艦隊これくしょん‐艦これ‐【裏鎮守府】 (ウルティ)
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第一話【目覚めたら、廃都にて】

この物語は、ほのぼのかつシリアスで燃えて萌えるそんな物語にしたいと思っています。つまり、ほぼ全てが未定かつ見切り発車です。
それでもよろしければ、どうぞ見てやってください。


「やった……やったぞ……! ついに……ついに、俺も……!」

 

 目の前に据え置かれたPCモニタ――そのちょうど中央に映る、古めかしいながらも重厚感溢れる鋼鉄の武装に身を包んだ5人の少女と、そこから視点をちょっとだけ右にずらした先に踊る【艦これ 艦隊これくしょん】の表記がされたバナー。そして、更に下へと続く【GAME START 艦隊司令部へようこそ!】と【柱島泊地】の文字列に見入りながら、俺は喜びに打ち震える心を隠し切ることができずにいた。

 それは、他ならぬ俺自身が、2013年からサービスを開始し、2016年の今に至ってもなお多くのプレイ人口を抱える【艦隊これくしょん―艦これ―】へのプレイヤー登録を新規に果たしたことを意味していた。

 

「思えば、このゲームの存在を知ってから早3年。何度も何度も着任を果たそうと試みて、その都度抽選漏れで弾かれて……それから程なく常時開放制に移行したと思えば、今度は突然停電に遭うし、鼠にケーブル齧られて回線やられるし、原因不明の電波障害が何でかこの家だけを襲うし……挙句の果てには、PCが木っ端微塵になるほどの爆発なんていう思い出すのも嫌な不幸の連続で挑戦することすらままならず……掲示板でそのことを愚痴ったら、『そんな不幸な奴なんて某とあるラノベの主人公ぐらいなもんだろwww』とか笑われて相手にもされず……先に同期で艦これやってた奴らからは、『えっ? まさかお前まだ着任できてなかったの?』とか不思議がられたり同情されたり……あれ、改めて思い返してみたら、良いことなさすぎてなんか泣けてきた……」

 

 思いがけず涙が滲み出てきてしまったので、机の上から取り上げたティッシュボックスから数枚抜き取ってサッと拭い取る。ついでとばかりにそれで鼻もかむ。ちーんと耳を痛めるほどに景気良くやってやれば、自らの不幸に由来してこれまで着任できなかったモヤモヤも少しは収まり、すっきりしたように思われた。それに、その類稀な災難の数々も、目の前で今もなお輝く錨と軍艦のシルエットに縁取られたバナーを目にしてしまえば、この素晴らしき結果を彩るためにふりかけられた過程という名のスパイスに過ぎなかったと胸を張って言うことができる。

 

 ――そう、俺は成し遂げたのだ。

 

 攻略wikiやまとめサイトを巡回して頭でっかちに情報や知識だけを仕入れ、イラストやSSを漁って遣り切れない感情を抑え、それにすら耐え切れなくなって仮想(火葬)戦記や艦船プラモ、米軍の公式作戦記録などを始めとした戦史に関わる資料群に手を出し、北は大湊から南はチューク、西にロリアン、東にサンディエゴなどという聖地巡礼に、大学生特有の無駄に長くて多い休日を使って繰り出す。あのような、一見充実しつつもどこか虚しさが残る日々を送る必要はもうないのだ。

 

「……くっ、くふっ。今の俺は、阿修羅すら凌駕する存在だ。誰にも止められない……止めさせはしない……!」

 

 どこかで聞いたような台詞と共に、俺は、傍から見て邪悪極まりないであろう笑みを浮かべる。

 今の時刻は午前三時……をとっくに振り切って、そろそろ四時に至ろうかという頃合いだ。加えて、外はザアザアと滝のような雨が絶え間なく降り続け、時折稲光も瞬く最悪なコンディション。傍らの窓は暴風に煽られ、今もガタガタと軋むような音を立てて震えている。

 また、夜が明ければ、買って数年の長い付き合いであるボロの原付に跨り、片道一時間はかかる我が愛しの大学に一限から()かなければならないのだが……三年越しに掴み取ったこの幸運。ここで物にしなくていつ物にするというのか。

 

「今、で、しょ、とおっ!!」

 

 これまたどこかで聞いたような台詞を叫ぶと共に、俺はマウスを強く握り締める。カーソルを素早く動かし、そして、躊躇なくクリックする。そうして、直後に流れてくるであろう数種類のログインボイスの内の、はたしてどれが選ばれるだろうとか、そういえば初期艦を誰にするかまだ決めてなかったよな、とかいろんな思いを巡らせながら、あふれんばかりの期待を胸に待っていると――いきなり雷の直撃を食らったような強烈な衝撃と痺れに襲われたかと思えば、辺り一面に焦げて炭化したような嫌な臭いが充満して……そこで、俺の意識は急速に遠のいていった。

 

 

 

 

『――次のニュースをお伝えします。本日未明、台風○○号に伴う強烈な雷雨に見舞われていた○○県○○市市内の住宅一棟に雷が落ちる事故が発生しました。警察などによりますと、この落雷によって、この家に住んでいた21歳の大学生である【鷹野(たかの)優生(ゆうき)】さんが病院に搬送されましたが、現在意識不明の重体になっているということです。近隣住民の通報を受けて駆けつけた消防の調べでは、鷹野さんの住宅に設置されていた避雷針が、この台風の暴風による影響で破壊された可能性が高いと見て――』

 

 

――――――――

―――――――

――――――

―――――

――――

―――

――

 

 

「――きなさいっ! 起きなさいったら!!」

 

 ――これは、ひょっとしなくても夢なのだろうか?

 

 あれほど恋い焦がれた存在であった彼女(・・)の声を、俺は、すぐ間近で居ながらにして余すことなく聞き及んでいる――そんな強い予感があった。

 しかし、直後に俺の頭は、そのバカげた考えを否定する。そうだ、そんなことはありえない、と。だって、ゲームの中の“電子データ”の一つに過ぎない彼女(・・)に、こうして自分の胸ぐらを掴んで(・・・・・・・)、そんでもってサンドバッグのように揺さぶる(・・・・・・・・・・・・・)なんて芸当、できるわけもない。

 だから、これはよくある泡沫の夢の一つなのだろう。目が覚めれば、PCのキーボード上で、あれほど待ち焦がれていたにも関わらず、艦これ起動と同時に寝落ちするという無様な醜態を晒した現実の自分とご対面できるはずだ。

 

 ――しっかし、それにしてもすげえリアルだよなあ。

 

 拷問じみた振り子運動に現在晒されているために目を開けることは叶わないものの、視覚を除いたそれ以外の四感は、絶えず様々な形で俺へと訴えかけていた。

 

 ゆっさゆっさと何の遠慮会釈もなしにさっきから一貫して続いているこのキツめの揺さぶりも。

 それによって、胃の奥底から徐々に徐々に緩急織り交ぜて迫りつつある酸味混じりの気持ち悪さも。

 沸騰して煮立っているかのような熱い疼きを覚えながら、全身に血潮を送り出す心臓のドクドクとした鼓動も。

 むせ返るほどに圧倒的な鉄と硝煙の臭いの中にあっても仄かに存在感を放つフローラルな香りも。

 

 その全てが、圧倒的な情報量をはらんだ形でそこに存在していた。いや、はらみ過ぎていた(・・・・・・・・)。そのことに気づいた瞬間、今の今までぼんやりとしていた思考が急速に回復する。“おかしい”という感情一色に染まった警鐘が、脳内で狂ったように打ち鳴らされる。はやく、速くこの違和感の正体を確かめなくては、という思いに駆られる。しかし、意に反して俺の身体は思い通りに動いてくれない。速く、はやく――。

 ようやくパチリと両の目が見開かれる。世界が光と色を取り戻す。その先に見えたのは――。

 

「むら、くも……?」

「――ッ!? アンタ、なんで私の名前を知って……!!」

 

 そこに居たのは、蒼銀と表現すべき流れるように美しい髪を持つ少女だった。そして、その彼女の黒い指ぬきのグローブをはめた左手が、俺の胸ぐらを千切れんばかりに掴んで締め上げている。整った眉尻はキリリと引き締められ、水平線上の夕陽を思わせる橙色の切れ長の瞳には、激しい怒りの炎が昇っている。後頭部に浮かぶ獣耳を思わせる一対の機械も、そんな主人の今の感情を反映してか、チカチカと赤い瞬きをひっきりなしに送っていた。

