死刑囚、霧島レオナは暇してる (凪紗わお)
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第零話
「やあ、待ったよ霜月悠馬中尉」
「……本題を、雷動大佐」
「えーっ、ボクは君とのお喋りを愉悦(たの)しみたいんだけどなァ……ま、仕方ないか」
まるでアメコミのようなノリで、或いはピエロのようなオーバーリアクションを取り俺の前でウロウロする男。
彼の名は雷動誠。俺の上司にあたる人物だ
「単刀直入に言おう。君を『カンタレラ』に派遣する」
「カンタレラって……あのカンタレラですか?」
「うん、君が想像してるソレで間違いないよ」
今から数ヶ月ほど前に猟奇的な連続殺人事件が起きた。乳幼児から百歳近い老人に至るまで、老若男女を問わず合計1763名もの命が一夜にして奪われたのだ
そしてある少女が1本のナイフを片手に出頭してきた。
「私が全て殺した」
その少女が語る殺害方法は、まだメディアには発表されていない筈だが細部に至るまで親切丁寧に1763件全てを教えてくれた。
ああ、その時の事情聴取は何故か警察ではなく俺が担当したんだっけか
その少女……霧島レオナは事件の猟奇性等から少年法は適用されず、その上で刑の確定を待たずして独房へ収監された
その1週間後、彼女の身柄を日本海中心部に、霧島レオナを収監する為だけに軍艦島のような人工島を作り、輸送された
その島の名前がカンタレラ、というわけだ。
もうそれから二ヶ月が経つわけだが、なぜこのタイミングで異動になるのだろうか
まぁ離婚してすぐの俺に何かをさせたいという雷動大佐の悪戯のようなものだろう。元より失うものはない
「…彼女を担当していた看守がね、こう言ったんだ」
「ああ退屈だと嘆いている。自分には霧島の相手は務まりそうもない」
なるほど、やはり俺いじめか
雷動大佐からの勅命はこうだ
『霧島レオナが反省してなくてもこの際どうでもいい。霜月悠馬はこれから世紀の殺人鬼、霧島レオナの話し相手を孤島でしろ』
「そうそう、キミぶっちゃけコミュ障でしょ?そこで!」
雷動大佐がドアを開けると、そこには女子高校生が我々特殊部隊の制服を着たような人物が立っていた
「は、初めまして霜月中尉!本日付で刑事1課から転属になりました、東雲亜子、24歳ですっ!今回中尉と一緒にカンタレラに行くことになりましたっ!よろしくお願いします!!」
は?
「あはははは!なーに鳩が豆鉄砲食らったような顔してんのさ」
的確に俺の心情描写をしてくれてありがとうよ大佐殿。いやだってマジで意味が分からんぞ。刑事1課からこんな特殊部隊に異動ってだけでもわからんのに24だと?若すぎないか?
「亜子ちゃんね、刑事1課でちょっと大きなミスしちゃったみたいでさ、引き取り手がウチしかなかったんだよね」
チェンジ
頼むからハローワーク行ってこい
「んじゃ、あとはお若いふたりに任せてっと。じゃねー」
おい待てやクソ上司
俺が頭を抱えていると、東雲亜子が心配そうにこちらをのぞき込む
「あ、あの、大丈夫ですか!?」
お前のせいだよと言ってみたい
「私、昔からドジなんです。小学生の時は机の横に落し物ボックス付けられたし、中高一貫だったんですけど、その時も六年間何かやる度に転んだり間違えたりと、いいこと無かったんです」
いや、そのモノローグはいらない
「でも、友達を作るのは上手だったんですよ!?お話するのは好きですし、楽しい事は大好きですし!……でも、その友達にも沢山裏切られちゃって」
自分で言って落ち込むなよ
「勉強だけは、よく出来たんです。高校を卒業してすぐ刑事1課に内定が決まったのも、勉強して覚えたことは裏切らなかったからだと思います」
そんな泣きそうなツラすんじゃねえよ
「でも、もうドジも踏みません!友達だって、きっと作りません!」
泣きながら笑うとか器用だな。そんな顔見るとさ、
「そうすれば私は誰にも責められない!裏切られない!!ずっと笑ってられる!!!だから、霜月中尉!」
助けになりたいって、思っちまうだろ
「カンタレラで、御指導御鞭撻の程、よろしくお願い致します」
「ああ、こっちこそよろしくな、東雲」
何故だろうな。明後日が楽しみで仕方ないんだ
