バカとテストと最強の引きこもり (Gasshow)
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明久、新しいクラスで天使と出会う

何回も言いますが文章力本当に皆無です。
なかなか投稿できないと思いますが読んでいただけるとありがたいです。


『青春』とは何か?ことそれに関して僕は明確な定義を言えるわけではない。ただ漠然としたイメージで、仲の良い友達とわいわいと騒ぎながら迎える学校での昼休みや、テストが嫌だとかあの先生がどうだこうだと言い合う放課後、そして何よりも異性の恋人と過ごす時間。それら全てをひっくるめて僕はそれを『青春』と、そう呼ぶのだと、この文月学園に通い始めてから一年たった今でもそう思っている。

 

そんな確固たる概念を持っているのに関わらず、お世辞にもこれまで色付いた青春と言うものを僕は送っているとは声を大にして言えなかった。だからこの二年生からは人に自慢できるような、そんな学校生活を送ろうと息巻いていた。

そう、その時の僕は知らなかったのだ。これからの学園生活が、そんな“鮮やか”だけで済ますことのできるような単純な色ではなく、むしろ赤に茶色、更には黄緑と言った思い付く限りの色をぶちまけた、そんな複雑奇っ怪な青春時代になると言うことに。

 

 

 

 

 

桜が舞い散る通学路。もう既に見慣れていたと思っていた通学路が桃色に化粧をしてその表情をがらりと変えていた。それは僕がこの文月学園に入学してから一年がたったとこを無理矢理に示されていることに他ならない。そして、そんな僕の頭の中は新しいクラスメイトとそこで一緒に生活する教室の事で頭が一杯だった。

 

「吉井、遅刻だ」

 

この先のことを考えながら玄関前にさしかかった時、低くドスのきいた声に呼び止められた。声のした方向には日焼けによる浅黒い肌にガッチリとした体形を備え付けた、短髪の暑苦しい一人の男が立っていた。

 

「鉄じ……じゃなくて西村先生。どうしたんですか?」

 

僕は精一杯の笑顔を張り付けながらそう言った。

 

「おい、吉井。お前今、鉄人と言わなかったか?」

 

「いやいや、気のせいです」

 

「ん、そうか」

 

この外見のせいで西村先生は一部の生徒の間で『鉄人』と呼ばれている。あくまで生徒の間なので本人の前では禁句である。内心危なかったと今も肝を冷やしているが、そんなことより僕にはもっと今すぐ確認しなければならない大切なことがある。

 

「先生。早速ですが僕のクラスを教えてくれませんか?」

 

ここ最近はこれを楽しみで生きてきたのだ。最早(もはや)待ちきれない。しかしとても簡素である筈の僕の質問に、何故か西村先生は少し複雑な顔をした。

 

「どうしたんですか?」

 

思わずそう尋ねる。

 

「あーその事なんだが吉井。ちょっとした事情があってだな、まあ取り合えず学園長室まで一緒に着てくれるか?」

 

何故だろう? 普通クラス発表くらいで学園長室に行くことはありえない。そもそもこの学園ではクラス発表は登校時に名前の書かれた封筒を渡されその中にA~Fクラスと書いてある紙を見て初めて自分の教室が分かると聞いている。だが今、自分は先生に連れられ学園長室に向かっている。などと自分が呼び出されている理由を幾らか考えながら歩いていたら──

 

「吉井、着いたぞ」

 

既に僕は学園長室の前に着いていた。

 

「失礼します」

 

二回扉を叩いた西村先生と共に部屋に入る。そして部屋に入ってすぐ目の前に入ったのは、長い白髪を生やしたしわくちゃの痩せ細ったババアだった。

 

「このガキが観察処分者の吉井明久だね」

 

このババアは藤堂カヲル。一応、この文月学園の学園長である。

 

「はい。この者が学園唯一の観察処分者、吉井明久で間違いありません」

 

鉄人の言い方に少しイラッときたが、今はそんな場合いではなかった。一刻も早くこの意味不明な状況を理解しなくてはならない。

 

「ちょっと、どう言うことですか!? 何で僕が新学年初日から学園長室に呼ばれてこんな妖怪ババアに会わなくてはいけないんですか!? どうせ会うなら可愛い女の子がよかったよ!そもそも聞いていたクラス発表の仕方と全然違うじゃないですか!」

 

僕は若干混乱していたせいで、疑問と欲望が勝手にに口からで出てしまった。

 

「……噂以上に失礼なガキだね」

 

学園長はため息と共に口から言葉を漏らした。

 

「まあいい。今から何故ここに呼び出されたのか、その理由を教えてやるよクソガキ」

 

そして次の学園長の一声で僕の学校生活が一変した。

 

 

 

 

 

 

「観察処分者『吉井明久』、あんたにRクラス着任を命ずる」

 

 

 

「……あ、Rクラス」

 

Rクラス……聞いたことがある。確かそれは存在するのかさえ疑われた言わば謎の、謎だらけのクラスである。

去年までずっと教室らしきものは存在していたのだが生徒が一人もいない。今まで入った生徒が存在しないのだ。だがランクではAクラスより上にあたり、その教室や設備は最高級ホテルに匹敵すると言われている。更に、他のクラスにはない様々な権限があるとかないとか。そんな、世界で一番奇妙なクラスの生徒に僕は任命されたのだ。

 

「ま、そんなわけで早速説明に移るよクソジャリ。まずはおまえ専用の鍵を作る。ちょっと(ツラ)貸しな」

 

Rクラス生徒になると言うことを発表されてパニックが最高潮に達していたが、《鍵を作る》などと学校には必要のない台詞が出たのでなんとか脳の思考を立て直した。

 

「hjkじgfgldふtjふぃ?」

 

「……地球上の言葉でしゃべっておくれ」

 

まだ立て直しができていなかったようだ。気を取り直して。

 

「鍵を作るってどう言うことですか?いや、そもそもなんで僕がRクラスなんてよく分からないクラスに入らなくちゃならないんですか?」

 

「まあ、聞きな」

 

僕を落ち着かせるように学園長が言った。

 

「まず、Rクラスにお前が入る理由だがね」

 

何だろう、テストの点が良すぎたからかな?

 

「あんたがバカだからだよ」

 

「あんまりだよ!」

 

ちょっと期待したぶんショックが大きい。と言うかRクラスってAクラスの上などと言われているけど、もしかしたらFクラスより下の位置に存在していたとかそんなオチだけは勘弁してほしい。

 

「実は今年、Rクラスに一人だけは入ることになったんだが。そのガキがとんでもない引きこもりでね、そいつに世話係をつけて少しでもその性格を改善しようってことになったんだが、それには下手したら多くの時間と根気がいると思ってね」

 

学園長は一度大きく息を吸ってから続ける。

 

「だが、そんな大変な事普通の生徒に頼んだらあくまで教育機関である学校がその生徒の学力を落としてしまう可能性がある。そんな中でもう落ちようのない学校を代表するバカの観察処分者に任せたらいいんじゃないか?そんなアイディアが思い浮かんだってわけさね。分かったかい?」

 

なんかもう……ね。というか落ちようのないってなに?もしかして僕のカロリー摂取量のこと?

 

「次に鍵の事についてだがね。例の引きこもりがこの学園に入学するにあたっていくつかの条件を提示してきた。その中に自分が認めたもの以外教室に入らせないようにしろってもんさ。そのため教室に鍵をかける事になった。鍵を作るってのはその教室に入るための鍵ってことさね」

 

なるほど、理解はした。

 

「……なんとなく分かりました」

 

まだ微妙に納得しない部分もあるが、とりあえず鍵を作る事にした。だけどその鍵の量がとてつもなかった。なんと鍵が六つあった。指紋、音声、カード、パターン、静脈おまけに顔認証。銀行顔まけなんじゃないか?と思えてくるほどである。全ての登録が終わり多くの資料などをもらった。

 

「これがその引きこもりの資料さね。事情で全部は無理だが少しなら提供できる。あとRクラスのルールについても記述してある。これから学年全体のオリエンテイションがあるがあんたは無視してそのまま教室に行きな。いいかい、まずお前は唯一のクラスメイトとコミニュケーションを一刻も早くとれるようにしな。頼んだよ」

 

一様は協力的であるらしい。いや、そうしなくては学園長としても困ると言うことだろう。

 

「失礼しました」

 

用事を終えた僕は西村先生と共に学園長のいる部屋を出た。出るや否や、西村はその無駄に大きなガタイを僕に見せつけるかのように向き直り、口を開いた。

 

「吉井。お前は教室に向かえ。俺はオリエンテイションに行ってくる」

 

「付き添い、ありがとうございました」

 

「ああ、頑張れよ」

 

少し優しかった西村先生と別れ、自分の教室の前に向かう事にした。Rクラスの教室の場所は知っていた。それは去年から、教室を示す表札だけはあったからだ。しかしその扉はいつ来ても鍵が掛かっていて一度も開くことはなかった。しばらく歩いて教室に着いた。詳しく言えばその扉の前。

 

「し、失礼しま~す」

 

緊張しながら扉のノブに手をかけた。そして思いきってそのノブを押し込んだ。すると呆気なく。少なくとも一年以上、びくとも動かなかった扉がいとも簡単に開いてしまった。何故か妙な達成感に捕らわれながらも、僕はその扉の向こう側へと体を潜り込ませる。

しかしそこには──

 

「えっ!?」

 

更に扉があった。しかもどこかの地下研究施設の様な鋼鉄の扉が。カードを差し込むところがあったのでそこに貰ったばかりのカードを差し込むと、自動的にスライドして扉が開いた。しかし──

 

「……うへ」

 

また扉。今回の扉はカード以外の全てを使うものだった。指紋、音声、その他の三つをこなし、ロックが開いた音がした。しかし扉が開かない。どうしたものかと思っていたところにどこからか機械的な声の質問が飛び込んできた。

 

「あなたが吉井明久さんですか?」

 

「は、はい。そうですけど」

 

僕はおっかなびっくりしながらも答える。

 

「ではこれからいくつかの質問をします。全て答えなければこの扉は開くことはありません」

 

なるほど。僕を試してるってことなのかな?

仲良くなるのには骨が折れるかもしれない。  

 

「質問1 鮮やかな色の猫と暗い色の猫がいます。もし飼うならどっちですか?」

 

意外と簡単な質問で拍子抜けしてしまった。

と言うかどっちだろう? 別にどっちでもいいんじゃないか?そういえば今日登校したときに灰色の猫にあったな。

 

「暗い猫かな」

 

と適当に答える。

 

「質問2 あなたは美術館に行ったとします。すると、木が描いてある絵があります。それはどんな木ですか?」

 

次も簡単だ。ふと頭に浮かんだイメージをそのまま伝える。

 

「大きな木だね。とっても大きな木だ」

 

「木の実などは付いていますか?」

 

機械音声が聞き返してきた。

 

「いや、付いてないよ」

 

「分かりました。では質問3。あなたは──」

 

その後も様々な質問が飛んで来た。僕はそれを答えていった。

 

「質問250」

 

そして気づいた時にはもう二時間ほどたっていた。

 

「二人の友人とキャンプに行っていました。一人はバカですが明るく魅力的でアイドルのような人です。もう一方は周りとあまり変わりませんが、頭がよくたまに勉強をみてくれたりします。ですが突然の大雨で友人二人が川に流されてしまいました。二人は二手に分かれ一人しか助けられません。さて、どっちを助けますか?」

 

いきなり質問のタイプが変わって少しびっくりした。

だがこの質問は今まで中で一番簡単だ。そんなの初めから答えが出ている。

 

「どっちも助けるに決まっているじゃないか」

 

人の命を選ぶなんて僕にはできない。どんな人であろうと僕の友人には変わりはない。

 

「質問を聞いていたのですか?川が二手に分かれてどちらかしか助けられないのですよ?」

 

「どうやっても二人を助ける」

 

「……ではどうやって?」

 

うっ、痛いところを突いてきた。

 

「えっと……川を(ふさ)ぐ? いや、違う助けを求める……のもダメ。そうだ!泳げばいいんだ。僕が泳いで助ける。これでどうだぁーーーー!」

 

完璧な答えを導きだして思わずドヤ顔で叫んでしまった。

 

「…………もういいです。扉を開けます。中にお進みください」

 

やっと教室に入れる。とゆうか自分のクラスの教室に入るために二時間もかけなきゃいけないなんて。さすがRクラス。これからも大変そうだ。

 

とりあえず中に入ろうと扉に手をかける。この扉がやけに重かったのはただ単にこの扉の素材のせいなのか、それとも二時間以上も質問攻めにあったせいなのか僕には分からなかった。

 

「……何これ?」

 

ぶ厚い扉の向こうは別世界だった。扉を開け、光が差し込んだので目をつぶり、ふたたび目を開けると王室が広がっていた。床は赤い絨毯に彩られ壁は何でできているかは分からないが純白で輝いていた。だが僕が目を奪われたのはそんな王室じみた教室ではなく、その教室の席に座っている天使だった。銀色の髪を背中の半ばまで伸ばし、青い瞳は少しだけ細めだがパッチリしていた。

だが、そんな天使からの第一声は──

 

「あまりじろじろ見ないでください。そして、半径五メートル以内に近寄らないでください」

 

白とは似つかわしくない毒付いた言葉だった。もういきなり心が折れそうだ。

 

「ま、まあそんなこと言わないで少しお話しようよ」

 

「あなたとしゃべる必要はないし、する気もありません」

 

かなり罵倒されたが綺麗な透き通った声なのでまだダメージが少ない。

 

「えっと……じゃあさ、取り合えず自己紹介といこうよ。僕は吉井明久。趣味はゲームで得意なことは料理かな」

 

僕が自己紹介を終えると、じぶしぶといった感じに口を開いた。

 

「……春咲彩葉」

 

「春咲さんだね。よろしく」

 

「……よろしくお願いします」

 

よし、とりあえず第一段階終了だ。さて、ここからどうしようか。

 

「そう言えば、担任の先生来ないね。どうしたのかな?」

 

僕たちの間にある沈黙と距離を少しでも埋めようと、先程から気になったことを春咲さんに尋ねてみる。

 

「このクラスに担任はいません。ちゃんとクラス説明書を読んでください」

 

「…………えっ?」

 

今、春咲さんがとんでもないことを言った気がした。急いで学園長から貰った紙の束を見ると確かに書いてあった。

 

「Rクラスには担任がいない?」

 

いや、それだけではないはず。そこからしばらくその紙の束とにらめっこしていたが、そこにはぶっとんだことしか書いてなかった。(まと)めると、まずこのクラスには授業がない、全てが自習時間なのだ。あのババア、学力に支障が出るってこのことか。そして特に僕が驚いたのはRクラス生徒はこの教室に住まなくてはならないというのだ。頭が真っ白になっているところに紙の束の間からメモ用紙が落ちてきた。見てみるとそこには「あんたがこの引きこもりとまともな仲になるまでこの教室に住んでもらうよ。最初の部屋の後ろに扉があるからそこにメモの後ろの数字を入れな。それであんたらの住居の扉が開く。じゃあ精々頑張んなクソガキ」

 

ふむふむ、なるほどなるほど。事情はよく分かった。では僕の感情を思いのまま叫ぼうと思う。

 

 

「あんのクソババアァアァァアァーーーーー!!!」

 

 

僕はもう誰もいなくなった教室で思いっきりそう叫んでいた。

 

 

 

 



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お世話開始、その頃Fクラスメンバー

妖怪クソババアの罵倒を誰もいない教室で終えた後、取り合えず自分の住居を見に行く事にした。メモに書いてあった通り大きい正方形の形をした教室の後ろには一つの特徴的な扉があった。教室の内装に対して不自然のないような、焦げ茶色に漆塗りされた扉。その扉の取っ手の少し上に、数字を入力する為の小さな装置が備え付けられていた。僕はそれに馴れない手つきで示された数字を入力していく。と言うか十二桁の数字を入れないといけないないなんて、相変わらずのセキュリティーの高さだ。

 

「……おじゃまします」

 

僕は一言そう言ってからロックの外れた扉の内へと入る。そこで思わず息を飲んだ。目の前には今まで僕が暮らしていた場所とは違う、別世界が広がっていた。

 

「…………凄い」

 

ふと口からそんな感想が転がり出る。住居の中も教室と似た恐ろしく贅沢な造り。見取り図を見るとキッチンにリビング、トイレにお風呂まで全てが恐ろしい広さだ。まあ、自分の部屋を確認する事が先なのでいろいろと見てまわるのは後回しにする。

 

しばらく無駄に長い廊下を歩いて、自分の部屋の扉の前に着いた。ここにも(ロック)があるようで、数字を入れて中に入る。

 

そこには小さい部屋のすみっこに貼り付けられた、扉付きの犬小屋があった。

 

「何でだよ!」

 

思いっきりツッコンだ。これもババアの仕業だな! あいつは一度地獄にたたき落とさないと気がすまない。真剣に暗殺計画を考えながら犬小屋の扉を開けると紙が張ってあった。

 

『進め?』

 

よく見ると犬小屋の奥には先があるようで、僕はその先に進むことにした。そうして犬小屋をくぐると電気が()いた。  

 

 

「おおっ!?」

 

現れたのはしっかりと隅々まで清掃された綺麗な部屋だった。教室ほどではないがちゃんとした部屋になっていた。むしろ豪華絢爛(ごうかけんらん)なものよりこのくらい質素な方が僕としては肌に合っていた。少なくとも前の自分の部屋より断然良い。

 

「んっ?」

 

そんな部屋を見回していると、ふと机の上につけっぱなしで起動しているノートパソコンに気がついた。僕はいぶかしみながらも、それに近づき画面を覗いてみる。

 

「……メール?」

 

画面一杯に映し出されたメールボックスの画面。その画面には一通のメールを知らせるマークが光り点滅していた。マウスを動かしメールを開けてみると、その差出人は我が宿敵、妖怪クソババアである。まさかまさかの相手に一瞬、顔をしかめながらも内容を確認する。

 

『あんたの部屋をあの小屋にしようとしたんだがね、一応はこっちからの頼みごとなんでサービスしといたよ。さて本題だが、今日の成果を報告しな』

 

マジで僕の部屋をあの犬小屋で検討しようとしたのか、あのババア。沸いてくる怒りを何とか抑えつつ、今日の成果を報告する。内容は教室に入るなり春咲彩葉と名乗った美少女に罵倒された事だ。

 

「おっ、返信だ」

 

メールを送ってすぐ、パソコン画面にメール到着のメッセージが浮かぶ。僕はそれをクリックして開ける。

 

『あのガキが顔を出してしゃべったのかい?不思議な事もあるもんさんね。まあいい、とにかく明日も報告するんだよ。じゃあね』

 

内容は変鉄なものだった。ちゃんと春咲さんは顔を出してしゃべったし、それどころか僕に毒舌まで吐いたのだ。まあ深い事は考えないでおこう。今は情報が少なすぎる。僕はベットにダイブして、もらった資料に目を通す。彼女の名前は知っての通り春咲彩葉(はるさき いろは)。十六歳だ。学力は恐ろしいもので世界トップクラスの頭脳をもった天才だそうだ。なんでそんな子が今更高校に通おうとしたのだろう。いや、通ってはいないか。どうやら彼女はイギリス人と日本人との間に生まれたハーフらしい。だが、父母共にすでに他界、あるところに引き取られ去年、日本へ渡ったらしい。その後も黙々と資料に目を通していたが、寝転びながら文字をながめていたせいで段々と眠くなってきた。そのまま僕は睡魔に抗えないまま深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は(さかのぼ)り、吉井明久が引きこもりからの質問責めにあっている時、Fクラスの教室では自己紹介が行われていた。

 

「不満はないか?」

 

 

「「「「「大ありじゃあ!!」」」」」

 

 

Fクラスの生徒たちが大声で叫ぶ。よし良い感じだと、Fクラスの食いつきっぷりに満足している生徒が一人いた。そんな彼はFクラス代表の坂本雄二である。

 

 

 

 

同じ学費を払っているのにも関わらず、Aクラスと比べて教室設備の落差が激しすぎる。それをどうにかする為、その目標に一歩近づく為にFクラスはDクラスに試験召還戦争を仕掛けることになった。しかし一つ、雄二どうしても解せない事があった。

 

「おい、明久はどうした?」

 

雄二はこの教室にいるはずの悪友がいないことをずっと不思議に思っていた。もしかしたら遅刻かと少し前まで思っていたが、どうやら教師の話を聞くにその可能性はないようだった。

 

「わしもずっと気になっておった」

 

明久の友人の一人、木下秀吉も不思議に思っていたようだ。

 

「…………確かに」

 

ムッツリーニこと土屋康太も同意する。

 

「そうよ、吉井はどこにいったのよ。まだ今日殴ってないわ」

 

危険発言をしたのは明久の天敵、島田美波。

 

「吉井くんってこのクラスなんですか?」

 

明久に憧れる少女、姫路瑞希が疑問をぶつける。

 

「ああ、あいつの学力ならFクラス入りは絶対のはずだ」

 

「でも、今日はFクラス全員出席のはずじゃ」

 

「ってことは吉井のやつEクラスってこと?」

 

ウチをさしおいて、と島田が(うな)る。

 

「ちょっと見てくるか」

 

明久は雄二にとって試召戦争で必要なコマの一つだった。もし明久がEクラスだった時の穴埋めを考えながら雄二たちはEクラスへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

どう言うことだ?明久がいない!Eクラスにいなかったので、もしやと思って順番にAクラスまで見て回ったのだがどこいもいない。

 

「吉井くん、いませんね」

 

「…………どこに行った?」

 

皆も不信に思っている。

 

おいおい、どうなってやがる?あいつが学校に来てないのかとも思ったが今日は生徒全員出席してると学年全体の話で言ってた。つまり欠席はない。そうなると転校か?だが、あいつは黙って別れをするようなやつじゃない。そうなるともう思い当たるもんがないぞ。直接、教師どもに聞くか?俺は一人、思考を(めぐ)らせていたが、一つ見逃していたある可能性に気がつく。

 

「………………!!」

 

おいおいまさかそんなこと有り得るのか?

あのクラスは存在しないんじゃなかったのか?

だが残ってるクラスはあそこしかない。この可能性しかありえない。あいつ、吉井明久がいるクラスは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここはAクラス。文月学園の中でも優秀な生徒が集められる。言わばエリートの集団。しかし今、そこで交わされている、ある会話がAクラスをただのエリート止まりたらしめる、そう頂点(トップ)ではないことを証明していた。

 

「ねえねえ代表。代表が学年主席じゃないって本当?」

 

ボーイッシュな魅力がチャームポイントの工藤愛子が尋ねる。

 

「えっ!?なにそれ?聞いてないわよ」

 

木下秀吉と瓜二つの双子の姉、木下優子が驚いた顔をする。

 

「それは初耳だね?」

 

眼鏡が似合う久保利光も同じような反応だ。

 

「…………本当」

 

Aクラス代表の霧島翔子が肯定する。

 

「なんで?霧島さんはAクラス代表なんでしょう?学力は一番でも問題起こしてAクラスじゃなくなった人がいるってこと?」

 

「…………違う」

 

「じゃあなんでなんだい?このクラスより上のクラスなんて…………まさか」

 

久保が何かを思い出したようだ。

 

「このクラスより上って……」

 

「ホントに?」

 

優子と愛子も久保の言葉で何かに気づいたようだ。

 

「…………みんなが思ってる事で合ってると思う。このAクラスより上位のクラス──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「Rクラス!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きたら知らない部屋にいた。と思ったら、昨日の事を思い出して納得した。

 

『いいかい、まずお前は唯一のクラスメイトとコミュニケーションを一刻も早くとれるようにしな。頼んだよ』

 

学園長の言葉が頭の中に響く。

 

「さて、どうしようか」

 

取り合えず春咲さんと言葉を交わさないと先に進まない。僕はベットから体を起こして朝食をとるためにキッチンに向かった。途中で犬小屋をくぐる時に頭をぶつけた。ほんと何のためにあるんだあの犬小屋。それから僕は豪華すぎるキッチンに到着し、恐ろしく広い冷蔵庫を開けると。

 

「…………凄い」

 

思わずそう呟く。何でもあるんじゃないか?そう思えるほど冷蔵庫の中は食材やら飲み物などで詰まっていた。いつもは何もない冷蔵庫の前で膝をついて絶望しているのに。さらば塩水だけの食生活。僕が選んだ朝食は無難にトースターとスクランブルエッグにした。うん、カロリーってすばらしい。久しぶりの満足した食事の後、やる事はもちろん自分のクラスメイトを待つ事だ。住居から教室につながる扉を開け教室で待つのだが……。

 

来ない!

 

春咲さんを待って三時間。ただいま十時。思い出した、彼女は引きこもりだった。そして今さら自分の甘さに気付いた。急いで春咲さんの部屋に行くが、予想通りナンバーロックつきの分厚い鋼鉄の扉に阻まれる。

まずい、あの()は引きこもり、ゆえに自分の部屋から出ない。それにもしかすると食料をこの鉄壁の要塞に溜め込んで籠城してるかもしれない。そうなると春咲さんと顔を合わせられるのは数週間に一回…………否!下手をすると数ヶ月に一回、何てことも十分ありえる。やばい、非常にやばい。これは学園長に相談するしかない。自分の部屋に戻りメールでそう学園長に告げると。

 

『そんなの想定内さね。だから昨日メールで言っただろ。あのガキが顔を出したのかい?ってね。初日から顔を拝めたことが奇跡なんだよ。なるべくこっちも協力するがそこはあんたがどうにかするしかないんだよ。あとこの事は部外者に話すんじゃあないよ。ルールブックに書いてあったろ』

 

おいぃいいぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃ!!!

 

じゃあなんだよ。昨日ルールブック読んでる場合じゃなかったじゃん。早めに言えよ!どうする?扉を叩いて無理矢理接触をとろうとしてもこの鋼鉄の塊の前では音が向こうに届くとは思えない。そもそもこの方法は逆効果だ。そうすると、籠城していないと信じてリビングからキッチンを監視するしかない。思い立ったが吉日。明かりを消してソファーの影に隠れキッチンを見張る。そして、十数時間の時がたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ?」

 

何かの音で目が覚めた。確か夕方までは記憶があったのだが、そこからいつの間にか眠ってしまったらしい。昨日もこんな感じでいつの間にか寝てたな。なんだろう、疲れてるのかな?そんなことを思いつつ取り合えず立ち上がった。

 

「うわ!」

 

「えっ?キャッ!」

 

立ち上がったらソファーに春咲さんがいた。メロンパンを食べようと袋を開ているところだったようだ。と言うかやっぱり綺麗だな春咲さん、神々しくも見えてくる。僕は突 、然待ち人に会えてとってもうれしいのだが、その待ち人は突然の僕の登場に驚きすぎて腰を抜かしてソファーから落ちたままフリーズしている。

 

「……えっと、大丈夫?」

 

「…………………………。」

 

春咲さんが固まったままだ。彼女の前に手を差し伸べようと近寄ったのだが。

 

「ひうっ!」

 

後ずさってしまった。というか昨日と同じ子なのか?昨日とは全然雰囲気が違う。初めて会った時の攻撃性が微塵も感じられない。

 

「だ、大丈夫だよ。僕は何もしないよ」

 

第三者の視点だけだとストーカーが女性の前に突然現れお決まりの台詞をいったように見えるが決してそうではない。僕は一人の少女に合うために隠れてずっとソファーの後ろで待ってただけである。僕は一歩踏み出しもう一度彼女に手を差し伸べた。

 

今度は僕の手と顔を交互に見た後、手を伸ばし一瞬ためらったが僕の手を掴んでくれた。春咲さんを起き上がらせ向かい合うようにして立つ。

 

「「…………………………。」」

 

おおっ、気まずいぞ。かなり気まずいぞ。そもそもこの状況を作ったのは僕なんだから僕がどうにかしないといけないのだが上手く言葉が出てこない。

 

「…………なんであんな所にいたんですか?」

 

言葉を捜してるうちに春咲さんから話かけてきた。

 

「え、ええと。なんというか、春咲さんを待ってたらそのまま寝ちゃったという感じで。目が覚めて起き上がったらこうなった…………みたいな?」

 

僕は包み隠さず春咲さんに話したのだが何故かジト目で僕を品定めしているような目で睨む。

 

「なるほど、つまりストーカーさんと言うわけですか。待っていてください、少し電話してきます」

 

「ちょっと、違うよ。それ警察へ電話しにいこうとしてるよね!僕は春咲さんと少しだけお話がしたいだけだよ!」

 

「…………初めての会った時に言いましたが、私はあなたと特に話すことなど何もありません」

 

「春咲さんにはないかもしれないけど僕にはある」

 

このチャンスを逃すと次がいつ来るのか分からないので僕は必死である。

 

「…………そうですか、ですが今はこの時間。またいつかにしましょう」

 

春咲さんはメロンパンを拾って僕に背を向けて歩き出す。

 

「今日の朝!」

 

春咲さんが背を向けたまま立ち止まった。

 

「今日の朝、朝食作って待ってるよ」

 

もう一度彼女に会えることを願いながら言葉をかける。春咲さんは再び歩き出しそのまま部屋から消えてしまった。日が昇りだし、閉め切ったカーテンの隙間から明かりが漏れる。さて朝食を作ろうか。ちょっと前まであまり料理を作ってなかったから心配だが、料理は僕の数少ない得意分野だ。

 

 

 

 

少年は今日も奮闘する。一人の少女の為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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宣戦布告の準備、女神降臨?!

今回かなりひどいです。



春咲さんと別れてから何を作ろうか考えた。いろいろ考えたが結局サンドウィッチという無難なものにすることにした。見た目も彩り豊かだし、何よりシンプルで失敗しにくい。僕は早速、工夫を凝らしながら作り始めた。具材の組み合わせや、分量のバランスなど。そんなことをしていたせいか、完成するころには一時間と言うサンドウィッチにしては掛かりすぎな時間が流れていた。しかしそのお陰が完成度はいい感じだ。少なくとも僕の中では最高傑作の朝食である。後は春咲さんを待つだけ。今は朝七時。さて、今度はどれくらい待てばいいのかな?とそう思っていたのだが、予想していたよりも圧倒的に早く扉がガチャリと音を立てて開いた。

 

 

こんな早くに来てくれると思ってなかった。と言うかそもそも来てくれると思ってなかった。気持ち的には週単位待ちだったのだが、僅か一時間後に姿を現してくれたのは嬉しい誤算だ。僕は春咲さんを迎え入れるため、扉まで急いで駆け寄ったのだが相変わらず、かなり不安そうだ。触ったら崩れ落ちそうなほど、絶妙なバランスを保ってる感じだ。

 

「どうぞ」

 

「……………………。」

 

僕が椅子の方まで誘導する。ちょこちょことついて来る。可愛らしい。綺麗でかわいいのは反則だと思う。

僕はそのまま春咲さんを椅子に座らせ自分も対するように席に座る。

 

「いただきます」

 

「…………いただきます」

 

春咲さんがゆっくりとサンドウィッチに手を伸ばす。それを掴んでじーっと見つめている。僕もそんな春咲さんをじーっと見つめる。自信がある朝食を作ったとはいえ緊張する。

 

それからして春咲さんはパクっとサンドウィッチを口にする。するとびっくりしたように目を見開き僕を見た。そこで彼女と目が合ったと思ったら、直ぐに視線を逸らされた。少し傷ついた。

 

「……このサンドウィッチあなたが作ったんですよね?」

 

春咲さんは視線を逸らしたまま僕にそう尋ねた。

 

「そうだよ。どうだった?」

 

これで不味いなんて言われたら今度は僕が引きこもりの道に走るだろう。そんな人生の分かれ道になるであろう彼女の言葉を待っていると。

 

「おいしいです。私も料理は得意な方なのですが、このサンドウィッチには勝てる気がしません」

 

「本当に!?嬉しいよ!」

 

実際かなり嬉しい。あまり料理など人に食べてもらった事がなかったので余計にそう感じるのだろう。僕もサンドウィッチを食べる。それが味見した時より何倍もおいしくなっていたのはきっと春咲さんのおかげだ。

 

「ありがとうございました。いい朝食でした」

 

「どういたしまして」

 

僕がお礼を言いたいくらいだ。とってもいい時間だった。だが安心してはいけないこれからが本当の戦いだここで春咲さんを帰すわけにはいかない。

 

「ねえ、また明日も顔を見せてくれないかな?」

 

ここでの返事は分かっている。だがあまりしつこくない程度には「いいですよ」…………え?

 

マジで!?想定外の言葉に僕の恐ろしい時間を費やした策略は一気に意味を無くした。

 

「なんで?」

 

思わず聞き返す。すると──

 

「理由は後で説明します。三十分後に私の部屋の前に来てください」

 

そう春咲さんは言い残し、この場を去って行く。僕はまだ状況を理解できないままで、一人この急な展開に取り残されていた。そして結局、そのまま頭が真っ白の状態のままで、約束の時間になる寸前まで立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

なんとか焼け残りの灰のような、真っ白な状態を立ち直し春咲さんの部屋の前まで移動した。部屋の前に立つといきなり扉が開いたので、春咲さんが入れとそう促しているのだと解釈して奥に進む。それから少しばかり、金属で作られたトンネルのような通路を進み、そしてやがてその終着点にたどり着く。見えたそこには椅子に座った春咲さんが落ち着いた様子で(たたず)んでいた。

 

「ようこそ私の部屋へ。人を部屋に入れたのは吉井君、貴方が初めてなんですよ」

 

今の今まで人を入れた事がなかったのか。まあ人類最強レベルの引きこもりならば当たり前か。ん?じゃあ何で僕を部屋に入れたのだろう?

 

「それは今から説明します。こちらに付いて来てください」

 

なんと、心を読まれた。人の心を読むなんて引きこもりができる芸当じゃない。引きこもりらしかぬものといえばこの部屋もそうだ。一つ一つの物が綺麗に整理されていて引きこもりの住んでいる場所とは思えない。そんな身勝手な思考を頭に浮かべつつも、僕はこの部屋にあるもう一つの扉に向かっている春咲さんについて行く。ナンバーロックを外したようでガチャという音と共に扉が開いた。部屋に入ると扉が閉まり、辺りが真っ暗になる。だが、いきなり薄暗い明かりが着いたと思ったら機械だらけの部屋がそこに現れた。

 

「……凄い」

 

そう呟かずにはいられなかった。その部屋にはパソコンやら謎の機械やらが、妙に尊大な存在感を醸し出しながら居座っていた。視界に収まるだけでも液晶は軽く二十を超えるほどだ。そんな現実離れした光景に唖然としていると、ふと隣にいた春咲さんが声をかけてきた。

 

「私がこの文月学園に来た理由は知ってますか?」

 

「いや、まったく知らないよ」

 

そう、これは彼女のプロフィールを見たときから気になっていた事だ。春咲さんはこの年であらゆる分野に深く携わっている天才だ、そんな彼女が何故今更、文月学園の生徒をしているか理解できなかった。

 

「それはですね。『試験召喚システム』に興味を持ったからなんです」

 

「…………試験召喚システム」

 

この試験召喚システムとは一時間という時間の内に無制限の問題数が用意されていて、そのテストの点数により設定された強さの召喚獣を召喚できると言うものだ。いや、これは文月学園でのルール。正確には“召喚獣”を扱うことのできる技術と、そう簡潔に言った方が良いのかもしれない。

 

「だから私は試験召喚システム開発の中心人物である藤堂カヲル学園長と話し合った結果いくつかの条件と共に試験召喚システムの情報を渡してくれる事になりました。その中にここの生徒になるというもの含まれていました」

 

要は今、世界でも注目されているこのシステムに春咲さんが興味を持って学園長とコンタクトをとったらこうなったってことか。

 

「ですが私はこんな性格なので普通の教室は無理。そこでできたのがこのRクラスなのです」

 

これでRクラスの謎が一つ解けた。誰もRクラスに入った事がなかったのは、このクラスが春咲さんのためだけのクラスだったからだ。

 

「Rクラスのルールブックはあれから読みましたか?」

 

「うん」

 

「なら、このRクラスのルールは何を基準に出来ているか分かりますか」

 

「…………秘密かな?」

 

「まあ大体正解です」

 

そう、このクラスは特別で他のクラスには無い様々なルールや特権がある。だがその大半がこのクラスの情報が外に漏れないようにするため設定だった。その徹底っぷりは異常で、あまつさえ構成人数さえも他言してはならないのだ。と言うか、そもそも今年からRクラスがあること自体知ってる人がいるのかが怪しい。

 

「このルールや特権は私が大半作りました。ですがすぐにRクラスの存在が噂になるのは予想していました。というかそうなるように仕向けました。理由は省きますがこうする事によってこのクラスがいい噂が流れるようにしたかったのです。ですが効果をはっきしすぎて、このクラスに試験召喚戦争をしかけようという風潮が学校に出来てしまいました。噂どおりのいい設備があるRクラスを手に入れよう。理由はそんなところです」

 

そう言うと春咲さんはパソコンの液晶のスイッチを押した。そうすると、部屋のほとんど全ての液晶に明かりが(とも)る。そして、その画面に映し出されたのは学園のありとあらゆる場所だった。僕は眉を潜めながらも、目の前にある正面のモニターに目を向ける。そこにはCクラスの教室が映っていた。

 

 

 

 

『Rクラスにはいつ試験召喚戦争を挑むんだ?』

 

『しかたないでしょ、今はほとんどのクラスがRクラスを狙ってるんだから。今ここで私たちがいくわけにはいかない。実態の分からない相手に戦うわけにはいかないしそれにもし勝ったとして次は私たちが他のクラスから狙われえる。今は時期を待つべきよ』

 

『って言ってもよ。もうみんなやる気満々だぜ』

 

僕は疑問を浮かべつつもその光景を見続ける。成る程、これが先程、春咲さんが話していた問題と言うやつなのか。

 

 

「このように他多くのクラスが私たちのクラスを狙っているのです。ですがこのクラスの試験召喚戦争についての特権はご存知ですよね。その中に“拒否権”というものがあったはずです」

 

もちろん知ってる。普通は試召戦争を申し込まれたら絶対受けなければならないのだが、Rクラスだけは一方的に拒否できるというものだ。

 

「吉井君の考えている事は分かります。じゃあこの拒否権を使ったら別に問題ないんじゃね?ってところですね。ですがそれじゃあ駄目なんです」

 

なんでだろう?外のクラスにはRクラスに拒否権があることなんて知らないだろうが、もし試召戦争を申し込まれてもその場で断れば問題ないはずだ。というか無意識のうちに外のクラスなんて使ってしまっている。このままだと僕も引きこもりの仲間入りになるかもしれない。

 

「ええ、たしかにRクラスが試召戦争をする事はなく私が外に出る必要性は無くなります。ですが、それではRクラスの威厳が無くなってしまうのです。特にこの文月学園ではより賢いものが偉いといっても過言ではありません」

 

言いすぎな気もするが確かに文月学園でバカはひどい扱いを受ける。観察処分者の僕も例外ではなく、かなり苦労したものだ。

 

「Rクラスは一番上のクラスですが情報が遮断されています。よってRクラスがどのくらいのレベルか外の人たちは知る由もないのです。そんな中、拒否権ばかりを行使していては()められる可能性があります。一度くらい力の差を見せ付ける必要があるのです」

 

なるほど。まとめるとRクラスに興味を持った生徒たちが増え、二年生全体にRクラスに試召戦争を挑もうという風潮が出来た。できれば春咲さんは外に出ることなくこの問題を解決したいのだが、拒否権を使うとRクラスが嘗められ威厳を保てなくなる可能性が出てくる。と言ったところかな?僕は別にRクラスの威厳なんてどうでもいいんだけど春咲さんのことだ何か考えでもあるんだろう。たぶんこの問題の解決を手伝わされるために呼ばれたんだろうけど僕に出来る事なんてあるのだろうか?

