この素晴らしい世界に龍玉を! (ナリリン)
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あぁ、駄女神さま。編
第1話 かの種族を異世界に!


 

 気が付くと、真っ暗な場所に居た。何事かと辺りを見渡しても、ぽつんと置いてある二対の椅子以外は特に何も無い。

 最後の記憶は確か、課金しようと深夜にコンビニに行って……それで……。

 

 その先を思い出せずにいると、目の前の椅子に光が差し込んだ。

 すると、この世のものとは思えない程の絶世の美女が、ゆっくりと舞い降りてきた。優しげな顔つき、豊かな胸、露出度が高く布も薄そうな服。そして、美しい白の翼。

 まるで絵画の天使だ。

 

 その天使はこちらを見て、とても悲しげな顔で。

 

 

「田中英夫さん。貴方の日本での人生は、終わってしまいました」

 

 

 慈しむ様なとても優しい声音で、ハッキリと、俺の死を告げた。

 

 ……え? 

 

 

 ────────

 

 

 数分後。

 

 

「……すいません。取り乱して」

 

「いえ、お気になさらず。皆さんそうなられますから」

 

 

 天使さんは優しく微笑んで、俺の非を咎める事はしなかった。天使さんマジ天使。

 恥ずかしくて見せられないが、それはそれは醜く慌てた。リアルに「アイエエエ!? ナンデ!? 死亡ナンデ!?」となったのは初めての体験だ。死ぬのはじめてだから当たり前だけど。

 

 

「死因は?」

 

「不幸にも通り魔に刺され、出血多量で死んでしまいました」

 

 

 そのあたりの記憶は全くないのだが、自分が死ぬ瞬間なんて見たくも覚えていたくもない。おそらく、それを気遣ってくれた天使さんの配慮なのだろう。

 

 

「……さて、若くして亡くなった田中さんには、三つの道を選んで頂かなければなりません」

 

 

 天国に逝くか地獄に落ちるか、だろうか。いや、三つと言っているし、輪廻転生的なのもあるのかもしれない。そもそもこういうのは生前の行動によって決まるもんじゃないのか? 仮に好きなのを選べるってんなら、地獄なんて行かない奴がほとんどだと思うが。

 

 

「ではひとつずつ説明していきますね。まず一つ目は元いた世界、田中さんの場合は日本──地球ですね。そこに記憶を失って新しい人間として生まれ変わる。二つ目は肉体を失い魂として天国に行く。まぁ、天国は何もなくて、日向ぼっこくらいしかやる事がないのでつまらないですが……。最後は、元いた世界とは全く違う世界に記憶と肉体はそのままに転生する。といったラインナップになっております。……私見を述べさせて頂きますと、田中さんのような方には最後の選択肢がオススメかと」

 

「オススメの理由は?」

 

 

 何故わざわざ一番めんどくさそうなのを勧めてくるのか。なにか理由があるはずだ。

 

 

「田中さんはゲームやマンガが好きでしょうか?」

 

「人並みには」

 

「なら良かったです。私がオススメする世界、田中様からすればいわゆる異世界ですね。その異世界では魔法やスキル等が使え、モンスターと戦うことだって出来ます。勿論魔王だって居ます。ゲーム好きの田中様にはうってつけではないでしょうか?」

 

 

 そうニッコリと笑いかけてくる天使さん。その笑顔はとても美しいのだけれど、何か胡散臭い様な気がしてならない。このまま鵜呑みにして大丈夫なのだろうか。

 しかし、不安になりながらもゲームのように魔法やスキルを使ってモンスターと戦い、そしてあわよくば魔王を倒した英雄として名を残したい、と思ってしまっている自分が居るのも確かだ。

 生命がダメになるかならないかなんだ、やってみる価値ありますぜ! 

 

 

「じゃあせっかくですし、異世界でお願いします」

 

「ありがとうございます。……それでは決定されたようですので、もう少し詳しく説明させて頂きます。私がオススメした異世界には、先程言ったようにモンスターと魔王軍、魔王が居ます。当然魔王は世界征服を目論み、人々を蹂躙して行きます。そうして亡くなってしまった人々のほとんどが、その世界に転生したがらないのです。このままではその世界に子供が生まれなくなり、やがて人類は終わりを迎えてしまいます」

 

 

 世界にある魂の量は一定というよく物語とかでありそうなやつなのだろうか。ソウルソサエティ的な。なんにせよ、減ったぶんの釣り合いを取らないとダメらしい。

 

 

「そこで、別の世界で亡くなってしまった人々をその世界に転生させるのはどうか、という事になったのです」

 

 

 なるほど、体育の授業とかでチームの人数が足りなければ他チームから引っ張ってくるのと同じようなもんか。神様も大変だな。

 しかし、元いた人が殆ど戻りたがらない世界なんて、誰が行きたがるんだろう。いくら魔法と魔王のファンタジーに心踊ったとはいえ、出来れば恐ろしい目には遭いたくない。

 

 

「その話だけ聞いたらなんかその世界に転生する気が失せてきたんですが……」

 

 

 平和で便利な日本よりも過酷な環境で育った人達が揃って音を上げる世界なんて、日本でぬくぬくと育った俺が行ってもソッコー死ぬだけだ。折角のオススメを無下にしてしまうのは大変申し訳ないが、こればっかりは仕方ない。

 やっぱ無しで、と言おうと口を開くが、それを遮るように天使さんが説明を付け加えた。

 

 

「安心してください。貴重な人材をそのまま送るなんて馬鹿な真似は致しません。その世界の言語と文字を自動的に習得させた上に、一つ、何かを一つだけ、何でも一つだけ持っていける権利を差し上げています。本当に何でも構いません。使い切れないほどの大金ですとか、全てを断ち切る剣や、世界一の才能を持って行く事も可能です。田中様の一つ前の転生者様は、それまでこの仕事を担当していた女神様を連れて行きましたから」

 

 

 女神連れてくとかアリなの? 女神って言うとめちゃくちゃ美女で、優しくて、慈愛に溢れてて、おっぱいデカくて、魔王を足止めしたり、勇者を支援したりするアレだろ? そんなのめちゃくちゃ強くないか? 

 

 ……本当になんでも、なんでもか。それなら行ってみるのも吝かではない。しかし、いざそうなるとなにも思い浮かばない。何か参考になるものが欲しい。

 

 

「目録みたいなのありませんか?」

 

「ございますよ。こちらをどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 天使さんが手をかざすと、どこからともなく分厚い本が現れた。

 不思議な力に興味を持ちながらも、パラパラと目録に目を通していく。エクスカリバー、グングニル、ミョルニル、その他諸々。

 ゲームや漫画で散々使った武器を実際に使えるというのだからテンションは上がる。

 

 

「へへへ……なんにしようかね」

 

 

 心踊りながら目録を見ていくと、はたとページを捲る手が止まる。

 待てよ? 俺の前にも、何十人何百人、下手すりゃもっと転生者が送られているはずだ。それなのに、なぜ魔王がまだ倒されていない。生半可な強さでは、魔王には太刀打ち出来無いんじゃないか? それに、俺の精神的な問題として、最初から最強になると天狗になってしまいそうだ。貰うなら最初から最強なやつじゃなく、鍛えて徐々に最強になるやつがいい。

 そう思い直し、再び目を通していくと一つだけ、気になるもの……というより異質なものが目に入った。

 

 

「種族チェンジ……? なんだこれ」

 

 

 それは、特殊な才能でも武器でもないのに、目録に書いてあった。字面からして種族を変えるのはわかるが、他のと比べるとあまり役に立ちそうにない。

 すると、俺の呟きを聞いていた天使さんが疑問に答えてくれた。

 

 

「あぁ、それはですね、文字通り種族を変更するんですよ。田中様は今は分類的にはヒューマンですが、エルフや獣人といった亜人などに転生の際になれるというものです。しかしほかの特典と比べて恩恵が少ないので、今までに選んだ人はいません」

 

 

 やっぱりか。長生きしたいならエルフも良さそうだけど、長生きしたいわけでもないし、ケモ耳になりたい訳でもない。

 これもなし、とページを捲ろうとするが、ある一つの考えが浮かんだ。

 もしこれが出来ればマジで最強になれるし、最初から最強って訳でもない。鍛えて最強になるタイプだ。希望とがっちり合うし、なによりその種族になりたい。

 

 

「あの、これって想像上、というか実在しないものにもなれたりするんですか?」

 

 

 天使さんにおそるおそるといったように聞いてみる。というかそうじゃないと困る。俺の中にある最強のイメージは、いくつか揺らぎもしてきたが、結局のところ最強議論が行き着くのは彼らだ。

 幼い頃から憧れたその種族になれるチャンスに、心が震えた。

 

 

「一応可能です。しかしその場合純粋種ではなく、混血になってしまいますが」

 

 それを聞いて、思わずガッツポーズをしてしまう。テンションだって最高潮だ。幼い頃から憧れた種族に、自分がなれるというのだ。テンションが上がらない方がおかしい。それに、あの種族は地球人との混血ならより強いとか聞いたことがある。

 

 

「決まりました! この種族変更でお願いします!」

 

 

 天使さんに決定の旨を伝え、勢いよく椅子から立ち上がる。

 オラ、ワクワクすっぞ!! 

 

 

「承りました。それでは、どのような種族に変更なさいますか?」

 

 

 天使さんがやっと決めたか、みたいな目をしてる気がしないでもないが、今はそれすらどうでもいい。

 ワクワクする気持ちを抑えながら、声が上ずらないように深呼吸し、大きな声でハッキリと天使さんに聞こえるように伝える。

 

 

「ドラゴンボールの、サイヤ人でお願いします!!」

 

「サイヤ人……ですね。はい、承りました。では準備が完了しましたので、そこの円の真ん中に立ってください」

 

 

 天使さんに促され、何やらよく分からない模様が刻まれた円の中心に立つ。これがマジックサークルとか、魔法陣とかいうやつか。

 天使さんは中心に立ったのを確認すると、何やらブツブツと唱え、そして口上を述べ始めた。すると魔法陣が光り、不思議な力が俺の身体を浮かびあがらせはじめた。

 

 

「さあ、勇者よ! 願わくば、数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈っています! 魔王を倒した暁には、あなたの望みを一つだけ叶えて差し上げます! ……さぁ、今こそ旅立ちなさい!」

 

 

 天使さんに優しい笑顔で見送られ、異世界へと旅立った──!! 

 

 

 

 

 



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第2話 この転生者に同郷を!

 眩い光が収まり、目を開けると、辺りには日本とは違う街並みが広がっていた。人々も現代人とは違う外見をしていて、エルフだったり、獣人だったり、鎧姿だったりと、本当にゲームの世界に来たみたいだ。

ジャージ姿が珍しいのか、道行く人がチラチラと視線をやってくるのがわかる。

 

 

「ん? ポケットになにかが……コインか?」

 

 

 ふと、ズボンのポケットに重さを感じたのでまさぐってみると、見たこともない硬貨が数枚入っていた。この世界のお金だろうか。

 どのくらいの価値かはわからないが、天使さんがサービスしてくれたのだろう。ありがたく頂戴しておく。

 

 

「こういう場合はまずギルドだかなんやらへ……と、その前に」

 

 

 肝心も肝心の、はたしてサイヤ人になれているか、だが。

 サイヤ人おなじみの例のアレを見るべく、おそるおそる臀部に目をやると、綺麗な毛並みの尻尾が、ゆらゆらと揺らめいていた。

 

 

「っし!」

 

 

 思わずガッツポーズ。道行く人が変なものを見る目で見てるが気にしない。

 

 

「さて、無事サイヤ人になれてるとわかった事だ。今後の方針を考えながらギルドにでも行くか」

 

 

 ほとんど身一つで新天地に飛ばされたので、早く仕事やら住居やらを見つけ、身を固めなくてはならない。オーソドックスなパターンだが、やはりギルドに行き冒険者となるのが手っ取り早いかもしれない。

 

 

「……で、ギルドどこ?」

 

 

ゲームならばチュートリアルが出るのだが、生憎とここは現実だ。ギルドに行こうにも、肝心の場所がわからない。人に聞こうにも、行く人来る人が何故か俺を避けて通って行くので、話しかけようにもなかなか出来ない。

 手当り次第デカい建物に突撃していこうかと思い始めていると。

 

 

「お兄さん、なにかお困りですか?」

 

 

 いかにも私はシスターですよって感じの見た目の女の人が声を掛けてきた。

 聖職者として困ってる人は見過ごせないタチなのかな。だとしたらとてもありがたいが、なんだろう。本能が全力で警鐘を鳴らしている気がするんだが。

 

 

「あ、あぁ……はい。この街にははじめて来たですが、冒険者ギルドの場所がわからなくて。お姉さん、知ってますか?」

 

 

 嫌な予感がするとはいえ、人の厚意を無碍にすることはできない。それにこんな美人でおっぱいの大きいお姉さんが変な事をしてくるわけがない。知ってるぞ。美人とイケメンは性格もいいんだ。ただしイケメンは死ね。

 

 

「あぁ、冒険者になる為にこの街に来たのですね。ようこそ、駆け出しの街アクセルへ。冒険者ギルドは、あの道をああ行ってこう曲がれば着くはずですよ」

 

「教えてくれてありがとうございます」

 

「いえいえ。困っている人を助けるのは、聖職者として当然の事ですよ」

 

 

 お姉さんはそう言って優しい微笑みを見せたが、俺は薄目の下の鋭い眼光を見逃さなかった。

 

 

「では、俺はこれで。ご縁があればまたどこかで!」

 

 

『逃げよう』と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!

 

 

「あ、ちょっと待ってください。ムムム、あなた……只者じゃないですね。ですが普通に冒険者をしているだけではその才能は開花しない、と私の予感が言ってます」

 

 

 去る素振りを見せた途端、お姉さんは目の色を変えて詰め寄ってきた。いい匂いがするけど、とてもこわいです。

 

 

「おや、どうすればいいのか、みたいな顔をしていますね」

 

 

 この状況をどうしようかと考えているだけである。

 

 

「その才能を開花させるには、私が崇拝しているアクア様を崇める教団、アクシズ教に入信して頂ければ! スグにでも! 才能は開花するでしょう! 手続きは不要! この入信書にサインするだけであなたは晴れてアクシズ教徒! さぁ、遠慮なくどうぞ!」

 

「遠慮しておきます」

 

 

 あまのじゃくを発揮したわけではない。このお姉さんからは若干婚期に焦りを見せているアラサー女性と似た匂いがする。

 

 

「またまたー。そんなこと言わずに!」

 

「いやいや。あまりそういうのは興味が……力強っ!?」

 

 

 手の中に怪しげな紙を押し込んできたので振り払おうとするも意外な怪力になす術なく受け取ってしまう。ちっ、美人だからと鼻の下を伸ばしていたのが仇になった。ちなみにお姉さんの手はとても柔らかいです。

 

 

「えぇと……今すぐには決められないので、一度持ち帰って善処して前向きに検討しようと試みますね! ではこの辺で! フンっ!!」

 

「あぁっ……! 待って! せめて、せめてサインだけでも!」

 

 

 半ば無理矢理脱出し、一目散に駆け出す。目指すは冒険者ギルドだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「ふぅ……。ここか」

 

 

 全速力で駆けた先には、かなり大きめの建物がずどーんと構えていた。看板には冒険者ギルドの文字。お姉さんの案内は正しかったようだが、途中でアクシズ教とやらの教会に向かってるんじゃないかと疑ってしまった。申し訳……なくないな。

 

 

「たのもう」

 

 

 大きな木製の扉を押し開け、そろりと中に入って行くと、やたらと露出度の高い服を着たウェイトレスが出迎えてくれた。

 

 

「いらっしゃいませ! お食事ならお好きな席へ、お仕事関連なら奥へどうぞ!」

 

 

 異世界の食事にも興味はあるが、今は金がないのでとりあえず言われるがまま奥へ。

 奥には受付と、クエストやらを張り出しているであろう掲示板があり、ちょうど冒険者らしい人がそのまえでうんうん悩んでいた。さて、受付は数人の職員が待機しているが、どこにいけばいいのだろうか。

 

 ――よし、ここは素直に一番綺麗なお姉さんのところに行くか。おっぱいでかいし。

 

 

「あのー、すみません」

 

「はい! 本日はどういったご要件で?」

 

「冒険者になりたいんですが、どうすればいいですか?」

 

「それならこちらでご登録出来ますよ。登録料千エリスが必要になります」

 

 

 なんと、金がいるのか。……もしやこの時のためのお金なのか? 先程ポケットに入っていたお金を全て出し、職員に手渡す。

 

 

「これで足りますか?」

 

「はい、千エリスちょうどいただきます。ではこちらの同意書をご確認の上、署名をお願い致します」

 

 

 渡された同意書に一通り目を通し、サラサラっと名前を書いてお姉さんに返す。

 

 

「はい、お預かりします。……タナカヒデオ様ですね。では、そちらの機械に手をかざしてください。冒険者カードの発行をします」

 

 

 言われるがまま機械に手をかざすと、何かを感じ取った機械がキリキリと動き出す。しばらくして機械が動きを止めると、出来たてほやほやの冒険者カードが出てきた。

 

 

「えーと、タナカ様のステータスは……。おお! 生命力、筋力、敏捷性の三つが特に高いですね! 知力と器用も平均より高いですし、魔力はそこそこで、幸運が少し低いです。ですが、幸運値はあまり冒険に関係しないので問題ないでしょう。上級職は格闘メインのものなら、下級職は何にでもなれますね!」

 

 

 特に高い三つはサイヤ人ボディのおかげだろろうか。そういえば、さっき結構な距離を全力疾走したのにあまり息が上がらなかった。尻尾が示していたとおり、転生した時点でサイヤパワーを遺憾無く発揮していたらしい。……ということはつまり、あのアクシズ教のお姉さんはサイヤ人並の筋力を有していたのか? 怖すぎる。

 

 

「……格闘家的なものってありますか?」

 

 

 ひとまずアクシズ教のお姉さんの事は記憶から抹消し、手続きへと意識を戻す。

 せっかくサイヤ人になったのだ。ここはステゴロ一択だろう。

 

 

「己の肉体で敵を薙ぎ倒す、コンバットマスターというものがあります。ですが実を言うと、剣士職より短いリーチな上に、タンク職より耐久面で劣り、火力も魔法使いの足元にも及ばなくて。あまりこの職を選ぶ方は居ないんですよ。タナカ様のステータスなら剣士やタンクの上級職も可能ですが。それでもコンバットマスターにしますか?」

 

 

 ひでぇ言われようだなコンバットマスター。確かに素手で殴るより剣で斬った方が殺傷能力は高いし、剣戟が効かない相手というのも少ないだろう。しかも素手で闘うという特性上、鎧などはあまり身に付けれないので耐久にも不安が残る。極めつけは瞬間最大火力。これを魔法使いと張り合える職は存在しないだろう。

 

 しかし、それは普通の人間の場合だ。

 俺はサイヤ人だ。

 打撃が効かない相手には効くまで浴びせればいい。攻撃は当たらなければどうということは無い。火力なんて将来的に太陽系ごとぶっ壊せるレベルになる。

 

 

「はい。コンバットマスターになります」

 

「承りました。コンバットマスターですね。……それでは、タナカヒデオさん! あなたのご活躍を期待しています!」

 

「ありがとうございます。これからお世話になります」

 

 

 しかしいくらサイヤ人とは言え、鍛えなければ他の冒険者と大差ないはず。はじめのうちは剣を使う事にしよう。未来トランクスも使ってたしセーフだろ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 めぐみんと共にギルドで遅めの昼食を食べていると、日本人ぽい見た目の男がギルドに入ってきた。

 背丈は日本人にしてはそこそこ大きくて、腰のあたりに尻尾が生えているが、ジャージを着ているところを見ると十中八九転生者だろう。という事は何かしらの特典持ちだ。あいつがどんな奴だろうと、普通の知能さえあればうちのポンコツ駄女神より遥かに役に立ってくれるだろう。

 是非とも勧誘したい。

 

 

「カズマ。どうしたのですか? 受付の方など見て」

 

 

 受付をじっと見ている俺を怪しく思ったらしく、めぐみんが食事の手を止めてそう言ってきた。説明するのがめんどくさいな。適当に濁そう。

 

 

「ちょっとな。なに、大したことじゃない」

 

「ふぅん……まぁいいです」

 

 

 俺の対応を不思議に思いながらも、めぐみんは食事に戻った。

 誤魔化す必要は無いのだろうけど、事細かく説明する義務もない。

 勧誘しようかなって意思を見せているだけで、勧誘するとは言っていない。

 

 そうこうしているうちに、例の尻尾男は冒険者登録を終えたらしい。お姉さんがちょっと興奮してるところを見るとアクアの時のようにステータスが高いんだろうな。

 あいつの元のステータスが高いのか転生特典のおかげかわからないが、パーティーに入った場合うちの駄女神と一日一発のロリっ子よりは役に立つだろう。

 

 

「ちょっと良さそうなクエストないか見てくるわ」

 

 

 尻尾男が登録を終えて掲示板に向かうのを見届け、少し間を空けて俺も掲示板へ向かう。いきなり話し掛けたら怪しまれるかもだからな。悩んでる新人に助言をするベテラン冒険者の気持ちで行こう。まだこの世界に来て一ヶ月しか経ってないけど。

 

 

「花鳥風月ー!」

 

「流石アクアさん! 俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ!」

 

「そこに痺れはするけど憧れはしないよね」

 

 

 カウンターの方でアクアがやたらとすごい宴会芸を披露してひと騒ぎになっているが、今はそれどころではない。上級職という単語を聞いたハイエナ共が寄ってくる前に、尻尾男を囲おう。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 受付のおっぱいが大きいお姉さんに礼を言って、早速依頼でも受けてみようかと掲示板へと足を運ぶ。

 掲示板には色々と依頼やらお知らせやらが貼られていたのだが、その中で一際目を引くものがあった。

 

 

『パーティーメンバー募集! アットホームで和気藹々としたパーティーです! 報酬は出来高制、日々少数精鋭で頑張っています! 即戦力を探している為、上級職のみの募集となっております』

 

 

 うわぁ。すごい。悪い意味ですごい。ブラック企業の求人みたいだ。

 こんなんでまともに、もといまともな人くるのか? イラストはやたらと上手いが書いた奴絶対アホだろ。

 

 

「なにか探してるのか?」

 

「!」

 

 

 急に後ろから声をかけられ、尻尾がビーンと立った。

 何事かと振り向くと、だいたい俺と同い年くらいの、ジャージ姿の男が立っていた。日本人だろうか。

 

 

「……いや、ただの暇つぶしだ」

 

「ふーん。ひとつ聞くけど、お前日本人だろ? ジャージ着てるし」

 

 

 ジャージ着てるから日本人というのはなんとも安直な考え方だが、実際合っているので何も言えない。

 

 

「あぁ。ついさっき転生してきた。という事はお前もか?」

 

「おうよ。ついさっきてことは俺の方がちょっとばかし先輩だな。あんまり勝手とか分かんねぇだろうし、同郷のよしみだ。色々と教えてやるよ。俺は佐藤和真。お前は?」

 

「俺は田中英夫。よろしくな」

 

「よろしく。一緒に飯でも食いながら話そうぜ。来たばっかで金もなさそうだし、奢ってやるよ」

 

「お、マジか。ありがてぇ」

 

 

 カズマと名乗ったジャージ男は親切にも初心者の俺に色々と教えてくれる上に飯まで奢ってくれるらしい。ここはこの提案を喜んで受け入れよう。

 

 

「ちょっとだけ先輩って言ってたけどどのくらい前に来たんだ?」

 

「ひと月行くか行かないかくらいだ」

 

「本当にちょっとじゃねぇか。だから全然冒険者っぽい格好じゃないんだな」

 

「そういうことだ」

 

 

 そう肯定するカズマだが、ひと月もあれば特典持ちならばかなり稼げるのでは?冒険に直結するものじゃないのか?

 いや、天使さんはすぐ死なれて困るから渡すって言ってたし、どんなものでもある程度以上は戦えるってことだ。

 今日はたまたまオフでジャージを着ているだけなのかもしれない。

 実はとんでもない雑魚なんじゃないかと疑ってしまったが、杞憂だろう。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオと名乗ったコイツはほいほいと簡単に着いてきた。いくら俺が親切そうに見えたとはいえ、もう少し警戒しても良かったんじゃないか?

 

 

「好きなもん頼んでくれていいぞ」

 

「おう、サンキュ。すいませーん」

 

 

 そう言うと、ヒデオは早速ウエイトレスを呼び止めてアレコレ注文し始めた。

 奢るとは言ったが、財布の厚み的に出来ればあまり食べないで欲しいというのが本音だ。

 どのくらい食べるのだろうとハラハラしていると、いつの間にか芸を終えて戻って来ていたアクアがヒデオに聞こえないように囁いてきた。

 

 

「ちょっとちょっと。どうしたのよカズマ。あんたが見ず知らずの他人に奢るなんて。頭でも打った? 回復魔法かけてあげようか?」

 

「喧嘩売ってんのかお前。

 ……いいか? こいつの格好を見ろ。ジャージだ。という事は転生者だ。

 ……あとはわかるな?」

 

「?」

 

 

 マジかこいつ。これまでも何人もこの世界に送ってきたんじゃないのか。

 

 

「……転生者って事はチート持ちだろ? コイツを今のうちに懐柔しておいてあわよくばパーティーに入れるんだよ。パーティーに入ってくれなくても、強い奴と知り合いになれるってのは大きい」

 

「なるほど! 頭良いわねカズマ! これで私達もむぐっ」

 

「しっ! 声がでかいんだよ。聞こえたらマズイ。

 ……幸い飯に夢中で気づいてないみたいだし、このままイイ感じにやるぞ」

 

 

 口を塞がれながらもこくこくと頷くアクア。どうやらわかってくれたみたいだ。これにて一件落着と思っていたのだが、今度は会話の一部を聞いていたらしいめぐみんが同じくヒソヒソと話し掛けてきた。

 

 

「カズマカズマ。この人をパーティーに入れるのですか?」

 

「まぁ入ってくれれば嬉しいが……」

 

「なるほど。では昨日来たって言ってた人はどうなるのです?」

 

 

 あの妙に色気のある姉ちゃんのことか。

 仲間が増えることは喜ばしいんだろうけど、なんだかなぁ……。

 クルセイダーとか言ってたが、俺の勘があの姉ちゃんはこの二人のように残念な性格だと言っている。これ以上問題児は増えて欲しくないんだが。

 

 

「そんなの言ってたっけか? 酔ってて覚えてない」

 

「思いっきりシラフだった気がするんですが……」

 

 

 この時の俺は日本人の知り合いができた事に浮かれて気付いていなかった。

 

 ヒデオが俺を他のチート持ちと同様に稼いでいると買い被っている事に。

 

 ヒデオの胃袋のデカさが規格外な事に。




編集したよ!


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第3話 この大食らいにお仕置きを!

編集しゃっす!


 

 

 

 初の異世界での食事という事でゲテモノが出て来ないかと若干警戒はしたが、それも徒労に終わった。材料以外は殆ど変わらず、味も美味しい。ただ、美味いのは美味いのだが全く食い足りない。これでも五人前くらいは平らげたはずだが、全然腹が満たされない。胃袋までサイヤ人になっているらしい。嬉しいようなそこまではいらなかったような。

 自分の金なら満足が行くまで食うのだが、他人の金ってのがネックだ。いくら奢りだからといってバクバク食べては卑しいやつとして認識されるだろう。

 ひとまず状況を整理しておこう。食べながら。まず、俺はサイヤ人で大食い。カズマは奢ってくれている良い奴。そしてカズマは俺と同じく日本人で転生者。つまり、なにかしらの特殊技能を持っていて、沢山稼いでいるはず。格好がみすぼらしいのは今日がオフだから。よし、もう少しくらい食うか。

 すかさずウェイトレスを呼び、美味そうなメニューを見繕ってもらう。カズマがすごい顔で見てきてる気がするが、気のせいだろう。

 やがて出されてきたテーブルいっぱいの料理を遠慮なしに食らう。

 げに恐ろしきはサイヤ人の食欲。

 凄まじい身体能力と引換に莫大なエネルギーを消費するこの身体は、他人の懐事情などお構いなしにものを食らう。食べたものは一体身体のどこに消えていくのか。胃袋がはちきれはしないのか。消化機構はどうなっているのか。良心の呵責はないのか。キリがない。

 根底にあるのは一つ。たった一つのシンプルなものだ。

 食すという欲求のみ。

 

 人間の三大欲求である食欲。その魔力の前には皆がくっ殺。否、食っ殺である。生きとし生けるものは総じて何かを食す事によりその生命を繋いでゆく。いったい誰がその営みを阻むことが出来ようか。

 カズマの顔がえらい事になっていようが、あまりに食べるので若干ウェイトレスにドン引かれていようが、食いっぷりを見に小さな人だかりができていようが、そんなものはお構い無しに食らいつく。

 

 食事は自由だ。

 何者にも囚われることなく、ただ己の道を突き進む。

 何も考えることは無い。ただ味わえば良い。

 目で彩りを楽しみ、手で温もりを堪能し、鼻で匂いを頬張り、耳で響く音を満喫し、そして味わう。

 それが食事というものだ。

 

 

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか……救われてなきゃダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……」

 

「……急にどうした。というかそろそろ食べ終わって欲しいなーって」

 

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか……救われてなきゃダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……」

 

「お、おいそのやけに腹立つ顔やめろよ。そして食事の手を止めてくれ」

 

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか……救われてなきゃダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……」

 

「ダメだコイツ聞く耳持たねぇ」

 

 

 食すという行為は時に他者に疎まれる事もある。その性質上、必ず平等とはいかなくなるからだ。だが、利益を得ている者と必ず不利益を被る者が居るのは自然の摂理だ。カズマが俺を止められないのは弱いから。まさに弱肉強食である。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 やばいやばいやばい。

 何がやばいってこいつの胃袋がやばい。かれこれ二十人前くらいは軽く平らげているのにペースが全く落ちていない。というか若干加速してる気がする。止めようにもさっきやけに腹立つ顔でスルーされたし、力ずくで引き剥がそうにもヒデオの割とでかめの体格に俺の貧弱なパワーが効くのかが疑問だ。いっそのことコイツを放置してこの場を去ってやろうか。いや、こんな事で特典持ちを手放すのは惜しい。不幸中の幸いか、ここはツケもきく。しかしあまり良い結果ではないだろう。

 これで役に立つ特典じゃなかったら酷いぞ。俺の幸運値はずば抜けてるんじゃなかったのか? ………これは置いておこう。虚しくなる。

 

 さて、コイツが食い終わるまで暇だし、こいつの特典について考察でもしよう。

 まず第一に、剣や防具など目立った装備は持っていない。他の特典持ちを見た事がないから知らんが、取り出し自由とかいう可能性もあるしこれも無視出来ない。

 次に、謎の尻尾が生えている点だ。見た感じアクセサリとかではないし、ゆらゆらと動いている。この尻尾がなんでも叶える不思議な尻尾だったりしないだろうか。これも保留。

 そして最後に、こいつの大食いっぷり。見た目は全然太ってないし、むしろ細い方だ。元々大食いだった線もあるが、特典の影響で大食いの可能性だってある。これも保留。

 となると、装備などの外的特典ではなく、体質や才能の内的特典の可能性が高い。才能のせいでカロリーを消費するから大食いになるってのもなんとか頷ける。尻尾がある点が気になるが。

 いや、待てよ? なにか、何かあったはずだ。大食漢で尻尾を持っている何かが。なんだっけか……。

 

 あ、そうだ。

 

 

「なぁアクア。お前アイツの特典について心当たりあるか? 大食漢と尻尾が手掛かりなんだが」

 

「いちいち特典の内容なんて覚えてないけど、確か尻尾を持って行く特典なんて無かったはずよ。大食いはあったはずだけど、両方ってのは無かったわね」

 

「大食いはあるのか。まぁあれも一種の才能だしな。けど、なーんか引っかかるんだよな。尻尾があって、大食漢って」

 

 

 こう、喉元まで出かかっているのに出て来ない。もどかしい。

 

 

「カズマが何に悩んでるのか知らないけど、私それだったら心当たりあるわよ。特典じゃないけど」

 

「お、マジか。教えるだけ教えてくれ」

 

「ほら、カズマも読んだことくらいはあるでしょ? ドラゴンボール。あれのサイヤ人も尻尾が生えてて大食いだったなーって。あ、けどサイヤ人になるって特典は無かったはずだから……」

 

「そんなものがあってたまるか。多分それあったら殆どの日本男児は選ぶぞ……」

 

 

 俺だってサイヤ人になれる特典があったなら迷わずそれを選んでいるだろう。それくらいサイヤ人になれるというのは魅力的だし、憧れでもある。

 ドラゴンボールを読破した奴なら一度はかめはめ波の練習したり超サイヤ人に覚醒したいと思った事があるはずだ。

 

 仮に、仮にこいつが本当にサイヤ人だとすれば、借金を背負ってもお釣りで世界を救えるレベルの特典だ。

 だが食事中で話を聞かないこいつにそれを確かめる術は……いや、ある。一つだけ、たった一つだけある。

 

 それは。

 

 

「いい加減食うのをやめろ! 喰らえ、尻尾への握撃!!」

 

「!?」

 

 

 尻尾を思いっきり握られたせいか、急に力が抜け、テーブルに倒れ伏すヒデオ。

 俺の読みは正しかった。こいつサイヤ人だ! これで勝てる!

 

 

「急にどうした……?」

 

「どうしたもこうしたもあるか。お前が話を聞かないせいで強硬手段を取るしかなくなったんだよ。だが、これでハッキリした。どうやったか知らんが、お前の特典、サイヤ人になる事だろ」

 

「おぉ、よくわかったな。種族変更ってのがあって、それでやってもらった。混血らしいけど、お前が握ってる尻尾もあるしこの大食らい。完全にサイヤ人だ」

 

「そうか、それを聞いて安心した。で、お前は俺に奢られているという立場で、これは完全に上下関係にある……あとはわかるよな?」

 

「……稼いで奢り返せばいいのか?」

 

「違えよ。パーティーに入れって言ってんだ。拒否権はない」

 

 

 拒否権が無いとはいえ、本気で抵抗されたら絶対負ける。

 だが、ヒデオの返答は意外なものだった。

 

 

「なんだそんな事か。いいぞ。なんならこっちからお願いしたいくらいだ。宜しくなカズマ」

 

 

 意外も意外。即答だった。いや、嬉しいんだけど……もうちょっと警戒しても良かったんじゃないか?

 

 

「そ、そうか。宜しくなヒデオ。……で、そろそろ食うのをやめて欲しい」

 

「まだ食い足りないが……まぁまた後で腹いっぱい食えばいいか。すいませーん、お会計お願いします」

 

 

 あんだけ食ってまだ食い足りないのか。食費がやべぇことになりそうだな。

 まぁ何にせよ、サイヤ人という最強の戦力を手に入れた訳だ。初めのうちは役に立たなくても、やがては世界最強になること請け合いだ。

 

 これで少しは楽に……なるよな?

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 カズマにサイヤ人という事がバレた。別に隠していたわけじゃないけど、よくわかったな。そしてカズマが半ば脅迫のようにパーティーに入る事を迫ってきたが、俺はこれをあっさり承諾。サイヤ人とはいえ、鍛えないと弱いままだろう。だから仲間が居るってのは有難いし、同じ日本人だからってのもある。一緒にいるメンバーもみんな可愛いし、断る理由が無い。

 

 

「早速紹介するぜ。こいつはめぐみん、名前は変だがアークウィザードだ。んで、この青い髪がアクア。アークプリーストだ」

 

「名前が変とは失礼な! ……こほん。我が名はめぐみん! 紅魔族随一のアークウィザードにして、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」

 

 

 めぐみんと名乗った胸部にまな板を装備した少女は、紅い瞳をキラリと輝かせて厨二心をくすぐるセリフとポーズで自己紹介をキメた。名前は変だが紅魔族随一のアークウィザードとか言ってるし、最強の魔法を使えるとも言っているし、期待ができそうだ。名前は変だけど。

 

 次いで、青い髪と雑に紹介されたアクアという美少女の自己紹介。

 

 

「青い髪ってなによ! いや、確かに青い神だけど……。まぁいいわ! 私はアクア、女神アクアよ! アクシズ教団が崇めし御神体よ!」

 

 

 突っ込みどころは多々あるが、聞き捨てならない単語が聞こえた。アクシズ教だって?

 あの俺をいきなり勧誘してきたあの? おっぱいのでかいシスターさんが信仰しているあの?

 

 

「お前が元凶か!」

 

「ね、ねぇカズマ! なんかこの人すっごく怖い顔で睨んでくるんですけど! 私何かした!?」

 

「とりあえず謝っとけ。多分お前が悪い」

 

「なんでよー!!」

 

「悪い、アクシズ教って単語にいい思い出が無くてな。さて、俺も自己紹介をしよう。俺はヒデオ。クラスはコンバットマスターだが、今日この街に来たばっかりだ。初めのうちは足を引っ張ることがあると思うが、そのうち皆を引っ張っていくようになると思うのでどうぞよろしく」

 

 

 実はこのパーティー、この街でも一級品の変人が集まっているのだが、この時の俺はまだその事実を知らない。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 先にパーティーに入りたいと言っている私を放置して他の人を入れるとは……何たる鬼畜! 許せん!

 

 ぜひとも私もあのパーティーに入れてもらいたい……!!

 

 あの尻尾がついている方の少年も、なかなかの逸材だと私の感覚が叫んでいる。

 

 ……そうだ、明日にでもクリスを誘ってあのパーティーに絡みにいこう。あの少年一人では断られてしまうが、他の人の反応はわからないからな。それに私は攻撃が当たらないとはいえ、上級職に就いている。断られる可能性の方が低い。

 

 それに、断られたら断られたでそれはそれで……。

 

 そうとなれば早速クリスを誘いに行かなくては!

 




次は初クエストです。


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第4話 この新入りに洗礼を!

 

 

 

「ヒデオがパーティーに入ったわけだが、早速ジャイアントトードを狩りに行こう」

 

「ジャイアントトード?」

 

 

 名前からするとでかそうなカエルだが……。そんなのを狩る必要なんてあるのか?

 ……いや、待て。確かバッタは人間の大きさに換算すると軽くビルを飛び越えるくらいの跳躍力をしていると聞いたことがある。カエルだってぴょこぴょこみぴょこぴょこしてるくらいだし、ビルとは行かなくてもかなり跳ぶんじゃないか? そして凄まじい筋力で獲物を……というパターンなのかもしれない。

 

 

「あぁ。この辺りに居るモンスターの中で最弱でな。お前の実力を測るのと、何故か金が尽きたから金稼ぎを兼ねてな」

 

「……食いすぎたのは悪かった」

 

「こうしてパーティーに入ることになったんだし必要な投資だと思うことにしたから気にするな。俺も気にしてない。ちなみに言うとお前が食いまくってたカエルの唐揚げはジャイアントトードの肉だ」

 

「やっぱり気にしてるだろ」

 

「してない」

 

 

 こいつ実は根に持つタイプなのか? いや、考え無しに食いまくった俺が悪いんだろうけど……。なんにせよ、何故かこいつは金欠だ。チート持ちのはずなのになんでだ? 余程扱いづらいものなの?

 

 

「……なぁカズマ。お前がこの世界に来る時に持ってきたモノってなんだ」

 

「……言っても信じるか?」

 

「大概のことなら信じてやるよ」

 

「わかった。……アクアだ」

 

「は?」

 

 

 今こいつなんてった?

 

 

「だからアクアだって。さっき女神って自己紹介した奴」

 

「……マジで?」

 

「おう。信じられないか?」

 

 

 まさかこいつが天使さんの言っていた女神を連れていった転生者だったとは。ならなおのこと金欠なのはおかしい。女神を連れてくなんて下手したら最強レベルのチートのはずだ。

 

 

「いや、天使さんに前の転生者は女神を連れていったって聞いたから信じるのは信じるが……。それにしても考えたなカズマ。女神を連れていくなんてマジモンのチートじゃねぇか」

 

「俺も最初、本当ににはじめの方はそう思ってたんだがな……現実はそう甘くなかったよ」

 

 

 ヤバい、嫌な予感がする。カズマの虚ろな目がそれを物語っているし、チートがあるのに金欠なのも相まって余計怪しい。……俺はとんでもないパーティーに入ってしまったのではないか?

 

 

「お、おい、冗談はよせよ。地上に居るとは言え仮にも女神だぞ?」

 

「冗談ならどんなにいい事か。もしアクアが役に立ってたらお前の食事を止めたりなんてしなかったよ」

 

「……マジか」

 

「マジだ」

 

 

 ……やっぱりパーティーに入るのやめようかな。いや、まだ役に立っていないだけかもしれない。能力に制限があったり、反動がやばかったりして扱いにくいだけかもしれない。燃費が悪くて使いにくいだけかも知れない。力はあるけど戦いはてんで素人なだけかもしれない。

 

「……ちなみに、どのくらい役に立たないんだ?」

 

 

 役に立たないだけならばなんとかなるはずだ。俺達で役に立つように動かす事が出来れば……。

 

 淡い希望を持ったが、それはすぐに粉々に砕かれた。

 

 

「役に立たないどころか……いや、カエル戦で囮になってくれたな。役には立ってるのか」

 

「……その程度なのか? 女神なのに?」

 

「その程度なんです。女神なのに」

 

 

 カズマはこの世界に来て1ヶ月と言っていた。その1ヶ月でカズマがこんな顔をする程とは……。

 

「……原因は? 戦うのが下手とか、妙に臆病とか……」

 

「……誠に恥ずかしいのですが、ひとえに頭の悪さです」

 

「マジか」

 

「マジです」

 

 

 よし、パーティー入りはやめよう。ろくな事になりそうにない。

 

 

「……カズマ、悪いんだがパーティーの」

 

「おっと、その続きは言わせねぇぞ。お前は今の状況をわかってないみたいだから教えておいてやる。俺はお前に飯を奢った。そしてお前は大量に食った。これはお前の大食いに集まったみんなも見てたし、店員さんだって知ってる。日本人なら義理と仁義を通せよ?」

 

「この野郎……!」

 

 

 マズイ。この状況は非常にマズイ。

 まず、俺はサイヤ人とはいえ転生したばかりで戦い方なんて全く知らない。どっかの主人公みたいになんちゃら流体術なんて学んでないし、隠れていた才能があるわけでもない。ただサイヤ人にしてもらって高い身体能力があるだけだ。そんなぺーぺーの俺がソロで活動して行けるほどこの世界は甘くないだろう。

 更に、ここは駆け出しの街。つまりはこの辺りのモンスターがこの世界で初めに相手にするレベルのモンスターなのだ。そんな場所でソロで活動できない強さの奴の評価が最低だったらどうなる? 臨時パーティーでさえ組めなくなるのは目に見えている。ここで俺は評判を落とすわけには行かない。

 

 ……まさかこいつ、ここまで計算して……!?

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「今回のクエストは五匹のジャイアントトードを狩ることだが、実力と人数で考えて一人ずつ戦うというわけにもいかない。なので、基本的に固まって戦う。仲間がカエルに食われても怖気付くな。アイツらは一口がでかい反面、食うのはかなり遅いし、捕食中は足が止まる。誰かが食われても焦らずにそのカエルにとどめを刺すんだ」

 

「なるほど……。有効な攻撃手段は? 職的に格闘スキルしか取れなかったんだが。剣もあるけど切れ味悪そうだし……」

 

 

 スキルポイントで近接格闘スキルと受け身のスキルを覚えたが、レベルが低い今の状態だと打撃だけでは致命傷を与えられないだろう。かと言ってあまり上手くない剣術で動く相手に当てられるとは思えない。当てるためには止まって貰わないといけない。

 誰かを食べている時は動きが止まるらしいし、誰かを囮にするのが得策か?

 

 

「打撃は無意味と思ってくれ。切れ味が多少悪くても頑張れば倒せる。くれぐれも打撃で応戦しようとはするな」

 

「了解」

 

 カズマは前にアクアとめぐみんを囮にしてクエストを完遂した事があるそうだ。そのせいか知らないが、カエルのクエストを受けるとカズマが言った時の二人の顔は凄かった。女の子がそんな顔をしていいのかと思えるくらいの酷い顔面だった。

 

 しかし、めぐみんはやると決まったらやる質なのか、無理やりカエルの出る草原に連れてこられてからは文句を言うのをやめてやけに気合が入った様子を見せている。

 

 

「カエルごとき、我が爆裂魔法で粉々に消し飛ばしてやります!」

 

「まだやるなよ? いざと言う時に使ってもらうからな」

 

「…………わかりました」

 

「今の間はなんだ」

 

 

 アクアの件があり、もしやと思いめぐみんについて聞いてみたところ、案の定使い勝手がよろしくなかった。一日一発限定の最強魔法。当たれば大体の相手は死ぬらしいが、一発しか撃てない上に、撃ち終えた後は動くことも出来ないお荷物と来たもんだ。

 俺はマジでとんでもないパーティーに入ってしまったみたいだが、これしか道がない。

 ……うだうだ言うのはもうやめだ。過ぎたことを言ってても仕方が無い。

 

 そして、肝心のアクアだが。

 

 

「……目標をセンターに入れてゴッドブロー、目標をセンターに入れてゴッドブロー、目標をセンターに入れてゴッドブロー……」

 

「……なぁカズマ。こいつ本当に大丈夫か?」

 

 

 虚ろな目でシャドーボクシングをしている。中々腰の入った良いパンチを打っているので、格闘系上級職としては少し気になるところだが。

 

 

「大丈夫だ。作戦に支障はない」

 

「すげぇな。今の言葉で余計不安になったぞ」

 

 

 アクアはめぐみんと違って二度カエルに喰われたらしいし、トラウマになっていてもおかしくない。かなりの馬鹿らしいのでやらかさないかが不安だったが、この分だと余計なことはやらなさそうだし大丈夫かな。

 

 

 

 

 そう思っていた時代がありました。

 

 

 

 

「おいカズマ! 全然大丈夫じゃねぇじゃん! 普通に突っ込んで普通に喰われたぞあいつ!」

 

 

 カエルを見るなり、『今までさんざん私をこけにした挙句ヌルヌルにしてくれたわね! 積年の恨み、今日こそ晴らさせて貰うわ! 喰らいなさい! 女神の愛と悲しみの蹴り、ゴッドシュートを!』などと叫んで猛スピードで一匹のカエルに突っ込んで凄まじい勢いの蹴りを見舞い、そして喰われた。ちなみに前の二回とも同じ様に勝手に突っ込んで勝手に喰われたらしい。というかゴッドブローはどうした。

 

 

「作戦に支障はないっつったろ。というか作戦通りだ」

 

「……はっ! お前まさか……!!」

 

「おう、そのまさかだ。こんなの囮がいないとやってらんねぇからな。誰を囮にするか悩んでたんだが、案の定アクアになったな」

 

 

 こいつ鬼すぎる。

 

 

「おいおい、そんなドン引きしないでくれよ。いずれお前だって俺の気持ちがわかる日が来るって」

 

「くそぅ、なんか納得してしまう自分がいる……」

 

 

 既にアクアへの評価は相応のものになってしまっているような……。

 まぁそれはいい。しかしいくら喰うのが遅いとはいえ、流石に放置ってわけにもいかないだろう。

 

 

「なぁカズマ。流石に放置ってのは可哀想じゃないか? 早い目に助けといた方が……」

 

「そうだなぁ。使える駒は多い方がいいし、カエル倒してアクア回収するか。よしヒデオ。見といてやるから行ってこい」

 

「……俺が行くのか」

 

「お前以外に誰が行くってんだ。万一お前が喰われても勝手がわかっている俺がいれば何とかなるはずだ。逆は厳しいかもしれないしな」

 

「何か釈然としないが………まぁいい。行ってくる!」

 

「おう、いってら……速っ!」

 

 

 身体能力と筋力値に任せて思いっきり地面を蹴り、カズマを置き去りにしてアクアを咥えているカエルの元へ一直線に駆けて行く。

 その速さはさながらトップアスリート。いや、それ以上かもしれない。幼少期悟空で100m8秒5。青年のサイヤ人であるなら、鍛えていなくともその持って生まれた身体能力だけでそれと同等、それ以上の速度が出せてもなんら不思議ではない。

 

 いくら離れていても止まっているカエルに追いつく程度の事は造作もなく、あっという間にカエルのところに着いた。

 

 

「待ってろアクア! 今助けてやるからな!」

 

 

 そうは言ったが、食ってる間だけ足が止まるそうなので、申し訳ないがアクアにはまだ喰われてもいてもらおう。

 

 

「せいっ!」

 

 

 あまり切れ味の良くない剣を鞘から引き抜いて跳躍し、カエルの脳天に振り下ろす。角度と筋力のおかげか一撃でカエルの脳天を砕く事が出来た。

 

 

「ゲッ……」

 

 

 小さな呻き声と共に地面に倒れ伏したカエルは二度と起き上がることは無かった。

 

 さて、アクアを捕食していたカエルは無事倒す事が出来た。しかし、そうのんびりとはしていられない。いつ他のカエルが出て来てもおかしくないので、なるべく早くアクアを救出する必要がある。

 カエルの口からはみ出ているアクアの両脚を掴み、一気に引き抜く。ぬるり。

 女の子の脚を掴むのはセクハラとか言われそうだが、背に腹は変えられないし何より頭から食われたアクアが悪い。

 

 

「おいアクア。大丈夫か?」

 

「ま、また食べられた……女神の私がまた……フフフフ……」

 

「よし、口はきけるみたいで安心した。さ、いつまでもここにいる訳にはいかない。立って歩いてくれ」

 

 

 会話が成立しなくとも目が虚ろで何故か笑っていても生きていればなんとかなる。そう思う事にして、早くこの場から離脱しようとしていたのだが。

 

 

「ヒデオ! 後ろだ!」

 

「っ!?」

 

 

 カズマの警告を受け、咄嗟にヌルヌルのアクアを抱えてその場から跳躍する。見ると、先程まで立っていた場所にカエルの舌が迫っていた。

 危ねぇ……!

 

 

「噂をすればなんとやらってやつか? 出てくるタイミングに悪意ありすぎだろ」

 

「ふ、フフフ……女神なのにカエルに食べられそうになった……私は女神なのに……フフフ……」

 

「で、アクアはまだ上の空か。……生臭いなコイツ。置いて帰ってやろうか」

 

 

 咄嗟の事で服が汚れる事など気にせずアクアを抱えて飛んだのが仇となったか、抱えた右側が既にヌメヌメしている。それと生臭い。

 

 さて、今の状況を整理しよう。

 カエルに襲われ間一髪避けたのはいいが、剣は鞘にしまっている上に利き手が塞がっているので抜く事も出来ない。仮に抜けても邪魔になるだけだろう。

 更に、アクアが行動不能のお荷物になっている。ヌルヌルして気持ち悪いし、生臭いし、そこそこ重い。

 そして、カエルは俺とアクアを食おうと今にも飛びかかってきそうだ。

 

 

 この状況での最善策は。

 

 

 ………逃げるか。

 

 

「アクア、暴れんなよ!」

 

「フフフフフ……」

 

 

 未だ正気を取り戻していないアクアを肩に担ぎ直し、全力でカエルから遠ざかる。

 

 

「うぉぉぉぉお!!」

 

 

 しかし、カエルも俺達をそう易々と逃がしてくれる訳では無い。ズシンズシンと巨体を跳ねながら追い掛けてくる。

 その動作一つ一つはゆっくりだが、一歩がでかい上にアクアを担いでいるのでなかなか引き離せない。それどころか段々距離を縮められている気がする。何とかしてカエルの足を止める必要がある。

 だが、どうしようもできない。

 

 カズマに援護を求めようとチラ見してみたが、あっちはあっちで新しく出てきたカエルの対処に追われているようだ。ざまぁ。

 それはともかく、背を向けて逃げているせいで振り向いた隙に食われるだろうし、かといって逃げ続けてもいずれバテて食われる。

 何とかして方向転換と迎撃が同時に出来ないか?

 投擲物があれば出来そうなんだが……。剣は抜けないし、抜けても投げだと効果は薄いだろう。砲弾のような重量のある物体が欲しいが、生憎そんなもの持ち合わせていない。

 

 

 ……いや、待て。一つだけあるんじゃないか? 効果はあるかはわからないが、重量があって投げられる体制にすぐ移行出来るモノが。

 

 

 ………ちょうど俺の肩にはアクアがいる。

 

 

 なんという僥倖っ……! 悪魔的作戦っ……! カズマの事を言えないっ……!

 

 

 やる事は決まった。こいつを投げよう。

 カズマいわくステータスは馬鹿みたいに高いらしいし、カエルにぶん投げたくらいでは死なないだろう。

 そうと決まれば早速行動だ。流石に人をぶん投げるのは骨が折れそうなので、走っている勢いをそのまま乗せなければならない。

 そのためには。

 

 

「回転ッ……!!」

 

 

 足を踏み出す方向を一気に変えて、急ブレーキでエネルギーを回転に乗せてねじれを生み出しながらカエルの方に向く。

 そして。

 

 

「喰らえカエル野郎! トルネード投法だぁぁ!!」

 

 

 全エネルギーをアクアに託し、カエルへとぶん投げる。その勢いは人を投げたにしては凄まじく、サイヤ人の筋力だからこそなせた技だ。

 

 

「ウフフ……あれ、私空を飛んでるわ。……そうよ、女神なのに空くらい飛べなくてどうするのよ! ウフフフふっ 」

 

 

 笑いながら飛んでいったアクアは、見事カエルの口に吸い込まれて行った。

 

 

 アクアは犠牲になったのだ。クエストの犠牲にな……。

 

 

 回避と足止めとお荷物整理を同時に出来た。かなりいい仕事したんじゃないか?

 これで安心してカエルを狩れる。

 

 

「よーし、アクア。今助けるぞ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「『エクスプロージョン』!!」

 

 

 アクアを無事回収し、折角ということでめぐみんに最後のカエルに爆裂魔法を叩き込んでもらった。

 現時点で人類が出せる最大火力の攻撃手段と豪語するだけあって、その威力は凄まじいものだった。カエルは消し飛び、大地は抉れ、天をも揺らす。

 

 

「おぉ……すげぇ。これが爆裂魔法か。やってくれと言ったのは俺だけど、カエル相手にはオーバーキルすぎたな」

 

「いえいえ。私もモンスターに爆裂魔法を撃てて良かったです。何も無いところに撃つよりは雑魚でもモンスターに撃った方が良いですからね」

 

「何も無いところに撃つ必要なんてあるのか?」

 

「えぇ。私の爆裂欲を鎮めるには必要なんです」

 

 

 爆裂欲……。いよいよこいつもまともな人間じゃ無さそうだ。

 アクアもカズマの言う通り残念だったし、めぐみんも色々とヤバそうだ。カズマが、自分は幸運だけが高いと言っていたが、この様子を見ると全然そうは思えないんだが。

 今だって死んだ目をしながら笑ってるアクアを看病してるし。

 

 

「お、おいアクア。もうカエルは居ないぞー。帰るぞー……」

 

「ふふふふふ……」

 

「だめだこりゃ。……おいヒデオ。どうしてくれる。うちの駄女神が余計駄目になっちゃったじゃないか」

 

 

 カズマが愚痴るように言ってくると、アクアの目に生気が宿り始めた。……?

 

 

「ヒデオ……そうよ、ヒデオのせいだわ! あんたねぇ、女神たる私をカエルにぶん投げるなんて無礼極まりない行いよ!? 懺悔なさい!」

 

「やめろ、近付くな。くさい。わかった、謝りゃあいいんだろ。まじさっせんした」

 

「わかればいいのよわかれば! ……ん? いまくさいって」

 

「言ってないぞ。アクア様マジグッドスメル」

 

 

 いくらカエルの粘液でとてつもなく臭くても、女の子に対してくさいとか言うのは失礼だったな。ヒデオ反省。

 

 

「そ、そう? まぁなんたって私は女神だから……そうよ、私は水の女神アクアなのよ! カエルの粘液くらい浄化してやるわ! 『ピュリフィケーション』!」

 

 

 パッと光ったかと思うと、アクアの身体を纏っていたぬるぬるテラテラの粘液は何故か水に変わり、アクアから悪臭はしなくなった。

 

 ………初めからそれしてりゃあ俺も肩にぬるぬるを浴びなくて済んだんじゃないか。

 

 やっぱりこいつアホだ。



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第5話 このサイヤ人に気功波を!

 

 風呂、それは命の洗濯。

 

 

「あー……極楽……」

 

「ふへぇ……」

 

 

 その入り方は多岐にわたり、ひとり用の湯船でゆったりするもよし。こんな風に大浴場で思いっきり身体を広げるもよし。

 日本人の彼らにとって風呂というのは特別なものなのだ。

 

 

「……お前本当にサイヤ人なんだなお前。ちゃんと尻尾が根元から生えてる」

 

 

 カズマがだらしなく力を抜きながら、ヒデオの尻尾について呟く。

 

 

「おう。それに加えて前より筋肉が付いたみたいだ。うっすら腹筋にスジが入ってるくらいだったのが、見ての通りはっきり割れてる。転生特典様々だな」

 

 

 腐ってもサイヤ人、半分でもサイヤ人。

 

 やはり基本の身体構造が所謂地球人とは異なるのだろう。鍛えていないのにデフォルトでマッチョとはいったいどこの花山薫だと言いたいところだが、いくらサイヤ人といえども戦闘経験皆無の状態で渡り合えるのもカエルが限界だろう。そもそも、そのカエルですら仲間を囮にしなければ倒せない始末。

 

 サイヤ人歴半日とはいえ、情けない限りである。

 だが、そんなことは気にしていないのか、カズマは再び問う。

 

 

「へぇ……。あ、そうだ。サイヤ人になったんだから気弾くらい撃てそうだと思うんだが、そこんとこどうなんだ?」

 

 

 サイヤ人、いやドラゴンボール=気弾というイメージは、どう足掻いても払拭出来ないだろう。

 無印の頃ならいざ知らず、サイヤ人編以降は派手な技が続々と登場する。カズマのこの質問も、仕方の無いものだ。

 

 

「色々と試してみたけど出来そうで出来なかったな。スキルで使えるようになるのかもな。それとも修行次第で撃てるようになるのか?」

 

 

 この疑問は『両方正解』だ。

 

 魔法や窃盗などのスキルとは違い、かめはめ波等のドラゴンボールの技は不思議にも、剣術スキル、料理スキル、鍛冶スキルといった鍛えてどうにかなるスキルに分類される。

 傍から見れば完全に空を飛んだりビームを放ったりするのはスキル無しには体得できないように見えるが、莫大な時間と才能さえあればスキルが無くても可能なのだ。

 

 一説によると、かめはめ波を体得するのにおよそ五十年かかるらしい。

 

 いくらスキル無しで覚えられるとはいえ、初期技のかめはめ波に五十年もかかっていては戦う前に現魔王が寿命で死ぬ。

 自力でかめはめ波を覚えようとするのはそれくらい無謀だし、ガスコンロが目の前にあるのにわざわざ火起こしをする人間なんていない。つまりそういう事だ。

 

 

「ふぅ……そろそろ上がるか?」

 

「そうするか。いつまでもアクア達待たせるのも悪いしな」

 

 

 

 

 湯船からあがると、二人はもう一度体を流してから脱衣所に戻る。

 

 後は体を拭いて着替えるだけなのだが、カズマは体を拭くことも忘れ、何故かヒデオの臀部を凝視していた。

 

 

「こいつ、早速尻尾を使いこなしてやがる……」

 

 

 ヒデオが巧みに尻尾を用いて体を拭いているのを見て、驚いたような呆れたような声で呟く。

 どうやらヒデオのケツに興味津々だった訳では無く、淀みない動きを見せる尻尾をガン見していたようだ。

 

 

「違和感が全くない。今まで尻尾が生えてなかったのが嘘みたいだ」

 

「弱点だし普通に邪魔だと思ってたが、案外便利なんだな」

 

 

 尻尾の全長は1mほど。背中の手では届かない部分には余裕で届くし、頑張れば第三の手足として使えなくもない。

 

 が、サイヤ人にとっての尻尾はそうではない。

 大猿に変身するため、ひいては多くのサイヤ人は知ることが無かった超サイヤ人4などという強化形態に変身するためにあるのだ。

 

 まぁ、あくまで神々の作りものサイヤ人であるヒデオがこの二つになれるのかはわからないが。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「ふぅ……。アクア、大丈夫でしたか?」

 

 

 湯船の中に腰を下ろし、隣に居るアクアに話し掛ける。目立った怪我はしていないとはいえ、カエルにぶん投げられたのだ。どこかをむち打ちになっていたりしていてもおかしくない。

 

 

「特に怪我はないわよ。投げられてビックリはしたけど……」

 

「ならよかったです。それにしても、ヒデオ、と言いましたか。カズマとやけに親しそうでしたが、知り合いなのでしょうか」

 

 

 黒髪黒目の、何を考えているかわかりづらい目をしたその顔を思い返し呟く。

 カズマと同じで、この街ではあまり見ない顔の人種。遠く聞いたニホンジンという人達の特徴に似ているが、あの二人もそうなのでしょうか。

 だとしても、ヒデオの尻尾は解せない。そのニホンジンとやらに尻尾が生えているとは聞いたことがないですし、現にカズマにはない。

 獣人の一種かとも思いましたが、どうもそうではないようです。

 

 なので、何となく知ってそうなアクアに聞いてみたのですが。

 

 

「多分違うと思うわよ。出身地は同じだけどね」

 

「アクアは違うのですか? やけに詳しそうですが……」

 

「んーと、カズマとヒデオの住んでた所について知ってるってだけよ」

 

 

 どうやら特に知人とかでは無いみたいです。

 それでも、いくら同郷の者とはいえあんな回りくどいことをして保険をかけてまで仲間に引き入れるメリットなんてあるのでしょうか。

 私の見立てでは、あのヒデオという人物はかなりの潜在能力を持っているはずです。でなければカズマが必死に誘う理由がありません。

 

 いっときは私ともあろう者を厄介者扱いしてパーティー入りを拒んだカズマのような人間が喉から手が出るほど欲しい人材。

 

 ……ライバルの予感がします。

 

 

「負けません!」

 

「どうしたのめぐみん。のぼせた?」

 

「違います! でも、そろそろあがりましょうか」

 

「そうね。先に出て二人を待ってましょう。ヒデオはどうか知らないけど、カズマはどうせ長風呂だし」

 

「ですね。それにしても、男性が女性より長風呂ってのも珍しいですね」

 

 

 湯船からあがりながら、何気なくアクアにそう言う。

 

 

「そうねぇ。カズマとヒデオの住んでた地域では結構お風呂が好まれてるの。温泉だって沢山あるみたいだし、そういう環境で育ってきたから、カズマはお風呂が好きなのよ」

 

「なるほど。なんだかあの二人の国に興味が湧いてきました」

 

 

 今度機会があれば二人に聞いてみましょうか。思いもよらない面白い話が聞けるかも知れません。

 

 

「あ、そうだ。めぐみん。お風呂上りに牛乳飲む?」

 

「飲みます!」

 

 

 牛乳を飲むと身長が伸びたり、胸が大きくなったりするらしいです。

 もし私がボン・キュッ・ボンのナイスバディーなお姉さんになった暁には、ロリ扱いしてきたカズマを思いっきりからかってやります。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオとカズマが銭湯から出ると、アクアとめぐみんがベンチに腰掛けて待っていた。

 

 

 見てくれだけは本当に良い。すごい美少女をお人形さんみたいと形容するのを何度か漫画とかで見たことがあるが、本当に人形みたいだ。と、ヒデオは心からそう思った。

 

 が、スグに性格が残念なことだと聞かされたのを思い出し、何とも言えない気持ちになった。

 

 

「お待たせ」

 

「あ、二人共やっと来た。カズマはともかく、ヒデオも長風呂なのね」

 

「まぁ日本人のサガだな。お前も水の女神だってのに、あんまり長風呂じゃないんだな」

 

 

 ヒデオが何気なくそう言うと、何故かアクアはプルプルプルプルと小刻みに震えだした。

 一瞬アクアを怒らせてしまったかと心配するヒデオだったが、それは杞憂に終わった。

 

 

「私が女神ってこと、こんなにすんなり信じてくれるなんて……!!」

 

「まぁ、カズマに色々と聞いたし、俺自身もお前の代理の天使さんに色々と聞かされたしな」

 

 

 急に涙目で詰め寄ってきたアクアに若干の照れを感じ、ヒデオはポリポリと頬をかきながら答える。

 性格が残念と聞いていても慣れないうちは絶世の美女だ。そんな美女に詰め寄られては、思春期童貞のヒデオは普通に照れる。

 

 

「ヒデオはいい人ね……! 女神たる私の名において、カエルに投げた事は許してあげるわ!」

 

 

 水の女神であるハズのアクアはこの世界に来てからというものの、カズマ以外の冒険者はおろかめぐみん、果てはアクシズ教のプリーストにすら女神ということを信じてもらえないでいる。

 なので、この過剰な反応も仕方ないといえば仕方ない。

 だが、いささかチョロすぎる。お菓子をあげると言われればホイホイ着いて行きそうなチョロさである。

 

 

「お、おう……ありがとな」

 

「うん、うん! やっぱりヒデオはいい人ね!」

 

 

 あまりのチョロさに戸惑いながらも礼を言うヒデオだったが、アクアのこれはチョロいのではなくアホなのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 風呂に入って身も心も綺麗になったので、カズマら一行はギルドでカエル討伐の報酬を受け取った。

 カエルの買取額を含めて総額十万エリス。一人頭二万五千エリスの計算になる。

 行き帰りの時間と合わせて勤務時間三時間程なので、時給だけを見ればそこそこだが、毎日このような比較的簡単なクエストがあるわけでもないし、簡単といえども命の危険はある。加えて冬になると高難易度のクエストばかりが張られ、まともに仕事を受けることが出来ない。

 

 世界の様相はファンタジー系のゲームの様だが、システムも難易度も現実に沿っている。

 死んでリスポーン地点に復活なんてこともないし、強くなるまでモンスターが待ってくれるなんてことは無い。

 相手に知性があるならまだしも、普通のモンスターは命乞いの内容を考える為に三分間の猶予をくれない。

 仲間が駆けつけてくれるまで三時間待った後に一対多の状況で戦ってくれない。

 手加減して左手を使わないで戦ってくれもしない。

 

 やはりどんな世界でも現実は残酷で、とても理不尽だ。

 

 いくらヒデオがサイヤ人の体と本能を持ってこの世界に転生したとしても、戦闘経験皆無のサイヤ人など頭が回るだけの猿に過ぎない。将来的な性能は他の転生者達とは比べ物にならないはずだが、この理不尽な世界においては簡単に押しつぶされること請け合いだ。

 

 そんな生半可ではいかない世界で、運良く初っ端から性能と性格は置いといてパーティーに加入出来たのはヒデオとしてはかなり大きい。

 性能と性格は置いといて、快くパーティーに入れてくれたのは本当に感謝はしている。

 性能と性格は置いといて、気の置ける仲間が居るといないとじゃ、天地の差だ。

 

 女性陣は見た目だって可愛いし、まだ初めのうちは目の保養にもなったりするかもしれない――――

 

 

「ほら、ヒデオも飲みなさいよ! 女神たるこの私のお酒が飲めないっての!?」

 

「飲みすぎだぞアクア。わかった、わかったから。飲むからそこに置いといてくれ」

 

「はぐはぐはぐはぐ……! あ、ヒデオそれ取って下さい」

 

「……ほらよ」

 

 

 かもしれないは所詮仮定の話だ。このように、現実は非情である。

 振る舞いが完全におっさんの女神に、恥も外聞も捨てて一心不乱に目の前のご飯を喰らう食いしん坊魔法使いだ。

 いくら見た目が良くてもこれはない。

 

 

「……大変だなぁ」

 

「そうだな。大変だと思うならそろそろ打ち止めにしたらどうだ? 今回の報酬吹っ飛びそうなんだけど」

 

「まだいける」

 

「まだいけるじゃねぇんだよ! せめてお前だけでも食うのをやめろ! ……この! おい、こら! この肉を離せ!」

 

「食事の邪魔すんな! 食事は救われてなきゃあダメなんだよ!」

 

「いや既に救いようがない状況まで来てるから! ツケ背負うことになるから! こいつ、まだ食うか! かくなる上は……おらぁ!」

 

「なっ! 尻尾はずりぃぞ……ダメだ。力が……」

 

 

 尻尾を思いきり握られなす術なくテーブルに突っ伏す。

 油断していたとはいえ、こう易々と弱点を捉えられてはどうしょうもない。

 どうやら早急に強くなる必要がありそうだと、ヒデオは気を引き締めた。

 一見何気ない意気込みのように見えるが、実はこの判断は正しい。

 基本支援職で攻撃力皆無のアクアと、攻撃力はずば抜けているが継戦能力が無に等しいめぐみん。加えて普通に弱いカズマ。現時点でヒデオが足を引っ張るということはあまりないだろうが、それでもこのペースだといつかパーティーに限界は来る。

 アクアのステータスはカンストしているし、めぐみんは爆裂道をひた走っているし、カズマは将来性があまり無い。

 一見足りてはいるが実は何かが足りないこのパーティーに必要なのは前衛中衛後衛のどれかではなく、全衛なのだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ひとしきり食事を終え、特にすることも無くだらだらと駄弁る四人だったが、何気なくヒデオに冒険者カードを見せてもらっていたカズマが、ふとある事に気付いた。

 

 

「おいヒデオ。ここ見てくれ。この、『気功術』ってなんだ?」

 

 

 カズマに冒険者カードを差し出され、件の箇所を見るヒデオだが、特に心当たりはないようで、よく分からないといった様子で首を傾げた。

 

 

「さぁ? 名前から察するにそういう系の技なんだろうけど、クエスト行く前に見た時は無かったはずだ。いつの間に出て来たんだ?」

 

「レベルが上がってるから、その時に解放されたんじゃないのか?」

 

「そんなもんなのか。まぁいい。返してくれ。習得する」

 

「決断早いな。ほれ」

 

 

 カズマに冒険者カードを返してもらい、何のためらいもなく気功術を習得したヒデオ。

 

 ヒデオやカズマの読み通り、このスキルはかめはめ波や元気玉などのドラゴンボールっぽい技を使えるようになるスキルだ。

 ただ、このスキルは元々この世界には存在しなかった。ヒデオをサイヤ人にした時に出た副産物だ。

 サイヤ人の肉体に加えて固有スキルなんて卑怯だと言われるかもしれない。

 しかし、本質は魔剣使いが魔剣を使った時だけ膂力が跳ね上がるのと同じだ。

 それに、決してサイヤ人専用ではない。カズマのような冒険者クラスなら習得可能だ。

 さらに、はじめから全てを使える訳では無い。習得したてのレベル1の状態では使えてせいぜい基礎の気弾と気功波のみだ。それもそんなに強くない。

 

 ならば、元気玉やらかめはめ波やらの技はどうすれば使えるようになるのか。

 答えは単純。

 

 同じようにスキルとして習得すればいいのである。ただ、Aのスキルを習得するにはBのスキルを習得していなければならないという制限がある。

 しかし、必ずしも最終点で全てのスキルを習得している必要は無い。

 枝分かれするスキルツリーのようなものだ。

 

『気功術』は教科書そのもので、その他の技は各ページに点在するトピックだ。

 新たなページを開くことにより、新たな知識を得る。選ぶページはどこでもいいが、予備知識がないと役に立たない。

 

 強くはなれるがその分極振りしなければならないといった制限のある、扱いどころの難しいスキルだ。

 

 

「今日はもう遅いし、明日試すか」

 

「あ、ヒデオ。それなら私の一日一爆裂に付き合ってください」

 

「よくわからんがわかった」

 

「どっちかわからないですが、まぁいいです。ところで、カズマとアクアは?」

 

「アクアがゲロ吐きそうになってたから介護しに外連れてった」

 

 

 何度飲みすぎで嘔吐すれば気が済むんだ。そう嘆いていたカズマを思い返しながらヒデオはそう返す。

 

 

「また災難ですね……私達は先に帰ってましょうか」

 

「だな」

 

 

 パーティー加入一日目にして早くもアクア達問題児の扱い方を覚え始めたヒデオ。

 

 だが、この程度で終わる彼女らではない。まだまだ奥の手を隠している。

 

 それだけでなく――――

 

 

「……」

 

 

 まだ見ぬ問題児が、こっそりと輪に入る機会を伺っているかもしれない。

 

 

 

 

 




編集版です


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第6話 この腕力で晩飯を!

 カエル討伐後に現れた、よくわからないスキルの気功術を習得した翌日、俺とめぐみんは街の近くの平原に来ていた。

 

 無論、気功術を使う為だ。あとついでにめぐみんの一日一爆裂とやらも。

 

 気功術を街中で試さずにわざわざこんな街から離れた平原まで来ているのは、いきなり色んな意味でぶっ壊れな威力が出てしまった場合の被害を最小限に食い止めるためだ。あと、爆裂魔法の為。

 

 

「めぐみん、一応離れてろよ」

 

「もう離れてます! 爆裂魔法を越える可能性のある技というものを、しかとこの目で確かめさせてもらいますよ!」

 

「そんな期待されてもアレなんだが……まぁ、長い目で見てくれると嬉しい。……行くぞ!」

 

 

 右手を前に突き出し、左手でブレないように支える。

 片目を瞑り、10数メートル先にあらかじめ置いてある的に照準を合わせる。

 

 魔法のように詠唱は必要ない。これは体術スキルで、使うのは体にあるふしぎなエネルギー。

 手のひらに意識を集中し、ドラゴンボールでは『気』と呼ばれているであろうふしぎエネルギーを全身から手のひらへと送り、漏れないようにしっかりと留める。

 

 充分に溜まったエネルギーを、手のひらごと突き破るイメージで――

 

 

 放つ!!!

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 腕の先がカッと光ったかと思うと、手のひらが熱くなる。ズンとした反動が肩まで響き、耐えられずに少し仰け反る。

 

 放たれた腕の太さほどの青い光は、意外にも真っ直ぐと伸びていく。木製の的は軽すぎたようで、呆気なく風圧で吹き飛ばされ、着弾したであろう場所から燃えていった。

 

 

「おぉ……」

 

 

 憧れに近付けたという実感と感動と、何事も無く無事に終わった安堵感と、こんなもんか……っていうガッカリ感と、ワクワクが広がって……。

 なんというか、色々と複雑な気分だ。

 

 だが、悪くは無い。

 

 不思議な気持ちにニマニマしていると、いつの間にか近寄って来ていためぐみんが。

 

 

「……今のが爆裂魔法を越える可能性のある技ですか? 申し訳ないのですが、とてもそうは思えないのですが……。威力も爆発魔法にすら届いてませんし……」

 

 

 と、申し訳なさそうな顔で喧嘩を売ってきた。

 だが、この程度で怒りはしない。今の俺は機嫌がいいし、この微妙な結果は自分でだってわかっていたことだ。

 

 

「レベル1だし仕方ない。ある程度ステータスが上がるまでは剣を主体に戦うつもりだし、今は使えなくてもいいんだよ。最終的に勝てばよかろうなのだ。お前だって、爆裂魔法がすごいとは言ってもまだまだ上はいるだろ? お前の師匠とか」

 

「師匠……そうですね。越えるべき憧れの、私に爆裂魔法を教えてくれた師匠的存在のお姉さんがいます」

 

 

 ふむ、お姉さんとな。

 

 

「ちなみにそのお姉さんのおっぱいはでかいか?」

 

「いきなりなんて事を聞いてくるんですか!?」

 

 

 いきなりの下世話な質問のせいかめぐみんに驚かれるが、そんなのは気にしない。

 

 

「俺としては暗めな色のタイツ型の戦闘服を着ためちゃくちゃ強くて微笑が素敵な美人な師匠がいい。おっぱいがでかいと尚よし。あと、やたらと師匠という事を強調してくるアホ……じゃない、褒めたら素直に喜んでなんでも許してくれるチョロ師匠でもいい。これも巨乳だと尚よし」

 

「そんなの居る訳が……居ませんよね?」

 

 

 淡々とまるでそれらの師匠とやらを見てきたかのように語る俺に、めぐみんはまさかと思いつつも恐る恐る尋ねてくる。

 そんなめぐみんに、俺は正直に。

 

 

「居て欲しい」

 

「あなたの願望は聞いてませんよ!?」

 

 

 聞いてきたのはそっちなんだが。どうやらめぐみんが想像していた返答とは違ったみたいだ。

 

 だが、言われてもない事をやらなければならない事が多々ある日本人にとって、聞かれてもいない事を言うのは日常の範囲内だ。

 それが出来なければ気の回らない奴とバカにされ、出来たところで悲しいかな、褒められもしない。ちなみに余計な事を言ってしまうと社会的に死ぬ場合がある。

 

 

「安心しろ。ただの妄言だ」

 

「こんなに安心できない『安心しろ』は初めて聞きましたよ」

 

「そりゃよかった。さて、威力が相応なことはわかった。もう一回撃つからその後爆裂魔法撃って帰ろうぜ。だいたいどのくらいの規模かはわかったから、今度は離れなくていいぞ」

 

「むぅ……。なにか釈然としませんが……まぁいいです」

 

「聞き分けが良くて何よりだ。じゃあ、行くぞ」

 

 

 先程と同じ様に右の手のひらに気を送る。

 違うのは、体内で留めずに手のひらから数センチ上に留め、尚且つ形を球形にする。大きさはバレーボールほど。

 俗に言う気弾というやつだ。

 

 

「おぉ! なんですかそれ! カッコイイです!」

 

 

 初めて見る謎の光の球が琴線に触れたのか、紅い瞳をきらめかせながらふんすふんすと興奮するめぐみん。

 この世界にも光の球を出す魔法くらいあるだろうに、何をそんなに興奮しているんだか。

 まぁ俺も心臓バクバクで興奮してるけど。

 

 

「身体にあるエネルギーの塊みたいなもんだ。俺は『気』って呼ぶけど」

 

「キ? 聞いたことないですね……」

 

 

 初めて聞くワードにはてと首を傾げるめぐみん。

 魔力なんてものがあるから当然あるものと思ってたが、どうやらそんなことはないらしい。さっきのめぐみんの様子から考えると名称が違うってのもなさそうだ。

 

 

「そうなのか? カズマからこの世界はだいたいなんでもありって聞いてたから普通にあるもんかと思ってたが。まぁ一般には知られてないだけかもしれんしな。じゃあ、行くぞ……フンッ!」

 

 

 ふよふよと浮いている光の球を、ドッジボールよろしく思いっきりぶん投げる。

 サイヤ人の筋力で投げられた気の塊は緩やかな弧を描き、少しずつ重力に従って落ちていった。

 やがて地面に落ちると、爆発音と共に直径1メートルほどのクレーターが出来た。

 

 なるほど。

 

 投げた感じでわかったが、どうやら気弾そのものにはほとんど推進力がないようだ。ややこしいが、気弾を押して飛ばす用の気が必要なのか?

 もっと検証してみたいが、もう既に結構疲れている。まだ撃てないことはないが、疲れから制御できずに暴発とかは勘弁願いたいので今日はここまでにしよう。

 

 二回使っただけでこの有様とはサイヤ人の名が泣き崩れそうだが、スキルの熟練度が低いと燃費が悪いとかそういうのがあるのかもしれないし、なにせ俺はまだサイヤ人歴二日だ。まだセーフ。

 そんな感じで誰に言い訳するでもなく、自分を正当化していると、めぐみんが隣からひょっこり顔を出してきた。

 

 

「もう終わりですか?」

 

「あぁ、思っていたより疲れたからな」

 

「言ってはなんですが、情けない理由ですね」

 

「言うな。わかってるから」

 

 

 他人に言われるとクるものがあるが、我慢だ我慢。

 下手に頑張りすぎてやらかしたら嫌だし、今の状態でも普通にしんどい。

 しかし、めぐみんはまだ物足りなかったようで。

 

 

「その体たらくで我が爆裂魔法に追い付こうなどとおこがましいにも程がありますよ?」

 

「……あぁもうわかったよ! やればいいんだろやれば! 暴発してボン! ってなっても知らねぇからな!」

 

 

 このあとめちゃくちゃ試し撃ちした。

 

 

 

 

 帰り道。

 

 

「めぐみん重い」

 

 

 爆裂魔法を撃ち、魔力が尽きためぐみんを背負い、そう愚痴る。

 普通ならめぐみんくらいの女の子なんて軽々と背負えるのだろうが、如何せん今日は無理をしすぎた。おのれ。

 

 

「私が重い? はは、馬鹿な事を。筋肉が足りてないんじゃないですか?」

 

「お前が煽って体力ギリギリまで体力使わせるからこんなになってんだよ。あーしんどい」

 

「私のような女の子をおんぶできる機会なんてそう無いですよ? 我慢してください」

 

「おんぶするなら巨乳の女の子がいい。痛くなさそうだし」

 

 

 どこがとは言わないが、あまり柔らかくないものが当たって痛い。

 薄すぎて骨が当たってるんだろうか? どこがとは言わないが。

 

 

「まるで私をおんぶすると背中が痛いと言っているように聞こえるんですが?」

 

「そう言ってるからな。……ぐえっ! 首はやめろ首は!」

 

「誤魔化したりしないのはカッコイイと思いますよ。それはそれとして首は絞めます」

 

「ぐええっ!」

 

 

 その後、一時間ほどかけてようやくギルドに辿り着いた。

 

 奥に進むと、カズマがテーブルでのべーっとしているのが見えた。

 もうひと踏ん張りと、軋む体に鞭を打ち、カズマの元へ歩いて行く。

 

 

「帰ってきたか。おかえり。……なんでヒデオはそんなヘトヘトなんだ?」

 

「めぐみんが重かった」

 

「まだ言いますか!」

 

「冗談だ。まぁ張り切りすぎて疲れた感じだ」

 

「ふーん。で、肝心の気功術はどうだった?」

 

 

 めぐみんの体重など特に気にならないのか、軽く流すカズマ。

 

「なかなかワクワクしたが、実戦で使うにはまだまだだな。出来てよろけと目くらましくらいだ」

 

「なるほど。お前におんぶに抱っこで行けると踏んでたが、そう上手くはいかないか。まぁ、期待してるから頑張ってくれ」

 

「任せろ。……そういや、アクアはどうした?」

 

 

 きょろきょろと周りを見回しても、アクアの姿は見当たらない。

 時間は昼を少し過ぎたくらいなので、酔い潰れていたアクアはまだ馬小屋で寝ているのかもしれない。

 そんな感じを予想してたのだが、カズマの返答は意外なものだった。

 

 

「あっちで宴会芸披露してる」

 

 

 カズマが示す方向を見ると、人だかりの中にアクアの姿が見えた。

 確かになにか芸を披露しているようで、時折おおっ、という歓声があがる。

 

 

「宴会芸なんて出来たんだな。もしかして宴会の神様なんじゃねーか?」

 

 

 女神と言えばクールで聡明そうなイメージがあるが、アクアは全く違う。

 言葉が汚いが、端的に言えば明るいバカだ。宴会というイメージにもピタリと合うので、昨日聞いた水を司る云々よりもしっくりくる。

 

 

「アクアにそれ言ったら怒ってくるぞ。あの宴会芸はスキルらしい」

 

「へぇ、そんなのもスキルになってんだな」

 

 

 冒険者以外はその職以外のスキルを覚える事が出来ないらしいので、アークプリースト又は女神としてのスキルにあの宴会芸スキルがあるんだろう。

 

 なんだ、やっぱり宴会芸の神じゃないか。

 

 

 その旨をアクアに伝えてみたところ、めちゃくちゃ怒られた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 めぐみんのせいで尽きた体力も元に戻り、小さい気弾を作って訓練がてら遊んでいると。

 

 

「おう新入りの兄ちゃん。聞けば、いい筋力してるらしいじゃねぇか。ここは一つ、新入り冒険者への洗礼ってことで、腕相撲でもしようや」

 

 

 強面のベテラン冒険者と思われるガチムチのおっさんが俺の対面に座ってそんなことを言ってきた。

 ドスと右腕を机に出し、肘を立て、いつでも来いよ、と腕相撲の構えをみせた。後ろには数人の仲間らしきガチムチが居て、ニヤニヤとおっさんを見守っている。

 

 洗礼に腕相撲だと? そんなの答えは決まっている。

 気弾を離散させ、キッとそのおっさんを見据えて。

 

 

「嫌だ」

 

 

 きっぱりとそう言ってやった。

 確かに筋力を確かめる面で腕相撲はいいかもしれないが、特にメリットがない。

 

 

「まぁそう言うなって。もしお前が負けても特に何も無いが、勝てば飯くらいは」

 

 

 ガンッ!!!

 

 

「……へ?」

 

 

 突然の轟音に言葉を遮られて呆気に取られたのか、おっさんはポカンと口を開け、テーブルに押し付けられた自分の右腕を眺めていた。

 

 

「……次はどいつだ」

 

 

 目の前にあったおっさんの右腕を一瞬でテーブルに叩きつけ、次の挑戦者を催促する。

 

 腕相撲? 上等だ。サイヤ人の力を見せてやる。ついでにサイヤ人の胃袋の底力をみせてやる。

 

 

「くくく……。奴は腕相撲会でも最弱、ガチムチの面汚」

 

 

 ガンッ!!!

 

 

「俺を倒しても第二第三の」

 

 

 ガンッ!!!

 

 

「俺は人呼んで左腕の魔術師。さぁ、左でやってもら」

 

 

  ガンッ!!!

 

 

 

 

 数分後。

 

 

「なんて強さだ! 覚えてろよ!」

 

「ちくしょう! お頭に言いつけてやる!」

 

「腱鞘炎になっちまえ!」

 

 

 各々好き勝手言い、涙目で立ち去っていく男達。

 それにしても、捨て台詞を吐かれるのは中々心地がいいな。愉悦愉悦。

 

 

「よし、今日の晩飯代が浮いた」

 

 

 他人の金で食う飯ほど美味いものはない。

 いやー、わざわざ飯を奢ってくれるとは、いいオッサン達だったな。

 きっちり名前とクラスは聞いたので、ウェイトレスさんに言えばおっさん達にツケといてくれるだろう。

 

 早速何か食べようと、メニューを見ていると。

 

 

「……ここ、いいか?」

 

 

 と、声を掛けられた。一瞬他の人かと思ったが、周りには誰も居なかったのを思い出す。

 声のする方を見ると、長く綺麗な金髪を後頭部で一本の束にまとめ、青く綺麗な瞳で俺を見据えている鎧姿の美女が居た。

 

 

「ご、ご用件はなんでしょうか」

 

 

 見知らぬ美人と話すせいか、声が上擦りつい敬語になってしまった。

 よくみるとおっぱいでかいし、かなりストライクだ。

 

 にしても、こんな美女が俺になんの用だろう。

 もしや、さっきのゴリラ共が寄越した美人局か? いや、それにしては来るのが早すぎるし、鎧姿の美人局なんて聞いたことがない。

 

 

「先程の様子は見ていた。あの4人はこのギルドでもなかなか腕相撲が強い方なのだが、あなたはそれよりも強かった。普段から鍛えているのか?」

 

「……まぁ、ステータスは高いらしいですし」

 

 

 とりあえずお茶を濁しておき、目の前のおっぱいさんについて考えてみる。

 

 美人なのは美人なんだが、やはり凄く怪しい。顔可愛いしおっぱいでかいし胸大きいし巨乳だ。

 だけど、なんか怪しい。本能的な部分で、なにか感じるところがある。

 

 ……やっぱり美人局なんじゃないか? それか、またアクシズ教の勧誘か。

 どっちにしろ、警戒はしておいた方が良さそうだ。

 

 

「……んっ」

 

 

 怪しい美女をじっと見ていると、何故か突然変な気持ちになる声を放った。

 心なしか頬が赤い気がするのは気のせいか?

 

 

「……? どうかしました?」

 

「い、いや、あなたが中々荒々しい視線を送ってくるものでな」

 

 

 ………何言ってんだこの人。

 

 

「………」

 

「あっ、そんな目で見るのは……んっ」

 

 

 ………今、俺の視線に気付いた途端顔を諦めてなんかイケナイ気分になる声を出したような。

 

 

 ………もしかしてやべーやつ?

 

 

「あーそう言えば用事があったなー、うん、そろそろいかないとなー、ではまた!」

 

 

 この不審者から一刻も早く逃れるべく、適当な理由を付けてテーブルから立ち上がり、そそくさと離れて行こうとすると。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 少しだけ、少しだけでいいから話を聞いてくれ!」

 

「嫌だ! あんたからはなんか嫌な予感がする! 離せ! ていうか力強っ!」

 

 

 立ち去ろうとする俺を逃がすまいとして腕を掴んでくる不審者。

 手がやわらかくて一瞬ドキッとしたが、先程の四人よりも強いであろう力で引っ張られ、今度は別の意味で心臓がドキッとしてしまう。

 こんなに美人でこんなにおっぱいもでかいのに男顔負けの怪力持ちってどういう事だ。

 多分俺より力強いぞこの不審者。

 

 

「……わかった、わかったから離してくれ。話は聞いてやる」

 

「などと言って、離した途端に走って逃げていくのだろう?」

 

 

 ちっ、バレてたか。

 

 

「………そんな事は無い。で、話って?」

 

「返事に間が空いたのが気になるが、ようやく聞いてくれる気になったか。……実はだな――」

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

「……なるほど。あんたの言い分はわかった。で、先を越されて、元凶の俺に文句を言いに来たと」

 

 

 ダクネスと名乗ったこの美女はどうやら俺が転生してくる少し前に、カズマに対しパーティーに入りたいと申し込みをしたそうだ。

 その時はカズマに軽く流され、またの機会を伺っていたところに俺というぽっと出の輩が割り込んできた。確かにこれは文句の一つも言いたくなるだろう。

 

 

「別に文句を言いたいわけでは無いのだが。……こういうのもなんだか放置プレイみたいでなかなか」

 

「ん? 今放置プレイって」

 

「言ってない」

 

 

 話を聞いていくうちに段々とダクネスがまともなヤツでは無いのを悟り出したのだが、どうやら性癖に問題があるようだ。

 少しくらいエロい姉ちゃんとかなら全然ウェルカムなのだが、ここまで来ると流石にきつい。これじゃあ痴女を通り越して変態だ。

 カズマがこんな美人の頼みを断ったのが謎だったが、これで合点がいった。

 

 俺はそこまで上級者ではないし、恐らくカズマもそうだろう。

 

 

「……まぁ、何でもいいが。加入二日目の俺が言うのもなんだが、俺からカズマに言っといてやろうか?」

 

「いや、それはいい。こういうのは私が直接行くべきだ」

 

「あんたがいいならそれでいいが、それなら俺に声を掛ける必要も無かったんじゃないか?」

 

「それもそうなのだが、あなたにはなにか私と近しいものを感じてな。腕相撲に嫌々ながらも応えていたあたり、話し掛けても無碍にはしてこないだろうと踏んだのだ」

 

 

 変態に近しいものを感じるとか言われるとかなりショックなんだが。

 

 

「近しいもの……なんだ? 同じ前衛上級職とかか?」

 

「……時にコンバットマスターというクラスは、その決定力の低さと、コンバットマスターになれるなら大体の格闘上級職になれる点から、上級職の中では人気が低い。だが、反面間合いに入ればじわじわと嬲りやすいと聞く。しかし、あなたはいくらステータスが高いとは言えレベルもまだ低いし、実戦経験も殆ど無いだろう?」

 

「あぁ、戦闘に関しちゃ素人もいいとこだ。だけど、それがなんで俺に話しかけた理由になる?」

 

 

 めちゃくちゃお人好しの凄腕クルセイダーなのかもしれないが、それでもわざわざ話しかけた理由としては薄い。

 一体何が目的だ?

 

 

「レベルが低い、つまりはあまりクエストを請けていないという事だ。所持金だって少ないだろう。しかし、強くなろうとトレーニングの器具などを買うのにもお金がかかる」

 

「まぁ、そうだな」

 

「そこで、だ。ぜひ私を――」

 

 

 なんだ? 師匠にしてくれとか言ってくんのか? 何それ意味わかんねぇ。

 

 

「あなたのサンドバッグにして欲しい!」

 

「は?」

 

 

 もっと意味がわからない返答だった。

 

 

「サンドバッグにして欲しい」

 

「は?」

 

「だから、私を貴方のサンドバッグにして欲しい!」

 

「わざとスルーしてんだよ! なんだよあんた! 初対面のやつによく言えるな!? まさかカズマにも……」

 

 

 もしそうならアイツが不憫すぎてならないんだが。クソ高い幸運が俺の唯一のとりえとか言ってたのに、全然幸運じゃない。

 

 

「いや、あのリーダーにはそんなことは言っていない。ただ、『パーティーに入った暁には囮や壁などに遠慮なく使って欲しい。なんなら見捨てていっても構わない』と伝えたのだ。何故か断られてしまったが」

 

「いや理由わかりきってるだろ! あんたのその性癖が原因だよ!」

 

 

 所謂マゾヒストに分類されるのだろうが、真性の変態がここまで怖いとは思わなかった。

 カズマがこんな美人をスルーしたのがよくわかった。

 

 

「……んっ」

 

「おい今変な声出したろ」

 

「………出してない」

 

「目を見て言ってもらおうか」

 

「……黙秘権を行使する」

 

「それ自白してるみたいなもんだからな」

 

「……んっ」

 

「なんで!?」

 

 

 さっきから何度か頬を赤らめて変な声を出していると思ったが、どうやら俺がキツめのことを言うとそれに反応するらしい。

 

 なにそれ気持ち悪い。

 

 

「……こほん。取り敢えずそれは置いとこう。これを聞くのも今更なんだが、なんで俺達のパーティーなんだ? あんただってクルセイダーだって言うんなら、引く手あまただろうに。まさか今までも性癖で断られてきましたーってんじゃないだろうな」

 

「それはない! ……と思いたい。ただ、私は攻撃が全く当たらないのでな。少しでも貢献するためにモンスターの群れに突っ込んだりしていたら何故かそうなった」

 

「そりゃそうなる。そもそもあんたの場合貢献するためってのもあるだろうが、モンスターに力及ばず蹂躙されたいってのが本音だろ」

 

「…………黙秘する」

 

「……まぁなんでもいいけどよ。つーか攻撃が当たらないとか言わなかったか?」

 

「その通り。私は不器用過ぎて攻撃が全く当たらないのだ」

 

 

 なるほど。だいぶ読めてきたぞ。

 これに加えてあの性癖だ。いくら美人でも敬遠するだろう。

 

 

「それなら器用が上がるスキルとか覚えればいいんじゃないか? まさか剣術スキルすら覚えてないってのはないよな?」

 

「あぁ、剣は持っているが、あなたの言うとおり剣術スキルは覚えていない。得たスキルポイントは全て耐性スキルや防御力上昇スキルに注ぎ込んでいる」

 

「あんた馬鹿じゃねーの?」

 

 

 極振りにしたって度が過ぎている。攻撃が出来なくなっても防御力を上げるなど、本末転倒もいいところだ。

 ダメなのがどちらか片方なら救いようがあったものを、どっちもダメとか手の施しようがない。

 

 

「……んっ。……やはり私の目に狂いはなかった! 是非とも私を、あなたのサンドバッグもといストレスの捌け口にしてほしい!」

 

「お断りします」

 

「くうっ……! 例のリーダーといい、あなたといい、なぜ私のツボをここまで……!」

 

「もうやだこの人」

 

 

 もうこのまま放置して逃げてやろうか。

 

 

「……で、結局カズマには口聞きしなくてもいいんだな?」

 

「………」

 

「どうしたんだよ。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して」

 

「いや、てっきりあなたも私のパーティー入りを拒んでくるものかと……」

 

「パーティー入って二日目の俺にそんな事とやかく言う筋合いなんてねぇからな」

 

 

 それに、防御に極振りしてるだけならまだ希望はある。かなり重度のマゾヒストで攻撃が全く当たらないらしいが、何も出来ないけど入りたいって輩よりはましだ。

 

 その旨を伝えると、ダクネスはふむと顎に手を当て考える仕草を見せると。

 

 

「……血も涙もない鬼畜だと期た……想像していたのだが、案外優しいのだな」

 

「初対面の奴に言う事じゃねぇだろそれ。それに、これは優しさなんかじゃない。めんどくさい事をカズマに流してるだけだ」

 

「……ふふ。そういう事にしておこう」

 

 

 俺の返答を聞くと、ダクネスは柔らかい笑顔でそう言ってきた。

 

 

「……言いたい事があるならキッパリ言ってくれると助かるんだが」

 

「いや、これは言わない方があなたのためにもなるだろう。……そうだ。折角と言ってはなんだが、腕相撲をしないか?」

 

「なんの折角だよ。……まぁいいや。女だからといって加減しねぇぞ?」

 

 

 そう言いながら、テーブルの上に右腕を乗せる。

 ちょうどあの4人じゃ物足りなかった所だ。存分に発散させてもらおう。

 

 

「望むところだ。ちなみに、私は先の4人よりも腕相撲が強い」

 

「へぇ。そりゃいいことを聞いた」

 

「ふふ。……では失礼して」

 

 

 軽く笑いながら、ダクネスも同じようにして右腕をテーブルに乗せる。

 手と手を掴み合い、互いに目を合わせる。

 左手で踏ん張れるようにテーブルの端を掴み、その時を待つ。

 

 

「それでは、レディ……ゴゥ!」

 

 

 呼び止めたウェイトレスさんのゴングで、特に理由も仁義もない腕相撲ファイトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 



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第7話 あのキャベツにグミ撃ちを!

編集版です


 この世界に来て二週間が経ち、そろそろ本腰を入れて修行しようかと思いつつ、ギルドで昼食後のお茶を飲んでいると。

 

 

「時にヒデオ。そろそろキャベツ狩りの季節だが、準備は大丈夫か?」

 

 

 つい先日知り合いになった美人クルセイダーのダクネスが、突然そんな事を言ってきた。

 

 そんなことよりもダクネスの友人の女盗賊のパンツをカズマが剥ぎ取ったって話がめちゃくちゃ気になるんだが。

 しかし、わざわざ確認するということはキャベツ刈りはよほど重要な事なのだろう。

 

 

「いや……つーか、キャベツ刈り? 冒険者をわざわざ駆り出すほどの規模の畑なのか?」

 

「ん? 何を言っている? キャベツは畑では採れないぞ?」

 

「じゃあ他のどこで採れるってんだよ」

 

「いや、どこもなにも、キャベツが飛んでくるのだが」

 

「は?」

 

 

 コイツはいったい何を言っているんだ? 性癖とか諸々で頭がおかしいとは思っていたが、まさかこんな妄言を吐くほどとは。

 一度頭の病院にかかったほうがいいかもしれない。

 そんな俺の想いも知らず、ダクネスは再び口を開いた。

 

 

「だから、この街にキャベツが飛んでくると」

 

「キャベツが飛ぶわけねーだろ。頭沸いてんのか?」

 

 

 世界一強いアメ玉とか世界一強いキャベツとかならまだしも、普通の食いもんが空を飛んでたまるか。

 

 

「……んっ」

 

「おい今」

 

「感じてない。ま、まぁ、そんなに信じられないと言うなら実際に見てみればいい。さっきも言った通り、今は収穫時期だ。その日が来ればギルドから放送が――」

 

 

 その時、ダクネスの言葉を遮るように。

 

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各員は、装備を整えて正門前に集まってください! 繰り返します……』

 

 

 と、聞きなれた受付嬢の声で街中に放送がかけられた。

 

 放送を聞いた途端、先程まで何をするでもなく駄弁っていた連中が慌ただしく動き始めた。

 ダクネスも例に漏れず、飲んでいた紅茶をぐいと一息で飲み干し、立ち上がった。

 

 

「噂をすれば、というやつだな。さぁ、私達も準備を整えて正門に急ごう」

 

 

 ……マジでか。

 

 

 ―――――――――

 

 

 場所は変わって正門。

 

 簡潔に言うと、この世界のキャベツはダクネスの言った通りだった。

 

 アクア曰く、収穫の時期になると食われてたまるかとばかりに空を飛んで海を越え山を越えて最期には誰にも知られずひっそり朽ち果てるらしい。それならば美味しく食べてやろうじゃないかと発起したのがこのキャベツ狩りらしい。

 味はとても美味しく経験値を沢山蓄えているので食べまくるとレベルが上がるらしい。

 今年のキャベツは一玉一万エリスもするらしく、全てギルドが買い取ってくれるらしいので、皆この機会に少しでも金を稼ごうと躍起になっている。

 

 飛ぶわ跳ねるわで普通のモンスターを狩るより厄介かもしれない。

 それと、タックルが強烈だ。急所に当たったらひとたまりもないだろう。

 

 

「悪いカズマ! そっちいった!」

 

「嘘だろおい! 危なっ!」

 

 

 気弾や気功波を用いて撃ち落としていくが、如何せん数が多すぎる。

 ただ、飛ぶといっても所詮はキャベツなので耐久力はあまりないようで、小威力の気功波でも撃ち落とせる。カズマはブツブツと文句を言っていたが、気の扱いのいい修行になる。

 

 

「カズマ、いま収穫はどのくらいだ?」

 

「数えてない」

 

「お前めっちゃ採ってるもんな。つーかスティール便利過ぎないか」

 

「なかなかの当たりスキルだと思ってる」

 

 

 カズマは先日、ダクネスの知り合いのクリスという女盗賊に盗賊系スキルを教えてもらったらしい。その時、カズマはなんやかんやあってクリスのパンツと有り金をすべて剥いだそうだ。金はどうでもいいが、パンツを剥げるスキルというのはとても興味がある。やましい気持ちなどない。断じてない。

 ただ、パンツを剥がれた女の子がどんな顔をして恥ずかしがるのか、ブラジャーも剥げるのか、脱ぎたてのパンツはどんな感触がするのか気になるだけだ。断じてやましい気持ちなどない。

 

 

 

 

 

 ……やましい気持ちしかなかったわ。

 

 

「合法的にパンツ剥ぎてぇなぁ」

 

「何言ってんだお前」

 

「いや、俺もスティール欲しいなぁって」

 

「俺の存在意義を無くそうとするな。タダでさえ表向きは上級職ばっかで肩身が狭いんだ。活躍の場を少しくらいくれないとしんどい」

 

「今が一番活躍してるし輝いてるよ」

 

 

 潜伏スキルでキャベツの背後に迫り、スティールで捕まえる。このコンボを開発したカズマは、パーティーでダントツの収穫だ。間違いなくカエルクエストの時より輝いている。

 しかし、カズマはそれを指摘されたくなかったようで。

 

 

「殴るぞ」

 

 

 と、言いながら思いっきり拳を振るってきた。有言即実行、あると思います。

 だが、素人の拳などサイヤ人の俺に当たるはずもなく、軽くいなす。

 

 

「カッカすんなよ偉大なるキャベツ泥棒。じゃ、俺はこれ届けてくるから」

 

「あ! 逃げんな!」

 

 

 すたこらさっさとキャベツの入った籠を背負い、カズマから逃げる。

 サイヤ人と一般人の身体能力はやはり差があるのか、追いつかれることはなかった。

 このままほとぼりが冷めるまでアイツから離れていよう。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 特に大きな事故もなく、キャベツ狩りは無事に終わった。

 途中ヒデオがキャベツのショートバウンドを股間に喰らって悶絶していたが、些細な事なので置いておこう。ざまぁ。

 

 

「カズマ、何故ヒデオは先程から小刻みにジャンプしているのですか? 顔も心做しか辛そうですし、何処か怪我でも?」

 

「怪我はしてないと思う。ただ、そっとしてやってほしい」

 

「よくわかりませんが、了解しました」

 

 

 そう言うとめぐみんはそれ以上は追求せず、てくてくとアクアとダクネスの待つテーブルに向かっていった。

 

 

「まさかお前が、あの変態クルセイダーと知り合いだったとはな」

 

「つ、ついこないだっ……! う、腕相撲したっ……! そ、それ以降……割と喋るっ……!」

 

 

 ぴょんぴょーんと大きく跳ねるヒデオ。

 

 

「いや意味わからん。なんで腕相撲から始まってんだよ」

 

「も、元はと言えば、お前が仲間に入れないから俺の方にっ……!」

 

 

 トントントントンと小刻みに跳ねるヒデオ。

 

 

「あー……でもこれ以上問題児を増やしたくなかったというか」

 

「確か……にっ……!」

 

 

 力強く着地するヒデオ。

 

 

「つーか大丈夫か? やっぱりアクアに診てもらうか?」

 

「いや……大丈夫だ。喋ってるうちにかなりマシになってきた」

 

 

 そう言ってはいるが、冷や汗が凄いし、身体がぷるぷる震えている。痩せ我慢しているようだ。まぁ、いくらアクアとはいえ女の子に股間事情をどうにかしてもらいたくないのはわかる。

 

 

「カズマー! ヒデオー! 早くこっちきて食べましょうよ!」

 

 

 そんな事情を知らないアクアは早く来いと手を振り急かす。

 いつまでも待たせるわけにもいかないので、ヒデオには頑張ってもらおう。

 

 

「ほれ、行くぞ。うちの女神様が呼んでる」

 

「了解……」

 

 

 ふらふらぷるぷるとしているヒデオの背中を押し、席まで連れて行く。

 6人掛けの席の片側に女性陣は座り、俺達の為にもう片方を開けてくれていた。

 股間を気にしながら座るヒデオにざまぁみろという気持ちも既に無くし最早同情していると。

 

 

「さ、二人も来たことだし、早速食べましょうか! いただきます!」

 

 

 アクアが苦しんでいるヒデオそっちのけでいただきますと目の前に用意されたご馳走にかぶりついた。ほかの二人もそんなアクアに続いて、もぐもぐぱくぱくむしゃむしゃと貪り始めた。

 

 こいつら……。

 

 いくらこの苦しみがこいつらにわからないとはいえ、いくらヒデオがいいと遠慮したとはいえ、これはひどい。特にアクアなんて一番気にすべき立場なのに全くもって気にしていない。

 これからこのメンバーでやっていくというのに、これはパーティーのリーダーとして見過ごせない。

 

 

「おいお前ら――」

 

 

 説教するべくバンとテーブルを叩いて立ち上が――

 

 

「はぐはぐはぐ……おいアクア。俺のを取ろうとするな」

 

「何を言ってるのヒデオ。こういうのは早い者勝ちって……あー! それ私のお酒! 飲まないでよ!」

 

「ん? 早い者勝ちなんだろ? あ、これ旨いな」

 

「返して! 私のお酒返して!」

 

「やなこった。俺の獲物を横取ろうとした罰だ」

 

「うわぁーん!」

 

 

 ……なんでこいつこんなピンピンしてるんだ? さっきまで死にかけてたのに。

 

 

「……おいヒデオ。痛みはどうした?」

 

「ん? まだ痛いけど、空腹に勝てるわけねーだろ。つーかなんで立ってんだお前」

 

 

 食事の手を止め、何言ってんだこいつとでも言いたげな顔で首を傾げるヒデオ。

 

 

「もういいです……」

 

 

 心配して損した!!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 食事をしているうちに痛みも無くなり、料理も無くなった。満腹とまではいかないが丁度いい腹具合だったのでそれ以上は何も頼まなかった。

 ちびちびと酒やシュワシュワを飲みながら皆で新しく仲間となったダクネスと色々な話をしていると。

 

 

「……この際だから言っておく。二人共よく聞いてくれ」

 

 

 カズマがなにやら神妙な面持ちでめぐみんとダクネスに語りかけた。ダクネスがクルセイダーということもあって歓迎ムードだっためぐみんとアクアとは裏腹に、カズマはトントン拍子で事が進んでいっていた事にずっと焦っている顔をしていた。恐らく問題児が多すぎることに今更ながら焦りを感じていたのだろう。

 そんなカズマが二人に伝えた事は。

 

 

「俺とアクアとヒデオは、本気で魔王を討伐しようと考えている。その為には相応の危険が伴うし、死のリスクなんて普通の冒険者をやるより跳ね上がる。それでも俺達のパーティーでいいのか?」

 

 

 どうやら怖気づかせて問題児を追っ払おうという作戦らしい。俺としては問題児でもあまり気にしないのだが、カズマはそうではないらしい。というかカズマも色々と問題児だと思うんだが。

 

 

「私は一向に構いませんよ」

 

「あぁ。その程度で怖気付く程、ヤワに鍛えてはいない」

 

 

 めぐみんとダクネスはカズマの脅迫に臆することなくそう返した。当然カズマはさらに焦り、これから起きるであろう危険について語り出した。

 

 

「ダクネス。女騎士のお前なんて魔王軍に捕まった暁にはそりゃあもうひどい目に……!」

 

「あぁ。望むところだ! 魔王軍の荒くれ者たちにモノのように乱雑に扱われる……素晴らしいな!」

 

 

 ダクネスがほんのりとがを赤くして意味のわからないことを言うと、カズマはこいつはもうダメだと顔で表しながら今度はめぐみんの方に向き直った。

 

 

「め、めぐみん。相手はあの魔王だぞ? 最強の名を欲しいがままにしている、あの魔王だぞ?」

 

「望むところです。私を差し置いて最強を名乗る愚か者は我が爆裂魔法で存在ごと抹消してやります!!」

 

「なかなか言うじゃねぇかめぐみん。まぁ魔王をぶっ殺すのは俺だけどな」

 

 

 折角サイヤ人になり、異世界に来たのだ。最強と呼ばれたい訳では無いが、魔王くらいぶっ倒したい。

 そんな何気なく言った本音が、めぐみんの琴線に触れた。

 

 

「冗談が上手いですね。ヒデオは私が一撃で魔王を屠るのを指を咥えて見ているといいです」

 

「おっとめぐみん。寝言は寝てから言うものなんだぞ? 知ってるか?」

 

 

 煽られたら煽り返す。

 普段なら穏便に済ませる所だが、酒が入っていてそんな気も起きなかった。

 めぐみんは俺の言葉にカチンときたのか、テーブルをバンと叩いて立ち上がった。

 

 

「紅魔族は売られた喧嘩は買う種族。表に出ましょうか」

 

「けっ、売ってきたのはお前だろうが。俺はお前みたいなチビガキでも容赦しねぇぞ」

 

「な……! 言ってはならないことを言いましたね! もう表とは言いません! 今すぐこの場でとっちめてやります!」

 

「そのセリフそっくりそのまま返してやるよ」

 

 

 ふんすふんすと鼻を鳴らすめぐみんの頭をアイアンクローしてやろうかと手を伸ばそうとすると、ダクネスがそれを阻んできた。

 

 

「落ち着け二人共。昼間のキャベツ狩りで暴れ足りないというのなら、私をサンドバッグにしてくれて構わん! さぁ来い!」

 

 

 何を想像したのかはぁはぁと荒い呼吸で、バッチコイと言いたげに両手を広げるダクネス。

 そんなダクネスの奇行に、俺とめぐみんは。

 

 

「俺が悪かった。すまんめぐみん」

 

「いえ、こちらこそごめんなさい」

 

 

 火のないところに煙は立たない。ダクネスに火が移る前に争いを鎮火した。

 

 しかし。

 

 

「なんという連携放置プレイだ……! やはり私の目に狂いはなかった!」

 

 

 ダクネスは既に火だるまだった。

 呆気に取られている俺とめぐみんを尻目に、カズマが呆れた様子で。

 

 

「目どころか頭が狂ってるよお前は」

 

 

 そう言ってため息を吐いた。すると、ダクネスは顔をさらに赤らめて。

 

 

「くぅっ……! これが三重苦という奴か……! 素晴らしい……!」

 

 

 ……このパーティーはもうダメかもしれない。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 夜も更け、酒場も店じまいの時間になって俺達も例に漏れず追い出された。そして今は馬小屋に戻って来て就寝の準備をしている。というかアクアとカズマとめぐみんはもう寝ていて、ここまで運んでくるのに苦労した。

 藁の上にシーツを敷き、ぼふっと既に眠りについている三人を即席ベッドに投げると。

 

 

「これが話に聞く馬小屋での寝泊まりか……」

 

 

 ダクネスがそわそわと落ち着かない様子で、そんな事をポツリと言った。

 

 

「どうしたダクネス。まるで今まで馬小屋に泊まった事が無いみたいな言い草だな」

 

「あぁ。今まではずっと宿を借りていたからな。野宿は数度あるが、馬小屋での寝泊まりは初めてだ」

 

「宿ねぇ。お前クエストとかろくにこなせそうにないのに、よくそんな金があったな。というか、やけに姿勢がいいし、飯食ってる時の作法だって綺麗だった。言葉遣いもめぐみんとアクアじゃ比べ物にならんくらい丁寧だ。性癖はアレだが。もしかしてお前お嬢様か?」

 

「っ!? そ、そんな訳があるか! だ、第一私が貴族の娘ならば親が冒険者稼業など許すと思うか!?」

 

 

 冗談めかして軽い口調で言ったのだが、何かがダクネスの琴線に触れたらしく、深夜には宜しくない大声で怒鳴られた。

 

 

「冗談だ冗談。急にデカイ声を出すんじゃねぇよ。隣の人に怒られるだろうが」

 

「そ、それはすまなかった。だが、急に変な事を言ったお前も悪いぞ」

 

「へいへいサーセンした。つーか俺らも寝ようぜ。いい加減眠い」

 

「そうだな。私も……ふわぁ……。……失礼した」

 

 

 欠伸を見られたのが恥ずかしかったのか、ダクネスはモジモジとしながら謝ってきた。わざわざ謝る必要なんてないのに。というかこいつは今更欠伸ごときで何を恥ずかしがっているのだろう。

 

 

「気にすんな。お前の性癖はその欠伸より恥ずかしいから」

 

「!?」

 

 

 この後、何故か掴みかかってきたダクネスのせいで隣の人に怒鳴られたのは言うまでもない。

 

 



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第九話

今回は長い!気がする!


  俺達一行は今、町外れにある墓地の近くでキャンプをしていた。墓地にゾンビーメーカーとその取り巻きが出るのでどうにかして欲しい、といった内容のクエストだ。

 

  このクエストを受けた理由はお金以外にも一つある。

 

  クエストを受けるならレベル上げのしにくいプリースト職であるアクアのレベル上げが出来るクエストにしないかと、ダクネスから提案があったのだ。

 

  そう提案された俺だったが、最初はこの駄女神のレベルを上げても…と思っていた。

 しかしレベルが上がり知性のステータスも上がれば、バカが原因で未だに活躍していないこのアホが役に立つのでは?と思い直し、クエストを受けることにした。

 

  後で知ったことだが、アクアのステータスは既にカンストしている。

 

 

 そんな俺たちは今。

 

 

「ちょっとヒデオ!それは私が育てた肉よ!食べるならこっちのよく焼けてるキャベツを食べなさい!」

 

「よく焼けてるってか焦げてるじゃねぇか!」

 

 

  墓場の近くの場所でバーベキューをしながら夜を待っている。

 

 

「ふぅ…」

 

 

  まだガツガツと肉を食べ続けているヒデオとアクアの言い争いを放置し、既に満腹になっていた俺は魔法で水と火を出しコーヒーを淹れて飲む。

 

  この魔法はキャベツ狩りで仲良くなった魔法使いに教えてもらった。人気がないようだが、使い勝手が良くて俺は好きだ。

 コーヒーを啜っているとめぐみんが。

 

 

「カズマ、私にもお水をください。しかし、カズマの使いっぷりを見ていると、初級魔法って便利そうですね。というか、アークウィザードの私より魔法を使いこなしてませんか?」

 

 

 若干悔しそうにそう言うめぐみん。そう思うなら爆裂魔法以外も覚えてくれ。

 めぐみんに水を渡し、ふと思いついたことを聞いてみる。

 

「燃費とか考えると元々こんな使い方するもんじゃねーのか?あ、そうだ。『クリエイト・アース』!これって何に使うんだ?」

 

 

  呪文を唱えると、サラサラした質の良さそうな土が出てきた。数ある初級魔法の中でも一番用途がわからない代物だ。

 

 

「えっと、その魔法で作った土で育てた作物は、質の良いものが取れるそうです。それだけです」

 

 

  めぐみんが説明すると、説明を聞いていたらしいアクアが。

 

 

「え、何々?カズマさんったら、畑でも作るんですか!農家に転職ですか!土も作れるし水もまける!天職じゃないですかやだー!プークスクス!」

 

 

  などと言い、煽ってくる。いい度胸だ駄女神。

 土が乗っている方の手をアクアに向け、もう片方の手を構え。

 

 

「ウィンドブレス!」

 

 

  風の初級魔法でアクアの顔面めがけて土を吹き飛ばした。

 

 

「っぎゃぁぁあ!目がぁぁ!目がぁぁぁ!」

 

 

  土を顔面にくらい両目にも大量の土が入ったアクアは、自称天空の王の様なセリフを吐き地面を転げ回った。

 フハハ!ゴミのようだ!

 

 

「なるほど、こういう用途か」

 

「間違っていると思うのだが…。それよりも、カズマ、私にも今の技を食らわせてくれないか?」

 

「嫌だ」

 

 

  ダクネスの要求に即答で拒否すると、ダクネスは身をよじり出す。

 はぁ。この変態は無視するに限る。

 

 

「おいカズマ急にやめろよなー。危うく肉にかかる所だったじゃねーか」

 

 

  身を挺して肉を守ったヒデオはそう言うと、再び食事に戻った。

 

 

「つーがお前どんだけ食うんだよ」

 

 

  今後の食費の心配をしつつ、コーヒーを飲む。そんなこんなで、夜は更けていく。

 

 

 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

  夜は更け、時間帯は深夜、日本で言うところの丑三つ時になる。この世界でもこの時間帯は霊的なものが出てきやすくなるそうだ。

 

 

「冷えて来たわね…。ねぇ、受けたクエストってゾンビメーカー討伐よね?私、そんな雑魚よりもっと大物が出そうな予感がするんですけど…」

 

 

  アクアが不安になることを口走る。

 

 

「おい、そんなフラグビンビンなことを言うな。いいか、今日はゾンビメーカーの討伐、そして取り巻きのゾンビもちゃんと土に還す。んで帰って寝る。もしイレギュラーが起きたらすぐにトンズラする。わかったな?」

 

 

  そう言うと、皆こくりと頷いた。

 

 敵感知がある俺と、気功術のレベルを上げ気の感知を覚えたヒデオを前後に配置し、墓地へと歩いていく。

 

  更に墓地へと進んでいくと、何かが敵感知に引っかかる。

 

 

「皆ストップ。ピリピリ感じるぞ。数は…一体、二体、三体、四体…?多くないか?取り巻きって多くても三体程度って聞いたんだが…。誤差か?」

 

 

  俺の言葉に皆が足を止め、指示を待つ。

 

  すると何かがヒデオの気の察知にも引っかったらしく。

 

 

「おいカズマ、でかい気の奴が居る。ゾンビメーカーって雑魚なんだろ?こいつ、今まで見てきた奴の中で一、二を争うレベルの気だぞ」

 

 

  ヒデオがそう告げた途端、墓場の中央で青白い光が走る。

 

  その怪しくも幻想的な光を発しているのは、墓場に描かれた魔法陣だった。

 その隣には、黒いローブの人影が見えた。

 

 

「あれ?ゾンビメーカー…ではない気が…するのですが…」

 

 

 めぐみんが自信なさげにそう呟く。

 

 黒いローブの周りには、ユラユラと蠢く人影が数体見える。

 

 

「突っ込むか?ゾンビメーカーではないにしろ、こんな時間にこんな所に居るのだからアンデッドだろう。ならばアクアがいれば問題ないはずだ」

 

 

 ダクネスがそう言うが、ヒデオが制止した。

 

 

「いや、無闇に突撃するのはやめといた方がいい。多分今の俺達が敵う相手じゃない」

 

 

 ヒデオの言葉に皆が息を飲んだかと思うと、1人、その言葉を無視し飛び出る者が居た。

 

 

「あーーーっ!!!!」

 

 

 アクアである。

 

 

「お、おい!待てアクア!」

 

 

 そう叫び、ヒデオが止めに行こうとするがもう遅い。

 何やってんだアホ女神!

 

「リッチーがこんな所にノコノコ出てくるとは不届きな!成敗してくれるっ!」

 

 

 リッチー。それは、ヴァンパイアと並ぶ、アンデッドの最高峰。魔法を極めた偉大な魔法使いが、魔道の奥義により人間を辞めた姿。通称ノーライフキング。簡潔にいうとアンデッドの王のような存在…らしい。

 

 

「や、やめやめ、やめてぇぇぇぇ!誰なの!?急に現れて、なぜ私の魔法陣を壊そうとしてるの!?や、やめてください!」

 

「黙りなさい!アンデッド!どうせこの怪しげな魔法陣でろくでもない事をたくらんでいるんでしょ!この、この!こんなもの!」

 

 

 超大物モンスターであるリッチーが、グリグリと魔法陣を踏みにじるアクアの腰に泣きながらしがみついている。

 

 取り巻きのアンデッドは、何をするでもなくぼーっとしていた。

 

 

「やめてー!やめてー!!この魔法陣は、成仏できていない迷える魂を天に還しているんです!見てください!たくさんの魂が空に昇って行っているでしょう!?」

 

「あ、本当ですね」

 

 

 めぐみんがそう言うと、アクアは余計に逆上した。

 

 

「リッチーの癖に生意気よ!そんな善行はアークプリーストの私がやるから、あんたは引っ込んでなさい!見てなさい!こんなチンタラチンタラやってないで、私がこの墓地ごと浄化してあげるわ!」

 

「えぇっ!?ちょ、待ってぇぇ!」

 

 

 リッチーは必死に止めようとするが、アクアは構わず。

 

 

「ターンアンデッド!!」

 

 

 アクアが白い光を放つと、周りにいたゾンビ、魂達はもちろん、リッチーも浄化されていく。すげぇ。

 

 

「ちょ、あぁぁ!!身体が消えちゃう!成仏しちゃうぅぅぅ!!」

 

「あはははは!愚かなるリッチーよ!私の力で欠片も残さず消滅するがいいわ!」

 

 

 どっちが悪者かわかんねぇなこれ。

 とりあえず可哀想なので止めに入る。

 

 

「やめんか」

 

「やめてやれ」

 

 

 ゴスッ。そんな音が響く。俺とヒデオはアクアにチョップを食らわせた。

 俺はともかく、ヒデオの筋力はかなりの物なので、アクアは涙目になり、たんこぶも出来た。

 

 

「っ!?い、痛い!何すんのよ!あんたら!」

 

 

 頭を強打され集中が途絶えたのか、白い光は消え、リッチーの身体が消えるのも収まった。アクアは頭を抑えながら抗議してくる。

 

 そんなアクアを放置し、うずくまって震えているリッチーの方へ声をかける。

 

 

「お、おい、大丈夫か?リッチー…で、いいのか?あんた」

 

 

 リッチーは浄化魔法が原因で、下半身が消えかかっていたが、徐々に元に戻っていき、フラフラとしながらも立ち上がる。

 うわ、すげー美人。

 

「は、はい。お陰様でなんとか大丈夫です。助けていただき、ありがとうございました。えっと、仰る通り、リッチーです。名前はウィズと申します」

 

 

 ウィズと名乗った美女は、ヒデオにも礼を言い、若干アクアから離れたところに立った。

 落ち着いた所で質問タイムだ。

 

 

「えっと、ウィズ?あんた、こんな夜中にこんな所で何やってたんだ?魂を天に還すとか言ってたけど、そう言うのはプリーストとかの仕事じゃないのか?」

 

「ちょっとカズマ!そんなのと話したらあんたまでアンデッドになっちゃうわよ!ちょっとそいつに、ターンアンデッドをかけさせなさい!ちょ、ヒデオ、何すんのよ!離しなさい!女神の私にこんなことしていいと思ってんの!?」

 

 

 アクアがまた魔法をかけようとしたので、ヒデオはアクアを羽交い締めにし身動きをとれなくした。

 ナイス。

 

 

「これでいいか?カズマ」

 

「サンキュー。さ、ウィズ。話を続けてくれ」

 

「え、えっと、私は仰る通りリッチーです。アンデッドの王とか呼ばれてるくらいなので、私には迷える魂たちの話が聴けるんです。ここにはお金がなく葬式すらしてもらえず天に還ること無く墓場を彷徨う魂が多いんです。それで、定期的にここに訪れ、魂を天に還しているのです」

 

 

 ウィズの説明を聞いた俺とヒデオはほろりと来た。いい人!

 

 

「あんたが優しくていい人なのはわかった。しかしさっきも言ったが、そう言うのはプリーストとかの仕事じゃないのか?そいつらに任せておけばいいんじゃ…」

 

 

 俺の疑問に、ウィズは答えづらそうにアクアをチラチラ気にしながら言う。

 

 

「ええと…。この街のプリーストさんは、拝金主義…いえ、その…。お金が無い方は後回し、と言いますか…」

 

 

 ウィズがそう言うと。

 

 

「なるほど。要するに、この街のプリーストは金がない奴は基本的に見て見ぬ振りをするってことか?」

 

「え、えと…。そうです…」

 

「まぁ、心当たりはあるな」

 

 

 ヒデオがそう言う。

 するとその場にいる全員が羽交い締めから開放されたアクアの方へ自然と視線を向け、当の本人はバツが悪そうに目を逸らした。

 あー。納得。

 

 

「それなら仕方ないな。けど、ゾンビを呼ぶのはどうにかならないか?俺達、ゾンビメーカーの討伐ってことでここに来たんだが」

 

「あ…そうでしたか…。その、呼んでいる訳じゃなく、私の魔力に反応して勝手に起きてきちゃうんです。私としてはここの魂が迷わず還ってくれればここに来る必要も無いんですが…」

 

 

 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 墓場からの帰り道。

 

 

「納得いかないわ!」

 

「仕方ないだろ。害も無さそうだし、それに、あんないい人を浄化するのは却下だ」

 

「美人だしな。それに、多分本気で抵抗されたら例えアクアが居てもやばかったと思うぜ」

 

 

 俺達は、ウィズを見逃すことに決めた。人は襲った事はないと言っていたし、放っておいても害は無いだろう。

 肝心の魂の件はどうするかと言うと、普段暇してるアークプリーストのアクアが定期的に行くということで解決した。

 モンスターを見逃すことに抵抗のあったダクネスとめぐみんも、ウィズが人を襲った事がないと知り、同意した。

 

 

「そうですよ。ヒデオの言う通り、本気で抵抗されてたら私達今頃あの魔法陣で天に還ってる所でしたよ」

 

「げ、そんなやばいのか。リッチーって」

 

「やばいなんてもんじゃないだろう。リッチーは色んなスキル、耐性を持った伝説級モンスター。なぜアクアの浄化魔法が効いたのか不思議なくらいだ」

 

 

 ダクネスがそう答える。お、おそろしや…。

 

 

「ま、いい人って分かったし、いいじゃねーか。今度店にも遊びに来てくれって言ってたな。何が置いてんのかな〜」

 

「カズマ、その名刺貸しなさい。そこに行って入口周りに神聖な結界を張って涙目にしてくるわ」

 

「やめてやれよ…」

 

 

 そんなやり取りをしていると、ダクネスがある事を言った。

 

 

「そう言えば、ゾンビメーカー討伐の件はどうなるんだ?」

 

 

「「「「あ」」」」

 

 

 初パーティでのクエスト、失敗。

 

 

 

 




いつもこのくらい書きたい…


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第十話

タイトルを見てお察しの通りの話です。オリジナルです


ウィズとの一件があった日から数日。

 

カズマ達といつもの様にギルドで食事をしていた時だった。

 

ふとカズマが。

 

 

「なぁヒデオ。お前チートでサイヤ人になったんだろ?」

 

 

特典について聞いてきた。

急にどうした?

 

 

「ん?あぁ。混血らしいが、見ての通り尻尾もあるし、身体能力も他の奴と比べて高い。それがどうかしたか?」

 

「あぁ。尻尾があるんなら、満月を見たら大猿になるんじゃないかって思ってな。実際の所どうなんだ?」

 

 

どうやら、サイヤ人(尻尾付き)は月を見ると大猿になる現象が、俺にも反映されているのかどうかという事らしい。

それは俺も前から気になってたな…。

 

 

「満月の日は念のために外に出歩かないようにしてるからなー。本当になれるかどうかは分からん。仮になれても理性が保てるかどうか…」

 

「なるほど。万が一があったらヤバいもんな。強さはともかく、巨大な猿ってだけでも脅威になりうる。もし街中で変身して、街が壊滅したりしたら目も当てられないしな」

 

「今日がその満月の日なんだが、どうする?変身してみるか?ヤバいかもしれんが」

 

 

とんでもないことを言う。少し酔っていたので、この時の俺は恐らくアホだったのだろう。

加えてカズマも酔っていたようで、乗り気になっていた。

 

 

「流石にここではマズイだろ。幸い今はまだ夕方位で月も出てないし、街から離れた所でやってみるか?」

 

「そうするか。行くのは今からでも構わんが、念のために変身するのは日が登るギリギリ位にするか。それまではテント張って寝とくか」

 

「そうだな。よし行こう!アクア、めぐみん、ダクネス。俺達、今からちょっと街の外れの丘にでも行ってくるから、昼頃になっても帰ってこなかったら迎えに来てくれ。んじゃ、行ってくる」

 

「いってらっしゃーい。くれぐれも気をつけるのよー」

 

 

アクア達の見送りを背に受け、俺とカズマの命(主にカズマ)を懸けた実験が始まってしまった。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

街外れの丘。時刻は夜9時頃。

 

 

「おーいカズマー。月は出てるかー?」

 

 

テントの中からカズマに問う。

周りにはツマミと酒瓶が転がっている。まだ飲むぞー。

当然酔いは覚めていない。

 

 

「あぁ。今は雲で隠れてるが、バッチリ満月だ。後は待つだけだな。あ、そうそう、ヒデオ、替えのパンツ持ってきたか?」

 

 

こちらもまだ飲んでいる。酔いは覚めていない。

 

 

「あぁ。服は変身前に脱げばいいが、流石にこの歳で外でフル〇ンはやべーからな。破けるだろうと思ってちゃんと持ってきたぞ」

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

数時間後。

 

「…」「…」

 

 

俺たちは、酔いつぶれて寝ていた。

 

 

時刻は深夜2時頃。

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

更に数時間後。夜明けも近い。

 

 

尿意をもよおし起きる。寝る時に邪魔だと、上着とズボンを脱ぎ捨て、シャツとパンツだけになっていたので、外の冷気が肌に直撃する。

 

 

「うぅ。寒いな。何でこんな所に来たんだっけ…」

 

 

酔いは覚めていたが、普段よりもかなり飲みすぎた様で少々記憶が飛んでいるようだ。

意識も少々不安定で、普段は気を付けて絶対にしない筈の事をしてしまった。

 

 

「あー。月が綺麗だな…」

 

 

月を見上げてしまった。

 

ドクン。心臓の音が聞こえる。

本能が呼び覚まされるような感覚。初めてなのにどこか懐かしい、遺伝子の奥に刻まれた記憶が掘り起こされるような感覚を感じていた。

 

 

「マズイ…!ウッ!」

 

 

瞬間、我に返る。まだ寝ているカズマを誤って踏み潰さないように、異変が起きていると確かに感じ取れる体を無理矢理動かし、丘を転がっていく。

 

 

「ハァ…ハァ…。うぐッああぁぁぁ!」

 

 

体が段々と大きく、そして野性味を帯びていくのがわかる。

着ていたシャツは裂け、地面に落とす影も大きく、そして濃くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺は完全に大猿へと変身した。

 

 

 

 

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「グォォォォォォ!」

 

 

俺(大猿)は雄叫びをあげ、ゴリラがよくやるドラミングをする。凄まじい轟音が辺りに響く。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

雄叫びで飛び起きる。

 

 

「っ!?な、なんだ!?」

 

 

急いでテントから飛び出し、周りを確認すると、丘からほんの少し離れた所に大猿(ヒデオ)を視認した。

 

 

「アレは…。ヒデオ…か?」

 

 

そう呟くと同時に、ヒデオがドラミングをした。轟音が耳にダメージを与える。

 

 

「うるさっ!耳いてぇ!あいつ、理性吹っ飛んだのか…?やたらと野性味溢れるが…。まぁあと一時間もしないうちに夜明けだし、街には被害は出ないだろ。あー。眠い。ふぁ〜」

 

 

呑気なことを言っているが、まだ自分が大ピンチの可能性があるということに気付いていない。

寝て起きたばかりなので、まだ脳が覚醒しきっていなかった。

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

あれ。案外理性がある。混血のお陰か?

 

予想外に無事で驚く。

ただ、気を抜けないので下手に身動きを取れる状態ではない。しかし、ほぼ安全なのでカズマを呼んでみることにした。

 

 

「おーい。カズマー。起きろー。着替え持ってきてくれー」

 

 

普通の声のつもりなのだが、予想以上の爆音が発せられる。

 

 

「起きてるぞー。つーか声でけぇ!!うるさい!!耳いてぇよ!」

 

 

案の定カズマの耳にダメージを与えたようだ。痛そう。

 

呼びかけがあったことに安心し、着替えを持って丘を降りてくる。

 

 

「ほら、持ってきたぞ」

 

「サンキュー。しかし、案外いけるもんだな。大猿化。気を抜いたらトんでいきそうだけど」

 

 

先ほどの反省を生かし、小声で話す。

 

 

「くれぐれも気を抜くなよ?俺が死ぬ。今はどんな気分なんだ?」

 

 

カズマが感想を聞いてくる。

 

 

「んー。いまいち分からんが、なんかデカイって感じがするな。あと毛むくじゃらでなんか温い」

 

 

語彙力のなさ。

 

 

「ほーん。なぁ、肩に乗せてくれねーか?高いところからの景色を見たい」

 

「ん。いいぞ」

 

 

カズマの要求に手を差し出す。カズマはそれに乗り、俺の肩に乗る。

 

 

「おぉー。なんかこう、単に高い建物から見た景色とはなんか違うな」

 

「あぁ。なんか今なら世界を滅ぼせそうな感じがしてきた」

 

「物騒なこと言うんじゃねーよ。そろそろ日の出だ。このまま見たい」

 

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

日が登り、段々と元の大きさに戻っていく。丁度いい高さになったところで、カズマは飛び降りる。

元の大きさに戻ると、そそくさと着替えをする。

 

 

「帰るか」

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「いやー。今日はいい収穫だったな。ヒデオが大猿になれて、コントロールも出来る事がわかったし」

 

「使うにしても、かなり制限があるけどな」

 

 

今後大猿化をどう活用するか、そんな話をしながら街へと帰る。

 

 

 

 

 

後日。ギルドの掲示板に、こんなクエストが追加されていた。

 

 

『アクセルの街近辺の丘に現れた超巨大な猿の生態調査、討伐。報酬は百万エリス。なお、生け捕りの場合は10倍支払います』

 

 

この張り紙を見たカズマにからかわれたのは言うまでもない。

 

 




原作を買わねば…。それと2期はよ。

追伸。卵が片手で割れるようになりました。

ヒデオって書こうとするとビデオになる…。何故だ


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第十一話

空気になってしまう…


俺が大猿化し、指名手配されてから数日後、ようやくキャベツ狩りの報酬が支払われることになった。

冒険者によっては報酬を分割したり、自分の取り分は自分のモノ、とする者も居た。

俺たちはアクアの提案により後者となった。

報酬を受け取り贅沢する者や、装備を新調するもの、貯蓄する者など様々な用途が見受けられた。

 

 

俺達も、めぐみんが杖にマナタイトを仕込んだり、ダクネスが鎧を修理ついでに改造したりと、満足しているようである。

 

 

「なぁヒデオ、カズマ。鎧を改造してみたのだが、どうだろう?」

 

「いいんじゃないか?どうでも」

 

「…」

 

「私だって素直に褒めて欲しい時だってあるんだが…。ヒデオに至っては食事に夢中で聞いてすらいないし…。こんな時でもお前達は容赦ないな…」

 

 

カズマと俺の対応にダクネスが少しへこんだ様子を見せる。

飯食ってるから仕方ないね。

 

 

「そんなことよりそこに居るお前を越えそうな変態をどうにかして欲しいんだが」

 

 

そう言い、カズマはダクネスの後方にいるめぐみんに視線を向ける。

 

 

「この色艶…!ハァッ…!」

 

 

めぐみんは先程からずっとこの調子で新調した杖に体を擦り付けている。ドン引き。

 

そんなやり取りをしていると、受付の方から叫び声の様なものが聞こえてきた。

 

 

「ちょっといったいどういう事よ!!なんであんなに捕まえたのに報酬がこんなに少ないのよ!!この10倍は下らないはずでしょ!?」

 

 

アクアが大声を上げながら受付嬢の肩を掴み揺らしていた。どうやら報酬に不満があるようだ。すると受付嬢が。

 

 

「あ、アクア様の持って来たものは、殆どがレタスでして…」

 

「なんでキャベツの軍団にレタスが混じってんのよー!!」

 

「そ、そう言われましても…」

 

 

アクアは抗議を続けるが、やがて諦めてカズマらの所に戻ってきて、カズマに詰め寄る。

 

 

「カーズーマーさんっ。今回の報酬は、お幾ら万円?」

 

「100万ちょい。当然の事だが分けないからな。そもそも今回の報酬は各々で、って言ったのお前じゃねーか」

 

 

カズマが見越していたかのようにアクアが言おうとしたことを潰す。するとアクアは喚き出し、カズマにすがり付く。

 

 

「うわぁぁん!だって、私だけ大儲け出来ると思ったんだもん!それに私、今回の報酬が相当なものになるって踏んで、この酒場に10万くらいツケてるのよ!ツケ返す分だけでいいからー!ヒデオでもカズマでもどっちでもいいからぁ!お願いぃぃ!」

 

 

女神とは思えないほど情けない姿を晒しだした。

はぁ…。

 

 

「しゃーねーな。おいカズマ。俺こいつにツケの半分貸すからお前ももう半分貸してやれよ。貸してくれるまで止めねぇぞこいつ」

 

「ハァ…。半分くらいならいいか。この金で拠点を手に入れたかったんだが…」

 

「ありがとう二人とも!」

 

 

お金を受け取るとそう言い、アクアは酒場にツケを返しに行った。

幸運が最低レベルだとこんなことが起きるのね。なるほど。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

報酬を受け取り一悶着あって少し後、俺とヒデオは他の冒険者からの情報収集に勤しんでいた。

 

 

「知ってるか?魔王軍の幹部がこの街の近くの古い城に住み着き始めたらしいぜ」

 

「物騒な話だな。まぁ俺らにはあんまり縁のない話だけど」

 

「むしろ縁があってたまるかって話だよな」

 

「ははっ。違ぇねぇ」

 

 

情報をくれた男に礼を言い席を立つ。

ヒデオはさっきの男の知り合いに、『徒手空拳』というスキルのデモンストレーションを見せてもらいに行った。どうやら武器を使わない体術を使えるようになるスキルらしい。

 

アクア達がいる席に戻ると、3人が俺をじっと見ていた。

 

 

「なんだよ。俺の顔になにかついてるか?」

 

「別にー?カズマとヒデオがどっかのパーティーに行っちゃうかもなんて考えてないしー」

 

 

そう言いつつアクアはチラチラと俺の方へ視線を送る。

何言ってんだこいつ。

 

 

「…?情報収集というか、世間話してただけなんだが?」

 

 

頭の中には疑問符が浮かびまくっていた。

 

 

「楽しそうでしたね。カズマ。ほかのパーティーのメンバーと、随分親しげでしたね?」

 

「何だこの新感覚は…。これが寝取られというやつか?」

 

「だから何言ってんだよお前ら。こういう所での情報収集とかは基本だろ?」

 

 

なんで拗ねるんだ???

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「戻ったぞー」

 

 

ヒデオがスキルを見せてもらい戻ってきた。ついでに『両手剣』スキルも見せてもらったらしい。

 

 

「おかえり。なぁダクネス。毎度言うが、『両手剣』スキルとか覚えて、命中率をあげようとは思わないのか?」

 

「思わんな。私は言ってはなんだが、体力と筋力はある。そんな私が『両手剣』スキルを覚えてしまっては、簡単に敵が倒せてしまうではないか。かといって、わざと攻撃を外すのは違う。必死で攻撃するも当たらず蹂躙されるというのが気持ちいい」

 

「もういい。お前に期待した俺が馬鹿だった。ちょっと黙ってろ」

 

「くっ…!自分から聞いておいてこの仕打ち…!流石だ…!」

 

 

見悶えているダクネスを放置し、ヒデオに向き直る。

 

 

「ヒデオ。お前のスキル、どんな感じなんだ?」

 

「さっき覚えたのが『徒手空拳』と『両手剣』。んで最初に覚えた『気功術』だな」

 

 

ちなみに現在の気功術のレベルは4。気の感知が使えるレベルらしい。

 

 

「おっ、ついに格闘系スキルを覚えたのか。これでやっとまともな前衛が…」

 

 

カ攻撃のできる前衛がパーティーに増えた事に若干感動していると、ダクネスが。

 

 

「何?私はまともな前衛ではないと?そう言っているのかカズマ」

 

「はっはっは。ダクネス。何を言うかと思えば…。そんなの当たり前じゃないか!」

 

「なっ…!」

 

 

ダクネスがぎゃあぎゃあと喚き、俺に掴みかかってきた。

力強い!

そんな俺達を放置し、ヒデオはめぐみんとアクアに。

 

 

「なぁ、今日はどうすんだ?クエスト行くのか?」

 

「私は行きたいわ!お金が無いもの!報酬がいいヤツにしましょう!」

 

「クエストに行くなら、たくさんの雑魚モンスターがいる奴がいいです」

 

「いや、屈強なモンスターがいるヤツにしよう」

 

 

俺に掴みかかりながらも意見を言うダクネス。この意見のバラバラさにヒデオは少々呆れた様子を見せる。

 

 

「まとまりねぇな…」

 

 

そう呟き、諦めたように目を背けるヒデオ。

うん。気持ちはわかる。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

クエストを受けようと掲示板前に来ているが、問題が起きた。

 

 

「なんで高難易度のクエストしかないんだ?」

 

 

そう。何故かお手頃なクエストがなく、高難易度のものしか無かったのだ。

 

受付嬢に聞いてみると、どうやらこの近くにやってきた魔王軍の幹部のせいで、付近の雑魚モンスターが居なくなったそうだ。

 

 

「こればっかりは仕方ないな。王都から強い人達が派遣されてくるまでクエストは我慢だな。まぁ金がないならバイトでもしろよアクア」

 

「うわぁぁぁん!なんでよぉぉぉ!!」

 

 

ギルドに、アクアの断末魔が響き渡る。

可哀想。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ヒデオは修行をしに山へ、ダクネスは筋トレをしに実家へ帰り、アクアは金が無いのでバイトを始めた。俺はと言うと、特にすることも無いのでめぐみんの1日一爆裂に付き合っていた。

 

街の外れに廃城を見つけた俺達は、どうせ壊す予定だろうと、そこに爆裂魔法を撃ち込むことにした。

 

毎日欠かさずに廃城へ訪れた。

爆裂魔法を隣で見続けた俺は、その日の爆裂魔法の出来が分かるようになっていた。

 

 

「ナイス爆裂!」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

爆裂魔法を廃城へ撃ち込むことを習慣にして一週間が経ち、さて今日もレッツ爆裂と意気込んでいた所、キャベツ狩りの時のように緊急の呼び出しが入った。

 

 

「今度はなんだ?また野菜が飛んでくるのか?」

 

「まぁなんにせよ大した事ではないだろ」

 

 

正門へ向かいながらヒデオとそんな会話をする。キャベツ狩りの前例があるので、対して緊張感が無い。

 

正門に着くとそこには。

 

デュラハンが居た。冒険者がくると、左脇に抱えていた己の頭を目の前に差し出す。頭から、くぐもった声が聞こえる。

 

 

「俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが…」

 

 

その言葉に、さっきまで騒いでいた冒険者達が皆沈黙する。

 

やがて、デュラハンの頭がプルプルと震えだし…

 

 

「まままま、毎日毎日毎日毎日っ!俺の城に毎日欠かさず爆裂魔法を撃ち込んでくる頭のおかしい大馬鹿は、誰だァァァァぁぁっ!」

 

 

魔王軍の幹部であるデュラハンは、誰が見てもわかる怒りっぷりであった。

 

怖っ。

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

冒険者達が呼び出されたのはデュラハンが原因のようだ。

 

 

「…爆裂魔法?」

 

「爆裂魔法って言ったら…」

 

 

皆口々にそう言い、自然とめぐみんの方へ視線が集まる。

 

視線を寄せられためぐみんは、さも自分ではないかのように隣にいた魔法使いの女の子へ視線を向ける。すると他の冒険者の視線もその子へ向かう。

こいつぅ!

 

 

「えっ!?何であたしをみるのっ!?あたし、爆裂魔法なんて使えないよっ!」

 

 

女の子が慌てて否定する中、俺とめぐみんは冷や汗をかいていた。

廃城って、毎日ボンボン爆裂魔法撃ってたあれだよな…。

 

 

「ふぅ…」

 

 

めぐみんがため息をつき、心底嫌そうな顔で前へ出る。冒険者達も自然と道を開ける。

 

そのめぐみんに、俺、アクア、ダクネス、ヒデオも付いていく。

 

前に出てきためぐみんを見ると、デュラハンはまた震えだした。

 

 

「お、お前が…!お前が毎日毎日俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでくる大馬鹿者か!俺が魔王軍幹部と知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城へ攻めて来るがいい!ねぇ、何でこんな陰湿な嫌がらせするの!?どうせ雑魚しかいない街だと放置しておれば、調子に乗って1日に2度も毎日欠かさずポンポンポンポン!頭おかしいんじゃないのか貴様!」

 

 

デュラハンにめぐみんが名乗ったりしている中、ふとデュラハンの言葉に疑問を持った。

 

 

「ん?2度?」

 

 

めぐみんは一日に一発しか撃てないはずだし、それはおかしい。

そう考えていると、視界の端でヒデオがそろーっと逃げようとしているのが見えた。

 

 

「おい。お前なんか知ってるだろ」

 

 

逃げようとしたヒデオの肩を捕まえ、問いただす。

 

 

「い、いや…その…。はぁ。あいつ、1日に2度って言ったろ?その内の1回は、俺のかめはめ波なんだ。修行ついでにダッシュしたりしてたら、いい感じの城があって、なんか既にちょっと壊れてたから良いかなーって」

 

 

この男、なんとめぐみんに罪を擦り付けようとしたのだ。見事なまでのクズである。

 

 

「お前もいってこい!」

 

 

ヒデオを突き飛ばし、めぐみんの隣へ立たせる。

 

 

「なんだ貴様は。まさか貴様も爆裂魔法を撃ち込んできた1人か?」

 

「俺のは爆裂魔法じゃない。かめはめ波だ」

 

「カメハメハ?何言ってんだお前。頭大丈夫か?」

 

「おい。喧嘩売ってんなら買うぞ。サイヤ人はそういう種族だ」

 

「先ほどの私への発言と言い、デュラハンは人の頭をどうこう言えるほどまともな頭をしていないと思うのですが。取れてますし」

 

 

2人の返答に、デュラハンは再びプルプルと震えだした。

 

 

「ま、まぁなんにせよ、これからは爆裂魔法とカメハメハとやらは使うな。いいな?」

 

「それは、私に死ねと言っているのですか?紅魔族は日に一度爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」

 

「サイヤ人も日に一度かめはめ波を撃たないとなんやかんやで死ぬ」

 

「お、おい!適当な嘘をつくな!」

 

 

2人がデュラハンとこんなやり取りをする中、俺達はこのやり取りを楽しそうに眺めていた。なんか面白いなこいつら

 

 

「どうあってもあの迷惑行為を止めるつもりが無いと言うなら、俺にも考えがある…!」

 

「迷惑なのは私達の方です!あなたが来たせいで、仕事もろくに出来ないんですよ!余裕ぶってられるのも今のうちです。この街にはアンデットのスペシャリストがいるのですから!先生!お願いします!」

 

 

そう言い、めぐみんはアクアに丸投げした。

 

 

「しょうがないわねー!ノコノコと昼間に一人でやってくるなんて、浄化してくださいって言ってるようなもんだわ!覚悟はいいかしら!」

 

 

先生と呼ばれたアクアは、満更でも無さそうな顔でデュラハンの前に出る。

するとデュラハンはアクアをじっと見る。

 

 

「ほう。これはこれは。アークプリーストか?仮にも俺は魔王軍の幹部。アークプリースト対策は出来ている。どれ、ここは1つそこの2人を苦しませてやろう!」

 

 

デュラハンはそう言い、ヒデオとめぐみんの方へ人差し指を突き出し、叫ぶ。

まずい!このパターンは!

 

 

「汝らに死の宣告を!貴様らは1週間後に死ぬだろう!!」

 

 

デュラハンが呪いをかけるのと同時に、今まで空気だったダクネスがめぐみんを自分の後ろを隠す。ヒデオは呪いをかけられる寸前で身をかわした。すげぇなこいつ。

 

 

「あぶねっ」

 

「ダ、ダクネス!」

 

 

めぐみんがそう叫ぶ中、ダクネスの身体が一瞬黒く光る。

 

 

「ダクネス!大丈夫か!?」

 

 

ダクネスに駆け寄り、異常がないか聞く。

ダクネスは体を確かめるように動かすと。

 

 

「…ふむ。なんともないのだが」

 

 

ダクネスが平気そうな顔をしていると、デュラハンが。

 

 

「その呪いは今はなんともない。サイヤ人とやらは避けたようだが、当たったそのクルセイダーは一週間後に死ぬ。クハハ!そのクルセイダーはお前達のせいで死ぬのだ!せいぜい後悔するがいい!」

 

 

デュラハンの言葉にめぐみんが青ざめ、ヒデオが今にも突っ込んでいきそうな中、ダクネスが叫ぶ。

 

 

「な、なんて事だ!つまり貴様は、呪いを解いて欲しくば俺のいうことを聞けと、そういう事なのだな!!」

 

「へ?」

 

 

デュラハンはダクネスの言葉を理解出来ず、素で返した。

 

 

「なぁカズマ。俺あいつが何言ってるか理解したくないんだが」

 

「奇遇だな。俺もだ」

 

 

ヒデオと俺がそんな事を言う中、ダクネスは再び叫ぶ。

 

 

「くっ…!この程度で屈しはしないが…!あのデュラハンの目を見ろ!アレは、呪いを解いて欲しくば言うことを聞けと言わんばかりの変質者の目だ!どうしようカズマ!」

 

「…えっ」

 

「この私の体は好きに出来ても、心までは好きに出来ると思うなよ!あぁカズマ、行きたくはないが、行ってくりゅ!」

 

 

ダクネスがそう言い残しデュラハンの方へ駆けていく。それをヒデオと共に必死に止める。

 

 

「やめろ!デュラハンの人が困ってるだろ!」

 

「アイツはムカつくがそれは流石に気の毒だ!やめてやれ!」

 

「止めてくれるな!二人とも!」

 

「きちぃ…。ま、まぁなんにせよ、そこの2人!クルセイダーの呪いを解いて欲しくば、俺の城に来るんだな!俺のところに来ることが出来たら、呪いを解いてやろう!だが、貴様らにたどり着くことが出来るかな?クハハ!待っているぞ!」

 

 

そう言い残し、デュラハンは城へと去っていった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

デュラハンが去った少し後、ヒデオとめぐみんが街の外へ行こうとする。

 

 

「おい。どこへ行く気だ。何する気だ」

 

 

二人を呼び止める。

 

 

「今からちょっとあのデュラハンにかめはめ波食らわせてくる」

 

「私も、爆裂魔法を撃ち込んで、ダクネスの呪いを解かせてきます」

 

「俺も行く。ヒデオはともかく、俺もお前に毎回ついて行って幹部の城って気付かなかったマヌケだしな」

 

 

そう言い、3人で作戦を立て始める。

 

 

「おいダクネス!絶対に呪いを解かせてやるから、安心し…」

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!!」

 

 

ヒデオがそう言い終える前に、アクアがダクネスに魔法をかけた。すると、ダクネスの体が淡く光る。

 

 

「私にかかれば、デュラハンの呪いの解除なんて楽勝よ!どう?どう?私だって偶には役に立つでしょ?」

 

 

「「「えっ」」」

 

 

やる気満々だった3俺達は、やる気を返せとばかりにアクアを睨んだ。

 

 

 




6千字きたー。感想とか投票とかして欲しいなぁァァ!


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第十二話

なんか評価が黄色くなっててビビりました。そして地の文をどうするか悩んでいます。


 

 デュラハンの注意勧告から1週間。

 

 

「多少キツくてでも、クエストを受けましょう!お金が欲しいの!」

 

 

 アクアが突然そんな事を言い出した。

 

 

 

「「「えー…」」」

 

 

 特にお金に困ってもいない俺とカズマ、めぐみんは不満そうな声を漏らす。

 

 

「私は構わないが…。私とアクアだけでは攻撃力に欠けるだろう」

 

 

 ダクネスは乗り気なようだが、俺達はちがう。そんな俺達を見て、アクアが泣きわめき始めた。

 

 

「お、お願いよーー!もうバイトは嫌なの!コロッケが売れ残ると店長が怒るの!頑張るから!今回は私、全力で頑張るからぁぁぁ!」

 

 

 俺とカズマが困った様に顔を見合わせる横で、めぐみんとダクネスは泣きわめくアクアを慰めている。

 

 

「はぁ…。しゃーねーな…。じゃあ、良さそうなの探して来いよ。物によっては付いてってやるから」

 

「…!うん!ありがとう!」

 

 

 カズマがそう言うと、アクアはてとてと掲示板の方へ走っていく。そんなアクアを見てめぐみんが不安そうに呟く。

 

 

「アクアに任せて大丈夫でしょうか?何かとんでもないようなものを取ってきそうなのですが…」

 

「そうだな。私はどんなものでも構わないが…」

 

「不安になってきた。行くぞカズマ」

 

「おう」

 

 

 俺はとカズマを連れてアクアの様子を見に行く。

 

  予想通りというかなんというか、アクアが取ったのはパッと見難易度がやばいように見えた。

 

「んー…。よし。あっ!何すんのよヒデオ!」

 

「よし、じゃねえ!何取ったこいつ…。パッと見難易度がえげつなかったような…」

 

 

 アクアの剥がした依頼書を取り上げ、カズマに渡す。

 

 

「んー?なになに…。『マンティコアとグリフォンが縄張り争いをしていて邪魔です。二匹まとめて討伐してください。五十万エリス…』ってアホか!」

 

 

 カズマは文句を垂れるアクアをよそに依頼書を掲示板に貼り直す。今の俺たちじゃあまだまだ無理な難易度だ。

 

 

「なによ。めぐみんの爆裂魔法でまとめて吹き飛ばせば簡単じゃない」

 

 

 まとめるのは誰がやるんだ、と言いたげなカズマと俺をよそに、アクアは別の依頼を見つけてきた。

 

 

「あ、これなんていいじゃない!」

 

 

 アクアは依頼書を剥がし、俺達に見せてくる。何だ?

 

 

「なになに…。『湖が汚くてブルータルアリゲーターが住み着いて困っています。湖の浄化をお願いします。湖が浄化されるとモンスターはどっかに行くので討伐はしなくてもいいです。三十万エリス』…討伐しなくてもいいのはわかったが、湖の浄化なんて出来るのか?」

 

「ふん。バカね。私を誰だと思ってるの?と言うか、名前や外見で私が何を司る女神かぐらい分かるでしょう?」

 

「宴会の神だろ?」

 

「違うわよ!」

 

「そうだぞカズマ。コイツが司ってんのは怠惰と傲慢と強欲と憤怒と暴食と嫉妬だぞ」

 

「なるほど。一理ある」

 

 

 七つの大罪を六つも司るとか罪深すぎるだろこの女神。

 

 

「それも違うわよ!と言うかなんで色欲が無いのよ!この美しさを見たら真っ先に出てくるのは色欲でしょ!?」

 

「「…」」

 

「何か言いなさいよー!!」

 

 

 半泣きになりながらもアクアは自分が水を司る女神だと説明した。初めからそう言え。

 アクア曰く水に触れるだけで浄化が出来るとのことでカズマが作戦を思いつき、クエストを受ける事にした。

 

 …作戦が鬼畜すぎるのは黙っておこう。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 翌日。依頼のあった湖にて。

 

 

「おーいアクアー!浄化はどうだー?トイレ行きたくなったら言えよー!」

 

 

 カズマが浄化をしているアクアに声をかける。俺達は安全の為に湖から少し離れた場所でアクアを眺める。なんかダシとってるみたいだな。

 

 

「浄化は順調よー!あと、アークプリーストはトイレなんて行かないから!」

 

 

 アクアはモンスター捕獲用の檻の中から、一昔前のアイドルのようなセリフを交えて返事をしてきた。冗談言うくらいにはまだ大丈夫なようだな。

 

 

「閉じ込められてますけど、なんか大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレには行きません」

 

 

 めぐみんもアクアのように昔のアイドルみたいな事を言い出した。ほほう。トイレに行かないと。

 

 

「わ、私も、クルセイダーだから…と、トイレには…。うぅっ!」

 

「ダクネス。対抗しなくていい。こいつらは日帰りで終わらんクエストに連れてって、本当かどうか確かめてやる」

 

 

 なんて事を思いつくんだ。それは是非ともやって欲しい。

 

 

「トイレには行きませんが、謝るのでやめてください。しかし、ワニ来ませんね。このまま何事も無ければ良いのですが…」

 

「おいフラグビンビンなことを言うな。本当に来たらどうする」

 

 

 俺がそう言うと同時に、湖の方から悲鳴が聞こえてきた。

 あっ。

 

 

「嫌ぁーー!なんかきた!なんかきた!」

 

 

 見ると、ワニの群れがアクアの檻を取り囲もうとしていた。

 

 多っ!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 2時間後。ワニが現れてきてからというものの、アクアは一心不乱に浄化魔法を使い続けていた。

 

 

「『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』!」

 

 

 アクアが入ってる檻をガジガジとワニ達が齧り、回し、蹂躙している。いいぞもっとやれ。

 

 

「『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』!ギシギシいってる!檻が変な音たててるんですけど!!」

 

「アクアー!ギブなら言えよー!鎖引っ張って檻ごと引きずり出してやるからなー!」

 

「嫌よ!ここまでやったんだから!諦めるもんですか!『ピュリフィケーション』!『ピュリフィケーション』!わあぁぁぁー!今、鳴っちゃいけない音がなったーー!」

 

「流石に可哀想になってきたな…。ヒデオ。なんとか出来ないか?」

 

 

 俺なら遠距離からアクアを巻き込まずに攻撃ができる。そう思ったらしいカズマが聞いてきた。

 

 

「んー。できない事はないが、調整がシビアになってくるな。檻に当てないようにしないといけないし、衝撃波が強すぎてもいけない。それに倒しきれなかったワニがこっちに来る可能性もある。やるか?」

 

「よし。やめとこう」

 

 

 さっきまで仲間の心配をしていた仲間思いのカズマはどこに行ったのかと思うレベルの手のひら返し。見事だ。

 カズマの自己保身のレベルに感心していると、ふとダクネスが。

 

「しかし、あの中ちょっとだけ楽しそうだな…」

 

「…行くなよ?」

 

 

 一応いつでもダクネスを止めれる体勢に入っておこう。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 更に数時間後。浄化は完了したようで、水は透き通り綺麗になっていた。ワニ達もどこかに行ってしまった。

 

 

「…おーいアクア。生きてるかー?ワニ達はどっかに行ったぞ」

 

 

 檻へ近付き、アクアの様子を伺う。

 

 

「ぐす…えぐ…ひっく…」

 

 

 檻の中には膝を抱えて泣いているアクアが居た。この状況では無理もない。

 

 

「ほら、浄化が終わったんだし帰るぞ。俺ら4人で話し合ったんだが、今回の報酬、お前が全部持っていけ。三十万だぞ」

 

 

 アクアはその言葉にピクリと動いたが、檻からは出ようとはしない。

 

 

「おいアクア。いい加減檻から出ろよ。もうワニは居ないから。歩きたくないならオレがおぶってやるから」

 

 

 そう言うが、アクアは首を振った。

 

 

「…檻の外は怖いから、このまま連れてって」

 

 

 どうやらカエルに次いでまたアクアにトラウマを植え付けてしまったようだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 クエストも終わり、街に帰ってきた俺達。

 アクアが入った檻を引きながら街中を進んでいる。

 周りの人達からの視線が痛い。

 

 

「もう街だぞ。いい加減出てくれよ」

 

「ほっとけカズマ。こういう時はほっとくのが一番だ。それにしても、今回は何事もなくクエストが終わってよかったな」

 

「おい、それフラグ…ってもう街中か。なら心配はないな」

 

 

 俺とカズマがフラグビンビンなセリフを言ったその時、何者かがアクアの檻が乗っている荷台に飛び乗った。

 

 

「め、女神様!?何をしているのですか、そんな所で!」

 

 

 その男はアクアを女神と呼び、鉄格子を掴んでいる。

 すると、モンスターでも破壊できない檻の鉄格子をいとも容易くグニャりと曲げ、中のアクアに手を差し伸べた。うわ、すげぇ。あんなん出来るかな。

 

 

「おい。急に出てきて、私の仲間に何の用だ?気安く触れるな」

 

 

 ダクネスが普段の姿からは想像もできないほど騎士っぽい事を言い、謎の男の肩を掴む。普段からこうならいいのに。

 

 

「おお…。カズマ、ダクネスが騎士っぽいぞ」

 

「だな。普段からこんなならいいのに」

 

 

 そんな事を言うと、ダクネスは頬を赤らめた。普段はこうじゃない自覚あるんだな。

 

 

「んっん!!おい貴様。アクアの知り合いという割には、肝心のアクアがお前に反応していないのだが」

 

 

 咳払いをし、男に詰め寄るダクネス。そんな様子を見てカズマはこっそりとアクアに耳打ちする。

 

 

「おいアクア。あれお前の知り合いだろ?女神とか言ってるし。お前が何とかしろよ」

 

「女神…?…ああっ!!そうよ!私は女神よ!それで、女神の私にこの状況をどうにかして欲しいってわけね!」

 

 

 どうやら自分が女神だということを忘れていたようだ。こいつ…。

 アクアは檻から出て、謎の男を一瞥すると…。

 

 

「誰?」

 

 

 どうやら知らないらしい。

 しかし、男の方は意外だったようで。

 

 

「い、いや!僕ですよ!御剣響夜ですよ!あなたに魔剣グラムを頂きこの世界に転生した…!」

 

 

 御剣響夜と名乗ったその男は、転生特典らしい剣を抜き、アクアに見せた。ほほう。なかなかの業物。

 

 

「あ、あー…。居たわねそんな人も!他にも結構な数を送ったし、忘れててもしょうがないわよね!」

 

 

 アクアの言葉に御剣は若干顔を引きつらせたが、すぐに戻し笑顔でアクアに話しかける。

 …なんかいけすかねぇな。

 

 

「ええっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた勇者として、日々頑張ってますよ。ところでアクア様は何故この世界に?というか、何故檻の中に?」

 

 

 そう言いつつ、御剣は何故かカズマと俺をチラチラ見る。なにみてんだコラ。

 見られた理由が分からないのでカズマに耳打ちで聞く。

 

 

「なぁカズマ。あいつ何でこっち見てんの?なんか名前といい顔といい言動といい、いけすかねぇしなんか腹立ってきたんだが」

 

「おおかたアクアを閉じ込めてたのは俺らの仕業だとか思ってんだろ。入るよう提案したのは俺だけど…。イラつくのはわかるが我慢しろ」

 

 

 いつまでも黙っていても話が進まないので、カズマが御剣にアクアが来た経緯やその他諸々を説明し始めた。

 

 

 

 カズマが説明を終えた途端、御剣はカズマの胸倉を掴んだ。

 そしてかなり憤っている

 

 

「女神様を無理やり連れてきて!?挙句の果てに檻に閉じ込めて湖に浸けた!?君は一体何を考えているんだ!?」

 

 

 俺も始めはそう思った。

 御剣がカズマを責め立てるが、それを慌ててアクアが止めに入る。

 

 

「ちょ、ちょっと!私としては連れてこられた事はもう気にしてないし、それなりに楽しくやってるのよ?カエルに向けてぶん投げられたりしたけど…。それに、魔王を倒せば帰れるんだし!今日のクエストだって怖かったけど怪我もなく無事に完了できた訳だし。しかも、報酬を全部くれるって言うの!」

 

 

 アクアがそう言うが、御剣は憐れむような目でアクアを見る。

 

 

「…アクア様。こんな男にどう丸め込まれたのか知りませんが、こんな扱いは不当ですよ。それに、カエルに向かってぶん投げられた!?一体この男は何を考えているんだ!?」

 

「アクアをぶん投げたのは俺だ」

 

 

 流石にこれ以上罪を重ねるとカズマが酷い目にあいそうなのでカズマを庇う。

 

 

「なるほど…。その事は後で聞くとして、アクア様は普段どこで寝泊まりしているんですか?」

 

「みんなと一緒に馬小屋、だけど…」

 

「はぁ!?」

 

 

 アクアがそう言うと、御剣は有り得ないとでも言いたげな表情で更にカズマの胸倉を掴む力を強める。馬小屋の何がおかしいんだ。

 

 

「…痛いんですけど」

 

 

 睨んでくる御剣に、カズマは睨み返すが一向に力が弱まる気配はない。流石にここまでやられて黙ってるわけにはいかないので、俺とダクネスが御剣の肩を掴む。

 

 

「おい。いい加減にしろ。知り合いだかなんだが知らないが、礼儀知らずにも程があるだろう」

 

「その通りだ。いきなり出てきて何なんだよ、何様のつもりだ?」

 

 

 そう言われ、御剣はカズマを解放した。

 なんだ。やけに素直だな。頭が固いだけで悪い奴では無さそうだが、ムカつくのは別だ。

 

 

「すまない。つい頭に血が上って…。クルセイダーに…。君はなんだ?やけに軽装だが…」

 

「コンバットマスターだ」

 

「なるほど。そこの子はアークウィザードか。ふむ。パーティーメンバーには恵まれているようだね」

 

「そりゃどうも」

 

 

 解放されたカズマが襟元を正しながら若干御剣から距離をとる。顔を見るにかなりイラついている。

 

 

「しかし、こんなにも優秀そうなメンバーを馬小屋で寝泊まりさせて、恥ずかしいと思わないのか?就いてる職業も、最弱職らしいじゃないか」

 

 なるほど、一理ある。

 

「なぁカズマ。コイツの言い分聞いてたらお前ってかなり恵まれてるように思えてきたんだが」

 

「現実を見ろ。お前はともかく、コイツらが優秀なんて、そんな片鱗どこにもないだろ」

 

「あっ…。スマン…」

 

「わかってくれればいいんだ。それにしても、馬小屋で泊まるのなんて普通だろ?なんでこいつキレてんだ?」

 

「あれだろ。初めから最強レベルのチートで金に困る事は無かったんだろ。俺ら以外のチート持ちなんてそんなもんだろ」

 

 

 カズマはやたら上から目線で説教をしてくる御剣に、かなり腹がたっているように見える。俺もカズマほどではないが、いい気分はしていない。俺達の怒りも知らずに、御剣は憐れむような視線でアクア達をみた。

 

 

「君たち、今まで苦労してきたんだね。これからは僕のパーティーに入るといい。高級な装備品も買い揃えてあげるし、もちろん馬小屋でなんて寝泊まりさせない。パーティーの構成的にもバランスがいいじゃないか。ソードマスターの僕に、僕の仲間の戦士と盗賊。クルセイダーのあなたに、アークウィザードのその子にアクア様。ピッタリなパーティじゃないか」

 

「俺とカズマが入ってないんだが。まぁハーレムを作りたいってんなら邪魔しねーし、お前のパーティーに入るくらいなら俺は魔王軍に下るけど」

 

「その時は俺も連れてってくれヒデオ」

 

「いいぜ。一緒に世界を滅ぼそう」

 

 

 身勝手で自分本位な御剣の提案に冗談と皮肉を交えて返しと、御剣は顔を引きつらせた。

 

 しかし、待遇としては悪くないので他のメンバーの反応が気になったが、それは杞憂に終わった、

 

 

「あの人マジキモイんですけど。ナルシストも入っててやばいんですけど」

 

「私もあの男だけは何故かボコボコにしたい。ていうか生理的に無理だ」

 

「そろそろ爆裂魔法ぶち込んでいいですか?いいですよね?」

 

 

 ご覧の通り大不評のようである。内心ざまぁと思いつつ、爆裂魔法を撃とうとするめぐみんを止める。アクアがカズマの裾を引っ張り、もうギルドに行くように促した。

 

 

「えーと、俺の仲間は満場一致であなたのパーティーには入りません。それじゃあ」

 

 

 去ろうとしたが、御剣が前に立ちはだかった。なんだこいつ。

 

 

「どけよ。邪魔だ。さっきも言ったが何様のつもりだ?そろそろキレるぞ?」

 

 

 前に出ようとした、が、カズマが止めてきた。

 

 

「こいつの言うとおり、どいてくれます?」

 

「悪いが、アクア様をこんな境遇には置いてはおけない。それにそこのキミはアクア様をぶん投げたって言うじゃないか。尚更だ。アクア様は僕と一緒に来た方が絶対にいい。一つ提案があるんだが…」

 

「そーすか。どうでもいいんでどいてくれます?」

 

 

 イラつきながら対応するカズマに、耳打ちで話す。

 

 

「なぁカズマ。この後の展開が目に見えてわかるんだが」

 

「俺もだ。だからさ…」

 

 

 カズマが耳打ちで作戦を伝えてきた。よく思い付くな。

 

 

「了解。再起不能にしてやる」

 

 

 コソコソ話をする俺達に怪訝そうな表情で御剣が話を続けた。

 

 

「何を話してるのか知らないが、僕の提案はこうだ。アクア様を持ってこられる者として指定したんだろう?僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。レベル差があるだろうしそこのコンバットマスターとの二人がかりで構わない。君たちが勝ったら何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」

 

「「よし乗った!じゃあ行くぞ!」」

 

 

 御剣の提案と同時に飛び出す。既にイラつきが限界に来ていた俺達には遠慮という二文字はない。

 

 

「え、ちょっ!待っ…!」

 

 御剣が遅れて剣を抜くがもう遅い。気の開放をし高速で御剣の背後に回り、カズマは左手をかざす。

 

 

「スティール!」

 

 

 カズマがスティールで魔剣を奪う。流石の幸運だ。1発で当たりを引くとは。

 奪われた御剣は何が起きたのか理解出来ていないのか、素っ頓狂な声を出した。

 

 

「へ?」

 

 

 魔剣を奪われ混乱し隙だらけな御剣は、俺の格好の餌食になる。

 

 

「勝った!死ねい!」

 

 

 俺は御剣の股間を全力で蹴り上げた。

 

 

「はぅあ!?」

 

 

 そんな声を出した御剣は、白目を剥き泡を吹き気絶した。

 

 ふぅ。やれやれだぜ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「あースッキリした!ナイススティールだカズマ!」

 

「お前こそナイスな立ち回りとトドメだったぞ!あいつ、はぅあ!?とか言ってたもんな」

 

 

 御剣を叩きのめし、スッキリした俺達は互いの健闘を称えあっていると。

 

 

「卑怯者卑怯者卑怯者ー!」

 

「あんたら最低よ!この卑怯者!1人ずつ正々堂々と勝負しなさいよ!」

 

 

 そんな2人に、御剣の仲間らしき美少女が抗議し、俺達を卑怯者と罵倒する。やかましいなあ。

 

 

「あ?なんだお前ら。さっきまで黙ってそいつの横暴を見てた癖に。自分たちに不利益が出た途端わめき出すのか?都合のいい脳みそしてんな。それに、二人がかりで構わないって言ったのはコイツだ。俺達はルールに則っただけだ。文句を言われる謂れはない」

 

「んじゃ、そう言う事なんで。何でも言うことを聞くって言ってたな。じゃあこの魔剣貰っていきますね。ヒデオもなにか貰っとけよ」

 

「だな。財布もらっとこ」

 

「なっ!?バカ言ってんじゃないわよ!財布はともかく、魔剣はキョウヤにしか使えないのよ!」

 

 

 その少女は自信たっぷりに言って来た。そうなのか…。

 

 

「え?マジ?これで俺もチート持ちになれるって思ったんだが」

 

「そうよ。その魔剣グラムはそののびてる人専用よ」

 

 

 アクアが言ってるんだし本当なんだろう。

 

 

「マジか…。まぁ折角だし貰っておくか。じゃあな。そいつが起きたら、恨みっこなしだって言っといてくれ。じゃ、行くか」

 

 

 カズマがそう言い皆とギルドに向かおうとするが、御剣の仲間の少女達が武器を構える。

 

 

「ちょちょちょ、待ちなさいよ!」

 

「キョウヤの魔剣返しなさいよ!こんな勝ち方認めないわ!」

 

 

 そんな事を言う2人に、再び俺達が前に出る。

 

 

「別にいいけど、真の男女平等主義者な俺は、女の子相手でもドロップキックを食らわせれる公平な男。手加減してもらえると思うなよ?公衆の面前で俺のスティールが炸裂するぞ?」

 

「俺は基本的に女に手を出したくはないが、ムカつく女は別だ。カズマみたいに陰湿な技はないが、服だけを消し飛ばすとかは出来るぞ」

 

 

 言いながら指をワキワキさせる俺達に、2人の少女は何かを感じ取ったのか後ずさる。ほれほれほほーれ。

 

 

「「「うわぁ…」」」

 

 

 ついでにアクア達も引いていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 御剣との一件から数時間後。ギルドにて。

 

 

「なんでよぉーー!!!」

 

 

 またしてもアクアの叫び声が響き渡る。

 

 どうやら、御剣が壊した檻の修理代を差し引いて報酬を渡されたらしい。修理代は20万かかるようで、10万しか貰えなかったアクアは意気消沈している。どんまい。

 

 

「その…ドンマイ。まぁ飯でも食って機嫌なおせ。あいつから奪った財布の金で奢ってやるから」

 

 

 そう言いメニューを渡す。

 

 

「ぐぬぬ…!あの男!今度あったらボコボコにした挙句修理代を巻き上げてやるわ!」

 

 

 メニューを握りしめながら御剣への恨みをつのらせる。

 

 

「俺はもうあいつには会いたくねぇな」

 

 

 カズマがそんな事を言うと。

 

 

「見つけたぞ!佐藤和真!田中英夫!」

 

 

 噂をすればなんとやら。件の御剣たちがギルドの入口に来ていた。カズマたちのフルネームを叫び若干内股になりながらもズンズンと歩いてくる御剣。まだ効いてるみたいだな。

 

 

 俺達のテーブルについた御剣は、バン!とテーブルに手を叩きつける。

 

 

「君たちの事は、ある盗賊の女の子に聞いたら教えてくれたよ。佐藤和真はぱんつ脱がせ魔だってね。田中英夫の方はおっぱい星人だとね!他にも、女の子をヌルヌルにするのが趣味の鬼畜コンビとも噂になっていたよ!」

 

「「おい待て。それ誰が広めてたのか詳しく」」

 

 

 セリフがハモる。しかしそんな俺達を他所に、御剣はアクアへ話しかける。

 

 

「アクア様。僕はこの男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと誓います!ですから、同じパーティーに…」

 

「ゴッドラッシュ!!!」

 

「ぐぼぇ!!」

 

 

 御剣が言い終える前に、アクアがラッシュ食らわせた。流石高ステータスと言ったところか。御剣は吹っ飛んだ。という凄まじいラッシュだな。流石女神。

 

 

「あぁっ!キョウヤ!」

 

 

 御剣の仲間の少女達が駆け寄る。しかし、そんな2人より先にアクアが御剣にツカツカと詰め寄る。

 

 

「ちょっとあんた!檻の修理代払いなさいよ!三十万よ三十万!とっとと払いなさいよ!」

 

「さっき二十万とか言ってたような」

 

「しっ!黙っとこうぜ」

 

 

 そんな会話をする俺達の話は聞こえていないのか、御剣は素直に金を渡す。どうやら予備の財布があったようだ。金を受けとり上機嫌なアクアがホクホク顔で店員を呼ぶ。

 

 そんなアクアを気にしながらも御剣は悔しそうにカズマに話しかける。

 

 

「あんなやり方でも負けは負けだ。それにこんなことを言うのは虫がいいのも理解している。だが頼む!魔剣を返してくれないか?店で一番いい剣を買ってあげるから!」

 

「なぁミツルギとやら。その交渉無駄だぞ。よくカズマを見てみろ」

 

 

 御剣にそう言うと御剣は素直に従い、そしてなにかに気づく。

 

 

「お、おい。佐藤和真?ぼぼ、ぼくの魔剣は…?」

 

 

 そう聞かれ、黙っている意味もないのでカズマは素直に真顔で答えた。

 

 

「売った」

 

「ちっくしょぉぉぉ!!」

 

 

 御剣は涙目でギルドを飛び出して行った。

 

 もう来るなよー。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「一体何だったのだあいつは…。ところで、先程からアクアが女神とか言われていたが、何の話だ?」

 

 

「そういえば前もそんなことを言ってましたね」

 

 

 そう聞くめぐみんとダクネスに、アクアが立ち上がり自信満々に答えた。

 

 

「今まで黙っていたけど、私は女神アクア。アクシズ教団が崇める御神体よ!」

 

「「と言う夢を見たのか」」

 

「違うわよ!なんで誰も信じてくれないのー!?」

 

 

 そんなやり取りをしていると、ギルドからまた放送が鳴った。

 なんだ?

