魔法少女まどか☆マギカ ~狩る者の新たな戦い~ (祇園 暁)
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プロローグ

 過去も未来も、そして現在すら存在しない空間《グレイトフルセブンス》。その最新部にて少年はかつてない強敵と相対していた。

 

 仲間たちの奮闘、そして自身も持てる力を奮い全ての形態を撃ち破り勝利を確信したその時、その敵は再び最初のクリスタルの蕾のような姿に戻り告げた。

 

『ムダだ・・・何度でも・・・繰り返す・・・』

 

 何度でも・・・つまりは不死身という事だろう。

 その事実を突きつけられた少年は遂に心にヒビが入る。これまでも絶望的な戦いに何度も身を投げてきたが、流石に今回ばかりは格が違った。

 

 しかし、少年はまだ諦めた訳ではない。ヒビは入っても折れてはいない。

 例え持ち前のハッキングが効かずとも、親友から譲り受けた二丁銃が悲鳴をあげはじめても、必ず勝たねばならなかった。

 彼の心を繋ぐのは、決して忘れる事のない交わした約束。

 

『また、皆でお茶会しようね』

 

 確かめるように目を閉じれば、大切な彼女の言葉が聞こえてくる。するとふらつきながらも少年は立ち上がり、何時もの軽い口調で何でもない事のように言った。

 

「OK、だったら何度でもぶっ倒してやるよ」

 

 そう言った刹那、蕾から生えていた巨大な触手の一本が少年に襲い掛かる。立つ事すら精一杯の中絶体絶命の一撃。しかしそれは突如空間から生えた有刺鉄線の壁に阻まれる。

 少年はその有刺鉄線が誰の仕業か知っていた。

 

「マスター!?」

 

振り向くとそこには地にひれ伏しながらも二枚のカードを握り締めた初老の男性が顔を上げニッと笑っていた。

 

 しかし巨大な触手の勢いを止めるには力不足か、有刺鉄線の壁はメキメキと音を立てみるみる歪んでいく。

 

「十分!」

 

 その声と共に現れた少年の幼馴染みは少女の身の丈には合わない長刀を振るい一閃、触手を両断した。

 

「サトリ!!」

 

 少年に名前を呼ばれた少女も、先程マスターと呼ばれた男性と同じくボロボロでありながら不敵な笑みを返す。

 

 更に続く轟音、砲撃と魔法が次々と蕾に撃ち込まれる。

 振り向けば満身創痍のはずの仲間たちが次々と立ち上がり戦線に復帰してゆく。

 その光景をどこからか見ていた声は思い出したかのように少年に呟いた。

 

『そうだ・・・そうだったな、テメエらは』

 

「ああ、俺達は」

 

「「「ドラゴンを狩る者だ!!!」」」

 

 全員の意思が一つになった時、少年の手に竜殺の力が宿った剣が顕現した。

 

「「「『アキオ!!!』」」」

 

 名前を呼ばれた少年はその必殺の竜殺剣を、全ての因縁を断ち切るためクリスタルの蕾《VFD》目掛け投擲した。

 

「こいつで・・・おしまいだ!!!」

 

 持てる力の全てを掛けた一撃。

 それは見事VFDを貫き、グレイトフルセブンスを光で包んだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・ぉ・・・アキオ・・・!」

 

 アキオが気が付くとそこは光の世界とも言うべきか、眩しくはないが確かに光に包まれている神秘的な空間だった。そんな中アキオの前には一人の、というべきか、黒いハットを被った耳の長い兎の縫いぐるみのような人物がいた。

 

「ようやく目が覚めやがったか。たく、最後の最後まで締まらねぇ奴だなテメエは」

 

 呆れながらも安心したような口調で言う縫いぐるみ・・・のような何か。

 それに対しアキオは頭を掻きながら「まあな」と軽く返しながらこれから行う事について訊ねた。

 

「それで、こっからどうすりゃいいんだ?ナガミミ」

 

「今の宇宙は何もないまっさらな空・・・テメエが願えばそれを受け入れるだろう」

 

「つまりはナガミミが可愛いおにゃのこな世界も有りな訳か・・・」

 

「有りな訳ねえだろ!!」

 

「ははっ、冗談冗談!」

 

 という割には先程の台詞を真剣な表情で呟いたアキオに縫いぐるみもとい、ナガミミはぴょんぴょんと跳ねながら反対の意を示した。が、すぐにため息を吐くと静かになり真剣な声色で本来の話を進める。

 

「さあ、テメエの願う世界はどんな世界だ?」

 

 その問にアキオは答える代わりに願う。

 

 竜によって、もしくはその副産物によって理不尽に運命を歪められる者のいない、かつて自分達がいた平穏な世界にもう一度戻りたいと。

 そして、彼女と約束したようにまた皆で・・・

 

 そこまでだった。

 

「な、何だ!?」

 

 突然のナガミミの声にアキオの思考は中断され、その事態に気がついた。

 

 アキオ達の視線の先にあるのはこの光の世界の中においても中が全く見えない黒い渦。大きさもなかなかにありちょうどアキオぐらいなら飲み込まれてしまいそうだ。

 

「何だよ、あれは?」

 

「俺様が知るわきゃねえだろ!!」

 

 二人がその存在に驚いている間にもその渦は段々と大きくなり、その事に気がついた時には手遅れだった。

 

「マジか!?飲み込まれる!」

 

「おいアキオ!!って嘘だろ、俺様もかよ!?」

 

 最初は何も感じていなかったはずが今では抵抗出来ない程の吸引力で渦はアキオとナガミミを飲み込んだ。

 

「「うわあああああ!!?」」

 

(クソっ、ミオ・・・)

 

 そこで二人の意識は途絶えた。

 

 そしてこの光の空間に未だ佇む渦を見つめる人物が一人いた。

 

「狩る者が竜の存在を否定した故に生まれた矛盾という名のヒビ・・・そこからこの空間に干渉してきたか。だが例えその抜け道があったとしても異世界であるここを巻き込むとはどれ程の因果か?」

 

 黒のローブで全身を覆った仮面の人物は、一人思案すると自らその渦へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

「・・・ぉ・・・アキオ!」

 

(あれ・・・何だこれ・・・デジャヴ・・・?)

 

 意識はあるが気を抜けばまた深い闇に沈みそうな微睡み。もう少しだけ眠っていたいというその睡魔の囁きを聞きながらもアキオは自分を呼ぶ声に意識を向けてみる。

 

「ねえ起きて!お願いアキオ!」

 

「!?」

 

 するとその声は冷水のように一気にアキオの意識を呼び覚ました。むしろどうして気が付かなかったのだろうかと自分の鈍感さを怨みながらも、持てる力を全て集め思いっきり起き上がった。

 そこにはアキオの思っていた通りの人物が、少し驚いたような表情をしながらも彼の隣に寄り添うように座っていた。

 最初こそアキオの勢いに驚いていたが、直ぐに表情を崩し瞳を涙で潤ませながらくしゃくしゃの笑顔でアキオに抱きついた。

 

「アキオー!よかった・・・良かったよう!!」

 

「み・・・ミオ?本当に・・・?」

 

 戸惑いながらも受け止め、抱き締める。するとその確かに感じる温もりと彼女の華奢な身体の重みが、匂いが、感触が夢でも嘘でも無い、実体を持った本物だというのを教えてくれる。

 それは彼が守りたかったもの、必ず取り戻すと誓ったものが今確かに腕の中にあるのだ。

 

「ははっ・・・ただいま、ミオ」

 

「うん・・・お帰り、アキオ!」

 

 しかし感動の再会ではあるのだが、このお互いに抱き合っているという状況に今更気が付いたミオはみるみる顔を赤くさせてゆっくりと身体を離す。

 14歳の少女なら憧れるような感動のシチュエーションだったのだが、どうやらミオにとってはまだ恥ずかしさを感じてしまうようだ。

 そんなミオを見ながらアキオも良いものを見たと言わんばかりにニコニコと微笑ましそうな笑顔を浮かべている。

 

「そ、それで、いったい何があったの?」

 

 気を反らそうと出たミオの言葉だが、実際アキオもそれが気になっていた。

 今自分達がいるのは土手の草原の上、辺りは暗く夜のようだが見渡せば近代的な建物が建っており、文明がある世界でここが街中だというのが分かる。

 

「世界の再構築とやらが上手くいったのか?」

 

 そう、アキオの世界はドラゴンの襲来によって最終的には地球上のほぼ全ての人類が滅んでしまった。目の前のミオを含めて。

 だからこそ世界を救うため第7真竜になる資格を持ったアキオが全てのエントロピーを受け入れ、地球上の何もかもと統合しドラゴンの存在しない世界へと改変を行おうとしたのだ。

 そしてグレイトフルセブンスにてアキオと統合し第7真竜として産まれようとしたVFDを打ち破り、ナガミミと共に改変を行おうとして渦に巻き込まれ今に至る。

 ここまで思い出したアキオは改変が上手くいったとは信じられなかった。

 

 するとその疑問に思わぬ人物が答えた。

 

「そう都合よくはいかなかったみたいだぜ」

 

 アキオとミオが声のした方に顔を向けるとそこには

 

「・・・誰?」

 

 そのミオの言葉に声の主、ゴスロリ衣装を着た金髪少女は見事にズッコケた。しかし実際にミオはこの突然現れた少女に見覚えは無い。

 一方のアキオはというと

 

「君可愛いね!」

 

 などと平常運転である。しかしこの言葉が少女の正体を明かす事になる。

 

「な、何言ってんだドスケベ!だいたい、こんな姿になっちまったのは全部テメエのせいなんだからな!」

 

「え、ひょっとしてナガミミちゃん?」

 

「うっ・・・」

 

 ミオに名前を呼ばれバツの悪そうに言葉を詰まらせる少女。その反応が彼女がナガミミで合っている証拠だろう。

 今の姿が慣れないのか少し頬を赤く染めながらもこほんと軽く咳払いをし、ナガミミは口を開いた。

 

「どうやら改変に関しては中途半端、というよりごく一部だけ成功したようだな。俺様がこんな姿だったり、そこの小娘が生きてる事がその証拠だ。多分あの渦に飲み込まれる前にある程度の世界への願いは固まってたんだろ?」

 

「確かに思い返してみれば、渦の出現で中断されたがその前にミオとまた逢いたいって思ったな。あと可愛いナガミミの事も」

 

 言葉の途中だがアキオは息を飲んだ。見ればミオがジト目で睨んできている。

 この先は言わないでおいた方がいいと判断したアキオは黙ってナガミミへと視線をやり説明の先を促した。

 ナガミミは呆れたようにため息を吐きながら続きを口にした。

 

「だがここは改変された新しい世界じゃなさそうなんだよ」

 

「どういう事だ?」

 

「先に聞いておくがテメエは間違っても過去に行きたいとか、2010年辺りで人生謳歌したいとか思ったりしてねえよな?」

 

「はあ?なんでそんな中途半端な、俺はただ竜が存在しない世界を願っただけだぜ」

 

 それを聞いたナガミミは「だよな」と洩らし続けた。

 

「なら俺様達は改変された2100年で再び時を進めるはずだ。だがな」

 

 ここで一旦言葉を止めるナガミミ。その表情はもう分かるだろ?と言っているようだった。

 そしてアキオも先程の前振りを聞いてしまえばだいたいの予想が既に頭の中に浮かんでいた。

 

「ここは2011年の見滝原、俺様達のいた年でもなければ元の世界に存在しなかった街だ」

 

「過去の世界、か。それは分かったが存在しなかったって?」

 

「俺様はアリーに拾われてから竜災害の起こった前後、2000から2050年代の日本について隅々まで調べたがこんな近未来的な街は名前も何も無かったぜ」

 

「そんな事いちいち覚えてんのかよ」

 

 言った後でアキオは思い出した、このナガミミは地球外生命体なのだということを。

 全てが統合されたグレイトフルセブンスにおいて「お前なんかに統合されてたまるか」という理由で統合されなかったのだ、人間より優れた記憶力を持っていても不思議ではない。

 

「それで、つまりは?」

 

「そいつはだな・・・」

 

「ここは汝らの居るべき世界とはまた別、言うなれば異世界というものだ」

 

 如として放たれた三人以外の声。

 

「あ、あんたは・・・!!」

 

 それは人間化したナガミミ以上に、アキオ達にとっては意外な人物だった。



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第1話【異世界の暮らし】

後書きにセブンスドラゴンの13班の紹介を書いていきます。
セブンスドラゴンの人物名や用語を多用するので分からない方はノリでお願いしますすいません
全員出す予定ですが設定の回収まではできるか分かりません。
あと一応これはあくまで作者のプレイしたセブンスドラゴンの13班です。


見滝原の駅前に位置する見滝原デパート。その食品広場では、若者らしく茶髪の髪をセッティングし眼鏡を掛けた少年がせっせと商品を陳列していた。

 

「アキオ君、もう時間だからその辺にしてあがっていいよ」

 

「はい、それじゃ後よろしくお願いします。お先に失礼しまーす!」

 

そう、異世界に来て数日経った今、アキオはこのデパートでアルバイトとして働いていた。

 

 

 

 

 

仕事を終え現在寝床にしているそれなりに高そうなマンションに帰宅したアキオは待っているであろう同居人に声を掛けた。

 

「ただいまー、ミオ、ナガミミ。・・・えっと」

 

思わず何時ものヘラヘラした顔も若干戸惑いを見せる。いや、正直分かってはいたが数日ではこの光景に慣れる事は出来ないようだ。

 

「・・・・・」

 

リビングのソファーには黒のローブで全身を覆った仮面の人物が一本の杖に両手を乗せ座っていた。

アキオの記憶が確かなら今朝出掛ける時もこの状態だったはずだ。

 

「お帰りなさい、アキオ!」

 

「おう、帰ったか」

 

この気まずい空気をものともせずリビングに連なる部屋のドアを開けてミオとナガミミが顔を出した。

しかし怪しさ満天の件の人物は微動だにしない。そんな中アキオでさえ声を掛けるのを躊躇する仮面の人物にミオが詰め寄った。

 

「もう!アイオトさん、ただいまーって誰かが帰って来たらお帰りなさいって出迎えてあげるものだって、昨日も言ったじゃないですか!」

 

その行動はアキオだけでなく、アイオトと呼ばれた人物を多少は受け入れたナガミミでさえもはらはらさせた。

そしてアイオトは静かに仮面に覆われた顔をあげると

 

「・・・そうだったな。お帰りなさい、狩る者よ」

 

「あ、ああ・・・ただいま」

 

意外と素直に従うアイオト。だが、そのあまりにも異常な見た目から発せられる日常的な挨拶に余計アキオはたじろいでしまう。

 

何故異世界でアキオ達がマンションの一室で暮らし、アルバイトとはいえ仕事に就き、更には不審者にしか見えないアイオトと同居しているのかというとそれは彼らがこの世界にやって来た日まで遡る。

 

 

 

 

 

「あ、あんたは・・・!」

 

「テメエ、アイオトじゃねえか!」

 

数日前、見滝原の土手で三人の前に姿を現したのはアイオトだった。

 

「え?アイオト・・・さん?」

 

驚愕の声を出すアキオとナガミミだが、ミオは一人頭の上に疑問符を浮かべる。それもそうだろう、アイオトが初めてアキオ達の前に姿を現したのは前の世界でミオが息絶えた後なのだから。

それを思い出したナガミミはめんどくさそうにしながらもミオに彼について説明をした。

 

第1真竜アイオト。この宇宙における全ての生命の祖であり、かつて地球に生命の種を撒いた者。

彼が居なかったらこの宇宙に生命は誕生することはなかった、まさしく神の如き存在だ。

 

「だけどあんたは俺達人間の事を認めてくれた・・・勝手かも知れないが俺はあんたと和解できたと思ってるんだ。どうしてまた俺達の前に現れたんだ?」

 

そう、アイオトは竜の中で唯一人間の絆や想いといったものが生み出す力を認めたドラゴンである。

それを聞いたアイオトはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「確かに、汝のその認識に間違いはない。だが、我はまだ汝らに強く興味を持っている。そしてこの世界にも同じくな」

 

「あの、アイオト・・・さん。ここが異世界というのは?」

 

そのミオの問にアキオ達は自分達の現状を思い出した。アイオトの登場に驚き過ぎて忘れていたのだ。

 

「・・・うむ。汝らはこの世界、いや、この世界にいる何者かの強い因果に巻き込まれたのだ」

 

「因果?」

 

「因果の糸がある一点に集中し、収束した。その糸に絡み取られこの世界に引き摺り込まれたのだろう。我はその因果の持ち主に興味がある」

 

いちいちカルト的な言い回しをするアイオトの説明に分かったような分からないような、そんな感覚のアキオだが、次のアイオトの発言でそんなものは全て吹き飛んでしまった。

 

「故に、我も汝らと共に行動し件の因果の持ち主を捜す」

 

「・・・は?」

 

一瞬何を言っているか分からなかった。だが数秒後にはその意味を理解したアキオとナガミミは絶句した。

確かに和解を果たしたとは言え、こんな不審者と行動を共にするなどと御免被りたい。そうは思いながらもアイオトから放たれるオーラ(本人は無自覚だろう)を前にアキオは否定の言葉が喉の奥で止まってしまっている。

 

誰かこの状況をどうにかしてくれ。

 

そんなアキオの切なる願いが届いたのか定かではないがミオが一歩身を乗り出し口を開いた。

 

「はい!よろしくお願いします、アイオトさん!」

 

しかしそれは彼が期待していたものでは無かった。

 

「よかったね、アキオ!大人の人も一緒で。私安心しちゃった」

 

むしろ予想の斜め上をいった発言で、遠い目をしながら

 

(なんだか竜との戦いの中で強くなったなと思ってたけど、今は変な方向に逞しくなったなぁ・・・)

 

などとアキオに現実逃避を始めさせてしまった。

 

「ふっ、ザケンじゃねえーーー!!俺はこんな不審者と一緒だなんて御免だぞ!?」

 

そんな中ナガミミが反対意見を唱えるが

 

「ただでとは言わぬ」

 

アイオトはそう言うとローブを片手で一瞬だけ広げると地面にジャラジャラとアキオ達の世界の通貨、zとDzが大量にばら撒かれた。

 

「汝らが持っていたものだ。この世界の通貨に換金するがよい」

 

あんた金の概念が分かるのか。

 

そんなツッコミを心の中でしつつもアキオは考えた。

確かに質屋などで見てもらえれば少しは金になるかもしれない。ドラゴンから入手できるDzに関しては適当な研究機関にでも売ればいいだろう。なにせ地球外生命体が由来の代物だ、この世界にドラゴンが居ない事前提だが高く売れるはずだろう。

 

そこまで考えるとアイオトを邪険にする訳にもいかず、ナガミミも同じことを考えていたのだろうそれ以上何も言えないでいた。

 

なし崩し的にアイオトと共に行動をする事になったアキオ達はその後、アキオの得意なハッキングによりアキオとミオの二人分の戸籍を用意し、手はず通りzとDzを売りマンションの一室を借りて今に至る。

尚、Dzを売る際研究員の何処で手に入れた、他所に売ってないかなどの質問攻めをかわすのにかなり苦労していた。

 

 

 

 

 

 

そして現在、アキオ達は夕飯のカレーを食べていた。アイオトを除いて。

 

「うーん、アイオトさんが食べないならもっと少な目に作ればよかった」

 

そう呟くミオにアイオトは「すまない」と一言呟くだけ。

アイオトはこのマンションに来てから常にソファーの真ん中を占拠して全く動いていなかった。

 

「たく、こんな陰気な奴放っておけよ」

 

ナガミミはナガミミでもうアイオトにも慣れて彼に対しても構わず毒舌を吐くようにまでなっていた。

そんな彼女を少し羨ましがりながらもアキオは口を開く。

 

「明日の朝もカレーでいいんじゃない?俺はミオの手料理なら連日同じ料理だって食べれちゃうぜ」

 

「でも明日の分を考えても作り過ぎちゃったの。・・・そうだ!せっかくだし巴さんに御裾分けしようかな。確か独り暮らしって言ってたし」

 

「巴さんって隣の?」

 

「うん、この間買い物帰りに会って、お話しながら一緒に帰って来たんだ!」

 

そう嬉しそうに話すミオを見て、アキオは出会ったばかりの内気でおどおどしていた頃から本当に変わったなと急に感慨に耽ってしまい、自然と彼も笑顔になっていた。




13班紹介

アキオ
主人公 エージェント 17歳 1stリーダー

何時も軽薄な素振りでよく色んな女の子に声を掛けている。が、しっかりと線は引くタイプで相手に想い人がいたり逆に誰かに想いを寄せられていると分かると軽い調子は変わらないが自重はするようになる。

幼馴染みのサトリと共にセブンスエンカウントに遊びに来た際にマスター、ミオと出逢う。
竜斑病で母親を亡くしており、同じく竜斑病にかかっているミオを何かと気に掛けていたが次第にそれは恋愛感情まで発展する。
ユウマの事は友達だと思っており、彼が変わり果てた姿になった後もその思いはずっと変わらず、最後の瞬間まで何時もの軽い調子で彼に友達と伝えた。

他の装備には劣るものの、ミオから貰ったペンダントとユウマから譲り受けた二丁銃で最後まで戦い抜いた。
ムラクモ13班リーダー・アキラの子孫。


サトリ
サムライ(一刀) 17歳 1st

アキオの幼馴染みで、家族のような存在。一人称は「ボク」。
しっかり者で気が利く性格だが、たまに愛のツッコミ(物理)が飛ぶことも。料理はあまり得意ではないと言っているがあくまでレシピ以上の物が作れないだけで正直食べる分には十分である。

ミオのアキオに対する想いを知ってからは彼女を応援するようになり、ミオのお姉さんのような存在になる。尚サトリ自身アキオに対する恋愛感情は無い。


マスター
デュエリスト 46歳 1st

セブンスエンカウント内のバーでバーテンダーをしていたが、推奨人数に一人足りずにうろうろしていたアキオ達に声を掛けほんの息抜きに遊ぶはずが能力を見出だされ13班に。

絵に描いたような渋いおじ様で料理が上手く13班の料理担当で、更に悩める若者の相談にもよく乗っている。
リッカのワーカーホリックっぷりを心配しており、暇を見付けては息抜きに誘ったりと何かと気を遣っていた。それだけに彼女と敵対した時はかなり堪えた。

本名は不明。


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第2話【始まりの出逢い】

その日、朝一の仕事の指導を受ける為アキオは普段よりも早く家を出ていた。

今歩いているのは見滝原中学校の通学路指定されている並木通りである。朝早いという事もありちらほらと学生の姿が見えるが、特に目を惹いたのは前方でじゃれ合っている女子三人だ。

楽しそうにお喋りをしながら学校に行く様は、竜の襲来からずっと戦い続けてきたアキオにとって羨ましい光景だった。

 

またあの空間に戻って元の世界の改変を行えたら、自分もあのように再び日常に戻る事が出来るのだろうか?

 

(なーんて、俺ちゃんらしくないねこんなの)

 

「うし、今日も一日頑張るぞい!ってね」

 

そう気持ちを切り替えたアキオは歩幅を広げ歩く速度をあげた。そして当然だが先程見ていた女子生徒達との距離が縮まり自然と会話が耳に入ってくるようになった。

 

「あ、そう言えば!放課後新しく出来た喫茶店行かない?」

 

「まあ!新しくお店が出来たのですか?」

 

「そうそう。噂だとそこの マスターがさ、すんごく渋面でカッコいいらしいよ!」

 

そんな彼女達の会話を聞きながらアキオの脳裏に一瞬、《マスター》の愛称で皆から慕われていた男性の姿が浮かぶ。

 

自分と共に戦った13班の皆はどうなったのだろうか?

 

「確かお店の名前は《セブンスエンカウント》だったかな?」

 

「!?」

 

青髪のショートの子の口から出た言葉を聞いたアキオに電流が走る。

 

セブンスエンカウント

 

それはアキオ達の世界で有名なゲーム会社《ノーデンス》が誇るバーチャルリアリティ及びその施設。そしてアキオ達の戦いが始まった場所である。

 

この世界に来てからノーデンスやセブンスエンカウント、ドラゴンなどを調べたがどれも実在しなかったが、まさかこんな所でその名を耳にするとは世の中分からないものである。

しかし

 

「そんな事よりもさやかちゃん、そろそろ急いだほうが・・・」

 

「げっ!ホントだ、話に夢中になってたら!」

 

桃色の髪をした少女が控えめに言うと、さやかと呼ばれた青髪の少女は他の二人を置いて走り出した。

 

「あっ・・・!」

 

アキオが止める間も無く残された少女達も走り出してしまう。

 

「ま、待ってよさやかちゃーん!」

 

「もう!遅刻しましたら美樹さんのせいですからね!」

 

そんな彼女達の後ろ姿を見ながらアキオはセブンスエンカウントという喫茶店、そして渋面というマスターにある期待を抱いていた。

 

「仕事終わりにミオにも来てもらうか」

 

 

 

 

 

 

夕刻、街では夕飯の買い物に出た主婦や学校帰りの学生達で活気に溢れていた。

 

しかしそんな表とは裏腹に灯りも無いとある無人の建物では、激しい逃走劇が繰り広げられていた。

激しいと言っても一方的で、一発でもまともに当たれば致命傷になるであろう光の弾を必至に逃げる側の白い小動物が避け続けていた。

俊敏な動きでかわしてはいるが息遣いは荒くなっており、追い詰められるのは時間の問題だった。

そんな中その小動物はとうとう助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

場所は変わり見滝原デパート。

アキオに呼ばれたミオは彼の仕事が終わるタイミングでこの場所に来て、目的通り仕事終わりの彼と合流したのだが、不意に不思議な声を聞いた。

 

「どうしたミオ」

 

「うん・・・聞き間違いかな?」

 

微かにしか聞こえなかったが周りの雑音とは違う感覚。それを不思議に思っていたが今度はハッキリ聞く事になる。

 

『助けて!』

 

「!」

 

頭に直接入って来るような声。今度は間違いなくその内容も聞き取る事ができた。

しかし、切羽詰まった様子で助けを求めた声だがアキオは全く気付いた素振りを見せない。

 

「アキオ!今助けてって声が頭に響いたの!アキオは?」

 

「声?」

 

しかしやはりアキオには聞こえていなかったらしく、その声を聞こうとしているのか目を閉じては「うーん」と唸っている。

 

『助けて!』

 

その間にも声の主は繰り返し助けを求めてくる。

 

「また!」

 

「ミオ、どこから聞こえてくるか分かるか?」

 

普通の少女に見えるミオだがこれでもあらゆる解析力に優れた、ノーデンスで言うところのS級能力者だ。今彼女にだけ聞こえるというテレパシーのような現象とそれが関係するかは分からないが、ミオの事を知っている人物なら虚言と切り捨てる事はしないだろう。

もっとも、アキオが彼女の言葉に耳を傾けたのは単純に"ミオの言葉"だからだろう。

 

ミオは頷くと走り出し、アキオもそれに着いていった。

 

二人が辿り着いたのはデパートの改装中のフロア。関係者以外立ち入り禁止という貼り紙を無視し扉を開けると、本来かなりの広さがあるはずのフロアは様々な資材が置かれ奥の様子は分からなかった。

しかし何か重い金属が落下したような音が聞こえ二人は急いで奥へと向かった。

 

その直後だった。

 

突然物陰から飛び出して来た人物とアキオは正面からぶつかってしまった。アキオは相手の方が背丈が低かったため踏ん張る事ができたが、相手は壁にぶつかったも同然で反動で後ろに吹き飛んでしまった。

咄嗟にアキオが腕を掴み事なきを得たが、その人物は今朝見た青髪の少女だった。傍らには何か小動物を抱えた桃色の髪の少女もいる。

 

「おっと、大丈夫かい?」

 

「あっ、えと、助けて下さい!電波でサイコな奴がこの動物虐めてて・・・!」

 

そう言って青髪の少女、さやかはもう一人の少女が抱える小動物を指差した。それを聞いたアキオは件の小動物を見た。

それは白い猫のような身体をしつつも、耳から毛か触腕かよく分からない物が生えた生き物で、確かに全身傷だらけで所々赤い血も見える。

 

「O.K.お兄さんに任せなさい!」

 

そのやりとりの中、周囲の変化にいち早く気が付いたのはミオだった。

 

「アキオ!周りの景色が・・・」

 

その声で三人もようやく気が付いた。

 

最初は世界が歪んでいく光景。その中から徐々に写真か絵画から切り抜きされたような蝶や薔薇が世界に貼り付けられたコラージュのように現れた。

 

「何これ?出口は!?」

 

「分からないよ・・・」

 

突然の事態に取り乱してしまう少女達。そんな彼女達を鎮めたのは意外な人物だった。

 

「自己紹介しよう!私は那雲澪(ナグモ ミオ)!二人は?」

 

「え、え?何でいきなり」

 

「あ、えと、鹿目まどか・・・です」

 

「まどか!?うぅ、美樹さやか」

 

「そっか、よろしくねまどかちゃん、さやかちゃん。大丈夫!アキオが守ってくれるから」

 

そう笑顔で言うミオに、今までパニックになっていた二人も呆気にとられる形で逆に落ち着いてきた。

 

その様子を見ていたアキオもミオの成長を嬉しく思いつつ、その期待に答えなければと周りの気配に警戒を強める。

 

「そんじゃあさやかちゃん、その電波なサイコ野郎ってのはこの愉快な髭ダルマの事かい?」

 

そう言うアキオの視線の先には丸い綿の塊に落書きのように目と髭と思われる物が付いた物体が何体も蠢いていた。

 

「ひっ、何あれ?」

 

その様子から彼女達が逃げていた者とは別らしい。だがいつの間にか茨の蔦の先に鋏が付いた物体を向けながら距離を詰めて来るソレは明らかに敵意を持っていた。

それもアキオが見詰める一点だけではなく、彼らを取り囲むようにその髭ダルマは大量にいた。

 

(流石にゲオルギアは持ってないしな・・・だが!)

 

この状況で丸腰の状態でもアキオは不敵な笑みを浮かべると右腕を大きく横に振った。すると光のパネルが出現し、アキオは素早くそのパネルに浮かぶキーボードを叩いた。

 

これこそがアキオのハッキング。コンピュータだけでなく生物にすらハックし行動権を奪うそれは、ドラゴンにすら有効である。

 

「なるほど、今までに見た事の無いデータだけど・・・さっすが俺!」

 

タァン、と心地好い音が耳に入ってくると同時に髭ダルマの包囲が崩れた。

一部の団体が動きを止めたのだ。

そして

 

「同士討ちスタート!」

 

その号令と共にハッキングを受けた髭ダルマは他の仲間に茨の鋏で襲い掛かった。

 

だが同士討ちの混乱に巻き込まれていない団体はアキオの存在を危険に思ったのか、ジリジリと距離を詰める動きだったのが、一気に飛び出しアキオにハサミを突き付けたり直接体当たりを仕掛けてきた。

 

「おっと、流石に銃が無いとキツいか?」

 

それらの攻撃を避けながらもアキオは少し焦りを感じた。

確かにハッキングだけで戦えなくもないが、この数では本来の武器である二丁銃が無ければ守りながらは対処に間に合わないと判断したのだ。

 

(包囲は崩れたんだ。最悪三人だけでも逃がすか?)

 

アキオがそう思った時だった。

 

突如として彼らを中心にエネルギーが広がり周囲の髭ダルマが消滅した。

 

「危ないところだったわね」

 

「へえ・・・」

 

そこに現れたのはまたも少女。クルクルと巻いた金髪のツインテールを揺らしながら歩いてくるその少女の手には、輝く宝石が添えられていた。

 

少女はコツコツと歩いてくるとミオを見て少し驚いたような表情をしたが、次に小動物を抱えたまどか達を見た。

 

「那雲さん、あなた達がキュウべえを助けてくれたのね」

 

「え?」

 

自分の名前を呼ばれて驚くミオ。見るとその少女は彼女の知る人物だった。

 

「巴さん!?どうしてここに?」

 

巴マミ、彼女はアキオ達の隣の部屋に住むお隣さんだったのである。

彼女はクスリと笑うとアキオの隣まで来て歩を止め、未だ湧き続ける髭ダルマを見ながら言う。

 

「巻き込んじゃった以上説明しないとね。けどその前に」

 

自信に満ちた顔でマミは手に持っていた宝石を、両手で前方につきだした。

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃって良いかしら?」




13班紹介


ダイスケ
ゴッドハンド 17歳 2ndリーダー

アキオの親友。あまり頭はよくないがどこか憎めない性格で、バカっぽい不敵さは頼もしくもある。
アキオ達がアトランティスへと赴いている間にアリーにスカウトされ、親友の為ならと二つ返事で過去の世界へ援軍として駆け付ける。

ブラスターレイヴンに憧れていて、彼にサインを貰った時は泣き、奥義を伝授して貰った時も泣き、レイヴンがこの世を去る際は最後の瞬間まで我慢していたが、その後声を必死に殺しながらも涙を流した。

チカに一目惚れし、忙しさに忙殺されている彼女の貴重な休憩時間をいつも遊びに誘って奪っていた。
そんな事を続けている内に次第に心を開いてくれたチカだが、その矢先に敵対する事になりレイヴンに引き続き悲しい別れを経験する。
しかしそれでもレイヴンやチカ、そして今いる仲間達のためにと不屈の闘士で立ち上がった。


イルカ
ルーンナイト 13歳 2nd

低層区クラディオンの居住区で暮らしていたルシェの少女。

引っ込み思案で大人しい性格だが、エーグル率いる自警団の人手が足りないとなった時に自ら13班の案内を名乗り出る。
最初は自分も自警団のように生まれ育った場所を守りたいと思っての行動だったが、13班の困っているなら誰であろうと見過ごせないという思想に感化され本格的に13班入りする事を決意する。

歳の近いミオとは友達のような関係になり、よくお喋りをしては現在の世界と自分のいた過去の世界のギャップに驚かされている。


あおい
フォーチュナー 19歳 2nd

何故かいつもメイド服を着ている女性。
フレンドリーな性格だが同時にかなりのお調子者で見ていて不安になる。しかし彼女がしくじるような場面は一切見せず、その軽い言動はフェイクなのではと一部の間で噂になっている。
実際は何の裏も無い只のどこかの召し使いで、給料に惹かれてアリーに言われるがままに13班に入った。
紅茶を淹れるのとクッキーなどの焼き菓子を作るのが趣味であり特技。

ダイスケと共にアトランティスに援軍として駆け付ける。


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第3話【魔法少女】

「巻き込んじゃった以上説明しないとね」

 

助けを求めるさやかとまどかと出会ったアキオ達。直後に謎の空間に巻き込まれ見た事の無い生物に襲われる。

 

「けどその前に」

 

そこに現れたのは彼らと同じマンションの隣の部屋に住む巴マミだった。

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃって良いかしら?」

 

そう言いながら両手で前方に宝石をつきだすと、一瞬マミは光に包まれ次の瞬間には衣装が変わっていた。

 

中世ヨーロッパの銃兵士のようなクラシックな格好となった彼女は普通の人間ではあり得ないほどの跳躍をすると腕を振るい、空間に大量のマスケット銃を召喚した。

 

「パロットラ・マギカ・エドゥ・インフィニータ!」

 

その言葉が文字通り引き金となり、現れたマスケット銃から一斉に弾丸が発射された。

その弾丸の雨に成す術もなく殲滅される髭ダルマ達。

彼女が華麗に着地した時にはもう一匹も残っておらず、この異質な空間も景色を歪ませながら再び見滝原デパートへと戻った。

 

「す、すごい・・・」

 

呆気にとられるさやか達。そしてそれは竜との戦いを経験したアキオ達も同様だった。

 

(変身したのも驚きだが、あの身体能力に大量の銃を召喚する能力・・・S級の力を持ってるんじゃないか?そして何より)

 

思考しながらアキオの視線はマミの胸元へ吸い込まれた。

 

(引っ越しの挨拶の時にも思ったが、やはり)

 

「アキオのバカーーー!!!」

 

突如ミオが大声を出しアキオの背中をぽかぽかと叩いた。

 

「うぉっ!ミオ!?いったいどうし」

 

「もう!アキオの考えてる事なんて分かるんだから!」

 

そう言いながらミオも、驚いた様子でこちらを見るマミの胸を見た。

自分とはかけ離れたサイズ。素直に羨ましかった。

 

「わ、私だって大人になったら・・・」

 

「は?」

 

ゴニョゴニョと何かを言うミオの言葉を聞き取れず疑問符を浮かべるアキオだが、まどかとさやかは察したらしく、同じように自分たちとマミの胸を見比べて落胆するのだった。

 

新たな人物が現れたのはその時だった。

 

積まれた資財の上から鳴る足音。それに気付いた彼等が視線を音のした場所へ向けるとそこには黒髪のロングヘアーをした少女がこちらを見下ろしていた。

感情の読めない冷めたような目でアキオ、ミオ、そしてまどかの順に視線を動かす少女。

 

「あっ!あいつですこの動物虐めてたの!」

 

そう言いながらさやかはまどかを守るように彼女を抱き締める。

そしてさやかの言葉を聞いたマミは静かに、しかし少し怒気を孕んだ声で少女に語りかけた。

 

「魔女ならもう逃げたわ。仕留めたいならどうぞ」

 

「私が用があるのは」

 

「鈍いのね」

 

少女の言葉に、聞く気が無いとでも言うようにマミは被せて言った。

 

「見逃してあげるって言ってるの」

 

「・・・・・」

 

沈黙。

 

彼女達の事情を知らない者達は事の成り行きを見守るしかできないでいた。

 

彼を除いて

 

「ストーップ!」

 

「!?」

 

「え?」

 

突然のアキオの声にその場にいた全員が何事かと彼を見詰める。

 

「俺には君達の事情は分かんないけどさ、そっちの子をそんなに邪険にしなくてもいいんじゃない?」

 

「でもそれはあの子がキュウべえを」

 

「何か理由があるかも知んないし、単なる誤解かもよ?それにここで睨み合うより先にキュウべえとやらをどうにかしないと」

 

「でも・・・」

 

一連の言動からマミにとってキュウべえはかなり大切な存在だと分かるが、それでもマミは黒髪の少女に背中を見せるのを躊躇った。

 

「ほら君も、そんな所にいないでさ!話を聞かせてくれよ」

 

「なっ、ちょっとお兄さん!」

 

咎めるように声をあげるさやかだが、アキオは気にせずニコニコと黒髪の少女を見ていた。

 

「・・・話せる事なんて何も無いわ」

 

だが黒髪の少女はアキオの誘いを断り、その場から姿を消した。

 

「あーあ、振られたな」

("話す事"ではなく"話せる事"・・・ね)

 

彼女の言い回しが気になり、アキオはしばらく少女がいた所を見詰めるのであった。

 

一方マミは少女がいなくなるや否や直ぐ様まどか達へと駆け寄りキュウべえを受けとると、手から不思議な光を出しそれをもってキュウべえの傷を癒した。

そしてアキオが様子を見に来た時には既に自力で動けるようにまでなったキュウべえはマミを見上げた。

 

「ありがとうマミ、助かったよ!」

 

驚くべき事にキュウべえは人語を喋った。しかしその事態に驚いたのはまどかとさやかだけで、アキオ達はというと元の世界で縫いぐるみが動いて喋りドラゴンでさえ人語を話すのだから無反応なのも仕方無いだろう。

 

「お礼はこの子達に。私はたまたま通り掛かっただけだから」

 

「そうだね、助けてくれてありがとうまどか、さやか!」

 

キュウべえに名前を呼ばれ再び驚く二人。さらに

 

「それと、君は那雲澪だったかな?」

 

「私の名前も?」

 

流石に異世界人である自分の名前を言い当てられたのにはミオも、そしてアキオも驚いた。

 

「実は僕、君達にお願いがあって来たんだ」

 

そんな四人の様子などお構い無しにキュウべえは続けた。

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、私は巴マミ。見滝原中学校に通う三年生で、キュウべえと契約した魔法少女よ」

 

あれから十数分後、キュウべえの言う契約と魔法少女の説明のため一同はマミの自宅へと場所を移した。

マミは人数分の紅茶とケーキを手際よく用意すると話を切り出した。

 

「あの、契約って?」

 

不安そうにまどかが質問するとすぐにキュウべえは答える。

 

「僕と契約してくれたら君達の願い事を、何でも一つだけ叶えてあげるよ?」

 

「何でも!?」

 

「そうだよ。どんな奇跡だって起こしてあげられる。だけど一つだけ注意しなければならないのは魔法少女となったら魔女と戦うという使命を負ってもらわなくちゃいけない事だ」

 

願い事に食い付くさやかを諭すようにキュウべえは魔法少女の使命を切り出す。

 

「魔女?」

 

キュウべえは説明を続ける。

 

魔女・・・それは祈りから生まれる魔法少女に対し、呪いから生まれる存在。魔女は結界を作って閉じこもり、目をつけた人間を自殺や交通事故などへ駆り立てる。結界に迷い込んだ場合にどうなるかは分からないが、いずれにせよ生きては帰れないだろう。そして魔法という力を持った魔法少女も必ず勝てる保証はなく命懸けの戦いになる。

 

説明を聞いたまどか達は命懸けという言葉に臆してしまう。それも当たり前だろう。

彼女達は今まで死とは無縁の人生をおくってきた。そんな齢14歳の少女が先程の体験をし今の話を聞けば怖じ気づかない方がおかしい。

 

一方ミオも、わざわざ命を懸ける理由など思い付かなかった。

かつて自身の身体を蝕んでいた竜斑病もアキオの願いにより消えているし、元の世界への帰還もアキオならなんとかしてくれるだろうと信頼していた。

 

そんな彼女達にマミはある提案をした。

 

「なら、今度私の魔女退治を見学していかないかしら?あなた達は確かにどんな願いも叶うチャンスがあるけど、実際に魔女との戦いを見てから判断して欲しいの」

 

しかしそれに異を唱える者がいた。

 

「待ったマミちゃん」

 

「アキオさん?」

 

アキオは彼女に対しある懸念を抱いていた。

 

「大丈夫ですよ、彼女達は私が責任を持って守りますから」

 

「でもマミちゃん、これは命懸けの戦いって言ったよね?万が一君がやられたらミオ達はどうなる?」

 

「それは・・・」

 

アキオの抱いていた懸念。それはマミが戦いを甘く見ているのではないかという事である。

彼の見立てだと恐らくマミは魔女との戦いで本当の生死の境を経験した事がないのだろう。故に命懸けの戦いに見学などという言葉を使えたのだ。

マミ自身に自覚は無いだろうが恐らく心の底では絶対に負ける事など無いという気持ちがあるはずだ。

 

「守りながらの戦いは一人の時と勝手が違う。三人をフォローしながら君は一人で戦えるかい?」

 

「でも・・・」

 

マミはなかなか言い返せなかった。言葉だけではない、ここにくるまでは終始気を抜いたような顔していたアキオが今は真剣な表情で見詰めて来ているのだ。

その顔は数々の修羅場を潜り抜けて来た顔だというのを、長年魔法少女をやってきたマミには分かったのだ。

 

「だったらさ、アキオさんも一緒に来てくれればいいじゃん」

 

「へ?」

 

その言葉を口にしたのはさやかだった。

 

「ほら、何か魔法みたいの使ってたじゃん」

 

さやかが言っているのはハッキングの事だろう。さらに

 

「僕も是非それをお願いしようと思ってたところだ。アキオ、君もミオが自分の手の届く範囲にいれば安心だろ?」

 

キュウべえがさやかに続いた。

 

「いやそう言う問題じゃ・・・」

 

アキオはそもそも戦う必要の無い少女達が危険な場所に踏み込むのを止めたいのだ。マミ一人じゃ不安だから自分も行く、という訳ではない。

いや、マミに関しては戦いに対する認識を改めるよう何とかしようとは思っていたが。

 

「ねぇアキオ、私は魔法少女になるつもりは無いから行かないけど、巴さん達を見てあげて」

 

追い討ちをかけるようにミオの一言。これにはアキオも折れた。

 

「分かった、分かったよ。俺も一緒に行くから魔女退治を見せてもらおうか、さやかちゃん」

 

その言葉を聞きさやかは喜び、マミは穏便に事がすんでホッとした。

 

「あ、あの!私も見に行きたいです」

 

おずおずと手をあげるまどか。今更アキオは止める気など無かった。

一方キュウべえはミオにさっきの言葉に対したずねていた。

 

「ミオ、さっきの言葉だけど」

 

「ごめんねキュウべえちゃん、私が命懸けの戦いをするなんて言ったら、きっといろんな人に怒られちゃうから」

 

それは今いるアキオは勿論姉のような女性、友達となった少女、もういない父親と祖父、他にもたくさんの人達の姿が浮かぶ。

 

その言葉を聞いていたアキオはミオが契約をする事は無いだろうと安心した。

 

そして話は黒髪の少女に移った。

彼女の名前は暁美ほむら、本日まどか達のクラスに転入したらしく、転入早々まどかにある警告をした。

 

「大切な人を悲しませたくないなら、今の自分を変えようなどと考えるな、か」

 

呟くように言ったアキオの言葉はまどかから聞いたほむらの警告である。

 

「つまりは魔法少女になるな、という事ね」

 

マミの言葉にさやかは疑問を問い掛けた。魔女を倒すのが魔法少女の使命なら仲間が増えるのは良いことなのではないかと。

だがマミが言うには魔女退治には見返りがあり、その取り分が無くなるのを嫌って先にまどかに釘を刺し、契約しようとしたキュウべえを襲ったのではないかと。

そしてマミがほむらに背中を向けられなかったのも襲ってくる可能性があったからだという。

 

「成程ね。ところでキュウべえ、お前が魔女を退治する目的ってなんだ?」

 

何気なく思った事を口にしたアキオ。それに対しキュウべえはすぐに答える。

 

「魔女は呪いを振り撒く存在だからね、放っておいたら困るだろう?」

 

「でもそれは俺達人間の都合だろ?キュウべえさんは何で魔法少女を生んで魔女を退治するのかなと」

 

しかし、今度はすぐには答えない。一瞬の間があって

 

「やば、もうこんな時間!」

 

と、さやかの慌てる声がした。どうやら中学生らしく門限があるらしく、まどかを連れて急いで玄関へ向かった。

 

「私たちもそろそろおいとましようか」

 

「ん?そうだな」

 

「じゃあ私は美樹さん達を見送って行きますね」

 

ドタドタとマミの自宅から五人は出ていった。

そんな中一人残されたキュウべえは誰に言うでもなく一人呟いた。

 

「魔女を退治する事に意味なんて無いさ。僕たちの目的は宇宙の延命、そして彼ら宇宙の災害を取り除く事だからね」

 

 




原作よりも早い段階でキュウべえの不穏な雰囲気がでてきました

13班紹介

トゥーヘァ
メイジ 22歳 3rdリーダー

カザン共和国でそこそこ名が知れたハントマン三人組《ジャスティスナイト》のリーダーで、13班の戦力補充のため現地のハントマンを募集したところ真っ先に食い付きチームで13班に参加した。
頭の回転が早く冷静に状況を把握し最善手を導き出す。しかしどこか傲る節があり、予想外の事が起こると途端にパニックになり言葉の通じない竜に「もうやめるんだ!」などと命乞いしたりメイジでありながら「トゥッ!ヘアァー!!」と掛け声と共に回し蹴りを仕掛けたりする。

所詮そこそこ名が知れた程度であり竜と連戦、ましては帝竜や真竜と戦う13班に振り回され常にパニック状態だった。が、それが功を成したのか精神が鍛えられ13班が分断された時も冷静に作戦を練りジャスティスナイトの三人で帝竜や真竜の撃破をしてみせた。


ヒマリ
サムライ(双剣) 18歳 3rd

ジャスティスナイトの一員で、ムードメーカー的雰囲気を持つルシェの女性。
何事も楽しんだ者勝ちというのを信条に何時もニコニコしている。あおいを凌ぐフレンドリーっぷりを発揮し敬愛すべき対象のウラニアを「ウラにゃん」と呼んだりしている。

サトリとは型は違えど同じサムライ同士という事でよく絡みに行ってるが、サトリは終止そのハイテンションっぷりに振り回される形になっている。


スターク
バニッシャー 42歳 3rd

ジャスティスナイトの一員の大男。
トゥーヘァとはまた違ったタイプの冷静な性格で、決して傲ったりせず、トゥーヘァがパニックになった際は叱咤しながらも彼を落ち着かせる。

かなりの戦闘力を持ち、豪快な一撃や巨体に似合わない小技などの技術を持ち合わせたジャスティスナイトの中核である。

13班に入ってからはマスターに教わったビリヤードにはまっている。


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第4話【父なる真竜】

キャラ崩壊の犠牲者・・・いや、原作終了後の変化だから大丈夫ですよね(能天気)


「ひえああっ!?」

 

マンションの一室に響いた余りにも情けない悲鳴。その声の主は魔法少女についての説明を聞いて今しがた帰って来たアキオだった。

一方アキオと共に帰宅したミオの反応は彼と違い、目を輝かせながらその原因を見ていた。

 

「お帰りなさい、狩る者。そして少女よ」

 

そこにはミオが普段使用しているフリルの付いたピンクの可愛らしいエプロンを、漆黒のローブの上から掛けている変質者・・・いや、アイオトがいた。

 

「少女よ、エプロンを拝借しているぞ」

 

エプロンを掛けているという事は言わずもがな、彼はキッチンに立ち料理をしていた。その傍らにはげんなりとした顔のナガミミが立っている。

 

「どうしたのアイオトさん!料理なんかして」

 

このカオスな空間をものともせず元凶に嬉々として訊ねるミオ。

彼女にとっては一緒に暮らす家族の新たな一面が見れて嬉しいのだ。

 

「ふむ、汝等を理解するのなら同じ視線で世界を視ねばと思うてな」

 

「この料理はその一環なんだとよ」

 

「お前は何でそんな疲れてんの?」

 

「いや、小一時間こんな気味悪い奴の手伝いしてたらこうもなるわ」

 

意外だ。

 

ナガミミの言葉にアキオはそう思った。アイオトは基本的に何をするにも単独で勝手にやるイメージがある。あくまでもイメージだが。

まさか真竜が他人に手伝いを頼むとは、彼の自分達人間に興味を持ち理解を深めようというのは本当のようだ。

そう思うと彼との共同生活も悪くは無いと思い始めていた。いや、今の料理以外置物同然で共同生活らしい事など全く無かったが。

 

 

 

 

 

 

 

夕飯時、食卓には魚の煮付け、お新香、そして味噌汁とシンプルながら見事な和食が並んでいた。

 

(何で和食なんだ?)

