる、とはいえ焼きたての秋刀魚が美味しいのは日本も異世界も変わらない、それに大根おろしの辛みと魚の脂は相性がいいので子供達にも好評だ。尚、除いた内蔵は昨夜酒のつまみにだされたディップとして既にマティスとロティスの胃に収まっている。

 

 「マスター、こんにちは。あらアンタ達なにしてるんだい?」ご亭主と若い男性を連れて店を訪れた金物屋の女将さんは孫達が遊んでいるところに出くわした。昼食を終えたところで大輔は咄嗟に常連客のルカから教えてもらったと説明した。

 「面白そうだね。ユティス、マウリお祖母ちゃんにも貸しとくれ。マスター、相手してくれるかい?」大輔と女将さんで勝負した、1回戦は流石に慣れている大輔が勝ったがコツを掴んだのか女将さんも意外に善戦していた、裾を引っ張られ顔を向けると孫達が膨れっ面をしていた。

 

 このリバーシもウスターソースのようにエドウィン発祥のモノとして広まると思いきや、そうはならなかった。ある外国に以前から存在していた事が明らかになったからだ。

 「ルカさんだな」大輔だけが真の出処に気づいたが誰にも言わなかった。

 「異世界のゲームじゃないのか」ビジネスチャンスを逃したコルトン公爵は残念そうだったが自分はともかくルカの正体までバラす訳にはいかない。あの後来店した彼と口裏を合わせて両国を誤魔化しておいた、結局その国は商売にする気はないらしくリバーシはどこも特許をもたない玩具として長い時を経て少しずつ広がっていき、この話の続きは百年以上先に持ち越しとなるのである。

 

 

 

 




キャラ&料理のアイデア改めて募集します
ご感想または活動報告にお願いします


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第53話リヴァイアサンと蟹の甲羅酒

 このところスランプ気味で中々筆が進まずやっと更新できました


 今シーズンも時化がやってきた、それに合わせて海中では人魚達による資源採取が行われる。今回は古い難破船が見つかり、地上の連中が使う'カネ'とやらも手に入ったので人魚達はかなりいいモノと交換できると期待している。

 

 難破船を見つけたのは海底の中でも特に深いところだったのだが近くにリヴァイアサンという魔物が棲みついていた。狂暴で悪食なこの怪物は人魚達ではとても歯が立たない。かといって放っておけば地上の連中も漁ができないし、まず自分達の生活も脅かされる、そんな時港に現れたのがトロワ、ゴノー、ディーネの3人だ。腕のたつ冒険者と名高い彼らならリヴァイアサンを退治できるかもしれない、人魚達は頼んでみるが、

 「すみません、私達だけではどうにもなりません」

 「ルカが出かけとるからなぁ、アイツなら屁でもないんじゃが」

 「様子見くらいなら、私が行ってこようか?」水陸両方に強いディーネが人魚の案内で海に潜りリヴァイアサンを観察しようとしたが次の瞬間、その赤黒く光る目がこちらを向く。

 

 「キャーッ!」

 「ウワァッ!」太い尾を振り回し、更に鋭い牙で危うく噛み砕かれそうになり急いで逃げるが魔物も後を追ってくる。そして水面まで顔を上げて更に噛みついてこようとしたが間一髪ディーネ達は難を逃れた。リヴァイアサンは再び海中へ潜る。

 「ハァ、ハァ(>。<;)ホントに死ぬかと思った」なんとか岸に上がったものの今にも倒れそうなディーネの体をトロワが支える。

 「ワシらじゃ手も足もでん!」

 「ルカさんが戻るのを待ちましょう」

 ほどなくルカが仲間達の元へ戻ってきて話を聞くと海へ飛び込む、そして3分後、リヴァイアサンが死体となって浮かび上がってきた。腹が中から切り裂かれてルカが出てくる。

 「なあルカよ、何をやったんじゃ?」開いた口が塞がらない人魚達の代わりにゴノーが尋ねる。

 「小魚に化けてこいつの腹に入ってから元の姿に戻って暴れたのさ、最後は如意棒を剣に変えて切り裂いたんだ。案外軟弱な奴だったな」人魚達は一転してルカに拍手を送る、この港も再び穏やかとなった。

 

 「一応報酬は貰ってくぜ。船にあった金貨を少しに、そうだなバーグルを1人2杯じゃない…2匹ずつでどうだ?」人魚達は二つ返事で応じた、人魚達にとってあんな化け物退治の報酬にしては安いものだしルカにとっては丸儲け。互いにwinwinな取り引きだった。

 その足で越後屋に向かった一行は持ち込んだ食材の調理をお任せで頼んだ。大輔は綺麗に外した甲羅を火で炙りそこに日本酒を注いでトロワ以外の3人に出す。

 「料理ができるまでこいつで一杯()っていて下さい」甲羅酒の旨さを知っているルカは何も言わずグイッと呑む、ゴノーは最初の一口を啜って見事にハマったらしい。

 「酒精(アルコール)は弱いがバーグルの味が滲みでておって中々の旨さじゃ、2つの組み合わせがいいわい。それにこのスタイルは面白いのう」

 「温まる~、今日は寒い目にあったから尚更体にしみるヨォ」

 「イヤ、お前元々水中暮らしだったろ?」ルカが突っ込む。

 「ぶ~っ!みんなズルいですぅ」未成年者のトロワだけはココアを飲みながら膨れっ面である。酒を呑みたいというより子供扱いされるのが気に入らないのだろう。

 「お待たせしました、カニナベに炊き込みご飯、カニタマです」4人とも一心不乱に食べまくる、持ち込まれた蟹はかなりの大ぶりだったので料理も10人前くらい作ったのだが瞬く間になくなった。

 「こんばんは~、おやいい香りだねぇ」セシールと2人の仲間が来店した。

 「ゴノーさんよ、そりゃなんだい?」常連のドワーフ3人組が入ってくるなり酒の匂いを嗅ぎ付けたようだ。同族の気安さでヘッポールがゴノーに尋ねる。

 「おう、バーグルの甲羅を炙ってカップ代わりにして呑んでるんじゃ。残念ながらワシらのしかないがの」

 「殺生なぁ、匂いだけじゃ余計呑みたくなっちまう」ズドンが落ち込んでると

 「マスター、こいつらにも甲羅酒を一杯ずつだしてやってくれ。オッサンもディーネもいいよな?」

 「まあ、ルカがそういうなら」

 「リーダーはお前さんじゃしの」

 「イヤァー気前のいいお兄さん。ゴチになります」

 

 ところで最後に2つ残った甲羅だが内1つはマティスが持ち帰り両親と一緒に、もう1つは閉店後大輔とロティスがいずれも甲羅酒にして呑み切ってしまった。

 「「大人ってどうしてお酒が好きなのかしら?」」トロワとラティファには全く理解できなかった。

 

 




ドン亀更新、超スローペースで続きます
52話からサブタイトルにお客がはいってないですが狙った訳じゃありません(笑)


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第54話再び人魚とマドレーヌ

前話の続きになります、つーかこの話が最初本命でした
久し振りのスィーツ話です


 ルカ一行が港を去ってから人魚達は明日の準備とリヴァイアサン騒動の後始末を始める。魔物の遺体をバラバラにして遠くの沖に捨て海上に浮かんだ難破船の破片は燃料や道具等にする為、人魚の木工職人や希望者が各自で持ち帰った。

 

 そして翌日恒例の交換会が始まる。

 「ロボ君、すまねぇな。荷物運び手伝ってもらって」

 「いやぁ。これも仕事っスから」今回は仕入れが大量になるので自分達だけじゃ運びきれない為ディーンとフンダーは冒険者ギルドに力仕事を依頼した、それをロボが請け負ったのだ。

 いつも通りピスキーと取り引きの前に商業ギルドで発行された木型(パズルのピースを巨大化したようなモノ)を合わせる、これは契約書の代わりであり不正防止の為物々交換する際に必ず行う決まりになっている。

 「ディーンさん、フンダーさん、今回も色々持ってきたぜ」ピスキーはいつもの海産物の他、難破船から持ち出して仲間達で分けあった金貨もだす。

 「ラム金貨まであるだか?!」

 「どのくらい価値がある?」

 「エチゴヤならこれ一枚で8~10人前食えるだよ」

 「どっちが買い手で売り手だか分かんねぇな、ウン?」ふと水面から上がった顔にロボが気付いた、うら若い人魚の美少女だ。

 「アリス、こちらは俺の取り引き相手だ。お前には同情するが決まりは守ってもらわんとみんなが仕事にならん」

 「スミません、ピスキーさん。でも母が亡くなって私が働かないと」

 「ピスキーよ、この娘さん困ってるようだで」

 「俺らは事情知らんで。話だけでも聞かせちゃくんねぇか」アリスによると前回まで地上との取り引きは彼女の母がやっていたそうだが急な病で看護も空しくあの世に行ってしまい、治療代を得る為木型も他の人魚に売ってしまった、しかし残されたまだ幼い妹3人を養わなければならずこうして品物を持って岸に上がってきたという。

 「ディーンさん、その木型ってのは新しく作れないんスか?」ロボが尋ねる。

 「商業ギルドで承認されりゃいいだが新規で相手を探すのは難しいだな」

 「んじゃ、俺が取り引き相手になります。それなら誰も文句はないっスよね?」

 

 「マスター、どれか買って貰えないっスか?」あれからロボとアリスと商業ギルドへ行って木型を作り越後屋にきていた、商売している人は他に知らなかったのだ。

 「そういわれましてもディーンさん達の手前もあるし、アレ?」大輔は持ち込まれた品物から何かを見つける。

 「これを1つ1アスで買いましょう」

 「ペクチの殻じゃないっスか、食えないと思いますが」

 「調理器具にするんです、実際作った方がわかりやすいですね。長持ちしないので多めに仕入れましょう」

 「あ、ありがとうございます」アリスは2人に頭を下げる。大輔は貝殻を洗うと早速調理に取かかり始めた、小麦粉と卵、砂糖を混ぜ合わせる。

 

 「お待たせしました、マドレーヌです」

出てきたのは貝で型どった甘い香りのかしであった。

 「お菓子ですね、海では貴重で滅多に食べられません」

 「俺ァ普段甘いモンはそんなに食わねーんだけど、これは旨そうっス」

 「海中にお持ち帰りできますか?」

 「えっ、頂いていいんですか?」

 「はい。試作品ですから。取り引きとは関係なしにお持ち下さい、無理なら防水できる容器でも用意しますよ」

 「ありがとうございます、運搬用のマジックボックスがあるので大丈夫です」

 

 アリスは家に帰ると妹達と一緒にマドレーヌを頬張った。

 「甘くて美味しいよ、お姉ちゃん」

 「地上にはこんな美味しいモノがイッパイあるんだね」

 「また、貰える?」

 「今度はちゃんとしないと取り引きしないとダメよ、ペクチの殻と交換してくれるそうだからみんなお手伝いしてね」

 「「「ハーイ!」」」

 その頃地上では正式に商業ギルドに所属して商人の資格を得たロボが自分の将来を考えていた。

 「海のない土地に品物を持っていけばそれなりに売れるかも知れん、冒険者兼行商人ってのもいいかもな。それともいっそ転職しちまうか」アリスに惚れてしまった事をロボが自覚するのはもう少し先になるだろう。

 

 

 

 




マドレーヌは貝殻を型にしたのがはじまりとの説を聞きますが実際貝殻ってケーキ型にできるのでしょうか?どなたかご存じなら教えて下さい。
・ペクチ→ホタテ


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第55話坊さんとホットドッグ

サブタイトル、アイスコーヒーと迷いました。


 女神様を最高にして唯一の神とする宗教の僧侶であるサイケイは約30年に渡り大陸一帯を回る巡礼の旅を続けていた、その間にすっかり年老いて近頃は体力の限界を感じる。

 「巡礼の旅はそろそろ終わりにしよう。どこかで下働きしながら余生を過ごすのも悪くなかろう」

 ラターナに入る前、僅かばかりの金が入った財布を掏られてしまいエドウィンの街に到着した頃にはパン一つ買う事もできなかった。腹を空かせて道端に座り込んでいると40才くらいの貴族の男性がサイケイに気づいて馬車を降りて声をかけてきた。

 「お坊さん、こんなところでどうなさった?」サイケイはありのままを話した。

 「私はこの街の領主をしているコルトンだ、さあ馬車に乗り給え」馭者をしていた家来に抱き上げられ馬車に乗ってどこかへ向かう。しばらくしてついたのは女神様を祀る教会だった。

 「貴方に出会えたのは運がいい、この教会は何年も使われていないのだが取り壊す訳にもいかなくてね、よかったらここで住職を務めてもらえないか?」サイケイは手を重ね膝をついて天を仰いだ。

 「ああ!女神様は私を見放してはおられなかったのだ。感謝致します」

 「手続きやら掃除は明日からでもいいだろう、食事にでもいかないか?私も昼を食べ損ねたのでね、ご馳走しよう」サイケイは公爵にも礼を述べる、再び馬車に揺られて一軒の料理店に着いた。

 もう昼時を過ぎたというのに客席は結構埋まっている、特に甘い菓子目当ての女性が多いようだ。彼女達はそれぞれの望みの菓子がでてくると目の色を変え、各自思いのままに口に放っている。

 「いらっしゃいませ、ご領主様」迎えるウェートレスにコルトンは告げる。

 「ホットドッグとアイスコーヒーを2人分頼む」やがて腸詰めと刻んだプラッカを挟んだパンと赤と黄色の奇妙な形のボトル、見慣れない黒い飲み物に白い小さな壺が2つ運ばれてきた。公爵はパンを手にとると赤いボトルからだした液体をかけて飲み物に浸ける事なくいかにも旨そうに食べ始めた。

 「我が街のパンは何かに浸けなくても充分に柔らかい、騙されたと思って食べてみるといい」サイケイが恐る恐るパンをかじると呆気なく歯で千切れた、口の中には腸詰めの肉汁が広がってパンやプラッカの甘味と調和していく。

 「好みでこれをかけてもいい。赤いのはルシコンで作ったソース、黄色いのは香辛料だ」残ったパンに黄色い液体を少しだけかける、

 (香辛料とかいったな、見た目はあまり辛くなさそうだが)もう一度食べると甘さと一緒にほんのりピリッとした辛さを舌の上を走った。それは決して不快ではなくむしろクセになりそうだ。

 飲み物にもサイケイは目を見張る。こんな黒いのはみた事がないし何より春も半ばのこの季節にどうやって調達したのか氷がふんだんに使われている。一口飲むと苦さの中に爽快さが感じられた。

 「多少苦い変わった茶だがそれがまたいいのだよ、また眠気覚ましにもなる。お好みで壺の中の濃縮されたラクや蜜を入れても良かろう」ものは試しとばかりに壺のラクと透明な蜜を入れてストローとかいう棒でかき混ぜてから再び飲む、すると爽快感はそのままにグッと優しい味わいになった。

 「私はラクと蜜を入れた方が好みですな、この腸詰め入りのパンも柔らかくて美味しいです」サイケイの感想に公爵は満足そうな笑みを浮かべる。

 

 やがて教会の仕事にも慣れてきたサイケイは街の人々とも交流するようになりすっかりエドウィンの住民に納まった。そして朝晩の祈りを欠かさない、これも全て女神様がお導き下さったからなのだと。

 「ワタチ、導いた覚えないでちゅけど」当の女神様が下界を見下ろしながらそう呟いているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 




教会なのにナゼ住職?とか言われてもそもそも異世界の宗教なので突っ込み禁止とします(笑)


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第56話妹とボンゴレスパゲッティー

影山明さんへ
頂いたアイディアを使わせてもらいました
設定を少し変えてますがそこはご勘弁を
もう1つのキャラもいつか書きますのでしばらくお待ち下さい


 貴族出身の女性騎士ナタリーン・オラートは数年間音沙汰のなかった兄からの手紙を読んである決意をした。

 「ラターナ王国のエドウィンか、兄上もようやく真っ当な仕事を見つけられたみたいね」名門の生まれでありながら16才で両親と妹の前から姿を消して明日をも知れぬ傭兵稼業なんぞやっていると聞いた時は気が気でなかったが今は奥さんとパン屋をやっているそうだ、両親は家を出た兄に代わりオラート家の跡継ぎにと父の姉である伯母の次男坊を養子に向かえた。その両親も天に召されもう兄上の生き方に反対する人はいない。ならば私もとナタリーンは家を従兄弟に任せて旅に出る事にした、まずは兄のいるエドウィンの街を目指す。

 

 エドウィンから少し離れたカカンザの街の市場に着いたナタリーンは木桶を抱えて声を張り上げる少年を見かけた、

 「ソリーア、要りませんかぁ?!、お安くしときますよぉ」ソリーアか、割と出回る貝で焼けばそれなりに美味しいけど特に食べたくなるモノでもない。彼は生活がかかっているだろう、必死に売り歩くが成果はでていないようだ。しかし私には関係ない、酷な言い方だがこの世の中同じ苦労を抱えて困っている人間は山ほどいる。情けをかけていてはきりがない、少年を無視する事に決めた私の耳に懐かしい声が響いた。

 「ソリーアを1オイス買おう、パンに挟む総菜用にな」右目の大きな傷には見覚えがないが間違いなく兄のバズだ、少年からソリーアを買っていた。

 「そんじゃ俺も貰うだで。海ン中では意外に獲れんでの」一緒にいる漁師風のリザードマンも少年にお金を支払っていた。

 「あ、ありがとうございます。やった!初めて全部売り切った」少年は空になった木桶に金貨を乗せてホクホク顔でその場を後にした。

 「兄上!」ナタリーンは叫ぶが市場の雑踏が邪魔して聞こえないのかバズはリザードマンと談笑しながらエドウィン方面へ向かう乗り合い馬車で去っていった。

 

 次の馬車に乗りエドウィンの街まで追いかけてようやく兄の居場所を見つけたナタリーン、手紙に添えられた地図を見ながらパン屋を見つけ扉をノックして出てくるのを待っていると美しい女性が応対に出てきた。

 「兄上はおられるか?妹のナタリーンが遥々訪ねてきた!」

 「義理の姉に何て口の聞き方だ」一仕事終え手の空いたバズが赤ん坊を抱えて玄関へ現れる。

 「失礼致しました、私はナタリーン・オラート。貴女の義妹です」

 「バズの妻、マデリーンです。ヨロシクお願いしますね」挨拶を済ませた2人にバズは提案する。

 「間もなく夕食時だ、今日はソリーアの旨い料理の仕方をエチゴヤのマスターに教えてもらいつつメシにしよう」

 

 エチゴヤとかいう店に入ると兄上は早速店の主人に料理の相談をする為にさっき買ったソリーアと共に厨房へ下がっていった、その間私は義姉と互いの近況やこれまでの人生の事なんかを話して過ごした。オラート家にいた頃は素行の悪い兄上だったが傭兵時代に散々怖い思いをしたせいで却って穏やかな性格になり、そんな時マデリーンと出会い恋に落ちたという。やがて子供が産まれてこの街に流れ着きここの主人や街の人々の協力でパン屋を始めたそうだ。そんな話をしていたら店の扉が開いた、昼間兄とカカンザの街でつるんでいたリザードマンだ。

 「マスター、さっきのソリーアでいい酒のつまみはできたかの?」

 「いらっしゃっいませ。フンダーさん、お持ち帰り用でしたね、ソリーアの佃煮です。ある程度日持ちしますが早めにお召し上がりください」リザードマンは金を払うと調理されたソリーアの瓶詰めを手に店を後にした。

 「漁師のフンダーさんです、私達のパン屋にもよく買いにきてくれるんですよ」マデリーンから説明された、兄とこの奥さんはすっかりこの街に溶け込んでいるようね。

 

 「お待たせしました、ボンゴレスパゲッティーです」パスタか。私の好物だわ。ソリーアもふんだんに使われていて微かに海の香りがする。ルシコンが丸のまま混ぜられていて色合いも綺麗。

 

 「あなた、パンの新作は思い付いたの?」食事中、妻に問われたバズは

 「マスターに教わったよ。揚げたのを挟んだりラクに浸して焼き直したりレシピは色々あるってさ」ナタリーンは最早貴族でも傭兵でもない兄を見つめて残念さと安心感が入り交じった複雑な気分だった。

 

 翌早朝、今日の仕込みをしようと作業場に現れたバズは信じられない光景を見た。ナタリーンがマデリーンに指示されながらパン生地を練っていたのだ。

 「兄上、イヤお兄様…」

 「まだ貴族っぽさが抜けてないわ『お兄ちゃん』でしょ?」

 「ハ、ハイ。お兄ち…ち、ち、とにかく今日から私もここで働きます!宜しくお願いします」ナタリーンの貴族脱却の第一歩が踏み出された。

 

 

 




パスタ好きなのにパン屋で働くって…まあだからこそって気もしますが

・ソリーア→あさり


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第57話失恋とハンバーグ

炭焼き一家久し振りの登場です


 ルブルック王国の衛兵隊剣士レナード・ドレクは仲間内でも食通で知られていた、同僚達もデートや接待等食で誰かをもてなす時は彼にアドバイスを求めるほどだ。また当人も休日を利用しては国内の美味を満喫していた。

 「既にこの国の料理は食べ尽くしたな、今度は外国に旨いモノを探しにいくか」そんなある日ラターナに政治的な秘密文書を届けるよう命じられた彼は無事に任務を遂行した後、山を越えルブルックへの帰途に就く。もう夜になっていた。

 行きにも同じ道を通ってきたが何せ暗いから視界が悪い、魔物にでも遭遇したら大変だ、レナードは先を急ごうとするが巨木の根に蹴躓き足を痛めた。助けを呼ぼうにもこんな山奥に住んでいる人など居るまい。

 

 朝になってレナードは簡素ではあるがキチンと屋根のある家で目を覚ます、体には毛布が掛けられていた。5才ほどの女の子が彼の顔を見下ろしている。

 「じいちゃん、リッキー母ちゃん、このおじちゃん起きたよ~」声を聞いてハゲ頭の老人と30がらみの女が姿を見せる、

 「あんたどこからきたんだ?見たところ衛兵隊員のようだが」イアンと名乗る老爺に問われる。

 「俺はレナード・ドレク、ルブルック王国の衛兵隊剣士だ、あなた方が助けてくれたのだな、礼を言う」イアンの隣にいたリッキーという女が笑いながらレナードの肩に手を乗せる。体格はややガッシリしてるが美人だし女らしい色気は充分にある。

 「気にすんな、それよか足を治療した方がいいぜ、ここじゃ無理だな。街で医者に診てもらわねえと、あたいらも街に用があるから連れてくよ」今日はイアンも一緒に山を降りて3人に体を支えてもらいながら医者のいる診療所に向かう。

 リッキーとチルはいつも通り薪と炭を売りにいく、その間にレナードはイアンに付き添われ治療を済ます。仕事を終えた2人に連れられて一軒の料理店にやってきた。時刻は昼より少し前だが結構混雑している。3人は常連でウェートレスとも顔馴染みらしく案内されたテーブルにつくと人心地つけていた。

 「なあ、ここは何が食えるんだ?」レナードの問いにイアンは薄い書物を手渡してこう言った。

 「何ってここから好きなモノを自分で選ぶのさ、アンタは衛兵さんだから字ぐらい読めんだろ?」メニューとかいうその書物を開くと沢山のしかも彼が見聞きした事もない料理の名が目白押しだ、その隣には神業としか思えないほど緻密に描かれた絵が載っていた。

 「故郷では食通で知られた俺だが、世間は広いんだな。俺の好きな肉料理も随分ある」幸い懐は無事なので支払いは全額負担すると自ら申し出た、助けてもらったのだからこのくらい当然だ。

 

 「お待たせしました、ハンバーグです」出てきたのは焼かれて褐色のソースをかけられた肉の塊である、真ん中にナイフを入れると中から脂が溶け出してきた。食べると更に口いっぱいに肉の旨さが広がる、これは一度細かくした肉を再びまとめて焼いてあるのか。こんな料理は初めてだ、少なくともルブルックにはなかった料理ではある、国中食べ歩いた彼がそう思うなら間違いない。

 「なるほど、手間をかけているがその分旨い料理を出す、という訳か」レナードは食べる勢いが止まらない、ふとチルに目を移すと付け合わせのパンにこのハンバーグとやらを挟んで口を大きく開けてかぶりついてる。

 「おじちゃん、こーすると美味ひいよ」早速真似をしてみる、その甘さと柔らかさに驚く。このパンを開発したのもここの主人で、街のパン屋に作り方を指導したらしい。

 「食べながら喋るんじゃない」リッキーがチルを嗜める、この3人は血の繋がりはないと山小屋を出る前に聞いていたがまるでホントの家族にみえる。また料金が安い、普通あれだけの料理なら一人前ラム単位の金を取られそうなモンだが4人分5アルで釣り銭がでた。

 

 「怪我が治り次第俺はルブルックに帰りたいと思うがその間どこか治療に専念できる安宿は知らないか?」店を出た後レナードはリッキーに聞いてみる。するとリッキーは

 「なんだよ、治るまで(うち)にいりゃいいじゃんか」ドキッ!

 「し、しかし妙齢の女性と一つ屋根の下というのは、その…」戸惑うレナードにイアンが口を挟む、

 「気になさるな。怪我人相手じゃ返り討ちにされるだけだし、こいつはあの店の旦那に恋しとるから」刹那リッキーの平手がイアンの禿げ頭を打つ。

 「この爺ぃ!余計な事抜かすんじゃねぇ!」2人のやり取りをみてチルは笑っている。

 「ようするに俺には脈がない、という訳か」溜め息を一つ吐くと苦笑しながらこの一家と山道を進み山小屋へと向かって行った。




イヤぁー、大輔モテてますね、25話のマージンが羨ましがりそう(笑)


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第58話吸血鬼一家とカルパッチョ

「スーパー~」「ひだ3」「PS」もドン亀状態です


 衛兵隊員の夜間警ら担当のテトラはいつになくウキウキしていた、今日は給料日である、今月は夜盗数組を捕まえたのでその褒美をと上官が取り計らってくれた。だから給料袋がいつもより重い、その夜の勤務を終えてホクホク気分で帰宅した。

 テトラの家には夜間運行馬車の馭者をしている父と芸術家の母と時計職人の兄貴とその手伝いをしている妹がいる。太陽が苦手な吸血鬼一家なので仕事と言えば在宅で勤まるか夜にできるモノしかない。自宅近くで父に出くわした。娘と同じタイミングで仕事が終ったようだ、不定期だがこういう事はたまにある。家に着くまで軽く会話をする。

 「そっちの仕事はどうだ?」年頃の娘に話しかけるのは難しい、慎重に選ぶが他に言葉が思い付かない。

 「順調よ、父さんはどう?」夜間運行の馬車の利用客は余りいないはず。それ程儲かる仕事ではないだろう。

 「ボチボチだな、お前よりは稼げないがな」後はお互い無言になり何となく気まずいまま家に入ると母が寝ずに待っていた。

 「何か軽く食べる?それともお酒?」マトモな収入がある2人を気遣ってくれているのだろう、父は一杯だけ呑むといい、テトラは母の申し出を断って告げる。

 「今夜は私も父さんも仕事が休みでしょ?皆で外で食事しよう」

 

 夕方になり一家は起き出してくる、まだ幼い妹は生まれて初めての外食と聞いて大喜びしている。

 「俺達がまともに外食できるのか?」兄は怪訝な顔をする、穀物や野菜はともかく肉や魚となると吸血鬼は火の通ったモノは食べられない。

 「テトラ、ホントにご馳走になっていいの?そのお金を結婚資金にすれば?」母が心配そうに言う、別に相手もいないのにそんな事言われても困る。

 「大丈夫。今から行くお店はちゃんと吸血鬼向きの料理を作ってくれるから(正確には違うのだがテトラはそう思っている)。さあ早く行こう、もうお店には予約入れてあるからさ」

 

 一家が店についた頃には月が空に浮かんでいた、中に入るとウェートレスがテーブルに案内してくれる。戸惑う家族に対し、すっかり常連のテトラはロティスと笑顔で挨拶を交わす。

 「こんばんは、ロティスさん」

 「いらっしゃいませ、テトラさん。5名様ですよね、ザシキへご案内します」テーブル席は4人がけなので床に腰を下ろしたまま食事ができるという個室に入る、テトラ本人以外は他の客からの目を気にしていたのでこれなら心置きなく一家団欒で食事を楽しめるというモノだ。

 「お待たせしました、テュンとハゲル、ボニトンのカルパッチョにプレーンスコーンです。それと今日のお酒は白ワインです」新鮮な魚が薄切りにされた彩りも美しい皿がテトラ一家の目の前に現れる。

 

 「う~ん、旨い魚だ。この酸味のあるソースがまた格別だな。ワインに合う」父は早くも呑み始めている。

 「この緑の固まりは何だろう?」

 「それは加減が難しいから。あっ」止める間もなくワサビを口に入れて悶絶する兄の姿に思わず大笑いする。

 「このスコーンとかいうパンもほんのり甘味があって美味しいね、魚と一緒だと食が進むよ」母が料理を絶賛する、それは自分でも作るのに挑戦しようと目論む時である。マスターはレシピを教えてくれるだろうか?