 

「この風潮をなくすために考えた策が一つあります」

 

流石、春咲さんもう解決策を用意してるなんて天才の名は伊達ではない。

 

「Rクラスの一つ下のAクラスを叩き潰します。それも圧倒的な差で。RクラスとAクラスが天と地ほどの差があることを分からせるのです。それで他のクラスも戦意を喪失するでしょう。この方法なら私は一回しか外に出るだけですみますからね」

 

なるほど。これならRクラスの威厳が保たれるどころか上昇していくはずだ。けど……。

 

「そうだねこれなら全てがうまくいく。でもこっちは2人、相手はその数十倍の人数だよ勝てるとは思えない。それにもし勝てたとしてもぎりぎりの戦いになるはずだ。2人で勝ったから力の差は見せ付けられるけど実質クラスの自体の差はそこまでAクラスと変わらないってことになるよ」

 

「そうですね。私の点数は学園でかなり飛びぬけていますが確かに2人で勝つのはギリギリです。もし勝ってもクラス同士の差はないと判断されるかもしれません。ならわざとギリギリの戦いをしてあげたと相手に認識させればいいのです」

 

意味の分からない僕は少しだけ首を横に傾けた。

 

「どう言うこと?といった顔ですね。説明してあげましょう。まずこの作戦ではRクラスの情報非公開っぷりを利用します。今回は人数構成の非公開これを使います。試召戦争前にRクラスの人数構成が二人以上と相手に記憶させそこから、わざと私と吉井君だけで試召戦争に参加、そして勝利した。そう思いこませればRクラスが全力を出さないでAクラスに勝利したということになるでしょう?」

 

確かにそれなら全力を出さないで、それに二人でAクラスに勝ったということでかなりの差を見せ付ける事ができる。僕は無言で頷く。春咲さんはそれを確認すると言葉を続けた。

 

「Rクラスが二人以上と思わせる作戦はもう考えてあります。後は試召戦争に勝つことですが、それには吉井君の点数を上げる必要があるのです。もう少しあなたの点数が上がれば必ず勝つことを約束します。ですからこの作戦のために協力してくれませんか?」

 

クラスメイトが、春咲さんが僕の力を必要としてくれている。その事がどうしようもなく嬉しい。喜ばしく感じて仕方がない。

 

「当たり前だよ。その試召戦争、絶対勝とう!」

 

自分のクラスの事だ。僕が協力するのは当然のこと。それに一人っきりのクラスメイトの頼みを断れるはずが無い。

 

こうして僕と春咲さん、Rクラス二人の意志が初めて重なった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、勉強は春咲さんが見てくれる事になった。毎日顔を見せてもいいと言っていたのは多分自分の授業を受けろって意味だと後から気がついた。早速この二時間後から春咲さんの授業が始まるようで、それまで解散となったのだが、そこで僕は自室に戻る際に部屋に入ってから昨日学園長にメールしていない事に気がついた。急いで机に駆け寄り、パソコンを起動させると案の定メールが来ていた。内容は──

 

『二日目で約束を破るとはいい度胸さね。それとも約束も守れないバカなのかい?いや、バカだったね。とにかく昨日の分もまとめて報告を寄越しな』

 

相変わらずむかつくババアだ。けど事実今回は僕が悪い。素直な謝罪の後、これまでの出来事を報告した。

 

『ほお、何やら面白い事になってきたね。そしてよくやった吉井。このままなるべくあいつとかかわりを持ちな。あとその試召戦争が終わったら報告は毎週金曜日で十分だ。このまま頑張りなクソジャリ』

 

学園長は人を褒めるような人じゃない。そうなると今回の出来事は結構嬉しかったのかもしれない。それに報告のペースも落としたという事はもうそこまで報告する必要も無いってことかな?とにかくかなり歩みを進めたってことだ。

 

学園長に報告し終わった後、Aクラス全員生徒全員の資料を春咲さんから貰ったので目を通すことにした。と言うかこんなものどこから出してくるんだろう?でも流石Aクラス。皆、点数がかなり高い。本当に僕たち二人だけで勝てるのだろうか?ふとそんな疑問が脳裏に浮かぶ。後で春咲さんの点数を聞いてみよう。

 

それから大雑把に資料を読んだ時にはもう約束の時間になっていたので教室に向かった。既にに春咲さんは教室にいた。

 

「では授業を始めましょう」

 

恐ろしく綺麗な笑顔で彼女はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなりだが、僕と春咲さんが作戦を立ててから一週間たった。この一週間をまとめると勉強して食べて寝る事しかしてない。朝六時起床、朝食を食べて勉強、昼食を食べて勉強、夕食を食べて勉強そして十二時に寝る。これを七回繰り返した。いつもほとんど勉強していない僕にとってはかなりの苦痛だったが、ほんの少しだが春咲さんともコミュニケーションがとれて楽しい日々でもあったが、まぁすぐ自分の部屋に引きこもるのであくまでもほんの少しだ。そして今日も今日とて一日分の授業が終わるのであった。

 

 

「あ~疲れた」

 

背伸びをして体をほぐす。

 

「お疲れさまです。そして実は今日は試召戦争までの最後の授業だったのです」

 

「そうなの?」

 

「はい。これ以上待つとRクラスが立て続けに試召戦争を挑まれてもおかしくありません。明日、RクラスはAクラスに試験召喚戦争を申し込みます」

 

「いよいよだね。で、Rクラスが二人以上と思わせるのはどうするの?人に頼むとか?」

 

「いえ、頼むとしたらこの学校外の人に頼まなくてはいけません。そこまでして人数偽装するよりもっと簡単な方法があります」

 

「どんな方法?」

 

「吉井君に女装してもらいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………E(イー)?」

 

 

 

 

 

 

E(イー)?じゃないです。アルファベットになってますよ。あたりまえです。一人を二人に見せるには一人二役しかありません。ですが吉井君なら他の男の人に化けるより女装の方が似合いそうだし、

何より都合がいいのです」

 

「そんな!無理だよ僕が女装なんて!絶対ばれるよ!」

 

すると春咲さんはニヤリと珍しく笑みを浮かべてこう言った。

 

「安心してください。こう見えて私はメイク得意なんです。それに対話も相手の言葉をマイクで拾って私がイヤホンを通してしゃべります。それを吉井君は真似してじゃべれば言いだけです」

 

だめだ。言い逃れできない。僕は膝をがくりとついて崩れ落ちた。

 

「では明日がんばりましょう。おやすみなさい」

 

そう言い残し春咲さんは教室から住居に戻って行った。いやもう様々な感情と言うか、自分の中にあったはずの何かが今日でごっそりと持っていかれた気がする。そして試召戦争後の僕自身が心配だと、要らぬ不安を抱えながら僕は自室に戻り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

朝起きて朝食を食べる。ちなみにだが朝、昼、晩全部僕が春咲さんの分も作っている。まぁ、お世話係なんだから当たり前か。そしてただいま絶賛メイク中である。春咲さん楽しんでないか?できれば僕だと一切ばれないような感じにしてほしい。と言っても、軽めにしかしないって言ってたから無理かもしれない。だが三十分ほどでメイクが終わり、茶色のロングウィッグを付けたら鏡の中に女神がいた。

 

 

「「……………………………。」」

 

 

え?これもしかしたら僕?面影が全然ないんだけど。もう別人って次元を超えてる。超絶美人お嬢様って感じだ。春咲さんメイク上手すぎるでしょ。

 

 

「…………綺麗ですね。私、自分の見た目に結構自信あったんですけど、あなたを見てその自信を無くしそうです」

 

いや、鏡の中の僕も恐ろしく綺麗だけど僕からしたら絶対春咲さんの方が綺麗だと思う。とまぁ僕のそんな心情を知らない春咲さんは、若干むくれながらも話を続けるために口を動かす。

 

「まぁいいです。とにかくこれならば貴方が吉井明久だと絶対ばれることはまずありません。ではAクラスに試召戦争を申し込みに行ってください。このマントを着てマイクとイヤホン、あとカメラも付けて」

 

説明しよう。今更だがRクラスだけ制服の色とデザインが違うのだ。他のクラスは基本、男子は白色と青色、女子は白色と赤色をベースとしてブレザーは黒で統一なのだが、Rクラスの制服は男女共に黒色と白色でブレザーは白色である。デザインもかなり違う。スカートに関してはなんかふわふわしている。少しだけゴスロリチックだ。そしてRクラスはフードつきのマントも着用する事が出来る。ちなみにこれも黒と白の二種類から選べる。何故マントを着用できるルールを加えたのかと聞いたら試召戦争の時、姿を隠せるためらしい。当日は二人とも仮面をつけて顔を隠すとか。もうここまでくると、(はた)から見たら完全に中二病である。

 

「あっ、待って下さい吉井くん。その前にこのお薬を飲んでください」

 

僕が教室から出るために、外の廊下へと通じる扉に向かったのだが、その時春咲さんから呼び止められカプセル状の薬を手渡された。

 

「なにこれ?」

 

「これは声を変える薬なんですよ。ここまでするんだったら徹底的にやるべきです。効力は約一時間しかないので、そこは注意してください」

 

僕は受け取った薬を口に放り込んで飲み込む。

 

「あ~。おっ、声が変わった」

 

薬を飲んでしばらくすると、僕の声は女の子らしい綺麗な声に変わった。不思議な薬もあるものだ。いや、これも恐らくは春咲さんの発明品なのだろう。ならば流石は春咲さんと言うべきか。

 

「では行ってらっしゃい」

 

「うん、行ってくるよ」

 

そう言って約十日ぶりに僕は教室から外に出る為の扉を開けた。

 

 

 

 

 

「ん~。ほんと久しぶりだな」

 

外に出てすぐ、僕は背伸びをして肺一杯に空気を取り込む。やっぱりと言うべきなのか、久しぶりの外は気持ちが良かった。

 

「もしもし、聞こえますか?」

 

宣戦布告の前に、そんなのんびりとしている僕を嗜めるように耳に着けているワイヤレスイヤホンから春咲さんの声が聞こえる。

 

「うん、聞こえるよ。カメラとマイクの調子はどう?」

 

「完璧です。そのままAクラスに向かってください。今は朝のショートホームルームの時間のはずです。いいですか?私がしゃべった事以外は話したら駄目ですよ。そして貴方は日本企業のお嬢様、麻名明葉(あさなあきは)、通称アキちゃんなんですから。それに似合う振る舞いをしてください」

 

「…………何?その通称アキちゃんって?」

 

なぜか打ち合わせで決めた設定に無かったものが追加されている。

 

「私が付けました。吉井君が女装してる時、私はアキ、かアキちゃんって呼びます。かわいいでしょ?」

 

「…………うん。そうだね」

 

なんか段々と僕が壊れていく気がする。そんなやり取りをしている内にAクラス教室に着いてしまった。さて、がんばりますか。ここから僕は……いや私は麻名明葉として周囲に認知されなければならない。これが成功しないと作戦は台無しだ。どうやらAクラスは今、今日の予定について担任の高橋洋子先生から説明を受けている所のようだ。ふぅ、緊張してきた。

 

「私はいつでもいいわ、春咲さん」

 

これは吉井明久が麻名明葉となってる時に春咲彩葉を呼ぶ名前だ。

 

「さっそくなりきってますね、アキちゃん。その調子ならきっと役者の才能もありますよ。私もOKです」

 

「行くわよ」

 

僕は大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。さて、行きますか。

 

「失礼します」

 

そう言って僕は目の前にある扉を開け放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんか今回、文章もひどいしオリ設定もひどいしやばいですね(笑)
いつか修正します。そんな駄文にもかかわらず読んでくださってありがとうございます。


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Aクラス戦、Rクラスの実力

感想で今原作がどれくらいなのですか?という質問があって今回の四話に回答を入れようと思ったんですが入れることが出来ませんでした☆(・ω<)
なので次話にいれておきたいと思います。
*今回は説明ばっかりで面白無さがさらに上がっているかもしれません。


私、木下優子はいつものように高橋先生から一日の日程の説明を受けていた。先生から朝の報告を聞く。それは日本全国の高校生が当たり前のように過ごす日常の中の一枠。そんないつもと変わらない恒例行事が行われている中……。

 

ガラッといきなりAクラスの教室の扉が開いた。何事か?と思い、私を含めるAクラスの教室内にいる人が全員扉の方に目を向ける。そこに立っていたのは真っ白のマントを着てフードを被っている謎の人物が立っていた。フードをか被っているせいで顔も見えないし体形や体格も分からない。高橋先生はその彼、もしくは彼女の姿を見て驚いて固まったままだ。そんな中その謎の人物が声を発した。

 

「この中にAクラスの代表者はいるかしら?」

 

この瞬間この謎の人物は女性という事が判明した。

 

「…………私がそう」

 

Aクラス代表の霧島翔子さんが立ち上がり謎の女性の前まで来て立ち止まる。

 

「あなたがAクラス代表者?」

 

「…………そう。私がAクラス代表の霧島翔子」

 

すると謎の女性はふふっと微笑んだ後でとんでもない事を告げた。

 

 

 

 

 

 

「私たちRクラスはAクラスに対し試験召喚戦争を申し込むわ」

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」

 

 

 

Aクラス生徒全員の声が重なった。私も驚きが隠せない。そもそも私はRクラスの存在を認めていなかった。学校全体がRクラスができた、とかでいつの間にか打倒Rクラスと言う雰囲気にはなっていた。かく言うAクラスでも試召戦争の一歩手前までいっていた。なんとか私や代表で押さえ込んでいたけどそろそろ限界。そう感じていたころにRクラスと名乗る全身真っ白コートに身を包んだ謎の女性が現れ試験召喚戦争を申し込まれたんだからそうなるに決まっていた。

 

「…………あなたは学年主席?」

 

霧島さんがまだ驚きながらそう言った。

 

「いえ違うわ。残念ながら主席どころか次席にもはいってないの。で、今日は主席の代理として私が試召戦争を申し込みに来たってところよ」

 

なんとなく事情は理解してきた。でもその前に。

 

「ちょっと。試召戦争を仕掛ける側の礼儀として顔くらい見せてくれたっていいんじゃない?」

 

私は立ち上がって霧島さんに近ずきながらそう言った。これから戦うクラスの一員の顔を一目見たかったからだ。

 

「…………いいわ。本当はだめなんだけど特別よ。」

 

そう言って彼女はフードを取った。

 

 

 

 

 

 

思わず息を呑んだ。茶色のロングヘヤーで恐ろしく整った顔立ち、肌もとても綺麗で白くきめ細やかだ。もうここまで美しいと芸術と言わざるを得ない、そんな女性だった。

 

「…………この人を雄二に合わせたらダメ」

 

隣の霧島さんが何か小さな声で呟いていたが、驚きと動揺でうまく聞き取れなかった。

 

「……で?何で私たちAクラスに試召戦争を仕掛けようとしたの?」

 

女性の私でも彼女の美しさにドキドキしている。だが目の前にいるのはこれから戦う敵同士なのだ。そして何故Aクラスと事を構えるのか?そんな疑問をぶつけた。

 

「主席のわがままみたいなものよ。一回、召喚獣同士の戦いをしてみたい。ちょっとした好奇心かしらね?」

 

とんでもないほど試召戦争をする理由は軽いものだった。

 

「と言ってもーー」

 

Rクラスの女性が思い出したような口調で話を繋げた。

 

「安心していいわ。今回の私たちの目的は試召戦争にあるから、あなたたちが負けても教室の設備を落とすなんて事はしない。だけどあなたたちが勝ったらRクラスの教室をあなたたちにゆずる。これでどう?デメリットが一切無いなんて魅力的な話だとおもわない?」

 

魅力的どころかとんでもない破格の条件だった。私たちは失うものが一切無いのにRクラスの設備というこの学校の生徒のほとんどがのどから手が出るほど欲しいものが手に入る可能性が出てきたということになる。

 

「よっぽど自信があるのね」

 

思った事をそのまま口に出した。

 

「あたりまえじゃない。といっても必ず勝つ勝負なんて正直面白くもなんとも無い。だからあなたたちにチャンスをあげる。サービスよ」

 

「どんなサービスかしら?」

 

「ふふっ、それは当日のお楽しみ♪明日の試召戦争楽しみにしてるわ。あっ、そうそう」

 

教室を出ようとしたRクラスの女性がいきなり足を止めた。

 

「麻名明葉よ。あなたは?」

「……木下優子」

 

名前を名乗ると麻名さんは微笑みながら、

 

「霧島翔子さん。木下優子さん。そしてその他のAクラスの皆さんさようなら。明日、がんばってね」

 

ウィンクをしながら教室を出て行った。その姿がとっても綺麗でしばらくボーっとしていた。それは私だけでなく、他の生徒たちも同様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!春咲さん!無茶振りすぎるよ!」

 

Aクラスの教室を出て今でも心臓がバクバクいってる。なぜかというと春咲さんが所々で「次は楽しそうな感じで」とか「教室出るときにウィンクしてください」なんて命令をとばすからだ。いきなりの命令に瞬時に対応しないといけないのでいつ間違ってもおかしくない。しかもいつも余裕を持っているみたいなキャラ設定なので外面と内面の差でおかしくなりそうだった。

 

「ふふっ、まあいいじゃないですか。これで当初の目標は達成しました」

 

今ので春咲さんが楽しんで僕に無茶振りを振っていたことが分かった。実際、問題一つ起こらなかったので結果オーライってことにしとこう。今、Rクラスは春咲さんに僕、そして麻名明葉と存在しない学年次席。最低、計4人いる事になっているはず。まだ僕がRクラスにいる事は知られていないが、試召戦争には僕が出るのだから問題ない。

 

「これで後はAクラスに勝つだけになるけど勝てるんだよね?点数を一覧見たけど300点台ばかりでかなり手ごわいよ。正面からじゃ難しいと思うけど」

 

「考えてはいますが成功するかはその場の状況しだいです。ですが安心してください。私は勝てない勝負はしない主義なので」

 

自信満々の言葉を聴いて僕は安心した。

 

「では通信を切ります。私は疲れたので少し寝ます」

 

今ので疲れたって、散々僕で遊んだくせに。そう思って思わず一人苦笑する。僕も帰ったら少し寝ようかな?なんて考えながら自分のクラス教室に向かった。余談だが声が変わる薬の効力が切れるまで明久は教室に入れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~試召戦争当日~

 

 

 

「では、作戦どおりに行動を」

 

春咲さんの言葉を受けて僕は一人二年生の階より一つ下の階に待機している。状況を整理すると、AクラスとRクラスがある階には春咲さんとAクラス大隊が正面衝突。それを挟むようにその上下の階には裏をかかれないためのAクラス3人ずつの小隊がいて僕は下の階にいた。

 

「試召戦争開始5分後まで待機。」

 

曲がり角に身を隠してAクラス小隊の三人を見ながらそう呟いた。作戦では5分後にある位置であの三人と勝負しなければならない。上の階では春咲さんが上の階でAクラスの大人数と対峙している。

 

春咲さんは大丈夫と言っていたけど正直心配だ。召喚獣を扱うのには並みの集中力が必要だ。確かに春咲さんは集中力、点数共にずば抜けているけど、流石にあの数を五分も耐え切るのはかなり難しいと思う。でも春咲さんが大丈夫と言ったんだから、それを信じて自分は作戦通りに動くのが今僕に出来る精一杯と自分に言い聞かせた。

 

「ハァハァ……。吉井君、時間です。勝負を仕掛けましょう」

 

「…………分かった」

 

春咲さんから通信が入って行動を開始する。通信からの声はかなりしんどそうだった。やっぱり何十体を、しかもAクラス相手には流石の春咲さんでもきついようだ。僕としては戦死してないのが不思議なくらいだ。

 

「先生行きましょう」

 

僕はさっき連れてきた長谷川先生と共にAクラス三人の前に現れる。それを見たAクラス三人が身構える。

 

「先生。Rクラスこま犬がーー」

 

こま犬?誰?と思うかも知れないがそれは当然僕のことだ。Rクラスでは以前説明した通り、試召戦争の際には姿を隠すためにフードつきのマントのようなものに仮面をつけて行動する。こま犬というのは僕が付けているその仮面がこま犬だからだ。ちなみに春咲さんはウサギである。

 

「私たち三人が受けます」

 

その瞬間ーー。

 

「「「えっ?」」」

 

召喚フィールドが消えた。

僕はそのすきに上の階に上がる。

 

この現象は召喚フィールドがある一定の距離で二つのフィールドが展開されるとそのフィールドが消滅する『干渉』というものだ。春咲さんが教えてくれたのだが、さすが召喚システム研究者の一人、こんな事まで知ってるなんて。そして僕が上の階に上がると春咲さんが日本史の先生とこっちに向かって走ってきている。その後ろには四十人近いAクラス生徒が春咲さん達を追っていた。

 

「春咲さん。バトンタッチだ」

「後は任せました。私は霧島さんを狙いにいきます」

 

僕と春咲さんがハイタッチをしたその時にはもう勝敗は決っしていた。

 

 

 

 

 

まずAクラスに勝つには“速攻性”が鍵を握る。人数が二人しかいない僕たちは長期戦は不利というか確実に負ける。最高で十五分が限界だ。だが僕と春咲さんが中央突破をしても試召戦争のルール上全員と戦って勝ってからフィールドを出ないと戦闘放棄となって失格になってしまう。でもそうだからといって僕たちが力ずくで行ったところで勝てる可能性は五十パーセントあるかないか。

 

結果的に勝った瞬間というのは、たとえ一対十だろうが二十だろうが春咲さんと霧島さんが一緒のフィールドでバトルが始まった瞬間勝ちなのだ。春咲さんならどんなに囲まれていようが一つのターゲットくらい仕留めてみせる。

 

それを実行するには、まず確実にクラス代表である春咲さんを狙うであろう大隊を春咲さんと一瞬でもいいから離すことだ。大隊を撃破する必要も無く春咲さんを霧島さんの元に行かせるためには『干渉』を使うしかなかった。上の階と下の階で干渉を起こすためには教師たちが綺麗に一直線になるように配置する事が必要なのだそうだ。もちろん偶然でそんな事が起こるわけないので自分たちでチェックしたところに教師を配置する。5分も僕が待ったのは干渉を起こした瞬間逃げれるようにゆっくりと春咲さんが移動するために必要な時間だ。春咲さんが逃げれる位置に移動してから干渉を起こし合流して教師を交換、これで春咲さんは点数を消費しない状態で霧島さんの元へと行ける。

 

 

さて、残りの僕の役目を終わらそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちのクラスは一人の人物を囲んで攻撃を与え続けている。これだけの言葉だけ取ればリンチしているように聞こえるが現実はそうではなかった。

 

「隙を与えたらだめ。皆で囲んで!」

 

私たちAクラス数十人を一人で相手している学年主席。ほんの数分前までこんな事になるなんて思ってなかった。

 

 

 

 

~数分前~

 

目の前に昨日現れた麻名明葉さんのような格好をした人物がいる。麻名さんより一回り小さいのとかわいらしいウサギの仮面をしていること以外はまったく一緒だ。彼女は学年主席、Rクラスのクラス代表。そして今は試召戦争真っ最中。となるとやる事は一つ。

 

「先生、私たちAクラスがーー」

「Rクラス、ウサギが受けます」

 

なんでもRクラスは試召戦争中は皆あんな格好で勝負をするそうだ。見分け方は身長と仮面で判断するしかない。まったくなんでこんな事をするのか私には理解できない。しかし次の瞬間そんな事を考える暇は無くなっていた。

 

 

 

 

日本史

 

 

Aクラス 平均310点×約40人

 

 

 

      VS

 

 

Rクラス ウサギ  2247点

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「は?」」」」」」」

 

昨日、麻名さんが試召戦争を仕掛けた時と同じ反応をしてしまう?かく言う私も事実を受け入れられない。こんな点数は高校生が取れるはずもない。いや、歴史の教授でも無理だ。

 

 

私たちがあっけにとられている間にーー。

 

 

Aクラス 二名 戦死。

 

 

「くっ!皆、攻撃開始!数ではこっちが圧倒的に上よ!」

 

霧島さんにここの大隊の指揮を任された身。とにかくこの目の前にいるクラス代表を倒せば私たちの勝ちなのだ。最初に焦りはしたが、良く考えれば点数の総数ではこっちが大きく上回っている。普通なら勝てる。

 

そう、普通なら。

 

だが目の前の学年主席は普通ではなかった。Aクラス二人の刀が主席に飛んでくるのだがそれを彼、もしくは彼女が一つを自分の日本刀で受け、もう一本をすれすれでよける。そして流れるような動作でよけられたAクラス生徒に蹴りをいれると、同時に受けていた日本刀をもう一人のAクラス生徒から離し、蹴られた方を切り捨てた。私は目の前の事が信じられなかった。あのRクラス代表は点数が恐ろしく高いだけでなく、召喚獣の扱いまで長けているのだ。少なくとも、こんなに自分の体のように細かく召喚獣を扱える人は知らない。

 

「隙を与えたらだめ。皆で囲んで!」

 

私は今まで何でもこなせる優等生をやってきたのだ。木下優子が任された大隊だ。ここでへまをするわけにはいかない。相手は一人、なら攻撃する隙を与えなければいい。私の指示によって大量の攻撃が主席に飛んで行く。思ったとおり主席は攻撃を一切しなくなっており避けるのに必死だ。だがあの量の攻撃をほとんど避けて続けている召喚獣の扱いとその集中力には驚かされる。でも直撃はしないものの攻撃はかすっているため点数は徐々に減っている。

 

(……いける)

 

そう思った矢先だった。

 

 

 

 

 

え?フィードルが消えた?

 

その隙にと今まで相手をしていた主席がAクラス生徒たちを後にして先生と走り去って行った。

 

(いつの間に!)

 

急いで皆に指示を出して追いかける。そんな時、目の前に同じ服装をした犬の仮面をした人物が間に割って入り現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の目的は干渉を起こす事と春咲さんを追いかける大隊を足止めもしくは戦力を減少させる事だ。大隊全員が僕に勝負を挑んでくれると助かるのだが、たぶん戦力を割って半分を僕に、もう半分を春咲さん追跡に回す可能性のほうが大きい。

 

「佐藤さん、あなたに半分あずけるわ。私はもう一人を追撃」

 

「分かったわ」

 

予想通りだ。後は僕が時間稼ぎをするだけ。木下優子さんは大隊の半分を連れて僕の横を通って進んで行った。

 

「さて、早速ですが……」

 

佐藤さん達が僕に勝負を仕掛けようとする。

 

「ちょっと待って」

 

僕がそれを阻止する。ここで吉井明久がRクラスにいる。という事を証明しなければ。

 

「自己紹介をさせてよ」

 

「こんな格好になってまで姿を隠しているのに今更自己紹介ですか?」

 

佐藤さんの言い分が正しい。でもしょうがないんだよ。春咲さんがそうしろって言うから。

 

「まあいいじゃないか。僕も仮面を取るからさ」

 

そう言って僕は仮面に手をかける。

全員がこれを黙って見ていた。

 

「あなたは……」

 

「あれ?僕のこと知ってるの?」

 

佐藤さんとは初対面だと思うけど。

 

「ええ、有名ですよ。いい意味ではありませんが」

 

ああ。学園史上初の観察処分者って意味か。

 

「なぜあなたがRクラスにいるのですか?」

 

まあ、そう思うのが普通か。観察処分者なんてバカの代名詞だからね。

 

「何でだろうね?気がついたらそうなってたよ」

 

と言うか先生も驚いてるとは。西村先生が知ってるから先生は皆知ってるのかと思ったんだけど。

 

「そんなことはどうでもいいんじゃない?今は試召戦争中だよ」

 

「…………そうですね。いきます!私たちAクラスがーー」

 

さあ、今までの成果見せてやる。

 

「Rクラスこま犬が受けます」

 

 

日本史

 

 

Aクラス 平均190点×約20人

 

 

      VS

 

 

Rクラス こま犬  731点

 

 

 

「そんな……」

 

「ありえない」

 

「観察処分者だろ吉井って」

 

そんな感想が聞こえてくる。少し前まで学校を代表するようなバカがいきなりこんな桁外れた点数を取ったんだ。驚くだろう。しかも朝から晩までとはいえ僕が勉強したのは一週間だ。なぜそれだけの期間でこんな点数が取れるのかというと大きな理由は二つある。それはこの一週間日本史しか勉強してないからだ。なぜ日本史にしたかというと暗記教科だからだ。英語や数学はどんなにがんばろうが日々地道に勉強して積み重ねないと点数は上がらない。それに比べ日本史は暗記科目なので短期間で点数が上がるというわけだ。だから今日本史以外はFクラス並のままなのである。それに作戦では一教科しか使わないので問題はない。あともう一つはただ単に春咲さんが教えるのが上手いと言う事だ。恐ろしく早いスピードで教えていくのだが、不思議と頭に入って行く。魔法でも使ってるのか?とまで言いたくなる。とにかく、そんなこんなで今に至るというわけだ。

 

「ひるんではだめ!さっきのように囲んで攻撃して」

 

いっせいに僕に飛び掛ってくるAクラス生徒たち。だが動きが単純すぎる。僕は観察処分者だ。だから人より召喚獣の扱いが上手い。しかしそれでも実は春咲さんの方が召喚獣の扱いも上手いのだ。なんでも召喚システムの研究者なのでよく自分でフィールドを出して召喚獣を操作しているかららしい。

 

ふと飛んできた相手の太刀をかわしきり、こちらに向かって来た生徒を逆に切り返す。

 

凄い、点数が高い召喚獣ってこんなにも動きやすいんだ。春咲さんが敵の点数を減らしてくれたこともあって次々にAクラス生徒を補修送りにする。だが敵の数も圧倒的に多い。それでもひたすら剣を振り続け、気づいた時には敵も片手で数えるほどになっていた。突っ込んでくる三人を回転すると同時に切りつける。一気にその三人を補修送りにしたが僕も攻撃に当たってしまった。

 

「後は君だけだよ佐藤さん」

 

「…………そのようですね」

 

 

日本史

 

 

Aクラス 佐藤美穂 376点  

 

 

      VS

 

 

Rクラス こま犬 197点

 

 

佐藤さんは春咲さんとの戦闘で負傷していなかったようだ。二倍近い点数差ができてしまった。だがここを僕は任されたんだ。一人だろうとこれ以上とうさせはしない。

 

二人同時に駆け出す。佐藤さんの刀と僕の刀がぶつかる。その瞬間位置をずらして佐藤さんの後ろにまわる。そして、払うように後ろに太刀を振る。それを間一髪で佐藤さんが避ける。

 

「すごいね今のをを避けるんだ」

 

「たまたまですけどね」

 

「いや、十分すごいよ」

 

佐藤さんが走り出し、僕の頭を狙って突きを放つ。それをぎりぎりで刀で受け、蹴りを二回入れる。

 

「くっ、さすが召喚獣の扱いがうまいですね」

 

「主席ほど上手くはないよ」

 

 

 

Aクラス 佐藤美穂 232点  

 

 

      VS

 

 

Rクラス こま犬 197点

 

  

 

「次で決めましょう」

 

佐藤さんの提案に僕は無言で頷く。

 

佐藤さんが刀を上に構える。

僕は居合いのように下に構える。

 

二人が全力でかける。

勝負は一瞬で決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けてしまいましたね」

 

「僕も危なかった。でも楽しかったよ。ありがとう」

 

「こちらこそありがとうございます。私も楽しかったです」

 

佐藤さんが手を差し出してきた。握手をしよう。と言う意味だろう。僕がそれを握り返した。その時、先生から試召戦争が終わったと連絡が入った。

 

 

 

 




春咲の点数がいまいち分からないので、ええい、適当にやってしまえ!

ってことでこの点数にしましたがどうなんでしょうね?
設定では世界トップクラスにしていますが、世界トップクラスの点数の目安が分からなかったのでこんな感じにしました。

あと個人的には明久の点数が高すぎるか?ともおもっているのですがよければ感想お願いします。


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明久、命の危機!

春咲だけ点数の修正をしました。(少し高くした。)
また不都合などがあったら変更しますが、今のところこの点数でいこうと思います。



試召戦争が終わった後、僕はAクラスの教室に来ていた。と言うのも、今回の試召戦争での戦後処理をすると言う必然的な理由である。。

 

「さて、AクラスとRクラスの試召戦争は僕たちの勝ちだよ」

 

「…………分かってる。でも私たちには何もデメリットは無いはず」

 

「その通り。今回は主席の自己満足だからね」

 

僕の言葉を聴いて霧島さんは安心したように小さく息を吐く。クラス代表としての責任を感じているんだろうな。

 

「でも吉井君がRクラス生徒の一人だったなんて驚いたな」

 

工藤さんの漏らした言葉に皆同意している。普通はそう思うよね。僕もAクラス視点だけで見たらビックリしていたに違いない。

 

「まぁ成り行きでね」

 

「いや、そんな謙虚にしなくていいんだよ。佐藤さんから聞いたけど吉井君はすごい点数だったって。実力でRクラスに入ったんでしょ?」

 

「う~ん。まあ、どうだろうね」

 

全然違うが否定しても信じてくれそうに無いし、何より僕も一応Rクラスの生徒なのだからそういうことにしといた方がいいと思うので肯定しようとしたのだが、後ろめたさから曖昧な受け答えになってしまった。

 

「じゃあさ、吉井君が学年次席ってこと?」

 

「違う、違う。僕なんかが次席なわけないじゃん。僕はRクラスで一番点数が低いんだよ」

 

嘘は言ってない、全て事実だ。

 

「ってことはあのレベルの点数を持った生徒が最低四人もいるの?とんでもないわね」

 

「それに今気付いたけど麻名さんが言ってたサービスって吉井君と主席だけで戦ってあげる、って意味だったのね」

 

言いながら木下さんは肩を落とした。周りも今気がついたようで、Aクラスの生徒たちは皆少なからずショックを受けているようだ。そりゃそうだ。半分以下の戦力でコテンパンに負けたんだから。でもこれでやっと目標は達成した。いい感じに思い込んで勘違いしてるし、僕も教室に帰ろうか。

 

「じゃあね、Rクラスはあまり見かけることは少ないかも知れないけど、これからもよろしく」

 

「…………うん。またいつか。今度は勝つ」

 

霧島さんは力強くそう宣言した。

 

「また勝負する気なの?」

 

こくんと霧島さんは頷きだけで返答する。

 

「…………流石にくやしい。それに目標があった方が良い」

 

「そうよ、こっちが勝つ番よ」

「次は保健体育の勝負をしたいな」

「首洗って待ってろよ」

 

Aクラス生徒による様々な宣戦布告が弾丸のように飛んでくる。どうかな?僕としては楽しかったからもう一回やってもいいんだけど、拒否権があるからそれは春咲さんしだいだ。僕はまだ鳴り止まない声に、苦笑しながらAクラスの教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまです。どうでした?」

 

教室に入ると春咲さんが出迎えてくれた。そこは間違いなく自分の領域(テリトリー)であり、そんな光景に僕は思わず大きく息を吐きながら、そっと肩の力を抜いた。

 

「完璧だよ。後はこの事が広まって事態の収拾を待つだけだね」

 

「それは良かったです」

 

春咲さんはにっこりと微笑む。

 

「そうだね。春咲さんの望んだ結果になったらいいね」

 

「はい。あっ、私お腹すきました。今日のお昼はなんですか?」

 

「う~ん、そうだね。春咲さんは何が食べたい?」

 

「そうですね。私の気分的には……」

 

こんな何気ない会話しかまだ出来ないが、僕はそれで十分満足だった。

 

 

「あっ、お昼を食べたら勉強しますよ」

 

「えっ、まだあんな事続けるの?」

 

「はい、本来学校での授業分の時間はしますよ」

 

 

……………………マジで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にしてAクラスとRクラスの試召戦争後日の午前。その時刻、Fクラスの教室は凄いことになっていた。どう凄いかというと、とにかく殺気が凄い。

 

「吉井が何でRクラスなんかにいるの?しかもすっごい美人と一緒にいるですって!今すぐ死刑よ死刑!」

 

「これより異端審問会をはじめる!異端者は?」

「「「「「「「「「吉井明久!」」」」」」」」」

 

「異端者には?」

「「「「「「「「「死の鉄槌を!」」」」」」」」」

 

「男とは?」

「「「「「「「「「愛を捨て、哀に生きるもの!」」」」」」」」」

 

 

 

 

「どうしてこうなった?」

 

坂本雄二は頭を抱えていた。原因など今更言う必要は無い。あえて簡単にまとめるなら昨日AクラスとRクラスの試召戦争があったのだが、それにより明久がRクラス生徒だということが判明した。それだけならいい、予想していた範囲内だ。何が予想外にFクラスをここまで駆り立てたのかというとそのRクラス生徒の中にとんでもない美女がいるそうだ。そう、それだけでこんな状況が出来上がってしまったのだ。

 

主戦力の姫路まで影響を受けるとはな。

 

「ふふっ、吉井君。お仕置きですよ~。大丈夫、痛みは一瞬で無くなります。すぐ楽になりますからねぇ~」

 

なんかよく分からない事をぶつぶつと呟いている。まともなのは俺と秀吉だけだ。

 

「雄二、どうするのじゃ?」

 

「…………どうするも何もこんな状況じゃ試召戦争なんか起こせるわけないだろ」

 

一週間前くらいにDクラスとの試召戦争に勝利し、Bクラスに挑もうとしたところ、いつの間にかRクラスを倒そうという風潮ができていた。そのせいで『Rクラスにしか試召戦争を仕掛けてはいけない』という暗黙の了解が確立してしまっていた。どうしたものかと考えていたが、なんとRクラスがAクラスをたった二人で撃破。これにより、全てのクラスが戦意喪失。風潮が消え、やっとBクラスに挑めると思った矢先にこれだ。頭も抱えたくなるだろう。

 

だが俺はこんなとこで諦めるわけにはいかない。何のためにFクラス代表になったと思ってんだ。こうなったら……。

 

「おい、お前ら……」

 

「死刑よ、死刑」

「「「「「「「「「異端者には死を!」」」」」」」」」

「ふふっ、吉井く~ん」

 

ちっとも聞いてないな……。

 

 

「聞けぇーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「「「「「「「「「「「………………。」」」」」」」」」」

 

やっと聞いたか。

 

「はぁ……。お前らの気持ちはよく分かった。なら俺たちでRクラスを、吉井明久を倒そうではないか!」

 

「「「「「「「「「よっしゃーーーーーーーーーー!まかせろぉーーーーーーーーーーー!」」」」」」」」」

 

すまんな明久。だがこれしか方法が無かったんだ。さて、FクラスがRクラスに勝てる可能性は無に等しが、何もしないまま目的から手を引くのは俺の主義じゃないんだ。あがくだけあがいてやるさ。

 

「雄二よ、大丈夫なのか?」

 

「ははっ、十中八九大丈夫じゃねえな。すまんな、巻き込んで」

 

「何を今更」

 

俺はRクラスに宣戦布告するべく教室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時限目の授業が終わって僕は一人教室で休んでいた。朝の清々しい空気が僕を体の中から洗い出しているように錯覚させる。

 

「吉井君。少し来てください」

 

そんな時だ、扉が開いて春咲さんが入ってくるなり僕を呼んだ。どうしたのか?と疑問に思ったが着いてこれば分かる。と言われたので大人しくついて行った。で、どこに着いたかと言うと、この間見せてもらった研究室だった。春咲さんが初めてここに来た時のように液晶の電源をいれた。

 

「……雄二?」

 

なんとそこには僕の悪友、坂本雄二が突っ立っている場面が映っていた。というか雄二が立ってる場所ってRクラスの教室の前じゃないのか?

 

「春咲さん!どう言う事!?」

 

「くだらない理由過ぎて説明する気にもなりません。詳しくは本人に直接聞いてください。その方が吉井くん的にもいいかと」

 

「分かった。行ってくるよ」

 

なんで雄二がRクラスに用があるか分からないが、困った事があるならなるべく力になってあげたい。

 

「雄二!」

 

ゴンッ!

 

んっ?

 

「うがぁぁぁああぁぁあぁぁぁーーーーーー!」

 

思いっきり扉を開けて出たので扉の前にいた雄二が吹っ飛んでしまった。

 

「明久てめぇーーーーーーーー!」

 

「ごめんごめん。雄二が扉の前で突っ立てるから」

 

「くっ、まあいい。俺にも非があった。それにどうやって中に入ろうか迷ってたところだしな」

 

教室に入ろうにも鍵がかかってたらそうなるよね。

 

「雄二、なんか用事があるんじゃないの?」

 

「ああ、そうだ。実はなーー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーーーーーーーー?!試召戦争を申し込みにきた?何でまた!?」

 

「お前のクラスに美少女っているか?」

 

美少女?そりゃ、もちろん春咲さんがいるよ。

 

「うん、いるよ。しかもとんでもない美少女」

 

「そいつとお前はクラスメイトだろ?理由はそんだけだ」

 

いや、全く理解できないんだけど。

 

「要するにだ。お前に嫉妬したFクラスの連中がお前を殺そうとしている」

 

「何その理由!?理不尽すぎるよ!」

 

それだけ!?それだけで僕は命を狙われるの!?