 

そんな事をアキオが考えている横で、ミオはクスリと笑った。

 

「ミオ?」

 

「いや、何だかいつもは無愛想なお父さんがやむを得ず料理を作ってくれた、みたいなイメージがして」

 

「アイオトがお父さんねぇ」

 

その会話を聞いていたのか人数分の茶碗をお盆に乗せて来たアイオトも会話に加わる。

 

「父・・・か。成程確かに、地球に生命を撒いた我はその父なのかも知れぬ」

 

「ふーん。それでアイオトっつぁん、料理の知識はどこで手に入れたんだ?」

 

「インターネットだ」

 

「・・・は?」

 

確かにリビングの一角に机と据え置きのパソコンはある。

アキオは椅子に座ってパソコンのキーボードを弄るアイオトを想像し、先程ミオの言った不器用なお父さん像が重なって吹き出してしまった。

 

「それじゃあアイオトさん、いただきます!」

 

全ての準備が整ったところで食事が始まった。

皆が料理の味に舌鼓を打つ中、アイオトは料理に手を付けず一人なにかを思案していた。

 

「いただきます・・・ごちそうさま・・・」

 

そう呟くアイオトにナガミミがいつもの毒舌を吐く。

 

「おいおい、テメエが小声でぶつぶつ言ってたら感謝の言葉も呪いに聞こえるぞ」

 

「感謝・・・か」

 

それを気にせずアイオトは語り始める。

 

「我々ドラゴンは生命を育て、ただ当たり前のように喰らってきた。それを人間が家畜を育て喰うという事に重ねる者もいたが、違うのだな。人間は自らの糧になる生命に感謝している、我々ドラゴンには無かったものだ」

 

「だからっていただきますで俺様達を食うなよ?」

 

若干身体をアイオトから離しながら言うナガミミ。しかしアイオトは意外な言葉を持ってそれを否定する。

 

「その心配は無い。我が父なら汝等は子供達だ。家族を喰らう者はいまい」

 

家族。

 

その言葉を呆然と聞くアキオとナガミミだが、ミオはとても嬉しそうな表情だ。

彼女はそもそも殆どの時間を一人で過ごしてきた。母親はこの世を去り父親は行方不明、彼女を引き取った祖父は研究のため家にいる時間の方が少なかった。そんな境遇のためか、この状況を求めていたのだろう。

 

「アイオトさん、家族なら私達の事は名前で呼んで!」

 

ミオの提案にアイオトはしばらく間を開ける。そして

 

「ミオ・・・アキオ・・・ナガミミ」

 

そう声に出し、それを聞いたミオも満足そうに返事をした。

 

その後、どうやって食事をとるのか興味津々でアイオトの仮面を見つめていたアキオだったが、気が付いたら彼の分の料理が無くなっていて何が起こったか理解出来ないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女に魔女、それにキュウべえねぇ・・・」

 

食事の間に今日起きた事を聞いたナガミミは思案するように呟いた。

 

「そんなの前の世界じゃ確認されなかったぜ?アイオト、テメエなら何か知ってんじゃねーか?」

 

しかし話を振られたアイオトも心当たりは無いらしく、一言「いや」と言うだけだった。

 

「だがな、小娘。今後何が起こるか分からねえが、絶対に契約しようなんて思うなよ?」

 

ミオに対し強く釘を刺すナガミミ。

 

「もうナガミミちゃんたら、大丈夫だよ」

 

困ったように笑いながら言うミオだが、ナガミミは難しい顔をしていた。

そんなナガミミを宥めるようにアキオが割って入る。

 

「まぁまぁ、せっかく可愛くなったのにそんな顔すんなよ、ナガミミちゃん♪」

 

「テメエ・・・」

 

今の少女の姿を茶化すように言ってくるアキオに頬を赤くしながらふるふると怒りに震えている。

しかしお構い無しといったようにアキオは続ける。

 

「心配しすぎだって。キュウべえだってさやかちゃんが願い事に飛び付いた時、魔女との戦いになるって警告してくれたんだぜ?」

 

「それだよ」

 

間髪入れずに突っ込むナガミミ。

 

「相手を心配してるような素振りだが、だったら初めから契約なんて持ち掛けんなって話だ」

 

「いや、それはたぶん止むに止まれぬ事情があって・・・」

 

ここまで言ってアキオはまだキュウべえの魔女退治の理由を聞いてない事に気が付いた。それに思い起こせば最初に契約を持ち掛けて来た時もそんなやむを得ずという雰囲気などなく、女の子が惹かれそうな可愛らしい仕草をしていた。

その一方でナガミミは止まらない。

 

「まあそうかもな、何か理由があるのかも知れねえ。だがやり方が気に食わねえ。魔女少女と言うからにはキュウべえの狙いは子供だ。俺達の世界と比べてかなり平和なこの世界の子供に、何でも願いを叶えるから魔法少女になって魔女と戦ってくれなんて、だいたいは二つ返事で了承するだろ」

 

これにはアキオも言い返せない。

 

「うん、確かに魔法少女なんて女の子の憧れだもんね」

 

ミオも納得したように思った事を口にする。

 

「魔法少女になれて願い事も叶って・・・魔法少女になって戦うっていうのもカッコいいものだと思っちゃうかも」

 

「これほどキュウべえとやらのターゲット層に有効な条件はねえな」

 

二人の話を聞いてアキオもキュウべえに対しだんだんと疑念が湧いてきた。

 

「まあ要するにそいつは胡散臭いって話だ。信用するなとは言わねえが油断はするなよ?」

 

ナガミミの忠告に二人は静かに頷いた。

 

「そう言えば!」

 

突然何か思い出したかのように声をあげるミオ。そんなミオを不思議そうに見るアキオだが次のミオの言葉で彼も声をあげる事になる。

 

「今日はどうして私を仕事終わりに呼んだの?」

 

「あっ!」

 

色々な事がありすっかり忘れていたのだ。

 

「ミオ、ナガミミ、もしかしたらだけど」

 

そうアキオが切り出した時、イーターホンがなりそれは中断された。

ミオが返事をしながらぱたぱたと玄関へ駆けていき扉を開けると、訪問者を部屋へと招き入れた。その人物は

 

「マミちゃん?」

 

「こんばんは。夜分に失礼します、アキオさん」

 

そう、それは数時間前に別れたマミであった。

マミは居間へ通されるとアキオ、ナガミミ、そしてソファーに佇むアイオトを見付けてギョッとするが、ミオに促されるままにテーブルを挟んだアキオの正面に座るマミ。

 

「紹介するね、そっちがナガミミちゃんで、あっちがアイオトさん!」

 

「ど、どうも、巴マミです」

 

今更だが入居の挨拶にはアキオとミオが回り、マミとこの二人は初対面である。

ナガミミは営業スマイルでお淑やかに、アイオトは無言をもって返した。

 

「まあアイオトは気にしないでさ、どうしたの?」

 

そのアキオの言葉で気を持ち直したマミは早速用件を切り出した。

 

「さっきお話した魔女退治の件なんですけど、明日早速行おうと思ってます。それで、アキオさんも一緒に来て頂けませんか?」

 

そこでアキオはある事を思い付いた。

 

「OK、じゃあ明日も今日と同じ時間に空くから17時ぐらいに待ち合わせしようか」

 

「はい、じゃあ場所はどこにします?」

 

アキオはその問いに予め決めていた言葉を口にした。

 

「最近できた新しい喫茶店、セブンスエンカウントでどうだい?」

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わりアキオ達の住むマンション前。そこにはアキオ達の部屋をじっと見詰めている暁美ほむらの姿があった。

 

「イレギュラーね、まさかここにきて新たな魔法少女候補が現れるなんて」

 

彼女が思い出すのはまどか、さやか、マミ以外にあの場にいた少女。つまりはミオである。

そして次にアキオの姿を思い出し難しい顔をしながら再び呟いた。

 

「しばらくは様子見。利用できるようなら機を見て接触しないと。逆に邪魔になるようなら・・・」

 

その先の言葉を言う前にほむらはその場から瞬時に姿を消した。




アイオとっつぁん、これだけがやりたかった


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第5話【再会の場所】

喫茶店セブンスエンカウント。

最近見滝原にできた個人経営の店で、主に珈琲を取り扱いそこにナポリタンやカレーなどの軽食やスイーツを提供しており味は絶品らしい。

 

その店内に、三人の少女と一匹の小動物が入店してきた。

マミ、まどか、さやかとキュウべえである。

 

女性店員に案内され席につくと、真っ先にさやかが口を開いた。

 

「いったい何なんだよあの転校生!私のまどかにちょっかいだして!」

 

それは彼女達が学校にいるときの事。ほむらは何かとまどかの事を見詰め、昼休みではわざわざ屋上までやって来ては魔法少女になる意思があるのか問い質して来たのだ。

昨日の一件からさやかはほむらの事を敵視しているが、まどかは違った。

 

「ほむらちゃん・・・本当に悪い子なのかな?」

 

まどかは屋上から彼女が立ち去る際に自分が投げ掛けた質問を頭の中で再び思い起こす。

 

ほむらちゃんはどんな願いで魔法少女になったの?

 

その時見せた彼女の顔・・・いつも通り無表情に見えたが、何故か気になって仕方がないのだ。

 

「あの・・・お客様?」

 

その声で思考の中に沈んでいたまどかの意識は現実に戻ってきた。

見ると先程の女性店員が戻ってきて少し困ったような顔をしていた。

 

「はい、何でしょう?」

 

とりあえず年上のマミが対応する。淡い蒼翠色の髪をして、癖毛なのか前髪の真ん中が少し跳ねているその店員は視線をテーブルの上に鎮座しているキュウべえに向けた。

 

「動物の連れ込みはご遠慮下さい」

 

「「「えっ!?」」」

 

飲食店なら当たり前の事に、驚愕の表情になる三人。

その三人の反応に店員の少女は怪訝な顔をするが、実は三人の反応ももっともで、キュウべえは本来魔法少女の素質がある人間にしか見ることが出来ないのである。

実際今日学校に連れて行ったが誰も気にしなかった。

 

『キュウべえ、ひょっとして』

 

マミは咄嗟にテレパシーでキュウべえに確認をとる。

 

『いや、彼女は魔法少女の素質は持ってないよ。恐らくアキオと同じで何か特別な素質があるんだろうね』

 

そう言われ、余りにも自然にキュウべえを認識するものだから流されたけどアキオもどう考えても魔法少女にはなり得ないとマミは今更気が付いた。

 

「ああ、いや、動物っていうかこれはその」

 

「ぬ、縫いぐるみです」

 

一方まどか達は何とか誤魔化そうと必死になっていた。

 

「そうそう、縫いぐるみですよ!さっきゲーセンで取ってきたんだ」

 

「縫いぐるみ?」

 

キュウべえもここは合わせるべきと判断したのか固まったまま動こうとしない。

それでも疑い深くキュウべえを見詰める店員の後ろから、彼らはやって来た。

 

「よっ!サトリ!」

 

「ひゃあっ!?」

 

突然後ろから、それも至近距離で名前を呼ばれながら肩を叩かれた少女、サトリは飛び上がるぐらい驚いた。そして驚きついでに振り向いて更に驚く。

 

「って、アキオ!?それにミオちゃん!」

 

「ああ、数日振り」

 

そこにいたのはアキオとミオだった。

 

「って、お前何?うる目になってんぞ?」

 

「違うよ!驚いた時に反射的に涙が出たの!」

 

そう言いながらぐしぐしと瞳に溜まった涙を拭くサトリ。数日とはいえこの異世界で離れ離れになり、ようやく仲間であり気を許せる幼馴染みと大切な妹分と再会できたのだ、いろいろと込み上げて来るものがあるのだろう。

 

「サトリさんの気持ち、分かります」

 

そう言ってミオはサトリを抱き締め、そしてアキオもそんな幼馴染みの頭を優しく撫でてあげた。

 

「あの、お知り合いですか?」

 

そんな中三人のやり取りを見ていたマミが恐る恐る尋ねた。

それに「まあな」と返したアキオは空いてる椅子に座りサトリの紹介をした。

 

「幼馴染みのサトリだ。訳あってしばらく会えなかったんだが、まさか本当に会えるとはな」

 

「どういう事ですか?」

 

興味津々に体を乗り出してさやかが聞いてくる。

 

「まあ、このセブンスエンカウントって名前が俺達にとっては特別でね、この名前を聞いてひょっとしたらって思った訳」

 

「うん、マスターもこの名前なら仲間も気付くだろうって言ってた」

 

「やっぱりマスターもいたか」

 

「ところで」

 

ここでこの場にいた全員がサトリの雰囲気が変わるのを感じた。

見ると先程まで感動の再会に顔を紅潮させていたのに今や恐ろしい程冷めた顔をしている。

 

「アキオ、ミオちゃんがいるのにどうしてこんなに女の子を侍らせてるの?」

 

「はべ!?」

 

「サトリさん、今回は違うの!」

 

「駄目だよミオちゃん、アキオを甘やかしたら。すぐに女の子にちょっかい出すんだから!」

 

「人聞きの悪い事言うなよ!これにはいろいろと込み入った事情があるんだよ」

 

そう言ってアキオは服の下に隠していたホルダーに納められていた銃をチラリと見せた。

それを見るとサトリも落ち着き、今度はマミを見た。マミも真剣な表情で頷くと

 

「はい、アキオさんはとても危険な事に手を貸してくれようとしています」

 

そう言ってサトリを見詰めた。

 

「そっか。ごめんね、変な勘違いしちゃって。今日は無理だけど、ボクもできる事があれば手伝うからさ!何かあったら何時でも来てよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

笑顔で言うサトリにマミも笑顔で返した。昨日出会ったアキオやまどか達だけでなく、今日もまた理解者が増えたのはマミにとってとても嬉しかったのだ。

 

「それじゃ魔女退治の前に、せっかく来たんだし何か頼んでいこうか。サトリ、おすすめをもらえる?」

 

「まあアキオは珈琲の種類とか分かんないだろうし懸命な判断だね」

 

そう言って奥に下がったサトリは数分後、アキオにはキリマンジャロブラック、中学生組にはミルクのたっぷり入ったカフェオレを運んできた。

 

因みにキュウべえは今は縫いぐるみ設定なのであれから微動だにしていない。

 

「さて皆、魔女退治に何か用意はしてきたかしら?」

 

マミが切り出す形で作戦会議が始まった。

マミの言葉にさやかがまず待ってましたと言わんばかりに細長いケースから野球のバットを取り出した。それを見てマミは「無理はしないでね」と苦笑しながらやんわりと言う。

そしてまどかはというとノートを広げ昨日自分が見たマミやほむらの、そして自分が魔法少女になった姿を描いたものを見せた。

その変なところでの気合いの入りようにさやか、マミ、アキオの三人は笑ってしまい、まどかは顔を赤面させた。

 

「私はまどかちゃんの絵、可愛くて良いと思うよ」

 

「ありがとう、ミオちゃん」

 

しかしいつの間に仲良くなったのか、まどかとミオは楽しそうに絵について話始めた。

そして笑いながらもアキオは、こんな普通の少女達に命をかけさせる訳にはいかないと改めて思うのだった。

 

「アキオさんはやっぱり昨日の魔法みたいので戦うんですか?」

 

「ああ、ハッキングね。あれは搦め手で、本来の武器はこれさ」

 

さやかの問いにアキオは得意気に腰のホルダーから二丁の銃を取り出し器用にくるくると回転させると再びストンとホルダーに納めた。

その手慣れた芸当に中学生組は「おお」と感心の声をあげる。

 

そして各々が飲み物を飲み終わるとマミは立ち上がり

 

「それじゃ、張り切って行きましょうか!」

 

と、気合いを入れた。

 

「俺達は行ってくるからミオはサトリ達と待っててくれな」

 

「うん気を付けてね」

 

 

 

 

 

 

 

見滝原デパート改装中フロア。

昨日の始まりの場所へと戻って来た四人と一匹はマミの持つ宝石、ソウルジェムが点滅しているのを見詰めていた。

 

「これが昨日の魔女の残していった魔力の痕跡」

 

そう言いながらマミはソウルジェムを持ちながら歩き出し、それに三人もついて行く。

 

「基本的に魔女探しは足頼みよ。こうしてソウルジェムが捉えた魔女の痕跡を辿って行くわけ」

 

ソウルジェムを頼りに移動した先、そこは廃墟となったビルだった。

そこでふとアキオは思い出す。

 

(確か目をつけた人間を自殺に追いやるとか・・・)

 

ハッとビルの屋上を見上げると何かがゆらゆらと揺れているのが見えた。それは間違いなく人間。

次の瞬間その人物は身を空中に放り出した。

 

「マジかよ!?」

 

咄嗟にアキオが動こうとするがそれよりも速くマミが魔法少女へと変身し、何本もの魔法のリボンをクッションにして落ちてきた女性を受け止めた。

 

その女性は生気がなくぐったりとしており、まどかとさやかは思わず息を飲む。

 

「あの、その人・・・」

 

「大丈夫、気を失ってるだけ。見て」

 

そう言ってマミは女性の首もとを三人に見せる。そこには奇妙な紋様が浮かんでいた。

 

「魔女の口付けよ。これを受けると魔女に操られてしまうの」

 

そこでまどかもアキオと同じく昨日の魔女の説明を思い出し、罪悪感を感じてしまう。

 

「もし昨日の魔女を追いかけていたらこの人も・・・ごめんなさい」

 

まどかという少女は優しかった。マミが昨日の魔女を取り逃したのは自分達を思っての事で、自分達がマミの足を引っ張ったからこの女性が危うく餌食になるところだった。

そう思ったら謝らずにはいられなかった。

 

そんな彼女を優しく宥めるようにマミは言う。

 

「鹿目さんのせいじゃないわ、あの時はあなた達を放っては置けなかったもの。それに安心して、ここで魔女とは決着をつけるから!」

 

そう言って手をかざすと空間にコラージュのようなサークルが現れた。

マミはさやかの持ってきたバットを魔法で強化し、三人に覚悟を問う。

 

「ここからは魔女の結界、覚悟はいい?」

 

それに三人は頷き、マミを先頭に結界の中へと入って行った。

 

その様子を暁美ほむらは黙ってジッと見詰めていた。



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第6話【魔法少女の実力】

第6話にしてようやく戦闘回です


魔女の結界へと突入したアキオ達が目にしたのは、分かれ道がいくつもあるいりくんだ等身大の迷路だった。それも奥に見える広い空間では通路が横や下を向いており、無闇に進めば方向感覚を失ってしまうだろう事が容易に想像できた。

そんな結界内をマミは臆する事なく進んでいき、三人もそれに従ってついて行った。

 

すると彼等の侵攻を阻止しようとコラージュでできたとても生物とは言えない物体が蝶のように羽ばたき取り囲もうとしてくる。

 

「コイツらは?」

 

「魔女の使役する使い魔。昨日のアキオさんが髭ダルマと呼んでたのと同じ存在です」

 

そう説明しながらマミは手慣れた手つきで召喚したマスケット銃で飛翔する使い魔を撃ち抜く。

 

「私は道を拓くので、鹿目さん達の事はお願いします」

 

「OK任されて!」

 

アキオは一同の背後から迫り来る使い魔の一団に対し、愛用する二丁銃《ゲオルギア》を引き抜くと常識離れした脚力で横に跳びながら引き金を引きまくった。その連射と狙いも驚異で、彼が着地した時には既に横一例になって迫って来ていた使い魔は全て撃ち抜かれていた。

 

「ハッ!一網打尽、ってね♪」

 

「すっげ・・・」

 

「マミさんもアキオさんも、格好いい」

 

今アキオが使った《エア・アサルト》は対集団戦を想定した技だ。素早く全体に攻撃を加えるこの技は一体に対する威力が低くなってしまうが、使い魔にはそれで十分なようで護衛役のアキオにとってはそれが分かった事により動きやすくなった。

 

それを見ていたマミも同じ射撃を主にする者として対抗心を燃やしたのか、よりペースを上げて結界内の侵攻を再開する。

 

二人の活躍にまどか達は心を奪われた。

華麗に戦うマミ、クールにキメながら戦うアキオ。

 

(私も・・・魔法少女になったら、あんな風にカッコよくなれるかな?)

 

まどかは二人の戦いを見て思った。

 

自分には何の取り柄も無い、運動も勉強も特別得意という訳ではない。だけどもし魔法少女になればこの二人のように、胸を張れる事ができるようになるのではないだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

そして彼等は結界の最深部へと辿り着く。扉を守る使い魔達を排除し、その奥へと入ると広い空間の真ん中にその魔女はいた。

 

それは形容し難い異形の怪物。あえて特長を述べるなら顔のような部分にいくつもの薔薇、そして背中には揚羽蝶のような羽が付いたものだった。

 

「うわ・・・グロ」

 

「あんなのと戦うの?」

 

「黒づくめでヒッヒッヒ、とか笑ってる婆さんじゃないのね」

 

それぞれが思った事を口にする中、マミはさやかが持っているバットを受け取ると地面に突き刺し結界を発生させた。

 

「大丈夫、負けるもんですか!アキオさんも、私の戦いを見ていて下さい」

 

マミは三人に対し安心させるよう笑顔を作ると、魔女の佇む部屋へと飛び込んだ。

 

その侵入者に対し気にした様子を見せず魔女は椅子に座り続けているが、マミが近くにいた小さな使い魔を踏み潰すとピクリと反応した。

マミはこちらを見た魔女にお辞儀をしながらスカートをたくし上げるとまずは二本のマスケットが出現、その挑発に乗った魔女が座ってた巨大な椅子を投げつけてくるが冷静に中央を撃ち真っ二つにするとマミに当たる事はなく床に落ちてゆく。

今度はマミが複数のマスケットを召喚し反撃にでるが魔女は背中の羽を羽ばたかせ俊敏に逃げ惑う。

その間に接近していた使い魔達が姿を変え黒い鞭となりマミを拘束した。

 

「マミちゃん!!」

 

鞭に振り回されながらも射撃を行うが狙いが逸れ魔女に掠りもしないまま、彼女は壁に叩きつけられてしまった。

それから仕留めた獲物を確かめるようにマミを宙吊りにする魔女。

 

その光景にまどかは手で顔を覆い、さやかはアキオを急かした。

 

「アキオさん!マミさんが・・・!」

 

「いや、まだだ」

 

しかしアキオは気が付いた。

先程マミが外したと思われた弾の着弾点から魔法のリボンが昇って、この魔女の特長にもなっている部屋中の薔薇を裂き、それに気付きリボンを何とかしようとする使い魔達も絡め取っていたのだ。

ようやくその光景に気が付いた魔女は、怒りを露にしマミに巨大な鋏や茨を向け迫るがそれが届く事は無かった。部屋中の弾痕からリボンが伸び魔女を拘束したのだ。

 

「惜しかったわね」

 

そう言ってマミが胸元のリボンをほどくと意思を持ったように空中を飛び、彼女を拘束する鞭を断ち切った。

 

「けど、未来の後輩たちにカッコ悪い姿は見せられないものね!」

 

空中で姿勢を整えるマミの前に先程のリボンが来るとそれは巨大な大砲を形作る。

これには流石のアキオも驚いた。

立場が逆転してしまった魔女に、次の攻撃をどうにかする手立ては無いだろう。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

その必殺の名を叫んだのと同時に大砲の撃鉄が火花を散らしながら鳴り、特大の魔弾が魔女を撃ち抜いた。

 

魔女の爆発を背後に見事に着地すると、いつの間に用意したのか時間差で降ってきたティーカップを華麗にキャッチして優雅に紅茶を口にするとマミは三人に笑顔を向けた。

 

一連の流れを見ていたアキオはやはりマミの意識に危惧を覚える。

恐らく先程使い魔に捕まったのは演出だろう。それに彼女は言っていた、「未来の後輩たち」と。

表向きは契約をよく考えさせるためと言いながら、華麗な逆転劇を演出したり、彼女は二人に魔法少女になって欲しいのではないか?

 

しかし一方で彼女の実力を認めてもいた。

彼が魔女の戦いを見て感じた力、それは自分達が戦って来たドラゴンに並ぶものだった。と言っても真竜や帝竜などの化け物クラスではなく最下層のドラゴンだが。

しかし最下層とは言えその力は凄まじく、一対一での戦闘になれば13班のメンバーでも気を抜いたら負けるほどだ。実際彼が2020年の竜災害について調べた時には武装した自衛隊ですらドラゴンには勝てなかったという情報を目にしていた。

そのドラゴンと同等の相手に一人で勝利をものにする彼女の実力は本物だろう。

 

アキオがマミの今後をどうするか考えている間に魔女の結界は歪み、消滅していった。

元の廃ビルに戻ったところでマミは変身を解き、戦利品を三人に見せる。それはソウルジェムに似てはいるが漆黒の闇を内包しているような、そんな物体だった。

 

「これはグリーフシード、魔女の卵よ」

 

そのマミの説明に三人は後ずさった。さやかがその安全性を訊ねると、キュウべえはむしろ便利な物だと言う。

 

「私のソウルジェムを見て。さっき見せた時より濁っているでしょ?」

 

「それは魔法を使ったから、かい?」

 

「ええ、だけどこのグリーフシードがあればソウルジェムの穢れを浄化する事ができるの」

 

そう言ってマミがソウルジェムをグリーフシードに近付けると、ソウルジェムから黒い靄のようなものが出てグリーフシードへと移っていった。するとソウルジェムは本来の輝きを取り戻す。

その光景を見てアキオはピンときた。

 

「ああ成程!昨日言ってた取り合いになるほどの見返りがこのグリーフシードな訳ね」

 

その言葉にマミは頷くと、光の差さない暗闇へとグリーフシードを投げた。

突然の行動にまどかとさやかは驚くが、暗闇からはその落下音は聞こえてこない。代わりにコツコツと足音を響かせながら四人の行動を監視してた人物が姿を現す。

 

「あともう一回ぐらいなら使えるはずよ。それとも誰かと分け合うのは不服かしら、暁美ほむらさん?」

 

マミの挑発的な言い方に動じる事なく、以前見たのと同じ無表情な顔でほむらは出てきた。

 

「別に・・・」

 

そう言いながら手に持っていた、先程マミが投げたグリーフシードを投げ返す。

 

「それはあなたの獲物よ。あなたの好きにすればいい」

 

ほむらはそれだけ言って再び闇へと姿を消して行った。

一方のマミは忌々しげな表情でほむらが消え去った場所を見ている。アキオはそれが気になった。

 

「くぅー!何なのさあの転校生、やっぱムカつくー!」

 

「魔法少女同士仲良くやれたら良いのに」

 

「相手にその気があればね」

 

中学生組の何気ない会話。だがアキオは口を出さずにはいられなかった。

 

「本当にそうかい?」

 

「え?」

 

「マミちゃん、本当にそう思ってるなら何であんな挑発的な言い方をしたんだ?」

 

「私・・・そんな言い方してました?」

 

アキオの言葉に少し表情を険しくさせながらマミは問い掛けた。アキオは頷くと再び口を開く。

 

「結局まだ昨日の件だってこっちが勝手に予想して悪者扱いしてるけど、向こうの事情を聞いてない訳だしさ」

 

「なにさアキオさん!あの転校生の肩を持つっていうんですか!?」

 

マミに憧れを抱いているさやかは彼女が批判されたと思い噛みついてきたが、それでもアキオは続けた。

 

「そうじゃねーよ、ただあの子の事は何も分かっちゃいないんだし一方的に敵だと決めつけないで、次に会った時にでも話をしようぜ。敵かどうかはそれから決めても遅くはないんじゃない?」

 

「それこそ相手にその気が無いと、アキオさんも昨日断られたじゃないですか」

 

どうやらマミは一度思い込むと中々他の考えをできない質らしいとアキオは判断した。

これ以上は自分も厄介者と思われかねんと考えたアキオは最後に一つだけと言い、マミにある事を提案した。

 

「とにかくあと一度だけでも対話を試みてくれ」

 

「分かりました、善処はします」

 

こうしてこの日の魔女退治は完勝に終わったが、アキオとマミ、さやかの間に歪な雰囲気が生まれてしまったのであった。



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第7話【これからの事】

魔女退治を終えた一行はそれぞれ帰宅とセブンスエンカウントに戻る二組に別れた。セブンスエンカウントに戻るのはアキオと、意外にもまどかであった。

まどかは忘れ物をしたから取りに戻ると言ったが、それは嘘の口実に過ぎない。

 

「あの、アキオさん」

 

まどかは彼にある事を話したかったのだ。

夜の暗闇が徐々に夕暮れを飲み込んでゆく街を歩きながら、まどかは切り出した。

 

「アキオさんはほむらちゃんの事、どう思ってるんですか?」

 

昨日の警告、そして今日学校で見せた表情。本当にさやかとマミの言うような悪い魔法少女なのだろうかとずっと疑念を抱いていたまどか。

そんな時にアキオの言葉を聞いて、彼に胸の内を話したくなったのである。

 

「そうだな・・・その前に、まどかちゃんはどう思ってるんだい?」

 

「私は・・・その、ほむらちゃんはそんなに悪い子じゃないと、思います」

 

アキオはまどかの意見を聞くと、自分の考えを口にした。

 

「俺もほむらちゃんは悪い子じゃないと思うぜ?警告だって純粋に危険な目に遇わせたくないから言ったように受け取れるし、その気になればもっと直接的な脅しだって出来たはずだ。何だかんだでマミちゃんにも攻撃する意思を見せなかったし、単に口下手で不器用なだけなんじゃない?」

 

問題は何故キュウベエを襲っていたかだが・・・

 

その事はあえて言わない事にした。

アキオの考えを聞いてまどかはクスリと笑う。

 

「何だかほむらちゃんのイメージ変わっちゃいます」

 

「そうそう、案外シャイだったりしてね」

 

「あの、実はほむらちゃんの事で気になる事があるんですけど」

 

困ったような、言うべきかどうか迷っているような素振りを見せるが、しばらくして意を決したようにまどかは口を開いた。

 

「私、ほむらちゃんが転校してくる前にほむらちゃんの夢を見たんです」

 

「へえ、それってどんな?」

 

「その・・・よくは思い出せないんですけど、確かにほむらちゃんだったと思うんです」

 

その言葉を聞いて考えるアキオ。少しケースは違うが彼も夢の中でアイテルという少女に会った事がある。そのためまどかの夢の話を単なる妄言と切り捨てる事はできなかった。

 

「まあ考えても今分かる事は少ないし、マミちゃんにも言ったけどまどかちゃんもほむらちゃんと話してくれないかな?」

 

「はい、分かりました。私も皆で仲良くできたら良いなって、そう思うんで頑張ってみます!」

 

そう言うまどかは憑き物が取れたような、スッキリした表情になっていた。

結局何も分からないままだが、さやかやマミに言えない事を相談できてひとまず満足したのだろう。

 

「OKその意気だ。家まで送ってこうか?」

 

「いえ、大丈夫です。それじゃあアキオさん、今日はありがとうございました!ミオちゃんにもよろしく伝えておいて下さい」

 

「おう、気を付けてな!」

 

そう言って彼等は別れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

再びセブンスエンカウントに戻って来たアキオはcloseと書かれた札を無視して店内に入ると、そこにはミオとサトリ、そしてもう一人の仲間を見つけた。

 

「マスター!」

 

バーテンダー風の衣装を着、顎髭を生やしながらも若者風の髪形をセットしている男性はアキオの声に片手を上げて返事をした。

 

「ようアキオ、一年振りだな」

 

「ああ、久しぶり・・・って"一年"!?」

 

渋面の男性、マスターはアキオ達の今までの経緯はミオから聞いていると前置きをおいて語り始めた。

 

「俺がこの世界に来たのは今から一年前だ。勿論直前の記憶はお前達と同じでグレイトフルセブンスでの戦いを終えたところだ。身ひとつで放り出され、路頭に迷っていた俺は兎小屋というバーの店主に拾われ最近までそこで世話になっていたんだ」

 

そう言いながら人数分の珈琲を淹れるマスターに「何でバーで世話になったのに珈琲?」とアキオは訊ね、マスターは「昼間は喫茶店だった」と返す。

 

「それでだ。俺以外にもこの世界に仲間が来ているんじゃないかと思ってだな、兎小屋の店主の援助もあってここにセブンスエンカウントという名前で店を建てたんだ」

 

そう説明してそれぞれに珈琲を配るとカウンター席に腰掛けた。

すると今度はサトリが口を開く。

 

「ボクはアキオ達と同じように数日前のこの世界に来たんだ。状況が全く分からないし、通貨も違うし、困り果てた時に目の前にこの店があったんだ」

 

「お前さん、あの時は子どもみたいに泣いてたな」

 

「マスターうるさい!」

 

くっくと笑いながら思い出すマスターにサトリは顔を真っ赤にして抗議する。

アキオとミオはその時の光景を思い浮かべてはニヤニヤと笑い、それに気付いたサトリはわざとらしく咳払いをして続けた。

 

「で!マスターと無事再会できたボクはここでマスターと一緒に他の仲間を待ちながら仕事の手伝いをしてたんだ」

 

「他に13班や前の世界の人間は?」

 

アキオが他の仲間の安否を聞くが、マスターもサトリも首を横に振った。今この場にいないという事はそう言う事なのだろうが、僅かな希望を持って聞かずにはいられなかったのだ。

アキオはサトリ達の反応に「そうか」と相槌を打つと、今度は二人に魔法少女について語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「魔法少女か・・・お前さんは放っては置けんか?」

 

「そりゃまあ、知っちまった訳だしね」

 

話を聞いたマスターは藪から棒に訊ねる。アキオの答えにサトリとミオも同調するように頷いたが、マスターはどこか困ったような顔をする。

 

「だがそいつは何を持って終わりとする?」

 

「何を、って・・・」

 

言葉に詰まるアキオにマスターは諭すように語りかける。

 

「俺達の時のように明確な終わり、最終目標がある訳じゃないんだろ?その魔女が呪いから生まれるってのがどう言う事かは知らんが、真竜のような親玉がいる訳でも無さそうだし、全ての魔女を消し去るなんて無理なんじゃないか?だとしたらいつまで手を貸す」

 

マスターの言う事はもっともだった。

この世界に適応したとは言えアキオ達の願いは元の自分達の世界を再構成して帰還するというものだ。

魔法少女の戦いに中途半端に手を貸して、帰還の方法が分かったらはいさよならというのは後味が悪いし、かと言ってマスターの言うように魔女との戦いに終わりなど見えない。

 

「それでも・・・」

 

だがアキオは言葉を紡ぐ。

 

「それでもさ、やっぱり放っては置けねーよ。もしかしたらあるかも知れないじゃん?一気に魔女との戦いを終わらす方法がさ」

 

全く合理性も計画性も無い楽観的な発言。しかしそれでも、何が出来るか分からなくても誰かの力になろうとする。

そんなアキオだからこそ、過去・未来・現在で沢山の仲間が着いて来てくれたのだろう。

 

「マスター、ボクはアキオの意見に賛成だよ」

 

サトリがマスターの目を見て宣言する。

 

「わ、私も!」

 

それにミオも続く。マスターは二人の目を見て、今一度アキオに向き直ると彼は相変わらず口元に笑みを携えていたが、その目は真剣そのものだった。

 

「まったく・・・変わらんな」

 

ふっ、と表情を緩めながら言うマスターに、自然と張り詰めていた空気はもうどこかへと消えてしまった。そしてマスターが右手を差し出すとアキオは迷わずその手を握った。

 

「ああ、マスターにとっては一年でも俺にとってはたった数日だからな!」

 

アキオもニカッと笑い軽口を言って見せる。

ハッキリと口で言った訳ではないが、マスターも今回の件に力を貸してくれるという事がアキオ達には分かったのだ。

 

「じゃあさ、とりあえず全員の意思が確認できたところで今後の方針を決めようよ」

 

サトリの言葉に各々が考え始める。

 

「アキオ、仮に魔法少女達がいない時に魔女の結界を見付けたら、こちらから侵入する事はできるか?」

 

まず口を開いたのはマスター。

 

「たぶん、使い魔にハッキングが効いたって事は結界の入り口にハックして入る事はできるかもな。けど他の物理的な手段で入れるかは分からねえ」

 

「という事はアキオか魔法少女がいなければこちらから手出しは出来んか・・・」

 

そう呟いて考え込むマスターに、アキオはハッキングも実際やった訳じゃないから確証は無いと付け足す。

次にサトリが疑問を口にする。

 

「そもそもキュウべえって何者?普通の女の子を魔法少女にして、願い事を叶えて・・・そもそも願い事を叶える力で魔女を倒した方が手っ取り早いんじゃない?」

 

「その辺はいろいろと制約があったりするんだろう?まあキュウべえとやらの目的が魔女を倒す事ならばな」

 

そう言うマスターにサトリはどういう事かと訊ねると、マスターは珈琲で口の中を湿らせてから説明した。

 

「魔法少女の使命として魔女退治をさせているが、キュウべえと魔女の関連性は今のところ一切無い。アキオがキュウべえに魔女退治の目的を聞いたが答えは返ってこなかったんだろ?」

 

その問いに頷くアキオ。

 

「そいつは単純に魔女を倒す理由がキュウべえ側には無いんじゃないのか?だとしたらキュウべえの目的は何だ?」

 

「魔法少女を生む事?」

 

ミオが呟くとマスターは頷いた。

 

「それだ。もしくは契約という行為に何かあるのかも知れんが、いずれにせよナガミミの言う通りやっこさんの動きには油断しない方がいいだろう」

 

「本当の敵は魔女なのか、それとも・・・」

 

「まああくまでも一つの推察に過ぎん、敵と決めつけるのは早いだろう」

 

口ではそう言いながらもマスターは、キュウべえという存在は信用できないと心の中で考えていた。

 

結局情報の無い今は今日のように魔女退治には出来るだけアキオかサトリがついて行き、結界の入り口を見付けたらアキオか魔法少女に連絡、そして新しい情報が入ればこの店にて交換するという事で今後の方針は決まった。

 

「そんじゃ、この事は明日マミちゃんに伝えておくよ」

 

「よろしくね、アキオ」

 

これからの事が決まったところで、アキオとミオはセブンスエンカウントから出て行った。

 

その光景を外灯から見詰める赤い瞳の存在に誰も気付いた者はいない。

 

「やれやれ、どうやら僕はあまり彼等に信用されてないようだね。でも面白い言葉が聞けたよ。"真竜"・・・か。そろそろアレの試験を行う事だし、彼等から新しい情報が手に入るか見ものだよ」




この小説の為にセブンスドラゴン3をやり直そうと思いましたが
せっかくだし新しいキャラで→アキオ達(一周目)の脳内ストーリーが自分の中でハマり過ぎて無理→でも他のキャラメイクしたい→だけど自分の中でミオのヒーローはアキオ→でも(以下無限ループ
こんな感じで結局一周目の記憶とwikiを頼りに書いてます


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第8話【一人ぼっちじゃないよ】

今回は今までよりちょい長めです。


「ティロ・フィナーレ!!」

 

その必殺の一撃に、刺々しい頭を持つ四足の物体は呆気なく爆発四散した。その存在が消滅したことによって結界が解除され、マミ、まどか、さやか、キュウべえは現実世界に戻って来た。

辺りを静寂な闇が包む夜の公園。マミはこの日も魔法少女としての戦いをまどか達に見せる為にここで戦闘をしていたのである。

 

「やったーマミさん!カッコいい!」

 

「もう、危険な事だって言う意識はある?」

 

さやかの称賛の言葉にそう返しながらも、満更では無いような様子のマミ。

そこへ一人の人物が現れる。

 

「あんまり遅くまで出歩いてると、補導されちゃうぜ?」

 

そう言いながら現れたのはアキオだった。しかしさやかは彼の事を歓迎せず、それどころか邪険にするような目付きで見ていた。

どうやらさやかの中ではアキオは鬱陶しい存在として認識されてしまったようだ。

 

一方のマミは笑顔で「魔女の反応があったから」と説明し、昨日別れる前に生まれてしまった歪な空気は引きずって無いように見えた。

表向きは・・・

 

「マミちゃん、今朝話したと思うけど魔女退治の際は時間とか気にしないで俺かサトリに連絡してって言ったよね?」

 

そう、マミには昨日決めた方針を今朝彼女が学校に行く時に話しておいたのである。勿論その時は彼女も了承してくれたのだが、実際は彼がここにいるのは偶然通りかかっただけで、つまりは今朝の話を無視した事になる。

 

「ごめんなさい、でもアレは魔女じゃなくて使い魔だったからわざわざ知らせる程じゃないと思ったんです」

 

心配無用といった様子で語るマミ。

 

「そっか、まあ何が起こるか分かんないし次はちゃんと教えてくれよな!」

 

それに対しアキオは今回の事をこれ以上言うのはやめた。

 

マミは大人びて見えるが実際はまだ中学生、子供だ。それも難しい年頃でもあり、下手に言葉で分からせようとすれば溝は深まるだろう。

だからこそ深くは追及せず、なるべく彼女達を見守るスタンスをとる事にしたのだ。

 

「もう夜だしさ、送ってくよ」

 

「なら私は大丈夫ですから、鹿目さん達をお願いします」

 

「マミちゃんは?」

 

「あんまり女の子の事を根掘り葉掘り聞くと嫌われますよ?」

 

「はは、ごもっとも」

 

そう言いながらアキオにはマミがこれから行おうとしている事は分かっていた。

 

「マミには僕が着いてるから安心してくれ、アキオ」

 

アキオの心配を分かったかのようにキュウべえがマミの肩に飛び乗った。今のように普段は間違いなく味方に思えるのだが、ナガミミやマスターの指摘が気になりアキオはキュウべえに苦手意識を持っていた。

それから二人が夜の街へ向かうのを見てアキオはケータイを取りだしある人物へと連絡を入れた。

 

「じゃあアキオさん、その、よろしくお願いします」

 

そのまどかの言葉を聞くと同時にケータイをしまうと、アキオは何時もの軽い調子で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、何でアキオさんはマミさんの事否定すんの?」

 

それはまどか達を送る道の途中、ずっと黙っていたさやかが突然発した疑問だった。まどかはさやかの物言いにあたふたするが、アキオは気にする様子を見せず答える。

 

「別に否定なんてしてないさ。ただ俺がおかしいと感じた事をちゃんと考えてほしくてね」

 

「マミさんの何処がおかしいんだよ!?」

 

勢いを増して聞き返すさやか。さやかから見たマミはグリーフシードなんか二の次で他人の為に戦い、自分達後輩にも優しい正義の味方だった。

これはアキオの知らない事だが彼がいない時に、他人の為に願いを叶えるのはどうだろうかとさやかがマミに訊ねた際、その人の夢を叶えたいのか、その人の夢を叶えた恩人になりたいのか、それを履き違えたらいけないと厳しく叱咤した。

そんな厳しくも優しいマミにさやかは昨日以上に憧れを抱いていた。

 

「命懸けの戦いの運命に、君達を巻き込もうとしている」

 

だがアキオは隠す事なく自分が思っている事を言う。

 

「そんな・・・そんな事無い!だってマミさんはちゃんと願い事は考えろって・・・あれ?」

 

困惑の表情で気付くさやか。

そう言えば後悔の無いように願い事を考えろ、これは危険な事と言ってはいたが、願いが無いなら、危険だから"止めとけ"という言葉をさやかは聞いた事がなかった。

 

「いや、だって・・・」

 

さやかはマミの味方をしたい。しかしアキオの言っている事も理解できてしまった。自分達はマミの中では命懸けの戦いをする事が決定事項になっているのではないかという疑念が浮かぶ。

 

「たぶん、マミちゃんは仲間が欲しかったんじゃないかな?」

 

「え?」

 

混乱する一歩手前でさやかの耳にその言葉が届いた。

 

「これはあくまで俺の考えだけどさ、自分でベテランと言うからには結構長い間魔法少女をやってきたと思うんだ。それにマミちゃんの性格だ、魔女退治を優先してきっと今までろくに自分の時間、友達作ったり遊んだり出来なかったんだと思う。痛い思いをして、誰にも知られず感謝されず、ずっと一人ぼっちで戦ってきたところに君達二人が現れた」

 

「だったら尚更契約して魔法少女になんなきゃ!」

 

「ストップ!そう焦りなさんなって。何も魔法少女になることだけが仲間になる条件じゃないだろ?」

 

逸るさやかに言ったアキオの言葉にさやか、そしてまどかもキョトンとする。

そんな二人を尻目にアキオはウインクをしながら言った。

 

「"友達"・・・とかさ」

 

その言葉にハッとする二人・・・を期待していたのだが、なんだか二人ともピンと来てないようないまいちな反応だった。

 

「えっ!?ダメ?」

 

「いや駄目っていうか」

 

「一応先輩後輩の関係だもんね」

 

苦笑いしながら言われ「マジか~」と項垂れるアキオ。

しかしその姿を見てさやかは思わず笑ってしまった。

 

「ま、このさやかちゃんを感動させたかったらもっと精進したまえよ」

 

「OK、次があったらそん時に心を動かしてやんよ」

 

いつの間にか自分に対してさやかが心を開いてくれた事に、アキオは真摯に話をして良かったと思うと同時に、マミも話し合いで何とかできればと深く悩む。

一方まどかも、二人の間にあまり良くない空気が流れていたのを感じていたので、今のアキオ達を見て安心するのであった。

 

「それじゃマミさんに、私達は今のままでも十分頼りになる仲間って事を教えてあげなきゃね」

 

そう意気込んで言うさやかにアキオはまさかといった様子で訊ねる。

 

「まさか今からかい?」

 

その言葉にまどかも「え?」と声を漏らす。

もう既に時間は20:30を過ぎている。あまり時間を掛けては本当に中学生が補導される時間になってしまうだろう。しかも二人とも制服で、一緒にいるのが見た目チャラ男のアキオである。これ以上遅くにお巡りさんに見付かれば職務質問されてしまう。

 

だがさやかはそんな二人の心配を余所に善は急げと来た道を戻り始めた。

アキオとまどかは互いに顔を見合せると苦笑し、さやかに着いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

一方のマミは先程倒した使い魔の産みの親である魔女の居場所を突き止め、戦闘に入っていた。

殆ど目の利かないような暗闇の結界内に存在するジャングルジムのようなオブジェに五本の手足を絡ませた刺々しい塊。最初はそれほどの力を持たない魔女と考えていたがそれは早計だった。

この魔女は暗闇の魔女。光の溢れる現代では非力な存在だが、ある秘策でマミを追い詰める程まで力を付けたのだ。

 

結界内にいるマミには知る由も無いが、現実世界では魔女の口付けによって操られた人間が公園の外灯を全て割っていたのである。そして公園が位置する場所も、市街から少し離れ木々に覆われた場所にあり視界をほとんど奪われる闇が完成していたのだ。

 

マミは大量のマスケットを空中に召喚し一斉射撃を繰り出すが、弾けるように伸びた大量の棘がそれらを全て迎撃する。

お返しと言わんばかりに二本の手をジャングルジムから離した魔女は自分と同じような黒く刺々しい塊を両手で次々と投げつけてきた。勿論その程度の攻撃に当たってやる義理は無いと、マミはそれらを避けるがマミの死角から使い魔達も頭部の棘を突き出しながら体当たりを仕掛けてくる。

黒い体を闇に紛れ込ませて来るその攻撃にマミは避けるので手一杯になっていた。

 

(こんな時、背中を任せられる仲間がいれば・・・)

 

それは一瞬だった。一瞬のその思考に気を取られた隙に魔女本体から一直線に伸びてきた棘の一本がマミの右太股を貫いた。

 

「ぐうっ!?」

 

右足に走る激痛に必至に歯を食い芝って悲鳴をあげるのを堪える。しかし魔女はそんな事はお構い無しに棘を引き抜き、傷口から大量の鮮血が飛び散った。

しかも攻撃を仕掛けて来ているのは魔女だけではない。こうしている間にも四方から使い魔達が迫って来ている。

右足の自由を奪われた今マミには避ける事など出来ず、ひたすらマスケットを召喚して迎撃に専念するしかなかった。

 

(今度あの攻撃が来たらおしまい・・・その前に隙を作ってティロ・フィナーレを当てなきゃ)

 

だが魔女は容赦なく再び先程の攻撃を繰り出した。先程は意表を突かれたので気付かなかったがその伸びる速度も尋常じゃなかった。

 

「っ!?」

 

そしてその棘は動けないマミがいた場所を通過した。

 

マミが空中に逃げた後に。

 

「今度はこっちが意表を突けたかしら?」

 

マミは寸前で空中のオブジェにリボンを伸ばし自身を引き上げたのだ。

そしてそのリボンはオブジェから離れ、マミの正面まで来ると巨大な大砲を形作る・・・はずだった。

リボンが大砲に変化する前に数匹の使い魔が体当たりを仕掛けてその刺々しい頭部でリボンを引き裂いたのだ。

 

「そんな!?」

 

マミのリボンは本来簡単には破れる物では無いが、暗闇によって水を得たのは魔女だけでなく使い魔も同様だったようだ。

 

負傷した脚でまともな着地などできる訳もなく無様に地面に叩き付けられるマミ。

 

「くっ・・・痛い・・・」

(私・・・こんなところで死んじゃうの?誰にも知られずに)

 

痛みと恐怖で歪むマミの顔。彼女が顔を上げると止めの一撃が魔女から伸びてきて・・・光が見えた。

 

一瞬の煌めき。それを見た次の瞬間には自分に迫っていた棘は本体から離れあらぬ方向へ弾け飛んだ。

 

「間に合ったね!」

 

その声を聞くまでマミは現れた助っ人に気がついていなかった。

 

「え?あ、サトリ・・・さん?」

 

そこには昨日セブンスエンカウントで出会ったアキオの幼馴染み、サトリが黒光りする日本刀を構え立っていた。

 

「どうしてここに?」

 

「キュウべえってのに結界に入れてもらったんだ、ここはボクに任せて!」

 

使い魔達は標的を乱入者に切り替え、一斉に襲いかかった。しかし

 

「纏めて、旋風巻き!」

 

突如刀身に風が逆巻き、サトリが刀を振るうと彼女を中心に凄まじいカマイタチが発生し取り囲んでいた使い魔達を一匹残らず切り刻んだ。

だが次の瞬間魔女の攻撃が飛んできてそれを間一髪サトリは刀で捌く。魔女は攻撃の手を緩める事なく身体中の棘を伸ばしては引っ込め伸ばしては引っ込めを繰り返していた。

 

「くっ、本当にドラゴン並じゃない・・・!」

 

その激しい攻撃に防戦一方になるが、その隙を突いてマミが動き出す。

再びマスケットを召喚しての一斉射撃、しかし今度は先程とは違い棘をサトリへの攻撃に使用しているため全てを迎撃する事ができずに魔女はその攻撃を受ける。

魔女からの攻撃が止んだサトリへマミが叫んだ。

 

「サトリさん、魔女の動きを止める事はできますか!?」

 

「影無しなら・・・やってみる!」

 

そう言うとサトリは独特の構えをとる。

 

《水月の構え》。刀を下ろし、一見無防備に見えるその構えは相手の攻撃を誘い強烈な反撃を見舞う。その思惑通り魔女は好機と見たのか一斉に棘を伸ばす。

 

「来た、影無し!」

 

その名を叫んだ次の瞬間にはサトリはその場には居らず、魔女の下に潜り込み伸ばしていた棘を根元から切り落とした。そしてついでと言わんばかりに魔女が絡み付くジャングルジムも切り飛ばす。

 

「完璧です、サトリさん!」

 

その一連の流れが行われている一方で、傷口をリボンで塞いだマミが大砲を構えていた。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

必殺の名が合図になりサトリが離脱すると、巨大な魔弾が魔女を貫いた。

 

魔女の結界が歪み、彼女達は現実世界へと戻ってきた。マミは自分を救ってくれたサトリにお礼を言おうと脚の痛みを堪えてひょこひょこと近づいて行く。

 

「サトリさん、ありがとうござい」

 

「バカちん!」

 

しかし全てを言い終える前にサトリの手刀がマミの頭を叩いた。勿論軽く叩いただけだが突然の事にマミは小さく悲鳴をあげ、その後恥ずかしさに顔を赤くした。

 

「えっと、サトリさん?」

 

「もう!どうして一人で戦おうとしたの?せめて結界に入る前に場所だけでも教えてくれればもっと速く来れたのに」

 

そう言いながらサトリはマミに肩を貸すと、近くのベンチまで連れて行き彼女をそこに座らせた。

 

「その、ごめんなさい」

 

アキオにも言われた。何故一人で戦おうとしたのかと。

それはアキオに自分の言動を咎められた事に対する反発という子供染みた・・・いや、子供らしい理由だった。それに加え自分の魔法少女として今まで戦い抜いてきたというプライドも原因の一つだろう。

その全てを理解出来るほどマミは大人ではないが、何となくでも分かってはいた。

 

そんなマミにサトリは言った。

 

「マミちゃんは一人じゃないんだから、ボク達仲間を頼ってくれてもいいんじゃない?」

 

「な、仲間ですか!?」

 

マミは素直に驚いた。昨日少し顔を合わせただけなのに、何故この人はそんな言葉を自分へ掛けてくれるのだろうか。

マミの表情から何となく察したサトリは、自分の考えを口にした。

 

「ちゃんとボクの口から言ってないけど、アキオからボク達が君達の事を知って協力するっていうのは聞いたでしょ?だったらもうボクとマミちゃんは仲間だよ」

 

「仲間・・・私、もう」

 

一人ぼっちじゃないの?

