P4 天田の強くてニューゲーム (エルデスト)
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怪しい店員そして、家族

p3映画化おめでとっ!!
早く見たいぜぇ!!
結城理っていうキャラだそうかな。サブキャラ扱いになるけど。


ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン・・・。

 

 ふと、外を見てみれば窓越しの景色がゆっくりと流れていく。それは今までもモノレールからよく見てきた景色。唯、乗っているのは古びてガタガタと揺れる電車で、見えるのは高層ビルではなく鬱蒼と茂った申し訳程度に手入れされている木々が立ち並んでいる点が違うが。

 

「あれから二年、か・・・」

 

 ぼそりと独り言を呟く。

 あの一年は毎日がとても楽しくて、生きている実感を感じることができて、有意義な一年だった。でもそれ以上に・・・辛かった。

 仲間たちはこんな小さな僕でも仲間(対等)として接してくれたし、頼りにしてくれた。一日一日が濃密だったあの日々に戻りたい。いや、あの結末(運命)を変えてやりたい。でも、もし戻れたとしても絶対にその運命を変えることは出来ないことは僕たちが一番知っているんだ。

 

(りん)・・・」

 

 僕の恋人()()()人。そして二度と会えない別の次元に行ってしまったあの人。

 あの日(一月三十一日)彼女は僕たちを、世界を救うために夜の女神(ニュクス)に封印を施した。彼女が封印をしなかったら僕はここにはいなかっただろう。僕はそれでも良かった。でも彼女はそれを許しはしないだろう、と深く考えなくともすぐさま返事が予想できた。

 

「・・・分かってる。この命は三人の人が守った命だから。そう簡単には散らせはしない。何より、貴方が救ってくれた命だから」

 

 誰に言うのでもなく、唯自分に言い聞かせるために言った。しかし、その言葉は天国にいるはずのあの人たちに届いていると願いたい。

 

『八十稲羽ー、八十稲羽ー。間もなく八十稲羽に到着いたします。お降りの際は忘れ物にご注意ください』

 

「・・・もう八十稲羽か。記憶に浸っていると、時間の流れは速いな」

 

 目的地に近づいてきだんだんと電車は減速する。やがて甲高い音と共に止まった。

 僕以外の人は下りる様子もなく、田舎であるせいかホームには僕以外の人は見当たらなかった。それをいいことに独り言(愚痴)を続ける。

 

「何で転校しなきゃいけなかったんだ・・・。前の学校(月光館学園)は確かに辛い思い出が残ってる場所だけど、何より鈴との思い出が詰まっている場所なのに・・・」

 

 でも僕の意志では何一つ選べない。仕送りをしてくれていた親戚の決定だから。まだ子供であることが今日もまた後悔する。一体何度大人でないことを恨んだことか。そんな親戚でも駅まで迎えに来るぐらいはしてくれるみたいだけど。駅を出て近くのベンチに座り、その親戚のことを待つがいつまでたってもやってこない。あれこれ思い出に浸かっていればいつの間にか何十分も経っていた。流石に痺れを切らして、親戚に電話しようと肩に掛けたベージュの鞄を漁っていると、

 

「君が天田乾、でいいのかい?」

 

 突然見知らぬおじさんに声をかけられた。強面のその人に臆することなく、警戒心を露わにしていると、

 

「ああ、いやすまんな。俺は堂島遼太郎。君の親戚から迎えに行ってほしいと頼まれたもんでな。丁度俺の方も用事があったから引き受けたんだ。ほら、菜々子も挨拶しろ」

 

 怪しいおじさん、じゃなくて堂島さんが困ったように笑いながらふざけた様に両手を挙げて怪しくないと主張する。そのまま手を自分の足の後ろに回し、陰に隠れていた小さな少女を僕に見えるように前に押し出す。挨拶を促され、恥ずかしそうにしながらも少女は挨拶をする。

 

「堂島菜々子です・・・」

 

だが、それだけ言うと堂島さんの後ろにまた隠れてしまった。堂島さんは頬を掻きながら

 

「ははは、すまんな。こいつは人見知りなもんでな、許してやってくれ」

 

 と言う。しかしバシッ、という音と共に菜々子さんの小さな拳が堂島さんの脇腹にクリティカルヒット。背後からの奇襲の怖さを知っているので、思わず顔が引きつってしまった。しかし、人見知りな子が頑張って自己紹介をしてくれたのだ、僕も挨拶をしない訳にはいくまい。

 

「僕は天田乾(あまだけん)、中一の12歳です。宜しく、菜々子さん」

 

 律儀にも、また顔をひょっこりと覗かせて、か細い声で

 

「よ、宜しく・・・」

 

 なんだかその様子を見ていると笑みが零れてきた。堂島さんの服の裾を握った跡の皺が何ともその可愛さを如実に表している。

 

「別にそんなに固くならなくてもいいぞ。なんなら“ちゃん”ずけで呼んでやってくれ。だがそろそろあいつも来るはずなんだがな・・・。ああ出てきた」

 

 堂島さんの目線の方向にある駅に顔を向けると少し大きめのドラムバッグを肩に掛けた灰色の髪の青年が改札口から出てきた。彼が僕の視界の中心に映った瞬間、彼の姿が二重になる。その重なった姿は僕が忘れることのない人だった。

 

「ッ!!」

 

「どうしたんだ、天田?」

 

「い、いえ大丈夫です。知り合いに似ていたもので・・・」

 

 彼は性別が違えど、その雰囲気は限りなく酷似していた。僕たちのリーダー、橘 鈴(たちばな りん)に。その存在感が、気配が、僕の中の大部分を占める記憶を呼び覚まそうとする。今は記憶に浸る場合ではないので、鍛え上げた精神力でもってグッと堪えもう一度その青年のほうを見る。

 

「鳴上悠です。よろしくお願いします」

 

 雰囲気は確かに同一人物と言っていいほど同じだ。でも、それ以外は何もかも違う。一瞬、彼女はニュクスの呪縛から解き放たれ、この人の中にでも入ったと思ったが、その可能性は低い。でも、もしそうなら、僕を見守ってくれる為なのだろうか。でも男というのはいただけないが。いや、女だとしても僕の恋人は鈴唯一人だけなのであって、そういう関係には・・・。いやいや、何考えているんだ僕は。

 没頭していた支離滅裂な思考から抜け出すと、丁度お互いの自己紹介が終わったようで、僕の番が来た。

 

「今、叔父さんから話は聞きました。鳴上悠です。宜しく」

 

「天田乾です。こちらこそ宜しくお願いします」

 

「よし、自己紹介が済んだようだな。車に乗れ、帰るぞ」

 

 ここでまだ立ち話をする理由はなかったので、さっさと車に乗り込む。鳴上さんが遅いので振り返ると気の強そうな女性と話しているが、どうしたのだろうか。特に気にすることもないと判断し、鳴上さんの為に車のドアを開けて待つ。

 そのまま鳴上さんが乗り込み、しばらく走っていると、菜々子さ・・・じゃなくて菜々子ちゃんがそわそわしだして、

 

「お父さんトイレ・・・」

 

「ん、そうか。丁度いい、あそこのガソリンスタンドにでもトイレを貸してもらうか」

 

 丁度ガソリンの残量も足りなくなっていたようで、この町唯一のガソリンスタンドに入る。

 

「菜々子、着いたぞ」

 

 暇そうにしていた制服を着た青年の店員がこちらに気づいたようで、声をかける。

 

「あ、堂島さんいらっしゃいませー」

 

「ああ、菜々子にトイレの場所を教えてやってくれ。あとレギュラー満タンで頼む」

 

「あーはい分かりました。菜々子ちゃんあっち行って左・・・左ってわかる?お箸持たない方ね」

 

「それくらい分かるもん!」

 

「俺は一服でもするか」

 

 店員に示された方向にすたすたと走り去っていく菜々子を横目で見て、堂島さんは少し遠い柱に寄りかかって煙草とライターを取り出した。店員は苦笑いしながら頭を掻き、車から出てきた僕たちに話しかける。

 

「ありゃりゃ、これは嫌われちゃったかな。今他の人がガソリン入れてますんで。あ、そこの君。見かけない子だね、新しくこの町に来たのかな? この町って何もないでしょ。やることって言ったら遊ぶかバイトするぐらいしかなかったね。そうだ、良かったらさここでバイトしてみない?」

 

「今はいいです。いつかお金に困ったらくるかもしれないですけど」

 

「そっかー。残念だな。じゃあ、握手だけでも」

 

 店員は手を鳴上さんに差し出す。

 

「まあ、それくらいは」

 

 鳴上さんも手を伸ばしてそれに応える。

 

「ん? 君も握手したい? だったら君も高校生になったらここで働いてほしいなーなんてね。ま、とりあえずこれは予約の握手」

 

 僕がその様子を見ていたからか、なぜか握手したいように思われたようで、僕の方にもその手を伸ばす。

 

「僕はバイトするかもわかりませんよ?」

 

 等といいながらもその手を受け取るが、

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 握手で繋がった手から何か、形容しがたい何かが淀んだ流水のように僕の方に流れ込んできて、思わず咄嗟に飛び退いた。しかし、原因である流し込んだ側の店員は何か考え込んでいるようで手を顎にあててなにかブツブツと独り言を言っている。

 

「これは・・・。まさかこんな小さな子に・・・しかもこんなに熟練した力を・・・。・・・君はとても、とても不思議な子だね。ここまでの力を持っている子は初めてだな。こんなイレギュラーが混じっているとは・・・」

 

「お前は一体何だ! もしかして死の宣告者か!?」

 

 一気に警戒度を上げた僕は堂島さんに聞こえない程度に声を荒げながら、思いついたことを言う。死の宣告者とは望月綾時(もちずきりょうじ)のようなニュクスを地上に導くための目印になるような存在のことだ。まず始めにペルソナ使いと考えなかったのは、店員が纏うミステリアスな雰囲気の所為だろう。しかし、店員の方はその言葉に聞き覚えのなかったのか、首を傾げながら答える。

 

「? なんだい、その死の宣告者って。僕はそんな恐ろしそうなものじゃないよ。ほらほら! 僕はガソスタの店員、君はお客様! それだけの話なのさ。警戒させてしまったなら謝るよ。それでもまだ僕を疑うのなら、別にそれでいいけどね。だけど君が真実を求めるのならば、僕のこともいずれ分かるさ」

 

「・・・今は鳴上さんたちがいますから、追及はしません。できる限り関わりたくもありませんので、僕たちには近づかないで下さい」

 

「おー怖い怖い。大丈夫、ガソスタの店員としての仕事はちゃーんと全うするからさ。特に気にしなくてもいいよ。逆に詰め寄られたって答える気はないから」

 

「そうですか。ならいいです。鳴上さん、長話してしまって・・・ってどうしたんですか!?」

 

 鳴上さんのことが頭から離れていたので、今の会話をどう取り繕うか考えながら鳴上さんがいた方向に顔を向けると車に寄りかかり、顔を青くして頭に手を置いた鳴上さんがいた。

 

「ぐうぅ・・・ぁぁ」

 

「鳴上さん? 如何したんですか?」

 

「僕しーらない。ガソリン入れたし堂島さん来たから僕は行くね。堂島さーん! 代金ー!」

 

「待て! ・・・行っちゃったか。今は鳴上さんだ。大丈夫ですか?」

 

 原因はあの店員にあると振り向くが既にこの場から離れており、今から問いただそうとしてもタイミングがないと思い、諦めた。あの怪しい店員が関わっていることは確実と言ってもいいので、過保護と思われるぐらい色々と聞いてみた。

 

「あ、ああ。少し頭痛がしてな、今はもう大丈夫だ。ありがとう天田君」

 

 でも、症状は特に頭痛以外はなく安心する。しかし、今の会話に少し個人的に違和感があったので指摘する。

 

「僕は年下だから天田でいいです。一応車に戻って休んだらどうですか?」

 

「そうさせて貰う。あとだったら俺も呼び捨てでいいぞ」

 

「そういうわけには行かないので・・・じゃあ悠さんで」

 

 悠さんを車に乗せた後、に会計が終わった堂島さんと菜々子ちゃんが戻ってきた。

 

「悠、大丈夫か。今日は長旅だったから疲れたんだな。この後買い物に行く予定だったがすぐ帰るか」

 

「すいません、叔父さん・・・」

 

「気にするな、ほら天田も乗れ」

 

「あ、ハイ」

 

「ここからは直ぐだからな。ああ、そうだ天田。お前の親戚だがな、近く長期出張に行くから家に誰かいて欲しくてお前を呼んだんだが、なんか急に出発しなくちゃ行けないらしくてな。今日朝早く仕事先に発ったらしい。慌しく出て行ってな、俺に『様子だけでも見てほしい』って頼まれたよ。だからどうだ? これからは夕飯だけでも俺の家で食べないか? 嫌なら別にいいんだが」

 

 えっと、つまり出張で親戚は家にいなくて、その親戚に面倒見を頼まれたから折角だし夕飯は一緒に食べようと。しかし、僕的にはとても肩身が狭い。

 

「え、いいんですか? せっかくの家族団欒、僕なんか邪魔でしかありませんよ。しかも食費とか掛かりますし」

 

「ああ、全然大丈夫だ。菜々子も兄が二人も出来て嬉しいだろうしな。あと、迷惑とか考えるなよ? 俺も仕事で遅くなったり、帰れないときにあいつが菜々子の面倒を見てくれたからな、貸しを返せるときが来たってことだ」

 

 ここまで言われては、折れるしかないだろうと了承する。

 

「そういうことなら・・・お邪魔させてもらいます」

 

「だそうだ。よかったな菜々子、兄ちゃんが二人もできたぞ。いい感じに年も違うしいいんじゃないか?」

 

「うん! お兄ちゃんがいっぱいできたー! やったー!」

 

「宜しく菜々子ちゃん。悠さんは寝てるから代わりに僕から宜しく」

 

「ははは、賑やかになったな。と、そんなこと言っているうちに着いたぞ」

 

 減速した車は一軒の家の前に着いた。その家はぼろくもなければ真新しくもない普通の二階建ての家。止まったのを確認して、隣で寝息を立てている悠さんの肩に手をかけて揺する。

 

「悠さん悠さん、新しい家に着きましたよ。起きてください」

 

「うう・・・」

 

「おにーちゃん! おうちに着いたから起きてー」

 

「菜、々子ちゃん?それに天田・・・」

 

「家に着きました。起きないと置いていっちゃいますよ」

 

「それは困るな。ほら降りるから」

 

「起きたか、悠。今日は早めに休め。天田の家は俺の家の丁度真向かいにあるから、いつでも来れるぞ。鍵と手紙をを預かっているから荷物置いて俺の家にさっさと来い」

 

僕がこれから住む家を指差し、封筒を僕に差し出す。本当に鍵と手紙だけらしい。何とも薄情な親戚だが堂島さんに様子見を頼んだという点良かった、などと上から目線で考えながら、礼を言う。

 

「あ、有難うございます。手紙読んでから行くんで少し遅くなりますけど」

 

「早めに来いよ。俺は料理ができないからいつも弁当だがな」

 

「? お母さんは作ってくれないのですか? なんなら僕が作りますけど」

 

「母さん、か・・・。いや、居ない。料理は作ってくれると助かる。菜々子の健康が最近心配だったんだ」

 

 母親の話になると途端に表情が暗くなった。あの表情を僕は知っている。あれは最愛を失った人の顔だ。そして、助けられなかった自分を攻めている顔だ。何よりも少し前の僕の表情と同じだった。

 

「・・・僕は何も知りませんが、これだけは言えます。自分を余り責めないでやってください。すいません、出しゃばりすぎましたね」

 

 堂島さんは一瞬驚いた顔をしたが僕の過去、母親を殺されたことを知っていたのか苦笑し、

 

「そうか、お前もそうだったな。中学生の小僧に慰められるとは、俺も舐められたもんだ。さっさと来いよ、じゃないと全部くっちまうぞ」

 

「む、それは困ります。では後で」

 

 そういって踵を返し、貰った鍵を使って家に入った。電気をつければ少しぼろい、でも生活感の溢れるきれいな家だった。リビングの食卓の椅子に腰かけ、手紙を読み進める。

 内容を要約すると、家の中にあるものは好きに使ってよし。但し、書斎にあるものには触らないこと。お金は専用通帳を天田に預けるので好きに使ってよい。但し無駄遣いはしないこと。

 等と色々と細かく注意事が書いてあったが、僕は子供みたいにバカなことはしない。一通り読んだので、荷物はそのまま置いて堂島家に向かう。

 僕がすぐ来るとでも思ったのか、鍵は掛かっておらずすぐに中に入れた。一応インターホンは鳴らしたが。居間に行くと一つの机を囲んでみんなが座っていた。机の上に並べられているのは少し豪華な寿司だった。唯、下に敷かれた発泡スチロールがなんだか寂しさを感じさせる。

 

「おお、やっと来たか。お前が来るのを待ってたんだぞ。お前らが来たからいつもより夕飯を豪華にしてみた」

 

「わーい! ありがとお父さん! 食べていい?」

 

「いいぞ、でもいただきますを言ってからな。ほら、お前たちも食え。これからは一緒に暮らしてくんだからな。勿論お前もだ、天田」

 

「「頂きます」」

 

菜々子ちゃんと悠さんが同時に合掌する。でも僕は堂島さんをじっと見つめ、さっきの言葉の意味を考える。

 

「何で僕も何ですか? いくら借りがあるとはいえ、ここまでする必要はないはずです。どうして、僕をそんなにも気に掛けてくれるんですか?」

 

「それが最近中学生になったような奴が言う台詞かぁ? 子供はそこまで深く考えなくていいんだ。大人を少しは頼れ。俺がそうしたいからそうする。ただそれだけの事だ。それに菜々子が喜ぶしな」

 

「そうですか・・・。ならお言葉に甘えて」

 

 大人を少しは頼れ、か・・・。一体何時から信じれなくなったのだろうか。いつもいつも裏切られて、見くびられないように背伸びして。一瞬堂島さんが荒垣先輩に重なって見えた。なんか死んでいる人たちに似ている人が多いな。まるで・・・。

 

「かたぐるしい話はもう終いだ! 飯を食おうじゃねぇか」

 

 料理できない点が決定的に違うけども。

 

「「頂きます」」

 

 少し遅れて食べ始めた僕と堂島さんは遅れを取り戻すように寿司に手を伸ばす。食べ終わった後は楽しく談笑した。

 

 

 

 

 

 

随分と長い間忘れていた、寮生活とはまた違った家族の温かさが、ここにはあった。

 

 

 




ガソスタのところは、頭痛のせいで話がよく聞こえませんでしたということで。

感想お待ちしております!!
あ、バリゾーゴンは使わないでね。状態異常がぁぁ

(因みに寿司にワサビが入ってなくて子ども扱いされたと怒る天田と鳴上がいたとかいないとか)



7/21 表現を大幅に改定


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新たなる力の覚醒

天田は成長期変声期共にまだ訪れてません。
だからp3天田君とほぼ同じと考えてもらっても大丈夫です。


「ふあぁぁ・・・」

 

 菜々子ちゃんが欠伸をしたのを皮切りに、堂島家での細やかなお祝いがお開きになった。

 

「では、今日はありがとうございました。お休みなさい」

 

「おう、明日もちゃんと来いよ。飯作ってくれるんだろ。材料は・・・悠に頼んで買っといておく。じゃあお休み」

 

 話しているうちに悠さんも料理が出来ることが分かったので、交代で作ることになった。そして堂島さんに見送られて家の中に入る。

 

 お腹一杯になったし今日は疲れたので家の中の散策は又今度にしようと、僕用に割り当てられた部屋に入る。寮の部屋より広くて、なかなか使い後心地のよさそうな部屋だった。しかし、ずいぶんと長い間使われていなかったのか、あちこちに拭き取られず積もった埃が見られた。

 

「このぐらい広いなら・・・デッキブラシ振り回しても大丈夫だな」

 