 

「ああ、実にすまないがこうしないとAクラスに勝てないんだ」

 

「Aクラスに勝つ?」

 

「ああ、それが俺の目標だ。その前にBクラスと一戦交えないといけないんだが、お前への殺意でそれどころじゃない。だからお前がいるRクラスに勝って怒りを発散させた後Bクラスに挑む」

 

そんなバカなれ僕が命を狙われているというショックで立ちつくしていた時、奇っ怪な電子音が僕の携帯電話から鳴った。画面を開き見てみると、その呼び出しは春咲さんからだった。僕は雄二に一言いれてその呼び掛けに応答し、携帯を耳に押し当てる。そしてそこから聞こえる開口一番の言葉はこうだった。

 

「吉井君、その試召戦争受けましょう」

 

「嫌だよ!自殺しに行くようなもんじゃないか!」

 

流石に無理だ。命が惜しい。

 

「大丈夫です。勝負はあくまで召喚獣同士のバトル」

 

「いや、全然大丈夫じゃないよ!僕にはフィードバックがあるからね!」

 

「フィードバックじゃ死にません。それに日本史なら吉井君は負けませんよ」

 

「でも……」

 

「それに友人が困ってるのを助けなくていいんですか?」

 

「うっ!」

 

そういわれたらどうしょうも無い。

 

「では、少し吉井君の友人さんに代わってください」

 

「大丈夫なの?声を聞かせて」

 

「ボイスチェンジャーを通してしゃべるので問題ありません」

 

「…………分かったよ」

 

僕は耳に付けていた携帯電話を離して、雄二へと再び向き直る。

 

「雄二、Rクラス代表から話しがあるそうだよ」

 

「なに!?」

 

驚いた顔をした雄二に僕の携帯を握らせる。そこから三分くらいたって話が終わったようだ。電話を切って僕に携帯を返してきた雄二が真剣な様子で口を開いた。

 

「明久、お前のクラス代表何者だ?」

 

「さあね。僕もあまり知らないんだ」

 

「…………そうか」

 

まだまともにしゃべってくれて一週間くらいしかたってないしね。そういえば何を話してたんだろう?

 

「で、どうなったの?」

 

「それは教室に帰ってからお前んとこのクラス代表に聞け。じゃあな明久、生きてまた会おうぜ」

 

「不吉なこといわないで!」

 

僕は急いで教室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春咲さんどうなったの?」

 

リビングでお茶を入れている春咲さんに飛びつく勢いでたずねた。僕の生死を分ける問題だ。

 

「とりあえず落ち着いてください」

 

そう言って僕の前に紅茶が置かれる。

 

「…………ありがとう」

 

少しだけ口にする。いい香りがして体が温かくなる。

 

「落ち着いたようですね」

 

「うっ、ごめん」

 

「ふふっ、試召戦争の件ですが、受ける事にしました」

 

「…………やっぱり?」

 

 

予想していたがかなり気が重い。

 

「しかも吉井君一人で♪」

 

「ちょっと待ってーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

僕は喉が張り裂けんばかりにそう叫ぶ。しかし当の春咲さんは、何が問題なのか分からないと言った風に首をこくりと横に倒した。

 

「いやいや春咲さん!僕一人!?これじゃ本当に自殺しにいくようなものだよ!」

 

「仕方ないじゃないですか。これしかFクラスの殺意を抑える事は出来ません」

 

仕方なくない!普通は人命を優先すべきだ!

 

「さっきの電話で坂本くん、でしたっけ?その人と話し合った結果、取引をしました」

 

「どんな取引?」

 

「Rクラスを勝たせる代わりにBクラス、そしてもしBクラスに勝ったらAクラスとも試召戦争を出来る権利と引き換えです」

 

「そんなこと出来るの?」

 

「学園長に掛け合います……吉井君が

 

「え?今なんて?」

 

「いえ、何でもないです。とにかく出来ます。後はFクラスの殺気を消す事ですが、それもどうにかなるでしょう」

 

「…………なるの?」

 

「はい」

 

「ほんとに?」

 

「たぶん」

 

「春咲さん大好きだぁーーーーーーーーーーーーー!」

 

ちゃんと僕の事まで考えてくれてるんじゃないか。君は命の恩人だよ!

 

「きゃっ。ちょっと、離れてください!何で抱きついてくるんですかちょっとーーーー!」

 

感動がこときれるまで僕は春咲さんに抱きついていた。

 

 

 

 

 



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Fクラス戦と決意

いや、一年位待たせてしまってすみません。
もうそれしか言えないです。
というか皆さん優しいですね。
元々この二次小説、お試し感覚で適当に書いてたんですがここまで待ってくれる人がいるとは思いませんでした。本当にありがとうございます。
これからは遅いなりにボチボチ投稿していくので暇があったら適当に読むくらいでお願いします。
行き当たりばったりで投稿しているので、矛盾点や誤字などご指摘してくださったら直します。
では本編です。


今、Rクラスの教室で僕と春咲さんは向かい合っている。Fクラス戦での作戦会議のようなものをするためだ。

 

「今回の試召戦争は私達で少し違った戦い方を決めました」

 

「違った戦い方?」

 

「そうです。戦略も何もない正面衝突です」

 

「本当の(いくさ)みたいだね」

 

思わず苦笑してしまった。

 

「その方が早く終わりますし、どっちのクラスもスカッと、禍根を残さないと思うんです」

 

「逆に深い因縁を刻み付ける結果にならないかな?」

 

僕はふと思い浮かんだ疑問をそのまま口にした。

 

「はい。そこでFクラスを吉井くんが説得して欲しいんです。それならば問題ありません」

 

「え、どういうこと?」

 

「今は頭が沸騰してFクラスの皆様は冷静になれていませんが、一回戦いが終わったら冷静になるはずです。そこで吉井くんがFクラスの方々を説得して欲しいんです」

 

「僕の言葉なんて耳を傾けると思わないけど……」

 

「大丈夫です。確かに吉井くんがやられてしまったら難しいかもしれません。ですが、吉井くんが勝てばきっと話を聞いてくれますよ」

 

「……信じていいんだね」

 

「はい、心理学的な推測から「違うよ」…え?」

 

「春咲さん自身を信じていいんだよね」

 

僕の言葉を聞いて一瞬ポカンとしていたが、それからどうしたらいいか分からないと言った様にうつ向いてオロオロしだした。少し手応えを確認してみたけど、まだそこまで信用されてないってことなのかな?

 

「ごめんごめん、なんか春咲さんに振り回されてばかりだったから仕返しがしたくてね。思ったより驚かせちゃったね」

 

またもやポカンとして、今度はホッとしたような感じで前を向いてくれた。春咲さんの狼狽する姿なんて初めて見たけど、なかなか面白いかもしれない。

 

「そうだったんですか。そういうのにはあまり慣れていないので止めてください」

 

「悪かったよ。でも後悔はしてない!」

 

「してくださいよ!」

 

そう言って春咲さんは、むぅと膨れた感じに怒ってしまった。それから、機嫌を直すのにかなり時間が掛かってしまったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の今の状況を指し示す言葉があるなら前方に白ひげ、後方に赤髪、左にビッグマム、右にカイドウである。とにかく、いい感じにヤバイということだ。ほんの三十分前、指定された場所に(おもむ)くと、いきなりとんでもない殺気が僕を襲った。冷気……いやブリザードと言ってもいいくらいの殺気だ。それから教科を決めるために箱から紙を引いて、指定教科は日本史になった。春咲さんが手を回してくれたんだろう。

そしてついに、定位置について始まりの合図が鳴った瞬間、周りを囲まれて逃げ場を失った。それが今の状況だ。しかし誰も一言も話さないとは。なんと恐ろしい。さらに数と言うのは偉大なもので、この人数に囲まれて敵意を向けられるとある種の本能的な恐怖感を抱いてしまう。本当にこの人数、しかも学年トップクラスの姫路さんもいるのに勝てるのだろうか ?春咲さんが言うには、二年生になったばかりなのでまだ実戦慣れしていないから大丈夫だそうだが……。

チラッと周りを見た。後ろの方で雄二と秀吉が苦笑いをしている。二人だけはこの戦いが不本意なのがわかる。 さて、そろそろ来る頃だね。

 

 

 

始めに動いたのはFクラスのメンバーだった。前後左右から一人ずつ突っ込んで来たがこれを明久の召喚獣が太刀を一ふりだけして吹き飛ばした。それを見たFクラスの面々は驚いた様子でどよめいた。

 

 

「僕がRクラスの生徒だってこと忘れてない?」

 

 

 

 

 

 

日本史

 

 

Rクラス こま犬 731点

 

 

 

 

 

 

周りがAクラス戦の時と同じような反応をする。

 

「油断してるとすぐに全滅させちゃうよ?」

 

 

 

明久が言い終わるやいなやFクラス生徒が全員で突っ込んできた。そうして戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

囲まれないように大きく動きながら召喚獣を戦わせる。Aクラス戦の経験者としてはこの程度何の問題もない。Fクラスの召喚獣の攻撃を避けながら一発撃ち込むだけでライフは全損する。だがそこに無視できない人物が現れた。

 

「覚悟しなさい吉井!あんたを滅多刺しにしてあげるわ」

 

僕をサンドバッグかプロレス技の練習をするための人形のように扱う人物だ。そんな僕の天敵とも言えないでもない彼女をーー

 

 

 

 

日本史

 

 

Fクラス 島田美波 52点

 

 

 

 

 

 

「きゃーーーー!」

 

剣もろとも切った。現実なら身体中のありとあらゆる腱を切られていたが、十倍以上点数の差がある召喚獣同士の戦いでは流石に僕が勝った。始めの強敵(?)を倒したのもつかの間、次の瞬間には二つの人影が僕を襲ってきた。

 

「…………明久覚悟」

 

「すまんのう明久」

 

ムッツリーニと秀吉だ。二人とは一年の頃によく一緒にいた。

 

 

 

日本史

 

 

Fクラス 土屋康太 78点

 

Fクラス 木下秀吉 83点

 

 

 

 

 

 

 

ははっ。最近の会ってなかったけど二人とも相変わらずだね。僕は一気に距離を詰めて素早く二人を両断する。

 

「速い!」

 

「まぁ、こうなるじゃろうな」

 

二人を倒してもどんどん敵はやって来る。

 

「喰らえ吉井!」

「おとなしく殴られろ!」

「地獄に落としてやるぜ!」

 

僕は飛び出してきた須郷くん達を横一閃で切っていく。だがそこに熱線が飛んできた。これは、恐らく腕輪の効果だ。春咲さんが渡してくれた資料にあった攻撃。Fクラスでこの教科でも腕輪が使える人物は一人しかいない。

 

「吉井君、大人しく焼かれて下さい」

 

「それはちょっと勘弁してもらいたいな、姫路さん」

 

姫路さんは実質学年二番目の実力者だ。振り分け試験の時に熱によって途中退室したからFクラスになってしまったけど、本当はAクラストップレベルの学力を持っている。

 

 

日本史

 

 

Fクラス 姫路瑞季 389点

 

 

 

 

流石は姫路さん。他の人とは比べ物にならない点数だ。腕輪を使ったせいで三百点台になっているが使う前なら四百点を越えていただろう。そもそも腕輪は四百点を越えないと発動できない。これは早めに倒しておかないと後々厄介になる。いくらか攻撃は()らったが、それでも点数はさっきから殆ど減ってない。これなら勝てる。

 

均衡状態がしばらく続いた後、姫路さんが突っ込んで来たのでそれを正面から受け止める。剣が交差する。でも、こちらの方が点数が高いから力では負けないはずだ。押しきろうと力を入れたら、姫路さんは危機を察知して後ろに退いた。だけどそうはさせない。一気に距離を詰めて追い討ちをかける。最初の一撃は防がれたけど二回目を速く叩き込んで一撃喰らわす事が出来た。が、この点数では一撃で倒すのは無理だ。

 

 

 

日本史

 

 

 

Fクラス 姫路瑞季 237点

 

 

 

 

しばらくにらみ合いが続いたが、姫路さんが突進してきて剣と剣のぶつかり合いが始まった。隙を見せたら切られる。だから、そのまま姫路さんの剣を自分の剣と一緒に上に上げて蹴りを入れた。後ろに姫路さんの召喚獣が飛ばされて、それに合わせて僕は自分の剣を投げた。それは回転しながら姫路さんの召喚獣の眉間に刺さった。流石にこれには耐えられずに姫路さんの召喚獣が消え去る。強敵だったけど伊達に観察処分者やってる訳ではい。点数も姫路さんを上回っているぶん、負ける要素はなかった。姫路さんと言う一番の難関を突破したので、その先は楽に倒すことが出来た。

残るはーー

 

「まさかお前がここまで強くなってるとはな、ビックリだ」

 

「Rクラス生徒だからね。これぐらい強くないとダメなんだよ」

 

「はっ、言うようになったじゃねぇか」

 

Fクラス代表 坂本雄二

 

「いくよ」

 

「来やがれ」

 

すぅ、と息を吸い一拍おいて僕は叫んだ。

 

 

「くたばれ雄二ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ、明久!」

 

 

二つの小さな影が交差して、一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立っているのは一人で周りには何もない。その人物、この一人が勝者であることは誰の目から見ても明らかだった。

 

「僕の勝ちだよ。Rクラスの勝ちだ」

 

たった一人だけの勝者はこう言った。その勝者は誰でもない。吉井明久だ。

 

 

「そんな馬鹿な、この人数で負けたのか?」

 

Fクラス生徒の誰かがそう言った。

 

「僕はこれでもRクラスの一人だ。簡単には負けられないよ」

 

全員が唖然としている。未だにこの事実を受け入れられないのだろう。いくら点数が高いとは言っても合計点数では圧倒的に上回っていた。普通なら勝てた。だが、多対一での戦い方を明久はよく知っていた。人数を分離して最低三、四人単位で戦闘を繰り返していたのだ。大きな軍団から数人を引き離して倒していく。軍団のど真ん中で倒したとしてもすぐに次の敵がやって来るのを防いでいるのだ。召喚獣に慣れているからこそできる戦い方。それがこの状態を作り出した。

 

「ちょっと聞きたいんだけど……」

 

周りの様子を見て僕は切り出した。

 

「何でRクラスに試召戦争なんて仕掛けて来たの?」

 

分かってはいたがあえて聞いた。すると、またあの超高校級のブリザードが僕に襲いかかった。

 

「フッフッ、それはだな吉井。お前が……お前のクラスメイトの中にとんでもない美人がいると聞いたんだ!そんなこと許せると思うか!?なぁお前ら!」

 

答えるように肯定の声があがる。

 

「いや、そう言われても……なっちゃったものはなっちゃったんだし」

 

春咲さんと同じクラスになったのは僕がたまたま観察処分者だったからで…………ん?

いや、おかしくないか?春咲さんってここの生徒には、僕以外顔を見せたことないんじゃないかな?

情報漏れなんて春咲さんが許すはずないし。Rクラスにいるのって春咲さんと僕とあとは……。

 

思わず膝をついた。

 

そんな馬鹿な!もしかして彼らが言っている美人と言うのはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻名明葉じゃん!

 

 

嘘だろ!まさか自分自身が嫉妬の原因であり、その対象だとでも言うのか!そんなの意味が分からないよ!

 

もうこれは知っている人に聞くしかないと、僕はFクラスの方へと朦朧(もうろう)な面持ちで顔を向けた。

 

「えっと、その美人さんって誰か分かるかな?」

 

僕の言葉を聞いた、ある一人がガバッと立ち上がり宣言するように言った。

 

「それはこの文月学園のアイドル、麻名明葉!アキちゃんに決まっているだろが!」

 

「ガハッ!」

 

 

倒れた。倒れるしかなかった。予想はしていたとは言えこんなバカらしいことはない。それになんだ!文月学園のアイドルってのは!あとアキちゃんってなんだ!?本人の許可とってよ!

 

「…………なるほど。麻名さんのことね」

 

僕は産まれたばかりの小鹿のような足どりで立ち上がる。受け入れがたいこの事実を受け入れるしかないいや、むしろ利用すべきだ。そうだ!ふと、頭の中にある作戦が思い浮かんだ。もちろんこの試召戦争の原因を解消するための作戦だ。いけるかも、これなら!

 

「……ねぇ、麻名さんに会ってみたくない?」

 

「「「「「会いたいです!」」」」」

 

即答だ。

 

「連れてきてあげようか?」

 

その瞬間場の空気が変わった。

 

「流石は吉井先生、一生着いていきます」

「吉井、俺たち親友だよな」

「あとでジュース奢ってやるよ」

 

なんて現金な奴等なんだ。あからさまなポイント稼ぎ、分かり易すぎる。

 

「分かったよ。少しだけ待っててくれるかな」

 

呆れながらも、僕は計画を実行するため、そう言ってこの場から去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明久遅いのう」

 

秀吉は隣で難しい顔をした雄二に声をかけた。

 

「そうだな」

 

雄二はそれだけを素っ気なく返す。

 

「ふむ、どうしたのじゃ?何か気になることでもあるのか?」

 

しばらくの無言のあと秀吉の方をを向いてこんな質問をしてきた。

 

「明久のあの点数…。余りにも高すぎないか?」

 

「確かにそうじゃが」

 

「ほんの数ヵ月前までは筋金入りのバカだったのに今ではあの翔子より点数が上だ」

 

どうなってやがる……。

 

そう呟いた雄二に秀吉は何も言うことができなかった。手品のようないや、まるで魔法のような出来事だ。

 

「謎だらけで気味が悪いぜ、Rクラス」

 

これが無意識のうちに声に出した坂元雄二の本心だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明久がその場を去ってからどれくらいたっただろうか。少なくとも二十分以上はたっているだろう。Fクラスの何人かは明久が逃げたとまで言っている。そんだけ待たされれば無理もない話だが。

 

カッ。

 

靴音が響いた。全員がしゃべるのを止めて開かれるであろう扉を見た。ギィ、という音共に扉が開く。扉が開かれるとそこには白いフードコートに身を包んで猫の仮面を被っている人物が立っていた。その人物はそのまま部屋に入ってきてFクラスの少し離れた所で静止した。

 

「えっと、吉井明久の代理で来たのだけれど」

 

艶やかな声で言った。

 

「何をすればいいのかしら?」

 

皆が状況を読み込めない中、Fクラスの間を割って誰かが前に出て彼女の前に立った。

 

「Fクラス代表の坂元雄二だ。その格好をしてるって事はあんたもRクラスなんだろ?」

 

「そうよ。私はRクラス生徒の一人、麻名明葉。よろしくね、Fクラス代表さん」

 

その言葉に多くのどよめきが起こった。だが、雄二は動じなかった。半ば予想していたとおりだったからだ。

 

「明久があんたをここに呼んだんだよな?何の意図があるのかはわからないが」

 

「そうね、急用ができたから代わりに戦後処理をしておいてと言われたわ」

 

「なるほどな。あと、その仮面取ったらどうだ?窮屈そうだぞ。」

 

雄二が仮面を指差した。

 

「あら、そんなに私の顔が見たいの?」

 

「この戦いの火種だからな、そりゃ一回は拝んでおきたいな」

 

「でも、女性は秘密が多い方が魅力的というでしょ?」

 

「お前らの場合は秘密が多すぎんだよ」

 

「それもそうね。分かったわ、折角お知り合いになったんですものね」

 

明葉は仮面に手をかけた。しかし仮面を取ろうとした瞬間、坂元雄二は目の前から消えていた。そして、バタン!という音が後ろの扉から聞こえて、次の瞬間にそれは誰かの悲鳴に変わっていた。

 

「しょ………こ……?何で……が?ギャャャャャャャャャャャャ!」

 

なんか聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……坂元君はお取り込み中のようね」

 

麻名明葉は赤信号的な何かを察して雄二が消えた事を追及しなかった。

 

「さてと、気を取り直してこの戦いでのあなたたちの処遇を決めましょうか」

 

「待って!試召戦争の敗北者の取り決めは両クラスの交渉をもとにするんじゃないの?」

 

島田が割って言った。

 

「Rクラスは特別なのよ。Rクラスが他のクラスに試召戦争を仕掛けられて勝利した場合、一定の範囲内は一方的にあなたたちのペナルティを決めることができるの」

 

「そんなむちゃくちゃな」

 

「Rクラスには下手に手を出さない方がいいってことよ」

 

そうね……と頬に手を当てて言った。

 

「一週間、全教科の補修授業に出席するとかどうかしら?」

 

それを聞いてFクラスの面々は絶望の声をあげて提案者に慈悲を乞うた。

 

「あきちゃん、お願いします。それだけは止めてください」

「俺たちに慈悲を!」

「俺たちに愛をください!」

 

その言葉を待っていたと言わんばかりに明葉はすぐさまそれに返答した。

 

「仕方ないわね、一回だけチャンスをあげましょう」

 

「「「「「チャンス?」」」」」

 

Fクラス生徒全員の声が重なる。

 

「そうです。元々あななたちFクラスはAクラスに試召戦争するはずだったそうですね。でも、Rクラスに挑んで負けてしまいAクラスへの挑戦権が消えてしまいました。ですがーー」

 

「「「「「ですが?」」」」」

 

「私がAクラスへの挑戦権を今一度差し上げましょう。もしこれでAクラスに勝てたならFクラスのペナルティーは無しにしてあげます。負けた場合はーー」

 

「「「「「負けた場合は?」」」」」

 

ごくりとFクラス生徒が生唾を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄人先生とお勉強デートです♪」

 

 

「「「「「Aクラスをぶっ殺せ!」」」」」

 

Fクラスが団結した瞬間だった。

 

「あぁ、そうそう。坂本くんはいなくなってしまいましたが、折角こうして出会ったんですもの。顔くらいは見せてあげましょう」

 

そうして彼女はあっさりと仮面を外した。

 

「「「「「…………………。」」」」」

 

さっきまでの騒がしさはどこへ行ったのか。麻名明葉の素顔を見た者は皆静まりかえっていた。まるで火に水をかけたような静まり方だ。流石に予想外だったのか明葉自身、非常に困っている様子だ。

 

「えっと……感想は?」

 

テンパりながら彼女は言った、とっさに出た言葉なのだろう。そして返って来たのはーー

 

「「「「「結婚してください!」」」」」

 

男子勢全員のプロポーズだった。

 

「御免なさい」

 

それを打ち返す麻名明葉。崩れ落ちる男子勢。だがそこに女神の救いの手ーー

 

「あっ、でも上位クラスに挑んで倒しちゃう人って凄く格好いいわね」

 

に見せかけた小悪魔の罠が姿を現した。

 

「おらぁぁあぁ、何処だAクラスゥゥゥゥゥゥ!」

「俺が一人で倒してやらぁぁぁぁぁぁ!」

「Aクラスなんて余裕だおらぁぁぁぁぁ!」

 

この部屋の扉を吹き飛ばさん勢いで、殆どのFクラス生徒が出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅ、やっと終わったかな。Fクラス生徒が出ていった扉を見てやっと安堵を覚えた。僕に向かう殺気を一時的とはいえ反らせたし、FクラスがAクラス戦にやる気を出すことも出来た。麻名明葉になるための時間と、Fクラスの他クラスへ挑戦権を回復させるす許可をババアからとるのに時間がかかったけど、まぁ結果オーライということで。やること全部終わったし僕も部屋を出ようと扉に向かって歩き始めると……。

 

「待ってください!」

 

後ろから声をかけられた。振り向くとそこには二人の女子生徒がいた。島田美波と姫路瑞季。Fクラスの中で二人だけの女子生徒だ。

 

「あんた、吉井のことどう思ってるの?」

 

うん、どうしようか。何でこんな質問するんだろ?

麻名明葉=吉井明久って事を知らないんだろうからこんな質問をするんだろうけど……。

というか自分自身のことどう思ってるかって感じで答えるしかないかな。そうだな……僕って何ができたっけ?う~ん、すぐに出てこない。すぐに出てこないってことはそこまで大したことはできないってことかな。あっ、でも料理は人並み以上に出来るかも。まぁ適当に答えようかな。多分自分のことをどう思ってるかなんて奥の部分では皆わからないんだよきっと。だから適当に麻名明葉っぽく答えよう。

 

「吉井君ね。さして何もできない普通の人。学園史上初の観察処分者という意味ではある意味特別かも知れないわね」

 

高慢が板についたような台詞だ。

客観的に判断して麻名明葉っぽく言ってみたけど……なんというか、自分で言ってみて悲しくなるね。自分で自分自身の悪口を他人になりきって言うというのはなかなかできるものではない。すると、ギリッと言った具合に二人は強気な表情になった。

 

「貴方はそんな風にしか吉井君を見れないんですか?」

 

なんだろ?二人がやけに怒ってる様に見える。いや、確実に怒ってる。それもかなり。あんな二人を見るのは初めてかもしれない。なんか後ろに阿修羅が見える勢いだ。

 

「私は事実を言っただけよ。何を怒る必要があるの?」

 

何とか二人を落ち着かせようとこれまた麻名明葉っぽく言った。が、それは火に油を注ぐ結果となったようだ。

 

「あんたは吉井の本当の姿を知らないのよ!あいつは誰よりも優しいわ!」

 

「それに、格好いいです!他人のために自分の全てをなげうってまで助けようとしてくれます!」

 

「他にも運動神経いいし、何だかんだで話聞いてくれるし!」

 

「確かにちょっとおバカでエッチかも知れませんが、それも吉井君の魅力です!」

 

あまりの予想外の返答に固まってしまった。僕自身よりも僕の長所を多く見つけてくれてるなんて思いもしなかった。その長所が合ってるかどうかは僕にはよくわからないけど、とても嬉しかった。僕は他の人の良いところをどれくらい見つけることができるんだろうか?いつだっけ、少し前にそんな話をした気がする。

 

確か雄二と下校してる最中に子供たちが喧嘩をしてて僕たちが止めに入った時だった。サッカーをするかドッジボールをするかで揉めてたんだけど雄二は二つ一遍にやればいいだろって言って二つを混ぜ合わせたゲームをすぐさま考えてやらせたんだっけ。よくできていて、サッカーの要素とドッジボールの要素をうまく組み合わせて作ってあった。結局僕たちも参加して砂埃だらけになって、帰る頃には夕方だった。

下校を再開して、その途中で僕は雄二にそんなにすぐ考えが回るなんてちょっと羨ましいなって言ったら雄二はお前の方が羨ましいなんて言われた。どこが羨ましいのか聞いたら自分で考えろとか言って全然言ってくれなかったけど。

 

とにかく、雄二には雄二のいいところがあるし、島田さんには島田さんのいいところがある。勿論姫路さんにもあるし、秀吉やムッツリーニにもある。確かに他人の良いところ、羨ましいところなんて結構あるのかもしれない。でも、堂々と公言できるほどの自分自身の長所を探すのは案外できないのかもしれない。

そこで僕の唯一のクラスメイトが頭に浮かんだ。春咲さん、君は僕をどう思ってるんだろうか?そしてふと僕は春咲さんの事をどう思っているのかと考えた。だがあることに気づいた。僕は春咲さんを知らなさすぎると。どんな人なのか、好物はなにか、何でこんな生活をしているのかそれがわからない。

……帰ったらもう少し春咲さんと喋ってみようかな。

春咲さんの事がもっと知りたい、そしてもっと世界を知ってもらいたい。

でも、僕は世界を教えられるほど世界を知らない。

世界を語るにはあまりにも幼いし、それはあまりにも滑稽だ。

でも、自分が気づかない何かに気づかせてくれる存在を春咲さんは知らないと思う。傷つけあって、馬鹿にしあって、一緒に笑う存在を春咲さんは知らないと思う。

だから、そのちっぽけな世界位は知ってほしい。未だ目の前で怒ってる二人に僕は問いた。

 

「吉井明久はあなたたちにとって何なの?」

 

しばらく拍子抜けした顔になったが二人は見つめ合い、真っ直ぐこっちをみて力強く言い切った。

 

「友達です!」

「友達よ!」

 

僕と姫路さん達の間に静寂が訪れた。

にらみ合うようにした後、島田さんがふん!といった具合にして僕の横を通り抜けて行った。

 

「行こう、瑞希!」

 

「あっ。はい!」

 

二人はそのまま部屋を出ていってしまった。

 

「………………………。」

 

しばらくボケッと彼女たちが出ていった扉を見ていた。そして島田さんが横に抜けた時、ふと無意識のうちに溢したであろう台詞を思い出す。

 

『今年もあんたとバカできると思ったのに。あのアホ……』

 

「…………僕もそう思ってたよ」

 

今年も雄二達とバカばっかりして過ごすのかと思ってだけど、僕は今回はパスさせてもらうよ。新たな決意を胸に僕は自分のクラスに戻るために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局FクラスはAクラスに敗北し、設備降下+鉄人との勉強デートをするはめになったそうだ。




一巻分終了です。まず皆様言いたいことが何点かあると思います。
島田、姫路アンチじゃねーじゃんとか。
明久結局何が言いてえんだよとか。
まずアンチの件ですが、この話でアンチっぽく書いてみたら、なんかあまりにも殺伐としているというかドロドロしすぎていると言うかとにかくこの小説っぽくなかったのでここで入れるのはやめました。自分が目指しているのはなにかやっている合間の数分で適当に読める位なので、そんな雰囲気にはしたくはなかったんです。
まぁ、この先アンチを入れるにしても軽い感じでやると思います。自分的にライバルっぽい感じにしたいなと思っているところです。絶対また変えると思いますけど。
次に明久が何を言いたいのかというと、春咲にもっと人間関係をもってもらいたいと思ってるんですね。
そう、脱引きこもりです。Fクラスのメンバーと関わって、人との関わりの大切さを思い出しそれを春咲に知ってもらいたいと思う訳です。
まぁ大雑把に言えばこんな感じです。改めてアンチどこいったんだよって思いますね。笑
行き当たりばったりですみません。
個人的にこの二人は好きなのでアンチが書き辛いのかもしれませんね。あの性格含めて二人の魅力だと思っています。
取り合えず、色々すかすかで投稿したので質問や修正があったら感想やダイレクトメッセージで教えてくれると助かります。
とにかく待っててくれた皆さん、本当にありがとうございました。


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新しいクラスメイトはいろいろハイスぺック

この話、明久のテンションがやたらウザイです。



試召戦争からしばらくたち、今はもう学園祭の準備期間に入ろうとしている。そこまでの間、僕は春咲さんと多く関わろうとしたけど、相手はあの春咲さんだ。部屋に引きこもってばかりであまり会えない日々が続いた。と言ってもはじめの頃とは違い、たまに一緒に食事をとるし、ほんの少しとはいえ話をすることもある。ソファーの裏に隠れて待ち伏せなんて変態紛いのことをしなくても、もう大丈夫だ。

 

とにかく春咲さんと仲良くなって、他の人とも仲良くなって。そうしたら春咲さんも人と関わるようになって引きこもりを止めるかもしれない。これが僕の『春咲さん引きこもり卒業計画』だ。人という存在は一人では生きていけないようにできている。一人が良いという人もいるだろうが、それは本当に一人ではないから言える台詞だ。春咲さんにはいい迷惑かもしれないが、僕は春咲さんが引きこもりを辞めれる機会をあたえてあげたい。

引きこもりを辞めるという選択肢をあたえてあげたい。

そのためには春咲さんの友達にならなければいけない。僕個人としてもそうしたい。そのためにもっと仲良くなりたいのだが、春咲さんが引きこもりなのであまりそういう機会がない。だから今回の学園祭で少しでも距離が縮まったらいいなと思っている。

 

これが僕の学園祭、もといい清涼祭に込める決意である。話は変わるが、今僕は教室で春咲さんとRクラスの出し物を何にするか考えている。別にRクラスは出し物をする必要はないそうだが、折角だからと言うことでやることになった。

 

だがーー。

 

 

「えっと、何にする?」

 

「何にしましょう?」

 

ずっとこの調子だ。ハッキリ言って何でもいいのだ。二人とも特にこれがしたいと言うものもないし、お互いが譲り合っているのでどうしても決まらない。まぁ明日決めればいいか、なんて言って先伸ばしにしてもう三日目である。

 

「このままこうしてても(らち)が明きません」

 

流石にもう決めないといけないと思ったのか、春咲さんが黒板に向かいながらそう言った。

 

「できるできないを置いておいて、学園祭での定番の出し物を片っ端から書いていきましょう」

 

春咲さんはチョーク持ってその先を黒板にカッと当てた。

 

「わずかな可能性でも?」

 

「はい、そうです!吉井君、案を」

 

「うーん。そうだね……飲食系は外せないよね」

 

「具体的にはどうです?」

 

「本格的なものにしたら和風、洋風、中華ってなるけど、ファミレスみたいな感じにしてもいいね」

 

「カフェとかはどうでしょう?」

 

「うん、それもいいね。喫茶店みたいな感じかな?」

 

「飲食以外ではどうでしょうか?」

 

「お化け屋敷なんかよくやるよね」

 

「番中の定番ですね。あとゲームはどうですか?」

「ゲーム?」

 

「はい!そうですね……輪投げとか射的とか。とっさに出るのはこんなところです」

 

「なるほど、面白そうだね。他には展示なんかもあるかな?展示する物なんかないけどね」

 

「いいんですよ、1%でもやりそうなら取り合えず言ってください」

 

「分かった。じゃあ今まで教室でやることが前提だったけど野が「却下です」………はい」

 

1%でも確率があるなら言っていこうと言ったのは春咲さんなのに……。

いや、春咲さんにしたらそれは1%未満だったのかもしれない。とにかく春咲さんが外に出たくはないのは分かった。 まぁ、いつものことだ。その後しばらく話し合いを続けて、黒板を文字で埋め尽くしたところ一旦ストップした。

 

「以外とあるもんだね」

 

「そうですね。でもよくわからないのもありますけどね」

 

「対ババア戦闘術意見道場のこと?これはあの憎きババアに一泡吹かせるために意見を出しあって実行に移すための道場だよ!」

 

「なるほど、取り合えず却下です」

 

「ですよね~」

 

でもいずれあのババアとは決着をつけないといけない。

今までの借りを倍返しにして。

 

「ではここから絞りこんでいきましょうか」

 

「ここからが本番だね」

 

「そうですね。大変なのはここからです」

 

多くある意見の中から一つだけを選ばなくてはならない。となると最初はある程度可能な範囲でできる出し物を選んでいくのが無難だろう。

 

「飲食系列は難しくないかな?何せ僕たち二人しかいないから接客や調理、雑用をするのは無理だと思うんだよね。僕一人で二、三人分は働けると思うけど、それでも厳しいよ」

 

すると、春咲さんは「あぁ……」と言った具合に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それなら大丈夫です。今日からRクラス生徒が三人になるので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………ん?」

 

「いえ、だからRクラス生徒が三人になるんです」

 

「えーーーーーーーーーーー!?」

 

なんてことだ、ビックリしすぎて顎が外れるかと思った。と言うか今日なの!?

 

「なんで!?」

 

「二人ではこの先いろいろ厳しいというか難しいというか……とにかくですね、いずれは増やしておかなくてはならなかったのでこうなるのは必然だったんです」

 

何となくわかったけど、あの春咲さんが人をあっさりと自分の領内に踏み入れさせるということが驚きだ。

 

「どんな人なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイドさんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………ん?」

 

「だから、メイドさんです」

 

「えーーーーーーーーーーーー!?」

 

Oh!My god! ビックリしすぎて顎が取れるかと思った。メイドさんとはどういうことだ!?メイドさんってあのメイドさん?ご主人様お背中お流ししましょうか?とかのあのメイドさん!?(※偏見です。)

 

「何でメイドさんなの?」

 

「昔、私の身の周りのお世話をしてくれた人なんです」

 

なるほど、だから春咲さんがこうもあっさりとRクラスに入れたのか。

 

「それにその人は若くして世界No.1メイドになるほどの人物なのです」

 

「世界No.1メイド?」

 

なんだそれは?皿洗いスピードNo.1とかかな?

 

「家事や学力、礼儀作法さらには容姿等を総合して競い合い頂点に立った者が与えられる称号です」

 

馬鹿にしてすみませんでした!

いや、凄すぎるぞその人。それならRクラスに相応しい人物だ。少なくとも僕よりは相応しい。未だ何故僕がこのクラスにいるのかと思うことがあったりするからね。

世界No.1メイドか……この世界は本当に広い。そんなものがあるなんて考えもしなかった。

 

「そんな人が来てくれるんだ……。その人なら五、六人分位は働いてくれるかもしれない。それならギリギリいけるかもね」

 

「吉井君、違いますよ」

 

「?」

 

なにが違うんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのメイドさんは一人で四十人分の働きをすると言われています」

 

 

 

 

 

 

「…………………………………………ん?」

 

「ですから四十人分です」

 

「えーーーーーーーーーーーー!?」

 

Wow! Fantastic!ビックリしすぎて顎がとんでいくかと思った。というか四十人分ってもう人外の域でしょ!千手観音みたいに手がいっぱい生えてるのだろうか?そんなバカらしいことを考えている時に、教室を出入りするための扉が開いた。

 

「失礼いたします。今日よりこのクラスにお世話になります、ワーメルト・フルーテルです。気軽に“メル”とお呼びください」

 

入ってきたのは千手観音などではなく、少し大人びた雰囲気の綺麗なメイドさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリジナルの新キャラをRクラスにぶちこみました。
抵抗がある人がいるかもしれませんが、Rクラスの人数を増やさないと話がワンパターンになってしまうので仕方ないです。春咲が新しいクラスメイトを入れないと厳しいと言っていたのはRクラスの戦力面のことです。
が!作者の隠された心の声でもあります。笑
原作キャラを入れて違うクラスを編成するのは他の多くの方がやっているのでこの小説ではしません。同じことやっても仕方ないですしね。
それにしても新キャラの名前……現実ではあり得ないですね。……多分。変える必要性が出てきたら変えるかもしれません。
今話、文字数が少ないですがこの切り方で一話を終えたかったので許してください。すみません。


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清涼祭準備、ついでにババア

自分で書いているくせにこの小説の面白さが分からないorz。
というかこの小説ってバカテス要素が少なすぎる気がする。


いつもは二人で使っているお茶会用の机を今日は三人で使っていた。机には三つのティーカップに、皿の上に乗った三つのショートケーキが用意されている。

 

「えっと、僕は吉井明久。ワーメルトさん、よろしくね」

 

「さっきも言いましたが、メルで結構ですよ。長いうえに言いにくいですから。それにそちらの方が言われ慣れているので」

 

そう、新しいクラスメイトが来たので自己紹介を含めた親睦会のようなものをしているのだ。

 

「じゃあメルさんで。春咲さんとメルさんは面識あるんだっけ?」

 

「いえ、直接お会いしたことはなかったです」

 

「あれ?でも春咲さんのお世話をしてたんだよね?」

 

「はい。ですが彩葉様はいつも引きこもっていらしたので顔を会わせたのは今日が初めてなのです」

 

「な、なるほど」

 

思わずメルさんの返答に苦笑いを返してしまった。まさか顔も合わせようとしなかったとは。まぁ春咲さんなら当たり前なのかもしれないが……。

 

「ですがそこまでしていた彩葉様が私を呼んだということは、何かしらの事情があると私は推測しているのですが」

 

メルさんは春咲さんの方に体をスッと向けた。

 

「はい、メルさんが思っているとおりです。ですがそれは後でにしましょう。折角入れた紅茶が冷めてしまいますし、まだしっかりとした自己紹介もまだでしたしね」

 

そう言って春咲さんもメルさんの方に体を向けた。

 

「改めて、春咲彩葉です。これからよろしくお願いします」

 

春咲さんは手を差し出した。

 

「ワーメルト・フルーテルです。こちらこそよろしくお願いいたします」

応えるようにメルさんもその手を握った。言葉数は明らかに少ないが、自己紹介をしている二人の間には何か僕の時と違ったものを感じた。なにを感じるのかといえばよく分からないけど。

 

「では軽い自己紹介も終わったことですし、今日中に決めてしまいましょうか、学園祭の出し物を」

 

それにメルさんが疑問の声を挙げた。

 

「学園祭の出し物ですか?」

 

「学園祭が近いから、その時にやる出し物を決めてる最中だったんだ」

 

そう言って僕は文字で埋められた黒板を指差す。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

すぐに理解してくれたようだ。

 

「メルさんが来てくれたとはいえ、時間がどのくらいかかるかまだ分かりません。一気に決めて早めに準備を開始しましょう」

 

二人目のクラスメイトがいる教室。何時もと違うその光景にほんの少しわくわくしている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話し合いは思ったより早く終わりそうだった。何故ならーー

 

「ではこの三つの中から決めるということでしょうか」

 

「はい、ではここからは多数決をとりたいと思います」

 

「この三つ全部いい案だから迷うね」

 

ーーもうすでに挙げられた案は三つに絞れているからだ。

 

・イタリアンレストラン

 

・召喚獣を使ったゲーム

 

・喫茶店らしきもの

 

どれを選んでも面白そうだ。

 

「ではせーのでやりたいものを指で指しましょうか」

 

どれにしようかな?やっぱり自分の得意なものを選んだ方がいいのかな?