 

『緊急!緊急!冒険者各員は、武装して正門に集まってください!特に、サトウカズマさん御一行は大至急!』

 

「…え?」

 

 

 

 

 

 




ここまで長くなると分割したくなるけど、物語的に仕方ないよね!


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第十三話

このすば9巻まで買ったけど恋愛要素とか無理よ?


緊急の呼び出しがあり、カズマたちは正門に駆けつけた。他の冒険者もその後に続く。

 

 

そこにはデュラハンが居た。なにやら部下らしき者もたくさん連れている。

 

 

「やっぱりあいつか。今度は何しに来たんだ?」

 

 

「さぁな。部下っぽいのいっぱいいるし今度こそこの街を滅ぼしに来たんじゃねーの?」

 

 

カズマとヒデオが疑問符を浮かべつつもデュラハンの方に向く。すると、デュラハンはこの間のようにプルプルと震えだし、カズマ、めぐみん、ヒデオの方へ向くと…

 

 

「なぜ城に来ないのだ!この、人でなし共がぁぁぁぁぁ!!」

 

 

デュラハンはこの間のように大変お怒りの様子である。

 

 

「えっと、何で城に行かなきゃならねーんだよ。人でなしとか言われても、人ですらないお前に言われる筋合いは無いんだが」

 

 

「そーだぞ。それにもうかめはめ波も爆裂魔法を撃ち込んでもいないのに、何をそんなに怒ってるんだ?」

 

 

ヒデオとカズマがそう言うが、デュラハンはその言葉にまたわなわなと震えだした。

 

 

「撃ち込んでもいない…?撃ち込んでもいないだと!?よくもまぁそんな事が言えるな!!確かにサイヤ人とやらの小僧は来ていないが、そこの頭のおかしい紅魔の娘が毎日欠かさず通っておるわ!!」

 

 

そういいデュラハンはめぐみんを指さす。釣られてヒデオとカズマもめぐみんを見る。するとめぐみんは無言で目を逸らす。

 

 

「お前、行ったのか。もう行くなって言ったのに、あれからまた行ったのか!!」

 

 

カズマはめぐみんの頬を両手で引っ張り、ただじっと見つめてめぐみんの返答を待つ。

 

 

「ひふぁい!ひふぁいです!ち、違うのです!聞いてください二人とも!」

 

 

カズマに解放されためぐみんが理由を話し出した。

 

 

曰く、大きくて硬いものじゃないと我慢出来ない身体になったそうだ。

 

 

「モジモジしながら言うな!そもそもお前、魔法撃ったら動けなくなるだろう!という事は、共犯者が居るな!いったい誰が…」

 

 

カズマが辺りを見回すと、アクアが目を逸らし口笛を吹きはじめた。

 

 

「ヒデオ」

 

 

「合点」

 

 

カズマがヒデオに合図し、ヒデオは逃げようとしたアクアにアイアンクローを食らわせる。

 

 

「わぁぁぁぁ!痛い痛い痛い!頭割れちゃう!高貴で聡明な私の素晴らしい頭脳が失われちゃううぅ!やめてよヒデオ!あなただってあのデュラハンのせいでろくなクエスト受けられなくて腹いせがしたい気持ちわかるでしょ!?私はあいつのせいで毎日店長に怒られるんだからー!」

 

 

「怒られるのはお前の仕事ぶりのせいだ。あと、お前の頭脳は全然素晴らしくない」

 

 

ヒデオがまだ逃げようとするアクアの頭を掴んでいると、デュラハンが言葉を続けた。

 

 

「この俺が真に頭に来ているのはそこの頭のおかしい小娘の事だけでは無い!貴様らには仲間を助けようという気は無いのか!?俺はモンスターに身を堕としたとしても元は騎士。その俺から言わせれば、仲間を庇い呪いを受けたあの騎士の鑑のようなクルセイダーを…!」

 

 

デュラハンが言い終える前に、話題に出て来ていた騎士の鑑(ダクネス)が申し訳なさそうに冒険者の軍勢から出てきた。

 

 

「や、やあ…」

 

 

「へ?」

 

 

「騎士の鑑などと、照れるな…」

 

 

褒められて赤面するダクネスをみて、デュラハンは一言。

 

 

「あ、あっるぇえぇーー!?」

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

「え、なになに?あのデュラハン、一週間ずーっと待ってたの?帰った後すぐに呪いを解かれたとも知らずに?プークスクス!ちょーうけるんですけどー!」

 

 

デュラハンを嘲り笑うアクア。

 

 

それを見てプルプルと震えるデュラハン。どうやらかなり怒っているようだ。

 

 

「おい、貴様。俺がその気になればこの街の住人を皆殺しにすることだって出来るのだ。この俺がいつまでも見逃すと思うか?さて、この不死の体。お前ら駆け出しに傷つけられるか?」

 

 

デュラハンがアクアの挑発に限界が来たのか、不穏な空気を滲ませる。

 

 

しかしデュラハンが何かをする前にアクアが片手を前に突き出し叫ぶ。

 

 

「見逃してあげてたのはこっちの方よ!今回は逃がさないわよ!アンデッドの癖に注目集めて生意気よ!消えちゃいなさい!ターンアンデッド!」

 

 

アクアの右手から白い光が放たれる。

 

 

しかしその様子を見てもデュラハンはまるで余裕とばかりにその場を動こうとしない。

 

 

「仮にも魔王軍の幹部であるこの俺が、こんな街にいる低レベルなアークプリーストに浄化されるとでもぎゃぁぁあぁぁぁ!!」

 

 

なにやら自信たっぷりにセリフを吐いていたデュラハンだが、体のあちこちから黒い煙を立ち上らせ、震えながらも何とか持ち堪えた。

 

 

それを見てアクアが叫ぶ。

 

 

「おかしいわ!ねぇカズマ!効いてないわ!」

 

 

「いや、結構効いてると思うが。ぎゃーって言ってたし」

 

 

「気も若干小さくなったし効いてると思うぞ」

 

 

そんな会話をするカズマ達に、デュラハンがよろめきながらも言葉を続ける。

 

 

「ク、クク…。人の話は最後まで聞くものだ。我が名はベルディア。魔王軍幹部が1人、デュラハンのベルディアだ!この鎧や俺自身の力によりそこら辺のアークプリーストの浄化魔法など効かぬわ!効かぬのだが…。お前、本当に駆け出しか…?」

 

 

予想外のダメージにベルディアは不安を抱えながらも言葉を続ける。

 

 

「まぁいい。この街には強い光が落ちて来たらしくその調査に来たのだが…。面倒だからこの街ごと無くしてやろうか…」

 

 

物騒なことを言い出しベルディアは、右手を高く掲げた。

 

 

「わざわざこの俺が相手をするまでもない。さあお前達!この俺をコケにした連中に、地獄を見せてやれ!」

 

 

ベルディアが連れてきた部下に命令をする。

 

 

「あ!あいつ、アクアの魔法が予想以上に効いてビビったんだぜきっと!自分だけ安全なところに逃げるつもりだ!」

 

 

カズマがそう叫びベルディアを動揺させる。

 

 

「ち、ちちち違うわ!最初からそのつもりだったのだ!魔王軍の幹部がそんな腰抜けなわけがなかろう!いきなりボスが戦ってどうする!こういうのはまずは雑魚からと相場は決まって…」

 

 

「セイクリッド・ターンアンデッド!!」

 

 

ベルディアが言い終える前にアクアがまたしても浄化魔法を使う。

 

 

「ひあぁぁぁあ!!」

 

 

先程の魔法の上位版なのか、比べ物にならない光量を魔法陣から発す。そして直撃したベルディアは、大量の煙を立ち上らせ地面を転がっている。

 

 

そして煙が収まるとフラフラと立ち上がる。

 

 

 

「やっぱりおかしいわ!効いていないみたいだわカズマ!」

 

 

「ひぁぁあああーって言ってたしかなり効いてると思うが…」

 

 

「気もかなり小さくなったぞ。もう5発くらい当てたら倒せるんじゃね?」

 

 

そんな会話をするカズマたちを睨みつけながらベルディアは深呼吸をし、部下達に命令する。

 

 

「アンデッドナイト!この街の人間を…皆殺しにしろ!!」

 

 

ベルディアの命令を受けたアンデッドナイト達が、冒険者たちの方へ駆け出す。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

アンデッドナイトが解き放たれ、冒険者達と戦闘を始めてから数分。

 

 

「くそっ!数が多すぎる!プリーストはまだか!」

 

 

「誰か教会から聖水をありったけ持ってきて!」

 

 

「早く街の住人を避難させろ!」

 

 

アンデッドナイト達が街へと侵入し、大混戦になっていた。

 

 

「波ーー!」

 

 

ヒデオがかめはめ波で数体消し飛ばすが、アンデッドナイトはまだワラワラと出てくる。

 

 

「キリがねぇぞカズマ!なんかこう…いい感じの作戦とかないか!?」

 

 

「大雑把過ぎるわ!けど確かに、このままだとジリ貧だ…!めぐみん!爆裂魔法でまとめて消せないか?」

 

 

「ああもまとまりがないと無理です!それに、街の中ですよ!?」

 

 

カズマ達は逃げ回りながら何とかしようとするが、今のところできていない。ダクネスは住人を避難させている。

 

 

「ていうかアクアはどこに行ったんだよ!アンデッド退治はあいつの十八番だろ!?」

 

 

「アクアの気は…おっ、なんか高速で近づいてきてるぞ。その後にはアンデッドらしき気がいっぱい着いてきてるな」

 

 

「へ?」

 

 

カズマがそんな声をあげると、遠くの方からズドドドドド、と何かが走ってくる音が聞こえてきた。そしてその音は段々と大きくなってきた。

 

 

音のする方へカズマたちが向くと…

 

 

「いやぁあぁー!カズマさぁぁん!助けてぇぇぇー!このアンデッド達、ターンアンデッドを撃っても効かないの!」

 

 

アクアが大量のアンデッドナイトを引き連れてやって来た。そしてアクアはカズマの方へ走る。

 

 

「ちょ、来んな!多いわ!」

 

 

カズマは逃げるが、アクアもそれについて行く。アンデッドナイトもついて行く。ほかの冒険者と戦闘中だったアンデッドナイトもついて行く。

 

 

それを見てめぐみんが

 

 

「ヒデオ、どうにか出来ませんか?」

 

 

「うーん。下手に攻撃してこっちにターゲット向くのはダルいしな。いや、まてよ?さっき戦ってた奴もアクア達に着いて行ったな。なるほど」

 

 

ヒデオは何かがわかったのか、フムフムといったような表情でアクア達を見る。

 

 

「おいヒデオ!見てないでどうにかしてくれ!」

 

 

「そんなことよりカズマ!そのアンデッド達はアクアに釣られてるっぽいぞ!後は分かるな!」

 

 

「アクアに…?なるほど!じゃあヒデオはめぐみんを街の外で魔法唱えさせながら待機させといてくれ!」

 

 

そう言いカズマは街の中を出来るだけ多くのアンデッドナイトを引き付けるために駆け回っていく。アクアもそれを追いかける。

 

 

「了解だ!いくぞめぐみん!」

 

 

「え、何が何だか…。えっ、ちょ、何するんですかヒデオ!」

 

 

「こっちの方が速いからな。我慢しろ!」

 

 

そう言いヒデオはめぐみんを肩に担ぎ、街の外へと駆けていく。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

街の正門。

 

 

「ん?何しに戻ってきたのだ貴様ら。逃げるのか?」

 

 

「作戦中だ」

 

 

ヒデオはめぐみんを下ろし、爆裂魔法の詠唱を始めさせる。

 

 

「フッ。貴様らに俺の部下が全滅させられるなど…」

 

 

ベルディアがそう言い終える前に、街から地響きが聞こえてきた。その先には…

 

 

「うおぉぉぉ!ヒデオ、めぐみん!準備できたかー!?」

 

 

カズマとアクアが大量のアンデッドナイトを連れ、街の外へと出てきた。

 

 

「バッチリだぜカズマ!今だめぐみん!」

 

 

「何という絶好のシチュエーション…!感謝します二人とも!アンデッドナイトごとき、我が爆裂魔法で跡形もなく消し飛ばしてくれる!エクスプロージョン!!」

 

 

めぐみんが爆裂魔法を放ち、アクア達に着いてきていたアンデッドナイトが全滅し、その跡地には大きなクレーターが出来上がっていた。

 

 

「ふふ…。最高…です」

 

 

めぐみんは地に伏せながらも恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 

「おんぶはいるか?」

 

 

「お願いします」

 

 

ヒデオはめぐみんをおんぶし、カズマ達の方へ行く。すると冒険者たちが歓声を沸きあげる。

 

 

「うおぉぉぉ!頭のおかしい紅魔の娘がやったぞ!」

 

 

「やるじゃねぇか!頭のおかしい子!」

 

 

「頭がおかしくてもやる時はやるんだな!」

 

 

観戦を聞きめぐみんはもぞもぞとヒデオの背中で動く。

 

 

「ちょっとあの人たちに爆裂魔法撃ち込みに行きたいので近くまで連れてって下さい」

 

 

「もう魔力ないんだから大人しくおぶられとけ」

 

 

冒険者達は敵がほぼ壊滅したからか、心なしかテンションが高い。

 

 

「さて、部下は全滅させたが…。どうなる?」

 

 

カズマ達はベルディアの方に視線を向けると、なにやらプルプルと震えていた。

 

 

「あいつ、部下全滅させられたから怒ってるんじゃないか?」

 

 

様子を見ているうちに、ダクネスやまだ街にいたの冒険者も正門へ戻ってきていた。もう避難は完了したらしい。

 

 

その様子をみてベルディアは、

 

 

「クックック…。まさか本当に部下を全滅させられるとはな…。いいだろう!約束通り、この俺自ら相手になってやろう!!」

 

 

ベルディアが剣を抜き、こちらへと駆け出す。すると数人の冒険者が前へ出る。

 

 

「へっ!もうこっちの方が数は上なんだ!おいてめーら!袋叩きだ!」

 

 

「「「うおぉぉぉ!」」」

 

 

「フハハハ!何人でもかかってくるがいい!」

 

 

冒険者達は武器を構えベルディアへと向かう。するとベルディアは自分の頭を真上に投げる。

 

 

冒険者達はベルディアを取り囲んでいたが、ベルディアはまるで後ろに目が付いている様な動きで、冒険者たちの攻撃を全ていなし、あっという間に彼らの命を絶った。

 

 

「こんなものか?やはり所詮駆け出しか…」

 

 

落ちてくる頭をキャッチし、再びこちらへ向き直る。瞬殺された冒険者達の有様を見て、さっきまで騒がしかったのが嘘のように静まり返る。

 

 

「あ、あんたなんか…!この街の切り札のミツルギさんが来たら一瞬でやられちゃうんだから!」

 

 

「おう!もう少しだけ耐えるんだ!あの兄ちゃんが来たら絶対勝てる!」

 

 

「覚悟しとけよベルディアとやら!」

 

 

女の子の言葉に冒険者達は再び威勢を取り戻す。そんな中カズマとヒデオは冷や汗をかいていた。

 

 

「おいカズマ。ミツルギって俺が金的して気絶させた奴だよな?」

 

 

「あぁ。有り金と魔剣を奪ってさらには魔剣を売り払ってやった奴だ」

 

 

ヒデオとカズマがどうしようと焦っている間に、アクアは斬られた冒険者のそばへ寄りせっせと何かをしていた。

 

 

ベルディアもそんなアクアに興味はないらしく、目もくれていない。冒険者達も下手を打って斬られたくは無いのか、アクアを止めようともせず、動こうともしない。

 

 

そんな錦江を破るように、1人の冒険者がベルディアの前に出た。

 

 

「ほう。次はお前か?」

 

 

ダクネスがベルディアの正面に立ち、堂々と大剣を構えている。そんなダクネスを見て、ベルディアは警戒しているのか無闇に突っ込もうとはしない。

 

 

「おいカズマ。止めた方がいいんじゃねーか?あいつ攻撃当たらないじゃねーか」

 

 

「そうなんだよなぁ…。どうしようか。お前行くか?ヒデオ」

 

 

「今の俺が行っても焼け石に水だ。カズマこそ行けよ。時間さえ稼いでくれたら前々から覚えたかった新技覚えてくるから。それ使えばワンチャンあるから」

 

 

「新技?そんな暇があると思うか?いいから戦うんだよ」

 

 

そんな2人の会話が聞こえてたらしく、ダクネスが

 

 

「安心しろ二人共。私は頑丈さは誰にも負けない。それに、仲間を守るのがクルセイダーの務めだ。ヒデオ、本当に新技を覚えたら勝てるのか?」

 

 

「今の状態よりは可能性はある。頼めるか?」

 

 

「わかった。私が何とか時間を稼ごう。カズマ、良いな?」

 

 

「ちっ!仕方ねぇな!おいヒデオ!あんまり遅かったら俺らが倒しちまってるかもな!なので出来るだけ早くお願いします」

 

 

「サンキュー!じゃあ行ってくる!」

 

 

ヒデオは気の開放を使い、高速で街へと駆け出す。

 

 

「あの小僧が何をしに行くのかは知らんが…。まぁ止めても止めなくても変わらん。それにしても、クルセイダーが相手とは、是非もなし!」

 

 

「はぁぁぁ!」

 

 

ダクネスはベルディアに斬りかかっていく。ベルディアは大剣を恐れたのか避ける構えをしている。しかしダクネスは目測を誤ったのか、見当違いの場所に剣を叩きつける。

 

 

「…は?」

 

 

ベルディアが気の抜けた声を発し、呆然とダクネスを見る。他の冒険者も同じような視線でダクネスを眺めている。

 

 

カズマは恥ずかしそうにダクネスを見る。するとダクネスが若干頬を染めているのが分かった。それを見てカズマが叫ぶ。

 

 

「ヒデオー!早く来てくれぇぇ!」

 

 

まだヒデオが向かってから5分と経っていない。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

街の中へと入ったヒデオは、スピードを緩めることなく目的地へ。屋根から屋根へと飛び移り、気を頼りに急ぐ。

 

 

「あいつの気は…、こっちか!」

 

 

この街有数の実力者であるその人の元へと急ぐ。前に一人で訪れた際にヒデオなら使えそうなスキルがあると聞いたのだ。

 

 

「っと!ここか!」

 

 

到着したようで、ヒデオは屋根から飛び降りて入口のドアを開ける。

 

 

「おい!居るか!?」

 

 

「あ、ヒデオさん。いらっしゃいませ。汗だくですね。どうしたんですか?」

 

 

そう。ヒデオはリッチーのウィズが経営する魔道具店へと来たのだ。

 

 

「悪い!今日は客として来たんじゃない。ちょっと急にこの間のスキルが欲しくなったんだ。頼めるか?」

 

 

「あぁ、その事ですね!了解しました。あ、お茶飲みます?」

 

 

「気持ちだけ貰っとくよ。それよりも、早く!」

 

 

異様に急かされるウィズは不思議そうな顔をしたが、まぁそういう日もあるだろうという事にした。

 

 

「わかりました。では、よく見ておいて下さいね。あ、このスキルは本来アンデッドが使用するもので、普通の人が使ったら最悪死んじゃいます。もし死んじゃったらアンデッドにしてあげますね!」

 

 

「わかったから早く!」

 

 

「では、いきます!」

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

時が戻ってカズマside。

 

 

「ふん。つまらないな。期待はずれだ」

 

 

そう言ったベルディアはダクネスを切り捨てた。

 

 

「あぁっ!私の鎧が…!」

 

 

攻撃されたダクネスの鎧が少し壊れる。

 

 

「…え?」

 

 

確実に仕留めたと思ったのか、ベルディアはダクネスが無事なことを理解出来ていなかった。

 

 

「ダクネス!そいつの攻撃はお前なら耐えれる!なんとか持ちこたえてくれ!攻撃なら俺がやってやる!」

 

 

「き、貴様何者なんだ…!攻撃はからっきしかと思えば、俺の剣戟を耐えるだと…?意味が分からん…」

 

 

そう言いベルディアは再びダクネスに向き直り、斬りかかっていく。

 

 

 




中途半端だね!仕方ない!


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第十四話

地の文の視点を変えざるべきか


ベルディアがダクネスへと剣戟を浴びせる。その数はあっという間に10を超えた。

 

 

「くっ…!」

 

 

「なぜ倒れん…!貴様、いったいどういうスキルの割り振りをしてるのだ…!」

 

 

そう言いベルディアは再びダクネスへ剣を振るう。クリーンヒットしたのか、ダクネスは少し後ずさる。

 

 

「お、おいダクネス!大丈夫か!?」

 

 

「何のこれしき…!それよりもカズマ!このベルディアとやらなかなかやり手だぞ!私を一気に全裸に剥くのではなく、少しずつ衣服を剥ぎ取り全裸よりも扇情的な姿にし、男どもの視線を…!」

 

 

「…は?」

 

 

ダクネスの性癖全開の台詞に、ベルディアの攻撃が止まる。

 

 

「あ…。うん。そうだな。がんばれー」

 

 

カズマが呆れていると、ベルディアはハッと我に返り再び剣を構える。

 

 

「あっ、マズイ!魔法使いのみなさーん!」

 

 

カズマが後衛に居る魔法使いに合図を出す。すると一斉にベルディアへ向けて魔法を放ち始めた。

 

 

「くっ…!ちょこちょこ鬱陶しいわ!貴様ら全員、1週間後に、死ね!」

 

 

ベルディアは魔法をすべて避け、ついでに魔法使い達に向けて死の宣告を放った。死の宣告を放たれ、狼狽え、次々と詠唱を止める。魔法が止んだことにより、再びダクネスへと向かうベルディア。

 

 

「さて、気を取り直して!次は本気で行ってみようか!」

 

 

そう言い頭を空高く放り投げた。

 

 

「またアレか…!ダクネス!気をつけろ!」

 

 

ダクネスはカズマの声を受け、大剣を盾にでもするかのように腹の部分を正面に向けで構える。

 

 

「ほう!潔し!これならばどうだっ!?」

 

 

ベルディアは大剣の部分以外を次々に斬る。

 

 

段々とダクネスの鎧が削られていく。

 

 

すると怯えて魔法をやめた魔法使い達が、身を挺してベルディアを留めているダクネスの姿を見て、覚悟を決めたのか再び魔法を唱え始める。

 

 

その時、カズマの頬にピッと温かい何かがかかる。

 

 

「おいダクネス!手傷負わされてるのか!もういい!下がれ!ヒデオが来るまで、冒険者全員でバラバラに時間稼ぎをするぞ!」

 

 

カズマがそう言いダクネスを呼び戻そうとするが、ダクネスは首を横に振る。

 

 

「クルセイダーは、誰かを背に庇っている状況では下がれない!こればっかりは絶対に!私の趣味とかは関係なく!」

 

 

「お前…!」

 

 

「そ、それにだ!さっきも言ったとおりこのデュラハンはやり手だぞ!鎧を剥ぐだけならまだしも、一撃で決めようとはしてこない!ジワジワとなぶっている!あぁどうしようカズマ!このままだと堕ちそうだ!」

 

 

「えっ!?」

 

 

ダクネスの言葉に一瞬手を止め、軽く引くベルディアにカズマは魔力を込めながらダクネスを叱る。

 

 

「時と場合くらい考えろ!この筋金入りのドMクルセイダーが!それと敵とはいえあんまり人を困らすんじゃねぇ!」

 

 

カズマがそう言うが、ダクネスは頬を赤らめる。

 

 

「くぅっ…!カズマこそ時と場合を考えろ!公衆の面前でデュラハンに痛めつけられているだけでも限界なのに、罵倒まで加わるとは!二人して私をどうするつもりなのだ!」

 

 

「えぇっ!?」

 

 

さっきから驚き、引き続けているベルディアに、カズマは魔法を放つ。

 

 

「どうもしねーよこのド変態が!クリエイトウォーター!」

 

 

カズマはダクネスごとベルディアの周りに水を撒く。

 

 

ダクネスは頭から水を被ったが、ベルディアは水を大慌てで避けた。

 

 

「や、やってくれるなカズマ…。不意打ちでこんな仕打ちとは…。こういうのは嫌いじゃない。嫌いじゃないが…。本当に時と場合を考えてほしい…」

 

 

「ばっ!ちげーよ!お前の趣味に合わせたプレイじゃねーよ!これはこうするんだ!フリーズ!」

 

 

カズマはツッコミながらベルディア達の足元の水を凍らせる。

 

 

「ほう。足元を凍らせての足止めか…。なかなかいい手だな。だが…!」

 

 

ベルディアが何かをするよりも早く、カズマが再びスキルを使う。

 

 

「回避しにくくなれば充分だ!喰らえ!スティール!」

 

 

カズマは魔力を多めに込めて渾身のスティールを放つ。しかし…

 

 

「ふむ。なかなかいい手だ。足止めからのスティール。しかし、レベル差という奴だ。もう少しお前が強ければ、危なかったのかもしれないが」

 

 

そう言いベルディアがカズマを指さすが、呪いをかけるよりも早く、ダクネスが大剣も捨てて身一つでベルディアに体当たりする。

 

 

「私の仲間に手出しはさせんぞ!」

 

 

ダクネスの体当たりで少しよろめいたベルディアだが、すぐに大勢を戻し余裕たっぷりに大剣を握りしめ、構える。このままだとダクネスが斬られる。そう思ったカズマは考えるより先に叫んでいた。

 

 

「っ!盗賊!頼む!何でもいい!まぐれでもいい!コイツから剣を奪ってくれ!」

 

 

潜伏スキルで近寄ってきていた盗賊たちが、カズマの呼びかけに姿を現す。

 

 

「「「スティール!!」」」

 

 

しかし、ベルディアに変化は無い。

 

 

「貴様のようなクルセイダーと戦えた事に、魔王様と邪神に感謝を」

 

 

剣を上段に構え、そのままダクネスに向ける。

 

 

「さらばだ。勇敢なクルセイダーよ」

 

 

ベルディアは剣を真っ直ぐに振り下ろした。

 

 

 

ザンッ

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

辺りに静寂が訪れる。カズマは仲間の死を見たくなかったのか、思わず目を瞑っていたが、恐る恐る目を開ける。

 

 

結論から言うと、ベルディアが振り下ろした剣はダクネスに当たることは無く、地面を斬っていた。ダクネスが避けたのかと思ったカズマだが、ベルディアの周りにダクネスの姿はない。

 

 

「おかしい…。今の間合いは確実に斬っていたはず。それに、避ける気力が残っていたとも思えん…。あのクルセイダーは何処に行った?」

 

 

ベルディアが辺りを見廻すと、左側に土煙がもうもうと立っていた。そこには人影があり、何かを抱えているようなシルエットが見える。

 

 

「ふぃ〜。間一髪ってやつだな」

 

 

土煙から聞き覚えのある声が聞こえる。

 

 

「やっと来たか…!遅いんだよ!」

 

 

「わりぃカズマ。待たせたな」

 

 

「この声…!サイヤ人とやらの小僧か…!」

 

 

ベルディアが土煙の方を睨む。やがて土煙が晴れると、ダクネスをお姫様抱っこしたヒデオの姿が現れる。

 

 

「ヒデオ…。流石に恥ずかしいのだが…。それに、このタイプの羞恥攻めは私の欲しいものとは違うのだが!」

 

 

「悪い悪い」

 

 

そう言いながらダクネスを下ろすヒデオは、キッとベルディアを睨む。

 

 

「さぁ、俺の仲間がこんなになるまで頑張ってくれた事だし、俺もいっちょやってみっか!あ、カズマ!万が一の為に色々と考えといてくれ!」

 

 

「あ、おい!待て!」

 

 

ヒデオは気を開放し、剣を構えベルディアへと突っ込んで行く。

 

 

「次は貴様が相手か!いいだろう!せいぜい俺を楽しませてくれ!」

 

 

「楽しむ余裕があるんならな!せぁっ!」

 

 

ヒデオはベルディアに剣を振るうが、ベルディアはそれを軽くいなし、避ける。

 

 

「フハハハ!そんなものか!」

 

 

ベルディアはヒデオへ大剣を振るい、それをヒデオは剣で受け止め、鍔迫り合いになる。

 

 

「ホラホラホラ!どうした!この程度か!」

 

 

地力の差か、段々とヒデオは押し込まれていく。

 

 

「くっ!流石に剣だけではまだ無理か!はっ!」

 

 

ヒデオは手をかざし、気功波の衝撃を強めに放ち、ベルディアを仰け反らせ、距離を取る。

 

 

「っ!?何だ今のは…。まさかこれがカメハメハとかいうやつか?」

 

 

詠唱もせずに魔法のようなものを放ったヒデオにベルディアは驚く。

 

 

「ちげーよ。今のはまぁ言わばかめはめ波の下位互換だ。にしても流石幹部。気の開放だけじゃやっぱり足りねーか。舐めプは良くないな」

 

 

「舐めプ…?今のは舐めプだと…?フハハハ!面白い小僧だ!」

 

 

「笑ってられんのも今のうちだぜ。大体今の攻防で加減は分かった。見せてやるぜ。ダクネス達が稼いだ時間で覚えた新技を…!」

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

3分前。ウィズの店。

 

 

「ふぅ…。こういった感じです。いかがでしたか?」

 

 

「バッチリだ。よし、習得っと。サンキュー!」

 

 

「どういたしまして。それではヒデオさん。この技を使う上での注意点をお教えします。この技は自分のステータスを強制的に底上げし、さらにそれを100%使えるようにします。人間は普段、ステータスを最大80%までしか使えません。身体が壊れるのを防ぐために、リミッターをしているのです。なので、この技を使うと普段の4割増しくらいの疲労と苦痛が伴います。ここまではいいですか?」

 

 

「あぁ。問題ない。続けてくれ」

 

 

「はい。先程4割増しと言いましたが、これはあくまで等倍で使った場合の話です。この技は重ねがけすることが出来ます。2倍、3倍と、ステータスは向上しますが、その分苦痛や疲労も上乗せされます。倍率に上限はありませんが、それはあくまで数字上の話です。あまりにも大きすぎる倍率にしてしまうと、身体が持たなくて自滅してしまい、最悪死に至ります。それがアンデッド専用たる所以です」

 

 

ウィズは長々と説明するのは、ヒデオのためを思っての事だった。

 

 

「しかし、アンデッドだからといって好き勝手に使える訳ではありません。アンデッドだから、死なないからといって、自分の許容量を大きく越えてしまうと大変なことになってしまいます。リッチーの私ですらこの技は殆ど封印している状態です」

 

 

「中々ピーキーな技だな。なぁウィズ。今の俺のステータスなら、どのくらいまで耐えれる?」

 

 

「そうですね…。この筋力と生命力の高さだと、2倍が限界でしょうか」

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

現在。

 

 

「さて…!行くぜ!はぁぁぁ!」

 

 

「来い!」

 

 

「不死王拳!」

 

 

ヒデオがそう叫ぶと、強い衝撃波とともにヒデオの纏う気が黄色から赤紫へと変わる。

 

 

「ほう…!さっきよりも強そうだ!」

 

 

「時間が無いんでな、さっさと終わらせる!」

 

そう言いヒデオは先程とは比べ物にならないスピードでベルディアへと突っ込む。ベルディアは頭を上に投げ、剣を構える。

 

 

「これは…!この速さで俺の一瞬の死角を突いてあのクルセイダーを助けたのか…!」

 

 

「オラぁ!」

 

 

ヒデオがベルディアに剣を振るう。ベルディアはそれを何とかかわす。

 

 

「スゲェ!界王拳だ!色と名前が違うけど、ほとんど界王拳だ!」

 

 

カズマはかつて憧れた技をこの目で見られて嬉しいのか、とても興奮している。

 

 

「では俺も、本気を出すとするか!せぁっ!」

 

 

剣戟を受けるうちにベルディアはヒデオの動きを段々と捉えられる様になってきたのか、ヒデオに攻撃を浴びせ始める。

 

 

「フハハハ!本気ではないのか!どうした!」

 

 

「くっ!こなくそ!」

 

 

追い込まれたヒデオは苦し紛れに気功波を放つが、ベルディアはそれを見切り、剣を盾にし受け止める。

 

 

「そら!」

 

 

ガギィン!

 

 

ベルディアは少し押されたが、一瞬で間合いを詰めヒデオの長剣を弾き飛ばす。

 

 

「しまった!剣が!」

 

 

「スキあり!」

 

 

ベルディアが剣を横薙ぎに振るうが、ヒデオはそれをなんとか避ける。

 

 

「フハハハ!この程度なのかサイヤ人とやらは!どうした!早く剣を拾うがいい!」

 

 

「いや、その必要はねぇ」

 

 

ヒデオは剣を拾いに行こうとはせず、着ていたジャケットと鞘を脱ぎ捨てた。

 

 

「…?剣を使わないというのはどういう事だ?どうやって戦うのだ貴様」

 

 

「よし。これで動きやすくなった。どうやって戦うのなんて決まってんだろ!不死王拳2倍!」

 

 

ヒデオは再びベルディアへ突っ込むが、先程のような縦軸の動きではなく、横軸を交えて軽やかなフットワークで突っ込んでいく。

 

 

「はっ!笑わせてくれる!まさか素手でこの俺にダメージを与えるつもりか?貴様ごときにこの俺の鎧を貫けるなど…」

 

 

ドゴォア

 

 

ベルディアが頭を再び投げ言い終える前に、ヒデオの正拳突きがベルディアの腹へ鎧を貫き突き刺さる。

 

 

「ッがぁ…!?」

 

 

「おお!効いてるぞ!」

 

 

カズマは作戦を立てつつヒデオの方を見て興奮している。

 

 

「た、たかが1発…!」

 

 

腹を抑えながらも立つベルディアに、ヒデオは容赦なくラッシュを浴びせる。

 

 

「オラオラオラオラオラぁぁ!」

 

 

「ぐっ…!」

 

 

ベルディアは両腕と剣を盾にし、ヒデオの猛攻に耐える。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ヒデオは攻め続けたが、ベルディアの硬いガードに悪戦苦闘し、疲れを見せ始めた。

 

 

「はぁ…。はぁ…」

 

 

「そらそら!さっきまでの威勢はどうした!」

 

 

そんなヒデオを見てチャンスと言わんばかりにベルディアは剣戟を浴びせるが、ヒデオはそれを避ける。避ける。避ける。

 

 

「くっそ!しつけぇ!」

 

 

ヒデオは一旦距離を取り、ベルディアを見据える。

 

 

「フハハハ!どうした小僧!もう終わりか!カメハメハとやらを見せてみろ!」

 

 

「ちっ…。ならお望み通り見せてやるよ!はぁぁぁ!」

 

 

ベルディアの挑発に敢えて乗り、ヒデオは気を高める。

 

 

「か、め、は、め…!」

 

 

「なーんてな!そんな隙だらけの姿、見逃すと思うか!?死ねぇ!」

 

 

「マズイ!避けろヒデオ!」

 

 

止まっているビデオに突っ込み、剣を振り下ろしたベルディア。カズマにはヒデオが真っ二つになったように見えたが、フッと消える。

 

 

「なっ!?消えた!?」

 

 

ベルディアが狼狽えていると、後ろから

 

 

「残像だ」

 

 

「しまっ…!」

 

 

「波ァァァーーー!」

 

 

ズォアッ!

 

 

ヒデオは渾身のかめはめ波を放ち、ベルディアに直撃させた。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ヒデオがかめはめ波を撃った場所に、ベルディアの姿はない。ヒデオは気を殆ど使い果たしたのか、不死王拳が解けて気の開放もしていない。もうもうと煙が立ち込める中、カズマが

 

 

「やったか!?」

 

 

「バッ!それフラグだぞカズマ!」

 

 

ヒデオの予感は的中したのか、土煙の中から鎧が地面に落ちる音が聞こえる。

 

 

「はぁ…。はぁ…。今のは危なかった…。かなり効いたぞ…!フハハハ!やはり楽しませてくれたな!」

 

 

ベルディアは生きていた。ただ無事と言うには程遠く、鎧は殆ど消し飛び、所々から血が出ている。

 

 

「嘘だろ…。今までで最大の威力だぞ…!」

 

 

段々と近づいてくるベルディアだが、ヒデオの方は不死王拳の反動により身動きが取れない。そんなヒデオを助けるためにカズマは頭を回す。記憶を探る。

 

 

「なかなか楽しめたぞ。サイヤ人の小僧。貴様と戦えた事を俺は忘れない。魔王様と邪神に感謝を。では、さらばだ」

 

 

ベルディアがヒデオへと剣を振り下ろす。

 

 

「クリエイトウォーター!」

 

 

剣を止め、カズマが放った水を避ける。ベルディア。それを見てカズマは叫ぶ。

 

 

 

「水だー!!水が弱点だコイツ!」

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

カズマの叫びにより魔法使い達は次々と水魔法を使うが、全く当たらない。

 

 

「くっ!鬱陶しい!」

 

 

「このままだと当たる前に魔力が尽きちまう!」

 

 

カズマも放ち続けるが、一向に当たらない。そんなカズマに声をかける人物がいた。

 

 

「ねぇ。何をしてるの?カズマったらこんな時に水遊びしてるの?」

 

 

今までどこに行っていたのか。アクアである。

 

 

「ちげぇよ!見てわかんねぇかこの駄女神!あいつは水が弱点なんだよ!お前アクアって名前だしなんとか出来ねぇのか!?」

 

 

「あっ!駄女神って言った!ふん!その気になれば洪水クラスの水だって出せるんですけど!いいわ!女神の力、見せてあげるわ!」

 

 

アクアはカズマの言葉に怒り、なにやら凄そうな詠唱を始めた。

 

 

「何だかヤバそうな予感がする…!おい!離せ!」

 

 

逃げようとするベルディアの足をダクネスが掴む。

 

 

「逃がさんぞ」

 

 

「セイクリッドクリエイトウォーター!」

 

 

 

「あっ、ちょまっ!」

 

 

アクアが生み出した大量の水に、ベルディアはおろかあたりの冒険者達も飲み込まれた。

 

 

洪水クラスの水により正門は壊れ、入口付近の民家も流された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




つれーわー


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第十五話

短めです


 

水が引き、流された冒険者たちがチラホラと立ち上がるのが見えた。どうやら無事のようだ。

 

 

「あ、アイツはどうなった?おいヒデオ!気はどうだ?」

 

 

辺りを見回し地面に倒れているヒデオを起こし、ベルディアはどうなったかを聞く。

 

 

「残念ながらまだ生きてるな。かなり弱ってるが。あっちの方だ」

 

 

ヒデオがそう伝えてきたので、言われた方を見ると、ベルディアがヨロヨロと立ち上がろうとしている。やはり水が弱点だったようだ。

 

 

「はぁ…。はぁ…。な、何なんだ貴様は…!馬鹿なのか!?馬鹿なんだな!?」

 

 

洪水になんとか耐えたベルディアはかなり弱っているようで、今にも事切れそうだ。

 

 

「まぁいい…。今ので他の冒険者どもも弱ったようだし、ゆっくりと殺していくか…」

 

 

ベルディアは剣を携え、歩を進める。が、そこに俺は立ちはだかる。今度こそコイツからなんか奪ってやる。

 

 

「こんだけ弱ってんだ!なんか奪ってやる!」

 

 

「貴様のスティールなど効かぬわ!!」

 

 

「スティール!!」

 

 

俺の手にはずしりとした重さが両手に伝わる。やったか!?と思ったが、それがいけなかったのか周りの冒険者たちは

 

 

「「あぁ…」」

 

 

と、落胆している。ベルディアの方を見るが、剣を携えたまま動く気配がない。

 

 

「あ、あのぅ…」

 

 

手の方からベルディアの声がする。見てみると……

 

 

俺の手の中にはベルディアの頭があった。

 

 

「か、返しては貰えませんかね…?」

 

 

ベルディアが焦りながら俺に話しかけてくる。ほほーん。なるほどなるほど…。

 

 

ニタァ

 

 

今の俺はそんな擬音を出しそうな顔になっているだろう。ベルディアの頭を軽く投げ…

 

 

思いっきり蹴飛ばし、そして大声で。

 

 

「おーい!みんなー!サッカーしようぜー!!ベルディア、お前ボールな!サッカーってのはな!手を使わずに足だけでボールを扱う遊びだよぉぉ!!」

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

カズマの呼び掛けに、冒険者達は戸惑いつつもベルディアの頭を蹴る。蹴る。蹴る。

 

 

蹴っているうちに楽しくなってきたのか、かなり盛り上がっている。

 

 

「え、っちょ!やめ!あぁぁー!」

 

 

ベルディアの悲鳴が響き渡る。

 

 

さて、と。俺も参戦しよ。

 

 

「アクアー!ヒールかけてくれー!」

 

 

俺は近くにいたアクアに回復魔法をかけてもらい動かなくなっていた体を動くようにしてもらう。

 

 

「サンキューアクア。よし…。おーいお前らー!俺も混ぜろー!」

 

 

俺はそう叫びベルディアの頭の方へ駆け出していく。

 

 

「お!ヒデオー!パース!」

 

 

カズマが頭をこっちに蹴ってくる。

 

 

「よっしゃー!いいもん見せてやらァ!」

 

 

「ちょ、やめ、やめて!!」

 

 

ベルディアがそう叫ぶが、俺は止まらない。頭を高く蹴り上げ、残り少ない気を放つ。

 

 

着弾。爆発。

 

 

「へっ!汚ぇ花火だ」

 

 

「おぉー!流石だなヒデオ!」

 

 

盛り上がる俺達に、蹴り上げられ撃ち落とされたベルディアが怒りの声をあげる。

 

 

「こ、この小僧が…!調子に乗りやがって!」

 

 

「なぁなぁカズマさんカズマさん。ボールが何か言ってるけど聞こえる?」

 

 

「いやぁー?全く聞こえないね!」

 

 

そう言い再び冒険者達の方へ蹴り飛ばす。

 

 

抵抗できない相手をボコボコにすんのって楽しいなー!

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ベルディアをボールにしてから数分。もういいだろうという事で浄化します。

 

 

「さ、アクア。頼んだ」

 

 

「任せなさいカズマ!セイクリッド・ターンアンデッド!!」

 

 

魔法陣が大きな光を放つ。

 

 

今度は効いたようで、ベルディアの身体がスーッと薄くなっていく。

 

 

「かなり危なかったが、一件落着って感じだな」

 

 

ヒデオがそう言う。いや、マジでほんと間一髪だった…。2度と魔王軍幹部とかと戦いたくねぇ…。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ベルディア討伐から数日。ダクネスが想像と違うタイプの羞恥攻めを受けたりといろいろあったが、ようやく魔王軍幹部討伐報酬が支払われることとなった。

 

 

「いくら貰えんのかなー」

 

 

「殆ど私の活躍みたいなもんだし、9:1でいいわよ?」

 

 

アクアがアホな事を口走る。するとヒデオが、

 

 

「殆どお前の活躍?何を馬鹿なことを。お前がやったのは周りを巻き込んでついでに街の入口付近を破壊しただけじゃねーか。そもそも俺が弱らせてなかったらあんな水当たらなかっただろうぜ」

 

 

「途中までどっか行ってた人に言われたくないんですけどー!それに、何なのよあのスキル!アンデッド臭がプンプンするわ!」

 

 

「あぁ、アレか。ウィズに教えてもらった」

 

 

「はぁぁあ!?あんた何やってんの!?女神の従者としての自覚はないわけ!?」

 

 

「誰が従者だ誰が!!」

 

 

ヒデオとアクアが言い合っている。関わらずにそっとしておこう…。と去ろうとする。

 

 

が。

 

 

「ちょっとカズマ!あんたも同じ従者としてなんとか言ってやって!」

 

 

こいつ、さり気なく俺のことも従者とか言ってきやがった…。よし。

 

 

「日頃グータラして殆ど役に立たないどっかの駄女神の戯言なんか聞かなくていいぞヒデオ」

 

 

「あー!!駄女神って言った!駄女神って言った!」

 

 

ギャーギャーと泣きわめくアクア。毎度の事だがやかましい。そんなやり取りをしている俺達の方にめぐみんたちもやってくる。

 

 

「またカズマはアクアを泣かせているのですか?前にも言いましたが、カズマは自分の口撃力を自覚するべきです」

 

 

「な、なんなら私の方を罵ってくれても構わないんだぞ…?」

 

 

ダクネスはどうやら鎧を修理に出しているようで、普通の服を着ているが、出るとこ出てて普通にエロい。

 

 

「今私のことをエロい体つきしやがってこの雌豚が!って目で見なかったか?」

 

 

「見てない」

 

 

「そうか…」

 

 

俺が即答するとダクネスは肩を落とす。コイツは相変わらずだな。

 

 

「まぁ確かにエロいよな」

 

 

ヒデオが耳元で囁いてくる。コイツもこういってる事だし、仕方ない事なんだ。いや、むしろエロい体をしてる方が悪い。

 

 

そんなやり取りをしていると、受付嬢から呼ばれた。

 

 

「冒険者サトウカズマさんとその一行は、受付まで来てください!」

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

報酬を貰った翌日。ギルド

 

 

「あー。修行しに行こうかなー」

 

 

机に突っ伏しながら呟くと、カズマが反応してくる。

 

 

「前から思ってたんだが、どこで修行してんだ?」

 

 

「身体を限界まで追い込めれば良いから、特に場所は決めてないな。人の迷惑にならないような場所でやってる」

 

 

「なるほど。まぁ今日は何かクエスト行くから修行なしだけどな」

 

 

カズマがダルそうに言ってくる。

 

 

まぁ仕方ない。

 

 

「まさか報酬貰えるはずが借金背負うことになるとは…」

 

 

「理不尽過ぎるんだよこの世界は!魔王軍の幹部を倒したんだぞ!?街、いや、もっと被害が拡大する可能性もあった!確かに民家を流したのは問題だが、魔王軍による将来的な被害を考えたら安いもんだろ!恩を仇で返しやがって!」

 

 

カズマは憤っている。無理もない。俺だってかなり腹が立っている。命を賭けて世界を救う手伝いをしたのに、その結果が借金。誰だってキレるわこんなん。

 

 

 

「あーなんか腹立ってきた!金もないしクエストは選り好みしない!これ行くぞ!」

 

 

そう言いカズマは依頼書をテーブルに叩きつけた。

 

 

その依頼書には…

 

 

『ジャイアントトードが出てきてかなり困ってます。駆除してください』

 

 

「お、カエルか。懐かしいな」

 

 

「えっ!?カエルですって!?いやぁああ!」

 

 

「わ、わが爆裂魔法はカエルごときに使うものではないのです…。なのでカエルは勘弁してください」

 

 

俺の言葉に、アクアとめぐみんが嫌そうに抵抗する。そんな2人にカズマが、

 

 

「うるせぇ!さっきも言ったが選り好みしてる場合じゃねえんだよ!4千万だぞ4千万!」

 

 

「でも、カエルは嫌なの!もう食べられたくないわ!」

 

 

「安心しろアクア。代わりに私が…」

 

 

ダクネスが何かを言おうとしたが、それをカズマが遮る。

 

 

「よく考えろ自称なんとか。俺らのパーティーには少しの間とはいえ魔王軍幹部とタイマンで渡り合ったヒデオが居る。カエルなんて楽勝に決まってんじゃねーか」

 

 

カズマがそんなことを言ってくる。い、いやぁ。面と向かって褒められると照れるなぁ。けど流石にこんな程度で堕ちるほどアクアはチョロく…

 

 

「なるほど!頭良いわねカズマ!ヒデオ!期待してるわよ!」

 

 

否。チョロかった。

 

 

「ま、まぁいいけどよ…。けどお前らが勝手な行動して食われても責任は取らんからな」

 

 

そんなこんなで、俺達は借金返済のためのカエル討伐に出発した。

 

 




もっと読まれるにはどうすれば


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中二病でも魔女がしたい!編
第十六話


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 カエル討伐終了。

 

 

 アクアが例の如く突っ込んで丸呑みされたり不死王拳を使った俺の打撃ならカエルに効くことがわかったりしたが、特に問題もなくクエストは終わった。

 

 

 ちなみに、報酬の大半は天引きされた。

 

 

 許せん。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 時間はいつだろうか。辺りを見回すが、特に何も無い。

 

 

 だが、どこか見覚えのあるその場所に、俺は、俺達は座っていた。

 

 

「佐藤和真さん。田中英夫さん。あなた達のこの世界での人生は終わってしまったのです」

 

 

 女神エリスと名乗ったその人は、優しい顔でしっかりと俺とヒデオの死を告げた。

 

 

 どうやら俺達はまた死んだらしい。

 

 

 そう思った瞬間、目から熱いものが流れた。

 

 

「カズマ…お前…」

 

 

 俺はかねてからろくでもないと思っていた世界が、案外気に入っていたらしい。

 

 

 そう思いつつ、死ぬまでの経過を振り返る。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 季節は流れ、本を読んでご飯を食べて運動をする季節もほとんど終わり、ほぼ冬である。夜は真冬の気温にも匹敵する寒さを凌ぐため、本来ならば冒険者は宿や家屋などを借り、凍死の心配をせずに過ごすのだが、俺達パーティーはそんな余裕が無い。

 

 

「金が欲しい…!」

 

 

「何言ってんのカズマ?そんなの誰だって欲しいに決まってるじゃない」

 

 

 俺の言葉に金が欲しい元凶の女神が話しかけてきた。こいつよくものうのうと…!

 

 

「それはそうだがアクア。この状況をよく考えろ。他の冒険者は凍死する心配なく宿でグースカ寝れる。その点俺達はどうだ?寝るのに恐怖すら覚える始末だ。つまり金が欲しいんだよ」

 

 

 ヒデオも同じ理由で金を欲しがっている。そりゃそうだ。何が悲しくて毎朝まつげを凍らせにゃならんのだ。もう真冬も真近に迫ってきて、雑魚モンスターは殆ど冬眠してしまっている。お馴染みジャイアントトードも例に漏れず冬眠の時期だ。なので必然的に強いモンスターのクエストしか残っていない。

 

 

「ヒデオまで…。そんなの私だって欲しいわよ。それより女神たる私をこんな状況に追いやって従者として恥ずかしくないの?わかったら、もっと私を甘やかして。贅沢させて。褒めて褒めちぎって甘やかして楽させてよ!!」

 

 

 バンッ!と机を叩き立ち上がるアクアに、俺は視線を向けて一言。

 

 

「借金だよ」

 

 

 その一言にアクアは言葉を詰まらせ、気まずそうに目を逸らす。だが俺はそのまま続ける。

 

 

「お前が作った借金のせいで、ろくに金も貯めらんねぇ!毎回のクエストから殆どが天引きされていくんだぞ!?今朝なんてまつげが凍ってたんだぞ!冬に入ったら確実に死ぬ!なんだよ、異世界に来て死因が凍死って!そんなに褒めて欲しいなら報酬も手柄も借金も、全部お前のもんな!よしヒデオ、借金はこいつひとりが払うらしいから、なんかクエスト行こうぜ」

 

 

「そうだな」

 

 

 そう言いヒデオと共にその場を去ろうとするが、案の定アクアが泣きついてくる。

 

 

「わぁぁ!待って!ごめんなさい!!謝るから!!それだけはやめてぇ!!見捨てないでぇぇ!ウワァァァン!!」

 

 

「あぁもうなんだよもう!!この構ってちゃんが!」

 

 

「金がないしアクアはウザいしイラつくのはわかるが落ち着けカズマ」

 

 

 ヒデオに諌められ、少し落ち着きを取り戻す。そうだよな。いくらこの駄女神のせいで借金地獄の極貧生活を送ってるからって当たるのは良くないよな。そう思い俺は机に付してずんずん泣いてるアクアの方を見る。するとアクアがチラチラとこちらを見てきている。嘘泣きか。なんかまた腹立ってきた。

 

 

 そんな俺達に掲示板を見に行っていたダクネスとめぐみんが声をかけてくる。

 

 

「まったく。相変わらず朝から騒がしいなお前達は」

 

 

「カズマはまたアクアをボロカスに泣かせているのですか?流石に可哀想になってきたんですが…」

 

 

「めぐみん、こいつ嘘泣きしてるからあんまり甘やかすような事は言うな。また調子に乗って今度は本当に泣かす事になる」

 

 

「そんな事より二人とも。なんかいい感じのクエストあったか?」

 

 

 ヒデオが話題を変えて二人に問う。

 

 

「どれもこれも高難易度のものばかりだったな。まぁ私は全然構わないのだが」

 

 

「もう消去法で比較的マシなのを選びませんか?ヒデオの俊敏さと私の爆裂魔法があれば強いモンスターも討伐できると思うのですが」

 

 

「それ下手したら俺が死ぬパターンのやつじゃねぇか」

 

 

 ヒデオがそう言うが、本当にそうするのも視野に入れている。なんやかんやで死ななそうだしこいつ。

 

 

「んー。もっかい見に行くかー」

 

 

 そう言い掲示板の方へ歩いて行く。当然みんなもついて来る。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 掲示板。

 

 

「どれどれ…。うわ。本気でろくなクエストがないな…」

 

 

「白狼の群れの討伐、一撃熊の討伐又は撃退した、マンティコアとグリフォンが手を組んだので討伐…。この中だと一撃熊が一番マシか?いや、1頭とは限らんしなー」

 

 

 そんなことを言いつつ掲示板を見て行く。すると目を引くものがあった。

 

 

「機動要塞デストロイヤー接近につき、偵察募集?デストロイヤーってなんだ?」

 

 

「えげつない名前だな。動く要塞ってことか?結構賞金も高いし、やばそうな相手だな」

 

 

「あれ?カズマとヒデオは知らないのですか?デストロイヤーと言えば、大きくてワシャワシャ高速移動してすべてを蹂躙する、妙に子供の人気があるやつです」

 

 

「なるほど。わからん」

 

 

 ヒデオの言う通り全く持ってわからん。とりあえずめぐみんの言うことを聞き流し、ほかのクエストを見て回る。

 

 

 少しするとヒデオがある依頼書を指差し、

 

 

「おいカズマ、見ろよこれ。雪精討伐だってよ。名前からして弱そうだし1匹十万エリス。これにしねーか?」

 

 

「1匹十万か…。なぁ、雪精ってなんだ?ヒデオの言う通りあんまり強くなさそうなんだが」

 

 

「雪精はとても弱いモンスターです。雪深い雪原にいると言われ、簡単に討伐できます。ですが…」

 

 

 めぐみんの言葉に、ヒデオは即座に依頼書を剥がす。仕事が早い。

 

 

「雪精の討伐?雪精は特に人に害をなすモンスターじゃないけど、一匹倒す事に春が半日早く来ると言われているわ。それ請けるなら、準備してくるわね」

 

 

 そう言いアクアはどこかに向かう。めぐみんも文句はなさそうだ。強いモンスターが良い!とか言いそうなダクネスの方を見る。

 

 

「雪精か…」

 

 

 ダクネスは何故か嬉しそうにそう呟いた。

 

 

 そんなダクネスの言葉に違和感を覚えながらも、防寒着の準備をしアクアを待ち、雪精討伐へ出発した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 街から離れた雪原。

 

 

「なぁアクア。さっきから思ってたんだがなんだその格好。季節わかってんのか?冬だぞ?セミ取りに行く子供か?寒さで頭がやられたのか?」

 

 

 カズマはアクアの格好に若干の不安と疑問を覚えたようだ。まぁ確かに討伐する格好にしてはちょっと変だ。

 

 

「あんたいい加減罰を当てるわよ。雪精を捕まえてこの小瓶の中に入れておくの。それで箱の中にでも飲み物と入れておけばいつでもキンキンに冷えた飲み物が飲めるって考えよ!」

 

 

 知能が低い割にこういうのには頭が回るんだよな。まぁオチが読めそうだが。

 

 

「ダクネスの鎧はまだ修理中か。お前クルセイダーなのにそんな装備で大丈夫か?」

 

 

「大丈夫だ。問題ない。雪精はすばしっこいからな。鎧を着ていては追いかけることすらままならん。それに、少し寒いがそれもまた我慢大会みたいで…」

 

 

 そう言い身体をよじらせるダクネス。装備的には大丈夫らしいが頭の方は大丈夫じゃないようだ。

 

 

「じゃ、始めるか」

 

 

 カズマの号令で雪精討伐が始まった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 情報通り、雪精はとても弱かった。だがとてもすばしっこかった。報酬十万だしこれくらいは当たり前か?そう思いつつ辺りを見回す。

 

 

「3匹目!」

 

 

 カズマが雪精を追いかけ回し、剣を振り下ろす。他のみんなも同じようにしていた。

 

 

「4匹目捕まえたわ!」

 

 

 アクアも順調に虫取りアミで捕まえているようだ。

 

 

 ただボーッと見ていると、カズマが話しかけてきた。

 

 

「どうした?ヒデオ。お前も虫取り網にすれば良かったとか考えてるのか?それか、討伐数が振るわなかったらアクアの捕まえたやつを討伐しようとかか?」

 

 

「いや、ちょっとした小休止だ。それよりカズマ。アクアの捕まえた奴に手をだそうとするなよ?どうせアイツ泣くから」

 

 

「だよなぁ…。ところでヒデオ、お前何匹倒した?」

 

 

 カズマが聞いてきたので、冒険者カードを見せる。

 

 

「どれどれ…。はぁ!?20匹!?お前どんだけ倒すの上手いんだよ!コツとかあんのか?」

 

 

 カズマそう言ってきたので、俺はある程度雪精がいる方向に手をかざし、衝撃波弱めで気功波を放つ。

 

 

 ジュッ。そんな音が複数聞こえ、冒険者カードに数が加算される。

 

 

「見ての通りだ。すばしっこいと言っても俺の身体能力なら普通に回り込めるしそもそも追いかける必要も無い。気功波撃てばいいだけだからな。でも簡単すぎて若干飽きてきた」

 

 

「あー…。まぁ我慢してどんどん討伐してくれ。冬を越すために金が必要なんだ」

 

 

「了解。リーダー」

 

 

 少々うんざりしながらも俺は雪精を討伐しまくった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 めぐみんが面倒だからと爆裂魔法で地面ごと雪精を吹き飛ばす。白かった地面は茶色に変わる。

 

 

 スゲーなーとヒデオと共に驚いていると、唐突に強風が吹いてきた。するとダクネスがワクワクした表情で剣を構えた。

 

 

「なんだ?ダクネスの様子を見るに、なんか来るのか?」

 

 

「嫌な予感しかしない…」

 

 

 そんな会話をする俺達に、アクアが話しかけてきた。

 

 

「ヒデオもカズマも、日本に住んでいたなら聞いたことくらいはあるわよね?雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている…」

 

 

 どうやら嫌な予感は当たったようだ。めぐみんを見るとうつ伏せのまま死んだふりをしている。後で踏んでやろう。

 

 

「冬将軍の到来よ!」

 

 

「バカか!この世界の奴らは、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだ!」

 

 

 全身を白く染め上げ戦国武将のような格好をした冬将軍と呼ばれるそれは、俺が叫ぶと同時に刀を抜き襲いかかってきた!

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 冬将軍は殺気と存在感を放ちながら、刀を構える。そして白刃を煌めかせ、一番近くにいたダクネスに斬りかかった。

 

 

「くっ!」

 

 

 ダクネスが冬将軍の一撃を大剣で受け止めようとするが、キンッと音を立て、ベルディアの剣戟をもしのいだ大剣はあっけなく真ん中でへし折られた。

 

 

「ああっ!?私の剣が!」

 

 

 アクアがダクネスと冬将軍から距離をとり話し始めた。

 

 

「冬将軍。国から高額賞金をかけられている特別指定モンスターの一体よ。冬将軍は冬の精霊。精霊は出会った人の思念により実体化するの。けど、冬に外を出歩くの日本から来たチート持ちくらいだから…」

 

 

 アクアの説明を、俺と共に剣を構えダクネスの隣に立つカズマが遮る。

 

 

「つまりコイツは、日本から来たアホが冬といえば冬将軍みたいな感じで連想したから生まれたのか!?なんて余計なことをしてくれたんだ!そもそも冬の精霊なんてどうやって戦えばいいんだよ!」

 

 

 精霊が実体化したというくらいなのだから下手な攻撃は通用しないだろう。それにしても気の大きさがやばい。下手したらウィズ並かそれ以上だ。

 

 

 俺達がかなり焦っていると、アクアはせっかく捕まえた雪精を解放しだした。

 

 

「二人とも聞きなさい!冬将軍は寛大よ!きちんと礼を尽くせば見逃してくれるわ!」

 

 

 アクアはそう言って、素早くひれ伏し頭を地面に近づけた。

 

 

「土下座よ!みんなも土下座をするの!早く!」

 

 

 アクアの土下座はそれはそれは見事なものだった。

 

 

「なぁカズマ。アイツって元何だっけ」

 

 

「一応だが女神だな。プライドはどっかに捨ててきたらしいが」

 

 

 何の迷いも葛藤もなく素早く土下座をするアクアと、さっきからずっと倒れ伏したままピクリとも動かず死んだふりをしているめぐみんにはいっそ清々しささえ感じられた。

 

 

 冬将軍は、頭を下げた二人に興味はないのか、俺達の方を向く。カズマも慌てて土下座をしようとするが、ダクネスは未だ突っ立ったままでいる。

 

 

「おいなにやってんだダクネス!早く頭を下げろ!」

 

 

 ダクネスは悔しそうに折られた大剣を見つめながら言う。

 

 

「私にだってクルセイダーとしてのプライドがある!モンスターに頭を下げるなど…!」

 

 

 そう言うダクネスの頭を無理やり俺とカズマで下げさせる。何でこいつはマジで危険な状況に限って変なプライドを見せるんだ。カズマも同じことを思っているようで、

 

 

「普段はホイホイモンスターに付いていこうとするくせにこんな時だけ下らんプライドを見せるな!」

 

 

「くっ!二人がかりで無理やり頭を下げさせられるなど、どんな御褒美だ!あぁ、雪がちべたい…」

 

 

 頭を地面に押し付けられているダクネスは頬を紅く染める。この変態は置いといて俺も頭を下げねーと。

 

 

 頭を下げようとするとアクアが叫ぶ。

 

 

「二人とも!武器!武器を捨てなさい!」

 

 

 俺達は慌てて武器を捨てた。カズマは慌てたのか、頭が地面から離れてしまっている。嫌な予感がする…!

 

 

「カズマ!頭を上げるな!」

 

 

 俺はそう叫ぶ。冬将軍は居合の構えをしている。冬将軍が刀に手を触れたかと思うと…

 

 

 スッ。

 

 

 そんな音が聞こえ、後からチンという音が聞こえる。刀を鞘に収めた音だ。速すぎてほとんど見えなかった。

 

 

 ザッ。何が地面に落ちる音が聞こえた。

 

 

 瞬間、俺は冬将軍から距離を取り気を開放。そして不死王拳を使う。

 

 

「2倍じゃ足りねぇ…!4倍…、いや、6倍だー!!」

 

 

 間違いなく過去最高の気を放出する。周りの雪が溶ける。身体がビキビキと音を立てているが気にしている時間はない。

 

 

「ばっ…!やめなさいヒデオ!」

 

 

 アクアがそう言うが、もう遅い。怒りで我を忘れかけている。

 

 

「この野郎ッ!よくもカズマを!!」

 

 

 そう叫び剣を携え突撃する。冬将軍に向かって振り下ろすが、軽くいなされる。さらに安物の長剣は冬将軍の一撃であっけなく折られた。このままだと斬られるので超速で退る。ビキッ。また体が変な音をたてる。気にしている暇はない。

 

 

「だだだだだだだっ!!」

 

 

 フルパワーで気弾を放つ。それも数十発。

 

 

 しかし、冬将軍は未だ健在。俺の方を見たかと思うと、一瞬で距離を詰め刀を振り下ろす。

 

 

 それを俺は辛うじて右に避ける。ビキキッ

 

 

 ザン。

 

 

 即死には至らなかったが、左腕が斬り落とされてしまう。だが痛みは少ない。アドレナリンが出まくっているのだろう。だが腕を失ったことを気にしている暇はない。早くしないとこのまま出血多量で死んでしまう。

 

 

「関係あるか!か、め、は、め…!!!」

 

 

 残った右手に全ての気を集中させる。これを撃てば気を使いすぎて俺は恐らく死ぬ。だが関係ない。もう後戻りは出来ないのだから。

 

 

 冬将軍は再び距離を詰め、今度は横薙ぎに刀を振るい、俺を横に両断する。しかし、冬将軍が斬ったソレはスーッと消える

 

 

 残像である。

 

 

 残像を囮にし冬将軍の真上にジャンプしていた俺は、そのままかめはめ波を放つ。

 

 

 パキン。何かが壊れる音がした。だが関係ない。

 

 

「消えろ!!波ァァーーー!!!」

 

 

 ズドォォォォォン!!

 

 

 そんな轟音が辺りに響き渡る。

 

 

 間違いなく直撃した筈だが、地面に着地し冬将軍の生死を確認する前に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 完全に思い出した。どうやらカズマも思い出したようだ。

 

 

 そんな俺達に女神様が声をかける。

 

 

「あの…。大丈夫ですか?」

 

 

「あっ…。すみません。取り乱しちゃって」

 

 

 謝るカズマだが、エリスと名乗った女神様は慈愛に満ちた表情で首を振ると、

 

 

「何も恥じることではありません。大切な命を失ってしまったのですから」

 

 

 そんな優しい事を言うエリス様に、カズマが問う。

 

 

「あの、俺達を斬ったあのモンスター、どうなりました?」

 

 

 確かにそれは俺も気になる。あの時はカズマが殺された事で取り乱し怒ったが、今は落ち着いている。果たして一矢報いることは出来たのだろうか。

 

 

「田中英夫さんの捨て身の一撃でダメージは負いましたが、貴方がたを斬った後は消えてしまったようです」

 

 

 一応ダメージを与えた様だが、命をかけた一撃でも倒せないってどういう事だよ。俺が悔しそうな顔をしていると、

 

 

「ヒデオ、お前冬将軍と戦ったのか?普段は冷静であんまり危険な事をしないお前が?」

 

 

「いや、その、アレだ。うん」

 

 

 カズマが殺された怒りで我を忘れかけたから、など本人に言えるはずもなく、取り敢えず誤魔化す。

 

 

「アレってなんだよ…。まぁいいか」

 

 

 そんな会話をする俺達にエリス様が声をかける。

 

 

「佐藤和真さん。田中英夫さん。せっかく平和な日本からこの世界に来てくれたのに、このような事になり申し訳ありません。せめて私の力で、次は平和な日本で裕福な家庭に生まれ、何不自由なく暮らせるように、転生させてあげましょう」

 

 

 そう言えば死んだら記憶なくして赤ちゃんが何も無い天国に行くかだけだったな。にしてもまたあの労働がすべての世界に戻るのか。ちょっとやだなー。

 

 

 俺がそんなことを考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 

 《さあ帰ってきなさい二人共!こんな所で何あっさり殺されてんの!私と一緒に魔王を倒すんでしょ!》

 

 

 アクアの声だった。

 

 

「ちょ、なんだ!?」

 

 

 カズマは突然響いてきたアクアの声に戸惑っている。このいる場所が狭いのか反響しまくってんなー。うるせぇ。

 

 

 俺がそんなことを思っていると、エリス様が声を上げて慌てだした。

 

 

「えっ!?この声、アクア先輩!?随分先輩に似てるなーって思ってたけど、まさか本物!?」

 

 

 そんなエリス様の声は聞こえていないのか、アクアが続ける。

 

 

 《ちょっと二人とも、聞こえる?あんたらの体に、『リザレクション』かけたから、もうこっちに帰ってこれるわよ!あんたらの目の前の女神にこっちへの門を出してもらいなさい》

 

 

 おぉ!アクアのヤツ、たまにはいいことするじゃねーか!カズマもそう思ってるようで、かなり喜んでいる。

 

 

「おし!待ってろアクア!今そっちに帰るからな!」

 

 

「やったなカズマ!これでまた冒険出来るぞ!」

 

 

 喜ぶ俺達に、エリス様が慌てて言う。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください!ダメですダメです!一度生き返った人は天界規定により、これ以上の蘇生は出来ません!そうアクア先輩に伝えてくれませんか?」

 

 

 規定ってなんだよ規定って。ドラゴンボールでも最終的には何回でも生き返ってたじゃねーか。それくらい許してくれよ。

 

 

「おいアクア!聞こえるか!?なんか、天界規定とやらで、俺達もう生き返れないんだってよー!」

 

 

 カズマが虚空に向かってそう叫ぶ。

 

 

 すると一瞬静かになり、

 

 

 《はぁー!?誰よそんな頭の固い事言ってる馬鹿な女神は!ちょっとアンタ名乗りなさいよ!こんな辺境担当の女神が、日本担当のエリートな私にどんな口きいてんのよ!!》

 

 

 アクアがそんなチンピラじみたことを言う。その言葉にエリス様はとても顔をひきつらせている。

 

 

「えっと、エリスって女神様なんけども…」

 

 

 カズマがそう言うと、アクアは素っ頓狂な声を上げ、

 

 

 《はぁ?エリス?この世界で国教として崇拝されるからって調子に乗ってお金の単位にまでなった上げ底エリス!?ちょっと二人共、それ以上その子がゴタゴタ言うなら、その胸パッド取り上げ》

 

 

「わぁぁぁ!!わかりました!わかりましたから!特例で認めますから!今門を開けます!」

 

 

 アクアの暴露を遮り、エリス様は顔を赤くして指をパチンと鳴らす。それにしても、パッドなんだな。

 

 

「さぁ、これで現世と繋がりました。まったく、こんな事は普通ないですよ?お二人共、この事は、内緒ですよ?」

 

 

 おちゃめにウインクをして囁く。俺達はそれを見て苦笑を浮かべると、門を押し開けた。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。爆裂魔法が好きそうな声だなーっと思っていると、段々と意識が覚醒してくる。

 

 

「カズマ!ヒデオ!起きてください!」

 

 

 俺とヒデオに縋り泣くめぐみんの声。

 

 

 左側に気配がある。どうやらヒデオと並んで寝転がっているようだ。まだ雪原にいるようで、背中が冷たい。しかし、後頭部は温かく柔らかい。目を開けると、俺を見下ろすアクアと目が合う。膝枕してくれていたようだ。

 

 

「あ、気がついた?まったく、あの子は頭固いんだから」

 

 

「おぉ、気がついたか二人とも。良かった…」

 

 

「ん…。あぁ」

 

 

 隣からヒデオとダクネスの声が聞こえる。ヒデオはダクネスに膝枕されているようだ。

 

 

 めぐみんが意識を取り戻した俺達に気付き、抱き締めてくる。

 

 

 生き返ったことを喜んでくれるのは嬉しいが、なんか恥ずかしいな。

 

 

「…どうしたアクア。ニヤニヤして」

 

 

「ねぇカズマ。照れてないでなんか言いなさいよ。私たちになにか言うことあるでしょう?」

 

 

 無性に腹が立つ笑顔を浮かべ、アクアがそんなことを言ってくる。そんなアクアに俺は一言。

 

 

「あ、チェンジで」

 

 

「上等よこのクソニート!そんなにあの子のところへ行きたいならすぐ送ってやるわ!」

 

 

 アクアが俺を押さえつけ殴ろうとしてくる。

 

 

「や、やめろ!生き返りたてほやほやの人間は労われ!」

 

 

 そんなアクアをダクネスがなんとか落ち着かせ、俺は体を確かめながら起き上がる。

 

 

「具合は大丈夫ですか?どこか悪いところは?」

 

 

 めぐみんが心配そうに聞いてくる。特には異常は見当たらない。

 

 

「一応大丈夫っぽい。そう言えば、俺とヒデオはどうやって殺されたんだ?」

 

 

 そんな俺にヒデオが言う。

 

 

「お前あのバケモンに首チョンパされたんだよ。んで俺は多分出血多量&気の使いすぎと不死王拳の上限オーバーで死んだ」

 

 

「首ちょ…!」

 

 

 思わず絶句し、自然と首筋をなでる。

 

 

 傷跡とかは残っていないが、それでも首をはねられ殺されたという事実に背筋が凍る。

 

 

「それにしても、ヒデオがあんなに怒るなんてねー」

 

 

「ちょ、それは言うな。俺もどうかしてたんだ」

 

 

 アクアがヒデオをからかう。なるほど、ヒデオは俺が殺されて怒ってくれたのか。なんか照れくさいな。

 

 

 照れて頬をかいている俺に、ヒデオが話しかけてくる。

 

 

「なぁカズマ。クエスト、どうする?」

 

 

 そんなのはもう決まっている。この世界の冬は、強い者のみが活動を許される過酷な季節。俺達のような駆け出しが踏み入っていい場所ではないのだ。

 

 

 俺は一言。

 

 

「撤収」

 

 

 雪精討伐、リタイア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・コンバットマスター
この作品の主人公(仮)、ヒデオの職業。己の肉体で戦う脳筋系上級職。一応剣術も覚える事が出来る。同じ系統の下級職にファイターというものがある。割と融通が効く職。



・気功術
ヒデオの冒険者カードに何故かデフォルトで存在したスキル。気功波やかめはめ波など、ドラゴンボールっぽい事なら何でも出来る。クラスが冒険者なら覚えることが可能だが、性質上かなりポイントを食うのでオールマイティなカズマには向いていない。スキルポイントを割りふる度にレベルが上がり、新しい技が覚えられる。


・気功波
気功術の基本中の基本。体にある気をそのまま放出する。溜め撃ちが可能。最小威力で着弾点が燃える。衝撃波強め、などの設定ができる。


・気弾
これまた気功術の基本中の基本。体にある気を圧縮し放出する。こちらも溜め撃ち可能。連射も可能。着弾点が爆発する。


・気の開放
文字通り体の気を開放し色々と強くなる技。疲労が早くなる。ヒデオの気の色は黄色。


・かめはめ波
ご存知かめはめ波である。気を圧縮、増幅し放つ技。気弾や気功波等とは比べ物にならない性能を持つ。不死王拳2倍時のヒデオのかめはめ波で、魔王の加護を受けたベルディアの鎧を砕く威力がある。爆裂魔法には劣る。上位互換に超かめはめ波がある。


・舞空術
初期は鶴仙流の奴らが使っていた恐らくドラゴンボール史上一番頻繁に使われている技。結構な速度で飛べるが、使用者が貧弱すぎると風圧とか色々なものに耐えれない。


・気の感知
殆ど敵感知と同じだが、相手の力量や体力などを気の残量により計ることが出来る。便利。


・ファイナルエクスプロージョン
某王子が某魔人を倒すために命を投げ打って発動した技。恐らく爆裂魔法より強い。だが死ぬ。
『さらばだ。ブルマ、トランクス。そして、カカロット』


・おっぱい星人
クリスがヒデオに抱いた最初の印象。ないよりはある方が良い派だが、結局は顔。


・徒手空拳
格闘技全般が使えるようになるスキル。合気道からボクシング、果てはコマンドサンボまで幅広く取り揃えております。


・不死王拳
アンデッドというかリッチーのスキル。不死王拳はヒデオが名付けた。界王拳の下手したら死ぬバージョン。気の色が赤紫っぽくなる。倍率を上げると段々と濃く禍々しくなっていく。上限を超えると身体がえらいことになる。全能力が飛躍的に向上するが、その分疲労や苦痛、魔力などの消費量なども同じだけ上がる。まさに諸刃ブレード。ヒデオ(ベルディア討伐時)は2倍まで耐える事が出来る。2倍以上も発動は出来るが多分死ぬ。




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第十七話

多分短いはず


雪精討伐の報酬が450万エリス。これだけあれば何とか冬を越せそうだ。ヒデオは雪精を30匹倒したお陰か、レベルが4つくらい上がったらしい。羨ましい限りだ。今は宿屋で寝る準備をしている。ちなみにアクア達とは部屋が別だ。

 

 

「なぁヒデオ。スキルポイントどうすんだ?」

 

 

俺はなんとなくヒデオに聞いてみた。

 

 

「取り敢えず『気功術』に全振りした。別段他に取りたいスキル無いしな」

 

 

「相変わらず行動が早いな。俺も取ってみようかなー。どう思う?」

 

 

前から思っていたことを言ってみる。するとヒデオは、

 

 

「やめとけやめとけ!コイツはスキルポイントを馬鹿みたいに食うんだ。習得後もポイントを振って新技を覚えるんだが、まったく、燃費がいいんだか悪いんだか…。『気功術』俺のはレベル8。新しく覚えたのは超かめはめ波、気の精密操作、特殊気功、舞空術。使い勝手はそこそこだが今ひとつ突出するもののないスキル…。不死王拳を使えば強敵にも通用するが、普段はそこそのスペックを維持している……。地球破壊はできない、丘が崩せる程度。なんか便利っぽい感じを漂わせている為羨ましがられることが多いが、俺としてはかなり疲れるし使いすぎるとたまに身体から変な音を立てたりするんだぜ。悪いスキルじゃあ無いんだが、これといって特徴の無い……影の薄いスキルさ」

 

 

 

ブツブツと長い呪文のような文を唱え始めた。一回死んで頭がやられたか?

 

 

「お、おう…。ん?お前さっき舞空術って言ったか?」

 

 

「言った。まだずいぶん遅いけど」

 

 

舞空術かー。いいなー。かめはめ波と並んで人気の高い技だな。今度一緒に飛んでもらおう。

 

 

「スキルポイントが余ったら覚えるのもいいかもなー。俺もかめはめ波とか撃ってみたいし」

 

 

「そん時は教えてやるよ」

 

 

さっきの長文とは真逆の事を言っているのだが、自覚はあるのだろうか。やっぱ頭がやられたか?ま、いいか。

 

 

「あぁ。頼む」

 

 

そんなこんなで、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

病み上がり、というか死に上がり?なので激しい運動は控えるようにアクアに言われ、修行も出来なくなったので暇である。

 

 

なので、俺は今ウィズの店に遊びに来ています。カズマ達はギルドに居る。カズマのリハビリ用に何か軽いクエストを受けるそうだ。アクア曰く、俺はカズマより重症らしい。まぁ仕方ないよな。

 

 

「すみませんねヒデオさん。手伝ってもらっちゃって」

 

 

「いや、スキル教えて貰ったし、暇だからな」

 

 

商品を並べながらそう言う。決してウィズのおっぱいを眺めに来た訳では無い。そう、決して。

 

 

ほ、ホントだよ?

 

 

俺がそんなくだらないことを考えていると、ウィズが

 

 

「スキルの使い勝手はどうですか?お役に立ちました?」

 

 

スキルのレビューをしろとの事だ。

 

 

「かなり役には立ってるな。ちょっと前に調子乗って死にかけたけど」

 

 

「えぇっ!?あれ程言ったのに…。動いて大丈夫なんですか?」

 

 

ウィズが大袈裟に心配してくる。いい子だなー。

 

 

「激しい運動は控えるようにアクアに言われた」

 

 

「そうですか…。お大事に。今後このようなことがないように気をつけてくださいね?」

 

 

ウィズが優しい目でそう言ってくる。ウィズって実は女神なんじゃないだろうか。どっかの駄女神よりよっぽど女神っぽいぞ。

 

 

「おう。まぁ約束は出来ねぇけど出来る限り気をつけるぜ」

 

 

「もう!約束して下さい!」

 

 

ぷんすか怒るウィズを放置し作業に戻る。それにしても、流石というかなんというか、いろんな物が置いててワクワクするな。

 

 

「これは何に使うんだ?」

 

 

一つのポーションらしき物を手に取り、ウィズに尋ねる。

 

 

「それは服用するとモンスターが寄ってくるポーションですね」

 

 

なるほど。ダクネスが喜びそうだな。

 

 

「ふーん。じゃあこの杖は?」

 

 

杖、メイスのような物を手に取り再び尋ねる。先っちょが尖っているし、なにかに刺すのだろうか。

 

 

「それは刺した場所から一定の範囲に重力を一定量増やす装置ですね。魔力を注ぐ量を変えれば30倍くらいの重力まで調整出来ます。ただ、重力の有効範囲内に使用者がいないと、魔力を供給できないので重力は発生しません。なので、モンスター相手に使う際は自分も重力の影響を受けなければなりません」

 

 

どうやら周りに重力を発生させる装置らしい。攻撃はともかく、修行に使えそうだ。値段は…?

 

 

500万!?たっけぇ!駆け出しばっかのこの街で買うやついんのか?

 

 

「なぁウィズ。今気付いたが、この店やたらと高額な商品多くないか?」

 

 

駆け出しの街の魔道具店にしては値段が高過ぎる。

 

 

「えぇ。でも質がいいものばかりで、何故売れないのか…」

 

 

ウィズが疑問符を浮かべているが、売れないのは殆ど必然的である。さっきも言ったがここは駆け出しの街アクセル。そんな高級な装備やポーションが必要になる冒険者など殆ど居るはずが無いのだ。ここに来る客と言えばウィズ目当てに冷やかしに来る男共ぐらいだ。もっと強い冒険者が居るところで開けば繁盛しそうなんだけどな。

 

 

「うーん。取り敢えず質の悪い、と言えば聞こえは悪いが、比較的安価な商品を仕入れたらどうだ?」

 

 

取り敢えず俺が常識的にわかる範囲でアドバイスしてみる。

 

 

「そうですねぇ…。けど、ほかのものを仕入れている余裕が…」

 

 

まず高い物と意味のわからない魔道具を仕入れるのをやめろ。そう叫びたい。

 

 

だが技を教えてくれた恩師のウィズを悲しませる結果になるかもしれない。俺は心の中で考えるのをやめ、そっと蓋をした。

 

 

「まぁ、がんばれ。困った事とかあったらいつでも相談に乗ってやるから」

 

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 

貧乏店主の笑顔に若干の罪悪感を覚えながら俺は作業に戻る。あー修行したい。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ヒデオが療養中なので、ヒデオ無しでも行けそうで、かつ俺のリハビリになりそうな荷物運びなどの比較的簡単なクエストを受けようとしていた時、事件は起こった。

 

 

 

「おい、もう一度言ってみろ」

 

 

俺は怒りを抑えながら、静まったギルド内でその男に問い返す。

 

 

「何度だって言ってやるよ。荷物持ちの仕事だと?上級職ばっかのパーティーなのに、もっとましな仕事に挑戦できないのかよ?大方お前が足を引っ張ってるんだろ?なぁ、最弱職さんよぉ?」

 

 

そう言い、仲間と笑い合うチンピラのような男。いやもうこれ完全にチンピラだ。

 

 

所詮酔っ払いのチンピラがほざいてる戯れ言と、我慢し大人の対応がデキる男だ。普段のアクアの冷やかしに比べれば、こんなものは取るにたらないものだ。

 

 

しかし、この男の言うことにも一理ある。

 

 

確かに俺の仲間達はヒデオを除いては一芸に突出しすぎて癖がありすぎる節があるが、傍から見たら上級職ばかりで良さそうに見えるだろう。それにもっと上手く立ち回れれば、いい稼ぎも出来るかもしれない。

 

 

それに、俺は確かに最弱職だ。なので、取り敢えず言い返さないでおく。その様子を萎縮していると取ったのか、

 

 

「おいおい、何か言い返せよ最弱職。ったく。今日は来てないようだがあのコンバットマスターといい、お前といい、いい女を三人も引き連れてよぉ。しかも全員上級職ときてやがる。さぞかしいい思いをしてんだろうなぁ?」

 

 

それを受け、ギルド内に爆笑が起こる。

 

 

俺達の活躍やコイツらのポンコツ具合を知る人は注意しようとする奴も居た。

 

 

そんな人達がいてくれるおかげで我慢できる。そうやって我慢を続ける俺をみて、アクア達が止めに入る。

 

 

「カズマ、相手にしてはいけません。ヒデオが治ったらちくってボコボコにしてもらいましょう」

 

 

「そうだカズマ。酔っ払いの言うことなど捨ておけばいい」

 

 

「あの男、あんたらに嫉妬してんのよ。男の嫉妬は見苦しいわねー」

 

 

3人のおかげでなんとか耐える俺だが、最後の一言には耐えられなかった。

 

 

「ハン!あのコンバットマスターは療養中か!モンスターにボコボコにされたのか?仮にも上級職の癖に弱いな。上級職の中で最弱と呼び声の高いコンバットマスターのアイツと、冒険者のお前といい、他の上級職におんぶに抱っこで楽しやがって。苦労知らずで羨ましいぜ!代わって欲しいぜ、兄ちゃんよ?」

 

 

男の問いかけに、俺はボソリと

 

 

「……ってやるよ」

 

 

「は?」

 

 

男が聞き返してくる。

 

 

「だからそんなに代わって欲しいなら代わってやるっつってんだよ!あぁ!大喜びで代わってやるよぉぉぉぉ!!」

 

 

俺の絶叫に、ギルド内が静まり返る。流石に我慢の限界だ。ヒデオが居なくて良かった。アイツなら確実に手が出てる。

 

 

「…え?」

 

 

男は間抜けな声を出す。自分から代わって欲しいと言ってきたのになんなんだこいつは。

 

 

「だから何度も言わせんな!代わってやるって言ったんだよ!!お望み通りな!さっきから黙ってりゃ調子に乗ってペラペラと舐めた事ばっか抜かしやがって!確かに俺は最弱職だ!だけどお前その後なんつった!」

 

 

いきなりキレた俺に若干引きながらも男が言ってくる。

 

 

「そ、その後?えと、いい女三人連れていい思いしてるって…」

 

 

「いい女!いい思い!?そんなもん何処に居るんだよ!何処でするんだよ!お前のその顔にくっついてんのは目玉じゃなくてビー玉かなんかなのか!?どこにいい女が居るんだよ!俺の濁った目ん玉じゃ見当たんねぇよ!お前いいビー玉持ってんな!俺のと交換してくれよ!」

 

 

「「「あ、あれっ?」」」

 

 

俺の渾身の叫びにアクア達がそれぞれ自分を指さしながら呟く。

 

 

「なぁおい!教えてくれよ!いい女!どこにいんだよ!アァッ!?てめぇこの俺が羨ましいって言ったな!おい!」

 

 

男の胸倉を掴みキレる俺に、アクアがおずおずと声をかけてくるが、それを無視してなお続ける。

 

 

「しかもその後なんつった!?上級職におんぶに抱っこだと!?苦労知らずだと!?」

 

 

男は若干涙目になっているが、それでも俺はまだ続ける。

 

 

「それにヒデオが弱いだと!?お前、魔王軍幹部とか冬将軍相手にタイマン張れんのか!?」

 

 

「……そ、その、ご、ごめん。酔ってた勢いで言い過ぎた…。確かによく知りもしないコンバットマスターのことを悪く言うのはお門違いだった。で、でも、あれだ!隣の芝生は青く見えるって言うがな、お前さんらは確かに恵まれているんだよ!代わってくれるって言ったな!なら1日。1日だけ代わってくれよ冒険者さんよ!な、お前らもいいか!?」

 

 

そう言い男は仲間に許可を求め、無事許可を貰う。

 

 

俺は早速そのパーティーに挨拶をした。

 

 

「俺はカズマ。よろしく!」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

俺がウィズの店の手伝いをしていると、カズマが謎のメンバーを連れてやって来た。

 

 

「どうしたんだ?後ろの奴らは誰だ?」

 

 

カズマに説明をしてもらう。

 

 

ふむ、なるほど。というかコンバットマスターって上級職で最弱なのか。確かにあれだもんな。剣を使った方がリーチ的に有利だし、魔法を使えるわけでもないし回復させれるわけでもない。まぁどうでもいいけど。

 

 

「じゃ、気をつけて行ってこいよー。気が向いたら散歩がてら見に行くかも」

 

 

「おう。あんま激しい運動はすんなよ?」

 

 

カズマはそう言い後ろにいた連中と去っていく。大変だな、冒険者も。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

カズマが来てから数時間後。深夜少し前だろうか。ウィズの店の手伝いもとっくに終わり、ついでに晩御飯を御馳走した。貧乏らしいからな。礼ついでだ。ちなみに客は一人も来なかった。

 

 

ウィズに挨拶をし店を後にする。激しい運動は控えろとか言われたが、まぁ舞空術の練習くらい大丈夫だろう。

 

 

「上着来ても寒いなー」

 

 

そんな事を言いながら夜のアクセルの街の空を飛び、ふとカズマの気を探り、行ってみることにした。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

カズマの気を辿り、近くなってきた。この辺に居るようだ。

 

 

上空から辺りを見回していると、人影が見えた。何かから逃げているようだ。その中にはカズマの気もある。なんかやばそうだな。

 

 

どうしようかと考えているうちに、目視できる距離にカズマ達が来た。なにやらでかい猫型のモンスターに追われている様だ。

 

 

必死で逃げてるあたり、かなり強めのモンスターなんだろう。俺は助ける為に高度を下げカズマ達に近づいていく。

 

 

「おいカズマ!大丈夫か!」

 

 

「はぁ…。はぁ…。えっ!?ヒデオ!?なんでここに!」

 

 

「え、ちょ、なんでこの人空飛んでるの!?」

 

 

一緒に走っていた女の子が驚いている。ほかの2人も同様だ。まぁ無理もない。

 

 

「暇だから散歩ついでに来た!助けようか?」

 

 

俺はカズマたちに速度を合わせそう言う。

 

 

「あぁ!って言いたいのは山々なんだが、お前あんま激しい運動は控えるよう言われたろ!」

 

 

「一撃で仕留めれば大丈夫だろ!カズマ、足止め頼む!」

 

 

俺はそう言い、大型の猫の方に向く。カズマも足を止めそちらへ向く。それを見たほかの3人が、

 

 

「ちょ、何してんだカズマ!逃げるんじゃなかったのか!」

 

 

「そうよ!かないっこないよ!」

 

 

止めるように言ってくるが、もう遅い。

 

 

「ったく!絶対に1発で仕留めろよ!」

 

 

「分かってる!はぁっ!」

 

 

俺は気を開放する。少し痛みが走るが、大丈夫だろう。

 

 

「くらえ!『クリエイト・ウォーター』!!そして、『フリーズ』!!」

 

 

カズマが猫の方に水を撒きフリーズで凍らせ足を止める。だが猫はかなりのパワーがあるのか、簡単に氷を砕いて動けるようになってしまう。しかし、これで回避しづらくなった。俺は手のひらに気を集中し、投げる。

 

 

「気円斬ッ!」

 

 

これは新しく覚えた、『特殊気功』の斬属性と、『気の精密操作』を合わせた技、クリリンの代名詞、気円斬だ。

 

 

気円斬は弧を描いて飛んでいくと、

 

 

ザシュッ!と猫の首を撥ねた。

 

 

「ふぅ、ナイスカズマ」

 

 

「おう。ナイスヒデオ」

 

 

俺達はそう言い合い拳と拳を合わせた。コイツとのコンビもなかなか様になってきた。

 

 

「す、すごい、すごいよ!二人共!初心者殺しを倒しちゃうなんて!」

 

 

「す、すげぇ…!すげぇぞカズマ!そこの人!」

 

 

なにやら興奮している。結構な強敵だったらしい。

 

 

その後、どうやって飛んでるのか、さっきの技はなんだ、とか聞かれまくったが、ともあれ、無事にカズマ達はクエストを終えることが出来たようだ。めでたしめでたしだな。

 

 

色々と質問攻めにあいながら、俺達は街へ帰る。

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ヒデオのお陰もあり、無事街に帰ってこれた俺達は、報告のためにギルドへ訪れた。

 

 

さぁ報告して飯でも食うか、と意気揚々とギルドのドアを開けると…

 

 

「ぐずっ…。ひぐっ…。ガズマあああっ…!」

 

 

泣きじゃくっているアクアを見て俺はそっとドアを閉めた。

 

 

すると、ドアが開いた。

 

 

「おいっ!気持ちは心底よーくわかるが、ドアを閉めないでくれよ!」

 

 

ドアを開けたのは俺に絡んできたダストとかいう男。半泣きだ。その反応だけでもう何が起きたのかだいたい予想がつく。

 

 

ダスト達を見てみると、ダストは背中にめぐみんを背負い、アクアは白目をむいて気絶しているダクネスを背負って泣いていた。よく見ると歯型のようなものがついていて、若干臭う。

 

 

「…言われなくても何があったか大体わかるから聞きたくない」

 

 

俺がその場を後にしようとすると、ダストが止めてくる。

 

 

「聞いてくれ、聞いてくれよっ!!俺が悪かったから、謝るから聞いてくれ!まず、街を出てどんなスキルを使えるのか聞いたんだ。で、この子が爆裂魔法使えるって言ったから、そりゃ凄いって褒めたんだよ!そしたら、我が力を見せてやろうって、何も無い所に意味もなく爆裂魔法をぶっ放ったんだよ!」

 

 

「あーあー聞きたくないあーあー」

 

 

俺は耳を塞ぎ極力話を聞かないようにする。しかしダストは、

 

 

「おい、聞いてくれって!そしたら、初心者殺しだよ初心者殺し!爆裂魔法の轟音を聞きつけたのか、初心者殺しが来たんだが、肝心の魔法使いはぶっ倒れてるわ、クルセイダーなのに武器も持たずに突っ込むわ、挙げ句の果てに…」

 

 

ダストが何かを言っているがもう知らん。

 

 

「おい皆、初心者殺しの報告はこいつがしてくれたようだが、ヒデオが倒したんだからまた報告してくるわ!で、終わったら新パーティー結成に乾杯しよう!」

 

 

「「「おおぉぉっ!!」」」

 

 

これの言葉に、ヒデオ以外の3人が喜びの声を上げる。

 

 

「ま、待ってくれぇ!謝るから!土下座でもなんでもするから!俺を元のパーティーに返してくれぇ!」

 

 

ガチ泣きするダストの肩に、ヒデオが手を置き、一言。

 

 

「ドンマイ」

 

 

「じゃ、そーゆー事だから、新しいパーティーで頑張ってくれ。よし、行くぞヒデオ」

 

 

ダスト達を放置し、俺達は受付の方へ向かう。

 

 

「俺が悪かったから!!今回の事はマジで謝るから許してください!!」

 

 

放置されたダストの悲痛な叫びがギルド内へ響き渡る。

 

 

 

 

 

 

正直可哀想とも思ったが、自業自得だよな。ざまぁ。

 

 




ネタに走りたい…!感想が欲しい…!お気に入りが欲しい…!投票して欲しい…!


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第十八話

視点を変えたものはオリジナルと呼ぶべきか否か。


思ったより吉良の同僚ネタが通じなくて泣きました。まる


 

ダストとの一件から数日。

 

 

俺達は、アクセルの近くにあるダンジョンに来ていた。通称「キールのダンジョン」と呼ばれているそこは、初めてダンジョンに挑むのに丁度いい難易度らしい。

 

 

なので、俺は今後のダンジョン探索の実験がてら、アンデッドを浄化でき、かつ暗闇でも目が見えるアクアと共にダンジョン内を探索している。

 

 

ちなみに、ダンジョン内で爆裂魔法が使えなくなるめぐみんと、未だ療養中のヒデオ、装備がまだ無いダクネスはダンジョンの外で待機してもらっている。時間までに帰って来なかったら街に帰って応援を呼んでもらうためだ。

 

 

ワラワラ出てくるアンデッドをアクアに浄化してもらい、奥へと進んで行く。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

カズマ達がダンジョンに入って特にすることもなく暇なので、運動しようかと思い小屋から出ようとしたが、めぐみんとダクネスに止められた。

 

 

「ちょっと運動しに行くだけだしいいじゃねーか」

 

 

「ダメです!私たちはアクアに言われてるんですよ!ヒデオが修行しに行こうとしたら止めろって!」

 

 

「そうだ。ここ最近お前は無茶しすぎな気がする。この間だって初心者殺しを倒したそうだな。偶には休んだらどうだ?」

 

 

2人は俺の前に立ちはだかりここは通さんとばかりに仁王立ちしている。

 

 

「でもマジで暇なんだよ。ほら、運動って言っても軽くだからさ」

 

 

「軽く…。どのくらい軽いのですか?」

 

 

めぐみんがそう聞いてくる。

 

 

ふむ。ならば教えてやろう。

 

 

「ただ疲れない程度に全力で走り回ったり気を放ちまくったり高めまくったり空を自由に飛び回ったりしてちょっと死にかけるだけだ」

 

 

ちなみにキツめだと殆ど死ぬ。

 

 

「それの何処が軽いと言うのですか!ヒデオがなんと言おうと、ここは通しませんからね!」

 

 

「それでも通りたくば、この私を殴り倒してから行け!ほら!さぁ来い!」

 

 

ダクネスの発言はともかくとして、二人共俺を心配してくれてるんだな。

 

 

…二人に免じてここは大人しく従っとくか。

 

 

「わかった、わかったよ。今日は修行しない」

 

 

諦めたように両手を挙げて椅子に座る。やっと言う事を聞いた、とダクネスが一息つき、めぐみんがフフンと鼻を鳴らす。

 

 

「分かればいいのです!さ、ヒデオ!爆裂魔法をぶっ放しに行きますよ!」

 

 

……。

 

 

「何をしているのです?ヒデオ。早く準備して下さい」

 

 

俺は無言で立ち上がり、めぐみんへと近付く。

 

 

「さ、行きますよ!あ、あれ?なんで私の頭に手を置くのですか?流石に何の脈絡もなく頭を撫でられるのはあぁぁあぁっ!痛い痛い痛いです!!頭を鷲づかまないで!やめ、ヤメロぉぉぉー!ぎゃぁあぁぁ!!」

 

 

 

なんとなくムカついたので、取り敢えず頭を鷲掴みにし力を込める。

 

 

「あ、謝りますから!やりたい事が出来ないヒデオの前で存分に自分のやりたい事をやってドヤ顔したいとか思ってぎゃああああ!!潰れます!潰れちゃいます!」

 

 

やっぱりか。いい性格してんなコイツ。俺がめぐみんの頭を掴み続けていると、ダクネスが止めに入る。

 

 

「そ、そのへんにしてやれヒデオ。めぐみんの自業自得とはいえ、流石に可哀想だ。それでもやり足りないというなら、是非私に…」

 

 

モジモジしながら言うダクネスはスルーし、もういいだろうとめぐみんを解放する。

 

 

「は、はぁ…。死ぬかと思いました…」

 

 

「おら、ロリっ子。撃ちに行くんだろ?そんな所で座ってないで早く行くぞ。ダクネス、留守は任せた」

 

 

「了解した。気を付けてな」

 

 

「ろ、ロリ…!」

 

 

何か言いたそうなめぐみんを放置し、先に小屋から出る。爆裂ついでに舞空術披露してやろ。

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「もうこの辺でいいじゃねーか。誰がおぶって帰ると思ってんだ」

 

 

結構歩いた。運動するなとか言ってた奴は誰だっけ。

 

 

「ダメです。いい感じの岩がないと…」

 

 

めぐみん曰く、ベルディアの城にぶち込みまくってからという物の、最低でも大岩を壊さないと爆裂欲が満たされないそうだ。コイツそのうち建造物を破壊しないと満たされないとか言うんじゃないだろうな。

 

 

そんな事を考えながら歩いていると、めぐみんが目標を見つけたようだ。

 

 

「あ、あの岩がいい感じです!」

 

 

めぐみんが指をさしたそれは、中々の大きさを有していた。それに硬さも有りそうだ。

 

 

「そうか。じゃ、撃てよ」

 

 

「何を言ってるのです?この距離から届くわけ無いでしょう?馬鹿なんですか?もっと近付かないと…」

 

 

突然バカにされたのでカチンと来た。

 

 

めぐみんの真後ろに立ち、両脇に手を回し、突っ込む。

 

 

「ひゃっ!ちょ!何するんですか!セクハラです…か…え、うわぁあぁあ!」

 

 

 

少しムカついたので、予告無しに舞空術で空を飛ぶ。流石に空を飛んだ経験は無いのか、かなり驚いている。

 

 

「ちょ、なんで浮いてるんですか!?ヒデオ、いつの間にそんな技を…!ひゃっ!どさくさに紛れて胸を触らないでください!」

 

 

「これは舞空術っていう技だ。雪精討伐の後に覚えた。ていうか触ってねぇよ。それにお前のは触るほどない」

 

 

 

「なっ…!喧嘩を売っているのなら買いますよ!!」

 

 

「ちょ!危ないから暴れんな!落ちても知らんぞ!」

 

 

めぐみんがジタバタ暴れるので慌てて止める。あぶねー。

 

 

「取り敢えず今は我慢してあげます。降りたら覚えておいてくださいね」

 

 

……降りんの怖くなってきた。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

一悶着あったが、無事爆裂魔法を放ちスッキリしためぐみんを背負い空を飛ぶ。

 

 

「便利ですね。障害物とか気にしなくても大丈夫ですし」

 

 

「結構疲れるけどな。それよりもめぐみん、俺がこの技を覚えたことにより、お前の爆裂魔法はさらなる脅威を持つようになったぞ」

 

 

俺は背中から話しかけてくるめぐみんに言う。

 

 

「さらなる脅威?なんですか詳しく教えてください」

 

 

爆裂魔法の事となるとくいつき方が尋常ではない。

 

 

「ほら、俺は空を飛べるだろ?で、お前を背負いながらも飛べる。つまり、お前は爆裂魔法の射程を気にせずに上空から安全に爆裂出来るってこった。分かったか?」

 

 

爆撃機ならぬ爆裂機ってとこか?空から突然爆裂魔法とか恐怖でしかない。

 

 

俺の言葉に、めぐみんはプルプルと震えだし…

 

 

「す、素晴らしいじゃないですか!天才ですかあなたは!これからはアクセルの爆裂コンビとして名を馳せて行きましょう!!」

 

 

恐ろしいコンビだな…。

 

 

「ま、気が向いたらな」

 

 

次は空から爆裂したい、高速で過ぎ去りながら爆裂したい、だの夢を膨らませながら、小屋へ帰る。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

小屋の外でダクネスは紅茶を飲みながら佇んでいた。

 

 

「おーい。ダクネスー。何してんだー?」

 

 

「あ、二人共、おかえり…。ん?どこだ?声はするが…」

 

 

ダクネスは辺りを見回しているが、俺達を見つけられていない。

 

 

「こっちです!上です上!」

 

 

めぐみんが俺の背からダクネスに手を振る。

 

 

「上…?は!?ヒデオ、お前飛んでるのか!?」

 

 

ダクネスが俺達を見て驚く。この反応何度目だ。

 

 

「おう。こないだ飛べるようになったんだよ」

 

 

「…本当に何でも出来るなお前は」

 

 

ダクネスが若干落ち込みながら言ってくる。自身と比較しているのだろうか。

 

 

「何でもは出来ねぇよ。出来ることだけだ。っと、ほらめぐみん。降りろ」

 

 

言いながらめぐみんを降ろす。

 

 

「ありがとうございます!初めての体験で中々楽しめました!」

 

 

めぐみんはまだ興奮冷めやらぬといった状態で、いい笑顔をしている。まぁ俺も舞空術使えた時はかなりテンション上がったしな。

 

 

ふとダクネスを見てみると、なにやらめぐみんの方をチラチラと見ている。ははーん?

 

 

「どうしたダクネス。めぐみんを羨ましそうに見て。お前も飛びたいのか?」

 

 

「うっ…」

 

 

ダクネスは頬を染め顔を背けるが、やがてゆっくりと頷く。うむ。自分に正直なのはいい事だ。いつもみたいに正直すぎるのはアレだけど。

 

 

「じゃ、いくぞー」

 

 

「え、ちょ、まだ心の準備が…!ってどこを触ってるんだお前は!」

 

 

さっきのめぐみんのように両脇に手を入れ飛ぶ。やっぱり暴れるよな。めぐみんとは違い、胸がばるんばるん揺れてますね。眼福。

 

 

てかコイツ力強っ!そしてちょっと重い!

 

 

「ダクネス、ちょっと重…、持ちにくいかららやっぱり背中に乗ってくれ」

 

 

一旦下ろしおんぶの体勢を取る。

 

 

「重!?重いと言ったか!?いくら私でも流石に傷付くぞ!取り消せ!」

 

 

「おいやめ、ぐえっ!うっ…!」

 

 

後ろからダクネスが俺の首を掴んできて息ができない。死ぬ…!

 

 

「い、息が…!と、取り消すから…ゆるして…!」

 

 

段々と血の気が引いていく。ヤバい…!トぶ…!

 

 

「だ、ダクネス!?ヒデオが真っ青になってますよ!?」

 

 

「わっ!す、すまんヒデオ!やり過ぎた!」

 

 

めぐみんの言葉にようやく事態に気付いたのか、慌てて手を離す。あ、危なかった…。

 

 

「い、いや今のは俺に非がある。すまん。デリカシーがなかったな」

 

 

今後はこんな事がないようにしよう。下手したら死ぬ…。首をさすりながら息を整えていると、めぐみんがふと

 

 

「…最近のヒデオは、やけに仲間想いですね」

 

 

などと言ってくる。次いでダクネスも

 

 

「そうだな。いつもなら、重たいお前が悪い、とか言って来たはずなのに」

 

 

こいつらの中での俺のイメージはどうなってんだ。まぁ大体あってるけども。

 

 

「あー…。アレだ。仲間の大切さを思い知ったというか、気が向いたというか…」

 

 

頬をかきながらボソボソと言う。こういうの面と向かって言うの恥ずかしいな。

 

 

「…いつもカズマに並ぶ鬼畜野郎とか思っててすいませんでした」

 

 

「おいその話詳しく」

 

 

俺はアイツほど鬼畜じゃねぇよ!ち、違うよね?まだ常識の範囲内だよね?

 

 

……いや、よく考えたら会って1日に満たない女の子、しかも女神をカエルに向けてぶん投げて囮にしたり、ムカつく奴とはいえ会って十数分の奴の股間を蹴りあげたり、抵抗できないのをいい事に魔王軍幹部の頭をボールにしてサッカーしたり。かなり鬼畜だわこれ。

 

 

俺が自分の本性に落ち込んでいると、ダクネスがポンと肩に手を置いてきた。

 

 

「まぁ、私はヒデオが鬼畜でも全然構わんのだが…。むしろバッチコイだ」

 

 

「…お前は相変わらずだな」

 

 

若干呆れていると、身をよじり興奮しだした。こいつ範囲広すぎないか?

 

 

その後もカズマ達が帰ってくるまで、ダクネスをおぶって飛んだり、ダクネスの淹れる紅茶が美味しかったり、謎のボードゲームをしたりと色々とやった。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ダンジョンから戻ってくると、ヒデオがダクネスをおんぶしながら飛び回っていた。何やってんだアイツら。

 

 

「あ、カズマにアクア。おかえりなさい」

 

 

こっちに気付いためぐみんが手を振ってくる。

 

 

「おう、ただいま。で、ヒデオとダクネスは何やってんだ?舞空術で飛んでるってのはわかるが」

 

 

「あ、ホントだ。飛んでる。ねぇヒデオー!後で私も乗せてー!」

 

 

アクアが飛んでるヒデオに呼びかけ、ヒデオはおう、と短く返事をした。俺も乗っけてもらお。

 

 

「お疲れさまです二人共、ダンジョンはどうでした?」

 

 

めぐみんが聞いてきたので、ヒデオ達も呼び戻し、道中にあったことを話した。

 

 

やたらとアンデッドに見つかったり、スキルが役に立つことがわかったり、リッチーを浄化したり、アクアが女神っぽかったりと、色々とあったものだ。

 

 

「んじゃ、ヒデオの舞空術も堪能したし帰るか」

 

 

そう言い、ダンジョンを後にする。

 

 

宿屋に泊まるのは良いが、今後のことも考えてそろそろ拠点が欲しい、ヒデオが治ったら何かクエストに行こう、そんな事を語りながら街へと帰る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想!評価!大歓喜!


漢字だけを並べたら中国語っぽい。


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第十九話

アンケートってどうやるの


前回のあらすじ

 

 

眼福。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

ダンジョンに行って数日後、ギルドにて。

 

 

「俺!復活!」

 

 

長い長い休養の末、ヒデオが完治した。やっと治ったのが嬉しいのか、ババーンとポーズを決めている。

 

 

「おぉ、やっとか」

 

 

「あぁ。今朝アクアから太鼓判を押されたぜ。早速だがなんかクエストいくか?」

 

 

ヒデオが若干興奮しながらそう言ってくるが、あいにくの所今日は用事がある。

 

 

「いや、今日は用事があるんだ。ヒデオも付いてきてくれ」

 

 

アクアが居れば充分だが、念のためだ。

 

 

「別にいいけど、どこ行くんだ?」

 

 

「ま、行ってからのお楽しみって奴で。ダクネスは美味しいクエストが貼られた時のために残っといてくれ」

 

 

「了解だ。放置プレイというわけだな」

 

 

もう何も言うまい。ちなみにめぐみんはどっかに行った。偶にある事だし、そこまで問題ではない。

 

 

「じゃ、行くか」

 

 

宴会芸を披露していたアクアを連れ、ギルドを出る。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

カズマに連れられ、アクアと共に目的地へ向かう。この道は…。なるほど、あそこに行くのか。ならアクアを連れていくのは納得が行く。

 

 

でもなー…。

 

 

「なぁカズマ。本当に今から行く所にアクア連れてって大丈夫なのか?多分暴れるぞ」

 

 

ヒソヒソとカズマの耳元で囁く。

 

 

「だよなぁ…。てかどこ行くかは分かったんだな」

 

 

「あぁ。何回か行ったしな」

 

 

俺達がヒソヒソと話していると、仲間はずれにされてると思ったのかアクアが

 

 

「なになに?二人とも何の話をしてるの?私にも教えて?」

 

 

と、話に入ってくる。そのまま言う訳にはいかないので、誤魔化しつつ伝えた。

 

 

「ふーん…。ま、よっぽどじゃない限り暴れたりしないわよ。あんたらは私を何だと思ってるの?」

 

 

アクアがそう言ってきたので、答えてやる。

 

 

「「自称女神(笑)」」

 

 

カズマも同じ事を思っていたようで、見事にハモる。

 

 

「自称って何よ!ちゃんとした女神よ!ていうかなんでハモるの!?」

 

 

ギャーギャーと喚くアクアを宥めつつ歩いていると、目的地に着いた。

 

 

ここに来るのは何度目になるんだろう。休養の間も何回か手伝いに来てたしな。

 

 

そう。俺達が来たのは、ウィズ魔道具店。リッチーのウィズが経営する店である。

 

 

カズマは念のため、もう一度アクアによく言って聞かせる。

 

 

「いいか?アクア。絶対に暴れるなよ?」

 

 

「わかったわよ。ったく。いったい私を何だと…」

 

 

ぶつくさ言うアクアを放置し、カズマは店のドアを開ける。

 

 

からんころーん。そんな音が店内に鳴り響き、中にいたウィズに俺達の入店を告げる。ウィズはいらっしゃいませと言いながらこちらを向く。

 

 

「いらっしゃいませ!あ、カズマさん!ヒデオさん!ようこ…そ…あぁっ!?」

 

 

ウィズは俺達の後ろにいるアクアを見つけると、少し悲鳴を上げる。

アクアはと言うと、ウィズを見た途端親のカタキを見つけたと言わんばかりの形相でウィズに向かおうとする。

 

 

「ああーー!!出たわねこのクソアンデッド!あんた、お店なんて出してたわけ!?女神である私はまだ家なんて持ってないってのに、あんたはお店の経営者!?リッチーの癖に生意気よ!こんな店、神の名のもとに破壊して…!ちょっと!何すんのよヒデオ!離して!そいつ殺せない!」

 

 

「破壊するとか殺すとか、お前はそれでも女神か」

 

 

俺は物騒な事を言うアクアを羽交い締めにし、ウィズに近付けさせないようにする。あれ?この光景前にも見たな。

 

 

カズマは俺に羽交い締めにされるアクアを見てため息を吐く。が、すぐに気を取り直してウィズに挨拶をした。

 

 

「よ、ウィズ。約束通り来たぞ」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「ふん。お茶も出ないのかしらこの店は」

 

 

アクアが机を指でカツカツしながらネチネチと陰湿なイビリをする。お前は姑か。

 

 

「ああっ!すみません!今すぐ…!」

 

 

「茶なんて出さなくていいぞ。一体どこに茶を出す魔道具店が…」

 

 

ヒデオの言葉も最後まで聞かずにドタバタと奥へと引っ込んでいくウィズ。よほどアクアが怖くて慌てているのか、ガシャーンパリーンと何かが壊れる音が複数回響く。大丈夫か?

やがて音が収まったかと思うと、お茶のいい香りが漂ってきた。

 

 

「お、お待たせしました…」

 

 

おぼんにお茶を載せおそるおそる店の奥から出てくるウィズ。アクアの分すら要らなかったのにきっちり三人分淹れてくるあたり、人の良さが伺える。良い子。

 

 

椅子にふんぞり返るアクアの前にそ〜っとお茶を置くウィズ。お茶を出されたアクアはふんと鼻を鳴らしお茶を啜る。ヒデオも頂きますと言ってお茶を啜る。

 

 

「うっ…。美味しいんですけど。アンデッドの癖にいい茶葉使って!アンデッドの癖に美味しくて温かいの淹れちゃって!」

 

 

どんだけ難癖付けたがるんだよ。だからお前は姑か。

 

 

「すみませんすみません!」

 

 

アクアの高圧的な態度にペコペコと頭を下げるウィズ。ま、アクアはあとでしばくとして。今日は別の用で来たんだ。本題に入ろう。

 

 

「ウィズ。そんな奴ほっといていいぞ。今日はリッチーのスキルを教えてくれるって言ってた件で来たんだ。スキルポイントに余裕出来たからさ、何か教えてもらいたいんだが…」

 

 

「ぶっ!」

 

 

「うわ!何すんだアクア!きたねぇな!」

 

 

俺の言葉にアクアが口に含んでいたお茶をヒデオにぶっかける。うわぁ。

 

 

「汚いって何よ!女神の口から出た物が汚いなんてある訳がないわ!それよりカズマ!リッチーのスキル?リッチーのスキルですって!?あんたと言いヒデオと言い、女神の従者としての自覚はないの!?この際だからヒデオにも言っとくわ!リッチーのスキルなんてろくでもないものばっかりよ!そんな物覚えるなんて…!いい?リッチーってのは薄暗くてジメジメしたところが好きな、言わばナメクジの親戚みたいな連中なの」

 

 

「ひ、酷いっ!」

 

 

うん。ほんと、酷い言いようだな。どんだけアンデッド嫌いなんだよ…。ウィズ若干泣いてるぞ。

 

 

「まぁ、ナメクジの親戚だろうが何だろうがいいんだけどさ。ほら、リッチーのスキルなんて普通覚えれないだろ?そんな珍しいスキルを覚えたらパーティーの戦力になるんじゃないかと思ってな。いくらヒデオが強いといっても、流石にヒデオ1人だけだと限界があるだろ」

 

 

「むぅ…。女神としては従者がリッチーのスキルを覚えるのは見過ごせないんですけど…」

 

 

俺の言葉に納得がいったのか、しぶしぶ引き下がるアクア。しかし、ウィズの方は何か引っかかる所があったのか首をかしげている。

 

 

「女神としては…?以前のターンアンデッドの件でまさかとは思ってたんですが、ひょっとして本物の女神様だったりするんですか…?」

 

 

ウィズがビクビクしながらアクアに尋ねる。アンデッドの王ともなると流石にわかるのか。俺の方は未だにアクアが女神だと信じたくないんだが。

 

 

そんなことを俺に思われてるともつゆ知らず、アクアは久々に女神扱いされて嬉しいのか自信満々に胸を張る。

 

 

「あ、わかっちゃう?わかっちゃう?私の溢れ出る女神オーラがわからせちゃう?あなたはよそに言い触らしたりしないでしょうから特別に言っておくわ。私はアクア。そう、何を隠そうアクシズ教団が崇める女神、アクアよ!控えなさいリッチー!」

 

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

 

自信満々に自己紹介をしたアクアに、かなりビビり俺の後ろに隠れるウィズ。いくら天敵の女神とは言え、流石にビビりすぎじゃないか?

 

 

「ウィズ、いくら女神とはいえ、そこまで怯えなくてもいいんじゃないか?ほらコイツ、言ってる事は完全にヤカラだけど馬鹿だからそこまで怯える必要は…」

 

 

ヒデオも同じ事を思っていたのか、そう言う。

 

 

「い、いえ、確かに女神様は私とは相反する存在です。けどそれよりも、頭のおかしい方が多いアクシズ教団の元締めの女神様と聞いて…」

 

 

「なんですってぇっ!?」

 

 

ウィズの意外な毒吐きにアクアがバン!と机に手を叩きつけ睨む。それを見てウィズは縮こまりまたも謝る。

 

 

「ひ、ひぃ!ご、ごごご、ごめんなさいっ!」

 

 

「は、話が進まねぇ…」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

猛るアクアをヒデオが拳骨で黙らせ、大人しく座らせる。ヒデオ連れてきて本当に良かった。

アクアはしょんぼりしながら淹れ直したお茶をチビチビと啜っている。余程拳骨が痛かったらしい。

意気消沈しているアクアを若干気にしながら、気を取り直したウィズが、

 

 

「そう言えば、最近知ったのですが、カズマさん達があのベルディアさんを倒されたそうで。あの方は幹部の中でも剣の腕に関してはかなりのものだった筈なのですが、凄いですねぇ。あ、もしかしてヒデオさんがあの時技を教えてくれって急かしてきたのはベルディアさんが原因でした?」

 

 

ウィズが首をかしげヒデオに問う。

 

 

「まぁ、そうだけど…。なんか、ベルディアを知ってるみたいな口ぶりだな。あれか?アンデッド仲間だから繋がりとかあったのか?」

 

 

「ああ、言ってませんでしたっけ。私、魔王軍幹部の1人ですから」

 

 

ウィズが今ニコニコしながらサラッと重要な事を言ったような…。

 

 

………。

 

 

「確保ーっ!!」

 

 

いつの間にか復活していたアクアがウィズに飛びかかった!

 

 

アクアの勢いを支えきれず、ウィズは地面に尻餅をつき倒れ、取り押さえられる。

 

 

「待ってー!アクア様、お願いします!話を聞いてください!」

 

 

ウィズがアクアにのしかかられている。なんかエロい。

アクアはと言うと、いい仕事したとでも言わんばかりに汗を拭い、

 

 

「やったわね二人共!これで借金をチャラにして家まで買えちゃうわよ!」

 

 

嬉々としてそんなことを言う。これが取らぬたぬきの皮算用か。

俺がそんなことを考えていると、ヒデオが椅子から立ち上がりウィズの前にかがみ込み、

 

 

「ったく、事情くらい聞いてやれよ…。えっと、幹部ってどういう事だ?ことと次第によっては、見逃すわけにはいかねーんだが…」

 

 

ヒデオが言うと、ウィズが半泣きで弁明する。

 

 

「ち、違うんです!魔王城の結界の維持のために、魔王さんに頼まれたんです!勿論今まで人に危害を加えた事は無いですし、幹部って言っても、なんちゃって幹部ですから!それに、そもそも賞金もかかってませんから!」

 

 

ウィズの必死の弁明に、俺とヒデオは顔を見合わせ肩をすくめた。

 

 

「…良くわかんないけど、念のために退治しておくわね」

 

 

「待って下さいアクア様ー!」

 

 

アクアに取り押さえられ魔法をかけられそうになり泣きそうな顔で喚くウィズ。取り敢えずヒデオにアクアを引き剥がしてもらい、話を聞く。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

ウィズ曰く、結界の維持のために魔王に幹部になってくれと頼まれたそうだ。人里でのんびり暮らすのは止めないからとも。

それを聞いてもアクアは結界を破るために倒す必要があると主張したが、ウィズの見解ではアクア並のレベルになれば幹部全員を倒さずとも残り2,3人の状態での結界なら破れるとの事だ。ウィズを今すぐ倒しても俺達が魔王を倒せる訳では無いし、取り敢えず倒さないでおこう、そうカズマと決めた。アクアは最後まで抵抗したが。

 

 

「でも、良いのか?幹部って一応はウィズの知り合いの連中なんだろ?ベルディアを倒した俺達に恨みはないのか?」

 

 

カズマがウィズにそう聞く。まぁ、仲良かったら恨んでても仕方ないよな。それにあのオッサン騎士道を真っ直ぐに貫いてたっぽいし良い人っぽかったし仲がいい可能性も…。

俺がそんなことを考えているとウィズが、

 

 

「…ベルディアさんとは特に仲が良かったとかは無いですね。私が歩いていると、よく自分の頭を転がしてきてスカートの中を覗こうとする人でした」

 

 

前言撤回。あのオッサン騎士道捻じ曲がってるわ。

 

 

ウィズが言葉を続ける。

 

 

「あと、幹部の中で私と仲が良かった方は一人しかいませんし、その方は簡単に死ぬような方でもないですから。…それに」

 

 

そう言った後、ウィズは寂しそうに笑いながら

 

 

「私は今でも、心は人間のつもりですしね」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

ウィズの言葉に若干しんみりとしたり、アクアがウィズをいじめてどっちが女神でリッチーかわからなくなったりしたが、無事カズマは『ドレインタッチ』というスキルを覚える事が出来た。

さて用もすんだしギルドに戻ろう、とウィズに別れの挨拶をしようとした時。

 

 

からんころーんと鳴り響き入口のドアが開く。そして入ってきた中年の男。

 

 

「ごめんください。ウィズさんはいらっしゃいますか?」

 

 

おっさんに名前を呼ばれたウィズは、何の用かと問う。

 

 

「はい。わたしがウィズです。本日はどう言ったご用件で?」

 

 

「あぁ良かった。いらっしゃって。実はーーー」

 

 

略。

 

 

不動産屋らしいおっさん曰く、この街の近くにある屋敷に様々な悪霊が住み着き、祓っても祓っても出てくるとの事で、この街では高名な魔法使いで通ってるウィズの元に相談に来たらしい。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

なんやかんや紆余曲折あり、アクアがウィズの代わりに悪霊退治を受け持つ事になった。不動産屋の人は、退治した報酬として、悪評が消えるまで屋敷に無料で住んでくれてもいいとの事だ。棚ぼた。

 

 

屋敷に着くなり女神パワーとやらで何かを感じ取り語り始めたアクアは放置し、合流したダクネスやめぐみんと共に荷解きと掃除をしえ無事に終え、各自自由行動となった。

やがて夜となり、就寝時間となった。まぁアクアがいるから大丈夫だろうと、特に何の心配もなく皆各々の部屋に行き睡眠をとることにした。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

寝てから数時間経っただろうか。唐突に目が覚める。特にトイレに行こうとも思わないし、このまま寝よう。そう思い瞼を再び閉じる。なんか腹の上に人形あったけどどうでもいいや。

 

 

「ここかぁー!」

 

 

バタン!と勢い良く自室のドアが開く。その音に目を開けると人形と目があったが気にせずドアの方を見る。するとアクアがズカズカとこちらに向かってくる。

 

 

「……!」

 

 

声が出ない。金縛りというやつか。さっきから妙に首とか瞼とか動かしにくいし寝返りもうてないと思ってたら金縛りか。

 

 

「ヒデオ、大丈夫?待っててね。今そこの霊をシバキ倒すから!『ターンアンデッド』!!」

 

 

アクアが人形に向けて光を放つ。すると人形は力を失ったようにフッと倒れる。

体の異常もなくなったようだ。

 

 

「サンキューアクア。じゃ、おやすみ」

 

 

「おやすみなさいヒデオ。私はもうちょっと霊をシバキ倒してくるわね!」

 

 

アクアに礼を言い再び寝る。何だったんだあの人形。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

朝。ヒデオが起きてきた。こいつよく寝れたな。

 

 

「おはようヒデオ。昨日は大丈夫だったか?」

 

 

「ふわぁ…。ん、あぁ。夜起きたら腹の上に人形乗ってたり金縛りにあったけどアクアが来たから問題なかった」

 

 

サラッと結構な事を言うヒデオ。メンタル強いというかなんというか。幽霊とか気にならない人なのか?

 

 

「それより除霊は終わったのか?」

 

 

呑気にそんなことを聞いてくるヒデオ。

 

 

「アクアに聞いてみないとわかんねーな。朝飯の時に聞くか」

 

 

「了解」

 

 

その後もヒデオと談笑しながら屋敷の庭にある小さなお墓を掃除していると、朝飯が出来たようでアクアが声をかけてくる。

 

 

「じゃ、行くか!」

 

 

「んだ」

 

 

そう言いヒデオと共に急ぐ。

早く行かないとアクアに全部食べられる。そんなことを語りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第二十話

デストロイヤーを強化したい


 屋敷に幽霊が住み着いてたのはアクアが原因だった事が判明したが、不動産屋のおじさんはとても良い人で、むしろ悪評が消えるまで住んで欲しいとの事だ。

 唯一出された条件としては、冒険が終わったら、その日の冒険話に花を咲かせてほしいことと、人形騒動の翌日にヒデオと掃除したお墓の手入れをこまめにして欲しいそうだ。

 その位でこんな立派な屋敷に住めるってんだから、ホント良い人。

 

 

 ともあれ、冬越しとちゃんとした拠点を手に入れるという案件は解決できた。

 

 

 シェアハウスと言うか、家族以外の人と一緒の家で暮らすってのは未体験なので、新生活に心踊っていた訳なのだが。

 

 

「おいこら、そこどけ駄女神。今から内職すんだよ。寒いなら外で乾布摩擦でもしてこい」

 

 

 冬に活動してるモンスターは殆どが強い奴ばかりで、従ってギルドに貼られるクエストも強い奴ばかりになる。

 そんなクエストが俺たちにこなせる筈もなく、最近は殆どクエストを受けていない。かといって借金があるせいで働かない訳にはいかない。

 なので俺はギルドから内職の仕事を貰って来た。

 しかしこの寒さだと手がかじかんでうまく作業が捗らないので、一つしかない暖炉の前を使いたいのだが、駄女神ことアクアが我が物顔で暖炉前のソファーに寝転がっている。上から座ってやろうかコイツ。

 

 

「なに?やーよ。乾布摩擦なんて。女神たる私のやる事じゃないわ。私にここから出てほしいならコタツの一つでも出してちょうだい」

 

「この世界にコタツなんてある訳ねーだろ!そもそも誰が作った借金のせいで内職なんてしてると思ってんだ!少しくらい貢献しろ!その気が無いなら俺にも考えがあるぞ」

 

 

 低めのトーンでアクアを脅すが、借金を作った張本人には響いていないようで。

 

 

「なに、やる気?お互い素手の状態なら、ステータスが超高い私の方に分があるわよ。暖炉の前は我が聖域。誰がなんと言おうとあぁぁぁぁっ!」

 

 

 言う事を聞かないアクアの背中と首筋にフリーズを食らわせ、ソファーから転げ落とす。その隙にサッとソファーに座る。

 あったけぇ…。

 

 悶絶するアクアをよそに、部屋の中を見回してみる。やはり暖炉があるこの部屋以外は寒いのか、みんなここに居る。

 めぐみんとダクネスはとてもムカつくルールのボードゲームをしていて、流石アークウィザードの知力と言ったところか、めぐみん優勢のようだ。

 ヒデオは『死にかけるほど強くなる!?臨死!トレーニング法』というタイトルの本を舞空術で浮きながら読んでいたが、やがて本を閉じたかと思うと、地面に叩きつけた。何やってんだコイツ。

 

 そのままボへーっと見ていると、復活したらしいアクアが俺に冒険者カードを突き付けると。

 

 

「カズマ。見なさいな。レベルの欄を!今私は、パーティーの中で一番高レベルなのよ?もうベテランと呼ばれてもおかしくないレベルなの!レベルが低いひよっこの分際で、私に逆らおうなんておこがましいわよ!ほら、わかったらそこどいて!」

 

 

 アクアが突き出してきた冒険者カードに記されているレベルは21。確かにパーティーの中では1番高レベルだ。思えばベルディアから始まり、キールのダンジョンにいた大量のアンデッド、果てはリッチーまで浄化してたもんな。そりゃレベルも跳ね上がるわ。

 これで魔王討伐に1歩近付いたな、そう思っていると、ふと気付く。

 

 

「あれ?お前、ステータスが最初見た時から一切伸びてないんだが…」

 

 

 ……なんだか嫌な予感がする。

 

 

「バカねカズマ。私は女神よ?ステータスなんて最初からカンストしてるに決まってるじゃない。スキルポイントも宴会芸スキルとアークプリーストの全スキルを覚えれる程の量を保有してたのよ?そこらの一般冒険者と一緒にしないでくれる?」

 

 

 嫌な予感が的中し思わず肩を落とす。

 俺の様子を見て勝ったと思ったのか、フフンと鼻を鳴らすアクア。なんてこった…。

 

 

 ステータスが最初からカンストしている。

 つまりこいつは、どれだけレベルを上げても一切知力と幸運は伸びないんだな…。

 

 

 俺は無言で立ち上がり、アクアにソファーを譲ってやる。

 

 

「あら、素直ね。ねぇ、なんで涙目なの?レベルを抜かれたのがショックだったの?……ね、ねぇ…。なんで私を優しく慰めようとするの?なんでそんな、可哀想な人を見る目で私を見るの?ね、ねぇってば…」

 

 

 俺の対応にかなり戸惑うアクアをソファーに座らせる。

 あぁ、なんか今日はもう働くって気分じゃないな…。街でも行こうかな…。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 カズマが街に行くと言うので着いてきた。

 舞空術で飛んでいくのは寒いので、もちろん徒歩だ。

 

 

 さっき読んでた本は内容がクソ過ぎた。なんだよ。必要なものがデンデもしくは仙豆って。書いたやつ絶対転生者だろ。

 俺が内心愚痴をこぼしていると、カズマが話しかけてくる。

 

 

「さみぃなー。てかヒデオ。お前さっきから背中モゾモゾしてるけど何やってんだ?」

 

 

「寒いから尻尾で擦ってる」

 

 

 存在を忘れかけていたが、俺もサイヤ人の端くれ。尻尾が生えているのだ。結構モフモフで温い。

 

 

「マジか。便利だな」

 

 

「まぁな。ん?なぁ、アイツらって…」

 

 

 進行方向に見知った顔、というより後ろ姿が見える。なにやらコソコソと路地裏を覗いている。何やってんだ?

 

 

「キースとダスト…か?おーい!何やってんだお前らー」

 

 

 カズマが2人に声をかける。2人はビクッと肩を震わせバッとこちらに振り向き、俺達の顔を見ると肩の力を抜く。ほんと何やってんだ?

 ちなみにこの間の一件以来、コイツらとは結構仲良くやってる。

 

 

「んだよ…。お前らか。ビビらすなよ」

 

 

 勝手にビビったのはお前らだ。そう言いたい。

 

 

「で、何やってたんだ?お前ら2人、かなり怪しかったが。この先に何かあるのか?」

 

 

 カズマが2人に問う。

 2人は顔を見合わせ、頷くと意を決したようにダストが言葉を紡ぎ始める。

 

 

「カズマ、ヒデオ。俺はお前達なら信用出来る。今から言う事は、この街の男性冒険者にとっては共通の秘密であり、絶対に漏らしちゃいけない話だ。仲間の女達に、絶対に漏らさないって約束できるか?」

 

 

 いつになく真剣な顔で言うダストに気圧され、無言でコクリと頷く俺たち2人。

 それを見てダストは深呼吸し、周りに聞こえないように小さい声で、しかしハッキリと、

 

「カズマ、ヒデオ。この街には、サキュバスがこっそり経営してる、いい夢を見させてくれる店があるって知ってるか?」

 

 

「「詳しく」」

 

 

 俺とカズマは見事にハモりながら即答していた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 ダスト達と共に早速サキュバスの店に行くが、ヒデオは用事を思い出したらしく、店に着くとすぐにどこかに行ってしまった。まぁこの店の場所は覚えてたから、また来るだろう。

 

 

 残った俺たちはというと、

 

 

「さて…」

 

 

「いざ!」

 

 

「ふぅ…」

 

 

 各々気合いを入れ、活力に満ちた目で正面の店を見据えていた。

 

 

「行くぞ…!」

 

 

「「あぁ…!」」

 

 

 様々な思いを胸に、新世界への扉を押し開けた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 今頃カズマたちはお楽しみ中なのだろうか。あの店がどういうシステムかは知らないが。

 くそっ!俺も行きたかった…!また後日…!

 俺が悔しがって歩いていると、目的地に着いた。

 毎度おなじみ、ウィズ魔道具店である。最近面白くて俺に役立つかもしれないものが入荷されたと聞いたのを思い出して、急いでやって来たのだ。よくよく考えるとこの店は客がほとんど来ないし、そこまで急ぐ必要は無かったのかも知れない。

 そんなことを考えながらドアを開ける。

 

 

「おじゃましまーす。ウィズは居るかー?」

 

 

 からんころーんとベルがなり、店主に俺の来店を告げる。

 

 

「いらっしゃいませ!あ、ヒデオさん!毎度ありがとうございます!おととい新商品を入荷したんですよ!」

 

 

 ビンゴ。おそらくその新商品が面白いものとやらだろう。まぁ買うと決めている訳では無いが。

 

 

「どんなのだ?見せてくれ」

 

 

「はい!こちらです」

 

 

 ウィズはそう言い俺をそれの前まで案内してくれた。

 そこには……

 

 

「これは…、インナーシャツと、リストバンドと靴か?」

 

 

 そこには仰々しく黒い衣服が飾られていた。

 

 

「はい!この3つはセットになってて大変お買い得なんですよ!実はこの3つは紅魔族の方が作られた魔道具で、着るとその部分の防御力が跳ね上がります!あと、脱ぐ以外の要因では絶対に脱げませんので、安心して暴れられます!欠点としては、3つ全てを着ないと効果を発揮しないのと、重さがリストバンド5kg、靴10kg、シャツ20kgある事ですかね。お値段は20万エリスです!」

 

 

 自信満々に商品の紹介をするウィズ。要約すると着ると硬くなれるが重くなるって事か。硬さはともかく重さの方は確かに修行に使えて役に立ちそうだ。

 

 

「よし、買おう」

 

 

 ドン、と持ってきていた20万エリスを置く。ウィズは俺が即決すると思っていなかったのか、ポカンと口を開け目を丸くしている。やがて我を取り戻し…

 

 

「えっ…!ありがとうございます!」

 

 

 深々と頭を下げてくる。そこまでしなくてもいいのに。余程商品が売れたのが嬉しかったのだろう。

 わざわざサキュバスの店を蹴ったかいがあったな。良かった良かった…。

 まぁ今度行くけどね。

 

 

 用もすみ、ウィズと世間話をしているといつの間にか晩飯の時間に。ウィズに礼を言い店を後にする。持って帰るのも重いので着て帰ることにした。かなり重い。でもいい感じに身体が壊れないような負荷がかかっている感じがする。これはいいものだ。

 

 

 文字通り重い足取りで家に帰った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ヒデオはもう帰っているだろうか。サキュバスのお店から寄り道もせずに帰り、家に着いたところでふと思う。

 まぁどっちでもいいか。

 

 

 屋敷に入り、リビングの扉を開ける。

 

 

「帰ったぞー」

 

 

 最初に俺に気づいたアクアが、

 

 

「あ、おかえりなさいカズマ!喜びなさいな!今日の晩御飯は凄いわよ!カニよカニ!さっきダクネスの実家の人から、これから娘がそちらでお世話になるのならって、引越し祝いに超上物の霜降り赤ガニが送られてきたのよ!しかも、すんごい高級酒までついて!パーティーメンバーの皆様に、普段お世話になっているお礼だってさ!」

 

 

 満面の笑みで出迎えてくれた。

 この世界でもカニは高級品らしい。

 

 

「あわわわわ…。貧乏な冒険者稼業を生業にしておきながら、まさか霜降り赤ガニにお目にかかれる日が来るとは…!今日ほどこのパーティーに入ってよかったと思った日はありません…!」

 

 

 めぐみんはそんなことを言いながらカニに拝み始めた。そんなレベルの高級品を送ってくるとは、まさかダクネスって金持ちなのか?

 

 

「ダクネスって金持ちなのか?」

 

 

 おっと。つい口に。

 

 

 既に帰っていたヒデオと共にカニをテーブルに運んでいたダクネスは俺の言葉にギョッとしたが、すぐに平静を取り戻し

 

 

「い、いや私は金持ちなどでは…」

 

 

 と言い終える前に、ヒデオがカニをバンと机に置きダクネスを指さしながら、

 

 

「俺はこの街に来てから色んな人を見てきた。だから金持ちとそうでない奴との違いはにおいでわかる!こいつはくせえッーー!現金の臭いがプンプンするぜッーー!!」

 

 

 言われたダクネスは「現金!?」と驚きながら自分の体を嗅いでいる。

 

 

 またか。ヒデオってたまに頭おかしいよな。

 というかこの街に来て半年くらいしか経ってねーだろお前。それとさっきから動きが鈍重なのは何でだ?

 

 

 少し気になるが、まぁどうでもいいや、と思い食卓についた。美味そうだ。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 カニはすごく美味い。すごく美味いのだが、俺は今大変な事態に直面している。

 悩ましい顔をしているであろう俺にダクネスが話しかけてくる。

 

 

「どうしたカズマ?飲まないのか?もしかして口に合わなかったか?」

 

 

「い、いや。カニはすごく美味い。ただ、今日は昼間にキース達と飲んで、もう飲めないんだ。明日、明日もらうよ!」

 

 

 そう。酒だ。カニの美味さに忘れていたが、今夜はサキュバスのお姉さんが来るのだ。お姉さんが言うには、泥酔して熟睡しては夢を見せることが出来ないらしい。

 

 

 ダクネスに何とか誤魔化して説明していると、

 

 

「なんだよカズマ。こんなにうめぇ酒が明日まで残ってると思ってんのか?」

 

 

 ヒデオがそう言ってくる。

 コイツ、俺の気も知らずに呑気に…!

 クソ!何でこいつだけ店に行かなかったんだ!死ね!

 

 

 既に酔っ払っているヒデオに理由を説明する訳にもいかず、1人悶々とする俺。

 そんな俺を見て、ダクネスが

 

 

「そうか。ならせめてたくさん食べてくれ。日頃の礼だ」

 

 

 と言ってくる。

 普段はろくでもないことばっか口走って俺とヒデオをドン引きさせてるくせに、今日に限って何でこんなんなんだよ…!

 

 

 依然悶々としながらチラっとダクネスの方を見ると、視線に気付いたダクネスが微笑んでくる。

 あっ…。

 

 

 そうだ。夢のことなんて忘れちまえばいい。サキュバスのお姉さんには明日謝りに行って、明日から頑張ろう。

 

 

 思い返してみればたかが夢だ。自分が思い描いた通りの夢、しかもエロい夢が見れるだけだ。そして、起きても夢を忘れることは無いらしい。ただそれだけだ。

 

 

 目の前の仲間達の顔を見ろ!そしてアンケートになんて書いたかを思い出せ…!

 

 

 そうだ。何も悩むことは無かったんだ。

 俺は決意を固めるとスッと立ち上がり、

 

 

「それじゃ、ちょっと早いけど、俺は寝る事にするよ!じゃ、おやすみ!」

 

 

 満面の笑みでそう言い残し、そそくさと部屋へ引き篭もった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「…んが」

 

 

 ふと起きる。

 

 

 カズマが部屋に帰ってから記憶が曖昧だ。飲み過ぎたか。

 

 

 トイレにでも行こうとベッドから起きようとするが、起き上がれない。

 忘れてた。このインナー着たまんまだったわ。

 

 

 グッと力を入れ起き上がる。

 

 

「あー、頭痛い…」

 

 

 こめかみを抑えながら部屋の扉を開け廊下へ。

 

 

 トイレにつき用をたしていると、気の感知に何かが引っかかった。なんだこれ。人ではないな…。昼間に似たような気を感じたような…。

 

 

「あ、そうか。サキュバスか」

 

 

 思い出し、ポンと手のひらを叩く。

 そうか、カズマは今お楽しみ中なのか。そう思っていると……

 

 

「曲者ー!であえであえー!みんな、この屋敷の中に曲者よ!」

 

 

 と、アクアの叫び声が聞こえる。

 

 

 あ、なんか嫌な予感が。

 そんなことを考えながらひとまず現場に向かう。

 うー…頭痛い…。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 現場に着くと、やはりというかサキュバスらしき可愛らしい女の子がアクアとめぐみんに詰め寄られていた。

 

 

「あ、ヒデオ。来たわね。結界に引っかかって弱ってるとはいえ、あんたも男だし一応下がっときなさい」

 

 

 そう言い俺を背中に庇うアクア。結界なんて張ってたのか。

 うーん。どうしたものか…。

 悩んでいると、カズマが腰にタオルだけをまいた状態で来た。寒くないのか?

 

 

「あ、カズマも来たわね!見て見て!私の結界に引っかかって、身動き取れなくなった曲者が…。って、こっちにも曲者が!」

 

 

「誰が曲者だ!…あれっ。何これ?何でそこにサキュバスの子が…」

 

 

 カズマの顔が段々と青ざめていく。

 あ、なんかやらかしたなこいつ。

 

 

「実はね?この屋敷には強力な結界を張ってあるんだけどね?結界に反応があったから来てみれば、このサキュバスが屋敷に入ろうとしてたみたいで、動けなくなってたのよ!多分ヒデオかカズマを狙ってきたのね!安心して!さくっと祓ってあげるから!」

 

 

 アクアの言葉にサキュバスがヒッと声を上げ縮こまる。

 よし。ここはカズマの対応に任せよう。

 そう決め、動向を見守る。

 

 

 するとアクアがサキュバスにビッと指を突き付け、

 

 

「さぁ、観念するのね!今強力な対悪魔用の…!」

 

 

 アクアが言い終える前に、カズマが無言でサキュバスの手を取り、玄関へ連れていこうとする。

 

 

「ちょ、ちょっとカズマ!何やってんの?その子は悪魔なのよ?」

 

 

 アクアがカズマを心配して叫ぶ。

 めぐみんはカズマに呆気に取られていたようだが、ハッとして武器を構えなおす。

 

 

 とりあえずまだ黙って見守っておこう。

 

 

 カズマとサキュバスの方を見ていると、何やら小声でサキュバスがカズマに言い、カズマはそれを聞いてフルフルと首を振った。

 そして、体を半身にしファイティングポーズをとった。

 

 

 顔はチラッとしか見えないが、覚悟を決めた顔をしている。

 

 

「ちょっと、一体何のつもり?仮にも女神の私としてはそこの悪魔を見逃すわけにはいかないの。カズマ、袋叩きにされたくなかったら、大人しくそこを退きなさい!」

 

 

 アクアがカズマとサキュバスを睨みつけながらチンピラみたいなことを言う。その佇まいには女神の片鱗など感じない。

 

 

 まだ行動するには早い、と思いながらこのやり取りを放置していると、ダクネスの気が近付いてきた。早歩きしてるな。

 

 

「アクア、今のカズマは、そのサキュバスに魅了され操られている!先程から様子がおかしかったのだ!夢がどうとか口走ってたから間違いない!おのれサキュバスめ…!あんな辱めを…!野郎、ぶっ殺してやる!」

 

 

 あ、こいつにやらかしたのか、カズマは。

 急いで来たのか結構エロい格好でこちらに向かってくるダクネス。

 

 

 ちなみにいうとサキュバスちゃん(仮)は女の子なので野郎ではない。

 

 

「カズマ、可愛くてもそれは悪魔。モンスターですよ?それは倒すべき敵なんですよ?」

 

 

 めぐみんが呆れたようにカズマに言い放つ。

 

 

「ほら、ヒデオもそこの馬鹿に何か言ってください」

 

 

 めぐみんが俺に言う。

 そうだな。男が覚悟を決めたんだもんな。何か言ってやらなくっちゃあな。

 

 

「そうだな。ただ一つ言うことがあるとすれば…」

 

 

 言いながら、カズマの方へ歩いていく。

 前にいたアクア達は道を開けてくれた。

 

 

 カズマの前に立ちはだかると、息を吸いこみ気を溜め一言。

 

 

「カズマ!目ぇつぶれ!」

 

 

 バッとアクア達の方に向き直り、両手を額にかざし、叫ぶ。

 カズマは俺の意図を察したのか、即座に目をつぶりサキュバスの子を庇う。

 

 

 喰らえ。最強の技を。

 

 

「太陽拳!!」

 

 

 カッ!!!と目が潰れそうになるほどの光を放ち、辺りが昼間のように明るくなる。

 これこそが最強の技、太陽拳。

 先日『特殊気功』を覚えた事によりスキル欄に出現し、初心者殺しを倒してレベルが上がりポイントを使って覚えた技。おそらく内容としては光属性の気を1点に集中し一気に放出しているようだ。

 ちなみに気円斬は『特殊気功』と『気の精密操作』を覚えたら勝手に使えるようになっていた。

 

 

 カズマはアクア達の目が眩んだ隙にサキュバスを逃がした。これにて一件落着だな。

 

 

 

 

 

「さ、寝るか…。あ、あれ。力が入んねぇ…。へにゃ…」

 

 

 急に体から力が抜け、廊下に倒れ伏す。

 

 

「ひ、ヒデオ!?お、おい!どうし…」

 

 

 カズマが近寄ってくるが、俺の後ろの方を見て歩みと言葉を止める。力を振り絞り視線の先を見る。

 

 

 そこには……

 

 

「あんたら、よくもやってくれたわね…!一瞬は怯んだけど、女神たるわたしに光による目潰しなんて効くと思わないことね?そもそも状態異常なんて余裕で治せるのよ!」

 

 

 アクアが鬼の形相で俺の尻尾を握っていた。その後ろにはアクアが治したであろうめぐみんとダクネスが幽鬼のようにゆらゆらと立っている。顔は笑顔だが、目が笑ってない。

 

 

「ひ、ひぃ…!」

 

 

 カズマが短く悲鳴をあげ後ずさるが、すぐに壁にぶつかる。

 

 

「二人共、覚悟はいい?」

 

 

 アクアが指をポキポキと鳴らし、ゆっくりと近付いてくる。他の2人もそれに続く。

 

 

「「い、いやぁぁぁぁーー!!」」

 

 

 俺達2人の断末魔が屋敷に響き渡る。

 

 

 無事ボコボコにされましたとさ。

 

 

 チャンチャン☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・仙豆
ドラゴンボール最強のアイテム。ドラゴンボールより役立つ。有事にはなぜか個数制限がある。


・デンデ
仙豆の代用品。地球のドラゴンボールを強化した。地球の神。


・重い服
わざと平常時から重い服を着ることにより、戦闘時の速度をあげるために着る服。これはめぐみんの父、ひょいざぶろーの作品。


・太陽拳
気円斬を超える格上殺し。相手に視覚がある以上効果は強い。当時はハゲしか使えないと思われた。


7777文字でした



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第二十一話

今回はヒデオが活躍したはず!


俺は今、平原を舞空術で飛び回りながらあるモノに攻撃し続けている。

 

それは、物という言葉で片付けるには巨大すぎて、そして速すぎた。

 

俺の前にいるそれは、

あらゆる地形をものともせず高速で駆け

生い茂る草木を踏みにじり

近寄った生物を問答無用でを轢き殺す

 

 

 

かつての大国が作り出した人工の悪魔。

 

 

その名は。

 

 

機動要塞デストロイヤー。

 

 

「破壊者」の名を冠するその悪魔は、攻撃をものともせず侵攻を続ける。

操縦者が居るならボコボコにして止めさせようと思い、先程気の感知を使い探ってみたが反応はない。

中にのりこめー^ ^しようにも、徘徊しているゴーレムと外側に備え付けられたバリスタが妨害してくる。

 

 

断じてこの先に進ませてはならない。そう気持ちを奮い立たせる。

 

 

まだ少し距離はあるにしても、この悪魔が到達するであろう場所には最近手に入れた家がある。仲間がいる。仲のいい人達がいる。

 

 

そして何よりーーーーー

 

 

「まだサキュバスのお姉さんにイイ夢を見させてもらってねぇんだ!!てめぇなんかに潰させてたまるかぁあー!!!」

 

 

欲望を全力で叫びながら気弾を乱射していく。緊急の偵察の仕事とはいえ手を抜く気は無い。壊すつもりで攻撃を浴びせる。

 

 

どんな手を使ってでも、絶対にぶっ壊してやる!!俺の夢の為にも!!

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

遡ること1時間。穏やかな朝だった。

朝御飯を食べ終え、優雅にコーヒーを飲んでいると、それは来た。

 

 

『デストロイヤー警報!デストロイヤー警報!機動要塞デストロイヤーが、北西方面から現在この街に向かって接近中!冒険者各員は、装備を整えてギルドへ!街の皆さんは、直ちに避難して下さーい!!』

 

 

突然の警報に驚きコーヒーをこぼしてしまう。熱い。

シャツを脱ぎながら

 

 

「デストロイヤーって、こないだクエストにあったデストロイヤーか?」

 

 

近くに居たアクアに聞く。

 

 

「そうよ!!というか、何呑気に服なんて脱いでんの!今の放送聞いてなかったの!?早く逃げないと!」

 

 

そう叫ぶとアクアはどこかへ行ってしまった。荷造りに部屋にでも戻ったのだろう。

 

 

何となくアクアが出ていった扉の方を見つめていると、めぐみんが荷造りを終えたのか小さな鞄を持って入ってきた。

 

 

「あ、ヒデオ。荷造りは終わったのですか?というか何で上半身裸なんですか?」

 

「コーヒーこぼしてな。荷造りか…。ま、後でやるよ。あ、お茶飲むか?」

 

「頂きます。というか住んでる街が破壊されるかもしれないのに随分落ち着いてますね」

 

不思議そうに俺を見るめぐみんにお茶を淹れてやり、俺もコーヒーを淹れなおす。

 

 

ふぅ…。街が破壊…破壊か…。

 

 

「は?なんて?」

 

 

めぐみんのいってることがわからない。

 

 

「街が破壊される、と。もっと詳しく言えば、機動要塞デストロイヤーがアクセルの街を蹂躙しに来てるんです」

 

「??」

 

「なんでここまで言ってわからないのですか!考えるのをやめないでください!」

 

 

めぐみんが俺の肩を揺らしながら怒り気味に言ってくる。

頭がぐわんぐわん揺れ、思考がはっきりとしてくる。

 

 

街が破壊される。つまり、この家も無くなる。ウィズの店も無くなる。いきつけの店がなくなる。まだ見ぬサキュバスの店がなくなる…だと!?

突如降って湧いた理不尽に怒りが込み上げてくる。

 

 

「こうしちゃいられねぇ!!めぐみん!!今からちょっとその調子乗った機動要塞とやらにヤキいれてくる!カズマとかによろしく言っといてくれ!」

 

「何言ってるんですか!1人でなんて無理に決まってるじゃないですか!あ、ちょ!ヒデオ!」

 

 

俺はめぐみんの制止を振り切り、玄関から舞空術でデストロイヤーの方角へと飛んでいこうと、扉を開ける。

そこには、

 

 

「あれ、ヒデオ。どこ行くんだ?」

 

 

墓を掃除しに行っていたカズマが居た。

荷物をまとめに来たのだろうか。

 

 

「あ、カズマ!いい所に!そこの頭のおかしい馬鹿を止めてください!1人でデストロイヤーを倒しに行くとか言うんですよ!」

 

 

む。心外な。少なくともめぐみんにだけは頭がおかしいとか言われたくない。

ムッとした表情でめぐみんを睨んでいると、カズマがチョップしてきた。

 

 

「おいおい。何考えてんだよ。気持ちはわかるが頭冷やせ。おら、ギルド行くぞ」

 

 

カズマに諭され少し苛立ちを残しつつ、アクア達も連れてギルドへと向かう。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

ギルドにて。

 

 

「皆さんお集まりいただき、ありがとうございます!早速ですが概要を説明いたします!放送でも述べたように、機動要塞デストロイヤーが現在北西方面からこの街に接近中です!皆さんには、デストロイヤーの討伐を依頼します!全員参加でお願いします!レベル制限はありません!」

 

 

冒険者達がある程度集まってきたところで受付嬢が説明する。比較的男が多いのは気のせいだろう。

中には魔剣使いミツルギの姿もあった。

まだこの街にいたんだな。幸いこちらには気付いていないようなので、放置しておこう。

 

 

受付嬢がデストロイヤーについて全く知らない人は居ないかと、冒険者達に問う。すると、俺やカズマを含めチラホラと手を上げる者が居た。

それを見て受付嬢は説明を始める。

 

 

「では、説明いたします。機動要塞デストロイヤーとは……」

 

 

曰く、かつての魔術大国が戦争に用いようと作った兵器が機動要塞デストロイヤー。その研究の主任がデストロイヤーを乗っ取った結果、現在まで破壊の限りを尽くしているそうだ。

 

今までも色んな方法で討伐を試みたが、大穴に落として岩で蓋をしようにも塞ぐ前にジャンプで穴から脱出したり、凄腕のブレイクスペル持ちがよってたかって結界を何とか一部破壊したが、要塞最上部に備え付けられた収束魔導砲で消し飛ばされたりしたそうだ。

 

他にもフックのついたロープで登ろうにも速すぎて無理だったりと、ほぼ無理ゲーである。

 

 

だが、ここで引き下がる訳にはいかない。

とはいえ、どうしたものかと頭を悩ませていると、テイラーがふと

 

 

「なぁカズマ。お前さんは頭が切れる。なにか思いつかないか?」

 

 

と、カズマに問うた。前回パーティーを組んだ時にカズマの機転に助けられたと前に言っていた。

カズマは色々と考える素振りを見せるが、やがて諦めたような顔をして

 

 

「いやこれ無理ゲーだろ。爆裂魔法でぶっ壊すことも考えたけど、結界があるんじゃあな…。それに、結界壊したら魔導砲で消し飛ばされるらしいし…。いや、待てよ?」

 

 

言いながらカズマは何か思いついたようで、テーブルで遊んでいたアクアに声を掛ける。あ、ミツルギがカズマに気付いた。

 

 

「なぁアクア。お前2、3人で維持している魔王城の結界なら破れるってウィズに言われてたな。ならデストロイヤーの結界も…」

 

「んー。出来るかもしれないけど、確約は出来ないわよ?」

 

 

アクアがカズマにそう返す。結界壊せるのか。なら爆裂魔法でぶっ壊すことも出来るかもな。俺の気功波系の攻撃なら結界を素通りできるかもしれないが、威力が足りないだろう。それ以前にも問題がある。

 

 

「なぁカズマ。結界壊して爆裂魔法をぶち込むってのは予想できるんだが、魔導砲はどうすんだ?結界壊したら撃ってくるんだろ?」

 

 

そう、収束魔導砲の存在である。結界を壊した結果街が消し飛ぶとか本末転倒もいいところだ。

 

 

「お前がやるんだよ」

 

 

は?何を言ってるんだこの男は。

 

 

「何言ってんだ?馬鹿か?」

 

「馬鹿はお前だ。かめはめ波使えるってことを忘れたのか?」

 

 

あ。そういう事か。てっきり舞空術使って単身でデストロイヤーに乗り込めとか言われるかと思った。そんな事しようとする奴がいたらアホか馬鹿だな。ん?ブーメラン?知らんな。

 

 

「なるほど。撃ち返せってことか。その後はなんだ?爆裂魔法でぶっ壊すのか?」

 

「そういう事だ。で、お前の言う通り魔道砲が収まったらめぐみんの爆裂魔法で足をぶっ壊す。動きさえ止めればただの要塞。どうとでもなるだろ」

 

 

なるほどね。確かに現状ではそれが最善手だろう。だが、さっき聞いた話から推測するに、足を数本壊した程度では普通に歩けるだろう。

 

 

「だけど、流石にめぐみんの頭のおかしい威力の爆裂魔法でも、足を全部ぶっ壊すのは範囲も威力も足りねぇんじゃねぇか?」

 

「そこなんだよな。うーん。あと1人、爆裂魔法の使い手がいれば…」

 

 

カズマがそう呟く。

爆裂魔法、爆裂魔法ねぇ…。

考えていると、大きな気が近付いてきた。あ、コイツは…。

 

 

「遅くなりました!ウィズ魔道具店店主です!」

 

 

ウィズが来た。確か前に冒険者の資格を持ってるとかなんとか言ってたな。

 

 

「店主さんだ!店主さんが来た!」

 

「貧乏店主さんが来た!」

 

「店主さんが来た!これで勝てる!」

 

 

どうやらウィズはこの街では元高名なアークウィザードで通ってるようで、冒険者(特に男)の士気が高まったように見える。

作戦の概要を説明すると顎に手を当て考える仕草をし、ブツブツと呟き出した。

 

 

「なるほど…。足を壊して射線が変わることと、第二波が来る可能性を考えると、ヒデオさんが撃ち返して魔導砲が収まったと同時に私とめぐみんさんで爆裂魔法を放てば…」

 

 

ふむ、なるほど。てかウィズも爆裂魔法使えるのな。さすがリッチー。

 

てかこれ俺結構重要なヤツ?

