家族を護る盾になるのは間違っているだろうか (ティエン)
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第1章
盾と兎と剣姫


と、いう訳で書いてみました。処女作です。チビチビ書いていくつもりです。


仄暗い洞窟のような迷宮の中を、まだ年端もいかないように見える少女が彷徨っていた。様子からすれば、何かを探しているようであった。

 

背中にかかるまでに伸びた輝く亜麻色の髪は、走る彼女によって振り乱されており、ワインレッドの円らな瞳は不安気な色を帯び、辺りを見回していた。

 

少女はずっと走り続けていたせいか、息が切れ、足が止まる。そうして暫くすると、ただ探すことだけを考えていた頭から熱が引き、焦りつつも冷静な思考を取り戻すことができた。

 

「どこにいるの…ベル…?」

 

少女は人を探していた。それは、血は繋がっていないが家族の1人である白髪頭で紅い眼の、名をベル・クラネルという少年であった。

 

「ベルのことだから、わたしを置いて地上に出ることは無いはず…」

 

少女は、ベルは優しい少年だと評価している。だから、ベルは年下の自分を置き去りにすることは無いだろうと、少女は判断する。となると、だ。考えられる彼の行動は一つ。

 

「5階層か、な?」

 

少女が今いる4階層の一つ下の階層に、おそらくベルはいるだろう。5階層は、冒険者になってからまだ半月程しか経ってないベルにはとても危険だ。少女はすぐに5階層への階段へと向かった。

 

「まったく…、言うこと聞かないんだから。こんなでも先輩なんだよこっちは」

 

 

 

少女の名前はケイト。ただのケイトであり、ファミリーネームは無い。彼女の記憶に於いて最初の家族、彼女の主神ヘスティアから授けられた名前だ。

 

ケイトには、この迷宮、ダンジョンがある迷宮都市オラリオにいる以前の記憶がほぼ無かった。気が付いたらこの街の路地裏にいた。

 

残っていた記憶は唯一つ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という漠然としたものだけだった。

 

 

色々とあり、ヘスティアに拾われたのが1ヶ月前の出来事だった。それから二週間後、今から半月ほど前に彼女の主神が2人目の家族、ベルを連れて来た。

 

~~~~~~~~

 

「べ、ベル・クラネルっていいます。よろしくお願いしますっ!」

 

「わたしはケイト。ただのケイトだよ。よろしくねっ、ベル!」

 

~~~~~~~~

 

頼りない兎のような少年。それが、ケイトがベルを初めて見て思ったことだった。二週間だけだが、彼女の方が先輩だったために、ケイトとベルは一緒にダンジョンを探索し、ベルは彼女からモンスターについての知識などを学ぶことになった。

 

「ベル、大丈夫だよね?」

 

彼女からしてみれば、はっきり言って、ベルは弱い。

ステイタスも駆け出しだから仕方ないが貧弱だ。最初の探索の時は、最弱モンスターのゴブリンを一匹倒しただけで喜び勇んでホームに帰り、ヘスティアにそれを伝えて苦笑されていた。

 

おまけに以前尋ねた、冒険者となった理由が、女の子と出会う為という、ケイトからしてみれば不純なものだった。

ベルという個人の人間性を疑っていた彼女だったが、短い時間でも同じ屋根の下で暮らしてみれば、彼を訝しむ必要など無いことが分かった。

 

目的に反して初心なところやケイトとヘスティアを気遣うところを見ていれば、信用できる人、家族だと感じた。

 

だから、彼女は思ったのだ。ベルを、家族を守りたい、と。そう決めた。

 

ケイトは、つい最近の出来事を昔の事のように思い出しながら走っていると、5階層へ続く階段に着いた。すぐにベルを探さなければならないのだが、不意に感じた違和感に足が止まる。

 

「モンスターが少ない…?」

 

しかし、気にしていられないことに気付く。違和感の正体がベルに関係しているかもしれないのだ。早く行かなければ。彼女は自分を叱咤し、もう一度、足に力を込めて走り出す。

 

「わたしがベルを守らなきゃなんだから」

 

そして、彼女は階段を降りた。

 

========

 

「あっ!見つけたっ!ベルッ…って……!?」

『ヴヴオオオオォオッ!!』

「うわああああああぁあっ!?」

「なんでミノタウロスに追いかけられてるのぉっ!?」

 

わたしの探していた少年ベルは、こんな浅い階層にいるはずの無い、牛頭と筋骨隆々な人の身体を持ったモンスター、ミノタウロスに追いかけられていた。モンスターが少なかったのはコイツの所為と考えていいだろう。

 

「ケイト!?なんで!?」

「いいから逃げるよっ!!」

『ヴヴオオオオォオッ!!』

「ひいぃいっ!?」

 

情けない声を出すベルを誘導するように、転身して来た道を走り出す。

ミノタウロスは冒険者で言えばLv.2相当のモンスターだ。Lv.1のベルでは敵うはずがないし、わたしも初見のモンスターに()()を使うのは避けたいところだった。

三十六計逃げるに如かず。ヘスティア様から教わった、極東に伝わるという言葉を思い出しながら、ただひたすらに走る。

しかし、このまま距離が開かない追いかけっこを続けていれば、ベルの体力が先に尽きるか、地上に出れたとしてもミノタウロスを連れてきてしまうことになる。

状況は最悪だった。

 

『ヴヴオォオッ!』

「わあぁっ!?」

 

わたしはベルを先導して走っていたが、思考を巡らせていたせいで、後ろへの注意を怠ってしまった。

ベルは恐怖からか、前を確認して走っておらず、違う道へと入っていってしまった。ミノタウロスもその後を追って行く。

 

「やばっ!?ベルッ!」

 

急いで戻り、ベルを追いかける。そして、目に入ったのは、行き止まりの壁に追いやられて萎縮しきっているベルと拳を振りかざしたミノタウロスだった。

 

ベルがやられる。そう判断したらやることは決まっていた。仕方ないがやるしかない。ベルを守らなければ。今度こそ、失わないために。

 

「ハアァッ!」

 

敏捷を全開にして、ミノタウロスとベルの間に割り込む。

 

そして、大切なものを守る為の、わたしの唯一の盾を呼ぶ。

 

「【アイギス】ッッ!!」

『ヴヴオオオオォオッ!』

 

瞬間、ミノタウロスの拳に向けていたわたしの手に、盾が現れる。鈍く暗く、黒銀に輝く、わたしの身の丈ほどの、縦長の楕円に十字架を取り付けたような不思議な形状の盾。

 

衝撃に備えて、盾を握る手に力を込める。次の瞬間、わたしの盾とミノタウロスの拳がぶつかる。

 

『ヴヴオオォオッ!?』

「えっ?」

 

ベルが間の抜けた声を出した。

拳と盾がぶつかった瞬間に()()()()()()()()()()()()()()()からだろう。

対して、わたしは()()。特に堪えたわけでもない。

 

「ふぅー、ギリギリセーフ…」

 

疲れたので、息を吐いてから盾を意識的に消した。そして、振り返りベルの状態を確認する。

 

「ベル、大丈夫?」

「う、うん」

「そっか!えへへ、それなら良かった」

 

ベルを守ることが出来て一安心だ。ミノタウロスが起きないうちに、ベルを連れて早く地上に戻ろう。

そう考えて、気が緩んだのがいけなかった。

 

「ケイト、後ろ!!」

「えっ?」

『ヴヴォオッ!!』

 

突然のベルの叫びに、今度はわたしが間の抜けた声を上げて、ミノタウロスの横殴りを諸に受けた。

通路の壁に激突し、わたしの身体は壁に減り込んだ。

 

「ケイトォッ!?」

 

ベルがまた叫ぶ。

 

「えっ!?やばっ!?抜けなっ!?」

 

でも、わたしは()()()()()

しかし、状況が一瞬で絶望的になってしまった。壁から抜け出せなくなっているわたしは御構い無しと言うかのように、ミノタウロスはわたしに目も向けず、ベルの方に歩いていく。

 

「ベルッ、逃げてっ!」

 

咄嗟に叫ぶものの、ベルはミノタウロスを見つめたまま腰を抜かしてしまったようだった。ミノタウロスは一歩、また一歩とベルに近づいていく。

 

「あ、あぁ…」

『ヴヴオオオオォオッ!!』

「ベルーーーッ!!」

 

再びベルを殺さんと迫るミノタウロスの拳。死の恐怖に震えるベルの体。願うようにその名を呼ぶも、届かない。

 

――――また喪ってしまうのか

 

頭を過る、漠然とした記憶から来る喪失感。

一筋、涙が頬を流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、一迅(いちじん)の風が吹いた。

ミノタウロスの身体に、幾つもの銀閃が迸った。

細切れになった身体から血が噴き出し、魔石すら斬り刻まれ、ミノタウロスは絶命した。

 

「な、何が……?」

 

一瞬の出来事に、頭が着いていかない。ベルも同じ様子だった。ただし、ベルは全身にミノタウロスの血を浴びて真っ赤になっているが。

 

「…大丈夫、ですか…?」

 

声が聞こえた。どうやらベルに問いかけいてるようである。

その人物は、とても綺麗な金髪に金色の瞳を湛えた美しい女性だった。片手に持っている剣を見るに、彼女が助けてくれたのだろう。

 

聞いたことがある。現在のオラリオにおいて、2大ファミリアのうちの一つ、【ロキ・ファミリア】に所属している最強の女剣士、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの話を。目の前の女性の姿は、聞き及んだ話での【剣姫】の特徴と合致していた。

 

「あの…大丈夫、ですか…?」

 

ベルは放心していたようで、ヴァレンシュタインさんの最初の問いかけが聞こえていないようだった。

彼女がもう一度、ベルに問いかけると、

 

「だっ」

「「だ?」」

「だああああああああああっ!?」

 

ベルは走って逃げた。なんで?

訳が分からず混乱していると、ヴァレンシュタインさんがこちらに向かってくる。そして、問いかけてくる。

 

「…あなたは、どうして、壁に嵌ってる、の?」

「ハッ!?わ、忘れてたぁっ!?」

 

彼女からの質問で自分が置かれた状況を思い出す。

そう、嵌っているのだ。壁に。

 

「あ、ああ、べ、別に壁が大好きとかそういう訳じゃないんですよ!?ただミノタウロスに殴られ飛ばされ減り込んで抜けなくて!?」

「殴られ、た?ミノタウロス、に?」

「は、はい!そうなんでしゅっ!」

 

矢継ぎ早に説明する。噛んでしまった。恥ずかしい。自分でも顔が赤くなるのがわかった。

 

「…怪我は?」

「あ、全く無いです。はい。」

「…抜けない、の?」

「そうなんです。お恥ずかしながら…」

 

自分の力ではどうすることもできないので彼女に助けてもらうことにした。

 

 

 

========

 

 

 

「どうもありがとうございました!」

「どういたしまし、て」

「それじゃあ、連れを追いかけなくてはならないので、これで」

「うん」

 

あのまま地上に飛び出すことは無いと思いつつ、しかし放ってはおけないのでベルを追いかけることにする。

 

すれ違う際に一言、ヴァレンシュタインさんには言っておかなければならない。

 

「家族を救ってくれて、本当にありがとう」

 

彼女にだけ聞こえる声で囁く。

 

「待って」

 

呼び止められる。綺麗な声だと感じた。

 

「あなたの、名前を、教えて」

 

「ケイト。ただの、ケイトです。」

 

彼女の問いに答える。ただそれだけのことなのに、嬉しさや気恥ずかしさなど色々な感情が押し寄せた。

 

「また、ね。ケイト」

「はい、また、何処かで」

 

そして、わたしは剣の姫に別れを告げた。またいづれ、会えることを願って。

 

 

 

 

 

 




はい。お目汚し失礼いたしました。
ケイトについては、次回以降語ります。

まあ読んでのとおり、って感じですが。
感想・ご指摘なんでも御座れ。気軽にどうぞ。お待ちしてます。

9/10 「コボルト」を「ゴブリン」に訂正


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盾の始まり(上)

と、いうわけで第2話投稿。
見切り発車なのであまり考えずに書いています。
第1話以前のお話です。


これは、5階層でわたしとベルがミノタウロスに襲われる1ヶ月前の話だ。

 

――――――――

――――

――

 

夢を見る。

周囲の景色は、よく解らない。

自分の姿を、認識できない。

暗いのか明るいのか、それさえも判別できない。

 

温かい何かの存在が何処かから感じられる。そちらの方を見ると、強く輝く光の塊があった。眩しくはなく、美しく思えるその光が心地よかった。

 

暫く光を見つめていると、急に発光体の様子がおかしくなる。振動し始め、罅が入る。

どうにかしようと思って、そちらの方に向かうと、発光体が赤い光を放つ。

 

その光を浴びて竦んでいると、発光体の振動が激しくなり、罅も深くなっていく。

不意に呟く。

 

――――― ■ ■ ■ ■

 

それが何なのか、分からない。ついに発光体は壊れ、光は消えた。

 

喪失感。虚無感。寂寥。負の感情が渦を巻く。

 

暗く昏く、何も無い底に自分が墜ちていく感覚。堪らずに抗うも、手が僅かに動くだけだった。

手を、伸ばす。上か下か、前か後かも、わからずに。

 

そこで、夢は途切れた。

 

========

 

「…っ……ここ、は…?」

 

気が付いたら、全く見覚えの無い場所に、わたしは居た。薄暗い場所だ。

よく見ると、狭い道の一角のようだ。路地裏だろう。

 

何故こんな場所にいるのか分からず、記憶を遡ろうとする。

しかし、おかしい。

 

 

何も思い出せない。どうして此処に居るのか。何処から来たのか。

 

自分は、()()()()()

 

何も―――

 

「何、コレ…?」

 

一つ、ただ一つだけ、随分欠けているようだが思い出せることがあった。

 

――――大切な何かを、守れなかった。

 

ただ、それだけ。

それだけで、言いようの無い喪失感がわたしを襲ってきた。

 

「怖いよ…」

 

不安だった。何処かも知らない場所にいる、何もかも知らない自分。

わたしは蹲り、自分の手や体を確認した。

 

怪我をしている様子は無い。最低限に露出を免れる程度の襤褸を身に纏っていた。

 

「どうして、こんな…こんなこと…」

 

ふと、上を見る。周りの建物の所為で、空が狭い。見上げた空は、わたしの心を映したかのように曇っていた。

 

「どうしよう……っ、冷たっ…」

 

ポツッと、頬に一滴の雫。雨が降ってきた。

身を隠せる場所を探していると、壊れた木箱を見つけた。それなりの大きさで、人一人は入れそうだった。

他に何も無いので、壊れた部分を入り口にして小屋のように立て、そこに入った。饐えたような臭いに、思わず顔を顰める。

 

雨は降り続いた。

 

「寒い…もう、やだぁ…!」

 

心も身体も冷えきっていた。どうすればいいか分からない。わたしは、我儘を言う幼子のように泣いた。

 

 

 

 

 

自分に向けて伸ばされる温かい手。その手を取ろうとした。

 

 

 

 

 

「…んぅ……あ…夢、か…」

どうやら、気付かぬうちに寝てしまっていたらしい。泣き疲れて眠るなど、本当に幼い子どものようだ。自嘲気味に薄く笑う。

 

外を見ると、雨は止んでいたが暗かった。時間としては、わたしが最初に気が付いた時は昼で、今は夜なのだろう。

空には月が昇り、星が瞬いていた。

 

不意に、下を見た。そこには、水溜まりがあった。月光が当たり、キラキラと輝いている。木箱から出て水溜まりを覗き込んだ。

そうして水面に映っていたのは、亜麻色の長い髪にワインレッドの瞳をした少女。泣き続けていた所為で、目が赤く腫れている。

 

「これが、わたし…」

 

そこには、確かにわたしがいた。

 

 

 

記憶がほぼ無い。理由なんて分からない。あるのは、喪失感を覚える記憶の欠片と身に纏う襤褸切れのみ。

 

自分が何者かなんて、大切だったものなんて分からないが、それがなんだ。

 

わたしはこうして此処にいる。生きている。生きたいと、思っている。

 

「ずっとここにいても仕方ない、か」

 

そう思って、わたしはしっかりと立った。心が決まった。わたしは意外と図太いのかもしれない。

 

「まずは、ここかどこなのか調べる。そして、次に住む場所と食べ物の確保。お金が必要なら仕事とか探さなきゃだし、それから…」

 

昼間にはあまり聞こえなかった、人間の楽しそうな騒ぎ声。人に尋ねれば、色々と分かるだろう。

そちらの方に向かって、路地裏から出る。

 

「家族とか、欲しいかな?」

 

クスッ、と小さく笑う。

夢に見たあの手。確かな温もりを感じた。その温もりは、恐らくは家族から向けられたもの。

記憶がないわたしの家族は顔も名前も分からないが、記憶を取り戻すまでは、今のわたしは此処にいるわたしだ。

 

一人では、寂しいから、不安だから。

大切だと思えるから、今度こそ守ってみせるから。

 

 

――――家族が欲しい。

 

 

========

 

「―――ハァッ、ハァッ……!…あんなの、ないよぉ~!」

 

路地裏から出て暫くすると、わたしは高く聳える摩天楼に向かって走って、いや、逃げていた。

 

時間は少し前に遡る。

 

 

 

~~~~~~~~

 

路地裏を出て、声のする方へ向かうと、そこにあったのは酒場だった。

 

「豊饒の女主人…?」

 

どうやらわたしの頭はそんなに悪くないらしい。文字の読みはできるし、ふと思いついた言葉を文字にして思い浮かべることができたから、多分書きも問題ない。

 

それはさておき、今必要なのは情報だ。

第一に、此処は何処なのか。

第二に、住む場所や仕事を見繕ってくれる機関ないし施設はあるのか。

 

とりあえず、その二つを確認したい。酒場なら知っている人はいるだろう。

しかし、問題があった。

 

「お金、持ってない…」

 

そう、一文無しなのだ。

酒場に入ったからには、何か食べ物や酒を頼まなくてはいけないだろう。そうすれば、金が必要になる。

 

坂場で聞くのはやめにして、別の場所を探そうかと悩んでいると、

 

「おい、入り口の前で何してんだ、嬢ちゃん?邪魔だろうが」

「なんかボロボロだなあ?そのクチの奴にでも襲われたのかい?ヘヘッ!」

「こら可哀相だろうがよ。ふむ、でもまあ、数年もすれば…」

「お前も大概だよ…こんな可愛いロr、子どもに汚い目向けるんじゃねえ」

 

4人組の荒々しい男たちに声をかけられる。なんだか下衆っぽい。

 

「あ、いえいえ、酒場で情報を集めようとしてたんですけどね。その、お金…無くって」

「ああ、そういうことか」

 

一番初めに声をかけてきた男が納得した。

 

「ちなみに、どんな情報を集めてるんだ?特に機密とかじゃなけりゃあ、ギルドに行けば教えてもらえると思うんだが」

「ギルド?」

「ギルドも知らないのか?まあ見たところただの子どもだし、服は粗末だが、スラムのガキにしては肌に傷や汚れが無い。冒険者でもないだろうし、やはり…」

「冒険者?」

「…おいおい、嬢ちゃん?ホントに何も知らないのかい?いったい何処から来たのやら…」

「え、えへへ…」

「可愛い」

「おい」

 

知識まで失っていたわけではなかったが、ギルドや冒険者なんて初めて聞いた。

男たちの疑問には答えない。否、答えられない。

 

「あ、あはははは…」

「答えられねぇ、ってか?ま、いいか。聞いても得になるわけじゃねぇ」

「そ、その、ギルドっていうのはどこにあるんですかっ?」

「あっちにバカみたいにデケェ塔があるだろ?バベルっつうんだが、そこから北西のメインストリート沿い、この西のメインストリートの隣だ。そこにいる受付嬢にでも相談すりゃあいい」

「なんなら付いて行ってあげようかい?ヘヘッ」

「い、いえいえ!それだけ聞ければ大丈夫です!」

「そんなこと言わずにさあ!俺たちと行こうぜ!」

「なんで俺らまで含まれてんだよ…そんなに盛りたきゃ歓楽街にでも行ってこい」

 

これ以上この男たちに付き合っていては危険な気がする。

早々に立ち去って、ギルドという場所に向かおう。そう思ったときだった。

 

「じゃ、じゃあわたしは―――」

「そこの男ども!何してるかーっ!!」

「「「「ぎゃああぁあっ!?」」」」

「ぴっ!?」

 

不思議な形の武器が飛んできた。大剣を二つ組み合わせたような、柄の両端に刃のある武器だ。

もの凄い勢いで飛んできたそれは、男たちを派手にぶっ飛ばした。

男たちの胴体がすっぱりいってないことから、剣の腹に当たったのだろう。

いったいどうやって、誰が、なんて、考えてる暇は無い。

 

「そこの女の子!怪我とか――――」

「うわああああぁあんっ!」

「って、ちょっとぉ!?」

 

武器が飛んできた方から声がしたが、構わない。逃げなければ。

C(セルチ)にまで迫った危機に恐怖し、バベルと呼ばれる白亜の巨塔に向かって駆け出した。

 

~~~~~~~~

 

そして、現在に至る。

 

「あの男の人たちも、武器を投げてきた人も冒険者なのかな…?」

 

落ち着いてきたためか、走りながらそんなことを考える。

かなりの速さ、というか全力疾走して逃げてきたため、すぐにバベルに着いた。

 

「わぁ~、これが、バベル…おっきいなぁ」

 

天を衝くほどの塔の大きさに驚く。思わずしばらく見上げていた。

 

「ギルドの前に少し見に行ってみよっと」

 

周囲には人はおらず、襲われる心配もない。安心してバベルに入る。

 

 

このとき、わたしは、まだ知らなかった。この街の、恐ろしさを。




お目汚し失礼いたしました。

書きたいことが結構あったから、ヘスティアとの出会いまで1話じゃいけなかったんです。
次回にはついにケイトのステイタスが明らかになるでしょう。乞うご期待。

感想・ご指摘お待ちしております。


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盾の始まり(下)

前回の続きです。


バベルの中に入ると、下へ続く階段があった。

興味本位で降りてみると、そこは大広間で、中央にある、10M(メドル)程の直径の大穴に目がいった。

 

気になったので入ると、薄暗くも壁や天井が僅かに発光している、洞窟のような空間だった。

 

「なんだか面白そう!」

 

わたしは、奥へと進んでいった。

 

 

========

 

 

 

『ギギッ!』

「えっ!?」

 

暫く洞窟の中を歩いていたら、驚くべきことが起きた。

ビキリ、と嫌な音を立てて、壁を割れる。そこから、醜い人型の怪物が出てきたのだ。

 

『ギッ!』

「きゃあっ!?」

 

怪物がわたしに襲いかかる。振るわれた腕を、咄嗟に頭を腕で押さえて、屈んで避ける。

間一髪、怪物の腕はわたしの頭の上を通ったが、腕を掠ったような感覚に恐怖した。

 

避けたはいいものの、怖くて腰が抜けてしまう。

 

『ギギッ…』

「ひっ」

 

怪物がまた、こちらを向く。

尻を地面につけたまま、距離を取ろうとして後ずさるが、それも無駄な抵抗だった。

 

『ギッ』

「あぁあっ!」

 

怪物が、わたしに体当たりする。攻撃を受けたわたしは、ふっ飛ばされて少し宙に浮き、着地して地面を転がった。

痛みはあまり無いが、恐怖の所為か余計に痛く感じた。

 

立ち上がろうとしていると、またビキリ、もう一つビキリ、と不快な音が聞こえる。

見ると、わたしに攻撃した奴と同じ怪物が2匹、壁から現れた。

 

『ギィッ』「ギギッ!』

「っ!?」

 

合計3体の怪物がこちらに向かってくる。

恐怖で震える体を叱咤し、なんとか立ち上がる。

 

「あっ!?」

 

出口に向かって走ろうとしたが、足が縺れて転んでしまった。

隙ありとばかりに、3体が同時に襲いかかってきた。

 

『ギッ!』『ギギッ!』『ギギィッ!』

「いやぁっ!?」

 

手で、足で、爪で、歯で、怪物たちはわたしを傷つける。

為す術も無く、頭を守るように蹲っているしかなかった。

 

『ギィ…』

「痛い…痛いよぉ…」

 

痛かった。苦しかった。

初めての場所で、このような仕打ち、こんなの、なかった。

 

『ギィッ!』

 