 

アキオがまどか達に話したマミの本心。それは見事的中していた。マミは孤独な戦いに疲れながらも魔法少女としての使命のためその心に鞭を打って戦い続けていたのである。

 

「まったく、心配したんだから!・・・脚、大丈夫?」

 

言葉通り本当に心配した表情で接してくるサトリに目頭が熱くなるのを感じ、咄嗟に下を向くマミ。すると瞳からポロポロと熱い雫が膝に零れた。

そんなマミをサトリは優しく抱き締める。

 

「大丈夫、ボク達が着いてるから・・・一人ぼっちじゃないよ」

 

「・・・はい」

 

泣きながらも笑顔を作るマミ。それは普段の大人びた微笑みではなく、年相応の笑顔だった。

 

「あ、いたいた!おーい、マミさーん!」

 

遠くから後輩の声が聞こえてくる。今の自分は恐らく二人の後輩に見せるには情けない顔をしているだろう。

だがもう少しだけ、サトリの胸の中で抱かれていたいと思うマミだった。




完全オリジナルの展開だと、キャラの性格に合った台詞や考え方をさせてあげられてるか不安になります。
実際自分で何書いてるか訳分かんなくなる部分が・・・(←そんなん投稿すんなや

因みに今回登場した暗闇の魔女・ズライカの戦法は完全にオリジナルです。


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第9話【接触】

その日鹿目まどかは勇気を振り絞ってある事を成し遂げようとしていた。

午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると深呼吸し、決意のこもった瞳で暁美ほむらを見る。一歩、また一歩とのし掛かるプレッシャーに負けないようしっかりと足を踏み締めてほむらへと近付いて行くまどか。

一方ほむらもまどかの接近には気が付いていた。

 

(・・・何なのかしら?今日一日見られていたけど)

 

などと、普段は自分がまどかに対してしている事を不審に思うほむら。

そしてとうとうほむらの席まで辿り着いたまどかはその言葉を口にした。

 

「ほむらちゃん、一緒にお昼ご飯食べよう!」

 

「え?」

 

やけに気合いの入った顔で近付いてくるものだら何を言われるのかと思ったらそんな事・・・

 

いつもの無表情が崩れた。一瞬だがほむらは呆れたような笑みをまどかに見せた。しかしそれを隠すようにすぐにそっぽを向き、再びまどかの方へ振り向くとまたいつもの無表情に戻っていた。

 

「せっかくのお誘いありがとう。けど今日は用事があるから遠慮しておくわ」

 

そう言うとほむらは長い黒髪をなびかせながら教室から出て行った。

だがまどかは一瞬のほむらの表情が目に焼き付いたように印象に残り、彼女の出て行った教室のドアを見つめていた。

そこへニヤニヤしたさやかともう一人の友人がやって来た。

 

「アキオさんの言葉を借りるなら振られちゃったねぇまどか!」

 

「まあ!まさかまどかさんは暁美さんにそう言う感情を!?」

 

「へ?ち、違うよ二人とも!私はただほむらちゃんとお話して、ほむらちゃんの事を知れたらな~、って」

 

まどかは以前アキオと約束した"ほむらと話をする"というのを実行しようとしたのだ。

しかしその言葉にもう一人の友人、志筑仁美は更に思考を変な方向へと向かわせてしまう。

 

「そうしてあわよくばそんな仲に!?」

 

「ちょっと待って仁美ちゃん!さっきから"そう言う"とか"そんな"ってどういう意味!?」

 

「わたくし、まどかさんには着いていけませんわ~!」

 

そう言いながら仁美は勝手に変な想像をして走り出してしまった。

 

「あちゃ~、ありゃ仁美の奴完全に暴走しちゃってるな」

 

さやかの言葉に苦笑いしながらまどは弁当を持ち、彼女と共に屋上へと移動を始めた。

その途中でさやかは昨日の事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

昨日、アキオに今の自分達でもマミを支えられると言われいてもたっても居られずにマミの下へと行くと、そこには負傷したマミの姿があった。

傷口はリボンで塞いでいるが、そのリボンを真っ赤に染める血の量が重傷だというのを知らしめていた。

そんなマミは心配するさやか達にゆっくりと語り出す。

 

「今回の魔女には私、敵わなかったわ。サトリさんが来てくれなかったらたぶん死んでいたと思う」

 

今まで命懸けという言葉を聞いて分かった気でいたがそうじゃなかった。今のマミの沈んだ様子や怪我を見ると"死"という言葉が重みを伴ってのし掛かる。

 

「ひょっとしたら暁美さんの事を勘違いしてたかも知れない・・・ごめんなさい、私、あなた達にもこんな目に合わせようとしてた」

 

そう謝りながら頭を下げるマミ。そして数秒間下げ続けた頭を上げるとマミは続けた。

 

「だからもう魔法少女の事は忘れて日常に戻って、私には関わらないで」

 

それはマミの本心。まだ出会って数日しか経っていないがまどか達との時間は楽しく、一人だった自分の心を癒してくれた。そんな大切な二人を巻き込む事は出来ない。

 

しかしそんなマミの決意にさやかは真っ向から反対した。

 

「嫌です!」

 

「美樹さん?」

 

マミとさやか、その二人の様子をまどか達はただ見守る。

言いたい事を言ってやれ、そんな風に後押しされているように感じたさやかは勢いに乗って喋り出す。

 

「私はマミさんに憧れてた。だけどそれはマミさんみたいになりたいっていうのとはちょっと違くて、正義の味方のマミさんを応援したいって事で、だけど魔法少女にならないとマミさんと一緒にいられないんじゃないかって焦ってました。けど、そうじゃないってアキオさんが教えてくれたんです」

 

そこまで聞いたアキオはうんうんと頷く。

 

「まだ魔法少女になるかどうかは保留中だけど、そんな魔法少女だとかそうじゃないとか関係無しに私はマミさんの仲間です!」

 

「美樹さん・・・」

 

そこにまどかも続いた。

 

「そうですよマミさん。魔法少女の事とは別に、友達としてこれからも一緒にいちゃ駄目ですか?」

 

そして更に思わぬ人物も彼女に声をかけた。

 

「友達という事に魔法少女かどうかなんて関係ないと僕は思うな。さやか達を危険な目に遇わせたくないというのは分かったけど、だからといってマミが孤独になる必要は無いんじゃないかい?」

 

それはキュウべえからの言葉だった。

 

「まあ僕としてはまどか達には契約して欲しいんだけど」

 

「一言多いわねアンタ」

 

余計な事を言ったキュウべえはサトリから軽い手刀を食らってしまい「訳が分からないよ」と漏らした。そんな光景を無視してアキオもマミへ言葉を贈る。

 

「確かに戦いは危険な事だ。マミちゃんも本当の意味でそれを分かったと思うけど、だからって一人で抱え込むなよ。普段はまどかちゃんにさやかちゃん、うちのミオもいるし、戦いには俺やサトリもついてる!こんなに仲間がいるんだからさ」

 

ここまでがマミの限界だった。先程泣いたばかり(さやか達は知らないが)だというのに再び涙腺が崩壊してわんわんと泣き出してしまった。

さやか達はマミを宥め、その中学生組の様子を安堵したようにアキオとサトリが眺めていた。

 

そうしてその日、本当の意味で彼女達は仲間となったのである。

 

 

 

 

 

 

 

さやかがその事を思い出している間に屋上へと辿り着いた。

いろいろとあったが、さやかがこの事を思い返したのはマミのほむらを誤解していたという言葉に感じる事があったからである。

 

「まさかあの転校生でも笑う事があるなんてね。悔しいけどちょっと可愛かったじゃない!」

 

「やっぱり私達、ほむらちゃんを誤解してたのかな?案外シャイだったりして・・・」

 

以前アキオと話していた内容を思い出したまどかは彼が言っていた事を口にし、それを聞いたさやかは吹き出した。

 

「ぷふっ、それ転校生のイメージ変わるわ!」

 

ケラケラと笑うさやかだが、しばらくすると落ち着き、逆に暗い表情になった。

 

「でもあいつがキュウべえを傷付けたのは事実なんだよね」

 

その言葉を聞いてまどかもハッとなり、表情を曇らせた。

アキオ達にとってのキュウべえは胡散臭い存在だが、彼女達にとっては何でも願いを叶えられる可能性を示してくれた存在だ。そして一緒に行動する内に友達のような感覚を抱いてすらいるキュウべえを傷つけられたとあっては、誤解という可能性があってもそう簡単に割り切れるものではなかった。

 

「でも、だからこそちゃんとお話しなきゃ」

 

そう言うまどかにさやかも「そうだね」と相槌を打ち、そこでようやく腹の虫が鳴り屋上へと来た理由を思い出した彼女達は各々の弁当を広げるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!・・・誰か噂でもしているのかしら?」

 

そう呟くほむらは現在見滝原デパートにいた。尚、彼女がまどかの誘いを断ったのはほんの三分ほど前で、どう考えても普通に辿り着ける時間ではなかった。

 

キョロキョロと賞品の陳列されている棚と棚の間の通路を誰かを探すように見ながら歩くと、数秒で目的の人物を見つけた。

 

「探したわ、アキオさん」

 

その言葉を聞いて即座に振り返ったのは茶髪でそれなりに整った顔をした眼鏡の男、アキオだった。

突然の来訪にも関わらずアキオはほむらを確認すると笑顔で訊ねた。

 

「ようほむほむじゃん!俺ちゃんに何か用かい?」

 

「ほ、ほむ・・・」

(突然何なのこの男)

 

ほむらはアキオの言動に出鼻を挫かれた。

 

(軽薄な男だとは思っていたけどここまで馴れ馴れしいなんて・・・苦手だわ)

 

そう思いながらも調子を取り戻そうと長い黒髪を掻き上げると、いつもの抑揚の無いトーンでほむらは語り出した。

 

「明日の午後5時、見滝原総合病院前に魔女が現れるわ」

 

その言葉を聞いた途端アキオの表情が変わった。それは先程までの軽い男ではなく、戦う者の顔付きだ。

その変化に内心驚きながらもあくまでも無表情に、ほむらは続ける。

 

「今回の魔女は今までのとは訳が違うわ、巴マミでは荷が重いでしょうね」

 

そこで言葉を終わらせてほむらはアキオの出方を伺った。いや、大体の予想は出来ている。

 

この男と巴マミは協力関係にある。魔女の情報を出せばこの男も間違いなく現場に向かうだろうし、もしかしたら"今回は"戦力を失う事が無いかも知れない。

 

そう考えるほむらだが、アキオからは予想外の言葉が返ってきた。

 

「ほむほむは良い子だなあ」

 

「は?」

 

何故?何故何の脈絡もなくそんな事を?

 

アキオは呆気に取られるほむらの頭を撫でようとするが、寸前で我に返った彼女に払い除けられてしまった。

 

「何をするの!?変態!」

 

「変態だなんて酷いな~。俺はただほむほむに良い子良い子してあげようとしただけなのに」

 

「結構よ!それにどうして私が良い子なの!?」

 

珍しく声を荒げてアキオを睨むほむら。その様子をアキオは面白そうにニコニコと見ている。

 

(やっぱりこの男、苦手だわ)

 

少し落ち着き、再び無表情を作ったつもりのほむら。しかし実際は口をへの字にしジト目でアキオをしっかり睨んでいる。

 

「ごめんごめん、怒らせるつもりは無かったんだけど・・・いやだってさ、わざわざほむほむが俺にその魔女の事を教えてくれたのってマミちゃんを心配してくれたからでしょ?」

 

「・・・っ!」

 

言葉に詰まるほむら。その様子を見てアキオは図星と思い更に続ける。

 

「正直マミちゃんの君への態度はかなりキツかったと思う。あんな態度取られたら放って置けばいいのにさ、危機を俺に教えて助けようとしてくれている。すげえ良い子だよ、やっぱり」

 

アキオの言葉にほむらは胸に痛みを感じた。

 

自分はそんなんじゃ無い。何度も切り捨ててきた・・・"今回も"救う事が叶わなければ、彼女自身が障害になるなら容赦無く切り捨てるつもりなのだ。だから自分は良い子などでは・・・

 

「とにかく、確かに伝えたから」

 

これ以上彼と話していては心が持たないと感じたほむらは、話を切り上げるように言うと踵を返した。

その背中にアキオの声が投げ掛けられる。

 

「一度マミちゃんと話をしてくれよ。ちゃんと話せばきっとお互い解りあえるからさ」

 

「・・・考えておくわ」

 

そう言ってほむらは文字どおりその場から消え去るのであった。

 

「午後5時、見滝原総合病院・・・か」

 

 

 

 

 

 

 

「病院?どこか悪いのさやかちゃん」

 

放課後、セブンスエンカウントにてまどかとさやかはサトリとミオと席を共にしてお喋りに投じていた。その最中、さやかの口から明日は病院に行くという言葉が出てサトリが心配したのだ。

 

「いやぁ、私じゃなくて、何て言うかね、幼馴染みがさ」

 

「上条くんっていうさやかちゃんの幼馴染みが入院してるんです。さやかちゃんはよくお見舞いに行ってあげてるんですよ」

 

何故か照れたように上手く話せないさやかの代わりにまどかがその理由を説明した。

その理由を聞き、今のさやかの態度でサトリはある予想を口にする。

 

「ひょっとしてさやかちゃん、その上条くんの事好きなの?」

 

「なあっ!?」

 

どうやら図星だったようだ。熟した林檎のように顔を赤くさせたさやかがしどろもどろに言い訳を始めた。その様を見て微笑ましそうに笑うサトリとミオ。

 

「むぅ、ミオめ!私の隣の席に座ってたら私の嫁にする刑にしてるところだよ!」

 

そう言いながら隣に座るまどかをさやかはうりうりと抱き締め撫で回した。

 

「ふふ、本当はその上条くんにそうしたいんじゃないの?」

 

「そ、そんな事ないって!そうだサトリさん!幼馴染みと言えばサトリさんとアキオさんはどんな感じだったんですか?」

 

なんとか矛先を変えようとサトリに話を振るさやかだが、言った後で現在アキオと結ばれているミオの前で出すべき話題ではなかったと後悔した。しかしミオは全く気にした様子を見せずむしろ「私も気になります」と言う事で、さやかに「余裕か?既にアキオさんと結ばれてる余裕なのか!?」と心の中でツッコまれてしまった。

一方のサトリは参ったなと苦笑いしながらも喋りだした。

 

「ボク達は家が隣同士で親同士も仲が良かったから結構お互いの家でご飯食べたりしてさ、家族みたいな感じだなあ。そういう訳だからたまに異性を意識する事はあっても恋愛感情は無いかな」

 

「恋愛感情は無い・・・ですか」

 

やっぱりこの話題は失敗した。

 

サトリの言葉に、もしかしたら自分の幼馴染みもそうなのではないかという考えが浮かび、落ち込むさやか。完全に自爆である。

そんなさやかに気付いたサトリは慌ててフォローする。

 

「いやでもさ、年頃の男の子なんて女の子と付き合いたいとかそういう事ばっかり考えてるものだし、さやかちゃん可愛いんだからどんどん押して行けば楽勝だって!」

 

「え?可愛いって、そうかなぁ?」

 

「うん、さやかちゃんのそうやって照れてるところ、凄く可愛いよ!」

 

「なっ・・・ミオまで。へへっ」

 

サトリとミオに褒めちぎられてすっかり機嫌を良くしたさやかに、単純だなと思うまどかであった。

 

「それじゃあサトリさん、ミオ、私達そろそろ行くね」

 

「うん、また何時でも来てね」

 

軽く挨拶を交わしたさやか達はセブンスエンカウントを出て、お互いの家路についた。

夕暮れに染まる街で、その片方を見詰める人物がいた。

 

 

 

 

 

 

 

空が夕暮れに包まれれば、そこから闇が広がるのもあっという間で辺りは暗くなってきた。

 

「思ったより遅くなっちゃったかな・・・え?」

 

気が付けば人気の無い一本道。さやかとも別れて一人になったまどかは目の前の街灯の下に人影を見付けた。

そして彼女がその影に気付いたのを見計らったかのように街灯に灯りが点き、その全貌を明らかにする。

 

「ひっ・・・魔女!?」

 

まどかは小さな悲鳴をあげて自分の知るなかで真っ先に浮かんだ可能性を口にした。

その人物は漆黒のローブを纏い仮面で顔を隠し、杖を突いた非常識な外観の主。まごう事なくアイオトであった。

と言ってもまどかはアイオトを知らないので今怯えているのは仕方のない事だろう。

そんなまどかの事など気にせずアイオトは彼女にゆっくりと近付いてゆく。

 

「魔女・・・か。我はあのような存在ではない」

 

気が付けばアイオトはもう目の前、手を伸ばせば届く距離でまどかは完全に硬直してしまっている。

アイオトは興味深そうにそんなまどかをじっと見詰めた。

 

どれくらい経っただろう。まどかからしたら永久に続くのではないかと錯覚する程の緊張の時間だったが、突如アイオトが動揺したように言葉を漏らした。

 

「信じられぬ、このような小さき者が・・・いや、人間とはそういうものなのか」

 

まどかには何を言っているか全く理解できなかった。むしろアイオトの動揺する様を見て怒らせてしまったのか、これから何をされるのだろうかという恐怖で心がいっぱいだった。

 

「・・・・・」

 

その様子に今更気が付いたアイオトは拳を握った状態で左手をゆっくりとまどかに差し出した。

まどかは思わず一歩後ずさるが、アイオトの拳が開かれると思いもよらぬ物が手のひらに乗っていた。

 

「怖がらせてすまなかった」

 

「え?」

 

そこにあったのは包装された一粒のキャンディ。

まどかはそれを見てこの意味不明な状況に再び硬直してしまった。その様子を見てアイオトは不思議そうに首を捻る。

 

「ふむ、人間の子供はコレで喜ぶと思ったのだがな。気に入らぬか?」

 

「あ・・・い、いえ、そんな事ないです」

 

そこでようやくキャンディを受け取るべきだと気付いたまどかは恐る恐るアイオトの手からキャンディを取った。

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

おどおどしながら礼を言うまどかにアイオトは満足そうに頷くと、歩きだして彼女の横を通りすぎて行く。

 

(た、助かったのかな?)

 

まどかがホッと一息ついた時

 

「一つ言っておく」

 

「ひゃいっ!?」

 

突然、不意打ち気味に発せられたアイオトの声にまどかは飛び上がる程驚いた。

 

「汝が言った魔女という存在、あのようになりたくなければ契約しようなどと考えない事だ」

 

「それってどういう事ですか?」

 

今まで怯えていたのに、気が付けばアイオトに質問をしていたまどか。アイオトは考えるような間を置くと、ゆっくりと喋りだした。

 

「今は知るべき時ではない。だが我は親として子である汝に忠告する、契約はするな」

 

「・・・あの、あなたはいったい?」

 

「我はアイオト。宇宙に種を蒔いた生命の祖なり」

 

その言葉を最後に今度こそアイオトは暗闇へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

「アイオトが出掛けてるなんて珍しいな」

 

一方、仕事を終え帰宅したアキオがアイオトの不在を不思議がっていた。そんな彼の呟きにアイオトの不在を伝えたナガミミは彼が外出した理由を語り始める。

 

「なんでも例の強い因果を感じたとかで、その持ち主を確認しに行くって言ってたぜ」

 

「元の世界に戻る手掛かりか・・・」

 

真剣な表情になるアキオにナガミミは浮かない顔で続けた。

 

「そう簡単な話でもないだろ。確かに因果の収束とやらに巻き込まれてこの世界に来たが、その因果の持ち主を見付けたところでソイツが俺様達を元の世界に戻せるかはまた別問題だ」

 

確かにと頷くアキオ。

あくまでも因果に巻き込まれた、要するにただの事故であり、巻き込んだからと言って元の場所に送り返せる保障は無い。むしろ単純な移動ではないだろうから同じ作用で帰れる確率はかなり低いだろう。

つまり、身も蓋も無い言い方をすれば今のアイオトの行動は無駄という事になる。

 

そんな二人のやり取りに一人手を上げて質問をする者がいた。

 

「あの、元の世界とか因果とか・・・質問しても大丈夫ですか?」

 

それは居間に座るもう一人の金髪少女、マミだった。

 

何故彼女がアキオ達の部屋にいるのかというと、昨日の魔女戦の話を聞いたミオが

 

「マミさんが怪我しちゃったならご飯の準備も大変だろうし、うちで一緒に食べよう!」

 

と提案したためである。

魔法少女の回復力は通常の人間より優れ、マミ自信も多少は回復魔法を使えるのだが、流石に太股にそれなりに大きな穴を空けられたとなっては傷は塞がっても完治まで時間が掛かるようだ。まだ普通に歩く事が出来ず、昨日のサトリやアキオの言葉もあってマミはミオのお誘いを受ける事にしたのだ。

その結果、ナガミミも長い付き合いになるのならと本来の言葉遣いの荒い素の自分でいる事にしたようだ。

 

話はマミの質問に戻る。

アキオはナガミミに視線を送ると、彼女もこくりと頷いた。それを了承と受け取りアキオはマミに今までの経緯を語り始めた。

 

元々別世界の人間だという事。そしてドラゴンという人類の敵との戦い、地球の滅亡、統合世界での決着、そして強い因果に巻き込まれてこの世界に来た事を。

最初は半信半疑だったマミだが、よくよく考えてみれば魔法少女でもないのに魔女と戦える戦闘力やキュウべえの言っていた特別な素質の事などを思い出し、なるほどと納得した。

 

「まあ俺達の事情はそんなところかな?ところで」

 

一通り話終えたアキオは今度はこっちの番と言ったように質問を口にした。

 

「マミちゃんはどんな願いで魔法少女になったんだい?」

 

その言葉を聞いた途端マミの表情は硬くなった。

 

(・・・あれ?ひょっとして地雷だった?)

 

「アキオ!女の子の大切な願い事を聞き出そうとするなんてデリカシーが無いよ!」

 

台所からミオが顔を出し叱るようにアキオを咎める。出会った頃はアキオに一方的にからかわれていたミオだが、サトリにアキオの扱いを教わって今ではここまで強く言えるようになったのだ。

 

「いや聞き出すなんてそんな・・・ごめんなマミちゃん、別に言いたくなければいいからさ」

 

「いえ、アキオさん達も素性を明かして下さったんですもの。それに私のはそんな願い事と言うほど素敵なものじゃないですから」

 

そう言い今度はマミが語り出した。

 

今から数年前に起きた交通事故。それに巻き込まれ両親は恐らく即死、そしてかろうじて息のあった自分の命が失われるのも時間の問題だった。

暗く、狭く、痛い。

誰もいるはずも無いのに助けを呼ばずにはいられなかった。

 

キュウべえが現れたのはそんな時だった。

 

そして藁にもすがる思いで再び「助けて」と口にした。

 

「今思えば後悔しているわ。あの時私は両親も助ける事が出来たのに・・・自分一人で助かって・・・」

 

「だからまどかちゃん達にはちゃんとしっかり願い事を考えて欲しかったんだね?」

 

マミはアキオの言葉に頷いた。

 

まさかマミにそのような経緯があったとは思いもしなかった。キュウべえにしても瀕死のマミの命を救ったのだから、自分達は警戒し過ぎなんじゃないかとアキオは考えを改めようとしていた。

 

だがナガミミはアキオとは違う考え方をしていた。

 

(選択肢の無い状況で契約を迫るなんて随分セコい事しやがるな。結果的にマミの命を救っているからコイツの前では言えねえが・・・)

 

そんなナガミミの考えを他所に、マミは表情を和らげた。

 

「だから私は一人でも頑張らなくちゃって思っていました。けど、アキオさん達に出会って、仲間だって言ってもらえて、私は一人じゃないんだなって」

 

言葉を口にする度にマミの涙腺は緩んでゆく。

 

「・・・だから、ありがとうございます、アキオさん!」

 

「はは、いやぁ改まって言われると照れるなあ!まっ、この話はおしまい!昨日散々泣いただろ?」

 

おどけて言うアキオにマミも笑顔で頷き、そこへミオが料理を運んで来た事で食事となった。

キュウべえ以外の人間と共に食事をするなどマミにとっては本当に久しぶりであり、飛び交う何気ない会話に暖かいものを感じ、思った。

 

何時かは彼等は元の世界へと帰ってしまう。けれどその時までは、こうして共に暖かい時を過ごしたいと、そう願っていた・・・

 

 

 

 

 

 

 

夜更けとなり、健全な中学生は就寝するであろう時間に、ベッドの上に寝転ぶまどかは自分の下を訪れたキュウべえと契約の話をしていた。

 

「願い事は決まったかい?まどか」

 

しかしその問いになかなか答えられない。魔法少女になれば自分は変われるかも知れない。だが叶えたい願いなど無いし、マミに魔法少女関連には関わらないで欲しいと言われてしまっている。

そしてそこまで考えて先程の出来事を思い出す。アイオトという人物から契約はするなという警告を受けた事。

 

(それに、ほむらちゃんも・・・)

 

「ねえキュウべえ?」

 

「なんだいまどか」

 

「魔法少女になるのって、そんなにいけない事なのかな?」

 

「いけないというか、危険な事なのは確かだね。君も昨日のマミの負傷を見ただろう?」

 

そう言われてまどかの脳裏には真っ赤に染まるリボンと、歩くのも辛そうなマミの姿が浮かんだ。

しかし、だからこそ心の優しいまどかは思う。

 

「だけど私が魔法少女になったらマミさんや、アキオさん達を手助けできるかも知れないでしょ?ただなりたいってだけじゃ駄目なのかな」

 

「一応契約だからね、願いは決めてもらわないと」

 

その言葉にまどかはう~んと唸りもう一度考えるが、どうやら良い案は浮かばなかったようでため息を吐いた。

 

「でも確かに、まどかが契約すれば彼女達の力になる事ができるね」

 

まどかがぴくりと反応する。

 

「契約時の願いにもよるけど、まどかが魔法少女になったら間違いなく最強の魔法少女になるよ!君はそれだけの素質を持っている、これだけの素質を持った子は僕も初めてだよ」

 

急なキュウべえの称賛になんだかおかしくなりまどかは笑ってしまう。

自分にそんな大層なものがある訳無い。だとしたら悩んでいる自分を元気付けようとしてくれているのだろう。

まどかはそう捉えた。

 

「嘘でしょ?」

 

「いやいや、そんな事ないんだけどな・・・」

 

キュウべえの言葉を冗談半分に聞き流したまどかは、今日出会った人物に話題を変える事にした。

 

「ねえキュウべえ、アイオトって人知ってる?」

 

「アイオト?何人か心当たりはあるけどそれだけじゃ誰か分からないな・・・特徴を教えてくれるかい?」

 

「んーとね、黒いマント?ローブ?とにかく布を全身に被ってて、仮面を着けてて、杖を突いてた」

 

まどかは彼の容姿を思い出しながらポツポツと特徴を上げていく。

 

「まどか、それは完全に不審者だよ」

 

まどかもそう思う。魔女や契約の事を知っていたのだからキュウべえと関わりのある人物と考えていたのだが、キュウべえの反応からしてどうやら違うようだ。

実際はアキオ達の関係者というだけなのだが。

 

しかし、ここでまどかは彼が最後に残した言葉を思い出した。

 

「そう言えば、"この宇宙に種を蒔いた生命の祖"って言ってた」

 

これはかなりのヒントになるのではないかと期待するが、キュウべえは何も答えない。そもそもあんな目立つ外見で心当たりが無いのだから、キュウべえの知るアイオトの中に、自分が出会ったアイオトはいないのだろう。

するとあの人物は何者なのだろうか?

 

まどかはそんな事を考えながら机の上に置いたキャンディを見詰めた。

 

「すまないまどか」

 

突如今まで黙っていたキュウべえが喋りだしびくりとするまどか。

 

「少し用事が出来たから僕はこの辺で失礼するよ」

 

「あ、うん」

 

まどかの返事を聞いてキュウべえは窓から外へ飛び出した。

そして何処ともなく走りだしながら彼は考えた。

 

(不味いな・・・まさかもうこの星が見つかるなんて。それだけじゃない、何故よりにもやってまどかに接触をしたんだ?)

 

まどかが出会ったのはこの世界とは別から来たアイオトであり、今キュウべえが考えている相手とは別人であろう。しかし、それは全くの勘違いとは言えなかった。

 

アキオ達がその事に気付くのはまだ先の事だった・・・



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第10話【もう何も怖くない】

第8話の暗闇の魔女戦でサトリが使った影無しという技、あれ双剣のスキルでした(-_-;)
ま、まあ同じサムライなんで双剣使いのヒマリに教わったという後付け設定で・・・


記憶の中にある心を震わすヴァイオリンの音色。音楽に疎い当時まだ幼かったさやかにもその音は、旋律は感動をもたらした。

その音色を奏でるのは自分と仲の良い、よく遊ぶ男の子。演奏が、演奏を奏でる男の子が誉められるとさやかも嬉しさを感じ、彼女にとって自慢の幼馴染みになった。

そして何時しかその想いは変わり、ヴァイオリンを奏でる彼の側でずっと過ごしたいと思うようになる。

何時までも、ずっと・・・

 

その音色は今や水泡となって消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「よっ!今日も来てやったわよ」

 

さやかが入ったのは病室。

もう何度来たことか分からないその病室に、変わって欲しいと思いながらも以前来た時と同様の光景が目に入ってくる。

 

「やあさやか、いつもありがとう」

 

病室の窓際に備え付けられたベッドの上でさやかの幼馴染み、上条恭介は柔和な笑みをさやかに向けた。

上半身を起こそうと左腕を支えにするが、包帯を巻かれた右腕はピクリとも動かない。

その様を見てさやかは心を痛めるが、それを悟られまいとあえて明るく振る舞って彼に近付いて行く。

 

「またCD買って来たんだ、今回のは結構自信あるよ!」

 

そう言ってベッドの側に置かれた椅子に腰を下ろすと、CDショップのロゴが入ったビニール袋から一つのケースを取り出し彼に手渡した。

すると恭介の顔は明るくなり、さやかに礼を言う。

 

「ありがとうさやか、これはお宝だよ!さやかはレアなCDを見付ける天才だね」

 

「そ、そうかな?たまたまワゴンの中から見付けただけだって」

 

「いいや、ありがとう。早速聴いてみようよ」

 

言うや否や恭介は片手でケースを空けCDをプレイヤーにセットした。その慣れきった動きを複雑な気持ちで見詰めるさやかに、恭介はイヤホンの片方を差し出した。

その差し出されたイヤホンを耳に嵌めると、もう片方を嵌めた恭介との距離は必然的に縮まりさやかは思わず赤面して自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じる。だがそんな興奮も流れ始めたヴァイオリンの音色が鎮めてくれる。目を閉じればかつて見たヴァイオリンを弾く恭介の姿が思い起こされる。

 

だが途中で気が付いてしまった。

恭介が顔を隠すようにそっぽを向きながら、静かに震えているのを。

 

 

 

 

 

 

 

 

さやかが病室を出ると、部屋の前の椅子にまどかが腰を掛け待っていた。

 

「お待たせまどか!」

 

何でもないように振る舞うさやかだが、先程の恭介の姿が頭から離れないでいた。

 

「どうして私達なんだろうね」

 

出口へと向かいながらさやかは呟いた。

 

「本当に願いを叶えたい人は、他に沢山いるのに」

 

五体満足、恵まれた家庭、平和な日常、大切な人々。自分には全てがある。なのに何故キュウべえは自分を選んだのか?

だが仮に彼にそのチャンスがきたとして、命懸けの戦いに身を投じる結果になったらそれはそれで嫌。

ならば自分の願いで・・・そこまで考えてマミに言われた事を思い出す。

 

夢を叶えてもらいたいのか、叶えた恩人になりたいのか。

 

もう魔法少女には関わらないで欲しい。

 

「ああもう混乱してきたあ!!」

 

病院を出るなり声をあげたさやかにまどかはビクりとする。

 

「さやかちゃん?」

 

「まどか、ちょっと付き合ってよ!セブンスエンカウントでケーキ食べよ!」

 

難しい事を考えても仕方がないと、さやかは先程考えていた事は忘れようとやけ食いしに行こうとしていた。

そんな時、ふと見付けてしまった。病院の壁に突き刺さる黒い物体を。

 

以前マミから見せてもらった魔女の卵を。

 

「嘘、あれ・・・」

 

さやかの呟きにまどかもソレに気付き、顔色を変えた。

 

「確か、グリーフシード?魔女の卵って・・・」

 

「なんだってこんな所にっ!?」

(恭介のいる病院に・・・!)

 

「間に合った!二人供無事かい?」

 

その時二人の前に現れたのはキュウべえだった。

 

「グリーフシード・・・孵化しかかってる!ここにいては危険だ、巻き込まれるよ!」

 

キュウべえはグリーフシードを見ると二人に危機を伝えるが、さやかはこの事態を放っては置けなかった。

 

「駄目だよ、こんな所で放って置いたら沢山の人が犠牲になる。アキオさんに連絡しよう、それまで私が見張ってる!」

 

何故マミではなくアキオなのかというと、このような事態に備え彼は中学生組にケータイの番号を書いたメモを渡していたのだ。しかしマミは知り合ってからずっと一緒にいたため、つい連絡先の必要性を忘れてしまっていた。

 

だがさやかの提案を残酷にもキュウべえは否定した。

 

「彼は来れないよ」

 

「え?」

 

「さやかちゃん!アキオさんのケータイ、圏外だって・・・」

 

その言葉を聞いて青ざめるさやか。そんな彼女にキュウべえは事情を話す。

 

「彼は今この病院の反対側に出現した魔女の結界に入って行った。普通の手段じゃ連絡は無理だよ」

 

それでもさやかは諦められなかった。

 

「まどか、私はさっき言った通りコイツを見張ってるからマミさんを呼んできて」

 

「そんな、さやかちゃん!?」

 

「無茶だよ!中の魔女が産まれるまでまだ時間はあるけど、一度結界が形成されたら君は外に出られなくなる!マミの助けが間に合うかどうか」

 

心配する二人を見ても、さやかは引く姿勢を見せなかった。

 

そんなさやかを見てキュウべえはさやかの隣に寄り添った。

 

「まどか、君は行ってくれ。さやかには僕がついている!マミならここまで来ればテレパシーで僕の位置が分かる。ここでさやかとグリーフシードを見張っていれば、最短距離で結界を抜けられるようマミを誘導出来るから!」

 

その申し出にさやかはキュウべえに礼を言い、まどかは頷いてマミを呼ぶべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

少し時間は遡る。

まどか達がグリーフシードを見付ける少し前、先日のほむらの情報を元に見滝原総合病院の周辺をアキオは見回っていた。

すると程無くして視界の一ヶ所に空間の歪みを感じ取り、すぐさま駆け寄った。

 

「ビンゴ!まさか本当に現れるとはな。早速試してみるか」

 

そう言うとアキオは結界の入口らしき歪みに手をかざすと、その手から青白い光のコードが数本伸びて歪みに浸入してゆく。

 

「オーケーい・・・解析完了!」

 

次の瞬間、アキオの前から歪みは消滅して代わりに異空間、結界への入口が出現した。

 

「そんじゃ、お邪魔しま~す♪」

 

アキオが結界へと足を踏み入れようとして、視界が反転した。いや、頭が下を向いて落下していたのだ。

 

「なっ!?マジかよ!」

 

そこは地面や床など無い、360度全方位が蒼天の空だった。

アキオは辛うじて結界中に張り巡らされたロープに掴まり落下を止める事ができたが、もしこの結界に何のオブジェも無ければ永遠に落下し続けたのだろうかと考えその顔を眼前の青空のような色へと変える。

 

何とか落ち着いてロープの上に立つと、辺りを見回し魔女を見付けた。

彼から見てかなり上方に蜘蛛のように六本の足でロープを伝っているのが見えた。

 

「あそこまで行くのか・・・こりゃ骨が折れそうだ」

 

そう言いながらアキオは足場の悪いロープの上を見事なバランス感覚で伝ってゆく。魔女もアキオの接近に気が付いたのか、体から何かを射出してきた。

高速で接近してくるソレはスケート靴を履いた女学生の下半身、どうやらソレがこの魔女の使い魔らしい。

 

アキオもゲオルギアを抜き迎撃しようとするがただでさえ高速で飛来して来ているのと足場の悪さが相まってなかなか狙いがつけられない。軽く舌打ちをすると別のロープへと次々と飛び移り、何とか使い魔の射線から離脱した。

使い魔達は軌道を変える事無くアキオを素通りしていく。

 

「やる気があんのか?まあこっちとしては有り難いが」

 

不運にも軌道上に彼を捉えてしまった使い魔は呆気なく迎撃され、他を無視してアキオは再びロープを登り始めた。

 

近付くにつれて魔女の全貌がハッキリとしてきた。

首の無い女学生。そうとしか言い様の無い巨大な魔女。最初に足だと思っていたものは六本全てが長い腕だった。

 

「いくら俺でもアレは仲良くなりたくはないな」

 

軽口を叩きながら近付くアキオに定期的に使い魔を飛ばしてはいたが射線から逸れるだけでその攻撃は簡単に回避できた。たまに使い魔が周囲のロープをスケート靴で滑っている姿を見掛けるがこちらに対し何も仕掛けてくる様子は無い。

アキオがゲオルギアを構え、魔女に対し攻撃を開始してもその様子は変わらなかった。

 

「どうやら人望が無いみたいだな」

 

その言葉を発した直後、魔女の攻撃方法が変わった。今までは本体から使い魔を飛ばしていたのに対し、今度は魔女の周囲の空間に机や椅子、黒板など学校を連想させる物を出現させ一斉に飛ばしてきた。

直線で飛んでくる使い魔とは違い一つ一つがアキオを狙ってくる。

 

「おっと、地雷だったか」

 

そう言いながらアキオは全方位から迫る物体に向け射撃を試みる。避けなければ当たるであろう物を優先に、数発外しながらも狙いをつけた物体は確実に破壊した。

 

それだけでは終わらない。

彼が放ったのは魔弾。机や椅子に命中した弾は跳弾となり周囲の物体も巻き込んでゆく。それも一度だけでなく、物体に着弾する度に新たな獲物を求め飛び回る。

これが彼の《ジャンプショット》だ。

 

弾幕が崩れた隙を突き一気に接近したアキオはまず、一番近い右腕に驚異的な速射を誇る《ラッシュショット》を見舞った。

一発は弱くとも同じ箇所に十発以上の連撃が襲いかかり、それを受けた腕はあらぬ方向へひしゃげてピクピクと痙攣を起こした。恐らくその腕はもう使い物にならないだろう。

 

この攻撃を全ての腕に仕掛けようと考えるアキオだが、魔女は視界を埋め尽くす程の使い魔を射出して来た。しかし密度が濃くとも直線にしか動かないその攻撃は既に見切っている。

 

アキオが逃げる先を探したその時だった。

 

使い魔の壁を押し退けて魔女の手が現れた。

以前マミが戦った魔女は使い魔を傷付けられ憤慨していたが、この魔女は使い魔をただの道具としか思っていないようだ。

その魔女の違いが、魔女戦が初めてのアキオの意表を突いたのだ。

 

「んな!?」

 

突然の攻撃に避ける事は叶わず、両腕を重ねて少しでもダメージを減らそうとするのが精一杯だった。

 

次の瞬間、アキオは巨大な魔女の手に叩かれ底の見えない青空へと落ちて行った・・・

 

 

 

 

 

 

 

場所は見滝原総合病院前に戻る。

まどかはマミを連れてこの場所まで戻って来たのだが、そこには既にさやかとキュウべえ、そしてグリーフシードの姿は無く、空間の歪みだけが存在していた。

 

「鹿目さん、あなたはここに残ってもう一度アキオさんやサトリさんに連絡をして」

 

マミはまどかから事情を聞いた時にサトリにも連絡をしようとセブンスエンカウントに電話をしたが、彼女は店に居らず今回の事を知らせる事が出来なかった。

 

救援をまどかに託してマミは結界に入るが

 

「い、嫌です!」

 

なんとまどかまで結界の中に入って来てしまった。驚くマミにまどかはずっと考えていた事をマミに伝えようと言葉を出した。

 

「私、ほむらちゃんやマミさん、それに知らない人にまで契約はしちゃいけないって言われました。けど、何の取り柄も無い私だけど、魔法少女になってマミさん達の助けになりたいんです!」

 

「鹿目さん、今はそんな事を言ってる場合じゃないわ」

 

「でもマミさんの脚だってまだ治ってないんですよね」

 

ギクリとなるマミ。一応走れるまで回復はしたが、戦闘の激しい動きに耐えられるかは不安だった。

そんなマミの反応に気付いた訳ではないが、まどかはただ一生懸命に続ける。

 

「私、昔から得意な学科とか人に自慢出来るような才能とか何も無くて・・・きっとこれから先ずっと、誰の役にも立てないまま迷惑ばかりかけていくのかなって・・・ソレが嫌でしょうがなかったんです。でもマミさん達に出会って、誰かのために戦うの見せてもらって、同じことが私にも出来るかも知れないって言われて何よりも嬉しかったのはその事で・・・戦いは危険だって事教えて貰ったけど、だからこそ一緒に戦いたいんです!」

 

その真剣な、そして精一杯のまどかの叫びにマミはたじろいでしまう。

本当は巻き込んではいけない。そう頭では分かってはいるが、彼女の想いを簡単に無下にはできず、何よりも嬉しかったのだ。

 

「鹿目さん・・・ありがとう。あなたがそこまで言うなら私はあなたを止めないわ」

 

だが

 

「けど一つだけ約束してちょうだい?契約するのは私がやられそうになるまで待って」

 

ギリギリでマミは踏みとどまる。今言った条件がマミが譲歩出来る精一杯だった。

自分に甘いと思いながらも、逆に負けなければ何の問題も無いと自分に言い聞かせる。

「どうかしら?」と訊ねるマミにまどかは苦笑しながら「それじゃピンチにならなかったら私魔法少女になれないじゃないですか」と返した。

 

「何言ってるの!本当はこんな危険に付き合わせたくないんだから。けど、今のが鹿目さんがちゃんと考えて出した答えだって分かるから、特別よ」

 

そう言うとマミは結界を進み始めた。まどかもここで追い出されなかったという事はついて行っても良いということと捉え慌てて彼女の後を追い掛けた。

 

「でも、肝心の願い事はまだ決まってないのね」

 

「あ、それは・・・はい」

 

マミが悪戯っぽく言うとさっきまで強い眼差しだったまどかは顔をしゅんとさせてしまう。その様がおかしくてマミは笑ってしまった。

 

「ふふ、あなたの覚悟は分かったけど、これは話は別よ。ちゃんと後悔の無いように考えておいてね」

 

「それには及ばないわ」

 

突如聞こえた二人以外の声。まどかは驚き、マミはすぐさま振り向くとそこにはほむらの姿があった。

 

「ほむらちゃん・・・」

 

「単刀直入に言うわ。今回の魔女は今までと違う。あなた達は手を引いて」

 

何故産まれたばかりの魔女の事を知っている風に言うのだろうか?

それに一方的な要求である。

 

「美樹さんとキュウべえがいるの。悪いけどそれはできないわ」

 

一方マミはその要求をさらりと拒否した。まどかはこのまま最悪の事が起きるんじゃないかとおどおどしていたが、それでは状況は変わらない。

 

「二人の安全は保証するわ」

 

信用すると思っているの?

 

マミは喉元まで込み上げて来たその言葉を寸前で飲み込んだ。

 

(危ない・・・私、自分で言ってたじゃない。暁美さんの事を誤解してたかもって)

 

人間分かってても実際に事を目の当たりにすると過去の失敗を繰り返してしまうものだ。特に感情が動く人間関係では尚更だろう。

しかしここで踏みとどまれたのは、彼女が確実に成長している証だ。

 

マミは深呼吸すると今度はこちらからほむらにある提案をした。

 

「手を引くんじゃなくて、手を合わせて二人で戦うっていうのはどうかしら?」

 

その言葉にピクリと眉を動かした。しかし相変わらず無表情を崩さずほむらは返す。

 

「あなたは私を信用できる?あなたを後ろから撃つかも知れないわ」

 

しかしマミはクスリと笑った。

 

「あなたがそういう人間なら最初に会った時や、ついさっきにやろうと思えばやれたはずよ?それに、わざわざ自分からそんな事言わないんじゃない?」

 

「意外ね。あなたならもっと疑ってくると思っていたわ」

 

「確かに、私はあなたをグリーフシードだけが目的の魔法少女だと思っていた。けど今は違うわ。本当は鹿目さん達に、私達みたいな戦いをさせたくなかったのよね?」

 

ほむらの表情が一気に硬くなった。その表情から当たらずも遠からずと思ったマミは更に続けた。

 

「今の私も同じ気持ち。キュウべえを傷付けたのは許せないけど、誤解してた事は謝るわ、ごめんなさい」

 

そう言いながらマミはほむらに頭を下げた。

 

「・・・いいわ」

 

「え?」

 

「一緒に戦いましょう、巴マミ」

 

その言葉にマミは頭を上げると呆けたようにほむらの顔を見詰めた。そのほむらの顔はやはり無表情だが心なしか少し赤みが差してるように見えた。

 

「それと・・・私も誤解してたわ。もうあなたとは分かり合えないと思っていたから」

 

ばつの悪そうに視線をずらして言うほむらにマミ、そしてまどかはクスリと笑った。

そしてマミはほむらの両手を握りまどかもその上に手を置いた。突然の事に驚くほむらを他所にマミは言った。

 

「それじゃあ私達はこれから仲間よ!だからフルネームじゃなくて、"マミさん"って呼んで欲しいな」

 

「私も、"まどか"って呼んで!」

 

「うっ・・・」

 

ほむらはサッと自分の手を抜き、先に結界の奥へと歩を進めた。

 

「美樹さやかが心配だわ、急ぐわよ・・・巴さん、まどか」

 

その後ろ姿に呼ばれた二人は顔を見合わせて笑うのであった。

 

(暁美さん・・・悪い子じゃなかった。アキオさんの言う通りちゃんと話をして良かったわ。キュウべえを傷付けた理由は後で聞くとして、こうやって一緒に戦ってくれる仲間が増えて、鹿目さんも私の事本気で思ってくれて・・・今なら私、もう何も怖くない!)

 

 

 

 

 

 

 

もう一つの結界内。

 

魔女に吹き飛ばされたアキオは、この結界に侵入したもう一人の人物に抱えられていた。

 

「悪いサトリ、ドジ踏んだ」

 

抱えられたアキオは、自分を助けた人物・サトリに礼を言った。

 

アキオは今回の魔女出現の件を予めサトリに伝えており、結界の入り口もハッキングでしばらく開いたままになるようにしていたのだ。これによりアキオが吹き飛ばされた時にタイミング良く入って来たサトリに拾われたのである。

 

「まったく、世話が焼けるんだから。調子は?」

 

「良くはないかな?左腕が動かねえ」

 

そう言うアキオの左腕はぷるぷると震えていた。恐らく骨折か、良くて肩が抜けたといったところだろうか。

当然だ。あのような大質量で殴られればただではすまないはずだ。

 

「じゃあバディで行くよ。アキオは後衛ね」

 

「はぁ、しょうがねーな。今は回復役も医療キットも無いしそれが一番か」

 

サトリから降ろされたアキオは左腕が動かなくなった事でますますロープの上でのバランスを取り辛くなったが、それでも立っていられるのは今まで経験して来た数々の修羅場のおかげだろう。

この状態での戦闘は無謀だがアキオから自然と笑みがこぼれた。それはサトリも同様で、久しぶりに信頼しあえる仲間との共闘に知らず知らずの内に高揚感が湧いていたのだ。

 

「それじゃ行くよ、アキオ」

 

「ああ、俺達が揃えば」

 

「「もう何も怖くない!」」



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第11話【油断の代償】

首の無い女学生の姿をした《委員長の魔女》は結界に侵入してきた人間達にありったけの机や椅子を飛ばした。しかしあろう事か、自らの使い魔がそれらに突撃して人間達の道を開いてゆく。

 

何時もはただ傍観するだけなのに、何故よりにもよって敵の味方をする?

