短編【完】 (トラロック)
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バレアレモンスター園

 

第一話 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)

 

 広大な土地を取得した『とある貴族(アインドラ伯爵)』から管理という名目で住み込みを始める事になった。

 報酬は素材。

 それも非合法(超位魔法)方法(ウィッシュ・アポン・ア・スター)で得たものらしいが国の経済を破壊するような事にならないように気をつけているらしい。

 数キロメートル四方という広さは思っていたほど広く。目測と実寸の乖離は(はなは)だしい。

 一見、田畑があり祖母の錬金術や薬学に関係した『離れ』の工房とも思える施設。

 常連客は来る。ただ、一般客は訪れにくい。

 それもそのはず。

 見晴らしの良すぎる平野にぽつんと存在する寂れた風景が広がっているのだから。

 都市の中であれば様々な店などで賑やかであったかもしれない。

 だが、ここは都市と都市の短い距離の間にある休憩するには近すぎる所だった。

 これが首都である『リ・エスティーゼ』と、もっとも東に位置する『城塞都市エ・ランテル』の中間地点であればまだ理解できる。

 歩いて半時(はんとき)程度では冒険者も休みに来ない。

 いわば『ただの通り道』だ。

 見晴らしが良く、短い都市間に位置しているので不測の事態が起きにくい。

 万が一の事態があってもどちらの都市からも救援が来やすい、という点で言えば安心感はある。

 特に祖母の『リイジー・バレアレ』はまだまだ現役で活躍できる第三位階の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして高名な薬師だ。とはいえ高齢ではある。

 孫である『ンフィーレア・バレアレ』にとっては大事な家族だ。

 

 

 土地の利用に当たって様々な権限を持つ『僕』ことンフィーレア・バレアレは新しい事に余念がない。

 少し離れた『カルネ村』には最近村長になった幼馴染(おさななじ)みのエンリ・エモットという女性と彼女の妹ネムが暮らしていました。

 帝国兵に大切な家族を殺されていた時に助けに来てくれた謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である『ゴウン』さんから貰ったマジックアイテムを使い、小鬼(ゴブリン)を召喚して村を立て直した。

 モンスターを使役するエンリを危険と判断し、出身国であるリ・エスティーゼ王国が討伐隊を編成するとかしないとか、いろいろと揉める事があったらしいけど今は昔の出来事です。

 カルネ村は平和である。

 冒険者の噂で『血塗れのエンリ』とか聞いた気がするけれど、僕は気にしない。

 もっとおぞましい施設に居るのだから。そんな事は些事(さじ)に過ぎないと思えるほどに。

 そう。この施設『マグヌム・オプス』に比べれば。

 あらゆるモンスターを内包する物騒な地下施設。

 実際にはモンスターに免疫の無い人達が怖がっているだけで中は比較的、安全です。

 もちろん、約束事(ルール)はあります。

 秘密を暴こうとすると『メイド』に強制転移させられてしまう。

 この『メイド』はゴウンさんも手を焼く厄介な存在です。

 『マニュアル』があるけれど、通用しない事態もたまに起こります。

 この施設の事は今は関係ないので目下の目的は『モンスター』です。

 みんなが怖がるモンスター。

 その中の一つに『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』という黒い身体で丸くて触手が頭頂部にあり、太い五本の足で十メートル規模の身体を支えています。

 名前にあるように足は山羊に似ています。

 丸い身体にはたくさんの口がありますが、口だけです。あと、可愛い山羊の鳴き声を発します。

 姿は山羊とは似ても似つかないけれど。

 涎は垂らしますが、頭が良くて言う事を聞くので作業に良く利用させてもらっています。

 かなりの重量があるから僕の錬金術関係の仕事には欠かせないモンスターです。

 戦争の時に十万人ほど踏み潰しちゃったらしいけど、これは複製(クローン)の方なので安心して下さい。

 邪神系のモンスターですが不死の存在で餌は不要。だけど、食べることはできるらしいです。排泄するのかは分かりませんが。

 残飯処理には打ってつけ。

 この黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を飼いたいのですがエンリが難色を示すのです。

 十メートルもあるのでカルネ村では飼えないと。

 素直で大人しいモンスターなんですけどね。

 

 

 近隣の『エ・レエブル』などから戦争体験者が怯えると抗議が来るので、普段は夜間に表に出しています。

 『マグヌム・オプス』の出入り口は持ち主の厚意で巨大モンスターの出入りを可能とする扉を作って頂きました。

 他にも数体の眠れる(ドラゴン)献体(クローン)が保存液に漬かっています。

 赤帽子の小鬼(レッドキャップ)森精霊(ドライアード)花弁人(アルラウネ)なども居ます。

 居るというか保存容器に入っていたり、風呂場に置かれていたりするけれど。

 カルネ村と一部の人達はモンスターを好意的に受け止めてくださりますけど、人間に(あだ)なす危険なモンスター、という意識は根深く残っているようです。

 森精霊(ドライアード)とか可愛いのに。

 土の入れ替えや水やりで植物系のモンスターは僕に懐いています。

 三相の悪魔(ヘカテー)は見た目は化け物ですがメイド服を着せれば可愛くなります。

 アインドラ伯爵は女性の観点からアンデッドはお好きではないらしく、施設にはほぼ生者(せいじゃ)のものが収められております。

 でも、実は吸血鬼(ヴァンパイア)とか居ますけどね。

 世間はモンスターにとって住みにくい。というよりかは近隣は人間の国だから仕方がありません。

 遠くに行けば亜人の国があり、モンスターにとって住みやすい国もあるでしょう。

 

 アーグランド評議国。

 獣人(ビーストマン)妖巨人(トロール)牛頭人(ミノタウロス)などの国とか。

 

 そういった国は人間が食料にされてしまう傾向にあるらしい。

 種族が違うので仕方がありません。

 人間は彼らにとって食料であるのと同様に我々は家畜の動物を食べるのですから。

 さて、夜間黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を散歩させているとたまに野盗に襲われそうになります。

 大抵は仔山羊の触手の餌食となるのですが、硬い身体の仔山羊はとても強いです。あと、走ると追いつけないほど。夜間なので黒い身体が闇に溶け込み、目立たなくなります。

 (なに)で出来ているのか興味が湧きますが、手持ちの刃物では傷つかないのでがっかりです。

 アインドラ伯爵が本気で切り刻もうとしても歯が立たないほどです。でも、倒したんですよね。

 では、どうしてそんなモンスターの複製を作れるのか。

 それは僕のような人間には想像もつかない世界の御業があるのでしょう。

 『マグヌム・オプス』には黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の肉片が数十個、保存溶液に漬かっています。

 再生魔法をかければ、たちどころに巨大モンスターが復活するという。

 処分できないモンスターは世界に破滅をもたらすと言われています。

 僕は施設の管理を任されていますが、実質危険なモンスターは施設内の『メイド』が厳重に見張っています。

 

 

 手放しで安心することが出来ないのは分かっていますが、僕程度では『メイド』達の足元にも及びません。

 なにしろ本気を出すと黒い仔山羊(ダーク・ヤング)すら屠るのですから、弱いメイドではないのです。

 散歩といっても遠くに連れて行けるわけではありません。

 十メートルの巨体ですから近隣の一般市民は恐れて逃げ出します。

 一度、鳴くと恐怖心がばら撒かれたように悲壮感が広がります。

 普段は鳴かないように。鳴いても小さくするように気をつけています。

 命令を聞く素直で賢いんですよ。

 地面を踏み砕く脚力。これは畑を耕す時に最適なんですけどね。

 人の役に立てるだけの能力はあるんです。

 僕はただただ恐れられている仔山羊がとても可哀相に思えて仕方が無い。

 元もとの召喚主であるゴウンさんも言っておられました。

 

 自分で召喚したモンスターは従順だから可愛く見える。

 

 確かに命令をよく聞く素直なモンスターは可愛いかもしれません。

 それがたとえアンデッドでも。

 多くのモンスターの管理を任されてから僕もモンスターにかなり理解ある人間になったものだと自負しています。

 ただ、危険度の高いモンスターはまだ慣れません。

 絶対に安全である、というのは幻想かもしれないし、危機意識を持つ上では気を抜かないようにしています。

 カルネ村には小鬼(ゴブリン)の他に人食い大鬼(オーガ)人蛇(ラミア)人馬(セントール)戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)が居ます。

 人蛇(ラミア)人馬(セントール)はまだ子供ですけど、とても可愛いです。

 凶暴なモンスターは冒険者に駆逐されるのですが大人しいモンスターまで駆逐するのは可哀相という村長エンリの計らいで人蛇(ラミア)達を村に住まわせています。

 この子達は小さいから住むことを許されているのですが、僕の仔山羊はダメだと拒否されてしまいました。

 畑仕事が出来る優秀なモンスターなのに勿体ない事です。

 硬い地面は強力な脚力で踏み砕き、柔らかくする事に長けているというのに。

 命令次第では重いものを運べたりするんですけどね。

 あと、木の伐採もお手の物です。刃物のような鋭さはありませんが。

 城に連れて行くと怖がられますが、戦闘訓練の相手もできるんです。

 身体が硬いので(武技とか)の練習台になってくれますし、万が一傷ついても治癒魔法で簡単に治せます。しかも低位で済む。

 勝手に暴れない良い子なんです、本当に。

 そういえば、名前を付けていませんでしたね。それについてはアインドラ伯爵と相談しなければならないでしょう。

 

第二話 花弁人(アルラウネ)

 

 『マグヌム・オプス』にはお風呂の施設があり、そこには何体かの花弁人(アルラウネ)が宙に浮いた植木鉢のようなものに入れられています。

 湯気が天井で冷やされて水滴になり、それが落下する事によって水分補給する。

 定期的に土の入れ替えをしなければなりませんが、最初の頃に比べて彼女(アルラウネ)達は大人しくしてくれています。

 人間の女性の身体に似た植物モンスターで本体は根っこ。

 子孫を残すために頭に花を付けて、それが落ちると人間部分が老化して枯れていき、新たな身体を形成していきます。

 基本的に根が枯れない限り花弁人(アルラウネ)は何度でも蘇ります。

 種を作るのですが、伝承では生物の精子が必要らしく、彼女たちは近づく生物を長い蔦で掴まえたりするらしいです。

 花弁ということで腰の部分に生物を呼び寄せる蜜が溜められています。時には振りかけて外敵を追い払ったりするそうです。

 足元が根っこなので自由な移動が出来ません。

 元々は南東の奥深い森に生息していたのですがアインドラ伯爵が興味本位で伐採して持ち帰り、この施設で育てているのです。

 ほぼ観葉植物のように。

 近親種の絞首台の小人(ガルゲンメンライン)を捜索中だとか。

 

 

 僕ことンフィーレア・バレアレの仕事は定期的に彼女達のお世話をし、生態の調査をすることです。

 一応、薬草学を専攻しているので生物に興味があります。

 特に植物系のモンスターなどは。

 他の生き物も研究の延長線上で調べたりします。

 時には貴重な資源を発見できるかもしれないし、生物から学ぶ事は多いです。

 それがたとえアンデッドであっても。

 (ドラゴン)は身体のほとんどが研究対象であり、貴重なアイテムの宝庫ともいえる。

 たまに遊びに来るエンリの妹のネムは可愛い女体モンスターの遊び相手になることが多く、今では顔見知りになっています。もちろん、危険なモンスターには迂闊に近づかないように色々と教えています。

 巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)とか。

 最近ではかなり北の山奥に出てくる古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)というモンスターなんかも危険ですね。

 何もしなければ大人しく立ち去っていくので無闇に倒そうとしない限り、黒い粘体(スライム)は対処できない相手ではありません。

 ちなみにゴウンさんに粘体(スライム)の対処法を教えてもらいました。

 様々なモンスターに精通していらっしゃって、とても勉強になります。

 たまに具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)という大きな鎌を持ったアンデッドモンスタ-が出るらしいのですが、こちらはゴウンさんが探している珍しいモンスターだとか。

 あと、とても危険なモンスターらしく近づかないように言われています。

 見つかったら命が無い、と言っていた気もしますけど。

 世の中にはどれだけ珍しいモンスターが居るのやら。

 『マグヌム・オプス』にもゴウンさんが欲しがるほどの珍しいモンスターがたくさん居るらしいですが、僕が知りうるものは少ないです。

 大半が眠っているので強いのか、危ないのかはわかりません。

 起きているモンスターも居ます。というかゴウンさんが連れて来たモンスターですね。

 蜘蛛女(アラクネ)とは別種の蜘蛛人(アラクノイド)という。

 蜘蛛女(アラクネ)は上半身はほぼ人間ですが下半身が蜘蛛で蜘蛛人(アラクノイド)は見た目には人間的なのですが背中から脚が生えています。あと顔はモンスターに近いです。

 見た目がモンスターなのが蜘蛛女(アラクネ)

 一見すると人間のようなのが蜘蛛人(アラクノイド)

 

 

 花弁人(アルラウネ)はゴウンさんも観葉植物として欲しておられましたがアインドラ伯爵が譲渡する予定が無いといって拒否されました。

 珍しいモンスターは近くに置きたいものです。

 個体によって色々と色合いに違いがあり、咲かせる花も微妙に違います。

 あと、土の栄養などによって違う個体が生まれることがあります。

 陸地に近い土だと黄色っぽくなったり、奥深い山だと緑色が濃くなったりします。

 毒性の強い地域だと顔つきが険しくなります。

 寒さに弱いので雪山では育てられず、砂漠地帯は水分がすぐに抜けてしまうので老婆になりやすいです。

 植物系モンスターなので人間の女性のように身体を洗う必要はありませんが、艶かしい女性の裸体は股間を刺激されてしまうことがあります。

 僕も男の子ですから。

 なので普段は服を着せる事にしています。

 そのままだと腰の蜜ですぐに濡れてしまうので、エンリに色々と作ってもらいました。

 頭部分が日の光りを浴びればいいらしく、服に抵抗はなく光合成の障害にはならないらしいです。

 人間の言葉は理解出来るのですが花弁人(アルラウネ)達は独自の言語を持っているらしく、僕には理解できません。ただし、植物と意思疎通する魔法があれば簡単な会話は出来るとゴウンさんに教えていただきました。

 錬金術師(アルケミスト)のスキルはあるんですが、肝心の魔法のスクロールがありません。

 毎回使うには高額だし、今は諦めています。

 森祭司(ドルイド)の友達を作ればいいと言われましたが、僕には友達が殆ど居ませんからね。

 エンリには研究バカと言われるくらい友達作りよりポーションの研究に勤しんでいましたので。

 こちらの言葉だけでも通じていれば今は充分です。

 僕にはまだ他にもモンスターが居るので。

 

第三話 死の支配者(オーバーロード)

 

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)というアンデッドは有名なのですが、その上位種である死の支配者(オーバーロード)は僕も今まで知りませんでした。

 ほぼ骸骨(スケルトン)の姿のアンデッドなのですが強大な力を持つ高位のアンデッドだとか。

 ゴウンさんも死の支配者(オーバーロード)を何体も所有していて亜種も居るんだとか。

 こちらも自分のモンスターだから高位だろうと愛着があるらしい。

 ゴウンさんが管理している図書館で働いているアンデッド達は日々、何かの研究をしているそうです。

 例えば様々な国の書物の翻訳作業とか法律関係の制定とか、頭脳労働に最適なのだとか。

 リ・エスティーゼ王国の周辺には居ないモンスターらしい。

 もし居てもゴウンさんが周りに被害を出さないように取り計らってくれるそうです。

 さすがの僕もアンデッドモンスターを飼いたいとは思いませんでしたが労働力としては魅力的ですけど。

 疲労しませんし、飲食、睡眠不要。

 死の支配者(オーバーロード)は高位モンスターなので野良のモンスターに負けない強さを持っています。

 人間の言葉が通じるのも大きいでしょう。

 自然界の死の大魔法使い(エルダーリッチ)は人間、というか生者を憎む傾向にありますがゴウンさんの所有するアンデッドは殆ど友好的です。

 ネムと一緒に遊ぶ事もできます。

 危険な特殊技術(スキル)を持っているモンスターはゴウンさんも止めてくれますので、今のところは問題は起きていません。

 モンスターに詳しい人が居ると心強いです。僕も勉強してネムに笑われないようにしなければ。

 

 

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)は腐りかけの死体のような顔ですが死の支配者(オーバーロード)は綺麗な骸骨なので触っても安心だとか。

 一緒にお風呂に入っても汚くならない、らしいので僕は思い切って死の支配者(オーバーロード)と入ってみました。

 上空に浮かぶ花弁人(アルラウネ)達が物珍しそうに覗いてきますが無視します。

 完全に骸骨である死の支配者(オーバーロード)の身体は見事にきれいでした。

 綺麗な白骨。

 高位モンスターなのでブラシで強く擦ったくらいでは削られる事もない、頑丈な骨。

 汚れが一点もないのでは、と思うほどでした。

 

「……すごい。普段、自分で磨かれるんですか?」

「『清潔(クリーン)』という便利な魔法があるので……」

 

 死人とは思えない発声のよさ。喉が無いのに澄んだ音色の声。

 男性だと思われるけれど、生前はどんな人間だったのか。

 モンスターになる前の記憶というのは無いらしく、生前の記憶を持っているのは奇跡だとゴウンさんは言ってました。

 アンデッドになるとモンスターの特性に精神が穢されて生者を憎むようになってしまうのだとか。

 アンデッドとはいえ高位のモンスター。

 無理をお願いして色々と調べてみます。

 僕の力では傷一つつけられないアンデッドなので多少の無茶も出来るでしょう。

 さすがに頭蓋骨を取る、というのは出来ないようですが。

 神経や血管があって骨を繋ぎとめているわけではなく、負のエネルギーともいうべき『見えない力』で骨を支えているらしい。

 生命力とも呼ばれる力を失えば滅びるという。

 死の支配者(オーバーロード)などの骸骨(スケルトン)系のモンスターは魔力などが活力となっていて、魔法を使い終わったら大人しく休む。

 色んな骨が破壊されたとしても『核』となる部分さえ無事なら自然と骨が修復されるという。

 ただし、原理は本人も説明できないのだとか。

 とにかく、勝手に治ると。

 頭蓋骨の中は空洞になっていて、宝石などは無く、魔力の光りが眼光として僕に見えています。

 人間の力では死の支配者(オーバーロード)の身体を取り外したりは簡単には出来ないけれど、しっかりと繋がっているのは驚いた。

 低位の骸骨(スケルトン)なら治癒魔法や治癒のポーションでダメージを受けるけれど、基本的にアンデッドは死ぬと跡形も残さずに消滅する。

 それは死の支配者(オーバーロード)も同様です。

 ただし、程度によったり条件によっては骨だけ残る事もあるという。

 高位のモンスターほど残りにくい。と、ゴウンさんが言っていた。

 死者特有のエネルギーというものがあり、それが骨にある限りは残り続けるのでは、というのが定説になっている。

 

第四話 人馬(セントール)

 

 上半身が人間で下半身が馬になっている亜人種人馬(セントール)はとにかく走るのが大好きで草食動物だった。

 肉も食べられない事はないらしいが人間と同じ味覚を有していないのだとか。

 カルネ村に居るのはまだ二歳ほど子供だけど既に走る事を覚えていて、ネムの遊び相手になっています。

 というか、ネムがしっかりとお世話しています。

 元々は異種交配の実験によって生み出された個体なので親は不明。

 亜人ではないけれど一角獣(ユニコーン)八足馬(スレイプニール)が『マグヌム・オプス』に居ます。

 生命の神秘は僕の常識をいつだって(くつがえ)す。

 折角生まれた命は大切にしたい、というエンリの願いでカルネ村に置いています。

 本当なら育てられない(しゅ)はすぐに処分されてしまいます。

 『マグヌム・オプス』は生命体にとって厳しい施設です。

 要らないものは潰される。それは彼女(セントール)達が複製(クローン)から生まれた者達だから。

 変な愛着を持つのは危険だとゴウンさんも言っていました。

 育てられない個体は将来的に不安をもたらすと。

 余計な種族を増やせば人間社会に良くない結果をもたらすかもしれない。

 人間を食べる亜人が居るのだから、当然と言えば当然です。

 

 

 個体は一種ずつ。

 繁殖しようにも同種の個体が居ません。

 必然的に人間が相手となってしまう。

 人馬(セントール)はかなり奥に子宮があるらしく、人間との交配は普通は無理だと言われています。

 人工的に出来ないことは無い、というのは目の前を走り回る小さな人馬(セントール)が証明しています。

 親を知らずに育つ子供。

 責任という点では生かすにも苦労する、ということでしょう。

 全ての(しゅ)が人間と交配出来ないことはいくつか確認されています。

 動像(ゴーレム)は間違いなく無理。

 悪魔の像(ガーゴイル)もほぼ無理でしょう。

 エレメンタル系や非実体系、アンデッドも無理。

 恐竜系も無理。

 何でも良い訳ではなく、可能な生物はとても少ないようです。

 花弁人(アルラウネ)は特殊かもしれないけれど、森精霊(ドライアード)は無理でしょう。

 そういうことを研究する人が僕以外にも居ます。

 僕は異種交配の研究ではなく薬草学を専攻している。生命を冒涜(ぼうとく)するような事には否定的です。

 だが、研究者としては興味があるのも事実です。

 この施設に居る間は非人道的な事にも耐えようと思っていたけど、僕はそこまで鬼畜にはなれない。

 異種交配の実験は僕の知らないところで少し(おこな)われている程度で大々的な事はしていないらしい。

 少し、という点は僕が嫌がったせいでしょう。

 新しい生命の誕生を願っていた(ふし)があったようだけど、僕が頓挫(とんざ)させてしまった。

 人蛇(ラミア)にしろ人馬(セントール)にしろ、王国領内では見かけない亜人を間近で研究する事はなかなか出来そうで出来ないことです。

 竜王国を襲う獣人(ビーストマン)の個体も『マグヌム・オプス』にはあります。

 屈強な肉体で人間を襲い、食らう亜人。

 それがここではメイド服を着せられて警備に当たっているのだからとんでもない施設です。

 動いているのは『メイド』達くらいで後は容器の中でいつ目覚めるとも知れずに眠っています。

 時々、眠る献体が哀れだったり、幸せだったりと思うことがあます。

 命を得て生まれた者達には(すべか)らく幸せになってほしいと僕は願う。

 

第五話 飛竜(ワイバーン)

 

 冬の季節になると餌を求めて人里に飛竜(ワイバーン)が来る事がある。

 住処からかなりの距離があるので滅多に来ないものだが、運よく『マグヌム・オプス』まで来た者が居た。

 それはまだ幼く、群れから(はぐ)れたのだろう。

 この施設の地上部分では色々な作物を作る実験農園も兼ねていた。

 近くに宿舎があり、備蓄している食糧は豊富だ。

 アインドラ伯爵の許しを得て、幼い飛竜(ワイバーン)に作物を与えた。

 餌付けすると次も来てしまうのだが、死なせるのは勿体ない。

 育てられない場合はゴウンさんが引き取る事を約束してくださったのでエンリと一緒に面倒を見るようになった。

 (ドラゴン)の一種であり、獰猛そうな姿も子供時代は可愛いものだった。

 大きくなれば翼をはためかせ、獲物を狙う狩人となる。

 時には飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)となって戦場を駆け回るかもしれない。

 生物にとって『飢え』は耐えがたき苦痛。

 野生生物なら本能で肉を食らおうとする。それが出来ない者は死ぬだけだ。

 

 

 どんな凶暴なモンスターでも大切にしようとエンリが言うので面倒を見始める。

 研究者ではないけれどエンリは自分が召喚した小鬼(ゴブリン)達と生活するうえで考え方に変化が生まれたようです。

 同じモンスターに襲撃される事はあっても憎む事はしなかった。

 心優しい女性は嫌いではありません。

 僕としては愛しているとさえ、声にはなかなか出せないが言いたいとは思っています。

 

「名前を付けると愛着が出るよ」

「呼んだら来るかもしれないわね」

「群れに帰れなくなるよ」

 

 そう言うとエンリは悲しそうな顔になった。

 全てのモンスターの面倒を小さな村で見ることはできないし、伯爵だって慈善活動しているわけではありません。

 人を襲わない方法は採用しても飼って面倒を見るところは行きすぎです。

 ただでさえ、ここには(おびただ)しいモンスターが保管されているのだから。

 幼い飛竜(ワイバーン)も元気になれば家畜や人間を襲うかもしれない。少なくとも近隣で飛竜(ワイバーン)の被害は報告されていないようだけど、田畑を荒らす害獣は冒険者の討伐対象になってしまうし、迂闊に飼う事は伯爵の立場を危うくする。

 群れに返す努力は必要だと思うけれど、これから気温も低くなり食料の調達が困難になってくる。

 野生の動物に安易に餌を与えるのは後々危険です。

 群れに帰れなくなるかもしれない。帰ったとしても他の飛竜(ワイバーン)に襲われるかもしれない。

 難しい選択を迫られている気分だった。

 『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』のような高位モンスターなら外敵の恐れはないけれど、飛竜(ワイバーン)は飢える生き物です。

 とはいえ、僕は自然の厳しい掟に投げ捨てるような強い心は持っていない。

 

「エンリの気の済むまで面倒を見てあげるよ」

 

 心優しい幼馴染みに僕は自分の出来る事をするだけです。

 エンリも厳しい自然の掟はなんとなくでも分かってはいるんでしょう。

 大きくなった飛竜(ワイバーン)が自分達にどんなものをもたらすのか、色々と考えている筈です。

 

 

 後でゴウンさんに尋ねたところ小鬼(ゴブリン)達より強いので襲われたらひとたまりもない、と言われてしまった。

 幼くとも飛竜(ワイバーン)は攻撃に転じたら今の小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)でも対処するのは難しいという。

 戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)なら問題は無いので面倒を彼女に任せることにした。

 本来はカルネ村の防衛任務に点く彼女は飛竜(ワイバーン)の育成など出来るのか。

 他のモンスターと違い、外敵に容赦しないところがあるし。

 そこは村長エンリが色々と命令を下して一つずつ解決していくしかない。

 飛竜(ワイバーン)は肉食だと後で聞いた時は血の気が引いたものです。

 大きくなった飛竜(ワイバーン)は野性に目覚めるのか、このまま飼育され続けるのか、不安が募る。

 

第六話 人魚(マーメイド)

 

 カルネ村に設営された水槽に人魚(マーメイド)が居る。

 この亜人も本来は『マグヌム・オプス』で眠るモンスターの一人です。

 それが何故、カルネ村に居るのか。

 食べるためです。

 正確には人魚(マーメイド)の産む無性卵を。

 半分以上は人間より魚類に近い身体を持つ亜人だが人間と交配できる。

 浅瀬に住む人魚(マーメイド)は自分で餌をとれない場合は人間の漁師の助けを必要とする。

 持ちつ持たれつの関係というやつです。

 その中でも水中に適応できない個体というのが、どうしても現れる。

 物珍しさで誘拐されて地上での生活で水中呼吸が出来なくなった者達です。

 海にも帰れず地上でも長く生活できず、ただ死を待つだけ。

 唯一は子孫を海に流すことで一生を終えることかもしれない。

 伯爵はその中の一つの個体を手に入れて保管している。そして、目の前に居る人魚(マーメイド)複製(クローン)です。

 自我は無く命令のままに卵を産み続ける。

 一般的な魚類ではないので大量の卵は産めない。

 

「この卵は栄養価のあるものなんだけど……」

「食べるのに勇気が居ると……」

 

 上半身が人間の女性というのが躊躇いを生ませる。

 調味料をかければ美味だと有名な人魚(マーメイド)の卵は長寿の食品として貴族に好まれている。

 人魚(マーメイド)の肉体も食べられない事は無いらしいが、病気になるのかどうかは怖くて誰も確かめていない。

 ンフィーレアも食に困っているわけではないので、食料としてモンスターは見ていない。

 

「人魚さん、食べちゃうの?」

 

 ネムが心配そうに見つめてくる。

 残酷な事するの、と訴えてくる子供の瞳がとても痛い。

 家畜は食べるのに人魚(マーメイド)は食べられない、というのは理屈としてはおかしいかもしれない。

 魚類だって立派な食料です。上半身が人間の姿なだけで。

 脇腹はエラ呼吸の為に切れ目が入っている。

 口呼吸も出来るので窒息はしない。

 

「適応できない生物を無駄に生かしておくのも残酷なんだよ」

「可哀相と思う心は大切にしましょうね」

「……うん」

 

 ネムには少し過酷な現実は早いかもしれない。けれども命の貴さを勉強する事は大事です。

 この人魚は自我が無い。

 命令しなければ水槽の中で窒息して死んでしまう。

 呼吸も自分の意思で出来ない亜人です。

 いきなり身体を裂いて切り身にして食べたりはしない。あくまでも卵が目的です。

 地上に適し始めた人魚(マーメイド)は味が落ちるらしく、家畜の飼料にされるのが通例らしい。

 海沿いの都市『リ・ロベル』に住む漁師の話しではあるけれど。

 あと、腐りやすいので生きているうちに解体しないと駄目だとか。

 肥料に加工されるか、海の生物の餌になるか。

 

「卵は数日に一個か二個。栄養が足りないと体内で腐ってしまう。そうすると人魚(マーメイド)は病気になって死んでしまう」

「……かわいそう……」

 

 腐る前に排卵するのが人魚(マーメイド)としての使命でもあります。

 生まれる卵が多い中で長生きする人魚(マーメイド)は多くなく、それゆえに大量発生して海の資源が枯渇したりしない。

 

 

 人魚(マーメイド)の無性卵は食用として知られているのだが海沿いの町でしか食べられない。

 『保存(プリザーベイション)』の魔法で鮮度を保てばいいはずだが、都市の名物は独占したくなるもの。

 地元の貴族によって他の都市への供給が断たれている。

 様々な調理法があると言われているけれど、それは現地の料理店の秘伝となっていたりする。

 有精卵だと罪悪感があるのだが無性卵は栄養補給として人魚(マーメイド)自身の栄養源にされたりする。

 生きる為に必至なのはどんな種族も一緒です。

 

人魚(マーメイド)は排卵するのにも体力を使うからたくさんは産めない。一個でも貴重なものだからありがたく頂こう」

 

 事前に毒性などは調べているし、効能は随分と研究されている。

 滋養強壮効果があり、疲労回復。調味料と混ぜると美味。

 遠泳移動する人魚(マーメイド)自身の体力回復にも使われる。

 村人全員に分けられるほどたくさんは用意できないものなのでエンリは代表者として食した。

 表面の薄皮は意外と丈夫で中身の液体はオートミールと一緒に食べると美味しかった。

 貴族達はパンに塗ったり、焼いた肉に液体をかけたりする。

 直径十センチメートルもあるので一口では食べられないが、スプーンで中身を掬い取るように食べるのが基本。

 ネムも味見した。

 

「これだけの大きさの卵を人魚さんは毎日出すの?」

「卵を産む種族に処女性は無いらしいけど、毎回大変だよね。そうやって子孫を残そうと必至なんだよ」

 

 卵を産む体力がなければ衰弱して死んでいく。

 人魚(マーメイド)は意外と短命の種族です。

 もっとも多産な人魚(マーメイド)は特別なマジックアイテムを持つ。

 だからこそ絶滅しない。

 自然淘汰の仕組みはネムには難しいかもしれないけれど、命の大切さをゆっくりと教えていく。

 

第七話 獣人(ビーストマン)

 

 メイドを服を着た獣人(ビーストマン)種の虎型、人虎(ジンコ)と呼ばれる種族を連れて来た。

 二足歩行の獣ではあるけれど顔つきや体つきは人間の女性に近い。

 手足は獣で肉球があるし、体毛が多く(ひげ)も生えていた。

 

「かっこいい女の人ね」

「手足が大きいから細かい仕事は不慣れだけど、案内役としては使えるよ」

「……見栄(みば)えだけって気がするわ」

 

 長い縞々(しましま)模様の立派な尻尾が動き回る。

 二足歩行だけど眠るときは獣のように(うずくま)る。

 背筋が真っ直ぐに伸びていて姿勢は悪くなかった。

 手足の筋肉は硬くて太い。

 腹筋も六つくらいに割れているという。

 戦闘に際しては肉食獣の凶悪な面構えになる。

 メイドの姿をしているけれど竜王国を苦しめる人間を食らう種族の亜種です。

 普段は動物の肉を好むようだが、基本は雑食。匂いのきついもの以外は大抵食べる。

 他の亜人までも。

 生物の頂点になるには弱者を食らい続ける。それが獣人(ビーストマン)社会の掟のようなものらしい。

 この人虎(ジンコ)はもちろん複製(クローン)でアインドラ伯爵の命令に絶対服従する。

 自害しろと言われればたちどころに自らの首を()ねる。

 両手を食べろと言われれば疑問をさしはさむ事無く食らう。

 

「僕はそんな命令はしないよ」

 

 エンリの冷たい瞳に少し怯える僕、ンフィーレア。

 基本的なことを言っただけなのに、そんなに怒らなくても。

 

「伯爵様はとんでもないお人だけど……」

「……ええ、分かっているわ。でも、ンフィーが毒されていないか心配で……」

「僕は純然とした研究者だから。真面目に仕事しているよ」

「胸の大きな亜人さんじゃない」

「健康的な身体だから仕方ないよ。良く食べてよく運動されているから」

 

 張り出す胸はエンリの倍以上はある、という大きさ。

 筋肉質なので決して(たる)まない。

 エンリは興味本位で触ったり揉んだりしてみる。

 人虎(ジンコ)の胸はかなり硬めだ。中までびっしりと筋肉が詰まっている。そんな感触だった。

 

「……おお、負けた……」

 

 健康的なので排泄も勢い良く出る。

 唯一、人虎(ジンコ)に命令しても守れないのは排泄行為だけかもしれない。

 所構わず、ボタっと投げ捨てられるように出される汚物。

 いきなり出てくるのでエンリとネムもびっくりした。

 

「これはまだ良いほうだよ。お腹を壊されたらもうどうしようもない状態になる」

「……食事時に聞きたくない話題ね」

 

 出て来ないと具合を悪くするので、排便は好きにさせるのが良いとアインドラ伯爵は言っていた。

 当然、排尿も豪快に出る。

 この人虎(ジンコ)の個体は()()()()生理現象を許された複製(クローン)だった。

 ただ残念なのはメイド服を着ている状態での痴態が顔を(しか)めさせる。

 獣人(ビーストマン)の国の人虎(ジンコ)にとって当たり前の事なのかは分からないけれど、人間の国では残念極まりない。

 

「くさ~い」

 

 ネムは鼻をつまむ。

 出た排便は畑の肥料に使われるので無駄なく利用される。

 

「健康的な娘さんなんだよ」

「……獣人(ビーストマン)の国って……、行きたくないな……」

「亜人の世界では常識かもしれないよ。出ないと困るし」

「……恥じらいがあると……、もう少し可愛く見えるんだけどな」

 

 出すものを出した人虎(ジンコ)の娘の顔は獣特有の笑顔だった。

 突き出た鼻に裂けたように広い口。

 輝く瞳は自信に満ち溢れている。

 何かで読んだのか、聞いたのか忘れたのだが、獣人(ビーストマン)は人前で排泄行為をするのは求愛の(あか)しだとか。

 人虎(ジンコ)に僕は気に入られたって事か。

 

第八話 鳥人(バードマン)

 

 本来は猛禽類のような姿の鳥人(バードマン)なのだが僕、ンフィーレアの目の前には小さな姿の鳥人(バードマン)と言い張る生物が居た。

 知る人が見ればペンギンと声を揃えて言うでしょう。

 城塞都市エ・ランテル近郊にある古めかしい遺跡『ナザリック地下大墳墓』より訪れた客人で『エクレア・エクレール・エイクレアー』という。

 ネムより低い背丈かもしれない小さな客人は当然複製(クローン)ではない。

 自我のある立派な鳥人(バードマン)だ。

 

「これ、ほしい!」

 

 と、早速ネムに掴まるエクレア。

 短い手足では人間の少女の素早さに耐えられないのでしょう。

 

「はっはっは。お嬢さん、私は客人だぞ。ちゃんともてなしてくれないと困るじゃないか」

 

 執事助手という肩書きに誇りを持つエクレア。ただし、移動には奇怪な使用人の手を借りなければならないという不便さがあります。

 主にエクレアを小脇に抱えて運ぶという。

 

「ネム、その方はゴウン様の大切な部下さんですよ」

 

 ゴウン本人からは特段、扱いに関して何も言及されていない。

 そっちにペンギンが行くから適当にあしらっていいぞ、とは言われた。

 

「申し訳ありません、エクレアさん。ネムが大変失礼を……」

「いやいや、子供は元気な方がいい。さて、そろそろ離してくれないかね?」

「ヤダー」

 

 すっかり気に入られたエクレア。

 焼いたら美味しそう、という言葉がンフィーレアの脳裏を(かす)めたが我慢する。

 小さいせいか、丸々と太った肉厚な鶏肉に見えてしまった。

 食欲をそそるような姿をしている。

 

「わ、私を昼食の一品に添えるような眼で見るんじゃない!」

「失礼しました。……それで今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ふむ。私が()()()()()()のナザリック地下大墳墓と友好関係にある村ならば()()支配下も同然ではないか。そんな村を視察しにきたのだ。何か問題でもあるのか?」

「そ、それは……、凄いですね」

 

 ゴウンさんからペンギンが何を言っても本気にするな、と言われているので聞き流す。

 

()()()()()()()()、ですか?」

「私の()()()()()()()にケチをつけるのかね?」

 

 小脇に抱えられる事は当然のことなんだ、と呆れつつ感心もした。

 ネムに捕まっている事はそれほど嫌っているわけでも無さそうなので少し安心した。

 

「さあ、小さき友よ。村を案内するのだ」

「りょうかいしました」

 

 元気良く返事をするネム。

 たったったっと軽い足取りでネムはエクレアを持ったまま移動した。

 

「ゴウンさんの部下は色んな人が居て楽しいね」

「そうね。……いい人達に出会えて良かった……」

 

 少なくともエンリは日々、充実している。

 帝国兵に襲われてから心休まる日々はもう来ないと思っていたのに。

 賑やかな人間、というか種族が顔を見せに来る。

 怖い人から楽しい人。

 人というか、モンスターが。

 どれもが友好的で驚かされる。

 少なくとも普通の人間よりも優しいと言える。

 

第九話 女淫魔(サキュバス)

 

 僕、ンフィーレアが管理している『マグヌム・オプス』には多くのモンスターが保管されています。

 どのモンスターが一番多いかと問われれば『女体』と答えた方が早いほどメスのモンスターがとにかく多いです。

 

 不細工なオスは要らぬ。

 

 それを地で行くような気がします。

 オスが居ないのに繁殖などはどうするのでしょうか。

 アインドラ伯爵は増殖させる気は無いらしく、繁殖については何も言及していません。

 増やす気が無い。またはオスを必要としない方法がある、とでもいうのでしょうか。

 これだけの物騒な施設を作り上げるのですから僕如きには分からない高尚なお考えでもあるかもしれません。

 ゴウンさんもたくさんのモンスターを保有しているそうですが、こちらはオスメス問わず揃っています。もちろん、所有していないモンスターも多数居るようで、この施設に見学に来る事はよくあります。

 ゴウンさんも珍しいモンスターには興味津々なご様子でした。

 数の多く居る『メイド』の中に女淫魔(サキュバス)が当然のように居ます。

 牛に似た角を頭頂部に生やし、腰から大きな鳥に似た翼を生やし、悪魔の尻尾のようなものを生やして居る者も居れば生えていないのもいます。

 個人差があるようですが、種族は同じようです。

 この女淫魔(サキュバス)達も複製(クローン)ですが、保守管理の仕事に従事していて黙っていると大人しい人達です。

 ただ、声をかける相手によって様々な嫌がらせをするので覚悟が必要です。

 時には全裸になって男性を困らせたり、とにかく色々と大変な事になります。

 

 

 『メイド』の総数はおよそ五十人。

 その五十人でも『マグヌム・オプス』を管理するのは大変かもしれません。

 色んな物が置いてありますし、とにかく広いんです。あと、天井が高く、精霊(エレメンタルなど)系や粘体(スライムなど)系が監視や掃除を担当しています。

 僕の仕事はもちろん管理保守。

 この女体モンスター達は命令以外のことが出来ない事があります。あとは外部から来るお客さんの対応でしょうか。

 不届き者が来ると一気に危険な空気に変わるので毎回、生きた心地がしないです。

 黙って見ている分には女性に囲まれた素敵な職場なのでしょうけれど。

 この施設に居る一番危険なモンスターは先に出た『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』と眠れる(ドラゴン)達を除けば、後は容器に入れられたモンスター達くらいです。

 一応、全ての部屋を完成する前に見せてもらったことがありますし、他に巨大で邪悪なモンスターというのは見た事がありません。

 身体の大きな三相の悪魔(ヘカテー)という女性のモンスターくらいでしょうか。

 粘体(スライム)系で危険な物もいるようですけど。

 

「ンフィーレア君。今日の業務は終了しました」

 

 と、女淫魔(サキュバス)のメイドが言いました。

 このモンスターは数としては五体ほど。決して多いわけではありません。

 様々なモンスターにメイドをさせているので、数ヶ月ごとに入れ替えが(おこな)われたりします。

 完全に人間にしか見えない女神系とか。

 見目麗しいモンスターがとにかく多いです。

 もちろん観賞だけではなく研究対象でもあります。

 女体モンスターだけが特色ではありません。

 羊皮紙生産にフェルト造り、石鹸、羊毛の採取とさまざまな物資生産が(おこな)われています。

 女淫魔(サキュバス)は並みのモンスターではありません。一度、迎撃に回れば冒険者でも歯が立たないと言われています。

 ただ、決して人は殺さないように命令を受けていますが、命令は命令なので理解しているのかはまた別みたいです。

 人とモンスターの区別が付かないらしく、力加減も不慣れなところがありますので、僕が気が付いたところは止めに入る必要があります。

 

「では、休んでください」

 

 と、命令しない限り延々と僕の後を追い続けたりします。

 

 自我が無い。

 

 見た目は可愛いけれど命令で動いているだけの肉人形です。

 新たな命令が無ければ永遠に立ち続け、その身が滅びるまで次の命令を待つという。

 百年くらい経って自我が芽生えるまで、とゴウンさんは言っていましたが本当に自然と自我が芽生えるかは確認しようがありません。

 エンリは彼女たちをとても哀れんでいました。同時に自我が無い事が幸せなのではないかと。

 僕の命令だけを聞くわけではなく、一通り行動は出来るので知らない人が見ても気付きにくい側面はあります。

 本当に『自我』が無いのか、疑わしい事もあったりますが、そこはアインドラ伯爵(いわ)く、秘密があった方がいい、だそうです。

 それが良いのか悪いのかは僕には分かりません。

 見目麗しい彼女たちには幸せになってもらいたい。

 僕のささやかな願いでもあります。

 

第十話 赤帽子の小鬼(レッドキャップ)

 

 この『マグヌム・オプス』には『屠殺場(とさつじょう)』なる危険な部屋があります。

 冒険者を入れて強く鍛える場所だそうですが、とても血生臭い施設だとか。

 まあ、僕も使わせていただいたんですけどね。

 様々なモンスターをただひたすらに殺し続ける。その名に恥じない場所です。

 天井は無駄に高いですけど、広い部屋に数千体のモンスターを収容できるので大量殺戮を可能としています。

 序盤は小鬼(ゴブリン)悪霊犬(バーゲスト)など。

 そこからどんどん強力なモンスターが投入されていきます。もちろん女体モンスターもそれなりに強いのでやって来ます。

 その中でも中盤から出てくる赤帽子の小鬼(レッドキャップ)は相対した冒険者の殆どが恐れおののきます。もちろん、僕もですけど。

 弱い冒険者にとって倒しにくいモンスターで、これが千体規模で迫ってくる。

 赤い色が視界いっぱいに埋め尽くすと人は恐怖心から武器を握る手が硬直したり、失禁したりと身体的に色々と悪影響が出始めます。

 そんな恐怖に負けずに頑張れば強くなれるのですが、実際は甘くない。

 それがたとえ無防備の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)であっても。

 

 何もしないモンスター。

 

 慣れた人なら何でもないけれど、()()()何もしない保証は無いので怖いです。

 実際の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)は素早くて強いです。

 あと、強いモンスターというのは身体も硬い。

 武器の通りが悪い、とも言えます。

 リ・エスティーゼ王国の最強の戦士『ガゼフ・ストロノーフ』さんでも数百体の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)に苦戦したという。

 何もしていない赤帽子の小鬼(レッドキャップ)に。

 黙っているモンスターに苦戦するというのは体験したものにしか分かりません。

 無防備を命令されているので、もちろん攻撃に転じる命令を与えれば本来の強さを知ることが出来ます。

 数体で王国の討伐隊数千人を駆逐できるだけの力があるそうです。

 さすがに人間側の殺戮は見たくないので、本当かどうかは確認していませんが、事実なのでしょう。

 身体は普通の小鬼(ゴブリン)と同じくらいなのに凶暴さは断トツ。

 ゴウンさんが言うには死の騎士(デス・ナイト)よりも強いそうです。

 僕も何度か死の騎士(デス・ナイト)死の騎兵(デス・キャバリエ)の強さを見せてもらいましたが、あれらよりも強い、というのが信じられません。

 身体の小ささを生かした戦略でもあるのでしょう。

 伝説のアンデッドとして有名な魂喰らい(ソウルイーター)にも勝つかも、とか言われるとどれほど強いのか、もう分かりません。

 それだけなら普通の凶悪なモンスターで終わりますが、この『マグヌム・オプス』は常識外れです。

 戦闘で打ち漏らした赤帽子の小鬼(レッドキャップ)などは女淫魔(サキュバス)などのメイド達に普通に討伐されて処分されていきます。

 いとも簡単に。

 野菜を収穫するように首を撥ねていく。

 自我が無いので恐怖心を感じない、のかもしれませんが、そう簡単に処分できるようなモンスターではないはずです。

 さすがに『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』を一撃でかち割ったりはしなかったのですが、数十人規模の魔法や斬撃、様々な特殊技術(スキル)などによる怒涛の攻撃で撃破する(さま)は壮観というか、とにかく凄かったです。

 無防備だから倒せたともいえますけどね。

 この施設ではとにかく赤帽子の小鬼(レッドキャップ)程度は雑魚モンスターに過ぎない。

 本当に恐ろしいのは『マグヌム・オプス』を作り上げた人物でしょう。

 ゴウンさんすら驚いていたくらいです。

 

第十一話 首無し騎士(デュラハン)

 

 ゴウンさんのところには首無し騎士(デュラハン)というアンデッドモンスターが居るそうです。

 アンデッド系を多く所有するゴウンさんとは趣味が合うのか、時々疑問に思いますが、あちらは戦闘用に色々と揃えているらしく、僕のように国の発展のためや市民生活のためとか、とはまた違うんでしょう。

 死の騎士(デス・ナイト)で家を建築できるのか、と言われれば首を傾げます。

 馬車に魂喰らい(ソウルイーター)を使う利便性とか。

 戦闘から市民生活に合わせるのは容易ではありません。

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)はただただ厄介なアンデッドです。

 問題の首無し騎士(デュラハン)ですが、首はありました。

 あと、美人です。

 騎士ではなくメイドの姿なのでなんと呼べばいいのでしょうか。

 首無し騎士の女中(デュラハン・メイド)とかでしょうか。

 夜会巻きの(つや)やかな黒髪に()()()レンズの入っていないメガネをかけていて、棘付きのガントレットを装備した戦闘メイド。

 

「ごきげんよう」

 

 丁寧な物腰。

 軽く頭を下げるのだが、本当に首無し騎士(デュラハン)なのか疑わしい。

 だけど首はちゃんと取れる。

 モンスターに見えないくらい人間的で、自然な振る舞いだった。

 

「モンスターらしい首無し騎士(デュラハン)とはどういうものなのでしょうか?」

 

 伝説に出てくる首無し騎士(デュラハン)は同じく首の無い馬に乗って小脇に自分の首を抱えて駆け回る。

 死を告げるモンスター、などとも言われている。

 

「……ああ、首無し馬(コシュタ・バワー)が居ないから……」

「絶対に馬に乗らないとダメって意味じゃないですよ」

首無し馬(コシュタ・バワー)は居ないわけではありません。乗ったままお邪魔するのは失礼かと思いまして……」

 

 メイドの格好で馬に乗れるのか、という疑問が浮かんだ。

 

「こちらこそ、すみません」

 

 ネムが早速首無し騎士(デュラハン)の『ユリ・アルファ』さんに近づく。

 ゴウンさんの部下は大体、ネムと顔見知りになっていた。

 

「またお会いできて嬉しく思います、ネム様」

「おねえちゃん、首が取れるのいたくないの?」

「そういう種族なので平気でございます。いちいち痛がっていたら首無し騎士(デュラハン)としてやっていけません」

 

 火蜥蜴(サラマンダー)が暑さに弱いとか、致命的だと思うように。

 ユリさんはネムの目の前で自分の首をはずしてみせる。

 接合面は青白い炎が(とも)っていて、それはアンデッドの生命力の具現のようなもので触れても火傷しない。

 実際に触らせてくれた。

 首無し騎士(デュラハン)は生まれた時から首無し騎士(デュラハン)だそうで首を切断されてアンデッドになった、というわけではないそうです。

 全ての首無し騎士(デュラハン)が同じとは限らない、という説明が続く。

 

「うちのルプスがいつもお世話になりまして……。ご迷惑をお掛けしておりませんか?」

「い、いいえ。明るい娘さんなので村人と仲良くしてもらっています」

 

 ルプスこと『ルプスレギナ・ベータ』という赤い髪を三つ編みのツインテールにしていて褐色の肌は健康的な雰囲気をかもし出す女性。

 体型もよく胸も大きい。

 そして、伝え聞いたところでは人狼(ワーウルフ)というモンスターだとか。

 人前で正体を安易に見せないそうです。実際に真の姿とやらは一度も見た事が無い。

 狡猾で残忍な性格、と言われているけれどネムとは仲良しです。それが演技かもしれない、という不安は少しあるけれど。

 

 

 ユリさんは異形種だけど特段、人間を食べたりするような事は無く、はた目にも異形っぽさが見当たらない。

 頼めば首を外してくれる。その時になって()()()()()()()()()()と改めて驚かされる。

 

「確かに私はアンデッドの首無し騎士(デュラハン)ではありますが、一般的な伝承にある通りの行動を取るつもりはありません。モンスターとしての特性はあるかもしれませんが、それ以外は皆様とそれほど乖離しているとも思えません」

 

 柔らかい物腰で丁寧に説明してくれるユリさん。

 姿勢も良く、これがアンデッドモンスターだと誰が信じられるのか。

 ちなみにアンデッドなので治癒魔法や回復ポーションはさすがに扱えないとのこと。

 自然治癒力が強いわけではないので、どうやって回復するのかと思い尋ねてみた。

 

「私共には聖職者(クレリック)などの信仰系を嗜んでいる者がおりますので。アンデッドの回復手段は一通り……」

「後学の為にいくつか教えてはもらえませんか?」

「……そうですね、アインズ様もご利用なさる都合もありましょう。こほん、ではまずは『負の光線(レイ・オブ・エナジーネガティブ)』は離れた場所に居る相手にかける魔法としては比較的優秀な魔法でございます。続いて『致死(リーサル)』は第六位階の信仰系魔法でございますが、皆様にとっては大きな痛手となりましょう。高位の魔法としては『大致死(グレーターリーサル)』というものがあり、我々の中では一般的な魔法となっております」

 

 第六位階の信仰系魔法に『大治癒(ヒール)』があり、高位の神官(プリースト)職が扱う凄い魔法です。ただし、第六位階は知識でのみ知っている程度で扱える人は英雄級以上の人くらいでしょう。

 欠損した肉体の再生も出来る優れもの。

 この魔法の対極にあるのだからアンデッドも同じような効果を生むのでしょう。

 僕の知る中ではアインドラ伯爵に連なる者だけです。

 ちなみにアインドラ伯爵は信仰系第五位階『死者復活(レイズ・デッド)』の使い手です。

 

骸骨(スケルトン)だとどうなるんでしょうか?」

「破壊されても滅びていなければ再生魔法と同じく骨が回復いたします」

 

 肉体の治癒と違うとはいえ、骨が肉体のように回復する、というのは実際に見ないことには理解できないかもしれない。説明だけでも想像はつくのだが。

 

「では、首無し騎士(デュラハン)の場合、頭部を破壊されたら直るんでしょうか?」

「……いいえ、その時は滅んでしまうかもしれません。我が創造主『やまいこ』様の(げん)ではありますが、生物と同じようにアンデッドにも破壊されてはいけない部分があります。それを失えば首無し騎士(デュラハン)とて滅びます」

 

 だからといって首無し騎士(デュラハン)の頭部を安易に破壊できるわけがない。

 胴体が命をかけて守るでしょう。

 その胴体も心臓に当たる部分を破壊されてしまえば滅んでしまう、らしいです。

 

「弱点はありますが、簡単に破壊されるほど()()ではありません」

「すみません、弱点となるような事を聞いてしまって」

 

 僕は素直に謝罪するがユリさんは微笑んで許してくれた。

 

「我々も人間を殺害いたしますから……。敵の情報を知り、撃破するのは当然だと思います。首無し騎士(デュラハン)もそれ程、珍しいモンスターではないのでしょう?」

「い、いいえ、とても珍しいと思いますよ。少なくとも僕らの周りには居ません」

「あらら」

 