また、襲いかかってくる。堪らず、叫んだ。

 

「やめてぇっ!!!」

『『『ギッ!?』』』

 

その瞬間、怪物たちの動きが止まった。

 

「くっ…」

 

その隙を逃したら、次は無いと思った。フラフラと立ち上がり、必死に出口を目指して走った。

 

 

 

========

 

 

 

また雨が降っていた。

気が付けば、路地裏で壁に寄りかかり座り込んでいた。昼間の場所ではなかった。

大穴を出てからはあまり覚えていない。

 

誰かの目に留まることもなく、周りに見向きもしないで、ただ走っていた。

 

一度瞼を閉じれば意識を失ってしまいそうだった。

ふと、空を見上げると、雨が降っているのに、綺麗な星がよく見えた。

夜明けが近いようだった。

周囲に人の声や音は無く、皆寝静まっているのだろう。

 

「…このまま、死ぬの、かな…?」

 

一滴、また一滴と、涙が頬を伝い、地面に落ちる。

薄れゆく意識の中で、わたしは、願った。

 

「…死にたく、ないよ…」

 

そして、わたしの意識は途絶えた。

 

 

 

========

 

 

 

「…ぅ…んぅ……」

 

目が覚める。鳥の囀りが聞こえ、柔らかな風が頬を撫でた。

 

「…生き、てる…」

 

胸に手を当て、自分の心臓の鼓動を感じ取る。

 

「良かった…」

 

安堵して、息を吐く。

 

体を起こして、身の回りを確認する。

着ていた襤褸は、初めのときより酷い有様で、服としての意味は殆ど無かった。

髪や襤褸切れは水を吸っていて、肌にへばり付くのが気持ち悪い。

体には特に大きな傷がなく、擦過傷や切り傷、噛み痕から少し血が滲んでいる程度だった。

 

「うへぇ…」

 

この程度で、死ぬだのなんだの考えていた自分に少し恥ずかしくなった。

しかし、満身創痍だったので、仕方ないと割り切り、立ち上がる。

 

「へくちっ!…寒っ…」

 

雨で全身ずぶ濡れだった。ブルブルと体が震える。

 

そして、グゥ、と腹の虫の一声。

 

「お腹も減ったなぁ…食べ物を探さなきゃ」

 

とりあえず、この状態をなんとかするために路地裏を出た。

そのとき、

 

「ふぎゃっ!?」

「きゃっ!?」

 

誰かとぶつかってしまった。

 

「痛てて…もうまったくぅ!どこ見て歩いているんだい?」

「ご、ごめんなさいっ」

 

咄嗟に謝る。ぶつかった相手は、地面で尻を打ったようで、そこをさすっていた。

 

自分より小さい女の子。

吸い込まれるような綺麗な黒髪はツインテールになっており、髪留めには鈴の装飾。

同じ人間なのかと思うほど整った顔に、透き通った青い瞳は、まるで宝石。

首には青いリボンが巻かれている。

幼さに見合わない豊かな双丘を包んでいるのは、背中と胸が大きく開いた純白のワンピース。

そこから伸びる肢体は美しく、手には純白のショートグローブ風の手袋、足にはサンダル。

そして、胸の下を通すように二の腕に結ばれている青い紐。

 

神秘的な美しさの少女に、思わず見惚れる。

 

「―――み、君!おい、君!大丈夫かいっ!?頭でも打ったのかいっ!?」

「は、はいっ!い、いえいえ、大丈夫ですっ」

 

少女の声で意識が覚醒する。声さえも、美しい。無意識に敬語になる。

 

「そんなにボロボロで大丈夫なわけないだろう!?冒険者なのかい!?ならどこの【ファミリア】なんだ!?」

「【ファミリア】?」

 

少女は焦った様子で質問してくる。そして、わたしは、知識には無い言葉に首を傾げる。

 

「【ファミリア】のことを知らないのかい?君はオラリオの外から来たのか?」

「いや、わたしには…」

 

おそらく、少女が言った「オラリオ」というのは、この都市の名前だろう。

 

少女の質問攻めに、どう答えるか悩んだ末、打ち明けることにした。

 

「何も言わなきゃ分からな―――」

「記憶が、無いんです。わたしには」

 

少女の言葉を遮って、言う。

 

「っ!?…そう、か…記憶が…」

「はい」

 

記憶が無い。そう伝えると、涙が溢れた。

 

「うっ、ぐすっ」

 

誤魔化して押し止めていたものが爆発しそうになる。

 

 

 

「辛かったね」

 

そう短く言って、私を抱きしめた幼い少女。

 

「知ってるかい?辛いときは、さ」

 

少女は、わたしより小さいはずなのに、とても大きく感じる。

わたしには充分過ぎる包容力だ。

 

 

 

「―――思い切り泣いてもいいんだぜ?」

 

 

「う、あ……うわああぁああんっ!!ひぐっ、えぐっ……ああああああんっ!!」

 

 

 

堰を切ったように涙が止まらなかった。

頽れて、わたしは少女の腕の中で泣き続けた。

 

 

 

========

 

その後、一頻り泣くと、漸く落ち着いた。

 

「ぐすっ…すみません。お見苦しいところを…」

「いいのさ、そんなこと。子ども達を愛するのがボクだからね!」

 

その言葉におかしいところを感じたが、聞き流した。

 

「君、帰る場所はあるのかい?」

「…いえ、ありません」

「なら、僕と一緒に来ないかい?」

「えっ?」

 

流石に、今日会ったばかりの、それも自分より小さな子に、これ以上迷惑は掛けられない。

断ろうとするが、それより早く、少女はわたしの手を引いて歩き出した。

 

「よしよし、そうしようそうするんだっ!そうと決まったら…いざ!ヘファイストスのところへ!」

「あ、あのっ?ちょっとっ!?」

「大丈夫大丈夫!女の子なんだから、まずは綺麗にしないとね!」

 

強引に連れて行かれる。わたしの腕を掴む、小さな温かい手を振り払うことができなかった。

少女は、やれ傷の手当だの、やれ服の調達だの、何を先にするか悩ませながら足早に歩く。

そこで、わたしの腹の虫がなる。

少女は笑った。素敵な笑顔だ。

 

「ご飯も用意しないとだね」

「うぅ…すみません…」

「謝る必要なんか無いさ。ボクが好きでやっているんだからね」

 

 

 

 

連れられて歩いていくと、工業地帯のような雰囲気がある大通りに出る。

 

「さあ、こっちだよ」

 

少女は、この地帯の中でも一際大きな建物に向かって歩く。門には「【Hφαιστοs】」という文字が刻まれている。門の上でヒラヒラと風に揺れる旗には、交差した2本の槌に火山のエンブレム。

 

「ここが【ヘファイストス・ファミリア】のホームだよ」

「【ファミリア】…」

 

そう呟くと、少女は思い出したように言った。

 

「そっか。君は【ファミリア】について、というかオラリオについて何も知らないんだったね」

「はい」

 

それから、少女の説明を受ける。

 

曰く、少女の名はヘスティア。最近下界に降りた神である。

曰く、彼女のように下界に降りた神々は、人々に【神の恩恵(ファルナ)】を与えて自らの眷属とし、【ファミリア】を組織する。因みに、彼女に眷属(ファミリア)はいない。

曰く、このオラリオには、バベルの地下にダンジョンと呼ばれる迷宮があり、そこからはモンスターが生まれる。

曰く、ダンジョンのモンスターを倒し、【経験値(エクセリア)】を得て成長し、富や名声を求めるのが、冒険者である。

その他諸々。

 

 

 

彼女が神であることには、最初に見たときの美しさからか、あまり驚きはしなかった。

そして、昨日わたしが入ってしまった場所は恐ろしいものだったことに気付かされる。

 

その他の説明も理解する。

 

今、ヘスティア様は目の前の赤髪隻眼の男装の麗人、神ヘファイストスに頭を下げていた。

 

「―――と、いうわけなんだ。だから…ヘファイストス、頼むっ!お金貸して!」

「まあ、事情は分かったからいいけど…これ、何回目か分かってる?」

「うっ!?」

 

溜息を吐きながら、右眼の眼帯をポリポリと掻く神ヘファイストス。

それに対して、ヘスティア様は胸を撃たれたような仕草をしている。

余程の借りがあるようだ。

 

「こ、今回ばかりは自分のためじゃないぞ!ボクはこの子のために―――」

「はいはい、わかったから。ちゃんと今までの分も返しなさいよね?」

「もちろんさ!」

「まったく…ホームも仕事も与えたっていうのに…」

「そ、それは仕方ないだろ!?昨日の今日だっていうのに!」

 

神ヘファイストスは呆れながらも、ヘスティア様に金貨(お金の単位はヴァリスというらしい)の入った袋を渡す。

 

「ありがとう!ヘファイストスッ!」

「あ、あの!必ず、お返しします!」

「ん?ああ、いいのよ、別に。これはあなたじゃなく、この子の借金だから」

「ぐっ、ご、ごもっともだよ…」

 

お金はしっかり返そうと思ったが、やんわり断られる。

というか、ヘスティア様、借金わたしに押し付けるつもりで借りようとしてたんですか?

 

借金を手にして、ヘスティア様はまたわたしの手を引き、【ヘファイストス・ファミリア】のホームを後にした。

 

 

========

 

 

「記憶が無い、ねぇ…」

 

男装の麗人、神ヘファイストスは、呟いた。

神友の連れてきた、ボロボロの女の子のことを考えていた。

 

――――彼女なら、あるいは、神友(あのこ)の――――

 

打算的過ぎるかとも思い、頭を振って今の思考を散らす。

 

「そういえば…あの女の子、なんて名前なのかしら?」

 

 

========

 

 

【ヘファイストス・ファミリア】のホームを出た後、わたし達は最低限の服と回復薬(ポーション)を買った。

傷を治してから公衆浴場に行き、体を綺麗にした。

神ヘファイストスは少し多めにお金を貸してくれたようで、予備の服や下着も買えた。

ヘスティア様に連れられて、美味しいご飯も食べた。

 

幸せだった。

しかし、ここまでしてくれたのだ。もう十分だ。

 

 

 

わたしは今、ヘスティア様のホームにいた。

外から見れば、みすぼらしい廃教会だったが、中に地下室への階段があった。

驚いたことに、地下室はアンティーク調の家具があり、生活空間が整っていた。

わたしとヘスティア様は共にベッドに座っている。

 

「あの、今日は本当にありがとうございました!こんなに色々していただいて…」

「もう、堅いな~。もっとフレンドリーに接してくれていいんだぜ?これからは家族なんだしさ!」

「えっ?」

 

今、ヘスティア様は何と言っただろうか。家族と言ったのか。

わたしで、わたしなんかでいいのだろうか。

 

「あっ、もしかして、嫌だった、かい…?」

「い、いえ…そういうわけじゃ…ただ……」

「ただ?」

 

ヘスティア様は尋ねる。

暫く逡巡して、心の内を明かす。

 

「わたしなんかで、いいのでしょうか…?」

 

今日会ったばかりの見知らぬ人間が家族になる。

わたしにとっては嬉しいことだが、ヘスティア様にとってはどうなのだろう。

最初に見つけた責任感で、というのはなんというか申し訳ないし、可哀相だからというのも、無暗に同情を引いている気がして心苦しい。

 

そう考えて、答えるのを躊躇っていた。

そして、

 

「君が良ければ、もちろんさ!僕も家族が欲しかったんだ!」

 

ニコッ、と微笑んで、ヘスティア様は言った。

 

「ほ、本当に…わたし、で…?」

「ホントのホントさ!なんだい?ボクが変な責任感や同情で、君と家族になるって言ったと思ってるのか?」

 

見透かされてしまった。

 

「う、それは…」

 

図星だった。神様というのはすごい。

 

「ボクは君だから、家族にしたいと思ったんだ~」

「わたし、だから…?」

「うんっ!」

 

目の前の神様は、心底嬉しそうだった。

 

「君だから、だよ」

 

静かに、涙がわたしの目から零れる。

何も分からない場所で、何も知らない自分に―――

 

「それで、ボクの家族(ファミリア)に、なってくれるかい?」

 

―――家族が、できた。

 

「はいっ!喜んでっ!」

 

涙を拭い、わたしは笑った。

 

 

========

 

 

 

神ヘスティアは、心の底から嬉しく思っていた。

下界に降りてから、初めての眷属(ファミリア)ができたのだ。

 

出会ったときはボロボロだった、綺麗な亜麻色の長い髪に、ワインレッドの目をした少女。

控え目で泣き虫なところはあるがとても可愛い娘だと、彼女は思っていた。

 

さておき、少女には、記憶が無いらしい。

聞けば、何処から来たのかも、自分が何者なのかもわからないとのことだった。

ボロボロだった理由は、ダンジョンに行ってモンスター達に襲われたからだと、少女は答えた。

 

ヘスティアは仰天した。

まさか、【神の恩恵(ファルナ)】を与えられていない生身の人間、それも少女が、ダンジョンのモンスターの群れに襲われて無事でいられるものなのか、と。

 

実際に少女はピンピンしているし、嘘もついていない。彼女は神であるから、人間達(こどもたち)の嘘なら見抜くことができる。

無事なのだからいいだろうと、彼女は考えるのを止めた。

 

まずは少女に【神の恩恵(ファルナ)】を与えようと思い、ヘスティアは刻印を刻むための道具を取り出す。

少女に、上半身裸になってベッドにうつ伏せになるように伝える。

 

「あの、ヘスティア様?これから何を…?」

「ふふーん!これから君に家族の証をね!…って、そうだ」

「…?」

「君に名前をあげなくちゃ、だね」

「あっ」

 

そういえばそうだ。彼女は自分の名前も忘れている。

 

そう、可愛い名前がいい。彼女に似合う素敵な名前。

 

「ん~、どうしようか…」

 

少女は期待に満ちた目でこちらを見つめている。その姿がまた一段と可愛い。

 

「ケイト…」

「え?」

「ケイト、というのはどうだろうか?君に似合う素敵な名前だと思うんだけど…」

 

流石にファミリーネームまでは烏滸がましいと彼女は思った。

 

「ケイト…」

「気に入らないかい?」

「い、いえいえ、そんなことは!」

 

少女は笑って、言った。

 

「とっても素敵な名前です!ありがとうございますっ!」

「そっかそっか!それは良かった!じゃあ、早速【神の恩恵(ファルナ)】を君に与えるぜ、ケイト君!」

「はいっ!」

 

ヘスティアは、再びうつ伏せになった少女、ケイトに跨り、針で人差し指に傷をつけ、彼女の血、神の血(イコル)を浮かべ、ケイトの背に触れる。

そうして、ケイトの背中に恩恵が刻まれた。

ヘスティアは神聖文字(ヒエログリフ)で刻まれたそれを見て、驚愕する。

 

 

 

……………………

 

■■■■■■ → ケイト

 Lv.2

力:E473

耐久:S901

器用:F339

敏捷:D517

魔力:C620

守護:I

 

《魔法》

【アイギス】

・即発魔法

 

《スキル》

戒矛翳盾(スクード・ファート)

・耐久の熟練度上昇値に補正

・武器装備時、全アビリティ大幅低下と罰則(ペナルティ)

・防具のみ装備時、耐久に上方補正

・防具のみ装備時、得られる【経験値(エクセリア)】の増加・良質化

 

……………………

 

 

 

(なっ!?なんだこれっ!?レベルが2になってるし、基本アビリティも高い!?それにこの魔法とスキル、間違いない!かなりのレアものだっ!)

「ヘスティア様?どうかしましたか?」

「い、いやっ!?ちょっとね…」

「…?」

 

彼女には、その異常なスキルは、加護のようにも呪いのようにも感じられた。

焦ったヘスティアの気配に、ケイトは怪訝に思ったのか、質問を飛ばしてきた。

 

ヘスティアは慌てて【ステイタス】を紙に写し取った。

二人でベッドに横並びに座り直し、ケイトにそれを手渡す。

 

「…これって、すごい、んですよね…?」

「すごいで済むもんか!はっきり言って異常…いや、待てよ…」

 

自分の【ステイタス】を見たケイトも驚いていた。

そこで、ヘスティアの頭に、ある考えが過った。

 

しかし、それは少女にとっては残酷なものだった。

でも、伝えなければならないだろう。

ヘスティアは決心した。

 

「ケイト君?これは、ボクの推測なんだが、落ち着いて聞いてくれ」

「は、はい」

 

急に真剣になった彼女の様子に戸惑うケイト。

ヘスティアは、前置きをしてから、彼女に告げる。

 

「君は、以前に【ファミリア】に入っていた可能性がある」

 

彼女は静かに聞いているが、緊張しているようだ。ゴクッ、と唾を飲んで喉が鳴る。

 

でも、と一呼吸置いてから、彼女はまた、少女に告げる。

 

「仮にそうだったとしても、君の主神は、この世にはもういない。天界に還っているだろう」

 

人間達(こどもたち)の背に刻まれた【神の恩恵(ファルナ)】は、それを与えた主神が下界から去ると消えてしまう。

 

もしかしたら、彼女にとって、家族を一人失っていることも同然だった。

今回のことは、ある意味【改宗(コンバージョン)】なのかもしれなかったのだ。

 

それを聞いて、彼女は俯く。

 

(やっぱりショックだよね…でも、ボクには、慰めることしか…)

(…いや、ボクが落ち込んでいてどうするっていうんだ!)

 

ヘスティアは自分に叱咤し、俯くケイトに声をかけた。

 

「でもね、ケイト君?これはまだ推測の域を出ないし、もしかしたら君が元からめちゃくちゃ強いって可能性も―――」

「ヘスティア様」

 

彼女の言葉は、突然声を発したケイトに遮られる。

 

「わたし、夢を見たんです」

「ゆ、夢?」

「はい」

 

俯いたまま、彼女は続ける。

 

「誰かは分からなかったけど、とても大きくて、温かい手を、わたしに伸ばしてくる夢を」

「…」

「今なら感じるんです。その温かさを、ここから」

 

そう言って、ケイトは胸に手を当てる。

 

彼女は、顔をあげて主神(ヘスティア)を見つめる。優しげな目をしていた。

 

「だから、わたしとその人はどこに居ても繋がっているんだと思います」

「…」

「どうしてこの街に居たのかは分かりませんが…まあ、情報は追々集めます」

 

そして、眷属(ケイト)主神(ヘスティア)の目が合う。

 

「その人は家族だったかもしれませんが、今はヘスティア様も家族です」

「…うん」

「もし、ヘスティア様の言う通りだったら、今度は絶対に―――」

 

今はもう、朝に泣いていた少女の面影は無い。

微笑みを浮かべて、少女は、誓う。

 

「―――わたしがあなたを守ってみせます」

「ケイト君…」

「天界になんて還してあげませんから、覚悟してくださいね?」

 

悲しみに打ちひしがれていた少女。随分と大人びて見える。

ヘスティアは感激した。

 

「うおおおぉおぅ!ケイトくぅぅんっ!」

「ちょっ!?へ、ヘスティア様!?」

 

堪らなくなって、ヘスティアはケイトに向かって飛び込んだ。

二人一緒にベッドに倒れこむ。

 

「ボクも君を放すもんかぁあっ!」

「ふふっ…ええ、そうしてくださいっ!」

 

こうして、少女と女神は互いに初めての家族となった。

 

 

 

========

 

 

 

余談ではあるが、その後ケイトが魔法名を呟き、出現した盾にヘスティアが潰されそうになった。

 

そこには、涙目になって拗ねる主神(ヘスティア)と、苦笑しながらその頭を撫でる眷属(ケイト)の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お目汚し失礼いたしました。

配分が一話ごとにバラバラなので調節していきたいですね。

ちょっとケイトを強くしすぎかとも思いましたが、多分大丈夫。
次回からは1話後に戻ってお話を進めたいと思ってます。

感想・ご指摘、どうぞ気軽に。お待ちしております。

9/9 アビリティが一部間違ってたので修正


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月下の盾と兎

1話後のお話です。


「こうして、わたしとヘスティア様は出会ったのだった…」

「ケイト?一人で何言ってるの?」

「あ、ベル?終わった?」

「うんっ!」

 

ヴァレンシュタインさんに助けられた後、わたしはベルを全力で追いかけたが、間に合わなかった。

ギルドに向かうと、ベルの担当アドバイザー、エイナ・チュールさんの叫び声が聞こえてきたときに、もう遅い、と悟ったわたしは見て見ぬフリをした。

魔石を換金した後、ギルド近くの広場で待つことにした。

 

 

そして、ベルを待ちながら考え事をしていたら、かなり夢中になっていたらしい。

気が付いたらベルが近くに来ていた。血はもう洗い流したようだ。

深紅(ルベライト)の瞳がキラキラしている。

なんだか嬉しそうだけど、何かあったのだろうか。

 

しかし、そんなことはどうでもいい。ベルにはちょっと説教(おはなし)がある。

 

「今日はなんで勝手にいなくなったりしたのかな、クラネル君?」

「ケ、ケイト…さん…?」

「ねぇ、どうして?」

「ひっ!?すいませんすいません!もう一人でも大丈夫かなって思って独断で5階層に降りました!」

 

なんとなく予想はしていたが、呆れる。

 

「ベル、いつも言ってるよね?ダンジョンでは何があるか分からない。だから、調子に乗っちゃいけない、って」

「う、うん」

「今回は偶然ヴァレンシュタインさんに助けてもらったから無事だったけど、死んでたかもしれないんだよ?わかってる?」

「…うん」

 

本当に死ぬところだった。

それをベルも分かっているようなので、お小言はこれくらいにしておく。

 

「でも、なんでわたしをおいて走っていったの?壁に嵌ったわたしの救助とか、ヴァレンシュタインさんへのお礼とかもせずに」

「うぇっ?…そ、それは…」

 

わたしの問いかけに、ベルは変な声を上げて顔を赤らめる。

ああ、なるほど、そういうことか。合点がいった。

 

「ヴァレンシュタインさんに一目惚れってわけね」

「なっ!?なんでそれを!?」

「見れば分かるよ」

「そ、そうなの…?」

 

わたしは頷いて肯定する。ベルはとても分かりやすい。

 

「ケ、ケイトはヴァレンシュタインさんについて何か知ってる?」

「ふ~む…いや、一般に公開されてる情報ぐらいしか知らないなぁ」

「そっか…」

 

そう答えると、ベルは落ち込む。

 

「どうせエイナさんにも何か言われただろうから、わたしは特に言わないけど、夢は見すぎないようにね」

「で、でも…」

「はいはい。いいから帰りますよー」

「あっ、待ってよケイト!」

 

立ち止まりそうになったベルに構わず、わたしはヘスティア様の待つホームへ歩を進めた。

 

 

 

========

 

 

 

「ただいま戻りました、ヘスティア様」

「神様!今帰りました!」

「あっ!お帰りケイト君、ベル君!今日は早かったんだね!」

「はい、ちょっとベルがダンジョンで死にかけたので」

「なにぃっ!?ベル君、大丈夫なのかい?痛くはないかい?もし君に死なれたらボクはショックだよ!」

 

ホームに帰って部屋に入ると、ヘスティア様が駆けつけて来た。

今、彼女はベルの体に張り付いて怪我の確認をしている。

 

ベルは体に引っ付いていたヘスティア様を降ろした。

 

「大丈夫ですって、神様。僕は勝手に死んだりなんかしません」

「どの口が言うんだか…」

「何があったか知らないが…まあ、いいじゃないか!無事だったんだし…っと、そうだ!」

「「?」」

 

急にヘスティア様が声を上げた。

どうやらバイト先で、潰したジャガイモを油で揚げた、今流行り?の食べ物、『じゃが丸くん』を貰ってきたらしい。

 

わたしとベルがいるのに、ヘスティア様が未だにバイトをしているのは心苦しい。

お金を稼ぐために冒険者になってからは、手に入れたお金を6割ほど神ヘファイストスへの返済金に充てていた為、十分な貯金がまだ無い。

 

わたしは申し訳なく思いつつ、ありがたく『じゃが丸くん』を頂いた。

ヘスティア様が、自分はヘッポコだとか言ったので、わたしは頭を撫でて慰めた。

次の探索からは到達階層を更新しつつお金を稼いでいこう、と切実に思った。

 

 

細やかな夕食(パーティー)を終えてから、わたしとベルの【ステイタス】を更新してもらうことになった。

 

