モンスターハンター ~その左手が握るもの~ (コクワガタ@休止)
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プロローグ
プロローグ 旅立ちの風
とある高原の村の夜明けのこと。一人の少年が今まさに村を旅立とうとしているところだった。
少年の服装は質素で丈夫な綿の服に麻のマント。そのほかに日用品や少しの現金の入った肩掛けの麻袋をかけ、腰には護身用の剣をつけている。
いや、ただの剣ではない。一般に護身に用いられるそれに比べその剣は大きく、さらに同じく大きな盾も付いている。「ハンターナイフ」と呼ばれるそれらの武装は、まだ十歳の彼が既にハンターの資格を有することを示していた。
「……今までありがとう、父さん」
昨日から自分の装備を整えてくれた、そして今自分を見送りにきている自分の父に声をかけると、
「いいか、ベルク。お前は史上最年少でハンター養成所を卒業した優等生だ。そのことを私も誇りに思っている。だが、それは実際に生活で生かしてこそ、意味を成すものだ。このことを絶対に忘れるな」
「……うん、分かってる」
「それと――」父親は彼の左腕を指差した。
「それを絶対に人前にさらすな。最悪の場合、命を落としかねん」
つぎを当てて長く伸ばした袖にすっぽりと隠されたそれには、誰にも見せられない秘密がある。
「分かってるよ」
突然、小さな女の子の声が割り込んできた。
「お兄ちゃん!!」
丘の向こうからやってきたのは今年七歳になる妹、ホルン。たった今起きてきたのだろう、寝巻き姿のままだ。その大きな眼に涙が浮かぶ。
「ねぇ、行っちゃうの?!なんで?なんで?」
「ホルン……」
「お兄ちゃんとおわかれしたくない!わたしもいっしょに行く!!」
そう言って抱きついてきた妹の頭をベルクは優しくなでる。
「……僕もホルンとお別れするのはつらい。でも、今の僕にはホルンといっしょに旅をするほどの余裕はないんだ」
「でもっ」
「じゃあ約束する。必ず帰ってくるから、そのときはいっしょに行こう」
「…………うん」
ようやく泣き止んだホルンから体を離すと、ベルクは父のほうへ顔を向けた。
「じゃあ、行ってきます」
日が昇り、風が吹き始めた。その風を背中に受けながら、ベルクは山道を下っていった。
時と場所を大きく隔てて、正午ごろ。
「ふう……」
あれから七年が経過し、ベルクは十七歳になっていた。
ベルクがいるのは遺跡平原と呼ばれる狩猟地区。その名の通り、各所に古代の遺跡が残る平原と起伏の激しい岩盤地帯からなる変化に富んだ場所だ。
その一角、ギルドが配布する狩猟区マップに「エリア2」と示された場所で、ベルクは先ほどから辺りを見回している。身にまとっている革と布が主体の軽量防具「ブレイブシリーズ」の背中には片手剣ではなく、最近開発された新武器「操虫棍」の雛形、ボーンロッドが背負われていた。
「ねぇ、ほんとにここで合ってるの?」
その後を追いかけるようにしてやってきたのはどことなく東方風の狩装束「ユクモシリーズ」をまとった少女だ。背中には小型モンスターの骨から作られた二本の短刀「チーフシックル」が帯剣されている。ベルクの隣まで来ると、少女は目を閉じた。
「心配するなよ、リナ。あのソフィアが言ってたんだから間違いはないだろ」
このエリア2には大型のつる性植物、ハタオリヅタが自生している。この植物は陽光を求めて傘のように蔓を広げる性質があり、それによって二人の頭上には蔦の天幕が広がっている。ソフィアが言うには、今回の狩猟対象はこの環境を好むらしい。
「でも、さっきから物音ひとつ聞こえないし、やっぱり居ないんじゃ……」
そうリナが言った、その時。
ガサッ。
不意にどこかで物音がした。場所ははっきりとは分からないが、どうやら蔦の上かららしいということだけが分かる。
「……ご来賓の入場だ。リナ、位置は分かるか?」
ベルクが小声で聞くと、すぐに返事が返ってくる。
「十時の方向に十七メーター。もうこっちに気づいてる」
さすがだ、と微笑む。リナの聴力は他人より優れていて、全意識を集中させれば音だけで相手の位置、挙動をつかむことができる。
「わかった。それじゃあ――」
言いつつ左手で背中のロッドをつかみ、展開する。リナも眼を開け、背中のシックルを抜刀した。
「……一狩り行こうか」
我らの団の二人のハンター、ベルクとリナの狩猟が始まった。
今回が初投稿となるコクワガタというものです。今後ともよろしくお願いします。
さて今回の小説についてなんですが――
ベルク「そんなあらたまんなくてもいいだろ、作者さん。もうちょっとフラットに話せよ」
……ベルクさん、いきなり出てこないで下さいよ。
ベルク「俺にまで敬語を使わなくでもいいだろ」
年上の人間に敬語を使うのが私のポリシーなんです。
ベルク「あんた、十七にもなってないのか。てかそんなことに変にこだわるな」
……はいはい。
ベルク「じゃあ次回もお楽しみに」
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第一章 嫌悪された者
第一話 狐狩り(1)
本当に申し訳ありません…………
風を切りながら、右から爪が迫ってきた。
ベルクはそれを後ろに飛び下がって回避しながら、目前の相手に正面から向かい合った。
現在彼らがいるのは「エリア2」――ではなく「エリア4」と示される場所。赤茶色の岩石でできたフィールドで、近くにある深い谷の向こうには立派な古代遺跡がある。見る限りではほぼ完璧な形で残っているそれは一見の価値があるが、今はそんなものを見ている暇はない。
(ここまで追い立てるのには成功したけど――)
ベルクは改めて目の前の獲物を見据えた。
(本番はこっからだな)
黄と橙の色鮮やかな体毛に覆われた巨体。鉤爪のような角質の突起の生えた尻尾。後脚に比べ長く発達した前脚には湾曲した鉤爪が生える。大きな耳とバクの様に伸びた鼻先を具えた顔が仕留め損ねた外敵を捉え、大きな眼が怒りと殺意に燃える。
今回の狩猟対象、「奇猿狐」ケチャワチャが鼻を膨らませ、今度は粘液の玉を三連射する。うち二発は当たらずに近くの地面に着弾、顔面に向かって飛んできた一発はボーンロッドの峰で弾き飛ばす。刃に多少の粘液が付着するが、まだ問題なく使えるだろう。
反撃しようと近づいたところでケチャワチャが両手を振り上げる。ケチャワチャの攻撃行動のひとつ、通称連続叩きの予備動作だ。まず最初に眼前の獲物めがけて両腕をたたきつけたあと、その場から左か右に逃げた獲物を追うように回転しながら叩き付けを繰り出していく。無論、巻き込まれれば重症は避けられない。
この攻撃を回避するには、後ろへ下がってやり過ごすのが手っ取り早い。だがベルクは違う戦法をとった。
一回目の攻撃をサイドステップで左にかわした後、その場に立ち止まり、タイミングを計る。鈍く光る爪が自分の頭上に振り下ろされてくるのを知覚しながら、彼はひたすらその時を待った。
爪と自分の頭の距離が縮まる。あと十センチ、五センチ、二センチ――
(ここだ)
その一瞬の後、ベルクの体は今までいた位置から大股一歩分、右に移動していた。先ほどまで彼がいた場所を、奇猿狐の爪が深くえぐる。
この連続叩き、威力はすさまじいのだが大きな欠点がある。この時のケチャワチャは前面以外は完全に無防備、おまけに勢いを殺しきれないのか途中でとめることができないのだ。
そのままケチャワチャがさらに左に向けて叩き付けを繰り出す。当たらない上に無防備な横っ腹があらわになり、そこへ、
「はあっ!!」
全体重を乗せた一撃を繰り出す。
刃は若干ぶれて左肩に命中し、肉を深々と裂く確かな手ごたえを感じた。半分以上食い込んだロッドを思い切り引き抜くと、傷口から一気に血が噴き出す。これで当分左腕は使えない。
深手を負わされ、怒りをたぎらせたケチャワチャが雄叫びを上げようとした、次の瞬間。
「ていやぁっ!!」
奇猿狐の後ろに鮮やかな影が回りこんだかと思うと、いきなりケチャワチャがのけぞった。
「はああぁぁぁ!!」
叫びつつ、ケチャワチャの後足めがけて切りつけまくっているのはリナ。相手が振り向くと同時に一旦攻撃をやめ、そのまま相手の懐へもぐりこんで再び連続切りを繰り出す。
肉薄されれば粘液弾も腕も使えない。たちまち奇猿狐の腹に何本もの赤い線が刻まれた。
(よし、今のうちに――)
ベルクはロッドのグリップを操作し、虫笛器官を開く。その状態で棍を振り、
「いけっ!!」
腕にとまらせていた甲虫――猟虫【マルドローン】を飛ばした。
操虫棍には、武器として使う以外にその名の通り「虫を操る道具」としての役割もある。虫笛と呼ばれる装置が出す音に反応し、虫は主の指示に従い飛翔する。
マルドローンは狙い通り奇猿狐の左肩に命中。モンスター特有の驚異的な治癒能力によって傷はふさがりつつあったが、それでも気をそらすのには十分だった。
「キュオアアアッ?!!?!!」
悲鳴を上げたケチャワチャが一瞬ひるむ。ボーンシックルが空を切り、返り血で真っ赤に染まったリナがつんのめった。肩で息をしている。
「もう十分だリナ、一旦後退しろっ」
「う、うんっ」
息を切らしたリナと入れ替わる形で牙獣に切り込む。
しかし、その交代の隙を突いて奇猿狐が滑空攻撃を仕掛けた。
「ぐぅっ!!」
「きゃっ?!」
ベルクは受身を取ったものの、リナはもろに食らってしまい転倒。さらにケチャワチャが追い討ちに入る。