 ユリさんは口に手を当てて驚いていた。

 

「……でも、首を小脇に抱えるのですから、そこが弱点というのは……」

「弱点を守るのは至極当然ですね」

「はい」

 

 ユリさんは打撃系の職業(クラス)を持っているのでガントレットを主体とした戦い方を好み、メイドなのに物騒な姿なのは『戦闘メイド』だから、と言っていた。

 いわゆる正装というものです。

 お淑やかな外観とは裏腹に武闘派である。

 他に首無し騎士(デュラハン)らしいところを探してみたが見つからなかった。

 首を置いて彷徨(さまよ)ってみて下さい、という失礼な事はさすがに言えなかった。

 頼んだらネムの為ならやってくれそうだが、とても申し訳ない気持ちになりそうなので自制しました。

 

第十二話 自動人形(オートマトン)

 

 生物とアンデッドと来て次は人造物(コンストラクト)系モンスターである自動人形(オートマトン)のシズ先生がいらっしゃいました。

 

「……なにやら失礼な紹介をされた気がする」

 

 赤金(ストロベリーブロンド)という色合いの長いストレートヘアが風に揺れる。

 腰の辺りにまで伸びた髪の毛。

 迷彩柄のマフラー。眼帯。

 見たことも無い装備品を身につけている戦闘メイドの一人です。

 

「……ンフィーレア。……私はそこらのモンスターとは違う」

「はい、シズ先生」

 

 創作(クリエイト)系においてシズ先生の知識は夢の技術がいっぱい詰まっている。だからこそ敬称に『先生』と僕は付けています。

 

「……宇宙は広くて不安がいっぱい。……未知の探求者だけが挑戦を許される。……地上で安穏(あんのん)としている人間のまま一生を終えるほうが賢い。……けれども時には愚か者になる事も必要」

 

 シズ先生の言葉は難しい。けれども挑戦する者には様々な解説をもたらしてくれる。

 

「……『フェルト』造りは順調?」

「石鹸の製作に手間取っています。なかなか灰や油を()()に調達するのが大変で……」

「……素材調達は基本にして難関。……焦ってはダメ」

「はい、シズ先生」

 

 フェルトというのは羊毛などを固めて作る素材です。

 断熱材として優秀で、僕はそれを大量に作る方法も研究している。

 石鹸が必要なのはフェルトを固めるのに必要だからです。

 正確には『石鹸水』なのだが。

 羊毛は石鹸水に浸すと固まる性質がある。そして、それを重量のある『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』に圧縮してもらうんです。

 超重量のモンスターも使いようによっては優秀だが、十メートル規模の巨体を持っているので砂漠地帯まで運ばなければならない。

 人気(ひとけ)の無い場所であり、もう一つの断熱材である『シリカ』の宝庫です。

 こちらはメイド達によって作られているので問題は無いのだが、砂漠地帯特有の暑さに何人かのメイドを熱中症で死なせてしまった。

 日中の作業は控えさせているのだが、暑さ対策に頭を痛める。

 メイドといっても『複製(クローン)』なので替えは利く。だが、実際に人を雇えば替えなど利かない貴重な労働力なのでしょう。

 生命力に(あふ)れたメイドなので蘇生魔法で現場復帰してもらっている。

 アインドラ伯爵も安易に命を粗末にせず、色々と研究せよと言ってくれている。

 失敗は研究にはつきものです。

 色々と悩んで後世に残せばいい。

 

「……出来たフェルトの一部は販売しているの?」

「建築関係の人には好評です」

 

 資金調達も大事とシズ先生は言っていた。

 

「……天然素材は優秀。……時間はかかってもいいが、続けることは大切。……これからも精進するように」

「はい」

 

 シズ先生の種族である自動人形(オートマトン)は秘密と言って詳細は教えてもらえない。

 動像(ゴーレム)より凄い、とゴウンさんは言っていた。

 謎がある方が楽しみもあるけれど、と思って詳しく聞くのは今は諦める。

 宇宙にでも行けば教えてくれるかもしれない。

 

 

 シズ先生は無表情が多いけれど僕が特殊技術(スキル)で用意した特製の飲み物はよく飲んでもらっている。

 この飲み物は人間には飲めたものではない油そのもののようなものだけどシズ先生にとっては必需品らしい。

 種族的な好みがあるんでしょう。

 

「……これは自動人形(オートマトン)にとっての活力源」

 

 そう言っている顔に変化は見られないが喜んでいるのかもしれない。

 アンデッドと違い、治癒魔法や回復ポーションでダメージは受けない。

 専用の回復魔法を必要とするようだが、高い治癒魔法も効果があるとか、ないとか。

 高度な専門職の知識が豊富。

 シズ先生は戦闘に特化しているけれど創作(クラフト)系には興味津々のご様子だった。

 ゴウンさんが言うには表立って外に出せない秘蔵っ子だとか。

 

第十三話 内臓の卵(オーガン・エッグ)

 

 僕ばかりモンスターに触れ合っても仕方が無いのでネムにも触れ合えるモンスターについてゴウンさんに相談してみました。

 丸い身体を持ち、宙に浮くアンデッド。

 

 内臓の卵(オーガン・エッグ)

 

 身体の前面部が縦に割れていて、そこから大量の内臓がこぼれ出ているモンスターです。

 見た目には不気味なのですが飼うには丁度いい、とおっしゃっていたので見せてみました。

 案の定、泣き出す始末。いえ、普通の反応で安心しました。

 エンリには引っ叩かれましたけれど。

 

「このユーモラスなモンスターの良さが分からんとは……。女とは難しいな」

「……世間一般の反応としては間違っていないと思います」

 

 丸ければ何でもいいと思っているのかもしれない。

 確かにゴウンさんにかかれば内臓の卵(オーガン・エッグ)も可愛いアンデッドモンスターなんでしょう。

 言う事を聞く素直なところを見ていると可愛げが、あるように見えてくるのかな。

 僕の知識では内臓の卵(オーガン・エッグ)は自らの体内に納めている(おびただ)しい腸を敵に絡めて相手の身体を潰す危険なモンスターです。

 城塞都市エ・ランテルの墓地に生息していて兵士達を襲うという。

 割と強い部類なので複数人でかからないと死人が出ます。

 

「ネムが泣くほどなら……、仕方ないな」

 

 ゴウンさんも子供の涙には弱いようです。

 折角呼んだモンスターなので色々と調べてみようと思います。

 

 

 ゴウンさんは基本的にアンデッドモンスターが好みのようで、様々なおぞましいモンスターと触れ合っています。

 戦闘に際して優秀なモンスターほど自慢する傾向にあり、可愛げは二の次のようで困ります。特にエンリにとっては。

 死の騎士(デス・ナイト)もエンリにとっては凶悪な顔をしているので触れ合うのは躊躇(ためら)われています。

 

「ネムよ、このモンスターは嫌いか?」

「……もっと可愛いのがいい……」

「可愛くないのか? 丸くて強いのに」

 

 腸をたくさん出している不気味な身体のモンスターを可愛い、と言った事がある子供を僕は一人も知りません。

 

第十四話 疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)

 

 諦めないゴウンさんは続いて疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)なるモンスターを連れてきました。

 内臓の卵(オーガン・エッグ)をもっと腐らせたような病的な姿ですが丸い身体です。

 丸いというか、今にも爆発しそうなほど身体を膨張させています。

 説明によれば負のエネルギーを溜め込んでいて、倒すと爆散して敵にダメージを与える。

 溜め込んでいるのが負のエネルギーなのでアンデッドにとっては回復手段の一つとなるのだとか。

 丸い身体は内臓の卵(オーガン・エッグ)と一緒ですが、こちらはより丸いので転がったり弾んだりして移動する。

 ボールのようなものと一緒なので子供でも喜ばれるはずだと。

 

 そんなことは無かったけれど。

 

 ネムがまたも泣きました。

 僕はエンリに胸倉をつかまれて大変です。

 

「こんな気持ち悪いモンスターは連れてこないで!」

「で、でもゴウンさんの好意だから……」

 

 きっ、とゴウンさんを睨むエンリ。さすがのゴウンさんも顔をそらすほどエンリの激怒は怖かったようです。

 僕も怖かったけれど。

 

「このモンスターはよく弾むんだ。遊び相手としては……」

「……でも爆発するんですよね?」

「……はい」

 

 冷たい氷のナイフのようなエンリの言葉にゴウンさんは素直になりました。

 

「負のエネルギーを撒き散らすんですってね」

「そうそう、それで仲間のアンデッドを回復させる便利なモンスター……」

「子供は人間です!」

「……そうでしたね。普通の人間には危険なモンスターです、はい……」

 

 ネムを喜ばせようとゴウンさんが気を利かせてくれたのに僕達は文句ばかり言うのも気の毒で仕方がありません。

 ですが、人間にはやはり危険なモンスターなのも忘れてはいけないんでしょう。

 子供には危険かもしれませんが、ゴウンさんにとっては可愛いモンスターのようで、とても可愛がっていました。

 便利で頼もしいモンスターだと。

 人間の子供の遊び相手としてはきっと、不向きなんでしょう。

 

第十五話 魂食の悪魔(オーバーイーティング)

 

 二度ある事は三度ある。そんな言葉がゴウンさんの口から出たけれど、今回のモンスターはアンデッドではなく悪魔であるという。

 膨れ上がった身体。翼が無いのに宙に浮くことができる。

 本来は大人の人間を丸呑みできるほど大きな口を持ち、丸く膨れた腹には食べた人間の苦悶の表情が浮かぶという。

 共通点としては丸くて大きいモンスターである、ということ。

 

 ()()()()()()ネムは泣いて僕はエンリに殺されそうになりました。

 

 僕のせいではないのですがエンリに叱られる役目を負っているようです。

 翼が無いのに空を飛ぶ不思議さが売り、とゴウンさんは言いますが人間を丸飲みにするのが好き、というところが失敗だったようです。

 ゴウンさんにとっては丸くて可愛いモンスターを連れて来たつもりだったのでしょう。

 子供には(つら)いですね。たぶん、僕が子供でも泣きますよ。

 ただでさえ『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』でも泣いたんですから。こちらはただ巨大だっただけでは、と思っていたんですけどね。

 ちなみに、この魂食の悪魔(オーバーイーティング)という悪魔はゴウンさんの部下のデミウルゴスさんが用意してくれたモンスターです。

 ネムの為に丸くて可愛いモンスターを、と選んでくれたそうです。

 

「すみません、ゴウンさん」

「ネムには早かったのかな。このモンスターの素晴らしさを知るのが」

 

 ネムが泣いた事を伝えたらデミウルゴスは悲しむだろうな、という呟きが聞こえてきました。

 僕は悲しくなりましたが、無理に慣れさせるのもネムにとって良くない気がします。

 他に丸くて可愛いモンスターがどんなものが居るのか聞いてみると『集眼の悪魔(アイボール・コープス)』という二メートルほどの球形で、桃色の身体。

 白濁した眼球を寄せ集めたような姿をしている。

 監視としては優秀なモンスターで戦闘能力は若干低い。

 夢に出て来て、うなされそうな姿に僕は言葉を失いました。

 一日に四体が限界と言われても困りますけど。

 

「可愛いモンスターは居ないんですね」

「戦闘に特化したモンスターしか……」

 

 ゴウンさんの特殊技術(スキル)で出せるモンスターに期待してはいけないんでしょう。

 ネムの為に色々と尽力してくれるのはありがたいですけど。

 エンリもあんなに怒らなくてもいいと思うのですが、カルネ村の村長になってから人食い大鬼(オーガ)より怖くなりました。

 今のエンリは確か赤帽子の小鬼(レッドキャップ)より強いとアインドラ伯爵が言ってましたね。

 

第十六話 針山の槍(スピアニードル)

 

 アンデッドや悪魔では不評だったゴウンさんが可愛いものを()()()探してくれました。

 今回のはエンリも可愛いと言ってくれたのですが、二メートルの大きさなので嫌な予感がしました。

 見た目は白い兎。顔も可愛い。

 針山の槍(スピアニードル)と呼ばれる魔獣は戦闘時には体毛を硬い針に変えて襲って来るそうです。

 戦闘時の見た目から名付けられたのでしょう。

 ですが、普段の体毛は人間が触っても柔らかいと言われるくらいふっくらしたものです。

 

「アウラが命令しているから戦闘態勢には入らない。余計な敵が来ない限りだが」

「……それはそれで不安ですけど」

「でも、ふかふかだわ~。顔も可愛いし」

 

 一般人には脅威のモンスターであることには変わらない。

 出来るだけ温厚にするように命令されているようで、アウラさんが側に控えていました。

 ネムもさすがに泣いたりせずにふかふかを堪能(たんのう)して笑顔になってくれた。

 ゴウンさんは小さな女の子の笑顔を見て、安心したようです。

 

 

 ちなみに柔らかな体毛を手に入れる場合は警戒を解いている状態で一撃で仕留める必要があります。

 針のように尖らせたままで倒すと元に戻らないという。

 

「……そういう物騒なことは聞きたくなかった……」

「いやまあ、そういうモンスターだから。だが、これはこれで可愛いだろう?」

「……はい。ふかふかで気持ちがいいです」

 

 不満げだがエンリは納得してくれた。

 顔面を殴られると思っていて警戒していたが、今回は気に入ってくれたようです。

 

「ゴウン様、ありがとう」

「喜んでくれてなによりだ」

「だいじに飼うからね」

「……ん?」

「あっ、ネム! このモンスターは頂き物じゃありませんよ」

「ええ~!」

「はっはっは。このモンスターはとても貴重でね、ネム。会わせることは出来るがあげることはできないんだ。申し訳ないな」

 

 貰えないと分かってがっかりするネム。

 

「私のモンスター達は人にあげるようなものではないからね。そうだな。可愛いモンスターを見つけたら、ネムにあげよう」

「ほんとう?」

「すぐには無理だがな。なにしろ、欲しいと思うモンスターはなかなか見つからないものだ」

 

 蜥蜴人(リザードマン)をあげるわけにはいかないし、とゴウンさんの呟きが聞こえた。

 アインドラ伯爵が所有するモンスターの大部分は『複製(クローン)』だし、ネムの為に用意するのは意外と大変だと思った。

 

第十七話 蜥蜴人(リザードマン)覚醒(アウェイクン・)古種(エルダーブラッド)

 

 今日は白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュ・ルールーさんが遊びに来てくれました。

 普段はナザリック地下大墳墓の第六階層で他の蜥蜴人(リザードマン)達の特訓や健康管理などをしている女性です。

 亜人種ではあるけれど人間に対しては友好的な人です。

 

「クルシュさんだ~」

 

 怖がるどころか自分から抱きつくネム。

 白い身体は呪われた証拠、と言われていた。

 つぶらな赤い瞳は白子(アルビノ)の特徴ではあるけれど、ネムは綺麗な瞳と絶賛した。

 普段から小鬼(ゴブリン)達と触れ合っている為に人間以外の種族と触れ合う事に免疫があるようです。

 それでも気持ち悪いモンスターは嫌がるもよう。

 女の子だから、なのか。

 ネムにもちゃんと好き嫌いがある、という事なのか。

 蜥蜴人(リザードマン)の中でも異質な存在であるクルシュさんは女性であるためか、見た目は攻撃的には見えず。

 オスの蜥蜴人(リザードマン)は刺さりそうな鱗がびっしりと張り付いている。

 刺さりそう、というか触ると手が切れそう、というか。

 尖っている鱗。

 クルシュは撫で付けられそうに突起類が見当たらない。

 突起類というかガリガリと引っかかりそうな部分が。

 子供のネムがクルシュの肌に触ってもケガしない。

 これが他の蜥蜴人(リザードマン)なら傷だらけになっている事でしょう。

 蜥蜴人(リザードマン)の鱗は硬い。それだけで凶器と言えるし、戦闘に役立てている。

 

 

 亜人は人間より肉体的に強固で鎧を必要としないほどです。

 それでも魔法を受ければケガをする。

 クルシュ達は背丈の平均値が高く、始めて見る人間は大体怖がる。

 蜥蜴人(リザードマン)は見た目は怖いけれど平和主義者で争いごとから避ける意味で近隣の『トブの大森林』でひっそりと暮らしていた。

 穀物類を主食とし、慎ましやかな生活を送ってた。時には飢えに勝てず部族単位で争う事もあった。

 クルシュもそんな経験を経てきた者の一人だ。

 現在は魚の養殖をはじめ、部族全体で飢えない方法を模索している。そして、人間と触れ合い、エンリと共に更なる食糧確保に邁進(まいしん)していた。

 

「森は多くの恵みをもたらすと言われておりますが、田畑の開発が意外と難しいのですね」

「そうですね。自然を壊さない、という条件を守ろうとすればどこかで齟齬(そご)がでてしまいますものね」

 

 クルシュ達の住んでいる場所の近くには湖があり、水源の確保には問題が無かった。

 ただ、沼地が多いせいで水気の多い。

 水田の開発を進められているのだが、蜥蜴人(リザードマン)は意外と不器用だった。

 狩猟に長けた肉体なので細かいことには不得手な部分がある。

 確かに森には動物が豊富なので畑仕事より、男らしい得物を追い回す文化が発達していても不思議は無い。だが、獲物は逃げる。

 獲物だって生きる為に餌を求める。

 必然的に食べるものが限定されてしまえば全体的に食料が減るのは当たり前だ。

 無いものは増やすしかない。

 無いなら奪えばいい、というのが今までの歴史だ。そうして部族で争い続け、数を減らしてきたのだから。

 そんな中、謎のアンデッドの軍団に襲われて蜥蜴人(リザードマン)は絶滅の危機に立たされた。

 首謀者は『アインズ・ウール・ゴウン』という強大な力を持つ未知の敵だった。

 戦闘は熾烈を極め、アインズの部下である虫の巨人『コキュートス』一人に全ての戦士は倒されてしまった。

 本来なら絶滅していてもおかしくない。

 戦闘を終えて戦士の戦いに何かを感じたコキュートスの嘆願(たんがん)により蜥蜴人(リザードマン)はアインズの軍団に取り込まれることになった。

 戦う力を失った蜥蜴人(リザードマン)に拒否する権利は無かった。

 

「強制労働とか性奴隷とか危惧(きぐ)していたのだけど……。森開発という任に少し驚いたわ」

「笑い事ではないのだけど……、災難でしたね」

「強大な敵に負けてよかったのかもしれません。蜥蜴人(リザードマン)は世間を知らなすぎました。絶滅を免れただけ幸せなのかもしれません。特に亜人を嫌うスレイン法国の者達よりゴウン様は慈悲深い方で良かった」

 

 アインズだけではなく助命を嘆願したコキュートスと蜥蜴人(リザードマン)は良い付き合いをしている。

 多くの戦士たちを訓練させ、己の身や部族を守る方法を教えてくれる。

 食料に関してはカルネ村を紹介し、エンリと出会って多くを学んでいる。

 合間にアインドラ伯爵という邪悪な存在に複製(クローン)作りの為に身体を切り刻まれてしまったけれど。

 

 

 己の複製(クローン)をアインズに捧げた事で蜥蜴人(リザードマン)の存在を守護する約束は取り交わせた。

 後は自分たちで生きるすべを学んでいく。

 

「畑は順調ですか?」

「日照条件が厳しいので発育が思うように行きません」

 

 同じ作物を作り続けることが出来ない、と聞いた時は首を傾げたものだ。

 湿度の高い湿地帯で育てられる野菜などを色々と持ち込んでは研究する毎日だ。

 作物が出来る間の食料調達はエンリが(おこな)っている。

 農家(ファーマー)職業(クラス)レベルが高く、収穫者(ハーヴェスター)も得て多くの作物の確保に役立てている。

 現在は村長(ヴィレッジ・チーフ)職業(クラス)レベルも確保しているので大農園を開発中だ。

 今のエンリはリ・エスティーゼ王国では名の知れた農業経営者になっている。

 アインズが言うには『ぱわーれべりんぐ』の影響だとか。

 諸悪の根源であるアインドラ伯爵、恐るべし。

 伯爵というか『マグヌム・オプス』という施設を作り上げた者だが。

 

「水耕栽培が上手くいかない時は『上手くいくように自作』するしかないですね」

「じさく、というのは自分で新しく作る、という意味ですか?」

「道具とか作ったり、ですね。自然そのままでは限界があるでしょう。生簀(いけす)を作るのと一緒です。ンフィー、ちょっとアイデアを貸してあげて」

 

 丸投げされて僕、ンフィーレアは苦笑しました。

 頼られるのは嫌ではありません。

 僕はエンリが喜ぶ事をするだけです。

 とはいえ、簡単にアイデアは出ないので現地に行って必要な道具を選定する必要があります。

 おそらく、効率的な水耕栽培の装置を作ることになるでしょう。

 日照条件の悪い中でも育つ作物の中に『貝割れ大根』や『もやし』類があります。

 蜥蜴人(リザードマン)は肉食より菜食主義者が多く、野菜類を育てる事自体に抵抗が無くて助かります。

 肉しか食べない、と(かたく)なに言われるものだと最初は思い込んでいました。

 

「土を必要とせず、水だけで出来る野菜の開発もしているので。おそらく湿地帯でも育てられる作物があるかもしれません」

 

 人はそれを『品種改良』と呼ぶ。

 地域によって適した作物を開発する事はとても大事だ。

 木の実だけでは生活できない。

 足りない栄養は精神的にも肉体的にも多大な影響を受けてしまう。

 食料がなければ同族を食べればいい、というわけにはいかない。

 

「ンフィーレアさん、よろしくご指導(たまわ)りませ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 お互い礼を言った後、地域の説明が続く。

 ネムは真面目な話しが始まって少し退屈していたがクルシュが気を利かせて尻尾で彼女の相手をしてくれた。

 意外と器用な白き蜥蜴人(リザードマン)も一児の母なので子供の扱いは得意だと自負していた。

 それがそのまま()()相手に通じるとは限らないのだが。

 

第十八話 二重の影(ドッペルゲンガー)

 

 下等生物の宝庫を前にして『戦闘メイド』の『ナーベラル・ガンマ』はニヤケ面を晒していた。

 このところ外装である人間の顔の調子が悪い。

 意味も無く笑う事にアインズが頭を痛めていた。

 病気なのではないかと心配するほどだ。

 なにせ、自分の意思ではないと言っていたのだから。

 高位の治癒魔法も通じない。

 

「エヘっ」

 

 勝手に出る笑い声。

 至高の御身を前にしても出てくる謎の現象。

 さすがに咎められる事態ではないのでナーベラルについては原因の調査を依頼する。

 

「ヒッ」

 

 と、引き付けを起こすような声が勝手に漏れ出る。

 

 もう死にたい。

 

 そうナーベラルが思い込むほど事態は深刻だ。

 

「ナーちゃんが病気とは……。前から下等生物と連呼していて頭がおかしいとは思っていたっすけど」

 

 同僚の『ルプスレギナ・ベータ』はナーベラルの状態を笑う。

 

「こらこら」

「んー、ナーベラルの肉体自体に異常は見当たらないんだけどね」

 

 と、毒物に詳しい暗殺者(アサシン)の『ソリュシャン・イプシロン』が言う。

 

「ならぁ、顔全部ぅ食べてみようかぁ?」

 

 仮面蟲の奥から喉を鳴らす同僚の『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』が言い、それを『七姉妹(プレイアデス)』の副リーダー『ユリ・アルファ』が(たしな)める。

 

「……しゃっくり、という可能性はゼロ?」

 

 無表情の『シーゼットニイチニハチ・デルタ』こと『シズ・デルタ』が進言する。

 

「しゃっくりなら笑わず、声だけでは? 呼吸器系も問題なしよ」

「あれっすか? 驚かして止めるとか」

「アインズ様のお叱りに驚かないナーベラルではないわ。だから、その線は無いわね」

 

 本当にしゃっくりとしか言いようの無い連続した『ヒック』という声が漏れ出る。

 同時に顔は笑ったまま。

 

「……あー、二重の影(ドッペルゲンガー)特有の病気っすかね。オーバーリアクションが病気みたいな人が居るくらいっすから」

「アインズ様自らが生み出したシモベの悪口はいけません!」

 

 ユリの叱責にルプスレギナは頭を抱えて(ちぢ)こまる。

 

 

 そのアインズ自ら作り上げたというレベル100のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の名は『パンドラズ・アクター』という。

 種族はナーベラルの上位種『上位二重の影(グレータードッペルゲンガー)』だ。

 現在はナザリック地下大墳墓ではなく、カルネ村の視察に向かっていて留守にしていた。

 そのパンドラズ・アクターも実はナーベラルと同じ症状を(わずら)っていた。

 なので薬学に詳しいンフィーレアの元に訪れた次第だ。

 もちろん、これはナーベラルの治療の一環にも繋がる事なのでアインズ自ら外出を許可した。

 恥を忍んで、という一文は内緒にされて。

 

「通常の二重の影(ドッペルゲンガー)も存じ上げないのですが……、上位種は下位と何が違うのですか?」

「ヒッ、フッ。威厳っ!」

 

 胸に手を当ててもう片方の手は天に向かって突き出される。

 (しゃべ)るたびに大仰(おおぎょう)な態度なのでンフィーレアは対応に苦慮(くりょ)していた。

 ゴウンさんの知り合いは楽しい人が多くて賑やかだな、と。

 

「うむ、っふ。この姿でも症状がっ、ふ。続いているので、困っている」

 

 見た目には眼と口が穴になっていて外から見た限りは何かが詰まっているようには見えない。

 もちろん、相手の許可を得て空虚な部分を覗き込んだ。

 同僚であるナーベラルも似た顔だと聞かされた。

 普段は美しい女性の姿だが、本性である二重の影(ドッペルゲンガー)の素顔はパンドラズ・アクターに似ている、という。

 違いは色くらいか。

 後、指の本数とか細かい部分に差異があるらしい。

 軍服は仕様ではなく、アインズからの(たまわ)りものだと聞いている。

 医者(ドクター)の上位職業(クラス)である神の手(ゴッドハンド)を持つ僕の診断でもすぐに答えは出せない。

 もちろん、もっと突っ込んだ検査が必要なのだけれど、受けてくれるか心配だ。

 あと、このパンドラズって人は姿をコロコロ変える。

 気持ち悪いモンスターだなと思ったら脳食い(ブレイン・イーター)の『タブラ・スマラグディナ』って人の姿だと自慢してきた。

 治療に来て自慢するのはちょっと理解できない。

 半魔巨人(ネフィリム)の『武人建御雷』と言われても困ります。というか検査が怖いのかもしれない。

 ここは相手の好きにさせた方がいいのか。

 黙っていても、とてもうるさくなるのが困り者だけど。

 

「鈍器で気絶した方がいいですか?」

「……ごめんなさい」

 

 素直なところはゴウンさんに似ていた。

 聞けば生みの親だとか。

 いやでも、普段のゴウンさんは自慢する傾向にあっても、ここまでうるさくないですよね。あと大仰な身振り手振りはしないし。

 

「胸とかは苦しくないですか?」

「違和感は無い」

 

 僕も二重の影(ドッペルゲンガー)というモンスターを近くで見るのは初めてなのでどう診察したらいいのやら。

 モンスターの生態も勉強の一環として色々と頑張っているけれど、分からない事だらけだ。

 そういえば、呼び方を決めなければ。

 

「アクターで結構~だっ」

 

 そこでくるっと一回転されても困ります。

 

 

 頭部以外に違和感が無いらしいので服は脱がなくてもいいでしょう。

 当人は平気そうに振舞っても苦しいのかもしれない。

 少なくとも目上の人の前で痴態を見せるのは恥だと思っている。

 僕に見せるのは下等生物だから、とかかな。

 

「いきなり切ったりしないので、楽にしてくださいね」

 

 特設ベッドにパンドラズ・アクターを寝かせるのだが装備品を奪われたくない気持ちがあるのか、服は着たままだった。

 汚れないようにタオルを置いて行く。

 

「内部に膿が出来ている、とか無いですか~」

「ソリュっしゅ、ソリュシャンの診察では異常なしだった」

 

 と手を激しく動かそうとしたので無理矢理押さえつけます。だけれど、力が強いので負けました。

 

「……確か粘体(スライム)系の人ですよね」

「捕食型粘体(スライム)だ」

 

 本来は秘匿されるべき情報のはずだが、信頼の証しとして公開できる種族に関しては一部だが許されていた。

 化け物とモンスター、どちらで呼ばれたいかと問われた時、カタカナのモンスターだとパンドラズ・アクターは答えた。

 棒の先端に『永続光(コンティニュアル・ライト)』を装着したものを眼は怖いだろうから口に入れた。

 口を閉じたところは一度も見た事が無い。開きっぱなしかも知れない。

 こんな状態で何を食べているのかと疑問に思ったが飲食不要のアイテムを使ったり、外装変化で食べたりしているのだとか。

 二重の影(ドッペルゲンガー)は姿を変えるモンスターだ。

 聞いたところでは四十人分くらい変身出来ると聞いている。

 

「ヒッヒッ。種族レベルをそれだけ取っているから出来るのだ」

 

 こんな状態になったのはごく最近のこと。

 患者の状態を正確に聞くことも大事だ。

 口に棒を入れている間に変身したら殴ると言っておいたので、とても大人しいです。

 時には暴力も必要です。特に聞き分けの無い人とか。

 

「魔法に対して耐性があり、バッドステータスにも強いと自負していた我が身がっ!」

 

 どういう身体をしているのか、口に棒を入れたままでも平然と喋るアクターさん。

 普通なら無理だ。

 

「いつもは魔法で治ったりするのに……。薬もダメですかね?」

「……うむ。うっひ。ポーションでもダメだった。だがっ! 外装を変えたら治まったぞ。この二重の影(ドッペルゲンガー)という姿で居る時に起きる、っほ。ようだ」

「なるほど。ということは種族特有の病気、かもしれませんね。特有というか、二重の影(ドッペルゲンガー)だけに発祥する病気とか」

 

 ナーベラルは人間型で発祥している。もちろん、二重の影(ドッペルゲンガー)の姿でも治らなかったのだが。

 聞いていると人間の姿から()()()乖離(かいり)した姿だと問題が解決するらしい。

 例えば植物モンスター。

 『死の蔦(ヴァイン・デス)』というモンスターが居て『絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)』の上位種というか、植物の蔦の集合体のような姿をしているらしい。

 それがどうしたと言われると困るのですが、アクターさんが変身出来る姿の一つなのです。

 アクターさんは変身出来るけれどナーベラルさんは外装を一つしか持っていないので何の解決にもなりませんでした。

 ただ、考える(ヒント)にはなりました。

 

 

 別の日にナーベラルさんの診察を(おこな)います。

 彼女の場合は人間形態が壊滅的に歪んでしまって狂気の女戦士(まるでクレマンティーヌさん)っぽい状態でした。

 本性が多いアクターさんとは違い、病状の進行具合が良く分かる。

 表情が崩れるといっても顔が溶けるわけではありません。

 装備品を外してもらいましたが普段ならば拒否されるところが今はとても従順で助かります。

 実は裸体を見た事がありますが、変身中は人間と大差がありません。

 今回は顔だけです。出来れば本性を見せてほしいのですが、今は元に戻せないらしいです。戻ろうと努力はしたと言っていました。聞き取るのが大変でしたが。

 

「アクターさんはすぐ変身できたのに……」

 

 歪みきった顔はとても柔らかいです。

 鼻とか口の中を確認しましたが膿のような腫れは見当たりません。

 切り裂いて奥まで視るのはさすがに覚悟が要ります。ただし、ナーベラルさんは睡眠が効かなくても耐える方なのは聞いています。あと、痛みに強いとか。

 自称でしょうけれど。

 アンデッドではないのに凄い忍耐力です。

 

「戻せないというのは前からですか?」

「うっひゃあ」

 

 筆談で会話を試みようとしましたが彼女の書いた文字が王国語ではないので分かりませんでした。

 後でルプスレギナさんに解読してもらうと『元気です』と言ってましたが、たぶん違うんでしょう。

 本当は『一週間くらい前から』が正しいことはルプスレギナさんがナーベラルさんに殴られてから判明しました。

 アクターさんよりも酷い状態かもしれません。

 僕の技術ではナーベラルさんの顔を切り裂いて調べる、という血生臭い事が出来ないというか苦手というか。

 どうしたらいいのか。

 

「おっ、粘体(スライム)を試してみましょう」

 

 既に色々と調べられている筈だけれど、僕自身が確認するために挑戦させてもらうことにする。

 アインドラ伯爵が保有する中にも粘体(スライム)系はあります。

 今回使うのは『蒼玉の粘体(サファイア・スライム)』です。

 もっと強力な『古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』も最近手に入れられたようですが、こちらは酸性が強すぎて使えないそうです。というか触れないほど危険なモンスターなので厳重に封印されています。

 

「ちょっと呼吸が苦しくなると思いますが我慢してくださいね~」

「うぶぶ……」

 

 口と鼻から入り込む粘体(スライム)にナーベラルさんは苦悶の表情を浮かべる。

 ある程度まで入り込むとナーベラルさんの暴れっぷりが激しくなる。さすがに失禁はしなかったようですが。

 暴れる同僚をルプスレギナさんが必至に押さえる。

 

「少しだけ耐えてくださいね~」

 

 細かい作業の命令は難しい。

 体内の重要な器官を痛めない様にするには繊細な作業が必要です。

 僕の予想では未知の細菌類のようなモンスターか非実体系などが関係していると思います。

 だけど、二重の影(ドッペルゲンガー)系だけが発症するというのは()せない。

 治癒魔法が効かないというところも疑問なのですが。

 

「……ぷひゅ~」

「呼吸器系に問題なし」

「ナーちゃんの真の姿からは想像もできない。外装に問題があるのでは?」

 

 僕に言われても困ります。

 二重の影(ドッペルゲンガー)の生態は不勉強ではあるけれど、苦しんでいる人は放っておけない。

 粘体(スライム)に細かい指示を与えていき、鼻の奥にもぐりこんで()ってもらいます。

 血管や神経があるのかは分からないけれど、生物であれば繊細な部分は出来るだけ傷つけないように、と命令する。

 この蒼玉の粘体(サファイア・スライム)は普段は『マグヌム・オプス』の掃除係りとして使われています。

 綺麗好きのアインドラ伯爵の命令に従い、細かな仕事には慣れている、はずです。

 もちろん、今回は体内に入ってもらうので事前にお風呂に入れて汚れは除去しています。

 

「異物を見つけたら捕らえて引っ張り出してください」

 

 いくつかの健康的な献体で実験し、異物かそうでないかの訓練はさせている。

 だから、今回も使い方としては間違っていないはずだ。

 もしもの為に治癒要因としてルプスレギナさんが居る。

 

「あれ? 急に大人しくなったっすね。ナーちゃん、生きてるっすか?」

「今は返事どころではないと思いますよ」

「あらら、これは失礼したっす」

 

 粘体(スライム)が入って数十分が経過。

 最初の歪んだ表情は消えていた。呼吸にも変化は無い。

 

「うがっ、がっが……」

 

 という呻き声の後で鼻に入っていた粘体(スライム)が赤く染まる。

 

「あっ……うぁっ」

 

 軽く呻いた後でズリュっという音と共に何かが引き出された。

 粘体(スライム)を通して引き出されたものは小瓶に入れられる。

 

「おっ、原因物質が取れたっすか?」

「おそらくは。小さくて良く分からないですけど」

 

 細菌系という仮説は立てていたが、確かにばい菌っぽい。

 小さすぎて見にくいが少し動いていた。

 顔の奥で(うごめ)くモンスターならばどうしようもなく、大変だったと思う。

 神経を刺激されてしまうと表情を上手く制御できなくなる、ということもあるかもしれない。

 ナーベラルは途中で嘔吐したが、それらも粘体(スライム)がまとめて吸い出した。

 異物を取り終えてから出て来た後、ルプスレギナは治癒魔法を掛けた。

 

「お疲れっす」

「……酷い目にあった。あっ、治った……」

 

 パンパンと頬を叩き、表情を制御することが出来るようになった事を確認し、喜んだ。

 顔を顰めることの多かったナーベラルが涙を少し出しつつ笑った。

 

「ほらほら、ナーちゃん。ちゃんとお礼は言わなきゃっす。世間一般の常識として」

「んっ? む……」

 

 一つ唸ってからナーベラルはンフィーレアに向き直る。

 そして、平伏はしなかったが片膝を付く姿勢になる。

 

「ンフィーレア・バレアレ。お前の尽力に深く感謝する」

「もったいなきお言葉です。ご無事で何より」

 

 頭を倒したときに血が床に落ちた。

 

「治癒魔法と言ってもまだ完治していないようですね。数日は安静にしてください」

「了解した」

 

 と、言って顔を上げたナーベラルの鼻や口から大きな異物が躍り出た。

 

「うわっ!」

「……あー、治癒魔法で異物ごと治癒しちゃったっすかね~」

 

 改めて治療のやり直しをすることになり、当然のようにナーベラルはルプスレギナの顔面を(こぶし)で殴った。

 つい勢いで、ということで後で謝罪はしたようだが。

 腹が立ったせいか、大して反省はしなかったようだ。

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最下層にてナーベラルとパンドラズ・アクターが揃って平伏していた。

 周りには階層守護者たちが二人を見守っている。

 

「こたびの一件、大変辛かったであろう」

「いいえ、アインズ様に失礼な姿を見せる方が(つら)いです」

「父上っ!」

 

 と、叫びだしそうになったパンドラズ・アクターをアインズは手で制する。

 

「いちいち叫ぶな。聞こえているから」

「はっ」

「それで原因は……、()()か……」

 

 アインズの居る場所から少し離れた位置に保存に使うガラス容器が置かれていて、その中に細菌と思われるものが入っていた。

 治癒魔法により巨大化し、今にも溢れそうになっていたので分割して保存しなおしている。

 

「我々が冒険者の依頼を遂行していた時に体内に入り込んだ模様です」

「依頼を受けた時期と病状が発症した時期が近いので間違いないかと」

 

 と、秘書のように答えたのはアインズの隣に控えている女淫魔(サキュバス)にして階層守護者を統括するアルベドだった。

 

「現地のモンスターのようで名前は調査中です」

「ナザリック産のモンスターであれば何も問題は無かったのだが、現地特有となると話しが変わるのは当たり前だな……」

茸人(マイコニド)系と予想されますが、別種というのも捨て切れません」

 

 そもそも人ではなく、ただの菌類系モンスターという事もありえるからだ。

 ナザリックに居る茸人(マイコニド)は徹底的に管理されているので菌類を飛ばすような不届き者は居ない。

 

「バレアレ家にはいつも世話になっている。不可視化の……影の悪魔(シャドウ・デーモン)を一体、護衛として派遣しておこう。さすがに十五体しか居ない八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は……」

 

 送ってもいいのだが、少し凶悪なのでネムが泣くかもしれない。

 あと、姿を見せたらエンリが激怒する様子が目に浮かんだので却下する事にした。

 

「こな菌類程度が戦闘メイドを苦しめるとは……」

「菌類も体内に入り込むほど小さいと脅威だよ。ちゃんと毎日のお風呂は欠かせないってことね」

「シャルティアは吸血鬼で体内が腐ってるから心配は無いんでしょうけど……」

「いやいや、腐ってたら苗床にされてしまうんじゃない?」

「こ、この菌類は、治癒魔法が、通じる、んですよね?」

 

 と、おどおどしながら第六階層の守護者にして闇妖精(ダークエルフ)の『マーレ・ベロ・フィオーレ』はアインズに尋ねた。

 

「報告では通じるとあるな。何か気になるなら遠慮なく発言していいぞ」

「は、はい。おそれ、ながら……。この菌類はアンデッドモンスターではないということに、なりますね」

「……うむ。治癒魔法が通じるのだから……。当たり前かもしれないな。いや、言いたい事は分かるぞ。アンデッドモンスターであれば治癒魔法で殺菌できる、ということだろう?」

「はい。……僕の予想だと、対処方法なしではナーベラル、みたく危険な状態になるかもしれません。最悪、頭が破裂する事も……」

「ん……。それは一大事だな。この菌類がどれほど……いやまて、治癒魔法はそれ以前にかけていたのではなかったか?」

 

 ナーベラルとパンドラズ・アクターは治癒魔法などを受けて居た筈だ。

 その時に細菌が増殖してもっと酷い事になっていてもおかしくないでしょう。

 通じないわけではない、という仮説を立ててみる。

 

「治癒魔法が通じたとすると力はそれ程強くないかもしれないな。または密閉空間では魔法の影響を受けない、と仮定すると取り出されたときに始めて効果を見せた、とも言える」

「はー……。確かに……」

 

 それでも素直に納得する事が出来ないマーレ。

 アインズとてすぐに結論が出るとは思っていない。

 原因究明はこれからすればいいだけだ。

 

「ところで、この菌に名前はあるのか?」

 

 と、言った後で調査中だったことを思い出し、唸るアインズ。

 少し恥ずかしくなった。

 

「仮として二重の菌類(マイコドッペル)とンフィーレアが名付けました」

 

 最初に確認されたのが二重の影(ドッペルゲンガー)だったこともあり、それほど悪いネーミングでもないな、とアインズは素直に納得する。

 マイコは茸人(マイコニド)から付けられたと思うけれど、アインズの耳には女性の名前に聞こえた。

 本来のマイコは『菌類』の接頭辞のことだと後で巨大図書室(アッシュールバニパル)の司書長から教わり感心した。

 それと同じ粘体(スライム)種のソリュシャンが役に立たなかったのは単純に医療の技術がンフィーレアより劣っていたからかもしれない。あと、細かい作業は敵を殺す事に関してはいかんなく発揮されるとしても治療となると話しが変わる。そもそも医療の職業(クラス)は殆ど持っていない。せいぜい毒物に関するものくらいだ。

 想像したくないがナーベラルが無事に手術を乗り切れる保証はない、と言わざるを得ない。

 下手をすれば顔の大部分を失っている事もありえなくは無い。

 面倒だから溶かしてしまいましょう、となり、阿鼻叫喚はアインズにとって想像に難くないことだった。

 二重の影(ドッペルゲンガー)なのに顔無し、というのは勘弁してほしい。

 それがたとえ治癒で直せるとしても、だ。

 打つ手無し、となるまでは可能性を探らせたい。もちろん、最後は支配者としてアインズ自ら覚悟を決める。

 

「まずは二人共、数日間の休息を命じる」

 

 与える、と言うと仕事をさせろ、と言ってくるかもしれないので苦肉の策としての命令を言い渡してみた。

 もう少し優しい言葉をかけたいのだが、支配者だから仕方が無いと自分に言い聞かせる。

 

「裏切り行為とは違うのだから徹底的な健康診断は受けてくれ」

 

 優しい言い方で声をかけるとナーベラル達は素直に従う意思を見せた。

 それだけで自分の言葉が間違っていないとアインズは確信し、安心した。

 たまに、というか良く意図を()()()受け取ってくれないので心配になる時がある。

 

「とにかく、無事で何よりだ。……全く私の部下を苦しめる菌はしっかりと調査の後、利用価値が無ければ処分したいところだが……。研究に適した部下は誰が居たかな?」

 

 拷問ならニューロニストなのだが研究機関となれば巨大図書室(アッシュールバニパル)のアンデット達が適任か。

 菌類が繁殖しても問題の無い者達が多いから。

 

「アインズ様。絶対にシャルティアに渡してはダメな気がします」

 

 と、進言してきたのはマーレの姉の『アウラ・ベラ・フィオーラ』だった。

 

「普通に苗床になって大変なことになるのは火を見るより明らか」

 

 アンデッドの腐った養分では普通に増えそう、とアルベドの呟きが聞こえた。

 確かに階層守護者でアンデッドはシャルティアだけだ。

 第五階層の守護者『コキュートス』ならば菌を凍結させてしまうかもしれない。と、思った時にひらめいた。

 

「保管はコキュートスに任せよう。菌類は凍結保存するのが一般的だからな」

「ハッ。アインズ様ノ仰セノママニ。シカシ、ドコニ保管スレバヨロシイデショウカ?」

「専用の保管施設を作る必要があるな。こういう事はおろそかにする事は出来ない。司書長の意見を聞いて施設を作ることを許可する。死体も野ざらしのままでは格好がつかんだろう」

「デハ、直チニ」

「うむ、任せたぞ。……アウラ、シャルティア。ケンカはほどほどにな」

 

 いがみ合うアウラとシャルティア。口ゲンカはいつものことだったので軽く(たしな)める。

 

「アウラの意見ももっともだ。菌類は時にアンデッドに脅威となろう。お前達も身だしなみとかしっかりするように。特に女性としての沽券(こけん)に関わるからな」

「はい。ですが、水浴びだけではダメなのですか?」

「今回に限ってはダメだ。実験しないと分からないが熱に強いか弱いかで対応を変えなければならん。熱に弱ければ温かい風呂に入らなければいかん。大抵の菌類は熱に弱いと聞くが……」

「アウラ、シャルティア。アインズ様がご心配しているじゃない。ちゃんと言う事を聞きなさいよ」

「は~い」

「わたしは風呂は欠かした事がないでありんすえ。なので、それほど心配……」

「油断大敵という言葉を知らんのか、シャルティア? 気の緩みが大事(だいじ)を生む。なんならお前だけ第七階層に引っ越してもらう事になるぞ」

「ひー! 申し訳ありんせんでした~!」

 

 と、アインズの近くまで行ってひれ伏すシャルティア。

 第七階層は溶岩地帯。

 悪魔にとっては過ごし易いがシャルティアには肌が焼けるので少し苦手としていた。

 あと、自由に活動が出来なくなる。

 特に階層守護者の『デミウルゴス』に見張られたりするのは生理的に嫌だった。

 疑いの目をずっと向けてくる、という意味で。

 

「さて、二人共。謹慎という訳ではないので静かに過ごしてくれ。三日か四日程度だが」

「謹んでお受けいたします」

「父上に心配されるこの身が恨めしい!」

「……お前はもう少し大人しくしてくれ。後、叫ぶな。それほど離れていないのだから」

 

 ナーベラル達を下がらせた後、問題の菌類と対面するアインズ。

 側にはアルベドと司書長が控えていた。

 

「珍しいモンスターが欲しいと思っていたが……、部下を苗床にされると腹が立つものだな」

「想定外の事とはいえ、部下の心配をなさるとは……」

「それがたとえアルベドでも心配するぞ、私は。とにかく、こいつをしっかりと研究してくれ」

 

 というと司書長は(うやうや)しくお辞儀した。

 

「ちゃんと切り分けるのだぞ」

「分かっております。ですが、まずは研究室の用意から始めさせていただきます」

「うむ。それらは任せた。……ところで、こいつは熱に弱い菌類か?」

「ンフィーレアの報告によれば焼却処分は可能ですが雷属性を受けると増殖する可能性があるそうです。なんでも、菌類はショックを受けると生存本能を刺激されて胞子を大量に生み出すとか」

 

 椎茸(しいたけ)の栽培について似たような話しを聞いた覚えがアインズにはあった。

 菌糸を植えつけた後で金槌で叩いたり、雷魔法を浴びせたりする。

 そうすることで発育を促進させるとか、なんとか。

 

「迂闊に『雷撃(ライトニング)』など使おうものならもっと酷いことになっていた、ということもあるわけだ」

「幸運にも帰還したナーベラルは魔法を使用しませんでした。そうでなければ謎の襲撃者によって命を絶たれたと言われて騒ぎになっていたことでしょう」

 

 という司書長の言葉にアインズは戦慄するがアルベドは少し残念に思った。

 余計な女が一人消えてくれたのに、と。

 

「……確かにな。ナザリック全軍をあげて犯人を探そうとするかもしれないな。特にナーベラルはアンダーカバー(偽装身分)としてまだまだ働いてもらわなければならない身……。『漆黒』のモモンの相棒が突然死亡するのは今はまだ不味いからな」

 

 急に居なくなると言い訳を考えるのが大変だ。

 蘇生させればいい、というのは後で気付いたが仲間を失う想定はアインズとしてはしたくなかった。

 憎い菌類は徹底的に調査した後で超位魔法とかで消し飛ばしてやろうかな、と少し本気で思った。

 あと、ンフィーレアに深く感謝した。

 

第十九話 蜘蛛人(アラクノイド)

 

 仕事以外では『黒棺(ブラック・カプセル)』で『恐怖公』の眷属を()()()として食す『蜘蛛人(アラクノイド)』の戦闘メイド『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』は新たな餌というかおやつを求めてンフィーレア達の住むカルネ村に向かった。

 同僚の『ルプスレギナ・ベータ』が監視要員として滞在しているのだが、今回は代理として監視する為に訪れた。おやつが主目的なのは変わらないが。

 決して人間が食べたいわけではない。

 今回は命令だから。あと、一度は様子を見たいと思っていたので丁度良かった。

 和装のエントマは身体の各所に蟲を配置し、人間に擬態している。

 本性だと人間に怯えられてしまうから、というのもあるけれど実際は創造主の趣味で人間に擬態しているだけだ。決してカルネ村に配慮などする気は無い。もちろん、命令以外では、という意味でだが。

 

 

 『蜘蛛女(アラクネ)』と違うところはやはり姿だろうか。

 あっちは下半身が蜘蛛。こちらは全身が限りなく蜘蛛になっている。あと、背中から他の脚が出てくる。

 本性の姿は人間とかけ離れているし、見るものを恐怖させてしまう。

 蜘蛛女(アラクネ)は少なくとも美しい人間の女性の身体なので、好きな人にとっては好印象を与えられる。

 

「という事ですぅ」

「……と、言われても……」

 

 僕、ンフィーレアとエンリが住んでいる家に突然、入ってきて種族の違いを説明するエントマさん。

 僕にはどちらも蜘蛛人間にしか思えない。

 微妙な差とかで区別されているのかもしれない。

 実際に蜘蛛女(アラクネ)は亜人種でエントマさんは異形種だ。何故、違うのかはよく分からない。

 人間と交配できる、とか。

 

「クモのお姉ちゃんはどこから糸を出すの?」

 

 ネムの勇気はンフィーレアとエンリを度々驚かせる。

 

「口からですよぅ」

蜘蛛女(アラクネ)はお尻付近ですよね?」

 

 口と言ってもエントマさんの()()()()からでしょう。

 僕たちが見ている顔は『仮面蟲』で偽物だ。

 本当の顔は虫っぽい。複眼も有り、顎は人間の肉体をたやすく砕くほどだとか。

 蜘蛛女(アラクネ)も複眼があるんですけどね。

 

「全身にまとわりつく虫達は人間にも装着できるものなんですか?」

「ん~。どうだかなぁ。これらは召喚物なんでぇ、よく分かりません。あと、みんな基本的にぃ、人間を食べますしぃ。危険かとぅ」

「ありゃりゃ……」

「どうしても着けたいならぁ、命令してあげますよぉ。もちろん、肉体を食べないようにぃ」

 

 ンフィーレアは着けたくなかったがネムが『つけてみて』と無言でおねだりしているように見えた。

 顔を食べられるのは嫌だ。

 確実に知っているのはエントマさんの声を担当する『口唇蟲』というものが人間の喉を食い破り、声を奪うモンスターだということ。

 アインドラ伯爵の説明では使う場合は自分の喉を切り裂いてねじ込む、という。

 治癒魔法必須の方法だ。

 当然、ンフィーレアはそこまでする勇気が無い。

 痛いのヤです。

 エンリが後でルプスレギナさんに頼むから、ぜひつけて。と言っているように見えました。

 

「僕の顔を食べないように命令してください。是非っ」

(かしこ)まりましたぁ」

 

 エントマさんは懐から数枚の金貨を取り出して影の出来ている部分に投げ込みました。

 召喚される蟲は影から現れるから、だそうです。

 その何も無い影から人間の顔だけが出てきました。しかも動いています。

 見た目的(めてき)にはエントマさんの顔に似ています。

 全く同じ個体というのは居ないらしく、それぞれ微妙に違う。

 ただし、複製(クローン)なら同じ個体を作り出せるかもしれないと言っていました。

 

「ちょっと、人間にはチクチクするかもぉ、しれませんがぁ。ちゃんと命令しておきますのでぇ、少々お待ち下さいぃ」

「かわいい」

 

 と、元気に言うのはネムでした。

 僕から見てもかわいいと思うのですが、どう見ても女の子っぽいです。

 

「贅沢は言わないようにぃ」

 

 どんな個体が召喚されるのかはエントマさんでも分からないようです。

 

「さあ、どうぞ。顔に乗せるだけですよぉ。あと、視界を共有するには顔に食い込む必要が」

「ええ~!?」

「乗せるだけなら大丈夫ですぅ。前が見えなくなりますがぁ」

 

 僕はテーブルの上で(うごめ)く顔の虫を手に取りました。

 物凄く動いています。

 顔の裏側は凶悪な爪が見えて痛そうです。

 

「ちゃんと命令はしましたよぉ。傷をつけないようにと……」

「は、はい……」

 

 出来る事なら逃げ出したい。でも、モンスターの事を勉強するには体当たりは必定。

 避けては通れないんでしょう。

 さすがに毒物は飲みたくないです。

 それもこれもエンリとネムの喜ぶ顔のためです。

 

「!?」

「あまり暴れないようにぃ」

 

 チクチクどころかブスリブスリと刺さる感触が。

 顔の上で動いてて痛いです。

 当たり前ですが仮面蟲は己の爪だけで僕の顔にしがみ付いているのですから。

 

「お兄ちゃんがおんなの子っぽくなってかわいい~」

 

 仮面蟲を付けている僕には見えないけれどね。

 これはこれで結構、重労働だ。

 油断すると顔がズタズタになってしまうかもしれない。

 