 

「いきますよ、せーの!」

 

 

 

僕 イタリアンレストラン

 

春咲さん 召喚獣を使ったゲーム

 

メルさん 喫茶店らしきもの

 

 

 

「「「………………………………。」」」

 

まずい、綺麗に割れてしまった。なんか微妙な空気が流れている。ここは僕が引くしかない。

 

 

「えっと、僕は適当に選んだから二人で決めていいよ」

 

「特にこれがしたいという訳ではないのでお二人に譲ります」

 

「私はあくまで御二人方にお仕えしている立場ですので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「………………………………。」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしようこの空気?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このまま黙っていても仕方がなかったので、取り合えず一端落ち着くことにした。

 

 

「これでは私と吉井君が遠慮し合っていた時と変わりませんね」

 

「ほんとだね。でも人数が増えたぶん質が悪くなってるよ」

 

う~んと三人とも唸っていたらふとあるアイディアが思い浮かんだ。

 

「全部混ぜちゃうってのはどうかな?」

 

「全部ですか?」

 

「うん」

 

ちょっと想像してみよう。

えっと、イタリアンでカフェで召喚獣を使ったゲームができる場所…………なんだそれは?

 

「カオスですね」

 

「明久様、すみません。流石にないです」

 

「…………ごめん」

 

次からはもうちょっと考えてから発言しようと反省した僕だった。

 

 

 

 

そして結局、もうくじ引きで決めましょうか、と言う春咲さんの提案で結局イタリアンレストランになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的が決まったら早いもので、僕たちは本格的に準備を始めていた。やることは多い。机や椅子の調達と配置。メニューの設定。買い出しといろいろある。そこでやっと実感したけど、メルさんの仕事効率は異常だった。一人で何役もしてそれを完璧なクオリティー、しかも最短の時間で仕上げてしまう。これは千手観音と言うより分身を使う忍者と言う方が近いかもしれない。

 

そして僕は今、机を持って来てもらうように業者に電話で頼んでいた。と言うのもクラスによって使える資金も変わってくるのだ。Fクラスなんかは段ボールやボロボロの木の板、ちゃぶ台なんかを使わなくてはいけないのに対してAクラスはしっかりとした机や看板などを使って出し物を出せる。Aクラスも毎年業者に来てもらっているのだが、Rクラス程となるとその届く品の質が違う。

 

「あ~。疲れたな」

 

電話が終わって少し休憩しようと、窓側に向かった。

ついでにこの窓、ただの窓ではない。こっちからはしっかり外が見えるのに、向こうからは全く見えない。窓に目を張り付けるようにして見ても無駄だ。さらには防弾という徹底ぶり。そのメルさん並のハイスペックな窓を開けて見えたのは鉄人に追いかけ回されている雄二達Fクラスの人達だった。

 

「相変わらずだね」

 

思わず軽い笑が浮かんだ。鉄人が全員を制裁し終わったところで僕も休憩を終えることにした。窓を閉めて部屋の中に視線を戻すと、春咲さんがパソコンと話していた。いや、訂正。パソコンに映っている誰かと話をしていた。

 

「だから、その大会は試験召喚システムのデモンストレーションになってるからあんた達に出てもらうと困るってことさね」

 

そんな声が聞こえてきた。ん?なんか聞き覚えがある声だぞ。

 

この声は……。

 

春咲さんの横から覗くようにパソコンの画面を見るとそこに映っていたのはあのクソババアだった。ババアは僕の存在に気がつくとその憎たらしい口を開いた。

 

「なんだ、バカのクソジャリかい。そのバカ顔を見たのは久しぶりさね」

 

「ババア長こそ久しぶりですね。春咲さんにシワの消し方でも教えてもらってたんですか?」

 

「ほんと、お前は生意気なガキだね」

 

「お互い様ですよ」

 

雄二達をみて相変わらずと思ったが、このババアも相変わらずだ。

 

「学園長、話を戻しますよ」

 

春先さんが僕とババアの抗争を止めるために話を戻した。そこから二人が会話を進めていった。何の話をしているか横から聞いているうちに分かったのだが、まとめると学園祭に試験召喚大会と言う大会がありその優勝景品に“白銀の腕輪”と最近オープンした文月グランドパークのプレミアムチケットがもらえるという。

で、その大会は教育機関に見せる試験召喚システムのデモンストレーションになってるらしいのだ。でも、Rクラスが出ることによって大会の優勝がほぼ決定してしまう。それはデモンストレーションとしてはよくないからRクラス生徒は大会に出るなってことらしい。

 

「まぁ、そう言うことさね。わかったかい?」

 

「なるほど、学園長の言いたいことは分かりました」

 

まぁ、元々僕たちは出る気が無かったからさして問題はないよね。これで話は終わりだと思っていたのだが、春咲さんは続けざまに言った。

 

 

 

「それで、本当の理由は何ですか?」

 

 

 

それに対して学園長は黙って春咲さんを見つめ返した。僕は状況に着いていけず、黙って二人を見ることしか出来なかった。

 

「……はぁ。全く、何処までも(さか)しい奴だねお前は」

 

「そこだけが取り柄ですから」

 

「私の負けだよ。私の愚行を公開するようで嫌なんだがね、仕方ないね」

 

それから本当の理由を聞いた。実は問題は優勝賞品にあるのだそうだ。その内の“白銀の腕輪”に問題があり、それは試験召喚する時に役に立つアイテムなのだが、不備で点数が高すぎる人が使うとその腕輪が暴走してしまうらしいのだ。それが周りに知られたら試験召喚システムにいちゃもんがつけられたり、学園長の立場を退かなくてはならない可能性が出てくるそうだ。だから点数の低い生徒にその腕輪を回収に行かせようとしていたが、Rクラス生徒が出てくると優勝できるものも出来なくなるからそれを阻止しようと連絡をとることにしたのだと言う。

 

「わかったかい?だからあんた達はその大会に出てほしくないってことさ」

 

学園長と言うのもずいぶんと大変そうだ。同情はしないけど。

 

「話してくださってありがとうございます。ならその役目を私達がします」

 

その言葉に僕もババアも少なからず驚いた。

 

「春咲、あんた話を聞いてたかい?」

 

「はい、ですから腕輪が暴走しない程度の点数に調整して大会に出ます」

 

ババアは目を細めて春咲さんを見た。

 

「もし清涼祭期間中に腕輪を使うことがあっても暴走しませんし、それに回収したら私がその腕輪を調節し直すので点数が元に戻っても問題ないはずです。召喚獣の扱いに慣れている私達が出た方が圧倒的に優勝する確立は上がりますよ」

 

春咲さんとババアはしばらくにらめっこを続ける。二人の間に何とも言えないゴワゴワとした空気が流れる。それからしばらくして、結局折れたのは学園長だった。

 

「……………まぁ、いいさね。好きにしな。その代わり私にそこまで言ったんだ、絶対優勝しな。じゃないとそこのクソジャリ!」

 

「えっ、僕?」

 

「そう、そこのバカ顔のお前だよ。もし優勝できなかったらお前の部屋を潰して犬小屋に戻すからね分かったかい?」

 

絶句。言葉が出なかった。まさかあの犬小屋そのために残してたのか。僕を脅す道具の一つとして。

 

 

「てめぇこのクソババアァァアァ~!シワの数三倍にして滝壺に沈めてやらぁあぁぁ!!」

 

画面に向かってそう叫んだが、すでに回線が切れた後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って言うわけだから僕達、たびたび教室を空けなくちゃならないんだ。ごめん、メルさん」

 

「大丈夫です、明久様。世界一の称号を持つメイドとしてはこのくらい何の苦でもありません」

 

メルさんに大会に出てる間、レストランを手伝えないと言ったら快く了承してくれた。一人で四十人分の働きをするメルさんだからこそ言える言葉なのだろう。

 

「でも、春咲さんが自分から人目にさらされるようなまねをするなんて意外だったよ」

 

「まぁ、そうですね。確かに多くの人に見られることは避けたいです。でも、学園長には恩がありますから。少しでも恩返し出来たらいいなと思って」

 

そう言うことか。でもババアがそんな優しい妖怪とは思えないけど。そこを追求するのは止めておこう。

 

 

「ですが当初の予定よりずいぶんと慌ただしくなりましたね」

 

「そうですね、ここから大変です」

 

「まだまだ時間はあるんだし、大丈夫だよ」

 

その日は日が沈んでからもずっと作業をしていた。

文月学園高等部学園祭は僕が思っていたよりもずっと楽しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




あまり評価を気にしていないとはいえ、高評価を貰えると嬉しいものですね。
それだけでもこの話を書き始めて良かったなと思えます。ありがとうございます。
ここからはこれからのことを少し書いていきます。実は三、四巻の終わり位まではこんな風にあまり急な展開もなく進んでいきます。黙々と進んで行く感じです。物足りなさを感じてしまったらすみません。


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引きこもり春咲彩葉

深夜に書き始めてちょっとしたら寝るつもりだったのに、気が付いたらこんな投稿時間になってました。笑
ボケながら書いたので誤字・脱字があるかもしれません。あったら教えて下さい。


今現在、僕はすごい状況下にある。と言ってもやっているのは買い物をしているだけだ。あるスーパーマーケットで買い物をしているのだが、その店は僕が少し前まで暮らしていた家と学校の間にあり、ほんのたまにそこで買い物をして帰ったことが今では遠い過去のように思える。品揃えもよく、サービスも充実している。そして何よりも安いのだ。親からの仕送りがあるにせよ、それをほとんど生活費にあててなかった僕からすればそれはとても魅力的だった。それに、僕だけでなく主婦達からの評判も良いのだ。

 

そんな素晴らしいスーパーマーケットに僕は来ていた。だが一人ではない。そう、春咲さんと一緒に来ていた。しかもその春咲さんは僕にびっしり張り付いていている。それはもう僕を殺す勢いで。外に出ることを極端に嫌う彼女が何故そんな場所にいるのか、さらに何故ここまで奇妙な状態になったのかと言うとそれはちょっとした偶然の積み重ねが招いた結果なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは何も変わらない今日という日から始まった。僕たちは昨日と同じように学園祭、もといい清涼祭の出し物であるイタリアンレストランを開くための準備をしていた。そんな時、ふと取り寄せていた料理の材料が足りない事が分かった。業者のミスだが今更言ったところですぐに材料が届くはずもなく、近くの店で買うことを余儀なくされた。誰が買いに行くという話になった……らしい。というのもその時僕は、学園祭の出し物の事で職員室などを駆け回っていたからその場には居なかったのだ。だから実質、メルさんと春咲さんのどちらが買いに行くかという話になる。

だが一人で多数の労働力を持つメルさんが買い物に出てしまうと、その分作業が遅れてしまう。よって春咲さんが買い物に行くことになったのだが、人見知りというか引きこもりである春咲さんとにとってそれはかなりの試練だ。僕がクラスに戻って、その話をメルさんから聞いた時はかなり心配だった。それはメルさんも同じようで実際、彼女は手は止まりあまり作業が進んでいなかった。どうにもメルさんは自分が行くと言ったのだが、春咲さんがそれをよしとしなかったらしい。春咲さんが自分の我が儘でクラスメイト迷惑をかけるのが嫌だったのか、メルさんの言葉で少しむきになったのかは実際のところ分からない。でも、春咲さんが一人で買い物に行ったことは確かなのだ。

 

僕の中で、春咲さんのことだからしっかりやりきるだろうという思いと、もしも何かあったらという気持ちが攻めぎ合っていた。結局僕もメルさんも心配で心配で作業が進まなかったので、僕が後を追いかけることにした。出て行ってまだそこまで時間はたってないらしいので早めに追い付けるはずだと思って駆け足で追いかけた。それから学校を出て、人通りの多い歩道に入った時に彼女はいた。だが様子がおかしくて、なんと道の真ん中でうずくまっていた。周りの人達が親切にも声をかけてくれているのだが、春咲さんは無反応でずっと固まったままだ。これはただ事ではないと僕は察して慌てて駆け寄り、膝をついて春咲さんと目線をなるべく同じにして周りの人と同じように声をかけた。しばらく同じことをしても変化がなかったので、春咲さんの頬をを両手で掴むようにしてから顔を自分の方に向けさせた。するとようやく僕に気がついたようではっとした顔で僕を見つめる。その時の表情は忘れられなかった。ひどく何かに怯えていて、不安を全面に押し出していた。そして次の瞬間、春咲さんが僕に飛び込んで来てあらん限りの力で抱き締めてたのだ。

僕はビックリして固まってしまったが、春先さんが僅かに震えていると気づくと、そんな同様はすぐに消え去っていた。とにかく、ここではいろいろと不味いと思い、抱きつかれたままゆっくり立ち上がって、取り合えず人通りの少ない路地裏に行った。

 

「えっと、大丈夫?」

 

僕は春咲さんにそう呼び掛けたのだが、それに春咲さんは答えずにふるふると首を振るだけで何も答えない。これは落ち着ける場所で話を聞こうと心当たりのある場所を頭に浮かべる。ここから一番近い場所はーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけで僕は自分の家の前に来ていた。教室に戻ろうかとも思ったが、なるべく早く落ち着いてほしかったので距離が近い僕の家を選んだのだ。僕の家までは近いには近いがそこまでの道のりがかなり長く感じた。物理的にも精神的にも。というのも春咲さんが僕をガッチリとホールドしているせいで歩幅が小さくなり歩くスピードが遅くなってしまったのだ。もう僕の腕ごと体に腕を回して腰より少し高い位置に巻き付いていて、それは蛇を連想さるほどの巻き付きっぷりだった。さらにまさか春咲さんとここまで接触をするとは思っていなかったので、心臓がバクバクして前に進んでいる感じがしなかったのもある。周りの視線もなかなかに痛かった。それはそうだ、僕だって目の前に歩いてる男を殺すほど体を締め付けている少女がいたらビックリして二度見をするだろう。

 

ともかく、そんなこんなで長いとも短いともとれる道のりを進んで家までたどり着いた。だがそこで家の鍵がないことに気づいた。当たり前のことだ。今僕が住んでるのは学校の中だし、家に入ることになるなんて知らなかったから家の鍵なんて持ってきているはずがない。

まさか家に入る直前で気づくなんて。今回ばかりは自分のバカさを呪った。そして自分のバカさに助かった。なんと裏庭の大窓が開いていた。閉め忘れていたらしい。いつ泥棒に入られていてもおかしくはなかったが、まぁ僕の家に入ったところで盗めるものなどある筈もないので問題がないと言えばそこまでだった。元々何にもなかったのに、学校で暮らすことが決まってから必要な物は全部持って行ったから、金目の物なんて一つも残されていない。

それはともかくとして、久しぶりに僕は家に入った。数ヵ月帰ってなかったからすごく新鮮に感じる。入ってすぐに僕はリビングにあるソファーに向かった。なかなかにふかふかしていて自分的には結構気に入っているのだ。ここに住んでいた時はそこに座りながらテレビを見るのが好きだった。ソファーが目の前にの来たので春咲さんと一緒に僕は座った。でもそこからどうしたらいいのか分からなくなった。相変わらず僕の服に顔を埋めて、張り付いて震えているこの少女をどうしたらいいのか分からない。話しかけたらいいのか?ならどう話しかけるべきなのか?落ち着くまで待っていればいいのか?いろいろと考えるがどうすればいいのか分からない。

春咲さんを見た。綺麗な髪だ。こんな時に何をと思っているかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。初めて会った時もそうだった。苦労して教室に入ったらまず飛び込んで来たのはそのキラキラとした美しい髪だった。真っ白に思えるような美しい銀髪。硝子(がらす)のように光を通しながら、鏡のように光を反射する。例えるなら宝石だ。見とれてしまっても仕方がない。いや、見とれないと失礼とも思えてくる。

 

あれから春咲さんと接して春咲さんのことを分かった気でいたけど、Fクラス戦の時に全然知らないことに気づいた。今だってそうだ。何で春咲さんがこうなったのか、何にそこまで体を震わせているのか、何をすれば落ち着いてくれるのか僕は知らない。分からない。でも分かっていることもある。友達が困っていたら助けることだ。傷ついたら励ますことだ。高校に入ってから殆ど成長していない僕だけど学んだことはあるのだ。僕と春咲さんが友達かは分からない。でも少なくとも僕はそう思っている。なら彼女のために全力を尽くそう。そして気が付いたら自然に春咲さんを抱き締めていた。僕も昔、姉さんにやってもらったことがある。とても温かくて居心地が良かった。何かに包まれているようで、大切に思われていると思えて安心した。

ふと思い出して体が勝手に動いたのかもしれない。僕は考える前に動いている事が多いから。でも僕はバカだから考え直してもこれ以上の何をしたらいいのか分からないだろう。だから春咲さんが落ち着くまでこうしていることにした。こうしているから分かるけど彼女はなんとも細くて弱々しい体をしている。もう少し抱き締める力を加えたら壊れてしまいそうだ。

 

 

 

僕がしばらくこうしていたら、窓から入ってくる光はオレンジ色に変わっていた。部屋全体が目を差すような鮮明で鮮やかな色。そんな時間帯になると、段々と僕の体にかかっていた力が緩まってきて、そしてついに春咲さんは自分の腕を外してくれた。顔は上げてくれないが、落ち着いたのは間違いないだろう。春咲さんが自分で話し始めるのを待とうと、僕も腕を外した。車の走る音や、カラスの鳴く音だけが聞こえる。

 

「…………すみませんでした。取り乱して」

 

顔を上げるのと同時に春咲さんが口を開いた。表情は少し暗いが随分(ずいぶん)とマシになった。

 

「うんうん、全然いいよ。それより大丈夫?」

 

「はい、ありがとうございます。お陰様で落ち着きました」

 

「それは良かったよ」

 

「…………はい」

 

「…………。」

 

また静かになる。こんなこと初めてだから何を喋ったらいいのか分からない。

 

「…………やっぱり無理でした」

 

ふと春咲さんが言った。

 

「…………何が?」

 

「大勢の人に目線を向けられるのがです」

 

それが春咲さんの怯えていた理由か。でも普通引きこもりでもそこまでにはならないと思うのだがどうだろう。

引きこもるための設備レベルがあれほどだから確かにそうなのかもしれないけど、そうなった要因はなんなのだろうか。過去、春咲さんに何があったのだろうか。

 

「ん?でもAクラス戦の時は大丈夫だったけど……。」

 

Aクラス戦では春先さんはそんな事はなく、普通に戦えていた。

 

「自分が戦える相手だったのでなるべく人と思わないで戦っていました。それにそう言うのとは少し違います。サッカーや野球で言えば対戦選手なので。あと学校の廊下だったのでそこまでアウェイに感じる事はありませんでしたから」

 

春咲さんなりに工夫をしていたのか。確かにあくまで召喚獣同士の戦いなので注目されるのは召喚獣の方だし、デジタルには変わりないのでゲームのように思えば気を反らせるのかもしれない。人数も精々三十人いるかいないかだし、場所自体、自分がよく知っている所だと言うのも大きかったようだ。

 

「だから試召戦争は少し不安でしたけど何とか乗り切れたんです。でも今回は外の知らないところでいっぱい視線を感じて、パニックになってしまって。それでもう塞ぎ込むしかなくなってしまって」

 

春咲さんの姿は目立つからね。ある程度は我慢できたけど、人通りが多くなった所でこうなってしまったんだろう。僕でさえ大路地で通りすぎる人皆が、自分に視線を向けていたら不快に思う。実際さっき身をもって体験した。

 

「仕方ないよ。でももう、ここには僕と春咲さんしかいないから安心して」

 

そう言ったら春咲さんは少し嬉しそうな表情を浮かべて、僕に微笑んだ。

 

「ありがとうございます。吉井君がいなかったら私大変な事になっていました」

 

「当然だよ。だって僕と春咲さんは、その………クラスメイトだからさ」

 

友達と言えなかった。もし否定されたらと思うと怖くて言えなかった。そこまで言う勇気が僕にはなかった。

 

「……そうですね。でも改めて言わせてください。本当にありがとうございました」

 

「ははっ、もういいよ。でもほんと、春咲さんが無事で良かったよ。メルさんも心配してたんだよ」

 

「それは悪い事をしました。なら早く帰らないと彼女、探し始めるかもしれませんね」

 

「うん。買い物してさっさと帰ろうか」

 

「はい、そうですね」

 

そうして僕は、何故か感じる胸の痛みを抑えて家をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家を出てから買い物をするためにスーパーマーケットにやって来たのだが、そうなると勘の鋭い人なら分かるだろう、また春咲さんが僕にしがみ付いて離れない状況ができるということに。

 

家を出て人通りの多い所に差し掛かると、また春咲さんが僕を締め付けだしたのだ。僕の服に顔を押し付けて、二つの細い腕を使い蛇の様に全力で締め付けるあの技を繰り出してきたのだ。この特徴からこれを『春咲スネークホールド』と名付けよう。それにしてもこれ、案外苦しいのだ。いくら春咲さんが非力だと言っても、全力でやられれば苦しくなるのは当然だろう。でも体に当たる胸の柔らかさなどを考慮すると、この程度の息苦しさなど何ともない。今更だが、実は春咲さんって思ったよりもあるのだ。着痩せするタイプなのだろうか?

 

ともかく、僕はそんな幸せな状態のままスーパーで買い物をしていた。しかしやりにくい。今回は腕を逃していたので両方の腕が使えるが、それでも人が一人くっ付いた状態だと歩きにくいしカゴを持ちづらい。話しかけても耐えるのが精一杯なのか、僕の言葉を聞いてる様子は全然ないので、このままでずっと買い物をするしかないのだ。 それでも、しっかり買い物を終えれたので良しとしよう。レジをしている店員さんの視線が辛かったけど。

 

そんな奇妙な買い物を終えて、僕たちは真っ直ぐ教室に帰った。その時にはもう日はほぼ落ちていて、外は暗くなっていた。そして帰った時にメルさんもやっぱり心配していたようで、後で二人して謝った。その頃にはもういつもの春咲さんに戻っていて、僕はやっと心から安心できたのだった。そして何よりも嬉しかったのは春咲さんが自分の部屋に戻る前に僕の所に来てこう言ってくれたことだ。

 

「周りが怖くて私がうずくまってた時に吉井君を見つけてとても安心できました。もしまた私が外に出るときは今日のように一緒にいてくれませんか?」

 

便利な道具のように思われているかもしれないが、それでもこの日、僕と春咲さんの距離が少し縮まったようなそんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告にこの小説の設定をまとめたものを載せました。小説自体に載せたかったんですけど、話の途中に載せるのはどうかなと思い止めました。
設定と言っても本編で書いてあることをまとめただけなので、わざわざ見る必要はありません。
この小説の設定がよくわからない方や、しょうがないから見てやるよって方は見て下さい。


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模擬店からの一回戦

やっと十話に到達しました。
これも皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。


清涼祭二日前に準備が全て終わった。

早めに決めていなかったら間に合わなかったかもしれない。それにこれはほとんどメルさんのお陰だ。なんと言うか、彼女の作業風景は早送りで再生されたビデオを見ているかの様だった。僕が一つの仕事を終えている頃には十の仕事を終えていて、何故か申し訳ない気持ちになってしまった。僕は無駄に広い教室の中心から周りを見渡してみる。一つ一つの備品が輝いていて、しっかりとした装飾が施されている。灯りを増やしたり、無理矢理カウンターを付けたりしたので教室の構造が初めより随分と変わってしまった。これは元に戻すのも苦労しそうだ。

 

「終わったけど、もうやることはないんだよね」

 

「あることはあるのですが、直ぐに終わる調整のようなものなので後は私一人でできます」

 

「本当に何から何まで悪いね」

 

「これが私の仕事で御座いますから、気にしないで下さい」

 

流石は世界最高のメイドさん。一家に一人いたら他はもう何もいらないかもしれない。

 

「当日はホールと厨房の振り分けをどのようにいたしましょう?」

 

そういえば決めていなかった。二つともメルさん一人でできるかもしれないが、なるべく彼女の負担を減らしてあげたいと僕は思っている。

 

「恐れながら私の意見を申しますと、明久様と彩葉様に厨房を担当していただきたいのです」

 

厨房か………。確かに春咲さんがホールをするのは無理だろうから、彼女は自然と厨房を担当することになる。僕も春咲さんも料理は人並み以上にできるはずだ。メルさんには到底及ばないけどね。それで、どんな料理をするんだっけ?

 

「料理のメニューはもう決めてたよね」

 

「はい、ここに書いてあるものが全てです」

 

そう言ってメルさんはメニュー用紙を渡してくれた。

そこにはマルゲリータを筆頭としたピザの類いや、カルボナーラ等のパスタ、その他にもサラダやムニエルなどの多くのメニューが書かれていた。

 

「結構多いね」

 

「そうですね。ですがどれもレシピ通りにやれば簡単に出来るものですよ」

 

「このピザも?」

 

ピザなんて明らかに素人ができる範疇でないように思える。

「ピザは釜で焼くだけの状態にして置いておくようにします。ですから明久様や彩葉様が厨房を担当されたとしても大丈夫ですよ」

 

「そこが一番難しいと思うんだけど」

 

焼き加減なんて大体しか分からないと思う。どの範囲が一番いいのかを見分けるのは至難の技と言うか、多くの訓練や経験を積まないと無理だ。

 

「学園祭なのですからそこまで本格的にやらなくていいかと。あくまで学園祭らしく、素人らしい料理の方が適切かと思うのですが」

 

なるほど、それは一理ある。学園祭なんだから学生らしい出し物の方がいい。もうすでにこの教室が学生らしくない内装をしているけど、少なくとも料理はできるだけ学生らしい感じにした方がいいし、楽しい学園祭にしたいんだから、妙に堅苦しい雰囲気にはしたくない。

 

「流石メルさん。よく考えてるんだね」

 

「恐縮です」

 

「なら僕と春咲さんが厨房を担当しようかな。どう?春咲さん」

 

「私もそれがベストだと思います。能力的にも私と吉井君ならできますよ」

 

「手が空いたら私もお手伝いをさせていただきますので大丈夫です」

 

うん、絶対上手くやれると確信した。何とも頼もしい限りだ。楽しい学園祭になるだろう。 その後もしばらく話し合いて細かいことを決めたり、料理の練習をしたりした。そんな日が清涼祭本番まで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清涼祭当日。

レストラン開始五分前。

 

「さて、来たねこの日が。ここまで本格的に準備したんだから絶対成功できるよ」

 

「明久様の言う通りです。失敗する可能性なんてほぼありません。私もついていますので」

 

「はい、このRクラスの力の発揮しましょう」

 

ちなみにこのレストランは告知など全くしていない。Rクラスが出し物をする事さえ知らない人が大半のはずだ。それにたぶん告知をする必要はないと思っている。Rクラスが出し物をするということは、今まで中を見ることがさえできなかったRクラス教室を公開するということなのだ。一回噂が出回れば、興味本意だけでも多くの人が立ち寄って行くとふんでいる。

 

「じゃあオープンするよ」

 

二人が頷くのを見て、僕は教室の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オープンして三分で三十人ある席が全て埋まった。まさかRクラスが出し物をすることを知っている人がこんなにいるとは思わなかった。僕がいろいろ学校内で動いていたから、もしかしたらと察した人がここに並んでいたそうだ。春咲さんも予想外だったようで、人影が見えた瞬間叫んで厨房に引っ込んでしまった。その途中で(つまず)き転んでしまったんだけど春咲さんに怪我が無くてよかった。

 

「ピザ一枚とドリア二つお願いします!」

 

「了解!」

 

一気に席が満席になったので、今非常に忙しい。春咲さんも無駄な言葉を発しないで必死に手を動かしている。

メルさんも注文の受け取りが終わると、下ごしらえ等をして手伝ってくれて思ったより早くに全部終わりそうだ。そしたら一段落できるだろう。

 

「明久様、彩葉様。六十人の御客様が席が空くのを待っておられる状況です」

 

「予想以上の反響だね」

 

「値段設定もほとんど利益が出ない位にしていますから、そのお陰でもあるんです。」

 

「改装費をいれたら赤字だからね」

 

「でもこの勢いなら黒字にできるかもしれません」

 

「うん、頑張ろう」

 

実を言うとRクラスの資産というか予算はかなりやばかったりする。ほとんどが春咲さんのものだけどね。いろいろ研究成果を売っていったら自然にこうなったらしい。でもそのお金、研究に使う分以外は使い道がないらしいから今回の件で多少損しても、痛くも(かゆ)くもないということらしいのだ。

 

「申し訳ございません明久様、彩葉様。もう間もなく試験召喚大会の開始二十分前です」

 

この調子で頑張っていこうと息巻いていたところにメルさんが試験召喚大会の開始の時間を知らせてくれた。

 

「もうこんな時間!?早いね。春咲さん、準備して行こうか」

 

他クラスの生徒ならこの時間でも余裕なのだが、僕たちの場合はまず制服に着替えてそれからマントを着たり仮面を被ったりしなくちゃならないからもう少し時間がいるのだ。

 

「はい、急ぎましょう」

 

僕は頷いた春咲さんと一緒に奥の部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だろうこの軽いデジャブ感は。いや、以前よりマシにはなっているだろう。前は腕と体をまとめて締め付けるようにしていたけど、今回は腕だけだからだ。春咲さんは現在僕の腕を両手で巻き付けている。僕の腕を壊死させる気なのだろうか?こうなったのはお察しの通り、僕達が多くの生徒の視線を集めているからだ。厨房から教室に出てからも、教室から廊下に出てからもずっと多くの視線を感じる。Rクラス生徒なのだからそうなるのは当たり前と言えば当たり前だ。

そこから歩き続けて試合会場に到着したのだが、そこは大分開けた場所でそこに高台のようなものが両端に設置してあった。その高台のような場所に対戦者がセットして戦うのだ。二人で高台に登り、くるっと周りを見渡すと観客席からかなりの数の人が見ていることが分かる。サッカー場の観客席みたいな感じだ。その人数のせいもあるかもしれないが、随分とざわついてるなと思い、不思議に思って耳を傾けてみた。

 

「あれが二年のRクラス?初めて見た」

「二人だけでAクラス全滅させたって噂だぜ」

「マジかよ!そんなのに二人で勝てる訳ないじゃん!」

 

とか

 

「Rクラスってあの観察処分者の吉井明久先輩がいるんだって」

「えっ!?観察処分者ってバカな人に付けられるんじゃないの?」

「吉井先輩は先生のために、自ら観察処分者になったとかそんな話聞いたよ」

「すっご~い!カッコいいな~」

 

などの声が聞こえてくる。お陰で分かったことが二つある。この観客の多さは噂のRクラス生徒が対戦するからという理由も含まれているという事。そしてRクラスについての情報が少なすぎるから、それについて根も葉もない噂が立っているという事だ。もうこれに関してはどうしよようもない。流させるだけ流させておこう。僕は思わず苦笑いを浮かべながら、トーナメントの対戦相手を確認する。

 

「最初の対戦相手は………Eクラスか。悪いけどこれなら相手にならないかもしれないね」

 

今までクラス全体と二人で戦ってきたのだ。それを考えると今回の試験召喚大会はどうしても甘く見えてしまう。僕はふと対戦相手のいる向こう側のステージを見る。どうやら彼女たちも定位置に着いたようで、気合いの入った目で僕たちを目で捕らえていた。。

 

「対戦科目は数学、始め!」

 

審判役の教師から試合の合図が出される。

 

 

 

 

 

 

数学

 

 

二年 Rクラス

 

こま犬 70点

&

ウサギ 70点

 

 

VS

 

二年 Eクラス

 

中村宏美 97点

&

三上美子 92点

 

 

 

 

 

 

 

また周りがざわざわと騒ぎだした。恐らくRクラスなのにこの点数なのはおかしいということだろう。この点数は腕輪を使った時、暴走を起こさせないようにするために調節した点数なのだ。腕輪が暴走を確実に起こさない点数が総合科目で千点以下なのだという。だから千を全教科の十四で割ると、大体七十になる。だから試験召喚大会は全試合七十点での勝負をすることにしたのだ。昔の僕なら全教科七十点は無理だったかもしれないが、今の僕ならまだ余裕を持って取れる点数だ。

 

「ちょっとこれどういう事?この点数わざと取ったでしょ?でないと二人とも同じで、しかもこんなキリの良い点数になるはずないと思うんだけど」

 

僕から見て右手の子、たぶん三上さんが僕に向けて質問をしてきた。こう質問されるのは分かりきっていたので、あらかじめ考えていた答えで返答した。

 

「この試験召喚大会は清涼祭のメインイベントだ。僕達はこの大会に出たいけど、優勝が決まった出来レースをやるのはつまらない。それは僕たちも面白くないし、観客や君たちも面白くないと思ってね。だから誰が優勝してもおかしくないような点数に調節したんだよ」

 

「嘗めたことするのね。でも点数低くしすぎたんじゃない?私達の方が上になってるわよ」

 

「それでも僕達が負けることなんてあり得ないよ」

 

「言ってなさい!行くわよ美子、片方を集中的に攻撃して一気に倒してしまうわよ!」

 

二人が一斉に春咲さん目掛けて突っ込んできた。そんな直線的で単調な攻撃が春咲さんに当たるはずがない。彼女は学年で……いや、学園で一番召喚獣の扱いが上手い生徒だ。僕は彼女たちから距離を取るためにバックステップで後ろに跳んだ。ここは春咲さんに一旦任せようと思ったからだ。しかし春咲さんの召喚獣はピクリとも動かなかった。疑問に思ったのもつかの間、Eクラス二人の攻撃が直撃して春咲さんの召喚獣がガラスのように砕け散った。

 

「春咲さん?」

 

僕は自分の腰に抱きついている彼女を見て、思わず呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ログインユーザさんでなくても感想書けるようにしました。また気軽に書き込んで下さい。
皆様の感想をもとにこの話作ってる部分も少なからずあったりするので、ある程度あった方が次の話が書き易いからそうしました。



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試験召喚大会らしきもの

戦闘描写が手抜きだって!?
気のせいだよ!


目の前で信じられないことが起こったとき、人間は幾つかのパターンに行動が別れる。硬直して全く動けなかったり、パニックに陥ったり。だが、僕の場合は違った。これまでの人生、想定外のことなんて日常茶飯事だったから早くに対応できた。飛んでくる斧と剣をギリギリのタイミングでかわし、後退して二人と対峙する。そして僕はチラリと春咲さんに視線をおとす。さっきまでと変わらず、僕の腕にしがみついたまま。密着している腕から僅かに震えも伝わってくる。どうしようかと考えていたものの、またEクラス二人の攻撃がとんできた。取り合えず、どうこう考えるのはあとだ。まずは目の前にいる二人をどうにかしないといけない。突進してくる二人の攻撃を避けてその間に滑り込み、二人を木刀で叩きつける。

 

「なんで!?攻撃が当たらない!」

 

「Rクラスはただ単に点数が高いだけじゃなくて、召喚獣の扱いも上手いんだ。僕の場合は観察処分者だからってのもあるけど」

 

「くっ、でもあと一回くらいに当てれば……。」

 

「当てる前に終わるよ」

 

僕の召喚獣は、同時に攻撃してきた二人の召喚獣の真上を跳んだ。

 

「「えっ?」」

 

ぐるんと逆さまのまま勢いをつけて回転し、木刀を二人の召喚獣の頭を殴りつける。左右に二体の召喚獣が別れてふっ飛び、地面に滑り落ちた。それらはしばらくして停止するとその二つの召喚獣がポリゴン体の欠片となって消えた。

 

「勝者、こま犬&ウサギペア」

 

そして勝者を告げる声が会場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕たち二人はRクラスに帰ってから、厨房の奥で休憩していた。もうすでに客席は満席なので、激しい客の出入りは無くなっていた。開店直後は忙しさでメルさん一人でも手が回ってなかったので僕たちが手伝っていたが、今やメルさん一人で余裕を持てている。忙しい事には変わりないので直ぐに手伝いたいのは山々なんだけど、その前に春咲さんに聞いておかなくてはならないことがあった。

 

「春咲さん、大丈夫?」

 

「…………大丈夫です。すみません、頑張ってはみたんですが、やっぱり多くの目線があるとああなってしまうんです。どうしても怖くなってしまって」

 

あそこまで会場が開けているとは僕も思っていなかった。去年はもう少し小さかったはずなんだけどな。

 

「仕方ないよ。何とか一回戦は乗り越えられたんだ。このままいくしかない」

 

「ごめんなさい。せめて足を引っ張らないようにします」

 

「大丈夫。春咲さんは僕がついてるからさ」

 

「…………ついてるですか?」

 

「ついてるって言うか、守るって感じかな?うん、約束するよ。それに幸いにも次の相手はさっきと同じEクラスのペアだから楽に突破できるはずだよ」

 

僕はなるべく春咲さんが安心できるように、自分なりに考えながら春咲さんに話す。

 

「……そうですね」

 

しかし、それでも春咲さんの表情は明るくはならないで、少し(もや)がかかったような、そんな曖昧な雰囲気が彼女の周りを彷徨(うろつ)いていた。

 

「ほら、メルさんが大変だから手伝いに行こうよ」

 

僕は同意した春咲さんと一緒に、自分の持ち場に戻っていった。どうか春咲さんの不安が少しでも取り除かれますように、そんな誰に届けるとも分からない願いを呟いて。

 

 

 

 

 

 

 

突然だが、見覚えのない小さな女の子が僕を探して訪ねて来た場合はどうすればいいのだろうか?注文を取り終わってメルさんと春咲さんに伝えに戻る最中に「バカなお兄ちゃん!会いたかったです!」と言ってロケットのように飛び込んで来た少女がいるんだけど、彼女の顔を見ても全く思い出せない。 取り合えず厨房に連れていって現在記憶を漁っている最中なのだがどうしても浮かんで来ない。

僕が思い出せないせいか、目の前の女の子はどこかしょんぼりしているし、隣にいる春咲さんとメルさんは、早く思い出してあげてと急かすような目線で指してくる。

これは不味い、早急に思い出さないと。僕にこんな小さな知り合いなんていたかな?うーん。この子、バカなお兄ちゃんって呼んでたよね確か。

ん?もしかしてだけど公園の…………。

 

「ああっ、葉月ちゃんか!思い出した!ゴメン、少しボケてたよ」

 

「もう、ひどいですバカなお兄ちゃん!」

 

僕が思い出した事がよほど嬉しかったのだろう。パァッと彼女の表情が明るくなる。

 

「本当にごめん、それにしても葉月ちゃん会いに来てくれるなんて嬉しいよ」

 

「はい!せっかくの学園祭ですから。葉月もお手伝いに来たんです」

 

これはありがたい申し出だ。葉月ちゃんのような小さな女の子でも料理を運んだり、注文を取るくらいはできるだろう。

 

「それは助かるよ。いいよね春咲さん、メルさん」

 

「はい、とても嬉しいです。ありがとうございます。葉月ちゃん」

 

「勿論でございます、明久様。葉月様、ありがとうございます。私の手助けをしてくださるとは感謝の極みです」

 

「えへへっ、でも遠慮はいらないですよ。だってバカなお兄ちゃんは、未来の私のお婿(むこ)さんですから」

 

春咲さんとメルさんが微笑ましい表情で僕と葉月ちゃんを見る。僕も可愛らしいと思って思わずにっこり笑ってしまった。

 

「お兄ちゃんとはファーストキスをした仲ですから」

 

しかしそこから春咲さんとメルさんが、うゎーといった具合で僕に向ける視線が哀れむようなものに変わった。

 

「…………吉井君ってロリコンだったんですね」

 

「明久様、私は主の性癖には口を挟まないのでご安心ください」

 

「ちょっとーーーーー!違うから!誤解だから!僕の話を聞いて!」

 

頬にキスされただけだと誤解を解くのにかなりの精神力を使った気がした。もう勘弁してほしい。まぁ、とにかく葉月ちゃんがお店を手伝ってくれることになのは、それでも幸いだっと言わざる負えないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二回戦は一回戦と同じように難なく突破できた。その間春咲さんは、やっぱり僕の腕に引っ付いたままで、召喚獣を操る余裕はなかったようだ。そして、三回戦からはここまで勝ち上がってきた猛者が出てくる。このまま一人で戦うのは、正直厳しいと僕は思ったのだ。でも今回の大会、負けは許されない。絶対に勝たなくてはいけないのだ。そこでふと思った。もうどんな手を使っても勝てばいいんじゃないのだろうかと。そう、結果さえ残せばそれでいいのだ。そして結果こうなった。

 

 

「清水さん、この島田さんのチャイナ服姿の写真欲しくない?清涼祭五枚限定発売なんだって。出し物で忙しいかった清水さんは手に入れられなかったんじゃないのかな?」

 

「そっ、それは!私が探し求めていたお姉様のスーパーレア写真!これをいったいどこで!」

 

「そんなことはもういいんじゃないかな?それよりさ。もし、僕たちに負けてくれたらこれをタダであげるよ」

 

「まっ、負けます!負けますから早くそれを寄越しなさい!」

 

ふっ、勝った。ムッツリーニをアキちゃんの写真で買収してこの写真を手にいれた僕に抜かりはない。アキちゃんは教室から出ても仮面とマントを着ているので、顔を出した普通の制服写真は未だムッツリーニでさえ手に入れられてなかったようだ。まぁ僕が自分の女装写真を撮られたくなかったからってだけなんだけどね。

 

「ちょっと待って清水さん」

 

僕が勝利の余韻に浸っていた時に、清水さんのパートナーである玉野さんが突然割って入ってきた。

 

「この大会で優勝してプレミアムチケットを手にいれて、じゃんけんで勝った方がそれを貰えるっていう約束はどうなるの?」

 

ああ、あの文月グランドパークのオープンチケットね。確かカップル専用で、このチケットで入場した二人は結婚までサポートするとか何とかそんな馬鹿げたチケットだったっけ。でもそうなると新たな疑問が出てくる。

 

「清水さんが文月グランドパークに一緒に行きたい相手は分かるんだけど、玉野さんが一緒に行きたい相手って誰なの?」

 

「それは勿論アキちゃんです!」

 

玉野さんは振りったようにそう言った。またお前かアキちゃん!僕は思わずズッコケそうになった。いや、とにかく今はこの試合に勝つことだけを考えよう。玉野さんを納得させるにはどうするか。実はもうすでに一つの解決案が僕の頭の中に出来上がっていた。でもこれをやれば僕の女装写真がまた一枚出回ることになる。どうする?やるのか?やらないのか?そんな苦渋の決断が僕を押し潰そうとする。悩んで悩んで悩んだ結果ーー。

 

…………仕方ないか、これも勝つためだ。

 

僕は全てを受け入れた。

 

「…………玉野さん、僕と麻名さんが同じクラスだって知ってるよね。もしこの勝負に負けてくれたら麻名さんに写真を撮ってくれるよう頼んで、その写真を玉野さんにあげるよ」

 

「本当ですか!負けます!私達の負けです!」

 

返事は即決。今度こそ本当に勝った。ここまで自分を犠牲にしたんだ。二回目の勝利の余韻に浸っていいだろう。しかしそれは、次の瞬間紡がれた玉野さんの言葉に打ち消される。

 

「アキちゃんのメイド服写真なんて、夢のようです!」

 

「待って玉野さん、いろいろおかしいよ!」

 

いつメイド服なんて言った!彼女の耳は大丈夫なのか!?