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第壱話
島に着いた。ああ、忘れるところだった、リストバンドを付けないとな
「中尉、それは何ですか?」
「カンタレラには特殊な警備システムが備わっていてな。こいつを付けないと、どこからともなく銃撃されんだよ」
「うへぇ」
まぁ銃撃は嘘だが、大変な目に遭うのは事実だ
「じゃあ付けなきゃいけませんね。私のはありますでしょうか?」
「おう」
東雲がリストバンドを装着している間に島の様子を見る。馬鹿でかいコンクリート製の四角い建物以外は何も無い、質素な島だと俺は思った
「中尉、付けましたよー!」
「うし、じゃあ入るぞ。いいか、霧島レオナは殺人鬼だ。俺達の任務は奴の話し相手だが、くれぐれもそのことだけは忘れるなよ」
「承知しました!!」
扉を開けると冷たい風が吹き込んだ。暖房とかは無いようだな
薄暗い廊下の先に幾つか扉が確認され、更にその奥に鉄格子によって隔離された空間がある。それにより漸くこの場所が独房なのだと再認識された
「やあ、久しぶりだね。……ああ、そっちの子は初めましてかな?」
拘束衣を身に纏った霧島レオナがそこにいた
「綺麗な人……」
おい、そいつは殺人鬼だぞ。しかもお前より年下だ
まァ確かに端正な顔立ちをしているとは俺も思うよ。俺が霧島と同世代だったら恋に落ちていたかもしれない
「初対面の人にそう言ってもらえると嬉しいな。自己紹介をしようか。私の名前はご存知の通り霧島レオナ。先日来た雷動さんによると、どうやら私は死刑囚になったらしい」
来てたのかよ雷動大佐。では俺からも自己紹介すべきだろうな。今回の任務はこいつの話し相手なのだから
「特殊部隊『JUC』霜月悠馬、中尉だ。こいつは東雲亜子。一昨日刑事1課から転属になった」
「……随分変わった経歴の持ち主だね」
「えへへ、それほどでも」
褒めてねぇよ
「それにしても、本当に話し相手を派遣してくれるとは、JUCも太っ腹だね」
そこら辺にあったパイプ椅子に腰を下ろし、一息つく
「俺は俺でいろいろあってな。今回の件は簡単に言えば東雲の教育だよ」
嘘は言ってないぞ、嘘は
「えっと、何も聞かされてないので幾つか質問してもいいですか?」
「もちろんさ。時間はたっぷりあるからね」
「まず、おいくつですか?」
「18だよ」
「ふぇ!?」
驚きすぎだろ。ニュースでも未成年の少女が云々言ってたのを知らないのかな(適当)
「……なぜ、殺人を?」
「取り調べか何かかい?……そうだね、何故と問われると少し困る。特に東雲さんのような方には聞いて欲しくない事案なんだ」
「そうですか。ではせめて霜月中尉には話しておいてくださいね」
取り調べで黙秘を使われたんだが?
「ああ、約束しよう」
おいおい
「それにしてもお綺麗な方ですね。羨ましいです」
「触るなッ!!!」
霧島の顔に触れようとした東雲。その手が霧島に触れかけた刹那に彼女は声を荒らげた
「済まない、東雲さん。貴女が悪い人じゃないのは分かってはいるんだけどね」
鉄格子越しにあった三人の距離が少し遠のいた気がした
「トラウマ、というやつかな。下衆なおっさんに同じような言葉をかけられ胸や尻を触られたんだ。思い出すだけで鳥肌が立つよ」
「霧島、さん……」
「それ以降、私は他人に触れられるのが極端に嫌になってね……嫌な思いをさせたのなら本当にごめんなさい」
その調子でお前の連続殺人についても謝罪が欲しいところだ
「大丈夫ですよ、霧島さん」
まるで聖母のような微笑みで霧島に向き直る東雲
「私も小さい頃から碌なことが無かったんです。全く同じとは思えませんが、私達似たもの同士だと思いますよ」
触れたら何をされるかわからないにも関わらず、東雲の左手が霧島の頬を優しく包み込む。俺は何があってもいいようにポケットに忍ばせた小型拳銃を握りしめる
「ですから、ここにいて辛いことや悩み事に相談事……どれほど些細なことでもいいんです。私達に相談してみてくださいね?」
「………………うん」
霧島は小さく、本当に小さく頷いた後静かに涙を流した
その様子を見て俺は一つ、違和感を覚えた。
本当に、霧島レオナは犯人なのか?