リナに向かっての引っかき攻撃。だがとっさにリナを突き飛ばししたベルクが左手の手甲「クンチュウアーム」で受け、事なきを得た。
(ぐ……)
鉱石にも劣らない頑強さを持つ甲虫、クンチュウの外殻を使っているとはいえ、モンスターの攻撃は苛烈。腕にじんときた痛みをこらえながら、ベルクは後ろへ下がった。
「キュウウゥゥゥ…………」
ケチャワチャもだいぶ消耗しているらしく、それ以上の追撃をせずに引き下がると、翼膜を広げ飛んでいってしまった。
「あいたたた……」
リナがむっくりと起き上がった。幸い大きな怪我は見当たらない。
「わりぃ、ヘマした。立てるか?」
「立てるよ、これぐらい」
そう言って起き上がるリナ。が、右足を踏み出した瞬間に顔をしかめ、バランスを崩した。
「……ごめん、やっぱ足首くじいたみたい。あははは……」
「あははじゃないだろ、まったく」
「ちょっとこのまま狩りを続けるのはきつそう。しばらく休憩してるからベルク一人でやっててもらえる?」
こういうとき、リナはわりとあっさり割り切る。おかげで無茶をしないため、あまりひどい怪我を負うことは無かった。
少しだけ安心して、ベルクは答える。
「ああ、じゃあ先に行ってる。たぶんとどめまで刺しちまうけどいいか?」
「好きにしていいよ」
了解、と答えてベルクは獲物が逃げたと思わしき場所、エリア9へと走り出した。
登場人物紹介
・ベルク 主人公。とある高原の村出身の十七歳。”我らの団”に所属している。同い年のリナとともに狩りをしている。武器は主に操虫棍。
・リナ ヒロイン格。ユクモ村出身の十七歳。ベルクと同じく”我らの団”所属。ハンターとしてはまだまだ未熟だが双剣の腕はなかなかのもの。料理は大得意。武器は双剣。
次回もよろしくお願いします。
ベルク「……おい作者、今回は俺たちのあとがき出演はなしなのか?」
すみません、いいネタが思いつかなくて……
ベルク「ったく……次からこういうことが無いようにしろよ」
……はい。
リナ(私はいつ出演できるんだろ…………)
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第二話 狐狩り(2)
今まで順調に投稿してきたこの小説ですが、第三話の編集が全くといっていいほど進んでいないのでつぎの話を投稿するまで少し時間がかかるかもしれません。ご迷惑をおかけします。
ベルク「計画性がないからそうなるんだよ。ある程度計画してから投稿しろ」
……はい。
リナ「それでは本編、どうぞ!!(ようやく出られた…………)」
「……見つけた」
ここは遺跡平原の「エリア9」。ベルクは逃げたケチャワチャを追うため、ちょうど今ここにやってきたところだ。
このエリアには「エリア2」と同じく大型のつる性植物「ハタオリヅタ」が自生し、それによって足場となる場所が2つできている。
その足場のうち、奥のほうの足場でケチャワチャはぶら下がっていた。
腹側を腕に広がる皮膜で覆い隠し、尻尾で器用にぶら下がるその姿はさながら橙色の大きな果実のようにも見える。寝息が聞こえているところから察するに、眠ることで体力を回復させるつもりらしい。
「さて、どうやって起こすかな」
と呟きつつも、彼はあらかじめ決めていたかのように懐からひとつの手投げ玉を取り出した。
「そおれっ」
勢いよく投げられた手投げ玉――――「音爆弾」は、見事にケチャワチャの頭がある辺りで破裂、周囲に高周波を撒き散らした。
「キュアアアァァァッ!?」
悲鳴を上げてケチャワチャが落下する。ベルクはロッドを展開し攻撃に移った。
「いけっ!!」
再度猟虫を飛ばし、今度は頭に当てる。猟虫の腹が赤く染まったのを確認し、呼び戻そうと虫笛を開いたが、
「キュアアアア!!」
「おっと!!」
完全に復活した左腕で引っかかれそうになり、体勢を崩した。
(あぶね……)
「大丈夫、ベルク!!」
たった今駆けつけたのだろう、リナの声が聞こえる。予想以上に復活が早いところを考えると案外すぐ治せたのかもしれない。
その声につられた奇猿狐の一瞬の隙の間に、ベルクは体勢を立て直した。
「……来いっ」
再度虫笛を開き、猟虫を呼び戻す。腕に軽い痛みが走るのと同時に暖かいものが体中を巡るような感覚を覚えた。
猟虫の本来の役割は、「モンスターの特定の体液を採取し、それをハンターに注射することで身体能力の強化を図る」というもの。今回ベルクの猟虫が採取したものは筋力増強の効果があり、攻撃の威力を上げ、さらに手数を増やすことができる。
(武器が軽く振れんのはありがたいけど、このゾワゾワは好きになれないな)
ケチャワチャがリナのほうに向いた。
「リナ、そっちに行くぞ!!」
「わかった!!」
言い終わると同時に二人と一匹が動いた。
まず、ケチャワチャがリナに向かって猛突進する。かなり余裕を持ってかわしてから、リナは相手の右サイドに回りこみ、
「はあああぁぁぁっっ!!」
呼吸法を変え鬼神化、怒涛の連続切りを叩き込む。乾いた音がして、ケチャワチャの爪が砕け散った。
「はあっ、ていっ!!」
ベルクは左に回りこみ、すばやく正確な斬撃を当てていく。最後に太ももへ思いっきり刃を突きたてたところで奇猿狐が転倒した。
鬼神化でスタミナを消耗したリナは一瞬攻撃の手を止め、息を整える。一方のベルクは再び猟虫を使ってエキスを取り、そのまま追撃に移った。
「おおおぉぉぉっっ!!」
双剣に匹敵する勢いで猛ラッシュを掛け、起き上がりざまにさらに一撃。顔を覆っていた耳が斜めに切り落とされ、ついでに右眼からも血が噴き出した。
「ギュウォオオオッッッッッッ!!」
悲鳴を上げ虚空をかきむしるケチャワチャ。一瞬、柔らかい毛皮に包まれた無防備な胴体が露わになる。
その胴体へ、ベルクは容赦ない袈裟切りを見舞った。
「キュオォォォ……」.
ケチャワチャの巨体が大きくのけぞり、そしてゆっくりと地面に倒れ伏すのをリナは少し離れて見ていた。
「…………」
モンスターが絶命するときに感じる、この罪悪感のような感覚。彼は感じているんだろうか。
彼女の脳裏に様々な人の声が浮かんでは消える。
(この臆病者が)
(リナの愚図)
(腰抜けめ)
(残念だが貴様は――――)
「…………はぁ」
深呼吸して気分を落ち着ける。
ふと空を見上げると、空を大きな飛竜の影が横切っていった。幸い、かなり上のほうを飛んでいるので戦闘になることは無いだろうが、リナは生態系の王者であろうその姿をじっと見ていた。
「……わたしも、あんなふうに強くなりたい」
そう呟いて、彼女はずっと持っていた双剣「チーフシックル」を背中に納刀した。
(いつまでもくよくよしててもしょうがない……よね)
そんなことを考えながらモンスターから素材をとろうと近づいたリナを、いきなりベルクが制した。
「どうしたの?」
「……こいつ、まだ息がある」
ベルクが足のホルスターから剥ぎ取りナイフを引き抜いてケチャワチャに歩み寄る。その背中へ、
「とどめ、刺すの?」
「当たり前だ。生きたまま剥ぎ取るのは流石にかわいそうだし、末期の一息で暴れられると怖いからな」
「……うん」
「で、どっちが殺るんだ?」
「ベルクがやって」
了解、と返してからベルクがケチャワチャの頭の前に立った。そして小さく何かを呟く。
「…………」
何を言っているかはよく分からなかったが、どうやら目の前で息絶えようとしているものに向けられたものであるらしかった。
「さよなら」
そう呟いた直後、ベルクの右腕が振り下ろされた。
* * *
数時間後、バルバレへ帰る竜車の上で。
「今回の狩りでの私の動き、どうだった?」
血糊のついた双剣を丁寧に拭きながら、リナが聞いてきた。
「わりぃ、よく見てなかった」
猟虫に餌のミツを与えながら返事をする。
彼女がキャラバン“我らの団”に入ったのは大体一ヶ月ぐらい前。団長が、「キャンプの入り口に倒れてた」って言って彼女をベルクのトレーラーに運んできたのがきっかけだった。本当は一晩泊めてそのまま返す予定だったのだが、なにやらあったらしく、結局我らの団に入団することになった。
ベルク自身は元から他人に関わるのを避けている事もあり、彼女のことについてあまり多くのことは知らない。知っていることといえば、彼女が双剣使いで、自分と同じ十七歳で、ユクモ村出身だということぐらいである。
「でもまぁまぁ良かったんじゃないか?」
「そ、そうかな」
「足首をくじかなけりゃもっといけただろうけどな」
「しょうがないじゃん、遺跡平原って高低差多いし。ユクモの渓流はもっとなだらかだったもん」
「ふーん。――――ところでリナ、脚くじいてから復活するまでがわりと速くなかったか?」
「あ、実はね……」
リナがユクモノハカマの裾をめくり、形のきれいな足首を見せる。そこには数種類の薬草をはさんだ布がツタの葉で巻かれていた。
「湿布を使ったの。霜ふり草と薬草を使ってるからよく冷えていて効くし、作るのも結構簡単なんだ。ユクモ村では一般的だよ」
「確か霜ふり草ってこの辺には生えてないんじゃなかったか?」
「雑貨屋でまとめ買いしといたの」
「へーえ」
そんな会話をしているうちに竜車は進み、いつの間にかバルバレの色鮮やかな夜景が見えてきた。
「帰ったら、まずはクライアントへの報告だな……」
「うん。明日の朝御飯、ニャンハイちゃんは何作ってくれるのかな♪」
「とりあえず中華なのは確定だろ」
「楽しみ~」
夕日が照りつける中、二人を乗せた竜車は遺跡平原からバルバレへ続く道を走っていった。
ベルク「おい作者」
なんでしょう?