 間違いない、という言葉が俺の口からこぼれ出る。君の、その容姿も。君の、その艦名(なまえ)も。俺はずっと、ずっと以前から知っていた。今まで焦がれながらも、ずっと触れることができずにいた。

 その彼女が今、俺の目の前に、確かに存在していた。“電子データ”としてではない。温かな熱と柔らかな質感で構成された肉体を伴って。瞬間、じわりと涙が滲み出る。あふれた分が頬から顎を伝って襟元へと滴っていく。歪む視界の中で、輪郭のぼやけた彼女が一瞬だけ呆けたかと思えば、即座に慌てる様子が見て取れた。

 

 

 ――ああ。

 

 

 「ちょ……ちょっと――!? アンタ、なんで急に泣き出したりなんかしてっ――!?」

 

 

 ――願わくば。

 

 

「てっ!? こら、しっかり立ちなさいよもうっ!! アンタにはこれからたっぷり聞き出さなきゃいけないことがあるんだからっ!!」

 

 

 ――これが夢なら、どうか。

 

 

「ああもおっ!! 何なのよいったいー!!」

 

 

 ――どうか、覚めないでください。

 

 

―――

――

 

 

「……知らない天井だ」

 

 もはや何番煎じかわからないほど巷で有名になった目覚めの言葉と共に、俺はゆっくりと上半身を起こす。すると、バサリと布に触れたような感触が額に伝わる。天井かと思ったものは、実は厚手のナイロン生地が地面に立脚した骨組みに支えられてドーム状の壁を成形したものであったらしい。起き抜けでぼんやりとした思考がそれでも、その正体が“テント”と世間で呼ばれるものだということを教えてくれる。

 テント? はて、そんなものに一体いつ俺は潜り込んだのだろう。眉間にしわ寄せてしばし考えに耽ってみる。

 が、こうして起きる前までの朧気な記憶の中に、今のこの状況に置かれるに至った明確な答えが見当たることはなかった。ただ、どうしてか、銀色の煌めきがやたらと脳内をちらついていた。

 

「……まあでも、こっから出てみりゃ全部わかるよな」

 

 思い出す作業を一時中断する。ふいっと視線を横に傾けた先には、俺が一夜を過ごした……であろうテントの入口があった。そこからは、淡いながらも外の光が漏れ出ている。

 毛布をはねのけ四つん這いになって、その場所までそろりそろりと近寄って行く。だらりと下がった、壁よりもやや薄手のナイロン生地――その長方形の線に沿うようにして、金色の縁取りがなされている。

 ごくり、と喉が鳴る。今の俺は、ファラオの棺や聖櫃を前にした考古学者もかくやという心境だ。単なる薄っぺらな布地にすぎないはずなのに、それはまるで鉛のように重厚な威圧感を伴って、俺の前に立ちはだかっていた。

 しかし、このパンドラの箱を開けずして先に進むことはできない。

 

「行くぞっ……!」

 

 意を決して、右手を伸ばす。伸ばし切ったそれが今にも裾へと到達しようとした瞬間、バサッと音を立てて、入り口の幕が無遠慮に引き上げられる。

 

「なにやってんのよ、あんたはさっきから」

「うおぉおおっ!?」

 

 直後に頭上から呆れたような声が投げかけられる。それを聞いて思わず、俺は反対側へと飛び退ってしまう。退いた先にはなんだかいろんな用品の数々が収められていたようで、ガチャガチャドッタンバッタンと騒々しい音を立ててしまうが、声の主はそれを気にするふうでもなくテントの中へと踏み入ってくる。

 そして、立ち直れないでいる俺の方へと手を差し出してきた。差し出されたその手には、黒い指ぬきのグローブがはめられていた。

 

「ほら、つかまりなさいよ」

「あ……ああ、すまない」

 

 自分より小さくて白いその手をおずおずと握ると、想像していたよりも遥かに強い力でぐっと引き上げられる。その時、ようやく顔を拝むことができた。夕陽を思わせる橙の切れ長の瞳が、まっすぐにこちらを見返している。そこで、ようやく思い出す。ああ、そうだった、彼女の艦名(なまえ)は――

 

叢雲(むらくも)……」

「……一度ならず二度ともなると、アンタ、やっぱり私の艦名(なまえ)を知っているのね……まあ、それについては後でじっくり聞かせてもらうからいいわ。朝餉の支度ができてるから。ほら、はやく行くわよ」

「え、えっと……」

「朝餉よ! あ・さ・げ! まったく、この私が手づから作って上げた代物なんだから、高くつくわよ? ありがたく食すことね」

 

 そう言うと、彼女は銀の長髪を翻しながらテントを出て行く。一人取り残された俺は、たった今起きた一陣の風が吹き抜けたかのような短い一幕に、ただただ呆然とする。あーうーと言葉にならない呻きが漏れる。額に手をやったり、頬をかいたりと意味もない行為を何度も繰り返す。繁雑として捉えきれないものが胸中をかき回す。そんなことをひとしきりやった後、

 

「……なるようになるか」

 

 諦念にも似た感情を獲得すると共に、俺は彼女を追うようにテントの入口を開け、外へと踏み出して行った。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 そんな感じで出て来てみて、最初に目に飛び込んできたのは、東京タワーが赤色の基部だけを残して、スッパリと切断されている光景(・・・・・・・・・・・・・・)だった。

 

 

「………………はっ?」




現時点で明かせる情報①

主人公の青年の運パラメータは、公式四コマで登場した【不幸のお茶会】への参入を果たせるほど低いものである。


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第二話【蒼銀の戦乙女と、邂逅す】

投稿が年を跨いで遅れたことを深く謝罪します。


また、第一話のタイトル後半部分を第二話のタイトルとして修正しました。


「は、はは……嘘だろ。こんな、こんなのって……」

 

 ひどく裏返った聞くに堪えない声が、他ならぬ俺自身の声帯から絞り出される。同時に、心胆を寒からしめるの表現とは、まさにこういう状態に陥ってみて初めて使うのだということを、まざまざと理解した。だからこそ、胸を張って断言できる。目の前のこれ(・・)は、明らかに“異常”であると。

 だってそうだろう。考えてもみてほしい。日本国の首都である東京の古き良き象徴が、居合の巻藁の如く両断されている(・・・・・・・・・・・・・・・)など、それ以外に何と表現できよう。一体どんな過程を経たらこんな結果を残せるというのか。思考回路がショートしてエラーしか吐き出せない今の俺にはさっぱりだった。

 そして、見るも無残な光景を晒すのは何も東京タワーだけという訳でもない。その周囲に整然と立ち並んでいたであろう色も形も様々な高層ビル群は、あるものは、まるで時間を建設半ばまで強制的に引き戻したかのように、途中から鉄骨と鉄筋コンクリートで造られた枠組みの一部だけを残して崩落し、またあるものは、「一番始めに真横から強烈なビンタを食らわせて、ドミノを始めました」と申告されても信じられそうなほどにメチャメチャな状態となって、一面横倒しになっている。

 遠方がそんな有様であるなら、近場もまた似たようなものである。俺が足を踏みしめて立つこの場所――元々は中央分離帯を有する四車線の大通りであったのだろう、広々とした路面のアスファルトにはいくつもの大穴が開けられ、それらを中心に放射状に走る大人も楽々飲み込めそうなほどに太く深い亀裂の数々が、地中に埋設されていたインフラ用と思しき赤茶けた鋼鉄の配管諸共に地上まで押し上げた上で、飴細工のようにグニャリと捻じ曲げている。

 中でも、特に目を見張るほど巨大な片手で足りるほどの亀裂に至っては、通りのみならずその脇に立ち並んだブティックやビジネスホテルの看板を掲げた中層ビルにまで伸びており、勢い余って上階まで崩落させていた。しかしそんな惨状とは対照的と言ってもよい、巨大亀裂が走る直線上にだけは、何故か瓦礫の類が一切見受けられなかった。例えるなら箒で念入りに掃き取ったような、そんなある種の清潔感すら感じられた。

 

「ひどいもんだ……」

 