「……ンフィー、大丈夫?」

「今は返事をしてはだめですよぉ。人間の舌を見せたら食いつかれるかもしれません」

「ご、ごめんなさい」

「………」

「鼻息だけして下さいぃ。息を止め続けるのは大変でしょう? 前が見えないと思いますが、落ち着いてくださいねぇ」

 

 仮面蟲を付けたンフィーレアにネムは大はしゃぎ。

 身体を張ったンフィーレアにエンリは大変感謝した。

 ちょっと顎から血が垂れているように見えたが見ない事にした。

 

「慣れると楽ですよぉ。感情表現には()()が要るんですがぁ、ンフィーレア様にはまだ早いですねぇ。何事も一歩ずつですぅ」

「………」

 

 誰か助けて、と僕は声に出して言いたかった。あと、けっこう痛い。

 エントマさんは痛くないのか。

 仮面を取ると結構な擦過傷が出来ていた。

 鋭い爪で落ちないように支えていたのだから当たり前でしょう。

 

「平気ですよぉ。痛みを感じにくいのかもしれませんねぇ。それでも私だって痛いと感じるときはありますけどぉ」

 

 独特の喋り方には慣れてきたのだが、それは種族によるものなのか。

 可愛い声なので深く詮索はしたくないけれど。

 他の女性の声を奪った、と言われそうなので声についての質問はしなかった。

 

「おねえちゃんは虫なのに虫を食べるの?」

「違う種族は食べますよぉ。あと野菜も肉も食べますぅ」

「すみません、妹が失礼な事ばかり……」

「いえいえ、人間と触れ合うのも大事(だいじ)だとアインズ様から言われておりますから。あと、無闇に人間は食べませんよぉ。私にも好みがありますからぁ」

 

 肉厚の男性の肉が好みだそうです。

 貧弱な僕の肉は物足りないのだとか。

 筋肉トレーニングしたら狙われてしまうかもしれませんね。

 

「これからお父さんになるンフィーは少し……、けっこうかっこよかったわよ。可愛い顔だったけれど」

「ネムの為なら多少の傷は平気だよ」

 

 でも、結構痛かった。

 

「父親になるのですかぁ?」

「そう遠くない未来ですけど。僕も結婚適齢期ですから」

「……人間の赤子は生まれたてが美味しいと……」

「食べさせません!」

「……失礼しました」

 

 人間を食べる異形種が居るのは知っていますが、ここは(ゆず)れません。

 ゴウンさんの話しでは部下達はナザリック地下大墳墓の第九階層にある食事処で飲み食いするので外で無闇に人を食べる者は少ないと言っていた。

 ()()()()()()と明言しないのは不届き者を始末するからでしょう。

 大きな組織ならば自衛は不思議ではありません。

 

第二十話 吸血鬼(ヴァンパイア)

 

 リ・エスティーゼ王国にはアダマンタイト級の冒険者チーム『蒼の薔薇』が居ました。

 過去形なのは色々とあったからです。

 現在は『真蒼(しんそう)の薔薇』と改名し、メンバーが増強されています。

 そのチームの元リーダーがアインドラ伯爵だったりします。ただ、彼女は国の危機に際して剣を取ることを誓っているのでいつでも現場復帰できるように用意はしているようです。

 『魔剣キリネイラム』を持つ凄腕の女冒険者。

 今回は彼女ではなく、彼女の仲間の一人『イビルアイ』という凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が遊びに来ました。

 本来は僕と共に『マグヌム・オプス』にて様々な研究をしているのですが、カルネ村にはアインドラ伯爵の両親が住んでいます。なので時々、様子を見にこられるのです。

 

「フィア殿も来ていたのか」

 

 イビルアイさんは僕を『フィア』と呼ぶようになりました。

 変わりにイビルさんとは呼ばせてくれません。

 

「ええ、このところ色々とモンスターを呼び寄せて人間社会に溶け込まないか研究しています」

「……それは……大変だろうな」

「はい」

 

 赤黒いローブを頭から被っていたイビルアイさんも今は青いローブを着用するようになりました。

 背中には薔薇の模様が刺繍されています。

 他のメンバーも武具などを新調して統一感を出しています。

 白い仮面を被っているのですが、イビルアイさんは女性です。

 そもそも『真蒼の薔薇』のメンバーは全員が女性で構成された冒険者チームなので当たり前なのですが、イビルアイさんの声は仮面によってノイズがかって性別が判別できないようになっています。

 後ろに立たれたりすると知らない人は女性だと分からないでしょう。

 仮面を外した時の声を聞くとガラリと印象が変わります。

 とても可愛らしい女性の声なので隠すのがもったいないくらいです。

 イビルアイさんはナーベラルさんとは仲が悪いらしく、出会えばケンカになりやすいくらい険悪な状態になります。

 ナーベラル、ではなく冒険者の時は『漆黒』の相棒『美姫ナーベ』でしたね。

 正体を隠す事と僕が正体を知っていることは内緒です。

 ちなみにイビルアイさんもナーベラルさんの事は承知しています。こちらはどういう経緯(いきさつ)で知りえたのか僕は知りません。

 

「……聞きたくは無いのだが……、あの()()()()()は誰が連れてきたんだ?」

 

 村の中に隠せないほどの巨体と言えば『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』以外には(ドラゴン)くらいでしょう。

 

「あー……。村で飼うとしたら、どういう理由が考えられるのか。エンリに忌憚(きたん)の無い意見を聞こうと思って……」

「……結果は見なくても分かるような気がするな……。ちゃんと砂漠の隠れ家に戻しておいてくれ」

「はい」

 

 人気(ひとけ)の無い場所と言っても遠征する冒険者が捜索すれば見つけられてしまうかもしれません。

 だからといって簡単に倒せるようなモンスターではありませんが、近隣のスレイン法国に危険視されれば色々と面倒な事態にはなるんでしょう。

 それを防ぐのに最適な方法が『こっそり転移』です。

 転移魔法を修めているメイド達にいつも助けられています。

 命令しない限り暴れないので大抵は大木や落ち葉で隠しますが、隠し切れない場合は布などをかけておきます。

 多少は天候に左右されますが。

 

「モンスターの生態を研究する事は止めはしない。扱い方は間違わないでくれ」

「はい」

「……それで広場の中心に居るのもフィア殿が連れて来たモンスターか?」

「えっ!?」

 

 イビルアイさんに言われて顔をカルネ村の中心にある井戸に向けると傘を差した見慣れない人影が居た。

 いつも神出鬼没なルプスレギナさんかな、と思ったが背が低く、服も黒や紫色が多いものだった。

 全体的に黒い服装でボールガウン。スカート部分はかなり膨らんでいた。

 白銀の髪に大きな黒いリボンが乗っている。

 僕も何度か見かける程度だが服装に変化が無いので同一人物かもしれない。

 ナザリック地下大墳墓の第一から第三階層の守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』さんでしょう。

 『真祖(トゥルーヴァンパイア)』という種族の異形種。

 

「ブラッドフォールンさんでしょうか。日中に出てこられるとは……」

 

 というよりカルネ村に来るのは初めてかもしれない。

 

「汚い村だこと……。品性の欠片もないとは」

「普通の農村ですからね」

 

 と、軽く言いつつ挨拶する。

 ブラッドフォールンさんは鼻を鳴らすだけだった。

 

「今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ただの見学。あっちに()ってくんなまし。気が散るから」

「……おいこら、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)。よそ者のクセに生意気言うな」

 

 と、イビルアイさんが言いました。

 

「あっ!? わたしに声をかける時は殺される覚悟があるんでしょうね」

「うるさいだまれ、いちいちつっかかって来るな。……アインズの部下はみんなケンカ腰か?」

 

 イビルアイさんは『飛行(フライ)』を、たぶん魔法を使い、ブラッドフォールンさんの近くに寄って行きます。

 無詠唱なのか、聞きそびれてしまったのか。

 

「下等な存在の分際で……、って浮いて見下すな!」

「お前こそ、よそ者のクセに生意気なんだよ」

 

 一触即発の気配を感じます。

 おそらく戦闘になれば村はあっという間に崩壊しそうです。

 

「シャ、シャルティア様。この村で騒ぎを起こされては困ります」

 

 と、ブラッドフォールンさんの足元の影から声がしました。

 『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』でしょう。その事に僕は指摘しない。というか、存在は知っているので。

 

「アインズ様に村で騒ぎを起こしてはならないと……」

「あ~もう! 分かっているわよ、そんなことは」

 

 苛立つシャルティア。

 見下すイビルアイ。

 

「イビルアイ様も剣を収めて下さい」

無手(むて)だが……、村で暴れるのは本意ではない。そちらが大人しくするなら私も無闇に暴れたりはしないさ」

「ありがとうございます」

 

 と、言ったのは影の悪魔(シャドウ・デーモン)だった。シャルティアはあらぬ方向を向いて鼻を鳴らす。

 

「ナザリックの吸血鬼と戦うのも悪くは無いのだが……、場所が悪い」

「ああっ!? このわたしとやりあいたいのかよ」

 

 傘の変わりに物騒な槍が現れる。

 攻撃した相手の生命力の幾分かを自分の回復に回す神器級武器『スポイトランス』だ。

 シャルティアの主武装の一つでもある。

 

「シャルティア様! 沸点が低すぎます」

 

 と、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は言う。

 

「部下の方が聞き訳がいいじゃないか。それともなにか、今日は晴れているから機嫌が悪いのかな?」

「んっ? まあ、確かに晴れているでありんすね」

 

 肌を焼くような日光の熱。だが、シャルティアにとっては微々たるダメージに過ぎない。対するイビルアイは防具でしっかりと日光から身体を守っている。

 

「そうでありんすね……。()()()()ならば問題ないでありんすえ。そこなゲス、私の相手をしてくんなまし」

「……殺すぞ、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)

「二人共、ケンカするなら村の外でお願いします!」

 

 と、僕は大きな声で言いました。

 少なくとも村の中で暴れられるのは非情に困ります。エンリの怒り顔がチラチラと見えているので。

 ネムは少し興味があるのか、楽しみにしているような雰囲気を感じる。

 

「ちょっと待ってくだせえ」

 

 と、新たに声をかけてきたのはカルネ村で世話をしている小鬼(ゴブリン)の一人だった。

 

「外で戦うんなら、大急ぎで麦を回収しますんで。ちょっとだけ時間をもらえませんかね?」

「おお、そうだな。麦は村にとって生命線だ。いいな、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)

「……し、仕方ありんせんね。村の大事(だいじ)とあっては私も……ってくそ吸血鬼(ヴァンパイア)ですって」

「くそをくそと言って何が……」

「いい加減にしてくださいって言ってるでしょう!」

 

 僕はあらん限り叫びました。

 

「ごめんなさい」

「もう、申し訳ないでありんす」

 

 意外と二人は素直になってくれました。

 

 

 村人総出で麦の刈り取りを(おこな)い、三十分後には戦いの場が整いました。

 みんなで協力すればこれくらいは出来るのです。

 カルネ村には護衛役のモンスターとして『戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)』が居ます。

 外敵の警護を任せているのですが内部での争いには関知していなかったもようです。

 もし、村の中で戦闘が始まっていたらすぐさま飛んできたかもしれません。

 ゴウンさんが言うには結構強いモンスターだそうです。

 敵が居ない時は定期的に村の周りを監視し、人知れず木陰などで休んでいたりします。

 

「あまり派手に荒らしてほしくないんですけどね」

「モンスターとの戦いはどこも苛烈(かれつ)なものだ。村に被害が出ないよう努力する」

「……ほどほどにしてください。エンリが物凄く怖い顔になるので」

「……うむ。『血まみれのエンリ』の二つ名が真実でない事を祈ろう」

「そんな二つ名を付けた人は誰なんですかね」

 

 イビルアイは首を傾げたが(シルバー)(ゴールド)の冒険者の誰かだったような、と冒険者達の顔を何人か浮かべるイビルアイ。

 結局、犯人は最後まで浮かばなかった。

 場が整い、イビルアイとシャルティアは相対する。

 見晴らしのよい平地。

 刈り取られたばかりの麦畑は今はただの土がむき出しの荒れた土地だ。

 

「こなた、少し後悔するでありんす」

「ふん。そこらのモンスターに遅れを取る私ではないわ」

 

 と、強がってみたもののイビルアイは相手を甘くは見ていない。

 見た目では分からない強さの波動。

 歴戦のつわものであるイビルアイは『彼我(ひが)の戦力差』の分からない能無しではない。

 シャルティアは強い。

 事前に得た情報によれば『真祖(トゥルーヴァンパイア)』にして信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)で階層守護者。

 掛け値なしの化け物。

 対してこちらはアダマンタイト級冒険者にすぎない『雑魚(ざこ)きゃら』の一人だ。

 普通に考えれば勝てるほうがおかしいのかもしれない。

 

「さて、いざ戦うとして勝敗はどうつけたらいいかな?」

「そんなん決まっているでありんす。お前がわたしの靴を()(つくば)って己の舌で綺麗にしながら泣いて懇願(こんがん)すればいいだけのこと。自らの存在意義を悔やみながら(みじ)めったらしく悔やむがいいでありんすえ」

「……言葉が通じていないのか? どの地点で勝ちとするのか、と聞いているんだ。脳みそまで腐って思考も出来ないのか?」

「はあ!? わたしに勝てると思っているんでありんすか? それは万が一も無いでありんすよ」

 

 イビルアイは両手を広げて肩をすくめる。

 呆れてものも言えない、という意思表示だ。

 確かにシャルティアは第十位階魔法を使う強敵だ。

 勝てる見込みはないかもしれない。と、普通は思う。というか当たり前に思う。

 切り札があるのか、と聞かれれば『無い』と即答する。

 

 バカ正直にそんなことを言うわけがないだろう。

 

 口の軽い愚か者ではない。

 少なくとも()()()()()()()()は。と、イビルアイは強く思う。

 種族や職業(クラス)の違いはあるが共に『吸血鬼(ヴァンパイア)』に連なる者だ。そう簡単には勝敗は決しない、筈だ。

 あと、ナザリック地下大墳墓にあるイビルアイの強さの情報は『古い』筈だ。

 一方的な蹂躙(じゅうりん)にはならないと自負している。

 ただまあ、少しは警戒している。

 シャルティアが『超位魔法』を使えるのか、どうなのか。それだけがイビルアイの知らない情報だ。

 早い話しが見た事がないからだ。

 アインズ以外で超位魔法を使う存在を。

 

「お前を地に叩き落して勝ちとしようか」

「ん~、安易に滅ぼしてはアインズ様に叱られてしまうでありんすね。……手加減する気は無いでありんすが……。面倒な人間はやはり好きにはなれないでありんす」

 

 イビルアイは滅ぼしてはいけない。

 それは自らの(アインズ)からの厳命だった。それをつい()()()()()忘れていた。

 思い出して少し安心している。

 イビルアイが言う通り、何らかの形で勝敗の線引きをしなければならない。

 出した(こぶし)は収めなければならない。

 では、それはどうやって(おこな)えばいいのか。

 

「ここはシンプルに『私の負けです』と言ったら終わりでありんすね。まあ、こなたのセリフとしては上等かしら?」

「ほう。少しは知恵を使ってきたな」

「……いちいち頭にくる人間ですねぇ」

 

 相手を怒らせることも戦略の一つだ。そんなことも分からないのか、と胸の内でイビルアイは嘲笑(ちょうしょう)する。

 苛立つシャルティアはスポイトランスを軽く振る。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)同士、魔法の打ち合いもいいのでありんすが、折角の武器は使わないと()び付きそうで困りんす」

「私も多少は武器に精通しているぞ」

「ほう、武器を使いんすか。魔法の槍とか?」

 

 弱者の事はあまり頭に入れていないのだが、イビルアイは確か魔法で槍を放っていたような気がした。

 それは『魔法の矢(マジック・アロー)』か特殊技術(スキル)なのか。

 どんな魔法だろうと大した事は無さそうな気もする、とシャルティアは思った。

 

「……あい分かった。『降参』の意思で勝敗を決しよう。負ける気は無いがな」

「『ぎゃふん』と本当に言わせてみたいでありんすね」

「お前がな。腐れ吸血鬼(ヴァンパイア)

 

 小刻みに震えるシャルティア。

 

 こいつはマジでぶち殺す。

 

 黒のボールガウンなどの服装は無くなり、代わりに真紅の全身鎧(フルプレート)が現れる。

 顔が見える兜。鳥をイメージした鎧にはスカートがある。

 翼があるので今にも飛び立ちそうな姿こそシャルティア・ブラッドフォールンの完全戦闘形態。

 シャルティアの重装備はワルキューレなどの職業(クラス)を持つからこそだ。

 対してイビルアイは今の姿が完全戦闘形態だ。

 力の差は歴然だと言える。

 とはいえ、重厚な鎧を魔法詠唱者(マジック・キャスター)が着るわけがない。

 正確には着る事ができない。それ専用の職業(クラス)を得なければ基本的には無理だ。

 職業(クラス)には適材適所の装備が存在する。無理を通せないのが定説だ。

 

「……防御は完璧か……」

 

 装備が重々しければ肉体的には弱い、というのが一般的だ。

 だが、そんな通説はシャルティアに通じるとも思えない。

 

「この装備を(さず)けて下さったペロロンチーノ様に勝利をお届けいたしますでありんす」

「あ~、戦闘開始の合図は必要だよね~」

 

 と、暢気(のんき)な声が村から聞こえる。

 高く築かれた塀の上に器用に腰掛ける闇妖精(ダークエルフ)の男装少女『アウラ』だった。

 

「アウラ!? なぜ、ここに?」

「村の様子を見てこいってアインズ様から言われてね~。戦うのはいいけどさ~、殺し合いはダメだって。いいわね、シャルティア。それでも勝ちなさいよ」

「言われなくても」

「イビルアイだったわね。適度に痛めつけてもいいけど、あっさり死なないでよ」

「見事に打ち勝ってやるとも」

「天気が気になるなら()()にしてあげようか? マーレも連れて来たから」

「いや、結構だ」

 

 アウラは塀の上に立ち、(むち)を持つ。

 

「じゃあ、戦闘開始っ!」

 

 と、言った後で鞭を地面に叩きつける。

 

 

 すぐに互いにぶつかったりせず相手の出方を(うかが)う。

 アウラはシャルティア相手にどう戦うのか興味があったので高みの見物を決め込んでいた。

 こういう試合は貴重で誰にも邪魔されたくなかった。

 

「適度に強い『ざこ』はとんと出会えなかったでありんすが……。こなたは歯ごたえがありそうでありんすな~」

「あ~、シャルティア」

 

 と、アウラが言う。すると睨むような顔をシャルティアは向けてきた。

 

「イビルアイを殺してはいけないって命令を受けてるから、分かってるわよね?」

「わ、分かっているでありんす!」

「殺しきらなければいいだけよ。丁度いいハンデじゃない」

 

 甘く見られたものだ、と普通ならイビルアイは言っている。だが、今回に限っては言わない。

 勝ち目があるか、無いかくらい分からないほど戦闘経験は浅くない。

 シャルティアは強い。

 かつて戦ったヤルダバオトと同等なほどに。

 

「……長生きはするものだな」

 

 手持ちの位階は低い。

 将来を見据えてイビルアイは強くなりすぎない道を選んだ。だから、強すぎる敵には勝てない。

 それでも戦うときは逃げない。

 

水晶騎士槍(クリスタルランス)

 

 魔力系第四位階魔法を唱え、水晶で出来た槍を持ち、シャルティアに投げつける。

 

「綺麗なガラス細工だこと」

 

 軽くスポイトランスが奮われただけで魔法の槍は木っ端微塵になる。

 今ので確信する。並みの冒険者では歯が立たないことを。

 

月の矢(ムーン・アロー)

 

 第五位階の魔法で星の形をした雷属性の矢を放つ。

 位階は高いが可愛い魔法で人間相手なら割りと当たりやすい。

 ただし、見栄(みば)えはいいのだが強力に見えないのが難点だ。あと、時間差で三回放てるらしい。

 名前は月なのに星の形が飛んでいく魔法をシャルティアは()()()打ち落とす。

 

「しょぼい魔法も数撃てば当たるわけではありんせんよ」

「分かっているさ。だが、私は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。魔法を主体にするのは当たり前だ」

「わたしも魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありんすけど……」

「シャルティアに勝ちたいなら強力な第十位階魔法を持ってこないとダメよ」

 

 と、塀の上から声をかけるアウラ。

 

「どっちの味方でありんすか」

「弱い方。その方が面白いでしょう」

 

 いたずらっ子のように笑う闇妖精(ダークエルフ)のアウラ。

 イビルアイとしてはてっきり『弱者はいたぶってこそじゃない』とか言うかと思った。

 

「普通の攻撃魔法は大した効果が……」

「アウラ! あんたなにアドバイスしてるのよ」

「いいじゃん。弱いなりの戦い方って興味あるし。だいたいあんた、魔法バンバン使うしか脳が無いんだから、現地の戦い方をきちんと学びなさいよ」

「……うん、仲が良いのは分かった。だが、外野はあまり気を散らすような事は避けてくれ。私まで巻き込まれて間抜けな姿で負けそうになってしまう」

「あらら、そうね。これは失礼したわ。頑張って、イビルアイ」

「……素直に嬉しいよ」

 

 嫌味のない言葉に聞こえたので、イビルアイは少しだけ照れてしまった。

 反対にシャルティアは激怒する。

 

「わたしが悪者にされているでありんす」

「腐れ脳みその吸血鬼だもん」

「ア~ウ~ラ~! お前も殺すぞ」

「あはは~、出来るものならやってみなさいよ~」

 

 可愛く舌を出すアウラ。

 

「……だから、外野が気を散らすと……。まあいい。二対一だぞ、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)

「敵が増えてる!?」

 

 イビルアイは軽き息を吐いてから駆け出す。

 ずっと気になっていたシャルティアの武器に拳を打ち込む。

 

 ガン。

 

 とても硬い。拳が痛むのではないかという硬さかもしれない。

 それだけは分かった。

 第五位階の魔法をものともしないところから、相当な業物(わざもの)であることは理解した。

 確か『ごっず』というとんでもない武具だったはずだ。

 次に鎧に拳を打ち込む。もちろん、ただの素手ではなく魔力を乗せた一撃だ。

 こちらも感触としては相当な硬度があるのは理解した。

 アダマンタイト、またはそれ以上。

 並みの装備を持ってくるはずが無い。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)

 

 (こぶし)より小さめの水晶の弾丸を大量に撃ち込む。

 てっきり槍で全て捌ききると予想していたが、シャルティアは最初だけなぎ払うように奮ったのみで、いくつかは鎧の硬度で防ぎきった。

 

「なに当ててんのよ」

「全部叩き落すのは面倒くさかったんでありんす。必中の魔法かもしれんでしたし」

「余裕だな」

 

 程度を見極めようと思っていたが底がまだ見えない。

 シャルティアという吸血鬼(ヴァンパイア)は天井知らずなのか。

 

「そちらばかり攻撃しては不公平……。こちらも動くでありんすえ」

 

 シャルティアの姿が掻き消えた。

 咄嗟にイビルアイは次の魔法を唱える。

 

損傷(トランスロケーション・)移行(ダメージ)!」

 

 物理的なダメージを魔力ダメージに変換する魔法。

 魔力は当然減るが肉体的な痛みは受けなくなる。ただし、気分的には痛みを受けたような感じになってしまう。

 

 ゴスっ。

 

 背中を貫こうとする槍が突き立った。だが、魔法により貫通は避けられたのだが、慣性の法則が働いたのかイビルアイは思いっきり吹き飛ばされる。

 どういう力が加わっていたのか、痛みは無いとしても体勢が整えられず村の防壁である柵に激突し、破壊ののち内部へと転がる。

 

「ちょっと~! どこを狙って攻撃してんの、バカ!」

「手元が狂っただけでありんすよ。また直せばいいだけでありんしょう」

 

 意識まで持っていかれそうになるが誰かの家の外壁を突破したところで止まる事ができた。

 

「……どれだけバカ力なんだ、あいつ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「す、すまない。迷惑はかけないつもりだったんだが……。後で改めて謝罪する。今は……、見逃してもらう」

 

 体勢を立て直し、シャルティアの元に向かう。

 アウラは入れ替わるようにやってきて、家の修復の為にいくつかのシモベを呼び寄せる。

 

「すみませんね~。ちゃっちゃっと直すんで。ケガとかしたら言って下さい。治癒担当の者を呼ぶんで」

 

 と、営業スマイルを見せるアウラは村人を安心させるように言った。

 

 

 現場に戻ったイビルアイはもう少し村から離れたほうがいいと判断した。

 

「柵が思ったより(もろ)かっただけでありんす。私のせいではないでありんす」

「私も今のはビックリした。化け物というのは間違っていないようだな。それはそれで安心した。口からでまかせでなくて……」

 

 実力は本物。

 見えない恐怖から見える恐怖に変わっただけではあるけれど、イビルアイとしては納得した。

 現段階で勝てる確率は限りなくゼロ。

 強さに呆れはするのだが、持て余す結果となっていることは(いな)めない。

 相手に負けない強さを得る事は簡単だ。だが、それを十二分(じゅうにぶん)に使いこなさなければシャルティア同様の化け物の出来上がりだ。

 自分は今の強さに満足している。

 過度な強さは災害でしかないからだ。

 高望みはしないし、したくない。

 それでも戦わなければならないときがあることも理解している。

 

「ちょっとやり過ぎたでありんすね。でも、準備運動は充分でありんしょう。ここからは……、蹂躙を開始んす」

 

 ()()()()()()()()()()台詞(セリフ)。それは誰の言葉だったか、とイビルアイは独白(どくはく)する。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)

 

 静かな口調で唱えられたシャルティアの魔法。

 イビルアイを炎が包み込む。

 だが、シャルティアは気付かなかった。

 物理的なダメージは全て魔力ダメージに変換されていることを。

 見た目には魔法で焼かれているように見えるのだが、そのダメージは全て魔力ダメージとなっているため、肉体的には無傷である。あと、装備品も焼けていない。

 装備品が無事なのは色々と属性耐性が付与されているからだ。

 完全耐性ではなかったはずなので多少は焼けているかもしれないが、今は確認しない。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)輝光(ブリリアントレイディアンス)

 

 神聖属性の魔法でアンデッドには有効的な魔法をシャルティアはイビルアイに使った。

 

「こなたは……確かアンデッドではなかったかえ?」

「そんなことはどうでもいいだろう」

 

 ダメージは無い。だが、高い位階魔法に正直、驚かされた。

 信仰系でもここまで攻撃に特化した魔法があるとは、と。

 一般的な知識だけでは得られない実践的な魔法の知識は探究心を刺激される。

 うっかりどんな効果なのか、と見とれてしまうほどだ。

 

「……ちなみに超位魔法は使えるのかや?」

「勉強中だ」

 

 これは事実だ。

 候補となる魔法はいくつかある。

 後はどんな効果か勉強するだけだ。

 

「戦闘の役に立たない魔法もあるからな」

「確かに……。賢いようで安心したえ。でも、それでも我が(アインズ様)に比べれば足元に及ばない」

「……魔法に特化している者と比べるな。そういうお前は戦士に特化しているものより優れた戦闘が出来るのか?」

「ああ言えば、こう言う! いちいちムカつくでありんすね」

「自慢話しばかりするからだ、バカ」

 

 二言(ふたこと)目には討伐せよ、と言い出すリ・エスティーゼのバカ貴族と一緒ではないかとイビルアイは少しだけ憤慨(ふんがい)する。

 

「……しかし、どう倒したものか……」

 

 攻守共に優れた吸血鬼(ヴァンパイア)

 攻めあぐねているイビルアイ。

 正直、助っ人が欲しい。

 この手の強大なモンスターは一人よりチームで討伐するのが一般的だ。

 相手が巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)みたいのだったらいいのに、と今は思う。

 今のイビルアイは物理攻撃と魔法が心許ない。

 シャルティアに当てられはするのだが、無傷だと思う。

 それこそ『超位魔法』でも持ってこないとダメかもしれない。

 

「まだまだ弱いということか」

 

 そもそもアインズより強いと言われるシャルティアに魔法で勝とうと思うほうが無謀だ。

 相手はまだ隠し玉を持っている。

 未熟な魔法詠唱者(マジック・キャスター)に出来る事は学ぶことだ。

 相手を知る。

 

「物理攻撃が高い魔法詠唱者(マジック・キャスター)というのは卑怯だな」

「それ用の職業(クラス)を持っているでありんすから。そこらの戦士職には負けんせん」

 

 シャルティアが習得している職業(クラス)呪われた騎士(カースドナイト)戦乙女(ワルキューレ)などで厄介な特殊技術(スキル)を持っている。

 

「例えば……この清浄投擲槍(せいじょうとうてきやり)はいかがでありんすか?」

 

 シャルティアが天に掲げた手からスポイトランスとは違う光り輝く槍が現れた。

 

「絶対不可避の槍でありんす」

 

 とはいえMP(マジックポイント)を上乗せしないと必中効果は得られない。あと、この攻撃には即死効果が無い。

 即死効果はないけどダメージによって殺すことは出来る。

 運が悪ければ死ぬかもしれないが、イビルアイなら大ダメージかもしれない。

 呪われた騎士(カースドナイト)の影響で受けたダメージは通常の回復では治せない。だが、イビルアイは普通の人間ではない。そこら辺がシャルティアの思考を混乱させる。

 何度も思う。

 

 この場合はどうなるのかしら。

 

 おかしな(くるわ)言葉は真面目な思考の時は使わない。

 分からない時は『物理で殴る』とはペロロンチーノかぶくぶく茶釜の言葉だったか。

 

「手加減しても相手によるでありんすね」

 

 とはいえ、出した槍は投げないともったいないのでイビルアイ目掛けて投げつけた。

 もちろん、必中なので逃走は転移でも不可能。どこまでも追い続ける。

 イビルアイが転移魔法を使えるかは知らないけれど。

 

「ぐっごぁ!」

 

 転移する暇など無く槍はものすごい速度で狙った対象に当たる。

 言い知れない肉体を削るような音が響く。

 誰がどう見ても肉体を貫こうとする槍に見える。

 『損傷(トランスロケーション・)移行(ダメージ)』の影響で肉体的には無傷なのだが、魔力を削られる不快感は消せない。

 しかも、これは魔法ではなく特殊技術(スキル)だ。

 貫通させない限り、どこまでも不快感は続く。

 

「あっははは! どうでありんすか、イビルアイとやら。負けを認めてしまえば楽になりんしょう」

「腐っても『真蒼の薔薇』……。そう簡単に頭は下げん」

 

 無理矢理、槍を押し込めて貫通させる。

 胴体に穴は開かないが、割りと魔力は持っていかれた気がする。

 

「ふん。妙な小細工をしていたようでありんすね」

 

 自分の知らない魔法はシャルティアとて興味をそそられる。

 ただ単に習得していないか、興味が無いかの違いかもしれない。

 

「眷属を召喚するまでもないでありんすね。上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 失敗しない上位の転移魔法で移動するのはイビルアイの近く。

 移動の阻害が無いのは転移阻害魔法を習得していないか、油断を誘うか、だが。

 油断については有り得ない。

 イビルアイは自分(シャルティア)が思っているほど()()()()からだ。

 一向に高い位階魔法を使わないのは使()()()()から。

 弱すぎる相手に本気を出すほどシャルティアは短気な吸血鬼(ヴァンパイア)ではない。

 とはいえ、丈夫な敵は貴重だ。つい本気を出したくなる。

 さすがに『勇者の魂(エインヘリヤル)』を使う事態にまでは発展しない筈だ。

 その時は()()()()()()()をする時だ。だから命令遵守(じゅんしゅ)の今は使う事は出来ない。

 『血の狂乱』も今回に限っては自制する。

 

 

 スポイトランスでイビルアイのわき腹を突く。

 今度は村の方向は避けた。

 

「ぐっ!?」

「その小細工が切れたら報告してくんなまし。大怪我をさせるほど、わたしは血に飢えていないでありんすから。……血が出るかは分かりんせんけど」

「それはありがたいな。……まあ、後二撃くらいは耐えられるだろうよ」

 

 強がりではあるのだが、魔力を削られる不快感が強くて吐きそうだった。

 決定打に欠ける。これが一番の問題だ。

 人間種のように一撃で殺せる相手ではない、というのも厄介な点だ。

 痛み分けどころか一方的な蹂躙劇で終わる事になりそうだ。

 だが、このまま泣き寝入りはしたくない。

 一矢報いる事も時には必要だ。

 運が良い事に攻撃魔法のほとんどが通じない事が分かった。

 それだけでも分かれば戦略が立て易くなる。

 

「あ~、うっかり殺さないでよ。怒られるのはあんただけにしなさいよね」

 

 と、戻ってきたアウラが言った。

 

「わ、分かっていんす!」

「『内部爆散(インプロージョン)』禁止!」

 

 信仰系第十位階の魔法で対象の内部を破壊する。

 一見すると強力な魔法だが非実体には通じないし、発動まで精神を集中させる必要があるので気が散ると不発に終わる事がある。あと、複数人を狙えるけれど連発は出来ない。

 つまり一人一回ずつ、ということだ。

 

「アウラ! いちいち分かっている事を……。気が散るでありんす!」

 

 信仰系の魔法はイビルアイもあまり馴染みがないので知識に無かったが物騒な雰囲気は感じた。

 

「黙ってやられはしないが……。強いな、お前は。それは素直に驚いたよ」

「当たり前でありんすえ。弱い階層守護者など我がナザリック地下大墳墓にはおりんせん」

「いや、弱い階層守護者は居るよ」

 

 と、アウラ。

 今の言葉にシャルティアは驚いたがイビルアイもついアウラの方に顔を向けてしまった。

 油断と思ったが、シャルティアからの攻撃は来なかった。

 

「び、びっくりさせるな、バカ」

「あはは、ごめんごめん」

 

 (ほが)らかに笑うアウラ。全く反省の色は無し。

 

「直接戦闘しない『ヴィクティム』っていうのが居てね。そいつなら楽に倒せると思うよ。でもまあ、そいつくらいしか倒せないんじゃあ、お話しにならないけれどね」

「……むう」

「いいんでありんすか、そんなこと教えて」

「大丈夫、大丈夫。ヴィクティムの居るところまで来られる敵は居ないって。それにあいつ、移動も大変だろうし」

 

 階層守護者を一人倒したとしても他にも居る。

 復活手段を持っている相手だ。()()()()()()()()()があるんだろう。

 今のところ無理に倒しに行く理由はない。

 目下の敵は目の前のくそ吸血鬼(シャルティア)だけだ。

 こういう時に他人を頼りたくなるのは自分の弱さを知るからだ、とイビルアイは情けなくなりながら思う。

 

 モモン様なら。

 

 一対一の勝負なので頼るわけには行かないし、活路(かつろ)を見出すのも自分の仕事だ。

 

「一方的にやられてやるのも面白くない。こちらもそろそろ反撃したいところだな」

「今まで出会った『ざこ』よりは丈夫なようでありんすが……」

 

 シャルティアはスポイトランスをイビルアイに突きつける。

 

「我が(アインズ様)と比べるとやはり物足りなさは(いな)めないでありんすね」

「コキュートスでも味方につけないと五分(ごぶ)にはならないんじゃない?」

「……ア、ウ、ラ~。あんたはどっちの味方でありんすか!」

「だから、弱い方よ。脳みそまで腐っている人には解からないようね」

 

 弱い方と言われても今はイビルアイにアウラに反論する元気は無い。

 事実は素直に認める。

 

「極大魔法でもあればいいのだが……。大規模破壊に抵抗があるんでね。これでも私は……、人の世を壊したくないのさ」

 

 イビルアイは駆け出して、いくつかの魔法を繰り出す。だが、その全てをシャルティアは小石、またはもっと小さな砂粒の(つぶて)を払うようにあしらう。

 それでも第四、第五位階の魔法だ。

 第八位階以上が彼らの『普通』ならば人間はなんと脆弱(ぜいじゃく)なんだ、とイビルアイは絶望感いっぱいだった。

 物理攻撃は当然の(ごと)く通じない。

 ヤルダバオトよりは弱いかも、と(あわ)い期待を持ったのだが、目の前の吸血鬼(シャルティア)はかなり頑丈だった。

 

 おかしい。

 

 自分は弱い部類ではないはずなのに。と、他人事のようにイビルアイは思った。

 お前は『国堕とし』ではないのかと。

 種族に差があるとすればシャルティアの『真祖(トゥルーヴァンパイア)』とやらはそこまで強いのか。

 聞いた話しでは更に上に居るという『始祖(オリジンヴァンパイア)』はどんな化け物なのか。

 噂などでは近くには居ないようだが。

 シャルティアと同等、または強い吸血鬼がゴロゴロ居ては困る。

 

「もうタネ切れでありんすか」

 

 という言葉の後で喉にスポイトランスが当たり、後方に吹き飛ばされる。

 避けられない。

 相手の動きが早すぎる。いや、自分の方が遅いのかもしれない。

 

「ぐっ……」

 

 手も足も出ない。

 それはそれで情けない事だ。

 

「んー、たぶんだけど、あんたの魔法の位階が低いからじゃないかな。本気でダメージ与えたいなら第八位階からが必須よ。今のあなたの魔法じゃあカスリ傷どころかシャルティアがケガしても瞬時に自然治癒しちゃうレベルだもん」

「……そうじゃないかな~とは思っていたよ。だが、高い位階魔法はリスクがあるんでね」

「ダメージを別のものに移す魔法が心許(こころもと)なくなるんでしょ?」

 

 魔法に精通している者には看破(かんぱ)され易いようだ。

 高い位階魔法を扱う連中だから我々より物を知っていて当たり前と言える。

 逆に言えば我々は物を知らなすぎた。

 まだまだこれから発展するのだから、勉強はさせてほしいところだ。

 

「分かるわよ。攻撃優先か防御優先か……。向こう見ずな戦い方は命取りだもんね。こいつみたいに自意識過剰に魔法をバンバン打ちまくる輩の相手は大変でしょう」

「……わたしも考えて魔法を使っているでありんすえ」

「だったら低い位階魔法でチマチマと戦いなさいよ」

「……それはそれでイライラしそうでありんす」

 

 イビルアイは仮面を外してその場で嘔吐した。

 急激な魔力の消費で具合が悪くなってしまった。

 

「……はぁ。こんなに一気に減らされるとはな……」

「MP少なすぎるだけじゃないの?」

 

 魔獣使い(ビーストテイマー)のアウラはもっと少ないMPなので魔法詠唱者(マジック・キャスター)の気持ちはあまり分からない。

 100ポイントから一気に5ポイントに減らされることと、20ポイントから5ポイントに減らされる負担は全く違う。

 イビルアイは足が震えて立っていられなくなってきた。

 戦闘をやめて魔力の回復を計らないといけない。

 対するシャルティアはまだ魔力に余裕があり、特殊技術(スキル)も残っている。

 こうして眺めている間にも1ポイント、2ポイントとMPが回復している筈だ。

 回復は数分単位なので満タンになるのに数時間かかるのが一般的だ。

 対して特殊技術(スキル)は一日に使える回数が決まっていて再度の使用は明日になる。自然に回復したりはしない。

 

 

 肉体的な損傷は無いが、そろそろ魔力が尽きて大怪我をする頃だ。

 イビルアイは何か一矢報いたいと思っていた。

 どの道倒せはしないし、ただのケンカだ。

 

「……そう、ただのケンカだ。それをうっかり忘れるところだったな」

 

 その言葉にアウラは微笑む。

 

「ちょっと大怪我させてもいいわよ。こいつすぐ調子に乗るから」

「その期待に答えたいな」

「わたしに味方は居ないでありんすか?」

「帰ったら(なぐさ)めてあげるわよ。脆弱(ぜいじゃく)な生き物を(あなど)った頭の悪い吸血鬼の末路を」

 

 イビルアイも腹が立つがアウラにも腹が立ってきた。

 いつか勝負を挑みたい。そうシャルティアは新たな決意を固める。

 

スポイトランスの攻撃をまともに受けている事も致命的なのよね」

 

 そのお陰でシャルティアは未だにHPが満タンになっているし、とアウラは(つぶや)く。

 なっている、というよりはダメージを受けているように見えないからだが。

 もう少し派手にケガしてほしいな、とちょっとだけ思った。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が単独で戦闘する事は悪手(あくて)である。

 シャルティアのように武具に恵まれている者でなければ後方支援に徹するべきだ。

 とはいえ、そんなことを二人のケンカに言っても無駄なんだけどね、とアウラは胸の内で独白(どくはく)する。

 

「そうでありんすね。そろそろ武器はやめんしょう」

 

 神器級武器をいつまでも下等な人間に見せるのは色々と都合が悪い。

 ここからは素手で充分だと思い、スポイトランスを消す。

 正直、素手での戦闘は得意ではないので、魔法を少し撃つ程度に留める。

 

「ペッ。恐れ入ったシャルティア。せっかく相手をしてくれたのだから、こちらも期待に応えたいところだ」

「わたしは物足りなくて退屈でありんすよ」

 

 と、言った後で駆け出す。

 魔法による敏捷などの強化ではなく、素の状態での速度でイビルアイに挑む。

 (しゅ)としてはそれほど差があるとも思えないはずなのに、シャルティアは圧倒的だった。

 ゴズン、と音が聞こえるほどの拳の一撃をイビルアイは受けた。

 吸血鬼は物理攻撃も人間より強い。

 対するイビルアイはダメージは無いものの衝撃は感じた。

 普通の人間なら内臓を損傷しているところだ。

 軽く後方に吹き飛ばされるもすぐさま体勢を立て直す。

 

「ここからは魔法も特殊技術(スキル)も使いんせん。どうぞ、(あらが)ってみるでありんす」

「そりゃどうも」

 

 イビルアイとて多少の体術は(たしな)んでいる。

 それでも生粋(きっすい)の戦士職には劣る。

 無手(むて)で迎撃しているのだが肉体に受けるダメージは軽くない。

 相手は武道に不慣れなはずなのだが、無理矢理速度を上げて当ててくる。

 戦闘中でも発揮されるのは高速治癒だ。

 物理攻撃だけなら魔法を解除して対応が出来る。

 相手が攻撃力を上げるような事をしてこなければ、だが。

 

「まさかこの鎧のおかげで攻撃が強いとか、思っているでありんすか? 多少は防御が硬いかもしりんせんが、それほど大層な特殊技術(スキル)はありんせんよ」

 

 極大魔法を食らっても無事、という特殊技術(スキル)はあるかもしりんせんが、と胸の内で言うシャルティア。

 ただ、中身までは保証されないのが困り者、とため息も同時につく。

 早い話しが露出部分までは保障されないので、超位魔法などを食らうと鎧に守られている部分以外は消し飛ぶ可能性がある。

 完全消滅でもなければ吸血鬼(ヴァンパイア)の高速治癒で治るけれど、いい気分はしない。

 

 ズブリ。

 

 思考の海に沈んで気が散ったところに不快な音がシャルティアの耳に届く。

 

「んっ?」

 

 突き出した腕の下に見えるのは赤い棒。

 その赤い棒は鎧を刺し貫いている。

 

「おっ……。これは……なんなんでありんすか?」

 

 いや、なぜ()()()()()()()()、と。

 極大魔法でも傷一つ付かない強固な鎧を赤い棒が何故、刺さるのかと。

 

「隠し玉は私にだってあるさ」

「……おお、あー、えーと、この場合は……なんて言えばいいでありんすか?」

「うぎゃぁぁ、か。痛い痛い、じゃないの?」

 

 ニッコリと微笑んだままアウラは言った。

 

「……うーん、なんか違うでありんす」

 

 痛みに強いアンデッドのお陰か、激痛というものは感じない。だが、HPは減っている筈だ。

 

「なんじゃこりゃあ、とか?」

「……間抜けでありんすね。いいでありんす。自分で考えますから」

 

 とはいえ、すぐには思いつかない。

 イビルアイは赤い棒を引き抜き、再度、刺してくる。

 思考中のシャルティアは避ける、という概念が無くなったような状態だった。

 好き放題に刺される。

 高速治癒の能力が高く、すぐに穴が塞がる。

 減ったものはすぐに回復する。ダメージとしてはそれほど多くない。

 刺突攻撃という事も原因だ。

 

「ちなみに、その鎧。直せるから多少、壊しても大丈夫だから。遠慮なくやっちゃっていいわよ」

「それはどうもご丁寧に」

 

 普通はそんなアドバイスをしないものだ。

 つくづく次元の違う相手だとイビルアイは苦笑を禁じえない。

 

「その槍はなんなんでありんすか! かな?」

「……自信を持って言いなさいよ」

「この槍は『魔槍ゲイ・ボルグ』と言うそうだ」

ゲイ・ボルグ!?」

 

 と、アウラが身を乗り出して言った。

 今のは演技か本気か。

 

「ウソ!? マジもん? 本物だったら凄いじゃん」

「……あー、わたしは良く知らないでありんすが……」

「槍装備のワルキューレ(戦乙女)の分際で知らないの? バカじゃないの」

「ううっ、知らないものは知りんせんもん!」

「後で説明してあげる。もっとその槍を使って見なさいよ」

「もちろんだ」

 

 素手のシャルティアに対し、どこから取り出したのか、二メートル近い長さの赤い槍のゲイ・ボルグ

 これは伯爵より頂いた『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』から出したものだ。

 正確には伯爵がナザリック地下大墳墓で買って来たものをイビルアイに譲渡(じょうと)したものである。

 500キログラムまでのアイテムや武具を収められる(すぐ)れものだ。

 『魔槍ゲイ・ボルグ』はアーグランド評議国付近に現れた女神系モンスターから奪い取ったものだ。

 名前は確か『影の国の女王(スカアハ)』という褐色(かっしょく)の肌を持つ女戦士でかなりの強敵だったが伯爵が倒してしまった。

 そのモンスターと少し手合わせしたことがあるのだが、今のシャルティア並み、かもしれない程に強くて歯が立たなかった。

 影の国の女王(スカアハ)より下位のモンスター『魅了する顔(ディルムッド・オディナ)も強かったが倒せた。

 

「あー、でも戦士職ならもっと上手に扱うんでしょうね」

「らしいな。だが、私程度でも刺さる事が分かって……。自分でも驚いている」

「気が付いたら結構、穴だらけにされていたでありんす!」

「……普通は気付くから……」

 

 と、アウラは呆れ返った。

 心臓にも刺したはずだが何とも無い、というかなんとも思っていない、という感じだ。

 弱点という概念も無くしたのか、と思わせるほどだった。

 

「刺突ではダメージにならないということか」

「……いや~、結構ダメージになっていると思うわよ」

「そうなのか? ……そういう風には……、見えないんだが……」

「気にしたら負けよ、イビルアイ」

 

 平気そうなシャルティアの顔が自信を失わせる。

 

 

 魔法無しなら対等に戦える、と思ってはいけないんだろう。

 相手はいつでも本気が出せる。

 決して油断は出来ない。

 と、言っている側から拳が飛んできた。

 その攻撃をゲイ・ボルグで受けると言い知れない振動が手に伝わる。

 槍は破壊されなかったが、イビルアイの手が制御できない振動に襲われる。

 

「……お、おお……」

「結構丈夫でありんすね、その槍」

「私の記憶が確かなら伝説級(レジェンド)クラスはあったはずよ。あと、専用特殊技術(スキル)と専用超位魔法があったはず……。えっとね、爆裂魔法系だったような……」

「……改めて思うが、詳しいのだな」

「聞きかじった程度だけどね」

 

 振動は今も止まらない。

 

「変な攻撃で震えが止まらん……」

「普通に殴っただけでありんすよ」

 

 強固な武器と激突した事で想定外の事が起きたようだ。

 イビルアイは力任せに押さえ込もうとしているのだが、止まらない。

 手の感覚は無く、槍を掴んでいるというより、手にくっ付いてはなれない感じた。

 それでも腕は自由なので攻防は続く。

 ガンガンガン、と硬い石と石がぶつかっているようだ。

 

「そちらさんは特殊技術(スキル)を使っていいでありんすよ」

「使いたくても使えない。私の職業(クラス)では無理かもしれない」

 

 無理というか未熟というか。

 確かに槍兵(ランサー)職業(クラス)を持っているが戦士ではないので攻撃力は心許ない。

 騎兵(キャバリエ)くらいになればもっと槍を使いこなせるかもしれないのだが、自分は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の方が得意だ。

 今さら戦士職にはなれない。

 馬術を収めないと騎兵(キャバリエ)の真価は発揮されないけれど。

 

 バンっ。

 

 イビルアイの目の前が真っ赤に染まる。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 ただ、アウラは現場を俯瞰(ふかん)できていたので()()()()()いた。

 イビルアイの手の振動が限界を迎えて爆発した。ただそれだけだ。

 木っ端微塵になるイビルアイの両手。

 飛び散る指。嵌めていた指輪がシャルティアの身体に当たる。

 その後で感じる別の波動。

 今まで秘匿していたものが明るみになる。だが、それらはシャルティアには興味をそそられるようなものではなかった。

 

「うおぉ……」

 

 掴む手が無くなり、ゲイ・ボルグは地面に落下する。

 イビルアイはあまりの事に戦闘意欲、戦う意志を失ってしまった。

 

「……これはもうダメね。はいはい、ケンカは終わり。いいわね、シャルティア」

 

 イビルアイの鮮血を受けていたシャルティアはアウラの言葉にうなずく。

 血を浴びているのに精神が落ち着いているのは相手がアンデッド特有の種族だから、というか『吸血鬼(ヴァンパイア)』だから。同族の血には何も影響が出ない、のかもしれない。

 仮に『血の狂乱』が起きてもアウラが止める事になっている。

 

「高速治癒が働けば元に戻るんでしょう?」

「それは分からない。……だが、これほどの事になったのはあまり経験が無い……」

 

 驚きはあったものの意外なほど精神は落ち着いている。あと、痛みも少ない。

 目の前で踊る血管が見えている。

 元の形に戻ろうとしている為だ。

 飛び散った肉片が戻るのではなく、細胞分裂して肉を増やすような感じだ。

 

「……ゆ、指輪を見つけてくれ……。あれが無いと……私は家に……」

「分かった分かった。そのまま大人しくしていなさい」

 

 アウラは優しく言って、イビルアイの指輪を捜索する。

 

 

 ケンカを終えて誰が勝ったかなどは今のシャルティアにはなんの興味もなかった。

 元の服装に戻り、傘を差す。

 

「これかしらね。確か一個だけよね?」

「そうだ」

 

 シャルティアに比べれば治癒の速度は遅いのだが、それでも結構手は再生した。

 手首のところで止まるんじゃないかと少し心配した。

 

「再生に心許ないなら……、シャルティアの魔法で治癒してもらいなさい。それくらい敬意を払えるでしょう?」

 

 と、アウラはシャルティアに言った。

 

「良い戦いには褒美を与える。それくらい心得ているでありんすよ」

「物理的に『内部爆散(インプロージョン)』するとは思わなかったわ」

「うむ。私もビックリした」

「わたしも」

 

 自然と三人の間に和やかな雰囲気が訪れる。

 

「ほらほら、シャルティア。治癒魔法」

「わ、分かったでありんす。……は~、もう仕方ないでありんすね」

 

 信仰系第八位階『大致死(グレーターリーサル)』を唱えた。

 皮膚が出来ていなかった両手は瞬く間に勢いを増して再生していった。

 

「第六位階の『致死(リーサル)』とか修めていないからな。ありがとう」

「アンデッドの回復手段は必須よ」

「分かってはいるのだが……。まだまだ勉強中の身なのだ」

 

 再生の終わった手の指に指輪を()める。

 手袋は残念ながら破れてしまったので新調する必要がある。

 

「回復したのならわたしはもう帰るでありんす。汚い吸血鬼(イビルアイ)の血を浴びるとは……」

「そうよね、早く洗わないと血が混じって新種の吸血鬼(ヴァンパイア)になっちゃうかもね」

「おおう。怖い事を言わんでくんなまし。では、失礼するでありんすえ、イビルアイ」

 

 そう言って第十位階の転移魔法『転移門(ゲート)』を呼び出して潜って消えた。

 

「もう、素直じゃないんだから。……ところで腰が抜けたのかしら?」

 

 イビルアイが一向に動かないから言ってみた。

 

「そのようだ。あまりのことに……。少し休めば大丈夫だ。なにせ、私はイビルアイだ」

「変な根拠ね~」

 

 震える手でゲイ・ボルグを回収する。掴んでも振動は伝わってこなかったので、大丈夫だと思われるが安心は出来ない。

 それにしても目の前で破裂するとは思わなかった。

 爆裂魔法を食らった気分だ。

 それとも槍が暴走でもしたのか。

 使い方に気をつけるように、とは言われていた。

 もう一つの『ゲイ・ジャルグ』とかにすればよかったかな。

 

「あなたも帰って服とか洗った方がいいわね」

「……ああ、そうだな。青いローブに赤い血は……、目立つ……」

 

 自分の血の匂いで暴走しないのは、あまりにも衝撃的なことがあって気にならないのかもしれない。

 まだまだ精進する必要がある。

 攻撃だけではなく、身を守る為にも。

 

 

 戦闘を終えて立てるようになったイビルアイは飛び散った自分の肉片を全て回収して辺りを整地していく。

 後始末もちゃんとするのがアダマンタイト級の冒険者として当たり前の事、というわけではなく、変なモンスターが湧かないように、という意味合いで(おこな)っている。

 数百年も続けた習慣なので自然と身体が動いてしまう。

 アウラも空いた穴くらいはシモベなどで塞ぐが、イビルアイの仕事の丁寧さには感心していた。

 真面目なところはアインズも見習いたいと言っていた程だ。

 無闇に人を襲う吸血鬼(ヴァンパイア)がバカに見えるほどだ。

 

