咲-Saki- episode of side S (Sirone)
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第1話 清澄高校麻雀部

つい衝動でこんな駄文を書き上げてしまいました、Sironeです。
一応、咲-Saki-のオリ主ですが、説明しておかなければならない事があります。

原作との乖離点です。
この話では、大星淡が清澄高校に入学しています。
私はアニメも見終わっていないにわかなので、設定におかしな点があっても気にしないでください。どうしても気になる方は、コメ欄にでも書いてください。

こんな感じですが、疑問点や誤字脱字がありましたら報告や質問お願いします。
長くなりましたが、では、どうぞ。


『…………ロン。32300』

 

 

『知生は相変わらず強いなぁ……何度やっても勝てねぇやな』

 

 

『知生! お前は俺のアシストをしていればいいと言っただろうが!』

 

 

『知生、本当にいいのかよ? お前は全く悪くねぇんだぞ?』

 

 

『…………麻雀なんて、大っ嫌いだ』

 

 

 

 

息を切らしながら、悪夢から目を覚ました。

手が痛い。いきなり立ち上がった為、手を思いっきり机に叩きつけていたようだ。

 

 

「おい朔上、いきなり立ち上がってどうした?」

 

 

先生が怪訝そうな視線をこちらへ向ける中、クラスメイトがざわめき始める。

俺は椅子を直して腰を下ろして先生に何でもない事を説明すると、再び机に顔を伏せた。

そして一言。

 

 

「…………なんだ、夢か」

 

 

 

 

最後の授業を寝過ごしていたらしい。

日は既に沈みかけ、教室には俺を含めても二人の生徒した残っていなかった。

今日はバイトが休みとはいえ、特に学校に長居する理由もない。横に掛けてある鞄を手に取り、教室を後にする。

 

 

「あ、やっと起きた!」

 

 

しようとしたが、後ろから声が掛かる。

その声の発信源は確認するまでもない。俺と同じく教室に残っていた生徒、須賀京太郎だ。

これが赤の他人なら無視して帰るが、クラスメイトとなると流石にそれは出来ない。

 

 

「……何か用か?」

 

 

可能な限り早く会話を終わらせるべく、仏頂面で振り向きながら返す。

 

 

「えっと……朔上知生、だったよな? さっき寝言で麻雀がどうのって言ってたけど、お前麻雀打てるのか?」

 

 

さっきの悪夢で寝言を言っていたらしい。

俺としてはあまり踏み込んで欲しくない部分なのだが、それを須賀京太郎が知らない以上仕方ない。

 

 

「まぁ……一応、昔にな」

 

 

「本当か!? なら、少し頼みがあるんだけどさ」

 

 

話の内容からして嫌な予感しかしない。

そして須賀京太郎は、俺の予想通りの言葉を口にした。

 

 

「一度麻雀部に来てくれないか? 面子が足りなくってさ!」

 

 

「……断る。俺はもう麻雀は止めたんだ」

 

 

「頼む! 何でも一つ奢るからさ!」

 

 

それはかなり魅力的な提案だ。

俺の財政力では買える物も限られている。生活費にすら困る程なのだから。

須賀京太郎には、『何でも』という言葉の重みを一度思い知ってもらおう。

 

 

「…………卵」

 

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 

「卵のパック三個買ってくれるなら、行ってもいいぞ」

 

 

「……え? そんなのでいいのか?」

 

 

「あぁ、全然OKだ」

 

 

任せろ! と須賀京太郎は元気よく返事をすると、教室を出て外から手招きをする。

多分、付いて来いと言いたいのだろう。

面倒な事に巻き込まれたと確信した俺は深いため息を漏らし、教室を出た。

 

 

……麻雀、か。

 

 

 

 

旧校舎の屋上。

一度も踏み入った事のないそこが、麻雀部室の場所らしい。

スマホゲームをしながら須賀京太郎の後ろを付いて行くと、一つの扉の前で立ち止まった。

 

 

「部長ー! 新たな人材連れてきましたー」

 

 

「あら、あまり宜しくないタイミングね。ついさっき、咲たちが出ていったのよ」

 

 

人……材……?

俺は麻雀部に入るなんて言った覚えはないんだが、須賀京太郎の中では勝手にそうなっているのだろうか。

その須賀京太郎と話している人は、確かこの高校の生徒会長。確か……竹井、だったか。

 

 

「京太郎遅いよ! でも、これでやっとはじめられるね……って誰?」

 

 

金髪ロングの少女がこちらを見る。

俺と同じクラスではない時点で、俺が彼女の名前を知っている事はありえない。

クラスメイトでさえうろ覚えなんだし。

 

 

「……なぁ須賀、やっぱり卵はいらないから帰ってもいいか? 面子足りてるじゃねぇか」

 

 

「いや実はさ、大会に出場する為のメンバーを集めてるんだ。卵四パック買うから半荘だけ打ってくれないか?」

 

 

「四パック…………分かった」

 

 

卵が四パックもあれば、かなり金銭に余裕が生まれる。今月はかなり危うかった以上、この機会を逃すわけには行かない。

嫌な過去も、今の物欲には勝てないようだ。

 

 

「君が打つの? まぁ、麻雀出来るなら誰でもいいけどねー」

 

 

「……先に言っとくけど、俺はそんなに強くないからな? 期待するなよ」

 

 

予め予防線を張っておく。

こうでもしないと、あの打ち方は嫌われるからな……俺自身も嫌いだし。

 

 

今回の勝負は半荘戦。

手持ちは25000点の30000点返し。

ダブル役満あり。

起家は須賀京太郎。俺は北家。対面は生徒会長。下家は金髪ロング。

終了時は得点を1000点未満を五捨六入する。

割とよくあるルールだろう。

 

 

「私は大星淡。よろしくー」

 

 

「……俺は朔上知生(さくえ ともき)。よろしく」

 

 

準備が整い、牌が上がってくる。

一年ぶりの牌を握る感覚と共に嫌な記憶も蘇ってくるが、一つ深呼吸をして頭から外す。

 

 

――対局開始――

 

 

 

 

ドラ表示牌は⑧。

俺の配牌は、

{一四五八③⑥⑨258東北發} だ。

なんだこれ。いくらあれを使っていないとはいえ酷すぎる。

まぁ、あれをやるならこれでもいいか。

 

 

「ダブルリーチ」

 

 

「…………え?」

 

 

大星淡の③切りダブルリーチ。

よほど運がよかったのか、それとも、あの人のような化け物か。

それは分からないが、どうやら大星淡が対象で大丈夫そうだ。

 

 

生徒会長が西を手出しして、俺のツモは⑥。

少し悩んだ後、ツモ切り。

その後しばらくツモ切りを連続していると、山牌最後の角で大星淡から声が掛かる。

 

 

「カン…………ツモ!」

 

 

次順、大星淡がツモ。

 

 

{三三五六七①②③8} ツモ{8}

カン {裏44裏}

 

カン裏ドラ表示牌{3}

ダブリー・ツモ・ドラ4

3000・6000点

 

 

「初っ端から痛いなぁ……ちょっとは手加減してくれよ、淡」

 

 

「スーパーノヴァあわいちゃんに手加減の三文字はない! それより、えっと……名前、何だっけ?」

 

 

「……朔上の事か?」

 

 

「そう、それ! さっくー、この一局だけでいいから本気出してよ! 全然本気じゃないじゃん!」

 

 

「……何で分かるよ?」

 

 

「うーん……なんとなく、かな」

 

 

「…………まぁ、一局だけなら」

 

 

どうせ一局しか使えないし。

それにしても、いつもなら絶対断っていた申し出を、何故か今回に限って受けてしまった。

もう二度と、本気を出さないって決めたのにな。

 

 

俺と大星淡の点差は21000点。

跳満直撃か、三倍満ツモで逆転。

この程度なら、あの時と比べれば随分と楽なもんだ。

 

「……まぁ、余裕か」

 

 

俺の配牌

{一一一九九九①①①111南}

 

 

須賀京太郎の配牌

{一⑤⑧39東南南西北白發中}

 

 

生徒会長の配牌

{六九①②⑦9東東西北白發中}

 

 

大星淡の配牌

{五八⑨199東南西西北白中}

 

 

俺の前の二人は{三}と{⑤}をツモ切り。

そして、俺のツモは{⑨}。

 

 

「リーチ」

 

 

自分のツモ牌に手を伸ばしながら確信した。いや、分かっていた。

この牌で、俺は上がる。

 

 

「…………ツモ」

 

 

{一一一九九九①①①111⑨} ツモ{⑨}

清老頭・四暗刻単騎

16000・32000

 

 

 

久しぶりに打った麻雀で、久しぶりに出した本気。ここまで本気を出して勝てなかったのは今までに一人だけだ。

今はプロの世界にいて、日本最強と名高い彼女。あの人は強かったなぁ……いや、今でも結構頻繁に家に来るけどさ。

 

 

彼女以外とは麻雀を打つ気にならない。

俺の強さを目の当たりにして、再び俺と麻雀を打とうとおもう奴は彼女しかいなかった。

俺が麻雀を嫌った理由はそれじゃないけど。

 

 

「……終了、だな」

 

 

口に出してみるが、誰からも反応はない。

場を静寂が支配する中、たった一人言葉を発する者がいた。

――――大星淡、だ

 

 

「…………何、それ」

 

 

 

 

「ダブル役満とかチョーイケてんじゃん!」

 

 

「…………はぁ?」

 

 

耳を疑った。

今までは散々イカサマだと罵られた挙句、道具として使われ続けたこの能力を見て、チョーイケてんじゃん! なんて言われたのだ。

当たり前だが、俺にとっては理解不能な出来事だった。

ふと他の二人を見てみると、その二人も俺に畏怖の念を向けている様子はない。

 

 

もしかしたら、こいつらとなら……。

 

 

そんな希望を頭の隅に思い描いた時、昔の記憶がよぎる。

激昂する男と、静かに涙を流す子供。

無数の雀卓の横で男に牌をぶつけられ、痛みで目を抑える子供。

 

 

「…………上? 朔上? どうした?」

 

 

「あ……いや、何でもない」

 

 

どうやら一瞬意識が飛んでいたらしい。

わずかに乱れた呼吸を整えていると。

 

 

「朔上君、実はね。今年から麻雀大会に男女混合の部が新たに設立されたのよ。で、どうせだしその部にも出ようと思ったんだけど、男子の部員が足りなくって」

 

 

いきなり部の事情について話し始めた生徒会長。

部長の説明を聞くに、その男女混合の部に出場するには男子があと一人足りないらしい。

 

 

「それで、偶然俺に白羽の矢が立ったのか」

 

 

「そういう事。で、どうかしら? 麻雀部に入ってみる気はない?」

 

 

「…………お断りします。興味ないんで」

 

 

そう言い捨て、部室を去ろうとする。

この言葉に嘘偽りはないが、かと言って全て本当の事を言っているかと聞かれれば、その答えは俺自身も出せなかった。

……あ、そういえば。

 

 

今回、あの打ち方はしなかったな。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 卵はいいのか?」

 

 

「あぁ、そうだった。合計で四百五十二円だ、明日くれ。そんじゃあ、俺はこれで」

 

 

今度こそ、これで終わり。

久しぶりに不快じゃない麻雀を打てたのは悪くなかったが、だからと言って麻雀部に入る気は毛頭ない。

それに、俺以外でも何とかなるだろう。

 

 

「――――ちょっと待って!」

 

 

「……どうした? 大星」

 

 

「せめて後半荘だけ打って! 今度は絶対さっくー倒すから!」

 

 

「さっくーって呼び方はもう確定なのか……まぁいいや。後、半荘って話なら断る」

 

 

「何で!?」

 

 

俺は後ろを振り向く事もせず、後ろで荒ぶっていそうな大星淡にこう返した。

 

 

「……俺、あんまり麻雀好きじゃねぇから」

 

 

 

 

――朔上が帰った後の麻雀部――

 

 

「部長、どうしますか? 朔上の事は諦めた方がいいと思うんですけど」

 

 

「ちょっと前の咲みたいな事言ってたわね。でもまぁ、咲の時だった何とかなったんだし、勧誘し続ければどうにかなるんじゃない? 淡、どうする?」

 

 

「……そんなん決まってんじゃん」

 

 

 

 

「絶対に麻雀部に入れて、今度は百回倒す!」




閲覧ありがとうございます。
先に言っておきますが、私は麻雀ど素人です。
少牌もバンバンすると思うので、指摘お願いします。


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第2話 朔上家

どうも、Sironeです。
今回は日常回ですので、麻雀しません。

では、どうぞ。


 

 

 

麻雀部に訪れた翌日。

いつもの時間に登校し、いつも通り授業を寝て過ごし、いつも通りの時間に昼食を食べる。

そんな、いつも通りの変わらない日常を送っていた……と言いたい。言える生活を送りたいのだが。

 

 

「…………何で付いて来てんだよ。大星淡」

 

 

こいつのせいで俺の変わらない日常は、あっという間に崩れ去った。

朝、席に向かえばこいつ。トイレに行こうと思えば廊下にこいつ。極めつけには、昼食を食べるために食堂に向かえばこいつ。

最早ストーカーの領域に達しつつある大星淡だが、当の本人は笑って俺の横に座っている。

 

 

「別に? 私が何処でご飯食べようが私の自由だし?」

 

 

「……まぁそうだけどさ。じゃあ、これ見よがしにネット麻雀打つの止めてくれない? 食べながら麻雀とかマナーがなってないぞ?」

 

 

「さっくーが麻雀部に来てくれるなら考えるよ」

 

 

「断る」

 

 

さっきからずっとこんな調子だ。

俺はもう麻雀部に行くつもりはないし、大星淡が諦める様子もない。そもそも俺、昨日麻雀好きじゃないって言ったよね? もう忘れたの? アホの子なの?

 

 

「……あのな、俺はあの人以外とは麻雀関連の会話すらしたくないんだよ。まぁ、あの人とも打ってはいないけどな」

 

 

「あの人? その人麻雀どのくらい強い?」

 

 

「俺やお前らじゃあ速攻で飛ばされるレベル。俺も一度も勝った事はない」

 

 

「なにそれすっごい!」

 

 

……すごい、か。

確かに、あの人はすごい。敵に回せば、まさに絶望そのものと戦っている気分になるほど。

でも、プライベートを知ってる俺からすれば、そんなイメージは全く湧いてこない。何であの人は仕事中とプライベートの差が激しいんだろうか。ちょっとは自重して欲しい。

 

 

そんな事を考えている内に昼食を食べ終えた俺は、食器を手に席を後にする。

 

 

「俺食い終わったから、じゃあな」

 

 

「放課後絶対来てよ! なんなら京太郎に連れてきてもらうように頼んじゃうよ?」

 

 

「止めい……だから、何度も言うけど俺は行かないっての。昨日がイレギュラーだっただけで、俺はもう麻雀は止めたの」

 

 

「このままじゃ私が満足出来ないじゃん! 百回倒すまで付き合ってよ!」

 

 

「一回でも断るのに百回なんて了承するわけないだろ……じゃあな」

 

 

「絶対迎えに行くから!」

 

 

……須賀京太郎に頼むんじゃなかったのか?

もう忘れているのだろうか。そうだとしたら、やはり大星淡はアホの子なのだろう。

これから起こりそうな出来事に頭を悩ませていると、ポケットのスマホから音が鳴る。

 

 

俺のスマホの音は不幸の前兆。

何故なら、俺のスマホは登録した人以外は着信音が鳴らないよう設定されており、スマホには一人の番号とメアドしか登録されていないからだ。

つーか確か、あの人まだガラケー使ってなかったか? いくら何でも遅れすぎだろ。

 

 

スマホにはメールが一通。

内容は簡潔で、『今日は休みだよ』だけ。

 

 

「……マジか。今日来るつもりかよ?」

 

 

……頭痛がしてきた。

 

 

 

 

嫌な時間が訪れるのは感覚的に早く感じると言うが、どうやらそれは本当らしい。

 

 

気が付けば、ホームルームの終盤。

先程から須賀京太郎がずっとこちらを見ているが、席の位置を考えれば捕まる事はないだろう。それよりも、問題は大星淡。

こんな日に限って、担任の話が長い。

大星淡が何組かは知らないが、このままでは待ち伏せされる可能性が高い。

 

 

……というか、そもそも麻雀部に行くつもりが毛頭ない以上、須賀京太郎や大星淡に捕まったところでどうにかなるわけでもない。

気にするだけ無駄だろう。

そう結論付け、昨日と今日だけで何度目か分からないため息を吐いた。

 

 

「はい、では今日は終わりだ。皆、気を付けて帰れよー」

 

 

「朔上! ……ってあれ? どこ行った?」

 

 

教室から須賀京太郎の声が聞こえてくるが、俺は既に廊下。教室の外だ。

幸いにもそこに大星淡の姿はなく、どうやら清々しい気分で家に帰れそうだ。

というか、いい加減に諦めて欲しい。

 

 

ポケットからシガレットを取り出す。

それを煙草のように咥えながら道を歩いていると、わずか数分で俺の家が見えてきた。

築何年かも分からないボロアパート。階段は錆び付き、少し暴れれば部屋は軋む。

管理人が清潔さに気を使っているらしいので、某Gが湧く事はないが。

 

 

この見窄らしいアパートの二階、その一番奥が俺の部屋だ。

朔上の表札を見る度に、俺がこんなボロアパートに住んでいると実感が湧いてくる。悲しみの向こうへファラウェイしてしまいそうだ。

 

 

自嘲の笑みで口を歪めながらドアを開いた。

車があったから分かってはいたが、部屋の奥からテレビの音が聞こえてくる。

そのテレビもあの人が持ってきてくれた物だしあんまり文句は言いたくないのだが、電気代節約の意味では止めて頂きたい。

 

 

……あれ? そもそも俺、合鍵渡したっけ?

 

 

記憶をいくら探ってもそんな過去が出てこない事に戦慄しつつ、居間に足を踏み入れる。

そこには、テレビの前で年齢にそぐわぬだらけ方をしたアラサー(?)がいた。

そのアラサー(?)は、寝転んだ姿勢のままこちらを見る。

 

 

「あ、おかえり。さくえくん」

 

 

「……本当に来たのかよ。すこやん」

 

 

 

 

小鍛治健夜。

日本最強と言われるプロ雀士。

俺が一人暮らしを始める前からの知り合いで、何故か俺に関わってくる人だ。

アラサーにして男友達ゼロ。未だに実家暮らしという残念な経歴を持つが、麻雀の強さは俺も認めている。

 

 

まぁ、折角の仕事休みの日に十歳近く年下の俺の部屋に来る時点でアレだよな。

俺としては、すこやんが来た日はだいたいすこやんの金で飯が食えるので大歓迎だが。

 

 

そう、俺はすこやんが来る事自体は嫌ではないのだ。問題は、起こるであろう惨劇と後始末。

 

 

「で、今日は何しに来たんだ? 暇つぶし? いい歳して実家暮らしだから親の目が痛いとか?」

 

 

「全然違うよ!? 今日はこーこちゃんも呼んで鍋でも食べようかなってね」

 

 

「家主の俺に断りもなくですかそうですか」

 

 

「だってここ、私の家とこーこちゃんの家のちょうど間にあるんだよ」

 

 

……そんな理由で俺の聖域は侵されたのか。

まぁ、これもいつもの事か。今更気にする事でもない。

こんな傍若無人な立ち振る舞い、すこやんのファンは見た事ないんだろうな。いや、独占欲なんて微塵も湧かないけどさ。

 

 

「じゃあいつも通り、食材の買い溜めお願いしてもいい? つーかそれが部屋の利用料だ」

 

 

「いつもと同じだね。じゃあ、買い出しに行こっか」

 

 

「……俺も行くのか? 何か適当に買ってきてくれよ。俺、学校から帰ったばっかでとっても疲れたんだけど」

 

 

「でも、私はそんなに重い荷物は持てないから、さくえくんが来ないと買い溜め出来ないよ?」

 

 

「確かに、アラフォーの体力じゃあ厳しいか」

 

 

「アラサーだよ!! ……って何言わせるの!?」

 

 

いつも通りのツッコミに吹き出しながら、買い出しの準備を整える。

エコバッグに財布に、服は……制服のままでいっか。アラサーのプロ雀士と制服の高校生がスーパーで買い物……何度も行ってるから今更感あるけど、絵面大丈夫かな?

 

 

『…………ちょ……どい……よ』

 

 

ドアの前に立つと、何だか聞き覚えのある声が聞こえてくる。

隣人の声かと思うかも知れないが、このアパートの二階に住人は俺しかいない。

……嫌な予感しかしねぇ。

 

 

「なぁすこやん。買い出しに行くのは止めないか? 今日は俺がなけなしの食材で飯作ってやるからさ」

 

 

「でも、こーこちゃんも呼ぶ予定だよ? さっき冷蔵庫見たら三人分の食材はなかったし、買い溜めはどうするの?」

 

 

「買い溜め……面倒事……いや、確か今日は特売日だ……」

 

 

しばらく悩んだ後に出た答えは……。

 

 

「…………よし、行こう」

 

 

そう自分に言い聞かせてドアを開くと、そこには特に誰もいなかった。

階段の下にも、特に誰かがいる様子はない。

どうやら気のせいだったらしい。

 

 

「どうしたの、早く行こう?」

 

 

「あ、あぁ。行こうぜ」

 

 

 

 

――――鍋の準備をしていると、壊れかけのチャイムが鳴る。

 

 

「お、こーこ来たんじゃね? 俺準備してるから出てくれよ」

 

 

「分かったよ。はいはーい、今でまーす」

 

 

具材を適当なサイズに切り分け、鍋の中にぶち込む。味は……ポン酢でいいや。二人ともポン酢好きだったはずだし。

鍋を机に運ぶ途中、玄関先からこーこの声が聞こえてくる。相変わらずのテンションでむしろ安心した。

 

 

「やっほーともきん! 久しぶりだねー!」

 

 

「久しぶりって……二週間前に来ただろ? あん時の恨みはまだ忘れてねぇからな。念のために聞いとくが、酒は持ってきてないだろうな?」

 

 

「え? ともきんも飲む?」

 

 

「持ってきたんだな……? 頼むから今回はリバースしないでくれよ? 後、俺は未成年だ」

 

 

二週間前、この部屋は混沌と化した。

酒の缶やワインの瓶が散乱し、眠るすこやんにリバースしたこーこ、そして現実から目を背けてテレビを見る俺。

その翌日、二日酔いの二人を介抱しながら部屋を片付けた俺の手腕は誇れるレベルだろう。

 

 

「さて、と……準備は終わったが、どうする?」

 

 

「ちょっと早いけど始めよー! すこやん何飲むー? あ、ともきんはカルピスあるよ」

 

 

「マジかよこーこまじパネェ」

 

 

「ともきんは相変わらず貧乏なんだね……」

 

 

「うるせぇ、貧乏学生という言葉がある以上、俺みたいな人間がいるのは必然なんだよ」

 

 

ローテンションこーこの低い一言が心に突き刺さる。こういう時だけローテンションになるなよ。それが一番辛いんだからさ。

というか、高校生って皆こんな感じじゃないの? カルピスって貴重品だよね?

 

 

「まぁそんな事はどうでもいいか。さて、そろそろ食べようぜ。あ、すこやん、そこのカルピス冷蔵庫に入れて冷やしといて」

 

 

「そのくらい自分でやってよ……」

 

 

「手届くじゃん。俺は皆の分の箸持ってくるから……ってなんだかんだ言って入れてくれるすこやん流石っす」

 

 

「すこやん、私のお酒も冷やしといてー」

 

 

「いや、こーこは働けよ」

 

 

 

 

――――しまった。

カルピスしか飲んでないから酔っていないはずなのに、場の雰囲気に流されて妙にテンションが上がってしまった。その結果が……。

 

 

「ねーすこやん、もう一層の事ここに引っ越したら? そしたらやっと実家暮らし脱却だね!」

 

 

「あ、それいいかもね。だったらさくえくんをお母さんに……」

 

 

「おいおいちょっと待てや。ここの家賃払ってんのは俺だぞ勝手に決めんなよ」

 

 

先程からこんな妄言ばかりだ。

酒の缶は三十本近く飲み干され、それに加えて瓶も三本ほど空っぽ。

テンション上がったせいで、二人が異常なペースで飲んでる事に気が付かなかった。朔上、一生の不覚。

 

 

それは兎も角、二人とも家主の俺を無視して何を勝手に相談してんだよ。普通そこには俺がいるべきだよね? 俺がおかしいの?

 

 

「でもさー、仮にすこやんがここに住む事になったら金銭的にも余裕が出来るじゃん!」

 

 

「ぐむぅ……酔っ払いにしては心を揺さぶる点を突いてくる……」

 

 

「そしてそして、この申し出を受ければもれなく、アラフォー寸前の美女をプレゼント!」

 

 

「……ありがとなこーこ。今の言葉のおかげで完全に自らを取り戻せた、この申し出は絶対に受けねぇ」

 

 

たまに家に来るだけでもこんな惨状を見るハメになるのに、住むなんて事になれば、俺の未来から希望は潰える。

しかも、すこやんがここに住めば、おそらくこーこも頻繁に来るようになるだろう。今でも一ヶ月に二回ほど来ているが、それが倍以上に跳ね上がる可能性が高い。

 

 

もう……俺は失いたくないんだ!

 

 

「ただでさえ学校が安息の地じゃなくなったのに、家まで占拠されてたまるかよ!」

 

 

「え? でもさくえくん、確か三日前に来た時は『学校こそ真の安息の地だな』とか言ってたよ? 何かあったの?」

 

 

「あぁ、確かに言った。でもその前に、未婚のアラサーが三日しか間を空けずに高校生の部屋に来る異常性について考えようか」

 

 

こーこはまだマシとしても、すこやんはものすごい頻度で俺の部屋に来る。

具体的には、休みの日はほぼ毎日来てるんじゃねぇかな……ってレベル。なんなら、仕事終わった後に来るまである。

 

 

そして、無駄にテンションが上がっていた俺は、無用な事まで口にしてしまった。

 

 

 

 

「後、何かあったかと聞かれたなら、麻雀部に勧誘されてる、と答えるしかねぇな」

 

 

 

 

しまった、と思っても後の祭り。

先程までの馬鹿騒ぎは何処へやら、部屋は水を打ったように静まり返っていた。

この二人は、特にすこやんは俺が麻雀を嫌った理由を知っているし、少し軽率だったか。

 

 

「……あー悪い、忘れ」

 

 

「ともきん、また麻雀始めるの!? だったらプロになればいいじゃん! 女子相手は兎も角、男子プロ相手ならやっていけるよ!」

 

 

「そうだね。でも、さくえくんって前に比べて弱くなってるよね? まぁ、大丈夫だと思うけどさ」

 

 

あまりに予想外な反応が返ってきた事に戸惑うが、慌てて言い返す。

 

 

「お、おい待ってくれ。俺は始めるなんて一言も言ってないぞ。それに、麻雀部に入るつもりもない」

 

 

「え、何でー? ともきんなら全国大会優勝なんて余裕でしょ?」

 

 

「いや無理だから。俺が勧誘されてるのは男女混合の部への出場のためだぞ? 昔なら勝てただろうけど、今は無理だって」

 

 

昨日打った時に理解した。

俺は今、最も強かった時と比べれば十分の一の力しか出せない。

ちょっと前にニュースで見た『宮永照』だって、あの頃の俺なら多分勝てた。自信はない。

だがそれも、過去の話。

 

 

「まぁ、さくえくんがやる気ないなら私は何も言わないよ。でも、もし麻雀始めたくなったら連絡してね」

 

 

「……まさかとは思うが、それで連絡したら駆け付けたりしないよな?」

 

 

「そりゃあ行くよ。さくえくんとはもう一度打ってみたいからね」

 

 

「流石ともきんLOVEのすこや」

 

 

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こーこちゃんストップストップ! ……さくえくん、今の聞いた?」

 

 

「い、いや? 流石ともきん、までは聞こえたけど、その後は聞こえなかったぞ?」

 

 

……本当は全部聞こえてたなんて言えない。

つーか恥ずかしい。こーこが酔っ払っていたとしても、このイベントはちょっと……。

それを酔っ払いの妄言と切り捨てるのは容易いが、どうにも期待してしまうのが思春期男子の性なのだ。悲しい。

 

 

いやいや待て、すこやんはアラサーだぞ?