 しばらく考えてみて半ばその理由に合点がいった時、俺の口から諦めにも似たそんな言葉が突いたように漏れ出てしまう。

 これほどまで強大な地中をかき回す力を前にしては、途中に存在しただろう乗用車の類など塵に等しく、路傍の石ほどの障害にもならなかったに違いない。十トン近くの積載量を誇る大型トラックや地面深くに根を張った街路樹であってもそれは同じで、おそらくその全てが火山の噴石よろしく遥か彼方へ向けて発射されてしまったのだろう。数キロ先まで歩いて行ってみれば、あるいはそのような投射物たちが山となって降り注いでバラバラになった痕跡を見つけることができるかもしれない……もっともこの様子では、どこに行こうがこうした光景が広がっているはずだから、仮に探し当てたところで満足に判別もつかず無駄足になるだけなのだろうが。

 

「これじゃ、『首都』東京じゃなくて『廃都』東京じゃないか……」

 

 一昔前にSFだか何だかの小説で見かけたような表現が脳裏をよぎり、口から飛び出てきた。

 廃都。このどこか厨二感溢れる単語に、何らかの意味合いを持たせるとするなら、『はいと【廃都】――支配者たる存在が何かしらの要因により姿を消し、繁栄を極めたかつての栄華だけを僅かに偲ばせる文明や都市の遺構』みたいな感じになるのだろうか。

 

「……ハッ」

 

 と、そこで今度は声高く失笑する。この惨状を前にして、よくもまあそんな馬鹿げたことを考えつくものだと、我が事ながら思った。

 遠目に映る寸断されたかつての都の象徴、その周囲をぐるりと囲んだ高層建築群、それらの間を縫うように緻密に張り巡らされた交通網の全てに、こうなってしまう以前は万を優に超える人々の営みがあったというのに。

 

「…………行くか」

 

 大きく天を仰いだ後に一度大きく溜息をつくと、俺は叢雲が歩き去った方へ向けてゆっくりと歩き出した。気分は頭上の空のようにどんよりと重苦しく、これから待ち受ける展開の不透明さを表しているかのように思えた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 歩き始めてから体感で数分ほどの場所。根本よりポッキリと折れて反対側のビル壁を貫く形で寄りかかった電柱を棟木代わりに、上から被せられた偽装網(バラキューダ)をくぐった先にそれはあった。小さいながらもきちんと誂えられた食卓。そして、その上でほかほかと湯気を立てて並ぶ温かそうな食事。しかし、その正体に俺は少なからず心当たりがあった。

 

「カンメシ……?」

 

 だからこそ、その名を思わず声に出してしまう。暗緑色(オリーブドラブ)に塗られた大小の缶詰。しかも、その側面に漢字や平仮名で内容を印字された存在ともなれば、もうそれぐらいしか思い浮かばない。すなわち、自衛隊が非常用糧食として正式採用している、あの【戦闘糧食Ⅰ型】である。

 

「けど、なんで自衛隊のレーションがこんなところに……? しかもⅡ型じゃなくⅠ型とは……」

 

 【たくあん漬】に【牛肉野菜煮】。そんなちょっとお堅い感じの表記がされた料理の品目を目にしながら、俺は浮かんだ疑問をそのまま口にする。

 “非常用”の頭文字が示すように、Ⅰ型に与えられた本来の役割とは、来る有事に備えて平時より基地や駐屯地などに備蓄しておくための代物である。そのため普段使いにおいては、利便や携帯に優れるレトルトパウチ包装の【戦闘糧食Ⅱ型】に比べ圧倒的に劣っており、実際の現場でも、これが開けられる機会というのは、期限切れが間近に迫った廃棄される寸前のモノを、血税云々の理由からその都度消費する時が大半であると記憶していた。基地の食堂の片隅に山と積まれたⅠ型の中から人気缶だけが真っ先に抜かれて残るは不人気缶のみ、なんていうのは自衛隊内では定期的に見られる風物詩であるらしい。

 そういう狭い業界特有の込み入った事情もあってか、野外の演習などにおいてもめっきり目にすることが少なくなった、ある種絶滅危惧種的存在であったはずなのだが……そもそも、陸自では数年前に調達が全面的に停止されたとも聞いている。

 とはいえ、そんな疑問は詮無きことか。大事なのは、どうやらまともな飯にありつけそうだという事実である。悪名高い米軍のMREなんかと違って、味と見た目にうるさい日本の自衛隊向けに納品されるこれは非常に信頼が置けるのだから。

 なんてことを考えながら、空腹がもたらす飢餓感に導かれるままに食卓へ寄ろうと第一歩を踏み出したちょうどその時、

 

「あら、丁度いいタイミングじゃない」

 

 俺の立つ側とは反対の偽装網(バラキューダ)がバサッと引き上げられ、その真下から一度見たら忘れられない、あの銀の煌めきが現れた。その正体はもちろん叢雲であり、偽装網(バラキューダ)を持ち上げるのとは逆の手に、シュンシュンと勢い良く蒸気を上げる独特な形状の缶を携えていた。そして、突然の登場に思わず固まってしまった俺のことを気にする様子もなく颯爽と歩を進めると、食卓の上に缶を置き、パカリと蓋を開けた。

 すると、ふわりと甘い香りが一瞬にして広がり、俺の鼻腔をくすぐる。同時に、口中につばが湧き出し、胃が「早く食わせろ!」と狂ったように騒ぎ立てるのを感じた。

 その時点で、俺は香りの正体について半ば確信があったが、本能に突き動かされるままにドタバタと駆け寄るのも人としてどうなのかと気付き、すんでのところで思い留まった。なので、努めて冷静に、しかし大股で自分も食卓へと近寄る。

 一歩一歩近づくごとに、その暴力的なまでに食欲を掻き立てる香りは強くなっていく。たかが数歩、されど数歩。今の自分であれば、二河白道の説話に登場する旅人の心境も容易に理解できたことだろう。

 と、そんなこんなでようやく食卓の縁へと手をかけることに成功する。そこで一息入れて達成感に浸りたいところであったが、本丸を前にして小休止など愚の骨頂。心の中の理性と獣面がせめぎ合うのに苦慮しながらも、時間を置かずにそっと中を覗き込んだ。

 はたしてそこに存在したのは――ぴかぴかに磨き上げられてから、丹念に炊き上げられた、純白の白米。

 

「おぉ…………!」

 

 日本人の精神食(ソウルフード)と言っても過言でないそれを認めた瞬間、俺の口から深い感嘆の声が漏れた。一面粒が立ったそれは、吹き上がる熱々の蒸気によって冷めず干からびない最適な環境の中に留め置かれ、茶碗によそわれて口の中に運ばれる瞬間を今か今かと待ち受けている。

 そんな俺の反応が予想通りのものだったのか、叢雲の表情も今までになく柔らかで得意げなものだ。自信家な一面を持つ彼女らしいといえばらしい。

 

「お気に召したかしら?」

「……パーフェクトだ、ウォルター」

「えっ、いや、誰よウォルターって。ま、まぁ、喜んでもらえて何よりだけれど」

 

 残念ながら即興で振ったネタには食いついてもらえなかったが、それでも俺の発する感動の程は十分に伝わったようで、明後日の方向を向き若干赤くなった頬をかくなど、満更でもない様子である。照れ屋な一面を持つ彼女らしいといえばらしい。

 そう、それらを総合して一言で言い表すとするなら――

 

「ツンデレ乙」

「誰がツンデレよっ!! くだらないこと言ってないで、さっさと席に着きなさいっ!!」

 

 流石にからかいが過ぎたのか、そこで今度こそ耳元まで真っ赤になった叢雲が、突如として虚空から召喚した彼女自身のトレードマークである船檣(マスト)を模した長物の石突部分を俺の頭へと振り下ろしたことで、強制的に着席を遂げることとなった。

 

――というか、テレポーテーション的召喚法が使えるなんて聞いてないっすよ、叢雲さん。

 

 どうやら、【艦娘】という存在に対して、俺の知る常識なんてものは全く意味を成さないようであった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「……つまり、アンタも全く知らないうちに、この『廃都』に居たってわけ? しかも、直前の記憶に関しては朧気で、どうやって此処に来たのかもはっきりとしないと」

「まぁ、そういうことになるな。何より俺の知る限り、東京はこんなどこぞの世紀末的光景ではなかった……ところで、その『廃都』って言い方、むず痒くなるんで出来ればやめてくれない?」

「何よ、端的に此処について言えてる訳なんだから無問題(モーマンタイ)でしょーが。あと、私のたくあん漬取るのやめなさいよ。誰が見ず知らずのアンタのために、手間暇かけて作ってやったと思ってるのよ」