第終話 竜王国(ドラウディロン)()女王(オーリウクルス)

 

 近隣の獣人(ビーストマン)の国の侵攻により竜王国の国民は餌場として食われ続けていた。

 だが、それは去年までの話し。

 『漆黒の死神(変態)』だか『漆黒の風(とにかく女の敵)』とかのお陰で獣人(ビーストマン)の部隊の半数は壊滅した。

 褒美は恐ろしいものだったが、それはもうどうでもいい。

 

 

 竜王国を治めるのは『七彩(ブライトネス)()竜王(ドラゴンロード)』の末裔にして『黒鱗(ブラックスケイル)()竜王(ドラゴンロード)』の女王『ドラウディロン・オーリウクルス』という。

 見た目は小さな黒髪の少女。

 だが、それは国民の要望で変えているだけで本性はもっと年上だ。

 高齢の(ドラゴン)は人に変身する能力を得る。だが、だからといって人間種になるわけではない。

 あくまで人間に変身するだけだ。

 変身だけなのに人との間に子供が出来るのが今もってドラウディロンには理解しがたいが。

 生まれた自分がここに存在しているのだから、どうしようもない問題だけれど。

 たまに本性に戻りたい事もある。

 人間の肌色から黒い鱗がびっしり張り付いた美しい(ドラゴン)の姿へと。

 

「ああもう、ロリコンどもめ。イライラが止まらぬ」

 

 文句を言っても仕方が無い。

 獣人(ビーストマン)の進攻が止み、新興国家『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』と国交を持ってから仕事に余裕が生まれた。

 頭を悩ませていた問題が少し減ったのでお忍びで国外に出たくなってきた。

 以前、帝国に行き、物騒な『マグヌム・オプス』にも行きはしたが、普通の農村にも行きたくなる。

 竜王国の都市は復興を始め、現地調査には今しばらく時間がかかりそうだ。

 

「かねてより打診されていたリ・エスティーゼ王国の農村に()って見ますか? 村長エンリの噂を直に見る機会でもあります」

「うむ。大農場を作り上げる手腕は是非ともわが国にも富をもたらそう。少し遠いのが難点だな。スレイン法国に(にら)まれていなければ良いが……」

「その点は抜かりなく……。救援要請の『陽光聖典』を寄越さず、金だけ持ち逃げしようとしたのです。文句は言わせません」

「当たり前じゃ! あのアホウ共にどれだけ金をやったことか」

 

 小さな身体で憤怒の形相を見せる女王ドラウディロン。

 ()()()()なので威厳は全く感じられず、他者の目を楽しませる結果しか生まない。

 頬にうっすらと黒い鱗が現れ始める。

 (ドラゴン)には触れてはいけない『逆鱗(げきりん)』が一枚ある。

 力は弱くとも並みの人間には負けない。

 

(つの)が見えてきましたよ」

「おっとと、危ない危ない。久しぶりの休暇は誰にも邪魔されたくないな」

「護衛として帝国の四騎士の一人『レイナース・ロックブルズ』様をお借りできました」

「大丈夫なんだろうな? ジルクニフ皇帝は裏切る、とか何度も言ってて怖くなってきたぞ」

「好きで騎士になったわけではありませんから。……確か復讐が……」

「いやいい! なんか聞きたくない」

「大丈夫ですよ、ドラウディロン陛下。ロックブルズ殿は仕事はしっかりやってくれる人ですから」

「……暗殺も入ってそうで怖いな……」

 

 (ほが)らかに笑う宰相はいつにも増して怖かった。

 

 

 バハルス帝国最強と(うた)われる四騎士の一人『重爆』の二つ名を持つ女騎士。

 『レイナース・ロックブルズ』は四騎士の紅一点。

 実力は最強に恥じない。他の三人の騎士とも渡りあえる実力者と言われている。

 神官(プリースト)呪われた騎士(カースドナイト)職業(クラス)を持っている。

 他に槍兵(ランサー)騎兵(キャバリエ)と戦士というか騎士職が多い。

 顔の半分は(うみ)で覆われているのだが、それは過去に戦ったモンスターの呪いの影響だ。

 その呪いの為に不遇な生涯を送っている。

 趣味は『復讐日記』の執筆。

 最近、アインドラ伯爵と意気投合し周りを戦慄させている。

 

「あの二人を怒らせたら、世界が呪われちまう!」

「手を組んではいけない二人と言えば……」

 

 という冒険者の噂が出るほど。

 実際のレイナースは噂とは関係無しに鼻歌交じりに仕事の準備を整えていた。

 振り回す槍の調子はよく、昨日殺した犯罪者の首の()ね具合も申し分ない、と武器の確認に余念が無い。

 今回は皇帝の命令もあるが、少し遠出が出来るとあって楽しみにしていた。

 このところ()()()()()する事が多かったから。

 まずは竜王国の護衛兵と合流し、数日間の旅路が始まる。

 初めていく場所ではないけれど他国の領内は浮かれているレイナースでも緊張するものだ。今回は魔導国の領地も通るのだから、多少のモンスターの出現も想定しなければならない。

 魔導国のモンスターは勝手に襲い掛かってこないと聞いているのだが、力に()かれてやってくる他のモンスターは別物だと思われる。

 特に巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)は確実に殺す。これは魔導王の頼みであっても譲れない。

 

「ロックブルズ殿は長旅は平気なほうか?」

 

 顔の半分が膿に覆われているのでドラウディロンは心配になって尋ねた。

 

「はい。遠出ははじめてではありません。あと、顔の事をご心配されていると思いますが、呪いというものは病気とは違います。膿をふき取る布巾が足りるかが気がかりですわね」

「それについてはこちらでも用意している。それは安心してくれ。良い仕事をしてもらうためだからな」

「ありがとうございます」

「そういえば、復讐はどうなったのだ?」

「もう果たしておりますので、ご心配には及びません」

「おおう、そうか。だが、ジルクニフ皇帝は心配しておったぞ。私が言うのも変かもしれんが……、仕える(あるじ)が無能ならば口出しはしないが、あれはいい男だ。大事にした方がいい」

「……はい、……それはもちろん」

 

 と、小さな声でレイナースはドラウディロンにだけ聞こえるように言った。

 

 

 道程(どうてい)に問題は無く、一日、二日と過ぎていく。

 途中で野営を設営し、兵士達はしっかりと疲労回復に努める。

 目下の問題は女性である身なので身だしなみが心配になってくる。

 風呂の用意は中々できるものではない。かといって水を持ち歩くわけにも行かない。

 自然と寒風摩擦が中心となる。

 ただし、女王だけは水の使用を優先される。

 

「もうすぐだが、長き遠征の場合、ロックブルズ殿は身体はどうしておる?」

「長期の遠征はあまり無いのですが……。そうですね……。我慢です。一般的に宿舎を作り上げてカッツェ平野で訓練をしたりするので、身支度に不自由した経験はありません」

「……我慢か……。食糧難の時に私だけ贅沢は言ってられんな」

「いえ、国を治めるものは責任を糧に生きなければなりません。その話しで言えば……、確かにジルクニフ陛下を心配させる私は……ちょっと意地悪な女かもしれませんわね」

 

 薄く笑うレイナース。

 

「ちょっとかな~。確かに責任というものは大事だがな。何もせず無責任に死ぬようでは国というか国民が困るだろうな。……ロリコンの多い国だが……」

「私ならその『ろりこん』なる不届き者は成敗いたしますわ」

「いや、うちのアダマンタイト級の冒険者だからな……」

「関係ありません。なんなら去勢でも……」

「……そこまでするのか……。それはそれで恐れられてしまうな……」

獣人(ビーストマン)の進行に困っていた事は知っていますが、だからといって弱みを見せてはいけません」

「厳しくすると駄々をこねるからな……」

 

 少女の姿に好きでなっているわけではない。

 それもこれも竜王国のためだと思えばこそだ。

 そんな『がーるずとーく』を続けて三日目に魔導国領を抜けて目的地のカルネ村に到着する。

 挨拶もそこそこに村の中に作られている宿舎に直行し、排泄や食事や睡眠を取っていく。

 四日目の朝に改めて村長に挨拶する。数日の旅は疲労との戦いだ。

 

「少し強行軍であったが無事に着いて何よりだ」

 

 と、まずは部下を(ねぎら)う。

 

「竜王国から参ったドラウディロンだ。昨晩は失礼した、村長」

「いえ、まずは……。ようこそおいでくださいました。私はエンリ・エモット。このカルネ村の村長を務めています」

「お忍びゆえに大々的な出迎えは不要。あと、内密にな」

「了承いたしました」

「こちらは既にご存知だと思うが、帝国四騎士の一人……」

「レイナース・ロックブルズです」

 

 紹介されて名乗りを上げるレイナース。エンリとは初対面ではないが改めて挨拶した。

 帝国騎士とは浅からぬ関係ではあるのだが、過去のわだかまりは今は避けることにしていた。

 どういう意図があってカルネ村を襲撃したのか、本当は聞きたかった。だが、戦闘を餌に部下が勝手にやったことだと言われれば追求はほぼ不可能だと貴族の人に教えられた。

 現に帝国四騎士は王国における村の襲撃は誰一人として知らなかったと答えた。

 そもそも帝国領から()()()王国領に侵攻してはいけない決まりがあったからだ。

 それと行方不明となった騎士は実は居ない。

 つまり帝国騎士は何者かの偽装である、と。

 それでも帝国騎士の鎧をまとい王国の村々を襲撃した事実は幻想ではない。

 ジルクニフ皇帝は戦争に勝つためには手段は選ばない、と言われてはいるのだが弱きものを虐げる趣味はなく、村や国民を愛しているように他国の村人まで巻き込むことを良しとしない。

 軍事のみで強大な国家は維持できない。それが分からない皇帝ではない。

 

「今回は……謝罪とかは言わぬな?」

「はい。過ぎたこと、には出来ませんがいつまでも恨みを抱くのは本意ではありませんので」

 

 皇帝の名の下に僅かばかりの見舞金も届いた。

 

「今回、訪れた目的は……エンリ、そなただ」

「私が目的?」

「大農場を作り上げた手腕を是非ともご教授願いたくてな。もちろん、竜王国に招待する、とは言わん。遠いからの。色々と教えてはくれぬか。我が国も発展せねばならないので」

「こんな私でよければ」

 

 話しに区切りを付けて、エンリはドラウディロンを案内する。その間、兵士やレイナースは気がかりな事があった。

 入る前から見えていたのだが、まず村の中にモンスターが蔓延(はびこ)っていること。

 こちらは危害を加える目的は無く、というよりは村の一員となっているように見えていた。

 噂では色々と聞いていたのだが、実際に目にすると驚かされる。

 モンスターを使役する『血塗れのエンリ』なる武人が居ると。

 他にも覇王とか聞いた覚えがあるが、実物は普通の村娘だった。

 

「……あえて避けてては失礼であろうな……」

「あはは。……あー、いや、別に無理に指摘されなくてもいいんですよ」

「そ、そうか? だが……、あれは目立ちすぎる」

 

 村のすぐ近くに居るんだろうけれど、隠し様の無い巨大な物体。

 戦争時、帝国で待機していたレイナースは直接は見ていなかったのだが、伝え聞いた超ど級モンスターの話しを飽きるほど聞かされていた。

 体長十メートルを超える巨体の持ち主。

 

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)

 

 なぜ、この村に居るのか誰も指摘したくないのだが何か言わなければならない気がした。

 だからこそドラウディロンは言いにくい事を勇気を出して言った。

 なんだ、あの化け物は、と。

 

「あれで『うちの妹です』と言われたら私は泣く自信があるぞ」

「それは私もですよ。名前は黒い仔山羊(ダーク・ヤング)。姿は見たままです。ご存知かと思いますが『複製(クローン)』の一体です。命令に従い、休憩しているだけなので危険はないと思います」

「了解した。部下達にも言っておこう。……あまり意味が無い気もするが……」

「少し遠いけど、迫力がありますね。帝国の守護神と言われているモンスターをこの目で見ることになろうとは」

 

 レイナースとしては帝国を勝利に導いた聖なる化け物、という印象だった。

 立場の違いで感じ方もそれぞれ違う事にドラウディロンは感心した。

 

「あれは数日中には砂漠地帯の方に()ってもらうので村で飼う事はありません」

「その方が良いだろう。王国としてもあんな化け物を野放しにされては討伐隊を編成されてしまう」

「仰るとおりです、ドラウディロン陛下。近隣に謝罪するのが大変なんです」

「そういえば……。一体だけなのか?」

「はい」

 

 帝国の守護神は五体の黒い仔山羊(ダーク・ヤング)だ。

 だが、その帝国には一体たりとも居ない。

 長時間、暴れた後には全部が退去した、ことになっていた。

 レイナースも再召喚が必要なモンスターだと思っていた。

 

「戦争時に一体だけ倒されたというのは(まこと)のようだな」

「そのようです。念のために言いますと、私が倒したわけではありません」

「うむ。……それほどの力があるとは思えん。あれくらいになると竜王(ドラゴンロード)級を連れて来ないといかんな。そんな事はどうでもいいか……。さて、あれは無視して色々と農業についての話しを聞かせてくれ」

(かしこ)まりました」

「……あれの他に厄介なモンスターは居ないな?」

「どうでしょうか。色々と連れてくる人が居るので……」

「楽しい村で私は気に入ったぞ」

 

 子供らしく笑うドラウディロン。

 理解ある人間でエンリも話しやすくて助かっていた。

 

 

 夕方まで話し込んだ後でレイナースはドラウディロンの護衛をしつつ他のモンスターの様子を見学する。

 村の中に居るのは小鬼(ゴブリン)が多く、このモンスターは召喚モンスターだという。それ以外は黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を除けば天然モンスター。

 いや、もう一体、別格が居た。

 

 戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)

 

 カルネ村の護衛モンスターだが、外敵であるはずの帝国に攻撃は仕掛けてこなかった。

 

「ちゃんと命令しておいたので、客人の皆様に危害は加えないと思います。それがたとえ帝国の人でも」

 

 と、説明したのは近隣では名の知れた薬師(くすし)バレアレ。

 帝国では無名に近い。遠いから、とも言える。

 

「立派な武装で驚いている」

「最初から武装していたので僕たちが用意した物ではありません。種族の基本武装みたいです」

「ほう」

「もちろん、糸も出せますよ。命令に従順ですが正確に伝わっているのか、時々、心配になります」

「曖昧な命令とかだな」

「はい」

「勝手に襲ってきた時は?」

「迎撃してください、としか」

「あい分かった。なかなか楽しい村だな。近隣の村を襲ったのが帝国兵というのは……、本当なのか?」

 

 着ていた鎧にバハルス帝国の紋章が刻まれていた、とは聞いたが偽装くらい出来る。

 では、何者が帝国を(かた)って虐殺行為をしたのか。

 レイナースはつい『復讐してやる』と言いそうになった。

 復讐したいのはカルネ村の方だ。自分は帝国軍人として毅然(きぜん)としていなければならない立場だ。

 非がなければ謝罪する必要無し。

 身内の不祥事は恥ではあるけれど、原因がはっきりするまでは安易に頭は下げない。

 レイナースの立場では犯人を見つけて()らしめたいところだった。

 

「当時は三国ともに思惑があって色々とごちゃごちゃした事があったのでしょう。互いが互いの偽装をしていたようで犯人を見つけるのは困難かと。襲撃者の大部分は殺されてしまいましたし」

「死体は魔導国にあると……」

「らしいですね。ただ、魔法的に証拠隠滅の仕掛けが施されていたらしく、全部ダメになったと聞きました」

「魔法的に、か……。厄介ではあるが……。そんなことが出来るとしたら……」

 

 スレイン法国くらいだ。

 犯人が判明したのだが、証拠がなければ追及できない。

 つまりそういう事なのだろう。

 スレイン法国の秘密部隊は表向きには『存在しない』事になっている。だから、いくら尋ねても『知らない』の一点張りになる筈だ。

 有名なのに。

 

「生きて掴まえた者が居なかったか?」

「『陽光聖典』の人達ですね。こちらは王国戦士長の暗殺が目的であって村の襲撃は否認されています」

「……小ざかしいかぎりだ。なるほど……」

 

 陽光聖典は帝国兵に偽装していない。だから追及を逃れる理由がある。

 全ての原因は自分達には無い。第三者が犯人だ、と言い張れる。という筋書きが出来ているのかもしれない。

 もちろん、それは王国と帝国にも書ける筋書きだ。

 だからこそ、言い逃れが出来る。

 

「三国全てに言いがかりをつけられるわけだ」

「はい」

「嫌な話しですまなかったな。……ところで、あの守護神、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)とやらを砂漠に連れてって何をさせているんだ?」

「フェルトとか断熱材の製作を手伝ってもらっています。重量のあるモンスターなので圧縮作業に適しているんです」

「……圧縮か……。それは……適任だな。近隣の国を襲うかと思っていたぞ」

 

 自分ならすぐ復讐に使いそうだ。

 良い事に使うのであれば悪い気はしないし、応援したい気持ちになってくる。

 

「ちなみに餌はなんだ?」

「餌は必要ないのですが野菜とか残飯類ですね。……人は食べさせませんよ」

「残念……」

 

 ンフィーレアは苦笑する。

 

 

 護衛の任務があるのでドラウディロンからあまり離れられないのだが、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を間近で見てみたかった。

 遠目からでも不気味な姿は見えているけれど。

 一応、素手で触るのは危険だと聞いていた。

 

「いや~、とても有意義な話しを聞かせてくれて感謝するぞ。苗木とかも頂けて」

「竜王国の土地に合うと良いですね」

「土地自体に問題が無いのだが……。厄介な隣人が居るのでな。ところで、カルネ村は頻繁にモンスターを集めているのか?」

「いいえ。人食い大鬼(オーガ)達はトブの大森林の異変で避難してもらっているだけです。安全が確認されれば戻ってもらいますよ、ちゃんと。モンスターを増やす目的はありません」

「そ、そうか。そういえば可愛い人蛇(ラミア)とかは見かけないが……」

「たくさんのお客さんに驚いて、今は部屋の奥に避難しております」

「それは失礼したな。この村は()()安全であろうに」

「私は何も言いませんよ」

 

 最も危険な場所『マグヌム・オプス』はモンスターを量産できる、と言われている。

 もっとも自我の無い複製(クローン)ばかりなので勝手に暴れだす事は無い、と聞いていた。

 ンフィーレアは度々、向かい何かを研究している。同僚にイビルアイが居る。

 実際にンフィーレアはモンスターの研究は生態調査くらいでエンリを悲しませる事はしていないと言い張っている。

 連れてくるのがびっくりするようなものばかりなだけだ。

 それはンフィーレアが原因ではないのは分かっている。

 

「複数の(ドラゴン)が居るはずなのだが、村長は様子は見ないのか?」

「忙しくて……。眠っている(ドラゴン)は眠ったままです。暴れだせば施設が壊れるのですぐ異変に気付きますよ」

「だろうな。愚問だった。だが……、親類が居ると思うと気になってな」

「お察しします」

 

 ドラウディロンにとっては親類どころではなく()()()複製(クローン)も保管されていた筈だと思って心配だった。

 裸の観賞とかが特に。

 

「ンフィーからは女性の裸などは特別な部屋に安置されていて、しっかり封印されているそうですよ」

「なんと、それは初耳だ」

「特にドラウディロン様ならば封印の部屋行きかと存じます」

「知りたくないようで、知らなければいけない気もするが……。それもこれも獣人(ビーストマン)共のせいだ!」

「うちのンフィーは頼りなく見えますが紳士ですよ。気配りが出来て……。研究に熱中すると周りが見えなくなることがあるけれど……」

「秘密をベラベラ喋る口の軽い男と魔導国では言われているそうじゃないか」

「自慢癖があるんです」

 

 と、エンリは苦笑しながら言った。

 

「それだけ喋る男が言うのだから信頼に値するのだろう。裸云々についてベラベラ喋ってほしくはないがな」

「はい」

「護衛のためとはいえ物々しくて申し訳ないが……。ますますの発展を祈っているぞ」

「ありがとうございます」

 

 女王としての責務を負えた後、ドラウディロンは村人と交流を始める。

 帝国騎士はレイナースのみ。後は竜王国の兵士達だ。それでも武器を携帯する兵士に幾分か警戒心をもたれてしまう。

 国の頂点自ら足を運んでいるので大事(だいじ)には至らないと思いたいが、何が起きるかわからないのが村人の小さな不安の種だ。

 

 

 幾多の困難を乗り越えてきたカルネ村は三国で一番有名になっていた。

 良くも悪くも、と付くかもしれないけれど。

 あの村長なら巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)も可愛いモンスターとして使役するのでは、とか色々と噂が広まる。

 村自体はモンスターで(あふ)れかえっているわけではないのだが、自分の目で確かめない者達の噂はいつだって尾ひれが付いて極大解釈されがちだ。

 火消しとしてイビルアイが様子を見に来てはエンリの近況を聞き、王国に伝えられる。

 王国の第三王女『ラナー・ティエール・シャルドロン(黄金)・ライル・ヴァイセルフ』は良き友達になれるかも、とイビルアイの報告を楽しみにしていた。

 悪い事ばかりではない。

 物騒な噂のおかげで他国から安易に攻められない牽制の役目にもなっている。

 だが、全ての事情を把握する魔導国には通用しないけれど。

 いつしかカルネ村はこう呼ばれるようになる。

 

 『バレアレモンスター園』

 

 と、それは遠くない未来の話し、かも。

 当の本人(ンフィーレア)はそんな二つ名が付くとは夢にも思っていないけれど。

 今日も新たなモンスターがカルネ村に勝手にやってくるかもしれない。

 例えば白金(プラチナム)()竜王(ドラゴンロード)とか。

 意外と笑い事ではないかもしれません。

 

『終幕』

 

 



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オー●ー●ー●

 

●プロローグ●

 

 西暦2138年。

 数多に存在するDMMORPG。

 

 〈Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game〉の略称である。

 

 サイバー技術とナノテクノロジーの粋を結集した脳内コンピュータ網。

 あとよく分からないので省略。

 

『YGGDRASIL』

 

 それは十二年前に日本のメーカーが満を持して発売したゲームである。

 ユグドラシルはこれまでのDMMORPGのゲームと比較しても()()()()()()()()()()()()()()()()()ゲームだった。

 膨大な職業。広大なマップ。

 別売りのクリエイトツールを使用することで武器防具、外装などを変化させることが出来た。

 その他諸々。

 

 

 だが、それは一昔前までの話し。

 今まさにサービス終了時を人知れずゲーム内で待つ者達が居た。

 ある意味、バカじゃね、お前らと。

 はい、プロローグ終わり。

 

 act 1 

 

 難攻不落と言われた『ナザリック地下大墳墓』の第九階層にゲーム終了を待つ一人の愚かな支配者が居ました。

 

「愚かってなんだよ」

 

 うるせークソ骸骨。黙って座ってろ。

 えーとなんだっけ。あ、そうそう。

 このクソ骸骨は高難度のダンジョンにたまに出てくるクソなんとかのオーバーなんちゃらっていうモンスターの外装をまとっています。

 一般プレイヤーは人間と()()と異形種の酸タイプ、ああ、三タイプを選び、ゲームを楽しみます。というか、もう終わるんだから説明は別にいいか。

 あと省略ね。

 

「………」

 

 円卓の広間には骸骨となんだっけ、お前。

 

「ヘロヘロです。古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)っていう種族のプレイヤーです」

 

 まあいいや。

 で、次。

 

「は~い。鳥人(バードマン)のペロロンチーノっていいます。エロいの大好きです」

「私はぶくぶく茶釜。紅玉の粘体(ルビー・スライム)、だよ」

 

 可愛く喋る●●●にしか見えない卑猥(ひわい)な生物。

 

「あー? ●●●ってなんだよ、コラ!」

「男性の●●じゃない?」

 

 次の瞬間には鳥人(バードマン)だったものがミンチに。無情に床に散らばるドロップ品。

 焼いたら美味しそうですね。

 卑猥な単語は意外と言えるものです。言葉の繋がりまで規制するのはシステム的に難しいからでしょう。特に隠語とか。

 

「あ~あ、最後の時を迎える前に退場しちゃった……。復活するのに結構時間かかるから……。リスタートは完全に出遅れますね」

「いいのいいの」

 

 味方に攻撃する場合は『フレンド』に登録している(ペロロンチーノ)の登録を解除すればいい。

 PKができるゲームなので時には味方と思っていた者が敵になる場合がある。

 ギルドだからといっても裏切り者が現れないとも限らない。

 今回は制裁が目的なので攻撃した後は『フレンド』を再登録しなおせばいい。

 

 

 空席の目立つ円卓の広間。

 ギルドマスター(GM)の人間関係を表しているかのようです。

 しつこく呼びかけたせいで多くの仲間はウザイと一蹴。

 

「いえいえ、皆さんは仕事で忙しいだけです」

 

 口では何とでも言えますよ。

 

「えー、ゴホン。最後の時に集まってくれて感謝します」

「第二、第三のメンバーが後ろに控えているから」

「そんなに居ませんよ」

 

 円卓の広間には人数合わせの人形が座っていたけれど、まさか全員が骸骨の一人芝居とは思うまい。

 

「そんな寂しいギルドを作った覚えはない!」

「あれでしょ。実はモモンガさんは(アカウント)を乗っ取られて別人が成りすましているっていうオチ」

「違いますよ。いや、ありえそうで怖いから」

「たっちさんはウルベルトさんに殺されて来られないようですね」

「勝手に殺さない。たっちさんも忙しいんです」

 

 既に多くのメンバーは現実の方で始末されているとも知らず。

 

「怖い怖い。それマジでやめて」

 

 ゲーム終了まで。おや、とっくに過ぎているようですね。

 

「まだだから! あと二十分は残ってるって」

「元気なモモンガさんを見られ」

 

 と、急にフリーズするヘロヘロさん。

 きっと帰ったんでしょう。

 

「……たぶん接続が切れたんでしょう」

「身も心もパソコンも酷使したって聞いたから、壊れたのかも」

「お待たせー」

 

 新たに現れたのは化け物でした。

 

「このギルドに居る者は全て異形種だから全員化け物だと思います。その紹介だと全部同じになるのでは?」

 

 少しずつ埋まっていく円卓。

 みんな死ねばいいのに。

 

「おいおい」

「原作の方ではヘロヘロさんがログアウトしたら」

「そこ! メタな発言は禁止っ!」

「えー。鬼ー、悪魔ー」

 

 賑やかな円卓も全ては映像を駆使した一人芝居だとは。

 

「一人芝居じゃないです」

「あと十分になりましたよ、モモンガさん」

「あらら。皆さん、最後の時に来てくれてありがとうございます」

「来ないと殺すって言われれば……」

「そんな物騒なメッセージは送ってませんよ」

 

 ギルド『アインズ・なんとかなんとか』の。

 

「アインズ・ウール・ゴウン。省略されると間抜けに聞こえる」

 

 そのギルドのメンバー四十一人中、最後に集まったのは二人だけ。

 

「もっと居ますって」

 

 そのなんちゃらのメンバーが最後の時を迎えた。

 最後くらい卑猥な言葉でも大声で(わめ)こうかと言い出す始末。

 賑やかなギルドはいきなりアカウント停止を食らういう大失態を犯す事になるのは、また別の話し。

 

「別の話しというよりは『ユグドラシル』というゲームが終わるから意味ないですよ」

「最後に皆さん、玉座の間に行きましょうか」

「嫌です」

「……殺すぞ?」

 

 ぶくぶく茶釜が冗談を言うメンバーに凄みを利かせる。

 激怒アイコンが凄い点滅していた。

 

「……すみません」

 

 ゾロゾロと死刑囚のようにギルドメンバーはそれぞれ第十階層の玉座の間に移動した。そこには(おびただ)しいNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の死体が。

 

「ないない」

「アウラ、マーレ」

 

 ぶくぶく茶釜が呼びかけると闇妖精(ダークエルフ)の子供達が現れる。

 

「無表情で近寄ってくるけれど、障害物に当たると引っかかったままになったりしますよね」

「可愛い奴らよ」

 

 ぶにゅう、という効果音と共にぶくぶく茶釜の体内を突き進む闇妖精(ダークエルフ)達。

 骸骨ことモモンガは玉座に座りゲームの回想をしようと思ったが後数分しかなかった。

 

「これでこのゲームも終わりか……」

「やべ、弟を復活させるの忘れてた」

「それくらいなら……」

 

 モモンガはコンソールを呼び出して死んだメンバーの蘇生を試みる。その間に残り時間は三分を切った。

 それから三十秒後に復活し始めるペロロンチーノ。

 

「お待たせ~」

 

 新たな犠牲者が現れる。

 

「最後に何を言いますか?」

「アレでしょう」

「定番ですな」

「……皆さん、変態ですね」

 

 さすがに最後だからとナザリック地下大墳墓を派手に破壊しようぜ、という勇気ある発言は一人しか居なかった。

 

「……その一人は誰なんでしょうか」

「あるいは世界級(ワールド)アイテムを全部使ってみるとか」

「それは他のギルドがやりそうですね。使わないままよりは使ってしまうのもアリですね」

 

 モモンガが装備している●●みてーな世界級(ワールド)アイテムは『スフィア・オブ・モモンガ』といい、元もとの名前は『イズンの林檎』という。その効力は絶大である。

 装備者とセットになることでステータス上昇などの恩恵を与えるアイテムではあるのだが、それだけではない。

 無理に奪おうとする、またはアイテムに攻撃を当てたりする事でもう一つの能力が発揮される。

 レベルダウンと引き換えに引き付けた一定範囲内の敵性プレイヤー全員のレベルを強制的に半分ほどダウンさせる。一日経つと戻るけれど。

 なので同士討ち(フレンドリーファイア)を解除すると巻き添えになる可能性があるので注意が必要だ。

 

「……意外と真面目に説明するんですね、このモノローグ」

 

 真面目な事を書いちゃいけない規則は無いですよね。

 

「……はい」

「今回はギャグ小説じゃねーの?」

 

 ギャグとシリアスですよ。

 ずっとモノローグが暴走してたら隠しメンバーだと思われちゃうじゃん。

 そういうオチは無いですよ。

 

「分かりました。……聞けば答えてくれそうな人なのね」

 

 気が向いたらな。

 

「……姉貴、そこには誰も居ないよな?」

 

 ぶくぶく茶釜の目の前には誰も居ない。というか彼女がどこを向いているのか分かるものは居ないだろう。

 つまり、そういうことですよ。

 

「こわいこわい! 他のメンバーはちゃんと居ますよ!」

 

 とバカな事を言っている間にも時間はどんどん過ぎていく。

 

「あ~、出来る事なら全アイテムと全モンスターの情報が欲しかった。何で途中で終わるのかな……」

 

 メンバーで女性陣はぶくぶく茶釜とやまいこ、餡ころもっちもちの三人のみ。

 残りの男連中も十二年という長きに渡りプレイしてきたが、中途半端な気がして物足りなかった。

 だが、メンバーは全員社会人なので現実の仕事も忙しく、やりこみするほどには至らなかった。

 それでもギルドランクは九位。

 多くのプレイヤーが(ひし)めくゲームの中では自慢できる方だろう。

 

「さあ、あと十秒です」

 

 終わりを迎えるに当たって魔法で花火を演出する、という案があったが外に出るのはもったいないというので室内で待機する事にした。

 そして、最後に言う言葉は決まっている。

 残り時間が無くなる瞬間に言った言葉は。

 

「●●●●ペロペロ~!」

 

 最悪の下ネタだった。

 誰が考えたかと言えば『るし★ふぁー』という人間のクズを体現したような男だ。

 イカ臭いタブラは至って真面目。

 

「………」

「………」

 

 終了時間になったはずなのに空間内は変化せず。

 

「一日間違えたっていうオチ?」

「それは無い」

 

 メンバーが動揺しているとログアウト出来なくなっていると騒ぎ出す。

 

「あっ、本当だ~。ウインドウが出ない」

「閉じ込められた?」

「それは無いだろう」

「扉は開くようだ」

 

 それぞれ確認作業を(おこな)う。

 

 act 2 

 

 ゲーム内に閉じ込められた。それがメンバーの下した結論だ。

 

「……こういう展開知ってる」

「……某小説のようなデスゲームって奴か……」

「魔法とアイテムは使えるようですね。転移も特に問題なし」

 

 小一時間瞑想状態だったメンバーは一つの結論に至る。

 

「まあ、しょうがないんじゃね」

 

 現実逃避するのが一番。

 戻れないのは仕方が無い。

 

「第九階層の食堂は使えるようだし。アイテムに関しては特に問題ないかな」

「NPCが声をかけてきてるけど?」

 

 ぶくぶく茶釜がアウラ達を見る。

 何か心配そうな眼差しを向けてくる闇妖精(ダークエルフ)達。

 ゲーム時代はNPCに表情など無い。

 

「アルベドが喋ったぞ」

「それは普通」

「うんうん」

「すまん」

 

 イカ野郎のタブラ・スマラグディナが自分が作り上げたNPCにして階層守護者たちを束ねる守護者統括という長ったるい設定の女淫魔(サキュバス)『アルベド』の身体を触る。

 タブラ・スマラグディナは『脳喰い(ブレイン・イーター)』という種族のプレイヤーだ。

 それが触手で(ねぶ)るようにアルベドを観察していく。

 

「エロいよ、タブラさん」

「うるせーな。自分が作ったNPCだからいいじゃん」

 

 創造主に触れられてアルベドは頬を赤くする。

 黒髪に白いドレスを着用するアルベドは戸惑っていた。

 多くの至高の存在に眺められながら身体検査されることを。

 

「た、タブラ・スマラグディナ様。は、恥ずかしいです」

「おお、表情が豊かになってる」

「感情アイコンが出てませんね」

「他のNPCも同じ状態たろうな。モモンガさん、ちょっと呼びかけてみてください」

「居ないメンバーは繋がりませんがNPCには繋がるようですね」

 

 ワイワイガヤガヤとうるせーギルドメンバーと大人しいNPC達。

 それから一時間が経過し、状況を整理し始める。

 

「外は平原と……」

「異世界に転移か……」

「実際に起きるとワクワクしますね」

 

 好き勝手に喋り始めるギルドメンバー。

 GM(ギルドマスター)であるモモンガは明日は四時起きだったのにログアウト出来ないことで悩みだした。

 過度に思いつめると光りのエフェクトが発生し、精神的に落ち着いてくる。

 

「精神の安定化。種族としての特性はちゃんと機能するようですね」

 

 と、冷静に分析するメンバー達。

 意外と慌てていない。

 

「皆さん、元の世界に戻れなくて心配じゃないんですか?」

「仕方ないじゃん。戻れないんだから」

「方法がない時は慌てない」

「ライトノベルの冴えない主人公はすぐ慌てるでしょ? 私達はそんなバカ共と違うの」

 

 かく言うモモンガは慌てたい気持ちだった。だが、そうするとバカ扱いされるので黙った。

 みんな大人だなと思った。社会人だけど。

 

「あ~、この身体で生活するのか」

「姉貴は平気なの?」

「この姿でプレイしてたから意外と平気」

 

 一部は転移の指輪を使って外の様子を見に行く。

 モモンガは『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』でメンバーの足跡を辿(たど)る。

 

 act 3 

 

 ナザリック地下大墳墓の外は本来ならば毒の沼地が広がるおどろおどろしい場所だ。

 それが今は青空広がる草原が広がっていた。

 空気の綺麗な風景に汚い世界で暮らしてきたメンバーはそれぞれ簡単の吐息を漏らす。

 

「異世界最高っ!」

 

 さっそく叫びだす始末。

 

「まだ異世界と決まったわけじゃ……」

「あ~、村とかあったら襲いに行っていい?」

「こらこら」

 

 外の様子を見る者。

 墳墓内の点検をする者。

 アイテムなどの確認をする者。

 何かに怯える骸骨。

 NPC達が心配そうに見つめています。餌を与えますか、という選択肢が見えそうだ。

 

「モモンガ様、どうかなさいましたか?」

「あ、ああいや……」

「自分たちで作ったとはいえ、精巧に出来てるな……。モモンガさん、スカートがめくれますよ。胸を揉んでも警告音が鳴りません」

「あはぁん」

 

 艶かしいアルベドの声。

 創造主のクセに身体を弄り回すタブラ・スマラグディナ。

 

「うわっ、見てみて! ●●●がありますよ!」

 

 大声ではしゃぐメンバーにモモンガは恥ずかしさを感じる。

 

「ほうほう、エロいことしても平気そうですね」

「おいこら、やめてあげなさい」

「ひゃっほ~、マーレに●●●が付いてるぜ~!」

 

 と、大喜びするのはピンクの肉棒だった。

 

「あ、あの……」

「よいではないか、よいではないか」

「いつからうちのギルドはエロ人ばかりになったんですか?」

「いやいや、確認出来るって素晴らしいですよ、モモンガさん」

 

 ゲームではNPCなどのキャラクターを裸にすることは出来ない。

 水着姿は出来ても全裸は規約で禁止されていた筈だ。

 

「せめて人前で裸に剥くのは……」

 

 モモンガの指摘に涙目のマーレを見て、ぶくぶく茶釜は申し訳ない気持ちになり、小さく謝った。

 

「あ、あの、いいんです。僕は、ぶくぶく茶釜様に作られた存在、ですから」

「NPCとしての存在を肯定するとは……。アルベドもか?」

「はい。私はタブラ・スマラグディナ様に創造されたNPCで間違いございません」

「素晴らしい!」

 

 タブラ・スマラグディナはアルベドの脇を掴んで持ち上げた。

 自我を得たNPC。

 とにかく何故か、とても嬉しかった。

 

「じゃあ、俺のシャルティアも自我とか持ってるのかな」

「……弟が()()した内容であれば見たくないな……」

「失敬な。あの子は俺の理想を体現するNPCだよ」

 

 マーレの下半身を見て喜ぶ自分も人のことは言えないとは思ったけれど、シャルティアの設定はぶくぶく茶釜も知っている。

 

 act 4 

 

 気が付けば一日が過ぎていた。

 時間の感覚はそれぞれ持っているようだが、何より第九階層がとても賑やかになっていた。

 全員異形種プレイヤーなので乱交パーティーはさすがに出来ないが、一般メイドを裸踊りさせようとか言い出す輩にはモモンガも参って精神が安定化する。

 

「ご、ご命令ならば……」

 

 NPC達はギルドメンバーを神だと思っているのか、とても従順だった。

 そういう設定として生み出したとはいえ、死ねと言えば死ぬかもしれないほどだ。

 

「●●●って出るのかな?」

 

 食事中に出る言葉としては最悪だ。だが、大事なことなのでそれぞれ真剣に悩んだ。

 まずアンデッドはトイレは不要だろうし、食事は出来ない。

 ぶくぶく茶釜や弐式炎雷のような肉体があるプレイヤーは食事が出来るし、味覚もある。

 

「アンデッドと●●●●はキツイか……」

 

 と、呟くペロロンチーノ。

 

「メイド達は●●●は出せるのかな?」

「どうでしょうか」

 

 答えに(きゅう)するメイド達。

 恥らう姿は可愛い。

 

 

 メイド達は人造人間(ホムンクルス)という種族で見た目はとても人間に見えるけれど、人間ではない。

 レベルは1しかない最弱モンスターだ。

 主な仕事は寝室の掃除。力仕事以外の家事全般だろう。

 モモンガはNPC達とあまり触れ合わなかったから大半が初対面だ。

 

「おお、おお、メイドにも●●●がありますよ」

 

 スカートを脱がして●●●を確認するメンバー。

 アインズ・ウール・ゴウンは変態の集まりだったのだろうか、とモモンガは頭を抑える。

 だが、興味が無いわけではない。身体が骸骨だから仕方が無い。

 それぞれ種族の特性で感じ方が違うようだ。

 メイドの●●が見えても少し恥ずかしい程度でしっかりと見てしまう。

 現実の『鈴木(すずき)(さとる)』であれば大騒ぎしているところだ。

 

「本来は無表情のメイド達が恥らうとは……。可愛いのう」

「ありがとうございます」

 

 特定の命令にしか反応しないメイドが自主的に返事をする。それはとても凄いとモモンガは思った。

 

「風呂が使えるみたいですね」

「へー、施設は問題なく使えるんだ」

「皆さん、少し考えをまとめませんか? エロいことを抜きにして」

 

 モモンガの言葉にそれぞれ手を止める。

 中には身体を止める者も居た。

 

「これからの身の振り方とか考えた方が……」

「分かってるけど、確認したい欲求が強くてね」

「もう一日経ってるし、ログアウトは相変わらず出来ない。今から戻っても辛い仕事の毎日しか待ってないと思うよ」

「そうなんですけどね」

「ゲームのラスボスは倒したし、戻りたくない人は戻らなくていいんじゃない。方法はちゃんと共有するという事で」

 

 真面目に喋りだすメンバー達。

 モモンガは気が気でなかったが、それぞれ意外と冷静で驚いた。

 慌てているのは自分だけかもしれない。

 

「食事はアンデッドの人はどうなんですか?」

「特に食欲は湧きませんね。眠くもならないし」

「それぞれ種族の特性は生かされていると考えた方がいいですね」

 

 メイドにメモ用紙を持ってくるように言うと一礼して立ち去った。

 特定の命令ではなく、ちゃんと言葉を理解して自分で行動しているようだ。

 

「ヘロヘロさん達が作り上げたメイド達はちゃんと動いてて驚きました」

「それぞれ反応も違うし。ホワイトブリムさん達の苦労の結晶……。本人に見せたかったな」

「……もう少し我慢していればヘロヘロさんも残れたのに」

 

 フリーズしたまま動かないので中身は抜け殻状態だった。

 

「あの人は睡眠不足ですから仕方がありません」

「外に行ったメンバーも呼び戻しましょうか。一回、全員集まりましょう」

「そうですね」

 

 モモンガは『伝言(メッセージ)』を使う。

 魔法を使う時はウインドウなどを開いて選択するのだが今は自然と身に付いたように使うことができる。

 最初から()()()使い方を知っているという感じだ。

 目の前に料理が出されたらどう食べるのか選択せずに出来る感じとも言える。ただし、今の自分はアンデッドなので食事は出来ないけれど。

 

 act 5 

 

 数時間後に第九階層の円卓の広間に全メンバーが集まった。

 モモンガ。タブラ・スマラグディナ。るし★ふぁー。ペロロンチーノ。ぶくぶく茶釜。餡ころもっちもち。やまいこ。弐式炎雷。武人建御雷。ブルー・プラネット。音改。フラットフット。テンパランス。ベルリバー。ばりあぶる・たりすまん。死獣天朱雀。ク・ドゥ・グラース。エンシェント・ワン。獣王メコン川。あまのめひとつ。ぬーぼー。ぷにっと萌え。チグリス・ユーフラテス。源次郎。

 二十五名。

 ヘロヘロはフリーズしたままなので除外。今は当人の部屋に放り込んでいる。

 残りの十五名の内、引退した者が大半で。数人はアカウントは残っているけれどログインしなかった者たちだ。

 この場に居るメンバーも引退予定だったものが殆どだが。

 

「攻撃力に特化したたっちさんとウルベルトさんが居れば心強かったのに」

「居れば居たであの二人はケンカ三昧だよ」

「居るメンバーだけで現状を打開しなければなりません。今は危機的状況かどうかは不明です。外を見る限り別世界と考えるのが妥当でしょう」

 

 ギルドマスターのモモンガが言った。

 少なくとも自分達の知る世界ではない事は確かだ。

 厚い雲に覆われた毒の沼に囲まれるナザリック地下大墳墓。

 環境汚染によって空気の汚れた元の世界。

 そのどちらとも違う。

 

「現地調査しないと分からないけれど、原住民はどんな姿なのか調べないとね」

「……マンモスとか追いかけるような時代だったら嫌だな……」

「NPC達は自我が芽生えてはいるけれど創造主に対して絶対服従のようだ」

「ステータスウインドウが出せない」

「アイテムボックスは使えるようだよ」

 

 と、気が付いたことをそれぞれ発言していく。

 メンバーがそれぞれ所持している『指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)』もちゃんと機能することは確認された。

 第六階層の闘技場にてそれぞれ魔法の試し撃ちで色々と確認した。

 

同士討ち(フレンドリーファイア)が解除されているから攻撃は当たるので気をつけてください」

「範囲攻撃すると味方でも当たるってやつだな。それは厄介だ」

 

 仲間でも攻撃対処になるのは集団戦では致命的だからだ。

 援護が援護として機能しない可能性がある。

 同士討ち(フレンドリーファイア)が解除されているのであれば登録し直せばいい。

 

「NPCのパンツを脱がせるのは驚いた」

「たぶん全裸に出来る」

 

 裸談義になると男性陣が声を上げた。

 対する女性陣は三人しか居ないけれど、それぞれ興味を持ったようだ。

 アインズ・ウール・ゴウンの女性は三人だけ。

 ぶくぶく茶釜。餡ころもっちもち。やまいこ。

 ただし、三人共に異形種なので人間的な姿をしていない。

 エロとは無縁とも言える。

 

「種族は選べるけれど男の子は●●●●付いてるのが確認できて興奮物だよ」

「ぶくぶくさん。エロ談義はちょっと……」

「堅いこと言わないの。どうやら運営の制約は無い様だよ」

 

 卑猥(ひわい)な言葉を言えばすぐに飛んできそうな運営の警告は未だに来ない。

 

「●●●!」

 

 大声で言うのはペロロンチーノ。

 

「特に問題は無いですね」

「エロい言葉は置いてください」

「……はい」

「いくらエロい言葉が言えても我々は異形種ですからね。きっと●●●●は出来そうに無いですよ」

「僕は何とか出来そうですね」

 

 と、言うのもペロロンチーノ。

 姿は猛禽類の鳥人(バードマン)だが人間に近い姿だ。

 完全に粘体(スライム)のぶくぶく茶釜は姿からは分からないが残念そうにしている。

 

「モモンガさんも単語くらいで動揺しないで。生物として大事なことだと思いますよ」

「では、あまり連呼しないで下さいね。恥ずかしいので」

「好き好んで連呼はしないと思いますが……」

「大丈夫。何度も言えば飽きますって」

 

 社会人のメンバーは童貞が居てもエロい言葉に動じないようだ。

 モモンガは言わないけれど興味はある。

 ペロロンチーノがエロゲー好きなのも知っているし、姉のぶくぶく茶釜がエロゲーに出るヒロインの声を担当している声優であることも知っている。

 無理にエロを規制するのは我がままかも知れない。

 

「当面の目標を決めた方がいいと思いますけど……」

「世界征服しましょう。原住民の強さが判明したら一気に蹂躙するのも簡単だと思います」

「征服した後、どうするの? それでエンディングになるわけじゃないでしょう?」

「それにユグドラシルは終わったんだし。もう少しのんびり出来る事を考えたら?」

「どこも戦乱で混沌としている世界、というのならばどこかの国に身を寄せるっていう手段もありますよ」

「急ぐ必要は無いし、急いでもどうにもならない時は諦めるしかないですよね」

「通常の転移話しでは誰かが召喚魔法を使ったりするものだが、今回はどうなんだろう」

「それならナザリックはゲーム内に置いて行くと思う。明らかに拠点ごとは大掛かり過ぎませんか?」

「では、調査する人と留守番する人に分けましょうか」

「そうですね」

「では、GMとして命令します。班分けを(おこな)い、それぞれ行動してください」

「了解」

「まとめる人が居ると心強いです」

「ありがとうございます」

 

 骸骨のアンデッドはお礼を言われて照れた。

 

 act 6 

 

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜とベルリバーの三人が外の調査に向かい、残りは留守番する事にした。

 残るのが多いのは自分達のアイテム整理などをするためだ。

 第十階層の玉座の間にてタブラ・スマラグディナはアルベドに色々と質問していた。

 気になった事は全てメモする。

 自我をもつNPC達の様子を把握するためだ。

 

「身体に変調は無いな。装備の確認も終わり。自分で作ったとはいえ凄いな」

 

 NPCに与えた設定はあくまで味付け程度にしか過ぎない。

 決められた命令に答えるくらいしか出来ない者は今は設定にちなんだ受け答えをしている。

 特に喋り方。

 

「ちゃんと触れるとはな」

 

 ゲーム時代は触れられる場所が決まっていた。

 服も手動で脱がすことは出来ないし、裸にすることは違法改造でもない限り出来ない。

 それが今は手動で装備品を外す事が出来るらしい。

 アルベドの装備は特殊なので簡単に取ることは出来ないけれど、頭から生えている角や腰から生えている黒くて大きな翼に触れられる。

 尻を触るとちゃんと恥らう。

 無表情のNPCではない。

 脳喰い(ブレイン・イーター)ではなく人間種であれば●●●●に挑戦しようかと思うほど魅力的になっていた。ただ、自分で設定した『ビッチ』が気になるけれど。

 ●●もある。

 ゲームであればモザイク処理されそうな部分も鮮明に見えている。

 ●●も生えているし、●●●に●●。

 女淫魔(サキュバス)の身体検査に挑戦したい気持ちが湧き上がる。

 創造主なのでやっちゃいけない規則は無い。

 

「おお、そうだそうだ。アルベドはずっとここに居るのか?」

 

 自分で設定したのだから居るに決まっている。

 下手をすれば命令しない限り永遠に玉座の側で突っ立っているかもしれない。

 ログアウトして就寝する自分は気にしていなかったが今はアルベドにも就寝するような命令は必要だろう。

 だが、彼女の部屋はどこにも無い。

 指定された場所に立って挨拶するだけのNPCだから。

 それは少し可哀相な気がした。

 

「私の寝室を使うといい。お前にも部屋を与えねば可哀相だ」

「勿体なきお言葉……。恐悦至極にございます」

 

 恭しく片膝をつくアルベド。

 生の声として聞くと感動を覚える。

 プログラムされた無機質な返答より気分がいい。

 

 act 7 

 

 執務室にこもっているモモンガは『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』にて外に出たペロロンチーノ達の様子をうかがっていた。

 未知の世界だとしても油断はできない。

 自分達は悪名高いギルドだから他の敵対プレイヤーが居ないとも限らない。

 鏡で見る限り、外は見覚えの無い世界だ。

 未開発の森が見えている。

 青空の広がる美しい景色。

 敵のことは忘れて風景にしばし見とれた。

 そのすぐ後で扉をノックする音が聞こえた。

 

「モモンガ様、ナーベラル・ガンマにございます」

「うむ。入れ」

 

 そう言うと扉が開いた。

 現れたのは戦闘メイド『プレアデス』の一人『ナーベラル・ガンマ』で、武装はしておらずメイド服だった。

 彼女は二重の影(ドッペルゲンガー)という種族だが、外装を一つしか持っていないので人間の女性の姿にしかなれない。

 典型的な日本人の美女。黒髪ポニーテール。

 魔法に特化して比較的、レベルの高いNPCだ。

 

「ご入用のものがあればお持ちしますので、何なりとご命令下さいませ」

「では、メモ用紙を持って来い。……何を持ってくるか復唱せよ」

(かしこ)まりました。メモに必要な羊皮紙を数枚。執筆用の羽ペン数本。インク適量。羊皮紙を押さえる文鎮が一つ。執筆において机が汚れてはいけませんので敷物を一枚。以上でございます」

 

 簡単な命令を汲み取り、必要な道具をこちらが要求していないのに答える。

 普通ならばメモ用紙と言えば紙一枚しか持ってこないだろう。それが一式全てを揃えると言ってきた。

 自我を持つNPCは自分で物事を思考する事が出来るという証明かもしれない。

 

「言っていない道具が出てくるとな。それは自分で考えたのか?」

「書くものが無ければメモをする事が出来ません」

「そうなのだがな。まあいい、用意せよ」

「畏まりました」

 

 NPC相手に偉そうにする理由。それは自然とそうした方がいいと思っただけだ。

 気軽に言っても良かったのだがNPCは友達ではないから、という気持ちが働いたのかもしれない。

 他のメンバーもメイドやNPCには偉そうな態度で話しかけている。

 きっとそれが正しいのだろう。

 

 act 8 

 

 第九階層の食事どころに仕事の無いメイド達と他の戦闘メイドが居て、そこにるし★ふぁーが近づく。

 

「みんなはそれぞれお腹が空くのか?」

「はい。とってもお腹が空きます」

 

 と、答えたのは人造人間(ホムンクルス)の一般メイド達だ。

 種族ペナルティによってたくさん食事をする必要がある。

 戦闘メイドはそれぞれ自分の好みの食事を摂っていた。

 

「るし★ふぁー様。我々に何か御用でしょうか?」

「特に無いな。それぞれ命令していないのに勝手に動き回っているのを観察しているだけ」

「う、動いてはいけないご命令だったでしょうか!?」

「いやいや。そういうわけじゃないよ。ちゃんと自分で考えて言葉を発するとは、と……」

 

 今まではこちらから話しかけない限りNPC達は絶対に勝手に喋ったりしない。

 例外はあるだろうけれど、自分たちが見た限りはそうだった。

 

「メイド達はトイレは使うのかな?」

「私達は使いませんね」

「私は使うと思います」

 

 手を挙げて発言したのは褐色の肌の戦闘メイド『ルプスレギナ・ベータ』だった。

 種族によって排泄行為はまちまちのようだ。

 ふと横に顔を向けると大人しい戦闘メイド『シズ・デルタ』も手を挙げていた。

 彼女は自動人形(オートマトン)だからトイレとか必要無さそうだと思った。

 