十歳近く年上の女性に、そんな色恋沙汰を期待するなんてどうかしてる。

そもそもすこやんは友達及び腐れ縁であって、そういう対象ではない。うん、絶対にない。

 

 

「あれれ、ともきん赤くなってるよー? もしかして照れてるのかなー? 照れてるともきんって可愛いね! 女装とか似合いそう!」

 

 

「……お、俺が照れてる? 寝言は寝てから言えよ……って止まれ。その手に持った女性服は何だ、まさか俺に着せるつもりか?」

 

 

「絶対似合うってー! 一度だけでいいから着てみてよー!」

 

 

「ふっざけんじゃねぇ! 俺に女装癖はないし、そもそもそんな服は俺の家にねぇぞ! 誰のだよそれ!?」

 

 

「すこやんの着替え」

 

 

何故すこやんが着替えを持ってきているのかはこの際気にしない。割とよくある事だしな。

しかし、それを俺に着せるとなると話は別。

衣服を手にしたこーこに詰め寄られて後ずさる俺。

が、その動きはすぐに停止した。いや、させられた、と言うべきだろう。

 

 

「……なぁ、すこやん。今すぐに放せば許すから放してくれ。男の沽券に関わる事なんだ」

 

 

「嫌だよ。私も見てみたいもん」

 

 

「ナイスだすこやん! 今ともきんを脱がすからあと少しだけ抑えててね!」

 

 

「止めろや二人とも! 俺の女装なんて誰が得するってんだ! ……ってこーこ、ボタンを外すんじゃねぇ!」

 

 

制服のボタンは既に半分が取られており、それでも俺の拘束は解かれないし、脱がせるのを止めてももらえない。

このままでは、本当に全部脱がされる。

酔っ払いの行動力は時折恐ろしい出来事を引き起こすのだ。過去に何度も学んだはずなのに、それでも歴史は繰り返される。

今のすこやんとこーこに何を言ったって聞かないのは分かっている。ならば……。

 

 

「わ、分かった! 着る、着るから放してくれ! 絶対に一度だけ着るからさ!」

 

 

降伏宣言、である。

 

 

「本当!? じゃあ洗面所で着替えてきてね!」

 

 

「はぁ……これ、俺じゃなきゃキレてるレベルだぞ? 俺の寛大さに感謝すべきだな」

 

 

「自分で言わなければ完璧だったのにね……」

 

 

「知らんな。じゃあ着替えてくるけど、二人とも部屋をこれ以上荒らすなよ?」

 

 

無駄な気もするが、一応そう言い残して洗面所に向かう。

というか、アラサーの服を着る高校生ってかなりとち狂ってると言わざるを得ない気がするのだが、社会的な意味で大丈夫なのか?

 

 

ベージュ色のニットに紺色のタイトスカートの組み合わせ。

俺はファッション等には疎いので、これがお洒落なのかどうかは分からない。

着替え終わって鏡の前に立つと、そこには短い黒髪に赤目の少年(俺)が女装をしている姿が映る。……何やってんだ、俺。

 

 

しっかし、この服装で二人の前に出るのは恥ずかしいよなぁ……。

頬を軽く叩き、覚悟を決める。

どうせあの二人しか見ないんだ。あの二人に醜態を晒す事なんて日常茶飯事じゃないか。

 

 

「……さて、行くか」

 

 

何故か戦地に赴く兵士の心境を理解しながら、俺は二人のいる居間へと戻る。

 

 

「あ、ともきん着替え終わっ…………誰?」

 

 

「さくえくんもう着替……どちら様ですか?」

 

 

「オレオレ詐欺ならぬダレダレ詐欺でも流行ってんのか? 俺だよ、朔上知生」

 

 

本気で分かっていない様子の二人に呆れながら答えると、二人は顔を向かい合わせて目をぱちくりさせた。

服装は制服から一変したとはいえ、別に化粧をしているでもない。誰か分からなくなる程変貌しているとも思えないのだが、二人の反応は俺を弄ろうとしているそれには見えなかった。

 

 

「……今の俺ってそんなにいつもと違うのか? 服を着替えただけだぞ?」

 

 

「正直、下手なモデルより可愛いと思うよ。町を歩いてたらナンパされそう……」

 

 

「そういう事を言うんじゃねぇ。冗談でも鳥肌が立つわ」

 

 

「ねぇともきん! 一回ウインクしながら横ピースしてみて! 私見てみたい!」

 

 

「こーこはこーこで何言ってんだよ……? 俺は微妙な人気を誇る地元アイドルかっての」

 

 

そもそも男の俺が『朔上知生ですっ! よろしくお願いします! キラッ☆』とかやっても需要ないだろうに。……うっ、吐き気が。

というか、よく見れば空き缶や瓶が先程よりも増えている。つまり二人は、俺が着替えている間に更に酔っ払っているしまったわけだ。

 

 

「はぁ……一回だけやれば満足するか?」

 

 

「え、本当にやってくれるの!?」

 

 

「まぁ、なんだかんだ言って二人には世話になってるからな。このくらいの事ならやってやらんでもないぞ。ただ、一度だけだからな」

 

 

すぅ……と顔の横に手を伸ばす俺を、固唾を呑んで見つめる二人。そして、キラッ☆という効果音が付きそうな笑顔でピース。

それを見た二人は、期待を全面に出した表情のまま硬直した。かと思えば、顔を近づけてこそこそ話をし始める。

 

 

「…………すこやん、ちょっとともきんが可愛すぎてやばいんだけど」

 

 

「…………うん、私も一瞬我を忘れそうになったよ」

 

 

駄目だ、さっぱり聞こえない。

あんな一生の黒歴史になりうる事をさせておいてこの仕打ちはあんまりじゃないですかねぇ……。

 

 

「よし、決めた! ともきん、明日はその格好で何処かに出かけよう!」

 

 

一人黄昏てカルピスを飲んでいると、こーこが何度目か分からない意味不明な事を言い出す。

後、決めたって何だよ。こーこに俺の予定の決定権はないぞ?

 

 

「いや、明日も学校あるし。つーか、そろそろ寝ないと明日寝坊しそうだな……」

 

 

「うーむ……じゃあ明後日は? 明後日は土曜日だから休みでしょ?」

 

 

「だから、俺は女装癖なんてないって何度言えば分かるんだ! ……って今お前写真撮ったよな!? 今消せすぐ消せ!」

 

 

「出かけてくれたら消してもいいよ?」

 

 

……万事休す、か。

 

 

 

 

結局土曜日の件は明日話し合う事にして、今日は寝る事にした。

すこやんが着替えを持ってきていた時点で予想はしていたが、どうやらこの二人は今日も泊まるつもりらしい。まぁ、翌日が休みの日はほとんど泊まってるんだけどさ。

 

 

時刻は既に二時を回り、流石にもう寝なければ明日の体調が心配になってくる。

そのまま寝ようとする二人を洗面所に叩き込み、シャワーだけ浴びせたのが十分前。

空き缶や空き瓶は隅に寄せられ、部屋にはすこやんが持ってきた布団が川の字に敷かれていた。

 

 

ちなみに端から、こーこ、すこやん、俺の順番だ。と言っても、こーことすこやんの布団はくっ付いていて、俺の布団だけ明らかに離れているが。

この配置の方が三人とも落ち着いて眠れると思い、俺が提案した配置だ。

 

 

「あー……眠い。二人とも、電気消すぞー」

 

 

この部屋に一つだけの照明が落とされ、部屋を照らすのは月明かりだけとなる。

適当に丸めた毛布を抱き枕代わりに抱きしめ、俺はボーッと眠りにつくのを待っていた。

 

 

この、三人でいる時間が俺は好きだ。

でもよくよく考えれば、二人は何故俺と関わり続けようとするのだろうか。

俺は麻雀を止めた普通の高校生。片やすこやんはプロの雀士で、こーこはアナウンサー。

何度考えても問の結論は出やしない。

 

 

だが実は俺、この関係性が続く事を内心快く思っていなかったりする。

俺は、二人と対等でありたい。

世話になって支えてもらうだけではなく、助け合い、支え合う。そんな関係に、いつか辿り着けるのだろうか。

 

 

無限に湧いてくる疑問形に一つ一つ回答している内に、俺の意識は落ちていった。

 

 

 

 

翌日の朝、二人が二日酔いに苦しんでいたのは言うまでもない。




閲覧ありがとうございました。
誤字脱字ありましたら報告お願いします。

今回の内容に深い意味はさほどありません。ただ、朔上がすこやん達と知り合いである事と、学校と自宅では朔上の態度がかなり違う事を分かってもらえれば充分です。

次回もよろしくお願いします。


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第3話 二度目の麻雀部

こんにちは。
今回は麻雀します。
しますが、多分文章が滅茶苦茶です。ごめんなさい。

では、どうぞ。


「ねー今日は来てよー」

 

「…………分かった」

 

 

こんな事になってしまった理由は、俺が家を出る数分前に遡る。

 

 

今回も例に漏れず、二日酔いでギブアップした二人を介抱する朝。

もう何度目になるかも分からないが、いい加減に学習して欲しい。まぁ、この風景を楽しく思い始めている俺も大概だが。

 

 

「ほら、二人とも水飲め水。俺は味噌汁作ってくるけど、吐くなよ?」

 

「うーん……ちょっと無理かも……」

 

「…………なるべく早く作ってくる」

 

 

二日酔いには味噌汁が効果的。

以前ネットで調べた情報を参考に、和を基調とした朝食を作っていく。

白米、味噌汁に焼き鮭といったごく普通の朝食だが、俺にとっては贅沢でしかない。

ちなみに、いつもの俺の朝食は白米とふりかけのみだ。ひもじくて死にたくなってきた。

 

 

多分二人は食欲ないだろうし、俺の朝食と二人分の味噌汁を机に運ぶ。

 

 

「食欲なくても味噌汁ぐらいは飲んどけよ? 二日酔いに効くらしいからさ」

 

「さくえくん……ありがとうね……」

 

「そう思うなら、体調が戻ってからでいいから部屋を片付けてくれると助かる。俺は飯食ったら学校行くから」

 

「うん……出来る限りやっとくよ……」

 

「任せたぞ。……ふぅ、ご馳走様。さて、俺はもう行くからな。鍵は……すこやん持ってるよな? 行く時に閉めといてくれ。んじゃあ」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 

準備は昨日の内に終えてあり、後は学校に向かうだけの俺をすこやんが呼び止める。

立ち止まってすこやんの方を見ると、その表情は至って真面目なものだ。やがて口を開く。

 

 

「――――今日も麻雀部には行かないの?」

 

「あー……行かねぇよ。というか、俺は麻雀部員じゃないし」

 

「でも勧誘はされてるんでしょ? ……そうだ、私と一つ賭けようよ。今日一番最初に話しかけられた時に勧誘されたら、素直に麻雀部に行ってみる。どう? さくえくんが勝ったら、何でも一つ買ってあげるから」

 

「…………米」

 

「了解。でも、嘘はついちゃダメだからね? 私が勝ったら絶対に麻雀部に行く、いい?」

 

「OK分かった。米買う約束忘れるなよ?」

 

 

 

 

その結果、今俺は麻雀部の前に立っている。

今にして思えば、すこやんは俺がまだ麻雀を好いていると思っていて、俺が麻雀部に行く体のいい口実を作ろうとしたのではないか。

……考えすぎだな。どうせまた、いつもの気まぐれだろう。

 

 

「…………さて、行くか」

 

 

軽くノックをしてドアを開ける。

以前来た時の風景と最も異なっていたのは、その部屋にいるメンバー。

生徒会長に須賀京太郎は同じなのだが、初めて会った四人が増えている。それと、俺をしつこく勧誘した大星淡がいなかった。

 

 

「お、今日は来たわね。さ、座って座って」

 

 

生徒会長の開けてくれた席に座ると、同じ卓を囲んでいた三人からの視線が集中する。

知らない人だからって、そんなにまじまじと見る事はないと思うんですけど? 萎縮するから止めてくれません?

 

 

「部長、この人が前言っていたダブル役満を上がった人ですか?」

 

「えぇ、そうよ。そして、清澄高校男女混合の部五人目のメンバー」

 

「まだそうと決まったわけじゃないじぇ!」

 

 

本当にその通りだ。

 

 

「でも、彼なら全国でも通用する気がするの。なら、逃す手はないでしょ? で、どうなの? 麻雀部に入ってくれる気にはなった?」

 

「あ、えーっと……まだよく分かんないんで、もう一度打たせて欲しいなって」

 

「そう、分かった。今日は淡はいないけど、代わりにうちの最強が相手するわ。宮永さん、和、まこ、卓についてくれる?」

 

「……俺、大星淡に呼ばれたんですけど」

 

「あぁ、何だか急用が出来たそうよ」

 

 

……運悪いなぁ。

 

 

 

今回の相手は全員初見。

場決めにより、俺が北家。

 

 

「……朔上知生です。よろしくお願いします」

 

「み、宮永咲です。よろしく」

 

「原村和です。よろしくお願いします」

 

「染谷まこじゃ。よろしゅうなぁ」

 

東家 宮永咲

南家 原村和

西家 染谷まこ

北家 朔上知生

 

 

 

東一局

ドラ表示牌は{6}

 

 

さて、第一局だがどう動こうか……。

今回は役満を上がる気はあまりなく、あの打ち方で行くつもりだ。ならば。

 

 

「…………まぁ、これだな。ダブルリーチ」

 

{7}切りリーチ

 

 

(お、早速来たわね。どれどれ、待ちは……えっ!?)

 

 

朔上知生 手牌

{一五六八④⑦⑦⑧⑧⑨222}

 

 

(初手でノーテンダブリー!? 以前にはなかった打ち方ね……何が目的かしら)

 

(淡さんと同じタイプの打ち手でしょうか? 振り込まないように気を付けながらテンパイを目指しましょう)

 

(この人、お姉ちゃんみたいな雰囲気だ……きっと強いんだろうなぁ……)

 

(この半荘は様子見じゃけん。ダブル役満君の打ち方を見るためにも、振り込みだけは避けようかのぉ)

 

 

俺のダブルリーチに対して。

宮永咲{西}切り

原村和{7}切り

染谷まこ{西}切り

 

当然俺はツモ切りしか出来ず、打{6}。

 

「ポン」

 

原村和から声がかかる。

そして打{7}

 

原村和 手牌

{二三四②③④2358 6横66}

 

 

しかし、原村和及び全員上がらずに流局。

 

宮永咲 ノーテン

 

原村和 テンパイ

{二三四②③④2388 6横66}

 

染谷まこ ノーテン

 

そして俺。

 

「ノーテンだ」

 

「何を言っているんですか? あなたはダブルリーチを……」

 

「ノーテンリーチだって。あ、罰符な」

 

 

ノーテンリーチという意味不明な手に驚く面々を横目に、ノーテン罰符と一緒に罰符を場に置く。

 

 

宮永咲 25000→28000

原村和 25000→30000

染谷まこ 25000→26000

朔上知生 25000→16000

 

 

 

東二局

ドラ表示牌は{⑨}

 

 

初っ端からトップとの14000点差か。

別に驚きもしないし、むしろこうなる事を前提にリーチしたんだけどさ。

 

 

{五七八九①①②②③④789}

 

 

しかし、ここまでのいい手はいらないんだけどなぁ……しかも、ツモ{②}と来た。

ここで{五}を切ればテンパイ。だが……。

 

 

「……ダブルリーチ」

 

「またダブルリーチか。今回もノーテンリーチだったりしてのぉ」

 

…………大正解。

朔上知生の手牌

{五七八九①②②②③④789}

 

 

テンパイ放棄してのノーテンダブルリーチ。

しかも、ドラを手出ししての。

普通なら、というか当の俺すらもどうかと思うレベルの最悪手。ルールを理解しているかも疑わしい程だ。

でも、これは後の布石になる。

 

 

(またノーテンリーチでしょうか? しかし部長は、彼がダブルリーチでダブル役満を上がったと言っていました……今回も様子を見つつテンパイを目指しましょうか)

 

(さっき感じた雰囲気は気のせいだったのかな……今回は手もいいし、攻めようかな)

 

(今回も振り込み回避に専念、じゃな……)

 

 

その後、誰も動く事なく流局。

 

宮永咲 テンパイ

{①①①②②②5678西西西}

 

原村和 テンパイ

{五六七③④⑤1156789}

 

染谷まこ ノーテン

 

そして、当然俺も。

 

「……またノーテンだ。ほい、罰符」

 

 

罰符を支払う俺。

あまりにおかしい俺の打ち方に腹を立てたのか、原村和が音を立てて立ち上がった。

 

 

「……いい加減にちゃんと打ってください! ふざけているのなら帰ってくれませんか!」

 

「……あぁ、悪い。別にふざけてるわけじゃないんだよ。思いっ切り大真面目だ」

 

 

原村和がそれ以上何かを言う事はなかったが、顔には隠しきれない不満と怒りが現れていた。

 

 

宮永咲 28000→31500

原村和 30000→35500

染谷まこ 26000→26500

朔上知生 16000→6500

 

 

 

東二局 一本場

ドラ表示牌は{五}

 

原村和 打{西}

宮永咲 打{北}

染谷まこ 打{南}

 

 

……さて、そろそろ動くとするか。

何度もノーテンダブリーという意味不明な手を打たれた人間は、大抵俺のリーチを無視するだろう。そこに隙が生じる。

後は、そのわずかな隙を突くだけ。

 

 

「……ダブルリーチ」

 

朔上知生 打{①}

 

朔上知生の手牌

{一一一①③⑨⑨⑨11199} {②}単騎待ち

 

 

(あら、今回はテンパイみたいね。でも、何故{①}切りなのかしら? それを取っておけば清老頭だったのに……)

 

(またノーテンダブルリーチ……! 今度は攻めて上がり切ります!)

 

(この気配、最初に感じたのと同じだ……多分、高い手をテンパイしてる……)

 

(またダブルリーチとは……何を考えとるんじゃろうか?)

 

 

宮永咲 {①}ツモ切り

手牌

{③③③⑦⑧⑧13568西西}

 

原村和 {⑨}ツモ

手牌

{七八八九②⑦⑧6788東東}

 

 

(ここで絶好のツモ……{②}を切れば純全三色を狙えますね。それに彼はノーテンのはずですし、{②}は通る!)

 

原村和 打{②}

 

 

……やっぱり、出すなら原村和だったか。

宮永咲は表情を見る限り、俺のテンパイを察していたようだし、染谷まこは振り込まない事だけに専念してるし。

 

 

原村和の視線は手牌の中央辺りに向かっており、その顔にはわずかな逡巡が見られた。

恐らくではあるが、筒子に切りたい牌があったという事だ。

あくまで多分、だが。

 

 

原村和が{九 ⑨ 東 東}を持っている上、その近くもかなり有していると感じている。

それに加えて、他の幺九牌とその近くは持っていない事も感じ取れた。

 

 

ならば、{②}は不要牌でしかない。

 

 

「……ロンだ、倍満。途中で出るとは思っていたが、まさか最初に出るとはな」

 

「……えっ!?」

 

朔上知生 ロン

{一一一①③⑨⑨⑨11199 ②}

ダブルリーチ 一発 三暗刻 純全

裏ドラ表示牌 {⑤}

60符8翻の一本場 16300点

 

原村和 31500→15200

朔上知生 6500→22800

 

 

俺の最初の捨て牌が{①}であるため、本来ならば清老頭を張っている手。誰がどう見ても気がつく異常性だ。無論、それに原村和も気が付いているはず。

顔に隠しきれていない驚きが現れているし、手がわずかに震えている。瞳孔も開き、驚愕している人間の典型的な反応だ。

 

 

(何故!? あの{①}を取っておけば清老頭テンパイ! なのに何故{③}を残して{②}単騎待ち!? それに、今回はノーテンリーチじゃない!)

 

(まさかあのノーテンリーチは、そう和が考える事自体が目的!? ……まさかね)

 

 

先程の二連続ノーテンリーチを見た後の俺のリーチ、原村和はこう考えただろう。

今度は絶対ノーテンリーチだ、と。

しかし、麻雀ではその『絶対』が命取りだ。

その『絶対』が考えを硬化させ、原村和を攻めに固執させる。

 

 

さらに今回は、俺が以前来た時の話が伝わっている。俺がダブルリーチでダブル役満を上がったという事実を。

人は、自分が本心で偶然だと思っている事を行動で否定したがる。それは今回の振り込みにも如実に現れている。

 

 

俺が来た時、原村和が生徒会長に俺の話を聞いた瞬間、少しだけ表情が淀んだ。その理由は、それはその事実を偶然だと信じたかったからだ。

だが、生徒会長は本当だと言い続けた。

つまり今回の振り込みは、俺のダブルリーチ上がりを偶然だと証明したかった心理の現れでもある。

 

 

相手がプロや裏の打ち手ならともかく、原村和はただの高校生。その心理に身を任せるまでは早い。

 

 

それに加えて、この振り込みは点数以上の意味を持つ。

原村和が持つ俺のイメージ。

今までもはっきりしなかったイメージが、この上がりで完全にぼやけた。

 

 

二度ノーテンダブリーをしたかと思えば、東三局で倍満を直取りされる。

これが勢い重視の打ち手ならどうなったか分からないが、この打ち方はデジタル打ち手にとっては理解不能。そもそも、ノーテンリーチという発想自体が存在しない。

 

 

理解不能を抱き続ける原村和はデジタルを信用出来なくなり、自分の打ち方を見失う。

 

 

要するに、後一押しだ。

後一押しするだけで原村和は自分を見失い、自ら敗北に飛び込んでいく。

その一押しは、本当に軽い一撃だけでいい。

それは、原村和にとって致命傷となる。

 

 

 

東三局

ドラ表示牌は{東}

 

宮永咲 打{發}

原村和 打{發}

染谷まこ 打{南}

 

 

朔上知生の手牌

{三四四五③④⑤⑥⑦34西北}

 

 

タンピン三色を狙える手牌。

しかし、それでは足りない。それでは、最後の一押しになりえない。

そう思いながらツモった牌は{⑧}。

 

 

朔上知生 打{北}

 

 

(タンピン三色……一盃口はないわね。{四}を引いてリーチ、{2 5}の両面待ちが理想かしら)

 

 

そして、八巡後。

俺の手牌に{5}が訪れる。

今まで全てツモ切りだったため、手牌は変わっていない。つまり、ここで{西}を切れば{四}単騎待ちだ。

 

 

(リーチするかどうか……まぁ、私ならリーチするけどね…………えぇ!?)

 

「……リーチ」

 

朔上知生 打{四}

{三四五③④⑤⑥⑦⑧345西} {西}単騎待ち

 

 

(ここで{西}単騎待ち!? 流石の私もそこで待つ事はないわ。……でも、彼にはそこに理を見出した)

 

 

原村和の手牌

{五六七②②②⑧⑧4567西} ツモ{9}

 

(九巡目でリーチですか……)

 

朔上知生の捨て牌

{北東東發北北}

{南南横四}

 

(この捨て牌を見ると、彼は断幺九狙いが濃厚でしょう。つまり……この{西}は通るはずです)

 

原村和 打{西}

 

 

「リーチ!」

 

「通らないな。ロン、裏ドラが二つ乗ってハネ満だ。12000点」

 

 

朔上知生 ロン

{三四五③④⑤⑥⑦⑧345西 西}

裏ドラ表示牌 {南} 加算ドラ2

リーチ 一発 三色同順 ドラ2

40符6翻 12000点

 

原村和 15200→3200

朔上知生 22800→34800

 

 

これで俺は一位に浮上。原村和と三位との点差は20000点近くになる。

 

 

(もうわけが分かりません……{四}を残せば断幺九が付いて満貫確定だったのに……何故{西}を切ったんでしょうか……?)

 

(この人、すごい……! 原村さんが{西}を持っている事を察して……)

 

(トリプル役満君、とんでもない子じゃのう。今の和じゃ太刀打ちできん。後は咲がどこまでやるか、か)

 

 

この一撃で、原村和は沈んだろう。

この場にいても、同じ土俵に立って打ってはいない。恐らく、俺がリーチをすればベタオリ。鳴く事もしない。手を短くすれば、振り込みのリスクが高まるからだ。

 

 

こうやって、相手を破壊していくのだ。

 

 

麻雀を打つ人は、大まかにいくつかのタイプに分けられる。

一つ目、『能力』に近いもので戦う者。

二つ目、流れを重視する者。

三つ目、効率を重視する者。

四つ目、場の状況を見切る者。

五つ目、敵の心を操る者。

そして六つ目、そのいくつかを併せ持つ者。

俺はその六つ目の打ち手だ。

 

 

『能力』を使って大まかな場の状況を見切りつつ、後は観察力と読みで場を裸にする。

そして再び『能力』によって手を作り、相手が振り込むであろう牌で待つ。

だが、そうするには敵の癖や傾向を知る必要がある。なら、ノーテンダブルリーチ一本。

 

 

それが以前言っていた『あれ』だ。

俺の『能力』は単体でも使えるのだが、ノーテンダブリーと組み合わせる事で真価を発揮すると個人的には思っている。

 

 

ノーテンダブルリーチは、敵のオリ方や微妙な攻め方を知る絶好の手段。

最初の二連続ノーテンダブルリーチで三人の打ち筋をほぼ把握した俺は、東二局の一本場で勝負に出た。

 

 

{① 九}のシャボ待ちならば清老頭確定、ツモなら四暗刻のダブル役満まで手でわざわざ{②}単騎待ちの倍満。

視点移動から、筒子に不要牌があると見ていた俺からすればただの直撃狙い。しかし、他家からはそうは見えない。

 

 

未来予知や透視かと見まごう狙い撃ち。

さらに、それを直接受けた原村和にしてみれば、最早冗談の世界だろう。

それら全てを考慮した上での{②}単騎待ち。

 

 

当然、その賭けが失敗する可能性もあった。

だが、その可能性に臆して動けなければ勝負はありえない。むしろ、その道を通ってこそ勝負は訪れる。

 

 

原村和はもう敵じゃないが、問題は宮永咲。

時々感じたあの雰囲気は、このまま終わるとはとても思わせてくれなかった。

東四局、気を付けた方がいいかも知れない。

 

 

 

東四局

ドラ表示牌は{四}

 

 

前局の最後、気を付けた方がいいと言ったものの、特にこれといった動きはなく。

十二巡目で俺がテンパイ。

 

 

朔上知生の手牌

{三五五六七八九九九③③③南} ツモ{四}

 

 

「……リーチ」

 

 

朔上知生 打{八}

{三四五五六七九九九③③③南} {南}単騎待ち

 

 

先制親リーチで他家の動きを制限しつつ、オリるであろう原村和からの直撃を狙い撃つ。

それで終わりだ。

 

 

しかし、そんな状況に声がかかった。

 

 

「あ、カンです! ……ツモ、嶺上開花! 2600点の責任払い!」

 

 

宮永咲 ツモ

{二三四⑤⑤⑤2333 2 横八八八八}

断幺九 嶺上開花

カンドラは{⑥}

40符2翻 2600点の責任払い

 

朔上知生 34800→32200

宮永咲 31500→34100

 

 

嶺上開花って……0.28%だぞ。

しかも周りの反応を見るに、宮永咲が嶺上開花を上がる事はよくある事らしい。

……何だよそれ、宮永咲も『能力』持ちか?

まぁ、これではっきりした。

この卓で、宮永咲が一番ヤバイ。

 

 

 

南一局

ドラ表示牌は{東}

 

 

朔上知生の手牌

{③④④⑤⑥⑦25東東東南南}

 

 

かなりいい配牌だ。

リーチ場風牌混一ドラ3の倍満、裏が乗れば三倍満まで伸びうる手。

俺とトップは5900点差。

満貫もいらないような局面で入ったこの手、鳴いて早上がりを目指すか……。

 

 

そんな事より、宮永咲の手牌。

配牌で{一}四枚。また嶺上開花されるのではないかという妄想に囚われそうになるが、そんな事はそうそう起こる事ではない。

仮に起こったとしても、どうにでもなるし。

 

 

朔上知生 ツモ{南} 打{2}

宮永咲 打{北}

原村和 打{北}

染谷まこ 打{北}

 

 

その後数回ムダヅモをするも、{③}ツモ。

{5}切りでリーチをする前に、他家の捨て牌を確認する。

 

 

宮永咲の捨て牌

{北發西8四⑦}

{8二③}

 

原村和の捨て牌

{北北發西西8}

{2發中}

 

染谷まこの捨て牌

{北白白中九九}

{228}

 

 

{5}が一枚も出ていない事に一縷の不安を感じるが、筋を見るとかなりの安牌。

ここは攻めるべき……!

 

 

「リーチ……!」

 

 

「その{5}、カンです!」

 

 

また大明槓かよ……さらに暗槓を加えて嶺上開花上がったし。俺は確率信じてないけど、これはいくら何でも酷すぎる。

 

 

宮永咲 ツモ

{五六七七八九中 中 裏一一裏 横5555}

カンドラは{白}

今回は暗槓があったため、責任払いはなし

70符1翻 1200オール

 

宮永咲 32100→37700

原村和 3200→2000

染谷まこ 26500→25300

朔上知生 32200→31000

 

 

70符について突っ込みたくなるが、これが宮永咲にとっては普通なのだろう。

これに対して『ありえない』という感情を抱く事自体が負けへのタイトロープだ。そこを突かれると、人間どうしても壊れてしまう。

柔軟に、臨機応変に対応する事。基本的な事ではあるが、かなり重要な事だ。

 

 

 

南一局 一本場

ドラ表示牌は{白}

 

 

朔上知生の手牌

{一一一九九①①①111南南} ツモ{發}

 

 

これ以上宮永咲に上がらせるわけには行かない。だから、この局で仕留める。

 

 

「ダブルリーチ!」

 

 

朔上知生 打{發}リーチ

 

 

(またダブルリーチ……! 今回は現物があったから助かりましたが……次は何を……?)

 

(和が震えてる……まさか、こうなる事まで計算していたとでも言うの!?)

 

(勝てなかったなぁ……今度は勝てるかな?)