 

 

「よし、それで行こう。ただ、もっと正確な情報が欲しいな…。そうだヒデオ。お前今からデストロイヤーんとこ飛んでって色々と調べてきてくれねぇか?」

 

 

単身で突っ込めと。まぁ最初はそのつもりだったが。しかし、状況が状況だ。大人しく従っておく。

 

 

「心得た。なぁカズマ」

 

「なんだ?」

 

 

ただ、これだけは言っておきたい。

 

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

ドヤ顔でそう言い放ち、カズマの返答を聞かずにギルドの玄関からデストロイヤーのいる北西方面へ向けて飛んでいく。

 

 

……これ、フラグじゃね?

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

そして現在。

攻撃し続けているが、巨大な蜘蛛は依然進路を変える気配はない。

 

時折要塞最上部に備え付けた砲台で俺を攻撃しようとしてくるデストロイヤー。

恐らく一定量の干渉を受けると狙いを定めて干渉と同等の威力で放つシステムなのだろう。まぁロックオンされる前に避けてるから当たってはないけど。

砲弾ではなくかめはめ波のようなビームで攻撃してくる。これがさっき言われた魔導砲か。

 

 

『お、俺のかめはめ波とそっくりだ…!』

 

 

初めて見た時は思わずそう呟いた。

 

 

さて、冗談はこれくらいにして。

 

 

今の状況は結構まずい。かなりまずい。

 

 

まずこのデカブツが思ってたよりデカブツだったし、硬かった。速さは俺の方が上だが、今は意味が無い。

 

先程気円斬で足の付け根部分を狙ってみたが、硬すぎて切り込みを入れたところで弾かれてしまった。

 

 

結論。俺一人では仕留めきれない。

 

 

街では今頃カズマ指揮の元、迎え撃つ準備をしているだろう。

 

 

よし、帰るか。

 

 

現状報告と回復をしに街に帰る事にした。

 

敵前逃亡ではない。戦略的撤退だ。いいね?

 

そ、そもそも偵察の仕事だしぃ!?悔しくなんてないもん!

 

 

若干視界を曇らせながら、街へと飛んで帰る。

 

 

……なんかムカついたからカズマに頭突き食らわせよう。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

アクセルの街、正門。

 

 

ヒデオが飛んでいってから急ピッチでバリケードやらを作っているが、気休めにしかならないだろう。他になにか出来ることがあればいいが、報告を待つ以外にすることが無い。

 

暇だなーと思っていると、ふと隣にいためぐみんが話しかけてくる。

 

 

「…ヒデオ、まだ来ませんね」

 

「…そうだな。本当に単独で倒しちゃってるかもな」

 

「だと良いのですが…。デストロイヤーに殺されてたりしませんよね?」

 

 

縁起でもないことを…。しかし、その可能性も充分有り得る。デストロイヤーが最初の情報以外の武装や機能を持ってたりして、ヒデオがやられているかも知れないのだ。

 

そんなことを考えていると、最前線に立っていたダクネスが叫ぶ。

 

 

「カズマ!ヒデオが戻ってきたぞ!!」

 

 

噂をすればなんとやら。ダクネスに言われ前を見ると、真っ直ぐこちらに向かって来る点のようなものが見えた。段々と大きくなってきている。

あ、あれ?速くないか?

 

 

「お、おいヒデオ止まれ!聞こえてんのか!?と、止まれよ!止まってください!とまあっぐぅ!」

 

 

この馬鹿、俺に頭突き食らわしてきやがった。いってぇ…。

 

 

「悪ぃ悪ぃ。なんか止まる気がなかった」

 

「止まる気が無かったって、完全に故意じゃねぇか…。後で覚えとけよ…」

 

 

腹を抑えながらヒデオを睨む。フリーズで首筋をキンキンに冷やしてやりたいところだが、今はそれどころではない。後でやろう。ひとまず腹を抑えながらヒデオに結果を聞く。

 

 

「で、どうだった?デストロイヤーは」

 

「めっちゃでかくて硬かった。気円斬弾かれたし。肝心の魔導砲は干渉量に威力が比例してた気がする。速度は俺の方が速い。あと、中に人が居るか探ったが反応はなかった。恐らくあと5分もすれば見えてくるはずだ」

 

 

倒せていないかと期待したが、やはり無理だったか。

やっぱり魔導砲がネックだな。干渉量に比例するっつーことは、結界破壊レベルの干渉をしたらやばいのが飛んでくるんじゃねぇか?

 

……いよいよ死ぬ覚悟した方が良さそうだな。

 

「つーか疲れた。アクアー!回復魔法かけてくれー」

 

 

ヒデオがアクアの方へと飛んでいく。

ちなみに布陣としては、両端にめぐみんとウィズ、真ん中にアクアとヒデオである。

 

 

……あと5分か。よし。

拡声器を使い、声を張る。

 

 

『あと5分かそこらでデストロイヤーが来る!!全員準備して待機してろ!!仮に作戦が失敗しても当局は一切の責任を負わないのであしからず!!失敗したら全力で逃げてくれ!!健闘を祈る!』

 

 

俺の言葉に辺りが静まり返る。緊張しているのだろう。無理もない。今から国を滅ぼせる相手と対峙するのだから。

 

 

しばしの沈黙。

どれ位時間が経っただろうか。遠くから地鳴りのようなものが聞こえる。

 

音の鳴る方を見ると、ズジーンズシーンとこちらに進んでくる物体が見えた。

何だあれ…デカすぎる。アレが機動要塞デストロイヤーか…!

 

 

「おい、これ無理じゃねぇか…?」

 

 

誰かが言う。奇遇だな。俺もちょうどそう思ってたところだ。

逃げたい…。

しかし逃げるわけにもいかないので、指示を出す。

 

 

「「『クリエイト・アースゴーレム』!!」」

 

 

クリエイターさん達がゴーレムを作り、先頭のダクネスの後ろに付き従うように整列する。これも気休めにしかならないが無いよりはマシだろう。

 

作戦の要のめぐみんとウィズに指示を出そうとするが、めぐみんが聞けるような状態でないことに気付いた。

コイツガチガチに緊張してやがる。対ベルディアの時は自信満々に余裕ぶっこいてたんだがな…。

 

 

「おいめぐみん。大丈夫か?」

 

「わ、わ、わら、わらひは大丈び、わ、わが爆裂魔法でけ、消し飛ばしてくれる」

 

「落ち着け、早い早い」

 

 

うわぁ。呂律も回ってねぇ。ガチガチだぁ…。膝も笑ってるし、うーん…。

とりあえずコイツは後回しにして、ウィズに声を掛ける。

 

 

「ウィズー!魔法唱えて待機しててくれ!」

 

「はい!わかりました!」

 

 

俺の指示により爆裂魔法の詠唱を始めるウィズ。さて、まだガチガチのめぐみんをどうするか。

 

 

「おいロリっ娘!お前の爆裂魔法はあんなのも壊せないほどのへっぽこ魔法なのか?爆裂魔法への愛はどこに行ったんだ?魔王軍幹部に頭がおかしいと言わしめたお前はどこに行ったんだ!ウィズに負けてみろ!俺はお前を一生2番手って呼ぶぞ!」

 

「な、なにおうっ!?我をロリ扱いするより、我が名をコケにするよりも、1番言ってはいけないことを言いましたね!?」

 

 

さっきまで緊張していたのが嘘のように、怒りでわなわなと震え爆裂魔法の詠唱を始めるめぐみん。よし、これで準備は整った。

 

 

「おいヒデオ!アクア!準備は大丈夫か!」

 

「はん!誰にモノを言ってんだ?はぁぁぁぁぁ!」

 

「大丈夫よカズマ!いつでもいけるわ!」

 

 

杖を構えるアクアの隣で気を高め始めるヒデオ。よし、大丈夫そうだな。

 

 

「来たぞー!伏せろー!」

 

「カズマー!来たぞー!」

 

 

冒険者達がそう叫ぶ。デストロイヤーが爆裂魔法の有効射程に入った様だ。

よし!

 

 

「アクア、やれ!」

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!!!」

 

 

アクアがそう唱える。

頭上に巨大な魔法陣が現れたかと思うと、魔法陣に大量の光の弾が生成される。

手を前にかざし、それをデストロイヤーへ撃ち込む。撃ち込まれたそれは、光の束となってデストロイヤーの結界を貫いた!

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

光の束はデストロイヤーの結界を貫き、そして砕いた。

結界を完全に破壊されたデストロイヤーは電源が落ちたかのように動きを止めた。

 

沈黙が流れる。おかしい。なんで撃ってこない?

 

 

「やっ…たか?」

 

 

誰かがそう呟くのが聞こえる。マズイ。このパターンは…!

 

 

「お、おい。なんか上の方が光ってないか?」

 

「あ、あぁ。砲台か?あれは…」

 

 

そうだ。デストロイヤーの魔導砲は『干渉量に比例して威力が上がる』はず。威力が上がれば上がるほど発射までタイムラグがあってもおかしくない。

デストロイヤーの砲台からキュィィインと甲高い音が響く。エネルギーを溜めているのだろう。

 

 

「全員伏せろ!!バカデケェのが来る!!!不死王拳6倍!!」

 

 

そう叫び、気を限界まで集中させる。

 

 

「か…め…は…め…ッ!!!」

 

 

ドッ!!!!

 

 

デストロイヤーの砲台からそれは発射された。凄まじい速度と質量を持って放たれたそれは、真っ直ぐ俺の方、強いていえばアクアの方へと向かってくる。

 

 

「アクア!下がってろ!!波ァーーーッ!!!」

 

 

ゴゥッ!!!

 

 

アクアを背中に庇うように横にステップし、超かめはめ波を放つ。間違いなく今までで最強のかめはめ波だ。

 

二つの巨大な質量を持った光線は、やがて交わりとんでもない衝撃波と眩い光を生み出した。

 

 

ズンッ!!!!

 

 

両手に衝撃と重さが走る。あ、これヤバイ…!かなりヤバイ…!

なんとか堪えているが、ジリジリと後ろに押されていく。

 

 

「ひ、ヒデオ!?本当に大丈夫なんでしょうね!?なんか段々と後ろに下がってきてる気がするんですけど!」

 

「お、おい大丈夫なんだろうなヒデオ!!お前がやられたら逃げるどころか吹き飛ぶぞ!」

 

 

アクアとカズマが口々に言ってくる。アクアに至っては耳元で叫んできている。うるせぇ!

 

 

「あーもううるせぇな!!分かってるよそんなことは!!」

 

 

叫びながらも手は休めない。しかしそろそろ不死王拳の反動が来る。いくら怪我が治って何故かステータスがかなり上がっていたとはいえ、今は6倍を保つのが限界だ。

 

だが、それがどうした。

限界?上等だ。サイヤ人にとって限界は伸び代だ。飛び越える物だ。ぶっ壊す物だ。

大昔の兵器のくせにいつまでも調子乗ってんじゃねぇ…!

コイツをぶっ倒すにはこれしかない。

覚悟を決め、カズマの方に目をやり呟く。

 

 

「カズマ」

 

「な、なんだ!?」

 

 

また死ぬかもしれない。だが死んだら死んだでその時はその時だ。

 

 

「後は任せる」

 

 

何かを察したのか、カズマは黙って頷く。ウィズが何かを叫んでいるが、聞こえない。

 

 

「不死王拳」

 

 

これが今の俺の最大。最強。最高の一撃。

 

 

「10倍だぁーーー!!!!!」

 

 

ズォアッ!!!!!!

 

 

俺が放った渾身の一撃は、デストロイヤーの放つ光線を飲み込み真っ直ぐに飛んでいった!

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

ヒデオが叫んだと同時に光が急激に強くなり、思わず目を瞑った。やがて光が収まり目を開けると…

 

 

「助かった…のか?」

 

 

先程まで眩い光と衝撃波を放っていた光線は嘘のように消え去っており、デストロイヤーも魔導砲を放つのを止めていた。

 

 

「あっ!第二波が…!」

 

 

第二波を予期しすぐに爆裂魔法を撃たせようと指示を出そうとするが、その心配は杞憂だった。

なぜなら、魔導砲が要塞上部ごと消し飛んでいたからだ。

しかし、流石はデストロイヤー。一部が消し飛んでも動けるようで、ギシギシと音をたててこちらへ進もうとしてくる。だが、わざわざ待ってやる必要も無い。

 

 

「よし。ヒデオのお陰でもう怖いもんなしだ!お二人さん!やっちゃって下さい!」

 

 

めぐみんと、ウィズに指示を出し、2人は爆裂魔法を放つ。

 

 

「「『エクスプロージョン』ッ!!!」」

 

 

同時に放たれたそれは、デストロイヤーの八本の足すべてを爆砕した。途中危ない場面があったが、まぁ丸く収まった感じだな。

 

俺は今回のMVPのヒデオを讃えるべく、ヒデオの方に顔を向ける。が、そこにヒデオの姿は無かった。

 

……は?

 

 

 




感想とか色々とあざーす。


・機動要塞デストロイヤー
転生者が作った機動兵器。なんか色々とやばい。

・収束魔導砲
デストロイヤーと同じ製作者が作った『レールガン』の後継機。相手の干渉に比例して威力が上がる。つよい。



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第二十二話

やっとアニメ分が終わった


  気が付くと、見覚えのある場所に居た。ここに来るのは何度目になるだろうか。

  …また、死んだのか。

 

  あの女神様が居るのだろうと辺りを見回そうとするが、体が思うように動かない…。あ、あれ?おかしいぞ?そういえば両腕が燃えるように熱い。体を動かそうとすると変な音を立てて激痛がするし、心無しどころか全力で膝が大爆笑してるし、尻尾すら動かせない。

 

 

 ……………しっぽ?

 

 

  死んだはずなのになぜ尻尾があるのか。前回(冬将軍の時)は、地球人の田中英夫としてここに連れてこられた。死んだのだから特典を剥奪されててもおかしくないし、今回もそうだろうと思っていたのだが。

 

 

「どういうことだってばよ…」

 

 

  不可解な状況に、某七代目のような語尾になってしまう。

 

  いやほんと、どういう事これ?

 

 

  おしえて!エリス様!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

  デストロイヤーの魔導砲を見事撃ち返し砲台ごとぶっ壊した今回のMVP、ヒデオが消えた。

  何を言ってるのかわからねーと思うが俺も何も起きたのか分からなかった…。白昼夢とかサキュバスの淫夢サービスとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わっているぜ…。

 

 ………淫夢サービスはチャチじゃないな。うん。

 

 

  とまぁ、冗談はさておき。

 

  ヒデオが消えた。それも跡形もなく影すら残さず消えた。一瞬デストロイヤーの魔導砲にやられたのかと思ったが、魔導砲には撃ち勝っている。謎だ…。

  なので、直前までヒデオの近くに居たアクアに聞こうとアクアの方へ行くと。

 

  こいつ、気絶してやがる…。

 

 

「おいアクア。起きろ。ヒデオはどこいったんだ」

 

「…ん。あれ?カズマ、朝ごはん?」

 

「何を寝ぼけてんだ。ヒデオどこ行ったか知らねーか?」

 

 

  後頭部にたんこぶが出来てるし、恐らくこけたかなんかして頭を打って気絶したのだろう。

 

 

「あれ、ほんとだ。居ないわね。どこに行ったのかしら?」

 

 

  知らないか…。流石にちょっと心配になってきたぞ。10倍とか言ってたしな。無事だと良いんだが…。

 

  ヒデオの身を心配して色々と考えていると、なにやら騒がしくなってきた。

 

 なんだなんだと見てみたら、応えてくれたよテイラーが。

 

 

「おいカズマ!なんかやばいぞ!」

 

 

  爆裂された古代兵器の遺物には、エクストリームやばい結末待ってたぜ☆

 

  などとロケット団の口上風に現実逃避をしてみたが、状況が変わるはずもなく。

 

 

『この機体は、機動を停止致しました。排熱及びエネルギーの消費が出来なくなっています。搭乗員は速やかにこの機体から避難してください。繰り返します…』

 

 

  このろくでもない要塞は最後まで本当にろくでもない!

  突然の異常に冒険者達は皆慌ててしまっている。

 

 ……いい加減にしやがれこのクソ要塞が!!

 

 

『熱とエネルギーの逃げ道がなくなってアボーンだと!?ふざけやがって!足と砲台ぶっ壊されたくらいで甘えんな!根性見せろ!それでも20億の賞金首か!!』

 

 

  またもや降って湧いた理不尽に思わず拡声器を使い叫ぶ。

  いやほんと、勝手に来てぶっ倒された挙句大爆発とかシャレになりません。いい加減にしてください。マジで。

 

 

「カズマ!気持ちは分かるけど落ち着いて!相手は機械よ!」

 

『いーや!もう我慢ならねぇ!野郎ども!あのクソッタレの要塞に乗り込んでボコボコにしてやれ!!この街には色々と世話になってんだろ!ここで男を見せやがれ!!!』

 

 

  アクアの制止も聞かず、拡声器を使い冒険者達(主に男)に発破をかける。すると、さっきまで慌てふためいていたのが嘘のように顔付きが変わり、皆(主に男)は雄叫びを上げ全速力でクソッタレデストロイヤーへと駆け出して行った!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

  カズマ達は今頃どうしているだろうか。ふと気になったが、今はそれどころではない。

  何故なら。

 

 

「タナカヒデオさん。やりすぎです」

 

 

  女神エリスが絶賛激おこぷんぷん丸だからである。美人は怒ると怖いと聞いていたが、この女神様は怒ってても可愛い。やだ、不謹慎!

 

 

「ちょっと!聞いてるんですか!?」

 

「すいません。エリス様の可愛さについて脳内で討論会が始まってるのでちょっと黙ってて貰えます?」

 

「なっ…!可愛…!」

 

 

  理不尽な要求をされた事への怒りと可愛いと褒められたことによる照れで顔が真っ赤になっている。可愛い。

 

 

「まぁ、冗談はこの位にして。あ、エリス様が可愛いってのは冗談じゃないですよ?」

 

「…」

 

 

  やっべ本気でキレそうだこの人。とりあえず土下座から始めよう。ちなみに傷は動ける程度に治してもらった。さすが女神。

 

 

「で、なんで俺はここにいるんですか?しかも、サイヤ人のタナカヒデオとして。死んだら前みたいに特典剥奪じゃないんですか?」

 

「…だから、さっきも言った通り、やりすぎです。それに、あなたは死んではいません」

 

 

  エリス様は拗ねながらそう言った。可愛い。ただこのままだと可愛いで埋まってしまうので割愛。

  はて、やりすぎとは?というか、死んでないのか…。

 

 

「で、どのへんがやりすぎなんですか?俺はただ限界をぶっ飛んだ全力をあの老害兵器にぶち込んだだけなんですが」

 

「そのぶっ飛んだ全力というのがやりすぎなんです!!見てましたが、いくら何でも10倍はオーバーキルすぎます!7.5倍程度でも普通に返せた筈ですよね?正直に言って、その事をわかってましたよね?」

 

Exactly!(その通りでございます)

 

「Exactly!じゃないんですよ!!なんで10倍なんて無茶やらかしたんですか!!危うく反動で死ぬところでしたよ!?」

 

 

  なんでやらかした、か。ふむ。

 

 

「いや、それは…なんて言うか…。気分と言いますか…。語呂と言いますか…。まぁぶっちゃけるとノリです」

 

「ノリ…!?あなた、ノリで命賭けたんですか!?馬鹿ですか!?馬鹿なんですね!?」

 

「ムッ。馬鹿と言われるのは心外です。ちゃんと俺なりに考えがあってやらかした事なんですよ」

 

 

  そう、なんの考えもなくこんな無茶をするはずが無い。

 

 

「して、その考えとやらを聞こうじゃないですか」

 

 

  エリス様は若干口調がヤカラみたいになってきている。まるでどこかの女神を見ているようだ。

  聞かれて黙ってる必要も無いので答える。

 

 

「でぇじょうぶだ。『リザレクション』で生き返れる」

 

「馬鹿ですかとか聞く必要も無かったです!!あなたは馬鹿です!!」

 

 

  ここまで馬鹿と一つの会話で言われたのは初めてだ。わぁい、初体験!

  エリス様は反省の色を見せない俺にギャーギャーと喚いていたが、やがて喚き疲れたのか声を出すのをやめた。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「大丈夫ですか?あんまり怒ると小じわができますよ?」

 

 

  美容の心配をしてあげる。これがデキる男なのだ。

 

 

「…」

 

「ちょ、ちょ、痛い痛い。まだ完治してないんですよ。勘弁してください。腕を集中的に無言でつんつくつんするのはやめてください。わかりました、わかりましたからやめて下さい!土下座でも何でもしますからいってぇぇぇ!!」

 

「ふふふ…」

 

 

  やべぇ…!この女神、文字通り傷口を抉りながら笑ってやがる…!しかし、今は猟奇系美少女に戦慄している場合ではない。

  エリス様の反応が可愛いせいで話が逸れてしまったが、本題に入ろう。

 

 

「で、10倍はオーバーキルすぎたのはわかりますけど、それだけでここに召還した訳では無いですよね?」

 

「…まったく、なんでそこまでわかってるのに話を逸らさせたのか理解に苦しみます」

 

 

  可愛いからに決まっている。

 

 

「はぁ…。結果というか、あのままだと起こっていた事態を説明しますね」

 

 

  エリス様は仰々しくため息をつくと、キリッと顔を整え真剣な眼差しで俺の方へ向く。余程重要な話なのだろう。ここは黙って聞いておく。

 

 

「まず、私がしたことから説明します。女神の力によりあなたのかめはめ波をある一定のレベルまで相殺、そしてあなたにお説教もとい注意事項を説明するためにこの場所へと強制召還しました」

 

「相殺?なんで相殺する必要が…」

 

「それは今から説明します。起こるはずだった事態とは、かめはめ波が魔導砲を蒸発させ、更には機体各部への損傷と裂傷。それによりコロナタイトが露出。そしてかめはめ波+魔導砲のエネルギーがコロナタイトへと吸収され、ありえない量のエネルギーを吸収してしまったコロナタイトが暴走。そして爆発。爆裂魔法ですら比にならないレベルの大規模爆破が起こり、アクセルの街は半分更地になるところでした」

 

 

  なんてこったい。街を守るつもりが街を壊滅させちゃってるじゃねぇか。コラテラルダメージとか、致し方ない犠牲とかいうレベルのもんじゃない。全然致し方なくない。

 

 

「そ、それは誠に申し訳ございませんでした。あと、助けて頂きありがとうございました」

 

 

  とりあえずいたたまれなくなったので感謝の意も込めて土下座する。するとエリス様は直接土下座された事などないのか、アワアワと慌てふためいている。

 

 

「あ、いや、謝って欲しいわけではなく、ただ今後このような事がないように注意を…。あの、頭を上げてください」

 

 

  そう言われ下げ続ける必要も無いので素直に上げる。しかし、いくつか引っかかるところがある。聞こう。

 

 

「エリス様、いくつか質問いいですか?」

 

「はい。どうぞ」

 

「どうやってエネルギーを相殺して俺をここまで連れてきたんですか?」

 

「女神パワーです」

 

 

  すげぇな女神パワー。

 

 

「なるほど。あ、前から気になってたんですがパッドって本当ですか?」

 

「……黙秘します」

 

「…まぁいいです。デストロイヤーってなんなんですか?アレ。あの世界の科学力では到底作れそうにないんですけど、古代兵器って言うじゃないですか。まさかとは思いますが、俺達みたいなチート持ちの仕業ですか?」

 

「よくわかりましたね…。その通りです。アクア先輩が転生させた人が作って酔っ払って暴走させたのがデストロイヤーです」

 

 

  本当にろくな奴が居ないなあの世界は。

 

  ん?アクアが転生させた…。古代…。500年前…。あっ。

 

 

「…なるほど。あ、エリス様って実際のところ何カップなんですか?」

 

「……黙秘します。というか、ちょくちょく挟んでくるその質問はなんなんですか?」

 

「セクハラですけど…。それがどうしたんですか?」

 

「セクっ…!そんな何言ってんだコイツみたいな顔をされても…!何言ってんだコイツなのは私の方ですよ!!」

 

 

  もはやツッコミキャラとして定着しつつありそうなエリス様。

 

 

「最後に質問いいですか?」

 

「はぁ…。セクハラでなければ」

 

「では。デストロイヤーが作られたのっていつでしたっけ」

 

「えーと…。約500年前ですね」

 

「アクアとエリス様の関係って何でしたっけ」

 

「……先輩後輩ですね」

 

 

  ふむ。次で最後だ。

 

 

「も一つ質問いいですか?」

 

「……なんですか?」

 

「エリス様って今お幾「ゴッドブロー!!」ふごぁっ!!」

 

 

  エリス様に右ストレートをくらい吹っ飛ぶ。

 

  な、なかなかいいパンチ持ってんじゃねぇか…!けど怪我人なんだから優しく扱ってほしい。

  顎にクリーンヒットしたせいか、意識が朦朧としてきた。

 

 

「ふん。あなたのような勘のい…デリカシーのない人は嫌いです」

 

 

  薄れゆく意識の中で、エリス様が頬を膨らませているのが見えた。可愛…い…。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「『エクスプロージョン』!!!」

 

 

  ズガァァァァン!!!!

 

 

「うるさっ!!」

 

 

  爆裂魔法と思われる爆音で飛び起きる。どうやら戻ってこれたようだ。音のした方を見ると、めくみんがデストロイヤーの残骸を消し飛ばしているのが見えた。あれが死体蹴りか。

 

  よく見るとその周りにはカズマ達が居たので、ふよふよと飛びながら向かう。

 

 

「おーいカズマー。何やってんだー?」

 

「ん?この声は…。ヒデオ!どこ行ってたんだよ!」

 

 

  どうやら俺が急に消えて心配してくれていたようだ。

 

 

「ちょっとな。何やってんだこれ?死体蹴りか?」

 

「ちげぇよ。なんかこのデカブツが排熱できなくて大爆発起こしそうだったからその前に爆裂魔法で消し飛ばした」

 

 

  なるほど。爆発しそうだから爆裂させるってもう意味わかんねぇな。

 

 

「なんにせよ、デストロイヤー討伐は成功したってことでいいのか?」

 

「まぁな。ってかお前腕大丈夫か?なんか血だらけなんだが」

 

 

  この状態でもかなり良くなったんだがな。グロイから多くは言わないけど、端的に言えば両腕の皮が吹き飛んでたって感じだな。

 

 

「あれ、ヒデオ。怪我してるの?治してあげるわ!」

 

「頼む」

 

 

  アクアに回復してもらい、その後街へと帰る。色々とあったようだが、まぁ何にせよ俺たち一行はまた世界を救ったようだ。

 

  報酬が楽しみだなー!

 

 

 

 

 

  と思っていた時代が私にもありました。

 

 

「サトウカズマ。貴様には、国家転覆罪の容疑がかけられている!!」

 

 

  世界を救った結果、パーティーのリーダーが前科持ちになりましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………ほんっとうにろくでもねぇなこの世界は!!!

 

 

 




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よんでますよ、ダクネスさん。 編
第二十三話


評価バーが赤になる夢を見た。そうしたい。


 前回までのあらすじ。

 

 

 ひょんなことからサイヤ人(混血)となり異世界に転生した俺、タナカヒデオは同じく転生してきた少年、サトウカズマのパーティーに入る事となった。

 

 そのパーティーにはカズマが転生特典として連れてきたアクシズ教徒が崇める女神アクアことアークプリーストのアクアを筆頭に、アクセルに知らぬ者なしと呼び声の高い頭のおかしい爆裂娘のアークウィザードのめぐみんや、美人でスタイル抜群!巨乳!なおかつ実家は金持ち!だけども性癖には誰もがドン引きするドMクルセイダーのダクネスといった見てくれだけはいいメンバーが揃っていた。

 

 こいつらと共に魔王軍幹部を撃破したり超大物賞金首の機動要塞デストロイヤーを撃破したりと大活躍をしたんだが…。

 

 どこの世界も、そう上手くはいかないようで。

 

 

「冒険者サトウカズマ!貴様には、国家転覆罪の容疑がかけられている!自分と一緒に来てもらおうか!」

 

 

 どうやらパーティーリーダーのカズマが何かをやらかしたようで、国家転覆罪なる重そうな罪に問われる容疑をかけられたようだ。

 正直な感想としては、なんだこの女。である。

 

 とりあえず真偽を確かめるべくカズマの隣に行きコショコショと囁く。

 

 

「なぁカズマ、お前なんかやらかしたのか?国家転覆罪ってなんかめちゃくちゃやばそうなんだが」

 

「知らねぇよ。報酬受け取りに来ただけだってのに、何でこんな…」

 

 

 ふむ、心当たりはないようだ。あっても困るが。

 こいつが知らないって言ってるんだし本当に知らないんだろう。よし。

 俺はカズマとその女の間に立ち、出来るだけ丁寧に。

 

 

「あの、人違いじゃないですかね?こいつは確かに性格が歪んでると言っても過言ではないですし、巷では鬼畜とかパンツ脱がせ魔とか呼ばれてる小悪党ですけど、国家転覆罪なんて容疑がかけられることをする馬鹿でもないですし、そんなことをする度胸もないですよ?なので、今日のところはお引き取り願えませんかね?そもそも何の理由でこいつを疑うんですか?あと、自分の素性を明かしもしない人に仲間をどうこう言われたくありませんね」

 

「擁護してんのか喧嘩売ってんのかどっちだお前」

 

 

 事実だからね。仕方ない。

 突っかかってくるカズマを無視し出来るだけ柔らかな表情で言葉を促す。

 すると、

 

 

「これは失礼致しました。私は王国検察官のセナと申します。そこの男には現在、テロリストもしくは魔王軍の手の者ではないかとの疑いがあります」

 

 

 ……全くもってわからない。魔法軍の手先?テロリスト?俺らが魔王軍幹部ぶっ倒したって知らねぇのか?

 

 色々と思うところはあるが、とりあえず後ろで何故かギャーギャーと喚いているアクア達は放置して、目の前に集中する。

 

 

「具体的には何をした疑いがあるんですか?証拠はあるんですか?」

 

「証拠はないですが、その男の指示で転送された機動要塞デストロイヤーの核であるコロナタイトがこの地の領主様の屋敷を吹き飛ばしました」

 

「なんと」

 

 

 予想外だった。コレは疑われても仕方ない…のか?

 ふと、騒いでいたカズマらの方を見てみると、カズマは顔を青ざめさせていた。

 

 

「なんてこった…。俺のせいで領主が爆死しちまったのか…」

 

 

 カズマは頭を抱えながらそう呟いた。自分のせいで人が死んじまったんだもんな。顔も青くなるわ。と思っていたのだが。

 

 

「死んでいない!勝手に殺すな!不幸中の幸いというべきか、使用人は出払っていたし領主様は地下室に籠っておられたから死傷者は出ていない。屋敷は吹き飛んだがな」

 

 

 え、そうなのか。よかったよかった。

 

 

「てことは、このデストロイヤー戦ではヒデオ以外特に誰も大きい怪我もしてないし死者も出てないってことか。よかったよかった」

 

 

 胸をなでおろしながらそう言うカズマにセナが。

 

 

「何が良い!貴様、状況がわかっているのか!?領主の邸宅に爆発物を送り込み、屋敷を吹き飛ばしたのだぞ?先程言ったとおり、貴様には色々と嫌疑がかけられている。署まで来てもらおうか」

 

 

 などと言い出した。

 うーん。なんかこの人婚期逃しそうだなー。ま、それはともかく。

 

 

「そうカッカしないでください。セナさん…でしたっけ?世界を救ったようなもんだし金持ちの屋敷1個くらい吹き飛ばしても充分お釣りが来る功績じゃないですか?それか、これが世界を救った人間に対する態度なんですか?」

 

「それとこれとは話が別です」

 

 

 頭が固いというかなんというか…。

 そもそもカズマが意図的にやったとかいう証拠も何も無いのにいきなり検挙はどうなんだ?異世界だと当たり前なのか?

 

 ベルディアの時も思ったが世界救ったんだからそれくらい負担してくれよな。

 

 ……理不尽だ。

 

 

「それを言ったら領主の屋敷にコロナタイトを送ったことだって魔王軍とかとは関係ないじゃねぇか。さっきのカズマの反応を見ても意図的にやったわけじゃない事がわかるしな」

 

 

 イラつきでつい敬語が外れる。もういいや。めんどくせぇ。

 

 

「そもそもアンタ、俺らが魔王軍幹部ベルディアの討伐に一役も二役も買ってること知らねぇのか?仮に魔王軍の手先ならそんな事しねぇだろ。テロリストってんなら、こんな辺鄙な街の領主の邸宅じゃなく、もっと人が多い、王都とかに送ると思うぞ」

 

「そうですよ!それに、カズマはデストロイヤー戦においての功労者ですよ?確かにコロナタイトを転送するように指示したのはカズマですが、それだって緊急の措置で仕方なくです。カズマの機転と決断がなかったら、コロナタイトの爆発で屋敷が吹き飛ぶよりも多大な損害が出ていたんですよ?褒められはしても非難される謂れはありません。それに、あなたが言っているのは領主の屋敷よりも民衆の命の方が軽いと言っているのと同じですよ?」

 

 

 俺に次いでめぐみんも言い、静まっていたギルド内からもそうだそうだと賛同する声が響く。

 

 が。

 

 

「ちなみに、国家転覆罪は主犯以外の者にも適用される場合がある。裁判が終わるまでは言動に注意した方がいいぞ」

 

 

 その言葉に皆押し黙る。さっきまでの威勢はどこに行ったんだ。

 

 

「お、おい!お前ら急にどうしたんだよ!もっと抗議しろよ!」

 

「言っても無駄だぞカズマ。コイツらは後でシメればいい。それよりも今は余計な事を言わせないようにするのが先だ」

 

「お、おう…。そうだな…。お前ら、後で覚えとけよ」

 

 

 カズマはそう言いセナの方へ向き直る。俺もそれに倣う。周りの奴らが何かを言おうとしたら直ぐに止めれるように一応身構えながら。

 

 

「茶番は終わりか?ならば、私と共に来てもらおうか」

 

 

 そう言いカズマを捕らえようと、従えてきた騎士2人に指示を出す。

 だが、まだ納得がいかない。

 

 傷は癒えたがまだ重度の筋肉痛な両腕を気にしながら騎士2人の前に立ちはだかる。

 俺の行動が理解出来なかったのか、セナは俺を鋭い目つきで睨みつけながら。

 

 

「……何のつもりだ?邪魔をすると言うなら貴様も連行するぞ?」

 

 

 おっと。こわいこわい。

 

 

「連行?してみろよ。出来るもんならな。仮に牢獄に入れられたとしても直ぐに脱獄してお前らの面目ぶっ潰してやるから」

 

「おい!この生意気な男も捕らえろ!」

 

 

 そう指示を出され騎士の1人が向かってくるが、遅い。速さが足りんな。

 

 だが反撃して公務執行妨害的な罪に問われるのも嫌なので避け続ける。体力が無くなるまで逃げ続けてやんよ。

 

 

「そらそらどうした!これが騎士なのか!遅い!遅すぎ…へにゃ…」

 

 

 急に力が抜け倒れ伏す。見ると、前のようにアクアが尻尾を掴んでいた。

 このクソアマ…!

 

 

「ごめんねヒデオ!私達みんなが助かるにはこうするしかないの!」

 

「お…前…!覚え、とけよ…!後で泣かす…!」

 

 

 絶対に許さない。

 

 

 尻尾を掴まれながら手錠をかけられ、カズマと共に連行されてしまった。アクア、絶殺。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「だぁぁぁあクッソ!!!」

 

 

 ズガァァァン!!

 

 

 ヒデオが思いっきり鉄格子を蹴り、折り曲げた。

 あれ、これ脱獄できんじゃね?と思ったが、轟音を聞きつけすぐに看守がやって来て、ヒデオを制止しようとする。

 

 

「何をやってるんだ!やめなさい!」

 

 

 が。

 

 

「檻ッ!壊さずにはいられないッ!」

 

 

 看守が来てもなお檻を蹴り続けるヒデオ。檻がボコボコになって行く。

 荒れてんなー。

 

 

「や、やめなさい!壊れる!本当に壊れるから!」

 

 

 看守がアワアワと今もなお暴れるヒデオを止めようとするが、近づけそうにない。このままだと俺も怒られそうなので、仕方なく止めに入る。

 

 

「おいやめろヒデオ。イラつくのは分かるが、看守さんが困ってるだろーが」

 

「離せカズマ!俺は今からあのアホ女神をガチ泣きさせに行くんだよ!」

 

 

 ヒデオを羽交い締めにし動きを止めさせる。

 コイツ力強ッ!

 というかこれ以上キレると手がつけられなくなるので、最終手段を使おう。

 

 

「離せ…。力が…ぐぬぬ…」

 

 

 ふぅ。なんとかなった。

 いつまでも尻尾を握っているわけには行かないので、一応ドレインタッチで体力を吸っておこう。

 

 

「アクアめ…。次見たら絶対泣かす…」

 

「裏切ってお前の尻尾掴んで動き止めたせいでその場にいた全員に尻尾が弱点って教えたようなもんだもんな」

 

「思い出しただけでも腹立ってきた。スーパーサイヤ人なれそう」

 

 

 見ると、若干髪の毛が逆だっている。

 そのうち『おれはおこったぞー!!駄女神ー!!』とか言いそう。

 

 

「強くなってくれんのは有難いがブロリーパターンはやめてくれよ」

 

「善処………出来ぬぅ!!」

 

「するんだよ」

 

 

 などとやり取りをしていると、取り調べの時間がやってきた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 取り調べ室。俺のターン!

 

 

「吐け」

 

「吐けって言われても、ギルドで話したので大体全部なんだが。それに、俺冒険者なんだぞ。冒険の時間が奪われてるんだよ?金が稼げないんだよ?冤罪確定したら、その分の賠償してくれんの?さらに賠償だけでなく数々の非礼を訴えるよ?あんた個人を訴えるけどいいの?」

 

「減らず口を…。まぁいい。これがなんだかわかるか?」

 

 

 そう言いセナが出したのは謎の物体。なんぞこれ。

 

 

「知らん」

 

「ふん。これはな、嘘をつくと音が鳴る魔道具だ。これで貴様の発言の真偽を確かめる」

 

 

 なるほど。嘘発見機ね。

 

 

「では早速質問していく。名前と年齢、職業と、前はどこで何をしていた?」

 

「サトウカズマ16歳。冒険者をやっている。前は日本という国で勉学に努めハーレム王を〈チリーン〉…と言うのは嘘で日本という国で特に何もせず自堕落な生活を送っていました」

 

「ふむ…。ニホンという国は知らないが、嘘は言っていないようだな」

 

 

 やべぇ。本物だ。

 

 

「では、続けるぞ」

 

 

 決して逃げる事の出来ない暴露大会(俺1人)が今、始まってしまった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 カズマが帰ってくるのを待っていると、カズマではない気が近付いてきた。

 

 

「次はお前だ。来い」

 

「アイツは?」

 

「取り調べ室だ」

 

「ふーん」

 

 

 少々不思議に思いながら歩いていると、目的地へ着いた。

 

 

「入れ」

 

「おじゃましまー…あれ?カズマ。なんでお前縛られてんの?趣味?」

 

 

 取り調べ室には取り調べをするであろうセナと、何故かカズマが縄で縛られていた。

 

 

「趣味じゃねぇ」

 

「喋るな。この男は疑いが強くなったのでな。縛らさせてもらった。まぁ気にせず、そこにかけろ」

 

 

 またやらかしたパターン?まぁいいか。

 セナに促され、対面の椅子に腰掛ける。

 

 

「っしゃ。なんでも聞いてこい」

 

「では早速…。おっと。その前にこれを紹介しておこう。この魔道具は、嘘をつくと音が鳴る。この意味が分かるな?」

 

「わかりませーん」

 

 〈チリーン〉

 

「なるほど。よくわかった」

 

 

 間も置かずに鳴るのね。

 

 

「ふん。では先程のこの男にしたのと同じ様な質問をして行くぞ。名前、年齢、職業、種族と前はどこで何をしていたか言え」

 

「タナカヒデオ。16。職業は冒険者で、クラスはコンバットマスター。種族は言ってもわからんと思うがサイヤ人だ。前は、日本で学生をしていた」

 

 

 ……シーン。

 

 

「ふむ。嘘はついていないようだな。サイヤ人と言うのは知らないが。それにしても、またニホンか。こいつと同じとは、ますます怪しいな」

 

「出身地が同じだけで怪しまれるとか何やらかしたんだよ…」

 

「続けるぞ」

 

 

 一抹の不安を残しながらも、取り調べは続いた。

 

 

「冒険者になった理由は?」

 

「成り行きで。けど今は強くなる事に快感を覚えています」

 

 

 魔道具は鳴らない。

 

 

「…まぁいい。お前はその場にいなかったと聞いたが、領主様の屋敷が吹っ飛んだ事についてどう思う?」

 

「正直、ざまぁと思いました」

 

 

 魔道具は鳴らない。

 

 

「……一応聞くが、領主様に恨みとかは?」

 

「世界を救う手助けをした俺らにこんな仕打ちかよ。ぶっ殺すぞクソが、とは思いました。もし会うことがあったらボコボコにして汚い花火にしたいです」

 

 

 魔道具は鳴らない。

 

 

「……」

 

「どうした?もっと聞いてこいよ」

 

「…で、では、魔王軍について思うことは?」

 

「強い奴らばかりだと聞いているので、ワクワクしています。実際前に戦った幹部のベルディアはかなり強かったです。まぁ今なら死ぬ気でやれば多分勝てますが」

 

 

 もちろん魔道具は鳴らない。

 

 

「ワクワク…!?ま、まぁいい。最後の質問だ」

 

「こい」

 

 

 やっと最後か。

 

 

「魔王軍と関わりがあるか?」

 

「無い!多分!」

 

 

 魔道具は………

 

 

 

 

 

 鳴らない。

 

 

「多分、というのは?」

 

「俺が知らないうちに関わっている可能性があるので」

 

「なるほど…。今までの非礼、大変失礼致しました」

 

 

 無事切り抜けた。

 ったく。カズマはこの程度で何をしくじったんだ?

 

 

「俺はこの後どうすればいいんだ?それと、カズマはどうするんだ?」

 

「その男につきましては、疑惑が強くなったのでまだ釈放は出来ません。明日早速裁判にかけます。貴方は帰っていただいて構いませんが、裁判には出席して頂きます。今一度、今回の非礼を深くお詫び申し上げます」

 

 

 深々と頭を下げてくるセナ。

 

 一件落着…なのか?

 

 職員から謝罪とお詫びの品を貰って、カズマを置いて拘置所から去った。

 

 

 よし、とりあえずあの駄女神泣かしに行こ。

 

 




評価、感想、あざーす


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第二十四話

ランキングに載った気がする…


 夕方、屋敷。

 

 

「駄女神よ!俺は帰ってきたァァー!」

 

 

 ドアをバーンと勢いよく開けてそう叫ぶ。

 

 さぁ、楽しい楽しいお祭りの始まりだぁ!

 

 

「あ、あれ?ヒデオ?お、おかえり…」

 

 

 アクアは俺が帰ってくるとは思っていなかったのか、ギョッとした表情でこちらを見る。

 

 

「ん?どうした?妙にビクビクして。なにか怖いことでもあるのか?」

 

 

 なぜか縮こまりながらビクビクと震えているアクアにニコニコしながら近付いていく。

 何を怯えているんだい?

 

 

「ひ、ヒデオ、怒ってない?」

 

「あぁ。怒ってないよ」

 

「ほんとにほんと?」

 

「あぁ!俺が仲間に怒るなんてあるはずがないじゃないか!あははは!」

 

 

 アクアを安心させるためににこやかにそう言う。はっはっはっ。

 

 

「そ、そうよね!ヒデオはそんな子じゃ無いわよね!よかったー!」

 

「あぁ!安心してくれ!」

 

 

 ホッと胸を撫で下ろすアクアにある提案を持ちかける。

 

 

「なぁアクア。ちょっと相談があるんだが」

 

「なぁに?なんでも言ってちょうだい!」

 

「今からちょっとクエストに行こうと思うんだが、それにはお前の力が必要なんだ。来てくれるか?」

 

 

 帰りにギルドで受注してきたクエストの紙をひらひらと見せる。

 

 そう。このクエストにはアクアの力が必要不可欠なのだ。

 

 

「なになに?えーと、『暖かくなってきたので、また例のカエルが出てきています。討伐をお願いします』。…ね、ねぇ。ヒデオ。私これ前にも見たことがあるんですけど…」

 

 

 おそるおそるこちらを見るアクアの言葉には応えず、黙って背後に立つ。

 

 

「ね、ねぇ。なんで私の肩を物理的に持つの?あ、あれ?なんか浮いてる気がするんですけど…」

 

「あははははは」

 

「な、なんでずっと笑ってるの!?めちゃくちゃ怖いんですけどー!」

 

 

 ジタバタと暴れるアクア。

 掴む力を強め、落とさないように気を付ける。

 

 

「じゃ、いくか」

 

「ちょ、待っ!嫌ぁぁあ!!!許してぇぇぇ!!」

 

 

 しっかりとアクアを抱えながら、空を飛びカエルのいる草原へと向かう。

 

 おっと、1つ言い忘れていたことがあったな。

 

 

「おいアクア」

 

「な、なに?」

 

 

 半泣きになりながら聞き返してくるアクア。そんなアクアにハッキリと言ってやる。

 

 

「怒っていないと言ったな。あれは嘘だ」

 

「嫌ぁぁぁぁ!!」

 

 

 罪深き女神の断末魔が、夕暮れの空へと響き渡る。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 夜、屋敷。

 

 

「…うふふふふふ」

 

「な、なぁヒデオ。なんでアクアはずっと笑っているんだ?さっき風呂に入れた時もこうだった。目が据わっているし、かなり怖いんだが…」

 

 

 アクアへのお仕置きを済ませ、屋敷で寛いでいるとダクネスが聞いてきた。

 

 

「さぁ?ジャイアントトードに食わせてギリギリで助けるってのをカエルが辺りに居なくなるまでやってたらいつの間にかそうなってた」

 

 

 ちなみに帰りはカエルの粘液で汚いのでゴザをまいて吊るして飛んで帰ってきた。

 

 

「そ、それはさぞ楽しそ…じゃない。やりすぎではないか?」

 

 

 ダクネスが自分がやられる様を想像したのか頬を赤らめながら言ってきた。

 

 やりすぎ、か。

 

 

「そうか?妥当だと思うが。もしこいつが男ならもっとエグい事してるだろうし、かなり優しいと思うんだが」

 

「え、エグい事…。ごくり…。ヒデオ、試しに私に…」

 

「やんねぇからな」

 

「即断…!ハァ…ハァ…」

 

 

 相変わらず欲望に忠実な変態は置いといて、カズマの裁判について考える。

 

 屋敷の賠償とかだけで済めばいいが、相手は領主だ。権力と金に物言わせて極刑も有り得る。

 そうなった場合、俺はどうするのが正しいか。

 

 領主をぶっ殺してその場から逃げるのがいいのか、今からカズマを脱獄させに行くのか。

 

 それとも、1度カズマには刑を受けてもらい死んでから蘇生するか、だ。

 一応外的要因による死だからリザレクションは使えるだろう。

 

 

「うーん。どうしたもんか…」

 

 

 天井を仰ぎそう呟く。

 するといつの間にか広間にやって来ていためぐみんが。

 

 

「ヒデオ、どうかしたのですか?なにやら悩んでいるようですが」

 

 

 ふむ。

 こいつなら知力も高いしなにか思いつくかもな。

 

 

「いや、な。もしカズマが極刑になった場合どうするか考えててな。一番の有力候補はとりあえずカズマには刑を受けて死んでもらってその後蘇生って考えなんだが」

 

「あなた頭おかしいんじゃないですか?」

 

 

 お前には言われたくない。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 翌日、裁判所。

 

 

「これより、国家転覆罪に問われている被告人、サトウカズマの裁判を始める!一同、静粛に!」

 

 

 そう裁判長らしきおっさんに言われ、皆静かになる。

 

 告発側の席にやたら肥えて脂でテカっている毛深いおっさんがいた。おそらくこのデブが領主なのだろう。

 

 セナに紹介されたそのアルダープとかいう汚っさんは、立ち上がると俺と隣に立つヒデオを値踏みするように睨みつけ、そしてヒデオの隣に立っている見てくれだけはいい俺の仲間達にネットリとした視線を送る。

 

 気色わりぃな。死ね。

 

 

「なぁカズマ。あのおっさんなんか腹立つんだが」

 

「奇遇だな。俺もだ」

 

「あ、2人も同じ?私もなんか邪な目で見られてる気がしてならないの。目潰ししてきていい?」

 

「気持ちはわかるがやめんか」

 

 

 そう言ったアクアがヒデオに止められる。

 気持ちはわかるが、今は何もせずに黙っていてほしい。むしろアクアは弁護人の席から離れていて欲しい。

 

 俺達が話していると裁判長が静かにしろと言った視線でこちらを見てくる。黙ろ。

 

 

「はい。静かになるまで3分かかりました。では、検察官は前へ!なお、嘘をついてもこの魔道具で分かるので肝に銘じておくように」

 

 

 裁判長がそう言うと、検察官のセナが立ち上がり、起訴状を読み始めた。

 

 

「被告人サトウカズマは、機動要塞デストロイヤーを多数の冒険者と共に討伐。その際に、爆発寸前であったコロナタイトをテレポートで転送するように指示。転送されたコロナタイトは被害者の邸宅を吹き飛ばし、現在被害者のアルダープ殿は宿を借りる生活を余儀なくされております」

 

 

 セナが読み上げていく間も、領主の視線は俺達の方へ向いたままだった。

 こっち見んな死ね。

 

 

「危険物をテレポートで送る場合は、ランダムテレポートの使用は法で禁じられています。被告人の指示した行為は、それらの法に抵触します。また、領主という地位の人間の命を脅かした事は国家を揺るがしかねない事件です!よって自分は、被告人に国家転覆罪の適用を求めます!」

 

「異議あがふっ!」

 

 

 セナが言い終えると食い気味にアクアが何かを言おうとしたが、ヒデオがそれを当て身で阻止。ナイスヒデオ。

 

 恐ろしく速い手刀。俺には見えなかったね。

 

 

「…何か言いましたか?」

 

「いえ何も。さ、続けてください」

 

 

 クタッと倒れたアクアを抱えながらヒデオは淡々とそう言う。

 ほんと、助かります。

 

 

「では、被告人と弁護側、陳述を!」

 

 

 フッ。俺の活躍を世間に知らしめる時が来たか。

 

 俺は自身たっぷりに今までの冒険譚を話し始めた。

 

 

 

「ーーーとまぁこの様に、俺の活躍で魔王軍幹部を討伐することができて、機動要塞デストロイヤーも1人の犠牲者も出すことなく討伐することが出来たんです。ただ賞金首を倒すのとは訳が違いますよ?魔王軍に打撃を与えたし、人々を脅かす要塞も撃破しました。これはもう世界を間接的に救ったと言っても過言ではないと思います!そんな英雄扱いされてもおかしくない俺を極刑レベルの重罪人扱いですか!まったく、素晴らしい法制度ですね!尊敬します!」

 

 〈チリーン〉

 

「嘘です。全く尊敬してません。むしろ憎んですらいます」

 

「な、なるほど。もういいでしょう。被告人の言い分はよく分かりました。では検察官。被告人に国家転覆罪が適用されるであろう証拠の掲示を」

 

「わかりました。さぁ、証人をここへ!」

 

 

 セナが騎士に証人とやらを連れてこさせる。

 

 あ、あれ?見知った顔ばかりだ。

 

 

 ………不安しかない。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 証人その1、盗賊クリスの場合。

 

 

「なるほど、では証人は公衆の面前で下着を剥ぎ取られた挙句に有り金全部を奪われた、と」

 

「ま、まぁ、そうですね。あたしがこの人を挑発したのが悪いんですけどね」

 

 

 セナがそう言いながらメモを取る。確かに間違ってはいないが、もう少し言い方というものがあるのではないだろうか。

 

 

「証言は以上ですか?」

 

「はい」

 

「では、弁護人。発言を許可します。何か言うことは?」

 

 

 頼むぞ…!ヒデオ、めぐみん、ダクネス…!

 そう懇願するが、やはりパンツを剥ぎ取った罪は重かったようで。

 

 

「「「特にありません」」」

 

 

 3人とも見事にハモっていた。

 ちなみにアクアはまだのびている。

 

 あぁ…。心なしか周りの女性からの視線がゴミを見る目に…。

 

 俺がそう嘆いても、証人はまだいる。

 これが公開処刑か…!

 

 

 証人その2、魔剣使いミツルギとその一行の場合。

 

 

「とまぁ、このように自分から勝負をしかけて負けた訳ですから、悔しいですが納得はしています」

 

「なるほど…。そちらのお二方は、何か言うことはありませんか?」

 

 

 セナがミツルギの両隣にいた女の子にそう聞く。

 頼むから何も言ってくれるな…!

 

 しかし。

 

 

「公衆の面前でパンツを剥ぎ取ると言われました。自分は女性相手でもドロップキックを食らわせられる男だとも」

 

「その弁護側にいる男性にも服だけを吹き飛ばしてやるって脅されました」

 

 

 どんだけ恨んでんだよ…!ヒデオにまで飛び火してるし…。

 

 しかしいざという時には頼りになると俺の中で評判のヒデオ。ここまで言われて黙ってるつもりはないようで。

 

 

「異議あり!発言許可を求めます!」

 

 

 ビシッと右腕を挙げ裁判長に許可を求めるヒデオ。

 さぁ、言ってやれ!

 

 …ち、ちゃんと弁護してくれるよな?

 

 

「認めます。では弁護側、どうぞ」

 

「はい。先の発言についてですが、不備があります。確かに被告は男女平等主義を貫く公平な男を名乗り、パンツを剥ぎ取ると脅し、私は服だけを吹き飛ばすと脅したのは事実ですので否定はしません。しかし、そこまで言うに至ったのには理由があります。先程ミツルギ殿が2対1で私と被告人とで勝負をしたと言いましたね?そして敗北したとも。公平な勝負のはずが、彼女達はイチャモンを付けてきたのです。2人がかりなど卑怯だ、正々堂々戦え、とね。王都でも活躍する高レベル冒険者が当時駆け出しだった私たち二人に勝負を仕掛けてくる方が卑怯だと思うのですが」

 

 

 そう言い終えたヒデオは、ムフーと息を吐いた。

 よかった。杞憂だった。

 

 しかし、せっかくの証言を殆ど潰された二人はよく思っていないようで。

 

 

「な、なによ!卑怯なのは事実でしょ!」

 

「そうよそうよ!」

 

 

 苦し紛れにそう叫んでくるが、その程度でヒデオの口撃は止まらない。

 いいぞ、もっとやれ。

 

 

「卑怯…ですか。先程も言った通り、高レベル冒険者が駆け出しに勝負を挑む事自体卑怯かと。それに、貴方達はそんなミツルギ殿を止めようともせずただ見ていただけでした。それだけなら私達は文句は言いません。しかし、自分達が不利な状況に陥った途端に卑怯だ、などと喚き出すのは如何なものかと。その行為がミツルギ殿の品位を下げることになる行為だとわからないのですか?卑怯だという件についても私達はルールに則って勝負をしました。それに、貴方達は敵に合図をしてから攻撃するのですか?違いますよね?つまりそういうことです。はい論破」

 

 

 敬語と笑顔を崩さないヒデオ。

 敵に回すと怖いので気をつけよう。

 

 

「「うー…!」」

 

 

 ヒデオの正論に押し黙る二人。

 

 そのうーうー言うのをやめなさいって言ってるでしょ!

 

 

「べ、弁護人。発言は終わりですか?」

 

「いえ。私はまだ発言を残しています。この意味がわかりますね?」

 

「「ひっ…!」」

 

 

 ヒデオの容赦ないストレス発散が始まった。

 

 

 

 数分後。

 

 

「ぐ、ぐすっ!覚えときなさいよ!」

 

「絶対に許さないんだから!」

 

「ふ、二人共、行くぞ」

 

 

 泣きながら捨て台詞を吐く二人の背中をグイグイ押して退出するミツルギ。

 

 いやー。ヒデオがボロクソに言い負かしすぎててなんか女の子が可哀想に思えてきてたわ。

 

 

「フン。ムシケラが」

 

 

 最後までホント容赦無いのな。

 相手が何か言ってくる度に論破して「はい論破」って言ってたのには軽く引いた。

 

 

 証人その3、チンピラ冒険者ダストの場合。

 

 

 早速セナがダストを紹介する。

 

 

「裁判長もこの男は知っているでしょう。この男を紹介するとしたら、見ての通りチンピラです」

 

「んだと!その乳揉むぞコラァ!」

 

 

 キレるの早っ!

 まだ紹介されただけだぞ。沸点低すぎやしないか?

 

 ………こんなのと仲がいいって知れたら印象が悪くなるかもしれない。よし。

 

 

「あなたは被告人と仲がいいと聞きましたが、本当ですか?」

 

「あぁ。マブだマブ。そこにいるヒデオとも仲は良いぞ」

 

「ふむ。被告人、弁護人。このチンピラと友人なのですね?」

 

 

 セナが俺達に聞いてくる。

 恐らくチンピラとつるんでるから俺の素行も悪いってな感じで印象を下げに来るのだろう。

 

 だが、そうはさせない。

 ヒデオとアイコンタクトをとり、嘘発見器に引っかからない程度に誤魔化しを言う。

 

 

「知り合いです」

 

「顔は見たことあります」

 

「ひでぇ!」

 

 

 魔道具は鳴らない。

 まぁ嘘は言ってないしな。本当の事も言っていないが。

 

 

「な、なるほど…。これは失礼しました。付き合っている人間は素行の悪い人間ばかりだという主張がしたかったのですが…」

 

「いいんですよ。知り合いってのは事実ですし」

 

「人間誰しも間違いを犯すものですよ」

 

「俺達の友情はこんな浅いもんだったのかよ二人共!あったまきた!ヒデオがいるから喧嘩じゃ勝てねぇがネチネチと嫌がらせしてやるからな!」

 

 

 そう喚きながら騎士に退出させられるチンピラ。

 あいつ、誰だったかな?刹那で忘れちゃった。

 

 

「最後の証人はあてになりませんでしたが、今の証人たちは被告の人間性が悪い事を示すのに充分だったと思います。さらに、被告は被害者に対し恨みを持っていました。これらのことから、被告は事故を装いランダムテレポートではなく通常のテレポートでコロナタイトを送り付けたのではないか、と」

 

 

 ひっでぇ。言い掛かりにも程がある。

 素行だけで言えばあの悪そうな領主もなかなかヤバそうな顔と体型をしてるけどな。

 

 

「異議あり!発言許可を!」

 

「認めます」

 

 

 ヒデオが若干声を荒らげながら手を挙げる。

 こいつ怒ってない?心なしか空気が揺れてる気がするんだが。

 

 

「確かにカズマの性根が腐ってるのは認めるが、だからといってこんな言い掛かりを付けられては困るな!もっとマシな根拠持ってこい!そもそも通常のテレポートってのは場所を登録しないとダメなんじゃなかったか?わざわざウィズがそんなおっさんの家を登録すると思うのか!よく考えたら分かるだろ!そんなんだから彼氏の1人も出来な……いってサトウカズマ君が言ってました」

 

 

 おいセナに凄い目つきで睨まれたからって手のひら返して俺のせいにするな。

 

 

「おっさ…!おほん!根拠?いいでしょう!テレポートの件はともかく、根拠を出しましょう!この男がテロリストもしくは魔王軍の手先ではないかという根拠を!それと私事ですが後でサトウカズマさんとタナカヒデオさんにはお話があります」

 

 

 セナさん怒ってるじゃないか!ヒデオ!謝りなさい!

 

 まぁそれは置いといて。

 

 セナ曰く、対ベルディア戦で洪水を引き起こし民家と正門を破壊した。

 

 曰く、共同墓地に結界を張り悪霊騒ぎを引き起こした。

 

 曰く、爆裂魔法と謎の光により地形や生態系を変えた。

 

 ……うん。

 完全にテロリストですね。俺の仲間が。

 

 心当たりのあるサイヤ人と頭のおかしい爆裂娘はひゅーひゅーと口笛を吹いてあらぬ方向を見ている。アクアはまだのびている。

 

 もういい。こんな奴らほっとけ。俺の弁護は俺がする。

 

 

「おかしいじゃねぇか!今挙げたのは、俺の仕業じゃないじゃん!いや確かに俺の仲間の仕業だけども!俺に関する根拠をだしんしゃい!」

 

 

 そんな俺の悲痛な叫びに応えるようにセナが言う。

 

 

「そして、被告人サトウカズマはアンデッドにしか使えないスキル、ドレインタッチを使用していたという証言があります!あなたが魔王軍関係者ではないというのならーーーー耳を塞いでも無かったことには出来ませんよ!」

 

 

 いーや!なんも聞こえないね!聞いてない!聞いてないから無効だ!

 無駄な抵抗を続ける俺たちに止めをさすようにセナが指を突きつけ。

 

 

「そして、最も大きな根拠として、取り調べの際に魔王軍の者との交流はないのかと聞きました!あなたが交流は無いと言った時に魔道具が嘘を感知したのです!これこそが確たる証拠ではないでしょうか!?」

 

 

 ヤバイヤバイヤバイ!逃げるか!?

 

 今まで率先して弁護していたヒデオすらも、この証拠は予想外なのか目を丸くしてこちらを見ていた。

 あぁそうだよ!取り調べの時にウィズの事を思い浮かべていた馬鹿は俺だよ!

 

 半ば諦めてどうやってここから逃げるか考えていた、その時だった。

 

 

「それは違うわ!」

 

 

 その声は、いつの間にか起きていたアクアのものだった。

 

 そうだ!言ってやれ!

 普段だらしない分ここで活躍しろ!

 

 

「そうだ言ってやれ!俺が無実だっていう確たる根拠を!」

 

「はぁ?なに言ってんのカズマ。そんなものある訳ないじゃない。今のはこのセリフが言いたかったあだだだだ!!やめ、やめてヒデオ!無意味なことしないって約束破ったのは謝るから!ゆ、許して!だから頭を握り潰そうとしないで!痛い痛い痛い!」

 

 

 このクソ女神!!

 期待した俺が馬鹿だった!そのままヒデオに握られてろ!

 

 しかし、こんなくだらないやり取りをする俺達に痺れを切らしたのか、今まで見る専を決め込んでいた領主が。

 

 

「もういいだろう!その男はワシの家に爆発物を送り付けた!間違いなく魔王軍の関係者だ!殺せ!死刑にしろ!」

 

 

 ヤバい。

 最悪の事態だ。このままだと領主権限とかで本当に死刑にされかねん。

 すると、ヒデオが諦めたような顔をして俺の肩に手を置き。

 

 

「大丈夫だカズマ。リザレクションがある」

 

「頭おかしいだろお前」

 

 

 ただの鬼だこいつ!

 このアホは置いといて。

 おっさんの発言によりチャンスが出来たのでそれを利用させてもらう。

 

 

「おいお前ら!そこの魔道具をよく見とけ!いいか、言うぞ!俺は魔王軍の関係者ではない!!テロリストでもないし、わざと送り付けてもいない!」

 

 

 俺の渾身の叫びが室内に響き渡る。

 

 皆が魔道具を見るが、鳴らない。

 

 検察側の人間はセナや領主を筆頭に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。よし!

 

 魔道具での結果を証拠にするというならこちらもその手を使うまでだ。

 

 この結果を見て、裁判長はゆっくりと首をふり。

 

 

「このように魔道具を使った嘘の判別は曖昧なものです。これでは、これの反応を理由とする検察官の主張は証拠と認めるわけには行きません。あまりに根拠が薄すぎる。よって、被告人への嫌疑は不十分とみなしーー」

 

 

 裁判長が俺の無罪を言い渡そうとしたその時。

 

 

「もう一度言う。そいつは魔王軍の関係者。死刑にしろ」

 

 

 領主の横暴な発言に対してセナが。

 

 

「いえ、今回の事件では怪我人もなく、死刑にするほどでは…」

 

 

 そう告げられた領主は、セナの方をただじっと見つめた。すると。

 

 

「…いえ、そうですね。死刑にするべきです」

 

 

 なん…だと…!?

 一体何をやったんだこのおっさん!

 この謎の現象にアクアとヒデオがなにか感じ取ったらしく。

 

 

「おいおっさん!今なんかしただろ!何かはわかんねぇが、かなり強い気を感じた!」

 

「えぇ!邪な力を感じたわ!悪しき力で何かしたわね!」

 

 

 2人が領主に食ってかかるが。

 

 

「気?悪しき力?知らんな」

 

 

 魔道具が鳴らない…?本当のことを言ってんのか?

 

 

「あっ!今もなにかしたわね!邪な力をまた感じたわ!」

 

「知らんものは知らんと言っておろう!裁判長!早く判決を下せ!」

 

 

 マズイマズイマズイ!!

 

 

「はい。被告人、サトウカズマ。あなたの行ってきた度重なる悪行を鑑みるに、検察官の訴えは妥当と判断。よって判決は…」

 

 

 さっきとは真逆のことを言う裁判長。

 一体どうなってやがる…!

 

 

「死刑とする」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 おかしい。さっきまで裁判長やセナも死刑にすべきでは無いと主張していたのに、あのおっさんが見つめた途端に意見を覆しやがった。

 

 

「おかしいだろぉぉぉ!!もっと確たる証拠を持ってこいクソッタレ!!コロコロ判決を変えるテメェらに裁判長と検察官を名乗る資格はねぇ!頭おかしいんじゃねぇか!?」

 

「被告人は発言を慎むように!」

 

 

 裁判長が声を荒らげながらそう言うが、納得がいかないものはいかないのだ。

 

 

「よろしい。それほどカズマをテロリスト扱いすると言うならば、私が真のテロをお見せ…うわ!なにをするんですか!離してください!セクハラですよ!」

 

 

騎士に抑えられるめぐみんの隣で。

 

 

「全員血祭りに上げてやる…!!」

 

 

 髪の毛を逆立て大気を震わせながらそう言うヒデオ。

 

 ヤバイ。こいつキレそうだ。下手したらこの場にいる全員死ぬ!

 

 

「おいアクア!ヒデオを止めるぞ!こいつマジでやりかねん!」

 

「わかったわ!」

 

 

 アクアと2人がかりで尻尾を掴む。

 暴れるなよ…!

 

 

「ぬぅ…!離せカカロットォォォー!」

 

「誰がカカロットだ!」

 

 

 ひとまずこのブロリーもどきは鎮めることができた。

 だが、肝心の死刑判決がどうにもなっていない。

 

 どうやってこの場を切り抜けるか考えていると、今までずっと黙っていたダクネスがスタスタと裁判長のところへ行き。

 

 

「裁判長、これを」

 

 

 なにやら高級そうな材質の紋章がついたペンダント。それを見た裁判長は目を見開き。

 

 

「そ、それは…!も、もしや貴方様は…」

 

 

 皆の注目を浴びながらダクネスは静かに。

 

 

「この裁判、私が預からせてもらいたい。無かったことにしようとしているのではない。少し時間が欲しい。その間に必ずこの男の無実を証明してみせる」

 

 

 かつて無いほどに頼りがいを見せた。

 

 

 ……どうする気だ?こいつ。

 

 

 




今回こそは一万行くと思ったのに…


・アレクセイ・バーネス・アルダープ
欲の権化のデブ。性欲が強い


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第二十五話

ちょむすけかわいい


 裁判から数日後。

 

 

「ダクネス…帰ってこねぇなぁ…」

 

 

 ダクネスが頼りがいを見せ、領主の所に行ってからまだ帰ってきていない。

 流石に心配になってきた。

 

 

「ただ帰ってこないだけなら良いんだが…。あのデブのダクネスを見る目見たか?完全に性犯罪者だったぞ」

 

「ええ。まるで風呂上がりのダクネスを見るヒデオとカズマの様でした」

 

「「え」」

 

 

 そ、そんな目してるかなぁ…。

 風呂上がりにエロい服着るアイツが悪い。うん。

 

 

「まぁ何にせよ、帰ってきたら優しくしてやろうな」

 

「そうね…」

 

 

 カズマとアクアがそう言う。

 そうだな。帰ってきたら優しくあいつのしたいことを何でも……。

 あ、あれ?あいつのしたいことをやってあげたら物理的に優しくならないんじゃ…。

 

 

「あー…。やる気が出ねぇ…」

 

 

 そうカズマが呟く。

 

 裁判を終えて気が抜けたのかダクネスが居なくて寂しいのかわからないが、俺たち4人はここ数日何をするでもなくただボーッとしていた。

 

 まだ少し寒いとはいえ、カエルが出てくるくらいには暖かくなったのでクエストを受ければいいのだが、如何せんやる気が出ない。

 

 

「なんか、こう…アレだなぁ…」

 

「おお。アレだなぁ…」

 

 

 うん。アレだアレ。

 

 

「裁判の時の語彙はどこへ…」

 

 

 めぐみんがそう言ってくるが、仕方ないじゃないか。だってアレだもの。

 

 

「借金あるってーのに、こんな体たらくじゃな…」

 

「ハチャメチャが押し寄せてこねぇかなー」

 

「ははっ。嘆いてる場合じゃ無くなるかもな」

 

 

 ワクワクを百倍にして血祭り(パーティー)の主役になりたい。

 そんな事を考えながらふと、気になっていたことを聞いてみる。

 

 

「なぁめぐみん」

 

「なんですか?」

 

「さっきから俺の尻尾で遊んでるこの猫はなんだ?」

 

 

 そう。さっきから尻尾を猫じゃらしがわりにしている黒猫がいるのだ。

 消去法で恐らく飼い主であろうめぐみんに聞いてみた。

 

 

「ちょむすけです」

 

「ちょむすけ」

 

 

 そう呼ばれた黒猫は、返事をするがごとくなーおとひと鳴きし、また俺の尻尾をモフり始めた。可愛い。

 

 カズマがまた紅魔族のつける名前は変だなどと思いそうだが、猫の名前としては妥当ではないだろうか。

 

 

「飼うのか?」

 

「飼っていいんですか?」

 

「どうなんだ家主」

 

 

 めぐみんがキラキラと目を輝かせ詰め寄ってきたので、家主のカズマに聞いてみる。

 

 

「猫アレルギーの奴とかも居ないし、別にいいぞ」

 

「だってよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 ちょむすけがなかまになった!

 

 

「よろしくなちょむすけ。あわよくばお前がカリン様に育つ事を願うよ」

 

 

 ちょむすけを撫でながらそう言う。

 

 

「なーお」

 

 

 返事なのかただの鳴き声なのかはわからないが、ここは肯定的に取っておこう。

 

 俺がちょむすけと戯れ暇を潰していると、誰かが来た。

 

 

「誰か来たぞ。この気はダクネス…では無いな」

 

「ちっ。誰だよ…」

 

 

 舌打ちをしながら玄関へ向かうカズマ。

 まぁ気持ちはわかる。

 

 

「はいはいどちら様…ってあんたか。何の用だ?身の潔白を証明するまで時間あるだろ。というか今はお前に構う暇はない」

 

「構ってる暇は無いだと!?抜かせ!貴様、やはり魔王軍の手の者だろう!またやらかしおって!」

 

 

 カズマがそっと開けようとしたドアを無理矢理バーンと開いてセナが屋敷に入ってきた。

 

 まったく、うちのリーダーはまた何やらかしたんだ?

 

 

「おいカズマ。謝るなら今のうちだぞ」

 

「今回は何もやってねぇよ!」

 

「とぼけるな!貴様らが毎日爆裂魔法などを放つせいで冬眠から少しずつ目覚め始めていたジャイアントトードが一斉に起き出した!そしてなぜか初心者殺しまでいる始末だ!!」

 

「だからそれ俺のせいじゃないだろ!」

 

 

 カエルはアクアの件であらかた倒したはずなんだがな。まだいたのか。

 それにしても初心者殺しか。いい経験値になりそうだ。

 

 

「よしセナ。場所を教えてくれ。今から飛んで行く」

 

「飛んで…?何を言ってるのかはわからないが、場所はアクセルの街正門から続く平原だ」

 

 

 俺の言葉にに若干疑問を持ちながらも答えるセナ。

 それを聞いて膝に乗せているちょむすけを降ろし立ち上がり、腑抜けた仲間達に発破をかける。

 

 

「おいお前ら行くぞ!アクア…は目が死んでるから来なくていい。それ以外の奴らはさっさと準備しろ!特にカズマ!お前はセナに活躍を見せとかないとまた裁判でめんどくさい事になるぞ!」

 

 

 流石に可哀想なので今回はアクアを置いて行こう。一度に運べるのが3人までだから丁度いい。ちなみに背中に2人、俺が両腕で持つのが1人だ。

 

 

「は…!?浮いて…!?」

 

 

 俺が浮いている事に戸惑うセナをめぐみんがグイグイと押しうつ伏せに浮いている俺に乗せる。めぐみんもそれに続く。

 

 

「全員乗ったな?じゃ、行ってくるぜ」

 

「行ってらっしゃーい」

 

「え、まさかこのまま行くのか…?ちょ、待って、うわぁぁぁぁ!!」

 

 

 セナの絶叫が、アクセルの街の外れに響き渡る。

 舞空術で飛んだら毎回誰かが悲鳴あげてる気がする。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 平原。

 

 

「おー。いっぱいいるなー。初心者殺しはどこだ?」

 

 

 平原に着くと、カエルが沢山居た。こんなに寝てたのか…。

 まぁ暖かくなってきたとはいえまだ暖炉がいる寒さだもんな。カエルだって寝たいわな。

 

 

「ヒデオは初心者殺しを頼む!んでその後こっちに来てくれ!」

 

「りょーかーい」

 

 

 カズマにそう言われ初心者殺しらしい気を探り飛んで行く。

 この前は気円斬でワンパンだったからな。今回は正々堂々と正面から倒してやる。

 

 

「お、居た」

 

 

 見ると、初心者殺しはジャイアントトードを追い立てていた。

 このカエルのデカさなら数の暴力で初心者殺しくらい倒せそうだけどなー。

 本能がそうさせないのか?

 

 まぁ、それは置いといて。

 

 

「よし、勝負だ猫野郎!」

 

 

 そう叫び初心者殺しの目の前に着地する。

 ワクワクすっぞ!

 

 

「グルルル…」

 

 

 初心者殺しは俺を見ると唸り声をあげ、こちらを見据える。

 直ぐに飛びかかっては来ないところをみると、警戒しているのだろう。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 気合いとともに、気を解放する。

 辺りに風が巻き起こり、土埃が舞う。

 

 

 しばしの静寂。

 

 

「グガァァ!!」

 

 

 先に仕掛けたのは初心者殺し。

 鋭い牙を剥き、こちらへと駆けて来る。

 

 

「悪く思うなよ。これも俺の強さの為だ」

 

 

 そう呟き、一瞬で間合いを詰める。

 そして牙を容赦なく蹴り砕く。

 

 

「グギャア!!」

 

 

 牙を折られた苦痛に叫び声を上げながら転がっていく初心者殺し。

 だがすぐに起き上がり再び俺の方へと駆けてくる。

 

 

 が。

 

 

「止めだ。魔閃光!!」

 

 

 かめはめ波とは違う構えから放たれたそれは、容易く初心者殺しの体を貫いた。

 

 デストロイヤー戦後に覚えたこの技とかめはめ波の違いは、発射速度や威力はもちろんのこと、かめはめ波と違い属性付きだという事だ。内訳としてはかめはめ波の方が速度は遅いが威力は高い。

 

 ちなみにサイヤ人の俺は、モンスターを倒さなくてもレベルやステータスが上がることがある。そう、死にかければいいのだ。

 

 冬将軍の時は実際に死んだのでステータスしか上がらなかったが、今回は違う。普通に死にかけたので、レベルもあがったのだろう。

 

 ただ、死にかけるのは痛いし苦しいしめんどくさいので、わさと死にかける⇒回復魔法のループは基本的にやらない。

 

 

「よしっと。さ、戻るか」

 

 

 無事任務を終えたので、カズマたちの加勢に飛んで行く。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 

 カズマ達のところへ戻ると、めぐみんが爆裂魔法で大量のカエルを消し飛ばしていた。流石。

 

 

「おいめぐみん。おんぶはいるか?」

 

 

 めぐみんのところへ着地し、そう問うた。

 

 

「いえ、ヒデオはまだカエル相手に戦わないといけないでしょうし、このままで大丈夫です。危なくなったら呼びますので」

 

「そうか。わかった。じゃあカズマの手伝いしてくる」

 

「いってらっしゃい」

 

 

 めぐみんに見送られ飛ぼうとするが、ふとセナがこちらをじーっと見ているのに気がついた。

 

 

「なんだよ。また俺にも疑いをかける気か?」

 

「い、いえ。本当に初心者殺しを倒されたのかと…」

 

 

 ほう。疑うのか。

 

 

「ほれ。ちゃんと記入されてるだろ」

 

 

 冒険者カードを見せながらそう言う。

 

 

「本当だ…。空を飛んだり初心者殺しを短時間で倒したり、貴方は何者なんですか?」

 

 

 何者、か。

 そんなの知らん。が、前から言ってみたかったセリフを言ってみる。

 

 

「俺は、地球育ちのサイヤ人だ」

 

 

 フフン。どうだね。サイヤ人の俺だから言えるセリフ。

 だがセナはよくわかっていないようで。

 

 

「またサイヤ人…ですか。あなたといいサトウカズマといい、私達が知らない事をよく知っておられるのですね」

 

 

 じーっと見て来るセナ。また疑われている気がする…。

 よし、お前がそのつもりなら俺にも考えがある。

 

 

「じー…」

 

「な、なんですか」

 

「じー…」

 

「な、なぜ私の顔を…」

 

 

 メンチを切られる以外で顔をガン見されたことなど無いのか、セナは恥ずかしそうに顔を逸らした。

 無論俺は顔など見ていない。身長と距離の関係でセナにはそう見えるだけで、俺はほかの所を見ている。

 こいつ、ダクネスに負けず劣らずデケェな…。

 

 おっぱい。

 

 

「…はあ。勿体ないな」

 

「!?おい、今何を見て言った!」

 

「さぁ?おっと、カズマを助けに行くのを忘れてた。あばよ!」

 

「待てぇ!」

 

 

 セナの叫びを聞き流し空を飛ぶ。

 ふぅ…。

 

 巨乳は、でかかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「おーいカズマー」

 

 

 初心者殺しを倒したらしいヒデオが空から降りてきた。早いな。

 

 

「お、もう倒したのか。流石だな」

 

「おう。いい運動になった」

 

「で、助けてくれない?」

 

 

 食われてはいないが、俺は今カエルの下敷きになっているのだ。

 急に後ろから飛んできたヤツを会心の一撃で屠ったと思ったら勢いを殺しきれずにこれだよ。

 若干ヌメヌメする。

 

 

「じゃ、どかすぞ…。うわ、ヌルヌルする。きめぇ」

 

 

 そう悪態をつきながらもカエルをどかすヒデオ。

 体にのしかかっている物がどけられ、段々と軽くなっていく。このくらいなら這い出れそう。

 

 ズリズリ。ヌルヌル。すぽん。

 

 

「お、出れた。サンキュー」

 

「おうよ。で、あとどんくらいいるんだ?」

 

「五、六匹かな。経験値欲しいから美味しいとこだけくれねーか?」

 

 

 ヒデオのように強くもないので経験値を得るのも一苦労だ。こういう時に稼いでおきたい。

 

 

「いいぜ。殺さない程度にぶっ殺せば良い訳だな」

 

「大体あってる。じゃ、頼むぞ」

 

「了解」

 

 

 そう言い宙に浮くヒデオ。何する気だ?

 

 

「せせせせせいっ!」

 

 

 気合いとともにエネルギー弾を複数放つヒデオ。

 あの、この位置だと倒しに行くのめんどくさいんですが…。

 

 しかし、それは杞憂だったようで、エネルギー弾はカエルには当たらずカエルの近くの地面で炸裂した。

 するとカエルは突然の爆発と音に驚いたのか、一斉にこちらへ向かってきた。なるほどね。

 

 

「よし、行くぞカエル共!」

 

 

 地面に着地しそう声を張るヒデオ。やだ、頼もしい!

 

 

「せぁあぁぁ!!」

 

 

 低空飛行で飛んで行き、カエルへ打撃を食らわせるヒデオ。

 なんでも、レベルが上がったから気の解放さえしとけばカエルを殴り殺せるらしい。

 なにそれこわい。

 

 あと、普通の人でも打撃が効きにくい相手に打撃を食らわせる方法を編み出したらしい。

 

『突く、より貫く!蹴る、より斬る!』

 

 とか言っていた。

 要は、槍のように貫く突きを放ち、剣のように斬り裂く蹴りを放つらしい。

 そんなん出来るのはお前だけだと声を大にして言いたい。

 

 内心ヒデオに文句を言っていると、半殺しが終わったようで声をかけてきた。

 

 

「おいカズマー。止めはよ」

 

「はいはーい」

 

 

 はよと促されたので弓を構え矢を放つ。『弓』スキルと『狙撃』スキルを覚えているのでそれを活用する。

 

 

「っし、終わったか。ヒデオ、カエル運ぶの手伝ってくれ」

 

 

 カエル肉はギルドが買い取ってくれる。

 少しでも金が欲しい今はこれも貴重な収入だ。

 このサイヤ人が居れば少しくらいなら運べるだろう。運ぶ時間を短縮し肉を痛まないようにするのだ。効率化。

 

 カエルの死骸を一箇所にまとめていたその時。

 

 

「あ、ああ!!カズマ、ヒデオー!!カエルがー!」

 

「さ、ささサトウカズマ!助けてくれぇー!」

 

 

  そう叫んでくるめぐみんとセナ。まずい。間に合わん。

 

 まぁ、カエルだから大丈夫だろう。

 ヒデオも同じことを思っているようで。

 

 

「食われてもすぐ死ぬわけじゃないしいいか」

 

「だな」

 

 

 再びカエルを1箇所にまとめる作業に戻る。

 効率、大事。

 

 

「わぁあぁひゅぐっ!」

 

「お、お、おい貴様ら!仲間が食べられてしまったぞ!!ひぃ!もう1匹来た!」

 

「わるい!今手一杯なんだ!すぐに飲み込まれはしないから安心して食われてくれ!」

 

 

 泣きわめくセナにヒデオがそう返す。

 この間のリザレクション発言といい、真に疑われるべきはこいつなんじゃないだろうか。

 

 

「鬼め!!うわぁぁ!!く、来るなぁ!!」

 

 

 セナがカエルに食われそうになったその時。

 

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 

 聞き覚えのないワードと声が響く。

 すると、セナを食べようとしていたカエルとめぐみんを食べていたカエルが真っ二つになった。すげぇ。

 

 よく見ると、誰か立っている。

 

 

「誰だあの子」

 

「知らね。めぐみんと似たような服着てるな」

 

 

 めぐみんと似たような服を着た女の子が居た。年齢まではわからないが、露出度からして女の子だろう。太もも。

 

 とりあえずカエルをある程度の場所まで運び終え、めぐみん達のところへ戻った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 戻ると、食われるところを間一髪で少女に助けられたセナが。

 

 

「貴様ら、よくも…!」

 

 

 恨めしくこちらを睨み今にも掴みかかってきそうだ。

 

 

「食われなかったんだしいいじゃねぇか。そうカッカすんな。顔が怖い。そんな顔ばっかしてたら彼氏の1人もできねぇぞ」

 

「なっ…!貴様…!セクハラで訴えるぞ!」

 

「心配して言ってやってるのに…」

 

 

 うん。ほんと、将来が心配です。

 とまぁ、この独身は置いといて。

 

 

「おい今なにか失礼な事を考えなかったか」

 

「いや何も」

 

 

 怖っ!

 

 いい加減話が進まないのでこの喪女は置いといて。

 

 

「また失礼なことを…」

 

「考えてません。それより、君、誰?」

 

 

 先程セナとめぐみんを助けた少女に正体を問う。目が赤いところをみるとおそらく紅魔族だろう。めぐみんの知り合いか?

 

 

「え…いや…あの…」

 

 

 完全にビビられてますがな。

 そんなに顔怖いかな…?まぁいいや。

 

 

「おいめぐみん。出て来い。お前の知り合いか?この子」

 

 

 未だにカエルの中にいためぐみんを引っ張り出し真相を問う。

 めぐみんというワードを聞いた少女は心無しか表情を明るくした。

 

 

「出ましたよ…ぬるりと。えーっと…誰ですか?」

 

「えっ!?」

 

 

 めぐみんにそう言い放たれた少女はかなりショックを受けた様子だ。さっきから顔が忙しいな。

 

 

「なんだ、知らねぇのか?紅魔族っぽいし服装も似てるから知り合いかと思ったんだが…」

 

「知り合い、というかライバルです!ねぇめぐみん、私のこと忘れちゃったの!?ゆんゆんだよ!紅魔の族長の娘で、学校の同期で、成績はあなたに次いで二番目で、よくあなたにお弁当を取られてた!」

 

 

 やっぱり紅魔族か。それにしても、同期なのか。どこが、というより全体的にめぐみんより大人びている。

 二人を見比べているとめぐみんが。

 

 

「ヒデオ、私たちを見比べてどうしたのですか?何を比べているのですか?」

 

 

 低めのトーンで脅すように言ってくるめぐみん。やだ、この子怖い!

 とりあえず誤魔化しとこ。

 

 

「いや、お前の成績が1番でこの子が2番って聞いて、どう見ても逆だろって思ってたんだよ」

 

「ふっ。何を言うかと思えば。自己紹介の時も言いましたよね?私は紅魔族随一の天才だと。カズマも聞いてましたよね?」

 

「聞いてたが、痛い子の妄言だと思っててな」

 

「なっ…!」

 

 

 うんうん。

 普段のこいつを見てたらそうは思えんな。

 ふと、何か思いついたのかカズマがぽんと手を叩き。

 

 

「あぁ。バカと天才は紙一重ってこういう事を言うのか」

 

「なにおう!喧嘩を売ってるなら買いますよ!」

 

 

 先程ドレインタッチで分けてもらった体力のおかげで立ち上がりカズマに襲いかかろうとするめぐみん。

 

 

「やめんかロリ。それより、ゆんゆん…だっけ?この子本当に知り合いじゃないのか?」

 

「ろ、ロリ…」

 

 

 とりあえず話が進まないのでめぐみんを止め、空気になりかけていたゆんゆんと名乗った女の子の話題を振る。

 するとセナが。

 

 

「…ふむ。何やらつもる話がありそうでね。では、自分も今日のところはこれで。サトウカズマさん。最後以外はまともな冒険でしたが、演技の可能性も捨てていません。私はまだあなたを信用していませんから」

 

「この程度で信用されるなら端から裁判になんてなってないよな。ヒデオ。この子の対応は屋敷でするから、とりあえずギルドに飛んでってカエル回収頼んでくれ」

 

 

 カズマにそう言われたので、断る理由もないので従う。屋敷に連れて行くと言ってるし、ゆんゆんの事も気にせず大丈夫だろう。

 

 

「了解。セナ、乗っけてやる」

 

「い、いや私は…」

 

「つべこべ言わず乗れ」

 

 

 嫌がるセナを無理矢理持ち上げ、ギルドへと飛んで行く。

 

 

「いやぁぁあー!!」

 

 

 セナの可愛らしい悲鳴が平原へ響き渡る。

 素が出てるよ素が。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 屋敷。

 

 

「お、ヒデオおかえり」

 

「ほれ。金」

 

 

 一足先に帰り風呂から上がっていたカズマに臨時報酬を渡す。お金は大事だよね。

 

 

「サンキュ。いつもすまないね」

 

「それは言わない約束っすよカズマさん」

 

「で、どうだった?セナはなんか聞いてきたか?」

 

 

 カズマが真面目な顔付きで聞いてきた。俺に一緒に行かせたのはこれが理由か。

 

 

「いや、特には。ずっとビビってたし」

 

「ふーん…」

 

「あれ、めぐみんとゆんゆんは?」

 

「風呂」

 

 

 めぐみんはヌルヌルだったから分かるが、何故にゆんゆん?

 

 

「あ、ヒデオ。おかえりなさい。お茶のむ?」

 

 

 お茶を淹れに行っていたらしいアクアが戻ってきた。

 

 

「いや、気持ちだけもらっとくよ。喉乾いてないし、お前が淹れるやつ大体がお湯だし」

 

「そう」

 

 

 アクアは短く返事をするとテーブルにお茶を置き飲み始めた。

 ほんと、なんでお湯になんの?

 

 

「あ、そうだ。カズマ。何でゆんゆんまで風呂に入ってんだ?めぐみんだけなら一緒に入れたのに」

 

 

 あのロリは言わば妹なのでノーカン。

 

 

「うーん。どこから言えばいいか…」

 

 

 曰く、ゆんゆんがめぐみんに勝負を仕掛けたのはいいものの、めぐみんが寝技(ヌルヌル)を使ってゆんゆんまでヌルヌルになったらしい。

 こうして見ると、なんかエロいな。

 

 

「ふーん」

 

 相槌だけを返し、2人が出てくるのを待つ。

 やがて出てきたので俺も風呂に入り、ご飯にした。

 途中めぐみんの服が入らなくてゆんゆんがアクアの服を借り、それを見てめぐみんが若干悔しそうな顔をしたり、ちょむすけが俺とカズマの目の前で火を吹いたりしたが、まぁそこは割愛。

 

 

 

 

 

 今夜も、ダクネスは帰ってこなかった。

 

 




iPhoneがバッキバキになった。


・魔閃光
『魔』属性の気を持つ気功波。速い。

・ゆんゆん
幸が薄い紅魔族の少女。めぐみんのライバル(自称)



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第二十六話

ヒロインではない。
多分オリジナル。


 カエル事件の翌日、ギルドにて。

 

 

 一人で出来る仕事探しなう。

 

 しかし、どれもソロじゃ厳しそうなやつばかり。

 誰か一人、せめて後衛が居れば…。

 

 ちなみにカズマ達は誘っても乗り気では無かったので置いてきた。

 

 

 知り合いで後衛ができそうな奴がいないかと、ギルドの中を見回していると。

 

 

「…」

 

 

 一人、食事をするでもなく仕事を探すでもなく、ただじっと座っている少女が居た。

 

 ゆんゆんである。

 

 そういえば昨日上級魔法使ってたなこの子。暇ならクエストについてきてもらおう。

 

 思い立ったが吉日、早速声をかける。

 

 

 なるべく怖がらせないように…。

 

 

「おーい。ゆんゆん。なにしてんの?」

 

「ひゃっ!え、と、あの、ご、ごごご、ごめんなさい!あ、ヒデオさん…」

 

 

 声をかけると、何故か謝ってきた。

 

 

「何も悪いことしてないんだから謝らなくていいぞ。もっかい聞くけどなにしてんの?」

 

「え、いや、あの、その…特には」

 

「暇か?」

 

「ま、まぁ。端的に言えば…」

 

「よし。なら、クエスト行かねぇか?今ちょうど後衛できそうなヤツ探してるんだよ。昨日上級魔法使ってたよな?」

 

「…」

 

 

 俺の言葉に固まるゆんゆん。

 しまった。誘うのが早すぎたか?

 

 

「いや、別に断ってくれても構わな」

 

「行きます!!行かせて下さい!」

 

 

 言い終える前に食い気味で、しかも顔を近づけながら言ってくるゆんゆん。

 心無しか目がキラキラしてる。誘われたのがそんなに嬉しかったのか?

 

 

「お、おう…。じゃあ、どれ行くかは決まってないから一緒に見ようぜ」

 

「はい!」

 

 

 元気よく返事をしたゆんゆんを連れ再度掲示板へ向かう。

 それにしてもこの子、チョロ過ぎない?なんか色々と心配になるんだが…。

 それと、紅魔族にしては大人しい。

 めぐみんがおかしいだけで他のみんなは大丈夫なパターンがあるかもしれない。

 

 

 いや、名前のセンスは全然大丈夫じゃなかったわ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 クエストの場所へ馬車で移動中。

 距離はそうでもないけど、場所がわかりにくいらしく、行きは馬車に乗る。帰りは自力で帰ってきてとのことらしい。

 馬車に揺られて数分。

 

 

「…」

 

「…」

 

 

 会話がない。

 ど、どうしよう。何か話題振った方がいいかな…?なんで誘ってくれたの、とか聞いた方がいいのかな…?

 そんなことを考えていると。

 

 

「なぁゆんゆん」

 

「ひ、ひゃい!」

 

 

 急に話しかけられたから噛んじゃった…。

 変な子だと思われてたりしないよね…?

 

 

「今のもそうだが、何かビビってる?俺の事怖い?」

 

「い、いえ!そんなことは…。ただ、男の人と2人きりというのはお父さん以外では初めてで…」

 

 

 尻尾が生えてて空飛んだりしてたから変わった人だな、とは思ってたけど、怖くはない…はず。

 こ、これは緊張!そう!緊張してるだけなの!

 

 

「なるほど。緊張してんのね」

 

「は、はい…」

 

「そう、ならよかった」

 

 

 私が怖がってないかと声をかけてくれてたみたい。良い人だ…。

 よし、思い切って聞いてみよう。この人ならちゃんと答えてくれるはず。

 

 

「あ、あの、ヒデオさん」

 

「なんだ?」

 

「なんで私なんかを誘ってくれたんですか…?」

 

 

 やった!言えた!

 私の質問に、ヒデオさんは少しばかりんーと悩むと。

 

 

「ギルドに居たし、知り合いだったし、後衛できそうだったから」

 

 

 ギルドで誰かに話し掛けられるのを待つ習慣をしていてよかった…!

 やった、やったよ!お父さん、お母さん!私、一緒に冒険してくれる人が出来たよ!

 

 

「ありがとうございます!」

 

「感謝されるようなことをした覚えは無いんだが…。むしろこっちがありがとうだよ。本当にいいのか?俺みたいなのにホイホイ着いてきて」

 

 

 照れくさそうに頬をかきながらお礼を言ってくるヒデオさん。

 私なんかを誘って、更に私が言うべきお礼を言ってくれるなんてとっても良い人!

 私が喜んでいると、ヒデオさんが。

 

 

「というかゆんゆん。今回のクエスト、本当に大丈夫か?」

 

 

 また私の心配をしてくれてる!とっても良い人!

 この人に心配かけちゃダメよゆんゆん!元気よくお返事しないと!

 

 

「はい!大丈夫です!私に任せてください!」

 

「そうか、なら良かった。女の子は虫嫌いな子が多いからな。ジャイアントホーネット討伐、着いてきてくれて助かるよ」

 

 

 ジャイアントホーネット。端的に言えば、大きさが中型犬くらいあって、毒針を持っていて、噛む力も強く、1匹のさらに巨大な女王蜂に付き従い、群れで生息する蜂。

 徒党を組まれるととても手強いけれど、毒液は薬にもなるし、強靭で硬い針や顎は装備品や調理器具として重宝される。巣で取れるハチミツも、とても甘くて美味しい。それに、薬効成分もあるんだとか。

 

 正直言ってあんまり得意では無いけど、それを言っちゃうとヒデオさんの期待を裏切ってしまう。ここは我慢よゆんゆん!

 

 そう自分を奮い立たせていると、巨大蜂が生息する森に着いた。頑張ろう!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ゆんゆんを誘って二人でクエストに来たのはいいものの、機嫌が良すぎて逆に怖い。

 何が楽しいんだ?鼻歌歌ってるし。

 

 

「なぁゆんゆん」

 

「はい!」

 

 

 元気よく返事をしてくるゆんゆん。

 うん、やっぱり怖い。なんでこんなに機嫌が良いんだ…。

 カズマとかと長い間過ごしていて身についた、なにか裏があると勘繰ってしまう癖。

 恐らくそれが得体の知れない恐怖を生んでいるのだろう。

 

 

「もう一度聞くが、本当に大丈夫か?」

 

「はい!大丈夫です!」

 

 

 さっきも大丈夫だと言っていたが、気を遣わせないように嘘を言っているのかもしれない。実際に蜂を見てしまったら恐怖で固まるかも。

 まぁその時はその時でなんとかするか。

 

 

「無理になったら正直に言ってくれると助かる。その時は何とかするから」

 

「はい!わかりました!私は大丈夫です!」

 

 

 さっきから返事と大丈夫しか言っていないが、本当に大丈夫か?

 

 とりあえずゆんゆんに気を配りつつ、森の奥へと進んでいると。

 

 

「っと、ストップだゆんゆん」

 

「はい!」

 

「静かに」

 

「…はい」

 

 

 前方に、気が複数ある。

 特定の箇所に集まっては散らばる。それを繰り返している。

 恐らくこいつらがジャイアントホーネットだろう。

 クエストの内容は巣の破壊と女王蜂の駆除なので、取り巻きは相手にする必要は無い。女王を倒すと勝手に死ぬらしい。

 

 

「居る。10、20…。多すぎない?」

 

「そんなこともわかるんですね!すごい!むぐっ」

 

「大声を出すな」

 

 

 興奮して声を上げるゆんゆんの口を抑え黙らせる。せ、セクハラじゃないから!流石に会って2回目の女の子にセクハラするほどクズじゃないし…。

 ミツルギの仲間は女として見てないし、エリス様は女の子って年齢じゃ…いや、エリス様マジピチピチギャル。

 

 

「どうするか…」

 

 

 謎の悪寒が走ったことは置いといて、作戦を考える。

 女王を倒せばいいのだが、そこにたどり着くまでかなり厳しそうだ。

 なんでも、隊列のようなものを組んで襲いかかって来るとか。

 かめはめ波で巣ごと消し飛ばすのも考えたが、森に被害が出るし、何より素材買取の報酬が出ない。

 

 

 考えた結果、正面突破することにした。

 こっそり巣だけを破壊する事も考えたが、巣と思われるものを取り囲むようにしているようなので、正面突破が楽との結論に至った。

 途中ゆんゆんにも意見を求めたが、すごいですと大丈夫ですしか言わなかったので聞くのをやめた。

 

 

「行くぞ」

 

「はい!」

 

 

 作戦的にはもう静かにする必要は無いので特に何も言わない。むしろ騒がしくしてくれる方が助かる。

 出来るだけ音を立てながら巣へと近付いて行く。

 すると、気が近付いてくる。数は一。偵察か?

 

 

「来たぞゆんゆん!」

 

「はい!『ライト・オブ・セイバー』!!」

 

 

 上級魔法で蜂を両断するゆんゆん。

 俺もこういうビームソード系の技欲しい。剣は携えてはいるがあまり使っていない。

 

 体液が仲間を呼んだのか、はたまた別の何かが仲間を呼んだのかわからないが、とりあえず大量の気がこちらへ近付いてきた。

 ホントだ。隊列みたいな並び方してる。

 

 

「ゆんゆん、飛ぶぞ、捕まれ!それと、目を瞑れ!」

 

「えっ、はい!」

 

 

 蜂に視認された所でゆんゆんを背負い、舞空術で蜂たちの上を取る。

 視線がこちらへ向いたところで、必殺。

 

 

「かかったなアホが!太陽拳!」

 

 

 カッ!!

 

 

 蜂たちの視界を強烈な光で埋め尽くす。

 前が見づらくなった蜂たちは動くのをやめた。隙だらけだぜ!

 正面突破とは言ったが正々堂々とは言っていない。勝てばよかろうなのだー!

 

 

「フハハハハ!死ね!三連気円斬!」

 

 

 地面に着地し、気円斬を放つ。

 きっちり三列に並んでいた蜂たちは、気円斬でスパパパパーンと両断されていった。

 

 

「す、すごい…」

 

 

 蜂が一瞬にして壊滅状態になったことに驚くゆんゆん。

 

 

「わりぃな。イイトコやれなくて」

 

「い、いえ!」

 

 

 そんな話をしながら素材を回収する。がっぽりですわ。

 回収を続けていると、学習したのか今度は上から攻めてきた。

 

 

「おっと、お連れさんが来た。今度は上からだ。さっきの作戦は恐らく通じないから、遠距離攻撃で倒すぞ」

 

「わかりました!『ライトニング』!」

 

「気円斬!」

 

 

 ゆんゆんは雷の中級魔法で、俺は気円斬で蜂を屠っていく。

 かめはめ波よりは森に被害が出にくいし、ある程度硬くても倒せるのは便利だ。気の消費が大きめだが、まぁそこはご愛嬌。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 あの後も何度か来た蜂を完封していたら、やがて諦めたのか蜂がいなくなったのかわからないが、襲撃がパッタリと止んだ。

 襲撃を待ってやる必要も無いので、とりあえず素材回収を終わらせよう。これが終わったらあとは女王だけかな?

 

 無言で作業するのもあれなので、雑談でもしよう。

 

 

「このクエスト案外ちょろいな。その気になれば一人でもいけそうだな」

 

「えっ…」

 

 

 自分は必要ないと言われたと思ったのか、ゆんゆんの顔が青ざめていく。

 しまった。デリカシーがなかったか。とりあえずフォローしておこう。

 

 

「あ、いや、ゆんゆんが居ることによって俺の仕事がかなり減ってる。二人の方がやりやすいし、ゆんゆんは近接も遠距離もいけるから、俺はゆんゆんの事を心配せずに自分の仕事に集中出来る。つまり一人でも無理なことは無いけど来るなら二人以上って事だ」

 

「そ、そうですか…」

 

 

 フォローになってるかはわからないが、とりあえず顔は元に戻ったので一安心。

 というかこの子めんどくせぇ!

 

 自分に自信が無いのか人見知りしてるのかわからないがやたらと引っ込み思案だし、めぐみんみたいな頭のおかしいアークウィザードじゃないにも関わらずギルドに一人で居た。パーティーを組んだことがないとも言っていた。

 まさか、この子ボッチ?

 

 

「うーん…」

 

「どうしたんですか?」

 

 

 顔を覗き込んで聞いてくるゆんゆん。近い。

 

 

「なぁゆんゆん」

 

「はい!なんでしょう!」

 

 

 笑顔が眩しい。

 本当にこんなに純粋な子にこんな事を聞いて良いんだろうか。

 いや、聞かないと何も始まらない。

 

 

「もしかして、友達あんまりいない?」

 

「うっ!」

 

「図星か…」

 

 

 俺の言葉にショックを受けて言葉を詰まらせるゆんゆん。

 うーん。この容姿と能力なら友達とかすぐできそうなんだけどなぁ。よし。

 

 人生相談をしてあげるわけじゃない。

 そこまで人生経験を積んでるわけでもないからな。

 ただ、パーティーメンバーの友人が不憫なのは見てられないってだけだ。

 

 

「1つ言うけど、もっと自分に自信持っていいぞ。友達が欲しいってんなら俺とかカズマとか、パーティーの奴らが喜んでなってやる。誘ってくれたらクエストとかも着いていくし、暇ならいつでも屋敷に遊びに来てくれても良い。どうだ?俺と友達にならないか?」

 

 

 ちょっとクサすぎるか?まぁいいか。思い返してベッドで悶えてヘドバンするだけだしな。

 

 俺の言葉にゆんゆんはまたもや固まった。今日何度目だ?

 やがて、声を振り絞り。

 

 

「あ、ありがとうございます…!不束者ですが、是非よろしくお願いします!」

 

 

 涙声で礼を言ってくる。

 不束者ってのは他の人に聞かれたらちょっと誤解を生みそうだが、まぁいいだろう。

 

 

「じゃ、よろしくな」

 

「はい!」

 

 

 ゆんゆんと友情の握手を交わそうと手を差し出したその時。

 

 

「ワタシのカワイイしもべたちをコロしたのはアナタたち?」

 

 

 片言で、抑揚もどこかおかしい声を発し、蜂たちがやって来ていた方向からそれは来ていた。

 気付かなかった…?

 いや、感じてたはいた。巣から感じ取れたでかい気だ。

 一瞬でここまで来たのか?

 

 

「ゆんゆん、下がれ」

 

「っ!はい!」

 

 

 ゆんゆんを背に庇いソイツの前に立つ。

 大きさは大人の女性くらいで、顔や体の造形も足が六本あるところと蜂の針の部分や羽根の部分を除けばほぼ人間だ。恐らく女王蜂だろう。

  強さ的には初心者殺しくらいか?

 それにしても、人語を発するのが解せない。

 人の形を模してるのが関係してるのか?声帯は真似できても、言葉の意味はわからないはず。

 そういう風に聞こえるフェロモン的なものがあるのか?

 色々と考えるが、今は気にしている暇はないので考えるのをやめる。

 

 

「ネェ、キいてるの。アナタたちのシワザ?」

 

「……そうだと言ったら?」

 

「ユルさない」

 

「そうか。なら死ね」

 

 

 一瞬で背後に周り、暗殺者さながらに首を捻じ折る。

 アクアが居なく蘇生できない状況では容赦はしない。

 どのみち駆除しないとダメだしな。

 

 

「あ…れ…?」

 

「わりぃな。恨むなら、依頼だした奴を恨んでくれ」

 

 

 俺は仕事でやってるだけだから。生活のために仕方なくだから。だからゆんゆん。そんなドン引きした目で俺を見ないでくれ。

 

 

「……容赦ないですね」

 

「ま、まぁモンスターだしな。人語を話して容姿が女でもーーー」

 

 

 関係ない、そう言おうとした時。

 

 

「女でも、何ですって?」

 

 

 ガンッ!!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「…え?」

 

 

 ヒデオさんが消えた。いや、消えたんじゃない。吹っ飛ばされたんだ。吹っ飛ばされたであろう方向の木々が折れている。

 私は転んでしまった。突き飛ばされた感覚がしたから、多分ヒデオさんが庇ってくれたのだろう。

 立ち上がろうと足に力を入れたその時。

 

 

「あら?貴女を狙ったのに、なんで居るの?まぁいいわ。覚悟はいい?」

 

 

 さっきヒデオさんに首をへし折られたはずの女王蜂がさっきよりより人間らしい姿になり立っていた。

 

 

「…ひっ!」

 

 

 腰が抜けてしまって、立てない。

 この女王蜂の顔はとても整っていて優しい顔をしているのに、恐怖で腰が抜けてしまった。

 い、嫌…!

 

 

「あぁ、その顔、ゾクゾクするわ…!」

 

 

 恍惚とした表情を浮かべる女王。気持ち悪い…!

 仮に魔法を使おうにも使う前にやられてしまうだろう。

 

 

「こ、来ないで!」

 

「ダメよ。行くわ」

 

 

 ジリジリと近付いてくる女王。

 ヒデオさん、助けて…!

 

 

「ふふふ。あなたの泣き顔、とっても可愛かったわ。その顔、頂戴ね」

 

 

 そう女王が言い、私の顔に手をかけようとする。あまりの恐怖に目を瞑る。

 

 あぁ、私、ここで死ぬんだなぁ…。もっと色々な事をしてくれば良かった…。来る途中で見た露店の串焼きも食べたかったし、射的もやってみたかった。めぐみんにだってもっと勝ちたいし、一緒に冒険してくれる仲間だって欲しかった。

 そんな私の思いも知らずに、女王は淡々と。

 

 

「さよなら」

 

 

 そう言ってくる。腕を振りかぶる音が聞こえる。

 あぁ、神様。来世は、友達がたくさん出来ますように…。

 

 

 

 

 何秒経っただろうか。おかしい。

 一向に腕が振り下ろされる気配がない。

 もしや私は気が付かないうちに死んでしまったのかもしれない。

 

 恐る恐る目を開けると、そこには。

 

 

「わりぃゆんゆん。危ない目に遭わせちまったな」

 

 

 血だらけになりながらも、女王の腕を左腕一本で止めている私の人生初の男友達が居た。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「……離しなさい。一体誰の腕を掴んでると思っているの?」

 

「でかい虫だろ?つーか腕ってより足だろこれ」

 

 

 さっきより流暢になった人語を話す女王蜂。見た目もかなり変わってるし、気の大きさも桁違いだ。ゆんゆんを庇ったとは言え、吹っ飛ばされてしまった。

 一体何をしたんだ?

 

 

「バカにして…!」

 

「あぶねっ」

 

 

 尻の部分についている針を触手のように伸ばし俺に刺そうとしてくる女王。当たらんわこんなん。

 針の進行方向には木があり、針が刺さる。

 すると、木がしぼんだ。

 

 

「は?」

 

「隙だらけよ!死になさい!」

 

「あぶねっ」

 

 

 おいおい待て待て。木が一瞬でしぼんだぞ。栄養とか何やらを吸い取ったのか?

 ふと周りを見てみると、草木はおろか、さっき倒した蜂の死骸までしぼんでいる。

 なるほど。養分を吸い取ってパワーアップするタイプね。

 

 しかしそれだけで人語を発するのはおかしい。

 いや、待てよ?吸収したらそいつの能力や記憶を使えるとかいうのが吸収持ちの特権じゃなかったか?

 まさかこいつ。

 

 

「ちょこまかと…!この!この!」

 

「おいお前」

 

「はぁ…!はぁ…!何よ!」

 

 

 息を切らしながら若干キレてる女王に聞く。

 

 

「人を食ったことあんのか?」

 

 

 俺の読みが正しければ、こいつは過去に人を吸収し、人語を手に入れた。それはまぁいい。食われたやつがドジだっただけだからな。

 しかし問題はここからだ。こいつが街に行くとどうなる?声は人間と同じ。見た目も、精巧なコスプレと思われるだろう。隠れて人を襲うことが出来るわけだ。それだけはいけない。

 駆除できなかった俺の責任になるかもだし、なにより色々と厄介すぎる。ここで駆除しよ。

 

 

「えぇ。とっても美味しかったわ」

 

「そうか。聞いたのは特に意味無いけど死ね」

 

「その手は食わないわよ!」

 

 

 俺が何かをする前に回避する女王。

 ちっ。

 

 

「…ねぇあなた。さっきから女の私に随分と容赦ないけど、それでも男なの?」

 

「は?」

 

 

 何を言ってるんだコイツは。

 確かに俺はムカつく奴以外には基本的に女には手を出さない。そこに容姿とかは関係ない。

 しかし、こいつは根本から勘違いしている。

 

 

「女?何言ってんだ?この場に女なんてゆんゆん以外にいねーだろ」

 

「じゃあ私はなんなのよ?見なさいこのボンキュッボンを!舐め回したくなるでしょう!」

 

「気持ち悪いことを言うんじゃねぇよ虫が。女?お前は女じゃない。雌だ」

 

 

 いくら見た目が美人でももとが虫ならそいつは雌だ。異種だ。

 元が人間のリッチーや、人型悪魔のサキュバスは例外。

 しかし、俺の言葉を女王は理解が出来ないらしく。

 

 

「…は?」

 

「は?じゃねぇよ。お前、自分が人間だとでも思ってんの?そりゃお前は傍から見たら蜂のコスプレした美女だ。だがな、実際はどうだ?美女のコスプレしたクソでけぇ蜂だろ?これはもう殺すしかないだろ。ってことで死ね」

 

「ちょっ!」

 

 

 俺の攻撃を回避する女王。

 だから避けんな。

 

 

「人の形をしたわたしを殺すなんて可哀想と思わないの!?」

 

「てめぇに対する慈悲の気持ちはまったくねぇ。大人しく死んで換金されてくれ」

 

 

 イライラさせてくるな。このクソ蜂。

 俺はな、女体化とかマジ無理だしふたなりも厳しいって感じの性癖を持ってんだよ。

 つまりお前はギルティ。

 

 

「なっ…!わかったわ!正々堂々決着をつけましょう!」

 

 

 そう言いながら空を飛ぶ女王。

 加えて。

 

 

「ここまで来れるならね!」

 

「そうか分かったなら死ね」

 

「えっちょっ、待っ!」

 

 

 舞空術を使い一瞬で近付き、呆気にとられている間に蹴りで叩き落とす。

 しかし、流石は女王と言ったところか、かなり硬い。まだ死んでいないようだ。ちっ。

 

 

「に、人間が空を飛んだ…。あ、有り得ないわ…」

 

 

 有り得るんだなこれが。

 女王の前へ着地する。

 

 

「おとなしく死ぬってんなら楽に殺してやるけど?どう?」

 

「バカ言わないで。空を飛んだのは驚いたけど、あなた程度にやられるはずがないじゃない」

 

「そうか。気円斬」

 

 

 間髪入れずに気円斬。はよ死ね。

 

 

「その技の危険性は私のしもべたちから学んだわ!当たるもんですか!」

 

「ふーん。すかさず気円斬」

 

「だから当たらないと言って…えっ。なんで私の体がそこにあるの?」

 

「そりゃ当たったからだろ。そいそいそい」

 

「えっ、ちょ!私の体が細切れになっていく!な、なんでその光の円が自在に動いてるの!?」

 

「言う必要はない」

 

 

 そう言い頭も両断する。やっと黙った。

 

 

「ふぅ…任務完了」

 

「…な、なんというか、凄いですね…」

 

 

 今まで空気だったゆんゆんが引きながらそう言ってくる。もう慣れた。ぐすん。

 

 

「よし、ハチミツとこいつの素材回収して帰るか」

 

「は、はい…」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 帰り道。空。

 

 

「あ、あの、ヒデオさん」

 

「なんだー?」

 

「最後の技、あれ何なんですか?」

 

 

 ふむ。ゆんゆんになら教えてもいいか。友達だしな。

 

 

「あぁ、あれな、繰気弾って技があるんだが、それを気円斬にしただけだ」

 

 

 要は、自在に操れる気円斬である。なにそれ怖い。

 魔閃光と共に覚えた繰気弾の『繰』属性の気を気円斬に無理やり練りこんだだけだ。気の消費がかなり大きいから1発くらいしか撃てないが、普通に強い。

 

 

「なるほど…。あ、もう一つ聞いていいですか?なんで最後怒り気味だったんですか?」

 

 

 仲良くなったおかげか、フランクに接してくるゆんゆん。いい事だ。

 

 さて、質問されたので答えてやろう。

 答えは決まっている。

 

 

「俺、虫大っ嫌いだから」

 

「えっ」

 

 

 予想外の返答が返ってきたせいか、ゆんゆんは間抜けな声を上げた。

 

 仕方ないじゃん。キモさには強さも弱さも関係ないし。

 

 

 

 

 




感想、評価、その他もろもろよろしくでーす。


・ジャイアントホーネット
でかい蜂。色々と素材が取れる。そこそこの強さ。


・ジャイアントホーネットクイーン
他生物から養分などを吸収することによりその能力を奪う事が出来る。養分さえ吸えば致命傷も治る。人を吸収したことがある個体なら美女の姿をしている。スリーサイズは栄養価に起因する。

・繰気弾
ヤムチャ。


・繰気斬
気円斬を作る際に『繰』属性の気を気合いと根性と素敵な何かで無理やり練りこんだ技。無理やり練りこんでいるので、気の消費がアホみたいにでかい。けど強い。



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第二十七話

なんか、こう、あれ。やる気?


 

 朝。

 

 

 

 昨日ヒデオがクエストから帰って来た後もダクネスは帰って来なかった。

 かなり心配になってきたので、今晩も帰ってこなかったらあいつらと相談して手を打つとしよう。

 

 そんなことを考えながらリビングに行く。

 そこには。

 

 

「…あれ。ヒデオだけか?めぐみんとアクアは?」

 

 

 ヒデオがちょむすけと戯れていた。俺に気付いて居たのか、戯れながらおはようと言ってくる。気の感知便利すぎない?

 

 

「二人共どっかいったみたいだな。俺も今起きたばっかだから詳しくは知らんが」

 

「なるほど。怪我は大丈夫なのか?治しては貰ってたけど」

 

 

 昨日血だらけで帰ってきたのにはびっくりした。

 アクア曰く大した怪我じゃないらしかったが、それでもあの血だらけの姿は怖かった。

 

 

「あぁ。木の破片で出来たかすり傷だけだったからな」

 

「そうか、なら良かった」

 

 

 乗り気じゃないとヒデオにクエストを断ったが、理由は他にもある。

 いくらヒデオが強いと言っても、俺たち全員を庇いながらの戦闘は無理がある。普段は盾役のダクネスが囮になるのだが、帰ってこない状況ではそれも無理だ。

 なので、大所帯で行くよりソロで行かせる方が安全と判断した。昨日はゆんゆんと一緒に行ったらしいが。

 そんなことを考えていると、ちょむすけを撫でながらヒデオが。

 

 

「どうする?飯作んのもダルいだろ。どっか行くか?」

 

 

 と言ってくる。

 確かにわざわざ二人と一匹のために朝飯を作るのも億劫だ。ここは賛成しよう。

 

 

「そうだな。ついでにアクア達も探そう」

 

 

 ヒデオが居ればすぐ見つかるだろう。

 

 

「よし、決まりだな。ちょむすけ、お前も行くか?」

 

「なーお」

 

 

 ヒデオに誘われたちょむすけはそうひと鳴きし、ヒデオの頭に飛び乗った。

 

 

「懐かれてんなお前」

 

「尻尾を気に入ったんだろ。懐いてくれるのは嬉しいんだが、捕まえたーって感じでゴキブリとか見せてくんのはマジでやめてほしい」

 

 

 そう遠い目をしながら言うヒデオ。確かにそれは勘弁願いたいな。

 

 こうして俺達は、野郎二人と猫一匹というなんとも珍妙なパーティーで街へと繰り出した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 街。

 

 

「普段より人居すぎてキモいんだが」

 

「キモい言うな」

 

 

 なぜこの駆け出しの街がそこそこ賑わっているのか。

 その理由は、先日成し遂げた超大物賞金首機動要塞デストロイヤーの討伐が挙げられる。

 物珍しさに観光客としてほかの街から人が訪れ、アクセルの商人達がそれにあやかろうと色々とする。その為に材料を取り寄せると、その業者が口コミで広めた。

 

 つまり、なんやかんやでジワジワと繁盛している、という事だ。

 

 

「カズマ、お前元引きこもりなのに人混みとか大丈夫なのか?」

 

「引きこもり言うな。しかし、本当にいつもより多いな。この街ってあの店以外に何かあったか?デストロイヤー討伐のお陰か?」

 

 

 少し感心しながら言うカズマ。

 そんなカズマにふと聞いてみる。

 

 

「カズマ。お前商売するとか言ってたけど、このビッグウェーブとは言えないけどそこそこの波に乗らなくていいのか?」

 

 

 あまりこういうのには詳しくないが、流行には乗った方が良いのでは?

 しかし、カズマは一応考えてはいるようで。

 

 

「確かに商売はするが、俺はこういうのにはあんまり影響されない系のヤツを作る。だから慌てる必要も無い」

 

 

 なるほど。何を作るかわからないが、こいつの幸運値なら大抵のものはヒットしそうだ。

 

 ……アクアが関わらなければ。

 

 

「まぁ何にせよ期待して待っとくよ」

 

「そうしてくれ。で、飯なんにする?」

 

「んー。朝はガッツリ行きたいんだよなー」

 

 

 何かで読んだが、朝たくさん食べて夜少なくするのが良いらしい。

 

 

「朝は。って、お前三食全部ガッツリじゃねぇか。俺たちパーティーの一番の支出はなにか分かってんのか?テメェの食費だよ大食らいが」

 

 

 カズマの言う通り、俺はよく食う。エンゲル係数上げまくりである。

 サイヤ人になってから食事の量がかなり増えた。燃費がいいのか悪いのかわからないが、不憫なボディだ。

 

 

「つって、お前がただの大食らいなら追い出してるんだがなぁ…。一番の支出の原因と同時に一番の稼ぎ頭でもあるんだよな…」

 

 

 頭を抱えながらそう嘆くカズマ。

 ははっ、照れますな。

 

 

「ま、食ったぶん稼ぐつもりだからそこは気にすんな」

 

「お前は有言実行するからあんま強く言えないんだよ…」

 

 

 ため息をつきながら歩くカズマに着いていく。

 すると、気になるものが目に入った。

 

 

「なぁ、アレ」

 

「なんだ?えーと『カエルの唐揚げ10kg、30分以内に食べきったら三万エリス』…か。よし、朝飯は決まったな。行ってこいサイヤ人」

 

「合点。ちょむすけ、カズマに乗っといてくれ」

 

 

 そう言い頭のちょむすけをカズマに乗せる。

 

 

「なーお」

 

「頑張れよー」

 

 

 カズマとちょむすけに見送られながら件の店へと行く。

 

 

「お、なんだ兄ちゃん。何食う?」

 

 

 店長っぽいおっさんが注文を聞いてくる。

 メニューにあるそれを指差しで注文すると、おっさんはさっきとはうって変わって真剣な顔つきで。

 

 

「…いいのか兄ちゃん。失敗したら一万エリスだぞ?この店は今までも兄ちゃんみたいな前途ある若者を何人も屠ってきた。それでもやるかい?」

 

 

 そう脅してくるおっさん。

 なめんな。俺は混血とはいえサイヤ人だ。この程度5分で片付けてやんよ。

 というか屠っちゃダメだろ。

 

 

「御託はいいから早く持ってきてくれ。仲間待たせてんだ。5分でカタをつける」

 

「ほう。いい覚悟だ。後悔しても知らねぇぞ?」

 

 

 奥へと引っ込むと、会話中に盛り付けしていたであろう山盛りの唐揚げが来た。重そう。

 ここで俺がビビってリタイアしてたらどうするつもりだったんだろうな。

 

 

「じゃあいくぜ。カエル大食い……ファイッ!」

 

 

 いつの間にか集まっていたギャラリーに見守られる中、俺は夢中で唐揚げに食らいついた。

 

 

 

 

 5分後。

 

 

 

「うぷっ。もう飽きた」

 

 

 これが限界、と唐揚げを口に放り込みそう呟く。どよっとざわめくギャラリー。

 

 サイヤ人の俺でも流石に同じものをこんだけ食べるのは無理がある。揚げ物だしな。

 そう考えると、フードファイター凄いな。

 大食い選手達に感心しながら空を仰いでいると。

 

 

「なん…だと…!?」

 

 

 おっさんが驚愕の声をあげた。

 

 

「どうしたおっさん。何を驚いてるんだ?」

 

「…フッ。俺もヤキが回ったか。本当に5分で完食されちゃあな…」

 

「おっさんの感傷とかどうでもいいから早く金よこせ」

 

「ひ、ひでぇな兄ちゃん…。ちっ、しゃーねぇ。持ってけ泥棒!」

 

 

 そう言いながらおっさんが金を渡してくる。

 誰が泥棒だ誰が。

 金を確認していると、違和感に気付く。

 

 

「…おいおっさん。七万エリス位あるんだが、どういうこった?」

 

 

 なぜか倍額以上の七万エリスが入っていたので、おっさんに問うた。

 すると。

 

 

「ん?あぁ、兄ちゃんの食いっぷりが凄まじすぎてな。完食されまいと、こっそりもう10kg追加したんだよ。それも完食されちまったがな。んで、負けを認めた証として20kg分とプラス一万エリス…お、おい兄ちゃん。なんで頭を掴むんだ?金はちゃんと払ったし色つけて渡したし文句はないででででっ!や、やめろ!潰れちまう!」

 

「てめぇの方がよっぽど詐欺師じゃねぇか!!てめぇ、もし俺が20kg完食出来なかったらどうするつもりだったんだコラァ!」

 

 

 おっさんの頭から手を離し胸ぐらをつかみぐわんぐわん揺らす。

 卑怯というかなんというか、店側の特権で理不尽な目にあっていたことに怒りを覚える。

 

 

「おいやめろヒデオ!白目剥いてるから!泡吹いてるから!」

 

 

 おっさんをシェイクしていると、カズマが止めに入ってきてお馴染みの尻尾を掴んできた。

 

 

「ぐぬぬ…」

 

 

 理不尽には怒ったがお金は得したので渋々引き下がる。

 理不尽、ダメゼッタイ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「まったく、騒ぎを起こしてくれやがって」

 

「俺悪くねぇだろ。完全にあのおっさんが悪い」

 

 

 カズマとちょむすけの分の朝飯もすませ、今はぶらぶらと街を歩いている。

 するとちょむすけが俺の髪の毛を引っ張りはじめた。禿げるからやめい。

 

 

「おいちょむすけ。俺の髪の毛を引き抜こうとするな。まだ早い。抜くの早いよ」

 

「なーお」

 

 

 ちょむすけを頭から下ろす。

 すると、地面に降り立ち着いて来いと言わんばかりに前へ進んだ。

 なんだ?そこ行けニャンニャン?

 

 特にすることもないのでカズマと共にちょむすけに着いて行く。

 

 すると。

 

 

「あれ、ちょむすけ?どうしたの?めぐみんは?」

 

 

 昨日俺とクエストに行ったアークウィザード、ゆんゆんが居た。

 

 

「おーいゆんゆん」

 

「あ、おはようございますヒデオさん!昨日はどうも!カズマさんもおはようございます!」

 

 

 片手をあげて挨拶をすると、ちょむすけを抱きながら元気よく返してくるゆんゆん。元気なのはいい事だ。

 

 

「おはようゆんゆん。昨日はヒデオが世話になったな。で、何してたんだ?」

 

「暇だったので色々見て回ってるんですよ…一人で」

 

 

 悲しそうな目をしながら言うゆんゆん。

 やめろ。その技は俺に効く。

 

 

「そうか…。この際だし一緒に回らないか?」

 

 

 カズマがそう提案する。

 特に断る必要も理由もないので賛同する。

 

 

「だな。どうするゆんゆん」

 

「え、あの…。はい!よろしくお願いします!」

 

 

 こうして俺たち一行にゆんゆんが加わった。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 三人で串焼きを買って食べたり、カズマが射的でズルして怒られたり、ちょむすけが金魚すくいに興味津々だったりと色々あった。

 

 さて次は何をしようかとぶらぶらと歩いていると。

 

 

「はいはいはい!よってらっしゃい見てらっしゃい!アダマンタイト砕き、アドマンタイト砕きだよ!参加費は五千エリス、今の賞金は二十万エリスだよ!」

 

 

 なにやら人だかりからそんな声がする。

 アダマンタイトって、確かめちゃくちゃ硬い石じゃなかったか?

 他の冒険者たちが挑戦しているのを見ていると、ふとカズマが。

 

 

「壊せれば何してもいいらしいな。ヒデオ、どうだ?」

 

 

 そんな事を言ってきた。

 確かにワンチャンあるだろう。

 周りへのリスクを考えなければの話だが。

 

 

「確実に壊すとなると明日から俺がブタ箱に入ることになるがいいのか?」

 

「…ちなみに気功波禁止な」

 

「ちぇっ」

 

 

 挑戦するか悩んでいると、よく知った気が近づいてきた。

 

 

「真打ち登場」

 

 

 もはや頭がおかしいだけで通じるようになった爆裂狂こと、めぐみんである。

 

 

 とりあえずこの馬鹿が何かをする前に、その場にいた冒険者全員で取り押さえた。

 

 

 

 

「下ろしてくださいヒデオー!私の爆裂魔法ならアダマンタイト如き一撃で屠れますから!!」

 

「その一撃が問題なんだろうが!あ、すいませんね、出来ればこの商売はやらない方がお互いの為に…」

 

「そ、そうですね!お騒がせしましたー!」

 

 

 めぐみんを担ぎながらアダマンタイト砕きの店主に謝る。

 ここで問題起こしたらカズマの裁判が不利になるかもだからな。

 他の冒険者にも諭され、店主は急いで店じまいをした。

 

 めぐみんと合流したついでにアクアの居場所を聞いた。

 なんでも、芸で金を稼いでる人の隣で無償でもっと凄い芸を披露したんだとか。鬼かあいつは。

 

 

 めぐみんを加え少しだけブラブラと回り、ゆんゆんと解散して屋敷へと帰る。その途中でアクアとも合流した。

 

 

 ……ダクネスが帰ってきてるといいんだが。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 翌朝、屋敷。

 

 

 昨日はあの後帰ったらダクネスが居た、なんてことは無く、ダラダラと内職したり商品案を考えたりして過ごした。

 

 今日も今日とて商品開発。俺がアクアと暖炉前争奪戦をしていると。

 

 

「この気は…」

 

 

 ヒデオがそう呟く。誰か知り合いか?

 そう思い誰だろうと心当たりのある人物を思い浮かべる。またセナか?

 俺が頭を悩ませていると。

 

 

「大変だ!みんな、大変なんだ!」

 

 

 高級そうな白のドレスを身に纏い、同じく白のハイヒールを履いた三つ編みの美女が屋敷へと入ってきた。どこかの令嬢か?

 というか、誰?

 

 

「……!?」

 

 

 ヒデオに至っては知り合いが来ると思っていたのに全く知らない人が来たせいか、目を何度も何度もこすっている。バイキン入るからやめなさい。

 

 

「…あんた誰?」

 

「!?」

 

 

 そう言われた美女は信じられんとでも言わんばかりの顔で俺を見た。

 いやほんと誰。

 こんな知り合い居たっけな、と再度脳内の記憶を掘り起こしていると、ヒデオが。

 

 

「…カズマ。多分そいつダクネスだ」

 

「えっ!?この美女があのドM!?」

 

「ドエ…!?帰ってきたばかりだというのに、カズマは容赦ないな…」

 

 

 頬を赤らめながらいう金髪美女。

 あ、完全にダクネスだこれ。

 

 

「あら、ダクネス。おかえりなさい!」

 

「おかえりなさいダクネス。色々とあるでしょうが、とりあえずは風呂に入ってゆっくり休んでください」

 

「風呂…?いや、今はそんな暇はないんだ。一刻も早く…」

 

 

 なにやら焦っているダクネス。

 理由はわからないが、焦る事があるらしい。それとも、俺たちに心配をかけないようにしているのだろうか。

 しかし、傷心の仲間を放っておけるほど俺達は人間が出来ていない。

 

 

「まぁ落ち着けって。疲れたろ。肩でも揉んでやろうか?カズマ、茶でも淹れてやれ」

 

 

 ヒデオがそう言いダクネスをソファに座らせようとする。

 お茶か。心を落ち着かせるにはいいかもな。

 淹れてやろう。

 

 

「わかった。落ち着くのを淹れてやるからな。待ってろ」

 

「…4人とも、なんだか妙に優しくてむず痒いのだが…。と、とりあえずお前達の方が落ち着け!私の話を聞け!」

 

 

 ダクネスがそう言うと、皆自然と黙る。

 ちゃんと話を聞いてやらんとな。うん。

 

 

「…憐れむような目で見られているのはなんだか納得いかないが、とりあえず用件だけ言う。皆、これから私の実家に来てくれ」

 

 

 よく分からないが、俺達はとりあえずダクネスの実家に行くことになった。

 

 

 ???

 

 

 一体どういうことだってばよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想とかくれるとモチベになるので嬉しいです。


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第二十八話

やり投げ。お気に入りが700を超えたあたり。


 

 ダクネスの実家に向かう馬車で。

 

 

「ダクネス…いや、ララティーナって貴族だったんだな。金持ちなのは知ってたけど、まさか貴族とは…。あ、ララティーナ様、肩お揉みしましょうか?」

 

「知り合いが権力者とわかった途端全力で媚を売るスタイル…嫌いじゃない。流石だなヒデオ」

 

 

 聞いた話では、ダクネスことダスティネス・フォード・ララティーナの実家、ダスティネス家は王国の懐刀と呼ばれるくらい凄い貴族らしい。

 俺もヒデオを見習って媚びまくろうかな。

 

 

 

「わ、私としては普段通り接してくれると有難いのだが…。あとララティーナはやめて欲しい」

 

「いい名前じゃないララティーナ!可愛いわよ!」

 

「そうだぞララティーナ。このパーティーにはもっと変な名前の奴がいるから大丈夫だ」

 

 

 めぐみんが居ないからって名前ネタを使うスタイル…嫌いじゃない。

 ちなみにめぐみんはゆんゆんとどっかに行く約束をしていたらしい。

 あまり大人数で押しかけてもあれなので丁度いいかもしれない。

 

 

「……後でめぐみんにチクってやる」

 

「その場合お前を酷い目に遭わすけどいいの?」

 

 

 それは悪手なんじゃないかヒデオ。

 俺の予想通り、ドレスを着た変態は頬を紅潮させ息を若干荒らげた。

 

 

「ひ、酷い目…。望むところだ!」

 

「お前が望むとおりの仕打ちを俺がすると思うか?」

 

「あぁ…!どっちも捨てがたいな…!!」

 

「ダメだこりゃ」

 

 

 やっぱり悪手じゃないか!

 それはそうと、一体どんな仕打ちをするつもりだったのか気になる。

 

 

「ヒデオ、どんな仕打ちをするつもりなんだ?」

 

「知り合いにララティーナって名前を広めてやるだけだ」

 

「なっ…!それはよせ!私の望むタイプでは無い!」

 

 

 なるほど。そういうのもあるのか。

 

 

「よし」

 

「よしじゃない!」

 

 

 未だ名前いじりを続ける俺達に憤慨するダクネス。

 そもそも何故俺達がダクネスの実家に向かっているのかと言うと、原因は俺の裁判にある。

 

 めんどくさいので細かいところは省くが、ダクネスは今、あのクソ領主の息子とお見合いさせられそうになっているらしい。

 

 俺達の予想通り領主はダクネスにご執心らしく、今までも色んな手を使って迫っていたそうだ。それ自体はダクネスの父親が突っぱねていたそうだが、今回は息子を交渉材料に使ってきたらしい。変な意味じゃないよ?

 どうもこの領主の息子というのがダクネスパパにかなり気に入られてるようだ。

 それで、どうにか婚約しないようにするために俺達を頼ったのだそうだ。

 

 それにしても、婚約、婚約かぁ…。

 複雑な気持ちはあるものの、これは好機かもしれない。硬さにしか定評がないドMが婚約により改心または寿退社すればパーティーがまともになるかもしれない。

 とてつもない硬さは認めるが、攻撃が当たらなくなおかつ自分からモンスターに突っ込んでいくのは困る。

 その問題児が減れば、俺の心労やヒデオの負担を減らせるだろう。

 硬さは劣るが攻撃も出来る奴を入れてパーティーの増強もいいかもしれない。

 

 それに俺たちへのメリット以前に、貴族の令嬢であるダクネスを冒険者稼業に縛り付けて良いのか?

 

 いいや、良くない。

 

 仮に魔王軍とかに捕えられてしまったら、『くっ殺』状態になることは間違いない。そうならない為にも、ここで寿退社してもらうのはどうだろうか?

 

 

 ………良い!凄く良い!(ベネ!ディモールト ベネ!)

 これは皆が幸せになれる答えだ!

 

 

「…ダクネス。俺はやるぞ」

 

「おぉ…カズマ。いつもと違って積極的じゃないか。頼りにしているぞ」

 

 

 俺の考えなどつゆ知らず、ダクネスは期待の眼差しで俺を見る。

 

 俺は楽をするためには努力を惜しまない男。ここは全力でいかせてもらう。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 メイド服。それは男の夢。

 ここのメイド服はオーソドックスなロングスカートタイプだ。原点にして頂点ってやつか?露出が多くエロいのも良いが、こういうシンプルで実用性だけを追求したのも良い。

 

 見てくれだけはいいアクアに、この言葉を送ろう。

 

 

「馬子にも衣装ってやつだな」

 

「あれ、ヒデオが私を褒めるなんて珍しいわね」

 

 

 ………。

 

 

「そうだね」

 

「ね、ねぇ、なんでそんな可哀想な人を見る目で私を見るの?」

 

「お前はもうそれでいいんだ」

 

「なんで顔を逸らすのよー!」

 

 

 もはや何も言うまい。

 これからもアクアのフォローをしていくことに若干の不安を覚えていると。

 

 

「おいヒデオ、ちょっとこっち来てくれ」

 

 

 俺と同じく執事服を着たカズマが何か用があるのか俺を手招きした。

 

 

「何の用だ?ダクネスのドレスがエロイ件についてか?」

 

「それは概ね同意するが、ちょっと聞いておきたいことがあってな」

 

「言ってみ」

 

「実はーーーー」

 

 

 カズマが聞いてきたのは、ダクネスの婚約についてどう思うか、だ。

 なんというか複雑な気持ちはあるが、まぁ婚約したならしたで別に良いと思う。あいつの人生だしな。貴族だし政略結婚的なところは仕方ない。

 

 大いなる力には大いなる責任が伴う。

 これはこの場合にも言えることだ。

 

 さらにこのクズマは、ダクネスの見合いを成功させようとしているようだ。

 モンスターに突っ込んでいく問題児が寿退社し、新しいまともなメンバーを入れれば負担が減るだろうとの考えだろう。

 確かにそれは思うが、今回の件で理解しているはずだ。俺達のパーティーは誰か一人欠ければ成り立たない、と。

 

 俺としては背中を安心して預けられるのがあいつくらいしか居ないので抜けられては困るが、婚約するしないはダクネスの自由だ。

 もしダクネスが婚約し寿退社する事になってもあいつの人生だし特に口出しするつもりもない。

 なので、カズマが何をしようとダクネスが出した結論の理由に納得さえすればどっちだろうと受け入れるつもりだ。

 

 ダクネスの決定に納得がいかなかった場合は、それはまぁ後で。

 

 結論は出せたので、カズマに伝える。

 

 

「なるほど…。お前がそう考えているなら止めはしないが、協力もしないぞ。俺はダクネスの意思を尊重する。あいつが本気で嫌がって、その理由に俺が納得したならお前の邪魔だってするからな」

 

「そうか…。協力してくれないのは惜しいが、仕方無いな。お前に邪魔されないようにとなると、ダクネスの意思を変えないとな…」

 

 

 返答を受けるとカズマは特に落ち込んだ様子もなくブツブツと呟き始めた。

 

 この子、悪い子じゃないんです!

 ただデリカシーと遠慮と容赦が存在しないだけで根はいい子なんです!

 

 俺が心の中でカスマのフォローをしていると、俺達を呼びにダクネスが部屋に戻ってきた。

 

 

「三人とも、準備はいいか?私はカズマの提案通りに相手が婚約の申し出を破棄するような言動を取る。私がおかしくなったとかではないので、決して止めないように」

 

 

 カズマの提案とはこうだ。

 とりあえずお見合いの場に立ち、そこでダクネスが如何に変な子かを見せつけ、相手から婚約を断ってもらう、というものだ。ダスティネスの評判にあまり影響しない程度の振る舞いだが。

 向こうから断られたら親父さんも当分の間はお見合いの話を持ってこないだろうという事だ。

 この作戦については特に止めたりはしない。

 

 しかし、さっきのカズマの思惑を聞いた俺としてはまぁうまくは行かないだろうと思っている。

 変な事をしようとすればそれを妨害するだろうし、ダクネスの意識も誘導しにかかるだろう。敵に回すと厄介この上ない相手だ。

 

 とりあえず心ばかりのアドバイスをダクネスに送る。

 

 

「まぁ普段通りやってれば充分変だからそれでいいと思うぞ」

 

「そ、そうか…?普段の私はヒデオがドン引きするくらい変なのか…?」

 

「うん。自覚なかったのか?」

 

 

 即答すると何故か頬を赤らめながら少し落ち込むダクネス。

 いや、あれを見てドン引きするなと言う方が酷です。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ダクネスの親父さんと対面。

 

 

「ララティーナ。そちらの三人は?」

 

 

 ダクネスの後ろに控えている俺達三人に疑問を持ったのか、ダクネスに聞いた。

 並び順としてはカズマ、俺、アクアだ。

 

 

「この方々は、私の冒険仲間ですわお父様。臨時の執事とメイドとして同伴させようかと」

 

 

 やべぇ…!ですわって…!笑うな…!笑うんじゃない…!

 隣を見ると、カズマもプルプルと震えている。

 我慢だ…!

 

 

「そ、そうか…。うむ、では御三方。冒険仲間と見込んで頼みがある。ララティーナが粗相をしないように見てくれないか?本家の使用人は遠慮してララティーナに強く言えないだろう。そこを気心の知れた君たちに任せたい。良いだろうか?もし見合いが成功したなら、報酬も出そう」

 

 

 優しく真剣な目だ…。恐らく娘の事を溺愛しているんだろう。縁

 談も政略結婚的なものでなく本当に娘を心配して持ってきているとみた。

 

 俺は期待にそう働きが出来るとは限らないし何かあった時の責任も取りたくないのでとりあえずここはカズマが何か言うのを待つ。

 

 数秒の沈黙の後、カズマが。

 

 

「お任せください旦那様」

 

 

 キリッとした表情でダクネスの親父さんに言った。

 こういう時はやる気出すんだよな。

 カズマは俺とアクアの方を向くと。

 

 

「二人共、いいな?」

 

 

 そう確認してきた。

 逃げ道はないという事か。

 この状況では断る事が出来ないので、ダクネスの親父さんに向き直り丁寧な口調で。

 

 

「お任せください」

 

「私に任せなムグッ」

 

 

 不敬な発言をしようとしたアクアの口を塞ぎながらそう言った。言葉遣い、大事。

 しかし、親父さん直々に頼まれては仕方が無い。

 言われた通りダクネスが粗相をしないように注意しよう。

 ここでダスティネス家に恩を売っておけば将来的に役に立ちそうだし。

 

 全責任はカズマにあるので安心。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 アレクセイ・バーネス・バルター。

 それがダクネスの見合い相手の名前。

 世間の評判もよく、使用人にも優しいイケメン。聞いた感じと見た感じでは普通にいい奴だ。

 父親とは違って気が濁った感じはしていない。むしろアクア並みに透き通っている。

 

 お見合い、のはずなのだが。

 

 

「どうしたカズマ!この程度か!」

 

「硬い!」

 

 

 何故かダクネスVSカズマで手合わせをしている。

 

 事の発端はなんだったか。

 

 そうだ。ダクネスとバルターが庭を散歩中に、何故かダクネスがバルターと手合わせすることになったのだ。

 

 それで、バルターに満足しなかったダクネスが、真の鬼畜を見せてやる、とカズマと手合わせを始めたのだ。馬鹿なのかコイツは。

 

 ちなみにダクネスはドレスのスカートを引き裂いたのでかなり太ももが露出されている。エロい。ここ重要。

 俺がダクネス(主に太もも)をガン見していると、不安に思ったバルターが。

 

 

「あの…止めないのですか?流石に最弱職とクルセイダーでは…」

 

 

 と聞いてきた。いい人だな。

 素性はとっくにバラしてるので堅苦しい言葉遣いはなしにして。

 

 

「止める必要も無いからな。俺に矛先が向いてもめんどくさいし。それに、カズマは最弱職だけあって手段を選ばない。敵に回すとかなり厄介だぞあいつ」

 

「そ、そうですか…」

 

「にしても、あんたいい人だな。あって1日の奴の、それに平民の心配してくれるとか」

 

「それは民の税金で生活している者としては当然の責務かと」

 

 

 やっべぇ。いい人すぎる。コイツの親父とは大違いだな。

 

 

「貴族がみんな、ダスティネスのおっさんとかあんたみたいな奴なら良いのにな」

 

「フフ。そうですね」

 

 

 俺がバルターと仲良くなっていると。

 

 

「いででででで!折れる折れる折れる!」

 

「体力を吸い取られる前に折ってやる!」

 

 

 ダクネスとカズマが掴み合っていた。

 体力を取られるとか言っているところをみると、ドレインタッチを使っているのだろう。

 二人の叫びを聞き心配になったバルターがまた俺に言ってきた。

 

 

「あ、あの!本当に止めなくて大丈夫なんですか!?」

 

「大丈夫大丈夫。うちのプリーストは優秀だからな。仮に死んでも大丈夫だ」

 

「そういう問題ではない気がするのですが…」

 

 

 不安を残しつつもバルターは引き下がる。

 俺達の仲間としての信頼と勘を信じることにしたのだろう。

 

 ……そんなもんあったっけ?

 

 

 数秒後、ダクネスが地面に倒れ伏した。

 カズマがダクネスに何か言ったのか、ダクネスはわざと負けたように見える。こいつら…。

 

 

 

 騒ぎを聞きつけたダクネスパパがあられもない姿で気絶するダクネスを見て、その場にいた男全員を処刑しようとしたのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




短い。感想ください


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第二十九話

過去最長かもしれない。


 ダクネスの実家に行った翌日。

 

 朝早くに屋敷を出て色々と街を物色してから、ウィズ魔道具店に来店した。いまは昼頃だ。

 

 

「よっす」

 

「あ、ヒデオさん!今日はよろしくお願いします!」

 

 

 俺によろしくと頭を下げてきたのは魔王軍なんちゃって幹部にしてリッチーのウィズ。

 なぜ俺がここに来ているのかというと、ウィズに頼みごとをされたからである。

 

 ダクネスの実家からの帰り道、ふとウィズの店に遊びに行った。すると、何故か涙目のウィズ。

 どうしたものかと理由を聞くと、どうやら店が赤字な上に近々知り合いが来るそうで、このままだと怒られる可能性が高いらしい。

 そこで、少しでも助言を貰おうと来た客に色々と聞こうとしていたそうだ。

 

 それ、経営者としてどうなの…。

 

 正直言って赤字を黒字にする方法など思いつかないのだが、断るのも忍びないので一晩考えるとだけ伝え、一晩経ってしまったのが今である。

 

 淡い期待を抱かせても可哀想なので、ここはきっぱりと言おう。

 

 

「ウィズ」

 

「はい!」

 

「正直に言うと、今から赤字の回復は無理だ」

 

「えっ…」

 

 

 そんな悲しそうな顔をするな。

 その技は俺に効く。

 

 だが、悲観するのはまだ早い。

 この問題の肝は赤字じゃあない。

 

 

「赤字の回復は無理。ならどうするか」

 

「ええと…。どうしましょう?」

 

 

 お前ほんとよくそれで店やれてるな。

 

 今の目的は赤字を回復する事じゃない。知り合いとやらに怒られない事だ。

 しかし、赤字を見てしまえばほぼ怒るだろう。

 

 ならばどうするか。

 

 帳簿は確実に見られる。これは誤魔化しようがない。ここでまず怒るだろう。そこをレイアウトや商品の質などで「頑張った感」を出す。

 さらに、怒りを無くすのではなく、薄く、浅くする事に注視する。

 

 

「まずは、怒られた時の謝り方だ!」

 

「えぇっ!?怒られないようにするんじゃないんですか!?」

 

「それは無理だ!諦めろ!」

 

「そんなぁ…!」

 

 

 だから泣くな。効く。

 

 謝り方も含め、その他もろもろの講座が始まってしまった。

 

 

 俺、こんなことをしてる場合じゃない気がするんだが…。

 もっと重要な事が起きてる気がするんだが…。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ひとまずダクネスの一件が解決したので、今日は休みにしよう。起きたの昼前だし。

 

 いつも通りに広間に行くと、ヒデオ以外がのんびり過ごしていた。

 どうやら、ヒデオは朝早くから出掛けたようだ。

 

 俺ものんびりしよう。

 

 ソファにグデーっと寝転がりながら溜め息を吐く。

 

 

「あー…。なんか色々疲れた…。今日は何もしない…」

 

「いつもは何かしてるみたいな口振りだけど、カズマさんっていつも何かしてましたっけ?プークスクス!」

 

「お前には言われたくねぇよ!宴会芸しか能のないなんちゃって女神が!」

 

「あーっ!また言った!あんたいい加減バチ当てるわよ!」

 

 

 俺とアクアが取っ組み合いの喧嘩をしていると、ドンドンドン、と玄関の扉が叩かれる音がした。

 そして、返事も待たずにバーンと開け放たれた。

 

 

「サトウカズマ!サトウカズマは居るかぁぁぁ!!」

 

 

 絶賛俺を疑い中の検察官セナが、血相を変えてまた屋敷を訪問しに来た。

 

 

「なんだよ!また何かあったのか?最近は俺も仲間も大人しくしてるし、こじつけにも程があると思うんだが!」

 

「ダンジョンだ!貴様、ダンジョンで一体何をした!キールのダンジョンで、謎のモンスターが大量発生している!」

 

「知らねぇよ!確かにダンジョンには行ったが、実験がてら探索しただけで何もやってねぇよ!何でもかんでも俺達のせいにされちゃあ困るぞ!」

 

 

 なんとなくだが、リッチーを浄化したことは伏せておこう。

 俺の言葉に、仲間達もうんうんと頷く。

 この様子を見ると、こいつらが何かやらかしたわけでも無いのだろう。

 しかし、セナはまだ納得がいっていないようで。

 

 

「そうは言っても、最後にあのダンジョンへ行ったのが貴方達という話なのですが…。その点から考えても、貴方達以外に犯人が思いつかないのですが…」

 

「そんな理不尽な!いや、ほんと今回は心当たりないぞ…。ヒデオはここに居ないけど、あいつが強敵も居ないし使う技も限られるダンジョンになんて潜るとも思えないし…。お前らも心当たりないよな?な?」

 

「そうですよ。いい加減言いがかりが過ぎると思うのですが」

 

 

 俺とめぐみんの言葉に、他の2人もこくこくと頷く。良かった。今回は売られなかった。

 

 その様子に不満を持ちながらも納得してくれたようで。

 

 

「そうですか…。しかし、そうなると困りますね…。てっきりまた貴方達がやらかしたものと思っていましたので。となると、誰か調査してくれる人を雇わないと…」

 

 

 そう言いつつ、チラチラとこちらを見てくるセナ。

 こいつ神経図太いな。さっきまで疑ってた奴に頼ろうとするか?

 受ける必要も無いので丁重に断ろう。ムカつくし。

 

 

「そんな視線を送ってもらっても無理だ。悪いけど、俺達は裁判のせいで色々と忙しいんだ。昨日そのために出掛けて疲れてるし、そんな暇もないからお断りさせてもらうよ」

 

 

 キッパリとそう告げる。それを聞いたセナは肩を落とし溜め息を吐く。

 

 

「確かに、無関係ならばお願いする訳にも行きませんね。もし気が変わったなら協力をお願いします。私は今から冒険者ギルドへ行きますので」

 

 

 そう言うと踵を返し屋敷から出て行くセナ。

 

 なんというか、アレだな。苦手なタイプだ。

 

 溜め息を吐き、念のためにもう1度仲間に確認する。

 

 

「おいお前ら。本当に心当たりないんだよな?」

 

「えぇ。爆裂魔法絡みでなければ」

 

「私はこの二人と違って日頃からあまり問題を起こしては居ないからな」

 

「そうですね。確かにダクネスはデストロイヤー戦の時も特に活躍してませんでしたよね!」

 

「なっ…!!めぐみん、お前…!」

 

 

 痛い所を突かれたダクネスと、それをからかうめぐみん。騒がしいな。

 一応聞くだけ聞いたが、こいつらは本命じゃない。うちの一番の問題児は別に居る。

 

 

「おいアクア。今回は何もしてないよな?」

 

「失礼ね。カズマったら私をなんだと思ってるのかしら?そもそも、あのダンジョンに関してはむしろ、モンスターが湧くどころか寄り付かないはずよ?リッチーを浄化した結界は本気も本気で作ったから、今もあの魔法陣はしっかりと残ってて、邪悪な存在は部屋に入れないはずよ!」

 

 

 ……今こいつ、何てった?

 

 

「おいアクア。最後の部分もう一回言ってみろ」

 

 

 よく聞こえなかったというか聞き取りたくなかったというか、理解出来なかったのでアクアの肩を掴みながらもう一度聞く。

 

 

「魔法陣はしっかりと残ってて、邪悪な存在は入れない…ったく、カズマったら一回で聞き…いたいいたいいたいたい!肩を思いっきり掴まないで!あぁ!揺らさないで!グワングワンなってる!」

 

 

 今度はしっかりと聞き、理解した俺は。

 

 

「この忌々しいアホがぁぁぁ!!」

 

 

 アクアの肩を掴みながら絶叫していた。

 

 このバカは、なんで何かをやらかさないと気が済まないんだ!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 キールのダンジョン前。

 

 

「あれ、サトウ殿。先程は忙しいとか何とか…」

 

「危機だということに気付いてね。俺も一冒険者として、役に立つべく来たんだよ」

 

 

 危機は危機でも俺の身の危機だけど。

 

 そんな事を言う俺にセナが訝しげな表情で。

 

 

「今ほどあの魔道具がこの場にあればと思った事はありませんよ」

 

 

 そう言ってきた。

 心外だなぁ。

 

 うん。ほんと、心外心外。

 

 

「ねぇカズマ、早く行かないとほかの人がアレをムグッ!んーんー!」

 

「そうだな!早く行って役に立たないとな!」

 

 

 また余計な事を口走りそうになったアクアの口を塞ぐ。

 

 危ねぇ…。

 

 とにかく、このアホがやらかした証拠を隠滅する為、俺達もキールのダンジョンへ来た。

 

 アクア曰く結界はモンスターを産むものではないとの事だが、万が一があっては裁判がまた不利になるのでやって来たのだ。

 

 ヒデオはどこに行ったかわからなかったので連れてこなかった。

 まぁ魔法陣を消すだけなので、ヒデオが居なくても大丈夫だろう。

 

 

「じゃ、俺達は早速入るから。あ、めぐみんは役に立たないから置いてくわ」

 

「事実なので何も言えませんが、もう少しオブラートに包んでください。私じゃなかったら泣いてますよ?」

 

 

 ぶつくさ文句を言うめぐみんとアクアを入口に待機させ、ダクネスとセナが連れてきた冒険社と共にダンジョンの入口に立つ。

 

 うわ、なんか変なのいっぱい居る。

 仮面を付けた小人のようなモンスターがウジャウジャ居た。

 

 きもいなーと思っていると、見送るために近くに居たアクアが。

 

 

「ねぇカズマ。なんか大物が出そうな気がするんですけど…。こんな悪魔の臭いがプンプンするちびっこいのじゃなく、もっとやばそうな…」

 

 

 そんな不安になることを言ってくる。そう言われてもなぁ…。

 

 俺達の仕事は魔法陣を消すだけ。それに集中しよう。

 

 そうだ、相手の攻撃はダクネスが受けるだろうし、万が一怪我しても入口に戻ればアクアが居るし、戦闘も他の冒険者に任せれば大丈夫だ。

 うん。俺には何も問題ない。

 

 

 証拠を隠滅して謎のモンスターの討伐をするだけの簡単なお仕事で、ヒデオが居なくても特に問題ない。大物が出ても他の冒険者と共に袋叩きにすれば大丈夫だろう。

 

 

 この時は、そう思っていた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 嫌な予感がしつつも、ウィズに色々と仕込む俺。

 

 

「こ、こうですか…?」

 

「そう!その角度!それが女豹のポーズだ!」

 

「こ、これで本当に怒りを小さく出来るんですか…?余計怒りそうな気が…」

 

 

 これを見て怒る男がいるものか。

 別のところはおこるかもしれないけど。

 

 

「知り合いってのは男なんだろ?なら大丈夫だ!」

 

「は、はぁ…」

 

 

 渋々納得したウィズ。あぶねぇあぶねぇ。

 間髪入れずに次だ!

 

 

「女豹は覚えたな!次は…、えーと、だっちゅーのポーズだ!やり方としては、両腕で胸を押し出すように前屈みになるんだ。とりあえずやってみろ」

 

 

 決して、セクハラではない。もう一度言う。セクハラでは無い。ただの演技指導。いいね?

 

 

「こ、こうですか…?」

 

 

 俺の指示通りに胸を押し出すように前屈みになるウィズ。

 

 むにゅん。

 

 やべえ、エロい。

 

 

「お、おぉ…。眼ぷ…いや、もうちょっと、角度を…そう、それだ。完璧だ。ウィズは飲み込みが早くて凄いな」

 

「そ、そうですか?まぁこれでも元アークウィザードですからね。知力には自信があります」

 

 

 えっへんと胸を張るウィズ。

 

 あぁ!店主様!おやめ下さい!服がはち切れそうです!ボタンが!ボタンが悲鳴をあげてます!

 

 

「それで、次は何をすればいいんですか?」

 

「そうだな。うーんと…。アレとかいいかもな。荒ぶる鷹のポーズ」

 

「かっこいい名前ですね!どうやるんですか?」

 

 

 結構ノリノリになってきたウィズ。無知って怖いね。

 

 無知な女の子にセクハラする事に罪悪感無しッ!

 

 ちなみに教える事は大体教えたけど暇なのでウィズで遊んでるだけなのは内緒。

 

 

 yesセクハラ!noタッチ!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ダンジョン最深部。

 

 

「フハハハハ!」

 

 

 おいおいおいおい!何でこんな所にこんな奴が居るんだよ!

 

 

「どうぞよろしく!我輩は地獄の公爵にして魔王軍幹部、見通す悪魔バニルである!フハハハハ!」

 

 

 なんでヒデオが居ない時に限ってこんな目に遭うんだ!俺の幸運値は高いんじゃなかったのか!?

 というかなんで悪い予感だけ当てるんだこの女神は!

 

 

「どうした小僧…。ム。焦りの悪感情、好みの味ではないが頂こう」

 

 

  ヒデオを呼びに行ってる暇はない…いや、ここから出ればセナとかが外に居る。

 こいつの足止めをしながらヒデオを待てば…。

 ただ、この場から外に出してもらえるかがわからない。くそっ!やるしかないのか!

 

 

「恐怖の感情を抱いていないのは何故だ?まぁ好きな味ではないから良いのだが…」

 

「せぁっ!!」

 

 

 隙あり、とダクネスが大剣を横薙ぎに振り、バニルに直撃させた。

 すると、一撃が効いたのかバニルの体がボロボロと崩れ落ちた。

 

 やったか!?

 

 

「ぐぁぁぁ!こ、こんな所でやられるとは…駆け出しの街も侮れな…い…」

 

 

 仮面だけを残し消え去るバニル。

 

 やった…のか?

 

 

「やるじゃねぇかダクネス!今夜は宴だ!」

 

「ほう。その宴、我輩も参加してもよろしいかな?」

 

「は!?」

 

 

 声のした方を向くと、バニルが先程と変わらない姿でピンピンしていた。

 ダクネスの一撃で死んだんじゃ無かったのか!?

 ダクネスを見ると、ガクッと肩を落としている。無理もない。

 

 

「そんな…魔王軍幹部を倒せたと思ったのに…」

 

「フハハハハ!落胆の悪感情…なかなか美味である!我輩の本体は仮面なのでな!残念!なんのダメージもありませんでした!おっと、汝ら2人の悪感情…大変美味である!フハハハハ!」

 

 

 なんなんだこいつは!

 ムカつくぅ!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「もう、お前に教えることは何も無い」

 

「えっ…」

 

「免許皆伝だ。ウィズ」

 

「ヒデオさん、いえ、先生!ありがとうございます!私、絶対に忘れません!」

 

 

 感極まってガバッと抱きついてくるウィズ。

 

 あぁ!当たってる!柔らかい!スイカの大きさでマシュマロのような弾力!あとなんかいい匂いする!

 あぁ!ダメです!逝ってしまいます!

 まさに暴力的なボディ!

 

 ラッキースケベとはこの事か!

 

 だけどもう色々と限界なので離れてもらう。

 べ、別に惜しくなんかないんだからねっ!

 

 

「う、ウィズ。流石にそろそろ…」

 

「あっ!すみません!つい…」

 

 

 そう言われそそくさと離れるウィズ。

 あー危なかった…。

 

 

「ふぅ…。お茶いれてもらえるか?」

 

「はい!」

 

 

 とてとてとお茶をいれに行くウィズ。素直で良い子だなぁ…。

 

 孫を見るおじいちゃん視点でウィズを見守っていると、お茶がはいったのか持ってくるウィズ。

 

 

「どうぞ」

 

「いただきます」

 

 

 あぁ…落ち着く…。こんなことしてる場合じゃなさそうだけど別にいいか…。

 

 世間話でもしよう。

 対面に座ってお茶を飲んでいるウィズに色々と質問する。

 

 

「なぁウィズ」

 

「はい。なんでしょう」

 

「歳いくつだったっけ?」

 

「20歳ですよ」

 

 

 20歳か…。イイね。

 

 

「じゃあ、リッチーになったのは何歳?」

 

「それも20歳ですね」

 

 

 ん?20歳…?

 

 あっ。

 

 

「な、なぁウィズ」

 

「なんでしょう」

 

「リッチーになってから何年…ヒィッ!」

 

「…」

 

 

 無言の圧力。

 指導中にからかいすぎてプンスカ怒った顔は可愛かったのに、この冷たい笑顔はめちゃくちゃ怖い。

 こ、これはパンドラの匣だな…。

 

 

「じ、冗談だよ、冗談…。アハハハハ…」

 

 

 気まずい空気を飲み込むようにお茶を飲む。

 その時。

 

 ビリッ

 

 

「!」

 

「ど、どうしたんですかヒデオさん?急に立ち上がって…」

 

 

 なんだこのアホみたいにでかい気は…。間違いなく過去最高レベル。

 それに、禍々しいというかなんというかまとわりつくような気持ち悪い気だ。

 これと似た気をどこかで感じた事がある。どこかは思い出せないが…。

 

 ここまででかい気を感じたのは、アクア、ウィズ、冬将軍と、少々及ばないがベルディアか。

 

 

 ……ん?

 

 

「なぁウィズ」

 

「はい」

 

「さっき言ってた知り合いってのは…もしかして魔王軍の関係者だったりする?」

 

 

 違うと言ってくれ。頼む。

 だが、俺の願いは届かず。

 

 

「えぇ、そうですよ。よくわかりましたね!魔王軍幹部のバニルさんが近々来るんですよ!」

 

 

 当たってた上に魔王軍幹部。

 い、いやまだこの気がそうと決まったわけじゃない…。

 

 

「…近々来るって連絡が来たのはいつごろだ?」

 

「ええと…4日くらい前なので、今日明日にはもう着くんじゃないでしょうか」

 

 

 それを聞いた俺は、ウィズに挨拶もせずに店から飛び出していた。

 

 何でこんな日によりにもよって幹部が来るんだ!

 しかも、どの辺りに居るのか詳しく知るために気の感知の範囲を広げたら、なんであいつらまで同じところにいるんだ!

 

 

 今日は一日休みたかったのに!!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ダンジョンの前。

 

 

「フハハハハ!この小娘の身体はこのバニルが借り[あぁどうしようカズマ!結構嬉しいシュチュエーションだ!]えぇい!やかましいわ!」

 

 

 なんと、ダクネスがバニルに体を乗っ取られてしまった。

 

 が、様子を見るに案外大丈夫そうだ。

 

 今はお札的なものでバニルをダクネスの体に封じている。

 セナがそれでも仲間かと言ってきたが、今は手段を選んでいる暇はない。

 めぐみんにはヒデオを呼びに行かせた。この状況じゃめぐみんを守れないからな。呼びに行くついでに一時離れといてもらう。

 

 しかし大丈夫そうと言っても、目の前にいるのが魔王軍幹部なのには変わりない。

 

 アクアが対悪魔用の魔法を試したが、ダクネスの耐性のせいで浄化できなかった。

 

 流石に爆裂魔法を浴びせる訳にはいかないので、ダクネスから仮面を引き剥がすしかないか?

 

 だが…。

 

 

「なかなかにいい性能の体だ!筋力、耐久力ともに申し分[お、おぉ…。私がほかの冒険者達を圧倒している…!なんか嬉しい!]おい!黙れとは言わんが台詞くらい最後まで言わせろ!」

 

 

 バニルがダクネスの体を使い大暴れしている。攻撃が当たるダクネスとか恐怖でしかない。

 そこまで当たらないのを気にしてるなら両手剣スキル覚えれば良いのに…。

 

 倒された奴らも命は取られていないとはいえ、もう戦うことは出来なそうだ。

 

 普段は役に立たない癖に敵の手に落ちた途端強くなるとか、俺の仲間厄介すぎるんだが!

 

 

「ヒデオー!!早く来やがれーー!!いや、来てください!ホントお願いします!!」

 

 

 早く来いやサイヤ人!!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 地上20m。

 

 

「ダクネスの気が…消えた…?いや、消えたというより、何かに覆われたような…」

 

 

 体力を残しつつ飛ばしているが、まだ着かない。

 この方角は恐らくキールのダンジョンだろう。そんな所にあいつら何しに行ったんだ?

 

 

 ウィズの店との中間地点当たりに着くと、なにやら俺を呼ぶ声が聞こえるような気がする。

 何だと思い辺りを見回すと。

 

 

「おーい!ヒデオ!!こっちです!」

 

 

 めぐみんが大声で叫び俺を呼んでいた。

 何の用かは知らないが、構ってる暇はない。

 

 

「悪いけど、俺今急いでるんだ!後にしてくれないか!」

 

「カズマがヒデオを呼んで来いと!今はキールのダンジョンで、他の冒険者と共に魔王軍幹部のバニルと戦ってます!早く私を乗せて連れてってください!」

 

「ちっ!仕方ねぇ!早く乗れ!」

 

 

 地面スレスレに降下し、めぐみんを背に乗せる。

 

 

「飛ばすぞ!しっかり掴まっとけよ!」

 

「はい!えっ…速っ!ひゃぁぁあ!!」

 

 

 めぐみんが乗ったのを確認すると、フルスロットルでキールのダンジョンへ向かう。

 

 

 待ってろよバニルとやら!!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「フハハハハ!どうする小僧!お前とそこの忌々しい青髪の女以外は全滅してしまったぞ!![どうしようカズマ!私結構強いぞ!]頼みの綱の退魔魔法もこの小娘のおかげで効かぬ!さぁ、忌々しいプリーストよ!貴様から倒してやろう![あぁ、アクア!逃げてくれ!]」

 

 

 ダクネス(バニル入り)が冒険者達相手に無双してしまい、今は俺とアクアを残すのみとなった。

 こいつ、攻撃が当たればこんなに強かったのか…!!

 

 

「ねぇカズマー!そろそろ助けて欲しいんですけどー!私の魔法効かないし、こいつめちゃくちゃ追い掛けてくるんですけど!」

 

「さ、サトウさん…?お仲間のプリーストが助けてと言っているのですが…」

 

 

 セナがそう言ってくるが、俺には何も出来ない。あんな危なそうなところに突っ込めるのはヒデオくらいだ。

 

 

「いや、無理ですよ。俺最弱職ですし。アクアにはヒデオが来るまで逃げ回っててもらいます」

 

「あなた、本当にあの人達の仲間なんですか…?容赦が無さすぎる気が…」

 

 

 ドン引きしながら俺を見るセナ。普段あいつらも俺に容赦ないからおあいこだよ。

 それに、適材適所って奴だ。

 

 

「いやぁぁ!カズマさん!カズマさん!助けてぇー!」

 

「頑張れ!もうちょっとしたらヒデオ来るから!」

 

「あんた、終わったら覚えときなさいよ!!ヒデオー!早く来てーー!」

 

 

 アクアが涙目になりながらそう叫ぶ。

 うん。早く来いよ。全く、何してんだあのサイヤ人は。

 

 そんなことを考えているうちに、アクアが追いやられてしまった!マズイ!

 慌てて駆け出すが、間に合わない…!

 

 

「フハハハハ!追い詰めたぞ!さらばだ!忌々しいプリーストよ![アクア!避けてくれ!頼む!]」

 

「いやぁぁぁ!」

 

 

 ダクネス(バニル入り)が大剣を振り上げ、アクアに振り下ろした!