 

「キィアアアアアアッ!!!」

 

魔女は今のこの状況に憤慨しているかのようにヒステリックな咆哮をあげた。

 

しかしそんな事はお構い無しに人間達、サトリとアキオは魔女に接近してゆく。

サトリはあと数秒で魔女に辿り着けるというタイミングで腰に下げた刀《黒刀》に手を掛ける。そしてアキオはゲオルギアをしまった状態でひたすら光のパネルを片手で操作していた。今彼等の道を切り開いているのは彼にハックされた使い魔だった。

 

魔女は業を煮やしアキオにしたようにその巨大な腕をサトリに振るう。

 

「いつもの、頼んだよ!」

 

「任せとけって!」

 

サトリの合図に答えたアキオはゲオルギアを引き抜き、彼女を飛び越えて前に出ると正確な狙いで魔女の爪先を撃ち、衝撃に耐えられなかった爪は鈍い音をたて剥がれた。その痛みに怯んだ隙をサトリは見逃さない。

瞬時に腕の真下に潜り込んだサトリは居合切りでその黒光りする刀を開放した。

 

次の瞬間、魔女の巨大な腕はその体から離れ吹き飛んだ。

 

怨嗟のこもった悲鳴をあげる魔女に追撃の手を緩める事なく、更にサトリは魔女の体目掛け走り抜ける。それをアキオが銃やハックした使い魔で援護する。

抵抗しようにも激しい援護射撃に身動きを取れない中、サトリが跳躍し魔女の胴体目掛け刀を構えた。

 

「行くよ、《八又大蛇突き》!!」

 

急降下しながらの激しい全力の突きに、魔女は貫かれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

アキオ達が勝利を手にした頃、マミ達もだいぶ結界の中を進んでいた。テレパシーで誘導してくれるキュウべえによるとそろそろ彼等の下に辿り着けるようだ。

 

しかしここまで進んでくる中でほむらはある違和感を感じていた。

 

「巴さん、あなたひょっとして怪我してるの?」

 

彼女の戦いぶりを見て、普段の彼女の華麗さが見られず、左足を庇うような素振りに気付いたのだ。ほむらの指摘にマミは苦笑しながらその事を肯定する。

 

「ごめんなさい、けど足手まといになるつもりは無いから心配しないで」

 

「そう。だけどそれなら何故あの男に来て貰わなかったの?仲間なんでしょ?」

 

本当は自分が昨日呼んだはずなのだが・・・

 

そのほむらの疑問にまどかが答えた。

 

「別の場所にも魔女が現れたらしくて、その魔女の結界に入って行ったってキュウべえが言ってたよ」

 

「別の場所に魔女?」

(おかしい、今までこんな事無かった。それにあの男が何者なのか、何を持っているのかをこの場で見られればと思っていたのに予想外だわ。・・・まさか魔女の出現パターンが彼等イレギュラーによって変化している?)

 

「だから私達でやるしかないわ。よろしく頼むわね、暁美さん」

 

その言葉に思考の底から戻ってきたほむらは返事をし、それを聞いたマミは満足そうに頷いて目の前に見えた扉をマスケットで吹き飛ばした。

すると扉の先に物陰に身を隠すさやか達を見付けて彼女達は駆け寄った。

 

「お待たせ!」

 

「マミさん!・・・それに転校生!?」

 

「お邪魔だったかしら?美樹さやか」

 

「・・・いや、あんたもマミさんと一緒に戦ってくれるんだよね?」

 

「そのつもりよ」

 

「そっか、じゃあ私達の分も頼んだよ」

 

まっすぐにその言葉を放つさやかにほむらは無表情を装いながらも内心驚いた。

一度疑いを持たれた状態で、ここまでマミやさやかと友好的になれたのは"今回"が初めてだった。いったい彼女達に何があったのだろうかと再び思考を巡らせるほむら。

 

それは今の彼女が知る由も無いがアキオ、そしてサトリといったほむらの言うイレギュラーのおかげだ。中学生の彼女達だけでは一時の感情に振り回されて大事な事を見落としてしまいがちだが、そこに高校生とは言えあらゆる修羅場を経験して来たアキオ達がその見落としてしまった物を見付ける手伝いをしたからこそ今の結果があるのだ。

 

「気を付けて四人供!魔女が出てくる!」

 

キュウべえの警告に四人の表情が変わる。

 

結界の広間の奥にドロドロとした白い液体が溢れるエフェクトが現れ、その中心から魔女が出現した。

それは今まで見てきた魔女や使い魔のように生理的嫌悪を感じるものと違い、なんとも可愛らしいファンシーな人形のような姿だった。

 

「見た目に騙されないで」

 

「分かってるわ!」

 

警告するほむらとそれに頷くマミ、二人は同時に飛び出しふわふわと落下しながら異様に脚の長い椅子に座ろうとする魔女に向かってゆく。

まずはマミがマスケットで魔女を狙い撃ち、直撃はしなかったものの弾丸に弾かれるようにあらぬ方向へと落ちてゆく。そして魔女が地面に叩きつけられた瞬間、ほむらの魔法だろうか、その落下地点が爆発した。

再び吹き飛ばされる魔女だが、その先にいるのはマスケットを野球のバットのように構えたマミだった。

 

「今日の私は気分が良いの、だから速攻で終わらせてあげる!」

 

その構えたマスケットで魔女を打ち返し、哀れ三度飛ばされた魔女は壁にぶつかったところでいつ取り出したのかほむらのハンドガンによる追撃を受けてからパタリと地面に落ちた。

マミはその魔女に近付き容赦無く頭にマスケットを撃ち込むと、リボンにより拘束しながら高く持ち上げた。

そして

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

必殺の一撃が魔女を撃ち貫いた。

 

その光景に歓声をあげるまどか達。マミも全てをやりきったように肩の力を抜くが、ほむらだけは違った。

 

(ここまではいつも通り。せっかく良好な関係が築けそうなんだから、失敗はできない!)

 

次の瞬間、倒したと思った魔女の口から巨大な芋虫のような怪物が吐き出された。それは恐るべき速さでマミに近付くとピエロのような顔にある口を開け、その中に並んだ鋭く巨大な牙を見せつけた。

だがその光景をまどか、さやか、そして目の前のマミですら理解できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アキオ!」

 

魔女を倒し結界から開放されたアキオ達の前に、マスターが息を切らしながら走ってきた。その光景に二人ともただ事ではないと察する。

 

「どうしたんだよマスター!店は?」

 

「そんな事言ってる場合じゃないぞ!魔女が現れた!」

 

その言葉にアキオ達は息を飲む。

 

「ちょっと待ってくれよマスター!魔女ならもう倒したぜ?」

 

嫌な予感を感じつつもアキオは事実を話した。だがマスターは首を振って事情を語り出す。

 

「マミという嬢ちゃんからサトリがいないかと電話がきた。恐らく俺は戦闘要員ではないと思っていたんだろう、いない事を伝えたら訳も話さず切った。あの様子は間違いなく魔女関連だ」

 

二人は顔色を変えた。まさか魔女が複数同時に現れるなんて思ってもみなかった。しかも今のマミは万全ではない。早く救援に行かなければ。

しかしそうは思っても場所が分からない。

 

「・・・いや」

 

アキオはふと思い出した。そもそも自分がここにいるのはほむらから情報を貰ったからだ。ならそのほむらは何故この場にいない?

 

まさか・・・

 

「二人とも、たぶんこの病院の周辺にそのもう一体の魔女がいるはずだ」

 

「根拠を聞いてる暇は無いな」

 

「うん、アキオを信じるよ!」

 

ほむらは確かに見滝原総合病院に魔女が現れると言った。二体の魔女、ここにいないほむら。アキオが導き出した結論はこの場に二体同時に現れ、それぞれが違う魔女を見付けたというものだ。

 

三人はそれぞれ別れて走り出した。

 

(頼む・・・無事でいてくれよ!)

 

 

 

 

 

 

 

ガキンと鋭い金属音のようなものが結界に響いた。

まどか達が見詰める先には先程開けていた大口を今や閉じてモグモグと動かしている魔女のみ。そこにマミの姿は無かった。

 

「そんな・・・まさか」

 

一瞬で青ざめるまどか達。特にまどかは先程、彼女の危機に契約をして助けると意気込んでいたのだ。助けるどころかその危機に気付く事すら出来なかった。

恐怖もあるが、それよりも取り返しのつかない事をしたという後悔がまどかを支配する。

 

しかし、モグモグと口を動かしていた魔女は突如怪訝な表情をしてその口の動きを止めた。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

まどか達が魔女の様子に気が付いたのとその言葉が響いたのはほぼ同時だった。

 

真横から特大の魔力弾が魔女を襲い爆発を起こした。

何事かとまどか達が魔力弾が飛来した方へ顔を向けると、そこには先程魔女の奇襲に敗れたと思っていたマミと、その隣にほむらの姿があった。

 

「マミさん!」

 

生きていたんですね。

 

絶望からの希望にその言葉がなかなか出てこないまどかにマミはニコリと笑い、次に隣のほむらへと向き直った。

 

「ありがとう暁美さん。あなたの魔法のおかげで助かったわ」

 

「本当はこんなところで手の内を明かすつもりは無かったんだけど」

 

「その覚悟の上で助けてくれたんだもの。私はあなたの事を本当に信頼するわ」

 

そのマミの偽りの無い言葉にほむらは照れ隠しのように長い黒髪を掻きあげた。

 

「それは光栄ね。けど」

 

「ええ、ブレイクタイムに入るにはまだ早いわね!」

 

そう言うと二人はそれぞれ左右に跳び、今しがた彼女達がいた所に爆煙の中から飛び出した魔女が食い付いた。

その体はマミの必殺技を受けて尚、傷一つ付いていなかった。

 

「必殺技が効かないなんて流石にショックね」

 

「いいえ、今の一撃は確かに効いたわ」

 

「見てなさい」とほむらは自分を追いかけて来た魔女の大口に手榴弾を投げ込んだ。そしてほむらが噛み付きをかわしたタイミングで魔女の口から爆発が発生する。

しばらく呆けたような表情になる魔女だが、次の瞬間口から全く同じ姿の魔女を吐き出した。

そのおぞましい光景にまどか達は小さな悲鳴をあげ、マミは唖然とした。

 

「あいつはああやって脱皮してダメージを回復するわ」

 

脱皮・・・彼女達が知る脱皮とは速度も回復力もまるで違うがそれ以外にしっくりくる言葉は無いだろう。

 

「けど、カラクリが分かれば倒せない相手ではないわ。暁美さん、連携でいきましょう!」

 

そのマミの提案にほむらも頷き二人は再び戦闘体勢に入った。

 

「まずは私から!《ティロ・ボレー》!」

 

マミは召喚したマスケットを次々と手に取り撃ち尽くしていく。その攻撃を受けて堪らず魔女は口から新しい体を吐き出すが

 

「隙は与えないわ」

 

すかさずほむらが両手で構えたマシンガンを魔女の顔面めがけぶっぱなした。

魔女は新しい体をすぐさま捨てようとするが、そうして開けた口に向けてマミは再び必殺の巨砲を構えていた。

回復の追い付かないほどの連続攻撃、それが彼女達の作戦。至ってシンプルな作戦だがマミが次の攻撃を放てば確かにこの魔女を葬れるだろう。

 

結界内に風が鳴いた。

 

(これでおしまい。まさか巴マミと友好的な関係を築けてこの魔女を乗りきれるとはね)

 

しかしいつまで経ってもとどめの一撃が来ない。

その隙に魔女は脱皮を果たして全回復してしまった。

 

「何をしているの巴さん!?」

 

堪らずほむらは叫びながらマミへ振り向くが、マミは無反応だ。それどころか必殺の一撃を放つはずの巨砲は元のリボンへと戻って地面に落ちてしまった。

 

「巴さん!巴マミ!?」

 

いくら呼び掛けても何の反応も無いマミを不審に思い彼女の側に向かった時だった。

 

マミの首が落ちた。

 

ゴトリと鈍い音を立てて首が地面に落ち、彼女の体からは首から上があったはずの場所から噴水のように鮮血が溢れだした。しかしその勢いはすぐに収まりやがて彼女の体はその場で崩れ落ちた。

 

言葉を失い、全身に血を浴び、普段の無表情が崩れ唖然とその光景を眺めるしかないほむら。

 

何故?やっと手を取り合えたのに。違う。もう諦めていたのに。何故私は彼女の死に動揺しているの?

 

あまりの出来事に混乱するほむら。それはまどか達も同じだった。

死んだと思ったマミが生きていて、反撃にでたと思ったら今度こそ間違いようの無い死に方をした。

 

いったい何が起こったのか?

 

それが全員の考えだった。

しかしこの状況下でただ一人ほむらに接近する影に気が付いた者がいた。

 

「転校生、後ろ!!」

 

「!?」

 

その言葉で我に返ったほむらは咄嗟に魔法を発動させた。

 

次の瞬間ほむらはその場から消え去り、彼女がいた場所を目では追えないような速さで影が通りすぎた。

その影は急にピタリと止まり空中でホバリングを始めた。

 

「何・・・アレ?」

 

「新手の魔女?」

 

「あいつが・・・巴さんを!」

 

まどかとさやか、そしていつの間にか先程の場所から離れたほむらはその襲撃者に目を向けた。

 

それは緑色をしたトカゲ。だがただのトカゲではない。成人男性と同程度の大きさ、昆虫のように飛び出た眼球、そして背中に生えた羽を羽ばたかせてホバリングしながら不規則に揺れる様は蜻蛉を連想させた。そして衝撃的なのは二本の前足で切り落とされたマミの頭部を抱えていたのだ。

 

「転校生、また!!」

 

再び張り上げられた声。ほむらは再び魔法を発動させて彼女に食い付こうとしていた魔女を避けた。

 

「まさか二度も美樹さやかに助けられるなんて」

(私がしっかりしなきゃ、まどかを守らなきゃ!)

 

ほむらは決意を新たにすると、再び姿を消した。そして直後に魔女の体から起こる連続した爆発、魔女は何とか脱皮を繰り返し逃れようとするが次第に追い詰められ、そしてとうとう脱皮が間に合わない内に致命傷を受け爆散した。

 

その魔女の最後を見届けたほむらは次にトカゲを見た。しかし次の瞬間ほむらは怒りを感じる事になる。

トカゲが抱えたマミの頭に齧り付いたのだ。

 

「その頭を離しなさい!」

 

激昂してトカゲにハンドガンを向けるが、それに合わせてトカゲはマミの頭部をほむらに投げつけた。それはちょうど

 

(銃の射線に!?銃が武器だと知ってる、知能がある!やっぱり魔女の類なの!?)

 

ほむらはマミの頭部に銃を撃つのを躊躇い、トカゲはその隙に再び目では追えない加速をした。

 

「ほむらちゃん!!」

 

まどかは堪らず叫んだ。マミに続きほむらまであのような悲惨な死に方をしてしまうのではないかと思い気が気じゃなかったのだ。

 

だが

 

「どんなに速くても、私には意味無いわ」

 

ほむらがそう呟くと影にしか認識出来ないまでに加速したトカゲはその勢いのまま墜落した。ピクピクと手足を痙攣させ、全身には弾痕があり至るところから血が流れていた。

 

するとトカゲの体はどろりと溶けだし、結界も崩壊を始めた。

 

現実世界に戻って来たまどか達は勝利したのを理解していたが、マミの血を浴びたほむらを見て、この場にまどか、さやか、ほむら、そしてキュウべえの四人しかいない事に残酷な事実を突き付けられていた。

 

巴マミは死んだ。

 

「マミさん・・・何で?」

 

「あんなの、人間がしていい死に方じゃないよ」

 

まどかとさやかがマミの死に心を痛める中、ほむらは一度強く唇を噛んでから再びいつもの無表情を作った。

 

「そうよ。彼女は人間としてではなく、魔法少女として死んだの」

 

その言葉にさやかはキッとほむらを睨み彼女の首襟を掴んだ。

 

「何でそんな事言うんだよ?あんたはマミさんの仲間になったんじゃないの!?あんたなんか助けるんじゃなかったよ!!」

 

「そしたら私達全員あの場で死んでいたでしょうね」

 

「あんたねえ!!」

 

「止めてよさやかちゃん!」

 

「止めないでよまどか!だってこいつ・・・」

 

しかし途中でさやかは気が付いた。今のほむらは必死で無表情を装っているだけだと。何故なら何でもないように喋ってはいるが、実際は悔しそうに顔を歪ませていたのだ。

 

「・・・ごめん」

 

そう言ってさやかは首襟から手を離すがその態度を見たほむらは、感情的になったあのさやかに謝らせてしまう自分はいったいどんな顔をしているのだろうかとマミの死を割りきれない自分を情けなく思った。

 

どうしようも無い悲しみに、まどかとさやかはその場で泣き崩れ、ほむらはただそんな彼女達を見詰めるしか出来ないでいた。

 

「まどかちゃん、さやかちゃん!」

 

そこへアキオが息を切らし走って来た。

 

「あなたはっ・・・」

 

ほむらは思わず彼に怒りをぶつけようとしてしまう。

 

自分は確かに伝えた。それなのに何故来てくれなかった!?

 

しかし、アキオのだらんと力無く垂れた左腕を見て思い出した。

 

そうだ、この男も戦っていたのだ。

 

今アキオに怒りを向けるのは筋違いだと思い直したほむらは、状況が分からないアキオにただ真実だけを伝えた。

 

「巴マミが死んだわ」

 

「!?」

 

その言葉をアキオは否定したかった。だがただ泣くだけで駆けつけた自分に何も言えないまどか達がそれが真実であるという事を告げていた。

 

「そんな・・・」

 

辛うじて出てきた言葉はそれだけ。頭の中が真っ白になり、次第に彼女との短い思い出が浮かんでくる。決して多くはないが、その一つ一つが浮かぶ毎にやりきれない思いが大きくなってゆく。

 

「俺は・・・無力だったのか?」

 

彼女達を助けるために戦うと決意したのは何時だ?彼女とのわだかまりが解けたのは何時だ?彼女と楽しく食事をしたのは何時だ?

 

全てがつい最近の出来事。その全てをほむらから聞いた一瞬で失ってしまった。

まどか達だけでなく、アキオも悲しみに支配されようとした時

 

「まだだ」

 

突如聞こえた声。その場にいた全員が振り向くとそこにはアイオトがいた。

しかも両脇にマミの体と頭をしっかり抱えている。

 

「巴マミを離しなさい!」

 

ほむらは瞬時に銃をアイオトに構えた。

アイオトが何者かは知らないがマミの体を何かよからぬ事に使われるのではないかと思ったのだ。

 

「止せ、悪いようにはせぬ。まだこの娘の魂は無事だ」

 

その言葉にほむらはハッとなり、今までまどか達が泣こうが全く反応を示さなかったキュウべえもピクリと耳を動かしアイオトを見詰めた。

 

しかしその二人以外にはアイオトが何を言っているか分からなかった。

 

「アイオトさん、マミさんをどうするんですか?」

 

まどかから出た言葉はアキオ、そしてキュウべえに衝撃を与えた。

 

「まどかちゃん、アイオトと知り合いなの!?」

 

アキオの驚きように控え目に頷くと、まどかは再びアイオトを見詰めた。

 

「少しの間預かるぞ」

 

しかしまどかの問いに答える事無く、アイオトはその場から姿を消した。

 

「アイオト・・・彼が」

 

そしてキュウべえはただ一人、マミの死よりもアイオトの存在に思考を巡らせるのであった。



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第12話【残された者達】

「嘘・・・マミさんが?」

 

二体の魔女が現れたその日、アキオ達はまどかとさやかを家まで送ったあとミオとナガミミを呼んでセブンスエンカウントに集まっていた。

尚、ほむらはいつの間にかあの場からいなくなっていた。

 

マミの死を聞いたミオはショックでそれ以外の言葉が出てこない。

当たり前だ、この世界で初めて仲の良くなった人物が、こんなにもあっさりといなくなってしまったのだ。今聞いた事実を否定して欲しくてアキオ、サトリ、マスターの順に視線を向けるがいずれも顔を背ける事しか出来なかった。

 

「仲間だって言ったのに、彼女のために俺は何も出来なかった・・・」

 

「悔やんでも仕方ねーぞアキオ。まだ魔法少女候補の小娘共がいるんだろ?」

 

気持ちを沈めるアキオに対してナガミミは現状を確認させる。

 

「こういう言い方は悪いが、マミの死が契約のストッパーになればいいがな」

 

非情に聞こえるかも知れないがナガミミの言う事には一理ある。それを分かっているからナガミミの発言を咎める者はこの場にはいなかった。

 

「しかしこれで顔を知る魔法少女は暁美ほむらだけになった訳だ」

 

マスターは空気を変えようと話題をマミの死から残る魔法少女へと移した。

そのマスターの発言にこの場にいる者はアキオを見た。今のところまともに彼女と接触したのはアキオだけなのだ。

 

アキオは全員の視線を受け、「まいったな」とぼやきながら左手で頭を掻こうとして失敗した。

 

「ぃって!?痛~・・・」

 

その左腕は病院ではめられたギプスにより固定されており、つい無意識に動かそうとして激痛が走ったのだ。

魔女戦で負った怪我は骨折。幸い軽いものだったため入院せずに済んだがご覧の有り様、アキオは戦線離脱だろう。

 

痛みが治まったところでアキオはほむらについて考えるが

 

「ほむほむに対して、なんの情報も無いな」

 

そう、彼女は謎が多すぎた。そもそも魔法少女自体マミ以外には知らず、どのような思想をもつ者がいて魔法少女としてどのように生きているのか、大雑把な傾向すら分からなかった。

 

「結局我々に出来るのはあの二人の少女を見守りながら、一般人に被害が及ばぬよう魔女を倒すことだけか」

 

現状マスターの言うその通りだろう。情報が少なすぎるのだ。

 

結局それ以上進展は無く、今日のところは解散となった。

 

「まどかちゃんとさやかちゃん、大丈夫かな?」

 

なんとかマミの死を受け入れたミオは、仲良くなった同い年の二人の心配をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けばカーテンの隙間から光が部屋へとさしていた。小鳥の囀りも聞こえ、今が朝だという事が分かる。

 

その様子を確認するとまどかはゆっくりとベッドの上で半身を起こした。

 

(私・・・あれからどうやって帰って来たんだっけ?)

 

ぼーっとしながら昨日の記憶を再生しようとする。

すると浮かび上がるのはマミの首がゆっくりとずれ、バランスの悪かった積み木のように急に頭が落下して血の噴水が噴き出した光景。

 

「ひっ・・・」

 

必死に別の事を思い出そうとするが、その他の事はまるで箇条書きにされた文字のように簡潔にしか分からないのに、マミの最後の光景だけは今でも頭にこびりついて離れなかった。

 

「酷いよ・・・なんでマミさんが・・・」

 

まどかは悲しみと恐怖に震え、しばらく膝を抱えてベッドから降りられないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「でもって~、ユウカったらさ、それだけ言ってもまだ気付かないの!」

 

何時もの通学路に着くと、さやかとキュウべえ、そして仁美が待っていた。そしてさやかは昨日の事なんて無かったかのように笑い話を始めた。

さやかも昨日自分と同じ光景を見たはずなのにどうしてそんな明るく振る舞えるのか。

 

『さやかちゃん・・・昨日の事・・・』

 

『ごめんまどか、今はやめよ。また後で』

 

まどかは堪らずキュウべえを介したテレパシーで語りかけるが、返って来た声は今明るく話している顔からは想像出来ない程暗かった。

 

そうだ、さやかも辛いのだ。辛くないはずが無い。あれだけマミに憧れていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。

まどかとさやか、そしてキュウべえは屋上に来ていた。しかしまどかとさやかの二人はまるで精気の無い顔をしている。

何時もの失笑してしまう担任のプライベート話も、授業も、友達の話さえ今日の出来事は頭の中に入っていなかった。

 

「なんか、違う国に来ちゃったみたいだね」

 

唐突に喋り出すまどかの声は、やはり精気が無い疲れきったかのような声だった。

 

「学校も仁美ちゃんも、昨日までと全然変わって無いはずなのに、なんだかまるで知らない人達の中にいるみたい」

 

昨日あれだけの事があったにも関わらず世界は何も変わってない、マミが死んでも当たり前のように日常が過ぎてゆく光景にまどかは違和感を感じずにはいられなかった。

そんなまどかにさやかは同じく暗いトーンで返す。

 

「知らないんだよ、誰も。魔女の事、マミさんの事。私達は知ってて、他の皆は何も知らない。それってもう違う世界で違うもの見てるのと変わんないんだよ。私達はもっと早くにその事に気付くべきだったんだ」

 

そしてそこで一旦言葉を切ると、少し躊躇い気味にさやかは問いかけた。

 

「まどかはさ、まだ魔法少女になろうって思ってる?」

 

その言葉にまどかは息を飲んだ。瞬間、昨日の光景が再び蘇る。何度も頭の中で再生されても決して慣れる事の無い親しい人の死の光景。

まどかはさやかの問いに何も返せず、震え出した自分の体を抱き締める事しか出来なかった。

 

そんなまどかの姿を見てさやかは優しく彼女を抱き締めてあげる。

 

「仕方ないよ・・・結局私達は分かった気でいただけで、何も分かってなかったんだ」

 

「マミさんを助けるって言ったのにずるいって・・・卑怯だって分かってる。でも私、あんな死に方したらって思ったら息も出来ないぐらい苦しくて・・・無理だよ、あんなの嫌だよ・・・」

 

途中で泣き出しながらも胸の内を吐き出したまどかは抱き締めてくれるさやかにしがみついた。

 

幸せな家庭で死などと縁の無かったのに加え、優しい性格のまどかには普通ではあり得ないマミの死が余程ショッキングで辛かったのだろう。さやかだって辛いのは同じはずだと分かっていても、親友の優しさに今だけは縋りたかった。

そしてさやかも、そんなまどかを支えられるのは同じ事情を知る自分だけだと自分に言い聞かせる事でなんとか平静を保っていた。

 

しばらくして、まどかが落ち着いた頃合いを見てさやかはキュウべえに問いかけた。

 

「ねえキュウべえ、マミさんがいなくなって、この町どうなっちゃうの?誰が魔女から皆を守るの?」

 

「長らくここはマミのテリトリーだったけど、空席となったら他の魔法少女は黙っていないだろう。恐らくはすぐにでもグリーフシードを目当てにやって来るだろうね。暁美ほむらがどういうスタンスなのかはまだ分からないけれど、ひょっとしたらグリーフシードを賭けての争いになるかも知れない」

 

「そんな・・・同じ魔法少女同士なのに?」

 

「しかもそんなグリーフシードだけが目的なんて」

 

キュウべえの話す内容にまどかは困惑し、さやかも表情を険しくさせる。

それに対してキュウべえは諭すような口調で続けた。

 

「グリーフシードは魔法少女にとって無くてはならない存在だからね。でも、そんな彼女達を批判出来るのは、同じ魔法少女としての運命を背負った者だけじゃないかな」

 

魔法少女としての運命。

それは魔女との命懸けの戦いをし続けるという運命。

 

そして敗北の意味を知ってしまったまどか達はキュウべえのその言葉に何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、さやかは恭介のお見舞い、仁美はお稽古事、そしてまどかは日直の仕事で遅くなり一人で学校の正門を出た。

 

「あ、まどかちゃん!」

 

「え?」

 

精神的に疲労しきったまどかに声をかけたのはミオだった。まどかを見付けすぐに駆け寄って来るミオ。その顔には不安げな表情が浮かんでいる。

 

「大丈夫まどかちゃん?」

 

「ミオちゃん?どうしたの?」

 

「その、マミさんの事聞いて・・・」

 

その言葉にまどかは表情を暗くする。その様子にミオは相当まどかがまいってしまっている事を見抜いた。

 

「私、まだまどかちゃん達と出会って全然経って無いけど、友達だと思ってるの。だからね、まどかちゃんが辛かったら私に出来ることがあればしてあげたい!」

 

そう言いながら手を握って来るミオに、まどかは瞳に涙を溜めた。

 

「ミオちゃん・・・私、そんな風に言ってもらえる資格なんて無いよ。マミさんを助けるって言ったのに、いざとなったら怖くて何も出来ない・・・今だってマミさんの代わりに魔女と戦えない、卑怯者だもん」

 

まどかはマミの死の責任が自分にあると思っていた。だからさやかに仕方がないと言われても自分を責める事を止められなかった。

だがミオはゆっくりと首を振り、握った手に力を入れた。

 

「違うよ。資格が無い事なんてない。ただ私が友達を・・・まどかちゃんを助けたいだけなんだから」

 

それは嘘偽りの無いミオの本心。どんなにまどかが自分を卑下しようとミオは彼女を助けたいという気持ちを曲げる事は無いだろう。

 

そしてその想いはまどかに届いた。

 

「ごめんねミオちゃん。心配かけちゃって」

 

「ううん。私もまどかちゃんの気持ち、分かるもん」

 

まどかは瞳に溜まった涙を拭うと、ある願いを切り出した。

 

「あのね、ミオちゃん。私、マミさんのお家に行きたい」

 

その言葉にミオは頷き、まどかと二人でマンションへと歩きだした。

 

道中、二人は無言だった。

正直まどかは今自分から話しかける気力は無い。

 

「まどかちゃん、私の話をしてもいいかな?」

 

しかし突拍子も無くミオが問い掛けた。まどかがそれに頷くと、ミオは一度深呼吸してから語りだした。

 

「私ね、沢山人が死ぬところを見てきたの」

 

「えっ!?」

 

予想だにしない内容にまどかは驚きの声をあげた。まだ魔法少女の事を知らないかつてのまどかなら質の悪い冗談だと思っていただろうが、今はそのように思う事が出来ない。

 

「私もまどかちゃんみたいに戦ってくれって言われた事があってね、と言ってもナビゲーターとしてだけど。それまでの私は何の取り柄も無くて、ずっと周りの人達に迷惑かけてて、そんな私が皆の命を預かるような仕事を出来るはずがないって、怖くて逃げ出しちゃったの」

 

そこまで聞いてまどかは自分の境遇と重ねていた。契約を持ち掛けられているという点は勿論、自分には何も無いという部分にも。

 

仕方ないよ。

 

そう言う言葉がまどかの頭に浮かぶが、ミオの話はまだ終わらない。

 

「だけどね、その後にアキオに助けてもらう事があって、死ぬかもしれないのにどうしてって聞いたら、ただ"助けたかったから"だって・・・普通はそれだけで動けない、アキオが特別なんだって思ってたんだけど、アキオを見ていたら違った。ただアキオは自分に出来る事を単純に頑張ってるだけなんだって気付いたの。それから私も、私に出来る事を頑張ろうってナビの仕事を始めたんだ。それから沢山のお友達が出来た・・・行方不明だったお父さんにも、自分からは名乗ってくれなかったけど会えた」

 

そう語るミオはとても愛おしそうに記憶を蘇らせる。だが次の言葉はまどかに衝撃を与える。

 

「だけど、皆死んじゃった」

 

「そんな・・・」

 

思わず口元を押さえ、ミオを心配そうに見詰めるまどか。

 

「悲しくて、辛くて、それでも、皆がいた事を無かった事にしたくなくて、私もアキオ達も出来る事をやろうって最後まで諦めなかった」

 

「・・・じゃあ、私も出来る事、魔法少女になって魔女と戦わなくちゃいけないのかな?」

 

そのまどかの言葉にミオは首を振り否定する。

 

「ううん。私が言いたいのはまどかちゃんはもう十分頑張ってるから、そんなに自分を責めないでって事」

 

まどかにとってそれは思いがけない言葉だった。自分は何を頑張っているというのか、何も出来ないで見ている事しか出来なかった自分に何故そのように言うのか。

その声にならない疑問に答えるようにミオは続けた。

 

「まどかちゃんは魔法少女の事を知ってから、マミさんの戦いを側で見てあげていたし、昨日の魔女の事も自分に出来る事をしようとしてマミさんに教えたんでしょ?」

 

「でもそれってやっぱり、戦う力があるのに安全な所でただ傍観してるだけだよ」

 

「そんな事無い!魔女との戦いが命懸けだって事をまどかちゃんは知ってたでしょ?その上でマミさんの側にいたんだから、その時のまどかちゃんは勇気を持ってたはずだよ!まどかちゃんも頑張ってたんだよ!」

 

ミオの勢いにまどかは否定の言葉を見失ってしまう。しかし一方のミオはう~んと唸って先程の勢いを無くしてしまっていた。

 

「ごめんねまどかちゃん。私、こういう事に慣れてなくて何だか自分でも何を言ってるのか何を伝えたいのか分かんなくなってきちゃったよ」

 

その言葉にまどかは思わず吹き出してしまった。

 

「え?え?私変な事言っちゃったかな?」

 

おろおろしだすミオに、一時的だった笑いが止まらなくなってしまった。

 

「分からない・・・分からないけど何だかさっきのミオちゃん、すっごくドジっ娘だなぁって・・・ふふ」

 

恐らくは真剣な話からの勝手に混乱するミオの姿が笑いのツボに入ったのだろう。他人や後の自分が見たら何が可笑しいのか分からないが、この瞬間の笑いをまどかは止める事が出来なかった。

 

息が切れるほど笑ったところでまどかはようやく落ち着きを取り戻し、ミオに向き直った。

 

「ごめんねミオちゃん。でもミオちゃんが私を励ましてくれようとしてるのは分かったから」

 

その言葉にミオは怒るに怒れなくなるが、心なしかまどかの顔に精気が戻っているように見え、むしろ嬉しさが沸き上がった。そんな彼女の顔は笑顔だ。

 

「もうまどかちゃんたら!・・・でも、やっと笑ってくれたね」

 

対するまどかも、まだ少し疲れた様子はあるが笑顔を作って返した。

 

「うん、ミオちゃんのおかげでね。ありがとう」

 

そうして、彼女達はマンションまで辿り着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ほむらは昨日戦いがあった場所、見滝原総合病院前まで来ていた。

彼女は病院の壁の一点、結界があった場所をジッと見詰め昨日の乱入者を思い出す。

 

(結局昨日のあのトカゲは何だったのかしら?グリーフシードは落とさなかったし、お菓子の魔女の使い魔とも全く違う・・・なによりあんなの今まで見た事無いわ)

 

「お?ほむほむじゃん!」

 

思考するほむらの耳に入ってくる声。それが誰のものか振り向くまでも無く彼女には分かった。

 

「巴マミが死んだ次の日なのにも関わらず元気そうね、アキオさん?」

 

そう、そこには笑顔で近付いてくるアキオの姿があった。そもそも自分の事をほむほむと呼ぶ人間をほむらは彼以外心当たりが無かった。

アキオはほむらの言葉を気にせず彼女の隣まで来ると同じように結界のあった場所を見詰めた。

 

その表情からはいつの間にか笑顔は消え、眉をひそめ愁然とした顔になっていた。

 

「悲しいさ。けど何時までも悔やんでたってマミちゃんは戻ってこない」

 

「・・・意外とドライなのね」

 

「おっと!冷酷な人間だなんて思わないでくれよ?俺はマミちゃんの事を忘れない・・・例え元の世界に帰っても、絶対に」

 

「そう、巴マミは幸福者ね」

 

「だと良いがな」

 

そしてしばらくの沈黙。

その間にほむらはアキオについて考える。

 

(巴マミの死に動揺しているのは昨日と今の態度から偽りのないものと見ていいでしょうね、彼は本当に巴マミの仲間だった。なら彼は何者?間違いなく魔法少女では無い・・・とは言い切れないわね。例外。例えば何らかの理由で男ではあるがキュウべえが契約を持ち掛けた魔法少女の男版。それならば昨日魔女の結界に単独で侵入して生還したのも頷けるわ。いや、でも初めて会った時に彼はキュウべえを知らない風だった。・・・そう言えばさっき"元の世界"って)

 

「ほむほむさあ」

 

突然呼ばれてほむらの思考は中断された。

 

「もし良かったらこの後お茶しない?」

 

先程までの憂い顔は何処へやら、そう誘いをかけるアキオの顔はいつもの笑顔に戻っていた。

 

「中学生をナンパするなんて、あなたロリコン?」

 

「ロリコンちゃうわ!ちょっとばかし真面目な話をしようと思ったのさ。魔法少女、そして俺達の事についてね」

 

「!」

 

それはほむらにとって願ってもない提案だった。

ほむらもアキオ達同様に相手の事を知りあぐねているのだ、堂々と話を聞けるのであれば乗らない手はない。それにもし何らかの罠だとしても隙を突かれなければ彼女は自分の魔法で逃げ切れる絶対の自信を持っていた。

 

「分かったわ、そのお誘いを受ける事にするわ」

 

その言葉を聞いてアキオはニコッと笑うとポケットから畳まれた紙を取り出し、それをほむらへと渡した。ほむらが怪訝な表情でその紙を広げると、それはセブンスエンカウントのチラシだった。

 

「先にその店で待っててくれ。地図はそれに載ってるからさ」

 

「あなたは?」

 

「俺はほら、コレ」

 

そう言って右手でギプスで固定された左腕を指差した。

それを見てほむらも納得してその場から歩きだした。

 

ほむらが見えなくなった頃、アキオは未だにその場から動かず、顔を再び悲痛なものへと変えていた。

 

「ごめんマミちゃん・・・デパートで俺達は君に助けられたのに、俺は君の事を・・・」

 

この悲しみは何度経験しても慣れない、いや、慣れてはいけないものなのだろう。

しばらくしてアキオもその場から静かに立ち去るのであった。




最近ようやくセブンスドラゴン二週目を始めましたがやはり二週目だと色々気付く事がありますね。ノーデンスウォッチとかそんなんプロローグ以降忘れてましたよw
ちなみに結局またアキオ達を作ってプレイしてます。


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第13話【消えない過去】





マミの部屋の前に着いたまどかはドアノブを握りゆっくりと回す。すると鍵は掛かっておらず、開かれたドアから見える光景は昨日マミを連れ出す際に一瞬だけ目にした光景と同じだった。

部屋の中に入ると飲みかけの紅茶に、ケーキを出そうとしていたのか小皿とナイフが用意されていた。

 

その日常の風景を動かすこの部屋の主はもういない。

 

再び瞳に涙を溜めるがすぐにそれを拭ってまどかはもういないこの部屋の主に語りかけた。

 

「ごめんなさいマミさん。私、やっぱり怖くて魔法少女にはなれません」

 

そう言って鞄から一冊のノートを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。

 

「まどかちゃん・・・それ」

 

ミオはそのノートに見覚えがあった。それは以前セブンスエンカウントで一緒にお喋りしながら見た、まどかの憧れの魔法少女が描かれたノートだった。

そのノートをこの場に置くという事は、魔法少女にはならないという彼女の意思表示なのだろう。

 

「でも、私は私なりにマミさんの守ろうとしたこの見滝原を守ろうって思います。と言っても、やっぱりアキオさんやサトリさんに魔女を知らせる事しか出来なくて、他人任せかも知れないけど」

 

そう言うまどかの顔はもう落ち込んだ様子など見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

診察を終えたアキオは会計を済ませるだけとなったが、総合病院というのはどの時間帯でも混んでいる場所であり、しばらくはアキオが渡された会計番号が呼ばれる気配は無かった。

その時間潰しに、特に何か用がある訳でも無いがなんとなく屋上へと出ようとアキオは病院内を歩きだした。すると以外な人物を目にする事となる。

 

突如前方の病室からさやかが飛び出したのだ。さやかはそのままアキオとは反対の方向へと走って行ってしまったため彼に気付かなかったが、その姿に何事かと思ったアキオは彼女が飛び出した病室を覗き込んだ。

そこには左手から血を流しながら呆然とこちら、病室の出入口を見詰める少年がいた。

 

「おいおい大丈夫か!?」

 

「え?」

 

アキオに声を掛けられて初めて彼の存在に気付いたかのように少年は呆けた声を出した。

 

「血出てるぞ、左手!」

 

「あっ・・・」

 

アキオに言われ自分の左手を見る。確かにその左手には決して小さくない傷ができておりそこから出た血はベッドの白いシーツも赤く染めていた。

しかし少年はその光景を見ても慌てることなく、むしろ悲しげに目を伏せてしまった。

 

「いいんです、自業自得ですから。それにこんな左手なんてどうなっても・・・」

 

「さやかちゃんと喧嘩でもしたかい?」

 

「!?」

 

少年がさやかの名が出た事に驚く中、アキオはツカツカと病室に入りナースコールの受話器を手に取り呼び出しボタンを押した。

 

「さやかを知ってるんですか?」

 

「ああ、最近知り合ってね。・・・あ、すいません、この病室の患者さんが怪我してるの見付けてコール使っちゃいました」

 

ナースコールに出た看護婦に少年の怪我の様子を手短に説明して受話器を元に戻すと、アキオはベッドの近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「さやかちゃんが飛び出して行くの見てね。それで自業自得ってどういう事だ?良ければ男同士、聞かせてくれよ。あ、俺はアキオだ、よろしく!」

 

そう言ってウィンクするアキオに少年は何となく気持ちをほぐされ、彼に対して語りだした。

 

「僕は恭介っていいます。その・・・僕は昔からヴァイオリンが好きで、これから先もずっとヴァイオリンを弾き続けていくもんなんだって、当たり前のように思ってました。でもこの怪我で・・・」

 

そこで恭介は悔しそうな顔をして口を閉ざしてしまった。そこまで聞けばアキオにも彼がどのような状態か分かった。

 

恭介が口を閉ざした沈黙の内に看護婦がやって来て、彼の左手の手当てを始めた。しかしそんな中恭介は再び口を開いた。

 

「さやかとは幼馴染みなんですけど、何時も僕の見舞いに来てくれてたんです。僕の好きな音楽のCDをわざわざ買ってきてもくれて・・・でも、今日先生に言われたんです。僕の左手はもう二度と動かないって」

 

その言葉にアキオは息を飲んだ。

 

「それで、頭の中真っ白になって、全てを奪われた感覚がして・・・だけどさやかは何時も通りここに来て、笑いながら下らない話をして・・・僕がどんな想いでいるのか知らないのかって思っちゃって、さやかに八つ当たりしたんです」

 

そんな事、アキオはともかく看護婦には情けないと思われると分かっていながらも、口に出した恭介は自棄になっているのかも知れない。

しかしそれを聞いたアキオは彼を励ましたり叱咤する事なく

 

「いるよな~、そういうお節介焼き!」

 

むしろ彼が後悔している八つ当たりに同調するような事を言った。

恭介の手当てをしている看護婦にジト目で睨まれながらも今度はアキオは語りだした。

 

「俺にも幼馴染みがいてさ、そいつは相当なお節介焼きなんだ。俺がガキの頃に母親が病気で死んじまって悲しくてわんわん泣いてたんだけど、そん時にその幼馴染みも泣いてさ。泣きながら"泣いてたらきっとお母さんも悲しいよ"ってそいつなりに励ましてくれようとしてたんだろうが、お前に何が分かるんだよ!って、むしろ死んだのは俺の母親なのに何でお前が泣いてんだよ!って言っちまったんだよ」

 

その話に恭介は先程の自分を重ねてしまった。今アキオが言っている当時の発言は先程の自分の思いと同じものに思えたのだ。

 

「けどさ、しばらくそいつを鬱陶しく感じてたんだけどある日気付いたんだ。俺とそいつは家族同然の付き合いだったんだけど、あいつも俺の母親によく懐いてて本当の、もう一人の母親みたいに感じてたって。あいつも俺と同じ気持ちだったって」

 

「同じ気持ち・・・」

 

「君とさやかちゃんはどうだい?」

 

その言葉に恭介の脳裏にはある光景が浮かんだ。

 

まだお互いに小さかった頃、自分の弾くヴァイオリンの音色を彼女は笑顔で好きだと言ってくれていた。自分はそれが嬉しくて、もっと笑顔を見たくてヴァイオリンを弾き続けた。

 

それはいつの間にか忘れてしまった自分の始まり。

 

「そうだ・・・さやかは僕のヴァイオリンを好きだって、今までずっと側にいてくれたのに・・・それなのに僕は自分の事ばっかり」

 

「いや~!柄にもなく恥ずかしい話をしちまったぜ!」

 

恭介が後悔の念に駆られる前にアキオがおどけた声を発した。それによってこの場の空気が緩む。

 

「ま、お兄さんから言える事はとっとと仲直りしなって事かな。俺は君がどれだけヴァイオリンに費やしてきたかは分かんねーけど、何だかんだで生きてんだ。もっと前向きに作曲家として音楽に携わったり、むしろ音楽から離れて今まで手を付けてこなかったようなものをやってみるのも悪くないんじゃない?」

 

そこまで言うとアキオは立ち上がった。

思った以上に時間を使ってしまった。恐らくもう会計番号は呼ばれているだろう。

 

「あの!」

 

踵を返し病室から出て行こうとしたアキオをその声が止めた。

 

「アキオさんはその幼馴染みとは、どうなったんですか?」

 

その言葉にアキオは顔だけを振り向かせ笑顔で答えた。

 

「今でもお節介焼かれてるよ」

 

そうして今度こそ病室を出て行った。

 

(さて、さやかちゃんには次会った時にでもフォローしておくか)

 

そう考え歩き出すアキオだが、その考えが甘かった事を後に知る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

辺りが暗くなった町中。

まどかは完全にではないが悩みが取れ、ミオの優しさに嬉しくなり少し口角を上げながら歩いていた。今はミオとは別れ帰宅途中であった。

 

(私も、ミオちゃんみたいにさやかちゃんを元気付けられるかな・・・ううん、友達なんだから頑張らなきゃ)

 

「おいおい聞いてんのか嬢ちゃん!?」

 

突然の大きな声にまどかはビクリとして反射的に振り向いてしまった。その視線の先には一人の少女に突っかかっている高校生ぐらいの少年の姿があった。

男にしては長い銀髪にニット帽を被り、色付きのゴーグルで目を隠している姿からは素行の悪さを感じさせる。一方の少女はウェーブのかかった緑色の髪をしておっとりとした表情。

 

「って仁美ちゃん!?ど、どうしよう」

 

そう、少年に絡まれているのはまどかの友達の仁美だった。しかしその表情はぼーっとして焦点が合ってないようにも見える。

 

「ぶつかっておいて無言ってのは別に構いやしねえがな、わざわざ嬢ちゃんの落とし物拾ってやったのにシカトして歩き出すってのはあんまりじゃないか?」

 

今度は声を抑えて言う少年だが、その分ドスがきいた声になった。しかし、仁美はやはり表情を変えずゆっくりと少年を見上げると

 

「あら、貴方誰ですの?」

 

今少年の存在に気が付いたかのようにそう言った。

これには少年も言葉を失い呆然としていると、仁美はフラフラと歩き出してしまった。その様子に少年は異変を感じる。

 

「おい嬢ちゃん!大じょ」

 

「すいません!友達が迷惑かけちゃって!」

 

少年が声をかけたのと同時にまどかが叫びながら仁美の腕を掴んだ。

 

「私達急いでるんで!すいません!」

 

言うや否やまどかは仁美の腕を引き脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、怖かったぁ・・・」

 

少年から仁美を連れ逃げ出したまどかは息を切らしながら呟いた。先の行動は恐らく以前の自分では出来なかったとまどかはは思う。勇気を出せたのはミオが励ましてくれたおかげだと彼女に感謝した。

 

「あらまどかさん、こんばんは」

 

しかし一方の仁美はまどかに対しても先程の少年と同じような反応だ。その焦点の合ってない瞳にまどかは寒気を感じてしまう。

 

今の仁美は何かがおかしい。

 

違和感を感じながらもまどかは何時も通りを装い仁美に声をかける。

 

「さっきはどうしたの仁美ちゃん。確か今日お稽古事があるって」

 

しかしその言葉は途中で途切れた。まどかの感じていた嫌な予感は当たってしまったのだ。

 

仁美の首筋に浮かぶ文様。

 

魔女の口付け

 

それを見た瞬間まどかの全身から汗が噴き出した。頭が上手く回らない。思い出されるのは魔女の口付けによって廃墟から身投げした女性の姿とマミによる説明。

 

そんな中仁美はフラフラと歩き出してしまう。

 

「ひ、仁美ちゃん・・・どこに行くの?」

 

「うふふ、とおっても素敵な場所ですわ。そうだ!」

 

突如振り向いてまどかの手を握る仁美。

 

「まどかさんも一緒に行きましょう?ええ、そうですわ、それが良いですわ!」

 

まどかの返事を聞かずそのまま彼女を引き摺り歩き出してしまった。まどかはどうにかしなければと必死に考える。

 

「アキオさんに・・・でも確か腕が・・・そうだ!」

 

そう言えば昨日マミからセブンスエンカウントの連絡先を教えて貰っていたのを思い出したまどか。空いている手で急いでケータイを取り出すと電話帳を開いた。

 

「サトリさんなら・・・」

 

「駄目ですわまどかさん」

 

しかし電話を掛ける前に仁美にケータイを取り上げられてしまった。

 

「まどかさんをお誘いしたのはまどかさんが私のお友達だからですわ。余計な邪魔は要りません」

 

「あっ!」

 

仁美はそのまままどかのケータイを放り投げてしまった。

 

「さ、行きましょうまどかさん」

 

(ど、どうしよう・・・)

 

しかし振りほどこうにもがっちりと腕を掴む仁美の手は普段からは想像できない程力が強く抵抗出来なかった。

 

そうして彼女達が辿り着いたのは町外れの廃工場。周りには彼女達の他にも魔女の口付けをされた人々が大勢集まっていた。

そしてまどかが工場内に連れられるとシャッターが降り、出入り口が封鎖されてしまった。

 

(何が始まるの?)

 

皆一様に死んだような目をしてぶつぶつと何かを呟いている。微かに聞き取れた内容は人生に絶望しきったような泣き言。自分を取り巻く異常な光景に怯えていると、彼女の前で大きめの洗剤のボトルが二種類運ばれてきた。そこには一つのバケツ。

瞬間まどかには何をする気なのか分かった。

 

「待って!それ混ぜちゃ駄目なやつ!!」

 

塩素系と酸性の洗剤を混ぜるとどうなるか。

それは小学校の家庭科の時間に習い、母親からも口を酸っぱくして言われたまどかには直ぐに分かった。

 

当然の如くまどかは止めようと駆け出すが、仁美がまどかの前に腕を出して制止した。まどかはその腕に突っ掛かり止められてしまう。

 

「邪魔してはいけません。あれは神聖な儀式なのですよ?」

 

「だって、あれ危ないんだよ!?ここにいる人達皆死んじゃうよ!!」

 

必死に訴えるまどかだが、魔女の口付けによって操られた人間は正気ではない。彼女の声は仁美には届かなかった。

 

「そう、これから私達は肉体を捨て新たな世界へと旅に出ますの。それがどんなに素晴らしい事か分かりませんか?生きてる体なんて邪魔なだけ、まどかさんも直ぐに分かりますから」

 

狂ってる。

 

14歳の少女のまどかが純粋にそう思う程この場の空気は狂喜に満ちていた。

 

仁美の演説染みた宣言に周りの人間達も拍手をし、いよいよバケツに洗剤が注ぎ込まれ始めた。

 

もう一つの洗剤が注がれたらもう終わり。

 

(駄目・・・私も頼ってばかりじゃなくて、出来る事をって決めたから・・・!)