 

(淡も、えげつない新人を連れてきたもんじゃのぉ……)

 

 

宮永咲 打{西}

原村和 打{發}

染谷まこ 打{西}

 

 

幺九牌は全て俺の支配の中。

今は東場で一回ずつ、南場で一回ずつしか支配出来ないものの、それだけで充分。

文句なく敵を蹂躙する。

それが、俺の麻雀。

 

 

{一}ツモ

 

「カン」

 

{①}ツモ

 

「カン!」

 

{1}ツモ

 

「カンッ!」

 

最終形

{九九南南 裏一一裏 裏①①裏 裏11裏}

{九 南}待ち

 

{⑦}ツモ切り

 

 

(な、何ですかこれは!? 宮永さんじゃあるまいし、そんなオカルトありえません!)

 

(少し運の強い子だと思ってたけど、こりゃあ相当な化け物ね……)

 

 

そして、原村和のツモ牌は当然{南}。

 

原村和の手牌

{二三七八赤⑤⑥⑧23456南} ツモ{南}

 

 

(もう現物がない……彼の手は恐らく純全が絡んでいる。かと言って、他のどれを切っても確実性があるわけじゃない。なら、いっそ……)

 

 

原村和の表情に、何かを希う様子が強く現れている。つまり、今のツモは現物ではなく、手中にも現物がないという事だ。

 

 

俺なら迷わず中張牌の不要牌を切るが、現在の原村和の精神状態では不可能。

何故なら、原村和は俺が見えていない。

『もしかしたら』という言葉に縛られ、いつも通りの麻雀が打てなくなっている。

万が一、俺が一枚中張牌を抱えていたら……と思うだけでもう切れない。かと言って、幺九牌も危険すぎる。

 

 

こうなり、自身すら信じられなくなったデジタル打ちが進む道は一つだけ。

自分の手牌の中から、出来るだけ安全を買える牌を選ぶ事。つまり。

 

 

(……お願いします、これが通れば!)

 

原村和 打{南}

 

 

被った牌を切る事だけだ。

 

 

「……通らねぇよ。ロン。32000の一本場は、32300」

 

 

朔上知生 ロン

{九九南南 南 裏一一裏 裏①①裏 裏11裏}

カンドラは{五 ⑦ 7}で乗らず。

ダブルリーチ 場風牌 対々和 三暗刻 三色同刻 三槓子 混老頭

130符13翻の一本場 32300

 

朔上知生 31000→63300

原村和 2000→マイナス30300

 

 

 

 

対局終了。

最終結果はこんな感じ。

 

宮永咲 37700点

原村和 マイナス30300点

染谷まこ 25300点

朔上知生 59300点

 

 

終わってみれば俺の圧勝だが、途中ヒヤッとさせられる場面はあった。次は注意……って、何で俺は次の事を考えてるんだよ。

今になって思い返してみれば、対局中の俺、声が時々弾んでたよな。って事は、俺は内心麻雀を楽しんでいた?

 

 

……麻雀部、か。

 

 

「……あ、そういえば須賀。お前、俺に卵の代金払ってねぇよな? それ保留でいいぞ」

 

 

「え、どうしてだ? せっかく今日は払えるように持ってきたのに……」

 

 

「……そういう事、ね。じゃあ朔上君、どうしても来れない日は連絡してちょうだい。連絡先渡しておくから」

 

 

「え、じゃあ朔上……」

 

 

「改めて言います。生徒会……部長、俺を麻雀部に入れてください。バイトがどうしても忙しくて、たまに来れない日はありますけど」

 

 

何故かは分からない。

でも、ここにいればいつか、あの時みたいに麻雀を楽しめる時が来る気がするのだ。

根拠のない待ちはあまりしない主義だが、それも悪くない。

 

 

全く、ここまで計算した上であの賭けを持ち出したのなら恐ろしいぜ、すこやんよ。何年かかっても勝てる気がしねぇ。

まぁ今回は、体のいい口実を使うとしよう。

 

 

部屋を静寂が包む中、部長がゆっくりと窓際に歩いていき、こちらへ振り返ると。

 

 

「ようこそ麻雀部へ! 目標は全国優勝、これ一本よ!」




閲覧ありがとうございました。


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第4話 合宿

今回は試験的に地の文が三人称となっています。
正直難しかった(小並感)。遅くなったのはそれが理由です。

では、どぞ。



 

 

窮屈なバスで眠っていたからか、朔上の体の動きがいつも以上に鈍い。

睡眠欲から欠伸と伸びを何度も繰り返す。

その睡眠欲は某二人の襲来から来るものなのだが、それを知らない部員は朔上に怪訝な視線を向けていた。

 

今日、朔上が麻雀部に入部してから数日。

 

朔上を含む麻雀部一行は、合宿に来ていた。

 

 

全員は部屋に荷物を置き、一つの部屋に集まっていた。

殺風景な部屋に二つの麻雀卓。明らかに狭い部屋に部員八人が集っている。

 

ついさっきまで皆温泉に入っていた事もあってか、部屋の湿度が高い。

浴衣姿の六人に、私服が一人。

そして、制服が一人。

それに気が付いた染谷は二人に問う。

 

 

「お? 朔上と和は浴衣じゃないんか?」

 

「浴衣じゃ食堂やロビーに行けませんし、散歩にも出れませんから……」

 

「俺、あんまり浴衣好きじゃないんですよ。着心地が肌に合わなくて」

 

「いいとこ育ちの和は兎も角、朔上は何で制服なんじゃ? 私服持って来とらんのか?」

 

「持ってないんです、私服。金がないから買えなくて……は、ははっ……」

 

 

私服を購入する金すら持たない朔上は、平日休日問わず制服を着ている事が多い。

家では稀に、学校指定のジャージや体操服を着ている姿も見られるが。

自嘲気味に笑う朔上に向かう視線が、だんだんと同情混じりの視線へと変わっていく。朔上としては、場をなんとか和ませようとした笑いだが、それがさらに場を沈ませた。

 

 

「……つーか、俺の事はいいでしょ。早く練習始めましょうよ」

 

「そ、そうよね! じゃあ、早速特打ちだけど、最初のメンバーは私が決めるわ」

 

 

第一卓は、宮永咲、原村和、朔上知生、須賀京太郎。第二卓は、大星淡、竹井久、染谷まこ、片岡優希。

三位と四位が卓を入れ替わり、半荘を何度も打つという取り決め。

 

 

「さて、始めましょう。どんどん打つのよ!」

 

 

 

 

「――――ロン、12000の七本場は14100だ」

 

「だぁーっ! また飛んじまった!」

 

「須賀……お前弱すぎるだろ……」

 

「朔上が強すぎるんだよ! 最初っから一度も負けてねぇじゃねぇか!」

 

 

何度も人が入れ替わる中、朔上、大星、宮永だけは一度も入れ替わっていない。しかも、朔上と大星は毎回一位を守っていた。

麻雀という偶発性の高い種目での、この勝率は明らかに異常。

 

それに反して、須賀京太郎。

一度も例に漏れる事なく最下位をキープしている。意図的になら兎も角、大真面目に打ってこの成績もある意味異常。

 

朔上が、実は須賀京太郎も『能力』持ちなのでは? と思い始めた時、部長から。

 

 

「さて、今日はここまで! ご飯にしましょう」

 

「やたー! 私もうおなかペコペコだよ!」

 

(め……し……? …………はっ! まさか食費まで部費から出るのか!? 何だただの天国か)

 

 

食事が支給される事に涙を浮かべた朔上は欠伸でそれを誤魔化すと、食卓につく。

近所の飲食店でバイトをし、月六万ほどの給与で何とか口に糊をしている状況だ。そんな朔上にとって、ただ飯とはまさに僥倖。

 

実際問題、朔上以上に食事への感謝をしている男子高校生は存在しないだろう。

こんな事で、朔上はこの合宿に来た甲斐を感じていた。

 

 

 

 

食事や風呂を終え、男子部屋。

二人は既に布団を敷き終え、外をのんびりと眺めていた。

 

 

「……なぁ須賀、麻雀強くなりたいか?」

 

「どうしたんだよ急に? そりゃあ、強くなれるならなりたいけどさ」

 

「だってさ、お前雑用ばっかしてるじゃん。でも、強くなればそれも変わるだろ」

 

「……確かに、俺は雑用係だけどさ。別にそれが嫌なわけじゃないんだよ」

 

 

そう言う須賀の表情に一切の嘘はない。

言葉の意を汲み取れない朔上は首を傾げるばかりだが、須賀は当然のように続ける。

その口から出る言葉は、朔上には考えられない言葉ばかり。

 

 

「皆は俺よりもずっと強い。だからさ、出来るだけ多く練習してほしいんだよ」

 

「いや、お前メンバーだろ」

 

「大丈夫だって。俺も家ではネット麻雀で練習してるから」

 

「そういう問題じゃ」

 

「それにさ、俺は皆が麻雀してるのを見るのが好きなんだよ。だからここでは雑用してたいんだ」

 

「…………お前、馬鹿じゃねーの?」

 

「は!? 馬鹿ってどういう意味だよ!?」

 

 

呆れた朔上に、驚きながら問い返す須賀。

朔上は一つため息を吐き、淡々と須賀に対して言葉を紡いでいった。

 

 

「あのな、お前は一応選手なんだぞ? お前が大量失点して飛んだらどうするんだ?」

 

「あ……それは……」

 

「話はまだ途中だ。お前が雑用したがる理由は分かった。だからといって、お前が強くならなくていい理由にはならない」

 

「……そりゃあ、俺だって強くなりたいよ! でも、それ以上に皆に強くなってほしいんだ!」

 

「それはもう聞いた。だからさ、この一晩だ」

 

「一晩?」

 

 

須賀の言葉に、自信満々の笑みを浮かべた朔上は大きく頷いた。

 

 

「流石に宮永や大星、部長には勝てないと思う。でも、今の原村レベルなら多分勝てる。正直、あいつはあんまし強くないしな」

 

「和に……俺が勝てるのか?」

 

「余裕だ、俺が保証してやる。というか、前に俺が原村に圧勝してたの見ただろ?」

 

「まぁ、確かに見てたけどさ……あんなのが俺にも出来るか不安だな……」

 

「いや、あれじゃなくって。もう少し簡単に上がる方法があるんだよ。それを使いこなせれば、個人戦で県予選突破も不可能じゃない」

 

 

朔上の『県予選突破』の言葉を受けて、須賀に見て取れる表情の変化。

周りには強い打ち手ばかり。

そんな環境で一人取り残された須賀からすれば、その言葉は希望そのものだった。

 

 

「だから、この一晩。この一晩だけ本気を出せ。さっき部長から借りてきた雀卓もあるし、今日はみっちり練習しようぜ」

 

「お、おう! ……あれ? でも何でわざわざ俺のために?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ? って……まぁいいか。じゃあ朔上、いや師匠! 特訓お願いします!」

 

「その師匠っての止めてくれね? ……さて、まずはだな――――――」

 

 

二人の部屋の光は、結局夜が明けるまで消える事はなかった。

 

 

 

 

朝。

部長の呼びかけによって目を覚ました女子一同だが、未だに男子二人が現れない。

時刻は既に十時を回っている。

痺れを切らした部長が部屋の扉をノックしても、一切の反応はない。

 

 

「ちょっと二人ともー? 開けるわよ? ……ってどうしたの!?」

 

 

部長が見た先はまさに死屍累々。

うつ伏せに倒れたままぴくりとも動かない朔上と、麻雀卓に伏せたまま動かない須賀。

部屋には何本かのペットボトルと、須賀がぶちまけたであろう麻雀牌が散乱している。

 

しばらく部長が狼狽えていると、須賀と朔上が体を揺らして目を覚ました。

 

 

「……あれ、いつの間にか寝てたのか……?」

 

「……寝てたっていうか……一瞬気を失ってたんだろ。俺ここでぶっ倒れたみたいだし……」

 

「それは朔上だけだろ! 俺はそこまで寝不足じゃねぇよ! ……って部長? 何でここにいるんすか?」

 

「……部長? あ、ホントだ」

 

 

わずかに顔を上げた朔上の目元には大きなくまが出来ており、明らかに睡眠不足であると部長は察す。

 

 

「何でって、もう朝の十時よ? いつまで寝てるつもり?」

 

「……いや、ね? 須賀の特訓してたせいで全く寝てないんですよ。今だって集合しようとして気絶してましたからね?」

 

「俺のせいかよ!? まぁ、確かに俺の特訓が理由なんだけどさ……」

 

「え? え? どういう事?」

 

「要するに、俺、寝不足、です。というわけでおやすみなさい……」

 

「おい朔上もう起きろよ! 早くお前に教わった打ち方試したいんだよ!」

 

 

興奮しながら朔上を揺らす須賀と、何とか起きまいと伏せ続ける朔上。そして状況に付いていけずに呆然とする部長。

その状況は、朔上が観念して起きる十五分後まで続いた。

 

 

 

 

「おっそーい!」

 

 

扉を開けるや否や、大星の不満顔が三人の目に飛び込む。その後ろでは宮永、原村、染谷、片岡が先に卓を囲んでいた。

 

 

「悪ぃ! 朔上がずっと駄々捏ねて起きないもんだからさ……」

 

「おい、俺が寝てない原因を忘れるなよ? お前が点数計算さえ完璧だったらなぁ……」

 

「わ、悪かったって何度も言ってるだろ!」

 

「二人とも、言い争いはそこまでよ? あの卓もそろそろ終わりそうだし、皆の特訓メニューを発表するわ」

 

 

数分後、宮永が嶺上開花を和了。

宮永が一位、原村が二位で決着が付いた。

 

 

「さて、全員集合! この合宿の目的は、新一年生の実力の底上げよ。あなた達には、夏の大会で活躍出来るようになってもらう必要があるの。いい? ……まずは優希、はいこれ」

 

「なんだじぇ?」

 

「算数のドリル。これを毎日一冊やる事」

 

「えぇぇっ!? 何でだじょ!?」

 

「あんたは点数移動計算がダメすぎるからのぉ」

 

 

その一言で引き下がった片岡を見て頷くと、部長は朔上の方を見る。

が、その時の朔上はうつらうつらといて気が付かない。横に座っている大星が脇腹を突くが、どうにも睡魔には劣るようだ。

 

 

「朔上君、あなたは…………朔上君?」

 

「さっくー起きなよ! これじゃあ麻雀打てないじゃん!」

 

「…………ん? あ、すいません部長。で、何ですか?」

 

「まだ何も伝えてないわ。じゃあ伝えるわよ?今日はずっと、能力使用禁止。それと……」

 

(能力使用禁止? そんなの余裕じゃん)

 

「ロンでの上がりも禁止、この条件で打ってみてちょうだい」

 

「…………いやいや、無茶言わないでください」

 

 

朔上は基本、ロンで上がる事が多い。

つまり、部長の言うルールを呑めば朔上はいつもの打ち方を大幅に変更するしなければならず、雑魚相手ならまだしもこの面子相手にそれは無謀ないしは無茶というものだ。

 

 

「確かに無茶かもね。でも、あなたの牌譜を見ていて思うの。あなたがデジタルで打てるようになれば、今よりもっと強くなれる」

 

「いや、それは知人にも言われた事ありますけど……俺、数学苦手なんですよ。だから牌効率の計算とか出来なくて……」

 

「だから、今日はツモで上がる事だけを考えて打ちなさい? 幸いにも、清澄高校には強力なデジタル打ちがいるわ! 見て学んでみて?」

 

「はぁ……まぁやってみます」

 

 

その後、宮永、原村、大星に特訓の内容が告げられる。

宮永はパソコンでネット麻雀、原村はとにかく打つ、大星はリーチ禁止という事らしい。

 

二人が抜けて六人になってしまったため、二人が抜けて四人で卓を囲む。

最初は、須賀、原村、部長、染谷。

朔上は須賀の後ろに座り、徹夜で教えた打ち筋が出来ているかどうかを伺っていた。

 

 

 

東一局

ドラ表示牌 {南}

東 須賀

南 染谷

西 部長

北 原村

 

須賀 手牌

{二三四五八八④⑤⑨⑨東北白}

 

 

須賀の配牌は普通。他家に比べれば若干悪いだろうか。

しかし数巡後、須賀が動く。

 

「チー!」

 

原村の打{⑥}をチー。

そして次順、再び原村の打{六}をチー。

 

須賀 捨て牌

{北東白⑧南2}

{八}

 

(鳴いての三色、後は断幺九でしょうか……? なら、これは通るはずですね)

 

「リーチです!」 打{一}

 

「それ、ロン! 1500点!」

 

「……はい」

 

須賀 上がり形

{二三七八九⑨⑨ 一 横六四五 横⑥④⑤}

一気通貫

30符1翻 1500点

 

須賀 25000→26500

原村 25000→23500

 

 

『お前は基本的にツモ運が悪すぎる。だから取り敢えずは鳴け。安くてもいいから鳴いて手を作るんだ。後は出来る限り、他の役に見せかける鳴きをする』

 

(こんな感じか……! 今までの適当な鳴きよりもずっと使いやすい!)

 

 

上がりを取れた事がよほど嬉しいのか、朔上の方を見てガッツポーズをする須賀。

 

 

「あら、和が須賀君に振り込んだのって初めてじゃない? またリアルの情報に惑わされたのかしら?」

 

「ち、違います! ……今のは単純に須賀君の仕掛けに引っかかってしまったんです」

 

「確かに、今のはワシも三色だと思うとったわ。まさか隠し一通だとは……」

 

「……一度上がっただけでこの反応って、お前今までどんな成績だったんだよ?」

 

「九割近く焼き鳥」

 

「」

 

 

驚きのあまり絶句する朔上を横目に、卓の状況は進んでいく。

 

 

 

東一局 一本場

ドラ表示牌 {7}

 

 

七巡目

須賀 手牌

{三七九②③⑥⑧5889南南}

 

 

七巡目で未だ三向聴。

今までのツモが全て字牌という圧倒的不幸に見舞われ、手が一向に進まない。さらに。

 

(前巡の和……{赤五}を迷いなく手出しした……て事はテンパイが近いのか……?)

 

今の須賀は朔上から麻雀の基礎をだいたい教わっており、テンパイ察知能力も少しは身に付けていた。

そして、その読みはおおよそ当たっている。

 

 

原村 手牌

{一一七八②③④⑦⑧⑨789} {六 九}待ち

 

手変わりを待っているためリーチはしていないが、ダマテンでも{九}を振り込めば8000点が炸裂する手だ。

しかし、そんな状況への対処法も朔上は教えていた。

 

須賀は染谷 打{南}をポン。打{5}

次いで部長から放たれた{8}もポン。打{三}

傍から見る須賀の手牌の様子は、

 

 

{裏裏裏裏裏裏裏 8横88 南南横南}

 

 

であり、一見ドラ三の染め手に見える。

が、この時須賀は当然ノーテン。染め手はおろか張る事すら困難な状況だ。

しかし、そう思えるのは後ろから見ている朔上と大星、後は須賀のみ。対局者にとって、親のこの鳴きは危険なものでしかない。

 

 

(京太郎のあの仕掛け……染めとるのか? ここは一旦オリじゃな) 打{西}

 

(今までの須賀君ならともかく、今の須賀君は馬鹿に出来ないわね……一旦安牌の対子切って回ろうかしら) 打{三}

 

(須賀君のあの鳴き……もう筒子は切れませんね。取り敢えず今ツモったこれを) 打{七}

 

 

結局この局は誰も上がれず、原村の一人テンパイとなる。

 

原村 最終形

{七八九①②③④⑥⑦⑧⑨77}

 

 

「あー……ダメでした。ノーテンです」

 

須賀 26500→25500

染谷 25000→24000

部長 25000→24000

原村 23500→26500

 

 

『自分のツモがダメだと思ったら、その局は流せ。字牌やドラを鳴けば、染め手や高目とかに見せかけて牽制出来る。そうやって、他家の手を遅らせるんだ』

 

(朔上は基本的な事だって言ってたけど……何だがすげぇ強くなった気がする!)

 

 

この局、実は原村は少し強気に攻めれば上がる事が出来ていた。{①}を引いてきた時に{④}を切れれば、その三巡後に須賀から{九}が振り込まれていたのだ。

しかし、その時原村は{一}の対子落とし。

これは、紛れもなく須賀の鳴きを恐れた上での一種の逃げ。

 

誰かを遅らせた分だけ、須賀が進む。

朔上はその場の流れも考慮した打ち方を須賀に教えており、須賀もそれをおおよそ理解していた。そして次局、期が訪れる。

 

 

 

東二局 流れ二本場

親 染谷まこ

ドラ表示牌 {二}

 

須賀 配牌

{六七七②③③③⑤⑥5567}

 

 

『足止め決まれば猛連荘! なんて言葉もあるくらいだ。お前がうまく打てれば割とすぐ勝負手が来る。それはきっちり面前で仕上げろ。それで流れを掴むんだ』

 

(……これは結構いい配牌じゃないか? ちょっと狙ってみるか)

 

 

そして六巡後、あっさりとテンパイ。

 

「リーチ!」

 

須賀 テンパイ形

{五六七②③③③⑤⑥⑦567} {①②④}待ち

 

 

この巡目でのリーチにしてはかなりの高打点。しかも三面待ちと広い。

それに加えて、今の須賀は場の流れを掴んでいた。後ろで見ている朔上が関心するほどには。

 

つまり、これはある種の必然だった。

 

「……お、一発ツモ! 3200・6200!」

 

須賀 上がり形

{五六七②③③③⑤⑥⑦567 ④}

裏ドラ表示牌 {中}

リーチ、一発、ツモ、断幺九、平和、三色

20符7翻 3200・6200

 

須賀 25500→38100

染谷 24000→17800

部長 24000→20800

原村 26500→23300

 

 

「よっしゃ! これでまたトップ!」

 

「ハネ満一発ツモ……初めてにしてはうまく流れを掴んでんな……正直驚いた」

 

「そうねぇ…………あ、そうだった。和、今からペンギンを抱いて打ってちょうだい」

 

「エトペンを……抱いて?」

 

「なにそれちょー可愛い! 私もやるー!」

 

「淡はまた今度にね。で、和だけど、あなたは自宅でネット麻雀を打っている時が一番強い。なら、ペンギンを抱いて打てばいつも通りの力が発揮出来るんじゃと思ってね」

 

「……ただの思い付きじゃ?」

 

 

須賀の呟きに朔上が頷くも、部長が耳を貸す事はなく、原村がエトペンを抱いて麻雀を打つという謎の特訓が始まる。

 

しかし、その後の原村は圧倒的だった。

今までの微妙なミスが全てなくなり、テンパイ速度が異常なまでに速くなる。その上、他家の鳴きに惑わされないため、須賀の引っ掛けや足止めも通用しない。

 

東三局であっさりハネ満をツモ上がる。

 

須賀 38100→35100

染谷 17800→14800

部長 20800→14800

原村 23300→35300

 

そして、あっという間にオーラス。

 

 

 

東四局

親 原村和

ドラ表示牌 {3}

 

須賀 配牌

{一三五九②②⑥⑧137東北}

 

 

(オーラスの二位でこの配牌……須賀に逆転はちとキツイかな……?)

 

(…………………………)

 

 

須賀

ツモ{一} 打{五}

ツモ{一} 打{三}

ツモ{九} 打{3}

ツモ{九} 打{7}

 

 

(……いやいや待て待て。何だこのツモ? まるで俺みたいな…………)

 

(ちょっとさっくー、京太郎に何教えたの?)

 

(こいつ、直接脳内に……! ってそうじゃなくて! …………幺九牌を引くコツというか、その感覚は少し話した記憶があるけど……)

 

(そんな簡単に出来る事じゃないよねー)

 

(そうなんだよなぁ……須賀が『能力』持ちなら話は別だけど)

 

 

朔上と大星が脳内会議を開いているうちに、須賀がテンパイ。

 

須賀 手牌

{一一一九九九②②⑧11東東} ツモ{1}

 

 

({⑧}切りでテンパイ……でも)

 

原村 捨て牌

{東發三79横⑨}

 

 

(流石にあの捨て牌に{⑧}は切れない。リーチ宣言牌の裏スジだし……ここは{②}の対子落としがベターか? …………ってちょ!?)

 

「リーチ!」 打{⑧}

 

「ロン。18000です」

 

「「ですよねー!」」

 

須賀 35100→17100

原村 35300→53300

 

 

朔上と大星の声が重なると同時、原村の上がり止めで決着。

 

一位 原村和

二位 須賀京太郎

三位 染谷まこ

四位 竹井久

 

 

 

 

「――――なぁ、お前馬鹿なのか? あの捨て牌と視点移動を見てどうしたら{⑧}切れる? 裏スジじゃねぇか?」

 

「視点移動なんて見てるわけねぇだろ! それと裏スジって何だよ教わってねぇよ!」

 

「……あれ、言ってなかったっけ?」

 

「言ってねぇよぉ!」

 

 

対局後の反省会。

須賀の{⑧}切りに文句を言う朔上と、少し楽しそうな須賀。

 

 

「はぁ…………これはまだまだ練習の必要がありそうだな…………で、どうだった?」

 

「え? 何が?」

 

「何が? じゃねぇよ。最後は原村に負けたが、それでも二位だ。何かあるだろ、達成感とか喜びとかさ」

 

「そりゃああるぜ! 正直すげぇ嬉しかったし、達成感もあった! ……でも、ちょっと悔しいかな。あとちょっとで和に勝てなかった」

 

「いや、あれはお前じゃ勝てん。エトペンモードの原村は相当強かったからな……。つーか、それに比べてあの二人は……」

 

 

朔上がチラッと見た先には、ショックを受けて項垂れる部長と染谷、それを慰める原村と大星の姿が。

 

 

「あー……手加減してたとはいえ須賀君に負けたのはショックだわ……しかもラスで」

 

「ワシも正直ショックじゃな……これからぁ京太郎も侮れんのぉ……」

 

「ぶ、部長に染谷先輩も落ち込まないでください! 麻雀は偶発性の強いゲームですし、須賀君が勝つ事もありますよ!」

 

「でも、部長がラス引くのはアレですよねー?」

 

「」

 

「大星さん! あぁっ、もうっ!」

 

 

先程までの静謐さはどこへやら、声を荒らげる原村と、大星の止めの一撃を受けて静かに撃沈した部長。

朔上は部長の近くに寄り、裏声で囁く。

 

 

「落ち込む必要はありませんよ……頑張ってください」

 

「ひゃうっ!? ……い、今の誰!?」

 

「俺ですけど」

 

「さ、朔上君!? で、でも、今のはどう聞いても女子の声……」

 

「裏声使ったんですよ。以前家によく来る人に使った事がありましてね、その人が元気出たって言ってたんで。どうでしたか?」

 

「…………………………」

 

「何ですか、人の顔をジロジロと見て」

 

「……言われてみれば、朔上君の顔ってすごく女子みたいよね。色白いし、整ってるしで羨ましいわぁ……女装したら似合いそうね」

 

 

『女装』のワードで嫌な記憶がフラッシュバックした朔上はわずかに顔を歪める。

 

 

 

 

『でさーともきん? 覚悟は決まった?』

 

『決まるわけねぇだろ……何が悲しくて女装したまま外を出歩かなくちゃならんのだ?』

 

『でもこのままだとあの写真が流出されちゃうよ? 主にこーこちゃんの手によって』

 

『そうなんだよなぁ……っておい。『主に』って事はすこやんも協力する気か?』

 

『ふっふーん! もうすこやんはこっちの味方だよ! もう無駄な抵抗はよしな!』

 

『…………はぁ、分かったよ。ただし、条件がいくつかある。一つ目、俺の眼鏡着用を許可する事。二つ目、知り合いを見つけた際の逃亡を許可する事。三つ目、この件を二人の知り合いに話さない事。オーケー?』

 

『おっけー!』

 

『お、OK!』

 

 

 

 

「……頭痛が痛てぇ」

 

 

朔上自身日本語がおかしい事は承知しているが、それでも口から漏れてしまう。まだ正式な日程は決まっていないものの、二人の性格からしていつまでも先延ばしされるとも思えない。

 

朔上は近い未来に訪れるであろう地獄を思うだけで、海に身投げしたい気分だった。

 

 

「……ま、長野に海はないんだけどさ」

 

「朔上君? どうかした?」

 

「あ、いえ何でもないです。ちょっと一昨日の自分を殴りたくなっただけなんで」

 

「そ、じゃあ朔上君と淡は卓に入って。私とまこが抜けるから」

 

「え、部長抜けるんすか? 俺が抜けますって」

 

「いーのいーの。というか、その卓に入ったら今度こそ麻雀牌握れなくなりそうだわ」

 

「そ、そんな事があるんすか……?」

 

「あるだろ」

 

「「「「「えっ」」」」」

 

「……え?」

 

 

 

 

――――十数分後。

 

 

「勝てない……こんな縛りじゃ勝てない……」

 

「これで一回目だよ! 後九十九回!」

 

「…………大星、お前はいいよな。リーチ禁止なんてヌルゲーで。俺は能力禁止+ロン上がり禁止だぞ!? どうやって勝つんだよ!」

 

 

結果は、朔上の惨敗。

一位 大星淡

二位 原村和

三位 須賀京太郎

四位 朔上知生(焼き鳥)

 

 

「牌効率とか分かんねぇよ……ツモとか能力禁止じゃあ都市伝説だろ……」

 

 

デジタル打ち全否定な発言を漏らす朔上に見兼ねたのか、原村が口を開く。

 

 

「はぁ……朔上君、あなたならこの手牌から何を切りますか? もちろん能力は禁止で」

 

手牌

{①②③④④⑤⑧⑧⑨3456} ツモ{⑥}

 

「うーん……{3}切りだな」

 

「…………その心は?」

 