ベルク「なんで霜ふり草がでてくんだ?4には登場しないはずだぞ」
リナ「それについては私から説明するよ。霜ふり草は『モンスターハンター3rd』で初登場したアイテムで、渓流でも入手可能なんだ。作者はその設定を反映させたんでしょ?」
そういうことです。ほんとは氷結晶にしようかとも思ったんですが、この時点ではまだ竜人商人が仲間になっていないため、入手不可能なのでボツになりました。
ベルク「でもそれが雑貨屋で売ってるってのはどうなんだ?」
あ、あの雑貨屋の姉は「モンスターハンター3」で漁港の女将をしているんです。だからユクモ村にもつながりがあるんじゃないかと……。
ベルク「ふーん」
リナ「……なんかこじつけ臭い」
うっ…………。
ベルク「図星か」
じ、次回もお楽しみに!!
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第三話 喧騒
ベルク「前回の投稿から一ヶ月以上間が空いてんぞ、作者。そもそも第二話で『ちょっと遅れる』って言ってから試験始まるまでの一ヶ月間、何やってたんだ」キレ気味
学園祭の準備に思ったより手間取って……。
ベルク「だとしても時間掛けすぎだ。後書きで思いっきりボコすから覚悟しとけ」
ヒィッ……!!
リナ「そ、それでは本編どうぞ……」
第三話 喧騒
ケチャワチャの狩猟を終えて一日。
「ほっほっほ。たいした出来だね。いや、君達なら当然というべきかな」
バルバレギルドの集会所で、クエストから帰ったベルクとリナを呼び出したギルドマスターは満足そうに言った。
ここバルバレは、ハンターズギルド本部の砂上船を中心に無数のキャラバンが集まった、移動する大市場だ。当然、モンスターからの護衛としてハンターを雇っているキャラバンも多く、この集会所自体相当な規模を持つことから、ここは昼夜問わず多くの狩人でひしめき合っている。
「……で、用事ってのはなんですかね」
ベルクはそんな集会所の何かが気に食わないのか、先ほどから落ち着きがない。一方、湯治客で人通りの絶えない故郷だったこともあり、こういった場所に慣れているであろうリナは平然とした顔で聞いた。
「もしかして、今回の狩りについて、ですか?」
リナがそう聞くと、竜人のご老体は我が意を得たりとばかりに頷く。
「まさにその事についてさ。君たちは、ケチャワチャの狩猟に成功したギルド内最年少のハンターとなった」
「え、ほんとですか!」
「……ふぅん」
「つれない反応だねぇ、ベルク君は。…………それはさておき、その腕を見込んで君たちに早速依頼が来ていてね。――君、例のものを持ってきてくれ」
マスターに呼ばれたギルドガールが、カウンターの後ろの受注書棚から何枚かの羊皮紙を取り出し、ベルクたちに見せる。特徴的な印がスタンプされたもので、紙自体も上物であるようだ。
「学術院から、山のように『未知の樹海』の探索依頼が来ていてる。この中の何件かが、君たちに任される事になった。当然、今まで『ギルドクエスト』として依頼しているものより難度は高めだから気をつけるように。報酬はそれなりに出すよ」
「未知の樹海」というのは、バルバレ近郊――といっても行くのに丸一日を要するが――にある広大な熱帯林のことだ。様々なモンスターが生息し、研究者の間で注目される土地ではあるが、危険なモンスターが数多く生息することやその広大さから調査は難航している。「ギルドクエスト」とは、その樹海の調査も兼ねて一部のハンターに依頼される特殊なクエストのことである。
「了解です」
「ありがとうございます!!」
ほっほっほ、とマスターは笑いながら、
「じゃあこれからも君たちの活躍を楽しみに――」
そこまで言いかけた、その時だった。
集会所の帰還口辺りで大きくどよめきが起こった。
「おい、あれ見ろよ!!あいつらが帰ってきたぜ!!」
「信じらんねぇ……リオレイアをあの装備で……」
「しかも目立った傷もねぇぞ」
「…………じいさん、『あいつら』ってのは?」
怪訝そうに聞くベルクに、ギルドマスターは相変わらずの微笑で返す。
「『イェーガーズ』の連中だよ。今このギルドの中で君たちに次ぐ注目株さ」
「へぇ……」
人ごみを掻き分け、四人のハンターがやってきた。
(……こいつらが『イェーガーズ』か)
バトルシリーズに身を包む弓使いの男性に続いて、チャージアックス使いのアロイ装備の青年、ランポスシリーズのランス使い、ハンター装備の双剣使いの女性がクエストカウンターに向かい、報酬受け取りの手続きを始めた。火竜の狩猟に出向いたというのに、全員が耐火性の低い装備であることから、かなりの実力者たちであることがうかがえる。
「彼らは狩猟チームを組んでいてね、あの弓使いのフィニアス君がチームリーダーを務めている。なかなかに癖のあるメンバーだけど、うまくやっているよ」
やがて、手続きを済ませたらしいアロイ装備の青年がこちらに向かってきた。
「よっ!じっちゃん、リオレイアと乱入したゲリョスを狩猟してきたぜ。――ってそいつら誰?」
「レイジ君、まずは君たちの生還を心より祝おう。紹介するよ、こちらは我らの団のハンター、ベルク・マーリアン君とリナ・マツナガ君だ」
「ああ、お前らがベルクとリナか!話はじっちゃんから聞いてるぜ。オレはレイジ。レイジ・スピルバーグだ、よろしくな!」
レイジが左手で握手を求めてきた。
「リナです、よろしくね」
「ベルクだ、よろしく。……悪いけど右手にしてくれないか?」
「? まぁいいけど」
一瞬怪訝そうな顔をしたが、それ以上追求することも無く応じるレイジ。リナは心の中でほっとした。
ベルクはなぜだか左腕を見られたり、さわられたりすることを非常に嫌っている。一度団長が理由を聞き出そうとしたところ、ものすごい怖い顔で「黙れ」と一喝したのをリナは目撃していた。
「そういや、そっちは何狩って来たんだ?」
「えーと、カタカタじゃなくて……コチョコチョでもなくて……、なんだっけ?」
「ケチャワチャだ。最年少記録を更新したってさ」
「おぉ、スゲーじゃんそれ!!」
「ちなみにそっちは?」
「雌火竜リオレイアと乱入してきたゲリョス。さっきも言ってたろ?」
「リオレイア、か……」
この世に数多と存在するモンスターの中でもメジャーな飛竜、リオス種の内、雌の個体はリオレイアと呼ばれる。緑色の甲殻が特徴的なこの固体は別名「陸の女王」とも呼ばれ、地上での攻撃の威力が高いほか、飛竜特有の高い飛行能力を生かした空中戦も得意とする。
「毒怪鳥」ゲリョスもよく名の知られたモンスターのひとつだ。口から吐き出されるヘドロは強い毒性を持ち、並の人間ならあっという間に死に至るほどである。そのほか、トサカから閃光を出して相手の眼をくらませたり、アイテムを盗んだりするなどと個性的なことから一部ではファンクラブが設立されているのだとか。
「うちのリ-ダーすげぇんだぞ、一発でゲリョスのとさかを撃ち抜いたんだ。姉ちゃんも空中のリオレイアをぶった切って落としたり、ハウンドさんも――」
「……へぇ、すごい人たちなんだね」
(…………話のうるさい奴だ。あー早く帰りてぇ)
ベルクはうんざりしていた。聞いていれば、単なる仲間の自慢話に過ぎない。それが延々と続く。
「でよー、リオレイア、オレがとどめ刺したんだぜ。属性開放斬りで、ズッガーンと決めてやったんだ」
「う、うん…………」
最初は話に食いついていたリナも次第にうんざりしてきたらしく、返事があいまいになってきた。
「それでよ――――」
なおもレイジが話を続けようとした、その時。
ゴチンッ!!