「いや、作るも何もこれ缶ごと湯煎して蓋開けただけで、実質貴女がやった調理って飯盒炊爨で米炊いたぐらいじゃあ……あ、いや、すみません、ナンデモナイデス。どうぞ心置きなくお取りください」

 

 折畳式の椅子に向かい合って座り、【戦闘糧食Ⅰ型】の塩味の濃い味付けがされたおかずを突っつき合いながら、俺と叢雲は互いの持つ情報を若干駆け足ではあるが、整理していた。それでわかったことは、どうも叢雲も俺と同じように、目が覚めたらこの『廃都』に一人倒れていたらしい。で、とにかく原隊である横須賀鎮守府への帰還を目指そうと、単身移動を続けていたとのことである。幸運にも、移動を始めてからそう経たない内に、擱座しながらも損傷のほとんどない73式大型トラック、それも補給物資を満載したものを発見できたらしく、以後はそれを足としつつ、路面の被害が比較的少ない道を縫うように進んできたとか。そうしてようやく臨海部まで辿り着き、今後の横須賀までのルート策定と不足した物資を補充する目的で降車し、周辺の偵察を行っている途中、瓦礫の散乱する路上にうつ伏せの状態で意識を失っていた俺を発見したらしい。

 

「まぁ、最初は死んでると思ったんだけれど」

「ひどいなおい……おっ、この牛肉の時雨煮なかなかイケるな。ご飯とよく合う。というか、この米が本当に絶妙な炊き具合だ。硬すぎもせず、かと言って柔らかいなんてこともない。おまけに、米粒の一粒一粒の形まで噛む度にしっかりと感じられる」

「……ふん、この私が手がけたんだから当然でしょ。で、せめて埋葬して手を合わせて冥福ぐらいは祈ってあげようかと思って引剥(ひっぺ)がしたら、驚いたことに、まだ息をしてるじゃない。そこからは、大体アンタも知ってる流れよ」

「なるほど、それであんな強烈なご挨拶をしてくださったと」

「……まぁ、悪かったとは思ってるわよ。ただ、私もこんなわけもわからない場所で目覚めてから初めて面と向かって話せる人間と出会えて動転してたというか……ぅ、ぅれし……かったと、いうか……」

「えっ? 最後だけはっきり聞こえなかったんだけど、何か言った?」

「な、何でもないわよ! さっさと食べちゃいなさいよっ! そんでもって、片付け終えたら今後のことについて詳しく話し合うわよっ!!」

 

 俺の受け答えの何かが彼女には気に入らなかったのか、そこで急に声を荒げて叢雲はご飯をかっ込み出した。その威勢の良い食いっぷりを俺はしばし感心しながら眺めていたのだが、やがてめぼしいおかずを片っ端から彼女が箸で攫っていることに気付かされたので、慌てて自分の取り分を確保するべく、同じく箸を伸ばすことと相成った。

 

 

 食事という名のバトルを終え、どちらからともなく「ご馳走様」を告げてから、分担して片付けをする。インフラが死滅している関係上、やはり水が貴重なのか、かつて訪れた豪州の飲食店で見かけたように、叢雲がたらいの中に溜めた水の中に食器をつけ洗いしておいてから、すすがずにそのまま清潔な布で拭き取るという工程を経ているのが、どこか非日常を感じさせた。しかし、これからも食事をするごとにおそらくこれをしなければならないのだろう。こればかりは、到着地点である横須賀鎮守府が無事であることを祈りたいところであった。

 で、片や俺の方は何をしているのかといえば――路面のアスファルトが割れて土が露出している場所に陣取り、暗緑色(オリーブドラブ)に塗装された折り畳み可能な円匙(えんぴ)を握って穴を掘っていた。気分はさながら、塹壕堀に勤しむ一次大戦や旅順攻略戦の一兵卒である。

 もちろん、意味もなくこんな勤労精神溢れる肉体労働に励んでいる訳ではない。先ほど二人で完食した【戦闘糧食Ⅰ型】の空き缶、あれを叢雲に手短に説明された有時の規定に従って目につかぬように埋没すべく、こんなことをしているのである。まぁ、深く考えてみなくとも、こんな場所でリサイクル業者が回収しに来てくれるわけないのだ。確かにやらなければならない作業ではあるだろう。 

 ……円匙を手渡してきた時の叢雲が笑みを隠すこともなくやけにキラキラしていた辺り、一番面倒な仕事を俺に押し付けることができてホクホクなのだろう。が、たとえそうであろうと、俺はただ真面目に粛々と彼女に与えられたこの仕事をこなすことにした。背中で語って結果を示す『野郎』という生き物の悲しい性である。

 

「……っしょっと。こんなもんか」

 

 膝丈ぐらいまでの深さまで地面を掘り下げたところで、俺は円匙を動かす手を止めた。これだけ深ければ、重箱のように重ねることが可能とはいえ、それでも嵩張る空き缶の山でも十分に隠し切ることができるはずであった。

 投入後、すぐさま埋め戻す。掘るのと違って、埋め戻すのは掬って落とすだけなので案外楽なものだ。完全に見えなくなったところで、違和感がないようその辺から拾ってきた瓦礫やら何やらを適当に散らし、自然に見えるようにしておいた。

 

「うっし、これでオッケーっと」

 

 パッパッと手についた土埃を払うと、一仕事やり遂げたことを実感する。持っていた円匙をグサリと地面に突き刺してからぐぐっと伸びをすると、心地好い達成感が体中を駆け抜けた。

 

「へえ、驚いた。私が後追いで手伝う必要なんて全くなかったみたいじゃない。感心感心」

 

 と、そこで叢雲の方も自分の担当する範囲を手早く終わらせてきたらしく、弾んだ口調で俺に声をかけつつ偽装網(バラキューダ)の中から姿を現す。手には、湯気を立てる二つのカップが握られていた。

 内一つが俺の方へと差し出される。受け取ると、熱気を帯びた程好い陶器の温かみがじんわりと掌に広がった。口元に掲げてきてやれば、果実味に溢れる芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。一口含んでみると、混じりけのない統一された苦味と、若干の酸味で構成された熱い液体が味蕾を喜ばせる。舌の上でゆっくりと転がした後でゴクリと飲み込むと、穴掘りで溜まっていた疲労が薄らいだのがはっきりと感じられた。

 

「…………美味い」

 

 ほう、と深い溜息を吐き、長い長い沈黙を経た後に出てきたのはそれだけだったが、それで十分であった。叢雲が淹れてくれたコーヒーは、その一言で事足りるほどの一杯だったのである。

 

「……そこまで感動するほど美味しかったかしら、これ。ただの官給の安物インスタントのはずなんだけど」

 

 傍らでズズッと同じものを啜る叢雲が若干呆れた様子で呟いているが、気にしない。大体こんな場所で供されるコーヒーがインスタントなのぐらい俺も分かってるが、大事なのは、“叢雲”自ら淹れてくれたという事実である。これがコーヒーの前に修飾語としてつくだけで、値千金ぐらいの価値には跳ね上がる……決して俺が貧乏舌とかいうわけではない。

 

「……何か不埒なこと考えられてる気がして、無性に殴りたいわね」

「失敬な。単純に美味しいって褒めてるだけじゃないか」

「どうだか。そんなことより、さっさと今後の方針を立てるわよ。アンタを拾ったせいで、こっちは色々と考えなきゃならないことが増えたんだから」

 

 そう言うと、偽装網(バラキューダ)の奥へと引っ込む叢雲。ここで「義理は果たした」などと言って、横須賀への帰還を目指すに際して確実に足手まといとなる俺を切り捨てて行かない辺り、彼女の不器用な性格の良さが滲み出てるのだが、はたして当人はそれを自覚しているのだろうか。

 

――まぁ、そういうの指摘されるのすごく嫌がりそうだ、叢雲の性格を鑑みるに。

 

 苦笑しながら、二口目を啜る。出会って一日も経たぬ間柄とはいえ、既に俺は、彼女のあり方――その防人(さきもり)然とした姿や、何事にも常に一本気な態度で臨む人柄に入れ込み始めていた……元がゲームに登場するキャラクターだなんて信じられないぐらいに。

 

「……そういえば、二次元の存在なはずなんだよなぁ、叢雲って。余りにもやり取りが自然すぎてこれまで考えが及ばなかった」

 