まずベルの【ステイタス】を更新するヘスティア様。その最中、わたしは部屋の掃除などをする。

ベルはヘスティア様に跨られながら、今日の出来事を話している。

 

それほど汚れていなかったので、掃除はすぐに終わった。ソファに座って更新の様子を窺うことにする。

 

すると、ヘスティア様がなにやら驚いたような声を発した。

わたしはベッドの方に行き、ヘスティア様に尋ねる。

 

「どうかしましたか?」

「ああ、いやっ、なんでも!」

「…?」

 

ヘスティア様は焦ったように、ベルの【ステイタス】の更新を終えて紙に写し取る。

ベルに渡す際にチラッ、と見てみたら、スキル欄に文字を消したような跡があった。

 

「神様?このスキルの欄は?」

「ん?ちょっと手元が狂ったんだ。いつも通り、空欄だよ」

「ですよね…」

 

ヘスティア様は落ち込むベルを余所に、わたしの【ステイタス】更新に移った。

 

わたしの【ステイタス】更新中、ベルは上に上がって待っていることになっている。というのも、ヘスティア様がそうする様に言ったからだ。

わたしは、見られることは特に気にしないと言ったが、ヘスティア様は「ボクの方が大きいけど万が一の為だ」と考えを変えなかったし、ベルも慌ててそれに賛成していた。

なんとなく察したし、どうでもよかったので、わたしも従ったのだった。

 

ベルが上に上がったのを確認して、ヘスティア様は【ステイタス】の更新を始ようとする。

その前に、二人きりになったので、先程のことを聞いてみる。

 

「ヘスティア様?ベルに、スキルが発現したんですよね?」

「…うん。君には伝えておいた方がいいかな」

 

それから、わたしはベルのスキルについて教えてもらった。

 

 

スキル名は【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】。本人、ベルが早熟するという受動的な(パッシブ)スキルで、想いが続く限り効果が持続し、想いの丈により効果が向上する。

 

人のことは言えないが、かなりレアスキルだ。世間に知られれば、ベルに降りかかるトラブルは計り知れない。

 

「ベル君には伝えないようにしてくれないか?」

「はい。分かっています」

 

そうして、わたしたちは更新を再開する。

ベルのときと同じように、ヘスティア様はわたしの背に跨る。

 

「スキルが発現したのはめでたいけど…でも悔しいよ!他人の手でベル君が変わってしまったことが!」

「あはは…」

 

想いというのは、どう考えてもアイズ・ヴァレンシュタインさんへのものだろう。

確かに、ヴァレンシュタインさんは容姿も佇まいも全てが綺麗だった。ベルが憧れるのも無理はない。

 

また会いたいと思いながら、更新が終わるのを待っていた。

暫くすると、一通り終わったようで、ヘスティア様は紙を取り出す。

 

「耐久がすごく伸びてるんだけど、何かあったのかい?」

「ミノタウロスの一撃を防いで、その後一発貰ったせいでしょうね」

「君は怪我しなかったのかい?」

「はい。いつも通り、無傷です」

 

ヘスティア様には心配をかけないように心掛けているわたしだが、今回はちょっと心配されてしまった。

転写が終わり、わたしはヘスティア様から紙を受け取る。

 

渡された紙を見る。

 

 

……………………

 

ケイト

Lv.2

力:E480→E484

耐久:S937→S980

器用:F345→F348

敏捷:D526→D534

魔力:C632→C641

守護:I→

 

《魔法》

【アイギス】

 

《スキル》

戒矛翳盾(スクード・ファート)

 

……………………

 

 

今回は【神の恩恵(ファルナ)】を与えられてから4回目の【ステイタス】更新だ。

耐久の熟練度以外はそれ程伸びはない。

とは言っても、わたしの【ステイタス】で、上層の浅い場所で探索しているにも関わらず、この上昇値だ。

偏にスキルのおかげなのだろう。

 

しかし、このスキルの所為で、わたしは武器を使うことができない。

武器を持つと、体感で【ステイタス】が駆け出し冒険者程度になり、罰則(ペナルティ)で体中に激痛が走るのだ。

だから、浅い階層で、盾による攻撃だけで倒せるモンスターを倒している。

 

わたしの魔法で出現する盾は、攻撃の威力を反射するものだ。これを使ってミノタウロスの一撃を防ぎ、ふっ飛ばした。

 

ミノタウロスに殴られても無傷だったのは、高い耐久と、おそらく、発展アビリティである《守護》によるものだと推測する。《守護》の効果は未だに判明していない。

 

わたしが紙をじっくり見ているところに、ヘスティア様から声をかけられる。

 

「よしっ、今日はもう寝ようか。ベル君を呼んできてくれるかい?」

「あれ?ヘスティア様は行かないんですか?」

「ふふーん…ボクはベル君と一緒に寝るためにベッドメイキングさ!」

「あはは…分かりました」

 

いつもならヘスティア様がベルを呼びに行くけれど、今日は趣向が違うようだ。

わたしはヘスティア様の嬉しそうな鼻歌を聞きながら、ベルを呼びに階段を上がっていった。

 

 

 

========

 

 

 

「月が綺麗だなあ…」

 

丸い月の光が、深紅の瞳を煌めかせる。

 

ベルは廃教会の外に出て、月を眺めていた。

彼は今日の出来事を思い出していた。

 

ダンジョンで初めて感じた、死の恐怖。

一度目に自分を救った、彼より少し先輩の亜麻色の髪の少女、ケイトの背中。

悲痛な面持ちで、彼の名前を叫ぶケイトの声。

 

そして、二度目に救ってくれた、金髪金眼の女剣士、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイの姿。

 

一目見て好きになった。憧れた。

追いつきたい。認められたい。

 

ベルは彼女に夢中だった。

しかし彼は、今の自分では駄目だと、気付いていた。

 

彼の主神(ヘスティア)やエイナから言われたように、そもそも違う【ファミリア】の眷属と恋仲になるのは、あまり良くないことで、結婚なんか以ての外だ。

しかも、相手は天下の【ロキ・ファミリア】の眷属で、第一級冒険者だ。下級冒険者のベルとは格が違う。

 

今はまだ、憧れることしかできないと、ベルは溜息を吐いた。

 

その時、後ろから声をかけられる。同じ【ファミリア】の、家族の声だ。

 

「もう、こんなところにいたのね、ベル。探したんだから…」

「って言っても外に出ただけ、でしょ?」

「む、むぅ…わたしのセリフを…」

 

声をかけてきたのはケイトだった。いつも通りの軽口を交わす。

 

ベルにとって、彼女は掛け替えのない家族だ。

ケイト曰く、彼女には記憶が無いらしい。

育て親の祖父が亡くなり、もう家族がいないベルは、彼女に親しみを感じていた。

 

最初こそ疑うような目で見られていたものの、数日すればそれもなくなり、次第に仲良くなっていった。

見た目はケイトの方が年下だが、彼女はベルより大人びていて、姉のように接してくる。

ベルは、兄として振る舞いたいとも思っていたが、弟のように構ってもらえるのが嬉しかった。

 

「今日はどうしたの?いつもなら神様なのに」

「なに?わたしじゃ嫌だった?」

「そ、そんなこと言ってないよ!」

「ふふっ…お返しのジョーダン!」

 

ケイトの亜麻色の長い髪とワインレッドの円らな瞳が、月光を反射して輝く。

 

会話をしながら、二人は一緒に廃教会へ歩いて行く。

 

「それで、神様は?」

「今夜あなたと一緒に寝るためにベッドを整えているの」

「か、神様ぁ…」

「今日はあなたのこと心配してたし、お願いくらい聞いてあげたら?」

「か、考えておくよ…」

 

途中で、突然ベルが立ち止まった。

 

「ベル?急にどうしたの?」

「あ、いや…まだ言ってなかったって思ってさ」

「何を?」

「今日のお礼だよ」

「ああ、そのことね」

 

ベルは助けてもらったケイトに感謝の言葉をまだかけていないことに気付いた。

同時に、恥ずかしさのあまりに走って逃げてしまい、アイズ・ヴァレンシュタインに礼をしていないことも思い出す。

 

「ケイト、今日は助けてくれてありがとう」

 

しかし今は、隣にいる少女に、何よりも大切な家族に、伝えなければ。

 

そう思って、彼は言った。

 

「まあ、いいけど…わたしよりヴァレンシュタインさんに言ったら?」

「うぐっ、そ、それは言わないでよ…」

 

そう彼が言うと、悪戯がうまくいった子供のようにクスクスと笑うケイト。

 

仕方ないと思って、ベルは先に進む。

 

それを見た彼女は、彼を追いながら、彼に聞こえないように囁いた。

 

「どういたしまして。頑張りなさい、ベル」

 

 

月は、少女と少年を見守るように、見つめるように、二人を照らしていた。

 

 

 

========

 

 

 

二人が戻ると、ヘスティアは疲れたのか、ベッドで眠ってしまっていた。スヤスヤと寝息を立てている。

それを見て、二人は顔を見合わせてクスッ、と笑い合う。

 

ベルはヘスティアに掛布を掛け、ケイトはテーブルを隔ててソファの反対側に布団を敷く。

そして、ベルはソファに、ケイトは布団に横になる。

 

「おやすみ、ケイト」

「おやすみなさい、ベル」

 

二人は、互いに微笑んで言った。

そして、仲良く眠りに落ちていった。

 

それは、誰が見ても、兄妹、もしくは姉弟のように見える光景だった。

 

 




お目汚し失礼いたしました。

グダグダかもしれないけど書きたかったので書きました。

投稿した後に各話何回も読み直してるので、結構訂正とかしてます。

ご指摘・ご感想お待ちしております。


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盾と兎と酒場の一幕

すみません。諸事情あって更新遅れました。

酒は飲んでも、飲まれるな。


「ん…あ…ふぁぁあ~」

 

朝の光が地下室に入り込んできて、わたしは目が覚めた。

 

「ベルは…まだ寝てるね」

 

ベルの方を見ると、ベルはまだ目を閉じていた。

わたしはベルが起きるまでに装備を整えて朝食を食べることにした。

 

わたしの装備は、胸当てとプロテクターくらいのものだ。外套を着て、その上から胸当て、プロテクターを装備しブーツを履く。それから、バックパックの整理。

これで装備は終了。

 

朝食は、北西のメインストリート、通称『冒険者通り』で安売りされていた乾パンと水で済ませる。

 

丁度全ての準備を終えたとき、ベルの短い悲鳴が聞こえた。

何事かと思ってそちらを見たら、どうやらわたしたちが寝ているうちにヘスティア様がベルのところに潜り込んでいたようだ。

 

ベルは顔を赤らめて驚いているだけ…かと思いきや、ヘスティア様に抱き着かれているところから、器用に身を翻らせてヘスティア様を押し倒したような体勢になる。

そして、ベルはすぐにソファから降りて、準備を始めた。

 

「おはよう、ベル。お楽しみ、だったのかな?」

「そ、そんなわけないよ…っていうか目が怖いよ、ケイト…」

 

どうやら知らぬ間に怒気を放っていたらしい。

それもそうだ。神ヘファイストスから聞いたことだが、ヘスティア様は三大処女神の一柱。いくらヘスティア様がよくても、他の女に気がある男に好きにさせるのは、わたしが許さない。

 

そんなことを考えていたら、ベルが準備を終えたので、わたしもバックパックを背負った。

 

「ベル、今日は別々に探索をしましょう」

「え、いいの?」

「そろそろわたしも本腰入れて稼がなきゃだしね。ただし、4、いや3階層までだからね?」

「分かったよ、ケイト」

 

わたしは、我慢させるばかりでは言うことも聞かなくなるだろうと思って、ベルに単独行動を許可した。わたしがお金を稼ぎたいというのもある。

昨日、ベルは死の恐怖を経験したばかりだし、無理な探索はしないだろう。

 

「そうと決まったら早速行くよ」

「うん」

「「いってきます」」

 

わたしとベルは、まだ寝ているヘスティア様に向かって告げ、地下室を後にした。

 

 

 

========

 

 

 

わたしとベルはバベルに向かって、西のメインストリートを歩いていた。

西と北西のメインストリートの間にあるわたしたちのホームからは、西に出た方がダンジョンに行きやすいのだ。

 

西は規模の大きい住宅街になっている。無所属(フリー)の労働者の人々が数人、通りを歩いていた。

 

暫く歩いていると、何処からか視線を感じた。舐めるように見つめられているような、不快な感覚だ。

立ち止まって、目だけ動かし周囲を確認する。しかし特に怪しい人物の気配は無い。

 

少し遅れてベルも感じたのか、振り向いて辺りをキョロキョロ見回していた。

そこに、声がかかった。女の人の声だ。

 

「あの~?」

「は、はい?あっ、す、すみません。何か?」

「あ、あの、これ、落としましたよ」

 

見ると、ベルに声をかけてきたのは、鈍色の髪をした可愛らしい女性の人間(ヒューマン)だった。女性はベルに、ベルが落としたらしい魔石を差し出していた。

若草色を基調とした衣装に、白いエプロンとヘッドドレスをつけているので、ウェイトレスだと思う。

 

ふと、その女性が出てきた場所を見ると、一際大きな、しかも見覚えのある酒場だった。

看板を見上げる。そこにはやはり、『豊饒の女主人』と書いてある。

 

ここにはいい思い出がない。今日は別行動だから、ベルを置いて先に行くことにした。

 

「ベル、わたしは先に行くから。約束破ったら駄目だからね」

「あっ、ケイト?」

「それじゃ」

 

二人のことは気にせず、バベルへ向かう足を速める。

 

今日はいっぱい稼いでヘスティア様に美味しいものを食べてもらいたい。

頑張らなくては。

 

 

 

========

 

 

 

「ヤッ!…っと、セイッ!」

 

一斉に襲ってくるインプ達を、それぞれの微妙なタイミングのズレを見極めて躱し、空いている手で殴り、足で蹴る。死角から飛び掛かって来た奴には、盾で攻撃の威力を反射して吹き飛ばす。

 

時には、インプ達の動きをうまく誘導して仲間を攻撃させ、その隙を突いて倒す。

残りの一匹は、跳躍して上から落下し、圧殺もしくは盾の薄い側面を使い、魔石を壊さないように頭や喉を潰し切る。

 

そうしているうちに、十数匹ほどインプを倒した。

 

盾を手放して消し、魔石を拾い始める。

盾はわたしの手から離れると消えるようになっている。

 

「ふぅ…今日はこんなとこかな」

 

今わたしがいるのは、10階層。霧が立ち込め、見通しが悪い。辺りには枯れ木が蔓延る様に生えている。

 

7階層までは、吹き飛ばして通路の壁に激突させてそこから圧殺ということができたが、8階層からはルームを繋ぐ通路が狭く、モンスターの多くが広い場所にいるため、そうすることができなかった。

 

わたしは盾などの防具しか持てず、戦闘方法は極限られている。その中で、手数が限られるのはかなりの痛手で、今のところは【ステイタス】任せでなんとかしている。

 

「まあ仕方ないんだけどね…」

 

周囲を警戒しつつ今日の探索を振り返りながら、魔石を拾い終えて帰ろうとしたとき、霧の向こうから大型モンスターの影が忍び寄ってくる。

 

「オークは面倒だなぁ…くわばらくわばら、っと」

 

倒せないこともないが、盾や徒手空拳ではオークのような大型モンスターの相手は時間がかかるので、戦闘を避けて早く地上へ戻ることにした。

 

「ベルはもう帰ってるかな?」

 

 

 

========

 

 

 

「総額1万6千ヴァリスか…今日だけなら大丈夫、かな」

 

袋に入った金貨の重さを確かめながら、呟いた。

 

日はもう暮れて、辺りには夜の帳が落ち始めていた。

 

「早く帰ってヘスティア様を食事に誘おう、ついでにベルも」

 

もうすぐそこだったため、わたしは早足で廃教会へと向かう。

少し歩けば、すぐに着いた。

 

地下室への扉を開け、階段を下りる。

そして、帰還を報告―――

 

「ただ今帰りまし―――」

「えええぇええっ!?神様、これ間違ってませんか!?熟練度上昇値トータル160オーバーなんて!」

 

しようとしたが、ベルの叫びに遮られた。

その叫びを聞いたわたしも驚いた。

 

例のスキルのおかげだろうけれど、そんなに効果があるものなのか。

ベルがどれだけヴァレンシュタインさんに想いを寄せているのか分かった気がした。

 

そのベルはというと、胡坐をかいてプルプル震えているヘスティア様に嬉しそうに声をかけている。

 

ヘスティア様、拗ねてるなあ。

 

「か、神様?なんで僕、こんなに成長したのかな~って…」

「ふんっ!知るもんかっ!」

 

ヘスティア様は立ち上がって、クローゼットに向かい、外套を取り出す。

 

「ヘスティア様、ただ今帰りました。それで、今からどちらへ?」

「お、お帰りケイト君…バ、バイト先の打ち上げだよ!君たちは二人で楽しく豪華な食事でもしてくればいいさ!」

「ヘスティア様!?待ってください!」

 

涙目でそう言って、走って出ていくヘスティア様。

様子からして、打ち上げというのは嘘だろう。早く追いかけなければ。

その前に、わたしはベルを一瞥して言う。

 

「ベルの所為だからね」

「ええっ!?な、何が!?」

「さあね」

 

それだけ言って、わたしはヘスティア様の後を追った。

 

ヘスティア様はまだそれほど遠くへ行っておらず、僅かだが後姿が見えた。

敏捷全開。すぐに追いつくことができた。

 

「ヘスティア様!」

「ケ、ケイト君!?なんで…」

「ベルは放っておいて、一緒に食事でもどうですか?今日は結構稼いできたんですよ?」

「ボ、ボクはバイトの打ち上げがあるって言ったろう?」

「嘘ですよね?」

「うぐっ!?」

 

ヘスティア様を呼び止めることができたが、嘘を見抜いて食事のお誘いをしても、ヘスティア様は、ぐぬぬ、と唸り声を上げるばかりだった。

 

「きょ、今日はいいんだ!一人にしておくれ…」

「はぁ…分かりました」

 

ヘスティア様は意外と頑固だ。こうなったらもう聞かない。

 

「じゃあ、あまり危ないところに行かないでくださいね?」

「…うん」

「それと、今度二人で食事に行きましょう。日頃の感謝もしたいですし」

「ああ、分かったよ…」

「ふふっ…約束ですよ?では、お気をつけて」

「うん、ありがとう、ケイト君」

 

一緒に食事に行けなかったのは残念だが、今日ばかりは仕方ない。

それでも、食事の約束を取り付けることができたし、ヘスティア様もちょっと元気になってくれた。

 

こんなところか、と思って、わたしはヘスティア様と別れてホームに戻った。

 

 

 

========

 

 

 

夕食はどうしようかと悩みながら地下室へと戻ったら、ベルは出かける準備をしていた。

話を聞くと、朝であった女性からお弁当を貰ったお返しに、彼女の店で食事することになったのだとか。

 

一緒にどうかとベルが誘ってきたので、少し迷ったが付いていくことにした。

というか、なんでそれを早く神様に言わなかったんだ、と少しイラッときたのでベルの頬を抓った。

疑問を呈していたが、罰とだけ答えておいた。

 

 

今わたしたち二人は、『豊饒の女主人』の前にいる。

ベルは店の前で立ち止まって、中の様子を窺っていた。

そうしていると、中から今朝の女性が出てきた。

 

「冒険者さんっ!来てくれたんですね!」

「はい…」

 

鈍色の髪が店内の光で輝く。

 

「自己紹介がまだでしたね。わたしはシル・フローヴァです!」

「ベ、ベル・クラネルです」

「ベルさんですね!…あら?そちらの方は、今朝の?」

「初めまして、フローヴァさん。今朝は碌に挨拶もせずにすみませんでした。わたしはケイト、ただのケイトです」

「ケイトさんですか。わたしのことはシルで結構ですよ。さあ、二人とも、中へどうぞ!」

 

互いに自己紹介をして、中に入った。

 

店内では、シルさんの他にウェイトレスが数人動き回っていて忙しそうだ。エルフや猫人(キャットピープル)の人もいた。

 

さまざまな冒険者が料理を食べたり酒を飲んだりして、騒いでいる。とても賑やかな雰囲気だ。

 

シルさんに案内されて、わたし達はカウンター席に座った。

席に座ると、カウンター内から恰幅の良いドワーフと思われる女性が声をかけてきた。

 

「あんたがシルの知り合いかい?冒険者って割に可愛い顔してるねぇ!隣のは彼女かい?」

「か、彼女って…」

「そんなわけないじゃないですか」

 

わたしは即答する。ヘスティア様には悪いが、ベルが彼氏なんて考えられない。

とりあえず注文をする。

 

「シルさん、わたしはパスタと果樹水を。ベルは?」

「ぼ、僕も同じので…」

「ふふっ!畏まりました!」

 

注文してから暫く待つと、料理が運ばれてきた。

しかし、わたしのは普通で、ベルのは山盛りだ。それから、ベルに今日のおすすめメニューが出される。

どうやらシルさんの企みの所為らしい。彼女はクスクスと笑っていた。

 

ベルがシルさんと話している間、わたしは料理を食べながら店内の様子を観察した。

どうやら、ウェイトレスのほとんどが、相当高レベルのようだ。身のこなしや立ち姿で分かった。

訳ありの酒場というわけか、と一人で納得する。

 

 

料理を食べ終わる頃に、猫人(キャットピープル)が大きな声を上げた。

 

「ニャアッ!ご予約のお客様、ご来店ニャ!」

 

わたしがそちらを見るのと、店内がざわめくのはほぼ同時だった。

道化師のエンブレム、【ロキ・ファミリア】の精鋭メンバーが、そこにいた。

彼らは、神ロキの後ろを歩き、店内に入ってきた。

 

勿論、【剣姫】、アイズ・ヴァレンシュタインさんもいる。

 

思わぬところで、一方的な再会を果たしたものだ。

彼女は背中の大きく開いたワンピースを着ており、綺麗な金色の髪から覗く玉の肌が美しい。

 

「ベルさん?ベルさーん?」

 

シルさんの声が聞こえてきた。そちらを見ると、ベルが真っ赤になっていた。

ヴァレンシュタインさんの姿を見たときから予想していたので、特に気にしなかった。

【ロキ・ファミリア】の面々を横目で見ながら、果樹水を飲んだ。

 

そうして暫くすると、一段と大きい声がする。

 

「よっしゃあ!アイズ!そろそろ例のあの話、みんなに披露してやろうぜぇ?」

 

声を上げたのは、【凶狼(ヴァナルガンド)】、ベート・ローガさんだ。

 

気が付かなかったが、あの時ローガさんもいて一部見ていたようだ。

聞くと、わたしたちを襲ったミノタウロスは、【ロキ・ファミリア】の遠征の帰還中に遭遇した群れのうちの一体らしかった。

 

「そんで、そいつ、アイズが細切れにした牛野郎のくっせぇ血を浴びて、真っ赤なトマトみたいになっちまったんだよ!おまけに、近くにいたメスのガキは壁に埋まっちまっててよぉ!情けねぇったらねぇぜ!」

 

【ロキ・ファミリア】の人たちは、ローガさんの話を話を聞いて苦笑している。

話を聞いて、諌める副団長、【九魔姫(ナイン・ヘル)】のリヴェリア・リヨス・アールヴさんに、二人を宥める神ロキ。

ローガさんは酔っぱらっているようだった。

 

隣から、ギュッ、と何かを握りしめる音が聞こえたが、わたしは暫くローガさんの話に耳を傾けた。

 

そして彼は、言い放った。

 

「自分より弱くて軟弱な雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格はねぇ!他ならないお前が、それを認めねぇ!」

 

握りしめる音が強くなる。

後処理が面倒だと思いながら、わたしは果樹水を飲み干した。

 

ベルのやることは大体わかっていた。

だから、ベルに向かって言う。

 

「ベル、程々にしておきなさい」

 

ローガさんが、続けた。

 

 

「雑魚じゃ釣り合わねぇんだ、アイズ・ヴァレンシュタインにはなあ!」

 

 

次の瞬間には、ベルは立ち上がって店を飛び出していた。

あの様子では、わたしの忠告も、聞こえていたかどうか。

 

仕方ない。わたしも少しムカついているし、とりあえず、ベルの代わりに()()()()()()()

 

「店主さん、柑橘類の果樹水を」

 

ベルが出ていくのを見た後、わたしは女主人に伝える。

何かを察したような彼女だったが、注文を受けてくれた。

 