「{3 5}と落として{6}切りリーチ。こうすれば{4}が出やすくなるし、河に筒子が出ていかないから筒子を縛る事も出来る。正解か?」

 

「0点です」

 

「なん……だと……?」

 

「いいですか? ここは{①}切りが正解です。理由は、辺張待ちの{⑦}より索子が伸びる可能性の方が高いから。分かりましたか?」

 

「はぁ……まぁ一応」

 

「そうですか。では次の問題行きますよ」

 

「……え、まだやるのか?」

 

「当たり前です。では、この手牌では…………」

 

 

顔が青ざめていく朔上に次々と問題を出していく原村。

それを横目で見る部長と、彼女歩み寄る染谷の表情は柔らかく。

 

 

「あの二人、案外うまくやれそうじゃのう、部長?」

 

「えぇ。……あの二人、案外デジタルとオカルトで部内の名コンビになるかもね」

 

「流石にそりゃあないじゃろ。和と咲ならあるかも知れんが」

 

「ふふっ……どうなるかしら? 楽しみだわ」

 

「悪い顔じゃのお…………」

 

「そうかしら? …………あ、そういえば」

 

 

染谷の呆れ顔を見てくすくすと笑う部長は、突如何かを思い出したように手を叩いた。

そして、部員全員を集めて話し始める。

 

 

「実は、まだ男女混合の部のメンバーが決まってないのよねぇ……」

 

「男女混合の部は今年が初じゃからな。準備期間が長ぉ設定されとるんよ」

 

「はぁ……で、どうしてそれを今?」

 

 

須賀の問い返しに、部長はよからぬ事を思い付いたが如き表情でこう言い放った。

 

 

「たった今から、女子限定メンバー争奪戦を開始するわ!」

 

「何で女子だけ……? あ、そっか。男子は二人しかいないから確定なのか。じゃあ俺と須賀は見てるだけですね」

 

「朔上君は参加してもらうわよ?」

 

「えっ」

 

「能力もロン上がりも可能な朔上君から一度でもトップを取った人から勝ち抜け。どう? 面白そうでしょ?」

 

 

 

 

「…………えっ?」




閲覧ありがとうございました。

この話を書いてて、私は思いました。
他の学校を共学化するとしても、それが全員モブってのはつまらないんじゃないか? と。そこで馬鹿な私は、
「あ、だったら他の学校での話も書けばいいじゃん!」
と思い立ちました。

というわけで、朔上編が落ち着いたら他の学校についての話を書くかも知れません。ちなみに、そのキャラのオカルトはだいたい思い付いてます。長々と申し訳ありませんが、報告させていただきました。


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第5話 朔上の昔話

本文にもありますが、メンバー争奪戦はカットとなりました。
正直、朔上相手に一位を取るなんて少なくとも十局は打たないと無理そうなので。
楽しみにしてた人、ごめんなさい。

※鬱展開(?)注意


 

 

※メンバー争奪戦はカットです。

 

 

 

何度にも及ぶ対局の結果、女子のメンバーは宮永、大星、原村に決定した。

部員が落ちたのは驚きだったが、エトペンモードの原村には適わなかったらしい。それよりも、俺が地味にショックなのは。

 

 

「三回も負けた…………? 割と本気だったのに……これは落ち込むわ……」

 

「三回負けたくらいで何をそう落ち込んでいるんですか? 私達は今日だけでその倍以上負けてるんですよ?」

 

「いや、そりゃそうだけどさ……こうも負けたの久しぶりなんだよ……」

 

「麻雀は偶発性の強いゲームですから、どうやったって負ける事はありますよ。だから、この負けを次に活かす事が重要です」

 

「……それもそうか」

 

 

原村の気遣いが多少効いたのか、机に項垂れていた体を起こす気力は湧いてきた。

気力は湧いても、疲労が全回復するわけではない。一日中ぶっ通しで麻雀を打ち続けたせいで腕がボロボロだ。

 

体を起こした勢いでそのまま寝転がる。

と、今この部屋には俺と原村しかいない事に気が付いた。

 

 

「……あれ、他の皆は?」

 

「部長と染谷先輩は打ち上げの準備に、残りの皆は隣の部屋でウズウズしながら待ってます」

 

「じゃあ何故に原村はここに?」

 

「朔上君に……一つ聞きたい事があったからです」

 

 

そう言う原村の表情は至って真面目で、見ている自然と俺の表情も固くなる。

部屋は自然と静寂に包まれ、音は隣の部屋から聞こえてくる喧騒だけとなった。そんな気まずい状態がしばらく続いた後、原村が口を開く。

 

 

「…………最初に麻雀部に来た時」

 

「あぁ……もう言いたい事は分かった。要するに、何故俺が麻雀を嫌いになったのかを聞きたいんだろ?」

 

俺の言葉を受けて、小さく頷く原村。

その顔には先程まではなかった、逡巡が見て取れた。大方、これを聞くのは失礼に値しないだろうか? なんて考えているんだろう。別に俺は気にしていないのにな。

 

実際俺が周りにそれを話さなかったのは、単に不幸自慢だと思われたくなかったからに過ぎない。

つまり、聞かれたら普通に答えるよ?

 

 

「話す事は別にいいんだけど……結構長い話になるぞ? 十年くらい前まで遡るからな」

 

「構いませんよ。何となくそんな気がしてましたから」

 

「そうか。じゃあ、まずは…………」

 

 

 

 

《十年前》

 

 

『父さーん、これは何切ればいいの?』

 

 

麻雀の練習中、何切る問題の冊子を片手に俺は父さんを呼ぶ。

つい最近父さんに教わった麻雀だが、どうにも俺の肌に合って面白い。同年代の友達には理解されないが。

 

ここは茨城県某所にある家。

極普通の一軒家に今は二人。以前も二人。

俺が産まれた時のショックで母さんは息を引き取ったらしい。それ以来、俺は男手一つで育てられた。

 

 

『お、もうここまで解けたのか? やっぱり知生には才能あるぞ!』

 

『ほんと? えへへ…………』

 

『でもこれは基本中の基本だ。これが終わったら次はネット麻雀で特訓だぞ?』

 

『うん!』

 

 

祝日と父さんの休みが偶然重なった今日。

俺も父さんもどこかに出かけたがるタイプではないため、居間でゴロゴロしながら麻雀の特訓に勤しんでいた。

 

父さんは一時期プロを目指していたが、父さんの実家の金銭事情が原因で断念したらしい。以前ばあちゃんから聞いた話だ。

その時のばあちゃんの表情が悲しげだったから、この話は一度きりだ。

 

 

『じゃあこれは……ここ?』

 

『大正解! じゃあ次……と言いたいけど、そろそろ昼飯にしよう。何がいい?』

 

『うーん……ラーメン!』

 

『よーし! 少し待ってろ、すぐに作ってやるからな!』

 

『はーい!』

 

 

そう言って台所に歩いていった父さんの背中を見送り、テレビをつけてみる。

今はちょうどインターハイとやらが行われているらしく、高校生が麻雀を打っている姿が映し出されていた。

 

 

『すげぇ……俺も出たいな……』

 

 

その中でも特にすごいのが、今映し出されている女子高校生。肩あたりまでの黒髪に、少し怖い表情の人だ。

何がすごいってすごい。そうとしか言い表せない程、その人は圧倒的だった。

 

しばらくテレビに見入っていると、おぼんの上にラーメンを二杯乗っけた父さんが台所から戻ってくる。

そしてテレビを見て。

 

 

『お、小鍛治健夜か。知生よ、お前見る目あるなー』

 

『この人、こかじすこやって言うの?』

 

『あぁ、そうだぞ。インターハイ出場は今年が初めてなのに、歴戦の猛者を相手に無双状態さ。とにかくすげぇんだよ』

 

『インターハイってこんなに強い人がたくさんいるの?』

 

『どうだろうなぁ……男子は女子よりもレベルが何段か低いからな……戦ってみたいか? 強い奴と』

 

『もちろん! まだまだ遠いけどね……』

 

『そうだな。じゃあ、取り敢えず飯食おうぜ。腹が減っては戦は出来ぬ、だろ?』

 

『よーし! いただきまーす!』

 

 

椅子に飛び乗り、一も二もなくラーメンにがっつく俺。それを見て笑いながら、父さんはさらに朗報を告げた。

 

 

『飯食い終わったら、一回ネット麻雀打つか?』

 

『え、いいの!?』

 

『あぁ。そろそろルールや打ち方も覚えただろうし、実戦練習の始まりだ』

 

『やった!』

 

『でも慌てて食べてむせるな……って言わんこっちゃない。ほら、水飲め水』

 

 

父さんから受け取った水を一気飲みして、またラーメンを啜る。

 

食い終えたら、いよいよ初の実戦だ!

 

 

 

ラーメンを猛スピードで平らげ、食器の片付けを手伝った後。俺は父さんのパソコンの前に座っていた。

その後ろには父さんが付き、色々と教えてくれるらしい。

 

 

『まず、操作方法は分かるか?』

 

『うん、前に父さんが打ってるの見てたから』

 

『そうか、なら早速打ってみろ。最初は東風戦で慣れるところからだな』

 

『よーし、がんばるぞ!』

 

 

 

『…………ロン。32300』

 

 

ロン宣言を意味なく口上し、大きく伸びをする。これで四連続トップだ。

 

少し打ってみて分かったのだが、ネット麻雀の低ランクには役も分からず打っている素人がちらほらいるらしい。

そういう人は大概テンパイ即リーだから、狙いやすいと言えば狙いやすいけど。

 

 

『父さん、今回はどうだった?』

 

 

後ろを振り返り父さんに尋ねるが、父さんは何かをブツブツ呟きながら考え事をしているようだ。

仕方ないので批評を受けるのを後回しにした俺は、台所にお茶を取りに行った。

 

廊下に飾られている一つの写真。

そこに写っているのは、俺と父さんと見た事のない母さんの姿。

長い黒髪に赤目の、ちょうど俺が髪を伸ばせばこんな感じになるであろう顔が朗らかな笑顔を浮かべている。

 

毎朝背伸びして見る鏡に映る顔と瓜二つなあたり、やはり俺はこの人の子供なのだろう。そう実感させられる。

お茶を飲み終えて部屋に戻ると、父さんがさっきの東風戦の牌譜とにらめっこしていた。

 

 

『父さん、どうしたの?』

 

『いや、知生の打ち方にところどころ気になる部分があってな』

 

『え!? 俺の打ち方変だった!?』

 

『いやー……そういうわけじゃないんだけどな……例えばこれ。何でこんな待ちにしたんだ? 役を捨ててまで』

 

 

{①②③④④④⑤⑥⑦3發發發}

 

 

『えっとね……ドラが{發}だし、一位だったからそんなに点数が欲しいでもないよね? じゃあ出そうな待ちにしようかなーって』

 

『それについては一理あるんだけど……どうして{3}が出るって分かったんだ? 結局一発で振り込まれたけど』

 

『うーん…………勘?』

 

『勘って……ま、いっか。一先ず、初勝利おめでとう!』

 

 

その日は二人、ジュースやらお菓子やらで夕食まで騒ぎ尽くした。

 

 

 

 

《現在》

 

 

「……一ついいですか?」

 

話の基礎となる部分を話している途中だったのだが、原村からストップがかかった。

話し始めてわずか数分しか経っていないのだが、既に原村の顔にはうんざりの文字が書かれている。

 

 

「どした? もう聞き飽きた?」

 

「いえ、そうではないんですけど……これってただのいい話じゃないですか? 親子の理想的な関係に思えますよ?」

 

「……確かに。でも、もう少ししたらとんでもない鬱展開になるから。そこまで我慢してくれ」

 

「やっぱりいい話では終わらないんですよね……分かりました、覚悟を決めます!」

 

「オーケーオーケー。じゃあ続きを……」

 

 

 

 

《八年前》

 

 

『くぅー……終わったー!』

 

 

父さんから言われた特訓内容である、二種類のネット麻雀のランクをカンストさせるを無事終えた俺は達成感に満たされていた。

確か一人だけ無茶苦茶強いプレイヤーが、いたな……名前は……のどっち? だっけ。

 

 

『お、思ったより早く終わったな! じゃあ唐突だけど、今から雀荘に行こう!』

 

『え、ほんと!? やった!』

 

『俺も準備するから、知生も早く準備しろよー?』

 

『うん!』

 

 

麻雀を始めてから一年ちょい。

待ちに待った雀荘初体験だ。小学校からの帰り道で何度も見た、中で麻雀を打っている大人の背中。それが羨ましかった。

しかしそれも今日で終わり。

 

 

『勝てるかなー……?』

 

『知生ならきっと勝てるさ。自信持てって』

 

『……そうだね。頑張ってみる!』

 

『その気持ちを忘れんなよ? どんな勝負も勝てるつもりで望むんだ、OK?』

 

『おっけー!』

 

 

そんな会話をしている内に、気が付けば雀荘の前にいた。

窓から見える、笑いながら麻雀を打っている人達。今日が祝日だからか、若い人の姿も多々見られる。無論、俺よりも小さい人は一人もいないが。

 

父さんに次いで中に入ると、案の定俺に注目が集まる。その視線から逃れるべく父さんの背中に隠れていると、ここの店主らしき人が奥から出てきた。

 

 

『おっ、久しぶりじゃねぇか? 今度はお子さん連れかい?』

 

『あぁ、こう見えても強いんだぜ? 卓空いてるか?』

 

『ちょうど一欠けが二つだな。どうする? 別々に入るか?』

 

『おう、俺も久しぶりに打ちたくなったからな! じゃあ……俺こっち入るわ』

 

『分かった、後でね!』

 

 

父さんと別れて卓に向かう。

俺の入る卓には、父さんと同じくらいの年齢の人が二人。もう一人は高校生くらいの黒髪の女性だった。

……あれ? この人どこかで見たような?

 

 

『よろしくお願いします!』

 

『おぅ、よろしくな坊主。それにしても、父親に似てお前も強いのか?』

 

『うーん……リアルで打つの初めてだからよく分かんない!』

 

『そうか。じゃあ一回打ってみようぜ。早く座りな?』

 

『はい!』

 

 

 

――――東三局

 

 

『ツモ、32000です』

 

 

この人…………強すぎる!

今までに上がれたのは、起親だった俺と下家の高校生っぽい人だけ。しかも、俺が上がれたのは一回のみ。

 

自分が切る番になるまでは冷静な思考が出来るのに、いざ回ってくるとそれが全く出来なくなる。どれを切っても振り込んでしまうような感覚に陥るのだ。

結局ベタ降りしている内に、下家の人が高い手をツモ上がる。

 

 

『やっぱり強いなー……流石にかの小鍛治健夜には勝てそうにねぇや』

 

『…………え? 小鍛治健夜って……あ』

 

 

バッと顔を上げて対面を見る。

言われてみれば、去年テレビで見たあの顔にそっくりだ。麻雀を打つ時の仏頂面も、肩までの黒髪も。

 

当の本人は、恥ずかしそうに頬を染め。

 

 

『どうも……小鍛治健夜、です』

 

 

これが、割と長い付き合いになる小鍛治健夜との出会いだった。

 

 

 

東三局

親 朔上知生

ドラ表示牌 {9}

 

 

相手が小鍛治健夜である事を知った瞬間、俺の中の何かが冷めていく気がした。思考が、いや、直感が研ぎ澄まされる。

こんな感覚は初めてだ。

今なら……勝てるかも知れない。

 

 

【『リーチ』】

 

 

小鍛治健夜の六巡目{四}切りリーチ。

…………想定内、予定調和だ。

おそらくこのままでは小鍛治健夜が役満を一発でツモ上がる。待ちは筒子全て。

 

 

小鍛治健夜 手牌

【{①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑨⑨}】

 

 

純正九連宝燈を六巡目でテンパイする事は分かっていたが、何度鳴いても防ぎきれない事も分かっていた。

どうせ防げないのなら、小鍛治健夜よりも早く上がるしかない。

 

 

【『カン』】

 

 

最速の手、小鍛治健夜の{四}をカン。

新たなドラ表示牌は{三}。

そして、嶺上牌は{七}。

 

 

【『カン』】

 

 

{七}を暗槓、そして{3}切りリーチ。

新たなドラ表示牌は{⑨}

 

 

朔上 手牌

【{二二五五五22} {四四横四四} {裏七七裏}】

 

 

小鍛治健夜より先に上がる術が一種類しかないなんて流石にびっくりだ。

でも、これで上家が俺に振り込む。何故かは分からないが、そう感じる。

予想通り、上家は{2}切り。

 

 

【『ロン、18000』】

 

 

朔上 和了形

{二二五五五22} {2} {四四横四四} {裏七七裏}

断幺九 対々和 ドラ4

50符7翻 18000点

 

上家のおじさん 35300→18800

朔上 104600→122600

 

 

対面 18800点

小鍛治健夜 197900点

上家 60700点

朔上知生 122600点

 

 

 

『これで75300点差……あと少し!』

 

『あと少しって……役満を私に直撃させないと届かないんだよ?』

 

『確かに、うん。……でも、不可能ってわけじゃないでしょ?』

 

 

その場の全員が、俺の言葉を鼻で笑った事だろう。でも、俺には見える。

今までよりは薄くても、この局で逆転する可能性が。

 

 

 

東三局 一本場

親 朔上知生

ドラ表示牌 {8}

 

 

《五巡目》

 

 

朔上

【{一一一三五①①①②③④東東} {一}】

 

 

【『カン』】

 

 

カンドラ表示牌は{發}、嶺上牌は{①}。

 

 

【『カン。そして……リーチ』】

 

 

連続暗槓からのリーチ。

この連カンで増えたドラは、小鍛治健夜を除いた他家の二人に四つずつ乗った。さらに元からあったドラを含めれば、二人共ドラ6確定の手だ。

それに比べて、俺はリーチのみの安手。

こうすれば、まだ勝ちの目がある上家は攻めに転じるし、対面もテンパイ形くらいは目指すはず。もう何を切るかでは迷わない。

こんな絶望的な点差でその手が入れば、振り込みに臆する事もないだろう。

 

おそらくではあるが、小鍛治健夜は相手の手の高さを感じ取る事が出来る。

東一局の三本場で俺がなんとか役満を張った時、迷わずベタ降りしたのがその根拠。確証はないが。

 

ならこの状況。

 

 

【(上家の子が安い手をリーチ……でも、残り二人の手は高いよね……なら、ここは)】

 

 

小鍛治健夜から放たれたのは【{四}】。

 

 

【『ロン。……ねぇ、小鍛治健夜さん。ここで俺は逆転するよ、してみせる』】

 

 

そう呟いて、裏ドラ表示牌を捲っていく。

 

一枚目は【{九}】。加算ドラ4。

二枚目も【{九}】。加算ドラ8。

 

 

【『後一枚……それで加算ドラ12、リーチも含めて13翻。逆転だよ』】

 

【『――――――っ!?』】

 

 

そして、三枚目に手を伸ばす。

後で聞いた話、この時俺の後ろには死神めいた何かが憑いていたらしい。その鎌は小鍛治健夜の首に、俺が手を伸ばすと同時に迫っていったとの事。

 

最後の裏ドラ。

捲った瞬間、何かが割れる音がした。

 

最後の裏ドラ表示牌は{北}。

 

 

『リ、リーチに……ドラ10……三倍満の一本場は、36300点です』

 

 

朔上 和了形

{三五②③④東東} {四} {裏一一裏} {裏①①裏}

リーチ ドラ10

100符11翻 36300点

 

小鍛治 197900→161600

朔上 122600→158900

 

 

 

結局この後は、あっさり二連続で上がられて敗北。一度は2700点まで縮まった点差も、終わってみれば24700点差。惨敗だ。

 

 

『ダメかぁ……もう少しだったのにな……』

 

『いやいやすげぇよ坊主! 小鍛治健夜をここまで追い詰めた奴なんて初めて見たぜ! いいもんを見せてもらった礼だ、ほれ』

 

『カルピスだ! ありがとー!』

 

 

父さんの対局はまだ終わっていないため、手持ち無沙汰になった俺は対局の余韻に浸っていた。

 

あの、全ての牌の動きが把握出来ているような感覚。直感が研ぎ澄まされ、未来予知だって出来そうな感覚。

あれは一体、何だったのだろうか……?

 

 

 

この日から、俺は定期的に一人でこの店に来るようになった。あの感覚が、果たして本物かを確かめるために。

プロ入りして回数は減ったものの、小鍛治健夜に何度も挑み、そして負けた。

その副産物的な何かとして、幺九牌を支配する能力なんかが目覚めたりもした。

 

 

『知生は相変わらず強いなぁ……何度やっても勝てねぇや』

 

『でも……まだ小鍛治健夜さんに勝ってないよ。勝つまでやるつもりだからね!』

 

『私だって負けないよ? でもさくえくん、回数を重ねる度に強くなってるからなー』

 

『そうかな? そうだったら嬉しいけど』

 

 

今まで過ごしてきた中でも、割と上位に食い込むレベルには幸せな時間だった。

でも、こういう時間は続かないらしい。

俺も例に漏れず。

 

 

 

 

《三年前》

 

 

いつも通りに学校から帰り、雀荘に向かおうと準備をしていると、目の色を変えた父さんが部屋に飛び込んできた。

そして開口一番告げられたのは。

 

 

――――茨城某所

 

 

今日は葬式当日。

 

あの日、ばあちゃんがこの世を去った。

病気とか事故でもない、ただの寿命だったらしい。

多分、すげぇ泣いた。多分っていうのは、自分でもイマイチ覚えていないのだ。そして、父さんもすげぇ泣いてたと思う。

 

母さんが死んだ時、父さんは軽い精神病を患っていたと聞いた。そして、その父さんを支えていたのは紛れもないばあちゃんだ。

じいちゃんは俺が産まれる前に死んでしまっているから、父さんが心の底から頼れるのはばあちゃんだけだったはず。

 

そして、あの日から全てが壊れた。

 

父さんは虚ろな目で酒浸り。

俺は一見何も変わらない日々を送っているが、心には穴が空いたような何と言うか。

唯一自分が自分でいられたのは、あの雀荘で麻雀を打っている時だけだった。

 

これだけで終われば、まだよかった。

 

 

ある日、父さんが仕事を首になった。

無断欠勤、遅刻の連続だ。無理もない。

以前はそれなりにいい職に就けていて、多少働かずとも問題ない貯金はあった。だがそれは、節約を心がけた場合の話。

 

酒に溺れた父さんの頭に、節約なんて二文字は存在しなかった。どんどん虎の子を食いつぶし、やがて貯金は底を尽きかけた。

普通の人ならば、ここで慌てて職を探す事だろう。しかし父さんは。

 

 

『くそっ! また負けた……!』

 

 

現実の金を賭けた麻雀に手を出し始めた。

今までの父さんなら勝てる勝負も、今の精神状態では勝てるはずがない。連戦連敗。

追い詰められた父さんは、とうとう俺を使い出した。

 

賭け麻雀で同じ卓に座らせ、父さんのアシストをさせながら自らも二位を取る。こんな無理難題を押し付けてきたのだ。

毎回毎回ヒヤヒヤしつつもそれを成功させてきた俺だが、どうしても俺が一位になってしまう時もあった。そうしなければ二人共負けるって時が。

 

 

『知生……何でお前が一位なんだ?』

 

『だ、だって……そうしないと二人共負けてたから……』

 

『口答えするな!』

 

 

そう叫んだ父さんは、近くにあった酒の缶をこちらに投げつける。

 

 

『知生! お前は俺のアシストをしていればいいと言っただろうが!』

 

『…………はい』

 

 

涙はなかった。

何故かは分からない。

 

 

こんな生活を一年程続けていると、ある異変が起こった。

今まではいつでも出来ていたはずの幺九牌支配に、回数制限がかかったのだ。それは瞬く間に厳しくなっていき、中三の半ば頃には東場で一回、南場で一回しか出来なくなっていた。

 

そして、ある意味運命の日。

 

 

 

 

《一年前》

 

 

『……少しいいか?』

 

 

相変わらず居間で酒浸りの父さん。

返事を待つ事なく向かいの椅子に座ると、父さんはこちらを睨みつけてくる。きっと、最近負けが混んで機嫌が悪いのだろう。だから、今この話を持ち出したのだし。

 

 

『…………俺は一人暮らしがしたい。仕送りもいらない、何もいらないから、これで永遠にお別れだ』

 

『………………』

 

 

俺の言葉を聞いた父さんは、静かに手に持った酒を煽る。そこには数年前の父さんの面影は微塵もない。

 

能力含め、全体的に麻雀が弱くなった今の俺を父さんが必要としているはずがない。

そう考えるのは、何となく寂しい気もするけれど。

 

しばらくして、父さんが口を開く。

 

 

『…………分かった、好きにしろ。そこの棚に百万程ある。持ってけ』

 

『…………最後に親の真似事でもしたつもりか? ま、遠慮なく持っていくけどな』

 

 

これが父さんと俺の、最後の会話だった。

 

 

 

 

《その翌日》

 

 

荷物を纏め終え、後は引越し先を探すだけという状況の俺は、あの雀荘の前にいた。

いつ頃からかは覚えていないが、当分足を運んでいなかったこの雀荘。唯一心の拠り所だったこの雀荘、何も言わずに引っ越すのは薄情ってものだ。

 

深呼吸をして扉を開けると、以前と変わらない景色が広がっている。そしてそこには、あの小鍛治健夜さんも。

 

 

『さくえくん!? すごい久しぶりだよね!?』

 

『うん。最近はどうしても来れなくって。今日も麻雀は打てそうにないんだ』

 

『そう、なんだ……』

 

 

落ち込んだような表情の小鍛治健夜さん。

止めてくれ……そんな顔をされたら、ここを離れたくなくなるじゃないか。

でも多分、これ以上あそこにいたら俺は耐えられない。そう遠くない未来、壊れる。

 

 

『……今日はちょっと話があるんだ。マスターも聞いてくれる?』

 

『おぅ、どうした知生?』

 

 

連日通いで仲良くなったここのマスター。

知生と呼ばれるようになってからは、もう長い付き合いの友達のような感覚だった。でも、マスターとも今日でさよならだ。

 

雀荘全体を見れば、見知った顔も多い。

その中で、俺は言葉を発した。

 

 

『実は俺……引っ越す事になったんだ』

 

『………………え?』

 

『結構遠いところにさ、結構すぐに』

 

『ちょ、ちょっと待ってよ、さくえくん?』

 

 

小鍛治健夜さんが困惑しながら言葉を紡ぐ。

でも、その先を言わせてはいけない。そう感じた俺はそのまま言葉を続ける。

 

『小鍛治健夜さんにも、マスターにも、この雀荘によく来る人には世話になったから挨拶に来たんだ。皆、ありがとう』

 

 

この言葉を最後に、ここから立ち去るつもりだった。実際、俺の足は出口に向いているし、振り返るつもりもなかった。

でも。

 

 

『待って』

 

 

後ろから声が聞こえると同時、手を掴まれた。その正体はもちろん、小鍛治健夜さんだ。

振り払おうにも、何故かその気力が湧いてこない。むしろこのまま、ここに留まってしまいたいような。

 

そんな様々な感情がごちゃまぜになる中、いつの間にか気を失っていたらしい。

 

 

 

あ……れ……?

ここ、どこだ……?

あの雀荘にそっくりだけど、あそこに人っ子一人いないなんてありえない。つまり。

 

 

『…………何だ、夢か』

 

『夢じゃないよ?』

 

『へっ!? ……って小鍛治健夜さん? じゃあここって……』

 

 

意識が鮮明になるにつれ、だんだんと記憶が戻ってくる。

そうか……俺、気絶したのか。

でも、何で急に?