「離して!!」

 

仁美の制止を振り切りまどかは駆け出しバケツを持ち出すとそのままの勢いでバケツを窓へと投げつけた。勢いが付いた上に洗剤の入った重みが付加されたバケツの衝撃に老朽化した窓ガラスは耐えられず、薄氷のように砕けバケツを外へと放り出した。

これでひとまず有毒ガスによる集団心中は防げたが、未だにまどかの心臓はバクバクと鳴り響き肩を揺らして息をしていた。

 

すると、心中を邪魔された人々はその目に怒りを浮かべまどかへと迫った。あまりの出来事に泣き出しそうになりながらもまどかは必死に逃げようと辺りを見回すが既に包囲されてしまい、逃げ場など無かった。

いや、仮にこの場から動けたとしても出入り口はシャッターで閉ざされ、窓はまどかの伸長では鍵まで手が届かずどちらにせよ逃げ切れる望みなど無かった。

そして一気に詰め寄って来た一人の男性に腕を掴まれてしまった。

 

「痛っ・・・やだ、離して!!」

 

必死に抵抗するが仁美からも逃げられなかったのだ、男性から逃げられる訳も無ければ彼等に言葉が通じる訳もない。動けないまどかへと一斉に人々が迫る。

恐怖で一杯のまどかには来る苦しみを目にしたくなくて思いっきり目を瞑る事しか出来なかった。

 

「やだ!誰か・・・誰か助けて!!」

 

その時、派手にガラスが割れた音がした。

 

まどかがそれを聞いた次の瞬間鈍い音がして自分を掴んでいた男性の腕が急に離れ、それによってバランスを崩しよろけてしまうが肩を誰かに掴まれそのまま倒れる事はなかった。肩に置かれたその手は今までの力任せに握られていたものと違い、そっと支えてくれているような、そんな気遣いが感じられた。

突然の変化に戸惑いながらも恐る恐る目を開けると、そこには思いもしなかった人物がいた。

 

「よお!大丈夫か嬢ちゃん?」

 

「え!?」

 

まどかの危機に現れたのは仁美に絡んでいた先程の少年だった。

 

「あ、あなたは?」

 

「ただのヒーローさ!空は飛べないけどな」

 

ニカッと笑みを見せまどかを庇うように前に出る少年に、まどかの中では良くなかった第一印象とは違うものを感じた。

 

「一人の女の子に寄ってたかって乱暴しようたあどういう了見だ?」

 

そう言いながらファイティングポーズをとる少年にまどかはハッとなった。

 

「待って下さい!この人達操られてるだけで、ただ正気じゃないだけなんです!!」

 

「なんだって!?」

 

それを聞いた少年の動きはピタリと止まった。どうやらまどかの言葉を信じたようだ。

 

「チッ、こっちだ嬢ちゃん!」

 

少年はまどかの手を取ると包囲の薄い方へ走りだし、進路を邪魔する人を軽く突き飛ばしながら工場内の別の部屋へと繋がる扉へ向かった。無事にその扉を開け中に入り急いで鍵を掛けると、同時に扉を叩く音が連続して聞こえてきた。だがしばらくするとその音も止みまどかと少年はようやく一息ついた。

 

二人とも壁に背を預けずるずるとそのまま座り込み、改めて部屋の中を見回した。逃げ込んだのは小部屋で何故か大量に積み上げられたテレビが余計に部屋を狭く感じさせた。

 

「あの、ありがとうございました」

 

「いんや、いいって。それとこれは嬢ちゃんのだろ?」

 

その言葉と共に差し出されたのは仁美に投げ捨てられたまどかのケータイだった。

 

「それ・・・はい、そうです!」

 

「こいつが落ちてたから何かあったんじゃないかって思ってな」

 

ケータイをまどかへと手渡すと、少年は改めて彼女へと状況を訊ねた。

 

「俺はダイスケだ。それでこれは一体どういう事だ?」

 

「あ、私は鹿目まどかです。えっと・・・」

 

まどかが魔女の事をどう説明しようかと口ごもった時だった。

 

「!?」

 

ダイスケは何者かの気配を感じ視線をまどかから外して辺りを見回し始めた。しかし何も異変は見付けられない。気のせいだったのかとダイスケが気を緩めた瞬間

 

「きゃあっ!?」

 

まどかの悲鳴が聞こえ振り向くがそこに既にまどかの姿は無く、先程まで何も映していなかったテレビの山がただ不気味に光っていた。しかし状況は彼に考える間を与えない。

 

「んな!?コイツら何処から!?」

 

気が付けばダイスケの体には羽の生えた操り人形が群がっていた。彼がその人形達を振りほどこうとする前に視界が光に包まれた。

 

気が付くとそこは水の中のような無重力空間で、空間全体が青く染められていた。

 

「ダイスケさん!」

 

その言葉に振り向くと、自分より低い位置にまどかを見付けた。

 

「まどかちゃん!待ってろ、すぐ行くかんな!」

 

そうは言ったものの無重力空間では手足を動かしてもなかなか思うように進めず、端から見ればただもがいているようにしか見えなかった。

するとそんなダイスケの上方から先程の人形・使い魔が両端に人間の髪の毛が生えたようなテレビを運んできた。その存在に気付きダイスケが視線を向けるとそのテレビにツインテールの少女のような影が映る。

瞬間鳥肌が立った。

 

黒塗りされたようなその影と目が合った気がした。

 

「ダイスケさん!!」

 

再び聞こえたまどかの声にハッとしたダイスケは、自分を取り囲むテレビの存在に気が付いた。

 

「何だ?何をしようってんだ?」

 

ダイスケの疑問に答えるようにモニターに光が点くと様々な映像を映し出し、その光景はまどかにも見えた。

 

それはまるでファンタジーに出てくるようなモンスターと戦う様々な人々。その中には遠くてはっきりとは分からないがまどかもどこかで見たような姿があった。だが他のテレビが映し出す多くの映像は特撮ヒーローのような人物が息を引き取る場面や、瞳が前髪に隠された少女との楽しそうな場面と一転して激しい戦いの場面だった。

その映像を繰り返しダイスケに見せ付ける魔女の真意をまどかは計りかねていたが、ダイスケはただ呆然とその映像を見詰め一切動かなくなってしまった。

 

すると今度はまどかを囲むように複数のテレビが出現し、そこに映し出されたのは昨日のマミとのやり取りと、その後のマミの死だった。

 

「そんな・・・何であの時の?」

 

そこでまどかは理解した。ダイスケが見せられていたのは今の自分と同じものなのだと。この魔女はトラウマを見せつけまず心から崩そうとしている。

 

一方髪の生えたテレビ、この結界の魔女はダイスケを仕留めようと使い魔と共に彼に近付いてゆく。

 

『ダイスケ・・・何で?』

 

突如テレビから発せられた声にビクリと体を震わす。ダイスケにとってその声は、もう二度と聞くことの出来ないはずの声だった。

 

「チカ・・・?」

 

『チカはダイスケに助けて欲しかったのです・・・あの時も、あの時も!』

 

その声と共にテレビの映像が変わり、ダイスケとチカという少女の思い出が映し出される。そこに映っている彼女は微笑んでいるがしかし

 

『本当は叫んでた、心の中で何度も助けてって』

 

そして映像は一変して胸に穴を空けられ力尽きるチカに切り替わった。

 

『どうして気付いてくれなかったの!?どうして助けてくれなかったの!?』

 

責め立てるような叫びにダイスケは何も言い返せない。

 

『私はまたダイスケに会いたいです・・・また一緒にいたいです。だから・・・』

 

一匹の使い魔が全く動かない彼に向かって行く。

 

『死んで』

 

次の瞬間、ダイスケは腕を伸ばして無警戒に近付いたその使い魔を捕まえた。

 

「てめえ等よぉ・・・」

 

突如動き出したダイスケから発せられる声は、まどかが今までに聞いたことが無いような怒気を孕んでいた。

 

「俺にあんな物見せた上に、つまらねえ猿芝居するたあどうなるか分かってんだろうな?」

 

そう言って魔女へと顔を向けたダイスケの目は、ゴーグル越しに魔女を睨み付けていた。

その射殺すような眼光に魔女が怯んだかは定かではないが、次の瞬間ダイスケが投げ付けた使い魔を避ける事が出来ず直撃してしまい結界の底へ落下して行った。

 

するとまどか達を包んでいた浮遊感は消え去り、彼女達も落下してしまった。しかしまどかより先にダイスケが床に着地し、すぐさま動いてまどかを両手で受け止めた。

 

「大丈夫かまどかちゃん?」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

その言葉を聞きまどかを降ろすと、ダイスケは同じく落下した魔女へと向き直った。すると魔女は自身のモニターから大量の使い魔、それも先程までの小さな人形ではなくダイスケと同じ程の体格の使い魔を呼び出した。

 

「へっ!良いぜ、全員相手になってやんよ!」

 

そう言ってダイスケは使い魔の群れへと突っ込むと素手で次々と使い魔達を殴り飛ばしてゆく。だが殴られた使い魔はまるでダメージを受けていないかのように起き上がる。その様子に舌打ちをしながらも魔女の正面を固める使い魔達をどかしていった。

そして数が減ってきたところでダイスケは足に力を込め、一気に跳躍し魔女の目の前まで来た。

 

「まずは一撃!」

 

そして魔女を渾身の一撃で殴り飛ばした。素手での攻撃とは言え彼が放った一撃は凄まじく、魔女のモニターにヒビが入った。

 

確かに使い魔と戦い続けてもこちらが消耗するだけで、だからこそ一気に頭を潰すというのは間違いではない。だが、戦いにおいて間違いではないだけでこの場においては正解ではなかった。

 

飛び越えられた使い魔達は、ダイスケという防波堤が無くなった事によってまどかにも流れて行った。思わずあげたまどかの悲鳴によりようやくその事に気が付いたダイスケは少々頭が足りなかったと言える。

 

「おいてめえ等!相手はこの俺だぞ!?」

 

必死に叫ぶが使い魔達がそれに応じる訳も無く、とうとうまどかにその手が伸びようとした時、青い閃光が走りまどかを取り囲む使い魔が吹っ飛んだ。まどか達がその出来事に驚いている間にもその閃光はダイスケの周りの使い魔をも蹴散らす。

そして閃光が消えその場にいたのは、まどかにとって最も親しい友人だった。

 

「さやかちゃん!?」

 

そう、そこにはさやかが佇んでいた。だがその姿はまどかが知る普段着や学校の制服などではない。露出度が高いファンタジーの剣士のような姿で体全体を覆うような白いマントを羽織り、手にはサーベルを持っている。

紛れもなく魔法少女だった。

 

再び高速で動き使い魔達を次々と薙ぎ倒してゆく姿にはダイスケも舌を巻いた。そして魔女を守る使い魔がいなくなったところでさやかは一直線に魔女へと突っ込んで行った。

 

「これで、とどめだああぁ!!!」

 

その雄叫びと共に降り下ろされた一閃は魔女を真っ二つにしたのだった。



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第14話【繋がる手と手】

今更ですがこの話に出てくるケータイはTV準拠でガラケーになってます

追記:今更ながらようやくここでのスペースの空け方が分かったので第1話とこの話以降から修正していきます。他の話は手間と時間的に難しいのでそのままになると思います;


 空が夕暮れに染まる頃、セブンスエンカウントの扉が開き来店を知らせる鈴が小気味いい音を鳴らした。

 

「いらっしゃいませ・・・ってなんだ、アキオか」

 

 店へと入ったアキオを出迎えたのは、ウエイトレス姿のサトリの拍子抜けしたような顔だった。

 

「なんだとは失礼だな。まあいいや、また今日もこの前のやつ頼んだよ」

 

「キリマンジャロね」

 

 この前のというのは初めてこの店に来た時に出されたオススメで、どうやらあれ以来アキオはキリマンジャロにハマってしまったようだ。

 

 サトリに注文を伝えるとアキオは待ち合わせをしていた人物を見付け、その席へと向かった。

 

「お待たせ、ほむほむ♪」

 

 すると待ち合わせの相手、ほむらは呆れたような視線をアキオへと向けた。

 

「だいぶ待たされたのだけど。それとほむほむと呼ぶのは止めて頂ける?」

 

 そう言うほむらの前には既に空になったカップが置かれていた。それを見て流石にアキオも時間を掛け過ぎたとほんの少し反省した。

 

「悪い悪い、ちょっと悩める青少年へアドバイスをしてたら、な」

 

「言い訳はいいわ。それよりも早く話してもらおうかしら」

 

 おどけたアキオの言葉をバッサリと切り捨てほむらは本題を持ち出した。だがアキオは相変わらず余裕のある表情だ。

 

「まあそう慌てんなよ。これはあくまでも話し合い。勿論隠し事をするつもりは無いが、ほむほむにもちゃんと俺の疑問に答えて欲しい」

 

「ええ、分かったわ」

 

 ほむらが了承したのを確認すると、アキオが先に質問を投げ掛けた。

 

「俺達は君達魔法少女の力になりたいと思ってる。だから魔法少女や魔女について知ってる事があれば教えて欲しい」

 

「いいわ。けどこの話し合いに誘ったのはそちら。ならまずは私の質問に答えてもらえるかしら?」

 

 だがほむらはアキオの質問をかわすように切り返した。その切り返された言葉ももっともなもので、アキオはひとまず先程の質問はおいといてほむらからの質問を待った。

 

「単刀直入に聞くけど、あなたは何者?」

 

 言葉通りドストレートにほむらは疑問をぶつけた。だがほむらとしてはそれは譲れない質問である。

 一方のアキオはそれを聞いてどう答えようか迷っている様子だった。

 

「答えに悩むという事は都合の悪い質問だったかしら?それとも上手い嘘でも考えているの?」

 

 無表情で追撃を掛けてくるほむらに、「分かった」と言って意を決したようにアキオは口を開いた。

 

「俺達はこの世界とは別の異世界からやって来た」

 

「ちょっと待って!」

 

 だがすぐにほむらに止められてしまった。

 

「あなた、もっとマシな嘘をつけないの?」

 

 残念なものを見るような目で言ってくるほむらは、全く信じていない様子だった。その態度に不服そうな顔をしながらアキオは抗議の声をあげた。

 

「最初に隠し事する気は無いって言ったろう?さっき言うのを躊躇ったのは信じてもらえる自信が無かったからだよ!」

 

  実際に信じてもらえなかった訳だが。

 

「・・・分かったわ。なら異世界人のあなたが魔女と戦えるのは何故?」

 

  だがほむらは今のアキオの言い分に少しは話を聞く気になったのか、続きを促した。

 

「俺達の元いた世界には魔女はいなかったが、代わりにドラゴンという人類の敵との戦いがあった」

 

「ドラゴン?それってゲームとかに出てくる?」

 

「まあだいたいそんな感じかな。もっともそのドラゴンは宇宙人な訳だが」

 

「!?」

 

  宇宙人というワードにほむらは驚いたような表情を見せた。だがアキオはそれを別段気にする事はなかった。

  普通ドラゴンと聞いて思い浮かべるのはファンタジーに出てくる伝説の生き物で、宇宙人なんて発想は無いだろう。ほむらの反応はただ単に予想外の言葉につい反応してしまっただけだとアキオは結論付けて話を続けた。

 

「それで俺達はなんでもS級能力者とやららしく、まあ人より色々と優れていてドラゴンとの戦いに駆り出された訳よ。そんな訳で戦いには慣れているし、実際に魔女とも戦ったけど十分君達の力になれると思うぜ」

 

  ほむらは今聞いた話の真偽について考えているように黙るが、しばらくしてふと口を開いた。

 

「異世界から来たというならあなたの目的は何?何故この世界に来て、何故魔法少女を助けようとするの?」

 

  ほむらは真っ直ぐにアキオの顔を見て問い質した。

 

一片の嘘も見逃さない。

 

  まるでそう言っているかのような視線をアキオも真正面から受け止め、真剣な表情で返す。

 

「ほむほむ・・・」

 

  アキオの声が耳に入りゴクリと唾を飲み込む。ほむらにとってアキオ達はイレギュラーな存在。自分の目的を阻害する可能性があるのなら排除する覚悟もできていた。

 

「今のほむほむ、ハシビロコウさんみたいだぞ?」

 

「ふぇ?」

 

  意味不明な解答に思わず間抜けな声を出してしまったほむら。その直後にアキオは堪えきれないといった様子で先程の真顔を崩して大爆笑を始めてしまった。

 

「はしび・・・何?ちょっと笑ってないで説明して!」

 

「ああ、ほむほむハシビロコウさんを知らない?」

 

  クククと笑いを堪えきれずに声を漏らしながら、アキオはケータイを操作し始めてその画面をほむらへと見せた。

 そこには何とも眼力の凄まじい鳥が写っていた。これはさん付けせざるをえない威圧を放っている。

 

「さっきのほむほむはこんな顔してたぜ?」

 

(・・・この男、失礼にも程がある。こんな事で笑うなんて小学生か!)

 

  未だに笑いこけるアキオに苛立ちながらも、ほむらは冷静になろうと必死にその膨れ上がろうとする苛立ちを抑えた。

  そんな時、突然ガシャンとあまり耳にしたくない陶器が割れるような音がしてアキオの笑いは止まった。ほむらも同様に思考が停止してしまっている。

  そんな二人の前には先程の音と共に置かれたティーカップと、かなり乱暴に置かれたのかソーサーの外にまで零れたコーヒーがあった。

 

「お客さまぁ?」

 

  その妙にゆっくりな発声の仕方に青ざめながらアキオが振り向くと、そこには眉をぴくぴくと動かしいかにも怒ってますと言いたげなサトリがいた。

 

「主にアキオ、店内では他のお客さまの御迷惑になられますので静かにお願い致します」

 

  怒りを隠しきれていない笑顔から発せられる普段では有り得ない丁寧語を聞いて、アキオの脳はその裏に隠された言葉を翻訳した。

 

『アンタ店の中で馬鹿笑いしてうるさい。仕事中だから今はこれで退くけど後でお説教だから』

 

「すいませんでした」

 

  最早謝るしか無い。それでお説教を免れられるという訳ではないが、彼に出来るのはそれだけだった。

 

(すごい・・・あの男を一瞬で大人しくさせた)

 

  一方ほむらはその光景を見て素直に感心してしまっていた。

  無意識の内にサトリを見詰めていると、ふと彼女と目が合った。するとサトリは再びゆっくりとアキオへと向き直る。

 

「ア・キ・オ~?どうしてアンタはそうまた新しい女の子を連れて来るのかな?しかも中学の制服着てるし、アンタはロリコンなの?」

 

「今日これで二回目なんだけど!?何だよこっちは真面目な話をしてるっていうのに、ロリコンちゃうわ!」

 

  その真面目な話の途中に眼力で人を殺せそうな鳥扱いしたのは誰だよと思いつつ、流石に話が進まないのでほむらは助け船を出すことにした。

 

「あの・・・私は彼に口説かれてこうして一緒にいる訳ではないので。真面目な話というのは本当です」

 

  その言葉にサトリは再びほむらを見て、一度考えるような間を空けてから「あっ」と声を出した。

 

「ごめん、ひょっとしてアレ関連?」

 

「それ以外に何があるんだよ?たく、思い込みにも程があるぞ?」

 

「アンタが普段から女の子にちょっかい出してるのが悪いんじゃない」

 

「今はミオがいるからそんな事無いぞ!」

 

「あの!」

 

  再びヒートアップしそうな二人をほむらの声が止めた。どんどん話のペースが乱されている事を感じほむらはこのままろくな情報を得られないのではないかと内心焦っていた。

 

「話の続きを良いかしら?」

 

  本当は焦りを隠すためだが、本人が思っている以上に低くなった声と険しくさせた顔にアキオとサトリは怒らせてしまったかと思い今度こそ黙った。そして

 

「「ごめんなさい」」

 

  二人同時に謝った。

 

「じゃあとりあえずお詫びにココアでも奢るよ。サトリ、頼んだ」

 

「いや、私は・・・」

 

「この子さっきコーヒー飲んでたよ?」

 

「ませてんな~ほむほむは。俺はコーヒー飲んでる女の子よりココアをふーふーしながら飲む女の子の方が好きだぞ?」

 

「あなたの好みなんて知らないわ!」

 

「まあアキオの奢りだしココアにしとくね」

 

「ちょっ・・・」

 

  ほむらの意志を無視してサトリはカウンターへと下がってしまった。終始ペースを乱されたほむらは要注意人物としてアキオだけでなくサトリも加える事にしたのであった。

 

「それで、なんだっけ?」

 

「あなたがこの世界に来て魔法少女を助ける理由よ」

 

  「ああ!」と思い出したように声を出したアキオの顔は真剣なものへとなった。それを見てほむらは、またふざけた事を言うようなら魔法を使い何かしら報復してやろうかと思うが、残念ながらそのような事にはなりそうになかった。

 

「俺達がこの世界に来たのは完全に事故だ。来たくて来た訳じゃないし、今の目標は元の世界への帰還だ」

 

「それで、その元の世界に帰るために必要なモノが魔女退治の中で手に入るって事かしら?」

 

  続きを予想してほむらは言うが、アキオはゆっくりと首を横に振った。

 

「そうじゃない。君達に協力したいってのは単純に君達を助けたいからだ」

 

「は?」

 

  思わず間抜けな声が出た。

 

「それで何のメリットがあるの?」

 

「まあ本来戦う必要の無い子達が傷付くのを防げれば俺も嬉しいってだけだ。言うなればただの自己満足かな?」

 

(本気なの?そんな都合の良い話ある訳が・・・)

 

  だがアキオは至って真面目な顔をしている。口元はにやけているが目が本気だ。

  しかし

 

「残念だけど、それを信じる事は出来ないわ」

 

  ほむらは否定の言葉を口にした。

  彼の目を見れば本気で言っているという事は分かるが、今まで独りで戦ってきたほむらには無条件で助けてくれるという言葉を簡単には受け入れられなかった。

 

  そんな簡単に手を差し伸べてくれるなら何故もっと早く現れてくれなかった?

 

  そんな事をアキオに言っても仕方ないと分かってはいるが、何度挑んでも勝てなかった宿敵の姿が脳裏に浮かぶとそう思わずにはいられなかったのだ。

 

「まあただより怖いものは無いって言うしな、それでいいと思うぜ?だからこっちは行動で本当だって事を示していくよ」

 

  一方のアキオはほむらの答えを予想していたのか、大して気にした様子を見せずにそう言った。

 

「・・・そう、なら期待させて貰うわ。けど、もし私を騙そうとしている事が分かったら」

 

「OK、そん時は遠慮無く背中から撃ってもらって構わないさ」

 

  このやりとりではっきりと言葉が出た訳ではないが、二人とも協力を結ぶ事になったのを理解していた。

  アキオは無事にほむらを味方に付けられた事にホッとし、ほむらは本来の目的のためにアキオの言葉に納得した訳では無いが出来る限り利用してやろうと頭を回転させる。

 

 そこへココアが運ばれて来て一旦話は変わる事になる。

 

「それじゃ今度は俺の番だな。最初の質問に答えてもらおうか」

 

  魔法少女と魔女の情報。

 

「私から言えるのはこれ以上魔法少女を増やしてはいけないという事かしら。鹿目まどかに美樹さやか、あなたの連れも。契約してしまったらもう後戻りは出来ない、待っているのは絶望だけよ」

 

  初めから用意していたかのようにスラスラと答えるが、ほむらの顔は真剣そのものだった。

 

「絶望っていうのは?」

 

「それはあなたが信頼に値するか見極めてから言うわ。ひょんな拍子に情報が漏れたら最悪の事態になりかねないから」

(そう、美樹さやかの契約は突拍子も無い。止めるのは難しいし、契約した後で真実を知れば・・・それにまどかも・・・あの子は優し過ぎるからきっと)

 

  ほむらが話せない事情を考える中、アキオも彼女の言い様に魔法少女には何か恐ろしい秘密があると感じ取った。

 

「それと、あなたはキュウべえの事をどう思っているのかしら?」

 

  突然話がキュウべえに向いて、アキオは先程感じたものを一旦横に置き、魔法少女を生み出す白い小動物の今までを思い出した。

 

「俺の仲間は胡散臭いって言ってるけど、俺はそんなに言う程悪い奴だとは思ってないかな」

 

「そう。ならば認識を改めなさい」

 

  自然と語気が強くなり、ほむら自信自分でも若干驚いたが構わず続けた。

 

「あいつは何も知らない子達に契約という代価で奇跡を売って歩く悪魔よ・・・!」

 

  普段よりも強い語気と、憎しみすら感じられる瞳にアキオは息を飲んだ。そして今になって、事態は自分が思っていた以上に複雑なのだと気付いた。

 

  するとほむらはココアをこくこくといっぺんに飲み干すと席を立った。

 

「今日はここまで。これから行く所があるから失礼するわ」

 

「分かった。何かあったら何時でも呼んでくれよな!」

 

「ええ、一応協力関係ですものね。だから私からは、くれぐれも鹿目まどかを魔法少女にしないようお願いするわ」

 

  そう言ってほむらは髪を掻き上げると、セブンスエンカウントから出ていった。

 

  一人残されたアキオはすっかり冷めてしまったコーヒーを口に含み、先程話した内容を思い出す。

 

「魔法少女、キュウべえ、絶望・・・か」

 

 

 

 

 

 

 

 

  夜の廃工場では、まどかとダイスケ、そしてさやかが魔女の結界から無事に帰還した。

  すると真っ先にまどかはさやかに疑問をぶつけた。

 

「さやかちゃん、その格好・・・」

 

「あはは、まあ何?心境の変化って奴?」

 

  笑いながら言うさやかだが、どこか何かを誤魔化すような雰囲気があった。

  一方二人のやり取りを見たダイスケも口を開いた。

 

「なあまどかちゃん。これはいったいどういう」

 

  しかし言葉はそこで途切れた。ダイスケと、魔法少女になって感覚が敏感になったさやかはその場に突如現れた気配を察知して振り向いたのだ。その人物はさやかも知る人物。

 

「転校生!」

 

  ほむらだった。

 ほむらは魔法少女化したさやかを睨むとまではいかないが少しキツい目付きで見詰めていた。

 

「美樹さやか、あなたって人は・・・!」

 

「あ~、いやさ、まあ今回はまどかや仁見も危なかったんだし大目に見てよ。はは・・・」

 

  まるで母親に悪戯がバレた子供のように苦笑いしながら言い訳をするさやか。

  しかしそんなおどけた様子のさやかと違いほむらは真剣そのものだった。

 

「"今回は"?一度なったらもう後戻りは出来ないのよ?・・・まあ、せいぜい後悔だけはしないようにしなさい」

 

  ため息を吐くと、ほむらは髪を掻き上げ踵を返した。そのまま立ち去ろうとするほむらをさやかは呼び止めた。

 

「待ちなよ転校生!」

 

「何かしら?」

 

  さやかの言葉にピタリと止まる。そのままほむらは振り返らずさやかの言葉を待った。

 

「アンタは・・・その、後悔してるの?魔法少女になって」

 

「後悔していたら、この場に私はいないわ」

 

  それを聞いたさやかはフッと笑い明るい彼女らしい笑顔で言った。

 

「アンタが後悔しないでいられるんなら、このさやかちゃんも後悔なんてする訳無いでしょ?この見滝原の平和は魔法少女さやかちゃんが守るから、アンタも力を貸してよね!」

 

  そう言いながらさやかはほむらへと右手を差し出した。一方ほむらは先の言葉に驚いたように振り向き、差し出された右手を目を丸くして見詰めた。

 

(嘘でしょ!?あの美樹さやかが・・・有り得ない!)

 

「違うよさやかちゃん。まず言う事あるよね?」

 

  ほむらが混乱している間にまどかがさやかへと声を掛けた。その言葉を聞きさやかは「やっぱり言わないと駄目?」と困ったようにまどかへと訊ねるが、まどかは強い視線でうんうんと頷いた。そして観念したようにさやかは言葉を口にした。

 

「ああ・・・何て言うか転校生?その、最初の頃アンタの事勘違いしてキツく当たったりしてごめん!」

 

  言いながらさやかは思いっきり頭を下げた。その光景に自分の目を疑うほむらだが、それは本当の彼女を知らないだけの事だ。

 

  確かにさやかは一度思い込むとその考えを変えず、ハッキリ過ぎる程良いことも悪いことも言葉に出してしまう節がある。しかしアキオに言われ、実際にほむらの表情を見て、マミが信頼したという事実を見て、さやかなりにほむらは思っていた程悪い人間ではないという答えを出したのだ。

  そうなれば一方的に悪だと決め付けた自分は悪いことをしたと認めるし、まどかに促されながらではあるがちゃんと謝る事も出来る良識を持っている。

 

「まさかあなたがね・・・いいわ、私もあなたの事を勘違いしていたし、おあいこね」

 

「ええ!?それってどんな感じに?」

 

「自分の考えを何としても押し通そうとして周りが見えなくなり、自ら墓穴を掘る愚か者だと思っていたわ」

 

「ちょっ・・・完全に悪口じゃんかそれ!」

 

「ええ、だから初めから諦めていたわ。あなたと手を取り合うなんて。でもそれが私の勘違い。あなたは自分の過ちを認めて私に頭を下げてくれた。なら、私にあなたを拒む理由は無いわ」

 

「転校生・・・それって」

 

  ほむらは照れ隠しのように再び長い黒髪を掻き上げ、体をさやかの方へと向けて言い放った。

 

「巴マミが安心できるようあなたの面倒を見てあげるわ」

 

  その様にさやかは「ぷふっ」と思わず吹き出しながら言い返した。

 

「何でそんなに偉そうなのよアンタは?見てなよ、すぐに追い越してやるんだから!」

 

「あなたに出来るかしらね?」

 

「なにい!?」

 

(どういう訳か今回は今までに無い程美樹さやかとの関係が良好にいきそうね。もしかしたら最悪の結末は回避出来るかも知れない。なら近くに置いておくのが正解)

 

 そう、あくまでも目的の為と自分に言い聞かせるほむら。だが気さくなさやかの態度と安心するようなまどかの顔を見るとそれ以外の感情が湧いて来るのを感じていた。

 

「まあ話に全く着いていけなかったけど、要するにニューヒーローの誕生な訳だな」

 

  今まで蚊帳の外だったダイスケが一人頷きながら言った。何と言ったら良いか、とりあえず苦笑いするまどかだが、さやかは逆にその言葉に拳を握って答えた。

 

「ええ、その通り!さっきも言った通りガンガン魔女を倒して見滝原を守るからね!」

 

「おう!その意気だ、応援するぜ!」

 

「・・・何だかやっぱり不安になってきたわ」

 

  まだお互いの名前も知らないのに何故か意気投合するさやかとダイスケ、そしてそんな二人を見て悩ましげに頭に手を当てほむらはため息を吐き、まどかはその様が可笑しくて笑ってしまった。

 

  そんな四人を遠くから眺める赤い双眼。その闇夜に不気味に浮かぶ瞳の持ち主は誰に言うでも無く一人呟いた。

 

「あの魔女には本当はアキオかサトリに接触してもらいたかったんだけど、まさか彼等と同じ存在がまだいたとは驚きだよ。まあラッキーだったね」

 

  そう言うとじっとダイスケを見詰めた。

 

「彼の記憶から大体の仮説は建てられる。さあ、君達は僕達の役に立ってくれる者達なのかもうしばらく観察させてもらうよ」

 

  その一点に視線を向けられたダイスケは瞬時に振り返るが、そこには既に何もいなくなっていた。




今まではアニメ通りの筋書きでしたが、今回でほむらとさやかが協力関係になりました

話は変わりますが一応アキオが主人公ですが未だに見せ場が無いですね・・・
という訳で格好良く活躍させる為に映画とかでガンアクションを目に焼き付けようとしましたが、どれも対人アクションで魔女やドラゴンに応用出来なさそうなのが最近の悩み


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第15話【交差し始める者達】

 セブンスエンカウントには定休日がある。毎週木曜日と日曜日の二日だ。理由としては毎日開くほど人手が無いという至極単純なものである。

 

 そして今日は木曜日、本来休みであるはずのセブンスエンカウントには数人の人影があった。

 その内の一人は自らの左手を見詰め、開いて閉じての動きを数回繰り返して感嘆の声を出した。

 

「こいつは驚いた・・・本当に治ってる!」

 

「えへへ、まあね!さやかちゃんに掛かればこんなもんですよ!」

 

 骨折していたはずの左腕を自由に動かすアキオは、調子を良くしたさやかに何も言えないでいた。

 

「彼女は癒しの願いで契約をした。それが固有魔法として現れたのよ」

 

 そんな彼にさやかの魔法についてほむらが説明をする。

 

 今この店にはさやか、ほむら、まどか、そしてアキオとミオが訪れている。魔法少女関連の集まりという事でマスターは定休日にも関わらず彼等を店内に招き入れ、人数分の飲み物を淹れてサトリに配らせていた。

 その間にさやかが魔法少女になった事を話し、試しにその魔法でアキオの左腕を治したのだ。

 

「癒しの願い?そう言えばさやかちゃんはどうして魔法少女になったんだ?」

 

「美樹さんは幼馴染みの」

 

「わあっ!!ストップ!ストップほむら!!てか何でアンタがそんな事知ってんの!?」

 

「あら、あなたと上条くんの事ならクラスの皆が知ってるわ。そこから考えれば何を願って契約したかぐらい推測するのは簡単よ」

 

「違うから!私と恭介はそんなんじゃないから!」

 

 顔を赤くしながら否定するさやかを何時もの無表情のジト目で見詰めるほむら。その様はまるでやれやれと言っているようで、まどかとミオはそんな二人を見て苦笑いした。

 一方アキオは二人のやりとりを見てある事が気になった。

 

「ところで、ほむほむとさやかちゃんは何時の間にそんな仲良くなったんだい?」

 

 アキオはさやかがほむらの事を敵視して、ほむらもさやかと距離を置いていたところまでしか二人の関係を知らない。しかし今日この場に来た時はまどかを含め三人一緒だったし、お互いの呼び方も変わっていたのだ。

 その疑問にまたしてもほむらが答える。

 

「仲が良くなった訳ではないわ。昨日あなたと別れてから魔女の反応を辿ったら既に契約していた美樹さんがいたの。彼女、危なっかしい面もあるし本人からも協力を頼まれたから手を組む事にしたのよ」

 

「ええ!?いやまあ私から頼んだのは事実だけど、何その仕方がなかったからみたいな言い方?ほむらの癖に生意気だぞぅ?」

 

「ひゃっ!?」

 

 突然隣に座っていたさやかに抱き締められた後に体中撫で回されほむらは可愛らしい悲鳴をあげてみるみる顔を赤くさせてしまった。

 

「おお!以外な反応・・・ほむらもそういう顔をするって知ったらますます可愛がってあげたくなるね~」

 

「やめ・・・やめなさい美樹さやか!あまり調子に・・・ひゃあ!?」

 

 だんだんエスカレートするスキンシップ、さやか曰く《嫁にする刑》にたじたじになったほむらは助けを求めて周囲の人間に必死で視線を送るが皆一様に微笑ましそうに笑っているだけで誰一人彼女を救おうとする者はいなかった。

 

 そんな中、じゃれ合っている二人を他所にまどかはずっと気になっていた事を口に出した。

 

「あの、アキオさん。あれからアイオトさんは?」

 

 その言葉にほむらの抵抗を意に介せず刑を執行していたさやかの手は止まり、ほむらも肩で息をし涙目になりながらもアキオへと視線を向けた。訊ねられたアキオは先程までの笑顔が消え、少し困ったかのように眉間に皺を寄せる。

 

「とりあえずあれからアイオトは家に帰って来ていないし、連絡も一切無いな」

 

 アイオトは二日前、マミの死体を抱えて文字通り消えてしまった。今彼が何処で何をしているのか、何故マミの死体を持ち去ったのかは全て謎に包まれていたのだった。

 

「ったくよ・・・家族だって認めてくれたなら連絡ぐらいしろよ・・・アイオトっつぁん」

 

 そんな彼に苦い顔をしたアキオが呟く。最初こそ色々と異質過ぎて戸惑っていたが、人間を理解しようとするアイオトを見てアキオも彼を受け入れ始めていたのだ。その矢先に何の説明も無しにマミの死体を持ち姿を消されては気分の良いものでは無いだろう。

 

「そうですか・・・。アイオトさんはどうしてマミさんを連れて行ったのかな・・・」

 

 そのまどかの疑問に誰も答えられない。答えを知らない。

 

「まあアイオトにも何か考えがあるんだろ。分からない事を考えても仕方がないさ」

 

 空気を変えるようにマスターが自分のコーヒーを持ってカウンターから出てきて若者達と同じテーブルに着いた。

 こういう答えの出ない思考の泥沼に陥った際、何時もさりげなくそこから引き上げてくれるマスターにアキオは心の中で感謝しながら話をさやかへと戻そうと口を開いた。

 

「ところでさやかちゃん、恭介くんから何か連絡は来てないかい?」

 

「ちょっ・・・何でアキオさんまで恭介の事を知ってんのさ!?まさかミオ!?」

 

 名前を呼ばれたミオは「違うよ」と容疑を否認し、さやかと揃ってアキオへと視線をやった。

 

「いや~、昨日病院に行った際に知り合ってさ。何か酷く落ち込んでたからアドバイスをしたんだよ。幼馴染みとの付き合い方についてね」

 

「つ、付き合い!?」

 

 付き合いという言葉に強く反応してしまったさやか。だがアキオは冷静に男女交際という意味では無いと付け足し、それを聞いてさやかは変に勘違いしたのと今の反応を周りの人間に見られた恥ずかしさで再び顔を赤くさせてしまった。

 

「それで何かあったかい?」

 

「え?いや、何も・・・」

 

 しかしアキオの問いに今度はしょんぼりと項垂れてしまった。

 

 恐らく彼女の契約時の願いはほむらの話やタイミング的に恭介関連であろう事はアキオにも予想は出来た。そして勝手な推測だが彼の腕の完治を願ったのではないかと考える。

 普段から元気が有り余ってるように見えるさやかがこうして項垂れているのは、彼のために魔法少女になったのにも関わらず未だ何の連絡も無いこと、そして自分から会いに行こうにも昨日の別れ方で再び会うのも抵抗があり複雑な心境になっているからであろう。

 

(まったく、恭介くんも恭介くんだぜ。今度会った時にでもとか考えてんじゃねーの?まあ俺もその考えでさやかちゃんの契約を止められなかったし人の事言えないけど)

 

 どうするかとアキオが次の言葉を探している間に、思わぬ人物が会話に加わって来た。

 

「その上条恭介かな?彼は聞けば天才ヴァイオニストらしいじゃないか。想いを伝えるなら早い方がいいぞ」

 

 それはまどか達とは今日初めて顔を会わしたマスターだった。マスターはサトリからさやか達の話を聞いていて、上条恭介の事も知っていた。そしてそんな彼を見てアキオとサトリはもう自分達の出る幕は無いとでも言うように椅子の背もたれに深く背中を預け完全に傍観の姿勢になった。

 

「想いを伝えるって、だから」

 

「往生際が悪いぞ?今までのやりとりを聞けば君の気持ちはこの場にいる全員に筒抜けだ。今更恥ずかしがる事は無い」

 

 それを聞いてさやかは恥ずかしそうに唸りながらもこれ以上言い返す事はなかった。その様子を見たマスターはうむと頷くと一口コーヒーを口に含み、一旦間を開けてから続けた。

 

「恐らく君の願いは彼の怪我の完治だ。そうだろう?」

 

 頷くさやか。

 

「なら彼は間もなく退院して学校に通い始める。アキオ、彼の容姿は?」

 

「俺程じゃないけどなかなかのイケメンだぜ」

 

「ふむ、天才ヴァイオニストで整った容姿。そんな彼を他の女子が放って置くと思うか?」

 

「それは・・・」

 

 そんな事考えた事無かった。

 

 だが確かに言われてみれば身内ひいきかも知れないが恭介はかなり格好いいし性格も穏やかで勉強も出来る方。そこに天才ヴァイオニストという属性が付加されればモテない方がおかしいだろう。

 そこまで考えた途端さやかは急に不安になった。

 

「誰かに先を越されたくなければ、早い内に決心する事だ」

 

「でも、告白したって恭介は私の事、ただの幼馴染みで腐れ縁だとしか思ってないよ」

 

「だが、告白しないよりも断然良い。それに告白が切っ掛けで意識し始めるかも知れんぞ?何せ君はべっぴんなんだからな」

 

「べっぴんって・・・ええ!?」

 

 驚くさやかにマスターはフッと笑い、チラリとほむらへと視線を向ける。

 

「とにかく言葉にしなければ伝わらない事もある。君達がこうして共にこの場にいるのも対話を試みた結果だろう?恋愛だって同じだ。伝えなければ何も変わらない。今の関係から変わる事を恐れるな。手遅れになってからじゃ一生後悔するぞ?」

 

 マスターはそこまで言うとこれでおしまいと言わんばかりにカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。

 

「すまんな、だいぶ長くなってしまった」

 

「あ・・・いえ、ありがとうございます、マスター・・・さん?」

 

「マスターでいいさ。学校の先生みたいなもんでさん付けの必要はないよ」

 

「はい!・・・それで、私ちょっと用事思い出したんで、この辺で失礼します」

 

 項垂れていた様子から一変、いきなり活力が湧いたように立ち上がるさやかに全員が同じ事を思った。

 

(分かりやすいな~)

 

 いそいそと自分の荷物を持って一同に頭を下げるとさやかは扉を開けてセブンスエンカウントから出ていった。

 

「流石、《マスターのお悩み相談》だぜ」

 

「おいおい、そんな大層な物でも無いだろう」

 

「いや、今回はボクもアキオと同意見だよ。流石だねマスター!」

 

 アキオとサトリに茶化されてもマスターは余裕の笑みで返し、空になったカップにおかわりを注ぎにカウンターへと歩いて行った。

 

 因みにここでアキオが言ったマスターのお悩み相談とは、かつて元の世界で悩める若者に対しその名の通り相談に乗りアドバイスをするマスターの行為に何時の間にか名付けられた名である。どうしてそんな名前が付けられたのかというと他の人間には言えないような悩みを何故かマスターには言ってしまうというのと、大抵の悩みは本当に解決してしまうという実積が噂になり誰が言ったか定かでは無いがそう呼ばれるようになったのである。

 

「さて、一人減ってしまったが改めて対魔女への会議をしようか」

 

 戻って来たマスターの一言で、それぞれが皆顔を真剣なものへと変える。

 

「と言っても今までとあまり変わらんな。まずはミオとまどか、君達は魔女の存在を感じたら誰でも良い、誰かに連絡するんだ」

 

「分かりましたマスター」

 

「は、はい!」

 

 名前を呼ばれた二人はそれぞれ返事を返した。それを確認したマスターは次にほむらへと視線を向ける。

 

「ほむら、君はなるべくさやかに付いてあげてくれないか?魔法少女としては君が先輩で、さやかは素人なんだ」

 

「ええ、そのつもりです」

 

「うん、それとなるべく一人では魔女と戦わないようにな。最後に我々13班は魔法少女のサポートだ」

 

 アキオとサトリも頷き、全員が役割を把握したところでマスターは更に続けた。

 

「大体はこのような感じで動いてもらうが、他に何か意見はあるか?」

 

 すると真っ先にサトリが手を上げた。

 

「さやかちゃんが剣で戦う近接型ならなるべくボクが付いて行きたいんだけど。ほら、ボクもサムライだし教えられる事はあると思うんだ」

 

 その意見にほむらも頷き続く。

 

「ならサトリさんが剣技、私が魔力の制御を教えるという事でどうですか?」

 

「成程な、それじゃさやかについては君達二人に任せるぞ?」

 

 ほむらとサトリは互いに向き合い、これから協力する相手の顔を確認した。そしてサトリは笑顔で右手を差し出す。

 

「それじゃこれからよろしくね、ほむらちゃん」

 

「ええこちらこそ、サトリさん」

 

 その手をほむらはすこしだけ微笑んで握り返した。

 

「よし、じゃあ他には?」

 

 マスターが再び全員に訊ねる。すると意外にもまどかが遠慮がちに手を上げた上げた。

 

「あの、昨日助けてくれた人にも魔法少女と魔女の事情を話したんで、協力してもらうのはどうでしょう?」

 

 昨日まどかを助けた人物。その事はさやかが魔法少女になり、初の魔女戦の話の経緯で出てきていたためアキオ達もその存在は知っていた。

 

 まどかの提案にアキオは成程と頷き、ティーカップを手に取った。

 

「良いんじゃない?下手に魔女の存在だけ知ってて対処法が無いより、俺達と知り合ってた方がその人も安全だろうし」

 

 そう言ってコーヒーを口に含む。そしてマスターもカップの縁を下唇に付けてまどかへと質問をする。

 

「それで、名前は聞いているのか?」

 

 その質問をしてすぐにカップを傾けコーヒーを一口分流し込む。同じくサトリもすっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干そうとカップに口を付けた。

 

 この時の三人は油断しきっていたのである。まさか彼の名前が出るなどと一ミリも考えてはいなかったから・・・

 

「ダイスケさんっていう人です」

 

「「ぶうぅぅ!!?」」

 

 瞬間、アキオとサトリの二人はコーヒーを吹き出した。

 

「ちょっ!?アキオさんならともかくサトリさんまで!?」

 

 珍しく驚愕の表情と声をあげるほむら。

 幸いアキオは咄嗟に誰もいない方へ顔を向け、サトリも目の前のほむらを避けようとしてアキオへと吹き掛けるだけに留まった。

 

「・・・・・。」

 

「あー・・・あはは、ごめんアキオ」

 

 一方のマスターは何とか抑え込むが、ゲホゲホとむせている。

 この大袈裟過ぎる三人のリアクションにその名を口にしたまどかはおろおろとし始めてしまう。そして事後処理を始める三人に替わりミオがそのダイスケについて訊ねる。

 

「まどかちゃん、そのダイスケって人、ひょっとして色付きのゴーグル掛けてニット帽を被ってなかった?」

 

「え?うん、そうだよ」

 

「やけにヒーローにこだわってなかった?」

 

「うん、助けてくれた時もヒーローって名乗ってた」

 

 この問答でアキオ達異世界組は核心に至った。

 

「そのダイスケなる人物、恐らくは我々の仲間だ」

 

 いち早く復帰したマスターが四人を代表して言った。

 

 そう、ダイスケはかつての世界で竜を狩る者13班のメンバーで、アキオとサトリの友人でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

「ああもう!勢いで出てきちゃったけど本当に告白するの?」

 

 悩ましげに声をあげるさやかは現在見滝原総合病院への道を歩いていた。

 しかし、セブンスエンカウントを出た時は確かにその気になっていた気持ちも、時間が経つにつれて揺らぎ始めていた。

 

(でも、とにかく今日は会おう。会って昨日の別れた時の空気を変えなきゃ)

 

 改めてそう心を決めた時だった。

 

「これって・・・!?」

 

 さやかのソウルジェムが反応を示した。今は指輪として指に嵌めているソウルジェムが確かに点滅しているのだ。それはマミに教えて貰った、魔女が近くにいるという証。

 

「こんな時に・・・でも」

(マミさんならきっと、このまま見逃したりしない!)

 

 かつて、いや、今でも自分が憧れている先輩の姿を思い出したさやかはソウルジェムが反応を示す路地裏へと歩を進めようとするが

 

「っと、その前に」

 

 さやかはケータイを取り出すとまだセブンスエンカウントに居るであろうまどかへと魔女が現れたという旨のメールを送った。送信完了の文字を確認するとケータイをしまい、改めて歩き出した。

 

 人気が無く、魔女が何かをするなら正に格好の場所でさやかは神経を集中させる。

 

「来た!」

 

 その言葉と同時に結界が発生するが、その結界は今までの完全な異空間とは違い路地裏の通路をそのまま結界の形成に利用しているかのように見えた。目に見える変化は通路の壁に子供部屋を連想させるような星形、クレヨン、オモチャ箱等のカラフルな絵が現れただけである。

 さやかはこれと似たような結界を見た事がある。

 

「ひょっとして使い魔?」

 

 それはかつてマミが暗闇の魔女の使い魔と対峙した際の事。その時確かに辺りは夜以上の暗闇に包まれたが、公園にあった外灯やジャングルジムなど現実の物がそのままにあったのだ。

 

 恐らくは魔女よりも力の弱い使い魔はまだ現実世界から隔離された完全な結界を作る事は出来ないのではないか?

 

 そのような考察をしている間にこの結界の作り主が現れた。

 

「ブウウゥン!ブウンブウン!ブウウゥン!!」

 

 まるで子供が車の音を真似ているかのような大声で現れたのは、クレヨンで描かれたラクガキのような少女の使い魔だった。その下半身は上半身の少女の部分と同じようにラクガキのような車で、壁を文字通り走り回っていた。

 

 さやかは使い魔を確認すると、ソウルジェムを輝かせ魔法少女へと変身した。

 

「こちとら初心者だし、相手は弱いに越した事はないよね」

 

 そう言いながら自身を一度マントでくるみ、それを解くとさやかの足元に何本ものサーベルが突き刺さっていた。そのサーベルを手に取り次々と使い魔へと投擲してゆく。

 動き回る使い魔になかなか命中させる事は出来ないが、最初の数本で感覚を掴んだのか次第に正確さが増し使い魔を追い詰めていく。使い魔も魔法少女という天敵からどうにか逃げようと必死で表通りへと向かって行くが

 

「逃がさないよ!」

 

 使い魔の進路を阻害するように行く先にサーベルが突き刺さった。それは偶然の代物ではない。

 

「よしっ!狙い通り!」

 

 さやかの言葉通りこれは彼女が狙ってやった行動であった。まだ二度目の戦闘、それもサーベルを投擲するという戦法は今回が初めてなのにも関わらず見事狙い通りの場所へと投げられたのは、彼女の適応力が高いと言えるだろう。

 

 さやかはサーベルの一本を手に取ると、正面を塞がれてあたふたしている使い魔へと駆け出した。そして昨日の魔女のように直接とどめを刺そうとした時、予想外の事が起こった。

 

 上方から一本の槍が伸びてまるで意志を持つかのように伸縮自在、曲がりくねって使い魔の進路を邪魔していたサーベルを弾き飛ばした。

 

「んなっ!?逃げられる!!」

 

 目の前の光景に驚きながらも使い魔を追おうとするが、それは叶わなかった。

 更に槍が甲高い金属音を鳴らしながらサーベルを弾き、さやかへと送り返したのだ。さやかは驚き思わず動きを止めるが、それが幸いしたのか全て彼女の周りに落下してさやかを傷付ける事はなかった。だが逆に言えばあのまま使い魔を追い掛けていれば自らのサーベルで切り裂かれていたところである。

 

 そうこうしている間に使い魔は逃げ結界も消滅してしまった。だがさやかは未だ気を抜けない圧迫感を感じていた。

 槍は縮んだのか上空に昇ってゆくが、それと同時にその槍を持った少女が空中から降りて来た。赤く長い、前の開いたフリル付きのノースリーブの上着が特徴的なさやかと同年代に見える少女はつまらないものを見るような目でさやかをジッと見た。

 

「何よアンタ?魔法少女?」

 

 さやかはサーベルを構えて問い掛けた。その心中は穏やかではない。今目の前にいる少女が持っている槍がさやかのサーベルを弾き使い魔を逃がしたのだ。つまり言うまでもなくこの少女はさやかの邪魔をしたという事、間違っても仲良くなりに来た訳ではないはずだ。

 

 一方聞かれた少女は身に纏うコートと同じ赤い髪を弄りながら呆れたように答えた。

 

「はあ?見れば分かるっしょ、そんなの」

 

 そのこちらを挑発しているかのような態度にさやかは苛立ちを覚えつつも、冷静になろうと努める。だがそんなさやかの事などお構い無しに少女は続けた。

 

「見れば分かると言えばさ~、さっきのアレ、魔女じゃなくて使い魔、倒してもグリーフシード落としやしないよ」

 

「知ってるわよ!だからって放っておく訳にはいかないでしょ!?あれ放っておいたら人を襲うんだよ!?」

 

 そのさやかの言い分に

 

「ぷっ」

 

「なっ!?」

 

「あっはははは!!」

 

 少女は吹き出し大笑いし始めた。その様に呆然となるさやかへ何とか笑いを抑えながら少女は口を開いた。

 

「くく・・・アンタさあ、何か大元から勘違いしてない?」

 

「な、何?」

 

「使い魔が弱い人間を食べ魔女になる。そしてその魔女をあたしら魔法少女が食う。食物連鎖って学校で習ったよねぇ?そういう風になってんのさ」

 

「・・・それで、普通の人達を犠牲にするっていうの?」

 

「じゃないとグリーフシードを孕まないからね。アンタは卵産む前の鶏を絞めようとしてたって訳」

 

 そこまで聞いたさやかはサーベルを持ち少女へと構えた。

 

「分かったよ。アンタは・・・」

 

 心の内から滲み出る感情。それは正義の味方のマミに憧れていたさやかなら抱いて当然のものだった。

 

「許せない奴だ!!」

 

 己の糧とする為に他人を犠牲にする行為。それはさやかの中では許せない悪であり、その悪に対する純粋な怒りが彼女を突き動かしたのだ。

 

「ハッ!やっぱり正義だとかなんだとかぬかす甘ちゃんかよ」

 

 突っ込んで来るさやかに対し、少女は不敵な笑みを浮かべ持っている槍を地面に突き立てただけで、その場から動こうとしない。

 

(こいつはほむらの時とは違う!グリーフシードの為なら何も知らない人達を犠牲にするってハッキリと言った!勘違いでも何でもない、絶体に許せない!!)