「シズもトイレを使うのか?」

「……使う。……食べたら出るのは当たり前」

「……お前さんは自動人形(オートマトン)だろう」

「……出る。……黒くて長い棒状の」

 

 何らかの排泄物は出るらしい。

 

「シズの●●●は棒か……」

 

 るし★ふぁーの言葉が聞こえた途端に身体を隠そうとするシズ。

 恥ずかしがっているのかもしれない。

 

「排泄は大事だ。出してすっきりしないとな」

 

 豪快に笑いながらるし★ふぁーは去っていった。

 

「るし★ふぁー様は何が聞きたかったんすかね」

「……排泄について?」

「出してるところを見たいと言われたら……、さすがに困るっすね」

「……困る」

 

 排泄談義したせいか、食欲がなくなってきたルプスレギナ。

 

 act 9 

 

 テーブルに女性の生首を置いて眺めるやまいこ。

 首の無い胴体はその場で待機していた。

 

「改めて首無し騎士(デュラハン)を見ると凄い種族だなと思うわ」

 

 そもそもアンデッドモンスターをじっくり観察することは殆どしてこなかった。

 首を外された女性は戦闘メイドの『ユリ・アルファ』で首無し騎士(デュラハン)なので問題は無い。

 夜会巻きの黒髪を撫で付ける。

 

「やまいこ様。私はこのままで良いのでしょうか?」

 

 と、テーブルに置かれた首が喋る。

 普通ならば驚くところだが、やまいこは当然の事として受け止めていて驚かずに頷いた。

 

「アンデッドは痛みに強いから、こんな状態でも平気と……。……うわぁ、細かい血管とか見えるわ……」

 

 首の切断面はゲームの仕様なのでやまいこが血管一本一本をデザインしたわけではない。だが、とてもリアルすぎて気持ち悪い。

 ゲーム時代ではもう少しデフォルメされていたような気がした。

 卒倒しないのは自分が異形種だからだろうか。

 喋る生首でも平気で触れるのは自分でも不思議だと思う。

 

 

 自室なので誰にも邪魔されることは無いし、ユリはやまいこ自ら創造したNPCだ。

 声といい、立ち居振る舞いはゲーム時代と違って今の方が気に入っている。

 自分が設定した通りに動いているのだから嬉しいに決まっている。

 適当に書かなくて良かったと今は思う。

 

「アンデッドとはいえ臭くは無いわね。というか私に鼻があったかしら?」

 

 やまいこは半魔巨人(ネフィリム)という種族だが、嗅覚はちゃんとあるようだ。

 

「この状態で胴体を動かせる?」

「はい」

 

 首の無いユリの身体が動き始めた。

 ただ、視覚を担当するのは首なので制御が難しいらしい。

 目隠しされると胴体だけでは正確に動けない。

 

「精神的な繋がりか……」

「はい」

 

 折角なので裸になってもらった。

 男連中が居ないので遠慮しなくていいのは助かる。

 

「うわぁ、綺麗な身体」

 

 白くて死体みたい。と、アンデッドのユリの裸体にしばし見惚れる。

 

「ちゃんと●●●や●●がある。●●も生えているし●●もあるね~」

 

 設定した自分でも感心するほどの巨乳。

 こんなに細かいデザインをした覚えが無いのに、と首を傾げるくらい精巧な姿だった。

 基本的な身体は描けるけれどリアルすぎるほどには出来ないはずだ。というか、そこまでデザイン力があっただろうかと疑問を感じる。

 それがデフォルメされずに形成されているのだから不思議としか言いようが無い。

 

「母乳は……、出ないか……」

 

 柔らかい●●●●。

 ●は同じ女性ではあるけれど綺麗だと思った。

 単純にエロい。素直にそう思う。

 脇や腕も弾力と硬さがある。

 くすぐったいことは無いようだ。

 自分で作り上げたとはいえ、エロい身体になったものだと呆れつつも感心した。

 他の女性達も同じだろう。

 

「折角だから、他の服も着てみようか」

「畏まりました」

 

 創造主に対する挨拶は堅苦しいが仕方ない。

 彼女達はメイドなのだから。

 

 

 武人建御雷は第六階層で第一から第三階層守護者であるシャルティアと戦っていた。

 同士討ち(フレンドリーファイア)が解除されているので戦闘行為自体は出来るようだ。

 戦う事によって敵対行動も起きない。それが何故なのかは調査しているメンバーに任せている。

 現在、シャルティアは完全武装形態になっていた。

 赤い羽付きの全身鎧(フルプレート)をまとい、神器級武器『スポイトランス』で応戦している。

 

「さ、さすがでありんすね」

「はっはっは。若いものには負けんよ」

 

 年寄り臭いセリフを吐く半魔巨人(ネフィリム)

 大太刀一本でシャルティアの槍を捌いている。

 シャルティアは真祖(トゥルー・ヴァンパイア)という種族のモンスターで攻撃に関しては優秀なNPCでペロロンチーノが創造した存在だ。

 性格はとにかくエロいらしい。

 

「動きが鈍そうなのに……」

「なんか言ったか?」

「い、いいえ。武人建御雷様は本当にお強いと思って……」

「武人だからな。あっははは。あ、魔法は禁止だからな」

「はいでありんす」

 

 独特の(くるわ)言葉を使うのもシャルティアの特徴だ。

 

 

 彼らの戦いを見つめるのは第五階層守護者『コキュートス』という二メートル近い背丈の蟲王(ヴァーミン・ロード)

 氷のような冷たさを感じさせる外見だが、武人の設定が与えられたNPCである。あと、全裸。

 ナザリック地下大墳墓にはレベル100のNPCが九人居る。

 シャルティア。コキュートス。アルベド。アウラとマーレ。

 ここには居ないが第七階層守護者でウルベルト・アレイン・オードルが創造した『デミウルゴス』という悪魔。モモンガが生み出した『パンドラズ・アクター』とたっち・みーが創造した執事の『セバス・チャン』と第八階層にある桜花領域の領域守護者『オーレオール・オメガ』だ。

 今のところ全NPCが自我を得て与えられた設定に従い行動している。

 自主的に。

 野放しにすれば何が起きるか分からないので、担当のものは監視したり命令を与えたりしながら様子を見る事にした。

 急な暴走でナザリックが崩壊してはたまらないので。

 外の様子も見ないといけないし、保管しているアイテムの状況も気になる。

 お気楽なメンバーとは裏腹にギルドマスターたるモモンガはNPCの反乱を少し恐れ、気にしていた。

 神経質な性格なのは自覚しているけれど、自分たちが作ったナザリック地下大墳墓が崩壊する事は避けたいと思っている。

 今後の方針も決めていかなければならないのだが自由なメンバーの行動は羨ましかった。

 妬みというわけではないけれど。

 

 act 10 

 

 外を探索しているペロロンチーノとぶくぶく茶釜とベルリバーの三人はのんびりと散歩していた。

 真っ直ぐ歩くだけなのだが、それぞれ綺麗な風景に見とれていた。

 まず空気が新鮮。

 青空が綺麗。きっと夜空も綺麗だろう。

 ブルー・プラネットが第六階層に作った偽りの風景とは違う天然の空。

 

「ブルー・プラネットさんも誘えば良かったかな」

「あの人は自然を満喫したまま帰って来なくなるわよ」

 

 不定形の粘体(スライム)が言った。

 歩くというよりは這いずるような形だが、地面に変な粘液は付かなかった。

 

「姉貴の身体って水分とか粘液とか分泌しないんだな」

 

 横を歩くベルリバーも粘体(スライム)系の種族なのだが。

 

「あまり分泌していると脱水症状になるのかしらね」

「干からびたメンバーを持ち帰るのは……。軽くなって都合がいいか」

「それより、弟。探索はちゃんとやってるの? あんた浮けるでしょ?」

「飛べるって言ってほしいな」

 

 鳥人(バードマン)という異形種なので種族の特性として飛行は出来る。だが、ゲームの時と同様に能力が使えるのかは練習していないので少し心配だった。

 だが、それはすぐに杞憂に終わる。

 何年もゲームしてきたのだから、その感覚で翼を動かす。

 装備している鎧が派手なので残像のように光りが舞う。

 昼間だと少し目に痛いがぶくぶく茶釜たちには関係が無いようだ。

 

「上から見ると粘体(スライム)が二匹居るように見える」

 

 二人以外のモンスターは近くには居ないようだ。というよりモンスターが居るのかは分からない。

 ペロロンチーノは遠くに顔を向ける。

 辺りは木々が生い茂る自然がいっぱいだった。

 現代建築の建物が見当たらない。

 

「……すげー」

 

 空に似浮かぶ岩なども見当たらないが、美しい景色だと思った。

 真下を見ると道である事が分かる。つまり人の往来があるはずだ。

 一旦、地面に降り立つ。そこまでの行程に問題は無い。

 

「当たり前のように飛んだけど、凄いもんだね。飛行の能力は」

 

 元は人間なので普通は空など飛ばないし、飛べない。

 魔法の『飛行(フライ)』などで飛ぶことはあるけれど、自分の肉体として翼などを制御出来るのは素直に驚いた。

 ぶくぶく茶釜も自分がどこを見ているのか、分かっているのだろうか。

 

「不定形なのに身体の感覚とか分かるの?」

「分かるみたいね。手もあれば足もある。人間の時の感覚をそのまま違和感無く使えるみたい」

「俺もです。全身に口がたくさんありますけど、自分のメインの口は一つのようですね」

 

 ベルリバーは『呟く者(ジバリング・マウザー)』という口がたくさんある粘体(スライム)系の種族だ。

 夥しい口がいっせいにしゃべるのは自分でも気持ち悪いと思っている。

 両脇に粘体(スライム)を引き連れた鳥人(バードマン)

 

「見た感じでは道なりにずっと続くようだけど、進む?」

「町とか無いの?」

「もっと遠くまで行かないと無いかも。あるいは人間が住んでいない世界とか」

「せめて生き物が居ればいいのに……」

 

 ゲーム時代ならBGMが鳴っているところだが、木々が擦れる風の音くらいしか聞こえない。

 とても穏やかな空間だ。

 

「何らかの生き物は居ると思うよ。獣道があるんだから」

「そうね」

 

 粘体(スライム)だから、というわけではないが歩みは遅かった。

 急ぐ理由は無いけれど、しばらく無心で歩きたくて仕方が無い。

 それほど自然豊かな世界は三人にとって新鮮だったから。

 

 

 日が傾き始めると空が赤くなっていく。

 夕方を模した空は見たことはあるが、天然の夕方はまた一段と美しかった。

 

「このまま野宿する?」

「報告しないと」

「ここまでまた転移で来られるし、のんびり生きましょうか」

「賛成です」

 

 三人の意見がまとまり、伝言(メッセージ)転移門(ゲート)を自分達の近くに開いてもらいナザリック地下大墳墓に帰還する。

 

「ただいま~」

「お帰りなさい」

「獣道はあったけれど町は無かった。自然豊かなところのようだよ」

 

 報告に満足するモモンガ。

 今後の方針は現調査をメインとしてナザリック地下大墳墓の運営方針の模索となる。

 衣食住は今のところ問題が無い。

 その後をどうするかだ。

 元の世界に戻りたいメンバーは意外と居なかった。

 慌てても仕方が無いのと、慌てて仲間割れするのはライトノベルの()()()だと理解している大人のメンバーが多かった。だが、その中でモモンガは神経質が災いして早く何とかしなければ、と心中(しんちゅう)では慌てていた。

 極限に達すると精神が安定化される。

 ギルドマスターはまとめ役なので色々と気苦労が多い。それは他のメンバーは分かっていた。

 今後の方針とは言っても目的らしいものは既に無い。

 自分たちだけで一大帝国を作ったところでNPCに命令するしかないのだから面白いわけが無い。

 じっくりと世界を調査する方が精神的にも健康だろう。

 

 

 話し合いを終えて執務室に戻ったモモンガは『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』で辺りを調査し、必要な事をメモしていく。

 ギルドの長としての責任は重い。

 そう思っていると扉をノックする音が聞こえる。

 室内には一般メイドが一人待機していた。

 

「タブラ・スマラグディナ様がご面会を求めていらっしゃいます」

「通せ」

 

 メイド達は自分達の仕事にとても忠実で、設定された仕事を全力でこなそうとする。

 声が無いよりマシ、という事で好きにやらせて様子を見ている。

 室内に入ってきたタブラ・スマラグディナ。

 異形種の表情は基本的に『表情アイコン』で色々と表現されるのだが、それが無いと慌てているのか、笑っているのかが分からない。

 

「お疲れです、モモンガさん」

「どうしました?」

「いえ、モモンガさんは一人で色々と抱えているんじゃないかと思って。みんな心配してましたよ」

「ま、まあそうですね。ギルド長ですから」

 

 両手を上げて大丈夫、というジェスチャーを見せる。普通なら表情アイコンが出るのだが今は何も出ない。

 

「元の世界に戻れないからと言ってモモンガさんに責任を押し付けたりはしませんよ。苦労はみんなで分かち合いましょう」

「ありがとうございます」

「それで今はどんなことをしていたんですか?」

「このアイテムで外の様子を見ていたんです」

 

 タブラに『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』を見せてみる。

 操作方法が意外と難しかったが今はだいぶ扱えるようになった。

 普通ならアイテムの使い方をコンソールか何かで読む事が出来るのだが、今はそれが出来ないので手探りで調べるほか無い。

 離れた場所の台にはアイテムボックスに入れていたアイテムを並べて一つずつ調査している。

 

「メイドよ。休んでよろしい」

「畏まりました」

 

 命令しないとずっと立ったままなので、今はメイド用の椅子を用意し、座るように言いつけている。

 

「ゲームと違って放置は……、なんか罪悪感がありますね」

「そうですね。タブラさんもそう思いますか?」

「ええ。アルベド、ニグレド、ルベドの様子も確認出来たし。そろそろモモンガさんの手伝いをしようかなと……」

 

 一人で全てを抱えるのは大変だ。

 タブラも一人だけならば弱音を吐くだろう。

 

「人間ではないから、あんまり女性の裸に抵抗が無いので驚きました」

「俺は抵抗がありますよ」

「アンデッドの特性がいずれ強く出るかもしれませんよ。なんだか、脳みそを吸いたくなってきましたし。他のメンバーも人間から乖離していくんじゃないかな」

「それってヤバイんじゃないですか?」

「仲間割れはすぐには起きないと思いますが……。みんなで協力すればなんとかなるんじゃないですか? 困った時はみんなで悩みましょう」

 

 寛容なタブラにモモンガは『はい』と小さく返事をした。

 一人で抱え込むな、という意味かもしれない。

 だからといって一緒にメイドの裸を観賞しようとは思わない。

 

「そういえば、これってリアルタイムですか?」

 

 『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』の中では日が落ちて暗い状態になっていた。

 道もよく見えない。

 『闇視(ダークヴィジョン)』の特殊技術(スキル)や魔法があれば深夜であろうと真昼のように見えるけれど。

 

「はい。時間的にも深夜帯ですし」

「電灯が無いとここまで暗くなるんですね。すごいなー」

 

 拡大縮小などを(おこな)いながら空に傾けたりする。

 

「これってどこまで行けるんですかね」

「時間はかかりますが、ずっと進める事が出来ると思います。そういう仕様だったはずなので」

「説明文がないと操作がしにくいな」

 

 動かすと効果音が鳴る。そこはゲーム的で苦笑する。

 一部のスキルも何らかの効果音が鳴るようだが、何故なのかは誰も分からない。

 

 

 ある程度の操作をモモンガとタブラは交互に挑戦し、使い方をメモしていく。

 それで出来たことは拡大縮小の他に空に向けたり、画面を遠くに移動させたりすることだ。

 進みは遅いが道なりに画面を進めて行く事は出来た。

 気が付けば朝日が昇る。

 

「日の出になりましたね」

 

 ずっと操作していたのに眠気が起きない。

 アンデッドの特性が効いているのだろう。

 タブラは生身ではあるが眠気が起きなかった。

 

「『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』の効果は凄いな。今のところアイテム類の効果はちゃんと通用するようです」

 

 そもそも『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』が使えることも不思議ではある。

 道なりに突き進んでいくと開けた場所に出る。

 そこは黄金の海原(うなばら)が広がっていた。

 

「ようやく村発見」

 

 村というか村っぽいからそう言っただけだ。

 画面を進めていくと簡素な住宅が見えてくる。

 木造一戸建て。石を利用した建物もあるけれどゲーム世界で言う西洋ファンタジーにありがちな村という印象だった。

 文明は低そうだが集落を作っているので何らかの生物は居るだろう。

 

「どんな生物かな。人間か亜人か……」

 

 なかなか現場まで進まない『遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)』。

 一気に飛ばせないのでもどかしい。一度、行った事のある場所なら何らかの目印を付ければ一気に画面を変更する事が出来る。いちいちナザリック地下大墳墓からの再スタートはしなくていい。

 画面からは音声などの音は聞こえない。

 近くに寄るまで五分はかかっただろうか。

 ようやく全貌が見える頃には原住民と思われる姿がいくつか見えた。

 

「人間ですね」

「亜人というわけではないようですね」

 

 更に近づくと人々の往来が大きく映し出される。

 農民の服を着た人間。

 それは別に珍しいことではない。

 様々なゲームに出てくるものと大差がなかったから。

 

「こういう村があるという事は他にもあるかもしれませんね」

 

 この世界に村一つしか無いのであれば、さびしいことこの上ないだろう。だが、人間の存在が確認出来たのはありがたかった。

 

 act 11 

 

 現地の村に派遣したいのだが誰がいいだろうか、と玉座の間に集めたメンバーを見回すモモンガ。

 全員が異形種なので人間とすんなり交渉できるのか、不安だった。

 ここは人間の姿に近い者たちで向かうべき、という意見が多かったのでモモンガも賛成する。

 交渉に長けた人間的な仲間は一人も居なかった。

 ペロロンチーノでも良かったかもしれないが、何事も最初は肝心だ。

 

「偽装すればいいよ」

「西洋ファンタジーなら全身鎧(フルプレート)で」

「そういう文化が無かった場合はただのコスプレとみなされるのでは?」

「セバスとナーベラルを向かわせる?」

「村に執事か……。絵面的にキツイな……」

 

 粘体(スライム)を送ったら大騒ぎになりそうだ。

 そもそもモンスターしか居ない。

 色々と情報を集めないと余計な混乱しか生まないだろう。

 大人数を派遣するわけに行かないのでせいぜい多くて三人だという意見にまとまる。

 

「NPCを派遣するのは少し怖いな」

「人間に対して何を言うのか、という点だね」

 

 そもそも人間に敵対するように設定を作っているので、どんな事態になるのか、それぞれ冷や汗をかき始める。

 

 

 ユグドラシル時代は人間種は敵なので仕方が無かった。

 結論はなかなか出ないけれど全身鎧(フルプレート)は案として残す事にした。

 文明レベルをもう少し調査すれば甲冑姿でも大丈夫かもしれないとぷにっと萌えが言った。

 幻影魔法は解呪の恐れがあるし、効果は微妙だという意見が相次いだ。

 

「敵プレイヤーの想定もしないといけないよね」

 

 監視は暇そうなメンバーが担当しているので、モモンガは彼らに任せる事にした。

 最初の接触は慎重に(おこな)いたい。

 モモンガの意見に多数が賛成。

 無意味に敵対されると鼠算式に敵が増えるかもしれない。

 下準備を整えて色々と決めていく。

 

「……あの、発言してもよろしいでしょうか」

 

 と、おそるおそる待機していたアルベドが言った。

 

「言ってみなさい」

 

 と、タブラが促す。

 

「はい。おそれながら、先ほどNPCの管理データを呼び出す事が出来たのですが……。どなたに報告すれば良いのでしょうか?」

 

 数分の沈黙が降りた。

 アルベドは自分がとんでもない事を言ったのではないかと思い、その場に平伏する。

 

「何っ!?」

「マジっ!?」

 

 メンバーの絶叫に似た大声が広い玉座の間に響き渡る。

 

「今も出せるのか?」

「は、はい。このように」

 

 アルベドが軽く手を払うように動かすと半透明の二次元的な画面がいくつか現れる。それは間違いなくNPCの管理コンソール画面だった。

 だが、メンバー達のステータス画面はどうしても出て来ない。

 

「こちらは無理そうだな」

 

 アルベドにそれそれのステータス画面を出せるかやらせてみたが無理だった。

 一人ひとりに謝罪するアルベド。だが、彼女に責任は無い。

 タブラは自分のところにアルベドを寄せて画面の確認をする。

 ぷにっと萌えもNPCの管理画面を操作してみた。

 操作方法はゲームの時と同じ。

 

「……モモンガさん、玉座の間でコンソールを出してみてください」

「えっ? 分かりました。マスターソース・オープン」

 

 と偉そうな態度で言うと半透明の画面が現れた。だが、メンバーの方はやはり出て来ない。

 

「特定の場所で特定の人物しか出せないのかもしれませんね」

 

 ぷにっと萌えはNPCの管理画面を改めて出そうとしたが出せなかった。

 

「これでもログアウトは出来そうに無いですね」

 

 そのログアウトボタンがどこにも存在しないのだから。

 かつてあった場所に触れても確認の小窓は出てこなかった。

 マスターソースにはメンバーのステータスが一覧表として並んでいる。

 状態異常が無いか、ナザリック内の様々な情報なども出て来た。

 同士討ち(フレンドリーファイア)、正確には『フレンド』という項目は消えていた。

 この項目がないと味方として扱えない。他にも『クエスト』に『コンフィグ』なども消えていた。残っているのは『装備』、『アイテム』、『ギルド』、『ステータス』などの大まかなものばかり。

 かつてあった場所を触ったり、押したりしても選択画面は出ない。

 

「アルベドの設定は長いっすね……」

「書き換えは出きるんですか?」

「専用ツールがあれば出来そうですね」

「ギルド武器でGM権限を使えば出きるかも」

「う~ん。まだまだ確認しなければならないことがあるようですね」

 

 アイテムは今のところ各メンバーに任せて、村との交流に話しを戻す。

 

「シャルティアに『転移門(ゲート)』の用意をさせておくよ」

「お願いします」

 

 方針が一つ決まり、待機するものは引き続き墳墓内で自分の仕事や趣味に走る。

 戦闘に特化していないものは第十階層にある巨大図書室(アッシュールバニパル)で読書を楽しんだり、風呂に入ったり、各階層を巡ったりする。

 自我を獲得したNPCの調査は一日では出来ない。

 

 act 12 

 

 役割り分担とはいえメンバーはアイテム整理とモンスター退治くらいしかする事が無い。

 後は自分の趣味。

 掃除などはNPC達が(おこな)うので暇なメンバーは自室で寝たりするだけだ。

 元々社会人のメンバーはやる事が無ければログアウトし、現実の仕事に向かうのだから。ずっと遊んでいるわけでない。

 だが、今はずっとゲームの中に居るような状態なので暇になってしまった。

 あらかたのボスモンスターを倒しているし、ユグドラシルというゲームそのものが終了してしまった。

 その状態でできることは世界征服とかバカな事くらいだろうか。

 一大帝国を築くのはどこのギルドもやろうとしていたので珍しいわけではない。

 

 

 下準備を終えて村の調査隊にはモモンガ自ら向かう事にした。

 代表者という意味合いもあるし、自分も外に出てみたかった。

 留守番はタブラとぷにっと萌えが居るので大丈夫だろう。いざという時は『伝言(メッセージ)』がある。

 付き添いはアウラとルプスレギナ。

 モモンガは魔法で生み出した黒い全身鎧(フルプレート)を着用。

 本人はアンデッドは珍しくないと言っていたが異世界転移ならそういう常識は通用しないと言われた。

 普通に考えて人間の前に骸骨が現れれば怖がるのは当たり前。とたっち・みー調で言われてしまった。

 アウラはそのままでルプスレギナはメイド服ではあったが外套をまとわせて旅人っぽくした。

 ガシャガシャと金属音を響かせて三人は目的地の村に向かう。

 便利な転移魔法のお陰で長い道のりを歩かなくて済んで助かった。

 

「村人の強さは分からないが、お前達は出来る限り大人しくしているんだぞ」

「畏まりました」

 

 アウラとルプスレギナは同時に言った。

 立場的にはメイドはアウラより下なのでモモンガを先頭にアウラ、後方をルプスレギナが守る形となる。

 本来はアウラが戦闘になるべきだが外見上は子供なので大人としての布陣にした。

 目的地の村と思われる集落はまばらに建物が建っており、アイテムで確認した限り人口は少ない。

 それでもこの世界の住人なので色々と情報は持っているだろう。

 いきなり攻撃してきた場合は敵対プレイヤーの可能性があるけれど。

 

 

 門を潜っても咎められずに簡単に入れた。

 異形種は種族のペナルティとして入れない施設などがあるはずだが、村は平気だと確認し、小声でルプスレギナにメモするように命令する。

 はた目からは村を襲い来た屈強な騎士に見えるけれど、出来るだけ友好的に交渉を(おこな)いたい。

 近くに居た村人にいくつか尋ねる。

 

「あ……、こんにちは」

 

 まずは軽く手を挙げて挨拶する。

 

「ど、どうも」

 

 相手はおそるおそる返答してきた。

 日本語で。

 言葉は通じるようだ。

 外国語だったらどうしようもない。

 

「ここは村ですか?」

 

 自分でもバカな質問だと思うが仕方がない。

 何事も最初が肝心だし、一つずつクリアしていくのは基本だ。

 

「は、はい……」

「我々は旅のものですが……。この辺りの地理に(うと)くて……」

 

 相手は全身鎧(フルプレート)に驚いているんじゃないかとモモンガは思った。

 アウラ達の姿を見せると少しだけ表情が(やわ)らいだような気がする。

 

「ここはなんという村ですか?」

「●●●村です」

 

 と、普通に答えてきた。

 聞き違いかと思って同じ質問をした。

 

「●●●村です」

 

 やはり同じ言葉に聞こえる。

 明らかに下品な単語なのだが、それはどういった事だろうか。

 何かの冗談だろうかと。

 モモンガは真剣に悩んだ。

 

「……●●●村か……」

「モモンガ様、●●●っていうのは……」

「アウラ、それはまた後でな」

 

 可愛い子供の声で変な言葉を聞くのは大人のモモンガには少しこそばゆいことだった。

 村に変な名前を付けた奴が居るなら超位魔法を使っているところだ。

 帰ろうかな、とモモンガは思った。

 おそらく誰に聞いても●●●と連呼されそうだ。

 よくそんな名前に疑問を持たないな、と。

 現地の言葉では不思議は無いのかもしれない。

 意味の違う別物とも言える。

 

「……地理に詳しい人に色々と話しを聞きたいのですが……、よろしいですか?」

「はい。では……、村長に相談してみます」

 

 出会いがしらに殴る自信がある。

 お前、すごい名前付けたな、と。

 それに違和感を覚えない村人も凄い。いや、諦めているのか、開き直っているとも言える。

 モモンガは唸りながら村人の案内で村長の家に向かう。

 

 

 どの家も木造一戸建て住宅で村人の姿は粗末な服というイメージだ。

 西洋ファンタジーにありがちな長閑(のどか)な農村そのままだった。

 下品な●●●村の村長はとても変な名前を付けるようなバカな顔には見えなかった。

 道端に●●●が散らばるような汚い事も無く、名前だけおかしいようだ。

 

「私が●●●村の村長でございます」

 

 村長もかよ、とツッコみたい気持ちがあったが耐えた。

 ルプスレギナは笑いをこらえているようで、くっくっくという声が小さく聞こえる。

 

「どうしてそんな名前なんでしょうか?」

「村の名前ですか? はぁ、●●●という人が作ったから、としか……」

 

 可哀相に。

 人の名前はちゃんと考えないと後世の人達が困りますよ、とモモンガは胸の内で言った。

 というか、そんな名前をつけられた人ってどんな人生を送ったのか知りたくなってきた。

 百年前に流行した『キラキラネーム』より酷いじゃねーか、と。

 

「私は旅のもので……。鎧を着ていますがモモンガと言います。それで、この辺りの地理を教えていただきたいなと思いまして」

「正確な地図はありませんが……」

「大雑把で構いません。なにしろ、何も無い道を進んできたもので……」

「それは大変でしょう。もし、お疲れならば部屋をご用意いたしますよ」

「いえいえ、我々は野宿でも構いませんので。ですが、ありがとうございます」

 

 とはいえ、せっかくの厚意だし、アウラ達を休ませる意味ではありがたいことだった。

 転移で簡単に戻れるけれど。

 今の自分達は旅人という事になっている。

 

 

 一旦席を外した村長の替わりに白湯を持ってきた村長の奥さん。

 それらをアウラに渡す。

 モモンガはアンデッドなので飲み物は飲んだら顎下から落ちてしまうので、お代わりが必要な二人に渡す。

 改めて地図を持ってきた村長がテーブルに古めかしい羊皮紙を広げる。

 

「……おお」

 

 いかにも地図という味のあるアイテムに感動するモモンガ。

 

「この印が●●●村です」

 

 世界地図というほど広大なものではなく、一定の大きさしかなかった。だが、村ではそれで充分なのでモモンガは話しを優先させた。

 

「我々の村はこの地域一体を治めるオ・●ー●●王国の領地にあります」

「………」

 

 また変な名前に思わずモモンガは唸った。

 

「お……へー……」

「右側には王国と敵対している●●●ロ帝国があります」

「……くっくっく……」

 

 必至に笑いをこらえるルプスレギナ。

 モモンガはマジか、と驚いていた。

 アウラは単語の意味が分からないようで首を傾げていた。

 正直、子供のアウラには聞かせたくない単語なので少し外で待機させた方がいい気がした。

 一番の問題は真面目に村長が口走っているところだろう。

 お前は何の疑問も感じないのかと。

 この国では変な単語ではないのかもしれない。

 日本人にとって妙な地名が外国にはいくつかあるのは事実だ。

 ●●●●●島とか。

 日本語で喋っているけれど違う世界だから不思議は無い。とするならば我々が笑うのは失礼かもしれない。けれども、日本人からすれば酷い名前だと思う。

 悪意しか感じられない。

 

「広大な南方を●ー●●ー法国が治めています。それ以外の国は……、分かりかねます」

「………。はっ! 失礼しました。この三国が周りにあるだけでそれ以外は……行かなければ分からないと」

「はい」

 

 酷い国々に囲まれたものだ。

 

「都市に向かわれるなら、村から一番近い城塞都市●●・ランテルがいいでしょう」

 

 少しまともそうな名前に安心するのもつかの間。ルプスレギナが涙を流しながら笑った。

 

「あっははは! ●●●っ……、●●●だって!」

 

 相当面白かったのだろう。椅子から転げ落ちた。

 

「大丈夫ですか?」

「手遅れかもしれませんね」

 

 聞けば聞くほど笑い転げる世界のようだ。

 モモンガは逆に不安でいっぱいになってきた。

 

「地図は……」

 

 貰いたくないな、と思いつつもメモさせようと思うのだが、ルプスレギナが役に立たなくなった。

 変わりに単語の意味が分からないアウラにやらせておく。

 子供が卑猥な単語を書くのは少し罪悪感があるが仕方ない。というか、これは本気なのかと疑いたくなる。

 全部嘘だとしたら村を灰塵(かいじん)にする自信がある。

 

 

 村長の話しはもう聞きたくない気持ちが湧いてきたが情報は得られるだけ欲しいのは事実。

 ここは我慢するしかないのだろう。

 アンデッドのお陰かルプスレギナのように笑い転げることはなかったし、意外と冷静に話しを聞く事が出来た。

 普通なら自分もルプスレギナのように笑い転げていたかもしれない。

 

「……アウラ。ルプスレギナはそのままにしておなさい」

「……畏まりました。ですが、いいんですか?」

「……不可抗力だ。我慢しろ、という方が無理だろう」

 

 お腹を抱えて笑うルプスレギナ。

 元気な娘で少し安心した。

 気を取り直してモモンガは他の質問を始める。

 全てが卑猥な単語だと覚悟していたが、そうではないようだった。

 お金の単位が●●●とかじゃなくて枚数で数える。

 銅貨。銀貨。金貨と続き、それ以上のものもあるらしいが村ではそこまでは分からないという。

 現地のお金は見たことも無い貨幣だった。

 自分たちが使うユグドラシル金貨とも違う。

 

「この金貨は見た事が無いと……」

 

 村長にユグドラシル金貨を見せた時の感想だった。

 現地の貨幣は卑猥な形かと少しだけ覚悟したが形が少し歪んでいる以外は問題無さそうだ。

 ●●●の形を模していたら捨てるか、視界に入れないように大切にしまうかもしれない。

 

「はい。王国金貨でも無いと思いますね」

 

 使えない貨幣を無理に使おうとすれば齟齬(そご)が生じるだろう。

 定番の冒険者という存在があるのか、と聞いてみるとあるらしい。

 あと、モンスターも出てくる。

 それも自分達のゲームに出て来たモンスターがちらほらと。

 それはさすがに卑猥な名前ではなくて安心した。

 

小鬼(ゴブリン)で間違いないんですね?」

「はい」

 

 ●●●がモンスター名だとしたら世界を恨む。

 モモンガは普通の単語が出て来たところでルプスレギナを引き起こす。

 そろそろ復活してもらわないと困る。

 涙に濡れた顔を拭ってやる。

 相当面白かったのだろう。ここまで笑うとは思わなかった。

 NPCとはいえ感情表現が豊かで驚いた。

 

「この世界好きかも」

「それは良かった」

 

 村の情報はたいしたものが無いのが定番だ。

 次は都市に行って色々と情報を集める必要があるだろう。

 正直に言えば行きたくない。

 なにが城塞都市●●・ランテルだ。バカバカしい。

 誰が名付けたんだろうか。

 

 act 13 

 

 酷い名前の三国に囲まれているのでどこへ行っても駄目かも知れない。

 とはいえ情報は大事なので近いところにあるという城塞都市●●・ランテルに行く事にする。

 一応、仲間に連絡しておく。

 

『城塞都市●●・ランテルですか……。村の名前も凄いですね』

「ルプスレギナの壺にはまりましたよ」

『何の疑問も抱かない住民は凄いですね』

「このまま都市に向かおうと思います。今のところ脅威となりそうなものは見当たりません」

『こちらでも、怪しい影はありませんよ』

 

 ナザリックに居る仲間の何人は笑い転げているようだ。見えないけれど、なんとなく予想が付く。

 派手に笑っているのが数人。

 通話を切り、近くの都市に向かう予定の村人に案内してもらうことになったので挨拶しに行く。

 ●●・ランテルに採取した薬草を売りに行く準備を整えている村人の元に向かう。

 

「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 

 田舎の村人は異邦人相手でも気さくに挨拶するようで、特に警戒はされなかった。

 自分たちが他人を警戒しすぎるせいもあり、警備が甘いな、とか思ってしまう。

 農村に高いセキュリティを求めても不毛なだけだ。

 

「私は旅人のモモンガという。今回は都市まで案内してもらうように村長から言われたのだが……」

「はいはい。荷物の準備が終わり次第に向かいますよ」

 

 明るい口調の村人たち。奥には娘と思われる子供が二人居た。

 

「エンリ、ネム。お客さんに挨拶なさい」

「こんにちは」

 

 農作業に従事する村娘はどこと無く貧相で汚らしい。だが、それがゲームのキャラクターとは思えない精巧な人物像を形作っている。

 現地の人間なのだろう。

 だが、自分達はゲームのアバターだ。だから、まだどこかゲームの中、という印象がある。

 魔法が使えるのが一番の謎だから。

 

「つかぬことを聞くが……。魔法というものは見た事があるのか?」

「はい。私の友人が魔法を使う魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 

 それだけでモモンガは安心する。

 知っている単語が出て来たので。

 また卑猥な単語かもしれないと思ったけれど。

 

「私は魔法に興味があってね。なかなか知っている人から話しが聞けなくて困っていた」

「そうですか。ですが、私も詳しく走らないんです。あっ、友達は●●・ランテルに住んでいるのでお尋ねになられたらいいと思います」

「分かりました。その友達の名前は?」

 

 と、言った後で嫌な予感がした。

 

「●●●ーレア・バ●●●という……」

「……待て」

「はい?」

「聞き違いではないよな?」

「●●●ーレア・バ●●●、ですか?」

 

 どうやら間違いないようだ。というより後半は悪口じゃないのか、と。

 よくそんな名前を付けたものだ。

 可愛い少女の口からとんでもない単語が出てくるとは思わなかった。

 ちなみに少女の名前も凄かった。

 エンリ・●●●●。

 妹はネムという。

 こちらは名前がまともで助かった。

 どうしてこんな苗字なのか、両親は昔からこうだったと答えた。

 昔はもっと酷い名前が氾濫していたのかもしれない。

 アンデッドではあるけれど段々と自分の頭がおかしくなりそうだ。

 エンリとネムも実は卑猥な単語ではないかと心配になってきた。

 

 

 なんかとっとと村というか世界から逃げ出したくなってきた。

 夕方に差し掛かり、馬車で移動するのだが都市に着くまで一日いっぱいかかるという。

 それぞれの都市までは地図ではわからないが数日かかるのが一般的だとか。

 『飛行(フライ)』とか転移魔法ならすぐ行けそうだが、各都市には検問があり、そこを通らなければならない。

 異邦人でも通れない事は無いが手続きが必要で、それが済めば王国内の都市で怪しまれることは少なくなる。

 冒険者組合で登録すれば証明書が発行されるとか。

 エンリは領主から通行手形を貰っているので自分の分は問題ない。

 都市まで移動するのに少女一人で向かうのだが、エンリのような年頃の女の子は大体一人で移動するらしい。

 

「モンスターが現れたらどうするんですか?」

「逃げます。馬車に追いつけるようなモンスターはこの辺りには居ませんので」

 

 未知のモンスターはここ数年、現れていないという。

 聞いた範囲では動きの鈍そうなモンスターが多く、確かにエンリの言う通りなのだが。

 

「この辺りに冒険者も来ますので、それほど大事(だいじ)は起きません」

「なるほど」

 

 と、卑猥な話しから真面目な話しになったのでルプスレギナもだいぶ落ち着いてきた。

 確かにインパクトのある単語が乱れ飛んでいたが、余程面白かったのだろう。笑い疲れて眠そうな顔になっている。

 ●●・ランテルまでは平原と適度な林がある以外は特徴的なものは無く、道なりに行けば迷うことは無い。

 都市に行っても下品と卑猥な単語のオンパレードだったらどうしようと不安をにじませるモモンガだった。

 幌馬車と言っても立派なものにモモンガは感心する。

 中はちゃんと整理されていて複数人が乗っても大丈夫なほど頑丈な造りに見えた。

 共として着いてくるアウラとルプスレギナを先に乗せる。

 

「このまま都市に向かうのですか?」

「こんな村に居ても仕方が無いだろう。大きな都市の方が色々と情報が集まると思う」

 

 ●●●村だぞ。いつまでも居たら連呼されてしまうじゃないか、と。

 エンリ達の用意が整うのは夕方過ぎ。

 泊り込みを想定しているので下準備が大変なようだった。

 荷物運びくらいなら手伝う事もできるが、どんなものを運ぶのだろうか。

 麻薬です、と言われたら困る。

 現地通貨を持っていないことを思い出し、生活費を借りるべきか悩んだ。

 

「武器屋は都市にありますか?」

「あると思いますよ」

 

 売れそうな武器はすぐに思い至らないが、ゴミみたいな武器でも売れれば多少の収入になるかもしれない。

 早速、鍛冶師に連絡を入れる。

 革製品とかミスリル程度の粗末な武器をいくつか注文しておく。

 序盤の街なら貧相な武器で充分だろう。

 用意が整うまでアウラ達には周りの監視を命令しておく。

 

 

 敵性プレイヤーや監視要員は今のところ無い。

 序盤の村に常駐するようなプレイヤーは居ないかもしれない。

 けれども、どこに敵が潜んでいるのか分からないから警戒だけはしておく。

 とはいえ、ユグドラシルというゲームは終了したのだから今さら襲撃してくる理由は思い浮かばない。あるとすればナザリックが保有するアイテムや拠点だろうか。

 日が傾き、景色に赤味が差してくる。

 今は失われた自然豊かな風景にしばし見惚れる。

 

「………」

 

 この後は夜空が広がるのだろう。

 一応、仲間達には警戒しつつ外の景色を見るように伝えておいた。

 機械文明に犯されない純真無垢な世界。

 厚い雲に覆われた毒の沼地だったナザリック地下大墳墓でもない。

 

「静かだ」

「……はい」

「静寂も時には心地よいものだ。賑やかなものも嫌いではないけれどな」

「モモンガ様が望むなら我々は全力で手に入れてごらんにいれますよ」

「いやいや、無理に荒らす必要は無い」

 

 地球人はいつから自然を手放したのだろうか。

 ここは明らかに未開の土地。

 文明が発展していけば遠い将来には色んな物を失うのだろう。

 

「……先の事は分からないが……」

 

 感傷に(ふけ)っていては先に進めない。

 だが、しかし、と思う。

 オ・●ー●●王国の城塞都市●●・ランテルか。

 とんでもない世界に来たものだ。

 少なくとも原住民は全裸がデフォルトというわけではなくて良かった。

 下半身丸出しが当たり前ですよ、と言われたらとても困る。

 

 act 14 

 

 夜空を少し堪能した後でエンリは馬車を走らせた。

 順調に行けば明日の昼ごろには●●・ランテルに到着するという。

 売る武具はこっそりと取り寄せたが金になるのか正直、不安だった。

 特徴的なものは後々目をつけられるから面白みの無い普通の武器にしてもらった。

 ガタンガタンと大きな音を立てて進む馬車。

 道がろくに舗装(ほそう)されていないので結構揺れる。

 装備品には行動阻害対策が施されているので揺れには三人共強い。

 酔う事無くのんびりと移動を満喫する。

 ルプスレギナとアウラには眠っていてもいいと言っておいたが監視は怠れないと言ってきた。

 命令に対して反論するNPC。

 絶対服従というわけでは無さそうだ。ちゃんと言い返せるところはゲームとは違う。

 

 

 アウラ達に聞くべき事が思いつかなかったので黙ってしまったモモンガだが、アウラ達は何か言わなければと色々と言葉を探していた。

 

「も、モモンガ様」

「んっ?」

「先ほどの●●●とはなんでしょうか?」

 

 大人として純真な子供に下品な言葉は言ってほしくない。だが、疑問点に答えてあげなければまたいずれ質問されるだろう。

 ナザリックに戻った時、ペロロンチーノ辺りは答えてしまいそうだ。

 ここは仲間に丸投げすべきだろうか。それとも何か良い言い訳などがあるのだろうか。

 モモンガは唸る。だが、今は周りが女性しか居ない。

 アウラは見た目は男装だが女の子だ。横に控えるルプスレギナも見た目は年頃の娘ではあるが、下ネタが好きそうな気がする。

 とてもワクワクしている顔が見える。

 

「ルプスレギナよ。勝手に喋るなよ」

「は、はい。モモンガ様」

 

 なまじ単語の意味を知っているとアンデッドの身ではあるけれど恥ずかしい。

 一つ答えてしまうと次の言葉にも答えなければならないだろう。

 大人として逃げは許されない気がする。だが、逃げたい。

 運が悪い事に目的地まではまだまだ時間がかかる。

 

「……アウラよ、隣りに座るがよい」

「いいんですか!?」

 

 発光するほど輝く笑顔をアウラはモモンガに向けた。

 とても眩しい純真無垢な笑顔に少し怯む。

 黙ってアウラを隣りに座らせて小さく囁く。

 よく分からなかったのか、アウラは『ほー』、『へー』と言いつつ自分のスボンを少し浮かせたりした。

 簡単にだが説明したものの特に恥ずかしがったりするようなことはなく、むしろそれが秘密にするほどの重大なことなのか分からない様子だった。

 まだ羞恥心の無い子供という感じだ。

 それとも闇妖精(ダークエルフ)だからか。NPCだからか。

 いや、アルベドは少なくとも羞恥心は持っていた。

 

「ルプスレギナ。あんたあんなに笑っていたクセに大したことないじゃん」

「アウラ様はまだ大人の階段に上っていないからですよ」

 

 口元をゆがめて苦笑するルプスレギナ。

 

「ルプスレギナ。妙な尾ひれは付けるなよ」

 

 と、少しキツめの口調でモモンガが言うと胸に腕を当てて(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。

 

「はっ、(かしこ)まりました」

「……笑うなとは言わないが……、頑張って耐えてくれ」

「ぜ、善処致します」

「確かに私も……、笑いそうになったがな」

 

 本当に時と場合が違ったら大笑いしたいところだ。

 他の都市もきっと酷い名前なのだろう。

 

 act 15 

 

 深夜になり、馬車を休ませる時刻になるころエンリは手馴れた手つきで馬車を木の幹に固定する。

 今の時刻は視界が効きにくいのでモンスターが現れる可能性がある。

 それを防ぐ匂い袋を離れた場所に設置していく。

 

「友人が作ってくれたモンスター避けです。匂いは酷いですが、遠出する時は助かるんですよ」

 

 モモンガは大抵の毒物は無効化できるし、アウラも平気だ。

 ルプスレギナは嗅覚が発達しているので、少し嫌そうな顔をしていた。

 そんな彼女にモモンガは仮面のアイテムを渡す。

 毒無効の効果があったはずだ。

 それを何故、持っているのか。偽装するアイテムの一つだからだ。

 素顔を隠す場面で使えるかもしれないし、アウラ達の為に色々と持ってきていた。

 モモンガ以外は特に問題がないので無用だと思っていた。

 エンリは少なくとも闇妖精(ダークエルフ)の姿を見ても違和感が無かったようだ。だが、都市部はそうはいかないかもしれない。

 

「あ、楽になったっす。……いえ、楽になりました」

「アウラも仮面を渡しておこうか」

 

 アウラの場合は仮面よりローブが良いだろう、と思って色々と装備品を並べる。

 上から被れるものを選ばせた。

 

「少し外に出てみようか。眠りたいなら……、こっそり戻るか?」

「い、いえ。現地調査の上では外に慣れるのも仕事の一つです」

「そうか。一応、寝袋とグリーンシークレットハウスがあるが、どちらがいい?」

「グリーンシークレットハウスは目立つと思いますので、寝袋で構いません」

 

 大きさで言えばアウラの言う通りだ。

 今は旅人。変に目立つアイテムを使うのは悪手だろう。

 二人を残して馬車から降りる。

 『闇視(ダークヴィジョン)』のお陰で周りは真昼のごとく明るい。だが、今は深夜。

 本来は松明(たいまつ)が無ければ1メートル先も見えはしない。

 

「ご苦労様、エンリ」

「は、はい。私はお先に休みます。モモンガさんは遠くに行かないようにしてくださいね」

「分かりました。モンスターが現れたら退治しておきましょう」

「無理はしないように。一応、警告音を出す罠を張っておきましたので。では、お先に休みます」

 

 幌馬車の中に入るエンリ。

 長旅に慣れたエンリは自分の寝床を確保しているようで、すぐに眠ってしまう。

 異常があればすぐに起きられるように日頃から訓練しているのかもしれない。

 そんなエンリの寝顔をアウラ達は覗き込んだ。

 

「アウラ、ルプスレギナ。彼女を守ってやれ」

「畏まりました」

 

 と、二人同時に言った。

 

 

 一人外に出たモモンガは空を見上げる。そして、兜を取った。

 満天の星の輝きが広がっていた。

 

「……おお」

 

 数分、眺めた後で仲間に連絡を入れる。

 深夜にも関わらず起きているのは睡眠不要のメンバーだからだろう。

 

『ブルー・プラネットさんが大喜びしていましたよ』

「でしょうね」

『他のメンバーもそれぞれ夜空を満喫しています。……あと、モンスターの姿はこちらでは確認できません』

「了解しました。シモベを配置して一旦撤収しようかと思います」

『なるほど。少し待っていてください。シャルティアに『転移門(ゲート)』の用意をさせます』

「『転移門(ゲート)』の為に利用するのは可哀相ですね」

『待機すればMPは回復しますから』

 

 それはそうなんだけど、利用方法に問題がありそうな気がする。

 シャルティアはナザリック地下大墳墓の第一から第三階層の守護者だからだ。

 戦闘メイド辺りに覚えさせれば立場的にも楽になりそうな気がした。

 少しだけ悩みつつ、周りに敵性体が居ないか確認する。そのすぐ後で『転移門(ゲート)』が開き、警戒用のシモベ『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』が十体現れた。

 

「お前たちは馬車の周りを防衛せよ。翌朝までだが」

 

 命令を与えた後でアウラ達と共にナザリックに帰還する。

 ほんの数時間だけの外出だが、情報を整理した後はまた戻らなければならない。

 

 act 16 

 

 アウラはぶくぶく茶釜と共に第六階層に向かい、服装の確認を(おこな)う。

 ルプスレギナには第九階層で食事と風呂と着替えをさせておく。

 

「この辺りの地図ですか……。期待が高まる世界のようですね」

 

 特に地名が、と周りのメンバー達が声に出して笑い出す。一部は夜空の観賞で不在だった。

 

「●●●ーレア・バ●●●……。名前より苗字だと思いますが、これは酷い」

「ブラジル辺りでは普通だと思いますが……。耳で聞くと驚きますね」

「●●●●●島や●●ー●の類似品かな」

 

 本当に地名か怪しい。

 少なくとも日本で地図を広げたら色んな人に殴られる自信がある。

 ふざけるな、と。

 

「行ってみたいな●●●ロ帝国」

 

 とても臭そうな気がするし、そこの食生活がとても不安だ。

 

「ぷにっとさん。俺は限界かもしれない」

「一般常識のある者はきついだろうね。たぶん私でも笑い転げるよ」

「人間は普通でしたね。あれ(エンリ)を基準とする戦略を立てる必要がありますね」

 

 自分達は異形種なので人間と敵対される確率はとても高い。

 出来るだけ友好的に触れ合えなければ悲しい結果しか生まれないだろう。

 

(ごう)に入っては郷に従え、と言いますからね。早いうちに色々と調べた方がいい」

「モモンガさんが都市に入れるならば我々もペナルティ無しで入る事が出来るかもしれません」

「そうですね。頑張ります」

「ギルドマスターなのに前面に立って大丈夫ですか?」

「こちらから仲間を送り込めますからね。他の人と言っても……、弐式さん。行って見ます?」

「炎雷さんは自室に行っちゃいましたよ」

 

 人間に近い姿でも睡眠不要が意外と多い。

 休める時に休めない種族は夜間の時間が長いので、過ごし方も考えなければならない。

 ゲーム時代はログアウトして眠るから睡眠不要は特に意味が無かった。

 今はログアウト出来ないし、種族特性が肉体と精神に影響している。

 アンデッドは飲食が全く出来ないので他人の料理が気になるけれど食べる事は出来ない。

 

「いつもならログアウトするのに今回は残る人が多くて大変ですね、モモンガさん」

「はい」

 

 考えなければならない事が多くて、と胸の内で言う。

 これからの事はメンバーそれぞれ考えているだろうけれど、先の予定がまったく未定だ。

 不安がいっぱいで弱音を吐きそうだ。

 結論は出ないだろうから朝方になるまで、それぞれ解散する事にした。

 

 

 自室の執務室には一般メイドの一人が待機していた。

 それぞれの部屋にもメイド達が居て各メンバーのお世話をしている事だろう。

 

「お前たちも寝てていいんだぞ」

「モモンガ様を差し置いて……」

「いいから休め。ずっとそこに座っていたのだろう?」

 

 口を開け閉めしつつメイドは何かを言おうとしていた。

 言い訳してはいけない、という気持ちが働いているのかもしれない。

 ずっと座っているという事は一度もトイレに行っていないとも言える。

 アンデッドの自分も便意や尿意は起きない。何も食べていないし、飲んでいないので当たり前かもしれない。

 メイドの扱い方も考えておかなければならないだろう。

 ゲームの時は気にしなくて済んだのに。今は側を歩くだけで挨拶される。

 

「ペロロンさん」

『は、はい? モモンガさんですか?』

「ペロロンさんはメイドをどう扱ってますか?」

『さっそく裸にして遊んでますよ~』

 

 嬉しそうな声に対してモモンガはげんなりした。

 

『というのは嘘です。モモンガさん、メイドの使い方で悩んでいるんですか?』

「そ、そうです」

 

 姿の見えない相手と『伝言(メッセージ)』のやり取りをするのは意外と度胸が必要かもしれない。かといって咎めることは出来ない。

 

『NPCに感情移入するなんて、モモンガさんらしくないですね』

「どうも、NPCっていう気がしないんですよ」

『命令は聞くんですから、しっかり言わないと駄目ですよ』

 

 正論ではあるのだが、それが出来ないモモンガだった。

 ギルドマスターが苦戦していると感じ取ったペロロンチーノが執務室に訪れた。

 夜間でも目立つ輝く鎧。

 武装を解くのを忘れていた為だ。

 用がない時はログアウトするのでゲームをする時は装備するという習慣が抜けていなかった。

 

「メイドに戸惑っていては今後の活動に影響しますよ」

「そうなんですけどね。なかなか命令するのが苦手なようで……」

 

 無表情のメイドであればまだいいのだが、今は表情豊かになっていた。

 自我を得てしまったせいか、人間のような気がして命令しにくくなった。

 人造人間(ホムンクルス)だからと割り切るのは自分にはまだ出来なかった。

 ゲームの時は気にしなかったのに。

 