 

 

『医者が言うには、過度なストレスと心労だとよ。知生、ほら飲め』

 

『過度なストレスと心労……か。ありがと』

 

 

マスターからもらったカルピスを飲んでいると、何だか昔を思い出す。初めてこの雀荘に来た日の事を。

自然に、枯れたと思っていた涙が落ちた。

そして気が付けば、ぽつりぽつりと話していた。ここ二年間の事を。

 

 

――――ばあちゃんが死んだ事。

――――父さんがおかしくなった事。

――――俺が壊れそうになった事。

 

全て話した。信用出来る二人だからこそ、学校の友人にも話さなかったのに。

足元には水溜りが出来ていて、足を地面に付ける度にピチャピチャと音がした。そこに新たな涙が落ちていく。

 

話している間は二人共静かだった。最も、視界がぼやけていたせいで様子を窺い知る事は出来なかったが。

 

本当、どうしてこうなったんだか。

 

涙を拭きながら自分の不幸を呪っていると、前に座っていた小鍛治健夜さんにいきなり抱き寄せられた。

小鍛治健夜さんも俺と同じように泣いていて、何かを話し出す事はなかったが、今の俺にはとてもありがたかった。

 

 

『…………ありがと』

 

 

と掠れていたであろう声で伝えた俺は、いつぶりかも分からない心地よい眠りについた。

 

 

 

目が覚めた時には、既に時刻は夜の九時を回っていた。客間らしきところに布団が敷かれていて、どうやらここで眠っていたらしい。

それについてはマスターに感謝だが、問題が一つ。

 

 

『何で小鍛治健夜さんも一緒に寝てんの?』

 

 

同じ布団で、小鍛治健夜さんがぐっすり眠っている事だ。そっと布団を抜け出そうにも、抱きつかれたままなため動けない。

そのまましばらく四苦八苦していると、背中側から戸を開ける音が聞こえた。

 

 

『お、知生は起きたみてぇだな。小鍛治さんは……まだか』

 

『マスター? 何がどうしてこうなった?』

 

『どうもこうもねぇよ。あの後、二人共泣き疲れて寝ちまったんだ。んで、俺がこの部屋まで引っ張ってきたってわけさ』

 

『……この体勢のまま?』

 

『おう!』

 

 

無駄に元気のいい返事にイラッと来たが、一応善意にもとずいた行いだ。感謝せねば。

 

 

『つーかマスター、さっきの話聞いてた? いつの間にかいなくなってたけど』

 

『もちろん聞いてたさ。んで、それについてだけどよ? 知生、本当にいいのか? お前は全く悪くねぇんだぞ?』

 

『いいんだよ。俺が悪い悪くないに関わらず、このままあそこにいたら多分壊れちまう。それに、とにかく離れたいんだ』

 

『…………そうか。知生が考えて出した結論だ、俺はもう何も言わねぇよ』

 

『そう言ってもらえると助かるよ』

 

 

そう言ったが最後、再び強烈な眠気が襲う。

多分、ここ最近は眠っていても疲れがほとんど取れていなかったのだろう。過度なストレスと心労で気絶するくらいだもんな。

 

 

『ごめんマスター、もうちょっとだけ寝ててもいいかな……?』

 

『構わねぇよ。泊まっていってもいいぜ?』

 

『そ……っか……あり……が…………』

 

 

言い終える事なく、俺は眠気に負けた。

 

 

 

 

《その数週間後》

 

 

荷物も纏め、即入居可能な格安物件も見つけ、後は出発するだけとなった。

行き先は長野。遠すぎる気がしないでもないが、今は少しでもここから離れたかった。

 

誰に出発日を話したでもないため、見送りなんてものは存在しない。茨城から長野への直接交通機関は存在しないため、割と長時間の一人旅だ。

バスに乗り、そこから駅に向かう。

 

 

その道中、一人で色々な事を考えていた。

何でこんな事になったのだろう? そう何度考えても、結論は一つしか出てこない。

その結論がこじつけで、八つ当たりで、無茶苦茶なのは自分でも分かっている。でも、そう思わないと気が狂ってしまいそうで。

 

 

――――麻雀さえなければ。

 

 

麻雀さえなければ、父さんが賭け麻雀に陥る事もなかった。俺が父さんに利用される存在になる事もなかった。

いくら麻雀が強くったって、こんなもの。

 

今の俺にとって、麻雀とはあの地獄の象徴。

だから二人共、ごめん。

今だけ言わせて?

 

 

 

『麻雀なんて…………大っ嫌いだ』

 

 

 

 

《現在》

 

 

「――――とまぁ、こんな感じだ」

 

 

俺の過去を、すこやんの名前は伏せた上で話し終え、深く息を吐く。

 

軽く顔面蒼白気味の原村は、今のを聞いて何かを思ったのだろうか? 可哀想だとか?

止めてくれ、そういうの。

しかし、次に原村の口から出た言葉は少し予想とは違っていた。

 

 

「どうして…………どうしてそんな事を体験しておいて麻雀が出来るんですか! 私なら……」

 

「無理か? だろうな。自分でも頭おかしいと思うもん。……でもさ」

 

 

俺が今麻雀をやっているのは何故か。

そんなの簡単だ。それを簡潔にまとめ、一言にするならばこうなるだろう。

 

 

「人生、スカッと生きなきゃ損だろ?」

 

「――――――! ……そう、ですね!」

 

「……よし、これで湿っぽい話は終わりにしようぜ? 流石にそろそろ準備も終わるだろ」

 

 

隣の部屋へ繋がる扉を開けると、既に俺と原村以外の全員が勢揃いだった。どうやら俺達待ちだったらしい。

普通を装ってるつもりだろうが、俺からすれば丸分かりだ。須賀や大星なんて分かりやすい事この上ない。目元がわずかに赤いからな。

 

多分ふすまの向こうで聞いていたのだろう。

別に小声で話していたでもないし、聞こえていたとしても不思議ではない。

それでも、誰一人として言及してくる事はなかった。正直ありがたい。

 

 

「来たわね? じゃあ早速頂きましょ?」

 

「寿……司……よし、戦争を始めましょう」

 

「さっくーの目が怖いよ…………」

 

 

ここしばらく食べてない高給品だ。譲る気は毛頭ない。しかしそれは他も同じだったらしく、染谷先輩、須賀、片岡、大星は箸を手に興奮気味の様子。

俺もそれに習い、箸を両手に一膳ずつ持つ。

 

――――何だかんだ言って悪くないこの日々にも感謝しつつ、この言葉を言おう。

 

 

「…………いただきます!」

 

 

 

 

――――実は、あの過去話にはちょっとだけ続きがある。

 

あれは引っ越しを終え、必要最低限の家具を揃えた頃。

 

 

 

 

『ふぅ……だいたいこんなもんか。受け取った百万は手を付けたくないが……中学を卒業するまではどうしようもないか』

 

 

小型冷蔵庫を運び込み、額の汗を拭う。

今は晩夏で、夜は少し冷える割に昼時はまだ夏ばりの暑さを誇る。個人的には最も嫌いな季節だ。

しかし、そう文句も言っていられない。

これからは一人暮らしなのだ。

 

今までも料理はしてきたため、生活能力自体は問題ではない。しかし、学校に通いながらとなると多忙を極めるはず。

これからは効率よく日々を送らなければ、すぐにやるべき事が溜まってしまうだろう。

 

今後に対して決意を固めていると、ふと部屋のチャイムが鳴った。

 

 

『誰だ……? 引っ越しの挨拶にはもう行ったし……管理人さんか? はーい今出まーす!』

 

 

ダンボールやら何やらが散乱している廊下を進み、ようやくたどり着いた玄関を開けた。

瞬間、俺は言葉を失った。

 

ありえない。何で? 何で?

目の前の、肩までの黒髪の女性を見ながら口をパクパクさせていると、その人は満面の笑みで。

 

 

『――――来ちゃった!』

 

 

……いやいや、来ちゃった! じゃないよ。

何で俺の新居知ってるんだよ? そもそも茨城在住だろ? あんた。

そう問うて帰ってきたのは。

 

 

『えっとー……仕事で長野にいたら偶然さくえくんを見つけてね? で、後を尾けちゃった』

 

『尾けちゃったって…………じゃあ、今日も仕事だったの? ――小鍛治健夜さん』

 

『健夜』

 

『…………え?』

 

『私達って結構長い付き合いだよね? なのに、小鍛治健夜さんって呼び方は他人行儀すぎるよ? だから、健夜』

 

 

正直恥ずかしいのでお断りしたいが、近くに迫っている小鍛治健夜さんの目を見ていると、どうにも断りきれそうにない。

だからここは、妥協点としてこうしよう。

 

 

『………………すこやん』

 

『……ま、いっか。でも、これからは絶対小鍛治健夜さんって呼ばないでよ?』

 

『ぜ、善処するよ……すこやん』

 

『よし、おっけー!』

 

 

遠い長野の地で、茨城出身の俺とすこやんが談笑している。一体どんな数奇な運命を辿ればこうなるのだろうか? ある意味気になって仕方がない。

 

そうやってしばらく談笑を続けていると、腕時計を見たすこやんが慌ててドアを開ける。

 

 

『きょ、今日は仕事あるからもう行くね?』

 

『了解、頑張れー』

 

『もうちょっと心を込めて言って欲しかったよ……じゃあ改めて』

 

 

ドアが閉まる直前、こちらを振り向いたすこやんは今回も満面の笑みを浮かべて。

 

 

『改めてよろしくね――――さくえくん!』

 

 

返事をする前に扉は閉まってしまい、きっとすこやんに届く事はないのだろう。

でも何となく、口にした。

 

 

『こっちこそよろしく――――すこやん』




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第6話 県予選 ~序章~

今回は閑話みたいなものなので、全然読み飛ばしてもらってOKです。
後、次からはガチで麻雀シーンを書くので遅れるかも知れません。


 

 

――――なさい。

 

――きなさい。

 

 

「起きなさい、朔上君」

 

「んみゅ…………あれ、部長?」

 

 

部長に肩を叩かれて目を覚ました。

どうやら、駅のベンチで眠っていたらしい。

胸ポケットのスマホで時間を確認すると、ホーム画面には五時十分の文字が。無論、夕方ではなく朝の五時だ。

 

 

「ふぁ…………部長来るの早くないですか? まだ五時十分ですよ?」

 

「鏡見た方がいいわよ?」

 

「いやぁ…………ちょっと眠れなくって」

 

「あら意外ね。朔上君ってプレッシャーに強いタイプだと思ってたわ」

 

 

そりゃあ麻雀復帰して一週間とちょっとで大会出場だなんて、流石の俺でも緊張する。

日頃から睡眠不足気味なため試合に影響が出る事はないだろうが、ベンチで寝落ちするあたり疲れが溜まっているのかも知れない。

 

 

「ま、今日は余裕ですよ。と言うか、大将の俺まで回ってくるか微妙ですし」

 

「あれ? 大会のオーダーってまだ伝えてなかったと思うんだけど……伝えたかしら?」

 

「確か伝えられ…………ましたっけ?」

 

 

俺と部長が首を傾げていると。

 

 

「おはよう。二人とも」

 

「あ、染谷先輩。おはようございます」

 

「それにしてもこんな時間に来るとは、二人とも気合いが入っとるねぇ。それとも、緊張して寝れんかったん?」

 

「俺はそんな感じですね……」

 

 

そう言っている間にも俺を眠気が襲う。

今日はいつもと違って、授業中に眠る事は出来ない。そもそも授業がないのだから。

こんな事になるのなら、近場のドラッグストアで睡眠導入剤でも買っておけばよかった。いや、あれ高いからきついけどさ。

 

 

「どうしても眠けりゃあ、電車の中で軽く寝りゃぁええじゃろ。ゆうか、何分前に来たん?」

 

「えーっと……一時間くらい前かと」

 

「ホンマか!? 一時間前ってゆぅたらまだ四時じゃぞ?」

 

「俺の家ってここから近いんですよ……」

 

「それは知って…………何でもないわ。お、咲と和も来たみたいね」

 

 

今、それは知ってるわ。とか言おうとしてなかったか? 途中で言葉を切られると気になる人間としての性が首を擡げたが、これ以上聞いても無駄だろうし止めておこう。

 

原村は例のエトペンを脇に抱えている。

部長のもう慣れた? という問いにもまだだと返している。むしろ慣れたら慣れたで問題だと思うのは俺だけだろうか?

 

この数分後、残りの三人も到着。

何となく予想出来てはいたが、最後に到着したのは大星。本人曰く、髪を整えるのがどうのこうのらしい。なるほど、分からん。

 

ま、何はともあれ全員が集合した。

いよいよ、会場に向けて出発だ。

 

 

 

 

「うわぁ…………人多いなぁ…………」

 

 

須賀の呟きに同調しつつ、部長の後を歩く。

公式大会に出るのはこれが初めて。すこやん並の化け物がいるとは思えないが、それなりに苦戦する相手もいるだろう。

 

事前に調べて気になったのは、やはり龍門渕高校の天江衣か。

 

 

「すいません部長、ちょっと飲み物買ってきてもいいですか? 後で追いつきますんで」

 

「分かったわ。咲みたいに迷子にならないようにね?」

 

「多分大丈夫ですよ……それじゃあ」

 

 

飲み物を買いに行くのも嘘ではないが、それ以上に少し一人になりたかった。

 

一人で静かに座っていると集中力が増していくというのが俺の持論だ。麻雀に限らず、部活の大会などでもずっとそうしてきた。

 

人気のない場所でカルピス缶を額に当て、二度三度深呼吸をする。

 

思考のコンディションも悪くない。

ゾーンの兆候も見えている。

すこやんやプロ、一部の化け物以外には負けないであろう絶好調状態だ。

 

この状態が明日まで続くかどうか、それが問題なんだよなぁ…………。

一日寝れば流れも変わるだろうし、多分心境や調子も変わる。

 

今灯っている調子の火を絶やさずに明日を迎えられるかどうか、これが不安要素の一つ。

 

 

「後は…………ゾーンか」

 

 

最後にゾーンに入ったのは……最後にすこやんと打った時、つまり一から二年前か。

合宿中も、それ以外の部活中も一度も入れなかった。大星、宮永、部長の三人を同時に相手にしても、だ。

 

 

「……ま、やるだけやるしかないか」

 

 

分かりきっていた結論を出し、缶をゴミ箱に投げ入れる。

飲み物をもう一本買い、皆の元へ戻ろうとした俺は一言。

 

 

「…………どっちだっけ?」

 

 

うん。迷った。

 

幸いにも俺は大将。

試合が始まるまでそれなりに時間があるため、多少道に迷っていても問題ないだろう。

しかし、大丈夫と言った癖してこの始末。高校生で迷子になるなんて……屈辱だ。

 

こういう時は、適当に歩き回れば何とかなるって誰かが言っていた気がする。何か策があるでもないし、取り敢えずはそれに従おう。

 

 

「しっかし透華はどこをほっつき歩いてんだ?」

 

「原村和がどうとか言ってたよね……原村和はのどっちだ! って」

 

 

反対側から歩いてくる三人組、妙に見覚えがあると思ったら龍門渕高校の選手だな。

男女混合の部に出場するのはその内の一人だけだが、他の二人も女子の部に出場している強者。龍門渕高校の一角を担う猛者だ。

 

確か男女混合の部に出場するのは……井上純だったはず。

昨年通り先鋒だとしたら、宮永と当たるのか……何と言うか、南無。

 

心の中で合掌しつつ三人とすれ違った瞬間。

 

 

「おい、そこの! ちょっと待て!」

 

 

件の井上純に突如呼び止められた。

 

 

「えっと……俺?」

 

「お前以外に誰がいるってんだ……? その制服、清澄高校のだよな?」

 

「そ、そうだけど……それが?」

 

「じゃあ…………お前が原村和か!?」

 

「俺は男なんだが!?」

 

 

初対面に向かって何と失礼な。

しかもこの三人、俺が男だと申告した時露骨に驚いてたよな……制服だって男物だし、どう見ても男だろうが。

 

 

「純君、さっき透華が原村和は胸に無駄な脂肪が付いているって言ってたよ?」

 

「あ、そういえばそうだったな。じゃあ、こいつは一体何なんだ?」

 

 

冗談抜きで失礼だなこいつ。

もし俺と当たったなら、本気で狙い打ってボコボコにするところなのに。宮永に本気で潰すようにお願いしとこうか?

取り敢えずそれは置いといても、今はこの状況を打開せねば。早く皆の元へ戻りたい。

 

 

「えっと……一応、清澄の大将やってます」

 

「清澄の大将…………なるほど。じゃあ、俺達と当たった時はよろしくな」

 

「いきなり呼び止めてごめんね? それじゃあ」

 

 

 

――――嵐みたいな人達だったな。

 

特に、あの一番背が高い人。

いきなり人を呼び止めたかと思えば人を女扱い、極めつけにこいつは一体何なんだ? だ。

とてもじゃないが礼節がなっていない。

 

それに比べて、あのリボン付けた黒髪の人。

何故か手錠付きという変わったファッションを除けば、かなり常識人のようだった。

……いや、手錠付けてる時点でアレだわ。

 

天は二物を与えず、の意味を改めて理解した瞬間だった。ちっとも嬉しくない。

 

 

その後しばらく歩き回り、何とか皆と合流。

合流した時には既に次鋒戦が始まっており、緊張している様子の須賀が画面に映っていた。

清澄の点数は205000点。

他の学校は65000点ずつ。

もう勝ち確と言っても過言ではない点数だ。

 

須賀の相手は全員男子。

部長曰く、男女混合の部では次鋒、中堅、副将に男子を二人共置くのがセオリーらしい。

あれ? じゃあ俺が大将なのは……?

 

 

 

東一局

親 千曲東

ドラ表示牌 {1}

 

 

《七巡目》

 

 

須賀 手牌

{一二三四五六七九④赤⑤⑥22}

 

 

どうやら初っ端からいい手が入ったらしい。

ダマでもツモればハネ満。リーチすれば倍満も見える高打点の手だ。

しかし悲しきかな、この{八}待ちは下家が暗子で抱えている。さて、どうするかな?

 

すると須賀、下家である千曲東が放った{2}をポン。そして、{⑥}切り。

この鳴きには、部屋にいる観客からも非難の声がボソボソと聞こえてきた。そして、部長を挟んだ横に座っている原村からも。

 

 

「朔上君……また須賀君に変な打ち方を教えたんですか?」

 

「須賀が変な打ち方したら取り敢えず俺のせいにするの止めてもらえませんかねぇ……? あんな打ち方教えてないからね?」

 

 

まぁ、何となく予想はつくけどな。

 

ドラ{2}をポンして染め手を警戒させる。

ドラ暗子が確定している手だ。余程強い手が入っていなければオリるはず。

そうすると、皆取り敢えずは現物だろう。

案の定、他家は現物の連打。ベタオリ。

 

しかし現物が切れた途端、三人の顔から明らかな焦りが見て取れるようになる。

こうなった人間の思考パターンというのは案外単純で、逆手に取るのは容易い。要するに、須賀の和了はまず確定したって事。

 

臆した下家から出たのは、暗子で抱えている上に{七}も{九}も二枚ずつ河に見えている{八}。

当然、須賀が黙っているはずもない。

 

 

「チー!」

 

 

チーからの{赤⑤}切り。

こうして{七八九}を晒す事によって、相手に敢えて役を読ませる。この鳴きの形だと、役を付けるには三色か一通。もしくは手の内で役牌を暗子で持っているかってとこか。

 

ここまで読めないような奴がメンバーに選ばれるはずもなく、他家は全員それに気が付く。

なら、もう外れないだろう。

今までずっと危険牌だと思わせられた、染め手の待ちの大本命である{④}。

 

前巡に{赤⑤}が切られているのを考えても、先程言った三色や一通だとしても、{④}はまず安牌と化した。単騎待ちでない限り。

しかしそんな低い可能性、誰も考慮しない。

 

某ギャンブルアニメの班長も言っていたが、心はゴム毬だ。抑え込まれた分跳ね返る。

結局、振り込んだのは東福寺だった。

 

 

「ロン! 7700!」

 

 

須賀 和了形

{一二三四五六④} {④} {横八七九} {222}

一気通貫 ドラ3

30符4翻 7700点

 

清澄 205000→212700

東福寺 65000→57300

 

 

「うわぁ…………ひでぇ和了だな」

 

「本当ですよ……って、朔上君も似たようなものですからね? むしろあなたの方がひどいくらいです」

 

「それを言われると弱いな……でも、須賀の今の和了何気にすごくね? だって、{八}が暗子で抱えられてる事が分かってたって事だぜ?」

 

「何でそうなるんですか…………?」

 

 

デジタル打ちの原村には分からなかったか。

チラッと部長の方を見ると、全て分かってると言わんばかりのドヤ顔をしていた。何かその顔見てると無性に腹立ってくるな。

後、大星も笑顔でのグッドサインを止めろ。

 

結局、この試合は流れを掴んだ須賀の圧勝。

結果はこんな感じ。

 

 

清澄 215400点

東福寺 47300点

千曲東 73300点

今宮 64000点

 

 

「これ……俺まで回ってこないんじゃ?」

 

 

大星がその気になれば、この程度の点差は一瞬で飛ぶだろうし。その前に原村もいるし。

 

 

という俺の考えは杞憂に終わった。

どうやら大星は、ダブルリーチを使わないように部長から言われていたらしい。しばらく経った後、俺の番が回ってきた。

 

 

「じゃあ……行きますかね」

 

 

席を立って対局室に向かう際、特に応援の言葉を言われなかったのが少し悲しい。

……きっと、俺が勝つって信じてるからだよね? 応援するまでもないって事だよね?

そう信じてないと心折れそうだわ。

 

視界が滲みそうになる中、御機嫌な我が高校の副将である大星とすれ違った。

 

 

「お、さっくー頑張ってねー!」

 

「…………おぅ、任せろ。かつて死神と恐れられた俺に敗北はありえんよ」

 

 

ちなみにこの死神という名称は、過去に俺の打ち筋を見たすこやんから命名されたものだ。

曰く、ツモ和了をせずにロンで相手から点棒を刈り取る様を見て思い付いたとか。

 

「へぇ……じゃあスーパノヴァな淡ちゃんよりも活躍出来るって事だよねー?」

 

「流石に余裕だろ……お前明らかに手抜いてたんだからさ。ま、負ける事はないだろうから安心しろよ。んじゃ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃーい」

 

 

軽い大星とのやり取りで、わずかに残っていた緊張もどこかへ吹っ飛んでいった。

心の中で感謝する一方で、高校生にもなって自らを超新星などと名乗る人がいるとは……と驚愕しながら、俺は対局室の扉を開けた。

 

やはり大将は俺以外全員が女子。

多分観衆は俺の事、数合わせか何かだと思ってるんだろうなぁ……麻雀部に入る事になった経緯的に間違ってないから困る。

 

でも、実力はそうじゃないって教えてやるよ。

 

 

 

東一局

親 朔上知生

ドラ表示牌 {七}

 

 

《八巡目》

 

 

朔上 手牌

{一一二二三三五七七八八九九} {①}

 

 

「リーチ」

 

 

(親の先制リーチ……まだ二向聴だし、ここはオリるしかねぇか……)

 

 

朔上 捨て牌

{白發東②②④}

{5横五}

 

 

(これなら通る、よな…………?)

 

 

東福寺から放たれた{①}。

 

 

「その牌だ。ロン」

 

 

朔上 和了形

{一一二二三三七七八八九九①} {①}

裏ドラ表示牌 {②}

リーチ 一発 純全帯 二盃口 ドラ2

40符10翻 24000点

 

※中堅戦と副将戦の点数移動あり

 

清澄 255000→279000

東福寺 28200→4200

千曲東 40800

今宮 76000

 

 

(何だそのふざけた待ち!? リーチ宣言牌の{五}を残せば三倍満確定だったじゃねぇか! いや、三倍満だと飛ばされてたけどよ……)

 

 

 

東一局 一本場

親 朔上知生

ドラ表示牌 {發}

 

 

《四巡目》

 

 

東福寺 手牌

{②③④⑤⑧發發} {發} {横中中中} {白白横白}

 

 

(この点差……もう勝ちの目はない。この手が先鋒に入ってればウチに勝機はあったかも知れねぇが……くそっ)

 

 

もう東福寺は完全に勝ちを諦めている。

それでも大三元が完成しているあたり、こいつもそれなりに天に恵まれた存在なのだろう。

しかしそれでいて、致命的に勝負運がない。

 

何故なら。

 

 

「ロン」

 

 

朔上 和了形

{①①③④⑤⑥⑦⑧⑧⑧⑨⑨⑨} {⑧}

清一色

50符6翻 一本場 18300

 

清澄 279000→297300

東福寺 4200→マイナス14100

 

 

 

〖試合終了! まさに電光石火! あっという間に東福寺を飛ばした清澄高校、一回戦突破です!〗

 

「――――お疲れ様でした」

 

 

何だか打った気がしない。

そりゃあ俺だって、まさか東一局の一本場で終わるなんて思わなかったさ。東福寺が切る可能性がある牌が全部ロン牌なんて、そんなん考慮しとらんよ……。

 

スピーカーからは、プロによる解説が聞こえてくる。その声主は藤田靖子プロ。

確か……数年前に一回会ったな。

ま、向こうは忘れてるだろうけど。

 

対局室から出ると、そこには須賀が待っていた。

 

 

「朔上、お疲れ様」

 

「いや、俺は楽な麻雀だったからな。そっちこそお疲れ様。……って他の皆は?」

 

「先に食堂の席取ってくるってよ。早く行こうぜ? 俺腹減ったんだよ……」

 

 

言われてみれば、俺も少し小腹が空いた。

基本的に少食な俺でも、やはり朝昼連続で食事抜きというのは堪えるものだ。

一回戦突破の記念として、多少奮発しても罰は当たらないだろう。

 

 

「さて、皆はっと……お、いたいた」

 

 

須賀の指す先には、言う通り皆の姿が。

カレーライスやラーメンやチャーハン。様々な料理が目に付き、先程以上に腹が減る。

そんな楽園の中を進み、部長達が取ってくれた席に座ると、部長が缶ジュースをくれた。

 

 

「清澄高校麻雀部、一回戦突破を祝して乾杯!」

 

「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

 

 

 

 

「はぁー……飯食うってこんな至福だっけ……」

 

 

もしすこやん達と関わりがなければ、間違いなく栄養失調を患っていたであろう生活を送っている事もあり、一口一口が身に染みる。

ぶっちゃけ合宿が終わってから今日までの六日間、脂質一度も摂ってないです。はい。

 

そうして、幸せに浸っていると。

 

 

「やぁ、一回戦突破おめでとう」

 

「あら? 藤田プロじゃない。解説のプロがこんなところで油売ってていいのかしら?」

 

「気にするな。それより……お前、何年か前に私と会った事がないか?」

 

 

藤田プロの視線はこちらに向いている。

どうやら、俺の事を覚えていたらしい。

 

 

「ありますよ。お久しぶりです、藤田さん」

 

「清澄のメンバーを見た時まさかとは思ったが……やっぱりお前だったか。小鍛治さんから弱くなったと聞いたいるが、どのくらいだ?」

 

「結構弱くなりましたよ? ゾーンにも入れませんし、支配も一回ずつしか出来ません」

 

「ほぅ……今なら勝てそうだな。どうだ? この大会が終わった後で打たないか?」

 

「ちょ、ちょっと待って? あなた達って知り合いだったの?」

 

 

藤田プロとの久しぶりの邂逅。

つい会話に花を咲かせていると、困惑気味の部長が話に割り入った。

 

 

「えぇ。と言っても、小学生時代に一回対局しただけですけどね。正直、忘れられてると思ってました」

 

「へぇ……そうだったのね」

 

「当時小学生の奴に東場で飛ばされたら嫌でも忘れられないさ。あれ以来、こいつは私の不倶戴天の敵だ」

 

「いつの間にかプロに永遠の敵扱いされてるってどういう事なんですかね……?」

 

「あ……プロで思い出した。お前、最近プロの間で話題になってるぞ」

 

「…………はぁ!?」

 

 

藤田プロから告げられた言葉に衝撃を受け過ぎて、つい大声を出してしまった。

しかし、俺がプロの間で話題に?

……可能性が一つしか思い付かない。

恐らくだが真実に辿り着いた俺を見て、藤田プロがケラケラと笑う。

 

 

「まぁあの人も悪気があったわけじゃないだろうからな。それに、インターハイで大暴れすればネットでも話題になるだろう。今の内に慣れておけ」

 

「……前向きに捉える事にします。一応、全国優勝目指してやってるんでね」

 

「お、言うじゃないか? だが、二回戦突破は確実だとしても、決勝はお前も苦戦するだろう。なんせ相手は――――」

 

「天江衣、ですよね?」

 

 

藤田プロの言葉を引き継いで言う。

一瞬驚いた藤田プロだが、すぐに表情をいつも通りに戻して頷いた。

 

 

「なんだ、知っていたのか。……そう、天江衣はとんでもなく強い。ゾーンなしのお前と五分五分ってところだろう」

 

「意外と勝てそうに聞こえるなぁ……」

 

「まぁ相手がお前だからな。正直、同卓する他の二人に同情するよ」

 

 

自分で言うのもアレだが、俺もその二人には同情の念を抱かずにはいられない。

去年龍門渕高校に負けた……風越だっけ? 悪いけどその大将には負ける気がしないし、他の大将なんて以ての外だ。

 

今年から出場した高校に強い大将がいれば、話は変わってくるけどな。

 

 

〖まもなく、二回戦先鋒戦が開始されます。出場選手は対局室に集合してください〗

 

 

気が付けばもうそんな時間か。

昼休憩も終わり、皆各々が観戦したい試合を映す観客室に向かっていた。

 

 

「じゃあ藤田プロ、俺はこれで。午後の解説頑張ってくださいね」

 

「そっちこそ、午後も頑張れよ」

 

 

ありがたい激励の言葉を背に、俺達は食堂を後にした。

 

 

 

「……決勝戦、楽しみだな。天江衣が勝つか、死神が本領発揮するか」

 

 

 

 

「ただいまー……って、誰もいな……いよな?」

 

 

二回戦をサクサクサクッと突破し、部長の奢りでラーメンを頂いて帰宅。

家主の帰りを告げながら玄関で靴を脱いでいると、ある異変に気が付いた。明らかに靴が一人分多いのだ。

 

 

「いや、まさかな……もう終電も終わってんだぞ……?」

 

 

定期的に泊まっていくような相手に、終電云々言っても無駄な気もするが。

ふぅ……と深呼吸をして、覚悟完了。

恐る恐るドアを開けると、そこには――。

 

 

「すこやん? …………寝てんのか」

 

「すぅ……うぅん…………」

 

 

そこには、俺の布団の横に布団を敷いて寝息を立てるすこやんの姿があった。

男の部屋に勝手に立ち入った上、そこで寝ているだなんて危機感が些か足りていない。俺が一人暮らしなら尚更だ。

 

しかしこうも心地よさそうに寝られると、こちらも眠くなってくる。

シャワーを軽く浴び、ジャージに身を包んだ俺は布団にダイブ。そのまま目を瞑り、深い夢の世界へ……と行きたかった。

 

 

「………………寝れねぇ」

 

 

すこやんの顔がすぐ近くにあるからか、寝息が妙に耳について眠れない。

無視しようと目を瞑ったところで、余計吐息が聞こえてくるだけだ。

五感の内の一つを停止させると残りの感覚が強化されると聞くが、この身をもってそれを体験する時が来るとは思わなかった。

 

俺の部屋で布団を離したところで、部屋の狭さ的に稼げる距離などたかが知れている。

この際諦めて廊下で寝ようか……? とも思わないでもないが、それをすると翌日体がバッキバキになる。ソースは俺。

 

いつもならともかく、明日が大会である今はそうするわけにも行かない。

 

 

「俺……明日大丈夫かな……?」

 

 

俺の呟きに返ってきたのは、相変わらず耳に届くすこやんの寝息だけだった。

 

 

 

 

結局、俺が眠りにつけたのはあれから二時間後だった。いつもならこんな事なかったのに。

そのため、今日は俺が一番最後に集合場所に到着した。これでもまだまだ睡眠時間は足りていないが。

 

これは流石に会場の仮眠室で少し寝る事になりそうだ。このまま麻雀なんて打っても、身が入らないのは目に見えているからな。

電車でも寝ておこうと決め、俺は電車に乗り込んだ。

 

 

――――決勝戦へ向けて。




閲覧ありがとうございました。
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第7話 県予選 ~覚醒~

※今回の話は、ただただオリ主が麻雀するだけの回です。苦手な方は視聴をお控えください。

バイトを始めたため、更新速度が段違いに遅くなります。後、クオリティも落ちるかも知れません。
実際、今回は予定していた内容を大幅に変更し、いきなり大将戦開始となっています。そこまでの流れを楽しみにしていた方はごめんなさい。


仮眠室にて。

目が覚めれば、多分決勝戦。

負けたらどうしようか……なんて柄にもない事を考えながら、布団の中目を閉じていた。

 

今頃、先鋒戦が終わる頃だろうか。

須賀は少し不安だが、あのメンバーがそうあっさりと負けるはずがない。一位、低くても二位で俺に回ってくるだろう。

その時、俺が大量失点したら?