 

 さやかはその勢いのままサーベルを振るった。それは突き立てられた槍の柄を両断するつもりで放った攻撃のはずだった。

 

 ガッと鈍い音がしてさやかの腕に強い衝撃が走った。危うくサーベルを手放してしまいそうになるのを気合いで耐えるが、目の前にある全く傷の入っていない柄を見て驚愕は隠せなかった。

 槍の刃の部分なら分かる。だが柄の部分で簡単に受け止められたという事実に、さやかは思わず意地になりそのまま力任せにサーベルを押し付けるが全く微動だにしなかった。

 

「困るんだよねぇ。そういう遊び半分で首突っ込まれるの」

 

 その言葉はさやかの心情を逆撫でした。対する少女は涼しげな顔で槍を地面から引き抜きながら軽くさやかを弾く。弾かれ体勢を崩した瞬間、少女の槍の柄がバラバラになったかと思うと体に巻き付かれそのまま壁に叩きつけられた。叩きつけられた拍子にそこにあった鉄製の排水パイプはひしゃげ、さらに勢いは死ぬ事なくさやかをバウンドさせ今度は地面へと叩きつけられてしまった。

 

 一瞬の事にさやかは気付かなかったがそのバラバラになった柄はひとつひとつが鎖に繋がれ、他節棍のようになっていたのだ。

 その姿をさやかに見せる前に元の槍へと戻し、少女は背中を向けた。

 

「マジでむかつくんだよ、トーシロが」

 

 そのままその場を離れようとするが、歩を進める事はなかった。

 

「おっかしいなぁ・・・全治三ヶ月ってところは痛めつけたはずなんだけど」

 

 そう言いながら再び振り返る少女の前にはサーベルを手に立ち上がっているさやかの姿があった。

 

 少女の言った事に偽りは無いが、さやかの回復魔法はそれすら一瞬で完治させられる程強力なのだ。さらに今のさやかには先程の少女の言葉により湧き上がる怒りがあった。

 

「遊びなもんか・・・」

 

 負傷しているのにも関わらず自分とキュゥべえを助けに来てくれたマミ。

 

「遊びな・・・もんか!」

 

 そのマミが死んでしまった時、辛辣な言葉を発しながらも悔しそうな表情になったほむら。

 

 確かに勢いで契約してしまった節はあるが、決して軽い気持ちで魔法少女になった訳ではない。短い時間だが二人の魔法少女の姿を姿を見てきたさやかはその過酷さを知り、その上での覚悟で契約をしたのだ。

 少女の発言はその自分の覚悟を否定するもの。

 

「なんかぶつくさ言ってるけどさ、言って聞かせて分からねえ、殴っても分からねえ馬鹿となりゃ・・・後はもう殺しちゃうしかないよね」

 

 少女はニタリと笑うと槍を構え、その言葉通りにさやかの首をはねようと突っ込んで来た。

 

 だがその少女にとって予想外の事が起こる。

 

「負けるかあぁぁ!!!」

 

 叫びながら槍が突き出されるタイミングに合わせさやかもサーベルを突き出した。そしてその切っ先同士がぶつかり合い、一気にさやかが力を込めた。

 

「んな!?」

 

 まさかの反撃に怯んだのか、力勝負に負けたのは少女の方だった。槍をサーベルに弾かれてしまう。

 しかしその勢いを利用して自らのも高く跳躍すると空中で体勢を整え壁を蹴り、再びさやかへと向かいながら槍を向けた。そしてその勢いから繰り出される突きはコンクリートの地面を容易く叩き割った。

 

 その攻撃を避けたさやかは反撃に出ようとサーベルで斬りかかる。だがその全てが受け止められ、逆に武器での応酬に夢中になったせいで腹部に走った激痛が蹴りによるものだと気が付かなかった。

 

「がはっ!?」

 

 反射的に腹部を押さえたさやかを槍の柄で殴り飛ばすと、少女は高く跳躍した。

 

「意外と頑張ったじゃんか、トーシロ!」

 

 少女は上空から勢いを付けながら槍を叩き付けるように上から振り下ろした。その攻撃を受け止めようとさやかはサーベルを横にして防御体勢に入るが、先程の槍の機能を見れなかったのが勝敗を分けた。

 

サーベルで柄を受け止めた瞬間、そこから上の部分が鎖で繋がれた状態で分離した。その上の部分にはまだ攻撃の勢いが残っており、大鎌のごとく無防備な位置から刃が振り下ろされさやかの右肩を切り裂いた。

 更に痛みにサーベルを握る力が弱まったのを見逃す事なく、分離した部分をすぐさま連結させると難なくサーベルをさやかの手から弾き飛ばしてしまう。そしてそのまま槍をさやかの喉元に突きつけるのであった。

 

「勝負ありだね。まあさっきは殺すとか言っちゃったけど、この見滝原を譲ってくれるんならこれぐらいにしといてやるよ」

 

「冗談言わないでよ!グリーフシードだけが目的のアンタなんかに誰がこの街を渡すもんか!」

 

 槍を突きつけられようともさやかはキッと少女を睨み付けた。だが少女は溜め息を吐くと槍を握る手に力を込めた。

 

「そうかい。じゃあ死にな」

 

 直後に、狙いをそのままに槍が突き出された。




んああああああ!!!!
ゲームのソフト(ナナドラⅢ)無くしちゃったあぁ!!
どうか消えないで!

〈どうかぁしましたか?

はい!ゲームのソフトを無くしてしまったのですが!

〈あ、それ後で探しますから、今はソフト無しで書いてくれる?


という訳で、今更ながらアキオ達の見た目と声をキャラメイク時の番号で説明しようとしたら無くしちゃってました^^;
見付かったら改めて説明したいと思います。


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第16話【キュゥべえとマスター】

ナナドラⅢ見つかったので後書きにゲーム内での容姿とか書いていきます!
そして声にはあったけど姿には番号無かったorz


 新たな魔法少女と出会ったさやかは、その少女のグリーフシードの為なら一般人をも犠牲にするという言葉に反発し刃を交える事になったが

 

「勝負ありだね。まあさっきは殺すとか言っちゃったけど、この見滝原を譲ってくれるんならこれぐらいにしといてやるよ」

 

 少女の言う通り喉元に槍を突き付けられ、これ以上の抵抗は出来ないでいた。

 

「冗談言わないでよ!グリーフシードだけが目的のアンタなんかに誰がこの街を渡すもんか!」

 

「そうかい。じゃあ、死にな」

 

 その言葉と同時に槍はさやかの首をはねた・・・はずだった。

 

「!?」

 

 槍を握った手に手応えは感じられない。ただ避けられた訳ではない。目の前からさやかの姿が消えたのだ。

 

「あいつ・・・いったいどこに」

 

「ほむら!?」

 

 考えるまでもなく少女の疑問は解決された。その驚く声に振り向くと、ついさっきまで目の前にいたさやかが今では自分の後ろいたのだ。そしてその隣には魔法少女と思われる人物。

 さやかの移動は彼女自身の能力ではなく、新しく現れた魔法少女のものと推測した少女は警戒をしながら体を向けた。

 

 一方さやかに名前を呼ばれた介入者、ほむらは表情の読めない顔でジッと少女を見詰める。

 

「そいつの仲間かい?・・・ったく、巴マミと合わせてこの街には三人も魔法少女がいるってのかよ」

 

 その言葉にほむらはピクリと反応した。

 

「いいえ、私達二人よ。巴マミは死んだわ」

 

「・・・へぇ、そいつは残念に」

 

 大して驚いて無いような素振りを見せるが、少女は言葉の前に少しの間を空けた。それは少なからずマミの死に動揺していた証だ。ほむらはソレが気になった。

 

(キュゥべえから聞いてない?キュゥべえにマミの不在を聞いてこの街に来た訳ではないようね)

「あなたは何故この街に来たのかしら?」

 

「なあに、ちょっとばかし地元が不作でね。それに比べてこっちはなかなか魔女の出現頻度も高いみたいだし、おこぼれを貰いに来たのさ」

 

 その言い分はさやかの一度収まった怒りを再び再燃させた。

 

「ふざけんじゃないわよ・・・だったら黙って魔女を倒せばいいでしょ!アンタが逃がした使い魔は人を殺すんだよ!?アンタの勝手な都合で殺されるんだ!」

 

 しかし少女はさやかの怒りの声を鼻で笑うと、何でもないかのように答えた。

 

「だから何さ?別にあたしら魔法少女に、全ての人間を守る義務なんか無いだろ?それにさあ、魔法ってのは徹頭徹尾自分だけの為に使うもんだ」

 

「そうね、あなたはそういう人よね。《佐倉杏子》」

 

「!?」

 

 少女は驚いた。今ほむらが口にした名前、それは紛れもなく自分のものだったのだから。

 改めて槍を握り直しほむらへと向けると、ほむらの顔を自身の記憶から探しだそうとするが全く心当たりは無い。

 

「・・・何処かで会ったか?」

 

「さあ、どうかしらね」

 

 未だに感情を見せない無表情のほむらに対し、少女・杏子は魔法だけでも見るべきかと一戦交える覚悟をするが、再び水入りが入る事となる。

 

「さやかちゃん!」

 

「やっと見つけた・・・って魔法少女?」

 

 彼女達がいる路地へと、まどかとサトリも入って来たのだ。

 

 さやかに駆け寄ろうとするまどかをサトリは腕を前に出して制止する。結界や魔女の気配は無いが、さやかとほむらに向かい合うように対峙する杏子の構えと自分達に向ける警戒心を感じ取り油断ならない状況だと悟ったのだ。

 一方の杏子もまどか達の出現に戦うという考えを捨て、それぞれ四人の動きに注意しながら一歩後ずさった。

 

「おいおい、魔法少女は二人っつったじゃねーか」

 

「ええ、彼女達二人は魔法少女じゃないわ」

 

「・・・確かにピンク髪の方はそうみたいだね」

(だが隣の碧のねーちゃんはただもんじゃねえ。一見ただピンク髪を止めてるだけに見えるがこっちに対して隙がねえ・・・さっきもあたしが足を動かす前に僅かにだが反応しやがった)

 

 それもそうだろう。サトリはサムライという役職柄近距離での戦闘が主になる。相手の一挙動を見逃さない洞察力とそれに対応できる反射神経、そして刀という武器を扱う上での集中力の高さは九人いる13班の中でもトップクラスだ。

 これがサトリではなくアキオだったら杏子の評価も変わっていただろう。

 

「悪かったね、アンタ達の縄張りを荒らして。そんじゃあたしはこの辺で帰らせてもらうよ」

 

 杏子はそれだけ言うと建物の壁を蹴り三角飛びの要領で一気に登るとそのまま姿を消した。

 

 そして杏子の姿が消えるのと同時にサトリは腕を下ろし、まどかと共にさやかの下へと走った。

 

「さやかちゃん大丈夫!?」

 

「ごめんまどか、心配かけたね」

 

「ううん、私こそごめんね。何もしてあげられなくて」

 

「なぁに言ってんのまどか!私がどんな事をしているか、それを知っていてくれる友達がいるってだけで私は助かってんだから!・・・それに、魔女だけじゃなくあんな奴がいるって分かったんだ。まどか、アンタは間違っても魔法少女になっちゃ駄目だよ」

 

「うん・・・でも、辛かったり、私に出来る事があったら必ず言ってね」

 

 一方さやかの事はまどかに任せていいだろうと判断したサトリはほむらの隣まで来ていた。

 

「ほむらちゃん。さっきのってひょっとして」

 

「ええ、縄張りを巡った魔法少女同士の争いです。もっとも、美樹さんの事だから縄張り云々より相手の言い分を受け入れられなかったから戦ったのでしょうけど」

 

「その言い分って?」

 

「例え人を襲っても使い魔ならグリーフシードを抱える魔女になるまで放置する・・・と言ったところかしら?」

 

 サトリはその発想に驚いた。

 人を襲う魔女及び使い魔を倒すのは当たり前の事だと思っていたが、グリーフシードが目当てというなら成る程、確かに使い魔を倒す必要は無い。

 

 しかしここでサトリはある疑問に気付く。いや、むしろ何故今まで気が付かなかったのだろうか。

 

「ほむらちゃん。そこまでグリーフシードに固執するのはソウルジェムの為でしょ?もし、ソウルジェムが完全に濁りきったらどうなるの?」

 

 一瞬の間。

 

「契約時にキュゥべえからソウルジェムの浄化はまめにするように言われるんです。それと、濁りきると魔法が使えなくなるとも聞いた事があります」

 

「そうなんだ・・・」

 

 今の説明には納得出来ない点があった。

 

 まずキュゥべえが明確にソウルジェムを浄化する理由を述べていない。濁りを浄化するというのは当然のように聞こえるが、そもそもその濁りの正体は何なのか。ソウルジェムの輝きが魔力だとして魔法を使うとその輝きが失われるというのなら分かる。だがこの濁りは輝きが弱まった際の表現などではなく、ソウルジェムの中に黒い靄として確かに存在している。

 

 そしてもう一つ、完全に濁りきると魔法が使えなくなるという部分。それはつまり魔法少女ではなくなるという事を意味しているが、ただ魔法が使えなくなるだけならほむらがまどかやさやかの契約を必死になって止めようとしていた理由が分からない。何故ならば魔法を使いソウルジェムを濁らせるという簡単な方法で魔法少女として戦い続ける運命から解放されるのだから。

 

 そして更に先程の間。説明をするのだから一旦頭の中で言葉を整理するのは当たり前の事だが、サトリには先程の間は別の何かがあるように感じてならなかった。

 

 勘だがほむらは何かを隠している、もしくは単純に今は言えないでいる。

 

 その事を13班だけの時に話そうと今は胸の中にしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしまさかダイスケの奴もこの世界に来ていたとはな」

 

 場所は変わり、セブンスエンカウント。

 

 さやかから魔女の反応があったというメールが来て最初こそ彼女の心配をしていたが、サトリやほむらが向かう事によって不安は無くなり、今は先程出たダイスケの話へとなっていた。

 

 アキオの呟きに全員の顔が綻ぶ。

 ダイスケ・・・彼はアキオ達と同じ世界の仲間、13班のメンバーで、更にアキオとサトリに関しては竜との戦いが始まる前からの友人である。

 現役でヒーローに憧れている子供っぽい一面と、空気の読めない発言の数々で13班のメンバーからはおバカ呼ばわりされている残念な少年である。しかし頭で考えるより先に体が動くタイプで、その直感力と咄嗟の行動は頼もしくもありアキオ達とは別のチーム、2ndチームのリーダーとしてメンバーを引っ張った。

 

 そんな彼がこの見滝原近辺にいるというのは彼らにとってとても心強かった。更にこの世界にはまだ他の13班メンバーや知り合いがいるかも知れないという希望も湧き上がる。

 

「けど、問題はどうやって探すかだなあ」

 

 とアキオが言うのは、元々まどかを助けた人物の名前が分かればハッキングで探し出せると考えていたからだ。しかし名前が分かるどころか知り合いであった訳だが、相手はこの世界において戸籍も何も無い。残念ながらアキオの考えていた方法では探すのは不可能だ。

 しかしため息を吐くアキオとは対称的にマスターは軽い調子で言う。

 

「まあそんなに身構えなくてもダイスケもこの辺りにいるんだ、その内我々の中の誰かが出会うだろう」

 

 考えてもみればそうだ。なにも日本にいることが分かったと言っている訳ではない、アキオ達もこうして住み着いているたった一つの街にいるというのだ。マスターの言う通りその内出会う事になるだろう。

 

 アキオがそう考えた時だった。

 

 突如店の奥、裏方でボンッと小さな爆発音がした。瞬時に裏へと繋がる扉を見る三人だが、その中でもいち早くマスターが立ち上がるとスタスタと扉へと向かった。

 

「お、おいマスター・・・」

 

「罠が発動した」

 

「罠?」

 

「《火炎旋風》だ」

 

 火炎旋風とは、魔力が宿ったカードデッキで戦うデュエリストであるマスターが生み出した、二枚のカードによるコンボトラップである。その効果は魔力に反応する爆破トラップ。

 

 マスターは扉を開け裏へと入って行き、アキオもミオを手で制止しながら立ち上がった。しかし程なくしてマスターは白い小動物の首根っこを掴み戻ってきた。

 

「キュゥべえちゃん!?」

 

 その小動物とはミオの言う通りキュゥべえだった。マスターはそのままキュゥべえをテーブルの真ん中に降ろすと再び座り、それを見たアキオも腰を下ろした。

 

「いやはや、酷い目にあったよ」

 

 煤で顔を黒くさせたキュゥべえはマスターに向かって言うが、マスターは全く悪びれた様子を見せない。

 

「あれは魔力に反応して発動する罠だ。お前はあそこで何をしようとしていた?」

 

「僕はただ壁を透過してこの店に入ろうとしただけだよ。君達に用事があったからね」

 

「それならば堂々と入ってくればいい。わざわざ裏からこっそり入って来る必要は無いはずだ。大方その用事とやらの他に、我々の情報でも聞ければとでも思っていたのだろう?」

 

 キュゥべえに対し信用が無い事を隠そうともしないマスターの言葉に少しの間を空けると、キュゥべえは答えた。

 

「お見通しって訳だね、その通りだよ。君達への用事を済ませようと店に入った時に、"偶然"そういう会話が聞こえてくるかも知れないという考えはあったよ」

 

 そのキュゥべえの言いようには全く悪意を感じられなかった。表情を変えず、ただ淡々と話すその様にアキオとミオは初めて不気味さを感じた。

 しかしマスターは気にした様子を見せず切り出す。

 

「成程な。それで我々に用事とは何だ?」

 

「僕は君達が何者か・・・その事が気になっていたんだけど、今まで得た情報である仮説を立ててね。今日はその確認に来たんだ」

 

 アキオは内心ギクリとした。仲間達やほむらから要注意人物として言われ、先程アキオ自身もようやくその不気味さに気が付いたキュゥべえに、自分達の事を知られるのはまずいと感じたからだ。それは理屈ではなく直感で感じた本能的なもの。

 

「いいだろう」

 

 だがマスターはそれを簡単に了承してしまった。

 

「マスター!」

 

 咎めるように声をあげるアキオだが、マスターはそれを手で制止して今まで何ら変わり無いポーカーフェイスでキュゥべえを見詰めた。

 

「だが条件がある」

 

「なんだい?」

 

「俺がお前の仮説が合ってるか答える変わりに、俺からも質問をさせてもらう。お前が我々の正体を探ろうとしているように、我々も正体の分からないお前にこちらの素性を明かすのはリスクがあるのでな」

 

「情報の取り引きという訳だね、構わないよ」

 

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。つまりはそういう事なのだろう。マスターもただで情報をくれてやろうとは思っていないようだ。

 

「ミオ、俺達は黙ってるぞ。ここはマスターに任せるんだ」

 

「うん」

 

 それを察したアキオは自分達が失言をしないようミオに言いながらも自身にも言い聞かせるのであった。

 

「それじゃあまずは君から良いよ」

 

「ならば単刀直入に聞こう。お前は何だ?曖昧な答えではなくその正体を聞かせてもらおう」

 

「その質問は予想していたよ。僕達の本当の名前は《インキュベーター》。君達の言葉で言えば地球外生命体さ」

 

 あっさりと言うキュゥべえだが、その内容はアキオとミオを驚愕させた。

 

 地球外生命体・・・つまりそれはアキオ達の世界を襲撃した竜と同じ存在だ。本質は全くちがうだろうが自然と表情は強張ってしまった。

 

「なら確認をさせてもらうが、お前が地球の年端もゆかない少女達を魔法少女にしているのは悪意あっての事か?」

 

「それは違うよ。僕達が魔法少女を生み出すのは君達人類の為でもあるし、敵意やそう言った類いのものは持ち合わせていないよ。その証拠に僕達は知的生命体と認めた人類に更なる知恵を与えて洞穴暮らしから次のステップへと進めてあげたりもしたんだよ?」

 

 あまりにも普通に言うものだからアキオは聞き逃すところだったが、今のキュゥべえの言い方はまるで自分達が人間を管理し育てている、家畜のようなニュアンスを感じさせた。

 

「成程そいつはありがたい。では次はそちらの仮説とやらを聞こうか」

 

「僕の番という事だね?僕は永いことこの地球の人類を見てきたけどとてもそのままの状態で魔女に太刀打ち出来るような能力を持つ者はいなかった。当たり前だよね、武器を持った成人男性でもライオンに勝つ事が出来ないんだ。魔女なんかに敵うわけがない。だけど突然現れた君達は正面から魔女と戦い倒した。何故魔法少女でもない君達が魔女を倒す事が出来たのか、興味を持った僕は悪いけど君達の会話を聞いたり、昨日君達の同類の記憶を見せてもらったりしたんだ。その結果導き出した仮説は君達はそう、別の世界、それもこの世界と近しい並行世界から来たんじゃないのかい?」

 

 言い当てられた。

 

 その事に知られてはいけない秘密がバレたように胸の鼓動がドクンと苦しい程強くなった。そんなアキオはマスターを見やるが、マスターは相変わらずポーカーフェイスを通していた。しかしキュゥべえの話は終わらない。

 

「それと、君達の世界には魔女はいなかったけど変わりに全人類が認知している外敵がいたんだ。君達はその外敵と戦う兵隊としての役職に就いていて、それで魔女とも戦える。どうだい?」

 

 キュゥべえの立てた仮説は見事当たっていた。それを聞きマスターは一度ため息を吐いた。

 

「全くその通りだ、我々はその外敵に"敗北してこの世界に逃げ込んだ"のだ」

 

「「!?」」

 

 アキオとミオは同時に目を見開いた。幸い二人はマスターを正面に捉えているキュゥべえの後ろに位置している為その様子を見られる事は無かったが、しれっと嘘を吐くマスターにアキオは寿命が縮む思いをした。

 

「君達の力を持ってしても彼等を倒す事は出来なかったんだね」

 

「ああ」

 

 しばらくの沈黙。お互い表情を変えないマスターとキュゥべえの姿は、このやり取りに参加してないはずのアキオとミオにまでプレッシャーを与える。

 

 その沈黙を先に破ったのはキュゥべえだった。

 

「もう一つ、今度は質問をするよ」

 

「ああ、だがこちらからも質問させてもらうぞ」

 

「いいよ。僕からの質問は暁美ほむら、彼女は元々君達の世界の出身かい?」

 

「知らないな。少なくとも我々はこちらの世界に来て初めて彼女と出会った」

 

「成程ね、ありがとう」

 

 キュゥべえの質問の意図がアキオとミオ、恐らくはマスターにも分からなかった。だがキュゥべえに「次は君の番だよ」と急かされマスターは先程の質問を横に置いておく事にした。そして切り出す。

 

「お前にとってあの子達・・・魔法少女は大切か?」

 

「勿論大切に決まってるさ。魔女との戦いでだって死んでほしくないと思っているよ」

 

 マスターの質問に間髪入れず答えるキュゥべえ。その言葉はなんとも感動的なものだが、アキオとミオは感じていた。

 

 マスターの静かな怒りを。

 

「さて、こちらから切れるカードはもう無い。情報の取り引きはここまでだ」

 

「そうかい?君がそう思っても君達という存在は十分僕にとって有益な情報を持ってそうだけど」

 

 次の瞬間キュゥべえの体が宙に浮いた。マスターが思いっきりテーブルを叩き、その反動で少しだが跳ばされてしまったのだ。

 

「ここまでだと言っている。早い内に消えろ」

 

 普段怒る事の無いマスターの怒気に、アキオもミオも恐怖を感じるが、キュゥべえはそれでも一切表情を変える事はなかった。

 

「やれやれ、どうやら機嫌を損ねてしまったようだね。今日のところはこれで失礼するよ」

 

 そう言って出入り口へと向かって行き

 

「悪いけど扉を開けてくれないかな?また罠が発動したら堪ったものじゃないしね」

 

 その言葉にミオが動き扉を開けてセブンスエンカウントの外へと出した。

 

 そうしてミオが戻ってくるまでの重たい沈黙。

 

「なあ、どうしたんだよマスター。アンタがあそこまで怒るなんて」

 

 この空気を何とかしようとその原因をマスターに訊ねると、重たく息を吐き口を開いた。

 

「奴との会話で分かった事が幾つかある」

 

「?」

 

 質問に対し返ってきた言葉にアキオは疑問符を浮かべた。

 

「まず一つ。奴はこの世界の有史以前から人間に干渉してきた。この地球の事は知り尽くしていると考えて良いだろう」

 

 マスターの言葉に頷くアキオとミオ。

 

「二つ、この世界にもドラゴンが存在している可能性がある」

 

「「!?」」

 

 突然突拍子も無い言葉に驚きと困惑を浮かべる二人。今の会話からどのようにその結論を出しというのか。

 

「先程の会話で奴は外敵に対し、"君達の力を持ってしても"と言った。まるで我々以外の者達でも倒せなかったのを見てきたかのような言い方だ」

 

 確かにそう捉える事が出来るだろう。むしろアキオは一度そう考えたらそのようにしか聞こえなくなってしまった。

 

「あくまでも可能性の段階だがな。三つ、暁美ほむらはキュゥべえにとってイレギュラーな存在という事。魔法少女を生み出す奴が魔法少女であるあの子を我々と同じ異世界人と疑っていたのがその証拠だ。そして四つ・・・アキオ、お前は奴が人類を発展させたと聞いて何を思った?」

 

「何をって・・・何だかアイツ、俺達人間を下に見てるような・・・」

 

「ああ、知的生命体と認めたと言っても共に歩む気など無い。だから現在までの永い間人類の前に姿を現さず裏でこそこそとしている。では何故奴は人類の発展に手を貸してきたか・・・答えは一つ、あるモノを安定して得るためだ」

 

 まさか・・・

 

 自分も分かってしまったアキオはいつの間にか溜まっていた唾をゴクリと飲み込んだ。嫌な汗が滲み出る。

 

「奴は人類を養殖して魔法少女を生み出している。奴にとって魔法少女など都合の良い存在でしかないんだ」

 

 そう言うマスターはいつの間にか拳を握り先程のように怒気を纏っていた。

 

「待ってくれよ、いくら何でも飛躍し過ぎじゃねーか?それにアイツ、魔法少女は大切だって」

 

「ああ大切だろうな。奴の最終的な目的は分からんが、それに必要なものなんだから。死んで欲しくない・・・つまりは死なれては困るという事、死んだ魔法少女に用は無いという事だ。アイツはマミが死んだ時一言でもそれに対し何か言ったか?」

 

 言われて思い返し、ゆっくりと首を横に振るアキオ。

 

「・・・確かに今話したのは俺の妄想に過ぎん。だから次に会った時に確認するぞ」

 

「キュゥべえにか?」

 

 その問いにすっかり冷めたコーヒーを飲んでからマスターは答えた。

 

「奴を敵視し、奴からもイレギュラー扱いされている暁美ほむらにだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「タツヤーー!!何処だー!?」

 

 夕暮れが近付いた公園。そこに一人の男声の声が響いていた。




容姿&ボイス

アキオ
容姿:サムライ通常カラー
ボイス:B

サトリ
容姿:サムライ緑髪ver
ボイス:T

マスター
容姿:ゴッドハンド通常カラー
ボイス:O


うん、サトリしか容姿と本来の職が合ってないですね(^^;)


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第17話【見滝原の余所者】

今回訳あって16話と続けて連続投稿してます。
なので先にこっち来ちゃった人は前の話を読んでね!



 佐倉杏子は思った。今日は厄日だと。目の前にはブロンドの髪を左右で縛った少女のような魔女。後ろには使い魔ではないが味方でもない恐竜のような二体の化け物。そして挟まれた自分の懐には

 

「ぱぱあああぁぁ!!ぱあぱああぁ!!!」

 

 幼さ故に敏感に周囲の殺気を感じ取り、パニックになってしまった幼稚園児程の男の子がいた。

 

(ったく、どうしてこうなっちまったんだよ・・・ほんとツイてないね)

 

 何故このような状態になってしまったか。それを説明するには30分程時を遡る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さやか達から離れた場所で杏子は変身を解き、人混みに紛れた。

 

(ほんとむかつく!こっちは文字通り生きるためにやってるってのによ!世のため人のためってそんな甘っちょろい考えだから巴マミも死んじまったのさ)

 

 以前この街に来た際に出会った魔法少女、巴マミは杏子のグリーフシードのために使い魔を見逃すやり方を否定した。だが

 

(こっちの事情も知らねえくせに!)

 

 人には人の事情がある。杏子は生きるために魔法を使える状態を、グリーフシードを確保する必要があるのだ。そして更に言うなら杏子の利己的な言動には過去の出来事が起因している。

 

「くっそ・・・あんな奴に会うなんてツイてねえな。嫌な事思い出しちまったじゃんか!」

 

 そう言いながら普段着のパーカーのポケットからRockyと書かれた菓子箱を取りだし、入っていたチョコプレッツェルをボリボリと勢い良く食べ始めた。

 

 そうして菓子を食べ終わる頃には、いつの間にか人混みから離れ人気の無い公園に辿り着いていた。杏子はドカッとベンチに座り込み空を見上げながら考えた。

 

(どうすっかなあ・・・アイツらとまた出会うかも知んないけど、最近どういう訳か風見野で魔女に遭遇しないんだよな。グリーフシードも心許ないし)

 

 それは彼女の住む風見野市に魔女が現れないという訳では無い。

 

(魔女の反応を捉えても結界に辿り着く頃には既にその反応は消えてる。これが毎回同じ魔女の反応なら逃げるのが異様に上手い魔女って事で説明はつくが、そうでもない。別の魔法少女に先回りされてるとしても、風見野で魔法少女なんかと会った事ねえしな)

 

「そこの君!ちょっといいかな?」

 

 杏子の思考はそこで中断された。明らかに自分に向けられた声に振り向くと、そこには眼鏡を掛けた三十前半ぐらいの男性が両膝に手をついて肩を揺らしながら呼吸をしていた。その様子から何かがあった事が伺える。

 しかし杏子はその男性よりも別の事に気を取られた。

 

(魔女の気配!?かなり近いな・・・)

 

「この辺で三才くらいの男の子を見なかったかな?黄緑色のパーカー着てて、まだ上手く喋れないような」

 

「悪いけど見てないね」

 

「そうか、ありがとう!」

 

 男性は少し落胆したような顔をしながらも、すぐさま走り去った。

 実際杏子はそのような男の子など見ていない。見てはいないが心当たりはある。

 

「チッ、三才つったらまだ何も分かんねえガキじゃねーか・・・さすがに知っちまった以上目覚めが悪いしな。まっ、使い魔じゃなくて魔女なら放っておく理由はないよねえ?」

 

 誰に言うでもなく呟くと、杏子は立ち上がりソウルジェムの反応が示す方向へと歩き出した。

 そして一層強くソウルジェムが反応する場所まで来ると変身し、目の前にある空間の歪みを槍で切り裂いた。

 

 切り裂かれた入り口から結界の中に入る杏子。するとその中は巨大な玩具箱やクレヨン、積み木などまだ幼い子供の部屋を連想させる物が散乱し、それらの大きさ故に自然と迷路になっていた。

 だがその迷路で迷うのは普通の人間くらいで、杏子は魔法少女として優れた脚力でジャンプすると自分の背丈よりも高い玩具箱の上に軽々と乗った。

 

「さあて、例の子供が魔女に拐われたなら」

 

「うわあああん!!!」

 

 突如として聞こえた大きな声。その声の発生源は高所から結界内を見下ろす杏子にはすぐに分かった。自分がいる場所からそんなに離れていない、むしろ魔法少女である彼女にとってはすぐにでも着ける場所に小さな男の子と、それを黒塗りされたような光の無い真っ黒な目で見詰める魔女がいた。魔女は少女のような外見に反し4 メートル程はあろう巨人だった。

 

「ビンゴ!やっぱ一緒にいたか」

 

 槍を構え、脚にグッと力を入れる。あの魔女が男の子に手を伸ばすより早く、その手を抉り取れる自信が杏子にはあった。しかし杏子は気付いた。迷路を完全に無視して魔女に猛スピードで近付く存在に。

 

「んな!?何だよアレ!!」

 

 マズイ!

 

 その言葉が脳裏に浮かぶのと杏子の脚が動いたのは同時だった。

 

 一気に飛び出した杏子は僅か数秒で男の子の下まで来ると、その子を抱えて一気に横に跳んだ。魔女は突如現れた侵入者を見て一歩足を退くが、次の瞬間魔女の後ろにあった玩具箱が吹っ飛び、更なる侵入者の襲撃を受けた。

 

 それは青い甲殻を持つ四足の恐竜。大きさは人間よりは大きいが魔女よりは小さい。しかし勢いよく魔女に飛び掛かるとそのまま押し倒し、細かい牙が並んだ口で魔女の首筋に何度も噛み付いた。

 更にもう二匹遅れてやって来ると一匹は最初の恐竜と同じように魔女に噛み付き、もう一匹は杏子達の存在に気付き、こちらを伺うようにゆっくりと二人の周りを歩き出した。

 

「何がどうなってやがんだ?コイツら、魔女じゃねーのか?」

 

 突然の出来事に半ば混乱する杏子だが、それでも冷静に務めようとこちらを見詰めながら周る恐竜に死角を見せないように杏子もその場で回りながら頭を働かせる。

 

(まずこの結界の魔女は間違いなく今集られてる金髪だ。だがコイツらは使い魔でも無さそうだし、ゲームじゃないが他の魔法少女が呼び出した召喚獣とかか?)

 

 だが正体が分からなくても考えている時間は無い。ただ一つ杏子にも分かる事は、目の前の恐竜は自分達の事も獲物として認識しているという事なのだから。

 獲物の動きを観察するためゆっくりとその周囲を周る様は完全に狩人である。

 

 この状況の中、真っ先に動いたのは魔女だった。

 

「ウエアあああああ!!!!」

 

 耳を塞ぎそうになるほどの声量で鳴くと、下半身がプロペラ飛行機の使い魔の群れが飛んできて魔女に噛み付いている恐竜に対し落書きのような爆弾を投下した。

 突然の爆撃に恐竜は飛び退くが、上空から更に使い魔が追撃をかける。

 

 一方、先程の魔女の奇声には杏子も気を取られた。その隙は一瞬だが、彼女達を狙っていた恐竜はそれを見逃さなかった。

 一気に飛び掛かり両前足で杏子を押さえ込もうとするが、寸前で気付いた杏子が槍を横にしてそれを受け止めた。魔法少女でなければ反応出来たとしてもこの時点で体格差からくる重量に耐えきれず押し潰されていただろう。しかし本来なら杏子は受け止める必要など無く、避ける事は簡単に出来たはずなのだ。彼女がそうしなかったのは自分の側にいる男の子の為であった。

「チッ、おい逃げろガキンチョ!!」

 

「ふぇ?」

 

 何が起こっているか理解できず頼れる人間もいない中、突然そう言われても三才の男の子には動く事が出来ない。

 

「邪魔だ離れてろ!!」

 

 その強い口調で言われて状況を理解したのか、はたまたただ単に杏子が怖かったのか定かではないが男の子は泣きながら走り出した。

 

 それを確認した杏子は一度槍を持つ手に力を入れ一瞬だけ押し返すと、瞬時にその場から離脱する。文字通り足枷の無くなった前足は勢いよく地面を叩き付け陥没させた。

 恐るべき力だと杏子は舌を巻くが、しかし今は勢いよく両前足を地面に着けた事による隙が生じており杏子の次の攻撃を避ける事は出来ない。杏子は一度跳躍すると、落下の勢いを乗せながら槍を恐竜の額に向けて突き出した。

 

 その突きは鈍い金属音を鳴らし恐竜を弾き飛ばす。

 

「何だと!?」

 

 だがそれは杏子の望んだ結果ではなかった。本当なら今の攻撃で脳髄を突き貫くつもりでいたのだ。

 

「あの甲殻は伊達じゃねーって事か・・・」

 

 弾かれた恐竜は体勢を立て直すと、改めて杏子の方を向き歯を食いしばるような仕草を見せた。杏子がその様子を不審に思った次の瞬間、その口が開かれ火炎弾が発射された。

 

「!?」

 

 何とか反応して横に飛ぶが、足元を狙った火炎弾が地面に着弾するとナパーム弾のように燃焼物が飛散し杏子にも降り掛かった。

 

「つあっ!?」

 

 それも運悪くそれなりに大きな塊が杏子の右肩にぶつかった。幸いあまり粘性は無くそのまま体に付いて燃えるという事は無かったが、格好がノースリーブのため直に肌に触れてしまい真っ赤に火傷を起こしていた。反射的に右肩を押さえようとするが、逆に触れた瞬間に激痛が走り顔を歪める。

 獲物が弱ったのを確認した恐竜は再び口をグッと閉じてまた火炎弾の構えをとった。だが一度見た攻撃でやられる程杏子もやわでは無い。

 

 恐竜が口を開いた瞬間、普通の人間なら火炎弾の範囲から逃れようと逃げるだろう。しかし杏子は逆に恐竜に突っ込み、火炎弾を僅かに体を反らすだけでかわしてみせた。そして右肩に走る痛みを歯を食い縛りながら耐えて、まだ開かれたままの口内へ槍をぶち込んだ。

 

「へへっ、さすがにこっからなら通るよな?」

 

 口から槍を飲まされた恐竜は大人しくなり、びくんびくんと体を震わしている。そしてとどめと言わんばかりに杏子は更に槍を奥へとねじ込んだ。

 すると完全に恐竜は動かなくなり力無くその場に崩れ落ちると、その体はドロリと溶けだした。

 

「うぇ・・・ほんと何なんだコイツ」

 

 ズルリと槍を引き抜くと、先程逃がした男の子を探そうと振り返るが、杏子の目に映ったのは最悪の光景だった。

 

 男の子は必死になって逃げたのだろう。まだあまり上手く走れない足で必死に。それが功を奏して先程の火炎弾に巻き込まれる事は無かった。

 

 しかし、逃げた先には残りの恐竜と魔女がいた。

 

 恐竜と魔女、それぞれに挟まれる形となった男の子を見た瞬間杏子は走った。

 

(あたしのせいだ・・・まだあんな子供に周りの状況を確認しながら逃げるなんて出来る訳ねーじゃねーか!)

 

 杏子が辿り着いた時には恐竜は男の子ごと魔女を燃やそうと、魔女は使い魔に男の子ごと恐竜を爆撃させようとそれぞれが動いていた。

 

 杏子は男の子を抱えようと腕を伸ばそうとして、その際に感じた激痛に反射的に引っ込めてしまった。

 

「しまった・・・!」

 

「ぱぱあああぁぁ!!ぱあぱああぁ!!!」

 

(ったく、どうしてこうなっちまったんだよ・・・ほんとツイてないね)

 

 恐竜の口が開かれようとする。しかも今回は二匹同時、もう男の子を抱えては逃げ切れない。

 

 男の子を置いて逃げるか、それとも自分が盾になるか。

 

(駄目だ、わっかんねーよ。頭ん中真っ白ってこういう事言うんだな)

 

 正に絶望の縁。だが次に彼女の耳に入ったのはその身を焦がす炎の音でも、見捨てられた幼子の悲鳴でもなかった。

 

「私が代わりに!」

 

 幼さの割りに決意のこもった声。それが聞こえたと同時に自分達の前に人影が降り立った。

 直後に火炎弾がその人影に直撃した。

 

「な、なんだあ!?」

 

 突然の出来事に今度こそ頭の中が吹っ飛んだように呆然と目の前の暴煙を見詰める杏子。しかしそうしている間に今度は使い魔の群れがプロペラ飛行機に乗って迫って来ていた。

 

「残念、やらせないよ!」

 

 今度は女性の声が聞こえると、使い魔達は突如ぐったりし始めて爆弾を投下する事なく次々と落下していった。

 

「何がどうなってやがんだ?」

 

 すると目の前の煙の中から一人の少女が出てきた。

 

「えと・・・大丈夫?」

 

「いやいやアンタこそ大丈夫かよ」

 

 今確実に恐竜二匹の火炎弾が直撃した人物に心配をされるという珍妙な展開に思わずツッコミを入れてしまう杏子。その手もビシッと"なんでやねん"の形になっている。

 

 しかしその少女は着ていた丈の短いワンピースに少し煤が付いてる程度で本当に怪我などは見られない。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 少女が「ほら」と確認させるように動くと羽織っているマント、薄紫の髪にクリーム色のメッシュが入った長髪と顔の左右から垂らした髪の先に結んだ宝石が揺れた。だが杏子としては無傷なのもそうだが、更に気になる事があった。

 

(猫耳・・・だよな?魔法で生やしてんのか?)

 

 そう、少女の頭には獣のような耳が生えていた。それも作り物には見えず、時々ピクリと動いてまでいた。

 

「イルカちゃん、その子怪我してるみたいだから治してあげて!」

 

 今度は背後から声がし、振り向くとそこにはメイドがいた。どこをどう見てもメイド、魔女結界にメイドという非日常+非日常の光景に自分が今どういう状況か忘れそうになる。

 どういう状況か・・・

 

「そうだ!そんな悠長にしてる状況じゃないよ!」

 

 しかし慌てて訴える杏子にメイド服を着た赤毛の女性はニコリと笑うと恐竜を指差した。

 それにつられて杏子も恐竜の方を見ると、なにやら必死に目を擦っている。そしてそれは魔女も同様だった。

 

 訳が分からないと言った様子の杏子を他所に、メイド服の女性は未だ泣き止まない男の子をそっと抱き締めて優しく頭を撫でた。

 

「怖かったねえ、もう大丈夫だよ」

 

 その聞く者を安心させるような声と、体を包む温もりに男の子も落ち着いたのか漸く泣き止んだ。

 

「まろかぁ?」

 

「まろかじゃないよ、お姉さんはあおいっていうの」

 

 一方杏子も、イルカと呼ばれた獣耳の少女の魔法によって火傷の治療を受けていた。

 

「悪いね、余所者の面倒見させちゃって」

 

「ううん、気にしないで。それに、余所者って言ったら私達もだし・・・」

 

(・・・そうか、確かあの得体の知れない黒髪がこの街に魔法少女は二人だけって言ってたっけ)

 

 すると男の子をあやしていたあおいがスッと立ち上がり、イルカの顔にも緊張が浮かぶ。それを見た杏子にも分かった。

 

 敵に掛けた術が解ける。

 

「ぼく、お名前は?」

 

「タツヤ!」

 

「そっか、タツヤ君か。じゃあタツヤ君、もう少しだけ我慢したらこの怖いのは無くなるから、それまで頑張ってね」

 

 そう言ってあおいは男の子、タツヤの頭を撫でるとイルカに向き直った。

 

「イルカちゃんはリトルドラグをお願い!二体だけど大丈夫?」

 

「うん、任せといて」

 

 その短いやり取りを終えるとイルカは腰から下げた鞘からエメラルドを加工したかのような美しい刀身の短剣を、あおいは空間に歪みを発生させるとおもむろにそこに手を突っ込み禍々しい大鎌を取り出した。

 イルカは恐竜・・・いや、リトルドラグを、あおいは魔女をそれぞれ睨む。

 

「ちょっと待ちなよ!」

 

 しかし今にも飛び出しそうな二人を杏子は止めた。

 

「あたしは何をすりゃ良いのさ?」

 

「あなたはタツヤ君の側にいてあげてくれないかな?」

 

「はあ?お守りかよ」

 

 納得がいかないといったように声をあげる杏子だが、そんな自分のコートが引っ張られるのを感じ視線を下に向けると、タツヤが杏子のコートの裾を掴みながら不安そうな表情で見上げてきていた。

 その光景は杏子にかつていた家族の姿を思い出させる。

 

「チッ、分かったよ。ただしあの魔女のグリーフシードはちゃんと使わせてくれよな」

 

「グリーフシード?まあ、いいよ」

 

 若干歯切れ悪く答えるあおいだが、再び魔女へと向ける顔は完全に戦闘モードだ。

 

 一方、あおいと杏子がやり取りをしている間に一足先にイルカはリトルドラグに向かって走り出した。

 リトルドラグも眼が治ったのか、一匹は正面から、もう一匹は横へと回り込むように動き始める。

 

 正面からのリトルドラグの飛び掛かりを横に飛んでかわし、着地と同時に短剣を構える。

 

「雷の刃!」

 

 その言葉と同時に刀身を指でなぞると、刃はバチバチとスパーク音を鳴らしながら放電し始めた。しかしそのまま斬りかからず更にステップで横にずれる。するとつい先程までイルカがいた場所をもう一匹のリトルドラグが押し潰した。

 二匹による連携をイルカは見切っていたのだ。

 

「はあっ!」

 

 そして今真横にいる二匹目の脇腹に短剣を突き刺すと、刃が纏う電撃によってリトルドラグは感電してガクガクと大きく震えた。

 

「なんだよアイツ、あの恐竜と戦い慣れてんのか?」

 

 杏子はイルカの戦いぶりにそのような感想を抱く。二匹の連携を見切っていたのもそうだし、攻撃する際も自分のように甲殻に弾かれる事なく比較的柔らかそうな脇腹を狙った。とても初見の動きとは思えなかったのだ。

 

 その頃、あおいは魔女と対峙していた。先程墜落した使い魔達は全身を切り刻まれたかのようにズタズタに裂かれ、消滅を始めている。

 

「さてと、あなたも化け物みたいだし、あんな小さい子を襲った報いを受けてもらうよ」

 

 あおいは大鎌を構え魔女に向かって跳ぶと、その刃を魔女の右肩に降り下ろした。

 

「アアアアァァッ!!!!」

 

 悲鳴をあげながら魔女は暴れるが、その抵抗とは逆に刃は魔女の皮膚を裂きズブズブと沈んでゆく。そして魔女の左手があおいを殴り付けようとしたところであおいは大鎌を抜き離脱した。

 魔女は流血する右肩を押さえるとその場で膝をついて痛みに唸り動かなくなってしまった。

 

「イルカちゃんにリトルドラグを任せて正解だったかな、やっぱ人の姿だとやり辛いわ。しかも子供の姿っていうのが尚更」

 

 そう言いながらあおいは大鎌をくるくると回し始める。

 

「だからさっさと終わらせるよ!」

 

 一層速く大鎌を回転させると魔女の傷口が更に切り裂かれたかのように開き、押さえていた左手の指も見えない力に切り刻まれてしまった。

 

「早いとこ終わらせてイルカちゃんの元に行かせてもらうよ」

 

 大鎌を引き摺りながらコツコツと歩いて行くあおい。その姿は先程タツヤをあやしていた天使のような姿と一変し、命を刈り取る死神のように見えた。

 

 そして魔女の元へと着くと、大きな魔女の首を切り落とすのに十分な大鎌を持ち上げる。そして狙いを定めるため視線を落とした時に気が付いた。自分の足元に先程杏子達を襲おうとしていたプロペラ飛行機と似たような落書きがあることに。

 

「まだ魔女を倒してねーのに油断してんじゃねー!!」

 

「!?」

 

 杏子の声が響いたのと使い魔達が落書きから実体化したのは同時だった。今度の使い魔の下半身はクレーン車。ワイヤーをあおいの足に絡ませ思いっきり後ろに引っ張った。

 一体ならともかく複数による奇襲には抗えずあおいはそのまま前から倒れてしまった。

 

「そんな、さっきの奴らだけじゃなかったの?いつの間に・・・」

 

 驚いている間にも残りの足、両手を四方から絡み取られてしまう。その様はまるで小説のガリバーのようだ。だがガリバーと違う点は、彼女よりも更に大きな魔女がいる事である。

 

「あおいさん!!」

 

 あおいの危機に気付いたイルカが叫ぶ。だが

 

「お前はそいつらの相手をしてろ!あたしが行く!」

 

 以外にも杏子が自ら助けに行くと申し出た。

 

「その代わりそいつらを絶対こっちに通すなよ」

 

「・・・分かった、守るのは得意だから!」

 

 そう言うとイルカは獣のように俊敏な動きで二体のリトルドラグを翻弄し始めた。一体はまだ先程の電撃で動きが鈍いとは言え、リトルドラグ自体もかなり素早い相手。そんな二体を捌くイルカの動きには思わず杏子も舌を巻いた。

 しかし今は見入っている場合ではない。

 

「タツヤっていったっけ、すぐ戻るからここでじっとしてろよ?」

 

 杏子はタツヤの頭を軽くぽんぽんと叩くと、一気にあおいに近付く魔女へと突っ込んだ。

 

「てめえも、あたしの事忘れてんじゃねー!」

 

 その勢いのまま突き出された槍は魔女の喉元を捕らえ、次の瞬間には魔女の首をはね飛ばした。そしてそのまま槍を魔法で伸ばすと鞭のように振るいあおいを拘束する使い魔を一掃した。

 

 あまりにも呆気ない幕切れ。魔女が倒された事によって結界が消滅しようとするが、そんな中リトルドラグは健在だった。

 

「マジか、やっぱ魔女の類いじゃねーのかよ!?つか、このままアイツらが結界から解放されたら洒落になんねーぞ!」

 

「その前に倒す!」

 

 起き上がったあおいはすぐさま駆け出し、杏子もそれを見て後に続いた。

 杏子の言う通りこのまま現実世界にあのような化け物が放たれたらどれ程の被害が出るか分かったものではない。

 

 駆け寄ってくる二人に気付いたイルカはあおいに向かって叫んだ。

 

「あおいさん!一匹は感電してるよ!」

 

「分かった、多分左かな?あなたはイルカちゃんともう一匹をやって」

 