「蛮勇だねぇ。店の物は壊すんじゃないよ。それに、あんたはここの客の受けが良さそうだ」

「はい。ありがとうございます。お返しはいつか必ず」

 

果樹水を受け取る。

 

それを持って、【ロキ・ファミリア】がいるテーブル席の方に向かう。

途中で、シルさんのつけていたヘッドドレスを、サッと抜き取り、自分の頭につける。

シルさんが突然のことにびっくりしていたが、お構いなし。

 

そして、ローガさんの目の前に、持っていたコップを、ドンッ、と置き、一言。

 

「お待たせいたしました、お客様!」

 

 

 

 

 




お目汚し失礼いたしました。

土曜日はこんなことがあるかもしれないですね。

ご感想・ご指摘お待ちしております。

9/12 終盤の内容を大きく改変


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盾と狼

9/12 前回の最後を大きく改変しました。

あれっ、と思った方はそちらをお読みになってからこちらへどうぞ。


「あっ!申し訳ございません!【凶狼】様でしたね!」

「あぁ?なんだテメェは?」

「ケイト…」

「…お久しぶりです、ヴァレンシュタインさん」

「アイズたん、知り合いなん?なんや可愛い娘っこやなあ!」

「なんか、どっかで見たことあるような…」

「ティオナもこの子知ってるの?」

「ん~、いや!多分気のせい!」

 

一瞬静まったが、すぐに【ロキ・ファミリア】の面々がわたしに注目して談笑する。

 

ヴァレンシュタインさんがわたしの名前を呼んだので、一応挨拶しておく。

再会がこんな場所になってしまって残念だが、互いに冒険者なのだから、仕方ないと言えば仕方ない。

 

そういえば、冒険者になってから分かったことだが、最初に『豊饒の女主人』の前にいた時、武器を投げてきたのは、【大切断(アマゾン)】の二つ名を持つアマゾネスのティオナ・ヒリュテさんだ。

怒蛇(ヨルムガンド)】が二つ名の、姉であるティオネ・ヒリュテさんから問いかけられるも、わたしのことは覚えていないようだ。

 

しかし、今用があるのは隣の狼人(ウェアウルフ)なので、そちらは気にしないでおく。

 

「まあ気にせず、こちらの果樹水をどうぞ!」

「見ねぇ顔だが…新入りかぁ?」

「いえ」

 

そんなわけないだろう。

ヘッドドレスを外してシルさんに投げ返す。少し慌ててキャッチしていた。

 

「先ほどあなたが言っていた、トマト野郎の近くにいた、壁に埋まっちまってたメスのガキです」

 

わたしがそれを言った途端に、ローガさんとヴァレンシュタインさん以外の団員の多くが、息を飲んだ。

 

「すまなかったね。気を悪くさせたかい?」

「うちの者が無礼を働いたな。私からも、詫びを」

 

流石は天下の【ロキ・ファミリア】の団長と副団長だ。

動揺することもなく、【勇者(ブレイバー)】、フィン・ディムナさんの後に続いてリヴェリア・リヨス・アールヴさんが謝罪をしてきた。

 

「いえ、無礼なのはこちらの方です。宴の席に水を差してしまい申し訳ございません」

「いや、それはいいんだ。寧ろ好都合だったかな?ベート、彼女に何か言うことはないか?」

「はぁ?俺がこの雑魚に?俺は事実を述べたまでだろ?」

「ベート…君は…」

「いえ、いいのです、ディムナさん」

 

ローガさんに何か言おうとしていた彼を制止する。

 

「ローガさんの言う通り、あのときウチのは血を浴びて真っ赤になってましたし、わたしも壁に嵌っていました」

「ふむ…」

「ですが、わたしが来た用はここからです。ローガさん、あなたの目には、彼がただの弱者であるように見えましたか?」

「当り前だろうが!アイツもテメェもどう見たって雑魚だろうが!」

「ベート、よせ」

 

ローガさんが激昂するのを抑えようとする【九魔姫(ナイン・ヘル)】。

 

「うるせえババァッ!俺は今コイツと話してんだ!…で、なんだ?テメェは雑魚じゃねぇって言いてぇのか?」

「そうではありません。わたしはあなたからすれば雑魚かもしれませんが、彼は違います。わたしはそれを言いたかったんです」

「ハッ!面白れぇ冗談だ!じゃあ、なにか?俺がアイツに劣るって言うのか?」

「今はまだ、あの子にはあなたに勝る力はありません。しかし、いつかあの子は神々も認めるような男になります。だから、あなたには、先程の言葉を訂正してもらいます」

「あぁ?テメェ生意気言ってんじゃねぇぞ?ぶっ飛ばされてぇのか?」

 

ローガさんは脅すように低い声で威嚇してくる。この辺りか。

 

「どうしても訂正しない、と言うのですね…分かりました…では、ゲームをしましょう!」

「あぁ、ゲームだぁ?」

「はい。わたしがあなたの一撃を盾で受けて、倒れたり気絶もしくは死亡したらわたしの負け。そうならなかったらわたしの勝ち。もしわたしが勝ったら、そのときは先程の言葉を訂正してもらいます」

 

わたしの言葉に【ロキ・ファミリア】の人たちは瞠目する。

ティオナさんが勢いよく立ち上がって言う。

 

「な、何言ってんの君!?そんなのできるわけない!ベートはLv.5だよ!盾があっても平気で済むわけが―――」

「面白そうやないか…よし、受けてたつで!」

「ちょっ!?ロキッ!?」

「なんでロキが言うんだよ…まあいいぜ、格の違いってのを痛い目見させて分からせてやんねぇとなぁっ!」

「ありがとうございます」

「…で、なんや。自分はこのゲーム、何を賭けるんや?」

 

ティオナさんが驚嘆して捲し立てていたのを、神ロキが遮る。

本当に、これから起こることが面白そうだというように目を細めてにやけていたが、わたしへの質問のときに薄らと目を開く。まるで、こちらを見定めているようだ。

 

正直これほどうまく事が進むと思っていなかったので、内心で驚いていた。

それをおくびにも出さないように、心の内で一息吐き、わたしは言った。

 

「わたしの全てを賭けます」

 

もう驚きの声も上げられないようで、彼女たちは唖然としていた。

それもそうだろう。Lv.1だと思われる少女が、Lv.5の冒険者に勝負を挑んでいるのだから。

 

わたしが質問に答えると、神ロキは先程よりも大きく、狡猾そうに、目を細め口角を上げ声も出さずに、にやりと、嗤った。

 

「よしっ!ルールも決まった!んなら外行こか、ここでやったらミア母ちゃんに怒られてまうからなー。立会人はウチがやったるわ」

「感謝します、神ロキ」

「ええってええって。ウチらは娯楽に飢えとるから、こういう面白そうなんは近くで見たいんや!」

「おい!やるならさっさと始めんぞ!」

「はい。今行きます」

 

そうしてわたし達三人が外に出ると、その後に続いて団員の人たちが慌てて出てくる。ただ、団長のディムナさんはあまり慌てていないようだった。

途中で彼らの声が聞こえてくる。

 

「ねぇ、団長?あの子大丈夫なの?」

「そうだよ、フィン!早く止めなきゃ!あの子死んじゃうかもしれないよ?」

「それは無いと思うな」

「どこからそんな根拠が!?」

「落ち着きなよティオナ。そもそも勝ち目の無い勝負を挑むのがおかしい。それに、あの目は弱者のものじゃない。おそらく、何かあるんだよ、彼女には。あとは…勘かな?」

「勘って…」

「ロキがやると言っているのだ。今更止めることなど無理だな」

「そんな…」

 

 

 

外に出て、わたしとローガさんは5M(メドル)ほど離れて対面する。中央に神ロキが立った。

 

「ルールはさっき言った通りです。準備は大丈夫ですか?」

「テメェの方こそ盾なんて持ってねぇじゃねぇか」

「わたしですか?ふふっ、ご心配なく」

 

盾なら、いつも、私の中にある。

 

「あぁ?何笑って―――」

「【アイギス】」

「何っ!?」

 

いつものように、黒銀(こくぎん)に鈍く輝く盾を呼び出す。

それを見て、【ロキ・ファミリア】のメンバーは皆驚きの様相を示し、神ロキはより一層笑みを浮かべた。

 

「そりゃなんだ?魔法か?」

「何でしょうね。魔法かもしれませんし、スキルかもしれません。いや、もっと別のものという可能性もありますね」

「ケッ!雑魚が調子に乗りやがって…テメェをぶっ倒した後吐かせてやる。そんときは冒険者続けられるかわかんねぇけどな!」

「用意はええか?」

「はい」

「とっとと合図出しやがれ」

 

ローガさんは我慢の限界のようだ。酔っているとはいえ、いざ前に立つと中々に迫力を感じる。腐っても一級冒険者というわけか。

 

「せっかちやなぁ…んじゃ、いくでー!」

 

ローガさんが構える。

助走して距離を詰め、渾身の一撃を放つつもりなのだろう。

わたしも盾を構えた。

 

そして、神ロキが開始を―――

 

「始めっ!」

 

―――告げた。

 

 

「オラァッ!」

 

ローガさんが一瞬で間合いに入って蹴りを放ってきた。

盾を握る力を強める。

 

「ぐぅっ!」

 

ガンッ、と蹴りが盾に当たった瞬間、今までに受けたことの無い衝撃と、感じたことの無い背中の熱がわたしを襲った。ただ、その背中の熱は暴力的なものではなく、優しさを感じる温もりだった。

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

やけに間の抜けた声が重なって聞こえた気がした。

 

威力をすべて反射できなかったようで、ズザザッ、と3M(メドル)程衝撃に押されて地面を滑る。

なんとか後方に倒れそうになる体を抑えることができた。

 

おそらく背中の熱はスキルか《守護》によるものだろう。

 

わたしは蹴りを受けた瞬間から衝撃に押されている間、予想以上の衝撃で思わず目を瞑ってしまっていた。

盾を手放して消し、前方を確認する。

 

 

 

ローガさんはわたしから15M(メドル)程離れたところで、大の字になって気絶していた。

 

周りに誰もいなくて良かった。巻き込んでいたら大変だった。

というか、気絶させてしまったからベルへの言葉を訂正させることができない。

 

一泡吹かせることはできただろうから、今日は代金を払って帰ろう。

そう考えて、私は溜め息を吐いて、【ロキ・ファミリア】のメンバーがその前に集まっている店の入口へ向かった。

 

 

 

========

 

 

 

フィン・ディムナは愕然としていた。普段は冷静沈着な彼だが、目の前の事態だけには思考を停止させてしまった。はっきり言って、予想以上だったのだ。

 

フィンが団長を務める【ロキ・ファミリア】。そこに所属する一級冒険者であるベート・ローガが、Lv.1だと思われる亜麻色の髪の少女に攻撃をして吹っ飛ばされて気絶している。

 

(あ、ありえない!ベートは敏捷特化型だが、Lv.5だぞ!?少なくともあの子の体は無事じゃすまないし、下手をすれば死んでいる!…ということは、あるとすれば、あの盾、か…?)

 

彼は、暫くしてやや正常に戻ってきた頭で、少女が無事でベートが気絶している訳を考えた。彼の考えるように、下級冒険者といわれるLv.1と一級冒険者にカテゴライズされるLv.5では天と地ほどの差がある。

 

レベルとは、その個人の器といっていいだろう。神々でさえ認める偉業を成し遂げて初めて、ランクアップ―レベルの上昇―を果たせる。つまり、器の昇華だ。

今目にしている状況は、少女については定かではないが、単純に言うと、神々が認めるほどの行為を4回しているLv.5(ベート)が、何も成し遂げていないLv.1(少女)に負けた、ということになる。

 

純粋な【ステイタス】でも技術でも勝っているはずの相手に、どうやって格下の相手が勝利するのか。

フィンは、少女の持っている盾に仕掛けがあると推測した。

 

(そうでなければ、こんなこと…ありえない、ありえちゃいけない)

 

偶然、事態を目撃している人物も店の中からの野次馬もいなくて助かった。こんなところを見られていたら、【ファミリア】の名折れでもあるし、常識が覆ったと収拾がつかない騒ぎになる。

 

「ティオネ、ティオナ、ベートをすぐにホームに連れて行ってくれ。なるべく見られないように頼む」

「わ、分かりました…行くわよ、ティオナ」

「う、うん」

「わ、私もついていきます」

「…一応、私も同行しよう」

「分かったよ。くれぐれも、気を付けてくれ。他のみんなは店の中に戻って何事もなかったように振る舞っていてくれ」

 

いつもなら、フィンの頼みとあらば黄色い声を上げて従うティオネ・ヒリュテだが、動揺している所為で、戸惑いながら彼の頼みに返事をするだけだった。

彼女は、妹のティオナと一緒に倒れているベートの方に向かう。ティオナも彼女同様に、この状況に頭がついていっていない。

Lv.3、二級冒険者のエルフ、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】のレフィーヤ・ウィリディスと副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴが彼女たちの後に続いた。

 

フィンが、皆が店の中へ入り、リヴェリアたちが【ロキ・ファミリア】のホーム、『黄昏の館』に向かうのを見送ると、ベートを吹っ飛ばした少女が彼の方に近づいてきていた。

 

「果樹水が三杯で300ヴァリス、パスタ二皿で600ヴァリス、本日のおすすめメニューが800ヴァリスで合計1,700ヴァリス…今日の稼ぎの一割かぁ…」

 

少女はそんなことを呟きながら、彼の横を通って、店の中に入ろうとしていた。

 

「ちょっと待って―――」

「ちょい待ちや、お嬢ちゃん」

「…わたしですか?」

 

彼は少女に声をかけようとしたが、彼の呼びかけに赤髪の少年のような女性、彼ら【ロキ・ファミリア】の主神、神ロキが割って入った。

少女は立ち止まって振り向き、とぼけたように自分を指差して言う。

ロキは探るような眼差しで少女を見て、問う。

 

「お嬢ちゃん、一体何モンや?」

「何者と言われましても…っと、自己紹介がまだでしたね。わたしは【ヘスティア・ファミリア】所属のケイトです。ファミリーネームはありませんので、呼び捨てで構いません」

「ドチビのとこの眷属(こども)やて!?アイツ、こんな可愛いロリっ娘見つけとったんか!ドチビのくせに生意気な…!」

「あ、あはははは…」

 

ロキは先程していた目つきをすぐに普段のものに戻した。何故かそこで談笑し始めるロキとケイト。

それを見ていたフィンは、そんな場合じゃないだろう、と二人の会話に割り込もうとしたが、彼の目の前を金色の髪が塞いだ。

アイズ・ヴァレンシュタイン、Lv.5の一級冒険者だ。

 

「ケイト、すごかったね…」

「あっ、ヴァレンシュタインさん!改めて、お久しぶりです!」

「久しぶり、だね。それと、私のことは、アイズ、でいいよ」

「分かりました、アイズさん」

「ロリと戯れるアイズたんもええな~」

 

今度はアイズも入れて三人で話し始めてしまった。キリがない、と思ってフィンは大袈裟な咳払いをし、会話を中断させる。

 

「なんや、フィン?風邪か?」

「違うよ、ロキ。僕は彼女に用があるんだ」

「ウチもあるんやけどな~?」

「僕から先に言わせてくれ。…ケイト、だったね。君、本当にLv.1なのかい?」

「…フィン、それは…」

 

アイズがフィンの質問に異議を唱える。

冒険者の間では、冒険者が他人の【ステイタス】を詮索してはいけない、という暗黙の了解がある。ギルドは個人に【ステイタス】の公開を求めることはないし、仮に知っていたとしても他の冒険者に伝えることもない。

しかし、その中でもレベルだけは別で、ギルドへの申告と公開が義務となっている。

 

「分かっているさ。でも、ケイト、これは君が思っているより重要なことだ。君の条件は聞くし、無暗に情報を公開することはないと約束しよう。実際こちらも今夜のことはあまり知られたくないしね。どうだろう、話してくれるかな?」

 

彼がケイトに尋ねると、彼女はしばらく悩んだ後、答えた。

 

「う~ん…条件は特にないので、曖昧な感じでいいですか?」

「…まあ、いいだろう。じゃあ、君は…」

「はい、お察しの通り、Lv.1ではありません」

「そうか…ギルドには虚偽の申告をしているかい?」

「していません。…ギルドの方に確認を取るつもりですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ」

 

フィンは彼女の問いかけに、手振りをしながら否定する。

ケイトが嘘をついているかどうか見極めようとしていると、ロキが口を出す。

 

「フィン、ケイトは嘘ついとらんで」

「そうかい?…分かった。君を信じよう、ケイト」

「なら次はウチの番やな!」

 

(ロキ)が言うのだから真実なのだろう、と彼は考えて、自分の要件を終えた。ベートの攻撃を防いだ盾のことも気になったが、自粛した。

フィンが了承すると、続いてすぐにロキが言う。

 

「ケイト、うちの【ファミリア】に入らんか?」

 

ロキの言葉に、フィンとアイズは驚いた。

ロキが他の神の眷属(こども)に目を付けた、と。

 

「どや?優遇するで。みんな大歓迎や!」

「申し訳ありません、神ロキ。たとえあなたからのお誘いであっても、わたしはヘスティア様を裏切ることはできません」

 

しかし、ケイトはロキの誘いを即座に断った。

 

「そうか、残念やなぁ…分かった。ほなまた今度誘うわ~。お代はウチラが出すさかい、今日ははよ帰り~」

「は、はぁ…ありがとうございます…」

「…ロキ…怒りますよ」

「あ~ん、アイズたん、そんな怖い顔せんといて?」

 

それでも諦めていないロキに呆れるアイズ。

 

「今日はうちのベートがすまんかったな。また今度会おうな?」

「はい。そのときをお待ちしています」

「じゃあね、ケイト」

「はい、アイズさんもお元気で」

 

そう言ってアイズとロキは『豊饒の女主人』の中へと戻った。

残ったフィンは、ケイトに声をかける。

 

「ロキも言った通り、代金は僕らが払うよ。安くてすまないが、慰謝料とでも思っておいてくれ。店にいる冒険者たちにも、君が何事も無い様子で入っていくと、変な噂が立つかもしれないからね」

「お気遣いありがとうございます。では、わたしはこれで」

「ああ」

 

そして、彼女はバベルの反対側の方へ歩いて行った。見送ってからフィンも中へと戻る。

戻ると、団員達は、外に出る前によりは騒いでいなかったが、楽しそうな雰囲気を作り出している。

 

この感じなら、周りの冒険者は、少女の安否は分からないがベートが酔っぱらって連れ帰られたとでも思っているだろう。

フィンも仲間たちがいるテーブルへ向かい、椅子に座って酒を飲んだ。

そこへ、ロキが彼に周囲に聞こえない程度の大きさの声で話しかけてくる。その顔に浮かべる笑みはいつにも増して狡猾に見える。悪巧みする子どものようだ。

 

「フィン、ケイトは絶対ウチが手に入れるで」

「やはりまだ諦めてないんだね」

「阿呆。自分も気付いとるんやろ?あの子は放っとくと危険や。ウチの手元に置いときたいんや。それにな、アレはまだ()()()()()で」

「…分かったよ、まあ僕が積極的に動くことは無いと思うけどね」

「おー。また何かあったら言うわ」

「はいはい」

 

そう言って二人は乾杯する。周りは面白そうにそれを見て、一層騒がしくなった。

 

『豊饒の女主人』はいつも通り、冒険者たちの騒ぎ声で賑わう。そうして夜が更けていった。




お目汚し失礼いたしました。

なるべく自然に、辻褄が合うようにと思い書いていますが結構難しいです。
ロキの口調も難しいです。

ご感想・ご指摘気軽にどうぞ。お待ちしています。


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盾の意味と兎の意志

もうすぐ忙しくなるので、それまでに原作1巻は終わらせて2巻に入りたいですね


ケイトは廃教会に向かって歩いている。その手にはパンと野菜、肉とチーズが入っている袋が抱えられていた。辺りはもう真っ暗で、今彼女が歩いている狭い小路には、街灯の光が僅かに漏れて差し込んでくるだけだ。

彼女は人目を避けて歩いていた。先程の【ロキ・ファミリア】とのやり取りがあった後、フィンに示唆されたように、変な噂が立つことを恐れたためだ。

下界の神は、異常な事態にはいい意味でも悪い意味でも目敏い。神々に今回起こった事を知られるのはまずい、と思ったから、彼女は誰の目にもつかないように動いていた。

 

(ちょっと出しゃばり過ぎだったかな…?でも神ロキの様子からして戦争遊戯(ウォーゲーム)になんてまずならないだろうし、大丈夫だよね!)

 

その通りなのだが、中々楽観的な彼女だった。

ケイトは廃教会に着くと、中に入って地下の隠し部屋へ続く扉を開ける。開けると階段の下から光が少し漏れ出ていることに気付く。ヘスティアはもう帰ってきているようだった。

彼女は階段を下りる。

 

「ヘスティア様、ただいまです」

「ああ、ケイト君、おかえり。ベル君は一緒じゃないのかい?」

 

ヘスティアはベッドにうつ伏せになりながらケイトの方を見て、彼女の帰還に応え、ベルの所在を問う。ケイトはテーブルに持っていた袋を置いてソファに座り、ヘスティアの質問に答える。

 

「ベルはおそらく、今ダンジョンにいます」

「な、何だって!?一緒に食事に行ったんじゃ…」

「その店で少々事情がありまして…」

「…話してくれるかい?」

「はい」

 

そう言って彼女はヘスティアに『豊饒の女主人』での出来事を話した。勿論、彼女が【ロキ・ファミリア】の一級冒険者を負かしたことは除いてだ。

 

「そんなことがあったのか」

「はい。ベルは今の自分が許せなかったんでしょうね」

「それはベル君が、自分は弱い、と思っているってことかい?」

「それもありますが、自分が現状に甘えていることに気付いたのではないでしょうか」

「現状に甘えている、自分…」

 

ヘスティアはそう呟くと、苦い顔を浮かべる。彼女自身、ベルとケイトに何もできていない現状に思うところがあった。

 

(ボクはこの子達に何かしてあげたい…力になりたい!)

 

ヘスティアの顔を見て、ケイトは彼女に声をかけようと思ったが、その前にヘスティアが立ち上がる。その顔は何かを決心したようだった。

 

「ケイト君、ボクは決めたぞ!ボクはどんな手を使っても、君達の力になる!何もできないのは、嫌なんだ!」

「ヘスティア様…っ!?」

 

ケイトがその言葉を聞くと、少し頭が痛み脳裏に声が過る。

 

『俺がお前を守ってやるさ。俺がどんなことになってもな』

 

優しそうな男の声だ。彼女は痛む頭に手を当てながら考える。

 

(今のは…わたしの記憶…?)