 なんとなく呟いた後すぐに今の台詞は一般的に考えて可笑しいと気付いて、思わず笑ってしまう。影時間がなくなっても習慣というものは直らないものだな、としみじみ思った。

 それからは風呂に入って、0時まで時間があったから早速デッキブラシを振り回す。僕のもう一つのなくならない習慣、それは影時間が来ないことを確認すること。というか逆に確認しないと眠れない。だからか、僕は0時が訪れる瞬間が体内時計で分かるようになってしまった。今のように集中していても0時が来ることは直感で分かる。

 

「・・・もう直ぐ0時だ」

 

 今日もその能力を遺憾なく発揮し、振り回していたブラシを降ろす。

 

カチ(57)カチ(58)カチ(59)カチン()カチ()カチ()、・・・

 

 秒針が動く音が静かな部屋に木霊し、0時を告げた。それからも秒針は動き続け、新たな一日が始まったことを示す。それに僕は安堵を覚え、ブラシを壁に立てかけ、汗の染みついた服を着替えてベットに入る。もう訓練をする理由はもうないのに、それでもしていたのは唯単に時間つぶしなので、目的の0時を迎えたから直ぐにベッドに入ったのだ。唯でさえ疲れていたのに、激しい運動もしたからか、すぐさま夢の世界へと発っていった。

 

 

********************************************

 

 

「こ、こは・・・夢?」

 

 ベッドの中で今日の疲れを落とそうと眠りに着いたはずなのに、いつの間にか不思議な所に立っていた。辺りは霧が濃く出ていてどんなに目を凝らしても一寸先までしか見えない。音も何も聞こえず、情報というものが一切入ってこなかった。この状況に少しは驚いたが、タルタロスを上る際各自がバラバラになることが偶にあったので、それほど動揺せず冷静になって、何の慰めにもならないが、自分の状況を確認するため一応装備を確認する。まずはと腰に手をまわしてみるとホルスターがいつの間にかついていて、その中には銀に輝く銃が入っていた。

 

「しかも召喚器まで・・・」

 

 この銃は召喚器。自分の仮面、精神の鎧を纏うのを補助する為の代物。それが手元にあることに嫌な予感と懐かしさを覚え、その(召喚器)を手に取ってみた。するとホルスターの中からひらりと一枚のカードが木の葉のように落ちた。視界の端に映ったそのカードに見覚えがあったので拾いに行くと、それは懐かしい絵柄のカードだった。裏面は青を基調としたモノクロの仮面のような模様に太陽を掛け合わせたような絵柄で、表は左右に赤と白で別れている背景に、剣に支えられた天秤が描かれたカード。大アルカナ<正義>のカードだった。

 懐かしそうに目を細めていると突然頭の中に重い声が響いた。

 

 

 

“我等は汝・・・汝は我等・・・我等は汝と共に絆を育みし者(橘鈴)との心の狭間(はざま)より出でし者”

 

 

“汝、何を望みてこの世を生きるか・・・”

 

 

 不思議な声は僕に問いかけた。始めは突然聞こえた声に戸惑ってはいたが、何処か安心感を与えるような声色で、その言葉は何の抵抗も無く僕の中に染み渡っていった。余りにも抽象的で漠然とした問いだったが、答えは考えるよりも先にするりと僕の口から零れ出た。

 

「僕は! 沢山の人たちに救われた、助けられた。だから皆が守ってきたこの世界を今度は僕の手で守る! 皆の命を、彼女の意思を僕が受け継いでいく! それが真実を知り未来を生きる、僕の使命。この願いのためならば、僕は命さえ捧げよう」

 

 

 

“汝が願い、確かに受け取った・・・”

 

 

“我等は汝が願いの為、汝と共に歩まん”

 

 

“ワイルドの力の片鱗、汝に授けよう”

 

 

“かつてワイルドを制し者との絆、宇宙(ユニバース)のために役立てよ!”

 

 

 

 その最後言葉の音が残響を残しながらゆっくりと消えると同時に、暖かい何かが僕の心を満たす。

 

「・・・鈴」

 

 その温かさは鈴の温もりだった。彼女が僕に力をくれたんだと、(ようや)く分かった。

 

「ワイルドの片鱗・・・。彼女には及ばないけどそれでも今の僕には十分だ」

 

 しばらくアルカナカードと召喚器を胸元で握って俯いていたが、鈴が見守っているのに無様な姿は見せられないし、それに先に進まないことには何も始まらないと赤いタイルに覆われた一本道を歩みだす。その瞬間、

 

 

“真実を求めるかい?”

 

 

 さっきの声とは違う、不明瞭で若い、でも性別は分からないような声だった。

 

 

“もし求めるならここまでおいで”

 

 

 アルカナの声は僕の内側から響いていた声だったが、今の声は霧の奥深くから響いてきた。このことから誰かがここにいることは分かったので、走って声の正体を探す。あたりを見渡していても霧のせいか何も見当たらず、いつの間にか最奥部にまでたどり着いていた。そこは一段と霧が濃い場所で、少し息苦しさを感じた。

 

「一体どこにいるんだ!?」

 

 何処にいるかもわからない何かに向けて声を荒げる。返事はなかったが、代わりに霧の中に影が浮かび上がった。

 

“君はどうしてこの町ににいるんだい? その力を持っている者がこのような所へ来る事は在りえないというのに”

 

 影らしきものは僕に問いかける。そもそもこの影が話しているのかさえも分からない。だからこそその会話の中で、今の状況を理解する為の糸口をつかむため、不思議な声に答える。

 

「僕だって好きで来た訳じゃない。命を預けあった仲間たちと離れるのは悲しいよ、今もね」

 

“そうか、なら運命の悪戯ということか。だったら君はこの地で一体何を成すのかな。さあ、君の力を私に見せてくれよ、その力を”

 

「あなたは僕を試すために呼んだという訳ですか・・・。いいでしょう!」

 

 ホルスターに刺さっていた召喚器を慣れた手つきで抜き出す。その銃口を自分の心臓がある胸の中央にに向け、何の戸惑いもなく引き金を引いた。

 

「ペルソナッ! カーラ・ネミ!!」

 

 僕の叫びと、ガラスが割れたような澄んだ音が同時に響く。青い光に包まれた僕の背後には、くすんだ赤色の角ばった体に、肩がまるで爆弾のように不自然なまでに膨れた、時の輪の外輪の意味を持つ異形の何かが現れた。そんな歪で、でも最も頼りになる僕自身のペルソナ。僕はカーラ・ネミ(僕自身)に命ずる。

 

「ジオダインッ!」

 

 影の真上にカーラ・ネミから発生した極太の雷が落ちたが、霧の為なのかなぜか当たらない。

 

「くっ、カーラ・ネミ、槍を!」

 

 僕はいつも武器である槍を自分のペルソナに預けていた。その槍は無名だが、強大なペルソナの力を宿している。そして、鈴に貰った鈴を守るための槍で、同時に形見だった。カーラ・ネミから槍を受け取った僕は影に向かって特攻を仕掛ける。小柄な体形を生かしアクロバティックな技を繰り出していくが、まさに雲を掴むようなもので掠りさえしない。苦し紛れに、ジオダインをいくつか打ち込んだがそれでも何の反応もない。

 

「クソッ、なんで当たらない!?」

 

“君の力はその程度かい? まあ、当たらないのは仕方ないよ。これは僕の影だからね”

 

「・・・」

 

“くくく、ダンマリかい? それでもいいけども。『混迷の霧』”

 

 影が何か唱えたら、霧が急に濃くなり何も見えなくなった。影も目を凝らさないと見失いそうだ。カーラ・ネミには単体にしか攻撃できないという弱点がある。ハマ系は元々命中率が低いうえに当たらないと来れば、この場では殆ど意味をなさない。となると物理(貫通)攻撃しかないがジオダインと同じで当たらないだろう。さてどうするか・・・。このままではダメージさえ与えられないと本格的に悩んでいると、さっきの言葉が脳内で蘇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ワイルドの力の片鱗、汝に授けよう”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今なら使えそうな気がする、新たな力が。鈴が僕に残してくれた力が!

 パーカーのポケットに入れていた正義のアルカナカードが淡くブルーに輝きだす。僕は無意識にカードを手に取り、顔の前に突き出した。使い方は初めてペルソナを手に入れた時のように、何となくだが分かっていた。躊躇せずそのままそれを手放すが、青い光に包まれたアルカナカードは万有引力の法則を無視して、何の支えもなしに宙に浮かんだ。召喚器を持つ腕をまっすぐ前に伸ばし、射線上にそのカードがくるようにし、万願の思いを込めて召喚器の引き金を引いて打ち抜く。弾は出ないはずなのに、カードは砕け散ってその欠片が肥大化し別の形を成す。

 

「ペルソナチェンジッ! 来い、ソロネッ!」

 

 カーラ・ネミが虚空に消え去ると同時に、カードの欠片が一つとなって車輪に黒いテルテル坊主が磔にされているようなペルソナが現れた。

 

「ソロネ、マハンマオン!!」

 

 そのペルソナは横に一回転し、前方に聖なる輝きを放つ巨大な魔方陣が現れ、札のようなものが透明な壁にくっ付いているかのように宙に浮いていた。

 

「洗い殺してやる!」

 

“ちょっと待った!それは流石に困るよ!!”

 

 ハマブースターの影響か、一段と輝きを増した魔方陣の光は、一気に弾け飛んだ。その光が消えて周囲を確認する。相変わらずの霧で何も見えなかったが、影の姿が見えないので少し力を抜いた。

 

“ふう、危なかった・・・。あと少しで殺られるところだったよ。でもまさかペルソナを複数使えるとは・・・。全く君は驚かしてくれるね。でも、ワイルドほどの力ではないか。使えるのは・・・正義のアルカナを持つペルソナだけということだね。それも愛がなせる業ってことかな”

 

「! お前、何を知っている!」

 

“真実というものはいつでも嘘の中に混じっているものさ。この霧も真実を阻む霧。真実を知りたければ自分が信じる道を進むといい。そして自分の力で見つけ出すんだよ”

 

 影の姿が無くとも声だけが響ている。意味深な言葉を言われ、問いただそうと口を開くが途端に体中から力が抜け、床に突っ伏してしまう。

 

“今は何もわからない。だから何かを知るために進むんだ。真実を求め続ければいずれまた会えることでしょう。その時まで待っています”

 

 その言葉を聞いたのを最後に、僕の視界は闇に包まれた。

 

 

 

********************************************

 

 

 

 

ジリリリリリリリ

 

「うう・・・」

 

 小鳥たちの囀り・・・じゃなくて目覚ましの音を耳にして目が覚める。むっくりと上体を起こし、寝ぼけた頭を掻きながら目覚ましを止める。ぼんやりとしていると夢の内容を思い出し一気に覚醒する。

 

「あいつは!」

 

 素早くベットから飛び出して周囲を確認するが、当然のごとく敵などいない。そのことに安堵し、乱れたベットを直そうと戻る。すると、枕元に鞄に入れいたはずだった召喚器と正義のアルカナが置いてあった。驚きながらも迷いなくそれらを手に取る。するとカードがまるで嬉しそうに薄く輝き、虚空へと溶けて消えた。カードの輝きを受けて召喚器も銀の鈍い光を放っていた。

 

「あれは夢じゃなかったんだな・・・。鈴の力が、心が僕の中に眠っている。アルカナカードはその力の証」

 

 なんだか涙が出てきそうになったが、意地でも泣くまいと懸命に堪える。ふと、今日は入学式があることを思い出し慌てて準備をする。

 

「あ、朝ごはんの材料無いや。・・・仕方ない、堂島さんに頼むか」

 

 真新しい制服に着替え、必要な荷物だけを持って堂島家に向かう。しかし外は土砂降りの雨が降り注いでいて、目の前とは言っても傘を持っていないから濡れることは必須だろう。それでも行かねばならないと、持ち前のスピードを生かして走る。走ったからかそこまで濡れずに済んだ。インターホンを鳴らし、出てきた堂島さんに食料事情を話すと笑顔で迎えてくれた。

 居間には堂島さんと菜々子ちゃんがニュースを見ながら朝食を摂っていた。

 

「そういや何も買ってなかったな。余りもんしかないが育ちざかり奴が増えたからな、多めに買ってあったんだ」

 

「すいません、いろいろとお世話になってしまって。それと言いにくいんですが、傘もないので貸してもらえませんか?」

 

「ああ、それがな・・・」

 

「おはようございます・・・」

 

制服を着た悠さんが眠そうな顔をして降りてきた。

 

「ああ、悠か。おはよう」

 

「おはようございます。お邪魔させて貰ってます。というか起きるの遅いですよ。急いで朝食食べちゃってください」

 

「ああ。そうだな。初日から遅刻する訳にはいかない」

 

「高校生なんですからしっかりしてくださいよ、悠さん」

 

「そうだ悠、お前傘持ってるか?」

 

「いえ、持っていないですけど。もぐもぐ、何でですか?」

 

「いや、今日は雨が降ってるんだ。でも家には予備の傘が一本しか無くてな。お前ら丁度学校が近いし、今回は同じ傘に入ってもらえねえか?」

 

 学校が近いというか、隣接している。悠さんは八十神(やそがみ)高校に転校、僕は九十九(つくも)中学校に入学することになっている。名前から見ても関係があることはすぐ分かる。実際に九十九中学校を卒業した殆どの人は八十神高校に入学している。

 

「僕がお願いしている側なので、なくても仕方ないと思っています」

 

「もぐもぐ。いや、流石にずぶ濡れで行かせるわけには行かない。んぐん、一緒に行こうか」

 

「なら、そうさせて貰います。あ、もう時間がやばいですよ。食べ終わったようですし、行きましょうか」

 

「そうだな、じゃあ菜々子、叔父さん行ってきます」

 

「行ってきます」

 

「おう、二人とも頑張って来いよ」

 

「おにーちゃんたち、行ってらっしゃい!」

 

 そういって、堂島家を悠さんと一緒に出る。傘は堂島さん用だったのか、黒い大きな傘だった。余裕があるとまではいかないが、肩がはみ出るなどということはなかった。それでも土砂降りだからズボンがびしょびしょになることは免れない。少し早足になりながらも、他愛のない話をしながら登校した。その途中にゴミバケツに頭を突っ込んでいる不思議な人がいたが、互いに目を見合わせスルーした。

 家からは八十神高校のほうが近かったので僕が傘を預かることになり、帰りにここで待ち合わせする約束をして靴箱で悠さんと別れた。

 僕の方もすぐに学校に着き、教室を確認をして入る。辺境の学校だからか、周囲は殆どの人が知り合いのようで友達なのか、同じクラスになれたことに喜んでいる人もいる。

 

「ねえねえ、真夜中テレビって知ってるー?」

 

「知ってる知ってるー! 運命の人が映るってやつでしょ?」

 

「なんか最近『やまのまゆみ』って人が不倫したんだってよ。お前、『やまのまゆみ』って知ってるか?」

 

「山野真由美だろ、なんか議員秘書の生田目とかいうやつと不倫したアナウンサーってニュースで言ってたぞ」

 

 いろんな雑談が耳に入ってくるが、僕には関係がないのでスルーする。

 席順は名前順のようで、僕は『天田』なので一番前だった。そこに座り、入学式まで時間を潰す為今持っていた本を読みだす。僕は割と早い時間に来たので、少しずつ騒がしくなってきた。顔を上げてなんとなくあたりを見渡すと、後ろの席の子が声をかけてきた。

 

「ねえ君、君。何読んでるの? もしかして本が好きなのかい?」

 

 その男の子は青みを帯びた髪色をしていて、前髪が片目を覆っている。パッと見静かそうな子だが、積極性があるみたいだ。

 

「これは・・・ちょと」

 

 い、言えない! 恋愛小説だなんてとてもとても・・・! ブックカバーをしているから外見からじゃ分からないけど、中まで覗き込まれたらバレる!

 動揺し、慌てて本を隠す。でも、どっからどう見ても不自然なわけで、

 

「あ、知られたくなかった? もう学校で何読んでるんだよ。俺は有里湊。宜しくな、えっと・・・」

 

「天田、天田乾。こっちも宜しく。本自体はまあ、好きだよ。ジャンルは何でもいけるんだけど今読んでいたのがその・・・」

 

「おーい、席に座れー。入学して浮かれてるのはいいが程々にしろよ」

 

「あ、先生来た。あとでな天田」

 

 先生が簡単な自己紹介をし、生徒たちもそれに続く。勿論僕が一番なわけで、

 

「天田乾です。最近この町に越してきました。よろしくお願いします」

 

「有里湊。宜しく」

 

 結構適当だな、挨拶。殆どの人が知り合いだから、挨拶なんて適当でいいのかな。そんな感じでクラス全員の挨拶が滞りなく終わる。そのあと丁度入学式が始まる時間だったようで、ぞろぞろと移動が始まる。どこの学校でも校長の話が長いのは変わらなく、疲れた。やっぱり桐条さんは特別だったようで、此処の生徒会長はごく普通の人だった。だらだらとした入学式が終わり、帰宅する準備をする。その際、有里が一緒に帰ろうと誘ってくれたが、変える方向が真逆だし悠さんと待ち合わせしていたので、その話はお流れとなった。

 

 学校を出ると雨は止んでいて、傘は必要なかった。しかし約束している以上、行かなければと思い八十神高校に向かった。

 

 

 

 

 

 この町に死者が現れたことに気づかずに。

 




p3主人公の有里湊とこの作品の有里湊は別人です。ペルソナに覚醒しません。ややこしくなりますから。
唯名前考えるのめんどくさかったんです。丁度名前近かったし。


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気付かぬもう一つの心

水溜りをよけながら八十神(やそがみ)高校へと向かう。確かに雨は止んだが、逆に霧が出てきて前が見えにくかった。夢ようなあの場所も霧がかかっていたなと、今更ながらに思い出す。そう思うとなんか不気味におもえて、早足で高校に向かった。下駄箱に着いて悠さんがいないか周囲を見渡すと不意に、

 

 

『緊急連絡。学区内で事件が発生しました。生徒は速やかに下校してください。繰り返します……』

 

 

という放送が流れて、何かあったみたいなので悠さんも所に行ってみようと、二年生がいる階層に行く。一つ一つのクラスを覗いて悠さんがいないか確認していると、隣のクラスで派手な音がしたから覗いてみた。

 

「花村ぁ! なんてことしてくれるのよ! 私の【成龍伝説】がぁ・・・」

 

「ぐああ・・・! す、済まないぃ・・・。今度弁償するから許してくれぇ、いだだっ」

 

「雪子、鳴上君。こんなやつ放っておいてさっさと帰ろ!」

 

 なんか不安がったりしているかと思ったが、なんか騒々しかった。まあ悠さんに限ってはそんなことないと思うけど。でも女子の方もなんか騒いでるし、高校生って図太いのかな。SEESの皆も図太かったし。取りあえずこのままじゃ気付いてもらえそうもないし、埒も明かないので悠さんに話しかけてみた。

 

「悠さん、早速女の子を二人を侍らすなんてモテモテですね。だからといってそれを嫉妬した人を痛めつけちゃだめですよ」

 

 蹲って呻いている人を指さしながら、真顔で言ってみる。

 

「ちょ、違うから、そんな関係じゃないから! 君なんてこと言ってくれるの!」

 

「そうだよ、千枝が一緒に帰ろうって誘っただけだから、私は違うよ」

 

「雪子! 私だって転校生にいろいろ紹介しようと思っただけだから! そもそも花村が悪い!」

 

 僕の言葉に動揺したらしい緑色の服を着た人が、赤い服の人にからかわれていた。

 

「天田、あんまり言ってやるな。俺が悪者に見ええるだろ。それとどうして此処にいるんだ?」

 

「それもそうですね、すいません。そこまで考えていませんでした。ここにいる理由としてはなんか物騒なことが起きたみたいなんで、様子を見に来たんですけど必要無かったみたいですね。なんかあっちから怖そうな先生来ているんで帰りながら話しましょうか」

 

 歩き始めながら僕が悠さんに事な成り行きを説明していると、緑の人が分が悪いと思ったからか追いかけていてこっちに話を振る。

 

「そ、そうだ。この生意気な子鳴上君の知り合い?」

 

「ああ、こいつは天田といってな、俺と同じ日にこの町に来て隣に住んでるんだ。俺の叔父さんと天田の保護者が幼馴染らしくてその関係で面倒を見てるってこと。天田の保護者が出張でいないから実質家族みたいなものだ」