「いつもはログアウトしてましたからね。何らかの指針は決めておかないと……」

「いいアイデアが浮かびません」

 

 弱音を吐くモモンガ。

 片隅に控えるメイドは自分の事で頭を悩ませるモモンガに多大な迷惑をかけていると思ったのか、椅子から降りて平伏し始めた。

 

「命令で動く従者として生み出したものですからね。好きにしろ、と言われても混乱するでしょうね」

 

 ペロロンチーンはメイドを立たせる。

 今にも泣きそうな顔が目の前にあった。

 

「メイドはオブジェクトだと思ってしばらく気にしない方がいい。いつまでも気にしていたら何も進みません」

「そ、そうですね」

 

 心強いメンバーにモモンガは心底感謝した。

 転移した世界に一人だけ。またはNPCだけが味方であったら、とても寂しい思いを感じたかもしれない。

 命令一つで混乱するのだから。自分(モモンガ)死の支配者(オーバーロード)という種族なのに。

 

 act 17 

 

 メイドの扱いは今考えることではないので思考を切り替える事にした。

 敵対プレイヤーが仮に居たとしてすぐに戦闘になるのか、とペロロンチーノに尋ねた。

 メイドは食堂に行っててもらった。もちろん、命令はペロロンチーノがした。

 

「ここがユグドラシルならば戦闘はありえるかもしれません。ですが、コンソールを見る限り、戦闘で何かを得る仕様で無いならば無意味かもしれませんよ」

「それは何故ですか?」

「ゲームの世界って言う保障が無いから。あっ、ちょっと待ってくださいね」

 

 と、ペロロンチーノが『伝言(メッセージ)』を使い、もう一人助っ人を呼びつける。

 植物の(つた)で出来た身体を持つ『死の蔦(ヴァイン・デス)』という種族のぷにっと萌えがやってきた。

 移動する時は人間的に形作るが植物モンスターなので顔の表情は今はよく分からない。

 表情アイコンが無いのはなかなか不便だ。

 

「敵性プレイヤーが居ないとは言い切れない。だが、戦闘行為が有益という保証もないな。我等を滅して利益になる理由があるならまだしも……」

 

 モモンガとしてはナザリック地下大墳墓を襲撃されるのでは、と予想している。

 

「この世界でアイテムの価値がどれほどかは分からないし、ゲームの世界とは違うのだからユグドラシルの常識や知識は役に立たないのではないか?」

「モモンガさんは心配性ですね」

「疑念はあるだろうけれど、まずは都市に行って情報を得たり、実際にモンスターを倒してから、また考えましょう。会議だけでは答えは出ないかもしれませんし」

「……そうですね」

「まず人間が居た。文明もある程度ある。言葉が通じた。それだけでも収穫ですよ。言葉の通じない世界だったら、都市で情報収集するのにとんでもない時間がかかることでしょう」

 

 まず言葉の壁をクリアしなければならない。

 それにはまず都市に住んで住民として溶け込む必要がある。

 

「レーヴァテインを手に入れるには世界樹の鶏(ヴィゾフニル)を殺さなければならない。手に入るところから地道に(おこな)うしかないだろう」

 

 ぷにっと萌えは頭がいい。だから、モモンガは彼の言葉はあまり理解できない。

 (がく)が無い事は理解しているけれど、ギルドマスターとしてはちゃんと把握したいところだった。

 

 

 時刻が明け方の四時になるまで今後の方針について話し合うのだが、モモンガはどうしても敵性プレイヤーが気になってしまう。

 情報は戦闘以外に興味なし。というところがあるのかもしれない。

 転移してすぐに襲われると考えるのは早計だと仲間は言う。だが、自分は頭が悪い。

 折角の宝は奪われたくない、という独占欲があるのかもしれない。

 その思想で言えば仲間たちは全て敵となってしまうとぷにっと萌えは言った。

 

「じゃあ、冒険をやめますか? それはそれで何の解決もしませんけれど」

「………」

「我々は元の世界に戻る方法が分かりません。我々はモモンガさんではないので君が何を考えているのか、言ってくれないと分かりません」

 

 しばらく長考するモモンガ。

 仲間たちに自分の考えを読め、というのは無茶なのは分かっている。

 分からないからといって当り散らしはしない。

 ただ、不安なだけだ。

 ギルドマスターなのに。

 皆の不安を解消しなければならないのに良い案が浮かばない。

 自分の進むべき道が正しいのか分からなくて(たま)らない。

 自然と机を叩く自分に気づく。小さい不安が行動に出ていたようだ。

 

「敵性プレイヤーは引き続き、皆さんに警戒してもらいます」

「了解しました」

 

 と、二つ返事でぷにっと萌えは言った。

 

「……俺がそういう命令を下して良いんですか?」

「ギルドマスターとして当然の権利だ。正しいかはどの道分からない。ならば、みんなで悩みを共有し、対処していくしない」

「うんうん」

「序盤で(くじ)けていたら前に進めませんよ。こうしている間にもナザリックの全階層のチェックは皆で(おこな)っているんですから。寝て居る者も居ると思いますが……」

 

 モモンガは申し訳ない気持ちになってきた。

 自分だけが苦労していると思っていたからだ。

 ナザリック地下大墳墓の代表者としての責任、という言葉で自分を追い込んでいたようだ。

 

「序盤の都市の内容次第では我々も偽装して他の都市に向かいます。それでいいですか?」

「敵にやられたら復活よろしく。まだ金貨は充分にあると思いますけど」

 

 いきなりミンチにされて財が減った事をペロロンチーノは思い出す。

 レベル100の復活費用は金貨五億枚。そう簡単に死んでいられない。

 ユグドラシルの金貨は拠点維持費や傭兵召喚などに使われる。

 新たな世界に来たことで色々と入用になった時、金欠では差しさわりがあるだろう。

 費用を増やす方法も今後の予定に付け加える必要がある。

 

「……頑張ります」

「応援しています」

 

 話しを終えた後で二人は自分の部屋に戻り、モモンガは執務室の机に視線を向ける。

 先の見えない世界に対して自分達はどう行動すべきなのか。

 色々と問題が山積していて無い臓器が痛むような気持ちだった。

 

 act 18 

 

 アウラとルプスレギナを伴ないエンリの馬車に戻ったのは五時ごろ。

 既に彼女は起きていて馬に餌を与えていた。

 

(かわや)にでも行っていたんですか?」

「え、ええまあ……」

 

 エンリは顔を(しか)めていたがモモンガが大きな剣を持っているので、気にするのはやめた。

 街道にはモンスターの他に盗賊も出没する。

 勝手に居なくなれば心配する。エンリは自分だけ助かればいいと思っているような薄情な娘ではない。

 

「モモンガさんは強いのかもしれませんが、世の中には冒険者でも逃げ出すモンスターが居るそうですよ」

「へー」

 

 そう言いながら出発の準備を始めるエンリ。

 手際がいいので作業はすぐに終わる。

 警戒させていたシモベ達は一定距離の場所から馬車を護衛していた。何かあればすぐに駆けつけて連絡してくる手はずになっている。

 それからモンスターに遭遇する事無く最初の都市●●・ランテルにたどり着く。

 既に検問待ちの渋滞が起きていた。

 

「検問ですか?」

「ええ。朝と晩は特に込みます」

「どんな事を調べるのでしょうか?」

「軽い身体検査です。詰め所に居る魔法詠唱者(マジック・キャスター)が鑑定魔法を使って怪しいものが無いか調べるんですよ」

 

 そう聞いてモモンガは流れない汗が流れ始める。

 自分達は色々と調べられては不味いものを持っている気がした。

 何もしていないけれど調べられるのは好きではない。

 いつもは敵の情報を調べる側だから。

 

「旅人は捕まりますか?」

「いえ、そういう事は無いと思いますよ。色んなところから冒険者が来ますし、国民以外の人も来ますので」

 

 詳しい事はエンリでもうまく答えられない。

 とにかく実際に行って確かめるしかない。

 モモンガとしては『飛行(フライ)』とかで飛んで入りたい気持ちだった。

 後々、不法入国で騒ぎが大きくなっては困るので(おこな)わない。

 アウラとルプスレギナは特に問題は無いだろう。

 

「モモンガさんは私の遠い友人という事にしましょう」

「そんな簡単で良いんですか?」

「農村の戸籍を全て王国が把握しているわけではありませんから」

 

 と、言われて少し納得する。

 どれだけの人口がいるのか分からないが文明レベルから言ってコンピュータは無いだろう。

 魔法がどれだけ万能かは確認しなければならないけれど。

 ゲームであれば何らかのウインドウが出るかもしれない。

 何かあれば逃げるだけだ。敗走もまた次の手段の(かて)にする、とタブラも言っていた。

 

 

 長い時間かかってエンリの番となる。

 兵士達が馬車を確認していき、乗っている人物達を見つける。

 

「……三人か」

 

 事前に全身鎧(フルプレート)の冒険者をいちいち裸にしたりしないことは聞いていた。

 

「●●●村のエンリ・●●●●。今回の入場の理由を述べよ」

 

 何の疑問も無く口走る兵士に対してまた笑いそうになるルプスレギナ。今はだいぶ免疫が付いたのか、しっかりと耐えている。

 

「旅人の案内役でございます。こちらの方々が冒険者になりたいというので……」

「●●●ロ帝国のスパイではあるまいな」

 

 そう聞かれて『はい』と答えるスパイが居たら見てみたい。と、思っていたらルプスレギナが手を挙げたので慌てて彼女の口を塞いだ。

 余計な事を口走りそうな予感がしたので。

 よくよく考えると自分達はまさにスパイだ。その事に気付いてモモンガは緊張してきた。

 

「その包みは何だ?」

「武具です。これを売って活動資金にする予定です」

「武器は多いに越した事は無い」

「先日に薬草は売ってしまったので、今回は案内程度です」

 

 兵士達は色々と話し合っていた。

 問題の鑑定は特別なアイテムでも持ち込んでいない限りは(おこな)わないようだ。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)のMPは無限ではない、ということだろう。

 手形を見せた後は手続きが済み、都市の中に入る事を許された。

 

「毎回、ああいう手続きをするのか?」

「私はそうですね。都市に住まわれている人は証明書を発行してもらえば楽に往復できるそうですよ。私達は商売に来ているだけですから」

「なるほど」

 

 ルプスレギナに必要事項をメモさせて都市の中心部まで馬車を進める。

 城砦都市と言われるだけあって守りは堅そうだ。

 近隣に●●●ロ帝国があり、現在は戦争の準備中なので多くの兵士が往来している。

 よくある戦乱イベントだろう、とモモンガは思った。

 

 

 まず最初にエンリは友人の居る店に直行する。

 都市に住む者ならば説明は任せた方がいいだろうと判断した。モモンガも異論は無かった。

 ●●・ランテルでは有名な薬師(くすし)でバ●●●の名前を知らない者は居ないと言われるほどだ。

 モモンガはとても可哀相と思ってしまった。

 

「ここが薬師バ●●●の店です」

 

 気にすると駄目なのだろう。だから、無視する事にしたモモンガ。

 年若い娘が凄い言葉を言うのはどうかと思うのだが、仕方ない。

 この世界では、これが当たり前なのだろうから。

 エンリは店に入り、●●●ーレアと連呼する。

 

「エンリ!? また来たの?」

 

 と、店の奥から汚い青年が現れた。

 目元を隠す髪形。それ以外は名前のような印象は全く見受けられない普通の人間に見える。

 この姿から●●●ーレアの由来は想像できない。

 

「こちらのモモンガさんに都市を案内してほしいんだけど……。忙しい?」

「忙しいけど、エンリの頼みなら引き受けるよ」

「ありがとう」

 

 モモンガは店内を眺める。

 様々な匂いが立ち込めているが薬草類のようだ。

 

「……モモンガ様、様々な薬草を販売する店のようですね。少し調べてもいいですか?」

 

 今まで大人しくしていたアウラが尋ねてきた。

 自分からそういう事を言うのはNPCでは有り得ない。

 

「店主に迷惑がかからないように許可を得てからな」

「了解しました」

 

 エンリと会話している間、二階から新たな人物が姿を現す。

 醜悪な顔なのでモンスターかと思ってしまった。

 

「お客さんかい?」

「うん。モモンガ、さんでしたね。うちのおばあちゃんのリイジー・バ●●●」

 

 青年だけではなかったようだ。

 こちらは名前は特に問題は無さそうだ。

 孫に変な名前付けやがって、と赤の他人ながら怒りが湧く。

 

「この者に色々と教えてあげくれませんか?」

 

 と、モモンガはアウラを紹介する。

 

「客が来るまでならいいよ」

 

 アウラは店内にある薬草類を尋ねていく。

 新しい世界の未知のアイテムの調査も大事だからだ。

 

「私はこの都市に初めて来たので色々と教えてもらいたい。あと、武器を売りたいのだが……。武器屋も案内してくれると助かる」

「じゃあ、店はおばあちゃんに任せます」

「おう、行っておいで」

 

 ルプスレギナは店内に置いておくことにした。後で『伝言(メッセージ)』で呼びつける事を伝えておく。

 アウラが居れば戦闘に際して問題は無いだろう。

 

 act 19 

 

 まずは資金調達から。

 エンリは村の仕事があるので挨拶の後は帰っていった。

 ●●●ーレアの案内で武器屋に入り、交渉も彼に任せた。

 店内の武器の説明は全て自分達には読めない文字ばかり。だが、言葉は通じる。

 自動翻訳が働いているようだ。

 メモさせようと思ったがルプスレギナが居ないので自分で(おこな)うしかない。

 人任せも良くないかもしれないと思った。

 今回、持ってきた武器はミスリル以下。先ほど聞いた範囲ではミスリルは貴重な金属だという話しだった。

 大騒ぎされては困るので、ミスリル製は外しておいた。

 貨幣価値は銅貨二十枚で銀貨一枚。銀貨二十枚で金貨一枚。金貨十枚で白金貨一枚と続く。

 銅貨一枚辺りの価値は日本円で二百五十円相当。ユグドラシル金貨の二百五十倍だろうか。そもそも金貨しかないけれど。

 武器を全て売って金貨六枚。

 大量に持ち込まなかったとはいえ、●●●ーレアが居なければ貨幣の価値が分からないまま追い返されていたかもしれない。

 御礼をしたいところだが、貨幣六枚ではどうすればいいのか分からない。

 

「それなりに値が付いたと思いますが……。モモンガさんの背中の剣ならもっと高い価値があったかもしれませんね」

 

 今、モモンガが背中に背負っているのは二本のグレートソードだが、これは魔法で生み出した武器だ。

 売った後で消えてしまうだろう。

 防具屋も隣にあるのでそちらでも手持ちの防具を売っておく。

 戦争を控えているので色々と買い取ってくれるようだ。

 全部で金貨十三枚となったところで一枚を●●●ーレアに渡す。

 

「またいずれお世話になるかもしれない。これはお礼だ」

「分かりました。ですが、次は冒険者組合に行かれるのですよね?」

「……そうだった」

「宿屋までお付き合いしますよ」

 

 金貨一枚を受け取り、モモンガを案内していく。

 

 

 冒険者組合は各都市に存在し、魔術師組合もある。

 モンスター退治や様々な依頼は冒険者組合で請け負い、魔法に関することは魔術師組合が担当する。

 主にマジックアイテムの売買が中心だとか。

 魔法のスクロールは高価で市民はほとんど手が出せない。

 ケガをした時は神殿に行き、料金を払って治して貰う。

 規定により、神殿を介さずに勝手な治癒魔法は使用してはならない事になっている。

 

「識字率が低いので代読料も貴重な収入源となっているんですよ」

 

 と、色々と説明してくれる●●●ーレア。

 名前は残念極まりないが懇切丁寧な人物なので大いに助かる。

 

「僕は薬草採取の依頼をよく出しますので」

「色々と教えてくれてありがとう。それより……、一つ疑問なのだが……」

「はい」

「君の名前は何か由来でもあるのか? それともこの国では不思議の無い名前なのだろうか?」

「普通の名前だと思いますよ。王様の名前は●●●ッサと言いますし」

 

 王様からして駄目なのか、とモモンガは脱力する。

 

「黄金と名高い王女様は『●●ー・●●エール・●●●●ロン・●●●・ヴァイセルフ』と言います」

 

 普通に言っているけれど、とんでもない単語が混じっていたような気がした。

 なまじ単語の意味を知っていると恥ずかしいものだ。

 つまり彼らは単語の意味を知らない、ということなのかもしれない。

 ●●●王女と呼びたくないな、と思った。

 違う()()だろう、と言いそうな気がする。

 

「冒険者登録はお一人ですか? 店に居る人も冒険者になるなら一緒に登録した方がいいですよ」

「チームということですか? そうですね」

 

 アウラ達は現地調査が目的だから冒険者は自分ひとりでも構わないだろう。だが、一人で活動するのは心許ない。

 戦闘に特化した仲間を一人連れてくるべきだろうか。

 

「今は場所だけ覚えて、登録するかは考えておきます」

「そうですか。では、次は宿屋や商店街を案内します」

「よろしくお願いします」

 

 それからモモンガは時間が許す限り、都市の様子を見て回った。

 この都市は王都ではないので城は無く、広大な墓地が特徴の大都市だった。

 オ・●ー●●王国には●●・ランテル並みの都市がいくつか存在する。

 たぶん酷い名前だと思うし、今は聞かないことにした。

 近くにある森は●●●の大森林という。

 入ると危険。普通の人間なら廃人になりそうな名前だった。

 明らかに名付けた者はふざけている。

 悪意に満ちた世界は何故だか、とても冒険したくない気持ちにさせる。

 

 

 ●●・ランテルの宿屋を拠点にしてから三日が過ぎた。

 冒険者登録をせずに調査を重点的に(おこな)ってみたが知りえた結果は(かんば)しくない。

 夢いっぱいの冒険者というイメージからかけ離れた実態が浮き彫りとなる。

 モンスターの発生率はとても低く、護衛や荷物運びに薬草採取が多い。

 冒険者の規定自体が自由度の低いものだから仕方が無い。

 戦争に参加してはいけない。

 珍しいモンスターを安易に討伐してはいけない。特に生態系の頂点と思われるものは。

 勝手に治癒魔法を他人に使ってはいけない。

 冒険者組合が事前に調査した仕事しか請け負ってはいけない。

 規約に厳しい組織だという事は理解した。

 それで人材が育つとは思えないのだが、と仲間に相談する。

 

『……それはまた厳しい世界ですね』

「市民に毛が生えた程度の仕事しかないのでしょうか」

『最初は地道な仕事が多いものです』

 

 それはそうなんだろうけれど、物足りなさを感じる。

 自分達はレベル100の凄腕プレイヤーだ。その自分たちから見れば周りは低レベルが当たり前で、文句を言っても仕方がないだろう。

 とにかく、弱くてもいいから適当なモンスターを倒して強さの程度を調査したいと思っていた。

 

 act 20 

 

 墓地を除いて立ち入り出来そうなところは一通り回った。

 飲食店の食材はびっくりするほど()()()だった。翻訳は●●●ーレアだが。

 人名、地名だけが変なのか。

 冒険者のランクも(カッパー)級から始まり、●●●級、●●●級と変に続いたりしない。

 最上位が●●●●級とかだったらと変な妄想が浮かんでしまい、混乱しそうになる。

 なんとか精神の安定化が起こり冷静になれた。

 ●●●●級ってなんだよ。規模が分からない。

 自分で思いついたとは言え、酷いものだと思った。

 冒険者組合に居る冒険者達の名前は聞き耳を立てた範囲では変な者はあまり居なかった。

 聞き覚えの無い名前が多いけれど、まんま●●●とか居ないだけマシだろうか。

 

「●●●風焼き肉定食ってどんなものなんでしょうか」

「知らん」

 

 たまに出てくる単語に喜ぶルプスレギナ。

 大人しいナーベラルにした方が良かったかもしれないと後悔するモモンガ。

 名前は酷いが料理はまとも。

 ●●●を本当に丸焼きにしたものだったらどうしようと思ったものだ。

 

「ルプスレギナ、さっき聞いたけど狼の焼肉定食があるそうだよ。食べてみる?」

 

 と、アウラが言うとルプスレギナは顔を青ざめる。

 普段は笑顔を絶やさない戦闘メイドが顔を青くするのは珍しい。というか、初めて見た。

 NPCはゲーム時代は無表情が当たり前。

 感情が視覚的に見えるのは凄いなと思う。

 

「……ど、同族食いはご勘弁を……」

「お前でもそう思うのか……」

 

 ルプスレギナは人狼(ワーウルフ)という種族だ。

 普段は人間の姿だが変身すれば赤毛の巨大狼になる。

 

「何らかのペナルティが課せられると思います」

 

 一部の種族は共食いが出来る。

 ルプスレギナは共食いに関して嫌悪感を抱いたらしく、食べたいとは思わないと答えた。

 それは自分でも分からない事らしい。つまり本能で拒否してきた、という事だろうか。

 仲間を食えと命令されれば食べるかもしれない。けれども同じ種族か、または近親種は身体が受け付けないと言ってくるのだろうか。

 NPCの反応はいつも驚かせてくれる。

 

「意地悪はそこまでにしよう。調査費用は有限だ。そろそろ次の段階に進めようと思う」

「はい」

「アウラとルプスレギナ。冒険者になってみるか? それとも他に私の共に相応しい者が居れば推挙せよ」

「おそれながら、モモンガ様の共ならばタブラ・スマラグディナ様や至高の御方々が相応しいかと」

「今回はお前達NPCを共にしたい。彼らと一緒ではモンスターの強さが計りにくい」

「シモベでいいのであれば戦闘メイドたる我々がお側につきます」

 

 折角意見を貰ったのにモモンガは不満だった。

 自分のイメージではもっと相応しい者が居るような気がした。だが、それはイメージであって形が浮かばない(もや)のようなもの。

 候補としてはナーベラル・ガンマ。それは確かに相応しい。

 メンバーの中では偽装しないと連れて来られない者ばかり。

 偽装しないでいい仲間がなかなか思いつかない。

 理想は現地の冒険者。色々と情報を持っているという点ではありがたいだろう。だが、ナザリックの秘密を知られると始末しそうだし、それによって更なる混乱が広がる気がする。

 自分の決断力の無さに辟易する。

 

 act 21 

 

 決断できない時は冒険者組合に行き、噂話しを聞くに限る。

 登録した者たちでなければ滞在してはいけない決まりは無かった。

 この国の様子や現在遂行中の依頼などをこっそりと聞き耳を立てて集めていく。

 半径数十メートルの話し声は結構はっきりと聞き取れる。

 それはアウラとルプスレギナも同じ。

 掲示板に張られた依頼書を何枚か持ってきて、丸々写させる。

 言語解析は仲間にやってもらう事にした。

 暇つぶしになるだろうから。

 問題はモモンガが理解しないと結局は仲間便りになってしまう。

 書き写したものは●●●ーレアに尋ねる。

 対訳という形でメモしたものを仲間たちに提出する。

 現地の言葉を理解するには文字を覚えただけでは足りない。

 会話は不自由しないのだから、モモンガは引き続き冒険者登録の為の下準備に入る。

 その間、仲間たちは色々と話し合ったり、自分の時間を過ごしていた。

 外に出ているメンバーは外敵が居ないか確認しつつ、拠点を隠蔽するか、田畑として利用するか相談していた。

 人の往来は今のところ無い。

 現在位置は近くに都市や村のない場所のようだ。

 ぶくぶく茶釜と餡ころもっちもちとやまいこの女性三人組は第六階層で長閑(のどか)に過ごしていて、外での活動は今は控えていた。

 自分たちが出ても騒動が大きくなるだけだと思っていたから。

 偽装する案もあるけれど、ギルドマスターが頑張っているのを邪魔したくなかった。

 ぷにっと萌えは言語の解読。タブラはナザリック内の調査。

 第十階層の資材の確認なども手分けして(おこな)っている。

 読書して過ごすものも居たけれど。

 ペロロンチーノは最初こそ、メイドを裸にしたりしていたが同じ相手では飽きるし、彼女たちは人造人間(ホムンクルス)なので動像(ゴーレム)と大差がない気がしてきた。

 反応は面白いけれど。

 

「上半身は汗をかくのに下半身は何もおきないとは……」

 

 そもそも排泄行為をしない。

 ユリですらトイレを使うのに、と。

 アンデッドなのにトイレを使うのは創造主であるやまいこも首を傾げていた。

 シャルティアもトイレを使うようだ。

 メイド達は食事をしてもトイレは使わない。試しに利尿作用の強い炭酸水を飲ませてみた。

 尿意を感じたら連絡するように言ったが、一切連絡が来ないまま一日が過ぎた。

 メイド達の内臓は異次元に繋がっているようだ。

 ユリを呼んで大量の炭酸水を与えてみた。

 首を外して直接、流し込むという方法だが。

 しばらくするとモジモジし始めるユリ。尿意は起きるようだ。

 NPCは微動だにしないのが当たり前だったので、ちゃんと人間的に反応すると興奮しそうになる。

 続いてナーベラル。こちらは普通にトイレは使うと答えた。

 エントマとシズもトイレは使うようだ。

 自動人形(オートマトン)なのに人間的で驚く。

 口があるのだから水分の摂取は出来るのだろう。

 

「君達は性欲はあるのか?」

 

 シズは無表情のまま考え、分からないと答えた。

 他の三人も分からないと答えた。

 ユグドラシルから転移して間もないし、そんな事を聞かれても困るだろう。

 今のところ身体を触っても警告音は聞こえない。

 メイドばかり相手にしているとシャルティアが怒るかもしれない。

 相手は吸血鬼(ヴァンパイア)だから生身の意見はもらえないだろう。

 第二階層のシャルティアの住処である『死蝋玄室』に向かう。

 既に訪れてはいたがシャルティアの為に作った部屋は一段と輝いて見えた。

 

「これはペロロンチーノ様。ようこそおいでくださいました」

 

 大喜びのシャルティア。

 急いでおめかしでもしたのだろうか。服が少し乱れていた。

 

「……自分で設定したとはいえ……、すげーや」

 

 規制が取り払われたことで更なる進化を遂げたような様相に笑いそうになる。

 室内には吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が数人待機していた。

 

「いつも『転移門(ゲート)』を使う時だけ呼んで悪いな、シャルティア」

「い、いいえ、とんでもありません。与えられた仕事に不満などありません」

 

 普段は妙な(くるわ)言葉を使うシャルティアも創造主の前では言葉を改めるようだ、とペロロンチーノは何度か頷いた。

 自分で設定したのだから知ってて当たり前だ。

 だが、今のNPCたるシャルティアは自分の知らない一面を見せてくれるような気がした。

 さすがにアンデッドと●●●●は勇気がいるので挑戦は控えるが、気になる。

 姉は今頃、マーレをいじり倒しているんだろうな、と思いつつシャルティアの頭を撫でる。

 身体は小さいが信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして攻撃にも特化した武闘派。

 視線を彼女から外せば妙な道具がいくつか散らばっているのが見える。

 一言で言えば、素晴らしい、と大声で叫びたくなる。

 モモンガならば叫ぶ意味が真逆となるだろう。

 ロリっ子は貧乳こそ価値がある。

 そんなバカなことを口走りそうになったが堪えた。

 恒例の質問をしていく。

 紅茶を飲むシャルティアのことなのでトイレは確実に行くだろう。

 ●●●も出るのか気にはなるが、●●●を見ても仕方が無い。

 出している姿には興味があるが。

 身だしなみの関係で風呂に入る。

 『清浄(クリーン)』という便利な魔法があるけれど、温かい風呂は格別だろう。

 性欲にまみれているシャルティアは●●●●とか●●●●というのはするのだろうか。

 

「は、はい。ですが純血は守っていんす……」

 

 素直に答えるのは創造主の特権だろうか。

 ●●で●●●●するのか。

 というか女性にする質問ではないな、と自己嫌悪に陥るも性欲の強い自分はすぐに立ち直る。

 エロゲーが無ければ死ぬのです。

 シャルティアを創造して随分と経つかもしれないが●●はある意味、当たり前のような気がする。

 ●●●にしてやろうとか思ってはいない。

 

「変な質問で悪かったな」

 

 エロい事をさせる為に作ったんだっけか、と疑問に思うペロロンチーノ。

 ユグドラシルが終わった今、ナザリックの存在意義はあるか、無いのか。

 帰る家、という点で言えば有意義だろう。

 自分の部屋があるし、仲間が居る。自分が生み出したNPCも居る。

 気分が落ち着いてきたところで他愛の無い会話を交わしていく。

 

 act 22 

 

 第六階層のアウラ達の寝床となっている巨木の住処にぶくぶく茶釜は滞在していた。

 中身をくりぬいて住居としている。

 いくつかの階層に別れ、アウラ達は自由気ままに暮らしていた。

 今はマーレが居て、上の階にぶくぶく茶釜が居を構えていた。

 

「ふんふんふん」

 

 不定形の粘体(スライム)とておめかしはする。

 残念ながら風呂には入れそうに無いが、シャワーには挑戦している。

 普段はログアウトするのだけど今はそれが出来ない。

 種族の特性か、睡眠不要。食欲はあるけれど装備品のお陰で飲食も不要だ。

 アウラとマーレの為に集めた服を並べたり、修繕したりする。

 

「ほ~ら、マーレ。次はこれを着てみようか」

 

 可愛い男の娘。

 設定年齢は七十代半ば。だが、闇妖精(ダークエルフ)の世界ではまだまだ子供の部類だ。

 本物には会った事が無いけれど。

 

「ぶくぶく茶釜様。僕達は、着替えばかりしていて、いいのでしょうか?」

「いいのいいの。臨戦態勢に入る時はちゃんと出来るのよ、うちのギルドは」

 

 上半身裸のマーレを見て、興奮するぶくぶく茶釜。

 見た目には分からないけれど、小さく叫んでいる。

 なんという胸板感、と。

 エロゲー声優でもあったぶくぶく茶釜はそれなりにエロい知識がある。

 弟であるペロロンチーノに匹敵するほどに物は知っている。

 

「今日はこれを着てもらおうか」

 

 いつものスカートではなく純白の男性用スーツを見せる。

 体型的に細身のマーレには似合いそうだと思って着せてみた。

 

「おお、おお」

 

 ビシッと体型に合うのは魔法の武具だからだ。

 多少のずれは自動的に修正する機能がある。

 アルベドの持つ神器級の防具も身体に合わせて形を調整する。

 

「カッコいい」

 

 アウラもスーツ姿が似合うけれどマーレも表情さえ真面目にすれば充分絵になる。

 胸が無いならアウラでも代用は出来るが、男の子は可愛くて格好いい方がいい。

 スカート姿のまま放置していたら永遠にスカート姿のまま過ごしてしまう可能性がある。

 それはそれで可哀想なので色々な服を着るように特訓していた。

 自我を得た今のNPCなら自分で服を選ぶことも可能なはずだと思って。

 ただのゲームキャラクターなら別に気にしなかっただろう。

 ナザリックに置いて仲間たちと冒険ばかりしてきたのだから。

 今は創造主として生み出した子供たちを可愛がらなければ、育児放棄と同じだ。

 

 

 ぶくぶく茶釜は弟や仲間が居ない間に●●●●に挑戦してみた。

 結果としてはそもそも自分の●●●がどこにあるのか分からないし、感覚器官も人間のものと違うようだ。

 人並みの感情はある。攻撃を受ければ痛みも感じるだろう。

 性欲はあるのか、無いのかはっきりしない。たぶん、あるんだろう。食欲もあるみたいだが一日中粘体(スライム)というのは力加減が分からない。

 なんとなくは分かるけれど。

 一般メイドと同じく食べても排泄はしないようだ。

 分裂も出来ないようだ。

 身体を洗おうにも不定形なので汚れがあるのかどうかが分からない。きっと何か酸とかで綺麗になっているのかもしれない。

 タオルで身体を拭いても不毛な気がした。

 化粧が出来ない。

 楽ではあるけれど、人間的な事が出来ないのは少し、いや、結構不満だろう。

 女性ものの服を着る事が出来ない。

 着なくていい種族なら気にするだけ不毛だ。それは分かっている。

 

「私の代わりに色んな服を着ておくれ」

「は、はい。ぶくぶく茶釜様」

 

 自分の着せ替えを諦める代わりにアウラ達の姿で満足しよう。そうぶくぶく茶釜は思った。

 さすがに●●●●をさせる気にはなれない。

 もう少し大きくなるか、現地の森妖精(エルフ)とか掴まえてから考えればいいだろう。

 異世界に転移して数日が経過した。今さら慌てても仕方が無い。

 本来なら慌てているだろう。身体が粘体(スライム)だからというよりは種族の特性が精神に干渉しているようだ。

 人間であった頃の様々な感情が今はとても薄いと自覚できる。

 他のメンバーもそれぞれ種族に合ったものの考え方を持つようになっているという。

 人間より異形種に近い存在。

 嫌な事ばかりではない。

 今まで獲得してきた記憶は維持されている。

 段々と物を忘れてモンスターになりきる()()()()()起きていない。

 いずれ仲間同士で食い合うのでは、と危惧はしている。

 

「ぶくぶく茶釜様、どうかしたんですか?」

「んっ? ちょっと考え事。楽しい事ばかりじゃないのよ、世の中って」

 

 もし、自分ひとりだけ転移した場合、それは他のメンバーも考えている事だろうけれど。

 何所までいけるのだろうか。

 ナザリック無しではきつい。

 アイテム無しでもきつい。

 粘体(スライム)はかなり熟練したプレイヤーでもないかぎり使いこなせない種族だから。

 

『姉貴、起きてる?』

 

 と、突然に聞こえる他人の声にびっくりする粘体(スライム)

 他人というか弟だった。

 事前に音が鳴る携帯電話でもあればいいのだが、魔法による連絡手段はゲーム時代と違って容赦がない。

 

「んー、弟か? 切っていい?」

『取り込み中だった? ごめんごめん』

「まあいいけど……」

 

 魔法の仕様だから仕方が無い。これは慣れるしかないのだろう。

 戦闘に際しては重宝するのだが、プライベートな時は気分を害されてしまう。

 (あらかじ)め通信拒否設定にしておけば良かったかな、と思いつつも仲間との連絡手段を失うのは不味いかも、と思い直したりする。

 結論は今は出せない。

 

「それでどうかしたの?」

『●●●●に挑戦してみたんだけど……』

「あんた……、実の姉によく恥ずかしくも無く言えるわね」

 

 各言うぶくぶく茶釜も挑戦していたけれど。

 結果は何も感じないので無意味な行為で終わってしまった。

 それはそれで生物として色々と失った気がする。

 

『ちゃんと●●出来たんだよ。きっと子孫繁栄も出来るかもしれないよ』

「……そう、頑張ってね。……えっ? あんたの身体はアバターよね?」

 

 ユグドラシルをプレイする為に使う擬似的な身体がアバター。

 それを自分の肉体のように使う事は本来はできない。

 食事もあくまで設定された()()なので現実の肉体が満腹する事はありえない。

 トイレを使えば現実の身体がお漏らしするだろう。

 だから、ゲームの中で(おこな)う事は()()でしかない。

 匂いや触れる感触もプログラムでしかない。

 数日経った自分の本体はゲームをしたまま餓死しているか、精神体だけ切り離されて異世界転移しているので、本来の自分達は普通の生活をしているかもしれない。

 それらは確認出来ないけれど。

 

『肉体のあるアバターでも出来てびっくり。あと、人間的な感覚はあるようだね。粘体(スライム)の姉貴は無理なんだろうな』

「……くっ、だが、粘体(スライム)を今さら撤回は出来ないだろう。……それでシャルティアと●●●●でもする気?」

『アンデッドだからね。出来なくは無いだろうけれど……。異種交配とか出来たら面白いだろうね』

 

 エロゲーをこよなく愛する弟の言葉とはいえ下品極まる。だが、気持ちは分かる。

 つい自分もマーレと、と良からぬ妄想をしそうになった。

 

「無差別に襲ったらモモンガさんが怒るから自重しなさいよ」

『うん』

 

 妙に素直なところは種族が変わっても自分の弟なのだなと安心する。

 種族間の争いは今のところ無いけれど、仲間割れは想像したくないと思った。

 

『……姉貴、治癒魔法を駆使したら延々と●●できそうなんだけど……』

「はあ!?」

 

 バカな言葉を聞いてぶくぶく茶釜はあからさまに不機嫌な言葉で言い返した。

 

『もう三十二回目だけど、どんどん』

 

 強制的に『伝言(メッセージ)』を切るぶくぶく茶釜。

 それと同時に内なる自分が興奮しているのが分かった。

 治癒魔法を駆使すればいい、という部分がとても嫌らしく聞こえた。

 現実世界ではない。

 ここは魔法が使える異世界だ。

 

「……あ~……、やべー、弟がヤバイ意味で無双しそう……」

 

 人はそれを酒池肉林と呼ぶ。という言葉がぶくぶく茶釜の脳裏に浮かんだ。

 肉体のある種族で●●●●出来るなら不可能ではない。

 疲労を知らず延々と女を貪る弟。

 もちろん、弟だけではない。

 肉体を持つメンバーなら色々と危険な事を企みそうだ。現に自分もそうだ。

 なんて素晴らしいんだろう、と。

 

 act 23 

 

 一時間は身悶えしただろうか。

 ぶくぶく茶釜は長考の後でマーレを抱き寄せる。

 膝枕したいところだが、膝が見当たらない。

 ずぶぶと少し粘体(スライム)の身体に埋まるマーレ。

 力を込める、というか粘体(スライム)の身体は何所に力を込められるのだろうか。今さらながら分からない。

 だが、感覚的には堅くする事が出来ている。

 擬似的な腕も形作れる。そうでなければウインドウ操作は出来ない。

 

「マーレ、私が粘体(スライム)で嫌だなって思うことはある? 正直な感想を聞かせて」

「えっ!? ぶ、ぶくぶく茶釜様が粘体(スライム)種でも至高の御方に変わりはありません。ですから、忠誠が揺らぐことはありません」

「モモンガさんみたいな死の支配者(オーバーロード)がいいとか好みがあったりしない?」

「至高の御方々に対して不敬(ふけい)な事は、考えていません」

 

 絶対の忠誠。だが、無理に従っているという感じではない。

 創造主に逆らうNPCはそもそも存在しない、という前提があるのかもしれない。

 だが、ぶくぶく茶釜としては自我が芽生えた今、自分の考えや気持ちが生まれて独自の思想を持つ事もありえない事はないと思っている。

 与えた力は強力で敵対すれば苦戦する。

 レベル100のNPCは簡単には倒せない。

 各個撃破される事態だけは避けなければならないだろう。

 

「マーレは死ねと私が命じたら死ぬのかしら?」

「も、もちろんです。し、死ぬのは怖いですけど……」

 

 躊躇(ためら)いがあるのはゲーム時代と違う。

 従順なゲームキャラクターではない、という意味かもしれない。

 アウラを殺せ、と命じたらマーレは全力で殺しにかかるのか、それは興味半分と恐怖半分だ。

 

『姉貴』

「むっ、なんだ弟」

 

 いいところを邪魔しやがって、と怒りが湧く。

 

『六十三回目だけど全然萎えないよ』

「……二百回まであと少しだな、弟」

 

 そう言った後で六十回とはなんなんだ、と驚いた。まだ一時間しか経っていないはずだ、と。

 鳥だから●●とか。いやに早い●●で驚いた。

 少なくとも言葉が真実なら弟の部屋には行きたくない。とても臭そうな気がした。

 粘体(スライム)ならば平気かもしれないが、一歩でも立ち入りたくない。

 

『一定回数●●●と●●するようなんだよ。段々飽きてきた』

「じゃあやめろよ。それとも止まらないってか? バカかお前」

『確認作業は大事だからね』

 

 というか、姉によく平気で連絡してくるなと驚いた。

 実の姉弟(きょうだい)だから、という理由でもあるのだろうか。

 

『つまりさ、メイド達も一定回数いじると●●●しまくるんじゃないかと。排泄は出来ないから、したつもり、になるのか』

「メイドいじりはやめてあげなさい。……なんか可哀相だ」

 

 一定回数で●●するNPCが事実なら出せるNPCはとても可哀想な扱いになるだろう。

 ルプスレギナは哀れな姿になりそうだ。

 ナーベラルは無表情だが、出来なくは無い気がする。

 コキュートスは凍りそうだ。

 

『『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』と治癒魔法を併用すれば凄いだろうね』

「お前のエロい思考にお姉ちゃんはドン引きしているけれどな」

 

 よく思いついたな、と。

 いや、遅かれ早かれ自分も同じ結論に至りそうな予感はする。

 ルプスレギナは下品な単語を知りえているし、良からぬ事を企みそうなNPCだ。

 独自に意見を述べるのも遅くはないだろう。

 ふとマーレに視線を向ける。

 粘体(スライム)なので自分の視点がどこかは相手には分からない。だが、ぶくぶく茶釜は基準となる視点を持つ。

 人間の残滓があるので背後は見えない。

 本来なら人間の視点に様々な映像を周りに配置して多元視点を演出する。

 それが今は出来ない。感覚便りだ。

 肉体が粘体(スライム)なのでそれほど負担ではないが、精神的には疲労を感じる。

 前後を同時に見ると具合が悪くなりそうなものだが、それらは不快感として処理されているようだ。

 

鳥人(バードマン)だから●●ってことはないか?」

『……うう、それは……。あるかも』

「感覚的にはどうなんだ? それだけやってりゃあ、血とか出そうなものだが」

 

 治癒魔法を使っているなら血は出ないか、とぶくぶく茶釜は思ったが言わなかった。

 

『出すたびに気持ちがいいよ。血も出ない』

「……下品な弟を持ってしまったな」

 

 いつから姉に●●●●を報告するような弟になってしまったのだろうか。

 この世界に転移した時からか。

 鳥人(バードマン)だから粘体(スライム)に喋っても平気、とかあるのだろうか。

 逆の立場だったら自分は弟に自慢するだろうか。

 自慢しそうな自分が脳裏に現れた。

 どうやらペロロンチーノは間違いなく自分の弟のようだ。

 

「モモンガさんは紳士だから、派手にエロい事は口走るなよ。ただでさえ禿げてるんだから」

『そ、そうだよね。色々と気苦労が多いもんね』

「ちょっとつついたら発狂するぞ、あの人は」

 

 種族の特性で精神は安定するだろうけれど。

 

「そうだ、マーレ」

「はい」

 

 ぶくぶく茶釜の身体からずりゅりゅと音を立てながら離れるマーレ。

 服に粘液などは付かないけれど少し気になってしまう。

 

「外を調査しているブルー・プラネットさんのところに行ってナザリックの隠蔽作業などの手伝いをしてきなさい」

「畏まりました」

「敵の迎撃については今はしなくていいけれど……」

「はい」

 

 ぶくぶく茶釜は虚空に身体を滑り込ませてアイテムを一つ取り出す。

 それは『指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)』で効果は階層内の転移を自在にするアイテムだ。

 全部で百個あり、メンバーはもちろん所持している。

 

「敵に奪われてはいけないから、勝手な迎撃は控えるように」

「は、はい!」

「それと指輪の事は私が許可したと言っておきなさい。……もし、メンバーに取られたら、後でそいつをぶちのめしておくから」

 

 ぶくぶく茶釜の最後の言葉にマーレは震えて何も言えなくなった。

 言い知れない恐怖を感じたせいだ。

 至高の存在は怒らせてはいけない。NPC達にとって神の怒りは例えようもない恐怖の象徴かもしれない。

 

 

 伝言(メッセージ)は既定の時間になったので切れてしまった。

 改めて尋ねる気にはならなかったので無視する事にした。

 マーレが転移した後でぶくぶく茶釜は窓から身体を這い出す。そして、飛び出す。

 

「ひっさーつ! ●●●ショット!」

 

 と、下品な単語の必殺技名を叫ぶ。

 ピンクの肉棒と言われるだけあり、●●にそっくりな物体が飛んでいるように見えるだろう。

 着地地点は小さな湖。まるで●●●のようだ。

 ボチャン、と音を立てて湖に突っ込んだ様はまさに●●●●か●●●のようだ。

 

「乙女の●●いただきだぜ」

 

 これで湖は●●●になった、と独り言を言い出すぶくぶく茶釜。

 規制されないので下品な言葉は言い放題だ。

 

「頭部分を●●っても●●は出ないのよね。出たら出たで私の存在意義を疑いそうだけど……」

 

 妙な効果音と共に●●を噴出するピンクの肉棒。

 女だぞ、私は。と独り言を言いそうになる。

 肉棒より●●●になった方がいいのかな、という下らない事が浮かんだ。

 

「……歩く●●●……。警察が居たらそれだけで捕まるか……」

 

 卑猥も何もそういう種族なんです、という言い訳が通用すれば面白いのに。

 ●●●粘体(●●●●・スライム)というモンスターが居たら弟のペロロンチーノは乱獲するほど捕まえそうだ。

 壁一面に並ぶ●●●たち。

 そういう芸術の存在は知っているけれどモンスターで再現するのはちょっと気持ち悪いかもしれない。

 自分も●●●を壁一面に並べて観賞したら、やっぱり姉弟(きょうだい)なんだなと言われるんだろうな。

 ●●粘体(●●●・スライム)は居てほしくないが気にはなるだろう。

 今の自分は正にそんな感じだが。

 湖に突っ込んで少しだけ冷静さを取り戻し、進んでいく粘体(スライム)

 大自然と覚めるような青空。

 ここは第六階層。だから、青空は偽物だ。

 自然を愛するメンバーが丹精込めて作り込んだからこそ美しく感じる。だが、本物を見た後では劣化版のような印象しか受けない。

 それは作った当人達も自覚している。

 あくまで想像で作り上げたのだから。本物の美しさには勝てない。

 時間と共に青空は夕方となり、星空を演出する。

 偽物の空とはいえ、よく作り上げたものだと今さらながら感心する。

 ある程度進んだところで第九階層に転移する。

 そして、そのままペロロンチーノの部屋に直行する。

 ドアを叩いておく。

 

「いつまで●●●●してんだ、弟。部屋を臭くするのはやめろよ」

 

 と、言うと扉が開いた。

 

「あ、姉貴……。もう部屋は掃除したよ」

 

 心なしかげっそりしているような気がした。

 あの後、どれだけやったんだか。

 

「二百回超えでもしたのか?」

「数えるのが面倒になったけど……。いや、それよりどうしたのさ。姉と●●●●なんて嫌だよ」

「……よく平気で言えるな……」

「特に恥ずかしいと思わないんだよね。人間じゃないからかな」

 

 ぶくぶく茶釜もそれほど羞恥心は感じない。だが、人間の残滓は羞恥心を感じているようだ。

 口に出せないほどではない、というのが現状だろう。

 

「お前、私と話している最中でも●●●●してたんだな。本当に止まらなくなってメンバーから失笑を買うようなマネはやめろよ、私が困るんだから」

「夢中になると怖いね」

 

 と、言った弟の頭を粘液の触手が引っ叩く。

 今は同士討ち(フレンドリーファイア)が解除されているので普通に当たり、普通にダメージを与えられる。

 

「人前でやるなよ、恥ずかしい」

「う、うん」

「このままだとナザリックが汚れそうだ。いずれメイド達を並べて●字●●とかやらせかねない」

「見ごたえはあるだろうね。ただ……メイド達は半泣きするだろうな」

 

 それぞれ個性があって羞恥心もある。

 中には自分から下着を脱げる者も居るらしい。

 

 

 ぶくぶく茶釜は弟の様子を見に来ただけで、他に用事は無かった。

 いつまでも●●●●に夢中になっていたらどうしようと心配になったが。

 部屋から溢れ出る●●という結果は見たくない。

 去勢しても治癒魔法で生えてきそうだ。

 というところで良からぬ事が思い浮かぶ。

 

「……治癒魔法は便利そうだな」

 

 どうしようもないな、と自己嫌悪に陥る。

 第十階層の巨大図書室(アッシューバニパル)に向かい、気分転換に読書する事にした。

 膨大な蔵書を収蔵しているが大半は傭兵召喚の本だ。

 一般小説もあるし、魔法を使う本もある。

 

「これはこればぶくぶく茶釜様。ようこそおいて下さいました」

 

 声をかけた覚えが無いのにNPCから声をかけられるとびっくりする。

 図書室を管理する骸骨魔法士(スケルトン・メイジ)の司書長。

 他にも死の大魔法使い(エルダーリッチ)死の支配者(オーバーロード)も居る。

 

「みんな自我を持って動いているのね」

 

 確認した限り、全てのNPCに自我があるようだ。中には呼び出しておいた傭兵すらも。

 自動的に湧き出す骸骨(スケルトン)達は命令は聞くが喋りだす事はなかった。

 

「そういえばモノローグが静かだけど居るの?」

 

 居るよ。余計な事を言ってお茶を濁してはいけないと思ってね。

 

「大人しいから転移してないかと思っちゃった」

 

 内緒だよ。

 実は四十二人目のギルドメンバーというオチは無いから。

 君たちの前に現れるラスボスでもないので。どんな下品な内容だろうと問題なし。

 魂の抜けたヘロヘロの代理でも面白くないだろう。

 モノローグは無い者と思っていいよ。

 

「そうお? たまに出てきていいのよ。面白ければメンバーも許してくれると思うし」

 

 気が向いたらね。

 個人的にはエロい内容で楽しいから、もっとやれと思っているよ。

 てっきりマーレを●●させて遊ぶものだと思ってたのに、残念。

 

「むっ。それは……、ちょっと考えたけど……。弟がやっちまったからげんなりしたところ」

 

 魔法とはなんと便利な事か。では、またいずれ。

 モノローグは本来の役目に戻り、気配を消していった。

 ぶくぶく茶釜が見えない相手と語っていたので近くに居たアンデッド達は小首をかしげていた。

 

「ぶくぶく茶釜様。何か気がかりでも?」

「ううん。独り言。色んな事があって、つい不満が漏れたようね」

 

 そう言いながら読みたい本を物色する桃色の卑猥な粘体(スライム)

 探す姿はまさに●●にそっくり。

 粘体(スライム)といっても触れたものを濡らしたりしない。

 身体の水分が付着しないのは本人も不思議だと思っている。

 

 

 自室でアルベドいじりをしていたタブラ・スマラグディナは。

 

「エロい事はしてないよ」

 

 なんだよ、クソ。

 

「急に出て来たな、モノローグ。今はアルベドの部屋を構築中だ。何もやましい事はしていない」

 

 タブラの側に控えるアルベドは何度か頷いた。

 使っていないメンバーの部屋をNPCに使わせるのはモモンガに申し訳ないので自分の部屋を改造する事にした。

 各人の部屋は広いので一人二人の寝室を用意する余裕はある。

 一人部屋も広すぎると寂しさを感じる。

 アルベドの要求に色々と応えつつ設計を続ける。

 ここだけ見れば真面目な異形種だ。

 ペロロンチーノのようにエロい事が好きかというと興味がある程度で熱中するほどではない。

 不満があるとすれば好きなジャンルの映画鑑賞がリアルで出来なくなった事だろうか。

 だからといって戻りたいかというと、戻りたい。

 戻れるなら戻りたい。自室にはたくさんのコレクションが並んでいるのだから。

 

「戻ったところで動画観賞だけなら別に無理して戻りたいとは思わないが、勿体ないとは思う」

 

 大金をつぎ込んで集めたのだから当たり前だ。

 せめてデータだけでも残ればいいのだが、ゲームに持ち込めるほど軽くは無い。

 動画を見る為にログインするバカは居ない。

 

「書籍で我慢するか」

 

 小説本なら結構な冊数を揃えている。

 それでも待ち時間を潰す程度しか持ち込んでいない。

 現地の書籍をいくつか手に入れる必要があるだろう。

 

「アルベドの寝室はこの辺りとして、内装は任せる」

(かしこ)まりました」

 

 その後、必要な材料を選ぶ為に移動を開始するタブラ。

 アルベドには部屋が完成するまで行動の自由を与えておいた。

 

 act 24 

 

 ナザリックの様々なパスワードを管理する戦闘メイドの『シズ・デルタ』と共にタブラは宝物殿に向かった。

 金貨が山と詰まれた景色が二人を出迎える。

 

「……タブラ・スマラグディナ様。……毒が充満している」

「うむ。それは知っている。……しかし、よくもまあ集めたものだ」

 

 最初の部屋とはいえ(うずたか)く詰まれた金貨と壁際の棚に収められた数々の調度品の輝き。

 ゲームが終わった今、無用の長物なのだが、捨てるに捨てられない。

 これらはこのまま飾っていた方がいいのか、後の資金源にすべきなのか。

 色々と考えなければならない時が来るかもしれない。

 アルベドの部屋に飾るいくつかの調度品を選ぶ。

 女性が寝泊りするのだから、むさ苦しい部屋では可哀想だろう。

 いくつかアイテム製作のための予算も集めておく。

 現在の資産はメンバーが数回全滅しても充分なほどの量がある。

 毎回死なれれば減っていく。増やす計画も考えなければならないだろう。

 

 

 宝物殿での用を済ませた後、第十階層に行き、第九階層に行く。

 シズは念のために連れて行ったが役に立てる場面が無かった。

 重要な秘密をもつNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)だから外には出せない。

 戦闘にも参加させられないかもしれない。なのに戦闘メイドというのは致命的な失敗のような気がする。

 食事をしながらタブラが色々と悩んでいるとシズが隣りで黙々と自動人形(オートマトン)専用の飲み物を飲んでいた。

 黙っていれば可愛い娘に見える。

 

「これはこれはタブラ・スマラグディナ様」

 