 「テトラ、お前も一杯呑りなさい。ああボトルが空だな」殆ど1人で空けてしまったのを申し訳なさそうにする父だったが

 「すいません、アツカンを下さい。後妹にアルムジュースを」私は個室からでて追加注文する。

 「熱燗お待たせしました」大柄なウェイターがトレイにアツカンのボトルと取っ手のない小さなカップを4つとまだお酒の呑めない妹のアルムジュースを乗せて持ってきてくれた。

 「ワインもいいけど魚にはこのお酒が合うの。ホラ、父さんも母さんも兄貴も呑んで×2」テトラ一家の楽しい宴は越後屋の閉店まで続いた。

 

 「お魚が半端に残ってますね」ロティスが大輔にさりげなく言うと

 「僕が食べるよ、ワサビと一緒に」

 「えっ?生のまま?」

 「向こうじゃ人間だって当たり前に生魚を食べるけど」異世界って奥深いとロティスは改めて感じていた。

 




テトラ初の親孝行です。ロティスはこちらの食習慣にビックリしてました。


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第59話ドリアードと牡蠣鍋

短い作品ばかりとはいえ、三作連続投稿。我ながら何やってんだ…


 人間と樹木が一体化したような姿をしている種族、ドリアード。彼らは昔から山や森などの木が生い茂る場所を好むが最近は都会暮らしに憧れて街に出る若い連中も多い、年配のドリアード達はこれも時代の流れだと半ば諦めている。とはいえ街で挫折して戻ってくるドリアードもまた大勢いる。

 さて、幼い為にまだ森から出るのを許されないドリアードの子供ピーポは時たま里帰りしたり、再び森暮らしの道を選んだ近所の兄さん姉さんから話を聞かされる度に都会の生活に憧れていた。そしてとうとう我慢できなくなり両親に相談する事にした。

 話し合った結果、保護者付きならいいだろうという事になるがピーポの両親は森を出た事がない、そこで数少ない知り合いの人間、ガーリンに我が子を街に連れていってくれるように頼んだ。ガーリンもこれを引き受けた、自分1人より同年代の子供が一緒にいた方がいいだろうと判断し弟子のリベリもお供する。

 

 エドウィンの街に訪れたピーポは見るモノ聞くモノ、何もかも初めての都会に大はしゃぎだ、リベリと一緒にあちこち見物している、そうこうしていたら夕食の時間になっていた。

 「散策はまた明日にして、食事にしようじゃないか。いいメシ屋があるから」ピーポは都会の食事にワクワクしながらガーリン達の後ろをついていくとイメージとは違う小さな店にやってきた。

 「いらっしゃいませ。ガーリンさんすみません、カウンターが埋まってるのでテーブルでよろしいですか?」他の客の対応にてんてこ舞いしながらもロティスが問う。

 「今日はそっちの方がありがたいよ、リベリ以外にも連れがいるしね」ピーポはその様子にますます気分が高揚した。

 「やっぱり都会は慌ただしいな、でも楽しい」

 

 「絵を見ながら好きなのを選びな」ピーポはメニューをみながら字はガーリンに読んでもらい自分が食べたいモノを決める事にした。

 「できれば海の食べ物がいい、森だと絶対食べられないもん」時折噂になる海にいるという魚とか貝とやらの美味しさ、森を離れないドリアードには一生縁がない食べ物、今回ピーポがどうしても果たしたい目的が海産物を食べる事だった。ガーリンはピーポからそれだけ聞くと店内を駆け回る女性を呼ぶ。

 「女給さん、このカキナベってのはどんな料理だい?」

 「夏避け貝と野菜を煮たモノになります、ポトフに近いですね」

 「そいつを3人分頼むよ、後私にはニホンシュを一杯だけおくれ」お酒好きの先生が一杯しか頼まないなんて珍しい、リべリが?な顔をしているのに気付くと

 「今日はよその子供さんを預かってる身だからね、酔ってなんていられないよ」いいたい事がバレた。思いの外早く料理がきた、持ってきたのは店主、小さな竃をテーブルにおいてその上に鍋その物を乗せる。

 「お待たせしました、牡蠣鍋です」

 「おや、今日は店主さんが来てくれたのかい?」

 「ええ、カセットコンロ、この小さな竃は扱いに慣れが必要ですから。熱い内に召し上がれるように今から火を付けますね」薪もない竃にいきなり火が付いた、料理を客の目の前で完成させるなんて兄さん姉さんからも聞いた事がない、ピーポの高揚は最高点に達した。

 「こんなもてなしは他の店じゃまずないよ、街にきて最初にこの店で食事できるアンタは幸運さ」ガーリンから聞いてピーポは森に帰ってみんなに自慢してやるつもりになっていた。

 「後は一煮立ちすれば完成です、取り分け用のリーポをお使い頂きます、スープは薄味なのでお好みで酢や醤油を足して下さい。火傷にはご注意を」店主はそれだけ伝えて厨房へ戻る、教わった通りに自分の器に中身をよそりショーユというくろいのをかけて食べ始める。

 「これが夏避け貝か、プニプニしててちょっぴり苦くて大人の味って感じ。スープもそのままで充分美味しい、ショーユとかにもスッゴく合う」

 「お野菜がトロトロ~、なのに歯応えはちゃんとある。不思議です」

 「こいつはイカン、酒が進んじまうよ」酒のグラスを持ってきた大男の従業員が、

 「おいらがお客さん送ってく、担いでいける、大丈夫」話し方は拙いが気の回る店員だ、店主の教育がいいのだろう。

 「それじゃお言葉に甘えようかね、同じのをもう2、3杯おくれ」

 2日後、街に滞在中はガーリンの家に泊まっていたピーポは森に帰っていった。その手にはエチゴヤの店主がお土産にとくれた夏避け貝のツクダニというのを持っている、日持ちはするが早めに食べるように言われたがその心配はないとピーポは思っている、きっと美味しいに違いないこの料理は森のみんなはこぞって食べるだろう。

 「奪い合いになる方が心配だな」その時は改めて買いに行こう、それよりドリアードみんなであのお店にいこうか。森の入り口が見える、両親がそこまで迎えに来ていた。

 

 

 

 

 

 

 




しばらく投稿休みます…
・リーポ→お玉
食材以外の異世界語が初登場です


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第60話別大陸と中華丼

闇の皇子様へ
タイムスリップから帰還しました。
\(^o^)/拙作の2次ものをご覧頂ければ幸いです。


 貿易商のレイヨンとその2人の子供、アウラとマーシャの兄妹(10才と8才)は海へ投げ出されたが幸運にも生きてラターナの港にいた、目を覚ました3人は大勢の視線に見下ろされていた。

 「お、生きていたか?」

 「無事で良かったぁ」よくみると彼らには足がなく代わりに魚の尻尾が生えている。これが人魚とかいう種族か、話には聞いていたので存在は知っていたが実際目の当たりにしたのは初めてだった。家族と人魚達に14、5人が駆け寄ってきた、大半は人間だったがワーウルフやラミアも混じっている。彼らの住んでいたところにはこれ程の亜人はいなかったので子供達はすっかり怯えてしまっている。

 

 この一家は海に落ちて沈みかけていたのを人魚達に助けられて港に上げられた、しかし助けたはいいがどうも服装からしてこのエクレア大陸の人間ではなさそうでこの後どうしたらいいか人魚達にはわからない。そこで彼らと交流のある漁師に頼み街までひとっ走りしてもらう。

 

 連絡を受けて多くの住民がやってきた、別大陸からきたと見受けられたので彼らとも付き合いがあるラミアと子供もいるので人当たりがいい男性が選ばれて一家に近づく。

 「溺れていたのはこの人達?」

 「大丈夫ですか?何がありましたか?」次第に落ち着きを取り戻した3人は少しずつ自分達の身の上を話し始めた。

 

 アズル大陸で暮らすレイヨンは去年妻を亡くしてからは子連れで商用の航海にでていたが今回は乗っていた船が嵐に遭い一家揃って海に投げ出され、気がついたらこの港にいて人魚達に囲まれていたらしい。ラミアのベポラは一家の顔を繁々と見つめるとレイヨンを指し

 「この人なら商船の中でみかけた事があるわ、取り引きはしてなかったけどね」

 「俺のいた大陸の民族衣装に似ている、多分そこから来たんじゃないか」こことは違う大陸出身のワーウルフが言う、一家の出自は分かったがしばらく帰れないだろう。彼らに少し遅れてこの街の領主がきた。

 「できるだけ早く船を手配し故郷へ帰してやろう、マスターはすまないがしばらく面倒を見てやってはくれまいか?」

 「僕は構いませんよ、それじゃこちらへ」レイヨンは子供達の手をとりマスターと呼ばれた男性の後をついていく、時間は夕方になろうとしていた。

 

 案内されて入ったのは食堂か酒場にみえるがレイヨンの知るソレとは随分違っていた、床やテーブルは清潔だし天井には見た事のないランプが規則的に取り付けられていて、窓が開いてないのに心地よい風が漂っていて楽器も演奏する者もなく聞き覚えない音楽が鳴っている。子供達の手前、平然としているがホントはレイヨン自身も目を丸くしていた。

 「ここは僕の店です、皆さんは今の内に夕食を…アレ?どうしたの、マティス」

 「マスター、デミグラスソースがなくなりそう。私じゃ作れないし」レイヨンの心に衝撃が走る。

 「冷蔵庫に予備があるから、直火にはかけないで湯煎して。うん、今日も忙しくなりそうだな」この日の夕食時も全席が埋まりっぱなしの越後屋、客足が落ち着いたのは(この世界的に)夜も更けた頃だった。

 「夕食遅くなっちゃいましたね」申し訳なさそうにレイヨン一家の前に食事を並べる大輔、女性店員は既に帰った後で今いる店員は彼とパックスだけである。

 「こちらがお世話になっているんです、お気遣いなさなず」レイヨンは恐縮するが子供達は空腹の限界がきている様子だ。

 「中華丼です、熱いので口の中を火傷しないように注意して下さい」フォークを器にいれると下には米、この大陸ではオリゼと呼ばれるモノがギッシリ詰まっている、その上には薄い褐色のスープが米の中に染み込む事なく浮いている。掬ってみると少しだけ固まっている、どんな魔法が使われているのか、隣をみると子供達は無我夢中でこの料理をガッツいている。レイヨンも食べてみる。

 「なるほど、半分固まっている事で米に完全に染みずにベタつかないのか、それに具材も猪肉以外見た事ないな、このしゃきっとした歯応えの野菜にゼアを縮めたようなヤツ、葉野菜はプラッカでもラトゥールでもない、スピンかな?」家族3人米粒一つ残さず平らげる。

 翌日レイヨンは船の手配を断りこの街で暮らす許可をもらう為に領主の邸を訪れた、コルトン公爵は快諾した。更に商業ギルドにも出向いて仕事を探す。昨日港で会ったギルド長のヴァルガスに

 「この街に居着くのか、どういう了見だ?そりゃアンタの自由だが」レイヨンはこの街が気に入ったからと返したがホントの理由は今はまだ誰にも秘密にしておくつもりだ。

 「あの女性(ひと)もご亭主を亡くされて1人でお子さんを育ててるらしい、仕事を得たら交際を申し込んでみよう」エチゴヤのアシスタントコックのマティスに一目惚れしたレイヨン、果たしてこの恋はどういう局面をむかえるのか?

 

 

 

 

 




今後もタイムスリップはします(笑)。
・スピン→ホウレン草
チンゲン菜がなかったので代わりに(笑)


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第61話元冒険者達とサラスパ

第1話のお客がまたしても登場します。今度は意外な形です


 アラン、ルビィ、リャフカ、オィンクは冒険者をやめる事にした、以前より考えてはいたのだが資金力不足で今日まで踏ん切りがつかなかったのだ。

 切っ掛けは拠点のカカンザにある酒場『龍の水晶亭』で4人で呑んでいた時だった、そこの親爺が高齢の為に近々店を畳むと聞いたのだ。

 「親爺さん、店を閉めてからどうするんだい?」

 「息子んトコで世話になるさ、孫の相手と家政夫の代わりぐらいにはなるじゃろう。この店も大した値は付かんとは思うが売るつもりじゃよ」

 「それなら私達に買わせて、料金次第だけど幾らで売るの?」親爺が提示した値段は思った程大した金額じゃなかった、これなら彼らの蓄えから充分払える。4人はこの店を買い取る事にした。

 まずは店舗の修理だ、屋根やら床やらあちこち傷んでいたが金がないので自分達で修理を施す。

 

 ここで説明しておくと、この世界の1週間は5日であり火、土、金、水、木曜日の順に回っている。ついでに1年間が12ヶ月なのは地球(こっち)と同じだが一ヶ月は6週間でどの月もきっちり30日である為、1年は360日である。

 

 話は戻り2週間かけてようやく修理が終わった、他にも問題は山積みだったが彼らには秘策がある、その為にエドウィンの街へ出掛けていく。

 街に入ると早速エチゴヤを訪ねる。マスターに相談事があるのだ。

 「それで僕に料理を教えてほしいというんですね、いいですよ」拍子抜けする程アッサリ承諾してもらえたがテーブルにいた夫婦らしき2人は苦笑いしている。その理由を4人は翌日知る事になった。

 

 翌日から大輔は鬼教官と化した。

 「チューバの芽が取れてない!ケパは厚く切りすぎ!そこ!小麦粉はもっと手早く混ぜる!」4人は大輔を今まで出会ったどんな魔物よりも怖いと思った。

 「「「「ハ、ハイ!」」」」

 エチゴヤマスターに弟子入りした連中がいると噂を聞きつけた常連達がわざわざからかいに店を訪れた。

 「お前さんらが修業中の料理人か。まあ一ヶ月も特訓すりゃあ、そこそこできるだろうよ」ヴァルガスが冷やかす。

 「エチゴヤを模倣するなら制服とやらも用意するんでしょ?ウチで作らない?」べポラはしっかり商売しようとしている。

 

 こうして一ヶ月半の修行を重ねようやくその日の晩、大輔からお墨付きをもらえた4人はすっかり気力も何も抜けきっていた。

 「皆さん、お疲れ様でした。とはいえ大変なのはこれからになると思います、夕食を作りましたから食べて下さい」

 「せっかくだけど食欲がない」アランがテーブルに突っ伏したままいう。

 「料理人がこんな大変だったとは」リャフカは椅子にもたれて呟く。

 「マスターはスゴいニャ~」

 「よく毎日やってられるだ」他に誰もいないのをいい事に座敷に寝転がるルビィとオィンク。

 「今から諦めてどうするんです?ちゃんと食べないと持ちませんよ」そう言って大輔がテーブルに並べたのは湯気の立っていないパスタ料理だった、この人に限って冷めた料理などだすはずはない。思いきって尋ねると

 「これはサラスパ、冷やして食べるんです。暑い日や食欲がない時はこれがいいですよ」普通のパスタと同じくフォークで巻くと

 「なんでだ、冷たくなっているのに麺が固まってない!」

 「スープがほんのり甘酸っぱいニャー、疲れててもスルスルお腹に入るニャ」

 「上さ乗ってるルシコンやグルミス、焼いた卵と細かく解れた魚の油漬けが麺と相性いいだ」

 「まさか冷やして食べるパスタがあるなんて、それにしても美味しいわね」食べ終えた4人はアレだけ疲れていたのが嘘みたいに元気になり大輔にお礼を言ってカカンザの街に戻っていった。

 

 それからしばらくして越後屋に例の4人が店を開いたと手紙がきた。名前は先代店主が使っていたのを受け継いだらしい。こうして4人の元冒険者達の新たな人生がスタートしたのだった。

  

 

 




冷やし中華にしようとしましたが2回続けて中華は違う気がして変えました。まあ冷やし中華って日本独自のモノなんですけどね。


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第62話竜姫とミックスグリル

「異世界食堂」のパクりっぽくなってないか最近不安です


 ラターナの王族は人間であるがこの世界の王侯貴族は全てそうとは限らない、国や大陸によってはエルフ等の亜人や獣人(ワービースト)が王や元首として君臨する国家もごく当たり前に存在し、人間が統べる諸外国とも普通に交流がある。

 ある公務の為にラターナ王国にやって来た竜人(ドラゴニュート)王族の姫、ステラはレックス国王に対してかなり高圧的な態度で会談に応じていた。今日の議題を話し終えたステラはこの国で一番美味しい料理を出す店として先代国王アルバートから越後屋を紹介されてエドウィンの街に向かった。

 「この私を納得させるモノが市井の料理店にあるなんてイマイチ信じられないわ、まあ行くだけ行ってみるけど」ステラは店を訪れるなら自分の事は黙っていてほしいとアルバートに頼まれていたので当日はお供も連れず1人で来店した。

 

 越後屋ではたまに風変わりなサービスが行われる。大輔が異世界(こっち)にきてから色々始めた、今日開催したのはいわゆる大食いチャレンジメニューなのだが意外にも未だにクリアした人が誰もいない。巨体を誇るヴァルガスやゴドノフも挑戦はしたが完食できずこの店最高額の一皿分5アルを支払うハメになった、因みに食べ残しは持ち帰りが原則となる。

 「いらっしゃいませ、初めてのご来店ですね。何かありましたらお気軽に店員に声をかけて下さい」女性がパンツスタイルとは珍しい、それに市井の店にしては随分清潔にしてある。壁を見渡すと奇妙なモノが目にはいる、ソコには文字が書かれていたのだがよくみると壁に書かれたのではなくどんな仕掛けなのか釘も縫い目もなしに文字を書いた紙を壁にくっ付けている。

 

 その紙にはこう書いてあった

 「年に一度の店主からお客様へ挑戦!ミックスメガグリルセット制限時間内に完食された方は無料(タダ)!」ステラは思わず唾を飲む、料金の事を心配しているのではない。一国の姫たる者、手持ちは充分ある。それに竜人は例外なく人間の何倍も健啖である、ウェートレスを呼んでミックス何たらを注文する。

 そもそも竜人はその名の通り本来ドラゴンの姿をしているが、他のドラゴンと違い人間の姿を模す事ができる。伝説や文献では世界が創造された後、ドラゴンの祖から進化の過程で食事の量を減らしても生き延びる体を得る為派生したと云われている。尤も、人間から見ればその胃袋は比べ物にならないほどの許容量を誇るのだが。

 店内ではそんな彼女の正体に気付いてないお客達がその様子をみて口々に囁く。

 「オイ、あの嬢ちゃん例のヤツに挑戦するらしいぞ」

 「あんな細っこい体に入りきるたぁ思いませんがね」3メートルは優に超すサイクロプスといかにも剛腕な鬼が揃って怪な顔でステラを見やる。

 

 「お待たせしました、ミックスメガグリルです」サラダに山盛りのオリゼ、丸々1羽分焼いてアリュームで香り付けした鶏肉、衣を纏わせた猪肉を油で揚げたモノが3枚、一見シンプルな網焼の肉1オイス分が直径1メートル程の皿に乗せられてステラの目の前に置かれた。その量と香りに竜人の本能を刺激されたのか猛烈な勢いで食べ始めるステラ、そこにはお姫様ではなく只の食欲旺盛な1人の女性がいた。その食べっぷりに他のお客達も目が離せない、

 「鶏と猪肉は分かる、でもこの網で焼いたのは何のお肉なの?全然筋ばってなくて凄く柔らかい!焼き方に秘密があるのかしら?それにオリゼとの相性が抜群だわ、はしたないのは承知よ。でも手と口が止まらないの!」制限時間内にオリゼの粒一つ、ソース一滴残さず完食してしまった。

 「ご馳走さま、とても美味しかったわ、でもホントに無料でいいのかしら?」壁にくっ付けた紙を取り外している店主に問うてみるが

 「ええ、こちらでそう謳ってる以上お代は頂きません。流石に何人も成功されると儲けがでませんから今回は締め切りにしますが」

 「そう」諦めた表情になる、それをみかねた店主はこう提案する。

 「事前にご予約して下されば用意しておきますよ、無料って訳にはいきませんが」

 「ホントに?じゃ再来月にでも来させてもらうわ」

 

 「それでは、この件に関してはご理解とご協力をお願い致します。姫君」震えながら要請するレックスに笑顔を見せて

 「ええ、(わたくし)共からもお願い致しますわ」ステラはレックスと政府会談を全て終えてから相手に告げた。

 「帰国の準備がありますのでこれで失礼しますわ、お父上に私の感謝の言葉をお伝え下さいませ」高圧的だった姿から一転してお淑やかな異国の姫君の変貌ぶりに目を丸くするレックス。ラターナ王城の客室で1人になるとステラは呟いた。

 「この国とは何としても友好状態を維持しなければならないわ、下手に戦にでもなったら2度とミックスメガグリルがたべられないもの!」

 

 

 

 




外伝にもそっくりな話を投稿予定です。興味があれば拙作の二次創作モノ「ひだまりスケッチ&無敵鋼人ダイターン3『越後屋で女子会だゾ』」をご覧下さい、2日までには完成させます。


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第63話彫刻家と飴細工

忘れた頃にマージン久し振りの登場です、ホントは彼にナンパしまくってほしかったんですが。


 彫刻家のリージンが自分のアトリエで頭を抱えている、彼女は3ヶ月後王都にて行われる芸術祭で新作を発表する事が決まっているがその作品が上手く作れずにいた。何度作っても納得のいく形に仕上がらずに作っては破壊しまた作っては破壊を繰り返しとうとう精根尽きてへたり込んでしまった。

 その彼女を労おうと1人の男が陣中見舞いに訪れた、実の兄で人気小説家のマージンである。

 「どうだリージン、製作は順調か?」

 「イマイチよ。碌なモノがつくれないわ、私才能ないのかしら?」

 「そう悲観的になるなよ。気分転換をしよう、エドウィンまで付き合え」

 

 一方の越後屋では従業員4名が大輔が下拵えした材料を手に四苦八苦していた。

 「やっぱり難しいわね」

 「マスターみたいに綺麗に作れない」

 「また、失敗しました、熱っ!」

 「おいら、細かい仕事、苦手」彼らの様子を見守りながらも作業を続けていた大輔は氷水の入ったボウルを差し出して

 「今日はこの辺にしておこう、まだ練習だから失敗したのは気にしなくていいよ」

 

 話は1週間(地球的には5日)前に遡る、大輔は常連客の1人であり街の商業ギルド長のヴァルガスからある頼み事をされた。

 「もうすぐ夏祭りが行われるんだがその一環としてこの街では昔から子供が各商家を訪ねて菓子を貰って回る[メンセ・マーレ]って習慣があるんだ、元は神事だったんだがそれが今の形に変化してな。今年はこの店にも協力してほしいんだが、どうだねマスター?」

 (季節は違うけどハロウィンに近いな)向こうでは例のヤミ金の奴らがアーケード街全体に圧力をかけていてハロウィンどころではなかったのだ。

 「お引き受けします、何か作っておきましょう」

 「ありがてえ、今日の仕事の話はこれで終わりだ。じゃ酒とフライドチキンを骨付きでな(笑)」

 

 妹を連れて越後屋に訪れたマージンは以前食べて気に入ったラタトゥイユをリージンにも勧め、それを肴にブランデーをチビチビ呑る。

 

 2人が食事中に店に子供が4、5人入ってきた、彼らは一斉にこう叫ぶ

 「メンセ・マーレ!」この世界の古い言葉で

 『何かくれないと酷い目に合わすぞ』という意味だ。このメンセ・マーレのお祭りはエドウィンだけではなくマージン、リージンの故郷でも昔からやっている。

 「懐かしいなぁ」自分の子供の頃を思いだし目を細めるリージン、ところが次の瞬間その目を大きく見開いた。

 「何あれ?!」店の主人が子供達に配っているのはリージンが見た事すらない精巧な細工物だ、口に入れようとした子供から思わず取り上げてしまった、この時はまさか食べ物だとは思わなかったのだ。

 「ビエ~ン」子供を泣かせてしまい困惑するリージン、駆けつけた子供の母親に怒鳴り付けられる、店の主人が子供に新しい細工物を手渡すとあっという間に泣き止んだ。何と細工物は木でも石でもなく飴で作られているらしい。

 

 リージンは大輔に頼んで作業をみせてもらった。

 「削るんじゃないの?」

 「溶かしたものが冷えて固まる段階で成型していきます」鍋に溶かした液体を2本の棒を使って器用に練り上げて子熊の姿にしていく、傍らには花や鳥を作ろうとして明らかに失敗したモノがチラホラしていた。

 「それは私達が挑戦したやつです」眼鏡の店員が白状した。ふとリージンは美しい芸術を見た、赤い色に染まった何かを象徴する建物を模ったそれを自分の彫刻の参考にしたいから大輔の作った飴を売って欲しいと頼んだが断られた。

 「僕は料理人であって芸術家ではありません、だから食べるつもりのない人にはお渡しできかねます」

 「食べたらそれで終わりよ、あれだけの芸術品が簡単に消え失せてもいいの?」リージンは食い下がるが大輔の返事は変わらない。

 「だったら飴細工は作らないし、そもそも料理人にもなっていません。お引き取り下さい」そういうと飴細工を躊躇いなく砕いて店員や常連客に振る舞った。2重の意味でガックリして宿場に向かう途中、兄のマージンは肩に手を乗せ励ました。

 「そうショゲるなよ、マスターにだって彼なりのこだわりはあるさ。お前だって同じだろ?」兄の言葉を受けてしばし物思いにふけるリージン。

 100年後のラターナ王国国立学院の歴史の教科書、そこにはこう記されている。

 『世界で最初の飴細工職人、リージン。その原点と人生』

 

 

 

 

 

 

 




因みに大輔が作ったのは東京タワーです。


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第64話義理の従姉と新装開店

久し振りに料理がでない話になります。
影山明様からヒントをもらいました


 「そろそろいい時期よね」先代越後屋店主の姪、伊達冴子は夫の淳次と共にかつての越後屋を訪れた、父親の越後屋寅治の公金横領発覚、逮捕を始めに越後屋一族には次々不幸が相次ぎ、それが世間に波紋を呼び夫も仕事先を追い出され生活に困るようになり恥を忍んで少しでもお金を貸して貰おうとほとぼりが冷めた今、こうして訪ねてきたのだ。

 「ホントは父さん達に散々嫌がらせを受けた大輔君に借金なんて頼める義理じゃないけど私達には他に当てがないもの」入口に近づくとナゼか見つからない、冴子は一族の中で唯一先代とは仲が良かったので場所を忘れる訳がない、裏口へ廻るとすぐ見つかった。

 「勝手に入っていいのか?」淳次が不安げに問うが

 「大丈夫よ、空き家じゃないハズだし、普通に挨拶すれば問題ないわよ」この店は冴子の義理の従弟が継いだ、現在店は閉めていても住んでいるのは確実。裏口の戸に手をかけるが開かない。

 「引き込もっているのかしら?」戸の向こうから返事がする、間違いなく大輔の声だ。奥は随分賑やかそう、店は繁盛しているらしい。

 「じゃルカさん、すみませんが今回もお世話になります」大輔は小声で誰かと話している、ようやく裏口が開いて冴子達を出迎えてくれた。

 

 店内に入った冴子は驚いた、まず店が以前の数倍は広くなっている、それにお客の服装が何とも奇妙である、中には着ぐるみ姿の人までいる。

 「ナニ、ここ?コスプレイヤー御用達なの?」元々現実主義者(リアリスト)の冴子に[異世界]という概念はない、一方淳次は卒倒寸前だ。

 「冴子さん、ご無沙汰してます」こんな状況で平然と挨拶する大輔、冴子はどういう事か説明を求める。彼女の性格をよく知っている大輔はその目でみて貰う方がてっとり早いだろうと

 「外にでてもらえば分かります」大輔は厨房をマティスに任せて冴子を入口から連れ出す、越後屋の周りにはどこかの外国の街みたいな景色が広がっている。

 「ここって何かの撮影所?」まだ異世界転移したのに気づいていない、次は裏口へ移動する。冴子も通る事ができた、行き来は可能なのだろう、店舗周りを一周して入口にくると何気ない日本のアーケード街である。そこから中に入ると中はガランとして誰もいない、裏口に廻るとさっきの奇妙なお客達がいる、再び中から入口を出るとまた外国か撮影所らしき場所。冴子が状況を理解するまでこの行動は10回くらい続いた。その頃淳次は完全に気絶していて従業員らしき人達の手で座敷で介抱されていた。

 

 「まだ信じられないけどこの店が異世界に移転したのはホントみたいね」

 「まあ、そういう事です。僕はいつも裏口から日本に行くので入口からだと店が空っぽになるのは知りませんでしたが。ところで冴子さん、今日はどんなご用件でこちらにいらっしゃったんですか?」あまりの出来事にお金を借りにきたのをスッカリ忘れていた。

 「アンタ、料理の心得はあるかい?なら向こう側で商売すればいいだろ。あっちの土地を遊ばせとくのも勿体ないしな」冴子にそう話しかけてきたのはサルだ、他には人間のお客もいるが人魚や河童、ろくろ首に吸血鬼と怪物も沢山いる。冴子はまだ慣れないのか頭を抱えたがこれも生活の為と割り切る事にした。

 その後伊達夫婦は大輔と日本の事情に一番詳しいというさっきのサルと細かい打ち合わせをする。

 こうしてかつての越後屋は元あった場所に復活、イヤ伊達夫婦が運営する『越後屋2号店』として新装開店する事になった。

 

 




2号店のエピソードは今後外伝に投稿します。


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第65話縁談と豆腐ステーキ

異世界料理モノにお馴染みの豆腐回です


 ヴァルガスは古い友人から送られてきた手紙に目を通す、内容は娘が結婚を考えてる男性がいるので是非仲人を引き受けてほしいというものだった。

 その数日後ヴァルガスはナゼか越後屋にきていた、例の知り合いの娘というのは冒険者上がりの獣人なのに対して相手の男は人間で下級ながらも貴族の血をひくいわゆる'お坊ちゃま'である。

 

 「問題はそっちじゃないんだ」いつものように焼酎を呑りながらヴァルガスは大輔に語る。事実この世界では人間と亜人のカップルや夫婦は珍しくも何ともない、身近なトコではマティス、ロティス姉妹の親父さんがドワーフとの混血だしラミアやオークのように他種族相手でないと子孫を残せない亜人もいる。

 ヴァルガスと妻シンシアはいい話だと思ったし双方の両親も反対する理由はないというので途中まで話はトントン拍子に進んだ。しかし

 「じゃあ、何が問題なんですか?」肴をだして大輔が問う。

 「そんでな、両家で今後の事を話し合おうってんで向こうで会食となったんだ。で店の給仕がメインの皿を持ってきた、そこで困った事になったんだ」

 「と、言いますと?」

 「メインは魚料理だったんだが男側の父親の方がお気に召さなかったらしい、メインは肉の方がいいと抜かしやがった。それが店を手配した女側の父親の逆鱗に触れちまってな、そこからはもう大喧嘩だ」

 「何とも大人げない、ていうよりホントは双方共反対する理由がほしかったんじゃあ…」

 「おそらくそんなトコだろう、つまり年寄りの意地の張り合いだ。しかし若い2人にゃ気の毒な話じゃないか、そこで俺は改めてここで会食をやり直そうと提案した。マスター、お前さんに余計な仕事させちまうが一つ頼まれてくれんか?」

 「引き受けましょう、只少し考える時間はありますか?」

 

 一週間後、ヴァルガスは今日の主賓2人ライラとオリバーと双方の両親を連れて越後屋に来た。未だ険悪そうな父親同士はいがみ合いを続けている。

 「今日という今日はこの頑固者と決着をつけさせてもらおう!」

 「それはこっちのセリフだ、今日こそこの偏屈爺いに頭下げさせてやる!」

 

 「いらっしゃいませ、ザシキへどうぞ。ヴァルガスさん、頭をぶつけないようにお気をつけ下さい」常連のヴァルガスもこの個室の存在は知っていたが利用するのは初めてだ。家族同士が並び向き合うように座らせて自分は垂直する位置に腰を下ろす

 「腰を下ろして食事ができるとは、これは楽チンだ」

 「座椅子もあって背を凭れる事ができる、何とも落ち着くな」父親2人は喧嘩も忘れ気が緩みきっている。料理が前菜から順に運ばれてきた、どの料理にも舌鼓を打つ一同の目の前にこの日のメインが店主と大男の店員の手で並べられた。

 「お待たせしました、本日のメインはこちら、豆腐ステーキです。鉄板が熱いのでご注意下さい」出てきたのは元は白いと思われる四角い塊に焼き色のついた今まで見た事ない料理である。端にはすりおろしたジベリと細かく刻んだポルムが添えてあった、ヴァルガスは慣れた様子でナイフを入れてフォークに指し嬉々として食べ始める。