しばし考えに耽っていると、数分前から降り出した雨音と霧島レオナの啜り泣きの音だけが鼓膜を叩いた
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第弐話
「出ろ、霧島。運動の時間だ」
鳩が豆鉄砲食らったような顔をする霧島。まあ無理もない
霧島の話し相手をするにあたって、もう一つ俺や東雲にはやらなくてはならないことが出来た。それが運動だ
運動と言ってもこの建物の近くにある中庭のようなスペースで散歩したりする程度だが、全く日光に当たらないというのは体に悪いという雷同大佐の計らいだ
「ふむ、しかしそれはできないよ。見ての通り服装が服装だからね」
「そういうと思って用意してある。東雲!」
「はい!運動着です!あっちの部屋で着替えましょうね」
「……なるほど。了解」
独房から出て更衣室を兼ねた小部屋へ誘導する。
……俺は覗かないぞ。着替えの監視は東雲の仕事だ
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着替えから5分ほど経って東雲と霧島が出てきた。体の動かしやすさを優先した紺色のジャンプスーツに黒のアーミーブーツ。アメコミのヒーローのような格好だ。犯罪者なのでむしろヴィランだがな。
そしてここからは俺の仕事だ
「東雲、お前はキッチンで料理してろ。この間教えたカレー、三人分な」
「了解であります!」
「へぇ、霜月さんは料理するんだ?」
「一人暮らしが長かったからな。ほら行くぞ」
中庭の広さはおよそテニスコート1面分。ジョギング等をするには丁度いいと思う
「さて霧島。何かしたいことは?」
「特にないよ。動けること自体予想外だったからね」
「ふむ……では軽く歩いてみようか」
前任の奴が去ってから今日まで、まともに歩いたことは無いはずだ。足腰が弱っているかもしれない
「ありがとう。気を遣ってくれてるんだね」
「……霧島は犯罪者だが、その前に1人の人間だからな」
「霜月さんなりの優しさってわけね」
もうそういう事でいいよ
最初の方はそれこそぎこちない歩き方だった。例えるなら生まれたての子鹿といったところか
それも中庭を一周した辺りで治って普通に歩けるようになっていた
そこで俺は一つ提案をする
「なあ霧島。手合わせしてみないか?」
デスクワークと霧島の世話はしてきたが、戦闘能力はまだはっきりと分かっていないからな
男女差を埋める何かハンデが欲しいと言われたが俺は動き辛い軍服、霧島はジャンプスーツだ。充分ハンデだろうと説得したら怖いぐらいあっさり了承してくれた
「うし、どっからでも来い」
「じゃあ行くよ」
軽くジャンプをして俺にまっすぐ向かってくる。まぁその程度読めてるからアッパーの構えをとる
……消えた?
違う、背後か!
振り向くと高く飛んでこちらに殴り掛かる霧島がいた
「どこで覚えたよその身のこなし」
「僕のヒーローアカデミアさ」
低姿勢で向かうことで視線を下げ、そのあいだに飛んだという訳だな。コミック通りだ。ならば
体を強引にひねり側転。右足が霧島の顎に当たった気がする
「流石中尉ってところだね」
「てめーに言われたかねーよ」
こちらの動きはある程度読まれているらしく、殴りも蹴りも悉く躱されてしまう
こいつ、できる
コミックで身のこなしを学び、それを生かしてあの大量殺人を引き起こしたとするならかなり厄介だ
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2時間経った頃、お互い手の内は出し切った感じになっていた。それでも果敢に攻める霧島。何が彼女をそうさせるのだろうか
「これで最後にしよう」
「同じ手は喰らわねぇよ」
最初と同じように向かってくる。今度は奴が飛ぶ前にこちらが飛ぶ
回し蹴りが左肩に当たりバランスを崩す霧島。その隙を逃さず羽交い締めにし、漸くチェックメイトとなる
「……強いな」
誤魔化しようのない率直な感想だ。過去に大佐と手合わせをしたが、それに通用するレベルと思う
「霜月さんも、ね」
これほど嬉しくない賛辞があっただろうか
そしてカレーが出来て俺たちを呼びに来た東雲にいろんな角度で誤解されることになるのだが、それはまた別の話