 完膚なきまでに崩壊した東京。本来ならありえることのない二次元キャラとの邂逅。あと、此処で目覚める前の直近の記憶の欠如。類稀な不幸の星の下に生を受けて、その自慢には事欠かない身の上であるという自覚はあったが、こんな異常事態に巻き込まれることになるとは誰が予想しただろうか。だが、俺はこの状況を決して不幸だとは思ってなかった。むしろ真逆の、僥倖であるとすら考えていた。

 想像していた形とは著しく異なれど、俺は確かに、あれほどやりたいと焦がれていた【艦隊これくしょん‐艦これ‐】の世界にやって来れたのだ。であれば、今はそのことを素直に喜ぼう。そして――

 

――どこまでもこの命ある限り、共に歩んでいこう。

 

 そう、強く強く願った。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 バサリ、と捲り上げた偽装網(バラキューダ)の下をくぐるようにして中に入る。天幕のちょうど中央、先程までは食卓として使っていた簡易机には、関東一円を切り抜いた地形図やロードマップが一面に広げられており、まるで戦争映画などに登場する作戦会議シーンを彷彿とさせる空間が醸成されている。

 そして、先んじてそこに陣取っていた叢雲は、一番上に広げた東京の臨海部を精細に反映させたと思しき大縮尺の地図を片手にうんうんと唸っていた。紙面には、彼女自身の手によってであろう、幾本もの赤線が引かれており、しかしその大半が途中でペケをつけられる形で不自然に中断されていた。

 俺が音を立てて入ってきたのに気づくと、叢雲はそれまで目を注いでいた地図から一旦離れ、顔を上げて少し不機嫌そうに眉を寄せた。

 

「遅かったじゃない」

「すまん、ちょっと決意表明みたいなことをしてたもんでな」

「何よそれ……いまいちよくわかんないけど、問いただしてる時間も惜しいことだし、まぁいいわ。とりあえず座りなさいよ」

「では、遠慮なく」

 

 叢雲からお許しをいただけたので、俺は対面する位置に置かれていた椅子をズズッと自分の方に寄せてそこに腰を落ち着けた。その際、ドリンクホルダーが肘掛けの部分についてることに気づいたので、ずっと持ちっぱなしだったコーヒー入のカップをそこに突っ込んでおく。

 

「で、今後の方針を立てるんだったな。見たところ、あんまり順調には進んでないようだが」

「……ええ、想像していた以上に道が寸断されててね。とはいえ、一応抜けられそうなところは見つけたのだけど」

 

 俺の問いかけに対し、叢雲は持っていたペンで地図上の二箇所をトントンと指し示す。確かに、その二本の赤線だけは途中でペケがつけられて途切れるなどということもなく、東の方へとどこまでも伸びていた。

 

「二パターンあるのか。じゃあそのどちらにするかで決めあぐねてるってことか?」

「そうね。一つは、国防軍が【深海棲艦】の上陸阻止を目的として海岸線伝いに敷設された無数の地雷原と特火点(トーチカ)群の隙間を縫って横須賀までの緊急の連絡用に通された、有事のみ使用可な【特2号線】。通称【東須ライン】とか呼ばれるやつね」

「……ん?」

「もう一つは、若干遠回りになるのだけど、首都高から川崎市伝いに、横浜市郊外にある残留在日米軍の兵站集積所を経由してから横須賀に向かう……って、どうしたのよアンタ。元からマヌケな顔が輪をかけてマヌケになってるわよ」

「いやいやいやっ! おかしいだろ色々とっ! 一体いつから自衛隊は国防軍なんて物騒な組織に改名したんだよっ!!」

 

 俺の知る限り、この日本国に存在する軍事組織とは、高度な政治的事情から玉虫色に命名された【自衛隊】であって、決して【国防軍】などというド直球な響きを放つようなものではなかったはずである。だったはずなのだが――

 

「はぁ? 自衛隊が国防軍に改名したのなんて、今日日田舎の小学生でも知ってるぐらいの常識よ? そんなことも知らないなんて、逆にアンタ今まで一体どうやって生きてきたのよ」

 

 ――目の前の叢雲の反応を窺うに、自分はどうやら、義務教育中の存在にも劣るとされるぐらいにはイレギュラーな疑問を口走っていたようであった。

 

――しかし、あれほど重度の戦争アレルギーを発症していたこの国で、まさかの【国防軍】と来たか……。

 

 どうやらこの世界の日本は、想像するだに恐ろしい逼迫した情勢に立たされているらしい。そして、今更ながら俺の中で【艦隊これくしょん‐艦これ‐】の世界とは、広大な太平洋全てを戦域としたシミュゲーであったことが思い出された。であれば、叢雲から得た僅かなこの世界の情報と、俺が此処にやって来る前に【艦これ】の公式媒体などで得ていた所謂『公式設定(メタ知識)』を繋ぎ合わせることで、そこから導き出される結論も自ずと決まってくる。

 

「……叢雲。この世界の日本は、突如として【深海棲艦】の侵攻を受けた。それが原因で、日本の【自衛隊】は【国防軍】へと組織体系を変化し、お前のような【艦娘】とそれを統括する【鎮守府】を主軸とした反攻体制を構築するに至った……ここまで合ってるか?」

「…………大体合ってるわ。より正確に言うと、日本だけでなく全世界のほとんどが、同時多発的に【深海棲艦】による襲撃を受けた。その当時の各国がどう対応したのかは詳しく知らないけれど、日本の場合、この事案が憲法上で定められた有事に当てはまるか否かで国会と国民が大荒れに荒れた。結果、初動における米海軍第七艦隊との安保協定に基づく連携構築に失敗……ようやく議論を無理やりまとめてというか棚上げして駆けつけた時には既に遅かったわ。第七艦隊は、原子力空母【ジョージ・ワシントン】を筆頭に多数の保有艦艇を喪失。海自の方も米海軍との連携どころか救援もままならぬままに護衛艦のほとんどを各個撃破され、それらを運用する優秀な人材諸共に海の藻屑となる結果に終わったわ。その後の流れはまぁ、アンタの言う通りそのままね。自衛隊はより実戦的な国防軍への方針転換を余儀なくされ、時同じくして登場した私たち【艦娘】が再建された水上戦力の中枢を担うこととなりました……何よ、知ってるのなら最初からそう言いなさいよ。意地が悪いわね」

 

 叢雲がジトリとした視線を俺に向ける。当たり前だ。彼女からすれば、今の俺の言動の全てが不信感を募らせる行為でしかなかった。

 

――言うべきだろうか? 俺が【艦娘】も【深海棲艦】も存在しない世界でこれまで生きてきたという事実を……。

 

 深く考えるまでもなく、言うべきだと思った。言わなければ、直前に抱いた決意が全て嘘偽りに塗れたものへと化してしまう。自分勝手にとはいえ、共に歩むことを決めた彼女に対し、最初から不誠実な態度を貫きたくはなかった。

 

「それは……いや待て、“ジョージ・ワシントン”だと? “ロナルド・レーガン”でなくて?」

 

 ――違うんだ、とそう叢雲に告げようとした時。ふと、気づかされる。先ほどの叢雲の説明の中に微妙な違和感が混じっていたことに。それが、指摘という形で突くように口から飛び出していた。

 

「すまない、叢雲……今日が何年の何月何日か教えてもらえないか?」

「はぁ? 本当に藪から棒にコロコロ話題が変わるわねアンタ……まぁ、いいけど。私の体感での記憶が正しければ、今日は和成(・・)25年――2013年の4月23日よ」

「なん……だと……!?」

 

 叢雲の答えは、分断された東京タワーを見た時に感じた以上の衝撃を以て俺へと襲いかかる。それは、この世界が俺の知る空間軸どころか、時間軸すらも激しく異なるという事実そのものを言い表していた。




次は、もっと早く投稿できるよう努力します。


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第三話【一人の提督、一人の艦娘】

お待たせしました。第三話です。
何とか前回よりかは、早く仕上げることができました。
前回投稿までが論外すぎるとも言えますが、今後も最低これぐらいのペースを保って書いていけたらと思います。
あぁ、速筆できるだけの腕が欲しい……



 つまり、という前置きを皮切りに、緊張の内にその場は始まった。

 

「此処に来る前のアンタは、深海棲艦(あいつら)艦娘(私たち)も居ない世界でこれまで平穏に暮らしてきた……はずだったのに、それが何の因果か、気づけばこのろくでもない世界……“和成”の日本にやって来てしまっていた、と」