 「旨ぇ、やっぱり肉か魚か迷ったらこいつがいいな。どっちにも負けてない」信用のおけるヴァルガスがそう言うならと彼らも真似をしてみる。

 「美味しい!口当たりは軽いのにしっかり食べた感じがあって、しかもしつこくなくてほんのり甘い!」初めての味に感激するライラ。

 「外側はカリッと心地よい歯触りで中は噛まなくても食った途端にホロホロと溶けていくように柔らかい!ジベリとポルムの辛味の強いハーブにもよく合う」オリバーも驚きを隠せない。

 「こいつは一体何だ?肉にしてはあっさりしてるし、そうかこれは淡白な魚だな。この勝負は俺の勝ちだ!」

 「いいや、こいつは鹿の身を丁寧に処理した肉料理に違いない。勝ったのは俺だ!」言い争いを再開した2人を尻目にヴァルガスは大輔を呼ぶ。

 「マスター、この石頭共に正解を教えてやってくれ!」大輔は座敷の戸を開けると持ってきた笊を2人に見せる。

 「こりゃヒスピじゃないか?」

 「まさか、これが肉や魚の味になるっていうのか?」顎が外れそうなくらい驚く父親達に種明かしをする大輔。

 「僕の故郷には宗教や体質等の理由で肉や魚を食べられない人もいます、そこで編み出された料理の1つです」

 「この勝負はどっちも負けだな、罰として材料の海水を汲んで来てもらうか」

 「これだけ作るには100オイス必要になりますが?」ヴァルガスと事前に打ち合わせた通りわざと大袈裟に量を指定する大輔、親父達は青い顔になっている。

 「2人っきりでかぁ?」

 「夜が明けちまうよ」

 「そんじゃこの若い2人に謝るんだな」2人共自分達の息子と娘に土下座する、もはや父親の威厳など微塵もない。ヴァルガスはこれで縁談はまとまったと一旦言葉を締めると

 「少し早いが誓いの盃を交わそうじゃないか。マスター、ニホンシュを人数分頼む」

 

 こうして無事結ばれたオリバーとライラの2人は仲がいい素敵な若夫婦と近所でも評判である、だがお互いの父親同士は今日もまた相変わらずつまらない事で意地を張り合ってるらしい。

 

 

 




最後はやっつけ感ありますか?自分でも気になったら後で修正します


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第66話教師と焼き鳥

久し振りに大輔のセリフが一言もありません、(主人公なのに…)
ジャップ先生再登場です


 ~ルカ視点~

 「フハハ、地獄へ送ってやる!」そこまで読んで俺は本を閉じた。やっぱりパターンがテンプレすぎるよな、この世界の人気小説家マージンの新作が出たというので購入してみたが地球のモノに慣れてしまっている俺には面白みに欠ける。大体相手は善人なんだから殺せたとしても行くのは天国だろ、なんて小説に突っ込みを入れていると

 「なあルカ、呑みに行かんか」ドワーフだけに酒好きのゴノーのオッサンが話しかける、まだ陽が落ちるには早いが俺も嫌いではないので付き合う事にした。

 

 今、俺達一行は珍しくムッサンの街の宿屋にいる。たまたま盗賊に襲われていた男に出くわし助けたら宿屋の主人だった、お礼に是非泊まってほしいといわれて好意に甘える。俺とオッサン、トロワちゃんとディーネで2部屋使う。アルブスは宿屋の厩で休ませてある。

 

 主人から酒場の場所を聞いてしばし留守にすると伝えて街へくり出す。途中の裏通りで壮年の夫婦とガラの悪そうな男が10才くらいのケットシーの少女を挟んで激しく口論しているのを目撃した。

 「だから、金さえ出せばこのガキはくれてやるっつってんだよ!」

 「黙れ!子供にだって人権はある、それを貴様は物や道具のような言い種をしおって!」始めは無視しようかとしたけど男は仲間を呼び寄せて斧を振り上げ夫婦に切りかかってきた。しょうがねぇ、助けよう。

 「手前ぇらみたいなお人好しがバカを見ンダョ、地獄へ落ちな!」俺は不細工なニヤケ顔の男の前に立つと斧を拳で粉砕して他の連中を如意棒で凪ぎ払う。そもそも閻魔大王じゃあるまいし地獄へ行けだの天国行きだのお前ぇらに決める権限無ぇだろ、こっちの地獄には閻魔大王自体いないが。1人になった男は恐怖のあまり泣きながら失禁していた。

 

 話を聞くと少女はみなし子でさっきの男に拾われて奴隷奉公を強いられていたが、金遣いの荒い男は今夜から少女に売春までさせようとしたのを通りかがりのこの夫婦が見つけ咎められた事から口論になり衛兵隊を呼ばれる前に夫婦を片付けるつもりだったようだ。夫婦と少女をオッサンに任せて駐屯所へ出向きこのクズ共を連行してもらう。

 

 ~ジャップ視点~

 ムッサンでの仕事を終えて妻と宿屋に戻る途中、幼い少女を痛めつける男にでくわした。妻は少女を庇い私は男を怒鳴り付ける、相手は反省するどころか大金を要求してきた。これは歴とした犯罪だ、衛兵を呼ぼうとしたらいつの間にか男は仲間を集めて私達を囲っていた。万事休すか?その時1人の冒険者らしき獣人が立ちはだかり男共を棍棒で全員伸してしまった、彼はすぐに衛兵隊を連れて男共を引き渡し仲間のドワーフと夜の繁華街へ消えて行った。

 

 翌日私達夫婦は少女を連れて自分達の住むエドウィンに帰ってきた、実子は既に独立しているので身寄りのないこの娘を里子にしようと昨夜妻と話し合って決めた、少女にその事を伝えると大層喜んでくれた。

 役所で手続きをする際、彼女は自分の名前すらないと知って私達はマチルダと名付けた。申請が受理されてから食事をしようと3人でエチゴヤにやってくると昨日私達を助けてくれた冒険者が仲間と一杯呑っていた、彼らもここの常連で特にリーダー、昨日の彼は店主さんと旧知の仲らしい。隣のテーブルにかけて昨日の礼を述べ雑談を交わしていると彼らの注文した料理が運ばれてきた、見ると串焼きのようだ、匂いに誘われ同じモノを3人前頼む。

 

 「お待たせしました、ヤキトリ盛り合わせです。ごゆっくりどうぞ」褐色のソースを纏わせたのとサウルのみで味付けされた鶏肉が串に刺され大皿に形よく並べられている、ポルムを交互に刺したのも混ざっていた。この店の鶏肉は臭みが全くなく柔らかいのが特徴だ、串も鉄製ではなくグリューの木を加工したのを使っている、これなら火傷の心配もない。店主さんならではの気遣いであろう。

 

 私は串のままかぶりつく。少々品がないがこうして食べる方が断然旨い、甘さとしょっぱさを併せ持つソースと鶏肉本来の味が三位一体となる。添えられた酸味の強いキルトスの汁を絞って食べるサウル焼きもシンプルながら味わい深い、また普段は不味くて口になぞしない内蔵もここで調理されると忽ちご馳走に化ける。ポルムの甘味もまた食が進む。妻とマチルダも私の真似をして串ごと手掴みで食べていた、しばし3人で食事に夢中になる。

 旨い料理にすっかり満足して私は帰り道でマチルダの左手をとる、妻も彼女の右手を軽く握り3人手を繋いで家へ帰る。今日から新しい家族との生活が始まる、実の子達にも妹が出来たと言ってその内会わせるとしよう。きっと驚くであろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想欄でちょっとした焼き鳥談義があったのを思い出したので書きました、アレ私がきっかけ?


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第67話ケンタウルスとエクレア

前にもチラッと書きましたがラターナ王国はエクレア大陸というところにあります
今回は一部ワンピースのアラバスタ編のパロがあります


 ラターナ王国王女付きメイドのケイティがケンタウルスの脚力を最大限に活かし必死に森を駆け回る、第二王女ミアが散策中に迷子になったのである。

 「ミア様ーっ!どちらにいらっしゃいますかぁ?」いくら走っても見つからない、仕方なく一旦城へ戻り宮廷魔術師コーリャンの力を借りて魔法で探してもらう。

 

 森の中で楽しそうにはしゃぐミアが魔法の鏡に映る。脚の疲れも忘れてその場所へ一目散に走り出す、事情を知ったミアの祖父アルバートと姉シャーロットも従者と共に後へ続く。

 「あ、ケイティ」暢気に自分を名を呼ぶミアの頬に平手を食らわすケイティ、泣きじゃくるミア。

 「ケイティ!貴様ミア様に何を…!」

 「お待ちなさい!」激昂する従者をシャーロットが制する。

 「全く、貴女は。どれだけ心配したと思ってるんですか?」自分も泣きながら優しくミアを抱き締めるケイティ、アルバートは彼女に労いの言葉をかける。

 「ケイティ、よくミアを叱ってくれた。あの娘も少しは反省するじゃろう」ともかく一安心して全員で城へと帰る。

 

 その夜、ミアは寂しいので一緒に寝たいと姉のベッドに潜り込んできた。シャーロットは誰より愛しいこの年齢(とし)の離れた妹に幼い頃の話を寝物語に聞かせてあげた。

 「それじゃお姉様もケイティに怒られた事があるの?」シャーロットは笑顔を浮かべ話を続ける。

 「そうよ、あなたくらいの年齢だったわ。よくイタズラをして頬どころかお尻を叩かれたりもしたのよ」目を丸くするミアにシャーロットは言い聞かす。

 「それもみんな彼女が私達を大切に思ってるからなの、ミアが悪い娘にならないためよ。わかるかしら?」

 「はい、お姉様」返事をするとそのままミアは寝付いてしまった。シャーロットはお休みと小さく囁きミアの額に口づけ目を閉じた。

 

 翌日、ミアはケイティにエチゴヤに行きたいと言い出した。情報源は先代陛下か姉君か、しかし話には聞いた事があるがケイティはその店がどこにあるか知らない。それに幼子には距離がありすぎる。

 「だったらワシが連れて行こう、勿論ケイティも一緒にな。あそこには身分を隠していくからの」ミアはケイティの背中の鞍に乗りアルバートの馬車に先導されて彼にとって通い慣れたその店にきた。

 「いらっしゃいませ、ご隠居さん。ザシキをご利用になりますか?」ケイティを見たウェートレスはカウンターやテーブルは使いづらいと判断したのか一行を奥の個室へ案内する。

 

 注文を受けた大輔は牛鍋の下拵えをして仕上げをマティスに任せると食後にと頼まれたお菓子を作り出す。今回は4人用の大きい鍋で作ったのでパックスが座敷まで運んでいった。

 牛鍋とオリゼの食事を楽しんだ4人にこの日のデザートが運ばれてくる。

 「お待たせしました、エクレアです」メニューを見ていたアルバートが菓子の項目にこの大陸と同じ名のモノが載っているのを目にして問い合わたところ

 「ある国で[雷]という意味らしいです、偶然ってあるんですね」

 『異世界語か』得心したアルバートとシャーロットは話のタネにたべてみようと注文した、一方?顔になっていたミアとケイティ(2人は大輔が異世界人だとは知らされていない)だが運ばれてきた目の前の菓子は明らかに美味しそうだ。

 「ホォ、上にかけられたチョコレートとやらが雷光を模している。周りの皮の部分は敢えて甘さを抑えて全体のバランスを整えとるのか」

 「中に入っている白と黄色のクリームというのが口の中で溶けてフワッと広がって、最高ですわ」ミアとケイティも最初の一口こそ恐る恐るだったがそこから先は美味しさに感動するあまりニヤケ顔で涙を流す。

 「先王陛下、おそれ多くもお食事に同席させていただき恐悦至極にございます」平伏するケイティにアルバートは首を降り

 「畏まる必要はない、ここではワシは只の隠居爺いじゃ。これからも孫達をよろしく頼むぞ」

 その後、ケイティは夫の宮廷料理長、ジョルジオにお土産としてエクレアを振る舞ったが

 「越後屋店主め!ウチの女房の舌まで虜にするとはますます侮れん」変にプライドの高い夫に呆れ返る、次にあの店へ訪れる時は夫には内緒にしようと思ったケイティだった。

 




あれほど気を付けてたのにまた「だった」で話を締めてしまいました


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第68話紙芝居と鯨ステーキ

困った時のサル頼み(苦笑)最近ルカの話ばかり書いている、ナゼか「異世界西遊記」より活躍してるなぁ


 秋も近づいてきた頃、越後屋の定休日。今日はエドウィンの街の子供達が公園に集まってきた。我らがメンバーはラティファにリベリ、チル、ユティスとマウリ、アウラとマーシャ2組の兄妹とコルトン公爵の令嬢セリクス。越後屋だと最年少のラティファもこの中では1番お姉さんである。

 

 この日は子供達にとって月に1度の紙芝居の日である。テレビもネットもないこの世界に娯楽は少ない、それでも大人には払う金さえあれば賭博や観劇等、男性なら色を買う事もできるが子供にとっては皆無と言っていいだろう。そんな中この紙芝居だけは今も昔も子供達の楽しみである、かつてはヴァルガスやガーリンもこの子達のように夢中になっていたらしい。

 

 ここで話は20日程ほど遡る。

 

 その紙芝居だがまず誰かが生業としている訳ではない。世界には冒険者、商業以外に児童教育ギルドなるモノが各国、各地域ごとに存在していてそのギルドメンバーと職員が持ち回りで各自が絵を描き無料で読み聞かせするのが習わしとなっている。このギルドには教師をはじめ、未成年を雇う商店主等は所属する義務がある、現在12才のラティファを雇っている大輔もそこに名を連ねている。

 

 今回は大輔にお鉢が回ってきた。異世界で紙芝居の読み聞かせなぞ当然未経験の為ヴァルガスに相談しにいく。

 「う~ん、普通はこの辺の伝承とか教訓話とかを読み聞かせするんだがお前さんが知ってる訳ないしな。待てよ、異世界にもその手のモノは存在するよな」

 「ええ、ありますが」

 「じゃあそいつを披露すればいい、ついでに幾つかこっちに仕入れてくれんか?」

 「わかりました」商業ギルドを出て冒険者ギルドに立ち寄る、受付で仕事をしているゴドノフに会ったので頼み事をする。

 「こんにちは、ゴドノフさん」

 「ようマスター、冒険者ギルド(ウチ)に用とは珍しいな。何の依頼だ?」

 「ルカさん達に連絡を取りたいんです、急ぎではないのでお願いします」

 「ああ、あの雲使いのサル君のパーティーか。任せときな」自宅兼店舗に戻るとネットで紙芝居の販売サイトをチェックする、

 「日本の昔話は分かりにくいか、遠い世界の話としておく手もあるけど。西洋の童話とかもあった方がいいかな」色々調べて『シンデレラ』と『桃太郎』を取り寄せる事に決めた、肩の荷が1つ下りたところでスマホが鳴る。電話の相手はルカだった、冒険者ギルドからの連絡を受けて明日にはエドウィンに来られるとの返事だった。

 

 そして当日。ルカ達と一緒にこの世界風にアレンジした『シンデレラ』と『桃太郎』の紙芝居を子供達に読み聞かせた大輔、評判は中々良かった。

 その日の夜、地球の童話十数点を紙芝居に作り直す作業が越後屋で行われた、文章の翻訳は勿論ルカが、絵を描くのはゴノーとディーネが担当する事になった。手先が器用なゴノーは分かるがディーネも意外に絵が上手かった、どちらもあまり得意じゃないトロワは休日でいない従業員の代わりに大輔が依頼料として彼らに振る舞う料理の手伝いをかって出た。

 

 「さて、今日は何が食えるかのう?」

 「トロワちゃん、一緒に厨房いたじゃない、聞いてないの?」

 「それが見た事ない食材で。お肉かお魚だとは思うんですけど」

 「お待たせしました、マレータのステーキです」

 「えぇーっ?!」ルカ以外が椅子ごとひっくり返る。

 「何やってんだよ」ルカは心中でコントかよ!と突っ込みを入れて3人を起こす。

 「嘘でしょ?食べられるの?」

 「あんなデカいモンを?信じられん!」

 「どうやって捕まえたんですか?」

 「僕が捕った訳じゃないので分かりません、まあお召し上がり下さい」リアクションも三者三様だなと思いながら完成した紙芝居を束ねる大輔、後で児童教育ギルド長を兼任するラターナ学園エドウィン校学長に届けなければならない。

 「懐かしいな、今じゃ向こうでも手に入れるのは難しいハズだ」

 「美味しい!前に食べたスレイプヌーのお肉に似てるけどアレより柔らかい」

 「こいつはニホンシュが合いそうじゃ、ルカよ一杯呑らんか?」

 「私も呑みたーい、あとビールも!」

 「また始まった…」トロワは今回も3人をジト目で見つめる

 

 領主の公爵家の庭に停めてある馬車に帰ってきた4人は今日の戦利品を分け合う。

 「ワシはこいつを全部貰う」

 「私はこれが欲しいです」

 「ちょっと、私に半分よこしなさい」

 「そんじゃ俺はこれだ」

 「まて、一人占めはいかんぞ」彼らが取り合いをしていたのはある意味金銀宝石よりも価値のあるモノだ。大輔から進呈された

 『1枚でビール1杯無料』

 『お好きなケーキ1個サービス』

 『オリゼ食べ放題』

 『一組様1回1枚限り有効、お会計半額』と記されたクーポン券、大輔からは

 「他人(ひと)に売ったりしないで下さいね」と言われたが人一倍食い意地の張っているこの4人にそんな気は微塵もない。

 

 

 

 

 




・マレータ→鯨
流石に異世界で食べた事あるのは彼らだけでしょう


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第69話医者と素麺

マティスの履歴書を見直して思い付いた話です
この時点ではまだパックスは越後屋にいません
ザンディーのセリフが履歴書と微妙に違う点に関する突っ込みはご容赦を(笑)
*CM*「ひだ3」パラレルワールド編最終回を一部修正しました、ウメテンテーがなんと…


 昼間にはこの夏一番の暑さとなったその日の晩、エドウィンの街で医者をしているザンディーの自宅兼診療所の戸がけたたましく叩かれていた。出ていってみると金物屋の長女マティスが幼い自分の娘を抱いて半狂乱で助けを求めていた。急患ならば仕方ない、白衣を着ると幼い子供を診る。

 「こりゃ体中の水分が枯渇して衰弱しとる、ここに来る前に水は飲ませたかの?」

 「は、はいあの私の雇い主がピクルスと砂糖の入ったのを飲ませてくれました」

 「ホウ、良い対応じゃ。その方が真水より効果があるからの、ならワシがする事は特にないわい。後は寝てれば自然と元気になろうて」緊張が緩んで腰を抜かすマティスを立たせるザンディー、駆けつけた両親に引き渡すと再び戸に鍵をかけて人心地ついた。

 

 その頃晩ごはんを食べ損ねていた大輔は1人厨房でざる蕎麦を作り軽く一杯呑っていた、蕎麦はアレルギーが心配でお客には出せないから自分用にだけ仕入れている。ましてこの世界には蕎麦自体あるのかも分からないので尚更可能性は否めない。

 「今度ヴァルガスさんか農家のカリーナさんに聞いてみよう」ふとあるモノが頭に浮かぶ。あれなら小麦で出来ている、この辺は本来パンが主食だからアレルギーの心配もない。安堵した大輔は適度に酒が回るのを感じつつ床についた。

 

 次の日も猛暑であった、街の商店はどこも開店休業である。そんな中エアコンのある越後屋だけはいつにもまして賑わいを見せるがこの暑さのせいか注文が入るのは冷たい飲み物やアイスばかりだ。これでは却って体に悪い、ザンディーも仕事柄それは百も承知だが流石に食欲がわかない。とはいえ医者の自分が暑さにだらけていては示しがつかない、ここはみんなの手本にならねば。カウンター席に座るザンディーは大輔に相談する事にした。

 「マスター、こんな日でもしっかり食べられる料理はないかの?」

 「はい、しばらくお待ち下さい」

 

 「お待たせしました、素麺です。ジベリと梅干しはお好みでどうぞ」透明な皿に美しくもられた白いパスタに氷が添えられていて、取っ手のないカップには蓋代わりにすりおろしたジベリと細かく刻んだ真っ赤なピクルスが乗った小さい皿が被せてある。注がれた濃いめのスープにつけながら食べるように薦められた、まずはスープだけで味わう。

 「こりゃ随分細いパスタじゃの、ウムこれは程好く冷やされている。これなら胃にスルッと入るわい」今度はジベリと赤いピクルスを合わせてみる、健康にも効果があるジベリの爽やかな辛みが元気をくれる。ウメボシとかいうピクルスの強烈な酸味は食べるほどクセになりそうだ、ふと隣でアイスを準備していたマティスが大輔に問う。

 「そのピクルス、昨日マウリが飲んだ水にもはいってたわよね?」

 「ウン、酸味のあるものは体力回復に効くからね」

 「マスターは医術の心得があるのかの?」ザンディーも尋ねる。

 「ありません、ただの経験則です」大輔は飄々と言ってのけるがザンディーは深く感心した。

 

 店の外から暑い空気が入ってくる、コルトン公爵が来店してきた。

 「マスター、以前ルカ殿から聞いたのだが、異っ、イヤ君の故郷にはナガシソーメンとかいう涼しさを演出するモノがあるそうだな」

 「あっはい、ありますが?」

 「実は近い内に私の元へに来客の予定があって、何か良いもてなしはないかと考えていたのだよ。後でゴッシュをよこすから教えてやってくれないか?」

 「ええ、いいですよ。ただお屋敷では難しいでしょうから川の近くを会場にした方がいいと思います」そう公爵にアドバイスして一度店内を見渡すと再び公爵と向き合い

 「せっかくですから予行練習も兼ねて皆さんを一度お呼びしてもいいですか?」

 「私は一向に構わん、時間のある者は是非足を運んでくれ給え」翌日大輔はガーリンの協力を得てゴッシュと竹を切って樋を組み、会場となる河原へ運ぶ。常連一同が集まっていて早速流し素麺が開始された。

 氷水と一緒に竹の樋を流れる素麺を取ろうと夢中でフォークを突っ込む子供達、酒好きな大人は焼酎やウィスキーをロックで楽しんでいる。ザンディーは炎天下での呑みすぎには気を付けるようヴァルガスやガーリンに注意する、公爵もこれなら当日も良いもてなしができるとほくそ笑んだ。

 

 ~いよいよ夏本番である~

 

 

 

 

 

 

 

 

 




個人的に素麺の薬味はしば漬けと葱が好きです


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第70話花魁?と大学芋

作中の花魁言葉はかなりテキトーです、受け流して下さい


 定休日のある日、パックスが街の小さな子供達の世話をしながら一緒に遊んでいると休憩中のヴァルガスが話しかけてきた。

 「よぉパックス、今日はマスターはどうした?」

 「マスター、酒作る、勉強しに行った」この日大輔はこの世界で酒を作ろうと酒造免許を取る為日本にいた、ここでは国家資格は必要ないが酒は時に毒になるから知識はあった方がいいと判断し、パックスに留守を任せて試験会場へ出向いたのだ。

 「そうか、なら商業ギルド(ウチ)で酒作りの指導を頼んでみるのもいいな、ショーチューも作れりゃ俺には一石二鳥だな」ヴァルガスは豪快に笑うと仕事に戻っていった。

 

 一見日本の着物にも見える服の肩をはだけて艶かしい足が露になるテンプレな花魁姿をしたそのお客は来店した、カウンター席にかけ懐からキセルを取り出して火を付けようとしたのを大輔は止める。

 「すみません、店内は禁煙とさせて頂いております。お煙草はあちらでよろしいですか?」排気の行き届いたボックスルームへ移動するよう促す。この世界にも煙草はあり日本で営業していた頃から愛煙家と嫌煙家の諍いは大輔にとって悩みの種であった、嫌煙家だった元軍人である先代の熊実は店内で煙草を吸う客は容赦なくブッ飛ばしてたが、大輔は自身が喫煙者ではないものの別に嫌煙家な訳でもないので以前ズドンとへッポールに店を改装してもらった時にこの喫煙所の増設も依頼していたのである。

 

 一服し終えてカウンターに戻ってきた女はメニューを広げ何を食べるか考える。

 「何にしようかぇ?旨い酒と肴で一杯呑るのもよし、甘い菓子も捨てがたいでありんすねぇ」菓子類の項を見ると給するのに時間がかかる為大抵が予約が必要とある。ならば酒にしようと思い立ったところでメニューを見返すと10分程でだせる菓子が載っているのに気づきウェートレスを呼んで希望の品を告げる。

 

 「お、お待たせしました、ダイガクイモです」まだ年若いウェートレスは女と目が合うと恥ずかしそうにして奥へ引っ込む。

 「ヤッパわっちのこのスタイルは若い子ぉには刺激が強すぎでありんしたな、それにしても香ばしいええ香りやわ。湯気が立ってるって事は温かい菓子よろすな」皿と一緒に添えられたフォークがあるが今度は妙齢のウェートレスに声をかける。

 「箸はないかぇ?できればそっちの方が使いやすいでありんすが」

 「はい、すぐお持ちします」やはり大人の対応だった。

 「甘いけどくどさは全くないでありんす、香ばしいのはこの黒い粒々やろか?材料は確かこの辺りでバルタと呼ばれとる植物の根っこやわ。ここの人らはあんま食べんと聞いとりんすが」セットになっているという緑色の茶の渋味も菓子の淡くも存在感のある甘さと相まって心地よく口の中をリセットしてくれる。そういえばこの店の主はこの世界の人間ではなかったのを女は思い出した。

 「あの2人の仕業でありんすな」支払い額は想像よりずっと安く、代金に幾らか上乗せしたら店主に困りますと突き返された。この男なら加護が与えられたのも納得がいく、店主に笑みを見せて店をあとにする。

 

 「しっかしショーチューの原料がバルタとは意外だったなあ」大輔から酒作りを学んだヴァルガスは首を捻る、少なくともラターナでは家畜の餌や花を鑑賞用に育てるのが一般的なのだ。

 「小麦やオリゼで作る焼酎もありますけど、いつもヴァルガスさんにだしてるのはこの芋焼酎ですよ。バルタはどこで手に入れますか?」

 「カリーナはケパとスターキーで手一杯だしな、栽培は他の農家に頼むとしよう。コネがない訳じゃない」

 

 「自分達だけ美味しいモノ食べようなんてズルいでありんす!」天界に戻ってきた女は2柱の神様に詰め寄る。

 「べ、別に独占する気はなかったのよ、ねぇ」

 「そうでちゅ。その内お(ちゃちょ)いちようかなぁなんて… (うちょ)じゃないでちゅよ」

 「どうでありんしょ?」地球のオカマ神とこの異世界の幼女神にジト目を向ける彼女、その正体はどちらの世界でもないまた違う次元にある別世界の女神であった。

 「ほな、次はあいつらも連れだっていきんなんしょ、ヌシらの奢りで。せや、今度の会合はあの店でやればよろしおす。あ~楽しみやわぁ~」ニヤける花魁女神に対しガックリ項垂れる2柱、どうやら越後屋は王族どころか神々の御用達にもなりそうである。




私は越後屋をどうしたいんでしょう?どんどんおかしな方へ向かってる気がします。
・バルタ→さつまいも
※神々のフルコース
・前 菜→未定
・スープ→未定
・魚料理→未定
・肉料理→未定
・ソルベ→未定
・メイン→未定
・サラダ→未定
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第71話新しい命とカツカレー

今回は金物屋長男デティスが再登場します。
お気付きでしょうがこのご隠居は勿論アルバートです


 「エチゴヤの料理が食べたい」サガンという街に住むデティスは地元の酒場で固いパンと腐りかけを胡椒で誤魔化した燻製肉を肴に酒を呑みながら呟いた。このアンノウスに里帰りした時、妹2人が働くエチゴヤでご馳走になったゾーニを始めとする料理が忘れられなかった。あまり呑まずに帰宅すると妻のメリーにこう提案した。

 「メリー、当面の仕事を片付けたらミミを連れてエドウィンに行かないか?」この前はメリーの都合が悪く1人で帰ったから両親に初孫の成長した様子も見せてやろうという意図もある。

 

 家族でエドウィンにきたデティスは最初に実家を訪ねた、今日は両親がいるだけである。妹2人とラティファは越後屋で働いていてマティスの子供達は保育所に預けられている、メリーと両親に挨拶してミミを引き合わせる。

 「お爺ちゃん、お婆ちゃんこんにちは」

 「ミミ、大きくなったねぇ」目尻を下げてミミを抱きしめる夫婦、やはり孫はどの子も可愛いらしい。

 昼食をエチゴヤで摂ろうと提案するデティスに母は

 「少し早めに行こうかね、そうでないとごった返すよ」今日はエドウィンに来る為朝一番でサガンをでてきたのでちょうどいい、両親がミミを手離さないので妻と2人で並んで歩くがなんせ10年振りくらいなのでちょっと照れ臭い。途中立ち眩みを起こしかけたメリーを慌てて支える、この日も昼になるとかなり気温が高くなり非常に暑い。

 

 「いらっしゃいませ、あっお兄ちゃん」

 「今日は女房と子供を連れてきた、せっかくだからこの店ならではのモノを食わせてやりたいんだが」

 「殆どがそうだけど」ロティスはミミに視線を移すと鼻がピクピクと動いている、その先は常連のドワーフトリオが食べているモノに釘付けになっている。ロティスはミミの頭を軽くポンポンする。

 「あれがいいのね、じゃ5人分でいいかしら?ランクはどうする?AからFまであるけど」

 「何が言いたいんだ、ロティス?冒険者じゃあるまいし」?顔のデティスに代わり女将さんが指定する。

 「ミミはFでなきゃ食べられないさ、アタシらはBにしとくよ」

 「あの、私はちょっと…」メリーが言い淀むと大輔は冷蔵庫を探して1人分だけ違うモノを用意する。その意図に女将さんだけが気付いたようだ。

 

 「お待たせしました、カツカレーです」越後屋ではスッカリ定番になったカレーライス、だがこちらは衣をまとわせ油で揚げた猪肉が乗せられている。

 「辛っ、けど旨いな。揚げた猪肉と褐色のソースがオリゼに合うしガッツリしてるのに食欲が進む、ダイスケもやるな。そういやお袋、ランクとか言ってたが」

 「勿論、辛さの事だよ。カプシンの粉の量の違いでAからEまであってFはカプシン抜きさ。でも今日の辛さはCくらいだね」マスターが味付けを間違えたのかとも思ったがそうではなかった、顔馴染みのご隠居によると

 「揚げ物を添えると辛さが和らぐんじゃよ、頼めば粉を足せるぞい」さっきのドワーフトリオは妙なお代わりの注文をする。

 「すいませーん、オリゼなしで。あとビールとウィスキーを追加で」まだ陽は高いというのにオリゼ抜きカツカレーを肴に呑む気満々のようだ。

 