 

 

 

 

 

 が、その刃がアクアに届くことはなく。

 

 

「あぶねぇ…。大丈夫かアクア」

 

「ヒデオ。私を背負った状態での白刃取りはやめて欲しいのですが。刃が頭にスレスレでかなり危ないんですが」

 

 

 さんざん俺達を待たせたサイヤ人が、頭のおかしい爆裂娘を背負いながら白刃取りでアクアを守っていた。

 

 

 来るのが遅いんだよアホンダラ!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 めぐみんとアクアを連れカズマの近くに下ろし、ダクネス(?)と対峙する。

 

 こいつ、なんで仮面なんて着けてんだ?それにさっきアクアを斬ろうとしてたし…。

 いや、こいつダクネスじゃない。気が違う。さっき感じた馬鹿でかくて禍々しい気だ。

 

 こいつが魔王軍幹部でウィズの知り合いか。

 

 

「お前がバニ、バニ…バニラか?」

 

「惜しい。突如現れた小僧よ。我輩は見通す悪魔バニル!地獄の公爵にして、魔王軍[ヒデオ!私の体は乗っ取られてしまった!さぁ、遠慮なく攻撃してくれ!]この小娘…!一番いい所で邪魔しおって!」

 

 

 なるほど。さっきダクネスの気が消えたのはこういう理由ね。

 しかし、こういう憑依系の敵は倒し方がめんどくさい時がある。乗っ取ってる奴を倒したら一緒に倒れるパターンと、本体さえ無事なら何度でもってパターンがある。

 とりあえず、事情を知ってそうなカズマに聞く。

 

 

「カズマ!どうすればいい!ダクネスをボコればいいのか、あの仮面を引き剥がせばいいのか!」

 

 

 そうは言ったものの、女の身体を殴るのは気が引けるし、ポリシー的にもそれは嫌だ。

 しかし、本人は喜んでいるようで。

 

 

「[ぜひ私をボコってくれ!さぁ来い!]期待の感情…この小娘…」

 

 

 そんな事を言い地獄の公爵をドン引きさせていた。

 いや、変な子ですいません。

 内心謝っているとカズマが。

 

 

「えぇと…。仮面とお札を剥がして欲しいんだが、ダクネスの身体を使って抵抗するからかなり厄介だ!つまり、ボコボコにしてから剥がすのがいいと思う!」

 

 

 そう言ってきた。両方じゃねぇか…。

 

 ダクネスは雌、ダクネスは♀、ダクネスはメス…。

 よし。

 

 

「おいダクネス!」

 

「[なんだ!]」

 

「てめぇは今から雌豚だ!!!」

 

「[ひゃいぃ!!]悦びの感情…貴様ら頭おかしいのではないか?」

 

 

 そう言われても、仕方ないじゃないか。こうでもしないとやってられん。

 流石に女は殴れない、が雌なら問題ない。そう無理やり思い込む。

 

 

「おっほん!気を取り直して。小僧。我輩はそこに倒れている冒険者達をたった一人でボコボコにした。この身体は素晴らしい!忌々しい神々の力にも耐性があるし、筋力も耐久性も高い。大剣のおかげでリーチも長い。そんな身体を手に入れた我輩に、武器も持たないコンバットマスターが敵うはずがない!」

 

「ごちゃごちゃうっせぇんだよ。こちとら休日出勤へのイラつきと魔王軍幹部との戦闘へのワクワクでよくわからん状態になってんだよ。早くやろうぜ」

 

 

 バニなんとかさんの脅しも聞かず、淡々と歩を進める。

 

 

「ほう、向かってくるのか。逃げずにこのバニルに近付いてくるのか」

 

 

 相手も俺にあわせて歩を進める。

 戦いは既に始まっている。

 

 

「近付かなきゃ、テメェを引き剥がせないんでな」

 

 

 そう言ったと同時に、互いに飛びかかる。

 

 

 あぁ…!!ワクワクしてるぞ…!!

 

 

 




9000!あとちょっと!
あ、感想とか待ってます!


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第三十話

ネタを豊富に入れたい。


 セクハラサイヤ人 ヒデオ

 

  VS

 

 魔王軍幹部 バニル in ドMクルセイダーダクネス

 

 

 戦闘が始まり何分経っただろうか。

 依然決着は着かないが、身体能力の差でヒデオが押している。

 

 

「ずぁっ!」

 

「ぐっ![あぁ…!イイぞヒデオ!もっと深く!もっと強く!]やかましい!黙っておれ!」

 

 

 ヒデオがバニルの剣戟を掻い潜り鳩尾に拳を叩き込み、それを喰らいダクネスが悦ぶ。

 

 うわぁ、あんなん食らったら内臓潰れる…。

 

 

「くっそやりづれぇ!ダクネス!お前もう黙れ!」

 

「[はぅっ!この快感に声を我慢しろと言うのか!貴様、どこまで…!]」

 

「あぁもうわかった!黙らなくていい!」

 

 

 そう叫びながらバニルの攻撃を避けるヒデオ。

 

 折角の魔王軍幹部との戦闘なのにあのドMのせいでなかなか戦闘に入り込めないでいる。

 

 さっきまでの緊張感は何処へ…。

 

 

「小僧、この程度か![そうだぞヒデオ!もっと私を楽しませろ!]」

 

「カズマ!俺帰りたくなってきた!」

 

 

 その気持ちは痛いほどわかる。

 

 

「我慢してくれ!魔王軍幹部を倒すまたとないチャンスなんだ!こいつを倒したら借金を帳消しに出来てお釣りも来る!」

 

「あぁ、もう…!くそっ!これでも喰らえ!」

 

 

 ヒデオが太陽拳の構えを取る。

 やってしまえ!

 

 

「太陽ーーーー」

 

「何をする気だ?[バニル!あれは目潰しだ!]なに!」

 

 

 おい待てドM!何を言ってるんだお前は…!

 

 ダクネスの言葉を聞き、瞬時に顔を隠すバニル。

 あのアホ…!

 

 

「ーー拳!」

 

 

 カッ!!

 

 眩い光が放たれるが、ダクネスのせいでバニルには効いていない。

 

 

「隙ありだ小僧![あぁ…すまんヒデオ!戦いが長引けばいいと思ってつい!]よくやった小娘![敵に褒められるこの背徳感…!堪らん!]…そ、そうか」

 

 

 一瞬の隙を突かれ一撃を貰うヒデオ。

 いやほんと、何してんのあの子。

 

 

「ぐっ…!おいダクネス!てめぇなにしやがんだゴラァ!」

 

「[あぁ…!普段優しいヒデオが私に怒っている…この調子で行けばもっとすごいことをしてくれそうだ…!]お主らも、大変であるな…」

 

 

 同情してくる地獄の公爵。いや、ほんと、うちの子がすいません…。

 

 

「カズマ…。もう戦いたくないと思ったのはこれが初めてだ…!帰りたい…!」

 

 

 ヒデオが泣きそうになりながらそう言ってくる。

 うん。俺も帰りたい。

 

 

「[さぁ!カメハメハを喰らわせてみろ!ほかの技でもいいぞ!]カメハメハ?どこかの大王みたいな名前であるな」

 

 

 カメハメハ大王。

 

 

「あぁわかったよ!そんなに欲しいなら望み通りぶち込んでやるよ!頼むから死ぬなよ!イクなよ!」

 

 

 願いが悲痛すぎる。

 これが終わったら飯奢って労ってやろう。

 

 

「[それは保証しかねる!さぁ来い!]ほほう。この小娘がそこまで期待する技、受けてやろう!」

 

 

 大剣を地面に突き刺し踏ん張る構えをとるダクネス(バニル入り)。

 心なしか顔がにやけている。

 あぁ、そういや何度もヒデオに頼み込んでたけど、結局断られてたもんな。

 

 

「か、め、は、め…!!!」

 

 

 おなじみの構えと掛け声で気を溜めるヒデオ。若干涙目になってるのは気のせいだろう。

 

 

「[ワクワク、ワクワク…!]期待の感情…。おっと、小僧の方はイラついておるな。頂こう」

 

「波ーーー!!!」

 

 

 ボゥッ!!

 

 

 ヒデオの両手から放たれたかめはめ波は、瞬く間にダクネス(バニル入り)の体を飲み込んだ!

 

 

 

 太陽拳とは違う眩い光。さらに衝撃波が響き、土煙が巻き起こる。

 

 

 

 

 しばしの静寂。

 

 

 

 

 土煙が晴れると共に笑い声が聞こえてくる。

 

 

「フハハハハ!素晴らしい攻[くっ…!あぁ…!素晴らしい攻撃だ…!こんなものがこの世に存在したとは…!もうこれ無しでは生きていけないではないか!!どうしてくれるヒデオ!]…最大級の悦びの感情。小僧、同情するぞ」

 

 

 かめはめ波の直撃を喰らいながらも未だ健在のバニル。そして声だけでもかなり悦んでいるとわかるダクネス。

 そしてヒデオはと言うと…。

 

 

「俺はもう…戦わん…」

 

 

 セル編後の王子みたいな事を言いながら肩を落としていた。

 

 いや無理を承知で戦ってくださいマジで。

 あの子止めれるのあなたしか居ないんです。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオが戦わない宣言をした後も戦闘は続いた。ダクネスの欲望も全開だった。

 

 

 その結果。

 

 

「やめろー!早まるなヒデオー!!」

 

「うるせぇカズマ!!もう俺はこの世界を滅ぼす!!魔王軍も人間側も関係ねぇ!俺こそが真の破壊神だ!!」

 

 

 もう色々と精神的に限界が来たヒデオは、辺り一帯を吹き飛ばしその後に世界を滅ぼすと言い始めた。

 

 今は数10m上空でジャイアントホーネット後に覚えたらしいギャリック砲の構えをしている。

 曰く、かめはめ波より基本威力が高いそうだ。

 

 というか悠長に解説してる暇はない。

 今は無理でもこいつなら将来的に世界を滅ぼせそうだから困る。どうにかして止めないと。

 

 考えていると、破壊神を名乗るヒデオにめぐみんが食ってかかった。

 

 

「なっ…!破壊神の座は譲りませんよヒデオ!!」

 

 

 違う。そうじゃない。

 そんな事を言って刺激するんじゃない。

 

 この事態の元凶のダクネスとバニル(主にダクネス)も、ヒデオを説得しにかかる。

 

 

「は、早まるな小僧!それをした後には何が残る!見通す悪魔の我輩が予言する!辞めるのが吉である![そうだヒデオ!考え直せ!わ、私でよければ何でも言うことを聞いてやるから!]」

 

「余計キレるからお前は黙っとけこのド変態が!!」

 

「[くぅっ…!こんな状況なのに容赦ないなカズマは!よく考えてから発言しろ!]」

 

「お前には言われたくねぇよ!!」

 

 

 誰のせいでこんな状況になってると思ってんだ!!

 

 

「もういい!お前に反省の色が見えないのはわかった!」

 

「あぁ!やめてヒデオ!やるならせめて私がいない時にして!」

 

 

 この状況で何を言ってんだこの駄女神は!

 

 この間にもヒデオは気を高め続けている。

 やばいやばいやばいやばい!

 

 

「カズマもろとも、経験値の糧となれーー!!」

 

「なんで俺!?」

 

 

 俺は何もやってないのに!

 

 

「ギャリック砲ーーー!!!!」

 

 

 ズォアッ!!!

 

 

 地面に向けて放たれた薄い紫色の光を発するそれは、真っ直ぐに落ちてきた。

 

 あ、終わった。

 

 

 が。

 

 

「[そうはさせんぞ!]なっ!この小娘、乗っ取られながらも体を動かせるか!」

 

 

 両手を光に向けて突き出したダクネスが、ヒデオのギャリック砲を受け止めた!

 

 いや、受け止めたと言うより抑えていると言う方が正しいか。

 

 凄まじいエネルギーを両腕だけで抑えているダクネスはとても辛そうだ。

 

 

「[くっ…!はぁ…はぁ…!さっきのカメハメハより何倍も強い!!素晴らしい、素晴らしいぞヒデオ!それに、私が止めないと行けないのに悦んでいるというか背徳感がさらに堪らん!くはぁっ!]…もはや何も言うまい。し、しかしこのままでは我輩もマズイ。頑張るのだ小娘!」

 

 

 否。めちゃくちゃ悦んでますね。

 この子、一回頭の病院に行ったほうがいいと思います。

 

 というか、この場合どっちを応援すればいいんだ?このままダクネスが耐えきれなかったら俺ら死ぬし、耐えたら多分負ける。

 

 …よし。

 

 

「頑張れダクネス!出来るだけギリギリで耐えてくれ!その方が後で楽だ!」

 

「[元よりそのつもりだ!こんな素晴らしい攻撃、すぐに終わらせては勿体ない!]」

 

 

 耐えるダクネス。

 

 

「しぃぃずめぇぇぇ!!!」

 

 

 ヒデオの渾身の叫びと共に、ダクネスを紫色の光が包み込み、衝撃波と爆風が俺達にも襲いかかった!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 何分気絶して居ただろうか。

 周りを見ると、カズマ達が倒れているのが見えた。

 やり過ぎたな…。

 

 

「がっ…!こ、ここまで追い込まれるとは…!だが、まだだ、まだ終わらんよ!」

 

 

 未だダクネスの身体に憑依したバニルは健在の様で、ヨロヨロと立ち上がる。

 鎧は修理ができそうにないくらいボロボロだし、大剣も折れてしまっている。お札も消し飛んだようだ。

 

 幸いと言うべきか、ダクネス本体は気絶しているようだ。

 

 

「あれ喰らってまだ生きてんのかよ…。ダクネスもお前もバケモンだな」

 

 

 立ち上がりながらバニルにそう言う。

 

 

「フッ。一番のバケモノが何を言うか。威力は少し及ばないにしても速度と射程においては爆裂魔法より脅威な技をポンポンと放たれる身にもなってみろ」

 

「そうポンポンは撃てねぇよ。今日は撃てて後一発だ」

 

「そうか。ならまだ戦えるという事であるな」

 

 

 マジかコイツ。もうダクネスの身体限界だろ。

 

 

「その身体で戦えんのかお前。もう動くのがやっとだろ」

 

「フハハハハ!何を言っている!貴様と戦うのではない!貴様で戦うのだ!」

 

 

 そう叫びダクネスの顔から仮面を外し俺の方へ投げてくるバニル。

 良かった、ダクネスの顔には傷は付いてないな。嫁入り前の顔に傷付けたとか親父さんにぶっ殺される。

 

 

「フハハハハ!小僧!貴様の身体、貰い受ける!」

 

 

 かなりの速度を出して飛んできたバニル(本体)。

 

 

 それを……

 

 

「がっちりキャッチ!」

 

「なっ!」

 

「その程度の速度見切れねぇとでも思ったか!残念でした!」

 

 

 バニル(本体)をしっかりと両手で掴む。

 

 元はといえば、こいつがダクネスに憑依したからこんな面倒臭い事になったんだよな…。思い返したら無性に腹が立ってきた。

 自然と仮面を掴む両手に力が入る。

 

 

「こ、小僧!考え直せ!仮面を握り潰そうとしても無駄だ!ヒビが入る程度だ!我輩レベルの悪魔を滅するには、神々の力と爆裂魔法以外には無い!もう一つあるが、これは人間には不可能な方法だ!仲間のプリーストもアークウィザードも気絶してしまっている!貴様に我輩を倒す方法はない!諦めて仮面を離せ!」

 

「そのもう一つって、同じ魔族の力、だろ?つい最近使えるようになったんだよ。残念だったな!フハハハハ!ざまぁ!」

 

「なっ…!」

 

 

 そう叫び、バニルを遥か上空へぶん投げる。

 

 

「死ね!!魔閃光ーー!!!」

 

 

 ボッ!!

 

 

 残る全ての気を注ぎ、バニルを塵にした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ヒデオがバニルを消し飛ばし、丸三日が経った。

 

 今朝やっとダクネスが起きた。ヒデオと一悶着ありかけたが、そこはまぁまぁと諌めた。

 

 そう言えばギルドから呼び出しがあったな。恐らく報酬の件だろう。

 

 

 仲間達を連れギルドに向かう。

歩いていると、ふとダクネスが言葉を漏らす。

 

 

「今回はめぐみんの方が大した活躍も無かったな」

 

「なっ…!仕返しのつもりですかダクネス!今回はヒデオに譲っただけです!あんな悪魔如き、爆裂魔法で簡単に塵に出来ました!」

 

「塵にしてないじゃないか。私の身を挺してこその勝利だったな。あぁ、思い出しただけでも鳥肌が…!」

 

「ぐぬぬ…!」

 

 

 めぐみんの悔しそうな顔を見てあの時の攻防を思い出したのか身を震わせるダクネス。

 そんなダクネスに隣を歩いていたヒデオが物申す。

 

 

「憑依相手がお前じゃなけりゃアクアの退魔魔法で一発だったのによ。魔王軍幹部と戦えたのは楽しかったが、水を差すどころかぶっかけてきやがって」

 

「そ、それは申し訳ないと思っている!その代わりと言ってはなんだが、わ、私の身体を」

 

「いらない」

 

 

 ヒデオに即答され、複雑な表情を浮かべながらも身をよじるダクネス。

 もう俺は何も言わんぞ。

 

 

 そんな感じで喋りながら歩いていると、いつの間にかギルドに着いた。

 

 ドアを開けて入ると、冒険者達がワッと盛り上がった。どうやら俺達の活躍(主にヒデオ)は知れ渡っているらしい。

 

 

「カズマ、良かったな!これで借金生活から脱出できるな!」

 

「なんか奢れよ!」

 

 

 そんな感じで表現は違えど口々に祝ってくる。こういうのがあると幹部を倒したんだなって実感が湧く。

 

 

「お待ちしておりました。サトウカズマ様御一行殿」

 

 

 受付嬢とギルドの職員が総出で出迎えてくれた。

 

 

「この度は魔王軍幹部バニル討伐、おめでとうございます。早速報酬をお渡ししたいと思います。領主様の屋敷の修理代金と、借金を差し引いて占めて5千万エリスになります。どうぞお確かめください」

 

 

 深々と頭を下げ賞金を渡してくる受付嬢。

 

 受け取ろうとするが、なかなか離してくれない。

 このっ!このっ!

 

 

「ふ、ふぅ…。ありがとうございます。よし…これで借金生活から一転、小金持ちになったぞ…!」

 

 

 ようやく借金生活から抜け出せた。やっと、やっとスタートラインだ…!

 

 この日は気分が良かったので、ギルドで宴を開いた。

 俺の奢りで。

 

 

 ちなみに報酬を分ける時に少々揉めたが、MVPのヒデオがきっちり均等に分けると言い出してくれたので事なきを得た。

 

 優しいね。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 賞金を受け取った翌日、ウィズの店に皆で謝罪に行く事になった。

 

 どうやら友人のバニルを倒した件についてらしい。

 

 俺は行かなくていいと言ったが、カズマ達、主にダクネスが行くと言って聞かなかった。

 

 いや、嫌な奴だったから行かなくていいとかじゃないんだよ。

 

 だってよ…。

 

 

「へいらっしゃい!おや、尻尾付きの小僧。イラついておるな。頂こう!」

 

 

 普通に生きてるもんな、こいつ。

 

 あの時確かに完全に消し飛ばしたが、翌日になると全く同じ気がひょっこり現れた。

 なんでもありかこの悪魔。

 

 殺気を込めた視線で睨みつけているが、そんなのは意に介さないとばかりにカズマの方に向き直る。

 

 

「冒険者の小僧。お主、手に入れた賞金を元手に何か商売を始めるそうだな?見通す悪魔の名において予言しよう。その商売、我輩と協力するのが吉である!」

 

 

 胡散臭い言葉と気味の悪い笑みを添えて。

 

 

 こいつ、いつかもう一回ぶっ殺してやる!

 

 




このペースで行くとすぐにストックがつきそう。感想待ってます!


・バニル
地獄の公爵にして魔王軍幹部。大抵のことは出来る。人をからかうのを生きがいにしている。残機がなくならない限り復活可能。


・ギャリック砲
威力がかめはめ波より数倍高い。かめはめ波基準でいうとビームが細く薄紫色。不死王拳との相性は悪いので強化できない。



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鈍ら五重奏〜ナマクラクインテット〜編
第三十一話


次はオリジナルでも書きます


 バニルとの一件があってから一月ほど。

 

 季節は春真っ只中。暦的には春の始まりくらいなのだが、今年は冬が短かったそうだ。

 恐らくヒデオが雪精を討伐しまくったから若干短くなったのだろう。

 そんなヒデオはというと…。

 

 

「頼む!」

 

「絶対に嫌だ」

 

「先っちょ、先っちょだけだから!!」

 

「しつこい!」

 

 

 さっきからダクネスと何か騒いでいる。恐らくまた例のアレだろう。

 気にせずバニルとの商売に使う商品を開発する作業に戻る。

 

 

「だから頼む!ヒデオの大きくて熱いものを私にぶち込んでくれ!」

 

「誤解を招く言い方をするな!お前街中でそれ言ったら今度こそララティーナって名前を広めてやるからな!」

 

 

 ごめんね!もう広めちゃいました!

 しかしまだその事を知らないダクネスはそれはダメだと抗議した。

 

 

「なっ!それはよせ!」

 

「だったら我慢しろ!」

 

「それは無理だ!」

 

 

 バニルとの一件でヒデオの気功波を喰らったダクネスは、どうやらその刺激と快感にどハマりしたらしい。

 こんなやりとりが毎日続いている。

 ダクネス曰く、試し撃ちの相手というていでぶち込んで欲しいらしい。

 全くこの子はもう…。

 

 ヒデオに断られ、悔しそうな顔をしながらダクネスはとんでもないことを口走った。

 

 

「くっ…!こうなったら、壊れた方の鎧で街中を歩いて、ヒデオにやられたって言いふらしてやる!」

 

 

 間違ってはいないな。ヒデオのギャリック砲で壊れたし。

 しかし、ヒデオには悪いがその姿は是非見たい。

 べ、別にやましい気持ちとかないしぃ!?

 

 ……やましい気持ちしか無かったわ。

 

 俺が俺の本性に落胆していると、ヒデオは限界が来たのか立ち上がり声を荒げながらダクネスに言い放つ。

 

 

「子どもか!ええいわかった!そこに直れ!その根性叩き直してやる!」

 

「おぉ!やっとか!待ちくたびれたぞ!さぁ!あ、ヒデオの好みで焦らしてくれても…」

 

 

 そうダクネスが言い終わる前に、ヒデオは瞬時に背後にまわり当て身をした。

 相変わらず意味わからないレベルの速さ。

 この光景も何度見た事か。

 

 ダクネスが気絶してるうちにヒデオが何処かへ逃げるというのが一連の流れである。

 

 しかし、今日のダクネスは一味違った。

 

 

「ぐ…!耐え…る!」

 

 

 なんと、ヒデオの超高速当て身に耐えたのだ。

 

 

「ど、どうだヒデオ!耐えたぞ!今のもなかなか気持ちよかったが、まだだ、まだ足りん!」

 

「もう嫌だ…!!」

 

 

 ヒデオが泣きそうな顔でこちらを見てくる。

 必死こいて魔王軍幹部を倒した結果ドMに懐かれるとか不憫過ぎる。

 不憫過ぎるので、ダクネスを諫めにかかる。

 

 

「ま、まぁダクネス。落ち着けよ。ヒデオだって仲間に攻撃したいとは思わないさ。気が向いた時とか、ストレス発散したそうな時に言ったら案外やってくれるんじゃないか?それに、願いがすぐ叶ったら味気ないだろ?」

 

「むぅ…それもそうか。ヒデオ、ストレス発散したい時は遠慮なく私に言ってくれ!」

 

 

 渋々納得したようだ。よかったよかった。

 一番のストレスの原因はダクネスかも知れないが、そこは黙っておこう。

 

 騒がしさがなくなり、やっと落ち着いて作業できる。そう思っていた時。

 

 

「カズマ!クエストに行きましょう!モンスターに爆裂魔法をぶち込みたいのです!この間は大した活躍も無かったですからね!」

 

 

 めぐみんがフンスフンスと鼻を鳴らしこちらに詰め寄ってくる。近い近い。

 

 しかし、クエストに行く気は無い。

 めぐみんを遠ざけ、正面に見据えてハッキリと言い放つ。

 

 

「嫌だよ。めんどくさい。借金があるわけでもないし、こないだの報酬だって残ってるし、なんでわざわざ働かなくちゃなんねーんだ。めんどくさいし。俺は今商売のことやってて忙しいんだよ。あっち行った。しっしっ」

 

 

 あっち行けと手を振って促す。

 すると、めぐみんは何を思ったのか俺の手を掴み…

 

 

 ガブリ。

 

 

「いってぇーー!!!」

 

ふへふほひひひはひょふ(クエストに行きましょう)!」

 

「何言ってるかわかんねぇよ!痛い痛い!離せこのロリっ子!」

 

「んー!」

 

 

 手をブンブンと振って引き抜こうとするが、離そうとしないめぐみん。このっ…!

 

 

「離せ、離しなさい!わかった、わかったから!クエストに行けばいいんだろ!」

 

「ふぅ…。やっと分かってくれましたか」

 

 

 やっと俺の手を噛むのをやめるめぐみん。

 うわぁ、ねっちょりしてる…。こいつのローブで拭いてやろう。

 

 

「ふふふ、さぁ早速ギルドに…うわカズマ!何するんですか!ローブが唾液でネトネトに!」

 

「お前の唾液だからお前が処理しろ」

 

「それくらい手を洗いに行くなりすればよかったじゃないですか!」

 

 

 ギャーギャーと喚くめぐみんを放置し、仕方無くクエストに行く準備をする。

 

 ……あ、用事があったのを忘れてた。

 

 

「あ、めぐみん。クエストに行く前に行く所あるから、先行っててくれないか?」

 

「うーん…。一人で行かせると逃げる可能性があるので着いていきます。クエストの確保はヒデオ達に任せます」

 

「了解。おらダクネス、アクア、行くぞ。ついでにちょむすけも連れて行こう。ほら乗れ」

 

「なーお」

 

 

 ちょむすけを頭に乗せアクアとダクネスを背中に乗せ飛んでいくヒデオ。

 

 …働きたくないなぁ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ギルドにて。

 

 

「お、ララティーナじゃないか!」

 

「ララティーナさん、こんにちは!」

 

「ララティーナ!腕相撲しようぜ!」

 

 

 こいつはひでぇや。

 ララティーナの方を見ると、顔を真っ赤にして涙目になっている。

 多分カズマの仕業だな。

 

 ララティーナと呼ばれ顔を真っ赤にしているお嬢様を見てにやけていると、何を思ったのかこっちに近付いてきた。

 そして、俺の肩を掴み……。

 

 

「き、貴様…!よくも言ったァァァァ!言ってくれたなァァァァ!」

 

「ちょ、やめ、揺れる揺れる!」

 

 

 脳が、震える(物理)。

 頭に乗っていたちょむすけは咄嗟にアクアに飛び移った。

 

 

「え、冤罪だ!まだ言ってない!揺らすな!頭痛くなってきた!あと肩も痛い!」

 

「何を言うか白々しい!貴様以外に居ないだろう!ぬ!抵抗する気か!」

 

 

 まだ揺らそうとしてくるダクネスの腕を掴み、肩から離す。コイツ力強っ!

 互いに両手を掴み睨み合う体勢になる。顔近い。

 

 

「落ち着けって!よく考えろ!うちのパーティーにこんなことしそうな奴もう一人居るだろ!それにお前、前にアイツと勝負した時わざと負けてたろ!多分それがこれなんじゃないか!?あと顔が近い!」

 

 

 そう言うと、ダクネスは掴む力を緩め、手を離す。

 そして顎に手を当て何かを考える仕草をした後。

 

 

「アイツ…。カズマか!ぶっ殺してやる!」

 

 

 そう叫ぶとギルドから出て行ったララティーナ。カズマ死んだな。

 おっと、そんな事よりちょむすけは無事か?

 ちょむすけを抱えたアクアに問う。

 

 

「おいアクア。ちょむすけは無事か?」

 

「無事だけど、この子私に噛み付いたり引っ掻いたり尻尾ビンタしてくるんですけど。私の方が無事じゃないんですけど」

 

「そうか、よかったよかった。無事か。ほらちょむすけ、乗れ」

 

「なーお」

 

「ねぇ、私の心配はしてくれないの?ねぇったら」

 

 

 何故か後ろで騒がしいアクアを放置し、ちょむすけを連れ掲示板へ向かう。

 

 すると。

 

 

「おやタナカさん。こんな所で会うなんて奇遇ですね」

 

 

 カズマを魔王軍の関係者ではないかと疑っていたセナが話し掛けてきた。疑いは解けたが。

 それにしても、奇遇、奇遇か…。

 

 

「外出の度に尾行してなければ奇遇だな。今日も屋敷に来てたろ」

 

 

 そう。何故かバニなんとかさん戦後に外出していると、もれなくセナが尾行してきていたのだ。

 気の感知のせいである程度まで近付かれると普通に気付く。

 

 

「うっ…。気付かれていましたか。これでもバレないように着いて行った筈なんですけどね」

 

「潜伏スキル持ちでもない限り俺に気付かれないのは無理だろうな」

 

 

 前にカズマとかくれんぼした時に潜伏スキルを使われて気付いた。

 かくれんぼと言ってもアクアとカズマが寝てる俺の額に「肉」って書いたからぶっ殺してやろうと追いかけたら隠れやがっただけだ。

 

 俺が楽しい思い出に浸っていると、セナが訝しげな表情で。

 

 

「前にも聞きましたがあなた本当に何者なんですか?」

 

 

 そう言ってきた。何者って言われてもなぁ。

 

 

「だからサイヤ人だって。いや、そんな事はどうでもいい。何か用があるんだろ?こう見えて俺は忙しいんだ。早くしてくれ」

 

「そ、そうですか…。普段の尾行は私の個人的なアレですが、今回は違います。仕事の依頼をしたくてお伺いしたのです」

 

「依頼?詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

 個人的なアレはスルーの方向で。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 リザードランナー。縮めてリザードン。

 それは、二足歩行する大型のトカゲで、普段は大人しく害も少ないモンスターらしい。

 しかし、姫様ランナーと呼ばれる大きなメスの個体が生まれると、途端に厄介になるそうだ。

 姫様を取り合うために速さを競うのだが、これが問題なのだ。

 同種族で競うのならまだしも、足が速い他生物を抜き去り、その数で姫様のつがいになれるかどうか決まるそうだ。

 

 どうやってカウントしてんのかな。

 

 ともかく、セナが依頼して来たのはリザードンの群れの討伐だ。

 なんか某御三家の方とややこしいからトカゲでいいや。

 セナが俺達に依頼して来た理由は魔王軍幹部討伐の実績を買ってのことらしい。

 手のひら返しとはこの事か。

 

 なので、俺達は今トカゲが出て来る平原に居る。

 

 作戦としては俺が気功波で誘導し、なんやかんやして姫様ランナーだけを討伐するそうだ。他のトカゲは姫様が消えたらどっか行くらしい。

 色々とフワッフワな作戦だが、まぁ大丈夫だろう。

 ちなみにちょむすけはウィズの所に預けてきた。アクアがバニなんとかさんと喧嘩しそうになったが、首トンで止めた。

 

 

 そろそろ頃合だろうと木の上に居るカズマに声をかける。

 

 

「おいカズマ。準備は良いか?」

 

「おう。レベル上げたいから出来れば他の奴も仕留めずに足止めしといてくれると嬉しい」

 

 

 カズマがそう返してくる。

 うん。強くなれる時に強くならなきゃな。

 カズマの向上心(?)に感心していると、めぐみんが物申した。

 

 

「あ、カズマ!ずるいのです!いくらパーティーで1番レベルが低いからといって、それはずるいのです!」

 

 

 おおかた大量のモンスターに爆裂魔法をぶち込みたいのだろう。相変わらず頭のおかしい子の考えることはわからん。

 さっきだってカズマの刀に「ちゅんちゅん丸」とかいう不名誉極まりない銘を刻んでたからな。

 

 

「いつもだいたいお前に美味しいとこあげてるんだから良いだろ!お前と違って俺は必殺技ないんだから!」

 

 

 ちなみにレベル順としてはアクア、めぐみん、俺、ダクネス、カズマである。

 雑魚は基本めぐみんに一掃して貰うし、アンデッドとかもアクアに任せるので、攻撃が当たらないダクネスと、強敵としか戦わない俺、殆ど戦わないカズマ。この三人は性質上あまり経験値が貰えないのでレベルも低い。

 

 もちろんサイヤ人の特性を活かしたあの反則技はやらない。

 

 

「むぅ…。それもそうですね。なら、今度代わりとして何かモンスター討伐クエストに行きましょう」

 

「はいはいわかったわかった」

 

 

 はいはいと適当に流すカズマ。

 めぐみん、こいつ出来るな。さり気なく言質取ったぞ。

 それに、大きい要求をした後に小さい要求をすると通りやすくなるとかいう手法があったような。

 そんな事を考えていると、トカゲの群れと思われる気が近付いてきた。

 

 

「カズマ、来たぞ!」

 

「手筈通り頼む!」

 

「了解」

 

 

 そう言い上へ飛んでいく。

 引き付けたり追いやったりするだけの簡単なお仕事だ。

 

 なんか嫌な予感がするが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオがトカゲの大群の上を飛び回っているのを見ていると、異変に気付いた。

 

 トカゲが全く俺達の方に来ない。むしろヒデオの方に行きまくる。

 

 はい。原因はわかってます。

 元凶のヒデオに叫ぶ。

 

 

「ヒデオ!お前速すぎ!さっきからトカゲがお前のとこしか行ってないんだが!」

 

 

 そう、あのバカがトカゲより速い速度で飛ぶので、トカゲ共は躍起になってヒデオを追いかけ回していた。

 当のサイヤ人はというと。

 

 

「こいつら抜く度にドヤ顔で振り向いて来るからムカつくんだよ!善意で抜かれてやってんのに!」

 

 

 憤慨していた。

 そう言われてもなぁ。こっちに来ないんじゃ話にならない。

 

 

「それくらい我慢しろ!作戦の一割も終わってない!なんとかしてこっちにおびき寄せてくれ!」

 

「あぁもうわかった!そっち連れてきゃいいんだろ!おら!着いてこいトカゲ共!!」

 

 

 何を思ったのか、ヒデオはこちらに向かって飛んできた。

 なるほど、速いヤツを抜こうとするのを逆手に取ったわけね。なるほどなるほど…。

 

 

「…って速い!速いよ!意外と速いよリザードランナー!」

 

 

 猛スピードで駆けてくるトカゲの大群に慌てて弓を構え、狙撃スキルを乱射していく。俺の幸運値ならほぼ当たる。多分。

 

 

「っ!『狙撃』!『狙撃』!『狙撃』!あぁっ!数が多すぎませんかね!!どれが姫様ランナーだ!?『狙撃』!『狙撃』!『狙撃(シュートヒム)』ッ!」

 

 

 全く足止めしてくれなかったヒデオを恨みつつ、トカゲ共に弓を乱射していく。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 数分後。

 

 

「あぁっ!矢が尽きた!」

 

 

 結論から言うと、ヒデオが追いかけ回されていたのは役に立った。

 大量のトカゲを誘導出来るので、何度も何度も狙撃地点におびき寄せる事が出来たのだが。

 如何せん数が多すぎた。

 矢は充分すぎるほど持って来ていた筈なのだが、尽きてしまった。

 途中姫様ランナーのつがいである王様ランナーを倒してしまったせいでトカゲがやる気になってしまったし、散々だ。

 

 未だトカゲと追いかけっこをしているサイヤ人に文句を言う。

 

 

「おいヒデオ!何一つ作戦通りに行ってねぇじゃねぇか!」

 

「経験値手に入れれたんだからいいだろ!俺も結構疲れてきた!」

 

 

 そう返してきた。

 まぁ、経験値はおいしかったが。

 もう色々とめんどくさくなってきたので例のアレでぶっ飛ばしてもらおう。

 

 

「めぐみん!出番だ!」

 

「えぇ…。出番があるのは嬉しいのですが、なんか後処理のような気分がして若干ムカつくのですが…」

 

「文句を言うな文句を!はよ!」

 

 

 そう言いめぐみんを急かす。

 

 

「納得が行かないのですが…。まぁいいでしょう!我が最強の奥義、その身でとくと味わうがいい!」

 

 

 めぐみんが詠唱を始める。

 すると、それに気付いたヒデオが焦り出した。

 

 

「えっ、ちょ、めぐみん、待て待て待て!」

 

 

 まだトカゲの近くに居るから焦っているのだろう。

 まぁアイツなら多分死なないし。うん。

 

 

「構わん!やれ!」

 

「やれ!じゃねぇんだよ!お前後で覚えとけよ!」

 

 

 そう言いながらもまだトカゲを引き付けているヒデオさん流石っす。

 

 

「ちゃんと避けてくださいねヒデオ!『エクスプロージョン』!!」

 

「えっ、ちょ、待っ!」

 

 

 ヒデオの言葉を掻き消すように轟音が轟き、爆風が吹き荒れる。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 爆炎が収まり、爆心地には大きなクレーターがあり、トカゲ達は跡形もなく消し飛んでいた。ヒデオはどこだ?

 

 

「おーいヒデオさーん」

 

 

 呼び掛けるが、返事が無い。

 消し飛んじまったか?いや、あいつに限ってそんな…。

 少し心配になってきた。

 葬式は和式にするか洋式にするか悩んでいると、ダクネスが。

 

 

「あ、カズマ!居たぞ!」

 

 

 どうやら見つけたらしい。

 

 早速近くに行き声をかける。

 

 

「おーい起きろー」

 

「」

 

 

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

 

 

「おいアクア。リザレクションの準備を…」

 

「はいはーい」

 

 

 駆け寄ってくるアクア。

 慣れたものだなと感心していると。

 

 

「勝手に殺すな」

 

「うわぁぁ!喋ったー!」

 

 

 アクアがそう叫ぶ。

 見ると、死んだはずのヒデオが起き上がっていた。

 あ、これマズイパターン…。

 

 バレないようにそろそろーっとその場を離れようとする。

 

 

 が。

 

 

「一体どこに行くんだカズマよ。ちこうよれ」

 

 

 笑顔で手招きしてくるヒデオ。

 うわぁ、行きたくねぇ…。

 

 

「…拒否権は?」

 

「あると思うか?」

 

「ですよねー」

 

 

 そう言いつつヒデオからジリジリと遠ざかって行く。弱ってる今ならチャンスだ。三十六計逃げるに如かず。

 

 

 しばしの沈黙。

 

 

「…あばよ!」

 

「あっ!待ちやがれ!」

 

 

 ヒデオが追いかけてこようとするが、アクアに止められる。

 

 

「あ、ダメよヒデオ。安静にしないと。死んでないとはいえ、怪我はしてるじゃない」

 

「ぐぬぬ…!てめぇ後で覚えとけよカズマ!」

 

「いいや!覚えないね!逃げるんだよォー!」

 

 

 割とガチギレするヒデオを背に、アクセルの街へ逃げ帰る俺。

 

 ……今日は家に帰りたくないなぁ。

 

 

 

 

 




平穏とは一体…。


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第三十二話

オリジナル編を作ろうかな


 ウィズ魔道具店にて。

 

 

「胸が大きくなるポーション?」

 

「ええ。女性冒険者に人気だそうで。うちでも入荷しようかと」

 

「ウィズ、お前それ以上胸大きくしてどうすんだ?めぐみんにトドメでもさすのか?」

 

 

 爆乳から暴乳へと極限進化するわけですねわかります。

 

 

「ち、違います!私はもう充分です!これ以上大きくなると服が入らないですし、肩コリも酷くなります!」

 

「ほうほう。で、服が入らないってのを詳しく」

 

 

 色々と詳しく知る必要がある。べ、別に変な意味とかないんだからねっ!

 

 ……よく考えたら変な意味しかなかったわ。

 

 脳内ツンデレを発動していると、見兼ねたバニラが話し掛けてきた。あ、バニルか。

 

 

「小僧。まだまだセクハラするつもりなのは止めんが、話が進まないのではないか?」

 

「それもそうだな。ウィズへのセクハラは今度にするよ」

 

「私としてはしないで欲しいんですけどね…」

 

「それは土台無理であるな。この小僧、この店には殆どセクハラしに来てるようなものだからな」

 

 

 バレてたか。見通す悪魔さん、流石っす。

 

 

「えぇっ!?何か最近セクハラ発言が多いな、とは思ってましたけど…」

 

「俺は女神にもセクハラする男。今更永遠の20歳のリッチーにセクハラするくらい造作もないわ!」

 

 

 流石に年端もいかない女の子にはしませんよ?ホントだよ?

 俺が公開セクハラ宣言をすると、バニルはとんでもないことを言い出した。

 

 

「…小僧、まさかお主あのプリーストに欲情する程飢えてるとは…」

 

「次それを言ったらお前をこの店ごと消し飛ばしてやる」

 

 

 いくら冗談でも言っていい事と悪い事がある。

 

 

「俺が言ってんのはあのグータラ女神の事じゃねぇ。エリス様だよ」

 

「エリス?あのパッド入りとアクシズ教徒に噂されている?」

 

「そんな噂されてんのか…。まぁそのパッド女神だ」

 

 

 こんな事を言ってるとエリス教徒に殺されそう。エリス様が巨乳なら何のためらいもなく入信するんだがな。

 おっと、話が逸れてしまった。戻そう。

 

 

「いや、今はエリス様の事はいい。で、豊胸ポーションをどうするんだ?」

 

「一応お試しで1ダース注文してみたのですが…」

 

 

 チラチラとこちらを見てくるウィズ。可愛い。

 それは置いといて。

 

 

「で、効果の程を人体実験してこいってか?」

 

「ま、まぁ端的に言えば…」

 

 

 まぁ暇だしいいだろう。めぐみんに飲ませよ。

 ポーションを受け取り帰る準備をしていると、バニルが話し掛けてきた。

 

 

「して小僧。商品の進捗はどのような感じだ?我輩が赴いても良いのだが、この店主が何をやらかすかわからんのでな。気が気でないのだ」

 

 

 居てもやらかすと思うけどな。

 ちなみにウィズの健闘虚しく、業績が悪すぎる、と普通に怒られたらしい。

 

 

「なんかいっぱい作ってたし、そろそろじゃないか?」

 

「ふむ…。ならば後日伺おう。その旨を伝えてくれ」

 

「了解」

 

 

 魔王軍幹部と友達感覚の付き合いをしているのは傍から見れば異常なのだろうか。まぁどうでもいいが。

 

 ウィズとバニルに挨拶をし、その場を後にする。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

屋敷に帰ると、広間にはアクアだけが居た。

他のみんなはどこいったんだ?

 

 

「あ、ヒデオおかえり。どこ行ってたの?」

 

「ちょっとな。めぐみんは居るか?」

 

「ゆんゆんと庭で遊んでるわね。ゆんゆんの方は勝負とか言ってたけど」

 

「なるほど」

 

 

 そうだ。この際ゆんゆんにも豊胸ポーションを飲ませよう。あの子はめぐみんと違って将来性ありそうだしな。

 

 めぐみんが戻ってくるまでちょむすけと遊ぼうと思い気の感知に意識を傾ける。

 すると、違和感に気付く。

 

 知らない気が一つあるな。誰だ?

 

 

「なぁアクア。ゆんゆん以外にも誰か来てるのか?」

 

「えぇと、クリスがダクネスに会いに来てたわね」

 

 

 クリス…クリス…。

 聞き覚えがある名前に記憶を探る。

 

 あ、思い出した。

 

 

「あぁ、貧乳の…」

 

 

 盗賊。そう言おうとした時、背後からの殺気に気付く。やべぇ!

 

 咄嗟にその場から離れ、殺気の発信源を見る。

 

 

「貧乳の…なんだって?」

 

 

 そこには青筋を立てた銀髪の少女が立っていた。いや、マジすいません。謝るからそのゴゴゴゴゴって感じの雰囲気で威圧するのやめてください。

 

 

「……盗賊ってカズマ君が言ってました!」

 

 

 咄嗟にカズマに全責任を押し付ける。

 アイツが悪いんだ(暴論)

 

 

「ふーん…。ま、どっちでもいいけど。ねぇヒデオ君…だっけ?浮いてないでさ。降りてきてよ。ちょっとお話しようよ」

 

「ひぃっ!マジすんませんっした!」

 

 

 秘技、空中土下座。

 空中で土下座のポーズを決めそのままスーッと降りていく荒技。ただの仰々しい土下座ですねはい。

 

 というか、あの冷たさには覚えがある。ウィズに年齢を聞いた時と…、いつだったか。デストロイヤー戦くらいに感じた記憶がある。

 

 思い出せないでいると、クリスより少し遅れて広間に来たダクネスが。

 

 

「…なぜヒデオは帰ってきていきなりクリスに土下座してるんだ?新手のプレイなのか?もしそうなら詳しく教えて欲しい」

 

 

 と、言ってきた。

 今がチャンスだ!話題をそらせ俺!

 

 

「い、いや失礼な事を言ってしまってな。断じてプレイでは無い。あ、そうだ。お土産があるんだが、見るか?」

 

 

 そう言いながら鞄から例のブツを出す。めぐみんが来てないがここは仕方ない。

 

 

「これはポーション、か?」

 

 

 瓶を一つ手に取り不思議そうに見るダクネス。そんなダクネスの様子をじーっと見るクリス。よかった。話題はそらせたか…。

 

 

「これはただのポーションじゃねぇぞ」

 

「ほう。してその効能は?もしや、飲むと耐え難い激痛が走るとか?」

 

 

 想像したのか頬を赤くしながら聞いてくるダクネス。こいつの頭にはそれしかないのか。

 

 

「そんなもんがあってたまるか。これはな、飲むと胸がでかくなるらしい」

 

 

 沈黙。

 俺の言葉に何故か黙る一同。

 お、おい。これだと俺がやらかしたみたいじゃねぇか。

 

 

「何言ってるのヒデオ。巨乳好きすぎて頭おかしくなった?大丈夫?ついに私達にまでセクハラするようになったの?」

 

「そうか…ついにヒデオも私達にセクハラするように…」

 

「それだけは絶対にないから安心しろ」

 

「「なっ!」」

 

 

 俺の言葉にギャーギャーとわめく2人を放置し、クリスにポーションを一本渡す。

 

 

「…どういう事?喧嘩売ってるなら買うよ?」

 

「せっかく屋敷に来たんだから実験に付き合ってもらおうと思ってな。おらダクネス、アクア。お前らもギャーギャー言ってないで飲め」

 

 

 2人にもポーションを渡す。

 すると、めぐみんとゆんゆんがこちらに来ているのに気づいた。

 この際だ。皆で飲もう。

 

 三人に飲むのを待ってもらい、カズマも迎えに行く。

 

 

 

「ーーーという訳で。第一回!巨乳になるのは誰だ!豊胸ポーション選手権!」

 

「イェェェーイ!」

 

 

 沈黙。

 乗ってくれたのはカズマだけか。悲しい。

 

 

「では気を取り直して。ルールは至って単純!上げ幅が高い奴の勝ちだ!」

 

 

 目測で測ります。

 ポーション全員に行き渡ったのを確認し、合図する。

 

 

「豊胸ファイトレディー…ゴー!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 case 1

 元々デカイ組の場合。

 

 

「お、おぉ…。服がきつくなってきた…。苦しくて締め付けられてるようで…はぁ…はぁ…」

 

 

 と、ダクネス。

 苦しければなんでもいいのかコイツは。

 

 

「肩が重くなってきたわ。あと、服がパンパンになりそう」

 

 

 と、アクア。

 そう言えば、コイツは履いてない、着けてない疑惑があるらしいな。興味無いが。

 

 

「服の構造のせいであまり苦しくはないけどこぼれそう…」

 

 

 と、ゆんゆん。

 胸元だけが空いた服とかどこで買うんだよ。

 

 

「すげぇな。効果出るのこんなに早いのか…。ジョークグッズに出来そうだな」

 

 

 

 case 2

 野郎共の場合。

 

 

「胸筋が張ってきた」

 

 

 と、俺。

 鍛えてますから。

 

 

「何も起きないんだが」

 

 

 と、カズマ。

 

 ふーむ。何も起きないか。個人差があるのか?

 

 

 case 3

 ない組の場合。

 

 

「…何も起きません」

 

 

 と、めぐみん。

 

 

「同じく」

 

 

 と、クリス。

 

 うーん。なんで何も起きないんだ?

 

 カズマも何も起きなかったし、この3人に共通する点は…。

 

 

 あっ。

 

 

「ヒデオ。何か悟ったような顔してますね。なんです?なんで私は巨乳になれないんですか?」

 

 

 めぐみんが淡々とそう言ってくる。怖いよ!それに、俺のせいじゃないから!

 

 

「いや、三人に共通する点を探してたんだが、ひとつ見つかってな。言うべきか言わざるべきか…」

 

「なんです?早く言って下さい」

 

 

 目が据わっててとても怖い。

 クリスは無言だが冷たい目でこちらを見ている。だから俺のせいじゃないって!

 

 

「い、いや、カズマもめぐみんもクリスも、ないという点では共通してるなーって…」

 

 

 おそるおそるそう言う。企画したの俺だけど、やらなきゃ良かった!

 

 

「なるほど。確かにそれは共通してますね。でも、ないからといって大きくならない理由は無いはずですよね?何故です?」

 

 

 だから俺に言われても…。

 なにか打開策はないかと、ポーションの入っていた箱を漁る。

 

 箱の底に説明書のような紙が入っていた。

 これだ!

 

 無言で武器を構え俺に攻撃してこようとする二人の前にその紙を出す。

 

 

「まてまて二人共。無言で俺をボコろうとするな。ここに注意書きのようなものがあった。読むぞ…『注意!このポーションはジョークグッズです。服用後数分すると元に戻ります。いくら飲んでも大きくならないと悩んでいるそこのあなた!ゼロには何をかけてもゼロですよ!諦めてね!』」

 

「「…」」

 

 

 黙り込む二人。

 こ、こえぇ…。

 二人が暴れないように最新の注意を払っていると、めぐみんが。

 

 

「…ヒデオ、頼みがあるんですが、いいですか?」

 

 

 嫌な予感しかしない。

 

 

「…なんだ?」

 

「今すぐこのポーションの製作者の元へ連れて行ってください」

 

 

 ほれ見たことか!

 キレてるじゃん!静かに激怒してるじゃん!

 そんな今にも爆裂しそうなめぐみんにクリスも賛同した。

 

 

「めぐみん、あたしも付いてくよ。ヒデオ君。目的地までよろしくね」

 

 

 笑顔でそう言ってくる。いや、だからあなたの笑顔怖いです!目が笑ってない!

 

 

「ふ、二人共落ち着け!これの製作者は悪気があってこれを書いた訳じゃ…!」

 

「へぇ。ヒデオは見たことも無い製作者の肩を持つんですね?ならヒデオが代わりに喰らいますか?」

 

「よし二人共!早く乗れ!クソッタレ製作者をボコしに行くぞ!」

 

 

 手のひら返し?知らんな。

 

 

 

 その日を境に、豊胸ポーションは生産されなくなった。

 

 

 

 

「おっと、あの小僧にそのポーションを持って帰るとろくな事がないと伝えるのを忘れていた。まぁいいか。フハハハハ!」

 

 




セクハラのアレを書いてる時は楽しい。


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第三十三話

タイトル詐欺


 

 

 

 〇月✕日。天気は快晴。心地よい気温。

 

 

 今日から観察日記、というか報告書をつけていこうと思う。

 観察対象はタナカヒデオ。17歳独身。職業は冒険者で、クラスはコンバットマスター。一見普通のヒューマンだが、尻尾が生えているところを見ると獣人の一種と思われる。本人曰く、サイヤ人という種族らしい。色々と調べてみたが、そんな種族が居るという記録はどこにもなかった。怪しい。

 現在はサトウカズマという男のパーティーで、4人の仲間達と共にアクセルの街外れの屋敷に住んでいる。

 

 街の方々からの評判を聞くと、『怒らせるとヤバイ』『尻尾が弱点』『巨乳が好き』『大食い』『ちくわ大明神』『空を飛ぶ』『アクセルでセクハラといえばヒデオかカズマ』『ジャイアントトードを素手で殴り殺せる』『虫が大嫌い』『強敵と戦うことに興奮を覚えるニュータイプの変態』『時々豹変したように頭がおかしくなる』『つよい』等、様々な評価をされていた。

 

 空を飛ぶのは私も直に見たが、何が起きていたのか全く理解出来なかった。

 

 これからも観察を続けるので、何かあったらここに書くようにしようと思う。

 

 

 

 〇月□日。天気は曇り。ジメジメする気温。

 

 

 信じられない事が起きた。

 なんと観察対象が単独で魔王軍幹部のバニルを撃破したのだ。この目で見たから間違いない。

 仲間の身体に憑依したバニルを容赦なく攻撃し、激闘の末撃破した。あの男には仲間に対する情というものがないのか?

 戦闘中に仲間もろとも消し飛ばす宣言をしていたし、本当の悪魔はこの男ではないのだろうか。

 

 しかし、彼の人間性はともかくとしても、魔王軍幹部を単独で撃破したのは事実。これからも観察を続ける必要がありそうだ。

 

 

 

 〇月▽日。天気は晴れ。そこそこ暖かい気温。

 

 

 バニル戦後にもっと観察する必要があると思い、尾行を始めた。それは良いのだが、この男、かなり追跡しにくい。

 まず歩く速度が早いし、急に角を曲がったかと思えばすぐに折り返して元の道に戻ったり、ふと思い立ったように空を飛び始めたりする。

 

 もっと尾行側の気持ちも考えて欲しい。

 

 尾行を始めてわかったことと言えば、チンピラに慕われているという事だ。『ヒデオさん、ちゃっす!』『お世話になってます!』『ヒデオさん!荷物お持ちしましょうか?』

 などと言われていた。終始鬱陶しそうにしていたが、そのチンピラ達に絡んで来た別のチンピラをボコボコにしていた所をみると嫌ってはいないのだろう。

 

 彼らとどういう経緯で仲良くなったのかも調べる必要がありそうだ。

 

 

 

 

 〇月△日。天気は快晴。少々肌寒い気温。

 

 

 今日は彼らのパーティーにクエストを依頼した。リザードランナーの群れをどうにかしてほしいとのクエストだ。

 表向きは魔王軍幹部討伐の実績を買っての依頼だが、実際は観察するための方便だ。

 

 それは良いのだが、なんと尾行がバレていた。

 

 この男は本当に何者なんだ?聞いてもサイヤ人としか答えてくれないし、何か言えない理由があるのだろうか。ますます怪しい。

 

 クエストの完了を報告された時に格好がやたらとボロボロで煤だらけだったので何があったか聞くと、危うく爆裂魔法が直撃するところだったそうだ。

 直撃していないとはいえ爆裂魔法に耐えるとは信じられない。この男は本当に人間なのだろうか。

 

 新しくわかったことといえば、パーティーメンバーが飼っている猫に懐かれているということだ。彼の尻尾を気に入っているらしいが、そんなに気持ちいいのだろうか。

 

 

 …触ってみたい。

 

 

 

 

 〇月〇日。天気は晴れ。普通の気温。

 

 

 

 またもや信じられない事が起こった。

 

 この男、殺し合ったはずの元魔王軍幹部バニルと楽しそうに談笑していた。

 もう敵対していないとはいえ、殺し合った相手と仲良くするなど正気の沙汰では無い。

 

 談笑した後に飛んでどこかに行ったかと思えば、数十分後に仲間のアークウィザードと裁判の時に出廷していたクリスという少女を背中に乗せどこかへ飛んで行った。

 

 その翌日の新聞で豊胸ポーションの生産中止が報道された。まさかあの男が…?

 

 

 今回の件も含め、まだまだ観察を続ける必要がありそうだ。

 

 

 

 

 日記はここで終わっている。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 す、すごいもの拾っちゃった…!

 

 これはヒデオさんに言うべきなのか、持ち主さんに届けるべきなのか、私が責任をもって処分するべきなのか…。

 人の日記勝手に見ちゃったけど、怒られないよね…?これは事故!そう、事故なの!

 けど一応誰にも言わないでおこう。

 

 日記を読んでいて思ったけど、ヒデオさんって私と違って交友が広いんだなぁ…。羨ましいや。

 

 いや、ないものをねだっても仕方ないわよ私!あるものを大切にすればいいんだから!

 今日はヒデオさんとクエストに行く約束してるし、無い物ねだりしてる暇なんてないわ!しっかりと活躍しないと!

 

 頑張ろう!私!

 

 …けど、私もちょむすけみたいにヒデオさんの尻尾をモフモフしてみたいなぁ。

 

 ちょむすけがちょっとだけ羨ましい。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 クエストの森。

 

 

 はい、また森です。虫が多いから嫌なんだけど、ゆんゆんと来れそうなのがこれくらいしか無かった。ウチのギルド品揃え悪すぎ。

 

 森に着いてからずっと無言で歩いてるのは良いんだが、ゆんゆんに尻尾をジロジロ見られてる気がする。気になるのか?

 それはともかく、今回のクエストは高級食材ソークロコダイル。通称『ワニノコ』。

 一体誰がこんな版権に引っかかりそうな名前広めたんだって思ったが、広めたのが黒髪黒目の強い奴と聞いて納得。

 

 なんでもこのワニはノコギリのような歯でなんでもギコギコ斬って捕食するそうだ。

 基本的に草食だが、肉も食える。森に住んでるだけあって草や木に擬態するのがかなり上手いらしい。

 しかし森には天敵もいないし主食も植物なので、あまり使う機会が無い。宝の持ち腐れとはこの事か。

 

 その肉はしっとり柔らかく程よい脂肪もあって大変美味しい上に、植物ばかり食べているせいかわからないが、何故か食物繊維とビタミンが豊富らしい。ベジタリアンの間ではこいつを肉とみなすか野菜とみなすかで議論が分かれるそうだ。

 骨は丈夫だが加工しやすく長持ちするので、建材として重宝されるらしい。ちなみに歯は最高級ノコギリとして一級の大工達が好んで使うらしい。皮はまぁ言わずもがな。

 

 奥へ奥へと進んでいると、ゆんゆんが話し掛けてきた。

 

 

「ヒデオさん。一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんだ?」

 

「このくらいのクエストならヒデオさんの強さを以てすれば余裕だと思うんです…。誘ってくれたのは嬉しいですけど、わざわざ私を誘わなくても大丈夫だったんじゃ…」

 

 

 そう言ってくるゆんゆん。

 全くこの子はもう…。

 

 

「何だ、そんなことか。単純だぞ。1人だと寂しいからな。けど、野郎とふたりきりとかはゴメンだ。一緒に行くなら女の子の方がいい」

 

 

 ゆんゆんならそこそこ戦えるし安心。

 

 

「そ、そうなんですね…。私、女の子で良かったです」

 

「ははは。そう言ってくれるとありがたいな」

 

 

 そんなこんなで談笑しながら奥へ奥へと進んでいく。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「待ちやがれ!このワニ!」

 

「ひ、ヒデオさん!速いです!あのワニ速いです!それに、上手いこと擬態してて分かりづらいです!」

 

 

 ワニを発見したは良いが、目が合った途端逃げられた。臆病なのか?

 

 逃がす訳にはいかないので、ゆんゆんを背中に乗せ飛ぶ。

 

 

「ゆんゆん!そっから魔法で攻撃できるか?」

 

「擬態が上手くて狙いが定まりません!どうしましょう!」

 

 

 気の感知があるとはいえ、逃がすのはめんどくさい。絶対にここで倒す。

 

 

「いや、当てなくていい!えぇと、十四時の方角、10mくらいに攻撃してくれ!」

 

「はい!『ライトニング』!!」

 

 

 ゆんゆんがそう唱えると、雷が発射される。

 ピリッと来たがまぁ大丈夫だ。

 

 雷はワニの前に着弾し、ワニは足を止めた。今だ!

 

 

「もう一回だ!次は当てろ!」

 

「はい!『ライトニング』!」

 

 

 再度放たれた雷が今度はワニの身体に直撃した。雷に撃たれたワニは身体が痺れて動けないようだ。しめた。このまま捕獲しよう。

 

 

「ゆんゆん、捕獲するからスリープを」

 

「はい!『スリープ』!」

 

 

 ゆんゆんを降ろし、かけられたら眠ってしまう魔法をかけてもらった。これで当分起きないだろう。

 持ってきていたロープで縛り、身動きを取れなくしてから持って帰ろうとしたその時。

 

 

 ドスッ

 

 

 地面に矢が刺さった。角度的に見て前からだろう。気の感知の範囲を広げるが、何も引っかからない。

 ちっ、潜伏持ちか。

 

 とりあえずゆんゆんを背中に庇い、矢の方向を注視する。

 

 

「ゆんゆん、一応魔法使えるようにしといてくれ。人間の仕業だろうけど、敵対してるかもしれん」

 

「は、はい!」

 

 

 そう言われ身構えるゆんゆん。さて、どうするか。

 気円斬で木を斬り倒すことも考えたが、万が一人に当たって死んだら後味悪い。

 狙いがこのワニにしろ俺たちの身ぐるみにしろ、喧嘩売ってるなら買うまでだ。

 

 

「おい!目的はなんだ!1人でいいから出て来い!事と次第によってはこの辺り一帯ごと消し飛ばす!」

 

 

 もちろんただの脅し。こんなのが通用するかわからないが、念の為だ。

 

 数秒待つと、潜伏スキルを解除したのか気がポッと出て来た。多分これだけじゃないな。まだ居る。

 

 

「それは困ります!私達、そのワニを食糧にする為に来て、ちょうど倒れてたからトドメを刺そうと思って…!」

 

 

 そう言いながら出て来たのは10代後半くらいの冒険者の格好の女の子。怯えているように見える。

 しかし、女か。やりづらいな。

 

 

「悪いけど、こっちも仕事なんでね。このワニノコはあげる訳にはいかないな。苦労して捕まえたしな」

 

 

 そう言いながらも警戒は緩めない。

 

 

「そんな…!そのワニノコの肉が無いと、村で待ってる人達が…!」

 

 

 スンスンと鼻をすすりながらそう言う女の子。

 怪しいなぁ、と思っていると、ゆんゆんが。

 

 

「あ、あのヒデオさん…?ヒデオさんさえ良ければなんですけど、ワニノコ、あげちゃっても良いんじゃ…。泣いてますし…」

 

 

 何この子優しすぎない?初対面の人に高級食材あげるとかそうそう出来ないよ?

 しかし、ゆんゆんには悪いがここはキッパリと真実を告げよう。

 

 

「あいつの言ってる事が本当ならあげてもいいんだが、そうじゃないからな。よく考えてみろ。こんなへんぴな森にわざわざ村から狩りに来ると思うか?この辺りに村があるって話は聞いたことないし、そもそも森に来るより平原とかの方が食料になるモンスター居るし。それに、泣いてるって言うけどあれ嘘泣きだぞ」

 

「えっ…!」

 

 

 信じられない、とでも言いたげな顔で女の子を見るゆんゆん。うん。人を疑うことを覚えようね。

 

 

「そんな…!嘘泣きだなんて…!ひどい…!」

 

「そういうのいいから。泣けばいいって思ってる奴大嫌いなんだよ。それ以上嘘泣きしたらお前が女でも容赦なくボコボコにする」

 

 

 そう低めに脅す。

 

 

「ひ、ヒデオさん…!流石にそれは…」

 

 

 ゆんゆんがそう言ってくるが、嫌いなものは仕方ないじゃない。

 すると女は嘘泣きをやめ、自らの状況を説明しはじめた。

 

 

「泣いて同情を買おうとしたことは謝ります。けど、どうしてもそのワニノコがいるんです…!村の人たちの為に…!」

 

 

 だから胡散臭いんだよ。

 森の奥まで来れる実力があるならカエル狩りなりなんなりすればいいのに。

 

 

「その話が本当だとしても、俺らが協力する必要は無い。さっきも言ったが、食糧が欲しいなら草原に行け。いっぱい居るから。って事で、俺らはーーー」

 

 

 帰る。そう言おうとした時。

 

 

「な、なんでも言うこと聞きますから!」

 

 

 思わず言葉が止まる。

 今こいつ、なんつった?

 

 なんでもするっつったよな?

 

 

「今、なんでもするって言った?」

 

 

 念の為もう一度聞き返す。ゆんゆんが有り得ないものを見る目で見てる気がするが気にしない。

 

 

「は、はい…。私の身体を好きにするなりなんなりと…」

 

 

 頬を赤らめながら恥ずかしそうに言う女。

 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 

 では遠慮なく。

 

 

「じゃ、回れ右して仲間連れて帰ってくれ」

 

「えっ!?」

 

 

 そう驚く女。おいゆんゆん。お前もそんな顔でこっち見るな。俺にどんなイメージ持ってんだ。カズマなら間違いなくエロ方面にシフトするだろうけど。

 

 

「だから、早く帰れって。こちとらお前の体に興味ないし」

 

「な、なんで…!?好きに出来るんですよ!?」

 

 

 そう言われてもなぁ。

 仕方ない。現実を突きつけてやろう。

 

 

「なんでかってか?教えてやるよ。そこまで飢えてないし、第一お前貧乳じゃん」

 

 

 めぐみんやクリスほどではないが、この女も無い部類に入る。実を言うと巨乳が好きなだけで貧乳でもイケるが、言う必要は無い。

 俺がそう言い放つと、女はわなわなと肩を震わせはじめた。ついに本性が出るか?

 

 

「ひ、貧乳…!あなたも大きいのが好きなのね…!私が巨乳になれば好きに身体を弄りたくなるって事ですよね…。わかりました」

 

 

 一体何がわかったというのか。

 巨乳でも初対面の人に手を出すとか出来ないししたくない。

 

 

「こ、これさえ使えば私も巨乳になれるんですからね!見ててください!」

 

 

 そう言いながら取り出したのはどこか見覚えのあるポーション。トラウマ復活しそう。

 

 

「私は、貧乳をやめますッ!」

 

 

 そう叫びポーションを飲み干す女。

 意味無いんだよなぁ。

 

 

「…何も起きない」

 

 

 ほらな。やはりゼロには何をかけてもゼロ。

 

 

「言っとくけど、そのポーション貧乳には効果ないぞ。よしんば効果あっても数分で元に戻る」

 

「そんな…!」

 

「じゃ、俺達は行くわ」

 

 

 騙された、とばかりに落胆する女を放置し、ワニノコをロープで縛り、担いでその場を後にしようとした時。

 

 

「行かせません」

 

 

 女が前に立ちはだかってきた。しつこいなぁ。

 

 

「ああもうわかった。互いに腹割って話そう。お前らの目的はなんだ」

 

 

 めんどくさくなってきたので単刀直入に要件を聞く。最初からこれすれば良かったかな。

 

 

「あなた達の身ぐるみとそこのワニノコです」

 

 

 遂に本性を表したな。

 女の言葉に、仲間と思われる気が気の感知に引っかかり始めた。

 囲まれてるな。

 

 

「はいそうですか、ってあげるわけにも行かないんだよ。お前らは何なんだ?」

 

「ふっふっふっ。そこまで言うなら教えてあげます」

 

 

 女がそう言い指パッチンをすると、ガサガサと音を立て、仲間と思われる奴が数人出て来た。全員女か。

 

 最初に出てきた女を真ん中に、緩やかなV字を作り始めた。合計で9人。

 

 

「我ら!」

 

 

 真ん中の女がそう叫ぶと、皆服に手をかけ……。

 

 

「胸部外縁軌道強制縮小部隊!!」

 

 

 その言葉と共に、服を脱ぎ捨て盗賊の格好になった。全員まな板。

 その長い名前より貧乳盗賊団『ザ・ウォール』でいいんじゃないか?

 

 

「「「巨乳滅殺!!貧乳擁護!!」」」

 

 

 巨乳絶対殺すウーマン×9があらわれた!

 

 

 ヒデオとゆんゆんはどうする?

 

 

 たたかう◀

 にげる

 ヒンヌー教に入信

 

 

 たたかう

 にげる◀

 ヒンヌー教に入信

 

 

 ヒデオはにげるを選択した!

 

 しかし、にげられない!

 

 巨乳絶対殺すウーマン×9がおそいかかってきた!

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「あーもうちょこまかと鬱陶しい!!」

 

 

  ワニノコを守りながら戦っているので、どうしても攻めあぐねる。さらに相手が女ということもある。やりにくいったらありゃしない。それに、殺さないように加減しないといけないからろくに技が使えない。

 あーもう!

 どう対処するか考えていると、奴らはまたあの技の陣形になった。

 

 

「今度こそ何か盗ってやるわ!行くわよ皆!」

 

「「「『スティール』!!」」」

 

 

 9人同時にスティール。先程は運良く何も盗られなかったが、今回はそうはいかないだろう。

 とりあえず自分のことは後回しにし、ゆんゆんが無事か確かめる。

 

 

「ゆんゆん!何か違和感はないか!?」

 

「えーっと…。大丈夫です!何も盗られてないです!ヒデオさんは…あ、あれ。ヒデオさん、上半身裸になっちゃってます!」

 

「なにィ!」

 

 

 見てみると、たしかに上半身裸だ。他に違和感はないので、上着とインナーだけを盗られたか。ちなみに剣はワニノコの隣に寝かせている。

 

 

「やったわ!上着を盗った!」

 

「こっちはインナーよ!ってなにこれ重っ!」

 

「ふふふ。観念なさい!上半身裸でまともに戦える…と……ゴクリ」

 

 

 はじめに俺たちに絡んで来たリーダー格っぽい女が、何故かつばを飲み込み俺の身体を舐め回すように見始めた。ゆんゆんも顔を手で隠しながらもチラチラ見てくる。いやん。

 

 

「隊長!あの男、めちゃくちゃいい身体してます!!」

 

「顔は中の中の上くらいだけど体は一級品ね!」

 

「触りたい…!」

 

 

 等と、口々に言ってくる。

 褒められて悪い気はしない。

 

 だが、一発は一発だ。上着を盗ったやつとインナーを盗ったやつには報復する。

 その二人に一瞬で近づき、手をかざし気合いを入れる。

 

 

「はっ!」

 

「「!?」」

 

 

 秘技、服剥ぎ。

 都合よく服だけ溶かす系の気功波だ。

 俺と同じくほぼ上半身裸にした。

 

 

「…くっ!装備が…!隊長!こいつ、ジワジワと嬲ってくるつもりです!」

 

「的確に倒れない程度を攻めてきます!」

 

 

 ダクネスが居たらまず私にもやってくれと言ってくるだろう。

 

 

「ここで負けるわけにはいかない!行くわよみんな!」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 

 突っ込んでくる盗賊達。そのセリフだけ聞いたら主人公だな。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「「「「調子乗ってまじすいませんでした」」」」

 

 

 土下座しながらヒデオさんにそう言う盗賊達。

 ヒデオさんは何度も何度もしつこく向かってくる盗賊達に嫌気がさしたのか、容赦なく相手の装備をぜんぶ剥きました。

 辛うじて下着は残ってるけど、それでも外でする格好じゃない。

 ヒデオさんは盗賊達がもう敵対しないだろうと思ったのか、ワニノコのロープを掴み、私に帰還を促した。

 

 

「よし。じゃあ帰るかゆんゆん」

 

「は、はい」

 

 

 戸惑いながらも、ヒデオさんの後に着いていく。あの人達、あんな格好で大丈夫なのかな…?

 気になって後ろを振り返ると。

 

 

「覚えときなさいよ!タナカヒデオ!あんたの顔と名前、覚えたからね!」

 

 

 隊長と呼ばれていた女の人がそう叫んでいた。あれ、なんでフルネームを…?

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 クエストに行った翌日。

 

 

「タナカ殿。私の日記を知りませんか?数日前に無くなってしまい…」

 

「知らん。なんの日記だ?」

 

「タナカ殿のことを観察した日記なのですが…」

 

「お前よく本人の前で言えるな」

 

 

 最近尾行されてたのはこれが理由か。

 

 拾ったのがまともな奴なら良いんだが…。

 

ま、いっか。

 

 

 

 

 

 




ジワジワとポイントが増えていくスタイル


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第三十四話

風邪ひいてるんでクオリティは勘弁(言い訳)


 

 

 貧乳盗賊団と遭遇してから数日後。屋敷にて。

 

 

「温泉に行くわよ!」

 

 

 アクアが突然そんな事を言い出した。

 こいつの奇行はいつもの事なので、特には気にならない。

 

 それにしても温泉か、いいね。

 浴衣、覗き、混浴…楽しみはいくらでもある。

 

 しかし、唐突過ぎやしないか?

 同じくそう思っていたらしいカズマがアクアに問うた。

 

 

「行くのはいいんだが、急にどうした?」

 

 

 そう言われると、アクアは得意気に笑い懐から何かを取り出した。

 

 

「ふっふっふ!聞いて驚きなさい!商店街の福引きで、水と温泉の都アルカンレティア行きの無料乗車券が当たったの!きっと日頃の行いが良いお陰ね!」

 

 

 なんと。幸運が最低レベルの駄女神にこんな幸福が訪れようとは。

 こいつ明日死ぬんじゃねぇか?

 

 

「なるほど。よし!今までの数々の功績へのご褒美として皆で行くか!」

 

 

 カズマがそう言うと、皆快く賛成した。

 

 何気にこのパーティー初の遠出なので、楽しみだ。

 

 しかし、一つ気がかりな事というか、不安な事がある。

 

 

「なぁカズマ」

 

「なんだ?」

 

「アクアが当てたってだけで何か起こりそうな予感がしてならないんだが」

 

 

 一やると三くらいやらかす駄女神が当てたという時点でかなり不安だ。

 

 

「不安になることを言うな。けどまぁ、大抵の事は何とかなるだろ」

 

 

 そう言うカズマ。確かにコイツの言う通り、よっぽどでもない限り何とかなるだろ。

 それでも一抹の不安は残っているが、旅行自体は楽しみだ。

 

 

 この時は、まさかあんな事になろうとは思いもしていなかった。

 

 

 …って言うと本当に何か起きそうだな。やめとこ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 アルカンレティア行きの商隊の馬車の中。

 ちなみにアクセルからアルカンレティアまでは数日かかる。

 

 

「誘っていただいてありがとうございます。私、温泉大好きなんですよ」

 

 

 そう礼を言ってくるウィズ。喜んでるみたいだし、誘ってよかった。

 

 ウィズは店の事があるからと始めは断っていたが、バニルに『店の事は我輩に任せて行ってくるがいい。居られると邪魔である』と言われ来ることになった。

 これはバニルの本心だろうが、当のウィズはバニルなりの気遣いだと言っていた。

 自覚のない悪ほど恐ろしいものはない。

 ゆんゆんも連れてこようとしたが、用事があるらしくまたの機会に、との事だ。

 めぐみんがゆんゆんに『あなたに用事なんてあるんですね』と言って喧嘩になったのは割愛。

 

 

「そいつは良かった。まぁ気負わずに楽しんでくれ」

 

「はい!」

 

 

 そうカズマに言われ、元気よく返事をするウィズ。うん。元気なのは良いことだ。

 

 例の如くちょむすけと遊んでいると、定員オーバーにより後ろの荷台に乗っているアクアが不機嫌そうに話しかけてきた。

 

 

「そろそろお尻が痛いから代わってほしいんですけどー!」

 

 

 アクアが何故荷台に乗っているかというと、カズマにジャンケン三連敗を喫したからである。

 カズマ曰く、日本にいた頃からジャンケンでは負け無しらしい。運すげぇな。

 

 

「もうちょっとで休憩に入るはずだから、その時に代わってやるよ」

 

 

 俺がそう言うと、アクアは上機嫌で鼻歌を歌い始めた。ちょろい。

 

 

 

 その後も談笑したり景色を眺めたりしつつ旅路を楽しんでいると、それは来た。

 

 

「なぁヒデオ。ちょっと気の感知を広げてみてくれないか?2キロくらいまで」

 

 

 窓の外を眺めていたカズマが突然そんな事を言ってきた。急にどうした?

 

 

「どうした急に。まぁいいけどよ…。どれどれ。えーっと…なんだコイツら。多いし速いな」

 

 

 商隊の進行方向より右に1.5キロほどの地点から大量の気が近付いて来ている。それもかなりの速度で。

 その旨をカズマに伝えると、やはりかと言ったようにため息をついた。

 

 

「見間違いとかじゃなくてやっぱりなにか居るのか…。すんません、なにかが土煙をあげて近付いてきてるんですが、それもかなりの速さで。何ですかアレ」

 

 

 そう御者のおっさんに聞くカズマ。

 

 おっさん曰く、この辺りで土煙を上げてかなりの速度で移動する生き物といえば、リザードランナーくらいらしい。

 しかし、リザードランナーは俺らが倒したのでその可能性は低い。という事で、考えられるのは「走り鷹鳶」という名の鳥くらいだそうだ。

 鷹と鳶の異種間交配の末に生まれた鳥類の王者で、翼はあるが飛べず、その代わりに得た強靭な脚力で野を駆け回るらしい。

 飛べないのに鳥類の王者とかどういう事なの。

 走り鷹鳶は硬い壁などにぶつかる寸前で避け、男らしさを競うのだそうだ。チキンじゃないけどチキンレースだな。

 

 奴らはより硬い壁を求めるので、おっさんは大丈夫だろうと言っていたが。

 

 

「現在この馬車に、走り鷹鳶が狙っているであろう硬い壁が一人居ます」

 

 

 そう、カズマの言う通り、この馬車内には殆どのスキルポイントを防御系スキルに振るバカがいる。硬さを求めるあまり筋トレをしまくり乙女としての尊厳を失いそうなお嬢様がいる。

 

 

「カズマの言う通り、この馬車には腹筋が割れそうで気にしているお嬢様がいる。そこらの岩石より硬いであろうコイツが走り鷹鳶の標的にされていてもおかしくない」

 

「なっ…!お嬢様はやめろ!それに、割れてなどいない!うっすらとすじが入っているだけだ!腹筋が割れているといえばお前だってバキバキだろうヒデオ!それに、かなりいい身体をしているとゆんゆんから聞いたぞ!」

 

 

 そう反論してきて俺の腕や脚をさわるダクネス。くすぐったい。

 だが、お前の筋肉とはものが違うのだよ。

 

 

「なっ…!柔らかい…だと!?」

 

「ふっふっふっ。質のいい筋肉ってのはな、普段は柔らかいんだよ。テメェのガチガチに固まった筋肉とは違うんだよ!おら、仕返しだ!」

 

 

 仕返しとばかりにダクネスの腕をさわる。決してセクハラではない。

 

 

 ふにっ。

 

 

 !?

 

 

「柔らかい…だと!?」

 

「ふははは!お前のよく買ってくる筋トレ本、私も読ませて貰ってるからな!あれはいいものだ!」

 

 

 勝ったと言わんばかりの表情でふはは、と高笑いするダクネス。バニルに憑依されてから笑い方が伝染ったか?

 俺がえも言われぬ悔しさに歯を食いしばっていると。

 

 

「いや、どうでもいいから話を聞け」

 

 

 呆れつつ怒っているカズマがそう言ってきた。

 

 はい。聞きます。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 作戦はこうだ。

 狙われているダクネスをヒデオが抱えて飛び走り鷹鳶を誘導する。そして同じくヒデオに乗っためぐみんの爆裂魔法で一網打尽。

 完璧だ。

 ウィズが爆裂魔法役を申し出たが、めぐみんの熱意に押し負けて引き下がった。

 

 

「よし、頼むぞ3人とも!」

 

「今こそ私たち爆裂コンビの名を知らしめる時が来ましたねヒデオ!」

 

 

 なんだその物騒なコンビは。

 

 

「前から思ってたが俺爆裂魔法使えないしその名前はちと違うんじゃないか?」

 

「似たようなことできるし、別にいいんじゃないか?そんなことより早く行って欲しい」

 

「はいはいわかったよ」

 

 

 そう言うとヒデオは二人を乗せ飛んでった。やっぱ便利だな舞空術。

 飛んでいく三人を見守っていると、ウィズが。

 

 

「大丈夫でしょうか…」

 

 

 と、三人の心配をしていた。

 ふむ、安心させてやるか。

 

 

「大丈夫だって。アイツらを信じろ。本来の力を発揮できなかったとはいえお前の友達とタイマン張って勝ったアホと、そのアホの全力に耐えたバカに、デストロイヤーにトドメをさした頭のおかしい娘だぞ?心配すんな」

 

 

 性格はともかく性能(一部)には全幅の信頼を置いてます。これで性格が完璧ならなぁ…。

 

 

「…それもそうですね!信じて待ってることにします!」

 

 

 そう俺に笑いかけるとウィズはちょむすけを膝に置き弄び始めた。

 

 信じろとは言ったけど、信じるの早くない?

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 数日後。アルカンレティア正門。

 

 

「本当にありがとうございました!」

 

「いえいえ。当然の事です」

 

 

 そう顔を引き攣らせながら言うカズマ。

 

 俺達は走り鷹鳶を一網打尽にした後も、様々な災難に巻き込まれました。

 夜中にアンデッドが襲撃してきたり、さてもうすぐアルカンレティアってところで初心者殺しが出てきたり、またアンデッドが襲撃してきたり。

 

 お察しの通り、アンデッドはアクアのせいです。はい。

 

 半ば自作自演のような活躍のおかげで、俺達はすっかり商隊の英雄になってしまった。

 商隊の方々はなにかお礼をしたいと言ってきた。しかし流石にこんなマッチポンプで報酬は貰えないので断った。

 しかし、なんて謙虚な方々なんだ!って感じで美化されてしまい、もうなんだこれ状態である。

 

 

「報酬は要らないと言っていましたが、だからといって何もしないのは違います。なので心ばかりのお礼ですが、私が経営しているホテルの宿泊券をどうぞ!」

 

 

 そう言い商隊のおっさんが出してきたのは人数分のチケット。

 

 

「いえ!こんな大層なもの受け取れません!」

 

 

 それを見て断るカズマ。

 

 

「いやいや!是非受け取ってください!」

 

 

 なんとしてもお礼をしたいおっさん。

 

 

「いいですって!」

 

 

 それでも断るカズマ。

 

 

「さぁさぁ遠慮せずに!」

 

 

 満面の笑みのおっさん。

 

 

「要らねえっつってんだろ!」

 

 

 遂にキレたカズマ。

 

 

「またまたー。はい、どうぞ!」

 

 

 無理やりカズマの手に宿泊券をねじ込むおっさん。

 

 

「それでは!本当にありがとうございました!」

 

 

 逃げるように去っていく商隊。

 最後まで勘違いさせたままだったな。

 

 

「…どうする?これ」

 

「貰ったもんは使うしかないだろ。捨てるのは申し訳ないしな」

 

「だよなぁ…」

 

 

 はぁ、と深くため息をつくカズマ。気持ちはわかる。

 

 

 なにはともあれ、無事アルカンレティアについた俺達。

 

 

 旅行はまだ、始まったばかりだ。

 

 

 

 

 




あと5話でアルカンレティア終わらせたい


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第三十五話

多分今までで一番執筆期間長い。


 

 アルカンレティアの商店街にて。

 

 

「そこのお兄さん!是非アクシズ教に!」

 

「結構です」

 

 

 道を往けばアクシズ教徒。

 

 

「いらっしゃい!今ならアクシズ教入信書をサービスしてます!」

 

「間に合ってます」

 

 

 店に入ればアクシズ教徒。

 

 

「強くてカッコイイアクシズ教徒が居ない路地裏じゃあやりたい放題だぜ!強くてカッコイイアクシズ教徒がここにいなくて本当によかった!」

 

「…」

 

 

 路地裏を通ればアクシズ教徒。

 

 

「あ、そこの休憩中のお兄さん!街頭アンケートです!この所にサインを…」

 

「忙しいんで」

 

 

 ベンチに座ればアクシズ教徒。

 

 

「このように、暗黒神エリスはパッドなのです」

 

「それは事実」

 

 

 至る所にアクシズ教徒。

 

 

「えーんえーん!勧誘しないと晩御飯抜きにされちゃうよー!えーんえーん!」

 

「…」

 

 

 こんな子どももアクシズ教徒。

 

 

「ひ、ヒデオ?怒るなら、その怒りを是非私に…」

 

「いや、いい」

 

 

 色々と言いたいことはあるが、ここは一言、一言だけ叫ぶ。

 

 

「帰りたい!!!」

 

 

 1人見たら30人は居ると思え。それがアクシズ教徒。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 水と温泉の都、アルカンレティア。

 

 そこは温泉を主とした観光地。

 様々な土地から色々な人々が観光や商売の為に訪れる活気のある街。

 水の都と謳われるだけあって、きれいな水が湧き出る。それだけを聞けば某ウォーターセブンと思うかもしれない。

 

 しかし、その実態は。

 

 

 アクシズ教の本拠地である。

 

 

『ぶらり温泉旅、アルカンレティア編』より一部抜粋。

 

 

「帰りたい」

 

「早い。まだ来たばっかだぞ」

 

 

 ヒデオが早くもホームシックだ。

 いや、正確にはホームシックじゃないけども。

 まぁ気持ちはわかるが。

 そこかしこに頭がおかしい事で評判のアクシズ教徒が居るもんな。アクアは喜んでるけど。

 

 さて、俺もアクシズ教徒の勧誘にはうんざりしてた所だ。今日の探索はこのくらいで切り上げて旅館に戻ろう。

 

 

「そろそろ旅館戻るか。いつまでもウィズを一人にしてるのもな」

 

「おう…。色々と疲れた…」

 

 

 目が死んでるヒデオ。手を出さなかっただけ偉い。

 

 

「カズマとヒデオは戻るのですね。私達はもうちょっと探索してから戻りますね」

 

 

 めぐみんがそう言ってきた。

 頭がおかしい娘は頭がおかしい奴らに耐性があるのだろう。ダクネスはアクシズ教徒から受ける仕打ちに興奮してたし、アクアは言わずもがな。

 

 

「カズマ、何か失礼なことを考えませんでした?」

 

「考えてない」

 

 

 エスパーかコイツは。

 勘の鋭さに戦慄していると、ぽつりとダクネスが呟いた。

 

 

「そう言えば、泊まっている旅館には混浴があるらしいな…」

 

 

 その瞬間。

 

 俺、いや、俺達の行動は早かった。

 

 

「ヒデオ!」

 

「任せろ!」

 

 

 ヒデオが俺を乗せるために地面と平行になると同時に背中に飛び乗る。

 

 事態は一刻を争う。

 

 

「「あばよてめぇら!」」

 

「あっ…!」

 

 

 3人を放置し、全開で飛ばすヒデオ。

 

 もっとだ!もっと速く!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 旅館。泊まる部屋。

 

 

「あ、カズマさん、ヒデオさん。おかえりなさい!他の三人はまだですか?」

 

 

 そこには、風呂上がりであろうぽかぽかしたウィズが居た。くそ…!一足遅かったか!

 

 けど、浴衣姿可愛いです。

 

 

「あぁ、アクア達はまだ観光するらしいな。俺とヒデオはちょっと疲れたから帰ってきた。ウィズは風呂入ったのか?」

 

「はい。お先に頂きました。あ、そうそう。混浴の方のお風呂、結構広かったですよ!私一人しか居なかったので貸切みたいでした!」

 

 

 おいおい。有り得ない。こんな千載一遇のチャンスを逃すとかマジありえないんですけど。これも全てアクシズ教徒のせい。

 

 

 ……許すまじアクシズ教徒!!

 

 

 悔しさと怒りを歯を食いしばって我慢していると、カズマが。

 

 

「…なるほど。よしヒデオ。俺達も行くか。入るなら広い方がいいしな」

 

 

 と、言ってきた。思い立ったが吉日。

 

 

「あぁ。広い方がいいな」

 

 

 断じてやましい気持ちなどない。風呂は広い方がいい。ほんとだよ?

 

 

「ごゆっくり!」

 

 

 ウィズに見送られ、浴場(混浴)へと向かう。

 

 

 道中。

 

 

「…正直惜しいことをしたと思ってる」

 

 

 そう嘆くカズマ。

 その通りだ。こんなチャンス二度とないのに…!絶対に許さない。

 

 

 アクシズ教への恨みを募らせていると、浴場に着いた。右から男湯、混浴、女湯とある。

 

 何も迷うことなく真ん中へ。

 

 更衣室には誰も居ない。しかし、衣服が入った籠があった。という事は、誰か居る。

 気の感知を使い、風呂場の方を探る。

 

 すると、かなり大きな気が二つ。

 

 

「…カズマ。二人居る。それもかなり強い」

 

「物騒な事を言うな。それとなんで目をキラキラさせてるんだお前は。たまたま旅行に来た上級冒険者だろ…多分。喧嘩売るなよ?」

 

 

 俺をなんだと思ってるんだコイツは。ただちょっと気になるなーってだけだ。

 

 色々と言いたいことはあるが、コイツに構ってる暇はない。服を全て脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になる。

 流石にこのままだとまずいので、腰にタオルを巻く。カズマも同じ格好だ。

 

 さて入るか、といったところでカズマが俺の体をジロジロと見てきて一言。

 

 

「相変わらずいい体してんな」

 

「ホモは勘弁」

 

「しね」

 

 

 辛辣ゥ!

 

 そんな俺を気にせず、カズマが浴場へと続く扉に手をかける。

 すると、話し声が聞こえてきた。

 

 

「忌々しいあの教団もこれで終わりだ。秘湯での破壊工作は終わった。ほかの所も順調。後は待つだけだ…」

 

 

 そんな、世間話とはかけ離れた、いかにも悪巧みしてましたって内容の、男の声が聞こえてきた。

 

 忌々しい教団というのは、十中八九アクシズ教だろう。アクアには悪いが正直滅べばいいと思ってるし、なんなら俺が滅ぼしてやるまでである。

 

 この話し声の主が本当に悪の組織的なアレかもしれないし、ただの演劇の練習かもしれない。なんにせよ、ここは引いた方が良さそうだ。

 

 今回は旅行に来たんだ。癒されに来たんだ。面倒事に首を突っ込みに来たわけじゃない。

 確かに強いやつと戦うのは好きだが、めんどくさいのは嫌いだ。俺はヒーローじゃない。

 

 幸いこっちには気付いていないようなので、カズマと目を合わせこっそりとその場を後にし、さっき脱ぎ捨てた服を再度着ようと…。

 

 

「ハンス、そんな事を私に一々報告しなくていいわよ?何度も言ってるけど、私はこの土地に湯治に来てるの。面倒事は持ってこないでほしいわ」

 

 

 スパァン!

 

 

 その女の人の声を聞いた瞬間、俺達はタオル一丁で扉を開け放っていた。

 

 

「「!?」」

 

 

 急に扉を開け放たれ、ビクッと驚く中の二人。

 

 そこに居たのは二人の男女。

 男の方は湯船に浸かっておらず、腰にタオルを巻いたまま女の近くに居た。

 

 背が高く筋肉質で、茶色の短髪のその男は、驚いた表情で俺達を見ていた。

 悪巧みをしていたのはコイツか?

 

 まぁいい。野郎はどうでもいい。

 

 俺達はもう片方、なにやら緊張した面持ちで湯船に浸かっている女性の方へ目を向ける。

 

 毛が赤くショートカットで、俗に言う猫目のような瞳のお姉さん。かなり美人だ。

 それにスタイルもいいし、デカイ。

 ウィズくらいあるんじゃねぇか?

 

 思わずそのお姉さんに目が釘付けになる。カズマも同様だ。

 

 男とお姉さんはなにやらヒソヒソと話しているが、そんな事はどうでもいい。

 今この光景を目に焼き付けるんだ。なんのためにここに来たと思ってんだ!

 

 ジロジロと見続ける俺達の視線に羞恥を覚えたのか、お姉さんは顔を赤くし体を深く湯船に沈めた。

 ちっ。

 

 見すぎじゃないかと思うかもしれないが、そんな事は無い。あんなモン持って混浴に来る方が悪い(暴言)。

 

 しかし、このまま見続けていても何も始まらないのでとりあえず体を洗う。

 視線を受けている気がするが、俺もさっきジロジロ見たからおあいこだ。

 

 体を洗う俺達を見ながらヒソヒソと会話をする二人。用が終わったのか、男の方は出て行った。

 体が全く濡れてないのが気になるが、まぁどうでもいい。

 出ていく時に俺の尻尾を見て驚いていたが、よくある事なのでスルーした。

 

 しかし、気の感じからすると、お姉さんの方が強いな。

 それに、ちょむすけの気に似てるが気のせいか?

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 体を洗い終えたので、いよいよ湯船に入る。

 ハンスとか言った奴が出ていってから何かちょっと気まずいな。

 

 無言でこちらに視線を向けるお姉さんを気にしつつ、湯船へと浸かっていく。

 

 

「「ふぃー…。あー…」」

 

 

 俺もヒデオも、ついおっさんみたいな声が出る。極楽極楽…。

 

 色々あって忘れていたが、俺達は慰安旅行に来たんだ。とりあえずお姉さんからは視線を外し、温泉を堪能する。いつまでも見続けるのは失礼だしな。

 

 深くため息をつき寛いでいると、お姉さんが話しかけてきた。

 

 

「…あの、あなた達はこの街の人ではなさそうだけど、旅行者かしら?」

 

「まぁ、慰安旅行的なアレです。お姉さんも旅行ですか?」

 

 

 そうヒデオが応えた。

 そういや、さっき湯治とか言ってたな。

 どこか怪我してるのかと思ったが、目立った怪我とかはない。

 

 

「そう…。私は湯治に来てるの。それに、温泉好きだから」

 

 

 そう笑いながら言うお姉さん。

 

 

「見たところ怪我とかしてそうにないですけど、病気ですか?」

 

 

 俺がそう聞くと、お姉さんは少し考えて。

 

 

「病気…ではないわね。半身と戦った時に、奪われた力を取り戻すためにこうして各地で湯治してるの」

 

 

 そんな事を、冗談めかして言ってきた。

 

 

「半身とか、奪われた力とか、俺達の仲間の魔法使いが随分好きそうな話ですね」

 

「ふふふっ。あなた達の仲間って、もしかして紅魔族?私が魔法を教えた紅魔族の子は元気にしてるかしら…。なんにせよ、半身が見つかれば、湯治しなくてすむんだけどねー。私の半身、そのへんに転がったりしてないかしら」

 

 

 そう言いながらため息をついたお姉さんの様子を見ていると、この話が冗談じゃないように思えてくる。

 

 そうだ。この世界はろくでもないんだ。

 キャベツが空飛ぶし、サンマが畑から採れたりする。

 一見普通の美女に見えるこのお姉さんが人外で、本当に半身が居てもおかしくない。

 

 そんな事を考えながらお姉さんの方を見ていると、お姉さんがヒデオに質問した。

 

 

「それと、さっきから気になってたんだけど、そっちの…目つきが悪い方の君、その尻尾って本物?」

 

「本物ですよ。触ります?」

 

 

 そう言いヒデオはお姉さんの方に近づき尻尾を差し出した。

 お姉さんは若干戸惑ったが、意を決したようにヒデオの尻尾を弄び始めた。

 

 

「なんというか、好みが分かれそうな感触ね…。私は好きだけど…」

 

 

 そう言いながらも触るのをやめないお姉さん。

 くそっ!なんで俺には尻尾が生えてないんだ!

 

 

 数分後。

 

 

「…ふぅ、堪能させてもらったわ。ありがとう。私はそろそろ上がるわね。……それと、この街の温泉にはできればあまり入らない方が良いかもしれないわよ?」

 

 

 そう言い立ち上がろうとするお姉さん。

 

 …をガン見する俺達。

 

 

「「…」」

 

「…あ。あの、出来れば、お風呂から上がる無防備な所は見ないで欲しいかなーって…」

 

 

 そうお姉さんに言われ、顔を見合わせる俺達。そして間を置かずに。

 

 

「「お構いなく」」

 

 

 そう俺達に即答されたお姉さんは、泣きそうな顔をした。

 

 

 …俺達がいつまでも見ていてはお姉さんが出れそうになかったので、しょうがなく後ろを向くことにした。

 

 

「…ありがと」

 

 

 後ろを向いている俺達にそう言い残し、温泉から出て行くお姉さん。

 

 その際に、何やら意味深なことを呟いていたが、悶々としている俺達には聞き取れなかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「…なんか、ヤバかったな」

 

 

 お姉さんが出ていって二人きりになり、カズマがそんな事を言ってきた。

 確かにやばかったな。

 

 

「あぁ、あの乳はかなりヤバかった」

 

「そっちじゃない」

 

 

 あれ、違ったか。

 

 

「温泉入るなとか言ってたし、男の方もかなり怪しかった。それに、半身とか奪われた力とも言ってたし…」

 

 

 不安そうな表情でそう言うカズマ。

 そっちかーい。

 

 

「そっちか。かなり怪しかったが、気にすること無いだろ。俺達は旅行に来たんだぞ?確かに温泉に入れなくなるのは困るが、面倒事に首突っ込みに来たわけじゃないだろ」

 

 

 そう言うが、まだ不安らしいカズマは。

 

 

「そうだけどさ…。うちにはあの疫病女神が居るんだぞ?万が一も有り得る。気にかけておくにこしたことはないだろ」

 

 

 と、返してきた。

 

 …確かに、アクアがやらかす事も充分に有り得る。カズマの言う通り気にかけておくか。

 

 その後も長々と語り合いながら、30分が経っただろうか。カズマがふー、とため息をついた。

 

 

「そろそろあがるか?」

 

「そうだな…。結局誰も来ないし…」

 

 

 そう聞くと、若干肩を落としながら同意するカズマ。

 まぁ、混浴なんて普通は来ないだろう。お姉さんの爆乳を見れただけでも儲けものだ。

 

 そんなことを考えながら立ち上がろうとした時、知っている気が女湯の方に二つ、話し声を響かせながら入ってきた。

 

 

『おおっ!屋敷のお風呂より広いですね!泳げちゃいます!』

 

『お、おいめぐみん!泳ぐのはマナー違反だ…。お、おい!何をする!タオルを剥ぐな!くっ…!意外な力を…!あぁっ!』

 

『女同士なのに何を恥ずかしがっているのです。荒くれ稼業の冒険者である私達がそんな女々しくてどうするのです!』

 

『お、お前が男らしすぎるだけだと思うが…』

 

 

 それを聞いた俺達は、無言でスイーっと女湯の方へ泳いで行く。

 

 混浴と女湯を隔てるのは、天井が開いた壁。

  舞空術で浮くなり桶を積むなりすれば普通に覗けるだろう。

 

 だが、リスクリターンを考えることが出来る俺はそんな事はしない。

 仮に覗いたとする。もれなくボコボコにされブタ箱にぶち込まれるのがオチだ。

 

 

『ふぅ…たまには温泉というのも悪くないですね。アクアが運良く旅券を当ててくれて良かったです』

 

『そうだな。ヒデオやカズマは何やらアクアが当てたということに不安がっていたが…。アイツらはアクアをなんだと思っているんだ?』

 

 

 無論、問題児である。

 

 

『大方、手のかかる仲間とかそのへんでしょう。私からすればヒデオはともかく、カズマの方が手がかかるんですけどね…』

 

(なんだとコラァ!テメェ人の事言えんのか!)

 

(静かにしろ!聞こえるだろ!)

 

 

 暴れそうなカズマを抑え、黙らせる。

 とりあえずこれはチャンスだ。

 コイツらの俺らに対する評価を聞く、な。

 

 

『確かに、ヒデオは放っておいても修行と称してクエストに行ったりするが、カズマは放っておくと殆ど何もしないからな。なまじ大金を手に入れたせいで、以前の様な必死さも無くなってしまったし…。これは二人共にも言える事だが、途端に媚を売り始めたかと思えば、容赦なくセクハラしたり、身分なんてものともせず強気になったりするのは、どういう神経をしているのだ?…本当に変わったヤツらというか、不思議なヤツらというか…』

 

 

 おっ、コレは…。

 

 ダクネスのデレが来るか?と思ったが、それはめぐみんに止められた。

 

 

『シッ!ダクネス、それ以上言うのは待ってください。この隣は混浴です。男湯と混浴、その二つがあればあの二人はどっちに入ると思いますか?』

 

『混浴だな。あの二人がこんなチャンスを逃すはずが無い。普段からセクハラしまくる奴らだしな』

 

 

 そんな風に思われてたのか。若干悲しい。

 しかし、事実なので何も言えない。

 

 俺とカズマが悔しさに歯ぎしりしているのを知ってか知らずか、二人が大声で呼び掛けてきた。

 

 

『カズマー、ヒデオー!そこにいるのでしょう?壁に耳をくっつけて、ダクネスがどこから体を洗うのかを想像して興奮してるのでしょう?』

 

『め、めぐみん!何故私を引き合いに…!おい二人共!そこに居るんだろう!分かっているぞ!』

 

 

 残念だったな。想像にとどまらず、壁に穴開けて見るくらい出来る。死角から舞空術でもいいな。

 

 しかし、ここで返事をしては変態のレッテルを貼られている俺達の株はさらに下落するだろう。ここは沈黙を貫き通す。

 やがて。

 

 

『あ、あれ。返事が無いですね…。そんなはずは…』

 

『一向に返事が無いな…。本当に居ないんじゃないか?』

 

『むぅ…。どうやら本当に居ないみたいですね。私とした事が、仲間を疑ってしまいました。後で、さり気なくなにか奢ってあげましょう』

 

『確かに、失礼だったな。一方的に決めつけてしまって』

 

 

 …なんか、騙してるみたいで心が痛んできた。俺の方こそ、後でさりげなくなにか奢ってやろう。

 そんな感じでカズマと目を合わせ、壁から離れ、湯船から出ようとした時。

 

 

『なぁめぐみん。さっきから気になっていたんだが、尻にあるそれは…』

 

『おっと、いくらダクネスとはいえ、それ以上言うのならタダでは済ましませんよ!』

 

『あっ、おい!やめろ!胸を鷲掴みにするな!』

 

『なんなのですか、このデカイ胸は!馬鹿にしているのですか!アクアといいウィズといいダクネスといいゆんゆんといい、私の周りには巨乳しかいないのですか!前にヒデオが巨乳を絶対に許さない盗賊団に遭遇したと言っていましたが、今ほどその盗賊団に入りたいと思った事はありません!なんですか!このっ、このっ!こんなもの!』

 

『や、やめろめぐみん!そ、そこはぁぁあ!』

 

 

 二人の声と共に、向こう側からバシャバシャとお湯が飛んでくる。

 

 良心の呵責からその場を離れようとしていた俺達は、再び元の位置へと戻ってきた。

 

 そして、カズマが潜伏スキルを使い、俺はそれに触れ、壁にそっと耳を当て…!

 

 

『今です!』

 

『せあっ!』

 

「「ぐはぁっ!」」

 

 

 ズドォン!

 

 その衝撃と共に、湯船に吹っ飛ぶ俺達。

 迂闊だった…!ダクネスの筋力を失念していた…!

 湯船から起き上がると、二人の勝ち誇った声が聞こえてきた。

 

 

『ほら見たことか!やっぱりいましたよこの男ども!』

 

『やはりな!普段から私をエロい目で見てくるコイツらが混浴に行かないはずがない!ヒデオは私達にはセクハラする価値もないとか言っていたが、よくもまぁぬけぬけとあんな嘘が言えたものだな!』

 

 

 嘘じゃないもん!ダクネスはともかく、アクアにはセクハラしないもん!

 

 

「喧嘩売ってんなら買うぞ!『クリエイト・ウォーター』!!」

 

 

 キレたカズマが、クリエイト・ウォーターで二人に冷たい水をぶっかける。

 いいぞ、もっとやれ!

 

 

『ひゃあっ!何をするのですかカズマ!』

 

『…悪くない!』

 

 

 約一名興奮している変態がいるが、そこはスルーの方向で。

 

 

『よくもやりましたね!』

 

 

 そう叫び色々と投げてくるめぐみん。

 

 桶、シャンプー、石鹸、ちょむすけ。

 

 

「っておい!猫投げんな!お前飼い主だろ!それとちょむすけ。出来れば尻尾じゃなくて頭に乗ってくれるとありがたい」

 

『その子はお風呂が嫌いなのかいっつも洗おうとすると爪を立てて抵抗してくるんです!たまには二人も洗って下さい!』

 

 

 お風呂嫌いなのかちょむすけ。

 

 見ると、お湯の上が怖いのか、尻尾に必死でしがみついてくるちょむすけ。

 猫の力ではびくともしないが、爪が痛い。

 とりあえず定位置の頭に乗せる。

 

 

「ふしゅー…」

 

「おいちょむすけ。爪を立てるな。毛根が死ぬ。…コラ!」

 

 

 プルプルと震えながらも必死に落ちまいと俺の頭皮に爪を立てるちょむすけ。

 

 俺達の攻防を放置し、開き直り始めたカズマ。

 

 

「おーい。せっかくの温泉旅行なんだ。俺達は仲間で、家族みたいなもんじゃないか。どうせならこっち来て一緒に入ろうぜ」

 

「そうだそうだー!たまには仲間どうし水入らずで話そうじゃないか!」

 

 

 ついでなので、カズマの提案に乗ることにする。やましい気持ちは全くない。

 

 

『この男ども、普段は私達を厄介者扱いしているくせに、こういう時だけ仲間だとか家族だとか!』

 

『お前らは本当に大義名分があると容赦しないな!』

 

『ほっときましょうダクネス!どうせ口だけで実際行くとなるとヘタレますよこの二人は!』

 

「「なにおう!」」

 

 

 いいだろう。お前らがそういうスタンスで行くなら俺も考えがある。

 

 めぐみんとダクネスに聞こえるように、わざと大声でカズマに話しかける。

 

 

「なぁカズマ。俺さ、バニルを倒したおかげでレベルが4つ上がったんだよ」

 

「自慢か?」

 

「まぁ聞け。でさ、その時得たスキルポイント全部つぎ込んである技を覚えたんだけど…なんだと思う?」

 

「うーん…。元気玉とかか?」

 

 

 元気玉か。それもいずれは覚えたいな。

 だが、今回覚えたのはそんなフィニッシュブローではない。

 

 

「違う。実はな、『瞬間移動』を覚えたんだ」

 

「マジか!…で、今の状況と関係あるのか?」

 

「よく考えてみろ。俺の瞬間移動はカカロットよろしく気の場所に行くタイプのアレだ。後はわかるな?」

 

 

 俺がそう言うと、カズマは少し考え、なるほど、と言うように手をポンと叩いた。

 

 

『ダクネス、この二人はさっきからなんの話をしているのです?』

 

『さぁ…。瞬間移動とか言っているが…。妄言か?』

 

「おいお前ら、言葉に気をつけた方がいいぞ。ヒデオの瞬間移動が炸裂する」

 

 

 カズマがそう脅すが、めぐみん達はそんなもの知らんとばかりに口々に言い始めた。

 

 

『フン!その瞬間移動が炸裂すると何が起きるというのです!どうせハッタリでしょう!』

 

『その程度で騙されるか!』

 

「おいおい。いいのか?それ以上言うと、俺達がお前らの背後に全裸で登場する事になるぞ」

 

『『…は?』』

 

 

 ふふふ。いい感じにビビってるねぇ…!

 

 

「さらに加えて混浴に強制連行だって出来るんだぞ!」

 

『くっ…!虎の威を借る狐とはこの事…!おのれカズマ!そんな脅しに屈しはしないぞ…!』

 

「フハハハハ!なんとでも言え!勝てばよかろうなのだー!!」

 

 

 顔がめちゃくちゃゲスくなっているカズマさん。正直引く。

 俺がカズマにドン引きしていると、めぐみんがポツリと。

 

 

『…いいでしょう。そこまで言うのなら、私にも考えがあります。こっちにも脅す方法はあるという事をお忘れですか?』

 

『おいめぐみん!それはやめろ!いくらコイツらでも流石にそれはやり過ぎだ!』

 

 

 ダクネスがめぐみんを必死に制止する声が聞こえる。

 あれ?これまさか…。

 

 

「…ヒデオ、まさかアイツ」

 

「多分、爆裂魔法を…」

 

 

 めぐみんが何をしようとしているか悟り、青ざめる俺達。

 

 

「おいバカやめろ!早まるな!」

 

「そうだ、落ち着け!話をしようじゃないか!」

 

『ほらめぐみん!この二人もこう言ってる事だし、我慢しろ!』

 

『離してくださいダクネス!そして、さり気なく胸を押し付けないでください!当て付けですか!胸を当てているのと当て付けを掛けているのですか!』

 

 

 最早何に怒っているのかわからないめぐみんをなんとか落ち着かせ、騒がしい風呂から出た。

 

 …疲れを取りに来たはずなのに、余計疲れた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




わりとどうでもいい話なのに、ボス戦並みの文字数。
あ、感想待ってます。


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第三十六話

遅くなりました


 

 

 室内風呂が露天風呂へと変貌してしまう事案をなんとか回避し、四人でウィズの待つ部屋へ戻ると。

 

 

「うわぁぁん!!あんまりよおおお!私、普通に温泉に入ってただけなのに!!何も悪いことしてないのに…!!グスッ!うぇぇぇぇん!」

 

「アクア様、災難でしたね…。というかその、お、お願いですから泣き止んでください…!アクア様の涙が肌に当たると、凄くピリピリして痛いんです……」

 

 

 そこには、一番最後に帰ってきていたアクアが、ウィズの胸で泣きじゃくる姿があった。

 

 おいアクア。そこ代われ。

 

 どうやってアクアとなり変わろうかと画策していると、見かねたカズマがアクアに声をかけた。

 

 

「おいおいどうしたんだよ。俺とヒデオの懸念通り何かやらかしやがったのか?誰に迷惑かけた?頭下げに行ったほうがいいか?」

 

「懸念通りって何よ!迷惑って何よ!なんで私が悪いことしたって決めつけるのよ!」

 

 

 日頃の行いのせいだよなぁ。

 カズマに食ってかかるアクアを放置し、事態を知ってそうなウィズに話しかける。

 

 

「なぁウィズ。アクアはこう言ってるが、実際は何があったんだ?」

 

「えぇと…。なんでも、アクア様がアクシズ教団の秘湯に入ったら、温泉を浄化してしまいただのお湯になったと…」

 

 

 そう言えば女神の体質で、害の有無に関係なく水を浄化してしまうんだったな。なんで温泉来たんだコイツ。

 それを聞いたカズマが一言。

 

 

「テロじゃねぇか」

 

「ひどいっ!水の女神だから仕方ないのに!!」

 

 

 そう言い再び泣きじゃくるアクア。

 

 アクシズ教の財源である温泉をお湯に変えるとか、テロ以外の何ものでもない。

 ハンスとかいう奴の破壊工作がなくてもアクシズ教潰れるんじゃねえか?

 悪気のない悪ほど恐ろしいものは無いっていうしな。

 

 アクアには悪いが、ここはハンスとかいう奴と赤髪のお姉さんのことは黙っておこう。色々とめんどくさくなりそうだし。

 とりあえず、アクアを慰める為に肩に手を置き優しく話し掛ける。

 

 

「アクア、一緒に謝りに行ってやるから泣きやんでくれ。これ以上はウィズが可哀想だ」

 

「だから悪いことしてないのにいいいい!!!」

 

 

 そう叫び再びウィズの胸に顔を埋めるアクア。いいなー。俺もそれしたい。

 慰めるつもりで言ったのだが、逆効果だったようだ。

 

 ま、いっか。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 この宿の一階は食事がとれるようになっているので、俺達もそれを利用している。

 

 さすが高級宿というか、朝食もとても豪華だ。豪華な食事に舌鼓を打ちつつ、ヒデオの大食いに軽くドン引きしていると、アクアがポツリと。

 

 

「この街の危険が危ないみたいなの」

 

「なんだその頭痛が痛くなりそうな発言は。突然どうした?まさか部屋の露天風呂以外使うなってアレだけ言ったのに使ったのか?」

 

「使ってないわよ!いいから聞いて!ほらヒデオもいつまでもご飯食べてないで聞いて!ねぇってば!」

 

 

 ヒデオの肩を揺らしながらそう言うアクア。

 ご飯食べてる人の肩を揺らすな。食べにくそうだろ。

 

 

「わかった、わかったから揺らすな!食べにくい!」

 

「ちゃんと聞きなさいよ?私ね、温泉を浄化しちゃうって言ったでしょ?それだって好きでやってるわけじゃないの。まぁ、屋敷にあったダクネスの高そうな入浴剤を全部入れてみても、あっさり浄化しちゃったし、そりゃ温泉だって浄化しちゃうわよね」

 

 

 なんてことをしてるんだコイツは。いくら何でもダクネス怒るぞ。

 

 

「ええっ!?アレ全部使ったのか!?わざわざ取り寄せたばっかりだし、量もかなりあったぞ!?何をしてくれたんだアクア!」

 

「わ!ダクネスやめて!揺らさないで!自分の筋力考えて!わああぁ!」

 

 

 案の定怒ったダクネスに揺らされまくるアクア。まぁ自業自得だな。

 しかし、このままだと話が進まないのでダクネスを止める。

 

 

「まぁ落ち着けダクネス。入浴剤の代金ならこいつの小遣いから払ってやるから」

 

「ええっ!?それはやめてカズマ!ほら、ダクネスも何とか言ってやって!」

 

 

 このバカはこの後に及んで何を言い出すんだ。自分のやらかしたことは自分で始末つけなくちゃな。

 ダクネスもこの提案には乗り気のようで、二つ返事で了承した。

 

 

「そうだな。アクアの小遣いから払ってくれ」

 

「わぁぁん!許してよダクネスー!!」

 

 

 ダクネスに泣きすがるアクア。

 

 

「話が全く進んでねぇ…」

 

 

 ヒデオ君の言う通りです。はい。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 アクアが言うには、アクシズ教の秘湯はかなり汚染されていたらしい。

 なんでも、普通の温泉程度では一瞬で浄化が終わるそうだが、その時はかなりの時間を要したとのことだ。

 汚染されているほど浄化には時間がかかるそうなので、アクアレベルの浄化持ちが言うからにはそこの温泉はよほど汚かったのだろう。

 財源である温泉、それも教団の秘湯を手入れもしないとは考えづらいので、何者かが温泉に汚染物質をぶちこんだ可能性が高い。

 

 俺とカズマは、その何者かに既に見当がついている。そう、あのハンスとか言う男だ。

 奴が言っていた破壊工作というのはこれのことだろう。加えてお姉さんの温泉に入らない方がいいとの警告。これはもう確定ではないだろうか。

 しかし、これをアクアに言うともれなく厄介ごとに全身でダイブすることになるのでなるべく言わない、とカズマと決めた。

 

 現在は、俺とウィズ、カズマとめぐみん、ダクネスとアクアの三組に別れて色々と調査しているのだが。

 

 

「あ、ヒデオさん!みてください!幸運を呼ぶ女神エリス様人形ですって!これがあれば、お店も繁盛するかも…?それに、バニルさんお人形趣味があったはずだし…。お土産にいくつか…」

 

 

 アクアとダクネス以外は、調査という名目で旅行を満喫している。ダクネス、可哀想に。

 

 しかし、仮にも魔王軍幹部でリッチーなのに女神の加護にあやかっても良いのだろうか。

 あと、アクシズ教団の総本山なのになんでエリス様人形なんだ?アクアのはないのか?要らないけど。

 

 

「あいつ人形趣味なんてあったのか。人は見かけによらないなぁ。あいつ人じゃないけど」

 

「ふふふっ。あ、そうそう。カズマさんがバニルさんと商談してる時に聞いたんですが、ヒデオさんとカズマさんって同じ出身地だったんですね。元々お知り合いだったりしたんですか?」

 

 

 そんな話をしてたのか。

 まぁ大方商品の出処を探られた時に言ったんだろう。

 

 

「同じ出身地っちゃあ同じだけど、特に知り合いとかではないな。こっちきて知り合った感じだな」

 

「そうなんですね。それにしては数年来の親友のような感じがします」

 

「まぁ、パーティー唯一の男仲間だしな。必然的に仲良くもなるさ。それに、さっきウィズが言ったように、出身地が同じことで盛り上がれるしな」

 

「なるほど…。あ、バニルさんで思い出したんですが、バニルさんをどうやって倒したんですか?ヒデオさんが強いのはデストロイヤー戦で知ってましたけど、その時はバニルさんに敵うほどではなかったような…。もしかして、また無茶しましたか?」

 

 

 心配しているのか怒っているのかわからかない声音と表情でそう言ってくるウィズ。

 確かに、前に二度ほど言いつけ破ったもんな…。三度目は流石に怒るか。

 

 

「成長したんだよ。うん。それと、バニル戦では不死王拳はつかってないぞ。バニルがダクネスに憑依しちまったからな。ダクネスを殺さないよう手加減せざるを得なかったんだ。まぁバニルの方も不殺を貫いてるらしいし、ダクネスの身体に遠慮もあったんだろう。互いに全力では戦ってなかったって感じだな。俺の方は不死王拳使わない程度の全力は出したけど」

 

「そうだったんですね…。てっきり死ぬレベルの無茶をまたしたのかな、と。なんにせよ、何事もなさそうでよかったです。……教えた技が原因で死なれるのは寝覚めが悪いどころの話じゃないですからね」

 

 

 台詞の最後に悲しそうな顔でボソりと呟くウィズ。

 

 

「…そうだな。出来るだけ無茶はしないようにするよ」

 

 

 心配してくれているのは有難いが、なんか遠回しに実力がまだまだって言われてそうで何かヤだな。まぁ事実だけども。

 

 

「…そろそろお昼時ですね。何か食べますか?」

 

 

 しんみりとしてしまった空気を壊すようにそう言ってくるウィズ。

 確かに腹が減ったなぁ。

 

 

「そうだな。適当になにか探すか」

 

 

 短く返事をし、飲食店が立ち並んでいるところに向かう。すると、広場らしきところに人だかりができていた。なんだ?

 

 

「なんでしょうか、芸人さんでも来てるんですかね」

 

「そうかもなー…っと、近くにカズマとめぐみん、それにアクア達も居るぞ。合流して飯食うか」

 

 

 見つけるために辺りを見回すが、人が多すぎて見つけられない。飛ぶか?

 どうしたものかと考えていると、ウィズが気の感知について質問してきた。

 

 

「前から思ってたんですが、凄く便利な能力ですね。最大範囲はどのくらいなんですか?」

 

「調子いい時は10キロくらいかな。気がアホみたいにでかい奴だとそれを超えても感じ取れる」

 

 

 アクアとかバニルとかウィズは結構離れてても感じ取れる。ちなみに、瞬間移動の範囲も10キロが限度だ。

 

 

「なるほど…。興味深いですね…」

 

「また何か気になることがあったら聞いてくれ。さ、ウィズ。アイツら探しても見当たらないからちょっと飛ぶわ。掴まっとけよー」

 

「えっ、きゃあ!」

 

 

 抱えて飛ぶと、可愛らしい悲鳴をあげるウィズ。ウィズの豊かな双丘が当たってる気がするが、気のせい気のせい気のせい気のせい。

 

 

「ヒデオさん、とっても見られている気がするんですが…」

 

 

 赤面しながらそう言ってくるウィズ。照れているのか恥ずかしいのか分からないな。

 

 

「空飛ぶ人間なんて珍しいからな。お、カズマ見っけ」

 

 

 カズマとめぐみんを見つけたので、浮きながら近くに行く。アクアとダクネスは人混みの中心にいたような気もするが、まぁ気のせいだろう。

 

 

「お、ヒデオにウィズ」

 

「うっす。飯まだか?」

 

 

 地面に降り立ちながらそう聞く。

 

 

「おう、行くか。アクアとダクネスは近くにいるのか?」

 

「居るっちゃ居るけど、人が多すぎてよくわかんねぇな。さっき似た人を見かけたけど、一応行くか?」

 

「一応行く」

 

「了解。えっと…。コッチの方だな」

 

 

 カズマ達を背に連れ人混みをかき分け、アクア達の気の方へ向かう。人多いな。

 

 人混みを抜けた先には。

 

 

「この街の温泉は何者かにより汚染されていまーす!!出来るだけ温泉に入らないようにお願いしまーす!!」

 

「お、お願いしまーす…」

 

 

 そこには、大声で営業妨害をする女神と、恥ずかしそうに付き従うクルセイダーが居た。

 おっと、ダクネスと目が合ってしまった。

 

 

「…」

 

「…ひ、ヒデ」

 

「よしカズマ!さっさと飯行くぞ!」

 

「だな!」

 

 

 有無を言わさぬ速度でその場を去ろうとする。

 しかし、そうは問屋が卸さなかったようで、ダクネスが逃がすまいと肩を掴んできた。

 くそっ!力強い!

 

 

「ま、待ってくれ二人共!」

 

 

 俺たちの肩を掴みながらそう言うダクネス。

 悪いな。お前はアクアへの生贄になったんだ。

 

 

「あーあー聞こえない聞こえない」

 

「ほら行くぞヒデオ!」

 

「待ってくれぇぇー!」

 

 

 ダクネスの悲痛な叫びが広場に響き渡る。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「ーーという訳で、私は温泉に入ってる回数が多い人が怪しいと思ったの。だからアンケートをとってきたわ。一番多かったのは…」

 

 

 そういいアクアが出したのは1から3までの番号の横に人物の特徴を書いた紙。

 

 一番温泉に入っていたのは…。

 

 

『長い青髪の女の人』『自称女神の青髪の女』『青い髪の美女』

 

 

「お前じゃねぇか」

 

「た、確かにこれは私だけど!浄化のために入っただけだし!」

 

「で、温泉をしっかりと浄化してきた、と」

 

「そうよ!完璧にね!」

 

 

 カズマにそう聞かれ自信満々に胸を張るアクア。確かにコイツがやってるのは俺達からすれば善行だ。汚染されてるのを治してるんだからな。

 しかし、事情を知らない温泉街の人達はどうだ?今まで普通の温泉だったものがただのお湯になってしまっていたら。

 

 怒りの矛先はアクアに向くんじゃないか?

 

 さっき俺達がハンスの事をアクアに言ったら厄介事にダイブすると言ったが、訂正しよう。

 

 アクアが厄介事だったわ。

 

 

「このアホ!!入るなっつったろ!」

 

「わぁぁー!!やめてカズマ!それに、入るなって言われてからは入って無いわ!言われる前に入ってたのよ!だからノーカンよ!だから離してー!」

 

 

 アクアに掴みかかるカズマを他所に、めぐみん達は集計結果を再び見ていた。

 

 

「どうした?なにか気になるのか?」

 

「いえ、アクアはともかくとして、アクアの次に入ってた人が怪しいんじゃないかなーって…」

 

「なるほど。一理ある」

 

 

 俺も集計結果を見てみる。どれどれ、二番目に入っていたのは…。

 

 

『短い茶髪の男性』『茶髪で色黒の男』

 

 

 ……どうしよう。完全に心当たりある。

 

 

 




つ、次こそは…


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第三十七話

詰め込みすぎた感


 

「おやヒデオ。心当たりがありそうな顔してますね」

 

「あるにはあるんだが、どう説明したもんかと思ってな」

 

「どうしたのヒデオ。早く言いなさい」

 

 

 カズマから解放されたアクアがそう問い詰めてきた。説明するのめんどくさいなぁ…。

 

 …ハァ。仕方ない。アレを使うか。

 

 

「いや、俺も心当たりはあるんだが、カズマの方が詳しいぞ。聞くならカズマに聞け」

 

 

 秘技、丸投げである。

 

 

「丸投げかよ…まぁいいや。確かに俺とヒデオはこの特徴の男を見たんだ。破壊工作とか言ってたから、多分こいつが犯人だろう…おい何すんだやめろバカ!」

 

「なんでそんな重要なことを言わないのよアンタらは!最初からそれ言っとけばこんなめんどくさい事しなくてすんだのに!」

 

 

 俺とカズマの首に掴みかかってくるアクア。

 確かにその通りだが、こちらにも言い分はある。

 

 

「おいおい。そうカッカするな。俺達が言わなかったのには理由があるんだよ。な、カズマ」

 

「理由…?あぁ、まぁ、あるっちゃあるな」

 

「で、その理由はなんなのよ。早く言いなさい!」

 

 

 机をバン!と叩き急かしてくるアクア。

 この件はアクアだけでなく他の奴らにも言う必要があるので、声を大きめにして話す。

 

 

「なぁお前ら。俺達、今回はこの地に何しにきたんだ?ヒーローごっこをするためか?違うだろ。温泉に入りに来たんだろ。そこのところ履き違えちゃあいけねぇな」

 

「ヒデオの言う通りだ。タダでさえ普段から厄介事に首を突っ込みまくるどころかお前らが厄介で困ってるのに、旅行地でさえくつろげないのは勘弁だ。俺達が見た男が犯人で、仮に魔王軍だろうが見て見ぬ振りをするべきなんだよ。ってことでこの話はもう終わりな」

 

 

 第一めんどくさいしな。カズマはそう付け加えた。

 しかし、こんな発言を聞いて正義感(笑)に富んだうちの仲間達が黙っているはずもなく。

 

 

「なにを言っているのですかこの男どもは!冒険者としての自覚はないのですか!?どう聞いてもそれは魔王軍確定でしょう!?」

 

「アクア、カズマを抑えてろ!ウィズはヒデオの尻尾を頼む!この馬鹿どもにはお灸を据えてやらないといけないらしい!」

 

「おいバカやめろ!やる気か!?やるならこっちにも考えがあるぞ!」

 

「ウィズ!離せ!握りつつスリスリするんじゃあない!あぁ!こらちょむすけ!髪の毛を抜くな!あぁぁあ!!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「くそっ、酷い目にあった…」

 

 

 そうヒデオが呟く。

 お前のは傍から見たら御褒美だったよ羨ましいなこんちくしょう。

 

 

「カズマめ…。よくも魔力を…」

 

「本当にこの男はろくでもないな…」

 

 

 ドレインタッチで魔力を空にされためぐみんと、クリエイトウォーターとクリエイトアースのコンボで泥だらけにされたダクネスがそう嘆いた。ヒデオが抑えられてさえいなければ今頃服が爆ぜていたものを…。

 

 

「…なにやらカズマから不穏な視線を感じるのですが」

 

「奇遇だな。私もだ」

 

「気のせいだろ。うん」

 

 

 変態を見るような視線を向けられたので、慌てて顔を逸らす。コイツら勘よすぎない?

 

 そんなやり取りをしている俺達の前で、アクアがこの街のギルドの受付の人に1枚の紙を突き出していた。

 

 

「ですから、確固とした証拠がないと…」

 

 

 まぁいきなりこの人相の男を指名手配しろ、と一介の旅行者に言われても承諾するはずがない。

 しかし、納得がいかないアクアは受付の人に顔を寄せ。

 

 

「ねぇ!あなたもこの街に住んでるってことは、アクシズ教徒じゃないの?ほら、私の顔をちゃんと見て!見覚えない?」

 

「…?私はアクシズ教徒ではありませんが…。確かによく見ればどこがて見たような…あぁ!歓楽街のあの店のナンバー2の!」

 

「違うわよ!罰当てるわよアンタ!そんなカズマとかヒデオが行きそうな店で働いた覚えなんてないわ!それにナンバー2ってのが微妙に腹立つわ!」

 

 

 心外だ。まだ行ってないぞ。

 ひとまずこれは置いといて。どうやってこの状況を打破しようか。こういうのは力づくでやっても意味が無い。本当に確固とした証拠を集めるか、諦めるか…。

 

 諦めようかな?そう思った時だった。隣にいたダクネスが視界に入る。

 あ、こいつがいるのか。なら。

 

 

「ヒデオ、めぐみん。フォロー頼むぞ」

 

「なんのことか知らんが任せろ」

 

「いきなりなんですか?」

 

 

 二人が返事をしたのを確認し、この作戦の要であるダクネスを前へ前へと押し出す。

 

 そして、息を深く吸い込み。

 

 

「こちらにおられる方をどなたと心得る!『王国の懐刀』とも呼ばれる大貴族、ダスティネス家のご令嬢!ダスティネス・フォード・ララティーナ様である!一介の冒険者以下の扱いとは無礼だろう!」

 

「「ええっ!?」」

 

 

 受付の人と共にダクネスも驚いた。ダクネスが何かを言おうとしたが、即座に俺の意図を察してくれためぐみんとヒデオがそうさせなかった。

 

 

「ささ、お嬢様。ダスティネス家のご令嬢たる証の物を、この無礼極まりない男に見せつけてやってください!」

 

「お嬢様がこの男を気に食わないというなら、私がボコボコにして差し上げますので!」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 

 やりすぎだバカ。ビビっちゃってるじゃねぇか。

 

 当のダクネスはあまり貴族の特権という物を使いたくないのか、とても嫌そうな顔をしていた。仕方ない。貴族のお前が悪い。

 

 

「めぐみんにヒデオまで…。うぅ、こういった所で家の名前を出したくないのだが…」

 

 

 ブツブツと言いながら懐から裁判の時にも出していたペンダントを出した。あれ欲しいなー。

 

 

「そ、それはっ!し、ししし失礼致しました!直ちにこの男を手配しますので!!」

 

 

 そう言うと即座にアクアから似顔絵を受け取る受付の人。わぁ、手のひら返し。

 

 

「流石ねダクネス!権力ってこうやって振りかざすものなのね!」

 

「言ってくれるなアクア。それとカズマは後で覚えていろ」

 

「!?」

 

 

 チッ。

 わかった。お前がそういうスタンスで行くなら俺にも考えがあるぞ。

 慌ただしく手配の準備をしている受付の人を呼び止め一言。

 

 

「あ、かかった経費等は全てダスティネス家にツケといてください」

 

「!?」

 

 

 俺の言葉に信じられないものを見るような目で見てくるダクネス。仕方ないじゃないか。

 

 使えるものは使わないとな。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ギルドに行った翌日。旅館の部屋。

 

 昨日ギルドから帰った後ダクネスにボコボコにされかけたカズマが、未だ納得のいっていないアクアに物申した。

 

 

「だから昨日のアレで一件落着でいいだろ。いい加減旅行を楽しませろ!明日には帰るんだぞ!」

 

「まだよ!犯人を捕まえるまで落着なんてしないわ!それに、旅行を楽しむって言ったって大体の温泉は浄化してきたからあまり楽しめないわよ?」

 

「あー…そういえば…」

 

 

 そう。昨日帰り際にギルドの職員から温泉の浄化を依頼されたのだ。本当にこの指名手配犯がいるなら温泉に入る人が危ない、とのことだ。

 まぁ実際そうなので舞空術を使いアクアを運びまくって浄化して回った。合法的に女湯を覗ける、と思ったが普通に考えて閉鎖するよね。ちくしょう。

 

 

「どうしたんだヒデオ。苦虫を噛み潰したような顔をして。そんなに温泉に入れないのが悔しいのか?」

 

「………大体あってる」

 

「今の間はなんだ」

 

 

 ダクネスに怪訝な表情で怪しまれながらも、特にすることがないのでダラダラと過ごしていると、ピクッと気の感知に知ったような気が引っかかった。

 

 

「…誰か来る」

 

「誰だ?まさか犯人か?」

 

「いや、この気は…誰だっけ」

 

 

 ド忘れ、と言うより単に覚えていないだけだ。知り合いの気は何回も会ううちに覚えるが、一般人の気なんていちいち覚えてられない。

 ゴンゴンゴン、と荒々しく扉がノックされる。そして返事も待たずに開け放たれた。余程急ぎの用事なのか?

 

 

「失礼します!ハァッ、ハァッ…あ、あの!すいません!ダスティネス卿御一行のお部屋はここで宜しいでしょうか!」

 

 

 扉を開けたのは、昨日俺たちの対応をしたギルドの職員。荒い息遣いと乱れた衣服から見るに余程急いで来たんだろう。

 

 

「いかにもそうだが…。突然どうした?」

 

「た、単刀直入に要件だけを伝えます!街の温泉から次々と汚染されたお湯が湧き出ました!昨日浄化してもらった温泉からもです!」

 

「なんですって!?」

 

 

 職員の言葉にガバッと起き上がるアクア。

 

 それにしても、大胆な行動に出たな。

 チマチマと汚染してきたのが一晩で浄化されたからヤケクソになったのか?

 

 

「え、えぇ…。ですから、ギルドとしても正式に調査と浄化を依頼したく…。ひとまず浄化を急いで貰えると助かります!では、自分は温泉の経営者達にこの旨を伝えて回りますので!」

 

 

 そう言い残しギルドの職員は走り去って行った。あれ、これ強制パターンか?

 めんどくさいなぁ、と思いながら茶を啜っていると、案の定アクアが俺の行動に目くじらを立ててきた。

 

 

「何寛いでお茶なんて飲んでるのよヒデオ!行くわよ!」

 

「…へいへい」

 

 

 アクアに急かされ、舞空術でアクアを連れ飛んで行く。

 

 …めんどくさいなぁ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 結論から言うと、浄化はすぐに終わった。

 まず汚染されたお湯が湧き出てくるのが短時間だったし、量も少なかったので浄化は円滑に進んだ。

 まるでなにかの実験をしてるようだったな。行動自体は大胆なのに、中身が慎重だったような感じか?

 ここまでの範囲を短時間で浄化したんだ。急いでいる姿は当然目立つだろう。一人くらい目撃者が居てもおかしくないのだが、不思議な事に一人もいなかった。

 

 人の目につかず、それでいて広範囲を短時間で汚染。このことから導き出される結論は。

 

 

「…源泉か?」

 

「だな。ここの源泉が一般開放されてるのかはわからないけど、俺が犯人ならそうする。ヒデオもそうだろ?」

 

「まぁ、今までチマチマやって来たのが台無しにされたってなりゃあな。誰だってそうするんじゃねぇか?」

 

「なら、早速源泉に行きましょう!」

 

 

 アクアがそう言ってくるが、行っても無駄足の可能性が高い。常に犯人がそこにいるとは限らないしな。

 カズマも同じ考えのようで、難色を示した。

 

 

「今行くのか?行くなら、また汚染された湯が湧き出てからの方が…。今源泉にいるって限ったわけじゃないしな」

 

「でも、うちの子たちの温泉がこれ以上汚染されるのは…」

 

 

 そのうちの子たちの温泉を次々とお湯に変えてるのは誰なんですかねぇ、とは言わない。

 

 皆でどうしたものかと悩んでいると、ちょむすけを膝に乗せて遊んでいたウィズがふと。

 

 

「ヒデオさんの気の感知で、犯人の気?が探れればいいんですけどねぇ…」

 

「「あっ」」

 

 

 そう声を出したのは俺とカズマ。

 そうだ。俺達は実際に会ったんだ。あのレベルの気を忘れるはずがない。

 

 

「ヒデオ、会ったって言ってたわよね!これで…!」

 

「それに、瞬間移動とやらを覚えたとも言っていましたね!」

 

「あぁ!持つべきものはサイヤ人の仲間だな……どうした。そんなマジでめんどくさい、みたいな顔をして。魔王軍だぞ?いつもみたいにワクワクしてないのか?」

 

 

 アクアを筆頭にすべからくテンションが上がっているが、俺はそうではない。本当にめんどくさいのだ。

 こんな回りくどい作戦をとる奴は戦闘方法も回りくどいに決まっている。仮に犯人が幹部レベルでもそんな奴とは戦いたくない。

 

 

「おい、お前ら、俺の事を誰とでも戦うのが好きな戦闘狂と勘違いしてないか?」

 

「違うのか?てっきり強者の心をへし折るのが大好きな真のサディストと思っていたが…」

 

 

 そう言いながら頬を赤らめるダクネス。

 やだ、この子自分の発言に興奮してる!きもちわるっ。

 

 

「ちげぇよ。俺の本能とお前の性癖を一緒くたにするな。俺が好きなのはな、実力が拮抗していて、なおかつ正面からの力と力のぶつかり合いで勝負をつける戦いなんだよ。断じてカズマみたいなねちっこい戦闘方法を取る奴とは戦いたいとは思わねぇ」

 

 

 色々考えて戦うより考える暇もないくらいの戦いがしたい。おいそこ、脳筋とか言うな。

 

 

「カズマがねちっこいのは概ね同意しますが、あなたは私に次ぐこのパーティーの戦力なんですよ?それが魔王軍相手に戦わないとか、ワガママも大概にしてください!」

 

 

 そう言いながら詰め寄ってきためぐみん。

 私に次ぐ、ってのはまぁ置いておこう。それより聞き捨てならない事を聞いた。

 ワガママ?どの口が言うんだコノヤロウ。

 

 とりあえず色々言いたいことはあるが、この言葉を送ろう。

 

 

「ぶっ飛ばすぞこのロリ」

 

「なっ…!また言いましたね…!いいでしょう、喧嘩を売ってるなら買ってあげます!表に出なさい!」

 

 

 胸倉を掴んできそうなめぐみんの頭を片腕で抑え身長差を活かし腕を届かせないようにする。

 ブンブンと届かない腕をふるめぐみんを抑えていると、カズマがまぁまぁ、と割って入ってきた。

 

 

「まぁ落ち着けよめぐみん。ヒデオもそんな事言ってないでさ、戦おうぜ?お前が居ないと俺らのパーティーはただの変人の集まりになっちまう」

 

「誰が変人よ!…まぁそれは後で問い詰めるわ。ねぇヒデオ。今はそれどころじゃないの。ほら、駄々こねてないで、ね?」

 

 

 言い聞かすようにそう言ってくるアクア。

 

 ……なんかこいつにあやされてるみたいでムカつく。

 

 郷に入っては郷に従えって言うもんな。

 そうだ。戦いたくなければ戦わなければいいんだ。行くだけ行くってのもありだな。

 

 

「わかった、わかったよ。お前らの熱意に負けた。ただこれだけ言っておく。俺はやらねぇぞ!見物だけだからな!」

 

「ヤムチャかお前は」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「うわっ!なんだ!急に人が現れたぞ!」

 

「何奴!」

 

 

 急に現れた俺達に驚く警備員。

 何故犯人の所に直接行かないかと言うと、いきなり目の前に現れたら怪しんで急襲してくる可能性が高いし、今回は一撃離脱、不意打ちで終わらせるつもりだからだ。犯罪者消すべし慈悲はない。

 それに、ただの警備員でさえここまで怪しんでるんだ。やましい事やってる奴ならもっと怪しむだろう。

 

 

「急にすいません。俺たち、この先の源泉に行きたくて…」

 

「源泉は管理人以外立ち入り禁止だ。今だって管理人の爺さんが色々と調べに行ってる」

 

「この通り観光は出来ないんだ。悪いが帰ってもらえるか?」

 

 

 まぁ当然こうなるよな。

 しかし、引っかかる点がある。管理人の爺さんらしき気がどこにも見当たらない。あるのは犯人の気だけだ。

 

 …どういう事だ?

 

 不可解な事態に頭を悩ませていると、カズマが俺とめぐみんに耳打ちでコショコショと囁いてきた。

 

 

「ヒデオ、めぐみん。アレやるぞ」

 

 

 アレか。

 カズマの言葉にコクリ、と頷く俺とめぐみん。この前と同じ陣形を取り、奴を取り囲む。

 俺達の行動に何かを察したダクネス。しかしもう遅い。

 

 

「む?…お前らまさか!」

 

「ここにおられる方をどなたと心得る!ダスティネス家のご令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナ様であられる!さ、お嬢様。この無礼な者共に貴族たる証を…!あ、おい!この…!お嬢様を抑えろ!」

 

「合点!ぐっ!抵抗するなお嬢様!おい!誰でもいい!お嬢様からアレを奪え!」

 

「や、やめろ!こんな所でまた家の名前を…!あぁ…!」

 

 

 めぐみんがダクネスから例のペンダントを奪い、警備員に見せつける。

 

 

「こ、これは…!大変失礼致しました!」

 

「ど、どうぞお通り下さい!」

 

 

 つい先日も見た見事なまでの手のひら返し。

 いやー。持つべきもの権力者の仲間だな。

 

 

 

 気の感知を頼りに奥へと進むと、無事犯人の所に着いた。俺達の読み通り温泉に居た奴だ。名前なんつったかな。

 さて、ここから奇襲だ。作戦としては太陽拳気円斬で良いかな。

 

 と、思っていたのだが。

 

 

「あれ、ハンスさん?」

 

「!?」

 

 

 ウィズの呼び掛けに、つい反応してしまったハンス。というかなにしてくれてんのウィズ。奇襲が…。

 

 

「あ、すいません、つい…。知り合いの顔を見たもので…」

 

「し、知り合い?私とあなたが?初対面のはずですよ?私はこの地に派遣された温泉の水質調査員です。その、ハンスという人とは違いますよ」

 

 

 などと言い訳をし、この場から逃れようとするハンス。

 だが、この天然リッチーは留まることを知らない。

 

 

「ハンスさん、私です!ウィズです!覚えてますか?同じ魔王軍幹部のウィズです!」

 

「ハンス?魔王軍幹部?何のことです?さっきも言ったように私はここの温泉の調査を…」

 

 

 突然ウィズに正体を明かされ、若干の焦りを見せるもののすぐに平静を取り戻すハンス。

 だが、取り繕っても無駄だな。気がダダ漏れだぞ。というかやっぱり幹部だったか。てことはあのお姉さんも幹部の可能性が高い。あの人とは戦いたくないなぁ。

 

 

「しらばっくれるな。ただの温泉の管理人が魔王軍幹部レベルの強さを発してるってのか?」

 

「ですから…」

 

「もういい。これで全部わかる」

 

「えっ、なにを…」

 

 

 瞬間移動。そして気を纏った手刀をハンスの首筋に振るう。

 こいつが魔王軍幹部なら、避けるなり耐えるなりするはずだ。

 

 だが。

 

 

「あっ」

 

 

 そんな短い断末魔と共にハンスの首が飛び、身体が地面に崩れ落ちた。あれ、弱くない?

 

 

「…ヒデオさん、容赦無いですね」

 

「悪いな。積もる話もあったろうに」

 

「いえ、そこまで仲が良かった訳では無いので…。そう言えば、ハンスさんは確かデッドリーポイズンスライムの変異種だったはず…」

 

 

 なんだその物騒な名前のスライムは。スライムのくせに強そうじゃないか。

 たしかこの世界のスライムは物理攻撃無効で厄介な存在だったっけか。と、いうことはまだ生きてる可能性が高い。

 

 

「そうだ。だから今の攻撃も効いてない。それより小僧」

 

 

 やはりか。

 慌てて声の方を見ると、ハンスの生首がこちらを睨みつけていた。生首をみると冬将軍のアレを思い出す。あの時は俺も若かった…。

 

 

「俺に、触れたな」

 

「触れたからなんだってんだよ。お前がスライムで、物理攻撃が効かなかったのはわかった。だが物理以外に、も…あ、れ…」

 

 

 ぐにゃりと視界が歪み、平衡感覚も無くなる。俺は今立ってるのか?座ってるのか?転んでいるのか?それもわからない。吐き気もするし寒気もする。一体何をされた?

 

 

「触れたのが一瞬だからどうやら毒の周りが遅いようだが、そのうちおまえは死ぬ。なぁに、即死しないだけありがたいと思え。おっと、そろそろ耳も聞こえなくなる頃か?」

 

「がはっ…!クソが…!物理無効で触れたら即死毒とか初見殺しにも程があるだろ…!」

 

 

 今は血を吐いたのか?わからない。目も霞んで手足も痺れてきた。味覚もなくなった。幸いまだ耳は聞こえる。

 

 

「ヒデオ、もう喋るな!アクア、治癒頼む!」

 

「わかったわ!」

 

「っと。行かせると思うか?」

 

 

 カズマとアクアの声がする。ほかの3人も気は感じる。クソッタレ初見殺し野郎の気も感じる。

 一矢報いるべくハンスの気の方に手のひらを向け、力を振り絞り気功波を放つ。

 

 

「はっ…!!」

 

「くっ…!この死に損ないが…!」

 

 

 声と気の感じからして、その場から離すことには成功したようだ。これ、で、アクア、が…。

 

 

「待っててねヒデオ!今解毒してあげるから!」

 

 

 アクアが声をかけてくれたが、声が出なく返事が出来なかった。

 そして、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




インフレ


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第三十八話

最長だと思います


 

 アルカンレティアの源泉警備隊隊長、アルフレッド氏は後にこう語っている。

 

 

「アレは、『暴力』と『理不尽』を無理やり掻き混ぜて、何もかもを呑み込み消し去るみたいな、そんな感じの…『なにか』でしたね…えぇ、忘れるわけがない…。一緒にいた同僚も見てますから、どうぞ怪しいと思うならそいつにも聞いてください。同じ答えが返ってきますから」

 

 

 その言葉通り我々取材陣はその同僚にも話を聞いたが、本当に全く同じ答えが返ってきた。

 続いて、アルフレッド氏はこうも語っていた。

 

 

「こう…空から突然降ってくるような感じで紅い『柱』のようなものが現れたんです。そう、柱です。えぇ、唐突でしたね。なんの予兆もなかったですから。天から焔柱が登る魔法なんて、それはもう驚きましたねぇ…。けど、それだけじゃなかったんです。『柱』が天を貫いたかと思うと、後から熱風を含んだ衝撃波と爆音が源泉を中心に響いたんですわ。えぇ、とっても熱かったです。ほら、ここんとこ、火傷してるでしょ?いやぁ…熱かったなぁ…」

 

 

 そう言いながら袖をまくり水膨れを見せてきたアルフレッド氏。

 火傷を負う原因となった人に恨みはないのかと聞くと、驚きの返答が返ってきた。

 

 

「恨み?ありませんよ。ある訳が無いです。だって、その人達は魔王軍の幹部を討伐したそうじゃないですか。これは言わば名誉の負傷ですよ。いやぁ、まさかあの人達がねぇ…」

 

 

 なるほど。

 それで、その人達は今どこに?

 

 

「さぁ?旅行者、と言ってましたから今頃実家にでも帰ってるんじゃないでしょうか。なんにせよ、魔王軍の脅威から街を救って貰ったのでとても感謝しています。次会う事があったら、何かお礼をしたいですね」

 

 

 そう言ったアルフレッド氏は何故か複雑な顔をしていた。

 

 

 

 

 

『週刊ベルゼルクX年第28号 二十頁~二十二頁。温泉地アルカンレティアに現れた巨大な柱に迫る』に記載。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 マズい。この状況はマズいぞ。奇襲して首をはねるだけの簡単なお仕事だったはずだ。

 ハンスに首チョンパは効かなかったし、チョンパしたヒデオは毒で戦闘不能になり、今はダクネスに背負われている。

 どうする、考えろ…!

 

 

「おいおい。仲間が一人やられたくらいで早々に戦意喪失するのか?吹っかけてきたのはお前らだぞ?まさかあんな作戦程度で魔王軍幹部を倒せるとでも思ってたのか?」

 

 

 そう嘲笑うように言ってくるハンス。まさか一撃でヒデオがダウンするとは思ってなかったんだよチクショウ。

 

 …ヒデオが起きるまでどのくらいかかるか分からんが、時間を稼いでおくにこしたことはない。

 

 

「…ひとつ、聞きたい」

 

「なんだ?まぁいい。冥土の土産に教えてやる」

 

「何の為にアクシズ教の財源である温泉の源泉を狙うんだ?」

 

「アクシズ教という魔王軍にとっての脅威を排除するためだ。個人的な憂さ晴らしもある。ようやくこの忌々しい街からおさらば出来ると思ったところで何故か温泉が浄化された。俺の毒はそんじょそこらの奴に浄化されるほど甘くないんだがな」

 

 

 うちの女神様はスペックだけは高いからなぁ。知力はアレだけど。

 というか、アクシズ教を排除してくれるならこの行為を止めなくてもいいんじゃないか?

 そう思いつつも、質問をやめない。

 

 

「警備員の人達に聞いたんだが、管理人の爺さんが源泉に行ってたらしいんだが、それってお前がスライムらしく擬態したのか?」

 

「そうだ。なんだ、格好と体格を見るに雑魚と思ってたが案外頭が回るんだな」

 

 

 殴りてぇ!

 だが殴ったところで効かないし毒食らうのでやらない。

 つーか律儀に質問に答えてくれるんだが、実はいい人じゃないのかコイツ。

 

 ……ふと、気になったことを聞いてみる。

 

 

「擬態って、どのくらいまで真似れるんだ?恐らく爺さんと仲がいいであろう警備員を欺けたんだ。余程似てるんだろ?」

 

 

 擬態がスライムの特性でなくスキルならば。俺が覚えることも可能なんじゃないか?一回見せてもらえばそれで…。

 なんとか誘導できないものか。そう思っていた矢先、ハンスが俺の発言を褒められたと取ったのか自慢げに語り始めた。

 

 

「似てる?そんなもんじゃない。擬態ってのはな、見た目が本人そのものになるんだ」

 

「ほう。で、どうやって擬態するんだ?」

 

 

 早くデモンストレーションしろ。

 擬態を覚えることが出来れば、他人の姿であんな事やこんな事が…!

 

 ……ワクワクしてきた!

 

 俺の興味津々な反応に上機嫌になったハンスは未だペラペラと語っている。コイツ案外ちょろくない?

 

 

「やり方は言ってもわからんと思うが、擬態するには条件がある」

 

「その条件は?」

 

「食う」

 

「は?」

 

 

 くうって、あの『食う』か?

 ということはつまり、俺が擬態を覚えたとしても対象を食わないとダメってことか?

 

 ……クソ能力じゃねぇか。持ち上げて損した。

 

 

「は?ってなんだ。聞いてきたのはお前だぞ。俺はスライムだぞ?食う事が本能だ。さっきだって管理人のジジイを…」

 

 

 食った。そう言うつもりだったんだろう。

 しかし、それは叶わなかった。

 

 

「『カースド・クリスタルプリズン』」

 

 

 凍てつく様な声と共に放たれたそれが、辺りの気温を一気に下げ、ハンスの下半身を氷漬けにした。

 

 

「ッッ!?あああぁあ!!?」

 

 

 スライムに痛覚があるのかはわからないが、突然氷漬けにされ悲鳴をあげるハンス。

 

 そんなハンスに近付く者が居た。

 ハンスを氷漬けにした張本人、リッチーのウィズだ。

 普段のぽわぽわした雰囲気など嘘の様に、不死者の王の貫禄を見せつけるウィズ。

 

 

「ウィズ…!?てめぇ、何しやがる…!俺達とお前は中立のはずだろ…!約束はどこに行ったんだ!?」

 

 

 ウィズを睨みつけながらそう叫ぶハンス。

 しかし、ハンスの言い分はウィズには通じなかった。

 

 

「私が中立で、魔王軍の方に手を出さないで居る事の条件を忘れたんですか?冒険者や騎士などの、戦闘に携わる人以外を殺さない方に限る、です」

 

「覚えてる!覚えてるからやめろウィズ!頼むから魔法を解いてくれ!」

 

 

 そう叫んで懇願するが、ウィズは耳を貸さなかった。

 

 

「冒険者や騎士の方が戦闘で命を落とすのは仕方の無いことです。彼らだって日夜モンスターの命を奪ったりして生計を立てていますから。狩られる覚悟だって出来ているはずです。さっき貴方に戦闘不能にされたヒデオさんだって、貴方の能力に対して不満は言っても、そうなった事に対しては何も言いませんでした。覚悟ができているからです。ですが、管理人のお爺さんは…」

 

「わ、悪かった!すまん!今度から気を付けるから、やめろ!俺とお前が本気で戦えば…!」

 

 

 ハンスはウィズに気圧され謝罪の言葉を述べるが、逆にそれがウィズの逆鱗に触れた。

 

 

「何故私に謝るんですか?謝る相手が違いますよね?貴方が謝るべきは管理人のお爺さんですよね?何の罪もないお爺さんを殺しておいて自分だけ助かろうなんて、虫が良すぎますよね」

 

 

 そう言い放ったウィズの顔は、とても悲しそうだった。

 

 普段の温和な雰囲気とは違う本気のウィズが怖いのか、アクアとめぐみんは俺の袖をキュッと引っ張っていた。かくいう俺もちょっと怖い。

 俺の隣に居たダクネスはさすがクルセイダーと言うべきか、本気のウィズにも臆せずヒデオを背負いながらも何時でも援護できるように構えようとしていた。

 

 ……普段優くて温厚なウィズがここまでやる気を見せてるんだ。俺もここで覚悟を決めろ!

 

 

 覚悟を決め、いつでも動けるように構えていると。

 

 

「ぐー…」

 

 

 ダクネスが背負っているヒデオから、そんな音が聞こえてきた。

 コイツ…呑気にイビキなんてかきやがって。

 

 

「すかー…」

 

 

 それよりも、なんでこんな時に寝てんだこのサイヤ人。シリアスな雰囲気が台無しじゃねぇか。

 解毒は済んだはずだろ。折角俺が重い腰を上げてやる気出したってのに、何でこいつはグースカ寝てるんだ。

 

 ……なんかムカついてきた。

 

 ちゅんちゅん丸を鞘から抜き、峰打ちの構えで。

 

 

「オラ!起きろ!」

 

 

 ゴスッ!

 

 鈍い音を響かせ、奴の脳天に叩き込まれるちゅんちゅん丸。

 

 

「っ!?」

 

「いつまで寝てんだ!働け!」

 

 

 痛みに目を覚ましたヒデオの肩を追撃とばかりに揺らしまくる。

 

 

「お、おいカズマ。病人にその仕打ちは…」

 

 

 ダクネスが何か言ってくるが、耳を貸さずにヒデオを揺らし続ける。

 

 

「あばばばば」

 

「何やってんのよカズマ!解毒したとは言え、まだ動いちゃダメなの!というか動けないはずよ!」

 

「何ぃ!?なら今のコイツは爆裂魔法を撃った後のめぐみんと同じで、なんの役にも立たないタダのお荷物だってのか!?」

 

「喧嘩を売っているのなら買いますよ!?」

 

 

 さっきまでの怯えている様子はどこに行ったのか、俺に突っかかってくるめぐみんとアクア。

 そんな感じでぎゃあぎゃあと喚く俺達の様子を見て、何故か感心したように呟くダクネスとハンス。

 

 

「お前達、魔王軍幹部を前にしてその態度…さすが私の仲間だな…!」

 

「こいつら、魔王軍幹部が目の前にいるのに全く臆していないのか…?ウィズが同行してるのも納得がいった。なかなかの胆力だ」

 

 

 ダクネスはヒデオを背負っていなければ、ハンスは氷漬けにされていなければカッコイイ台詞なんだがなぁ。

 そう思いながらヒデオを揺らし続けていると、観念したヒデオが声を上げた。

 

 

「ちょ、待って、カズマやめてくれ。毒の効果とダクネスの匂いと相まって吐きそうだ。うぷっ」

 

「お、おいヒデオ。嗅いだのかお前…?いや、待て…たまたま匂いが鼻に入っただけだ…あわてるなララティーナ…。そんな事より吐瀉物まみれになるチャンスだ…落ち着け…」

 

 

 うわぁ…。さっきカッコイイと思った俺の気持ちを返してほしい。

 

 

「何を言ってるんだお前は。それと、吐きそうだから吐ける場所に下ろしてほしい…。お、おい!ガッシリと掴むんじゃない!離せ!ゲロまみれになるぞ!」

 

「望むところだ!それにお前だって離せと言う割には全く動く気配が無いじゃないか!さぁ早く!」

 

「こんな状況でも相変わらずだなお前は!毒の効果がまだ残ってんだよ!辛うじて五感は戻ったけど、四肢がピクリとも動かせないんだよ!」

 

 

 おいおいマジか。アクアの言う通りじゃねぇか。何のために起こしたと思ってんだ。

 

 

「勘弁してくれよ。お前が居なきゃどうやってアイツ倒すんだよ…いや待てよ?腕を支えてやれば…。おいヒデオ。技は使えそうか?」

 

「何を期待してるのか知らんが、気を放つ系の技は無理だ。今はそんな繊細なコントロールが出来る気がしない。暴発するか、加減ができなくて俺が怪我する。出来て気を溜めるくらいだな」

 

「マジかよ。役立たずじゃねぇか」

 

「てめぇ治ったら覚えとけよ……おいやめろ!残り少ない体力を吸うな!それより今は戦闘中なんじゃないのか!」

 

 

 おっと、忘れていた。

 ヒデオから体力を奪うのをやめてハンスに向き直ると、ちょうどハンスが自分の下半身を捨てて氷漬けから逃れていた。

 

 

「お前らのアレなやり取りで忘れていたが、俺の目的は源泉を毒まみれにすること!悪いなウィズ、お前と戦う気は無い!早く仕事を終わらせて帰らせてもらう!」

 

 

 そう言いながら失った下半身をにゅるんと生やし、氷漬けにされた下半身はその場に放置して一番近い源泉の方角へと駆け出した!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「カズマさーん!あのスライム、めちゃくちゃ速いんですけど!スライムって、プニプニして可愛いやつか、ドロドロして鈍いやつじゃ無いのー!?」

 

「俺の知ってる限りではそうなんだがな!どうもこの世界は違うらしい!」

 

 

 全くこの世界はスライムが強かったりキャベツが空飛んだりリッチーが街に住んでたりで、ことごとく予想を裏切ってくるな!

 

 

「ハンスさん、それ以上は行かせませんよ!『カースド・クリスタルプリズン』!!」

 

「クソッ!またか!やはりお前と俺では相性が悪い!」

 

 

 ウィズが先程も使った魔法で再びハンスの下半身を氷漬けにした。

 それを見てダクネスに背負われながらヒデオが感心したように呟いた。

 

 

「スゲェ魔法だなおい。ウィズの戦闘とか初めて見た。さすがリッチー」

 

「こんな時に呑気だな…背負ってる私の身にもなってくれ」

 

 

 呑気に感想を述べたヒデオに、ダクネスが悪態をつく。

 ダクネスはヒデオを背負いながら俺達に追いついているし息切れもあまりしていない。クルセイダーの身体能力のお陰か?

 

 そんな感じでハンスの足が止まった事により油断していた俺達。それが仇となった。

 

 

「油断したな!汚染するのはこんな方法でも大丈夫なんだよォー!」

 

 

 その叫びとともに自分の腕を引きちぎり源泉へとぶん投げたハンス。

 

 

「「「「あっ!」」」」

 

 

 その行動に驚く女性陣。

 

 

「カズマ!」

 

「『狙撃』!」

 

 

 ヒデオが俺の名を呼ぶのと同時に弓を構え矢を放つ。

 まっすぐ飛んで行った矢は寸分違わずハンスの腕を直撃し、無事撃ち落とすことが出来た。

 ハンスはまさか撃ち落とされるとは思っていなかったのか、俺のほうを睨みつけてくる。ギリと歯を食いしばり、今度は自分の凍っている片方の足をを複数に砕いた。あ、この量はまずい。

 

 

「これならどうだ!」

 

 

 そう叫んで次々と源泉へ投げ込むハンス。流石にこの量では俺の幸運を持ってしても無理かもしれないので援護してもらう。

 あーどっかの誰かさんが毒で倒れてなければなー!

 

 

「アクア!ジャンケンの時に使ってた運がよくなる魔法を頼む!」

 

「え、わ、わかったわ!『ブレッシング』!」

 

「『狙撃』!!」

 

 

 アクアに幸運を上げて援護をしてもらいハンスの身体を次々と撃ち落とす。

 

 それを見てヒデオが一言。

 

 

「がんばれカズマ…。お前がナンバー1だ!!」

 

「ぶん殴るぞお前」

 

 

 働いてない奴のがんばれほどムカつくものは無い。あとそのセリフはベジータが言うから響くんだよバカめ。

 そんな事を考えながら最後の一つを落とし、女性陣がホッとため息をつく。

 

 しかし、投げた毒物をことごとく撃ち落とされたハンスは、当然のように激昂した。

 

 

「なんて理不尽な命中精度だ!納得いかねぇ!」

 

 

 それを見てアクア、ダクネス、めぐみんが。

 

 

「うちのカズマさんはね!運だけは他の追随を許さないレベルに高いのよ!」

 

「そうです!この男の運を甘く見て酷い目にあってきた人を何人も見てきました!運だけは甘く見ないことですね!」

 

「そうだ!運だけは凄いんだぞうちのカズマは!魔法使いのめぐみんより貧弱なステータスながら数々の強敵と渡り合ってきたんだ!」

 

「褒めてんの?ねぇそれ褒めてんの?」

 

 

 褒めるなら普通に褒めて欲しい。わざわざ他の面を罵倒して運を強調しなくても…。

 

 

「あ、おいカズマ。またやるみたいだぞ」

 

 

 ヒデオに言われ視線をハンスの方に向けると、苦し紛れに腕をちぎって投げようとしているハンスが居た。

 ふん。何度やっても同じこと。

 

 

「何度やっても無駄だ!『狙げ…あ」

 

「どうしたカズマ」

 

「……矢がない」

 

「えっ」

 

 

 ハンスが投げた腕は、綺麗な弧を描いてポチャン、と音を立てて源泉の中に入ってしまった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ハンスの腕が入った事により、温泉の色は真っ黒に染まっていく。うげぇ…。

 

 

「フハハハハ!どうやら俺の物量勝ちの様だな!」

 

 

 高らかに笑い声を上げて勝利宣言をするハンス。クソッ!毒なんて食らってなければ…!

 

 悔しさに歯を食いしばっていると、この状況

 に慌てたアクアが。

 

 

「どどど、どうしよう!と、とりあえず浄化しないと!」

 

「あ、おい待て!早まるな!」

 

 

 カズマの静止も聞かずにハンスの一部により汚染された源泉に駆け出した。

 そして何を血迷ったのか、煮えたぎる上に汚染された源泉に腕を突っ込んだ!

 

 

「熱い熱い熱い!『ヒール』!『ヒール』!わぁあぁあー!熱い熱い!この熱いの何とかしてー!」

 

「何やってんだバカ!ほら、早く抜け!ええい!『フリーズ』!『フリーズ』!」

 

「あ、アクア様!すぐに手を抜いてください!火傷もそうですがハンスさんの身体の毒は先程の比じゃありませんよ!ええと…『フリーズ』!『フリーズ』!」

 

 

 フリーズでアクアが手を突っ込んだ部分の源泉の温度を下げるウィズとついでにカズマ。

 ウィズの方はさすがリッチーと言うべきか、フリーズを何度か使ううちに煮えたぎっていたはずの源泉はかなり冷却されたようだ。

 

 しかし、肝心の汚染の方はまだ直って居ないようで黒く濁ってしまっている。

 

 

「あ、熱かった…ありがとうねウィズ。カズマさんも、ちょっとだけありがとうね」

 

「いえ…」

 

「ちょっとだけってなんだ。しかし、本当にウィズの言う通りなかなか浄化出来ないな」

 

 

 そんなやり取りをするカズマ達の方を見ていると、ダクネスの隣にいためぐみんがあわわわわ、と怯えるような情けない声を出した。

 

 

「どうしためぐみん。お前ともあろう奴が。一体何が…」

 

 

 そう言いながらめぐみんの視線の先を見ると、俺も言葉を失う。ハンスが人間の姿を解除し、本来のスライムの姿に変貌しようとしていたからだ。

 そんな俺達の心情を一部代弁するかのように発言するダクネス。

 

 

「な、なんと立派なスライムだ…!毒さえなければペットにしているのに…!」

 

 

 毒がなくてもこんなんペットにしたくない。こいつ、毒で頭がやられたのか?

 

 

「あれ、ハンスだよな。気も一緒だ。アレが本来の姿か…。大きさが屋敷くらいあるぞ。おいカズマ!…ってもう知ってるか」

 

 

 事態をカズマに伝えるべく首だけを動かしカズマの方を見ると、先程のめぐみんの様に震えているカズマが居た。

 

 

「なんじゃこりゃーー!!」

 

 

 そして、情けない声でそう叫んだ。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 グミやゼリーのようにぷるん、としそうな質感で丸まっている巨大なスライムは、辺りの木々を丸呑みし、体内へと吸収していた。

 

 元の姿に戻ったハンスは、本能の赴くままに木々を喰らい続けている。そのうち俺達にも襲いかかってくるだろうし、街にだって行くかもしれない。

 

 

「いやデカすぎるだろ!ヒデオ、何とかしてくれ!」

 

「まだ無理だって!それに、半端な威力と範囲じゃこの辺りに毒の雨が降るだけだ!まだあの巨体をすっぽり覆えてなおかつ消し飛ばせる技なんて持ってない!覆えて半分だ!」

 

「じゃあ怒れ!怒って超サイヤ人になってくれ!」

 

「無茶言うな!…そうだ!ウィズ、さっきの氷の技でやってくれ!」

 

 

 氷漬けにさえ出来れば、飛び散る心配もせずに無力化出来る。

 そう思っていたのだが。

 

 

「先程の魔法でハンスさんの全身を凍らせるには、魔力が足りません!どなたかに魔力を頂かないと…」

 

 

 魔力か。俺やカズマ、ダクネスの分をあげても気休めにしかならないだろう。かと言って、アクアの魔力をウィズが取り入れてしまうと食あたりを起こす。

 となると、一人しかいない。

 

 

「「おめぇの出番だぞ!めぐみん!」」

 

「ハモった上になぜ私なのですか!魔力をあげずとも、あんなスライム程度我が最強の爆裂魔法で消し飛ばしてあげます!」

 

「おいバカやめろ!ヒデオの話を聞いてなかったのか!半端なヤツじゃあダメだって!」

 

「何ぃ!?私の爆裂魔法が半端!?いくら爆裂ソムリエのカズマでも、言っていいことと悪い事がありますよ!!」

 

 

 なんだその無意味なソムリエ。まぁそれは置いといて。

 爆裂魔法で跡形も残さないってのは良い作戦だ。出来ないという点に目を瞑れば。

 将来的にはできるのかもしれないが、今のめぐみんの爆裂魔法の範囲じゃ半分消し飛ばすのが関の山だ。

 クソッ!この状況を打開できる新技さえあれば…!