 

「ありがとうございます吉井くん!」

 

「だからちょっと待ってくれないかな玉野さん!」

 

勝敗が決まる前にせめて訂正をーー

 

「勝者、こま犬&ウサギペア!」

 

僕は血を吐きながら膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は今調理場でメルさんと並んで料理を作っている。こうするとプロとアマチュアの違いがよくわかる。手際一つとっても僕とは比べ物にならない。二人きりになったんだ。いい機会かもしれないと、僕はメルさんと話をしようと口を開いた。一つメルさんにどうしても聞いておきたかったことがあったんだ。

 

「ねぇメルさん、昔の春咲さんってどん感じだったの?」

 

「昔、ですか?昔の春咲様は一切部屋からでないお方でした。食事もどこでどうやっているのかすらわからなかったのですね。春咲様のメイドとは名ばかりで、実際は何もできませんでした」

 

「そ、そんなに徹底してたの?」

 

今以上に引き込もってたとは……。

 

「はい。私も毎日、どうにかできないかといろいろ試行錯誤したものですが……。ですから春咲様から御手紙が来たときは驚きました。私のことを知っていらしたことにも、私をこの学園にお呼びになったことにも」

 

「それは大変だったね」

 

もし春咲さんが僕に対して同じような対応をしていたら、今のこの環境は生まれなかっただろう。

 

「ですがいい薬になりました。なにせその頃は『メイドの完成形』なんてもてはやされて少し慢心していましたから。周りから何を言われようが所詮私は人間です。ミスもすれば不可能なことも多々あります。それに気づかされました。ですから私は明久様を尊敬しているんですよ」

 

「僕を!?」

 

「はい。なにせ私ができなかったことを平然とやってのけたんですから。初めてここに来たときは自分の耳と目を疑いましたよ、春咲様が私に姿を見せるなんて、と。そして私がここに来てまだ僅かしかたってませんが確信した事があります。きっと春咲様が私をここに呼んでくださったのは明久様、貴方様のためだと思いますよ」

 

「僕のため……?何でまた」

 

「それは御自分でお考えになって下さいませ。私の口からは言えません」

 

………なんだろう?僕はてっきり学園祭での模擬店をやるためだと思ってたけど違うのかな?そこからずっと試合前まで考えていたけど、結局、何も分からず終いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「対戦科目は古典、始め!」

 

古典

 

 

二年

 

 

Rクラス

 

こま犬 70点

&

ウサギ 70点

 

VS

 

二年

 

 

Fクラス

 

姫路瑞希 339点

&

島田美波 6点

 

 

 

Fクラスとの勝負。さっきより下のクラスだが、四回戦を勝ち上がってきた相手だ。当然今までより手強い。それに相手は姫路さんと島田さん。気を抜いたらやられる。

 

「吉井、私達は今回の大会負けられない!あんたをボコボコにして先に進むわ!」

 

「美波ちゃんの言う通りです。残念ですが吉井くん、大人しくやられて下さい!」

 

ビリビリと感じる殺気にも似た闘志。

余程負けられない事情でもあるのだろう。

 

「知ったことじゃないよ。僕たちも負けられないんだ。君達を倒して僕が先に行かせてもらう」

 

もはや言葉では解決しない。この試合で勝った方が先に行けるのだ。相手もそれを理解しているはずだ。

 

「そら!」

 

召喚獣を動かして姫路さんと島田さんの召喚獣に突っ込んでいく。そうでもしないと春咲さんの召喚獣がターゲットにされてしまう。作戦としてはまず島田さんの召喚獣を倒すことだ。あの点数なら一回攻撃をかすらせるだけでも倒せるだろう。だが島田さんの召喚獣は一歩後ろに下がって、姫路さんの召喚獣が前に出てきた。姫路さんの召喚獣と武器の掛け合いが始まる。そして僕と姫路さんの腕が武器と一緒に上に上がった瞬間に島田さんが前に出きた。

真っ直ぐに突き出されたレイピアが僕の召喚獣の脇腹に突き刺さる。

 

 

(これは……。)

 

 

「気づいたようね。これが吉井、あんたを倒すために考えた作戦よ。私の点数が低いからほんの少ししか点数を減らせないけど。あんたのパートナーは全く機能してないようだしね」

 

あくまで二人であることを前提とした作戦か……。姫路さんと僕で攻防をさせておいて、隙ができたら島田さんが攻撃をする。Fクラスとの試召戦争の時とは違い、今回は僕の方が圧倒的に点数が下だ。召喚獣の性能差が負けている今、僕の操作技術では姫路さんとの戦力差は同程度。そうなると当然隙はできるし、それをカバーしてくれるパートナーがいない今、僕の絶望的な状況は抜け出せない。このまま戦い続ければ少しずつ点数が減って負けてしまう。

 

 

「吉井くん、戦えるのがあなたしかいないいこの状況では私達には勝てませんよ」

 

きっと今までの僕たちの試合を見て考えてきたんだろう。いい作戦だ。撃ち破るのはほぼ不可能だ。クソ!分かっていた。一人ではいずれ限界が来ることが。それでも春咲さんを優勝させてあげたかった。春咲さんはこの優勝を学園長への恩返しだと言っていた。でも僕にとってこの大会は春咲さんへの恩返しなんだ。このバカな僕に勉強を教えてくれた、部屋にいたいはずなのに僕のために出てきてくれた、僕の作った料理を美味しいと言って食べてくれた、そして何より僕のクラスメイトでいてくれた。二年生になって初めて登校する時、ワクワクしてたんだ。どんなクラスに入って、どんな人達と出会って、どんな学校生活を送るのか……。

もし僕がRクラスに入らなかったらどんな未来が待っていたかは分からない。でも僕は春咲さんのお陰で毎日が楽しいし、本当にこのクラスで良かったと思っている。

だからこの大会で優勝して春咲さんを喜ばせてあげたかったんだ。たとえ結果が見えていたとしても。でも、もうそれは……。

 

「どうやら諦めたようね。それならまずあんたの後ろで突っ立っているパートナーから倒させてもらうわ」

 

島田さんの声で姫路さんの召喚獣が春咲さんの召喚獣に向かって行く。その時、僕の腕に張り付いてる春咲さんがギリッとを力いれた。そこではっとした。そして、気がついた時には姫路さんの攻撃を真正面から受け止めていた。

 

「…………まだ、諦めないんですか?吉井くん」

 

「諦める訳にはいかないよ。それに僕は、僕のパートナーを守るって決めてたからね」

 

剣をはじいて姫路さんの召喚獣を後ろにふき飛ばす。姫路さんもそれに合わせて地面を着地した。僕は春咲さんに目線を下ろして、空いている左手を彼女の頭にポンと乗せる。

 

「大丈夫。ほら、一回戦の後言ったでしょ。春咲さんには僕がついてるって。だから春咲さんはゆっくり休んでればいいんだよ」

 

腕に伝わる春咲さんの震えが少し小さくくなった気がした。

 

「よし!行くよ二人とも」

 

そう言ってはじめと同じように二人に突っ込む。当然のように姫路さんが前に出て、また同じように武器のぶつかり合いが繰り広げられそして、またまたさっきと同じように武器が跳ね上げられて僕が無防備になった。当たり前に体にレイピアが刺さるが、そこで僕は引かなかった。むしろそのまま姫路さんと島田さんの方へ突っ込む。

 

「「えっ!?」」

 

驚愕する二人を他所に、握っている木刀で姫路さんと島田さんの召喚獣をひたすら殴る。そして、レイピアが刺さったまんまなので当然、僕の召喚獣の点数が減り続ける。どっちが早く点数を削り取るか……。

僕がラッシュで二人を倒すのが先か、島田さんのレイピアが僕を倒すのが先か。賭けなるが、もうこれしか勝つ方法はなかった。意識を召喚獣に集中させる。早く、もっと早く!そう召喚獣に伝えながら木刀を振り続けた。

 

そして…………。

 

 

 

 

 

こま犬 3点

&

ウサギ 70点

 

 

vs

 

 

島田美波 0点

&

姫路瑞希 0点

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……。」

 

「せっかくあそこまで追い詰めたのに……。」

 

勝った、ギリギリで。危なかった。嫌な汗かいている。精神力を使ったせいかどっと疲れも押し寄せてきた。

さすがにこの二人は強敵だった。

 

「…………勝ったよ、春咲さん」

 

そう言って僕はようやく大きな、安心しきった溜め息を口から吐き出したのだった。

 

 

 

 

 

 




今回書いてたらあまりにも長かったから二つに分けました。あとこの2話見直ししてないので、あとからかなり変えると思っておいて下さい。なぜかって?それは夏休みの宿題をしていないからだ(キリッ


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君の壁になろう

読書感想文ーーーーーーーーーーーーーーーーー!
数学ワーーーーーーーーーーーーーーーーーーク!



春咲さんがいないと気がついたのはほんの少し前だった。手伝いを頼もうと春咲さんに声をかけようとしたらいつの間にか消えていたのだ。葉月ちゃんに聞いても、メルさんに聞いても春咲さんを見かけてないと言う。流石に僕は心配だからと店を二人に預けて、クラスの居住スペースに向かった。春咲さんが一人でクラスの外に出るとは考えられなかったからだ。

そこで廊下を歩いている時に、春咲さんの部屋の扉が何故か空いている事に気がついた。いつもは閉じているのにと不思議に思いながらも中に入る。入るのは二回目だが何とも綺麗で整理整頓された部屋だ。だが中に春咲さんはいなかった。

 

「ここは………。」

 

部屋の壁にある出入口とは違うもう一つの扉。ここも以前に入ったことがある。春咲さんの研究室だ。僕は遠慮がちに中に入った。そこは見ただけではよく分からない資料や装置なんかが多く置いてある。そのせいか、キョロキョロと辺りを見回しながら部屋をうろついていたら変なボタンを触ってしまった。

 

「やばっ!」

 

ブンと何かの電源が着く音と共に、いくつかのモニターがなにかを映し出した。見ればそれは校内の隠しカメラの映像だった。学園祭の真っ最中なだけあってどの画面でもガヤガヤと賑わっている雰囲気が伝わってくる。だからだろう、暗い画面に映る数人の男達と仮面とマントを着ている春咲さんをすぐに見つけられたのは。その画面を見た瞬間僕は走り出していた。

場所は体育倉庫。部屋を出て、居住スペースを抜け、教室を抜けて、廊下から階段をかけ下りてる。そのまま一気に走って体躯倉庫の扉を開け放つ。

 

「春咲さん!」

 

そこには七人の男と地面に、尻餅をついて仮面を剥がされかけている春咲さんがいた。カッと自分の中の何かが跳んで、呆気にとられている目の前の男を殴り飛ばした。急いで春咲さんに駆け寄る。春咲さんは人形みたいに固まってしまってる。震えてすらいない。目の焦点もどこかしら合っていない。視線を集められるだけであんなに怯えてたんだ。狭く暗い部屋で複数のしらない男に囲まれて悪意をもろにぶつけられたらこうなるのは当たり前だろう。

 

「くそっ!見つかったか!」

 

「どのみちこの二人を動けなくするってのが依頼の内容だったんだ。引きずり出す手間が省けて良かったじゃあねぇか」

 

「……………黙れよ」

 

「ああっ?」

 

「その汚い口を閉じろって言ってるんだこの糞野郎!」

 

思いっきり殴りかかった。何がどうなるとかそんなのは考えなかった。考える余裕がなかった。目の前にいるこいつらを殴ることしか考えれなかった。複数の拳が僕を襲う。痛みが身体中を駆け巡った。口の中が血の味で広がる。それでも血が頭に昇っているせいか、僕が止まることはなかった。どのくらいの時間が経ったのか、僕には長く感じたが実際は物凄く短かったと思う。

 

「はぁはぁ、なんだこいつ。倒れねぇぞ」

 

 

目の前がぐるぐると回る。目玉だけが回っているみたいで、立っているので精一杯だ。

 

「はぁはぁ、ゲホッゲホッ。倒れるわけにはいかないんだよ。……約束したから、春咲さんを守るって。決めたから、この大会で春咲さんを優勝させるって。だから倒れるわけにはいかないんだよ」

 

ほとんど働いていない思考でなんとか言葉を絞り出す。たぶん頭に浮かんだことを無意識で口に出していたんだと思う。そしたら僕の腰辺りに腕が回って力強く締め付けた。今ではもう馴れたくらいの感覚だ。

 

「はぁ、ごほっ。春咲さん?」

 

僕が春咲さんの方を向いたらドサッという音が一斉に聞こえてきた。音がした男達の方を見ると全員が床に崩れ落ちている。そしてわその真ん中にはマントを着てフードを被っている羊の仮面をした人物が立っていた。

 

「申し訳ございません。遅くなりました。明久様。彩葉様」

 

この口調にこの格好。メルさんだ。彼女を認知した瞬間、唐突に安心感が来て、僕も糸が切れたように崩れ落ちた。

 

「助かったよメルさん。あんだけ働いてたのによく分かったね」

 

「メイドの勘です。それにこれではNo.1メイド失格です。本当に申し訳ございません」

 

メルさんは僕たちを見て一つお辞儀をしてこう言った。

 

「いや、流石No.1メイドだよ。ありがとうメルさん」

 

何も告げず出ていったのにこの事に気がづいて、短時間でここを見つけるなんて普通はあり得ないだろう。

 

「明久様、後はお任せしてよろしいでしょうか?」

 

「うん、大丈夫だよ。任せて」

 

「ではこれにて」

 

そう言ってメルさんは床に転がっている男達を引きずって出口に向かって行った。だが出口から出る直前にメルさんは立ち止まってこっちを振り向いた。

 

「明久様、恐れながら一つ言わせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「……うん、いいよ」

 

「では言わせていただきます、明久様。もう少しこのワーメルト・フルーテルを頼って下さいませ。いつでも私は貴方様たちお二人の味方です。お困りの事があれば、まずこの私にご相談をしてくださるくらいでいいのですよ」

 

言い終わるとメルさんはもう一度丁寧にお辞儀をして出ていった。扉の閉まる音が鳴って何も聞こえなくなる。

 

「…………………………。」

 

取り合えず春咲さんを落ち着かせよう。ぎゅっと正面から春咲さんを抱き締める。この間、僕の家でやったよう。彼女が落ち着くように。そして僕の胸に顔をうずめている春咲さんもぎゅっと僕を抱き締め返す。

 

「…………怖かったです。あんなに怖かったのは久しぶりでした」

 

急に春咲さんが話しかけてきた。

 

「…………ごめん、春咲さん」

 

顔は見えないが春咲さんがクスッと笑った気がした。

 

「何で吉井くんがあやまるんですか。私は感謝してます。それに嬉しかったです」

 

「助けに来たことが?」

 

「それもですが、私を守ってくれたことですよ」

 

「………いや、守れなかったよ」

 

「守ってくれましたよ。こんなボロボロになって、それでも私の心配をしてます。それに謝るのは私の方ですよ。私が捕まらなかったら、明久君がこんな目に合わずに済んだんですから」

 

「数日あれば治るよこれくらい。見た目ほど酷くはないから。捕まったのだってあいつらが勝手に連れてっただけなんだから」

 

「いえ、私が悪いんですよ。一人で教室に出るから」

 

「えっ!?春咲さん教室から出てたの!?」

 

「はい、少しでも人目に慣れようと思って。前の試合を見て吉井くんがしんどそうだったから。次の試合は吉井くんと戦いたかったんです」

 

どうやら春咲さんは、この大会に参加できなかったのを負い目に感じていたらしい。

 

「…………そっ………………か」

 

そっか。僕はそれしか言えなかった。暗がりの闇に、僕の呟きが溶けて消える。

 

「…………はい」

 

二人とも押し黙る。温かい空気が僕を撫でた。しばらく僕たち二人の間を沈黙が駆け巡る。外は祭の熱気で騒がしいと言うのに、ここはどこまでも静かで緩やかだった。

 

「…………ねぇ吉井くん」

 

しかし、その沈黙を破ったのは春咲さんの方だった。

 

「…………何?」

 

「えっと、これからも私を守ってくれますか?」

 

「うん、約束したからね」

 

「…………そうですか。それは良かったです」

 

そんな春咲さんの言葉を僕は飲み込んで、新たな決意を胸に刻んだ。次はきっと、きっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから次の試合が始まったのは、僕たちが外へと出てすぐだった。

 

「対戦科目は保健体育、始め!」

 

 

 

 

保健体育

 

 

二年

 

 

Rクラス こま犬 70点

&

Rクラス ウサギ 70点

 

 

vs

 

 

Aクラス 霧島翔子 346点

&

Aクラス 木下優子 321点

 

 

 

 

 

 

二年Aクラスの二人だ。二年生で参加しているチームでは最高の得点を誇っている。特にAクラス代表である霧島さんは要注意だ。この点数差一人で勝てるのか?そんな疑問が僕を支配する。しかしそれから、ふと腕に引っ付く春咲さんを見る。そうだ、守るって約束したんだ。勝たなくちゃ。

 

「………………因縁の対決。今度は私たちが勝つ」

 

「私は今回代表の付き添いみたいなものだったんだけど、あなた達と戦えるなら参加して良かったと思えるわ。全力の点数でないことが残念だけど」

 

試召戦争以来だな、この二人と喋るのは。どうやら前回の試召戦争のことを根に持っているようだ。

 

「うん、僕も戦えて嬉しいよ。でも何で霧島さんは大会に参加したの?」

 

「…………雄二と行くため」

 

「な、なるほど。それなら勝たせてあげたいけど、勝ちは譲らないよ」

 

僕は内心で、雄仁に合掌した。

 

「…………うん、全力で真剣勝負」

 

「そうだね、お互いに頑張ろう」

 

とは言ったもののこれではかなり厳しい。二人とも三百点台とは流石だ。教師からの合図の後、挨拶が終わると同時に二人がこっちに向かってくる。点差がこうもあると二人の攻撃を同時に受け止めるのは無理だ。押し負けてしまう。ここは一旦後ろに下がるか?いや、駄目だ。後ろには春咲さんがいる。仕方ない。受け止めるしかないか。槍と剣が迫ってくる。二つの攻撃を受け止めるために体を沈め、刀を構えた。しかし自分に来た攻撃は一つだけだった。それはそう、春咲さんの召喚獣がもう一つの攻撃を受け止めたからだ。

 

「春咲さん!」

 

「吉井くん、私を守ってくれるんですよね。それならもうこれくらい怖くありませんよ」

 

春咲さんは僕の腕から離れると、僕の手の掌を握ってきた。何故かさっきより接触している面積は小さいのにすごく恥ずかしくなる。

 

「勝ちましょう、この試合!」

 

「そうだね、勝とう!」

 

横に逃げて、そこから二人で激しく移動しながら攻撃を当てていく。回りながらローテーションに攻撃する。霧島さんも木下さんも反撃をするが当たらない。

 

「うっ、当たらない!」

 

「二人とも操作が雑になってきてるよ」

 

右を向いたら左を攻撃。前を向いたら後ろを攻撃と言ったように、二人で連携して点数を着実に減らしていく。そして最後は一斉に畳み掛ける。

 

Rクラス こま犬 43点

&

Rクラス ウサギ 70点

 

 

 

vs

 

 

 

Aクラス 霧島翔子 0点

&

Aクラス 木下優子 0点

 

 

 

 

 

僕達は見つめあって笑った。仮面で春咲さんの表情は見えなかったけどきっとそうに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に清涼祭一日目を終えて、片付けや明日の用意をし終わって。皆自室に帰っていった。明日も早いから早めに寝ようと言うことだそうだ。僕も疲れたのでベットで横になった。

 

コンコン。

 

しかしそこで、扉を叩く音が鳴った。僕はベットから起きて犬小屋の出口の前まで行く。こうやって部屋に入ってくるのはメルさんだけだ。どうしたんだろう?明日に向けての話し合いかな?

 

「入ってきていいよ」

 

僕がそう言うと、小さな扉がパカッと開いて春咲さんが這い出るようにして入ってきた。

 

……………ん?春咲さん?

 

「こんな夜遅くにごめんなさい」

 

「い、いや。それは全然いいんだけど、まさか春咲さんが僕の部屋に来るとは思わなかったよ。いつもはメルさんだけだから」

 

「ごめんなさい、少し話したいことがあって訪ねたんです。ご迷惑でしたか?」

 

僕はそれを首を横に振ることで否定する。しかし、こうして僕の部屋に春咲さんがいると言うのはなんとも奇妙な感覚だ。

 

「私、自分の部屋以外の人の部屋に入るのは初めてなので少し緊張してます」

 

「僕も女の子を自分の部屋に入れたことなんてほとんどないからちょっと緊張してるよ。それで、えっと話したいことって?」

 

「話したいことというより、改めてお礼が言いたかったんです」

 

春咲さんはペコリと頭を下げた。

 

「今日は本当にありがとうございました。私を守ってくれて、私を守ると言ってくれて。今まで私を守ってくれるのは自分の部屋の壁だけでしたから、とても嬉しかったです」

 

春咲さんは、それだけを言うと少し居心地が悪そうに目線を泳がせて、体の置場所を探すように挙動不審になった。

 

「…………えっと、それだけ言いたかったんです。とにかく明日も頑張りましょう!」

 

そう言ってから春咲さんはウサギの如く駆け出して犬小屋をくぐっていった。

 

「あいた!」

 

ゴンと頭をぶつける音がなった。あそこぶつけやすいんだよね。大丈夫かな?しかし嵐と言うよりはつむじ風のようにあらわれて消えていったね、春咲さん。僕は一つ息を吐いてベットに倒れ横になる。良かった。春咲さんが人目にある程度耐性ができて。それはきっと、春咲さんを引きこもりから脱出させる大きな一歩になったはずだ。でも今は目の前の事を考えよう。とにかく、明日の決勝のためにも早く寝なければ。僕はそっと目を閉じて電気を消す。そして、そのままゆっくりと夜は更けていく。ゆっくりと緩やかに、しかし確実に深く深く、それは海の奥底に沈むようにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。清涼祭最終日。その日ある試合は決勝であるこの試合だけだ。

 

「流石は決勝戦だね。観客の数が随分と多い」

 

会場を前にドクンと、少しだけ脈が早くなった。緊張していないと言えば嘘になる。

 

「大丈夫?こんなに人がいるけど」

 

「吉井くんがいてくれるなら大丈夫です」

 

「よし!ここまで来たんだ、絶対勝とう!」

 

「はい!」

 

『さて皆様。長らくお待たせ致しました!これより試験召喚システムによる召喚大会の決勝戦を行います!』

 

聞こえてくるアナウンスは今まで聞いたことのない声だった。もしかするとプロを雇っているのかもしれない。世間の注目を集めている大会だし、充分考えられる。そうなると、あの時ババアが言っていたデモンストレーションってのはあながち嘘ではないみたいだ。

 

『出場選手の入場です!』

 

僕と春咲さんは軽く頷き合って、観客の前に歩み出た。

 

『二年Rクラス所属・こま犬さんと、同じくRクラス所属・ウサギさんです!皆様拍手でお迎えください!』

 

盛大な拍手が雨のように降ってくる。

 

『Rクラスはこの学園の最高クラスにして特別クラスでもあります。今回は残念ながらその実力のうち少ししか垣間見ることができませんが、本来はAクラスと大差をつけるほどの点数の持ち主達です!』

 

アナウンスで僕達の紹介がされる。

 

『それに対する選手は、三年Aクラス所属・夏川俊平君と、同じくAクラス所属・常村勇作君です!皆様、こちらも拍手でお迎えください!』

 

相手は三年のAクラスか。なかなか強そうだ。

 

『出場選手が少ない三年生ですが、それでもきっちりと決勝戦に食い込んできました。さてさて、最年長の維持を見せることができるのでしょうか!』

 

同じように拍手を受けながら、二人はゆっくりと僕らの前にやって来た。

 

『それではルールを簡単に説明します。試験召喚獣とはテストの点数に比例したーー』

 

アナウンスでルール説明が入る。もう充分に知っていることなので、僕らはそれを無視して先輩達とにらみあった。

 

「…………あなたたちですね、昨日私を拉致するように仕向けたのは」

 

機械的な音声が聞こえる。仮面に仕込まれたボイスチェンジャーだ。

 

「けっ、気づいてやがったか。そうだよ、お前たちが公衆の面前で恥をかかないようにしてやろうとしたのによ」

 

事前に春咲さんに聞かされていた通り、彼女の推測は合っていたようだ。

 

「先輩。僕も一つ聞きたいことがあります」

 

「ぁんだ?」

 

「教頭先生に協力している理由は何ですか?」

 

そう聞くと、坊主先輩は一瞬驚いた顔をした。今回、学園長の失脚を狙っているのは教頭先生だ。だからこの二人は教頭先生と通じているはず。

 

「………そうかい。事情は理解してるってことかい。まぁ学園長と通じてるお前らなら知っててもおかしくはないか」

 

「それでどうなんですか?」

 

「進学だよ。うまくやれば推薦状を書いてくれるらしいからな。そうすりゃ受験勉強とはおさらばだ」

 

「そうですか。そっちの常村先輩も同じ理由ですか?」

 

「まぁな」

 

「…………そうですか」

 

小さく頷いて会話を打ち切る。僕が聞きたいことはそれだけだ。

 

『それでは試合に入りましょう!選手の皆さん、どうぞ!』

 

説明も終わり、僕達は配置についた。審判役の先生が僕らの間に立つ。

 

「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」

 

掛け声をあげ、それぞれが分身を呼び出した。

 

日本史

 

 

 

二年生

 

 

 

Rクラス こま犬 70点

&

Rクラス ウサギ 70点

 

 

 

vs

 

 

 

三年生

 

 

 

Aクラス 常村勇作 209点

&

Aクラス 夏川俊平 197点

 

 

 

 

 

 

 

「くくっ、こんだけの点数でしか勝負できないとは残念だな」

 

「けけっ、夏川あんまりいじめるなよ。可哀想だろ」

 

 

あからさまな挑発、だけどそんなのにのってやる必要はない。だってーー

 

「…………僕は決めてるんだ」

 

「ぁん?」

 

「この大会で春咲さんと優勝するって。」

 

僕の召喚獣は既に先輩たちの懐に潜り込んでいるのだから。

 

「「なっ!?」」

 

下から二人ともに木刀のアッパーで打ち上げる。

 

「春咲さん!」

 

「わかってます」

 

春咲さんが上にとんで攻撃をする体勢になる。

 

「俺たちをなめんじゃねぇぞ!」

 

先輩たちのも体勢を立て直す。流石は三年生。召喚獣の扱いが上手い。準決勝の二人より点数は低いが、彼らの方が実力は上だろう。だけどそんなんじゃ春咲さんの攻撃は止められない。春咲さんの召喚獣は常村先輩の召喚獣の武器の上に着地して、もう一人の先輩に一太刀浴びせていた。

 

「相手の武器の上に乗るなんて、そんなばかな!」

 

「あり得るのかそんなこと!」

 

「Rクラス主席をなめないでもらいたいね」

 

春咲さんはそのまま二人ともを地面に叩きつける。

 

「今です!明久君!」

 

春咲さんの攻撃で怯んでいる隙に僕が一直線に並んで倒れ伏している先輩たちを一刀両断する。先輩たちの召喚獣が音をたてて消えていく。

 

『こま犬・ウサギペアの勝利です!凄い戦いでした!まるで嵐のような連携に、召喚獣の操作能力の可能性を見せつけられましたね』

 

わぁっ、と一斉に歓声がおこる。僕たち二人は共にガッツポーズをしていた。二人でもぎ取った優勝だ。それが嬉しくてたまらない。間違いなく僕は今、最高の気分を味わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

簡単な授賞式を終えて、僕達は学園長室に来ていた。

 

「学園長、優勝しましたよ」

 

「そんなことわかってるさね。全く物好きな奴等だよあんたらは。自分達の得になりゃしないってのに」

 

「いえ、私にとって学園長はお母さんみたいな人ですから。親を助けるのは子として当然です」

 

「…………そうかい、好きにしな」

 

学園長の表情は少し無愛想だ。それにしてもお母さんか………。妖怪から天使が生まれるわけないのでなかなか想像しにくいな。

 

「そういえば、なんで先輩たちは私たちが学園長と通じてることを知ってたんでしょうか?」

 

春咲さんが何かぶつぶつと呟いている。

 

「どうしたの春咲さん?」

 

「いえ、なんでも………ありません。」

 

なんだろう、まぁ何でもないって言ってるし大丈夫か。

 

「それにしても、もうこんなことはないようにしてくださいよ、ババア長。すっごく大変だったんですから。景品のこの白金の腕輪が欠陥品だなんてあり得ませんよ。もし暴走して生徒たちに何かあったら「待って下さい吉井くん!この話はマズイです!」……春咲さん?」

 

「恐らくは、盗聴です」

 

春咲さんは外へと駆け出して学園長室の扉を開け放った。すると複数の足音が遠ざかっていくのが伝わってきた。

 

「追いかけますよ吉井くん!」

 

「ちょ……春咲さん、どう言うこと?」

 

「盗聴です!あの先輩たち、この部屋に盗聴器を仕掛けてたんです」

 

「なんだって!?」

 

「あの一連の会話も聞かれていたはずです。録音なんかされていたら流石にマズイです!」

 

「録音!?冗談じゃない!」

 

そんなものが公開された日には今までも努力が全て水の泡だ。二人で屋内と屋外を走り回る、だけど春咲さんは普段あんまり運動しない。当然僕に追い付けなくなる。

 

「はぁはぁ、吉井くん。先に行ってください。私に合わせていたら見つかるものも見つかりません」

 

確かに、でも僕一人で探したとしてもこの学園のどこにいるかもわからない人達を探して捕まえるのはほぼ不可能だ。どうしよう。焦りが僕のなかに生まれる。

そんな時、ふと思い出した。メルさんの言葉を。僕は急いで携帯を取り出してメルさんに電話する。ワンコールが鳴り終わる前にメルさんが電話に出た。

 

「どうなされました、明久様」

 

「急いでるから理由は省略するけど、ある人物を捕まえてほしいんだ!特徴は坊主頭と小さなモヒカンで、見たらすぐわかるはずだよ!僕達の決勝戦の相手だった先輩たちだったから!」

 

「かしこまりました。早急に確保します。」

 

その一言の後に電話が切れる。

 

「はぁはぁ。……なるほど、彼女に頼めばよかったですね」

 

「うん。もっと頼ってくれって言われたからね」

 

まだ問題は解決していない。してはいないが、僕はもう大丈夫だと言う安心が心の中に芽生えていた。そして、そんな僕の心情を裏切ることはなく、その三分後に僕の携帯から着信音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わっちゃったね、清涼祭」

 

「はい、とても楽しかったです」

 

僕達は夜遅くに誰もいない校舎で散歩をしていた。春咲さんが僕を誘ってそれを了承したからだ。夜の校舎と言うのは、僕が思っていたよりも随分と怖い。まぁ怯えるほどでは全然ないけど。しかしそれは置いて置いて、今僕は非常にもう何回目か分からない既見感(デジャブ)を味わっていた。と言うのも、僕の左腕には春咲さんがくっついている状態にあり、僕はそんな春咲さんを引っ付けて歩いていた。

 

「…………えっと、ここに人目なんて一つもないんだけど」

 

「…………夜の校舎って怖いじゃないですか。だからです」

 

そうなのか。春咲さんってあんまり幽霊とか信じないタイプな気がするんだけど。いや、それは間違いか。もし本当にそうなら『試験召喚システム』なんてオカルト要素のある物を研究しようとは思わないはずだ。にしても春咲さん、こんな夏の夜に体を引っ付けてて暑くないんだろうか?

 

「春咲さん、熱くない?」

 

「熱くないありませんよ。(暖かいです)

 

「えっ、なんか言ったかな?」

 

「ん~なんでもありませんよ」

 

春咲さんがにっこりとした笑みを僕に向けた。その笑みを真っ直ぐに見てしまい、僕は照れてそっぽを向いた。

 

「どうしたんですか?」

 

「なんでもないよ」

 

春咲さんはクスクスと笑った。

 

「ふふっ、おかしな人」

 

そうしてまた一層、声にならない小さな笑い声を春咲さんはあげた。そんな彼女の笑い声を聞いてふと、僕は思い出した。

 

「そういえば決勝戦の時に、僕のこと名前で呼ばなかった?」

 

あの時、確かに春咲さんは“明久くん”とそう言った気がしたんだけど……。

 

「き、気のせいですよ!」

 

「ほんとに?」

 

「は、はい!」

 

うーん聞き間違いか。僕も勝負に夢中だったからね。もしかしたら春咲さんと距離を縮めらると思ったんだけど、まぁ聞き間違いなら仕方がないか。

 

 

 

 

 

 

僕たちは散歩を再開する。そのまま二人でゆっくりと夜の校舎を歩き続ける。この時間がいつまでも続けばとそう思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し王道で甘めにしすぎましたかね?
3巻の分は春咲の出番皆無だからこれくらいしてもいいよね。
誤字脱字、矛盾点などあったら教えて下さい。
感想待ってます。


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memorial

 

 

 

それは蝉のよく鳴く夏だった。

実際どうなのかは知らないが、自分はそう感じた。もしかしたら自分が泣いていたからそう聞こえたのかもしれない。

でも涙は流さなかった。

そこは蝉と同じくだとよく分からないことを思ったものだ。

ここはとても暑かった。いつもいる場所よりもかなり暑いと感じた。湿度が高いからなのか、単純に気温が高いからなのか、多分どちらもそうなのだろう。

でもここが好きだった。よく母から話は聞いていたのだ。自分が話を理解できるようになったくらいからずっと聞かされていた。だからもの心ついた頃には、そこに行きたいとなるのは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

ここに来たときは随分と興奮した。初めて来たはずなのに懐かしく感じた。自分の肌に合っていると直感で思った。

大げさなのではと思うかもしれないが、それぐらいここへの第一印象は高かったのだ。期待を裏切らなかったとでも言うのか。元々ネットワークを通じてそこについて調べていたと言うのもあるのかもしれない。一枚の画像や、数分の動画を何時間眺めたか分からないくらい見た。そう、言わば憧れの場所だった。

この土地に来てからよく外を出歩いた。

普段とは違い、緑が濃く生き生きと輝いていたから自然とそれに誘われたのだと思う。元々外を出歩くのが好きで、かなりの頻度で家を出ていった。でもさすがにこの年で遠くへは行けなかったので、自分の足で歩ける範囲しか移動できなかった。そのせいで両親によく心配されていたが、折角ここまで来たのに、部屋でじっとしていたら勿体ないと思っていたのでそれは止められなかった。

いろんな所へ行った。山や川。村や街。見るもの全てが少しづつ違っていて、どこへ行っても楽しかった。

自分のお気に入りの場所も見つけた。それは林の中にあり、座りやすい大きな岩がある。独特な形をしている岩があって、自分はその岩を気に入っていた。そこに腰を掛けたり、寝転がったりするのが好きだった。目立たない隠れた場所なのでいつ来ても誰もいなかった。

その場所を少しの期間しか独占できないのが残念だといつも思ったものだった。そこだけ切り取ってもって帰りたいと思うほどに好きだった。

そしてそこが二人の出会いの場だった。

いつの間にか二人の秘密基地となっていた。

今でもはっきりと思い出す。懐かしい記憶。

覚えていますか?予想だときっと覚えていないのでしょう。

だけど何か一つでも覚えていたなら嬉しいと思うのは未練なのか、それとも……。

未だにその答えは分からないけど、いつか分かるといいな。

また紡いでいこう。

私とあなたのその記憶。

 

 

 

 

 

 



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初体験

このssの唯一の見所は、他のssには無い展開だと思っています。それ以外は特に何もない普通の二次作品。


人生とは様々な経験をするものだ。長く生きれば生きるほど珍しい出来事に出合い、それは自分の糧になる。一番最近あった大きな出来事と言えば、僕がRクラスに入ったことだ。本来Fクラスに入る予定だった僕は春咲さんのお陰でここにいる。僕の周りにいる人達も一つはあるはずだ。自分の人生を変えた出来事や、自分しか体験してないと思えるような経験を。まぁそんな面白味もない話を長々と語っているが、現在進行形で僕は今そんな出来事に立ち会っている。まさか自分がこちらの視点でこの行事に参加することになるとは思わなかった。切っ掛けはそう、僕の携帯電話にかけられた一本の電話から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、僕は朝から春咲さんと向かい合い座っていた。教室の机ではなんてことのない、いつもの日常がくり広げられていた。

 

 

 

 

 

 

「王手です」

 

「…………また負けた」

 

僕は今、春咲さんと将棋をして遊んでいる。この勝負で僕の十連敗目が決定したのだ。

 

「飛車に角、金銀までぬいてるのに勝てる気が全くしない」

 

「将棋は私の得意分野ですから」

 

「そりゃ勝てないわけだ」

 

あの春咲さんの領分で勝負するなんて無謀にもほどがある。

 

「少し休憩にしましょう」

 

春咲さんがそう言うと、待っていたかのようにメルさんがお辞儀をして冷たいレモンティーを置いてくれた。

 

「それにしても、春咲さんにもメルさんにも十連敗するとはね」

 

「明久様が全力で勝負して欲しいとおっしゃったので自分なりに全力を出させていただきました。ですがその私も彩葉様に十連敗していますので」

 

「結局春咲さんの一人勝ちか。いつか一勝はしてみたいな」

 

「ふふっ、そう簡単には勝たせませんよ」

 

普通でしかし暖かな、そんなゆっくりとした時間を三人で過ごしているとーー

 

「ん、誰からだろう?」

 

僕のポケットから着信音が鳴った。僕は二人に一言いってから離れて電話にでる。

 

「もしもし、どちら様ですか?」

 

『私だよクソジャリ』

 

僕の精神力が一気に持っていかれた。

 

「…………何の用ですか、学園長。」

 

僕はあからさまに嫌そうな声で言った。なんでクソババアが僕のケータイの番号を知ってるんだよ。

 

『あんたに頼みがあってね』

 

「学園長の頼みなんてろくなものじゃないと思うんですけど」

 

『否定はしないさね。まぁ取り合えず聞きな』

 

そう言って学園長は僕のことを無視して喋り始めた。

 

『あと一週間後に学力強化合宿ってのが二年生の間で行われるだろう』

 

「確かにありますが、Rクラスは参加しないって言ったと思うんですけど」

 

『確かに聞いたさ。だが今回の合宿にどうしても来れない教員が出てしまってね。その教員は史学の担当教師なんだよ。だから吉井、お前がこの教師の代わりとして合宿に来な。』

 

「……………………は?」

 

『お前が代理教師として合宿に参加しろって言ってるんだよこのクソバ。』

 

「はぁぁあぁーーーーーーー!?」

 

僕が代理教師だって!?あり得ないだろ!そもそも生徒が代理教師なんてどうかしてる!