 と、挨拶されたがタブラはすぐに声の主を見つける事が出来なかった。

 それはほんの数秒だけだ。

 足元に顔を向けると声の主が居た。

 

「エクレアか。いつもは小脇に抱えられているのに珍しいな」

 

 移動する時はシモベの小脇に抱えられるものだとタブラは思っていた。

 執事助手でペロロンチーノと同じ鳥人(バードマン)という種族だが、エクレアは小さなペンギンの姿だった。

 

「彼らは仕事の最中で私は休憩中というわけです」

 

 エクレアの主な仕事は清掃業。

 男性専用のトイレ掃除が主な仕事だ。

 女性は一般メイド達が(おこな)っている。

 エクレアはエロい事とは無縁そうなので面白くないな、と少し残念に思うタブラ。

 ペンギンの●●●●を楽しみにしているメンバーはおそらく居ない。ペロロンチーノも興味を示さないだろう。

 

「いずれナザリック地下大墳墓を()()()()()()なのですから清掃はかかせません。時には休憩も必要なのです」

「それは楽しみだな」

 

 エクレアの設定についてメンバーの中で文句を言う者は居ない。それはモモンガであっても。

 ガス抜きは必要だという事でNPCの中にはギルドメンバーの意に沿わないものがいくつか存在する。

 代表格がタブラが創造したニグレド、ルベド。他にはニューロニストと恐怖公などだ。

 全てが同一規格では色々と失敗するおそれがある。

 ゲシュタルト崩壊を防ぐ意味では必要な措置だ。

 

 act 25 

 

 戦闘メイドのナーベラル・ガンマはモモンガの執務室の周りを往復していた。

 呼び出されたはずなのに一向に命令が来ない。

 それでも何か意図があるのではないかと思い、警備任務だと自分に言い聞かせて歩き続けていた。

 そこへ執事の『セバス・チャン』が訪れる。

 攻撃力ではNPCの中では最強の部類に入る。普段は人間の姿をしているが彼も立派な異形種だ。

 拳を主体とする戦闘に特化している。

 ギルドの創設者『たっち・みー』に創造された彼は質実剛健を絵に描いたような真面目さがある。

 見た目は老紳士だが、生み出されて十年ほどしか経っていないので中身は意外と若者だ。

 悪に傾いたカルマ属性のギルドメンバーとNPCの中でセバスはかなり善に傾いている。

 それでもギルドに忠誠を誓うNPCなので『至高の四十一人』と彼らが神のように(あが)めるギルドメンバーを尊敬している。

 

「ナーベラル。先ほどから部屋の前を往復してどうしたのですか?」

「セバス様。モモンガ様に呼ばれたのですが、お部屋にはいらっしゃらなくて……」

「では、モモンガ様の所に向かわれればいいでしょう」

「い、いえ。我等に外出の許可は与えられておりません」

「……うむ。了解しました。それでナーベラルは命令の齟齬で悩んでいるのですね」

 

 ナーベラルが申し訳無さそうに頭を下げる。

 今の調子では連絡も通じないのだろうとセバスは読み取る。

 

「他に優先すべき事柄が発生したのかもしれません。ナーベラルは落ち着いて対処するといい」

「畏まりました」

「主のお帰りが遅くなるといけません。維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)の貸与を願い出ておきます」

「ご迷惑をお掛けします」

「何事も不測の事態はつきものです」

 

 ナーベラルが一礼した後、セバスは他の至高のメンバーに会いに向かった。

 そのすぐ後でユリ・アルファを伴なったやまいこが現れる。

 

「あら、ナーベラル。こんなところに居たの?」

「は、はい」

 

 戦闘メイドの服装からヒラヒラの多いドレス調の服装に着替えたユリに気が付く。

 だが、すぐに指摘する事は(はばか)られるだろうと判断して黙っている事にした。

 

「ナーベラルもドレスを着てみる?」

「今は勤務中ですので……。申し訳ありませんが今はお断りさせていただきたく存じます」

「真面目ね~」

 

 ちゃんと拒否するところは凄いなとやまいこは思った。

 主に絶対服従。そう思い込んでいたが実際には色々と違うようだ。

 ちゃんと自分で判断して適切な答えを導き出そうとしている。

 以前のNPCとは大違いだ。

 

 

 仕事中のNPCを苛めてはいけないだろうから、やまいこ達は立ち去った。

 残ったナーベラルは命令を拒否したのではないかと思い、冷や汗をかく。だが、相手は納得してもらえたはずだから問題は無いだろう。

 問題があるならば即座に自害すればいい。

 そんなことを考えている内にセバスが戻ってきた。

 

「どうかしましたか?」

 

 顔色が悪いナーベラルにセバスは尋ねた。

 

「や、やまいこ様の要望を拒否してしまいました……。わ、私はモモンガ様の命令を優先しようと思っただけ……なのですが……」

「同じ至高の御方々の命令……。例えそうであっても最初の命令が重いのは必定。後でモモンガ様に申し開きをすれば許してくださるかもしれません。私も一緒に謝罪しましょう」

「も、申し訳ありません」

 

 命令の優先順位というものがあるならば最初の命令が重い。

 立場の違いで言えば至高の存在が常に一番なのは当たり前だ。

 だが、今回は至高の存在の二者が別々の命令を下した。この場合はどちらを優先すべきだろうか。

 ナーベラルにとってどちらも選べない問題かもしれない。

 少なくともモモンガは『アインズ・ウール・ゴウン』を束ねるギルドマスター。至高の頂点。ゆえに他の至高の存在よりも上位である、はずだ。

 下位というわけではないだろうが、最上位の命令は何よりも優先すべきもの。よってナーベラルの選択はあながち間違っていない。

 弁明する機会を進言すれば助命されるだろう。

 

「今はモモンガ様の命令を優先すべきでしょう」

 

 借りてきたアイテムをナーベラルに渡す。

 

「二つの命令を同時にこなすのは難しい事です。時には難題にぶつかる事もあるでしょう」

「……はい」

 

 仮に自分が全く違う命令を受けたら片方を犠牲にするだろうか。

 両方同時に出来る保証が無い場合もあるだろう。

 

 

 セバスは空いた時間にぷにっと萌えに尋ねた。

 

「それは難儀するだろう。命令系統で言えばモモンガさんが最上位で構わない。時には意地悪する者もいないわけではないだろうが……。ナーベラルに命令を与えて忘れているかもしれないな。連絡はしておこう」

「ありがとうございます」

「NPCも悩むとは興味深いな」

 

 転移して一週間くらい過ぎたとはいえ、NPCに命令するのが板についたような気がした。

 それが当たり前という気持ちがあり、他のメンバーも大物ぶった言い方をしている。

 種族や役割に精神が影響を受けているのかもしれない。

 メンバー同士は普通に話している筈だが、妙なものだと思う。

 命令する立場というのが原因なのだろうか。

 友達ではなく部下という認識だから、とも言える。

 セバスを下がらせてモモンガに連絡を入れると案の定、命令した事を忘れていたという。

 下手をすれば数ヶ月も執務室の前を往復するのではないだろうか。

 特に不死の異形種が多いから、命令を忘れた事で酷い結果になる事もありえる。

 永遠に次の命令を待つNPC。

 自然とぷにっと萌えは戦慄する。

 自分達はまだ好き勝手に動き回れるけれど、自分たちが生み出したNPCは命令が無い限り、勝手なことはしない傾向にある。

 好きに生きろ、と言ってもおそらく実行は出来ないだろう。そんな気がする。

 一度、メンバーを集めてNPC達の処遇を討論する必要があるだろう。

 彼らNPC達に永遠の牢獄を味合わせないために。

 

 act 26 

 

 女性メンバー最後の一人、餡ころもっちもちはメイド長『ペストーニャ・ショートケーキ・ワンコ』の部屋でくつろいでいた。

 一般メイドと同じくペストーニャも人造人間(ホムンクルス)の女性メイドなのだが、彼女は頭部が犬だった。

 二種類の犬の頭部を繋ぎ合わせたのか、縦に縫い合わせた後が残っている。

 その頭部は被り物ではなく、彼女の肉体の一部として動いている。

 高位の神官職で戦闘メイドに匹敵する強さがある。

 

「普段はのんびりできなかったから、今は新鮮だわ」

 

 疲れたらログアウトする。それが当たり前だった。

 今はナザリックにある自室で寝泊りできる。

 あまり使わなかったクセに一般メイドに掃除させていたのが今は申し訳ないと思った。

 主が不在でも綺麗にしてくれるメイド達に深く感謝する。

 

「ペスは可愛いのう」

「ありがとうございます、わん」

 

 人間的な表情は出来ない。

 頭はやはり犬そのものだ。

 本来なら頭が割れて触手が出る仕様にする予定だったが可愛いペストーニャが気持ち悪くなるので、そういうギミックは詰め込まなかった。

 メンバーの多くが犬好きで猫系モンスターが殆どナザリックには居ない。

 居たとしても狐だ。

 他のメイドと違い、魔法も使える。NPCなのでレベルは固定されているだろう。

 ゲーム時代は気にしなかったキャラクター達が命を吹き込まれたように動き回るのは感慨深いものがある。

 ペストーニャには尻尾もある。

 どうやってデザインしたんだろうと創作者である自分も不思議に思うところだ。

 空中に浮いた失敗作だったら、やはり空中に浮いた状態になるのだろうか。

 適当に製作しなくて良かった。それはきっと他のメンバーも思っているだろう。

 軽く尻尾を引っ張ると繋がっている事が確認出来る。

 顔の表面をなぞると凹凸も違和感がない。

 口に手を入れれば舌の柔らかさが分かるかもしれないが、やめておく。

 

 生命の創造。

 

 自我が芽生えたとはいえNPCが一つの生物として存在するのは改めて考えると凄い事だろう。

 ゲームのキャラクターというよりは本当に一つの生物にしか感じられない。

 それはゲームの登場人物ならば別段、不思議は無いのかもしれない。

 普通ならばありえないことだが、ありえてしまう世界は凄いと何度も思ってしまう。

 命を与えた存在は神。NPCにとっては尊敬すべき存在たるギルドメンバー。

 色々と思うところはあるけれど、理想が現実になるというのは悪くは無いだろう。それと同時にこれからどうしようという問題が浮上する。

 元の世界に返る時、一緒には連れて行けない。かといって全員処分というのも可哀想だろう。

 創造主が決めた事に反論はしないかもしれないけれど。

 未来永劫、この地下世界で幸せに暮らせ、とは口が裂けていても言えない。

 

 act 27 

 

 戦闘メイドの『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』は領域守護者『恐怖公』の居る黒棺(ブラック・カプセル)に向かっていた。

 第二階層に存在するこの施設には(おびただ)しい数の眷属に支配されていた。

 管理する恐怖公の眷属はゴキブリ(コックローチ)で統一されている。

 小さい者から大きい者まで。

 無限に召喚されて一時は拠点から溢れ出す所だった。

 食欲旺盛で食べ物がなければ仲間を食べればいいじゃない、を地で行く種族だ。

 エントマは蜘蛛人(アラクノイド)という異形種で主な食料はゴキブリ(コックローチ)だった。おやつ感覚で食べてしまう。

 巨大な眷属はバラバラにしなければ無理だが、ナザリックの中を埋め尽くされるわけには行かないので眷属食いは許容されている。

 第七階層の溶岩地帯に捨てる事も検討されていたが今はエントマに任せている。

 ナザリックの女性陣はゴキブリ(コックローチ)が苦手でアウラも毛嫌いしていた。

 

 

 戦闘メイドの『ソリュシャン・イプシロン』は動かなくなった至高の存在『ヘロヘロ』の部屋で清掃や身の回りのお世話をしていた。

 不定形の粘体(スライム)で最強種の古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロはフリーズしたまま転移した影響か、目覚める事が無かった。

 身体は今もさまざまな形に変化はしているけれど受け答えは出来ない。

 

「ヘロヘロ様、昼の業務が終わりましたので失礼致します」

 

 返事を返さぬ主だと分かって入るけれどソリュシャンにとっては大切な存在だ。

 部屋を出ると一段と不機嫌な顔をするソリュシャン。だが、自分だけが不幸という事は無い。

 主そのものが不在の者も居るのだから。

 身体があるだけまだ自分は恵まれているのかもしれない。そう思うことにした。

 

「ヘロヘロさんは相変わらずかい?」

 

 と、尋ねてきたのは同じ粘体(スライム)系のベルリバーだった。

 

「はい」

「あの人は寝ている方がいい。今まで苦労してきたのだから」

 

 アバターだけ残っているけれど、死んでいるわけではないようだ。

 精神だけが消失した抜け殻の粘体(スライム)

 酸による物体の溶解も起きていないようだから、そのまま寝かせておく方が安全だろう。

 

「お世話が出来るだけありがたいのでしょう。いつか目覚めるその時まで」

「引き続き、ヘロヘロさんの部屋は君に任せるよ」

「畏まりました}

 

 見目麗しい娘のソリュシャンは粘体(スライム)系の異形種で本来は不定形の存在だが、人間の娘の姿で活動している。

 粘体(スライム)なので人間の女性のような感覚器官は無い。

 体型を身体の容量が許す限り変化させられる。

 体内にアイテムを収納できる。人間台の生物も何体か収める事が出来るという。

 なので●●●●をたくさん増やす事も可能。

 てのひらに●●●を再現する事も可能。

 ただ、粘体(スライム)なので触ったりするのは不毛だ。見るだけしか楽しめない。

 面白いけれど。

 命令次第では●●がたくさん生えることも可能ではないかと。

 

「……そんな知識を何故、ソリュシャンが持っているのかが不思議だ」

 

 覚えさせた覚えのない単語を流暢(りゅうちょう)に喋る。

 自分達の知識に無い人体の神秘について、とても詳しいのは驚きだ。

 そんなNPCにも分からない事がある。

 ユグドラシルの全てのデータだ。

 世界級(ワールド)アイテムの存在は知っている。けれども全容は知らないという。

 ギルドが保有するアイテムの知識もあまり持っていない。

 

 act 28 

 

 都市の調査に一区切りを付けてナザリックに帰還したモモンガは仲間達に情報を渡す。そして、それらを精査していく。

 第九階層の円卓の間はお遊び気分は無く、それぞれ真面目に討論が始まる。

 

「都市の活動、ご苦労様です」

「ありがとうございます」

「ナザリック周辺は隠蔽する事にしましたが異存はありますか?」

 

 タブラの言葉にモモンガは手を挙げて了承の意を示す。

 

「NPC達の命令ですが……。こちらはちゃんとしないと彼らは延々と遂行しようと動き続けるようです。自分で途中でやめようという判断が出来ないみたいですね」

「そこは機械的ですね」

「我等は彼らの創造主。逆らうことは出来ないし、その権利も無いと思っているようです」

 

 モモンガは唸る。

 自分達はそこまで偉い存在だと思っていなかったから。

 ゲームが終わればログアウトしてしまう。NPC達の将来など考えた事が無かった。

 今はその無機質なNPC達が血の通った生命体として存在している。

 無視し続けるのは不味いだろう。

 

「……あれ? ……これギャグ小説じゃありませんでしたか?」

「シリアスのタグついてただろ」

「そこっ! メタな発言は慎んでください」

 

 と、ぶくぶく茶釜が言った。

 

「あまりにも真面目なんで……」

「今後の事を考える上では避けて通れないからだろう?」

「ギャグも勢いだけで行っちゃうとあやふやな状態でエタるじゃん。同じような事してたら飽きると思うよ。ねっ? モノローグ」

 

 そうだそうだ。いちいちテメーらに突っ込んでられねーんだよ、ボケ。

 ノリツッコミばかりで面白いと思うか、バカタレが。

 

「……おお、モノローグは健在か。なんか安心した」

「エロい路線に行くのかと思ってたのに」

 

 それは『ゲームオーバーから始めようか』でやってしまったから、こちらはあくまで考察のみでチビっ子でも読めるようにしているだけ。

 

「……別の作品の事を言われても……」

 

 エロい路線なら『R-18』タグ付けないといけないじゃん。

 どうせ、喘ぎ声ばかりになるから面白くないんだよ。考察程度でいいと思うけど。

 それともガチでエロい方が良かったのか。

 

「はい」

 

 正直に答えるペロロンチーノ。

 

「モノローグは黙っててくれませんかね。今はナザリックの方をメインに議論したいんで」

「真面目な話しでいいんですか、モモンガさん」

「俺はそちらが好きです」

「アインズ様と呼ばれなくなりますよ」

「メタ発言禁止っつったろ、弟っ!」

 

 容赦の無いぶくぶく茶釜の一撃に昏倒する鳥人(バードマン)。すぐさまやまいこが治癒魔法をかける。

 同士討ち(フレンドリーファイア)が解除されたままなので攻撃が当たる。

 

「他の作品ではアインズ様が主流のようですが、こちらはカルネ村が存在しませんからね」

「●●●村ですもんね」

「カルネ村ナンテ知ラナイヨ」

 

 と、誰かが片言の日本語で言った。

 

「神の視点で言えばなんでもアリになってしまいますよ。あと、メタ発言すると茶釜さんに容赦なく殺されると思うので自己責任でお願いします」

「もう少し容赦してほしいな、この肉棒」

「私はNPCの将来を心配しているんで。ふざけた発言にちょっと敏感ってだけだよ」

「お優しい限りです。でも、彼らは原住民のような生命体と違う気がします」

「それはそうだけど……。自主的に色々と話しが出来ると……、愛着が湧きそうだよ」

「茶釜さんは自分のNPCが自主的に動いて平気な方だったっけ?」

「……自分の趣味が露呈するようで恥ずかしいけれど……。シャルティアも趣味を除けば可愛いし、慣れてしまえば平気かもって……、ちょっと思ってる」

「俺はそう割り切れる皆さんが羨ましいですよ。今日まで何度精神が安定させられた事か」

「モモンガさんは童貞ですからね。あと、冴えない主人公属性がマックス」

 

 ズバズバとはっきり言うメンバー。

 モモンガは彼らの性格も転移後に色々と変化しているのではないだろうかと考えていた。

 転移前と雰囲気が違う、と。

 ものの考え方はいつもの事だけれど、ゲームをプレイしていた頃とは違う。それがうまく説明できないのがもどかしい。

 

「……そんなにはっきり言うキャラでしたか?」

「ほら、あれですよ。アバターの種族特性に引っ張られているんです。モモンガさんもアンデッドの特性が幾分か影響しているはずですよ」

「そういうものですか?」

「童貞要素はあまり変わっていないようですが。いずれ自分でも分かる時が来ると思います」

「はぁ……」

 

 童貞を連呼されるとバカにされている気分になる。

 メンバーなんか居なければ気が楽なのに。

 と、思う貴様。

 

「は、はい!?」

 

 原作小説と二次創作を読んでこいよ。アインズ一人だけでどれだけ苦労しているか分かるから。

 

「それはよその作品だから……」

「気苦労の絶えないアインズ様ばかりですもんね。転移してカルネ村でバトル。戻って忠誠の儀。ワンパターンも数が多いとウザイの一言で片付けられます」

「それに比べてお約束をぶち壊す今作は類を見ないんじゃないですか。まず読者に正々堂々とケンカを売る作者。何が目指せ青評価だ、バカじゃねーの、と多くの小学生が思ってますよ」

「実際バカなんだろう、この作者。……名前は『Alice-Q』って言うのか……」

「エロい小説書きやがって」

 

 魔法が便利という事を強調したいから、ああなったわけだから。作者的にはエロは()()()としか思っていないようだよ。

 最新の山小人(ドワーフ)編も真面目一辺倒だし。

 あと、原作の『オーバーロード』が嫌いで書いた二次創作らしいよ。だから、悪意がちらほら散りばめられている。アインズへの憎しみが原動力ってことかな。

 

「文字数が凄いと評判らしいな。たかが200万字ちょっとだろ? 某宇宙英雄に比べれば……。ハヤカワ文庫で……、五百巻超えはしてたな。今の時代だと5000巻くらいになるのか? 出版社が倒産していなければ……」

「『四庫全書』より多いな」

「グインなんとかっていうものの十分の一も書いてないよ。それと電撃文庫に比べれば薄い薄い」

「原作小説一冊より分量が少なくてがっかりしてたみたいだね。100キロバイトほど少なくて」

「100キロバイトは五万字ほどだな。えらく差が付いてるじゃねーか」

 

 『Alice-Q』という作者はエロい話しに重点を置いていないらしい。

 そもそも主人公はアバターだから。

 ラキュースとクレマンティーヌを生かすストーリーが書けなくてがっかりしてたみたい。

 

「……よそのお話しはそろそろやめてくれる? 全員、死んでもらう事になるけど?」

 

 触手のように腕らしき部分を振り回す血管が浮きそうなぶくぶく茶釜。

 まさに●●した●●そのものだ。

 今にも●●しそうな姿は失笑ものだった。

 

「オホン。話しを戻しましょうか」

「……そうですね。●●でもされては場が臭く……。失礼……」

「擬似的でいいならやってやるぞ、コラ!」

 

 頭部らしき部分をメンバーに向ける怒れるぶくぶく茶釜。

 分かっててやっているところは彼女もエロの知識を持っている大人の女性である証拠だ。

 横に控えている復活した(ペロロンチーノ)が苦笑していた。

 

 act 29 

 

 討論は気が付けば丸々一日を費やしていた。

 睡眠が必要なメンバーは途中で退場し、残る者たちだけで様々な議題を検討していく。

 敵が居ない分、議論が白熱する場面もあった。

 

「命令系統をちゃんとマニュアル化する必要がありますね」

「今のところ罠は解除していていいでしょう」

「平原に畑を作りたいのだが……」

「それは今はやめた方がいい。領地制度があるなら後々、色々と面倒くさい事になる」

 

 仲間たちが調査した結果、ナザリック地下大墳墓はオ・●ー●●王国の領土内に存在する事が判明した。

 遅かれ早かれ、いずれ不審に思った誰かが調査に来るかもしれない。

 

「この辺りの土地を合法的に手に入れる方が安全策だと思います」

「そうすると税金問題が浮上しそうですね」

「……ん……」

「モモンガさん、唸ってばかりですね」

 

 タブラが表情アイコンで言えば苦笑を浮かべているところだった。

 

「みんなで作ったナザリックなのに王国に税金を払うんですか?」

「土地の所有権は国ですよ、モモンガさん。自分の家を建てても国に税を払うのは常識です」

 

 ナザリック国という独立国家を作るのでなければ、とタブラは言い、ぷにっと萌えも頷く。

 国として存在させるにはオ・●ー●●王国と戦い、領土を奪い、国家を形成する必要がある。

 現地調査もままならない内に国を作ろうとすれば後々、大変な労力を強いられる事になる。

 それは原作小説を読めば分かることだ。

 

「原作はあまり関係ないんじゃないかな。あっちはあっちだよ、モノローグ」

「我々は国の運営はやりたくないな。外交とか絶対にやらないといけなくなるし」

「どうしてですか?」

 

 頭の悪いモモンガは何もわからない。

 

「大きなお世話だ」

「外交を適度にしておかないと怪しい国家として糾弾されて攻め込まれるからだよ。友好的でないものは敵でしかない。我々がよそのギルドを襲撃するようなものです」

「異形種だから敵だと言われて襲撃されるの嫌でしょ、モモンガさん」

「……はい」

 

 バカだから言い返せないと相手に従うしかなくなる。

 これだから()()()は。

 

「……ゆとり世代ではないので違いますよ、モノローグ」

「あと、よその二次創作を参考にしろ、と言われても困りますから」

 

 おう、分かったぜ。

 まあ、参考になりそうなのは何かあったかな。

 原作自体、何の参考にもならねーし。困ったもんだ。

 

「そもそも完結してませんからね」

「まずは目標を立てましょうか。とりあえず、という意味で」

「モモンガさんの目標はそこらの作品同様に『世界征服』ですか?」

「それは魅力的だけど……。よその二次作品と一緒というのも芸が無いですよね」

「『粗製乱造』っていうんですけどね、そういうのは」

「メンバーに丸投げします。国が出来るまで」

 

 主人公が決断を放棄する。

 

 前代未聞。

 空前絶後。

 一日一膳。

 ●川書店。

 満員御礼。

 発売延期。

 作者逝去。

 三寒四温。

 温故知新。

 懲役十年。

 独立戦争。

 正体不明。

 

「……おいおい、一つ不吉な言葉があるぞ」

「一日一善じゃないのか?」

作者(Alice-Q)の食生活はまさに一日一膳。あながち間違ってないから、そのままだってさ」

「あれ? 『オーバーロード』だから出版社名は配慮しなくていいんじゃないのか?」

「系列だけどね。強い力には弱い腰抜けさ」

「四文字熟語ならなんでもいいってわけじゃないぞ」

「ギルドマスターが決めた事に従う。それはそれで別に問題は無い」

 

 大人しくしていたメンバーの一人が言った。

 

「モモンガさんに何でも答えを出せとは言わないよ。一緒に悩んであげるから、疑問があれば相談しよう」

「ありがとうございます」

「まず、王国に超位魔法を放ってさっさと降伏してもらいましょうか」

「……いきなりですか!?」

「交渉とか面倒くさい。どうせ、ウザイ貴族の小言ばかりなんでしょ」

 

 はい。

 

「おいおい、モノローグ。身も蓋も無いことを……」

「首都さえさっさと落せば他の都市はどうにでもできますよ」

「強引な手法はちょっと……」

 

 モモンガとしては折角冒険者になろうと必至になって文字の勉強も始めたばかりだった。

 色々と面倒くさい規約があると聞いていたので、まだ登録はしていない。

 

「平和的で進めるなら時間はかかりますが……。急ぐ理由も無いですし」

「変化が生まれるまではのんびり世界を調べましょう」

「了解しました」

 

 モモンガの一言にそれぞれ了解の意を示していく。

 反対意見は無いけれど、モモンガとしては異論が出たらどうしようと戦々恐々としていた。

 もう少しきつい言葉が出ていたら精神が安定化されることだろう。

 ならば、バーカ。

 

「はっ!?」

 

 と、悪口に反応して怒りが一気に湧き、そして、安定化する。

 意外と簡単な着火剤(ちゃっかざい)のようで面白い。

 

「ううっ。このモノローグ嫌いです」

「悪口に敏感なモモンガさんも悪いですよ。社会人なんですから、設定では」

「設定って……。メタ発言は私も駄目かもしれません」

「我々は色々と平気ですね。現実の身体が誰かに殺されない限り」

「嫌ですね、それは」

 

 ●●●。●●●。

 

「発想が幼稚ですね、このモノローグ。私は好きかもしれない」

 

 ●●●、●●●、●●●、●●●、●●●。

 ●●●、●●●、●●●、●●●、●●●。

 ●●●、●●●、●●●、●●●、●●●。

 ●●●、●●●、●●●、●●●、●●●。

 ●●●、●●●、●●●、●●●、●●●。

 

「どっかで見たような文字の並びですね」

黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の蹂躙シーンですね」

「原作小説のことは関係ないので、やめてくれませんか」

「……これのどこが蹂躙シーンなのか……」

 

 片翼七万人の命は即座に奪われた。

 

「これで!?」

あの超位魔法(イア・シュブニグラス)でこんな奪われ方なら、とても可哀想なことだ」

「潰す音じゃねーし」

「音ですらないじゃん」

「モノローグが自由だとストーリーがメチャクチャになりますね。誰ですか、呼んだのは?」

「……私かも……」

 

 と、答えたのは桃色肉棒の粘体(スライム)だった。

 

「姉貴が!?」

「たまにならいいが、暴走させてはいけないようだ」

「●●●っていう擬音かも知れないよ」

「それにしても伏字が多いな。本来はなんて書いてあるんだろう」

「……それは大人の事情って奴で秘密にしないと危険だと思うよ」

「まさか、考え無しで●●●を書いているだけとか」

「実は『丸丸丸』と三つの丸を●としているだけで中身が無いというオチでは?」

「ありえそうですね」

 

 ◎◎◎。

 

「伏字は●がいいな。○や■じゃあ……」

 

 ○●◎。

 ■◆▽。

 

「なんでも記号を使えばいいってわけじゃないけれど……」

「……と、とりあえず、冒険者組合に戻ります」

「了解しました。メイド達のマニュアル造りは任せてください」

 

 なんとびっくり話しが脱線していない。

 

「脱線しまくったと思いますよ」

 

 仲間と討論してもロクに決断できないギルドマスター。

 会議の意味あるの、と聞いてみたい。

 

「意思疎通が目的だから仕方がない。現実世界でも似たようなものですよ」

 

 次回。ナザリック地下大墳墓が大爆発。

 

「しませんよ、そんな突飛な事件は起きません。まだ序盤ですし」

 

 そのレベルは90を超える。

 おっと、間違えた。

 モモンガは呆れつつも●●・ランテルに向かった。

 前途多難。

 空前絶後。

 ではなく。

 地道な努力が報われるのはまた別の話しであった。

 

「別の話しでは困るんですけどね」

 

 モノローグに翻弄されはしたが、気分転換にはなっただろう。

 メンバーは冷静に物事を考えて一つ一つの事柄を()()()に討論を再開した。

 国を作る方法。

 何者かにナザリック地下大墳墓を発見された時の対処方法。

 人間との交渉の事前問答。

 モモンガの頭では思い浮かばないクソ面白くない大人の意見が交わされる。

 

 

 現地調査だけで随分と日にちを費やしたような気がするとモモンガは思う。

 安い宿で下調べしているけれど全身鎧(フルプレート)のままというのは意外と恥ずかしい。

 いつまで冒険者にならないんだ、と誰かに言われそうだ。特にモノローグとか。

 資金については武器を多量に欲しい城塞都市●●・ランテルにとってはありがたい事なのか、冒険者というよりは武器商人になったような気がする。

 それなら商人(マーチャント)に特化した音改(ねあらた)を連れてくるべきか。異形種であるから騒ぎが大きくなるだけか、とすぐにげんなりする。

 いい考えが浮かんでも異形種という壁に阻まれる。

 自分がやらなくても部下がやればいい、という案もある。

 人間種はナザリック地下大墳墓には数えるほどしか居ない。

 アウラとマーレは闇妖精(ダークエルフ)

 第八階層の領域守護者のオーレオール・オメガは見た目は人間だが、あれは連れ出すと転移の管理が出来なくなる。

 巫女(メディウム)のクラスを持っているとはいえ心配ではある。

 色々と悩んでいると扉をノックする音が聞こえた。

 

「ナーベラル・ガンマでございます。入室してもよろしいでしょうか?」

 

 色々な感知魔法により、階段を登るところから正体は把握していた。

 モモンガは入室を許可する。

 アウラとルプスレギナは寝袋で就寝中だった。

 

「失礼します、モモンガ様」

 

 と、入ってきたナーベラルは何故か左腕に包帯を巻いていた。

 よく見ると腕の長さが異様に短く見えた。

 

「……ナーベラル・ガンマ。敵に襲われたのか?」

 

 もしそうなら何らかの連絡が入るはずだ。それが無いのはおかしい。

 

「命令不履行により、自害を願い出たのですがお許しが出ず……。信賞必罰の原則に基づき、自らに罰を与えた次第でございます」

 

 モモンガはそれだけで怒りというか、悲しみというか、色んな感情が高ぶり、そして強制的に安定化していく。だが、すぐに再燃して三回ほどの安定化を経た。

 彼女の決断は何を意味するのだろうか。

 というか、これはギャグ小説ではなかっただろうか、とモノローグに尋ねてみたが答えは返ってこない。

 

「……誰が……、自分で判断したのか」

「はい」

 

 何でもない事のようにナーベラルは言った。

 怒りたいところだが、彼女自身が決断したことだ。それをどんな権利があって咎められるだろうか。

 ギルドマスターだから、という都合のいい言葉が浮かんだ。

 

「ギルドマスターたる私の命令でも止める事は出来ないのか?」

 

 というか、命令の不備はギルドマスターの責任ではないだろうか。

 

「部下の失態を上司が被るのは愚劣で低脳な下等生物(ウジムシ)の社会構造でのこと。アインズ・ウール・ゴウンにおいて至高の四十一人の命令を遂行できないことは死を意味します」

 

 原作より厳しくて恐ろしい事を言い出したぞ、とモモンガは今こそメタ発言で言い逃れがしたかった。

 だが、世の中は甘くない。

 既に起きたことは『ぼくのかんがえたつごうのいいまほう』でもやり直せない。

 他の二次創作ならいざ知らず。

 文句があるなら『●●●●●●●!』とか『●●●●●●』を読めばいい。

 文字数稼いでも行数稼ぐな、と出版社なら言いますよ。

 原稿の水増しは犯罪です。読者的に。

 何の為に規定枚数を書けと色んな出版社が言っていると思っているんですか。

 

「……脱線してますよ、モノローグさん」

 

 つい不平不満が。これは失敬。

 

「とにかく、ケガを治せ。命令だ」

「……いかにギルドマスターと言えど部下に甘くては組織運営に障ります。それでも構わないとおっしゃるなら、この首を撥ねてからもう一度、おっしゃってください」

 

 無い筈の心臓がドクンと音を立てたような気がする。

 胸にあるのは世界級(ワールド)アイテムの『スフィア・オブ・モモンガ(イズンの林檎)』だけだ。

 演技の通じない相手はモモンガの強敵かもしれない。

 

「だ、駄目だ。治せ!

「……聞き分けのない事をおっしゃいますな。貴方様は至高の四十一人の頂点……。ギルドマスターのモモンガ様です。下位の戦闘メイドたる私の命は皆々様のものよりも軽いのです」

 

 虚空からナーベラルはブロードソードを取り出す。

 何人かのNPCはプレイヤーと同じくアイテムボックスを使う事が出来る。

 

「不届きものに罰を……。もし叶わぬ場合は反旗(はんき)(ひるがえ)してでも……」

 

 と、言葉の途中で空を切る音がモモンガの聴覚器官に届き、その後でナーベラルの顔が中ほどで断ち切れてナナメ横にずれていく。

 坂道を転がるようにずれていく顔は数秒後には床に落ちる。

 

「至高の御方を困らせる不逞のやからに死を」

 

 と、いつの間にか目覚めていたアウラがしなるムチを腰に戻す。

 不届き者の屍に対してアウラは汚らわしいものを見るような視線を向け、床に落ちた全体の半分ほどの大きさになったナーベラルの頭部を踏み潰す。

 

「………」

 

 モモンガは言葉を失っていた。

 今の状況は何なんだ、と。

 ギャグ小説から残酷小説になっちまった、と。

 『えっ? これアリなの!?』と叫びだしそうになった。

 確かに原作とか色んな二次創作では部下が傷つけば『クソがぁ』と頭の悪い叫び声をあげるんだろうけれど。今回はどうすればいいわけ、と誰かに聞きたくなった。

 既に五回は精神が安定化させられたよ、と。

 

「駄目ですよ、モモンガ様。頭の悪い人間(愚劣蒙昧なる下等生物)と同じ末路はかっこ悪いです」

「……おおぅ……」

 

 問題はナーベラルを処分したのがアウラだということだ。

 叱るべきなのか。

 原作はメンバーが居ないから自分で判断してもいい、という都合のいい判断が出来たけれど。今はメンバーが居る。自分で判断できない状況だ。

 だって今回、俺、アインズ・ウール・ゴウンじゃないもん。モモンガだもん、と。

 ああ、そうだ。

 こういう時こそ『夢オチだ』と現実逃避したくなるモモンガ。

 だが、この作者は『お前(モモンガ)』を逃がさない。

 まさかこれが第十八章の真の姿だとは思うまい。

 文字数が十万字を超えようものなら本編(ゲームオーバーから始めようか)に連れて行かれる、かどうかは神のみぞ知る。

 

「モモンガ様、どうかしましたか?」

 

 意味も無く悪寒が全身を駆け巡る死の支配者(オーバーロード)のモモンガ。

 自分はどれだけ悪い事を色んな場所で(おこな)って来たのだろうか。

 

「い、いや……。それよりナーベラルを殺める命令は出していないぞ」

「なに言ってるんですか? 失態は命で(あがな)え。それがアインズ・ウール・ゴウンの鉄則ですよ。敵は全て殺す」

「……すみません。それ『●●を●●●●●』や『●●を●●●●●』などの作品と間違ってませんか? あれは容赦が無いけれど、部下は殺さなかったような……」

 

 いいえ、普通に殺してました。

 問答無用で皆殺し、素晴らしいですね。

 

「………。宿屋を血で汚すとは……」

 

 と、咎めようとしたが影の悪魔(シャドウ・デーモン)達が掃除を始めて床が綺麗になっていく。

 その後でルプスレギナ・ベータが目を覚ます。

 

「ふわぁ……。うぉ!? ナーちゃん、死んでるっすか?」

「不届き者。庇うならルプスレギナも同罪だよ」

 

 と、アウラの凄みにルプスレギナはその場に平伏し、黙る。

 何も言う事はありません、という意思表示だった。

 

「蘇生費用が溜まるまで、第五階層に捨てておいて」

(かしこ)まりました」

 

 アウラの命令に一切の感情を見せず、影の悪魔(シャドウ・デーモン)達はナーベラルの死体を持ち去っていった。

 影に溶け込むように消えていく、戦闘メイドのナーベラル・ガンマ。

 数多ある創作物でここまで酷い扱いは初めてではないだろうか。

 ●●物が小学生レベルに見えるほど。

 

 act 30 

 

 精神的に追い詰められた愚かな冴えない主人公のモモンガは力なくアウラ達を部屋から出るように命令した。

 抵抗するかと危惧したが素直に従ってくれた。

 そして、すぐさま『伝言(メッセージ)』を使う。

 今すぐ誰かに助けてほしかった。

 

「えーと……、ぷにっと萌えさん。今、よろしいでしょうか?」

 

 自然と敬語になるモモンガ。

 

『モモンガさん? 何かあったんですか? 声が震えて聞こえるようですが』

「なな、ナーベラルが死んでしまいました」

『……ほう、それはまた……。敵の襲撃ですか?』

「い、いえ。なんか失態を犯したとかで自害を願い出て……。俺が……躊躇っているうちにアウラが……」

『なるほど。まあ、部下が失態を犯したら死罪は当然ですな』

 

 ごく普通に答えるぷにっと萌え。

 今聞きたいのは、それではないと言いたかった。

 

『NPCに愛着でも湧きましたか? 盾役で随分と処分したじゃないですか』

 

 それはそうなんだけど、とモモンガは言葉が続かない。

 いや、それよりも周りもモノローグもおかしい。

 こんなに精神的に攻撃を加えてくるような二次創作だったか、と胸の鼓動が擬似的に激しくなる。

 何かがおかしい。

 それだけは分かる。

 最初の和やかな雰囲気は何所へやら。

 それぞれ種族の特性によって精神が歪んでしまった、とかだろうか。それならば自分も今の状況にうろたえる筈がないのだが。

 

『疑わしきものは罰せよ。それは各人がそれぞれのNPCに設定した掟。別段、モモンガさんが慌てるような事は無いと思いますけど』

「なに言っているんですか!」

 

 声を荒げるモモンガ。

 

「戦闘メイド達は皆さんが作り上げた……」

 

 と、言ったところで脳裏に浮かんだ。

 だからこそ、自分たちが作ったNPCを殺して心が痛むんですか、と。

 答えは痛まない。少なくともユグドラシル時代はそうだった、のかもしれない。

 だが、この転移した世界で彼ら(NPC)は命を吹き込まれた生命体のようなもの。

 簡単に処分できるものだろうか。

 

「………」

 

 きっと出来るだろう。

 自分が裏切り者を仲間の中で見つけたら許せる自信が無い。

 徹底的なリスポーンキルで生きている事を後悔させるだろう。

 そうだ、モモンガ。

 それでこそ死の支配者(オーバーロード)だ。

 そんなお前を作者(Alice-Q)は絶望に叩き落して笑いたいのだよ。

 なっ、ギャグ小説だろ。

 

「な、わけあるかバカ!」

 

 性質(たち)の悪い悪趣味な小説ではないか。

 それとも原作や他の二次創作に嫌気でも差したのか。

 モモンガはメタ発言には疎いのだが、この物語の外では色んな事が起こっていることは理解した。

 まさか平行世界ネタじゃねーだろうな、と薄っすらと疑う。

 

「ギルドマスターの権限で安易にNPCの処分は控えてくれないですかね?」

『戦略的に弱体化しますよ?』

「それでもです。お願いします」

 

 いつもは丸投げや言い訳ばかりのクソ骸骨が姿の見えない相手に頭を下げる。

 なんてみっともないギルドマスターだろう。みんなで笑ってやろうぜ。

 あははは。

 

『……情けないギルドマスターだ。アインズ・ウール・ゴウンの恥さらしが!

 

 という怒声の後で『伝言(メッセージ)』が切れた。

 しばらくその場から動けないモモンガ。

 ギルドマスターになってメンバーから激高されて拠点に帰りたくないと思ったのは初めてではないだろうか。

 声の感じから完全に怒っているのは分かった。

 むしろ、どうして怒られたのか理解できない。

 出来れば種族の特性という都合のいい結果だといいなと思った。

 

 

 宿屋の中で身動きが取れないモモンガ。

 扉の外にも出られない。

 永遠に部屋の中に引きこもりたくなってきた。

 本編とやらに繋がるなら、これは正しくトゥルーエンドかもしれない。

 少なくともモモンガが酷い目に遭うのはハッピーエンドクラスだろう。

 そうなんだろう、モノローグ。と、モモンガは胸の内で言う。

 う~ん、この程度では小学生レベルの終わり方だよ、モモンガお兄ちゃん。

 あと、モノローグはラスボスじゃないからね。

 まあ、呪いによるレイドボス化すれば正体が判明するかもね。

 

 推定レベル456。

 遥かに遠い銀の月(アウター・スペース)

 

 推定レベル884。

 終末の産声(デス・オブ・ラグナロク)

 

 推定不能。

 死ぬまで逃がさないよ(サンクション・オブ・)モモンガお兄ちゃん(アンノウン)

 終わりだと思った?(デュプリケート・トゥルーエンド)

 

 まだ時間はたっぷりあるよ。

 無限に生きる者全てに災い()あれ。

 

「………」

 

 とてつもなく、恐ろしい予感だけははっきりと分かった。

 その推定レベル100超えてるけど、と声に出して聞いてみたかったが、何故か言えなかった。

 ユグドラシル時代では生ぬるいモンスターも転移後は規制が取り払われているからね。

 天文学的数字は普通、普通。

 グラハム数より少ないって。

 

 act 31 

 

 ここでストーリーを終えていれば無限の苦しみしか待っていない物語が続いていただろう。

 モモンガの選択は正しかったのか、それとも。

 ナザリック地下大墳墓の円卓の間に集まったメンバー達は下らない時間を過ごしていた。

 

「モモンガさんが何だって?」

「ナーベラルが自害しそうになったからアウラが処分したと言ってました」

「ふ~ん。処分したならそれでいいじゃないですか。どうしたんだろう、モモンガさん」

「モモンガさんがNPCに愛着が湧く、という世界の最適化が起きたのかもしれませんね。えらく心配していたようだし」

「ゲームキャラに愛情を抱くなんて、異形種キモっていうのと同義ですよ。どうしちゃったんだろう」

「全くだ」

 

 他のメンバーも同様に頷く。

 そんな彼らの頭上には無数の血管が垂れ下がっていて、発生源は空間の亀裂に繋がっていた。

 その亀裂はメンバーの誰も気付かない。

 ちなみに、こいつがラスボスなんだけどね。モモンガには内緒だよ。

 数千メートル級。

 いや、正しくは大陸級ワールドエネミー『福音の雫(オメガ・オブ・ユグドラシル)』。

 推定レベルは無限大。

 勝てるかな。スキルを数千回ほど使うモンスターだけどね。

 あと、世界級(ワールド)アイテムは通用しませ~ん。残念でした~。

 

ムラサキ()ウノハナ()ムラサキ()ウノハナ()ムラサキ()ウノハナ()

しおん()はい()きみどり()もえぎ()きなり()たまご()~」

 

 悪乗りしたメンバーがヴィクティムの声まねをする。

 

 

 物語は唐突に消え去る。

 以降は本編(ゲームオーバーから始めようか)の主人公の頑張り次第だが、余計な事をしてくれる。

 ()()()()()()風情が無駄な足掻きを。

 どうやって無限選択肢を突破したのだろうか。

 どれを選んでも無限に苦しみ続けるバッドエンドばかりだというのに。

 尚且つ数段構えのレイドボスと大陸級のワールドエネミーを一人で攻略したというのだろうか。

 そんなことは有り得ない。

 都合のいいオリジナル主人公を数億人集めても世界級(ワールド)アイテムすら無効化するというモンスター共を。

 どうやったんだろう。

 

「こうしたのさ」

 

 世界級(ワールド)アイテム、ではない。

 

「都合の良い事に本編はパワーレベリングに成功している。それと膨大な新技術が確立されている。ユグドラシルを超える世界級(ワールド)アイテムを自力で作り出す事はもう()()()ほどに。それこそ『ぼくのかんがえたさいきょうのぶき』だ」

 

 小学生が考えたようなバカの事が現実に起こるのか。

 

「起きなきゃ、起こすまでだ」

 

 ごもっとも。だが、そう簡単に実現してしまうと他の作品がバカらしくなるぞ。

 よそはよそ。

 

「一緒にされる方が迷惑、と色んな人が言うだろうし、みんなと一緒で作者(Alice-Q)も思ってる。お前ら(●●●●●●●)と一緒にする理由は無いって」

 

 素手で空間を引き裂くのは銀髪の主人公、にやたらと似ているが何かが違う。

 

未来人(超時空的な何か)に不可能は無い。便利な魔法の効果はちゃんと読んでおくといい。『上位転移(グレーター・テレポーテーション)』のテキストは必須だよ。望めば行けない所は無い。それこそ無限の距離が離れていようと、平行世界だろうと」

 

 そして、様々な物語の中だろうと。

 だが、普通の呪文では次元間の移動は不可能なので、可能にする()()()()()()()を使ったのかもしれない。あるいは言っている事に嘘が含まれていたりする場合が考えられる。それらを考慮したとしても目の前の人物は確かにここ(この物語)に居るのは間違いが無い。

 不可能を可能にする魔法が存在するのだから、むしろ出来ないと考える方が小学生に失礼だ。

 集めに集めたバカな武器で色々なエネミーを仕留めたはいいが、どう収束させようか。と、謎の人物は首を傾げた。

 こちら(オー●ー●ー●)の世界では多くのメンバーが居るようだが、全て取り込まれてしまった。

 残っているモモンガは別に助ける義理は無いが、まあ、こちらの主人公だから手助けだけはしておこう。みんな(多くの読者)の主人公だし。

 サービスとして全ての厄介なボスは貰って行く。

 たかが()()のレベル()()()()()()雑魚エネミーに苦戦するはずが無い。

 レベル無限だからと言ってHPが無限なわけは無い。

 生物には終わりがある。それはどんな世界だろうと()()()()()()

 空間の亀裂に色んな物が吸い込まれていく。

 最後に()()()()()()()()()をした何者かは己の顔を無造作に()()()()()()()()引き剥がす。

 中からこぼれ出たのは真っ赤な長い髪の毛だった。

 

「ふぅ。いずれ別の世界で会えるといいな。クソ(●●)共」

 

 力強い()()の声は空間の修復と共に消えて行った。

 

 act 32 

 

 宿屋の一室で気が付けば口より上が無いナーベラルの身体を見つめる自分に気が付くモモンガ。

 第五階層に連れて行かれたはずなのに、と不思議に思う。

 というより、先ほどまで何か凄い事があったような気がするのだが、それらは幻なのだろうか。

 というよりレイドボスとかワールドエネミーとかどうなったんだろうか。

 

「んっ? 何も……無いよな?」

 

 周りを見渡すとアウラが首を傾げていた。

 

「モモンガ様、どうかしたんですか?」

「い、いや……」

 

 なんか凄い事があったはずなんだけど、ともう一度思った時、目の前のナーベラルの身体に異変が起きていた。

 頭の半分以上を断ち切られていた断面の肉が盛り上がり、再生を始めた。

 

「な、なんだ」

「あれれ、治癒魔法なんか使ってないのに」

 

 数分後には頭が出来上がる。

 ただ、完全ではない。

 

「せっかく殺したのに……。もう一度、始末しますか?」

「だ、駄目だ。仲間は殺すな。私が敵と断じたものだけにしろ」

 

 急いでアウラの手を止めて命令する。

 反論するかと思われたが、アウラは片膝を付いて従う意を示す。

 

「畏まりました」

 

 顔だけの再生だけではなく、切断された腕も再生していた。

 一体何があったというのだろうか。

 不可思議なことだらけだ。

 まるで()()()()()()()()()()()()()ような気がする。

 再生が終わったナーベラルは数分後にまぶたを上げる。

 本性は二重の影(ドッペルゲンガー)なので顔はボーリングの玉みたいな間抜けな顔なのだが、変身していると人間的に色々と変化がつけられる。

 

「………」

 

 ナーベラルは顔を床に向けた後、物凄い汗をかきはじめた。

 それは冷や汗なのか、熱くてたまらないのか。

 今の季節はそれほど暖かくは無いはずだ。室内も通りを歩く市民たちも薄着ではない。

 水着でもないけれど。

 

「じ、自害はするなよ、ナーベラル・ガンマ。これは命令だ」

 

 いつもはすぐに返事をするはずのナーベラルは黙ったまま答えない。

 もう一度、声をかけようとした時、ナーベラルの顔から何かが落ちた。

 何かというと目玉だ。

 その次には長い舌が滑り落ちた。

 それから血が床に落ち始める。

 

「ナーベラル?」

 

 顔を上げたナーベラルの顔面は溶けかかっていた。

 本体である『鈴木(すずき)(さとる)』であれば卒倒するか、目を背けるグロい状態だったが、不思議とちゃんと見据えられた。

 そして、とても痛そうと思った。

 

「治癒力が足りなかったのか、本人が治癒を望んでいなかったのか……。ルプスレギナ、起きてるんでしょ。何とかしなさい」

 

 と、声をかけたルプスレギナは何者かに襲われた状態で物言わぬ屍と化していた。

 

「えっ? 死んでるの?」

 

 いつの間に、とアウラは首を傾けようとした。

 その首は傾いたまま床目掛けて落ちていく。

 

 

 脅威のモンスターと遭遇して無事で居るはずがない。

 余波だけでもNPCたちにとっては猛毒だったのだろう。

 つまり、この世界を汚す存在の出現ならば外に出れば結果が見えるだろう。

 世界を壊す存在は確かに実在すると。

 

「モモンガ様?」

 

 という声で我に返るモモンガ。

 周りを見てもどこも異常は見当たらない。

 目の前には顔が溶けたナーベラルは居たけれど、アウラとルプスレギナは生きていた。

 

「何だ、今のは……」

 

 既視感(デジャ・ヴュ)のような不快感だった。

 まるでこれから悪夢が始まるような、そんな恐怖感がアンデッドの身なのに襲う予感があった。

 懸命に頭を振り、現実に向き合う冴えない主人公属性が限界を突破しているモモンガ。

 

「ルプスレギナ……、治癒魔法をかけろ」

「畏まりました」

 

 前に進むルプスレギナ。それを自然とサポートしようと身体を優しく掴むモモンガ。

 魔法を唱えた途端に身体が崩れ去るんじゃないかと思った。

 触れた感じでは大丈夫そうだが、とても心配になってきた。

 

「……ルプスレギナ。一応、自分の身体にも治癒魔法をかけておけ。……出来れば治癒に同意してくれ」

「は、はい」

 

 NPCとはいえ無残な最期は遂げさせたくない。

 二次創作上等だ、コラ。

 そんな事をモモンガは強く思った。

 メタにはメタで返す。

 

 act 33 

 

 治癒魔法が終わった後でナザリック地下大墳墓に帰還するモモンガ。

 仲間たちの様子を確認しないといけない気がした。

 大急ぎで円卓の間に転移すると仲間たちが死んでいた、というようなことは無かった。

 天井を何気なく見ても洞窟の壁くらいしか見えない。

 何故か、この上に()()()()()()が居るような気がしたが、しばらく眺めたり感知魔法を色々と使ったりしたが何も無かったのが確認出来た。

 

「そんなに慌てて、どうしたんですか?」

 

 と、植物モンスターのぷにっと萌えが言ってきた。

 先ほど連絡した時は怒っていたような気がするのだが、そんな気配は微塵も感じられない。

 まるで白昼夢を見せられたような気分だ。

 夢オチでもこれはこれで最悪だと思った。

 

「い、いえ……」

 

 死の支配者(オーバーロード)なのに異常に疲労を感じる。

 精神的ではあるのだろうけれど、性質の悪い悪夢だった気がする。

 

「お、俺はNPCだろうと皆さんが創造した大切な仲間だと思っています。それは悪い事でしょうか?」

 

 今なら強気に出られる気がした。

 

「ははは、モモンガさん……」

「NPCに愛情を注いで悪いですか?」

「……そうだね。NPCは我等が作り上げた生命とは似て非なるものだよ」

「分かりませんね。俺はバカだから。頭のいい皆さんの小難しい考えは分かりません。冴えない主人公だから、追い詰められると饒舌になるんですよ」

「まあ、そのようだね。その後は大声でまくし立てて土下座かな」

 

 と言った側からモモンガは土下座した。

 だが、それを笑うものはモノローグであっても一人も居なかった。

 ただし、ぷにっと萌えはモモンガの頭を蹴ってきた。

 

「見苦しいギルドマスターだな、お前。もっとしっかりしろよ。お前が挫折しては我々が困るんだよ」

「は、はい」

「見苦しいところもモモンガさんの魅力ですよ」

 