 

 …いや、待て。さっき使ってた技が有るじゃないか。加減はダクネスで実験済みだ。ありったけ、ありったけを渡せば…。

 

 

「どうしたヒデオ。急に黙りこくって。まぁ耳元がうるさくないから助かるが…」

 

「ダクネス、さっきハンスを追い掛けてる時、何か感じなかったか?」

 

「何を言ってるかはわからないが、思い返せば普段より力が漲っていたような…。それがどうしたんだ?」

 

 

 よし。きちんと影響は出てるみたいだな。

 

 

「いや、確認しただけだ。だけど、これで可能性が見えてきた!おいお前ら聞け!俺に考えがある!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「…行くぞめぐみん」

 

「は、はい。いつでも来てください…」

 

 

 ヒデオの提案は、チャンスが一度きりの博打のようなものだ。しかし、リスクがでかい反面得られるリターンも大きいように感じた。

 

 ヒデオの出した作戦はこうだ。

 

 まずヒデオの気をありったけめぐみんに渡し、爆裂魔法を理不尽な威力と範囲に底上げする。

 次にハンスをある程度の場所に誘導し、爆裂魔法を叩き込む。

 爆心地からの熱風と衝撃は、俺達が1箇所に固まり先頭に頑丈なダクネスを配置し、その周りをウィズが『カースド・クリスタルプリズン』にありったけの魔力を込めて覆う。

 もちろん俺のなけなしの魔力もウィズに渡す。

 ウィズに気を渡すことも考えたが、凍らせた後の後処理と凍らせきれなかった時のことを考えて却下した。

 

 色々と不安な点は残るが、ここは俺の仲間達を信じよう。

 

 

「はぁっ…!!高めて…!渡す!!」

 

 

 ヒデオが気を高め、瞬間移動と同時に覚えたらしい『気の譲渡』を用いめぐみんに自らの気をありったけ渡す。

 そのエネルギーは膨大で、俺達の目にもその流れが見えるほどだった。

 

 

「お、おおおおおおっ!!?」

 

「離すなよ!絶対に離すなよ!フリじゃないからな!」

 

「わ、わかってます…!!」

 

「行くぞ!これがありったけだ!はぁぁぁぁっ!!」

 

 

 ヒデオから流れる気が凄まじいものになり、めぐみんへと流れていく。

 そしてヒデオは気を使い切ったのか、周りの気がだんだんと小さくなり、やがて消えた。

 

 

「こ、これであとは…任せたぞ…」

 

 

 ダクネスの背中に倒れるようにおぶさるヒデオ。よく頑張ったな。さっき奪った体力を返しておこう。

 

 そして、そのヒデオの隣にはめぐみんがいる。漲るパワーに戸惑いながらも紅魔族特有の紅い瞳を輝かせていた。

 

 

「これが『気』ですか…。魔力とも違う何かですが、普段から私達が持っているというのも理解出来ました…。こんなよくわからないエネルギーを攻撃に使われる相手からすると理不尽極まりないでしょう…」

 

 

 全身から紅い気を放出しているめぐみんは、杖を構えてニヤリと笑い。

 

 

「負ける気がしません!!」

 

 

 そう、言い放った。

 

 最強のエネルギー(理不尽)と最強の魔法(暴力)を備えたバカが今、誕生してしまった。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「まだ撃つなよ!?絶対に撃つなよ!?」

 

「おやカズマ。フリですか?」

 

 

 まずはカズマが囮になり、ハンスをある程度の場所に誘導して戻ってくる、という段階なのだが…。

 

 

「ねぇ早くしてよカズマ!早くしないとどんどんあの子達の温泉が汚染されちゃうんですけど!」

 

「俺だってそうしたいよ!けどさ!こいつしつこいんだもん!」

 

 

 思いのほかハンスがしつこく、作戦を遂行出来ずに居た。

 

 

「カズマ!なんか誘導できるもの持ってないのか!?」

 

「この身一つだよ馬鹿野郎!誰だよこんな欠陥だらけの作戦考えたやつ!」

 

「俺だよ!ええい!お前らもなんかないのか!食いもんなら何でもいい!」

 

 

 食うのが本能なら、優先順位くらいはあるはずだ。栄養価が高いものを狙う、とか。カズマを追い掛けているのを見ると、その線が高い。

 

 

「ええと…土産に買った饅頭とかなら…。もったいなくないか?」

 

 

 ここに来る途中で買っていたらしい土産物の饅頭の箱を差し出してきたダクネス。

 

 

「ナイスだダクネス!それ持ってろ!それと、金持ちなんだからケチケチすんな!土産なら後で皆で買いに行けばいい!」

 

「そ、そうか…?ほら、言われる通りに持ったぞ。何する気だ?」

 

「あのー!!なんでもいいんで早くしてくれませんかね!!」

 

「カズマ!今からそっちに行くから構えて待ってろ!一撃離脱だ!めぐみんとウィズも準備しといてくれ!アクアはその後ろで待機!」

 

 

 全員に指示を出し、ダクネスに背負われながらカズマの気を把握する。俺の気の量もカズマが体力を返してくれたから往復分はあるはずだ。

 

 そして。

 

 

「ヒデオー!早くしてくれー!追い込まれそうだ!」

 

「行くぞ!」

 

 

 シュンッ!

 

 悲鳴をあげるカズマに合図をし、瞬間移動を用い急接近。

 そして、ダクネスが饅頭をハンスの前にばら撒く。

 

 

「ダクネス!カズマの手を!」

 

「わかった!ほら、がっしり掴んだぞ!」

 

「サンキュー!!」

 

 

 シュンッ!

 

 

 再び瞬間移動をし、ウィズ達の元へ戻る。

 これでハンスの周りには誰も居ない。安全に、確実に消し飛ばすことが出来る。

 

 ……瞬間移動成功して良かった。

 

 だが安堵している暇はない。すぐさまめぐみんに指示を出す。

 

 

「今だめぐみん!!」

 

「はい!」

 

 

 勢いよく返事をし、眼帯を投げ捨てるめぐみん。

 

 

「これが究極の暴力にして極限の理不尽!!爆裂魔法を超えた爆裂魔法!!」

 

 

 紅い気を纏っためぐみんがその口上と共にハンスに杖の先を向けると、ハンスの身体をすっぽりと覆うデカさの魔法陣がハンスの真下に現れた。

 

 そして。

 

 

「『超エクスプロージョン』ッッ!!!!」

 

 

 魔法陣から放たれた爆炎という名の暴力が、理不尽な威力でハンスの全身を覆い尽くし、文字通り天を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




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第三十九話

短めですね!


 

 ハンスを倒した後、アルカンレティアのギルドにて。

 ギルドの職員に冒険者カードを突きつけるめぐみん。

 

 

「ですから、私とそこにいるヒデオが協力して魔王軍幹部のハンスを倒したのです!ほら

 、冒険者カードにも記されているでしょう!」

 

 

 もはやテンプレと言うべきか。

 今回は俺にも原因があるけど、うちのパーティーの連中は一仕事したら一つ問題ごとを抱えてくる。

 今はそれの後処理的な感じだ。

 

 

「確かに記入されていますね。…ですが源泉を蒸発させられては温泉を中心としているこの街の経済が回らなくなってしまうんですが…」

 

「それは悪い事をしたと謝ったでしょう!コラテラル・ダメージというやつです!致し方ない犠牲なのです!それに、お湯が湧かなくなるよりマシではないですか!私が魔法を撃ちおろしていれば今頃あの辺りにはクレーターしか残っていませんよ!!」

 

 

 ギルドの職員にそう詰め寄るめぐみん。

 源泉をまるごと蒸発させてしまうなんて、俺はなんて恐ろしい魔法を作り出してしまったんだ。

 詰め寄ってきためぐみんに臆することなく、ギルドの職員はハッキリと言う。

 

 

「確かにその主張も一理あります。よしんば源泉のお湯が蒸発しただけなら私共も我慢しましょう。実際魔王軍の脅威から救って頂いたわけですし、壊れてさえいなければまた湧き出ます。しかし、ただのお湯しか湧き出なくされては流石に…」

 

「それはアクアのせいです!!」

 

 

 何でもかんでも自分のせいにされては困ると、めぐみんはアクアにも責任を押し付けた。まぁ実際アクアの仕業なので何も言えないが。

 

 

「仕方ないじゃない!ほとんど蒸発しちゃって浄化しにくかったし、汚染濃度も濃かったから全力でやらないとだめだと思ったのよー!!」

 

 

 報われない努力があることを証明してしまったアクアが泣きながらそう言う。

 普段なら慰めるなりなんなりをしようと考えて実際はやらないところだが、今はそれよりもっと懸念すべき事がある。

 

 

「泣くなアクア。過ぎたことは仕方ない。…それで、被害額はどのくらいになるんでしょうか」

 

 

 アクアの全力の浄化魔法により消えそうになったウィズを看病しているカズマとダクネスに代わりそう聞く。

 財源そのものを台無しにしたんだ。ちょっとやそっとの金額じゃないだろう。下手したらまた借金を背負うことになる。

 

 

「えぇと…ざっと、このくらいですね」

 

 

 困り顔のギルドの職員が提示した金額は…。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 所変わって帰りの馬車。

 ウィズが復活してくれればテレポートで帰れるのだが、生憎まだのびている。

 

 それはさておき。

 幸か不幸か、被害額はハンスをぶっ倒した賞金でギリギリ賄える範囲だった。

 

 

「まぁ不幸中の幸いってやつか」

 

「借金を背負わなくてすんだのは良かったけど、旅行に来てまでこんな事に巻き込まれるってどんだけだよ。まだ屋敷にいた方がいい思い出来たんじゃないかって思うなぁ。まぁ巨乳のお姉さんと混浴できたのは良かったが…」

 

 

 頭を抱えながら項垂れるカズマがそうごちる。

 確かにもっと、こう、ありとあらゆる混浴に入ったりしたかったなぁ。

 

 

「俺はあの人ともう一回会ってみてぇな。かなり気がデカかったし、胸もデカかったし。色々と話を聞きたいなぁ」

 

 

 ちよむすけを撫でながらそう呟くと、めぐみんとダクネスがジト目で睨んできた。

 

 

「…なんだ?俺達が巨乳のお姉さんと混浴した事に不満でもあるのか?」

 

「いえ。ただ、よく女性の前でそんな話が出来るな、と」

 

「新手のセクハラかと思ったぞ」

 

「今更だろ。それに、自意識過剰すぎないか?ダクネスの場合はこっちが反応にドン引くだろうし、めぐみんに至っては胸があれだし年下だからセクハラする気にはなれん。カズマはどうか知らんが。この中だとセクハラするならウィズかなぁ。反応可愛いし」

 

「「なっ…!!」」

 

 

 俺の返答に憤慨する二人。なんか前もこんなやり取りしたような気がする。

 まぁそれは置いといて、そんなこんなで雑談しながらアクセルへと帰る俺達。

 

 お姉さんの胸とめぐみんの胸を比較して鼻で笑ったのがバレてめぐみんに馬車から落とされそうになったのは別の話。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 馬車に揺られて数日。ようやくアクセルの街に帰ってきた。

 

 

「あー…やっと帰ってきた…」

 

「お疲れ様です皆さん…。連れて行ってくれてありがとうございました」

 

 

 死にそうな顔でそう呟くカズマの隣でウィズがそう深々と頭を下げてくる。もう殆ど回復したみたいだな。

 

 

「いいってことよ。どれ、送ってやる。カズマ、俺の荷物もって先帰っててくれ」

 

「了解」

 

「じゃ、行くぞ」

 

 

 ウィズの返答を待たずに手を取り瞬間移動でバニルの気がする所に行く。

 

 シュンッ

 

 

「よし、着いたぞ」

 

「えっ、早…」

 

 

 瞬間移動のあまりの瞬間さに驚くウィズは置いといて、辺りを見回す。読み通りというかなんというか、着いたのはウィズの家だった。

 急に現れた俺達にバニルは特に驚かず、何事も無かったかのように質問してきた。

 

 

「む?そこのバカ店主は何故元気がないのだ?」

 

「アクアの浄化魔法の流れ弾食らってたからなぁ。今はだいぶマシになった方だぞ」

 

 

 不死者であるリッチーが生死の境をさ迷うっ言うのもなんか変だが、本当に危なかった。ダクネスとカズマが居なけりゃ今頃消えてたぞ。

 

 

「…読めたぞ。大方強敵に遭遇し、あの忌々しいプリーストの頑張りが空回りして危うく借金を背負いそうになったと見える!フハハ!」

 

 

 正解だから何も言い返せない…。

 というかこいつ旅行行く前にこの未来見えてただろ。

 

 

「お、憤りの悪感情…。頂こう。ところで尻尾付きの小僧。見通す悪魔の名において予言してやろう。なにやらまた問題事が転がり込んで来る。というかもう来ているだろうな」

 

「マジか。いい加減休みたいんだが…。慰安旅行に行ったはずなのに疲れを持ち帰ってくるってなんなの?」

 

「…落胆の悪感情。頂こう。あ、ついでにもう一つ予言しておいてやろう。たった今転がり込んだ騒動により、お主は重大な選択を迫られるであろう」

 

 

 そう言うバニルは悪魔と呼ぶにふさわしい、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 バニルの意味深な予言を特に間に受けず聞き流し、二人に挨拶をして店を後にした今は特に寄り道もせずに屋敷に帰っている。

 瞬間移動で帰ろうとも思ったが、普通に歩くより疲れるのでやめた。

 トボトボと一人寂しく歩いていると、目の前に誰かが飛び出してきた。

 

 

「タナカヒデオ!ここで会ったが百年目!大人しく身ぐるみを剥がれて貰うわ!」

 

「んー!んー!」

 

「セナと…誰だ?」

 

 

 飛び出してきたのは謎の貧乳とそいつに捉えられ猿轡をされたセナ。

 

 

「忘れた…!?仲間達全員の身ぐるみを剥いでおいてよく言えるわね!」

 

「貧乳…身ぐるみ…。あぁ、貧乳盗賊団か。何の用だ?俺疲れてるから早く帰りたいんだけど」

 

「用…?用と言われれば特にはないわ。ただ見かけたから身ぐるみ剥いでやろうと思っただけ」

 

 

 何という理不尽。俺は見かけられただけで身ぐるみを剥がれてしまうのか。ゲリラ過ぎんだろ。

 

 

「なるほど。お前がまた服を剥がれたいってのはよくわかった。あと、なんでセナが居るんだ?」

 

「なんかアンタの後に付いていってたし、巨乳だったからこれはもう捕らえるしかないと」

 

 

 また観察されてたのか俺は。考え事してたから気付かなかった。

 

 

「巨乳だから捕らえられるとか俺の知り合いの女性が二人を除いて危ういんだが。やっぱここで始末しておこう」

 

 

 そう言いながらザッ、と一歩踏み出す。

 すると、まな板さんは目に見えて狼狽えだした。

 

 

「え、ちょっと待ってよ!お話しましょう!えーっと…そうだ!この女の胸がどうなってもいいのか!」

 

「いいよ。揉むなり吸うなり挟むなり好きにしろ」

 

「んー!?んんん!!」

 

 

 まな板さんの脅しもセナの必死の叫びも気にせず前に踏み出す。

 

 

「ええい!ままよ!」

 

「んっ!」

 

 

 俺が脅しに屈しないのを見て躊躇いながらもセナの胸を鷲掴むまな板さん。

 羨ましさを感じながらセナの胸を揉むのを見ていると、やがて手を離したまな板さんがワナワナと震えだした。

 

 

「あ、あわわあ、ああ…」

 

「どうした?」

 

「これが…巨乳…!?こんなの、私達貧乳が敵う訳がない…!」

 

「そうか、よかったな。じゃあ」

 

 

 心底どうでもいい事だったので、放置してその場を後にする。

 セナが睨んできたが、まな板さんがあの様子だとすぐに解放されるだろう。

 

 

「んー!んー!!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、ヒデオ。おかえりなさい。遅かったわね」

 

「ちょっと変なやつに絡まれてな」

 

 

 そう返すと、ふーんとだけ言い興味なさげにソファに寝転がるアクア。だらけきってるな…。

 ふと周りを見回すと、奥の方でカズマとゆんゆんが正座させられてるのが見えた。そのそばにはめぐみんとダクネス、またカズマが何かやらかしたのか?

 

 

「おいお前らどうしたんだよ。カズマが何かやらかしたたのか?それと、なんでゆんゆんも正座させられてるんだ?」

 

「あ、ヒデオ。おかえりなさい。今回はゆんゆんがやらかしたと言いますか…」

 

 

 若干言いにくそうに答えるめぐみん。

 見ると、ゆんゆんは顔を真っ赤にして俯いているし、カズマは恨みを込めた視線で二人を睨んでいた。なんだこいつら。

 

 

「おお、いい所に来た。お前もゆんゆんを叱ってやってくれ」

 

「叱る?何でだ」

 

 

 叱るならゆんゆんより、普段の素行がアレなコイツらを叱りたい。

 

 

「まぁ端的に言うと、その…だな。自分の身体を大切にしない発言をしたものでな。女の子がこんな発言は…」

 

「お前それ他人にとやかく言えねぇだろ。思いっきりブーメラン突き刺さってるぞ」

 

「ゴホンゴホン!!ま、まぁそれはいいじゃないか。とにかく、年端もいかない女の子があの様な発言を、しかもこの男に…」

 

 

 めぐみんといいダクネスといい、さっきから誤魔化して話しているのが鼻につく。

 

 

「あやふやにされてちゃ何もわかんねぇぞ。事実を言え」

 

「…わかりました。教えましょう。ここにいるゆんゆんは、なんとこのカズマに…!」

 

「わー!!やめてよめぐみん!!わかったから、私が悪かったから!!」

 

 

 目に涙を溜め顔をトマトのように真っ赤にしながらめぐみんの口を必死に塞ごうとするが、正座のせいで足が痺れてうまく動けないようだ。

 

 

「いや、言います!ゆんゆんは、カズマに対して子供が欲しい!と言い放ったのです!!」

 

「……は?」

 

 




オリジナル長編?べ、別にすぐやるとは言ってないし!!

あ、感想、評価、その他諸々待ってます!


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爆走紅魔にレッツ&ゴー!編
第四十話


ギリギリ1週間。記念すべき40話目です!


 

 めぐみんの言葉が理解出来なかったので、再度確認して飲み込んで頭を回してようやく理解出来た。

 

 

「…なるほどね。ゆんゆんはカズマの子が欲しいと、そう言ったわけだな」

 

「は、はい…。出来れば忘れてほしいです…」

 

 

 俯いて顔を真っ赤にしながら言うゆんゆん。一体なぜこんなことをしたのか。

 ちなみにカズマは凄い顔でめぐみんとダクネスを睨み付けている。表情筋すげぇ。

 

 

「俺もそうしたいんだがなぁ。さっきのそこの変態のブーメラン発言の通り、女の子が軽々しくそんなこと口にしちゃダメだ。ましてや相手はこのカズマだぞ? 何をされるかわかったもんじゃねぇ。腹がペコペコの時に目の前に肉を出されて我慢できる肉食動物がいるか?居ないだろ」

 

 

 諭すように言うと、ゆんゆんではなくカズマが反応してきた。

 

 

「さっきから黙って聞いてりゃボロカスに言ってくれやがって! お前はどうなんだお前は! ゆんゆんレベルの美少女に言い寄られて断れるのかコラァ!!」

 

「無理」

 

「流石だぜブラザー!」

 

 

 我慢?出来るわけがないでしょう。する気もないけど。

 そもそも女の子が勇気を出して言い寄って来たのを断る奴はホモか不能かタダのハーレムを築く鈍感クソ野郎だ。

 そいつらは俺やカズマとは違うベクトルのクズで、法では裁けない。だから…。

 

 俺が裁く!!

 

 新たな決意を固めて闘志を燃やしていたのだが、俺の決意などつゆ知らず。

 めぐみんがまたかこいつら、といった顔でため息をついた。

 

 

「はぁ…まったくこの男どもは…。私はおろかゆんゆんもドン引きしてますよ?」

 

「一向に構わねぇよ」

 

「同じく」

 

 

 こいつらに引かれてももう何も思わないようになってきた。これが慣れか。

 

 

「…なにか釈然としませんが、取り敢えずは置いときます。では本題に入りますが、ゆんゆん。何の為にこんな騒動を引き起こしたんですか? ありえないと思いますが、カズマに惚れたって訳じゃあないんですよね?」

 

「おいその可能性がないこともないだろ! 否定するな!」

 

「ややこしくなるから黙ってろカズマ。あと多分その可能性はない」

 

「なんだとオラァ! やろうぶっ殺してやほぐっ!」

 

 

 旅行の疲れがまだ残っている状態でこの騒動が起きたので、カズマのテンションがおかしなことになっている。

 そう思うことにして、取り敢えず黙らせた。

 

 

「で、本当はなんなんだ?俺としてはバニルにまた騒動が転がり込んでくるって言われて気が気でないんだが」

 

「ええと…この手紙を見てください」

 

 

 言いながらゆんゆんが取り出したのは1通の手紙。何の変哲もない、普通の便箋だ。

 

 

「この手紙がどうかしたのか? 何の変哲もないように見えるが」

 

「手紙自体は普通の便箋です。ですが、内容が…」

 

「内容…。カズマと子作りしなきゃ一生ぼっちのまま、って内容の手紙が来たのか? 」

 

 

 もしそうなら手紙を出したアホを突き止めてオハナシしなくちゃならない。

 

 

「ち、違います! …たまにアクシズ教の人から入らないと一生友達が出来ないって感じで勧誘されますけど…。とにかく違うんです! …紅魔の里、いえ、世界の危機なんです!」

 

 

 何やってんだアクシズ教徒。

 紅魔の里ってことは、めぐみんとゆんゆんの故郷か。それに、世界が危機ねぇ。

 紅魔族は常識を失う事と引き換えに全員がかなりの強さを有している一族だと聞いた。その紅魔の里が危機?魔王軍でも攻めてきたのか?

 解せないのが、なぜそれがカズマと子作りに繋がるのかという事だ。

 

 

「世界の危機がなぜカズマと子作りに発展するのですか」

 

「そ、それは忘れてって言ったでしょ! と、とにかく、この手紙を読んで!」

 

 

 またも顔を真っ赤にしたゆんゆんが、話をそらすようにめぐみんのまな板に手紙を押し付けた。お、殺気。

 

 

「ええと…これはゆんゆんのお父さん、族長からですね。なになに、『この手紙が届く頃には、私はこの世に居ないだろう』…?」

 

 

 手紙の内容に目を通していくにつれ表情が険しくなっていくめぐみん。

 グシっと手紙を握るめぐみんから手紙を奪い取り、俺も目を通す。

 

 

「ちょっと貸してくれ。どれどれ…『我々の力を恐れた魔王軍がとうとう侵攻してきた。既に里の近くには巨大な軍事拠点が築かれた。それだけではない』……マジで魔王軍攻めてきてたのか。まさかバニルが言ってた騒動ってこれか?」

 

 

 もしそうなら願ったり叶ったりだ。休みたいのは休みたいが、魔王軍と戦うことなんてそうそうないからな。…あれ?よく考えたら結構戦ってるような…。まあいい。

 

 手紙には、魔法に強い魔王軍幹部が派遣されたとも書いてあった。ハンスとは違い正面から攻めるタイプの幹部か。なかなかいい相手になりそうじゃないか?

 ワクワクする気持ちを抑えながら、再び手紙の内容に目を通していく。

 

 

「『この身を捨ててでも幹部と刺し違えてみせる。愛する娘よ、お前がいれば紅魔の血は絶えない。族長の座はお前に任せる。どうか、紅魔の血が決して絶えることのないように…』か…。なるほど、これでカズマに子作りを迫った訳だな」

 

「そ、それもあるんですが…。二枚目にその事について詳しく書いてるので…」

 

「二枚目…。ふむ。『里の預言者がヒモ同然の働かない男と…』なるほど、カズマのことか。『…ゆんゆんがくんずほぐれつして出来た子が魔王を討つことになるであろうと予言した』か。ゆんゆん。悪いけどこの予言嘘だぞ」

 

「えっ」

 

 

 一つ、絶対に断言出来ることがある。

 

 

「魔王を倒すのはお前とカズマの子じゃない。この俺だ」

 

 

 仮にもサイヤ人の端くれとしては、世界最強と謳われる魔王をぶっ倒してその名を欲しいままにしたい野望はある。

 しかし、俺の自信満々な発言に物申す奴が出た。

 

 自称紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみんだ。

 

 

「何言ってるんですかヒデオ。幹部に一撃でやられた分際で。魔王を倒すのはこの私です。あなたは私の横で大人しく『気』を渡しとけばいいのです!」

 

 

 この間のハンスの一件を挙げ俺を挑発し、なおかつ自信満々にそうのたまうめぐみん。

 いい度胸じゃねーかこのガキ。

 

 

「いい度胸だロリっ子。スライム1匹倒した程度で調子乗ってんじゃねーぞ」

 

「ロリ…! また言いましたね! もう許しませんよ! 表に出なさい!」

 

 

 ダン!と床を踏みつけこちらに向き直るめぐみん。その瞳は興奮しているのか紅く輝いている。上等だ。

 同じくめぐみんに向き直り、ザッ、と前に一歩出る。

 

 

「上下関係をはっきりさせる時が来たようだなめぐみん。どうなっても知らねーぞ?」

 

「謝るなら今のうちですよ。土下座すれば許してあげます」

 

 

 挑発を挑発で返してくるめぐみん。

 どうやらここで白黒はっきりさせなきゃならないようだ。

 

 めぐみんと共に無言で外に出ようとしたその時、いつの間にかこちらに来ていたアクアが。

 

 

「ねぇ二人共、ゆんゆんの件はどうなったの?」

 

「「あ」」

 

 

 忘れていた訳じゃない。他に重要な事が出来たから失念していただけだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 めぐみん騒動の後、何とかしてゆんゆんを納得させる為に俺達が紅魔の里に出向く事となった。短期間で旅行し過ぎじゃないか?

 

 その旨を起きたばかりのカズマに伝えると。

 

 

「で、また旅に出るのか…」

 

 

 目に見えて落ち込みながら言うカズマ。まぁさっき帰ってきたばかりでゆっくりしたいはずなのにこの仕打ちはあんまりだよな。

 俺も休みたいのは休みたいが、魔王軍幹部へのワクワクでなんとかなっている。

 

 

「まぁそう落ち込むな。紅魔の里はアルカンレティア経由で行くと早いらしいから、今からウィズのとこ行って明後日に送ってもらえるよう頼んでくる。温泉を気に入ってテレポート先に登録したらしいからな。てことで明日は1日ゆっくりするといい」

 

「そうか…。で、ゆんゆんはもう居ないっぽいけど、結局あの言動は何だったんだ?やっぱりモテ期来てた?」

 

 

 可哀想に。気絶させられた衝撃で妄想と現実の区別がつかなくなっているようだ。

 

 

「残念ながら現実は非情なんだよ。ゆんゆんに送られてきた手紙に魔王軍云々以外にもなんか色々と書いてあってな。それに惑わされてた感じだ」

 

「なんだよ…ついに俺の時代が来たかと思ったのに」

 

「あんま気落ちするな。そのうち来るんじゃないか? …っと、俺そろそろウィズのとこ行ってくるわ」

 

 

 ソファから立ち上がり、カズマにそう伝える。玄関に向かうと、その行動を疑問に思ったらしいカズマが声をかけてきた。

 

 

「あれ、徒歩で行くのか? 範囲的にも瞬間移動使えるだろ?」

 

「歩くより疲れるしなぁ。空を飛ぼうにも夜はまだ寒いし…。それに万が一ウィズの所に飛んで着替え中とかだったりしたら」

 

「…もう一回今のセリフを」

 

「着替え中…ハッ!」

 

 

 なんで俺はこんな簡単なことに気付かなかったんだ! もし気付いていれば、確実にウィズと混浴が出来たのに…!

 クソッ…!

 

 

「ヒデオ、気持ちは分かるが気を取り直せ。過去は戻ってこない。俺達は今に生きてるんだろ! だったらやることは一つだ!」

 

「カズマ…あぁ、そうだな! 俺達は過去じゃなく、未来のために戦うんだ!」

 

 

 カズマと手を取り合い、ガッシリと男の握手を交わす。そしてウィズの気を探る。くそっ、バニルの気もあるから掴みづらいな…。

 

 …よし、これか!

 

 

「あ、お前ら! 俺とヒデオは今からウィズの所に行ってくるから、先に飯食べといてくれ!」

 

「はいはーい。けど、二人で何しに行くの?」

 

「合法的な覗k…ゲフンゲフン。ちょっと紅魔の里に行く手伝いをしてもらおうと思ってな」

 

 

 これは決して故意ではない。事故だ。たまたま飛んだらたまたま全裸のウィズが目の前にいたりしても俺達は全く悪く無いのだ。

 

 

「なるほど、わかったわ。いってらっしゃーい」

 

 

 特に興味も無さそうなアクアに見送られ、俺達はウィズのいるところに飛んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 瞬間移動で辿り着いた場所には鏡と洗面台があり、その奥には風呂場へと続く扉があった。

 

 

「洗面所兼脱衣所…か」

 

「そうみたいだな…」

 

 

 声を殺して会話をしていると、浴室の方から水音が聞こえた。どうやらあがる直前だったようだ。これなら事故として扱って貰えるだろう。

 

 ごくりと生唾を飲み込み、扉をガン見する俺達。もはや気配を殺すことも忘れ、ただただその時を待っていた。

 

 やがて扉に手がかけられ、躊躇なく一気に開け放たれた。

 

 

 

 

 そこに居たのは。

 

 

 

 

 

「貧乏店主かと思った?残念!我輩でした!フハハハハ!」

 

「「やろうぶっ殺してやる!」」

 

 

 自称魔王より強いかもしれない悪魔、バニルがそこに居た。ころしてやる!!

 

 

「お主らの悪感情、大変美味である!フハハハハ!」

 

 

 

 




感想とかなんか色々よろしゃす!


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第四十一話

着々と増えてゆく


 

 

出発の前日。

 

紅魔の里へ行く準備を朝早くに終えた俺達は、昼食前に中庭でとある実験をしている。

 

 

「さぁこいカズマ! お前の本気を見せてみろ!」

 

 

数メートル先に仁王立ちしているダクネスが、心の準備は出来たとの旨を伝えてきた。

 

 

「どうなっても知らねーぞ! まだ調節出来ねぇからな!」

 

「望むところだ!」

 

 

本来ならばめぐみんやヒデオのように何も無いところに撃ちに行くのが正しいんだろうけど、遠出するめんどくささとドMの懇願により中庭で行うこととなった。ちなみにアクアはまだ惰眠を貪っている。

 

 

「撃ちな! どっちが強いか試してみようぜ、というやつだぜ…」

 

「お前の方が強いに決まってんだろ。年季の差を考えろ」

 

 

ヒデオがちょむすけを頭に装備しながら厳つい顔で言ってくる。なんていうか『凄み』がある顔をしている。

 

そう。お察しの通り、俺はついに『気功術』を覚えた。ヒデオの言う通りかなりポイント食うし、俺がヒデオのようになるにはかなり修行しなくちゃならないしで少し前まで覚える気は無かったのだが、昨日行ったウィズの店で風呂上がりのバニルから一言予言を貰ったのだ。

 

『して、スティールが必殺技だと豪語している小僧。我が予言してやろう。尻尾付き小僧と同じスキルを覚えるが吉』

 

普段の言動のせいでかなり怪しかったが、特に覚えたいスキルも無かったし、この間のハンス戦の件である考えが浮かんでいたしいい機会だと思って習得することにした。

スキルポイントに余裕を持たせたかったので取り敢えずかめはめ波まで覚えた。

 

 

「じゃあ行くぞダクネス! はぁっ!」

 

「来い!」

 

 

ダクネスに合図をし、気を解放してガキの頃に何度もした構えを取る。ドラゴンボール好きな奴なら誰だってしたことがある構えだ。

 

 

「か…め…は…め…!」

 

 

手のひらに『気』が溜まっていくのがわかる。これが気か…! ワクワク感に思わず笑みがこぼれる。仕方ないじゃないか。憧れの技を実際に使えるなんて思わなかったんだから。

 

綻ぶ顔をなんとか抑え、溜まった気を押し出すように両腕を前に突き出す。

 

 

「波ーー!!」

 

 

ボッ! と音を立て、ダクネスに向かって真っ直ぐ飛んでいく光。太さも速さもヒデオには及ばないが、それでもこれはかめはめ波だ。

 

やがてダクネスに直撃したかめはめ波は、ダクネスをよろめかせるくらいの威力はあった。

 

 

「ふっ! くぅぅ…! 威力はヒデオと比べるとアレだが、焦らされてる感じがしてそれがまた…!」

 

「ヒデオのと比べるとハナクソみたいな迫力でしたね」

 

「俺のと比べるのもおこがましいくらいハナクソだったな」

 

「ハナクソハナクソ言い過ぎだろ!」

 

 

ヒデオはともかく女の子がそんな言葉使っちゃいけません!

 

……いや既に色々手遅れだったわ。

 

 

「おいハナク…カズマ。気功術覚えたのは何もかめはめ波撃ったり空飛んだりするためだけじゃねぇんだろ?」

 

「ぶん殴るぞお前。……お前の言うとおり、舞空術とか使えたら便利だとは思ってたが、覚えた理由はそれだけじゃない。この間ハンス戦で気をめぐみんに渡して爆裂魔法を強化したろ?それを俺の多彩なスキルに応用できないかと思ってな」

 

 

超エクスプロージョンを見た限りでは、ただ魔力を多く注ぎ込むのとは訳が違うように思えた。技そのものが強化され進化していたからな。

例えば俺の代名詞でもあるスティールを強化するとどうなる?

 

 

「ダクネス、そのまま立っといてくれ!」

 

「…? よく分からないが了解した」

 

 

頭に疑問符を浮かべながらも素直に従うダクネス。本当ならこんな事を仲間に対してやりたくないんだが、実験の為なので仕方ない。

先程と同じように気を溜めるが、今度は右手にのみ集中させ、魔力も同じように集中させる。そして気と魔力を溜めた右腕をダクネスの方に突き出す。

 

 

「行くぜ! えーと……『超スティール(仮)』!」

 

「……? 特に何も起きないのだが」

 

 

言いながら体を確かめるようにあちこちさわるダクネス。本人の言う通り特に異常は無さそうだ。

 

 

「あれ、おかしいな……。気も魔力もしっかり減ったのに何も盗れてないぞ……おいヒデオ! どうしてくれんだ! スキルポイントの無駄遣いじゃねぇか!」

 

「知るか」

 

 

ちっ、役に立たねぇな。

しかし、本当に不思議だ。めぐみんの時は普通に爆裂魔法を超えた爆裂魔法が撃てたのに、なんで俺の時はダメなんだ? もしかして、前にサキュバスのお姉さんの店で幸運の女神であるエリス様の夢を見せてもらったせいか? スティールは幸運値が影響するからな…。

 

 

「うーん…。パンツだけじゃなくブラジャーも盗れると思ってたんだが…。期待はずれだなぁ」

 

「まぁそういう事もあるだろう。さ、もう一度カメハメハを撃ってくれないか? 今度はヒデオも……!?」

 

 

ダクネスが急に話すのを止めた。不思議に思ってダクネスの方に視線を向けると、何故か頬を紅潮させていた。

 

 

「どうしたんだダクネス。急に黙りこくって。トイレにでも行きたくなったか?」

 

 

ヒデオが全くデリカシーの無い発言でダクネスを問い詰める。

 

 

「……ない」

 

「なんて?」

 

「ぱ、ぱ、ぱんつが……ない!」

 

「何ぃ!?」

 

 

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!『ダクネスのパンツを盗れなかったと思っていたらダクネスがノーパンになっていた』……何を言ってるのかわからねぇと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった……。スティールとか追い剥ぎとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わっているぜ……。

 

 

「おいカズマ。大人しく白状しろよ」

 

「ち、ちげぇし!スティールは不発だったろうが!」

 

「容疑者はカズマしか居ないのですが……」

 

「無実だ! ほら、手に何も持ってないし、ポケットにだって……!!」

 

 

無実を表明するべくズボンのポケットをひっくり返そうと手を突っ込んだ。

しかし俺の気持ちとは裏腹に、そこには先程までは無かったはずの『なにか』があった。

 

 

「……ある」

 

「なんて?」

 

「『得体の知れないなにか』があるッ! 俺の右ポケットにそれはあるッ!」

 

「何ィィーー!?」

 

 

ヒデオの驚嘆を皮切りに、その場に静寂が訪れる。皆の視線は自然と手を突っ込んでいる右ポケットに集まった。

 

「か、カズマ。その『なにか』は、いったいなんなんだ……?」

 

 

ヒデオがおそるおそる聞いてきた。頬がヒクヒクしてる気がするがまぁ気のせいだろう。

 

 

「わからない。ただなにか、こう……肌触りの良い布の様な感触だ」

 

 

触り心地はサラサラとしていて、肌にフィットしそうな感触だ。さらに拳が余裕で入る位の穴が空いていて、装飾のようなものもある。一体なんなんだこれは……。

 

 

「なるほど。それだけだとわからないな。温度はどうだ?」

 

「ほんのり温かくて、若干蒸れている気がするな……。一体なんなんだこれは」

 

「わかんねぇな……」

 

 

いやーほんとわかんないなー。

 

 

「色は何色だと思う?」

 

「俺は…白だと思う。ほら、なんか清いし」

 

「なるほど。俺はあえてライトグリーンを推すぞ。意外性ってやつだな」

 

 

なるほど。そういうのもあるな。

ヒデオの意見に感心していると、めぐみんがはぁ、と溜め息をついた。

 

 

「……二人共、もう充分でしょう? ダクネスの顔がえらいことになってますよ」

 

 

見ると、ダクネスは羞恥と屈辱のせいでなんとも言えない顔で悦んでいた。気持ち悪っ。

 

 

「わかったよ。ほれ、ダクネスのパンツだ」

 

 

もう充分遊んだので、ポケットからダクネスのパンツを取り出す。にしても、なんで発動からパンツゲットまでに時差があったんだ?

 

 

「ほう。薄いピンクとは意外だな。装飾も可愛らしいし、案外可愛い趣味してんじゃねーかララティーナ」

 

「ララティーナはやめろ!!!」

 

「うわぁ! やめろララティーナ! その年で前科持ちは親父さんが悲しむいででででっ!」

 

本名を呼ばれるのは嫌なのか、ヒデオの頭に掴みかかるダクネス。

そんなダクネスを諌めるように、めぐみんがまぁまぁと言いながら近付いていく。

 

 

「まぁそうカッカしないでくださいダクネス。前にアクアが『ダクネスは案外可愛いもの好きなのよね。めぐみんのフリフリの服を姿見であわせてたし、今度買い物にでも連れていきましょう』って言ってましたし、可愛いものが好きなのもわかってます。わかってるのでアイアンクローを離して頂けるとありがたいだだだだだ!!」

 

「今ここで言うことじゃないだろう! これは私の求める羞恥攻めとは違うぞ!」

 

 

ダクネスの羞恥と怒りを孕んだ叫びが中庭に響き渡った。うるせぇ。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

実験もそこそこにして、今は皆で昼食を食べている。

 

 

「で、カズマよ。実験の結果何がわかったんだ?」

 

 

ヒデオがパンをかじりながら尋ねてきた。

すると、俺達が実験をしていた事を知らなかったアクアが俺に詰め寄り問うてきた。

 

 

「え、なになに? 私が寝てる間になにか楽しそうなことしてたの? ねぇなんで起こしてくれなかったの? なんで私だけ仲間はずれにするの? ねぇったら!」

 

「あぁもう鬱陶しいな構ってちゃんが! 起こしても起きなかったんだろーが!」

 

 

肩をがくがく揺らしてくるアクアを押しのけようとするが、流石ステータスがカンストしてるだけあるだけあってなかなか離れない。

前までの俺ならフリーズとかで追っ払って居たのだが、今は違う。

 

 

「はぁっ!」

 

「え、わぁっ!」

 

 

気を解放し、その衝撃波でアクアを仰け反らせる。おぉ、これは便利だな。

 

 

「おいやめろよカズマ。こんな所で気を解放すんな。ホコリが舞うじゃねぇか」

 

 

ホコリから食べ物を守る為に机を頭上に持ち上げたヒデオが文句を言ってくる。こいつ食べ物の事になったら割と体張るよな。

 

 

「すまんすまん。まだ勝手がわかんなくてな。次からは気を付けるよ」

 

「今のって、ヒデオと同じ技? ねぇカズマさん。ヒデオと同じ技を覚えたからって急激に強くなるわけじゃないわよ? わかってる?」

 

「そんくらいわかってるわ! というか話進まねぇから黙ってろ!」

 

 

煽ってきたアクアを殴りたい気持ちを抑え、話を戻す。

 

 

「実験の結果、スキルに気を注ぐと何かしら変化が起きることがわかった。例えばスティールなら任意の物を盗れるようになるとかな。まぁ普通にスティールするよりかなり疲れるから連発は出来ない」

 

 

気を注ぐと何故か魔力の消費も増える。まぁ性能が上がるとコストも上がるのはよくある事なのであまり気にしていない。

 

 

「なるほど。だからあの時カズマがパンツって言った後にダクネスのパンツが盗られたんですね」

 

「欲しいもん盗れるとかいたずらし放題じゃねぇかカズマ」

 

「「「うわぁ……」」」

 

 

ヒデオの言葉に俺から体を腕で隠すようにしてドン引きする女性陣。なんだろう、この釈然としない感じは。

 

 

「……言っとくが、俺にだって選ぶ権利くらいはあるんだからな」

 

「「「なっ!」」」

 

 

 

 

 

 




超サイヤ人化をシリアステイストでするかギャグテイストでするか悩んでます


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番外話 この世界での聖夜に祝福を!

ギリギリセーフ!


 

 ある冬の事。

 

 

「「「メリークリスマス!!」」」

 

 

 今日はクリスマス・イブ! 本来はイエス・キリストの生誕を祝う日で、決してカップルがイチャコラするための日じゃないぞ!

 ……というのは置いといて、どうやらこの世界にもクリスマスという習慣はあるらしい。別にイエス・キリストの生誕を祝っている訳では無い。というかキリストは存在しないらしいしな。

 何を祝っているのかというと、国教であるエリス教の何たらを祝うらしい。それなら『エリスマス』になりそうなものなのだが、なんでもエリス様の好きな花である『クリス』という花から取っているらしい。まぁどうでもいいよね。

 

 

「……めりくり」

 

「ヒデオ、顔が死んでるぞ。……まぁ気持ちはわかるが」

 

 

 この世界でのクリスマスも例に漏れず、カップルがイチャコラするための口実になってしまっている。

 お前らエリス教徒じゃないのかクソッタレ。

 

 

「どうしたのよ二人共! そんな暗い顔して! 今日はめでたい日なのよ?」

 

「アクアの言う通りだ。今日はエリス教の祝い事の日だが、この日は宗派に関係なく皆が祭りを楽しむ。ほら、今日の為にと実家から高級酒が贈られてきたんだ。飲んでくれ」

 

 

 ダクネスがグラスに酒を注いで差し出してくる。気持ちは嬉しいのだが、今はそんな気分じゃない。

 

 

「気持ちは有り難いんだがな……。オレもヒデオも、今はそんな気分じゃないんだ」

 

「まぁそうだな。酔っちゃうと仕事出来なくなるしな」

 

 

 酒は飲まずにチキンを頬張るヒデオ。こいつの言うとおり、酔ってしまうと仕事が出来なくなる。

 ちなみに仕事というのは、この時期になると毎年やって来る冬の精霊『サンタ・クロース』の亜種、『ブラック・サンタ・クロース』の撃退及び討伐だ。

 この黒サンタは四年に一度しか来ない代わりに、幸福なプレゼントではなくゴミなどの忌み嫌われる物を枕元に置くのだそうだ。

 しかも、普通のサンタのプレゼントがその場にあると持って帰ってしまうという小悪党ぶり。

 ギルドには四年に一度、子供の保護者や孤児院からこいつを討伐してほしいとの依頼が来るそうだ。

 

 

「ねぇめぐみん。なんでヒデオさんとカズマさんはめでたい日なのにあんまり嬉しそうじゃないの?」

 

「二人共街中でカップルがイチャコラしてるのを見た上に仕事を依頼されたからですね。仕事の方は仕方ないですが、いい加減自分達の周りが美少女だらけというのを自覚したらどうです?」

 

 

 ゆんゆんに問われためぐみんが、やれやれといったような顔で自信満々に言ってきた。

 

 ……美少女、美少女ねぇ。確かにこの場にいる女の子は全員見てくれだけレベルが高い。そう、見てくれだけは。

 だが、中身はどうだ?

 ポンコツなんちゃって女神に、爆裂魔法しか頭にないロリっ子、誰もが引くレベルのドM、友達が居ない薄幸ぼっち。見た目の分を差し引いても黒星を背負う事になる。

 

 その事を周知している俺とヒデオは、めぐみんの言葉に顔を見合わせ。

 

 

「「……フッ」」

 

 

 鼻で笑ってやった。

 

 

「「「「なっ!!」」」」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 もうすぐ日が変わろうという時間帯。女性陣は既に酔いつぶれて寝てしまっている。

 

 依頼の準備をしていると、もう準備を終えたらしいヒデオがぶつくさ文句を言ってきた。

 

 

「しっかしよーカズマ。こんな日になんだって俺らは働かなくちゃならないんだ? この仕事するよりカップルの男の股間を潰してまわりたいんだが。リア充はいねがーつって」

 

「気持ちは分かるが抑えろ。ギルドから直々の依頼だし無下にもできないんだよ。あなた達だけが頼りなんです! とか言われたしな。それに、エリス様のための祭りを台無しにしようとするクソッタレ黒サンタなんて許しちゃおけねぇだろ?」

 

 

 受付のお姉さんのサンタコスがエロかったから二つ返事で了承したってのは内緒。

 

 

「……まぁそれはそうだな。よし決めた。黒サンタを瞬殺してからリア充をぶっ殺しに行こう」

 

「それがいい。さて、そろそろサンタ狩りの始まりだ」

 

 

 ヒデオにそう言い、ベランダに出る。

 本来のサンタ狩りなら普通のサンタも狩りに行くところなのだが、恵まれない子どもたちの為にプレゼントを配る善人を討伐するほど俺達は鬼じゃない。

 

 

「ん……。特に目立った気は見当たらないな。まだ来てねぇのか? 取り敢えず、街の方に行こうぜ」

 

「おう。寒いから乗っけてってくれ。俺は毛布かぶる」

 

「しゃーねーな……。ほれ、乗れ」

 

 

 ヒデオの背中に乗せてもらい、ついでに毛布にくるまる。この状態だと咄嗟に行動できないが、まぁヒデオがいれば大抵のモンスターは倒せるし大丈夫だろう。

 

 

「カズマよ。依頼受けたのはいいんだが、なんで俺達だけなんだ?」

 

 

 空を飛んでいると、ヒデオがそんな疑問を投げかけてきた。

 

 

「あんまり大勢でやると白サンタの方が仕事しにくくなるらしいからな。かと言って半端な強さじゃ黒サンタには勝てない。だからアクセル最強の冒険者と名高いお前が居る俺達のパーティーに依頼が来たんだろ」

 

「最強だなんて……まぁ事実だな」

 

 

 特に謙遜することも照れることも無くしれっと事実だと認めたヒデオ。なんかムカつく。

 

 

「話題に出したの俺だけどムカつくな」

 

「落とすぞお前」

 

「フフン。落とされても俺には君と同じく舞空術があるのだよ。勝った!」

 

「よし。今からお前を全力で地面に向けて叩きつけるけどいいな?」

 

「調子に乗りました謝るのでそれは勘弁してださい」

 

 

 そんな事されたら潰れたトマトみたいになってしまう。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 街に着いても特に変わった気は無かった。

 ただ待っていても寒いので、まだ開いていたウィズの店にお邪魔することにした。

 

 

「あ、カズマさん。ヒデオさん。メリークリスマス! こんな夜中にどうしたんですか?」

 

 

 店に入ると、ミニスカサンタのコスプレをしたウィズが出迎えてくれた。エロいな。

 というかリッチーなのに神聖なクリスマスを祝って大丈夫なのか?

 

 

「メリクリ。ギルドから依頼を受けたんだが、肝心の標的がまだ出て来てないんだよ。だからそれまでここで待たせてもらおうと思ってな」

 

「そうなんですね! 折角来たんですし、ゆっくりして行ってください! お茶淹れてきますね!」

 

 

 そう言い残しパタパタと店の奥へ引っ込んだウィズ。あーエロかった。

 ウィズのコスプレ姿を思い返しながら癒されているとどこからともなく、口の周りに白いヒゲを蓄え赤い衣装を身にまとった小太りの中年が現れた。

 

 

「メリークリスマス! さぁ好きなプレゼントをあげよう!」

 

 

 そう言いながら白地袋をまさぐるサンタ。

 そんなサンタを見てヒデオが一言。

 

 

「なにやってんだ? バニル」

 

 

 特に疑いもせずそう言い放った。

 気を変質させでもしない限り、気の感知持ちに変装のたぐいは効かないのだ。俺は気付かなかったけど。相変わらず変装のクオリティが凄い。

 というかこいつ悪魔なのにサンタコスなんてして大丈夫なのか?

 

 

「やはり貴様には通じぬか! フハハハハ! なに、プレゼントが思い通りの物でなかった時のガッカリの感情を頂こうと思ってな。今しがた街中に居たカップルをからかってきたところなのだ」

 

「「流石バニル!俺たちに出来ないことを平然とやってのけるッ!そこにシビれる憧れるッ!」」

 

 

 普段はムカつく野郎だが、今回ばかりは感謝しかない。あざーっす!

 

 バニルに感謝をしていると、お茶を持ったウィズが戻ってきた。

 

 

「お茶が入りましたよー。あ、バニルさん。帰ってらしたんですね」

 

「うむ。ちょうど帰った方が面白いとの直感が働いてな。実際にそのようだ」

 

 

 こちらを見ながら言うバニル。相変わらず笑顔が不気味だ。

 

 

「して、貧乏店主のコスプレに目をギラつかせている二人の小僧よ。そろそろお目当ての黒サンタがこの街に来るであろう。そこでこの我輩が一つ予言してやろう。このバニル人形Mk-IIIを持って行くが吉」

 

 

 先程の白い袋から怪しい人形を二つ取り出すサンタコスバニル。めちゃくちゃにやけてるしかなり怪しい。

 

 

「すっげぇ怪しいなお前。で、この人形はどんな効果を持ってんだ?」

 

「なに、前にそこの小僧が作ったダイナマイトとやらを悪魔パワーで圧縮して出来るだけ爆裂魔法の威力に近付けたものを入れただけの、至って普通の人形である」

 

「ただの兵器じゃねぇか! これめぐみんの前で使ったら確実にキレるよな……」

 

 

 そう呟きながらも人形をしっかり貰うヒデオ。めぐみんの前で使う気満々ですね。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 世間話をしながらお茶を飲んで寛いでいると、その時は来た。

 

 

「……来た。行くぞカズマ」

 

「お、来たか。瞬間移動使うのか?」

 

「おう。じゃ二人共、行ってくるぜ。お茶ごちそうさま」

 

「はーい。行ってらっしゃい!」

 

 

 全く心配などしていない顔のウィズと、これから起こることがわかっていて笑いを堪えきれていないバニルに見送られながら瞬間移動で黒サンタの気に接近する。

 

 

 着いた場所はアクセルの街の上空。前を見ると、情報通りに真っ黒な衣装に身を包んだサンタクロースがそりで空を飛んでいた。

 

 

「Ho-Ho-Ho-……!?」

 

「よう、テメェが黒サンタだな? 俺は今からリア充をぶっ殺しに行きたいんだ。だから瞬殺させてもらうぜ。はっ!」

 

「ホッ!?」

 

 

 黒サンタはヒデオの有無を言わさぬ一撃をくらい吹っ飛ぶ。容赦ない。

 

 くるくると飛んでいく黒サンタだったが、わざわざ俺達に依頼するだけあって、黒サンタはヒデオの一撃に耐えた。

 

 

「ちっ、今の耐えるか。おいカズマ。見てねぇで手伝え」

 

「はいはい。えっと……『バインド』!!」

 

 

 持ってきていたロープを黒サンタの方に飛ばし、動きを封じるスキルのバインドを使う。

 真っ直ぐ飛んでいったロープが黒サンタを縛る。

 

 

 ことは無く。

 

 

「ホッ!」

 

 

 そりからジャンプして華麗によけられてしまった。しかし、それこそが狙いだ。

 

 

「かかったなアホが! 『スティール』!!」

 

「ホッ!?」

 

 

 スティールを黒サンタではなく、そりの方に向けて使いそりを奪う。これで奴はもう空を飛べないはずだ。

 

 

「ホー!」

 

 

 俺の読み通り、黒サンタは空を飛べずに地上に落ちていった。

 

 

 プレゼント(悪)が入った袋を持って。

 

 

「あ、不味い! 街中に逃げ込まれたら大技で消せねぇぞ!」

 

「逃げられる間にゴミをばらまかれてもアレだ! 追い掛けるぞヒデオ!」

 

 

 自由落下していったサンタを追い掛けるように、同じく地上に向かう。

 

 くっそ!黒い物体を消し飛ばすだけの簡単なお仕事だったはずなのに!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 路地裏。

 

 

「Ho-Ho-Ho-!」

 

「まちやがれこの野郎!」

 

「足速いなあのデブ! 『バインド』!!」

 

 

 カズマがバインドを使って捕らえようとするが、ひらりと避けられてしまう。体躯とマッチしないあの身のこなしが厄介すぎる。このまま追い掛けても埒が明かないだろう。

 

 

「カズマ! 挟み撃ちだ! 回り込む!」

 

「合点!」

 

 

 カズマより飛行速度の速い俺が奴の前に回り込み、カズマはそのまま後ろを追いかける。

 

 目指すは奴の進行方向より10m先。舞空術の速度を上げ、あっという間に目標地点に辿り着く。

 

 

「おやおや、久しぶりですね」

 

「Ho-ホッ!?」

 

「速っ! だけどナイスだヒデオ!」

 

 

 足を止めた黒サンタのすぐ後ろにカズマが来ていた。これでもう逃がさない。

 

 しかし、黒いサンタは一味違った。

 

 

「ホッ!!」

 

「跳んだ! 跳躍力すげぇ! 動けるデブとはこの事か!」

 

「呑気に感想述べてる場合か! 頭上越えられたぞ!」

 

 

 奴は感想を述べる俺の頭上を通り、路地裏から大通りに抜け出た。

 

 そこには。

 

 

「HO!?」

 

 

 黒いサンタなどではなく、正真正銘、真っ赤な衣装に身を包んだサンタ・クロースが居た。

 

 

「Ho!」

 

 

 黒サンタはサンタを見た途端、親の仇でも見つけたかのように飛びかかった。どうやらサンタを倒すつもりらしい。

 

 

「させるか!」

 

 

 サンタを守るべく、瞬間移動を使い二人の間に移動する。

 

 

「ホッ!?」

 

「オラァ!」

 

 

 気合と共に、奴の股間を全力で蹴り上げる。急所攻撃が効くかはわからないが、この体勢だとこれが一番いい。

 追撃を喰らわせようと構えると、サンタの所にカズマが駆け寄った。

 

 

「大丈夫かサンタさん! ほら、ここから早く離れて! あと、街の外れにある屋敷にもプレゼント届けに行ってくれると嬉しい!」

 

「HO!」

 

 

 カズマに促され、そりを使って空を飛んで行くサンタ。これで心置き無く暴れられる。

 

 

「Ho!!」

 

「その程度の攻撃が当たると思うのか! オラァ!」

 

 

 黒サンタの鋭い突きを難なく避け、右ストレートを叩き込み吹き飛ばす。

 

 

「ホホホーホホーホホ……!!」

 

 

 何が可笑しいのか、黒サンタは吹き飛びながら笑い声を上げる。

 

 

「おいヒデオ! なんか『これが我が逃走経路だ……!!』って言ってそうだぞあのニヤケ面!」

 

「どうやらそうっぽいな! あの方向はさっきお前が奪ったそりを捨てた方向だ!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「Ho-Ho-Ho-!」

 

「そりを取り戻したからって高笑いしてやがる! ヒデオ、撃ち落とすか?」

 

「いや、撃ち落としてもさっきと同じ事になるだけだろう。どうにかして一撃で、しかも上空で倒す方法は無いか……? 下からかめはめ波撃つとそりで妨害されるし、上から撃つと街に被害が出るな……そうだ!」

 

 

 さっきバニルから人形型爆弾を貰った。それに加えて黒サンタはプレゼントがあればそれを取るという小悪党ぶりを発揮するらしい。

 

 つまり。

 

 

「こうするんだよー!!」

 

「Ho?」

 

 

 上空に居る黒サンタの目の前にバニル人形Mk-III をぶん投げる。

 

 

「カズマ!」

 

「あいよ! 『ティンダー』!!」

 

「H……!!!」

 

 

 カズマの放ったティンダーが、アクセルの街の夜空にそれはそれは見事な爆炎を輝かせた。

 

 

「「メリークリスマス!!」」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「……で、二人共。なにか言うことは?」

 

 

 無人の教会にクリスの声が響く。

 

 

「「メリークリスマス! クリス様!」」

 

「メリークリスマス。ねぇ、依頼を達成する為とは言え、街中で爆弾を放つのはやりすぎだとは思わなかったの?」

 

「良心の呵責が邪魔をしましたが何とか押し退けてやりましたよクリス様」

 

「いや、押し退けちゃダメでしょ。というかクリス様はちょっと……」

 

 

 バツが悪そうにポリポリ頬の傷をかくクリス。からかうのはこの位にしよう。

 

 

「エリス様の為を思ってした事だし勘弁してくれよクリス」

 

「そうだそうだ! そんなんだから貧乳なん……ヒィッ!」

 

 

 こいつホント懲りないな。エリス様とクリスに胸の話題はNGなのに。

 

 

「わた、エリス様の為なら仕方ない……か。あと、ヒデオ君は後でお話しよっか」

 

 

 ニッコリと笑うクリスを見て、ヒデオが逃げようとする。しかし。

 

 

「「『バインド』」」

 

「あぁっ! テメェカズマ何しやがる!」

 

「ここで媚びとかないと酷い目にあいそうだからな。じゃ、俺は先に帰ってるから、後よろしく」

 

「嫌だァーー!! 」

 

 

 それでもサイヤ人かと思うほど情けない悲鳴を上げるヒデオをその場に放置し、屋敷へと帰る。

 

 さーて、サンタさんはプレゼントくれたかな?

 

 

 メリークリスマス。

 




メリクリです


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第四十二話

しゃっす!


 出発当日の朝。

 

 

「今からめぐみんの故郷である紅魔の里に行くわけだが、皆荷造りは終わったか?」

 

「めんどくさいから温泉行ったときに使った荷物をそのまま使ってる。お土産も入ったままだ」

 

「私も着替え以外はほぼ同じですね。アクアとダクネスも同じはずです」

 

 

 ちなみに俺もそのままの荷物だ。いちいち解いてまた詰めるのはめんどくさい。

 

 

「では、旅の概要を確認する。里は現在魔王軍と交戦中らしい。なので、遠くから見てみてダメそうだったらヒデオが単身で乗り込み、いけそうだったら全員で乗り込む。道中魔王軍の姿を見つけたら全力でヒデオに押し付ける。モンスターとの戦いも極力ヒデオに押し付ける方向で!」

 

「俺を頼りにしすぎだろ」

 

 

 我ながらひどい作戦だとは思う。

 

 

「カズマらしい作戦ですね。まぁそれが最善でしょうけど……」

 

「あぁ。だが紅魔の里付近は強いモンスターがウジャウジャ居るらしいし、ヒデオだけじゃなく私を盾にしてくれて構わないぞ。危なそうなら置いていっても構わない」

 

「おお、そうだな。是非そうするわ。そのまま帰ってくるんじゃないぞ」

 

 

 いつものようにアホな事を言うダクネスにキッパリ言い放つと荷物を背負い、ヒデオの肩に手を乗せる。ほかの三人も触る場所は違えど瞬間移動についていける様にしている。

 

 

「じゃ、行くぞ……ちっ、バニルの気とウィズの気が混ざりあってて気持ち悪い。えーと……よし!」

 

 

 ヒデオがブツブツ文句を言ったかと思うと、景色が急転する。

 辺りを見回すと見覚えのある店内で、すぐ隣にバニルが居た。

 

 

「おや、来たか。相変わらず急であるな」

 

「まぁそう言うなって。ウィズは?」

 

「貧乏店主なら先程仕入れた新商品のアンデット避けアイテムを開けてしまったせいで店の奥から出られずに泣いておる」

 

「いや助けてやれよ……。というかウィズが出られなくなるってことはかなりの効能だな。いつものようにデメリットはないのか?」

 

 

 ウィズが仕入れる商品は大抵その効果を打ち消すデメリットを発揮するものが多い。今回もその線が高い。

 

 

「いや、使う分でデメリットは無い。強いて言うなら使い捨ての癖に値段がバカ高いところであるな。まぁそれもこれから三億という大金を得る冒険者様にとっては特に気にならないであろうな」

 

 

 三億。そう、俺は今までに思いついた知的財産を三億エリスでバニルに買い取ってもらうことにしたのだ。月に百万とどっちかで悩んだが、俺達のパーティーは災難に巻き込まれることが多いので、万が一に備えて大金は蓄えておきたいと思って三億エリスにした。

 

 

「デメリットないのか……なら一つ買って行こうかな。アクアがいる限りアンデッド寄ってくるし。いくらだ?」

 

「お一つ百万エリスである」

 

「高っ! 使い捨てで百万とか高すぎだろ! まだアンデッドと戦った方がマシじゃねぇか!」

 

 

 使い捨てでこの価格はかなり無理があるお値段だと思う。しかし俺の抗議を無視し、しれっと袋に商品を詰め始めるバニル。

 

 ……まぁ一つくらいいいか。普段世話になってるし、なんたって三億エリスが入ってくるからな。百万くらいどうってことない……と思うことにした。

 そんな事を考えながらバニルの作業を見ていると、肩をトントンと叩かれた。

 

 

「なぁカズマ。屋敷に重力室的なの欲しいんだが。三億でどうにかしてくれねぇか?」

 

「あ、ヒデオずるい! カズマさん、私はプールが欲しいわ!」

 

「私は魔力回復効果が上がると言われる魔力清浄機が欲しいです」

 

「おっと、金の匂いを嗅ぎつけた亡者共め。プールとか魔力清浄機とかはまだ高くて無理だけど、今のうちに旅に必要そうなアイテムとか見て来いよ。あと重力室は金の問題じゃない」

 

 

 そう言うとニコニコ顔で店の奥へ行くアクアとめぐみん。

 

 

「ちぇっ、まぁいいか。俺もインナーを新調してこよう。次はもっと重くしたいな」

 

 

 ブツブツと呟きながら店の奥に消えていくヒデオ。あのインナー洗濯する時大変なんだよなぁ。今度からは自分で洗ってもらおう。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ウィズにテレポートでアルカンレティアまで送ってもらい、街の中を歩いている時の出来事。カズマとアクアが言い争っている。

 

 

「だからすぐに出るって出発前に何度も言ったろ!」

 

「一泊くらいいいじゃない! ほら、ヒデオも何か言ってやって!」

 

 

 アクアが俺に援護を求めてきた。しかし生憎のところ俺はこの街にあまりいい思い出がない。

 

 

「ピーピー喚くなアクア。通行人が変なものを見る目で見てるぞ。ちなみに言うと俺はこの街があまり好きではない」

 

「私の信者達がいっぱい居るのになんで好きじゃないの!?」

 

「それが原因だとわからんのか馬鹿め」

 

「うわぁーーん!! ヒデオとカズマがいじめるー!!」

 

 

 アクアが仲間じゃなかったら滅ぼしてるぞあんな教団。

 こんな俺達の様子を見て、ダクネスがまぁまぁと宥めてくる。

 

 

「三人共落ち着け。それよりカズマ。ゆんゆんは昨日の馬車で出たんだったな? それならまだここに着いてないかもしれないな……。待つか?」

 

 

 当初はゆんゆんも一緒にテレポートして貰おうと思ってたんだが、伝える前に馬車で出てしまっていたのでそれは叶わなかった。

 カズマに質問したダクネスだったが、反応したのはめぐみんだった。

 

 

「ゆんゆんなら大抵の事は一人で切り抜けられますし大丈夫でしょう。それより妹が心配なので私は早く先に進みたいのですが」

 

「余程早く帰りたいんだな。そんなに紅魔の里の皆が心配か?」

 

 

 ゆんゆんに対して信頼を置いている所をあまり出さない所もそうだが、めぐみんは案外ツンデレの素養があるのかも知れない。

 

 

「妹が心配だと何度言えばわかるのですか? それに、紅魔の里の皆は魔王軍程度にやられるほどなまっちょろくないです」

 

「ツンデレだな」

 

「だな」

 

 

『紅魔の里の皆〜』あたりから早口になり始めた所も含めてツンデレだ。

 

 

「違うと言っているでしょう! なんで四人共そんなにニヤニヤしているのですか! そんな生暖かい目でこっちを見ないでください! やめろォー!」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 アルカンレティアから伸びる舗装路を、ブツブツとボヤきながら歩くめぐみん。

 

 

「全く、酷い目にあいました……って、しつこいですよ。いつまでにやけているのですか。いい加減にしないと怒りますよ?」

 

「まぁそう言うなって。こうしてお前の言う通りにゆんゆんを待たずに紅魔の里への道を歩いてるんだからそれくらい我慢しろ。早く妹を助けに行きたいんだろ?」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

 それを言われちゃ何も言い返せないと言ったような顔で歯ぎしりするめぐみん。勝った。

 めぐみんに対して内心勝ち誇っていると、先頭を歩いていたカズマが急にピタリと足を止めた。俺達もそれに倣う。

 

 

「敵感知に引っかかった。ヒデオ、どうだ?」

 

 

 カズマに気の大きさの確認を促される。確認すると少し先に小さい気がポツンと動かずにそこに居た。

 

 

「こいつか。なんて事のねぇただの雑魚だな。カエルより弱い」

 

「安心した。行くぞ」

 

「倒すのか?」

 

「あぁ。ここいらで経験値稼いでおきたいしな」

 

 

 言いながらズンズン先へと進んでいくカズマ。これから先もっと強い敵が出てくるだろうし、目的地には魔王軍がいる。少しでもレベルを上げておきたいのだろう。

 

 カズマの後へと着いていくと、やがて気の場所に人影が見え始めた。

 人型のモンスターだ。木陰に座っている様に見えるが、弱ってるのか?

 

 

「アレか。なんか弱っちそうだな」

 

「おう。では早速……」

 

 

 ちゅんちゅん丸を鞘から引き抜き、潜伏スキルを使いそろーっとその影に近付いていくカズマ。刀を振りかぶったかと思うと、何故かそのまま硬直した。敵の攻撃か?

 心配なので、カズマのそばに行き何が起きたか確認する。

 

 

「おいカズマどうした。こんな雑魚にやられるとか情けないにも程が……あー、なるほど……」

 

 

 カズマと俺の視線の先には、到底モンスターとは思えない姿の少女が、怪我をいたわる様にして木に寄りかかっていた。

 

 

 

 

「えーと、『安楽少女。その植物型モンスターは、物理的な危害を加えてくる事はない。……が、通りかかる旅人に対して強烈な庇護欲を抱かせる行動を取り、その身の近くへ旅人を誘う。その誘いは抗い難く、一度情が移ってしまうと、そのまま死ぬまで囚われる。一説には、このモンスターは高い知能を持つのではとも言われているが定かではない。これを発見した冒険者グループは、辛いだろうが是非とも駆除して欲しい』だとよ。殺るか」

 

 

 アルカンレティアから紅魔の里への道に出るモンスターについて書かれたガイドブックを音読しながら空いている手を安楽少女にかざす。すると。

 

 

「ちょちょちょ、待ちなさいよヒデオ!」

 

「そうですよ! 貴方には情というものが無いのですか!? 血も涙も無いのですか!?」

 

 

 アクアとめぐみんが立ちはだかってきた。めぐみんに至っては俺をまるで鬼か何かのように例えるように非難してくる。

 

 

「全部あるけど、それがどうかしたのか? それより邪魔だ。そいつ殺せない」

 

「だからそれを待てと言ってるじゃないですか!」

 

「『是非とも駆除してほしい』ってあるじゃねーか。駆除しねーと」

 

 

 そう言うと、この二人はおろかダクネスやカズマでさえも信じられないものを見るような目で見てくる。コイツら何をそんなに躊躇ってるんだ?

 

 

「おいおいどうしたんだお前ら。普段ならモンスター消すべし慈悲はないとか言って爆裂魔法ぶち込んだりしてるのに何でこいつに限って躊躇するんだ?」

 

「いや、ですから! この子の姿を見てください! どこからどう見ても怪我をして休んでいる少女ですよ!?」

 

「そりゃ見た目はそういう風に擬態してるからってこのガイドブックにも書いてるし、カズマの敵感知にだって引っかかったんだ。こいつはモンスター確定だろ?」

 

 

 前に屋敷にサキュバスが来た時に『それは可愛くても悪魔、モンスターですよ?』とか言いながら駆除しようとしていためぐみんはどこに行ったのか。

 

 

「ですけど! 貴方はこんな可哀想な少女を手にかけるって言うんですか!?」

 

「だから何度もそう言ってるだろ。わかったらそこどけ。あとそいつは厳密に言うと少女の姿をしたモンスターだ」

 

 

 一体何の情が湧いたというのか。会って数分も経ってないし、言葉だって交わしていない。何がコイツらを突き動かしているのだろう。

 

 

「ヒデオの言うことも分かるが、ここは……な?」

 

 

 ダクネスの諭すような言葉を皮切りに、皆じーっと俺の方を見てくる。

 ……俺が折れないとダメな空気になってしまっている。仕方ない。

 

 

「……わかった、わかったよ。お前らの言う通り、直ぐには殺さない。ほれ、何もしない。早く手当なり介護なりしてやれよ」

 

 

 諦めたように両手を挙げ、アクアとめぐみんにそう促す。直ぐには殺さないが、この場を去るときに殺すつもりだ。駆除しろって書いてるしな。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「コロス…ノ……?」

 

「うん。苦しまねぇように一撃で殺ってやる」

 

「血も涙もねぇのかてめぇは!」

 

 

 さてこの場から去ろうとなったので再び安楽少女を屠ろうとしたが、カズマがちゅんちゅん丸の峰で後頭部を強打してきた。

 

 

「いってぇ! またこのやり取りかよ!」

 

「お前はこんな害のなさそうな子供を手にかけるのか!」

 

 

 コイツらには何度言えばわかるのだろうか。

 

 

「だから庇護浴をそそる見た目とか仕草で引き付けて逃げれないようにして栄養を吸い取るって書いてんだろーが! 害あるじゃねぇか!」

 

「この子は違うかもしれないだろ! それに『コロス…ノ…?』とか言われてよく即答でうんって言えるなお前!」

 

「元は人のデュラハンとかを本気で殺そうとして人の姿に限りなく近づいた蜂を容赦なく殺して人型をした悪魔を消してきた俺にそんな事を言われてもなぁ。コイツは人の姿を借りた植物だ。俺が今挙げた奴らとなんも変わりねぇだろ! だったら殺すしかないだろ!」

 

「ぐぬぬ……! そもそもお前がそこまでしてこの子を殺したがる理由がわからない! 経験値が欲しいなら他のモンスターを狩る事だって出来るだろ! お前がそこまでしてこの子を駆除したがる理由を教えろ!」

 

 

 俺の前に立ちはだかりながらそう訴えてくるカズマ。しつこい、しつこすぎる。いい加減諦めて看取ってやればいいのに。

 これ以上ここに留まっていても何も始まらないし紅魔の里に着くのが遅れるのでここいらで切り札をだそう。

 

 

「理由? そいつは駆除対象だし、何より俺の気の感知がそいつはろくな奴じゃないって言ってるんだよ! 長い間他人の気を感じてきた俺だからわかる! コイツはかなりのゲス野郎だ! ゲロ以下のにおいがプンプンしてるんだよ!」

 

「こんな純粋そうな子がゲロ以下とかどんな感性してんだよ! とにかくこの子は駆除しない! ほら、もう行くぞ!」

 

 

 切り札でさえも効果が無かった。自分に酔ってる奴らに説得は無理か。もういいや、どうとでもなれ。

 

 

「わかった、わかった。もういい。こいつは殺さない。例えこいつが今までに俺たちにしてきたような仕草や態度を他の人達にしてきて何人も殺していたとしても俺はもうコイツを殺さない。ほれ、行くぞ」

 

 

 若干のイライラを残しながらその場を後にする。カズマ達より前を歩いていると、ダクネスが駆け寄ってきた。

 

 

「お前が正しいのだろう。自分の感情を押し殺し、私達には出来まいと思って自分が手を汚す事にした。私にはわかるぞ。お前の優しさが。普段は鬼畜だのなんだの言われているが、根は優しいんだな。お前もカズマも」

 

 

 とても優しい顔で慰めるように言ってくるダクネス。

 いや、あの……。普通にゲロ以下だったから殺そうとしただけなんですけど……。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 安楽少女と別れてから数分。

 カズマがあることに気づいた。

 

 

「おい、不味いぞ。あの道に安楽少女が居るってことは、ゆんゆんがやばい!」

 

 

 カズマの言うとおり、あのぼっち少女が安楽少女を見てスルーなど出来るはずがない。下手したらガイドブックに書いてる通りになりそうだ。

 

 

「そうだな。殺しに行くか?」

 

「だからなんでそんな結論になるんだよ! 説得してくる!」

 

 

 俺達をその場に待機させ安楽少女の所に引き返すカズマ。俺の舞空術や瞬間移動を使って行かなかったのは俺が安楽少女を殺そうとするかもしれないからだろう。

 

 

 

 数分後、ホクホク顔で帰ってきたカズマ。どうしたのかと聞くと、レベルが3程上がったらしい。殺ったか。

 

 

「お前の言う通りゲロ以下だったわ。疑ってすまん」

 

「まぁいいよ。結果として駆除した訳だしな」

 

 

 カズマの冒険者カードを借りる。なるほど、確かにレベルが3上がってるし、安楽少女も倒している。

 その事実をその場にいた皆に告げると、アクアとめぐみんが激昂した。

 

 

「なっ……!! この男、経験値のためにあんな小さい子を手にかけましたよ!!」

 

「アンタ、本当の悪よ!」

 

「カズマ、辛かったろう……」

 

 

 カズマがコイツらを説得するのにかなりの時間を要した。

 

 




質問、分かりにくいところ等ございましたら是非当店へ!


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第四十三話

ゴタゴタがゴタゴタしてあれでした。

あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!


 

 

 日が落ちてしまい、このまま先に進むのは危険だということで街道沿いの地面に大きめの布を敷いて夜営することになった。

 光があるとモンスターが寄ってくるので、ランプなどは灯さずに暗闇の中バニルから買わされたアンデッド避けのアイテムの蓋を開け、それを中心に置いてその周りで身を寄せあって休むことにした。

 しかし、このままだとまだ不安なので見張りを付けるらしい。敵感知と千里眼スキルを持っているカズマ+俺以外の誰かで見張りを担うようだ。

 

 

「ヒデオが居れば大抵のモンスターは大丈夫だろうけど、念の為だ。寝込みを襲われちゃかなわねぇしな」

 

「俺は見張りをしなくていいのか? 気の感知とかでカズマの代わりも出来そうなんだが」

 

「それも考えたんだが、明日には紅魔の里に着くし、それにつれてモンスターも強くなってくる。なるべく休んどいてもらおうと思ってな。まぁモンスター来たら起きてもらうけど」

 

 

 なるほど。万が一と明日に備えて出来るだけ英気を養ってもらおうって事か。まぁつい最近カズマも気功術と持ち前の機転でそこそこ戦えるようになったとは言え、このパーティーの戦闘能力に偏りがあるのには変わりないしな。

 

 

「了解した。おいお前ら、カズマが言ってたように、何かあったらすぐ俺を起こしてくれて構わないぞ。あ、トイレ付いてきてとかはカズマに頼んでくれ」

 

「りょーかい。アークプリーストはトイレに行かないからそんな事ないけど」

 

「紅魔族もトイレになんて行きませんので」

 

 

 そういや前もこんな事言ってたな。あの頃の俺はミツ……ラギ? ひとり殺せない雑魚だった。懐かしいな。

 

 

「まだ言うか。よし、ダクネス以外は付いてってやんねぇからな」

 

「クルセイダーもトイレには……って、カズマ。せめて言わせて欲しいのだが……。まぁこれもカズマなりの責め……か。悪くない」

 

「何言ってんのお前……」

 

 

 勝手に納得して興奮したダクネスにドン引きするカズマ。

 このクルセイダーは相変わらず守備範囲がすげぇな……。普通に気持ち悪い……。

 カズマと同じくダクネスにドン引きしていると、めぐみんがポツリと言葉を漏らした。

 

 

「あ、そう言えばカズマとヒデオって、同郷なんでしたっけ」

 

「ん、まぁそうだな。会ったことはなかったけど……前も言わなかったか?」

 

「えぇ。けど、故郷での二人はどんな人間だったのかと……」

 

 

 どんな人間か、か……。サイヤ人でも冒険者でもない普通の高校生だとしか言いようが無いんだけどなぁ。

 よくある物語の主人公達みたいに都合よく実家が金持ちって訳でもなく、一子相伝の拳法を受け継いでた訳でもなく、ただ単に人生ツマランと常々思ってるだけの一人の人間だったな。

 

 

「どんなって、まぁ普通の学生だな」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

 カズマは日本でもニートだったとアクアから聞いたが、ここは学生だったで通すのだろう。ここで口出ししてもいいのだが、既にカズマの株は最底辺だと思うので、これ以上下げる必要はない。

 俺はそう思っていたのだが、奴は違った。

 

 

「あれ、カズマさんって学生だったっけ? 私の記憶では今と殆ど変わらないヒキニーむぐっ!」

 

「ちょっと黙ろうかアクア!」

 

 

 余計なことは言わせまいとアクアの口を塞ぐカズマだったが、その行動は既に意味を持っていなかった。

 

 

「大丈夫ですよカズマ。今更カズマの過去が明かされたところでこれ以上評価は下がりようがありませんから」

 

「そうだぞ。時折上がったりするが、基本的に底を這いずっているぞ」

 

「ひでぇ評価だなカズマ」

 

 

 カズマを内心鼻で笑う。フッ、また勝ってしまった。

 ドヤ顔で勝ち誇っていると、くるりとこちらに向き直っためぐみんが。

 

 

「ヒデオ、あなたもですよ?」

 

「えっ」

 

 

 めぐみんに予想外の事実を突き付けられる。そ、そうかなぁ。割と株が上がることやってると思うんだけど……。

 しかしこいつの以外に高い知能で問い詰められてはボロが出る。ここは最終手段だ。

 

 

「ゴホンゴホン! あーそろそろ寝なくちゃなー! おやすみ!!」

 

「あ、逃げた」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 寝てから何時間経っただろうか。話し声が聞こえ、ふと目が覚める。

 寝起きでまだ感覚がハッキリとしていないが、話しているのはカズマと……めぐみんか?

 

 ……コイツらは二人きりの場合、どんな話をするんだろう。無粋かもしれないが、気になる。

 それと、ここいらでカズマをからかうネタを仕入れておきたいところだ。

 

 

「――先程のヒデオが寝る前の話なのですか、カズマとヒデオは他所の国から来たんですよね? その……国に帰る事はないのですか?」

 

 

 そんな事をおそるおそるカズマに聞くめぐみん。

 

 日本に帰るか、か。日本に戻っても特に楽しい事が待ってるわけでもない。強いて言うなら漫画とかゲームとかが無いのが寂しかったりするが、それらはあくまで娯楽の道具だ。こっちの世界にだって娯楽はごまんとあるし、なんなら魔王を倒した願いで出してもらってもいい。という点から踏まえると、カズマはどうか知らんが俺は日本に戻る気は無い。あまり深く考えたことは無かったが、殆どの転生者は帰るつもりなんて無いんじゃないだろうか。

 

 

「今の所はまだ帰らない、というか帰りたくても帰れないな。まぁ、国に帰っても俺はニートに戻るだけだしな。こっちでの生活も悪くないし、紅魔の里から帰ったらバニルから三億貰えるんだ。その金でみんな揃ってのんびり暮らすのもいいな。魔王はどうせ他の奴らかヒデオが倒すし、あまり気負わなくても大丈夫だしな」

 

 

 どうやらカズマも、いつも愚痴を言っている割にはこの世界が気に入っているらしい。

 

 そうだな、魔王を倒した後は、のんびり暮らしつつ武者修行の旅に出て、時折ふらっとアクセルに帰ってきて、旅の話とかをして酒を酌み交わすのもいいかもしれない。

 そんな未来予想図を描いていると、カズマの言葉に安心したらしいめぐみんがふー、と息を吐いた。

 

 

「そうですか。……私も今の暮らしは気に入ってるのでこのままがいいです。しょっちゅう災難に巻き込まれながらも、ヒデオのとんでもない技やカズマの機転、ダクネスの硬さや私の爆裂魔法、アクアの支援とかでなんとか乗り越えていく、今の恐くも楽しくもある生活に満足してます」

 

 

 災難に巻き込まれるのは強敵と戦える機会が増えるので俺的にはありがたいのだが、カズマはそう思ってないだろう。常々働きたくない、危険な目に遭いたくないってボヤいてるからな。……ってそれは誰でも同じか。誰だって安全な所でグータラしたいに決まっている。

 というか全然ネタになる事言わねぇなこいつ。起きて損した気分だ。突然モンスター寄ってこねぇかな。

 そんな禄でもないことを考えていると、めぐみんが。

 

 

「ずっと、このまま皆で一緒に居られるといいですね」

 

 

 そう、優しく呟いた。

 

 

 ………。

 

 

 な、なんかこういうの小っ恥ずかしいな。普段からこういうのを直接言う奴じゃないから余計なのか? 何にせよ、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるからやめて欲しい。

 というか、俺が口を出す事じゃないかもだけど、カズマとめぐみん、距離近くない? 寒いからって、距離近くない? 暗くて手元とした表情は見えないけど、距離近くない?

 

 ……よし、良いタイミングで起きて甘酸っぱいであろう雰囲気を台無しにしてやろう。

 

 そう思っていたのだが。

 

 

「……すかー…………」

 

 

 めぐみんのなんとも言えない間抜けな寝息で、興が削がれてしまった。

 

 ……寝てる奴に甘酸っぱいも何もねぇな。寝よ。再び瞼を閉じたのだが、あることに気付いた。カズマの気が高まっている。何かやるつもりか? 目を凝らしてカズマの方を見ると、めぐみんの首筋に手を置いていた。

 

 そして。

 

 

「『クリエイト・ウォーター』、『フリーズ』」

 

「ひゃっ!? 冷たっ! 何事ですか!?」

 

 

 めぐみんの首筋にから水を流して背中の辺りをびちょびちょにしたと同時にキンキンに冷やすカズマ。うわぁ……。

 

 

「おはようめぐみん。見張りの途中に寝るなよ? おっと、服がびちょびちょじゃないか。乾かしてやるから脱いでくれ」

 

 

 暗くて表情は見えないが、とてもゲスい顔をしているのだろう。長い付き合いでなくてもわかる。

 

 

「大丈夫です! ……へくちっ」

 

 

 めぐみんがあまりの寒さにくしゃみをした。恐らくこれ以上甘酸っぱい感じにはならないだろう。そう思うことにして、再び眠りについた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 翌朝。

 

 

「昨夜は酷い目にあいました……」

 

「お前が見張りの途中で寝るから悪いんだろ」

 

 

 めぐみんとカズマが睨み合いながら身支度をしている。俺が寝た後も喧嘩したんだろうな。甘酸っぱい展開にならなくてよかったよかった。

 そんな二人の会話を聞いて、俺の隣にいたダクネスがめぐみんに話し掛けた。

 

 

「めぐみん、カズマにどんな仕打ちをされたのか詳しく教えて欲しい。カズマ、なんなら実践してくれても構わない」

 

「お前ほんとなりふり構わなくなったな。これ以上俺の中のお嬢様と女騎士のイメージを壊さないでくれ」

 

 

 ダメ元でお願いしてみてもダクネスの本質は変わる事は無い。親父さんが不憫すぎる。

 

 

「ヒデオ、諦めろ。それは今更すぎる」

 

「だよなぁ……」

 

 

 カズマにトドメを刺され、ダクネスから目を逸らし遠い空を見る。あー……青いなぁ……。

 

 

「お願いしておいて返事も聞かずに諦めるのはどうかと思うのだが……」

 

「どうせ治す気が無いんだから無駄だと思ってな。もうお前はそのままでいいよ。結婚相手だって、親父さんがなんとかしていい相手を探してくるだろうさ」

 

「父の連れてくる相手はバルター殿のような好青年ばかりでな。流石にそれはちょっとな。お前達のようなクズさがないと……」

 

 

 言いながらこちらを見るダクネス。なんだその目は。まるで俺がこいつの言うクズみたいじゃないか。

 

 

「カズマはともかく俺はそこまでクズじゃないと思うんだが」

 

「だからなんで俺の名前を真っ先に出すんだよ。言っとくがお前のそういうところがクズたらしめる所以だからな」

 

 

 単に前例を出しただけでクズ扱い。こりゃあ手遅れですね。

 

 

「うむ。流石クズマと呼ばれるだけあって、他人のクズさもわかるか」

 

「そうそう……ってクズマはやめろ! ったく、誰が広めたんだこんなひでぇアダ名」

 

 

 そんな事をする奴は一人しかいないだろう。俺の後ろで笑いをこらえきれていないなんちゃって女神が一人居る。

 

 

「……プークスクス!」

 

「やっぱりおまえか! なんてことしてくれたんだコイツ!」

 

 

 思わず吹き出してしまったアクアに、やはりかといったようにカズマが掴みかかる。というか今更だと思うんだが。

 

 

「わぁぁーー!! やめ、やめて! 髪の毛を引っ張らないで! わぁぁ!!」

 

「落ち着いて下さいカズマ。昨日の夜も言った通り、カズマの評価は最底辺なんですよ? アクアの広めたアダ名なんて今更だと思うんですが……」

 

「そうだそうだー」

 

「だからヒデオは人の事言えねぇだろ……。さて、お遊びはこれくらいにして行くぞ。おら、いつまで喚いてんだお前は」

 

「最近私への扱いが酷いものになってる気がするんですけど……」

 

 

 それこそ今更な気がする。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 出発して数時間は、モンスターから隠れたり暗殺したりで安全に紅魔の里に近付いていた。

 

 しかし、もうそろそろ着くといった所で事件は起きた。

 

 

「うわぁぁー!! ひ、ヒデオー!! 助けてくれぇぇーー!」

 

「無理だカズマ! こっちも手一杯だ! クソッ! 寄るな! 近付くな! 俺にそっちの趣味はねぇ! えぇい! 舞空術!」

 

「あぁぁあ!! ひ、ヒデオー!!」

 

「チィッ! 掴まれーー!!」

 

 

 舞空術で一旦上昇した後、カズマの所に急降下で向かう。

 

 

「あ、あぁ!! つ、掴んだぞ! あ、クソッ! このっ!離せ!」

 

「逃がさないわ!」

 

 

 俺の手を掴んで逃げようとしたカズマだったが、近くに居たオークがカズマの足を掴んだ。カズマはそいつを蹴り落とそうとするが、なかなか剥がれない。

 

 

「カズマ、 俺の手をしっかり握れ! ぐぬぬ……重い……!! この豚が! カズマから離れろ!! はっ!!」

 

 

 空いている方の手でカズマの足を掴み逃がすまいとしてくるオークを撃ち落とし、カズマを脇に抱える。

 なんとか離れることが出来たが、舞空術を使っても奴らの筋力の前にはあまり意味をなさない。地面を剥がして投げてくるとか脳筋すぎる。

 

 

「あぁ! ヒデオ、早くカズマと一緒に逃げてください! さっきもアクアが言ったように、オークは強いオスに目がないんです! オークを倒してしまったカズマも、大量のオークをいなすヒデオももれなくターゲットになってます! 早く逃げてください!」

 

 

 そう叫ぶめぐみん。

 

 

 オーク、オークとは。

 

 ファンタジーものでよく出てくる化け物。女騎士やエルフなどを凌辱するシチュエーションが有名で、薄い本への出演も一定の需要がある。……というのが俺とカズマのオークに対するイメージだった。

 

 例に漏れず、というかなんというか、やはりこの世界のオークもイメージとは違っていた。

 

 まず第一に、オスのオークは存在しない。大昔には居たらしいが、絶滅してしまったらしい。たまにオスが生まれても、メスの玩具にされ大人になる前に干からびて死ぬそうだ。それならどうやって繁殖するのかと思うが、メスのオークは縄張りに入り込んだ他種族のオスを襲い、集落に連れ込んでそれはもう凄い目にあわせてくる、男にとって天敵のモンスターらしい。

 そして第二に、めぐみんが言ったようにこのオーク達はより強いオスを追い求め、より強い子を産むらしい。サイヤ人である俺はともかく、何故カズマまで狙われるのか。

 

 

 事件は三十分前に起きた。

 

 

 

「ここから先は潜伏スキルで隠れられるような場所も無く危険なので、俺が先行して様子を見てくる。何かあったら『逃走』スキルで逃げてくるか、気を解放してヒデオに助けに来てもらうのでそこんとこ頼む」

 

「俺が直接行く方が良くないか?」

 

 

 俺ならモンスターから逃げずにすむし、早く探索を済ませることが出来るはずだ。

 

 

「いや、万が一お前らがモンスターに襲われた時に俺じゃ守りきれないし、めぐみんにだって温存しといてもらいたい。だからヒデオに三人の護衛を頼みたい」

 

 

 なるほど。カズマが気付かなかったモンスターが俺達に襲いかかって来る可能性もある。それに、今日には魔王軍のいる紅魔の里に着くんだ。めぐみんの爆裂魔法はできるだけ温存しておきたいのだろう。前衛を務める俺としても、あのレベルの火力を出せるめぐみんにはここぞという所で使って欲しい。

 

 

「なるほど。了解した。合図があればすぐ瞬間移動ですぐに駆けつける」

 

「ああ、頼む。じゃあ行ってくる」

 

 

 短く返事をし、俺達の前方を進み始めるカズマ。少しの間その場で待機し、ある程度カズマと離れたところで慎重に進み始める。

 

 

 

 

 

 

 平原地帯も半ば程に来ただろうか。

 

 今は特に危険そうな気もないし、カズマから特に指示もない。途中何度か大型を見たが、上手いことやり過ごせたので交戦はしていない。少し物足りないところだが、これから嫌でも戦うことになると思うので我慢だ。

 

 そう思っていた矢先、カズマの前方にポツンと気が一つ現れた。なかなか大きめだがこの程度ならカズマ一人でも対処できるだろう。どうやらカズマも気付いているようで、身軽になるために唯一装備したダガーを引き抜き、そろりそろりと近付いていく。

 そのまま暗殺しようとしていたカズマだったが、相手に気付かれてしまったようでピタと足を止めた。逆に相手はカズマの方に一歩踏み出した。

 

 少しの間睨み合っていたように動かなかった両者だったが、やがて敵の方がカズマに飛びかかった。

 

 しかしそこは割と戦えるカズマ。数秒組み合った後、相手を戦闘不能にしたようだ。なかなかやるじゃないか。

 カズマの迅速な対応に感心していると、めぐみんがおそるおそるといったように尋ねてきた。

 

 

「あの……ヒデオ、今カズマあの敵を倒しましたよね?」

 

「ん、あぁ。殺してはいないみたいだけどな。それがどうかしたのか?」

 

「あの姿形、オークによく似ているんですが……それに、この辺りはオークが縄張りを張っていたような……」

 

 

 オークってあれか。豚の化物みたいなイメージのある、ダクネスが好きそうなモンスターか。今の奴もそこまで強くは無かったし、何が問題なのか。

 

 

「オークがやばいのか知らんが、今のヤツ程度なら何も問題ない。カズマでも倒せたくらいだし、たとえ群れで来ようと余裕だろ」

 

「あぁ、そう言えばヒデオとカズマってこの世界の常識を何も知らないおバカさんだったわね。仕方ないわねー! 教えてあげるわ! 教えてあげるので頭から手を離してほしいです!」

 

 

 こいつは悪態をつかないと何かを言えないのか?

 そんな事を思いつつもアクアの頭から手を離し、続きを促す。

 

 

「おう、早く言え」

 

「あ、危なかった……。まず、ヒデオが想像してるオークとこの世界のオークは、全く別物と言っていいわ。ヒデオの想像するオークは、女騎士やエルフを本能のままに蹂躙するケダモノってイメージじゃないかしら」

 

「大体あってる。けど、別物ってことはまたこのパターンか」

 

 

 キャベツといいスライムといい、この世界の生き物は軽く想像を越えてくる。オークも例に漏れずそうなのだろう。

 

 

「えぇ。要点だけ言うと、この世界のオークはメスしか居ないわ。そしてそのメスもオスと同様本能のままに蹂躙するケダモノ。そして、生物の本能としてより強い種を残す。……あとは分かるわね?」

 

「メス……狙われるのは男、それも強い男ってことか……!! 俺が危なくないか!」

 

 

 遠目で見た感じ、ケモミミ系女子とかではなさそうだった。タダでさえ異種間は無理なのに、見た目が醜悪とか救いようが無い。

 

 

  「ヒデオも危ないですが、もっと危ないのはカズマです! オークの縄張りでオークを倒しちゃったんですよ! 群れで押し寄せられて凄い目にあわされちゃいます!」

 

「何ぃ!? よしお前ら俺に掴まれ! カズマの所に行く!」

 

 

 三人に瞬間移動の旨を伝え、体の一部に触れてもらう。カズマの気を確認し、その場所に瞬間移動する。

 

 

「お、どうした? 瞬間移動なんてして。何か問題でもあったか?」

 

「カズマ、早く逃げるぞ! 犯されるぞ!」

 

「は? 何を言ってんだお前」

 

 

 疑問符を浮かべたカズマに、めぐみんがオークについて説明する。すると、段々顔が青ざめていくカズマ。

 

 

「やべぇじゃん。ヒデオ、舞空術だ! 俺だけでも連れて紅魔の里に行ってくれ!」

 

「合点! ……って言いたいところだけど、もう手遅れだカズマ。敵感知で探ってみろ」

 

 

 カズマに説明してる間に、大量の気がこちらに押し寄せて来ていた。舞空術で飛んで行こうにも、この人数は抱えきれない。

 

 荷物を地面に置き、すぐに動けるように構える。すると、先程カズマに戦闘不能にされたはずのオークと同じ気のオークが前に出てきた。復活早すぎるだろ。

 

 

「あら、もっと強そうなオスが増えてるわね。尻尾が生えてるところを見ると獣人の一種かしら? まぁいいわ。私達は、縄張りに入り込んだ間抜けなオスを逃がさない。安心して? 普通じゃ考えられないような凄い目にあわせてア ゲ ル」

 

 

 字面だけ見たら薄い本でよくある興奮するシチュエーションだが、実際は吐き気を催す邪悪(ケダモノ)だ。生憎俺にもカズマにもそんな趣味はない。

 それに、この獣共が思い付く程度の凄い目なんて既に味わっている。それどころかもっと凄い目を体験しているんだぞ俺達は。

 そっち方面に関してはダントツトップの日本から来た俺達に、想像力で敵う奴がいようか。

 

 

「てめぇら程度が考えつくようなシチュエーションなんて、既に経験してんだよ。あまり俺らを甘く見るなよ? 死にたくなけりゃ回れ右して帰るんだな」

 

「あぁ、ヒデオの言う通りだ。想像もつかない凄い目になんて何度も遭ってきた。なのでお引き取り願います」

 

「フフフ! 思ったよりウブじゃ無さそうね! それなら犯しがいがあるというものよ!」

 

 

 脅しにもお願いにも耳を貸さず、一歩、また一歩と俺達に近付いてくるオーク達。

 

 そして。

 

 

「あんたたち! こんな威勢のいい男達は滅多に居ないわ! 必ずお持ち帰りするわよ!」

 

 

 先頭のオークの号令をキッカケに、オーク達が雄叫びをあげて駆けてきた!

 

 

 

 

 そして、現在に至る。

 

 

 オーク達が俺を撃ち落とそうとそのへんの石や地面を投げまくってくる。それを気弾や気功波で撃ち落としているが、いかんせん数が多すぎる。

 

 

「数が多すぎる! ちょ、カズマ! お前も手伝え!」

 

「無理だ! この手を離されたら俺は……! 嫌だァーー!!」

 

 

 先程一匹のオークに剥かれそうになったのがトラウマになったのか、俺の手をガッシリと掴んで離してくれない。

 

 ……仕方ない。

 ある作戦を実行するべく、カズマを肩に担ぐ。

 

 

「カズマ、舌噛むなよ。……ダクネスー!! 今からこいつ投げるから、しっかりキャッチしてくれー!!!」

 

「なにかよくわからんが了解した!」

 

 

 息を大きく吸い込み、出来る限り大声で叫ぶ。どうやらダクネスにきちんと声が届いたらしく、返事とともに構えたのが見えた。

 

 今から俺がする事はカズマを殺す行為ではない。抱きつかれては作戦を実行出来ないので、手っ取り早く戦線離脱してもらう為に投げるのだ。

 ただ、地面に投げても普通に死ぬので、筋力と防御力の高いダクネスに向けてぶん投げる。多少怪我はするだろうが、アクアがいるから大丈夫だ。

 

 

「え、ちょ! ヒデオ、早まるな! 人は投げるものじゃない! 考え直せヒデオ!」

 

「うるせぇ! よし、ダクネス………受け取れぇー!!!」

 

「うわぁぁぁー!!!」

 

 

 情けない声と共に、まっすぐダクネスに飛んでいくカズマ。これで邪魔者は消えた。

 

 

「あら? 仲間を先に逃がしたのかしら。さっきも言ったように、私達オークは狙った獲物は逃がさない。二手に別れようが無駄よ?」

 

 

 仲間にカズマを追わせようと合図を送ろうとする先頭オークだが、そうはさせない。

 

 

「カズマは追わせねぇ。いや、()()()()()()ってのが正しいな。はぁぁぁ……!!!!」

 

 

 気を最大限まで高める。これは攻撃の準備だけが目的ではない。

 

 奴らはより強いものを本能で求めている。俺を初見で強そうと言ったところを考えると、強い者を無意識下で判断できる可能性が高い。つまり、圧倒的な強さを持つものには無条件で本能が惹かれるのではないか。

 普通のオスなんて目に入らないレベルの強さのオスがそこにいれば、本能でこちらに集まって来るはずだ。

 

 

「はぁぁぁ……!! コッチを見ろ……!!」

 

「あ、あんた、凄い強さね!! オークとしての勘が言ってるわ! 『あのオスとなら最も強い子を産める』ってね! 絶対に逃がさないわ!」

 

「そうか……! テメェらこそビビって逃げんなよ……!」

 

 

 殆どのオークが俺に視線が釘付けになっているが、まだ足りない。もっと密集させねば。この数を集めるには……!!

 

 

「不死王拳………!!」

 

 

 この技を使うのもデストロイヤー戦ぶりだ。エリス様にここぞという時以外は使用禁止されてたし、使う機会もなかった。

 

 

「10倍だぁー!!!!」

 

 

 デストロイヤー戦とは違い、なんとか耐えられるようになった10倍の不死王拳。

 

 それを今、解放した。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 10倍の不死王拳を発動すると、勝負は一瞬で終わった。別に一瞬でオーク達を消し飛ばしたのでは無い。

 

 ならば何が起きたのか。

 

 なんと、オーク達は圧倒的な強さの前に一目散に逃げ出してしまった。繁殖本能より生存本能が勝ったようだ。全滅させる事が出来ていればかなりの経験値になったのに。結構悔しい。

 そして現在はすぐそこまで来ていたゆんゆんと合流し、平原を抜けた先の森で少し休憩する事にした。

 

 

「カズマ、大丈夫か? さっきから小刻みに震えてるが。やっぱりあのオーク共ぶっ殺した方が良かったか?」

 

「い、いや、いい。思い出したくもない……」

 

 

 カズマが膝を抱え虚ろな目をしながらボソボソとそう言う。よっぽどトラウマになったらしい。

 そんなカズマを見かねたゆんゆんが、慰めるように声を掛ける。

 優しいゆんゆんなりの優しさだったのだろうが、そのワードがいけなかった。

 

 

「災難でしたねカズマさん。ヒデオさんが居て良かったです」

 

「あ、あぁ。本当にヒデオが居て助かった。……ヒデオが居なかったら今頃俺は……! あぁぁぁ……!!」

 

 

 心が弱ってる時は悪い想像ばかりしてしまうと言うが、これはその典型だ。今だってオークに凄い目にあわされることを想像したんだろう。

 魔王軍の奴らと戦った時だって文句は言えどもここまで恐怖していなかった。オーク達はうちのリーダーにしっかりとトラウマを植え付けたらしい。

 

 

「か、カズマさん落ち着いて! ほら、もう誰も襲わないから! 誰もいないから! 大丈夫よ。よーしよーし……」

 

 

 ここまで恐怖を覚えているカズマは初めて見る気がする。アクアもこんなカズマは初めてなのか、普段のように邪険に扱わず、女神を思わせる慈愛を見せている。

 

 

「……めぐみん、ゆんゆん。紅魔の里はもうすぐか?」

 

「はい。この森を抜ければ見えてくるはずです」

 

「ただ、魔王軍の拠点もあるそうなので気を付けないと……」

 

「なるほど。じゃあもう少し、カズマが回復するまで待つか……」

 

 

 戦闘面では遊撃を務めるうちのリーダーがこうなってしまっては、パーティーで魔王軍と戦うのは難しい。かと言って仲間を放置するのもアレだ。

 

 カズマが気を取り直すまで、俺も休憩しよう。

 木によりかかったが、色々な疲れがドッと出て来てしまいつい眠りに落ちそうになる。まぁ寝てもゆんゆん居るし大丈……夫。

 

 誰かの膝に寝かせられる感覚を最後に、眠りに落ちた。

 




こんな話で一万文字超えてしまった。


閲覧あざーす!


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第四十四話

お待たせしました!


 ぺちぺちと頬を叩かれる感触がある。誰かが俺を起こしているのだろう。もう少し寝かせて…………そうだ。紅魔の里に行くんだ。魔王軍と戦うんだ。こんな所で寝てる場合じゃない。

 目を擦り、体を起こす。まだショボショボとする目を無理やりこじ開け、だれが頬を叩いていたのかを確認する。

 

 頬を叩いていたのは。

 

 

「起きたわね。寝顔、可愛かったわよ」

 

 

 美少女が起こしてくれていたなどという淡い期待など容赦なく砕かれた。目の前には、先程追い払ったはずの豚面がいる。

 

 オーク。またもやオーク。コイツら巣に帰ったんじゃないのか。というか俺の仲間達はどこだ。辺りを見渡すが、仲間達どころか見覚えのある景色すらない。

 

 

「ここはどこだって顔をしてるわね。私達オークの集落よ」

 

 

 そんな馬鹿な。まさか、俺が寝てる間に襲撃に来たのか? いや、そこまで深い眠りについていた訳じゃないし、第一その気になればゆんゆんとめぐみんでオークは全滅出来るはずだ。ならなんでオークの集落なんかに……?

 

 いや、考えるのは後だ。今は目の前のこいつをぶっ殺す事だけを考えろ。

 

 

「あら、イイわねその目。威勢がいいオスは好きよ」

 

 

 うるせぇ死ね。

 手刀で首を撥ねようとするが、異変に気付く。なにかが引っかかっている。

 手の先を見ると、鎖に繋がれた手錠が付いていた。しかもご丁寧に両手両足全てに付いている。

 

 

「良い動きね。手錠が無かったら今頃頭が飛んでたわ」

 

 

 バカにしたように言ってくるオーク。

 嘗めるな。こんな手錠程度、力入れれば砕けるんだよ。

 

 

「あ、そうそう。その手錠はちょっと特殊でね。受けた衝撃をそのまま返して自身へのダメージはゼロにするの。つまり絶対に壊せない」

 

 

 思い出したように言ってくるオーク。

 壊そうとすれば同じ力で俺の手が壊れるってことか。だが他にも壊す方法はある。

 

 

「もう一つ言っておくと、その手錠は魔力や生命力をある程度まで吸い取るから、貴方が何をしようとしているか知らないけど何も出来ないわよ?」

 

 

 そんな馬鹿な。

 ためしに気を解放しようとするが、確かに吸い取られていてまともに解放出来ない。

 

 

「絶望したって顔ね。それじゃあ……」

 

 

 寄るな……! 来るな……!

 恐怖で顔が引き攣っていくのがわかる。

 

 

「いただきます」

 

 

 奴の舌が、俺の頬をなぞるように……!

 

 

「うわぁあぁあー!!!」

 

 

 あまりの恐怖に、体が飛び起きる。辺りを見渡すと、見覚えのある木々と仲間達の顔。

 

 い、今のは……夢か……?

 

 

「どうしたヒデオ。怖い夢でも見たか? 急に飛び起きてしまったから、お前を起こそうと顔を舐めていたちょむすけが縮こまってしまったぞ」

 

 

 膝を貸してくれていたらしいダクネスが優しく言ってくる。あの感触はちょむすけの舌か……。

 

 

「ちょっとトラウマもんの悪夢をな……。悪いなちょむすけ。ビビらせちまって」

 

「なーお」

 

 

 特に気にしてはいないのか、ぴょんと跳んで頭に乗ってくるちょむすけ。

 はぁ……。あったけぇ……。

 ちょむすけの暖かさに癒されながらダクネスの顔をなんとなくじっくりと見る。

 

 こいつ、いやこいつらかなり……。

 

 

「どうしたヒデオ。ジロジロ見て。なにか付いてるか?」

 

「あ、すまん。不躾だったな。いや、な。みんなつくづく美人だなって思ってな」

 

「!?」

 

「お、ヒデオもそう思うか。みんな可愛いよな」

 

  しみじみとそう言うカズマ。よくわかってるじゃないか。

 俺とカズマの言葉に、皆が固まる。ニコニコとカズマと共にその様子を眺めていると、やがて一気に騒がしくなった。

 

 

「お、おかしいわ! いつもおかしいカズマさんとヒデオがいつにも増しておかしいわ!」

 

「わ、私は騙されませんよ! この男ども、どうせ上げて落とすに決まってます!」

 

「か、かわ……!」

 

 

 失礼な事を言ってくるアクアとめぐみん。

 そしてゆんゆんはアワアワしながら顔を真っ赤にしている。

 オークから無事逃げ果せ、悪夢から無事解放された俺達は深く息を吐く。

 

 

「「お前らって、ほんと女神かってくらい美しいよな」」

 

「ど、どうしたのかしら! 普段私を全く女神扱いしないのに! どうしよう! 二人が変になっちゃった!」

 

「お、落ち、落ち着けアクア! こいつらの女神だとかそんな冗談を真に受けるんじゃない! お前もそんな冗談に乗るんじゃない! 余計混乱する! 取り敢えずこいつらの頭に回復魔法をかけるんだ!」

 

「わ、わかったわ! あと女神ってのは冗談じゃないから! ねぇ、聞いてる!?」

 

「はいはい聞いてる聞いてる。取り敢えず早く回復魔法を!」

 

 

 ダクネスに急かされ、釈然としない顔で俺達の頭に回復魔法をかけるアクア。

 

 負傷はしていなくても、癒しの力によって何かが癒されていくのがわかる。なんか気持ちいいなこれ。

 

 ……さて。

 

 俺はさっきなんて言った? 何かとんでもないことを口走ったような。

 数秒前の記憶を探り、黙考。

 

 数秒後、同じく黙考していたカズマと顔を合わせ、頷き合う。

 

 そして。

 

 

「ヒデオ、俺を殺せ」

 

「あぁ、苦しまないように一撃で殺ってやる。安心しろ。すぐに俺も逝く」

 

 

 カズマを一撃で屠るべく結構な量の気を右手に溜め、カズマの頭部にかざす。

 

 

「は、早まるな!」

 

 

 気功波を放とうとした瞬間、ダクネスが羽交い締めにしてきた。

 離せ! この!

 

 

「離せダクネス!! 止めるな! 俺とカズマはここに骨を埋めるんだよ!!」

 

「そうだ! お前らに何がわかる! 殺せ! 殺してくれ!」

 

 

 カズマがアクアに羽交い締めされながら暴れる。

 こいつらに俺らの気持ちなんてわかりっこない! 早くエリス様の所に逝かせろ!

 

 

「カズマさん落ち着いて! ドレインタッチで体力を奪おうとしないで!」

 

「くっ……!! 流石にヒデオは力が強いな……!! ゆんゆん、めぐみん! このバカどもの頭を殴れ!」

 

「は、はい! ヒデオさん、ごめんなさい!」

 

「頭を冷やしてくださいこのバカズマ!」

 

 

 ゆんゆんはダガーを鞘ごと俺に振り抜き、めぐみんは杖をカズマの脳天に叩き込んだ。

 

 

「「こ、殺……せ……」」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「――学校では、めぐみんがずっと座学も実技も一番で、里の人たちも天才だとか、類まれなる才能の持ち主だとか持て囃してたんですが……。それが、爆裂魔法しか使えない産廃に成り果ててたなんて……」

 

「おい産廃とはなんだ産廃とは。一点特化型オーバースペックと言って欲しい。使いどころが少ないだけで、必ず需要はあります」

 

「けど、上級魔法並の技も使える上に本気出せば爆裂魔法以上の技も出せるヒデオさんがいるめぐみんのパーティーだと、いよいよいらない子じゃない!」

 

「いらな……!! いくらゆんゆんでも、言っていいことと悪いことがありますよ! 私だって本気出せば、ヒデオなんて目じゃないくらいの破壊魔法を使えますよ!」

 

「お前それ俺の気の譲渡ありきで言ってるだろ」

 

 

 ゆんゆんが昔を懐かしむように言葉を紡ぎ、それにめぐみんが突っかかる。なんだかんだ言ってゆんゆんとは仲良いな。そう言えば、ゆんゆんは二番だったって言ってたな。

 ……めぐみんは本当に紅魔族随一だったんだな。アホの戯言と思って聞き流してたわ。

 

 

「つーか本当に一番だったんだなお前。今まで頭がおかしい子の妄言と思っててすまんかった」

 

「バカと天才は紙一重って言うもんな。すまんかった」

 

「二人共、自分たちが縛られているということをお忘れですか? 身動きの出来ない二人に、精神的苦痛を与えるのなんて簡単ですよ?」

 

 

 喋ってる内容とは裏腹に、とても爽やかな笑顔のめぐみん。おかしなことをしでかさないようにと縛られたのが仇となったか……。

 

 

「はっはっはっ。めぐみん、そういった苦痛関連は俺の隣に居るヒデオが全て受け持つ。だからその毛虫はヒデオの方に向けてほしい」

 

「ははははは。カズマ、後でエリス様の元に送ってやるからな。感謝しろよ。それとめぐみん様、マジでやめて頂けないでしょうか。あぁ……!! やめ、やめろ! その汚物を俺に近付けるな!」

 

 

 汚物というワードに、例の汚い豚面が脳内に現れそうになる。マズイ、他の事を考えて脳内をリフレッシュせねば。

 

 ………。

 

 一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク一昨日のダクネスのパンツはピンク。

 

 ………。

 

 ピンクか……。

 

 

「案外可愛い趣味してんなララティーナ」

 

「!?」

 

 

 おっと、つい口に出てしまった。ダクネスが真っ赤な顔で睨んできた。トマトみてぇだ。

 

 

「どうしたヒデオ、一昨日のダクネスのパンツがどんなのだったか思い出してたのか?」

 

「おぉ、よくわかったな流石カズマ氏。略してさすカス」

 

「いやー、それほどでも……ん? 今、カスって言わなかったか? なぁおい」

 

 

 なんかカズマが隣で言ってきているがそれどころではない。睨むどころか掴みかかってきそうな勢いのダクネスがやばい。花も恥じ……? ……こいつに恥じらいがあるのかはわからないが、乙女がこんな形相をするのもどうかと思う。歳食ったらシワがやばそうだなぁ。

 

 

「おいダクネス。若いからってそんな顔ばっかしてたらいい年頃になった頃にはシワがやばそうだぞ」

 

「誰のせいでこんな顔になってると思っているんだ! お前には一度お灸を据えてやらないといけないらしい……!!」

 

「はっ! 攻撃が当たらない分際で俺に勝てるとでも思ってんの? よく考えてから発言するんだな! 全く、ララティーナお嬢様の頭は本当におめでたいですね!」

 

「お前こそ、自分が置かれている状況をよく考えることだな。……縛られているお前を弄くり回すのなんて、誰だって出来るぞ」

 

 

 ………。

 

 

「わかった、俺が悪かった。話をしようじゃないか。だから手をワキワキさせながら近付くのはやめて欲しい」

 

「……」

 

「無言! あの! 無言が一番怖いんですが! あ、あの……! や、やめ! ララティーナ様ぁー!!」

 

「ララティーナはやめろと言っているだろうが! いくら我慢強い私でも、もう我慢出来んぞ!」

 

 

 この煩悩の塊のような存在が我慢強い? 普段暇を見つけては俺にかめはめ波の練習台にしろとかせがんでくるドMが我慢強い?

 

 

「お前のどこが我慢強いんだよ! この性欲の権化の痴女が! 痴女ネスって呼ぶぞ! あと我慢出来ないってお前が言うとなんかエロいんで出来れば囁くように言ってくれると色々と捗ります」

 

「くっ……! こんな時までセクハラを欠かさないクズめ……!! しかしこんなのでも少し喜んでしまっている自分の性癖が憎い……!!」

 

 

 いくら憎くてもその性癖を直そうとしないところは流石だと思います。

 というか、なんだこの実家の様な安心感は。クソっ、こいつはダメ男製造機だったのか……!? こんな奴に……こんな奴にィー!!

 

 

「……俺、ダクネスになら犯されていい気がしてきた」

 

「おいアクア! 回復魔法だ! とびきり強いやつを頼む! 頭を殴られた衝撃で余計おかしくなったみたいだ!」

 

 

 失礼な。というか余計ってなんだ余計って。俺がもとからおかしいみたいな言い方じゃないか。それに、めぐみんアクアバニルと並んでアクセル頭おかしい奴四天王の一角に言われたくない。四天王のうち三人が同じパーティーとかなんのイジメだよこれ。

 

 

「……なんだその、『アクアとかめぐみん並におかしい奴に言われたくない』みたいな顔は。えぇ? 何か言ってみろ。この口で言ってみろ!」

 

 

 ほっぺたを掴んで強制的に変顔をさせられる。縛られているせいで払い除けることも出来ない。ちっ、これだけは使いたくなかったが、この状況だし仕方ない。

 

 

「助けてー!! 痴女が! 痴女がいます! お、犯されるぅーーー!!」

 

「なっ……! さっきまで私になら犯されてもいいとか抜かしてただろうが! この手のひらの返しようは流石に傷つくぞ!」

 

 

 周りへの影響など気にせず、大声で言い争う俺達。熱くなり周りが見えなくなっていたのだろう。現在自分達がどこにいるのかも忘れていた。

 ここが……。

 

 

「なんか痴女がーとか、犯されるーとか聞こえたような……。誰かが縄張りから出たオークにでも犯されそうなのか?」

 

「それが紅魔族の一人ならざまぁみろなんだがな。奴らがオークに遅れを取るわけがないしなぁ……」

 

 

 ここが、現在魔王軍が攻め込んできている紅魔の里のすぐ近くだということを。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「おい貴様、仲間は?」

 

「見捨てられました。もうこのまま魔王軍に寝返ってやろうかと思ってます」

 

 

 なんてことを言い出すんだこのバカは。そんな事をされたら本格的に人類がヤバイ。ちなみにヒデオ以外は潜伏スキルを使っている俺に触れて草木に隠れながら成り行きを見守っている。

 

 別に扱いに困ったサイヤ人を見捨てた訳では無い。恐らくこのままヒデオは連れ去られ、紅魔の里に攻め込んで来ているという魔王軍幹部の元に連れて行かれるだろう。そこで縄を自力で解いて大暴れしてもらおうという算段だ。囮兼遊撃隊的な感じだ。万が一、俺らの身に何か起きた時、俺が気を解放したら任務を放棄して瞬間移動してくる手はずになっている。これで俺達の安全は確保された。

 

 

「そ、それは気の毒に……。けど人間の冒険者か……仲間に引き入れても大丈夫なのか?」

 

「さぁ……? どのみち捕虜として連れて行くんだし、後でシルビア様にでも聞こうぜ」

 

「それもそうだな。おい、安心しろ。すぐ死ぬ事は無いさ」

 

 

 ヒデオを担いだ鬼の様な姿をした兵士がそう言う。アクア曰く、あれは下級悪魔にもなれない雑魚らしい。よく観察すると、想像してた鬼よりずっとひょろこくて弱そうだ。ヒデオの方が筋肉あるぞ。

 

 

「そうですか……よかった。それより腹減ったな……。捕虜になったらご飯食べさせてくれます?」

 

「んー、まぁ捕虜とは言え人間だしな。食事は出してたと思うぞ。一つ警告しておくと、人間の男が珍しいのかサキュバス達がイタズラしに来る事があるらしい。まぁ死ぬことはないと思うが……」

 

 

 なにそれめちゃくちゃ羨ましいんだけど。おいヒデオ、そこ変われ。やっぱり戦力にならない俺が捕虜になった方が懸命だと思うんだ。

 

 

「……捕虜、案外いいかもしれん」

 

 

 担がれながらヒデオがそう言ったのを俺は聞き逃さなかった。べ、別に羨ましくなんてないし!

 

 

「……カズマ、随分とヒデオを羨ましそうに見てますね。どうです? 今あの場に出ればヒデオと一緒に連れ去って貰えるかも知れませんよ?」

 

「べべべ、別に連れ去ってほしいとか思ってないし! 羨ましいとか思ってないし!」

 

「クソッ! ヒデオが羨ましい……!! ええい、このまま飛び出してしまおうか!?」

 

 

 珍しくダクネスと意見が一致してしまった瞬間だ。誠に遺憾である。

 

 

「しっ! 二人共馬鹿なの? 静かにしないとばれちゃうじゃない!」

 

「お前の声もデカイんだよ……! ほら、幸い奴ら気付いてないみたいだ。このまま森を抜けるのか? ……よし、行くか」

 

 

 俺達の作戦にまんまと乗っかっているとも知らずに、せっせとヒデオを連れ去って行く。その後ろに俺達もカサカサと某黒光虫の様に着いていく。ヒデオは進行方向とは真逆の方を向いて担がれているので、たまに目が合う気がするが気のせいだろう。潜伏スキル使ってるし大丈夫だ。

 

 ……大丈夫だよな?

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 鬼の肩に揺られて数分。振動と日差しで眠くなってきたので軽く寝ていると、どうやら目的地へ着いたようで鬼に起こされた。

 眠い目を擦りながら辺りを見回すと、テントやら何やらが設置されていた。どうやら簡易拠点のようだ。

 

 

「おい、起きろ。これから魔王軍幹部に会うってのに緊張感のない奴だな……。案外大物なのか?」

 

「……まぁ魔王軍の幹部くらいなら何度か会ってますし」

 

 

 何度かというかほぼ二日に一回くらいは会ってます。ウィズにセクハラしに行ったり、ウィズに下ネタ言ったり、ウィズでイっゲフンゲフン!! YesセクハラNoタッチ! YesセクハラNoタッチ! ……ふぅ、危なかった。全く、巨乳店主は最高だぜ!

 

 

「いよいよ只者じゃなくなってきたな……。流石に担いだまま会うのもあれだろうし歩いてくれ。それに見た目の割に案外重くて疲れた。意外と筋肉質なんだな」

 

「トレーニングしてますから。今は旅してるから出来てないけど……。あー、暴れたいなぁ……」

 

「……ここでは暴れるなよ? 丁重に扱えなくなる」

 

「了解であります」

 

 

 なんだ、案外優しいじゃないか魔王軍。俺のパーティーメンバーよりよっぽど人道的だぞ。やはり真の鬼はカズマだったか……。

 

 

「シルビア様! 紅魔の里付近の森にて、不自然に縛り付けられている男の冒険者をお連れ致しました!」

 

 

 シルビア様と呼ばれたそいつは、とても魔族とは思えないくらい人間の姿をしていて、とても整った顔をしていた。そして、とても。

 

 

 

 とても、胸がセクシーだった。

 

 

 

 胸……気の大きさから考えるにこいつが例のめぐみんとゆんゆんの故郷にカチコミかけてる魔王軍幹部だろう。女か……。やりにくいな。

 

 

「どうも。不自然に縛り付けられていた男です」

 

「どうも。魔王軍幹部のシルビアよ。……ふぅん」

 

 

 魔王軍幹部を前にしても特に怯える様子もない俺に不審感を覚えているのか、疑るような目線でジロジロと見てくる。美女にジロジロ見られるなんて結構嬉しいものなのだが、何故か今回はそんなに嬉しくない。悪寒が走ってるくらいだ。

 ………母さんとか今何してるのかな。走ってるのかな。オカンが走る……。我ながらクソ寒いギャグだ。

 

 

 ………悪寒だけに!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「なんか今無性にヒデオをぶん殴りたくなったんだが」

 

「どうせ返り討ちに遭うからやめといた方がいいわよカズマ」

 

「そうだよなぁ……いや、こう……無理か」

 

 

 どうイメージしても片手で止められてビンタされるイメージしか湧かない。

 

 

「カズマ、イライラしているならぜひ私に……」

 

「あーはいはいそうですね。とりあえず黙ってろ」

 

「くっ……!! 最近なんか扱いが雑になってきてないか……? まぁ、これもカズマなりの責めとすれば……七十点だな。惜しくも合格点には届いていないな。あと十点だぞ」

 

 

 うわぁ、合格したくねぇ……。

 

 

「それよりも動き、ありませんね……」

 

 

 ダクネスの謎採点を無視し、ヒデオが居る簡易拠点のようなものを注視しながらそう呟くめぐみん。確かに、特に騒ぎ声とかは聞こえてこない。まだ暴れていないのだろう。

 ……アイツに限って既にやられたとか無いよな?

 

 

 その時だった。

 

 

『おい! 紅魔族だ! 紅魔族が来た!!』

 

『……なんですって! アンタ達、着いてきなさい!』

 

『野郎共、シルビア様に続けー!!』

 

 

 簡易拠点の方から、そんな声が聞こえてきた。まさか、気付かれた!? 潜伏スキルだって発動してるし、丁度いい岩陰に隠れてるんだ。そうそう見つからないと思ってたが……。仕方ない。ギリギリまで逃げて、気を解放して瞬間移動で来てもらうか。

 

 

「おいお前ら、逃げる準備を……あれ、明後日の方向に向かって行くぞ」

 

 

 先程シルビア様と呼ばれていたであろう人物を先頭に、紅魔族が来ているらしい方向に向かって行く魔王軍。

 

 

「どうやら里からこっちに来た人達が見つかったようですね」

 

「ねぇカズマ、あの鬼に担がれてるのってヒデオじゃない?」

 

 

 アクアがそう言うので千里眼スキルで見てみると、ヒデオが一匹の鬼に担がれながら現れた紅魔族の方に向かって行く。

 

 

「ホントだ。なんで呑気に運ばれてんのアイツ。作戦はどうした作戦は」

 

「ねぇカズマさん。私達の安全の為にもヒデオが残ってカズマさんが生贄になった方が良かったと思うの」

 

 

 生贄言うな。第一俺じゃあロープで縛られてる時点で何も出来ない。

 

 

「カズマは仲間が魔王軍の手に渡ったというのに随分と呑気……私も同じか。まぁヒデオの事だ。大抵の事は大丈夫だろう」

 

「カズマ、どうします? ヒデオの事ですから大丈夫でしょうけど、一応追い掛けますか?」

 

「ヒデオさんの強さならどんな敵でも蹴散らしそうですけど……万一尻尾の弱点がバレちゃったら不味くないですかカズマさん」

 

 

 ヒデオの心配をしているのかしていないのかどっちなんだこいつらは。

 ……長い付き合いで得た信頼からの『大丈夫』なんだろうけど、俺にも長い付き合いで得た経験というものがある。

 

 ……これ、フラグだろうなぁ。

 

 

「はぁ……。ったく、うちのサイヤ人は……お前ら、追い掛けるぞ!」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 魔王軍の奴の一人が紅魔族が来たぞーとか叫んでいたかと思うと、奴らはシルビアを筆頭にその紅魔族の居るらしい方向に向かって行った。

 まさか俺の作戦むなしく見つかったのかあのアホ共と思い気を探ってみると、進行方向には全く知らない大きな気が複数あった。

 この結構強そうな気が紅魔族か? うちの爆裂しか能のないバカとは違う、やさしいぼっち娘とも違う、本物の大人の魔法使いの戦い。是非とも見てみたいので脱出しようと考えていると幸か不幸か、奴等は俺を人質にするらしく紅魔族の所に連れて行ってくれるらしい。カズマ達もその辺まできてるみたいだし、追い掛けて来るだろう。もう少し担がれていても大丈夫だな。

 

 鬼の肩に揺られていると、やがてシルビアに追い付いた。

 

 

「何の用かしら? ノコノコとやって来て、殺されにでも来たの?」

 

 

 突然来た紅魔族の面々にそう尋ねるシルビア。その声には何故か若干の疲れがある様に思えた。ストレス溜まってんのかな。

 

 

「何ってそりゃあ……暇つぶし?」

 

 

 暇つぶしで魔王軍にフっかける奴が居てたまるか。

 

 

「暇……!! ま、まぁいいわ。今回は秘策があるんだから! アンタ達! 準備を!」

 

「「「へい!」」」

 

 

 秘策……なんだ? 爆裂魔法でも使うのか?

 

 ワクワクしながら秘策とやらを発動するのを待っていると、何故か俺が前線に出された。もちろん縛られたままで。

 

 

「……なんだその縛られた少年は」

 

「この子は紅魔の里付近の森で不自然に縛り付けられていたそうでね。アンタらの中に知り合いは居ないかい?」

 

 

 シルビアの言葉にヒソヒソと話し合いを始めた紅魔族の面々だったが、やがて結論が出たのか一人が前に出て来た。

 

 

「その少年の事は正直に言って全く知らない。展開的に生き別れた兄弟とかなら燃えるんだが、生憎その少年は眼が紅くないからなぁ……」

 

「そ、そう……。紅魔族とは何の関係もないって事ね。まぁいいわ。知り合いがいた方が良かったけど……」

 

 

 シルビアは部下に命じて俺を前に出させると、大きめの声で。

 

 

「なんの罪もないただの少年を見捨てることが出来るかしら!」

 

 

 ……あー、なるほど。

 

 

 

 秘策って、俺のことか……。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 不味いことになった。フラグが予想通りに進行中だ。現在あのアホは魔王軍に人質に取られ、紅魔族の人達を困らせている。

 

 

「どうしたもんか……。なぁめぐみん、ゆんゆん。あのヒデオの扱いに困っている紅魔族の人達の事知ってるか?」

 

「うーん……ここからだとよく見えませんが、紅魔族は数自体少ないので、全員知ってるには知ってますよ。そんなこと聞いてどうしたんですか?」

 

「いや、ヒデオを回収しても大丈夫な人達かなーって」

 

「あぁ、そういう事ですか。まぁ大丈夫だと思いますよ? 一人だけならまだしも、五人も居て魔王軍の兵士程度に遅れを取るわけがありませんから」

 

 

 魔王軍程度て……。どんだけ強いんだ紅魔族。

 

 

「なるほど、じゃあ早速。はぁ……!」

 

 

 気を解放し、ヒデオに合図を送る。気を解放しても雑魚いなとか言われたが、それでも気が急変すれば気付くはず。というか気付いてくれないと困る。

 

 

「はぁ……! 戻ってこーい!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「くっ……! 卑怯だぞ! 正々堂々戦え!」

 

「見ず知らずの若者とはいえ、易々と見捨てる訳には……!!」

 

「見て! あの私達に助けを求める目を! 何とかしてあげたいけど……!!」

 

「待ってろ少年! すぐ解放してやるからな!」

 

「奥義を解禁する時が来たか……!!」

 

 

 なんか紅魔族たちが勝手に盛り上がってる。状況が状況なのに楽しそうだなおい。

 

 さて、どうしたものか。今すぐ脱出して奇襲かけてもいいんだが、それだと本物の紅魔族の戦闘が見れない。かと言ってこのまま捕まったままだと戦闘が始まらない。うーん。

 

 

 ……ん? なんかカズマの気が急に膨らんだな。気を解放したのか。って事は……。

 

 よし、戻るか。いい加減捕まるのも飽きたし。

 

 

「今までお世話になりました」

 

「……? 何を言ってるのアンタ」

 

 

 なぜかペコリと頭を下げてきた俺をなんだこいつと言いたげな顔で見てくるシルビア。

 そんなシルビアの胸……ゲフンゲフン、おっぱいを眺めながら。

 

 

「フン!」

 

「!?」

 

 

 力を込めて縄を引きちぎる。そしてそのまま。

 

 

「あばよ」

 

「あっ…!」

 

 

 瞬間移動でシルビアの目の前から消え失せ、カズマの所に現れる。

 

 

「お、来たか」

 

「どうしたカズマ。なにかあったのか?」

 

「いや、お前がまんまと人質として利用されてたし、紅魔族の人達の邪魔になるんじゃないかって思ってな」

 

「なるほどな。……さて、紅魔族の気は覚えたし、紅魔族の所に瞬間移動するか」

 

 

 早く戻らないと戦闘が終わっている可能性がある。既に始まっているようだし、早めに行きたい。

 

 

「何言ってんのお前」

 

「いや、本物の紅魔族の戦闘を見たいんだよ。ここからだとちょっと遠いしな」

 

「偽物が居るみたいな口ぶりじゃないですか。偽物の紅魔族とやらがどんなものか教えてもらおうか」

 

「俺の目の前に居るよ」

 

「なにおう!」

 

「めぐみん、どうどう」

 

 

 今にも掴みかかって来そうなめぐみんをアクアがどうどうと諌める。それは馬にやるやつだぞアクア。

 

 

「うーん……まぁ、どうせあの人たちも紅魔の里に帰るだろうし、テレポートするならあやかりたいな。よし、行くか。おいヒデオ、間違ってもあの人たちの前には出るなよ? 巻き添えはゴメンだからな」

 

「へいへい。じゃ、行くぞー」

 

 

 全員が掴まったのを確認し、紅魔族の方へ瞬間移動。

 

 

「我が秘技で肉片も残らず消してくれよう……!! 『ライト・オブ・セイおおっと!? あれ、君はさっきの! 急に消えたと思ったらまた来たのかい? ……あれ、めぐみんとゆんゆんじゃないか。こんな所でどうしたんだい?」

 

 

 カズマの懸念通りというかお約束というか、後ろではなく前に瞬間移動してしまった。しかし、急に現れた俺達に最初は驚いたものの、スグに平静を取り戻しめぐみんとゆんゆんに気さくに話し掛けてくる紅魔族の男。

 

 

「おや、靴屋のせがれのぶっころりーじゃないですか。お久しぶりです。里のピンチだと聞いて仲間を連れてゆんゆんと共に駆け付けたんですよ」

 

 

 魔王軍を前にしてこの余裕の対応を見る限りでは全くピンチには見えない。他の人達も俺達の事を興味津々に見てるし、緊張感など全く無い。というかぶっ殺りーって随分と物騒な名前だな。

 

 

「はて……ピンチ?」

 

「族長からゆんゆん宛に、そう書かれた手紙が来たんですが……」

 

「うーん。詳しくは知らないなぁ。そうだ、会ったついでに、後でテレポートで里まで送ってあげよう。あ、ちょっと下がってて……『カースド・ライトニング』!」

 

「「「ぐぎゃあぁ!!」」」

 

 

 こちらに迫っていた魔王軍の兵士を片手間に薙ぎながら俺達を誘導するブロリー……じゃない、ぶっころりー。様々な魔法が魔王軍を屠る中、俺達は彼らの背後というもっとも安全な場所でその動向を見守ることにした。

 すげぇ、これが紅魔族……容赦ないなぁ。

 

 

「くっ……!! アンタ達、撤退するよ!」

 

「ちくしょう……!! 覚えてろよ紅魔族め!!」

 

「俺のダチをよくも……!! いつか滅ぼしてやるからな!!」

 

 

 紅魔族にボコボコにされて嫌になったのか、撤退を始める魔王軍。なんかセリフだけ聞くとこっちが悪者みたいに聞こえるんだが。

 

 

「どうするぶっころりー。追い掛け回すか?」

 

「うーん、今回はやめとこうか。めぐみんとゆんゆんの友人達が来たみたいだし、里まで送ってあげよう」

 

 

 そういえば暇つぶしとか言ってたな。魔王軍相手に暇つぶしとか豪胆というかなんというか……。こういう所でめぐみんはやっぱり紅魔族なんだなぁって思う。

 しみじみとうちの魔法使いは勿体ないなぁと思っていると、ぶっころりーが何かを思いついたように手をぽんと叩いた。

 

 

「あぁ、そうだ。自己紹介がまだだったね。……我が名はぶっころりー! 紅魔族随一の靴屋のせがれ。アークウィザードにして、上級魔法を操る者……!」

 

 

 それはとても懐かしい、めぐみんやゆんゆんと同じタイプの自己紹介。そんな自己紹介を突然始めたぶっころりー。他の人なら驚くのだろうけど、生憎のところ頭がおかしいのはうちにもいる。耐性は既にある。

 

 

「これはどうもご丁寧に。えー……我が名はカズマ! 多彩なスキルを習得し、数々の魔王軍幹部と渡り合ってきた者……! っと、こんな感じか? どうぞ宜しく」

 

「「「「「おお……!!」」」」」

 

 

 ノリに乗って紅魔族風の自己紹介をするカズマ。俺もあやかろう。

 

 

「では俺も。……我が名はヒデオ! コンバットマスターにして、やがて魔王を屠る者……!!」

 

「「「「「おお……!!」」」」」

 

 

 カズマの時と同じ反応をする紅魔族の人達。これ案外楽しいな。

 

 

「素晴らしい、素晴らしいよ二人共! 普通の人は、俺達の名乗りを受けるとビミョーな顔をするんだけど、まさか外の人がそんな返しをしてくれるなんて! ……君達もコチラ側……業の者という訳だね?」

 

「「違います」」

 

「即答かぁ……。残念だなぁ」

 

 

 ガクッと肩を落とし、何やらブツブツと唱え始めたぶっころりー。

 流石に厨二病と同じにされては困る。ていうか業ってなんだ業って。

 

 

「さ、このままだとモンスター寄ってくるし自己紹介もこの辺にして、そろそろ里に行こうか!」

 

 

 さっきまで肩を落としていたのが嘘のように元気な声でそう言ってきたぶっころりー。

 あ、なるほど。さっきのブツブツ言ってたのは詠唱か。

 

 

「じゃ、いくよー。『テレポート』!」

 

 

 瞬間移動とはまた違った感じの、視界がグニャりと歪む移動。瞬間移動は空間を飛ぶ感じだが、これは空間を捻じ曲げて渡ってる感じがする。

 一瞬空間が歪んだかと思うと、景色が一変して、のどかという言葉が似合いそうな集落が目の前に現れる。

 

 ぼーっと里を眺める俺達に、ぶっころりーが笑顔を見せる。

 

 

「さ、ついたよ。紅魔の里へようこそ、外の人達! めぐみんもゆんゆんも、よく帰ってきたね!!」

 

 

 




過去最長。この調子で行きたい。


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第四十五話

なんか色々とやってたら遅くなりました。プロット的なのを考えてたら興が乗ったとかじゃないです。


追記
このすばOPの謎ダンスがめちゃくちゃ好きです


 

 

「あ、そうだ、ヒデオ君。さっきやってた、消えてまた現れたやつ、あれどうやったの?」

 

 

 魔王軍遊撃隊の一人ぶっころりーが去り際、そんなことを言った。先程使っていた瞬間移動のことだろう。

 テレポートも似たようなもんだと思うが、やっぱり気になるのか? つーかヒデオめ、前には出るなって言ったのに見事にフラグ回収しやがって。

 

 

「瞬間移動だ」

 

「瞬間移動……? テレポートみたいなものかい?」

 

「まぁ瞬間的に遠距離を行き来するっていうカテゴリーではそうなのかもな。実際は似て非なるものだが」

 

「へぇ……。一回やってみてよ」

 

 

 純粋に興味があるのか対抗心を燃やしているのかわからないが、心無しかわくわくしているように見えるぶっころりー。他の紅魔族達も皆興味ありげにヒデオとぶっころりーを見守っている。

 

 

「いいぞ。ムム、ちょっと待ってろよ……。あ、俺の肩に触れといてくれ」

 

「こうでいいかい?」

 

「おう。……お、上空になかなか大きい気が………近いな。えーと……あの鳥か?」

 

 

 言いながら上空を見上げるヒデオ。釣られて同じ方向を見ると、確かに何か鳥のようなものが飛んでいた。

 ………確か紅魔の里付近にはグリフォンが出るんだっけか。

 

 

「おいヒデオ。くれぐれもあの鳥をこっちに連れてくるなよ」

 

「よくわからんが了解した。よし、行くぞぶっころりー!」

 

「見せてもらおうか。テレポート以外の空間移動とやらを……!!」

 

 

 ぶっころりーがそう言い終えると同時に、ヒデオと共にその場から消える。おそらく行き先はあの鳥の所だろう。

 

 

「消えた!」

 

「すげぇ!」

 

「見て! あんな上空に!」

 

 

 そう叫んだのは誰か。案の定というか、ヒデオとぶっころりーと思われる人影がさっき見た鳥のところに現れていた。

 

 そしてもちろん、上空には足場がない訳で。

 

 

「あ、落ちた」

 

 

 ヒデオの肩に手を乗せていただけのぶっころりーが重力に引かれ、真っ逆さまに落ち始めた。

 

 

「ぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 

 上空からぶっころりーの悲鳴が小さく聞こえてくる。そのぶっころりーを助けようと、当然追いかけるヒデオ。

 

 

 そして、その二人を追いかける影がひとつ。

 

 

 紅魔の里近辺に生息する大型の鳥モンスター、グリフォンだ。

 

 

「グリフォンだ! グリフォンと追いかけっこしてるよあの子! というか今更だけど空飛んでる!」

 

「グリフォンと空中戦する人はじめて見た……!!」

 

「すげぇ! グリフォンと競り合ってる!!」

 

 

 初めて見る光景に興奮しているのか、キラキラと紅い瞳を輝かせる魔王軍遊撃隊の面々。誰一人ぶっころりーの心配をしていないのはまぁこの際置いておこう。恐らく俺達の様子を見て大丈夫だと踏んでいるのだろう。

 

 

「ぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 

 かくいう俺も、心配は微塵もしていない。あいつの事だ。ギリギリで助けるだろう。今までもそれで助けられて……助けられて……助けられてきたか? 助けには来てくれたが、あいつのお陰で助かったのって案外少ないような……。

 

 

 …………なんか不安になってきた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「お、なんだこの鳥。でけぇ」

 

「それはグリフ――」

 

「あれ、どうしたぶっころ……いねぇ」

 

 

 ぶっころりーが背後から消えた。気は感じる。……まさか。

 

 

 

 

「あぁぁぁぁ……」

 

 

 下の方を向くと、当然の様にぶっころりーが自由落下して行く。あー、おんぶでもしてりゃあ良かったな。

 

 

「待ってろぶっころりー! 今行く……!?」

 

「キシェェェ!!」

 

 

 ぶっころりーを助けるために急降下を始めようとしたのだが、先程の鳥にタックルされる。

 

 

「なんだテメェ! 焼き鳥にすっぞ!」

 

「キィィ!!」

 

 

 俺が目的かと思い威嚇するが、そうではないようだ。その証拠に、俺には目もくれず。

 

 

「あぁぁ……」

 

 

 真っ直ぐにぶっころりーを追いかけて行った。

 

 

「キェェェェ!」

 

 

 金切り声のような甲高い雄叫びを上げて急降下していくグリフォン。流石鳥類と言うべきか、その速度は凄まじいものだった。

 

 

 だが。

 

 

「行かせるか! 空中がお前ら鳥類のものだけど思うなよ! オラァ!」

 

「ギッ!?」

 

 

 先程の仕返しとばかりに、速度を上げてタックルを喰らわせる。

 しかし、それが仇となった。

 

 当たった角度が悪かったのか、奴はさらに速度をあげてぶっころりーの所に突進していく。そしてついにぶっころりーを捕らえてしまう。

 

 

「あっ」

 

「キェェェ!」

 

「悪い! 何もせずに待ってろ! すぐ助ける!」

 

 

 下手にグリフォンを刺激してしまわぬ様にそう注意を促す。あの実力ならグリフォン程度なら余裕で殺れるだろうが、それをしないのは余計危なくなるのがわかっているからだろう。流石は知能の高い紅魔族。うちの爆裂脳とは大違いだ。

 

 

 さて、めぐみんへの皮肉はこれ位にして……瞬間移動!

 

 

 

 

 

「……愚かなる鳥類よ! 我が尊大なる力にひれ伏せ! 貴様など我が手を下す必要も無い! 我が部下がすぐにやってくる! その恐怖に震えているがいい!」

 

「誰が部下だ誰が! 悪い、待たせた!」

 

 

 瞬間移動でグリフォンの背後に現れたのはいいが、ぶっころりーがなんか勝手な事を言っていた。こんな時でも厨二病全開なのは感心する。

 

 

「……よく来た我が部下! さぁ、この愚かなる鳥を葬り去るがいい!」

 

「あいよ! フン!」

 

「カッ……!?」

 

 

 背後からグリフォンの頭を掴み、筋力に任せて車のハンドルさながらに思いっきり360度近くまで拗じ折る。近接格闘で即行動不能にさせたいのならこれが一番だ。

 鳥類は首がよく回る種が多いらしいので、いつもより多めに拗じる。

 

 

 

 

 

「ありがとう。助かったよ」

 

「いや、俺の不手際が招いた結果だからな。すまねぇ」

 

 

 グリフォンから解放したぶっころりーに謝罪し、瞬間移動の事はもう充分知ってもらえたはずなので皆の所に帰ろうと――

 

 

「……ヒデオ君、そのグリフォンをどうする気だい?」

 

 

 帰ろうとしたところで、ぶっころりーが先程シメたグリフォンを左手一本で大事そうに抱える俺を見て、訝しげな視線と言葉を向けてくる。

 

 どうって言われてもなぁ……。

 

 

「どうって……今日の晩飯にする。鳥だし食えるだろ。やんねぇぞ」

 

「………僕、めぐみんはともかくゆんゆんが君みたいな人と仲良く出来てるのが不思議でならないよ」

 

「なんだその言い草は。俺が変人みたいに聞こえるんだが」

 

「そう言ってるんだよ?」

 

 

 ………。

 

 

 

 紅魔族にだけは言われたくない。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 俺の不安などつゆ知らず、うちのサイヤ人は平常運転だった。

 

 

「あ、吹っ飛ばした」

 

「空中でグリフォンをボコボコに出来る人はじめて見た」

 

「いいなー。俺も空飛んでみたい」

 

 

 この反応を見ると、いかにあのサイヤ人のスペックがイカれているかよく分かる。

 ………本当に初めて見た時声掛けて良かった。あの時の俺、グッジョブ!

 

 

「お、グリフォンの首をぐるるんって回してへし折ったぞ。……アサシン顔負けの手際だな」

 

「それに空を飛ぶスキルなんて聞いたことないし……何者なんだ」

 

 

 実はこう飛んでるとか、あの魔法を応用すれば出来るんじゃないかとか、あの尻尾に秘密があるとか、ヒデオの正体と舞空術について考察を始める紅魔族。

 さすが知能が高いだけあって、話の展開が早い早い。うちのなんちゃって紅魔族とは大違いだ。

 

 

「……なんですかその、『なんちゃって紅魔族とは大違いだ』とでも言いたそうな顔は。言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

 

「……自覚があるならそれでいい」

 

「よろしい、戦争です」

 

 

 突然掴みかかってきためぐみんに負けまいと対抗していると、視界の端にシュッと影が現れる。お、帰ってきた……あいつなに持ってんだアレ。

 

 

「ただいま」

 

「……グリフォンを屠り我が同胞を救って少しの間もない……早いな。 そしてちゃっかりグリフォンを持って帰ってきている……只者ではないな……」

 

「これが瞬間移動……! 紅魔族以外にもこれ程の使い手が居たとは……!!」

 

「はじめは超スピードのごまかしだと思っていた……だが実際は全く異なるものだった……疑ってすまない」

 

 

 グリフォン持って帰ってきちゃったか……。

 

 紅魔族達はヒデオの持って帰ってきたグリフォンを特に疑問に思うことなく、やれ次は自分だの、やれ解剖させろだの、やれ女湯に連れて行けだのと、舞空術と瞬間移動に興味が尽きないのかヒデオに詰め寄る。そしてまだ取っ組み合いをしている俺とめぐみん。そんな中、一人がふとぶっころりーに質問した。

 

 

「そうだぶっころりー、どんな感じだった?」

 

「普通にびっくりしたね。何せ急に景色が変わったかと思うと猛スピードで落下してったんだ。それに加えてグリフォンの突貫。なかなかいいアトラクションだったよ」

 

「アトラクションて……まぁ最悪死んじゃってもうちのプリーストに蘇生してもらってたから大丈夫だぞ」

 

「そういう問題じゃないんだよなぁ」

 

 

 その気持ちはわかるぞぶっころりー。生き返るからって死んでも構わないとは普通思わないだろう。どうもこのサイヤ人は死生観がイカれているらしい。

 

 …………やはりうちのパーティーの連中は俺以外頭がおかしいのでは? 常識人つらい。

 

 

「……なんですかその、『常識人つらい』とでも言いたそうな顔は。……カズマも相当イってると思うんですが」

 

「おいおい急にどうした。本当にイカれちまったのか?」

 

 

 人の事を突然イってる奴扱いとは非常識にも程がある。

 

 

「その言い方だと私が普段からイカれている兆候があるみたいじゃないですか。そこのところ、詳しく聞かせてもらおうか」

 

「だからそう言ってんだよ。……この! はなせ! 魔法使いのくせに意外な筋力を……!!」

 

「くっ……!! 前までならコレでノせたのに……!! ヒデオに養殖まがいのことをしてもらってるだけありますね!」

 

 

 悪態をつきながらどうにか俺を懲らしめようとしてくるめぐみん。フッ、伊達にヒデオのおこぼれを貰っているわけでない。

 というか養殖ってなんだ。もしかしてアレか。安全な場所でのんべんだらりと育てられぬくぬくと肥えていく様を俺の普段のニート生活に喩えてるのか。なるほどなるほど………。

 

 

 …………ってやかましいわ!

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、いい体験させてもらったよ。今度はカメハメハとやらを見せてもらおうかな。…………じゃ、そろそろお暇させてもらうよ。見回りしないといけないしね。それでは!」

 

 

 舞空術談義もそこそこに、ぶっころりー達は任務の続きがあると言ってその場から消えていった。一瞬で居なくなったところを見ると、またテレポートを使ったのだろう。

 それにしても、仕事熱心だなぁ。いくら強いとはいえ、前線に立つのはかなり大変な仕事のはずだ。

 

 

「……なんか、カッコイイな。戦闘のエキスパートって感じで」

 

「おいおい、戦闘のエキスパートならここに居るだろ。とびっきりの……ん?」

 

 

 自画自賛をし始めたヒデオが急に発言を止めて、ぶっころりー達が消えた方を睨みつけた。なんだ? 急に恥ずかしくなったのか?

 

 

「………おかしいな。なんでぶっころりー達の気がそこにあるんだ?」

 

「……どういう事だ? さっきテレポートで飛んでったじゃないか」

 

「うーん……他の所にぶっころりー達の気は見当たらないな……。姿だけ消して実はそこにいるってパターンか?」

 

「よくわかりましたねヒデオさん。上級魔法の中に、光を屈折させて周囲から見えなくするって魔法があるんです。テレポートは消費魔力が大きくて、日に何度もそうポンポンと使えません。なので、消費魔力の少ない屈折魔法でかっこよく立ち去る演出を……あ痛っ!」

 

 

 どこからとも無く、というよりヒデオの視線の先から飛んできた小石が頭に衝突したゆんゆん。まるで、『余計なことを喋るんじゃないこのぼっち娘が!』とでも言いたげな投石だ。

 

 

「……繰気弾」

 

 

 何を思ったのか石が飛んできた方をじっと見つめている。そして技名をボソッと呟いて空いている手のひらからバレーボールくらいの大きさの気弾を出してふわふわと浮かせるヒデオ。

 そしてゆっくりと小石が飛んできた方に飛ばす。数メートル進んだかと思うと、空間に呑み込まれるように忽然と消えた。あれっ。

 

 

「……見えなくなっただけだな。そい」

 

 

 指をクイッと上に向けるとなるほど。確かに見えなくなっていただけのようで、また忽然と現れた。

 

 

「……そい」

 

 

 そしてその気弾を再びぶっころりー達がいるであろう方向に飛ばした。

 

 

 それも、先程とは比べ物にならない速度で。

 

 

「……!?」

 

 

 スレスレで地面に激突したのか、破壊音と誰かが焦る声が聞こえる。

 

 

「………そいそいそい!」

 

 

 現れて急に消えたのが面白かったのか当たらなかったのが腹立ったのかわからないが、狂ったように繰気弾を動かすヒデオ。そしてズササと逃げる様な音が聞こえる。それを聞いてまた狂ったように動かすヒデオ。

 鬼かこいつは。

 

 

「………あれ、急激に速くなった。これじゃ追い付けねぇ。こんな風に遊ぶ面ではいいんだが、戦闘面ではからきしだな繰気弾。行動制限されるし弾遅いし」

 

「まぁ無印の頃の技だし多少はな? というか人で遊ぶな人で……。それにしても、姿を消す魔法か………」

 

 

 気配を消すのではなく、姿そのものを消すことが出来る魔法があるのか。

 ………潜伏スキルと合わせたら最強じゃないか? 何処にとは言わないが、侵入し放題じゃないか。バレないし気配も察知されない。

 

 しかし、世の中そう上手くは出来ていないようで。

 

 

「カズマがゲス顔で何を企んでいるのかはわかりませんが、あの魔法も完璧に姿を消すわけじゃないんですよ。周囲数メートルに結界を張り、その中を周囲から見えなくする魔法です。なので、ある程度まで近付けば見えますよ。ヒデオの気弾が途中で消えたのもそのせいです」

 

 

 接近されたらバレるとか使えねー……。いや、近寄らせなければいい。となると。

 

 

 ………早いとこレベル上げて舞空術覚えよう。

 

 

 俺がレベルを上げる決意を固めているのをよそに、ヒデオが関心したような言葉を漏らす。

 

 

「それにしても、魔王軍遊撃隊とかあるんだな紅魔族。魔王に目の敵にされてきたって言ってたし、やっぱりそういうのが必要になるのか?」

 

「あぁ、それは勝手に彼等が名乗ってるだけで、実際はそんなものありませんよ」

 

「え」

 

 

 曰く、アイツらは魔王軍遊撃隊等ではなく、普段は親の脛をかじっている穀潰しだそうだ。仕事もなくて暇なので、ああやって見回りと称して散歩をしてるらしい。

 ニートが魔王軍と張り合えるって恐ろしいな紅魔族。

 

 

「さて、これからどこ行く?」

 

 

 ニートですら強いという衝撃の事実に項垂れていると、ヒデオが伸びをしながら皆に尋ねた。自然と俺の方に視線が向く中、一人おずおずと手を挙げて意見を述べる者がいた。

 

 

 ゆんゆんだ。

 

 

「……私は手紙の真相を知りに実家に戻ろうと思います。それと、父の安否も気になるので……」

 

「……なるほど。カズマ、どうする?」

 

「んー……そうだな……よし、ゆんゆんに付いて行くか。魔王軍が攻めてきたってのは本当だったみたいだけど、里の様子を見る限り全くやばそうに見えないんだが……何が起きてるんだ?」

 

 

 手紙の通り魔王軍がすぐそこまで来ているというのに、この里は平和そのものだ。さっきのぶっころりー達を見ても全く焦っている様子などなかったし、魔王軍相手に暇つぶしをする始末。恐らくめぐみんの妹も無事なのだろう。

 

 

 ニートですら高スペック。更には里の大人達は皆高レベルのアークウィザード。

 魔王軍に攻め込まれているとは思えない、見渡す限りののどかな街並み。

 

 

 ………これ、来る必要あったか?

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 里の中央に建てられた大きな家。そこが族長の家でありゆんゆんの実家だそうだ。俺達の屋敷ほどではないが、なかなか立派な家だ。

 

 

「ただいま! お父さん、生きてる!?」

 

 

 帰ってきていきなり生きてる!? ってどんな帰郷だよ。

 そんな声に反応したのか、スタスタと誰かがやって来た。

 

 

「おぉ、ゆんゆん。よく帰ってきたな。おかえり。何が生きてるのかはわからないが、私はこの通りピンピンしてるよ。ゆんゆんの方も元気そうで何よりだ。……後ろの方々はご友人か? お、めぐみんもいるじゃないか」

 

「お父さん……良かったぁ……」

 

 

 どうやらこのヒゲ親父はゆんゆんのパピーらしい。不謹慎だが、生きていたお陰で余計手紙が意味の分からないものになってしまった。

 ゆんゆんはピンピンしてる父親を見て安心したのか、ヘナと萎びたように玄関に座り込んだ。

 

 ……こういう時なんて声を掛ければいいんだ? 生憎物語のイケメン主人公のように気の利いた言葉や行動など思い付かないし、思い付いても絶対にしたくない。

 

 

「……とりあえず、親父さん生きてて良かったな」

 

 

 そしてこのフワッフワの対応である。

 

 色々とフワフワな対応をゆんゆんにしていると、俺達の反応を不思議に思った親父さんがフム、と顎に手を当てて、考える仕草をした。

 

 

「……さっきからまるで私が死んでると思っていたみたいな…………まさか、あの手紙の事かね?」

 

 

 流石は知能が高い紅魔族。みなまで言わずとも理解してくれたようだ。

 

 

「あの手紙は……いや、こんな所だと落ち着けないだろう。部屋に案内しよう。ささ、ゆんゆんのご友人達、奥へどうぞ」

 

 

 ゆんゆんの親父さんに案内され、広い家の中を進んで行く。流石族長の家といったところか、行き届いた掃除や所々の慎ましくも美しい装飾などに、生活レベルの高さが伺える。

 

 

「これが普通の家か……」

 

「……言っとくが、これはかなり大きい方だし、普通の家にはあんな壺なんてないぞララティーナ」

 

「またその名を……!! と、というかそれくらいわかっている! お前は私を一体なんだと………」

 

 

 なんだと、か。……痴女、いや……ドM……お嬢様……おっぱい。

 

 

「……痴女セイダー」

 

「よしわかった。ぶっ殺してやる!!」

 

「はっ! やれるもんならやってみろ! てめぇの攻撃が俺に当たるわけねーだろ! 両手剣スキルもしくは徒手空拳スキルを習得してから出直してくるんだな!」

 

「それは出来ない! 第一アタッカーはお前がいれば充分だろう!」

 

 

 そういう問題ではない。

 

 

「ささ、こちらの部屋にどうぞ」

 

 

 そうこうしてるうちに、目的の部屋に着いた。ダクネスは後で論破するとして、まずはあの手紙の真相だ。

 

 

 

 

 

 

「――で、あの手紙はなんなんです?」

 

 

 手短に自己紹介を済ませ、早速本題に入る。

 

 

「何って、娘に宛てた近況報告の手紙だよ。手紙を書いている間に興が乗ってしまってな。紅魔の血が普通の手紙を書かせてくれなくて……」

 

「ちょっと意味がわからないです」

 

 

 なんだろう、すごくぶん殴りたいぞこのおっさん。なんというか……殴りたいこの笑顔。即座に突っ込んだカズマの隣では、ゆんゆんが大口を開けてポカンとしている。

 

 

「……え? お、お父さん? お父さんが無事だったのはとても嬉しいんだけど……最初の手紙の、『この手紙が届く頃には、きっと私はこの世にいないだろう』って言うのは……」

 

「紅魔族の時候の挨拶じゃないか。学校で習わなかったのか? ……あぁ、お前とめぐみんはエリートで卒業が早かったからなぁ」

 

 

 やはりこの二人の紅魔族っ子は只者じゃなかったみたいだ。だけどなんだろう、普段の行動とかのせいで全くそう思えない。

 

 

「……魔王軍の軍事基地を破壊する事も出来ない状況だって……」

 

「あぁ、あれか? 連中は随分立派な基地を作ってなぁ。このまま新しい観光地として残すか壊すかで意見が割れているんだよ。それに、簡易拠点も作ったらしくてそこをキャンプ場にするかというのも議題に上がっていてな。なかなか会議が進まないんだよ」

 

 

 簡易拠点というのは俺が連れ込まれたあれだろう。豪胆すぎないか紅魔族。

 

 ……本当に近況報告の手紙だったみたいだな。書き方はアレでも、内容を早とちりした俺達にも少しは非があると思う。

 

 

 だが。

 

 

「……ゆんゆん。お前の親父さんに一発蹴り入れていいか?」

 

 

 普通に釈然としない。

 

 

「いいですよ。一発と言わず気の済むまでどうぞ」

 

「!?」

 

 

 ゆんゆんの冷めた対応に愕然とするヒゲ親父と俺の間に割って入る奴が居た。

 

 

 ダクネスだ。…………はぁ。

 

 

「まぁ待てヒデオ。イライラするというのなら私が代わりに蹴られよう。さぁ! 来い!」

 

「というのは冗談で、魔王軍幹部が来てるんですよね? えーと、シルビアでしたっけ」

 

 

 ダクネスの渾身のボケを華麗にスルーし、ゆんゆんの親父さんに問いかける。

 

 

「あ、あぁ……よく知ってるね。シルビアは魔法に強くてね。それで派遣されてきたらしいんだ。……いつも里の皆に泣かされて撤退してるけど」

 

「なるほど……。いつも、ってことは何回か来てるんですよね」

 

「その通りだよ。普段ならこれくらいの時間に来るんだが………今日は来ないところを見ると、ぶっころりー達が暇つぶしに行ったのかな?」

 

 

 だから魔王軍相手に暇つぶしってどうなの……。

 

 

「………完全放置プレイ……八十点。合格だ」

 

 

 ダクネスが身震いしながらそんな事をポツリと言った。

 

 

 ………合格だとか言われたけど、すっげぇ不名誉な感じがする。

 ダクネスにドン引きしていると、親父さんがふと、思い出した様に。

 

 

「あぁ、そうそう。アクセルでの娘はどんな感じだね?」

 

「聞かなくていい! お父さん、そんな事聞かなくていい!」

 

 

 近況報告の手紙を宛てたのは、ゆんゆんの近況も知りたかったからではないのだろうか。ゆんゆんは必死に止めているが、ここは一つ。たまにパーティーを組む友人として。

 

 

「娘さん……ゆんゆんは大変真面目でどんな仕事でも嫌な顔一つせずに取り組んでいます。俺と二人で臨時パーティーを組むことがあるんですが、紅魔族の名に恥じない活躍をしてくれて、かなり助けられてます」

 

「ちょ、ヒデオさん……!!」

 

 

 ゆんゆんは急に褒められて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてアワアワしている。

 

 

「活躍! それはいい事を聞いた! ……それで、対人関係は……」

 

「俺達パーティーを筆頭に、俺やカズマと仲のいいチンピラに絡まれていたり、商才がマイナス方面にオーバーフローしている凄腕の魔法使いが経営している魔道具店に入り浸っていたり、そこでアルバイトをしている仮面を付けた怪しい店員にからかわれたりと、大変良好な対人関係を築けていると思います」

 

「君達以外が不安なんだが……」

 

 

 俺もそう思う。友達が少ないゆんゆんには言えないが、関わる相手は選んだほうがいい。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ゆんゆんと親父さんとの三者面談もそこそこに、真っ赤な顔のゆんゆんをその場に残して次はめぐみんの家族もとい妹の無事を確認しに行くことにした。

 

 ……まぁ大丈夫なんだろうけど。

 

 

「めぐみんの家ってどっちだ?」

 

「あっちの丘の方ですけど……どうしたんですか?」

 

「いや、少しでも近い気の所に瞬間移動してもらって楽しようと思ってな」

 

「俺はアッシーか。……お、めぐみんに似てる小さな気があるな。これ妹か? 近くに親らしき気もある……」

 

「なんだかんだ言いながらやってくれるヒデオさん流石っす。さすひで」

 

 

 心にもない賞賛を送られると人間って殺意が湧くんだな。いい事知った。

 

 

「みんな準備は……大丈夫か。よし」

 

 

 もう何も言わなくても既に俺に触れてきている。行動が早いのは助かるがなんだかなぁ。慣れって怖い。

 

 

 

 

 

 景色が急転し、里の中心から大きく外れた場所に出る。目の前にはなんというか……貧しそうな家屋が建っている。

 少し前にめぐみんがゆんゆんの弁当を奪わないと死活問題って言ってたし、想像はしていたけど、なんというか失礼だがゆんゆんの家を見た後だと余計ボロく見える。

 

 

「よし、着いた」

 

「相変わらず便利だなアッシー君」

 

 

 どうやらカズマはどうしてもエリス様の元に逝きたい様だ。ここは日頃のお礼も兼ねてぜひ送ってやろう。

 

 

「アクア、リザレクションの準備だ。今からこの糞野郎をぶっ殺す」

 

「私を便利な猫型ロボットみたいに扱わないで欲しいんですけど……」

 

 

 困った時のアクえもん。

 

 ……汎用性で言えばカズマの方が高いな。見た目が青いのと高スペックなくせにポンコツな所とか、どこからともなく変な道具を出したりする所はほぼ同じだが。

 アクアも不思議なポッケで夢を叶えてくんねーかな。無理か。

 

 

「……そう言えばめぐみんの妹の所に飛んだはずなのに、それらしき人影は見当たらないな。ヒデオの瞬間移動も完璧ではないのか?」

 

「別に鼻が当たるほど近くに飛ばなくても大丈夫なんだよ。いいかダクネス、気には範囲ってものがあってだな。その中なら自由に移動できる。そこまで細かく移動はできないけど」

 

 

 いきなり家の中に現れるってのは失礼だし、めぐみんの家族の気の本体から離れた所に移動してみたら運のいい事に玄関前に出た。

 

 

「やっぱり便利……ん? お前、選べるってんならさっきぶっころりーの前に瞬間移動して危うくぶった斬られそうになったのはなんでだ?」

 

「俺にもわからん。だけど、若干調子悪いんだよな。今回は大丈夫だったけど……」

 

 

 少し前、具体的にはアルカンレティアから帰ってきたくらいからか、どうも気功術の調子が良くない。気功波の加減を間違えたり、カズマが言ってるみたいに瞬間移動で出る場所を間違えたりと、なぜか調子が悪い。

 ハンスの毒の影響でも残ってんのか? 後でアクアに診てもらおう。

 

 

「魔王軍幹部と戦う予定なのに大丈夫なんですか? まぁヒデオが居なくても私が一撃で屠りますけど」

 

「俺が役に立たなかったら是非そうしてくれ」

 

「やけに素直ですね……まぁいいです」

 

 

 意外な対応に不思議そうな顔をしながらも玄関の扉をノックするめぐみん。

 やがて、ノックに反応しためぐみんの妹と思われる小さな気がドタドタという慌ただしい音を鳴らしながらこちらに向かってきた。

 

 玄関のドアがそっと開けられる。

 

 そして、中からめぐみんを小学生低学年くらいにしたようなとても可愛らしい女の子がひょこっと顔を出した。

 

 

「……問おう。君がめぐみんの妹か?」

 

「……いかにも! 我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹!」

 

 

 こめっこと名乗っためぐみんの妹は急に質問されて一瞬戸惑っていたが、そこは子供でも紅魔族。持ち前の知能でやるべき事を察してくれた。というかこめっこて……。

 

 

「よし、よく出来た。このグリフォンをやろう」

 

「わーい! ありがとう尻尾の兄ちゃん!」

 

「私の妹に変なものを与えないで欲しいんですが…………こめっこ、久しぶりですね。ただいま帰りましたよ。元気にしていましたか?」

 

「あ、姉ちゃん久しぶり! 見て見て! これ、今日の晩ご飯!」

 

 

 とても眩しい笑顔でめぐみんに伝えるこめっこ。あぁ、天真爛漫ってこういうのを言うんだな。

 

 変人共に汚された心が浄化されていく……。

 

 

「……ヒデオ、顔が気持ち悪いですよ? そんな顔で私の妹を見ないで下さい」

 

「お前その顔で日本を歩いてたら間違いなく通報されるぞ」

 

「……ヒデオってロリコンだったの? てっきり巨乳好きと思ってたわ」

 

「こんな小さな子にそんな視線を向けるな! 向けるなら是非私に!」

 

 

 ……元凶共め。

 

 

「……もうこめっことちょむすけだけでいい。後はいらない」

 

「「「「なっ!!」」」」

 

 

 最近、労働の割に癒しが足りていないと思う。

 

 …………アクセルに帰ったらサキュバスのお姉さんの店に行こう。

 

 

 

 




今更ですが、多分紅魔編は一番長くなると思います。

あと、紅魔編が終わったら紅魔編プロット的なのを公開して添削されようかな


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第四十六話

大変長らくお待たせしました! 今度はミスりませんでしたよ! ええ!

更新が止まっている間も感想が届いてとても励みになりました! これからもどうぞ、龍玉をよろしくです!



「お母さーん! お父さーん! 姉ちゃん帰ってきたー!」

 

 

 オッス、俺カズマ! 突然だけど、親友をぶっ殺したくなる時ってあるよな!

 例えば冷蔵庫にとっといたプリンを食われたり、実際に殺されかけたり、保身の為に売られたり、今みたいに幼女を目の前で懐柔されたりするとマジでどんな手を使ってでも殺してやろうかって思えっぞ!

 

 一言でまとめるなら、羨ましいんだよこんちくしょう!

 

 

「ヒデオ。いい加減その子とちょむすけを離したらどうだ。嫌がってるだろう」

 

 

 そうダクネスは言うが、いつものように頭の上を陣取っているちょむすけはともかく、こめっこはヒデオに抱えられながらヒデオの尻尾を楽しそうに触っている。とても嫌がっているようには見えず、むしろ楽しそうだ。

 

 

「黙ってろドM。さっきも言ったろ? ちょむすけとこめっこだけでいいって。お前らと居るとしんどい。たまには癒しをだな」

 

「くぅっ……!!」

 

 

 ヒデオの言う事も一理ある。戦闘面はアイツ自身が望んだ事なので置いといて、問題児達の対応に限界が来ていたところにこめっこという癒しの存在が現れたことにより、なにかが吹っ切れてしまったのだろう。その気持ちは良くわかるし、俺だってこいつらの世話を放棄して子どもとか小動物に癒されたい。

 

 だが、そうは問屋が卸さない。問屋が卸しても俺が許さん。

 一人だけ楽な方に逃げさせるわけにはいかない。逝く時は一緒だ。

 

 

「こめっこ。そのお兄ちゃんは悪い人なんですよ? アクセルじゃここにいるカズマと同じように鬼畜として名を馳せているんですよ? 早く離れてください」

 

「おい、俺の評価まで落とすことは無いだろ。それはともかくとしてもヒデオ。いくら仲間の妹とはいえ他所様のお子さんに勝手な事をするのは失礼だと思うんだ」

 

 

 仲良きことは美しきかな。とも言うが例外もある。この仲の良さはダメだ。犯罪的すぎる。

 ヒデオの顔を見れば癒されてるのはわかるし、こめっこも嫌がってはいないんだけど、絵面的にマズイ。ムキムキのお兄さんが自慢の長いブツを幼女に弄ばれるとか通報案件でしかない。

 それに、アイツだけずるくない?

 あっち側は猫と幼女で癒し感満載なのに、こっちはどうだ? 見た目は良くても中身がアレな連中しかいない。

 メンバー構成間違えてませんかね? 変えてくれません?