もし、天江衣に勝てなかったら?

 

 

きっと、何も変わらない。

 

 

その無変化はあくまで表面上に過ぎないが、 正直心の中で罵詈雑言を吐かれたところで全く腹も立たないし、辛くもない。

よくよく考えてみれば、別にそう大した事でもないじゃないか。なら、大丈夫だろう。

 

気楽に、普通に、手抜きに。

そう決意した俺は、多分昨日の夜よりかは眠れたと思う。そう思いたい。

 

 

 

 

ざっと、八時間くらい眠っただろうか。

ポケットから取り出した携帯で時間を確認すると、ちょうどアラーム設定時刻の数分前。二度寝するには時間がなさすぎる。

最近の寝不足も多少解消されたようで、朝よりかは体調はいい。

 

しかし、寝る前に何かを悩んでいたような気がするが……思い出せないなら大した事でもないのだろう。

しばらく未練がましくモゾモゾと布団の中で蠢いていたが、副将戦がどうなっているかも気になる。仕方ない、起きるか。

 

 

「寒…………今日ってこんなに寒かったっけ?」

 

 

突如感じた肌寒さに身を震わせながら、俺は仮眠室を後にした。

控え室までの道程に人は誰もおらず、妙に静謐な空気が漂っている。まるで、この会場に人は俺しかいないようだ。有り得ないけど。

 

しかし、本当に静かだな。

朝や昨日は、観客席からの応援の声や選手達が気合いを入れる声が常に響いていて、とてもじゃないが静かな場所などなかった。

そう考えると、今の状況は不気味ではある。

 

連れてきた猫の如くキョロキョロしながら控え室まで辿り着き、ドアをゆっくりと開ける。

その中は、何と言うか……通夜状態だった。

誰一人として言葉を発する事はなく、皆が視線を一点に集めている。そして、その先には。

 

 

「…………マジかよ」

 

 

大量失点して涙目の大星と、冷気を纏った魔物の類が、そのテレビには映っていた。

テレビ越しでも分かる。この魔物は、まだ甘さが残っている大星では勝てない。宮永でも微妙なレベルだろう。

 

それでも、清澄は何とか二位で終了。

龍門渕に圧倒的点差をつけられたものの、何とか大将戦に繋いだ。

……その大将が俺じゃなくて宮永なら、もう少し安心感があったんだろうなぁ。

 

 

「……まだ大星も帰ってきてませんけど、行ってきます」

 

 

今戻ってきたばかりだが、再び身を翻して扉へ向かう。

 

 

「朔上、後は頼んだ!」

 

 

こんな時でも活力の消えていない須賀の声。

 

 

「さ、朔上君、頑張って!」

 

 

ちょっとキョドった宮永の声。

 

 

「朔上君、頑張ってください」

 

 

いつもの変わらない原村の声。

 

 

――――全く。

扉の先、廊下から部屋の中に手を突っ込んで三人にグッドサイン。

任せろ、安心しろ、と。

今までにない程の決意を固めつつ、俺は対局室へと向かう。

本当、全く。

 

 

――――負けられなくなったじゃないか。

 

 

試合の内容は見ていないから分からないが、多分大きく稼いだ宮永、それを繋いだ須賀、さらに差を広げた原村。

そして、大星のためにも。

 

…………後、すこやんのためにも。

この半荘二回、必ず勝つ。

 

 

「……くっ……くくく」

 

 

つい、笑いが漏れてしまった。

ほんの最近まで麻雀が大嫌いだった俺が、今や負けるわけにはいかないと思っている。

どうにもこうにも、人ってヤツは思った以上に気分屋らしい。ソースは俺だ。

 

 

「――――あ、さっくー………………」

 

「お、大星か……って泣くなよ。あんな化物相手じゃ仕方ないって」

 

 

対局室の方からフラフラと歩いてきた大星の目は赤くなっていて、強く擦った後も残っている。百人見て百人が泣き跡と答えるだろう。

まぁその気持ち、分からんでもないが。

大星のようなタイプは、自らの強さに絶対的自信を持っている事が多い。それをあんなに叩きのめされちゃ、泣きたくもなるよな。

 

 

「ごめん……二位になっちゃった」

 

「はぁ…………何言ってんだ。これが四位とかならともかく、二位なら上出来だ。この程度の点差、俺が逆転してやるよ」

 

「…………うん」

 

「まぁ見てなって。もしかしたら、俺の本気を見せられるかも知れねぇからさ。そんじゃあ行ってくる」

 

 

ちょっと前、偶然部室で原村に見せた俺の本気の片鱗。それ以来は、一度も発動しないが。

この戦いでゾーンを復活させる。

そして、勝つ。あの天江衣に。

 

別れ際に大星の髪をクシャクシャ撫で回し、俺は対局室へ、大星は控え室へ。

一瞬後ろを振り返ると、やはり大星の背中にはいつもより生気が感じられない。多少フォローしたが、それでもダメか。

 

……なるほど。

負けられない理由、また一つ増えちまった。

 

 

 

 

遂に、対局室前。

重いドアを開けた先に雀卓がポツンと置いてあり、既に一人の選手が着席していた。

風越の大将…………名前は覚えてないけど。

先日の試合と牌譜を見る限りでは、とてもじゃないが大した打ち手とは思えなかった。が、それでも慢心はダメ絶対、だ。

 

俺は……風越の上家。

 

 

「よろしくー」

 

「…………ヨロシクお願いします」

 

 

…………。

こっちが低学年だから仕方ないけどね? いくらなんでも初対面に向かってタメ口ってのはどうなんだろうか?

あ、そういえば大星もそうだったわ。

もしかして俺、女子に舐められやすい体質?

 

衝撃の新事実に驚いていると、鶴賀の大将も対局室に姿を見せた。

確か、名前は加治木ゆみ。

本大会初参加という事もあり、彼女の試合は見ていなかったのだが、決勝まで勝ち上がってきた学校の大将だ。侮れない。

 

彼女は俺の上家に座る。

つまり、天江衣は俺の対面って事か。

…………おっ。

 

 

「お出ましか……ラスボスの」

 

 

去年のデータしか知らないから何とも言えないが、天江衣を表現するにはピッタリだろう。

開きっぱなしのドアから覗き込む天江衣の顔は、まるで子供。純真無垢という言葉がとても似合いそうな容姿だ。

 

しかし、人は見かけによらず。外見で人を判断してはいけない。

裏で麻雀を打ってた時に学んだ事だ。

途中までは菩薩の如く優しかった相手が、対局が終わった途端に修羅の様な顔で怒り狂う事もある。人ってのは、やっぱり外見じゃない。

あ、モテるか否かは外見だと思います。

リア充は死ね。慈悲はない。

 

そんな事を考えていると、天江衣が着席。

すぐさま吹っ掛けたのは、風越の大将。

 

 

「天江衣、今年も勝てる気でいるのか?」

 

「去年の衣と戦ったのか……忘れてくれ。去年は本調子ではなかった。あの時はまだ、お前達と同じ人の土俵に立っていたよ」

 

「人じゃなきゃ何なんだ…………」

 

 

人外、って事だろ。

俺もそう言われた事あるからな。

ちなみに、すこやんもよく人外人外って言われるらしい。まぁ、すこやんは仕方ねぇわ。

人並外れたオーラを醸し出す天江衣は、不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

「その真相、その身で確かめよ……」

 

 

――――対局、開始。

 

 

 

東一局

東家 朔上知生

南家 加治木ゆみ

西家 天江衣

北家 池田華菜

ドラ表示牌{8}

 

 

清澄 94600点

鶴賀 64100点

龍門渕 186600点

風越 54700点

 

 

――――対局が開始してからわずか数十秒、場はいきなり鉄火場と化す。

 

 

「リーチ」

 

 

朔上のダブルリーチ。

一位である龍門渕との点差を考慮すれば、高い手を張っている可能性が高い。それが親となれば、皆警戒する。

しかし。

 

 

朔上 手牌

{一二三四五六七九②②③④3}

 

 

朔上の手、一向聴。

朔上は、初っ端から仕掛けた。リーチに対してどんな牌を危険だと思うか、どんな牌が通ると思うか。そんな情報を集めていく。

その情報量が最後に活きるのが麻雀。

 

それを理解している故に、朔上は惜しまない。ノーテン罰符も、親も。

 

 

――――変だな。

鶴賀と風越は問題ない。

俺の手を警戒している様子だし、それによる癖や傾向も少しずつ見えてきている。

だが、龍門渕の天江衣。

全くこちらを警戒している様子がない。

 

可能性はいくつか考えられるが、何の根拠もなく突っ張っているって事はないだろう。ここは決勝の大将戦だ。そんな甘い打ち手がいるはずがない。

……まだ結論を出すには早いな。

 

 

――――結局、この局は流局。

天江、加治木、池田は三人ともノーテン。

それを見た朔上が一つため息を吐き、手牌を伏せようとした時。

天江から声が。

 

 

「清澄、生猪口才な真似は止せ。藤田からお前の話は聞いているが、あまり衣を落胆させないでくれ」

 

「……別に俺はお前のために麻雀してるわけじゃないんだが、まぁいいや。安心してくれ、次の次からは本気出すから」

 

「衣の贄となるか、好敵手となるか……? その力、とくと見せてもらおう」

 

 

――――随分と偉そうな奴だな。

一応年上だからと敬語を使うつもりだったのだが、一瞬で気が変わった。失礼だろうが何だろうが知ったこっちゃねぇ。

こいつ、潰す。

 

しかし、天江衣がどう俺のノーテンリーチを見抜いたかどうかが分からない限りどうしようもない。

 

…………急ぐか。

 

 

清澄 94600→81600 (リー棒分含む)

鶴賀 64100→68100

龍門渕 186600→190600

風越 54700→58700

 

 

 

東二局

親 加治木ゆみ

ドラ表示牌 {①}

 

 

「リーチ」

 

 

――――朔上、二度目のダブルリーチ。

しかし前局と違って、今回は。

 

 

朔上 手牌

{一九①⑨19東南西北白發中}

 

 

国士無双十三面待ち聴牌。

これを天江に直撃させれば、一気に点差を13000点まで縮められる。

そうでなくても、言わば対象実験。

 

前局はノーテンリーチ、今回は役満聴牌。

この差を作る事で、天江に変化は生じるか?

もし今回、天江が朔上の手をを警戒するようならば、朔上の手が聴牌しているかどうかが筒抜けに近いという事になる。

 

確認のためにこんな手を打ってはいるが、朔上は薄々勘付いていた。

多分、バレていると。

しかし、この予想はあっさりと外れる。

 

三巡後。

 

 

「あ、ロン。32000」

 

 

――――予想に反して、天江衣からの振り込み。これで一気に射程圏内だ。

しかし天江衣の表情には、想定内と言った言葉が書かれている。つまり、今の振り込みは想定内か、故意に行われたモノだという事だ。

 

……なるほど、だいたい分かってきた。

 

天江衣は、聴牌気配や手の強さを察する事が出来る。今の振り込みに対する反応の薄さの理由は単純明快、俺の役満聴牌を知っていたからだ。

 

何故降りなかったのかは分からないが、多分これで間違いないだろう。

もし待ちまで分かっているのなら、振り込むはずがないのだから。

 

言ってしまえば、俺の読みの劣化版。

相手の目線やその動き、微妙な手の動きに発汗量。その他諸々を観察し尽くせば、天江衣の能力に近い事は誰だって出来る。

視力が悪い奴は無理かも知れないけど。

 

しかし、これだけでは藤田プロの目がとち狂っていたとしか言いようがない。

俺が言うのもアレだが、この程度で俺と互角だなんて有り得ないから。つまり、天江衣はまだ何かを隠している可能性が高い。

 

……うーん、まだ戻らないか。

 

 

清澄 81600→114600

龍門渕 190600→158600

 

朔上 支配済み幺九牌

{一九①⑨19東南西北白發中}

 

 

 

東三局

親 天江衣

ドラ表示牌 {⑥}

 

 

朔上 手牌

{二三三四④⑤⑥⑦⑧567北}

 

 

――――配牌一向聴。

{三}か{北}を引けば三面張、{③}{⑥}{⑨}を引けば単騎待ち。

数巡後には聴牌出来る……そう朔上は余裕綽々でいた。誰だってそう思う。

 

 

加治木 手牌

{一二三①②③12369東東}

 

 

池田 手牌

{一九①⑨1119東南西北白}

 

 

現にこの二人も、全く同じ事を考えていた。

 

しかし、引けない。引けない。引けない。

朔上は能力を使えば即聴牌可能だが、そうまでして和了するような手でもない。ここは見送りつつ、他家の様子を伺う。

 

十二巡目まで誰も聴牌出来ないのは珍しいと言えば珍しいが、別に普通では有り得ないってほどでもない。朔上も、この状況をさほど不思議には思っていなかった。

そして、十三巡目にやっと動きが。

 

 

「ポン!」

 

 

加治木、天江の切った{東}をポン、{6}切り。

一応これで全帯三色を聴牌。しかし、単騎待ちな上にその牌が幺九牌。どうやってもツモ和了は出来ない。

残るはロン。

 

だが、それは訪れないまま十七巡目。

 

 

「リーチ」

 

 

卓は海底に沈んだ。

 

 

――――は?

 

リーチ? 十七巡で?

一応、鶴賀が天江衣の牌をポンしているため、海底ツモは天江衣。だが、後一回しかツモが残っていないここでツモ切りリーチ?

有り得ないだろ、そんなの。

 

それに加えて、この感覚は何だ?

局が進んでいくにつれて、海の底に引きずり込まれていくような、そんな感覚。

 

これが天江衣の本領だとすれば、先程の言葉は撤回しよう。こいつは、間違いなく魔物の領域に棲んでいる。

 

 

――――ツモ、海底撈月。

 

 

「塵芥共よ……汝らに生路なし!」

 

 

天江衣 和了形

{四四四⑤⑥234999北北}

裏ドラ表示牌 {西}

リーチ 一発 ツモ 海底撈月 ドラ3

40符7翻 6000all

 

清澄 114600→108600

鶴賀 68100→62100

龍門渕 158600→176600

風越 58700→52700

 

 

海底撈月、海に映る月を掬い取る。か。

今日は確か満月の夜、当然海に映る月も真円を描いている。

……なるほど、今日は最高状態ってわけか。

その形を歪める以外に、勝機はなさそうだ。

 

しかし、どうすればいいのやら。

先程の海底撈月も、一応止めようと努力はしたのだ。海底牌の操作も無論、した。

にも関わらず、天江衣はその操作を打ち破って和了した。俺の幺九牌支配が通用しない相手なんてすこやん以来だ。

 

……やっべぇ、超楽しい!

 

鷲巣様じゃないけど、脳内物質が溢れ出ているのがハッキリと分かる。

やっぱり麻雀は、強い相手と戦ってこそ。そうでないと面白くない。裏……賭け麻雀をしている時とはまた違った緊張感が俺を走る。

 

 

【(清澄……衣の海底を目の当たりにして、畏怖の念が微塵も感じられない……やはり、衣の前に立ち塞がるは清澄か)】

 

「……あぁ、立ち塞がって見せよう」

 

「……面白い。面白いよ、清澄。今まで、正面から衣と相見えようとした者は一人たりともいなかった。故に、衣は楽しみで仕方がない」

 

「ほーん、偶然だな。俺も今、同じ気分だよ」

 

 

なんて事を言ったが、俺と天江衣の『楽しい』は、少し本質が違っている気がした。

 

 

 

東三局 一本場

親 天江衣

ドラ表示牌 {發}

 

 

――――二人の魔物が交錯するこの戦いは、お互いが本気になったこの局から荒れ始める。

四巡目。

 

 

【「ポン」】

 

 

天江 手牌

{五五③④⑤⑤3588} {北北横北}

 

 

天江衣が自ら風越の{北}をポン。

オタ風ポンで海底コースイン、再び卓全体は海底に引きずり込まれていくが、当然朔上はそれを是とせず。

 

 

「チー」

 

 

朔上 手牌

{六七七八八九①②④⑤} {横213}

 

 

この鳴きで、海底は風越へと戻る。

それを受けて、龍門渕は再び風越の{五}をポン。{8}切り。

こうして二人は海底を巡る鳴きの応酬を繰り返し続け、残りの二人は鳴く事も出来ないという展開になりつつあった。

 

 

「チー」

 

 

朔上 手牌

{④} {横六七八} {横九八七} {横③①②} {横213} {7}

 

 

このままだと完全に役なしだが、少し悩んだ後に朔上{④}を手出し。{7}単騎に張り替え。

天江衣のポンに被せる形で連続鳴きをしたため、もう海底は風越から動かない。鶴賀や風越が鳴きを入れる事はなく、海底ツモ。

引いたのは{3}。

 

 

(海底ツモ……これが天江衣の和了牌だなんて有り得ないし……! でも……)

 

 

池田 手牌

【{二三四①②③④⑤⑥3457}】

 

 

(ノーテン罰符すら惜しいこの点差……振り込みのリスクは出来るだけ避けたい! なら、ここは聴牌を維持しつつ海底を抱えるし!)

 

 

そんな当たり前な思考の後、風越から放たれたのは{7}。朔上の待ちにドンピシャである。

 

 

「ロン。1000点の一本場は1300」

 

 

{7} {横六七八} {横九八七} {横③①②} {横213} {7}

河底撈魚

30符1翻 1300点

 

清澄 108600→109900

風越 52700→51400

 

 

ドンピシャ、というより、朔上が合わせたと言うべきだろう。

待ちを変えた時、朔上には少なくとも二つの選択肢があったはずなのだから。二者択一から正解を引く直感、紛れもなく珠玉の才。

 

これが一回きりの偶然なら、別に囃し立てる事でもない。

しかし朔上は、今までに何度もこの直感で修羅場をくぐり抜けてきた者。その厚みは、最早高校生では考えられない程だ。

 

そんな朔上の歴史が刻まれた和了だが、鶴賀と風越は内心偶然だと思っている。異常性にまるで気が付いていない。

ただ一人、天江衣だけは気がついていたが。

 

 

(清澄の和了……風越の手牌を完全に見透かしている。風越が衣の海底を恐れる事と、聴牌を維持する事までも……)

 

(裸単騎に河底ロンとかツイてないし……)

 

 

――――今のを故意と見抜けない時点で、鶴賀と風越は大した事ないな。

やっぱり、相手は天江衣一人か。

さっさと逆転したいのは山々だが、どうにも天江衣の支配が強すぎる。能力を使わないと自由に手作りすらままならないのは流石に辛い。

 

しかし、言ってもどうにもならず。

幸いこの東場は次で終わりで、ガス欠を気にする事なく能力を発動出来る。

さて、どうしますかね……。

 

 

 

東四局

親 池田華菜

ドラ表示牌 {②}

 

 

朔上 配牌

{三四五①②③④④④1778} {4}

 

 

――――再び配牌一向聴。

凡夫が見れば幸運、朔上が見れば苦境。

 

 

(この一向聴……これも天江衣の支配の内なんだろうな……じゃあ、これかな)

 

 

思考の後に切り出されたのは{8}。

続いて{1}を連続ツモ、{7}を対子落とし。

そして。

 

 

「リーチ」

 

 

{4}単騎待ちリーチ。

四巡目とかなり速いリーチだが、当然天江衣には点数が知られている。恐るるに足りない。

しかしこの三巡後、朔上再び動いた。

 

 

「カン」

 

 

最後の{④}をツモり、暗槓。

槓ドラ表示牌は{8}。

 

朔上から見れば、特に何の意味もない槓。むしろ手の一部を晒している分、不利に働いているだろう。

しかしこの槓こそ、後の布石。

 

鶴賀は早々にオリ。

風越は。

 

 

池田 手牌

{一九①⑨1東南西北白白發中}

 

(運よく国士無双聴牌……これを天江に直撃かませば、まだチャンスはあるし!)

 

 

本来この手は天江衣の支配を受けていて、決して聴牌出来るはずがなかった手。しかし、国士無双となると話は別。

朔上は敢えて、池田を聴牌させた。

その理由は当然、天江から直撃を取るため。

 

 

【(風越……衣の支配を受けてなお役満を聴牌出来るのか……それに比べて、清澄の雰囲気は微々たる物だ。なら……)】

 

(差し込まれる公算大……)

 

 

天江から放たれたのは{5}。

朔上の当たり牌の隣、当然和了は出来ない。

 

 

(………………)

 

 

次順、天江から{4}が放たれる。

 

 

「ロン。倍満」

 

 

先に点数を告げた朔上は、三人の怪訝な視線を無視して裏ドラに手を伸ばす。

上のドラ二枚を退かし、裏ドラ二枚を強く握り締める。そして、軽く笑った朔上が開いた手から落ちた裏ドラは音を立て。

表になった二枚は{9}と【{③}】。

言葉を失う三人を横目に、改めて。

 

 

「ロン。リーチドラ7……倍満だ」

 

 

朔上 和了形

{三四五①②③1114} {4} {裏④④裏}

リーチ ドラ7

60符8翻 16000点

 

清澄 109900→125900

龍門渕 176600→160600

 

 

――――これで34700点差。

最初に比べれば随分と追い上げたモンだ。自分で自分を褒めたくなってくる。

しかし今の直撃は何と言うか……剣による一太刀を避けたかと思えば、いきなり狙撃されたみたいな話で、二度目はない。

 

34700点差か……近いように思えなくもないが、多分本当はそうじゃない。むしろ逆。

今の和了で、天江衣の中の油断や慢心が消えたように感じる。顔からは驕りが抜け、打牌からは甘さが消えた。

 

訪れた俺の前半戦最後の親はあっさり海底撈月で流され、後は和了し和了されの繰り返し。

直撃を取る事もままならず、天江衣との点差はあまり縮まらぬまま、前半戦の終わりを告げるブザーが鳴り響いた。

 

 

〖前半戦終了! これは極端な展開になってきました。何と前半戦、和了したのは清澄と龍門渕だけ……藤田プロ、どう思いますか?〗

 

〖……風越と鶴賀の手、国士無双以外では絶対に聴牌出来ないようになっていた。完全に近い一向聴地獄だ。それに対して、清澄と龍門渕はそれを受けている様子がない。そりゃあ和了も偏るさ〗

 

〖えっと……つまり、このままでは風越と鶴賀に和了の目はない、という事でしょうか?〗

 

〖まぁ、まだ何とも言えんがな〗

 

 

清澄 125900→137800

鶴賀 62100→52800

龍門渕 160600→169900

風越 51400→39500

 

 

 

 

「ふぅ…………きっつ」

 

 

会場外の小さな段差に座り、呟きながら目を休ませる。

前半戦と後半戦の間に設けられた短い休憩時間、俺は一人で外の空気を吸いたかった。体の空気を入れ替えて、思考をリセットする。

 

空には、俺の記憶通り満月が光っていて、淡い光は何とも言えない幻想感を醸し出す。ずっと直視していると、まるで月に引き込まれていくかのように。

 

この季節の夜は程よく涼しい。

心地よい風が吹き、ちょっと人より長めな前髪を揺らしている。

 

……もし、このまま負けたら。

 

リセットされた頭の中に、また一つ疑問が。

こんな問いの回答、考えるまでもない。

 

心の中での罵倒?

学校での軽蔑の眼差し?

軽い嫌がらせ?

 

どれも有り得るけど、俺から言えば。

 

 

「…………この程度か……そうだよな」

 

 

負ければ即死、そんな勝負を俺が何度くぐり抜けてきたと思ってる? それに比べれば、やっぱりこの仕打ちは『この程度』だ。

ここは裏の世界じゃない。もっと堂々と、己の力を出せる場だ。それで負けたなら、単純に相手の方が強かっただけの事。

 

もし、負けたなら。

この問いの答えを改めて出すのならば、俺はこう答えよう。

多分、世間一般から見ればこの答えは間違いであり、最低だと思う。でも、こうとしか思えないんだから仕方ないじゃないか。

 

答えは、どうにもならない。

もしくは。

 

 

「俺は悪くない」

 

 

ただの開き直り。

しかし、この一言を口にした途端、俺の中の何かがフッと消えた。それはまるで魚の小骨のような物で、麻雀に復帰してからずっと何処かにつっかえていた物だった。

 

……あぁ、間違いない。

 

俺は段差から腰を上げ、対局室に向かって歩き出す。

その時の俺の表情は多分、無。

一切の思考すらないまま歩く俺自身を、俺は懐かしく感じていた。

 

……随分と久しぶりだ、この感覚。

 

静かに対局室の扉を開けると、既に全員が着席を完了していた。申し訳ないね、待たせて。

 

 

「――――さて、第二ラウンドと行こうか」

 

 

後で須賀から聞いた話だが、この時の俺は黒い瘴気のようなモノを纏っていて、目は赤々と光っていたらしい。

……全く、何馬鹿な事を言ってんだか。




ちなみに、副将戦までの流れは。

先鋒→咲さんが無双。キャップか何とか止めてました。
次鋒→須賀がハギヨシさん(原作とは年齢が異なります)相手に何とかリードを死守。ここで清澄と龍門渕がトップ争い開始。
中堅→名前も決まってない男子三人を相手にのどっちが無双。
副将→途中までは淡が圧勝でしたが、後半戦から透華が冷え、モモと風越の校内ランキング三位も一緒に滅多打ちにした。

って感じです。見たいって人がいれば書くかも知れません。
長々と申し訳ないですが、閲覧ありがとうございました。


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第8話 県予選 ~決着~

お久しぶりです。生きてました。
今回は、いつも以上に遅くなり申し訳ありません。
一応推敲はしましたが、牌の数が合っている自信がないので、もしおかしい点がありましたら報告お願い致します。


――――黒。

闇は月光に照らされども、黒は何色にも染まらない。自明の理だ。

なら、そんな黒を纏う少年は?

そんな問い、考えるまでもない。

 

 

 

 

二転三転。

最初は90000点差もあった天江衣と俺の点差も、今は34700点にまで縮まった。

後半戦も既に始まり、各々が手牌を取っていく音だけが対局室に響く。その顔は一様に強ばっていた。多分、俺を除いて。

 

どうにもゾーン中の俺は、狂気を含ませた微笑を浮かべているらしい。ソースはすこやん。

実際に鏡で見てみた事は無論ないので本当かどうかは分からないが、裏で打ってた時の相手の表情を読み取るに、間違いないのだろう。

じゃあつまり、今の俺は一人ニヤニヤしてる変人ってわけか。あ、割といつもの事だったわ。授業中に読書してる時とか。

 

理牌を終え、他家の視線が手牌に向く中、俺は目を瞑る。わざわざ自分の手牌と睨めっこしてまで、貴重な時間を削る事もあるまい。

ゾーンに入るのも随分と久しぶりなので、こうして集中力を高めていこうという魂胆だ。ただし、やり過ぎると頭痛等の症状に見舞われるので注意。半分が優しさで出来てるアレも勿論試した。効かなかった。

 

本題から外れるのもここまでにして、今は対局に集中しよう。

とは言っても、全ての牌を把握している俺に死角はない。どうやっても振り込まないし、相手を完封するのも容易いが、それじゃあ流石に華がないだろう。言い換えれば、つまらない。

 

だから本来このゾーンは、すこやんのように規格外な強さを誇る相手に使うべきであって、今回のように、互角な相手に使うモノでは決してない。

何故なら、決定的な差が出来てしまうから。

 

 

 

東一局、起親は天江衣。

この局も相変わらず天江衣の支配が働いているらしく、国士無双以外では聴牌不可能。

だからと言って国士無双を狙えば、和了する直前に天江衣が風越から和了するという、限りなく完璧に近い一向聴地獄。

少なくとも、天江衣以外に和了目はないように見える。

 

 

{一九①⑨19東南西北北中中}

 

 

これが俺の配牌。

ここからの展開は{發}を九巡目にツモ、十六巡目に和了だが、残念ながら天江衣の和了は十四巡目。

つーか風越の大将、いくらなんでも親リーチの一発目に放銃はないんじゃないですかね?