 「メリー、ホントに食わんのか?まさか病気じゃないよな?」

 「ええ、大丈夫よ」穏やかな笑みを夫に向けるメリーだが女将さんは深く息を吐くと息子をシバく。

 「ったくこのバカ息子が!鈍いにも程があるよ、他人のマスターはすぐ察したってにさ」

 「お義姉(ねえ)さんにはマスターがこちらをどうぞって、ヒヤシゼンザイよ」アルム等の果物が浮かぶ冷やされた紫色のスープが目の前に現れた、一匙啜ると優しい甘さに癒される。

 「甘いスープなんて初めてだわ、果物の柔らかい酸っぱさと相性がよくて。これなら食べられそう」

 「マスター、気付いてたんだろ?」女将さんの問いから逃げようとした大輔は

 「アタシら家族とアンタの仲じゃないか、遠慮はいらないよ」観念して大輔は

 「確信はなかったんですけどね。スカートのベルトを外されてるし、暑い日の立ち眩み、食欲不振、もしかしてと思ったモノですから」コホンと咳払いしてメリーに話すよう促す女将さん。

 「デティス、私デキたみたい」

 「えっ?」

 「ミミちゃんがお姉ちゃんになるって事ですよ」大輔がフォローする。

 「やった!2人目か。よくやったぞ、メリー!」さっきから話を聞いていたご隠居とドワーフトリオは拍手喝采で祝福する、ミミは

 「私、お姉ちゃんになるんだぁ。弟かなぁ、妹かなぁ」幸せに包まれる一家を微笑ましく見つめる大輔を横目に女将さんはロティスに詰め寄り

 「アンタも早く子供産みなよ、マスターに頼んでさ」

 「真っ昼間からナニ言ってんのヨ!」女将さんの頭にトレイが炸裂した。

 

 

 




このぜんざいには小豆とフルーツだけで白玉とかは入っていません
タイトル「妊婦と冷やしぜんざい」にした方がよかったでしょうか?もしご希望あれば変えます


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第72話虎と豚汁

4柱目の神様登場です、
70話あとがきに神々のフルコースを追加しました、各神様が来店する毎にそのキャラに反映させた(つもり)品がでます。(こちらもアイディア募集中)


 冒険者ギルドから連絡を受けて肉屋のヨセフが訪れると衝撃の光景を目にする。なんと身の丈10メートルはありそうな獣人イヤ、人獣といった方が分かりやすいか、体の要所だけを守る鎧をつけ肩にはその巨躯に合わせた大斧を担いだ2足歩行の虎が床に鎮座していた。本来3メートル近くあるギルド長のゴドノフも今日は随分小さく見える、ヨセフはガタガタ震えながらゴドノフに近づいていく。

 

 「ギ、ギルド長どうもっす、肉の買い取りっすか?」冒険者ギルドでは冒険者達に魔物退治の依頼、または依頼の仲介をして報酬を払うがその他に彼らが狩った魔物から取れる素材や肉も買い取ったりする。それらを然るべき商人に卸す事で主な収入を得ているのである、それ以外にヨセフがこのギルドに呼ばれる理由はない。

 「お、おうヨセフ。こちらがジャイアントホッグを捕らえたので買い取りを希望されているんだが」ゴドノフも青褪めた顔で返す。山イノシシを始め猪系の魔物はこの世界ではメジャーな食材であり豚肉と同じように料理される事が多い。だがジャイアントホッグは全長50メートルを越えAランクの冒険者が数十人がかりでやっと仕留められる討伐レベルの高い高級食材だ、買い取るだけの金はすぐには用意できない。すると虎は

 「金が足りねぇか、じゃあこうしようか」と言ってずっしりと重い袋を無造作に置いた、中にはラム硬貨が一万枚も入っていた。

 「俺は金はいらねえ、代わりにこいつで旨いモノを作って食わせてくれ。これは必要経費だ、差し引きで余った分だけ返してくれりゃいい」

 「わ、分かりました。今料理人を呼んできます、ヨセフは解体を頼む」

 「りょ、了解っす」ゴドノフは越後屋に使いをやり大輔を連れて来させた。

 「これはまた大量の肉ですね、腕が鳴りますよ」虎を目の当たりにしてもナゼか平気そうな大輔はヨセフやギルド職員に手伝ってもらい解体された肉を店まで運ぶ、その後を虎もついてきた。

 

 越後屋に戻ると早速店にある一番大きな鍋で調理を始める。先程のジャイアントホッグの肉の他、人参、ジャガイモ、長ネギ、牛蒡に豆腐。味付けには最近こちらでも受け入れられつつある味噌を使う。煮込んでる間にもう一方のコンロでフライパンを振り醤油ベースのタレを染み込ませた肉とピーマン、玉ねぎを炒め合わせ炊きあげたご飯と軽く湯通ししたキャベツを重ねたこれまた一番大きなどんぶりに乗せる。

 「上がったよ。誰かお出しして…ってムリっぽいな、僕が行くよ」恐怖におののく店員達に代わり店主自ら給する。

 

 「お待たせしました、しょうが焼き丼と豚汁です。熱いのでお気をつけ下さい、ごゆっくりどうぞ」

 (なんだ、随分野菜が多いな。量の水増しか?)まずは肉を乗せたショーガヤキドンとやらを掻き込む

 「おっ、こりゃ甘くてしょっぱい。このネギのとろけそうなのがいいな、緑の野菜が肉の脂のしつこさを引き締めてくれてる。敷いてある白い粒は薄味だが肉の濃い味に合うな」次に茶色いスープに手を伸ばす。

 「旨ぇ!ただ味がついてるだけじゃねえな。ん?こっちのネギも甘い、それに芋が崩れるかどうかの瀬戸際まで煮られてて最高の柔らかさに仕上げてある、そっかこいつは水増しなんかじゃねえ、肉と野菜を一緒に食うモンなんだ!」これら料理の主役は確かに肉であろう、しかし野菜という仲間がいないとここまで旨くはならない。特にスープは絶品この上ない。

 

 「オイ、スープのお代わりだ。あと持って帰りたいから鍋ごとくれ!」虎の要求に対して大輔は

 「すいません、調理器具は先代、育ての親の形見なのでお渡しできません。豚汁は作りますから鍋は他でお求め下さい」咆哮を上げて脅かしても金を積むと言っても頑として聞かない、すると虎は

 「ガッーハッハッ!いやそれでいい、料理人ってのはそのくらいの矜持がなきゃいけねえ。そこの鬼!俺の金でこの街一番のデカい鍋買ってこい」指名されたゴドノフは金物屋に飛び込みその場で自身が2、3人入れそうな鍋を特注で造ってもらい虎に差し出す。

 「ごっそさん」

 「あの、今ゴドノフさんやヨセフとお金を数えましてこちらが差し引き分になります」

 「そいつはとっておけ」

 「いいえ、お返しします」

 「それじゃ前払いだ、また来るからよ。次の支払いに回してくれ」

 「そういう事なら、お預かりします。またのお越しを」大輔は頭を下げるが彼以外は虎が何一つ悪事を働いてないにも関わらず2度ときてほしくないと思った。

 

 天界に帰った虎はホクホク気分で鍋の蓋を開けると垂れそうな涎を押さえる。

 「うん、旨そうだ。ヨシっ、近い内俺の世界の奴らに神の啓示を示して同じモノを作らせて供えさせよう」そう呟くとこの虎の神は満足気にひとりごちた後、豚汁を一口啜った。

 

 

 




※神々のフルコース
・前 菜→未定
・スープ→豚汁
・魚料理→未定
・肉料理→未定
・ソルベ→未定
・メイン→未定
・サラダ→未定
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第73話新人とアジフライ

新しい従業員が増えました


 幼い頃、両親と共に奴隷としてゾーン大陸から引き取られてきたニド、5年前解放運動が起こってそれまで仕えていた家を追われてからはその日の食事もままならない毎日を過ごしてきた。

 「あのまま奴隷でいれば食べ物と寝る場所には困らなかったのに」制度の廃止により宛のなくなった元奴隷は大勢いて、彼女もその内の1人だった。端からは聞こえのいい奴隷廃止制度だが当人達にしてみれば結果は良し悪しである。

 

 エドウィンに流れ着いたニドが仕事にありつこうと商業ギルドを訪れると周りから変な目で見られる。ゾーン大陸ではごく普通の人間女性の彼女だがこのエクレア大陸には存在しない人種、つまり黒人だったのだ。どんな世界でも未知な存在には警戒するものでニドはどこでも疎まれ雇用側からは断られる、元々僅かな所持金も底をつきいっそ物乞いにでもなるか娼館で働こうかと考え始めるようになっていた。

 

 ある日ラティファの代わりに働いてくれる人を探そうと大輔は店を姉妹に任せて商業ギルドを訪れた。

 「ヴァルガスさん、こんにちは」

 「ようマスター、今日は何の用だ?」目的を話す大輔、受付で手続きを済ます、その後ろでこの日も順番待ちをしていたニド。

 

 「ニドさん、21才、職探し中ですね。え~と…仕事なら募集先が一軒ありますね、さっきの男性が従業員を探してます」

 「ホントですか?すぐに行きます」ギルド職員と越後屋にやってきた。

 「それじゃ今から雇います」アッサリ仕事が決まった、ニドだけじゃなく職員まで呆気にとられている、大輔にしてみれば単に

 「この世界にもアフリカンっぽい人っているんだ」くらいの感想しかなかったのだが。

 「まず最初に基本的な仕事を教えますがその前に」何をやらされるのかと身構えるニドが指示されたのは

 「お風呂に入って下さい、ウチは飲食店なので清潔第一ですから」意外すぎる言葉が返ってきた。確かに今の彼女は薄汚いといえるが奴隷だった頃は泥まみれで働かされ汚れなぞ川で汚水を浴びて落とす程度のモノ。そんな彼女に風呂なんてのは贅沢すぎる、こんな雇い主には会った事がない。大輔はラティファが初めてここに来た時同様お風呂の使い方を教えてから(当然お互い服を着たまま)昼食の仕度にとりかかる。

 

 お風呂から上がり用意されていた清潔な服に着替えたニドを待っていたのは出来立てのお昼ごはんだった。奴隷の食事を雇い主が作るなんてニドの世界観ではあり得ない、ひょっとして夢でも見てるんじゃないだろうか?

 「今日の賄いはアジフライだよ、3人で食べていて」マティスとパックスと3人で従業員用の食卓につくと細切りにしたプラッカと白い何かが添えられた魚の揚げ物に四角くて中が真っ白なパンと氷の浮かんだ冷たいお茶が並べられている。

 「揚げ物かぁ、お腹回りが気になるけどたまにはいいわね」緊張するニドをよそに2人は躊躇いなくアジフライをパンに挟んで食べ始める。

 「サクサクした、魚、旨い、葉っぱも時々摘まむ、もっと旨い」

 「ウン、やっぱりタルタルソースは美味しい。魚系にはこれよね。アラ、さっきから私の顔ばかり眺めてないで貴女も食べたら?」ニドは遠慮がちにマティスの真似をして一口かじる。

 (うわあ柔らかい、それにほんのりと甘い。魚は全然骨がないし白いトロッとしたのが酸っぱくて、でもそれだけじゃなくて)

 「美味しい!美味しい!」泣きながらがっついて喉に詰まらせ、慌ててお茶を飲む。

 「このお茶、果物の香りがします」

 「フルーツテアよ、マスターがアルムの皮を有効利用しているの。秋になればスターキーでも作るらしいわ」

 

 「それじゃ仕事は特に希望がなければ朝10時から昼3時まで、9時前にくれば朝食もだす。給料は日給で1日4アスと5アルでどうかな?」昼食後雇い主の大輔から切り出されたニドは顎が外れそうなくらい驚いた。

 「そんなに?!そんな短い時間で?」

 「え?普通だと思うけど。そうだ、確か住む場所がないんだっけ。どうしようか」

 「母さんが引き受けてくれるわよ、部屋も空いてるし」

 (ここに住まわすなんて話にならなくてよかった、まあそれなら私がここに押しかけるけど)ロティスはホッと胸を撫で下ろす。

 「じゃ明日は定休日だし仕事の手順を教えるからさっき指定した時刻にここへにきて」その時、ガラガラ。店の表口が開かれてラティファがやってきた。

 

 

 

 

 

 

 




ラティファは何をしに?ていうか越後屋を辞めたのか?それは次回明らかに


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第74話合格祝いとちらし寿司

何をだそうか鯛やケーキも候補にありましたがお祝いならばこれだと思います


 このところ常連になっているジャップが越後屋にきた、今日は客としてではなく児童教育ギルドの用事である。金物屋夫婦も呼ばれた、ラティファの事で話があるらしい。

 「今の時代最低限の教育を受けさせた方が将来に役立つと思われます、無理のない範囲で働きながら通学させては如何でしょう?」現代日本と違いこちらには義務教育制度はないがギルドとしては教育水準を上げる目的もあり十代の子供を持つ家や彼らの雇い主に声をかけている。

 「しかし、アタシらも勉強なんてした事ないけど何とか生きてるし。ねぇ」女将さんは大輔に救いを求めるが

 「分かりました、本人の意志を尊重した上でお返事をします。その時詳細をお聞かせ下さい」

 「店主さんはお話の分かるお人ですな」ジャップは大輔の手を取り固い握手を交わし去っていった。

 「マスター、いいのかい?店も人手が足りなくなるし学校に通うのだってタダじゃないんだろ?」そうは言われても育ての親でもある先代店主に大学まで出してもらった大輔としては将来のあるラティファには可能性を示してやりたいと思う、勿論クビにするつもりは微塵もないが出きるだけの事はしてあげたい。

  

 ここまで黙って話を聞いていたラティファは縮こまって大人達に尋ねる。

 「あの、いいんですか?」

 「いいか悪いかじゃなくて君がどうしたいかだよ」大輔がそういうと

 「行きたいです、学校に行かせて下さい!」

 「勿論!」

 

 翌日からラティファは編入試験の為にしばらく店を休む事になった、大輔は新しく店員を雇おうと考える。学校へ通うようになれば朝から働くのはムリだろう、その穴を埋める人材が必要になるので商業ギルドへ行き募集をかけるとその日の内に候補者がギルド職員に連れられてやってきた。

 「この世界にもアフリカンっぽいひとがいるんだなぁ。ウン、採用するか」呆気にとられる2人をみてキョトンとする。しかしこのニドという女性、よほど貧しい暮らしをしてきたと見えてあまり清潔とは言いがたい。早速お風呂を勧めて予備の制服に着替えさせる事にした。

 昼食を食べさせた後ニドに給料の事などを説明していると、

 「ただ今帰りましたぁ」試験を終えたラティファが店に顔を出した。下宿先に1度帰ってからきたそうだ、律儀な娘である。

 「お帰りラティファ、試験はどうだった?」

 「合格しました!来月から学校で勉強できます、皆さんのおかげです。ありがとうございます」全員に深々と頭を下げる、ニドはラティファに引き合わされた後大輔にこう言われる。

 「ニド、仕事を教えるのは明後日からでいいかな?明日は女将さん達も呼んでラティファのお祝いをするから一緒にお出でよ」

 

 「さて、どんなご馳走をだそうか」

 「おいらスシがいい」

 「君の食べたいモノを言われても…でもいい案だね」この前の定休日に日本へ戻り回転寿司を食べさせてからパックスは寿司にはまっている、体の大きさにしては少食、人並み程度で満足するので大輔の財布にも優しい。

 「にぎり寿司だと生魚は僕ら以外食べられないから違うのを作ろうか、パックス手伝って」

 「分かった」

 

 夜になり金物屋一家が店に集まる、みんなしっかりお腹を空かせてきた。

 「それじゃ、ラティファの試験合格を祝って」ラティファとパックス、子供達はジュース、他は全員がビールのグラスを手に

 「乾杯!」テーブルに目一杯並んだ料理を食べながらパーティーは進む、そこにパックスが大皿を運んできた、見た目は大きな卵焼きのようだがその中には違う料理がはいっているようだ。

 「合格祝いの定番、ちらし寿司です。僕が取り分けましょう、この高菜の葉は辛いので子供達の分は弾いておきますね」何の迷いもなく崩しては銘々の小皿に取り分けていく、卵焼きは上に被せてありその下からカリュートやポルムを混ぜたオリゼと色鮮やかな何かの肉と知らない葉野菜が何層にも重ねられていた。

 「せっかく綺麗に盛られているのに何だか勿体ないです」

 「気にする事ないよ、それより君が一番に食べないと誰も手を伸ばせないよ」そう言われてラティファは自分の小皿に移されたちらし寿司を食べる。

 「オリゼが甘酸っぱくて美味しい、それと混ぜてあるアブラゲ…でしたっけ?これ好きなんです」

 「これは肉、いや北魚の燻製だね。ここの海じゃ捕れないハズ、ああ、そういう事かい」

 「そういう事です」

 「卵焼きが紙みたく薄いのね、しかも崩さずに綺麗に焼き上げてる、私には真似できないわ」

 「辛っ!葉っぱが辛い」ユティスが騒ぎだした。

 「アレ?おかしいな、大人用と間違えたかな?」

 「父さんでしょ?勝手に自分の小皿から食べさせたのは!」

 「マスターの話を聞いてなかったのかい?この宿六が!」妻と長女に怒られ普段に輪をかけて大人しくなるご亭主、いつの間にか店内は笑いで包まれていた。

 

 月が変わりラティファは学校に通い授業が終わってからニドと入れ替わりに越後屋で働くのが基本シフトになった、そしてニドは越後屋でホールの仕事をこなしつつ昼過ぎから家賃代わりに金物屋を手伝う事になったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ラティファは辞めてません(よかった、よかった)
・北魚→鮭
この大陸近海では捕れないので日本で購入した大輔、女将さんだけがきづいたようです
文中にはないですがニドも大輔が異世界人だと既に聞かされてます


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第75話インテリ男と鰹のたたき

お待たせしました、5人目の神様登場です
(まあまあ、誰も待ってないとかはナシで)


 インテリ風な『彼』は天界から自らの『世界』を見下ろすと深くため息を吐いた。

 「どうやっても僕の『世界』は発展しませんね」僅かにずれたアンダーリムの眼鏡を直しながらその端正な顔を歪ませる、他の連中の『世界』は既に知的生命体がヒエラルキーのトップにたち各自の文化も生まれているのに彼の『世界』の生物達は未だ地に足を踏み入れてもいない。

 「アタシんとこでいうと3億年前くらいかしら、テロも戦争もなくていいじゃない?」同僚がさりげなく皮肉を言ってくる。実際生物も微生物が殆どの中、ようやく甲殻類の始祖になりうるのが誕生したばかりである。

 「ま、気を取り直しましょう。こんな時は美味しいお酒と料理を食べるに限ります」あの人の『世界』にいいお店がありましたね、そう呟くと下界の1つに降りていった。

 

 さて、こちらは越後屋。夕食時も過ぎて店には大輔とロティスの他、シャツの胸ポケットに[研修中]の札を付けたニドがいる。暇な時間に仕事を覚えさせる為にしばらくこの時間も店にいてもらおうと大輔が呼んだ、勿論給料も出す。今はヴァルガスとコルトン公爵が浅漬けや茹でたウィンナーといった簡単なツマミを肴に日本酒を、後は常連のテトラが鮪の刺し身で一杯呑っているだけである。

 「このニホンシュというのも酒精は濃いがアッサリした口当たりで中々にいい酒だな」

 「全くですな。現在は当ギルドで異世界の酒を試作してますが」

 「今はまだこの店でしか呑めないのか。しかしそちらが成功すればこのエドウィンも王都並の大都市に、イヤ欲はかくまい。そうやって失脚した政治家は有史以来大勢いる」

 

 「いらっしゃいませ」店の戸が開かれて1人の男性が入ってきた。新規のお客のようだ、女性的な顔立ちのいい男である。ロティスにカウンターへ案内されると彼はテトラをチラッと見て

 「僕も彼女と同じモノをお願いします」ニドは驚いて転びそうになりロティスが受けとめる。公爵とヴァルガスも身構え、テトラも訝しむが大輔だけは冷蔵庫を確認すると

 「すみません、テュンは品切れでして。生魚の料理自体はお出しできますが」

 「ではそちらを頂きます」

 「はい、しばらくお待ち下さい」早速調理を始める。

 「ゾーン大陸では魚を生で食べる風習はありません」

 「こっちだって同じよ、頼むのはあの吸血鬼のお客さんぐらいだわ」見えないところで囁き合うウェートレス2人。

 「彼も吸血鬼だろうか?そこの君、どうみるかね?」コルトンはテトラに話を振ると

 「同族なら私達は一目で分かるんですが彼はどうも違うようですね」という返事だった。

 

 「お待たせしました、ボニトンのたたき、カルパッチョ仕立てです」ジベリとポルム等数種類のハーブを乗せた鰹のたたきと日本酒が彼の目の前に現れた。

 「想像より生臭くないですね、生魚特有のコクと合わせられたハーブの辛味もこのお酒と相性がバツグンです。酸味と塩気のある味付けも中々、しかし今一つ足りない気がしますが…」

 「お嫌いでなければそちらの小鉢の中身も一緒に召し上がって下さい、アリュームチップスです」紙ほどの厚さまで薄切りにして油で揚げた根菜の類いをまずは1枚魚にのせて口へ運ぶ。

 (これだ!僕が待ち望んでいたのはこの味だったんです!)芳醇な香ばしさと根菜が持つ独特の甘味、カリッとした歯ごたえ、今度は小鉢の中身を全部魚の上に移し替えてまとめて頬張る。

 「魚のコク、ハーブの辛味、揚げた根菜の歯ごたえ、この全てが融合してこそ1つの料理が完成します。ああ僕は今、奇跡に包まれている!」

 「オイ(あん)ちゃん、どうしちまったんだい?」感動のあまり1人ミュージカル状態になっていた彼はヴァルガスに声をかけられようやく我に返った。

 (漫画みたいなお客さんだな…)心中で唖然としながら作り笑顔で誤魔化す大輔。

 

 「アンタ、にんにく食べたわね。息臭いわよ!」

 「神が精つけてどうすんだ?!うわっ臭ぇ!こっち来んなよ!」

 「その匂いがとれるまでわっちの前に現れんでおくんなんし!」天界に戻ってきた途端彼は他の神々から遠ざけられた。

 「そんなぁ、僕が何をしたっていうんですかあ?」半泣きで地にひれ伏す彼に

 「大丈夫でちゅか?これ飲むと(くちゃ)いのなくなるちょうでちゅよ」幼女神様だけが牛乳を持ってきて優しく頭を撫でてくれた。




こちらの吸血鬼は特ににんにくが苦手ではありませんが乙女なテトラは口臭が気になるので食べません。
※神々のフルコース
・前 菜→未定
・スープ→豚汁
・魚料理→鰹のたたき
・肉料理→未定
・ソルベ→未定
・メイン→未定
・サラダ→未定
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第76話パン屋と人形焼き

しばらく2次モノ書いていて久し振りにこちらを更新しました


 元貴族で今は兄夫婦の営むパン屋で働くナタリーン・オラートは店頭で街の人達にサンドイッチを販売している。

 「はい、コロッケサンドが2つに卵サンドが1つ。こちらはツナサンドにコーロスローサンドですね、毎度ありがとうございます」生来の美しさはそのままながら今や貴族のご令嬢だった面影は見られない。

 「お早う、ナタリーン。このところ朝は冷えるようになったわね」常連の女性客が挨拶する。ナタリーンも品物を渡して

 「ありがとうございます、本日もお気をつけていってらっしゃい」笑顔で仕事に向かう女性客を見送る。

 

 昼休みになり家族と食事をとりながら兄のバズに1つの提案をする。

 「ねえ、お兄ちゃん」この呼び方もすっかり慣れている。

 「どうしたナタリーン?給料なら値上げは出来ないぞ」

 「違うわよ、そろそろ新商品を出してみたらどうかと思って」バズとマデリーンはナタリーンをジッと見つめる。

 「新商品か、なるほど。しかし何かアイディアがあるのか?」

 「それよ。騎士だった頃地元の鍛冶屋に剣を調整してもらった時を思い出したの」ナタリーンは鋳型に溶かした鉄を流すと武具になるようにパン生地も焼くのに型を使うのだから剣の形のパンも作れるのではないか、きっと客受けもいいハズだと自信ありげに語る。

 

 この件について大輔に相談したら

 「ムリでしょうね」とバッサリ言われた。

 「そんなぁ、どうして?」納得してないナタリーンに大輔は丁寧に説明する。

 「まず剣を型どったパンを食べたがる人がいるのかが問題です、勿論何人かはいらっしゃるでしょうが多くのお客様に受けなければ商売として成立しません。見た目で気を引くなら他の形にした方が賢明です、それに型はどうやって入手するんですか?特注品となればそれだけでかなりの出費になりますよ」

 「マスターの言う通りだな、お前も今回は諦めろ」バズにも諭されガックリと落ち込むナタリーンに大輔は

 「確かいいモノがありますから、少し待っていて下さい」

 

 数分後、大輔が持ってきたのは蝶番と取っ手のついた鉄の板である、中を開けると沢山の人の顔が小さく彫刻されていた。

 「先代が酔狂で購入したんですけどウチの竃では火力が足りなくて使えないんです」そして越後屋が次に定休日を向かえた日、大輔から生地の作り方とこの道具の使い方を教わる。

 「豆を甘く煮るってのは初めて聞いたな、でも旨い。なんかホッとする味だ」

 「トレベの砂糖煮はこのくらいでいいかしら?」

 「甘いモノが苦手な人用にカレーとかを入れてみるのも一興ね」

 「中が見えないとお客が混乱しないか?」

大輔が帰った後も3人であれやこれや議論を続ける、話がまとまるのに丸二日かかった。

 

 「ナタリーンちゃん、ニンギョーヤキおくれ。チューバと何だっけ?魚の油漬けを混ぜたのとあの辛い葉っぱのやつ」

 「こっちは甘いのちょうだい、紫の豆と白いトロッとしたのを3つずつ」秋が近づいてきた。オラートベーカリーの新商品、ニンギョーヤキは愛敬ある形と一口大の大きさが小さい子供やその親を中心に結構な評判を得ている。越後屋一同もこっそり買ってきて仕事の合間に食べてみる

 「カレーもツナポテトもマスターが作った方が美味しい」

 「まあ、悪くはないわね」

 「合格ではありますけど満点じゃないと思います」

 「私は味の違いとかよくわかりません」

 「おいら、甘いのが、好き、辛い、あまり好き、じゃない」今日もまた個性豊かな従業員である。

 「先代の仏壇にお供えしておくよ」

 「ブツダンってなんですか?」ニドがロティスに質問する、

 「家庭用の礼拝堂らしいわ、それにお祈りすれば教会やお墓まで行かずに済むそうよ。花の代わりに食べ物を手向ける習慣もあるんですって」

 「異世界って不思議ですね」そんな会話を気にする事なく大輔は人形焼きを仏前に供えて亡き両親と熊実に手を合わせた、この日の日本は彼岸の中日である。

 

 

 

 




人形焼きといえば本来餡子だけですが本作ではカレーに高菜、生クリーム入りも登場してます


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第77話エルフ神と前菜あれこれ

最近ネタが思い付かず書くペースも落ちてます、みんなオラに元気(ネタ)を分けてくれ!
すいません、某有名作品から一言パクりました


 今日も1人の女神が下界に舞い降りた、先に出自を明かすと彼女は生来の神ではない。

 ある時彼女はある世界のある国の高貴な生まれの女であり、最愛の男と結ばれめでたく夫婦となるもその人生は短かった。彼女は死に際に夫である男に自分の死後は妻を娶らないでほしいと言い残し夫がそれを承諾したのを受けて死んだが約束は2年後にアッサリ破られる。

 彼女は悪霊となり元夫と後妻にありとあらゆる呪いをしかけ嫌がらせを続けたがある神の強力な法術に敗北する。そして冥府にて裁かれた結果本来生まれ育ち、死してなお留まっていたところとは別の世界に前世の記憶を有したまま転生する事になった。

 

 2度目の人生ではエルフに生まれた彼女は伴侶としてエルフの1/10程の寿命しか持たない人間を選んだ、相手の男を愛してはいたがそこには今度こそは夫より生き永らえてやろうというしたたかさもあった。やがてエルフにとってはさほどではないが人間には充分過ぎる時が経ちその夫が信じられない遺言を伝えて旅立った。

 「お前はまだ若い、俺が死んだら新しい伴侶でも恋人でも見つけて幸せになってくれ」彼女は前世を含めた人生で初めて己の身勝手さを痛感し、我が儘を恥じた。その後自分がどんな生き方をしたかはもう忘れた。ただ2度目の死を向かえた時何者かに

 「新しい世界がまた1つ完成した、そこの神となるがよい」と命ぜられたのだけは数億年経った今でもはっきり憶えている。

 

 時々同僚達から話を聞かされていた彼らがこのところ足しげく通うこの料理店の主はどうやら3人の女に狙われているらしい。それに気付くと急に過去に思いを馳せた。

 とはいえ彼女は食事と酒を楽しむ為にやってきた、出歯亀行為なぞ神になって以降興味がわかない。

 「酒精の強いお酒と軽めの肴を何品か頂けるかしら?内容はお任せで」同僚達と比べるとあまり健啖でない彼女はウェートレスに伝える。

 

 「せっかくだから和洋中の前菜を1つずつ出してみるか」大輔が冷蔵庫を開けるとその日仕入れて柔らかくなるよう仕込んだ蛸、パックスと手作りしたマカロニ、ガーリンから買い取った木耳がある、それらを手際よく調理してロティスにテーブルまで運んでもらう。

 

 「お待たせしました、赤ラーケンとグルミスの酢の物、マカロニツナサラダ、キクラゲのタカノツメ炒めです。お酒はジントニックをご用意しました」筒の形にした小麦を練ったモノと解した魚の身に絡む濃厚な味を持つ白いソースが強めの酒によく合う、口直しにキクラゲとかいうのに手を出す。

 「全体的には少し甘めに味付けしてあるのね、この赤くてピリッとしたのがタカノツメとやらかしら?鳥の部位には見えないけど」

その謎は店主と常連と見た水棲の亜人の会話で明らかになった。

 「こいつは猛禽の鍵爪に似てやすね」

 「粉末にしないで使いますからね」聞き流す振りをして酢の物に手をつけるとそれまでとは違う強い酸味に驚くがこれも強い酒と相性がいい、最終的に肴3品でグラス10杯もの酒を空けて酔い潰れてしまった。

 「ああここにおりんした、ちーと呑みすぎおすえ。皆さんわっちの友達が堪忍やわ」以前この店にきた花魁風の女神は店内にいたお客と従業員全員に詫びると泥酔したこのパッと見はエルフの肩を担いで店をでていき、大分離れた場所まで歩いてから天界に戻っていった。

 

 「うう、頭痛~い」翌日エルフ女神は激しい宿酔(ふつかよい)に悩まされる。

 「自業自得でありんす、神の威厳というのも考えなんし!」

 「大っきな声出さないで、脳に響くぅ~。それに私あそこの神じゃないし」それでも神の任務は全うしなければならない、痛む頭を押さえつつこのエルフ神は今日も自分が担当する世界を監視する。




作品に関する疑問、質問は活動報告Q&Aコーナーへ。ドシドシ受付中です
※神々のフルコース
・前 菜→和洋中の盛り合わせ3品
・スープ→豚汁
・魚料理→鰹のたたき
・肉料理→未定
・ソルベ→未定
・メイン→未定
・サラダ→未定
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第78話雑貨屋と明太子スパ

やっとこちらの話がまとまりました


 Cランク程度の冒険者だったヒューイとミザリーの夫婦は大した功績も残せないまま盛りの年齢を過ぎて引退する事になった。別にこの2人が人より劣っていた訳ではない、冒険者とは本来食い詰めた奴らが最後につく職業だしそこで名声をあげて一攫千金など夢のまた夢。あの噂のサル獣人の一行ほどの実力者だって約3百年振りに彗星の如く現れたのだ、大抵は志半ばで魔物や猛獣に襲われたり盗賊退治のつもりで返り討ちに遭い命を落とす者も珍しくない。だからこの夫婦はむしろ運が良かった部類に入るだろう、今は2人の子供を育てながら雑貨屋を営んでいる。

 

 「父ちゃん、母ちゃん早くいこー」8才の息子シーダが両親を急く、3才の娘サニーも朝からそわそわして落ち着かない。

 「待ってろ、今エチゴヤさんに納品する品物を用意するから」この日の夕刻、店を閉めてからヒューイはバターやカッセや蜂蜜等を荷車に積んで一家で越後屋へ向かう。エドウィンには牧場がなく養蜂場も街外れにあるのでヒューイ達の雑貨屋が一手に仕入れて街の家庭や商家に売っているのだ。

 

 「ごめん下さーい」営業中の越後屋にヒューイは入口から訪ねる、普通出入りの商人は裏口から入るモノだがここにはその裏口がないからしょうがない。

 「ヒューイさん、ミザリーさん、いつもありがとうございます。では品物をチェックさせてもらいますね」大輔はパックスと一緒に荷車から木箱を下ろして中身を確認する。

 「確かに受けとりました、ところで今日はどうなさいますか?」ヒューイ一家は越後屋に配送する時、たまに夕食をここですませる事がある。

 「ええ、いただきます」ヒューイが答えると子供達のテンションが一気に上がる。

 「ねえ母ちゃん、オラパスタが食べたい」

 「私もぉ」

 「ワガママ言わないの、大して予算ないんだから!」ミザリーは子供達を叱るが

 「ご心配なく、お一人様1アル以下になりますから」気まずい夫婦だった。

 

 「お待たせしました、メンタイコスパゲッティーです」一家は目をパチクリさせる。この店でパスタを食べるのは初めてじゃない、だが今日のはいつものとは違っている。燻製肉やケパが合わされているのは一緒だが今日のはパスタそのものがほんのりピンク色に染まっていて同じ色の細かい粒が全体を覆っていた、その頂点には細かく刻まれた黒い紙が乗っている。

 「しかしマスターが変なモノだす訳ないしな」と思いつつヒューイはパスタを一本だけ食べてみる。

 「これは程よいピリッとした辛みが、赤カプシンか。それだけじゃなくて磯の香りがするな、何を入れてるんだ?」

 「サウル加減がちょうどいいわね、見た目からもっとキツイ味だと思ったけど油っぽさもさほど感じない」

 「ウホォー辛ぁい、でもうんまぁい」

 「さっすがぁ、母ちゃんの料理より1000倍旨ぁい」

 ゲ・ン・コ・ツ!