 

 だが、そんな俺の悲痛な願いが届くはずもない。

 

 

「大丈夫だ。こめっこに許可は得た。な? こめっこ」

 

「うん! 姉ちゃん、尻尾の兄ちゃんはお肉くれたから良い人だよ!」

 

「そう言われましても……その男の普段を知っている私からすれば可愛い妹にあまり近寄って欲しくないというのが本音なんですが……」

 

 

 こちらをチラ見しながらこめっこに注意するめぐみん。

 なんで今俺の方見たんだこいつ。あれか。俺にも近寄って欲しくないってか。

 よし、あとで泣かす。

 

 

「お前がなんの心配をしてるのか知らんが、カズマじゃあるまいしそれは無いぞ。感覚としてはちょむすけと戯れるのと同じだ」

 

「おい、俺だったらどうなるのか詳しく」

 

「……こめっこの前じゃ言えないな」

 

「いい加減人をロリマさんだとかロリニートだとか不名誉なあだ名で呼ぶのはやめて欲しい。俺が何したってんだ! そんなロリコンだのクズだのゲスだのカスだの呼ばれる事なんて何もやって……やって……」

 

 

 ………。

 

 

 色々やってたわ。何をとは言わないが色々やりまくってたわ。そりゃクズだのカスだの呼ばれるわ。

 

 

「……って違う! 今はヒデオを糾弾する時だろ!」

 

「それも違うと思うんだが」

 

 

 いつの間にか矛先が俺に向いていたので慌てて軌道修正。矛先が向いてるどころか突き刺さっている勢いで既に手遅れな気もするが、それはそれだ。このままやられっぱなしで居られるか。タダでは死なんぞ。

 

 

「……カズマ、そんな目で小さい子を睨むな。余計評判が悪くなるぞ」

 

「お前を殺す」

 

「何言ってんだお前」

 

 

 必ず道連れにしてやる。そう心に誓って殺気を込めた視線でヒデオを睨んでいると、玄関の奥からスタスタと音を立てて誰かがやって来た。

 

 

「こめっこ、めぐみんが帰ってきたの? ……あら、本当ね。おかえりなさいめぐみん。そして、後ろの方々は冒険者仲間の方かしら」

 

 

 中から出てきたのはどことなくめぐみんの面影があって、すこし目尻や口元に小皺はあるが、顔立ちの整った女性だった。

 この人がかねてから名前は聞いていためぐみんの母のゆいゆいさんだろう。

 

 ゆいゆいさんは末の娘が見ず知らずの怪しい男にくっついて謎の尻尾を触っているのを不審に思ったのか、じっと見ながらヒデオに尋ねた。

 

 

「そちらの、こめっこに尻尾? を触られている方は……」

 

「タナカヒデオです。めぐみんさんには日頃からお世話になっています」

 

「……あぁ、ヒデオさんですか。貴方のことは娘からの手紙に書かれていてよく存じておりますよ。なんでも娘に匹敵する実力者だとか」

 

「匹敵……まぁそうですね。匹敵してる所はあると思います」

 

 

 それはどっちから見ての『匹敵』だろうか。お互いがお互いの実力を下に見ているというかなんというか。

 

 ふと、ゆいゆいさんは視線をこちらに向けた。

 

 

「えーと……こちらの方がヒデオさんということは、そちらの手紙に書かれていた通り冴えない方がカズマさんでよろしいですか?」

 

 

 何書いてんだこのガキ。

 確かに冴えてるとは言い難いけどさぁ……。

 

 思わぬ不意打ちを喰らい項垂れる俺だったが、ヒデオがそんな俺を庇うように一歩前に出た。

 

 お、弁解してくれるのか?

 

 

「………やめとけやめとけ! こいつは評判が悪いんだ!

『サトウカズマ』17歳独身。日頃は腑抜けで目も当てられんが、やる時はやる男……。

 なんか鬼畜だのカスだのクズだのと悪評が立っているため女にはモテないが案外男の冒険者とかとは仲が良かったりするんだぜ。

 ………悪いやつじゃあないんだが、これと言って特徴のない、影の薄い男さ」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 

 はい、いつものパターンですね。こいつ悪ノリするとバニル並にタチ悪いんだけど。

 まぁいい。ヒデオには後で仕返しするとして、今は挨拶をするんだ。

 

 

「こほん。えー……サトウカズマです。めぐみんさんには日頃から強力な魔法や優れた頭脳で度々助けられていて、とても感謝しています」

 

 

 誤魔化すように咳払いをして、前もって用意していたセリフを紡ぐ。月並みな言葉だが、断じて嘘は言ってない。

 本当に助けられてはいるし、感謝だってしている。ただちょっと不満があるだけだ。

 

 

「これはご丁寧に。……カズマさんのこともよく存じておりますよ。手紙にはあなたがた二人の話題ばかりですから」

 

 

 俺達の話題ばかり、か。冴えない男とか書かれてたらしいし、どうせろくな事書いてないんだろうな。

 

 

「……なんですかそのどうせろくなこと書いてないんだろうな、とでも言いたそうな顔は。本当に碌でもないんだから仕方ないじゃないですか」

 

「よし、後でとは言わん。今泣かす」

 

 

 親の前だから自重するとでも思ったか? 既にこのクソガキとクソサイヤ人に評価を最底辺まで突き落とされたんだ。もう失うものは無い。親が見ていようが知ったことか。

 幸いゆいゆいさんはニコニコしながら見守っているだけなので、このままやらせてもらおう。

 

 

「その手の動き……またスティールですか。……いいでしょう!」

 

 

 俺がしようとしていることを読んだのか、めぐみんは地面の砂利を手のひらいっぱいにかき集めた。なるほど、対策は知っているか。

 

 

「カズマの運と私の運、どっちが強いか勝負です! 負けた方は……まぁそれは後で決めましょう」

 

「……俺の幸運値を知らないわけじゃないだろう。その心意気だけは買ってやる」

 

「ふっふっふっ。余裕をぶっこいていられるのも今だけですよ! ……アクア、お願いします!」

 

「りょーかい! 『ブレッシング』!」

 

 

 アクアがめぐみんに使ったのは確か幸運が一時的に上がる支援魔法だったか。『支援を受けてはダメ』なんてルールを作ったわけでもないし、俺がここで文句を言うのはお門違いだろう。

 いつの間に打ち合わせしていたのかは知らないが、なかなかどうしていい手だと思う。

 

 

 相手が俺じゃなければな。

 

 

「幸運を上げて大事なものを盗られにくくしたのか。確かに俺の幸運に対抗するにはそれしかないもんな。加えて手に持った大量の砂利。確率はグッと下がったってわけだ」

 

「フフン。引き下がるなら今のうちですよ?」

 

 

 勝ち誇った顔でめぐみんはそう言ってきた。

 無知なこのクソガキに対してせめてもの救い情けとして、最後通告をしてやる。

 

 

「お前こそいいのか? 今なら謝れば許してやるが」

 

「それはこっちのセリフです」

 

「そうか。……覚悟しろよ? 容赦しねぇからな」

 

 

 余程自信があるのか、通告には聞く耳を持たなかっためぐみん。

 もう逃げられはしない。ならば、これからすることを明かしても大丈夫だろう。

 

 

「……俺のスティールはもう『窃盗』を超えた……これは『強奪』だ。

 

 これからは『強奪(スナッチ)』と呼ぶ!!」

 

「急に何を言い出すかと思えば……。呼び方を変えた程度で私に勝てるとでも?」

 

「勝てるさ」

 

 

 そう吐き捨て、気を解放する。

 俺を中心に少しの衝撃波と空気が流れ、段々と身体から力が湧き上がってくる。今ならなんでも出来る。そんな気がしてくるほど自信と気に満ち溢れた。

 

 いきなり気を解放した俺に、めぐみんは少しだけ戸惑い始めた。

 

 

「か、カズマ。急に気を解放してどうしたのですか。まさか直接攻撃なんて馬鹿な真似はしませんよね?」

 

「あぁ。お前がさっき言ったとおりスティールでの勝負だろ。ルールは守るさ」

 

「………ならばなぜ気を解放……いや、まさか……!!」

 

 

 どうやらめぐみんはなにかに気付いたらしい。アクア以外は目の当たりにしたんだし、気付いてもおかしくないか。現にヒデオはニヤニヤしながら俺の勝利を今か今かと待ちわびている。腹立つ顔してんなこいつ。あとでしばこう。

 

 

「おっと、もう遅い。言ったろ? 容赦しねぇって」

 

「ちょっと待っ――」

 

「お前の大事な物を奪ってやる! そら、パンツよこせ! 『スナッチ』!!」

 

 

 めぐみんがなにかを言い終える前に、スティールに気を練り込んで昇華させた俺の新技スナッチが炸裂した。

 簡潔に言えば、双方の幸運度に関係なく確定で指定したものを奪えるスティールと言ったところか。なにそれこわい。

 

 とまぁ、新技の総評はさておき、当然めぐみんのパンツは俺の手の中に。

 半日以上履いていたからかほんのり温かく、若干蒸れていた。そっち系の人に売れば良い値段になりそうだ。

 

 

「黒か。案外大人っぽいの着けてるんだな」

 

「ぐっ……!!」

 

「さーて、負けた方はどうなるかまだ決めてなかったな。うーん、どうしようか……。すぐには決められないし、じっくり考えることにするか。ほれ、パンツ返すわ」

 

 

 真っ赤な顔で涙目のめぐみんに、すっとパンツを差し出す。

 

 

「なっ……!!」

 

 

 そんな俺を見て、めぐみんは羞恥や驚き、屈辱が入り混じったような声を出す。

 無理もない。

 あんだけ大口叩いておいて完封されるなんて誰だって恥ずかしい。

 盗ったものを俺がすぐ返すだなんて思ってなかっただろう。

 自分のパンツは俺にとって返すのに抵抗もない程度のものという事を暗に示されては悔しくもなるだろう。

 

 

 俺はそんな可哀想なめぐみんを――――

 

 

「………フッ」

 

 

 鼻で笑ってやった。

 

 

「ーーーーっ!!!」

 

 

 声にもならない声で悔しがりながらダクネスとアクアの陰に隠れてコソコソとパンツを履き直すめぐみん。

 

 また勝ってしまった。

 

 

「こめっこ、こっちに……」

 

 

 ヒデオとゆいゆいさんがこめっこを俺から遠ざけているが、勝てたので良しとしよう。

 評価なんてもうどうでもいい。

 ヒデオが尻尾でこめっこの視界を阻んでいたお陰か、こめっこは特に俺に変な視線を向けてきてはいない。

 

 

 そう、こめっこは。

 

 

 声を出すのも憚られるのか、皆は無言で俺から一歩二歩と離れていき、遂には俺を見ようとはしなくなった。

 

 勝ったのにこの仕打ち。

 まったく、ツワモノはつらいぜ……。

 

 

 ………ぐすん。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ひとり彼方を向いて小刻みにプルプルしてあるカズマはそっとしておくことにし、再び雑談と洒落込んでいると、いつまで経っても尻尾を触り続けているこめっこを特に咎めない俺に、みかねたゆいゆいさんが尋ねてきた。

 

 

「……先程から気になっていたんですが、ヒデオさんは何故こめっこに尻尾を触られたままなんですか?」

 

「まぁ、特に嫌でも無いですからね。小さい子が興味を示してるものを奪いたくありませんし、飽きるまで待つつもりです」

 

「お母さん、尻尾の兄ちゃんはいい人だよ! お肉もらった!」

 

「あら、なんて大きなグリフォン………ヒデオさん、わざわざありがとうございます」

 

 

 どうやら食料を渡すという作戦は正しかったようだ。

 しかし、カズマ曰く常識を外れた大食漢の俺がいるこの場合、グリフォン一匹では心許ないだろう。長期の旅に出る時は大体は自分の飯は自分で狩ってるし、今回も例に漏れない。食料を買って来てもいいんだが、まぁ多いに越したことはない。

 

 

「ちょっと熊狩って来ます」

 

「え?」

 

 

 食料調達してくる事の旨を伝え、その場から瞬間移動で消え去る。向かう先は紅魔の里から少し離れた所の野性味溢れる感じの気。他にもチラホラ感じるし、探せば熊くらいいるだろう。

 

 一瞬でのどかな町並みから、癒されそうな静かな森林へと景色が変わる。

 やはりというか、瞬間移動の調子は宜しくなかった。途中で振り落とされた感覚があるが、無事目的の気の近くには来れたみたいだ。他にも色々と居るみたいだし、食料調達には困らないかな。

 

 さて、どいつから狩ろうか。

 

 

「尻尾の兄ちゃん、ここどこ?」

 

「ん? 里の近くの森じゃないか?」

 

「ふーん。なにしにきたの?」

 

「ちょっと食料を狩りに来た……ん? こめっこ?」

 

「なに?」

 

「なんでいんの?」

 

「尻尾の兄ちゃんの尻尾触ってたら急に景色が変わったの!」

 

 

 なんと。こめっこを連れてきてしまったらしい。確かにずっと尻尾をいじってたもんな。

 一緒に瞬間移動してしまっても仕方ないか。

 

 

「なるほど、俺のせいか。……どうする? 送り返してやろうか?」

 

「二度手間になるからいいよ! 尻尾の兄ちゃんって姉ちゃんくらい強いんでしょ? なら安心!」

 

「こめっこはやさしいなぁ。よし、一緒にご飯探すか!」

 

「うん!」

 

 

 こめっこのやさしさと笑顔に癒されつつ談笑を交えて森の中を散策すること数分。

 前方に獲物を発見した。

 

 

「あ、尻尾の兄ちゃん。熊が居るよ」

 

「熊だな。この辺の熊って言うと、一撃熊か?」

 

 

 ある日、森の中を歩いていると、クマさんに出会った。

 

 一撃熊はアクセル近辺にも出るらしいが、戦ったことはない。名前の通り一撃で敵を倒すらしいので、めぐみんが闘志を燃やしていた記憶がある。

 そのクエストを受けることはなかったが。

 

 

「多分そうじゃないかな。アレをご飯にするの?」

 

「そうするか。量的には充分だしな」

 

「やったぁ!」

 

 

 なにこの子すっげぇかわいい。持ち帰って愛でまくりたい。

 こめっこの柔らかそうなほっぺをうりうりしたい衝動をなんとか抑えていると、こめっこがぐいぐいと尻尾を引っ張ってきた。かわいい。

 

 

「ねーねー尻尾の兄ちゃん、熊こっち来てるよ?」

 

 

 見ると、一撃熊が俺とこめっこに向かって一直線にダッシュしてきた。

 さすが上級冒険者向けの一撃熊。くっそ速い。

 

 

「ホントだ、来てるな」

 

「戦うの?」

 

「おう。危ないから絶対に俺の前には出るなよ?」

 

「わかった!」

 

 

 こめっこを背後にかばって、一撃熊と相対す。

 

 一撃熊と呼ばれているだけあってか、その筋骨は隆々にして、なんかもう……すごく、大きいです……みたいな感じだった。

 単純な力比べなら負けるかもしれない。

 

 

「グルルル……」

 

「悪いけど、お前には今日の飯になってもらう」

 

 

 ロリコンサイヤ人のヒデオが勝負を仕掛けてきた!

 

 いちげきぐまはどうする?

 

 きりさく◀

 かみつく

 なきごえ

 とっしん

 にげる

 

 

「グガァ!」

 

 

 いちげきぐまは、なきごえ→とっしん→きりさく→かみつくのデスコンボをせんたくした!

 

 

「体重差を考慮した上でのタックルか……悪くない選択だ……が」

 

 

 全身から右腕へ。右腕から手のひらへ。手のひらから指先へと、気を送り、溜めていく。

 練り込む気の性質は貫通と魔属性。

 細微な調整は必要ない。ただ早く、速く、疾く、指先から放出するのみ。

 

 かつての強敵、地球に来たふたり目のサイヤ人ラディッツを、弟のカカロットもろとも屠ったこの技の名は――――

 

 

「魔貫光殺砲ァーーッ!!」

 

「グガッ!?」

 

 

 指先から放たれた光は、心臓絶対貫くヤツ(ゲイボルグ)のように、鋭く、素早く、確実に一撃熊の心臓を抉り出した。

 

 

「ガ………」

 

 

 血しぶき森の中、クマさんは死んでった。

 

 

「……悲しい唄だ」

 

「尻尾の兄ちゃん、なに言ってんの?」

 

「……なんでもない。さ、この熊の血抜きして持って帰るか!」

 

「うん! お肉、お肉!」

 

 

 ウキウキはしゃぐこめっこを見守りながら、持ってきていたロープで一撃熊の四肢をしっかり縛る。

 そして、こめっこが見ていないうちに頭を切り落として、脚側からロープをしっかりと持ち、こめっこを肩車して――――

 

 

「これが、サイヤ人式血抜きだぁーー!」

 

「あはははは! すごいすごい! ぐるぐるー!」

 

 

 ロープをピンと張り、力の限りくまさんを振り回す。辺りの木々が薙ぎ倒され、血だらけになってゆく。

 環境破壊? 生態破壊? 知ったことか。

 そんなもの、こめっこが腹を空かせていることに比べれば些細な事だ。

 そんな小さい事をグチグチ言う奴はオークのナワバリに全裸で簀巻きにして投げ落としてやる。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「じゃ、後は任せた。肉屋行ってくる」

 

 

 こめっこを無事舞空術で連れ帰って来たヒデオは、グリフォンと一撃熊を持って肉屋に行くと言って彼方に消えてった。

 

 そして、こめっこは――――

 

 

「お母さん、聞いて聞いて! 尻尾の兄ちゃん凄いんだよ! 手からビーム撃ったり、空飛んだり、熊をぐるぐる振り回したり出来るんだよ!」

 

 

 なにやら興奮冷めやらぬと言った状態で、ふんすふんすと鼻を鳴らしながらいかにヒデオがかっこよくて紅魔族の琴線に触れまくったかを語っている。

 まぁ、実際かっこいいもんな。手からビーム撃ったり空飛んだりしたら。

 俺も出来るんだけどなー……。

 

 

「こめっこ、そこにいるカズマもヒデオみたいにビームを撃てるんですよ。まぁ、ヘナチョコもいいとこですが」

 

「そーなの? すごいね! ……けどヘナチョコかぁ」

 

「ぐっ………」

 

 

 最早めぐみんの罵倒なんてなんのダメージもないが、こめっこは違う。ナチュラルに上げて下げられたし、無邪気さゆえに加減を知らない。ロリドSは業が深すぎる……。

 

 

「……ささ、皆さんどうぞ中へ。何も無いですが、ようこそいらっしゃいました」

 

 

 自業自得とはいえ、ずっと仲間達から不憫な扱いを受けている俺を見かねてか、ゆいゆいさんは話の腰を折って家の中に入るように勧めてきてくれた。

 

 あぁ、優しさが傷心に沁みる……。

 

 

 一番最後に家に入ろうと、皆が家の中に入るのを眺めていると、同じようにしていたダクネスがこしょこしょと耳元で囁いてきた。

 

 

「……ところでカズマ。先程のスティールの強化版だが、あれは屋敷で私に使ったものと同じか? 違うのか? もし違うのなら、効果の程を確かめるために私に使ってくれても……」

 

「残念ながら効果は殆ど同じだよバカめ。ちなみにお前とは絶対に実験しねぇからな」

 

「そんな!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「我が名はかるびん! 上級魔法を操るものにして、紅魔族随一の肉屋の店主!」

 

「これはご丁寧にどうも。……我が名はヒデオ! 戦闘民族サイヤ人の血を継ぐものにして、やがて魔王を屠る者!」

 

「おぉ! 外の人なのに微妙な顔一つしない上に紅魔族風の返しをしてくれるとは! こんなの初めてだよ!」

 

 

 やはり紅魔の里においても紅魔族特有の名乗りは万人受けしないようだ。こういう返しは初めてだと言ってるし、本当に微妙な顔をされる事が多いんだろう。

 俺は割と好きなんだがなぁ。まだるっこしくなくてわかりやすいし、印象も付きやすい。それに、割とカッコいい。

 

 

「喜んでくれて何より。……で、おっちゃん。グリフォンと一撃熊の精肉をお願いしたい」

 

「お安い御用さ! ただ、量が多いから……三時間くらいしたらまた来て! お代はその時貰うよ」

 

「三時間後ね。了解」

 

「じゃ、工房の方にいくからもし時間までに何か用があったらそっちに来てくれると助かる!」

 

 

 名乗りを受けてテンションが上がったのかウキウキで奥へと消えていく店主を見送っていると、背後から強い気配を感じた。

 

 

「……っ!」

 

 

 当たり前のことだが、俺も背後を取られるのは怖い。尻尾の弱点がある分、特に背後には敏感になってしまう。強い奴相手だとなおさらだ。

 なのでついバッと振り返ってしまう。

 

 

「……急に振り返ってどうしたの? あら、見ない顔。外の人かしら」

 

 

 振り返った先には、やたらに顔の整った紅魔族の女性が立っていた。

 ……めぐみんの家族といいゆんゆんといい、紅魔族は顔立ちが整っている人ばかりだが、この人は紅魔族の中でも頭一つ抜けているレベルの美女だ。

 

 

「……強い気配を感じてつい。お察しの通り、外から来た人です」

 

「……あなた、中々私達に近い感性を持っているようね。強い気配を感じただなんて……」

 

 

 このお姉さん、まさか俺が紅魔族みたいに厨二病で、感じ取れもしない気配を感じ取れる体を装っている男に見えてるのか? なにそれすっごいショックなんだが。

 

 

「……一応言っときますけど、これは俺のスキルですから。ちゃんと感じ取れてますから」

 

「……あら、そうだったの? てっきり中々見どころのある外の人かと思ってたわ。……まぁそのスキルも中々琴線に触れてるからいいわ」

 

 

 いったい何がいいと言うのか。紅魔族の前で迂闊な行動とかは厳禁だな……。

 

 

「あ、そうだ。このお店の店主さんは? 見当たらないんだけど、あなた知らない?」

 

「精肉頼んだので、工房の方に行きました。用があったら直接呼びに来いって言ってましたね」

 

「あぁ、なるほど。……うーん、作業してる所押し掛けるのも悪いし、今はやめとこうかな。そんなに急ぎの用でもないし」

 

「食用の肉を買いに来たんじゃないんですか?」

 

「いや、私が欲しかったのは一撃熊のキモなの」

 

 

 一撃熊のキモ……。確か前にめぐみんが秘薬になるとかどうのこうの言ってたな。アレは紅魔族レシピだったのか。

 それにしても一撃熊か。タイミングがいいと言うかなんというか。

 

 

「一撃熊だったら、今解体をお願いしてますよ。頼めばくれるんじゃないですか?」

 

「そうなの? じゃあやっぱり行こうかな。ありがとね! えーと……」

 

「ヒデオです。えー……我が名はヒデオ! サイヤの血を引く者にして、いずれ最強となる者!」

 

「おぉ! ノリいいねヒデオ君。 じゃ、私も……我が名はそけっと! 紅魔族随一の占い師にして、あらゆる未来を見通す者! ……じゃあね!」

 

 

 バサッとマントを翻し、俺の急な名乗りにノリノリで返すと工房の方へと消えていったそけっとさん。

 

 ……やべぇ。紅魔族楽しい。みんなノリいいし強い。

 

 

 肉屋を後にし、紅魔の里を少し観光しながらめぐみん宅へ戻っていると、ふと見知った気の動きを感じた。

 

 

「……ん? なんかゆんゆんの気が猛ダッシュで誰かを追いかけてるな。……行ってみよ」

 

 

 引っ込み思案で優しくて友達の少ないゆんゆんが猛ダッシュで追いかける相手はどんな奴か。すごく気になる。

 

 そーれ、瞬間移動!

 

 

 

「ゆんゆん、何故無言で追いかけてくるんだ!? 普段の優しい君はどこに……わぶっ」

 

「おっとっと、大丈夫か? 悪い、調整ミスったみたいだな。怪我はないか?」

 

「だ、大丈夫……」

 

 

 ぶつかって尻餅をつきそうになった少女の手をなんとか掴み、ぐいっと引っ張って体勢を立て直す。

 どうやら瞬間移動の加減を間違えて追いかけられている相手の直前に出てしまったみたいだ。

 

 

「……やっと止まった。覚悟はいい? あるえ」

 

「あ、忘れてた……! どなたか存じませんが助けてください!」

 

 

 見ると、興奮して紅い瞳を輝かせているゆんゆんがゆらゆらとこっちにやって来ていた。そんなゆんゆんを見て、あるえは俺の後ろに隠れた。

 優しすぎて若干引くレベルのゆんゆんを怒らせるなんて、何をやったんだこのあるえって子。というかおっぱいデケェなこの子。ゆんゆんもデカイが、それよりもデカイ。

 

 ……ん? なんかあるえって名前に聞き覚えがあるえ。

 

 ……俺はもうダメかもしれない。無意識に親父ギャグが出るなんて、死期が近いか?

 

 

「あるえ……その人に迷惑がかかるから大人しく……あれ、ヒデオさん?」

 

「気付いてなかったのか。どうしたんだ? お前がそんなに怒ってるのなんて初めて見たぞ」

 

「こ、これには深い事情が……」

 

 

 もごもごと言いづらそうにしているゆんゆんの答えを待っていると、あるえと呼ばれた少女が俺の腰あたりからひょこっと顔を出して反論し始めた。

 

 

「君を小説のネタにするなんて学校時代何度もあったじゃないか! そりゃあ興が乗って色々と書いたのは認めるけど……。早とちりして勘違いした君にも非があるんじゃないか!?」

 

「ついに開き直った! アレのせいでわたしがどんなに恥ずかしい思いをしたか……!!」

 

 

 あ、思い出した。二枚目の手紙に書いてたアレの作者だ。このあるえって子。

 だからゆんゆんは涙目で顔が真っ赤になってるのか……。

 

 

「まぁ落ち着けってゆんゆん。人間誰しも黒歴史を抱えて生きるもんだ。それに、お前の黒歴史なんて可愛いもんだぞ?」

 

 

 世の中には存在しないものの存在を信じ切ったり、自分には特別な力があると思い込んで変な行動を犯して挙句の果てに死にたくなる奴なんてごまんといる。ちょっとえっちぃ誤解をしたからなんだと言うのだ。

 

 

「うぐぐ……。なんだかヒデオさんの言葉にはものすごい説得力を感じます……!!」

 

「おいやめろ。その言葉は俺に効く」

 

 

 少しでも思い出させるような言葉はNGです。

 ……まぁ俺は違うけど? 白い歴史しかないけど?

 

 

 俺がゆんゆんを上手く足止めして一安心したのか、あるえはとんでもない爆弾を投げ込んできた。

 

 

「……ゆんゆん。さっき君は恥ずかしい思いをしたと言ったが、サボテンを友達と呼ぶ方がよっぽど恥ずかしいと思うよ」

 

「……ッ! ……ッ! ヒデオさん、離して! あるえころせない!」

 

「落ち着け、落ち着け! 数少ない友達を殺そうとするんじゃない! あるえも、刺激するようなことを言うな!」

 

 

 その後、ライトオブセイバーを詠唱し始めたゆんゆんを力づくで抑え込んだが、それでも抵抗を続けたので首トンして事なきを得た。

 




つぎはもっとはやくあげます!


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第四十七話

長期休みじゃない方が執筆捗る不思議。


 

 ゆんゆんが気絶してしまったので、このまま放置していく訳にもいかない。

 かと言ってこのままゆんゆんの家に行ってしまってはよからぬ勘違いを生んでめんどくさいことになりそうなので、ゆんゆんが起きるまであるえと待つ事に。

 

 近くにベンチなどもなく、地面に寝かせる訳にも行かず、仕方なくゆんゆんを背負っている。本当に仕方なくだ。仕方ない。おっぱいが当たっていても仕方ない。

 

 

「危ないところを助けて頂き、ありがとうございました。……こほん。我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、作家を志す者!」

 

 

 あるえはばさっとマントを翻し、紅魔の里に来て幾度と見てきた自己紹介を披露してきた。身体の動きから一フレームほど遅れて、あるえの胸部がゆれた。おっぱいぷるーんぷるん。

 

 なるほど。

 

 流石紅魔族随一と自称するだけはある。

 身長も高いし出るとこ出てるしでかなりエロボディだ。仮に初対面でなおかつ年下じゃなければセクハラしていた事だろう。

 これでめぐみんと同い年なのか……。なんか色々とアイツが可哀想になってきたんだが。

 

 さて、そんなことは置いといて。

 

 

「じゃあ俺も改めて。……我が名はヒデオ! ゆんゆんの友人にして、はじまりの街に住む者!」

 

「おぉ……! さっきの手際のいい手刀といい、急に現れた謎の移動術といい、ダイレクトに私達の琴線に触れてきますね。……他に出来る事はありますか? 是非とも執筆のヒントにしたいです!」

 

 

 俺の自己紹介を聞くや否や、どこから取り出したのかメモ帳とペンを持って詰め寄ってくるあるえ。近い近いいい匂い乳デカイ。

 文学少女あるえか。なんか響きがいいな響きが。

 

 さて、興味を持ってくれた可愛い女の子を無下にするわけにもいかない。自分に出来る事を出来る限り適当に伝えよう。

 

 

「何が出来るって……空飛んだり」

 

「空を! ……他は!?」

 

「街を壊滅できたり」

 

「街を! ……次は!?」

 

「手からビーム出たり」

 

「ビーム! ……他には? 禁じられし力とか、己を制御出来なくなる禁断の技とかは無いんですか?」

 

 

 すごいグイグイ来るなこの子。というかその二つ殆ど同じじゃないのか。

 禁じてる力、というより気を付けていることと、使うとアクアが怒る技とかはある。

 

 細かく説明するのもめんどくさいし、見せろとか言われると厄介なので、適当にはぐらかそう。

 

 

「うーん、後は使いすぎたら身体が壊れるドーピング技とか、満月を見たら野生が爆発するとか………あ、これはまだ出来ないけど、限界を超えた怒りによって凄まじい力を手に入れるついでに金髪になったり……」

 

「………羨ましすぎます。 諸刃の剣みたいな技を持ってるとか、条件付きで本能が爆発するだとか、怒りで覚醒する上にわかりやすく見た目も変わるとか! あぁ、今すぐにでも書きたい! あなたみたいな能力を持った主人公を全四十二巻に渡って書き綴りたい! 名前は……カカロ」

 

「っと! それ以上いけない」

 

 

 咄嗟にあるえのペンを持つ手を抑え、書くのを止める。

 危ない危ない。盗作はダメだよ盗作は

 あるえに対しては見た感じクールな印象を受けてたんだが、案外騒がしい。

 熱くなりやすいタイプなのかもしれない。

 

 そんなあるえはなぜ止められたのかが理解できないようで、頑なにペンを動かそうとしている。だが、所詮は女の子だ。俺の筋力にかなうはずもない。

 

 

「なぜ止めるんですか! 書かせて! 書かせて!」

 

「落ち着け落ち着け! それやっちゃうと色々とあれだから!」

 

「創作の自由を! 表現の自由を! こ、この! 手を離してください! 上級魔法喰らいたいんですか!?」

 

 

 メモを持っている方の手をフリーにし、上級魔法を使うぞと脅してくるあるえ。

 だが、その程度で怖気付くわけがない。

 

 

「紙一重で避けるから無駄だぞ」

 

「くっ……! 本当に話を聞く限りの人なら出来そう……」

 

 

 遠距離攻撃を当てたいなら予知持ち、もしくはブレッシングカズマか、かなりのスピードを出せる魔法が必要だ。

 

 

「まぁ落ち着けってあるえ。その作品は書かせないけど、技とかを登場人物のヒントにしたいってならいつでも協力してやるから」

 

「……いいんですか? グイグイ聞きますよ? 引かないでくださいね」

 

「その点は大丈夫だ。俺の周りには色々とドン引きさせてくれる奴らが沢山いるからな。それに、普段修行とクエストしかやることないから暇つぶしが欲しかったところだ。金はあるし家もあるし、そこらの冒険者と違って切羽詰まってないからな……」

 

 

 あるえに対し、いかに暇人であるかを伝える。

 すると、背中からモゾモゾと動く気配を感じた。

 

 ゆんゆんが今の騒ぎで目覚めたみたいだ。

 

 

「うぅ……ん。あったかい……」

 

「起きたかゆんゆん。おはよう」

 

「ヒデオさん……? おはようございます……確か、私はあるえを追いかけて……それで……あれ、なんで追いかけてたんだっけ」

 

「大した事じゃないから思い出さなくていいぞ」

 

 

 せっかく起きたのにまた暴れられて気絶させてしまうのはめんどくさい。ここは事実を隠蔽しておくのが吉だろう。

 あるえも俺の考えを察したのか、余計なことを言う素振りは見せていない。

 

 

「……ゆんゆん、ちゃんとアクセルにも友達が居たんだね。私、安心したよ」

 

「俺もめぐみん以外にも紅魔族の友達が居るって知れて良かった。友達は大切にしろよ?」

 

 

 言いながら俺はゆんゆんを背中から降ろす。おっぱいの感触が若干手放すには惜しいが、年下だし欲張らない。

 年下のおっぱいかお姉さんのおっぱいかと聞かれれば断然後者だ。地力が違う(意味不明)。

 ちなみに、あるえのおっぱいかゆんゆんのおっぱいかめぐみんのおっぱいかと聞かれれば、めぐみんの貧乳を嘲笑いつつあるえの胸をもう……なんか……色々やりたい。ゆんゆんも捨て難いな。おっぱいが二つ、いや四つか。ツインドライヴも真っ青を通り越して顔面トランザムしそうだ。意味わからん。

 

 

「あ、ありがとうございます……? なんか釈然としないような……」

 

「仕方ないよゆんゆん。世の中には往々にしてそんな事が沢山あるんだよ。……それにしても、ふにふらとどどんこが見せてきた手紙に書いていたことは本当だったんだね。尻尾が生えていて、筋肉質で紅魔族より強いかもしれない黒髪黒目の冒険者仲間のお兄さんなんているわけないって思ってたから」

 

「そ、そそ、そうよあるえ。わ、私がそ、そんなくだらない嘘をつくはずがないじゃない」

 

 

 手紙を出す相手が親以外にも居たんだなゆんゆん。ふにふらとどどんこね。覚えた。

 

 にしても、ゆんゆんは冒険者仲間……なのか? 確かに一緒にクエスト行ったりしてるし、冒険者の仲間といえば仲間か。だが、犬みたいに懐いてくる後輩感が否めない。犬耳が似合いそうだ。忠犬ゆんゆん。

 

 

「ゆんゆん、呂律も回ってないし汗が吹き出てるよ?」

 

「だ、だだだ大丈夫よあるえ。私は大丈夫……」

 

 

 ゆんゆんに目を向けるとあるえの言うとおりに汗が吹き出ているし、ぐるぐると目が回っていて焦点が定まっていない。

 そんな状態のゆんゆんに大丈夫と言われたあるえは、よりいっそうゆんゆんを怪しんだ。

 

 

「なんかすごく怪しい……。ゆんゆんのコミュ力じゃあ一緒に冒険してくれる人を捕まえられそうに無いと思うんだけど……」

 

「うっ……!」

 

 

 ひでえ言われようだなゆんゆん。というか否定しないのかよ。……思いあたるところはあり過ぎて困るんだが。

 喋ってみればいい子すぎてなんかこっちが申し訳なくなってくるくらいのいい子なんだけど、なんで友達出来ないんだろうな。

 もしかして、俺とかカズマ達が近くに居たりするから近付きにくいのか? ダストとも知り合いだしな。周りが引いていてもおかしくない。

 

 

「……ゆんゆんとはあまり関わらない方がいいのか?」

 

「!? ひ、ヒデオさん、私なにか気に触ることしましたか!? あ、謝るし何でもするので友達やめるとか言わないでください!」

 

 

 ボソリと呟いたのが聞こえていたのか、半泣きになりながらどこぞの駄女神みたいにすがり付いてくるゆんゆん。

 しまった。ゆんゆんにこういうのは大ダメージなんだった。迂闊迂闊。

 いくら友達が数える程しか居ない上にその友達に絶交するとか言われたとしても、女の子が何でもするとか言っちゃダメだろ。

 

 

「落ち着け落ち着け。誰もそんな事言ってない。お前は何も悪くない。ただ、俺とかカズマみたいな碌でもない連中とばっかつるんでたらまともな奴が寄ってこなくなるんじゃないかと思ってな」

 

「な、なるほど……よかったぁ……」

 

 

 涙目ですがり付いているゆんゆんをそんな言い訳で宥める。アクアを泣かすのは最早何とも思わないが、めぐみんとかゆんゆんといった年下を泣かすのはなんか嫌だ。向こうが悪くても結局謝る結果になるし、誰も得しない。ちなみにダクネスを泣かせようとすると逆に悦ぶので絶対やらない。

 そんな感じでゆんゆんを宥めていると、あるえがとんでもない事を言い放った。

 

 

「……急にヒデオさんのサドが覚醒してゆんゆんを虐め始めたのかと思いましたよ」

 

「なんてことを言うんだ。俺は戦うのは好きだがいたぶる趣味はねぇ。それに、そんな片鱗を少しでも見せるとうちのクルセイダーが黙ってねぇからな」

 

「……なるほど。そのクルセイダーさんって正義感に溢れてるんですね」

 

「まぁそうだな」

 

 

 黙ってない理由としては正しくないが、正義感には満ち溢れてるよなダクネスは。あと身体もムチムチで満ち溢れてるよな。だが決してデブではない。むしろ程よく筋肉が付いていて引き締まっている。

 あるえやゆんゆんは押すと折れそうなくらい頼りない感じのウエストだが、ダクネスは本気で蹴ってもビクともしないくらいの大木だ。密度が違う。

 まぁどっちが好きかって言われると……。

 

 

 

 おっぱいだよな(乳房)。

 

 

「………ヒデオさんのえっち」

 

「おいその仕草とセリフはいったいどういう事だ詳しく説明してもらおうかそれと今のセリフを耳元でもう一回」

 

「うわあ……」

 

「おいこらゆんゆん。そこそこ長い付き合いで俺が今のセリフに反応するのはわかってただろ。だからそんなゲスマを見る時の顔であるえの後ろに隠れるな。かなり傷付く」

 

 

 

 基本的には年下にはセクハラしない主義だが、ゆんゆんやあるえレベルのボディなら致し方ない。エロいほうが悪い。

 これでもなるべく我慢はしている方なんだが。

 釈然としないので腹いせとばかりに無駄にエロいゆんゆんの胸元を凝視していると、あるえが不敵な笑みを浮かべながら。

 

 

「ところでヒデオさん。さっきの話、覚えてますよね?」

 

「あぁ。暇な時はお前の執筆に協力するってやつだろ。覚えてるぞ」

 

「それは良かったです。……ただで協力してもらうのも悪いと思いまして……。何か私にして欲しいこと、出来ることはありませんか?」

 

「そりゃあもちろん――」

 

 

 おっぱい。と言いそうになるが、一瞬止まる。

 待て、待つんだ俺。このままあるえの言葉を鵜呑みにしていいのか? これは罠だ。あるえは単にお礼をしたいから言っただけに過ぎない。深読みは死を呼ぶ。

 それに、あるえはゆんゆんのように『なんでもする』とは言っていない。試しているんじゃあないのか?

 紅魔族は知能が高い上に無駄にカッコつけたがる。これもそれの一貫としても充分ありえる。よくぞ試練を乗り越えた! 的な。

 あと、単にゆんゆんと仲良さそうに見えた俺をからかっているのかも知れない。

 

 ならば。ここで出来ることはなにか。

 

 

 一、泣かす。

 

 二、逃げる。

 

 三、揉む。

 

 

 この中だと、三か? いや、普通にセクハラ。揉んでみたいが、多分後で死にたくなる。

 

 どうしたものか。

 

 

 やがて、俺の苦悩を察したらしいあるえが、何故かにんまりと口角を上げながら問いかけてきた。

 

 

「……急に黙りこくるなんて、変ですね。……あ、そうだ。一つ言い忘れてました。私に出来ることならなんでもしてあげます。なんでもです」

 

 

 なん……だと!? この乳、なんてことを言いやがるんだ! 余計めんどくさくなったじゃないか! 一体何が目的なんだ! 悪ノリも大概にしろ!

 襲われてーのかこのむっちりは!

 

 

 ……と、理性ではなんとか抵抗しているが、視線があるえの身体から離せないのも事実だ。

 割とタイトめな服を着ている上に、ベースの色が黒で引き締まっている。

 出るとこ出てエロくて顔も良くてもうなんだこれ状態だ。鎧を着ていない時のダクネスレベルにエロい。

 ダクネスは性癖がアレだから見るだけでなんとか済むが、あるえは発言がちょっと残念なだけで他はノーマルっぽい。という事は。

 

 

 正直、たまりません。

 

 

 くそう、なんでめぐみんと同い年なのにこうも違うんだ……!! ええい、いっそ手を出してしまおうか!?

 

 落ち着け、落ち着くんだヒデオ。まずは落ち着いて素数を数えるんだ。

 1、2……あれ、2って素数だっけ? そもそも1が素数すらも怪しい。

 

 素数ってなんだっけ(数学)。

 

 

「あ、あるえ? 女の子が軽々しくそんなこと言わない方が……」

 

「ゆんゆんにだけは言われたくないよ。さっきの自分がやらかしかけたことを忘れたの?」

 

「あっ……! あ、あれはその……言葉の綾と言うか……! け、けどあるえが私の真似をする理由にはなってないでしょ!」

 

「真似をしちゃいけない理由にもなってないよね? ね? ヒデオさん」

 

 

 物凄く困っている俺に対し、あるえはとても楽しそうだ。

 

 ……このガキ。

 

 

「どうしたんですか? そんなに深刻な顔をして。悩むことなんてあります?」

 

 

 ニヤニヤしながらあるえは煽ってくる。その顔はとても整っていて、ムカつく顔をしていてもかなりの美少女だ。ムカつくけど。

 これで顔が整ってなければ困ることも無い。ただぶちのめすだけだからよォー!

 

 

「さぁ! どうぞ! 欲の赴くままに!」

 

 

 両手をばっと広げて胸を張ってバッチコイと言わんばかりのあるえ。ダクネスかこいつは。

 その表情はめちゃくちゃムカつくけど、顔は可愛い。

 

 

 ……よし。

 

 年頃の男子をからかうとどうなるか、この巨乳に教えてやる。

 

 

「……よし、決めたぞあるえ。先に言っておく。俺は今からお前に泣くほど恐ろしい事をするが、お前がどうなろうと俺が満足するまで絶対にやめない。なんでもするって言ったよな? 覚悟しろよ」

 

 

 そう言い放ち、一歩、また一歩と両腕を広げたままのあるえに近付いていく。

 全く怖気付く気配のない俺に、あるえの表情は段々険しいものになっていき、次第に手も下がっていった。

 そんなあるえを心配したのか、先程までからかわれていたにも関わらず、ゆんゆんはあるえにやさしく声をかけた。

 この子実はおっぱいとやさしさで出来てるんじゃないだろうか。いや、おっぱい=やさしさともとれる。つまりゆんゆんはやさしさそのものでありおっぱいである。

 

 おっぱい=母性。母性=母親。母親=ママ

 ゆんゆんはママだった……?

 

 

「……あるえ? 今なら謝れば許してもらえるかも……。ヒデオさん根は優しいし……」

 

「……だ、大丈夫。紅魔のアークウィザードともあろう者が、こんなことで怖気付く訳にはいかないし、私がからかったのが悪いんだ。身に染みたよ。……それと、ごめんねゆんゆん」

 

 

 ゆんゆんに謝罪するあるえの表情は先程のようににやけるでもなく、怯えるでもない。ただ、覚悟を決めたような顔で――。

 

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、今から獣欲に晒されるであろう者! は、初めてなので優しくお願いします!」

 

 

 ノリと勢いが強いすぎてもう後に引けなくなったあるえは自己紹介を決めてとんでもないことを口走る。間違いなく通報案件だ。

 

 

「あるえ!? ダメダメダメダメ! 落ち着いて! ヒデオさんも、じりじり近付いてこないで何か言ってあげてください! あるえがただからかってただけなのはわかってますよね!?」

 

「うん。だがおっぱいだ」

 

「ダメだこの人! 胸しか見てない!」

 

 

 失礼な。ちゃんと顔を見てから腰とか脇とかお尻とか脚とか見てるよ。断じておっぱい。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「……なんだこれ」

 

「ゆんゆんからの手紙に書いていたヒデオさんを限りなく再現して作った、『紅魔族英雄伝 外伝』です。送ったのと同じくらい傑作だと思うんですが、どうでしょう」

 

「ちょっと意味がわからないです」

 

 

 わからないと言うよりわかりたくない。なに? もしかしてゆんゆんって俺のことこんな風に思ってんの? 割とショックなんだけど。

 

 

「俺はこんなにおっぱいおっぱい言わねえよ。赤ん坊じゃあるまいし」

 

「けど、さっきからゆんゆんの体勢を直すふりして感触確かめてるのがわかりますし、私の胸をチラチラ見てるの知ってますよ?」

 

「べ、べべべ別に確かめてないし見てないし? 自意識過剰も大概にしろよ。いくらお前のおっぱいがでかいからと言ってそんな何回もチラチラ見るわけねーだろ。ほら、さっきから視点を動かしてないのがその証拠だ」

 

「チラチラ見るのをやめてガン見を正当化させようとしてくるとは……やりますね。で、評価の程は?」

 

 

 と、自信満々に尋ねてくるあるえ。

 

 ふむ。

 俺があるえに襲いかかるまでの展開に無理があるし、話が進むのが早すぎる。それと、割と俺の思考を再現できてるのが腹立つ。

 

 

「途中までしか読んでないが、二度と読みたくない。それに英雄伝とか言ってるけど殆ど英雄要素ないんだけど」

 

 

 こんな内容じゃなくても、自分が主人公の作品なんて小っ恥ずかしくて読んでられるか。

 

 

「そんな! 私に襲いかかろうとしたヒデオさんが突如背後に現れた魔王軍に不意打ちを食らうも私たちふたりを守るために復活して覚醒するのが目玉なのに!」

 

「残念だったなあるえ。俺に不意打ちはほぼ無意味だ。それにカズマじゃあるまいし、初対面の女の子にセクハラなんてしねぇよ。ましてや年下だ。余計ありえん」

 

 

 敵が近付いて来れば気の感知でわかる。

 そもそも年下の女の子を無理矢理襲うなんて絶対にしたくない。いくらおっぱいがでかくても、年下はなんか申し訳なくなる。年上もなんか怒られそうなので仲良くなるまでは出来るだけ控えるが、エリス様は別だ。

 実家のような安心感があるし、セクハラをしてしまうのは多少は仕方が無い。それこそ女神の慈悲で許して欲しい。それに、セクハラなんて聞こえは悪いが実際はペットと戯れるようなものだ。

 ということは、エリス様はペットだった……?

 

 このエリス様ペット論をどうやって世界に知らしめようか。アクシズ教徒なら手伝ってくれるかも。そう考えていると、あるえが何故かがっかりした顔でボヤき始めた。

 

 

「そうだったんですか……てっきり可愛い女の子ならとりあえず唾をつけようとする猿みたいな人かと思ってました」

 

「おらぁ!」

 

「あぁ! なにするんですか! 私の傑作がビームで消し炭に!」

 

 

 人を性欲の権化みたいに言いやがって。そんなのはうちのダクネスだけで充分なんだよ。

 とりあえずムカついたのであるえの傑作とやらを消し飛ばしたが、後でゆんゆんにも話を聞く必要がありそうだ。

 

 

「あ、あぁ……一週間徹夜の結晶が……あ、でも今のビームかっこいい……」

 

「そんな若いうちから夜更しはあんまり宜しくないぞ。うちのめぐみんでさえ日をまたぐ前に寝させてるのに」

 

 

 初めは子供扱いしないでほしいと憤慨されたものだが、成長ホルモン云々で胸と身長が大きくならないぞと脅したら素直に従った。

 ちょれぇ。

 

 

「なんかめぐみんのお兄ちゃんみたいですね」

 

「まぁ、手のかかるところとワガママばっかり言うところとかは妹感あるな。色々と心配になるところではゆんゆんも妹感あるなぁ。あるえも俺のこと遠慮なくお兄ちゃんって呼んでくれていいぞ」

 

「遠慮しときます。呼んでもせいぜいがお兄さん呼びですね。血の繋がってない他人に兄と呼ばせるなんて、業が深すぎません?」

 

「だよなぁ。知り合いに見られたら変な目で見られそうだ」

 

 

 そうは言うが、妹が欲しい欲求は確かにある。こう、お兄ちゃん! て呼ばれたい。

 こめっこに呼んでもらいたいなぁ。

 

 ……よし。

 

 

「よし、そうと決まれば早速行動だ。おいゆんゆん、起きろ! 朝だぞ!」

 

「ふえっ!? え、なに、なんですか!?」

 

「よし、起きたな。早速降りてくれ。俺は今からやることが出来た」

 

 

 なにやら状況がよく分かっていないゆんゆんは頭に疑問符を浮かべながら素直に俺の指示に従って地面に降り立った。

 そんな俺達を見て、あるえが。

 

 

「このまま私の所にゆんゆんを置いて行かれたらさっきの二の舞になるんですが」

 

「まぁそれも人生だ。あばよ二人共! 仲良くやれよ!」

 

「ちょ、待って! 待って! あぁっ!」

 

「捕まえたわよあるえ……!」

 

「ゆんゆん、許して……ぁぁぁー!!」

 

 

 あるえの絶叫を背に、俺は空へと飛び立った。少々あるえが可哀想だが、そんなことは最早どうでもいい。

 早くこめっこの元に向かわなくては!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 こめっこにお兄ちゃんと呼ばれるべく、舞空術をかっ飛ばしてめぐみんの家に辿り着く。

 遠慮なしにお邪魔しますと玄関を踏み越え、皆の気がある所に向かう。

 

 

「お邪魔します!」

 

「お、来たかロリオ。遅かったじゃないか」

 

 

 襖をサッと開けると、カズマが開口一番喧嘩を売ってきた。とりあえずカズマに殺気を送って部屋の中を確認すると、見覚えのない中年男性が居た。多分この人がひょいざぶろーさんだろう。

 

 

「殺すぞ。ちょっとあるえって子と話しててな」

 

「あるえ………あの忌々しい小説書いた奴だっけか。思い出したら腹立ってきた。おいヒデオ。今からそいつの所に送ってくれ」

 

「やだよめんどくさい。それに今あるえはゆんゆんとくんずほぐれつしてるから……。ちなみにあるえはかなり巨乳だった」

 

「その話、後で詳しく」

 

「はいはい」

 

 カズマは適当にあしらい、いつまでも挨拶しないのは失礼なのでめぐみんの親父さんのひょいざぶろーさんに向き直る。

 

 

「……ご挨拶が遅れました。我が名はタナカヒデオと申します。めぐみんさんには日頃お世話になってます」

 

「いえいえ。これはご丁寧に……。我が名はひょいざぶろー! 紅魔族随一の魔道具職人にして、上級魔法を操る者……! ささ、粗茶ですが。この度はわざわざ食料調達に赴いて頂き、ありがとうございました。めぐみんとカズマさんからお話は聞いてますが、あなたの冒険の武勇伝を是非!」

 

 

 おお、なんだ。見た感じ頑固親父って印象だったんだが、案外フランクに接してくるじゃあないか。

 ここは一つ、俺がこの世界に来てからの冒険譚を誇張を交えて話そうじゃないか。

 

 

「じゃあ、俺が初めて魔王軍幹部と戦った所から――――」

 

 

 

 

 暫くあと。

 

 

「――――そこで俺がめぐみんにありったけの気を渡し、見事爆裂魔法を超えた爆裂魔法を完成させる事が出来たんです。その後の展開はもう分かりますよね。一撃ですよ一撃。一撃で魔王軍幹部のハンスを文字通り跡形もなく消し飛ばしたんです。……で、これがつい一週間前の話ですね」

 

「すごいね、すごいね! 姉ちゃんも尻尾の兄ちゃんもすごいねっ!」

 

「キというものがいまいち分からないが、魔法を昇華させることの出来る魔力とは違うエネルギーか……。興味深い。それはそうとヒデオさん。さっきから気になっていたんだが、その両腕のリストバンドは……?」

 

 

 ひょいざぶろーが俺のリストバンドを指差し、話題を切り替えるように尋ねてきた。

 このリストバンドとの付き合いも長い。確かあれは霜降り赤ガニを食った日だったか……。

 あの時はフルセット着るとまともに戦えなかったが、今はもう何ともない。

 

 

「これは知り合いの魔道具店で買ったもので、こんな見た目してますがかなり重いんですよ。俺としてはもっと重くしたいんですけどね」

 

「重く!? それ、片方だけでも結構重いはずなんだが……」

 

「……? なんか知ったような口ぶりですね。同じもの持ってるんですか?」

 

「持ってるも何も、その無駄に重い服セットを作ったのはワシだ。買ってくれてありがとう」

 

 

 なんと。この無駄に重いだけで俺以外には売れないとウィズが嘆いていた服の製作者は意外も意外、仲間の父親だった。

 

 

「いえいえ。俺としてもこれ着て運動するだけでかなりの修行になるので助かってます」

 

「それをそんな使い方する人が居るとは思いもしなかったよ。背後から他人に着せて重さで驚かせ、さらに脱ごうとしても着せた本人が脱がさないと絶対に脱げないというジョークグッズだったんだが、その重さを頭上まで持ち上げられる人なんて殆どいないという欠点があってね。まさか修行用の重りとして使うとは……」

 

 

 ジョークグッズだったのかこれ。

 確かに洗濯する時めぐみんや支援無しカズマじゃ持ち上げられないくらい重いし、売れないのも無理もない。

 

 

「しかし、もっと重くか……。それ以上重くとなると、どうしても服の形に留められなくてな」

 

 

 そうなのか。残念だ。

 では今後の修行はどうしようか。そう考えていると、ひょいざぶろーが何かを思いついたようにぽん、と手を叩いた。

 

 

「あぁ、そうだ。服は重く出来ないが、重力を数十倍から数百倍にする魔道具はある」

 

「買います。幾らですか?」

 

「即答!? いや、買ってくれるのは嬉しいがヒデオさん。これには欠点があって、使用者の魔力を吸い取って使うんだが、重力の効果範囲と吸収範囲が同じというのがあってだな。……値段は五百万エリスほどするんだがそれでも」

 

「買います」

 

 

 有無を言わさず即買い。

 確かウィズの店に似たような効果の魔道具が置いていたような。あの時は金が無くて手が出せなかったが、今は割と金持ちだ。カズマの三億だってある。

 

 即断即決に戸惑うひょいざぶろーを見守っていたが、見かねたカズマが割って入ってきた。

 

 

「まぁ待てヒデオ。どうせ今はそんなに金持ってないんだし、屋敷に戻ってから送ってもらえばいいだろ」

 

「それもそうか。お騒がせしてすみません」

 

 

 重力発生装置を手に入れた。これで益々授業が捗る。

 精神と時の部屋的なトンデモ空間も欲しかったが、これでも充分過ぎるほど修行に使える。魔力を使うらしいので多用できそうにないところがネックだが、やり過ぎも体に毒だし丁度いいかもしれない。

 

 まだ見ぬ、いやまだ感じぬ超重力にワクワクしていると、ひょいざぶろーがなにやら申し訳そうな顔で。

 

 

「……ところでヒデオさん。さっき五百万エリスでもあなたは即決した。カズマさんがお金持ちなのはさっき聞いたが……その……なんだ。不躾なことを聞くようだが、ヒデオさんの個人的な資産はお幾らなんだ?」

 

 

 言っちゃあなんだが本当に不躾な質問だな。まぁ色々と気になるのはわかるが。

 

 

「うーん、ぶっちゃけて言うと……一億いくかいかないかくらいですね」

 

「「「一億!?」」」

 

 

 そう驚いたのはひょいざぶろーと奥さんと何故かアクア。

 

 

 修行を兼ねてゆんゆんと一緒にクエスト行ったりソロで高難易度のクエストを受けまくったり賞金首を倒したりしていたらいつの間にかそれ位貯まっていた。

 カズマ名義だけど持ち家もあるし、職業柄装備品とかも特に必要ないので手元に結構残る。食費はみんなより多めに出してるが、所詮食費だ。一か月の収入に比べれば微々たるものだ。

 

 

「お前貯め込んでると思ってたらそんなに持ってたのか」

 

「おう。なんかいつの間にか貯まってた。アクアみたいバカバカ高級酒飲んだりしねーし、ダクネスみたいに硬くて高い鎧も要らねーし、めぐみんみたいに継戦能力皆無でもないからな」

 

 

 浪費は少ない、経費もかからない、その上働き者と来たもんだ。

 あれ、これって殆ど社畜じゃない? 労働に歓びを覚えちゃったりするんじゃないか?

 やだなぁ。

 

 

「……ヒデオ? アクシズ教に入信する気は」

 

「ない」

 

「なんでよー!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 時刻も夕食時になったので、精肉を終えた肉達を引き取りに行き、ついでにほかの食料も色々と買って帰った。

 

 今日の献立はバーベキューだ。

 肉も人も多いので丁度いいと思うし、油汚れとかはアクアに任せればスグに終わるので案外後片付けも楽だったりする。

 

 

「お肉、お肉!」

 

「ほらこめっこ、焼けたぞー」

 

「わーい! ありがとうヒデオ兄ちゃん!」

 

 

 ヒデオはつい先程から尻尾の兄ちゃんではなく、ヒデオ兄ちゃんとこめっこに呼ばれるようになった。コソコソ話してると思ったらこれだったのか。

 こめっこにありがとうと言われた後、小声でヒデオが「クッソ可愛い」とか言ったのを俺は聞き逃さなかった。

 こいつ追い込まれてんなー。

 

 

「あらあなた。最近お腹がたるんできたとか言ってませんでしたっけ? ダイエットなさるなら野菜をどうぞ!」

 

「母さんこそ最近小じわが増えてきたんじゃないか? ほら、野菜を食っていつまでも若くいてくれ!」

 

 

 末の娘がロリコンに誑かされて、いや、ロリコンを誑かしている事など眼中にないのか、大人達は醜く争っていた。

 

 

 そんなに争わなくても肉なら大量に――

 

 

 ない。

 

 いや、まだ焼いていないのが家の冷蔵庫に沢山あるのだが、ついさっきまで焼いていたはずの肉に野菜、後で食べようと焼きおにぎりにしていたご飯までもが綺麗さっぱり消えていた。

 この一瞬でこんな馬鹿げた芸当が出来るのはパーティーには一人しかいない。

 

 鍋奉行ならぬ焼肉奉行……否。これはもはや独裁の域だ。

 絶対王政にして食欲旺盛。まさにヤキニクロード(Lord BBQ)

 

 

「どうしたカズマ。まるで、丹精込めて育てた肉が何者かにを盗られたみたいな顔をして」

 

 

 ヒデオが左手で支える皿には、綺麗につまれ山となった肉と野菜が。そして、そのてっぺんにはまるで頂点は自分のものだと主張するように、焼きおにぎりが陣取っていた。

 

 

「確信犯じゃねーか!」

 

 

 ヒデオめ、こめっこに与えつつちゃっかり自分もバカ食いしやがって!

 あいつがそうするなら、俺にだって考えがあるぞ!

 

 

「『スティール』」

 

 

 箸から箸へ。

 ヒデオの口に入る寸前だった肉を全て奪う。すると、予想外の重さが右手で構えた箸にのしかかる。

 まさかこの量を一口で食らうつもりだったのかと、軽く戦慄を覚えた。

 だが、皿から箸。箸から口のリレーを、肉という名のバトンを途切らせることなく、着実に繋いでいく。

 

 当然咀嚼中はスティールを使うことが出来ないので、その間にも奴は肉を食らう。

 

 

 もぐもぐもぐもぐ。

 

 ごくん。

 

 

「「……」」

 

 

 

 ヒデオはこめっこ、俺はダクネスに財産()を渡し、しばしの沈黙。

 

 

 そして。

 

 

「『クリエイト・アース』&『ウインドブレス』!」

 

「一点集中太陽拳!」

 

 

 ほぼ同時に互いの視界を潰しにかかる。

 不可避の速攻。

 

 

 科学(物理)魔術(スキル)が交錯する時。

 

 

「「目がぁ! 目がぁぁぁぁ!」」

 

 

 当然こうなる。

 

 

「このバカ二人はほっといて食べましょ」

 

「そうだな。めぐみん、そこのコップとってくれ」

 

「はい。あ、こめっこ。そのお肉ください」

 

「うん!」

 

 

 紅魔の人達は普通の人達から見ると頭がおかしい。普通の人達は紅魔の人達から見ると頭がおかしい。つまり、普通の人のおかしな行動は紅魔族にとっては取るに足らない日常なのではないかと、そう思いました。

 

 




アニメが面白すぎて……


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第四十八話

ペースがねぇ……


 一時アクシデントがあったものの、アクアの宴会芸が意味不明な完成度でめぐみん両親が目を丸くしたり、こめっこにあーんされたりと、ひとしきりバーベキューを楽しんだ。

 途中カズマが俺への腹いせとばかりにアクアの酒を奪い泣かせていたので、便乗してアクアのツマミを奪った。特に理由はない。

 

 バーベキューを終えると、旅で疲れてるだろうとゆいゆいさんが風呂を沸かしてくれたので、有難く入らせてもらった。

 

 

 

 しばらくして風呂から上がり、アクアがいる居間に行く。寝室として貸し出されためぐみんの昔の部屋に行くはずだったのだが、歯を磨いている時にちょうどある事を思い出しアクアに頼もうと思ったのだ。

 

 居間ではこめっこがアクアの隣でこくりこくりと船を漕ぎ、今にも突っ伏して寝てしまいそうだった。

 

 

「おーい、こめっこ。寝るなら部屋に連れてってやろうか?」

 

「んー……」

 

 

 返事とも呻き声ともわからない声を出すと、こてっと俺の方に倒れてきたこめっこ。どうやらもう限界らしい。

 

 あとで運んであげよう。そう思いこめっこを抱き起こし、数枚の座布団の上に寝かせてお腹が冷えないように毛布をかけてあげる。すると、すーすーと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。

 

 

「フンフフーン。あ、ヒデオ戻ってきたのね」

 

 

 先程泣かされたことなど忘れ呑気に鼻歌を歌っていた女神様がようやく俺に気付いたのか、興味なさげにそう呟きまたちゃぶ台に向き直る。

 こんなアホ面をしちゃいるが、治療の腕はもはや仙豆レベル。少々口うるさいのがたまにキズだが、無視すれば問題ない。

 

 

「アクア、ちょっと身体診て欲しいんだが、今いいか?」

 

「別にいいけど、どうしたの? また怪我でもした?」

 

 

 宴会芸の小道具の手入れでもしていたのだろう。アクアはちゃぶ台によくわからない道具を置いてこちらに向き、少し心配そうな顔をして尋ねてきた。

 

 

「いや、怪我じゃあないんだが……。最近というか、アルカンレティアから帰ってきてからくらいか? どうも気功術の調子が悪くてな。原因がなにか見てもらいたいんだ」

 

「なるほど。じゃあ、診るから上半身裸になって?」

 

「おう」

 

 

 既に寝巻き姿になっていたので、言われるがままに脱ぐ。

 アクアにはよく診てもらっているので、もはや何の抵抗もないし、今更見られようがなんとも思わない。

 寧ろ俺の筋肉を見ろ。

 

 

「相変わらずムキムキね。カズマにも見習って欲しいくらいだわ」

 

「ゴリゴリの前衛職な俺と基本後衛のカズマを比べるのも可哀想だろ。それにアイツも最近はそこそこがっしりしてきてるしな。腐っても冒険者だ」

 

「そんなもんなのね」

 

 

 ぺたぺたとすこしひんやりする手で身体を容赦なく触ってくるのは若干くすぐったいが、もう慣れた。

 アクアいわく、身体の異常は触診で探すのが一番らしい。

 

 

「うーん、筋肉の調子は触った感じいつも通りだし、血流、神経系にも異常なし。毒の影響が残ってるってのもなさそうね。あとは……あ、これね」

 

「相変わらず早いな。で、原因はなんだ?」

 

 

 触診を開始して一分と経たないうちにもう原因が判明したようだ。アクアはヒーラーとしてだけならばかなり有用だ。ほかのステータスも軒並みバケモノだが、頭が残念なので結果的にはマイナスである。

 

 

「ちょっと説明が難しいんだけど、簡単に言うと、魔力とか気を流す目に見えない管がボロボロになっちゃってるの」

 

「それがボロかったら気功術がイカれるのか?」

 

 

 穴が空いたり詰まったりした時の水道管みたいなもんか? 水が流れにくくなる的な。

 

 

「スキル自体は大丈夫よ。けど、なんて言えばいいのかしら。えーと、そうだ。 テレビ本体と電源は無事でも、電気を通すケーブルが断線してたらテレビ見れないでしょ? それと似たような感じ。気功術はスキルだけど、それを使う為の気はヒデオが生み出してるから、その気を流す為の管がおかしかったらちゃんと気が流れなくてスキルが変になっちゃうの。気功術がおかしいのはこれが原因ね」

 

「なるほど。けど、なんで急に?」

 

 

 思い当たると言えばハンスの毒くらいだが、それはアクアが完璧に浄化してくれた。本人が太鼓判を押してたし間違いない。

 

 毒の他にはなにも思い当たらなかったが、その悩みはアクアが解消してくれた。

 

 

「多分だけど、一度に大量の気を流しすぎたからだと思うわ」

 

「一度に大量……あの時か」

 

 

 初めてめぐみんに気を渡した時だ。

 あの時はハンスの毒でダウンしてて、それでも役に立ちたくてもとい、ハンスをぶっ殺すためにめぐみんに気を全部託したんだっけか。

 確かその日はろくに技を使ってなかったし、殆どフルパワーの状態だった。その気が一気に放出されてしまっては流石のサイヤ人ボディでも耐え切れなかったようだ。

 自業自得か。

 

 

 いやまて。

 それなら、なぜめぐみんは無事なんだ? 言っちゃあなんだが、俺が耐えられないものをめぐみんが耐えられるとは思えない。種族値以前の問題で、前衛職と後衛職では硬さが違う。

 まぁ今回は外面じゃなく内面の問題だが。

 

 

「原因はわかったが、めぐみんにも同じ量の気が流れたんだろ? なら何でめぐみんは普通に魔法使えてるんだ?」

 

「なんでって、やる時しかやらないヒデオと違って、めぐみんは毎日の様に爆裂魔法で自分の魔力を限界以上に使ってるのよ? かなりの量のエネルギーを耐えられるようになっていても不思議じゃないわ」

 

「……さすが俺のライバルを自称してるだけあるな」

 

 

 めぐみんは俺が居ればいらない子扱いされるという風潮がアクセルの冒険者の間ではあるらしいが、俺としてはめぐみんにはずっと爆裂バカでいて欲しい。

 俺も似たような威力の技は撃てるとはいえ、かなりの溜めが必要な上に不死王拳使わないと出せない。加えて俺の構えで射角がバレバレだし着弾まで時間がかかるので相手によっては避けられる。

 その点爆裂魔法は充分な魔力があって詠唱さえ終えればいつでも撃てる上に、射角なんて存在しないし、気功波と違って撃つまで予兆がほとんど無いので、射程内でさえ居ればサイレント爆裂何てものも出来る。一発限りではあるが、そもそも当たったら勝てるので一発だけでいいのだ。

 

 まぁ、本人の前ではこんな事絶対に言わないが。

 

 

「アクア。治せそうか?」

 

「女神たる私にかかればちょちょいのちょいよ。ただ、無理に直すと余計変になったりするから、何回かに分けて治癒しようと思うの。まぁヒデオなら三回くらいで完治できると思うけど……はい、かけ終わったわよ」

 

 

 相変わらず仕事が早い。感覚的には特に変わった感じはしないが、アクアが治してくれたので安心だ。

 

 

「これで気功術がまともに使えるようになるんだな?」

 

「ええ。けど、あのアンデッド臭プンプンのドーピング技は……いいとこ五倍までね。それ以上はまたおかしくなっちゃうから。そもそもあの技何なの? 冒険者でもないのにリッチーのスキルを教えてもらうなんて、どうやったのあんた」

 

 

 怪訝な表情で問い詰めてくるアクア。

 

 ……ついにその疑問に辿り着いてしまったか。いずれカズマかめぐみんが聞いてくると踏んでいたが、まさかのアクアとは。

 ちなみにダクネスは割と馬鹿なのでアクア並みに期待していなかった。

 

 

「聞いても怒らないか?」

 

「私は女神よ? 些細な事で怒るわけないじゃない。ほら、はやいとこ罪を懺悔なさい。そうすれば女神アクアはあなたを赦すでしょう……」

 

 

 信用ならねぇ。というかウィズに技を教えてもらったって言っただけでもキレて無かったか?

 まぁいいか。アクアだし適当に丸め込めるだろ。

 

 

「……コンバットマスターのスキルに『ドーピング』ってのがあってな。そのスキルをウィズに頼んで、リッチースキルの『不死王の加護』で効果と倍率を」

 

「加護!? あんた、リッチーの加護なんて受けてたの!? どおりで仄かなアンデッド臭がすると思った! 女神の従者の癖に何やってんのよ!」

 

 

 ほら、やっぱりキレた。

 強化して貰った時だってウィズに『アクア様にこの事は伝えない方がいいですよ。多分怒るので……』と言われたが、その通りになった。

 まぁ加護と言っても女神的なアレでもないし、別にウィズの下僕って訳でもないので宗教上も特に問題なかったりする。まぁ俺は無宗派だが。ちなみに不死王拳ってのは俺が勝手につけた。ウィズへのリスペクトと、界王拳を混ぜた感じだ。我ながらなかなか語呂の良い名前だと思う。

 

 それにしても、ウィズの下僕ってなんか響きがやらしいな。……ひらめいた。

 アクセルに帰ったら早速行こう。

 

 

「なるほど。どおりでいつまで経ってもスキルの欄に『不死王拳』が出て来なかったのか」

 

「お、戻って来たのかカズマ。ほら、お前もなんとか言いくるめてくれよ。さっきから肩をぐわんぐわんされてつらい」

 

 

 アクアに治療されている間に、カズマが風呂から戻って来ていたようだ。相変わらず長い。

 

 

「あ、丁度いいところに! カズマもヒデオに何か言ってやって! ヒデオったら、リッチーの加護なんて受けてるのよ!」

 

「うーん、そうだなぁ。最初から割とスペックが高く無駄にプライドの高いお前と違って、ヒデオは自分の身が滅びるのもプライドが傷付くのも厭わず、ウィズが良い人とはいえ本来敵であるはずのリッチーに頭下げて強さを貪欲に求めて役立ってくれてるからなぁ。役に立ったかと思えば結局はマイナスになるお前とは大違いだよ! ヒデオさん、いつもお世話になってます!」

 

「わ、私だって頑張ってるのに! 悪気はないのに! わぁぁぁ!」

 

 

 援護を頼んだはずのカズマから予想外の口撃を受け、女神アクアは泣き喚く。

 パーティーの中で一番歳上なはずなのに一番幼いってどういう事だ。

 

 そんなアクアに俺はキッパリと。

 

 

「やかましい。お前の評価とかどうでもいい。こめっこが起きちまうから静かにしろ」

 

「ひ、ひどい! うわぁあん! ダクネスー! めぐみんー! カズマとヒデオが苛めるー!」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 時間帯で言えばニートが本領を発揮しだすくらいの時間だろうか。

 

 皆が寝静まり、聞こえるのは隣で寝ているカズマの寝息と風の音だけ。

 とても静かで、月を眺めながら散歩するのも一興だろう。

 

 

「……この様子だと明日は満月だな。見ないように気を付けねぇと」

 

 

 すっかり大きくなった月を眺めながら、独りごちる。サイヤ人になってからは月の周期をかなり気にしていたりする。

 

 

「……寝れん」

 

 

 アクアに回復魔法を掛けてもらって体力が有り余ってしまったせいか、どうにも寝付けない。

 

 水でも飲みに行こうと布団から立ち上がろうとすると、気が部屋に近付いて来ているのに気付く。

 

 そいつはウロウロウロウロと、まるで知人に話しかけるのを躊躇うゆんゆんみたいに、部屋の前を行ったり来たり、時折止まったりして、なにやら迷っている様子だ。

 

 

 

 この様子だといつまで経っても来そうにないので、こっちから声をかけてやることにした。

 

 

「……おい。何の用だ。入るんなら入ってこい」

 

「! ひ、ヒデオ……気付いて……」

 

「起きてたからな。ほら、入ってこいよ」

 

 

 まさか気付いていた上に快く招き入れられるとは思いもしなかったのか、パジャマ姿のそいつは、まさかと言いたげな顔で俺を見たが、やがて観念したように部屋に入ってきた。

 

 

「そんな驚くこたないだろ。俺のスキルに他人の気が分かるってのがあるのは知ってるだろ?」

 

「そう言えばそうでしたね。相変わらず便利ですね」

 

 

 部屋の前でウロウロしていたのはめぐみんだ。

 いつものこいつなら容赦なく部屋に乗り込んできそうなもんだが、なんで躊躇ったりなんかしてたんだ?

 

 ……まさか。

 

 

「で、何の用だめぐみん。夜這いか?」

 

 

 めぐみんみたいな美少女に夜這いされるのは嬉しいが、生憎年下な上に貧乳とか完全に守備範囲外だ。

 めぐみんには悪いがここはお引き取り願って――

 

 

「ち、違います! 少し相談事があって……」

 

 

 なんだ。違うのか。

 

 

「……相談事ってことは、カズマに用があって来たのか? 叩き起すか?」

 

 

 めぐみんが相談したい事と言えば九割が爆裂魔法絡みだ。ということは爆裂ソムリエのカズマの方が向いていると思ったのだが、めぐみんの答えは違った。

 

 

「いえ、これはヒデオに相談すべきかと思って……。それと叩き起すのは流石に可哀想です」

 

「俺にか? 珍しい事もあるもんだな」

 

 

 本当に珍しい。目の敵にされることはあっても、相談したいと言われることなんて無かった。そもそも爆裂関連でなくてもカズマに――

 

 ……いや、まさか、恋愛相談か?

 確かにこいつら若干いい雰囲気醸し出してたし、そういう相談をカズマと仲のいい俺に持ちかけてきてもおかしくない。

 

 ならば、頼ってきた妹分の為にも、ここは快くキューピッドになってやろう。

 

 

「よしわかった。なら外でも行くか? ちょっと寒いが……」

 

「いや、全然ここで大丈夫ですよ」

 

「……カズマに聞かれたら不味くないか?」

 

「いずれカズマにも言うつもりなので……」

 

「ん? そりゃいつかは言うだろうけど、こういうのは初めのうちは本人には黙っていた方がよくないか?」

 

「……? なにか勘違いしてませんか?」

 

 

 あれ? めぐみんの反応がおかしいぞ。どうも会話が噛み合っていない気がする。

 

 

「カズマが好きで、カズマと仲のいい俺にどうやって落とせばいいか相談しに来たんじゃないのか?」

 

「違いますよ!! 一体どういう風に勘違いすればその結論に至るんですか!? そもそも、私がカズマをす、好きなどと……」

 

 

 最後の方はモゴモゴと何を言っているかわからなかったが、今回は恋愛相談じゃないらしい。

 

 

「なんだ、違うのかよ。つまんねーな。で、本当の用件はなんだ? どうでもいいことだったら紅魔族の人達にめぐみんはアクセルでカエルに食べられる快感に目覚めたってないことないこと言いふらすからな」

 

「理不尽すぎませんか!? ま、まぁひとまずそれは置いておきましょう。もし、もしですよ? もし私が爆裂魔法を使わなくなったら、ヒデオはどう思いますか?」

 

 

 めぐみんが爆裂魔法を使わなくなったら、だと? そんなことが有り得るのか? 爆裂魔法を使わないめぐみんなんてただの凄腕アークウィザードじゃねぇか。

 

 

「そうだなぁ。友達が沢山いてリア充のゆんゆん、性癖がまともで恥じらいがあるダクネス、頭がキレて欲深くないアクア、巨乳のエリス様くらい有り得ないと思ってる」

 

「前の三人はともかく、最後のはいくら何でも失礼すぎませんか? 面識があるとはいえ女神なのに……」

 

 

 それを言うならアクアも女神だ、とは言わない。どうせ信じないし。

 

 

「アクシズ教徒がいるこの世界で何を今更。それより爆裂魔法関連ならやっぱりカズマ起こすか?」

 

「いえ、これはどちらかと言うとヒデオの方が……」

 

 

 めぐみんはそこで一旦言葉を区切ると、すーはー、すーはーと、まるで荒ぶる心を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸を始めた。

 

 ……これ、もしかしてかなり真面目なヤツか? そうだ、考えてもみろ。普段の俺達を知っているこいつが、用もないのノコノコと一人で俺達の寝室に来るわけがない。俺はめぐみん。守備範囲外と公言しているが、カズマに至ってはそうでもない。むしろ積極的にセクハラするだろう。

 まぁ、俺も来たのがダクネスならやってたが。

 

 

「ふぅー……よし。……ヒデオ。私、上級魔法を覚えようと思うんです」

 

「なんだ。そんなことか。まぁお前の決めた事なら、とやかく言うつもりはねえよ」

 

「えっ、軽……」

 

 

 俺の反応が意外だったのか、めぐみんはきょとんと目を丸くした。

 あんなわかりやすい前フリされて気付かないわけがない。

 

 

「なんだ? 俺が『ポリシー貫けよ馬鹿野郎!』とでも言うと思ったのか? 確かに俺の意見としてはお前にはずっと爆裂バカでいて欲しい。だが、それは意見の一つでしかない。他の皆に言っても当然賛否両論あると思うが、最終的に決めるのはお前だ。俺はお前の決定を尊重するし、サポートが必要ならしてやる。お前程の爆裂バカがその信念を捻じ曲げようとするなんてよっぽど悩んだはずだ。それに口出しできる程、俺は偉くない」

 

 

 自分の人生なんだから、出来るだけ自分で決めるべきだ。もちろんアドバイスとかはジャンジャン聞くべきだと思うし、他人の意見を参考にするのもいいだろう。だが、結局は自分で決めないといけないのだ。

 

 そう言っても、例外もある。

 例えばダクネスが政略結婚をさせられそうになっていても、俺は特にその結婚を邪魔したりはしない。貴族の生まれならば、それくらいは仕方ない。

 

 

「……やっぱりヒデオは優しいですね」

 

「そうか? まぁ部分的に見ればそうかもな」

 

 

 ありきたりな事を言って逃げているとも取れるのだが、めぐみんがそれに気付いているかはわからない。

 ただ、なにかスッキリした表情になったような気がする。

 

 

「こんな遅くにありがとうございました。あ、この事はまだ内緒にしておいてください。言うべき時が来たら、私から言うので」

 

「わかった。とりあえずは俺とお前だけの秘密ってことか」

 

「そういう事です。では、おやすみなさい」

 

 

 そう言って部屋から出て行くめぐみんに短くおやすみと返し、話をしてようやく眠気が回ってきたので、扉を閉めて布団に潜る。

 

 いつから考えていたのかは知らないが、ゆんゆんのいらない子発言がキッカケかもしれないな。

 だとすると、俺が原因か。

 

 

 …………。

 

 

 よし、今のことは忘れて寝よう。それがいい。

 

 

 あと、ゆんゆん泣かす。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「――デオ、ヒデオ」

 

 

 誰かが俺を呼ぶ声がする。

 

 

「おい、起きろヒデオ。もう昼だ」

 

 

 声のする方に目を向けると、居たのは金髪碧眼の巨乳美女。俺を揺り起こすその佇まいですら凛としていて、育ちの良さが伺える。

 既に身支度は整え終えたのか、慎ましくも美しい装飾に彩られた鎧を身にまとい、美しい金の髪は邪魔にならないよう後ろ髪が一本の束にまとめられている。

 

 とまぁ、これだけならご褒美なんだが、普段のこいつを知ってるとどうもなぁ。

 とりあえず二度寝しよう。

 

 

「おい、今バッチリ目が合っただろう! 二度寝するな! いつまで寝る気だ!」

 

「……もう少し寝かせろ……ああっ! 力強っ!」

 

「どうだ! こ、この! 戻ろうとするな! フンッ!」

 

 

 サイヤ人である俺にも劣らない筋力で、布団から無理やり引き剥がされる。力が強いのはいいが、女の子が『フンッ!』はないと思う。

 

 

「ちっ、このメスゴリラめ。こちとら朝まで起きてたんだよ……ふぁあぁ」

 

「メスゴリラ!?」

 

 

 結局あの後、頭の中にモヤモヤが残ってしまい日が昇るまで寝られなかった。おのれ。

 

 

「メスゴリラはやめてくれ……。流石に傷つく。呼ぶなら前のように雌豚と……ん? ヒデオも寝られなかったのか? わかるぞ。かく言う私も、仲間の家に泊まるなど初めてなのでな。心が踊って結構遅くまで寝れなくて……」

 

「お嬢様と一緒にすんな。俺は回復魔法のせいで体力が有り余ってたから寝付けなかったんだよわかったか。それにしても、友達の家でワクワクして寝れないとか案外可愛いとこあるじゃねーかララティーナ」

 

「お嬢様言うな! あと、ララティーナも可愛いもよせ!」

 

 

 未だにララティーナと呼ばれるのは恥ずかしいのか、赤面して肩を掴む力を強めてくるダクネス。普通に痛い。

 

 だが、やられっぱなしで終わる俺ではない。

 

 

「かわいい、かわいいよララティーナ! というか自分の容姿に自信持ってるくせに他人に褒められるのは恥ずかしいのか! 案外可愛いとこあるじゃねーかララティーナ!」

 

「いい度胸だ! ぶっ殺してやる!」

 

「殺れるもんなら……ああっ! 尻尾はやめろ! 人の弱点を突くなんてお前それでも騎士か! 卑怯者! 性騎士! カズマ!」

 

「カズマ!? なんてひどい悪口だ! ええい、もうこのまま引き摺って連れてってやる!」

 

 

 尻尾を掴まれても頑なに動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、あろう事か筋肉お嬢様は尻尾をちぎれんばかりの怪力で引っ張りはじめた。

 

 

「おい馬鹿やめろ! 痛い痛い! ちぎれる!」

 

「人体の組織がそんな簡単にちぎれるか!」

 

「ちぎれそうだから言ってんだろ! 自分の筋力考えろよこのブタゴリラ!」

 

「ブタゴリラ!? ……悪くない!」

 

 

 ちぎれないからといって人の敏感な所を力いっぱい引っ張るのもどうかと思うし、ブタゴリラで悦ぶのもどうかと思う。

 

 どうやって体と同じくらい頭が硬いアホを諌めようかと模索していると、ふとあることに気付いた。

 

 

「……こんなに騒いでるのに誰も来ないな」

 

「カズマ達なら紅魔の里探索に出掛けたし、ちょむすけとこめっこには、何が聞こえてもこっちには来ないように伝えた」

 

「お前俺に何する気だ」

 

「このままちょっかいをかけまくられついにキレたヒデオが私にお仕置きする」

 

「おはようダクネス! 今日もいい天気だな!」

 

 

 力が抜けて倒れた体を無理やり起こす。このままだと何されるか、もとい何させられるかわからん。

 

 

「おい、いい加減尻尾を離せ。起きるから」

 

「ふむ……。これはなかなか……」

 

「話を聞け」

 

 

 ゆんゆんやウィズ、温泉で会ったお姉さんといい、おっぱいがでかい人の方が尻尾を好む傾向にある気がする。どうでもいいが。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「おはようございまー……あれ、こめっこだけか?」

 

 

 寝ぼけ眼を擦りながら居間に行くと、こめっこがちょむすけと戯れていた。

 気を探ってみてもひょいざぶろーさんのゆいゆいさん気は見当たらない。出掛けたのか?

 

 

「あ、ヒデオ兄ちゃん。おはよう! お母さんとお父さんは族長の家に行くって言ってさっきでてったよ!」

 

「おはようこめっこ。……確かにゆんゆんの親父さんと同じ所に気があるな。けど、なんだ? 多いぞ?」

 

 

 族長の家に、沢山の強い気が集まっている。

 その数は十や二十ではきかない。

 一体何が起きるんだと若干ワクワクしながら考えていると、ダクネスが疑問に答えてくれた。

 

 

「それは、今朝あった魔王軍の襲撃についての会議をしているからだろう。打撃は与えたが、全滅させるには至らなかったと聞いた。幹部が数人の部下に連れられてどこかに逃げ隠れたらしい」

 

「え、ちょっと待って。魔王軍来てたの? 何で起こしてくれなかったの? いじめ?」

 

「まぁ聞け。起こそうとはしたんだが、アクアに止められてな。『ヒデオは体調が万全じゃないし、乗せられてカッコつけて無茶しそうだから』だと」

 

「心配されてる上にあながち間違ってないからぐうの音も出ない……! くそっ、惜しいことをした……」

 

 

 魔王軍との大規模戦闘を体験したかったし、それを蹂躙する紅魔族の戦いぶりも見たかった。

 よく怪我してアクアに治してもらっているんだが、アクアは怪我人に対して過保護な気がする。まぁそれは普通にいいことなんだが、どうもなぁ。

 

 

「はぁ……まぁ過ぎたことは仕方ないか。どうせそのうち嫌でも戦うしな。さ、気を取り直して朝飯……いや、昼飯か。こめっことダクネスはもう食べたか?」

 

「まだ! おなかすいた!」

 

「私もまだだ。お前を起こしてから一緒に食べようと思っていたからな」

 

「わざわざ待っててくれたのか。悪いな。じゃあ皆でどっか行くか」

 

 

 昨日の分も含めて食材が無いわけではなさそうだが、自分で狩った食材とは言え、他人の家の冷蔵庫を漁るのは気が引ける。

 

 

「外で食べるの!? すっごい久しぶり!」

 

「そうかそうか。じゃ、行くか!」

 

 

 例の如く二人と一匹を背に乗せ、紅魔の里に繰り出した。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 一行がやって来たのは紅魔随一の居酒屋。

 居酒屋と言っても、昼間は普通に食事処として利用されている。

 

 

「おいしいね!」

 

「うまいうまい。あ、おかわりください」

 

「相変わらずの大食漢だな……。それでよく太らないものだ」

 

「サイヤ人だから仕方ない。つーかお前だって割と食うくせに何を言ってんだ」

 

「!?」

 

 

 デリカシーのカケラもない発言がダクネスを襲う。

 いくらダクネスがオープンドMとは言え、乙女としてのなんやかんやはあるだろう。

 仲間とはいえ異性にこんな事を言われては、たまったものではない。……はすだが、案外この手の攻めも守備範囲のうちらしい。

 ダクネスは若干身震いし、ヒデオをさらにドン引きさせた。

 

 しかしその一連の流れを知らない無垢な幼女がぷんすこと可愛らしく、デリカシーのカケラもないサイヤ人に怒る。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん! 女の子にそんなこと言っちゃダメ!」

 

「こめっこの言う通りだな! すまんダクネス!」

 

「お前こめっこに弱すぎないか!?」

 

 

 ここまで速い手のひら返しをダクネスはカズマ以外で見たことが無い。

 それもそのはず。ヒデオとカズマ。この二人は自分大好き日本人だ。

 自分の身が危ぶまれれば速攻で手のひらを返すし、虎の威だって借りる。

 サイヤ人としての本能が根付き始めたとはいえ、やはり日本人なのだ。

 

 

 

 ……というのは建前で、単なる子煩悩な親バカだ。

 

 

「こめっこは可愛い。可愛いは正義。つまりこめっこが正義」

 

「なんだその意味不明な方程式は……」

 

「可愛いからね。しょうがない」

 

 

 可愛いは作れるとも言うが、作られた可愛さなど所詮贋作。

 偽物が本物に適わないなんて道理はないが、本物が偽物に劣るなんて道理もない。

 表面上は同じでも、深くを突き詰めれば結局は地力の差だ。

 

 

「体は炉利で出来ている」

 

「お前は何を言っているんだ」

 

「この体は、無限の炉利で出来ていた」

 

 

 無限の性犯罪(アンリミテッドロリコンワークス)

 

 正確に言えばヒデオはロリコンではなくこめっこ一筋なだけで他はむしろ年上の方が好みだったりするが、本質的には同じなので特に変わらない。

 

 

「こめっこちゃんが珍しくお客としてやってきたと思ったら、連れてきたのがまさかめぐみんのお仲間さんとは……コホン。我が名はねりまき! 紅魔族随一の酒屋の娘にして、女将を……あ、いらっしゃいませー!」

 

 

 間の悪いことに自己紹介の途中で客が入ってきてしまったが、そこは流石居酒屋の娘。素早く仕事モードに切り替わる。

 入ってきたのは一人の女性。銀の髪は肩で綺麗に切りそろえられ、旅でもしていたのか装飾のない薄汚れたローブを身にまとっている。

 ねりまきは一日に二度も外から来た人が来るなんて珍しい。そう思いながらも、こなれた様子で席へと案内する。

 

 

「む? 私達と同じく外から来た人みたいだな……あれ、どこへ行くヒデオ!」

 

 

 ダクネスの話に聞く耳を持たず、ヒデオは無言でその女性客の元へと向かう。

 ヒデオは接客を終えたばかりのねりまきを背にかばい、ピタッと女性客の前で立ち止まった。

 

 

「……?」

 

 

 突然尻尾の生えた謎の男が迫って来た事にその女性客は戸惑いを隠せない。

 

 なにせ、服の上からでもわかるガタイの良さの男が、幾度となく振るってきたであろう鈍器のような拳を握りしめて、何故かキラキラした目でこちらにやって来るのだ。

 誰だって戸惑う。

 

 女性客は戸惑いながらも、勇気を振り絞ってヒデオに声をかけた。

 

 

「な、なにか……?」

 

「……いや、惜しい事をしたと嘆いた後に、こんな所でいきなり会えるなんてな。幸運なのか不運なのか……」

 

 

 その女性客はおろか、注目していた他の客、ダクネスですら、一体ヒデオが何を言っているのかわからなかった。

 

 

「……なんの事ですか?」

 

「あぁ、惜しい云々はこっちの事情だ。気にしなくていい。ただ、白昼堂々とよくこんな里の中心に来れるもんだって思ってな。前と顔が違うのは魔法かなにかか? いや、目の錯覚とか変装なんてレベルじゃねぇな。骨格そのものが変わってる……。あんた何者だ?」

 

「……見ての通り、私はしがない旅人ですが」

 

 

 何も持っていない両手を差し出し、無抵抗、非武装をアピール。武器の様なモノは何も持っていないし、隠してもいない。

 

 怯えている様子の女性客を見兼ねたのか、はたまた仲間の愚行を見てられなくなったのか、ついにダクネスがヒデオの方に駆け寄った。

 

 

「おいヒデオ! 見ず知らずの人にそんな口調で喧嘩をふっかけるのはやめろ! すまなかったな。コイツは強い奴を見るといてもたってもいられないタチでな。そうだ、ここの代金は私達が支払おう。連れの者が迷惑をかけたせめてものお詫びだ」

 

「……いえいえ、お気になさらず。あぁ、ですが今のやり取りで急用を思い出してしまいました。すみませんが、料理は結構です。お代はここに置いておきますので……」

 

 

 注文分の代金をテーブルに置き、そそくさと店から出ていこうとした女性客だったが、ヒデオがそれを阻んだ。

 

 

「逃げるのか? まぁそれが懸命だろうな。この店には何人か大人の紅魔族がいるし、正体がバレてちゃあ呑気に敵情視察もできねぇもんな?」

 

「敵情視察? ヒデオ、なんの事だ?」

 

「お前らが気付かないのは無理もない。前見た時とは髪型も顔も変わってるしな。だけど、気までは変えられなかったみたいだな」

 

 

 ヒデオはまるで、この場にいる殆どがこの女性の正体を知っているかのような口振りでダクネスを制した。

 

 

「……前? 気? なんのことですか?」

 

「前会ったんだけど覚えてねぇか? まぁそれはどうでもいい。こんな所に何しに来たんだ? なぁシルビアさんよ。まさか飯食いに来たって訳じゃないよな?」

 

 

 ヒデオのその言葉に、店内に居たこめっことねりまきを除く全ての紅魔族が一斉に視線をヒデオ達に向けた。

その様子に観念したのか、シルビアは諦めたようにはぁ、と溜め息を一つ吐き、なぜ分かったのかと、ヒデオに問うた。

 

 

「……よくわかったわね。この前とは顔も体型も変えたのに」

 

「スキルのお陰だ」

 

 

 今朝あった魔王軍との戦闘で消息不明になっていたシルビアが、よもやこんな所に現れるとは思いもしていなかったが、そこから紅魔族達の行動は早かった。

 まず非戦闘員であるこめっことちょむすけをねりまき護衛の元、店の奥に退避させ、客の数人が裏口から外に出て里中に事態を知らせに行った。

 その他はいつでも魔法が放てる様、各自得意な魔法を詠唱して待機した。

 

 

「飛んで火に入る夏の虫とはまさにこの事だな。まさか一人で俺達を相手に出来ると思ってる訳じゃないよな?」

 

「えぇ。あなたの言う通りよ。幾ら何でも分が悪すぎるわ。けどね……」

 

 

 シルビアはローブを脱ぎ捨てドレス姿になると、ゴキゴキと身体を中から変化させ始め、やがて紅魔族によく知られる姿へと変貌した。

 

 

「貴方達どちらかを人質に取れば逃げることなんて簡単なのよ! あまり魔王軍幹部をなめない事ね!」

 

 

 素早く繰り出されたその一撃は、流石魔王軍幹部といった所か。並の冒険者では捉えることが出来なかっただろう。

 

 

 もし、ここに居たのがヒデオでなくカズマだったなら。

 いくら豪運で頭がキレて手段を厭わない事で格上とも渡り合えていても、こういう素の能力がモノを言う刹那の世界では手も足も出ない。

 

 

 だが、ここに居るのは素の能力で格上と渡り合ってきたアクセル暮らしのサイヤ人だ。

 

 並の冒険者では捉えられない程度の攻撃など、取るに足らない。

 

 

「片腕で……!? あなた、どんな筋力してるのよ……!」

 

「そっちこそその細腕でよくこんなパワーが出るもんだな。感心するよ……っらぁ!」

 

 

 攻撃してきた腕を掴んだのをいいことに、ヒデオはシルビアを外へと放り投げる。進行方向にあった引き戸はシルビアに巻き込まれ、同じように吹っ飛んでいく。

 

 

「修理代は魔王軍に請求してくれ。さぁ、シルビア。俺は今虫の居所があまり宜しくない。何故だかわかるか?」

 

「……わからないわ」

 

「こめっことのランチタイムを邪魔すんじゃねぇよってことだよ。行くぞオラァ!」

 

「なんだかすごく理不尽な気がするけど……まぁいいわ。魔王軍幹部に対して一人で向かってるとはいい度胸ね! いいわ、かかって来なさい!

 

 

 シルビアとヒデオ。

 

 一体一の真剣(?)勝負が今、始まってしまった。

 




あくまでも趣味なので催促はやめてください。と言ってみる


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第四十九話

野次馬と野獣って似てますよね。


……あっ…(察し)


 

 

 ヒデオ達に先んじて紅魔の里観光をしていたカズマ、アクア、めぐみん。

 三人が昼食を終え、次はどこに行こうかと相談しあいながらぶらりと歩く。

 しばらく歩いていると、彼方から爆発音と、ざわ……ざわ……と騒ぐ声が聞こえてきた。

 

 

「……なんか向こうの方が騒がしいな」

 

 

 音のする方を睨みながら、カズマは訝しげな顔で呟く。その心中は穏やかではなく、もしや、アイツらが何かやらかしたのでは。という考えが渦巻いていた。

 そんなカズマの様子を見てめぐみんも同じ方向を見る。ふむ、と指を顎に当て考える仕草をし、やがて口を開いた。

 

 

「……向こうはたしかねりまきの実家の居酒屋があったはずです。酔っ払いが暴れてるか、魔法で実験でもしてるんじゃないですか?」

 

 

 そう推理しためぐみんだが、惜しいことに半分間違いで正解だ。

 事件が起きているのはねりまきの実家近くだが、暴れているのは酔っ払いでなく、カズマの懸念通りの人物だ。

 

 

「そうだといいんだけどな。口に出したくもないけど、もしやヒデオが暴れてるんじゃないだろうな」

 

 

 騒動の中心が自分の友人ではないかと真っ先に疑う。友情と信用と信頼がまったく関係ないのが見て、聞いて取れる発言だ。

 

 いやはや、その通りである。

 

 魔王軍や紅魔族より先にその名前が出てくるあたり、ほかの三人同様ヒデオのことも問題児扱いしていて、信頼はしているが信用はしていないのがよくわかる。

 

 しかし、そんなカズマの不安を打ち消すかのごとく、脳天気な女神様はないない、と手を振りながらカズマの意見を否定した。

 

 

「安静にするようダクネスを見張りにつけたし、そんなことあるわけないじゃない。最近のヒデオは頑張りすぎだから休ませないとだめよ?」

 

 

 アクアはそんなふうにカズマの懸念を一蹴したが、実際はカズマの懸念通り。

 そこそこ長い付き合いになるからか、仲間のやらかしそうな事はだいたい直感でわかるというカズマの悲しい特技である。ちなみに、この特技はアクア以外のパーティーメンバーにも備わっている。

 

 ヒデオがリハビリとばかりにシルビアと戦闘しているのだ。こめっことのランチタイムを邪魔したなどとのたまい、魔王軍幹部相手に一人で突貫したのが事の始まり。

 本来ならば周りが止めるべきなのだが、ヒデオ達の周りには複数の紅魔族がいる。

 カッコいいものに目がない彼らが、サイヤ人式の戦いを見て興奮しないわけがない。やけに騒がしいのはそのためだ。

 

 

「なんにせよ、近寄らない方が良さそうだな。こんな前線に来ても、やっぱり厄介事には巻き込まれたくない」

 

 

 疑り深く慎重な、というよりニート体質のカズマは、当然そんな危険な可能性のある場所になど行こうとは思わない。

 酔っ払いが暴れてるにしろ、魔王軍が暴れてるにしろ、サイヤ人が暴れてるにしろ、むざむざ飛んで火には入りたくないのだ。

 

 

「今更何を。出発の前日はヒデオが居るから安心だーとか言ってたじゃないですか」

 

「そりゃ万全のアイツが負けるなんてまず無いと思ってるよ? だけどね? アクアが言うには出せて実力の半分って言うじゃないか! 安心なんて出来るか! ちくしょう、なんでこんな時に不調なんだよアイツは! 魔王軍がいるんだからコンディションくらい整えとけってんだ!」

 

 

 カズマ、ここでまさかの逆ギレ……!

 不調の仲間を心配するでもなく、逆ギレ……!

 堕とす……! 自らの株……!

 

 

「ヒデオが役立たない分自分でなんとかしようとは思ったりしないの? まぁカズマだし、仕方ないけど……」

 

「おいおい。あいつの代わりが俺に務まると思うか?」

 

「「無理」」

 

 

 カズマの自虐的な問いかけに、遠慮せず即答する二人。無理もない。

 やりようによってはカズマはヒデオと互角の勝負が出来るはずなのだが、やはりヒデオの純然たる破壊が持つイメージは強い。

 それに互角に戦えるからといって同じ働きが出来るわけではないし、そもそもカズマとヒデオでは業種が違うのだ。

 カイジとアカギくらい違う。

 

 

「よくわかってるじゃないか。てことで、あの騒ぎには近付かないように里をまわろう。めぐみん、ガイド頼んだ」

 

「私としてはあの騒ぎが気になるのですが……まぁいいです。何かあるならそのうち警報なり何なりあるでしょう。実家の方に何かあったとしても、両親に加えてヒデオとダクネスがいるので、こめっこの守りは盤石です。では、行きましょう」

 

 

 まともな紅魔族二人に加え(紅魔族にまともという言葉もおかしいが)幹部クラスと張り合えるサイヤ人に、そのサイヤ人の攻撃を受けて性的興奮を覚えるクルセイダー。

 一体どこの城を攻め落としに行くのだと聞かれてもおかしくない布陣である。

 

 

「お前やっぱりシスコンだったんだな」

 

「何を言いますか。妹を心配するなんて普通のことです」

 

「それならヒデオを警護に回すのはこめっこに対して危険とは思わないのか? 見たことないくらいデレデレだったぞアイツ」

 

「こめっこが普通に懐いているので大丈夫です。そもそも、ヒデオはかわいいものが好きなだけだと思うのです。普段からちょむすけのこともかわいがっているでしょう? こめっこへのデレはその延長かと。カズマはともかく、ヒデオは年下には下卑た視線を送ることがないのです。そうじゃないダクネスやウィズには送っていますが……」

 

 

 実際のところヒデオは年下でもスタイルがよければ、もといおっぱいがでかければ葛藤の末にセクハラする場合があるが、めぐみんはその事を知らず、カズマよりは常識のある人というイメージを持っていたりする。

 

 

「おい俺はともかくってどういう事だ」

 

「女性は色々な視線に鋭いんですよ」

 

「うんうん。わかるわめぐみん。私も最近ヒデオに何か変な目で見られてる気がするもの」

 

「お前が何をやらかすか気が気でないんだろうな」

 

「あははは。カズマさん、そんな事あるわけないじゃない。これはきっといつも体を治してくれる私に対して憧れを抱いてる視線ね」

 

「あははは。アクア、それこそあるわけないだろ。アイツ『飯食いに行ったら何故かアクアのツケまで払わされるんだが。いい加減泣かそうかな』って言ってたぞ? 憧れなんてこれっぽっちも抱いてないんじゃないか?」

 

 

 本来ならばそんなものアクア本人に払わせろ、と突っぱねるヒデオなのだが、この時は事情が違った。

 ヒデオとアクアが行っていたのは大食いチャレンジもしくは食べ放題サービスのある飲食店(アクアは食べ放題やチャレンジをせずに飲み食い、宴会、諸々あって結果ツケとなった)。

 

 ヒデオは脅されたのだ。

 

『今払わないとアンタを出禁にする』と。

 

 普通の飲食店はともかく、そういうサービスを実施している店にとってサイヤ人のヒデオは天敵以外の何者でもない。店側としても、毎度毎度元を取られてはたまったものではない。

 ヒデオ一人が一回に取れる元は決して大きな額ではないが、塵も積もれば山となる。

 それに加え、大金では無いとはいえ、塵の大きさは結構ある。そんな事が続けば赤字必至である。

 普通に考えてそんな客はすぐ出禁にするか、食べ放題サービスをやめる等の措置を取ろうとする。しかし、ヒデオも自分の大食いを理解し、そういう可能性がある事を充分に知っている。

 なので、そういう店に行く時は一人ではなく知り合いを複数人連れて行く事にしていた。冒険者の知り合いや、知り合いのチンピラや、たまにウィズ。

 毎回結構な人数を連れてくるので、店側としても言い出しづらくなり、結果として通えている。

 まぁ今回の件でわかったように、結構ギリギリである。

 

 

「最近ツケの催促がこなかったのはそのせいね。けどこれでヒデオが私に憧れてる可能性が高まったわね! その証拠に、私のことまったく尊敬してないカズマさんはツケなんてほとんど立て替えてくれないもの!」

 

「まさかツケなんてあると思ってなかったんだよ。まぁ知ってても払わんが。というかなんでまだツケに追われてんの? 借金は完済したし大金だって入ってきただろ? それはどうした」

 

 

 カズマの個人資産である例の三億はともかくとしても、バニル討伐の報酬はヒデオの提案で分割することになった。

 魔王軍幹部のバニルともなるとその賞金額は並ではなく、一人頭かなり貰っているのだが。

 

 

「馬鹿ねカズマは。ほとんど使っちゃったからに決まってるじゃない。お金は使うとなくなるのよ?」

 

 

 どうやらこの女神、あろう事か討伐の賞金を酒代やら宴会芸の道具代に次々と消し、更には悪徳な商売に引っかかり手元の金は殆どない。

 

 しかし、カズマはこうなる事を長い付き合いで感じ取っていたのか、アクアにだけは賞金を分割して渡すという措置を取っていた。アクアは当然ゴネたが、アクアが口論でカズマに勝てるわけもなく、結果こうなっている。

 

 

「馬鹿はお前だよこのアホ女神! ちょっとは考えてから金使え! 全部渡さなくて正解だったわ!」

 

「あー! 馬鹿って言った! アホって言った! 女神たる私に不敬だとは思わないの!? というかはやく全部渡してよ! 私のお金なんだから!」

 

「敬ってほしいなら相応の振る舞いを見せろこの駄女神が! 全部渡しててもどうせ同じ結果になってるわ! このまま浪費を続けるなら、今残ってるお前の分の賞金を全額エリス教団に寄付してやるからな!」

 

「それだけは! それだけはやめて! というかなんでエリスのとこなのよ! アクシズ教だっていいじゃない!」

 

「少しでもアクシズ教には関わりたくないんだよ! ただでさえ元締めの女神に普段から困らされてるってのに、その信者の相手なんて出来るか!」

 

「なによその言い方! まるでうちの子たちが関わりたくもない変人ばかりって言ってるみたいじゃない!」

 

「そう言ってるんだよ!」

 

 

 わーわーぎゃあぎゃあと、件の騒ぎに負けないくらい騒がしく言い争う二人。

 めぐみんは我関せずと言った顔で、二人を特に止めもせずに道行く人に帰郷の挨拶をしている。

 この光景もパーティーメンバーのめぐみんにとっては最早日常茶飯事。今から数分後にアクアが泣かされるのは目に見えているので、そうなってから止めるつもりのようだ。

 

 

「もっと私を敬って! 褒めて持て囃して甘やかして! ちょっとくらいやらかしたっていいじゃない!」

 

「今でも充分過ぎるくらい許容してるわ! むしろお前は俺の寛容なる精神に感謝すべきなんだよ!」

 

「なによ! カズマのくせに生意気よ!」

 

「一体どこのスネ夫だお前! ともかく、反省の色を見せないと本当に寄付しちまうからな!」

 

「むぅ……! バーカバーカ!」

 

「アホ! ボケ! 宝の持ち腐れ! いい加減回復魔法教えろこのおたんこなす!」

 

 

 先程までは辛うじて議論の域だったが、これはもはや議論ではない。ただの罵倒大会だ。

 当然、アクアがカズマに勝てるわけもない。語彙が足りなくなって泣かされるまでそう時間はかからないだろう。

 

 

「めぐみん、止めないのかい? お仲間さんだろう?」

 

「もうすぐ青い髪の方が泣かされると思うので、そうなったら止めます」

 

「そうかい。じゃあ僕は用事があるから行くよ。また機会があれば店に寄ってくれると嬉しい」

 

「はい。明日にでも行きます」

 

「それはありがたい! じゃあね!」

 

 

 めぐみんと話していた紅魔族の男性はどうやら何らかの店を営んでいるらしく、めぐみんの返答を聞き意気揚々とどこかに走って行った。

 

 

「……さっきから皆あの騒ぎの方向に行きますね。もしや本当に魔王軍が侵入してきてたりするんでしょうか」

 

「カズマのバーカ! アホー! クソニート!」

 

「魔王軍が居るとなると、ヒデオが騒ぎを聞きつけて行くかも知れませんね。ダクネスはきちんと引き止めてくれてるんでしょうか。アレでダクネスは結構ポンコツですから、結構心配です」

 

「お前だって最近はほぼニートだろうが! 女神の癖にニートとか恥ずかしくないんですか!」

 

「一応装備を取りに家に帰った方が良さそうですね。少し遠回りになりますが、あそこはカズマの言う通りに迂回しますか。丸腰で行くのは危ないですからね」

 

「私だって好きでこんな世界にきたわけじゃないのよ! 誰のせいでここに来るハメになったか忘れたの!?」

 

「半分、いや3分の2くらいは自業自得だろうが! お前が俺を煽らなかったら今頃チート無双してるわ!」

 

「ひどい!」

 

「それにしても、魔王軍だとしたらどうやって里の中に入ったんでしょうか。気になりますね……あ、アクア!」

 

 

 二人のやり取りに完全スルーを決め込んでいためぐみんだったが、視界に入ったあるモノがアクアに迫っている事を察知し、咄嗟に名前を呼んだ。

 

 が、時すでに遅し。

 

 

「ん? どうしたのめぐ――ぐぺっ!?」

 

「アクアが死んだ!?」

 

「死んでないわよ! 痛い……」

 

 

 一瞬ヤムチャったアクアだったが、持ち前のカンストステータスのお陰で大した怪我を負わずに済んだようだ。腐っても女神。

 

 それはそうとして、アクアを殺ったのはヒデオの気弾だ。しかし、辺りにヒデオの姿は無い。

 それもそのはず。ヒデオは騒ぎの真っ只中に居る。ならば何故飛んできたのか?

 

 事件は五分前に起きた。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオが店にやってきたシルビアの正体を看破し、戦闘を始めてしまった。初めは紅魔族の人々も加勢していたが、ヒデオの戦いに惹かれただの野次馬と化した。

 

 アクアに絶対に止めるようにきつく言われていたし、騎士の私としても負傷した仲間を前線に立たせるのはしたくなかったので、アクアに胸を張って任せろと言ったのだが、家を出てものの数十分でこの始末。

 全く、この戦闘バカには困ったものだ。

 そんなに暴れ足りないのなら私を存分にサンドバッグにしろ、してくださいご主人様といつも言っているのだが、『頼むからやめて。マジやめて』と真面目な顔をして遠慮するのだ。私は一向に構わんと何度も言っているのに、頑なに拒む。

 まったく、中途半端に人間が出来ているからこんなに優柔不断になるのだ。

 こいつも男ならば、クズならクズで、ゲスならゲスで、カズマのようにダメ人間に振り切って、欲望のままに襲ってみろというものだ。

 

 

「さぁヒデオ! 彼方へと飛ぶ攻撃は全て私が受ける! 遠慮なくかめはめ波を撃て!」

 

「さっきからちょこまかしてると思ったらそれが目的か! どっか行け!」

 

 

 猫や犬を追いやるようにシッシと手を振り、ヒデオは撤退を促してくる。ヒデオなりの気遣いなのか、本当に邪魔なのかは分からないが、私にも下がれない理由がある。

 

 

「騎士たる私が人類の敵である魔王軍を前にして退けるか! さぁ、遠慮なく!」

 

「筋が通ってるだけあってカズマよりタチ悪いぞお前!」

 

 

 失礼な。いくら私でもカズマ以下と言われると普通に傷付く。

 

 

「あなた達、この私を前に随分と余裕……ねっ!」

 

 

 間に挟んで主張をぶつけ合っている私達に痺れを切らしたのか、シルビアは自分と距離が近いヒデオに突進して行く。

 丸腰なのでどう戦うのかと思っていたが、どうやら魔法と体術を織り交ぜて行くスタイルの様だ。

 ヒデオと違って里への被害など気にしていないようで、放たれる攻撃は全く遠慮がない。

 

 シルビアから放たれる鋭い蹴り、突き、フェイント、突き、蹴り。

 その全てをヒデオはいなし、受け止め、引っかかり、見切り、避ける。

 

 大したダメージを負っていないが、今まで徒手で戦う相手とはあまり戦ってこなかったからか、攻めあぐねているように見える。

 しかし、シルビアも攻めてはいるが、ヒデオがことごとくを捌くせいで未だ決定打を与えられていない。このままだと長期戦になりそうだ。

 

 

「ちょこまかと……! この、この!」

 

「ほっほっほっ……ん、パンツ見えそうだぞ」

 

「あら、ご忠告ありがとう。よかったら見せてあげましょうか?……スキあり!」

 

「あぶねっ。確かにその提案は魅力的だが、生憎のところ俺はおっぱい派なんでね。それに、恥じらいのないパンツなんてツマミのない酒盛りみたいなもんだ。まぁそれはそれで好きだが」

 

 

 戦っている最中だというのにこの男は何を言っているのだろう。邪な考えなど見せずにもっと戦いに集中して欲しい。

 

 

「ふぅん。ボウヤくらいの歳ならがっついて来るかと思ったけど……案外ウブなのかしら?」

 

「あんたの提案に乗ったら色々と負けな気がしてな。それに、なぜだか知らんがあんたには性的興味が湧いてこない」

 

「ええっ!?」

 

 

 ヒデオの言葉に思わず驚いてしまう。まさかこいつともあろうものが、シルビアのような巨乳の美女に興味を示さないとは。

 

 

「なんでお前が驚くんだよ」

 

「いや、ヒデオが巨乳の美女に靡かないなんてアクア以外では初めてなのでな。頭でも打ったか?」

 

「喧嘩売ってんのか。泣か……無視……ダメだコイツ。何やっても悦ぶ」

 

「どうした? 気の向くままに乱暴をしてくれてもいいんだぞ? さぁ!」

 

「もうおまえきらい」

 

「ひどい! だが、それでいい!」

 

 

 ここまでヒデオにちょっかいをかけるのには突発的な乱暴を引き出す以外にも理由がある。

 ヒデオはごく稀に、本当にイラついた時や呆れた時だけ、普段の優しいヒデオからは想像も出来ないような本当のゴミを見る目をする事がある。

 残念なことに私は直接向けられたことは無いが、横から見るだけでもかなりゾクゾクした。あんな目で冷たく罵倒され蹂躙されたらさぞ……おっとよだれが。

 

 

「……なんでヨダレたらしてんの?」

 

「たらしてない」

 

 

 危ない危ない。危うく罵倒されてよだれをたらす変態のレッテルを貼られるところだった。

 

 

「あなた達本当に仲いいわね。なら、これはどうかしら!」

 

「あ、そっち行ったぞ」

 

「っ!?」

 

 

 よだれをたらし油断していたところにシルビアが飛び掛ってきた。

 咄嗟に飛び退けようとするが、私よりシルビアの方が圧倒的に素早く、呆気なく捕まってしまう。

 抵抗はしているが、かなりのパワーだ。私でも振り解けない。

 決して魔王軍に囚われた後の事を想像してわざと力を抜いている訳ではない。本当に力が強い。

 

 

「くっ……! 騎士ともあろう私がよもや捕えられてしまうとは……!」

 

「いくらボウヤがすばしっこくても、動きを止める方法はいくらでもあるのよ。このお嬢ちゃんの身が惜しければそこを動いちゃダメよ?」

 

「なんという夢のシチュエーションだ! いや、違った。クルセイダーともあろう私がこうも簡単に捕まってしまうとは! だが、これで勝ったと思うなよ! ヒデオ、私の事はいい! 遠慮なく攻撃しろ! 私ごとで構わん!」

 

「なっ、あなた正気!?」

 

「正気だとも! さぁヒデオ! あまり焦らすな! 色々と限界が近い!」

 

「まぁ待て。いくら相手がお前でも心の準備がいる。(もうこいつこのまま魔王軍に押し付けてやろうか。いや、それだと親父さんに殺される。やだなぁ)」

 

 

 いくらヒデオでも仲間ごと攻撃するというのには些か抵抗があるようで、警戒しつつも一向に技を放つ気配がない。構わんと言っているのに全くコイツは……。

 

 

「自分の身もろとも攻撃しろだなんて、あの姉ちゃんなかなかやるな!」

 

「兄ちゃん、早まるなよ! 俺達が何とかしてやるからな!」

 

「なっ、それは困る! それだとかめはめ波が受けられ……ゴホン。あなた達にも被害が及ぶ! 犠牲になるのは私だけで充分だ!」

 

 

 野次馬と化した紅魔族が事態を重く見たのか助けに来ようとしたが、それを声を張り上げて阻止。せっかく勝ち取ったチャンスをみすみす逃しはしない。

 

 

「やっぱりそれが目的かお前」

 

「あ、しまった! でもあの視線……イイ!」

 

 

 例の視線とまではいかないが、ヒデオはかなり呆れた顔でこちらを見てくる。

 あぁ! そんな目で私を見るな! 色々とヤバイ!

 

 

「はぁ……仕方ない。ダクネス、本気でいいのか?」

 

「もちろん! 手を抜いたら怒るぞ!」

 

 

 やった! やったぞ! ついにヒデオが折れた!

 

 

「これで懲りてくれると嬉しいんだがな」

 

「え、ちょっと待ちなさい! あなた達、仲間よね!? なんでそんな簡単に……!」

 

 

 ヒデオがかめはめ波の構えで気を溜めると、アレはやばいと思ったのかシルビアはあたふた慌て始めた。

 慌てていても私を拘束する腕は緩めない所は流石と言ったところか。まぁ私もその腕を逃さないようにがっしり掴んでいるんだがな。

 

 

「俺にとって今のソイツは仲間であっても味方ではないからな」

 

「幾らなんでもひどくないかそれは!?」

 

「酷いのはお前の方だよ馬鹿。ダクネス、いいか良く聞け。例えばプレイの途中で第三者が乱入してきて攻め側の人間の邪魔をしたらどう思う?」

 

「新手の放置プレイか。ふむ。……やがて和解した二人が私を欲望のままに乱暴するまで想像した」

 

「お前に訊いた俺が馬鹿だった」

 

「!?」

 

 

 自分から聞いておいてこの仕打ちはあんまり過ぎる。長い付き合いになるのだし、そろそろ私の性的嗜好に理解が深まってきていてもおかしくないのに困った奴だ。

 

 

「こ、この! 離しなさい! 力強い! なんで私が逃げるハメに……! 普通逆じゃない!? この、この! 外れない!」

 

「逃がさんぞシルビア! さぁヒデオ! 今のうちに早く!」

 

 

 何とかして逃げようとするシルビアの腕を逃がすまいとがっしり掴み、ヒデオの狙いがブレないようにする。仮にシルビアが逃れてしまっては私には撃ってこないからな。放つまで捕らえておく必要がある。

 

 

「今回ばかりはシルビアに同情するぜ。かめはめ……!」

 

 

 高密度のエネルギーが手のひらに溜まってゆき、青白い光が漏れ出す。ヒデオを中心に風が巻き起こり、世界が震え、肌にビリビリと強いエネルギーを感じる。

 

 

「波ぁーーー!!!」

 

 

 待ちに待った念願の、それもヒデオの本気かめはめ波。例のドーピングは使っていないようだが、それでもかなりの威力だろう。

 高速で迫り来る高密度のエネルギーは地面を抉り、空気を飲み込む。

 

 

「わくわく……あ、この! しまった! 逃げられた!」

 

「あ、危ない……! 早くここから離れないと……!」

 

 

 かめはめ波に集中しすぎたせいで掴む力を緩めてしまい、シルビアの脱出を許してしまった。

 だが、時は既に遅い。私が避けてしまえば民家に多大な被害が出るだろう。作戦が失敗に終わったからといって、私がここから退くわけにはいかない。

 

 

「私は絶対に避けんぞ! たとえそれが無駄になろうとも!」

 

「わかった。じゃあ絶対にそこから動くなよ!」

 

「勿論だ!」

 

 

 そこらのものより圧倒的に強くて長いブツが私をめがけて一直線に飛んでくる。切り刻まれた一秒の中で、想いを馳せる。

 

 今回のはどんな衝撃だろう。どんな痛みだろう。本当に私は耐えられるのだろうか。

 様々な想いがめぐり、ヒデオじゃないがワクワクが止まらなかった。

 

 しかし、かめはめ波が私に直撃することは無かった。それどころかカスリもしなかった。

 間違いなく大質量の光は私に向かってきていた。一秒と待たずに直撃していたはずだった。

 ならば何が起きたのか?

 

 答えは単純。逸れたのだ。厳密に言うと逸れたと言うよりも曲がったという方が正しいが。

 ともかく、かめはめ波は私に当たることなく上空高くに消えていった。

 

 

「なぜ曲げた! ことと次第によっては――――」

 

「こうするためだよ! フンッ!」

 

 

 私の言葉を遮り、ヒデオは何かを引きずり落とすように腕を振る。

 その瞬間、上空から光と共に爆風が起きる。

 

 そして。

 

 

 ――無数の光の弾が降ってきた。

 

 

「お、おいヒデオ! 何をやってるんだお前! 民家は壊したくないんじゃなかったのか!」

 

「里の周りに撃ったから大丈夫だ。よほど運が悪くなけりゃ家にも人にも当たらん。里の周りをチラホラと魔王軍らしき気がうろちょろしてて鬱陶しかったんでな。あとシルビアに逃げられたからついでに当てようとした」

 

 

 言われてみると確かに光は里の外に降り注いでいるように見える。

 

 だが。

 

 

「……」

 

「なんだその目は。なんか文句あんのか」

 

「……こういうのは焦らしプレイじゃないぞ」

 

「誰がいつそんな――おい、拗ねるな! 地面にくるくる指で渦を書くな! 俺が悪いみたいになるだろうが!」

 

「だって……だって……うぅ」

 

「泣くなって! あぁ! まわりの人達の視線が痛くなってきた! わかった、俺が悪かった! 今度なんでも言うこと聞いてやるから許してくれ!」

 

「……なんでも? 本当に?」

 

「あぁ! なんでもだ!」

 

 

 ヒデオがなんでも言うことを聞く。それ即ち私の全て遠き理想郷(アヴァロン)

 

 ゴネ得っ……! ゴネ得っ……!

 

 

「それなら仕方ない。許してやろう。さて、シルビアはどこだ? お前の様子を見る限りまだ仕留められていなさそうだが」

 

「あれ、切替早……」

 

「そんなことはいい。で、どこにいるんだ?」

 

「なんか釈然としないが……。えーと、あっちの方……」

 

「どうした? なにかあったのか?」

 

「シルビアの進行方向にカズマ達が居る。つーかもう遭遇してる」

 

「……マズイのか?」

 

「かなりマズイな。アイツら今丸腰だぞ」

 

 

 そう言われ、居間に武器や鎧を置いていっていたのを思い出す。こんな日が出ているうちに魔王軍なんて来ないだろうとタカをくくっていたのが仇となった。

 

 

「どうするヒデオ! 早くしないとカズマ達が……!」

 

「まぁ落ち着け。こめっこを守る為にもやすやすと離れるわけにはいかねぇし、マズイとは言ったがカズマがいるなら少しくらいはなんとかなるだろ。シルビアは話が通じそうなタイプだったしな。……紅魔族の皆! シルビアは北西方向にまっすぐ進んだ地点に居る! それに加えて里の周りには魔王軍の残党がまだ残ってる! 非戦闘員の安全を確保しつつ、奴らに合流される前に処理してくれ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

 ヒデオが指示を出すと、紅魔族たちは何の迷いもなく方々に散っていく。

 先程まではただの野次馬だったが、決してシルビアを嘗めている風では無かった。最大限警戒した上でああしていたのだ。

 

 

「流石だな紅魔族。有事には慣れてる」

 

「だな。じゃあ私達はこめっこを……」

 

「連れてきた。ねりまきちゃん。少しの間こめっこを守っておいてくれ」

 

 

 早い。

 

 

「分かりました! こめっこちゃん、私から離れちゃダメよ」

 

「うん! ヒデオ兄ちゃん頑張ってね!」

 

「おう! 終わったらまたご馳走だ!」

 

「やったぁ!」

 

「くっそ可愛い。……よし、行くぞダクネス!」

 

「締まらないなお前は……まぁいいか」

 

 

 ヒデオの肩に手を乗せ、準備は万端。待っていろ、アクア、めぐみん、カズマ。今行くぞ!

 

 

「……」

 

「……おい。どうした」

 

 

 いつもならスグに景色が変わるのだが、十秒、二十秒経っても一向に移動する気配がなかった。

 

 

「……瞬間移動出来ん」

 

「なにィー!?」

 

 

 なんと、戦闘と移動の両方に置いて重要な技の瞬間移動が使えなくなったらしい。

 

 

 ……マズくないか? これ。

 

 




いつも通りです


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第五十話

お待たせしました。次からは気を付けます


 突然現れたシルビアは、俺達の姿を見るやいなや凄まじいスピードで迫って来た。

 

 当然魔王軍の幹部が猛ダッシュでこちらに向かってるとあれば、普通の人は逃げる。当然俺やアクアやめぐみんも逃げた。

 

 だが、相手は魔王軍幹部。いくら逃走スキルを持つ俺でも、捕まるのは時間の問題だった。めぐみんも魔法使いのわりに奮闘してはいるが、ステータスは俺と変わらないのでそう持たないだろう。

 唯一アクアだけが、そのずば抜けたステータスで俺達より前の方で逃げていた。

 

 長い影が早く逃げろと袖を引いているわけでもなく、欠けたお月さんを追いかけているわけでもないのに脇目も振らず走ってく。

 

 俺ですらめぐみんの手を引きながら一緒に逃げているのに、本来民を救うべき女神様はこちらに一瞥すらくれず逃げていた。

 

 あぁ、いつも俺に置いていかれているコイツらはこんな気分なのか。悪い事をしたな。今度労ってやろう。そう思える程、とても切ない気持ちになった。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 パーティー最弱の俺が真っ先に逃げるのは効率と生存率で考えて何も間違っていない。逃げ遅れて無駄死にして余計仲間を危険な目に遭わせないためにも俺は早く撤退する必要がある。そのために高ステータスの連中が多少犠牲になるのは仕方ない。

 

 なので、今アクアが先行して逃げている状況はあまり宜しくない。

 

 アクアのステータスは今いる中でもずば抜けているので、ダクネスやヒデオが居ない今はアクアが生贄になるべきだ。

 

 アクアを引きずり落とす為に、何かしら策が必要だった。

 

 そこで、俺はアクアを前方に放置して別れることにした。

 どうやらめぐみんも同じことを考えていたみたいで、アイコンタクトを取ると全てを察し、何も言わずに行動してくれた。

 タイミングを見計らって別れたが、ステータスの差で少し前に出ていたアクアは何も気付かずそのまま直進。

 

 その結果。

 

 

「わぁぁぁあ! か、カズマさぁぁん! 助けてぇぇええ!」

 

 

 アクアだけが追われるハメになった。

 決して囮にして見捨てた訳では無い。

 ステータス面で考えて、一番生存率が高いのがアクアだ。

 足の速さはシルビアに引けをとってないし、ゴキブリ並みにしぶといから大丈夫だとは思う。

 

 

「無理だ! 装備も何もねぇ状態で魔王軍となんて戦えるか! それも幹部だろそいつ! 準備万端でも戦いたくねぇ! じゃあ、俺とめぐみんは増援が来るまで隠れてるから! せいぜい頑張れ!」

 

「そんな事言わないで助けてよ! 嫌ぁぁ!」

 

 

 泣き叫びながら走り回っているアクアはとりあえずおいといて、めぐみんと共に潜伏スキルで物陰に隠れる。

 本当に危なくなれば助けに出るが、さっきから追い詰められては脇に避けるのを繰り返しているのに文句を言うだけの余裕はあるみたいだ。もう少し時間稼ぎをしてもらおう。

 

 

「く……! ちょこまかと! 今日は何かとすばしっこい相手に縁があるわね……もしかして、あの二人の仲間かしら……あぁっ! もう!」

 

 

 シルビアはギリギリで捕まらないアクアに苛立ってきたのか、険しい表情でさっきより強く地面を踏み砕いた。怖っ。

 

 とりあえずシルビアが冷静を欠いているのはいい。

 それよりも、あの二人とはヒデオとダクネスの事だろうか。

 外出していたとは意外だが、それより解せない事がある。

 シルビアに会っていたのなら、何故戦闘になっていない? いや、戦闘はしたんだろう。あの騒ぎは恐らくシルビアが原因だし、気弾の流れ弾だって飛んできた。

 

 問題は、何故シルビアがほぼ無傷でここにいるかだ。

 

 

「……くっ! この! ……はぁ……はぁ……」

 

 

 諦めて他の場所に行こうともせずにぜーぜー息を切らしながらアクアを追い続けるシルビア。

 

 なんだろう。魔王軍なのに凄く真面目っぽいぞ? 良い人とは言い難いが、少なくとも常識はわきまえてそうだ。

 というかまともな神経をしてて魔王軍幹部なんて務まるんだろうか。

 現に知り合いの魔王軍幹部は頭のネジがぶっ飛んでいる奴しかいない。バニルは言うまでもないが、ウィズも案外地雷だ。

 自称永遠の20歳だし、『また売上の殆どを使ってガラクタを仕入れてきた。仕置きのレベルを上げたはずなのだが……』『ガラクタを押し付けてくるバニルの表情が心無しか死んでた』との事だ。ひでぇ。

 

 そんな頭がおかしい連中の中では、シルビアはかなりまともな分類に入るのではないだろうか。

 

 

「シルビアはヒデオとダクネスに会ったみたいですが、あの二人は無事なんでしょうか……」

 

 

 めぐみんが少しだけ心配そうな顔で、シルビアに気付かれないようにぽそりと、誰に言うでもなく呟いた。

 それに応えるように、こちらも声を潜めてボソリと。

 

 

「アイツらがそう簡単にやられるとは思えない。ただ、シルビアがヒデオから逃れてここに居るのが気になるな」

 

「……そうですね」

 

 

 どちらに向けての同意だろうか。それはめぐみんしか知らないし、今後知ることもないだろう。まぁ、後者と受け取っておこう。

 

 ともかく、シルビアがバニルより強いとは思えないし、こめっこが見てる前でヒデオが負けるなんて醜態を晒すはずがない。

 アイツが負ける、遅れをとるとしたらもっと他の要因、油断するようなことと言えば――

 

 

 …………。

 

 

 まさかアイツ、あの胸に見とれてやられたんじゃないだろうな。

 とは言ってもやられたと決まった訳じゃないし、九割は無事だと確信しているが、ひとつだけ言いたい。

 巨乳好きなのはいいが分別をわきまえて欲しい。確かにでっかいおっぱいは魅力的だが、相手は魔王軍幹部だ。おっぱいに見蕩れている隙なんて逃がさないだろう。いち格闘家として恥ずかしくないのか? サイヤ人の名が泣くぞ。

 

 そんなふうにヒデオを毒突いていると、めぐみんがなにか思いついたようで、再び控えめな声で呟いた。

 

 

「……ヒデオのかめはめ波を受けるためにダクネスが捕まって、なんやかんやあって逃げるに至ったのでは?」

 

「なるほど。無いと断言できないのが辛い所だな」

 

 

 ありえる。充分ありえる。あの変態ならやりかねない。

 わざと捕まるのはダクネスらしくないからわざとでは無いだろう。恐らくそういう願望がある故の油断があったのだろう。それでも充分迷惑を被るが。

 

 ヒデオはいざとなれば仲間ごとでもやる男だということを、バニルの件で学習してしまったのだろう。学習能力のある変態は怖い。

 あの時のヒデオは半ば自暴自棄のような感じだったが、それでも最終的にはやる時はやる男だとダクネスの脳内に植え付けてしまったことに変わりはない。

 

 

「仮にそうだとしても、そもそもなんでシルビアは単身乗り込んで来たんだ? なにか策があるのか? というか目的はなんだ?」

 

「紅魔族がうじゃうじゃ居るこの里に一人で突っ込んでくるわけがないですし、仲間がどこかに居るはずです。目的ですが、恐らく紅魔の里にある対魔術師用の兵器を奪いに来たのでしょう。どこから情報が漏れたかわかりませんが、流石にこれを奪われるとやばいです」

 

「なんでそんなモンを里に置いてるんだよ。壊せよ」

 

 

 生きたまま石化させられたグリフォンといい、他所から勝手に連れてきて勝手に封印された邪神といい、紅魔族にはどうも恐怖心というものがないらしい。

 一族単位で頭がおかしいとは聞いていたが、まさかこれ程とは。

 唯一まともなゆんゆんが不憫すぎる。

 

 

「苦闘の末倒したらしいので、壊すのは勿体無いそうで。そもそも壊そうにも魔法が効かないらしいですし、なにかして目覚めさせるより放置安定かと」

 

「前半はスルーするが、後半は一理あるな。触らぬ神に祟りなしってやつだ。まぁ俺は触ってしまったから今こんなことになってるんだろうけど」

 

 

 誰とは言わないが、俺の周りには触りたくない神様が多い気がする。幸運が非常に高いとはなんだったのか。

 

 

「おい、まるで私達の誰かがその触りたくない神みたいな言い方じゃないか。詳しく聞かせてもらおうか」

 

「言葉の綾だ。忘れろ」

 

 

 なにか思い当たることがあったのかずいと顔を寄せてくるめぐみんだが、全員だとは口が裂けても言うまい。

 

 

「そういうことにしといてあげます。話を戻しますが、ヒデオとダクネス、それと紅魔の皆は今何をしているのでしょうか。シルビアが現れて結構時間が経ったのにまだ来ていないということは、なにかやっているんですかね」

 

 

 空を飛べるし足は普通に速いし瞬間移動なんて技だってある。速攻でこめっこを信頼できる紅魔族に預けて飛んで来るくらい出来るはずだ。紅魔族に関しても、さっきから全然見かけない。

 めぐみん曰く皆先程の騒がしい場所に向かっていたらしいが、騒ぎの中心のシルビアがここにいるというのに来ないのは何かアクシデントがあった可能性が高い。

 

 

「紅魔の皆は多数の魔王軍に足止めされていて、ヒデオはこめっことおしゃべりしてるのでは?」

 

「だといいんだけどな。いや、良くないが。アクアを囮にしての時間稼ぎだってそう長くは続かないし、なんにせよアイツらが来るまでなにかしら策を練る必要があるな。ったく、なにやってんだか」

 

 

 シルビアが現れてからそんなに経っていないが、俺達だけで魔王軍幹部を相手取るのはそう長く続かない。

 話が通じそうなのでトークで繋ぐことも出来そうだが、それでも油断は出来ない。

 

 

「そのアクアは大丈夫なんでしょうか。まだ差は開いてますが、息が上がってきてますよ」

 

「それはシルビアもだ。このまま体力をなるべく使ってもらえるとありがたい。アクアには悪いが、ここでリタイヤしてもらおう」

 

 

 アクアならよっぽどのことがない限り大丈夫だろう。

 知能と運以外のステータスだけはバカみたいに高いし、さっきヒデオの流れ弾を食らってもぶつくさ文句を言いながらピンピンしていた。

 今はいつもの癖で逃げ回っているが、真正面から受けて立っても負けることはないはずだ。

 

 

「回復役がバテていて大丈夫なんですか?」

 

「本来ならあんまり良くないが、さっきも言った通りここは紅魔族がうじゃうじゃ居る。息を整える為の時間稼ぎなんて余裕だろ。あと、アクアに任せるのは単純に俺やめぐみんがでしゃばっても無駄死にするだけだからな。限りある命は大切にしないと………おっと、こっちに来てる。移動するぞ」

 

 

 アクアの進行方向が偶然にも俺達の隠れている場所なので、巻き込まれないようにこそこそとその場から離れ、右方向に移動した。

 潜伏スキルは言わばめちゃくちゃ陰を薄くしてめちゃくちゃ気配を殺しているだけなので、近付かれ過ぎると見つかってしまう可能性がある。

 

 

「カズマさーん! めぐみーん! どこー!? そろそろ助けて欲しいんですけどー!?」

 

 

 まだいける。お前の実力はそんなもんじゃない。お前はまだ本気を出してないだけだ。

 

 そんな感じでアクアのポテンシャルに期待を寄せていると、アクアの戦意が全く無いことに気付いたシルビアが。

 

 

「待ちなさい! この! せめて戦う素振りくらい見せなさいよ! 虚しいじゃない!」

 

「嫌よ! 私は戦闘員じゃないの! こういうのはいつもヒデオに任せてるのよ! そもそも悪魔やアンデッド以外……ん? ちょっと待って。私のくもりなきまなこが、あんたは悪魔っぽいと囁いているわ!」

 

 

 先程まで逃げ回っていたアクアが、何かを感じ取ったのか、逃げるのをやめてシルビアに向き直った。

 それにしても、まなこなのに囁くとはどういう事だろうか。

 なんつーか、目玉の親父みてぇだな。

 

 

「まなこなのに囁くの? ……まぁいいわ。確かにあなたの言うとおり、私は悪魔っぽさが」

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!!」

 

 

 シルビアが自身に悪魔の要素が有ると認めた瞬間、いや、その前から既に、アクアは退魔魔法を放っていた。

 

 全く容赦のない、食い気味な速攻。

 騎士道精神やらスポーツマンシップやら、そんなご大層なものはこの女神にはない。

 あるのはただ一つ。『悪魔絶許』。

 

 

「ぎゃぁあぁっ!」

 

 

 アクアが放った眩い光がシルビアを包んだ。

 曰く、悪魔族には効くが、その他には無害らしい。むしろ光があったかくて心地よい。

 

 それから少しして倒れるように光から出て来たシルビアの全身は、プスプスとところどころが焦げていて、美しかった真っ赤なドレスはボロボロになり、穴だらけになってしまっていた。

 こんな時に不謹慎だが、すごくエロい。

 

 

「ほら! やっぱり効いた! ……けど、完全な悪魔じゃないわね。もし完全体なら跡形もなく消し飛んでたもの。命拾いしたわね!」

 

「はぁっ……はぁっ……。いきなり何すんのよ! 下級悪魔の皮でこしらえたドレスが台無しじゃない!」

 

 

 悪魔以外には全く無害なハズの魔法が何故シルビアを水玉コラみたいにしたのか疑問だったが、なるほど、そういう訳か。

 

 

「プークスクス! 悪魔の皮で作った服なんてただの生ゴミなんですけど! ちゃんと燃えるゴミの日に出しなさいよ?」

 

 

 辞めておけばいいというのに、アクアはここぞとばかりにシルビアを煽る。いつも俺やヒデオを煽るだけ煽って泣かされてるのを忘れたのか?

 

 

「言わせておけば……! いいわ! 捕らえて人質にしようと思ったけど、作戦変更よ! すぐにその余裕ぶった顔を涙でぐちゃぐちゃにしてあげ」

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

「危なっ! ……フフフ、来るとわかってれば避けるのなんて」

 

 

 有無を言わせまいとまたも食い気味に攻撃するアクアだったが、今回は読んでいたのかシルビアはいとも容易く避けた。

 

 が。

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

「危なっ! ちょっと! 最後まで言わせなさ」

 

「『セイクリッド・エクソシズム』! ……もう! なんで避けるのよ! どうせあんまり効いてないみたいだしいいじゃない!」

 

 

 何度か食い気味で魔法を放ったアクアだったか、それを辛うじてだが全て避けられてしまいなんとも理不尽なことを言い始めた。

 

 

「だから最後まで言わせなさいよ! 完全な悪魔じゃないから決定打にはならないけど痛いものは痛いわ!」

 

「それくらい我慢しなさいよ! 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!!」

 

 

 紙一重で避けるシルビアにイラついてきたのか、先程までの魔法の上位版の魔法を放つアクア。

 その光は先程とは比べ物にならない輝きで、容赦なくシルビアを包みこまんとしていた。

 

 

「っ!?」

 

 

 シルビアはその先程までとは全く違う光になにか本能的なところで危機感を覚えたのか、なんとかして避けようと思いっきり横に跳んだ。

 飛び退くのはいい。だが、その方向が問題だった。

 

 

「危ない危ない…………あら。あなた達、こんな所にいたのね」

 

 

 逃げるために移動した場所とシルビアが飛び退いた着地点の座標がほぼ同じになり、シルビアに見つかってしまった。

 

 近寄られ過ぎると潜伏スキルは意味を成さない。

 さらに、一人が認識してしまうと、周りにも伝染する。

 

 

「あー! カズマにめぐみん、そんな所に隠れてたのね! 二人共ひどいじゃない!」

 

 

 ぷんすこ怒るアクアだが、今はこいつに構ってる暇はない。

 目と鼻の先にいるシルビアが獲物を見つけたとばかりにジリジリとにじり寄ってきて――

 

 

「覚悟なさい!」

 

 

 飛びかかってきた!

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 カズマ達がシルビアと未知との遭遇を果たしリアル鬼ごっこを始めた頃。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん、どうしたの? 前みたいにしゅんって飛んでいかないの?」

 

 

 ねりまきに手を繋がれているこめっこが、いつまで経っても動く気配のないヒデオ達にそう訪ねきょとんと可愛らしく首をかしげた。

 そのせいで頭に乗っていたちょむすけが滑り落ちそうになったが、こめっこが空いている手で支えてあげ事なきを得た。

 

 さて。こめっこの言う通り、ヒデオ達は居酒屋前のから移動していない。

 既にシルビアを見失ってから五分以上経っているが、一向に動く気配がない。

 

 

「いや、そうしたいんだが……何度やっても出来ない。不発に終わったとかじゃなくて、スキルが使えなくなってる感覚だ。……アクアか?」

 

 

 確かアクアはスキルを封じるスキルを持っていたはず。そのスキルを使い、俺が瞬間移動で勝手にどこかに行かないようにした。

 そう当たりをつけ、余計なことしやがってとヒデオは内心舌打ちをする。

 

 一見すると濡れ衣のように思えるのだが、存外間違っていない。

 ヒデオの予想通り、アクアが治療中にこっそり『瞬間移動』スキルに『スキルバインド』を掛けたのだ。それも結構な魔力を込めて。

 これにより、少なくとも今日一日ヒデオは瞬間移動を使えない。

 

 アクア本人はよかれと思ってやっている事が完全に裏目に出ることはよくあるが、それにしてもこの縛りはかなりの痛手だ。

 戦術に大きな穴が開いたことだろう。

 それでも、『気功術』そのものを封印するというところまでアクアの頭が回らなかったのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

 

「幸い舞空術は使えるし、他の技もだいたいいける。少し遅れるが、充分間に合うだろ。幸いカズマたちの気は減ってない。今はシルビアに……ん? めぐみんとカズマの気が消えて、アクアだけが追われてる形になったぞ」

 

「どうした? まさか二人がやられたのか?」

 

 

 ヒデオの不穏な呟きに、ダクネスが心配そうな顔で反応した。

 不可抗力とはいえ自分のせいでシルビアを逃がしたようなもの。それが原因で仲間が傷ついたとあっては、たまったものではない。

 しかし、そんなダクネスの不安はヒデオがすぐさま打ち消した。

 

 

「いや、この消え方は潜伏スキルで消えた感じだな。アクアが一人で逃げ回ってるな。大方カズマの仕業だろうけど、アクアがやられるなんてまず無いだろうからまだ時間はありそうだ」

 

「そうか……。それは良か……良いのか?」

 

 

 いくらヒデオのお墨付きとはいえ、流石に仲間が一人で魔王軍幹部から逃げ回っている状況は一概に良いと言えないダクネスの疑問ももっともだ。

 ましてやアクアが女神という事をまだ間に受けていないため、ステータスがかなり高いアホの子くらいにしか思っていないのだ。

 

 

「まだ誰も死んですらいないし死にかけでもない。紅魔の人達は里の外に居る魔王軍と戦いはじめたみたいだし、子供達も一箇所に集まって大人に守られてる。ここまでトントン拍子に進むなんてはじめてだ……うん」

 

「どうした? なにか心配事でもあったのか?」

 

「いや、なんでもないから気にするな。うん。本当になんでもないから」

 

 

 いつもは大概お前らのせいでややこしくなる。そう言おうとしたヒデオだったが、キレられても面倒なので心の奥底にしまっておくことにした。

 

 

「なにか釈然としないが……まぁいい。してヒデオ、すぐに向かうのか?」

 

「んー……。向かってもいいんだが、何か足りない気がする」

 

 

 何かが喉の奥で出そうで出ない。

 まるで、歯に詰まった食べ物のスジがなかなか取れない時のような気分にヒデオは陥っていた。

 取らなくても特に支障はないが、気にはなる。

 

 

「……昼食が足りなかったか? 途中で中断していたものな。ねりまきに頼んでなにか作ってもらうのはどうだ?」

 

「えっ、私ですか!? ……まぁ、家庭料理レベルのものなら作れますが……」

 

 

 突然ダクネスに話を振られ、オロオロとしどろもどろになりかけたがなんとか持ち直し、紅魔族随一の酒屋の娘の矜持を見せた。

 

 

「いや、まだ余裕で食えるけど腹は膨れてるからその線はない。ねりまきちゃんの手料理は、今度機会がある時にこめっこと食べに行くよ」

 

「行きます」

 

「はは……ま、待ってますね」

 

 

 美少女の手料理を食べに行かないという選択肢はない。

 これがもしダクネスやめぐみんやアクアが作るとあれば、逡巡の末遠慮し、なんやかんや紆余曲折を経て、結局食べる。

 

 そんなヒデオの思いを知る由もなく、ダクネスは少し前から疑問に思っていたある事をヒデオに聞いた。

 

 

「……ふと思ったのだが、なぜねりまきだけちゃん付けで呼ぶのだ? ゆんゆんやめぐみんやこめっこ、聞いた話ではあるえという子にも呼び捨てで接しているらしいではないか」

 

「なんだダクネス。ララティーナちゃんって呼んで欲しいのか? 全く、これだからお嬢様は……」

 

「そ、そんなわけがあるか! それとお嬢様もやめろ! いい加減にしないとひどいぞ!」

 

 

 王国の懐刀とも呼ばれるほど大貴族のダスティネス家の一人娘のララティーナ。今のいままでララティーナちゃんと呼ばれた事などほとんど無く、あるとすればカズマのせいで冒険者間に広まった噂により何人かがからかって言ったのみだ。勿論言われ慣れていないし、こういう羞恥は本人の望むものとは違う。

 そんな想いを抱え顔を真っ赤にして猛抗議するダクネスだが、当のヒデオは何処吹く風。

 

 

「はいはいわかったわかった。ねりまきちゃんをちゃん付けで呼んでほかの奴らを呼び捨てで呼ぶ理由? 単純だよ。年がかなり離れてるこめっこはともかく、めぐみんとかあるえは生意気なクソガ………妹みたいな感じするからな。あと、ゆんゆんとめぐみんは言い難い。それに対してねりまきちゃんはなんか友達の妹感があるし、語呂もいい……語呂といえばダクネスはたん付けの方が合いそうだな」

 

 

 そう言ってからふむ、と考え込むヒデオだったが、どうやら当人達、こめっことねりまきはヒデオが宣っているのがなんのことかわかっていないようだ。

 

 

「ねぇこめっこちゃん。ヒデオさんは何を言ってるの?」

 

「わかんない!」

 

「そっかぁ。私もあんまりわかんないや」

 

 

 知能が高い紅魔女子二人ですら理解の及ばない領域の話を、脳筋クルセイダーと揶揄されているダクネスがわかるはずもなく。

 

 

「???」

 

「わからねぇならいいさ。気にする事はないぞララティーナたん」

 

「ぶっ殺!」

 

 

 こっぴどくからかわれ、羞恥と怒りで再び顔を真っ赤にしてヒデオに掴みかかるダクネスだが、ヒデオは全く怯む様子を見せずに両腕を掴みながらまぁまぁと宥めにかかる。

 

 

「落ち着け落ち着け。お前の相手まともにしてたらカズマ達がシルビアにやられちまう。この事は胸にしまっておくから、お前もその巨乳にしまっとけ」

 

「な……! こ、こんな時でもお前はセクハラをしてくるのか……! 悪くな」

 

「はいはいわかったわかった。わかったからめぐみんの家に戻るぞ」

 

 

 最早扱いはこなれたもので、ダクネスには余計なことを言わせまいと遮るヒデオ。

 

 

「待て! まだ話は…………めぐみんの家? そこにシルビア達が居るのか?」

 

「いや、居ねぇけど、そこまで大事でもないけどそこそこな用を思い出した。こめっことねりまきちゃんも着いてきてくれ」

 

 

 憤るダクネスの言葉を難なく受け流し、てきぱきと支度を済ませる。

 

 時間があるといっても限りはある。

 相手は魔王軍幹部。サイヤ人のヒデオでも数々の苦戦を強いられてきた曲者強者の集まりだ。今回も例に漏れないだろう。

 

 用意は周到に、行動は迅速に。

 

 そんな考えを抱きながら、ヒデオ達はめぐみんの家に向かった。

 

 

「え、ちょ、なんで!? なんで!? なんで飛べるんです………きゃあああ!」

 

「あははー! はやーい!」

 

「ふむ、荷物のように吊るされるというのも悪くない……」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 俺と関わりのある全ての皆様へ。

 

 

「カズマ……! 私のせいです……! 私を庇って突き飛ばしたから……!」

 

「カズマ! 諦めちゃダメよ! 今すぐ私達が助けてあげるからね!」

 

 

 世間からの風当たりが強い日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

 俺の方をは一癖も二癖もある仲間達に揉まれ、いっそ堕ちてしまえば楽なのではと思う次第であります。

 

 

「……二人共、ありがとう。けどもういいんだ。俺はここまでみたいだ。……ダクネスとヒデオ、それとアクセルのみんなによろしくな」

 

「ダメよカズマ! あんた、私と一緒に魔王を倒すって約束したじゃない! いつもはくだらない嘘ばっかりつくけど、こういうのだけは嘘をつかないんじゃなかったの!?」

 

「そうですよカズマ! あなたはパーティーのリーダーなんですよ!? そんな事言ってたら、ヒデオがマジギレしますよ!? それでもいいんですか!? 少し前にアクアと一緒にヒデオをからかったらマジギレされてトラウマを植え付けられたのを忘れたんですか!」

 

 

 さて、自分で言うのもなんですが俺は数々の修羅場を曲がりなりにも乗り越えてきました。

 

 

「ねぇカズマ! 私はもうブチ切れたヒデオなんて見たくないの! 怒られてるのがカズマでも、あんな怖いヒデオ二度と見たくないの! 今だってたまに夢に出てくるの! だから、ねぇったら!」

 

 

 時に臓器を売っても足りないレベルの借金を背負わされ。

 

 

「カズマ! 私、まだあなたに言ってないことがあるんです! とても大切な事です!」

 

 

 時にイタズラした城に居座っていた魔王軍幹部がブチ切れて街に襲撃してきたり。

 

 ですが、神様は俺の頑張りを見ていてくれたみたいです。

 

 

「いいんだ。もういいんだよ二人共。今更ヒデオがブチ切れようが、めぐみんの秘密を知れなくてもいいんだ」

 

 

 神様、エリス様。……あと一応アクア。ありがとうございます。

 

 俺は今――

 

 

「そんな事言ってないで早くその女から離れなさいカズマ! 悪魔臭いのがうつるわよ!」

 

「早くどいてくださいカズマ! 撃つものも撃てないじゃないですか!」

 

 

 俺は今、桃源郷(エデン)に居ます。

 

 

「ボウヤ、随分と大人しいのね。聞き分けがいいコは好きよ?」

 

 

 そういい胸に挟んだ俺の頭をナデナデしてくれるシルビア。

 

 淫夢(ゆめ)でも見た乳枕。

 

 

 俺の理想郷はここにあった。

 

 




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第五十一話

少し中途半端になりましたが! どうぞ!





単発でイシュタル様当たりました(小声)


 カズマ達の無事を信じ、皆の装備を取りにめぐみん宅へ戻ってきた。

 狭い家が幸いして、どこに何があるのかに悩む必要はなく、あっという間に準備が整ったのだが。

 

 

「……カズマとめぐみんの気がシルビアのそばに現れてからずっとカズマとシルビアがくっついて離れねぇ。拘束されてんのか?」

 

 

 すぐには向かわないということで逐一気にしてはいたが、アクアが足を止めてから少しして、何故かカズマ達がシルビアのすぐ側に現れた。

 いや、シルビアが移動した所にカズマ達が居た。こう述べた方が正しいだろう。

 詳しい事は実際に見てないのでわからないが、カズマが自分から潜伏スキルを解除するなんてほぼ無い。

 たまたま運悪く遭遇してしまって、見つかってからは無駄だから解除した感じか?

 よくわからないが、のんびりしている時間はなくなった。

 

 毎回なんらかの騒動に巻き込まれているせいか、本当にカズマは幸運値が高いのか疑問になっている。

 じゃんけんに極振りされてんじゃないのか?

 カズマの不憫さを可哀想に思っていると、自分達が寝ていた場所に行っていたダクネスが戻って来た。

 

 

「めぐみんはどうしたんだ?」

 

 

 どうやら俺の独り言を聞いていたみたいで、めぐみんの安否について聞いてきた。

 

 

「無事だ。カズマはめぐみんを庇って捕まったみたいだな。なんにせよ、アクアの囮が無くなった以上、そろそろ行かないとな。ダクネス、準備は済んだか?」

 

 

 準備といってもダクネスの場合、昼食を食べに出掛けた時点で鎧を纏っていたので大剣を持ち出してくるだけで済んだみたいだ。

 どうせこの大剣もほとんど使わないんだろうけど。いい加減当たらない剣は辞めて盾持って壁に専念してくれよこいつ。

 そんな感じの結構マジな願いなど知らず、ダクネスはホッとため息をつく。

 

 

「そうか……。めぐみんは無事なのか。それだけでも少し安心した。準備はもちろん万端だ。お前こそ済んだのか?」

 

「あぁ。重い服から着替えてきたし、皆の装備も持った。ストレッチとウォームアップも済ませた。後は飛んでくだけだ」

 

 

 技を勝手にスキル封印していても、アクアはアークプリーストの名に恥じない身体メンテナンスを施してくれていた。

 今までにないくらい身体の調子が良い。

 無理をするのは少しだけという制限はあるが、紅魔族も居るし今のシルビア相手なら充分戦えるだろう。

 

 

「急にめぐみんの家に戻ると言い出した時はとち狂ったかとも思ったが、皆の装備品を取りに来るとはな。お前はてっきり一人でシルビアと戦いたがるものかと思ったぞ」

 

「やらかした時に失うのが俺の命だけじゃないからな。それに、相手は魔王軍幹部だ。何事も万全を期すべきだ」

 

 

 思えば今までの幹部戦はまともに準備なんてしたことがないように思える。

 ベルディアはいきなり来たし、バニルは気付くのに遅れて慌てて向かった。ハンスに至っては情報不足で戦いにすらならなかった。

 

 

「その割に変装していたシルビアを見破った時は一人で突っ走っていたではないか」

 

「べきって言ってんだろ。それに万全って言ってもフル装備ガチガチで固めることじゃない。その時点における最高の準備の事なんだよ。あの時は周りに紅魔族がいっぱい居た。俺がしくじっても次があったからな」

 

 

 思い返せば今までの幹部戦は唐突にやってきたのでその場しのぎで何とかやりくりして戦うしかなかったが、今回はむしろこちらから戦いに来ている。

 相手がいる事を知っているのに準備をしないのは余程のバカか平和ボケした連中だろう。

 

 

「なるほど……いつも欲望のまま考え無しに突っ込んでいた訳では無いのだな」

 

「まぁいつもは考え無しに突っ込んでるんだけどな」

 

「!?」

 

 

 俺が考えなくてもカズマが考えていてくれるし、困ったらめぐみんの爆裂魔法でいい。最悪俺やカズマが死んでも、アクアのリザレクションとエリス様の尽力で生き返れるだろう。

 

 

「そんな事よりも、だ。シルビアは何の種族だ? 悪魔とかアンデッド特有のジメジメした気はほぼ感じなかったし、スライムと違って普通に触れたし、何より骨格レベルで顔が変わってたぞ。そんな種族が居んのか?」

 

 

 今更どんなイカレ種族が来ても驚いたりしないが、スライムの様に食った相手に擬態出来るわけでもなさそうなのに、店に来た時のシルビアの顔は別人だった。それが戦闘に直結する訳でもないだろうが、気にはなる。

 

 

「変装が上手な種族か……。バニルのような悪魔なら全くの別人のような見た目になれるが、シルビアは悪魔ではないのだろう? ただ骨格を別人レベルまで動かすことの出来る特技を持っているだけではないのか? そんな特技は聞いたこともないが」

 

「スケルトンとかにならその特技持ってる奴いそうだけど、シルビアはアンデッドでもないからなぁ。……というか、気がおかしい。なんつーか、色々なモンを合わせて多い被せたみたいな……。気の感知がイカれたのか?」

 

 

 アクアに治してもらったし他の人の気は普通に感じるので大丈夫だとは思うし、気持ち悪くても感じ取れさえすれば戦える。

 変装のギミックやシルビアの正体についても気になるが、特にこれといった対策が必要というわけでもないだろう。

 そう思い直し、特に気にすることも無いだろうとそれ以上考えるのをやめたが、ダクネスはまだ納得がいかないようで、はてと首をかしげて尋ねてきた。

 

 

「珍しい事なのか? その、気が一人から複数感じるというのは」

 

「珍しいっつーか、俺が知る限りでは初めてだ。今までも大きい気の近くの小さい気は感じにくいとかはあったけど、どんな個体でも気は一種類だけだ。例外として種族や血縁が近い場合に、例えば子どもの気の中に親の気が感じられたりはするが、それは気が自然に溶けあっていたし、そもそも親子なんだから似るのは当たり前だ。その点シルビアの気は全く違う性質の気が無理やり混ざってる感じがするんだよ」

 

 

『ドラゴンボール』の世界では、セルや魔人ブウが細胞や人などを吸収してその性質を得ていた。

 シルビアもその類なのかもしれない。

 

 

「なぁダクネス。他の生物を吸収してその特性を引き継いだり出来るモンスターとかっているのか?」

 

「生憎ながらモンスターにはあまり詳しくなくてな。お前の言う吸収するという条件には当てはまらないが、キメラなどは複数の生物を混合して造られているが、それは違うのか?」

 

 

 力及ばずといった感じで申し訳なさそうに言ってくるダクネスだが、これはかなりいいヒントかもしれない。

 確かにキメラと言えばたくさんの猛獣を組み合わせて造られているし、特性だって引き継いでいるから気も複数感じるかもしれない。

 

 だが……。

 

 

「キメラってなんか大型の四足獣に鳥類の翼や毒蛇とかで構成されてるイメージがあるんだよ。シルビアは見た目普通の人間だしなぁ……」

 

 

 この世界ではマンティコアがだいたいそんな感じの見た目らしいが、マンティコアもキメラの一つになるのだろうか。

 

 そもそも、一括りにキメラといっても色々ある。

『錬金術師的な人がなんやかんやして人為的に造った』『異種族と交配しているうちに出来た』『テレポートの転送事故で偶発的に出来た』などと色々あるが、シルビアがこれに当てはまるかと言われれば微妙だ。

 ラミアやケンタウロスなどは人間と何かが見た目にわかりやすく表れているが、シルビアは見た感じ普通の人間だ。

 

 

「……つって、悩んでもなにも変わんねぇしな。答えがわかったところでどうということはないしな。よしダクネス、そろそろ行くぞ」

 

「……ん、もういいのか? シルビアの正体はまだわかってなさそうだが……」

 

「正体は気になるけど、それが戦闘に直結するわけでもなさそうだからな。そんな事より早くアイツらの所に行かねーと怒るだろ」

 

 

 カズマが拘束されてそんなに経っていないが、いつ事が起きるかはわからない。

 考察もこの辺にしてそろそろ行くべきだろう。

 

 

「それもそうだな。して、こめっことねりまきは置いていくのだろう?」

 

「あぁ、そのつもりだ。危険な目には遭わせたくないからな。ねりまきちゃん居るし、残党が来てもまぁ大丈夫だろ……おーい! こめっこー、ねりまきちゃーん! 俺達もう行くから、気を付けてな! 何かあったら大人に護って貰ってくれ!」

 

 

 台所の方に居るこめっことねりまきちゃんにそう告げ、玄関から意気揚々と出て行こうとしたのだが。

 

 

「ヒデオ兄ちゃんまってー!」

 

「待つ」

 

 

 こめっこに呼び止められ、少し浮いていた足を再び地面に降ろす。

 カズマ達が待ってる? 馬鹿野郎、今更急いだところで変わんねぇよ。

 

 振り返ると、ねりまきちゃんの手を引いてこちらにやって来るこめっこが視界に入った。めちゃくちゃ可愛い。

 

 

「どうしたんだこめっこ。私達はこれから危ないところに……」

 

 

 やって来たこめっこにダクネスが屈んで優しく言い聞かせようとするが、こめっこはそれを遮るように。

 

 

「うん知ってる! いっしょにつれてって!」

 

 

 と、満面の笑みでお願いしてきた。

 

 

「えぇっ!? 危ないよこめっこちゃん! ここはヒデオさんが言ってた通り私と家で待って居た方が……」

 

 

 こめっこの唐突なお願いに、何も知らず着れて来られていたらしいねりまきちゃんが驚いた。無理もない。俺だって内心驚いてる。

 

 俺達と同じくダクネスも面食らっていたが、いち早く我を取り戻し、またも優しい口調で。

 

 

「こめっこ、ねりまきの言う通り、ここは大人しく家に居るんだ。そうすれば危ない目にはあわないはずだ。万一あっても、ねりまきが何とかしてくれる」

 

「そうだよこめっこちゃん。少し頼りないかもしれないけど、私だって学校で4番くらいの成績だったんだよ! 魔王軍の一人や二人、なんてことないよ!」

 

 

 とんでもない事を口走ったこめっこをなんとか説得しようとする二人だが、当のこめっこは何処吹く風。真っ直ぐ俺の方を見ている。

 可愛いなぁと思いながらこめっこを眺めていると、その奥からはのそのそとちょむすけがやって来た。

 子どもの口くらいの大きさの歯形がついてるのが見て取れ、こめっこに噛まれたことが一発でわかった。

 

 今日のグルーミングは念入りにしてやろう。そう思いこめっこを見ていると、やがてこめっこが口を開いた。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん達の近くが一番安全だとおもいます」

 

 

 なるほど。こめっこはこめっこでちゃんと考えていたみたいだ。

 とはいえ、心理的に家でこもりたい筈なのにそうしないとは、将来大物になりそうだ。

 

 

「……一理あるな。よし、じゃあ皆で行くか!」

 

 

 こんな小さい子にここまで信頼されては無碍にも出来ないし、実際理にかなっている。

 手の届く範囲に居ればかなり守りやすいし、ハラハラ心配せずとも済む。流れ弾などの危険は伴うが、そこも誰かを盾にすれば解決する。

 しかし、やはり納得がいかないダクネスは、矛先を俺に向けてきた。

 

 

「!? ま、待てヒデオ! いくら一理あるとは言っても、お前は最前線に出るのだろう!? 咄嗟に守れないではないか! ここは少し不安でも家に残すべきだ!」

 

 

 ダクネスの言うことも最もだ。

 だが、ここで引き下がっては男が廃る……わけでもないが引き下がるわけにはいかない。

 

 

「あぁ、確かにそうかもな。だからそこでお前の出番だ。俺が今まで会った中でお前は最硬のクルセイダーだ。こめっこを頼むぞ?」

 

 

 かつて無いほどのキリッとした顔で真っ直ぐダクネスを見つめながらハッキリと言い放つ。

 攻撃面やら性癖やらで最高とは言い難いが、最硬なのは間違いない。嘘は言ってない。

 

 

「最高……! い、いや惑わされるなララティーナ。この男の事だ。根も葉もない事を言っているに決まっている! ……わ、悪くは無いが……」

 

 

 流石にこれだけじゃ無理か。

 チョロいからいけると思ったが、流石に耐性が付いてきたみたいだ。

 だが、もう一押しと言ったところか?

 

 

「根も葉もあるぞ。よく考えてみろダクネス。俺が今まで誰かの評価で嘘をついたことがあったか? カスと思ったらカスって言うし、良いと思ったら良いって言う。お前だけじゃなくめぐみんにだってアクアにだってカズマにだって、きっちり良いところは褒めて悪い所はバカにしてきただろうが。お前らは直接言うと調子乗るからあんまり言わないが、俺はお前らのことをかなり信頼してるんだぞ?」

 

「ぐ、ぬぬ……! 確かに思い当たる節はある……! だが……!」

 

 

 まだ食い下がるか。ならば……!

 

 

「俺が安心して背中を任せられるのはお前しか居ないんだ。こと倒れないという点ではお前は俺より強いからな。だから……頼む。俺の背中と、こめっこを守ってくれ」

 

「ぐ……! そんな真面目な顔で言われては断るものも断れないではないか……! ずるいぞ……!」

 

 

 フッ、堕ちたな。

 

 

「よし! じゃあ頑固なダクネスの了承も得たところだし、行くか!」

 

「最高のクルセイダー……。悪くない!」

 

 

 こうして頭も硬いダクネスを説き伏せた俺は、ねりまきちゃんも難なく懐柔し、いつもとは少し違う四人と一匹のパーティーで、カズマ達の元へ飛んで行った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 最後にヒデオが怒ったのはいつだったか。

 

 確かバニルと戦った少し後くらいだったか?

 まぁ何にせよ、俺とアクアはほんの出来心からヒデオにイタズラをした。

 イタズラと言っても、眠っているヒデオをアクアと二人でギルドまで運び、尻尾に可愛らしいリボンを付けたり猫耳つけたり顔に落書きしてギルドに放置するというかわいいものだ。

 

 反応を見るためにこっそりギルドの隅でヒデオを見守っていると、暫くしてヒデオが起きた。

 キョロキョロと辺りを見回し首をかしげているところから、何故自分がギルドに居るかわかっていないようだ。そりゃそうだ。

 

 起きてから暫く周りの笑いをこらえている視線にも気付かないヒデオだったが、やがて来たダストに大爆笑され、周りの視線にも気付き始めた。

 そこからは少し怖くなったので、見るのをやめてアクアと共に屋敷に帰ってきた。ダストは死んだ(多分)。

 

 そして、今は屋敷の玄関が見える位置で潜伏スキルを使ってアクアと共に隠れている。

 潜伏スキルがヒデオに通じるかわからないが、何もしないよりはマシだ。

 

 そうこうしているうちに、ダクネスが筋トレを終えたらしく、広間にやって来た。

 協力してもらうおうか考えていると、激しい怒りの感情が敵感知に引っかかり、慌てて隠れ、息を潜める。

 

 ヒデオがギルドから帰ってきた。

 

 

「ヒデオか、おかえ……む? 髪と尻尾を逆立ててどうしたのだ? え? カズマとアクア? さぁ、私はずっと一人で筋トレをしていたから、見てはいないが……。それよりも聞いてくれ。一人で筋トレというのもなかなかオツなものだったぞ。誰かに命令されているという設定で、その誰かは私を放置してどこかに行ってしまったが、いつ帰ってくるかわからないから筋トレを続けるしかない。あの縛られている感じ、たまらなかっ……おい、どこへ行く! イライラしているなら是非私に……!」

 

「気は屋敷で途絶えたから、潜伏スキルを使って家のどこかに隠れてるんだな。ちっ、味方にいるとあんまり恩恵を受けた気がしないが敵に回るとかなり厄介だなカズマめ……」

 

 

 これは褒められていると取っておこう。

 というか、潜伏スキル通じてよかった……。

 

 

「む、無視……! 最近私の扱いが板についてきたなヒデオ……! この調子だぞ!」

 

 

 バニルとの一件以来、ダクネスはヒデオに己の欲望を押し付けるようになった。ヒデオもヒデオで扱いを更に雑にするようになった。結果、ダクネスが悦びヒデオが辟易するという負の関係が出来上がった。

 うん、前と変わってないなこれ。

 

 

「おいお前ら! 屋敷にいるのはわかってる! 大人しくどっちかを差し出せば、どっちかは見逃してやることを考えなくも無い!」

 

 

 鬼はそう告げると、ツカツカ音を立ててどこかに遠ざかっていった。

 

 ……死のかくれんぼが始まってしまった。ひとりかくれんぼより怖いぞこれ。

 

 

(おいアクア、絶対に出て行くなよ? 出て行った瞬間二人共死ぬ事になるぞ)

 

 

 ヒデオの事だ。『一人は見逃すと言ったな? あれは嘘だ』くらい平気でやるだろう。

 

 

(わかってるわよ! カズマこそ、裏切ったりしないでよね!)