「ああ!」

 

 あおいと杏子は二手に別れてそれぞれの標的へと向かって行く。

 

 あおいは動きの鈍いリトルドラグへと向け、先程魔女にしたように大鎌を回し始める。

 

「《魂のオラクル》!」

 

 次の瞬間、リトルドラグは見えない力によって全身を切り刻まれた。その姿はいつの間にか切り刻まれていた最初の使い魔達と同じである。

 そして崩れ落ちるリトルドラグの首に大鎌の刃を当てると、その頑強な甲殻をものともせずに斬り落とした。

 

 一方、既に半分近く結界が消滅している中杏子とイルカはまだまだ動き回るリトルドラグに手を焼いていた。イルカの動きもかなりのものだが、彼女には仕留めきるだけの力が無かったのだ。

 

「何とかして《エレキソード》を当てられれば・・・」

 

 もう片方のリトルドラグと同じようにエレキソードによる麻痺を狙うイルカだが、相手も仲間のやられた姿を見てイルカに対し隙を見せないでいた。

 

 そうこうしている間にとうとう結界が完全に消滅し、現実世界へと戻って来てしまった。突如一変した世界にリトルドラグは動揺したように辺りをキョロキョロと見回すが、それが運の尽きだった。

 

 ジャラジャラと音を鳴らしながら胴体に巻き付く物。それは多節棍となった杏子の槍だった。

 

「ひっくり返りやがれ!!」

 

 思いっきり槍を引くとその言葉通りリトルドラグは仰向けにされてしまった。周囲の変化に気をとられ踏ん張る事が出来なかったのだ。そしてその腹にイルカが電撃を纏った短剣を突き刺し、槍を再び連結させた杏子もそれに続き槍を突き刺した。

 しばらくびくびくと足を動かしていたが、やがて完全に動かなくなりその身体は溶け始めた。

 

「え、これは?」

 

 その光景に目を丸くして食い入るように見詰めるイルカ。その姿を見た杏子には疑問が浮かんだ。

 

「何だ?戦い慣れてるような気がしたけど初めてだった?さっき私もおんなじ奴倒したけどこんな風に溶けて無くなっちまったよ」

 

 しかしその杏子の言葉にイルカは首を横に振り否定する。

 

「違う・・・戦うのは初めてじゃないけど、倒したドラゴンがこんな風になるなんて」

 

「私が倒したリトルドラグも消えちゃったよ」

 

 呆然とするイルカに、タツヤを連れたあおいが歩いてきた。

 

「あおいさん!これってどういう事ですか?」

 

「それは私にも分からないかな。だけど今はそんな事より・・・」

 

「タツヤァー!!」

 

「パパ、パパだぁ!」

 

 遠くからタツヤのお父さん、杏子はこれで会うのが二回目となる人物が走って来た。

 

「タツヤ!良かった・・・」

 

「パパあぁぁ!」

 

 タツヤのお父さんは無事な姿を確認すると脱力したようにその場に座り込み、タツヤもあおいの側から離れお父さんに抱き付いた。

 

「すいません、ありがとうございます」

 

 息も絶え絶えになりながらもしっかり杏子達にお礼を言い、更にタツヤの頭を撫でている姿からお父さんの人柄の良さが伺える。

 そんなお父さんにあおいが返答を返した。

 

「いえ、タツヤ君野良犬に追いかけられちゃったみたいで、気が付いたら知らない場所だったらしいんです。だから私達でこの公園を探してたらこんな時間になっちゃってすいません」

 

 えへへと苦笑いしながら言うあおい。勿論真っ赤な嘘である。

 

「そうだったんですか!わざわざありがとうございます!」

 

 しかしこれでタツヤが勝手に何処かへ行ったと不条理に叱られる事は無いだろう。

 

「それじゃ僕達はこの辺で。ほらタツヤ、お姉ちゃん達にありがとうとバイバイ」

 

「うん!おねーちゃありがと!バイバイ!あおねーちゃバイバイ!」

 

「うん、バイバイタツヤ君」

 

 しばらく振り返りながらずっと手を振るタツヤを見送った後、あおいは近くのベンチに掛けてあった大きめのパーカーをイルカに手渡した。

 

「随分と懐かれてたね、あおいさん」

 

「う~ん、最初まろかって呼ばれたし、私のソックリさんでもいるのかな?」

 

 雑談をしながらイルカはパーカーを着るとフードを被った。大きめのサイズ故に、それは獣耳をすっぽりと包み隠す。

 それは再び杏子に疑問を与える。

 

「なあ、わざわざ隠すんなら魔法を解けばいいだろ?てかさ、いつまで魔法少女の姿でいんだよ」

 

「え?」

 

「魔法・・・少女?」

 

「「「え?」」」

 

 この時初めて杏子はこの二人と認識が噛み合ってない事に気が付いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、杏子は余計な事をしてくれたよ」

 

 杏子達三人の様子を伺っていたキュゥべえは呟いた。

 

「子供を助ける事が余計な事か」

 

 するとそれに答えるように別の人物も呟く。その声にキュゥべえは振り返り見上げると、そこには彼にとっても意外な人物がいた。

 

「まさか君の方から姿を見せてくれるとはね、アイオト」

 

 それはアキオ達の前から姿を消したアイオトだった。アイオトは見上げてくるキュゥべえを無視し、先程の親子が歩いて行った方を見詰めている。

 

「説明しろって事かい?彼は鹿目タツヤ、鹿目まどかの弟さ」

 

「それで?」

 

「まどかは君を含め周りの人間に契約をしないように言われているし、彼女自信ももう契約する意思は無い。だけど大切な弟が死んでしまったら、それらを振り払ってでも叶えたい願いはできるよね」

 

「汝はそのためにあのような小さき者を殺めようとしたのか」

 

「一応言っておくと僕は彼に対し殺意を持ってあの状況を作った訳じゃないよ。彼があの魔女に襲われたのは偶然だし、僕があの魔女を実験に使ったのも彼を殺そうとして選んだ訳じゃない。まあ実験で死亡率が上がるのは理解してたけどね」

 

「屑め。汝らには感情というものが無いらしいな」

 

 心底軽蔑したように言うアイオトだが、キュゥべえはそれを気にした様子を見せない。いや、実際気にしてないのだ。

 

「生憎とその通りだよアイオト。だけどそれについて君がとやかく言うのはお門違いなんじゃないかな?なにせ僕達が感情を無くしたのは君達ドラゴンのせいなんだから」

 

「ほう?」

 

「君達ドラゴンは感情を好む習性があるよね。僕達の母星に飛来したフォーマルハウトは一思いに滅ぼす事無く、敢えてじわりじわりと僕達を追い詰め絶望へと落としていった。だから僕達は母星を棄て、再び襲われないように感情をも捨てたのさ」

 

「フォーマルハウトか、あやつらしいな。だが感情を捨てるなどそのような事・・・」

 

「不思議な話ではないだろう?この地球でだって生き残るために自ら捕食者に対し不味くなろうという進化をした生き物がいるんだからね。これも生き残るための手段さ」

 

「・・・そうか、ならば汝らはドラゴンに勝つ事など出来ぬ。例え《ドラゴンクロニクル》を解析してもな」

 

 それを最後にキュゥべえに背を向け歩き出すアイオト。キュゥべえは感情の無い瞳でその姿をただ見詰めるだけだった。




前回と今回でこの話におけるキュゥべえの設定がだいぶ明らかにされました。さて、キュゥべえはドラゴンに対抗するため何を目指しているのか・・・

今回の問題発言
「フォーマルハウトか。あやつらしいな」
私はフォーマルハウトが出てくる2020Ⅱをやった事がありませんすいませんテキトー言いました

容姿&ボイス

ダイスケ
容姿:エージェント通常カラー
ボイス:F

あおい
容姿:ゴッドハンド通常カラー
ボイス:G

イルカ
容姿:フォーチュナー通常カラー
ボイス:O

ちなみにあおいとまどかの中の人は同じです。だからタツヤの発言は中の人ネタという作者にしか分からないネタ・・・
それを踏まえた上で今後も多分そういうまどかとあおいのネタ出てくるかも知れません

それと次の投稿は1ヶ月以上掛かるかもしれません。前書きに書いた"訳あって"が関係してるんですが、失踪はする気ないので、今後ともよろしくお願いします!


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第18話【恋路の行方】

Ω〈失踪するつもりは無い(失踪しないとは言っていない)
(祇園)〈などと、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ
Ω〈ダニぃ!?

という訳で何とか帰って来ました。と言ってもここまでお待たせしましたが今回は戦闘も無ければ特に話も進展しないぐだぐだな回になってしまいました。
今後の更新も1、2ヶ月の間隔になるかも知れませんが何卒よろしくお願いしますm(__)m


 よく晴れた金曜日。今日という一日を乗り越えれば明日からは休日だと既に気を緩めた生徒達は明日は何をしようかと相談する者もいれば、部活で汗を流すだろう事を誇らしげに言う者もいた。

 そんな見滝原中学にホームルームを告げる鐘がなると、クラスの扉が開き生徒達と同じように爽やかな笑顔で教師の早乙女和子が入って来た。和子の入室により立ち話をしていた生徒達も慌ただしく自分の席に戻り、全員が着席したのを確認した和子は満面の笑みでホームルームを始めた。

 

「おはようございます皆さん。さて、純情な恋愛に歳の差は関係ありますか?はい!中沢くん!」

 

 突然の無茶振りを振られてしまった男子生徒は「ええ!?」と驚きの声をあげるが

 

「あの・・・それが本当にお互い純情な気持ちなら関係ないんじゃないでしょうか?」

 

 律儀に返答して見せた。その答えは和子が望んでいたものだったらしく、うんうんと頷き漸くホームルームでの連絡事項を話し始めた。

 この和子と生徒(何故かいつも先程の中沢くん)のやり取りはこのクラスの風物詩のようなものとなっており、生徒の返答に対する和子のリアクションで彼女の恋愛が上手くいっているかどうか分かるらしい。そして今日の結果はというと・・・

 

「今回は上手くいってるみたいだね」

 

 まどかが言うにはそうらしい。しかし話を振られたさやかはまどかと同じ小声でそれを否定する。

 

「分かんないよ?今日は大丈夫でも明日にはもう駄目になってたりしてね」

 

「でも先生いい人だし、私は上手くいって欲しいな」

 

「甘いよまどか。大人の恋愛っていうのはね、いい人ってだけじゃやってけないのよ」

 

 さやかがそこまで言ったところで唐突にわざとらしい咳払いが聞こえ二人が振り向くと、件の和子がこちらをしっかりと見ていた。

 

「美樹さんと鹿目さん!ホームルーム中は私語を慎んで下さい!」

 

「あ、あはは・・・すいません」

 

 ビシッと教鞭を振りこちらを指してくるが、それ以上特に言及してくる様子もないので話の内容までは聞かれていないとさやかは安心するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「何を話していたのかと思ったらそんな事・・・」

 

 呆れたような表情でため息を吐いたほむらは、ジト目でさやかを見た。

 

 今は昼休み、屋上で食事をとるまどか、さやか、そしてほむらの三人は今朝の出来事について話していた。

 

「そもそも美樹さんは人の事言えないでしょ?」

 

 ほむらの言葉にギクリと表情を固まらせるさやかは「何の事かな?」とシラを切るが、そう言う声は少し上ずっている。

 

「さやかちゃん、昨日マスターに散々言われたでしょ?」

 

 更に意外にもまどかが追撃に入った。

 

 あの控えめで大人しかったまどかがアキオ達と出会ってから積極性が生まれている。

 

 まどかの事を親友だと思っているさやかはその事に気が付き、嬉しくも思っているが今回ばかりは彼等の影響を恨んだ。

 

「分かってるよ!今日の放課後に行くから!」

 

「行くだけでは駄目よ」

 

 まだ攻めるほむらに、さやかはもういいと言おうと彼女の方を向くが、その顔は先程までの緩んでいたものではなく真剣な表情へと変わっていた。まだほむらの事をちゃんと見るようになって短いさやかだが、表情の変化に乏しい彼女の顔の見分けはつくようになっており、尚且つこのように真剣な表情で冗談を言うような人間でもない事も知っているため次にほむらの言う言葉を聞こうと喉元まで来た言葉を引っ込めた。

 

「魔法少女として魔女と戦う以上絶対なんて無い。こういう言い方は悪いけど、それは巴さんが命を張って教えてくれたはずよ」

 

 今までのはただの友達同士のからかいだったのに対し、急に生死の話を出されてさやかとまどかはほむらの言う事にピンと来ない。

 

「突然なにさ?」

 

「このままうじうじしたままその時が来たら、後悔するわよ」

 

 しかしその言葉で漸く二人は理解した。

 魔法少女として生きる以上いつその命を落としてもおかしくはない。だから後悔の無いよう今の内に気持ちを伝えておけという事だろう。

 

 真剣なほむらに、さやかもまた真剣な表情で答えた。

 

「分かったよ。ありがとね、ほむら」

 

 二人のやり取りを見たまどかは、本当に二人の仲は心配する事はないと安心するのと同時に、死と隣り合わせの友人二人と自分の間に微妙な距離感を感じてしまうのであった。

 

 不意にさやかのケータイが振動し始めた。慌ててケータイを取り出し、その画面を見るとさやかは少し困惑した表情をした。

 

「どうかしたの?」

 

 まどかが訊ねると、さやかはあははと何故か苦笑いしながらまどかとほむらにケータイの画面を見せた。

 

 

From:恭介

 

話したいことがあるんだ。

悪いけど今日学校が終わったら来てくれないかな?

 

 

 それは恭介からのメールであった。

 

「良かったじゃない。向こうから来て欲しいって言うなら気負う必要はないでしょ?」

 

「いや、まあ・・・何て言うかこっちから行くぞ!って気持ちだったのに逆にその勢いを削がれたって感じ?それにこの前あんな別れ方して、話したい事ってちょっと怖いかな」

 

「大丈夫だよ!きっと上条君もその時の事謝りたいんだと思うよ?」

 

「ええ、とにかく行ってみなければ分からないわ。でも安心して良いわ、骨は拾ってあげるから」

 

「ちょっとほむら、それってどういう意味!?それに比べてまどかは本当に天使なんだから」

 

 その言葉にまどかはまたいつものように抱き締められると思い身構えるがいつまで経ってもさやかのハグは来ない。見ると、さやかは思い詰めたようにケータイの画面を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり風見野市。風見野市は見滝原市の隣にあり、良くも悪くも普通の町であり治安もあまり悪くはない。あまり・・・

 

「へへ、ちょろいもんだな」

 

 そう言いながら紙袋に入った林檎を手に取りかじり付いたのは先日さやかと衝突し、その後まどかの弟であるタツヤを魔女から救った佐倉杏子である。

 町中で堂々と歩きながら林檎をかじる杏子だが、その林檎は正当な手段によって手に入れた物ではない。しかし今までこのような手段で生きてきた杏子の犯行は誰も、盗まれた店の店主にさえ気付かれる事はなかった。

 

「ちょっとちょっと」

 

 昨日までは。

 

「あん?」

 

 先程までご機嫌な様子で林檎をかじっていたはずの杏子は声のした方へと振り向くと、その顔は苦虫を噛み潰したようになり目の前の人物を見つめた。

 そこには自分と同じような赤い髪をしたメイドと、パーカーのフードを深く被った少女がいた。その二人は昨日の魔女戦で出会ったあおいとイルカである。

 

「それ、盗んだでしょ。そういうのっていけないんじゃない?やっぱり」

 

 困ったような笑顔で言うあおいからは、どこか子供を諭すような雰囲気が感じられた。それは一層杏子の気分を悪くさせる。

 

「はあ?アンタには関係無いっしょ。変に干渉しないでくれる?」

 

「いやまあ関係無いって言われればそうなんだけどね」

 

「でも、悪い事だよ?」

 

 言葉を詰まらせたあおいに代わりイルカが正論を言う。しかしそんな誰でも分かるような正論で窃盗を止められる程杏子の事情は軽くはない。

 

「悪い事・・・ねえ。けどさ、昨日泊めてやったんだからこっちの事情は分かんだろ?」

 

 その言葉にイルカも口を接ぐんでしまう。

 

「やめてよね。アンタ達が魔法少女じゃなく、異世界から来たってんならあたしとしては争う理由は無いんだからさ。まあ昨日助けて貰ったんだ、しばらく寝泊まりぐらいは自由にしてて良いからさ、あまりあたしのする事に口を挟まないでくれる?」

 

 そう言って杏子は二人に背を向け歩き出した。手に持つ林檎をかじりながら。

 

 あおい達は杏子を追う事も声を掛ける事も出来ない。

 

 佐倉杏子に家族はおらず、廃墟同然の教会に一人で住んでいる。生活費などあるはずも無く、それ故に正当な対価で食べ物を手に入れる事が出来ず毎日窃盗を繰り返して飢えを凌いでいるのだ。

 

 それを知っているからと言ってあおい達にはどうしようもない。先程杏子が言ったようにあおい達は異世界から来た存在、13班のメンバーであり、この世界に来てからはまず自分達が生きるので精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 見滝原総合病院。時刻が16:00を過ぎた頃、恭介の病室の前にさやかが一人立っていた。彼女がここまで来たのは勿論昼のメールの件である。

 

「話したい事・・・か」

 

 ここに来る途中にも何度も口にした言葉を再び吐き出すと、憂鬱な気持ちになった。あんな別れ方をして、話したい事とはいったい何なのだろうか皆目検討もつかない。

 しかしだからと言ってこのまま病室の前でおろおろしてもいられないさやかは、無理矢理気持ちを切り替えようと自分の頬を両手で軽くパンパンと叩いた。

 

「やめやめ!会えば分かるんだから、とっととこの扉を開けよう」

 

「あれ?さやかちゃんじゃん」

 

「ひゃわっ!?」

 

 突然の声に驚いたさやかが振り向くと、そこにはアキオが立っていた。しかしそんなさやかのリアクションを気にせずアキオは彼女の無視できない言葉を放った。

 

「恭介君なら今はいないよ。何だか思い詰めたような表情で屋上に向かって行ったけど」

 

「え?」

 

 一瞬思考が止まる。だがそれは本当に一瞬。次の瞬間には頭が最悪のシナリオを描きさやかは走り出した。

 

(嘘、嘘!何で?腕はキュゥべえが治したんでしょ?でも思い詰めた表情で屋上ってまるで・・・話したい事ってそう言う?キュゥべえが願いを叶えるのを失敗したの?)

 

 さやかの描いたシナリオとは自殺。何らかの手違いで結果的に恭介の腕は治ってはおらず、ヴァイオリニストとしての生命を奪われた恭介は絶望して見投げしようとしている。話したい事というのは自分に何かを言い残したかったのだろう。

 

 そう思い込んださやかは一気に階段を駆け登り屋上への扉を開いた。

 

「恭介!!」

 

 屋上に飛び出たさやかの目に入ったのは、かつて大きな演奏会に出る時に何時もしていたスーツ姿で車椅子に座りながらヴァイオリンを構える恭介だった。

 すると恭介はさやかが何かをいう前に右手を動かしヴァイオリンを弾き始めた。

 

「え?なに?」

 

 突然の事に呆然とするさやか。何せ自分の考えていた事と全く関係のない展開になっているのである。

 

 腕、動くじゃん。

 

 などと自分のシナリオと目の前の光景の差にツッコミを入れてしまうぐらいに混乱をしていたが、徐々に彼の演奏に意識が傾き、漸く恭介が演奏をしているという事に対する実感が湧いてきた。

 幼かった頃から大好きだったヴァイオリンの、いや、恭介の演奏。車椅子だからか久しぶりだからか、はたまたその両方のせいか最後に聴いたものと比べ拙い演奏だがさやかにはそんなものは関係ない。

 例え下手だろうが何だろうが演奏の中に恭介を感じる。そして演奏をしている恭介の表情には充実感が感じられる。それがさやかにとっては幸せだった。

 

 それからそう長くない内に演奏は終わり恭介がたった一人の観客に一礼をすると、その観客は笑顔で拍手を贈った。

「来てくれてありがとうさやか」

 

「ううん、あたしの方こそ恭介の演奏久々に聴けて嬉しかったよ」

 

「うん。その事何だけどね、御覧の通り僕の右手、治ったんだ」

 

 そう言いながら右手を軽く回す恭介の姿を見てさやかは目頭に熱いものを感じた。

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか恭介は続ける。

 

「大事な話っていうのは右手が治った事ともう一つ、さやかにこの前の事謝りたいんだ。あの時の僕はいくら参っていたとは言え、ずっと支えてくれたさやかにあんな酷い事を言ってしまった。いや、参ってたなんて言い訳だね。アキオさんに言われるまで僕はさやかの事なんて考えた事なかったんだ。さやかがどんな気持ちでずっと側に居てくれたか、さやかにどれだけ支えられてきたか」

 

 その恭介の言葉を聞く度にさやかの熱くなった涙腺はどんどん緩んでいく。自分でこれ以上はマズイと分かる、それは見るからに限界に達した風船に空気を入れるような、表面張力ギリギリまで水の入ったコップに更に水滴を落とすような感覚だった。

 

「そして、僕自信のさやかに対する気持ちも。例え君がどんな風に考えようとも構わない、ただこれだけは言わせて欲しい!さやか、今まで自分の事ばかりで君の事を考えなくてごめん!そしてありがとう、僕は君に助けられたんだ!」

 

 そこまでがさやかの限界だった 。一気に涙腺は崩壊し、次から次へと涙が零れ落ちてゆく。

 

「べ、別に私はそんな、当たり前の事してただけだから・・・」

 

 必死に強がりを言うがくしゃくしゃになった今の顔で言われても恭介は困ったように笑うだけだ。

 

「さやか、それともう一つ言っておきたい事があるんだ」

 

「待って!」

 

 更に何がを言おうとする恭介をさやかが手で制止し空いた方の腕でぐしぐしと涙を拭いて、改めて恭介に向き直った。

 

「今度は私に言わせて!」

 

 それに対し恭介はクスリと笑った。

 

「どうぞ」

 

「私・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「さあって、ここまでだ!帰るぞ」

 

「ええ?」

 

「あら、ここからが良いところじゃない」

 

 病院の屋上の扉の内側に隠れていたまどかほむらは、アキオの言葉に苦い顔をした。この三人、先程までのさやかと恭介のやり取りを扉を僅かに開け覗き見ていたのである。

 

「何言ってんの。君たちだって告白をこんな風にコソコソ覗き見されてたら嫌だろ?」

 

「う、それはそうですけど・・・」

 

 まどかはアキオの言う覗き見という行為に後ろめたさを感じてしまうが、ほむらは無表情で切り返してきた。

 

「でもそれを言うなら謝罪を覗き見るのも大概じゃないかしら?」

 

「それはそれ、俺は恭介君の謝罪作戦に協力してるからね。協力したからには見届ける義務があるってもんよ」

 

「なら私達も美樹さんの告白を後押しした立場として見届ける義務があるわ」

 

「うっ、ああ言えばこう言うな・・・」

 

 寧ろこれは論破だろう。

 結局言い返せないアキオはまどかとほむらと共に再び覗きを再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、さやか達を覗くのはアキオ達だけではなかった。

 見滝原総合病院から離れた建物。そこに設置されている遠望鏡を魔法で強化し二人の様子を覗き見る赤いポニーテール。

 

「なんだい、男かよ。やっぱ甘ちゃんは下らない事に願いを使っちまったのね」

 

 おどけたように言いながらも気に入らないといった雰囲気を出しながら杏子は遠望鏡から顔を離した。

 

「彼女と事を構えるつもりかい?」

 

 そんな彼女に声を掛けたのはキュゥべえだった。杏子はキュゥべえの姿を見ると額に皺を寄せ若干不快そうな表情になる。

 

「・・・まあね、今の内にサクッとやっちゃえば今後こっちの街でも動きやすくなるし」

 

「君の思い通りにいくと思わない方がいい。この街には魔法少女の他にイレギュラーな存在がいるからね」

 

 キュゥべえの言葉に杏子はピクリと反応した。

 

 魔法少女ではないイレギュラー。

 

 それはまさしく自分が知り合った自称異世界人の仲間なのではないか?

 

「ま、でも関係ないっしょ。邪魔する奴はぶっ潰しちゃえばいいんだし。それとキュゥべえ」

 

「なんだい?」

 

 次の瞬間、杏子の手のひらに置かれたソウルジェムから直接槍が飛び出しキュゥべえの顔面数ミリというところでギリギリ止まった。

 

「あたしはアンタの事胡散臭くて信用ならねーって思ってんだ。あんまり機嫌が悪い時に出てくんなよな」

 

「やれやれ、せっかく忠告してあげたのに」

 

 そう言いながらキュゥべえはとことこと暗闇へと歩いて行き消え去った。

 

(あれだけの事をしたのに顔色一つ変えず驚いた素振りも見せねえ・・・あいつ、本当に何者なんだ?)

 

 彼と契約した杏子だが、付き合いが長くなるにつれキュゥべえから感じる不気味さに気が付いていた。それ故に向こうから来ない限りはなるべく接触を避けてきたのだ。

 しかしキュゥべえの事を一旦頭の隅に追いやると、再び病院へと顔を向けた。その顔はやはり、苛立っているように見えた。




今回のアキオがさやかに意味深な態度をとったのは恭介と打ち合わせたドッキリです。

さて、何とか投稿を再開できた訳ですがここで問題点が・・・ナガミミの空気化。
最初はやりたい事があってナガミミも一緒にこっちに来させたけど、実際そこに行くまでがやることが無いという事態に。次も茶番回なんで何とか無理無く出せないかな・・・


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第19話【恋人達の週末:前編】

(祇園)<投稿が遅くなったのは俺のせいじゃねえ!ポケモンとスパロボが悪いんだ!あとついでにインフル

全うそうな理由がついでなのか(困惑)>Ω

そんな言い訳は置いといて、今回の話、決して某けものアニメに影響された訳ではありません。某アニメ放送前からこの場所に行かせる予定でした。
あと今回ナナドラの独自解釈入ります。


 時は少し遡る。アキオ達が鹿目まどか達と初めて出会ったその日、別の場所ではもう一つの出会いがあった。

 

「・・・私、夢でも見てるのかしら?」

 

 眼鏡を掛けた女性、早乙女和子はマンションの自宅の扉の前で唖然とその光景を見ていた。

 彼女の部屋の前で、壁に寄り掛かるように一人の青年が気を失っていたのだ。青年は黒のロングコートを羽織り、その下は軍人が着るような特殊な服を着ていたがその両方、そして彼自信もボロボロでただ事ではないのは簡単に分かった。

 

(どうしよう・・・やっぱり警察に通報した方が良いのかしら?それとも救急?)

 

「う、うぅ・・・」

 

 和子が非日常的な光景に何とか冷静に努めようと頭を働かせていると、青年は悪夢にうなされているかのように表情を険しくさせた。

 やはりまずはどこかに通報しようとした時

 

「僕は・・・どうして・・・」

 

 青年の閉じた瞼から水滴が滲み出て頬を伝った。それを見た和子は教師という子供達と接する立場故か、それとも女性としての母性が目覚めたのか、青年を放っては置けず自らの部屋へと運んだのであった・・・。

 

 

 

 

 

 

 現在。

 

「ただいま、ナナシくん」

 

 自宅に帰って来た和子は、あの日から増えた同居人に帰宅の挨拶をした。するとリビングからあの日の青年が顔を出して微笑んだ。

 

「お帰りなさい和子さん。食事の準備はできてますよ」

 

 あの日、和子が青年を自宅に入れると直ぐさま布団に寝かせ看病を始めた。幸い外傷は擦り傷程度で大きな物は無く、熱が少しあったが彼女の献身的な看病のお陰で次の日には青年は目を覚ました。しかしそこである問題が発生する。

 

 青年には今までの記憶が無かった。

 

 やはり病院へと連れて行くべきかと思うが、記憶の無い事に取り乱す青年を見ると放っては置けなくなった。何とか彼を落ち着かせ、記憶が戻るまでこの家で暮らして良いと言いこの共同生活は始まった。

 その際呼び名をどうするかという問題も浮上するが、青年自ら《ナナシ》という名を提案した。理由は至ってシンプル、記憶が無く"名無し"だから。和子は最初反対したが、記憶が戻った時に仮の名に愛着が湧かないようにという考えを聞いて了承したのであった。

 

「明日私はお休みだけど、ナナシくんどこか行きたい場所はある?」

 

 それは食事中の他愛無い会話。和子にとっては貴重な休みだが、今は彼の為に何でもしてあげたいという気持ちがあったのだ。

 それに対しナナシはうーんと考えると何か思い付いたのか、ぱあっと顔を明るくさせた。

 

「すいません、それじゃあ僕、動物園に行きたいです!」

 

 それは青年(正確な年齢は記憶喪失のため不明だが)の彼から聞くにはあまりに幼稚な答えだった。しかし言ったナナシはまるで子供のように瞳を輝かせている。

 それを見て和子は思わずクスリと笑った。

 

「動物好きなの?」

 

 その和子の質問にナナシはハッとし、少し照れたように顔を赤くしながらも答えた。

 

「いえ、そういう訳では・・・ただ、あまり実物の動物を見た事が無いような気がして、興味があったんです」

 

「ふふ、分かったわ。それじゃあ明日は動物園に行きましょう」

 

 こうして彼女達は明日の予定を決めると、話を和子の学校の出来事へと切り替えて食事を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「動物園!?」

 

 まだ開店もしてない早朝のセブンスエンカウントに、サトリの間の抜けた声が響いた。

 今この場に居るのはサトリとマスター、そしてナガミミの三人だが、ナガミミの口から出た言葉がサトリを驚かせたのだ。

 

 アキオとミオの二人は動物園にデートに行った。

 

「話したい事があるっていうこんな時に」

 

 呆れたように呟くサトリだが、それに対しマスターはクックと笑いながら宥める。

 

「まあこんな時にだからだろう。あいつらが恋仲になった時既に向こうの世界は緊迫した状況だったし、そのまま落ち着く間もなくこちらの世界に来てしまったんだ。息抜きも必要だ」

 

「俺様も同じ意見だ。それに小娘は竜斑病が無くなったってのに遊ぶ暇が無かったしな」

 

 腕を組みながらマスターに同意するナガミミをふーんと見詰めるサトリの顔は次第ににやつき始めた。

 

「最初はミオちゃんにキツかったのに、今じゃあ過保護なんじゃないの?」

 

 そう言われたナガミミはカアッと顔を一気に赤くさせた。

 サトリの言う最初とは彼女達が初めてノーデンスに招待された時の事である。表ではノーデンスの愛らしいマスコットとして語尾に"ミミ"とまで付けて振る舞っていたナガミミが、ノーデンス本社に入った途端に豹変して毒舌を吐き始めたのだ。特に元々の性格が内気で他のメンバーより戸惑うミオに対しては何かと突っ掛かり、様付けまで強要していたのだ。しかし徐々に成長していくミオに合わせ、ナガミミの性格も段々と丸くなっていった。

 

 丸くなったのは知っていたがここまでとは思わなかったとサトリは笑う。

 

「は?はあ!?別になんも変わってねーだろ!テキトー言いやがって、だいたい何で俺様があの小娘の世話焼かなきゃならねーんだよ!」

 

 そう言うナガミミだが、このあからさまに動揺して必死な態度では説得力など微塵も無い。相変わらずニヤニヤとしながら「はいはい」と流すサトリにナガミミはこれ以上何も言えなくなった。

 

「くっ・・・マスターなんか飲み物!」

 

 気を紛らす為にナガミミはマスターに飲み物を要求するが、当のマスターは返事をしつつもナガミミの事をじっと見詰めている。その視線にはナガミミも気付いた。

 

「何だよマスター。俺様があまりにも可愛いからって変な気は起こすなよ?」

 

 ジト目でそう言って来るナガミミにマスターはため息を吐くと、カウンターの中に移動しながらも口を開いた。

 

「生憎だが俺にそんな趣味は無い。だが、見た目だけなら確かに可憐な容姿だというのは認めよう」

 

 コーヒーを淹れながらそう評価するマスターはニヤリと口角を上げた。ナガミミは頭の上に疑問符を浮かべるが、サトリはマスターの考えが分かったのか「なるほど」と呟き同じように怪しい笑みを浮かべる。その二人の態度に嫌な予感を感じたナガミミは咄嗟に立ち上がった。

 

「な、何だお前ら!?俺様はただアキオの代わりに話をしに来ただけだからな!」

 

「まあまあそう怖がらないでよ」

 

 しかし背後から両肩を掴まれ、そこで既に目の前にサトリの姿が無くなっている事に気が付く。恐ろしく早い回り込み、同じS級能力者でなければ見逃してしまうサトリの動きにナガミミは反応出来なかった。

 

「では頼んだぞサトリ。いくら中身がナガミミでも今の姿では俺は手が出せんからな」

 

「任せてよマスター!じゃあ行こっか、ナ・ガ・ミ・ミ・ちゃん♪」

 

「やめ、おいどこに連れてくんだ!?放せえええぇぇ!!!」

 

 その叫びも虚しくナガミミは更衣室に引きずられて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 見滝原から電車で三つ駅を越えた先にある街。ナガミミが悲鳴をあげているであろう頃にアキオとミオはそこに足を踏み入れていた。

 雲一つ無い晴れ模様に空を見上げたミオは少し眩しそうにしながらも湧き上がる高揚感からか表情を緩ませながらアキオに振り返った。

 

「晴れて良かったね、アキオ!」

 

 そう言うミオの笑顔にアキオも自然と頬を綻ばせながら頷いた。

 

「ああ、俺とミオの初の外デートもこの天気なら安心だな!」

 

 しかしそのアキオの言うデートという言葉を改めて聞いたミオは今更ながら顔を赤くさせ彼から背けてしまった。そういう初な反応を見てアキオはニヤニヤと笑うが、実際内心では彼自信もこのように好き合った相手とのデートは初めてであり、表には出さないものの緊張をしていた。

 

 このまま彼等の動向を追う前に、何故デートに動物園を選んだか、それを説明しよう。

 

 それは前日の事、たまたま点けていたテレビの番組で動物園内における珍生物特集をやっていたのだが、それを見た途端アキオとミオは釘付けになった。この世界の住人が二人を見たら動物番組に夢中になる子供らしい一面程度にしか思わないだろうが、彼等は本気で驚愕していたのだ。しかしそれは無理の無い話、彼等の世界はドラゴンの侵略を受けたのだから。

 ドラゴンの支配する領域には《フロワロ》という花が一面に咲き広がる。このフロワロの花粉は未知の毒素を持っており、生物を結晶化させ死に至らしめ、更にはフロワロ自身が原生生物に寄生し《マモノ》と呼ばれる怪物へと変貌させてしまうのだ。そしてアキオ達の世界の2020年にドラゴンは地球のあらゆる国、土地を支配し生態系に大打撃を与えた。

 人類がドラゴンを撃退して80年経った2101年、人間が管理していた家畜や犬猫などのペットは何とか現存していたが、それ以外の動物は殆どが絶滅危惧種になり、保護しようという働きもあったがその甲斐虚しく実際に絶滅してしまった種も何種類もいた。

 

 生まれた時から殆どの動物は資料の中だけの存在というアキオ達にとっては、世界中の様々な動物を間近で見れ、物によっては触れ合う事も出来る動物園は信じられないようなものだったのだ。それ故に動物園に興味を持ったアキオがミオを誘い、ミオも喜んで了承した。本当はナガミミも誘ったのだが、彼女はどうやら気を遣ったようで二人で行くように言った。

 

「すいません、入場券を・・・えと」

 

 券売所の前まで来たアキオは入場券を買おうと売り子の女性に声を掛けるが、通常の大人、子供の他に家族、カップル価格が窓口の横に書いてあるのに気が付いた。迷わずカップルと言おうとするが、妙な気恥ずかしさを感じ口ごもってしまう。何時も飄々としてはいるが、いざ実際に恋愛をするとなると彼もミオの事を笑えないぐらいには初だった。

 

「御兄妹でも家族価格で購入できますよ」

 

 そんな彼に売り子の女性は少し勘違いしながらも助け船を出す。見てみれば家族もカップルも同じ値段だ。

 

(まあ、同じ値段なら別に良いかな?)

「はい、じゃあそれでお願いします」

 

 ほんの少しの羞恥心から出たこの言葉が、今日一日付き纏う事になろうとは今の彼には思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 アキオ達が動物園に入園する頃、セブンスエンカウントも開店時間となり店の扉の掛札がopenと書かれた側に返された。すると暫くして最初の客が入店して来た。

 

「いらっしゃいませ、御一人様でよろしいでしょうか?」

 

 そう言って客を店内に通したのはウェイトレスの格好をしたナガミミだった。

 

 サトリに更衣室に連れ込まれた後、半ば強引にナガミミはこの格好に着替えさせられ労働力として組み込まれてしまったのである。最初の内は全力で抗議していたのだが、既に着替えさせられてしまったというのとこの二人は口で言っても聞かないという事で結局は諦めて今に至っている。

 

 しかし流石はノーデンス社のマスコットキャラとして皮を被っていただけの事はあり、来店した客に愛想良く笑顔を振り撒いている。

 暫くして注文が決まったのか客は近くを通りかかったサトリを呼んだ。

 

「注文決まった?ほむらちゃん」

 

 呼ばれたサトリは客である前に友人であるほむらの下へと向かう。ほむらは注文を頼むと、先程自分を通したナガミミを見てサトリに訊ねた。

 

「あの人、新人さんですか?」

 

 その質問に「ああ」と声を出したサトリはほむらの言いたい事を理解した。それはこの店を拠点にしているのに魔法少女と関係無い人間を置いといて良いのかという疑問。当然ながら店が閉まってからだと彼女達中学生組は時間的に長くは話し合いに参加出来ない。そうなると定休日か昼終わりに一度店を閉める時間になるのだが、昼終わりの休憩中にも店内に居座り魔法少女や魔女などという単語を用いて一般人の前で話をするのはどうにも気が引けるし事情を誤魔化すのも難しいだろう。

 

「あの子もボクたちの仲間だよ」

 

「そ、そうなんですか・・・」

(アキオさんにサトリさん、マスターにミオにダイスケという男、そして今度はあの子・・・一体何人この世界に来ているの?)

 

 ほむらが今頭の中であげただけで6人。そして彼女自身は一度しか会ったことがないがどう見ても不審者にしか見えないアイオトも彼等の関係者だというのを思いだしたところで考えるのを止めた。

 彼女がここに来たのはマスターが改めて話を聞きたいと希望してきたからである。ほむらのマスターへの印象は切れ者、それも相当厄介なタイプの。恐らくは色々と踏み込んだ質問をされるであろう事が予想でき、どこまで話すか、何をどう隠すかを考えるのに集中するのであった。

 

 

 

 

 

 

「おいミオ!ハシビロコウさんだぜハシビロコウさん!やっぱり生の眼力は違うな~」

 

 一方動物園へと入園したアキオ達は初めて生で見る動物達にはしゃいでいた。

 ・・・いや、はしゃいでいるのはアキオだけだった。

 

「・・・・・」

 

 ミオはというと先程からずっとアキオの言葉を無視し、不機嫌だというのを態度で示していた。アキオもそれには気付いていたが、ミオがこのような態度をとるのが珍しく触れないようにしていたのだ。しかしそれも限界だった。

 

「なあミオ。そんな不機嫌そうにしてどうした?俺なんかしたか?」

 

「別に・・・アキオからしたらどうでもいい事だよ」

 

 堪らず直接聞くが、ミオは素っ気なく返して口をへの字にして閉じてしまった。

 

 まいったなと、アキオは今日一日の行動を思い返してみる。朝起きて朝食をとり、出掛ける準備をしてナガミミにマスター達との話し合いを頼んでミオと共に家を出た。そして少なくともここに来るまではミオの機嫌は悪くはなかったはずだ。

 

「あっ・・・」

 

 そこまで思い出してアキオは漸く思い当たる節を見付けた。するとどうだろう、今まで本当に困っていたミオの態度に微笑ましさを感じられるようになった。

 

「なあミオ」

 

「なに?」

 

 相変わらず不機嫌そうに答えるミオの手をアキオはぎゅっと握り自分の方へ引き寄せた。そのまま自分の横にピタリとくっついたミオの腕に自分の腕を絡ませる。

 

「恋人としての初めてのデートなんだし、恋人らしくしようぜ!」

 

「え、ええ!?」

 

 突然のアキオの行動と言葉にミオはみるみる顔を赤くさせて先程の不機嫌な態度を取り繕う余裕を無くしてしまった。それを見たアキオはニヤニヤと笑いながらミオを引っ張り次のエリアへと移動に始める。

 

「まったくミオは可愛いな~。入場券を恋人じゃなくて兄妹で買ったってだけで拗ねるなんて」

 

 ズバリ不機嫌な理由を言い当てられミオは観念したように唸った。

 

「うぅ・・・だって、初めての恋人らしい事だったのに」

 

「カップルで入場券買うのがか?」

 

 いつの間にか両腕でアキオの腕に抱きついていたミオはコクコクと頷く。その仕草が堪らなく可愛く見えてアキオは思わず視線を反らしてしまった。よく考えれば自分からしたとはいえ彼女と腕を組んでいるというこの状況もアキオの鼓動を激しくさせている。

 

(はぁ・・・我ながらこんなにピュアだったとは思わなかったぜ)

 

 心の中でため息を吐きながらも、次の目的地を機嫌を直したミオと相談する事で胸の高まりを誤魔化そうとするアキオであった。

 

 

 

 

 

 

 

「へ~。それじゃさやかちゃんは無事その上条くんと結ばれたんだ」

 

 時刻は14時過ぎ、16時まで一時休憩となったセブンスエンカウントではほむらが話すさやかのコイバナにサトリが夢中になっていた。

 

「はい、腕が動くようになって数日経ってますし、外出の許可も出たようなので早速美樹さんは一緒に出掛けると言ってました。そうは言っても行動範囲や時間に制限はあるらしいですけど」

 

 そう語るほむらを見てサトリは思わず微笑んだ。

 最初、話だけで聞いていた頃や初対面の時は冷たく他人に対し興味を持たないような印象をほむらに抱いていた。しかし今目の前の彼女は、友達について語る普通の女の子だ。

 

「どうかしましたか?」

 

 サトリの表情の変化に気が付いたほむらは訊ねた。

 

「あぁいや、なんか安心したなって」

 

「?」

 

 サトリの言葉の真意が分からなかったほむらだが、正面から二人の人物が近付いて来るのを見て意識を切り替えた。

 

「すまないな、長い事待たせてしまった」

 

「いえ、その分美味しい珈琲を何度もおかわりさせて頂きましたから」

 

 マスターの登場に、敵ではない事を解っているはずなのに思わず緊張してしまうほむら。マスター、そして後ろから続いたナガミミも同じテーブルに座り話し合いの準備が整った。

 

「始めに言っておくが我々はキュゥべえの正体、そして奴らがこの地球でどのような事をしてきたかを知った」

 

 間髪入れずに口火を切ったのはマスターだ。その言葉にほむらは顔を強ばらせた。

 

「さて、君は奴らの正体を知っているか?」

 

「インキュベーター、宇宙人よ」

 

 これは答えても良い質問。

 

 そう頭の中で瞬時に判別して答えるほむら。

 マスターはほむらの言葉に頷くと、再び口を開く。

 

「有史以前から人間を進化させてきたという奴が、君の事をイレギュラーと呼んでいた。心当たりは?」

 

「それは私がキュゥべえと契約をしていない魔法少女だから」

 

「どういう事だ?」

 

「できれば話したくないのだけど」

 

「ふむ、そうか・・・ただ一つ確認させてくれ。君がそれを隠す事によって我々に不利益は生じるか?」

 

「それは無いと思います」

 

「なら良いだろう」

 

 意外とあっさりと引くマスターに一瞬気を抜くほむらだが、それは他に確認したい事がまだあるためだと認識してすぐに気を張り直す。案の定マスターの質問は止まらない。

 

「以前サトリから聞かれたと思うが、ソウルジェムが濁りきったらどうなる?」

 

「それは・・・魔法が使えなくなります」

 

 ほむらが答えたくない質問。それについ口ごもってしまったのをマスターは見逃さなかった。

 

「魔法が使えなくなるのなら結構じゃないか。だったらそのまま魔女との戦いから身を退けばいい」

 

(この人、私が嘘を言っていると気付いている?)

 

「そもそも魔女と戦う使命と言うが、そんなもの捨てて願いだけ叶えたら普通に暮らせばいいだろ。魔法を使うのは最低限魔女から自衛のためだけに留めておけばこちらから倒しに行く必要は無い。そうしないという事は余程ソウルジェムの濁りを取り除く事に意味があると見た」

 

「・・・それは、キュゥべえからソウルジェムは豆に浄化するように言われて」

 

「君は奴らの正体を知っている。そして聞くところによると以前キュゥべえを攻撃していたらしいじゃないか。君はキュゥべえがどんな奴か分かっているんだろう?そんな君がキュゥべえの言い付けを素直に守っているというのが俺には腑に落ちないんだ」

 

 全て話すか、魔法を使い逃げるか、今のほむらはその二択しか思い付かない程余裕が無くなっていた。元々このように大人の男性から聴取されるという経験が無かったため、いつもの冷静な思考でいられない上に、マスターの聞き方はどこかプレッシャーを掛けられているような感覚があるのだ。

 

(あれほどの経験をしてきたのに、大人にこうして強く出られるだけで怯むなんて私もまだまだね)

 

 などと冷静ぶってはみるものの良い案が浮かばず、自然と顔を俯かせてしまった。

 そんな彼女を見かねてか、マスターは再び口を開いた。それは先程までの圧迫感が取り除かれた優しい口調だった。

 

「言える範囲で良い、君が俺達に言っても問題無いと判断したものだけで良いから情報をくれないか?予めある程度の情報を知っていれば俺達も動きやすい。それにもし君が既に何らかの問題に直面していて、それを諦めているのだとしてももしかしたら俺達になら何とか出来るかも知れない。なにせ君も俺達の全てを知っている訳では無いしな、意外な方法があるかも知れん」

 

 その言葉にハッと顔を上げるほむら。

 

(諦めている・・・か。まるで見透かされているみたい)

「相談役を務めていたというのは伊達ではないみたいですね。確かに私は今、ある問題を抱えています」

 

 暫くマスターの雰囲気に口を閉じてしまっていたほむらが再び言葉を発した事により、終始聞き役に徹していたサトリもホッとする。同時に、ほむらの言う問題が気になった。

 

「その問題とは?」

 

 マスターの問いを聞き一度深呼吸をするほむら。

 

(奴に関してはいずれ話す予定だったから問題ない。あと話せるのは、ソウルジェムの秘密・・・。きっと彼等なら無闇に口に出したりしないだろうし、もしもの時には上手く立ち回ってくれるかも知れない)

 

 今までほむらはセブンスエンカウントの人間を完全に信頼しきっていなかった。いや、本当は彼等の人間性を間違い無く理解していたのだが、これまでの経験がどうしても心に「油断をするな」と言わせてしまう。

 

 今までの事を語っても信じてもらえないかも知れない。

 

 もし真実を知れば自分の敵になるかも知れない。

 

 今までみたいに。

 

 しかし、彼等はほむらにとってこれ以上無いほどにイレギュラーな存在。都合の良い妄想だが彼等なら全てを話しても大丈夫かも知れない。そう思うほむらはもしかしたら今に至るまでの過程に疲れきっていたのかも知れない。

 

(それでもいい・・・私が一歩踏み出す事で彼等が力になってくれるなら)

 

 ほむらはいつになく真剣な瞳でマスター、そしてサトリとナガミミを見詰めた。

 

「先ずは私の目的・・・倒すべき敵について話します」

 

 

 

 

 

 

「おーいミオ!ふれあい広場だってよ、行ってみようぜ」

 

 ほむらが意を決して話し出そうとしているなか、アキオ達は動物園を満喫していた。先程の不穏な空気は無くなりミオも何事も無かったかのようにアキオとはしゃいでいる。

 今は土産屋を兼ねた休憩所で次の目的地を決めたアキオが、商品を選んでいるミオに声を掛けたところだ。

 

「待ってアキオ!お土産買っていくからもう少し時間ちょうだい」

 

「ああ、分かったよ」

 

 それを聞き、さて自分はどうするかとアキオが手持ちぶさたになった時だった。

 

「あの、すいません」

 

 後ろから声を掛けられた。声の感じからして自分と同じような若い男性だというのが分かる。

 

「はい、何でしょう?」

 

 アキオがごく普通に、自然に、何の気構えも無く振り返った時だった。そこに居たのは確かに自分が先程考えた通りの青年だが、その姿にアキオは凍りついた。

 

「この地図の見方なんですけど・・・」

 

 青年もアキオの顔を見ると顔を怪訝な表情へと変え言葉を止めた。

 その仕草で更にアキオの心臓がばくばくとうるさいぐらい鳴り響く。

 

 まさか・・・まさか!