 

「天田乾です。悠さん、流石に家族は言いすぎです。食事は一緒にしてますけど住んでるところは違いますし」

 

「そう固いことを言うな。天田一人でできることも限られてくるだろ。家族にしておいて損はないさ」

 

「へー。じゃあ天田君は鳴上君の弟みたいなものかー。私は里中千枝、よろしくね。ねえねえ、天田君は今何歳なの?」

 

「12歳で中一。隣の九十九中学校に通っています。あ、12歳だからといって僕を子ども扱いしないでくださいね」

 

「ふふふ、天田君たらかわいいね。私は天城雪子。別に私たちが高校生だからって強がらなくてもいいんだよ。子供は子供らしく、ね」

 

 なんか舐められているようなので言い返そうとしたら、悠さんが代わりに反論してくれて、

 

「いや、(あなが)ち嘘でもないぞ。まだ一日しか知り合ってないが、結構しっかりしていているし。それこそ、そこらのだらしない大人よりはずっとな」

 

 そのことを聞いた二人は驚いた顔をし、僕は悠さんにそういう風に言われて少し嬉しくなった。

 

「マジ!? うわあ、なんか負けてそう。中学生相手になんか敗北感が・・・」

 

「千枝、いろいろと適当だからね。でもすごいね天田君。その年なのにここまで認めてもらえるなんて」

 

「いえ、僕は・・・」

 

 少し俯く。別に誉めてもらいたくて、やっている訳じゃない。大人のように毅然となる必要があったから。環境が僕をここまで変えた。僕はやっぱり変なのだろう。子供らしい感情を表に出せないから。みんなは俯いているのを照れだと勘違いし、声をかけてくれる。

 

「でも、ほら子供らしいところもあるじゃん! やっぱ根っこは子供なんだって!」

 

「でも里中は根っこだけじゃなくて全部子供っぽいよな」

 

「あはは、言えてる!」

 

「な、なにをー! 私にだって大人っぽいところはあるのよ!」

 

「あ、認めた。やっぱり・・・ん? あれ、何だろう?」

 

 天城さんの視線の先にはkeepoutと書かれた黄色いテープがあった。

 

「もしかして、学区内で起きたっていう事件の現場じゃないですか? ほら堂島さんもいますし」

 

 黄色いテープの内側には、周囲の人に忙しく指示を出している堂島さんがいた。いろんな人がテキパキと動いている中、青い顔をした若い刑事さんがいたりもした。知り合いがいたからか、事情を聴こうと悠さんが近くによる。

 

「叔父さん、一体どんな事件があったんですか?」

 

「誰だ・・・悠! 何でここにいる? しかもなぜ天田までいるんだ」

 

「いえ、学校が終わったので一緒に下校しているだけですけど」

 

「くそ、校長にこの道を通らすなって言ってあったのに。事件に関しては何も言えん。身内とはいえ部外者だからな」

 

「そうですか。仕事なら仕方ないです」

 

「ねえ、鳴上君。この人は誰?」

 

「俺の叔父さん。保護者をして貰っている人だ」

 

「へぇー。なんか凄そうな人だね」

 

 悠さんと里中さんが話している横をさっきの若い刑事が通り過ぎていった。顔色が先ほどよりも悪い気がする。案の定、見えにくい端の方で胃袋の中身をぶちまけ始めた。

 

「うおっぷ、おえええぇ・・・」

 

 その瞬間、堂島さんが吐いてしまった若い刑事に向かって怒鳴る。

 

「足立ィ! いつまで新米のつもりでいる気だッ! それでも刑事かッ!!」

 

「す、スイマセン! う、おええ・・・」

 

 堂島さんの迫力に足立と呼ばれた人だけではなく、僕たちも震え上がってしまった。それは僕も例外ではない。いや少しだけですよ、僕は驚いた程度です。僕でもそうなんだから、怒られた本人は完全に竦みあがってしまっていて、口元を拭いて戻ろうとするがまた中身が逆流がしてきたらしく、再び吐いていた。

 ガミガミと堂島さんに怒鳴られている足立という人を憐れみの目でみていると、心の奥の方でザワリと何かがゆれた。ペルソナがなぜかいつもより自己主張をしていて、それを僕に何か警告しようとしていると感じ、足立さんをじっと見てみる。すると、少しずつ誰かと重なってきた。あともう少しで分かりそうって時に、

 

「天田君、あんなものなんか見ない方がいいよ。さ、帰ろ」

 

「ああ、そうしろ。あとこの通り事件が発生してしまったからな、今日は帰れそうもない。すまないが菜々子にそう伝えておいてくれ。あと、帰りに弁当でも買っていけよ。食材とか余計なものは買わずにまっすぐ帰れ、いいな」

 

「はい、叔父さん。叔父さんも頑張ってくださいね」

 

 そういう事となり、事件現場を離れて帰宅することになった。足立さんと重なりそうな人は思考が途中で切れて分からなかったが、あの人を警戒するには値しそうだ。

 事件現場から離れてすぐに里中さんと天城さんと別れ、弁当を買い帰路を進んでいく。その途中で噂が好きそうなおばさんたちがひそひそと噂話をしていて、意図せずとも耳に入ってきた。

 

「ねえねえ、今日あった事件って殺人事件らしいわよ」

 

「聞いたわ、それ。しかもその死んだ人って不倫したってテレビで言ってた、あの山野真由美アナウンサーだったらしいわ」

 

「しかもその死体がね、何故かアンテナに引っかかっていたらしいわ。なんて怖いの」

 

「ねえ・・・」

 

 僕は悠さんの方を向くと丁度悠さんも僕の方を向いたようで、悠さんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。だけども僕は無表情だ。微かに悲しみがあるけど、でも何とも思わない。ただ少し不憫だな、と思った程度。

 

 僕は死についての感情が麻痺してしまったのだろうか。なにせ今僕が考えているのはただ一つ、犯人の事だけ。鈴が守ったこの世界の人間が理不尽な理由で死んでしまったことが許せない。ただ、それだけ。鈴ならきっと彼女が死んでしまったことを悲しむんだろうなと思う。僕はなんて人間なんだろう。いつの間にか鈴以外の人がどうなってもいいと、思うようになってしまった。鈴が帰ってくるなら世界なんて要らないって。

 無表情な顔の下に様々な黒い感情が渦巻く中、悠さんはその感情に気付いたのか気付かなかったのか僕の手を掴んで早足で歩きだした。僕もそれに抗うことなく小走りで着いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴の為なら、悠さんだって・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼーっとしていたのかいつの間にか家の前についていた。夕飯まで結構時間があるので、今はお互い自宅の方へ帰った。帰ってきてすぐさま荷物を置いて、自室からデッキブラシを持ってきたら裏庭へと出た。幸い、裏庭は他の家から見えないようになっていたのでデッキブラシを振り回すのには丁度いい。一心不乱に昔、動画サイトを見て覚えた型をずっと練習する。制服のままで動きにくかったが、それでもずっとずっと練習し続けた。時には型を、時には仮想の敵、シャドウを思い浮かべて実戦練習を。アクロバティックな動きの練習も勿論欠かさない。

 横薙ぎ、突き、その勢いを利用して回し蹴り。ペルソナが僕に力を与えてくれるから、軽く世界記録を更新するような跳躍を軽々行って見せる。蹴り、突き、跳躍、踵落とし、(デッキブラシ)を軸にして回転連続蹴り。さまざまな技をただただ一心不乱に我武者羅に繰り出していく。疲労困憊になっても、体だけは少しでも動かす。そうすれば思い出さなくて済むから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― 鈴が帰ってくるなら、悠さんが居なくなってもいいと思ってしまったことを・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疲れていたからか、注意が散漫になっていたからか、デッキブラシの軌道が不安定になり柄の部分を脛、ベンケイに思い切りぶつけてしまった。

 

「~~ッ!」

 

「うぅ、久しぶりにベンケイ打ったぁ・・・。槍の腕が落ちたのかなあ。・・・さすがに疲れたなぁ、もう動けないよ。そういえば今何時だろう?」

 

 赤くはれ上がった脛を庇いながらデッキブラシを杖代わりにして家に上がる。そして時間を確認するため顔を上にあげると、長さの異なる二本の針が示した時刻は、

 

「ええ!もうこんな時間!? 気付かなかった・・・。そういえば空が真っ暗になってたな」

 

 時計が示したのは7時30分。午後に入ってすぐのころ合いに学校を出たので、かれこれ6,7時間訓練していたことになる。堂島家の夕食は菜々子ちゃんの関係で8時に始まる。あと三十分。汗をビッショリかいているのでシャワーを浴びなきゃいけないが、今は立っているのさえやっとの状態。体中の筋肉がこれでもかというほど悲鳴を上げていて、とてもじゃないがそんな早業は無理だ。明日には筋肉痛になるのは必至で、少しでも明日が楽になるように揉み解さなきゃいけない。

 

「・・・うん、絶対に三十分じゃ無理だ。仕方ない、遅れる旨を悠さんに伝えよ」

 

 以前メアドを交換していたので要件はメールで送れる。一応相当遅くなるかもしれないという文も付け足しておいた。理由は今直ぐやらなきゃいけない用事ができたにしておく。だって、デッキブラシをずっと振り回し続けて、筋肉が強張っているから遅れます、なんて言えるわけがない。それこそバカだ。指の筋肉も強張っていたからメールを打つのにも一苦労しながらも文を完成させ、送る。

 そのあとギクシャクした動きになりながらもゆっくりと風呂の準備をした。やっぱり体を温めなきゃ。暫くして湯船に溜まった少し熱いお湯に、ゆっくりと恐る恐る足を入れると、

 

「ッ・・・!」

 

 案の定痛みが襲ってくる。片足で立つのも辛く、かといって湯に入れるのも痛い。こんなになるまで何で訓練していたんだと(あれを訓練と言えるかは別にして)自分を罵りながらも、気合を入れて湯船の中に全身を入れる。悲鳴も出ないほどの激痛に襲われるが、次第に痛みが和らいでいった。何とか動く余裕ができたので少しづつ湯の中で筋肉を揉み解す。凝りに凝った筋肉を触っているうちにふと思ってしまった。

 

「・・・筋肉は欲しいけど、むっきむきにはなりたくないなぁ。理想は真田先輩かな・・・」

 

 自分で言っておいて意味不明である。自分に呆れながら体の方も解れてきたので、風呂から上がって着替える。筋肉痛を明日にできるだけ持ち越さないように、ベットの上に座ってもう一度念入りに筋肉を揉み解す。凝り固まった筋肉による痛みが無くなってきて、明日は大丈夫かなと安心した途端、疲労の波が襲い掛かってきた。さっきまで十分疲れが来ていたが、解すまではと忘れていた疲労の分が丁度今来たのだ。タルタロスは待ってくれないので、訓練をしても筋肉のケアをするまで寝なかった。その時の習慣が残っていたらしく、終わった瞬間に来たという訳だ。これほどの疲労に抵抗する術はなく、ベットに倒れこんでそのまま夢さえ存在しない、深い眠りの中へ転がり落ちていった。

 

 

 

 

ジリリリリリリリ

 

 今日も目覚ましの音が僕を叩き起こす。体をよじらせてその音源を止めようとするが、体が動かない。そのことに動揺し、冷や汗をかきながらも必死に体を動かそうとする。すると体中に激痛が走り渡った。声にならない悲鳴を上げながらも、漸く冷静になることができた。昨日のことを少しずつ思い出していき、答えに行きつく。つまりは筋肉痛。あれだけのケアをしておきながらもこれだけの痛みがあるということは、もししていなかったらと思うとゾッとする。

 いまだに続く痛みを堪えながらもゆっくりと体を起こす。その際、体の上に掛かっていたタオルケットがパサリと落ちた。確か昨日は布団に潜り込む間もないまま眠り込んでしまったので、このタオルケットが僕に掛かっていることはおかしい。となると、掛けてくれた人がいたという訳で考えられる人はただ一人、悠さんだろう。何時になっても来ない僕の様子を見に来てくれたんだなと嬉しくなると同時に、申し訳なく思う。後で悠さんにお礼を言おうと心の中で決めて、そろそろ音がウザい目覚ましを漸く止めた。

 

 今日も朝ごはんをもらおうと堂島家に向かう準備をしていたが、筋肉痛がやっぱりひどい。昨日よりもずっとギクシャクしている。学校休もうかなどと考えたが、初の授業日だし自分の所為でもあるので行くことにした。流石に体育とかは無理だけど。最低限体を解したら堂島家へ向かう。

やっぱり悠さんは心配していたようで、何があったのか聞いてきた。

 

「ああ、天田。昨日はどうしたんだ? 中々家に来ないから心配して勝手に家に入ってったけど、ぐっすり寝てるもんだからそっとしておいたんだけど」

 

「すいません、急用ができちゃって今すぐやらなきゃいけなかったんですそれが意外にめんどくさくて、終わったらとても疲れていたもんですからそのまま寝ちゃって・・・。あ、タオルケット有難うございました」

 

「いや、いいよ。そっかそれじゃ仕方ないな。でも、俺に言ってくれたらよかったのに。少しは手伝えるから。そうだ、食べてない弁当どうする? まだ残ってるけど、この弁当屋の弁当は日が持つから一応今でも食えるぞ。流石に昼とかそのあたりは止めた方がいいと思うけど」

 

 ホントにすいません・・・。心の中でそう呟く。手伝ってほしくても無理なんですよ。こっちはできる限り弱みって奴を見せたくないから。とは言ってももう十分弱みを見せてるか・・・。弁当に関しては昨日はあれだけ動いたのにまだ何も食べてないからお腹が減って仕方がない。その証拠に

 

ぐうぅぅ~~~

 

「くくく、天田の腹は正直だな。今電子レンジで温めてくるからこれでも食って待ってろ」

 

 そういって食パンの袋丸ごと一つ渡してキッチンの方へ行ってしまった。これを生で食えというのか。因みに四枚切り。僕を顔を真っ赤にして袋を開ける。するとパン独特の香りが漂ってきてまたお腹が鳴る。向こうの方で押し殺した笑いが聞こえたから、きっとそっちまで音が届いたのだろう。自分のお腹に黙れと念じながら食パンに齧り付く。以外にも生でも美味しくあっという間に平らげてしまった。悠さんが弁当を持ってきたころには袋の中身はパン屑だけになっていた。それを見た悠さんは大層悲しそうな顔をした。きっと悠さんの朝食はこのパンだったのだろう。なんか申し訳なく思った。

 悠さんは僕に弁当を渡し、自分の朝食を探しにキッチンへと戻っていった。受け取った弁当は鮭弁当。悠さんみたいに唐揚げ弁当にしなくて良かったとしみじみ思う。時間が経っていても見た目はとても美味しそうで、実際味も良かった。パンが入っていた胃袋は、弁当を迎え入れてもまだイケるらしく物足りない感があった。悠さんも朝飯を探しても見つからなかったようで、

 

「天田。困ったぞ、朝飯が見つからない! 菜々子はもう食べたからいいとして、どうしようか」

 

「すいません、勝手に全部食べてしまって。弁当を食べましたが僕もまだ何か食べたいですし、なにか買っていきましょうか?」

 

 という訳で登校中に何か買おうという話になった。昔立ち食いは行儀が悪いとテレッテ先輩に注意したことがあったが、今は許してもらおう。家を早めに出てパン屋によったが、目移りしていつの間にか時間が無くなってしまったのはまあ、仕方がないことだろう。しかも筋肉痛で走れなくてとても焦った。何とか自分の体に鞭打って遅刻は免れたが。悠さんは少し動きがおかしいとは感じていたようだが、何も言わなかった。

 

 

 自分の胃袋の大きさを理解してなくて、いくつかパンが余ってしまったのは余談である。

 




足立さんと似ている人言うのは・・・

足立=『闇の皇子』になれなかった人

という訳です。なんか性格似てません?



鍵は合鍵を持っていました。中学生一人は流石に危ないと配慮から。


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運命の人

日に日に文字数が増えていくという謎。
五千字を基準にしているのに一万字越って・・・。


 重たい体を引きずりながらも漸く学校に到着。途中で自転車ごと電柱にぶつけている人がいたが、気にする暇もなかった。先生が来る前に何とかクラスの中に入っておこうと、最後の力を振り絞って階段を駆け上る。ぎりぎりで着いたクラスで僕のことを有里が待っていた。

 

「あ、天田やっと来た。遅かったね、昨日は早くに来てたから今日もそうかなーって思って俺、今日は早く来たのに肝心の天田がいないんだ。しかも遅刻間際に来るし・・・。でもいろんな人と話せたから結果オーライだったけど」

 

「そっか、ならごめん。買い物してたら時間無くなっちゃってさ。これからは早い時間帯に来る予定だから今日だけ例外」

 

「いいよ、気にすんな。そうそう、天田・・・ってあ、先生来た。また後でな」

 

 それから特に何もなく授業が終わった。あるとしてもシャーペンを持つ手が筋肉痛で震えてしまって上手く字が書けなかったというぐらいか。そのまま昼休みになり、有里が話しかけてきた。

 

「なあ、天田。お前、好きな人っているか?」

 

「!? な、何だよ急に」

 

「あ、その顔はいるな。そんな天田にいいことを教えよう。若しかしたら、失恋かもしれないけど」

 

 余りにも唐突で、驚いた表情を繕う暇もなかった。お陰でばれてしまった。だからと言って何だというだけなんだが。

 

「“マヨナカテレビ”って知ってるか?」

 

「いや、知らないけど。それがさっきの好きな人と関係があるのか?」

 

「大有りさ。雨が降る夜中の0時に何も映っていないテレビを一人で見ると、そこに運命の人が映るんだってよ」

 

 そういえば昨日は0時になる前に寝てしまったな。なかなか珍しいこともあるんだと、自分のことなのに感心する。しかし、運命の人が映るのか・・・。僕の恋人は鈴のただ一人。それ以外の人は一切興味がない。でも鈴を運命の人といえるのだろうか。運命の人ならば今も僕の隣にいてくれるはず。なのに・・・。

 悲しみの海に潜ろうとしたときに有里がこちらの顔を覗き込んできた。ここで暗くなるのは良くないと、誤魔化すために咄嗟に思いついた質問を投げかける。

 

「運命の人っていうのは本当に映るのか? そもそも有里はやったことがあるのか?」

 

「勿論やってみた。なんとそこに映ったのは山野真由美アナウンサーだったんだよ。なのに最近死んじゃったみたいだから、今思ってみればデマなのかな? でもテレビには映ったし・・・」

 

 映ったら死んだということか・・・。なら鈴が移るかな。鈴じゃなかったら一体誰が? とりあえず今日は夜から雨が降り出すようなので見てみることにした。

 

「そっか、じゃあ見るだけ見てみる。結果は期待するなよ?」

 

「天田は大人びてるし、女子に人気がありそうじゃないか、絶対映るって。でさ映った人、教えてくれよ」

 

「もし映ったとしてもやだね。もし本当に運命の人だったら他の人に知られたくはない。それが有里だとしても。僕はこれでも独占欲が強いんだ」

 

 ニヤリと笑いながら、静かに言う。有里も残念そうな顔をしながらも僕の気持ちを汲んでくれたようで仕方いといってそれ以上何も言わなかった。

 

 そのあと雑談をし、慌てて授業の準備を始める。疲労の所為で午後の授業は居眠りしてしまった。先生の心象が、と戦々恐々となりこれからは真面目に頑張ろうと思った。

 学校が終わり、有里と別れて家に帰る。悠さんとは下校時刻が違うので、登校の時だけ一緒に通っている。そのまま寄り道せずに、家について私服に着替える。今日はどうしようかと考えて生活用品を買ってこようと思ったが、筋肉痛で大荷物はキツイし、そもそも店の場所を知らない。取りあえずもう一度体中マッサージをして、家の中を把握したり引っ越し用品を片付けようと思った。ただ、重いものは運べないが。

 軽く体をほぐしたら、家の整理を始めようとまだ片付けていない近くの段ボールによると、

 

PiPiPiPiPiPiPiPi

 

と机の上の携帯が小刻みに震えながら鳴る。それを手に取り着信を確認すると<鳴上 悠>となっていた。学校が終わったのかなと思い、電話に出る。

 