「ケイト君?大丈夫かい?」

「あっ、えっと、はい」

 

ヘスティアは心配してケイトに声をかける。彼女はコップに水をいれてケイトの方に寄り、彼女の前にコップを置いた。そしてケイトの隣に腰掛ける。ケイトは礼をしてコップの中の水を飲み干した。

 

「落ち着いたかい?」

「はい。ありがとうございます」

 

ケイトは空のコップを置いて一息吐いた。そして、ヘスティアの方に顔を向ける。

 

「ヘスティア様、絶対に無理したり『神の力(アルカナム)』を使ったりしないでくださいね。ヘスティア様がいなくなったらわたしもベルも悲しみます」

「ああ、勿論だよ!君たちを路頭に迷わせることなんかしない。約束する」

 

ケイトが神妙な面持ちでヘスティアに言うと、彼女はケイトの目を見つめて、誓った。

 

「分かりました…」

「よし、じゃあケイト君!ベル君を迎えに行ってくれないか?心配で仕方ないんだ」

「了解です。その前に、ヘスティア様、お食事は?」

「もう済ませたよ」

「じゃあこれは明日の朝食ですね」

 

そう言ってケイトは食材の入った袋を棚に閉まった。それから探索するときの装備をつけて、部屋を出る。その後ろをヘスティアが付いていく。

二人は廃教会を出た。外はまだ暗い。

 

「じゃあ、気を付けて。無茶はするんじゃないぞ」

「はい、行ってきます」

 

ケイトは短く答えると、バベルに向かって駆け出した。

白亜の巨塔から漏れる光が街を照らしていた。

 

 

 

========

 

 

 

ダンジョンの第6階層。そこで、碌に防具も装備せずにナイフ一つでモンスターと戦う少年の姿があった。今はモンスターを倒し尽くし地面に仰向けに寝転んでいた。相当疲労しているようで、肩で息をしている。彼の雪を連想させる白い髪の毛は、モンスターの唾液や返り血で汚れ、兎のような深紅(ルベライト)の目には涙が浮かんでいた。

 

少年の名はベル・クラネル。つい最近冒険者になったばかりの駆け出しだ。亡くなった祖父の言いつけで、このダンジョンがある迷宮都市オラリオにやってきた。14歳という年頃で未だに物語の英雄に憧れており、窮地に陥った女を助けて良い仲になる、という妄想をしてしまうような少年だ。

 

ベルには憧れがある。先日ミノタウロスに襲われた際に颯爽と現れて自分を助けてくれた女性、Lv.5の一級冒険者、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインその人だ。彼は最近アイズの事ばかり考えていた。いつか良い仲になる、隣に立てるその日を夢見て。

 

しかし、彼は気付いた。追い付くためには、死にもの狂いになって何もかもやらねばならないのだ、と。あの日の夜のように、ただ餌を与えられるのを待つ雛鳥のように甘えているだけでは駄目なのだ、と。

 

アイズに追い付くために、強くなるために今ここにいるのだ、と奮起して疲労した体を起こし、立ち上がる。それと同時に、天井から複数の黒い液体のようなものが、ドロリ、と地面にゆっくり落ちてくる。それは徐々に人型を成し、長い腕に鋭利なナイフのような三本の指がある影になった。それらがベルを取り囲むように出現する。

 

「ウォーシャドウ…!」

 

ベルはその姿を見て、目の前のモンスターの名を呟く。

ウォーシャドウは第6階層のモンスターの中でも群を抜く強さを誇り、新人殺しという別称もある。

その強力なモンスターがベルを囲んでいる。

 

(やるんだ、やるんだ、やるんだ!)

 

彼はナイフを構え、黒一色の影に襲いかかった。懐に潜り込み、ナイフで薙いで胴体を別つ。長い腕を避け、魔石を一突きする。指での刺突を躱し、頭を両断する。影の鋭い指が頭を掠めるも、怯まずに喉を貫く。

ベルは満身創痍の中、次々とウォーシャドウを葬っていく。

 

しかし、不安定な状況は、一体の影により破られる。ベルが目の前のウォーシャドウに気を取られている隙に、別の個体が横から腕を鞭のように振るって彼の腕を打つ。

 

「ぐっ!?」

 

ベルは痛みに呻き、ナイフを取り落す。

 

「しまっ、がぁっ!?」

 

彼がナイフを取り落したのを見て、彼の目の前にいたウォーシャドウが薙ぎ払いを放つ。

それを諸に受けたベルは、後方に飛ばされ地面を転がった。

 

(まずいっ…!)

 

体を起こそうとするが、その前にウォーシャドウが素早く寄ってくる。

そして、数体が同時にベルに襲いかかってきた。凶刃が彼に迫る。

 

(くそっ!くそっ!くそっ!)

 

 

「寝ている場合じゃないでしょ!さっさと立ちなさい!」

 

刹那、彼に襲いかかってきていたウォーシャドウが彼を越えて吹っ飛ぶ。どうやら突っ込んできた、いや、吹っ飛ばされた一体のウォーシャドウの所為のようだ。

ベルがウォーシャドウの飛んできた方を見ると、よく知った亜麻色の髪の少女がいた。

 

「ケイト…」

「ボロボロね、ベル」

 

ベルを凶刃から救ったのは、【ヘスティア・ファミリア】の仲間(家族)、ケイトだった。

その手には、彼女の魔法によって顕現する黒銀(こくぎん)の盾があった。

 

「帰るって言っても、どうせ聞かないんでしょ?まったく…程々にって言ったのに」

「ごめん…でも…」

「いいよ、気付いたみたいだしね」

「…ありがとう、ケイト」

 

ベルは立ち上がり、ケイトの傍らに落ちているナイフを拾う。その柄はもうボロボロで、今にもモンスターの血に塗れた刃が落ちそうになっている。彼は強引に柄から刃を抜いて、(なかご)を握った。

彼の眼が鋭くなる。

 

暫くすると、吹き飛ばされたウォーシャドウがこちらに近づいてくる。ベルは鋭い眼をしたままケイトを見る。

 

「ケイト」

「言われなくても分かってるよ」

 

そう言うと彼女はベルの後ろに下がった。

これはベルの意志であり、意地だ。止めることなど、邪魔することなど、誰ができようか。

 

今度はウォーシャドウの方から仕掛けてきた。ナイフと鋭利な指が交差し、火花が散る。ベルの速度は先ほどより上がっており、危なげながら次から次へとウォーシャドウを倒していく。

 

ケイトは、武器を持てない己を自虐した。

 

(盾なのに守らないなんて、酷い皮肉よね)

 

そう思って、彼女は強く盾を持つ手を握りしめた。

 

(でも、ベルが決めたことだから…)

 

盾は味方を阻んではいけない。味方を守り、敵の刃を防ぐ絶対の壁でなくてはならない。今、彼女がベルを守れば、ベルを無事に帰すことができる。しかし、それはベル自身が持つ意地を、誇りを、矜持を殺すことになる。

 

彼女は手を一層強く握りしめる。我慢しなければならない。盾となることしか、守ることしかできない自分が、悔しかった。

 

彼女は立ち尽くして、少しずつ傷ついていくベルを見守ることしかできなかった。

その姿は、今はただの少女のものだった。

 

 

 

========

 

 

 

日が昇りかけている暁の空。雲は風に靡き、僅かな陽光を霞ませている。

 

廃墟と化した教会の扉に背を寄りかからせて立っている女神、ヘスティアがその空を見上げていた。

 

(ベル君、ケイト君…一体どうしたんだ…)

 

彼女は愛する眷属(こども)達の帰りを待っていた。ベルは昨夜ダンジョンに行ったとケイトから聞いた。ベルを迎えに行かせたケイトも、まだ帰らない。彼女は、二人の無事を確認しなければ気が済まなかったのだ。だから、こんな夜明けまで眠らずに待っていた。

 

(早く、帰ってきておくれよ。約束したじゃないか…)

 

ベルは、勝手に死なないと言っていた。ケイトとは、互いに何処かへ消えたりしないと約束した。そしてヘスティアは、彼らの力になると誓った。

 

(二人とも、勝手にいなくなったら許さないからな…!)

 

今ここにいない子ども達に、心の内で思いを馳せる。柔らかな風に雲は流され、太陽は天頂を目指しゆっくりと動き出す。

ヘスティアの澄んだ青い瞳に柔らかな朝日が差し込んだ。反射的に手を翳し、光を少し遮る。それから、ふいに辺りを見渡す。

 

一点、遠くの方から歩いてくる二つの影があった。姿はよく分からないが、大きさは片方が少年、もう一方は少女くらいの大きさだった。少年の髪は兎の毛のように白く、少女の髪は綺麗な亜麻色だった。少年は少女の肩を借りて歩いているようだ。

 

それを見て、ヘスティアはそちらに駆け出した。

二つの影に近づいていくと、ヘスティアの思った通り、ベルとケイトだった。

 

「おかえり!ベル君、ケイト君!」

「すみません、ヘスティア様。遅くなりました」

「ただいま…神様…」

「ベル君!?傷だらけじゃないか!?大丈夫なのかい!?」

「ベルは大丈夫です。回復薬(ポーション)を飲んで安静にしていればすぐに良くなるでしょう」

 

ヘスティアは所々血に塗れたベルを心配したが、ケイトの言葉を聞いて安心した。そうすると、急に眠気が襲ってくる。

 

「ふわぁ…ともかく、二人が無事で、良かった」

「もしかして、一晩中?」

「当たり前じゃないか…愛する子達が帰ってこないんだ…いくらケイト君とはいえ心配したんだぞ…」

「…ごめんなさい…ありがとう、ございます」

「…ああ、早く帰ろう」

 

そう言うと、ヘスティアは二人の前に立ち、眠い目を擦りながら廃教会へと歩いた。

 

その途中、ベルが譫言のように小さな声で言った。

 

「神様…ケイト…僕、強く、なりたい」

 

その言葉を聞いて、ヘスティアは振り返らずに微笑んだ。

 

「ああ、なれるさ、絶対」

 

それを聞いて、ベルは安心したように僅かに笑った。

 

しかし、ヘスティアは後ろを見ずに応えたので気付かなかった。

少女が、悔しさや情けなさのような感情が綯交ぜになった表情をしていることに。

 

雲は、未だに太陽を隠さんとばかりに大空を漂っていた。

 

 

 

 




お目汚し失礼いたしました。

ご感想・ご指摘、お待ちしております。どうぞ気軽に。


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盾の懊悩と竈の願い

もっとはっちゃけた感じのやつも書きたいなあ


わたしは一人、ダンジョンに来ていた。今いるのは12階層。中層の一歩手前だ。ベルはおそらく4階層辺りにいるのだろう。

 

一昨日の朝、ベルを連れて帰ってきた後、ベルはまるで死んだように丸一日眠っていた。ヘスティア様と二人で心配していたが、無理して到達階層を更新し、一晩中戦闘していたのだから仕方ないことだろうと、見守っていた。

 

それからベルは昨日の朝目を覚ました。ヘスティア様はそれを見届けて、ベルの【ステイタス】を更新し二、三日空けると言って出かけてしまった。まだ帰ってきてはいない。

それから続けて探索に来ていた。

 

「今日はもう帰ろうか…」

 

あの日から、胸の中に靄がかかっている感じがして、どうも調子が良くない。原因は分かっている。それはベルだ。

ヘスティア様はベルの力になりたいと言っていた。それはわたしも一緒だ。でも、自分はベルの力になれるのだろうか。盾を持つことしかできなくて、守ることしかできない自分が。

 

「はぁ…」

 

思わず溜め息が出た。一丁前にベルに説教を垂れたりしているのに、こんなことでは情けない。

わたしは重い足を引き摺って地上へ向かった。

 

バベルの地下1階まで上がってきたわたしは、シャワールームに行って汗を流した。その後バベルを出て、ギルドに向かい今日手に入れた魔石を換金した。換金額はいつもと比べて少しだけ少なかった。

 

また溜め息を吐きそうになった。気分転換に『豊饒の女主人』にでも行ってみようかと考えて既にそちらの方に歩いていると、ふいに象の顔を模した仮面をつけた男たちの姿が目に入った。

それを見て、わたしはあるイベントのことを思い出した。

 

怪物祭(モンスターフィリア)、だったっけ」

 

怪物祭(モンスターフィリア)。一年に一度【ガネーシャ・ファミリア】が行っている、ダンジョンのモンスターの調教を見世物にするお祭りだと聞いている。

 

おそらくオラリオに住む無所属(フリー)の人々向けの催しなのだろうが、調教という一風変わったモンスターとの戦闘の物珍しさに、多くの冒険者も観覧するという。

 

その日の探索は休んで、怪物祭(モンスターフィリア)を見に行くことにしよう、と思いながら『豊饒の女主人』へ向かった。

 

 

 

わたしが『豊饒の女主人』に着くと、そこはいつも通り賑わっていた。中に入ると、美人なエルフの女性が声をかけてきた。

 

「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「はい」

「どうぞ、こちらへ」

 

カウンター席に案内される。

 

「ご注文は?」

「パスタと果樹水、それと、今日のおすすめを」

「畏まりました。少々お待ちください」

 

案内されてすぐに注文をする。先日のベルと同じものだ。あのときは代金を払わなかったので、そのお詫びも兼ねてちょっと奮発することにした。

 

待っている間、周りの様子を窺う。わたしを気にしている気配は一昨日いた店員以外になかったので安心した。どうやら【ロキ・ファミリア】の人達がうまくやってくれたようだ。

 

しばらく待つと、先程のエルフの女性が料理を運んできた。本日のおすすめはステーキのようだ。

 

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

 

料理の良い香りを嗅いで食欲が湧く。フォークを手に取って食べようとすると、エルフの女性が話しかけてきた。

 

「失礼ですが、無事だったのですか?」

「何のことでしょうか?わたしはお腹が減ってもう限界なんです」

「恍けないでください。あの【凶狼(ヴァナルガンド)】と相対して無傷でいられる者など、このオラリオには数えるほどしかいない。あなたは何者だ?」

 

急にエルフが殺気を放つ。このエルフ、この店でもかなりの実力者だ。なにより、どことなく()()()()を感じる。わたしは少しだけ目の前のエルフが気に入らなかった。

 

「…聞いてどうするんですか?噂をばら撒こうとでも?」

「そんなことをするつもりはありません。…ただ、気になっただけです」

「そうですか。それなら答える義理はありませんね」

「黙秘する、と?」

「はい」

 

そうして睨み合っていると、店主のミアさんが怒鳴り声をあげた。

 

「リュー!何やってんだい!早く料理を運びな!」

「す、すみません、ミア母さん」

 

エルフの名前はリューというらしい。リューはミアさんの方を見て応えた後、こちらを一瞥して言う。

 

「あまりクラネルさんに悪影響を与えないように。彼は、私の大切な同僚の伴侶となる人だ」

 

では、と一礼してリューは仕事に戻っていった。

やはり、気に入らない。わたしは少し冷めてしまった料理を数分で食べ、果樹水を一気に飲み干した。

立ち上がり、カウンターに代金を置いた。

 

「ごちそうさまでした」

「あいよ!毎度あり!()()()待ってるからね!」

「ああ、そうでしたね。では、いづれ」

 

そういえばミアさんにあの日の夜の礼としてここで働かなくてはいけないのだった。とは言ってもバイト程度だろう。ミアさんに返事をして店を出た。

 

「気分転換、とはいかなかったかな」

 

嫌な気分だ。空を見上げると、日が沈もうとしている。

今日は早く帰ってベルが戻る前に寝てしまおう。わたしはそう考えて、早足でホームに向かった。

 

 

 

========

 

 

 

ヘスティアは、【ヘファイストス・ファミリア】のホームの執務室で土下座をしている。

その相手は、やはりと言うか、ヘファイストスだった。彼女は怒り気味の表情を隻眼の顔に浮かべていた。ヘスティアがわけのわからない体勢をし続けて、執務に集中できないでいるからだ。

 

ヘスティアは彼女に武器と防具の製作を頼み込んでいた。それも一昨日【ガネーシャ・ファミリア】のホームで開かれた『神の宴』の席から今日までずっと、だ。

 

「あんた、何時までそうやってるつもりなの?私、これでも忙しいんだけど」

 

ヘファイストスがそう言っても、ヘスティアは動かず、何も言わない。ヘファイストスは何度目かわからない溜め息を吐き、困惑したような、呆れたような顔をした。

 

「そもそも何なの、それ?あんた何やってるの?」

 

彼女が質問すると、ヘスティアは漸く口を開いた。

 

「土下座、タケミカヅチから聞いた、頼みごとと謝罪をするときの最終奥義」

 

それを聞いて、より一層呆れるヘファイストス。埒が明かない、と彼女は立ち上がり、再び問うた。

 

「ヘスティア、聞かせて頂戴。どうしてそうまでするのか」

 

その問いに、そのままにヘスティアは答えた。

 

「ベル君とケイト君の力になりたいんだ!ベル君は変わろうとしている、高く険しい道を目指して!そしてケイト君と誓ったんだ、どんなことをしてでもあの子達の力になるって!だから欲しい、あの子達の為にボクが与えてやれる力が、武器が、防具が!」

 

ヘスティアは拳を握り締め、頭を強く床に押し付ける。

 

「ボクはあの子達に、養われて、助けられて、守られてばっかりだ…神らしいことは何一つしてあげられていない…何もしてやれないのは、嫌なんだよ…!」

 

彼女はそう、()くように言った。

 

「変わろうとしている、か…」

 

彼女の言葉を聞いて、ヘファイストスは、ふっ、と微笑んだ。まるで成長する我が子を見る母のように。

 

(あなたもそうじゃない、ヘスティア)

 

そして彼女は決めた。以前の自堕落でどうしようもない頃とは違う、神友の力になろう、と。

 

「わかったわ。武器と防具、作ってあげる。あんたの子達にね」

 

それを聞いて、ヘスティアは顔を上げた。とても嬉しそうな顔だ。

 

「ありがとう!ヘファイストス!」

 

彼女は立ち上がろうとするが、長い時間同じ体勢をしていたためか、フラッ、と前に倒れこむ。それをヘファイストスが抱き止めた。

 

「言っとくけど、代価は払ってもらうわよ。何十年、何百年かけてでもね」

「わかってるさ!」

 

彼女はヘスティアを立ち上がらせる。それから、壁に掛けてある鍛冶専用の槌を取りながら、ヘスティアに尋ねる。

 

「ベルって子、得物は?それとケイトには防具でいいのよね?」

「ベル君はナイフで、ケイト君はそうだけど…もしかして、君が打ってくれるのかい、ヘファイストス!」

「当たり前!私とあんたのプライベートにうちの眷属(ファミリア)を巻き込むわけにはいかないでしょ?」

 

ヘファイストスの言葉を聞くと、ヘスティアは今にも踊り出しそうな程喜んだ。

 

彼女がケイトのことを知っているのは、ケイトが初めてヘファイストスのところに来た時に彼女が貸した金を返しに来たからだ。ヘスティアに返済させようと思っていた彼女だったが、もうケイトはその神友の眷属なのだから、同じことかと思って受け取ったのだった。

 

「ケイトの防具は何にする?」

「そうだなぁ…ケイト君はいつも火力が足りないって言ってたっけ」

「それならガントレットが良さそうね」

 

話しながら、ヘファイストスは棚の仕掛けを操作した。すると、棚が動き、そこは鍛冶場になっていた。

 

「あんたにも手伝ってもらうからね。キリキリ働きなさい」

「もちろんさ!ボクにできることなら何でも言っておくれ!」

 

ヘファイストスは考える。

 

(駆け出しの冒険者に持たせる、一級品の武器と防具か…)

 

鍛冶の神の血が疼く。彼女が武具を打つのは久々のことだった。

 

(それにしても、防具しか持たないなんて変わってるわよね。ロキもケイトが欲しいなんて変なこと言ってたし)

 

彼女は、一昨日の『神の宴』での一件を思い出す。

紅髪の少年風の女神、ロキがケイトを寄越せとヘスティアに言っていたのだ。その一言のときだけは、天界にいた頃の悪神の姿を思わせた。その後、ヘスティアが断ると、それが嘘だったかのように、主にある格差的な話で取っ組み合いを始めた。勝者はヘスティアだった。

 

(やはりというか流石というか、道化師(トリックスター)よね…)

 

ヘファイストスは心のうちで呆れながら、燃え盛る炎が立つ炉の前に座った。

 

(さあ、始めますか!)

 

 

 

========

 

 

 

わたしが『豊饒の女主人』に行ったその翌日、今日も変わらずダンジョンに来ていた。機能と同じ12階層だ。10階層に比べると随分霧が深い。

 

「やっぱりオークとシルバーバックは面倒くさい…でかいのは嫌だな。あとバットパットも飛んでるから攻撃しづらいし…」

 

今日は昨日の憂さ晴らしのようにモンスターを狩っていた。上層のモンスターは大体全種類倒している。倒していないのは希少種(レアモンスター)のブルー・パピリオとインファント・ドラゴンだけだ。ブルー・パピリオはとても美しい翅をもつと聞いているから是非見てみたい。

 

「今日は昨日より稼げたかな。クエストの条件も達成したし、もう帰ろう」

 

そうして、何事もなくバベルの地下1階まで来た。何やら大きな木箱が吊り上げられているのに目がいく。おそらく怪物祭(モンスターフィリア)で調教されるモンスターが入っているのだろう。

 

「割と楽しみだなぁ」

 

横目でその作業風景を見ながら、いつもの如くシャワーで汗を流し、バベルを出てギルドへ向かう。

 

ギルドに着いて、まずは受付の方に向かう。わたしが声をかけたのは、わたしの担当アドバイザーであるミィシャ・フロットさんだ。彼女は明るい性格でとても好感が持てる。わたしの数少ないお気に入りの人物の一人だ。

 

「ミィシャさん。ただ今帰還しました。それとこれ、クエストの対象素材の《オークの皮》5枚です」

「おかえりケイちゃん!素材を確認するね。…はい、クエスト達成だよ!これ報酬ね」

「ありがとうございます」

 

ミィシャさんはアドバイザーとしては頼りない部分もあるけど、しっかりわたしの支えになってくれるし心配もしてくれる。彼女のことは姉のようだと感じている。

 

そういえば、先日の騒動の件について確認したいことがあったのだった。今日になって思い出す。

 

「ミィシャさん。一つ聞きたいことがあります」

「ん?何かな?」

「わたしの情報を聞きたい、という人は最近いましたか?」

「いや、そんな人はいなかったなぁ…なに?誰かに自分のこと話したの?」

「い、いえ。そうではないんですが…」

 

ミィシャさんには、わたしの事情はレベルを除く【ステイタス】のこと以外話してある。冒険者登録をしたときに既にLv.2だったことには大層驚かれた。その上でこうして優しく接してくれるので、彼女は信頼できる。

 

「まあ、神々があなたのことを知ったら追い掛け回されそうだけどね」

「あはははは…」

 

それは事実だし、もう神ロキには唾をつけられているので、笑うしかない。ディムナさんの言葉が真実だったことも確認できたので帰ることにする。

 

「それでは、わたしはこれで」

「うん、気をつけてお帰り」

 

そうしてわたしはホームへと向かった。今日は機嫌がいいから、夕食はベルに何か作ってあげよう。明日が楽しみなこともあり、足取りは軽かった。

 




お目汚し失礼いたしました。

展開に悩んだりサブタイトルに悩んだりと悩み事が沢山です。

気軽にご感想・ご指摘等お寄せください。お待ちしております。


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盾と怪物祭

とある喫茶店のテラス。そこには、神ロキとローブを纏った女性が丸テーブルで対面して座っていた。ロキの後ろで立っているのは、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ。

ローブの女性はフードを目深にかぶっており、その表情はよく見えない。銀の髪と紫の瞳が蠱惑的な煌めきを覗かせている。

ロキはグラスの中の液体を一口飲んでから、女性に話しかける。

 

「今度は何企んどるんや?また何処ぞの【ファミリア】の子どもを気に入って、ちょっかい出そうとしとんのか?ったく、諍いの種ばっか撒きよって…この色ボケ女神が」

 

ロキがそう言うと、ローブの女性、女神フレイヤは口元を歪めて微笑んだ。反応はただそれだけだったので、ロキは痺れを切らしたように、再び彼女に問う。

 

「で?どんな奴なんや?その子どもっちゅうのは」

「…とても頼りなくて、少しのことで泣いてしまう。そんな子。でも、綺麗だった、透き通っていた。私が今まで見たことのない色をしていた。見つけたのは本当に偶然、たまたま視界に入っただけ」

「へぇ…」

 

ロキの問いに艶めかしく唇を動かし答えるフレイヤ。ロキには、彼女のローブから覗く何もかもが艶めかしく、また忌々しく思えた。

 

「あなたも同じじゃないの?他の子を狙っているのは」

「さぁて、何の事だか分からへんなぁ」

「あの子といつも一緒の子でしょう?その子、やめといた方がいいと思うわ」

「…」

 

フレイヤの問いに、ロキは黙るしかなかった。

 

「あの子はね、見えないのよ。何色なのか分からない、まるで何かに阻まれているよう」

「…で?」

「あら、欲張りなのね。ふふっ、でも私が知っているのはこのぐらいよ。後は自分でなんとかして」

 

フレイヤはそう言うと、不意に外を見た。怪物祭(モンスター・フィリア)当日なので、道は人で埋まっている。その人混みの中に、白髪に深紅(ルベライト)の瞳の少年がいた。

また歪んでしまいそうになる口を押えて立ち上がる。

 

「どうしたんや?」

「ごめんなさい。急用ができたわ」

「はぁ?お前いきなり…」

「また会いましょう」

 

急に別れを告げて出ていく彼女に、ロキは呆れるしかなかった。

 

「なんやアイツ…って勘定もこっちかいな!?」

「…」

「ん?どうしたん、アイズ?」

「…いえ」

 