 

「ユウ・・・」

 

「ナナシ君!」

 

 アキオの口から出かけた声は、青年の後ろからやって来た眼鏡の女性に遮られた。

 

「和子さん」

 

「水棲エリアはあっちだって」

 

「分かりました。すいません、聞こうとしていた事なんですが解決しました」

 

 申し訳なさそうに青年はアキオに頭を下げる。その姿を見てアキオは先程浮かんだ考えを否定した。

 

「そうみたいですね」

 

「はい、それじゃ」

 

 この短いやり取りを交わすと青年は連れの女性と共に歩き去って行った。

 

「・・・・・」

 

「お待たせアキオ!・・・って、どうしたの?」

 

 青年の後ろ姿をじっと見詰めるアキオに、買い物を終えたミオが声を掛けた。

 

「ああ・・・いや、何でもない」

 

 そう歯切れの悪い返事をするアキオにミオは小首を傾げるが、当のアキオが直ぐにいつもの調子に戻り次の目的地への出発を促したのであまり気にしない事にした。しかし、表向きは何でも無いように振る舞ったがアキオの頭には先程の青年の顔がしっかりと焼き付いていた。

 

(一度死んでしまったミオだってこうして生きているんだ。アイツが生きていても・・・いや、ナナシと呼ばれていたし、他人の空似か)

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたのナナシ君、もしかしてお土産買いたかった?」

 

 一方休憩所からだいぶ離れた場所で、ナナシは来た道を振り向いて今では小さくしか見えない休憩所を見詰めていた。

 

「いえ、何でもありません。行きましょうか」

 

 そう言って再び歩き出すナナシだが、その胸中は理由も無くざわついていた。

 

(先程の彼、何か気になる。なんなんだこの感じは?記憶を無くす前の知り合い・・・まさかな)

 

 本人達は知らない。いや、予感はあっても確信が持てなかった。この出会いが再会であるという事を・・・。




今回でユウなんとかさんがログインしてきました。
本当はユウなんとかさんの居候先は中沢くん宅とか考えていましたけど下の名前が分からない以上、家でも頑なに中沢と呼び続けるしか無いという不自然な事になるので諦めました。

ほむらがマスターに威圧を覚えて上手く口が回らなかったのは、同年代の相手とのやり取りは何度もしてきて慣れてはいるけど、こういう大人とは直接話し合う事が無かったため、彼女本来の性格と年相応さが相まった結果という感じです。

さて、次の投稿は何ヶ月後かな(遠い目


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第20話【恋人達の週末:後編】

今回の話、半分以上書いた所で一回全部データが消しとんで膝から崩れ落ちましたorz
その後急いで書き直したのでいつも以上に変な文章になってしまいました。


 土曜日の正午、見滝原総合病院のロビーで二人の少年少女が待ち合わせをしていた。

「お待たせ、恭介!」

 後から来たさやかが慌てて恭介の下へと来ると、恭介もニコリと微笑んだ。

「ごめん待った?」

「うん、待ったよ。15分は遅刻かな」

「ちょっと!そこは"僕も今来たところだよ"って言う場面でしょ!」

 そのさやかの言葉にクスクスと笑うと

「さやかだからこんな風に言えるんだよ」

 と答えた。

「いやでもさ、私としてはほら、晴れてカップルになれた訳だしそれらしい事をしたいのよ」

 唇を尖らせながらそう言うさやかだが、彼女も今のこのやり取りを心地よく感じていた。

「僕は何でこんな所にいるんだろう・・・」

「なーに暗くなっちゃってんの?生きてるんだからいつか皆と会える会える♪」

「楽観的過ぎるが、ヒマリの言う通りお前は悲観し過ぎだトゥーヘァ」

 ここは見滝原総合病院の直ぐ近くの公園。そのベンチに三人の男女が揃って座り空を眺めていた。

 一人は深刻そうな顔をした青年。一人は何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべる少女。そして最後の一人は額と顎に傷痕を持つ大男。この三人がベンチにくっついて座る様はシュールの一言である。

 すると先程宥められたトゥーヘァという青年はより切羽詰まった表情で大男に向き直り言った。

「ですがスターク、そうは言ってもこの数日なんの進展も無いじゃないですか!」

「確かにそれも事実だが、俺達はここで野垂れ死ぬ訳にもいかないのも事実だ」

「そうそう♪そして生きるにはお金が必要だよね!」

 直ぐに返って来た二人の言葉に、トゥーヘァは「ぐぬぬ」と唸った。

「今日を生きなきゃ明日は来ない!ほら、今日もアレやるよ!」

 そう笑顔で言う少女を見ると、今思い悩んでる事がどうでもよく感じてきたトゥーヘァはため息を一つ吐いて立ち上がった。

「分かりました、二人の言う通りですね。スターク、ヒマリ、不本意ではありますが今日もやりましょう」

 それを聞いたスタークとヒマリは、お互い顔を見合わせてはやれやれと言った感じで笑うのであった。

 場面はさやか達へと戻る。

 彼女達は病院に外出許可を貰い、デートへと出た。

 腕が治ったとは言え恭介は脚も怪我をしており、そのためリハビリを兼ねた散歩程度の事しか出来ない。しかし彼女達にとっては"二人で"という事に意味があり、他の恋人達が行くような場所、するような遊びが出来なくても何の不満も無かった。

 そんなさやか達が近くの公園を横切ろうとした時、公園に人だかりができているのを見付けた。

「何だろう?」

 恭介の疑問に答えようとさやかが背伸びをして人だかりの奥を覗くと、木と木の間にカーテンのように垂れ下がる布があり、その手前には何かの作業台のような物が置かれていた。

「路上パフォーマンスか何か?いや、公園だけどさ」

「へえ、行ってみようよ」

 興味を持った恭介に促され、さやかは彼と共に公園に入って行った。

 二人が作業台の見える位置に着くと、丁度始まるのか三人の男女が布の奥から現れた。その三人は先程この公園のベンチで深刻そうなやり取りをしていたトゥーヘァ達であった。

 三人はギャラリーに御辞儀をすると、真ん中に立つトゥーヘァが一歩前に出た。

「皆さんお集まり頂きありがとうございます。僕達は《ジャスティスナイト》、マジシャンです。それでは僕達の魔法を是非楽しんで行って下さい」

 そう挨拶を済ますと三人は再び布の奥に右端から入って行った。するとそのまま歩いたぐらいの間で反対側から出てきた三人にギャラリーは湧いた。時間にして5秒程、その短時間で三人の姿がガラリと変わっていたのである。

 最初に出てきた笑顔の少女、ヒマリは白と赤を基調とし大量にフリルが付いた服装へと変わり、作り物には見えない獣耳を頭から生やしていた。次に出てきたトゥーヘァは頭に羽飾りの付いた白い帽子を被り、同じく白のマントを羽織っている。そして何より、最後に出てきたスタークが最も注目を集めた。金の装飾を施された美しいコバルトブルーの鎧をその身に纏っているのだ。

 早着替えなどというレベルではない変わり様にギャラリーから大きな拍手が湧き、その反応に満足したように三人はショーを始めた。

 結論から言うと彼等のショーは凄かった。それはトランプ等を使った定番の物ではない。

 水やギャラリーの持っていたペットボトル内の飲み物、更には公園の遊具を凍りつかせ、火の玉や稲妻を操り、そして瞬間移動まで行って見せた。先にこれはマジック、つまり種も仕掛けもあるというのを言われなければ魔法にしか見えない迫力があった。

 約40分程のパフォーマンスが終わり三人が改めて御辞儀をすると、ギャラリー達は称賛の拍手を贈り、作業台の近くに置いてあったザルの中にそれぞれが満足した分だけの代価を入れて去って行った。

 そうして人気が無くなるとスタークはザルの中身に目をやり頭の中で計算を始める。

「今日は大盛況だったな。パッと見だが明日の夕飯まではなんとかなるだろう」

「これもトゥーヘァのお陰だね!」

 スタークの言葉にヒマリがトゥーヘァを誉める形で相槌を打つが、当のトゥーヘァは疲れた顔でため息を吐いた。

「こんな事ばかり得意になってもどうしようもないですけどね・・・」

 そんな彼の呟きに二人は上手い言葉が出なかった。何だかんだ言いながら彼等もトゥーヘァと同じように現状に疲れを感じていたのだ。

「すいません!」

 そんな時だった。

「今のマジックショー面白かったです!」

 まだ残っていた二人の少年少女、さやかと恭介が近付いてきた。キョトンとするトゥーヘァに、先程のショーに感動したのか瞳を輝かせながら恭介は喋りだした。

「僕、そこの病院で入院しているんですけどこんな所でショーをしているなんて知りませんでした。いつもやっているんですか?」

「あ、ええ、特に場所は決まってませんが、ここでは二回目ですね」

 純粋に話しかけてくる恭介を見て、スタークとヒマリは先程まで心に沸き上がっていた疲労が抜けていくのを感じた。

「あの、僕はマジックの事は何も分かりませんが、皆さんならきっと凄いマジシャンになれると思います!頑張って下さい!」

 そしてそれは二人だけではなかった。

 彼の言葉を聞いたトゥーヘァも、最初こそ戸惑ってはいたが満更でもないような顔になり、手袋を外して右手を差し出した。

「本当は不本意な形で始めた事ですが、君のようなファンが居てくれるのは悪く無い気分ですね。ありがとう」

 恭介も松葉杖を突いているため、少しぎこちなさがあるが何とか右手を伸ばし差し出されたトゥーヘァの手を握った。

 その光景に、恭介の言葉にさやかは思わず口許が緩み知らず知らずの内に笑顔になっていた。

 何故なら恭介がトゥーヘァに言った事は、さやかが初めて彼の演奏を聴いた時に感じた物と同じなのだから。

(恭介、私も恭介の演奏を聴いて同じ事を思ったんだよ。やっぱり、恭介の腕を治して良かったよ)

 握手が終わると恭介はトゥーヘァに軽く頭を下げてから、さやかの方へと振り返った。

「それじゃ僕達はこれで」

「待って下さい」

 公園の外へと出ようとする恭介をトゥーヘァは呼び止めた。そして彼の側まで寄ってしゃがむと、怪我をしている足にそっと手をかざす。

「ーーーーー」

「え?」

 トゥーヘァが何か呟いたのを聞き取れなかった恭介。一方のトゥーヘァは立ち上がると優しげな表情で口を開いた。

「おまじないですよ。足、早く良くなるといいですね」

「ありがとうございます」

 そして今度こそ恭介はさやかと共に公園の外へと向かった。

 その途中さやかは振り返り、怪訝な顔をトゥーヘァへと向けた。

(さっきの、恭介は気付かなかったの?いや、恭介も下を向いていたし気付かない訳無い。じゃあ恭介には見えない何か?)

 先程トゥーヘァが恭介の足に手をかざした時、確かにさやかには見えた。トゥーヘァの手が透き通るようなエメラルドの光を発していたのを。

「恭介、どこかおかしい所は無い?」

「どうしたんだい急に?僕は大丈夫だよ」

 恭介自身特に異変を感じてはいないらしい。実際さやかも先程の光に嫌な物は感じられず、恭介に異変がないならいいかとこの事は気にしない事にした。

 したのだが、さやかは再び振り返る事となる。

「お前ら儂に断りもせんで何やってんだ!?」

 突然の怒鳴り声にビクリと肩を震わせ、さやか達は振り向いた。見るとトゥーヘァ達にみすぼらしい身なりの男が物凄い剣幕でずんずんと近寄っている。"断り"と言うがとても公園を管理している人間には見えない。

 男と相対するトゥーヘァは面倒そうにスタークへと視線を向ける。

「物乞いですかね?」

「いや、この世界的にはホームレスという言葉が適切か」

「ごちゃごちゃうるせーぞお前ら!!」

 まるで自分の怒りを気付かないトゥーヘァ達に男は怒鳴りながら懐からナイフを取り出し、トゥーヘァに突っ込んだ。

「ヌヴォオ!?」

 思わず奇声をあげながらも何とか男の突進を避けるトゥーヘァ。直ぐ様自分の横を通り抜けた男を視界に入れるが、何やら様子がおかしい。

「儂だって好きでこんな生活してるんじゃねぇ・・・ここは儂の縄張りだ、有り金全部置いてけ・・・もう嫌なんだこんな生活」

 そう言う男の目は瞳孔が開き焦点が合ってないかのように揺れており、口からは涎がだらだらと垂れている。明らかに異常な状態だった。

「うああああ!!!」

 叫びながら再び突進してくる男を今度は冷静に回避しながらトゥーヘァはなんとか説得を試みる。

「もうやめて下さい!こんな事をしても、何も戻りはしない!」

「駄目だトゥーヘァ、あの男は既に錯乱している!」

 スタークの言う事にぎりっと奥歯を強く噛み締める。この男が"何をされた"かをトゥーヘァは気が付いたのだ。だからこそあまり手荒な事をしたくはなかったが、だからこそこのままにしておく訳にはいかないと考えを切り替えた。

 三度襲い掛かってくる男に対しトゥーヘァは正面から挑んだ。

「トゥッ!」

 その掛け声と共に振り下ろされたトゥーヘァの手刀はナイフを持つ男の手に当たり見事凶器をはたき落とした。

「な!?」

「ヘアァァッ!!」

 更にナイフを落とされ呆然とする男のこめかみに、トゥーヘァは見事な回し蹴りを叩き込んだ。

「がっ!?あ・・・」

 その一撃のもとに男は崩れ落ち意識を失った。男が動かなくなったのを確認すると直ぐ様トゥーヘァは男に駆け寄った。

 一方、一部始終を見ていたさやかは冷や汗をかいていた。

「何事かと思ったけど、あの人強いんだね」

「あ、うん、そうだね」

 恭介の言葉に我に帰るさやかだが、視線は未だに男の首筋に釘付けになっていた。

(魔女の口付け・・・この近くに魔女がいるの?)

 そう、男の首筋には魔女の口付けがあったのだ。

(どうしよう、せっかく恭介とのデートなのに・・・ううん、でも私はマミさんの代わりにこの町を守るって決めたんだ!)

「ごめん恭介、私、急用があるの思い出しちゃった。本当に悪いんだけど先に戻っててくれる?」

 恭介の側からしたらあまりにも身勝手な言い分だというのはさやか自身分かっていた。しかしそれでも目の前の魔女の痕跡を見逃す事は出来なかった。

「分かった、大事な用事なんだね?」

「うん、本当にごめん」

 そして恭介も事情は分からないが、さやかが冗談や半端な理由で二人の時間を終わりにしようとしている訳ではない、そんな人間では無いのを理解していた。それは長い間親しい仲でいた賜物だろうか、さやかを心配する事はあっても疑う事は無いだろう。

 だからこそ彼は言う。

「大丈夫だよ、気を付けてねさやか」

「うん!」

 その言葉を聞いたさやかは、先程まであった恭介に嫌われるかも知れないという不安がなくなり、笑顔で頷いて走り出した。

 その頃、男の首筋に手を当てたトゥーヘァにスタークとヒマリが状況を訊ねていた。

「そんなにまじまじとおじさんを見て何かあったの?」

「この人、呪いを受けていました。後悔や悲しみ、憎しみといった負の感情が増幅するタイプの」

 その言葉に二人の表情がより緊迫したものへと変わった。

「どういう事?"この世界"にはそういうの無いんじゃなかったの?」

「表面的には、だろう。魔法などがあるなどこの世界の殆どの人間は認識していないだけで、実際は人々の知らない所でこのように存在している」

「ええ、既に《リカヴァ》で解呪しましたが許せませんね。認知されていないという事は法律で裁く事はできませんし、警察はおろかやられた本人だって分からないでしょう。それを知った上でこのように好き勝手するのは」

 そう語るトゥーヘァの表情は今までの情けなさが抜け、代わりに静かな怒りを孕んでいた。

「突き止めるか?」

 そう提案するスタークだが、トゥーヘァは振り返ると首を横に振った。

「その必要はなさそうです。この世界の《メイジ》に任せましょう」

 その言葉にスタークとヒマリが疑問符を頭の上に浮かべる中、トゥーヘァはさやかが走り去った方向をじっと見詰めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソウルジェムの反応を頼りにさやかは雑木林の前まで来ていた。

 この奥に恭介との時間を邪魔した魔女がいると思うとさやかは堪らなく腹が立った。そしていざ雑木林へと足を踏み入れようとした時。

 

「あ~あ、良いのかよ?せっかくあの男とお楽しみ中だったってのにこんなとこ来てさ」

 

「!?」

 

 その声に振り向くさやか。そこには以前対峙した赤い魔法少女、佐倉杏子が不敵な笑みで立っていた。

 

「あんた・・・!何の用よ!?」

 

 キッと杏子を睨み付けるさやかだが、杏子はそんなものはどこ吹く風か、全く気にした様子を見せない。

 

「べっつに~?ここの魔女は私が相手すっからお前はあの男んとこに戻ってな」

 

「どうせグリーフシードが目当てなんでしょ?」

 

「当たり前じゃん。でも今回はきっちり魔女を潰すから安心しなよ」

 

 魔女を倒す。そう言われてしまうとさやかは上手い返しが浮かばないでいた。

 ここで引き下がる事は負けた気がして癪だが、しかし魔女を倒すと言っている以上自分の獲物だと言うのも、以前散々非難したグリーフシード目当てのようで気が引ける。

 

 どうするかと考えた挙げ句出た言葉は

 

「勝負・・・」

 

「は?」

 

「勝負よ勝負!この前はあんたの言う通り素人だったから負けたけど、今度はそうはいかないから!」

 

 そのさやかの言葉に最初はキョトンとしていた杏子だが、さやかの言わんとしている事が分かったのか不敵な笑みを浮かべた。

 

「なるほど、ここの魔女をどっちが先に倒すかって事だな?」

 

「そうよ、私が勝ったらこの町から出ていって」

 

「そんじゃあ私が勝てば、もうこれ以上私のやり方に口出ししないでもらおうか」

 

 お互いがその条件を了承し、魔女の結界のあるであろう雑木林へと入ろうとした時

 

「さやかちゃん!」

 

 さやかは突如聞こえた親友の声に足を止めた。振り返るとそこには困惑した表情のまどかがいた。

 

「今日は上条君と出掛けるって・・・そっちの子はこの前の子だよね?」

 

 前回の事があったからか、杏子を見て不安そうにさやかへと視線を向けるまどか。また前回みたいに戦いが起こるのではないかと心配でならなかったのだ。

 

「ちょっと魔女が出てね、そこでコイツとも後腐れ無く決着を着けるから心配しないで」

 

 そのあまりにも素直過ぎるさやかの言葉にまどかの不安は余計に大きくなった。

 

「だ、駄目だよ!魔女が現れたなら、二人で協力しようよ!」

 

 そう言って杏子へと顔を向けるまどかだが、杏子はつまらないような物を見る目でまどかを見返した。

 

「はん!うざい奴にはうざい仲間がいるもんだね。魔法少女でもないお前が口出しすんなよ」

 

「じゃあそう言うあなたの仲間はどうなのかな?」

 

 再びこの場にいる者以外の声。今度は杏子が振り返り、現れた人物を睨んだ。

 

「たく、いつから仲間になったんだよ?」

 

 その視線の先にはメイドとパーカー少女、あおいとイルカがいた。

 

「酷いな~、一緒に戦って一つ屋根の下で暮らしてるんだから立派な仲間じゃない」

 

 その言葉に杏子は舌打ちをするが、あおいは気にせずまどかの下に歩いて行くと優しく頭を撫でた。

 

「え、あ、あの?」

 

 突然の事に困惑するまどかに対し、あおいはニッコリと笑い頭を撫でていた手を止めた。

 

「友達思いの良い子だね、私達が一緒に着いて行ってあげるから、二人の決着を見届けよう?」

 

 それを聞いたまどかははっとなり先程の不安を思い出した。

 

「でも、魔法少女同士で戦うなんて、そんなの絶対間違ってます!」

 

 まどかの言葉に、さやかは気まずそうに「あ~」と声を出し、まどかがこちらを向いたのを確認してから喋りだした。

 

「決着って言っても直接戦う訳じゃなくて、どっちが先に魔女を倒せるかだから。ごめん、ちゃんと説明してなかった」

 

「え?あ、それなら良い・・・のかな?」

 

「もし二人が危なくなったら私達も戦うから安心して。私はあおいで、こっちのパーカー着てるのがイルカちゃんだよ、よろしくね!」

 

「あ、鹿目まどかです、こちらこそよろしくお願いします」

 

 先程までの険悪な雰囲気が二人(主にあおい)が来た事によってすっかり雲散霧消して、彼女達の事を見ていた杏子も毒気を抜かれてしまった。

 

「おい!いつまでも喋ってないで、やるならとっとと行くぞ!」

 

 そう言いながら魔女の結界を目指して歩き始める杏子を見て、他の四人も着いて行くのであった。




さやかと杏子の二度目の衝突にまどかが居合わせたら次に起こる事は・・・

因みにマジックショーの全ては本物の魔法で、早着替えなどもシールドクラフトの応用。元々この世界に合った服装を幻術で見せていたが、マジックショーの際にはそれを解き元の姿を見せたという感じです。瞬間移動も幻術で見えなくしている間に普通に移動。
幻術ってスゲー便利!


セブンスドラゴン組容姿紹介

トゥーヘァ
容姿:メイジBパターン白マントカラー
声 :N

スターク
容姿:バニッシャーBパターン蒼鎧カラー
声 :C

ヒマリ
容姿:女メイジBパターン
声 :J


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第21話【ソウルジェム】

お久しぶりです!
ちびりちびりと書き続けて何とか帰って来られました!
しかしそのちびちびとした書き方のせいで毎度ながら文章が・・・
という言い訳は置いといて、お待ちになっていた方々、お待たせいたしました!

今回魔女の能力は完全にオリジナルです


「《ワルプルギスの夜》、それにまさかソウルジェムに君達の・・・」

 

 セブンスエンカウントにて意を決したほむらから聞かされた事実に、マスターは言葉を失った。それはマスターだけではなく、サトリとナガミミも同様だった。

 強大な敵はまだ良い、自分達13班が手を貸せば倒せない事は無いだろう。だがしかし、ソウルジェムの方はどうしようもない。

 

(いや、あおいならもしくは・・・)

 

 その時だった。ほむらのケータイが振動し、一言断ってからほむらはケータイを取り出しその画面を見た。

 

「・・・どうやら魔女が現れたみたいです。今美樹さんが向かっているようなので、私も行ってきます」

 

 そう言って立ち上がるほむらにサトリも続いた。

 

「マスター、ボクも行ってくるよ」

 

「いや待て」

 

 ほむらに続こうとしたサトリをマスターは呼び止めた。怪訝な表情を向けるサトリだが、マスターはゆっくりと腰を上げて更に続けた。

 

「俺も行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔女の結界内。

 涌き出てくる人型の使い魔をさやかと杏子の二人は競うように倒していく。技量と戦闘経験では圧倒的に杏子が上だが、さやかにはそれを埋める程のスピードがある。

 

 そんな猛進撃をする二人だったが、勢い任せに戦うさやかは物陰に潜む使い魔の存在に気付いていなかった。目の前の敵を倒そうと直進するさやかに、タイミングを見計らって飛び出そうとする使い魔。いくら速いとは言えその姿を追う事さえ出来れば、そして直進する事さえ分かっていればそれにタイミングを合わせる事は可能だ。

 だがまさしく「今だ!」という時、既にその使い魔は消滅を始めていた。

 

「せやあ!!」

 

 その事に気付かないままさやかは狙っていた使い魔をサーベルで真っ二つにした。

 そして周辺に使い魔の気配が無いのを確認してさやかは得意気に杏子へと振り返った。

 

「どうよ?今ので私がリードしたんじゃない?」

 

「はぁ・・・お前気付いてなかったのかよ?」

 

 ため息を吐きやれやれといった態度をとる杏子に、さやかは馬鹿にされた気がして眉をひそめた。しかし実際に杏子は先程の事態に気付かなかったさやかを小馬鹿にしているのだ。

 

「良かったな、私が一緒で。じゃなければお前、さっき待ち伏せ食らってたぜ」

 

「はあ!?」

 

 全く気付かなかったさやか本人からしたら信じられないような事だが、少し後方で見ていたまどか達を見ると皆一様に苦笑いをした。

 

「その、確かにそこの物陰に攻撃してたよ」

 

「私もあそこには気配を感じてたし、杏子ちゃんは嘘を吐いてないよ」

 

 まどかとあおいの言葉にさやかは「マジかぁ」と少し項垂れてしまった。

 

「おいおい、まだ魔女の下に着いてないのにそんな落ち込んでて良いのか?」

 

 そう言う杏子は他の四人を置いて先に進み始める。するとさやかが慌てて杏子の後を追いかけ肩を並べて、少し不満げな表情を杏子へと向けた。

 

「あんたさ、どうして助けてくれたの?」

 

「・・・別にぃ?お前の悔しがる顔を見たかっただけだよ。まっ、全く気付かなかったってんならリアクションは期待できないけどな」

 

 皮肉混じりに返されるが、今の杏子に対してさやかは初めて会った時程の悪印象を抱いていなかった。それが何故かはさやか自身分からないが。

 

「まったく、杏子ちゃんはツンデレだなぁ」

 

「うっせえよあおい!」

 

 後ろから聞こえる茶化すようなあおいの言葉に振り向かず否定をする杏子。

 

「本当は優しいのかな?」

 

「だからうっせえって言ってんだろ!!」

 

 尚も聞こえる声に思わず振り返る杏子だが

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 そんな彼女が見たのは必死に謝るまどかだった。

 

「ちょっとあんた!まどかを苛めないでよね!」

 

「いや、ちが・・・この二人の声が似てんのが悪いんだよ!」

 

 杏子の言葉に食い掛かったさやかも「まあ、確かにね」と呟き、そんな二人を見てまどかとあおいはキョトンと顔を見合わせるのであった。どうやら本人達に自覚は無いらしい。

 本来なら敵地であるはずなのに、杏子まで巻き込んで緊張感の無いやり取りをする四人に対し、一人獣耳をピクリと震わしたイルカは顔を緊張したものへと変えた。

 

「気を付けて、使い魔とは違う気配がするよ」

 

 その言葉にさやかと杏子が臨戦体勢となり、あおいが素早くまどかの前へと出る。気が付けば目の前にはまん丸の扉が出現していた。その縁のデザインはどことなく犬の首輪を模したように見える。

 

「いいか?今までの使い魔はほんの準備運動。本命はこの奥の奴だからな」

 

「分かってるわよ。先に魔女を倒した方が勝ちだから、使い魔はノーカンって事でしょ?」

 

「ま、使い魔をカウントしちまったら私の圧勝だけどな」

 

「圧勝って事は無いでしょ。・・・じゃあ、行くよ!」

 

 勝負を始める前までは険悪だった二人だが、いつの間にか軽口を言い合えるようになっていた。恐らく勝負という名目ではあるが同じ敵を相手にする事によって自然と互いの事を受け入れ初めているのだろう。特にさやかに関してはあおい達の存在が大きい。初めこそ最低の印象を杏子に感じていたが、それに反して周りを和やかな気分にしてくれるあおいという女性が彼女の仲間だという(杏子は否定していたが)。まどかの事も気に掛けてくれていて、悪い人間ではない事は一目瞭然だ。そんな彼女と共に行動する杏子に対する嫌悪感は薄くなっていた。

 

 そして、扉を開け中に入った一同が目にしたのは犬。だが当然ながらただの犬では無い。人程の大きさの身体、そして見た者の視線を決まって釘付けにするであろう

 

「・・・アフロ?」

 

 さやかが思わず呟いたように頭部に桃色の大きな毛玉を乗っけている、まさしくアフロである。そのアフロには小さなリボンがいくつも付いており、リボンを付けたピンクのアフロ犬という他の魔女とは違うファンシーな存在だった。

 

 だが、だからこそさやかはたじろぐ。マミの命を奪った魔女も最初は可愛らしい人形の姿をしていた。その事を思いだし身震いし、いつの間にか滲み出ていた汗が額から顎先まで一気に滑り落ちる。

 このような魔女こそ、恐ろしい何かを持っている。知らず知らずの内にそう警戒し、さやかは硬直してしまった。

 

「何ビビってんのさ?お前が行かないなら私が頂くぜ!」

 

 しかしそんなさやかの考えを知る由もない杏子は単身犬の魔女へと突っ込んだ。それを見て我に返ったさやかも杏子を追うように飛び出す。

 

「ちょっと!少しは警戒しなよ!」

 

 だがさやかは先程の懸念もあり、その勢いは少し控えめである。

 

「こんな犬っころ、即行で片付けてやるよ!」

 

 さやかの忠告を一笑に付し、槍の射程まで近付いた杏子は素早く槍を突き出した。それと同時に魔女は地面を蹴り高く跳躍、攻撃をかわすのと同時に高台へと移動した。

 そんな魔女へと、青き閃光が軌道を描きながら背後から迫る。

 

「あっ!あのやろっ!」

 

 杏子がしまったという顔で見る閃光、それは加速したさやかであった。

 

(今の魔女は攻撃してきたアイツに気をとられている・・・後ろからなら!)

 

 未だにこちらを向かない犬の魔女へとサーベルを構え、一気に振り下ろした時だった。魔女は横に跳びさやかの攻撃をも避ける。

 

「うそっ!?」

 

 そのまま魔女はトントンと足場を次々と変え、この場にいる全員を見下ろせる高台へと着地した。

 

「あの魔女、本物の獣みたい。殺気に凄く敏感」

 

「なるほどな、そいつは確かに厄介そうだな」

 

 一連の流れを見て漏らしたイルカの言葉に、いつの間にか後退してきた杏子が呟いた。さやかもその横に着地して参ったような表情をする。

 

「本物の獣って、そりゃ確かに捕まえられない訳だよ。子供の頃さ、友達とよく猫追っかけてたけど全然捕まえられなかったし」

 

 子供と猫を今回の魔法少女と魔女に例えるのは正しいかはいささか疑問だが、確かに人間が俊敏な動物を捕らえるのは至難の業である。

 

「キィヤアアアアア!!」

 

 突然甲高い声で咆哮をあげる魔女。身体を伸ばし上に向かい咆哮をする姿は動物の犬や狼の遠吠えそのものだが、その姿に反して発せられた人間的な声質に嫌悪感が逆撫でされて一同は固唾を飲み込んで魔女の次の行動を見守る事しか出来ない。

 

 すると数秒も経たずに、物陰で何かが蠢き始めた。

 

「何だ?今更使い魔を呼んだのかよ?」

 

 杏子は一瞬でも怯んだ事を後悔し、そして魔女の行動に呆れた。この魔女の使い魔ならどれだけ来ようと不覚をとる事は無い自信があったのだ。

 

「それがお前の抵抗だってっんなら無意味だ・・・ぜ!」

 

 言い終わるのと同時に杏子は再び魔女へと飛び出し、それを見たさやかも追い掛けるように走り出した。

 しかしイルカだけは表情を変え周囲を見回し警戒をし始めた。

 

「違う、使い魔じゃない!これは・・・」

 

 そしてイルカが杏子達に自分が感じた違和感を伝える前に物陰から此方の様子を伺っていた者が杏子に向かい飛び出した。

 

「んな!?」

 

 その速度は今まで相手にした使い魔とは比較にならない程速く、完全に意表を突かれた杏子は回避よりも咄嗟に槍を横に構えた防御体勢をとる。次の瞬間、槍の柄にその者の噛みつきは阻まれギリギリ杏子にその牙が届く事はなかったが、襲撃者の姿を見た杏子は思わず目を見開いた。

 

「こ、こいつ!魔女だ!最初に私達が攻撃した、あそこにいる魔女と全く同じだ!!」

 

 そう、そこには犬の魔女がいた。すぐさま視線を最初の標的へと移すと、そこにも依然として高台からこちらを見詰める魔女がいる。それを確認した杏子の額に冷や汗が流れた。

 

「おい青いの!そいつを攻撃しろ!幻か何かじゃないか確認しろ!!」

 

「言われなくても!・・・っていうか"青いの"って、他に呼び方は無かったの!?」

 

「うるせえさっさとしやがれ!! 」

 

 何とか自分に食らいつく魔女を振りほどくが、すぐにその牙で、爪で襲い掛かられ身動きが取れない杏子を見て、さやかも今は勝敗を気にしてる場合じゃないと悟り高台の魔女へと向かって行く。

 魔女を撹乱するようにジグザグ軌道で動き、一気にサーベルの射程へと近付くが、その瞬間魔女は再び跳躍しその場から離れた。だが

 

「やっぱ反応するよね」

 

 さやかも魔女の目前まで迫った時、一旦ブレーキを掛けていた。そのまま最大速度で突き抜けるのではなく、フェイントを掛けて魔女に回避の隙を作らせたのだ。空中にいる魔女へとさやかが狙いを着け、跳んだ時だった。

 

「さやかちゃん、右斜め40度!」

 

「40度!?って、ちょっ!?」

 

 魔女を仕留める事が出来ると興奮したさやかの耳にあおいの声が届いたのは幸運だった。あおいの指示した場所からもう一体の犬の魔女が飛び出しさやかへと組み付いたのだ。何とかサーベルで受け止めるが、あおいの指示が無ければ無惨に食い散らかされていたと思いゾッとする。

 

「まさかの三体目!?」

 

 自分に組み付いた魔女は確かに実体があり、幻でも何でもない。だからと言って杏子へと視線を向ければ未だにもう一体の魔女と戦っている。

 しかしさやかは直ぐ様思考を切り替え、もう一本サーベルを出現させ未だに空中にいる最初の犬の魔女へとその切っ先を向けた。そして次の瞬間、カチリという音と共にサーベルの刀身が射出され狙いを付けた魔女の喉笛に突き刺さった。

 

「よし、命中!」

 

 そのままさやかは組み付いていた魔女を蹴飛ばし何とか離れると、自分が仕留めた魔女へと目をやった。

 魔女はドサリと落下し、ピクピクと痙攣したように脚を震わしている。やがてその脚すら動かなくなり魔女はゆっくりと消滅を始めた。

 

 だがしかし、二体目、三体目の魔女は依然健在である。倒した魔女が分身を生み出していた本体ではなかったのか、もしくは

 

「この魔女全部が本体?」

 

 さやかがその考えを口に出した時、更に四体の魔女が彼女達の前に躍り出た。

 

「ちょっ、多すぎ!!」

 

 杏子も魔女の増援に気が付き、今相手にしている魔女を何とか引き離して一旦後ろに跳躍し、さやかもその直ぐ側まで下がった。

 

「ありゃりゃ、こいつは流石にマズイかな」

 

 様子を伺っていたあおいだが、計七匹の魔女の出現を見て自らの武器を取り出し一歩前へと出た。

 

「イルカちゃん、まどかちゃんの事頼んだよ」

 

 言うと同時に飛び出したあおいは手に持つ大鎌をくるくると回し始める。

 

「光は闇に・・・《レベレーション》!!」

 

 そして回していた大鎌を握り直し、その刃を地面に当てると黒い霧が発生して瞬く間に七匹の魔女へとまとわり付いた。その霧は直ぐに晴れるが魔女はそれぞれ千鳥足となり、鼻を必死にひつかせたり、頭をぶんぶん振り回したりし始めた。

 

「視界は奪ったから、今の内だよ!」

 

 あおいの言葉に一連の出来事を理解したさやか達は同時に飛び出した。

 それぞれがサーベルで、槍で、大鎌で動きの鈍くなった魔女へと攻撃を仕掛ける。最初の攻撃こそ、その見た目通りの野生の勘と言うべきか、気配を察知しその場から離脱する動きを見せるが、続く追撃にとうとう三匹の魔女は倒されてしまう。

 

「よし、攻撃が当たる!ありがとうございますあおいさん!」

 

「ったく、余計な事してくれちゃって・・・あおいの横槍があったけどまだ勝負は終わっちゃいないからね!」

 

「分かってるわよ!」

 

 さやかと杏子の二人はそれぞれ魔女の一体を倒した勢いのまま、残りの魔女へと向かって行く。

 

 杏子の接近に気が付いた魔女は逃げずにむしろ彼女へと突撃を仕掛けた。

 

「うわっと、そう来やがったか」

 

 しかし所詮目の見えない匂いと勘だけが頼りの攻撃、軽くかわされた後に他節棍へと切り替えた槍を脚に巻き付かされ、思いっきり地面に叩きつかれた。

 

 その杏子の戦況を見ていたさやかは少し焦ったように魔女へと攻撃を開始した。しかし焦りからかその攻撃をかわされ、直後に反撃と言わんばかりに突撃してくる魔女に面食らってしまった。そしてその魔女の一撃は思いもよらぬ事態を引き起こす。

 

「きゃあっ!?」

 

「さやかちゃん!?」

 

 悲鳴と共に飛び散る血肉、そして一瞬で悲痛な表情へと変わるまどか。

 魔女が伸ばした前足がさやかの腹部を抉り取ったのである。

 

「ぐっ、痛・・・」

 

「さやかちゃん下がって!勝負の前にまずは生きなきゃ!」

 

 必死に叫ぶあおいだが、腹部を押さえたさやかは彼女と違い状況を甘く見ていた。

 

「大丈夫ですよこれくらい。私の魔法で直ぐに治せますから」

 

 そうは言いつつも更に追撃を受けないために一度その場から離れた時だった。

 

「ぁ・・・」

 

 突如糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏してしまった。

 

「さやかちゃん!?」

 

「さやかちゃん!!」

 

「ん?どうしたんだアイツ」

 

 それぞれがさやかの異変に気付き、あおい、そしてまどかとイルカが彼女へと駆け寄った。杏子だけは未だに戦闘を続けているがそれでも気になるのか隙を見ては視線をさやかへと向けていた。

 そんな中いち速くさやかの元へと辿り着いたあおいは彼女の首筋に手を当てた後、口と傷口を見て瞬時に顔を青くさせた。

 

「そんな・・・何で!?」

 

「あおいさん!さやかちゃんは!?」

 

「イルカちゃん!早く回復魔法を!!」

 

 まどかの問に答えるよりも鬼気迫る様子でイルカに指示を出すあおいに、イルカも返事や頷く事よりも真っ先にさやかの身体に触れて回復を試みた。

 イルカの魔法により傷口は綺麗に治っていくが、それでもさやかは動かず、言葉も口にしない。

 

「そんな、さやかちゃん!さやかちゃんどうして!?」

 

 必死に親友の体にすがり付き叫ぶまどかだったが、彼女は気づいてしまった。さやかは息をしておらず、心臓も動いていないことに。

 

「そんな・・・こんなのって・・・さやかちゃん!」

 

 泣きながら名前を叫ぶまどかに微動だにしないさやか。その光景を見て流石に杏子もただ事では無いと悟ったのか、相手をしていた魔女を仕留めると杏子もまどか達の元まで下がって来た。

 

「おいどうなってんだよ!?」

 

「さやかちゃんの・・・魂が感じられない」

 

「魂って、まさかおい、死んじまったって事かよ?」

 

「分からない」

 

 杏子の問に答えたあおいは悲しむよりも一人思考に耽った。

 

 彼女はフォーチュナーという役職であり、星占術により魂の在処を感じ取り、難しい条件付きではあるが一度死亡してしまった者の魂を再び身体に宿らせ蘇生させる事が可能である。そう、つまり魂は死後も短い時間なら彼女が感じ取れるはずなのだ。

 

(だけど、さやかちゃんに駆け寄った時にはもう何も感じ取れなかった。世界が違うから?それとも他に原因が?)

 

 その疑問は思ってもみない形で明らかとなる。

 

「無駄だよまどか。それはさやかじゃなくてただの入れ物さ」

 

「うぅ・・・キュウべえ?」

 

 彼女達の前に現れたキュウべえはこの状況に全く動じた様子を見せずに淡々と続けた。

 

「恐らくはさっきの魔女の攻撃だろうね。ソウルジェムが付いていた腹部の肉片ごと放り投げられたんだ」

 

 さやかが動かなくなってしまった事に対する説明のように語るキュウべえだが、まどか達はいまいち理解ができない。

 

「つまりはなにさ?こいつが突然固まっちまったのはあの魔女の攻撃のせいって事か?」

 

「いや、多分この子が言っているのはそういう意味じゃないと思う」

 

 しかしあおいだけは、キュウべえの言葉にある考えを浮かべていた。

 

「キュウべえだっけ?さっきあなたが言った"さやかちゃんではなく入れ物"っていうのは、この"肉体"の事を指しているの?」

 

 あおいから出た言葉にその場にいた者全てが驚愕の表情でキュウべえを見た。皆からの視線を受けたキュウべえは臆する事なく、いつも通りの声色で答える。

 

「その通りだよ」

 

「そして体から離されたソウルジェム・・・まさか」

 

「あおいさん!ブラインドが解けるよ!」

 

 あおいが続きを言う前にイルカに遮られた。視界が戻ったのか、残りの魔女三匹はしっかりとこちらを見ている。

 いや、あおいにとってはそれよりも気がかりな事があった。

 

「杏子ちゃん、この結界が消滅したらこの中にある物はどうなるの?」

 

「ああ?まあ基本的に一緒に消えて無くなるよ。襲われた人間の死体とかもな」

 

「・・・それじゃ、魔女を倒す前にさやかちゃんのソウルジェムを見つけなきゃ」

(でも相手は三体、さっきは運良く全体にレベレーションを掛けられたけど、また上手くいくとは限らないし耐性を付けているかも知れない。それに、この薄暗く不規則な造形の結界内で戦いながらソウルジェムを探すなんて容易じゃない)

 

 自分の考えが正しければさやかを救うには魔女を倒してはならない。しかし倒さずに抑え続けるのも簡単ではなく、更にその状況でさやかのソウルジェムを探さなければいけないのだ。

 そんな無茶をしなければならない、間違いなくピンチである。

 

「おいあおい!奴ら来るぞ!」

 

 しかし相手はこちらの都合など考えてくれるはずもなく、一斉に走って向かって来た。

 

 その時だった

 

「ぎえああ!!?」

 

 突如地面から生えた有刺鉄線の壁に思いっきり突っ込み、魔女は一斉に悲鳴をあげた。

 その光景に一同は呆気にとられるが、そんな彼女達の後ろから思わぬ助っ人達が現れた。

 

「随分と派手に突っ込んだな。まあこちらとしてはこれぐらい派手な方が気持ちがいいがな」

 

 その歳を感じさせぬ力強くも落ち着いた声に振り向くと、あおいとイルカ、そしてまどかの表情から緊張の色が薄れた。

 

「「マスター!!」」

 

「マスターさん!!」

 

 そう、そこに現れたのはマスター。そしてサトリとほむらであった。マスターは手に持つ二枚のカードを有刺鉄線の壁《鉄条網》手前の地面に投げると、サトリとほむらを引き連れてあおい達の元へと来た。

 

「まさかこんな所でお前達と再開できるとはな。しかし・・・」

 

「うん、見ての通りだよマスター。今は素直に喜んでいられないんだ」

 

 マスター達の視線の先には微動だにしないさやかの姿。その腹部にはかつて見た時にはあったソウルジェムが無かった。

 

「ほむらちゃん、これってまさか!」

 

「ええ、ソウルジェムが身体から100メートル以上離れてます」

 

 そのサトリとほむらのやり取りを聞いたあおいは自分の考えに確信を持った。

 

「お願いマスター、あの魔女達を倒さずに食い止めて!杏子ちゃんとサトリちゃん、あとそこのあなたは私と一緒にさやかちゃんのソウルジェムを探して!」

 

 あおいの言葉にマスターとサトリ、そしてほむらがそれぞれに頷くが、一人杏子だけは置いてきぼりを食らったように状況を理解できていなかった。

 

「おいおい、どういう事だよ?このままあの魔女を倒しちまえばいいじゃん」

 

「ごめんね、説明してる暇が無いんだ。だけどさやかちゃんときちんと決着を着けたいなら協力してくれるかな?」

 

「・・・ちっ、分かったよ。正直他人のために、それもコイツのためってのがますます気に食わないけど、とりあえずは言う通りにしてやるよ」

 

「ありがとう」

 

 杏子も納得したところで、あおい、サトリ、杏子の三人が鉄条網の横から飛び出して行った。

 それにほむらも続こうとするが一度足に込めた力を抜き、さやかへとすがり付くまどかへと顔を向けた。

 

「さやかちゃん・・・」

 

「まどか・・・大丈夫、美樹さんは必ず助けるわ」

 

「ほむらちゃん・・・うん、さやかちゃんをお願い」

 

 まどかの言葉を聞いたほむらはゆっくりと、だが力強く頷くと今度こそさやかのソウルジェムを探しに飛び出した。

 

(正直これは最悪の展開。ソウルジェムの秘密が明らかになる以上美樹さんが助かる見込みはほぼ無い)

 

 ほむらの頭に浮かぶのは諦感。

 

 しかし、胸から込み上げてくるのはその真逆の感情。

 

(だけど、私だってこのまま見捨てたくはない!こんな気持ち、とうに捨て去ったと思ったのに・・・これも彼らのせいね)

 

 心の中でさえ13班のメンバーに素直にならないほむらだが、その奥底では二度と相容れないと思っていたさやかと友達になれた事を彼らに感謝しているのであった。

 

 一方、ほむらを見送ったまどかは洋服の袖で涙を拭い、キュゥべえへと向き直った。

 

「ねえキュゥべえ。さやかちゃんはどうしてこうなっちゃったの?私にも分かるように説明してくれる?」

 

 真っ直ぐにキュゥべえの紅い瞳を見詰めて問い掛けるまどか。

 

 13班に影響されたのはほむらやさやかといった魔法少女だけではない。まどかもまた、彼らに影響を受けた者の一人だ。親友の危機に、自分だけ泣いてはいられないと思ったのだ。

 

 そして問い掛けられたキュゥべえは、やはり淡々と事務的に答え始めた。

 

「君にも分かるように、か。じゃあまずはソウルジェムについて話さないといけないね」

 

 ソウルジェム。確かに先程のキュゥべえの説明を思い返せばさやかの体からソウルジェムが離れたのが原因と言っているように感じる。しかしその意味に気付いても、次のキュゥべえの言葉を予測する事はまどかにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソウルジェムは彼女達魔法少女の魂そのものなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が停止した。キュゥべえが何を言っているのか分からない。

 いや、意味は理解できる。理解できてしまう。だがそれが何かの聞き間違いか、自分が考えるものとは違うのではないかとその意味から目を反らそうとする。

 

 まどかは言葉を口に出す事ができず、どうか間違いであって欲しいと思いながら次のキュゥべえの言葉を待つ事しかできない。

 

 だが

 

「つまり、今ここにあるのはさやかではなくただの抜け殻なのさ」

 

 続いて出た言葉はそれが聞き間違いでも間違った解釈をしていた訳でもないという事を告げるものでしかなかった。

 

「ソウルジェムが肉体を動かせる範囲はせいぜい100メートル以内だから、きっとその範囲外まで飛ばされたんだね。さやか自身が後退したのも」

 

「どうしてそんな酷い事をしたの!?」

 

 キュゥべえの説明を遮り、まどかは叫んだ。それは怒りと悲しみが混ざった悲痛な声だった。

 しかしキュゥべえは状況を理解していないのか、小首をかしげるような仕草をとって逆にまどかに疑問を投げ掛ける。

 

「酷い事っていうのは何の事だい?体からソウルジェムを切り離したのはあの魔女だし、僕には見当がつかないんだけど」

 

「皆の魂を身体から抜き取ったんでしょ!?どうしてそんな事を!!」

 

 魂、即ち命。それはあらゆる生命に無くてはならず、生命たらしめる存在。それを身体から抜き取り、ソウルジェムに変えてしまうというのは人としての尊厳を奪う事と同義である。

 まどかはそれを理屈ではなく生理的に感じ取り、キュゥべえの行いに嫌悪感を抱いたのだ。

 

「ひょっとして彼女達の魂をソウルジェムにした事を怒っているのかい?だとしたら君は戦いというものを分かってないよまどか」

 

 だがまどかのその感情にも全く気が付いたような仕草を見せず、逆にキュゥべえは諭すような口調で語る。

 

「人間の身体という物は君が思っている以上に脆い。例えばさっきさやかが魔女に腹部を抉られたよね。本来ならあの一撃で強すぎる痛みでショック死してるものさ。仮にそうならなくても臓器は使い物にならなくなり、大量の出血でどちらにせよ命はないだろうね。だけどその命、魂をソウルジェムにした事によってそれが壊されない限り、身体がどれだけ損壊しても魔力で修復してすぐ動けるようになる。実際、アクシデントでソウルジェムが有効範囲外に行ってしまったけど、それまではさやかは動いていただろ?」

 

「コイツ!」

 

 まどかの側で一緒に話を聞いていたイルカが鞘に納めてある短剣に手を伸ばした。が、それをマスターが制す。

 

「つまりは戦うのに都合良く加工したというのか?何故契約する前に彼女達に言わなかった?」

 

「魔法少女という物がどういう物か聞かれなかったからさ。でも僕はちゃんとお願いして、了承を得てから彼女達を魔法少女にしたはずだよ?」

 

「真実を知れば彼女達の選択も変わったはずだ!」

 

「そうだね、確かに全てを知った子はなかなか契約してくれなかったよ。だから契約の効率を良くするためにソウルジェムに関しては省略するようにしたんだ。そもそも今回のようなアクシデントが無い限り困る事でもないしね。事実あのマミでさえ最後まで気付く事はなかった」

 

「そんな・・・酷い!!皆を騙してたの!?」

 

「生憎だけど、僕にはその"騙す"という行為が理解できない。それにこの件に関しては単なる認識の相違じゃないか。違うかい?」

 

「貴様は・・・!」

 

「おい、これじゃねーか!?」

 

 まどか達とキュゥべえの会話を、遠くから聞こえた杏子の声が断った。見ると蒼く光るソウルジェムを確かに持っている。

 

「間違いないね、マスター!もう片付けちゃって良いよ!!」

 

 まだキュゥべえに言いたい事が残るマスターだが、さやかのソウルジェムが見付かった以上追及は後にした。再び二枚のカードを投げ、計六枚のカードが重なった瞬間、膨大な魔力が溢れ出す。

 次の瞬間、鉄条網に未だ食らいつく魔女の真下から更なる有刺鉄線が飛び出して魔女を串刺しにした。

 

「こいつでおしまいだ!《ジャッジメントタイム》!!」

 

 溢れ出した魔力がそのまま炎となり、雷となり串刺しにされた魔女を焼き付くした。

 

 すると間もなくして結界は崩壊を始め、さやかのソウルジェムを探しに行っていた四人も再びマスター達の元へと戻って来た。

 

「それで、どうすりゃいいんだ?」

 

「私に貸して」

 

 そう言ったほむらは杏子の返事を待たずにその手からソウルジェムを掠め取った。

 

「あ、おい!」

 

 奪うように取られた事に杏子が抗議しようとするがその前にほむらは未だ倒れているさやかの手のひらにそっとソウルジェムを置いた。すると

 

「・・・・・・・・・げほっ!」

 

「「「!!」」」

 

 咳き込みながらさやかは意識を取り戻した。急に肺が酸素を要求し始めたせいかなかなか咳が止まらないがそれでも何とか起き上がろうとするさやかに、思わず成り行きを見守っていたまどかが飛び付くようにさやかに抱き付いた。

 

「けほっ・・・はあ、はあ・・・まどか?」

 

「良かった、良かったよさやかちゃん!!」

 

 キュゥべえから告げられた残酷な真実を前にどうにか耐えていたまどかだったが、親友が再び意識を取り戻した事によってとうとう涙腺が崩壊しわんわんと泣き出した。

 しかし当のさやか本人は当然だが何が何だか分からなかった。辺りを見れば通常空間で、皆自分を取り囲むように集まっている。それにさっきまで居なかったほむらやマスター達までいる。

 

「はあ、はあ・・・何?どうなったの?魔女は?」

 

 そんなさやかにほむらはまどかと反対側にしゃがみさやかの背中をさすりながら、心の中で苦渋の決断をしていた。

 

(この異様な状況、何よりまどかが知ってしまった以上誤魔化す事はできない、真実を言うしかない)

「落ち着いて美樹さん、魔女はもう倒したわ」

 

「そう、なんだ。えっと、私はどうなってたの?」

 

「そうだよ、こいつはどうして急に固まっちまったんだ?」

 

 事情を知らない杏子からも説明を求められ、更にほむらの胸に重い苦しみがのし掛かった。

 

(大丈夫、今回は13班という今までに無いイレギュラーがいる。彼らは最大限私達に協力してくれているし、何より上条君との仲が既に結ばれている。最悪の展開にならないかも知れない。それに杏子も"今までの傾向"から見て大丈夫なはずよ)

 

 表情に出さないまでも緊張していたほむらは知らず知らずの内に口に溜まっていた唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。

 

「キュゥべえがあなたたちに話してない事実があるの」




今回の犬の魔女、犬の魔女と言いつつ狼のように群れで襲いかかる戦闘スタイルにしました。一応一体一体が全て本体という設定です。犬の魔女に関しては調べても能力とか分からなかったので^^;

冒頭でワルプルギスの存在が知らされている描写がありますがこの時点だとまだマスターは何とかなるレベルだと軽視してますね。何とかセブンスドラゴンの設定と混ぜて絶望的な状況にしたい


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