「あがっ?!」
突然、レイジの頭上に、鉄拳が下された。
「おいレイジ、何やってんだテメェは!!」
いきなり三人の間に割り込んできたのは、先ほどの双剣使いの女性。そのまま盾斧使いの首筋を捕まえ、さらにもう一発拳骨をお見舞いした。
「いって~~~~~~!!いきなり何すんだよ、姉ちゃん」
「手続きの途中でどっか行ったと思ったら、こんなとこで油売りやがって……。全員揃わねぇと手続き終わんないクエストもあんだぞ」
「分かったけど姉ちゃん、いきなり殴るのはひどすぎ……」
「つべこべ言うなっ」
三発目は腹に命中。鎧ごしだというのに相当堪えたらしく、レイジはそのままうずくまってしまった。
「ったく手間かけさせやがって。――――っと」
そこで彼女はあっけにとられている二人に向き直った。
「うちの弟が迷惑掛けてすまなかったな。あたしはジェシカ・スピルバーグ、『イェーガーズ』で活動してる。よろしく」
「ベルク・マーリアンだ。こいつを止めてくれてありがとう」
ベルクはいまだに動けないでいるレイジを横目に言った。
「くだらねぇ自慢話ばっかで退屈してたんだ」
「弟の悪い癖だ。ちょっと聞き手が食いつくとすーぐ調子に乗ってこうなる」
「リナ・マツナガです。えーと、姉弟でハンターしてるんですか?」
「ああ。最近じゃなかなかに珍しいみたいだけどね。おかげでどこ行っても注目の的だ」
「ふぅん。――レイジ、お前の姉さんはずいぶんと怖いな」
レイジは腹を押さえながらうなずいた。
「ジェシカ、クエスト達成の手続き終わったぞ」
「帰るぞ~、マイハn――ぐほぁっ!?」
手続きを終えたほかのメンバーがレイジを呼びにきた。バトルシリーズの弓使いはジェシカが投げたリンゴが顔面に命中していたが……。
「はー、ったくバカが。――行くぞ、レイジ」
「ま、またな二人とも…………」
またジェシカに首根っこをつかまれ、ズルズルと引きずられていく盾斧使いを見ながら、ベルクは呟いた。
「……騒がしいやつらだったな」
「確かににぎやかな人たちだったね。――なんかさ、あの人たちとはまたどこかで会う気がする」
「まさか。俺は二度と会いたくないな」
クエスト完了の手続きと報酬の受け取りを済ませたベルクたちは、所属している”我らの団”のキャンプに帰ることにした。
「ふぅ、ようやく出られた……」
「確かにあのガヤガヤはちょっとうるさいと思うけど。そんなに嫌い?」
「大っ嫌いだ。俺の故郷はもっと静かだった」
「そっか。それにしても、何で皆こんなに汗臭いんだろ。お風呂入らないのかな?」
「あんたの故郷は温泉の村だったからな、そう思うのも分かる」
ここは集会所入り口から伸びる道のうち、正面へと伸びる一本、いわばメインストリート。他の道に比べキャラバンや屋台の数、人通りもダントツで多く、我らの団のキャンプもとある理由からこの道に設置している。そこを彼らは人ごみを掻き分けるように進んでいた。
「けどな、こことユクモは環境が違う。この場所は水源からは程遠いし、そもそも砂漠地帯だ。水資源が少ないのに、毎日風呂に入るようなやつはいない」
「そっか」
そんな雑談を交わしている間に、我らの団のキャンプに到着した。
我らの団のキャンプは居住トレーラー、加工屋のトレーラー、料理長の屋台トレーラーからなる。近くには雑貨屋と武器屋、そして現在は営業を中止している竜人商人が屋台を広げていて、かなり便利な場所となっている。だが今は商人の姿は見当たらない。
「ご主人、お帰りニャ」
早速ベルクのオトモ、ホワイが出迎えてくれた。
「帰ったぞ、ホワイ。商人さんは来てるか?」
「ちょうど団長さんと話しこんでいるところだニャ」
「ふぅん。…………リナ、報告しに行くぞ」
「ちょっと待ったニャ」
二人の前にホワイが立ちふさがった。ふくれっ面でベルクのほうを睨み、
「次の狩りには絶対僕を連れてってニャ!!ヒマでヒマでしょうがないんだニャ!!」
「はいはい、次は連れてくからそれで我慢してくれよ。とりあえずそこどけ」
適当に受け流してやり過ごそうとするベルク。
「またそれニャ!!ご主人がそう言って守ったためしは無いんだニャ!!」
とか聞こえたが、気にせずベルクは先を急ぐことにした。
「団長、ただいま帰りました」
「えーと、メチャクチャ?の討伐してきたよ」
「ケチャワチャだリナ、いい加減にしろ」
二人のもとへ行くと、団長が機嫌よく迎えてくれた。その隣には竜人商人、そして今回のクエスト依頼人、でっぷりと太った行商人の姿もある。
「おお、帰ってきたか!ケチャワチャ狩猟、ご苦労だったな」
二人の姿を見た行商人と竜人商人から驚きの声が漏れる。
「ほぉ、こりゃあずいぶんと若いハンターさんたちだわな!!」
「信じられん……。護衛が十人がかりでも苦戦したあの化け物を、たった二人で…………」
「あ、紹介します。こいつはベルク、その隣がリナ。我がキャラバン自慢のハンターです」
「いやいや、そんなこと無いですよ…………」
リナが照れたように言い添える。
「ほう、これが噂のハンターさんかいな。ケチャワチャ狩猟お疲れさん。――ん?右のあんたさん、チラシの似顔絵よりまつげが短いわな」
「……言うと思った」
このチラシというのは、一ヶ月ぐらい前にソフィアが書き、団長が配ったものだ。このチラシのおかげで、当時無名だったベルクの元にも依頼が来るようになったのだが、そこに載せた彼の似顔絵が明らかに美化されすぎている。おかげで、ある人からは似顔絵の人物だと気づいてもらえず、またある人からは「どこのやんごとなきお方かと……」と言われ、さらにある人(猫)からは「新手の詐欺ニャルか」と言われる羽目になった。
「ところで今日の狩りはどうだった?」
「いつも通りっすね。リナも頑張ってたし」
「そりゃよかったじゃないか。頑張ったなあいつ。――おい、そういやリナはどうした?」
「え」
ふと気がつくと、さっきまで隣にいた相方は影も形もなくなっていた。
「あぁ、さっきまであんたさんの隣におった子はあっちのほうへ行ったわな。なんか緑色の服着たメガネの子に連れてかれてったわい」
商人の指差した方向にはソフィアが受付を行うクエストカウンターがある。
「まったく……あいつまたソフィアの犠牲になったのか……」
モンスターマニア(そろそろオタクの域に踏み入りつつある)の我らの団の看板娘、ソフィアは、二人が狩猟から帰ってくるとどちらかに――たいていの場合リナに、狩ったモンスターのことをしつこく聞きまわす癖がある。挙句の果てには「あの動きのモノマネをしてくれ」だの「素材の一部がほしい」だのと注文までつけてくるので厄介者だ。
「すみませんね商人さん、後で叱っときます」
「まあそれはいいとして、団長殿」
唐突に行商人が切り出した。
「実は、そのベルク殿の腕を見込んであなたに頼みがあるのだが――、」
そこで彼は一回言葉を切り、続けた。
「この竜人の商人が、どうしてもあなたたちのキャラバンに加わりたい、と」
「もちろん歓迎しますよ!!」
団長はとても嬉しそうだ。それもそのはず、我らの団がここに来た目的は「長期の旅のため、不足している人材を確保する」というものだったからだ。今足りていないのは物資を取り扱う商人であり、団長からすればこの話は願ってもない幸運だったのだろう。
「そんなことなら、そんなに改まって言わなくても――」
「この方は我々バルバレの商人たちの中でも古株で、ここらの物流にとって無くてはならない存在なのだ。バルバレのハンターたちの間でも評判のベルク殿がいる、このキャラバンに護衛を任せたい」
「いいですとも。ベルク、お前の意見はどうだ?」
「特に異議はないです」
「なら話は決まりだ。商人さん、その話乗りましょう」
「竜人のマサヒロじゃ。では、これからよろしく頼むわな!!」
その日、我らの団にまた一人、新しいメンバーが入った。
「――ありゃ嘘だな」
その日の夜。
ハンモックに寝そべったベルクは、そう呟いた。今は着古した麻の服を着、左腕にはいまだにクンチュウアームが付けられている。
「嘘って、何が?」
ベッドの脇で荷物の整理をしていたリナが聞き返す。こちらはまだユクモシリーズを着たままで、ユクモノカサだけがベッドに載せられている。
「ああ、あんたはソフィアにとっ捕まっていたから知らないんだったな。――竜人の爺さんがここに来た理由だ」
マサヒロと商人が話していた事をかいつまんで話す。
「別にそこまでおかしいことでもないんじゃ――」
「確かに俺はここじゃそこそこ有名にはなってるだろうな。でも、だからって俺じゃなくても良いだろ。俺たちと同じくらいか、それよりも強いハンターなんてわんさかいる」
「確かに……」
この辺りのハンターには大きく分けて二種類がいる。ハンターの腕を示す「ハンターランク」が3以下の「下位」、3以上8未満の「上位」だ。二人は下位ハンターで、さらに腕の立つハンターなどはいて捨てるほどいる。
「じゃあ、何で我らの団に来たんだろ?」
「そこが分からねぇ。それに旅の目的も言ってなかったしな。明日本人に聞いてみるか」
「え、それはさすがにまずいんじゃ……」
「疲れたからもう寝る。おやすみ」
言うなり、ベルクがベッドから毛布を一枚引ったくり、乱雑にかぶると眼を閉じた。数秒と立たないうちに彼の口から寝息が漏れ始める。
「あ、ちょ、ちょっと……寝ちゃった」
彼の寝つきは異常に早く、おまけに寝ている間はゆすっても叩いても絶対に起きない。もうこうなってはどうしようもないので、リナもそろそろ寝ることにした。
眠りに着く前に、夜空を見上げる。今日の月は見事な満月だ。
(明日の私が、今日の私よりも強くなれますように……)
そう祈りながら、リナは眼を閉じた。
ベルク「おい作者」
な……なんでしょう……?
ベルク「今あんたが置かれている状況を簡潔に説明してみろ」
はい、お、大タルに爆薬とカクサンデメキンといっしょにつめられています……。
ベルク「大正解。景品はこれだ」石ころスロー
えっちょっま……、ギャアアアアアアアアアッ!!!!