 「ご馳走さま、じゃこの次もヨロシク」

 「ええ、またのお越しを」

 

 「今日の料理も旨かったなあ。まああれで身を立ててんだから当然といえばそれまでだけど」帰り道、荷車を引きながらヒューイは妻と会話をする。

 「そうね、シーダじゃないけど私には真似できないわ」後ろから荷車を押しながら同意するミザリー。

 「しかしウチのガキ共は暢気なモンだな」シーダとサニーは荷車に陣取って早くも寝ついている。

 「ZZZ…父ちゃん母ちゃん、今日はオラの奢りだゾ。腹いっぱい食べてね」

 「ハハッ。シーダの奴、夢の中で俺達にご馳走してんのか」

 「将来に期待してるわよ、シーダ」荷車はズッシリと重いが子供達の為ならこのくらい平気である。今の2人は一攫千金なぞ興味もない、家族4人で仲良く笑って暮らして行ければそれで充分幸せなのだから。

 

 




この一家、実はモデルがいます、お分かりでしょうか?


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第79話侍と牛タン

今回の神様は出で立ちから話し方まで侍です、とは言っても昔の日本の生まれではありません。探せばきっとそれっぽいトコがあります、続きは本編で。


 その侍が寿命の尽きかけたあの時何かしらからの啓示を受けて神となり何もなかった世界を与えられてから幾歳月の時が流れたであろうか、生物達も始めの頃は小指の爪程の大きさもなかった虫くらいしかいなかったのが今や種類も数も増え続け中には意志と知性を持ち出し者か増えそれなりに活性化している。

 

 世界もそれなりに落ち着いてきたある日、腹をくちくした同僚2柱が話しかけてきた。聞けば彼が人間であった頃所属していた世界に行き旨い飯を心行くまで堪能したらしい。

 「アラ、里心がついちゃった?」

 「何を抜かすか、拙者はアズル大陸はジャマト帝国出身。生前ラターナとやらには訪れた事すらない、それに今の拙者は元の名も忘れた身。そんな事あるハズもなかろう」とは言ってみたものの結局元いた世界を訪ねる事にした。単に食事をしに行くだけで断じて里心がついた訳ではないと自らに言い訳する。

 

 2柱に聞いて降り立った場所は侍の出身大陸でも目的の店がある大陸でもなかった。どうやら索敵を誤ったらしい、たどり着くには海を渡り幾つか国境を越え関所を通らなければならない。面倒な手続きも侍はキチンと済ます、そもそも神であるから適当に誤魔化すのも簡単なのだがそこは己の矜持が許さないのだろう。生前の身分証は役に立たぬから下界用の新たなモノを提示して通行税を払い入国を繰り返し都や集落を幾つか隔てて夕刻になりようやくその店、エチゴヤがある街へついた。

 

 「いらっしゃいませ、お席はどうなさいますか?」女給に案内され椅子が横一列に並ぶカウンターとやらに腰を下ろす。回りを見渡すと客達は各自が好物をさも旨そうに食している、侍がメニューを見ていると実に旨そうな料理の絵が、イヤこれは確かこの世界には存在しない写真というモノ。だが今はそんな事どうでもいい、腹ペコの侍はこれを酒と一緒に注文しようと決めた。

 

 「お待たせしました、ギュータンシオヤキとウメシュです」焼いたハーブを付け合わせている以外はシンプルな焼肉料理である、

 「噛み締めるとコリコリした食感から口の中いっぱいに旨みが広がっていくようだ、味付けが単純なだけに肉自体を楽しめるな」ハーブがまた肉を引き立て役でありながらこれ単品でも充分にいける、ウメシュとかいう果実酒の甘酸っぱさも実に合う。それにこいつは酒もいいが

 「アレを所望する、えっとこの辺りでオリゼというのを一皿な。あとギュータンもお代わりを頂きたい」

 

 「ふぅ、ちと食い過ぎたようだの」久し振りの下界で気が高揚していたせいもあって、あの後もお代わりを重ね最後は普段の3倍くらいの食事を平らげてしまい酒もしこたま呑んだ。ややふらついた足取りで店を出る、そういえば同僚の誰かがあの店で会合を開くとか言っていたのを思い出す。久し振りに全員が揃うのも悪くないな、そう考えると侍は珍しく笑みを浮かべ天界へ帰っていった。

 

 閉店間際にヨセフは今抱いた疑問を大輔に投げ掛けた。

 「あのお客さんに出したのって何の肉っすか?今まで見た事ないっすけど」

 「牛の舌の肉ですよ、加工次第で美味しく食べられます」牛は農作業に使う家畜で少なくともこの国では食用にならない、意外すぎる話を聞いて固まるヨセフとは対照的にパックスは

 「これ、旨い、おいら、好きだ」残り物となった牛タンで遅めの晩ごはんを幸せそうに食べていた。

 




※神々のフルコース
・前 菜→和洋中の盛り合わせ3品
・スープ→豚汁
・魚料理→鰹のたたき
・肉料理→牛タンねぎ塩焼き
・ソルベ→未定
・メイン→未定
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第80話仲良しトリオと餃子

前から書きたかった餃子の話がやっと思い付いて書けました


 「「「腹減った…」」」以前はとある国の衛兵隊に所属していたがポカをやらかしクビになった騎士崩れのカミーユ、追い剥ぎに荷物を奪われ一文無しになった行商人のコリン、経営不振からサーカス団を追われたピエロのマシュー。よりによってそんな最悪なタイミングで幼馴染みの3人はエドウィンの街外れで再会した、普通なら会えて喜ばしいハズなのだが今は懐かしむ気にはなれない。

 「「「どうみてもこいつらも金持ってないな」」」古くからの付き合いだから一瞥すればそのくらい分かる、こいつらといたって腹の足しにはならないが1人でいても進展がある訳でもなし、連れだってエドウィンの街に入った。

 

 街には活気がありとても賑わっていたが文無しの3人は座り込み空きっ腹を抱えて眺めているだけである。

 「アンタ達、こんなトコでなにしてんだい?」この街で農家を営むカリーナに声をかけられた、事情を知るとカリーナは自分の農地に3人を連れていった。

 「ちょうど人手がもっとほしいと思ってたのさ、今男手が1人しかいなくてね」そこにはケパの畑が広がり荷車を通す道を挟んでスターキーの木が生い茂っている、3人はとにかく食う為にここで働かせてもらう事に決めた。

 何ヵ月かして随分百姓が板についてきた3人はカリーナに誘われてある料理店に連れられてきた。

 「いらっしゃいませ、カリーナさん。今日はお連れ様が多いですね」

 「ああ、ちょっと前から雇っててね」空いていたテーブルにつくとカリーナからメニューというのを渡される、4人の中ではカミーユだけが文字を学んでいたので読んで聞かせたが結局カリーナのお薦めに決めた。

 

 「お待たせしました、ヤキギョーザです」パッと見はドラゴンが丸まったような姿だが小麦を練った生地に何かを包んだ料理らしい。

 「そこのショーユってやつを小さい皿に注ぎな、それから赤カプシンと酢を混ぜてそいつを浸けるんだ、熱いから気を付けんだよ」鱗を剥がすようにフォークを入れると一切れがすんなり外れた、中を割って見るとまるで砂のように細かくされた肉と野菜が生地の中にギッシリ詰まっている。

 「熱っつ!でも旨え」慌てて口を押さえるマシュー。

 「皮がパリパリでいい食感だ、この香ばしさも食が進む」対称的に落ち着き払って食事をするカミーユ。

 「このサラサラしたソース、自分で混ぜるのって楽しいな」思わず口角が緩むコリン、リアクションも三者三様である。あっと言う間に大皿が空になる、カリーナはもとより3人も数ヵ月の重労働の日々ですっかり食欲が増していた。

 「ロティスちゃん、お代わり持ってきとくれ。あとビールも4つねー」

 

 腹の膨れた4人は店を出て帰宅する、カリーナは彼らに1つ提案する。

 「アンタら、ウチで一生働く気はないかい?もしそうしてくれるなら娘のリルルと夫婦になってほしいんだけど」

 「「「えっ?」」」一斉に驚く3人、確かにリルルは美人だし農家の仕事にも不満はない。むしろありがたい話だ、これが自分1人だけならすぐにでも飛び付いただろう。だが親友2人の事を思うと躊躇ってしまう、だいいち本人の気持ちを無視する訳にいかない。

 「リルルさんは何て?」

 「あの娘なら後を継いでくれるなら誰でもいいってさ、だから早い者勝ちだよ」顔を付き合わせ相談した結果

 「返事は少し待って下さい」代表してコリンが答える、他の2人も深く頷く。結婚と友情、どちらかを選べなかった。いつかは答えを出す時がくるにしても今はもう少しこの充実しながらも穏やかな時間をみんなで過ごしていたい、それが3人共通の思いだ。

 

 その頃リルルは母に雇われている狸獣人一家の子供達と風呂に入っていた、その時不意に頭に手を当てると今日まで何をしても外れなかった頭の輪っかがカランと音を立てて足下に落ちるのを見て子供達と一緒に大喜びしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リルルの輪っかの事、ずっと忘れてて書きながら思い出しました(笑)。


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第81話父母と黒糖焼酎

 『アフターひだしん』書いてたらナゼか思いつきました、ニドの両親も登場します


 5年前ニドの両親、ボブとマルティナは奴隷から解放された。これを機に離ればなれになっていた娘を探したがどうしてもみつからず、未練を残したまま仕方なくゾーン大陸にある祖国に帰る事になった。

 

 国に戻った2人は生まれ育った村に帰ると元々従事していたサトウキビの栽培を始めた。5年経って生活も安定した頃、港町からの郵便が届いた。それは夫婦に宛てられた手紙である、生憎ボブもマルティナも字が読めないので村長に頼んで代わりに読んでもらう事にした。

 

 『お父さん、お母さんへ

 『その後お元気にお過ごしですか?私はエクレア大陸のラターナ王国はエドウィンの街の料理店で給仕の仕事を得て毎日楽しく働いています。今の雇い主はお給料もお休みの日も沢山下さいます、だからこうして文字を教わる事もできました。機会があればこちらにもお越しいただけたら幸いに思います、それではますますのご健勝を願っております。

ニド』

 

 「こいつはホントにニドが寄越した手紙なのか?[ご健勝]なんて難しい言葉どこで教わったんだ?」

 「ボブ、ニドは誰かに騙されているじゃないかしら?ウチの娘がこんな知的な文章書ける訳ないよ」我が子相手とはいえ失礼な夫婦ではあったがとにかくエクレア大陸に向かう旅費を作ろうと金をかき集めだした。

 

 一方エドウィンの領主コルトン公爵は新たなビジネスを始めるにあたってラターナ近郊の各地の領主達や商業ギルド長ヴァルガス、大輔を自宅に呼んでいた。

 「果物以外でも酒が作れるのは領主様も先刻ご承知と思います」

 「うむ、具体的には何が良いかね」

 「オリゼ、麦、バルタ、黒砂糖が最も適しているかと」コルトンとヴァルガスを除くそれぞれの街の領主達がどよめく。

 「他はともかく黒砂糖は船便で輸入せねばなるまい、買い付けは行商人を雇うとして護衛が必要だな」

 「冒険者ギルドのゴドノフに手配させましょう」

 「あの~僕、喜んで引き受けそうな酒好きの冒険者に心当たりがあります」

 

 エクレア大陸からきた行商人がボブとマルティナの農家を訪れた、港で噂を聞いたここの村長がエドウィンに行きたいが未だ旅費の集めらない2人の為に話をつけてくれたのだ。行商人に是非ラターナに連れていって欲しいと頼むが行商人は難色を示す、護衛の冒険者が口を挟んできた。

 「品物は俺達がエドウィンまで届ける、そうすりゃ運搬費が浮くだろ?その金でこの人らを船に乗せてやってくれ」ご存じルカ一行である。

 

 ようやく念願叶ってエドウィンに来る事ができた2人は愛娘に再会した、ニドは雇い主と一緒に働いてる従業員を紹介する。

 「それじゃ手紙に書いてあったのはホントだったんだな」現状を目の当たりにしてやっと安心するボブ。

 「旦那さん、ありがとうございます、これからも娘をよろしくお願いします」大輔の手をとり何度も頭を下げるマルティナ。

 「マスター、黒砂糖ショーチューの作り方を各ご領主方に披露しよう。皆様痺れを切らしておいでだ」ヴァルガスに呼ばれ大輔は酒蔵へ向かう、これからギルド職員の手を借りて焼酎作りを指導しなければならない。

 

 「さて、完成まで14日ほどかかるがその間この街に逗留するか。アンタらもウチの馬車で寝泊まりしないか?宿代はいらねーよ」夫婦はルカの誘いに応じる事にした、馬車の中はまるで一流ホテル並に居心地がいい。

 「お風呂用意するね」ディーネがバスタブに水を貯めている、薪はゴノーが用意してトロワがベッドを整えルカが買ってきた食べ物で快適に過ごした。

 

 いよいよ帰りの船に乗る前日の晩、大輔に呼ばれ越後屋にきた夫婦は今まで見た事ない店内の様子にクラクラしながらも席につく。テーブルには街の領主様を始め随分大勢の客が入っている。

 「皆さん常連の呑兵衛さんよ、新しいお酒を只で呑めると知って集まったみたい」娘から説明された。

 「お待たせしました、黒糖焼酎です」

 「これが黒砂糖で作った酒かい?香りもいいねぇ」薬師のガーリンはグラスをジッと見つめている。

 「ゆくゆくはラターナ全土の名物になりそうじゃな」どこぞのご隠居も期待を隠しきれない、コルトンとルカ以外は誰も知らないが実はこのご隠居こそラターナの先代国王である。

 「「「「乾杯‼」」」」互いにグラスを打ち合い一斉に呑み始める常連達。

 「こいつは旨い!」

 「普段のショーチューよりかなり強いな」

 「果汁とかを混ぜても良さそうだね」こうしてラターナに新たな特産品が誕生した。

 

 「ニド、達者で暮らすんだぞ」

 「エチゴヤの皆さんによろしくね」

 「うん。お父さんもお母さんも元気でね」ニドはゾーン大陸に帰っていく両親を船が見えなくなるまで見送った。その姿にルカは

 「地球(むこう)に遺してきた女房子供はどうしてるだろうな?今度俺の代わりにマスターに会ってきてもらおう」そう呟くと馬車の手綱をとり仲間達と共にエドウィンを後にした。

 

 




 感想返信と内容が違ったのをお詫びします


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第82話プロポーズと肉じゃが

SERIO様,情報を提供して頂きありがとうございました。随分時間がかかりましたが今回のストーリーに折り込んでみました、上手く生かせてるでしょうか?


 現在交際中のマティスとレイヨン、お互いまだ結婚は考えていない。2人共一度は配偶者と死別した身だし今更役所に届け出るのも何となく気恥ずかしい、因みにこの世界で正式に夫婦となるには教会の住職にサインを貰ってから役所で認定されなければならない。

 

 さて、いつもの越後屋、14時頃。ランチタイムも落ち着き大輔は従業員の昼食に今度メニューに載せる料理の試食をしてもらった、評判は上々だったのでこの日の閉店後ロティスとメニューリストに書き足しておいた。

 

 翌日の夜、常連達が早速新メニューを酒の肴に注文し始めた。お代わりをするお客もいて新たな定番メニューに加わるのは必須だろうと思われた、そこに入り口の戸が開きアルバートが来店した。

 「ほう、新メニューか。じゃ試しにワシも頂くとしようか、酒は何が合うかの?」カウンター席で大輔に尋ねる。

 「ハイボールですかね?好みは分かれると思いますが」

 「ではそれも一緒に貰うとしよう」

「はい、しばらくお待ち下さい」

 

 「お待たせしました、ニクジャガとハイボールです。ごゆっくりどうぞ」まずは肴に目を向ける。チューバと肉を中心にケパやカリュートが煮込まれている、その中に縛って纏められたロープのような見慣れない具材が混ざっているのが気になりアルバートは再び大輔に話しかける。

 「白滝です、この辺には見かけない食材ですが旨いので今回使ってみました。ちょうど味が染みて食べ頃ですよ」実は最近何気なくネットサーフィンをしていたら『白滝が肉を固くするとは誤りである』という記事を見つけた大輔は裏口から日本へ行き白滝を買って肉料理を試作した、結果下拵えをきちんとすれば肉が固くなる事はないと証明されたので牛鍋等の煮物に使う事に決めて今日の肉じゃがにも入れてみたのだ。

 「どれ、1つ食ってみるか」シラタキとやらを口に放るアルバート。

 「柔らかいのにしっかりした噛みごたえがある、こりゃ面白い食感じゃ。スープも程よく吸っておる」続いてハイボールという酒を合わせる。

 「この喉や口の中でで泡立つ酒、前に呑んだビールに似ておる。だが味はウィスキーのようじゃの」酒を呑んではニクジャガを摘まむ、また呑んでは摘まむを繰り返し腹も心も満たされたアルバートは上機嫌で帰っていった。

 

 ある日の商業ギルドの昼休み、職員達はランチを摂りに外へ出掛ける。レイヨンも誘われたが

 「今日は弁当があるので」と断る、すると職員一同が彼の周りに詰め寄った。

 「お弁当?誰が作ったの?」

 「恋人からか?もしかして再婚するつもりなのか?」大騒ぎの職員達をヴァルガスが怒鳴り付ける。

 「お前らさっさとメシ食ってこい、でなきゃ明日からメシ抜きで仕事させるぞ!」慌てて全員事務所を出る、そしてマティスに持たされたお弁当の蓋をギルド事務所内で開いた。おかずは肉じゃがである、異世界では家庭料理の1つと聞かされた彼女が大輔に教わって自宅でも作るようになりこの日レイヨンのお弁当にしたのだった。

 「誰かが弁当を作ってくれたり家で食事を作ってくれてるのはいいな、そろそろ覚悟を決める時かも知れん」プロポーズの意思を固めるレイヨン。さて、2人は結婚するのか?




この2人ホントに結婚するのかな?


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第83話四腕女神とネバネバサラダ

久し振りの神回ならぬ神様回です。神様が登場するという意味です。
サラダの具材はおくら、山芋、納豆、なめこ、モロヘイヤ等になります


 大輔はルカに

 「異世界(こっち)で稼いだ金が数千万円相当ある、金塊に変えたから女房に届けてくれねえか」と頼まれ日本に来ていた。待ち合わせた蕎麦屋で彼の元妻、長岡初美に文庫本にカモフラージュしておいた金塊を渡す。その帰りに2号店へ立ち寄り冴子に頼んで購入しておいたあちらで手に入らない野菜や味噌、醤油を受け取り本店のある異世界に戻った。

 

 天界では一柱の女神がリュートで美しい音色を鳴らしていた。4本の腕を使って奏でる曲は文字通り神秘的である、そして自分の演奏に酔っていると誰かが住まいを訪ねてきた。

 「何かしら?せっかくいい気分に浸ってたのに」不機嫌に出迎えると二柱の同僚が手土産を持って門前に立っている。

 「アイチュクリーム、一緒(いっちょ)に食べまちぇんか?」

 「俺の世界の連中が再現したトンジルだ、旨ぇぞ」この言葉に苦虫を噛み潰したような顔になる。神になる前、俗世にいた頃から徹底した菜食主義者(ベジタリアン)だった彼女は肉や乳製品を極度に嫌う、相手がよかれと思っても当事者にしてみれば鬱陶しい事この上ない。

 「お気持ちだけ頂くわ、(わたくし)地に実るモノしか口に合いませんの」できるだけ丁重かつ嫌みにならないように断る。

 「そうか、でも今度の会合はどうするんだ?一柱だけ出席しない訳にも行かんだろう」

 「ちょれならワタチの世界(ちぇかい)に来まちぇんか?会合もちょこで行いまちゅち」

 

 越後屋にやってきた四腕の女神は体を隠す黒いローブを着込んでいる、いかにこの世界でも四本腕の亜人は流石に存在しないのがその理由だ。

 「いらっしゃいませ。カウンターとテーブル、どちらになさいますか?」

 「テーブルでお願いしますわ」四腕女神はやや緊張気味に椅子へ腰かける。メニューを見ても特に心惹かれるモノは見当たらない、しかし最後のページには

 『メニューに載せてないモノでも可能な限りご用意します、詳しくは従業員に』それを見た彼女は自分の一番近くにいた大男を呼び寄せる。

 「何か目新しいサラダはありまして?後お酒を何かお一つ頂けるかしら?」大男は一瞬だけ考えて

 「あ、主に聞いてきます、し、しばらくお待ちく、下さい」パックスは厨房でお客の要望を伝える。大輔は日本で購入した野菜でサラダ作りに取りかかる、あの日このサラダを従業員に試食してもらったら意外に好評だったのでそのお客に出しても差し支えないと判断していた。

 

 「お待たせしました、ムチンサラダです。お酒はアツカンをご用意しました、添えてあるワフードレッシングはお好みでどうぞ」女性ウェートレスに小さく例を述べる、見た目は普通のサラダに思えたがフォークを指して顔に近づけると野菜からでている粘液が糸を引いていた。

 「これは…!確かに体にいいと聞いてるし私の要望通り目新しくはありますが」とにかく食べてみる。

 「星形の緑の野菜はコリコリ、白いモノはシャキシャキしててユニークな食感です、茸はツルリと喉を通って行きます。豆は匂いが多少気になりますがコクがあっていいお味、これは体調の悪い日にもってこいなサラダですね」ワフードレッシングとかいう液体もサッパリしながらも彼女の苦手なバター等とは違う植物由来の油を含んでいて食べ応えがある、アツカンという温かいお酒もサラダで冷えきった口内や胃を程よく暖めてくれる。

 「ふぅ、ご馳走様でした」満足した四腕女神は支払いを済まし正体を悟られる事なく天界に戻った。

 

 「ありゃ腐ったヒスピじゃないのか?」四腕女神が帰った後ヴァルガスに問われる大輔はこう説明する。

 「正しくは発酵させたヒスピです、材料こそ違えどカッセやワインと大まかな作り方は同じです。焼酎にも合うと思いますがいかがですか?」

 「イヤ、遠慮しとこう。お前さんを信用しちゃいるがあいつはどうもな」

 「まあ、向こうでも好みは分かれますけどね」2人だけでなくこの会話を聞いていた全員が笑いの渦に包まれた。

 




サラダを美味しそうに伝えるのって難しいですね、我ながら表現の下手さに悲しくなってきます。
※神々のフルコース
・前 菜→和洋中の盛り合わせ3品
・スープ→豚汁
・魚料理→鰹のたたき
・肉料理→牛タンねぎ塩焼き
・ソルベ→未定
・メイン→未定
・サラダ→ネバネバ健康サラダ
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第84話カカンザの街とライスバーガー

『異世界西遊記』に感想頂いて読み返したらこんな話になりました


 こちらはカカンザの『龍の水晶亭』。通称[ハンバーガー酒場]、おそらくはこの世界に二軒しかないハンバーガーが食べられる店の一軒であるこの酒場は中々繁盛している。

 「テリヤキ3つにダブルが5つ、サラダにお酒10杯お待たせにゃー」

 「はい、カッセバーガーとチューバ揚げですね、えっ?あのビーエルティーはルシコンとラトゥールに燻製肉を挟んだやつで。あっただ今お伺いしまーす」ホールをメインの仕事にするのはアランとルビィ、厨房は主にリャフカとオィンクが入っている。そしてカカンザの冒険者ギルドの受付嬢アエラもこの店で夕食を摂っていた、彼女の隣にギルド長のヨークが席をとる。

 「彼らも引退したのか。こんな風に安定した仕事に就いたかつての冒険者を私は幾つも見てきたがこればかりは何年経っても切ないモノだな」

 「とはいえ、我々から『辞めないで』とは言えませんしね。仕事さえあれば冒険者を続けるよりそちらの方が幸せでしょうし」この世界、家が貴族や金持ちでない限り子供でも10才にもなれば働きにでるのが普通でありその中で職にあぶれた若者が行き着くのが冒険者という仕事なのである。

 

 「話は変わるがアエラ君、私は明後日からエドウィンに出張する。助手が必要になるから同行してもらえんかね?」アエラは是非にと即答した、事務所に戻り残っている作業を直属の部下に引き継いでその日の夜出張の仕度を整える。

 エドウィンについたヨークとアエラはこちらの冒険者ギルド長、鬼のゴドノフと仕事の打ち合わせをして滞りなく終わったところで互いの趣味や好物の事で話が弾む。

 「そういえば『龍の水晶亭』名物のハンバーガーもここが発祥らしいですな、是非とも食べ比べてみたいモノです」

 「ならば私も用がありますからその店までお連れしましょう」相手も同じ冒険者ギルド長だからか、ゴドノフもいつになく丁寧な口調で話す。その発祥の地である越後屋に2人を案内すると

 「宿への道はご存じでしょうかな?でしたらこれにて。マスター、持ち帰り用のケーキをくれ!」ゴドノフはその体からみれば小さな箱を受けとり笑みを浮かべ自宅へ帰っていった。

 

 2人は席をとってメニューを見るとやはりハンバーガーの類が幾つか載っている。ここは最もプレーンなハンバーガーに揚げチューバ、酒とシンプルにいこうと決めた2人の耳にすぐそばのテーブルで注文をする客とそれを受けるウェートレスの会話が聞こえた。

 「すいやせん、ライスバーガーのカキタマと揚げチューバを6個ずつにあとビールを5つ」その客は兎獣人の家族と水棲の亜人である、兎獣人に子供が1人いるところからビールとは酒の類いであると推測できる。

 「はい、干したペナを抜きでですね、お酒はお料理と一緒にお持ちしますか?」おそらく常連なのだろう。ウェートレスも客の好みを知っているようだ、ヨークが別のウェートレスを呼び寄せてメニューを指して質問する。

 「このライスバーガーとはどんな料理だね?ハンバーガーと名前が似ているが?」

 「はい、パンが苦手なお客様の為に代わりに軽くまとめたオリゼで具材を挟んだモノになります。勿論そうでない方でもご注文できますよ」

 「では、私達もそれを。中には肉を挟んだプレーンのを頂こう、あとあちらと同じく揚げチューバとビールとかいう酒も2つずつ頼もうか」

 「はい、しばらくお持ち下さい」

 

 間もなく料理が運ばれてきた。

 「お待たせしました、ライスバーガーと揚げチューバとビールです。ごゆっくりどうぞ」一礼して下がるウェートレス。

 「これはカカンザのと比べてアッサリとした味付けですね。それと表面の茶色いソースのしょっぱさと香り、これが食欲をかきたてます。オリゼと肉の相性もピッタリ!」

 「このビールという酒、喉ごしが素晴らしい!揚げチューバも最高の肴だ。スマン、お代わりを下さらんか?」最後は5人分程平らげた2人、その夜はくちくなった腹をさすりながら宿へ向かった。

 

 カカンザに帰ってきたヨークとアエラは『龍の水晶亭』の4人に同じモノができるか聞いてみるが

 「ライスバーガーか、存在は知っているが自分で作るとなると大変ね」

 「またマスターのトコさ行って教えてもらうだか?」

 「私はイヤニャー」

 「そうだな、あの恐怖は2度と経験したくない。ギルド長達には断ろう」大輔のスパルタ指導を思い出して青褪める4人。当分の間、この世界でライスバーガーが食べられるのは越後屋ただ一軒のようだ。