「はい、天田です。悠さんどうかしましたか?」

 

『いや、ちょっと友達とジュネスに行こうと思ってな。よかったら天田も来ないかって話になったんだ。どうだ? 今なら花村がビフテキを奢ってくれるらしいぞ。ってああ・・・(ノイズが入った)・・・おいなに勝手に奢ることになってんだ!? いいか、俺は奢らないからな。欲しけりゃ自分で買え!』

 

 始めは悠さんが話していたが、途中で携帯が奪われたらしく知らない人の声と代わった。多分この人が花村という人だろう。なんか悠さんが弄っていたので僕もそれに乗ってみた。

 

「え、奢ってくれないんですか? 高校生ならお金が一杯あるでしょうに。中学生のお小遣いの量を考えてくださいよ。お肉を買うなんてとてもとても無理です」

 

『仕方ないだろ! もう二人に奢ることになってんだ。もう一人増えたら俺の財布が死んじまう! てゆうか二人だけでも死活問題なのに・・・』

 

「そうですか・・・。花村さんって子供を期待させて落とすような人なんですね。そんな人が悠さんの友達なんて、ああ僕はとても悲しいです。悠さんが騙されないか心配で心配で・・・」

 

『そうそう、今度鳴上に特盛のビフテキを奢ってもらって・・・ってそんなことする分けないだろ!」

 

「何言ってるんですか、悠さんが貴方のような人に騙されるわけがないでしょう。馬鹿にしちゃだめですよ?」

 

『ああ、俺もうこいつ相手すんの疲れたわ・・・鳴上に返すぞ。・・・俺だ、どうだ花村弄りは楽しかったか? 奢りに関しては花村が買ってくれないみたいだから俺が払ってやる」

 

「え、流石にそれは悪いですよ! 花村さんには弄るためにそういっただけで別に本気にしてないですし、要らないです」

 

『花村弄りは楽しかったんだな・・・。一応言っておくが拒否権はないぞ。天田、別に遠慮しなくていいんだ。菜々子から見たら俺たちは兄弟だろ? 俺は天田と飯が食いたいんだ』

 

 兄弟・・・。そっか兄弟か。昔から僕は一人だった。母親が早い内に死んだから家族だなんて感覚は久しく忘れていた。そっか、家族は遠慮しなくてもいいのか。当たり前のことを今更ながらに気付く。でもそのことを伝えるのは癪なので、

 

「・・・そこまで言われてしまっては仕方ないですね。ただ、僕ジュネスの場所知らないですよ?」

 

『え、どうしようか。道教えるからそれで来れるか』

 

「今メモ帳もってくるんで待っててください」

 

 急いでメモ帳を用意し言われた道順を記していく。道は単純なようで、すぐに分かった。電話を切り出かける準備をして、巌戸台から持ってきたオレンジ色の自転車に跨って家を出発する。道は簡単で迷うことはなかったが、遠かった。こういう時は普通車とか使うんだろうなと思いながら自転車を漕いでいく。

 暫く走らせて漸く大きな建物が見えてきた。でかでかと『ジュネス』と書いてあって分かりやすい。自転車置き場に自転車を置き、約束の場所であるフードコートへ向かった。そこには沢山の家族連れの人がいて僕から見て眩しかった。あたりを見まわすと里中さんが大きく手を振っていて、

 

「おーい天田くーん! こっちこっちー!」

 

「里中さん、大声出さないでください。余計に馬鹿に見えるでしょう」

 

「今日も辛辣だなあ。私これでも先輩だよ・・・」

 

「先輩でも尊敬できなきゃ意味がありません。ほら天城さんとか、ってあれ? そういえば天城さんは居ませんね。その代りに・・・悠さんにいじめられてた人、でいいですか?」

 

 里中さんの隣に悠さんが座っていて端にはいつの日か苛められていた青年が座っていた。

 

「いや、違うから! 俺が花村、花村陽介! お前が天田でいいのか?」

 

「なんだ、奢ってくれない意地悪な人でしたか。僕が天田乾です。宜しく・・・しなくてもいいか。そういえば花村さんはSでもMでもいけるんですね、恐れ多いです。見習いたくないですけど」

 

「俺はそこまで万能じゃねえ! なんなんだこいつは・・・。鳴上の弟って強ち間違ってない気がするわ。にしても随分と生意気だな」

 

「生意気じゃなくて大人びているって言うんだ。そうだろう? 天田」

 

「そういう事です、花村さん。本当は呼び捨てにしたいんですが、僕の良心が止めているんです。逆に感謝して欲しい位ですよ」

 

「なにこの俺の立場・・・。里中は助けてくれる訳がないし、味方が誰もいない・・・。ああもう、なんか買ってくる!」

 

「そうか? なら俺も買ってくるか。天田の分も買ってこないといけないし」

 

「すいません、でもそういう約束でしたから」

 

 二人は立って、売店へと向かう。ということは必然的に里中さんと会話することになる。

 

「今日は雪子、用事があってこれないんだって。雪子って老舗旅館の次期女将だからさぁ、忙しいみたい」

 

「へえ、なんか雪子さんらしい仕事ですね」

 

「だよねぇ、あっそうだマヨナカテレビって聞いたことある?」

 

「今日クラスメイトに聞きました。何でも運命の人が映るとかなんとか」

 

「なんだぁ、知ってるのか。つまんないの。じゃあじゃあ! 好きな人はいる?」

 

「それは秘密です。悠さんは多分そういう話は知らないと思いますから、振ってみたらどうですか?」

 

「確かにそういう噂には疎そうだしね。あ、丁度帰ってきた」

 

「うーっす、はいコレ里中の分ね」

 

「わーい・・・ってた、たこ焼き!? なんでビフテキじゃないの! ビフテキがいい! ビーフーテーキーィ!」

 

「俺の財布から見てビフテキ二人分は無理だっつーの! これで我慢しろ!」

 

 後ろからついてきた悠さんが皆のお盆より一回り大きなお盆を渡してきた。その上には鉄板が乗っていて、アツアツのお肉が肉汁を滴らせながら鉄板の上に鎮座していた。

 

「天田はもちろんビフテキだぞ。ところで何話してたんだ?」

 

「あ、有難うございます。なんか一人だけお肉で悪い気がしますが。話の内容なら里中さんに聞いた方がいいですよ」

 

 ジッと僕のお肉を里中さんが食べたそうに見ていたが、あげませんと態度で示していたらそれが伝わったらしく、後ろ髪を引かれながらも視線を肉から悠さんの方に変えた。

 

「そうだった! 鳴上君、マヨナカテレビって聞いたことないよね! ないよね!」

 

「あ、ああ。それはないが急にどうしたんだ?」

 

「おお、俺その噂聞いたことあるぞ。でもガセ・・・」

 

「花村は黙ってろ! それがね、雨の降る夜中の0時に一人で何も映っていないテレビを見ていると・・・」

 

「みていると?」

 

「運命の人が映るって噂なのよ!」

 

「つまり、みんなでやってみようってことか?」

 

「そーゆーこと! 今日雨降るっていうし皆でやってみよっか!」

 

「やるのかよ。どうせガセネタだし。俺はパス・・・」

 

「勿論花村、アンタもやるのよ」

 

「ええ! 俺もかよ!? 俺は・・・ってあれは小西先輩だ! センパーイ!」

 

 急に向こうの方へと視線を投げかけたと思ったら、何かいいものを見つけたような幸せそうな笑顔をして、自分の台詞を中断してまでしてそちらの方へ走って行った。花村さんが向かった先には薄いブロンドの髪をカールさせた女性が丁度席に着いたところだった。

 

「あれ、花ちゃん・・・」

 

「お疲れ様です、小西先輩! ってあれ? どうかしました?」

 

 その女性はなんか草臥(くたび)れたような表情で、僕たちといた時よりもずっと元気で明るい花村さんと対照的だった。あの表情はニュクス封印後の疲れ切った鈴の顔とどこか似ていて、もうすぐ死んでしまわないかと心配になるほどだった。

 

「ううん、大丈夫。疲れているだけだから。有難う花ちゃん。それと・・・あの子たちは花ちゃんのお友達?」

 

 こちらを見ているので、ちょっと行ってみようという話になった。僕の場合は花村さんを弄るネタが欲しいだけだが。

 

「君たちが花ちゃんのお友達? しかもこんな小さな子もなんてね。駄目よ花ちゃん」

 

「いやいや、みんなと楽しくやってますから。苛めてなんかいませんよ!」

 

「ホントに~? まあ、楽しそうだからいいや。花ちゃんってお節介でウザいけど根はいいヤツだから仲良くしてあげてね?」

 

「ちょ、小西先輩! 余計なことは言わなくていいですからっ!」

 

「勿論です。花村は面白い奴ですし、いい関係が築けると思ってます」

 

「お前も真面目に答えなくていい!」

 

「あ、そろそろ時間だ。もう行かなきゃ」

 

「あ、スイマセン。頑張ってください!」

 

「アリガト、君たちも花ちゃんをよろしくね」

 

 そういって女性は去って行った。ジュネスと書いてあったエプロンをしていたことから、ここでアルバイトをしているのだろう。

 

「悠さん、青春ですね」

 

「そうだな、青春だな」

 

「お前らも青春真っ只中だろ!?」

 

 早速花村さんを二人で弄る。それに里中さんも乗っかって、

 

「じゃーあー、マヨナカテレビを見ないって言ったのは今の小西先輩だっけ? その人じゃなかったら怖いからじゃないの? ねえ、花村?」

 

 悪者の笑みを浮かべて、花村ににじり寄っていく。里中さんに悪者の顔って似合ってるな。

 

「分かった分かったから! 見ればいいんだろ? どうせ映らないし、やってやろうじゃねえか!」

 

「オッケー。今の聞いたね? よし、ここにいる全員は証人だ! あ、鳴上君もちゃんとやるんだよ?」

 

「分かった。天田はどうするんだ?」

 

「僕はクラスメイトにやれって言われてるんで、やります」

 

「そうか、でも0時って遅いな。見たらすぐに寝ろよ?」

 

「悠さん、僕を子ども扱いにしないで下さいよ。多少遅くなっても全然大丈夫です。慣れてますから」

 

 逆に0時にならないと寝れないし。

 

「そうか、悪かったな。でも慣れるっていうのもどうかと思うが」

 

「いいじゃん、いいじゃん! ってああ! 天田君のビフテキがしんなりしていくぅ! ねえ、私も一緒に・・・」

 

「ダメです。これは僕が悠さんに今日ここに来る変わりにもらったんです。だから誰にもあげません、諦めて下さい」

 

「いいじゃんケチィー」

 

「もぐもぐ、と言うかねだる人間違ってません? ほら、ホントは食べれたのに誰かさんのせいで食べれなかったじゃないですか」

 

「そうだった! はーなーむーらぁー! そうだ花村だ! 私に肉寄越せえー!」

 

「お前あれ食ったろ!? しかも速攻で! ああもう、天田自分のが狙われてるからって俺に擦りつけんじゃねーっ!」

 

「もぐもぐ、うまうま」

 

「ビフテキーィ!」

 

 中々カオスなこの集団である。その中で悠さんは静かにセルフサービスの、温かいお茶をゆっくり飲んでいる。悠さん・・・凄いな。煩い人がいなくなったので、みるみると肉が僕の胃袋へ消えていく。

 

「・・・ご馳走様でした。そうだ、朝ごはんや夕飯の具材買わなきゃ・・・。悠さんたち、すいませんが僕は買い物して帰ります。悠さん、今回は昨日のお詫びも込めて僕が夕飯を作りますんで、夕食の時間までに帰ってきてくれればそれでいいです」

 

「え、もう行っちゃうの? というか料理できるの!?」

 

「なら、俺も買い物に付き合うぞ。そのほうが早い」

 

「いえ、僕一人で十分です。下ごしらえの時間も必要ですからこの辺でお暇させてもらいます」

 

「そうだ、早く帰れ。俺はお前が苦手だ」

 

「そうゆうモンは本人の前で言わない! そっかー、残念だな。また一緒に遊ぼうよ! ・・・出来たら料理も教えて欲しいし」

 

「まあ、暇がありましたらたまに入れてもらおうかな。今日はありがとうございました」

 

「またなー!」

 

「夕飯、楽しみにしてるぞ」

 

 そういう声に見送られながら僕はエレベーターに乗り込む。そして一階食品売り場のボタンを押す。食品売り場はなかなか充実していて、足りないと言うことはなさそうだと思いながらカートを押していく。そしてめぼしい食材を見つけたらカートに放り込んでいく。片手には家を出る前にポストから取り出した広告チラシを持って。

 

「ふんふん、これが安いのかー。じゃあ、あれをつくろっと。筋肉痛用に豆腐も買って、と。あ、あのパン安いや、買ってこ」

 

 そのチラシの隅のほうに今朝食べたパンの画像が映っていた。美味しかったし、買っていこうとそのコーナーに行く。流石に四枚切りは一つしかなく、それと六枚切りをカートの中にいれた。これで最後と会計に並ぶ。財布の中は親戚に預かった通帳から引き出したお金が入っている。というか、こういうときじゃないとお金使わないから、堂島さんに言わずにもってきた。

 僕の番が来て、会計が始まる。僕は慣れた手つきでお金を払った。両手に持った大きなエコバック(持参)をどうやって持ち帰ろうかと悩みながらジュネスを出る。取りあえず自転車の籠に二つとも乗せて持ち帰る。そのまま帰ったが、筋肉が悲鳴を上げていたということは言うまでもない。

 ヒーヒーと心の中で言いながらも家に着き、荷物を抱えて堂島家に向かう。すると菜々子ちゃんが家にいたようで戸を開けてくれた。

 

「今日は僕がご飯を作るから。待っててね」

 

「分かった! 天田お兄ちゃん? 乾お兄ちゃん? あれ、どっちがいいかな?」

 

「どっちでもいいよ、菜々子ちゃんが決めて」

 

「じゃあー、乾お兄ちゃん!」

 

「そっか、因みに悠さんは?」

 

「悠お兄ちゃん!」

 

「そうなんだ、ありがと。じゃ、作ってくるね」

 

「美味しーの作ってね!」

 

 なんか、可愛いな。妹かー、鈴も僕をこんな風に見てたのかな。子供の戯言って無視する可能性もあったのに、成功するって余程僕は運が良かったんだ。料理も鈴に教わったものだし、鈴がいなかったら今の僕は居ない。鈴がいなかったらと思うと、恐怖で体が震える。頭を振って悪い考えを振り落し、エコバックの中身を使う奴だけは横に除けて、残りを冷蔵庫にしまっていく。冷蔵庫の中身はこれでもかというほど殆ど入ってなくて、毎日何食べてたんだと思ってしまった。食材を仕舞い終え材料の下拵えしているところに、忘れていたことを思い出した。

 

「そういえば、堂島さん今日帰ってくるとか言ってた?」

 

「・・・ううん。お父さん電話してくれるって言ってたのに・・・」

 

「そっか、じゃあどうしようかな堂島さんの夕飯・・・。一応作って帰って来なかったら明日の朝ごはんにするか」

 

 今作っているのはビーフシチューだったので保存するのには丁度いい料理だった。容器に入れて冷凍したら一ヶ月は持つらしいし。

 切り分けられた具材を飴色になるまで炒め、そのあと鍋に入れてぐつぐつ煮込む。赤ワインが欲しかったが、流石に買えなかったので渋々諦めた。やるべきことは全部やったし煮込むのには時間が掛かるので、待ち時間の間話そうと菜々子ちゃんの元へ向かう。クイズ番組を見ていたが、心ここにあらずという感じでぼーっとしていた。なんとなく考えていることが分かったので、

 

「大丈夫。菜々子ちゃんのお父さんだよ? 少しはお父さん信じてあげて」

 

「・・・うん。お父さん、大丈夫だよね」

 

「大丈夫、ほら僕たちがいるからお父さんは安心してお仕事ができるんだよ」

 

 安心させようと笑いかけながら話しかける。すると玄関の戸がガララと開いて、

 

「ただいまー」

 

「あ、お帰り悠お兄ちゃん!」

 

「お帰りなさい、夕飯はもう少し待ってください」

 

「こんなおいしそうな匂いが漂ってきてるのにまだ食べれないのか?」

 

「もっとおいしくするために煮込んでいるんですよ」

 

 そうやって三人で机を囲み楽しく談笑した。誰かがお腹減ったなと呟いたのを皮切りに、他の人もお腹減ったと口々に言う。多分もういい感じに煮込まれているのでご飯を食べることになった。僕がお皿にビーフシチューをよそい、悠さんが食卓の準備をする。菜々子ちゃんにはスプーンなど細かいものを運んでもらって、たちまち夕飯の準備ができた。

 

「「「頂きます!」」」

 

 三人で一緒に合掌し、ビーフシチューを一口、口に含む。すると悠さんは驚いた顔をし、菜々子ちゃんはとても嬉しそうな顔をして、

 

「おいしーい! 乾お兄ちゃんこれ美味しいよ!」

 

「天田の料理・・・悔しいが俺が作るのよりも美味しい。俺もまだまだと言うことか・・・!」

 

 なんか凄い褒められた。鈴と一緒に居たいばかりに良く教わっていたけれど、こういう時に役立つとは。鈴はあんな細い体なのに大食漢だから、作る側の僕は自然に上手くなる。何時も幸せそうに食べてるもんだから、腕もみるみる上がったさ。僕も一口含み、鈴にはまだまだ及ばないなと自己評価をつける。

 

「まだ残ってるからお替わりが欲しいときは言ってください」

 

「そうか、これが腹いっぱい食えるってことだな。一体どこで料理を覚えたんだ?」

 

 そう来たか。鈴のことは誰にも言いたくないし、適当にはぐらかす。

 

「知り合いに教わったんです。まだその知り合いより上手く作れませんけどね」

 

 そして、二度と食べられないし、越えることもできない。僕の料理を食べて浮かべた、あの笑顔を見ることも叶わない。

 菜々子ちゃんが僕より上手いという言葉に反応してか、僕にとっては辛い言葉を無邪気に言う。

 

「乾お兄ちゃんよりもお料理が上手だったの? 菜々子も食べてみたいなー!」

 

「ッ・・・僕もまた・・・食べたいなぁ」

 

「俺おかわりしてくる」

 

「いえ、僕が行ってきます。お皿を下さい」

 

「いや・・・」

 

 僕の伸ばす手から皿を逃がして悠さんが立ち上がると、ガララと今日二回目の戸が開く音が鳴った。

 

「ただいま」

 

「お父さん帰ってきた!」

 

「「お帰りなさい」」

 

「ああ、夕飯は残ってるか? 腹が鳴って仕方がない」

 

「ほら、俺のは自分でやるから天田は叔父さんの分をよそってやってくれ」

 

「分かりました」

 

 僕たちは立ち上がり、入れ替わりに堂島さんがソファーにドカッと座り込む。

 

「すまんが、テレビをニュースに変えてくれないか?」

 

「・・・うん。変えたよ」

 

 ビーフシチューをよそった皿を堂島さんの前に置く。テレビにはこの前の事件についてのニュースがやっていた。

 

『アナウンサー変死事件の第一発見者にお話を伺ってみました』

 

『あ、あの、その・・・』

 

「いったいどっから知ったんだ? 全く手が早ええな・・・」

 

 顔と声はモザイクが掛かっていたが程度が甘く、辛うじて隠れている程度だった。おかわりをよそって帰ってきた悠さんがぼそりと呟く。

 

「この人、花村が言ってた小西先輩に似てるな・・・」

 

 そういわれてみればと思い、もう一度しっかり見てみるともう小西さんとしてしか見れない位似ていた。悠さんの呟いた声は僕にしか聞こえなかったようで、堂島さんは何の反応もしなかった。

 

「ねえ、お父さん。今日ね・・・寝ちゃってる。お仕事疲れちゃったのかな・・・」

 

 堂島さんの方をふと見てみれば、ソファーに深くもたれかかって寝ていた。しかもちゃっかりビーフシチューがお皿の中からきれいに消えている。菜々子ちゃんが悲しそうな顔をしていたが、

 