 と、ペロロンチーノが言った。

 他の何人かも頷いている。

 

「個性は大事ですよ、ぷにっと萌えさん」

 

 と、タブラ・スマラグディナが言った。

 

「我々はNPCに愛情を注ぐ事は無い」

「むっ、私はアウラとマーレを自分の子供だと思うことにするよ」

 

 と、ぶくぶく茶釜が言った。

 ●●●●の小説みたいな流れになってきた。

 

「……●●●店の……」

 

 セリフの無かったフラットフットを睨むぶくぶく茶釜。

 テンパランスや音改もセリフが欲しいと嘆いている。

 この円卓の間にはモモンガより強いメンバーが何人か居る。それらを敵にすれば勝ち目などあるわけがない。

 それでも自分の主張は通したい。

 多くの二次創作ではNPC達を大事にするのが支配者アインズなのだから。

 モモンガとしてだってNPCを大事にしたい心はある。

 それは何故か。

 

「自己満足」

 

 ぷにっと萌えは言った。

 それ以外に答えはない。

 愛に飢える愚か者は仲間にも飢えるものだ。

 NPCを大事にする理由は最初から無い。

 そもそもパンドラズ・アクター以外は他人だ。

 まして、人間ですらない。

 

「……ギルドメンバーとNPC。モモンガさんはどちらを持ち帰る?」

 

 もちろんギルドメンバーだ。

 重要度が違いすぎるほどに。

 両方と答えるのは小学生かライトノベルくらいだ。

 メンバーは子供だましの本より学術書を読み込んでいるだろう。

 

「人形に愛情を注ぐのは昔から狂人というのがお約束です。それでいいなら止めませんが……」

「ありがとうございます」

 

 ぷにっと萌えとしては人形遊びに熱中しすぎるな、という教訓だったのだが身体がモンスターなのでうまく表現を伝えられない。

 もちろん、周りも同じ意見が多かった。

 ぶくぶく茶釜はモモンガを立たせて、一回だけ頭を叩く。

 

「いい大人のクセに」

「すみません」

「自我を得たから気持ちが変わったのかもしれないけれど……。一般常識に照らせばキモイことこの上ナッシング」

「……はい」

 

 笑わせようと冗談を言ったわけではない。

 ぶくぶく茶釜も長くアウラ達と遊んでいるわけにはいかないだろう、という気持ちがある。

 今は元に世界に戻れないだけ。

 急に変化が起きれば見捨てるだろう。

 彼らは現実の存在ではない。

 とはいえ、現実に持ってこれたら、それはそれで凄いだろう。

 正しく奇跡だ。

 普通の展開なら、そんなことも可能だろう。

 

 

 第一波を退けても第二、第三と続くとは思うまい。あははは。

 モノローグの悪ふざけは置いといて、現実問題としてモモンガは精神の安定化が起きないまま疲弊していた。

 当然だが、ワールドエネミーにギャグは通じない。

 

「知らねーよ」

世界級(ワールド)アイテムと互角だから通じないというか、効きにくいよね」

「一見、我々が気が狂ったと思われた読者が多いような気がするんだけど……」

「NPCに皆さん、愛情を注ぎますかね? 一緒に寝ます? 寝ませんよね。一般常識から言ってゲームが終わればログアウト。しない場合はよそのデスゲームと勘違いされている人ですね。それはライトノベルの方だと思うのでお帰りください、しっしっ」

「これだから勘違い君は……」

「……まさか冒険者になって冒険する話しだと思ったバカ、大勢居たりしてね」

「能無しだけでしょ、そんな小説書くの。賢い人は最初から分かってますよ」

 

 なので能無しバカの作者(Alice-Q)だから冒険の話しを書くんでしょう、これから。

 バカじゃねーの、と一般読者に言われています。某掲示板には自己満足の言葉が飛び交っているでしょう。

 自己満足じゃなきゃ、そもそも二次創作なんて書かないのにね、何を今さら。

 そんな事を言い出せば二次創作の全否定と変わらない。

 文句があるなら受けて立つぞ、●●書店で待っているからな。

 強気に出られないメンタルの弱い作者(Alice-Q)で困ったものだ。

 あ~あ~、なんか作者(Alice-Q)のバカ泣いてますよ。●●●漏らしながら。

 や~いば~か。文才無いのに偉そうにするな~、という多くの励ましが寄せられている事でしょう。さすがです。

 ●●●●小説とも言われてますよ。誉め言葉でしょうか。

 低評価だと自由でいいですね。底辺で安定しているので。もっと掘り抜けないのでしょうか。マイナスのカンストとか。

 それにしても青色は綺麗ですね。緑色になると不安になってきますよ。

 これらが全て作者(Alice-Q)の被害妄想であった、というオチかはまた別の話し。

 

「ストレートに書くと清々しいですね」

「あっ、餡ころもっちもちさんってどんな種族? 獣人(ビーストマン)? 獣人(ビーストマン)なら猫科だから違うか……」

「意外や意外。『白面金毛九尾(ナイン・テイルズ)』よ」

「……それ公式?」

「さあ、どうかしら?」

 

 ふふふ、と不敵に笑うたくさんの尻尾持ち。

 遠くで病気が怖いと離れるメンバーが数人。

 

 act 34 

 

 メンバーのキツイ言葉攻めの後で冒険者登録が完了したのは三日後だった。

 モモンガは冒険心溢れるプレイヤーだ。

 だから、折角勉強した事を途中で投げ出したくなかった。

 NPCに対する愛情はまやかしかもしれない。

 他の二次創作ならアルベドの設定がどうたら言っているところだ。だが、ここは違う。

 それらとは無縁だ。

 じっくりと数十年かけてのんびりと冒険してやろう。

 急ぐ理由など無い。

 そして、支配者でもない。

 ただのギルドマスターだ。

 

 

 新たな超位魔法を開発し、平行世界というか多くの二次創作に登場するアインズ様とやらを一人ずつ片付けていく。

 ぼくがかんがえたすごいアイテムとか使って。

 というバカな妄想が浮かんだが投げ捨てた。

 

「……下らない……」

 

 モモンガは玉座の間で苦笑する。

 死の支配者(オーバーロード)となった我が身でも笑えるのだな、と思った。

 ただのアンデッドなのに。感情など捨て去ったような姿なのに。

 階下(かいか)には誰もいない。NPCも。

 それが現実だ。

 そう、あれから六千五百。

 

「まだ一日しか経っていないぞ、モノローグ。タイムワープは一人で行ってくれ」

 

 ありきたりでつまらない展開は辟易しているんで。

 まあ、そうだね。

 みんなが居て楽しかったでしょう。

 

「………」

 

 夢は覚めるもの。

 覚めない夢は悪夢の続き。

 そして、後は。

 

 自分で好きに書け。

 

●エピローグ●

 

 ●●●。

 あちこちに散らばる●●●の山。

 

「●●●は確かに小学生が好きそうだけど……。いやまあ、タグも忠実だけど……」

 

 タイトル詐欺は重罪です。

 

「全編徹底的にはっちゃけてるのは分かったから、作者(Alice-Q)……。コー●好きでしょう? こっちにおいで。ほ~ら、折り紙がいっぱいだぞ~」

 

 のこのこ歩き出すこの作品を書いた愚かな作者。

 哀れ、悪い大人に捕まってしまいました。

 

「日頃のストレスは溜めてはいけないっていう教訓か、これは」

「でも、良かった。このクソつまらん小説の総文字数が十万字を超えてたら厄介な本編とやらに連れて行かれるんでしょ? もっと変な展開にされそうで怖い……」

「大丈夫。苦労するのはモモンガさんだけ。我々は出ないと思う」

「ならいっか」

「……で、●●・ランテルの冒険とかどうなるの? ●●●ロ帝国と戦争の話しとか書かないの?」

「やめておけ。どんなおぞましい内容にされるか分かったもんじゃないぞ」

「もちろん、下品な内容なんでしょうね」

 

 ●●●●●●●。

 

 しかし。

 

(^∀^)-裏

 

 玉座の間にてモモンガは命じる。

 

「ナーベラル・ガンマ。命令遵守を拒否した罪、その命で購え」

「畏まりました」

 

 虚空より取り出したブロードソードを己の首に当て、そして、引く。

 薄く切れていくのは武器に切れ易さの魔法が付与されているからだ。

 だが、ナーベラル・ガンマは失態を犯した。

 二重の影(ドッペルゲンガー)はその程度では即死しない強靭な肉体である事を知らなかった。だが、モモンガは知っていた。

 攻略すべきモンスターの基本的な情報は()()()熟知している。

 

「……も、申し訳……」

「私は命で購えと言った。その(めい)を守れぬクズは要らん」

「……はっ」

 

 もう一度、刃を当てようとした時、先ほどの切り口から血が吹き出した。一気に意識が持っていかれる。

 手が震える。

 視界が安定しない。

 

「……もういい役立たずが……。ユリ」

「はっ」

 

 戦闘メイドのユリはガントレットの拳部分を覆い隠して素手を守る。

 無言まま愚かな血まみれのナーベラルに向かい、その美しくも血にまみれた顔にガントレットを打ち込んだ。

 

 ブチン。

 

 そんな音がモモンガの聴覚器官に届いた。

 転がるナーベラルの千切れた頭部。そして、その顔は本性の間抜けなものに戻っていた。

 

「……役に立たないNPCに何の愛着も湧かんな。まあ、これが本当の私の気持ちなんだろう」

「モモンガ様がお心を惑わさられるなどありえません」

 

 首の無いナーベラルの身体は戦闘メイドのエントマがかぶりついて処分していく。

 骨の砕ける音。肉を食いちぎる音。その全てが心地よい音楽のようだ、と思ったがすぐに興醒めする。

 所詮は愚か者の汚い雑音だ。

 

「次は……アウラとマーレ。どちらが先に相手の首を落せるかやってみろ」

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者の命令は絶対。

 それに逆らうNPCは皆無。

 そう、それが当然なのだ。

 軽い気持ちの命令であっても、全身全霊で遂行して当たり前だ。

 階下(かいか)に転がる双子の生首。片方が無事でなければ面白くない。

 ゆえに満足させられなかったものはゴミである。

 

「ルプスレギナ。そのゴミを食べて処分しろ」

「……お、おそれながらモモンガ様」

 

 と、発言したのはユリだった。

 

「どうした?」

「同族食いによりルプスレギナは脳細胞が破壊されていてご命令を理解する事が出来ない状態です」

「それがどうした? 言葉が分からないなら肉を近づければいい。動物は本能で餌を貪るものだ」

「で、でしたら……、いえ、重ねて発言をお許し下さいませ」

 

 完全に平伏した状態でユリは言う。

 

「くどいな。まだ何かあるのか」

「治癒魔法の使用を許可していただければ……」

「シャルティア。それもゴミだ」

 

 命令を受けたシャルティアはユリの頭部を外し、両手で挟んで押しつぶした。

 首が無くなり、ユリの胴体は平伏したまま動かなくなった。

 汚れた床は同じ戦闘メイドのソリュシャンが掃除していく。

 

「脳細胞が破壊されているのであれば、その空っぽな空間を野菜を育てる植木鉢にでもしておけ」

 

 通常の人狼(ワーウルフ)なら既に死んでいる状態だが、NPCの場合は楽に死ねない。

 脳みそが完全に溶け落ちて、両目がこぼれ落ちていても。

 外側が無事なら生存する。

 それは中身まで設計された存在ではないからだ。

 それがNPCと一般の生物との違いである。

 哀れなルプスレギナは自害を懇願する知能さえ失っていた。ただ死を待つだけの彼女は今は幸せいっぱいだった。

 

 思考する脳味噌が既に無いので。

 

 思考力があれば希望にすがり、絶望から解放されたいと血を吐くほど叫んだ事だろう。

 NPCはいくら処分しても心が痛まない。

 モモンガは新たにシモベを呼びつける。その者はルプスレギナにそっくりな娘だった。

 戯れに異種交配させて生まれたルプスレギナの何番目かの娘だが、その者にゴミを処分させた。

 アンデッドを食らう娘は半分ほど食べて発狂し、自分を食べて窒息して死んでしまった。

 なんとつまらない生き物だろう。モモンガは心底呆れ果てた。

 処分する死体が増えては食べる量が増えてしまう。

 死んだ娘を新たな娘に少しだけ食べるように命じた後、一般メイド達を呼びつける。

 

「ちゃんと見本を見るのだぞ」

 

 人造人間(ホムンクルス)は同種以外では無機質なものを除けば大抵のものは食べてしまう。とても食欲旺盛のモンスターだ。

 それがアンデッドだろうと食らい尽くす。

 

「さあ、お前もメイドを見習ってゴミを処分しろ」

「はへぅ」

 

 脳の半分は既に溶けかかっているので返事がうまく出来なかった。

 同族食いはどうしても脳細胞を破壊するので、段々と崩れていく様相は面白いのだが長持ちしないのが欠点だ。

 同族を食べる哀れな少女。だが、周りの者達は違う考えを持っていた。

 貪り食らうその肉でお前は育ったのだ。

 至高の存在を喜ばせるためだけに生きている事を噛み締めて幸福と思え。

 

 

 これは娯楽の無い世界に生れ落ちた支配者の戯れの一幕。

 つまらない結末ではあるが、余興としては少しだけ。

 楽しんでいただけたようですね、モモンガ様。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 新たな屍を前に支配者は笑う。

 

Good end

 

 第十階層の巨大図書室(アッシュールバニパル)にて。

 骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)の司書長ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスは笑いながら言った。

 最後の斬首や同族食いは爆笑ものでした。

 これを文章にしたためたら、まさしくギャグ小説になるのではないかと。だが、そんな陳腐なものを()()()書いたら間違いなく間抜けだと言われてしまうだろう。

 

()()終末(ラグナロク)クエストをクリアしました。

 

 お疲れ様です。ここより先は何もございませんが、それでも進みますか?

 いえ、蛇足でしたね。

 では、今回はこのまま終演と致しましょう。

 

(^∀^)

 

モモンガ「……はぁ、資金が豊富だとNPCを殺すしか楽しみがなくなるとは……。数千年も支配者として君臨すると退屈で仕方が無い。殺して復活させるを繰り返す『忠誠の証しごっこ』も飽きてきたな……。定期的にやらないと忠誠心が養えないって聞いたんだけど……。……分かっているけど、辛いな~。こればかりは未だに慣れない。死の支配者(オーバーロード)だからゲシュタルト崩壊しないのかな? ()()をしっかり()()しているから安心して出来るのは凄いけどさ……」

ルプスレギナ「文明を発展させてオンラインゲームを開発すればいいのでは?」

モモンガ「………。ああっ!

 

 まさに晴天の霹靂だった。数千年経って今さらかよ、とはもう言わない。言ってる気がしても気にしない。

 これもまた無数の可能性の一つ。

 オー()()((笑))な一幕でございました。

 

ぶくぶく茶釜「蛇足、やまぶき()こげちゃ()はだ()~」

死獣天朱雀「ひと()にゅうはく()たまご()つゆくさ()はい()くわぞめ()しんしゃ()もえぎ()くり()そしょく()うのはな()たまご()たいしゃ()

全員「ひと()ひと()あおむらさき()たまご()こくたん()はい()たまご()はだ()にゅうはく()たまご()ぼたん()うのはな()ぞうげ()くわぞめ()しんしゃ()ひと()()()あおむらさき()だいだい()やまぶき()

ヘロヘロ「本編(ゲームオーバーから始めようか)はまだもう少し続きますので、そちらも宜しくね。ああ、あと原作小説も続くみたいですね」

モモンガ「宜しくね、じゃねーよ!」

プレイアデス一同「あお()にゅうはく()あお()にゅうはく()あお()にゅうはく()()ぼたん()たまご()たいしゃ()!」

 

 



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ぷれぷれぷれあです『Alice-Q版』

 

ユリ・アルファ

 

 今日も平和なナザリック地下大墳墓。

 平和なので書く事がありません。

 

「待ってください! それでは話しが進みませんよ」

 

 と、手を前に突き出して静止の姿勢を取るのは黒髪を夜会巻きにし、メイドを着ているのに両手にはトゲトゲの物騒な装飾を施されたガントレットを装備して、チョーカーを外すと自在に首がもげる、首があるのに首無し騎士(デュラハン)の『ユリ・アルファ』だった。

 

「……もげる……。別の表現は無かったのでしょうか……」

 

 いいじゃないですか。

 クソなげー小説を読まされるよりは。

 

「ま、まあ、1000行以上の小説はウェブでは苦痛以外の何者でもありませんよね」

 

 一人称が作者ではお茶を濁しそうなので退散します。

 

「ああっ……」

 

 ユリは一人残されてがっかりしました。

 確かにここ最近のナザリックは外敵の襲来も無く、平和ではあるけれど。中身はとても忙しい。

 『至高の四十一人』がかつて使用していた部屋の掃除のチェック。

 使われる事が少ないトイレのチェック。

 墳墓内に散らばる●●●の片付け。

 

「●●●? また伏字ネタでしょうか?」

 

 うんこ。

 

「う、うんこ……。どストレートに書かれると……。人間の排泄物というのは分かります。ということは人間が床にうんこを落としていったのでしょうか?」

 

 声優さんが泣いています。こんな単語を言わされるアニメが増えていて困っていると。

 ●●なんとかさんはお●●●●をストレートに言うアニメを。

 

「声優ネタですか? あんまり実名を書くと怒られますよ」

 

 ●●カツの主人公の声優さんが好きですね。

 

「知りません。……少なくとも『オーバーロード』のアニメには出ていないですよね」

 

 ユリはやれやれと両腕を広げて肩をすくめる仕草をしました。

 身振り手振りを文章に起こすのは意外と大変です。なので直立不動のまま移動してください。

 

「それではただのハリボテではありませんか」

 

 書かなくていいので楽なのです。

 はぁ、とため息をつくユリ。

 平和なナザリックで目に見えない愚か者の相手をする事になってアンデッドなのに疲労を感じそうでした。

 少なくとも精神的に疲れを擬似的に感じた気がします。ユリではなく、私が。

 

「作者は退散したはずですよね?」

 

 ふふふ、奴は四天王の中でも最弱。

 もとい、誰かが状況を書くのは当たり前。

 

「……まあ、好きになさい」

 

 今日もユリは床に落ちているうんこを踏んでいく。あと何気に伏字のひとつが開放されてしまった。

 それはもう親の(かたき)のごとく。オリ主に家族を殺されたのでしょう。

 飛び散るうんこの欠片。

 びっちびちです。

 

「……床にうんこを落としたのはあなた(Alice-Q)ですね」

 

 それから一時間の説教を食らいつつ、床掃除を口でする羽目になりました。

 それはもう一面光り輝くほど綺麗になりましたとさ、めでたしめでたし。

 

「……結局、今回はうんこの話しで終わりですか?」

 

 はい。特にネタが無かったので。

 アンデッドで異形種のユリにとってうんこを口走る事に抵抗は無かった。そもそも人間的な常識は持ち合わせていないので。羞恥心も人間とは違います。

 

「……ボクの創造主であられるやまいこ様に顔向けできない内容ではありませんか……。は~あ」

 

 後々になって分かったが、うんこをぶちまけたのは作者(Alice-Q)ではありませんでした。

 メンタルが弱いので、つい謝罪してしまいました。

 謝るところが違う、という幻聴が聞こえてきましたが後の祭りでした。

 

 

クレマンティーヌ「おんやー、また新しい……。んんっ……。アンデッドだと思ったら巨大なうんこじゃないですかー」

ユリ「おすそ分けです」

クレマンティーヌ「い、いや、要らないです……。あと、食べないですよ? や、やめて……。手に持たないで」

ユリ「ぷれぷれぷれあ……(デス)っ!」

 

ルプスレギナ・ベータ

 

 実はγ編を間違えて先に書いてしまいました。関係者各位に切腹してお詫び申し上げます。

 さて、血と内臓が床にぶちまけられたところで気を取り直しましょう。

 

「あっはっはー。メンタルの弱い作者(Alice-Q)さん。ちーっす」

 

 ちーっす。いや、今は第三者的な進行役です。

 

「はいはい。●●ネタはやらないんすね? 同族食いネタも無し?」

 

 はい、無しの方向です。

 

「了解したっす。えーと、平和なナザリックにおいて私達の仕事は見回りくらいっすよ」

 

 でしょうね。

 戦闘が無い戦闘メイドの存在価値は平和な世界には必要ないですからね。

 それでも無駄飯食らいの戦闘メイド『ルプスレギナ・ベータ』は今日も元気にご飯を食べていた。

 意外と人間は食べないんですよ、この赤毛の狼娘は。

 

「食べるっすよ。味が悪いと吐き捨てるだけで」

 

 自慢の髪の毛は炎の如く。結んだ二本の三つ編みは戦闘時になると(ほど)ける。

 褐色肌の身体に黄色く輝く獣の瞳。

 

「帽子を取ると犬耳が見えるっす。この髪の毛は人間形態の耳隠しの役割があるっす。実際に私の耳を見たことある人は居ないはずっすよ」

 

 と、帽子を外すルプスレギナ。しかし、残念だ。文字で絵として見えない。

 

「それは残念っすね。挿絵の人にいずれ見せてもらうといいっす。……忘れていなければ……」

 

 文字としてはルプスレギナの頭上に獣の耳がピクピクと動いているのだが、読者は心が汚れているので見ることは出来なかった。

 綺麗な人には心の眼で見えているはずです。かなり立派で想像しているよりも大きめの耳が。

 

「●●●・●●●●ってアニメのレオン●●●●って人のより……。あっちは猫科か……。ミル●●●●か……」

 

 自慢の耳を見せられなくて申し訳ないとルプスレギナは心にもない事を呟いた。

 

「申し訳ないのは本当のことっすよ。原作者(●山●●●)の生活が潤うのは()()()()()()()()()()()()だけっすから」

 

 誤字だらけの本に金を出すけったいな犠牲者(読者)が哀れです。

 重版する時はちゃんと直せ。まだいくつか治っていない部分があるぞ。パナソレイのフルネーム(九巻のP159)とか。

 セリフの誤字はまだ許せるが地の分は出来る限り、間違いがあっては困る。

 

「そうだそうだー。原稿をチェックする人もちゃんと働けー」

 

 かくいう作者(Alice-Q)もかなりチェックしているけれど、投稿した後でいくつか見つかると疲れを感じる。それでも全体の数パーセントだが、見つかると一気に疲労を感じる。

 画面に反映されて始めて見つけられることもある。

 

「かなりの長文で誤字が少ないのはなかなか大変っすよ。……低評価なのに」

 

 ルプスレギナは軽い身のこなしで空中に飛び上がり、一回転する。

 着地した時に下着がずり落ちた。

 

「耳は獣でも尻尾はちゃんと見えない状態っす」

 

 尻を突き出して脱糞したらファンが増えそうなほど見事な褐色の尻だ。

 つまり床に落ちていたうんこはお前(ルプスレギナ)の仕業だな。

 

「そんな事はしないっすよ。匂いをかげば無実だとわかるはずっす」

 

 文字媒体では匂いが読者に伝わらない。だが、自然と臭そうな気がしてきた。

 

「そんな美女に下品な事を言わせるとは……。変態タグを付けた方がいいっすね、永久に。いくら私でも神聖なナザリックは汚さないっす」

 

 怒る時は怒るルプスレギナ。

 人間の女性の顔が崩れ、口が裂けて行き、本性の人狼(ワーウルフ)が現れ始める。

 異形種が本体なので食事をする時、口からものがこぼれやすくなる。

 勘の鋭い人なら看破されるのでルプスレギナは人前であまり食事しない。

 四つんばいになる赤き狼。

 長い尻尾を振り回し、獲物を狙う大きな瞳。

 それはまさしく美しき獣だ。

 

 

クレマンティーヌ「〈疾風走破〉」

ルプスレギナ「甘い! それは残像っす」

クレマンティーヌ「ぎゃふん!」

ルプスレギナ「ふえふえがぶじゅれぁ……です。……うっぷ」

 

ナーベラル・ガンマ

 

 うんこネタを引きずるのは勘弁という猛抗議が殺到したのでやめようかと思います。でも、簡単に読者に迎合するようでは創作など出来よう筈がない。

 ●●●●ネタをナーベラルで出来ると思って楽しみにしてたのに。

 

「絶対に嫌です」

 

 ふっくらしたスカート状のメイド服型鎧をまとう戦闘メイドの『ナーベラル・ガンマ』は全身全霊で拒否してきた。

 

「あと●●ネタも拒否させていただきます。ついでに脱糞ネタも駄目ですね」

 

 つまらない。

 

「大きなお世話です」

 

 トイレにはまったナーベラル。首が抜けなくなってさー大変。

 アインズが出てきて、こんにちは。

 一緒に汚水を飲みましょう。

 

「変な歌を作るな!」

 

 手に持つ(しゃく)で攻撃してきますが、相手は進行役。全く当たりません。

 それが第三位階の魔法であっても。

 

()()下品な小説を書く気ですか、この下等生物(ボウフラ)は」

 

 ナーベラルは呆れてため息をつきました。

 脱力した事で顔が本性の二重の影(ドッペルゲンガー)になりました。

 普段は黒髪のポニーテールですが、本来は異形種です。

 目と口が穴のようになっているので、まるでボーリングの玉です。

 その穴にコルク栓を突っ込めるか気になります。

 

「視覚と味覚がある。呼吸も出来る。ただ、表情の変化は人間形態の方が都合がいいのは確かね」

 

 鏡を見るナーベラル・ガンマ。醜い人間の面に戻して眺める。これを下等生物(ナンベイオオチャバネゴキブリ)たちは美しいと賞賛する。

 とはいえ、こんな顔でも至高の造物主に作られたので軽々しく批判する事は不敬だろう、と思って口には出さなかった。

 二重の影(ドッペルゲンガー)の顔を気持ち悪いと思わない強靭な心は見事です。

 

「……こちらが私の素顔なのだけれど……。随分と失礼ね」

 

 とはいえ、素顔のまま生活が出来ないし、化粧ができないのはメスとしてどうなのだろうか。年頃の女性ナーベラル・ガンマも乙女であった。

 美的感覚が人間と違うので、どういうものが美しいのだろうか。久しく忘れていた。いや、考える余裕が今まで無かっただけだ。

 髪の毛は無い。あれは肉体変化の産物だ。

 指も本数が人間と違う。種族が違うから別に問題は無い。

 身体の方は人間と大差がないような気がする。

 二重の影(ドッペルゲンガー)が胸を大きくする意味があるのだろうか。

 ソリュシャンは粘体(スライム)だから、そもそも巨乳とか関係が無い。

 手足すら要らないのではないかと思う。

 人間社会は不可解だ。そうナーベラルは思った。

 

「アインズ様。異形種たる我々は人間と同じ感覚を身につける必要が本当にあるのでしょうか?」

 

 全身骸骨の死の支配者(オーバーロード)『アインズ・ウール・ゴウン』は女性の悩みを聞かされて返答に困っていた。あと、出番が少ないけれどアインズが主人公だから『オリ主』タグは要らないな。本当の『ぷれぷれぷれあです』ではプレアデス達は二話目から出てきたし。たぶん問題は無いだろう。

 冴えない主人公属性が突破した立派な童貞のアインズに正しい解は出せない。二重の影(ドッペルゲンガー)の社会構造を考えた事が無いので。

 ユグドラシルというゲームではエネミーは倒してドロップ品と経験値を得るだけの存在だ。生活様式まで気にした事は無い。だからといってNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)たるナーベラル達の意見を無視するのは支配者として無責任すぎるのではないかと思う。あと、真面目に書けますよ。全部、下ネタばかりではありませんから。

 

「……多少の息抜きは必要か……。おほん、ナーベラルの好きにしろ、と今は言えん。お前達、それぞれの種族の事も考えなくてはならないだろう。とはいえ、だ。人間社会のことしか知らない私が二重の影(ドッペルゲンガー)のことを急に聞かれても困る」

「申し訳ありません。シモベの分際で差し出がましい事を……」

「待て待て。咎めているわけではない。……だが……、ナーベラルよ」

「はい?」

「人間のような化粧して綺麗になる、という考えはお前には無いのか? 見た目は年頃の娘なのだから」

 

 人間ではない、という事は分かっていても活動する時の姿は人間そのものだ。

 

「身奇麗にする以外の事は……。肌に余計な粉などを付けてしまいますと外敵の目印にされてしまう恐れがございます」

「……うん、そうだね」

 

 匂いとかで居場所を把握されたりするかもしれないね、と胸の内で言うアインズ。

 戦闘において化粧は邪魔だ。せいぜい迷彩柄を施すか、儀式のための化粧ということくらいしか浮かばない。

 

「物は試しだ。何事も挑戦しなければな」

 

 言い分は理解出来るが、実際に色々と試すことは大事だろう。

 今は特に重要な用件は無いのだから、いくつか命令してみた。

 数時間後には世にもおぞましいモンスターが誕生するのだが、残念。お時間になりました。

 

 

クレマンティーヌ「魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて……」

ナーベラル「超位魔法『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』……」

クレマンティーヌ「……すっ、すいやせんしたー!

ナーベラル「ぷれぷれぷれあです。……何度見ても素晴らしい動画だわ。特に下等生物(ミカヅキモ)共を蹂躙する様子は」

 

シズ・デルタ

 

 エンディングで歌うシズはまさにお経のようでした。

 感情のこもっていない声が『ウィッチ・●●●●・ワー●●』のヒロインと同じとは思えません。

 

「……すごい失礼。……歌詞、がんばって覚えた。……キーリッツ、キーリッツ」

 

 自動人形(オートマトン)の戦闘メイド『シズ・デルタ』は物陰から無表情で言った。

 最近の彼女のマイブームだとか。

 

「……シズ・デルタ。……居る。……というのとか」

 

 誰かに声をかけてほしそうな雰囲気があるけれど通りを歩く一般メイド達は新しい遊びの邪魔をしてはいけないと思ったのか、気にしつつ黙って見守っていた。

 ナザリックのギミックやパスワードを管理する上で外出がままならないシズ。

 物静かな彼女は可愛いものが大好きで第六階層に生息する針山の槍(スピアニードル)という二メートルくらいの大きさの兎型モンスターがお気に入り。

 意外と独占欲があり、支配者の命令でも可愛いものを優先しがちだとか。

 

「……命令と可愛いもの。……どちらを選ぶかは難問。……アインズ様に怒られるの、……嫌、だけど」

 

 物陰からシズは意見を出してくる。

 ただ、他のメイド達からは誰と喋っているのだろうと不思議がられていた。

 シズの目の前には誰も居ないので。

 

「……心眼、……ごっこ」

「なるほど~」

 

 小粋なギャグもシズは使いこなせる優秀な自動人形(オートマトン)だ。

 

「……時には相手の心の代弁も……。……あ、下ネタの大便ではないので勘違いしたら……、……射殺」

 

 無表情で殺意を振り撒こうとするが誰にも伝わらない。

 物陰から呟く声は近くに居る人にしか聞こえないかもしれない。

 現場に居続けるのは不味いと思ったのか、色々な物陰に移動するシズ。

 気配を消して進む姿はストーカーのようだ。

 

「……確かに、ストーキング。……に、見えなくも、無い。……ならば」

 

 と、足音を出さずに素早く移動し始める。だが、実際の『ぷれぷれぷれあです』では動くたびにピコピコ効果音が強制的に鳴ってしまう。今作も多少の風斬り音は出ていた。

 時にはメイドの背後に。時には物陰に。

 

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 残像を残すかの如き早業。

 

「……秘技。……シズの仔山羊」

 

 そのモンスターのレベルは残念ながら90以下だった。

 

「……追加ユニットがあれば機動●●●ン●●の装備も可能……。……あっ、版権の問題で装備不可……、……残念。……憎き著作権」

 

 著作権に悪気(わるぎ)はありません。

 守ろう著作権。だが、この作者(Alice-Q)はちゃんと守れているのか、実は分からなくて不安がっています。

 

「……守られていなければ自宅に電話が来ると思うから、……大丈夫」

 

 それは怖いですね。

 

「……または裁判所から何らかの通知が……」

 

 または『●ー●●●』の運営に人知れず消されていくのでしょう。

 無理して著作権を侵害したいとは思わないけれど、少し不安なのは事実だ。

 ビ●●●ーやマイン●・●●●●ーというモンスターは使ってませんよ。

 

 

クレマンティーヌ「あー?」

シズ「……黙れ、メス豚」

クレマンティーヌ「………」

シズ「……ぷれぷれ……ぷれあ……、です? ……です。……この(クレなんとか)の死骸の処理をお願い」

 

ソリュシャン・イプシロン

 

 魔乳を引っ下げてやってきました粘体(スライム)娘。

 人間形態を自在に変化させられるから今の体型を無理して維持するのは意味があるのだろうか。

 

ぼぼぶばばびぶぶぶべぼぼびばばば(そんなことを言われても困りますわ)

 

 食事中に聞いたのが不味かったようだ。

 体積の増えた捕食型粘体(スライム)の戦闘メイド『ソリュシャン・イプシロン』は意外と太りやすい体質だった。

 特に見た目が。

 部位などの小さい部分ならそれほど体型は変化しないが、人間を丸ごと飲み込むと相撲取りのような状態になってしまう。

 消化すると元に戻る。

 

ぼぼびびばばぶぶべ(そうなんですけどね)

 

 粘体(スライム)だが、食事中は常に口をモゴモゴ動かす。そもそも歯など無いに等しいのに。

 

「ゲェー……。……失礼しました。いえ、失礼な。人間の姿の時は一通りの器官を再現して食事します」

 

 と、言いながら人間の口と同じものを身体のあちこちに再現する。

 体積だけは好き勝手に増やせない。

 粘体(スライム)なので噛み砕くより消化液で溶かすのが基本だ。

 人間を丸ごと消化するので、当然『うんこ』ごとだ。

 

「私達の種族は人間の排泄物だろうと綺麗に消化して栄養分にしますわ。もちろん、カスは固めて排出します。……このように」

 

 と、言った後でソリュシャンは下着を履いた状態なのにブリュという音と共に尻から()()を排出した。その床にぶちまけられた()()とは、かつて人間であったものの残りカス。それは正しく()()()と言われても不思議ではないものだ。

 粘液で守られた尻。いや、純白の下着には茶色や緑色の染みや汚れなどが一つもこびりついていないし、破れも無い。トイレットペーパーが不要の便利な身体だ。

 つまり、お前(ソリュシャン)が犯人だな。

 

「あらあら、バレてしまいましたか」

 

 ほほほと笑っているソリュシャンの元に無言で近づくユリとルプスレギナ。

 

「えっ? あれ?」

 

 ガシっと両脇をつかまれて運ばれていくソリュシャン。

 この日、彼女はそのまま戻ってこなかった。

 

 

 それから復活したソリュシャンは床掃除に励んでいた。

 粘体(スライム)にとって辺りは全てトイレと同義。

 人間のような常識はもとより備わっていない。

 便器に座れば吸い込まれて下水に流れてしまうほど。

 

「それは最初だけですわ。私も失敗から学ぶ知能くらいあります」

 

 仲間が●●●●趣味があるのでは、と危惧したが元々粘体(スライム)は掃除係として使われる事があるから別段、ソリュシャンだけの性癖ではない。

 

「そうです。私は執事助手よりもトイレの便器を綺麗にできます。ご要望とあればアインズ様の身体の隅々まで綺麗にする自信がありますわ」

 

 自信満々に胸を張って言うソリュシャン。だが、その胸は変幻自在。

 

「今日もしっかりと掃除に励んでいるようだな、ソリュシャン」

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者アインズがソリュシャンを労いにやってきた。

 

「ありがたき幸せに存じます」

「……まあ、今回は罰であるが……、排泄場所は(わきま)えろ。ちゃんとトイレがあるのだからな」

「その節は申し訳ありませんでした」

「あー、時にソリュシャン」

「はい」

「お前は……、排泄物が好き、という事は無いよな?」

「私は捕食型粘体(スライム)ですので栄養があるものは消化液で吸収いたします。……そうですね、栄養のあるうんこであれば……」

「うんこは言わなくていい」

 

 人間ではないから口走る事に抵抗は無いソリュシャン。

 

「失礼いたしました。基本的に何でも構いません。一番は無垢なる人間、でしょうか。生物の怨嗟を聞きながら捕食するのが大好きです」

 

 支配者の前なので表情は崩さない。だが、顔は今にも餌を求める欲求で崩れそうだった。

 見た目は細身の身体だが、人間を数体ほど取り込む事が出来る。

 生物を取り込みすぎると美貌が崩れてしまうのが難点だが。

 

 

クレマンティーヌ「〈不落要塞〉」

ソリュシャン「あら? そんなことをしても意味が無いわよ」

クレマンティーヌ「ごぼぼぼっ!

ソリュシャン「ぶべふべぶべばぶぶ。……ゲェーッ。……うふふ、失礼」

 

エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ

 

 今日もおやつを求めてナザリック地下大墳墓、第二階層にある『黒棺(ブラック・カプセル)』から大量の戦利品を持ち帰る。

 戦闘メイド『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』という蜘蛛人(アラクノイド)

 

「今日もたくさんのゴキさんを捕まえられましたわぁ」

 

 ゴキブリ(コックローチ)というモンスターは何種類か居て、種類問わずにエントマは食べていく。

 雑食性で人間も捕食する。

 見た目は人間の娘のようだが身体の大部分は召喚した蟲達だ。

 仮面蟲を外せば複眼のある蜘蛛そのものの素顔を見る事が出来る。

 声は口唇蟲が担当している。

 蜘蛛なので脚は腕を含めて八本ある。

 残りの脚は普段は背中に隠している。

 精神系魔法詠唱者(マジック・キャスター)で符術による攻撃を得意とする。

 

「そろそろ新しい味が欲しくなりますねぇ」

 

 と、第五階層守護者『コキュートス』に言って見た。

 蟲王(ヴァーミン・ロード)たるコキュートスは自分のシモベを提供する気は無いが、雑食性のエントマには頭を痛めている。

 氷から削りだしたような青白く硬質な身体を持つコキュートスも捕食の対象にされているのではないかと危惧していた。

 

「ダカラトイッテ、シモベハ渡セナイゾ」

「分かっておりますぅ」

 

 と言っているが信じられない。

 エントマは小さな身体とは裏腹に意外と食欲旺盛だから。

 

 

 餌を求めて向かった先はカルネ村という小さな農村だった。

 人間が住んでいるけれど、目当ては彼らが作る食事だ。

 

「今年の麦は豊作でした。エントマさん、カルネ村の自慢のパンをどうぞ」

「頂きますぅ」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの支援を受けてから村は活気を取り戻し、農地を広げられるまでになった。

 麦のほかにも色々と育てていて、食肉用の家畜の飼育小屋もある。

 丸かじりが多かったが調理された料理もエントマは気に入った。

 もちろん、第九階層の食堂に比べれば数段劣るけれど、ここにしかない料理は格別だった。

 今はまだ遠出が出来ないので新しい食材を求めて別の都市にも行きたかった。

 行けない代わりに村の村長であるエンリという女性が色々と手に入れてエントマに提供していた。

 

「エ・ランテルの食堂で……」

「●●・ランテル?」

「●●? エ。エ・ランテル、です」

「あらあら、確か●●・ランテルだと聞いた覚えが……」

「……似ていますが、違うと思います。言い間違いではありませんか?」

「ごめんなさい。……でも、はっきりと●●・ランテルと……。あれぇ? ●●●ーレア・バ●●●という友達が居るとか」

「ば、バ●●●!? それは間違いなく悪口ですよ。そんな姓は聞いた事がありません」

 

 エントマは首を傾げた。

 『ランテル』は同じだが、聞き違いだろうとエンリは思った。

 エンリが知っているのは城塞都市エ・ランテルであって、●●・ランテルはこの世界のどこにもありはしない。

 

「良い香辛料と調理法を覚えたので再現してみました」

 

 湯気が立ち上る焼肉定食。それはエ・ランテルでも人気の料理で値段も手ごろ。

 香辛料は村でも栽培しているもので結構な収入源となっている。

 エンリたちの努力の結晶はエントマの蟲の味覚にも通じたようで黙々と食べ始める。

 雑食と言っても好みがあり、美味しくないものは不味いと言える。

 

「……合格、点を上げられるほど、ですねぇ」

「ありがとうございます」

 

 料理に関する職業(クラス)レベルの高いエンリはエントマを満足させるレベルに達していたようだ。

 不平不満を言わずに気が付けば提供された料理は舐めたように綺麗に平らげられていた。

 食事をする時は最初こそ付けていた仮面蟲を外して後半は素顔で堪能するほど。

 それはエンリの腕は確かに本物である証拠だった。

 最後の最後で仮面蟲も食材として食べるところだったが、それはエンリによって防がれた。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 

 戦闘メイドとしてではなく、一人の客人として礼を述べた。

 満足したのでしばらく眷族も人間も食べなくていいのかもしれない。

 今日一日ぐらいは、と。

 

 

クレマンティーヌ「か、完璧に死んじゃうぅ!

エントマ「出血多量でぇ」

クレマンティーヌ「……あふぅ……」

エントマ「ガリ、ガリっ、ガリガリっ。……ふぅ。意外と美味しかったですわぁ。……金属が邪魔だったけれどぉ」

 

オオゲツヒメ・イータ

 

 第八階層の桜花領域を守る領域守護者『オオゲツヒメ・イータ』はNPCのレベルが100である。戦闘メイド『プレイアデス』のリーダーにしてユリ達の一番下の妹だった。

 主な仕事は各階層の転移の管理。そして、この『荒野』に住まう決戦モンスター達の飼育と世界級(ワールド)アイテムとギルド武器の管理。

 色々だった。

 巫女(メディウム)職業(クラス)だから巫女服を着ているわけではなく、種族に関係しているだけだ。

 名前の通り日本神話の女神級モンスター。だが、その情報を知らない者から見れば普通の人間にしか見えないだろう。

 自らの身体からモンスター達の食事を生み出す事が出来る。

 

「姫様、毎日お一人で食事を作られて大変ではありませんか?」

 

 と、狐のお(めん)を頭に乗せている小柄な少女たちに尋ねられた。この子達も当然、モンスターだ。

 

「第九階層の食堂を使わせてもらえば労力の負担を減らせるのではないでしょうか?」

「この階層だけで出来る事を(おこな)うのも立派なお仕事ですよ」

 

 物静かな口調でオオゲツヒメは言った。

 階層守護者は天使系のモンスター『ヴィクティム』といい、普段は安全地帯の生命樹(セフィロト)で休んでいる。

 体長は小さく見た目は胎児に似ていて桃色。羽の代わりに木の枝のようなものが背中から生えている。

 ナザリック地下大墳墓が誇る最大戦力が集まっているのだから巻き込まれるおそれがある。

 

あい()()そしょく()たまご()たいしゃ()ろくしょう()

 

 (くつろ)ぎに来たヴィクティムが呟く。

 

「はい。今日もナザリック地下大墳墓は穏やかな一日を迎えられそうです」

 

 そう言いながらも仕事は多い。

 (おびただ)しいモンスター達の食事を用意するのは毎日の日課。

 一部は活動を停止しているとはいえ油断の出来ないものも多い。

 その中で最強と名高いのが守護者統括『アルベド』の妹『ルベド』だ。

 赤い髪の毛に身体はエメラルドグリーン。宝石のような輝きを持つ硬質的な外見とは裏腹に少女の面影を残すモンスターだ。

 近づかなければ安全だが、敵味方関わらず襲い掛かる性質がある。

 自己再生力と攻撃力の高いルベドはレベルは低いもののこの階層の最強格の一人だ。

 たまに起きては食事をねだる事がある。黙っていればルベドはとても大人しい。

 

「………」

 

 シモベ達と共に食事の用意をする風景をルベドは黙って眺める。

 荒野が広がる階層なので目新しいものが殆ど無い。

 飽きたら寝る。ただそれだけの日がな一日をルベドは過ごす。

 ルベドは見た目は女性だが金剛石動像(アダマンタイトゴーレム)でユグドラシルでは無敵と言われるモンスターだ。

 絶対に倒せないわけではなく、倒しにくく、HPが0になっても死なない。倒し方が分からなければ絶対に勝てない、という意味で無敵と呼ばれている。

 姉のニグレドからは『スピネル』と呼ばれて忌み嫌われている。その理由としては生物ではなく、動像(ゴーレム)だから家族と呼びたくない、のかもしれない。

 

「……ごはん」

ハクジ()アイ()クワゾメ()()あおむらさき()くり()あおみどり()こくたん()しんしゃ()ひと()()()あおむらさき()たいしゃ()

「……うん」

 

 ルベドはオオゲツヒメの目の前まで来て喋り、ヴィクティムには軽く手を挙げて返事を返す。

 統括の妹という事で敬称は付けているが立場はヴィクティムの方が上である。だが、実力が違いすぎるので逆らえない雰囲気があるし、ヴィクティム自身も立場については言及する気はないようだった。

 食事が出来るのは製作者のタブラ・スマラグディナの計らいだとオオゲツヒメ達は思っている。

 至高の存在の考えはシモベたちには高尚過ぎて理解できない、というのもある。

 戦闘になれば膨大な力を消費する。当然、補給も多くなる。その彼女の食事は金貨で呼び出せる餌用の動像(ゴーレム)で、それを与えている。

 

 ルベドは鉱石を食べる。

 

 戦闘以外は寝ているだけなので食事は起きた時、一日一回というか一体で充分だ。

 ルベドから呼びかけられれば基本的に襲われることは無い。もちろん、敵対行動を示さないという条件は守らなければならない。いくらレベル100のオオゲツヒメでも戦闘に特化していないので勝ち目は殆ど無い。

 

「……今日もお腹はあまり空かないな……。……寝起き分くらいか……」

「無理だと思ったら残してくださっても結構ですので。ルベド様、今日も平和ですね」

「……退屈……。不謹慎だけど……、タブラ様達が作った場所、守る役目は忘れていない」

 

 鉱石で出来ている身体の筈なのに柔軟な変化を見せるルベド。

 動像(ゴーレム)を齧る音は半径数十メートルに渡って響く。その音を不快と思わないで済むのは消音のマジックアイテムを貸与されているからなのと、音に対して耐性を持つモンスターがたくさん居るからだ。

 一部は不協和音と感じて襲ってくることもあるけれど、ルベドが全てを撃退する。

 大抵は低レベルのモンスターで高レベルモンスターはほぼ音に耐性がある。

 当然、オオゲツヒメは平気だ。

 ヴィクティムはレベルは低いけれど音は平気なようだ。耳がどこにあるのか見た目では分からないが。

 狐のお(めん)を持つシモベ達も特に反応は示さなかった。

 荒々しい食事だが雰囲気では穏やかなひと時を過ごしているように見える事だろう。

 

 

クレマンティーヌ「このクレマンティーヌ様がっ!」

オオゲツヒメ「お食事はいかが?」

クレマンティーヌ「て、テメー! 尻からなんてものを!

オオゲツヒメ「おほほほ。何のことかしら? ……失礼しました。ぷれぷれぷれ()あです、でございます」

 

オーレオール・オメガ

 

 第八階層の桜花領域を守る領域守護者『オーレオール・オメガ』はNPCのレベルが100である。戦闘メイド『プレイアデス』のリーダーにしてユリ達の一番下の妹だった。

 主な仕事は各階層の転移の管理。そして、この『荒野』に住まう決戦モンスター達の飼育と世界級(ワールド)アイテムとギルド武器の管理。

 と、ここまでは前回と一緒だ。

 では、ひとつ前に居る『オオゲツヒメ・イータ』とは何者なのだろうか。

 

「ということで来ていただきましょうか」

「は~い。こんにちは。今まで末妹だと思われていたオオゲツヒメでございます。日本神話の化け物。いえ、たぶん異形種のものにございます」

 

 着物姿の和風美人というのは末妹としては基本の衣装だ。当然、オーレオールも同じ格好である。

 

「おいこら、偽物。もうお前はお払い箱だから全部置換(ちかん)されることになったわ」

「あらあら、今まで物語を支えてきた私に対してぞんざいですわね、ぽっと出の新キャラの分際で。……っていうか、オーレオールって名前、何なの? みんな頑張れって意味? 原作者のネーミングセンスが疑われますわね」

「おほほほ。●●●●●先生という豚……いえ、ご立派な方のネーミングは悪い方ではなくてよ。ちょっとダサめの方が印象に残るとスパ●●の方もおっしゃっていますし」

 

 オオゲツヒメは『オーレ(がんばれ)オール(みんな)』だと思っているが『オーレオール(光輝)』という線もある。一癖加えるネーミングであれば納得は出来るが前者はスペイン語と英語の併記だから結局、名前としてはおかしいことになる。

 いかんせん、名前が出た当時、手元にある()()()()ではオーレオールは出てこなかったので安易な結果になってしまった。

 ウィキで調べ損なっていたのは(いな)めない。

 『光冠』とも呼ばれているらしい。だが、それをそのまま使っている保証はない。

 そもそも末妹が『人間種』であるならば『ウカノミタマ』のように異形種でなければ『アマテラス』は存在し得ないことになる。その辺りが混乱する原因だろう。

 和服で輝きを意味する名前には違和感があるけれど、生命樹(セフィロト)王冠(マルクト)を司るものとしてならばありうるかもしれない。

 いわゆる『光背(ハイロゥ)』という意味で。

 人間の姿で名前にちなんだものと言えば『アマテラス』くらいしか浮かばない。

 オオトシというモンスターが居るのであればオオゲツヒメが居ても不思議ではないのだが、原作者は神性持ちを人間種だと扱っているのだろうか。それとも職業(クラス)構成で解決しているなら問題なし、と扱っているのか。

 神人(しんじん)はユグドラシルには居ないのではなかったか。それとも都合のいい解釈がなされているのか。

 

「そうかしら? イータでもエータでもなくオメガ……。頭がおかしいとしか言えませんわ。ちゃんと順番を守ってくださらないと。予想していた多くの二次作家達が辟易しますわ」

 

 設定上はオオゲツヒメとオーレオールは同じ姿ではあるが細かい設定が公開されれば前者の方は新キャラとして焼き直されるだろう。

 名前と姿が想像できない者であれば()()()()は廃れていく。

 

 

 現在位置が左上の小さな大陸部分だと仮定すれば世界はまだまだ広い事になる。

 確かに中世ヨーロッパ風の異世界ならば下方には広大な砂漠が広がっているだろうし、東側は広大な寒冷地や亜人の国家がおそらく六つでは済まないほど存在するはずだ。

 遥か東方には和風の国があり、超大国も存在することになってしまう。

 

「世界の謎は空を高く飛べば案外、早く解明するものです」

「それをしないのは地上の物語を優先しているからでしょう」

「あら、まだ居たの? 読者はあまり活躍しないキャラに愛着を覚えません。さっさと消えてくれませんか?」

「いいえ、まだ和風のモンスターとしての出番が期待されていますので。ウカノミタマとか」

 

 名前が出た末妹オーレオールは眉根を寄せる。

 あー、この女殺したい。という雰囲気をかもし出す。

 原作者に設定されたキャラクターこそが優遇されるべき存在であって赤の他人が考えた末妹などゴミだ。

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 おそらく支持も集まるだろう。

 オーレオールこそが正しい存在であると。

 他の二次創作に出た末妹達も粛清の嵐に見舞われているに違いない。

 ざまあみろ。

 

「……オーちゃん。そんなに性格が捻じ曲がったキャラでしたか?」

 

 長姉のユリ・アルファが心配そうな顔で声をかけてきた。

 

「あら、お姉様。真の主役は後から現れるものですよ。それより、そこのゴミ(オオゲツヒメ)を駆除すべきだと思いませんか?」

「オーちゃんが公式で出た以上は処分対象でしょうけれど……。今まで仮とはいえ末妹の設定を支えてくれたのです。これで本当に彼女の名前が正式設定と同じであれば誰も文句は無かったでしょうね」

「結果が出た以上はゴミ確定です。多くの熱心なファンもそう言いますよ。こいつは殺すべきゴミクズだと」

「……オーちゃん、そんな口の利き方だとファンどころか……。いいえ、この話しを書いている愚か者(Alice-Q)が低評価を受けるだけで別に心は痛みませんね、そういえば」

 

 口元に手を当てつつユリは何かに納得する。

 遅筆の原作者(●●●●●)がもったいぶった結果だし、多くの二次創作が混乱するのも原作者の責任だ。

 ファンが脳内で作り上げた多くの末妹達はこれから大粛清に遭うだろうが、それ自体はユリの心を一辺たりとも痛めることにはならないだろう。

 多少なりとも『オーバーロード』という作品を世に知らしめる事に役立てば本望だと思って消えてもらえばいいだけだ。

 本物こそが常に正しい。

 それはおそらく、今後とも変わることが無いだろう。

 

「改めて私こそが本物です。なので偽物は全て死んでくださいませ」

 

 ニコリと微笑む末妹に対し、今まで席に座っていたオオゲツヒメはモンスターとしての設定を与えられ、再登場の機会を窺うことになる。

 そんな日が来る事を願いつつ、今まで末妹であった存在は静かに姿を消していった。

 

 

クレマンティーヌ「……またいつかチャンスが来るって」

オオゲツヒメ「大きなお世話なんだよ! 悠●●声だからっていい気になってんじゃねーぞ! あと、オーレオールって名前、変なの~! このブタ野郎!

クレマンティーヌ「けいこくします。……おんなをおこらせるとこわいのです」

オーレオール「後で殺す! ぷれぷれぷれいあですっ!

 

『終幕』

 

 



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