リナ「じ、次回もお楽しみに……」
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第四話 朝食の席
ベルク「作者、更新遅れ過ぎだ。今回も後書きのお仕置き決定」
え、ちょっとまっt
ベルク「それでは本編スタート」
*今回から文章の間隔を若干詰めます。
此処はどこなのだろう。青々とした草に覆われたその場所は、奇妙に懐かしかった。周りには、自分以外に人はおろか生き物も見当たらない。
いや、正確には1匹――もしくは一人が、目の前の草むらに隠れている気配がする。なぜだかは判らないけど、ひどく怯えている――そう感じる。
少年のベルクは草むらをじっと見つめていた。
そこに潜んでいるのが誰だかは判らない。でも、何故だかとても気になる。
――そこにいるのはだれ?こわがらなくていいよ――
ベルクは左手を伸ばし、草むらを掻き分けた――
見えるのは、ランプの吊り下げられた幌の天井。そこに向かって包帯を巻いた左腕を伸ばしている自分に気がつき、ベルクの意識は完全に覚醒した。
(……何だ、今の)
彼は夢を見ることは少ない人間で、見たとしても起きたときにはもうほとんど内容を覚えていない。だが、今の夢は今までに無いほど鮮明に覚えている。
あの夢は自分の記憶なのだろうか?だとしたら一体、あの場所はどこなのだろう。草むらに潜んでいたのは誰だったのか。
(……いや、そんな筈はないか)
彼は四歳のときに高熱を出し、それ以前の記憶がない。それからも訳あってほとんど外出はしておらず、一人になったこともない。
(やっぱり、ただの夢だろうな)
ベルクはそう結論付けた。
もう一度寝ようと体を横たえたが、奇妙に目が冴えて眠れない。トレーラーから外の様子を窺うと、まだ日が昇っていないのか薄暗かった。大体日の出ぐらいには目が覚める習慣がついているが、どうやら今日はいつも以上に早起きしてしまったらしい。
「むにゃ……サシミウオがいっぱい……」
「ボクのしかばねをこえていけニャ……」
相方のハンターのリナ、オトモアイルーのホワイはまだ夢の中だ。二人(正確には一人と一匹)を起こさないよう、ベルクはそっとハンモックを降りる。
(さて、どうしようか……)
そう考えていたベルクの耳に、不意に物音が聞こえた。
「ギキィ……」
見ると、マルドローンが、カゴから出ようとしている所だった。
「ああ、起こしちゃってごめんな……。今出してやる」
蓋を開け、登ってくるようにと左腕を伸ばしかけ――
「ギキィッ!?」
まるで天敵にでも遭ったかのように、猟虫が籠の中に逃げてしまった。
「……」
出していた腕を引っ込め、その腕に皮手袋をはめると今度は逆の手で猟虫を呼ぶ。恐る恐るといった様子で登ってきたところに蜜の入った缶を出すと、安心したのか夢中になって蜜をなめ始めた。
「……お前は、正直だな」
そう呟いたベルクの口元は微笑んでいたが、表情はどこか寂しげだった。
* * * * *
モスポークと棍棒ネギのチャーハンに、溶き卵のスープとサシミウオの中華あんかけ、中華風サラダ。これが今日の「我らの団」の朝食だ。毎朝皆でそろって食べる朝食の席に、今日からは竜人商人のマサヒロが加わる。
「残したら、飯代を二倍取るニャルよ~」
このキャラバンの料理長、糸目のアイルーのニャンハイが、声を張り上げた。
「……結局、飯代は取るんだな」
ぼそっとベルクが呟く。
「当たり前ニャル。お客は商品にちゃんと対価を払うニャルよ」
「はいよ」
あまり興味なさそうに返したところで、団長の掛け声が入る。
「あー、みんなも知っている通り、昨日から新しく、商人のマサヒロが入った。そのお祝いも兼ねて、今日の飯代は俺のおごりだ!遠慮せず食べてくれ」
「おお~、団長さん太っ腹ですね」
「わしのためにわざわざすまなんだわな」
「それじゃあみんな、手を合わせて」
団長の掛け声で、みなが手を合わせる。
「「「頂きま~~す!!」」」
何気ない一日が始まる。
「……そうだ」
そのまま雑談を交えつつ、食べてから少したったころ。ベルクが、ふと思い出したように口を開いた。
「マサヒロさん、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「何かいな?」
「あんた、何で旅をする気になったんだ?」
少しの間の後、マサヒロがベルクに返す。
「そういえば、話すのを忘れてたわな」
「何でもいいけど、昨日の話だけじゃ俺はまだ納得できてないから」
「そうかいな」
スープを飲み干して一息つき、マサヒロが続ける。
「あんたさんは、錬金術と言うものを知ってるかの?」
「一応。確か、金属を混ぜてどうこうするんだろ?」
「まあ大体あってるわな。わしは若いころからそれに憧れておってのお」
彼が言うには、最近、「シキ国のどこかに錬金術がいまだに伝わっている場所があるらしい」という情報を耳にしたのだという。自分の目で、それを見たい。彼はまるで子供のような心持ちで、そう考えるようになっていったのだそうだ。だが、ギルドの都合上、バルバレがシキ国に入ることはできない。
「それで、シキ国に行くあてを探していた、と」
「そうじゃ。あんたさんには長く感じられるかもしれんが、竜人とて寿命はある。せめて、足腰が立つうちに一度、見に行きたくての」
「ふうん。でも、何でここを選んだんだ?シキ国へ行くかどうかは俺も知らないし」
「それは――」
「なあ、マサヒロさん」
マサヒロがそこまで言いかけたところで、団長が声をかける。
「俺がこのキャラバンを作ったのは、ある“アイテム”の謎を解き明かすためなんだ」
新しく団員が入ってきたとき、必ず言われる台詞だ。この先の内容も、大体そらんじてしまっている。
一方マサヒロのほうを見ると、かなり聞き入っている様子だ。ベルクは様子を見守ることにした。
「そのアイテム、というのはなんだわな?」
その問いかけに、団長が帽子を脱ぐ。そして、
「こいつだ」
中からその“アイテム”を取り出した。
金色に輝く、手のひら大の「それ」は、何かの一部のようだった。形状だけ見ると鉱物のようにも見えるが、見た目の質感から生物由来のものにも見える。砂漠地帯の強い日差しを受けて、それは薄い虹色の光を放ち、神々しい輝きを纏っていた。
ふと気がつくと、リナたちも雑談をやめ、こちらのほうに注目している。
商人はそれをじっと見つめていたが、しばらくして、
「……聞いてた通り、すごいもんだわな」
と呟いた。
「『聞いてた通り』?」
ベルクが聞きとがめる。
「誰から聞いたんだ?」
「そこにいるニャンハイからだわな」
「……」
横目で彼女のほうを見ると、ニャハハと笑いながら頭を搔いている。
「商人さんとは昔から、なんというか、まあ飲み友達だったんニャル。ちょっと前にもいっしょに飲んでたんニャルけど、そのときに口が軽くなって、つい……」
団長が帽子に“アイテム”をしまいながら、苦い顔で言う。
「あのなあ……。あんまりその話は他のところでするな、って言ってたろ」
「ごめんニャル」
「それで、わしは若いころ錬金術に興味を持っていて……」
マサヒロが先ほどベルクに話した内容をかいつまんで説明する。その“アイテム”が錬金術に関係あるのではないか。そう思い、この団に入ろうと思い立ったのだそうだ。
だが、その事を正直に話せば、恐らく他の商人もそれに目を付け、事がややこしくなる可能性がある。それで、他の商売仲間には事情を伏せておいた――という事らしい。
「……それで、あんな説明になってたのか」
ベルクとしては、とりあえず事情がはっきりしたのでもうあまり興味もない。
「まあ、事情はわかった。別に今更どうこう言うつもりもないし、気にしなくていいさ」
と、団長もそんな様子なので、これ以上話に加わらない事にした。
「そういや、さっき見せたあれの事、マサヒロさんは何か知らないかい?」
「いや、知らないわな」
「そうか。さて、これで商人も揃った。もうそろそろ、ここを出発するか……」
その言葉に、リナが戸惑いの声をあげる。
「え、そうなんですか……?まだここの人からの依頼、全部出来てなくて……」
「まあ近い内に、としか考えてないし、1週間位は余裕を作るつもりだ。といっても、そろそろ準備をしといた方がいいぞ」
「はい!!」
その後、話はどんどん盛り上がっていった。
場所を変えて、ここはバルバレの集会所。狩猟チーム「イェーガーズ」は、酒場で朝食をとっている最中だった。
「うぅ、気持ち悪りぃ……」
「昨日一晩中呑んでるからだよ、馬鹿リーダー」
机に突っ伏しているチームのリーダー、フィニアスにチームの紅一点、ジェシカが呆れて言う。
「大体、昨日の報酬金の大半使って酒飲むんじゃないっての。ほんとだらしないね」
「まったくだ。性懲りもなくだらだらしやがって」
いかついスキンヘッドのハンター、ハウンドが同じく苦々しい顔で続ける。
「おいおい、もうちょっと労わってくれよ……。仮にもリーダーだぜ?う、うえ、吐きそう……」