「エブリデイヤングライフ♪ ジュ・ネ・ス♪」

 

「エブリデーヤンライ、じゅーねーすー♪ そうだお風呂入んなきゃ」

 

 いつの間にかニュースはCMに変わっていて、菜々子ちゃんがそのCMを笑顔でリピートする。それでなのか用事を思い出したらしく、部屋に戻っていった。僕も夕飯の後片付けをしようと立ち上がると、

 

「飯作って貰ったから、皿洗い位は俺がやる。さ、飯も食い終わったし帰った帰った。あれを見るんだろ、今のうちに準備しとけ」

 

 そういう風に言ってくれたので、甘えさせてもらう。寝ている堂島さんにお礼を伝えるように悠さんに頼み、堂島家を出る。帰る際、豆腐も一緒に持ち帰った。折角買ったのに食べなきゃ意味がない。予報通り雨が降っていたが、買っておいた新品の傘を使って難をしのいだ。

 家に戻り、早速豆腐を頂く。簡単に作れるから、冷奴。美味しかったです。相変わらず痛む筋肉をケアし、風呂に入る。それでも0時までに時間があったから、部屋の片付けをしておく。流石にデッキブラシを振り回したら、筋肉痛が悪化するからやらない。

 

 

 

 今日も僕の体内時計が0時になりそうだと告げる。それに従い手に持っていた荷物を降ろし、部屋に戻る。部屋に戻ったのは本当に0時ぎりぎりで、テレビの前に座った瞬間0時になったと時計を見ずとも感覚で分かった。

 その瞬間、外で一度光が閃き、ゴロロッと大きな音が響く。それを合図にキュイイィと耳障りな音と共に着いていないはずのテレビがナニカを映しだした。しかし画がとても粗く、何が映っているのかよくわからなかった。でも、人型が映っていることだけは分かった。ジッと見ていると、色素の薄い髪をした制服を着ている女性が苦しんでいるのが映っていたことが分かった。鈴の髪色はもっと濃いし、髪形も違う。果ては制服も違うから、鈴ではないことは分かった。

 

 でも、見たことはある。なんか最近見たような人な気がする・・・。ああそうだ、小西さんだ。花村さんが好きな人。でもなぜ運命の人が小西さんなんだ? 僕にとって鈴の代わりになる人なのか。色々な考えが頭の中を巡り、無意識にテレビに近づく。小西さんをもっとしっかり見極めようと、テレビに手をつく。

 

 すると、手がテレビの中に吸い込まれていった。驚いて、考え事も吹っ飛んでってしまう。以外にもテレビの力は強く、いくらひっぱても抜けない。嘲笑うように画面が波紋を浮かべる。異能の力が働いているように感じ、対抗しようとペルソナを心の中で呼び起こす。すると、途端に力が弱まり腕が抜けた。勢いのままにそのまま尻餅をつき、体中を痛めた。

 混乱していたが、ザアアアと降り注ぐ雨が窓をしきりに叩く音で少しずつ冷静さを取り戻す。運命の人と言い、テレビに吸い込まれることと言い、よくわからないことがたくさん起きた。頭の中がパンクしそうなのでいろいろと悩むのは明日にして、今日は寝ることにした。

 

 

 

 鈴の代わりは本当にいるのだろうか。この癒えない心の傷を癒してくれる人は、本当にいるのだろうか・・・。




本日の天田君の食事量

パン一斤、鮭弁当、パン数個(5,6個?)、ビフテキ、ビーフシチュー


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未知との遭遇

コメディー風に書いたはずなのに最後のシリアスに全部塗りつぶされたーっ!



温かい光が僕を包み込む。それは鈴の腕の中の温かさだった。その温もりの中に僕はずっといた。そしてずっとその腕の中にいれると思っていた。でも大きな影が、人の悪意の塊が鈴を捕まえにきた。少しずつ鈴の手が僕から離れて行って、いくら手を伸ばしても愛しい人にはこの小さな手では届かない。僕は何もできないまま、鈴は黒い巨大な影に連れていかれた。僕は温もりが消え去ったこの冷たい世界を我武者羅に走る。それでも鈴はおろか影の姿さえ見つけることは叶わなかった。鈴を連れ去ったこの世界を怨み、鈴を助けることができなかった僕自身を怨んだ。鈴のあの温もりを懐かしみながら、僕は幾度も涙を流した。何度も何度も挫けかけたが、それでも探し続けた。それでも―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリ

 

目覚ましが今日も鳴り響き、僕を夢の世界から救い出す。久しぶりに鈴の夢を見た。いや、鈴がいなくなってしまう夢を、だ。いつもは鈴と過ごした幸せな思い出を夢で見ていた。なのに今日はあの夢を見てしまった。だからかいやな予感がしてならない。それにマヨナカテレビのことも気になる。昨日(今日)考えることを放棄した内容を熟考しようと思ったが、朝だし時間がないので保留にした。それでも考えてしまうもので、上の空で学校へ行く準備をしていた。まだ朝食は食べない。朝ごはんはこれからも堂島家で食べることにしたから。それに悠さんと一緒に学校に行くからということもある。準備を終えたら堂島家に入れて貰い、朝食を食べ始める。堂島さんが出勤する直前に、これから必要になるだろうという事で堂島家の鍵をもらった。食べ終わったら悠さんと登校。いたって普通である。しかし普通であるからこそ異常(アブノーマル)が目立つのというものだ。

 

「・・・天田。今日はなんか元気ないな。どうかしたか?」

 

 僕の異常に気付いたらしい悠さんは様子を窺ってくる。

 

「いえ、特に何も・・・。敢えて言うならマヨナカテレビの事ですかね・・・」

 

「そうか、そういえばデマじゃなかったな。余り信じていなかったけど本当に映ったし。天田は誰が・・・って確か人に言いたくないんだったな。だったら俺も言わない方がいいか」

 

「そうですね、僕も半信半疑だったんで驚きました」

 

「俺は映ったことよりも手がテレビに入ったことの方が驚いたぞ」

 

「え、悠さんも手、入ったんですか?」

 

「その言い方だと、天田も入ったみたいだな。なんか凄く力が強くて吸い込まれそうになって踏ん張っていたけど、テレビ自体が小さくて吸い込まれるのは免れたんだ。そのあとふっと力が消えて尻餅をついちゃったもんだから、大きな音が出ちゃって菜々子を心配させてしまったよ」

 

「力が・・・消えた?」

 

 あの力は異能の力だった。ただの人間である悠さんに逃れるすべはない。なのに吸い込まれかけた(・・・)?本当に不思議な人だ。不思議という枠に収まり切れないほどに。

 

「学校に着いたか、また夜にな」

 

 いつの間にか学校に着いたようで悠さんと別れる。今日は宣言通りに早く登校した。有里は居なかったが、すぐに登校してきた。昨日の話を忘れたのか運命の人を頻りに聞いてきたが、もちろん何も言わない。THE無視。それに折れたのかもう何も聞いてこなかった。チャイムが鳴り、授業が始まる。

 

 さて、数時間後・・・。今日の授業が全て終わった。マヨナカテレビのことで頭の中が一杯で、いろんな感情が僕の中を飛び交っていたが、熟考まではしていなかったので何とか授業には着いていけた。うん、そろそろ本格的にやばい。真面目に授業を受けねば。鈴は学業の面でも天才だったんだ、負けてはいられない。ついでに明日から日直は朝早く登校しなければならないらしい。番号順なので明日は僕だ。悠さんに一緒に登校できないと伝えとかなきゃ。

 

 有里と別れ、学校を後にし家に帰る。筋肉痛が少しずつ良くなってきているので軽くストレッチをするが、まだ体が強張っている。初日の辛さに比べればずっとましだと思い、今日は昨日買い忘れた日用品を買いにジュネスへ自転車を繰り出す。

 

 一度行っただけだったがもう覚えてしまった道を行く。やがて着いたジュネスは今日も賑わっていた。食料品は後で買う予定なので今はスルーし、エレベーターに乗り込む。日用品が置いてある階にすぐさまに行こうかと考えたが、ジュネス全体を見ておきたいので最上階に向かう。

 そこから一つ一つ階を降りて何があるかを見て行っていると、電化製品が置いてある階に着いた。そこも軽く見渡しもう一階降りようとすると、悠さんたちの姿が目に入った。此処にいる理由が分からなず、疑問に思い声をかけようと近づくと、悠さんが自分の体をテレビの中へ突っ込んだ。流石にその行動には驚き、それは里中さんや花村さんも僕と同じ気持ちのようでどうすればいいと慌てふためいていた。

僕はなぜそうなったのか聞くために皆さんの元へ走りよると、皆さんも僕の存在に気付いたのかこっちを振り向く。その瞬間、誰かが体勢を崩したらしく皆まとめてテレビの中へと落ちていった。たった今目の前にいた人たちが突然消えてしまったことに驚きながらも、僕は異常性というものに慣れてしまっていたからか、すぐさま後を追いかけることを決意する。僕もテレビの中に入れることを確かめてから周囲の視線に注意し、テレビの中に入っていった。

 

 

 

 歪んだ白と黒のゲートのようなものを通過していくとやがて不思議な空間に上空から落ちた。すたっとかっこよく着地を決めると、周囲には着地が上手く成功したらしい悠さんと、潰れている花村さんの上に座っている里中さんがいた。

 僕はテレビの中に入っていったからここはテレビの中の世界ということだろう。少し混乱しているので落ち着かせる意味も込めて、早速僕は他の人よりもいち早くこの空間を分析していく。

 床には白と黒の輪がが交互に描かれた下地に、人の形をした模様が下地と逆の色で描かれていた。周囲には数多の剥き出しの鉄骨が張り巡らされていて、何処までも続いているように見えた。他には撮影に使うような証明が至る所にあるが、明かりは点いていない。そして何より特徴的なのはこの霧だ。いくら周りを見渡しても殆ど何も見えない。まるで、あの夢の中のような霧の世界。そしてこの空気だ。不快感を煽るようなこの空気、正にタルタロスの空気だ。また、今自分たちがいる場所は宙にあるらしく周囲にある柵の外に視線を投げかけると、霧も手伝って底なしの闇が広がっていた。

 

 そこまで周囲を把握すると里中さんや花村さんがようやくこの状況を理解し狼狽えている。悠さんもはじめはそうだったが今では冷静さを取り戻し僕みたいに観察していた。このまま放っておくのも可哀想なので声をかけてみる。

 

「里中さん、花村さん。大丈夫ですか?」

 

「あ、あ、天田君。あれ、なんで天田君がここにいるの? 外にいたのに・・・」

 

 里中さんは動揺しているが何とかなりそうだ。悠さんはやっと僕に気付いたようで、焦ったような顔をしている。

 

「天田!? 何で天田が・・・? っは、そうだ何で天田がここにいるんだ! テレビ落ちてきたのは俺たちだけのはず・・・」

 

 そういえばさっき、悠さんがテレビに頭ごと突っ込んでいる間に僕が現れたから居たことを知らないのか。しかも周囲を観察しているときに僕のことを忘れていたなんて、悠さんもまだまだですね。

 

「僕はテレビに入っていく悠さんたちを見て着いてきただけです。それにしても悠さん、こんなイレギュラーに対して適応が早いですね」

 

「ついてきた!? テレビの中にかぁ! フツー無理だろそんなの! いくら大人びてるからって即座にそんな反応できっこないはずだろ! てか、そういや此処はテレビの中なのか!?」

 

「確かに。天田は今俺のことを『適応が早い』といったが天田が動揺してない事こそが可笑しい。この中で一番狼狽えてもいいはずなのに。天田、お前って・・・」

 

 悠さんが僕の可笑しさに気付いたようだ。どうやってはぐらかそうか悩んでいると、

 

「そんなことより早くここから出る方法を探そうよ! もうこんなところにちょっとでも居たくないよ・・・」

 

「皆ごめん、変なことに巻き込ませて。そうだな、今は出口を見つけることが最優先事項だよな」

 

 里中さんが流石にこんな場所に恐怖を覚えたらしく、怯えたような瞳で僕たちを見てくる。悠さんや花村さんもそれには同意のようで、僕のことを聞くのは別に今でなくてもいい、とでも思ったのか尋問を止めた。周囲を見渡しても出口のようなものはなく、落ちてきた空を見ても何もない。唯一何処かに繋がっているのは目の前にある道だけで、行動しないよりはいいだろうと悠さんを中心に僕たちは動き出す。

 

 

 ゆっくりとその道を進んでいくとやがてアパートの一室のような、しかし不気味な部屋にたどり着く。その部屋の壁には顔の部分だけが無残に破き捨てられた女性のポスターが所狭しと貼ってあった。部屋の中央には輪っかになっている布が天井に結び付けられていて、床には丸椅子が転がっていた。極め付きには周囲に血か絵具のような赤い何かが飛び散っていた。まるで自殺した後のような・・・。

 

「ねえ・・・ここ何なの? もうやだぁ・・・」

 

 この状況を見た里中さんは精根も尽き果ててしまったかのかぺたりと座り込んでしまっていた。それに対して花村さんは、

 

「ああ、もう我慢できねえ! 膀胱がぁ! 膀胱が破裂するーッ!」

 

 緊張感の欠片もないその様子に脱力させられる。しかもそのまま気味の悪い部屋の隅に行き社会の窓を開けようとする。

 

「いやああ! ちょっと女子の前でナニやってんのよ!」

 

「仕方ねーだろ! ああ出ねぇ・・・。膀胱炎になったらお前たちのせいだかんな!」

 

 僕は最低限の礼儀として後ろを向く。里中さんはそんなにギャーギャー言うぐらいならこの部屋から出ればいいのに。子供だなぁ。

何となくそのまま視線を霧の方向へ向けていると、少しずつ人より身長が小さな影が霧の中に浮かび上がってきた。その人影はこちらに向かっているようで、注意を呼びかける。

 

「皆さん、何かがこちらに近づいています。敵か味方かも分からないので警戒して下さい」

 

「え、まだ出てねーよ! どーすんだよ!」

 

「本当か天田! 警戒をしろって何をすれば!?」

 

「もうやだよぉ! こんなのもういやあ!」

 

その影は次第に近づき、そのシルエットが細部まで分かるぐらいに近くにやってきた。その姿はまさに・・・

 

「「「「くま・・・?」」」」

 

「キミタチ! ここに何しに来たクマか! とっとと帰るクマよ!」

 

 今まで摩訶不思議なものは見てきたつもりだったが、しゃべるキグルミに関しては初めてだった。一応意思の疎通が出来るようなので質問してみる。

 

「えっと・・・クマ? でいいのかな。君はいったいなんですか? どうしてここに?」

 

「クマはクマクマよ。クマがここにいるのはキミタチがクマのすんでいる所に勝手に来たから、帰ってもらうためクマよ! さあ、質問に答えたからもう帰るクマよ。早くしないとあいつらが来ちゃうクマ!」

 

「いや、帰りたくても帰れないんだが。クマ、出口を知らないか? それにあいつらって?」

 

「しょうがないクマねー。ついてくるクマ。あいつらには会っちゃったらもう一貫の終わりクマよ」

 

 後ろを向き、前に進むクマ。このクマは特に悪い点が見つからないし、出口に案内してくれるみたいなので大人しく着いていく。それにしても本当に不思議生物だな、このクマは。それに今クマが言っていた“あいつら”とはなんだ・・・?

 

「ここクマよ」

 

 案内したのは一番初めに落ちてきたスタジオのような場所。確かここには出口はないはず・・・。

 

「おいクマ! ここには出口はねえよ! まさか嘘言ってんじゃねえだろうな!」

 

「煩いクマねー! 今出すからちょっと待つクマ! ほれっ!」

 

 クマが足で床を軽くたたくとそこから、レトロなテレビが積みあがって出来たオブジェが煙とともに生え出てきた。

 

「な、なによこれぇ!」

 

「さあ、さあ! 帰るクマよ! そして二度と来ちゃ駄目クマ! そんでもって人を入れても駄目クマ!」

 

 クマはキグルミ特有の柔らかいその手で僕たちの背を押し、レトロなテレビの前に押し出す。そしてそのままテレビの中に突き落とした。また白と黒のゲートをくぐりいつの間にかジュネスの電化製品売り場にいた。

 

「あ・・・れ? 私如何してたんだろ・・・。なんかテレビの中に入ってクマみたいな何かにあって・・・。うん、きっと夢だよね、そうだよね」

 

 里中さんは先のことが信じられないらしく現実逃避をしているようで、遠いところを見つめている。かわいそうだが現実に連れ戻さねば。

 

「里中さん、里中さーん! 大丈夫ですかー? テレビの中に入ったのは事実ですよー! クマにも出会いましたよー! これが現実です。逃げないで下さい」

 

「そうだぞ里中。俺たちはテレビの世界を信じなきゃならない。逃げたっていいことないぞ」

 

「・・・そうだよね。鳴上君の言ってたことホントだったんだ、手がテレビに入ったって。私も自分で体験しちゃったから」

 

 ゆっくりと此方を向き、僕たちの言葉をしっかりと咀嚼し飲み込む。そうすることで半信半疑のようだが何とか一応は信じたようだ。その瞳には微かに涙が浮かんでいる。なんともシリアスな場面だと言うのに、邪魔するやつが現れるのはもうお約束なのだろうか。空気をぶち壊して騒ぎ始めたヤツがいた。

 

「アーッ! さっき全然出なかったのに今来たー! もう駄目だ、鳴上! 今日はもうお開きな! 話はまた今度!」

 

 そういって花村さんは蟹股でどこかに走り去っていく。きっと、というか絶対トイレだろう。あんなヤツは放っておいて僕たちは何とか状況を整理する。

 

「あのクマ、一体なんだったんでしょうね。クマのすんでる所って言ってましたからテレビの中の住民なんでしょうが」

 

「そうだな、テレビの中も不思議だがあのクマはもっと不思議だ。次会ったらもっと詳しく聞いてみるか」

 

 僕たちはもう一度テレビの中に行くことが前提で話しているが、里中さんは違うようで、

 

「もうあんなのには関わりたくないよ・・・。ねえもういいじゃん、帰ろうよ」

 

「それもそうだな。今日はいろんなことがありすぎた。もう解散するか」

 

「それがいいですね、僕は買い物してから帰りますけど」

 

 ふと壁のポスターが目に入った。何か見覚えがあるような気がしてジッと見ていると服や背景、キャッチコピーがテレビの中の不気味なあの部屋にあった顔が破られたポスターと酷似していた。そのポスターは柊みすずとかいてあった。

 

「おい、あれ・・・」

 

 悠さんも気が付いていたようで、すぐ何なのかもわかったらしい。まるで自殺を図るかのようなハンカチと椅子。そして柊みすずを恨んでいるかのようなポスター。ここから分かるのは、

 

「あれは山野真由美アナウンサーの部屋なのか・・・?」

 

 ぼそりと呟いた声は誰にも届かなかった。しかし悠さんは自力で答えを見つけ出すだろう。里中さんはあのポスターを見ても特に何も思わなかったようで、

 

「柊みすず? 確か生田目の奥さんだよねー。だからどうかしたの?」

 

「いや、なんでもない。さあ帰ろうか。俺が送ってやる」

 

「そうですか、じゃこれで。花村さんには悠さんから説明しといて下さい」

 

 そういって、僕は階段を下りていった。まだ全部見てないからね。そのまま日用品を購入し、食材も買っていく。今日は悠さんは里中さんを送っていっているだろうから買えていないと思うし。食材さえあればなんか作れるだろう、一応簡単な料理の材料にしたけど。もし買ってあったとしても明日作る分と考えればいいさ。

テレビのことを色々考えながらも会計をし、帰路に着く。道路を駆けぬけて家にたどり着く。日用品は家用なので置いていくとして、食料は今届けに行くか。

 堂島家の戸を合鍵を使って開け、中に入る。菜々子ちゃんはまだ帰ってないのか家には誰もいない。とりあえず食材は冷蔵庫の中に仕舞って置手紙を書く。内容は

 

『もし食材を買っていなかったらこれを使って作ってください。この材料なら何を作るべきなのかわかりますよね? 悠さんが料理当番のとき用事があっても、それを許すほど僕はやさしくはありませんよ?』

 

 正に鬼だな。でも悠さんは分かってくれるだろう。内容に満足し、置手紙を冷蔵庫の戸に張って家を出る。家に戻り今日も筋肉のケア。自転車を漕いだり筋肉を使うことが多かったから自然と治りも遅くなる。ついでにと買ってきていた豆腐をまた冷奴にして食べる。そして漸く僕の時間が出来たので、今までのことを色々と考えるために自ら思考の海に飛び込む。

 

 まずはマヨナカテレビのことから始めよう。

 運命の人としてテレビに映ったのは小西さんという人。花村さんが思いを寄せている女性だ。小西さんは鈴を失った傷を癒してくれるのか、そもそも鈴の代わりなどありえないから運命の人のわけがない。さまざまな思いがあったがいくら考えてもその答えは出ないだろう。だからゆっくり長期的に悩むとして先に進む。その際、手がテレビの中に入った。そのときの力は異能のものでペルソナの力がなければ抜け出すことは出来なかった。なのに悠さんは抜くことは出来ずとも抗っていたらしい。ということは悠さんも素質があると言うこと・・・?