 

(当たり前だ。俺達は一蓮托生、運命共同体だ。絶対に裏切ったりしない)

 

 

 コイツにはいざという時に囮になってもらうんだ。そう易々と逃がすか。

 

 

(そうよね! ……それにしても、なんでヒデオはあんなに怒ってるのかしら。やっぱり、カズマが額に肉って書いたのがいけなかったんじゃ……)

 

(んなわけねーだろ。お前が鼻の頭を黒く塗って頬に3本ヒゲつけたのが原因だよ)

 

 

 互いに責任を擦り付けあっているが、ヒデオからすればそんなのは最早どうでもいい事だった。

 この時の俺達はそんな事も知らず、お互いにどうやって隣に居るヤツを蹴落とそうかと考えていた。

 

 

「お、戻って来たか。では話の続きを……む? それはアクアが大事に取っていた高級酒ではないか。それと、その紙の束はなんだ?」

 

「じきわかる」

 

 

 ……何する気だこいつ。

 

 

「アクアに告ぐ! 出てこなければ、お前が大事に取っておいた高級酒を――」

 

「あんた何するつもりよ! やめなさい! そのお酒は私が大事に大事にとっといた秘蔵っ子なのよ!」

 

「……ようアクア。覚悟は出来たか?」

 

「あ」

 

 

 なんて恐ろしい手を使うんだ……!

 

 

「おいカズマ。早く出て来い。アクアが急に現れたから場所の目星はついてるが、お前の事だ。既にどこかに移動してるんだろう」

 

 

 一体何を脅しに使う気だ? 俺はアクアみたいに高級酒を大事に取ってたりしない。一体何で脅してくる気だ?

 ………紙の束ってダクネスは言ってたな。普通に考えてこれが俺に対する脅迫材料だろう。という事は俺の持ち物。俺の持ち物で紙の束と言えば。

 

 ……まさか。

 

 

「察しのいいお前ならとうに気付いてるだろ! これはお前が開発した商品の権利書やら特許証やらだ! 俺はこれを――」

 

 

 やっぱりか。やることが非道にも程がある。大方燃やし尽くすとかその辺だろう。

 だが、甘かったなヒデオ。こういう時のために頑丈な隠し金庫と、アクセルの貸金庫屋にそれらと同じものを預けてある。一セット燃やされようが痛くも痒くもない。

 

 さて。まんまとアクアが囮になってくれたことだし、ほとぼりが冷めるまで宿屋にでも――

 

 

「バニルに格安で売り付けてくる」

 

「なんてことをしやがんだこの悪魔め!」

 

「よう」

 

「あっ」

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

「何でこんなことをしたのかは聞かん。お前らの事だ。大した理由もないんだろう。どっちが発端かなんてのもどうでもいい。顔に落書きまでなら俺もこんなに怒ってない。だがな……」

 

 

 淡々と罪状を述べるヒデオの前で、黙って正座をしている俺達。

 下を向いているせいでヒデオの表情は見えないが、段々と足がプルプル震えだし、心無しか床も揺れてきた。やべぇ、かなり怒ってる。

 

 

「猫耳とリボンを接着剤で着けんのはやり過ぎだろうが!! 禿げるかと思ったわ!! 飛んで帰ってくる時も街の人に笑われたし、剥がしてもらうためにウィズのとこ行ったらバニルが『美味である!』とか言ってきやがった!! 俺だってこんな事でキレたくないんだよ!! こんなしょーもない怒りで超サイヤ人に覚醒なんてしたくねぇんだよ!!」

 

 

 顔を少し上げてヒデオの顔をチラ見すると、怒っているのと泣きそうなのとが混ざった複雑な顔で俺達を睨んでいる。

 サイヤ人の特性から怒りによって増えた気が、目に見えて溢れていた。ヒデオ自身は意識していないだろうが、今のヒデオは気を解放している状態だ。

 気を解放すると大体の能力が向上すると聞いたが、まさか気迫まで大きくなるとは。

 

 アクアはこんなすごい剣幕のヒデオは初めてなのか、一言一言にビクビクしながら泣きそうになっていた。

 かくいう俺も、若干ビビっている。普通に怖いし、髪の毛なんてまさに怒髪天を貫くだ。

 このままもっと怒らせたら本当に超サイヤ人になるんじゃないか? まぁ怖いからしないけど。

 

 

「ま、まぁヒデオ。落ち着け。この二人も悪気があって……悪気はあるな。と、ともかく、その、スーパーサイヤ人? だったか? それがどんなものなのかは知らないが、覚醒という言葉からまだそれに至ってないのだろう? どんな理由であれ、出来るようになるならそれに越したことはないんじゃないか?」

 

  「わかってませんねダクネスは! こういうのはロマンを求めてナンボでしょう! ですよね! ヒデオ!」

 

「わかってるじゃねえかめぐみん。流石だな。それに比べてララティーナと来たら……」

 

「!?」

 

 

 ヒデオの言うこともわかるし、ダクネスの言う事だってわかる。

 戦力面としてはスグにでも超サイヤ人になってくれればかなり楽が出来るだろう。

 その覚醒は劇的な場面がイイ! って主張するヒデオとめぐみんのロマン感も凄くわかる。

 こんな状況じゃ無ければ熱く語り合っていた事だろう。

 ダクネスにため息をついて小馬鹿にしていたヒデオだったが、やがてこちらに向き直り。

 

 

「さて、ダクネスの世間知らずは置いといて。お前らの処遇についてだが、トラウマを植え付けてやる事に決めた」

 

 

 真顔でなんてことを言ってくるんだ。

 

 

「トラウマ……カエル? カエルは嫌! 嫌あぁー!!」

 

 

 以前のお仕置きを思い出したのか、頭を抱えてガクガクと震えだすアクア。

 まだ治ってなかったんだな……。

 

 

「安心しろアクア。今回はモンスターとは出会わない。………エリス様には会えるかもな」

 

「おい今なんて……おい、降ろせ! 何する気だ!」

 

「まぁすぐにわかる」

 

「エリス様に会えるかもとか死あるのみじゃねぇか! 離せ、離せ!」

 

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 ……上空何メートルまで来ただろうか。

 

 試しに千里眼スキルで下を見ても、辛うじて庭に立っているダクネスとめぐみんらしき人影が見えるだけだ。

 俺とアクアはヒデオの肩にガッシリと担がれているが、あまりの恐怖に震えまくっていた。

 

 

「……ヒデオ。はるか上空に来たのは良いが、どうする気だ?」

 

 

 流石に幾らこいつでも、人をこの高さから落としたりはしない筈だ。

 そう期待を込めて、命綱となっている元凶に話し掛けると。

 

 

「どうもしねぇよ。俺はな」

 

 

 とっても不安になる返答が来ました。

 

 

「……随分と含みのある言い方だな」

 

「含ませたからな。じゃあ、そろそろ逝くか二人共」

 

 

 漏らすなよ。ヒデオは最後にそう付け加えると―――

 

 

 

 

 何処かに消えていった。

 

 

「は?」

 

 

 支えを失った俺達は容赦なく地球の重力にに引かれ、物理法則に従って落ちて行く。

 

 結果。

 

 

「ああぁあああぁ!!! 死ぬ! これは流石に死ぬぅぅうう!!」

 

「嫌ああぁぁああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 

 

 

 

 その後、生存を諦めたあたりでヒデオが助けに来た。

 

 

 

「ひぐっ……えぐっ……うぅうう……」(何故かジャージに着替えた)

 

「じ、地面……地面だ……あ、あぁ……」(ギリギリ漏らしてない)

 

「……わり、流石にやりすぎた」(何故か身体が濡れている)

 

 

 復讐は何も生まない。今回の一件で、それがわかった。

 

 

 ――――――――――――

 

 

 

 ………どうしよう、怒らせたらやばいかもしれん。今度は本当に殺されそうだ。

 

 

「どうしようめぐみん! 今になって怖くなってきた!」

 

「そうでしょうね! すごく顔が青ざめていますよ!」

 

「謝るなら私も一緒に謝ってあげるから! ほら、はやくカズマさんを解放しなさいよ! こちとら命がかかってるのよ!」

 

 

 人質にされている時点で俺の命がかかっているんだが。

 

 というか、よく考えたら変な事を言わなければいいだけなんじゃないか? 幾らヒデオでも人質に理不尽にキレたりしないだろう。

 助けられてここから逃れるのは惜しいが、そこはまぁ例の店で素敵な夢を見せてもらう事にしよう。

 

 

「私としては全く状況が飲み込めていないのだけれど……と、とりあえずこのボウヤは人質なのよ。せっかく紅魔のお嬢ちゃんを庇った隙に捕まえたんだし、そう簡単に渡すわけにはいかないわ。欲を言えば紅魔族を捉えたかったけど、収穫ゼロではないからよしとするわ」

 

「だ、そうだ。くれぐれも言動に気を付けろよお前ら。いつシルビアさんの逆鱗に触れて、俺が死ぬかもわからんからな。ヒデオに関しては、余計な事を言わなければ問題ない」

 

「……なんというか、急に冷静になりましたね」

 

「アクアの言う通り命がかかってるからな。それに、いくら死なないとはいえ上空数百メートルから自由落下なんか二度としたくない」

 

 

 トラウマを思い出してからはおっぱいの感触を楽しめる気分ではなくなったし、死の恐怖を思い出せば冷静にもなる。

 

 

「……物わかりが良いのね。後半については詳しくは聞かないことにするわ。……で、お嬢ちゃん達、このボウヤが大事なら邪魔しちゃダメよ? あ、でも安心して? 命までは取らないから」

 

 

 俺の頭を撫でながら、安心させるように言い聞かせてくるシルビア。

 またも揺らぎそうになっていると。

 

 

「おーい、カズマー。無事……どんな状況だこれ」

 

 

 どこからか、ヒデオの声が聞こえてきた。

 

 

「!! 一体どこから……!?」

 

 

 キョロキョロと辺りを見回しても、シルビアはヒデオの姿を見つけられない。

 

 こういう場合は……。

 

 

「上か!」

 

 

 俺の声に皆がバッと上を向く。

 そこには。

 

 

「よう、無事か?」

 

 

 いつものムカつくニヤケ面で、いつもと変わらない様子のヒデオが―――

 

 

(両脇にダクネスと見知らぬ女の子)(肩にこめっこ)(頭にちょむすけ)(背中に装備とリュック)(特典で差をつけろ)

 

 

 ………。

 

 

「……それどういう状況?」

 

 

 

 




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第五十二話

お待たせしました!


「……ねぇダクネス、ヒデオは一体どうしたのかしら。いつもなら、今のカズマの状況に嫉妬して血涙を流して悔しがるはずなのに」

 

 

 増援が来たことで安心したらしいアクアは、こめっこを背中に庇うようにして仁王立ちしてくれているダクネスに語りかけた。

 どうやら俺に聞こえないようにしているみたいだが、このとおりバッチリ聞こえている。

 ちなみにめぐみんはダクネスの後ろでこめっこにお説教をしているが、当のこめっこは何処吹く風だ。かわいい。

 

 二人は会話が俺に聞こえてるとも知らず、好き放題言い始めた。

 

 

「なんでも、シルビアには性的な興奮を覚えないとか言っていたぞ。見境がないと思っていたが、案外分別があったんだな」

 

「もしかして、頭を打って正気じゃ無くなってるんじゃ……。強めの回復魔法かけてあげた方がいいかしら?」

 

 

 声音から真面目に心配してくれているのがわかるが、生憎ながら俺は平常だ。そしてこの会話は聞こえている。アクアは後で泣かす。

 

 

「いや、仮にそうだとしても別段治す必要もないんじゃないか? 治してもメリットはないように思える」

 

「それもそうね」

 

 

 よし、ララティーナも泣かそう。

 

 

 さて、そんな事はさておき。

 カズマというあまり人質として役に立ちそうにない人質を取られている。

 人質が居る以上行動は制限されてくるが、それでも出来ることはいくつかある。

 

 その1 シルビアの要求を大人しく呑む。

 いくらリザレクションで生き返るとはいえ、死なないには越したことがない。

 幸いシルビアはカズマを気に入っていて、後々の安全面も考えて用済みになって殺される可能性も低い。

 しかし、要求がとんでもないものだったら取り返しがつかなくなるかもしれない。無し。

 

 その2 紅魔族が来るまで粘る。

 いくら魔王軍幹部と言えど、大人数の紅魔族に囲まれてはどうしようも出来ないだろう。

 だが、やけを起こされてカズマが死ぬ可能性もある。これも無し。

 

 その3 人質交換。

 カズマの代わりに俺が人質に立候補し、カズマを解放してもらう。そして俺はロープで縛られるが、持ち前のステータスで難なく脱出する。理論上完璧な作戦に思えるが、そもそもこんな怪しい策に応じてくれる筈がない。

 これも無し。

 

 その4 いっそカズマを見捨てる。

 おおカズマよ。捕まってしまうとは情けない。罰として、一旦死んで貰おう。

 かなり効率のいい作戦だが、倫理的にアウト。

 これも無し。

 

 

 ……なるほどなるほど。よくわかった。カズマが手遅れだということが。

 

 

「万策尽きた。つーかなんで捕まってんのアイツ。全く、肝心なところで役に立たねぇなぁ」

 

「おいヒデオ。普通に聞こえてるからな。それにお前も人の事言えんぞ。いつも肝心なところでヘマしやがって」

 

 

 カズマがそう言い返してきたが、反論しようにも図星すぎて何も言えない。

 

 雑魚には完勝してるのに、ボスクラスになると今のところ5戦4敗、いや、ウィズの不戦敗を含めると6戦5敗になるか。バニルから勝ち取った勝利も、バニルの『人は殺さない』縛りと、ダクネスに憑依していたおかげだ。

 ということは実質全敗か? 流石にやばいな。

 

 自分の強さが実はそこまででないことに俺が焦燥していることも知らず、シルビアは呑気に。

 

 

「敵の私が言うのもなんだけど、あなた達、緊張感無いわね……」

 

 

 そう呟いた。

 バニルの時もダクネスが人質に取られたみたいなもんだったし、今更このくらいで動じろという方が無理がある。

 

 それはそれとして、カズマは今の状況をどう思っているのか。

 

 

「なぁカズマ、死にたくは無いだろ?」

 

「そんなん当たり前だろ。何言ってんだ頭大丈夫か?」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

「おっと、数秒前の自分の発言を思い出してみやがれ」

 

「はぁ? 何言ってんだ。お前が死にたくないことと、俺がお前を殺した……殺そうとする事は別だろ」

 

 

 全く、これだからカズマは。

 味方には攻撃してはいけないなんて暗黙の了解なんて、俺がぶっ壊してやる。

 

 

「お前今殺したいって言ったろ」

 

「言ってない」

 

 

 仲間を殺したいなんてあるわけないじゃないか。ただ時折殺意が湧くだけだ。

 

 ひとまず、カズマの生死は置いておいて、シルビアの要求を聞くべく、今度はシルビアの方に目を向ける。

 

 

「……さて、シルビア。今更だがお前の要求はなんだ」

 

「そうね。ひとまずは身の安全。そして、紅魔の里のどこかにあるという対魔術師用の兵器の奪取。あと、これもどこかにあるらしい、『世界を滅ぼしかねない兵器』も出来れば欲しいわね」

 

 

 なるほど、全くわからん。

 

 そもそもなんでそんな物騒なもんがこんな辺鄙な里に……いや、ここは紅魔の里だった。アクセルの住人に頭のおかしい子と言わしめるめぐみんが育った里だった。

 聞くところによると生きたグリフォンをそのまま石化魔法で石像にしたらしいし、魔王軍の拠点ですら観光地にしようとする豪快な一族だ。

 危なっかしい兵器の一つや二つあったっておかしくないし、なんかカッコイイ! って理由で里に置いていても不思議ではない。

 

 

「……だそうだ。めぐみんとねりまきちゃんは何か知ってるか?」

 

 

 ひとまず知らないことを祈りながらめぐみんとねりまきちゃんに尋ねるが、十中八九知っているだろう。

 

 マズイぞ。これはマズイ。シルビアの話が本当だとすると、カズマの命を見捨てる必要が出てくる。

 対魔術師用の兵器とやらは魔法使い以外で何とかできそうだが、『世界を滅ぼしかねない兵器』とやらは名前からしてやばそうだ。デストロイヤーみたいなもんか?

 

 

「当然知っていますが……。『世界を滅ぼしかねない兵器』の事も知っていたとは意外ですね。あれは私達ですらどこにあるのか知らないというのに」

 

「そうなの? ならいいわ。とりあえず、対魔術師用の兵器を明け渡してもらえるかしら。あなた達紅魔族ならあの封印を解くことが出来るでしょう?」

 

 

 なるほど。危なかっしい方の兵器は行方不明で、対魔術師用の兵器は場所が割れてるのか。

 こっちだけなら何とかなりそうだ。それに、封印されているなら時間稼ぎもしやすいだろう。

 紅魔族でも封印を解けないなんて事が無い限り、カズマは安全なはずだ。

 

 

「生憎ながら、あの封印は私達ですら解くことが出来ません。強力に改造した『結界殺し』ですらなんの効果もありませんでした」

 

 

 あれっ、おかしいな。聞き間違いか?

 

 

「オイオイオイ、なんの冗談だめぐみん。自分達ですら解除できないもんをどうやって施したんだよ」

 

「施したのは私達の祖先です。一応解除方法が書いていそうな文献とかもあるんですが、見たこともない文字でして。封印を解こうにもその文献の解読すらままならないんですよ」

 

 

 なんてこった。アイツ死ぬわ。

 

 

「……ひとまずその厄介な兵器が魔王軍に渡るのを阻止できている事に安堵というわけにもいかない。交渉材料を失ったも同然の俺達は、カズマの死を黙って見守る事しか出来ない」

 

 

 口走ってしまったものは仕方ないが、解除出来なくともシルビアはそれをさっきまで知らなかったんだ。もう少し時間稼ぎの余地があったろうに。

 もうどうすることも出来ない。

 カズマと協力してシルビアに芝居でも打たない限り、助ける事は叶わないだろう。

 

 カズマの命を半ば諦め、どうシルビアを倒そうかと考えていると、シルビアに抱えられているカズマが。

 

 

「お、おいちょっと待て。なんで俺が死ぬ事になってんの?」

 

 

 と、かなり焦った顔で問いかけてきた。普段のこいつならすぐ気付きそうなもんだが。

 いや、薄々感づいてはいるのだろう。本能がそれを許さないだけで。

 

 少々残酷だが、真実を告げなきゃならん。

 

 

「いいか、さっきまでは交渉材料として物騒な兵器が二つあった。シルビアはお前と引換にこの二つのどちらか或いは両方をゲットするつもりだったんだろう。だが、現実はそう甘くなかった。片方は行方不明で、もう片方は絶対に解けない封印を施されていると来た。無い物を要求なんてできない。するとどうだ。お前の価値は格段に薄くなる。で、次にシルビアが要求するのは恐らく自身の身の安全だ。収穫もなしに帰るわけには行かないから、お前が魔王城やらに連れてかれて結果死ぬって寸法だ。そんなカズマに俺が言えるのは、頭には気を付けろよ」

 

 

 助けるには、芝居を打つなりしてシルビアを騙す必要がある。

 カズマが察してくれなければそれまでだが、ゴキブリは死ぬ間際にIQが跳ね上がるらしいので、それに近しいカズマもそうなる筈。

 

 

「あのー……抵抗してくれないんですか……? ……頭?」

 

「死にたくなけりゃ頭を回せってこった。なんなら抵抗してもいいがお前は死ぬ」

 

 

 もういっそカズマを見捨てて後で生き返らせた方が早いんじゃないかという考えが脳裏を何度も過ぎるが、流石にそれはアウトだろう。

 裁判の時は本当にどうしようもなかったが、今回は頑張ればなんとかなる筈だ。というかこめっこがいるのに仲間を見捨てるなんて鬼畜の所業は出来ない。

 

 カズマを奪い返す為には色々と準備が必要だ。

 

 

「ふふふ、状況がよくわかってるみたいね。頭の回る子は好きよ?」

 

 

 カズマの頭をクルクルと指で撫でながら余裕の表情で笑うシルビア。このまま余裕をぶっこいて貰えるとありがたい。

 

 

「馬鹿じゃねぇんなら誰でもわかる。

 いくら俺でも仲間のカズマを連れて行かれたく無い」

 

「……そうねぇ。仮に邪魔でもしようものなら、この坊やの命は無いものと思いなさい」

 

 

 つつ、とカズマの首を細い指でなぞり、余裕を持った笑みでこちらを見てくるシルビア。

 俺はまだ全てを明かしていないというのに、その態度は舐め腐ってんじゃあないか?

 

 

「うかつに俺達が邪魔すれば、お前の宣言通りカズマは死ぬよな」

 

「えぇ。このボウヤを殺すのは惜しいけど、背に腹は変えられないもの」

 

「て言いながらも、お前はカズマを殺せないんだがな」

 

 

 俺がそう言うと、シルビアは面食らったような顔で。

 

 

「……どういうことかしら?」

 

 

 とぼけているのかはたまた本気でわかっていないのかはわからない表情で、はてと首を傾げた。

 

 

「あれ、とぼける気か?

 わかりやすいように言うと、今はカズマという盾があるから誰もお前に危害を加えようとはしていないが、もしカズマを殺してしまったらどうなる?

 せっかくの盾を失ったお前はどうなる?

 留守な頭をしてるんじゃないんだから、わかるよな? もう俺から言えることは無いぞ」

 

 

 カズマを殺せば盾がなくなり命が危うくなる。なので、シルビアはカズマを殺せない。

 シルビアがカズマを殺せないとわかれば、我慢する必要も無くなる。

 人質の意味が無いと悟れば、戦力を少しでも減らそうとするだろう。

 

 長々とした説明を終えると、俺が言わんとしていることを理解したのか、シルビアは少しだけ間を開けて。

 

 

「………そうね。あなたに足止めされている間に、やがて来た紅魔族たちの魔法の餌食になる、くらいかしら。けど、殺さなければいい話じゃない」

 

 

 当たり障りのない、なんとも平凡な意見を述べた。

 

 

「そうもいかないな。カズマが殺されないとわかった以上、俺達が我慢する理由はない。わかったか?」

 

「……なぁヒデオ。俺ってどうなるんだ? 何をすればいいんだ?」

 

 

 ようやくカズマが何かを察したのか、恐る恐るといった感じで尋ねてきた。

 

 

「どうなるかはお前次第だ。きちんと理解出来てるなら、言わなくてもわかるだろ」

 

 

 頭のいいカズマなら、この状況で出来る最善を既にわかっているはず。ヒントは既に散りばめた。

 

 俺に出来ることは、カズマの最善に対してこちらも最善を尽くすだけだ。

 

 

 それ以上は何も言わずに、大人しくカズマを見守っていると。

 

 

「……わかった。おいシルビア、共闘だ! 俺は死にたくないし、お前も死にたくない! ここは共通してる! ヒデオの事だから容赦なく俺ごと殺ろうとしてくるはずだ。荷物を抱えるより、少しでも戦力になるやつを抱えていた方がいいんじゃあないか?」

 

 

 なんと、カズマはシルビアに共闘を持ちかけた。敵の敵は味方理論だ。

 

 

「それはそうだけど、あなたを信用しろと? 会って数時間も立っていないのに、無条件に?」

 

 

 突然の提案に疑ってかかるシルビア。

 当然だ。いくらカズマが比較的友好とはいえ、本来人間と魔王軍は敵対関係にある。それに、会ってすぐの奴を信用なんて出来っこない。

 

 しかし、カズマもそれは見越していたのか、自らをシルビアにプレゼンし始めた。

 

 

「まぁ待て。無条件とは言わない。弱点でもなんでも教えてやるよ。まず、あいつらの中でまともに一対一でお前と真正面から戦えるのはヒデオだけだ。アイツは近距離中距離遠距離斬撃打撃爆撃何でもござれのバケモンだが、弱点もある。まず遠距離攻撃と中距離は後ろに建物とか人が居るとまず使ってこない。近距離は対処が難しいが……おっと、ひとまずここまでにしておくか。で、どうだ?」

 

 

 ペラペラペラペラと、好き放題に言ってくれるカズマだが、これがアイツなりの最善ならば、文句は言うまい。

 

 しかし、状況がイマイチ理解出来ていないダクネスが。

 

 

「お、おいカズマ! 正気か!? いくらクズでカスなお前でも、仲間を売るはずはないと思っていたのに! 見損なったぞ!」

 

 

 カズマの発言を荒々しい様子で責め立てた。

 しかし、そんな言葉は今のカズマを諌めるには至らない。

 

 

「勝手に見損なってろ! 俺は過去でも未来でもなく、今を生きるんだよ!」

 

 

 どうやら人間は追い詰められると名言を生み出すようだ。

 

 

「そうだぞダクネス。命の危機に瀕したカズマが、自分は助かろうと予想外のクズを披露してもなんらおかしくない。それに、お前だっていつも言ってるじゃねぇか。見捨てていって構わないって」

 

「ヒデオの言う通りだ。わかったら黙って引っ込んでろ」

 

「くっ……! 二人からの言葉責めとは……! 確かに見捨てられたらどんな気分なんだと妄想したことも多々ある! 実際にお前達にも言った! しかし、シチュエーションが……!」

 

 

 この変態は何を言っているのだろう。

 いや、正論を言っているのだが、なぜ途中で脱線して性癖をひけらかしているんだろう。

 

 

「いいから黙ってこめっことその他大勢を守ってろ」

 

「しかし……!」

 

「カズマの事は俺に任せとけ。あと、何が起きても動じずにどんと構えて守っていてくれ」

 

「ぐぬ……。なにか釈然としないが……わかった。お前を信じよう」

 

 

 これ以上余計な事を言われるとシルビアに感づかれてしまうかもしれないので、ダクネスに己の任務を再確認させ黙らせる。

 敵を欺くにはまず味方からだ。

 

 騙し合いの世界での一番の敵は騙す相手じゃない。自分の味方だ。

 

 

「……あなた、その体勢からでも私の援護はできる?」

 

 

 どうやら、シルビアはカズマの申し入れを受けるようだ。

 

 

「大丈夫だ。スティールで武器を奪えるし、目潰ししたり足場を悪くも出来る。遠距離攻撃も一応だが出来る」

 

「へぇ、たいしたものね。なら、背負った方がいいかしら?」

 

「おぉ、前も良く見えるし、手だって使えるな。充分だ」

 

 

 カズマに出来る攻撃手段を聞くと、シルビアはカズマを背に背負い直して体と体をロープで縛って固定する。

 恐らくカズマを砲台として役割付けたのだろう。

 

 

「さて……そろそろいいか?」

 

「えぇ。わざわざ待ってくれるなんて、優しいのね」

 

「カズマを連れて逃げればいいものを、わざわざ立ち向かってくる事に対しての礼だよ」

 

 

 そう言いながら、いつでもシルビアの背後、つまりカズマが居る方に高速移動できるように気を高める。

 瞬間移動は諸事情により出来ないが、気の解放による身体強化と舞空術とコンバットマスターのスキルの『脚力強化』を用いれば、10mもないこの距離においてはそれっぽく動ける。

 

 ………。

 

 

「立ち向かうというより邪魔者を排除すると言った方が正しいわね。いくら貴方が強いと言っても、こっちには貴方の仲間が居ることを忘れちゃだめよ?」

 

「そうだぞヒデオ。しっかり俺を殺さないように手加減……っ! シルビア、横に跳べ!」

 

「っ!?」

 

 

 突然カズマから指示を受けたシルビアは、戸惑いながらも咄嗟にそれに従って思いっきり右側に跳んだ。

 

 

「ちっ、今のを避けるか」

 

 

 カズマごと蹴り抜くつもりで高速移動の勢いを乗せて放ったのだが、間一髪で避けられてしまった。

 

 ほぼ初見に加え、カズマという荷物を抱えていてとてもハンデだ。

 それなのにこの反応は超人的な反射神経という他ない。

 

 シルビアに感心していると、危うく蹴りを喰らうところだったカズマが。

 

 

「おい、思いっきり俺を狙ってきてんじゃねぇか」

 

 

 などと、寝ぼけたことを言ってきた。

 

 

「戦闘において敵の弱点を突くのはお前がいつもやってる事だろ? 俺は悪くない」

 

「ちっ、それを言われちゃ何も言えない。シルビア、気を付けろよ! 今みたいな速度でバンバン攻撃してくるからなこいつ!」

 

「わかったわ!」

 

 

 どうやらシルビアはカズマの言う事を信用することにしたらしい。

 ひとまず、カズマが殺されにくくなったという点では好都合だ。

 

 

「……よし。第二ラウンドといこうか!」

 

 

 思いっきり地面を蹴り、シルビアに飛び掛った!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 戦闘が開始してから数分後。

 

 

 カズマとヒデオの二人は、ヒートアップした戦いにのめり込んでいた。

 

 

「シルビア! ヒデオは尻尾を強く握られると何も出来なくなる! 攻撃をいなしつつ、尻尾を狙うんだ!」

 

「よくわからないけどわかったわ!」

 

「お前馬鹿じゃねーの!?」

 

 

 カズマは目潰しなど援護の構えを見せるだけでなく、あろう事かヒデオの最大の弱点を暴露した。

 

 これはひどい。

 

 

「それはこっちのセリフだよ馬鹿野郎! 裁判の時も思ったが、お前には倫理観ってもんが無いのか!」

 

「倫理で人が救えるか?」

 

「なに名言みたいに言ってんだ! 救えるよ! お前がもう少し倫理観を持っていれば俺はこんな命の危険を感じる必要はないんだよ! それにお前の場合は救おうとしてないだけだろ! もうちょい粘れよ! しつこく食い下がれよ!」

 

「俺がしつこく粘って食い下がるのは美女にセクハラする時だけだ。死ね!」

 

 

 シルビアをカズマごと始末するべく、一呼吸の間に詰め寄り、わざとカズマが捕まっている側に向けて蹴りを放つヒデオ。

 しかし、シルビアはこれを読んでいたのか、後ろにステップして回避。

 

 

「今死ねって言ったぞこいつ! パーティーのリーダーに対して死ねって言ったぞ!」

 

「言葉の綾だ」

 

「どこに綾があるんだよ! ……喰らえ、『狙撃』ッ!」

 

 

 ヒデオに悪態を吐きながら、カズマは人さし指と中指で銃口を模すと、指先から細い気功波を『狙撃』スキルで放つ。

 

 運がチートなカズマの使う狙撃スキルはほぼ百発百中。

 激しい上下運動をしながら迫ってくるカエルや、凄まじい脚力で飛び蹴りをかましてくるトカゲや、自分の身体を引きちぎって投げるスライムをことごとく撃ち落としてきた。

 

 自分に正面を向いていて、尚且つ真っ直ぐ向かってきている筋肉マンなど恐るるに足らず。

 

 親指くらいの太さの長いビームは、真っ直ぐとヒデオへと向かっていく。

 

 ヒデオが向かってくるスピードと、こちらのビームが飛んで行くスピード。

 ヒデオの体感的にはかなり速い光線が目の前からやって来ている。

 この距離なら避ける事は難しいだろう。

 

 

「あぶねっ! しっかり脳天狙ってきてんじゃねぇか! 殺意に満ち溢れてるじゃねぇか!」

 

 

 しかし、それを間一髪で避けるヒデオ。

 

 そして。

 

 

「ちっ! なんて反射神経してやがんだ! 当たっとけよ!」

 

 

 本気で悔しがるカズマ。

 

 

「なに本気で悔しがってんだ! テメェがそのつもりならもう遠慮しねぇぞこの野郎が!」

 

「それはこっちのセリフだ! かかってこいやぁぁ!」

 

「ちょ、ちょっと! ボウヤ達仲間じゃなかったの!? もう少し葛藤とか逡巡とか……」

 

 

 自分の肩越しに殺し合いを始めようとする二人を何故か敵であるシルビアが諫めにかかる。

 

 しかし。

 

 

「「そいつを殺すのになんのためらいもない!」」

 

 

 二人は全く聞く耳を持たない。

 どちらかがついやりすぎ、片方もそれに合わせ、どのレベルまでやっていいのかわからなくなり、その結果全力で殺し合っている二人にシルビアの声など届くはずもない。

 

 

 そんな三人のやり取りを傍から見ながら、時折飛んでくる気功波をその身でしっかりと受けていたダクネスが、こめっこに説教を終えて同じようにやり取りを見ていためぐみんに問い掛けた。

 

 

「なぁめぐみん。あの二人はさっきなにやら考えがあるような雰囲気だったのが今は本気で殺しあっているように見えるのだが。あれも考えの内なのだろうか?」

 

「どうなんでしょうか。ヒデオとカズマが目論んでいたこと自体はわかっていますが……」

 

「めぐみんは気付いていたのか? カズマとヒデオはいったい何をするつもりなんだ?」

 

「詳しくは知りませんが、ヒデオがカズマに『合わせてやるから芝居しろ』みたいな事を伝えて、カズマもそれをわかった上で、シルビアと共闘の形をとったんだと思います。おそらく信用させて途中で裏切るとかそういう魂胆だったんでしょうけど、上手くいってないみたいですね」

 

「よく気付いたな。特にそれといったことは何も無かったように思えるが」

 

「やけに変な言葉を使ったり、変な言い回しがやたら目立っていましたから。わかり易すぎるとは思いましたが、シルビアは気付かなかったみたいですし大丈夫でしょう。それより今は、ヒデオが本当にカズマを殺してしまわないか心配です」

 

「流石に踏みとどまるだろうが、万が一という事もある。どうすべきか……」

 

 

 万一に備えて対策を練るダクネスとめぐみんだが、この二人に何が出来るでもなし。

 片や防御全振りの脳筋令嬢と、片や爆裂魔法全振りの爆裂娘である。

 攻撃が当たらないダクネスがあの間に割って入れば邪魔になるだけで、めぐみんが爆裂魔法を放とうものなら二人共死ぬ。

 

 ちなみに、端から戦力に数えられていないアクアは、こめっことちょむすけと共に隅っこで戯れていた。

 

 

「里の大人達は残党狩りに向かっているそうですし、増援はまだ来ないでしょう。となると……ねりまき、お願いできますか?」

 

「え、私? てっきりめぐみんが何とかすると思ってたんだけど……。ほら、学校で一番の成績だったし、送られてくる手紙にも『パーティーの最終兵器』とか『最後は皆頼ってくる』とか書いてたってこめっこちゃんが言ってたし」

 

 

 まさか自分に話を振られるとは思っていなかったねりまき。咄嗟に自分より適任のめぐみんがいるだろうと言うが、めぐみんは爆裂魔法しか使えない。

 

 

「……そう、その通りです。なので、最終兵器たる私はこんな所で出張るわけにはいかないのですよ」

 

 

 確かにめぐみんパーティーに於いて最終兵器的な位置付けだが、使ったら色々と終わるという意味合いが強い。物は言いようである。

 

 そんなめぐみんに突然重大な任務を押し付けられたねりまきは、どうしたものかと顔をしかめた。

 

 

「なんというか、めぐみんっぽくないね。

 こういうの買って出そうなのに。……ねぇ、本当に私でいいの?」

 

「この場に適切な遠距離攻撃が出来るのはあなたしか居ないんです。それに、あの二人の気を引くのが目的なので、わざわざ狙う必要も無いです」

 

「なんか釈然としないなぁ……。……まぁ後で聞くね。万が一当たっちゃったらごめんなさい! 『ライトニング』!」

 

 

 心にもやもやを抱えながらも、ねりまきはやけに仰々しい詠唱とともに、雷の中級魔法をヒデオとシルビアの中間地点目掛けて放つ。

 

 放たれた青い電撃は、不規則な軌道を描きながら狙い通りに進んで行き――

 

 

「あぎゃふっ!?」

 

「あぁっ! ヒデオさん! ごめんなさい!」

 

 

 ちょうどシルビアに突っ込んで行こうと前に出て来たヒデオに直撃した。

 普段は不意打ちは殺気やらなんやらを感じ取って避けるヒデオだが、これは完全に予想外のフレンドリーサンダーだった。

 

 当たっても致命傷にならない程度の威力だが、それでもヒデオをスタンさせるには充分だった。

 

 

「あばばばば」

 

「どど、どうしようめぐみん! ヒデオさん感電しちゃった!」

 

 

 雑魚モンスターなら即死する程度の電撃だが、運悪く解放した気と電撃が混ざり合って強化されている上に、舞空術で若干浮いているので、電気がどこにも流れて行かない。

 

 萬國驚天掌よろしく絶賛感電中である。

 

 

「痛っ! ……シルビア、それ以上近付くと俺達も巻き込まれるぞ」

 

「わかったわ。このまま待っておきましょうか。……それにしても、ライトニングってあんなに帯電したかしら?」

 

 

 ヒデオが巻き起こした現象に、シルビアははてと首を傾げた。

 電撃を受けて体が麻痺をする事は多々あるが、電撃を体に纏い続けるなど聞いたことがない。苦しんでいるようだし、もうこのまま逃げてしまおうかと思うシルビアだったが、ヒデオの抜け目なさを警戒し、敢えてこの場に留まった。

 

 

「大丈夫です。ただ麻痺しただけなら隙だらけで危なかったですが、今は帯電していてシルビアも迂闊に手を出せていません。これでヒデオは冷静になるでしょう。ナイスですねりまき」

 

「ナイスなの!?」

 

「くっ……! 羨ましいぞヒデオ! 電気責めとは……! ねりまき、私にもさっきの魔法を!」

 

「えぇっ!?」

 

 

 ダクネスの突然の要求に困惑するねりまき。

 無理もない。ついさっきまで綺麗な人だと思っていた女性が真面目な顔でおかしい事を言ってくるのだ。

 これで困惑しないのはもう手遅れなカズマ達か、ダクネスの同類くらいだろう。

 

 

「ねりまき、ダクネスはほっといて大丈夫ですよ。後でヒデオに押し付けましょう。それよりも、未だ感電しているヒデオをそろそろどうにかしたいのですが、何かいい案はないですか?」

 

「うーん、ライトニングでこんなに帯電し続けるなんて初めてだからわからないけど、ヒデオさん今宙に浮いてるよね? それで電撃が外に逃げていかずに未だビリビリしてるんだと思う。だから、電撃が逃げる場所を作ってあげるのがいいのかな。それか、電撃が持続し続けるためのエネルギーを断てば……」

 

「なるほど。……ヒデオ! 地面に足を付けてください!」

 

 

 大声でそうヒデオに伝えるめぐみん。

 しかし、ビリビリビリビリと全身に電気が走っていて、ヒデオはめぐみんの忠告を聞ける状態ではない。

 

 

「(アィェエエ!? ナンデ!? 電撃ナンデ!? ……いや、ふざけてる場合じゃねぇ。めぐみんがなんか言ってる様な気がしたが、全く聞き取れなかったぞ。多分この電撃は俺達の気を引くためにねりまきちゃんが撃ったんだろうが、帯電してるのが謎だ。カズマの頭は冷えたみたいだな。気が落ち着いてる。後は、この状態を脱してカズマを助けるだけだが、どうしたもんか。つーかなんで帯電し続けてんだ? サイヤ人ってそんな体質だっけ? いや、確かに超サイヤ人2以降は気の周りにスパーク走ってるけど)」

 

 

 感電による痛みはコンバットマスターのスキルの『痛覚麻痺』で遮断して取り敢えず激痛からは逃れてはいるが、依然として体を動かせないヒデオ。このまま電撃を喰らい続けると身体機能に関わる重症になってしまうのだが、痛みを遮断してしまってはそれも悟れない。

 

 

 ヒデオの様子を見て、めぐみんは自分の言葉がヒデオに届いていないと悟った。

 

 

「……聞こえてないみたいですね」

 

 

 さて、どうしたものかとめぐみんが新たな策を練っていると、ダクネスがちょんちょん、とめぐみんの肩を叩いて。

 

 

「めぐみん、いい事を思い付いたんだが」

 

 

 自信満々にそう伝えた。

 すると、めぐみんは『またかコイツ』と言いたげな顔でダクネスを一瞥すると。

 

 

「大方『ヒデオを助ける為にヒデオの体に触れて電撃を逃がしてついでにわたしは電気責めを受ける。win-winだ』といったところでしょうか。それは最終手段ですのでまだ我慢してください。……ヒデオがいつも使っている気はスキルや魔法の効果を上昇させるんでしたね。恐らくそれでねりまきの電撃が強化されて、さらにそれを保つ為のエネルギーになっている可能性が高そうですね。なら、気を収めれば……」

 

 

 無視するでもなく突っ込むでもなく、熟練の内野手の様に右から左へとダクネスの発言を受け流した。

 ダクネスはボケを振った訳では無いが、これはキツイだろう。

 

 

「お、おい。軽く流すのはやめてくれ。せめて無視するか激しく罵倒するかにしてくれないか。調子が狂う」

 

「そういうのはヒデオに言って下さい」

 

 

 再びダクネスを軽くいなすと、めぐみんはとてとてとこめっこと戯れているアクアの方に駆け寄って行く。

 

 

「アクア、出番ですよ」

 

「なになに? 何をすればいいの? ヒデオとカズマは仲直りした?」

 

「仲直りさせるためにアクアの力が必要なんです」

 

「任せなさい! ……で、何をすればいいの?」

 

 

 頼られて嬉しいのか、自信満々に胸を張ってめぐみんに尋ねるアクア。

 そんなアクアにめぐみんは胸の大きさを羨みながらも、ハキハキと指示を出す。

 

 

「ヒデオにブレイクスペルを掛けてあげて下さい。そうすれば、二人は仲直りするはずです」

 

「よくわからないけどわかったわ! 『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 

 めぐみんの指示を聞くと、有無を言わさずノータイムで解呪魔法をヒデオに放つアクア。

 

 この場面においてこの指示はほぼ満点の解答だ。

 これにより、ヒデオが今使っているスキルをはすべて強制解除される。

 舞空術が解除され地面に降り立ち、気の解放が解除されエネルギーの供給源がなくなれば、次第に感電は収まる。

 

 惜しむらくは――

 

 

「あっぎゃああぁああ!?!?!」

 

 

 ヒデオが『痛覚麻痺』を習得していると知らなかった事だろう。

 

 強制的に痛覚を戻され、積み重なった激痛がヒデオを襲った。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ――目を覚ますと、例の場所に居た。

 

 そして、例の女神様も居た。

 

 

「……エリス様。お久しぶりです」

 

「田中ヒデオさん。また来てしまいましたね」

 

 

 エリス様は悲しいような、優しいような、呆れたような顔で、俺を見てくる。これで会うのは三度目になるが、相変わらずすっげぇ美人。胸がないのが惜しすぎる。

 

 

「私の胸がどうかしました?」

 

「どうもしてないです! 相変わらずの美貌に見とれてました! ……で、俺はまた死んだんですか?」

 

 

 怖っ、女神怖っ。

 

 

「そういうことにしておいてあげましょう。死んでるといえば死んでいますし、生きているといえば生きています。わかりやすく言うと、三途の川に片足を突っ込んだくらいでしょうか。ほら、身体が透けていますよね? それはまだ死にきっていない証拠です。あ、しちなみに本当に死んでしまった場合、死因はショック死になりそうですよ」

 

 

 なりそう、ということは本当にまだ死は確定していないのだろう。身体だって透けてるし、意識だって若干薄い。

 

 

「……急に言いようの無い激痛に襲われたのが最期の記憶なんですが、もしかしてそれですか?」

 

「はい。電撃により受けた身体のダメージによる痛みと、電撃そのものの痛みが合わさってすごいことに。それでも身体はまだまだピンピンしてますので、戻ろうと思えばいつでも戻れますよ」

 

「死んでなくて嬉しいような、痛さで死にかけた事が情けないような……」

 

「死んでないんですから大丈夫ですよ。生きていればいい事ありますよ! ……あ、そうだ。そろそろ意識が戻りそうなので伝えておきますが、尻尾には気を付けてくださいね」

 

「尻尾? 俺の尻尾ならいつも気をつけてますけど」

 

 

 未だに力が抜ける弱点を克服できていないのだ。気を付けない理由はない。

 

 

「それならいいです。くれぐれも、――われることのないように」

 

「え? エリス様――」

 

 

 今なんて言ったんですか。そう言おうとする前に、意識が遠のいていった。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 意識が段々と戻ってきた。どうやらあまり時間は経っていないらしく、さっきとほとんど気の様子は変わっていない。

 

 

「……死んだのかしら」

 

「……どうだろうな。だが、今がチャンスだぞ」

 

「そうね」

 

 

 声の主はシルビアとカズマだろうか。

 ざり、ざり、とこちらに近づいてくる音が聞こえる。

 どうやら俺にとどめを刺すらしい。

 

 

「念のために頭を潰して確実な安心としておきましょうか」

 

 

 再びシルビアの足音がざり、ざり、と俺の方に近付いてくる。

 

 来やがれ。隙を見せたその瞬間が、お前達の最期だ。カズマよ。骨は拾ってやる。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

 ヒデオが感電したと思ったらいつの間にか地面に倒れ伏していた……。何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった……。

 直流だとか交流だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。

 

 ……この言い回しも飽きたな。

 

 

「ね、ねぇめぐみん。今ヒデオすっごい声あげて倒れなかった? もしかして私のせい? ち、違うわよね?」

 

「……」

 

「なんとか言ってよ! ねぇ、ねぇったら!」

 

 

 無言でそっぽを向くめぐみんの肩をぐわんぐわん揺らすアクアだが、めぐみんはそれに耐え続ける。

 何が起こったのか本当にわからないが、アクアの様子を見るにやばそうなんだが。

 敵感知からヒデオの敵意も消えたし、本当に死んだんじゃないか? だとしたら不味いぞ。

 

 ヒデオの協力が無いと今この人質状態から脱するのは厳しい。つまり俺は死ぬ。

 

 

「……死んだのかしら」

 

 

 電気が収まってからピクリとも動かないヒデオが気になるのか、シルビアは誰に言うでもなく呟いた。

 

 

「……どうだろうな。だが、今がチャンスだぞ」

 

 

 もし、あいつがまだ生きているならこの距離での会話は聞こえているはずだ。そうでなくても気配でわかるだろう。

 生きてさえいれば、トドメを刺しに行くシルビアに一撃をぶち込むことが出来るだろう。

 

 これはある意味賭けだ。

 仮にヒデオが本当に死んでいてトドメを刺されたならば、肉体の修復も必要なので蘇生に時間がかかるはずだ。そしてその間に俺は連れ去られ、ヒデオの言っていた通りになる。

 しかし、逆に生きているのなら、またとないチャンスだ。

 この距離でかつ油断した相手ならば、ヒデオにとってはカモでしかない。

 

 なに、俺は運がいいらしいからな。賭けには勝てるはずだ。

 つーかこういうとこで発揮して貰わねーと流石に詐欺だ。

 

 

「そうね。念のために頭を潰しておきましょうか」

 

 

 シルビアはそう返してくると、ツカツカとヒデオの方に歩いて行く。潰せるような武器は持っていないので、足で踏み潰すのだろう。

 

 やがてヒデオのそばまで行くと、一度立ち止まった。

 そして、抵抗する素振りを全く見せないアクア達を見据えて口を開いた。

 

 

「あらあなた達、抵抗しないのね? まぁ、懸命な判断よ。安心なさい。この厄介なボウヤにトドメを刺したら、あなた達には手を出さずに帰ってあげるから」

 

 

 その場合、俺はどうなるんだろうか。やっぱり魔王城に連れてかれたりするのだろうか。聞いた話ではサキュバス達がちょっかいかけに来るらしい。正直行きたい。

 

 性欲と正義の葛藤にさいなまれていると、アクアが騒ぐ声が聞こえてきた。

 

 

「ダクネス! どうして止めるの!? 早くヒデオを……むぐっ! んーんー!」

 

 

 見ると、今にもヒデオの元に駆け出しそうなアクアが、ダクネスに羽交い締めにされ口を塞がれていた。

 

 

「すまないアクア。ここに来る前にヒデオに言われたんだ。『アクアとこめっことめぐみんは絶対に守れ。イザとなったら他を見捨ててもいい。こめっこは言わずもがなだが、アクアとめぐみんは俺達の切札だ。絶対に前線に出させるな。それと、仮に俺やカズマが死んでも、アクアに敵の前では出来るだけ処置させるな』とな。だからここは我慢していてくれ。私だってシルビアの前に立ち塞がりに行きたいのを我慢してヒデオを信じているのだ」

 

 

 そうアクアにも自分にも言い聞かせる様に優しく言葉をかけるダクネス。

 あいつらがどんな話をして何を打ち合わせていたのかはわからないが、これで確信した。

 

 ヒデオは生きてる。あいつが守れる約束を守らないはずが無い。

 どうせ今も狸寝入りを決め込んで俺ごとシルビアを――

 

 

 ――俺ごと?

 

 

「じゃあね尻尾のボウヤ。なかなか楽しかったわよ」

 

 

 シルビアは俺の降って湧いた疑問も知らず、ヒデオにそう言葉をかけると、思いっきり顔面目掛けて足を振り下ろした。

 

 

 ――が、その足がヒデオの頭部を砕くことは無かった。

 

 

「……!? こ、この……! 離しなさい!」

 

 

 どうやら足を何かに掴まれたらしく、引き剥がそうと踏ん張るシルビア。

 しかし、なかなか剥がれない。

 このパターンは……!!

 

 

「離す? バカ言うな。折角しんどい思いして作ったチャンスだ。逃がすかよ」

 

 

 シルビアの足元から、何事も無かったかのようなヒデオの声が聞こえてきた。

 

 

「遅いんだよ。今までどこいってたんだ?」

 

「エリス様に会ってきた。それと、一つ疑問が晴れた。お前、股間にナニ付いてんじゃねぇか。そりゃあ俺が反応しないわけだ」

 

 

 ……は?

 

 

「あら、見たのね。そうよ。私は女でもあり、男でもある。さっきこのボウヤが堪能してた私の胸は後付けしたものよ。私はキメラの一種だから、色んな生物と混ざってるのよ」

 

「なるほど。つーことは、店に来た時の顔の変形はキメラの特性か」

 

「そういう事。骨格から変えたし、本来ならバレるはずがなかったんだけどっ!?」

 

「離せオカマ野郎! お、俺……男の胸で……うわぁぁあああ!!!」

 

 

 嘘だ! 嘘だと言ってよ! じゃないと、じゃないと俺は……!!

 

 

「よくも騙したァァァァ!! 騙してくれたなぁァァァ!!」

 

「や、やめなさい! 暴れないで! きゃっ!?」

 

「ぐぇっ!」

 

 

 突然ぐらりとバランスを崩し、俺を下敷きに倒れるシルビア。

 何事かと顔を上げると、黒い笑みを浮かべたヒデオが、シルビアの両足をしっかりと掴んでいた。

 

 ……こいつまさか。

 

 

 

「おいバカ! 俺はまだロープで縛られてんだよ! やめろ! やめてください!」

 

「悪いなカズマ。俺は今からお前ごとシルビアをジャイアントスイングするから、なんとか脱出してくれ」

 

「なんでだよ! 助けてくれるんじゃなかったのか!?」

 

「合わせるから芝居を打てとは伝えたが、助けるとは言ってない。勝手に助かれ。あばよ」

 

「ちょ、待っ」

 

 

 俺の制止など聞く耳を持たず、俺とシルビアをぐるぐるぐるぐると回し始めるヒデオ。

 

 そして――

 

 

「飛んでけオラァァァ!!」

 

 

 本当にぶん投げやがった!

 

 

「お前後で覚えとけよ! うわぁぁあ!!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 カズマをシルビアごとぶん投げてやった。

 シルビア単体なら投げっぱなしでもいいのだが、今回はカズマを助ける必要がある。

 

 助けるとは言っていないが、助けないとも言っていない。

 

 結構な勢いで投げたので、シルビアとカズマはかなりの速度を出しながら、地上2mほどの高度を保ちながら飛んで行く。

 

 だが。

 

 

「追いつけない速度じゃあない!」

 

 

 即座に舞空術でシルビアの背中側に周り、平行に飛ぶ。

 

 気でナイフ大の大きさの刃を作り、カズマとシルビアを繋いでいるロープを焼き切っていく。

 

 

「熱いけど我慢しろよ」

 

「このボウヤ、本当に厄介ね! このっ!」

 

「あぶねっ」

 

 

 シルビアが体を捻って攻撃してくるが、ひらりと躱しなおもカズマを縛るロープを焼き切っていく。

 

 

「ちょこまかと……!」

 

 

 シルビアがなんとか妨害しようとしてくるが、空中を自在に飛ぶことの出来る俺には通用しない。

 そうこうしているうちに、カズマを縛っていたロープがすべて切れた。あとは力任せにカズマをシルビアから剥がすだけだ。

 

 

「フンッ!」

 

「離れた! お、おいヒデオ。離すなよ!?」

 

「この高さなら受け身取れば無傷だぞ」

 

「それでも怖いもんは怖いんだよ!」

 

 

 騒ぐカズマを無事手元に引き寄せ、小脇に抱えながらまだシルビアと平行に飛ぶ。

 こんだけ隙だらけなんだ。攻撃を加えさせてもらおう。

 

 

「まず脇腹に蹴りを……おいコラ! カズマを離しなさい!」

 

「逃がすもんですか! このボウヤを奪われたら流石にマズイもの!」

 

 

 身体のねじりの力を使って蹴りを見舞うつもりだったのだが、シルビアがカズマの腕を掴むせいで思うように動かない。

 

 

「いでででででっ! どっちか離して! 痛い痛い!」

 

「いいのかカズマ! 俺が離したら今度こそ助けられなくなるぞ!」

 

 

 当初の予定にはなかったものの、死にかけてまで得たチャンスだ。逃さない。

 

 

「ボウヤ! 私に着いてきてくれたらすんごい事してあげるわ! 私が嫌なら部下のサキュバス達に口聞きしてあげるから!」

 

「カズマ! 口車に乗るんじゃねぇぞ! よく考えろ! こいつはナニ付きだ! それに、魔王城のサキュバスなんて加減を知らないに決まってる! 死因が腹上死とかエリス様にとんでもない顔されるぞ!」

 

「その前に引き裂かれて死にそうなんですけど!」

 

 

 空中を飛ぶ俺に掴まりさらにシルビアがカズマに掴まっているので、カズマはロープのような扱いになっている。

 筋力値が高ければ我慢出来るのだろうが、カズマの筋力値はそこまで高くない。

 引き裂かれそうな感覚になるのも仕方ないだろう。

 

 

「おいシルビア! 離してやれ! 大丈夫、離してくれたら2秒くらいは何もしないから!」

 

「嫌よ! 2秒なんてあってないようなものじゃない!」

 

「じゃあわかった! こうしよう! 無事カズマを安全な場所にに届けるまで俺は何もしない!」

 

「本当でしょうね!?」

 

「俺は下らん嘘はつかねぇ!信じろ!」

 

「ええい……ままよ!」

 

 

 シルビアは俺の言葉を信用したのか、しぶしぶカズマの腕を解放した。

 下に引っ張られる感覚が弱くなり、再びカズマを手元に引き寄せる。

 

 

「離れた! ヒデオ、早く俺を安全な場所へ!」

 

「そうだな」

 

 

 急かすカズマを肩に担ぎ直し、距離を見計らう。

 すると、何かを察したカズマがジタバタ暴れ始めた。

 

 

「おいおい待て待て待て! この担ぎ方は嫌な予感しかしないぞ!」

 

「安全な場所に届けるとは言ったが、方法が安全とは言ってない」

 

「そんなこったろうと思ってたよ! お前には良心がねぇのか!」

 

「勿論あるが、使い所を決めるのは俺だ」

 

「なに『言ってやった』みたいな顔してんだ! やめて! マジやめて! 柔らかい身体ならまだしも、ダクネス鎧着てるじゃん! 痛いんだよアレ!」

 

「柔らかいもんならさっきシルビアのニセ乳を堪能してたろ。これでプラマイゼロだ」

 

「どっちもマイナスだよちくしょう!」

 

「はいはいわかったわかった。じゃあ、受け取れダクネス!!」

 

「えっ、ちょっぎゃあああ!!」

 

 

 例の如く、ダクネス目掛けてカズマをぶん投げる。大丈夫、多分死なない。

 

 

「……さて。無事カズマを安全な場所に届けた。もう攻撃してもいいよな?」

 

「……もう少し待ってもらえないかしら」

 

「ダメだ」

 

 

 マウントは俺が取っている。それに相手は男ときた。加減する必要はない。

 

 シルビアの腹に両手をかざし、気を溜めていく。

 貫通力を伴わない気の攻撃は相手を吹き飛ばす衝撃波としてしか使えないが、それでも高めればかなりの威力になる。

 何より――

 

 

 人の身体が抉れる所なんて、純真でかわいいこめっこに見せられるわけがない。

 

 

「ばっ!!」

 

 

 とてつもない衝撃波が、シルビアを地面に叩き落とした――!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 気の塊の爆発により、シルビアが落下した地点は大きなクレータが出来、もくもくと土煙が立ち上っていた。

 クレーターを作った本人は、その傍に着地し、ただ黙って穴の底を見つめていた。

 

 すると、何が起きたのかと心配になったダクネスとカズマが、様子を見にヒデオの元までやって来る。

 

 

「早速だが一言だけ言わせてもらう。死んでしまえ」

 

 

 ヒデオからすれば人質を少々荒っぽい方法で仲間に届けただけなのだが、カズマからすればそこらの岩より堅いものにぶつけられかけた様なものだ。

 ダクネスのキャッチが上手くダメージは殆どなかったとは言え、それでも怖いものは怖い。

 怨みを込めた視線でヒデオを睨むカズマだが、ヒデオはそれをものともしない。

 

 

「大丈夫みたいだな。あ、シルビアはまだ生きてるぞ」

 

「なんで今のでとどめ刺さなかったんだ?」

 

「シルビアを一息で殺れるほどの気を溜める時間が無かったんだよ。半端にやってこめっこにグロテスクなシーンは見せたくないからな。つーかダクネス、こめっこは?」

 

 

 こめっこの護衛を任せたはずのダクネスが、何故かこめっこを放置して最前線に来ている事が気になったのか、ヒデオはダクネスに問い掛けた。

 

 

「アクアとめぐみんに任せて来た。別に『言ったことも守れないのかこの雌豚が!』と口汚く罵ってくれても構わんのだぞ? 寧ろそれを期待してこちらに来たのもある」

 

「なるほど、それで充分だ。近くに敵も来てないしな」

 

「むぅ……」

 

 

 ヒデオの反応が思っていたより芳しく無かったのか、少しだけ不満そうにダクネスはヒデオを見つめた。

 

 

「なんでむくれてんだよ」

 

「めぐみんに、『そう言うのはヒデオに言ってください』と言われたから、てっきりヒデオが私の欲求不満を満たしてくれると期待していたのだが……」

 

「あのロリっ子なんてことを言いやがるんだ」

 

「そ、そんなに私の相手をするのは嫌か……?」

 

「うん」

 

「くっ……! こんな雑な責めでも少し悦んでしまう自分の性癖が憎らしい……! もっとだ! 」

 

 

 まだ足りないとおかわりを要求するダクネスだが、ヒデオは当然のようにそれを無視し、少し離れたところでクレーターの底を覗き込んでいるカズマを制止した。

 

 

「あ、おいカズマ。あんまり俺から離れんなよ。シルビアが何処にいるか正確な位置がまだわかってねーんだからな」

 

「気の感知で何とか出来るんじゃないのか? というか俺は敵感知あるから大丈夫だ」

 

「そうか。なら警戒しといてくれ。気の感知は発動してるが、細かい位置まではわかってない」

 

「ん? いつもは後ろから悪戯しようとしたらすぐ気付くのにか?」

 

「今は紅魔の里周辺まで範囲を広げてるからな。範囲を広げると多くを感じとれるが、その分明確な座標とかはわからない。だから、今みたいな時は気の感知はあくまで参考にするだけだ。肉眼で見るのが一番だからな」

 

 

 現在、ヒデオの気の感知の熟練度での最大距離は100kmで、最大範囲は半径25km。

 地図のように縮尺の増減で精度が変わる。

 範囲を広げるほど誤差は大きくなる。

 現在は紅魔の里とその周辺を半径15km程度に拡大していて、誤差は平均1~2m。

 更に、対象の気が大きければ大きい程その周りのそれより小さな気が感じ取りにくくなるという性質を持っている。

 

 その説明を受けたカズマは、もっともな意見を口にした。

 

 

「それなら範囲狭めればいいじゃねぇか」

 

「こめっこが居るのにそんな危なっかしいことができるか。仮にシルビアと交戦中でもこめっこに危機が迫ればそっちを優先するぞ俺は」

 

 

 一体なにがヒデオをここまで駆り立てるんだろう。一度頭の病院に掛かった方がいいんじゃないのかとヒデオを心配するカズマだったが、この世界の精神科となると宗教関連になり、アクアがでしゃばってくる事を察し、それ以上は何も考えなかった。

 

 そんなカズマの心配など全く知らないヒデオは、シルビアの気の動きを感じると二人に警告した。

 

 

「……ダクネス。来てるから構えろ。カズマ、俺の前だよな?」

 

「あぁ、ちょうどヒデオの真ん前だ」

 

 

 まだもくもくと粉塵と土煙が舞っているので姿は視認出来ていない三人だが、カズマの敵感知にもヒデオの気の感知にも、しっかりとシルビアの動きは察知出来ている。余程のことが無い限り迎撃は容易い布陣だ。

 三人ともそう考えながらも、決して油断はしない。

 

 ゆらゆらと土煙が揺れ、シルビアの接近を知らせて来る。

 どんな手を使って来るかは知らないが、とりあえずは蹴りを見舞おうと、ヒデオは半身に構え両足に力を込める。

 

 すると。

 

 

「ヒデオ、カズマ! 下だ! 地面が!」

 

「「!」」

 

 

 ダクネスの叫びに釣られ咄嗟に視線を下に向けると、地面がぼこぼこと隆起し始めていた。

 

 

「任せろ!」

 

 

 それに対し地面を踏み砕こうとするヒデオだったが、それはカズマに制止された。

 

 

「違う! そっちじゃない! 反応は前から来てる!」

 

 

 カズマが見る先には、シルビアであろう黒い影が土煙に映されていた。

 

 常人なら地面の囮に釣られ、まんまとシルビアに一杯食わされていただろう。しかし、サイヤ人を常人と呼ぶのは無理がある。

 

 ヒデオは流れるように崩れた体勢を回し蹴りの型に持ってゆき、影めがけて思いっきり飛び回し蹴りを見舞った。

 

 

「シッ!」

 

「あっ!?」

 

「!?」

 

 

 ヒデオが蹴ると同時にシルビアが素っ頓狂な声を上げたが、ヒデオの蹴りは土煙を晴らしただけで、シルビアに掠りもしなかった。

 しかし、シルビアがヒデオの蹴りを避けたわけではない。

 

 クレーターの斜面が崩れ、シルビアは足を滑らせたのだ。そして前のめりに倒れ、ヒデオは飛び回し蹴りの慣性に従って回転しながら落ちた。ただそれだけの事。

 

 魔王軍幹部だって足元が悪ければ滑らせもするし、滑り落ちまいと腕を前に伸ばしたりもする。何か掴めるものがあったから、それを全力で掴んだりもするだろう。

 

 

「……なにかしら、このモフモフ」

 

 

 ただ、手を伸ばした先にあったのがヒデオの尻尾だっただけだ。

 

 

「……ヤバイ」

 

「あら? なんで厄介なボウヤが……なるほど。弱点ってこういう事ね」

 

 

 自分が持っているモフモフの先で何故か倒れているヒデオに疑問を持ったシルビアだったが、即座に状況を理解し、今一度ヒデオの尻尾をしっかりと握り直した。

 尻尾を強く握られたヒデオは当然力が抜け、へなと地面に崩れ落ちる。

 

 そんなヒデオの様子を見て、カズマが焦った様子で問い詰めた。

 

 

「オイオイオイ。なんの冗談だよヒデオ。お前、尻尾には気を付けてるっていつも言ってたじゃねぇか! なんでそんな簡単に掴まれてんだ!」

 

「あ、ありのまま今起こったことを話すぜ! 俺はシルビアに飛び回し蹴りを放ったと思ったらいつの間にか尻尾を掴まれていた……。何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった……。超能力だとか催眠術だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」

 

「私は少し離れたところで見ていたからわかるが、前のめりにこけたシルビアの右腕の傍に運悪くヒデオの尻尾があっただけだ。回し蹴りが仇になったな」

 

 

 意識しての攻撃ならば、ヒデオは野生の勘で察知しこの事態を防ぐことも出来ただろう。しかし、今回のこれは完全に事故だ。どうしようもできない。

 

 

「ダクネス、カズマ。恥をしのんで言う」

 

 

 本来なら逆の立場だが、今回ばかりは致し方ない。ヒデオは悔しさと自分の情けなさに歯噛みし、心底嫌そうな顔で。

 

 

「助けて欲しいです……!」

 

 

 そう、二人に言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




二万字こえました!


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第五十三話

お待たせしました!







追伸、十連ガチャの闇は深い


 

「このバカっ! 早く克服しろとあれほど言ったのに!」

 

 

 カズマが怒るのも無理もない。先程まで戦力だったサイヤ人が一瞬にして足でまといと化したのだ。自分が捕まるのとは訳が違う。

 

 

「やりました! やったんですよ! 必死に! その結果がこれなんですよ! サイヤ人になって、身体を鍛えて、今はこうして尻尾を掴まれてる! これ以上何をどうしろって言うんです!? 何を鍛えろって言うんですか!?」

 

 

 カズマの怒りに対し、ヒデオはこれ以上無いくらいの逆ギレを見せるが。

 

 

「尻尾だよ!!」

 

「アッグゥ!」

 

 

 カズマに頭をはたかれ、スパァンと小気味のいい音を響かせた。

 

 周りの人間、特に内情を詳しく知っているカズマは鍛えろ鍛えろと頻繁に言うが、某地球育ちのサイヤ人ですら鍛えるのに年単位に長い期間を要したのだ。

 サイヤ人になって1年も経っていない上に、彼と違って毎日を修行に費やしている訳でもないヒデオにそれを要求するのは酷なものだろう。

 ヒデオなりに努力はしていて、振りほどけはしないが身体を腕で支えるくらいは出来るようになっている。

 しかし、それもこの状況では焼け石に水だ。

 

 

「さて、お別れは済んだかしら? このボウヤは魔王城に連れ帰って、仲間になるよう洗脳し終えたら貴方達の前に再び連れてくるわ。それじゃあ、さようなら」

 

 

 ヒデオ以外でシルビアより機動力のある人物はこの場に居ない。従って、ここで連れ去られてしまっては追いつく術はない。

 

 

「マズイ! 逃がすか!」

 

 

 カズマもその事はわかっているのか、なりふり構わずヒデオの腕に飛びつき、その場に踏ん張った。

 しかし、カズマの筋力値ではシルビアを止めることは敵わず、ズリズリと引き摺られていく。

 

 

「カズマ、私も手伝う!」

 

 

 見かねたダクネスが同じように腕を掴み、力いっぱい踏ん張る。流石はクルセイダーと言ったところか、見事シルビアの歩を止め、拮抗状態に持ち込んだ。

 

 

「こら! 離しなさい!」

 

「それはこちらのセリフだ! カズマ、合わせるぞ!」

 

「わかった! せーのっ!」

 

 

 うんとこしょ、どっこいしょ。

 カズマとダクネスは助けようと引っ張りますが、ヒデオは抜けません。

 

 

「いいぞお前ら。その調子で……はうあっ!」

 

「気持ち悪い声を出すな!」

 

「シルビアに言ってくれ!」

 

 

 時折変な声を出しますが、それでもヒデオは抜けません。

 

 

「くっ……! 流石に二対一だと分が悪いわね!」

 

 

 文句を垂れるシルビアは、それでもしっかりと抵抗しています。当然ヒデオは抜けません。

 

 

「くっ……! ある国には引き裂きの刑があると聞くが……! 羨ましいぞヒデオ!」

 

「こいつ早くどうにかしてくれカズマ」

 

「それお前の仕事だから」

 

 

 いつもの様に鋭角なボケを振ってくるダクネスに、ヒデオとカズマはなんとか堪えます。まだまだヒデオは抜けません。

 

 

 うんとこしょ、どっこいしょ。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 拮抗状態が続いて10分が経った頃。

 

 

「あぁ……! マズイマズイマズイマズイ! 切れちゃう! 切れちゃうのぉぉぉ!」

 

 

 ヒデオが突然気色の悪い声を上げ、身体を掴んでいる三人の動きを一瞬だけ強ばらせた。

 

 

「だからキモイ声を出すな! 何が切れるんだ!? 尻尾か!?」

 

 

 いち早く気を取り直したカズマが、気持ち悪いとツッコミを入れながら心配するという器用な事をやってのけた。

 

 

「……痛覚麻痺のスキル」

 

 

 ヒデオが発動していた痛覚麻痺スキルの効果が切れそうになっていた。

 気功術のスキルは気を使うが、それ以外のコンバットマスターのスキルは全て魔力を用いる。気の量は群を抜いているヒデオだが、魔力に関してはカズマより少し多いくらいの量だ。従って、今日一日はほとんどコンバットマスターの能動的なスキルは使えない。

 

 

「なんだそのスキル。初耳だ」

 

「だってさっき取ったからな」

 

「……なるほど、前と違って痛がっていなかったのはそのせいか。時にヒデオ。もしスキルが切れたらどうなるのだ? いきなりえも言われぬ激痛に襲われるのか? それともジワジワと痛みが押し寄せてくるのか? どっちなんだヒデオ!」

 

 

 先程のような外部からの影響による強制解除ならば痛みは一気に押し寄せ、それ以外ではジワジワと痛くなっていく。

 しかし、習得したばかりのヒデオはそんなことは知らない。

 

 

「知るか。つーかなんで興味津々なんだよお前は」

 

 

 どうせいつものアレだと呆れた顔でダクネスを見るヒデオだが、思いの外ダクネスは心配しているようで。

 

 

「少しでも痛みを和らげてやろうかと思ったのだが……。これでも苦痛に関しては一家言あるんだぞ?」

 

 

 フフンとドヤ顔でそう言った。

 仲間想いなのは素晴らしいが、性癖の副産物なので決して威張れる事ではない。

 

 

「そうか……あ、あぁあぁ! 痛みが! 来ちゃううぅ! 来ちゃうのぉおおお!!」

 

 

 いかにもダクネスが発しそうなワードだが、実際に発しているのはヒデオだ。気持ちが悪い。

 

 

「お前実は結構余裕あるだろ」

 

 

 ヒデオの奇声を咎めるカズマだが、当のヒデオは気持ちの悪い奇声をあげるので精一杯だ。つまり余裕はある。

 

 

「今の言い方だとやはりジワジワと来る感じなのか!? くっ……! 羨ましい……!」

 

「うるせぇ黙ってろド変態」

 

「んっ……! あ、危ないじゃないかヒデオ! 思わず離すところだったぞ! 時と場所を考えろ!」

 

「お前だけには言われたくねぇ。痛っ!」

 

 

 じんじんと続く痛みに加え、ヒビが入ったような激痛が尻尾に走るので、ヒデオは思わず声を漏らしてしまう。

 しかし、ダクネス程ではないにしろ苦痛には慣れているのか、まだ余裕が見える。

 

 

「まだ耐えれる……が、早く助けてください! こめっこが見てるんです!」

 

 

 こめっこにこれ以上こんな醜態は晒せないと情けなく懇願するヒデオだが、昨日の晩飯時のカズマとの一件で既に手遅れなところまで来ている。それでもこめっこがヒデオへの態度を変えないのは幼さゆえ、そして『このお兄ちゃんはご飯くれる人』との認識が成した結果だろう。

 しかし、そんな事は微塵も知っていないヒデオは気が気でないのだ。

 

 

「こめっこなら今はアクアと遊んでるよ」

 

「そうか、ならいい。……だけど、そろそろ我慢出来そうにないから助けてほしいです」

 

「助けろって言われてもなぁ。シルビアの腕力が思ってたより凄いんだよ。耐えてれば紅魔族来るだろうから我慢しろよ」

 

「我慢出来そうにねぇ。だからさ――」

 

 

 ヒソヒソとシルビアとダクネスに聞こえないように、小さな声でヒデオは作戦を伝える。カズマは聞いていくうちに顔をしかめていったが、数度言葉を交わすと、やがて納得したように頷いた。

 

 

「頼んだぞ」

 

「……よし、任せろ」

 

 

 ヒデオの肩に手を置いて頼もしい返事をすると、カズマは直ぐにこの場から離れてどこかに行ってしまった。

 

 

「あら? あのボウヤは何処に行くのかしら? ……まぁいいわ。これでこっちの厄介なボウヤを……!? さっきより抵抗が強い……!」

 

「両手でしっかりと掴んでいるからな。さっきより力は入れやすい。そう易々と私の仲間はやらんぞ?」

 

「寄越しなさい!」

 

「やらん!」

 

 

 ダクネスはヒデオの両腕を、シルビアはヒデオの尻尾を力いっぱい引っ張り合う。互いの筋力値は拮抗していて、かなり大きな負荷が尻尾にかかる。

 

 より強い力がかかれば当然、より強い激痛が走る。

 

 

「痛い痛い痛い痛い! どっちかでいいから手を緩めろ!」

 

「お嬢ちゃんの方に言ってちょうだい! 折角この物理的に厄介なボウヤの弱点を掴んだのよ! ちょっとでも離すもんですか!」

 

「私もお前を連れ去られるような下手を打つつもりは無い!」

 

 

 ヒデオを挟み、睨み合う二人。

 傍から見れば美女二人が一人の男を取り合っているというなんとも羨ましい光景だが、片や竿付き、片や変態である。

 これを見て羨ましいと思う者は、ただの無知か余程歪んだ性癖の持ち主と言えるだろう。

 

 

「……これがこいつらじゃなけりゃあな」

 

「まさかヒデオ。こちら側に来たりはしないだろうな? お前には寧ろ私をいたぶることに快感を覚えてほしいのだ。まず、破壊衝動を私が一身に受けてだな……」

 

「あーはいはいわかったわかった。わかったから間違ってもこの手を緩めるんじゃねぇぞ。しっかり握っとけよ」

 

 

 ヒデオはダクネスの妄想語りを慣れた様子で軽く流すと、絶対に手を離さないようにと念押す。

 

 

「元よりそのつもりだが……」

 

「ならいい」

 

「……力が入らないはずのその状態で何をする気だ? もしそれがこの状況から脱する方法なら幸いだが、それならなぜ私達に助けを求めたんだ?」

 

 

 自身でなんとか出来るのならなんとかするのがヒデオのはずだと思っていたダクネスは、不思議そうに訪ねた。

 

 

「こうなった場合に対策は考えていたんだが、一人じゃ出来ねぇ。俺を引っ張る係ともう一人、今カズマがやろうとしている係が必要だ」

 

「ふむ、例によってよくわからないが、とりあえずお前達を信じてこのまま離さなければ良いのだな。任せておけ」

 

「ありがとよ。……っ!! そろそろ我慢できそうにねぇな……!!」

 

 

 喋り続けて痛みを誤魔化すのが限界になってきたようで、ヒデオは少しでも痛みを我慢するために歯を食いしばる。

 

 

「お、おい! 任せろとは言ったが、本当に良いのか!? 少しくらい緩めて……」

 

「いい! これでいい! 緩めんな!」

 

「何を企んでるのかは知らないけど、いい加減にこのボウヤを貰うわよ!」

 

「すまないヒデオ! 思いっきり引っ張るぞ!」

 

 

 何かをされる前に奪ってしまえばこっちのものと言わんばかりに、シルビアはさらに力強くヒデオの尻尾を引っ張る。

 ダクネスもそれに負けじと踏ん張り、先程までの比ではない負荷が尻尾にかかる。

 

 

「っぐぅぅう!!!」

 

 

 身がじわじわと引き裂かれる痛みに耐え、尻尾をさすり、ヒデオはじっと時を待つ。

 

 

「ヒデオ、本当に大丈夫か!?」

 

「……ぅっ! き、気にすんな……! 引っ張り続けろ……!」

 

 

 途中何度もダクネスが心配して声をかけるが、ヒデオは耐え続けた。

 

 

「いい加減に寄越し……なさいっ!!」

 

 

 痺れを切らしたシルビアが、反動をつけて思いっきり引っ張ろうとしたその瞬間。

 

 

「!」

 

 

 シルビアの頬を、どこからともなく飛んできた光線が掠めた。

 

 

「……あのボウヤね。なにか企んでるのはわかってたわ! さぁ、策は敗れたようだけど、どうするつもり?」

 

 

 シルビアは飛んできた方角を見ながら大きな声で威嚇。

 すると、狙撃手(カズマ)はそれに大量の狙撃で応えた。

 

 

「ヤケになったのかしら! いくら撃っても当たらなければどうということはないのよ!」

 

 

 しかし、シルビアは次々に飛んでくる狙撃を軽く避けていく。

 その間もしっかりとヒデオの尻尾は離さない。

 

 上に下に右に左に後ろに前に。

 いくら避けても、狙撃が止むことは無かった。

 

 避けても避けても止むことのない狙撃の雨に、ついに。

 

 

「いい加減鬱陶しいわね! そろそろ止めなさいな!」

 

 

 シルビアがキレた。

 

 

 そのついでに。

 

 

「いってぇぇぇぇ!!!」

 

 

 ヒデオの尻尾も切れた。

 

 狙撃で切り込みが入れられ、その状態で強い力に引っ張られてしまった結果、尻尾が裂けた。

 

 

「しまった!(先程までの攻撃は私の意識を逸らすための陽動。相手は人間だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)くっ……! 逃がさないわ!」

 

 

 突然起きた出来事に戸惑うが、瞬時に頭を回転させ、まだ困惑しているであろうヒデオかダクネスを捕まえににかかるシルビア。

 が、時既に遅し。

 

 

「スゲェ痛いが……作戦通りだ!」

 

 

 涙を流しながら攻撃をひょいと躱し、ヒデオはダクネスを抱えてシルビアから距離を取った。

 

 

「何が起こったのかわからないが、とりあえずお前達が企んでいたのはこれか? 尻尾を捨てるとは中々大胆なことを……」

 

「背に腹は変えられねぇからな。自分で言うのもなんだが、俺が魔王軍側についたら人類がやばい。人類、つまりこめっこの為なら尻尾を捨てるのなんて安いもんだ。ちょむすけに尻尾で遊んでやれなくなるのは残念だが……」

 

「惜しむところはそこじゃないと思うのだが……アクアならくっつけられるんじゃないか?」

 

「はっ! その手があったか! ありがとうララティーナ!」

 

「そっちの名で呼ぶなと何度言えば……!」

 

 

 可愛い方の名前で呼ばれぷんすかと怒るが、ヒデオはそんなダクネスを着地させるとすぐにシルビアの所へ向かう。

 

 

「おいシルビア! 俺の尻尾を返してもら……あれ、どっちの手にも持ってねぇな。どこやった?」

 

 

 意気揚々ととんでもないスピードで向かったのはいいが、シルビアとその周りにヒデオの尻尾がある様子はない。

 

 

「……さぁ?」

 

「そのへんに捨てたのか? ……いや、待て。お前、グロウキメラとか言ってたよな。で、その乳は後付けしたって言ったよな」

 

「……そうね」

 

 

 短く答えるシルビアの表情は俯いていてわからないが、自分にとって快い顔では無いことを、ヒデオは真相とともに察していた。

 

 

「じゃあ、それを踏まえてもう一度聞くぞ?

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 ヒデオがそう言うと、シルビアはニタリと口角を上げてくつくつと笑う。

 

 そして。

 

 

「ふふふ……アナタみたいな勘のいいボウヤは好きよ?」

 

 

 まるで嘲笑うように、ゆらゆらと自分のモノになった尻尾を見せびらかした。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「アハハハ! 力が漲って来るわ!」

 

 

 ヒデオ(サイヤ人)の尻尾を吸収したシルビアはしてやったりとばかりにけたけたと高笑う。

 そんなシルビアの高笑いに、憤りを覚える男が一人。

 

 

「よくも俺のチャームポイントを……!」

 

 

 ヒデオである。

 

 いったいどの辺がチャームなのか定かではないが、どうやら彼にとってはそうだったらしい。

 

 

「悪いわねボウヤ。尻尾を吸収しちゃって。欲を言えばあなた自身を取り込みたかったんだけど、まぁ、今からあなたを倒してそうすればいい話よね」

 

 

 サイヤ人の身体能力を得たシルビアは、強化された脚力で地面を砕き、まるで先程カズマごと狙った時の様な動きでヒデオに詰め寄っる。

 

 キメラであるシルビアは、数多の生物の構造と弱点を知り尽くしている。それは人間とて例外でなく、容赦ない殺撃をヒデオの喉元に放つ。

 徒手でも極めれば刃の様に首を刈り、身を裂き、骨を断つことが出来る。ましてやモンスターより脆い人間の身体などいとも容易く壊す事が出来るだろう。

 

 突進の勢いなど諸々を乗せ、鋭い手刀を放つ。

 

 しかし。

 

 

「貰っがフッ!?」

 

 

 ヒデオの首を刎ねるつもりで放った手刀は容易く防御され、呆気なく顔面にカウンターを喰らう。

 相手がサイヤ人だということを忘れてはならない。

 

 

「隙だらがふっ!?」

 

 

 顔面を殴ったはいいが、吹っ飛ぶ反動を利用して蹴りを顔面に喰らってしまった。

 相手が魔王軍幹部だということを忘れてはならない。

 

 

「ぐっ……」

 

「ぬっ……」

 

 

 強い力に押された二人の身体はそのまま慣性に従いズリズリと地面を削っていくが、数メートルの間合いが空いたところで互いに動きを止めた。

 

 

「……効いたぜ。少しな」

 

 

 口の中を切ったヒデオは、血と混ざった唾液をべっと吐き出し、ゴキゴキと首を鳴らして平気そうに振る舞う。

 

 

「……こっちも効いたわ。少しね」

 

 

 凄まじい打撃で骨格を歪まされたシルビアは、骨格を弄って元に戻し、口の端に付いた血を拭う。

 

 

「正直アナタの一部だけでここまで身体能力が上がるとは思わなかったわ。もし全部吸収したなら、とてつもない力が手に入りそうね?」

 

「さぁ、どうだろうな。 仮にそうだとしても、俺を倒せなきゃ机上の空論だぜ?」

 

「確かにそうね。まぁそれはアナタを倒してからじっくり試すとするわ!」

 

 

 再び間合いを詰め、凄まじいラッシュを始めるシルビア。

 ただ乱雑に拳を放っているのではなく、必殺の一撃を放つ隙を探っているようだ。

 しかし、ヒデオが回避に徹するせいでそんな隙は訪れない。

 

 

「そらそらそらそら! どうしたの? 反撃がないようだけど! それとも、返り討ちに合うのが怖いのかしら! とんだ根性無しがいたものね!」

 

 

 回避といなすだけのヒデオが気になったのか、シルビアはわざとラッシュの手を緩め、根性無しとヒデオを煽る。

 

 

「そうか、なら望み通り反撃してやろうか?」

 

「……望んではいないわ」

 

 

 ヒデオの放つ殺気が思っていたより大きかったのか、攻撃の手を止めてさり気なく距離を取るシルビア。

 そんなシルビアにヒデオはニッコリと笑いながらジリジリと詰め寄る。

 

 

「遠慮するな」

 

「嫌よ。危ないから遠距離から攻撃させてもらうわ」

 

 

 ヒデオの不敵な笑みが不気味だったのか、シルビアはバックステップで大きく距離を取った。

 

 

「なんだ? 石でも投げるのか?」

 

「冗談はよしなさい。気付いているんでしょう? アナタの技を私が使える事に」

 

 

 ヒデオの一部であるサイヤ人の尻尾を吸収した。これはグロウキメラ的にはヒデオを吸収したのと同義。なのでヒデオが使う技やスキルを使えたとしても不思議ない。

 ヒデオもそれに気付いていた様で、特に臆することなく軽く返す。

 

 

「あぁ。だからどうした?」

 

「……強がりは真剣勝負の世界では足枷にしかならないわよ? ……はっ!」

 

 

 シルビアが放ったのは、ヒデオもよく使う普通の気弾。ひとまずは能力の小手調べも兼ねているのだろう。そんなに威力はない。

 

 当然、防がれる。

 

 

「……ダクネス、御褒美だ!」

 

「任せろ!」

 

 

 ヒデオはただ防御するだけでは飽き足らず、ダクネスの性欲を解消させるべく彼女の居る方へ気弾を弾いた。

 

 

「……! これは……」

 

 

 シルビアの気弾を受け、何か思うところがあるらしいダクネスは、受けた箇所をしきりに触り、はてと首を傾げた。

 すると、どこか身体に異常をきたしたのではと心配したアクアが、ダクネスに声をかけた。

 

 

「どうしたの? ダクネス。どこか痛いとこでとあるの?」

 

「いや、特にないのだが……」

 

「そうなの?けど、念のため回復魔法かけておいてあげるわね。『ヒール』!」

 

 

 アクアがヒールをかける一方で、その原因を作った二人は再び睨み合っていた。

 

 

「やっぱり防がれるわね。でも、これを見て驚きなさい? はぁぁぁぁ!」

 

 

 シルビアは全く迷いのない流れるような動きで身体にある内なる力を解放し、その全身から可視化した気を放出させた。気の解放である。

 ヒデオはなにか思うところがあるのか、弾いた方の腕をしきりにぐーぱーと閉じたり開いたりしている。

 

 

「……」

 

「ふふふ、怖気付いたかしら? けど、怖がるのはまだ早いわよ! ……カメハメハ!」

 

 

 構えはヒデオの見様見真似だが、それでも突き出された腕は大砲の砲身を想起させ、放たれる光はまるで魔法。

 

 質量を持った光線が、真っ直ぐとヒデオの元へ飛んでいき――

 

 

 

 

 

「かぁっ!!」

 

 

 気合で掻き消された。

 

 

「……へ?」

 

 

 その素っ頓狂な声をあげたのは言わずもがなシルビアだ。

 大ダメージを期待して放った敵の必殺技とも言えるであろう技が、いとも容易く、それも大きな声だけで掻き消されたのだ。

 

 

「拍子抜けとは言わねぇ。この結果はわかってた事だ。シルビア、お前は一つ勘違いをしている。わかるか?」

 

「……いいえ。悔しいけどわからないわ」

 

「そうか。なら教えてやる。お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「えぇ。武器も持っていないただの人間にここまで圧倒されるなんてないもの」

 

「残念だが、それは違うな。()()()()()()()()()()()()()()。そもそもサイヤ人になるだけで最強になれるなら魔王軍なんてとっくに滅ぼしてるし、このパーティーに入ってすらいない」

 

 

 ヒデオの言い方だと誤解を生むが、決してヒデオ単体が強いという意味ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 ヒデオが鍛えただけではここまで強くなっていないし、逆にサイヤ人になっただけで強くなるわけでもない。

 もし初めから世界最強の力を手に入れていたならば、知り合いこそすれパーティーに加入することなど無かっただろう。

 

 シルビアはその事を理解したが、だからどうしたと言うふうに笑ってみせた。

 

 

「……そう、貴方の言い分はわかったわ。でもね!」

 

 

 シルビアは魔王軍幹部。元の強さが並を優に越えていて、もしシルビアが初めからサイヤ人の力を手に入れていれば今のヒデオに勝ち目は無かっただろう。

 

 

「私があなたに勝てない理由にはなっていないわ!」

 

 

 気の解放で身体能力を底上げし、先程よりも凄まじい連撃をヒデオに叩き込んでいく。

 

 流石にこの量をこの距離で回避するのは無理があると、ヒデオは顔を両腕で覆ってガードする。

 吹き飛ばされないように脚に力を込める。

 

 しかし、その踏ん張りも連撃に段々と押し負ける。

 

 

 

「……やったかしら」

 

 

 その時、フラグとして有名なセリフを、つい口走ってしまうシルビア。

 

 

「……連打は終わりか?」

 

「!!」

 

 

 まさか、そんな筈はない。最強ではないにしろ、強化された魔王軍幹部の全力の攻撃を食らって、こんな余裕のある声音が出せるはずがないと、シルビアは戦慄してしまった。

 

 

「効いたぜ。少しな」

 

 

 まるでボスキャラのような圧倒的な存在感を漂わせ、ヒデオは未だ立ち込める砂塵の中から悠々と現れた。

 

 片や疲労困憊の魔王軍幹部と、片や余裕たっぷりのサイヤ人。本来なら逆の立場であるはずなのに、これではどちらが悪かわからない。

 

 

「連打ってのはな、相手を確実に仕留めるよう、一発一発に殺意を込めて放つんだよ」

 

 

 倍率を3倍まで引き上げた不死王拳を発動。

 赤紫の禍々しい気が身体を渦巻く。

 

 

「こんな風にな!!」

 

 

 刹那、その声と共に無理矢理重ねたような鈍く重い音が響いた。

 

 

「がっ……!!」

 

 

 奇跡的な反応で咄嗟にガードするシルビア。

 

 間に合ったおかげで即戦闘不能とはいかないが、それでも一発一発が芯に届く。

 

 絶え間のない拳は、シルビアの身体を容易く浮き上がらせた。

 

 

「ぐっ……!!」

 

 

 咄嗟に『痛覚麻痺』を発動させるシルビアだが、痛みは消せてもダメージは残る。

 

 凄まじい勢いで蓄積されていくダメージと疲労。

 やがて身体が悲鳴をあげる。四肢が疲労に震える。

 それでもガードは崩さない。

 

 しかし、ほんの一瞬、膝が落ちそうになる。

 

 隙と言うにはあまりにも刹那の出来事だった。

 並の動体視力と反射神経をしている者ならまず見逃す。

 

 

 だが、ヒデオはそれを見逃さない。見逃せない。

 最早本能とすら呼べるモノが、素早く、正確に、身体を次の行動へと促した。

 

 

「フッ!!」

 

 

 容赦なく繰り出された脚は、連撃の比ではない迅さで腹に抉り込まれる。

 たった一撃だが、シルビアをその場から蹴り飛ばすには充分すぎる膂力だった。

 

 慣性に従い、肉眼では捉えがたい速度でぶっ飛んで行く。

 

 

「ッッ!?」

 

 

 やがて吹き飛ばされた先で民家の壁を突き破るまで、シルビアは何をされたか理解が追い付かなかった。

 そんなシルビアに。

 

 

「まさか、これで終わりじゃあねぇよな?」

 

 

 ヒデオは、余裕を持った笑みで笑いかけた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 なんで私がこんな目に……!

 弱点を掴んで形勢逆転かと思いきや予想外の行動に出るし、相手の一部を吸収して一泡吹かせようと思ったらボコボコにされた……。

 

 思い返せばこの任務に着いてから良いことなんてなかった。

 紅魔族にはオモチャにされるし、肝心の目的である兵器の尻尾も全然掴めなかった。

 玉砕覚悟で潜入してなんとかバレずに里の中ほどまで行っても、あの忌々しいボウヤが邪魔をしてきた。

 本当に何者なんだ。ランチタイムを邪魔されただとか理不尽な理由で殺そうとしてくるし、変装も見破られた。

 

 ただ一つ言えるとすれば、あのボウヤを連れ帰る、若しくは吸収すれば。魔王軍は更に強固になるだろう。

 

 ……なんとかあのボウヤの隙を付いて、気絶させたり出来ないかしら。

 幸いここは変人の巣窟紅魔の里。例えばこんな民家にも変な物が……。

 

 

「!」

 

 

 突き破ってきた壁の残骸の中に、今まで見たことのない怪しげな物体があった。

 

 色はずっしりとした黒で、全体的に細くて長い。

 

 どんな用途か全くわからないが、本能に引き寄せられるように、私はそれに手を伸ばした。

 

 それを手に取ると、形状から大砲を小型化したような武器なのだろうと推察できた。

 細い方を前にすると、ちょうど指の位置になにかレバーのようなものが来る。恐らくこれで発射するのだろう。

 もしやこれが例の兵器なのではと思っていた、その時だった。

 

 

「家主には悪いけど、出て来ないなら家ごと消し飛ばすしかないな。おいシルビア。そこにいるのはわかってる。出て来ねぇと今言ったように家ごと跡形もなく消し飛ばす」

 

 

 そんな、不吉な声が聞こえてきた。

 

 尻尾を手に入れてから感じていた生命エネルギーの様なものが膨れ上がり、壁の外から光が漏れてくる。

 

 どうやら本当にやるつもりのようだ。このまま何もしないと本当に消し飛ばされて死んでしまうだろう。

 

 ……なら、一か八か。

 

 

 

「……お、出て来たな。まぁ、撃つのは止めんが」

 

 

 頭の横で手を重ねるというおかしな構えをしながら、そんな事を言ってくる。その表情からは余裕が見てとれた。

 幸い、私が持っているこの武器には気付いていないみたいだ。

 

 ……いける。

 

 

「じゃあな、楽しかったぜ。ギャリック……!!」

 

 

 いっそう輝きが強まり、紫色が更に深くなる。だが、ここで怖気付いてはいけない。

 

 

「それはよかったわ。……お礼ついでに、これを喰らいなさい!!」

 

「!!」

 

 

 ジャキン! と小気味のいい音を立てて目の前の敵に狙いを定め、引き金を――

 

 

「あ、あれ!? 何も起きない……!?」

 

「……なんだ、故障か。ビビらせやがって。じゃあ、今度こそサヨナラだ」

 

「……あは、アハハ!! なによこれ! 最期までコケにしやがって! 紅魔族なんて滅んでしまえばいいのよ!! ついでにアクシズ教徒も!」

 

「うちの子達をついでにしないで欲しいんですけど!!」

 

 

 青い髪のプリーストがなにやら言ってくるが、私の耳には届かない。

 すると、見かねたボウヤが。

 

 

「……なんつーか、不憫だな」

 

 

 心底同情するような目で、こちらを見てきた。

 

 

「……そう思うなら、その光を引っ込めて欲しいわ」

 

「そりゃ無理だ。あばよシルビア。ギャリック砲ー!!!」

 

「えっ、ちょ待っ……!」

 

 

 奴はあろう事かノータイムで撃ってきた。

 不憫だと思うなら辞世の句を詠ませる時間くらいくれてもいいのに。

 

 回避しようにももう間に合わず、半ば諦めた状態で投げやりになっていると、とんでもない事が起きた。

 

 

「俺のギャリック砲が……!?」

 

 

 最初に気付いたのは奴だった。

 一体何が起きたのだろうと、視線の先を見ると。

 

 

 ガラクタに光が吸い込まれていた。

 

 

「これは……!? いや、そういう事ね……!」

 

 

 なるほど。これなら撃てなかったのも合点がいく。いくら弦を引っ張っても矢がなければ弓の意味は無い。単純な事だった。

 

 

「シルビア、てめぇ何しやがった!」

 

「私はなにもしてないわよ。けど、これで形勢逆転ね?」

 

 

 ニッコリと笑いながら、引き金を引く。

 

 圧縮されたエネルギーが、砲身から放たれた――!!

 




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第五十四話

大変お待たせしました。


 

 迫り来る凶弾。

 

 

「(強……! 迅……!

 

 

 

 受け止める!? 無事で!? 出来る!?

 

 

 避……!

 可……! 生……!)」

 

 

 刻まれた一秒の中で、ヒデオは徹底的に無駄を排除した思考で身体を動かした。

 

 

「(2倍不死王拳!!)」

 

 

 深い赤紫の気を纏い、回避を――

 

 

 

 否。

 

 

「避けたら怪我人が出る!」

 

 

 こんな破壊力のバクダンを放置するわけにも流れ弾にするわけにもいかず、ガッシリと両腕で受け止めた。

 

 

「嘘でしょ……!? それ止めるの!?」

 

「元は俺のギャリック砲だしな! 不死王拳適用外なのが功を奏した! だが、かなりしんどい!」

 

 

 ヒデオ自身は堪えているが、踏ん張っている地面が耐えきれずにガリガリと削られる。

 

 

「ぐおぉぉお!! 重い……!!」

 

 

 じんじんびりびりと骨身に伝わる熱さと重さを耐える。

 

 

「うらやま……大丈夫かヒデオ! 私が代わろうか!? というか代わってほしい!」

 

 

 ダクネスがどこからともなくやって来て、ヒデオの背中を押し返しながら意味のわからないことを口走った。

 

 凄まじい勢いのエネルギー弾も流石に筋肉マン二人の膂力は押し切れないのか、それ以上はヒデオ達を後退させることは無かった。

 

 

 

「どいてろ! 逸れたらどうすんだ!」

 

 

 加減が狂ってエネルギー弾がどこかに飛んでいくことを危惧し、不器用なダクネスの剛力を遠慮したが、ダクネスはそんな事を意に介さない。

 

 

「私がその程度止められないとでも言うのか!?」

 

「誰がてめぇの心配してるって言った! こめっことその他大勢の方々の安全を守ってんだよ!」

 

「それこそ私の仕事じゃあないか! というか最近お前達に比べて全く活躍していないからそろそろ活躍の場が欲しい!」

 

 

 直接的な手柄を挙げられないダクネスの言う活躍とは、ベルディア戦の時のようなクルセイダーらしい多数を守るという活躍のことだ。

 

 

「最近……? お前今までに活躍したことあったか?」

 

 

 ヒデオが言う活躍とは、所謂MVPのようなものなので、決してダクネスが無能の役立たずと言っているわけではない。

 しかし、ここに理解の相違が生じ、ダクネスはもしや自分はいらない子と遠まわしに言われているのではと勘違いしてしまった。

 

 

「なっ……! 言っていいことと悪いことがあるだろう! 流石に傷付くぞ!?」

 

「なら具体的に言ってみろよ」

 

「それはほら……あの……バニルの時に……」

 

 

 ダクネスはもにょもにょとハッキリしない物言いで、目を泳がせながらもなんとかヒデオに応えた。

 

 

「確かカズマの話では、お前の神聖耐性のせいでアクアの浄化魔法の効果が充分に発揮できなかったんだってな?」

 

「うっ」

 

 

 ギクリという擬音が聞こえそうな程、わかりやすい表情で言葉をつまらせるダクネス。

 

 

「まぁ確かにその時はそれが最善だったんだろう。そのお陰で俺がバニルと拮抗出来たしな」

 

「そ、そうだろう! 私が居なければ今頃……!」

 

 

 ヒデオが見せた意外なデレに、パァと表情を明るくするダクネスだが、その幻想はすぐにぶち壊されてしまう。

 

 

「まぁ、憑かれたのがお前じゃなけりゃアクアの浄化で一発だったんだがな」

 

「ぐぅ……! だ、だがお前も散々じゃないか! 倒したのは全力を出していないバニル1人! 確か1と0はほぼ同じだとか言っていただろう!」

 

「それはアレだ。俺は普段のクエストで無双してるから。お前らの見てないとこじゃ役立ってるから。依頼スレイヤーのヒデオさんとか呼ばれてるから。そもそもボス級に全勝しろとかそれどんな無理難題かわかってるか? これはゲームでも遊びでもねぇんだぞ?」

 

「ぐぬぬ!!!」

 

 

 完全にヒデオに言い負かされ、悔しそうに歯を食いしばって地団駄を踏むダクネス。

 そんな二人のやり取りを見て、シルビアがポツリと。

 

 

「……これ、今のうちに追撃しちゃダメなのかしら」

 

 

 もっともな意見である。

 しかし、ダクネスと言い争いながらもヒデオはしっかりとシルビアに意識を割いていた。

 

 

「おっとシルビア、見苦しいところを見せちまって悪いな。今このアホみたいな威力の弾をどうやって処理するか考えてるからもうちょっとこの様子を眺めててくれ」

 

「嫌よ。これの使い方は理解したわ。私のエネルギーをチャージして……!」

 

 

 そう言ってシルビアは先程ヒデオのギャリック砲が吸い込まれて言った部分に手をかざし、持ったライフルのような長物に気を送り始めた、その時だった。

 

 

 

 

 ぱきっ。

 

 何か硬いものが折れる音が、シルビアの手元から虚しく響いた。

 

 

「……嘘でしょ」

 

 

 砲身の根元でぽっきりと折れた魔道具を眺めながら、シルビアはがくりと肩を落とす。

 そんな様子を見て、邪な笑みを浮かべる男がひとり。

 

 

「お、ぶっ壊れたのか? そいつはラッキーだ」

 

 

 ヒデオである。

 心底腹が立つニヤケ顔を晒しながら、嘲笑うようにそう言った。

 

 

「ぐっ……まだよ! その弾にはたしてあなたは打ち勝てるかしら!」

 

 

 シルビアが悔し紛れにそう言うと、ヒデオは更に深く邪な笑みを浮かべ、不死王拳を四倍まで引き上げた。

 

 

「ばっ!!」

 

 

 そして、更に強い気功波でエネルギー弾を彼方へと弾き飛ばした。

 

 

「……嘘でしょ」

 

「あぁ、勿体ない……」

 

 

 愕然とするシルビアと、何故か口惜しそうに彼方を眺めるダクネス。

 

 

「何言ってんだ。さっきは避けれる距離じゃなかったから仕方なく受け止めたが、敵の攻撃をポンポン受け止めるわけねーだろ。今度からはあのレベルの攻撃は避けるか弾くかするから後は任せるぞ」

 

「よし任せろ! 望むところだ!」

 

 

 ふんすふんすと滾るダクネスに不安を覚えながらも、ヒデオはシルビアを見据えて身構えた。

 

 

「(ひとまずぶっ壊れてくれたのは助かった。何発も撃たれたら流石に無理だ。さて、どうするか……くっそ、さっきだって下手してたら死んでたのに何でこんなにワクワクしてんだ。こめっこが見てんだぞ、しっかりしろ)」

 

 

 緊迫する状況とは裏腹に、ヒデオの頭の中はワクワクでいっぱいになっており、ダクネスのことを言えない状況になっていた。

 

 ヒデオの顔がニヤニヤしているのをこめっこが気付き、隣にいためぐみんに尋ねた。

 

 

「姉ちゃん。ヒデオ兄ちゃんはなんでにやけてるの?」

 

「ヒデオはああいう人なのですよ。なんでも、戦闘民族の血を引いているらしいです」

 

「ふーん。なんかカッコいいね!」

 

「それは本人に言ってあげてください。とても喜ぶと思うので」

 

 

 めぐみんがそう言うと、こめっこは。

 

 

「わかった! ヒデオ兄ちゃーん! カッコイイよ! 頑張ってね!」

 

 

 とても可愛らしい満面の笑みでそう言った。

 

 

 この屈託のない笑顔により。

 

 

「アッ……」

 

 

 ヒデオが息絶え。

 

 

「……息をしてない」

 

 

 ダクネスがヒデオの死に驚愕し。

 

 

「いい笑顔ね、おチビちゃん」

 

 

 シルビアが魔性の笑顔に関心した。

 

 

「いやいやいや! いくら私の妹が可愛いと言っても、笑顔で人が死ぬはずが無いでしょう! 起きてくださいヒデオ!」

 

「……」

 

 

 めぐみんのツッコミを伴った呼び掛けに、ヒデオのへんじはない。ただのしかばねのようだ。

 

 

「おいヒデオ。こめっこが可愛いのはわかるが、今は戦闘中だ。あ、あとで私がなんでも言うことを聞いてやるから起きてくれ!」

 

 

 ダクネスが顔を赤らめてもじもじしながら呼び掛けるが、へんじはない。ただのしかばねのようだ。

 

 

「むぅ……。仕方ないですね。こめっこ、お願いします」

 

「わかった! ヒデオ兄ちゃーん! おーきーてー!」

 

 

 先程よりも大きな声で、なかなか起きてこない兄を起こすような妹さながらに、こめっこはヒデオに呼び掛けた。

 

 

「っしゃあ! オカマでも魔王でもなんでも来いやぁ!!」

 

 

 へんじがはやい。ただのろりこんのようだ。

 

 

「……ヒデオ、本当にこめっこの呼び掛けで起きたのだな?」

 

 

 何かを確認するように、ダクネスがコキコキと首を鳴らしているヒデオに問いかけた。

 

 

「当たり前だろ。こめっこの目の前で欲望に忠実な俺の姿なんて見せられん。悩んだけどな」

 

「そうか。ならよかっ……ん? お前今なんて」

 

「さぁてシルビア! 茶番はここまでだ! 本気で行くぞ!」

 

「あ! 待て!」

 

 

 ダクネスの制止を無視し、ヒデオはシルビアに突貫していく。

 

 

「この……!」

 

 

 猛スピードで突っ込んでくるヒデオに気弾を放っていくシルビアだが、悉くを弾かれ、いなされ、避けられてしまう。

 

 

「ちょこまかと……!」

 

 

 全く止まる気配のないヒデオに対し、そうごちる。

 

 

「頼みの綱が切れたな! 死に晒せ!」

 

 

 頭部を刈り取らんと、柔らかく、それでいて鋭く右脚をしならせる。

 突進の勢いを乗せ、加速に次ぐ加速。

 嫌な風切り音を携え、空間を切り裂かんばかりの蹴撃はシルビアの首筋に吸い込まれていく。

 音速程ではないが、既に目で追える速度ではなくなっていて、避けることは難しいだろう。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

「かかったわね! その脚、砕いてあげる!」

 

 

 シルビアはこれを待っていた。自分の力だけで足りないのなら、相手の力も利用するまで。

 

 魔導ライフルだったものの砲身部分を鉄パイプさながらに、繰り出されたスネに叩きつける。

 

 鈍い金属音があたりに響いた。

 

 

「っ!! いってぇなぁ!」

 

 

 金属製の部分を全力でぶつけられたが、骨折には至らなかった。

 

 

「嘘でしょ!? 確実に脚を砕いたと思ったのに! あなた、ホントに人間!?」

 

 

 もしや人型を限りなく模したゴーレムなのではと淡い期待を抱くシルビアだが、残念ながら分類上は生物であり人間である。

 

 

「俺はただのサイヤ人だ」

 

「……そう。聞いたことないけれど、どこかの僻地の戦闘民族だったりするのかしら」

 

「大体あってる。今のところ多分俺しか居ないがな」

 

「それを聞いて安心したわ。あなたみたいなのに何人も居られると流石にどうしようもないもの」

 

 

 紅魔族とアクシズ教だけでも魔王軍にとってかなりの脅威だというのに、戦闘力でその二つに匹敵する厄介な民族などに蔓延られていてはたまったものではない。

 

 

「さて、そろそろ紅魔族が戻ってくるが、お前はそんなにのんびりしてて大丈夫なのか? 俺ひとりに手を焼いてるのに、紅魔族が来たら手をつけられねぇだろ。何を企んでる?」

 

 

 返答次第では即座に仕掛けるつもりで、ヒデオは不死王拳を発動する。

 肌がピリつき、呑み込まれるような空気がヒデオから発せられる。

 

 

「……それを待っているのかもしれないわよ?」

 

 

 不敵に笑いながらも、緊迫した空気にシルビアの身体はおのずと構えをとった。

 

 互いに相手の隙を探り、じわじわと距離を詰めていく。

 

 一縷の隙も許されない緊迫した状況の中、シルビアは先程と同じ様にヒデオにカウンターを合わせる心づもりでいた。

 

 ヒデオの一挙一動を注意深く観察し、仕掛けてくる瞬間を今か今かとシルビアが待ち構えていると。

 

 

「あっ」

 

「えっ」

 

 

 ヒデオが足をもつれさせ、ぐらりと体勢を崩した。

 この強敵がそんな凡ミスを犯すはずが無いと心のどこかで括っていたシルビアは、ほんの一瞬気が抜けた。

 

 

 

 

 

 その一瞬が命取り。

 

 

「だッ!!」

 

 

 不死王拳の効果で、先程より数段疾く突貫していくヒデオ。

 数段鋭くなった蹴りを、首を切り離す勢いで放つ。

 

 

「(油断した! いや、()()()()()! このボウヤ、戦い慣れてる……!)」

 

 

 してやられたと歯噛みするシルビアだが、僅かばかりに取り込まれたサイヤ人の細胞は、シルビアが屈する事を許さなかった。

 

 

「ぁぁああっ!!」

 

 

 喉の奥から絞り出したような雄叫びをあげ、殺意に満ち溢れた蹴りを鉄パイプで迎え撃つ。

 

 完璧な角度、完璧なタイミングでのカウンター。当たれば大ダメージだろう。

 

 

 

 そう、()()()()

 

 

 ぶおん。

 

 

 先程のような鈍い金属音は響かず、虚しく空振る音だけが聞こえた。

 

 

 ヒデオが居たハズの場所には。

 

 

「残……像……!?」

 

 

 べろべろばーと舌を出したヒデオの残像が、うっすらと消えていった。

 

 

 そして。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 ヒデオの無慈悲な鉄拳が、シルビアの背後から叩き込まれた――!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 紅魔の里の中心に位置する物見やぐらにて、怪しげに遠くを眺める男が一人。

 

 

「……何であいつ金属の塊と打ち合って無事なんだよ。ダクネスかあいつは。……いや、ダクネスの場合攻撃当たんねーし打ち合いではないな」

 

 

 カズマである。

 

 先程ヒデオの尻尾を狙撃した場所から、千里眼スキルを用いてシルビアとヒデオの死闘を眺めていた。

 

 

「うまいこと尻尾を切ったのはいいけど、やっぱり取り込まれちまったなぁ。大事には至ってないが、長引くと厄介な事になるかもしれないな」

 

 

 こういうのは大体馴染むのに時間がかかる、若しくはヒデオの一部を更に取り込むことでもっと強くなると、カズマは予想立てた。

 

 

「出来ればこのままヒデオが圧倒してくれるといいんだけど、いつものパターンでそう上手く行きそうにないだろうし……ん? 段々と敵感知にあった残党の反応が消えていってるな。紅魔の人達が戻ってくるのも時間の問題か。いよいよ負けそうにないが、この拭いきれない不安はなんだ……?」

 

 

 今までの経験則から、カズマはこの順調に行き過ぎている現状を不安に思っていた。

 

 

「ヒデオの指示通りの仕事はしたが、戻りたくねぇ……」

 

 

 カズマがそう嘆いていると。

 

 

「おや、カズマ君じゃないか! そんな所で何をしてるんだ?」

 

 

 なにやら下の方からカズマを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「この声は……ぶっころりーか?」

 

「そうとも! 昨日ぶりだね! して、何をしているんだい?」

 

「ちょっと頼まれ事があってな。ぶっころりーこそ、こんな所でどうした? 大人の紅魔族は残党狩りに出掛けたはずだろ?」

 

 

 そそくさとやぐらから降りて、カズマはそう尋ねた。

 

 

「あぁ、それはもう終わったよ。今は皆休憩してるよ」

 

「なるほど……。今ヒデオがシルビアと戦ってるんだが、それの支援には行けそうか?」

 

「お安い御用さ。というか既に何人か向かってると思うよ。『ヒデオ君は空飛べるし手からビーム撃てる』って言ったらすっ飛んで行っちゃってね」

 

「そりゃ助かる。いよいよ俺が行かなくてもげぶっ!」

 

 

 ぶっころりーの話を聞いて更に戻る気が無くなったカズマに、まるで天罰を下すように空から降ってきた何かが直撃した。

 

 もしや飛行船から落ちてきた美少女なのではと頭を混乱させたカズマだが。

 

 

「あー……痛ぇ……。油断した……」

 

 

 空から降って来たのは美少女ではなくゴリラでした。

 

 

「あれ、ヒデオ君じゃないか。シルビアと戦ってたんじゃ?」

 

「ん? あぁ、ぶっころか。見事に隙を突かれてぶっ飛ばされた。流石魔王軍幹部と言うべきか、流石サイヤ人と言うべきか……。そういやカズマの気を感じたが、どこにいるんだ?」

 

 

 きょろきょろとあたりを見渡してカズマを探すヒデオだが、当然見つからない。

 

 

「……下だよコノヤロウ。重いからどいて欲しい」

 

「あ、スマン。怪我はないか?」

 

 

 そう言って咄嗟に立ち上がると、カズマの腕を掴んで引っ張りあげる。

 

 

「怪我してるって言ったら戦線離脱させてくれるか?」

 

「んなわけねーだろ甘えんな」

 

「だよなぁ。……で、なんでぶっ飛ばされた? いくらサイヤ人の細胞がシルビアに取り込まれてるとは言え、力勝負でお前が負けるか?」

 

 

 パンパンと土埃を払いながら、カズマはヒデオにそう尋ねる。ステータス的にも、ヒデオにパワーで拮抗できるのはバニルかダクネスくらいのものだろう。そのヒデオが何故、シルビアにぶっ飛ばされてきたのか。

 

 

「力の押し合いだけなら負けねぇよ。普段はな。今回は事情が違う。俺が今までやってきたことをそのままやられた気分だ」

 

 

 言葉こそ悔しそうに言うが、ヒデオの顔はにやにやと収まりがつかない顔をしていて、緊張感などあったものでは無い。

 

 

「どういう事だ?」

 

「端的に言うぞ。インファイトでの気功術が使えなくなった。そのせいで防御も踏ん張りもあったもんじゃねぇ。もちろんこっちの攻撃も効果が薄い。お前も見てたろ? あの吸収する魔道具」

 

「いや、見てたけどぶっ壊れてなかったか?」

 

「壊れた。だが、シルビアが吸収する部分を吸収しちまって復活しやがった。後はわかるな?」

 

 

 時間にして数十秒、カズマがぶっころりーと会話を交わしている間に起きた事だ。カズマが知らないのも当然だ。

 

 

「なるほど。つまりお前の気を伴った攻撃はダメージを与えるどころか敵の力になるってことか」

 

「おう」

 

 

 補足すると、魔道具の吸収速度が尋常でなく、ヒデオが身体能力向上のために身に纏っていた気はおろか舞空術に用いる気すらも吸収してしまい、結果無防備となったヒデオが強化されたシルビアの一撃でぶっ飛ばされてきたのだ。

 

 

「なんてこった。攻撃のできないヒデオとかただの肉ダルマじゃねぇか。なんとかしろよな」

 

「よーし、いいことを思いついたぞ。テメェを全力でぶつければ色んな意味で一石二鳥だ」

 

 

 逃がさないとばかりにカズマの首根っこをガッシリと掴み、投げるつもりなのかゆらゆらと振り子のように揺れ出すヒデオ。

 

 

「命は大切にしろ! え、ちょ、ほんとにやめて! やめ……やめろよ!!」

 

「……ちっ。それにしても、どうするかな。サイヤ人の身体能力だけで戦うと決定打に欠けるし……。カズマ、ぶっころ。何かいい案ないか?」

 

 

 引っ掴んでいたカズマの首根っこを悔しそうな顔で開放しながら、ヒデオは二人にそう尋ねた。

 

 

「舌打ちしてんじゃねぇぞ。……んー、何かって言われてもなぁ。つーかお前、こめっこから離れていいのか?」

 

「ダクネスいるし、残党狩りを終えた紅魔族が数人来たから少しくらいは持つだろ。まぁシルビアがこめっこに近付いたら全速で戻るが」

 

「そうか。……ん? あの魔道具って気を吸収したんだよな?」

 

 

 なにか気になることがあるのか、カズマは事の発端となった魔道具の仔細について尋ねた。

 

 

「あぁ。そのせいで手を焼いてる」

 

「魔法、魔力も吸い取るとは考えられねぇか? ほら、この世界って魔法が基本だし、充分ありえるだろ」

 

「なるほど。だとしたらまずいな。まともな攻撃手段が純粋な物理しかねぇぞ」

 

 

 ヒデオの格闘術、アクアのゴッドブロー、ダクネスの当てられない剣術、カズマのひ弱な攻撃。どれも魔王軍幹部に対しての決定打にはなり得ないだろう。

 

 

「それは困るな。紅魔族から魔法をとっちゃったらカッコイイ口上しか残らないじゃないか」

 

「なら早く戻った方がいいな。ぶっころの言う通り、魔法を使えない紅魔族なんてただの変人の集まりだ。つまりほぼアクシズ教徒だな」

 

 

 アクシズ教徒≒紅魔族。なんともおぞましい図式である。

 

 

「というかさっきからシルビアの気が動いてない。なにか企んでるなあのオカマ。戻るか」

 

「おう。いてらー」

 

 

 ヒデオを見送るように手を振って送り出そうとするカズマだが。

 

 

「何言ってんだ。頼んでた事はもう終えたろ。戻るぞ」

 

 

 当然ヒデオにお米様だっこでぶっころりーもろとも担がれる。

 

 

「いやだ! なんでわざわざ死地に赴かなきゃいけねぇんだよ! 安全なところから狙撃だけさせてくれよ!」

 

「男ふたりを軽々と。只者じゃないね」

 

 

 じたばたと必死に抵抗するカズマとは打って変わって特に驚いた様子もなく淡々とヒデオの怪力にコメントするぶっころりー。

 

 

 今のヒデオが本気で戦う以上、少なくとも紅魔の里内に安全な場所など無いに等しいのだが、カズマは断固として動こうとしなかった。

 

 しかし、ヒデオはこなれた様子で。

 

 

「よしわかった。お前はここに残れ。これからのシルビアの攻撃を全部お前の方に弾くがな」

 

「何やってんだ早く行くぞコノヤロウ!」

 

  「恐ろしく早い手のひら返し。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 

 ヒデオが吹き飛ばされて少し後。

 

 

「なんだアレ凄いな! 魔法が吸われるぞ!」

 

「もしかしてアレが魔術師殺しを倒したと言われる伝説の兵器なのか!? なんてこった! 吸収されて改造人間っぽくてカッコイイぞ! 肩甲骨どうしの間にあるのもバランスが良くてポイント高い!」

 

「うちの物干し竿の一部にすごく似てるなぁ」

 

 

 呑気な感想を述べながら、シルビアの周りを数人の紅魔族が取り囲む。流石は戦いなれしている紅魔族なだけあってか、無闇矢鱈に魔法を使おうとしない。そのせいで。

 

 

「くっ……! ちょこまかと! ほら! もっと撃ってきなさいな!」

 

 

 シルビアは焦っていた。運良く油断を突いて吹き飛ばせたとはいえ、大したダメージは与えられていない。新たな対策を抱えてやってくるだろう。それまでに、なんとか強い一撃を放てるようになっておかなければならないのだ。

 

 

 そんなシルビアの様子を、アクア達は少し離れた場所からダクネスの肩越しに眺めていた。

 

 

「ねぇめぐみん。紅魔族の人達が来たのはいいけど、これ結構危なくない? ヒデオは吸い取られないように気を抑えたらあっけなく吹っ飛ばされちゃったし、カズマさんだって戻ってこないわ。これは早めに逃げた方がいいんじゃないかしら」

 

「何を言うのですか。こめっこが居る以上、ヒデオは必ずここに戻ってきます。大方今はついでにカズマを連れてこようと奔走してるんでしょう」

 

 

 めぐみんはそう言うが、アクアは納得がいかないようで訝しげな表情を浮かべて。

 

 

「カズマさんが戻って来ても大した戦力アップにならないと思うんですけど……。というか、めぐみんはいつもなら『魔法を吸収? いいでしょう。吸収しきれないほどの大魔法をぶち込んでやります』とか言って、カズマさんやヒデオの制止も聞かずにノータイムで爆裂魔法を撃つはずよね? どうしたの? 悪いものでも食べた? ヒールかけてあげよっか?」

 

 

 めぐみんの体調が優れていないと思ったのか、ぺたぺたと身体を触り出してそんな事を言うアクア。

 しかし、めぐみんは優しくアクアを払い除けると。

 

 

「必要ありません。それに、物事にはタイミングというものがあります。今は爆裂魔法を撃つタイミングではないということです。ヒデオに気も貰っていませんし」

 

 

 淡々と冷静に、アクアにもわかるような口調で見解を述べた。

 

 

「そういうものなのね。でもよかったわ。もし勝手に撃たせたりしちゃってたら一番頼りになる私が責任を負うハメになってヒデオとカズマさんに怒られちゃうもの」

 

「色々と言いたい事はありますが、そういう事です。なので、二人が来るまで待っていましょう」

 

 

 めぐみんがそう言うと。

 

 

「きゃあ! ……あれ、カズマさんじゃない。急に降ってくるなんてどうしたの?」

 

 

 アクアの上からカズマが降ってきた。

 

 

「痛ぇ……。全部ヒデオのせいだよ! アイツあとで酷い目に遭わせてやる!」

 

「返り討ちに遭う結果しか想像できないんですけど……。というか、肝心のヒデオは?」

 

「もうシルビアと戦ってるよ。それにしても凄いスキルと戦闘能力だね」

 

 

 カズマと一緒に落とされたものの、カズマとは違い綺麗に着地したぶっころりーがそう答える。

 視線の先では、言葉通りヒデオとシルビアが激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

「オラオラオラオラァ! どうしたどうした!」

 

「その程度効かないわよ! 私に致命打を与えたいなら気を解放なさい!」

 

「して欲しいならそのブツを寄越せ!」

 

 

 ぐいと手を伸ばしてブツをシルビアから引き剥がそうとするが、この距離では気の解放も舞空術も使えないのでなかなか引き剥がせない。

 

 

「しつこいわよ! 痛いし! せいっ!」

 

「うおっ!」

 

「このまま叩きつけてあげるわ!」

 

「じゃあいらね」

 

 

 無防備な状態でこの怪力に叩きつけられるのは不味いと、ヒデオはシルビアの背中から手を離し、そのまま慣性に従って飛んでいく。

 

 

「この距離なら……舞空術」

 

 

 危うく彼方に吹き飛ばされる所だったが、舞空術のお陰でピタッと止まる。

 

 

「……なかなかしぶといわね」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 

 距離を空け、睨み合う両者。緊迫した空気が広がる。

 

 

 そんな二人を傍から眺めていたカズマが、ボソリと。

 

 

「なぁアクア、実際のところヒデオの体調はどうなんだ?」

 

 

 突然そんな事をアクアに問うた。パーティーメンバーのコンディションを把握しておくのはリーダーとして必然の事なので、この質問も何ら不思議ない。

 

 決して暇だから話題を探していた訳では無い。

 

 

「万全よ。普通に戦う分にはね。けど、ヒデオは無茶する事を躊躇しないから、あてにはならないわ。相手だって魔王軍の幹部だし、今回も無茶するんでしょうね。全く、治す身にもなって欲しいわ。まぁ女神たる私に治せない怪我なんてないんですけど」

 

「文句言ってる割には随分と優しい顔してんな」

 

「だってヒデオほど私を頼ってくれる人はなかなかいないもの。これも私の女神オーラがなせる技ね」

 

「……そうか。よかったな」

 

 

 いいように使われてるだけなのではと思うカズマだったが、それを口にすることはなかった。

 

 

「……で、万全の筈のヒデオが手こずってるんだが、それについてはどう思う?」

 

 

 カズマは先程よりも数段真剣な表情に切り替え、アクアにそう尋ねた。アクアはカズマの放つ真面目な雰囲気を察したのか、顔を引き締めると。

 

 

「……頑張ってもらうしかないわ」

 

 

 至って真剣にそう言った。

 

 

「だな。頑張れヒデオ!」

 

「応援してるわよ!」

 

 

 自分達に出来るのはこれしかないと、これみよがしに大きな声で声援を送るカズマとアクア。

 

 

「応援じゃなくてなんか策を考え――危なっ! おいシルビア! 人が話してる最中に攻撃すんのはマナー違反だろ!」

 

 

 前と後ろに忙しなく文句を垂れるヒデオだが前者はともかくとして後者はヒデオが言えたことではない。

 

 

「あなたに言われたくないわ! それに、戦闘中に意識を逸らす方がマナー違反だと思うのだけれど!」

 

「ぐうの音もでねぇ!」

 

 

 シルビアの正論で完膚無きまでに論破され、悔しそうにしながらヒデオは後退していく。

 

 

「こっちに来るなヒデオ。シルビアもこっちに来るだろうが」

 

「……シルビア、ちょっとタイム!」

 

「認めるわ」

 

「悪いな」

 

 

 シルビアに短く礼を言うと、ヒデオはくるりとカズマの方に向き直った。

 

 

「色々言いたいことはあるが、ちょっとは戦おうとする素振りを見せやがれこのおたんこなすが!」

 

 

 けたたましく怒鳴るヒデオに、カズマは呆れた様子で返事を返す。

 

 

「あのなぁ、一介の最弱職に過ぎない俺がサイヤ人の戦いに割って入れると思うか?」

 

「割って入れとは言ってねぇよ。なんか考えろってさっきから言ってんだろ! いつもみたく狡い作戦の一つや二つくらいあるだろ!」

 

「そうカッカすんな。超サイヤ人になっちまうぞ」

 

「なれるもんならとっくになってるわ!」

 

 

 呑気な発言に憤慨するヒデオだが、当のカズマは特に気にした様子もない。

 

 

「あ、そうだ。このままお前をブチ切れさせたらいいんじゃないか?」

 

「その場合怒りの矛先はお前だからな。覚悟しとけよ」

 

「真顔で言うのはやめろ。めちゃくちゃ怖い。……これはフラッシュアイディアなんだが、さっきの提案へのレスポンスとして――」

 

 

 なにか思いついたらしいカズマは、くるくると手でろくろを回しながら意識高く語り出す。

 傍から聞いていたアクアやめぐみんはカズマの紡ぐ単語の意味が全く理解出来なかった。二人がはてなと首を傾げる中、ヒデオだけが真剣な眼差しでカズマの作戦を聞いていた――。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオは作戦を聞き終えると、再びシルビアに突貫していった。今も激しい戦闘が続いている。その轟音を聞きつけてか、更に数人の紅魔族が冷やかしにやって来た。折角来て見るだけというのも味気ないので、彼らにも作戦に加わってもらうことにした。

 

 

「――という事だダクネス。わかったか?」

 

「任せてくれ。必ず役に立ってみせる」

 

 

 凛々しくそう言うダクネスだが、顔は何故かほころびそうになっていて、それを必死に抑えているのが見て取れる。頬も紅く染まっていて、まるでなにかに性的興奮を覚えている時のようだ。

 下手に刺激すると面倒くさいので、放っておくのが吉だ。

 

 

「カズマ、私は本当に何もしなくてもいいのですか? 相手にエネルギーを溜めるという点では爆裂魔法は最適解だと思うのですが」

 

「あぁ。お前とアクアは言ったこと以外は何もするな。マジで」

 

「…………わかりました」

 

「おい、今の間はなんだ。今回ばかりはフリじゃねぇからな。下手をうつと俺とダクネスとヒデオが死ぬから。真面目にやってくれ」

 

 

 めぐみんを諌めるためこう言ってはいるが、ダクネスとヒデオは耐久力が高いので、俺だけが死ぬ確率の方が高いだろう。自分で提案しておいてなんだが、我ながら無謀な作戦だと思う。

 

 今からでも中止に出来ないかと考えを巡らせていると、伝令に走らせていたアクアが。

 

 

「カズマさーん! こっちの準備は終わったわよー!」

 

 

 大きな声でそう伝えてきた。その周りでは紅魔族が数人、今か今かとその時を待っている。

 

 

「……そうだ。失敗したら全部ヒデオのせいにしよう。元はと言えばアイツが尻尾を掴まれるから悪いんだ。俺は悪くない俺は悪くない……よし!」

 

「ヒデオが尻尾を掴まれたのはカズマを助けようとしたせいだと思うのですが……」

 

「あーあー聞こえない聞こえない!! 俺は悪くない!」

 

 

 めぐみんがなにか隣でボヤいているが、俺には聞こえない。ちょっと罪悪感が出て来たが気のせいだ。

 

 

「気を取り直して。……第一班! ヒデオ諸共撃てぇ!」

 

 

 待機していた紅魔族達に指示を出すと、各々思い思いの魔法を存分に放ち始める。

 

 

「『トルネード』!」

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 

 放たれた魔法はそのどれもが殺意に満ち溢れていて、当たればタダでは済まないだろう。しかし、シルビアが身体に取り込んだ件の魔道具にすべて吸い込まれてしまう。

 

 

「……急にどうしたの? さっきまであれほど魔法を使わせようとしなかったのに。どういう風の吹き回しかしら? 私を強くしてどうする気?」

 

 

 今までと違い容赦なく魔法を使ってきた事を疑問に思ったのか、シルビアは誰に言うでもなく、そう言った。

 

 

「言う義理はねぇ。死ね!」

 

 

 そんなシルビアに口汚く蹴りを放つヒデオだが、舞空術でひらりと避けられてしまう。

 

 

「危ないわね。口が悪い子にはお仕置きよ!」

 

「ぐっ……! 」

 

 

 はじめの方は気功術を使えなくとも機転と身体能力でなんとかやりくりできていたヒデオだが、シルビアがそれに慣れてしまい、今はもう防戦一方だ。偶に出す反撃も先程のように防がれ、最早勝ち目はない。

 

 

「さっき蹴ってくれたお返しよ!」

 

「がっ……!」

 

 

 シルビアの蹴りがヒデオの腹部にめり込み、身体はなす術なく蹴り上げられる。

 

 

 そして。

 

 

「喰らいなさい! カメハメハ!」

 

 

 容赦のない追い討ちが、生身のヒデオに直撃した。

 

 

「あはははは! どうかしら! 自分の技の味は!」

 

 

 どさりと糸が切れた吊り人形のように力なく地面に墜落したヒデオに勝ち誇る。溜まっていた鬱憤が晴らせたような清々しい顔で、けたけたと高笑いするシルビア。

 

 しかし、直撃はしたものの大したダメージにはなっていないようで、ヒデオはむくりと立ち上がった。表情はこちらを向いていないのでわからないが、纏う気が荒々しくなっているように感じた。

 

 

「ぺっ。……大した事ねぇな。こんなん効きやしねぇよ。かめはめ波ってのはな……」

 

 

 こめっこの前で無様な醜態を晒したからなのか、かめはめ波を真似されたからなのかわからないが、ヒデオは確実に――。

 

 

「こうやるんだよ!! 波ァァーー!!」

 

 

 怒っていた。

 

 しかし、幾ら怒れど今のシルビアに半端な気功波は効かない。

 

 

「遂に観念して使ったわね! けど無駄よ! おいしくいただくわ!」

 

 

 シルビアは避ける事も跳ね返すこともせず、ただその場で受け止め、ヒデオのかめはめ波を魔道具に吸収させた。

 

 

「やっぱ無理か。なら……不死王拳3倍」

 

 

 呆気なく吸収された自分の攻撃を悔しがることも無く、間髪入れずに追撃へと向かった。

 

 

「何をしても無駄よ! 全て私のエネルギーとなるのだから!」

 

「足りねぇ……! もっと、もっとだ! 魔法を撃て!!」

 

 

 シルビアを追いやりながら、ヒデオは紅魔族達に援護を要請する。それに応じて魔法が次々と飛んでくるが、悉くが吸い込まれてしまう。

 

 

「だりゃあ!!」

 

「ッ! ……いい蹴りね! 当たってたら血が出ちゃいそうね!」

 

 

 気は吸収されるが、突き出した四肢に乗った慣性までは吸収されない。ヒデオはそれを利用して凄まじい打撃を振るうが、ひらりひらりと躱されてしまう。

 

 

「アハハ! まだいける、まだイケるわ! 何をとち狂ったのか知らないけど、もっと私にちょうだいな!」

 

 

 シルビアはけたけたと再び高笑う。不快な笑い声が耳に響く。どうやら俺達がヤケになったと思ったらしく、自分の勝ちを確信したようだ。

 

 

「……ゲラゲラうるせぇんだよ。エネルギーはとうに溜まったろ。さっさと撃ってこい。どうせお前のヘナチョコなかめはめ波なんざカズマにすら効かねぇんだよ。その程度のしょぼいモンをいつまでも出し渋ってんじゃねぇぞ雑魚が」

 

 

 笑い声を遮り、こいこいと手招きしながら、ヒデオはシルビアを口汚く挑発しはじめた。

 

 

「ふん、その雑魚にしてやられてたのはどなただったかしら?」

 

 

 シルビアも負けじと皮肉を込めて返すが、日本のインターネット社会で鍛えられたヒデオに、その程度効くはずもなく、呆気なくスルーされた。

 

 

「手加減されてたことすらわかんねぇのかよ。お前本当に魔王軍幹部か? それとも魔王軍ってのは幹部でもこのレベルなのか? ハッ、拍子抜けだな」

 

 

 誇りを踏みにじられ、仲間をバカにされ、鼻で笑われて。シルビアは遂に――。

 

 

「たかが人間風情が減らず口を……! いいわ! そこまで言うのなら、受けてみなさい!!」

 

 

 キレた。

 もしや超サイヤ人になるのではと危惧したが、ヒデオが言うにはまだその域に達していない上に、シルビアはサイヤ人の細胞を持っていてもサイヤ人ではないとの事だ。正直よくわからんが、作戦に支障がないのなら良しとした。

 そして今は、ヒデオがシルビアを挑発したおかげで、作戦の八割が完了している。

 

 

「受け止められるものなら受け止めてみなさい! 消し飛ぶのがオチでしょうけどね!」

 

 

 シルビアはエネルギーを無理矢理圧縮させると、高密度の黒いエネルギー弾を右の人差し指に浮かべ、スイーと宙に昇っていった。まるでデスボールを持ったフリーザだ。

 

 

「死になさい! この里ごと消し飛ばしてあげるわ!!」

 

 

 おおきく振りかぶり、今まさにその凶弾をヒデオに向けて撃ち降ろす――

 

 

 

 

 

「但し! あの弱っちいボウヤ達からね!!」

 

 

 事はせずに、俺の方ににぶん投げてきた――!!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 今度はカズマ達に迫る凶弾。

 

 

「嘘だろぉぉぉ!!」

 

 

 カズマの悲痛な叫びが轟くが、叫んだところでなにかが変わるわけではない。

 

 

「おい、そんなのカズマが耐えれる代物じゃねぇだろ! 煽ったのは俺だぞ!」

 

「アハハ! もう遅いわ! アナタだって私の部下達を真っ先に殺したのだから、文句は言えないはずよ! ざまぁみなさい!」

 

 

 ヒデオの悔しそうな顔を見てシルビアは再び勝ち誇る。今度こそ鬱憤が晴らされたようで、とても清々しい表情をしている。

 

 

「くっ……! カズマ、ダクネス、めぐみん!逃げてくれ!」

 

「無駄よ! アナタならわかるでしょう? アレは避けたところで爆風から逃れられる術はない事を!」

 

「ちくしょう! なら、弾き飛ばしてやる!! はっ!!」

 

 

 気弾を放つヒデオだが、焦ったせいかデスボールの方には飛んでいかず、あろう事かダクネスにぶつけてしまった。

 

 

「あうっ! ……こんな時に不謹慎かもしれないが、イイぞヒデオ!」

 

「アハハハハ! 本当にどこを狙っているのかしら! なにか企んでいたようだけど、年季が違うのよ年季が!」

 

「すまねぇ……! 不甲斐ないサイヤ人ですまねぇ……!」

 

 

 膝をつき痛めつけるように地面に両の拳を叩きつけるヒデオだが、そんな事をしても何も変わらない。

 

 世の中は非情である。自ら動き出さなければ、祈るだけでは、悔やむだけでは、何も起きないのだ。

 

 但し――

 

 

 

「――なんつってな」

 

 

 既に()()()()()()()()時はその限りではない。

 

 

「ぐぅ……! なんて重さと熱さだ……! 素晴らしい……!」

 

 

 シルビアが放ったデスボールを、ダクネスは受け止めた。

 

 

「えぇっ!? 止められた!?」

 

「うちのクルセイダーなめんな……はぁぁぁぁ!」

 

 

 ダクネスがデスボールに触れたのと同時に、ヒデオは5倍不死王拳を発動すると、超速でダクネスの背後に周る。そうして背中と背中を合わせると、思いっきり地面を踏みしめた。

 

 

「ダクネス! ()()()()ならそんなもん余裕で受け止めれるだろ! 逸らす心配はすんな!俺が支えてやる!」

 

「くうっ……! 任せておけ! はぁ、はぁ、カズマ、用意はいいか!」

 

「おうともよ! いくぜ、『オーバードレイン』!!」

 

 

 ダクネスの背中に触れると、カズマは『ドレインタッチ』を気で強化した技を発動させた。

 この技は間接的にドレイン出来るだけでなく、気功波や魔法などのエネルギーをも吸い取る事が出来る。その場合もエネルギーの特性は受け継いでいて、魔力は魔力として、気は気として吸収される。

 

 

「多すぎる……! ヒデオ、渡すぞ!」

 

「おう! ……ってなんだこの気! 色んなもん混ざっててすっげぇ気持ち悪ぃ!」

 

 

 右手でダクネス経由で吸い取り、左手で余分なエネルギーをヒデオに与える。シルビアの気をそのまま受け取っているので、不快感は拭えない。

 

 

「ちょっと裏をかかれてビックリしたけど、そんな隙だらけの陣形に追撃しないとでも思ってるのかしら!」

 

 

 少しの間呆気に取られていたが、シルビアはすぐさま正気に戻る。

 

 

「(あれだけのエネルギーを撃ったのよ。私と同じように吸い取ろうがその時点で限界なハズ。万が一アレをあのボウヤの強くなる技で撃ってこようとしても、今残っている分で充分撃ち返せるわ。この魔道具が吸い取らない私のエネルギーを使うのはいい案だと思うけど、甘いわね)」

 

 

 カズマ達の作戦を深読みしながら、シルビアは次への対策を立て、次で終わらせる腹積もりだ。

 

 

 だが、それはカズマ達も同じ。

 

 この時点で作戦は九割以上完遂していて、仕上げはその瞬間にかかっている。

 

 

 耳を劈くような高い音が鳴り響き、突風が吹き荒れている。カズマが忙しくエネルギーを移動させ、ダクネスがイヤらしく喘ぐ。ヒデオとシルビアは、まるで時が止まったように動かない。

 

 

 

 デスボールがその勢いを無くし、吹き荒れる風も鳴り響く音も小さくなる。

 

 やがて小さくなった音と風すらも無くなり、あるのは黒く輝く小さくなった光の玉。

 

 唾を飲むのすら許されない緊迫した空気の中、ついにその瞬間はきた。

 

 

「二人共どいてろ! かめはめ……!!」

 

 

 光が消えたと同時にダクネスとカズマを無理矢理突き飛ばし、己の気とシルビアの気を無理矢理混ぜ、構える。

 

 

「やっぱりそう来るわね! これで、終わらせるわ! カメハメ……!!」

 

 

 先程のデスボールを遥かに上回るエネルギーを携え、構える。

 

 

 そして。

 

 

「くたばりやがれ! 波ァァーー!!!!」

 

「今度こそ倒してやるわ! ハァァーー!!」

 

 

 凄まじい質量を孕んだ光は、瞬く間にぶつかり合う。激突の衝撃波でアクアがすっ転んだが、事態はそう呑気もしていられない。

 

 

「お、おいヒデオ。お前が打ち勝てば終わりなんだぞ? なのになんで押されてんだよ!」

 

「あの野郎、読んでやがった! さっきのデスボールより数倍強い……! 危ねぇからもっと離れてろ!」

 

 

 吸い取られた者と吸い取った者の差か、ヒデオはジリ貧どころか完全に押し負けている。

 

 

「あら、思っていたより勢いがないようだけど、どうしたのかしら! もしかしてこれで全力なの? だとしたら拍子抜けね! わざわざ手加減して様子見をする必要も無かったわ!」

 

 

 勝ちを確信したのか、シルビアはここぞとばかりにヒデオを煽りまくる。効かないとわかっていても、口にすることで気が晴れるというものだ。

 

 

 しかしそんな煽りも、ヒデオの耳には届かなかった。

 

 なぜなら。

 

 

「がんばれヒデオ兄ちゃーん!」

 

 

 ヒデオはこめっこの声援しか聞いていなかったから。

 

 

「うおおおおおっしゃあ!! 任せろこめっこ! 見てろよ! 不死王拳――」

 

 

 ここまで来るともはや病気の域だが、当人はそんな事など気にしない。心中にあるのはいち早く、かついかにカッコよくシルビアを片付けてこめっこと戯れるかしかない。

 

 

 なので、リスクなど度外視するわけで。

 

 

「――10倍だぁぁあー!!!」

 

「えっ待っ強――!!」

 

 

 躊躇いも容赦もなく、シルビアのかめはめ波を押し返した――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気になるところがございましたら遠慮せず質問ください! 感想、評価待ってます!


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第五十五話

お待たせしました。変な所で切ったので、違和感があると思います。


 

 

「ぐ……!! 熱いし重いし痛い……! なんとか脱出を……!」

 

 

 シルビアはかめはめ波の巨大なエネルギーに押されて遥か上空、成層圏に届くギリギリまで吹き飛ばされていた。

 このままでは数秒後、地球外へ追放されるか未来か、焼き尽くされる未来が待っている。

 

 

「あぁぁぁっ!!!」

 

 

 そんな事にはなりたくないと、シルビアは気功波を彼方に放つ。反動で少しズレたが、シルビアの狙いはそれではない。

 

 

「こう、曲げて……! ぐっ……!」

 

 

 少し前にヒデオが披露した曲がるかめはめ波と同じ要領で気功波を曲げ、うまく角度を調節して自分自身に直撃させた。

 

 横から力を加えられたシルビアの身体は、転がり落ちるようにかめはめ波から逃れた。

 

 

「はぁ、はぁ……! あ、危なかった……!」

 

 

 彼方へと消えていくかめはめ波を怯えた眼差しで見送りながら、シルビアはひとまず助かったことに安堵する。

 

 

「結構飛ばされちゃったわね……。このまま魔王城に帰ろうかしら。……いや、あのボウヤは放っておいたら確実に魔王軍の脅威になるわ。というか既に脅威だから、育ち切っていない今の内に仕留めたいわ。けど、まずはどこかで体力を回復しないと……」

 

 

 疲弊した体と心を癒すべく、シルビアはひとまず地面を目指した。ずっと空中に居ては休むものも休まらないからだ。

 

 

「雲が邪魔で地面が見えないわ……。どれだけ高く飛ばされたのかしら……」

 

 

 サイヤの底力に恐怖を覚えつつ、身体に負担をかけないようにシルビアはゆっくりと降下していく。

 

 やがて雲間を抜けると、辺りは一面荒野だった。せめて小さな集落かモンスターの巣でもあればと期待したシルビアだが、そう上手くはいかなかった。

 

 

「何も無し……ね。せめて目印になるものがあればここが何処かわかるんでしょうけど……。ひとまずは食べられそうなモンスターでも探しましょう」

 

 

 どこかに栄養価の高いモンスターが潜んでいないかと、シルビアは辺りの気を探る。慣れない感覚の筈だが、不思議とシルビアは使いこなしていた。

 

 

「……あら? 結構強そうなのがちらほら集まってる場所があるわね。ここからは見えないけど、隠れた集落でもあるのかしら……? ひとまず飛んでいってみましょうか……ッ!」

 

 

 生き物の反応が見つかり喜んだシルビアが全速で飛ぼうとすると、背骨の上部分に激痛が走った。

 

 

「痛ぁ……。あ、これが壊れちゃったのね……熱っ! 痛っ!……取れた」

 

 

 どうやらヒデオを苦しめた魔道具がさっきの一撃で完全に故障したらしい。

 こうなってしまっては仕方ないと、シルビアは己の皮ごと引きちぎった。

 

 

「ふぅ……。なんかスッキリしたわ。さて、傷を塞ぎつつさっきの場所に行きましょう」

 

 

 身体に負荷をかけないギリギリの速度で、なるべく速くその場所へと向かう。

 願わくば人間の冒険者が居て、回復ポーションや保存食を奪いたい。そんな事を考えていると、シルビアはやがてその場所に辿り着いた。

 

 

「……なるほど。やけに強いのも納得がいったわ。この集落があるという事は、紅魔の里はここからそう遠くないわね」

 

 

 シルビアが見つけたのは――

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 シルビアがとある集落を見つけた頃、紅魔の里。

 

「ヒデオ兄ちゃんすっごーい! ねぇねぇ、いまのもっかいやって!」

 

 

 目を紅くキラキラと輝かせ、興奮冷めやらぬ様子でヒデオにそうせがむこめっこ。どうやらかめはめ波の撃ち合いは紅魔族的にどストライクだったようで、こめっこだけでなく周りで見ていた紅魔族も浮き足立っていた。

 

 

「こめっこの応援のお陰だ。ありがとうな。けどいま俺立ってるだけで死にそうだからまた後でな?」

 

 

 やはり反動が来たのか、ヒデオは全身をプルプル震わせながらそんな事を言った。

 

 

「わかった!」

 

 

 元気よく返事をすると、こめっこはヒデオの勇姿を語りまくるべく周りにいた紅魔族の方へとてとてと走っていった。

 ヒデオはそんなこめっこのかわいらしい姿を優しい顔で見送ると、ダクネスとカズマに処置をしていたアクアに呼び掛けた。

 

 

「おーいアクアー。ヒールかけて欲しいんだけど」

 

「はいはーい。全く、また無茶してくれちゃって。治す私の身にもなりなさいよ」

 

 

 二人の治療は既に終わっていたのか、アクアは呼ばれるとすぐにヒデオの元へやって来る。

 差し出すこともままならないヒデオの腕を持ち上げ、心地よい光を当てていく。

 

 

「とかなんとか言いながらいつも完璧に治してくれるアクアさまさすがですそんけいしてます」

 

「フフフ、そう? ヒデオはカズマと違って素直でいい子ね!」

 

「(ちょろい)」

 

 

 褒められた事が嬉しかったのか、アクアは満足顔でヒデオの身体を治療していく。しかし、治療と言っても感電以外大した怪我はしておらず、ヒールの大半を気力の回復にあてている。

 

 

「あー……良い感じだ……。手の感覚が戻ってきたぞ」

 

 

 ヒデオは気持ちよさそうな声を出すと、手の調子を確かめるようにぐーぱーと開いたり閉じたりを繰り返す。前回とは違い耐えられるレベルまで鍛えて強くなったとはいえ、反動はくる。

 

 

「あぁ……。素晴らしい責め苦だった……。アソコまでギリギリな焦らしプレイというのもまた乙だ……」

 

「ヒデオ、シルビアは死んだのか?」

 

 

 カズマはダクネスの発言をいつもの様に華麗に受け流すと、シルビアの生死を訪ねた。

 

 

「範囲外まで一瞬で吹っ飛んで行ったからわかんねぇけど、冒険者カードにシルビアの名前が刻まれてねぇから生きてると思うぞ。ダメージは負ったろうが、元はアイツの気だからな。戻ってくる可能性は高い。もう一度言っとくが、恐らくアイツは俺が使える不死王拳以外の技を全部使えるからな。いつ瞬間移動してきてもおかしくない」

 

「そりゃ知ってるが、なんで不死王拳は使えねぇんだ?」

 

「前も説明したが、不死王拳は『ドーピング』っていうスキルをウィズに頼んで無理やり性能を上げてもらった。これは常にリッチーのバフがかかってると思っていい。そのバフ自体はスキルがもたらした結果、言うなれば『ドーピング』に罹ってる状態異常に過ぎねぇから、真似は出来ねぇって訳だ」

 

「なるほどな。つーことは、アレ以上シルビアは強くならないって解釈でいいか?」

 

 

 半ばこれ以上面倒くさくなって欲しくないという願いを込めてそう尋ねるカズマだが、ヒデオの返答はその願いを容易く裏切った。

 

 

「そう言いたいが、実際はそんなに甘くねぇはずだ。骨格をいじれるとか言ってたから、規模にもよるが怪我とかも無理矢理治せるんだろうな。それにサイヤ人の特性が合わさると強くなる。それに、ぶっ飛んだ先で強いモンスターとかを吸収すれば更に厄介になる。もっと言うと――」

 

「いや、それ以上は聞きたくない。口は災いの元って言うだろ。何も言うな」

 

「お、おう」

 

 

 言葉を遮ってまで早口でまくし立てるカズマに若干引くと、ヒデオはそれ以上は何も言わなかった。しかし、治療を施しながら二人の会話を聞いていたアクアはカズマの懸念など全く気にせず。

 

 

「カズマったら、なにをそんなにビビってるのかしら。こっちにはまだ魔法を使っていないめぐみんと沢山の紅魔族が居るのよ? ヒデオだってまだ戦えるし、恐れることは何も無いわ。それに、ほら見て? 今日は満月なのよ。イザとなればヒデオが大猿になってシルビアなんてぺしゃんこにしちゃえばいいのよ」

 

 

 何故かドヤ顔でそう言った。

 

 

「……そうだよな。こんだけ戦力が揃ってるんだ。よっぽどの事でもなんとかなる……ん? お前最後なんてった?」

 

「満月だからヒデオに大猿になってもらえばって。ほら、まだお昼過ぎだけど、出てるでしょ?」

 

 

 そう言ってアクアが指をさした方向には、白い満月がポツンと浮かんでいた。

 

 

「尻尾ねぇから大猿は……」

 

「あ、そっか。ま、なんとかなるでしょ。……あれ、カズマ? 急に青ざめてどうしたの?」

 

「……いや、なんでもない。杞憂だ。杞憂に決まってる」

 

 

 何かを察したカズマは、これ以上何も言うまいとだんまりを決め込んだ。黙っていればこれ以上フラグは建たないだろうという魂胆だ。

 

 しかし、こういう時のアクアは。

 

 

「ははーん。もしかしてシルビアがサイヤ人の尻尾を持っちゃってるから大猿はなるんじゃとか思ってる? いい? よく考えなさい? ヒデオがサイヤ人なのは転生の特典なのよ? 転生特典は本人以外には大した効力をもたらさないのよ? 何も心配することは無いわ」

 

 

 無駄に頭が回る。

 

 

「なんでわざと黙ってたのにみなまで言うんだよお前は! しかも言うだけじゃ飽き足らずご丁寧にフラグ発言に仕立てやがって! 大方『ヒデオ自身がサイヤ人という特典だから本人の尻尾を吸収したシルビアもヒデオと同等のスペックを引き出せる』とかなんとかいった結果になるんだろ!」

 

「あー! いっつもそうやって私のせいにして! 今回はカズマが捕まっちゃったせいでもあるじゃない!」

 

「元は言えばお前が俺とめぐみんを放って一人で逃げるから悪いんだろ!」

 

 

 ぎゃあぎゃあ喚きながら責任の擦り付けあいを始めたアクアとカズマ。そんな二人を完全に無視し、ヒデオはマイペースに身体の調子を確かめる。

 

 

「よし、動く。怠さもとれた。あ、そうだ。ダクネス、お前怪我とか大丈夫か?」

 

 

 思い付いた様に、ヒデオはダクネスの具合について尋ねた。なにせ数十秒とはいえ高濃度のエネルギー弾を殆ど生身で受け止めたのだ。骨の一本や二本は折れていてもおかしくはない。

 

 しかし、防御極振りクルセイダーは伊達ではなかった。

 

 

「む。私の耐久を侮ってもらっては困る。今の私なら爆裂魔法にすら耐えきってみせる。あと、カズマのスキルのお陰でもあるな。怪我はないから、今まで通り乱雑に扱ってもらって構わない。むしろ今までより雑に扱ってほしい」

 

 

 いったいなにを想像したのか。身をよじりながらダクネスはそう応えた。いつもならツッコミが入るところなのだが、今回ばかりは違った。

 

 

「そうか。それは助かる。多分、お前らを気にかけるのは最小限になるからな」

 

 

 やけに真剣な顔で、ヒデオはダクネスにそう告げた。これにはダクネスも只事でないと察したのか、姿勢を正してキリッとした目付きでヒデオを見据えた。

 

 

「……いつに無く真剣だな」

 

「俺はいつだって真剣だよ。お前らがペースを乱してさえ来なければな」

 

「ぐ……」

 

 

 ペースを乱している自覚はあるのか、ダクネスは複雑そうな顔で呻いた。ヒデオはそんな彼女を特に気にする様子もなく、淡々と言葉を続けた。

 

 

「まぁ、いつもならその乱されたペースでもなんとかなるんだが、気功術の使い手とは戦ったことねぇからな。ましてや相手は(サイヤ人)の細胞を取り込んでるんだ。舐めてはかかれねぇ。今だっていつ瞬間移動で飛んできてもおかしくないんだぞ」

 

 

 先程までは使っていなかったが、取り込んでから随分と時間が経った。魔王軍幹部になれるほど上位のグロウキメラのシルビアならば

 、使いこなしこの場に現れても――

 

 

「あら、よくわかったわね」

 

 

 ――否。既に()()()()()

 

 

「――ばッ!!」

 

「遅いわ!!」

 

 

 その刹那を制したのはシルビアだった。ヒデオが撃つ前に、既に蹴りを放っていたからだ。しかし、ヒデオは咄嗟に突き出した腕をシルビアの脚にぶつけ、蹴りの軌道を逸らす。

 一コンマ遅れて地面に炸裂した気功波が砂煙を巻き上げる。この隙に、傍に居たダクネスをなるだけ遠くに突き飛ばすヒデオ。

 

 

「ダクネス、コイツらとみんなを!」

 

「任せろ!」

 

 

 ダクネスは突き飛ばされた先にいたアクアとカズマを小脇に抱えて、一目散にめぐみん達の元に向かった。

 シルビアはそんな彼女を止めるでもなく、ただただ見つめていた。

 

 

「あら、逃がしちゃった」

 

「ハン、笑わせんな。逃がす気満々だったろうがよ。それよりもテメェ、さっきより数段強くなってんな。何した?」

 

 

 何故ダクネスの邪魔をしなかったかはヒデオにとって定かではないが、そんな事は最早どうでもよかった。

 目の前にいる怨敵が、数分前とは比べ物にならない強さを携えて帰ってきたのだ。サイヤ人の血が騒いでしまいそれどころではない。

 

 

「フフ、聞きたい? イイわ。今は気分が良いもの。アレはついさっきの事よ」

 

 

 なにやら嬉しそうなシルビアは、自慢話をする様な口調で余裕たっぷりに語りだした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 場面はシルビアがとある集落を見つける所まで遡る。

 

 

「あらアナタ。見た目は女だけど、私の目は騙せないわよ。微かに雄の匂いがするわ! それも結構な強さの! ぜひその遺伝子を頂くわ!」

 

「なんか口調が似ててムカつくわねこのオーク」

 

 

 シルビアが見つけたのはオークの集落だった。ここならば紅魔の里からそう遠くないし、オークを倒せば結構な量の経験値も手に入る。捕えられた冒険者のオスも居るだろう。回復するには持ってこいだ……が、降りた場所が悪く、早速オークに見つかってしまった。オークがオークを呼び、オークなのにねずみ算式にその数は増え、あっという間にシルビアを取り囲んだ。

 

 

「……結構な数が居るわね。微動だにしていない弱い反応があるのは、他種族の雄かしら。プリーストがいると嬉しいんだけど――」

 

 

 取り囲まれているというのに、シルビアは全く臆する様子を見せない。

 先頭のオークはそれを好機と取ったのか、欲望のままシルビアに襲いかかる。

 

 だが。

 

 

「隙だらけね! いただきま――フガッ!?」

 

「それはコッチのセリフよ。わざわざ近付いてくれて手間が省けるわ。それじゃあ――」

 

 

 シルビアのサイヤ人的な強さに、襲いかかってきたオークは脂ぎった顔を掴まれ吊り上げられてしまう。

 当然ジタバタと暴れ、他のオーク達もシルビアに飛び掛るが、ひらりと舞空術で避けられる。

 

 視線が集まる中、ゴキゴキと骨を鳴らしてなにやら身体を弄ると――。

 

 

「――いただきます」

 

 

 なんの躊躇もなく、オークを生きたまま取り込んだ――!!

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 最初のオークを取り込んでからはシルビアのやりたい放題だった。体力と身体能力が大幅に向上し、さらにサイヤ人の能力も合わると、レベル上げの為に蹂躙に次ぐ蹂躙を敢行した。蹂躙と聞けば聞こえは悪いが、どちらかと言えば九割ほど善行だ。

 

 

「ふぅ……。流石はオークね。一個体の経験値がとんでもなく高いわ。これならあのボウヤにも勝てるかも――いえ。勝ってみせるわ」

 

 

 新たに漲る力を確かに感じ、再戦へのモチベーションを高めていくシルビア。そんなシルビアに、恐る恐る声を掛ける者がいた。

 

 

「あ、あの! 助けて頂いて、本当にありがとうございました……!! 」

 

 

 オーク達に捕まっていた男達だ。まだ現状が掴めていない者や、心がここに無い者など被害は大きいが、元凶は既に全滅した。これ以上悪くなる事はないだろう。

 

 

「イイのよ、こっちこそ回復ありがとう。じゃあ、私はもう行くけど。気を付けて、喧嘩せずに協力してきっちり帰るのよ? じゃなきゃ気まぐれとはいえ助けた意味が無いもの」

 

 

 どうやらプリーストがいたらしく、全快になった体力を漲らせながら、シルビアは男達にそう告げた。

 

 

「は、はい!」

 

「いい返事ね。それじゃあ、バイバイ」

 

 

 ひらひらと手を振ると優しい笑顔で、シルビアは男達の前から消え去った。

 

 これが事の顛末である。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「――というわけなのよ」

 

「なるほど。とりあえず俺からも礼を言っとくぜ。ありがとな」

 

 

 この辺りのオークが全滅したという事は、帰りがけに滅ぼしに行こうと思っていたヒデオからすれば好都合だった。わざわざ行く手間も省けるし、何よりあの醜悪なモノを見なくて済むからだ。そんな思いを込めて、敵であるシルビアに礼を言ったのだ。

 

 

「こちらこそありがとうと言っておくわ。アナタがあんな遠くにまで飛ばしてくれたからこんな強さを手に入れられたんだしね?」

 

「ふん。確かにオークは厄介だが、俺の方が強い。つまりお前は俺に勝てん」

 

 

 先程の小手調べと気の感じでシルビアかなり強くなっていることを察知しているヒデオは、矛先が他に向かないよう間合いのギリギリまで詰め寄った。強気な言葉とは裏腹に、表情には少し陰りがある。

 

 

「ふぅん……。なんなら、証明してみせましょうか?」

 

「やってみろ。やれるもんならな」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて――ッ!?」

 

 

 シルビアは言葉と共に拳を引っ込め、その場から全力で退く。

 直後、ヒデオの右脚が地面に減り込んだ。

 

 

「ちっ、今のを避けるか。強くなったな」

 

 

 減り込んだ右脚を引っこ抜くと、ヒデオは感心したように呟く。しかし、シルビアは激怒した。

 

 

「アナタねぇ! 今のは完全に私から仕掛ける流れだったでしょう!?」

 

「何言ってんだ。ずっと俺のターンだ」

 

「この悪魔……!」

 

 

 悪魔混じりに悪魔と言わしめる男。その正体は。

 

 

「ヒデオ兄ちゃーん! 頑張ってー!」

 

 

 ロリコンである。

 

 

「おう! 任せろ! すぐに――ッ危ねぇ!」

 

「なんで避けれるのよ! 気配も殺したし確実に死角だったでしょ!?」

 

 

 脳天をカチ割るつもりのカカト落としは空を切り、あえなく地面を砕いた。

 

 

「うるせぇ! 気配を消してくる奴は大抵同じ方法で攻撃してくんだよ! そんな事よりこめっことの触れ合いを邪魔すんじゃねぇよ!」

 

「触れ合っていないじゃない! それに、勝負はもう始まってるのよ!」

 

「このオカマ……!」

 

 

 痛い所(?)を突かれ、その言葉が口から零れる。

 厳密に言うと今のシルビアはオークの強い遺伝子を取り込んだ事により女性よりの身体構造なのでどちらかと言えばオナベなのだが、だからと言ってヒデオがシルビアに興奮する訳でもなし。容赦のない攻撃がシルビアを襲う。

 

 

「そらそらそらそら! オークを吸収した割には手も足も出てねぇなぁ! どうしたどうした!」

 

「アナタが出させてくれないだけじゃない! 一発当たれば勝てるわ! 隙を見せなさい!」

 

 

 これでは何も変わらないと憤慨するシルビアだが、当然ヒデオがそんな願いを聞くはずもない。

 

 

「甘えんな! 俺に甘えてきていいのはこめっこ(美少女)ちょむすけ(小動物)だけだ!!」

 

 

 彼はこう主張するだろう。『俺はロリコンじゃあない。相手が幼女だっただけだ』と。

 

 それを世間一般ではロリコンと呼ぶ。

 

 

「取り繕ったりしないのね」

 

「他人の為に我慢なんてするか。俺は俺の為に人生を使う」

 

 

 これぞ人間のあるべき姿とでも言わんばかりに、ヒデオは堂々と言い放つ。こめっこを甘やかしまくっているのは自分の為ではないのではとツッコミが入りそうだが、ヒデオ本人がそれで満足しているのでそれは最早ヒデオの為だろう。

 

 

「いい心掛けだと思うわよ。……さて、そろそろ準備運動はこれくらいでいいかしら?」

 

「あぁ」

 

 

 死が伴う準備運動を終えた二人は、先程よりも鋭い殺気を放ちあう。

 下手に動けば死が待っている。

 

 そんな中、戦いの火蓋を切って落としたのは。

 

 

「フフフ、先に言っておくわ。――あなたの攻略法は既に見切ったわ!」

 

 

 シルビアだった。

 

 意気揚々とヒデオに見切ったと断言すると、シルビアは気を解放した。ヒデオのものとは違い、なにか気味の悪い風が辺りに吹きすさぶ。

 

 

「俺の攻略法か。是非とも教えてもらいたいもんだな」

 

 

 皮肉を込めてそう返すと、ヒデオも負けじと気を解放した。

 突風がその場から吹き荒れ、カタカタと近隣の住宅の窓が揺れる。両者は互いに睨み合ったまま、いつか来る機会を伺っていた。

 

 そんな二人を傍から見守っていたカズマは、件の攻略法に興味津々な様子。

 

 

「攻略法? アイツ、尻尾以外の弱点あったのか? あるなら是非知りたいんだけど。仲間でも弱みの一つでも握ってねぇとな。……あ、でも攻略法って言っても弱点って決まったわけじゃないか」

 

「この男、こんなクズ発言を平然と……。もしや、私達の弱みも握るつもりではないのか!? させん、させんぞ! 握るのなら私だけにしろ! あぁ、何を要求されるのか……!」

 

「全く、何を言うかと思えば。そう言うカズマこそ弱みが多いんじゃないですか?」

 

「他の二人はともかく私に弱みなんてないと思うんですけど」

 

 

 三者三様、各々の言い分でカズマに反論するが、カズマは一つ溜息を吐くと容赦なく吐き捨てた。

 

 

「はぁ。言っとくが、お前らは存在が弱みだからな」

 

「「「!?」」」

 

 

 まさかそんな事を言われるとは微塵も思っていなかったのか、驚いた顔で固まる三人。しかしカズマはそんな事を全く気にせず、ヒデオとシルビアの闘いを見守っていた。

 

 

「オラオラオラオラオラオラ!!」

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 

 

 互いの間合いはほぼ同じ。紙一重の攻防が繰り返される。

 突きが空を切り、蹴りが虚空に舞う。互いに決定打を与えられない事実にカズマがうんざりし始めた、その時だった。

 

 

「がっ……!?」

 

 

 突然、ヒデオが膝を着いた。

 本人も何が起こったのかわからない様子で、打ち込まれたらしい腹を抑えている。

 

 その異変を心配してか、カズマは援護するべく弓を構えた。

 

 

「ヒデオ、一旦下がれ! 弓で――」

 

「要らねぇ! いいからそこで何が起きても対応出来るように構えとけ! コイツ、隙あらばすぐにお前らのとこ行くぞ!」

 

 

 そう返され、カズマはハッと気付いた。

 今のこの状況は、ヒデオにとってかなり不利だ。出来るだけ注意を引きつける為に限界まで接近しないといけないし、カズマ達を遠くに逃がしても瞬間移動を使えるシルビアはすぐに追いついてしまう。加えて、ヒデオは周りに出来るだけ被害が及ばないように立ち回っている。

 少しでも綻びが見えたならば、シルビアは容赦なくそちらを狙うだろう。

 

 

「あら、良くわかったわね! ご褒美よ!」

 

「危な――ッ!?」

 

 

 またしても、間一髪避けたはずなのに攻撃を喰らってしまう。

 脳の理解が追い付かない。脳は混乱したまま、身体の反射だけでなんとかその場から離脱しようとするが。

 

 

「そらそらそらそら! さっきまでの威勢はどうしたのかしら! それとも怖気付いちゃったかしら!」

 

 

 やはりそう甘くは行かず、一瞬無防備になった所へ容赦のない拳の雨が叩き込まれる。

 

 

「ぐぁっ……!!」

 

 

 吐き出しそうになるのを堪え、懸命にシルビアの攻撃をいなそうとするが、防いでいる筈が何故か喰らってしまう。反撃の糸口を掴めないまま、段々とヒデオの身体が浮き始めた。

 

 そして――

 

 

「そうら! 吹っ飛びなさい!!」

 

 

 シルビアの重い蹴りが炸裂した――!!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「ちっ、油断した……」

 

 

 民家を数軒貫通し、5件目に差し掛かったところでようやく止まった。

 瓦礫に埋もれた身体を起こしながら、飛んできた方向を睨めつける。

 あのオカマ、かなり強くなってやがる。気の大きさもさることながら、手段を選ばなくなったな。

 

 どうしたものかと考えていると、ふと見知った気がすぐ側に居ることに気付く。

 

 

「あ、あのー、ヒデオ……さん?」

 

「ゆんゆん。寝取られるか、普通にヒロインレースに負けるのと、どっちがいいかな?」

 

「どっちも嫌よ! というかなんで二つともバッドエンドなの!?」

 

 

 何故かゆんゆんとあるえが居た。

 ……よく見たらここ昨日来たゆんゆんの家だ。あるえがいるのはゆんゆんと遊んでたからだろうか。

 ゆんゆん、一緒に遊ぶ友達がめぐみん意外にも居たんだな……。

 ほろりとしそうになっていると、あるえがなにやら興奮した様子で詰め寄ってきた。

 

 

「急に吹き飛んできたってことは……戦闘中? 是非近くで見たい!!」

 

 

 何かブツブツ唱えたかと思うと、突然目を紅く輝かるあるえ。ゆんゆんより大きい胸がばるんばるんと揺れたが、今はそんな些細な事に気を配るしかなかった。

 

 

「来るのはいいが、ついでに里中の紅魔族たちを中央の広場に集めてくれ。安全の為に子供から年寄りまで全員だ。それとゆんゆん、親父さ……いや、族長に伝えて欲しいことがあるんだが」

 

 

 ここが何も無い荒野とかなら気にせず暴れるが、人が住んでる里だ。重要な文化財だってあるかもしれないし、迷惑をかけるのは気が引ける。だが、今はそうも言っていられない。

 

 

「私に何か様かな?」

 

「あ、居たのか。なら丁度いい。紅魔の族長として聞いて欲しい頼みがある」

 

「ふむ、言ってみなさい」

 

 

 先程までの柔らかい表情とは打って変わって、真剣な眼差しを向けてくる族長。知能が高い紅魔族の族長なだけあってか、何も言っていないのに察しがいい。

 この分なら言っても大丈夫そうだ。

 

 

「里への被害を考えず、本気で戦ってもいいか?」

 

 

 そう言うと、族長は少しきょとんとした顔になる。しかし、直ぐにキリッとした顔つきになると。

 

 

「……ヒデオ君といったね。我らが紅魔の里を甘く見ないでくれたまえ。例え里が更地になろうとも、一週間もかからず元に戻すと断言しよう」

 

 

 それが俺を安心させるための嘘なのか事実なのかはわからないが、やけに自信たっぷりに族長はそう言い放った。

 どちらにせよ、言質もとい許可は取った。これで思う存分暴れられる。

 

 

「へぇ、そりゃ頼もしい。じゃあ、遠慮なく。はぁぁぁぁぁ…………!!!!」

 

 

 地響きが聞こえ、周りの瓦礫が浮き始める。

 窓がヒビ割れ、この家を中心に世界が揺れる。

 

 

「……そういうノリじゃなくて、本気の本気? ……やっぱりちょっと更地は」

 

 

 ゆんゆんの親父さんが何か言っているが聞きやしねぇ。

 

 

「――ッしゃあ! 行くぞオラァ!!」

 

 

 今まで里の人や家屋に気を使って加減してきた力を思い切り解放する。

 

 力が漲る。感覚が冴え渡る。爆風でゆんゆんとあるえのスカートが捲れる。白と黒。

 

 

 時間が無いのでチラ見で済ませ、脳裏に焼き付けてから飛び立つ。

 

 

 到達まで一秒に満たない。

 

 

 シルビアがアイツらの前に居る。

 

 

 更なる加速――!