 

と、声を大にして言いたくなるが、多分それを言ったらトラッシュトーク扱い。下手したら一発アウトまである。

……まぁ、手がないわけじゃないが。

 

八巡目。

俺は手の内の{北}を、ツモってきた{3}と入れ替える。

九巡目。

予想通り{發}を引き込み、{中}切り。

 

 

{一九①⑨139東南西北發中}

 

 

 

〖おや? 清澄高校の朔上選手、国士無双聴牌をスルーしましたね。藤田プロ、これは一体どういう事でしょうか?〗

 

〖知るか〗

 

〖…………はい?〗

 

〖この局面で国士無双を聴牌に取らない理由なんて私には思いつかない。……だが、何の意味もないって事はないだろう〗

 

 

 

十三巡目。

ここが割とこの局の勝敗を別つ、大事な場面だったりする。

古人曰く、虎穴に入らずんば虎子を得る事は出来ないらしい。ピンチ、不条理の中に身を委ねてこそ、真の勝利は得られるのだ。

 

そういう意味合いで言えば、この天江衣の支配は踏み絵だ。まず、どのようにすべきかを見抜けるかどうかで仕分けられ、次にそれを実行に移せるかで仕分けられる。

ちなみにこれ、人間関係でも似たような事が言えるらしい。ソースは『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』だ。

 

まぁ、それはどうでもいいとして。

 

十三巡目、俺は今の今まで手の内で抑えていた{3}を{四}と入れ替える。

ツモってきた{四}自体に意味はないが、切った{3}とこのタイミングに意味がある。それは。

 

 

【「――――チー!」】

 

 

【{二三四六七八⑤⑤⑤⑥} {横345}】

 

 

鶴賀、断幺九のノミ手を聴牌。

この局のドラ表示は{⑨}なのでドラは乗っていないが、天江衣の支配を受けながら聴牌出来ただけでも儲け物だ。まぁ、俺が聴牌させたんですけどね!

 

勿論、何の得もないのに相手をただ聴牌させるはずがない。このチー一つで、場は大きく動いた。

 

 

【{一一二二三三五六六七七④北} {5}】

 

 

まずは天江衣。

苦渋を感じさせる表情でツモ切り。

 

 

【{五五五八③④⑤⑥⑥⑥22東} {八}】

 

 

続いて風越。

本来なら天江衣がツモり、聴牌するはずだった牌が風越に流れ、聴牌。

断幺九があるためダマでも和了が可能だが、点差を考慮するならば。

 

 

【「リーチだし!」】

 

 

やっぱりか。いや、別にどっちだろうが俺には関係ないんだけどね?

そして俺のツモには、本来風越が一発で天江衣に振り込むはずだった牌が来るので、必然。

 

 

{一四九①⑨19東南西北發中} 【{北}】

 

 

こうなる。

鳴き一つに笑う者は鳴かせ一つに泣くっていう言葉を誰かから聞いたが、まさに今の状況を的確に表現した言葉だと思う。

いや、笑ったのかは知らないけどさ。

 

どうせ国士無双なのはバレバレだろうし、リーチで気配を消そうとする必要もない。ここは安全にダマだ。

どっちでも同じ事だけどさ。

 

 

【{一一二二三三五六六七七④北} {五}】

 

 

更に一周回って十五巡目、天江衣が高目を引き入れる。

 

 

【「リーチ」】

 

 

{④}切りリーチ。

だがこの{北}待ちは当然純カラで、リーチした瞬間に天江衣の和了目は消える。しかも、次の天江衣のツモは。

 

 

「――――その{白}だ。ロン」

 

 

天江衣→朔上知生

{一九①⑨19東南西北北發中} {白}

 

清澄 137800→169800

龍門渕 169900→137900

 

 

所詮、この程度。

支配と言ったって、それは天江衣の思考に基づいて行われている。突破するのは容易い。

ぶっちゃけ俺からすれば、十秒以上も後出しでじゃんけんをしているようなモノだ。文句なくこちらが上を行く。

 

 

「――――悪いけど、こんな支配如きじゃあ俺は止められないよ。思考そのものに干渉するぐらいされなきゃね」

 

【「…………そんな奴いるのか?」】

 

「いるんだよ」

 

 

風越の呟きに、つい返す。

 

 

「思考に干渉したかと思えば、いきなり役満を和了するような化け物が、信じられなくても、確かに存在するんだよ」

 

 

……これ地上波で放送されてるんだっけ。

思いっきり個人(すこやん)を特定出来るかも知れない事口にしちゃったけど大丈夫かな? ま、まぁ大丈夫でしょ! きっと。多分。

俺のゾーンがアウトだと告げているのは一旦頭の中から永久に追い出した。

 

 

 

東二局、親は風越。

サイコロが回る無機質な音が木霊する。

前局の国士無双で既に逆転しているため、後はチャチャッと場を回せば、それで清澄の優勝は確定。そして、それが出来るだけの力量が、今の俺には多分ある。

 

それに、運も味方した。

 

 

「ロン。16000」

 

 

{一一二二三三①②③1239} {9}

 

 

「……それだ。18000」

 

 

{123456789西西西北} {北}

 

 

「ロン――――24300」

 

 

{一一九九東東南南西北北白白} {西}

 

 

龍門渕 137900→113600

風越 39500→23500

清澄 169400→228100

鶴賀 52800→34800

 

 

 

〖清澄高校朔上選手、圧倒的! 怒涛の四連続和了で、一気に龍門渕との間に100000点以上の点差を開けました! これは驚異的です!〗

 

〖……これは驚いたな。あの時以上だ〗

 

〖あの時……? 藤田プロ、彼をご存知で?〗

 

〖あぁ、ちょっとした理由でな〗

 

 

 

その後、天江衣が300・500をツモ和了し、俺の親は流れた。

親で思った以上に稼げなかった事は多少心残りだが、二位と100000点差も開ければ逆転される事はまずないだろう。まぁ余裕余裕。

 

 

 

東四局、親は鶴賀。

 

 

{一二三四五六七八九⑤⑧⑧1}

 

 

またまた配牌一向聴。

この場には天江衣の支配力が働いていると考えると、何故にこうも好配牌をプレゼントしてくれるのだろうか。

幺九牌がキー牌な時点で、俺にとっては聴牌確定のようなものだと言うのに。

 

 

「リーチ」

 

 

十巡目、ツモ切りリーチ。

次巡、風越から{1}が振り込まれ、裏が{1}にモロに乗り、12000の和了。

表の表示牌は{⑧}だから乗らずでも、裏表示はは{9}。雀頭の{1}にモロ乗りする。

 

 

【{七七八八九九③③⑦⑧⑨78} {1}】

 

 

……決まった、な。

平和一盃口三色と、それなりに高い手まで育てたみたいだけど、ここで終わり。このチャンスを逃した風越に、もう逆転手は入らない。

そんな事、予想するまでもなく分かる。

所謂、流れって奴だ。

 

そもそも、流れの正体とは何か。

思うに流れとは、実在しないが、確かに存在するもの。理解不能な域に棲む、流れを汲み取れる魔物でもなければ、それを見る事は出来ない。出来ないに決まってる。

それでも、存在する事だけは疑わない。

じゃあ、凡人の感じる流れとは。

何年か前から抱いていた疑問だが、つい最近それなりに納得出来る結論が出た。

 

ツキ≒その時の打ち手の心境

 

これが、俺の出した結論だ。

その時のツモを良ツモと捉えるか悪ツモと捉えるか、これはその時の打ち手の心を写す。

例えばの話だが。

 

 

{二三四③④⑤3566788}

 

 

この形に{七}をツモってきたとする。

俺の唱える流れ理論では、この{七}を手に加えるか否かが流れを別つって事だ。あくまで大まかに説明すればだが。

負けが続いて焦りが生まれると、思考回路が壊れるのか、柔軟な思考が出来なくなり、現在の手から見える役に固執するようになる。

そんな状況で、逆転など出来るはずもない。

 

風越は一考の末、一つの牌を手に取る。

俺は勝利を確信し、手牌を倒…………え?

 

 

風越から切り出された牌は{③}。

 

ゾーンは砕け散り、もう牌は見えない。

 

 

――――やはり、まだ完璧じゃないか。

最も熟練したであろう時期と比較して、道理で馴染みが悪いわけだ。こんな二者択一をあっさり外すだなんて、流石にちょっと傷つく。

 

 

(点差に胡座をかいてのうのうとしている君達に、眼にものを見せてあげよう!)

 

{七七八八九九③⑦⑧⑨178} {1}

 

 

幺九牌支配も間に合わなかった、か。

 

 

「――――リーチせずにはいられないな」

 

 

やがて、牌の音が対局室の空気を震わせ。

 

 

「リーチ一発ツモ平和、純全帯三色一盃口……ドラ3! 32000!」

 

 

風越の和了が、高らかに宣言された。

 

 

「そろそろ混ぜろよ!」

 

 

龍門渕 113600→106700

風越 23500→55200

清澄 227700→219600

鶴賀 34800→18500

 

 

 

南入して、親は天江衣。

 

この後半戦、必ずどこかしらでゾーンが破られる事は分かっていたが、まさかここまで早いとは思いもしなかった。更に言うと、破るのは天江衣だと思っていたが、まさかの風越。

やはり、麻雀とは常々想像もしないことが起きるらしい。まぁ、そうでなきゃつまんないけどさ。

 

 

{三四五①②③④⑤⑥⑦⑨⑨6}

 

 

相も変わらず配牌一向聴。

ゾーンを既に破られている俺には、この一向聴地獄を突破する奇策が思いつかない。見えていないのだから当たり前だ。

しかし当然の事ながら、今天江衣に向かって「止めてください」だなんて言えるはずもなく。仮に言える空気だったとしても、天江衣が「分かりました」と頷くだなんてありえない。

 

結局、天江衣の土俵の上で戦う他に道はないのだ。

 

 

「リーチ!」

 

「ならば衣も――――リーチ」

 

「通らばリーチだし!」

 

 

五巡目、あっという間に三軒リーチ。

鶴賀も風越も、もう一向聴地獄を突破したのだろうか? それとも……そもそも一向聴地獄に入っていなかったのか? 一向聴地獄を場の支配と考えれば、点差を縮めるために、天江衣が俺以外への支配を弱めた可能性もありうる。

……まどろっこしい事してくれたもんだ。

 

 

{二三四①②③④⑤⑥⑦⑨⑨6} {2}

 

 

……このピンチ、もしゾーンが続いていれば簡単に切り抜けられたんだろうな。でも、ないものねだりをしたって仕方ない。

ここは……俺の麻雀で。

 

 

鶴賀 捨て牌

{發六49横三}

 

天江衣 捨て牌

{東北78横五}

 

風越

{白中一四横9}

 

 

この順目、絶対安牌なんてありゃしない。

ならここは…………これだな。

 

 

 

〖おっと? 清澄高校朔上選手、いきなり{①}を切って一通を放棄。オリるにしても、随分と危険なところから切りましたね……?〗

 

〖だが、結果的には振り込みを回避してるな〗

 

 

 

鶴賀 手牌

{二二三四赤五六七八34888}

 

天江衣 手牌

{四五七八九1223345赤5}

 

風越 手牌

{一二三五六七七八九66東東}

 

 

 

この局面を突破するには、支配源である天江衣の思考をトレースする他に道はない。

点差がかなりある以上、ここで和了しておかなければ優勝は絶望的。ラス親である鶴賀が連荘で俺を削りまくる、なんて奇跡が起こらない限りは揺るがない。

 

という事は、俺の手牌には当たり牌が大量に含まれていると見ていいだろう。この手牌も、天江衣の支配下なのだから。

この時点で、余剰牌である{2}と{6}はダメ。

残るは萬子と筒子だが、どちらが俺が切りやすいかどうかを考えれば、危険なのは萬子。

つまり、筒子は通る。多分!

 

どっかの神域が言ってたな。

「不合理に身を委ねてこそギャンブル」って。

あの漫画大好きなんだよなぁ……俺。

だからってわけじゃないけど、俺も背いてみようじゃないか。所謂、当然ってヤツから。

 

 

{一二三四五六八八22456}

 

 

「――――聴牌」

 

 

龍門渕 106700→105700

風越 55200→54200

鶴賀 18500→17500

 

 

結局、他家三人は和了れないまま流局。

三人が手を開くと、やはり五巡目の時点で俺の手の内にあった萬子と索子に救いはなし。聴牌まで漕ぎ着けるには、俺がやったように筒子を落としていく他なかったってわけか。

道中で一度でも心が揺らげば即アウト。

えぐいやり方だなぁ……本当に。

 

しかしここを耐えれば、多分。

 

 

{四六八八九九赤⑤⑤⑦⑦11發} {六}

 

 

六巡目、あっさり聴牌。

七対子の待ち選択で、少し俺の手は止まる。

 

 

天江衣 捨て牌

{九七七③⑥八}

{三}

 

 

「…………リーチ」

 

 

結局選択したのは、{四}待ち。

天江衣の手は索子の染め手が濃厚なため、普通なら{發}は切れないが、残りの{發}三枚は鶴賀が手の内暗子なのが分かっているため安牌。

まぁ、理由はそれだけじゃないんだけどね?

 

 

{四112233444555} {7}

 

 

(聴牌……ドラが{4}故にダマの出和了でも倍満確定……しかし、清澄との点差を縮めるためにはそれでは不足!)

 

「リーチ!」

 

「――――――やっぱり持ってたか。それだ」

 

 

{四六六八八九九赤⑤⑤⑦⑦11} {四}

 

 

染め手と言えど、もしもに備えて両面待ち可能な牌の連なりは抱えておこうとするのが人情。なら、最後に手出しされた{三}の隣を天江衣が持っている可能性は高い。

それが{二}か{四}かだなんて、そんな事は知ったこっちゃない。でも、この二者択一を潜り抜け続ける事こそ、勝利への道となる。

 

 

「お、裏が乗って満貫。8000だ」

 

 

龍門渕 105700→97700

清澄 219600→230600

 

 

 

南二局 親 風越

ドラ表示牌 {8}

 

 

(清澄の大将……先程までの鬼形が如き様相が雲散霧消したかと思えば、今度は別の何か……しかも、心做しか今回の方が……)

 

 

{一一二四五六七八12399} {三}

 

 

(これで高目聴牌……これを清澄に直撃させればまだ勝機はなきにしもあらず。しかし……)

 

 

朔上 捨て牌

{東發五三⑦⑨}

{八八横4}

 

 

(清澄のリーチ……12000程度か? いや、それ以前に、今まで清澄がリーチした時は一巡以内にほぼ振り込まれていた。今回衣を狙っているとするならば…………)

 

 

「…………リーチ」

 

 

長考の後、天江が切ったのは{二}。

 

 

「――――また出たか。ロン」

 

 

朔上は心底面白そうな顔をしながら、片手でパタパタと牌を倒していく。

本来はマナー違反である蛍返しだが、この場でそれを咎める者などいるはずもない。

 

 

{二①②③④赤⑤⑥⑦⑧⑨5赤55} {二}

 

 

「12000」

 

 

清澄 230600→242600

龍門渕 97700→85700

 

 

格が違う。

天江にそう思わせるには、この単騎待ちは充分すぎた。

明らかに自分が切る牌を見切り、狙い撃ちしている朔上に、いや、それを〝成功させる〟朔上に恐怖すら感じる天江。

 

 

「………………さて」

 

 

俯き気味なため目が見えない朔上の声一つでビクッと震える天江。それほど、今の朔上は圧倒的な威圧感を放っていた。

一介の雀士なら誰もが知っているであろう彼女にすら勝るとも劣らない、そんな絶対的強者のみが持つ雰囲気。それを朔上は、ゾーンを失ったからこそ手に入れていた。

 

その日本最強の彼女は以前、とある番組でこんな言葉を口にしている。

 

 

麻雀は、打たされている者よりも打つ者の方が間違いなく強い。

 

 

ゾーンは、言ってしまえば前者。

見えている山や牌列に沿って、打たされているに過ぎない。

それに比べて、今の朔上は後者。

自らの読みを信じて打ち、時に運にすら頼る打ち回し。通常、これがゾーンに勝つ事などありえないが、ここはインターハイ。

 

三年生がインターハイで化けるように、朔上もまた覚醒しつつあった。

 

 

「…………俺の親、だな」

 

 

その独り言は誰に向けられたわけでもなく、静かに卓上を流れた。

 

 

 

南三局 親 朔上知生

ドラ表示牌 {發}

 

 

 

〖(あいつ……私と打った時と比べてかなり強くなってるじゃないか。小鍛治さんが〝さくえくんはゾーンがない方が強い〟って言ってたけど、まさか本当に……?)〗

 

 

{一二四③④赤⑤⑥⑦⑧1237} {⑨}

 

 

朔上の手、配牌一向聴。

天江の支配下に置かれている以上、この手は死に体である。しかし、そんな事を歯牙にもかけず、朔上は手を進めていく。

八巡目、朔上聴牌。

 

 

{一二四③④赤⑤⑥⑦⑧⑨123} {⑨}

 

 

ここから朔上、迷う事なく{二}切り。

続いて{四 1 2 3 一}と落とし、その穴を埋めるように筒子が流れ込んでくる。

十三巡目、再び聴牌し直した朔上。

 

 

「………………」

 

 

{①②③④④赤⑤赤⑤⑥⑥⑦⑧⑨⑨}

 

 

{③ ⑥ ⑨}の三面張。

最初の聴牌形から、誰がこの清一を予想出来ただろうか。少なくとも、朔上に確信は微塵もなかった。それに関しては間違いない。

あくまで賭け。

いや、この圧倒的点差では、ただ戯れていただけと言うべきか。他家は突っ張らねば逆転不可能な現状で、さらに相手を叩き潰すべく。

 

次巡、鶴賀から{⑥}が放たれる。

 

 

{一九①19東南西北發發發中}

 

 

手の内が全て幺九牌なため、朔上には手が筒抜け。

国士無双聴牌。

そりゃあ{⑥}も切るよな……と思いつつ、見逃し。天江のツモを待つ。

 

 

{四五六七八③③⑥⑦⑧⑨23} {4}

 

 

(清澄の手、24000程の聴牌か……口惜しいが、現状での衣の逆転は絶望的。まさに、剣ヶ峰に立たされたが如き…………だが、衣は退かぬ! ここで恐れては、清澄の思う壷だ!)

 

 

「リーチ!」

 

 

天江{⑨}切りリーチ。

同巡に鶴賀が和了牌を捨てているため、朔上は当然和了る事が出来ない。見送る。

風越、ここは現物の{⑥}落とし。

そして、朔上のツモ。

 

 

天江 捨て牌

{發中⑤966}

{四2八東南①}

{横⑨}

 

 

「…………じゃ、リーチで」

 

 

朔上、追っかけ{五}ツモ切りリーチ。

このリーチは言うまでもなく、リーチをして無防備な天江を狙い撃ったもの。故に、ここで天江が{⑨}を掴むのは必然だった。

リーチは天才を凡夫に変える、至極名言だ。

しかも今回は、前巡に{⑨}が通っている。

この一事実だけで、天江の思考は十二分に掻き乱され、朔上の意図が読めなくなるのだ。

 

……まぁ元々、高校生に朔上の意図を読み切れる者などいるはずもないのだが。

 

 

「一発。36000だ」

 

 

{①②③④④⑤⑤⑥⑥⑦⑧⑨⑨} {⑨}

 

 

清澄 242600→278600

龍門渕 85700→49700

 

 

 

南三局 一本場

親 朔上知生

ドラ表示牌 {三}

 

 

「ロン」

 

 

開始早々、鶴賀の大将こと加治木の声。

振り込んだのは、朔上。

 

 

{一九①⑨19東南西北白發中} {發}

 

 

「32300だ」

 

 

親の第一打、国士無双炸裂。

無表情のまま点棒を差し渡した朔上は、自らの手牌に視線を落とす。

そして牌を崩し、笑った。

 

 

{三四五②②③③④⑤⑧發發中}

 

 

覆水盆に返らず。

既に崩された手牌の中身を、他家の三人が知る事はない。それが心地よくて、快感で。

だから、笑った。

自分が立つ世界に、他家の誰も立ち入れない事を改めて理解したから。

 

でもきっと、朔上は。

明日になれば、その考えを改めるだろう。

きっと、彼女のお陰で。

 

 

清澄 278600→246300

鶴賀 17500→49800

 

 

 

長かった大将戦も、とうとうオーラス。

しかし、最早大勢は決した。

一位は驚異的な点数を保持する清澄。

 

 

朔上 手牌

{①①⑧⑧⑨119東東發發中}

 

 

続いて、風越。

 

 

池田 手牌

{三三五赤五六七②③③⑧248}

 

 

三位に鶴賀。

 

 

加治木 手牌

{一二四六八④⑤⑥⑦⑦3赤56} {八}

 

 

四位に、僅差で龍門渕。

 

 

天江 手牌

{一二五八九九③⑤⑥⑥777}

 

 

泣こうが喚こうが、これが最後になるかも知れぬ配牌。皆が皆、手牌に目を落として思考を張り巡らせていた。

ただこの局、風越と龍門渕は和了する事が出来ない。そうした瞬間、負けが確定する。

そういう意味では、若干鶴賀が有利。

 

十巡目、池田が聴牌。

 

 

{三三三五赤五五③③③⑦白白白}

 

 

そして、和了れないまま十六巡目。

耐えきった、と誰もがそう思った。

 

 

「……逃げ切ったと思うのは少し早計だな、天江衣。お前は、必ず最後に振り込むんだから」

 

「ッ!? …………な、何が言いたい?」

 

「もう分かるさ。…………カン」

 

「カン」

 

「カン」

 

「カン」

 

 

そして最後の嶺上牌{發}をツモ切り。

 

 

{裏} {裏①①裏} {裏⑨⑨裏} {裏11裏} {裏99裏}

 

 

朔上、四暗刻四槓子聴牌。

今まで使わないでいた幺九牌支配が、最後の最後で猛威を振るう。

他家全員が冷や汗を垂らす中、一人涼しげに微笑む朔上は。

 

 

「この魔法の裸単騎……躱せるかな?」

 

 

魔法の裸単騎。

某神域が、とある裏の代打ちとの対局で披露して見せた魔法。相手の心を掌握し、最後の最後で地獄に叩き落とした技術でもある。

それを、現代に再現しようと言うのだ。

 

もう滅茶苦茶。傍から見れば、気が狂ったんじゃないかと思うレベルには、朔上の言っている事は理解不能だ。

しかし、朔上を前にしている三人には、とてもとても今の言葉が出鱈目とは思えない。理由はもう言うまでもないが。

 

 

{一二三四六八八④赤⑤⑥赤566} {五}

 

 

加治木、なんとかラスヅモで聴牌。

偶然にも、聴牌形に取った際に溢れる{6}が朔上の現物。迷いなく{6}切り。

そして、暗槓が四回入っているため、十七巡目の南家。即ち、この天江のツモが海底。

 

ここで天江が現物を引けば、流局。

か細い希望へと道を繋ぐ。

 

しかし、ここで危険牌を引けば。

朔上の、魔法の裸単騎が炸裂しうる。

 

審判の時、その結末は。

 

 

{南}

 

 

判決は、死神の勝利。

 

この死体蹴りにも等しい所業、実は朔上も焦っているが故に行われている。

ラス親が自分であれば、朔上は恐らくこの魔法の裸単騎をしようなどとは思わなかった。しかし、ラス親は鶴賀。

 

まだ朔上の中では、勝負は終わっていない。

それは、天江も同じ。

 

天江 手牌

{四五六七八③④⑥⑥⑥777} {南}

 

 

この中に、当たり牌がある。

そこら辺の雑魚雀士が相手なら「何を馬鹿な事を」と一蹴出来ただろうが、相手は朔上。

十中八九、確証を持った言葉だろう。

そう判断した天江は、ただただ集中する。

 

 

朔上 捨て牌

{364九九二}

{中東東發發東}

{②⑧⑧發}

 

 

加治木 捨て牌

{北南⑦南83}

{北西⑦4⑤⑤}

{發二2北6}

 

 

池田 捨て牌

{⑧246四中}

{北西七②5東}

{赤⑤中3西}

 

 

天江 捨て牌

{白中九九一西}

{87八4⑧一}

{一二中5}

 

 

今まで、感覚頼りで打ってきた天江。

恐らく初めて、彼女は麻雀を打った。

 

天江は、振り込まない事だけを考えれば問題ない。実際、天江の思考はそれ一点に向いていた。

しかし悲しきかな、この考えるという行為自体が既に墓穴。まんまと術中に嵌っている。

 

 

――――三分が経っても、天江は動かない。

時間をかければかけるほど、敗北に近づいている事に気が付かないまま。

やがて、一つの結論が出たらしく、天江は自信なさげに牌を掴む。

 

いくら考えても、百パーセントの安全牌なんてありはしない。

だから、天江は考えた。

八十パーセントより九十パーセント、九十パーセントより九十五パーセントを目指して。

 

 

「………………」

 

 

対して朔上はと言うと、目を瞑り、最後の一牌に手をかけていた。

そして、天江が牌を切る音と同時に、目を開けないまま牌を倒す。

 

天江が指を離す。

切られたのは――――――{四}。

 

 

 

 

――――――――ロン

 

 

 

 

天江の瞳から涙が零れ落ち、それが試合終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい並んで並んでー、写真撮るわよー」

 

 

試合も終わり、何故か部長の提案で行われる事になった記念撮影。

俺は別にいいと言ったのだが、他の全員の意見に揉み消された。やっぱり多数派の暴力って恐ろしい。もう少し、少数派の意見を尊重してくれたっていいと思うんですけど?

……まぁ、そこまで時間がかかるわけでもないし、別にいいけどさ。

 

 

「つーか部長、俺が撮りますって。なんでカメラ貸してください」

 

「なーに言ってんのよ。メンバー全員が写んなきゃ意味ないでしょ? ほら、ほら!」

 

 

往生際悪く、なんとか回避を試みるも、部長に軽く押し戻されてしまった。

俺、何故か昔から写真写りが異常に悪いんだよなぁ……ぼやけるわ、見切れるわ、瞬きしてるわ……いや、最後は完全に俺のせいだな。

 

 

「じゃ、行くわよー。はい、チーズ!」

 

 

パシャリ、と音が響く。

今のちゃんと撮れてたかな……顔が引き攣ったりしてないかしら。以前すこやんのウインクを見てしまったのもあって、不安で仕方ない。

メンバーは挙って部長の持つカメラを覗き込み、破顔一笑していた。

 

俺もチラッとカメラを覗き込み、やはり笑ってしまった。

 

割とよく見る笑顔を浮かべる宮永と須賀。

 

ぎこちない笑顔を見せる原村。

 

何故か飴を二つ持ち、妙竹林なポーズを取る大星。

 

そして、俺。

 

まぁ、なんだ、悪くないんじゃないの? 思ったよりかは写りいいし。

何より、これが自分だという事に驚いた。

だって、結構マシな笑顔だったんだから。

 

…………勝ったんだ、よな。

今更ながらに実感が湧き、僅かに膝が笑う。

裏では決して感じる事のなかった心の高揚、そして、楽しいという気持ち。その二つが、この先――――インターハイにもきっとある。

 

なら、目指してみようか。

《頂点》ってやつを。

 

 

 

 

ところでこの写真。

どう見ても男子が須賀しか見当たらないんですけど、俺はやっぱり写らなかったのん?