 

 次にテレビの中の世界のこと。

 あれは、タルタロス、影時間を思い出させるような雰囲気だった。鈴のお陰で影時間は消えたはず。いや、少なくともあの中は影時間じゃない。あれは一日の終わりに訪れる本来は存在しない時間。なのに昼間に、しかもテレビの中だからありえないだろう。となるとタルタロスが移動したのか? タルタロスはニュクスが滅びを起こすときに道しるべとするもの。つまり、またニュクスが現れたと言うことなのか? そもそもあそこはタルタロスなのだろうか。影時間の関連性があるかどうかも分からないと言うのに。そして、ニュクスは鈴が封印していてくれたはずだから。僕が信じなくて誰が鈴を信じるんだ。

 

 今の段階ではまだ何も分からないので、調べていく必要がありそうだ。つまりはもう一度あの世界に、いや一度だけじゃない、幾度も足を運ぶ必要があるだろう。それでも構わない、鈴が世界を救ったということさえ証明出来れば。

 

 家のテレビからでも入れるのか確かめてみようとも思ったが、ずいぶんと熟考していたのか夕飯の時間だった。それを確認するのは明日でもいいかと考えて、堂島家へと向かう。そこで僕は見てしまった。悠さんが光速で肉をこねているのを! その手は早過ぎて霞み、時々楕円形に丸められた肉がその手から飛んで横のフライパンにきれいに乗っていく。その様子はまるで肉が踊っているようで、

 

肉の舞踏会(ニク・マスケ)を使っているだと・・・!」

 

「ははは! 恐れをなしたか天田よ! この俺に必殺技を出させるとは、なかなかの策士ではないか! まあ、おふざけはこの辺にして家に帰ってきたのついさっきなんだ、俺の代わりに作ってくれても良かったんじゃないか?」

 

「いや、何となく言ってみたかっただけなんです。それに今日は悠さんが料理を作る日でしょう。僕に任せようたってそうはいきませんよ」

 

「はあ、少しは手伝ってくれてもいいだろ? 下ごしらえだけでもするとか」

 

「下ごしらえのほうが面倒じゃないですか。盛り付けなら考えはしますが」

 

「じゃあ、今手伝ってくれよ。下ごしらえは終わっているし」

 

「考えはするって言ったんです。絶対じゃありませんよ。しかもほとんど終わっているじゃないですか」

 

実際丸い肉は火にかけたフライパンの中で焼かれているし、大皿は野菜を盛り付けて肉が焼き終わるのを待っている。やることなどあるわけがない。

 

「・・・それもそうか。だったらご飯をよそうぐらいはしてくれ」

 

 そういって炊飯器のほうを指差す。それぐらいはまあいいかと思い、茶碗としゃもじを手にしてご飯をよそう。堂島さんは今日は帰って来れないらしいので三人分だ。それらを食卓の上に並べたら悠さんも完成したようなので大皿を此方に持ってくる。その大皿の上に乗っていたのは大判のハンバーグ。中央には少し小ぶりなハンバーグもあった。きっと菜々子ちゃん用に作ったのだろう、僕には気付くこともできなかった細やかな気遣いが出来ていた。こういうところはとても悠さんらしさが出ている。さっさと準備を終わらし、食卓に着く。

 

「「「頂きます」」」

 

 今日は疲れたからか、ご飯が身に沁みる。だからかとても美味しく感じ、素直に観想を口にする。

 

「「美味しい!」」

 

 菜々子ちゃんも同じ気持ちだったようで感想が同時に出た。そのことに悠さんは満足したのか笑みを湛えている。

 

「誰かのせいで時間が足りなかったからこのぐらいしか作れなかったが、そういってくれると嬉しい」

 

「誰かのせいではありませんよ。でも少しの時間でこれだけのクオリティーのものを作れるなら凄いことじゃないですか? だったら毎日悠さんが作って欲しいぐらいです」

 

「悠お兄ちゃんのも、乾お兄ちゃんのも美味しいよ!」

 

「だそうだ。どっちのもうまいんだからそれでいいだろ? 俺だけに作らせようとするなよ。と言うわけで明日は天田だぞ」

 

 悠さんに丸投げしようとしたがそう簡単にいくはずもなく(予想外の援護射撃もあった)、変わらず交代で作ることとなってしまった。まあ、腕を鈍らせないと言う意味では丁度いいかもしれない。ご飯を御代わりもして夕飯を食べ終わり、寛ぐ。暫くそうしていると、唐突に悠さんが真剣な表情をして横に座る。

 

「天田、あの時は時間がなかったから聞くに聞けなかったが、今ならいいだろう。お前はどうしてあそこまで非日常の中で冷静でいられるんだ?」

 

「刑事じゃないのに尋問風に言うんですか。僕も驚きましたよ、悠さんがそこまで動揺していませんでしたしたから」

 

「俺のことはどうでもいいんだ。俺は天田の異常性の理由を知りたい」

 

「なら、僕のこともどうでもいいでしょう。・・・悠さんはどこまで僕のことを知っているんですか」

 

「! そういえば天田について何も知らない・・・。知っているのは叔父さんに天田が『親戚に呼び出された』としか・・・」

 

「そうでしょうね、僕からも何も言っていませんから。あえて言うなら僕の過去に理由があると言うことですよ。非日常に冷静でいられるほどの理由が」

 

「それを俺は聞きたいんだ。結局答えにはなっていない」

 

「僕は理由を言いたくはありません。言ったところで何がどうなる訳でもないですし」

 

「俺は・・・!」

 

 僕は平坦な感情のない声で話す。悠さんの前でこんな冷たい声を出したのはこれが初めてだ。僕が拒絶していることを分かった上で質問する悠さん。一向に理由を答えない僕に何か言おうとするが、声を詰まらせた。奈々子ちゃんがこちらに来て悲しそうな声でこう言ったから。

 

「お兄ちゃんたち・・・ケンカ?」

 

 とても悲しそうで、シスコンに目覚めかけている悠さんは直ぐに弁解する。

 

「いや、違うよ。ちょっと天田に質問しているだけだ」

 

「本当?」

 

「そうだぞ、なあ天田」

 

 僕に振られたが無視し、静かに立ち上がる。近くにあった自分の荷物を取り、

 

「僕はもう帰ります。疲れましたから。叔父さんに・・・って帰って来れないんでしたね。では」

 

 奈々子ちゃんは何も悪くないので少しでも優しく言おうと思い、さっきよりは幾分か優しい声で言った。玄関まで行くと悠さんに伝え忘れたことをふと思い出し、

 

「そうだ悠さん。そんな知りたいんでしたら堂島さんに聞くといいです。答えにはたどり着けませんがヒントぐらいにはなるでしょう。ではさよなら」

 

 そう言い残し漸く堂島家を出る。あそこまで冷たく言う必要はなかった、と罪悪感が僕の中に生まれたが理由を言う気は更々なかったので、これでよかったんだと自分を納得させる。重い足取りで家に帰りデッキブラシをもって部屋に戻る。筋肉痛が悪化することは分かり切っていたが、それでも振らなければ気が落ち着かない。そして0時になるまで振り回し続けた。そのあとはもろもろ準備をし、床に就く。

 

 

 

―――――明日日直で早く出て行くって事言い忘れた・・・どうしよ・・・




これからはたまにうちのペルソナ紹介していこうかなー♪やっぱり始めはマーラさ(ry
嘘です、ゴメンナサイ。まずはお気に入りから~

月・セト  ステータス・Lv MAX

スキル
アギダイン・マハラギダイン・火炎ハイブースター・火炎ブースター・光反射・勝利の雄たけび・魔術の素養・不動心

備考
お気に入りペルソナ・その一
一番大好きです。ドラゴン大好きなもので
スキルから見て分かるように雑魚殲滅型。中盤の終わりから終盤までお世話になりました。勝利の雄たけび覚えたペルソナが来たら一気に使わなくなってしまいましたが・・・。
それでも手持ちにだけ入れています。

そののち・・・
助言を頂き、セトはパワーアップをしました!今では火炎係に!!私は嬉しすぎます・・・。この際だという事で、スキル変更を行いました。ネックだった勝利の雄たけびも覚えさせたし、これで無敵です!!
有難うございました!!


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再び

此処まで筋肉痛を引っ張ったかいがあったぜ・・・。

最近、天田君の為にあるような曲を見つけた。

スキマスイッチ『雫』

って奴です。他のアニメのOPだけど、何処は気にしない方向で(ぇ



 今日は目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまった。しかし今は二度寝できるような時間帯ではないし、だからといってぼーっとしているのも勿体ないのでのそのそとベットから這い出る。そういえば今日は日直だからいつもより早く目覚ましを設定したはずだが、それより早く起きてしまうとは。だからか少し寝不足気味だ。少し早く起きた分余ってしまった時間を、案の定悪化した筋肉痛のケアにあてる。大分悪化していたようで念入りにマッサージをしている内に早起きした分の時間がもう無くなってしまった。十分とまでは行かないが、生活する分には問題ないので、マッサージを切り上げて学校へと行く準備をし家を出る。

 

 朝食は仕方ないから前に行ったパン屋で買うとしよう。堂島家のポストに家を出る前に用意しておいた『今日は日直の為、早く登校します』という旨を書いた紙を入れて登校する。これで悠さんが気付くといいんだけど。

 買うパンは予め決めておいたので、また目移りして時間が無くなるという事はなかった。

 

 自席についてパンを食べた後は日直の仕事をする。その仕事も難なく終わらせ、生徒たちが登校してきた。今日も早く登校してきた有里と雑談をしているといつの間にか生徒が全員登校していたようで、HRの始まりを告げるチャイムが鳴る。それと同時に先生が教室に入ってきて、

 

「おーい、静かに。今日は臨時集会があります。てなわけで廊下に並んだ並んだ」

 

と気怠そうに生徒に伝える。臨時集会? 臨時という事なら何かあったという事だ。・・・昔、至ってどうでもいいことで集まったって先輩に聞いたことがあったな。確か桐条さんの演説に対抗心を燃やした校長が、臨時集会までやって話をしていたって・・・。そんな阿保みたいなことで集まるんじゃないといいけど。でも今の時期だ、真面目な話をする確率が高い。事件の事で集まるより、どうでもいい理由で集まった方がずっといいか・・・。

 講堂に集合した生徒たちはひそひそと何があったのかと推測を話しあっている。ある人は山野アナウンサーを殺した犯人がうちの学校から出たんじゃないか? ある人は新しいイケメンの先生が来たんじゃない? などと根も葉もない予測が飛び交うが、なにも情報がない中では仕方ないことだろう。そしてついに校長が舞台の上に立ちマイクを持って生徒に伝える。

 

「えー、お隣の八十神高校の生徒が何者かによって殺されてしまいました。名前は小西早紀さんです。先の事件との関連性を警察が調べています。死因はいまだに分かっておりません。まだまだ未来があったというのに、このようなところで道半ばでその歩を止めてしまうとは本当に嘆かわしいこと・・・」

 

 小西・・・早紀? 小西って僕の運命の人としてテレビに映ったあの小西さんか? なんでだ? もしそうなら死にはしないはずなのに。僕の運命の人というのは皆死んでしまうのか? 校長が未だに長々と話しているが一切耳に入ってこない。僕は呆然として静かに立っていた。

 

「・・・という事なのです。では最後に、小西早紀さんに黙祷を捧げましょう。では、黙祷」

 

 周囲の人が俯き黙祷を捧げる中、僕は静かに悲しんでいた。ほとんど関わり合いがなかったが、それでも知ってしまっている以上同情はあった。僕でさえこうなのだから想いを寄せていた花村さんは一体どういう心境なのだろう。

 そういえば、人がああも不可解に、しかも連続で死んでいるというのはどこかおかしい。まるで影時間の中で死んだ人の死因が現実の人々の記憶に補正が掛かるように・・・。死因が分からないというのもだ。今の時代、科学の力が進んでいるからまずそれはあり得ないに等しい。

 という事は何か特殊な殺され方をした? 僕たちは最近どころか昨日、あり得ない体験をした。若しかしたらきっとテレビの世界が関わっているかもしれない。その答えに至った。

 

 この僕でさえそこにたどり着いたんだから、きっと悠さんたちもそう思うだろう。なにせあんな不可思議な体験をした後にこんなことになったのだから。逆に結び付けられない方がおかしい。だがテレビの中は危険だ。僕の直観がそう言っている。若しかしたらタルタロスに似た空気のせいかもしれないが。

 

 彼らだけで行かせるのは危険だと思い、何とか着いていく方法を考える。そもそもその考えに至ってない可能性もあるし、あり得ないとかおもってその可能性を考えもしなかったり、怖気づいたりしていたら空振りになる可能性もある。それでも、テレビの世界を疑うという可能性がある以上なんとかせねば。

 

 

 

 いろいろと考察しているうちに集会は終わり、教室に戻っていた。そのことさえ気づいていなかった僕は、考えすぎたら周りが見えなくなる欠点を何とかしなきゃと思いつつ授業の準備をしていく。

 何かと物騒なことが起こっているので今日は午前中で学校が終わるらしい。クラスの皆はやったーとはしゃいで、先生に外に出たら意味ないだろうと窘められて、それに対し大ブーイングを鳴らす。それが普通の学生の感性なんだろうな。僕みたいにいろいろと悩んでいる人はいるはずがない。ましてや娯楽の少ない田舎だ、逆にワクワクしている人もいることだろう。他人事であるはずがないのに。

 授業が全て終わり、生徒が一斉に帰っていく。僕は悠さんたちの行動を見張るため、八十神高校の玄関が見えて、影になる場所に隠れた。ついでに今朝買ったパンの残りを昼飯代わりにして。

 

 暫くするとすごい勢いで皆さんが出てきた。中でも花村さんがとても感情が高ぶっていて、大声で喋っていた。

 

「だから! テレビの中に絶対何かあるはずなんだよ! お前らもあの中見ただろ、ぜってー何かあるって俺の勘がそう言ってる! 今からでも確かめに行こうぜ、なんかヒントでもあるかもしれねーしよ! そうだ鳴上、お前も一緒に来てくれないか!?」

 

「落ち着け、花村。まだあるとは決まったわけじゃないだろう。でもその気持ちは分かる。俺も何か引っかかっていたんだ。一緒に行こう」

 

「ねえ、やめとこうよ。危ないよ、ねえ!」

 

「いや、前も戻れたんだ。次もいけるさ。弱腰じゃあなんも起きねえよ!」

 

 やはり僕の予想はあっていたようで、テレビに何かあると結論が出たらしい。この後は一旦家に戻って、荷物を置いてからテレビの世界に向かうらしい。どこのテレビから入るかと思ったが、この様子ではきっとジュネスだろう。

 そのまま意見を交換しながら歩いて行った悠さんたちを後ろからついていく。長い道のりなのでばれる可能性もあったが、シャドウに奇襲をかけるため身に着けた気配を消す能力を活用し進む。周囲には特に気に掛けていないようで、僕には気付かず各々の家に帰っていった。

 

 僕はそれを見届けると家に駆けこむ。制服を着替える時間も惜しく、荷物をその辺に捨て置きすぐに家を出ようとするが、嫌な予感が頭をよぎり急いで部屋に戻り隅の方に仕舞われていた『アルモノ』を手に取る。そして近くに置いておいた暫く使っていなかった特殊な鞄に入れて肩に掛ける。予定より時間を食っていまい、悠さんが家を出る前に家を出ねばいけないので自然に焦りがでてきた。準備が終わり、玄関から視線だけを外に覗かせる。堂島家から悠さんが丁度出てくる。進む方向を確認したのちに、音を立てずに家を出、施錠。自転車に跨り悠さんの後を追っていく。その先には案の定ジュネスがあった。

 

 少し遠回りしながらも、悠さんに見つからないように全速力で走り、何とか先回りに成功した。そして、電化製品売り場にある前回入ったテレビから死角になるテレビの影に体を隠す。さっき筋肉を余計に酷使したので筋肉痛で筋肉が痛む。彼らを待っている間それを揉み解していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。耳を澄ましてみると、

 

「鳴上! 来てくれたのか、良かった。早速だがコレ鳴上の分な。一応の護身としてのゴルフクラブと傷薬」

 

「分かった。護身用か、確かにあった方がいいな」

 

「ねえ、本当に言っちゃうの? 止めなよ」

 

「何で里中まで来てんだよ。俺はいくら止められても行くからな。そうだ、だったら里中は俺たちに結び付けた縄をもって待っていてくれ。じゃあ行くぞ鳴上!」

 

「ああ!」

 

 そういって二人はテレビの中に入ったらしい。気配が消えたから分かった。隠れていたところから身を出すと、里中さんが縄を引っ張っていた。手応えがないらしく、するすると簡単に引っ張られた縄はテレビからいとも簡単に抜け出た。やはりというべきか縄の先には人は繋がっておらず、先端に千切れた跡が残っているだけだった。

 

「やっぱダメじゃん・・・。鳴上君、花村ぁー!」

 

 里中さんはそのままへたり込んでしまった。僕もテレビに入りたいのだがこれは強行突破するか、里中さんを説得するしかないだろう。取りあえず里中さんの元へ向かい、説得を開始する。

 

「里中さん、一部始終は見ていました。僕が悠さんたちを連れ戻してくるので、里中さんは少し横で休んでいてください」

 

「天田・・・君? 君も危ないよ。ねえ、やめとこうよ」

 

「僕はちっとやそっとじゃ怖気づきはしませんよ。それに女性をよくわからないところに行かせるわけにはいきませんから。僕は大丈夫です。これでも武道は嗜んでいますからね」

 

 武道というか、我流の戦い方だけど。

 

「本当に大丈夫なの・・・?」

 

「大丈夫です。では行ってきますね」

 

「あっ!」

 

 僕はテレビの中に体を突っ込む。多分あのまま里中さんと一緒にいると止めさせられると思うから、何か言われる前にテレビに入ってしまおうと行動した。今回も無事にテレビに入ることができ、白黒のゲートを通り過ぎる。やがて着いたのは前と何も変わらないスタジオのようなところだった。そこにはクマと対峙する花村さんと悠さんの姿があった。

 

「だーかーらー! 俺がやったわけねえだろ! 逆にお前がやったんじゃねえのかぁ!」

 

「クマがそんなことする理由はないクマ! クマは、クマはただ此処が平穏になって欲しいだけクマよ・・・」

 

「花村、それぐらいにしとけ。無暗に疑っても見つかる訳がない。小西先輩がテレビの中に入れられたってことだけでも分かっただけいいじゃないか」

 

 小西さんがテレビに入れられた? やっぱり死因と関係があるのか。でもいったいそれはなんなんだ? すると漸くクマが僕の存在に気が付いたらしい。というか、悠さんたちが僕に背を向けている状態なので見つけられない方が可笑しいのだが。

 

「キミタチ、あの子はキミタチの知り合い?」

 

「いったいどいつのこと言って・・・って天田ぁ!?」

 

「ッ! 何でまた天田が此処にいるんだ!」

 

「小西さんの死因について考えたら、テレビに何かあると思いましたからね。僕なんかでも気付いたのだから悠さんたちもそう考えると思って一応学校から見張っていましたが、やっぱり悠さんもその答えにたどり着いていたようなので尾行させてもらいました」