 

『不思議なことに、今現在あんたの日本史と世界史の点数は教員達と同等かそれ以上の成績を納めてるからね。今回の合宿はギリギリの教員人数だから、一人でも欠けると他の教師たちの負担が大きくなってしまうってことだよ。だからあんたに行ってもらいたいってわけさ』

 

先生達も大変なんだなと他人事に思った。

 

「いいんですか?僕はこの学園の生徒ですよ」

 

『このクラスは生徒側と言うよりは学園側。特殊な位置付けだから、さして問題はないさね』

 

だとしても僕は嫌だ。なんでわざわざ泊まり込みで勉強をしなくちゃならないんだ。ここは面倒だし断ろう。

 

「そうですか、でも僕は断わりま…『犬小屋』ありがたく受けさせていただきます」

 

権力とはなんて恐ろしいものなんだ。これは明らかに職権乱用だ。

 

『そうかいそうかい。なら詳細はまたメールで送るから、つもりだけはしておきな』

 

そう言って学園長からの電話が切れた。

 

「………………………………。」

 

何も聞こえない、何も考えなかった。

取り合えず叫んでおこう、心の赴くままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソババアァァァーーーーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学力強化合宿一日目が始まった。僕は春咲さんとメルさんに別れを言って教室を出る。二人とも快く了承してくれて準備まで手伝ってくれた。メルさんも後から来てくれるようで、春咲さんがそうするように言ってくれた。まぁそれで、何だかんだ職員室の前に来ているのだが…………。

この職員室の扉から発せられる圧力が凄い。僕が問題児だからと言うのもあるだろうが、大半の学生にとって職員室と言うものは大体そうだ。このアウェー感が半端ではない。一旦落ち着いて深呼吸をしよう。ゆっくりと深く息を吸ってーー

 

 

 

 

 

「吉井、こんなところで何を立ち止まっているんだ」

 

「ブフッ!」

 

思いっきり吐いた。

 

「鉄人!」

 

「西村先生と呼べ!」

 

ゴン!と頭に軽い拳骨が落ちる。いててと僕は頭をさすった。

 

「こうして話すのは久しぶりだな」

 

相変わらず体に響く低い声だ。

 

「そうですね。試験召喚大会の時に顔は何回か見ましたけど、こうして話すのは僕がRクラスの生徒になる時以来ですね」

 

「お前が問題を起こさなくなったからと言うのもあるだろうがな。俺としては嬉しい限りだ」

 

僕はこれに、ハハッと苦笑いで返す。

 

「話は学園長から聞いている。早く中に入れ。もうすぐ会議が始まるぞ」

 

「はい」

 

僕は鉄人に背中を押される形で中に入る。しかしこれは、この学園に来て一年は経つが未だに慣れない風景だ。しかし、中には見慣れた二年生の授業を受け持っている先生たちが勢揃している。この違いがなんとも僕を支配する不安にさせる。僕はふと辺りを見回しても、朝早くに集まっているので他の学年の先生たちは見当たらない。

 

「遅かったじゃないかいクソジャリ。さっさと席に着きな」

 

学園長が入ってきた僕を見て言った。僕は適当に空いている先生の机に座った。今までに感じたことのない雰囲気に落ち着かずそわそわしてしまう。

 

「ではこれから学力強化合宿についてのミィーティングを行います」

 

前に立っている高橋先生の声で先生たちが立ち上がって礼をする。僕も真似をして同じようにした。

 

「進行は学年主任の高橋洋子で勤めさせていただきます。さて早速始めたいところですが、その前に一つ報告があります。皆さんも知っていると思いますが、今回の合宿で佐藤裕先生が諸事情により欠席なさるので、代わりにRクラスの吉井明久君が代理教師を勤めてくれることになりました。吉井くん一言お願いします」

 

高橋先生に紹介されたので立ち上がって、一つ礼をする。

 

「今回、佐藤先生の代わりに代理教師を勤めさせていただく吉井明久です。いろいろ至らないところはあると思いますがよろしくお願いします。」

 

テンプレ的な挨拶をして席に座る。

多くの拍手が送られて少し照れてしまった。

 

「吉井くんよろしくお願いします。

では、今回の合宿での日程を一通りまとめてーー。」

 

それからはずっと話を聞いているだけだった。僕の役目は至ってシンプルで、自習時間での質問の回答や、見回り、教室の監督などで複雑なものはほとんどなかった。先生たちが配慮してくれたんだろう。終わってからは色々な先生が声をかけてくれて、なんだか変な気分だった。その時の船越先生の目が血走っていたのは見間違いだと思いたい…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミィーティングが終わってから、宿泊先に早めに行き合宿の準備をする先行組と、学校に集合した生徒を誘導する後行組に別れて行動した。僕は先行組に配属されていたのだが、今現在おかしな状態になっているのだ。僕は教員専用のバスに乗って移動しているのだが、なぜか隣に学園長がいた。僕が後ろの窓側に座っていたら学園長が隣に座ってきたのだ。えっ?なにそのホラー。他にも席は空いているのになんで僕の隣に座るんだよ!と学園長の意図を考えていたのだが全くわからない。しばらく考えていたところで急に学園長が口を開いた。

 

「…………春咲は最近どうなんだい?」

 

「春咲さん……ですか?」

 

学園長からのその質問に少し驚いてしまった。

 

「別にいつもと同じように普通ですよ」

 

「その普通が分からないから聞いてんのさこのクソジャリ」

 

いちいちイラつかせるのが上手なババアだ。でも日常の様子なら週一のメールで学園長に教えているはずなんだけどなぁ。

 

「メールで送った内容のとおりですよ。勉強をしたり、お茶を飲みながらしゃべったり。でも、さすがに部屋に入ってからは把握できないのでこれくらいしか伝えられませんけどね」

 

「………………そうかい」

 

二人の間の会話が消えた。僕は学園長をチラリと見た。いつもの飄々(ひょうひょう)とした雰囲気は無く、ただどこか一点を凝視したようなむすっとした表情だ。

 

…………もしかして学園長は、春咲さんの事が聞きたくて僕の隣に座ったんじゃないのだろうか。こんな機会はほとんどないから、わざわざ僕を先行組に回してでも。春先さんと学園長の関係は僕も聞かされていないからよくわからないけど、春咲さんは母親のような人と言っていた。Rクラスを作ったことから、学園長も春咲さんのことを少なからず気にかけているはずだ。これなら全ての辻褄が合うし、これが最も自然な流れだ。なら僕はーー。

 

「学園長」

 

「…………なんだい?」

 

「バスに乗ってる時って暇じゃないですか。着くまでずっと退屈なのは嫌なので、僕の話を聞いてくれせんか?と言っても僕が毎日過ごしている何の変哲もない出来事を出任せに言うだけなんですけど…………いいですかね?」

 

僕がこう言うと、学園長は目だけを一瞬動かして僕の方を見て言った。

 

「好きにしな。あんたがそうしたいならね」

 

「ではそうさせてもらいます」

 

それから僕は目的地に着くまで春先さんの事や、Rクラスの様子について話し続けた。学園長、途中でずっと微笑みっぱなしだったのに気付いているのかな。全く素直ではないと、その時僕は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、僕の回想みたいなものは終わり。ここに至る経緯はこんな感じだ。今は全生徒が大広間に一ヶ所に集められて合宿全体の説明がされているのだが………。

目の前の生徒達からの視線が凄い。マントを着て仮面をしているからまだましだが、それでもこれほど多くの生徒達に注目されたら流石の僕でも少し怖く感じてしまう。まぁRクラス生徒が先生側に立っているんだから仕方ないか。

 

「それと報告が一つ、欠席された佐藤裕先生の代わりにRクラスの吉井明久君が代理教師として合宿に参加してくれました」

 

高橋先生が、今日二度目にの紹介をしてくれた。一歩前に出てペコリとお辞儀をし、元の位置に戻った。

 

「日本史と世界史を担当してくれますので皆さんも質問があれば吉井君に聞いてください」

 

高橋先生が言い終わると皆が拍手をしてくれた。歓迎されていないと言うことは無さそうだともう一度生徒全体を見回す。僕をじっと見ている秀吉と雄二。周りのことなどお構いなしにカメラを弄っているムッツリーニ。何故か嬉しそうな表情を見せる姫路さんと島田さん。Aクラスでは、雄二と同じように僕を見る霧島さんに、挑戦的な視線を向ける木下さん。他にも何か神妙な面持ちで僕を見る久保君に、ニコニコとした笑顔を僕に振り撒く工藤さん。B、C、Dクラスからも各々興味をもった目で見られている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………本当に大丈夫なんだろうかこの合宿。

 

 

 

 

 

 

 

 




しばらく更新ペース遅くなります。すみません。
あと今のうち決めておこうと思って聞きますが、ハッピーエンドと軽いバッドエンドのどちらがいいですかね?終わりかたを二つ考えてあるんですけど、どっちでもいいなと思って聞くことにしました。
ちなみにIFは絶対に書きませんのでそこを考えて意見してくれると嬉しいです。
今年中には決めてしまおうかなと思っています。

ーー追記ーー

感想文にどっちかを選ぶコメントを書くとコメ稼ぎだと思われると指摘してくださった方がいました。活動報告に終わりかたの説明も少ししているので、お手数ですが活動報告の方にコメントしてください(^人^)。
お願いします。




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新しい繋がり

早くこの小説終わらせたい。
次回作書きたい。



強化合宿全体の説明が終わり、色々準備やら話し合いをした後、僕は自分がしばらくお世話になるであろう部屋に入った。中は綺麗に整頓されていて、広さも充分だった。教師は一人一部屋なので僕はこの部屋を一人で使える事になる。なんて贅沢なんだ。思わずごろっと寝転がって体を伸ばした。しかし、その瞬間にガチャっと僕の部屋の扉が開く。

 

「吉井、先に着いてたか」

 

入ってきたのは筋肉達磨でお馴染みのあの教師だった。

 

「鉄人!何でここに!?」

 

「西村先生と呼べ!」

 

頭に衝撃が走った。

 

「代理教師としてここに来たとは言えお前は生徒だ。教師としての役割が分からないことも多いだろう。だから今回はお前の部屋に俺が泊まることにした。感謝しろ」

 

「…………感謝します、西村先生」

 

血の涙を流しながら僕はそう言った。

 

「今日はもう特にやることは何もない。この部屋で夕食をとって寝るだけだ。明日は朝早くから職員会議があるからな。しっかり食べてよく寝るんだぞ」

 

「なんかお母さんみたいですね」

 

「お前の親だけにはなりたくないな。絶対苦労する。特に一年の時のお前には苦労させられた」

 

「そうでしたっけ?」

 

「ああ、今は知らんが少し前までのお前は筋金入りのバカだったからな」

 

むぅ、そこまでバカだバカだと言われるのは不本意だ。僕としてはただ単純に良かれと思ってとった行動なんだけど。

 

「僕ってそこまでバカでしたっけ?僕は確かにバカだと思います。だけど他の皆よりはマシだったと思うんですけど」

 

これを聞いた西村先生は一瞬ポカンとして大声で笑いだした。鉄人てこんな豪快に笑うんだ。

 

「がっはっはっは。多少勉強はできるようになったようだが、お前はバカなままだったようだな。Rクラスに入って変わったと思っていたが、根本の部分では変わっていなかったようだ」

 

鉄人がまじまじと僕の顔を見てきた。

むっちゃくちゃ怖い。

 

「安心しろ、いい意味で変わってないと言ってるんだ。別に直す必要はない。いや、多少直した方がいいかもな」

 

「どっちなんですか!?」

 

さっきから西村先生は何を言っているんだ?

 

「Rクラスに入って周りはお前が変わったと思っている奴がほとんどだろうな。俺のように。まぁ、俺はこうやって直接二人きりで話したからすぐ分かったが」

 

うん、やっぱりよく分からない。昔も今も僕は変わったつもりなどないんだけどな。そんなやり取りの間をしながら僕が西村先生と喋っていると、ふとノック音と共に扉が開かれて先生が入ってきた。いつ見てもパッとしない先生だ。

 

「失礼します。西村先生、吉井君。女子更衣室にカメラが設置されていると報告がありました」

 

しかし、布施先生から発せられた言葉はそれとは真逆のものだった。

 

「カメラ!?それって盗撮じゃないですか!誰がそんな事を?」

 

思わず叫んでしまった。

 

「分かりません。ですが一応通路を監視しておきましょう。ないとは思いますが、もしかしたら覗き犯がやって来るかもしれません」

 

流石に犯人もそこまでバカじゃないと思うんたけどな。そんな堂々とした覗きなんて誰がするんだろう?

 

「なるほど。では私が行きましょう。吉井、お前は部屋にいろ。何もなければ早めに戻ってこれるだろう」

 

そう言って西村先生は布施先生と見回りに行った。

しかし結局、西村先生は僕が寝る直前になっても戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強化合宿二日目の朝。教員によるミーティングが行われていた。

 

「…………というのか昨日起こった出来事です」

 

言い終わって布施先生が席に座る。今日の話は昨日行われた覗き行為についてだった。布施先生がいわく、女子風呂の覗き犯だと思われる生徒達が現れたらしい。その生徒達は堂々と正面から女子風呂に近づいたとか。なんてバカな奴等なんだ。

 

「事を起こしたのは坂本雄二を中心とした数人のFクラス生徒でした」

 

お前か雄二!座りながらずっ転けそうになった。前からバカだとは思っていたけどそこまでバカだったなんて。

 

「あのFクラスのことです。今日も覗きにやって来る可能性は大いにあります。なので女子入浴時には先生方に通路を監視していただきたいのですが、どうでしょう?」

 

そこに船越先生が口を挟んだ。

 

「そこまでするのなら、もういっそ女子の入浴時間内だけFクラスを部屋に拘束すればいいのでは?」

 

確かにそれなら確実に事件は起ることはないだろう。と言うかこれがベストだと思う。しかしこの意見に異を表したのは、まさかまさかの学園長だった。

 

「それは駄目さね船越先生。教師側が『覗きを阻止で来ないかもしれないので、Fクラスは女子の入浴時間内、部屋から出ないでください』なんて格好つかないだろう」

 

それに対し船越先生は確かにそうですねと言って席に座った。なるほど、教師側にもプライドと言うのがあるのか。

 

「それに今回は学力強化合宿さね。この事態を逆に利用する方がいい良いってもんだよ」

 

利用するとはどういうことだ?

 

「わざと女子浴槽にあいつらを向かわせるんだよ。奴等が浴室にたどり着くには試験召喚システムを使う事が必須となる。目的が何であれ、召喚獣を使って戦闘行う以上は勉強せざるを得ない」

 

なるほど、ババアも学園長という名前に負ているわけではないらしい。

 

「あとはそうさね。女子側にも防衛させれば一石二鳥になる。どうだい先生方?女子生徒にも防衛にまわってもらうってのは?」

 

これには多くの先生が納得し賛同した。僕もいい案だと思う。

 

「決定さね。高橋先生、女子生徒をどうにかして動かせる事はできるかい?」

 

「はい、任せてください」

 

その言葉が決定の合図だった。こうして女子風呂防衛には女子生徒本人達が参加することとなった。もう夏合宿二日目でこんな事態になるとは。先生方にお疲れさまですと、そう言いたくなる。いや、今は僕も教師だったか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は各クラス自習の時間となっている。この時間での僕の担当はFクラスとAクラスの合同教室だ。史学についての疑問があれば、僕に質問をするという形になっているのだが……。

 

「吉井くん、ここはどういう経緯でこうなったんですか?詳しく教えて下さい」

 

「吉井、ここがよく分からないんだけど」

 

何故か姫路さんと島田さんに挟まれて質問攻めを食らっていた。右側には柔らかいものが腕に当たって、左側には絶壁が腕を擦っていた。これが格差というものなのか………。

 

「えっと、あの……。取り合えずさ、二人とも離れない?」

 

僕は困ったように二人に提案したが……。

 

「くっつかないと教えてもらっている時に分かりにくいじゃないですか」

 

「そうよ。見えづらいじゃない」

 

実は二人がこうも積極的になっているのは理由があり、自分達が吉井と他クラスになってしまい、吉井に会える機会が殆どないからなのだ。しかも吉井の所属クラスはRクラス。殆ど彼が外へと出る事がない今、この合宿というチャンスを二人供ものにしたいのだ。

 

「瑞希は頭良いからあんまり質問することないんじゃないの?」

 

「そんなことありませんよ。吉井くんの方が頭が良いですから聞きたいことは山ほどあります」

 

うむ、これ以上は普通に不味い。僕の理性的な意味でも、何かこう周りに広がってきている冷たい空気的な意味でも。

 

「いい加減にしろ島田、姫路。これでも明久は今、教師としての仕事をしているんだ。お前たちばかり独占してたら他の生徒が質問できないだろう」

 

雄二が自分の膝の上に座ろうとして来る霧島さんと格闘しながらそう言った。

 

「…………それもそうですね。仕方ないですか」

 

「…………むぅ」

 

二人は渋々と言った感じでボクの拘束を解いてくれた。

 

「雄二、ありがとう」

 

何とか霧島さんから膝の上を防衛することに成功した雄二に向けて僕は言った。

 

「まぁ気にするな。あと明久、俺も質問あるんだがいいか?」

 

「もちろん」

 

雄二が質問したところを簡単に説明した。

でもおかしいな。

 

「このくらいならさすがのFクラスでも皆知ってると思うんだけど、どうしたの雄二?」

 

雄二は憂鬱そうにしながら僕を見た。

 

「ああ、昨日は何かと大変だったからな。少しボケてるんだ」

 

「それって女子風呂を覗こうとして鉄人に捕まったってやつ?」

 

「ああそうだ。何で知ってるんだ……と言いたいところだが、まぁ教師として合宿に参加してるんだから知ってるのは当然か。実は捕まった後、英語で反省文を書かされてな。しかも廊下で正座という苦行を強いられながら」

 

なんという拷問だ。僕はそんなの絶対やりたくない。

 

「だからそんなに疲れてるんだね。残りの日程は大丈夫なの?」

 

「まぁ何とか乗り切って見せるさ、体力には自信があるからな。それはそうと明久。その事について教師どもは何か言ってなかったか?」

 

それって朝の会議の内容を言えばいいのだろうか?

 

「えっと、確か「吉井、ダメ」……霧島さん?」

 

僕が会議の内容を言おうとすると、雄二の隣に座っている霧島さんが阻止してきた。

 

「…………雄二は昨日の出来事で監視の目が強くなったか吉井を通じて聞き出そうとしてる」

 

「それって…………。」

 

「また覗きをするつもり。浮気は許さない」

 

「翔子待て!落ち着ぎゃぁぁああっ!」

 

霧島さんのアイアンクローが雄二に決まった。バキバキと音がしているが大丈夫だろうか?

 

「明久よ。質問があるのじゃがこっちにきてくれぬか?」

 

少し離れた位置に座っている秀吉が僕を呼んだ。

 

「うん、分かったよ」

 

僕は了承して秀吉の隣に座る。しかしそこで秀吉の質問に答えている間、正面に座っているムッツリーニがこちらにカメラを向けていることに気がついた。

 

「秀吉を撮ってるの?」

 

「…………いや、明久を撮っていた」

 

「僕なんかを撮ってどうするのさ?」

 

「…………明久がRクラスに入ってからは、明久の顔写真はわりとレア」

 

まぁ確かに普段は教室から出ないし、出たとしても仮面を被っている事が多いからそうと言えばそうなのかもしれない。

 

「でも僕の写真なんて秀吉の写真なんかと違って売れるわけでもないし、そんなことする必要はないんじゃない?」

 

「ちょっと待て明久!おぬし今なんと言った!」

 

しまった!秀吉にこの事がばれたら、今後、秀吉がカメラに警戒してしまうかもしれない!

 

「大したことは言ってないよ!ただ秀吉の写真は文月学園中で買う人はたくさんいるけど、僕の写真は買う人なんていないんじゃないのかなって思っただけだよ!」

 

「ムッツリーニ、どういうことじゃ!」

 

「…………さらば」

 

「消えた!どこにおる、ムッツリーニ!」

 

秀吉が勢いよく立ち上がった瞬間、ムッツリーニが煙と共に消えた。それを探し回る秀吉。あれ、おかしいな。上手く誤魔化せたと思ったんだけど。

 

「…………何故かえらく騒がしくなったわね」

 

そんな一騒動が終わった瞬間、ふと唐突に後ろから声が聞こえてきた。とっさに振り向くと秀吉の双子の姉、木下優子さんがいた。

 

「木下さん?」

 

「ええ、実は私も吉井君に質問があったんだけど、あれだけうるさいと聞こえないなと思って呼びに来たのよ」

 

未だに聞こえる雄二の悲鳴と、何故か便乗して騒ぎだしたFクラスの面々の声を聞きながら僕は納得した。

 

「ごめんごめん。直ぐに行こうか」

 

僕は一言謝罪して。Aクラスの女子が集まる机に僕と木下さんは向かった。席につき、そのまま木下さんの質問に答えていく。

 

「ということで、こうなったのはこれが…………どうしたの?」

 

僕は木下さんの質問に答えていたのだが、しかし木下さんは机ではなく、僕をじっと見てきた。

 

「よくそんなことまで知ってるわね」

 

「Rクラスだからね」

 

最近この台詞をいう機会が多い気がする。

 

「やっぱりRクラスに勝つのは、並大抵のことでは無理そうね」

 

それって、もしかして僕の実力を測っていた?

 

「そりゃ僕たちも簡単に負ける訳にはいかないからね。でもそれはお互い様だよ。Aクラスに勝つには僕たちだって苦労させられる。それは前回身に染みたよ」

 

「………………手を抜いてたくせに。」

 

木下さんは拗ねたようにそう言った。実際はRクラスの全力だったのだが、それを言うと、いろいろ台無しなので、僕は苦笑いでそれに答えるしかなかった。

 

「あっ、あの!」

 

すると突然、木下さんの近くの女の子が僕に声をかけてきた。

 

「質問が…………あるんですけど」

 

弱々しく僕にそういいながら、その子は遠慮しがちに手をあげた。何故か少し緊張しているようだった。

 

「えっと……私もです」

 

「そ、それなら……私も」

 

Aクラスの女子たちが次々と手を挙げていく。

 

「…………なら順番にまわっていくよ」

 

それから僕は鉄人が怒鳴りこんで来るまで、うるさいこの部屋で皆に勉強を教えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、鉄人はまた見回りのために部屋から出ていった。しかし臨時で入った僕はあまりやることがないので外へと散歩に出ていた。折角自然が豊かな土地に来ているのだ。ずっと部屋に籠っているのは勿体ないと思い、そうしたのだった。僕はある丘の上へ来て、そこにあるベンチに座った。しばらくなんともなしに向こうの風景を眺めていたのだが、ふと草を踏む音が聞こえてきた。音が聞こえる方へ顔を向けると、そこにはメルさんがいた。

 

「遅くなりました明久様。これからは私も明久様のお手伝いと言う形で、この学力強化合宿に参加いたします」

 

事前に言っておいてくれていたので、来てくれることは知っていた。わざわざ僕を探してここにたどり着いたようだ。

 

「ありがとうメルさん。でも僕は今回臨時で入ったから仕事自体が少ないんだ」

 

現に今こうしてだらだらと時間を過ごしているわけだ。

 

「そうですか。ですが私にできることがあれば何なりとおっしゃって下さい」

 

メルさんは僕にそう言って微笑みかけてくれた。何て働き者なんだ。これぞメイドの鏡と言えるだろう。でもそうなると、折角来てくれたメルさんに悪い。そうだと僕は一つの案を思い付いた。

 

「…………ならさ。今僕、暇なんだ。だから話し相手になってくれないかな?」

 

「話し相手ですか?なるほど、かしこまりました。では何について話しましょう?」

 

「うーん。そうだ!メルさんについて教えてよ。春咲さんのことは僕も少しずつだけど分かってきた気がするんだ。でもメルさんについては今のところ凄いメイドさんって言うことくらいしか知らないからね」

 

二人しかクラスメイトがいないんだ。だからそのクラスメイトについて僕はいろいろ知っておきたかった。

 

「私について………ですか。あまり面白い話とは言えませんよ」

 

「いいよ。僕が聞きたいんだ」

 

「分かりました。ではお隣、よろしいですか?」

 

僕の座っているベンチの隣を指しているのだろう。

 

「う、うん。いいよ」

 

少しどぎまぎしてしまったが、僕は少し横にずれてスペースを開ける。

 

「では失礼いたします」

 

そう言い、メルさんは僕の隣に座った。風に乗って彼女からミントのような香りが鼻に届く。

 

「ではまず何から話しましょうか」

 

それから僕とメルさんはそれぞれ自分の事について話し合った。好きな食べ物。好きな音楽。趣味。それ以外にもたくさん話した。今思えば、彼女がクラスメイトとなってから二人でゆっくりと話したのはこれが初めてだった。僕はメルさんの今まで知らなかったことも知ることができ、それはとても新鮮で有意義な時間だった。

 

ふと空を見る。

星空が浮かぶ。

虫の鳴き声が耳に潜り込む。

僕は何故か懐かしい気持ちになった。何が僕をそうさせているのかは分からないが、心の中にある何かが僕に訴えかけてきた。いつの間にか忘れてしまっていた何かを思い出させるように……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日結局、僕はいつも通り教室の見回りをして、質問があれば答えるという簡単な仕事をしただけだった。昨日と違うことと言えば、担当がBクラスとEクラスの教室になったことと、僕の後ろにメルさんが着いてくることになったくらいだ。今は全クラスの勉強が終わり、夕食前の自由時間だ。僕はトイレに行きその帰りに廊下を歩いていた。すると正面に木下さんが見えた。いつ見てもそのしっかりとした姿勢が崩れることはなかった。

 

「あら、吉井君じゃない。ちょうどよかったわ。ちょっと分からないところがあって、明日聞こうと思っていたんだけど……今時間、大丈夫かしら?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

僕たちは適当に空いている部屋に入って、用件を終わらせた。簡単な、それも思ったより単純な問題だったので、時間はそうかからなかった。

 

「うん、ありがとう。助かった。やっぱりあなたの教え方は分かりやすいわ。さすが吉井先生」

 

「からかわないでよ。でも木下さんも凄いよ。教えたことをすぐ理解してくれるからとっても教えやすい。頭良いんだね。秀吉からも聞いてるよ。趣味が読書なんだっけ?尊敬するよ」

 

僕がそう言うと、木下さんは眉をピクッと動かした。

何故か少し汗もかいている気がする。

 

「…………えっと、秀吉は私がどんな本を読んでるってあなたに言ってた?」

 

なんて言ってたかな?確か…………。

 

『姉上が読んでいる本じゃと!?えっと……色んなものを読んどるぞ。こう………なんと言うか、男児による友情物語というか。そうそれじゃ!美少年同士が友情(?)を育む物語が好きなのじゃ!』って言ってたかな。流石、木下さん。なかなか感動的な本を読むね。

 

「美少年が絡み合う物語が好きなんでしょ?」

 

「…………吉井くん。申し訳ないんだけど、少し用事が出来たわ」

 

「えっ?あっ、うん。いってらっしゃい」

 

木下さんはなにかこう禍々しい雰囲気を醸し出しながら部屋を出ていった。どうしたんだろうか?まぁ考えても分からないものは分からないだろう。とりあえず僕も後を追うように部屋を出た。しかし出た瞬間に鉄人と鉢合わせた。いきなり目の前に仰々(ぎょうぎょう)しい巨体が現れたので、少しビックリしてしまった。

 

「吉井、こんなところにいたのか。探したぞ」

 

どうやら鉄人は僕を探していたらしい。

 

「学園長が呼んでいる。直ぐに行ってこい」

 

それを聞いた僕はこれから起こるであろう面倒ごとに、少しだけ溜め息が漏れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂本雄二は自分の未来のために戦っていた。何がどうあっても女子風呂に行かなくては行けない事情があった。昨日はFクラスだけというのと、女子達が参戦してくるという奇襲があったので失敗に終わったが、今回はFクラスだけでなく、EクラスとDクラスもこの戦争に参加することになった。それだけでも前回よりマシだと言えるだろう。だが厳しい状況にあるのは変わりない。女子たちには数でも質でも負けている上に、教師達も参加してきているのだ。しかも女子風呂へと続くのはたった一本の道だけ。作戦を練ろうにも地形的に大した打開策など打てるはずもなかった。

しかし、それよりも問題なのは鉄人と呼ばれる、あの筋肉ゴリラの存在だった。あれを生身の人間一人が突破するのに必要な犠牲は二十人ほど必要となる。つまり、自分一人が女子風呂にたどり着くには二十人の男子生徒をそこまで持っていかなくてはならないのだ。

 

(明久がいればそれも問題なかったんだがな)

 

物理的干渉ができる彼の召喚獣なら、あの鉄人を倒すことも可能だったかもしれないのだ。しかし無い物ねだりをしていても仕方がない。とにかく今は戦争中だと雄二は頭を切り替えた。

 

「全員聞け!これから一点集中でこの場を突っ切る!俺の後に続くんだ!」

 

激しい戦闘が繰り広げられられ味方が一人、また一人と散っていく。それでも雄二達は少しずつ、しっかりとゴールへと近づいて言った。だが、ふと雄二は異変に気がついた。

 

(何故か後半にいくにつれて女子たちの防衛戦が緩くなってやがる。…………まさか!)

 

気がついた時には遅かった。目の前の女子達の壁がパッカリと左右に割れた。

 

「雄二、これはどういうことじゃ!?」

 

「…………可能性としては考えていた。もしかしたら奴等が出てくるかもってな。秀吉、どうやら俺たちは、少しやり過ぎたようだぜ」

 

雄二が冷や汗を流しながらそう言った。目の前に視線を向ける。割れた女子達の壁から二人の人物が歩いて出てきた。二人とも全身を包む純白のマントをしており、一人は“犬”の、一人は“羊”の仮面を付けていた。

 

「…………出てきやがったな。Rクラス」

 

雄二は今回の戦争で最も困難となるであろう障害を見据えてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーおまけーーーーーーーーーーーーーーーー

 

《自由時間に明久が優子と話していた時》

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………。」

 

「………………………………………………。」

 

 

 

 

「………………………………………えっとだな。お前は誰だ?」

 

「申し遅れました。わたくし、明久様にお仕えしていますメイド。ワーメルト・フルーテルと申します。これでもRクラスに所属させていただいております。以後お見知り置きを」

 

「おっ、おう。 西村宗一だ。この学園で教師をやっている」

 

「あなた様があの鉄人様でしたか。明久様からよく話しを伺っております」

 

「…………吉井ぃぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近急に忙しくなってきて大変です。
まだ小説を書く時間はあるので投稿は普通にできますけどね。
予定としてはまだ結構続くので、このペースだと完結するのはいつになることやら。
どうでもいいことですが、最近また様々な二次小説を読むことをし始めました。分かったことは自分の二次小説がいかに酷いかということと、小説は人を元気付けることができるということですね。自分の小説もちょっとした現実逃避くらいになってくれたら嬉しいです。
あとハッピーエンドとバッドエンドをどちらにするかですが、次の話を投稿するまでを期限としたいと思います。
まだ受け付けているのでよければまた。
あっ、一応言っておきますが、アンケートだけにお答えする場合はお手数ですが活動報告の方へコメントしてください。
後書き長い!笑


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Contacute ver.坂本雄二 ・ 霧島翔子

これは、この小説の登場人物の日常を会話だけで表現したものです。話の続きではないのでご了承下さい。
それ故アンケートはまだ有効ですのでご安心下さい。



「おはよう雄二」

 

「………………翔子。お前今日は朝から家に来ていないと思っていたら、こんな所で待ち伏せしているとはな」

 

「…………少し趣向を変えてみた、萌える?」

 

「不法侵入されるよりかましだな」

 

「…………むぅ、失敗。明日から戻す」

 

「止めろ!萌えたから、死ぬほど萌えたから!」

 

「…………本当に?」

 

「ああ、本当だ。萌えすぎて心臓がばくばく鳴ってるだろ?」

 

「…………なら変えない」

 

「全く。お前には一人で登校するって選択肢はないのか?」

 

「…………雄二と登校したいから」

 

「はぁ、そうか。でも一緒に登校して、お前に殺されかけるのは勘弁だぞ」

 

「…………そんなことあった?」

 

「おいおい、昨日の出来事をお前は忘れたのか」

 

「…………昨日?」

 

「ああそうだ。朝にお前が家に押し掛けてきて、やむ無く一緒に登校した。それは覚えているか?」

 

「………………やむ無く?」

 

「間違えた。喜んで一緒に登校した。それでだ、その日は風が強かった」

 

「…………髪が乱れて大変だった」

 

「そうだ。髪の長いお前は実に大変だっただろう。まぁそんなことはどうでもいい。並んで俺はお前とこの道を歩いていた。訂正はないか?」

 

「…………訂正あり。腕を組んで歩いていた」

 

「寝言は寝て言え。とにかくだ、そんな時、ふといっそう強い風が吹いた」

 

「…………ビューって?」

 

「そうだな。風がビューって吹いてその風が俺たちの目の前を歩いていた女子のスカートを捲ったんだ。その時お前は俺に何をした?……言ってみろ」

 

「…………私が手で雄二の目をそっと閉じた」

 

「違うな翔子。二つの指で俺の目をグサッと潰したんだ」

 

「…………大体同じ」

 

「お前の大体はかなりおかしい」

 

「…………雄二に他の女のパンツを見せるのは嫌だった」

 

「おい、翔子。もう少しだけ小さな声で言ってくれ。他の生徒が俺を不審な目で見てるから」

 

「…………私のパンツならいくらでも見せるから」

 

「スカートを下ろせ翔子!おい、お前ら!手に持っている携帯電話で何をしている!?今すぐその携帯を下に置いてその場から立ち去れ。っておい、待て!……くそ、逃がしたか。……なぁ翔子って何をしょぼくれてんだ?」

 

「……………私のパンツじゃ嫌なの?」

 

「…………いや、そう言う訳じゃなくてだな。時と場所と場合を選べって言うことだ。少し、と言うかかなり違うがTPOみたいなもんだ。中学の時に習わなかったか?」

 

「…………習った。じゃあ雄二の部屋で夜に二人きりならやってもいいの?」

 

「違う、何でそうなるんだ!」

 

「…………やっぱり私のパンツをは嫌なの?」

 

「いや、だからだなぁ」

 

「…………!分かった。雄二はパンツを見るだけじゃ満足できない」

 

「…………おい、翔子。何してるんだ?待て!パンツを脱ぐな!今すぐスカートの中からその手を抜くんだ!」

 

「…………?雄二は私のパンツが欲しくないの?」

 

「何回も言ってるだろ。時と場所と場合を考えろ。いや、そうじゃなくて、男に今穿いていた自分のパンツを渡すなんてことするな」

 

「…………雄二にしかしない」

 

「………俺にもだ。分かったか?」

 

「…………雄二が言うなら」

 

「よし、いい子だ」

 

「………………撫でて」

 

「…………ったく、今回だけだぞ」

 

「…………んっ」

 

 

「…………よし、学校に行くか。遅刻したら鉄人にどやされるぞ」

 

「…………遅刻は不味い」

 

「随分と時間をくった。これは少し急がないとな。目の前の女子たちも少し小走り気…………味…………だ………………。」

 

 

「………………………………。」

 

「………………………見事なイチゴだったな」

 

「………………………………。」

 

 

「……………違うぞ翔子。今のは見たくて見たわけじゃ……何してるんだ?」

 

「…………手のひらで雄二の目を塞いでる」

 

「……………今回は目潰ししないんだな」

 

「…………痛いのは嫌じゃないの?」

 

「………………ったくお前って奴は。……行くぞ。これ以上、立ち止まってたら本当に遅刻する」

 

「…………分かった。でも雄二、後ろから変な黒い格好した人達が走って来てる」

 

「まさか……。FFF団か、くそ!あの時、携帯電話持ってた奴等の誰かが何処かに書き込みしやがったな!やっぱり追いかけとくべきだったか。走るぞ翔子!」

 

「あっ……………………雄二…………手を」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「…………うんうん。何でもない。でも雄二」

 

「なんだ?」

 

「…………私と走ってたら雄二が走り難い」

 

「あ?一緒に登校するんじゃなかったのか?」

 

「………………そうだった、忘れてた」

 

「お前、最近忘れ易くなってるんじゃないのか?昨日のことも忘れてたしな」

 

「…………大丈夫。今日の事は忘れない。私が死ぬまで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これは皆様の感想を読んで思い付いたものです。
もしかしたら、と言うか絶対他の方がすでにやっていると思いますが。笑
この小説はあまりRクラス外の絡みが書けていないので、それを補う感じで書いてみました。評判が悪ければ消します。良ければ、これからもちょくちょく入れようかなと思っています。これに似たのを前回のおまけとして入れていますね。やるのならあんな感じで、えっ?こいつとこいつを絡ませるの!?みたいな感をやってみたいです。今回はテスト的なものなので、原作でもよく見る二人にしてみました。続けるのならいつかはメルさんと愛子とか、春咲と鉄人みたいな無謀なのをやってみたいですね。笑
不快に感じたら消すのでそう感じたら言ってください。


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変わったもの、変わらないもの

今回かなり微妙です。
読み返した時、おもんねぇーって自分で言ってしまったくらい。笑
なぜ作者は一巻毎にシリアスを入れてしまうのでしょう。そして、なぜそのシリアス具合が残念なのでしょう。さらには、それを直そうと思っても、なぜ他の展開が浮かんでこないのでしょう。
もう少しドタバタした方がバカテスらしいのは分かってるんですけどね……。
次はもう少しテンポが良いので、これで我慢してください!
それとこんなネガティブ発言した後に言うのも何ですか、お気に入り数が400を越えました!笑
これも皆様のお掛けです。こういうことがあると、小説的にも自分の人生的にも元気がもらえます。本当に感謝です!