ますます顔を青くするリーダー。チーム最年少のレイジが、水をコップに注ぐ。
「リーダー、水いります?」
「おう、サンキューサンキュー」
差し出されたコップを一気に飲み干すと、ふうと一息つくフィニアス。ようやく顔色がよくなってきた。
「レイジ、お前がいてくれてほんと助かるわ。お前も分かるだろ?毎日鬼嫁に殴られたり蹴られたり、酒がねぇとやってられないんだって――」
「いつあたしがあんたの嫁になった!」
すかさずジェシカの右手が、中央にある果物かごから取ったリンゴを投げる。リンゴはフィニアスの顔に命中した。
「ぐごろっ!」
「大体、鬼嫁ってなんだよ!」
「ほら、そうやって怒るとことかまさに鬼――」
「うるさいんだよ!!」
「ぼごろっ!」
今度は弟の皿から奪い取ったゆで卵。中身がしっかりしている分、生卵なんかよりも痛い。一歩分後ろへ下がった周囲のハンターが、「痛そー」だの「大人げな…」だのと騒ぐが、彼女の眼光で口を閉じる。
頬にぶつかり、上へと跳ね上がった卵を片手でキャッチするフィニアス。
「落ち着け落ち着けって、ほら、周りも引いちゃってるだろ」
「……分かった」
少しは溜飲が下がったのか、ジェシカもそれ以上はせずおとなしく席に座る。
「とりあえず、今度似たような事言ったらギルドナイトにセクハラで訴えてやる」
「そ、それだけは勘弁してくれよ。洒落になってないし……」
苦笑いしながら、その様子を見守るレイジとハウンド。
「はあ、リーダーもだらしねぇけど、姉ちゃんも姉ちゃんだよな。朝っぱらからこんなに怒らなくてもいいのに」
「全くだ。あんなに過敏に反応して、あれではまるで意識してるみたいに見――」
「……そこの二人、今なんつった?」
「「イ、イエナンデモナイデスー」」
もはやこのやり取りも慣れたものである。
レイジが少し空気を換えようと、別の話題を切り出す。
「そういやさ、こないだベルクってやつに会ったんだけどさ」
「……ベルク?」
フィニアスとハウンドが反応する。
「フィニアス、あの子達のこと知ってんのかい?」
「ああ。あいつとはな――――ウブゥッ!」
いきなりフィニアスの顔が真っ青になり、また机に突っ伏した。
「リーダー?!」
「リバースしてやがる、誰かバケツかタル、それと雑巾持ってこい!」
「あーもう、手間かかるリーダーだなぁホントに!」
「――相変わらずだなあ、あいつら」
そんな彼らの様子を、集会所の隅から見守る三つの人影がいた。
「あの人たち、先生のお知り合いなんですよね。本当に会わなくていいんですか?」
小さいほうの人影が、もう一人を見上げる。幼い顔立ちと身長、そして声の感じから考えると、おそらく十五歳前後だろうか。紫色の革で装飾された防具「ジャギィシリーズ」の、ガンナー用を着込んでいる。背中には、黄と緑のまだら模様の軽弩「ショットボウガン・緑」が背負われていた。
「今はいいって。サプライズにするにはちょっと早いだろ?」
唇の端を吊り上げながら、大柄な男が答える。こちらは「ランポスシリーズ」のやはりガンナー用防具で、兜を外した頭は剃り上げられている。二つ折りにして背負っている、狙撃銃に似た形の重弩の銘は「妃竜砲『遠撃』」。雌火竜リオレイアの甲殻を用いた、高性能の弩砲だ。
「旦那さんがそう言うなら、僕はそうするまでニャ」
最後に、一番小さい黒毛のアイルーが呟いた。全身を金属の鎧で固め、背負うものも鋼鉄の剣「アイアンネコソード」。小さいながらも、なかなか落ち着いた感じがある。
「にしても、まさかあいつまでここに来てるとはな。世間は狭いもんだ」
「その人ともお知り合いなんですか?」
「そう。かれこれ六年前になるな」
そう言って、出口のほうにすたすた歩いていく男。少女がその後を追う。
「先生、そろそろご飯食べましょうよ~。もう歩くの疲れてきちゃいました……」
「まぁそう言わないニャ、アーニャさん。この近くに旨い屋台があるらしいニャア、そこまではがんばるニャ」
「はい~。でもそろそろ限界ですよ……」
「そんな事言ってると、朝飯抜きにするぞ」
「それは勘弁して下さ~い!」
ははは、と笑いながら、男は集会所の出口へと向かう。
外へ出ると、強い日差しが目を指す。あわてて目を抑える弟子と自らのオトモを横目に、彼は呟いた。
「さて、お前にはいつ会えるだろうな?――ベルク」
多分分かってる方も多いと思いますが、最後にちょっと出した三人のハンターたちの内、男の方とアイルーはお馴染みのあのコンビです。再び登場させるのはもう少し先になりそうだな……。
ベルク「それでは今回のお仕置き」っガンランス
え、ちょっと何竜撃砲準備して
ベルク「発射」
ぎゃあああああああ!!??
リナ「じ、次回もお楽しみに~(作者さん、大丈夫かな……)」
ホワイ「自業自得ニャ」
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第5話 倒すのか、助けるのか
*都合により、後書き、前書きのあれは休止します。
遺跡平原エリア10。アイルーが集落を作っているこの場所は、狩場にしては珍しく大型モンスターがやってくる事のない安全な場所だ。アイルーやメラルーがのんびりと毛繕いをしたり、じゃれあったり、何やら彼らの言葉で話をしていたりしている。
その一角にある小さな池に、ちゃぽんと何かが放り込まれた。ピンク色の紐のようなものがうねうねと動く。ミミズだ。一匹の魚が、すかさずミミズに食らいつく。
と、その魚がまるで何かに引っ張られたようにいきなり水面に引き寄せられた。必死に抵抗し、水底に戻ろうと泳ぐ魚の口からきらりと光る物が水面まで延びている。糸だ。
「よし……!!」
池の上では、リナが釣竿を握って踏ん張っていた。狙い通りにかかったものの引きがかなり強く、釣竿が持っていかれそうになる。何度かわざと手を緩め、泳がせて疲れさせていく。
しばらく引っ張り合いの応酬が続いた後、水面から何かが跳ね上がる。糸を手繰り寄せ、彼女の手の中に納まったそれは、立派なサシミウオだった。
手際よく持ってきていた魚かごに5匹目の獲物を入れ、大きく伸びをするリナ。
「ふひゅ~、終わったぁ~~」
そのまま、その場にぺたりと座り込んだ。
「お疲れ様ニャ、リナさん」
近くで見守っていたホワイが声をかける。
「それにしても釣りがうまいニャ」
「うん。おじいちゃんに教えてもらったんだ」
リナの祖父は竜医で、忙しい仕事の合間を見つけては幼かった彼女を釣りに連れて行っていた。川釣りが村で一番の腕だった祖父の手ほどきを受け、リナも釣りが得意になった。
祖父は食べるために釣る魚以外は、すぐに川に戻していた。時には小金魚や黄金魚といった、貴重な魚まで戻してしまうので周囲からは偏屈な人物と思われていたらしい。
その理由を、彼はよくリナに言い聞かせていた。
『人はな、ただ生きるだけで多くの生き物の命を奪うのさ。その上、自分達の都合でさらに多くの命を奪っている。だからな、必要以上に、命を奪ってはいかんのだよ』
ふと村の事を思い出す。おじいちゃんはまだ元気だろうか。あの時いっしょに川で遊んだ皆は、どうしているだろうか。そして、いっしょにハンター養成所で勉強した、皆は――――。
(この臆病者が)
(リナの愚図)
(腰抜けめ)
(残念だが貴様は――――)
「……どうしたニャ、リナさん?」
ホワイが心配そうに、俯いたリナの顔を覗き込む。
「なんか悪いこと聞いちゃったニャ……?」
とっさに笑顔を作り、ごまかす。
「う、ううん。なんでもないよ」
立ち上がり、パンパンと埃を払うリナ。
「さて、早くベースキャンプに帰んないと。行こ、ホワイ」
そう言って振り返った彼女は笑っていたが、少し表情は陰ったように見えた。
* * * * *
バルバレを出発するまであと3日。ベルクはギルドから頼まれた「未知の樹海」の探索を、リナは近所の人々から頼まれたクエストを片付けていた。
「未知の樹海」への道のりは、片道でも飛空船で一日かかる。ベルクはほとんど、キャラバンに帰ってこない。彼がいない間は討伐依頼は受ける気が起きず、しばらく納品依頼ばかりこなす日々が続いた。
今日も、雑貨屋のおかみさんから依頼されたサシミウオの納品を、ホワイと一緒にやっているところだ。
「はぁ……」
ベースキャンプに向かう道すがら、無意識にリナはため息をついた。
いつまで、こんなことを続けているんだろう。
モンスターと正面から向かい合うと、怖さで途端に体がすくんで動かなくなる。ハンターとして致命的なこの癖は、どうやっても治らなかった。
幸い、後ろから仕掛ける分には大丈夫なので、2人ならなんとか動ける。でも、1人でモンスターに立ち向かうのは、……やっぱり、無理だった。
(ベルクは、どうなんだろ)
今は樹海にいるのだろう、もう一人の“我らの団ハンター”の顔が浮かんだ。大型のモンスターを相手取っても臆することなく、正面から仕掛けてリナに切り込むスキを作ってくれる。その姿には、身に付ける防具と同じ、
(彼にも、怖いと思ったりすること、あったのかな……?)