アイズの目は、フレイヤより先に兎のような少年を見つけていた。それからずっとその少年を目で追っていたのだ。いつか助けた、名も知らぬ少年を。

外を見ているアイズに、ロキが何かあったのかと疑問を投げかけるが、彼女は変化の乏しい表情で応答するだけだった。

 

 

 

=======

 

 

 

朝の陽ざしが狭い部屋に入り込む。一晩鳴っていた鉄の音はもう止んでいる。

一振りの黒いナイフが、陽光で鋭く輝いている。その刃に人差し指が滑る。その指の後を追うように神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれて青白く光る。

神聖文字(ヒエログリフ)を刻んでいるのは、鍛冶の神ヘファイストス。彼女の作業を、ヘスティアは手袋の先を咥えながら見ていた。

光が収まると、ヘファイストスは一息吐いた。友神の為ではあったが、鍛冶師としては二度とは御免の作品だった。

 

「できたわよ」

 

彼女がヘスティアに言うと、ヘスティアは一瞬呆けてから満面の笑みを浮かべた。ヘファイストスは完成したナイフとガントレットを包み、ヘスティアに持たせてやった。

 

「早速あの子達に持って行っていいかい?」

「いいわよ。でも、ローンがあること忘れないこと。それに、もうこんな邪道な武器作らせないでよね。ガントレットはアダマンタイトの普通のだけど」

「わかった!」

 

それだけ言うと、ヘスティアはすぐに飛び出していった。

 

(ホントに、あの子には弱いわね…)

 

ツインテールを元気に揺らす後姿を見ながら、ヘファイストスは思ったのだった。

 

 

 

========

 

 

 

怪物祭(モンスター・フィリア)当日、わたしとベルは一緒に調教ショーが行われる『円形闘技場(アンフィテアトルム)』へ歩いていた。

 

「二人で出かけるなんて、初めてかな?」

「そうね」

「屋台とかも回ってみようよ!」

「そうね」

 

正直に言う。面倒くさい。

大体、ベルも行くとは思ってなかったのだ。どうせそんなこと気にせずにダンジョンに行くと思っていたのに、わたしが怪物祭(モンスター・フィリア)を見に行くと言ったら、ついていくと言われてしまった。

折角一人で楽しもうとしていたのに、でもまあ、ベル一人で行かせるのはなんか心配だし、と心の内でブツクサ言っていると、ベルにかかる声があった。

 

「そこの白髪頭!ちょっと待つニャ!」

「え?ぼ、僕ですか?」

 

その茶髪の猫人(キャットピープル)の女の格好には見覚えがあった。『豊饒の女主人』の店員だ。猫人(キャットピープル)に呼ばれたベルは自分を指差してから、そちらに近づいて行った。

 

「これをおっちょこちょいのシルに届けるのニャ!」

「え、ええと…」

「アーニャ、その説明ではクラネルさんには伝わりません」

 

ベルが急によく分からない頼みをされて混乱していると、店の裏からリューが出てきた。彼女はベルしかいないと思っていたのか、わたしの姿を見ると、顔には出さなかったが動揺していたようだった。しかしその後、睨みつけてきたのでわたしも睨み返す。

 

「なぜあなたが?」

「見て分かりませんか?デートですよ」

「ケ、ケイト!?デ、デデートって!?」

「落ち着きなさい。冗談よ」

 

リューが呆れたようにこちらを見たが、無視する。それから彼女はベルに説明を始めた。なんでも、シルさんが休暇を取って怪物祭(モンスター・フィリア)を見物しに行ったが、財布を忘れてしまったらしい。困っているだろうから、彼女に財布を届けてほしい、ということだった。

 

「分かりました」

「では、よろしくお願いします」

「しますニャ!」

 

ベルはお人よしだからどうせ受けるだろう、と思っていたので文句は言わない。ただ、さらに面倒くさくなった、と溜め息を吐いた。

わたしたちはリューたちと別れて再び歩き出した。

 

 

 

闘技場に近づくと一層人が多くなった。これではシルさんの探しようがない。

 

「ど、どうしようか?」

「適当に歩き回るしかないかな。これじゃあ探そうとしても無理だろうし」

 

それから、二人で屋台を見て回ることにした。串焼き肉などを適当に買って暫く食べ歩きしていると、『ジャガ丸くん』が食べたいとベルが言ったので『ジャガ丸くん』の屋台を探す。

もう調教のショーが始まっているのではないかと思ったが、この人混みでは流されるように歩くしかないので、仕方なく人混みに流された。

 

「あっ!やっと見つけた!ベル君にケイト君!ひっさしぶりだねぇ!」

「か、神様!?」

「ヘスティア様!今まで何処に?」

「まあちょっと野暮用でね」

 

暫く歩いて『ジャガ丸くん』の屋台を見つけたら、屋台と屋台の間からヘスティア様が出てきた。何やら背中に包みを背負っている。

 

「それより君たち…二人で歩いてるなんて、デート、かい?」

「いえ、わたしはベルのお守りです」

「ちょっ!?ケイト!?」

「そうかそうかそれは良かった!」

 

一瞬ヘスティア様のツインテールが不自然に揺れて浮いたので、即座にこれがデートであるのを否定する。

 

「そうだ!重いからケイト君には先に渡しておこう。はい、これ」

「ガントレット?これを、わたしに?」

「そうさ!ボクからの贈り物だよ!」

 

ヘスティア様は背中に背負っている包みから銀のガントレットを取り出した。かなり上質な硬い金属で作られているようだ。

 

「神様?それどうしたんですか?」

「ボクのちょっとしたコネさ!」

 

どこかに銘がないか探すとガントレットの金具に【Hφαιστοs】と刻まれている。

 

「へ、ヘスティア様…?これ…」

「ふふん!すごいだろう!」

「うっ…ありがとう、ございます…」

 

ヘスティア様の眩しすぎる笑顔を見たら、何も言えなかった。かなりお金を貯めなければならないことだけは分かった。持ちようがなかったのでとりあえず装備することにした。

 

「うわぁ…カッコいい…」

「じ・つ・は…ベル君にもあるんだぜっ!帰ったらのお楽しみだ!」

「ホントですか!?やったぁっ!!ありがとうございます、神様!」

「ふふふっ、はしゃぐベル君も可愛いなぁ!」

 

わたしは絶句した。駄目だ。これからの食事は安売りの乾パンだけだ。ホロリ、と涙が零れそうになった。

 

「それでこれからどうするんだい?」

「わたしとベルは頼まれて人を探しているんです。でもまだ見つからなくて」

「そうなのか。じゃあ歩いて回りながら探すことにしようじゃないか!行こうぜ、ベル君!」

「あっ、ちょっと待ってください神様ぁ!」

 

ヘスティア様はベルの手を引いて歩き出した。どうやらデートをするつもりらしい。冒険者も多いし、何か問題があると困るので、護衛としてついていく。

 

 

 

クレープを買った(わたしは買ってない)後、人混みを避けようとして広い場所に出た。草叢の上でクレープを食べながらイチャイチャしている二人を見守りつつ、屋台で買った謎の肉を食べていた。よく分からないが結構美味しかった。

 

クレープを堪能し終わったのか、二人がこちらに近づいてきた。わたしも肉を食べ終えたので、二人に近づこうとした。

その時だった。

 

闘技場の方から悲鳴が聞こえてくる。何事かと思って見ると、そこには壊れた拘束具を付けたシルバーバックがいた。どうしてかこちらを見ている。

 

「二人は逃げて!【アイギス】っ!」

 

魔法で盾を出す。わたしの声を聞いて二人はすぐに逃げてくれた。シルバーバックはその醜悪なまでに涎が滴る口を大きく開けて雄叫びをあげる。

 

『グオオォオオオッ!』

 

シルバーバックならわたしでも倒せる。今は二人を逃がすためにこちらに注意を向けさせよう、とわたしは盾を構えた。

一瞬、地面が揺れた。その微かにも嫌な感じのする揺れの方に気が向いてしまい、シルバーバックがわたしを飛び越えていくのに反応が遅れた。二人を追いかけて行ってしまう。

 

「待ちなさい!」

 

叫んだが、シルバーバックは止まらない。二人を追おうとしたそのとき、一本の触手がわたしの脇腹を貫いた。体から嫌な音がして、唇から血が零れた。

 

「ぐっ!?」

 

謎の触手はわたしを貫いたまま、胴体に巻きついた。それから、触手はわたしの体をボールのように投げた。為す術もなく、わたしはそのまま何処かへ弾丸のような速度で飛ばされた。

 

少し宙を舞って地面にぶつかった。どうやら大分離れてしまったらしい。ベルもヘスティア様も、シルバーバックも見当たらない。助けようにも何処に行ったのか分からない。立ち上がるが、腹から流れる血が止まらない。

 

「けほっ、かはっ、ぁ…ハァ、ハァ…二人とも、何処に…」

 

血交じりの咳が出るが、悩んでいる暇も、先程のものが何だったのかも考えている暇はない。とにかく二人を、家族を助けなければ。そう思って歩き出そうとすると、上から三人の女性が降ってきた。

 

「あれ?アイズの知り合いちゃん?」

「どうしてこんなところに…って、あなた、その傷は!?」

「ひ、酷い怪我…一体何が?」

 

それは知った顔だった。【ロキ・ファミリア】のティオネさんにティオナさん、それとレフィーヤ・ウィリディスさんだ。

 

「けほっ…この騒動の所為か、触手のようなモンスターにやられました」

「触手?」

「はい。では…わたしはこれで」

 

説明している暇もないのでベルとヘスティア様を探しに行こうとまた歩き出す。すると、ティオネさんがそれを止めようと道を塞ぐ。

 

「退いてください。家族を助けなければ…」

「今アイズがモンスターの討伐をしているわ。もの凄い速さでね。今のところ怪我人はおそらくあなただけよ」

「そうです!アイズさんは凄いんですから!あなたは早く治療を!」

「心配なのは分かるけど…無理しちゃダメだよ?」

 

手負いのわたしにこの3人を出し抜けるような力はない。どうしようもないので、大人しくすることに決めると、血が上った頭が冷静になる。

二人は心配だが、アイズさんがいるのだったら、すぐに事態は収まるだろう。それにヘスティア様はベルにあげるつもりの武器を持っていると言っていた。

包みの大きさからして、おそらくナイフ。どうにか逃げられもするし、今のベルならシルバーバックをどうにかできるだろう。

 

「分かりました。わたしはこのまま傷の治療をしに行きます」

「分かってくれたのね。なら私達もついていくわ」

 

ティオネさんたちに護衛してもらうことになりそうだ。ティオナさんに肩を貸してもらいながら歩いた。

 

「…?」

「ティオナ?」

「どうかしたんですか?」

 

歩いていると、急にティオナさんが怪訝そうな顔つきになり、周囲を見回す。

 

「地面、揺れてるよね?」

「…そうね」

「地震…じゃないですよね、コレ」

 

冷や汗が流れる。

 

「気を付けてください。触手にやられる前に同じような不穏な揺れを―――」

 

突如、爆発音が響く。遅れて市民の悲鳴が上がる。咄嗟に視線を向けると、高く昇る土煙。その煙から正体を露わにしたのは、蛇のようなモンスターだった。

 




お目汚し失礼いたしました。

ご感想・ご指摘ありましたら気軽にお寄せください。


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盾が立つ場所

9月病です。最近『絶対零度θノヴァティック』にハマってます。


「ガネーシャのところは何処からこんなの捕まえてきたのよ…」

「新種、だよね…?」

 

蛇のようなモンスターを見ると、全身に怖気が走る。おそらくわたしの腹を貫いたのもあいつの仕業だろう。

黄緑色の細長い胴は気味が悪いほど滑らかで、生理的に嫌悪感を覚える。植物の種子に形状が似た頭部には、感覚器官と見られるものは無い。

 

「ティオナと私であいつを攻撃。レフィーヤはすぐに詠唱を始めて。あいつ、ヤバいわ」

「わかった」

「はいっ」

「あなたはここで大人しくしててね」

 

ティオネさんが二人に指示すると、ティオナさんはわたしを家屋の壁に寄り掛かるように座らせ、蛇もどきに目を向ける。

アマゾネス姉妹が蛇もどきに対峙すると、地面から突き出ているそいつの体が蠢く。すると、蛇もどきは自分の体を鞭のようにしならせ、体当たりをしてきた。

強引に振るわれたそれを二人が回避する。石畳は削れ、崩壊の音が大きく鳴る。周りの建物は無残にも体当たりの影響で飛び散る石塊によりボロボロになる。

ズズズッ、と寒気のする音を立てながら細長の胴体を動かす蛇もどきにティオネさんとティオナさんは挟撃を仕掛ける。しかし、

 

『――――!!』

「っ!?なにこれっ」

「かったぁー!?」

 

二人はそれぞれ蹴りと拳で蛇もどきに打撃を繰り出すが、皮膚組織はかなりの硬度があるらしい。彼女たちの攻撃に苦しむ様子の蛇もどきだが、あまり効いたように見えない。

第一級冒険者で、しかも素の戦闘能力が高い彼女たちの一撃でも、蛇もどきの体を少しへこませる程度だった。逆に、それ程硬い皮膚を殴り蹴った彼女たちにダメージが入っている。どうやら打撃では太刀打ちできないようだ。

 

彼女たちは、押し潰そうと体をくねらせたり蹴散らそうと蛇行する蛇もどきの攻撃を難なく躱しているが、決定打を与えることもできていない。

お互いにこれといってダメージを負わせることもなく、時間だけが過ぎる。

しかし、彼女たちにはもう一人、その時間を使って必殺の攻撃を練っている仲間がいる。

 

「【解き放つ一条の光、聖木(せいぼく)弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり】」

 

ウィリディスさんは片手を突出し、詠唱を進める。

流石【ロキ・ファミリア】の眷属というべきか。エルフである彼女は山吹色の魔法円(マジックサークル)を展開させて、魔法を紡ぐ。確か、それは発展アビリティの《魔導》を発現している証だ。

 

蛇もどきはティオナさんたちに首ったけなようで、ウィリディスさんには見向きもしていない。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

最後の詠唱文を唱え終えたのか、彼女の魔力が収斂(しゅうれん)されたその時、突如として蛇もどきが彼女に振り向く。

 

「え?」

 

攻撃しているティオナさんたちに構わず、異常なまでの速度で反応した。おそらく、あの蛇もどきは、()()()()()()()、と私は直感した。思えば、先程あの場所で魔法を使ったのはわたしだけだった。

不気味な頭部がウィリディスさんの方に向けられている。嫌な予感がして、わたしは腹部の痛みも気にせずに彼女の元へ行こうとしたが、それより早く、腕の太さほどもある黄緑色の触手が彼女の腹を貫いた。

 

「…ぁ」

「ウィリディスさん!」

「「レフィーヤ!?」」

 

ウィリディスさんの唇から血が吐き出される。彼女はそのまま後方に倒れ込んだ。

わたしと魔法の発動を予見して退避していたティオナさんたちは叫ぶが、彼女が立ち上がる様子はない。見たところ、防具も着けていなかったので、直接致命傷に近い傷を受けただろう。

 

その間に、蛇もどきに変化が見えた。くねらせていた体を空に向かって立てると、趣旨のような頭部に、縦に亀裂のような線が走る。次の瞬間、蛇もどきの頭部が、花が咲くように割れた。

 

『オオオオオオオオオッ!!』

 

蛇もどき、いや、花のようなモンスターの咆哮が辺りに響く。頭部の花弁は極彩色に染まっていて、悍ましい雰囲気を放っている。花弁の中央の口には牙が生えており、気色悪く粘液が滑りついている。薄い紅色の口内からは魔石のような光が漏れている。

 

醜悪な人喰い花の周りからは触手が何本も地面から突き出た。それらはティオナさんたちに襲いかかり、彼女たちがウィリディスさんに近づくのを阻んでいる。

なんとかわたしはウィリディスさんに近づいて、彼女に呼びかける。

 

「ウィリディスさん!起きてください!」

 

しかし、彼女は倒れたまま動かない。死んではいないが、意識がはっきりしていないようだ。

ウィリディスさんと花もどきの距離を取らなければ危ないと判断し、ティオナさんたちの方に向かって走り出す。わたしが花もどきと触手に近づくと、それらはこちらに襲いかかってきた。

 

「っ…【アイギス】ッ」

 

触手と本体を盾で弾くが、衝撃で傷口から血が噴き出した。そんなことはお構いなしに次々と襲ってくる触手を盾で防ぎ続ける。

 

「くぅっ…」

 

流石に量が多くて厳しい。あらゆる方向からわたしを貫こうとする触手をシールドバッシュの要領でいなす。盾だけでは対処しきれず、ガントレットで受け流す。一瞬体が開く。そこを、隙を突くように、花もどき本体が突っ込んできた。盾で防御しようと構える。すると、新たに触手が地面から生えてきた。

 

「えっ!?」

 

腕に巻き付かれ、磔にされたように拘束されてしまう。

力を込めるが振りほどけない。手首を締め付けられ、盾を手放してしまう。

 

このままでは―――死ぬ。

 

食人花は眼前。わたしの耐久と《守護》ならギリギリいけるか、などと場違いにも淡い期待を浮かべた。

 

 

瞬間、風を纏う剣の姫が金光と銀閃と共に現れた。

 

「アイズ!」

 

ティオナさんが彼女の名を叫んだ。

食人花はわたしを食い破る直前で切断され、折れ曲がるように崩れ落ちた。

周囲の触手も萎れたように地面に落ち、わたしは解放された。

 

「ありがとうございます、アイズさん」

「うん…」

 

言いながら彼女はウィリディスさんの方を向いて、彼女に駆け寄ろうとする。

が、先程と同じ揺れが発生した。アイズさんが足を止める。

既にボロボロの石畳が膨らみ、破裂するように飛び散った。すると、アイズさんを囲むように三体の花もどきが付き出した。

 

頭部の蕾はすぐに花開き、彼女に向く。アイズさんが風を纏った剣を構えて一体に斬りかかろうとするとすると、突然に剣に亀裂が入り、破砕した。

 

「―――っ」

「え―――」

「なっ―――」

「ちょっ!?」

 

アイズさんだけでなくわたしもティオナさんたちも唖然としてしまった。砕け散った剣の破片は銀の光を放ちながら地面に散っていく。

 

『――――!!』

 

それを見たのか、食人花が三体一斉にアイズさんに襲いかかる。彼女は跳躍して回避した。刃を失った剣の柄頭で食人花を殴るも、やはりへこむだけでダメージはほぼない。

 

風は彼女の魔法なのだろう。アイズさんは攻撃を諦めたのか全身に風を纏い回避に徹している。

 

「こっち見向きもしないんだけど!」

「気を付けてください!そいつは魔力に反応するようです!」

「魔力に!?」

 

食人花がアイズさんしか狙っていないことで、アイツが魔力に敏感なのは確定だろう。アイズさんはウィリディスさんから食人花を遠ざけるように立ち回っている。無数の触手が彼女を襲うが、ティオナさんたちの連続攻撃もあり、(すんで)のところで躱す。

 

「アイズ、魔法解きなさい!追い掛け回される!」

「でも…」

「一人一体くらいだいじょーぶだって!」

 

集団戦闘の中、幾度となく彼女たちはすれ違い、その間にティオナさんたちはアイズさんに魔法を解除するように呼びかける。その末、彼女は魔法を解除した。

 

蛇のような胴体が立ち並ぶ屋台を破壊していく。

その時、わたしの目に、その反対側の屋台の影に座り込んでいる獣人の子どもが映った。小さな体は恐怖に震えている。

 

ボタボタと血を滴り落とす腹を押えて、わたしは走り出した。ズキズキと体が悲鳴を上げる。

獣人の子どもに、食人花の細長い胴が鞭のように迫る。

 

「届いてっ…【アイギス】ッ!」

 

あと数M(メドル)のところで魔力を全開にし、盾を出す。それはいつもとは違い、とても戦闘では使えないような長大な黒銀の盾だった。中央にロザリオを少し大きくしたような十字架がついていた。

 

しかし、それが功を奏した。走って前に倒れ込みながら、子どもと食人花の間にその歪な形の盾を剣のように振り下ろす。そうして、なんとか食人花を弾くことができた。

しかし、無理な角度で衝撃を受けた所為だろう。私の右腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。

 

「ううあっ…」

 

痛みを耐える。耐えなければ。

盾が消える。

 

「早く、逃げて…ね?」

 

子どもに震える声で伝える。私の言葉を聞いてくれたのか、はたまた恐怖で逃げ出したのかは分からないが、獣人の子どもは屋台の奥の小路に走って行った。

 

 

 

次の瞬間、食人花の大口がわたしに激突した。直前で体を転がしていたので、食われるのは避けたが、巨大な頭部に体を押し潰された。

 

「ああああああっ!?」

 

体から砕ける音が聞こえる。先程折れた腕はもう骨など通っていないかのように歪んでいる。肋骨が折れ、肺が圧迫されて口から血を吹き出す。

 

花弁に()ねられ、もう何度目か、地面を転がった。他の食人花とウィリディスさんの間の丁度半ば程で止まり、うつ伏せになった。

ティオナさんたちの叫び声が聞こえるような気がするが、音が遠くよく聞こえない。なんとか動く顔をウィリディスさんの方に向ければ、いつの間にかエイナさんが彼女の救護をしようとしていた。

ウィリディスさんは大丈夫そうだ。あとは武装した【ガネーシャ・ファミリア】の団員や高レベル冒険者の増援が来てくれれば。

 

 

 

そう思っていると、ウィリディスさんが揺らめくように立ち上がり、一歩、また一歩と踏み出して、ついには駆け出しこちらに近づいて来る。その顔は、決意に満ちていて、厳然とした面持ちだった。

 

彼女はわたしの元に辿り着き、盾になるようにわたしの前に立って詠唱を始めた。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

 

―――ふざけるな。

目尻に涙が溜まり、一筋流れる。

 

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来たれ】」

 

 

わたしはどうなっても構わない。いくら傷を背負おうが、何度も砕かれようが。

わたしは、わたしの在り方を決めたのだ。

 

 

「【繋ぐ絆、楽宴(らくえん)の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 

立ち上がるために力を入れる。千切れるような音がする。気にしない。

 

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 

ウィリディスさんは歌い続ける。

 

―――早く、早く立ち上がれ。

 

幾度無様に倒れようが。

 

 

「【どうか――力を貸し与えてほしい】」

 

 

―――()()は、自分の立つ場所だろう?