 

「尾行!? 俺ちっとも気付かなかったぞ!」

 

「当たり前です。気配を消してましたから」

 

「天田・・・やっぱりお前は何者だ?」

 

「いつになっても僕は言う気にはなりませんよ。自分で考えてください。それでテレビに入れられたって何ですか?」

 

「いや、それがよくわかってねーんだよ。これからそれを調べに行くんだけど、お前はどうするんだ?」

 

「勿論ついていくに決まっています。異論は認めませんよ、悠さん」

 

「・・・天田が決めたことだ。俺からは何も言わない」

 

「わかりました。では何処に行く予定ですか?」

 

「その、小西って人の気配がなくなった場所があるクマ。これからそこに案内するクマよ!」

 

 そういう事でクマの後をついていく。悠さんが僕のことを懐疑的な視線で見てくるが、涼しい顔でそれを受け流す。花村さんはどうしてこうなったんだ!? みたいな顔をしているが何も言ってこない。そのうち稲羽中央商店街にとても似た、しかし雰囲気が全く違う場所に辿り着いた。

 

「このあたりで小西って人の気配が消えたクマ。細かいところは流石にクマでも分からないクマね」

 

「ここって商店街!? なんでテレビの中に稲羽中央商店街があるんだよ! しかも人がちっともいねえしよ!」

 

「そんなのクマが知ってるわけないクマ! キミタチにとってはここはキミタチのところと同じ何でしょうけど、クマにとってはここが現実なの!」

 

「ここが俺たちの知っている商店街なら小西先輩の家族が経営している酒屋があるはずだ。まずはそこに行ってみよう」

 

 小西さんの家族は商店街で酒屋を経営しているみたいなので、その酒屋まで行こうとその方向を見ると、黒い何かが地面から染み出てきた。それは少しずつ浮かび上がりその醜き容貌を僕たちの目の前に現す。その瞬間、クマの表情は一気に怯えにと変わり警告を発する。

 

「シャ、シャドウクマー! に、逃げるクマよ! キミタチじゃ勝てないクマ!」

 

 

 

シャドウ。

 

 かつて僕たちSEESが戦っていた異形の怪物たちの総称。そいつらは母なるニュクスの復活の為、僕たちに襲い掛かってきた。しかし、そいつらはニュクスが封印され、影時間が消えたと同時に居なくなったはずなのに。

 いや、僕は可能性としてシャドウが現れる可能性を考慮していた。でも、やはりその考えが外れてほしいと願っていた。なのに目の前に現れて僕たちに襲い掛かろうとしている。その事実が信じられなかった。

 僕が驚愕している間、悠さんが手に持っていたゴルフクラブで異形の敵(シャドウ)に攻撃を仕掛けた。しかし、攻撃は通らず弾き飛ばされてしまった。でもそれは当たり前の事。一般の何も力を持たない人間が異能の力であるシャドウを倒すことはおろか、傷つけることさえできない。

 この中で唯一応戦できる力を持っているのにこのまま何もしない訳にはいかず、鞄に手を伸ばす。しかし、この時に限って筋肉痛が僕の体を蝕む。一瞬のタイムラグが生まれたせいで、シャドウが反撃しようと悠さんに近づく。また僕は人を助けることができないのか。そう思った刹那―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――ペ・・・ル・・・ソ・・・ナぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 

悠さんの前に伸ばした手が青く輝く。その手は何かを握りつぶしていた。一瞬見えたそれは

 

 

 

 

 

アルカナカード―――――

 

 

アルカナカードはこの場合は己の力が目覚めたことを示す。

 

悠さんの背後には人型の、それでも異形の何かが虚空から現れた。

 

 

 

 

それは己の心の力の体現

 

 

それは仮面の鎧

 

 

それは己を映す鏡

 

 

それは己の心の海より出でし者

 

 

それを僕たちはこう呼ぶのだ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                ―――――ペルソナ、と

 

 

悠さんから現れたそれは威風堂々としていて、とても悠さんに似合うものだった。

 

 

そして、一瞬だけだがその姿が鈴とオルフェウスの姿に重なって見えた・・・。

 

 

 

「イザナギッ! ジオ!」

 

 そのペルソナ・・・イザナギは命じられた通り雷をシャドウに向けて発する。威力はまだ弱かったが、それでもあのシャドウどもを倒すには十分な威力だった。その力をそのまま避けもせず身に受けたシャドウは黒い霧へと姿を変えて消えていった。現れたシャドウは全て先ほどの雷に駆逐され、敵が消滅し仕事を終えたイザナギは虚空へと、悠さんの中へと還っていった。

 そのまま再びシャドウが現れるなどという事もなく、静寂が訪れる。それを打ち破ったのはやはりというべきか、花村さんだった。

 

「お、おおおおい! あれは何なんだ!? しかも鳴上も変なの出してたしよお!」

 

 花村さんは腰が抜けていたらしく、へたり込んでいた。声も震えている。クマは驚いてフリーズしていたが、僕が肩を揺らしていると今の出来事に漸く脳(?)が動き出したのか説明をする。

 

「あ、あれはシャドウクマ! 襲われたらもうダメクマなのに、センセイが倒してくれたクマ!」

 

「おい、センセイってなんだよ」

 

「ヨースケもセンセイに助けてもらったんだクマよ。感謝するクマね」

 

「しかも俺は呼び捨てかよ!」

 

「天田、大丈夫か?」

 

 悠さんが僕が黙っていたので何かあったのかと聞いてくる。

 

「あ、いえ、何でもないです。ただこれが必要だなと思って」

 

 そういって家を出るとき持ってきた『アルモノ』を鞄から取り出す。それは召喚器。念のためにともってきたが、まさか必要になるとは。だが悠さんや花村さんは反応が違うようで、

 

「じゅ、銃!? きゅ、急になに出してんだよ! あぶねーだろ!」

 

「天田!? なんで銃なんて持っているんだ!? まさかお前殺し屋とかじゃないだろうな」

 

「これには弾は入っていませんし、そもそも使えません。それと悠さん、それは流石にないですよ。どうしてその答えに行きついたんですか」

 

 カチカチと、軽くトリガーを引き何も起こらないことを見せる。というか僕が殺し屋って・・・まあ、なんとなくそうなった予想は付くけど。

 大人びている、非日常に動じない、過去を話そうとしない、異形の怪物に襲われても悲鳴一つ上げない、そして最後に銃を持っている。うん、自分のことながら確かに殺し屋みたいだな。

 

「じゃあ、使えないのに何で持ってるんだよ。しかもこの場じゃ意味ねえし」

 

「意味はありますよ。自分を射殺す為にあるんですから」

 

「え、でも今使えねえって・・・って自分を射殺すぅ!? 自殺でもすんのか!? あ、でも弾でねえから死なないし・・・ああもうよくわかんねえ!」

 

「逆に分かったらすごいですよ。そして分からなくていいんです。これは僕が勝手にやってることだから。矛盾してるけどこれが僕にとって正しいんです」

 

「どういう事なんだ、天田。だけどそれよりも今の力はなんなんだ・・・?」

 

「その力はペル・・・」

 

 別に教える分には何の問題もないので、その力について説明しようと思ったが、僕の言葉を遮る声があった。

 

『ジュネスなんて潰れちゃえばいいのに・・・』

 

「! 誰だっ!」

 

 その声は野次馬な中年のおばさんの声だった。微かに憎しみの籠った声。僕は先ほどのシャドウが現れてからというもの、周囲を警戒していたのでどこから響いてきたのかもわからない声に向かって怒鳴った。それでもさっきとはまた違う別の中年のおばさんらしい声が響く。

 

『ねぇ、知ってる? ここの娘さんってば酒屋の娘の癖にジュネスでアルバイトなんて・・・』

 

『この商店街を潰す気なのかしら? 恥知らずよねぇ・・・!』

 

『親御さんもあんな娘を持って大変よねぇ・・・』

 

「今の声は一体・・・?」

 

「この世界がここの住民にとってはここが現実クマ。多分ここは小西って人の現実クマ。この声も小西って人の現実で聞いた声クマ」

 

「くそ! どいつもこいつも小西先輩の悪口言いやがって! ジュネスだって別に商店街を潰す気はねえのに!」

 

「つまり小西さんはこんなことを言われていたのに、それでもバイトをしていたってこと?」

 

「それほどジュネスにでバイトをする理由があるいう事になるけど、一体どんな理由で・・・?」

 

 先ほど響いた小西さんの現実の声に花村さんは憤り、僕たちは色々と考えてみる。するとまた、声が響いた。しかし、その声は先ほどとは打って変わって若く聞き覚えのある女性の声だった。

 

『私・・・陽介くんのこと・・・』

 

 その声は小西さんのものだった。花村さんはその言葉の続きを思い浮かべて、こんな時だというのに色めき立っていたが、

 

『ずっと・・・ウザいって思ってた』

 

「・・・え?」

 

『店長の息子だからって仲良くしてあげたら勘違いして・・・盛り上がって・・・ホント、ウザい。あーあ、酒屋も商店街もジュネスも全部面倒・・・ウザい』

 

「う、ウソだろ・・・。ははは、小西先輩がこんなこと思ってる訳がねえ・・・。違う、そうだ違うんだ・・・」

 

 小西さんの本当に心底諦めたような本音に花村さんは動揺、いや拒絶していた。目の焦点はあっていなくて、あまりにも様子がおかしい。すると、

 

『可哀想だなぁ、悲しいなぁ・・・そうだろ? 俺・・・』

 

 背後から花村さんの声が聞こえてきた。花村さんは今目の前にいるので、何者だと速攻で声の主を見る。ソイツは花村さんと全く同じ姿形をしていて、先ほどの事から声も同じなのだろう。ただ、あえて相違点を挙げるなら目が不気味な金色に輝き、そしてその顔には歪な笑みが浮かんでいた。

 

『てかさ、何もかもウザいって思ってんのは自分の方だってのにさ・・・』

 

 自分と全く同じ姿だからなのか、はたまた図星だったのか花村さんは否定する。

 

「お、俺は、俺はそんなこと思ってねえ!」

 

『よく言うぜ・・・いつまでそうやってカッコつけてるつもりだよ? ジュネスも、商店街も、こんな田舎暮らしも全部退屈でウザったいだけ。小西先輩のために来たぁ? その気持ちもあんだろうが、何か面白い物があるかもしれない、ってのが一番の本心だもんなぁ? 認めろよ・・・この町で殺人事件が起きた時、面白くなったって思っただろ? 俺はお前だからぜーんぶ知ってんだからさぁ』

 

 本当に図星だったようで、花村さんに似たナニカに暴露された自分の本心を、必死に否定する。

 

「違う! こんなの、こんなヤツ俺じゃない! 黙りやがれよっ!」

 

 花村さんはそのナニカを自分と認識したのか、ナニカ自身の存在自体を否定した。その言葉を聞いた瞬間、花村さんに似たナニカの口が三日月のように歪んだ。

 

『そうさ、俺はもうお前なんかじゃない・・・! 俺は俺だぁ!』

 

 そう叫んだ花村さんのナニカは黒い影のような炎に包まれる。姿は炎によって見えなくなっているのに、その金色の双眸だけはくっきりと影の中に存在していた。その影の炎は揺らめき、蠢き、徐々にその形を変えていく。どんどん大きくなったそれはやがて一つに纏まった。色づいたその風貌は恐ろしく奇怪で、とてもではないが花村さんに似たナニカから現れたとは到底思えないような姿だった。

 下半身はカエルのような四足が生えていて、そのカエルの頭に当たる部分にはⅤの形をした触角のような口があった。足の中心点から下半身とはちぐはぐなイメージを与える、人間の上半身が生えていた。そもそも上半身の人型は人間と言っていいのか疑問だが。全体的に見れば、正にどこか地方の方にありそうな安っぽい『ヒーロー』の出で立ちで、それを強調するように赤いマフラーが首に巻かれていた。

 

『我は影、真なる我・・・。ウザいものは全部、なにもかもぶっ壊してやるッ!』

 

「う、うわわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 カエルと人の異形はまるで自分の存在がここにあることを示すかのように声を上げる。花村さんはただ悲鳴を上げるだけで、座り込んで動かなくなってしまった。

 

「あれはヨースケの中に抑圧された存在クマ! それが具現化してシャドウになったんだクマ!」

 

「つまりあれが花村の本音という事か・・・。天田は花村を運んでくれ! イザナギ!」

 

 悠さんがこちらを向き指示をする。そうしている間に何処からともなくアルカナカードが出てきて、悠さんはペルソナの名を叫びながらそのカードを握りつぶす。しかし僕はその指示には従わない。あの時は悠さんがペルソナ能力に覚醒したからよかったものの、あのままだったら悠さんが助からなかった可能性が高かった。母さんのように家族を目の前で死なせるわけにはいかない。そう思ったからこそ、僕は戦いに身を投じるんだ。

 

「僕も手伝います! 花村さんはクマ、頼みました!」

 

「無理クマ! シャドウには普通の攻撃は効かないクマ! センセイはペルソナがあるから戦えるんだクマ!」

 

「そういうことだ、天田! 危ないから天田も非難してくれ!」

 

「僕は大丈夫です。僕には・・・力がありますから」

 

 そう静かにいい、召喚器を自らの心臓に向ける。悠さんの焦るような静止の声が聞こえるが、今の僕には届かない。

 

『いつまでゴチャゴチャ喋ってんだよ!』

 

「カーラ・ネミ!」

 

 シャドウが痺れを切らして声を上げるのと同時に、僕の相棒の名を呼び引き金を引く。あたりにガラスが割れたような澄んだ音が響き、青い燐光が舞い散る。僕の背後にペルソナが現れるのと同時に、花村さんのシャドウが攻撃を仕掛けてきた。

 

『ガルッ』

 

「天田!」

 

 悠さんの声が聞こえる。でもこの程度の攻撃でやられるほど僕は弱くなったつもりはない。攻撃の直撃を受けたが僕には微風程度にしか感じない。

 

「なんだ、この程度か・・・。これなら悠さんでも倒せる。僕はずっとずっと苦しい戦いの中にいた! この程度の敵、タルタロスにはゴロゴロといたし、もっと強い奴も死ぬほど倒してきた!」

 

『な、なんなんだよ、お前は!とっとと消えやがれ! 忘却の風ッ』

 

「だから言ったじゃないですか。その程度の攻撃じゃ何の意味もなさないって! これぐらいの力がないと傷さえつけることさえできませんよ。そう、このぐらいの力がないとね! ジオダイン!」

 

 花村さんのシャドウの攻撃が突風なら、僕のカーラ・ネミの攻撃は天災並だろう。そのような攻撃を避けれるほどの回避力があるはずもなく、何もできないまま直撃を受けた。真っ黒に焦げたその巨体は崩れ落ち、黒い霧となって霧散する。しかしシャドウがいた場所には人型の花村さんのシャドウがいて、虚ろな顔をして突っ立ていた。あれでもまだ倒せていなかったのかと思い、再度攻撃を仕掛けようとすると慌てた様子のクマが割って入った。

 

「あわわ、あれは倒しちゃダメクマ! あれはヨースケの心の一つクマ! あれはヨースケが認めてあげないといけないんだクマよ」

 

 花村さんの方を見ると、シャドウが消えたのがよかったのか覚束ない足取りだが、それでも立っていた。でも、目の焦点はいまだにあっておらず、首を横に力なく振っていた。

 

「違う! あいつは俺じゃない! 俺は・・・!」

 

「あれは元々ヨースケの中に居たモノクマ・・・ヨースケが認めなかったら、さっきみたいに暴走するしかないクマよ・・・。だからヨースケが認めてあげるなきゃダメなんだクマ」

 

「い、いやだ。俺はそんなこと思ってねえんだ! あんな奴が俺のわけねえ!」

 

 未だに自分自身を否定する花村さんにペルソナを仕舞った悠さんが近づく。そして悠さんは花村さんを・・・ぶん殴った。その行動にここにいる全員が驚く。しかしそんなことに構いはせず、花村さんの胸ぐらを掴んで、

 

「陽介! いつまで否定しつづけるつもりだ! どんなに目をそらしたって、否定したってあの陽介は消えないんだ! 本当は分かっているんだろう? あとは認めてやるだけだ。人間、誰にでも負の一面はある。それを恥じる必要はない。少しは自分を認めてやれよ・・・」

 

 そういって花村さんを離す。そのまま地面に落ちた花村さんは暫く項垂れていたが、やがて立ち上がると花村さんのシャドウの前に行った。

 

「俺はお前で・・・お前は俺、か・・・。全部ひっくるめて俺ってことだよな・・・。分かってたよ、分かってたさ。ただ認めんのが怖かっただけなんだ。ごめんな、今まで認めてやれなくてよ・・・。もう俺はお前から目を反らさねえから」

 

 そう決意に満ちた声色で言うと、花村さんのシャドウは満足そうに笑い、暖かな光になって宙に昇る。そしてその光は形を変え、ネズミのような耳に、白いライダースーツのようなものを着、胸には特徴的なV字の飾りが着いていた。そして首にはあの特徴的な赤いマフラーがあった。

 その異形の人型―――――ペルソナ『ジライヤ』はアルカナカードに形を変えて花村さんの中に溶け込む。花村さんも静かに笑うと、体力の限界も来たのかふらりとよろめき、座り込む。

 

「陽介!」

 

 悠さんが駆け寄るのを、僕は後ろから見守る。僕も一瞬悠さんに続こうと足を踏み出したが、思い留まったからだ。あそこには僕は入れない。僕はもう・・・失ったものだから。

 

「クマ、僕は一足先に帰ります。そう悠さんに伝えておいて下さい」

 

「何でクマ? でも分かったクマね! センセーイ、ヨースケ~!」

 

 そういってクマは彼らの元に向かう。心配された花村さんは苦笑いしながらも楽しそうに悠さんやクマと軽口を叩いている。なんだかその様子が眩しくて、逃げるように僕はテレビの外へ帰っていった。

 

 




恒例?ペルソナ紹介コーナー!(ヒューヒュー(棒読み))
皆様お待たせしました!(誰も待ってねえよ)

悪魔・ベルゼブブ 耐以外のステータス・Lv MAX

スキル
マハジオダイン・マハガルダイン・勝利の雄たけび・電撃ハイブースター・電撃ブースター・ハイパーカウンター・氷結吸収・火炎吸収

備考
お気に入りペルソナ・その二
耐性がMAXではないのはインセンスカードじゃないとMAXにできないからです。
電撃係として活躍中。マハガルダインを覚えているのはガル系が居なかったから。只今ノルンを育てています orz。

※セトのスキルを修正。


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義務と覚悟、それは・・・

皆様! お久しぶりでございます!
お待ちになっていた方々、申し訳ありませんでしたッ!!(土下座)

受験生故に執筆時間が取れませんでして、此処まで時間が掛かってしまいました。
ですが! 少しでもお楽しみになってもらえれば執筆するものとしてこれ以上の喜びは御座いません。

よろしくお願いいたします。


 あの場所は場違いな気がして、思わずテレビの外に出た僕は一直線に家に帰ろうとした。しかしそれは叶わない。そこには忘れてはならないのに思わず忘れてしまっていた、とても重要でかつめんどくさい人がいた以上は。

 

「天田くん・・・! 良かったぁ帰ってきたぁ・・・! 鳴上君と花村は・・・?」

 

「さ、里中さん!? えっとあの、そうですね。悠さんたちは間もなく出てくると思います。無事でしたし、事件のヒントはなにか得たようなので」

 

やばい、思いっきり忘れていた・・・。これは一人で帰ったら絶対に不審に思われるかな。しかも里中さん泣いてるし、本当にどうしよ・・・。

 

「ほら、二人とも大丈夫でしたから。安心してください。ああ、花村さんは疲れ切っていたようでしたから手を貸してあげてくださいね。あっ、もう時間無い! それじゃ僕は行きます」

 

「あ、待って天田君! 天田君ってば!」

 