そんな事を考えていると、ホワイが話かけてきた。
「あの~~、リナさん?」
「何?」
聞き返すと、少し間をおいて質問された。
「……正直、ご主人のことどう思うニャ?」
「どうって……狩りのときとか、私なんかよりすごい人だなー、て思うけど」
「そうじゃなくてふだんの話ニャ」
そこで一回言葉を切り、ホワイは続ける。
「……なんだかちょっと変わってるニャ。団のみんな以外に、あんまり関わろうとしないし」
「そう、かも」
“我らの団”周辺に店を構える人たちと話している内に分かったのだが、ベルクの近所付き合いは殆どないらしい。リナが団に入る前から近所で屋台を開いている雑貨屋が言うには、一度彼にサシミウオの納品を頼んだ時以来、会っていないそうだ。その他の人に聞いても、彼から話しかけられたという話は聞いたことがない。
「団長さんとは、よく話してたりするのにね」
「最初、ニャンハイが来たときもしばらくは口も聞かなかったニャ。おまけに全然笑わないし、ほんとご主人は変人ニャ」
「そこまで言わなくても……」
「それだけじゃないニャ。ご主人、一昨日の朝早くなんか、あのマル何とかとかいう虫に話しかけてたニャ」
なかなかにショッキングな発言が、ホワイの口から出る。
「え、虫……!?」
「ニャア。そいつを撫でてニヤニヤしながら『お前は正直だな』とか呟いてたニャ。アレは確実に変態ニャ」
彼とは仲の悪いホワイのこと、恐らくは少々大げさに言っているのだろうが、虫に話しかけている、というのは正直気味が悪い。
「やっぱり、ちょっと変わった人だね……」
「ニャア。……ああいうのよりは、やっぱりボクはリナさんみたいな人の 方が……」
そんな事をしゃべりつつ、ホワイとともにエリア8までやってきた時だった。
「……あれ?」
「ちょっと、人の話を……ニャ?」
行きには見かけなかった、二匹の小柄な肉食竜がいることに、1人と一匹は気づいた。
ジャギィと呼ばれる、狗竜種の若いオスである。一般的に、ひときわ大きなボスを中心とした群れで行動し、集団で獲物を襲うことで知られている。体表を覆う橙色のウロコと尻尾に生える短いトゲ、それに頭の両側にある大きな耳が一番の特徴だ。
二匹はなにかを警戒しているらしく、落ち着きなく辺りを見回している。普段とは違う様子に、ホワイが怪訝な顔をした。
「何をあんなにビクついてるニャ?まるで何かに襲われ……」
「ギャウッ!!」
「ワウ、ワウ、ギャウッ!!」
手前にいた一匹が、唐突に警戒の鳴き声をあげる。もう一匹もそれに反応し、遠吠えでもするかのように吼えた。
「見つかったニャ!」
ホワイが早速武器を構え、リナも身構える。が、彼らの反応は、リナ達に向けられたものではなかった。
「……!!」
リナの耳が、近づいてくる足音を捉えた。
エリア4の辺りから、何かが近づいてくる。
足音の主は複数いるようだった。その内の1人、いや一頭の足音は、明らかに人間の重さではない。
足音はあっという間にリナ達の近くまで迫り、止まった。
「グルルルル……オウワアアァッ!!」
前方から、敵意を孕んだ吼え声が聞こえた。その先にいたのはジャギィとよく似た、しかし何倍も大きい、成熟した一頭の竜。
「狗竜」ドスジャギィ。数種類の鳴き声を使い分け、群れを率いて狩りを行う、ジャギィ達の首領だ。紫色のウロコに覆われた肢体は攻撃には弱いものの、しなやかな筋肉が詰まっており、竜車ほどある巨体も相まってその破壊力はジャギィとは比べ物にならない。
事前の情報には、このモンスターについて何もいわれていなかっただけに、二人の緊張が高まる。
何があったのか、ドスジャギィは満身創痍だった。全身から血を流しながら、遠くの岩陰にいるリナ達を睨みすえる。
「ひっ……」
「何ビクビクしてるニャ、しっかり!」
思わず足が竦む。そんな彼女の様子を見たホワイが、慌てて彼女の足を小突く。
「グルルル…………」
だが、襲う素振りは見せず、ためらうように低く唸った後、ドスジャギィは今きた道をふり返る。
そして、それを追うように、2つの人影が現れた。
最初に姿を現したのは、金属の鎧に身を包んだ、黒毛のアイルー。両手で構えた剣には血糊がついている。それに混じって紫色の鱗がついているのを見ると、どうやら先程までドスジャギィと戦っていたようだ。
その次に続き、もう一人小柄な人影がやってきた。ガンナー用のジャギィ装備に身を包んだ、リナよりも更に若いと見られる少女だ。脇に抱えているのは、まだら模様の革に装飾された一丁のライトボウガン。身体の小さい彼女には、いささか大きいようにも見える。
「あれ?他のハンターがきてるの?」
「ギルドの手違いニャ?」
通常、互いのクエストの邪魔にならないよう、ギルドはそれぞれのクエストが同時に行われないよう狩場を管理している。自分の仲間以外にハンターを見かけることなど、普通は有り得ないはずだ。
二者から逃げるように、ドスジャギィが距離をとる。
「じゃあナッツさん、いつものでやりますよ!」
「合点ニャ!!」
短く言葉を交わすと、ナッツと呼ばれたアイルーがドスジャギィの前に、少女がやや後方に陣取った。
「ワオウッオッオッオッ…………」
ドスジャギィが鼻先を空へ向け、遠吠えが辺りにこだまする。その呼び声に応えて新たに二頭のジャギィが現れ、まずは小さいほうからとおもったのか、総勢4頭がアイルーを取り囲む。
一頭がナッツに噛みつこうとした、その時。
「それ!」
少女の構える軽弩から、大きな破裂音と共に放射状につぶてが発射され、そのジャギィが隣の一頭と共に吹き飛ばされた。対モンスター用の散弾が炸裂したのだ。
ボウガンの弾の素材として広く使われる中空の果実「カラの実」に、火薬と破裂する硬質な果実「はじけクルミ」を詰めた散弾は、撃った時の反動は強いものの、ジャギィ程度の小型モンスターを数匹まとめて仕留める威力がある。一瞬で同胞二頭を蹴散らした少女に、残る二匹の注意がそれた。
「そこニャ!!」
その一瞬をつき、ナッツがドスジャギィに肉薄。柔らかい腹側を狙い、ブーメランを投げつける。
「ギャインッ!!」
肉を割かれ、痛みにひるむドスジャギィ。
一方の少女は、攻撃対象を自分に移したジャギィ2頭の攻撃を、なんとかかわしていた。背負ったボウガンの重量に振り回され気味で、足下がおぼつかない。それでもなんとか、至近距離からの散弾射撃で二頭を吹き飛ばす。
「ギャワッ」
吹き飛ばされた一頭が、リナ達の目の前に転がった。
邪魔者がいなくなった少女が、側面から狗竜に散弾を浴びせる。無数の破片が、ドスジャギィの半身に炸裂した。
だが、今度はそれを意に介さず、ドスジャギィはトゲの生えた尻尾で、少女をなぎ払う。
「ひゃあっ」
「ウニャッ」
弾き飛ばされた少女は、そのまま宙を飛んでアイルーにぶつかった。
その隙にくるりと向きを変え、隣のエリア3へと逃げ出すドスジャギィ。かろうじて生き残った3頭のジャギィ達が、それに続く。
「あいたたた……」
「抜かったニャ……」
腰をさすりながら、立ち上がる2人。
「ごめんなさい、ちょっと焦っちゃいました」
「そうニャア。前はオレっちが引きつけるから、しっかり距離をとって頼むニャよ」
「次は気をつけます……」
「じゃ、早くあいつを追うニャよ」
「はい!」
彼女らのやり取りからすると、ナッツの方が狩りの経験は豊かなようだ。
「……あの2人、結局最後までボク達に気づかなかったニャ」
エリア3へと駆けていく2人の背中を見ながら、ホワイがぼそっと呟く。
「にしても、ほんとどうなってるのニャ?帰ったらギルドにクレームつけて……と、何してるニャ?」
リナは先ほどのジャギィの傍らにしゃがみこんでいた。その手に「薬草」が握られているを見て、ホワイが驚く。
「ちょ、何する気ニャ!?」
「この子の傷、手当てしてあげないと!」
後脚の肉が大きくえぐれ、出血がひどい。既に虫の息で、このままでは数分と経たない内に息絶えるだろう。
『必要以上に、命を奪ってはいかんのだよーー』
リナはジャギィの傷口に「薬草」を貼り付けた。異物を貼り付けられた感触に、ジャギィが小さく身じろぎをする。
「ごめんね、すぐ終わるから……」
数枚を貼り付けたところで、ジャギィがふらふらと立ち上がった。傷口の出血は止まっている。
「さ、お行き。安全なところに行って」
その言葉が通じたのだろうか、恐る恐るといった様子で、片足を引きずりながら、ジャギィはエリア9の方に逃げていった。
その姿を見送るリナに、ホワイが尋ねる。
「……なんで、あんな事したのニャ?」
「だって、まだ助けられたし、それに……」
「モンスターはペットじゃないニャ!」
少し怒り気味に言うホワイ。
「むしろ、あんな事してもさっきのあの2人の邪魔になるだけニャ」
「分かってるよ!」
リナの語気が少し強まる。
「……でもさ、あそこであの子を殺しても、何にもならないよ。私、必要以上に殺したくない」
ハンターとは、ただモンスターを殺すだけの職業ではない。人と生き物の調和を保ち、自然と人類の一層の繁栄のため活動する。それがリナの思うハンター像だった。
ただ、だからといって「傷ついたモンスターがいるから助けよう」とか、そういう考えが、ハンターとして甘いとは分かっている。先ほどのジャギィだって、あの大けがを負っている以上、余程運が良くない限り生き延びるのは難しいだろう。
「本当はこんなこと、ハンターのすることじゃないよ。でも、モンスターを殺す以外にも、何か出来ることはあるんじゃないか、って思って……」
「……言い分は分かったニャ」
でもニャ、とホワイは続ける。
「ハンターたるもの、どうしても命を奪わなきゃいけないときはあるニャ。ある程度踏ん切りはつけとくニャよ」
「うん……わかってる」
頭では理解はしている。でも、どうにも吹っ切れないのも、事実だった。
「わかってるよ……」
やるせない気持ちになって、リナはふと空を見上げる。真っ青なその空を、一頭の飛竜が、悠々と空を飛んでいった。
というわけで5話目です。ほんとはもっと明るめの話にしたかったのですが、書いてる内にどんどん重く……。文章の質もだいぶ落ちてる気が。
ライトボウガン使いの子を予定よりも早く出してしまいました。文章が続かないので無理やり登場させ、強引に続けようとした結果です。そのせいで登場時間は結構短かったのですが、割と納得いくシーンが書けたように思います。
だいぶクオリティが落ちましたが、それでも楽しんで頂けたら幸いです。