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第参話
「やーやー、霜月くん。楽しそうじゃないか」
「どこがですか」
雷同大佐。まったくもってよく分からない人だ
「まあまあ。君をこの部屋に呼んだってことは――わかるよね?」
「……霧島レオナのことですか」
「正解!なんてゆーかさ、霧島死刑囚のことを調べてたら世界って狭いんだなーって思っちまったよ」
この人の悪い癖だ。どうでもいい話もどうでもよくない話も、無駄に前置きを長くとる
「霧島レオナと東雲亜子は、異母姉妹だ」
「なっ……」
「DNA鑑定の結果さ。ほぼ間違いない。それともう一つ」
まだあるのか
「君、彼女と手合わせをしたって報告したよね。どうだった?」
「大佐に勝るとも劣らないほど手強かったです。下手をすれば負けていました」
多少のハンデがあったとはいえ、あそこまで追い詰められたのはいつ以来だろう
「君にそこまで言わせるか!すげえな!」
さっきから何なんだよ
「彼女に武術を教えたのは雲崎廉十郎。かつて君に武術を教えた、伝説の傭兵だ」
「……何やってんだ師匠」
雲崎廉十郎(くもさき れんじゅうろう)は、先程大佐が言ったように『伝説の傭兵』と呼ばれ、現役時代に培った体術や剣術などを俺のような軍人志望者に教える道場をしていた
「数年前、隠居したと聞いておりましたが」
「当時中学生だった霧島レオナが最後の弟子だそうだ。そして――」
「?」
「その雲崎廉十郎が霧島レオナによる連続大量殺人の、最初の被害者だ」
すっかり忘れていた。1763件もあればそうなるのが自然かも知れないが、最初の被害者が師匠という事実がなぜ頭から抜け落ちていたのだろう
「なぜその情報を、俺に?」
「ボクが考えそうなことさ、わかるだろう?」
『ただの嫌がらせ』
「いいね、霜月くん。やっぱり分かってるじゃあないか」
しかし、だとしたらだ。皮肉にも少し打ち解けて来た俺が初日に抱いたあの疑問を、ぶつけざるを得ないじゃないか
「大佐、一つ聞きたいことが」
「何だい?」
キミから話題を降ってくるなんて、と言わんばかりに目を見開く。そんなに意外なことをしたか?
「霧島レオナによる連続殺人……大佐は本当にアイツがしたと思いますか?」
「何故その疑問が浮かんだのか気になるな。それを聞いてから答えよう」
「奴の話し相手をして暫くして、幾つか気付いたことがあります」
他人に触れられるのを極端に嫌うこと、初対面の人にはかなり気を遣えること。……ああ、年齢なりの恥じらいも持ってたな。これらは東雲のおかげだ
そして傷付いた過去を思い出した時、他人の言葉が救いになり、涙を流せること
俺にはどうもその全てが演技とは思えないし、仮に演技じゃなかったら俗に言うコミュ障の普通の女子高生のそれじゃなかろうか。まぁ他人と会話したい意思があるからコミュ障とは違うかも知れないが
そのことを伝えると神妙な面持ちになった
「確かにボクも疑問に思ってるよ。いくら雲崎廉十郎の元弟子で霜月くんを打ち負かす実力を秘めていたとして、1763人を殺すほどの殺人衝動――つまり動機が思い浮かばない。君も知っての通り、雲崎の指導方針は『誰かを護る為の力』だからね。というか一介の女子高生にそんなことできるかって話だよ」
「……全く以て同意見です」
「ただ、本人が名乗り出たうえに供述内容と検死結果が全て合致している。警察、延いては国の意見としては『これ以上事を荒立てる必要は無い』ってところかな。混ぜっ返して犯人が見つからないのが最も駄目なパターンだからな」
分かっていた。それでも別の真犯人の存在を疑ってしまう
「君は霧島レオナを庇うのかい?」
「違いますよ。疑問に思っただけです」
「なら良いんだ。君が霧島や亜子ちゃんとイチャイチャしてる間にボクはボクでもっと調べるよ」
「……」
一度大きく伸びをして真剣な表情になる雷同大佐。
「霜月少尉、改めて霧島レオナ死刑囚の対話相手の任務を続行せよ」
「御意」
結局俺がやることは変わらない。ただ、自分の意見に少し自信が持てた。それだけだ
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