 制止を振り切りダッシュで逃げる。脱兎のごとく逃げる。あの場で先に行く理由が見つからなかったから。なんか既視感(デジャヴ)を感じた。一気に一階までエスカレーターで下り自転車置き場まで走り抜けようとすると、食品売り場が目につく。そういえば今日の夕飯は僕の仕事だった。でも、もう今日は悠さんには会いたくない。こうなったら冷凍食品とレトルト食品で夕飯を作ろう。最近のものは品質が普通に作ったものと変わらないほどに進化している。別に咎められることはないだろう。

しかし、一番重要なのは悠さんたちがテレビから戻って家に帰ってきた時。見つかったらとても気まずい。というか今の僕の心が彼らを拒絶している。彼らが眩しくて、僕が矮小な存在のような気がして劣等感が体を蝕む。僕の視線は過去に向いていて、彼らはしっかりと未来を見据えている。この違いは余りにも大きい。そう、僕が彼らの隣に並び立つことが出来ないほどに。

 

 僕も昔は彼らのように、未来を望み仲間と志を共にして戦ってきたというのに。彼女の死が、余りにも影響が大きすぎた。そこまで考えて自転車に乗り込み、走り出す。もう悩んだところで、僕が変われるわけでもない。多少悩んだぐらいで変われるというのならば、とっくにそうしている。あの先輩たちのように、前を向いていけている。でも、それが出来ないから自分を嫌悪しているんだ。・・・ああ、これじゃ鈴にも荒垣さんにも合わせる顔がないな。こんな見っとも無い僕じゃ、命を代償にしてまで救った意味がなくなる。だから僕は偽りだとしても前を向いたふりをして、世界を守ろうと先を目指すんだ。それが僕の義務。

 

 

 

 堂島家に着き、冷凍庫から冷凍食品を引っ張り出す。前に一通り確認していたから量は足りるだろう。初めて戦闘をして疲れていることだろうから、肉をメインとした食品を次々と電子レンジで温められる直前まで用意していく。今温めてしまってはすぐに固くなってしまうからね。そしてさまざまな冷凍食品を盛った皿を冷凍庫へ戻して終了。後は米を炊飯器にセットして炊く。これで夕飯までには完成するだろう。最後にメモを走り書きし、冷蔵庫に貼って帰る準備をする・・・が、

 

ガララッ

 

「ただいま。ん、菜々子は二階にいるのか? 居間に電気ついてるぞ、消さないと駄目だろ」

 

 ・・・不味い。色々しているうちに悠さんが帰ってきた! 玄関からは居間の様子は見えるが、キッチンは丁度死角の位置にあって、僕の存在には気付かれていない。このまま悠さんの前に出ていくか? いや、そうしたら絶対に質問攻めにされるだろう。こんな心境で質問攻めにされたら僕がブチ切れる自信がある。となると隠れてやり過ごした後にこっそりと家を出ていくしかないのだが、困った。悠さんは勘が鋭いから気配を隠していても家を出ていくときには絶対に気付かれるだろう。そして泥棒としてひっ捕らえられる。ああ、これも駄目だ、確信ができる。だったら僕だということを認識させたうえで、逃げる。話しかける暇もなく。よし、高難易度だけどこれで行こう。因みに菜々子ちゃんは友達と遊びに行ったようで、置手紙がある。きっともうすぐ帰ってくるだろう。

 

「あれ、菜々子? どこにいるんだ? ・・・寝てるのかな」

 

 居もしない菜々子ちゃんを探しに行ったのか二階に行ったな。行っちゃったな。どうしよう、このまま帰ってもいいが泥棒扱いになったらたまらない。かといって二階に上がって捕まるのも嫌だ。ええい、どうとでもなれ! 僕はペルソナ使いなんだ、悠さんごときに怯えてたら高校生と共にシャドウと渡り合えはしない!

 

「悠さん! 夕飯適当ですみませんね! 何時か埋め合わせはするんで今日はこれで許してください。じゃ!」

 

 一方的に怒鳴って荷物を引っ掴み堂島家から飛び出す。鳴上さんが上から下りてくるような音がしたが、捕まりたくないので真向かいの自宅に駆け込む。悠さんは合鍵を持っているので、内鍵を閉めておく。と、間髪入れずにドンドンと戸が叩かれる。危なかった・・・。

 

「おい、天田なのか!? 何で急にいなくなった、それになんなんだあれは! 俺は天田に色々と聞きたいことがあるんだ、だから出て来てくれ!」

 

「・・・悠さん。それはまた後日お話します。ま、話せる範囲だけという条件が付きますが。今日は悠さんたちとは話したくはない。僕の勝手な感情ですからお気になさらずに。そうだ、今日の夕飯と明日の朝は堂島家には寄りませんので。僕のことは気にせず朝は登校してください」

 

「天田・・・それは俺に離せないことなのか? まさか過去に関係して・・・」

 

「それはどうでしょうね。僕から話すことは何一つありません。僕の意志は揺るがない。それよりも今夜は雨の予報ですよ。菜々子ちゃん、傘は持ってないだろうから迎えに行ったらどうですか。もし風邪を引かせたりなどしたら兄として失格ですよ」

 

「妹に適当な夕飯を出して一緒に食べてあげない兄もどうかとは思うがな。菜々子が悲しむから夕飯位は一緒に食べてくれよ」

 

「僕を菜々子ちゃんで引っ張り出そうって魂胆ですか。でも無駄です。僕は悠さんのようなシスコンではありませんから」

 

「俺がシスコンだと言いたいのか。・・・否定はしないが。だが、雨か・・・。また誰か映ると思うか?」

 

「僕が知っている訳ないじゃないですか。でも、運命の人っていうのは違うのは確実のようですね。もし小西さんが僕の運命の人でしたらもう自分自身を信じられなくなっていましたよ。で、悠さんはマヨナカテレビのことをどう思っているですか?」

 

 悠さんは僕を子供としてではなく、対等な存在として質問してきた。僕の行動を怪しいと思っているはずなのに。たった数日で信用してしまうとは馬鹿なのか、それともそういう作戦なんだろうか。もしかしたら、悠さんの持つカリスマが成せるものかもしれない。悠さんは鈴と同じ気配がした。そしてあのペルソナ。あれは『愚者』のアルカナだ。愚者は鈴しか扱えなかった。ということは悠さんも『ワイルド』の可能性が高い。いや、確実だろうな。そうでなければこの先シャドウと戦うのは厳しくなる。悠さんも過酷な運命を辿るのだろうか。でも、何があっても鈴の二の舞にはさせない。

 

「テレビの中ってスタジオのようだった。つまりテレビの中に入れられた人がスタジオを通じてマヨナカテレビに映ると俺は考えたんだが、どうだ?」

 

「そうですね、今のところの情報ではそれが一番妥当でしょう。・・・悠さん、気を付けてください。この事件に首を突っ込んでいけば、下手をすれば死ぬ。その覚悟ができていますか? 引き返すなら今の内です。何かあってからではもう遅いんです。シャドウはそんな甘い存在じゃない」

 

「天田? やっぱり何か知っているのか!?」

 

「説明は後日って言ったばかりじゃないですか。そうですね、明日学校が終わったらジュネスのフードコートで待っています。その時に話せる限りは話す、それでいいですね。ついでに、僕の質問にも答えてください。覚悟がないのならば僕の説明を聞かない方が得策ですから、来なくてもいいですよ? 別に煽っている訳じゃない、しっかりと悩みぬいてから答えを出してください」

 

 そう言い放って自室に戻る。悠さんが騒いでいるが、だからなんだというのだ。覚悟がなければ真田先輩のように後悔する事となるだろう。仲間が死ぬ可能性がある以上、覚悟を決めなければシャドウと戦うことなど不可能だ。そんな奴は唯の足手まとい。無駄に命を散らすだけなのだから。

 

 何より、僕がその覚悟を決められなかった本人なのだから。

 

 

 

 やがて空はどんよりと暗雲を身に纏い、悲しみの雨を流す。まるでこれから攫われるであろう、人間を悼むかのように、稲羽市の全てを洗い流していく。力強い、コンクリートを幾度も打ち付ける音が閑静な住宅街の中に響いているのだった。

 

 暗闇の中には、黄色い不気味な光をを放つテレビがぽつりと僕らに道を示す。それは破滅を示すのか、希望を示すのか。唯わかるのは、僕の心に二度と希望の光が射さないということだ。嘗て僕らに道を示してくれた者はいないのだから。

 

 もう、希望など信じられない。僕を動かす動力はただ一つ、受け取った命(義務)。それだけだ。

 

 

 

***********************************

 

 

 

side,鳴上悠

 

 今日はとても濃い一日だった。殺人事件の鍵がテレビにあると考えて再び入ってみたら、よくわからない空っぽの謎なクマがいた。クマに色々な事情を聴いていると、テレビの中に被害者が入れられていることが分かった。そして俺たちに犯人を捕まえてほしいと頼まれた。陽介は小西先輩の仇だとやる気に満ちていたが、それには俺も同意だ。ついでに眼鏡ももらった。これで霧の影響がなくなるらしい。

 

 クマから話を聞いていると天田が突然テレビの中にやってきて、『後をつけてきた』とか言われた。く、俺としたことが尾行に気付かないとは、不覚・・・! しかも俺たちに着いていくと有無を言わせないように言われた。何かあれば俺が守ればいいと思って、仕方なく皆でテレビの中にいたはずの小西先輩の『におい』を追っていると、シャドウとかいう黒い禍々しい敵が出てきた。陽介は怯えてヘタレこんでしまい、俺はそいつをゴルフクラブで殴ったけど一切効かなくて危機一髪だったところに、

 

『我は汝・・・汝は我・・・。汝、己が双眸を見開きて・・・今こそ、発せよ!!』

 

 とかいう渋い声が俺の中に響いて思わず気分が高揚して、なぜか学ランをを脱ぎ去り、『ペルソナ!』とか叫んだ上に、カードらしきものを砕いてしまった。するとなんか応援団長風の『イザナギ』が現れ敵を雷で倒した。よく分からなかったけど、あれがもう一人の自分でとてつもない力を秘めているということと、ペルソナと呼ばれていることだけは何故か分かった。麻薬のように身体を駆け巡った万能感の余韻に浸っていると、天田が鞄の中から銃を取り出す。驚いて陽介が(おのの)いていたけど、実際は使えないし弾は入っていないという。試しに引き金を引いてもらっても何も起きなかった。殺し屋かと思ったけど、俺の杞憂なのかな。俺は天田を犯人として疑いたくないんだが・・・。

 そのすぐ後に小西先輩の『現実』の声が聞こえてくるとなぜかもう一人の陽介が現れた。もう一人の陽介が陽介の本音をばらしていくと陽介はもう一人の陽介を拒絶した。すると

 

『我は影、真なる我』

 

 と叫んで怪物(シャドウ)化した。このままではやばいと思い天田に陽介と一緒に避難しろと伝え、ペルソナを呼びだし臨戦態勢に入った。でも天田は自分も戦えるといってシャドウの前に飛び出した。天田がシャドウの攻撃を受ける直前に、あの銃を自分の心臓に向けて撃っていた。弾は入っていないのは知っていたがそれでも止めずにはいられなかったんだ。しかもシャドウの風の攻撃(ガル)が天田に向かっている。間に合わないことは頭の隅ではわかっていたけど思わず駆け出すと、『カーラ・ネミ!』と叫んだ天田の背後に赤い影(ペルソナ)が現れて、そいつが風の攻撃(ガル)を受け止める。そしてイザナギとは比べ物にならないほどの強力な雷がシャドウを貫き、倒した。するとそのシャドウの中からもう一人の陽介が出てきて、クマがあれは陽介の影だといった。陽介は始めはその事実を認めなかったが、俺がぶん殴って説得するとようやく認めた。すると陽介の影はペルソナへと転生し、陽介の力となった。緊張の糸が切れたからか陽介はふらりと倒れた。俺は駆け寄って異常がないか聞いてみたが何の問題もないようだ。陽介は本音が出たからかいい笑顔で笑って、クマと三人で笑った。

 漸く帰ろうという時になって天田がいないことに気付いた。きょろきょろと周囲を見回しているとクマが、

 

「アノコは先に帰るって言って帰っちゃったクマー」

 

 と俺に教えてくれた。先に何で帰っていたんだ? 確かあれは俺と同じペルソナ――なぜそれを天田が持っている? 何かこの事件について知っているのか? 疑問が絶えない。しかし、今は陽介だ。家まで送ってやって、疲弊しきった身体を引きずりながら自宅に戻ると、天田がいた。姿を見ることは出来なかったが、少しだけ話ができた。天田は犯人の可能性はなくはない。しかし頭ごなしに疑う訳にもいかない。そしたら、信じれるものも信じることができなくなる。天田がなぜペルソナが使えるのか。それを聞いてみたかったが、明日話すとはぐらかされた。何でも今は俺とは話したくないらしい。仕方なく、マヨナカテレビと事件の関連性について相談してみた。どうも俺と同じ考えらしい。だが、忠告を受けた。覚悟はあるのか、と。まるで経験したことがあるかのように、死の覚悟を決めることができるか、と。問いただそうとしたが、明日だと叱られた。だが、過去については一切話す気がないらしい。其のあとに色々と話しかけてみたが、一切の返事はなかった。戸の向こうから天田の気配がしなくなったから、きっと奥に引っ込んだのだろう。明日になれば全てわかるかと思い、今日のところは退散した。

 

 菜々子が家に帰り夕飯は書置き通りに準備をしていると、案の定菜々子が天田がなぜいないのか聞いてきた。くっ、なぜ天田は菜々子が悲しむと分かっているのに飯に来ないんだ・・・! 怒りを内側に隠し、適当に理由を言って回避した。納得していないと言わんばかりの表情に俺は心を痛めながら、天田に呪詛(幾千の呪言)を唱えた。少し微妙な夕飯を食べ終え、二人で寛いでいると(俺の場合は菜々子の話を聞きながら今日の出来事を頭の中で整理していた)叔父さんが帰ってきた。

 

「あ、お父さんお帰りなさい!」

 

「お帰りなさい、叔父さん」

 

「ああ、只今菜々子。悠もな。夕飯は残ってるか?腹が減った」

 

「ええ、多少は。・・・今日は天田が手を抜いて冷凍ものですが」

 

「そういえば天田がいないな。どうしたんだ?」

 

 菜々子と同じ説明を叔父さんにもする。菜々子の目は純粋な瞳で俺を刺すが、叔父さんの目は嘘を見抜くような目で刺す。どちらも俺にとってはつらい。だが俺に掛かれば、大丈夫なはずだ・・・!

 

 という訳で何とか誤魔化したが、中々に難しかった。そこまで大切な出来事でもなかったからな、そこまで威圧もなかった。でも怖かった。天田め・・・いつかこの怨みを果たしてやるぞ! そうだな、一週間料理係にしよう。取りあえず、夕飯を叔父さんに出し、三人で談笑する。やがて菜々子が眠いと言い出し、叔父さんと二人っきりになった。そういえば昨日、天田が過去を知りたければ叔父さんに聞けと言っていた。丁度いい機会だ、タイミングを窺い、叔父さんに話しかけた。

 

「叔父さん、少しいいですか?」

 

「ん、何だ。言ってみろ」

 

「天田の過去について教えては貰えませんか」

 

「・・・天田から聞かなかったのか?」

 

 少し顔をしかめて俺に聞いた。まるで興味本位ならば許さないと言わんばかりの表情だ。俺も顔を引き締めて、真面目に返す。

 

「いえ、聞きましたけど教えては貰えませんでした。その代りに叔父さんから聞けって」

 

「そうか・・・、天田が確かにそう言ったんだな、許しを得たのならいい。話は長くなるがいいか?」

 

「勿論そのつもりです」

 

 叔父さんはゆったりと寛いだ状態で、思い出すかのように虚空を見つめる。そして語りだした。

 

「そうだな、確か四・五年前に天田の母親が事故によって亡くなった。父親はその当時には離婚していなかったんだ。運よく天田は怪我無く無事でな。しかし、家は半壊状態だった。事件が起きたのは深夜で、家に暴走した大型車が突っ込むという大きな事件だったよ。その当時の天田は錯乱していたのか意味不明なことを周囲に必死に語っていた。誰一人信じて貰えてなかったがな。ああそうだ、あいつ・・・天田の親戚な、そいつが何か分かるかもしれないって俺の為にその資料を持ち帰ってきたんだ。お前、見てみるか?」

 

 当時の資料が残っているのならば、是非とも見てみたい。それで天田に一歩でも近づけるのなら。

 

「お願いします」

 

「そうか、ちょっと待ってろ。えっとどの辺に仕舞ったかあ?」

 

 叔父さんは資料がたっぷりとつまった棚を漁っていく。ずっと見ていないはずだから探すのも一苦労だろう。手伝おうとしたが、叔父さんに機密事項が書いてある資料もあるからと止められた。それらを見せてはくれないのは仕方ないし、当たり前だとは思うが、天田の母親の資料を見せてくれるということは、多少は信用しているということなのだろうか。そうお思うと少し嬉しくなった。

 

「おおあったあった。まあ、本人の許しを得たんだから多少はいいだろう。後ここに書いてあることは他言無用だぞ。ほら、受け取れ」

 

「ありがとうございます」

 

 資料が見つかったようで、お礼を言いパラパラとページをめっていく。はじめの方は叔父さんが説明してくれたことが詳しく書いてあっただけだったので割愛し、次へと移る。そうしていくうちに最後のページまで来たがめぼしい情報は特になかった。少し落胆していると、一番最後の欄に申し訳程度に載っていた天田の意味不明な証言が目に留まった。

 

 

____________________________________________

 

 被害者の息子、天田乾の証言

 

『お母さんを殺したのは暴走した車なんかじゃない。光る馬だった! 光る馬が暴れて、お母さんも、家も壊れちゃったんだ! 近くに悶えてる若い男の人がいたからその人が犯人だよ!』

 

 以上だが、信憑性が皆無な上に、天田乾は錯乱していた様子なのでこの情報は信用不可と判断する。

____________________________________________

 

 

「光る・・・馬?」

 

 意味がよくわからない。これでは確かに錯乱していると捉えられても不思議ではないだろう。でもなんだ、何処かが引っ掛かる。悶えていた若い男性・・・? 光る馬とどういう関係性があるんだ。光る馬が暴れているから男性も悶えている? いや、その逆の可能性もあるな。いろいろと可能性を考えてみたが、これだけでは何もわからない。一番手っ取り早いのは天田に聞くことなんだが教えてくれるとは思えないし、そもそも天田も知らないかもしれない。そっちの方が可能性は高いのかも。もう少し様子を見るとしよう、そしていつか話し合いたい。腹を割って、本音でぶつかり合って天田を理解したい。謎が深まる分だけ、その気持ちは強くなっていく。

 手に持っていた資料を閉じ、叔父さんに差し出す。

 

「叔父さん、有難うございました。確かに変な証言でしたけど、叔父さんはどう思ってるんです?」

 

「俺か? 俺も錯乱したんだと思うぞ。なんたって親が目の前で轢き殺されたんだからな、そうなっても仕方がない・・・そうだ、仕方がないんだ」

 

 なぜか叔父さんは『轢き殺された』というところで辛い顔をした。天田のことを心配しているのかな。にしては後悔があるようにも言えるけど・・・天田の事件と何かあったのか。でも、今は触れない方がいいだろうな。

 

「じゃあ、俺はもう寝ますね。お休みなさい」

 

 もう夜も遅いし、それに雨だ。マヨナカテレビを見なければならない。何かしらヒントがあるかもしれない以上必須の事だろう。

 

「ああ、お休み」

 

 

***********************************

 

 

 そして今夜、マヨナカテレビには一人の着物を着た女性が映った。

 

 事件の始まりである。

 

 

 




湊君、脳内出張(という名の妄想クロスオーバー)

世界観に会う作品
・fate/zero(バーサー化)
・ブリーチ(死神、死を与える側)
・D.gray-man(魂の回収)
・フェアリーテイル
・家庭教師ヒットマンREBORN!(月の守護者とか?)
・ゼロの使い魔
・とある魔術の禁書目録

何か微妙だけど好きな奴
・GODEATER
・進撃の巨人
・テイルズ(今はTOX)
・ワンピース
・エヴァンゲリオン
・IS(タナトスのIS)

私の脳内はいつでもパラダイス♪


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