「……あぁ、これから行動を共にする以上、このことはどうしても伝えておきたかった……すぐに信じてもらえるとは思ってないが」

 

 結局のところ、『目が覚めたら異世界』などという、小説などの媒体では若干使い古されてカビの生えた感のある問題に直面していた俺にこの時点で用意できた回答は、俺自身が今まで生きてきた世界のことを包み隠さず叢雲に話す、というものだった。が、正直な胸の内を明かすなら、自分で言ってても無理のありすぎる話だと思う。

 俺の居た世界を一言で言うとすれば、それは、人類と敵対する明確な脅威である【深海棲艦】も、その脅威から人々を守護(まも)る【艦娘】のどちらも存在せず(・・・・)、それなりに“平和”と見做されていた世界。それも、彼女(叢雲)が認識する“今”よりも三年経った未来ときた。

 

 “荒唐無稽”

 

 普通の人間であれば、今の話を聞いた後で、このような判断を下すことだろう。あるいは、精神科への通院を遠回しに勧められるか。どちらにせよ、俺にとっては余り芳しくないことだ。しかし、いくら材料を並べてまくし立てたところで、俺にはそれが正しいと彼女に認めさせるだけの証拠も自信もない。

 つまりは、手詰まりどん詰まり。所詮は、悪魔の証明にすぎないというわけだ。しゃかりきになって頑張ってはみたものの、結果的に気づかされた事実に自分が情けなくなってしまい、自然とため息を吐いてしまう。

 この世界における東京の目を覆わんばかりの惨状を見るに、種の存亡を賭けた絶望的な戦いを、艦娘擁する人類サイドは、止めどなく攻め寄せる海嘯の如き深海棲艦相手に日々繰り広げていたのであろう。そして、叢雲自身もその戦列の一端を担っていたことは、これまでの彼女の言動の端々から容易に察せられた。

 だとすれば、俺が今こうして赤裸々に述べていったこんなもの(平成の日本)は、質の悪い冗談か。悪い夢か。あるいはその両方か。

 いずれにせよ、誇り高き防人としてこの世界の日本に尽くしてきた彼女に対する、ある種冒涜的な内容だったのには違いなかった。

 そんなわけだから、彼女から最初に飛んで来るのはおそらく罵詈雑言の類だろうと覚悟していた。しかし、対面した机の反対側で片肘を突き、瞑目したまま俺の話を聞いていた叢雲の口から初めに紡がれたのは、意外な言葉だった。

 

「…………信じるわよ」

「えっ……?」

「だ! か! ら! アンタの言葉を信じるって言ったのよ!! このスカポンタン!!」

 

 クワッ、とまるで般若のような形相で、俺に睨みを聞かせる叢雲。しかし、それに恐怖を抱く余裕もないまま、俺は半ば反射的に彼女へと問い返していた。

 

「な、なんで……?!」

「……アンタとは会って数時間足らずの関係とはいえ、それでも他人を陥れるような嘘をつくほどの下衆な輩とは思えなかった。私に嘘をついたところで得られる利点なんてたかが知れてるのもあるけど。それに……」

 

 そこで一旦叢雲は言葉を切る。そして、机の上から取り上げたカップを口元まで運ぶと、その縁にそっと口をつけた。少しだけ湿らす程度に含んだ後、更に続ける。

 

「自分では気づいてないんでしょうけど、アンタがこれまで暮らしてきた世界のことを語る時のアンタの表情には……その、なんというか、とても暖かみのある実感がこもっていたわ。深海棲艦による侵攻が開始されてこの方、常に絶望の淵に立たされてきたこの世界の人間にはとてもあんなものは形作れない」

 

 そう一息に言い終えると、再び口元に持っていったカップを、今度はクイ、と大仰に傾けた。コクコクと喉を鳴らしながら一気に飲み干すと、カンッ! と甲高い音が立つほどに勢いをつけて、それを元あった場所へと叩きつけた。

 

「だから、私はアンタの言葉を信じるに足ると思った。その根拠は、他ならぬ私――誉れ高き吹雪型駆逐艦五番艦である【叢雲】自身が、アンタのことを信じるに足る存在であると思ったからよ!」

 

 真正面より俺を見据えて高らかに名乗りを上げた叢雲は、そこでどうだと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。自らの放つ言葉に絶対的な自信を持つその姿は、かつて動画投稿サイトで繰り返し視聴した、“電子データ”だった彼女の姿と重なって映る。しかし目の前で堂々とする叢雲が放つ存在感は、そんな0と1で形造られた空虚なものでは断じてなかった。そこには確かに、“魂”とでも呼べるものが宿っていた。

 だからだろう、気づいた時には自然と感嘆の言葉が漏れ出ていた。

 

「…………すごいな、叢雲は。俺には、自分で下す判断にそこまで信頼を寄せることなんてとてもできないよ」

「……そんなことないわ。私からすれば、アンタこそ表敬に値する。くそったれな現実を突きつけられても、挫けることなく、今こうして最初の一歩を踏み出そうとしている。薄っぺらな『利』に振り回され、滅びの火が尻を焦がしてもなお、既得権益の確保に腐心していた国防軍や政府のお偉いさん方なんかと比べれば、アンタは余程まともに思えるわ」

「それは……褒められてるのかなぁ、はたして」

「間違いなく褒めてるわよ。だから、安心して胸を張りなさい。それに、私からもアンタに話しておかなきゃならないことが一つあってね」

 

 そこで、おもむろに叢雲は椅子から立ち上がる。そしてそのまま、まるで禅僧が座禅を組んで思念するかのように難しげな面持ちを見せた――次の瞬間だった。

 

「ッ……!?」

 

 突如として、眩いと言わんばかりの光が天幕の中を満たし、そして消え去った。再び視界が開けた時には、すらりとした叢雲の肢体には似つかわしくない、鈍い輝きを放つメカメカしい機械のようなものが、その周囲に展開されていた。

 

「それは……まさか」

「そう、これが私たち艦娘を艦娘足らしめる最大にして唯一の要素。生身でありながらにして海上を疾駆し、深海棲艦を屠ることを可能とした艦娘の装備品……【艤装】よ。といっても、今の私のこれは、浮かべるかどうかもはたして怪しいスクラップそのものなのだけど」

 

 そう苦笑しながら語る叢雲の言う通り、彼女の艤装は、一体何をどうやったらここまで痛めつけられることができるのかと問い詰めたいぐらいにボロボロの状態だった。腰に負った艦橋を模した形状の基部には、至近弾・直撃弾共に受けた証なのか、大小の痛々しい弾痕が残されており、ブスブスと黒煙が立ち上るに任せている。そこから直結する形で設けられた左右二基の連装主砲も、片方は腔発を起こしたのか、両の砲身が破裂してとても運用には耐えない代物と化しており、もう片方は、アームの根本から先が何処へ行ったのか、綺麗さっぱり欠損してしまっていた。左腕に装着した三連装の魚雷発射管の方も、どうやら全弾撃ち尽くしてしまったようで、魚雷が格納されていたカバー付きの筒だけが、ぽっかりと空洞を覗かせている。どう控えめに言っても、文字通り“満身創痍”であった。

 ゲーム時の損傷グラフィック――通称【中破絵】などとは比べ物にならないぐらいの痛々しい姿に、俺は絶句しつつも彼女のことを凝視してしまう。が、それは叢雲からすれば余りよろしい行ないではなかったらしく、整った彼女の細眉が少しだけしかめられる。

 

「……そこまでジロジロされると、あんまり良い気はしないんだけれど」

「あ、いや、ごめっ……そういうつもりじゃ決してなかったんだ」

「そう言う割には、色欲に塗れたアンタの感情を、頭の“これ”が感じ取ったのだけど?」

 

 冷ややかな目線を俺に送りながら、叢雲は、自身の後頭部で浮遊する獣耳形状のユニットを指差す。主人の怒りを反映してか、こちらを威嚇するようにチカチカと赤く明滅していた。

 

「え、それってそういう相手の内面も全部筒抜けなのか。マズったな……あっ」

「どうやら、間抜けは見つかったようね」

 

 自爆という醜態を晒した俺を前に、一転して叢雲の表情は喜色に彩られる。心底楽しそうにしてる辺り、今のは計算づくの流れだったらしい。仕掛けられた網に、俺は見事に引っかかってしまったというわけだ。