 

 

 

 

 

 




因みに『カキタマ』とはケパ(玉ねぎ)のかき揚げです。
なんか『異世界食堂』の真似してるっぽい感が漂っている…


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第85話元魔王とテリヤキチキン

魔王を倒したのはルカ一行だと認識されてるようです、噂って尾ひれが付くんですね
第80話「仲良しトリオと餃子」登場人物の1人の名前をジャイロからカミーユに変更しました


 今から百年以上前この世界にも魔王なる存在が数多くいて、彼らは決して手を組む事なく各々自分勝手に人里に降りては悪行を為していた。あの時、その内の1人が世界の最高神であった先代女神を倒すまでは。

 

 実際は部下の裏切りで命を落とした大魔王、だが他の魔王連中とその一派には読者もご存じの'あの'冒険者パーティーが倒したと伝わっている。

 「大魔王も例の冒険者に倒されたか」かつて魔王の一角と謳われたルーファスは深くため息を吐いた、それは落胆ではなき安堵によるモノである。魔王には珍しく

 「魔王を始めとする魔族は世界を取り纏めるに相応しくない」という考えを持っていた彼はかの大魔王が死亡したと知った後、私財を投げ売って配下に充分な金を渡し側近を10人程残し一味を解散した。その後正体を隠した上で僅かばかりの財産を運用して人間の王国の1つ、ラターナで林業を営み始めた。折しも国内のある街で工場を建築する話があり建材を搬入する事で一枚噛ませてもらった、次は大規模な酒蔵を建てる計画がありルーファスの投資は成功を収めた。

 

 「ルーファス殿、如何ですかな?我が街の新しい工場は」始めは市井の料理人が作り出したという調味料を公爵自身が試食して気に入り、やがて街の外にまで噂を呼び国中から入手したいと要望が殺到して遂には街をあげてそれを生産しようとその工場が建築された。その建材となった材木はルーファスの商会によって卸されている、今日は公爵に誘われ工場見学に訪れたのだった。

 工場の中では大量のヒスピが潰され大鍋で煮られて木桶に移されたところで魔術師が数人がかりで囲んでいる、それはルーファスも熟知している魔法体系であった。

 (あれは時間魔法?木桶の中身を古くしているらしいが一体ナゼ?)工員の1人が出来立てを2つの小皿に注いで差し出した。

 「まずは作りたてを味わって頂きたい」公爵に促され一匙口に入れてみる。

 「これは!サウルの味だけでなく何とも複雑な味わいですな、この旨さが知られれば国はおろか大陸中から買い求めにくるでしょう」

 「やはりそうお思いですか、私はまずこのショーユを街の特産にしてゆくゆくはラターナの名物にするつもりです。ところで開発した料理人の店で昼食をご一緒しませんか、今時分は混雑しているハズですが席を予約してありますので」

 

 コルトンに連れられ越後屋へきたルーファスが座敷に案内されて只で給されるという水を飲んで一息吐くとウェートレスが申し訳なさそうに注文を受けにきた。

 「遅くなってすみません、ご領主様」

 「構わんよ、忙しいのだろう。さてルーファス殿、注文は私に任せて頂いてよろしいですかな?」

 「私に異存はありません、公爵様」

 「ではテリヤキ定食とヒヤヤッコを2人前頼む」

 「はい、しばらくお待ち下さい」このやり取りを端で聞いていたルーファスはどんな料理がでるか想像しようとしたが

 「テリヤキ何たらとは聞いた事がない、それにヒヤヤコ?とはどういう料理だ?」全く予想すらつかなかった。

 

 運ばれてきた料理のメインは鶏料理だったがまるで宝石のように輝いていた。もう1つは真っ白で四角く今まで見た事ないモノに数種のハーブが添えられている、ルーファスは目を見張るがコルトンは食欲をそそられた顔つきになる。

 「ではテリヤキチキンからいきますかな」コルトンは切り分けられた琥珀色の鶏にフォークを刺し旨そうに食べ始めた。

 「ささ、ルーファス殿。ご遠慮は無用、お手を付けて下され」初めてみる料理に戸惑っていたルーファスだが食べないと却って公爵に失礼になる。

 「旨っ!あのショーユに甘さが加わり更に複雑な味が広がる」続いてヒヤヤッコなる白いモノにも手を伸ばそうとしたら公爵からボトルを差し出された。

 「ショーユのボトルをどうぞ、ヒヤヤッコにはこれとハーブがよく合いますぞ」

 「つ、冷たい!しかしこれ自体はあまり味がしない、なるほどショーユをかけハーブを合わせる事で料理として成立するのか。今日は暑いからな、こんな日にはもってこいかもしれん。それにどちらも酒が進みそうだ」

 「昼なのが悔やまれますな、陽が落ちる頃なら一献差し上げたかったのですが」公爵も同じ事を考えていたようだ。

 「そういえば酒蔵も建てられるご予定だとか。その際は是非当商会を宜しくお願いしたいですな」

 「勿論、酒が完成したあかつきには是非ご試飲頂きたい」

 「いやはや。それはまた、楽しみが増えましたな」互いに愛想笑いを見せてコルトンは次の公務に向かい、ルーファスは帰途についた。

 

 住まいに戻ったルーファスは遥か昔から側に仕える忠実な側近を自室に呼ぶ。

 「ルーファス様、お仕事の話はどうなりましたか?」

 「うむ、抜かりはない。それよりお前達に新たな任を告げる」

 「と、申されますと?」

 「今後我ら一派はこのラターナ王国を他の魔族から守る。最悪、国は滅んでもエドウィンの工場とエチゴヤなるメシ屋は何としても死守するのだ!」

 「ナゼゆえにございますか?ルーファス様?」

 「明日の夜にでもその店に行けば分かる、いい機会だ。お前達と久し振りに呑もうではないか」酒蔵の建築は当分先になるがそこで作ろうとしている酒はあの店で呑めると公爵から聞いた、今では他の魔王連中から腰抜けと嘲笑われる自分にそれでもついてきたこいつらをたまに労うのもよかろうとルーファスは側近達に気づかれぬように口角を上げた。

 

 こうして越後屋には神様に元魔王の加護がプラスされたが大輔ら従業員は当然知る由もない。

 




工場の話が出てきた時点で
「またウスターソースネタか」と思った人は手を上げてぇー(笑)
このシリーズで2000字越えたの久し振りです


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第86話ヴァルガス家とフルーツポンチ

最近こちらのアイディアが枯渇気味で…、どなたかオリキャラや料理を考えて下さる方はいらっしゃいませんか?


 今度商業ギルドで新しい野菜を扱う事になったのでヴァルガスは今までにない使い方を教えてもらおうと大輔を自宅に招いた。

 「普通に売っただけじゃ仕入れ分を捌けんからな、マスターの知恵を借りたいんだ」これを受けて大輔は

 「それなら僕1人より複数の地元民の意見が必要ですね、とりあえず従業員に声をかけておきます」こうして店の定休日の日、ヴァルガスの自宅に全員集合したのである。

 まずはヴァルガスの妻シンシアがこちらではごく普通の野菜の塩煮を作りみんなに振る舞う。

 「どうかしら?」普段の家庭料理ならそこそこ自信のあるシンシア、何せ主婦歴は長く夫と3人の子の食事を毎日作ってきたのだ、だが金物屋姉妹やラティファはまだしもエクレアに来て久しいとはいえ別大陸生まれのニドや異世界人の大輔やパックスの口に合うかどうか不安な面持ちで問うてみる。

 「ええ、美味しいです。これがこちらの家庭の味なんですね」大輔に褒められホッと一安心したと同時に若干照れ臭くなる。

 「まあ、専門職の人にそう言ってもらえると嬉しいわ」

 「まあ、食い飽きてるがな」ヴァルガスが口を挟むと案の定シンシアに小突かれる。

 「あ、あはは(苦笑)、確かに宣伝するには家庭料理のレシピじゃ捌き辛いですね」

 「だろ?だからマスターに目新しい料理を教えてほしいんだ」

 「ええ、何か試作します。ところでこれって中身がありませんでしたか?」

 「流石によく知ってるな、仕入れ先曰く見た目が不気味だってんで捨てちまうらしい」

 「僕にしてみれば中身の方が調理しやすいんです、そちらを取り寄せて頂けませんか」

 「ああ、構わん。向こうも厄介払いできて喜ぶだろう」また改めて試食会をする事になりその日はお開きになった。

 

 翌日の営業日にラティファは学校の友達も試食会に誘いたいと大輔にお願いをした、客としてきていたヴァルガスからも許可を得られ次の日学校に着いてその友達を招待した。

 

 次の定休日に再びヴァルガス家に集まった越後屋一同、今日はジャップ一家も招かれていた、実はラティファが招待した友達がジャップ夫妻の里子マチルダなのである。

 「商業ギルド長、本日はお招きありがとうございます」

 「先生、今日は固い事ぁ言いっこなしだ、それよかこっち(・・・)はイケる口かい?」親指と人差し指を合わせ口元へ寄せるヴァルガスのジェスチャーをみて察したジャップ、堅物なイメージの彼だが決して嫌いではなくむしろ好きである。

 一方ヴァルガス家のキッチンを借りて料理を作っている大輔、シンシアはその様子をじっくり観察している。

 「まあ、煮たり焼いたりする以外にも色々な料理があるのねえ」

 「すみません、これからデザートを作りますので先にこちらを食卓に出して下さいますか?」

 「ええ、いいわよ。これも美味しそうね」

マチルダやラティファもシンシアを手伝い料理と取り皿を並べる。

 「まずはテンプラ、それとこれはキムチというピクルスですって。殿方にはお酒も用意してあるわよ」

 「こりゃ随分赤いな、カプシン粉か?」

 「口にするにはいささか覚悟がいるようですな」といいつつもヴァルガスとジャップは口へ運ぶ。

 「なんだ、思ったほどから…ヒィ~きたーっ!」殆ど無意識にグラスの酒で辛味を胃に流すヴァルガス、あまりの辛さにジャップも涙が出ているが

 「確かに相当辛い、しかしクセになりそうな辛さですな。皆さんはご経験済みで?」従業員一同に聞いてみる

 「マスターが違う野菜で作ったのを食べた事があります」

 「辛い料理は減量に効果あるらしいよね」

 「アンタは黙ってなさい!」

 「オイオイ、人ン家で姉妹喧嘩はやめてくれよ」

 「おいら、辛いの苦手」

 「ゾーン大陸にも似たようなモノがありました、でもこれほど美味しくはなかったですね」

 「ただ辛いだけじゃなくて野菜の甘味やサウルの味もしっかり感じられるのね」意外にもジャップの奥方は落ち着いて吟味している。

 「「うぅ~お水ぅ~」」揃って同じセリフを吐くラティファとマチルダ。

 「嬢ちゃん達はお気に召さなかったようだな、大人でもこれはしんどいしな」苦笑しながらシンシアが持ってきた冷たいお茶を薦めるヴァルガス、ふとテンプラに目をやるとなにか閃いたらしくキムチと重ねて食べる。

 「テンプラと一緒だと辛さが和らぐな、しかもサッパリ食える」

 「どれ私も、ウムこれはよいですな」

 

 幾つかの料理を堪能したみんなの元にこの日全ての料理を作り終えた大輔が最後の皿を食卓へ運んできた。これまで食べていたこの球体の野菜を器にして捨てられてるという中身を一度取りだし果物や白玉、今回は炭酸水を使わずこの野菜の果汁を活かし自身を含めた大人向けにウィスキー入りも用意する。

 「お待たせしました、デザートのフルーツポンチです」

 「これがマスターの言ってた中身を使った料理っつーかデザートか」

 「これも真っ赤だな、しかしカプシン粉の赤さとは違う」各自リーポで自分の分を取り分ける。

 「あっまい!美味しいこれ」

 「これが野菜か?」

 「捨ててた奴ら、これを知ったら悔しがるだろうな」

 「この白いのはオリゼを練っていますな、甘いモノにも合うとは驚きました」

 「ギルドで上手く宣伝すりゃ売れ行きが伸びるな、マスターんトコにも卸させてもらうぜ」

 「はい、よろしくお願いします」メーロというこちらの野菜を久し振りに調理した大輔には充実した日であった、なおこの野菜は現代日本ではスイカと呼ばれている。

 

 

 




また二次モノに戻ります、ご勘弁を。
m(._.)m


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第87話非嫡出子と酢豚

越後屋の酢豚には豚肉(猪肉)玉ねぎ(ケパ)筍(グリューの木の新芽)の他に赤と黄色のパプリカ、ピーマン(何れも異世界語不明)が入ってます


 ボタモス元公爵には妻との間に設けた息子達とは別に他の女性との間に出来た子供がいる。いわゆる私生児だ、(この世界に非嫡出子という言葉はない)14年前にボタモスがお付きのメイドに手を出して産まれた娘で名をリモーネという。

 

 リモーネの母は妊娠が分かるとすぐに公爵家から追い出された、援助もなく母娘2人で慎ましく暮らしていたがボタモスが逮捕されてしばらく経ったある日、母が仕事にでてリモーネが1人で家事をこなしていると長男が母子の家を訪ねてきた。そして2人を家族として受け入れたいと申し出た、貴族から平民となった息子達に没収された爵位を返還してもらえるよう国王にとりなしてやる代わりに娘を自分に嫁がせろとさる大公からいわれたそうだ。ボタモスには恨みこそあれ恩や義理は全くない、勿論リモーネは断った。そう告げると腹違いの兄は高らかに笑いながら

 「アッハッハッ、そうだろうな。イヤすまない、あまりに予想した通りの返事だったから大笑いしてしまったよ。俺達は兄弟揃って商売で成功しているから貴族に戻れなくても一向に構わん」兄もこの話を最初から断るつもりだったそうだ、話を切り出したのもあくまで先方に筋を通したにすぎないという。

 「俺達の母は既に亡くなっているし君のお母さんも一緒に我が家で暮らさないか?これには妻と子供達も賛成している、ウチが嫌なら弟のところでもいい」ボタモス本人は大嫌いだが息子達まで恨むほどリモーネは陰湿な性格じゃない、この申し出も嬉しくはあった。しかし

 「お気持ちはありがたいのですが私も母も今更新しい生活に馴染めるとは思えません。これからも母と2人でいつも通りの生活を続けていきます」その瞳から強い意志を感じ取った兄は軽くため息を吐くと

 「分かった、君の気持ちを尊重しよう。けどせめてお母さんと一度食事に付き合ってくれないか?」

 

 しばらくして2人の兄に連れられ母と越後屋にきたリモーネ、彼らは店に入るなり店主に頭を下げて侘びていた。何でも以前ボタモスが大変な迷惑をかけたそうだ、店主は過ぎた事だからと頭を上げてほしいと恐縮していた。

 「さて、料理を頼もうか」許しを得た兄弟はメニューを見る、リモーネと母はこの世界の殆どの一般市民同様文字が読めないので2人に任せる事にしたが

 「君、ちょっといいかい?」次男が指を鳴らして年若いウェートレスを呼ぶ。

 「我々は生憎初来店でね、何かお薦めの料理を頼みたい」これを受けたラティファは厨房の大輔にその旨を伝える。

 「お薦めか、じゃ久し振りにアレを作ろう」ちょうどパプリカがあって黒酢も手に入れていたので料理を完成させてからラティファに届けるように指示する。

 

 「お待たせしました、スブタです。付け合わせはマントーパンをお持ちしました」出てきたのは猪肉をメインにしながらも何ともカラフルな野菜を合わせた料理である。

 「色合いが実に綺麗だ、肉と甘酸っぱい味付けのバランスがいい」

 「これ何の野菜だろ?切り口や食感はカプシンに似ているが、辛くはないな」

 「この付け合わせの真っ白な丸いパンもいいな」それ単体では味気ないパンだがどちらかといえば濃い味付けの肉料理に合わせると最高の組み合わせになり不思議とパンの風味と甘さを感じる。

 「これは!ドラゴンスターキーか、南にある常夏の土地でしか採れないと聞くが」

 「逆に寒冷地の方が実りのある小麦で作るパンか。なあ兄貴、リモーネ」次兄に話しかけられ夢中で頬張っていたパンを詰まらせるリモーネは水の入ったグラスを手にし慌てて胃の奥に流す。

 「育った環境が違ってもこんな風に組み合わせがいいモノもある、俺達もそんな兄妹になれないか」

 「そうだな、一つ屋根の下で暮らせなくても家族付き合いはしてくれると嬉しい」リモーネ母娘はこの提案を喜んで受け入れた。

 

 大輔が持っている世界地図を眺めながら首を捻る女性従業員一同、ナゼここまで精密で細かい地形まで判明しているのか彼女達には理解できない。

 「そんなの、空で、見る、すぐ分かる」元は人工生命体のパックスは生まれつき地球の知識をある程度持っている為宇宙とかの概念も知っているがこの世界の人々からすれば夢物語よりも奇なりである。

 「地面から数万メートル高いトコから観測したんじゃないかな」涼しい顔で答える大輔。

 「それ、どんな魔法なの?」

 「お姉ちゃん、マスター達の世界に魔法はないんだって」

 「数万メートルって、カカンザの奥地にあるフィンガ山より高いんですか?」

 「想像もつかない…」今度日本に帰ったら宇宙関係のDVDとかレンタルして見せてみようか、どんな顔するだろうな?大輔は珍しくいたずらっ子な笑みを浮かべてしまっていた。




・ドラゴンスターキー→パイナップル
・マントーパン→饅頭(まんとう)という中国の蒸しパンの事。具なしの中華まんだと考えていいと思います
~追記~
パイナップル入りの酢豚って好みが分かれますよね、私は肯定派なので異世界でもアリとしましたけど否定派の方々のご意見はどうでしょう?


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第88話天使と苺シャーベット

今回の話はもっと早く、せめて8月中に投稿したかったです。
※第21話「薬師師弟と行く年来る年」で『牛』の異世界語をだしましたがカットして一部修正しました。


 大輔との仲が全然進展しないロティスは彼が日本(異世界)に出かけている隙にブツダンとかいう家庭用の礼拝堂に祈りを捧げていた、要は神頼みである。

 同じく大輔に思いをよせる獄卒の白夜は仕事場近くの冒険者ギルドに赴き、おそらくは世界最強の冒険者で大輔の親友でもあるルカの動向を探っていた。彼への恋が実るよう、天にも通じるあの男に神様へ口添えしてもらおうと。これぞホントの神頼みという訳だ、だがようやくコンタクトをとれたルカからは断られた。それどころか神様に自分勝手な願い事などとんでもない、と叱責されてしまった。

 

 「ルカちゃんのいうのは尤もね」

 「可哀(ちょう)でちゅが()方ないでちゅ」天界では地球のオカマ神様とこの世界の幼女神様が下界を見下ろしながらそんな話をしていた、そこに先代の頃からこの世界の神様に仕えている天使が現れた。現在はこの幼女神様に従事する彼女、神話でも美女揃いの天界で一、ニを競う美しさと控えめで飾らない性格と謳われていて下界の人間、特に男達からの人気も高い。実際の美貌と優しさも神話と違わないのだが下界では知られていない点、少し口うるさいのがたまにキズであった。

 「女神様、このところ下界に降臨なさる日がやけに多くございませんか?」ドキッ!慌てる幼女神様。

 「ワタチ1人じゃないでちゅ、この…ア!」オカマ神様は隙を見て逃げていた。

 「最高神様に咎められたらどうなさるおつもりですか?」タラ~リ、冷や汗が止まらない。

 「お、お願いちまちゅ!あのお方には黙ってて下ちゃい」

 「そうですねぇ」天使はちょっと意地悪な微笑みを浮かべると

 「私も例のお店に連れてって下さいな、それで手を打ちましょう」

 

 かくして2名は下界に降り立ち越後屋の客となった、時間は15時を回った位である。

 「予想より混みあってないようですが?」

 「今はご飯の時間じゃないでちゅから。後(ちゃん)時間もちゅれば人でごった返ちまちゅよ」今回は天使のリクエストで彼女の好物を使ったモノを注文する。

 

 「お待たせしました、トレベシャーベットとコーチャです。ごゆっくりどうぞ」大胆にも丸ごと凍らせてから細かく砕いたトレベの上に果肉を混ぜてほんのり花の色に染まった白い氷の固まりが乗っている。

 「まずは上の方からいきまちゅ」こちらではあまり見ない金属製のスプーンを手に食べ始める2名。

 (これはアイスクリームですよね、真っ白じゃありませんが)たまに下界に降りた女神様がお土産に買ってきてくれる為、天使も白いアイスクリームなら食べた事はあるが色付きのは初めてである。女神様も同様らしく

 「色が可愛いでちゅ、それに甘(じゅ)っぱくて(ちゃわ)やかな口当たりが堪えられまちぇん!」その下に敷かれている凍ったトレベを口に放ると

 「あ、甘い!何ですかこれは?」ただ凍らせただけではありえない甘さが口だけでなく全身に染み渡っていくような衝撃が走る。だいいち残暑も厳しいこの下界でどうやって果物を凍らせているのか、天使には見当もつかない。

 「あの(ひと)世界(ちぇかい)の技術でちゅね、次元をいじくって繋げたみたいでちゅ」そんな事をして最高神様の怒りを買わないのかと若干不安になる天使だったがあまりの美味しさにいつの間にか気にならなくなっていた、幸せな気分の2名だが流石に体が冷えてきたのでコーチャという湯気の立つ飲み物に口をつける。

 「お茶の類いでしょうか?何だかホッとしますね」この世界でお茶というのは茶葉ではなく野草を煮立てたモノでよほど薄くしないと苦くて臭くて非常に飲みづらいのだ(同じようなモノが地球ではハーブとして使われるのだが)しかしこれは多少の渋味はあるものの嫌な味も匂いもなくスッキリした香りで砂糖もなしに僅かに甘さも感じられた。

 

 支払いを済ませて客と店員の自分達に関する記憶を操作した女神様は天使と共に天界へ帰っていった、その途中で女神様はボヤく。

 「ちょれにちてもワタチを置いてチュッとぼけようとはあの(ひと)も酷いでちゅ、ちばらく口聞いてあげまちぇん!」先日の出来事を思いだし膨れっ面の女神様に苦笑を漏らす天使。

 「神様同士、仲良くなさいまし。そんな顔なさってるとおブスになりますわよ」

 「え~、おブチュは嫌でちゅ~!」天使は分かりやすいお方、と妹のように愛おしく思う上官へ気付かれないように優しい瞳を向けた。

 

 余談だがブツダンが実は神様より祖先の霊を祀るモノと知りロティスはしばらく落ち込んだらしい。

 

 




※神々のフルコース
・前 菜→和洋中の盛り合わせ3品
・スープ→豚汁
・魚料理→鰹のたたき
・肉料理→牛タンねぎ塩焼き
・ソルベ→苺シャーベット
・メイン→未定
・サラダ→健康ネバネバサラダ
・デザート→大学芋
・ドリンク →未定


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第89話オークと伊勢エビのパスタ

正確には『伊勢エビのトマトクリームパスタ』です、サブタイトルが長くなるので略しました
以前感想返信でオークは人類の一種であると書いたのと伊勢エビの話について聞かれた事があったのでその辺りを掘り下げてみました


 「ンじゃ、これ頼まれた品だべ」大輔の依頼で普段は売り物にしない海産物を持ってきた卸売りのディーン、日本と違い相場がないので双方の妥協点で値を決めて取り引きを済ませた。

 「そんなの仕入れてどうするの?」ロティスが眼鏡の奥の目を丸くして尋ねる。

 「アンタ知らないのね、あれスッゴく美味しいのよ。私もこの店で仕事して初めて知ったけど」

 「前、マスター、向こう(日本)で買ってた、日替わり、に、出した」パックスが補足する。

 「一度だしたらやたらハマったお客さんがいてね、今日も予約が入ってるんだ」そう言って手早く捌くと身肉(みしし)はマティスに任せて殻やはらわたをバターで炒める、

 「そんなの食べられるんですか?」唖然とするニドに

 「これ自体は食べないよ、こっから旨味を引き出すのさ」ゾーン大陸はどの国も食文化が低いせいかニドはウマミとかいうのがどんなモノか知らない、しかし自分を拾ってくれたマスターのする事に間違いはないだろうという確信はあった。

 

 ラターナ王国の片隅にはオークの集落がある、地球(こちら)のファンタジー作品などでは悪役とかやられ役にされがちな彼らだがこの世界においては人間や他の亜人同様人類の一種族として共存していて集落にはオークだけでなく他種族の女性も大勢いる、誤解がないよう言っておくが彼女達は別に拐われてきた訳ではない。オークは男しか生まれない種族の為、子孫繁栄には女性と契る必要がある。だから正式に結婚した上で嫁にきてもらっている、因みに人間よりエルフやドワーフ、獣人等の嫁が多い。

 

 ルーファス商会で樵と木材の運搬をする人足として雇われている若いオークのフレディは集落から毎日エドウィンの街に通い仕事をしている、適齢期を迎えた彼はこの街でクリスというラミアと知り合いになり少しずつ親しくなりやがて恋人同士となった、今日は休日だがここに暮らす彼女に結婚を申し込もうと意気揚々とやってきた。

 「クリス、俺と結婚してくれないか?」この日の為に購入した宝石をあしらったネックレスを彼女に差し出しプロポーズする、クリスは承諾した。

 

 フレディは父を、クリスは母を連れ結婚の挨拶と互いの親の顔合わせの目的で越後屋に訪れていた。

 「それはおめでとうございます」店主の大輔始め従業員達も祝いの言葉を送る。

 「ありがとう。2人が結婚すれば孫に男の子も期待できるわ」

 「ワスも孫娘さほしかったけんど諦めてただよ、だどもこの娘さんなら希望はあるでな」若い2人は顔を赤くして俯くも気を取り直しフレディがこの店で食べてからスッカリ気に入って今回もマスターに頼んで予約していたという料理を4人分頼む。

 「イセービのパスタをお願いします」

 「はい、しばらくお待ち下さい」料理が来るまでの間にフレディの父は息子にこんな質問をする。

 「ほんでフレディ、集落にはこの娘さん連れていつ帰って来るんかいの?」

 「いんや、結婚したらおで達はここさで暮らすつもりだけぇ」父につられてついついオーク独自の訛り言葉で話してしまったフレディは婚約者母子の存在を思いだしハッとした。

 (おっ父のアホォ、これじゃ田舎者丸出しでねぇか)恥ずかしさで縮み込むフレディだったが

 「そんな事気になさる必要ないわ。交易で身を立ててる私はとうに慣れてるし」母のベポラは落ち着いている。

 「私達これから家族になるんだから遠慮しないで、それにお故郷(くに)訛りって素敵よ。私はそう思う」どうにか顔合わせも無事成功したところで料理がテーブルに届く。

 パスタに絡まっているのは茹でたとみえる大振りなペナの切り身、その上にルシコンを煮込んで作ったソースがタップリかけられている。

 「このソースは、ルシコンにラクを混ぜてあるみたいね」

 「ソースにもペナの味が染みだしているわ、むしろ身以上に濃厚」これが料理人だったら地団駄踏んで悔しがるだろうと邪推しつつ彼らは食事を楽しんだ、まさかホントに料理人がその場にいたとも知らないで。

 

 「ではそちら様もご亭主さ既に天へ召されただか?」越後屋を引き払って互いの子供達と別れて2人で酒場に繰り出したフレディの父は息子の婚約者の母親が今は独り身と聞いた、そしてベポラも

 「奥様を亡くされてますのね、片親で子供を育てるのは大変だったでしょう?同じ経験をしている私には解りますわ」何だか怪しい雰囲気のこの2人、後にフレディとクリスは夫婦にして義兄妹という戸籍上ややこしい関係になる。

 

 今日も今日とて越後屋の味を盗もうと企んでいたジョルジオは何とかしてこのパスタの秘密を掴むいい案はないかと考えていた、とはいえ無理に厨房へ押し入り衛兵など呼ばれでもしたら宮廷料理長の立場まで失う。どうしたものか悩んでいると

 「すいません、今日は閉店します」ウェートレスに声をかけられやむなく店を出ていった。

 「あの男はこの街の領主にも気に入られているようだし…そうだ!スパイを潜入させよう、そうと決まれば早速人選せねば」我ながらいい手を思い付いたと不敵な笑みを浮かべるジョルジオであった。

 

 




オークには男の子、ラミアには女の子しか産まれませんがこの組み合わせのみ男女両方が産まれる可能性があります

ジョルジオはどんなスパイを送り込むつもりでしょうね?