鉄人から、僕が学園長に呼ばれている事を知らされ、少し重い足取りで僕は目的の部屋へと向かっていた。

着いたのは、朝にいつも職員会議を行う部屋で、この宿では職員室のような役割を果たしていた。

 

「失礼します」

 

(いささ)か大きすぎる扉を開け、僕は部屋へと入った。

 

「来たかい。まぁ座りな」

 

大きめで、いかにも偉そうな椅子に座る学園長にそう言われたので、僕は適当な席へと座る。

 

「まさか、合宿中に呼び出されるとは思ってもみませんでした」

 

「私も合宿中にお前を呼び出すとは思ってなかったんだがね。こうなったらそうもいかないだろう」

 

「こうなった、と言うのは?」

 

未だに何故、学園長が僕を呼び出したのかよく分からない。

 

「察しが悪いね。女子風呂の件だよ」

 

「あぁ、あの試召戦争っぽくなってるあれですか?」

 

僕は鉄人から昨日の夜の出来事を聞いていた。それは僕とメルさんが話をしていた時に、教員と殆どの二年生女子vsFクラス男となり、それが正面衝突したらしいと言うものだ。結果は当然“Fクラス男子の敗北”と言う形で終わったという話だ。

 

「そうそう、それさね。そこで私からあんたに頼みがあるのさ。まぁ頼み、と言うよりは命令に近いけどね。代理教師としてここに来ているから、それの役割とでも思っておきな」

 

なんとも身勝手な。僕を無理矢理、合宿に強制参加させたのは学園長だろうに。まぁいつもの事と言えばいつもの事だが。

 

「この戦い。日に日に規模が拡大してきている。私の予想だと、この後も段々と覗きの数が増えて、かなり面倒になること間違いない。だから吉井。あんたにはもし、戦争が昨日以上の規模になるようなら、他の教師と同じように覗きを阻止する役についてもらいたいというわけさね」

 

「えっと……簡単に言うと、覗きがFクラス内だけのことではなくなったら、僕がそれを阻止する役割になれと言う訳ですか?」

 

「だいたいそんなところさね。話はそれだけだから、もう自由にしてて構わないよ。急な呼び出し、悪かったね」

 

僕に謝るとは、学園長も随分と優しくなったものだ。

 

「失礼しました」

 

僕はそう言って学園長室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、何故か鉄人とメルさんがポーカーをしていた。なんとも奇妙な光景だ。驚いたせいで少しだけ硬直してしまった。それから硬直が解けた僕は恐る恐る尋ねた。

 

「………………何をしてるんですか?」

 

「おかえりなさいませ明久様。今、私と鉄人様でポーカーをしているのです」

 

「…………いや、それは分かるんだけどね」

 

「俺が暇そうにしているので、彼女がポーカーをやらないかと持ちかけてきたのだ。今日は珍しく仕事があまりなかったからな。この時間帯は暇なのだ。あとワーメルト、鉄人様は止めろ」

 

鉄人が僕の聞きたい事を言ってくれた。

 

「なるほど、そう言う事ですか」

 

しかしポーカーなんて楽しいのだろうか?ルールは知っているけど、まだ実際にやったことはないから分からないんだよね。僕がそんな疑問を浮かべながら、部屋の入口の前で立ち止まっていると、ふとメルさんは僕にこう持ちかけてきた。

 

「明久様も一緒にトランプ、やりませんか?」

 

笑顔でそう言う彼女の頼みを断れる訳がなく、僕は鉄人とメルさんと共にババ抜きをすることにした。しかも罰ゲーム付きの。こうして何故かババ抜きが始まり、しばらくしたところで鉄人がふと僕に問いかけてきた。

 

「そう言えば吉井。学園長に何を言われたんだ?」

 

「えっとですね。これ以上覗きの人数が増えるなら、僕も阻止する側にまわれと言われました」

 

言いながら僕はメルさんのカードを抜いた。ハートの9……。残念ながら手持ちには無かった。

 

「私も聞きおよんでいます。かなりの規模になっているとか」

 

「まぁ普通の試召戦争より大きいのは確かだな。お陰で毎晩、残業気分だ」

 

二日連続で、僕が寝る時間まで部屋に戻ってなかったのだ。寝れる時間も少なくなっているのだろう。

 

「これ以上大きくなりますかね?」

 

「可能性は十分ある。と言うより大きくなると確信している」

 

鉄人が僕のカードを抜く。……どうやらハズレだったようだ。

 

「言い切りますね」

 

「まぁFクラスには坂本雄二がいるからな」

 

Fクラスに雄二がいるのは当たり前だ。それとどういう繋がりがあるのだろう?

 

「分からないって顔をしているな、吉井。ならば教えてやろう」

 

鉄人がそう言って僕を見た。

 

「今回の戦争は、いつもの試召戦争と違い、作戦の立てようがないのだ。浴室に通じているのは、でかい一本道の廊下しかないからな。一階から下りて、裏へまわるなんてのは不可能だ。よって戦いに勝つには純粋な戦力補給と、士気の高さ、あとは戦局の状況によって陣形を変える判断力の全てが必要となるだろう。あの坂本ことだ。最後には全て揃えに来ると俺は予想している」

 

なるほど。そう言われると、このまま戦争が拡大するのは、もう避けようがないのかもと思えてくる。

 

「それにしても、随分と雄二をかってるんですね」

 

メルさんが鉄人のカードを抜いた。見事揃ったようで、ダイヤとクローバーの3を捨て場に捨てた。

 

「あいつはかつて、神童と呼ばれていたらしいからな。それに前回のFクラスの試召戦争の状態を見ていたから、と言うのもある。あの時のあいつの立ち回りや、指揮能力は目を見張るものがあったからな」

 

実質、姫路さんがいたとはいえ、BクラスをFクラスメンバーで倒したのだからすごいと思う。

 

「確かに悪知恵はよく働きますよね」

 

それを聞くと鉄人は苦笑した。

 

「その悪知恵のせいで、お前たちが一年の時は随分と苦労させられたな。まぁ、その分お前がバカだったから差し引きゼロと言ったところだがな」

 

なんとも酷い言い様だ。しかしその言葉を否定しきれないのでは、鉄人の言っていることは正しいのかもしれない。それからしばらく、僕と西村先生はそんな他愛ない話をしながらトランプをしていた。そう、だから気づかなかったーー。

 

「あがりです」

 

メルさんが勝負に勝ちにきていたことに。

 

「なっ!」

 

「しまった!」

 

僕と西村先生は同時に声をあげた。メルさんは、僕たちに優しく微笑みかけた。それは間違いなく、勝者の微笑みだった。

 

「…………西村先生、残念ながら勝たせてもらいますよ」

 

「…………吉井、教師が生徒に負けるわけにはいかない。勝つのは俺だ」

 

手持ちは僕が一枚、西村先生が二枚。と言うことは、西村先生はクローバーの11とジョーカーを持っていることになる。僕と西村先生は睨み合う。カードを引くのは僕だ。ここは迷っていても仕方がない。一気に決めて一気に抜こう。西村先生の手持ちを見る。右側のカードが少し上に出ていた。

…………これは罠だ。鉄人の罠だ。ならもう選択肢は決まっている!僕は思いきって左側のカードを引いた。

そしてその勢いのままカードを見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにあったのはジョーカーだった。

 

 

 

「Nooooooooooooooooo!」

 

「がっはっは、吉井。お前は本当に分かりやすいな」

 

くそっ、しまった!あれこそが鉄人の罠だったのか!

なら僕はその逆を突こう。僕も鉄人と同様に、右側のカードを上に少し出した。鉄人は僕がバカだと思っているから、自分と同じような真似を僕がすると思うだろう。なら僕はその逆を突いてジョーカーを右側にした。再び鉄人と対峙する。フフッ。僕の完璧な作戦で、見事な奇声を挙げさせてやる。鉄人の手がゆっくりと僕の持つカードたちへと伸びてくる。さあ、引け!右を引け!僕はひたすらにそう念じる。念じて念じて、その結果鉄人が引いたのはーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左側だった。

 

「いっyaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

「…………ここまで分かりやすいとはな」

 

「流石です、明久様」

 

その目を止めろ!僕を可愛そうな子を見る様な目で見るな!

 

「まぁ、決まりは決まりだ。罰は何がいいか…………。」

 

そんな重いものは嫌だ!

 

「鉄人!遊びなんだから軽い罰ですよね」

 

「…………そうだな。学校に帰ったらたっぷりと補習をしてやろう」

 

「なぜーーーー!」

 

 

 

そんな今学期最悪の悲劇に見舞われもしたが、それはそれで一旦落ち着き、それからも僕たちはしばらくトランプで遊んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fクラスが覗きをするために、大浴場に向かっていると言う報告を受けたのは、夕食を食べて少ししてからだった。しかも、今回はそれにEクラスとDクラスも加担しているそうだ。つまり、鉄人の予想が的中したということになる。一日で戦力を三倍以上にしてみせた雄二は、流石の一言に尽きる。そして報告を受けた僕は、女子風呂防衛ラインに向かっていた。Rクラスの象徴とも言える、全身を覆う純白のマントと動物を模様した仮面を付けて。

 

「明久様、私も行かせていただいて、よろしいでしょうか」

 

ふといつの間にか後ろにいたメルさんから声がかかる。どうやら言葉通り、僕を手伝ってくれるらしい。

 

「お願いするよ」

 

メルさんが付いてきてくれるなら心強い。それから僕たちはしばらく歩き続け、地下に続く階段を下り、長めの廊下を歩いていると、ボチボチと女子生徒達が見え始めた。僕たちの姿を見ると、どう対応したらいいか迷っているようで、彼女たちはあろおろし始める。

一々説明していては切りが無いので、そのまま歩いて行くと、目の前に大きな人の固まりが見えた。どうやらあれが最終防衛線らしい。

 

「貴方は吉井くん…………ですよね?」

 

防衛線に到着すると、高橋先生が僕にそう言った。高橋先生まで参加しているとは…………本当に僕の出る幕はあるのだろうか?

 

「はい、そうです。学園長の口添えで、僕達も今回から参加することになりました」

 

「なるほど。Rクラス生徒が味方してくれるなら百人力ですね。よろしくお願いします」

 

「任せて下さい」

 

僕が高橋先生にそう言うと、霧島さんが僕に近づいてきた。

 

「…………吉井も戦うの?」

 

「うん、そうだよ。よろしくね」

 

「…………よろしく。吉井がいるなら心強い」

 

霧島さんは、僕の後ろをチラッと見た。メルさんを見たのだろう。すると、メルさんは少し前に出て言った。

 

「Rクラス生徒のワーメルト・フルーテルです。Rクラスの専属メイドでもあります。よろしくお願いします。」

 

「…………本物のメイドさん?凄い、よろしく」

 

霧島さんは本物のメイドさんを前にして、感動したようにそう言う。

 

「吉井くん!もしかして味方してくれるんですか!?」

 

霧島さんと同じようにして現れた姫路さんが来て僕にそう言った。

 

「うん、いろいろあってね」

 

すると姫路の後ろから、島田さんもひょっこりと出てくる。

 

「へぇ~あんたはてっきり覗く側だと思ってたけど」

 

「そんなことないよ。流石の僕でもそんなことしないさ」

 

………………多分。

 

「でもあれだよね。そんなことしなくても、ボクに相談してくれたら見せてあげたかもしれないのにね」

 

「愛子。吉井君の前でそんなこと言わないの」

 

そう言ったのはAクラスの工藤さんと木下さんだ。

 

「それにしても吉井君が味方になるなんて、何か新鮮だね」

 

「そうね。敵として戦ったことしかなかったからこう言うのは初めてね」

 

それから僕たちは少しの間、ちよっとした世間話をした。メルさんは僕の知り合いの人達に挨拶して回ってたみたいだ。そして、ふと木下さんが僕達にこんなことを言った。

 

「ねぇ吉井君。私、Rクラスがどのくらい強いか少し興味があるの。今回の戦争、できるとこまでワーメルトさんと二人で戦ってみない?」

 

これは明らかにRクラスの戦力を確認しくて言ったのだろう。メルさんという新しいRクラス生徒が現れたから、その戦闘力の確認を。Aクラスはあの試召戦争以来、どうもRクラスにやたらと好戦的なところがある。特に木下さんはその傾向が強い。

 

「…………それは私も興味ある」

 

霧島さんも木下さんに同意した。これはどうしようか?春咲さん的にはRクラスの情報は、少しでも外部に露呈したくないんだろうけど、このAクラスの様子なら、またいつか試召戦争を申し込んで来るに違いない。その時までにメルさんの力を隠しておきたいのは事実だ。だが霧島さんなら直ぐに対策を立てて、そのくらいのことならカバーするに違いない。それに今回は多くのクラスが見てる前で、本気の点数で戦うことになる。ならこの事を利用して、Rクラスの威厳とやらを確立させた方がいいのかもしれない。

 

「…………どうする、メルさん?」

 

それだけでメルさんは、僕の意図を汲み取ってくれたようだ。

 

「どちらでもよいかと。どちらにしても、あまり結果は変わらないと私は思います」

 

よし。それなら、木下さんの提案を飲もうかな。点数が上がってから、その点数で戦ってないしね。

 

「いいよ、木下さん。あとそれなら、男子達が逃げられないようにしてくれないかな」

 

「分かったわ。もし、二人が危なくなったら直ぐに後退してね」

 

それから木下さんと霧島さんは、この事を防衛側の生徒達に伝えるために廊下の向こうへ消えていった。

 

「ちょっと、吉井。大丈夫なの?」

 

今まで黙っていた島田さんが僕に言った。その目は不安なのか、目線が少し下がっているように見える。

 

「大丈夫だよ。もし僕たちが負けても、その後には島田さん達がいるんでしょ」

 

「まぁそうなんだけど…………。」

 

何かを含んだ言い方だ。どうしたんだろう?

 

「吉井君、美波ちゃんは吉井君のから「ちょっと、瑞希!そんなわけないでしょ!」……もう、美波ちゃんたら」

 

何なんだ?島田さんは何を言いたかったのだろう?

 

「明久様、モテモテですね」

 

メルさんが小声で囁いてきた。何をどうすれば今ので僕がモテモテなるのだろう?

 

「ごめんなさい美波ちゃん。吉井君も気にしないで下さい」

 

「う、うん。分かったよ」

 

会話の内容が全く理解出来なかったが、姫路さんがそう言うならもう何も追求しまい。僕が強引に思考を切り上げると、さっきより廊下の向こうが騒がしいことに気づいた。顔を向けると、木下さんと霧島さんがこちらに向かって走ってきていた。

 

「吉井君、ワーメルトさん。男子達がこちらに近づいて来たわ。準備しておいて」

 

「了解」

 

「分かりました」

 

さて、メルさんと共闘するのは初めだ。上手くいくといいな。そんな期待と不安が入り交じった気持ちを抱きながら、僕はその時が来るのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして今、雄二が率いるD、E、Fクラスの男子たちは、後ろを女子たちの壁に阻まれて後には退けない状態になっていた。彼らの目前には僕とメルさんがいる。

 

「…………こんな時に一番厄介な奴等が来るとはな。なぁ、明久!」

 

雄二が苦々しげにそう言う。

 

「残念ながらこれ以上は、学園長も見逃せないらしいんだよね」

 

「…………お前はそんなに言うことを聞く良い子ちゃんだったか?」

 

「…………さあね。でも教師代理として、Rクラスとしてここは退けないんだよね」

 

すると雄二は少し、閉口した後にこう言った。

 

「…………まぁいい。とにかく通らせてもらうぞ。行け!全員突っ込め!」

 

「「「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」」」

 

雄二の号令と共に後ろにいた男子生徒達が一斉に襲ってきた。

 

「「試獣召喚(サモン)」」

 

僕とメルさんも召喚獣を呼び出す。

科目はもちろん日本史だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史

 

 

 

D、E、Fクラス 平均点116点×約60人

 

 

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

 

 

 

Rクラス

 

こま犬 897点

&

ひつじ 943点

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだよその点数!?」

「教師より高いんじゃないか?」

「勝てるのか、こんなやつらに?」

 

周りから動揺する声が聞こえてくる。

僕もメルさんの点数を見たときは驚いたけどね。

 

「落ち着けお前ら!相手はRクラスだ、このくらいは当然だ!とりあえずあいつらを抜けて向こう側に行けば俺たちの勝ちなんだ!戦力を分担しないで一気に駆け抜けろ!」

 

さすが雄二だ。一番の弱点を直ぐに見つけて行動に移してくる。でもそれでは甘い。ただ点数が高いだけならそれで乗り越えられたかもしれないが、それだけでは僕たちは乗り越えられない。

 

「メルさん、作戦通りに」

 

「了解しました」

 

僕が前に出て、メルさんが僕の数メートル後方に陣取った。僕の目の前には大量の召喚獣の波が押し寄せて来ている。それを僕はできるだけ倒し、倒しきれない分はそのままスルーをする。後ろに抜けた召喚獣を今度はメルさんが、可愛らしいメイド服を着た召喚獣を操り倒していく。これで多分、全滅できるはずだ。

メルさんはここに来て間もないので、召喚獣の扱いには慣れていない。だから僕が前に出て粗方倒し、倒して損ねた召喚獣達をメルさんが倒す。これが先程、僕とメルさんで考えた作戦だ。バラバラに戦うよりも、こうした方が確実に倒しきることができる。

雄二からしたら、この戦いでのRクラスは悪夢としか言い様がないだろう。教師以上の点数を持ち、片方は召喚獣の扱いに慣れていて、物に触れる召喚獣を持つ。こうなると鉄人より遥に厄介な存在だった。結局、あのメルさんがミスをするはずもなく、雄二を残し他の生徒達は全滅した。

 

 

 

「……………………くそ!今回もダメか!」

 

雄二は床に座り、床を殴った。周りは決着がついたとみて、男子に追撃をかけようと動いた女子たちと、それから逃げ惑う男子たちでカオスな状態と化していた。

 

「………………………………。」

 

雄二は下を向き、無言で佇んでいる。

 

「………………………………。」

 

僕は黙ってそれを見ることしかできなかった。周りはうるさいはずなのに、なぜか僕はそう思わなかった。

音が消えたように静寂がそこにはあった。

 

「……………………明久、お前は変わったな」

 

ふと雄二が下を向きながらそう言った。

 

「…………いや、そう感じているのは俺だけなのかもな」

 

僕が変わった…………か……。

 

「…………僕は」

 

どうなんだ?僕は変わったのか?

 

「…………いいんだ、明久。すまない。少しイラついていたようだ。気にするな、忘れろ」

 

雄二はそう言って立ち上がり、人だかりの中に消えていった。僕は何も声を掛けられず、それを見ることしかできなかった。ふと鉄人との会話を思い出す。鉄人は僕を変わっていないと言ったが、実は自分の中の何かが変わったと、この合宿に行く少し前から感じるようになっていた。大して何かが変わった訳ではないし、自分でも何が変わったのか分からないから、気のせいだとそう決め込んでいた。でもあの雄二にそう言われると、それは違うのではないのかと思ってしまう。

もし仮に僕が変わっていたとしたら、それは何が変わったんだ?僕の何が変わったんだ?学力か?いや、そんな上部(うわべ)だけのものじゃない。もっとこう、自分の中にある何かが変わった気がする。それから少し考えた、でも答えは出なかった。

 

「…………明久様」

 

そんな一人悩む僕を見かねたのか、メルさんから声がかかった。

 

「今日はお疲れになっている様なので、お早めに横になられた方がよいかと」

 

「…………うん、そうだね。ありがとう、メルさん」

 

確かに、これ以上考えていても答えは出そうにない。ならもう寝てしまうのがいいかもしれない。僕たちは人混みを掻き分けて上の階へと上った。

 

「…………明久様」

 

一階の廊下を歩いていると、急にまたメルさんが僕の名前を呼んだ。

 

「私は過去の明久様を知りません。ですが、今の明久様は充分魅力的なお方です。そうでないと、彩葉様はこうも明久様にお心お許しにならなかったでしょう。それに、私は自分が主と認めるほどのお方でないと、お仕えしないと決めております」

 

メルさんは僕を真っ直ぐに見てそう言った。僕が気落ちしていると思って元気付けようとしてくれたのだろう。本当、僕には勿体ないメイドさんだ。

 

「……ありがとうメルさん」

 

僕はそれだけしか返さなかった。返す必要がないからだ。それ以上何かを言うのは、メルさんに失礼だろう。

 

「はい」

 

そう微笑んだメルさんの笑顔は、僕の心を癒す様に軽くしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わりかたのアンケートはこれにて終了させていただきます。皆様の意見、とても参考になりました。結果から申しますと、ハッピーエンドになりました。あとは作者がいくつかあるハッピーエンド候補を自分で選ぶだけです。
本当はこの話、もう少し後に投稿して募集期間を延ばそうとしたんですが、現状でバットエンドが0人だったのでこれ以上待っても仕方がないと思い早めに切り上げました。バットエンドもそんなに悪い終わり方じゃないのよ。(・_・;
まぁ終わったことは仕方がない!ということで、新たなアンケートを取らせていただきます。それは、前回入れたあの『Contacuteシリーズ』です。そこまで不評はなかったので、不定期的に入れたいなと思いました。具体的には、誰と誰を絡ませたいのかというのを参考としてご意見願えたらなと思います。それにあたり、注意点だけいくつか申し上げていただきます。
・原則二人だけでの指名でお願いします。
・活動報告に募集の枠を作るので、そこに書き込んで下さい。感想のついでに指名するのはいいですが、指名だけを単体で載せるのは禁止です。
・シチュエーションは作者側で考えさせて下さい。(シチュエーション指定に答えられるだけの能力が無いので。)
・募集枠の中から作者がこれなら書けると思ったものや、これは面白いと思ったものを書かせていただきますで、必ずしもご意見してくださったものが選ばれるとは限りませんのでご了承下さい。
・注意点を無視した指名は無効にさせていただきますのでご了承下さい。

的な感じです。偉そうですみません。笑
たまには自分で考えた組み合わせも書いていきますが、自分では思いつかないようなものも書いてみたいと思い募集することにしてみました。ちなみに前回みたいに恋愛話になるとは限らないので、そこは誤解しないで下さい。こんな駄文を読んでくださり、本当にありがとうございました。
あっ、あとアンケート募集が終わった活動報告って消した方がいいんですか?それだけ誰か教えてただけないでしょうか?



後書きが800字を越えた……だと!?




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麻名明葉は一日にして成らず

やっと投稿できた。
なぜ遅くなったのかって?
最近忙しくて…………疲れてるんです。
だからかな?こんな意味わからないザブタイトルになってしまうのは……。


人と言うのは、身に付ける物であらゆる存在に変身できる。アニメやゲームなんかに出てくるヒーローって言うのは、大抵は変身をする時に服装や髪型なんかも変わってしまう。コスプレもそうだろう。自分が特定のキャラの格好をすることによってそのキャラになりきるのだ。だがそういう人達は自分からその格好をするのであって、なりたくもないのになる人など普通はいないのだ。だから言おう。僕は女の子になりたいのではないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明久様、完成でございます」

 

現実から逃げるためになるべく目をつむっていたが、もうここまできたら逃げる事は不可能だろう。いや、こうなることは決まっていたのだ。逃げてもいずれはこうなっていた。僕はゆっくりと目を開ける。目の前にある大鏡をじっと見る。見た鏡の中には女神のごとき美しさを持った人物がいた。

そうーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー僕である。

 

「何とお美しいお姿でしょう。ミロのヴィーナスを連想させてしまうほどのお美しさです」

 

「…………ありがとうメルさん」

 

もうちょっと違うフォローを入れて欲しかった。

 

「今日の晩には制服が届くと思いますので、それまではそのご格好でご勘弁願います」

 

「悪いのはメルさんじゃないよ。僕の荷物を全部盗んだ奴が悪いんだ」

 

「私が犯人を探し出しますので、ご安心下さい」

 

「ありがとうメルさん」

 

僕はメルさんにお礼を言ったあと、再び大鏡に向き直った。鏡にその姿が反射する。そこには、やはりまごうことなき美少女がいた。そりゃそうだ、文月学園のアイドルとまで言われている程の人物なのだから。

もうここまで言えば分かるだろう、『文月学園のアイドル』と言えばもうこの人物しかいまい。そう、“麻名明葉”がその鏡の中に映っていた。

別に僕が女装したいとか、そんな変態的な思想があった訳では断じてない。誤解を解くために説明しよう。僕とメルさんで男子の連合軍を倒したあの晩、自室にあったはずの荷物が全て消えていたのだ。僕が眠る前は確かにあったのだが、朝に起きてみると存在していたはずの僕の荷物は跡形もなく消えていた。そう、制服もろとも。

僕がその日、着ていた寝巻き以外全て盗まれたのだ。

だから僕は仕方が無しに、メルさんの制服を貸してもらった。だがそうなると男の姿の僕が着るわけにはいかない、ならばと思いきって女装したと言うわけだ。

…………いや、分かってるよ。自分でも思いきっりやり過ぎて、訳が分からなくなっていることは。

でも仕方ないと思うんだ。それにほら、明日には春咲さんがここに送ってくれた制服が届くから、今日だけ女の子として生活すれば明日には元に戻れる。それもあって僕は女装を決意したのだ。

 

「学園長には話を通しておきました。明久様はある事情で、今日一日だけこの合宿から離れられると言うことにしておくそうです」

 

「学園長に後でぐちぐち文句を言われそうだよ」

 

「そんな様子は伺えませんでしたよ。ですが、この事は他言無用とのことです。それと今日は教師としての働きもしなくていいそうです」

 

「了解。学園長には僕も自分から一度、話しておかなくちゃいけないね」

 

僕は大きく溜め息をついて、薬を口の中に放り込む。

それが僕の麻名明葉として過ごす一日の始まりの合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園長室の扉を開けて部屋から退出する。僕は学園長から自由にしておけと言うことと、厄介事は起こすなと釘を刺されただけだった。となると今日一日は、かなり暇な一日となるだろう。お腹が減ったので取り合えず、朝食をとろうと自分の部屋に戻った。

ガチャリと扉を開ける。

 

「おお、吉井。どこに行って……た……ん…………お前は誰だ?」

 

そうか僕の姿は今、麻名明葉なんだ。学園長は面倒になるから正体をばらすなと言っていた。それには僕も同意見だ。

 

「わたくしはRクラス生徒の一人、麻名明葉と申します」

 

僕がそう言うと少しの間僕を見た後、鉄人は口を開いた。

 

「…………そうか、Rクラスが三人もこの合宿に来ていたとはな。で、お前は何をしに来たんだ?」

 

チラリと机を見る。そこには一人分の食事しかなかった。まさか麻名明葉の食事場所はここには用意されていなかったのか。

 

「…………ここに朝食が用意されていると聞いたのです」

 

流石に苦しい言い訳だ。でもこのぐらいしかとっさに出てこなかったんだ。

 

「…………ああそういえばワーメルトが言っていたな。三人分の朝食がいるとかなんとかで自分の部屋に持っていったぞ」

 

流石メルさん、ナイスだ!

 

「そうですか、ありがとうございます。ではそちらに向かいます」

 

鉄人が朝食の在りかを教えてくれたので、僕は鉄人と別れてメルさんの部屋へと向かった。メルさんの部屋は、僕達の部屋とあまり距離がないのですぐに扉の前に着くことができた。

 

「おはようございます。明葉様」

 

中には二人分の食事が用意されていた。

 

「おはようメルさん。気をまわしてくれて助かったよ。じゃなかったら麻名明葉として鉄人と二人で朝の食事を迎えることになってたからね。」

 

そうなったら、気まずい雰囲気が流れていたに違いない。

 

「いえ私も直接、明葉様にお伝えできれば良かったのですが……。」

 

「色々忙しかったんでしょ。その分鉄人を介して伝えてくれたんだから流石、世界の頂点に立つメイドさんだよ」

 

「恐縮です」

 

こうして小さな事、一つ一つを気にかけてくれるのだからNo.1と呼ばれるのだろう。そんな感じの事を前にメルさんに言った事がある。すると彼女は「小事に従順でなければ、大事をこなすことなどできないのです」と言っていた。その心がけが彼女をここまでのメイドにしたのだろう。とにかく、僕はそんなメルさんと机について一緒に朝食を食べた。

春咲さんとは何度か二人きりで食事をしたことはあるが、メルさんとは今までそういう事はなかった。それが新鮮に感じる反面、春咲さんがいないこの光景が少し寂しく思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人での食事を終えので、僕はこの旅館の中を探索することにした。Rクラス以外はこの時間、全クラス自習なので少しそれを見学していこうと思ったからだ。

歩き進めて、ある部屋の前に着いた。そこは、AクラスとEクラスの合同自習室だ。ちょっとだけ覗いていこうと、先生達の許可を取って中に入った。

入って時は麻名明葉が入ってきたということで、しばらくガヤガヤと騒がしかったが、先生達が注意をすると段々と声の数は消えていき、最後には0となった。

代理教師と言う立場を抜きにして見学してみると、気を引き締めなくていいので違った気分でこの自習時間を見る事ができる。

だがこうして歩いていると、嫌でもアキちゃんと言う人物が人気なのだと分かってしまう。チラチラと視線が僕の方に向き、その視線と目が合うと何故か皆、頬を赤らめ石になったように固まってしまうのだ。これはあまり居心地の良いものではないなと、一通り周り終えたので僕は一旦外に出ることにした。

だか僕が自習室を出ると、その後直ぐに一人の女子生徒が、僕の後を追うように部屋から出てきた。僕はその女子生徒に見覚えがあった。Eクラス代表の中林宏美さんだ。中林さんは僕を認識すると、側に近寄って来た。

 

「Rクラス生徒の麻名明葉さんですよね」

 

「ええそうよ。貴方はEクラス代表の中林宏美さんで合ってるかしら?」

 

「大丈夫です、合ってます。実は貴方に話があって、自習室の外へと出たんです」

 

「私に話?」

 

「はい。ここでは話し辛い事なので、場所を変えてもいいですか?」

 

「ええ」

 

僕は了承して、歩き出した中林さんの背中を追った。しばらくして彼女が足を止めたのは、合同教室から少し離れた階段横のスペースだった。

 

「…………貴方は恋をしたことがありますか?」

 

僕の方に振り向いて、開口一番に中林さんは言った。かなり急な質問だ。

…………恋か。

ふとある夏を思い出した。今では殆ど薄れてしまったある日々を。

 

「…………ないわね」

 

麻名明葉として、僕は質問に返すことにした。

 

「まぁ私の場合、立場上そういう機会も少なかったからそうなのかも知れないけど」

 

「ある起業家の娘さんでしたよね」

 

「あら、よく知ってるわね」

 

「知ってる人は知っていますよ。それ以外の情報は調べても出てきませんでしたが」

 

そうなるのは当然だ。春咲さんがそうなるよう情報操作したのだから。

 

「話を戻します。恋をしたことがないと言うことは貴方には今、好きな人がいないと言うことでいいですか?」

 

「そうよ」

 

「………………あと一つだけ聞いてもいいですか?」

 

「何かしら?」

 

「…………好みのタイプとかは?」

 

…………なんだこの質問は?僕が吉井明久なら、勘違いしたように受け取れる質問だが、今の僕は完全に女装をしていて、女としか見られてないはずだ。

 

「…………さあ?あまり深く考えた事がないので分かりません。」

 

「…………そうですか、ありがとうございます。時間をとらせてすみませんでした」

 

「いえ、気にしなくてもいいわ。ただ、何故このような質問をしたのかだけ教えていただけないかしら?」

 

すると中林さんの顔が険しくなった。

 

「…………久保利光くんを知っていますか?」

 

「知ってるわ。Aクラスで二番目の実力者ですもの」

 

「その久保利光くんは貴方の事が好きなんです」

 

なんだそれは?久保くんがアキちゃんの事を好きだとでも言うのか?でも確かにこの容姿なら久保くんが麻名明葉に一目惚れしてもおかしくない。もし仮にそうだとして何で中林さんが僕にそんな話をしたんだろう?少しだけ考え、ふと合宿に行く前にこんな場面を見たことがあると気づいた。それはある夜に春咲さんとテレビを見ていた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その晩、僕達は何かの気まぐれで、テレビを見ることになった。適当に番組を回したがこの日の、この時間帯には面白いと言えるものはあまりなかので、取り合えずまだ見れる学園物のドラマを見ることにしたのだ。幸いな事に、今日から放送が始まるようで内容は理解できたのだが、その内容が女の裏側を映した恋愛ドラマだったのだ。

 

「かなりドロドロとしたドラマだね」

 

「はい、私はあまりこう言うのは得意ではないです」

 

テレビ画面に映る一人の女の子が、もう一人の女の子に好きな人はいないのか、好きなタイプは何だと問い詰めていた。そんな時、少し離れた位置でソファーに座っていた春咲さんがテレビ画面を見ながらこう言った。

 

「ですが、このドラマは女性の感情をよく体現していますよ」

 

「そうなの?」

 

「はい、女性の嫉妬と言うのは怖いものです。一度でも女性が嫉妬してしまうと、それは長く、深いものとなることが多いですから。個人差にもよりますが、女性が恋愛で嫉妬した場合は仕草や行動が表に出るので、明久くんも少しは見極められるようになった方がいいですよ」

 

「そうなの?」

 

「そうですよ。基本的に女性は男性より嫉妬心が強い生き物ですから、分かり易いと言えば分かり易いかもしれませんね。隠れた嫉妬心と言うのもありますが」

 

「じゃあ、この女の子は問い詰めている女の子に嫉妬してるんだね」

 

「そうですね。この子の場合は、自分が好きな人が好意を抱いている人間から情報を抜きとって、これから先にどの程度、自分の脅威となるか確かめているのですね」

 

「へぇ、嫉妬って怖いんだね」

 

「そうですよ。だから吉井くんも、私をほったらかしたりしないで下さいね」

 

「ん、どういうこと?」

 

「…………吉井くんには、女性の嫉妬心を見破ると言うのは無理そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてやり取りを思い出した。これがそうなら、彼女は久保くんのことが好きで、久保くんが好きな麻名明葉に嫉妬心を抱いていると言うことなのかな?

うん、本人に直接聞いた方がいいだろう。

 

「…………貴方、もしかして久保くんの事が好きなの?」

 

「なっ!?」

 

僕がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして絶句した。これはもう確定なんじゃないのかな?どうだ春咲さん!僕にも嫉妬心と言うのを見破ることぐらいできるんだ!と心の中で叫んでみた。しかし、うつ向いたままの彼女を放っておく訳にもいかない。中林さんを安心させるために僕は口を開いた。

 

「そう、それで私にこんなことを言ったのね。なら安心していいわ、少なくも久保くんは私の好みには外れているから」

 

「…………本当ですか?」

 

本当だよ。だって男だもん。

 

「ええ、なんなら私を通して貴方を応援してあげるわ中林さん」

 

「…………応援ですか?」

 

「そうよ。久保くんの感情を利用するようで悪いけどね」

 

中林さんはしばらく黙って僕の方を見た。

その顔は未だに赤く、羞恥に染まっていた。

 

「お願い…………できますか?」

 

潤んだ瞳で彼女は僕にそう言った。

 

「喜んで」

 

これが切っ掛けで、麻名明葉と中林宏美と言う二人の人物は奇妙な交流を持っていく事になるのだが、それはまだ少しだけ先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ夏の入り始めだと言うのに、その日の夜は真夏のように暑かった。梅雨の時期だからか、湿った空気が肌に絡み付いてくる。だから僕は風呂あがりに、旅館にある玄関の待ち合いの休憩スペースを目指していた。自動的販売機もあるので喉を潤すついでに、ちょっとだけ体を休めたかったからだ。手にペットボトル一本分の硬貨を握りしめてそこに向かうと、椅子に座っている一人の男が上を向いていた。その姿を見た時、僕は足を止めてしまった。

 

「…………雄二」

 

昨日の試召戦争から雄二とは気まずい雰囲気となっていた。何故そうなったのかは僕にもよく分からないが。言うならば僕が変わってしまったからなのか、それとも雄二が変わったと思っているだけなのか。そのどちらかだろう。その答えは僕には分からなかった。ただ今、僕は麻名明葉の姿をしている。このチャンスを生かしてちょっとだけ話しかけて見よう。そう考えて僕は雄二に近づいた。

 

「そんなバカみたいな顔をしてどうしたの?Fクラス代表さん」

 

話しかけると、雄二はゆっくりと僕に焦点を合わせた。

 

「…………お前、誰だ?」

 

「…………そう言えば、貴方は仮面下の私の顔を見たことが無かったわね」

 

僕の顔を雄二はもう一度見て、少し考え、そして気がついたようだ。

 

「お前、麻名明葉か?」

 

「そうよ、改めてよろしくね坂本くん」

 

雄二を坂本くんと呼ぶ僕自身に違和感を感じる。

 

「ああ、よろしく頼む。それにしてもお前までこの合宿に参加していたとはな」

 

「やることはないのだけれど、気まぐれでね」

 

「仮面の通り、猫みたいだな。その気まぐれで迷惑する奴もいるんだぜ」

 

「それは誰のこと?」

 

「今、お前と話しているやつさ」

 

「貴方が?」

 

「お前が覗きを阻止しようとするなら、ってのが正しいが」

 

「なるほど、そう言う意味ね。それなら安心するといいわ。私、明日には帰るから次の試召戦争の時には参加できないの」

 

「そりゃ良かった。Rクラスが三人相手となると、流石に勝機がなくなるからな」

 

雄二はクックッ、と小さく笑った。

 

「それにしても、どうしてこんな所に来たんだ?」

 

「ちょっと喉が乾いちゃってね。飲み物を買いに来たのよ」

 

「なるほど、なら目の前にあるぜ。早く買うといい」

 

「ええ、そうするわ」

 

僕は何を買おうかと自動販売機を覗き混み、自分の目を疑った。なぜか僕が持ってきた硬貨の合計の値段より、かなり上の値段が標示されていたからだ。

 

「どうしたんだ?」

 

僕が固まったままで、何も買わないので雄二が不思議に思い、声をかけてきたようだ。

 

「…………思っていたより高かったの」

 

僕は手を広げて硬貨を雄二に見せた。

 

「あのなぁ、普通こう言う場所で物を買う時は、他の場所より値段設定が高めになってるんだ」

 

なんと、知らなかった。

 

「…………そうなの?」

 

「そうなんだよ」

 

なんてことだ!荷物を盗まれた僕にはこの手のひらにある金額が、今の手持ちの全てだと言うのに。ガックリと僕は肩を落とした。

 

「…………ほれ」

 

そう言うと、雄二は僕に足りない分の硬貨を渡してきた。

 

「そんな、悪いわ」

 

「いいから受け取れ」

 

こんな時に、頑固者の雄二は引かないと僕は知っている。

 

「…………ありがとう」

 

僕は受け取った硬貨を使って、僕は冷えた緑茶を買った。ガコンと音がして落ちてきたベットボトルの蓋を開け、中身を喉へと流し込む。全身が内側から一気に冷やし、僕の体内に(こも)っていた熱を逃がす。

 

「生き返ったわ」

 

「良かったな」

 

僕はベットボトルの蓋を開けたまま、そう言った雄二の隣に座った。雄仁はその行動にびっくりしたようで、ずれるように僕から距離を離した。

 

「…………なんと言うか。お前、明久に似てるな」

 

ドキッと心臓が跳ねた。

 

「そ、そうかしら?気のせいじゃない?」

 

「少し抜けた…………いや、あいつの場合はかなり頭のネジが飛んでるな」

 

お前は吉井明久を何だと思ってるんだ!?と今にもツッコミを入れたかったが、麻名明葉である僕はそれをすることができない。そんな風に僕が拳を握りしめている間に、雄二はいつの間にか最初に見た時と同じ様な状態になっていた。石の様に固まってしまったのだ。

 

「…………明久はどうしてる?」

 

それからしばらくして雄二は言った。

 

「…………私、あまり明久くんと話さないからどうと言われても少し困るわね」

 

なんと言えばいいのか分からないので、適当にそう返す。

 

「…………そうか」

 

それだけ言って雄仁はまた黙りこんだ。そして雄二が次に口を開いたのは、僕の持っているベットボトルの中身が空になる寸前だった。

 

「…………お前はもし、知らない間に自分の親友が変わってしまったとしたらどうする?」

 

それは間違いなく僕の事を言っていた。バカな僕でも流石にそれくらい理解できた。もしかして雄二はその事をずっと考えていたのか?もし、親友が変わったとしたら…………か。そんな時、僕どうするのだろうか?仮にもし、雄二が変わったとしたら…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………話してみる」

 

「ん?」

 

「直接会って言葉を交わせばいいんじゃない?」

 

「…………なんだそりゃ?」

 

「私もよく分からないけど、その人と会って話してみたら何か分かるんじゃないかしら?」

 

雄二は目を閉じ、そしてゆっくりと開けた。

 

「…………ははっ、根拠も何にもねぇ事を言うな。だが、それがいいのかもしれないな」

 

雄二の顔に明るさが戻っていた。

 

「今思えば、俺はあいつと大した言葉も交わしてなかった。それで変わったとか言って…………おかしな話だ」

 

雄二は僕の方へ向き直り、少し顔を寄せてきた。

 

「やっぱりお前は明久に似てる。実は明久の姉とか、女装した明久だったりしてな」

 

ギクッと僕の肩が無意識に震えた。無駄に勘が鋭い。これは早めに退散した方がいいのかもしれない。さて、どう誤魔化そうかと考えていると、ブルッと僕の体に何か悪寒の様なものが走った。

これは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………雄二、何してるの?」

 

聞こえた声は絶対零度を宿していた。それはもう、地球全体に氷河期を再来させるほどの冷たさを。そして僕は見た、雄二の後ろから幽霊の様に現れた霧島さんを。

 

「し、ししししし翔子!どうしたんだ!?」

 

雄二も尋常でない何かを感じたのか、かなり声が震えている。

 

「…………何を、していたの?」

 

再び悪寒が僕の背筋に駆け巡る。これは殺気だ!間違いない!しかも、それは雄二だけでなく僕にも向けられていた。いつもなら雄二だけなのになぜ!頭をフル回転させて、さっきまでの出来事を振り返る。そして気づいた。雄二が僕に顔を寄せていたと言うことに!