 バツの悪そうな顔を俺がしていると、バレバレな忍び笑いをしていた叢雲の方から、茶目っ気のあるウィンク混じりに手が差し出されてくる。

 

「まぁ、そんなこんなでこれから長い付き合いになりそうなわけだし、今のは軽いジャブみたいなもんと思って受け取って貰えると嬉しいんだけど。ねっ? ユーキ?」

「いきなり下の名前からでしかも呼び捨てかよ……まぁ、いいけど」

「お互い様でしょ。それに、最初から私のことを呼び捨てしてたのはアンタの方でしょーが。これは、私なりの信頼の証。そう思ってほしいわね」

「よく言うよ……でも、この世界で最初に叢雲と出会えて良かったと思うよ。月並みだけど」

「……ホントにね。でも、私もアンタと……ユーキと出会えて良かったと思ってる」

 

 差し出された叢雲の手を、俺は強く握る。今日だけで二度目の接触となる彼女の手は、小さくて柔らかくて温かくて……だけど、どこか頼りがいのあるものだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「さて、お互いの信頼度もそれなりに上昇したところで、このどうしようもない状況を打破するための突破口を見つけましょうか。というわけだから、ほら、さっさと何か良案出しなさいよ」

「って、本当にいきなりだな。こちとらこれまで平和な世界でのんべんだらりと暮らしてきた一民間人だぞ。こんな修羅ってて試される生存過酷な世界に通用する案なんてポンポン出せるか」

 

 ペシペシと机の上に置かれた地図を手で叩きながらサラリと無茶振りを強いてくる叢雲に、俺は苦言を呈す。まったく、打ち解けたと思ったらこれである。

 

「先が思いやられるな……」

「何か言った?」

「いえ、何でもないです。マム」

「よろしい」

 

 そんな漫才のようなやり取りをしながらも考えを巡らすが、結局のところは選択肢なんてあってないようなものである。すなわち――

 

「最短ルートか、それとも迂回ルートか、だろ?」

「……身も蓋もないわね。まぁ、確かにその通りなのだけど」

 

 叢雲の言うところによれば、此処(廃都)から横須賀にまで到達できそうなルートは二つある。

 一つ目は、東京と横須賀の間を繋ぐ緊急用の連絡路である【特2号線】、通称【東須ライン】を使う最短ルート。

 二つ目は、首都高経由で川崎市伝いに進み、横浜市郊外に存在するとされる残留在日米軍の兵站集積所に寄った上で横須賀に直行する迂回ルート。

 当然のことながら、それぞれのルート案にメリット・デメリットというものが存在する。

 

 一つ目の最短ルート……これを仮に“A”とするなら、Aを選択した場合の最大の欠点とは、最初から最後まで危険と隣合わせであるということだろう。何せ、対象は人類の怨敵たる深海棲艦の迎撃を目的として殺意マシマシで敷設された要塞地帯である。それを突破するとなると、EXTREMEも真っ青な難易度なのは間違いない。ただし、距離の問題に関しては、後者の迂回ルートと比較して圧倒的に短いために、移動する際の燃料その他諸々の消費が抑えられるという利点が生きてくる。

 

 二つ目の迂回ルート……こちらも仮に“B”と呼ぶことにしよう。Bの利点と欠点については、Aとは対照的である意味わかりやすい。つまり、通行可能な道を見つけ出してそこを進んでいくだけで済むため、道中の安全に関してほぼほぼ保障されているという利点。一方で、ルートの探索に手間取った場合、Aよりも余計に時間を食うという欠点。更には、道路状況によっては迂回地獄を強いられてしまい、最悪燃料切れとなり立ち往生……なんてことになりかねない致命的な弱点もある。加えて、途中で寄る予定となっている残留在日米軍の基地に物資が無事残ってるという保証もなく、さぞやダイス運が試されることだろう。ある意味で、A以上にリスキーなルートかもしれない。

 

「――というのが、パッと考えてみて思い浮かんだんだが」

「……アンタ、今までただの民間人だったんですー、とかのたまった割には、やけに深い領域まで突っ込んでくるわね。私の知ってる民間人って、そこまで建設的な意見ポンポン出してこれないイメージだったんだけど」

「そ、そんなことないぞ」

「説明してる時も、何だかすごく生き生きしてたわよ。こう、水を得た魚みたいな」

「き、気のせいだよ。はは……」

 

 じとりとした視線を向けて追及してくる叢雲に対し、乾いた笑いで返すことしかできない俺。勝敗は明らかな気がしたが、それでもまだ状況は言うなればC(戦術的敗北)。これが決定的なE(敗北)へと悪化する前に、さっさと話題の転換を図ろうそうしようと思い、必死になって頭と口を回転させた。

 

「そ、それで! 叢雲さん自身はどっちの方が良いと思ってるんだ?」

「いきなりのさん付け……露骨に逃げるわねぇ、まったく。うーんそうねぇ……」

 

 地図から大まかな走行距離を割り出そうと、横の方で並行してタブレット端末相手に格闘していた叢雲が、俺から向けられた問いに、作業の手を一旦止めて思案顔になる。

 

「…………よし、決めたわ。でも、アンタの口車に乗せられるのは何だか無性に癪に障るから、そっちが先に言うことを要求するわ」

「何じゃそりゃ……あーはいはい分かったよ。Aだ。Aルートだ。最短で進んだ方が良いと俺は思った」

「…………へぇ」

 

 俺が“A”と言った瞬間、叢雲の口角が楽しげに持ち上がる。

 

「奇遇じゃない。私もアンタと同意見よ」

「ということは?」

「そういうこと。最短かつ最速での横須賀到達。目指すわよ、私とアンタの二人で」

 

 どうやら、考えるところはどちらも同じだったらしい。

 選択は定まった。となれば、あとはその実現に向けて最大限の努力を払うだけである。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「作戦遂行に当っての障害となるものは色々あるけど、主として二つ。AIによる自動制御がなされた沿岸砲やトーチカ群と、水際防御と内陸への浸透阻止を目的に広範囲に渡って埋設された多種多様なレパートリーの地雷群よ」

「おい、それ聞くだけでさっきの発言を撤回したくなってきたんだが。この世界マジで一般ピーポーに優しくないだろ」

「至極残念なことに、深海棲艦(連中)相手ではこれでも不足気味だったんだけどねぇ」

「えぇ……なぁ、今からでも遅くないからBにしないか? 道中の不安要素が多すぎるからA選択したけど、ミンチになって死にたくねえよ」

「なによ、グチグチと。アンタも男なら一回決めたことを最後までやり通すぐらいの気概見せなさいな」

「その“最後”が“最期”になりかねないからグチグチ言ってんだよ!」

「安心しなさい、私だって何の用意もなしにこんなとこ突破しようだなんて思ってないわよ。見なさい、“我に秘策あり”よ」

 

 そう言うと、叢雲は何やら見るからにハイテクそうな拳大の機器をゴトリと机の上に置く。

 

「……なにそれ」

「スマート地雷って知ってる?」

「えっと、埋設した地雷の除去を、戦後円滑に行うために、自爆用の特殊な信号を受信できるように設計された新時代の地雷の総称……だったか。てことは、それはまさか!」

「ご名答。国防陸軍(陸さん)が運用する対深海棲艦地雷、それらを緊急時には無力化するために設定された信号を送信するための端末よ。たとえ地雷一個取っても、貴重な国防資産かつ国民の血税だから、自爆なんて贅沢な手法は取れず、信管の一時封印なんていう涙ぐましい努力してるけどね」

「何かやってること、うちの世界の自衛隊と変わらねーなおい。やらなきゃならない理由が切実だけど」

 

 射撃演習で使った実包分の薬莢を訓練後に拾い集めて計数し、射った数と合わなかったら大騒ぎ、なんてやってる自衛隊の嘘か真か分からない逸話を思い出しながら、世界線を跨いだところで、組織の体質なんて早々変わりはしないんだなという妙な納得を得てしまう。

 

「そっちも大変なのね……同情するわ」

「こっちほどじゃないさ。それに、叢雲みたいな可愛い女の子に心配してもらえたとなればあっちの自衛官の方々もさぞやお喜びになることだろうし。で、それがあれば地雷原の問題はクリアできるんだな?」