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第90話最高神とスタッフドチキン

神々のフルコース編最終回です、通常の連載はまだ続きます。


 この日の天界はいつにない緊張感に包まれていた、彼らが神様として君臨するそれぞれの世界の全てを創った最高神様が他の神々がおわす天界にお越しなさったのだ。彼らは大慌てで整列して最高神様をお出迎えする、下手に機嫌を損なえばその強い法力でこの物語の舞台である世界を担当していた先代の女神のように消滅させられかねない。

 「お主達、元気でやっておるか?」見た目は人の良さそうな好々爺だがその実禍々しいまでのオーラを放っている、そしてゆっくりではあるがしっかりした足取りでエルフ女神の前に立つと隣に居合わせた虎神に目を向ける。冷や汗が止まらない2柱にとりとめのない話をして傍を離れた、今度はチラ見されたインテリメガネ神と侍神が震え出すが最高神様の態度は変わらない。最後に幼女神とオカマ神に向き合い

 「お主達、互いの世界の次元を繋げたようじゃな」恐怖でビクッとなるが最高神から意外な話を振られる。

 「実はワシも前々からお主達の会合に参加したいと思っていてな、皆例の店に付き合わんかの?」

 

 その日の学校から帰り越後屋での仕事も終わったラティファは下宿している金物屋の部屋でこの世界の文字に訳された『赤毛のアン』を読み耽っていた、以前大輔と知り合いの冒険者が紙芝居を作った時に副産物となったモノを貰っていたのだ。しかし彼女の目が奪われたのはヒロイン、アンの成長や恋愛ではない。

 

 「マスター、これ作れますか?」翌日出勤したラティファから例の訳本を見せられた大輔は聞き返す。

 「うん?ラティファそれ食べたいの?」声には出さずコクッと頷くラティファ、そこにオカマ神が来店した。

 「予約をお願いしたいのだけど、ご主人はいらっしゃるかしら?」呼ばれた大輔が対応に向かう。

 「9名さまですね、承りました。ご来店お待ちいたします」

 「お願いね、それじゃ今日は失礼するわ」今回は予約を入れたので記憶をいじらず天界へ戻るオカマ神、帰ってから大輔以外が首を捻る。

 「どうしたの?」

 「さっきのお客さん、男性よね?」

 「それで?」

 「話し方とか仕草が女性っぽかったんですけど…」どうもこの世界で所謂LGBTというのはよく知られていないらしい、対して育ての親がその1人だった大輔には身近な存在である。その辺りに認識の違いがあるようだ、ここは話題をすげ替えてしまおうと適当に言葉を濁す。

 「世の中には色んな人がいるモンだよ。それよりラティファ、今話していた料理をせっかくだから一緒に作らないか?」

 「はい、やってみたいです、教えて下さい!」

 「えっと、私もいい?」

 「私もキッチンの仕事を覚えたいです」

 「おいらも」パックスだけでなくロティスとニドも珍しく参加を表明してきた。

 「コース料理の予約だし、マティスと2人じゃキツいかもな。みんなで作るか」こうして当日は大輔指導の元、越後屋総出で料理製作に取りかかる事になった。

 

 そして予約の入った日、最高神様を含めた神様オールスターズが来店してきた。座敷に席を取った一行に給仕していく従業員達、前菜から肉料理まではこれまで各々が注文したのと同じモノである。今回は鰹のタタキににんにくチップはつかなかったがインテリメガネも含め不満はない、そして店主の大輔がこの日のメインディッシュを運んできた。

 「お待たせしました、スタッフドチキンと付け合わせのパンです。取り分けはいかがなさいますか?」

 「ウム、そのままでよい。後はワシらでやるからの」最高神様は大輔を下がらせた。焼いた丸鶏の中には数種のハーブを効かせたタップリの挽き肉と細かく刻まれた野菜が彩りもよく詰まっている、それを手ずから切り分けると部下達の皿に盛り付ける。

 「最高神様?」

 「そんな事は我々がやります」

 「構わん、全員で下界に来るなぞ滅多にないんじゃ。今日くらい無礼講でよかろう、さあ早く食わんとせっかくの焼きたてが冷めてしまうぞ」この後のサラダとデザートも楽しんだ神々一行、さっきまで食べられるモノがなかった四腕女神もようやく手を付ける事ができた。使い終えた皿を片付けにきたロティスにこんな注文をする最高神様。

 「最後に酒を貰えぬか?確か爆弾酒(ボンバー)とかいうのがあったはずじゃ、8人分頼むぞい」ここでウェートレスを始めて結構経つロティスも聞いた事がないが店主に確認しますと伝えて座敷を後にする。

 

 程なくして再び大輔が座敷を訪れた。

 「ご注文の爆弾酒をお持ちしました、酒精(アルコール)が強いのでお気をつけてお飲み下さい」爆弾酒とはビールをジョッキに注ぎその中にウィスキーをグラスごと沈めたカクテルである、地球ではソコソコ知られているが大輔もこちらの酒場ではお目にかかった事はない。ナゼ注文されたか疑問に思う大輔だったがそこは割り切る事にした。

 「それでは締めの乾杯といこうか」9柱全員がジョッキを掲げる、因みに幼女神だけはアイスココアを小さなジョッキで頼んでいた。

 「ほな、わっちが音頭を取りもうすえ。乾杯!」花魁風女神に合わせ互いのグラスを打ち鳴らす、その後もかなり強い爆弾酒のお代わりを繰り返した8柱は会合という名のこの宴会がお開きになる頃にはぐでんぐでんに酔っぱらい天界に帰るのも難しくなっていた。ただ一柱酒を呑まなかった幼女神も小さいだけに眠気に勝てない、やっと店からでると天使が迎えに来ていた。

 「皆様、お迎えに参りました。さあ雲にお乗り下さいませ」9柱を乗せた雲は天界に昇っていった。

 

 「そうだ、今日のメインで出したヤツはラティファが食べたがってたよね」そういって大輔は念のために用意したもう一羽のスタッフドチキンをテーブルに出す。

 「本を読んで食べ物に目がいくなんて」

 「ラティファもまだまだ子供ね」マティス、ロティス姉妹が苦笑いしていると

 「あ、2人はいらないんだ。じゃ僕とラティファ、パックス、ニドで全部食べちゃおうか」

 「「マスター!それはないわよ‼」」

 「冗談だよ、4人じゃ食べきれないし」今日も忙しかった越後屋、従業員達の遅い夕食がようやく始まった。

 

 

 

 

 

 




※神々のフルコース
・前 菜→和洋中の盛り合わせ3品
・スープ→豚汁
・魚料理→鰹のタタキ
・肉料理→牛タンねぎ塩焼き
・ソルベ→苺シャーベット
・メイン→スタッフドチキン
・サラダ→健康ネバネバサラダ
・デザート→大学芋
・ドリンク →爆弾酒


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第91話再び冒険者とスイートポテト

今、私にはウスターソースに続いてさつまいもの呪いが…(笑)。


 ラターナの隣国、ゴーライ公国に住む弓使いのアイシャと剣士のマリーと治癒魔術師のエレーナの3人はいずれもティーン女子ばかりの新人冒険者パーティーであるが冒険者ギルドもない田舎のアナカ村を拠点としているせいか、碌な仕事が回ってこない。

 そんな時、村長が仕事の依頼をしたいと3人が同居するアパートの一室を訪ねてきた。

 「ここから馬車で3、4日先のラターナ王国はエドウィンの街にある商業ギルドへ大量のバルタを輸送するので護衛をしてほしいんだが。引き受けんか?」

 「「「やります!」」」新人故に彼女達は何より経験がほしかった、それに報酬の割りに簡単な依頼なのも魅力的である。しかしギルドに無許可で仕事はできないのでまず一番近場のサガンの街の冒険者ギルドで手続きを済ませる、後はずっと街から街へ横断するだけである。

 

 旅は順調であった、街中なら魔物や盗賊などもそうそう現れないから護衛する側もされる側も気楽なモノだ。護衛対象である農夫達ともにこやかに談笑する、そして明日にはラターナに入れるという日の夜、適当な場所に馬車を停めて休む事になった。アイシャ達は交代で仮眠をとる、護衛の任を受けている以上誰かが起きていて見張りをしなければならない。

 

 月も真上に昇りこの時間帯の見張りを担当していたマリーがうつらうつらしかけているとボロボロの服をまとった薄汚い男達が十数人で近づいてきてあっという間に馬車を囲んでしまった、奴らは斧や棍棒を手に若い女だけの冒険者パーティーと農夫達を脅した。

 「馬車と積み荷を置いていけ」

 「さっさと降りろ!」心なしか焦っているようにも見えるがこの旅の一行にそこまで考える余裕はなかった、ふと強奪者の一人の肩に誰かの手が乗せられた。

 「アンタ達、こんな時間に脱獄なんて、いい根性しているじゃない?」そう女の声が聞こえた途端、強奪者の顔が一斉に青褪める。

 「ゲッ!看守長!」

 「何でバレたんだ?!」

 「とにかくこいつから殺っちまえ!」

 「いいわ。相手くらいしてあげるから、かかってらっしゃい!」

 =数分後=

 「ひぃー!」

 「た、頼む。命だけは…」

 「さあ、どうしようかしら?」強奪者達は抵抗も空しくたった一人の、今も指をポキポキ鳴らしている女にボコボコにされていた。何せその体に斧を当てれば刃こぼれするし棍棒が砕け散る、しまいには殆どの相手が殴られただけで気を失い、残った何人かも腰を抜かして動けなくなっている。そこにきっちりした詰襟姿の男性が数名駆け寄ってきた。

 「看守長、脱獄した連中はどうしましたか?」身長2メートルを越える(オウガ)が代表して女に話しかける、口調から彼女の部下らしい。

 「もう制圧したわ、とっとと刑場に連れ戻しといて。私はもう帰るわよ」

 「「「「お疲れ様でした!!」」」」助けられた農夫達は唖然としていたが冒険者3人はお礼を言おうと彼女を追いかけた。

 「「「お姉様ぁーっ‼」」」しかし女の姿は既に消えていた。

 

 3日後、エドウィンに着いた一行は届け先の商業ギルドに荷物を引き渡し、3人の少女達は冒険者ギルドで依頼遂行の印をもらい後はアナカ村に帰るだけとなった。

 

 「アラ、貴女達?」3日前に危ないところを助けてくれた女性に声をかけられた、あの時は暗がりで気付かなかったが同姓から見ても相当な美女である。

 「「「あ、お姉様!」」」笑顔で答える若い冒険者達。

 「私はビャクヤ・アカネ、あそこの近くにある犯罪者奴隷の刑場で看守長をしてるわ」

 「私達、ゴーライ公国の冒険者です、私がアイシャ」

 「マリーです」

 「エレーナです」互いに自己紹介をしてから白夜はあの夜の詳細を話して聞かせた。あの日は早番で一度帰宅したのだが夜になって奴隷達が脱獄したのに気づいて連中を制圧する為、急遽駆けつけてそこに彼女らが居合わせたのだと。

 「ホントにありがとうございました」頭を下げる3人。

 「無事だったならいいのよ、あれも仕事だしね。それよりお菓子でも食べに行かない?奢るわよ」

 

 白夜が3人を連れてきたのは越後屋であった。

 「いらっしゃいませ。あれ?くーちゃん」

 「エヘヘェ、大ちゃ~ん❤」さっきまで凛としていた白夜の様子が一転して恋する乙女に変わる。一瞬怪訝な顔になる3人だがそこは女子、すぐに恋愛トークで盛り上がる。

 

 「お待たせしました、スイートポテトとコーヒーです」この辺では見ない褐色の肌をしたウェートレスが白夜が注文した焼き菓子と黒いお茶を4つテーブルへ並べて奥に下がる。

 「ウフフ、やっぱり秋になったらこれを食べないとね」白夜は満面の笑みで、3人は恐る恐るこの焼き菓子にかぶりつく。

 「甘っ!これスッゴく美味しい」今まで味わった事がない上品な甘さが口いっぱいに広がっていく。

 「焼き菓子なのにパサつかなくてしっとり滑らかぁ」おそらく元は何かの果実であろう柔らかく仕上げられたモノの舌触りに顔が蕩けそうになる。

 「これ、何でできてるのかな?」

 「バルタよ」平然と答える白夜に驚いた3人だったが店主に確認すると間違いないらしい、更に後押ししたのは薬師のガーリンと弟子のリベリだ。

 「酒の原料だけじゃなくて菓子にしても美味しいね、家畜の餌にゃ勿体ないよ」

 「これ、持ち帰りにできますか?ブラウニーのみんなのお土産にしたいです」

 (((人間が食べてもいいんだ…)))しかしこのスイートポテトなる菓子は絶品であり色んな意味で今更食べにくいとは言えない3人だった。

 

 その後、この若い冒険者達はギルドを訪れてはラターナを経由するか目的地とする仕事を積極的に引き受けているそうだ。

 




唐変木な大輔ですが流石にロティスと白夜を対面させるのはマズイと思ったようです、とはいえ彼自身は何も悪くないんですけどね。
今回は締め方がイマイチでしたね、その内書き直すかもです


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第92話泥棒とアップルパイ

話を考えるペースが我ながら遅い(T・T)
紫苑01様へ、以前感想に怪盗話をいただいたのを参考にしてみました。結果はコソ泥になりましたがm(._.)m


 この世界における奴隷制度の歴史は1000年程前に遡る、文献等によると最初は負債を負った者がその埋め合わせとして自らを債権者側に売り込んだのが始まりでやがて犯罪者に対する刑罰となり、更に時代が移るにつれ近代のような形式に変化していったと記されている。この辺りはかつての地球の奴隷制度とあまり変わらない、そして現在はこのエクレア大陸の各国の王や元首が奴隷制度そのものを廃止して新たに『隷属禁止法』を施行して違反した者には厳罰が下される。

 

 そんな中、未だ秘密裏に奴隷を囲っていた宮廷料理長のジョルジオは越後屋に潜り込ませるスパイとしてこの奴隷に目をつけた。

 「ファス、お前エチゴヤに忍び込んでレシピを盗んでこい。失敗したら…分かっているな」

 ジョルジオの元で長い間奴となっている狐獣人のファスは制度廃止前に幼い双子のメイベルとライトの姉弟を出産した、相手は同じ狐獣人の奴隷だったが子供の誕生を待たずに病死した。それからはジョルジオから僅かな施し、親子三人で一欠片のパンと手のひら程度のクズ野菜でどうにか命を繋いでいる。

 「はい、ご主人様」ジョルジオの企みが悪事であるのは充分承知している、しかしもし断れば僅かな施しも貰えないどころかまだ歩くのもままならない子供達を売り飛ばされるかもしれないし殺される可能性もある、本心では卑怯者と罵ってやりたいが彼女にはこの男に逆らう術も逃げ延びる自信もなかった。

 

 いつもの営業が終わり越後屋には大輔とパックスの2人だけになった。明日の仕込みを済ませて休む、新月の晩で星の光しか見えないこの夜に店の回りをうろつく一つの影があった。

 「何よここ、裏口がないじゃない!」仕方なく表口から入ろうとするが

 「何これ?」表口にもドアはなくデコボコの連なった板で覆われていて鍵穴もない、これでは鍵穴をこじ開ける為に用意した針金も役に立たない。しばらくその場にへたりこむファス、ふと見上げると店に明かりが灯った。

 

 「なるほどねぇ」外からガサゴソと聞こえる物音に目を覚ました大輔はシャッターと入り口の戸を開けるとそこに絶望して座り込む女性を発見、とりあえず店内に入れて事情を聞くと軽く息を一つ吐いた。

 

 ファスはレシピを盗みにきたものの自力で中にも入れず挙げ句の果てには店の主人に見つかり尋問を受けている。こうなれば全て正直に話して衛兵に引き渡してもらおう、自分だけでなくジョルジオも逮捕されるだろうがまだその方が子供達だけでも助かる可能性はある。

 「これ、持って帰って下さい」大輔は紙の束を手渡す、字が読めないファスにもこれが料理のレシピなのは分かる。

 「いいんですか?」

 「ええ、別に門外不出って訳でもありませんし」泥棒は関心しないが悪いのは宮廷料理長だしこれで一家が助かるなら安いモノだ。

 「ありがとうございます、ありがとうございます」涙ながらに何度も礼を述べ頭を下げて感謝するファスに大輔は

 「早く帰らないと衛兵さんが見回りに来ます、今夜あった事は僕の胸の内に納めておきますから」一刻も早く戻るように促す大輔。

 「このご恩は決して忘れません」そういい残し家路を急ぐファスだった。

 

 しばらくして先代国王アルバートと王女様付きメイドのケイティが定休日の越後屋にやってきた。事前に連絡済みなので入り口は開放されていた、今日も身分を隠した上での訪問である。

 「しばらくじゃったな、マスター」

 「ご無沙汰しております」

 「ご隠居さんお久し振りです。そちらは以前のお連れ様ですよね、本日はどんなご用件ですか?」

 「実は宮廷料理長が隷属禁止法違反で逮捕されて後任をこのケイティが勤める事になったんじゃ」捕まったのがその夫とは流石に言えない。

 「そこで是非お料理の指導を頂けますでしょうか?」大輔はこの頼みに若干の疑問があったが

 (僕に宮廷料理の知識はないんだけど。物珍しいのは確かだし…まあいいか)引き受ける事にした。その後ろにはファスと2人の子供達が控えている、彼女は今後ケイティの助手として働くそうだ。

 厨房でケイティとファスに自らのレシピを伝授しつつメイベルとライトへ試作のスイーツをオヤツにだしてあげる事にした大輔、作りおきしてあるモノなので手間は殆どかからない。

 「はい、スターキーパイだよ。お母さんの用が済むまで食べながら待っててね」先代の越後屋主人の今は亡き熊実(ゆうみ)が得意としていたスイーツの一つだ、生まれて初めての甘味を口にした子供達はすぐに夢中になる。ファスは世話になりっぱなしの大輔に恐縮しまくりだがこのくらいのサービスは彼を始め日本の個人経営の店にとっては別に珍しくない、その日のレクチャーを終えると大輔は大人3名にも同じモノを振る舞う。

 (このお菓子は姫様方もきっとお気に召すわね、次の機会には作り方を教えてもらいましょう)

 「マスターの作る菓子はあまり甘さがしつこくなくて食べやすいの、ワシゃ普段甘いモンは好まんがここのは別格じゃ」

 

 「アラ、甘い良い香りがするわね」

 「おかちー」

 「チル、勝手に入るな」

 「菓子だと?マスター、俺にも食わせてくれ。金は払うぞ」王立衛兵小隊長リタ、炭焼き義親子リッキーとチル、街の冒険者ギルド長ゴドノフが店内に顔を出す、1ホールあったアップルパイがあっという間にみんなの腹に消えていった。

 

 戸締まりを済ませた大輔はビールを呑みながら首を捻る。

 「ケイティさんって確かご隠居さんのお宅の使用人だったよね、何でまた宮廷料理長に抜擢されたんだろ?別に僕が気にしてもしょうがないけど」ジョルジオが元宮廷料理長だともご隠居さんことアルバートがこの国の先代国王とは知らない彼だが

 「深く考えるのはよそう。だいいち僕がこの世界にいるの自体、謎なんだし」そうひとりごちてグラスを呷るとこの晩も静かに床についた。

 

 

 

 

 

 

 




そういえば前回もスイーツ話だった(゚。゚)次はメシ話書きます


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第93話帰ってきたマイルーンとおでん

体調崩して入院していた為、書き進める事ができず遅くなりました。
一足早く冬のお話、初期にも言いましたが本作品内の時系列及び季節はランダムです


 すっかり冬の色に染まったエドウィンに今年もマイルーン達がやってきた。渡り鳥のような旅暮らしをしている彼らは春までこの街の外れにある湖を拠点にしながら滞在先のあちこちでそうしているようにここでも冬季にだけ山に現れる魔物を退治する事で生計を立てている、他の冒険者や衛兵隊に冬山は辛いしなんといっても遭難する可能性が高い。その点寒さに強くて空中移動できる彼らならその心配は無用なのである。

 

 今日もバグベアという巨大な魔物の討伐依頼をこなし冒険者ギルドから報奨金を得る事ができた。毛皮や骨は引き取ってもらい肉だけはこちらにもらった、夕食にその肉を焼いて食べる。どの土地にいてもこれがマイルーンの日常生活である、味に関しては賛否両論なのだが。旅の途中に張り積めていた緊張の糸が切れたのか群れのみんながガヤガヤと騒ぎ始める中、長のミルコは報奨金を数えながら何やら一つ頷くと少し出掛けると告げて群れを後にした。

 

 数日後、ミルコは例の金を持って群れの数名と共に越後屋に来店した。彼らは全員いつも野営に使っている大鍋を抱えている、まだ陽が昇り始めた朝で開店には早い時間にやってきたのだがそれには理由がある。

 「すみません、まだ開店の時間じゃないのですが」ミルコにとっては初対面の褐色肌の女性に制される、白い襟シャツに黒のパンツという服装であるから自分達がこの地を離れている間に新しく雇われた店員だと思われた。

 「ニド、いいのよ。ミルコさんお久し振りですね」顔見知りのマティスが店から出てきてニドという新人をフォローしつつミルコ達を店内に招き入れる。

 「お早うございます、ミルコさん。いらっしゃいませ!」大輔も作業しながら笑顔で迎える。

 「この前予約しておいた料理はできてるかしら?」

 「ええ出来てますよ、後は移し替えるだけです」従業員一同で大輔が作った料理をミルコ達が持ってきた鍋を預かり厨房にて移し替えて代金を受けとる。

 「これを今の棲家に運んで火にかければいいのね」

 「はい、煮詰め過ぎにはご注意下さい」来る時より随分重くなった鍋を抱えて寝泊まりしている野営地に戻るマイルーン達。

 

 辿り着いた頃には昼時を少し過ぎていて留守番していた仲間達は空腹に腹を押さえ表情を曇らせている。

 「今帰ったわよ、後はこれを暖めればいいだけ。早速食べましょう」家族や友人等で幾つかのグループに分かれ焚き火の支度をして各代表が大鍋から家族サイズの鍋に移し替えてそれぞれの竈の火にかけ中身が暖まるのを待つ。

 「「「「天におわす女神様、我らに生きる糧を与えて下さって感謝します」」」」マイルーン達もやはり女神様を信仰しているので指を組み祈りを捧げて食事となる。

 「この丸いのは何かの肉だね、ほんのり甘くて混ぜてある野菜のしゃきしゃきしたのが美味しい」

 「これはラパー?スープが染みていて柔らかい」

 「腸詰めに卵、チューバがとろけるくらいホクホクになっている」

 「アレ、財布が入ってる。これ食べられるのかな?」首を捻る子供のマイルーンに

 「勿論食べられるわよ、それはヒスピとオリゼで作られたキンチャクっていうモノらしいわ」ミルコが教えるとその子供は勢いよくかぶりつく。

 「ホフホフ!熱っつい!」慌てる子供を母親は嗜めるが群れのみんなはその姿に顔を緩ませる、全員が満足した様子にミルコもまたお腹と心が満たされたのだった。

 

 「今日の賄いはスープの残りをうどんにかけるか、タネも材料が余ってるし」大輔は一度冷蔵庫にしまった魚のすり身を取りだし油と熱湯に投入してさつま揚げとはんぺんを作り今朝のおでんの余りモノに足しながら

 「まるでコンビニグルメだな」とひとりごちて苦笑するとうどん入りおでんを盛り付けた丼を厨房内にある従業員用のテーブルに乗せた。

 

 

 

 




ファミ○やロー○ンでみかけるおでんに合わせる蕎麦、うどん、中華麺、皆さんはどれがお好みですか?


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第94話ドレク兄弟とメンチカツ

レナード・ドレクが久し振りに登場、私事ながらストーリーとは関係なく書いてて切ない


 ある定休日、パックスを連れて日本のスーパー『邑楽食品店』にやって来た大輔、今は異世界(向こう)で殆どの食材が揃うので訪れる回数も減ってはきているが中にはどうしても手に入らないモノもあるのでそれらを仕入れにきたのだ。

 友人曰く、異世界と一口に言っても地球と同じくらい広いらしい。大輔の暮らす場所では気候や文化等の理由で飼育や栽培、中には存在すらしない食材もあるので問屋直営で大抵のモノは揃うこの大型スーパーはありがたい。

 (えーっと。鮭に鰹節とアスパラ、セロリに牛肉。デザート用のキウイにヴァニラビーンズ、製菓用のチョコレートも仕入れておかないとな)食材リストを脳内で反芻しながらパックスの押す買い物カートが溢れるほど大量に乗せていく、家庭ならともかく飲食店で扱うのでこれくらいは必要になる。

 

 日本国内の『越後屋2号店』に戻り運営を任せている義理の従姉の伊達冴子ら従業員としばし雑談した後、本店に帰って明日の日替わりを考えながら荷物の整理をしている。それが終わると新メニューのアイディアを探そうとタブレットを手にネットの料理サイトを開く、その中から常連の好みに合いそうなメニューをピックアップして研究対象にストックしておく。

 

 これまで何回かエドウィンを訪れていたレナード・ドレク。今回は別大陸への任務に赴いた弟が久し振りに帰ってくるのだがルブルック王国には海に面していないので弟の乗る船は国に最も近いラターナのエドウィン港に碇を下ろした、その出迎えにやってきたのだ。

 「兄上、ただ今戻りました」

 「ご苦労だった、フーガ。今夜はこの街に泊まって明日ルブルックへ向かおう」近いといっても祖国までは馬車で数日を要する距離がある。始めは秘密文書を届けるという仕事があった為徒歩でやってきたレナードだったがプライベートであんな苦労はしたくない、それにフーガとて長い船旅で疲れているハズだろうから今日のところは旨いメシと酒で英気を養おうと考えたレナードはこの街で食事をするならここという店に弟を連れ出した。

 

 今日の越後屋のランチタイムも相変わらずの盛況だった、ドレク兄弟は外にできている行列の最後尾に並んで待たされるハメになった、フーガは面白くなさそうだが

 「俺達より早くきた連中もああして大人しく待っている。ここの料理にはそれだけの価値があるのさ」苦にならない様子のレナードに宥められる。

 

 「やっと2人分の席が空いたな」座席にもたれ一息つくとウェートレスが湯気のたつ布とグラスに注いだ水を一組ずつ兄弟の目の前に並べる、当たり前のように水を飲み手を拭く兄を怪訝な顔で見つめるフーガを尻目にレナードはテーブルに備え付けられた薄い本を開く。それを閉じて元あった場所に戻し店員を呼び寄せると、さっきとは別のウェートレスが応対に現れた。

 「今日の日替わり定食を2人分。こいつにはパンを、俺はオリゼを付け合わせで頼む」

 「はい、しばらくお待ち下さい」と注文を伝えに厨房へ下がる。

 「兄上。その本は?」

 「これはメニューといってな、店で出せる料理が載せてある。ここじゃ自分の食いたいモンを頼めるのさ、今回は店任せにしたが。たまたま俺の好きな料理だしな」普通は外で食事をするならこちらの好みに関係なく出される料理は店の都合で決まっていて客に合わせる店なぞありはしない、兄の言葉にフーガがカルチャーショックを受けていると

 「お待たせしました、メンチカツ定食です。ごゆっくりどうぞ」皿の上には茶色い砂のような衣に覆われた丸い揚げ物と細切りにされたプラッカ、端には輪切りにされた黄色いキルトスをが乗せられていた。

 「さて、フーガよ。これには添えられたキルトスを絞ってこのウスターソースをかけて食うといい、俺はこの少しとろみのあるのが好きなんだがサラサラしたのも中々に旨いぞ」兄がナイフで揚げ物を切り分けオリゼに合わせて食べるのをみて真似をしてみようと自身はパンを一欠け千切って同じように切り分けた揚げ物と一緒に食べる。

 「これは肉をわざわざ細かく刻んだ上でもう一度まとめてある、肉の味が口一杯に広がりますな。衣の食感も素晴らしい」

 「肉だけでは舌が疲れるがプラッカとソース、それにキルトスの汁が和らげてくれるだろ?」

 「如何にも。しかし随分手の込んだ料理を出す店ですな、だからこそ旨いのでしょうが。イヤ、兄上のおっしゃる通り行列に並んだ甲斐がありました」

 

 翌日兄弟はエドウィンを出発しようと宿屋を出るとリッキーとチルの義母子に出くわした。顔を紅潮させて彼女らに街にきた事情を話すレナードをみて

 (兄上がこの街に固執するのはそういう事か)フーガは得心した。その後馬車を乗り継ぎルブルック王国に帰還する2人、途中弟から兄にこんな一言が贈られた。

 「して兄上、父上も母上も今は亡き身。私は相手が子持ちであろうと一向に構いませぬ。求婚はいつになさるおつもりで?」

 「な、何をいうフーガ。彼女には俺が一方的に思いを寄せているに過ぎない、き、求婚など、とは…」言い淀む兄。

 「応援しますぞ。頑張って下され、兄上」

 「そ、そんな事お前に言われる筋合いはにゃい!」怒ろうとして噛んでしまった兄につい頬を緩ませるフーガ、何だかんだと今日も仲のよいドレク兄弟である。

 




後6話で第2目標の100話達成になります


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第95話災害とインスタントラーメン

たまには料理しない回があってもいいかな?


 よくネット小説の異世界物では孤児院を運営する教会が登場するがこの世界も例外ではない。当然このエドウィンでは街の教会の住職であるサイケイが任されている、その資金源はお布施や街からの補助金もあるが大部分はここの子供達が教会の敷地にある畑で採った野菜や養鶏で得た卵を商業ギルドに卸す事で賄っている。

 

 子供達が3人くらいで卵の配達にきた、大輔の希望もあり越後屋にはギルドを通さず教会から直接届けられる、勿論ヴァルガスにも許可を得ている。

 「卵のお届けでーす」年長らしき子供の元気な挨拶に気をよくしたロティスも笑顔で卵を受けとる。後をついてきたサイケイが頭を下げてきた。

 「お早うございます、サイケイさん。いつも助かります」仕込みを終え、手透きになった大輔はサイケイにお辞儀を返す。

 「いえ、(わたくし)こそエチゴヤさんに大量の卵を買って頂くおかげでなんとか孤児院を維持しながら子供達を世話できています」お人好し同士互いに遠慮がちに会話する2人。

 「それでは本日は失礼します」子供達を引き連れ越後屋を後にするサイケイ。

 

 それからしばらく経ったある日、朝のおつとめを済ませたサイケイの元へコルトン公爵が隣街のムッサンの領主、そこの教会で住職を勤めるカンネンと10人以上の子供達を伴って訪れた。

 「ご住職もムッサンで起きた大規模な火災の件は知っているだろう」コルトンが話を切り出す。

 「はい、街の建物が半分は焼けたとか。心中お察しします」サイケイは本心から憐れんだ。

 「街の復興までしばらくかかる、それまでカンネンと子供達をサイケイ殿に預かっていただきたい」今度はムッサンの領主、スポックが頭を下げた。

 「スポック様、畏れ多くございます。私でよければお引き受け致しますから、頭をお上げ下さい」恐縮するサイケイ。幸いにも教会内の畑も鶏舎も人手が足りてない、ここにいる間は彼らにも手伝ってもらえればこちらも助かる。

 話はまとまったがそれまで黙っていたカンネンが一つの疑念を口にする。

 「子供達を預かっていただけるのはありがたいのですがその間の食料はどうなさるのですか?」自分一人なら日雇いの仕事でもすれば食うには困らないが、子供達の食費も稼ぐとなればそうもいかない。

 「ウム。一応貸しという形でこちらで負担する、そこを如何に安くあげるかが問題だな。私が今からエチゴヤへ赴きマスターにアドバイスを請うてみようと思っている」

 「なるほど、あの方なら秘策をお持ちでしょうからな」コルトンとサイケイの前向きな様子に首をかしげるスポックとカンネンだった。

 

 「それなら最適なモノがあります、確か備蓄があるのでお待ち下さい」コルトンから相談を受けた大輔は厨房の奥にある自室に入り茶箪笥から探し物を見つけ、調理しながらコルトンに解説する。

 「インスタントラーメンです、これなら安いモノで百人分1ラムくらいで手に入ります。後はお湯と器があれば大丈夫です」完成品を試食したコルトンは

 「お湯だけでこれ程の食べ物が作れるとは!それだけ安いのなら街の人々の血税も無駄にしないで済む。仕入れは君に任せよう、明日にでも頼めるかね?」時刻は店も閉店した午後10時である。

 「今から買いに行ってきます」

 「異世界は昼間なのか?」

 「時差はありません、あっちは真夜中でも開いてるコンビ…商店がありますから」カルチャーショックを受けているコルトンを帰すとパックスを連れて裏口から日本へ戻りコンビニへ向かう大輔。

 「いらっしゃいませ」コンビニの店員は大量の袋麺を買い占める二人組に怪訝な顔も見せず淡々とレジを打つ。いくら妙な客であろうと異世界と違い日本人はその辺、割り切っている。

 

 翌日、コルトンと教会にやってきた大輔はサイケイにインスタントラーメンの調理法を教える。

 「ありがとうございます、これで当教会は食料不足を免れます」

 「お礼なら公爵様と街の皆さんに仰って下さい」一方双方の子供達は未体験のインスタントラーメンを夢中になって食べている、特に焼き出されたムッサンの子供達は二日ぶりの食事であったせいか、食欲旺盛

だ。

 「あくまで非常食です、こればかり食べていたら健康にはよくありませんから」大輔はコルトンに注意を促す。

 「了解した。商業ギルドや児童教育ギルドにも援助を頼んでみよう」

 「僕もカリーナさんやオラートさんに子供にできる仕事がないかあたってみます」

 「コルトン殿、感謝しますぞ。サイケイ殿、カンネンと我が街の子供達をよろしくお頼み申す」スポックは街の再建の為の陣頭指揮を自らとろうとムッサンに帰っていった。

 後日国王から大量にインスタントラーメンの注文が入り、コルトンがムッサンまで届けに行った。尚、街に配られる前につまみ食いをしようとこっそり忍び込んだアルバートが従者にみつかり息子である現国王に叱られるハメになったのはご愛敬である。




目標まで後5話!