閲覧ありがとうございました。
次回は、魔法の裸単騎の答え合わせと、いくつかの短編になる予定です。
そしてそれが終わったら、個人戦は後回しにして他の学校編に移行します。何故かと言うと、単純に私の意欲の問題です。
朔上君の話は、ここから阿知賀編が終わるまでストップ……というわけではなく、多分適当に短編書きます。はい。
てなわけで、適当な私ですがお付き合い頂けると嬉しいです。

追記 何度もミスが見つかり、もう滅茶苦茶再編集してます。申し訳ありません。


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閑話 咲日和 side S

ネタがない。

後、前回の答え合わせは読み飛ばすことをオススメします。


 

 

 

《答え合わせ》

 

 

「――――そういえば、朔上君」

 

 

帰りの電車内、外をぼーっと眺めていた俺の前に座る部長が、何かを思い出したように手を叩いた。

県予選決勝の余韻も今はすっかり消え、俺と部長を除いた全員が眠りに落ちていた。ついさっきまで起きていたと記憶している須賀も、いつの間にか寝落ちしている。

 

 

「さっきの裸単騎って、{四}が切られるって分かってやったわよね?」

 

「え? あぁ、あれですか。……まぁ、一応」

 

「じゃあ、なんで{四}が出るって分かったの?」

 

「あー……別に構いませんけど、正直かなりこじつけですよ? 後々、自分でも何言ってんだこいつって思ったレベルなんで」

 

「それでいいわ、聞かせて頂戴?」

 

 

じゃあ……と前置きを入れ、解説を始める。

 

 

「つっても、簡単な話ですよ。俺が連槓する前に、天江に聞いた事って覚えてますか?」

 

「えーっと確か……『逃げ切ったと思うのは少し早計だな』だったかしら?」

 

「はい。あの言葉で天江を煽った時、天江は目に見えて動揺していました。本人が気が付かなくとも、俺にはバレバレです。だから、あの時の手には現物はないと踏んだ」

 

 

もしあったのなら、俺の煽りは戯言と一蹴されていたはず。それは想像に難くない。

故に、俺の捨て牌を天江は一つも持っていなかったはずなのだ。なら、何を切るかはある程度まで予測出来る。

 

 

「まず最初に筒子と字牌ですが、終盤に俺が筒子と字牌を手出し連打していたせいで切れません。次に」

 

「ちょっとストップ! 何で終盤に筒子と字牌を連打してたからって、それが切れないのよ?」

 

「そっからですか……えっとですね。あの時、俺はただ和了ればよかったでしょ? 役は何でもよかったわけだ。なら、終盤に筒子と字牌を手出し連打したってのは、俺が途中まで筒子の染め手を狙ってた可能性を示唆してるんです」

 

「……なるほど。朔上君がこっそり一つ残してる可能性があるわけね」

 

「その通りです。次に、二、三の数牌も切れません。俺が槓する前の暗子と組み合わせると、嵌張、辺張待ちがありうるからです。もうこの時点で切れるのは」

 

 

{四 五 六 4 5 6}

 

 

「の、六種のみ。この内の{4 6}は俺の現物だから消え、{5}は前巡に天江が捨てているから消える」

 

 

俺は最後の嶺上牌である{發}をツモ切りしている。それは、前巡から待ちが変わっていない事を意味している。

ならば、もし天江が{5}を持っていたらほぼ安牌。つまり、天江の手に{5}はない。

 

 

「結局、何とか天江が切れそうなのは{四 五 六}の三種のみ。…………実は、ここまでしか分かんなかったんですよね」

 

「え?」

 

「ここからどれだけ頭を振り絞っても、どれを切ってくるかは分からなかった。捨て牌から見るに染め手ではなかったし、萬子だけ端の方が多く切られてたから、多分持ってるとは思ったけれど、それは他の二牌も同じ。だから……」

 

 

強いて言うならば、俺が早くに{二}をツモ切っていたから、その順子に含まれる{四}はなさそうに見える…………そのくらい。

後はもう、天江がどれに揺れるか。

 

 

「後は、賭けでした」

 

 

タハハ……と笑いながら、説明を終える。

すると部長は、何かを決心したような表情でこちらへ詰め寄るって近い近い! すこやんとこーこくらいしか女子との友好関係がない俺にはこの距離は辛いんで! 自重してください!

いや、すこやんとこーこが女子って呼べる年齢なのかどうかは分かんねぇけどさ。

 

 

「――――朔上君、御教授お願いします!」

 

「…………はい?」

 

「ほら、私の悪待ちに朔上君の読みを合わせたら最強でしょ? だから、教えて?」

 

 

部長の悪戯めいた笑顔とウインクに、思わずドキッとしてしまったが、すこやんの残念さを思い出す事により女性の裏の面と向き合い、何とか誘惑に打ち勝った。

危ねぇ……あの悲劇がなければ即死だった。

 

 

「つーか、そのスタイルっていつもの俺と大差ないんじゃ……まぁいいや。教えるって程のもんでもないですけど、部長がそう言うなら」

 

 

部長の「ありがと」という短い返事を聞いた途端、無性に眠気が襲ってきた。

これ以上部長と会話する事もないし、もう眠ってもいいよね……? …………すぅ。

 

 

 

《世話焼きのどっちと朔上君》

 

 

「――――朔上君?」

 

俺が進学先に清澄高校を選んだ理由の一つである、無駄に広い庭の片隅。一人川に石を投げ入れて空腹を紛らわせていると、何故か原村が現れた。それはもう、ドラクエ並に唐突に。

なんなら無視してどこかへ消えてくれてもよかったのに……むしろそうしてくれ。今の俺、かなり死んだ魚のような目してるから。

 

 

「あぁ、原村か……何か用か?」

 

「いえ……どこで食事をしようか悩んでいたところです。というか、朔上君はもう食べ終わったんですか? まだ昼休みが始まってから数分しか経ってませんよ?」

 

「…………聞かないでくれ」

 

 

食べてないどころか持ってきてすらいない、だなんてみっともなくて言えるはずがない。それを隠すために、わざわざこんな端の方まで歩いてくると言うのに。

自分で言ったら意味がないじゃないか。

……あ、でも原村をはじめとする麻雀部員は全員俺の境遇知ってるか。じゃあ隠しても無駄じゃん。

 

しばらくきょとんとしていた原村だが、どうやら理解したらしく、一つ大きなため息を吐いて俺の横に座った。……っておい。

 

 

「お前飯食う場所悩んでたんじゃないの? さっき宮永とか須賀とかがあっちで飯食ってたぞ」

 

「知ってます。でも今日は、久しぶりに一人で静かに食べたかったんです」

 

「じゃあ条件満たせてないよ? 俺の存在忘れてない?」

 

「忘れてませんよ……で、何で私をそこまでして遠ざけようとするんですか?」

 

 

原村の糾弾するようなジト目に圧され、つい目を逸らしてしまう。が、それでも原村からの圧力はなくならない。

……仕方ない、ここは俺が折れるとするか。

 

 

「ほら、何か……原村に心配されるとむず痒いって言うか……アレだよ、アレ」

 

「…………意味が分かりません」

 

「慣れてないんだよ。人に心配されたり、善意で何かしてもらうの」

 

 

※すこやんとこーこは除く。

という一文が文末につくが。

 

 

「はぁ……そんな事ですか。なら、その分いつか朔上君には恩返しをしてもらいますので、気にする必要はないですよ。はい」

 

「それを聞いてこのパンを受け取る奴っているのかな……てかこれ原村のだよね?」

 

「私にはお弁当もありますから大丈夫です。父がいつも多く持たせてくれるので」

 

 

そう言われては、もう断る術などない。

どんな恩返しを強要されるんだろう……恩返しって恩を受けた側が感謝の意を示すためにする事であって、決して恩を与えた側が命じる物ではないと思います。これ、俺の、持論。

……あ、このパン美味しい。

 

基本的に米派の俺だが、どうにも空腹にだけは勝てそうもない。ものの数分で食べ終わってしまった。まだまだ食べ足りないが、少しは腹の足しになっただろう。感謝感激雨嵐。

そもそも今日は夜以外食べないつもりだったので、一食増えただけでも儲け物だ。

 

俺も原村も、自分から何かを話し出すタイプではないため、場には沈黙が漂う。

仕方なく携帯を弄っていると、つい数日前に行われたとある地獄を思い出した。

 

 

「…………テスト、か」

 

 

そう、皆の天敵ことテストだ。

俺はテスト週間だろうが何だろうが、生活費のためやむを得ずバイトを入れているため、勉強をする時間が全くと言っていいほどにない。

ちなみに、俺の点数は平均60点前後。

それだけ聞くと悪くなく思えるが、この内部明細が恐ろしい事になっているのだ。

はぁ…………憂鬱。

 

 

――――放課後。

 

 

「赤点?」

 

 

俺と原村が食事をしたところからもう少し校舎に近づいたあたりにて。

現在、赤点者弾圧の会が執り行われていた。

司会はもちろん原村和。傍聴人として、須賀、宮永、大星、そして俺。

被告人は、数学出来ないでお馴染みの片岡。

 

本来、俺も被告人側にいるべき存在だが、そんな事は知ったこっちゃない。

故事来歴を読み解くに、「バレなきゃ犯罪じゃない」らしい。つまり今、俺が何食わぬ顔でこちらにいるのは全く問題ないはずだ。

 

 

「そういえば、朔上って赤点あったよな?」

 

 

須賀ァァァァァァァァァァァァァァ!

お前どうしてこのタイミングでそれを口にするんだ! 言え! ここを切り抜けさえすれば、後は再テストの時に「あれ? 言ってなかったっけ?」って誤魔化せたのに!

何て夢も儚く散り、代わりに手に入れたのは証言席への片道切符。……潔く認めたら罪軽くなったりしないかな。

 

 

「…………朔上君?」

 

 

あ、だめだこれ。

だが、俺は謝らない…………!

俺が鉄の意志で黙りを決め込んでいると、しばらくして原村のため息が聞こえた。どうやら俺と片岡は生き残れるらしい。

 

喜びのあまり、脳内で「勝訴」と記された紙をかざしていると、原村が何かを思いついたように短く声を上げる。

……何だか嫌な予感しかしないんだけど。

 

 

「では、今日から勉強会をしましょう」

 

「俺今日バイトあったわそれじゃあ帰るから後はご自由に」

 

「逃がしませんよ?」

 

 

踵を返し、すたこらさっさと校門に向かおうとするも、腕を原村に掴まれる。

確かに今日は休みだけどさ、もし本当に今日バイトあったらどうするつもりなんだよ……責任取れんの?

 

 

「勉強会とか止めようぜ。つーか何もしなくても多分大丈夫だから、ね?」

 

「ね? じゃありません! 今回は大丈夫でも、また次に赤点を取ったら意味がないでしょう!」

 

「次のテストまでには大会終わってるだろ? ならその時に勉強すればいい、今は大会に向けて練習すればいい。ほら完璧!」

 

「何が完璧なんですか……? というか、今回の再テストで合格出来なかったら補習ですよ? そうなったら、合宿に行けません」

 

「……え? ちょっと待って。俺、合宿なんて一言も聞いてないんだけど?」

 

 

あ、これはあれか。元々俺はお呼びじゃないって事か。大丈夫、慣れてるから悲しくない。断じて悲しくないよ!

しかし、どうやら違ったらしく、単純に部長が伝えるのを忘れていただけのようだ。

…………しょうがない、覚悟を決めるか。

 

 

「はぁ……分かったよ。流石に合宿となると行かないわけにはいかないわ。でも、俺の赤点科目って英語だよ? 誰か分かる人いるの?」

 

「私は全教科分かるので大丈夫です」

 

「じゃあ問題なさそうだ。英語以外はほぼ完璧だからな……どうして英語だけああなった」

 

「……参考程度に聞きますけど、英語の点数は?」

 

 

俺はその問いに対して、指を二本立てる。

原村の、どことなく安心したような表情を見るに、この二本の指を二十点として解釈したらしい。が、そんなに甘くない。

やだ…………私の点数、低すぎ!

 

 

「二点だ」

 

「……今日から勉強会ですね。もちろん、優希もですよ? 部室なら空いてるでしょうし、早く行きましょう」

 

 

あー……これは地雷踏んだパターンか。

何が面白いのかは全く以て疑問だが、俺達の前を歩く原村の歩調は、妙に軽かった。

 

 

「あ、朔上君」

 

「どした?」

 

 

フワッと風に乗ったかのように振り向いた原村は、どうにも楽しそうで。

 

 

「明日はお弁当を作ってきますので、そのつもりでいてくださいね?」

 

 

…………世話焼きたがり、とでも言うべきか。

 

 

 

《すこやん家》

 

 

「ただいまー……ってまた増えてるし」

 

 

ここ最近、本格的にすこやんの私物が増え始めた。勿論、俺に何の断りもなく。一応ここの家賃を払ってるのは俺のはずなんだけど……。

いや、俺もちょっとなら何も言わない。

しかし……これはひどいでしょ。

 

どうやって運び込んだのかは知らないが、部屋の隅には見覚えのない箪笥がドン! と。その横には漫画がズラッと並ぶ本棚が二つ程。

極めつけに、無駄に真新しいテレビと、それに接続された最新ゲーム機――――PS4。

 

その元凶であるところのすこやんは、朝からこーことどっかに遊びに行っている。夜頃には家にまた来るらしいので、取り敢えず飯は作っておいた方がよさそうだ。

そう結論づけ、俺は鞄からワークを取り出す。

原村からやっておけと渡された問題用紙、B4紙に換算すると約五枚半。ちなみに、提出期限は明後日。…………あっれれー?

 

 

「…………終わる気がしない」

 

「何が?」

 

「課題。赤点取っちゃたから原村に無理矢理押し付けられたんだよ。いや、勉強になるからありがたいけどね? …………ぴゃっ!?」

 

 

いつの間にか後ろにいたすこやんに驚き、変な声が漏れる。くすくすと笑うすこやんを見ていると妙に気恥ずかしくなり、そういえばと気になっていた事を聞いてみた。

すこやんを相手にするなら、話題を逸らす技能は基本スキルだ。無論、俺は習得済み。

 

 

「つーかこの荷物って何? 永住でもするん?」

 

「…………実はね」

 

 

すこやんの表情は至って真面目で、ゴクリと唾を飲み込む。

そして、すこやんの口から出た言葉は。

 

 

「――――家出しちゃった」

 

「帰れ」

 

「即答!? 経緯ぐらい聞いてよ!」

 

 

そう言って、聞いてもいない経緯を勝手に話し始めるすこやん。

要約すると、母親に婚期について煽られてキレた、という事らしい。……アホくさ。

 

 

「何下らない事で争ってんだよ……。で? だから俺の部屋を拠点にした、と?」

 

「いや、ここらへんの荷物は普通に持ってきただけだよ。家出については、ちょっと頼みたい事があるんだけど……いいかな?」

 

「…………まぁ、酷い内容じゃなければ」

 

 

ここであっさり引き受けてしまうあたり、俺も大分甘い気がしないでもない。それより、普通は人の家に勝手に箪笥運び込んだりしないからね? 本棚は百本譲って許すとしても、箪笥すげぇ邪魔。マジ邪魔。別にいいけど。

 

 

「えっと、ね……」

 

 

何故か顔を赤らめるすこやん。

 

 

「家に……来てくれないかな……?」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

茨城県某所、すこやん家の前にて。

 

 

「……やっぱり帰りたい」

 

 

こーこの事前情報によると、すこやんの父親はとても強面かつ恐ろしい存在らしい。すこやんは否定しているが、傍から見た情報の方がより正確さは高いだろう。

別にすこやんと付き合っているわけではないが、定期的に家に泊まりに来ている時点でそう疑われても文句は言えない。それについて言い訳をしている内にぶん殴られるまでの、一連の流れが容易に想像出来る。

 

 

「両親を見返すために俺を彼氏として紹介するとか、そんな事したって意味ねぇだろ……」

 

「だ、大丈夫だよ! 常々『たまには男友達も連れてきてね?』とか言ってるから!」

 

 

……だからって高校生連れてくか普通?

 

 

(…………バレてないよね?)

 

 

――――――数日前。

 

 

『お母さん、ちょっと相談したい事があるんだけど……今度友達呼んでもいい? 男子の』

 

『すこや、そこに座りなさい』

 

『え、は、はい』

 

『あなた、今年で何歳?』

 

『27歳…………って何言わせるの!?』

 

『今まで男友達を連れてきた回数は?』

 

『…………ゼロです』

 

『いい? その子絶対に捕まえなさいよ? 今度逃がしたらチャンスはないと思いなさい』

 

 

という事があり――――――

 

 

(家出云々も実は全部嘘で、ただの口実でしかないんだよね……。しかも、お母さんのアイデアだし)

 

 

「……行かないなら帰るよ?」

 

「ご、ごめん! …………じゃあ、ただいまー」

 

 

すこやんがドアを開けると、奥からパタパタとスリッパの音が聞こえてくる。

……せめて母親で頼みますん。

その願いが通じたのか、姿を見せたのはすこやんの母親だった。写真で見た事あるから間違いない。優しそうなオーラの人だな……。

 

 

「おっと忘れてた。お初にお目にかかります、朔上知生です。これ、粗品ですが……」

 

 

そう言って差し出したのは、そこら辺の店で適当に見繕ったチョコレートの詰め合わせ。人との縁は金払っても買えないって言うし、このくらいの出費は大丈夫だよね!

財布の中身からは目を背けつつ、すこやん母の様子を伺う。と、何故かチョコレートを受け取ろうとしない。……やっぱり桃ゼリーの方がよかったかな?

 

俺がそんな事を思っていると。

 

 

「――――――娘を宜しくお願い致します」

 

 

………………ん?

 

 

「ちょ、ちょっとお母さん! 何言ってるの!?」

 

 

………………うん。

 

 

「何言ってるのじゃないわよ。礼儀正しくて、容姿も可愛くて、こんな人なかなかいないわよ? 家に連れてきたって事は、すこやだって満更じゃないんでしょ?」

 

 

………………いやいや。

 

 

「そ……それはそうだけど……じゃなくて!」

 

 

………………おい。

 

 

「もう焦れったいわね! いいから私の言う通りにしておきなさいって、ね?」

 

「う、うん…………」

 

 

未だ心は置いてけぼりの俺と、すこやん母に言いくるめられてしまったすこやん。つーか途中で聞き捨てならない事言ってた気がするけど俺の気のせい?

まぁ気のせいって事にしておこう。そうしないと精神的にやばい。色々とやばい。

 

 

「……あ、ごめん。私の部屋、行こっか」

 

 

この流れで行っちゃうかーそっかー。

…………え? マジで行くの?

 

 

 

 

 

 

 

 

…………気まずい。

今まですこやんと一緒にいてこんな空気になった事は一度もない。原因はやはり、先程のすこやん母の煽りだろう。っていうかマジで帰りたい。眠い。

それが顔に出ていたのか。

 

 

「…………眠いの?」

 

「眠い。今日何時に起きたと思ってるのん?」

 

 

三時就寝の七時起き。

長野から茨城ってそこそこ遠いから早く起きるのは仕方ないけど、この就寝時間はいくらなんでも酷くないですかね?

原因はこーこ。

いつもは「こっちにも非がないわけじゃないし、こーこ一人のせいにするのも良くないよなぁ……」なんて気持ちも少しはある。が、今回は擁護のしようがないくらいあいつが悪い。

 

ま、その話はまた今度。

 

 

「そっか…………じゃあ、ここで寝る?」

 

「いいのか? …………じゃあ、寝る」

 

 

ふらふらと、すこやんが指差すベッドの上へと倒れ込む。……あれ?

このベッド、すこやんのじゃないの?

あ、でも、意外と気持ちいい……くぅ。

 

 

「ど、どうしよう……よくよく考えたらすごい状況だよね……? …………えいっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「すこやー? ご飯どう…………あらあら」

 

 

優しげな視線の先には、心地よさそうに眠る二人の姿があった。

その数時間後、同時に目覚めた二人がどうなったのかは言うまでもない。




さて、次回から新編入ります。
今まで以上に私の個人的趣味が入りますです。


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阿知賀編第1話 夏羽空

お久しぶりです。
新章ですが、まだキャラが掴めていないため「こいつ誰?」となることがあるかも知れません。
ほぼ麻雀しません。


 

 

 

阿知賀学園麻雀部。

そこに、打撃系に魅せられた雀士が一人。

彼の名前は、夏羽空。

もう一人の主人公のような天賦の才を持っているわけでもない、至って普通の少年。

これは、彼の軌跡を追った物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、今やってる半荘が終わったら今日は終わり。各自気をつけて帰るように!」

 

 

場所は阿知賀学園麻雀部。

たった七人の部員と一人の監督で構成された我らが麻雀部は、現在インターハイを目指して練習の日々に明け暮れていた。

もうじき最終下校時刻。

監督である赤土晴絵――――通称阿知賀のレジェンドの言葉に軽く応じ、俺は再び手牌に目を向けた。

 

 

{一二三①②③⑦⑧⑨2349} {9}

 

 

ツモった。

現在、トップとは2300点差。

俺の親でかつ一本場だから、これを和了ればトップか。

…………しょぼいな。

 

 

「――――リーチ!」 打{4}

 

 

いやいや、そんなのありえない!

 

 

「ロン! 8000の一本場は8300!」

 

 

{二三四赤五六七②③④⑤⑤23横4}

 

 

「えぇ…………。それでダマかよ…………」

 

「明らかにチャンタ狙いの空を狙い打つために決まってるでしょ? 捨て牌でバレバレなのよ」

 

「憧が和了ってなかったら私が和了ってたんだけどなー。また捲られちゃった」

 

 

{六六②②⑧⑧⑨⑨114東東}

 

 

「これはアレか……。俺がツモ和了を見逃した時点で負け確ってやつですか……なんつー運のなさだよ」

 

「また和了見逃しフリテンリーチ……。空のスタイルに口出しするつもりはないけど、もう少し普通に打った方がいいと思…………」

 

「思いっきり口出ししてんぞおい。自分でも分かってるから言わないでくれ。後で『あそこであれはねぇわ……』とかいつも思ってるから」

 

 

そして、懲りずに翌日も似たようなプレイングを繰り返すまでが一連の流れ。で、大体は失敗に終わる。マジでなにやってんの俺?

 

細かい数字や計算は苦手分野だ。

憧や原村みたいなデジタル打ちは俺には不可能で、玄さんや宥さんや友葉さんのようにオカ持ちってわけでもない。穏乃みたく直感は冴えてないし、灼みたいに上手くもない。

そんな俺がレジェンドに勧められたのが、今のスタイル。いわゆる打撃系ってやつだ。

 

これが、妙に俺の肌に合った。

 

 

「空、そろそろ帰ろ?」

 

 

昔のことを思い返していると、いつの間にか穏乃が眼前に立っていた。

穏乃とは物心ついた頃からの幼馴染みで、家が隣というのもあって暇さえあれば一緒に遊んでた気がする。憧と原村も一緒に。

 

 

「そうだな、そろそろ帰…………あ」

 

「ぅ?」

 

「いや、そういえば帰りになんか買ってこいって頼まれてたようなって……。ま、いっか」

 

 

何頼まれてたか思い出せねぇし。

 

 

「あ、私、お義母さんからメモ貰ったよ? えーっと…………お、あった!」

 

「え、なんで穏乃がメモ貰ってんの? それ普通は俺に渡すべきじゃないの?」

 

「『あの子に渡したらなくすから、穏乃ちゃんお願いしていい?』って朝渡されたんだよ。はい、これ」

 

「なんか腑に落ちねぇ…………」

 

 

穏乃から差し出されたメモを受け取り、その一覧に目を通す。じゃがいも、にんじん、カレールー…………なるほど、今日はカレーか。

この野菜の数指定を見る限り、今日は俺ん家みたいだな。

 

 

「じゃ、さっさと買って帰るかな。穏乃は先に帰っててもいいぞ、このくらいなら一人で持てそうだしな」

 

「え? 私も一緒に行くよ?」

 

「まぁ、別にいいけど…………。じゃ、行くか」

 

「うん!」

 

 

俺と穏乃を除いた部員五人に別れの挨拶を済ませ、部室を後にした。

 

 

 

 

「あの二人の世界、入り込めな……」

 

「うちのクラスで夫婦なんて呼ばれてるわよ、あの二人。アレに割り入ろうと思ったらかなりのメンタルが必要ね……」

 

「…………やってみたことは?」

 

「――――あるわよ! やってみたけど気がつけば私だけ会話から外れてたわよ! しかも、回りのクラスメイトから生暖かい視線を向けられるおまけ付きで…………あぁもう!」

 

 

そんな会話が繰り広げられていたことを、彼と彼女は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまーっと」

 

 

買い物を手早く済ませ、帰宅。

先述の通り、俺と穏乃の家は隣同士だ。それ故に、昔から家族ぐるみの付き合いをしている。それが行くところまで行ったようで、今では数日に一回のペースでお互いの家で晩飯を振る舞い合っているのだ。

 

そして、今日は俺の親の番らしい。

 

 

「そら、お帰りなさい~。穏乃ちゃんも、どうぞごゆっくり。お母さんの方も、もう二時間も前に来てるから」

 

「早っ!?」

 

「二時間前ってまだ三時半じゃねぇか……」

 

 

もうここまで来ると、両方の家に両方の家族が住んでいるという表現でも問題ないかも知れない。俺も土日はほぼ穏乃の家にいるし。穏乃は山に行ってることが多いけど。

リビングに移動すると、我が物顔でソファーにもたれかかってテレビを見る穏乃母の姿が。

 

 

「お、おかえりー」

 

「…………ただいまです」

 

 

実は俺、穏乃の母親があまり得意ではない。

嫌いとか人間的に受け付けないとかそういうのではないのだが…………。一つ、しつこい。

それは。

 

 

「で、空くん? 今日こそウチを継いでくれる気になった?」

 

 

ほら来た。

 

 

「何度も言いますけど、俺の将来の夢は建築士なんでね。お誘いはありがたいですが、謹んで辞退させていただきますよ」

 

「一昨日は検察官になりたいーって言ってなかったっけ? 私の気のせい?」

 

「気のせいです」

 

 

穏乃の家は和菓子屋を営んでいる。

それなりに由緒ある店らしいのだが、穏乃の母親は何故か後継者に俺を強く推している。何故かは知らん。本人に聞いてくれ。

昔散々和菓子作りを仕込まれたのはこれが狙いだったとは…………。が、しかし。

 

 

「いや、実は憧んとこの神社からも家に来ないかーって誘われてるんですよね……」

 

 

その時、比喩ではなく時が止まる音がした。

場にいたほとんどの者はその音を聞き取ったのだが、肝心の本人だけは気が付かない。

夏羽は、地雷原を突っ走っていく。

 

 

「年末年始忙しいからって言われて手伝ってたら、いつの間にか仕事覚えちゃってて……。今では憧にまで誘われる始末ですよ」

 

「………………」

 

「最近は灼のおばあちゃんにまで誘われるし」

 

「………………」

 

「いや、そっちは灼が反対してくれてるから助かってるけどさ……。俺はまだ高一だし、将来のことなんてまだまだ考えてないんだよなぁ」

 

「………………」

 

 

一時は氷河期の如き冷たさを感じさせた部屋だが、徐々に暖かさを取り戻していく。

高鴨穏乃の母親は胸をなで下ろし、高鴨穏乃は、夏羽からは見えないところで小さくガッツポーズ。どうやら、夏羽が自らの進路を決定していないことに安堵しているようだ。

そこにカンフル剤の如く、料理が運び込まれる。

 

 

「やっぱしカレーか。割と久しぶりな気がするぞ…………ってあれ? 父さんは?」

 

「そういえば私のお父さんも」

 

「あぁ、あの二人なら今日は飲みに行くって言ってたわよ~。二人とも仕事が休みの時なんて滅多にないから、こういう時は二人で語り合おうとかなんとか」

 

「相変わらずあの二人仲いいよなぁ……」

 

 

なんでも、俺の父さんと穏乃の父さんは小学生以来の親友らしく、幼い頃はいつも一緒に遊んでいたと聞く。……なるほど、俺と穏乃の関係性みたいなもんか?

適当に納得し、席に座る。

ちなみに席の並びは、俺が一番角、その横に穏乃、俺の前に母さん、その横に穏乃の母さんだ。いつもは父さんチームが加わっていて少し変わるのだが、それはまた今度。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぅ…………眠ぃ」

 

 

食事も風呂も終え、自室にて呻く。

日課である自分の牌譜検討もつい先ほど区切りがつき、特にやることもない状況。

時計の針を見てみると、ちょうど短針が十一を回っている。いつもならこんな時間に眠ることはありえないが……たまにはいいよね!

手早く布団を準備し、目を閉じる。

こんな感じで、俺の一日は回り、終わる。

と、思ったのだが。

 

 

「あれ、空? もう寝てるの?」

 

 

…………俺はもう深い深い眠りについてる。

よって、ここで穏乃に対して反応できないのも致し方ないことであり、当然である。穏乃も俺が眠っていると思っているようだし、このままでいっか。つーか眠い。超眠い。

そうやって狸寝入りを決め込んでいると、穏乃の気配がだんだん近づいてくる。

 

そして、布団の中に潜り込んできた。

 

 

「うぇへへ…………空の体温で暖かい」

 

 

……宥さんみたいなこと言うのな。

つーかそれ以前に、いくら穏乃とのこの間合いに慣れてるとはいえ、そんな恥ずかしいこと言わないでくれる? おかげで暑くなっちゃっただろうが。

当然それを知らない穏乃は独り言を続ける。

 

 

「…………私、もっと強くならなきゃ」

 

「………………?」

 

「和とまた遊びたい。でも、このままじゃ全国で勝つなんて無理だよ…………。って、何言ってんだ私」

 

 

いや、その気持ちは俺にもよく分かる。

俺のスタイルである打撃系には、絶対に超えられない限界が存在する。そしてその壁を、いわゆるオカ持ちはあっさり超えてくるのだ。

仮に、県予選や全国序盤がなんとかなったとしても、いずれぶち当たる強敵に俺は惨敗を喫することになるのは想像に難くない。

 

だから、俺はなにも言えなかった。

全く同じ気持ちなんだから。

 

 

「気持ちを強く持たなきゃ、勝てる試合も勝てなくなる。だから、どんな強敵にも絶対に勝つって気持ちで臨むんだ」

 

「………………」

 

 

――――――あぁ、そうだな。

寝た振りをしながら俺は、心の中でそう穏乃に返した。

多分、自分にも。




途中出てきた『友葉さん』は次話触れます。
誤字脱字ありましたら報告お願いします。


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