「かっ……かわっ?! ッ……コホン。そうね、これがあれば道中の地雷に関してはほぼ無力化できるわ。私が見つけた73式大型トラックが、施設科所属のものだったのが大きかったわね。おかげで、ハイエンド版の地雷無効化信号送信機が得られたってわけ」

「ハイエンド版……ようは、複数の種類の地雷に対して同時に効果を発揮するってことか」

 

 なるほど、地雷を実際に敷設する支援兵科としての施設科ならではの装備と言えよう。確かにそんな便利な物が俺たちの手の中にあるのなら、第一の問題――地雷に関しては乗り越えられそうである。

 

「……まぁ、たまに地雷の中に、粗悪品……と言うか、受信部がキチンと停止信号を認識しないものが、国家存亡の危機にそんなことかまけてられるか、埋めとけ埋めとけって埋設されてたりするのだけど」

「おぃいっ?! 駄目じゃんか!!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。そんなのに移動してる時に当たる確率なんて10万分の1ぐらいだから」

「その“1”に当たるだけで、俺たちの命運は消し飛ぶんですがそれは」

 

 前言撤回。乗り越えられるか、はたして怪しい。

 

「それにほら、対深海棲艦地雷の信管って深海棲艦(連中)の体組織に反応するよう設計されてるから、仮にタイヤで踏んだところで99パーは不発よ、安心しなさいって」

「そこで絶対100パー不発だとは言わないんですね」

 

 そう俺が指摘すると、ふぅっと溜め息を吐いた後に、叢雲は外の方へと視線を向ける。そして、達観したような口ぶりで言った。

 

「人の成す物事に絶対はないもの」

「さいですか」

「あと、こっちの世界の73式大型トラックって、輸送車両の図体しといて中に積んでる重要物資守るためにちょっとした装甲車並に頑丈だったりするわよ。荷台下にV字装甲も増設してあるし。運悪く炸裂しても車体は無事よきっと」

 

 なにそれこわい。

 

「いやでも、人が乗る運転席に最大限の配慮をだな……」

「残念だったわね、この世界の人命は欠乏する物資より安いのよ。まぁ、運転席の方もM2重機(.50 Cal)ぐらいには耐えられる設計してるわよ?」

 

 もうやだこの世界。

 

「うぅ……元の世界に今すぐ帰りたい」

「あっ、それとAI砲台の方だけど、こっちに関しては私の艤装が発する敵味方識別装置(IFF)を認識して、勝手に矛を収めるはずだから、心配ないと思うわ」

「二番目の問題の解決はえーなおい。でも、大破しててもちゃんと発せるものなんだな」

「そりゃあ、私の艤装の場合、敵味方識別装置(IFF)此処(・・)に仕込まれてるもの」

 

 そう言って、自身の頭の上の方をヒョイと指差す叢雲。そこには、今日一日だけで最近の親の顔よりも見た、あの獣耳の形をした浮遊ユニットの姿が。

 たった今知ったその事実に、俺は突っ込んじゃいけないと分かりつつも、つい突っ込んでしまう。

 

「……それ、ただの飾りじゃなかったんだな」

「アンタ……酸素魚雷を食らわせるわよ!」

 

 このあとめちゃくちゃボコられた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 それから色々あって詳細は省くが、とにもかくにもやりかけだった距離の算出やら、その他の細かいことを固めるのに、俺たちはしばらくの時間を要した。

 

「さてと、作戦も無事決まったことだし、長居は無用。さっさと此処を引き払って出発するとしましょう」

「待て、叢雲。まだ一番大事なことを決めてないぞ」

 

 叢雲が作戦会議のお開きを宣言して、撤収準備に移ると言い出したことに、俺は待ったをかける。

 

「何よ、またくだらないことだったら、アンタを此処に置き去りにして、私だけで横須賀に行くわよ」

 

 話の腰を折られたのが気に食わなかったのか、胡乱げな視線を俺へと向ける叢雲。しかし、そんなセメント対応を物ともせずに俺はそのまま言葉を続けた。

 

「一番大事なこと……それは、最高にかっこいい“作戦名”――!!」

「サヨナラ、アンタとは短い付き合いだったけど、中々楽しい関係だったわ。じゃあね」

「わぁーっ?! 待って待って、見捨てないで叢雲さんーっ!?」

 

 まるで養豚場の豚を見るような目でこちらを見下してから天幕を出て行こうとする叢雲を、俺は慌てて引き止める。

 

「何で!? 大事でしょ、作戦名って!! こう、士気とか諸々上げたりするのに!」

「現状、アンタの存在が私の士気をガリガリと下げてるのだけれど」

「あ号作戦とか礼号作戦とかサ号作戦とか褌作戦とかかっこいいじゃん!!」

「私がよく知らない作戦ばっかり上げるの止めなさいよ。あと、最後のは絶対違うと思うわよ」

 

 バレたか。

 

「はぁ……やれやれ。こんな馬鹿げたことで貴重な時間浪費するのも惜しいし、アンタの一存でもう決めていいわよ」

 

 悪びれない俺の姿を見て完全に匙を投げたらしく、額にわざとらしく手をやった叢雲が、大きく溜め息を吐く。指名権も押し付けてしてくる辺り、さっさとこの不毛な流れを断ち切って次に進みたい様子がありありと窺えた。

 そのことに、俺はちょっとだけ罪悪感を覚える。

 

「なんか……その、すまん」

「あら、言ったわね(・・・・・)? じゃあほら、今ので少しでも悪かったとアンタの脳が思ってるんなら、アンタの考えた“すごくかっこいい作戦名”をさっさと披露しなさいよ。適切な審議の元に評価してあげるから」

「今のしおらしい態度は全部演技かよっ!」

 

 俺の口から謝罪の言葉を出させたことが嬉しいのか、叢雲は直前とは一転して喜々として俺を煽り立てる。とはいえ、こうなっては今更引き下がるのも難しいので、俺はさっき思いついたばかりの作戦名を言うことにした。

 

「この作戦の作戦名! それは……よ、【横須賀急行】でどうでしょうか? 叢雲さん」

「さっきと同じく露骨な敬語……言っちゃ何だけど、アンタ本当に卑屈よねぇ」

「うぐっ」

「それに、どうせかつての【東京急行(Tokyo Express)】とかけたんでしょうし」

「仰る通りです、はい」

 

 自分の内面をダメ出しされた上に、考えた名前の元ネタまで見透かされたことで、ぐうの音も出ない。

 

「でもまぁ……いいんじゃない? 【横須賀急行】。普通のど真ん中走ってて、私は好きよ。そういうの」

 

 そう言うと、クスリと微笑んだ叢雲は、颯爽と天幕を引き上げて外へと出て行く。余りにもそれが自然だったためと、下された評価の予想外の高さから、俺は何も言えずに彼女を見送ってしまう。

 しばし呆然としてると、張り上げたような甲高い声が外から聞こえてきた。

 

「なにボーッとしてんのよ! “急行”って名付けたからには、それに名前負けしないような迅速さで動くわよっ! 先にあっちに置いといた荷物まとめるから早く出て来なさいっ!!」

「――ッ! あぁ、分かった!! 今行くっ!!」

 

 今のは、叢雲なりに俺に発奮を掛けたつもりなのだろう。そのことに気づきながらも、俺も弾かれたように天幕の外へと飛び出す。はたしてそこにあったのは、廃墟の中にあっても一級の金剛石のような輝きを放つ蒼銀の戦乙女の姿。

 

「遅いっ! 遅れた分、今からこき使ってあげるんだから覚悟しなさいっ!」

 

 遅れて出てきた俺の姿を認めた叢雲は、腰に両手をやって怒る素振りを見せながらもどこか楽しげだった。そのことが分かっていたから、俺は立場上怒られている身であるにも関わらず、笑顔で彼女に応える。

 

「あぁ……お手柔らかに頼むよ、叢雲」

 

 これから先にどんな困難なことが待ち構えていても、きっとなんとかなる。自信に満ち溢れた彼女の姿を見ながら、俺は強くそう思えた。




次回からは、ついに横須賀への帰還を目指して動き出すということで話が大きく進んで行く予定となります。
今後も頑張って書いていけたらと思いますので、こんなエタり気味の作品ではありますが、よろしければ見てやって下さい。
感想を頂けちゃったりなんかすると、モチベアップの条件が解禁されて、作者の妄想力の赴くままに、睡眠時間を犠牲にして徹夜で書く能力が発動します(笑)


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