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第96話三度冒険者とクラムチャウダー

目標まであと4話となりました。
このところ2次モノにかかりっきり&アイディア枯渇気味で更新がスローペースです
m(≧≦)m


 毎度お馴染み越後屋の常連であるディーンとフンダーがこの日の仕事を終えて夕食ついでに越後屋で一杯呑った帰りに奇妙な一行と遭遇した。カラスの頭と翼に人間の手足を持ちアズル大陸風の装いの獣人、フンダーによく似たリザードマンとケットシーの男性とそれだけなら珍しくもない。

 「冒険者でねぇだか?」

 「こんな夜更けから仕事だべか?」首を捻る2人。ナゼなら一行の唯一の人間が年端のいかない幼子だったからだ、それも苦しそうに息が上がっていてケットシーの背中におぶさっている。

 「失礼、少し尋ねたいが」カラス獣人が2人に話しかける。

 「我々は冒険者だがひょんな事から子連れで旅の途中、その子供が熱を出してしまい難儀している。この街に医者はいないだろうか?」このエドウィンの人々は基本、初対面の相手にも友好的に接する事が多いので2人はこの一行をザンディーの診療所まで案内してやった。

 

 「疲れと環境の変化によるモノじゃの、小さい子にはよくある。だがこんな幼い子供に旅暮らしはきつかろう」子供を診察した医者のザンディーは連れの3人へ諭すように伝える。

 「分かっているニャ、実は事情があるんだニャ」ケットシーが自分達が子連れの旅をしている理由を語りだした。

 

 元々3人で拠点を持たず流れの冒険者をしている彼ら。カラス天狗のクロウ、リザードマンのヒーチャ、ケットシーのアメジの3人はある街のギルドで山賊の退治を請け負った。他にも冒険者パーティーが7、8組雇われていた、その中にこの幼子ミロの両親もいたらしい。

 山賊はかなりの大規模で闘いは熾烈を極めた、どうにか依頼を果たす事に成功したがミロの両親は山賊の手にかかり悲しい最期を遂げたという。

 「という訳でそこの冒険者ギルドに調べてもらったら夫婦がこの国の生まれだと称していたらしくて。もし親戚でもいれば引き取ってもらえないかとこうして訪ねてきたのだ」カラスの説明を聞いたディーンとフンダーは顛末を聞いて大いに泣いた。

 「今夜はもう遅い、狭苦しいトコだがこの診療所に泊まっていきなさい。明日ワシから街の有力者に相談しよう」

 「俺らもできる事はするでな、のぉフンダーよ」ハンカチ片手に鼻声で励まそうとするディーン。

 「んだんだ、同族のよしみだ。遠慮すんごたねぇぞ」フンダーはヒーチャの肩に手を乗せた、こちらも鼻を啜りながらハンカチを手放せないようだ。

 

 翌朝、ザンディーの案内で商業ギルドを訪ねた4人。事情を知ったヴァルガスは部下と共にこの数十年間にどれだけ街に人が出入りしたか調べ出した。

 

 結局それらしき人間はこの街にいなかった、泣きそうなミロの様子にクロウ達まで悲しくなる。

 「冒険者、児童教育ギルドにも協力してもらってラターナ全土に捜索範囲を広げよう。ご領主様には俺から話しておく」

 「何から何までご協力感謝します」礼を述べるヒーチャ、そこに誰かのお腹の音がグゥ~と響く、既に昼時は過ぎ陽が傾きかけていた。

 「そういえば腹が減ったな、メシに行くか。奢ろう」ヴァルガスを先頭に全員夕食を食べようと越後屋に行く。

 

 彼らもまた、内装の珍しさに目を泳がせるがヴァルガスが穏やかに諌める。幸い混雑のピークが過ぎていたのもあり次第に落ち着きを取り戻す冒険者達。

 「いらっしゃいませ。ヴァルガスさんどうなさったんですか?」手透きになったこの店の店主である大輔は事情を聞かされるとロティス以外に休憩を取らせて冷蔵庫を確認する。

 「今日はランチ用の食材をほぼ使いきってしまってます、賄いと同じモノしかお出しできませんがよろしいですか?」ヴァルガスはこれに対し

 「構わん、というより俺も一度この店の賄いを食べて見たかったんだ。是非ともお願いしよう」それを聞くと大輔は鍋を火にかけて調理の仕上げにとりかかった。

 

 「お待たせしました、クラムチャウダーです。ごゆっくりどうぞ」ウェイトレスが付け合わせのパンと一緒に真っ白なスープを一同に配膳し、頭を下げて奥へ下がっていった。

 「ほう、ソリーア入りのスープか。このところ寒くなってきたからな、こういうのがありがたい」湯気の立つ熱いスープを旨そうに啜るヴァルガス。一方パンを手に取りスープに浸けようとしたアメジは

 「あニャっ!パンがあっさりスープに沈んだニャ」

 「これ、このまま食っても柔らかいぞ。こんなパン初めてだ!」ひたすらパンを貪るクロウをみたヴァルガスは

 「若いってのはいいな。ロティスちゃん、パンをもう2、3個くれ」本人の代わりにヴァルガスが追加注文した、照れ臭くなりながらも新しくきたパンに夢中になるクロウ。

 「スープもほんのり甘い、細かく刻まれた野菜もとろけそうだ。ソリーアも煮込まれてるのに味が全然抜けてない!」ヒーチャもしばらく食事に没頭していたが

 「ハフハフ」スプーンで一口掬う毎に息をかけて冷ましているミロの姿にハッとして手が止まる3人。

 「お嬢ちゃんが一番お行儀がいいな」苦笑いするヴァルガス。

 

 食事を終えた冒険者達はヴァルガスに改めて礼を述べてから冒険者に代わる新しい仕事として酒蔵の従業員を勧められてこのエドウィンでミロを育てる事に決めた。昼間、仕事の間はミロをシンシアに預けて夜はアパートで4人暮らしをしている。そしてミロは街のアイドル的(この世界にアイドルの概念自体ないのだが)存在になっている。

 

 

 

 




シチューとチャウダーの違いって結構曖昧ですよね…


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第97話勇者達と世界征服 前編

100話達成に向けて少し傾向を変えてみました、一応2~3話構成にするつもりです、最後は繋がります



 地球の日本からこの世界に誰かを転移させる事ができるのは神々だけとは限らない。

 マリオン大陸のベガ王国では国王と宮廷魔術師、各大臣が謁見の間に集まり異世界からの勇者召喚の儀式を行っていた。その結果、須藤義隆(すどうよしたか)本田恵未(ほんだえみ)宮口恭子(みやぐちきょうこ)坂巻秀斗(さかまきしゅうと)の4人の中学生が国王の前に現れた。

 「異世界からの勇者達よ、今世界を救えるのは君達しかいない…」お定まりの口上を述べる国王にこれまたお定まりの反応を示し、勇者たる事を誇らしく思う4人。だがこの国王、実はとんでもない食わせものである。

 「クックック、いい手駒が揃ったわい。これで余の世界征服の足掛かりができた」この世界全てを我が物にせんと目論んでいるベガ国王、その為に異世界から呼び出した彼らを言いくるめてまずは大陸内の諸外国に戦を仕掛けようとしていた。

 さて、日本から召喚された4人はそんな事はつゆ知らず王宮に用意された自分達の部屋で国王から下賜された武具や鎧を身に付けてはしゃいでいた。

 

 それからしばらく経ったマリオン大陸のベネブ王国。ルカ一行は冒険者ギルドにて、この大陸内の幾つかの国を縦断して荒らし回っていた怪物、リッチを退治してくれる者を探していると聞いた。討伐レベル100.以上というこの化け物を倒せば報酬は10000.ラム(日本円でおよそ一億円)手に入る、他の3人もルカがいれば大丈夫だろうと全員の意見が一致して請け負う事になった。

 ゴノーは斧を駆りトロワはレイバーを刺しディーネも宝杖を振るう、しかしリッチといえば魔物の中でもアンデッドと呼ばれる部類。体にどれだけダメージを与えても手応えは全くない、しかもこの辺りにはヤツの手にかかって死んだ者の死体がそこら一帯に転がっている。今の体を消滅させてもヤツの新たな依代はいくらでもあるという訳だ、ルカも如意棒で敵の攻撃を防いでいたが何か思い付いたらしく仲間を一時撤退させる。

 

 「何じゃい、有効な手でも思い付いたのかの?」

 「ちょいと当てがある、ちょうど日が昇る時間だしな。3人共休んでてくれ」ルカは觔斗雲に乗り日本へ飛び立った。途中で中学生が4人行方不明だという情報を聞き取るが今はそっちに構っていられない、一刻も早く目的のモノを手に入れなければならないのだ。

 

 その内異世界(こちら)は夜になり太陽の下では姿を現さなかったリッチも再び活発に動き始める、同時にルカも日本から戻ってきた。

 「この水切りの太刀は水面に写る月をも斬ったという、ならば呪われたその魂も…斬れ!バシュッ!片刃の剣で真っ二つに斬り裂かれるリッチ。刹那、二方向に吹き飛んだ体は塵になり魂も新たな依代に取り憑く事もできず消えてなくなった。

 「さて、ギルドの職員さんよ。約束通りヤツは倒したぜ」途中で拾ってきた人物に向き合って宣言するルカ、普段の魔物退治なら遺体を丸ごと、或いは部位をギルドに持ち帰れば討伐の証拠になるが今回はそれが難しいと見たルカは戻ってくるついでに冒険者ギルドの職員を連れてきていた。相手はガタガタ震えながらも

 「た、確かにこの目でしかと見ました。報酬はお支払いします」約束通り10000.ラムの大金を得るのに成功した。

 

 話の舞台はベガ王国に戻り、例の転移者4人組は国の兵士数百人と出征した。

 「ホントにこの国が?」義隆が疑問を口にするが

 「国王様がそう仰るのだ、間違いない」兵士がさも当たり前のように返す。

 「勇者の諸君は指示に従っていれば良いのです」別の兵士が言う。はっきりと力説されて4人はそれ以上質問はしなかった、正確にはできなかった。

 

 キャンピングキャレッジを街外れに停めた我らの一行。ルカは再び日本へ飛び稀代の名刀、『水切りの太刀』が国宝として納められてる本来の場所に返してから仲間と合流した。

 「ルカさん!」トロワが慌てて駆け出してきて抱きつく、美少女相手なので嬉しいが様子が尋常じゃない。

 「どうした?一体」

 「大変なんです、大変なんです」

 「何が大変なんだ?とにかく落ち着け」

 「ワシが説明しよう」興奮状態のトロワや頭の良くないディーネには無理と判断したゴノーがルカに解説する。

 「この大陸にベガ王国っちゅう国がある。そこの軍隊が何を思ってかここまで進軍しとるんじゃ」

 「ハア?」ルカは驚愕した、(いくさ)など起こりようのない至って平和な大陸だと事前に調べがついている。

 「この大陸の情勢をもう一度洗い直して見る必要があるな」その前にこの国の人々を安全な場所に避難させなければならない、まず国王をはじめ国の有力者達に魔法(ルカ自身は'法術'と呼んでいる)で女神様の神託を見せて自らが神の名代であると知らしめる。それから再び觔斗雲でエクレア大陸に飛びジューダ国王に謁見してベネブの全国民を受け入れてもらえないか頼んでみる、ジューダ王は

 「ルカ殿はこの国の大恩人、我が臣民がその頼みをナゼ断れよう」

 「ありがとうございます、資金は俺がなんとか捻出します」

 「それなら私からラターナやルブルックやゴーライ公王、アズル大陸の豪商にも援助を願おう」

 「では明日にでもこちらに最寄りの港へお連れします」ルカはジューダ王と別れて今度は竜人(ドラゴニュート)の王国にやってきた。




大輔ファンの方々(いるのかな?)はしばしお待ちを
m(:_;)m


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第98話勇者達と世界征服 中編

こちらは久し振りの更新になります


 マリオン大陸のベネブ王国から王族を含む全国民が一斉にジューダにやってきた。神託を受けてここまでわずか10日、あまりの迅速さにベネブ王は驚きながら今日までの出来事を思い出していた。

 

 まず国民を港へ集合させるだけでも普通は日にちが要る。

 「お前達はコミケに集まる客にな~る」ルカの催眠術にかかった国民はたった数時間で出港できた。人々はまさに日本のコミケの如く列をなし乱す事もなくさながら軍隊の行進、もといそれ以上に規律のとれた行列になり港へ集まった。因みにこの世界にコミケなぞ当然存在しないがルカはその概念を彼自身が理解していれば、実在しないモノに化けたり今回のように他人に術を施す事もできるのだ。

 次に全国民を乗せる船だがこれは一般的なガレオン船数隻で済んだ。各地域の領主達の協力で街単位でグループ分けした後、再びルカが法術を使いエクレアまで漕ぎ手と見張りを務める一部の衛兵以外人々をブラウニーのサイズまで小さくしたのだ。

 「目的地に着いたら元に戻す、それまでしばらく我慢してくれ」これで新たな船を建造する手間も省かれた。

 

 折しもベガ王国軍はベネブまであと僅かというところまで進軍の足を進めていた。

 「民が一人もいないぞ!どういう事だ?」

 「魔王を恐れて逃げたのか?」中学生勇者達は首を捻る。彼らはこの国に魔王が潜んでいると聞かされていたのもあり、まさか人々が彼ら自身から逃げだしたとは夢にも思ってなかった。

 そして全国民が船に乗り港を離れて数分後、彼らは海沿いの街に火が放たれて燃え盛る様子を目の当たりにした。もしも祖国に残ろうと固持していたら自分達はあの火に焼かれ命はなかったであろう、ベネブ王以下国民全てがルカ達に感謝した。

 

 船は大したトラブルもなく安全で確実な航海を続けていく、このまま何事もなく無事エクレア大陸に辿り着いてほしいと船内の誰もが願っていた。

 何日かすると天候が崩れて海も荒れてきた、すると船はさながら海中エレベーターの如くゆっくり沈み海底までたどり着く。

 「海の()が荒れるならいっそ()を進めばいいじゃない」とディーネの魔法で海底を走る船、勿論船内で呼吸もできるしそれ以外にも海上に比べて過ごすのに支障はない。

 「どうなってるんだ?」船内の人々がパニックを起こすが

 「心配せんでいい、ワシらの仲間が海上での危機を避ける為に魔法で沈めておる。嵐が収まったらまた上がるでの」ゴノーが事の成り行きを説明すると次第にこちらの嵐も落ち着いた。

 やがて空は快晴となるが一難去ってまた一難、上空からグリフォンの大群が船目掛けてその鋭い爪を伸ばしてきた。

 「失せろ!」ルカが一声吠えると一瞬、攻撃を躊躇うグリフォン群だがすぐに臨戦態勢を整え再び向かってきた。

 「ヤレヤレ、しょうがねぇ」觔斗雲に乗って如意棒を構えるとグリフォン群を一羽残らず叩き落としてしまった、開いた口が塞がらないベネブ国民一同。

 そんな感じで大した事件もなし?に無事入国できた、ベネブ王は自らと臣民を受け入れてくれたジューダ王と挨拶を交わし重ねて厚く礼を述べる。

 

 とはいえ流石にこれだけの人々が住む余裕はジューダにもない。そこで大半はエクレア大陸の各国へ移住してもらう事にした、まずは遠方に引っ越しする人々から準備を始める。ルカの指示でゴノーと街の職人達が耐久性の高いゴンドラを数多く造る、それが仕上がる頃上空からドラゴンが何頭もジューダに舞い降りる。

 「ルカ、まさかとは思うがの…」

 「ああ、ベネブの人達を乗せたゴンドラをこいつらに運んでもらう」あまりのトンデモ発言に腰を抜かすジューダとベネブの人々だった。

 実は竜人の国とも親交があるルカは彼らに事情を話し協力を要請していたのだ。これを快く引き受けた竜人の姫、ステラは一旦人型に姿を変えてジューダの王族に挨拶すると再びドラゴンの姿でベネブ王達の乗るゴンドラを後足で掴む。他のドラゴン達もそれに倣い空の大移動となる、ステラは安全に運ぶとゴンドラに乗る人々に約束して自分達の国まで飛び立って行った。

 次に陸路で行ける比較的近く(国境は越えるが)の場所へ移住する人々はルカ達が一度は受け取った10000.ラムをジューダの冒険者ギルドに払い、その金でギルドが雇った冒険者を引っ越しするベネブ国民の護衛につける。最後にラターナへ向かう事になった人々はルカ達自身が護衛する、ラターナを一周して最後にある店に訪れた。

 

 「ナゼだ!どうして街に火を放つ必要がある?」前衛タンクの秀斗は兵士の一人に詰め寄る。

 「黙れ!我が国王陛下のご命令だ!!」

 「それにしても、やっていい事と悪い事があるわよ!」剣士の恵未も突っかかる、回復役(ヒーラー)になった恭子は魔術師の義隆と火を消すのに必死になっている。四人は段々、自分達は騙されているのではないかと国王軍に不信感を持ち始めた。

 

 「いらっしゃいませ。ルカさん今日はまた随分大勢お連れでしたね」旧友を迎えた大輔は足を伸ばせる座敷へ案内する、因みにこの日は定休日だったが領主コルトンを通じて事情を聞かされていたのでルカ達の為に貸し切りにしておいた。

 「とりあえずビールを三つとアルコールなしの飲み物を一つ。後はまた声をかけさせてもらう」

 「はい、すぐにお持ちしますね」パックス以外の従業員もいないので調理から配膳まで一人でこなす、やがて飲み物が運ばれてきて4人はそれを飲み干す。

 「今夜はこの店で英気を養おう、俺は明日にでもベガに戻り国王の野望を打ち砕きに行く」そして翌日、ルカは仲間達を残し觔斗雲に飛び乗りベガ王国へ踵を返した。

 

 

 

 




次回はまたしばらく後になります


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第99話勇者達と世界征服 後編

勇者達と世界征服編、ようやく完結です。やっぱりこういうのは向かないなと我ながら改めて認識しました。


 ベガ王国に舞い戻ったルカは早速国王を拘束する、このまま殺してもいいが民衆の為にもまず晒し者にしてやろうとベガに首輪を巻いてマリオン大陸の各国でこれまでの悪企みを吹聴して回った。

 真実を知った民衆は怒り、わめき散らし国王に石を投げる者までいた。そうして噂が噂を呼びベガ王国政権は事実上壊滅、国は暫定的に反王国派の領主達が何名かで治める事になった。

 「この大陸に呼び掛けて地球に倣った国連的な団体を設立させるか、そうなると女神様にも協力してもらった方がいいかな」やがてこのマリオン大陸から『大陸同盟』なる団体が発足して更には海を越えた別大陸それぞれの国の代表も名を連ねる『世界同盟』となって協議を交わすようになるのだがそれは未だ遠い遠い未来のお話。

 

 さて、散々ベガ国王を連れ回して国中に醜態を晒したルカはその首輪を掴んで觔斗雲に乗り天界へ昇る。どんどん足が地から離れて恐怖に震えるベガ王は最後、成層圏に達すると寒さと酸素不足で気絶した。

 目を覚ますと天界にいたベガ、その目の前にはこの世界の最高神たる女神様がいらっしゃる。

 「あなたの業はあまりにも深いでちゅ、よって地獄行きとちまちゅ。(ちぇん)年後反(ちぇい)ちてたら新ちく生まれ変わらちぇてあげまちゅ」それだけ伝えられて地獄へ堕ちていくベガ、その頃国王代理の領主達から王立軍に撤退命令が下る。

 「これでベネブを始めマリオン大陸は救われるだろう、後はあの坊っちゃん、嬢ちゃんを日本に帰すだけだな」下界に戻り彼らを探すルカ、勿論簡単に見つかった。ルカは真実を話して聞かせる、ベガを段々と訝しく思っていた4人はアッサリ納得した。そしてルカは用意した馬車に彼らをラターナまで走らせる、そして馬車はエドウィンの街に入った。

 

 閉店後の越後屋についた一行、座敷へ上げられた中学生4人は一斉に土下座した。

 「俺に謝っても仕方ないんだがな。まあお前さん方も被害者だし、今日これからでも地球へ帰してやるとしよう」ところが四人は意外な事を言い始めた。

 「僕達、帰りたくありません」

 「これから一生、ここで暮らしたいです」この言葉に目をパチクリさせるルカ。

 「本気か?」

 

 この四人、過程はそれぞれ異なるものの実は揃って親なし子達の集まりである。今は養護施設に引き取られそれなりに生活も保証されているがやはり回りの視線は痛いし、変に気遣われるのも空しい、今回の事件を機会にこの世界に移住したいと少しずつ考えるようになっていた。

 「もう少し経ってからでも遅くないと思いますよ」さっきから黙って話を聞いていた大輔が口を挟んできた、先代から我が子同様に育てられたとはいえ彼も幼くして両親を失った親無し子である。故に気持ちも分からなくはないが彼らが現代文明から急に離れて生きるのは難しいだろう、大体こちらの世界では既に働いてるのが一般的な年齢である。

 「お説教する気はありません、今夜は食事をして泊まっていくといいでしょう」そういうと彼らの目の前にホットプレートを差し出す。

 「ヨセフさんからいい肉を仕入れる事ができたので焼き肉にします、各自で焼いて下さい。代金はお気になさらず、ルカさんに請求しますから」

 「オイコラ、ちょっと待て」相変わらずの漫才調子の二人。そこに狙い済ましたかの如くトロワ、ゴノー、ディーネがやってきた。

 「事情はルカさんから聞きました、とんだ災難でしたね」同年代のエルフ少女が慰めの言葉をかける、その可憐さに男子二名は顔を赤くする。

 「みんな、落ち込んじゃダメだよぉ。お姉さんがお話聞いてあげるからね~」もう一人の女性も手足は人間のそれではないが美人である。しかも胸が大きい、ニヤケそうな男子の背中をつねる女子二名。

 「ホウ肉料理か、ならば酒は欠かせんのぉ。マスター、ワシらにもこの鉄板のをだしてくれんか?後ビールもな」

 「私も~」早速酒を注文するゴノーとディーネ

 「そんじゃせっかくだからみんなでで食うか。このホットプレートデカいしな」ルカの提案に全員賛成した。

 

 「え?じゃあ、百年も閉じ込められてたの?」肉を焼きながらトロワと話していた恭子と恵未はその身の上を聞いてショックを受ける、義隆と秀斗はどういう訳かゴノーと意気投合して鍛冶や大工仕事のレクチャーを請うていた。後はただひたすら肉とご飯を食らう中学生達、その健啖ぶりに

 「あっはっは。若いっちゅーんはいいのぉ、ワシも負けておれんわい」ゴノーも肉と酒をチャンポンしている。

 「すいません、私もオリゼ下さい」中学生達と同年代で当然酒を呑めないトロワもモリモリ食べる。

 「こっちにビールお代わり~」ディーネは早くも酔いが回ったのか上機嫌だ。

 「お前ら肉ばっかり食ってねえで野菜も食え!」結局突っ込み役はルカであった。

 

 「最低でも高校には通う事。その合間にこっちで働くなら僕が仕事を紹介する、身元引き受け人にもなるよ」こちらへの出入口になる2号店へ話を通しておくと大輔は中学生達に約束した、今回はルカに送られて地球へ帰る。

 

 日本へ帰ってきた四人は施設の院長に何て言って詫びようかと考えていたが、ふと町中のショッピングモールに輝く電工掲示板を見ると

 「日付を見て、私達が召喚された日のままになってる」

 「嘘だろ?あれから結構な日数経ってるよな」

 「あの店を出た時は夜だったよな、今この空はどうみても昼間なんだけど」

 「一体何がどうなってるの?」とにかく施設に帰った四人、院長に何て言って詫びようかと思ってたら

 「アラお帰り」まるで何事もなかったように普段通りの出迎え方だった、首を捻りながら裏口の戸一枚を隔てて両世界を往復しているという大輔に電話する。

 「あー、ルカさんタイムワープも出きるから」あまりに簡単な答えを返されて

 ((((あのサル、チートすぎるだろ…))))四人仲良く茫然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ百話到達にあと一歩、ですがいつ投稿するかは分かりません。
m(._.)m


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第100話育ての親とだし巻き

100話達成しました。


 ベガ王国の騒動に巻き込まれたエドウィンだったがそれもようやく落ち着いた。一時避難していた人々も大半は故郷へ帰還していった、しかし中にはここや近隣の街に移住を希望する人もいて街は一段と規模が大きくなった。

 

 そんな中、越後屋にサガンの街の領主であるクリストフが訪ねてきた。コルトンも一緒にいる、大輔に折り入って話があるという。

 「実は我が街にこの店の支店を作りたいのだが」大輔は難色を示す、この店が無事に営業できるのも裏口で日本と繋がっているからだ。支店を作るとなると店のスタイルもほぼ一緒にする方がいいだろう、しかし日本(あちら)へ転移する手段がなければそれも難しい。

 「何も2、3日の内に結論を出せとは言わない。考えが決まったらコルトン殿を介して返事を聞かせてくれたまえ」クリストフはそう伝えると

 「さて腹が減った、せっかく料理店に来たのだから何か食べていこう。コルトン殿、こちらは何がお勧めだろうか?一応下調べはしておいたのだが今日まで直接料理を頂く機会には恵まれなかったのでね」

 「ウム、何でも旨いが特に人気なのはカレーライスにカラーゲ、ギョーザか。私はテリヤキという鶏料理が好物なのだが」

 「では、それを二人分頼もう」こうして二つの街の領主が向かい合って食事をして帰っていった。

 閉店間際に奇妙なお客が来店してきた、地面スレスレまである真っ黒な長衣(ローブ)を纏っていてフードで顔まで覆っている。何やら不気味な印象だがいつも通り席に案内してお冷やとおしぼりを出す、因みにここまでの接客はパックスが担当した。

 「だし巻きを頂けるかしら?」男性の野太い声が女性っぽい口調で注文を取りに来たロティスに伝える、そもそもこの店のメニューにダシマキというモノはない。変に思いながらも笑顔で対応するロティス、厨房の大輔に尋ねる。その返事は

 「作れるよ、でもこの世界にだし巻きってあるのかなぁ?」

 「さあ、多分ないわね。少なくても私は知らない」若干の疑問は残ったものの注文された以上は作るしかない、普段はあまり使わない卵焼き用の四角いフライパンを棚から下ろして丁寧に埃を取り除く。

 

 「お待たせしました、ダシマキです」運ばれてきたのは長方形に調えられたオムレツのような料理、長衣のお客は器用に箸を使って口に運ぶ。次の瞬間、フードを外してその素顔を露にした。

 鼻から下の顔には髭を剃った跡があり、毛根が濃いのか全体に剃り跡が青く残っている。明らかに男性であるにも関わらず唇にはルージュを引いて、女性のようなメイクを施していた。ロティスもパックスも唖然としてる、しかし大輔は顔を見た途端涙を流し始めた。

 「ウソ、生きてたの?」

 「ええ。話せば長くなるわ、それより腕上げたわね大輔」彼(彼女?)こそ大輔の料理の師であり育ての親、越後屋熊実その人であった。

 

 話は大輔が産みの親を亡くした頃だから20年くらい前になる。両親共に借金を残して死んだ為、親戚一同誰も遺された幼い大輔を忌み引き取る者はいなかった。そして施設に預けられる事が決まりかけたところへ

 「その子はアタシが育てるわ、養子縁組すれば問題ないでしょ」この日から大輔は元々の『岩本』の姓を棄てた。

 それから15年の月日が経ち、熊実に何不自由なく育てられた大輔。大学も卒業して二人して本格的に店を回すようになり当時の常連達からも『若マスター』と呼ばれ始めた頃、突然熊実の訃報が入った。

 

 「ホントはアンタと同様、異世界転移したのよ。元いたトコでもこちらでもないまた別の世界にね」その後、自分に起きた事を淡々と語る熊実。転移した時幾つかの魔法を身に付けたのに気づいた事、それを利用して向こうでも居酒屋を経営()っている事、そして今日まで転移する魔法を散々試した結果、ようやく成功して三つの世界を往き来できるようになったそうだ。

 「長い間、心配かけたわね。さぞ恨めしかったでしょう」

 「無事なら何よりだよ」

 「でもアンタまで異世界転移してるとは思わなかったわ」顔を見合わすと笑いが込み上げて来る二人。元より大輔には感謝こそすれど熊実を恨む気持ちなぞ全くない、だが疑問はまだある。

 

 「葬式は向こうのご兄弟がやったハズだよ、遺体なしでどうやったの?」

 「アタシもそこまでは知らないけど、あの兄貴達の事だから何らかの小汚ない手を使ったのは確かよね」熊実の兄、越後屋寅治はかつて借金とりと結託して大輔に嫌がらせをしていた張本人の一人だ。その後悪事が次々に露見して現在は服役中、その娘が2号店を回している伊達冴子である。

 

 「それじゃアタシは今住んでる世界に帰るわ、勿論またくるけど。そうそう、アンタかパックス君の部屋に鏡はある?」

 「ないよ、映り込むモノならパソコンがある。使えるの?」

 「充分よ」大輔の部屋にあるパソコンに向かって何か呪文を唱える熊実、すると吸い込まれるようにパソコンの中へ消えていった。

 

 「えっと、マスター良かったね。お父さん、イヤお母さん?どっちだか分からないけど生きてたんだね」

 「うん」ロティスの言葉に大輔はただ頷いた、そして

 「ロティス、僕と結婚しよう」遂に大輔はロティスにプロポーズした。

 

 これで『異世界料理店越後屋』第一章は完結、またしばらくしたら第二章でお目にかかりましょう。

 

 

 

 




今後も更新ペースは遅いながらも連載は続けるつもりなのでヨロシクお願いします。
2018/8/15,一旦完結にします、次回あるとしたら第二部としてリスタートするつもりです。


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