……あれ、一人忘れてるような(すっとぼけ)
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第6話 みんなとひとり
ベルク「読者の皆さんお久しぶり、ベルクだ。作者は散々悩んだ上で、懲りずにコレ復活させたらしい」
マルドローン「ギキィ(訳注・読者の皆さん始めまして、マルドローンです)」
ベルク「……ちょっと待った、お前しゃべれるのか」
話数を重ねるたびにどんどん更新スピードが低下している現状。そしてこんだけ時間かけてできた文章が、また拙い仕上がりという……。
ベルク「少しは自分の言ったことに責任持ったほうが良いぞ、作者」
マルドローン「ギキィ(友達にも言われてたしね、それ)」
今度こそ一週間以内にやりますから……。
マルドローン「ギキ、ギキィ(まあしょうがないさ。友人に進められてダウンロードしたスマホゲーが思ったより面白くて、文章そっちのけでのめり込んでしまうなんて、作者さん思いもよらなかったんだよきっと)」
それ言わんといて……。
ベルク「割とズカズカ言うんだなお前」
マルドローン「ギキィ(正直が身上だからね)」
それでは本編。
バルバレから(正確には現在のバルバレから)飛空船で1日の距離にある、通称「未知の樹海」。
未知の名が示す通り、生息するモンスター、地形などその全貌が解明されていない密林地帯だ。古代文明のものと見られる遺跡が散在し、考古学的にも貴重なこの場所は、現在バルバレハンターズギルドを中心に、多くのハンターや研究者達が調査を行っている。
その一角、遺跡の円柱の間につる植物「ハタオリヅタ」が広がるエリアで、ベルクはしばしの休憩をとっていた。
ギルドからの支給品「携帯食料」の代わりにいつも持ち歩いている干した「古代木の実」をかじり、柱にもたれるベルク。
(やっぱり、一人の方が落ち着くな……)
“我らの団”に入る以前の事を思い出す。
村を出てすぐの時、一度だけパーティーに入れてもらったことはあったが、それ以外は殆ど一人で狩りをしていた。
あちこちのハンターズギルドを点々としながら、初めの頃はランポスやファンゴを、次第により大きなモンスターを相手に、ひたすら狩りをしていたあの頃。たまに他の狩人からコンビを組もうともちかけられた事もあったが、それも全て断った。きっと、その時の自分はさぞかし可愛げのないガキに見えたことだろう。
周りに気を配らずに済む分、一人の方が楽に立ち回れる、というのもある。だが、一番の理由は恐れからだった。
……また、のけ者にされるんじゃないかと。
「……」
鈍い金色の手甲に包まれた自身の左腕を、ぼんやり見つめる。
いっそ、この腕を切り落としてしまいたい。実行には移さなかったが、何度そう思った事だろう。
嫌われるのが怖くて、意識的に他人と距離をとる。そして、余計に人と関わらなくなっていく。そんな悪循環が、長い間続いた。
自分が今着ている防具の銘は“ブレイブ”シリーズ。なんとなく、皮肉に感じるものだ。
「ギキィ」
物思いにふけっていると、インナーの上から、マルドローンが腕を甘噛みしてきた。
「ああ、分かってる。……ちょっと待て」
懐から小瓶を取り出し、蓋を開けるベルク。中に入っているのは、猟虫の好むミツを固めたものだ。それを、マルドローンの口の辺りに持って行く。
「キキキ」
(……いや、もう一人じゃないんだったな)
1ヶ月前のあの日、連絡船で団長に出会い、色々あって半ば強引に入団させられた“我らの団”。久々に出来た帰る場所と仲間。最初こそ不慣れな関わりに戸惑ったものの、そこで過ごす賑やかな日々に、ベルクは少しだけ安らぎを感じるようになっていた。
狩りの時も、いつも一人ではなく、たまにホワイ、それから団長が『拾って』きたリナと、連れが出来た。正直、何かしら理由を付けては一人で狩りをすることは多いが、仲間、特に同年代の狩人がいるのは、なんとなく新鮮に感じる。
でも。
(あの人達も、どうせ同じだ。……多分、リナも)
どれだけ親しくなったとしても、こんな腕の自分を受け入れてくれるはずがない。
……そんな思いが彼らとの距離を作っているのは、自分が一番分かっているのだけれど。
「行こうか……」
ミツ瓶の蓋を閉め、猟虫を右腕に登らせる。迷いを振り切るように、ベルクは立ち上がった。
* * * * *
鬱蒼とした木々を抜けると、急に開けた場所に出た。
平らな地面に、数本の小川が流れている。その奥には大きな滝が見えた。鈍い金色に輝く甲殻を持ち、エビやダンゴムシを思わせる節足動物「盾虫」クンチュウが数匹ほど地面を這っている以外に、目立ったモンスターの姿はない。
今回の狩猟対象を相手取るのには、ぴったりな状況だった。
「キチキチキチ……」
早速こちらに気づいたクンチュウが、丸っこい身体の前半分を持ち上げ威嚇する。それに連鎖するように、周りのクンチュウも乱入者の方に群がってくる。
「まずはこっち、片付けるか」
ベルクが背中の操虫棍に手を伸ばした、その時だった。
「……キシシシッ!」
いきなり、先頭のクンチュウがきょろきょろと辺りを見渡し、周囲を警戒し始める。そして、腹を覆い隠すように身体を丸め、ボール状になった。
クンチュウの背中の甲殻は「盾」と形容される通り非常に堅く、刃物はおろか、ハンマーの一撃にすらも耐え抜くことが出来る。だがその反面腹は非常に柔らかいため、天敵が来た時などはこうして完全防御の姿勢をとるのだ。
そしてその天敵こそが、ベルクの今回の狩猟対象である。
他のクンチュウも地面へ潜ったり、身体を丸めたりとめいめいに逃げ始める。もう近くまで来ている印だ。
空中から、コアアアァァ……という鳴き声が聞こえて来た。見上げると、大きな扇状の耳を持った一頭の竜が、ゆったりと弧を描くように舞い降りてきている。
「来た……!」
岩陰に身を潜め、様子を窺う。まもなく、今回の狩猟対象が地面へと急降下してきた。
「怪鳥」イャンクック。鳥竜種に分類されるモンスターで、狩人の間ではポピュラーな存在だ。鳥という名は付くものの、トゲのある桃色の甲殻に覆われた身体、青い翼膜を持つ翼など、その姿は飛竜種に近い。身体に対して不格好に大きい、頭部のしゃくれたクチバシが唯一「鳥 」らしい部分だろうか。
口から発火性の液体を吐く所謂「ブレス」攻撃や、尻尾で周囲を円状に薙ぎ払う攻撃など、動きもまた飛竜種に似ているものが多い。そのため一般に「狩人は、これを一人で狩猟出来るようになれば一人前」と言われている。また、対飛竜戦の良き練習相手として、ハンター達の間では「先生」の愛称が付くほど馴染み深いモンスターでもあった。
「キュウオアアアアッ……!!」
頭が重いからだろうか、若干不格好な姿勢でイャンクックが地面に降り立つ。そのまま、辺りに自らの存在を見せつけるようにいなないた。
そんな怪鳥のすぐ目の前を、逃げ遅れたらしいクンチュウが通り過ぎる。運の悪いことに、ちょうどベルクとの間だ。
釣られたイャンクックが盾虫に歩み寄り、彼との距離がぐっと縮まる。
頭に備える巨大な耳に相応しく、イャンクックの聴覚は鋭い。しゃがんだ姿勢のまま、ベルクはじっと動きを止める。
幸い、そんな彼には気づく様子もなく、彼のすぐ目の前で逃げ惑う獲物をつつくイャンクック。当然、攻撃から身を守ろうと、クンチュウは身体をボール状に丸めた。
飛竜や他の鳥竜種と違い、鋭い爪も牙もないイャンクックに、この虫の防御をこじ開けることは出来ない。
がーーーー。
「クォァァァ……!」
カッとクチバシを開くと、スイカほどあるその球体を一口で飲み込んだ。
ベルクの目の前で頭を上に持ち上げ、リズミカルに上下させながら一匹目のご馳走を飲み下す。満足気に唸ると、すぐさま二匹目を見つけ、ドタドタとそちらに走り出した。
(ふう……)
何とかばれずに済んだ事に安堵しながら、尚もイャンクックの様子を窺う。
瞬く間に二匹目を胃に送り込んだ怪鳥は、今度は少し離れた所に転がるクンチュウに狙いを定めた様だ。こちらに完全に背を向け、再びドタドタと走り出した。
(よし)
極力足音を立てないように、ベルクはそっと岩陰から飛び出す。そのまま、夢中でクンチュウを飲み込んでいるイャンクックの後ろへ回りこんだ。食事に夢中らしく、一向に気づかれた様子はない。
一気に距離を詰め……。
「……らああぁぁっ!!」
素早く「ボーンロッド」を抜刀すると、ベルクは柔らかい腹側を狙い、穂先を斜め上に振り上げた。
「キュオオアアアアアッ!?」
いきなりの背後からの奇襲に、大きく怯むイャンクック。相手を確認しようと振り向くが、弱り目に祟り目とばかりにその顔面を、猟虫がしたたかに打ち据える。
すれ違いざまに体表を食い破り、体液を吸い取ったマルドローンは、蜻蛉返りをうって主の右腕に戻った。そのまま、手首にエキスを注入する。前回ケチャワチャの頭から取ったのと同じ、筋力増強の赤のエキスだ。
「よくやったな、マルドローン」
右手首から不快な感覚が巡ってくると共に、体中に力がみなぎっていく。ベルクが棍をしっかりと握り直したのとほぼ同時に、イャンクックが今度こそ、食事の邪魔をした不届き者を睨み付けた。
「……クワアアアアアァァァッ!!」
大きく息を吸い、ベルクに向かって吠えるイャンクック。飛竜の咆哮には音量で劣るものの、生態系の上位者としての貫禄が相手を威圧する。
それに臆することなく、真正面から構えるベルク。
「食事の邪魔して悪かったよ……けど、こっちもアンタに用がある」
恐怖とか緊張は、不思議とそれほどには感じない。むしろ、普段よりも落ち着く――そんな気さえする。
相手との間合いを目分量で計り、次の行動に備えて全身に軽く力を入れる。息を深く吸い、吐き出すと同時に呟いた。
「――さて、一狩り行こうか」
その言葉が終わらないうちに、両者は動きだした。
ベルク「……次のはもう書き始めてるんだろ?」
はい、一週間以内に仕上げますから……。
ベルク「一週間とは言わない。今晩仕上げろ」
マルドローン「ギキ、ギキィ?(訳注・締め切りは守ろう。分かったね?)」
……はい分かりました。
次回も引き続きベルクです。ぶっ続けで書いたらかなり量が多くなったので分割した、イャンクックとの戦闘シーンの予定になってます。
マルドローン「ギキィ(次回もお楽しみに)」
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