 

 

「【エルフ・リング】」

「――――」

 

声もなく、立ち上がる。守る為に。

 

 

 

========

 

 

 

山吹色の魔法円(マジックサークル)が翡翠に変わる。レフィーヤは詠唱しながらも驚いていた。

彼女は、もう憧憬(アイズ)に守られるだけでは嫌なのだと、追い付き隣に立ちたいのだと、諦め悪く立ち上がった。自分を守ってくれた彼女たちを、脅威から守るのだと決めた。

その目の前に、自分と同じ傷を負いながら尚自分を守り、それ以上にボロボロになっても自分を守らんと立ち、鈍く輝く黒銀の盾を翳している亜麻色の髪の少女。

 

「レフィーヤ!?」

「あの子っ!?」

 

攻撃し続けていたティオナたちと風を纏い食人花の猛攻を躱し受けていたアイズは収束された二つの魔力に気が付く。その後、食人花のモンスターがより濃く魔力の気配がするレフィーヤとケイトに向く。

 

「【―――終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

レフィーヤは詠唱を紡ぐ。彼女が三つの魔法のスロットの中で最後に得た魔法、同胞(エルフ)の魔法に限り完璧に理解したものを、二つ分の詠唱と精神力(マインド)を消費して行使する反則技(レアマジック)――召喚魔法(サモン・バースト)

その魔法を会得した彼女の二つ名は、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

翡翠色の魔法円(マジックサークル)が光を放つ。

触手が襲ってくるが、レフィーヤは問題ないと感じていた。

 

「【アイギス】…」

 

なぜなら、目の前に(レフィーヤ)を守る(ケイト)がいるから。

 

「――――」

 

声も上げず、彼女は二人を貫かんとする触手を盾で防ぐ。その間隙に地面から突き出てきた触手は、()()()()()()()()()()()()()に阻まれる。

 

三体の食人花のモンスター本体が二人に迫ろうと体をくねらせ突出する。壊れた鐘を打ち鳴らすような()き声をあげ、高まり続ける魔力源を潰しにかかる。

 

「待てってのー!!」

「大人しく、してろっ!!」

「っ!」

『―――!?』

 

しかし、一瞬にしてティオナたちが食人花の前に立ち塞がり、その突撃を殴り蹴り弾く。

 

夥しい数の触手の連撃を一身で防ぐケイトの体から鮮血が噴出する。

そのワインレッドの眼は、不屈。

 

レフィーヤは紺碧の瞳を力強く見開き、一気に詠唱する。

 

「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!」

 

魔法円(マジックサークル)が拡がる。

そして、魔法が―――

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

―――紡がれた。

 

それは、時さえも凍てつかせるような極寒の三条の吹雪。処女雪のように純白の氷柱が食人花に直撃し、モンスターの何もかもが凍結する。三体の食人花は氷に覆われて、完全に停止した。

 

「レフィーヤッ、ナイス!」

「散々手を焼かせてくれたわね、この糞花っ!」

 

ティオナはレフィーヤを褒め称え、ティオネは凍りついた食人花に憤怒をぶつける。

彼女たちが三つの氷塊の内の二つの近くに着地する。

 

「死ねっっ!!」

「いっっくよおおおおぉーっ!!」

 

そして、その褐色の肢体から渾身の回し蹴りを炸裂させる。次の瞬間には食人花の氷のオブジェは、あっけなく氷片となった。

 

「アイズー」

「…ロキ?」

 

ティオナたちが食人花を粉砕した脇で、アイズは頭上から自分を呼ぶ主神の声を聞く。見上げると、壊れかけの屋台の上に先程ケイトが救った獣人の少女と、泣いている彼女を自分に抱き着かせているロキが立っていた。

彼女はアイズに一振りの剣を投げ渡す。

 

「これ…」

「そっからちょちょっと、な」

 

ロキは潰れた出店の一つを指差し言った。

 

「じゃ、任せたでー」

 

優しく笑いかけてくる主神に、アイズもまた小さく笑った。

 

「…」

 

彼女はゆっくり、粉々の石畳の上を歩む。氷像に近づき、抜剣。

瞬間、無数に銀閃が刻まれ、最後の一閃でそれは崩壊した。

 

細氷が輝いて舞う中、金色の瞳は、仲間(レフィーヤ)を守ってくれた傷だらけの少女を見ていた。

 




お目汚し失礼いたしました。

鳥肌が立つみたいなもんを書いてみたいですね。

ご自由にご感想またはご指摘をお寄せください。お待ちしております。


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護るための盾

先週UAが先々週UAの2倍くらいになってて驚きました。


どこかの草原だろうか。一面の緑草に吹き抜ける風。目の前には一人の男がいた。ただ、影のように黒くなっていて、その姿はよく分からない。

 

『剣の扱いはお前には敵わねぇなあ』

『当たり前でしょ。実力差どんだけあると思ってるの?』

『はははっ、そりゃそうだ。まあ俺はそっち専門じゃねぇからな』

『またそんなことを…まあ、いいわ。早く戻りましょう』

『そうだな、爺さんも心配するだろうし帰ろうぜ』

 

そこで、男の姿が掻き消えた。

 

 

 

========

 

 

 

「んぅ…」

 

目を開ける。わたしはどうやらベッドで寝ていたようだ。見知らぬ天井を不思議に思って周りを見れば、いかにも客室といった感じの部屋だが、シックな調度品はなかなか良いものと思われる。陽光が差し込む窓の白いカーテンの隙間から外を覗くと、オラリオの街並みの一角が少し下に見える。ここが高めに建てられた建物の上層階であることが分かった。

 

「そうだ…わたし、あのとき…」

 

食人花に酷い傷を負わされて、ウィリディスさんが魔法を唱えようとしたから盾になって、盾の力が増して、と覚醒しきっていない頭で時系列順に整理しようとする。だが、知らない場所にいることも相まって、頭が混乱する。

 

怪我をしたならば、バベルか何処かの治療院にいるのだろうが、そのような雰囲気はこの部屋にない。としたら、もしかしたら、この場所は。

 

上体を起こしてベッドから降りる。わたしは裸だった。身長に見合った房とも呼べないそれを始めに自分の身体を確認したところ、傷らしいものは見当たらない。体も問題なく動かせる。かなり効能の良い回復薬(ポーション)か治癒魔法のおかげだろう。

 

というか、こんなことを考えている暇ではないと気付いた。

 

「ベルとヘスティア様の無事を確認しなきゃ…」

 

わたしは自分の服と装備を探すが、この部屋には無いようだ。だからと言って誰かが来るのを待っている余裕もない。どうしたものかと暫く考えていると、急に部屋の扉が開く。

 

「ったく、なんで俺が盾女の様子見なんか…」

 

見覚えのある狼人(ウェアウルフ)の男が入ってきた。ベート・ローガさんだ。それを見て私は確信した。ここは【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏の館』だ。

 

「ローガさん、おはようございます」

「…すまねえ、邪魔したな」

 

ローガさんは部屋を出て行ってしまった。どうしたというのだろうか。わたしは扉の方に行って開けるが、人は見当たらない。仕方ないので、シーツを服代わりに身に纏って部屋を出る。

 

「誰かいないのかな?」

 

部屋を出て辺りを見回しても、誰もいない。下に降りたら誰かいるだろうか、と思って階段を探し歩こうとすると、背後からドタドタと走る音が聞こえてきた。

 

「ケイトー!起きたんだね!良かったぁー!」

「うわぁっ」

 

振り返ると、ティオナさんが飛び込んできた。その勢いに負けて押し倒される。

 

「お、おはようございます、ティオナさん。重いです」

「あっ、ごめんねー」

 

ティオナさんが先に立ち上がり、手を引いて起こしてもらう。

 

「えっと、今回は助けてもらってありがとうございます」

「いいよ、気にしなくて。かなり重傷だったし、ロキがここに連れて行くって言ったんだし」

「はぁ…」

 

やはり、神ロキの仕業だったか。溜め息が出る。

 

「ん?どうかした?」

「いえ…それでなんですが、わたしの服はどこに?」

「あー…ケイトの服はボロボロになっちゃってたからね。こっちで用意することにしたんだけど、まだ起きないかなーって思って準備してなかったんだよねー」

「そうだったんですか」

 

傷の治療をしてもらって、その上服まで貰うなんて申し訳ないが、この状況では形振(なりふ)り構っていられない。素直に厚意に感謝するとしよう。

 

「では、装備の方は?」

「胸当ては(ひしゃ)げてて駄目かな。ガントレットは多分アイズが持ってると思うよ」

「分かりました」

 

ギルド支給品のものだったが壊してしまった。でもエイナさんもあの場を見ていただろうし、今回の騒動のこともある。おそらくなんとかなるだろう。

 

「神ロキ、もしくは団長のディムナさんはいらっしゃいますか?」

「ロキもフィンもいるよ。ベートが来てケイトが起きたって言ってたから、私は連れてくるように言われたんだ」

「そこに行く前に服が欲しいんですけど…」

「あっ、じゃあちょっと待ってて!私のおさがり持ってくるから!」

 

そう言うとティオナさんは走って行ってしまった。アマゾネスの衣装は露出度が相当高いが、貰い物だから文句は言えない。暫く立って待っていることにした。

 

数分もしない内にティオナさんが戻ってきた。その手の中には、やはりアマゾネスの衣装で、ティオナさんが着ているのをそのままサイズを小さくしたようだった。

部屋に入って着替えて、その後ティオナさんに連れられて下に降りた。

 

「これは何処に向かってるんです?」

「食堂だよー。ケイトがお腹空いてるだろうからお昼ごはんでも食べながら話そうってフィンが言ってた」

 

本当に何から何までしてもらうみたいだ。貸しを作るつもりなのだろうか。

言っては悪いが、【ヘスティア・ファミリア】のような零細ファミリアに【ロキ・ファミリア】が見返りを求めるわけがない。わたし個人が目当てなのだろう。

 

ティオナさんに連れられて歩いていき、大きな食堂に入った。数十人は一斉に食事をとれそうだ。見ると中央の方に神ロキ、ディムナさん、ティオネさん、ウィリディスさん、それにアイズさんがいた。

 

「おおおおおっ!露出度高めのアマゾネスの服から惜しげもなく晒された真っ白柔肌!ツルペタなお胸!キュッとしたお尻!ケイトたん凄すぎるでぇ!」

「ロキ、落ち着いて。ティオナ、他の服なかったのかい?」

「えー、似合ってるしいいじゃん?」

「まあ、本人は気にしてないみたいだしね」

「そ、それでも流石にこれは…」

「…うん」

 

正に賛否両論。いや、そんな場合ではない。さっさと事を済ませよう。

 

「【ロキ・ファミリア】の皆様、この度は助けていただいてありがとうございます」

「ええって、そんな堅苦しいんは。ウチはケイトたんお持ち帰りしとうてやっただけやし」

「ああ、それに君はうちの団員を守ってくれたしね。仲間(ファミリア)の命の恩人を助けるためなら、万能薬(エリクサー)の一つくらいどうってことないさ」

「は、はい。あ、あの、ケイトさん。昨日は私を守ってくれて、その…ありがとうございました!」

「いえいえ、そんな」

 

万能薬(エリクサー)。最高品質のもので50万ヴァリスはくだらない高級品。内心、冷や汗が流れる。そんなわたしの心を読んだのか、フィンさんが、ふっ、と小さく笑う。

 

「別に金を返せなんて言わないさ。せめてものお礼だと思ってくれ」

「これは団長のお気持ちよ。無碍にすることは許さないわ」

「…分かりました。改めて、感謝を」

 

そうして一件落着。アイズさんがわたしにガントレットを渡してきた。

 

「汚れてたから、磨いておいたよ」

「ありがとうございます、アイズさん」

「ううん、こっちこそ。レフィーヤを助けてくれて、ありがとう」

 

ガントレットは昨日ヘスティア様に貰ったときのように銀の光沢を放っている。アイズさんに手入れしてもらえるなんて思ってもなかった。

 

「ホントホント!あの盾すごかったねー!なんか自由に浮いてたし」

「あはは…わたしもウィリディスさんに助けてもらったし、お互い様ですよ」

 

実際にウィリディスさんの魔法があったからあの食人花を倒せたようなものだった。もし戦闘が長続きしていたら、わたしは本当に死んでいたかもしれない。

そんな考えを巡らせていると、ウィリディスさんがもじもじしながら話しかけてきた。

 

「あ、あの…ファミリーネームはなんだかこそばゆいので、レフィーヤと呼んでもらえれば…」

「分かった、レフィーヤ。これでいい?わたしもケイトでいいよ」

「はい、ケイト!」

「ぐふふ…目眩(めくるめ)く百合の空気…ええなあ…」

「ロキが自分の世界に行っちゃってるわね」

 

それから、談笑しつつみんなで昼食を食べた。流石は【ロキ・ファミリア】といったところで、料理も美味しいし素材の一つひとつが一級品だと思われた。

 

昼食を食べ終えたわたしは、これ以上いると神ロキに襲われかねないと感じたので、この辺りでお暇することにした。

わたしが席を立ち帰ることを告げると、アイズさんたちが出口まで案内がてら見送りをしてくれた。その途中でローガさんがわたしに突っ掛ろうとしてきたが、ティオナさんとティオネさんによって連れて行かれた。

 

「またね、ケイト」

「はい、アイズさん。お世話になりました」

「いつでも遊びに来てなー」

「気が向いたらお邪魔します」

「また会いましょう、ケイト」

「うん。元気でね、レフィーヤ」

 

そうしてわたしは見送られて、『黄昏の館』を後にした。

 

 

 

========

 

 

 

「ただいま戻り―――」

「ケイト君どこいってたんだよぉおおーっ!!」

「うわぁっ」

「ケイト!?」

 

ホームに着いて部屋に入った瞬間、ヘスティア様が飛び込んできて押し倒された。本日二度目だ。視線を部屋の奥に向けると、ベルがこちらを見ているのが目に入った。

 

二人とも無事だったようで安心した。

 

「心配したんだぞ!あの騒動に巻き込まれて大きな怪我でもしたのかと思って…」

「ごめんなさい、ヘスティア様」

 

嘘は通用しないのでひたすら謝り続けたら、わたしが何をしていたのかは不問になった。それから昨日ベルとヘスティア様がどうなったのか聞かせてもらった。

 

「すみません、ヘスティア様を守れずに、わたしは…」

「そんなに気にしなくていいんだぜ?ボクの子ども(ファミリア)は君だけじゃなく、ベル君もなんだからさ」

 

やはり、ベルがシルバーバックを倒したらしい。ヘスティア様がベルに与えたのは《神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)》というもので、ベル自身の成長と連動しそのナイフも強くなる、正に生きた武器。おそらく、現在ある中で、トップクラスの高額の武器。胃が痛かった。

 

それでも、ベルはヘスティア様を守ってくれた。本来ならわたしがやらなければならないことだったのに。

 

「ベル、よく頑張ったね、偉いわ」

「ケ、ケイト?」

 

思わずベルの頭を撫でた。ベルは気恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、特に文句を言わない。

ベルの身長が伸びているような気がした。口元が綻ぶ。

 

(もう守られるだけじゃないんだね…)

 

ベルは成長している。とても早く、とても速く。

今回のことでも感じたが、やはりわたしには守ることしかできない。ベルの()にはなれないのかもしれない。

 

でも、()になることはできないけれど、わたしはこの子の成長を助け、この子の道を阻む何かがあるならば、それを阻もう。

 

ベルが剣で、わたしは盾。

ヘスティア様を、ベルを、【ヘスティア・ファミリア】を護る、絶対の盾なのだから。

 

 

 

========

 

 

 

「言いたくないなら仕方ないけど、一つだけ聞かせておくれ。」

「何でしょうか?」

()()()()、何だい?」

 

「―――ファッションです」

 




お目汚し失礼いたしました。

これにて第1章完です。
書き進めるうちに、あの話はもっとこういう表現を使えばよかったなとか、色々思ってました。
自分自身納得のいくようにしたいと思うばかりです。

ご感想・ご指摘等ございましたら気軽にお寄せください。お待ちしております。


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第2章
小さな盾には小さな疾風


思うところがあり、章の名は特につけないことにしました。

今回は短めです。


ダンジョンの13階層。そこからは俗に中層と呼ばれ、1階層から12階層までの上層とはモンスターの強さや発生頻度、通路の複雑さなど全てが段違いになっている。

そのことから名付けられたこの階層の別名は、《最初の死線(ファーストライン)》。

 

「盾があってもある程度の熱は感じるのか…」

 

わたしは今そこにいた。中層に来たのはこれが初めてのことだった。聞いてはいたが、《放火魔(バスガヴィル)》という異名を持つ犬型のモンスター、ヘル・ハウンドには少し驚かされた。初めて魔力による攻撃を放ってくるそいつによって丸焦げにされてしまう冒険者も多いそうだ。その火炎攻撃を防ぐのに盾2枚は必要だった。一応火炎攻撃も反射ができるようで、誰かさんを彷彿とさせる兎のモンスター、アルミラージを丸焼きにしたときは、少し可哀相だと思ってしまった。

 

「魔法の進化、ね」

 

わたしの魔法、【アイギス】。説明には即発魔法としか書かれておらず、詳細は分からないが鈍く光る黒銀(こくぎん)の盾を呼び出す魔法だ。

今はわたしの持つ一つの他、わたしの左右と背後に浮く三つの盾がある。食人花との戦闘のときは満身創痍で気を向けることができなかったが、三つの盾はそれぞれわたしの意志で動かすことができる。その為、戦術が広がったのが大きい。盾で挟み潰したり囲って逃げ場をなくしたり重ねて展開して殴ったり等々。

これはもう下手な武器より凄いんじゃないかと思ってきた。それこそ武器が持てないなんて杞憂ではないかと感じるくらいに。

 

「でもあの花もどきには効かないよね…」

 

無論、あんなモンスターとは二度と遭遇したくはないが、打撃に耐性のあるモンスターにはわたしの盾は効かない。13階層では小型のモンスターしかいないのでなんとかなったが、今後そうはいかない場面に出会うことがあるだろう。

やはり、剣を持って闘いたいという思いはあった。

 

しかし、わたしはとっくに決めているのだ。盾で在ろう、と。

それがわたしの役割であり、意味であるのだから。

 

「それにしても、【ステイタス】凄かったなぁ」

 

わたしが『黄昏の館』から帰った翌日、ヘスティア様に【ステイタス】の更新をしてもらったのだが、その内容には本当に驚いた。

 

……………………

 

ケイト

Lv.2

力:E484→D552

耐久:S980→EX1435

器用:F348→E419

敏捷:D534→C608

魔力:C641→A831

守護:I→G

 

《魔法》

【アイギス】

・即発魔法

 

《スキル》

戒矛翳盾(スクード・ファート)

・耐久の熟練度上昇値に補正

・武器装備時、全アビリティ大幅低下と罰則(ペナルティ)

・防具のみ装備時、耐久に上方補正

・防具のみ装備時、得られる【経験値(エクセリア)】の増加・良質化

・守る対象がいる場合に効果上昇

 

……………………

 

熟練度上昇トータル800オーバー、アビリティの限界突破、発展アビリティの等級二段階上昇、スキルに追加効果。

しばらくヘスティア様が放心したのも頷けるものだ。何があったのか詳しく聞かせろ、と再三言われた時には、嘘の無いように曖昧に説明するしかなかった。怪我をしたのを知られたら、小一時間怒られた。

 

自分でもこんなになっていることが理解できなかった。あの花もどきはそれ程に強い相手だったということなのか。しかし、こうなってしまったが後の祭り。害にはならないのだから、世間にばれないように振る舞えば問題ない。

 

「注目されないようにしていかなきゃ、かな」

 

わたしは魔石やドロップアイテムで重くなったバックパックを背負い直した。

今日はどれくらい稼げただろうか。地上へ向かう足取りは軽いようで、重い。銀のガントレットに流れ落ちた涙滴が儚く光った。

 

 

 

========

 

 

 

迷宮都市オラリオの中央に座する白亜の摩天楼、バベル。天を衝くほどに聳え立つ巨塔はいつもと変わりなくオラリオの街を見下ろしている。

その最上階に、この世の美をその身に全て内包したかのような女が豪奢な椅子に腰かけている。艶めかしい玉の肌を曝け出すかのような紫紺のドレスを纏っているのは、【フレイヤ・ファミリア】の主神、女神フレイヤ。

その斜め後ろに筋骨隆々な猪人(ボアズ)の男が直立して控えている。いかにも屈強な体躯は歴戦の猛者を想像させる。

それもその(はず)。その男の名は、オッタル。オラリオ最強の冒険者にして、唯一のLv.7なのだから。彼の二つ名は、【猛者(おうじゃ)】。彼の存在が、【フレイヤ・ファミリア】を【ロキ・ファミリア】と並ぶオラリオの二大ファミリアとさせている。

 

「フレイヤ様。あの少年は如何でしたか?」

「なぁに、オッタル?妬いているの?」

「いえ、そういうわけではございません。ただ、あの少年は貴女様のお眼鏡にかなったののかどうか、と」

「ふふっ、そうねぇ。あの子はとても輝いていたわ」

 

フレイヤは蠱惑(こわく)的に恍惚とした笑みを浮かべる。

先日の怪物祭(モンスター・フィリア)でモンスターを解放したのは、彼女だった。それは朱髪の悪神には分かっていたようだが、天界の時の貸しを持ち出して告発を封殺した。

ただ、彼女は試し、見てみたかったのだ。兎のようにか弱く、それでいて眩しい、少年の輝きを。彼女の企みは異常事態(イレギュラー)もあったがうまくいき、邪魔者を排斥し、少年の輝きを存分に堪能することができた。

 

「嗚呼、あなたが欲しいわ、ベル」

 

美の女神は後ろにいる眷属のことも忘れ、一人の少年に思いを馳せていた。

 

 

 

========

 

 

 

「どうしてこんなことに…」

 

若草色のジャンパースカートに白いエプロンとヘッドドレスを着て、いくつもコップやグラスが乗っている盆を両手に、そんなことを思った。馬鹿騒ぎをしながら酒や料理を貪る冒険者たちに注文の品を運ぶ。

ここは、酒場『豊饒の女主人』。なぜわたしがこんなところで給仕をしているのかというと、話は3時間ほど前に遡る。

 

わたしはダンジョンを出た後、魔石やドロップアイテムの換金を終え、帰路についた。そこまではよかった。しかし、途中で精悍なドワーフの女性に遭遇してしまったのが運の尽きだった。

買い出しをしていたミアさんに出会ったわたしは、いつかの()()を払え、と言われて断る暇もなく拉致された。この前、またいずれ、なんて言ったのが悪かったのだろう。

そうして強制的に制服に着替えさせられ、事ここに至っている。

 

「料理できたよ!奥のテーブルだ!」

 

女将のミアさんが怒号にも似た大声を上げる。今は既に日が沈み、夜の帳の中、魔石灯の光が道を照らしている。多くの冒険者が探索から帰る時間帯だ。当然、ここを含む酒場には花の蜜を求める虫達のように冒険者が集まり、騒ぐ。わたしの他の数人の店員も店の中を忙しなく動き回っていた。

 

「そこの可愛い嬢ちゃん!果実酒3つと今日のおすすめ!」

「こっちは麦酒を人数分!」

「かしこまりましたー」

 

忙しい忙しい。わたしは無心になって人形のように働いた。

 

 

 

騒ぐ冒険者も少なくなり、日付が変わる直前に今日のバイトは終了した。これから一週間はやってもらうとのことだ。ダンジョンに行って少しでもお金を稼がなければいけないというのに、足止めを食らってしまった。

ヘスティア様は何も言わないが、【ヘファイストス・ファミリア】の一級品の武具の気になるお値段は、最低でも0が7つはある。そして、神ヘファイストス自らが鍛えた武具となれば、金額が跳ね上がることは間違いない。

おそらく、現在【ヘスティア・ファミリア】は数億ヴァリスの借金を抱えている。頭と胃が痛かった。明日にでも神ミアハのところに行って頭痛薬と胃薬を買ってこよう。これは必要経費だ、と自分に言い聞かせた。

 

「何を考え込んでいるのかは知りませんが、早く退いてください。掃除の邪魔です」

「はぁ…はいはい、分かりました」

 

頭を悩ませるわたしに、憂鬱とさせる声がかかる。『豊饒の女主人』で働く空色の瞳に薄緑の髪のエルフ、リュー・リオン。わたしがこの店で唯一苦手な相手だ。わたしがぶっきらぼうに彼女に返事をすると、彼女はムッとした表情を浮かべた。

どうしてだか、彼女はわたしのことが気に入らないようなのだ。それはお互い様で、わたしも彼女は気に入らないのだが。

要らぬ諍いは起こしたくないので早々に立ち去ろうとするが、待ちなさい、とわたしの足を止める彼女。

 

「あなたはクラネルさんをどう思っているのですか?」

「何を考えているのかは知りませんが、ベルはわたしにとって護るべき家族です」

 

嫌味も込めて本心を告げる。ベルはまだ頼りなく、わたしから見れば弟のような存在だ。しかし最近の成長ぶりは目を見張るものがある。スキルのこともあるのだろうが、ベルには才能があると思う。指導者がいればもっと伸びるだろう。

 

わたしが答えると彼女はこちらを睨むが、すぐに目を逸らした。そして、また口を開く。

 

「何故あなたからは私と似たような感じを覚えるのでしょうか?その感覚が、わたしに貴女を気に食わなくさせる」

「奇遇ですね。わたしもですよ」

 

暫く視線をぶつけ合う。

多分、相手も分かっているのだ。この嫌な感情の訳を。この胸を刺すような感覚が何なのかを。

()()()()()、わたしはリュー・リオンという存在が気に入らなかった。

 

「彼を大切にしなさい。今日は早く帰ったほうがいい」

「言われなくとも」

 

その後、わたしは更衣室を借り元の装備を着けて、店を後にする。

頬を撫でる夜の風が少し冷たく感じた。

 




お目汚し失礼いたしました。

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盾、飢えては職をえらばず

難産って感じですね


元々は霊験あらたかだったのだろうが、今は見るも無残な廃教会。今尚それだけが神聖さを表すステンドグラスが朝日を浴びて光り輝く。石煉瓦の床の隙間から、地下の隠し部屋に陽光が入り込んだ。

昨日はとても疲れていて帰ったらすぐに寝てしまった。ヘスティア様とベルはわたしを待っていたのか、ソファで座りながら眠っていたので、ありがたくベッドを使わせてもらった。