 

 

 




ハロウィンの婦長礼装かなりどすけ……可愛いですよね


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第五十六話

お待たせしました。色々忙しかったと言えば言い訳になりますが、忙しかったです。もう少し先まで書きたかったんですが、キリのいいところになったのでここで切りました!


 ヒデオを文字通り一蹴したシルビアは、悠々とこちらに歩を進める。

 

 

「……さて、誰から殺してあげようかしらね。ムカつく青髪のプリーストに、色んなスキルを使うボウヤに、やけに硬いクルセイダー。そっちの紅魔のお嬢ちゃんは何が出来るのかしら?」

 

 

 シルビアはまるで値踏みするように、じろりじろりと仲間達に目を向けていく。

 

 

「私の仲間に手は出させんぞ!」

 

 

 シルビアの前に立ちはだかり、剣の切っ先を向ける。

 私の剣の腕では確実にかすりすらしないが、少しでも武器として。意識を割いてくれれば儲けものだ。

 

 

「どうするつもりかしら? 貴方に私と渡り合えるだけの力量が有るとは思えないけど」

 

「……渡り合えなくとも、立ち塞がること位は出来るさ。『デコイ』!」

 

 

 このスキルは知性のある標的には効きにくいが、それでも何も無いよりはマシだ。

 

 

「……なるほどね。そうして自分に狙いを集めれば、仲間は守れると。確かに有効な手だわ。……けどね?」

 

 

 にこにこと不敵な笑みを浮かべ、シルビアは臆することなく剣を掴む。

 

 

「なにを――ッ!?」

 

 

 突き付けた剣を掴まれた途端、天地がひっくり返った。

 誇れることではないが、鎧も含め私の体重はかなりのものだ。それを片腕、しかも指先だけで吊り上げるなど、ヒデオ程の怪力でもない限り不可能だ。

 つまり、シルビアはヒデオ並の怪力を有している可能性が高い。

 

 

「ふぅん、なかなかいい剣使ってるじゃない」

 

 

 シルビアはそう言いながら奪い取った剣を横薙ぎに構えると、地面が砕ける程強く踏み込んだ。

 

 

「まずは一人! 死になさい!」

 

 

 視界から剣が消えると、少し遅れて重い衝撃が右横腹から響く。

 

 

「ぐぅっ……!!」

 

 

 あまりの膂力に危うく吹き飛ばされそうになるが、思いっきり踏ん張りなんとかこらえた。

 流石は魔王軍幹部と言うべきか、使い慣れていない武器でも私の鎧が凹むくらい気持ちい……芯まで響いてくる。

 

 ……まずいぞ。

 

 

「あら、胴を切り離すつもりで振ったのに、案外頑丈なのね! これならどうかしら!」

 

「ぐあぁっ!!」

 

 

 鋭く皮を削ぐ様な剣戟。

 ところどころ肌が顕になり、周りの視線が突き刺さる。

 

 まずい。本当にまずい。

 

 

 我慢が出来なくなる……!

 

 

「はぁ、はぁ……まだまだ!」

 

「流石に硬すぎない?」

 

 

 私がここまで硬いとは思っていなかったのか、驚いた顔で距離を取る。

 

 

「私はかのベルディアの剣戟をも耐えた女。生半可な攻撃は効かんぞ!」

 

 

 実際は少し危ないところでヒデオに助けられたのだが、耐えたのは事実だ。

 

 

「ふぅん。効いてない割には息が上がっているように見えるけど?」

 

「こ、これはしかたない。あまりにも気持ちよ……激しい攻撃だったのでな。ダメージが無いとはいえ疲労はたまるのだ。うん。そういうものだ」

 

 

 痛い所を突かれ、慌てて早口で取り繕う。

 

 

「何はともあれ、ベルディアの剣戟を耐えたっていうのなら、もっと本気で斬らなくちゃね。覚悟なさい?」

 

 

 そう言うと、再びニコリと笑顔を見せるシルビア。しかし、表情は同じだが空気が変わった。

 どうやら今までのはほんの戯れだったらしい。気が肌にビリビリと来るのがわかる。

 

 正面から受けるとこうも勝手が違うとは。これを感じてワクワクするヒデオは私と同じ様に変態では無いのだろうか。まぁ仮にそうだとしても大分ベクトルが違うが。

 私的にヒデオには攻めでいて欲しい。むしろ私に責めてきて欲しい。

 

 緩みかけていた気持ちを引き締め、シルビアを睨めつけ。

 

 

「臨むところだ。さぁ来い!」

 

 

 ヒデオは必ず戻ってくる。それまで私がシルビアを足止めし、仲間達を守らなければならない。幸いまだヒデオの気のおかげでステータスが飛躍的に向上しているのでかなり食い下がれるだろう。

 

 

「フフフ、お嬢さん。飛ぶ斬撃は見たことあるかしら?」

 

「ある」

 

 

 ヒデオがよく使う気円斬とやらの事だろうか。曰く『強すぎて怖い』そうだ。確かにそこらの剣より圧倒的に斬れ味は良いし、かつ飛ばせると来たものだ。恐れもするだろう。

 ちなみに受けてみたいと懇願した事があるが、その時は本気で止められたし怒られた。

 

 

「そ、そうなの? ……まぁいいわ」

 

 

 少し驚いた様子を見せながらも、シルビアは剣を袈裟に構えた。どうやら剣に気を溜めて放つタイプの技らしい。

 

 しかし、一歩踏み込めば届く距離なのに飛ぶ斬撃とやらを使うのか? なにかしてきそうだ。

 

 

「――今、こんな距離で飛ばしても意味が無いと思ったでしょ。飛ばさなくても、用途はいくらでもあるのよ?」

 

 

 私が警戒していると悟ったらしいシルビアは、よりいっそう不敵な笑みを浮かべて一歩を踏み出す。

 

 すると、肌を裂くような風が吹き荒れた。

 

 

「くっ……! お前達、しっかりと私の後ろに居るんだぞ!」

 

 

 あまりの鋭さに、カズマたちでは耐えられないだろうと警戒を促す。

 脅威的な殺気だが、これはシルビアから発せられているのではない。その証拠に、シルビアが訝しげな表情を浮かべていた。

 

 この感じを、私は知っている。

 

 

「……あなた達のお仲間、とんでもないバケモノね」

 

 

 シルビアはさらに顔を歪めて。

 

 

「来るなら来なさい! 今度こそ息の根を止めてやるわ!」

 

 

 私に背を向けて気配の方へ振り向く。気も先程より大きくなっており、シルビア本気度が伺える。

 

 目を開けるのもままならないほど強い風に抗いながら、それでもシルビアからは目を離さずにいると。

 

 ずばぁんと何かを思いっきり叩きつけたような、そんな音が聞こえ、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――ッ!?」

 

 

 欠損箇所を抑え、シルビアはその場から大きく跳んだ。

 その恨みのこもった視線はもはや私など眼中に無く、元凶がいるであろう所に向けられていた。

 

 

「――ちっ、右腕かよ。頭狙ったんだけどな。瞬間移動使えてりゃあなぁ」

 

 

 蹴り飛ばされたにしてはピンピンしていて、言葉とは裏腹に楽しそうな表情のヒデオが、何故かこめっこの隣に立っていた。

 

 

 ……私の剣を掴んだままのシルビアの右腕を持って。

 

 

「ただいまこめっこ。いい子にしてたか?」

 

「あ、ヒデオ兄ちゃんおかえり! あのね、金髪のお姉ちゃんがかっこよかったよ!」

 

 

 こめっこはブンブンと手を振って元気よく返事をすると、照れ臭いことを言ってくれた。ヒデオはそんなこめっこに見えないよう、持っていたシルビアの腕を背に隠しつつ。

 

 

「知ってるぜ。ダクネスは頼りになるからな。怖いだろうに目を逸らさず偉いなこめっこは。だけど今からちょっとだけあっち向いて耳塞いでな?」

 

「わかった!」

 

 

 こめっこは素直にヒデオの言うことを聞くと、きゅと小さな手で耳を塞いで言われた通りの方向を向いた。

 

 そんなこめっこを優しい顔で眺めていたかと思うと、ヒデオは途端にキリッとした顔でシルビアへ顔を向ける。

 

 

「さぁてシルビア。うちのクルセイダーが随分と世話んなったな」

 

 

 どこか荒々しいオーラを漂わせているヒデオは、ニヒルな笑みを浮かべてそう言った。

 

 先程までとは迸っている気の感じが全く違う。目に見える大きさも段違いで、肌にビリビリ来ている。私としては物足りないくらいだが、カズマ達はそうではないようでちゃっかり再び私の背後に隠れていた。

 

 

「もう少しのんびりしててもよかったと思うわよ。あのクルセイダーもまだ余裕はあったみたいだし。それよりも、早く腕を返して貰えるかしら?」

 

 

 ちぎられたハズの箇所は何故か血が出ていない。腕がなくなったことで見た目はかなり痛々しいが、シルビアの顔はケロッとしていてダメージがないように見える。

 

 

「おう。そらよ」

 

 

 掴んでいた剣を外すと、ヒデオはポイッと腕を投げる。この男にしては随分と潔く返すなと思ったりもしたが、そういう時もあるのだろう。

 

 

「あら、素直ね。ありがと」

 

「礼を言われる筋合いはねぇ。ばっ!!」

 

 

 なんてことを思っていると、シルビアの腕(だったもの)は一瞬で消し炭になった。

 

 …………。

 

 

「……酷いことするじゃない。これから隻腕であなたと戦えと?」

 

 

 シルビアに同情するわけじゃないが、確かにこれはひどい。やり口が完全に悪のそれだ。

 責めるような視線をヒデオに送るが、まったく気にしていない様子だ。図太い神経をしているなと思ったが、どうやらヒデオには考えがあったようで。

 

 

「どうせ生やせるんだろ。さっき俺にやった時みたいにな」

 

「あら、気付いてたのね」

 

 

 ヒデオが言うには、シルビアは攻撃の際どうにかして腕を生やし、それで攻撃を当てていたらしい。

 仔細はわからないが、グロウキメラのスキルだろうか。

 たった数度交えただけで攻撃を見破るヒデオも凄いが、紙一重で避けまくるヒデオに対しそんな対処法を敢行するシルビアも凄まじい。

 

 

「生えるまで待っててやるから見せてみろ」

 

「優しいのね。――フッ! ……これでどうかしら?」

 

 

 なにやら肩口がうぞうぞ動いたかと思うと、あっという間に腕が形成された。

 なるほど、ヒデオがこめっこにあちらを向かせた理由がわかった。子供に見せるにはグロテスクが過ぎる。

 

 

「へぇ、早いもんだな。あ、誰かこめっこにもういいぞって伝えてくれ」

 

「前は結構かかったし体力も使ったんだけど、貴方のお陰でレベルが上がったせいかしら。オークの回復力とスタミナも一因にあると思うわ。今一度お礼を言っておくわ。ありがとうね」

 

「そりゃどうも。……じゃあ、そろそろやるか?」

 

 

 前置きが長いと感じたのか、ヒデオはうずうずした様子でシルビアにそう持ちかけた。

 

 

「そうね。殺るわ」

 

「あ、待て。言い忘れたが――」

 

 

 ヒデオが何かを言おうとするのを無視し、シルビアはその場から消え失せた。

 あぁ、このパターンはヒデオでもう何度も見た。体勢が整っていない内に叩くゲス技だ。シルビア相手にも使っていたので、真似をされたのだろう。

 

 しかし、一つ解せない。ヒデオならばこの技の対処法や弱点なども知っているだろうし、シルビアもそれも分かっているはず。何故ヒデオに――

 

 

「油断したわね! まずはこのクルセイダーからよ! 後悔なさい!」

 

「あ」

 

 

 しまった、ヒデオが来たから完全に安心して油断しきっていた。

 仲間が来たことによる安堵を敵に突かれてしまうとは、我ながら情けない。この疾さでは避ける事も防ぐ事も叶わないだろう。

 

 だが、諦めてはいない。それどころか死ぬ気など毛頭ない。耐える自信はあるが、私にシルビアの攻撃が届くことは無いと知っている。

 

なぜなら、既にヒデオの姿が()()()()()から。

 

 

「――うちのララティーナに手ぇ出してんじゃねぇよ!!」

 

「ごばッ!?」

 

 

 突然背後に現れたヒデオは、怒号と共にシルビア蹴り飛ばし、何事も無かったかのようにスタイリッシュな着地を決めた。

 

 

「ララティーナと呼ぶなと何度言えば……」

 

「その愚痴は後で聞くぜお嬢様――ッと!!」

 

「ちぃっ! なんて反応と膂力なのよ……! この化け物!」

 

 

 遥か遠くまで飛んで行く勢いで飛ばされた筈だと言うのに、シルビアはもう戻ってきた。ヒデオの蹴りもあまり効いていないようだ。

 

 

「腕トバされて俺の蹴り喰らってもピンピンしてるお前だって化け物だ。同じ穴の狢同士、仲良くしようぜッ!!」

 

 

 仲良くしようぜと言う割には、全力で首を刈りに行ってるように見えるのだが。

 

 

「人の首狙いながら言うセリフじゃないわね!」

 

「人じゃねぇからセーフ」

 

「……フフフ! これは一本取られたわ! クッションの代わりにこれでもどうぞ!」

 

 

 若干苛立ちのこもった笑みを浮かべると、シルビアはどこからともなく三本目の腕を生やし、そこから円状の気を放った。恐らく気円斬だろう。

 

 

「気円斬を座布団の代わりと言い張るのは流石に無理があるんじゃねぇか?」

 

 

 ヒデオは何事も無かったかのようにひらりと気円斬を避け、自分の気弾をぶつけて離散させた。

 あの華麗な動きの一端でも私にあれば少しは役に立てると思うのだが……今度ヒデオに修行をつけてもらうべきか?

 

 

「なんでこの距離で、しかも隠し腕から放ったやつを避けられるのよ! きっちり後始末までしてるし! 理不尽すぎるわ!」

 

「あのなぁ、お前が使ってる技は俺が使えるんだぞ? 対処法も知り尽くしてるに決まってんだろ」

 

 

 修行プランをどう立てるかと思考を巡らせ、まだ見ぬ折檻への期待で涎を垂らしている間も両者の口論を交えた死闘は続いていたが、終わりのない戦いなどなく、やがて均衡が崩れた。

 

 

「ぐぬぬ……かくなる上は!」

 

 

 均衡を崩したのはシルビアだった。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、ヒデオから大きく距離を取った。

 

 が。

 

 

「逃がすか! オラァ!」

 

「ぐっ……! しつこい男は嫌われるわよ!」

 

「途中で投げ出す男も嫌われるからセーフだ!」

 

 

 逃げるシルビアに容赦のない追撃。

 それにしても先程から気になっていたが、いったい何がセーフなのだろう。

 

 

「ぐっ……! このままじゃ……!」

 

「死に晒せぇ!!」

 

「待っ――」

 

 

 慈悲のかけらも無い一撃が、シルビアを彼方へと吹き飛ばした。

 ふむ。久しぶりにまともな肉弾戦をするヒデオを見た気がするが、相変わらず強いな。

 

 

「時にヒデオ、シルビアを吹き飛ばしたのはいいが、里の人達の避難は済んでいるのか?」

 

「あぁ、さっき吹っ飛ばされた時に族長に伝えたし、気がぞろぞろとこっちに……あっ」

 

「どうした? なにかあったのか?」

 

「……ゆんゆんとあるえのとこにシルビアぶっ飛ばしちまった」

 

 

 ……マズくないか?

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

『今すぐに彼の言っていた場所へ! 年寄りも子供もだ! 手分けしてなるべく早く! そしてシルビア討伐を手伝うんだ! 本当にこの里が更地になってしまうぞ!ゆんゆんにあるえも、準備が出来たらスグ来るんだぞ! お父さん達は先に行ってるから!』

 

 

 お父さんはその場にいた私とあるえ以外の皆を連れ、外へ繰り出していった。つい三分前の事だ。

 

 私も早く行かねばと装備を整えていたが、なぜかぼーっとしていたあるえがようやく口を開いたので、手を止めてそれに耳を傾けることにした。

 

 

「……ねぇゆんゆん。ヒデオさんが更地にしてもいいかって聞いていたけど、本当に出来るのかい?」

 

 

 やたらと真剣な顔をしてそんなことを聞いてきた。どうやらヒデオさんの発言がただの紅魔的カッコつけの一部だと思っていたらしい。

 

 

「うーん、ヒデオさんは優しいからそんな事にならないよう出来るだけ気は遣ってくれると思うけど、その気になれば出来るんじゃないかな」

 

 

 やり方は多々あれど、ヒデオさんなら出来るだろう。タイミングが悪いのか未だ本気のヒデオさんは見た事ないけれど、何故かあの人なら出来るだろうという確信がある。

 

 

「なるほど……それを聞いて主人公にするにはいささか強すぎる気もしてきたよ。ラスボスとか師匠ポジにジョブチェンジがいいかな? ゆんゆんはどう思う?」

 

 

 私の話を聞くやいなや、何故かペンを片手に原稿を書き始めるあるえ。

 

 …………。

 

 

「……ねぇ、ヒデオさんとお父さんの言ったこと聞いてた? ペン持って書き連ねてないであんたも早く準備しなさいよ」

 

 

 ぼーっとしているだけならまだしも、この緊急時に何をしているんだろう。

 ヒデオさんに怒られても庇ってあげないでおこう。

 

 

「後で行くからゆんゆんは先行ってて。感動が新鮮なうちに書いておきたいんだ」

 

「さっきまで戦いを見に行きたいとか言ってたじゃない! ほら、早く行くわよ!」

 

 

 立ち上がるどころか床に伏しているあるえを引っぱりあげようとするが、あるえは吸盤のように張り付いて離れない。

 小説ばかり書いていて力は弱いと踏んでいたけど、意外なパワーだ。

 

 

「あぁっ! やめて、やめてゆんゆん! 書きにくいから腕を引っ張らないで!」

 

「書くのをやめ――あるえ、伏せて!」

 

「!」

 

 

 引っペがそうと近付けた手であるえの背を反射的に押さえ付け、そのまま腹這いになる。

 すると、私達の頭があった場所を、とてつもない速さでなにかが通り過ぎた。

 

 まさか、またヒデオさんが――一瞬そう思ったが、それは杞憂に終わった。

 

 

「いたたたた……何なのよあのボウヤの理不尽な強さ。本当に人間なのかし……あら? いいところに人質が二人も居るじゃない。さっきと違って女の子だし、効きそうね。お嬢ちゃん達、手荒な真似はしたくないから、武器を置いて私のそばに来なさい?」

 

 

 ヒデオさんの件は杞憂に終わったけれど、今度は別の心配事が出来てしまった。

 

 口振りから察するに、ヒデオさんにやられたのだろう。

 どうやら人質を取って優位に立とうという魂胆らしい。

 もし捕まってもヒデオさんなら助けてくれそうではあるけど、出来るだけ迷惑はかけたくない。

 

 

「ゆんゆん、せめて君だけでも先に逃げてくれ。私が駄々をこねたのが原因だろう?」

 

「大丈夫。こういう場合は大抵なんとかなるから」

 

 

 ヒデオさんと冒険を重ねるうちに、あの人は大抵の事をやってのける事が身に染みた。

 

 ……だから、今回だって、何も怖くない。

 

 

「……勇気を振り絞った君に免じて、そういうことにしてあげる」

 

「な、何のことかしら!? 私はこういう状況慣れてて、こ、今回だって……!」

 

「わかった、わかったよ。私が悪かった。悪かったからその筋力で揺さぶらないでくれ」

 

「何をゴチャゴチャ言ってるのかしら! 早く来なさい! 早くしないと――」

 

 

 痺れを切らしたシルビアが詰め寄ろうとしたその時。

 

 

「――早くしないと、どうなるんだ?」

 

 

 安心感のある、聞きなれた声が聞こえた。

 その声に若干気が緩んだが、シルビアは反対に顔を引き攣らせて。

 

 

「こうなるのよッ!!」

 

 

 鋭い回し蹴りを、彼に見舞う。

 

 私には蹴りに行くまでの過程が見えないくらい速かったけれど、声の主は特に慌てる素振りを見せず。

 

 

「あぶねっ」

 

 

 そんな呑気な声を出しながら、声の主――ヒデオさんは軽く躱してみせた。

 

 

「余裕たっぷりの癖して! この、この!」

 

「不意打ちでなければ当たらんよ!」

 

 

 シルビアの鋭い連撃をひょいひょいぬるぬると躱しつつ、さり気なく私とあるえを庇うように立ち回ってくれるヒデオさん。

 

 

「……あ! さっきのおチビちゃんが!」

 

 

 シルビアは突然彼方を指差すと、そんな事を大声で言い放った。

 まさかそんな雑な作戦でヒデオさんの意識が逸れるわけが――

 

 

「なにィ! こめっこがどうした!」

 

 

 思いっ切り引っかかった。

 

 切羽詰まっている状況だというのに、何故かめぐみんの妹のこめっこちゃんの名前を叫びながら、あろう事かシルビアに背を向けた。

 それにしても、ヒデオさんがここまで過剰に反応するなんて珍しい。いったい何があったのだろう。

 

 

「スキあり!」

 

 

 シルビアはがら空きの背中に鋭い一撃を放つが。

 

 

「あぶねっ」

 

 

 またもそんな呑気な声を出しながら、背後からの攻撃を難なく避けた。

 

 

「不意打ちでも当たらないじゃない!!」

 

「不意打ちすれば当たるとは言ってないのでセーフ」

 

 

 一々煽るのはわかるけど、いったい何がセーフなんだろう。

 

 

「減らず口を……! こうなったら……!」

 

 

 埒が明かないと思ったのか、シルビアはヒデオさんから大きく離れた。なんだか浮いているように見えるけれど、気のせいだろうか。

 

 

「次はなんだ? かめはめ波か? 太陽拳か? 何をしようと構わねぇぜ」

 

 

 ……? まるでシルビアがヒデオさんの技を使えるような言い方だけど、何があったんだろう。

 よく見るとヒデオさんから尻尾が生えてないし、シルビアからは尻尾が生えている。

 

 …………?

 

 

「――瞬間移動ッ!」

 

「てめぇそれは卑怯だぞこの野郎!」

 

 

 なんと、シルビアがヒデオさんの使う『瞬間移動』らしき技でこの場から消えた。尻尾が生えていたことが関係してるのかな……?

 

 

「ちっ、もう紅魔族が大勢いるから大丈夫だとは思うが、急がねぇと! ――ゆんゆん、あるえ! 緊急時だからセクハラとか言うなよ!」

 

「えっ、きゃあ!」

 

 

 ヒデオさんは返事を待たず、私とあるえを軽々とそれぞれ小脇に抱え……て……。

 

 

「ま、待ってヒデオさん! あと数行書かせて! 今筆が乗りに乗ってるから!」

 

「向こうで書け! ここに居られると本気で戦えねぇんだよ! いいから行くぞ! あとゆんゆんも、危ねぇからモゾモゾ動くな!」

 

「そ、その……む、胸が……」

 

 

 急いで担がれたせいか、ちょうど胸を押し付ける形になってしまっている。

 しかし、顔が熱くなっている私とは裏腹に、ヒデオさんは特に気にする様子もなく。

 

 

「ご馳走様ですとだけ言っとくぜ。二人とも、口は塞いでろよ――ふッ!!」

 

 

 私達を抱えたまま、全速力で飛び出した――!

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ヒデオがゆんゆんの胸を大胆に、あるえの胸をさりげなく堪能していた頃。

 

 

「待ちなさい! プリーストのくせにすばしっこいわね!」

 

「わぁぁぁぁ! カズマさーん! たすけてぇぇぇ!」

 

 

 2度目の追いかけっこが始まっていた。

 

 

「またこれかよ! うちのサイヤ人は何やってんだ!」

 

 

 またもや上手いことシルビアをアクアに押し付けることに成功したカズマは、ヒデオの職務怠慢に憤慨していた。

 

 

「大人しくしてたら痛くはしないから!」

 

 

 ヒデオ戦に向けて体力を温存する為か、無闇矢鱈に舞空術で飛び回ったりはせず、律儀に走ってアクアを追いかける。

 

 しかし、それでもかなりの速度なので、捕まりそうになるアクアだが。

 

 

「嫌よ! 『セイクリッド・エクソシズム』!!」

 

「きゃあっ!!」

 

 

 凄まじい練度の退魔魔法でシルビアの足を止め、そのスキに距離を保つ事でなんとか逃げ延びていた。

 

 そもそも、何故またこうなっているのか。

 

 答えは単純。シルビアが瞬間移動でやってきたのが一番気が大きいアクアの所だっただけなのだ。

 

 まぁ、敵感知でいち早くそれを察知し、容赦なくアクアを見捨ててめぐみん達を引き連れて紅魔族の傍に逃げ込んだというのも原因の一つではあるが。

 

 なんの葛藤もなくアクアを見捨てたカズマだが、やはり少しの罪悪感はあるようで。

 

 

「『狙撃』!」

 

「痛っ! この細いビームはあのボウヤね! 無視!」

 

 

 足を止めてカズマを睨め付けるシルビアだったが、優先順位はやはりプリーストであるアクアの方が高く、一瞥しただけでそれ以上は何もしなかった。

 

 そんなシルビアの様子に。

 

 

「……へっ、案外当たんじゃねぇか。なんて声出しやがる……アクアぁ……! そのまま走り続けろ……! お前が止まんねぇ限り、その先に希望はあるぞ……! だからよ……止まるんじゃねぇぞ……!」

 

 

「変な事言ってないでもっとちゃんと助けてよ! もぎゃあぁぁ! 『エクソシズム』! 『エクソシズム』!」

 

「くっ、ちょこまかと……! なんかこの里来てから追いかけて追いかけられてばっかなんだけど!?」

 

 

 もはや何のために危険を冒して紅魔の里に潜入してきたのか覚束無くなってきたシルビアはそう叫ぶ。

 すると、そんな声に呼応するように。

 

 

「そりゃ悪かったな! けど安心しろ。もう逃がさねぇ!」

 

 

 どこからともなくやってきたヒデオは、シルビアの脳天にカカト落としを放つ。

 

 

「もうその手はくわないわよ! 小細工なんてしないで、かかって来なさい!」

 

 

 シルビアはいい加減奇襲に慣れたのか、滑らかな動きでカカト落としをいなすと、そのまま距離を取り、ついでに煽る。

 

 

「よし、なら死ね! 10倍不死王拳!! 喰らえ、見様見真似――」

 

 

 一撃の重さは要らない。

 

 早く、速く、迅く、疾く。

 

 

108(ワンオーエイト)マシンガンッ!!!」

 

 

 サイヤ人の身体能力により、連射速度と精密さは最早本家の比ではない。

 

 

「がはッ……!?」

 

 

 避ける暇を与えず、連撃をシルビアに叩き込む。

 

 

「――ぶっ飛べオラァ!!!」

 

 

 最後の一撃で容赦なくシルビアを蹴り飛ばす。さらに高速で追い、休む暇を与えない。

 

 

「ぐっ……! 瞬間移動ッ!」

 

 

 シルビアが瞬間移動でヒデオの前から消え失せた。

 

 

「ちっ! どこ行きやがった!」

 

 

 急ブレーキと共に気を探るヒデオだが、移動と同時に気を消したのか、シルビアの気が感じられない。

 

 カズマたちの元へ行ったのならば、紅魔族の魔法の音が聞こえるだろうし、カズマが気を解放して合図を送ってくるはずだ。

 

 つまり、シルビアは近くにいる。

 

 

「お返しよっ!!」

 

 

 背後から蹴りを放ってくるシルビア。

 上手く気を消していたせいか、少し反応が遅れた。

 

 

「要らねぇよ!」

 

 

 咄嗟に後ろ上段廻し蹴りを繰り出すが、シルビアが数コンマ速い。

 ガードは間に合わない。無理に避けるのは首を痛める。ならば。

 

 

「ぺっ」

 

 

 嫌がらせくらいはしてやろう。

 

 

「ちょっ、汚いわね!」

 

 

 吐き出された唾に、シルビアは反射的に足を引っ込めた。

 

 

「スキあり」

 

 

 一瞬怯んだ好機を逃がすはずも無い。躊躇なく急所を刈る。

 

 

「ない……速っ!? 危なっ!」

 

「ちっ」

 

「この……! 勝てれば何してもいいって言うの!? 卑怯者!」

 

 

 ヒデオのダーティな手法に異議を唱えるシルビア。本来ならば立場は逆の筈なのだが、何故か人類側のヒデオの方が汚い。

 

 

「あ? お前が勝手に怯んだだけじゃねぇか。そもそも、勝つ為に手を尽くす事のどこが悪いんだ? 文句あるならお前の言う卑怯じゃない手で、正面からねじ伏せてみろ」

 

 

 こう言ってはいるが、卑怯なのは卑怯だし、唾は物理的に汚い。

 

 

「ええい、まま――」

 

 

 半ばやけくそになったシルビアは、最大速でヒデオに切迫した。

 迫る凶拳、唸る肉体。怒りをエネルギーに変えた、サイヤ人の片鱗を見せる一撃だ。

 

 

「よッ!!」

 

 

 が、まんまとカウンターを喰らい、彼方へと飛ばされた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 謎施設と呼ばれている建物の屋根の上。

 

 ひととおりシルビアをボコボコにし、やがてこの場所に叩き落とした。

 結構なダメージを与えたはずなのだが、存外シルビアはピンピンしている。これには流石の俺もうんざりしてきた。

 

 

「お前しぶとすぎ。ゴキブリか?」

 

「あら、失礼ね。そういうあなたこそ、速さはゴキブリ並よ?」

 

「笑えん冗談はよせ」

 

 

 自慢とも言える速さをゴキブリと形容されてはたまったものではない。

 虫だけに虫唾が走る。虫だけに。

 

 

「そうね。ヤツらは音速を越えるものね」

 

 

 至って真面目な顔でそう呟くシルビア。

 

 ……あっ。

 

 

「……何でもありか、この世界」

 

 

 とんでもない世界に来てしまったと、驚きを通り越して若干呆れていると、それを好機と取ったシルビアが。

 

 

「スキあり!」

 

 

 屋根に伏せたまま、俺の足を払いにかかる。

 少々変形した猪〇アリ状態だ。

 それをサイヤ人の身体能力でやるのだから、喰らえば痛いどころでは済まされない。

 

 まぁ、喰らえばの話だが。

 

 

「ねぇよ」

 

「あ、やっぱり? ――ぐえっ!」

 

 

 もちろん隙など無く、ひらりと躱し足の裏をシルビアの土手っ腹にめり込ませる。

 

 

「更にもう一ぱ――ッ!?」

 

 

 なんの躊躇もなく追撃を加えようとしたところ、突然屋根が崩れた。

 

 シルビアの仕業だ。

 

 

「おいおい、こんな重要そうな建物壊して大丈夫か? 修理費やばそうだぞ。まぁ、コチラとしても好都合ではあるな」

 

「なんで私達が負担するみたいになってるのかは疑問だけど、まんまと着いてきてくれてありがとうね」

 

「俺はお前から目を離す訳にはいかないからな。その先が天国でも地獄でも行かなくちゃならん」

 

「ふぅん、なら敢えて先に降りて落ちてきた私を受け止めるとかないのかしら? 地獄まで着いてきてくれるんでしょう?」

 

 

 しおらしくそんな事を言ってくるが、俺には響かない。だってこいつオカマじゃん。

 

 

「俺が受け止めるのは現実と女の子だけだし、片道切符はお前だけだ。オカマは勝手に死ね」

 

「ちなみに、メスのオークを取り込んだ事で七割くらいはメスになってるわよ? もう少しレディとして扱ってくれてもいいんじゃないかしら?」

 

 

 こいつは根本から勘違いしている。

 

 

「じゃあ聞くが、お前は汚水が入った酒を飲むのか?」

 

「ふふふ、ぐうの音も出ないとはこの事ね」

 

 

 俺とは距離を置きたいのか、シルビアは乾いた笑みを浮かべながら後ずさりしていく。

 少しくらい後ろに下がったところで間合いに入っていることに変わりはないのだが、少しでも時間を稼ぎ、体力の回復と状況の打開策をするにはなりふり構っていられないんだろう。

 

 

「……そういえば、あなたはアクセルから来たんだったかしら?」

 

「そうだが、お前に言ったっけか?」

 

「どうかは忘れたけど、さっきあなたの所のクルセイダーが誇らしげにベルディアと戦ったと言ってたわ」

 

「なるほど。確かに俺達はベルディアと戦って勝った。あの時はマジで死ぬかと思ったぜ。まぁ今やったら勝てるがな」

 

 

 あの時から何度も死にかけ、実際死んだ。

 純粋な戦闘力もさる事ながら、戦闘能力だってあの頃とは比べ物にならない。

 

 

「でしょうね。あなたに真っ向勝負で勝てるのなんて、魔王様か……それこそ公爵クラスの大悪魔レベルの猛者達くらいじゃないかしら?」

 

「魔王か。いずれ倒すつもりなんだが、いつになるやら」

 

 

 俺としては一人で行ってもいいという心持ちなのだが、まずめぐみんがそんなカッコイイ真似はさせないとキレるだろうし、ダクネスが仲間はずれにされたと拗ねるだろう。アクアやカズマは逆に行きたがらないだろうが。

 いっそパーティをやめた方がいいのだろうか。まぁ、問題児を押し付けることによるカズマへの罪悪感と、なんやかんやで居心地が良いから、そんな事をするつもりは毛頭ないのだが。

 

 

「あら、まるでここから生きて帰れるような言い草ね」

 

「そう言ってるんだが?」

 

「ふぅん? 私は全然そのつもりは無いんだけど?」

 

「紅魔の里に骨を埋めるのか? 観光地になるのがオチだぞ」

 

 

 魔王の幹部と激戦を繰り広げた場やらなんやらとして扱われそうだ。

 

 

「ふふふ、そんな余裕をこいてられるのもこれまでよ。なんの為に私がわざわざこんな所に入ったと思ってるの?」

 

「ん? なにか逆転の目があるからじゃねぇのか? そうだな……『魔術師殺し』って奴がここにあるってとこか?」

 

 

 恐らくあそこで俺に出会わなければ最初からここに来るつもりだった。

 更に、あのライフルが魔法だけでなく気功術を吸収した。その結果も鑑みて、改めてここに来たんだろう。

 

 

「……そこまでわかってるのね。なら、何故まんまと着いてきたのかしら?」

 

「最初に言ったろ。俺としても好都合だと。ここなら誰にも見られずに済む」

 

 

 こう言ってはいるが、実際そんな事が目的ではない。

 まぁ、見られずに済むというのは合っているが。

 

 

「覚悟しろよ。周りの目がなくなった俺は、容赦しねぇぞ」

 

「さっきまでも容赦なんてなかったわよ」

 

 

 そう言ってシルビアは殺気を飛ばし、これ以上近付いたら仕掛けるぞと脅しをかけてくる。

 

 

「まぁそういうのは解釈の違いだからな。仕方ない」

 

 

 しかし、躊躇なくシルビアの間合いに入り、淡々と歩を進める。

 

 

「……あなたはもう少し、慎重に動こうとは思わないのかしら?」

 

「これでも充分慎重だ。その証拠に、まだ誰も死んでない」

 

 

 俺がもっと大雑把に、ド派手に、無神経に動いていれば、おそらくシルビアは倒せているだろうが、巻き込みによる犠牲者も相当数に登るだろう。いくらアクアがリザレクションを持っているとは言え、自分以外の命を蔑ろに扱うわけにはいかない。

 

 

「そう、随分と自信家なのね。知ってたけど。……さて、私は既に『魔術師殺し』の在り処を掴んでいるわ。あなたはそれに対し、どうするのかしら?」

 

「どうもしねぇよ。レベルを上げて物理で殴るだけだ」

 

 

 魔術師殺しの効能がどんなものかは知らないが、()()()と対象を限定している事から、攻撃面ではなく防御面に重点を置いてそうだ。恐らく、魔法に対する耐性が上がったりするのだろう。さっきのライフルと同じように副産物的に気功術への耐性が上がるかもしれないが、効果がスキルの吸収や解除ではない限り、特に問題は無い。

 

 

「――で、そのやけにでかいのが……なんだそれ?」

 

「……さぁ? 銀色の蛇……かしら? そもそもどう使うのかしらこれ」

 

 

 いつの間にやら魔術師殺しと思われる銀に輝く巨大な蛇(?)のような物体を傍らに置いていたシルビアだが、用途がわからずにはてなと首を傾げていた。

 

 

「なるほどなるほど。つまり、死か?」

 

 

 無様に隙を晒すシルビアに一歩近付く。

 

 

「い、いや、ちょっとくらい待ちなさい!」

 

「なるほどなるほど。つまり、死か?」

 

 

 慌てふためくシルビアに一歩近付く。

 

 

「だから待ちなさいってば!」

 

「なるほどなるほど。つまり、死か?」

 

 

 憤るシルビアの前で構える。

 

 

「……物理!」

 

「あぶねっ」

 

 

 使い方がわからない上に俺が容赦をしないので、シルビアはやけくそに魔術師殺しを振り回す。

 

 

「それ絶対使い方間違ってるぞ」

 

「うるさいわね! なにやっても動かないから仕方ないじゃない!」

 

「そうか。じゃああばよ」

 

「え」

 

 

 瞬間、シルビアの両足が飛ぶ。

 

 

「手法としては残酷だが、痛みは思ったよりないだろ。一瞬だからな。じゃあ、死ね」

 

 

 発動させ、傍らに複数枚停滞させていた気円斬を一斉掃射。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

 迫る刃を舞空術で回避し、足を再生しながら距離を取る。魔術師殺しから離れてしまったが、背に腹は変えられないのだろう。

 

 ……それにしても、まずいなこれは。

 

 オークのタフさやその他諸々が合わさってか、()()()()()()()()()()()()

 

 

 この再生速度にサイヤ人の超回復が加わるとなると、いよいよまずい。

 死力を尽くしてボコボコにしても、息があれば必ず再生し、さらに強くなるだろう。

 オークとサイヤ人のタフさで、生半可な攻撃はおろか割と強めの攻撃でも耐えられるようになっている。現に数度は殺してるはずなのにピンピンしてやがる。

 だから下手に大技を使ってしまうとヤバいし、もちろん爆裂魔法だって例外じゃない。

 気を渡せばワンチャンあるかもしれんが、一気に二人ダウンするアレはこの状況ではリスクが高すぎる。

 確実に仕留めるにはシルビアが完全に隙だらけになるその時を狙いたいが、尻尾を掴もうにも、恐らく掴めるのは俺しか居ないし、大技を溜めながら尻尾を掴むなんて器用な技は出来ん。

 それに、シルビアは身体を弄れるから自分で尻尾を切り離せるはずだ。尻尾を掴むのはダメだ。

 

 

「んー……埒があかねぇ。よし、戻るか」

 

 

 カズマの知恵を借りるべく、広場に戻る事にした。

 

 

「何呑気に後ろを向いてんのよ! 死になさい!」

 

 

 シルビアはまた魔術師殺しを振りかぶり、脳天めがけて振り下ろす。当たったらやばそうだ。

 

 

「丁度いい、お前も行く――ぞッ!!」

 

「えっ」

 

 

 振り下ろされた勢いをそのままに、魔術師殺しを掴んで思いっきりシルビアごとぶん投げた。案外飛ぶじゃねぇか。

 

 壁を突き破り、目指すは例の広場。桃白白の要領で、シルビアにRide on。

 

 

「ひゃあァァァ!!」

 

 

 なんて声出してんだ。

 

 

「止まるんじゃねぇぞ……!!」

 

 

 

 

 

 

 




閲覧ありがとうございます! 気になるところ等ございましたら是非!


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第五十七話

大変お待たせしました。次はもっと早く上げます。


 前回までのあらすじ

 

 

 なんか静かですね。街の中にはギャラルホルンもいないし、本部とはえらい違いだ。

 

 ああ。火星の戦力は軒並み向こうに回してんのかもな。

 

 まっ、そんなのもう関係ないですけどね!

 

 上機嫌だな。

 

 そりゃそうですよ! みんな助かるし、タカキも頑張ってたし、俺も頑張らないと!

 

 ああ。

(俺達が積み上げてきたもんは全部無駄じゃなかった。これからも俺達が立ち止まらねぇ限り、道は続く――)

 

 

 

 ――――――――

 

 

「あらよっと」

 

「げぶっ!」

 

 

 皆のいる広場に戻ってきたので、跳躍ついでに足元のシルビアを地面に叩き落とす。これくらいなら大したダメージにはならないから大丈夫だろうと勝手に決めつけ、体力を回復するべくアクアの元へ。

 

 

「アクア、ヒール頼む」

 

「はいはーい。……うわっ、身体の中ボロボロじゃない。私のヒールも万能じゃ無いんだから、あんまり無茶しちゃダメよ?」

 

 

 アクアが言うには、どうやら今俺は死にかけらしい。

 自覚はないが、こいつが言うのだからそうなんだろう。まぁだからと言って無茶を辞める事はできないのだが。

 というかアクアで治せない傷とかもう諦めるしかないんじゃないか?

 

 

「無茶してる自覚はないんだがなぁ。まだいける。というかまだ無茶しなきゃいけねぇ」

 

「そうなの? 見た感じではヒデオの圧勝なんだけど」

 

 

 俺自身も圧倒しているとは思うが、どうにも上手くいかない。これだから回りくどい性能を持った奴は苦手なんだ。

 

 

「そう甘くねぇってこった……っと、もう充分だ。サンキューな。そして口を閉じろッ!」

 

「へ――わぶっ!」

 

 

 返事も聞かずにアクアを抱え、その場から飛び退く。

 奇襲を躱すのはもう何度目になるだろうか。

 

 

「復帰が早すぎるんじゃねぇか? もっと休めよ」

 

 

 タイミングを見計らってアクアを逃がしたいが、どうも隙がない。嫌になってくるぜ。

 

 

「上辺だけの気遣いは結構よ? どうせなら誠意を見せて腕の一本でもちぎって見せて欲しいわ」

 

 

 ……ん? こいつ今腕をちぎってほしいとか言ったか?

 ダクネス並にアタマ沸いてんじゃねぇか?

 

 

「……さっきやったのにまたやって欲しいのか。しゃーねぇ、そこを動くな?」

 

「わ、私じゃないわよ! あなたの腕よ!」

 

「何言ってんだそんなんやるわけねぇだろバカか?」

 

 

 常識でモノを考えて欲しい。

 

 

「……殺すっ!」

 

「だからやれるもんならやってみろって言ってんだろ!」

 

 

 アクアを気にしつつ、シルビアの攻撃を潰していく。さっきよりも鋭いがまだいける。

 

 

「おいアクア、わかってると思うがそこを動くなよ!」

 

「あわわわわ……!」

 

 

 シルビアは隙あらばアクアに狙いを変えるだろう。回復役さえ消してしまえば、後はゾンビアタックでどうにかなるからだ。

 アクアがそう簡単にやられるとは思えんが、万が一があってはいけない。

 

 というわけで、早いとこシルビアを退けたいので――

 

 

「片手太陽拳ッ!!」

 

「っ!?」

 

 

 突きと同じ動作で左手を持っていき、ゆうべカズマにした時と同じ要領でシルビアの視界を潰す。

 ある程度距離があるならば普通のフォームで広範囲に輝かせる必要があるが、今みたいな近距離の場合は狭い範囲の閃光で充分だ。あまりに広いと巻き添えも出る。

 

 

 

「ばっ!」

 

「ぐ……なんのこれしき!」

 

 

 強めの気功波を浴びせたが、ムカつくことに耐えやがった。

 こいつ、やっぱり強くなってやがる。

 

 

「お、耐えるか。さらにもう一発」

 

 

 とは言ってもまだ俺の方が強い。容赦なく追撃を浴びせる。

 

 

「ぐぬ……!」

 

 

 二、三発の追撃でさらに後退させ、漸くたじろがせた。少し不安が残るが、逃がすには充分な隙だ。

 

 

「アクア、今のうちだ!」

 

「わ、わかったわ!」

 

 

 わたわたと駆け出し、カズマ達が待っている方へ逃げていく。

 ダクネスや紅魔族に守ってもらえるだろうと一瞬意識を逸らした隙に、シルビアが視界から消えていた。あっ。

 

 

「逃がさない!」

 

「嘘ぉ!? 助けてぇぇぇ!」

 

 

 そのすぐあとにアクアの悲鳴が聞こえた。

 

 

「ちっ、瞬間移動だけは厄介だな!」

 

 

 全速で接近し、ガードさせる間もなく腕を掴む。そして力任せにぶんまわし――

 

 

「――オラァ!!」

 

「がっ……!」

 

 

 内臓を破裂させるつもりで地面に叩きつける。

 

 

「うちのデンデに手を出した罰だ」

 

「デンデ!?」

 

 

 そう不服そうに睨んでくるが、本当にデンデ感があるから仕方ない。神だし回復できるし。なんならデンデの方がスペック高いまである。

 

 

「さて、怪我はないよな?」

 

「なんだか腑に落ちないんですけど……あっ!」

 

 

 ブツブツとぼやいていたかと思うと、急に青ざめて慌てた様子を見せるアクア。

 

 

「どうした? 漏らしたか?」

 

「漏らしてないわよ!! だから、シルビアを仰向けに寝かせちゃダメじゃない! 満月出てるのよ!」

 

 

 ……こいつは何を言ってるんだ?

 

 俺が満月が出ていたことやシルビアに尻尾がある事を失念しているわけがないだろう。さっきまでだってシルビアに満月を見られないように振舞っていたんだ。

 忘れていたとしたら一つだけ。

 

 

「――シルビアが満月を見たら、大猿になっちゃうじゃない!」

 

 

 こいつのこのアホさ加減だ。

 

 

「このアホ!! せっかく人が見せねぇように戦ってたのに……!」

 

「へ? ……痛い痛い痛い痛い!」

 

 

 都合よくシルビアの鼓膜が破裂していることを願いつつ、アクアにアイアンクローをかましながらシルビアの方へ目をやるが――

 

 

「……へぇ。いいこと聞いたわ。大猿が何かは知らないけれど、その慌てっぷりを見ると私が有利になることは間違いなさそうね!」

 

 

 そんな都合のいい展開が起きるはずも無い。

 最悪だ。この状況で何かを言っても言い訳にしかならないし、シルビアからすれば月を見て何も起きなくても損は無い。

 

 

 ……しゃーねぇ。

 

 

「カズマ! このアホをとっちめとけ!」

 

「えぇ!? なんでよ、なんでよー!」

 

 

 まだ自分のやらかしたことに気付いていないアクアをカズマの元へぶん投げ、ひとまずシルビアから離す。

 

 

「へぶっ」

 

「またやらかしやがって! 大猿の事なんてヒデオが気付いてない訳がねぇだろ!! バカ! ポンコツ! バカ!」

 

「あーー! バカって二回も言った! 二回も言った! だってしょうがないじゃない! 気付いてるって言われてないもの!!」

 

「言うまでもないからな!」

 

 

 ぎゃあぎゃあとうるさいが、じきにアクアが泣かされてマシになるだろう。そんなことよりも、俺は目の前のシルビアを何とかしなくちゃならない。今のところ何も変化がないから、このまま何事もなく杞憂に終わってくれれば一番だが……。

 

 

「……なんともないわね。さっきの様子からすると嘘では無いみたいだけど、純正なサイヤ人じゃないとなれないのかしら……っ!!」

 

 

 突然シルビアの気が唸る。どうやら運良く大猿にならないなんてことはないみたいだ。腹を括るしかないか。

 ともかく今のシルビアには、本能が引き出されるような、あの感覚が襲ってきているはずだ。あと1分も経たないうちに大猿になるだろう。

 

 

「うぐぐ……!」

 

「傍から見たらこんな感じなのか。なるほどなぁ」

 

 

 もう二度と見ることが無いだろうし、折角の機会だからしっかりと見ておく。何を呑気に見物してるんだとカズマに怒られそうだが、ここで体力を減らすわけにはいかないし、下手に攻撃して突然変異が起きてしまえば対処出来る確証がなくなる。

 だからここは黙って大猿にしちまう方が得策だ。

 

 

「ガァァァアア!!!」

 

「うるさっ」

 

 

 姿か大猿に近付くにつれ、声音にも獣らしさが増していく。前回カズマにうるさいと怒られたが、確かにこれはマジでうるさい。

 

 

「さて。とりあえず殴るか」

 

「ガギャァァァ!!!」

 

「だからうるせぇ――つってんだろ!!」

 

 

 大ジャンプの勢いをそのまま蹴りに込め、隙だらけの顎を貫く。

 

 

「ガッ……!」

 

「今ので頭吹っ飛ばねぇとかまじか」

 

 

 手加減無しの全力で殺しに言ったのだが、全く効いていないようだ。

 大猿化の影響で致命傷を追わせても回復に時間がかかると踏んだ上での攻撃だ。最早加減して勝てる相手でもねぇからな。

 

 

「……痛いわね。何すんのよ」

 

「そりゃ喋れるよな。理性ないよりはマシだが」

 

「力が漲ってるわ。今ならなんでも出来そうね」

 

 

 先程までと打って変わって、シルビアの気は大きくなったがとても落ち着いている。賢者タイムのようなものだろうか。

 

 

「……ほんとにそう思うか? 大猿はそんなに万能じゃねぇぞ」

 

「あら、試してみる?」

 

 

 もはや妖艶とはかけ離れたとても醜い笑みをこぼし、こちらを挑発してくるシルビア。この程度で激情したりはしないが、売られた喧嘩は買う。

 

 

「言われなくても――ふッ!」

 

 

 とりあえずもう一度アゴだ。今度は横から揺ら――

 

 

「見えてるわ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 突如、眼前に巨大な壁が現れた。

 まずい、このデカさのビンタをまともに食らったら――!!

 

 

「逃がさないわ! ふんっ!!」

 

「ぐっ!」

 

 

 全身に伝わる衝撃。地面に押し戻される感覚。マズイマズイマズイ。

 

 

「このまま地面に叩きつけてあげるッ!!」

 

 

 地面が迫ってくる。舞空術で無理に減衰すれば骨が死ぬ。かと言ってなにもしなければ全身お陀仏だ。

 

 ……しゃーねぇ。

 

 

「あぁぁぁぁッ!! 舐めんなオラァァァ!!」

 

 

 倍率を15倍にまで引き上げ、激痛に耐えながら全身から気を放――

 

 

 ズガァァァァァン!!

 

 

「……ぺっ」

 

 

 人の形に凹んだ地面からムクリと起き上がり、血の絡んだ唾を吐き捨てる。……うん。

 

 

「――舐めるなとか言ってなかっ」

 

「言うな。それ以上は言うな」

 

 

 内心転がりまくりたい気持ちを抑えてるんだ。これ以上突かないで。

 

 

「……まぁなんにせよ、この程度で死んでくれなくて良かったわ。死んじゃったら大猿がどのくらい強いかわからないもの」

 

「お気遣いどうも。お礼に太陽拳ッ!」

 

「ぎゃあっ!」

 

 

 視界を潰し、気を消してカズマ達の元へ。こんなん策なしでやってられっか。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 地面に叩きつけられたヒデオがすごすごと逃げ帰ってきた。こいつよくアレで生きてるな。

 

 

「どうだ? 勝てそうか?」

 

「流石に大きさに差がありすぎるな。どんだけ殴っても効いてねぇ。というかこっちが痛い」

 

「かめはめ波とかはどうだ?」

 

「あいつを殺れる程の気なんて溜める隙がねぇ。そもそもあいつも撃ってくるんだから、相殺されたり押し返されたりするのが関の山だ。それに撃つとしてもノーガードに撃ち込みてぇな」

 

 

 確かに下手に耐えられて回復されたら元も子もないし今度こそ勝てないかもしれない。まずはそこをどうにかしないといけない。

 

 

「なら私の超爆裂魔法で消し飛ばしてあげましょう!」

 

「お前に気をやる余裕なんてないし、そもそもあの反応速度に当てれんのか?」

 

 

 ヒデオはこう言っているが、気に関してはアテがある。

 

 

「なにおう! ……と言いたいところですが、自信はないです」

 

「正直でよろしい。じゃあ俺はアイツの気を引き付けに戻るから――の前に。カズマ、ダクネス。ちゅんちゅんと剣貸せ。どうせ使わねぇだろ」

 

「どうせって……まぁその通りだが。ほらよ。つーかちゅんちゅん言うな」

 

「騎士としての矜恃が……」

 

 

 俺はボヤきながら、ダクネスは渋々と言った感じで愛用の武器を渡す。というかこいつに騎士としての矜恃なんてものがあったのか。

 ヒデオも似たようなことを思っているようで、何言ってんだこいつと言いたげな顔で。

 

 

「んなもん既にねぇだろ」

 

 

 そう吐き捨てた。

 

 

「なっ!」

 

「おっと、めんどくさくなりそうだからもう行くぜ。カズマ、しっかり作戦考えとけよ!」

 

 

 ヒデオはわなわなと震えるダクネスを放置して、超速で大猿シルビアの元へすっ飛んでいった。

 アイツがシルビアの目の前でちょろちょろ飛ぶことによって、シルビアのヘイトを集めている……が、決定打は未だにない。

 紅魔族も魔法で援護してはいるが、魔術師殺しを吸収してしまったシルビアにはあまり効かず、焼け石に水だ。

 

 対策なんて本当に出来るのだろうか。

 大猿になっただけならまだしも、魔術師殺しで尻尾の根本を覆われてしまっている。

 魔法は効かないし弱点も硬い金属で覆われている。一体どうしろと言うのだろう。

 

 

「諦め……たらヒデオに今度こそぶっ殺されるよなぁ。さて、どうするか」

 

 

 こちらの使える駒は三十名ほどの紅魔族と、大猿シルビアの流れ弾に耐えられるダクネスと、走り回って皆に回復魔法をかけているアクア。そして一発限りの武器を持っているめぐみんと、現在戦闘中のヒデオ。

 かなりの戦力が揃っているが、如何せん相手が悪い。

 魔法は効かないし、物理攻撃も分厚い肉の壁には効果が薄い。

 唯一ダメージを与えられる可能性があると言えばヒデオの気功術とめぐみんの爆裂魔法だが、どちらも準備するまでに時間がかかる。それに爆裂魔法は一発限りだ。絶対に外すわけにはいかない。

 

 ……無理ゲー。

 

 半ば諦めて本当にどうしようと悩んでいると。

 

 

「悪い! そっちに行った!」

 

 

 交戦中のヒデオが大声で危険を伝えてきた。

 

 

「嘘だろおい! ……って流れ弾だけか。おいダクネス、出番だ!」

 

 

 シルビアがこっちに向かって来たのかと内心かなりビビったが、見ると流れ弾が飛んできていただけだった。これならうちのクルセイダーで事足りる。

 

 

「やっとか! わくわく、わくわく……!」

 

 

 必殺……!

 

 

「ダクネスシールド!」

 

 

 説明しよう。

 ダクネスシールドとは、防御とダクネスの性欲処理を出来る一石二鳥の技である。相手の攻撃を無力化し、尚且つこちらは労することなくド変態を満足させることが出来る最強の技である。さっき考えた。

 

 

「くうっ……! こ、これは中々……!!」

 

 

 やはりとてつもないエネルギーなのか、身悶えながら耐えるダクネス。耳まで赤くなってるのは気のせいだろう。

 

 

「『オーバードレイン』!!」

 

 

 体内にある気で『ドレインタッチ』を強化し、ダクネス経由でエネルギーを吸い取る。怪我をせず安全に気を集める事が出来て、尚且つド変態を満足させることが出来る最強の技だ(二回目)。

 

 

「ぬ、くぅ……! この挟まれている感じ! 堪らん!」

 

「あ、やばいこれ以上ははち切れそう。めぐみん、手を出せ!」

 

「えっ、は、はい! お、おぉおぉ!?」

 

 

 エネルギーが大きすぎて体がボン! となりそうな予感がしたので、慌てて近くにいためぐみんに気を流す。しばらくすると、気弾が小さくなっていき、ぽしゅっと消えた。ひとまず危機は去った……が。

 

 

「いくらダクネスが耐えられるといっても限度がある。さて、どうするか……」

 

「カズマ、私はまだまだ行けるぞ。むしろ限界でもこき使って欲しい」

 

「はいはい」

 

 

 めぐみんにもまだ余裕がありそうだが、それでも限度はある。それまでになんとかしないと。

 

 

「やっぱり尻尾を切るしかないのか? だけど気円斬は……弾かれるか。ライトオブセイバーだって多分――」

 

 

 そう言いかけて、止まる。

 確かにただのライトオブセイバーなら効かないだろく。しかし、気で強化すればどうだ? 初期スキルとも言えるスティールがあそこまでの進化を見せたんだ。上級魔法がとんでもない性能になってもおかしくない。

 一か八かだが、あの時もそうだった。やらずにダメと決めつけるよりやってダメとわかる方がよっぽどいい。

 

 

「となると、あとは人選か」

 

 

 流石に爆裂魔法程ではないにしろ、上級魔法を強化するにはかなりの気が必要だ。めぐみんの分も合わせて考えると、一人が限度だろう。

 

 

「俺達が信頼していて、俺達を信頼しているアークウィザード……」

 

 

 こんなもの、考えなくとも当てはまるのは一人しかいない。他の紅魔の人達が悪い訳ではないが、やはり出来ることなら信頼のおける人物に任せたい。

 

 

「ゆんゆん、話があるんだが――」

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

「らちが明かねぇ」

 

 

 付着した血を払いながら、そうボヤく。

 ダクネスとカズマに剣を借りて立体機動ごっこで斬りつけてはいるものの、当然致命傷にはなり得ていない。まぁサイヤ人の特性を考えると致命傷にならないのはありがたいが――。

 

 

「はっ!!」

 

 

 俺の身体を容易く覆い尽くすデカさの気弾。奴からすれば、手のひらから軽く出したくらいだろう。

 食らえばひとたまりも無い。というか終わる。

 

 

「あぶ……ねぇっ! カズマ、もういっちょだ!」

 

 

 全身と大剣を巧みに使い、上手くカズマ達の元へ受け流す。

 

 

「いってー……。手がヤベェな――おっと」

 

 

 ハエたたきよろしく振り下ろされた腕をカウンター狙いの紙一重で避けるが、これがいけなかった。

 

 

「――っ!?」

 

 

 遅れてきた暴風に巻き込まれ、ぐるぐるとバランスを崩してしまう。大猿の大きさゆえの暴風だろうか。

 備えてさえいれば舞空術で踏ん張りも出来たのだが、そこまで考えが及んでいなかった。

 

 

「そらそらそらそら! さっきまでの! 威勢は! どこにいったのかしら!!」

 

 

 空中でバランスを崩すという隙を見逃して貰えるはずも無く、容赦ないラッシュが襲いかかってくる。

 

 

「うるせぇ黙れ! そして死ね! 繰気斬!!」

 

 

 しかしそこはサイヤ人のプライドが許さなかった。同じ轍は二度踏まない。

 直撃を避け、暴風に耐え、爆音に耳を塞ぎ、罵倒しながら反撃を繰り出す。

 

 狙うは尻尾。

 弧を描いて加速していくそれは、容赦なく大猿の尻尾に襲いかかった――が。

 

 

「ふぅん、その程度?」

 

 

 ギャリィィンと、およそ肉を抉ったとは思えない金属音が響いた。

 

 

「は?」

 

 

 角度やスピードは申し分なく、タイミングも完璧だったはずだ。実際直撃した。切れなかったのは別のイレギュラーが原因だ。

 

 

「……ちっ」

 

「ふふふ。尻尾が弱点なのはこの状態でも同じみたいね。魔術師殺しで覆って正解だったわ。それもこれも、アナタが見逃してくれたお陰よ? ありがとうね」

 

 

 銀に染まった尻尾をわざとらしくゆらめかせ、シルビアは大きくなった口をニタリと歪ませると、さらに言葉を続けた。

 

 

「で、今の攻撃が効かないって事はあなた達にはもう尻尾を斬る術はない。大人しく降伏するって言うなら、アナタは……そうねぇ、中隊の隊長くらいにしてあげようかしら。どう? 悪くない条件でしょ」

 

 

 ここで俺以外の処遇について話さないのはそこにも交渉の余地があると見ているからだろう。確かにそれは正解だが、そもそもの話、こめっこがいるのに俺が降伏なんてするわけが無い。

 

 

  「なに言ってんだ。今のはほんの挨拶だ。よって、俺がてめぇを直々にぶちのめす事には変わりねぇ。つーか幹部からランクダウンしてんじゃねぇか」

 

「だってアナタむかつくもの」

 

「奇遇だな。俺もそう思ってたところだ」

 

「そういうところ――よッ!!」

 

 

 俺を叩き落とさんばかりの勢いで巨腕を振り回す――が、三度目ともなれば避けるのは容易い。ひらりと躱し、そのまま少し距離を取る。今ので大体の攻撃範囲と反応速度は把握した。

 

 

「まずはその鬱陶しいスタミナだ。ガス欠にしてやる」

 

 

 通常時とは違い、大猿はスタミナの消費が激しく、回復もかなり遅い。そこを上手く突ければ、奴にトドメを刺すことも可能だろう。まぁ、かなりの無茶をしないといけないが。

 

 

「13……キリが悪いな。15倍」

 

 

 感覚が麻痺したのか、激痛が走っているはずなのにそれ程痛くない。いよいよアクアにブチ切れられそうだが、犬死よりはマシだ。さて。

 

 

 ――奴の反応速度を超えろ。

 

 

「ふッ!!!」

 

「また消えた。見えなくとも、音と気で――!?」

 

 

 あまりの速さにシルビアが面食らっているが、まだだ。

 もっと、もっとだ。もっと速く、疾く、迅く。

 

 

「――ッ!!!」

 

 

 音の壁を突き破り、大剣と小太刀で身を削いでゆく。一滴の返り血も許さない。

 

 

「音が後から……!? 気もあてにならない! ぎゃあっ! 目が……!」

 

 

 音も気も、痛みですらも追い付かせない。

 

 

「再生が遅い……!? そうか、体が大きいから――ぎっ!!」

 

 

 思考すら速さに溶けそうになるが、もう考える必要は無い。

 

 

「「うおおおおぉ!!」」

 

 

互いの咆哮が紅魔の里に轟く。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「はっぇぇぇ!! すごい、すごい! 全く目で追えない!」

 

「これが脳筋の底力か……!」

 

「ヒデオ兄ちゃんすっごーい!」

 

 

 ヒデオの超速立体機動に大興奮の紅魔族。無理もない。俺だって騒ぎたい。

 

 時折ソニックブームのような衝撃もするし、やはりというか、遂にというか、ヒデオは音速を超えたのだろう。

 

 あれ、なんだか目頭が熱い。

 

 なんだかよくわからない感動を味わっていると、チラチラとヒデオの方を気にしていたゆんゆんが。

 

 

「あの、カズマさん。さっき言ってた事ですが、本当に私でいいんですか? 他にもっといい人が……」

 

 

 おそるおそる尋ねてきた。

 きちんと説明したはずだけど、どうにも納得が行かないらしい。

 ヒデオがここにいれば楽なんだが……。

 

 

「ゆんゆんだからこんな事頼めるんだよ。ほら、俺達パーティと一番付き合いが長い友達だろ? それと、さっきは言うのを忘れたが多分ヒデオが選ぶとしてもゆんゆんを選ぶと思うぞ」

 

 

 言いたかないが、この子かなりめんどくさい。

 

 

「友達……わ、わかりました! 精一杯頑張るので見限らないで下さい!!!」

 

 

 なんだろう。ゆんゆんを見てると、この子の将来がすっごく不安になってくる。チャラ男に騙されてホイホイついて行ったりしそうなんだが。

 

 

「……めぐみん、お前ちゃんとこの子の友達なの? お前が近くにいたならこの歪みっぷりはおかしいと思うんだが」

 

「何を言いますか。ゆんゆんのぼっちは生来のものですよ。私が介入したとて、そう簡単に根っこは変わりませんよ」

 

「もうぼっちって言わないでよ! 私にだって、友達いるんだから!」

 

 

 どうやらぼっち呼ばわりされるのは気に食わないらしく、ぷんすことめぐみんに突っかかるゆんゆん。

 

 

「ほほう? ならその名を聞こうじゃないですか。ちなみに私達と紅魔の皆といつも入り浸っているウィズの店のメンバーとサボテンはなしですからね」

 

 

 流石にそれはゆんゆんを嘗め過ぎだろう。いくら変わり者とされる紅魔族で引っ込み思案のゆんゆんでも、流石に一年以上アクセルで過ごしているなら一人くらい――

 

 

「……う、うわぁぁぁん!」

 

 

 突然、ゆんゆんが泣きながら駆け出していった。

 

 …………。

 

 

 俺達以外に友達居ないのか……。

 というか、たまにダストとつるんでいるのを見かけるが、ダストは友達じゃないのだろうか。なんだか一瞬ダストが可哀想になった気もしたが、よくよく考えたらゆんゆんにだって友達を選ぶ権利くらいあるよな。うんうん。

 

 そんな事を考えていると、めぐみんが勝ち誇った顔で。

 

 

「今日も勝ち!」

 

「やめたげて」

 

 

 鬼かこいつは。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
つぎは大体の展開がまとまってるのでもう少し早いと思います! 気になる所がございましたら感想欄で!
感想、評価等お待ちしてます!


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第五十八話

遅くなってすみません。


 

 

 

 なんやかんやあって油断したヒデオが彼方へ吹き飛ばされ、シルビアの狙いは紅魔族達へ。

 

 

「きゃあっ!」

 

「そけっと!」

 

 

 転んだそけっとに駆け寄ろうとするぶっころりー。しかし、それを制止するそけっと。

 

 

「ぶっころりー、私は置いてあなたは逃げて! あなたが死んでしまうとこの里の未来が……!」

 

「大切な人を見捨てる男が救える里なんてないさ! さぁ、手を取って!」

 

「……バカね。でも、そんなあなただから――」

 

 

 手を取り合う二人に、巨大な影が覆いかぶさる。

 

 

「あら、感動のシーンかしら」

 

 

 大猿シルビアだ。

 にたりと気味の悪い笑みを浮かべると、そのまま二人に光弾を向けた。

 

 

「盛り上がってるところ悪いけど、死んでもら――」

 

「『テレポート』」

 

 

 ぶっころりーのテレポート!

 ふたりはシルビアのまえからきえうせた!

 

 

「……は?」

 

 

 シルビアはぼうぜんとしている!

 

 

「――っらぁぁぁぁ!!!!」

 

「がッ!?」

 

 

 こめかみに鋭い衝撃を受け、ぐらりと揺れるシルビア。無論、やったのはヒデオである。シルビアにビンタで吹き飛ばされつつも、常軌を逸した執念とスピードで返ってきた。

 

 

「いったいわね! なにすんのよ!」

 

「そりゃこっちのセリフだ! 鼻血出たわ!」

 

「あれ喰らって鼻血で済むとか頭おかしいんじゃないかしら」

 

 

 アクアのヒールで傷こそ治っているが、ヒデオのこれは痩せ我慢である。

 

 

「おれ、つよい。おまえ、よわい。おけ?」

 

「殺す!!」

 

「死ね!!」

 

 

 ぶつかり合う閃光、爆音、衝撃。

 

 二匹の猿の戦闘が激しさを増していく――。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 遡ること数分前。

 

 

「スーパーヒーロー受け身!!」

 

「そんな技はない」

 

 

 シルビアに吹き飛ばされたものの、ヒデオは上手いこと調整してなんとかカズマ達の元へ帰ってきた。

 ちなみにスーパーヒーロー受け身とはただの受け身である。

 

 

「いてて……カズマ、準備は終わったか?」

 

「めぐみんが余計な事言ったからゆんゆんが逃げた。まぁもう戻って来てるが」

 

「お前もう少しゆんゆんに優しくしてやれよ」

 

「私はだいぶ優しいと思いますが……」

 

「あのな、ゆんゆんのメンタルはどちらかと言えばクソ雑魚だ。お前みたいな毎日毎日他人への迷惑を考えずに爆裂魔法をぶっぱなす様な輩が言う程度の優しさなんてあってないようなもんだろ」

 

 

 そう言ってめぐみんを咎めるが、本人の前でそれを言うくらいには、ヒデオにはデリカシーがない。ついでにモラルもない。

 

 

「ヒデオ、その発言がいちばんゆんゆんを傷付けてるって自覚あります?」

 

「えっ……ごめんなゆんゆん」

 

 

 どうやら無自覚だったらしく、素直に頭を下げるヒデオ。この男、ゆんゆんとこめっことちょむすけには何故かクソ甘い。共通点は可愛い事と庇護欲をそそる所だ。

 

 

「謝らないでください! 私、気にしてないですから! めぐみんとヒデオさんはそういう人だってのはわかってますから!」

 

「「それは傷つく」」

 

「なんで!?」

 

 

 二人に振り回されたおかげ(?)か、完全に緊張はなくなり普段通りに接し始めるゆんゆん。他より付き合いが長く深い分だけあってか、ゆんゆんの扱いについて心得ている。

 

 

「よし、戯れもこの位にして。ゆんゆん、なんかゴチャゴチャ考えてるみたいだが、めぐみんに勝ちたきゃこれくらいやってのけろ。こいつは一発で成功させたぞ」

 

「……ふっ」

 

 

 ヒデオの発言に調子づき、勝ち誇った顔でゆんゆんを嘲笑うめぐみん。

 その態度がゆんゆんの闘志に火を付けた。

 

 

「……!! か、必ずシルビアをぶった斬ります!! めぐみんの出番は無いくらいに刻んでやります!!」

 

「なにおう!」

 

 

 ギラギラと紅魔族特有の赤い瞳を輝かせ、めぐみんへの対抗心をそのままシルビアへの殺意へ変換するゆんゆん。多少強引ではあるが、ヒデオの狙い通りである。

 

 

「準備は整ったな。ヒデオ、詳細はこっちに任せろ。アクア、ヒデオにヒールしてやれ。回復は出来る時にしとこう」

 

「はーい。ヒデオ、手出して――うわ、ボロボロね。『ヒール』!」

 

「っ……!」

 

 

 心地良いはずのヒールに顔を歪めるヒデオ。アンデッド技の不死王の加護の後遺症で、ヒールが苦痛になってしまっている。

 

 

「痛いの?」

 

「……い、いや。そんな事はねぇ。あれだ。傷口消毒したら染みる的なアレだ。うん」

 

 

 染みる的なアレというのは間違っていないが、それが全身だ。並の痛みではない。無論これは痩せ我慢だ。

 

 

「うーん、まぁいいわ。けどヒデオ、もうあの技は使っちゃダメよ? わかった?」

 

 

 アクアの気遣いとは裏腹に、この後に待っているのは勿論。

 

 

「了解。不死王拳!!」

 

 

 お約束の展開である。

 

 

「あーーっ!!!」

 

「すまんなアクア。終わったらたっぷりと怒られてやる!! あばよっ!!」

 

 

 ぷんすこ憤慨するアクアを置いて、ヒデオはそのままシルビアの元へすっ飛んで行き――

 

 

「おっらぁぁぁぁ!!!」

 

 

 飛び蹴りをぶちかました――!!!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「オラァァア!!!」

 

 

 鈍い打撃音が響き、ぐらりと巨体が揺れる。

 

 

「この! しつこい!」

 

 

 力任せに振り払われるが、俺は諦めない。何度でも繰り返す。

 

 

「オラァ!!!」

 

「だから! しつこい! わよ!」

 

「なんの!!」

 

 

 進行を塞がれるならば、別ルートから行くまで。回り込み、再び打撃を見舞う。

 

 

「何度やっても効かないわ!」

 

「それでも!!」

 

 

 何度弾き飛ばされても、諦めない。必ずその膝をあらぬ方向にへし折ってやると、確固たる決意でローキックを放つ。

 

 

「あぁもう!! 足ばっか狙わないでくれるかしら!? それと剣はどうしたの!?」

 

「自分よりでけぇ奴と戦う時は膝を狙うもんだ。剣はさっき返してきた」

 

 

 足を狙うのは時間稼ぎ兼体力温存だ。音速機動は体力の消費が激しいから、そう連発はできない。

 はたしてあの雑な作戦は成功するだろうか。ゆんゆんがぶった斬ってめぐみんと俺で消し飛ばす手筈だが、本当にこれで良かったのか? もっとやりようはあったんじゃないかと心の不安を消せないでいると。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん、がんばってー!」

 

「あぁ! 愛してるぜこめっこ!!!!」

 

 

 こめっこが声援を送ってくれた。これは勝ったわ。

 

 

「あっ、スキあり」

 

「げぶっ!!」

 

 

 こめっこの可愛さに気を取られていると、全身に重い衝撃が襲いかかった。

 

 

「……おいおい、人を足蹴にすんじゃねぇよ。早くこのくせぇ足をどけろ」

 

「嫌よ。折角手に入れたチャンスですもの、逃がさないわよ? そもそもあなたを人と呼ぶのはいささか抵抗があるわ」

 

「こいつは一本取られ痛ぇ! 潰そうとするな! グロテスクな場面をこめっこに見せちまうだろうが!」

 

「こめっこ……あのおチビちゃんね。随分とご執心のようだけど、ロリコンなの?」

 

 

 む、失礼な。

 

 

「愛してる相手がロリなだけで俺はロリコンじゃない」

 

 

 いくら俺が世間から変態やセクハラサイヤ人と言われようともそれは違う。俺は断じてロリコンじゃない。

 

 

「それを世間ではロリコンと呼ぶのよ。まぁいいわ。良いこと聞いたしね。――まだ冷静を保ってるあなただけど、あのおチビちゃんを失ってしまったら、どうなるのかしらね?」

 

「何言ってんだお前?」

 

「あ、あれ?」

 

 

 こいつは何を言ってるんだ? 俺がこめっこを失う? アホか?

 

 

「俺がこめっこを失うわけねぇだろ。頭沸いてんのか?」

 

「……なるほど。あまりの事態に絶望して、現実を受け入れられてないのね。いいわ、もう一度言ってあげる。耳かっぽじってよく聞きなさい」

 

「おう」

 

「今からお仲間達を殺すわ。おチビちゃんもついでにね」

 

 

 あーなるほど。つまりこいつは、戦闘員のカズマ達だけじゃ飽き足らず、こめっこの命も奪おうとしてるんだな。なるほど、なるほどなー。

 

 

「は?」

 

 

 ぷつんと何かが切れた。

 途端に湧き上がってきた力に任せシルビアの足をへし折って、拘束を引き剥がす。

 

 

「えっ」

 

「おれ おまえ ころす」

 

「させると思って? このまま爆発波で諸共焼き尽くしてやる!!」

 

 

 そう叫ぶと、シルビアの気が跳ね上がった。広範囲に攻撃するつもりか。

 こいつ、一度ならず二度までも禁忌を……。

 

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

「押し戻され……!?」

 

 

 万死に値する。

 

 スーパーな気を全開にすると力が漲り、なんでもできる気分になる。そのまますうっと息を深く吸い込み、腹に力を込め、解き放つ。

 

 

「オレはおこったぞーー!!! シルビアァァ!!!」

 

 

 これが、俺の超サイヤ人だ!!

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

「カズマ! なんだかヒデオが荒々しいオーラを纏っているのだが、これを私にぶつけてくれないだろうか!?」

 

「何言ってんだこいつ。それより準備を急ぐぞ。ヒデオの理性が残ってるなら……まぁあの様子だと残ってるだろうな。その場合アイツは作戦を続行する可能性が高い。まぁ備えあれば憂いなしってやつだ。あの新形態は確かに強いが、無敵ってわけじゃないからな」

 

 

 カズマの心配は完全に杞憂だが、ヒデオが作戦を続行するというのは正解だ。無論、そちらの方がこめっこに危険が及ばないという理由からではあるが。

 

 

「ねぇめぐみん、ヒデオさんの新形態ってなにかしら?」

 

「恐らくですが、前に言ってたナントカサイヤ人かと。確か怒りによって変身するとかなんとか」

 

「前から思ってたけど、ヒデオさんって本当に人間なの?」

 

「まだ人の形を保ってるのでかろうじて人間だとは思いますが。ほら、怒っても緑色になったり巨人になったりしてないですし」

 

 

 ある意味では超サイヤ人も最強のアヴェンジャーとなるのかもしれないが、怒りの理由が理由なので格好よくはない。

 

 

「ヒデオ兄ちゃんかっこいー!」

 

「……ゆんゆん、私達にもそういうのないんですか? スーパー紅魔族的な」

 

「ないと思うけど……」

 

 

 紅魔族には数々の伝承(デタラメ)があるが、流石にスーパー紅魔族とやらはない様子。今後増えるかもしれない。

 

 

「二人とも、お喋りはそこまでだ。そろそろ作戦開始といこうじゃないか。めぐみんはもう充分気を蓄えてるから、俺の気を全部ゆんゆんに渡す。脅すわけじゃないけど、一度きりしかチャンスはないから一発で決めてくれ」

 

「はい!!」

 

 

 景気よく返事をしたのは意外にもゆんゆんだった。いつもとは違い、自信と活気に満ちている。

 

 

「ゆんゆん、やけに張り切ってますね。頭でも打ちましたか?」

 

「打ってないわよ! ……ヒデオさんがちゃんと私を見ててくれて、頼ってくれた事が嬉しいの」

 

 

 ゆんゆんからすれば、ヒデオはとても強くて優しいので、本当はしたくないけど気を使ってくれて自分と冒険しているのだと思っていた。しかし、今日の件でそうではない事が判明した。ゆんゆんにとって、張り切る理由はただそれだけで充分だ。

 

 

「そうですか。負けませんよ?」

 

「望むところよ!」

 

「よし、二人とも準備は終わったみたいだな。作戦開始だ!」

 

 

 超サイヤ人を援護するというなんとも珍妙な作戦が始まった――。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 ヒデオが超サイヤ人になってからは、当然シルビアは手も足も出なかった。

 

 

「この、この、偉そうに!!」

 

「偉くはないけど、俺は強いぞ。フンッ!!!」

 

「がっ……!!」

 

 

 体躯の差を余裕で覆すパワー。

 

 

「ちくしょう……! あんたさえ、あんたさえいなければぁぁ!!」

 

「ごめんな、強くてさ」

 

「ムカつく!!」

 

 

 攻撃が掠りすらしないスピード。

 

 

「カメハメ波ーーッ!!」

 

「喝ッ!!」

 

「気合でかき消した!?」

 

 

 質も量も遠く及ばないエネルギー。

 

 

「さて、次はどうする?」

 

 

 そんな数々の理不尽とも言えるスペックに、大猿なだけのシルビアが勝てる筈もなかった。

 

 

「……そんな隠し玉を持っているとはね」

 

「俺もまさかこんな所でなれるとは思ってなかったよ」

 

 

 ヒデオが超サイヤ人になれたのはこめっことアクア、ウィズのお陰である。

 まずウィズの『不死王の加護』が生者にはダメージを与える性質により、不死王拳を使う度にヒデオは死にかけた。そしてそれをアクアのハイスペックヒールで回復し、そこにサイヤ人の性質が合わさる。

 さらに、こめっこ限定のある意味で純粋なロリコンと化したヒデオの本能は、こめっこに危機が及ぶことを決して許さなかった。その結果、シルビアの放った超爆発波がこれに抵触するとして、強制的にその力を目覚めさせたのだ。

 

 

「さて、お前の負けは決まった様なもんだが……言い残すことはあるか?」

 

 

 超サイヤ人になったとはいえ、ヒデオは混血のサイヤ人である。大猿の時もそうだった様に、純粋種より理性を保つのは容易く、怒り狂うという事態にはなっていない。地球人の甘さ故にシルビアはまだ生きているし、この油断とも取れる態度もサイヤ人の性質故と言えるだろう。なので――

 

 

「生憎と、負けた時の言い訳なんて気の利いたモノは考えてなかったわ。その代わり――」

 

「その代わり?」

 

「あなたにどうやって吠え面かかすかは考えてたわ」

 

 

 敵の最後っ屁に痛い目を見るのも、サイヤ人らしい。

 

 シルビアは気を爆発的に上げ、先程と同じ構えを見せた。

 

 

「……ん、中々の気だ。なにやるんだ?」

 

 

 それでも、ヒデオは余裕を崩さない。超サイヤ人の影響か、怒り狂わずとも舐めプの精神が出て来ている。これはサイヤ人である以上仕方ない。

 

 

「その余裕もこれまでよ! ここら一帯、私とともに塵と化してやるわ!! 逃げられるものなら逃げてみなさい! そんな沢山抱えて逃げられるならね!」

 

 

 先程の感覚で、シルビアはヒデオが壁になっても後ろのカズマ達が焼け死ぬ威力を算出した。今回ばかりはヒデオだけしか耐えられない。

 

 しかし、シルビアはここでひとつ誤算をした。ある事を頭に入れていなかったのである。

 

 ヒデオが何故――

 

 

「あ?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「あっ」

 

 

 今更気付いてももう遅い。

 

 ズドンと重い音を立て、シルビアの腹部に地上最強の拳がねじ込まれる。

 

 たった一撃でシルビアの背中は折れ、文字通り浮き足立つ。それでも怒り心頭のヒデオは許さない。

 

 

「邪ッ!!!」

 

 

 一度ならず二度までも禁忌を犯したのだ。許す道理はもうない。

 尻尾を掴み取り、怪力無双でちぎれんばかりにぶん回し――

 

 

「こいつで終いだ!!!」

 

 

 回転の勢いをそのままに、高く高くシルビアを投げ飛ばす。

 

 

「早く体勢を戻さないと……!!」

 

 

 慣れない大猿の体のせいか、うまく推力に抵抗できず、シルビアの動きはぎこちない。今まで飛ばなかったのはこれが理由である。

 

 

「隙だらけだぜ。やっちまえゆんゆん!!」

 

「はい!!」

 

 

 ゆんゆんは魔力と気を携えた愛用のダガーとワンドに流し込み、剣と矛を創り上げた。

 断つ剣と穿つ矛。このふたつが合わさって出来るひと振りの破壊力はまさに――

 

 

「『ライト・オブ・フルセイバー』ッ!!!」

 

 

 最強である。

 

 

「な……!?」

 

 

 痛みを感じる暇すらなく、気が付けば尻尾諸共胴体を真っ二つにされていた。

 魔術師殺しの魔法耐性などお構い無しに、シルビアの上と下を泣き別れにしたのだ。それ程までに理不尽で不条理な一撃。喰らった側はたまったものではない。

 

 

「ゆんゆんが覚醒したぞー!!」

 

「あれがゆんゆんに秘められていた力か……!」

 

「うっうっ……あんな立派になって……!」

 

 

 いつの間にか戻って来ていた紅魔族達が、ゆんゆんの新技にやいのやいのと騒ぎたてる。

 

 しかし、まだまだこんなものでは無い。

 

 

「めぐみん、今よ!」

 

「言われなくても!〈束ねるは焰のゆらめき、燃え滾る紅蓮の爆炎〉……ゆんゆん、先程の魔法、私のライバルを名乗るに相応しい一撃でした」

 

「え、めぐみん今私を褒めた? ねぇ褒めた?」

 

 

 珍しく褒められたゆんゆんは、によによとした顔でめぐみんにそう尋ねた。

 

 

「う、うるさいですよ! 黙って見ててください! これが、超エクスプロージョンバージョン2。またの名を――!!!」

 

 

 若干頬を赤く染めながら、紅に輝く瞳で獲物を見据え、天に刻んだ魔方陣より解き放つ。

 

 

「『エクスプロージョン・ストライク』!!!」

 

 

 立ち上る爆炎ではなく、真下に高密度の爆裂弾を放つ。万象一切を灰燼と為す太陽の如き一撃は、容赦無くシルビアを叩き潰さんとする。

 どこぞの敗北者の息子の奥義とは大違いである。

 

 

「く……! こんなもの!! こんな……!! うわぁぁぁ!!」

 

 

 元気玉に叩き落とされるフリーザよろしく落下していくシルビア。

 じきに地面と激突し、爆発に巻き込まれて死ぬだろう。万全の状態ならば欠片ほど耐える可能性もあっただろうが、今は尻尾を切られて人型に戻っている最中であり、全身から力が抜けている。これだけでもシルビアは死ぬのだが、作戦はまだ終わっていない。

 

 

「はぁぁぁぁぁ! こいつでトドメだ!!」

 

 

 オーバーキルをするにしても程があると非難されるかもしれない。しかし、ヒデオからすればシルビアはそれだけの事をしでかしたのだ。万死に値する。

 

 

「ヒートドームアタック!!!」

 

 

 一気に放出された莫大なエネルギーは、光の帯となって爆裂魔法にぶつかる。互いに高い推進力と熱量を持っていて、凄まじい勢いでシルビアの命を削っていく。

 

 トランクスがセルを完全に消し去った事で定評のあるこの技は、超サイヤ人(覚醒)状態でのみ許される、ヒデオの上必殺技である。

 

 

「――――!!!」

 

 

 声にならない悲鳴を響かせるシルビア。それでもサイヤ人とグロウキメラのバケモノ耐久のせいで死ぬに死ねず、まさに生き地獄である。

 

 

「ヒデオ、早くそこをどいて下さい! いくらあなたでも直撃すれば死にますよ!?」

 

 

 シルビアを両側から削り殺すという作戦だが、ヒデオが死ぬという欠点がある。めぐみんは爆裂魔法を引っ込めることが出来ない上、ヒデオのヒートドームに負けるとも思っていないからこそのこの発言である。確かに()()()()のヒデオならば押し返せずに消し炭になる可能性が高い。しかし。

 

 めぐみんはまだ超サイヤ人を、覚醒したヒデオのフルパワーを、知らない。

 

 

「押し返せるとでも思ってんのかめぐみん!! 舐めんな!! 俺は穏やかな心(ロリコン)を持ちながら、激しい怒り(ロリコン)によって目覚めた伝説の戦士(ロリコン)……。超サイヤ人、タナカヒデオだァァァァ!!!!」

 

 

 渾身の口上を上げ、フルパワーで爆裂弾を押し返す。

 

 超加速して天に昇る光の帯は、やがて臨界点を迎え――

 

 

「ち、ちくしょおおおぉぉぉ!!!」

 

 

 シルビアの断末魔と共に、大空で炸裂した――!!!

 

 

「けっ、きたねぇ花火だ」

 

 

 




結構書いたする気がするのは消しまくったせいだろうか


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第五十九話

シグルドとスカディを出しましたた(課金並感)


 

 

「フフフ……。あんな簡単に……フフフ……」

 

 

 まさか己の渾身の必殺技が簡単に天まで運ばれ汚い花火にされ、挙句の果てに冒険者カードの討伐欄には[グロウキメラ シルビア]の文字。まるでお情けのようなその事実は、めぐみんの心をついにへし折った。

 討伐から一日が経った今でもめぐみんは落ち込んでいて、虚ろな目で冒険者カードを眺めていた。

 

 

(……なぁヒデオ、なんとか言ってあげたらどうだ? お前が落ち込ませたようなものだろう)

 

(元凶がなにか言っても傷口に塩を塗るだけだ。ゆんゆんが居ればいいんだが……)

 

 

 ゆんゆんさえ居てくれれば、なんやかんやでめぐみんを元気づける事が出来るだろうと思ってそう言ってみるが。

 

 

(さっきアクアと出かけた時見かけたんだけど、【未来を切り拓く者】とか言われてちやほやされてたぞ)

 

 

 そう言われて気の感知で探ると、確かにゆんゆんは複数の紅魔族に囲まれている。応援は期待出来ない。

 外に出て行けばめぐみんも同じように呼ばれるかもしれないが、そのメンタルは今のめぐみんにはない。

 ちなみにアクアは謎に高い建築技術を買われ、紅魔族にお呼ばれしている。まぁアイツがいても邪魔にしかならないのが明白なのでちょうどいいだろう……と、考えていると。

 

 

「ねーヒデオ兄ちゃん。姉ちゃんはなんでずっとうつむいてるの? おなかいたいのかな?」

 

 

 こめっこが買ってきたお菓子をもきゅもきゅしながら、そう尋ねてきた。可愛いが、いつも自信満々のめぐみんが落ち込んでるのが珍しいようで、しきりにチラチラ見ている。

 

 

「んー、そうならいいんだがなぁ。ただちょっと昨日の出来事がショックで立ち直れないみたいだな」

 

「きのうは姉ちゃんもゆんゆんもヒデオ兄ちゃんもかっこよかったよ?」

 

「ありがとよ。それめぐみんに言ってきてくれねぇか?」

 

「わかった!」

 

 

 愛する妹の激励ならあるいは。

 

 と、思ったのだが。

 

 

「きのうの姉ちゃんはかっこよかったよ?」

 

「ありがとうございますこめっこ。……ちなみに、一番かっこよかったのは?」

 

「んーと、ヒデオ兄ちゃん!」

 

「ぐはっ」

 

 

 どうやら裏目に出たようだ。仕方ないな。かっこいいもんな超サイヤ人。

 

 

(余計に落ち込んだじゃねーか!)

 

(えぇ……これ以上どうしろと)

 

(もういい! 俺が行く……行くべきだった)

 

 

 カズマはそう言ってすくっと立ち上がり、めぐみんの元へ歩を進めた。

 

 

「よ、随分意気消沈してるな」

 

「……カズマ」

 

「そう落ち込むなって。あれはヒデオがおかしいだけだ。お前が弱いわけじゃ――」

 

「普段はアクセル一頭がおかしいと言われてるのに、そのおかしさですら負けた……」

 

 

 ダメだこりゃ。

 

 

(どうすりゃいいんだよ!)

 

 

 カズマが戻ってきてそんな文句を垂れてきた。

 

 

(どうしろってもなぁ。あの様子だといつもみたいに煽ったら逆効果だろ? じゃあもうお手上げだ)

 

(なんだこいつ役に立たねぐぁぁぁっ! 頭潰れる! 潰れちゃう!」

 

(なっ、羨ましいぞカズマ!)

 

 

 悔しがっているならまだしも、ずんと落ち込んでいては励ますしか方法は無い。そもそもなぜ落ち込んでるのかがちょっと理解できない。いつもなら悔しがりながらも奮起するはずだが……。もしかして、昨晩のあれが原因か? めぐみんなりに爆裂魔法を極めたと思っていて、そこにオークの一件でああ思い立ったんだろう。しかし俺が現実を見せつけて、極めたと思っていた自分が不甲斐なくて――って感じか? もしそうなら、やはりカズマに任せるしかない。

 

 

(おいカズマ、今から話すことを聞いたら、お前なりに考えて対処してくれ。いいな?)

 

(いてて……これ以上面倒事は増やすなよ)

 

(まぁそう気にするな。実は昨日の夜、お前が寝てる隣でめぐみんに爆裂魔法のことで相談をされたんだが――)

 

 

 カズマは終始黙って聞いていたが、やがてすくっと立ち上がり。

 

 

「めぐみん、デートしようぜ」

 

 

 落ち込むめぐみんに、そう言った。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 紅魔の里から少し離れた、とても大きな岩山が望める丘。

 

 

「……っと、この辺でいいか」

 

 

 大きめのシートを地面に敷き、その上にどかっと座る。めぐみんは少し離れてちょこんと座り、未だ元気はない。

 

 

「さて、なにか俺に言いたい事はないか?」

 

 

 ヒデオから聞いた話では、どうやらめぐみんはやはり爆裂魔法のことで悩んでいるそうだ。爆裂魔法に関係することが何かは教えてくれなかったが、どうも深刻らしい。

 

 

「……すみませんね、本来は私が自ずから言うべきことなのに」

 

「気にするなよ。俺達の仲じゃないか」

 

 

 カッコつけてそう言っているが、実際はほとんど知らない。……とは言え、もう付き合いも長い。こいつが何に悩んでいるのかは大方検討がついている。

 

 

「……カズマは優しいですね。ヒデオもそうでしたが。察しのいいカズマなら、私が何に悩んでるのかもうわかっていると思います。それでも一応ですが、聞いておきますね」

 

 

 そう言って二、三度深呼吸をすると、めぐみんは意を決した顔で。

 

 

「優秀な魔法使い、欲しいですか?」

 

 

 ――そんな、かつてのめぐみんからは信じられないセリフを発してきた。

 

 

「……優秀な魔法使い、か。それはゆんゆんとかこの里の人とかみたいなってことでいいんだな?」

 

「はい。欲しいですか?」

 

「欲しくないと言えば嘘になるが――」

 

 

 上級魔法を使える者が居れば戦略の幅はぐっと広がるし、ヒデオの負担も減らせるし、危険な目に遭う事も少なくなるだろう。

 

 そう言うと、めぐみんは少しだけ寂しそうな顔で。

 

 

「……やっぱりそうですよね。決めました。私、爆裂魔法を卒業します」

 

 

 今にも崩れそうな笑みを浮かべて、そう言ってきた。

 

 

「おいおい、卒業なんてのは言い過ぎだろ。冒険に行かない日とかはいつもみたく爆裂散歩に行ってもいいだろ」

 

「いえ、自戒のためにも爆裂魔法は封印します。それに、上級魔法の熟練度を上げるためにはそんな暇もないですし」

 

 

 めぐみんの覚悟は本物らしく、声を震わせながらもそう言い切ってみせた。

 

 

「……あの、カズマ。ひとつだけお願いがあるんですが」

 

「俺に出来ることなら任されよう」

 

「私の代わりに、私の冒険者カードで、上級魔法を習得してください」

 

 

 そう言っておずおずと冒険者カードを差し出してくるめぐみん。どうやら本人以外が弄ってもスキルの習得は可能らしい。なんだよ、それなら無理やり覚えさせたらよかったんじゃないか。今更遅いが。

 

 

「本当にいいんだな?」

 

「えぇ。揺らがないうちにどうぞ」

 

 

 余程未練を断ち切りたいのか、めぐみんは震えながらもうこちらを見ていない。

 ……めぐみんがここまでの覚悟をしたんだ。俺もそれに応えてやらないとな。

 

 

「よし、全部割り振った……が。最後に一発だけ、お前の爆裂魔法を見せてくれないか? 普通のでいい」

 

「……しっかりと目に焼き付けて下さいね。これが正真正銘最後の爆裂魔法です。……的はどうします?」

 

「そうだな、あそこのでかい岩でいい」

 

 

 ここから見えるとても大きな岩山にある、そこそこでかい岩を指さす。

 

 

「……了解です」

 

 

 めぐみんはその岩に狙いを定めると、ずずっと鼻をすすっていつもの聞きなれた詠唱を始めた。

 あたりに風が巻き起こり、大地が揺れる。小柄な体からは想像もつかないとてつもない魔力が一点に集められ――!!

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 カズマ達を見送った後、俺とこめっことダクネスとちょむすけは、再びねりまきちゃんの実家の食事処に来ていた。

 金の力に任せこめっこと共に暴飲暴食していると、一通り食事を終えたらしいダクネスが。

 

 

「……ヒデオ、本当にカズマに任せっぱなしでいいのか? 確かにあいつはパーティのリーダーで、頼りになる時はなる。しかし、落ち込ませた原因はお前にも一因があるんだろう? お前も説得してもいいんじゃないか?」

 

 

 口元を上品に拭いながら、そんな事を言ってきた。

 

 

「普段のめぐみんなら煽ってキレさせて終いだ。けど、今は状況が違うんだよ。今のめぐみんは俺にだけは慰めて欲しくねぇはずだ。それに……めんどくせぇから終わってから察しろ」

 

「……お前はいつもそうやって大事な事をはぐらかすな。まぁ私も人のことは言えないが」

 

「あん? ララティーナ、お前でも悩み事あんのか?」

 

 

 常に煩悩と欲望をさらけ出しているダクネスに今更悩みなんてあるのだろうか。

 

 

「とりあえず人前でララティーナと呼ばれるのが目下の悩みだな」

 

「じゃあ二人きりの時にでも呼べってか? 急に彼女面すんのやめろよ。あまり思わせぶりな事を言うなよ。好きになるぞ」

 

「彼女づ……!? 好……!?」

 

 

 なにやら顔を赤らめて驚くダクネスだが、乙女かとツッコみたくなる。というかこれはこいつが悪い。童貞にそんな思わせぶりな事言ったら告られて振るまでがワンセットだぞ。

 未だ狼狽えるダクネスに若干の嗜虐心を覚えていると、こめっこが可愛らしく首をかしげて。

 

 

「ヒデオ兄ちゃんは金髪のおねぇちゃんが好きなの?」

 

 

 おそらく純粋に、そう尋ねてきた。

 

 ふむ、好きか嫌いかと聞かれれば好きと答えるくらいには好きだな。まぁこれが恋愛なのか友愛なのかは定かではないが。

 

 

「ん? まぁそうだな。愛してるぜララティーナ」

 

「ぶふっ!?」

 

「うわ汚ねっ」

 

「なおっ!?」

 

 

 ダクネスはあろう事か飲んでいたお茶を吹き出してきた。おかげでちょむすけごと顔面が濡れた。

 生憎ダクネスと違い俺はお茶をぶっかけられて悦ぶ変態ではない。というかちょむすけが驚きのあまり頭皮に爪を立ててきて痛い。

 

 

「あぁもうめちゃくちゃだよ。……ねりまきちゃん、お茶こぼしたからタオルくれる? ちょむすけのぶんも」

 

「はーい。少々お待ちを」

 

「げほっ、げほっ……お前が変な事を言うから……」

 

「普段これより変な事口走ってる奴が何を言ってんだ。というか貴族でお前くらいの年齢ならパーティとかで結婚を申し込まれるのも多いだろうに」

 

 

 ダクネスは性癖と若干割れすぎている腹筋を除けばかなりの美少女だ。おっぱいも大きいし、家柄の良さとおっぱいの大きさも相まって、公の場とかで縁談を持ちかけられたりすることも多いはずだ。

 

 

「それとこれとは話が別というか……。その、言い方は悪いが貴族連中は欲望が丸見えなくせにおべっかやらで隠してくる連中ばかりでな。お前達のように素直な気持ちをぶつけてくる者は中々に居ないのだ」

 

「つまりお前の性癖をさらけ出しているのはその弊害だと? 嘘こけ、あれがお前の本性だ」

 

「!?」

 

 

 なにやら顔を赤くして掴みかかってくるダクネスを軽くいなしながら食事を続けていると、見知った気がこの店にやってきた。

 めんどくさい予感しかしない。

 

 

「ねりまき、ここにヒデオさんがいると聞いて来たんだが――あ、居た!」

 

 

 予想通り、紅魔族随一の発育(本人談)のあるえがやって来た。

 

 

「ようおっぱ――あるえ。何の用だ?」

 

「おっぱ……。流石の私も名前と胸を言い間違えられるとは思いもしていなかったよ」

 

「気にするな。ちなみに今は食事中だしこの後はこめっこと遊ぶ予定だから小説の取材とかは無しな」

 

 

 先手を取られると断るのが難しいので速攻で無理だと突き付けておく。どうせ抗ってくるが。

 

 

「そんな! せっかく【未来を切り拓く者】ゆんゆんへの取材を早めに切り上げてきたのに! そこをどうか! 後生だよ! 私とヒデオさ……くんの仲じゃないか!」

 

「うるせーぞおっぱい」

 

「うるせーぞおっぱい!?」

 

 

 これ以上余計な事を喋らせるわけにはいかない。今だってダクネスが訝しげな視線を送って来てるしな。

 

 

「タオルお持ちしましたー……ってあるえ、なんで固まってるの?」

 

「気にしなくていいぞねりまきちゃん。タオルありがとう」

 

 

 ありがたくタオルを受け取り、ちょむすけを拭いてやっていると。

 

 

「!」

 

 

 気の感知にズンときた。かなりでかい。

 これは……。

 

 

「……とても大きい魔力だね。誰かが新魔法でも開発したのかな?」

 

「もしかして昨日のゆんゆんとめぐみんに感化されたのかもね」

 

 

 固まるのをやめたあるえとねりまきちゃんがそう言うが、そんなものでは無い。

 

 

「……ヒデオ兄ちゃん、なんだか嬉しそう?」

 

 

 そうか、俺は嬉しいのか。

 

 

「いや、なんでもないんだ。ただ――」

 

 

 俺達のリーダーは確かに弱い。すぐ逃げるし、弱音を吐くし、調子に乗りやがる。しかし、やる時はやる男なのだ。

 

 

「カズマに礼を言わなきゃな、と思ってな」

 

 

 そう呟いて、いずれ来る爆音に耳を傾けた――。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 一通りあるえをあしらい食事を終えてめぐみんの実家に帰ってきてから数十分後。

 

 

「――というわけで、負けませんよヒデオ!」

 

「どういうわけだよ」

 

「ですから120点で爆裂魔法が進化したんです」

 

「???」

 

 

 カズマと共に帰ってきためぐみんが開口一番そんな事を言ってきた。めぐみんの気が大幅に増えているところとこの様子を見て大体察しはつくが、言っていることは全く理解できない。

 

 

「いずれあなたの力を借りずとも、超爆裂魔法を越えた、究極爆裂魔法を編み出してあなたに打ち勝ってやります!」

 

「その場合俺死なねぇか? まぁいいや。せいぜい精進しろよ」

 

 

 カズマがどう説得したかは知らないが、めぐみんは先程とは打って変わって元気な様子で殺害予告をかましてきた。

 

 

「ヒデオよ、俺に何か言うことはないか?」

 

「ありがとうとだけ言っておくぜリーダー」

 

「どいたま!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 めぐみんが爆裂道を歩む決意を固めてから二日後。

 

 

「ばっか、そっちじゃねぇって。あぁもう貸せ!」

 

「あー! 順番守りなさいよ!」

 

「お前が下手くそなのが悪い!」

 

 

 ピコピコと電子音を鳴らし、カズマとアクアはどこかから見つけたらしい携帯ゲームに興じていた。運良くその場所は俺による破壊が及ばなかった上に、そもそもその施設は紅魔族ですら開けられない構造とセキュリティだったので中身は無事だったらしい。

 それをどうして開けられたかと言うと、開けたカズマ曰く『日本人ならワンチャンわかる』と言っていた。意味わからん。

 

 

「帰りたくねぇ……」

 

 

 そうぼやき、ゲームをしている二人のそばで項垂れる。わかってはいたが、いざとなると辛い。

 

 

「もう、昨日決めたじゃないですか。今日アクセルに帰るって。起きてください」

 

「待てめぐみん。ヒデオはちょっとやそっとでは起きないぞ。逆に考えるんだ。私達が起こすんじゃなく、ヒデオが起きなければいけない状況を作ればいい、と」

 

「ふむ……いいかもしれません。その内容は?」

 

 

 何かをやらかせば俺がそれを咎めに来るだろうという考えがあるのだろう、めぐみんはダクネスに続きを促したのだが。

 

 

「まず私が」

 

「ダクネスに期待した私が馬鹿でした」

 

「まだ何も言っていないのだが!?」

 

 

 圧倒的な速さでダクネスの戯れ言を遮った。

 

 

「恐ろしく早い食い気味……俺でなきゃ見逃しちゃうね」

 

「あ、ヒデオ。もういいんですか?」

 

「おう。別れるのは惜しいが、よくよく考えたらすぐに来れるしな」

 

 

 そう、俺は舞空術も瞬間移動も使える。一人だけならば、最短距離ですぐに着く。

 

 

「そうですか。ならそろそろ行きましょうか。ほら二人とも、ゲームなら家でもできるでしょう。行きますよ!」

 

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 紅魔の里の入り口には、大勢の紅魔族が見送りに来ていた。

 

 

「ゆんゆんはまだ居るのか?」

 

「はい。もう少し英気を養ってから……あ、そうだ。紹介します。私の友達の、どどんこさんとふにふらさんです」

 

 

 ふむ、その名は聞いたことがあるぞ。確かめぐみん曰く、ゆんゆんに集ってたとかなんとか。けど、ゆんゆんがこんなにも嬉しそうに紹介してくるってことは本当に仲良くなったのかもな。流石は【未来を切り開く者】って二つ名を付けられただけあるな。

 

 

「どどんこです。ゆんゆんの友達始めました。ちなみに今特定の人はいません!」

 

「ふにふらです。ゆんゆんの友達やってます。好みのタイプは強い人です!」

 

「ヒデオだ。ゆんゆんとは……うーん、ただならぬ間柄の男だ」

 

「「!?」」

 

 

 なぜかギョッとしてゆんゆんと俺を交互に見比べ始める二人。説明がめんどくさいからこう言ったが、ちょっとまずったか。

 

 

「ヒデオさん。もっと言い方ってものが……」

 

「そうか? まぁいいだろ。じゃ、また今度な」

 

「はい!」

 

 

 自信に溢れた良い返事を背に受け、カズマ達の元へ向かうと、こめっこが俺の方に気付き、とてとてと駆け寄ってきた。可愛い。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん! これ、お父さんから!」

 

「ん? なんだこれ」

 

 

 こめっこから謎の杖のような物体を渡され、はてなと首を傾げる。親父さんからと言っているが、なにかの魔道具だろうか。

 

 

「えっとね、じゅーりょくはっせーそーちっていうらしいよ! はいこれ、説明書!」

 

 

 なるほど、そーいやそんなんあるとか言ってたな。ありがてぇ。

 

 

「ありがとよ。なになに……」

 

 

 《魔力式重力発生装置。これを対象に突き刺し、重力を設定して魔力を込めると、周囲10メートルに重力が発生する。倍率は100倍が最大。なお、範囲内に術者が居ないと重力は発生しない為トラップには使えない》

 

 

「このデメリットも俺の使い方じゃ好都合だな……裏にもなにか書いてあるな」

 

 

 《追伸。こめっこはやらん》

 

 

「……」

 

 

 無言で説明書を丸め、投げ捨てて焼き尽くした。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん、どうかしたの?」

 

「いや、なんでもねぇよ? ありがとなこめっこ。親父さんによろしく言っといてくれ」

 

「わかった!」

 

 

 その後もあるえやねりまきちゃんや肉屋のおっさん、そけっとさんやぶっころりーなどに挨拶をして周り、ついにその時は来た。

 

 

「こめっこ、私はまたしばらく家を空けますが、いい子にしてるんですよ?」

 

「うん! ヒデオ兄ちゃんもばいばい! また遊ぼーね!」

 

「くっそ可愛い。おう! またな!」

 

 

 紅魔族たちに見送られ、名残惜しくも紅魔の里を後にした――。

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 帰りはテレポートでアルカンレティアまで送ってもらったので、割とすぐに帰って来れた。まぁアルカンレティアで余計疲れたのは言うまでもない。

 

 

「あー疲れた。なんか何年も帰ってきてない気分だ」

 

 

 ヒデオにしては珍しく、だらんと身体を投げ出して転がっている。ちなみに女性陣は三人とも風呂に入っている。

 

 

「俺も、もう当分はずっと家に居たい。シルビアの討伐賞金も貰えるし、当面は働かなくていいだろ。しかしなんだろうか、この大事なイベントを逃した感は」

 

 

 ヒデオは里を壊滅させたのは自分自身だと主張して賞金を紅魔族に譲り渡そうとしたが、なにやらプライドが許さないらしく受け取りを拒否された。それとは別になんだか物足りない感がある。なんだろうか。

 

 

「そうだなー。修行もやる気が出てからで……あ、そうだ。ウィズに土産やんねーと。よっこいしょ」

 

 

 おっさん臭いセリフを吐きながら起き上がると、そそくさと荷解きを始めるヒデオ。

 その時、ふともう一つの気になっていたことを聞いてみる。

 

 

「そう言えば、バニルが言ってた重大な選択ってのはなんだったんだ?」

 

「知らん。気付かねぇうちにやっちまったんだろかついでに何か買ってこようか?」

 

 

 ヒデオは解いた荷の中から怪しげなふろしきを取り出すと、瞬間移動すべく気を探り始めた。ついでにお使いもしてくれるそうなので、遠慮なく頼んでおこう。食料もほとんど無いしな。

 

 

「出掛ける前に食料はほとんど無くしてたから、出来れば明日の分までの食材買ってきてくれ」

 

「了解。……お、見つけた。じゃあ行ってきます」

 

「いってらー」

 

 

 ヒデオを見送ると、ふっと気が抜ける。ヒデオほど頑張った訳では無いが、それでもかなり疲れた。

 

 

「なーお」

 

「お、ちょむすけ。お前も疲れたか?」

 

 

 さらさらふわふわの毛玉を撫でて癒されていると、誰かが屋敷に来る気配がした。

 

 

「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」

 

 

 直感でわかる。これ面倒事だ。この丁寧な口調と落ち着いた声からしてかしこまった職業に就いている人の可能性が高い。そういう人がわざわざ屋敷に来るってことは、それはつまりそういう事なのだ。

 

 

「……」

 

 

 居留守しよう。当分は面倒事なんていらねぇ。ずっといらないけど。

 

 

「あのう、どなたかいらっしゃいませんか? 私、ダスティネス卿の使いで来た執事のハーゲンと申します。ララティーナお嬢様に火急の用があり参りました」

 

 

 ダクネス関連……またお見合いか? いや、それはないか。親父さん説得して間もないもんな。なんにせよ早く帰ってくれるのを待つ……いや、ダクネスが風呂から上がるのが早いか? なら、ここで俺に出来ることは。

 

 

「……消すか」

 

 

 ダクネスや他のみんなにも知らせず、一人で処理すべきだろう。ドレインタッチで気絶させてその辺に捨ててこよう。

 潜伏スキルを駆使し、音もなく立ち上がろうと――。

 

 

「カズマー、上がりましたよー……ってどうしたんですか? そんな怖い顔して」

 

 

 したところでめぐみんがやってきた。

 まずいぞ。めぐみんが上がってきたということは、ほかの二人が来るまでそう時間もない。それに、めぐみんの事だ。頼られたら喜んで爆裂魔法をぶっ放すとか言い出すだろう。

 

 ……。

 

 

「悪いなめぐみん」

 

「か、カズマ? 急にどうしたのです――」

 

 

 めぐみんの肩に手を置き、そのままドレインタッチを――

 

 

「あのう、やはりどなたかいらっしゃいませんか?」

 

 

 使おうとしたところで、声の主がまたもドアをノックして呼び掛けてきた。

 

 

「ちっ」

 

「来客のようですね。舌打ちしました?」

 

「してない」

 

 

 めぐみんが気付いてしまった以上、招き入れる他ない。せめて来たのがアクアならアイツも共犯に出来たのに。

 

 

「ごめんくださーい」

 

「はーい。今開けまーす」

 

 

 扉を開けると、そこには執事服を来た老紳士が立っていた――。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「おっすウィズ」

 

 

 からんころんと心地よい音を鳴らし、なにやら作業中の店主に挨拶する。

 

 

「あ、ヒデオさん! 帰ってきたんですね!」

 

「おう。ついさっきな。で、これ土産だ」

 

「わざわざありがとうございます! お茶でも飲んで行きますか?」

 

「貰おう」

 

 

 椅子に腰掛け、お茶が出て来るのを待っていると、件のクソ仮面がどこからともなくにゅっと現れた。

 

 

「む、尻尾付きの小僧か。よく来た……おやおや、おやおや?」

 

「……なんだよ」

 

 

 やけに腹立つ顔でジロジロと俺の全身を舐めるように見てくるバニル。なんだか知らんがすごく腹立つ。

 

 

「いやはや、尻尾がないということは()()()を選んだか。ふむふむ、それも良し」

 

 

 どうやら俺は既に選んでいたらしい。はて、そんな記憶はないが。

 

 

「そんな記憶ねぇぞ?」

 

「覚えていないのも無理はない。結果が重大なだけで選択そのものは他愛ないものだからな。まぁ今更答えを言うつもりもないが」

 

「あ?」

 

「お、苛立ちの悪感情、美味である!」

 

 

 ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、屋内なので我慢した。

 

 

「お茶が入りましたよー……あ、バニルさんおかえりなさい。バニルさんもお茶飲みますか?」

 

「いや、我輩はよい。それよりその後ろにある嫌な予感しかしないふろしきはなんだ?」

 

「あ、これはヒデオさんからのお土産ですよ。まだ開けてないからわからないんですが、魔道具の類かと」

 

 

 ウィズがそう言うと、何故かバニルが口元を歪めた。そして、おそるおそる――

 

 

「……尻尾ロスの小僧、これを作ったのは誰だ?」

 

 

 そう尋ねてきた。

 

 

「めぐみんの親父さんのひょいざぶろーだ」

 

「……」

 

「あー!! バニルさんやめてください! 無言で壊そうとしないで!」

 

 

 どうやら余程ひょいざぶろー製の魔道具が憎いらしく、ふろしきを叩きつけようとしてウィズに止められていた。

 

 

「おいおい、折角の土産を壊そうとすんなよ。それはお前じゃなくてウィズへの土産だぞ」

 

「何を呑気に……! もしこのぽんこつ店主がこの碌でもない魔道具を気に入り、我輩のいないうちに大量発注したらどうしてくれる!」

 

「いいじゃねぇか。回してこうぜ経済」

 

 

 金は留まらせずに回らせるべきだ。その意識を一人一人が持つ事で景気が良くなるってじっちゃが言ってた。じいちゃん俺が産まれる前に死んでたけど。

 

 

「見通す大悪魔の名において予言してやろう。その経済はこの店で止まるとな」

 

「奇遇だな、俺もそう思う」

 

「そう思うなら――む。……ククク、フハハハハハハ!!」

 

 

 セリフを途中で止めると、バニルは何故か突然高笑いし始めた。

 ……嫌な予感しかしねぇ。

 

 

「ククク……小僧、中々に災難に巻き込まれるな。とは言っても今回のはそこまで過酷ではないが……フハハハハハハ!!」

 

「なんだよ、気になるじゃねぇか。最後まで教えろよ」

 

 

 紅魔の里に行く前もそうだが、いつも大事な所を端折りやがる。おかげで気になってしょうがねぇ。

 

 

「教えるわけがなかろう。その方がより悪感情を頂けるのでな」

 

「けっ、いいように言い逃れやがって。どーせ俺が強くなりすぎて未来が見にくいから言えねーんだろ」

 

「ぬかせ。なんの影響も出ておらんわ。ただちょっと気合がいるだけだ。自惚れるな小僧」

 

 

 影響出てんじゃねぇか。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「ただまー……って、何やってんだお前ら」

 

 

 ウィズの店に行っていたらしいヒデオが、大きな買い物袋を抱えて帰ってきて、開口一番そう呆れた。

 

 

「あ、ヒデオも手伝って! このおじさんの記憶を抹消して面倒事を消し去るの!」

 

「いやヒデオ、こちらを手伝ってくれ! 私だけではこのバカふたりを抑えきれないのだ!」

 

 

 めぐみんは既に魔力をドレインされ尽くし、ピクピクと横たわってちょむすけにぺろぺろされている。今頼りになるのはヒデオしかいない。

 

 

「バカとはなんだ! いいか、冷静に考えろ。またもや魔王軍幹部を討伐した俺達には充分暮らしてける程の金がある。ただでさえ今回も死にかけたんだ。これ以上の厄介ごとは要らねぇんだよ!」

 

「この筋金入りのニートめ! 金があろうとなかろうと、困っている市民を助けるのは冒険者の務めだ! そのいち市民を暴力でねじ伏せようなどあってはならん! ヒデオ、やってしまえ!」

 

「今まさに暴力(ヒデオ)でねじ伏せようとしてる奴が言えるセリフか――あぁぁぁ!!!」

 

「そうよダクネス! あなたは優しい子よ! 筋肉ゴリラのヒデオに頼るなんて非道をするわけないわよ――きゃあぁぁあ!!!」

 

「話進まねぇからちょっと外でてろ」

 

 

 ヒデオはぎゃあぎゃあと喚く二人を軽々ハーゲンから引き剥がし、ぺいっと玄関に投げ捨てた。

 

 

「うちのアホどもがすまねぇな。後できつく言っておく」

 

「タナカヒデオ殿、ですね。私はハーゲンと申します。ララティーナお嬢様がいつもお世話になっております。お噂はかねがね」

 

「ご丁寧にどうも……で、ハーゲンさん。ダクネスに用があってきたんだろ?」

 

「はい。実は……」

 

 

 余程のことがなければ面倒な事になるからこの屋敷には来るなと言っておいたはずだが、それを破ってまで来るとはいったい何用だろうか?

 

 

「お嬢様の唯一の取り柄がなくなってしまうかもしれないのです!」

 

「なに、そいつは一大事だ! こいつからこのドスケベボディを奪ったら筋肉しか残らね痛えぇぇぇ!!!」

 

 

 失礼極まりない事を言ってきた愚か者のこめかみを優しく撫でてやると何故か暴れだした。はて?

 

 

「もっとこう……防御力とか不屈の心とかあるだろう! お前は私の防御力に全幅の信頼を置いてくれているんじゃなかったか!?」

 

「それでもお前の取り柄はそのいやらしい体つきだと断言出来る」

 

「ぶっ殺!!」

 

 

 顔をキリッとさせて言うセリフではない。




コメディは書きやすいなぁ


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六花の王女 編
第六十話


遅れてすみません。王都編ダイジェストにしようかずっと悩んでました。


 

 

 ハーゲンとかいうダクネスの実家の執事が伝えに来たことを要約すると、ダスティネス家の貴族資格が剥奪され、ララティーナがドスケベドM腹筋バキバキクルセイダー令嬢からただの変態にジョブチェンジしてしまうかもしれないということだった。

 

 

「つまりどういうことだってばよ」

 

「つまりだカズマ。ダクネスのおっぱいが萎む」

 

「何!? そいつは一大事だ!」

 

「フン!!!」

 

 

 カズマ(たんこぶ)とアクアを連れ戻してさらに詳しい話を聞くと、どうやら俺達パーティにこの国の王女から会食のお誘いがあった様だ。数々の功労を讃えてのことらしい。カズマ達は俺達の時代が来たとか喜んでたが、ダクネスは心底不安そうな顔でその様子を見ていた。

 なるほど、ハーゲンさんが危惧してたのは、俺達が王女様に無礼を働くかも知れず、そのせいでダスティネス家がやばいって感じか。めちゃくちゃ失礼だなこのおっさん。

 

 

「つーかおっさん、俺達に伝えずに断るってのも出来たんじゃねぇか? そのお誘いは魔王を倒してから改めてお受けしますと言っておりますとか適当に嘘ついてよ」

 

「……はっ」

 

「馬鹿者! 清廉潔白で通っている当家がそんな事を出来るわけがないだろう! きちんと断るに決まっている! ハーゲンもその手があったか! みたいな顔をするんじゃない!」

 

 

 そう怒るダクネスについ「そういうお前は清廉潔白じゃなくて淫乱おっぱいじゃねぇか」と言いそうになったが、なんとかこらえた。こんな風に、俺自身はこの件について正直どうでもいいと感じている。王国の懐刀とまで言われるダスティネス家の令嬢がこの有様だ。王女様がこの痴女並みにヤバい奴な可能性も否めない。触らぬ神に祟りなし。しかし、王女からの直接のオファーとあって浮き足立っていたカズマとアクアは当然のように申し立てた。

 

 

「断る? バカ言ってんじゃねぇよバカ! 王女様からのお誘いっていうやっと異世界っぽいイベントが起きたんだ。行くに決まってんだろ! 腹筋だけじゃなく頭まで割れてんのか!」

 

「そうよダクネス! せっかく偉い人に褒められるかもしれないのに! あんぽんたん! 頭でっかち! 腹筋バキバキ!」

 

「腹筋のことは言うな!!!!」

 

 

 顔を真っ赤にしてお腹を両腕で隠しながら怒鳴るダクネス。普段とは違う乙女な反応でギャップ萌えを狙えそうだ。

 

 

「まぁ落ち着けよばきばき。そんなに気になるなら今度いってぇぇぇ!!」

 

 

 今度色々と調べてきてやると言うつもりだったのだが、アイアンクローに阻まれた。まぁばきばきとバカにした俺も悪い。ここは甘んじて受け入れよう。痛覚麻痺は使うがな。

 

 

「誰がばきばきだ! 私の名はダスティネス・フォード・ララティーナ! もしくはダクネス! そんな紅魔族が付けそうな名前では無い! ひどいぞ!」

 

「いや流石に紅魔族でも子供にばきばきなんて名前は付けませんよ」

 

 

 めぐみんが不服そうに言うと、カズマが何かを思いついたのか息を吸いこんで。

 

 

「――汝の名はばきばき! 貴族随一の腹筋にしてぎゃあああ!! 頭潰れる! 潰れちゃう!」

 

 

 ダクネスに息の根を止められそうになっていた。

 

 

「やめてダクネス! カズマはだめよ! ヒデオと違って死んじゃうわ!」

 

「お嬢様おやめください! 当家から前科者を出すわけにはいきません!」

 

「ぬぅぅ! 離せ二人とも! 貴族以前に女として、この碌でもない輩共を正さねばならんのだ!」

 

 

 頭蓋がみしみしと悲鳴を上げる。俺はまだ大丈夫だが、カズマは本当にやばそうだ。利き手じゃなくても人を殺せるとかハルクかよ。

 

 

「『オーバードレイン゛ン゛ン゛!!!」

 

「くっ……! 強化したドレインタッチか! あぁぁぁん!」

 

「ぎゃああああ!!」

 

 

 苦痛に悶えながらもスキルを駆使して抗い続けるカズマだが、怒り狂うバーサーカー相手には焼け石に水だ……と思ったのだが、案外効いている様子。想定よりオーバードレインは強いらしい。しかし、やはりまだダクネスが優勢か。このままだとカズマはエリス様の元へ逝ってしまうだろう。そろそろ手助けしてやろうかと思っていると、またもカズマが仕掛けた。

 

 

「『スナッチ゛ィ゛ィ゛!!!」

 

「今更下着を奪ったところでどうにかなるものでもないぞ!」

 

 

 下着だけならカズマの幸運を持ってすればスティールで奪える。それはカズマが一番わかっている。それでも強化版のスナッチを使うという事は、狙いは下着ではないという事だ。

 

 

「んん゛ん゛ふんっ!」

 

「なっ!?」

 

 

 まるでローションでも塗ったようなぬるりとした動きで、すぽーんとカズマはアイアンクローから頭を滑らせた。まさかとは思うが、()()を奪ったのか?

 

 

「危うく死ぬとこだったじゃねぇか! エリス様が手を振ってたわ!」

 

「ぐ……や、やり過ぎたのは確かに私に非があるが、元はと言えばお前達が腹筋腹筋と……!」

 

 

 そう言うダクネスは若干涙目になっていた。

 少し、いやかなりやり過ぎたな。反省しよう。

 

 

「ごめんなダクネス。俺もカズマも、ちょっと調子に乗りすぎた」

 

「……俺も、流石に言い過ぎた。今度埋め合わせさせてくれ」

 

 

 さり気なくアイアンクローから脱出し、半泣きお嬢様の肩をぽんぽんと叩いて慰める。

 

 

「けどなダクネス。腹筋系女子も需要はあるんだぞ?」

 

「ほ、本当か……?」

 

 

 涙目で不安げに見つめられると庇護欲が働いてしまいうっかり甘やかしてやりたくなるが、ここで嘘を言うとのちのち酷い。

 

 

「俺はやだけどな」

 

「死ね!!!」

 

「らごふっ!?」

 

 

 うっすら筋が入っているくらいならセクシーだが、流石にバキバキはない。そう付け加え忘れたのを後悔しながら、意識を失った。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 一週間に及ぶダクネスの体を張った説得も徒労に終わり、ついに会食当日。普段は着ない正装に身を包み、その様相をみんなでからかいあったりして緊張をほぐした。

 アクアとめぐみんがやらかしそうになるのをダクネスが必死で止めるという事が起きたり、王女様に『下賎の者、王族をあまりそのような目で不躾に見るものではありません。本来ならば身分の違いから同じテーブルで食事をすることも、直接姿を見ることも叶わないのです』なんて言われたカズマが『チェンジ』って言ってダクネスに咎められたりしていたが、それ以外は特に問題もなく、滞りなく会食が始められた。

 

「そこで俺はヒデオに言ってやったんですよ。『お前を信じろ。俺が信じるお前でも無い、お前が信じる俺でも無い、お前が信じるお前を信じろ』ってね」

 

「おおお、充分な信頼関係が在るからこその言葉ですね! ……と、仰せだ。話を聞く限りではカズマ殿とビデオ殿は十年来の親友のようだ」

 

 

 そんな事は一言も言われていないのだが、まぁ少しくらい盛ってもバチは当たらないだろう。変に口出しして絡まれるよりはカズマ一人に押し付けた方が楽だ。

 

 

「ねぇヒデオ、あんなこと言ってるけど止めなくていいの?」

 

「めんどくさいしいい。今は食うのに忙しいしな」

 

 

 王女様を招く会食なだけあってか料理は豪勢でとても美味い。酒も高級酒ばかりで、アクアが喜びめぐみんがダクネスに止められていた。

 

 

「しかし、カズマ殿のような方は珍しい。あくまでメンバーのサポートと運用に回っている。確かに戦いにおいて単純なパワーは重要だが、作戦立案はもっと重要だ。それを一任されているということは、余程信頼されているとみた」

 

「いやあ、それほどでも……ありますね!」

 

 

 信頼しているのと作戦をカズマが立案しているのはどちらも正しいが、それらはイコールではない。別にカズマが作戦を立てなくとも信頼はするし、カズマが作戦立案をしているのは誰もやらないからだ。

 

 

「ねぇヒデオ、カズマったら調子に乗り始めてるんだけど、いつになったらボロを出すかしら」

 

「お前いい性格してんな」

 

「そう? ありがとね」

 

「……ほんといい性格してるわ」

 

「?」

 

 

 皮肉が通じないってそれ最強じゃないのか。そう思いながら料理を貪り続けていると、アクアの期待通りにその時は来てしまった。

 

 

「――あなた方が二人がかりとはいえ、あのイケメンのミツルギ殿を倒したとは思えないのですが……と仰せだ。失礼ですが私もそう思います。特にカズマ殿は最弱職の冒険者たそうで。よろしければ冒険者カードを見せてもらっても?」

 

 

 カズマによる真実を嘘で塗り固めた冒険譚も終わりの時が来てしまったようだ。王女様一行がカズマの事をジト目で見ている。

 ところで、ミツルギとは誰だったか。カズマと二人がかりで戦うなんてそうそうないから忘れっこないんだが、余程存在感が薄いんだろう。

 

 

「ミツルギって誰だ?」

 

「覚えてないのかよヒデオ。ほら、魔剣使いのいけすかない野郎だよ」

 

「魔剣……誰だ?」

 

「お前股間蹴っといてそれは酷すぎるぞ」

 

「股間……あぁ! あのチーレム野郎か!」

 

「股間で思い出すのも酷いな」

 

 

 股間蹴りでようやく思い出した。なんか因縁つけてアクアをよこせとか絡んできた奴か。そういやいたなそんなの。あの頃は弱かったから二人がかりだったが、今なら負ける気がしねぇ。ここでも話題に出てたが、有名なのか?

 

 

「……こほん。アイリス様の前でそんな下劣な発言は控えてもらおうか。それよりも早く冒険者カードを」

 

「いやー……それはちょっと……」

 

 

 白スーツの要望にかなりの難色を見せるカズマ。最弱職の冒険者という事はあらかじめ伝えているので、カズマが渋っているのはウィズに教えて貰ったリッチー由来のスキルだろう。かく言う俺も冒険者カードには『不死王の加護』と表示されていたりするので見せるわけにはいかないのだが。

 

 

「なにか見せられない理由があるのですか? もしあればその理由を述べなさい……と仰せだ。……そういえば、カズマ殿は裁判歴がありましたね。そしてその際取り調べで魔王軍のスパイ疑惑が上がったとか。見せられないのはそれが理由ですか?」

 

 大体あってる。だが、ここではいそうですと頷いてしまっては余計にややこしい事になる。仕方ない。助け舟を出してやるか。

 

 

「申し訳ございません王女様。実は、冒険時以外は冒険者カードを持ち歩かない事にしておりまして。冒険者稼業は色々と疲れがたまるものでして、オフの時くらいはそれを忘れたいと、せめて冒険者カードは持ち歩かない事にしようと仲間内で決めているのです。もう少し頭を回せればよかったのですが、なにぶん王女様に会えるということで浮かれてしまい、そこまで考えが至らなく申し訳ございません。何卒ご容赦願います」

 

 ところどころおかしい気もするが、冒険者の敬語なんてこんなもんでいいだろ……と思っていると、カズマがとんでもないものを見るような顔で。

 

 

「誰だお前」

 

「ぶっこ……張り倒しますよカズマさん」

 

「なんだフリーザか」

 

 

 流石に王女様の前でぶっ殺すなんて物騒な言葉は使えない。というか暴言だけで俺と判断するとかひどいなぶっ殺すぞ。

 

 

「なるほど、そういう事でしたか。それなら冒険者カードを見せろとは言いません。しかし疑惑が晴れたわけではありません。ミツルギ殿を倒したと信用に足る証拠を見せなさい……と仰せだ」

 

 

 王女様一行はやはり俺達がイケメンで魔剣使いのミツルギに勝ったとは思えないご様子。どうにかしてこの疑惑を晴らさないと嘘つきのレッテルを貼られるばかりかダクネスに迷惑かかかるかもしれない。なんとかしなければ。

 

 

「証拠ねぇ……まさかここで誰かをボコボコにするわけにはいかねぇし。カズマ、お前いっちょ白スーツに勝負挑んでパンツはげよ」

 

「ふざけんなやらねぇぞ。空でも飛んでやればいいんじゃないか? 流石にイケメンのミツルギ殿でも空は飛べないだろ」

 

「まぁ凄さを見せつけるのはそれでいいかもしれんな……よし」

 

 

 この時なぜか悪戯心が湧き、そのまま何も告げずにふわーっと浮かび上がってみた。

 

 

「なにやらごちゃごちゃと話しているようですが、イケメンのミツルギ殿……が……!? は……!?」

 

 

 さっきまでキリッとした目でこちらを睨むように見ていた白スーツは、目を見開いてそのまま言葉を失った。もう一人の魔法使いもぽかんと口を開けて自分の目を疑っていた。王女様も例に漏れず、可愛らしく驚いてくれていて……あ。

 

 

「……王族を見下ろすってめちゃくちゃ失礼な気がするぞ。やっぱやめとこう」

 

 

 流石に考えなしだった。身長差は仕方ないとしてもこういうのはダメな気がする。しかしそんな事は頭から吹っ飛ぶほどの衝撃だったのか、王女様はヒソヒソと白スーツに耳打ちした。

 

 

「今のは……? 手品かなにかですか……? と仰せだ。……私も目を疑っている。今確かにヒデオ殿が宙に浮いたような」

 

「手品ではないな。種も仕掛けもございます」

 

「……も、もう一度やってはもらえませんか? と仰せだ」

 

「王女様を見下ろす事になりますけどよろしいですか?」

 

「構いません。と仰せだ」

 

 

 先ほどと違い許可は得た。ならば見せてやろう。再びふわーっと浮かび上がっていく。天井高っ。

 

 

「すごい……!」

 

 

 その可愛らしく驚く声は俺の知るこの場の誰のものでもなかった。つまり、王女様の声だ。

 

 

「浮かぶだけじゃなく空を自由に飛び回ることも出来ます。三人までなら一緒に飛べますし、軽くリザードランナーの倍のスピードは出せますよ」

 

「そんなに速く! ……こほん。先程貴方達を疑ってしまった事をお詫びします。ごめんなさい」

 

 

 そう言って、座りながらもぺこりと頭を下げてくる王女様。こちらにも非があるしわざわざ謝らなくてもいいというのに律儀な事だ。教育がしっかりしてるんだな。というか頭が高すぎる上に王族に謝罪させるって何様のつもりだよ。降りよう。ララティーナが凄い目で見てきてるし。

 

 

「やめてください王女様。カズマが胡散臭いのは事実ですし、疑われても仕方ないと思います。ですから頭を上げてください。ララティ……ダクネスからの視線も厳しいものですし」

 

「……そういう事ならお言葉に甘えます。ふふっ、優しいのですね。もしヒデオ様がよろしければ、またすごい技の数々を見せてもらえますか?」

 

「よろこんで」

 

 

 そう言うと、王女様はにこりと笑った。なんだ、ずっと無愛想な子だと思ってたが、笑うと年相応に可愛いじゃないか。

 

 

「お前幼女懐柔するの上手いよな」

 

「ロリコンじゃねぇぞ」

 

「誰も言ってねぇよ」

 

 

 ――――――――

 

 

 一悶着あった会食も無事に終わり、別れのときがやってきた。王女様は面白い話をしてくれたカズマと面白い存在(らしい)の俺に褒美を取らせると言ってくれたが、王族とはいえ自分より小さな子からのご褒美はほっぺにキスかナデナデと心に決めていたので丁重に断った。ちなみに言っておくが俺はロリコンではない。

 

 

「それでは皆様、本日はこの辺りで失礼致します。またのご活躍を心から期待しております」

 

 

 帰還用のテレポートは既に詠唱を終え、残すところ帰りの挨拶だけになった。王女様は少しだけ名残惜しそうな顔をしていたが、俺の視線に気付くとすぐににこやかな笑顔に戻った。そんな王女様が最後、ひとつお願いをしてきた。

 

 

「……ヒデオ様。最後にひとつ、握手をしてくださいませんか?」

 

「それくらいならいくらでも。なんならハグもお付けしましょうか?」

 

「ふふふ、それは結構です。わ、ゴツゴツしてて大きいですね。……はい、ありがとうございます」

 

 

 王女様に近付き、すっと手を差し出す。王女様はふにふにとやわらかい手で俺の手を数秒ほどむにむにすると、ひとしきり満足したようでなるほどと呟きながら手を下げた。減るもんじゃないから別にいいが、手なんか握って何になるんだ?

 

 

「それじゃあ王女様。また近いうちに活躍してみせますので、そのときには一緒に空を飛びましょう」

 

「何を言ってるの?」

 

 

 王女様が再び俺の手を取ったかと思うと、幼女から発揮されたとは思えない剛力でぐいと引っ張られた。このままではテレポートに巻き込まれてしまう。

 意図がわからないが、ここで力負けしてはサイヤ人の名折れと言わんばかりに身体が勝手に反応し、鍛え上げられた腕力と体幹力を発揮して耐える。樹齢四桁を越える巨木を思わせる不動。この程度ではピクリとも動かない。そして物理法則に従い、反動を受けた王女様はこちらに倒れるようにやってくる。流石に避けるわけにはいかないので、衝撃がないように下がりながら抱きとめる。この間わずか一秒。そして、その直後。

 

 

「『テレポート』!」

 

 

 お付の魔法使いがテレポートを唱え、目の前から消えた。

 

 ――この場に王女様を残して。

 

 

「すごい技の数々を……ってあれ? クレア? レイン?」

 

「アイリス様……!? おいヒデオ、何をした!」

 

「引っ張られたから耐えたら王女様がこけそうだったから紳士的に抱きとめただけだ。まぁその勢いでテレポートにも耐えちまったが」

 

「おいおい、下手したら俺達が王女様を誘拐したとか言われるんじゃねぇか!? ヒデオ、送り返してきなさい!」

 

 

 紅魔の里で紅魔族と魔法で色々と戯れていたら、テレポートは気合で耐えられることがわかった。瞬間移動が出来るからだろうとあたりをつけてはいるが、よくわかっていない。

 

 

「テレポートに耐える!? すごいですねヒデオ様! 他には何が出来るのですか!?」

 

 

 当の王女様は、目をキラキラさせてこちらを見ていた。うん、やっぱりかわいい。

 




最近寝不足で頭回ってないのでおかしい所とかがあるので大きく追加修正するかもです


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億千万の花嫁 編
第六十一話


王都編なんてなかった。いいね?


 

 王女様をなんやかんやで送り返したかと思うと、その晩にエリス様に王都へ行けと神託を受け、その場にいたクリスとカズマであーだこーだして銀髪盗賊団だか仮面盗賊団だかを結成し、どうにかこうにかして変態貴族アルダープのクソ野郎がアイリス王女に送った入れ替わりの神器を奪取することが出来た。半年くらいかかった気がしていたが、実はほんの一週間で終わっていた。あとミツルギと仲良くなった気もしたが気の所為だった。

 

 

「なんかアレだなぁ。ヒデオとめぐみんが襲来した魔王軍を一息にぶっ飛ばしたお陰で余計な面倒とかがなくなった気がする」

 

「奇遇だな。変な疑いを掛けられる予感がしてたんだがそんなことはなかったな。予感なんてあてにならんな」

 

 

 ひと仕事を終えた俺とカズマは、中庭でのんびりひなたぼっこをしていた。あたたかい日差しでほんの少し火照った頬をそよ風が撫でるのがまた心地いい。たまにこうして何も考えずに気の置けない奴とくだらない話をしながら時間を無駄に使うことをしないとな。ちなみにアクアは昼間から飲みに出かけ、めぐみんは帰ってきていたゆんゆんと爆裂散歩、ダクネスは実家に帰っている。

 

 

「あー……可愛い妹に会いたい……」

 

「俺も会いたくなってきた。今から紅魔の里行こうかな……」

 

 

 カズマはなぜかアイリス様に懐かれており、兄様と呼ばれていた。俺も呼ばれたかったんだが、アイリス様曰く俺は凄すぎてヒーローみたいな感じらしい。悪い気はしねぇな。

 

 

「そういやエリス様はあの後なんか言ってたか?」

 

「大したことは言ってなかったな。礼と今後も頼るかもってくらいだ」

 

 

 その際にはまたクリスとよろしくとのことだ。それにしても直接関わりのある俺とカズマはともかく、一信者のクリスが選ばれるってなんか不思議なんだよな。もしかして天界からの使徒だったりするんだろうか。

 

 

「なんかこう……なんなんだろうな。アクアに頼られるのとエリス様に頼られるのとでは全然違う」

 

「そりゃあなぁ。駄女神とガチ女神だぞ」

 

「パッド入ってるけどな」

 

「お前それ本人の前では言うなよ。あの人のジャブめちゃくちゃ正確で速いぞ」

 

「まるで食らったみたいな言い草だな」

 

 

 もちろん実体験である。紳士として美人へのセクハラは義務だ。ちなみにやっても許してくれそうな人を選んでセクハラしている。なんだそれカズマみてぇだな。

 

 

「火急の案件も終わったし、しばらくは――」

 

「それ以上言うな。フラグだぞ」

 

「おっと」

 

 

 せっかく面倒事からも子育てからも解放されたんだ。しばらくはゆっくりしたい。それにこめっこにもらった重力杖を試してないし、大食いチャレンジとか新店開拓とかもしたい。

 

 

「じゃあ修行すっか」

 

 

 思い立ったが吉日。やる気があるうちに行動しないとグズグズ何もしなくなるからな。ぴょんと跳ね起き、さぁとカズマに促す。しかしカズマは怪訝そうな表情を浮かべ、文句を垂れた。

 

 

「なにがじゃあなんだよ。俺はやだぞ」

 

「うるせぇ雑魚」

 

「なんだとこらぁ! 本当でも言っていいことと悪いことがあるだろう!」

 

「頼むぜカズマット。組手の相手が欲しいんだ」

 

 

 俺がそう言うと、カズマは鳩が豆鉄砲をくらったような顔でぽかんと口を開けて固まった。カズマは意外とストレートな褒め言葉に弱い。褒められ慣れてないからだ。日頃の行いがアレだし自業自得といえば自業自得だが、そんなカズマにも褒めるところはある。今言った以外にも例えば……その……アレ……うん。やっぱねーわ。

 

 

「……しょうがねぇなぁ。全く世話のかかるエースだ。ここはリーダーが一肌脱いでやるか!」

 

「誰が敗北者だ」

 

「そのエースじゃないんだが」

 

 

 ともあれカズマを説得することに成功し、この後めちゃくちゃ修行した。翌日カズマは筋肉痛で死んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 王都から帰ってきて一週間。今日も今日とて修行である。精神面の修行を試みるため、瞑想をしている。瞑想は逆に騒がしい方が効果が高いと聞いたので、わざと人の集まりやすいリビングで座禅を組んでみたところ。

 

 

「貴様というやつは!貴様というやつは! どうしていつもそうなのだ!」

 

 

 想像の五倍くらいやかましかった。

 

 

「それは俺のセリフだぞ。なんで俺ばっかにキレるんだよ。もしかして俺の事好きなの? ゴメンな。俺より腹筋割れてるやつは対象外なんだ」

 

「よしそこに直れ! ぶっ殺してやる!」

 

「やめろ、やめろって! 痛い痛い! ヒデオ! ヘルプ!」

 

「助けなくていいぞヒデオ! むしろとっちめるのを手伝ってほしい!」

 

 

 うるささにも限度というものがあるはずなのだが、どうやらコイツらにはそれがないらしい。というか人が瞑想してるんだから少しくらい気を遣って静かにしてほしいいんだが。

 

 

「うるせーぞオカン。カズマが反抗期のクソ息子なのは前からだろ。ここは寛容な精神でな……」

 

「誰がオカンだ誰が!」

 

「なんだよ、ママの方がいいのか?」

 

 

 オカン呼ばわりはいやらしい。この流れだとお袋もダメだろう。全く、難儀なやつだ。

 

 

「そういう問題ではない! というかカズマもクソ息子などと言われて悔しくないのか!」

 

「いやまぁ、大体あってるし……。なぁオトン」

 

「こんな息子いらねぇんだけど」

 

「ひどい」

 

 

 育てるなら娘がいいな。思い切り可愛がって、結婚相手は俺より強い奴じゃないと許可しない。いや、息子に戦い方を教えるってのもありかもしれない。

 

 

「かあさん、子供は何人欲しい?」

 

「そうだな。私はひとりっ子だったから、寂しくないように三人は欲しい……って何を言わせるのだ! セクハラだぞ! というかかあさんと呼ぶな!」

 

「普段はセクハラされたがってるくせに何言ってんだ」

 

 

 おかしいのは性癖だけにしてほしいもんだ。

 

 

「こういうのは私の趣味とは違うと何度言えばわかるんだ! いいか。もっとこう人として、女としての尊厳を踏みにじるような……! お前ならできるだろうヒデオ!」

 

「何度言われてもわかりたくねぇんだけど」

 

 

 前言撤回。他はおかしくてもいいんで性癖どうにかしてください。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「たでーまー」

 

「窓から入ってくんな」

 

「おかえりなさいヒデオ」

 

 

 いくら空を飛べるからといって窓から帰宅するとは何事だろうか。外出も窓からだった気がするし、ヒデオは強さと引き換えに玄関という存在を忘れている可能性がある。俺がそんなことを考えてるうちにヒデオは窓の上辺りに増設した小さな下駄箱に靴を直し、冷蔵庫をあさりに行った。いやどこに下駄箱作ってんだよ。今気づいたわ。そんでちょっとオシャレじゃん。

 

 

「……ん? ダクネスはどこ行ったんだ? 気がないが」

 

「ダクネスはなにやら領主に呼ばれて少し屋敷を開けるそうです。わざわざ馬車で迎えが来てましたよ」

 

 

 ちなみにアクアはドラゴンの卵(鶏卵)を持ってウィズの店に遊びに行っている。魔力を注いでもらうんだとか。迷惑かけないようにだけ祈っている。

 

 

「迎えには行かなくていいか?」

 

「はい。いつ帰るかわからないので、と」

 

「ふーん」

 

 

 ヒデオはそれ以上は興味をなくしたのか、軽く返事をして再び冷蔵庫をあさり始めた……が。めぐみんがあまりに不安そうな視線を送っていることに気づいたのか、はぁとため息をついて振り返った。

 

 

「……なんだめぐみん」

 

「ダクネスは変なことに巻き込まれてるんじゃないでしょうか。領主から直接呼びだされるなんて……」

 

「アイツはあれでも貴族だ。貴族同士で話し合うこともあるんだろ」

 

「カズマにもそう言われましたが、やっぱりなにか納得がいかないというか、不安が消せないというか……」

 

 

 めぐみんには心配させまいと皆までは言わなかった。しかしめぐみんの言う通り、気になるところは幾つかある。中でも、ダスティネスの当主であるダクネスの親父さんじゃなく、ダクネスを呼び出してるあたりとかな。迎えに来た使用人の口ぶりではダクネスだけを招致してるみたいだった。怪しいっちゃ怪しいが、あのオッサン見た目が怪しいからなぁ。余計勘繰ってしまう。

 

 

「心配すんなめぐみん」

 

「ヒデオ……」

 

 

 ぐわしぐわしと乱暴にめぐみんの頭を撫で、ニカッと今まで見たこともないような爽やかな笑顔で。

 

 

「――俺なら証拠を残さず殺れる」

 

 

 そう言い切った。

 

 

「そういう問題じゃないんだよなぁ」

 

「なるほど! その手が……」

 

「こらこらお前も乗り気になるんじゃない」

 

「なーご」

 

「ちょむすけはいいや」

 

 

 この後なんやかんやで俺も領主暗殺計画に加わるのだが、ふつうにダクネスが帰ってきたのでおじゃんになった。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「クーロンズヒュドラの討伐に行かないか?」

 

 

 帰ってきた翌日、ダクネスはパーティの皆を集めてそう言った。こいつからこんなことを言うのは珍しい。頭でも打ったか?

 クーロンズヒュドラとは端的に言ってめちゃくちゃ強いヤマタノオロチ的なモンスターらしい。よく知らんが。ヒュドラっていうくらいだから毒持ってそうだ。俺は別に構わないしめぐみんも乗り気だが、例のふたりは例の如く激しく抗議した。

 

 

「嫌に決まってんだろ! シルビアの賞金も貰ったし俺はバニルから大金貰える手筈なんだよ! 確かに金はあっても困らないけど命に変える程じゃない! だから行かないぞ!」

 

「私はゼル帝の世話があるもの! 行かないわ!」

 

 

どうでもいいが、どう見てもアクアが大事に抱えている卵はニワトリの卵にしか見えない。ドラゴンの卵と主張し続けるアクアが可哀想なので、世話をする番の時は気を与えまくっている。

 

 

「アクアはともかくカズマの言い分は一理あるな。強さはともかくデカすぎると手が回らん。お前らを守りながら戦える自信はないぞ。無理する必要あんのか?」

 

 

 金に困ってでもいない限り、こんな無茶な提案はしてこないはずだ。しかしダクネスの実家は大貴族だ。そうそう金に困るなんてないはず。他に目的があるとしたら性欲のためだが、そこまでするだろうか。一概に否定出来ないのが辛いところだが。

 

 

「そうだぞ。こんなバケモン狩りに行くなんてモンハンかよ。俺は絶対やらないからな!」

 

「あ、知ってる! これ後でやるやつ!」

 

「ぐ……! わかった、背に腹は変えられん。クーロンズヒュドラを討伐した暁には、キ、キスを……!」

 

 

 言いなれてないんだからやめておけばいいのに、ダクネスは顔を真っ赤にしてそんなことを言った。しかしキス程度でこのクズがなびくだろうか。いや、なびかない。俺だってなびかない。童貞だからって舐めてもらっては困る。いや舐めては欲しいけど。

 

 

「キス程度にどんだけ価値見いだしてんだよ。自分に自信ありすぎだろ」

 

「なっ……!」

 

「はーこれだから乙女は。その程度で命なんてかけられるかよ」

 

 

 カズマはわざとらしくため息をついて、やれやれと言った様子でダクネスを小馬鹿にした。当然ダクネスの顔は怒りと羞恥でさらに真っ赤に染まる。

 

 

「この男……! 最低だぞ貴様! ヒデオ、同じ男として何か言ってやれ!」

 

「おっと、悪いがこの件は全面的にカズマに同意するぜ。というか俺にはなにもしてくれねぇのかよララティーナさんよ」

 

 

 おそらく一番頑張るのが俺なのに俺に何も無いのは不満だ。ここは堂々と報酬を請求せねば。

 

 

「ぐぬ……! なにをして欲しいのだ……!」

 

「そうだな。見た目は当然申し分ないからいいんだが、もっと根本からお淑やかになってくれ。そしたら結婚しようと言いたいところだが、今更その性癖が直るとも思えないのでいつでもおっぱい揉み券を発行してくれ」

 

「死ね!!」

 

「ごべぁ!!」

 

 

 凄まじい破壊力の右ストレートが俺の顎を砕いた後のことは覚えていない。めぐみん曰く、俺が気絶してちょむすけにおもちゃにされている間にカズマが上目遣いにやられて堕ちたらしい。そこからはアクア特攻のあるカズマがアクアを連れ出し、ヒュドラ討伐をすることになった。

 

 

 



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第六十二話

思いのほか字数がなかった


 

 とても心地よい快晴の日、俺達はとある湖に来ていた。このままピクニックと洒落こみたいところだが、残念ながら目の前には巨大な化け物がこちらに睨みを利かせているのでそうもいかない。

 被害としては既にアクアがヒュドラに跳ね飛ばされ頭にコブを作ってしまい、ダクネスとめぐみんに慰められている。ヒュドラが棲む場所の浄化作業中に寝るとかバカなのかコイツは。

 

 

「ヒデオ、今なら思いっきり怒ってもいいぞ」

 

「いつも怒ってると言いたいところだがなぁ。怒らなくても超サイヤ人にはなれる」

 

 

 そう言って呑気にてくてく歩くヒデオの目前に、ヒュドラの大顎が迫る。それでも呑気にてくてく歩くヒデオ。

 大丈夫なのはわかってるけどムカつくからやめてほしいんだけど。しかし、ヒデオはそのまま腹の立つドヤ顔で──。

 

 

「ガァァァ!」

 

「ぺ」

 

 

 ヒュドラに叩き潰された。あまりにでかいから距離感を測り間違えたんだろうか。それとがりって音がここまで聞こえたから、多分舌噛んだな。いたそう。

 

 

「ガッ!?」

 

「ん゛ー!」

 

 

 しかしすぐさまヒュドラの頭を蹴り飛ばし、口を抑えて転がり回るヒデオ。

 やはり狙うなら内臓とか爪の間とかそういう痛い系のアレが効果的か。ヒデオ戦の対策を考えているそのうちに、件のバカはアクアの元へ。

 

 

「ほら、あーして」

 

「あー」

 

「血が出てるじゃない。『ヒール』」

 

「治った。サンキューアクア」

 

「いいのよ」

 

 

 なんだろうか。アクアに母性のようなものが垣間見えた気がする。まぁ女神だし少しくらいはあってもおかしくないが、なんか悔しい。

 

 

「ふぅ、さて仕切り直すか」

 

「メンタルすげぇなお前」

 

 

 ヒデオは何事も無かったかのように再びヒュドラへ駆けていく。髪が金色に染まり、膨張した筋肉で衣服が張り裂ける。肥大化した拳を硬く握りしめ、怒りの表情で迫り来ていたヒュドラの脳天めがけて振り下ろす。

 過度なスピードは必要ない。必要なのは圧倒的なパワー。ハルクかと見まごう巨漢の一撃は、大地を揺るがした。

 

 

「おお、やるな。さすが超サイヤ人タイプT」

 

 

 もちろんトランクスのTだ。

 

 

「名付けてヒデオスマッシュ!」

 

「それはダサい」

 

 

 ネーミングセンスの欠片もないグーパンに頭蓋を叩き潰されたヒュドラにちょっと同情を覚えたが、それはそれとしてヒデオは暴れる。力任せに八つある首をちぎっては投げ、再生したらちぎっては投げる。

 

 

「ガァアア!!」

 

 

 しかしそこは大物賞金首。なんやかんやで負けじとヒデオの肩口に齧り付く。

 

「いってぇ! そして息がくせぇ! 歯ぁ磨けよこのやろう!」

 

 文句を言うところはそこなのか。

 

 

「ぐぬぬ……! 羨ましいぞヒデオ!」

 

 

 こいつもしかして性欲を満たすためにこれに誘ったんじゃないだろうな。

 

 

「なんの……! まだやれるぞ!」

 

 

 軽傷ではすまない量の血を流しても、ヒデオは一歩も引かない。ムキンクスモードは回避を想定していない。避ける暇があるなら一撃をぶち込むからだ。まぁその一撃は避けられるんだけど。

 

 

「ゴガァァ!!」

 

「うるせぇぇぇ!」

 

 

 ヒュドラの咆哮に負けじと咆哮で返す。

 食いこんだ牙を筋肉で押し留め、喉の奥へと両腕を突き出す。硬いウロコを突き破ったとしても直ぐに再生する。その再生こそがクーロンズヒュドラの真骨頂と言ってもいい。身体が真っ二つになろうと粉微塵になろうと、魔力さえ残っていれば再生するらしい。というかなんでこんな化け物を初心者の街に配置してんだよ。おかしいだろ色々と。ゲームバランスこわれる。

 

 

「喰らえ!」

 

 

 ヒデオの気が爆発的に高まり、ヒュドラの腔内がじんわりと光を帯び始める。凄まじい熱量と密度のエネルギーが溜められてゆき、臨界点まで一直線。

 じきにこのムキンクスモードは解ける。しかし問題は無い。元々短期決戦のつもりだからだ。違和感を感じ取り、ヒュドラはのたうち回り、噛み殺さんと力を込めるが既に遅い。もう気は限界以上に溜まっている。アニメ版の王子の様に週を越してあらすじにまで至って数十分も気を溜める必要はないのだ。

 

 

「ファイナルフラッシュ!!」

 

 

 放出された膨大なエネルギーがもたらしたのは足ピンならぬ首ピンである。エネルギーで満たされたヒュドラの首はまさに──おっと下ネタだ。閑話休題(それはともかく)。身体を内部から直接焼き尽くされる苦しみは想像もつかない。

 

 

「思いの外硬ぇ……な……!?」

 

 

 勝ちを確信していたが、突然ヒデオがふらつきはじめた。ムキンクスモードの反動かとも思ったが、どうにも様子がおかしい。ただの酸欠とかそういう類じゃなく、今にも消え入りそうだ。

 

 

「まずいぞ! ヒデオの反応がどんどん小さくなってる!」

 

 

 ムキンクスモードは消耗が激しいが決して命に関わるようなものではない。ヒデオがこうなったのは何らかの別の要因があるはずだ。

 

 

「視界がぼやけてきた……」

 

 

 心当たりとしてはハンス戦で毒を食らった時、似たような症状になっていた。つまりこれは毒の可能性が高い。しかしあらかじめ状態異常無効の効果をアクアに掛けてもらっているはず。ちょっとやそっとじゃ毒に侵されたりはしないはずだ。毒がなにかで強化されでもしない限り。

 

 

「……あっ」

 

 

 思い出したのは紅魔の里でのとある一件。ねりまきの放った雷撃魔法がヒデオの纏う気に強化され、そのままヒデオにダメージを与えた。つまり、今回もそれが起きた。しかも今回はムキンクスモードだ。ヒュドラの持つ猛毒がヒデオ自身により大幅強化され、アクアが通常状態のヒデオに掛けた魔法を突き破った……と考えられる。

 

 ヒデオは毒に侵されて死んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「おおヒデオよ! 死んでしまうとは情けない!」

 

「ほんとに情けないと思ってるんで傷口に塩塗らないでくださいエリス様」

 

「ふふふ、こうして実際に会うのは久しぶりですねヒデオさん」

 

「そうですね。滅多に死なないもんですから」

 

 

 死にかけることは何度かあっても、実際に死ぬのは冬将軍以来だ。悟空が心臓病で死んだからサイヤ人は毒に強いわけじゃないのは知っていたが、まさか死ぬとは。ハンスの時に少しは耐性がついた気がしたんだけどなぁ。

 

 

「けどなんか、久しぶりに会った気がしないんですよね。夢で神託くれてるのは別として、下界で会ったような気が……。知り合いの誰かだったりします?」

 

「鋭いですね。その通りです。たまに下界に降りてるんですよ私。ヒントは……そうですね、エリス教に関わりのある女性の誰か、です」

 

 

 国教がエリス教だから誰でも何かしら関わりがあると思うんだけど、口振りから察するにそこそこ仲がいい女性の誰かだろう。はて、誰がいたっけな。

 

 

「アクセル1の爆乳として女性からひんしゅくを買ってるのを知って以来サラシを巻いてるけど全く隠せてなくて余計ひんしゅく買ったシスターのカリスさん?」

 

「違います」

 

「つい先日男の娘ということが判明したけどなぜかファンが増えたシスター兼神父のキリスさん?」

 

「違います」

 

「ダストとキースにナンパされて素振りでは嫌がりつつも内心嬉しそうにしてた絶賛婚活中の信者のケリスさん?」

 

「違います」

 

「あの世界で唯一俺が腕相撲で勝ち越せたことがない腹筋バキバキゴリラ女聖騎士のコリスさん?」

 

「もしかしてわざとやってませんか?」

 

 

 わざととはなんだろう。まさかわざとエリス様っぽくない人を挙げてると思われたんだろうか。確かに思うところはある。

 

 

「確かにカリスさんのおっぱいはエリス様には程遠いし、キリスさんは貧乳ではあるけどそもそも男だし、ケリスさんは普通にあるし、コリスさんに至っては胸筋だからな……」

 

「あなたは女性を胸でしか判別出来ないんですか?」

 

 

 おっと、巫山戯すぎたみたいだ。顔はにこやかに笑ってるけどなんかすごくこわい。

 

 

「ははは、ただのセクハラですよ。そこまで怒らないでください」

 

「ただのジョークですよ、みたいに言わないでください。本気で怒りますよ?」

 

「ごめんなさい」

 

「わかればよろしい。ではそんなヒデオさんに、ヒュドラを倒すためのアドバイスをあげましょう」

 

 

 とてもにこやかな笑顔なんだけど、目は笑ってない。案外根に持つタイプなんだろうか。それにしてもアドバイスとな。なんだろう。超サイヤ人2になる為にカズマを殺せとかだろうか。

 

 

「聖書のヨナって知ってます?」

 

 

 あっ、この人かなり怒ってる。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 ヒデオは生き返るなりめぐみんに『俺に爆裂魔法をぶち込んでくれ』と大胆な告白をしていた。ダクネスの性癖が伝染ったかと寒気がしたが、聞けばなるほど、エリス様を怒らせたんだなとわかった。

 

 

「それじゃあいきますよ! 黒より黒く以下略! 『エクスプロージョン』!!」

 

 

 めぐみんが爆裂魔法をヒュドラの頭上めがけてぶち込むが、狙いはヒュドラではない。ヒュドラの頭上には俺達がいる。

 

 

「おいダクネス! ほんとに耐えられるんだろうな!」

 

「任せておけ!」

 

 

 ヒデオの出した作戦としては、オーバードレインで爆裂魔法をヒデオの身体に取り込み、えげつない技を生み出すというものだ。受け止める役はもちろんヒデオだったのだが、ダクネスから待ったがかかった。そして現在に至る。

 

 

「ヤバそうなら俺が代わる」

 

「その必要はない! というかあったらいよいよ私の存在意義がなくなる!」

 

 

 なるほど。だからあんなに駄々こねてたんだな。

 

 

「来るぞ!」

 

 

 受け止めた反動が二人を通していてもずしりとくる。すかさずオーバードレインでダクネス越しにドレイン。これを怠ると全員消し炭になる。

 

 

「あっ……! いい……!」

 

「なんだこれ熱っ! ほらヒデオ!」

 

 

 衝撃と爆熱とドレインの三重苦に悦んでいるダクネスは捨ておき、莫大なエネルギーをヒデオへと流し込む。

 

 

「なんだこれあっっつ!」

 

 

 三者三様に爆裂魔法への感想を漏らす。というかこの状況で感じてるド変態に畏敬すら抱かない。

 

 

「あとちょっとだ! がんばれ!」

 

「あぁ、もっと長くてもいいのに……!」

 

「うぐ……おおおお!!」

 

 

 間接的に触れるだけで焼け焦げるような激痛に襲われるのだから、それを体内に取り込むヒデオの苦痛は想像もつかない。

 

 

「あんっ……! もう少し……あれ?」

 

 

 どこぞの変態が達しかけていると、空が晴れた。先程までの高熱はじんわりと引いてゆき、今度は外から熱さが伝わってくる。

 

 

「よぉしお前ら。どいてろ」

 

「その言葉の割に退くという選択肢がないように思えるんだけど。なんで肩に担いでるんだよ!」

 

「言葉のあやだ」

 

「お前それ使えば何言っても許されると──あぁあ!」

 

 

 抗議も虚しくヒデオに投げ捨てられる俺達。高さは五十メートルはあるので、落ちたらまぁ死ぬ。

 

 

「まぁ舞空術使えるから──重っ! ダクネスお前重いぞ!」

 

「なっ!?」

 

 

 思いのほかずっとダクネスが重く、制動距離がかなり長くなってしまった。ヒデオズブートキャンプで力付けた気はしてたんだけどなぁ。そんなこんなで地面に着くと、予想通りお嬢様がブチ切れてきた。

 

 

「カズマ! さっきの言葉は取り消せ! 私が重いのではなくお前が貧弱なのだ! 現にヒデオは私を片腕で支えていたぞ!」

 

「あんなバケモンと一緒にすんな。別にデブって言ってるわけじゃないんだからいいだろ」

 

 

 女子は体重を気にしすぎるきらいがある。痩せてると言っても受け入れてくれないし、かと言ってデブだと肯定すればブチ切れられる。どうしろってんだよ。

 

 

「それは……いや、ここで折れては淑女として……!」

 

「お前まだ淑女のつもりだったのかよ」

 

「ぶっ殺してやる!」

 

「おっと舞空術──こら! 岩を投げるな! 死んじゃうだろ!」

 

 

 凄まじい速度で飛んで来たサッカーボール大の岩に戦々恐々とする。まぁコントロールがザルすぎるから当たることはないが。

 

 

「いってぇ! なにすんだ!」

 

 

 どんな肩してんだ。あそこまで百メートルはあるぞ。

 

 

「すまないヒデオ! 乙女に重いなどとぬかす輩に灸を据えてやろうとしたんだ!」

 

「それはいい心がけだな! だけどお前は重いぞ!」

 

「降りてこい! カズマ共々ぶっ殺してやる!」

 

「おっと、そろそろ時間だ! ──はぁっ!!」

 

 

 通常時の青でも、不死王拳の赤紫でも、超サイヤ人の金色でもない。それは爆熱の赤。全てを焼き尽くす、紅蓮の爆炎。

 

 

「これが、超サイヤ人タイプE!」

 

 

 もちろんエクスプロージョンのEだ。まさか前に冗談半分で言ったことを成功させるとは恐れ入る。めぐみんがキラキラした目で見てるのは放っておく。

 

 

「俺のこの手が真っ赤に燃えるぅ!! お前を倒せと轟き叫ぶぅ!!」

 

 

 爆裂魔法の莫大な魔力を取り込んだ影響か、ヒデオのテンションがめぐみんみたいになっている。ちなみに真っ赤に燃えているのは全身だ。手だけではない。

 

 

「爆熱! ゴォォォーッド! フィンガァァ──!!!」

 

「ヒデオ! そこは爆裂と言ってくださいよ!」

 

 

 めぐみんのどうでもいいツッコミを皮切りに、ヒュドラへと突貫していく。

 あまりの速度に爆炎が描く破壊の軌跡が見える。次々とヒュドラの頭が潰れてゆき、肉が焦げる匂いが漂う。今夜は焼肉だな。

 

 

「聞くがヒュドラよ! 聖書のヨナって知ってるかァ!?」

 

「ゴガアアァァ!!!」

 

「日本語で喋れ! いくぜめぐみん!」

 

「はい!」

 

 

 めぐみんに合図を送り、ヒデオはヒュドラの体内へ。

 高い再生能力を持つヒュドラは、その莫大な魔力が尽きない限り何度でも再生する。核のようなものがあるのか一部分でもあれば再生するのかは定かではないが、全てを分子レベルで消し飛ばせば死ぬだろうという見解である。そして、満遍なくそれを実行するにはヒュドラの中心から莫大なエネルギーをぶつけなければならない。そして駄々をこねるめぐみんを黙らせる為とダメ押しとして、合体技を提案した。

 

 

「──よし、ヒデオが中に入った! ぶちかませ!」

 

 

 これは超エクスプロージョンのような委託技じゃあない。例えるならそう、親子かめはめ波のような合体技だ。現時点でヒデオが出せる最大出力と、めぐみんが出せる最大出力。

 それらを掛け合わせ、俺達が今できる最大最強の出力を生み出す。

 

 

「「ヒートドーム・エクスプロージョン!!!」」

 

 

 球状に拡がる爆炎は太陽を彷彿とさせ、アクアのバリアを張っていても肌が焼け付くようだ。

 術者のふたりの体調を心配し始めたあたりから少しして、炎球が小さくなっていくのがわかった。そして全てが晴れるとヒュドラは広大な湖ごと跡形もなく消し飛んでおり、気配すら微塵も感じなかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「あっぢぃ……」

 

 

 めぐみんとの合作でヒュドラを倒したのはいいものの、やはり爆裂魔法を身体に取り込むというのは無茶が過ぎたようだ。比喩じゃなく身体が燃えるくらい熱い。よく生きてるな俺。アクアが診ようとしてくれたが、熱すぎて治療出来ないので、今は身体を冷やすことに四苦八苦している。

 

 

「カズマ、氷が切れたわよ! ウィズ呼んできなさい!」

 

「遠いわ! 瞬間移動覚えてないんだから勘弁してくれ!」

 

 

 カズマはフリーズで絶賛製氷機中だ。すぐ溶けるから焼け石に水だが。めぐみんはいつもよりぐったりしていて、よく頑張ったことがわかる。あとで労ってやろう。

 さて、俺をこんな目にした元凶とも言えるお嬢様はというと。

 

 

「ヒデオ、膝枕してやろうか!? いや、させてくれ!」

 

「近寄んな変態」

 

「はぁんっ!」

 

 

 爆裂魔法の通り道になった余波で少しハイになっているというか、性欲が爆発している。

 そもそも、なんで急にこんな大仕事をしようと言い出したんだろう。行く前にも聞いたがはぐらかされた。みんなの前だと言えないこともあるかもしれんし、夜あたりに酒持って行くか。

 

 

「あのー……私をもうちょっとあっちの方に転がしてくれませんかね。ヒデオの熱で燃えた草木がこっちにまで拡がって来てるんですよ──あっつぅい!!」

 

 

 せっかく大仕事をしたというのに、感傷に浸る暇すらない。というか熱すぎてやばい。

 

 

「締まらねぇなぁ……」

 

 

 本日の成果、クーロンズヒュドラの討伐。新合体技獲得。以上。

 



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