まだ二人はぐっすりと眠っているようで、すぐには起きそうにない。二人の仲良く寄り添うように眠る光景を見たら、つい口元が緩んでしまった。

 

そういえば昨日ミアさんに、今日は朝から入るように言われていたのだった。思い出して、すぐに準備をする。遅刻をしたらどんなお仕置き(制裁)が待っているか分からない。

 

「書き置きは…いいかな」

 

ばれるのは時間の問題だろうが、自分で言うのもなんだか恥ずかしい。特に二人に言っておくことも無いので、わたしは二人を起こさないように地下室を出た。

 

 

 

オラリオの朝は早く、日が出てからまだ1時間ほどしか立ってはいない。それでも冒険者や無所属(フリー)の労働者が道を歩いているのはいつものことだ。その光景を歩きながら眺めて、今日も給仕か、と億劫になる。

 

『豊饒の女主人』に着いて中に入ると、着替え終わって店内にいる人もいた。急いで離れの更衣室に行き、着替えを済ます。長い髪はポニーテールに結わえ、ヘッドドレスを着けて準備完了。髪型を変えたのは気紛れだ。

 

「ケイトさん、おはようございます!」

「おはようございます、シルさん。朝から元気ですね」

「はい!私はいつも元気ですよ!」

「二人とも、早く店内の掃除を済まさないとミア母さんに叱られてしまう」

 

更衣室を出ると、シルさんとリューに出会った。不服だが怒られるのだけは嫌なので三人で店の方に行く。わたしが、また掃除か、と小さく文句を垂れると、店仕舞いの前の掃除は零れた料理や酒を片付け、開店前の掃除は埃も塵も無いように綺麗にする為だ、とリューがすかさず言ってきた。それ以前に、文句を言えばミアさんに怒られる、とシルさんが補足する。

理解したわたしは、黙って掃除用具を手に取り作業を開始した。

 

「ケイトがここで正式に働くようになればミャー達の稼ぎも増えるんだけどニャー」

「そうニャ。昨日はいつもよりお客さんの入りが良かったのニャ」

「そこの猫二匹、サボってるとミア母さんにどやされるよ」

 

わたしが掃除をしているときにカウンターで寛いでいるのは、猫人(キャットピープル)のクロエ・ロロさんとアーニャ・フローメルさんだ。注意をするヒューマンのルノア・ファウストさんとクロエさん、アーニャさんのやり取りはいつものことらしい。

 

この『豊饒の女主人』は、元一流の冒険者であったミア・グランドさんが所属していた【ファミリア】を半ば脱退することで開いたと聞いた。彼女の意向によって、ここの従業員は()()()が多く、そういった者は住み込みで働いている。しかし唯一シルさんだけは住み込みではない。

 

「掃除は終わったかい、お前達?」

「はい、ミア母さん」

「アーニャとクロエはサボってたけどねぇ」

「そ、そんなことないニャ。ケイトに仕事を教えてたのニャー」

「そ、そうニャ!先輩として見本になってやったのニャ!」

 

掃除を終えると丁度ミアさんが現れた。両肩に酒樽を乗せている姿がとても絵になっている。

ルノアさんが二人の怠慢を愚痴ると、ミアさんの方から冷気のような何かを感じた。アーニャさんとクロエさんの顔が真っ青だ。

 

「それなら、わたしの仕事は座ってダラダラすることですね」

「二人とも、今日は休憩無しで店仕舞いまで働いてもらうよ!」

「「は、はいニャ!」」

 

尻尾までピンと伸ばして敬礼する二匹の猫がいた。

 

ミアさんが開店の支度をするように皆に告げると、各自持ち場に着き、厨房で仕込みやら店内のテーブルや椅子のセッティングやらし始める。

わたしはホール担当なので、セッティングを手伝った。ミアさんには料理もできるとは言ったのだが、昨日の盛況がどうもわたしの所為らしいということで厨房には入らせてもらえなかった。実に不本意だ。

 

「すまない。少しいいだろうか」

 

不意に入口の方から男の声が聞こえてきた。見ると、紅のフード付きの外套を身に着け、顔はフードを目深に被っているせいで分からないが、顔中に包帯を巻いているようだ。

男から発せられた声は包帯の所為かくぐもってはっきり聞こえなかったが、近くにいたアーニャさんとクロエさんがそれに応える。わたしも何となく気になったので男に近づいていった。

 

「なんだニャ?まだ開店してないニャ」

「様子を見れば分かる。ただ、この辺りに宿があるかどうか聞きたい」

「そんなのそこら辺探せばあるけどニャー」

「…」

 

二人が適当に言うと、男は困ったように黙り込み、踵を返そうとした。このままではなんだか悪いと思い、わたしは男に声を掛けた。

 

「宿なら東の闘技場周辺に色々とありますよ」

 

男は振り返り、固まった。近くで見ると、身長は180C(セルチ)といったところで、橙色の髪がフードから僅かに見えた。右側だけ包帯から覗く赤褐色の瞳が、何故か驚愕の色を帯びている。

 

「――リア」

「え?」

 

男の声は小さく、近くにいても聞こえなかった。わたしは男に怪訝な視線を向ける。

 

「――ああ、いや、なんでもないんだ。教えてくれてありがとう」

「…いえ、どういたしまして」

 

男は我に返ったのか、取り繕うように言った。そしてすぐに出て行ってしまった。何だったのだろうか。

 

「碌な奴じゃなさそうだニャー」

「まったくニャ」

 

クロエさんとアーニャさんは文句を言いながら奥へと戻っていく。わたしは暫く入口の方から目が離せなかった。

ミアさんに叱られた。頭頂部が痛くなった。

 

 

 

準備が終わり開店すると、最初の客層は女性中心の一般市民となる。少し瀟洒な雰囲気の酒場は女性に人気があるようだ。朝と夜でメニューの内容と金額を変え、時間毎に客層を変える策も上手く働いているおかげでもある。

夜は金額を高くしてダンジョンで稼いできた冒険者からたっぷり金をいただく。実にいい商売だ。その話をミアさんから聞いて、下手にダンジョンに潜るよりか収入がいいのでは、と一瞬思ったほどだ。

朝はあまり客は多くなく、仕事は楽だった。

 

まだ店が混んでいない夕暮れ前、食材が幾つか足りないので二人くらいで買い出しに行くように、とミアさんから言われた。丁度話を聞いていたわたしと、ルノアさん、アーニャさん、クロエさん、シルさん、それとリューの6人のうちからくじ引き決めることにした。

結果、わたしとリューの二人。絶対に避けたい組み合わせだったのに、もう運命の悪戯にしか思えない。リューも良い顔はしていなかった。

 

「ふふっ、買い物デートだね」

「「あまりからかわないでください、シル(さん)」」

「あら?うふふふふっ」

「「…」」

 

リューと言葉が被ってしまった。それを聞いてシルさんが楽しそうに笑い、鈍色の髪を揺らす。わたしがリューを横目で睨むと、彼女も同じように睨んでくる。ふん、とすぐにそっぽを向けば、シルさんが手で口と腹を押えて笑った。ルノアさんたちもニヤニヤしていた。

 

「早く行きますよ」

「分かってます」

 

あちらも居心地が悪かったのか、リューが催促してきたのでその後を追い、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

わたしは野菜の入った紙袋を抱えながらリューの隣から2歩ほど後ろを歩き、夕暮れの道にいる人々を眺めた。露店から大きな声を上げて自分の商品の宣伝をする商人。すれ違う際に肩がぶつかり罵詈雑言を投げ交わす冒険者。自分の働く酒場に人を呼び込もうと可愛らしい声を張る少女。手を繋ぎながら今日の夕飯の話をしている亜人(デミ・ヒューマン)の親子。

わたしは、このオラリオには沢山の人がいるのだな、と黄昏れていた。どうして急にこんなことを思うのか自分でも不思議だが、気分は悪くなく、寧ろこの喧噪の中に身を置いているのがほんの少しだけ心地良かった。一日中平和な場所で過ごすのも、偶には良い。

 

「早くしないと店が混み合う時間になってしまう。急ぎましょう」

「はーい」

 

リューの言葉に間延びした返事をする。彼女は特に気にする素振りは見せず、足を少し速めた。わたしもそれについていく。来るときと同じように、沈黙の時間がわたしと彼女の間に流れる。しかし、その沈黙は一つの剣戟の音によって破られる。目先にある『豊饒の女主人』への近道となる路地から聞こえた。

人が折角平穏を心行くままに堪能しているというのに、物騒な。

 

「冒険者同士の喧嘩ですかね」

「分かりませんが、近道を使わなければ遅れてしまう。行きましょう」

 

リューの纏う雰囲気が変わった。どうやら仲裁する気らしい。

仕方ない、どうせ夜には平和ともいかないか。それに、遅れたらミアさんの拳骨が怖い。

足早になった彼女の脇で、わたしは溜め息を吐いた。

 

「やめなさい」

 

大袈裟に肩を落とすわたしに見向きもぜず、リューは路地に入る手前で止まり、何者かに告げる。彼女の陰から覗くと、そこにはベルがいた。ベルの前には片手直剣を構えた黒髪の男がおり、剣をベルに向けている。ベルもナイフを構えていたが、二人は声がしたこちらの方を向いた。

 

「はぁ…街中で剣を交えるとは、穏やかではありませんね」

「あぁ?口出しすんじゃねぇ!とっとと失せ――」

「吠えるな」

 

瞬間、リューの殺気が膨れ上がる。男は硬直し、狼狽える。

 

「手荒なことはしたくありません。私はいつもやりすぎてしまう」

 

それはとても怒っているようで、とても哀しんでいるようにも思えた。

男は、くそっ、と悪態を吐いて走り去った。それを見たベルは安堵して息を吐いた。

 

「はぁ…ありがとうございます。助かりました、リューさん」

「いえ、差し出がましい真似を」

「なんでベルはこんなところで襲われてるのよ…」

「えええっ!?なんでケイト!?その恰好…」

「気付くの遅っ!?はぁ…まさかこんなにすぐばれるとはね…」

 

ベルはわたしの姿に心底驚いている。口が大きく開いたままだ。分からなくもないが、そこまでされるとは心外だ。

 

「か、神様もバイト掛け持ちしてたし、もしかして二人とも、このナイフのお金を…?」

「落ち着きなさい、ベル……そう、ヘスティア様が…」

 

ベルはあわあわと戦慄し出した。それもそうだろう。ベルに正しい金額が分かっているかは定かではないが、なんせベルの《神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)》は高級ブランド【ヘファイストス・ファミリア】の、この世に二つと無い代物なのだから。

それにしても、ヘスティア様にバイトを掛け持ちさせてしまうなんて、わたしはなんて愚図で間抜けで馬鹿なのだろう。わたしは無力だ。絶望した。

 

「ベル!今日からわたしとベルの食費は最低限にまで削るわ。但し、ヘスティア様にはいつもと変わらないかそれ以上のお食事を用意すること!分かった?」

「は、はいぃ!」

 

しかし、落ち込んでいるばかりではいられない。この現状を打破するために必要なのは、倹約と労働と金だ。ヘスティア様に気付かれないようにできる限り節約をしなければ。

 

「分かったなら行ってよし!くれぐれもわたしの事話しちゃ駄目だからね!」

「わ、分かったよ」

 

そうしてベルはホームの方へ帰って行った。リューがなんだか引き気味だが気にしない。

 

「早く帰りましょう!労働あるのみです!」

「は、はい…」

 

その後『豊饒の女主人』に戻ったわたしは、自分の持てる全てを接客と呼び込みに注ぎ込んだ。後からアーニャさんに聞いたら、いつもの倍近くは客が来たらしいが、看板娘のシルさんも含めた従業員皆がわたしのことを「末恐ろしい子」と言っていたという。

悲しくは、なかった。

 




お目汚し失礼いたしました。

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見ぬが盾

お久しぶりです。


アクセントに赤いラインで装飾してある軽鎧(ライトアーマー)にエメラルドのプロテクター。それが今のベルの装備だ。

今日の仕事は夜からでいいとミアさんに言われたので、わたしはそれまでダンジョンで一稼ぎすることにした。勿論のこと、ベルもダンジョンに行くため一緒に向かうことにしたのだが、ベルの新しい装備に身を包んだその姿に頭を悩ませていた。左腕のプロテクターがえも言われぬ違和感を放っている。

本人に聞いたところ、昨日エイナさんと一緒に装備を買いに行ったらしい。プロテクターはエイナさんからの贈り物で、ライトアーマーは一目見て気に入ったのだそうだ。自分の瞳と同色の装備をプレゼントするとは、案外エイナさんも隅には置けない。

値段はあえて聞かなかったが、それ相応の働きをするように厳しく言いつけておく。ベルも【ステイタス】があがって7階層にいける程度らしいから、稼ぎは増えていくだろう。ベルのすさまじい成長速度がわたしに期待させる。

 

「一人じゃ限度があるし、サポーターを雇うといいかもね」

「サポーターかぁ…」

 

サポーターは簡潔に言えば、冒険者の荷物持ちまたは雑用係だ。彼らは当然【神の恩恵(ファルナ)】を授かってはいるが、その多くが何らかの理由で冒険者稼業をできない、あるいは続けられない者だ。そのせいで、フリーのサポーターは気性が荒く性格の悪い冒険者から酷い扱いを受けることもある。しかし、戦闘をするために多くの荷物を持てない冒険者からすれば、彼らの存在が有るとなしでは大きく異なる。サポーターは重要な役割なのだ。

 

「お兄さんとお姉さん!そこの白い髪のお兄さんとお隣のお姉さん!」

 

バベルは目前というところで、歩いていたわたしたちに少女の声がした。わたしたちを呼んでいるらしい。振り返ると大きくて中身がパンパンに詰まっているバックパックを背負った、100C(セルチ)程の小さな女の子がそこにいた。いや、胸の発達具合からして、おそらくベルよりは年上の小人族(パルゥム)だろうか。

 

「何でしょうか?」

「初めまして!突然ですが、サポーターをお探しではありませんか?」

「あ、あれ?君は、確か…?」

「ベル?」

 

どうやらベルはこの小人族(パルゥム)に見覚えがあるらしい。彼女の纏うフード付きの白いローブからは栗色のくせ毛がはみ出している。髪と同じく栗色の瞳をベルに向けて、彼女は話を続ける。

 

「混乱しているんですか、お兄さん?でも今の状況は簡単ですよ?冒険者様のおこぼれに(あずか)りたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです!」

「あ、えっと、そうじゃなくて…。君、昨日の小人族(パルゥム)の女の子だよね?」

小人族(パルゥム)?」

 

ベルは彼女と昨日出会ったようだ。つくづく女に縁がある子だな、なんて思ってしまう。しかし、サポーターの話をしていたところに丁度現れるとは、都合が良い。

サポーターの彼女に質問をするベルだが、当の少女はキョトンと呆けている。

 

「リリは獣人、犬人(シアンスロープ)なんですが?」

「あ、あれ?」

 

彼女は答えながら、被っているフードを取る。すると出てきたのは、可愛らしい獣耳だった。しかし、その耳を見ると何となく不可思議な感じがする。

ベルが少女の獣耳に手を伸ばし確認するように触った。

 

「ホントだ…。小人族(パルゥム)じゃない…」

「ふわぁぁ…、お兄さぁん…」

「あぁ、ご、ごめん!人違いだったみたい」

 

少女が恥ずかしそうな声を上げると、ベルは咄嗟に手を引いた。そのとき、わたしには少女がほくそ笑んだように見えた。

 

 

 

わたしたち三人は、バベルの正面から少し離れた噴水のところで簡単に自己紹介してから話し合うことにした。

彼女の名はリリルカ・アーデさん。小柄な彼女は冒険者からあまり雇ってもらうことができず、貧乏であるらしい。そこで、自らバックパックを背負い、駆け出しだと思われるわたしたちにならば、と思い声をかけたのだそうだ。

正直、わたしは彼女のことが信用できない。怪しい部分が所々にある。駆け出しなのはわたしたちだけではないし、そもそもわたしたちの装備は駆け出しには到底手にすることができない一級品だと見た目で分かる。それなのに、彼女は()()()()のわたしたちに近づいてきた。

何か裏があるのかもしれない。しかし、サポーターの手が欲しいのも事実だ。悩んだ結果、今日はベルと一緒に探索し、アーデさんを監視することにした。

 

 

 

ダンジョンの7階層。わたしとベルは赤黒い甲殻をもつ蟻のモンスター、キラーアントと闘っていた。ベルは危なげなく首を切り落としたり頭を一突きしたり、と次々にキラーアントを屠っていた。まだまだ技術や駆け引きが拙いようだが、ナイフの性能のおかげで問題なく戦闘を続けている。

わたしは力を抑えて盾を一枚だけ召喚し、ガントレットの拳と合わせてキラーアントを駆除していった。【ステイタス】はLv.1程度に抑え、稼ぎを目的にしつつ、主にベルが取りこぼした奴だけを目標(ターゲット)にした。

キラーアントは厄介なモンスターで、瀕死になると仲間を呼び寄せるフェロモンを発散する。囲まれないように、なるべく早く倒すのが一番だ。

 

「ベル様もケイト様もすごーい!」

 

アーデさん下がってわたしたちの応援をしている。そんなに暢気で大丈夫か、と言いたくなるが、新たに壁から複数のキラーアントが出てきたので、そちらに集中する。

 

「ベル様っ!」

 

アーデさんが叫ぶ。横目で見ると、ベルの後方の壁からキラーアントが彼女を狙いつつ生れ落ちようとしていた。しかし、ベルが即座に動いていた。わたしは目の前のキラーアントたちをシールドバッシュで薙いで消滅させた。

それから二人の方を見ると、ベルはキラーアントが壁から抜け出る前に首を切っていた。ベルは敏捷が高いから問題ないと思ったのは正しかったようだ。

ひとまずキラーアントも他のモンスターも出てこなくなった。

 

「ベル様もケイト様もお強いですね!ケイト様の盾を出す魔法なんてびっくりですし!」

「ふぅ…。いや、リリがいてくれるから戦闘に専念できて助かるよ!」

「いえいえ、これだけのモンスターをお二人だけで倒されるなんて、とても凄いです!」

 

通路にはそこら中に魔石が散らばっている。正確な数は数えていない十数匹といったところだ。

 

「まあ、ベル様もケイト様も装備に依るところもあるのでしょうが」

「う、うん。やっぱり僕もこのナイフに頼り過ぎかなって」

 

そう言うと、アーデさんの《神のナイフ(ヘスティア・ナイフ)》に向ける目が光る。やはり、装備が目当てなのだろうか。

 

「それよりベル様、ケイト様。こいつの魔石も回収しちゃいましょう。リリは背が小さくて届きませんが、ベル様なら届くと思います。リリは落ちてる魔石を回収しますから。ただ、数が多いのでケイト様にあちらの方の魔石の回収をお願いできますか?」

「分かったよ、リリ」

「…分かった。手伝うよ、アーデさん」

「ありがとうございます!それと、ケイト様?リリはサポーターですから、どうぞリリと呼んでください」

 

そう言うと、アーデさんは解体用のナイフを懐から取り出し、ベルに手渡す。わたしはアーデさんとは反対側の方の魔石を拾いに行く。

率直に言えば、何処ぞの馬の骨とも知らぬ輩にヘスティア様からの贈り物を(つか)ませるのは嫌だ。たとえそれがベルに贈られたものだとしてもだ。

しかし、ベルはその純粋さゆえに悪意というものに疎い。上層で危険なのは何もモンスターだけではない。冒険者による武具の窃盗などもあると聞く。わたしは、ベルにはこの街の、この世界の理不尽さをもっと知ってもらわなければならないと思っている。

ならば、これは仕方ない事なのだろう。返ってくるだろうとは分かっていても、あまりの畏れ多さに喀血してしまいそうだ。

 

(ヘスティア様、申し訳ございません…)

 

魔石を回収し終わった後わたしが先頭に立ち地上へと向かう。そういえば、これだけは聞いておこう。後で伺うことになるかもしれない。

 

「アーデさん、いや、リリルカさんはどこのファミリアに所属しているの?」

「はい。リリは【ソーマ・ファミリア】に所属しています」

「へぇ、そうなんだ」

 

若干だが、リリルカさんの口調が速まっている。これは()()だろう。

どんな事情があるのかは知らないが、わたしはほとんど見知らぬ他人に優しくはできない。ベルはお人好しだから、きっとリリルカさんのことを疑ってもいないだろう。それでわたしは監視をしようと思っていたのだが、少し気が変わったのだ。ベルにはもっと成長してほしい。

楽しそうに談笑するベルとリリルカさんを背に、わたしは願った。

 

 

 

========

 

 

 

冒険者が探索を終えて地上に出て来始める夕時、小人族(パルゥム)()、リリルカ・アーデは肩を落としながら路地を歩いていた。その左手には神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれたナイフが握られている。

彼、いや、()()はミスをしてしまった。昨日路地裏で助けられ、彼女が目を付けた冒険者のナイフをいつものような手口で盗んだ。しかし、いざ知り合いのノームの老人に鑑定をしてもらったところ、押しても引いても何も切れない、(なまくら)を超えてガラクタとまで言われてしまった。

それでも、彼女はナイフの価値が如何に高いかを知っている。そのナイフの鞘には、【ヘファイストス・ファミリア】の中でも、《鍛冶》の発展アビリティを持つ者が自分の製作した武具に刻むことを許される【Hφαιστοs】のロゴがあった。それならば、おそらくは何らかの効果を持つ特殊武装(スペリオルズ)なのだろう、と彼女は推測していた。

 

(どうすれば怪しまれずにナイフを返せるでしょうか…)

 

彼女はある魔法を発現している。それは自身の姿を変える変身の魔法、【シンダー・エラ】。模倣をした方がいいのだが、彼女の想像のままに自由に変身ができる。その魔法を使い、本来小人族(パルゥム)()()であるリリルカは、今は小人族(パルゥム)の男へと姿を変えていた。

 

彼女は次こそは成功させるために、ナイフを一旦持ち主に返すことに決めたのだが、如何に怪しまれないようにするか悩んでいた。持ち主の少年だけならば、彼は駆け出しにしては強いもののどこか抜けている節があってやりやすかった。しかし、少年に付き添っていた少女は終始こちらを警戒していた。魔石の回収を断られていたら、リリルカはナイフを盗むことができなかっただろう。

今リリルカが変身しようがしまいが、少女がリリルカ自身に疑いをかけることは避けられないだろう。

どうしたものかと悩んで歩いていると、前からウエイトレスの恰好をした二人組の女性が歩いてきた。鈍色の髪のヒューマンと薄緑の髪のエルフだ。買い出しにでも行っていたのか、彼女らは食材の詰まった紙袋を抱えている。

リリルカは彼女たちとすれ違う前に俯き、無意識にも袖口にナイフを隠した。そして、何事もなくすれ違ったかと思った次の瞬間、エルフが厳然とした声を発した。

 

「待ちなさい、そこの小人族(パルゥム)

「っ!」

 

リリルカはビクッと肩を震わせて息を飲む。エルフは振り向かずに言葉を続けた。

 

「袖に仕舞ったナイフ、それを見せてほしい」

「リュー?」

「知人の持ち物に似ていたので確認したい」

 

リリルカは動揺を隠せなかった。まさかこんなところで少年と少女の知り合いに出会うなど思いもしなかった。

 

「あ、生憎ですがこれは私の物です。あなたの、勘違い、でしょう」

 

リリルカは上ずった声で言った。これでは明らかに怪しい人物だ。彼女は、すぐに逃げなければと思ったが、リューという名のエルフはそれを許さなかった。

 

「抜かせ。神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれた武器の持ち主など、わたしは一人しか知らない!」

 

リリルカはハッとして、逃げようと踵を返す。

 

「ぐっ!?」

 

しかし、リューが指で弾いた金貨が左手に当たり、彼女はナイフを取り落した。その所為か、リリルカは躓いて転んでしまう。痛む左手を押えて蹲る彼女に、再び背筋が冷たくなるようなリューの声。

 

「腹に力を込めた方がいい」

「ふぎゃあっ!?」

 

聞こえた時にはもう遅い。腹部を襲う蹴りの衝撃と痛みを感じながら、リリルカは路地の曲がり角まで吹き飛ばされた。

 




お目汚し失礼いたしました。

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