霧島さんからは、僕達がキスをしようとしているように見えたのだ。

それなら!

 

「私が坂本くんに声をかけたら、急にキスをさせろと言い出して…………怖かった」

 

すまん、雄二。僕のために犠牲となってくれ。

 

「麻名明葉、テメェ!」

 

雄二が僕に向かってそう叫ぶ。

 

「………………………雄二」

 

本来あり得ない、絶対零度を越えた何かがこの空間を包んだ。

 

「………………は、はひ」

 

カクカクと雄二は霧島さんの方へ首を曲げた。

 

「……………………ちょっとお話があるの」

 

雄二は無言で逃げ出した。それを霧島さんが追う。部屋には蒸し暑さが戻っていた。それを眺め、僕は立ち上がり、少しだけ残っているベットボトルの中身を飲み干す。そして雄二が生きている事を祈りつつ、空になったベットボトルをゴミ箱に放り込んだ。

カランとそこから音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




見たか!これが麻名明葉のヒロイン力だ!


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バカ二人組

元々文法ムチャクチャなのに、急いで書いたからさらに雑になっています。修正は明日か明後日!

この話について一言:なんだこの暑苦しい友情物語は。



人は変わっていく。生きていくもの全て、昨日とは違った生き物となる。肉体的にも精神的にも、人は毎日変わっていくのだ。ある人はそれを賢くなったと言う、またある人は大人になったと言うのだ。でも、『かわる』とは不思議なものだ。もし僕が社会から精神的に大人として扱われるよう変わったとする。子供から大人へと認識が変わったのだ。では次に、僕が子供の様な、幼児の様な行動をすれば即、通報され病院に放り込まれてしまうだろう。

人と言うのは後ろに下がることが嫌いなのだ。立ち止まることや、振り返る事は好きなのに、一度来た道をそのまま戻るのは嫌いなのだ。そして、これはほんの一例だ。前後の話だけではなく上下に、その本質自体が変わることもある。ねぇ雄二。雄二が今まで見てきた僕ってのは、どんな人物だった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………っと…………くん。

 

声が聞こえた気がした。

 

「ちょっと、吉井くん!ちゃんと聞いてるの?」

 

その声で僕は思考の波から這い出た。

 

「…………ごめん、小山さん。ぼうっとしてたよ」

 

「私が質問してるんだからしっかりしてちょうだい」

 

あの日の女装事件から一日がたち、僕は今、CクラスとDクラスの合同教室で自習の質問を受けていた。

Cクラス代表である小山さんが質問をしてきたので、その質問に答えていたところだ。

 

「それにしても、本当よくこんな質問に答えられるわね。こんなこと、Aクラス代表ですら知らないと思うわよ」

 

こんな感じの台詞を合宿中によく聞く。本当に。

 

「…………もしかして僕を試してた?」

 

「そうよ。と言うか、この機会にRクラスの学力を把握するために貴方に質問をした生徒は少なからずいるはずよ」

 

「……そうなんだ。全然気づかなかった」

 

すると小山さんは、はぁっとため息に似た何かを吐いた。

 

「吉井くんって学力的な意味では賢くなったけど、本質はバカなままよね」

 

「そうかな?」

 

「バカと言うより抜けてるとか、おっちょこちょいとか、そんなところかしら?」

 

雄二にも昨日、そんな感じの事を言われたな。

 

「でも試召戦争では敵無しって言えるほど強いから、あんまり関係ないけど。あの点数であの操作技術は反則ものよ」

 

じとーっとした目で小山さんが僕を見てくる。

 

「僕より首席の方が断然すごいよ。点数は僕の何倍もとるし、操作技術も僕より遥かに上手いからね」

 

僕がそう言うと、小山さんは肘を立てて手のひらに頬を乗せた。

 

「あわよくば私たちも………って思ってたけど、そんな生徒がいるならやっぱり無理っぽいわね」

 

CクラスもRクラスを狙ってたのか。

 

「まぁ勝負することになったら、よろしく頼むよ」

 

取り合えず、そう言っておこうと僕は小山さんを見ながらそう言った。

 

「王者の余裕ってやつかしら?いつかその余裕をなくしてみたいものね」

 

「出来るのならね」

 

「あら、言うわね。見てなさい。いつかCクラスが、貴方達Rクラスの教室を使う日がくるから」

 

小山さんが挑発的な笑みを浮かべたので、僕も同じ様に返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は過ぎ、今は覗きを阻止するために僕達は陣を張っていた。形的には僕とメルさんが階段を下りたすぐのところに留まり、その遥か後方に女子や教師達が構えていると言う感じだ。僕とメルさんで粗方、戦力を削り、その他のメンバーで殲滅しようと言うことだ。

 

「…………坂本様はどこまでの軍勢を引き連れて来られるでしょうか?」

 

僕の横に立っているメルさんが聞いてきた。

 

「分からないけど、雄二がなんの算段も考えないで、ここに来るとは思えないんだよね。少なくとも、前のように簡単にいくとは思わない方がいいかも」

 

「…………了解しました。ですが、坂本様はそこまでのお方なのでしょうか?」

 

「うん、そうだよ。そもそも雄二がいなかったら、Fクラスは前の試召戦争でDクラスにすら勝ててなかったと思うよ」

 

「…………なるほど、確かにそうですね。明久様は坂本様の事をよく知っておいでのようで」

 

よく知ってる…………か。

 

「…………そうだったらいいね」

 

そんな僕の呟きを書き消すように、階段からドタバタと音が聞こえ、FクラスとAクラスの男子達が降りてきた。そして、その集団の先頭に立っていたのは他の誰でもない雄二だった。

 

「………………よう、明久」

 

「………………やあ、雄二」

 

僕たちはそれだけ言葉を交わすと、構えることも、睨み合うこともせずにただ静かに、その場に立っているだけだった。しかし、しばらくして雄二は一歩前へ出て言った。

 

「明久、二人だけで話たい事がある」

 

「…………奇遇だね、僕もだよ」

 

一度、雄二とは腹を割って話してみたかった。

 

「…………明久様」

 

メルさんが小さく僕の名前言う。しかし、それ以上は言ったら駄目だと、僕はメルさんをそっと手で制した。分かってるよ。それが雄二の作戦かもしれないってことくらい。確かに雄二一人でRクラス生徒を押さえることかができれば、開いていた戦力差を大きく縮める結果となるだろう。そんなことは分かっている。分かってはいるんだ。

 

「雄二以外は、僕の横を通って先へ行っていいよ」

 

雄二が久保くんに目配せすると、僕の横を男子達が通り過ぎていった。全ての男子生徒が通り終えた後、そこにいたのは僕と雄二だけだった。メルさんもいつの間にかいなくなっていた。

 

「…………………………………………。」

 

「…………………………………………。」

 

この場が僕たち二人だけになり、辺りは静まりかえる。僕は待った。雄二が僕に何を話したいのかを。雄二が放つその言葉を。そして、雄二がゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………明久、すまないが取り合えず一発殴らせろ」

 

「………………………………ん?」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「ち、ちょっと待ったー!」

 

僕を殴ろうと、全力で突っ込んできた雄二に静止の声を掛ける。が、止まらない。ギリギリ、右ストレートを左にかわした。

 

「なんでさ!話し合いをするんじゃなかったの!?」

 

「何を言ってるんだ、明久?話し合い(物理)をしてるだろ?」

 

「雄二!それは話し合いって言わないんだよ!?」

 

「問答無用だ!」

 

くっ、こうなったら一旦雄二を止めるしかないか。

 

「『展開(スウェイト)』!」

 

Rクラス権限を使って召喚フィールドを出現させ、僕と雄二の間に召喚獣を召喚した。

 

「甘いぞ明久!『起動(アウェイクン)』!」

 

「なっ!」

 

そして、なぜが僕が展開したフィールドが一瞬にして消え去った。『起動(アウェイクン)』って、その起動キー(ワード)は。

 

「まさか、雄二!」

 

「そうさ、明久。これは白金の腕輪だ」

 

雄二が上げた左腕には、白く光る腕輪があった。

ってことは…………。

 

「僕の荷物を盗んだのはお前だな!雄二!」

 

「安心しろ明久。他は全部、川に捨てておいた」

 

「安心できる要素が一つも無いよ!」

 

実はあの清涼祭の後、賞品としてもらった白金の腕輪を春咲さんが改善して、学園長に返したのだが、一週間程でこの研究は終わったとかで僕達の元へ返ってきたのだ。で、春咲さんはもうすでに持っていると言うことで僕が二つとも貰っていたんだけど…………。

 

「…………ふふっ。いいよ、雄二。貴様が話し合い(物理)を望むのであれば…………僕も手加減しない!」

 

完全に頭にきた僕は全力で雄二に殴りかかった。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

叫び声をあげて僕と雄二はお互いに向かって走り出す。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!明久ぁぁぁぁぁぁ!」

 

「くたばれぇぇぇぇぇ!雄二ぃぃぃぃぃぃ!」

 

二人の拳がお互いの顔に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ」

 

「げほっ、ハァハァ」

 

僕たち二人は地面に仰向けになって倒れていた。

大きく大の字になって、傷だらけの状態だ。

 

「………………はっ。はっはっはっは!」

 

何の突拍子も無く突然、雄二が笑いだした。

 

「…………どうしたのさ?雄二」

 

「いやほんの数ヵ月前までは、よくこうして喧嘩してたなと思ってな」

 

「…………そう言えばそうだね。僕が雄二の弁当を躓いて、ひっくり返したりしてさ」

 

「あれはお前が悪いだろう」

 

「だから、あの後ごめんって言ったじゃん。」

 

「あぁ、そうだったな。…………だから今度は俺が言う番だ。」

 

雄二は立ち上がって、僕の方へ頭を下げた。

 

「すまなかった、明久」

 

「…………それは、僕の荷物を盗んだ事に対して?」

 

「どっちもだな」

 

「………………そう」

 

僕も立ち上がる。それに気づいた雄二は頭を上げた。真っ直ぐと腫れて不細工になった顔を見た。なぜかその顔を懐かしく感じて、僕は確信した。目の前にいる“坂本雄二”と言う男は、間違いなく僕の親友だと。

 

「…………実はさ、僕も女子風呂を覗きたいと思ってたんだよね」

 

雄二はキョトンとした後、再び大声で笑った。

 

「…………ハハッ!そうか、なら俺に手を貸してくれないか?」

 

「もちろんだよ。今までもそうしてきたでしょ?」

 

そう、いつも僕と雄二は喧嘩して、そして助け合ってきた。今回もただそれだけだったんだ。

 

「…………明久。お前はどこまでいっても明久だな」

 

「なに訳の分かんないこと言ってるのさ」

 

僕と雄二はぎゅっと固い握手をした。ここに文月学園一、最もひねくれた、最悪で、そして世界で一番最高(バカ)なコンビが復活した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦局は男子陣が、かなり不利な状況だった。僕と雄二が戦場にたどり着いた頃には、男子達はバラバラで、このままいくと壊滅まっしぐらという感じだ。

 

「久保、秀吉!無事か?」

 

「坂本くんに…………吉井くん?」

 

「明久!お主、こっち側についてくれたのか?」

 

周りにいた男子達も驚いているようだ。

 

「そうだよ。でも今は、そんな事を説明してる暇はないんじゃない?」

 

「明久の言う通りだ。先ずはこの状態をなんとかしないとな」

 

乱戦状態だからね。これじゃあ単純な戦力差で負けてしまう。

 

「一回、皆を退却させて落ち着かせる必要があるな。召喚フィールドを使って『干渉』を起こすか」

 

「その間に撤退させる隙を作ると言う訳じゃな」

 

「久保、援護を頼めるか?」

 

「任せてくれ、坂本くん」

 

「なら、僕が『干渉』を起こすよ。僕の場合は点数を減らさないでフィールドを展開できるからね」

 

作戦が決まり、急いで僕たちは配置についた。

 

「いくよ、『展開(スウェイト)』!」

 

召喚フィールドが展開され、元々あったフィールドが消え去った。

 

「なっ、なんだ!?何が起こった?」

「なにこれ!?どうなってるの?」

 

混乱した声が前から聞こえてくる。

 

「お前ら!考えるのは後だ!とにかく後ろへ退け!」

 

雄二が体を震わす程の大声を上げた。それに気づいた男子生徒は皆、後ろに下がっていく。そして再び、教師達の召喚フィールドが形成される頃には殆どの男子生徒が撤退していた。女子達も早い判断で追撃してくるが、それを久保くん率いる隊が阻止する。

 

「…………明久!味方になったのか」

 

「そうだよ、ムッツリーニ。よろしくね」

 

後ろに下がったムッツリーニが僕の方へ来た。

 

「…………そうか。ならこの面子が集まるのは久しぶりだな」

 

「…………そうだね」

 

僕と雄二と秀吉とムッツリーニ。一年生の時はいつもこのメンバーで一緒だった。

 

「しかしどうするじゃ。相手はAクラス代表に姫路、さらには高橋先生と鉄人もおるのじゃぞ」

 

「…………鉄人は明久に頼んでいいか?物理的干渉ができる、お前の召喚獣なら鉄人を倒せる」

 

「…………他はどうする?」

 

「それは俺たちでどうにかするしかないだろう」

 

「じゃがさっきの乱戦でこっちの戦力は殆ど削がれておるぞ。最低でも物理的干渉ができる教師達は倒しておかねばならんじゃろう。」

 

それを聞いた雄二が苦々しい顔になる。上の階で戦っている、E、D、C、Bクラスの男子達が援軍に来てくれるのに、望みを掛けるしかないのか…………いや、あるじゃないか。解決策。

 

「メルさん!」

 

「ここに」

 

僕が彼女の名前を呼ぶと、いつ現れたのか僕の後ろから声が聞こえた。

 

「…………聞いてた?」

 

「いえ。ですが事情は把握しました」

 

流石だ。

 

「なら、任せていいかな?」

 

「もちろんです、明久様」

 

「もう一人のRクラス生徒か…………これなら何とかなるかもしれないな」

 

「僕がもう一度、干渉を起こしながら突っ込んで奥にいる鉄人を倒すから、皆は教師達だけを狙って倒して欲しい。教師さえ倒せば、物理的干渉をできない女子生徒は無視できる」

 

うん、と僕達は頷き合う。

 

「いくぞ!」

 

「「「「おーーーーーーーーー!」」」」

 

掛け声と同時に僕達は走り出した。

 

「『展開(スウェイト)』!」

 

先程と同じ様に教師達のフィールドが消えた。

 

その隙にメルさんと僕は女子生徒と先生との間を潜り抜ける。

 

「吉井!あんた向こうについたの!?」

「吉井くん!?」

 

様々な声が聞こえるが全て無視して走り続ける。そして、雲を抜けるかのように、向こうへとたどり着いた。メルさんは僕に邪魔が入らないよう後ろを向いて足止めをする。そのまま僕は前へ進む、ふと目の前に一人の教師が現れた。

 

「待っていたぞ、吉井」

 

鉄人だ。

 

「待っていたって、まるで僕がここに来るのを分かっていたみたいですね」

 

「ああ、分かっていたさ。言っただろう。お前は昔のままだと。いつかこうなるとふんでいた。だからわざわざこの合宿中、テストを受け直したのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史

 

 

 

 

 

 

学年主任 西村宗一 957点

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

なんだその点数は!?メルさんより高いぞ!

 

「お前の点数が延びだした頃から、俺も勉強をやり直してな。お前より点数が下になったら、お前を叱る事ができなくなるだろう?」

 

Rクラスになっても僕を叱る気なのか!

 

「…………関係ありませんよ。それでも僕は勝たせてもらいます」

 

「威勢だけは一人前だ。その威勢がどこまで続くか、説教室で見せてもらおうか」

 

「それだけは勘弁してもらいたいですね。『試獣召喚(サモン)』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史

 

 

 

 

 

 

Rクラス 吉井明久 897点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、仮面が無い場合はちゃんと名前で標示されるんだな」

 

「…………行きますよ」

 

「来い!吉井!」

 

僕の召喚獣は鉄人の召喚獣の懐へ向かっていった。

 

「ふん!」

 

それを真っ直ぐに放たれた拳が邪魔をする。それで僕は一つ分かった事がある。

 

「教師なのに召喚獣の扱いがあんまり上手くないようですね」

 

教師達は僕が観察処分者になる前は、自分達の召喚獣を使って雑用をしていた。だから、普通は生徒達より召喚獣の扱いが上手いはずなのだ。

 

「俺は召喚獣を使わず、自分の体を使っていたからな」

 

そりゃそんだけ筋肉達磨(だるま)なら、重い荷物もその体で軽々と運べるだろう。でもそれならそれでも好都合だ。召喚獣の扱いを僕の方が優っているのなら、十分に勝てる可能性がある。

 

「くらえ、吉井!」

 

今度は鉄人が僕の方へ拳をふるってきた。

それを刀で流して、軽い連撃を当てた。

 

 

 

 

 

学年主任 西村宗一 854点

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだ!鉄人!」

 

僕は刀を構える。

 

「西村先生と呼べ!」

 

鉄人は拳を握る。

 

僕の木刀と、鉄人の拳がぶつかる。

しばらく、二つの威勢はぶつかり合ったままだったが、しかしそこからカタリと音が鳴り、次の瞬間には鉄人の拳を僕の刀が叩き切っていた。

鉄人本人もろとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ。流石は鉄人」

 

鉄人を倒したはいいが、その余波で僕の召喚獣は吹っ飛ばされていた。雄二との殴り合いのせいもあって、フィードバックにより僕の体は限界を迎えていた。

しばらく地面に倒れ伏していると、ふと複数の足音が聞こえてきた。

 

「やったんだな、明久!」

 

「うん、何とかね」

 

雄二たちだった。二年の全クラス男子がそこにいた。

 

「大丈夫か、明久!」

 

「大丈夫だよ、秀吉。少し疲れただけだから」

 

すると、皆が鉄人が倒れているのを確認したようだ。わーっと言う歓声と共に、僕を称賛する声が聞こえる。

 

「よくやった、吉井!」

「流石だぞ!」

「MVPはお前だ!」

 

いつのまにか、周りはお祭り騒ぎになってしまった。

 

「さて、行くか明久」

 

雄二が僕に手を差しのべる。

 

「…………いや、いいよ。少し疲れたんだ。ちょっと休んで行くから、雄二達は先に行っててよ」

 

「…………分かった。必ず来いよ」

 

雄二はゆっくりと手を引っ込めた。

 

「うん、すぐに行くよ」

 

僕がそう言うと、雄二達はガヤガヤと騒いだまま、女子風呂へと続く通路へ消えていった。そして誰の声も聞こえなくなったのと入れ替わるように、一つの足音が僕の元へとやって来た。

 

 

 

 

「…………………帰ろうか、メルさん」

 

「…………………はい」

 

 

 

 

 

僕は立ち上がった。体に痛みが残っていたが、メルさんが僕を支えてくれたお陰で何とか歩けた。

 

そして僕はメルさんと共に、雄二達と逆の方へと足を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛たた。やっぱり傷に染みるな」

 

僕はゆっくりと一人お湯に浸かっていた。しかも露天風呂でだ。実はこの宿に露天風呂があるのだと、こっそりメルさんが教えてくれたのだ。元々、この宿は潰れかけていたところを文月学園が買ったものなのだそうで、その名残で今も時たま使われているようではあるのだが、使えるのは教師達のような特別人達だけらしい。まぁ今回は覗き事件のせいで、殆ど使われなかったようだが。

 

「…………露天風呂なんていつぶりかな?」

 

風呂に浸かりながら僕が呟いた。

 

「…………吉井くん?」

 

すると、竹で区切られた女子風呂から声が聞こえてきた。

 

「その声は…………春咲さん?!」

 

「やっぱり吉井くんなんですね」

 

やっぱり春咲さんの声だ。

 

「何で春咲さんがここに?」

 

「…………えっと、吉井くんの荷物が何故か文月学園に届いたので届けに来たんです。配達を頼んでも最終日には間に合いませんから」

 

「…………川に捨てたってのは嘘か」

 

貴重品もあったから戻ってきたのは良かった。

 

「…………でも明日に僕は帰るから、そこまでしてくれなくて良かったんじゃない?」

 

さして急に必要なものもないし。

 

「まぁそうなんですけど。…………そうですね、露天風呂にも浸かりたかったからというのもあって」

 

そんなことで春咲さんが外に出るとは思えないが、まぁいいか。

 

「夕方頃に着いたんですけど、さっきまで吉井くんは忙しそうだったので、ここでゆっくりしようかと思って入ってたんです」

 

夕方頃ってことは、僕が階段前で雄二達を待ってた時くらいかな?

 

「もしかして覗き事件のこと知ってるの?」

 

「はい、こっそりと見てましたから」

 

あんな所でよく見る事がてきたなと思った。

 

「あんな盛大な覗き、聞いたこともないよね」

 

「ふふっ、そうですね。最後は皆、お祭り騒ぎでしたし」

 

ふと、そこから何故か会話が途切れた。会話が無くなると、そこは異常に静だった。静すぎて、向こう側に春咲さんがいないのではないか、と思ってしまう程に。僕はふと耳を済ます。お湯がジャバジャバと落ちる音が聞こえる。ぽちゃんと雫が落ちる音がした。

 

「………………吉井くん?」

 

春咲さんの声が僕を呼ぶと、それらの音が存在感を薄めた。

 

「どうしたの?」

 

「いえ、すみません。吉井くんがいるのかどうか分からなくなって……少し心配になってたんです」

 

春咲さんが小さな声でそう言った。

 

「それなら大丈夫、僕はここにいるから」

 

安心させるため僕はそう言った。

でもーー

 

「…………春咲さん?」

 

少し春咲さんの様子がおかしい。

姿は見えなくても、僕はそれを感じ取れた。

 

「……………………………………。」

 

それからしばらくしても、何も返ってこないので、今度そこ春咲さんが消えたのではと思ってしまった。

 

「………………吉井くん」

 

だがその憂いは春咲さん自身の声によって晴らされた。僕が安心したのも(つか)の間、春咲さんは僕にこんな質問を投げ掛けた。

 

「…………吉井くんは、やっぱりFクラスの方々と一緒にいた方が楽しいですか?」

 

その声は、その言葉はどこか、このお湯の中に沈んでしまいそうな程に不安定だった。春咲さんはそんな事を心配していたのか。もしかして、僕と雄二達を見てそう思ったのかもしれない。でも春咲さん、それは少し違う。

 

「…………確かに雄二達といるのは楽しいよ。だけど、僕は春咲さんと一緒にいる時もすっごく楽しいんだ」

 

そう、これは僕の本心。

 

「今でも時々思うよ。僕はRクラスに入る事ができて、幸せだなってね」

 

春咲さんと、メルさんと出会えて僕は良かった。こんなクラスメイトと学校を共に過ごせて良かった。そう思っている。

 

「……………そう…………ですか」

 

その声は小さく、か細いものだった。

でもそれはしっかり芯を持っていた。

その声は、しっかりと僕に届いた。

 

 

 

それからの会話は無かった。ただ体に感じるお湯の温かさが、妙に気持ち良かった。目を閉じるとジャバジャバと音が聞こえる。そして、また一つ雫が落ちる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バカとテストと最強の引きこもりを読んでいただいて、ありがとうございます。
一年ほど更新しないという事もありましたが、皆様のお陰でここまで頑張ってこれました。
皆様は、何今さら改まってんだ?ってお思いのことてしょうが、理由の一つとして、多分これが今年、最後の投稿となるかもしれないので、一応やっといた方がいいかなと思ってやりました。
投稿するとしても『Contacute』を投稿する位だと思います。とにかく、また来年もちょっとずつではありますが、頑張っていきたいので暇があればまた読んでやってください。


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Contacute ver.吉井明久・土屋康太

リクエストひとつ目。多分、もう一つ書きます。


 

「ムッツリーニ。遅くなったけど、これが約束の物だよ」

 

「…………ご苦労」

 

「これで、島田さんの清涼祭限定チャイナ服姿の写真取引は、成立したことになるよね」

 

「………………ああ。いい取引だった。もしよければこれからも頼む」

 

「僕としてはちょっとかべんしたいかな」

 

「………………残念だ」

 

「…………そんなにアキちゃんの写真ってレアなの?」

 

「………………そんなにレア。言うならばウルトラレア。俺の手元でさえ、顔が写っているものは五枚程しかない」

 

「顔が写っていないのは?」

 

「………………100枚程」

 

「大分差があるね」

 

「………………仮面を被っているものが殆ど。」

 

「いつも被ってるからね」

 

「………………なかなか隙がない。どうも写真を撮られたくないように見える。何故だ……」

 

「それはえっと、あれだよ。そんな人っているじゃない?カメラを向けられるのが嫌いな人とか」

 

「………………確かにいるにはいる。だがそれにしてもガードが固い」

 

「ほら、お嬢様だから。何か事情があるんでしょ」

 

「………………そう言うものか」

 

「そう言うものだよ。それよりさ、最近の売上はどうなの?」

 

「………………中々儲かっている。勿論、一番は麻名明葉」

 

「顔が写っているのは五枚しかないのに?」

 

「………………正確に言うと違う。売に出しているのは四枚」

 

「一枚だけ残してるのか。」

 

「………………全部売るのは勿体ない」

 

「成る程。でも尚更その四枚だけでそこまで稼げないと思うけど」

 

「………………その四枚のレートがとんでもない跳ね上がりを見せている」

 

「そうなの?じゃあさ、例えば今、僕が渡した写真ならどのくらいになるの?」

 

「………………封筒の中身を確認していないから分からないが、顔が写っているのなら恐らく二~四万円」

 

「………………聞き間違いかな?今、万と言う単語が出てきた気がするんだけど」

 

「………………間違ってない」

 

「………………本当に数万円もするの?」

 

「………………予想では。現に今まで売ってきたものはその位した」

 

「…………驚きを通り越して、呆れちゃうよ」

 

「………………それだけこの写真が凄いと言う事だ」

 

「でもそんだけ高く売れるなら、焼き増ししたら大金持ちじゃない?」

 

「………………そんなことをしたら写真自体の価値が下がる。少ないからこそ希少価値がある」

 

「あっ、そっか。同じ写真が増えたら皆買っちゃうもんね」

 

「………………(コクン)」

 

「じゃあ数の少ないアキちゃんはともかくとして、他はどうなの?」

 

「………………二位は明久」

 

「僕が?」

 

「………………そう。合宿の時に言ったが、明久がRクラスとになってから、写真はよく売れるようになった」

 

「僕の写真なんて誰が買うのさ?」

 

「………………それは内緒。ムッツリ商会はプライバシーを厳守する」

 

「そう言えばそうだったね。なんか色々と腑に落ちないけど、まぁいいか」

 

「………………一つ言えることがあるとすれば、Rクラス生徒の写真は高値で売れると言うこと」

 

「でもRクラスで顔を知ってるのって、僕と麻名さんだけだよね」

 

「………………(コクン)。だから俺は他の生徒の正体を暴こうとしている。だが、全くと言っていいほど失敗に終わる。教室にすら入れない」

 

「あれだけセキュリティーが高かったら無理だよ」

 

「………………残念だ」

 

「僕も初め教室に入るときは苦労したよ」

 

「………………なぜだ?」

 

「えっとね、教室に入る前質問されたんだよ…………二百個くらい」

 

「………………災難だったな」

 

「まぁ、今では笑い話にできるからいいけどね」

 

「………………明久は口を開けばそれが笑い話になる」

 

「ちょっと、それってどういうこと!?僕の話が笑い話になってしまうほど下らないってこと!?」

 

「………………何故、分かった?」

 

「…………Rクラスになっても僕はそんななのか」

 

「………………気を落とすな。そこら辺は変わってないが、頼りになるようになった。見ていて安心できる」

 

「僕はFクラスを見ていて全く安心できないけどね」

 

「………………だが、それが俺達の良いところ」

 

「ははっ、そうだね。そうじゃなきゃ困るかも」

 

「………………ところで明久。この封筒の中身を確認させてもらう。明久の事は信用しているが、一応商売だ。」

 

「…………うん、まぁいいけど」

 

「………………では、拝ませてもらブハッ!」

 

「ムッツリーニ!」

 

「………………なぜ、こんなに露出が多い?」

 

「…………えっと、それはまぁ思い出したくもない恐ろしい事が……ってそんなことはどうでもいいんよ!早く輸血しないとムッツリーニが!」

 

「………………我が人生に、一片の悔い無し」

 

「………………ムッツリーニ?そんな、ムッツリーニィィィィィィィーーーーー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外 春咲の実験。

遅めの明けましておめでとうございます。
今年から受験生なので、いろいろと重い年になりそうです。取り合えず、一日をしっかり頑張ろう。これが私の今年の目標ですかね。それはさておき、少し報告したいことがあるのです。実は、四巻の話からこの小説の展開が大きく動くので、次の投稿がかなり遅れます。と言うか既にもう書いてあるんですが、これを投稿すると後戻りできなくなるので、完結までの話の流れを見直したいのです。だから、繋ぎとして番外編を投稿しました。描写が足りなかったり、雑だったりするので、後書きに補足説明を入れたいと思います。修正はいつかします。


今更だが、春咲さんは『試験召喚システム』の開発者の一人だ。詳しく言うとチームとしてではなく、一人だけでその研究をしている。だが、Rクラスに来てからは違った。何故ならそう、吉井明久と言う同級生(モルモット)がそこにいたからだ。これは、一回目のFクラスとの試験召喚戦争が終わってから数日たったある日の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―吉井君、私の部屋に来てくれませんか?時間は何時でも構いません。―

春咲彩葉

 

 

僕がある日の朝、ふと携帯を開くと届いていたメールがこれだ。最低限の文字しか使われていないシンプルなメール。僕を部屋に呼ぶからには何かしらの用事があるに違いない。取り合えずと言った具合でベッドから降りて、顔を洗い、朝食を食べた。何時でもいいと言うからには、そこまで急ぐような事ではないと言うことだろう。まぁ多分、春咲さんなりの気遣いなのだろう。それでも、あまり待たせてはいけないかと食べ終わった後の食器をに放り込んで、歯を磨いて、春咲さんの部屋へと向かった。

前に来た時と同じように、本来ならあるはずの分厚い扉はなく、入り口は開いていた。そこから本当に短い通路を通り、また現れた薄い扉を開く。出た部屋では春咲さんが小さな椅子にちょこんと座っていたのが見えた。

 

「あっ、早かったですね。もう少し遅いかなと思ってました」

 

春咲さんは座りながらパソコンの画面に向けていた視線を僕へと切り替えた。

 

「待たせるのも悪いからね。それで、何の用があって僕を呼んだの?」

 

「えっとですね、実は私の実験に付き合ってほしいんです」

 

「実験?」

 

「はい、データの採取をしたいんですけどそれに協力してくれませんか?」

 

何の実験かは知らないが、春咲さんがやる実験なら、余計な心配する必要は無さそうだ。

 

「喜んで引き受けるよ。それで、その実験ってどんなことをするの?」

 

「そうですね、説明をするので研究室の方へ行きましょう。説明もしやすいですし」

 

春咲さんはそう言って、部屋にあるもう一つの扉へと向かっていった。僕もその後を追いかけて、研究室の中へと入る。中は相変わらず、よく分からない装置で埋め尽くされていた。

 

「それでは、実験について説明したいと思います」

 

春咲さんは、こほんと一つ咳をして手元にあるリモコンのボタンを押した。一瞬、部屋が白く光って目の前にある大きな液晶の電源がついた。

 

「今回、吉井君に手伝ってもらいたい実験はシミュレーションです」

 

「……と言うと?」

 

「試験召喚を操作する際の脳波を利用して、もし自分がこうだったら、どうなっていたか……と言うシミュレーションをしていきたいのです」

 

「もし、僕が女の子だったらとか?」

 

「そうです。そんな感じです」

 

なんと、結構面白そうだ。

 

「今回は、条件を限定して職業に関することだけにしましょう。例えば、もし吉井君が美容師だったら……とかです」

 

と言うことは、未来のシミュレーションをすることになるのか。

 

「一般的な職業データと、吉井君の性格や周囲との関係性、状況的判断行動等をあらかじめ入力し、シミュレートしていきます」

 

言いながら、春咲さんは湿布に線を繋げたようなパッチを持ってきた。

 

「これを吉井君の首の後ろに貼っていただけませんか?それでもう、シミュレートを開始できます」

 

「了解、ちょっとドキドキしてきたよ」

 

僕は春咲さんからそれを受け取って、ぺたりと首の後ろへと貼った。その間、春咲さんは目の前の装置に何かを入力していた。

 

 

「職業は何がいいですか?」

 

何でもいいんだけど…………そうだな。

 

「教師とかどうかな?」

 

一番、身近にいる職業者だからね。

 

「分かりました。では、いきますよ」

 

春咲さんは入力をし終えたようで、僕の近くへと寄ってきた。

 

「シミュレーションは映像として、目の前の液晶に映されます。言うならばドラマを見るような感覚ですね」

 

春咲さんがいい終えると、そこには黒板に向かって何かを書いている僕が映されていた。教室は、どこにでもあるような普通の教室。生徒達は真面目に僕の話をしっかり聞いていた。

 

「どうやら英語の授業をしているようですね」

 

「史学じゃないんだね」

 

史学は僕の一番の得意科目だからだ。

 

「そこは、入力してませんでしたから。ランダムになったんでしょう」

 

まぁ、見る限りはしっかり教師をしているから問題は無いだろう。僕だってやればできるのだ。少し、感動しながら画面に視線を戻した。

 

 

 

 

『はい、じゃあこの例文をやってみましょうか』

 

そう言って、教師明久は黒板に日本語を書き出した。

 

『“私が釣った魚は小さかった。”これを、英語に直してみましょう。では、少しだけ時間をとりますので、皆さんやってみてください』

 

教師明久がそう言うと、生徒達は一生懸命その例文に取り組みだした。

 

 

 

「吉井君、しっかり教師やってますね。結構、向いてるんじゃないですか?」

 

春咲さんが画面に目を向けたまま僕にそう言った。

 

「そうかもしれないね。自分でもビックリしてるよ」

 

…………教師か。案外、いいかもしれない。

 

 

 

 

『…………はい、時間です。では、答えを前に書きますよ』

 

それから、カツカツとチョークを叩く音が響いていく。

 

『これが正解の文ですね。では、皆さんでこれを読んでみましょう。せーの……………あれ?』

 

教師明久がそう言ったのに誰も発音しようとしない。そんな中で生徒達は皆、明久の後ろの黒板を凝視していた。それもなんとも言えない微妙な表情をして。

 

『…………………?』

 

明久もそれに気がついたのか、後ろをくるりと振り向いた。そして、そこにはこう書かれていた。

 

 

“The fish which I caught smiled.”

 

 

 

 

 

ぶつんと音がして目の前の画面が暗くなった。何てことはない。僕が消したのだ。反射的に。

 

「……………………あの、吉井君?」

 

「………………何も言わないで、春咲さん」

 

「………………でもあの、一つだけ言いたいことがあります」

 

「駄目だ、言ったゃだめ!」

 

言ったら僕が(みじ)めになる!

 

「………………smallとsmileを間違えたんですか?」

 

「言わないでぇーーーー!」

 

僕は前のめりに崩れ落ちた。

 

「“私が釣った魚は微笑んでいた”って………どんなホラーですか?」

 

「僕が知りたいよ!」

 

「あれですか、人面魚ですか?随分ユニークな人面魚ですね」

 

「グハッ!」

 

春咲さんが、珍しく攻撃的だ。これからはもっと英語を勉強しよう。

 

「まぁ、気を取り直して次へいきましょう。吉井君も人間です。そんなミスだってあるでしょう」

 

「…………うん、そうだよね。そんな時もあるよね」

 

僕は自分に言い聞かせるように言った。

 

 

 

「では、次は何にします?」

 

仕切り直しとばかりに春咲さんは言った。

 

「何でもいいけど…………ケーキ屋さんとかどう?」

 

教室でたまに食べるからね。

 

「可愛らしいです。吉井くんがケーキ屋さんですか…………面白そうですね」

 

春咲さんは、ニコッと笑ってまた装置に何かを入力し始めた。

 

「ではいきますよ」

 

そう言って。春咲さんはポチっとボタンを押した。

 

 

 

 

そこは、小さな一軒屋の店だった。西洋的な明るいホットカラーで彩られた家。そこから威勢が良く、ハキハキとした声が聞こえてくる。

 

『ありがとうございました!』

 

店を後にしたお客に向かって、礼を言う青年が一人。それが、明久だった。

 

『………………さて、ケーキ作りに戻るか』

 

そう呟いて、明久は厨房へと戻りケーキの生地を作り始めた。

 

 

 

「なんか、ケーキ屋さんなのにケーキ作ってるよ」

 

これじゃケーキ屋さんってよりケーキ職人だ。

 

「ケーキをその場で作って、そのまま売るお店は意外にありますよ。吉井くんは料理がお上手ですからね。吉井くんがケーキ屋さんになれば、こうなるもの納得できます」

 

春咲さんはこう言うけど、どうなんだろうか?まぁお菓子なんて一回も作ったことないけど、いつか作ってみようかな。そう思いながら、僕は映像の中にいる自分を見た。

 

 

ケーキ職人明久の腕は良いようだった。手慣れた動作で、次々とケーキを作っていった。接客も、人当たりの良さを武器にしっかりとこなしていた。

 

「…………すごいです、吉井くん。初対面の人を相手にこんな話ができるなんて」

 

春咲さんの様子を見るに、割と本気でそう

思っているらしい。

 

「接客なんて数をやれば、すぐできるようになるよ…………多分」

 

引きこもりの前では確信して言えないから、微妙な受け答えになってしまった。

だが、これは本気ですごいと思う。やっぱり僕もやればできるのではないかと、そう思った時に、ドンと画面の中にある店の玄関扉が勢いよく開いた。

 

『ちょっと、これはどういうこと!?』

 

扉を開けた女性がケーキ職人明久に向かって怒鳴った。どうやら怒っているらしい。

 

『ど、どうなされました!?』

 

『どうなされました、じゃないわよ!』

 

言いながら女性はツカツカと店の中に入り、ケーキの入った箱を自分の前まで持ち上げた。

 

『私は、五歳の娘の誕生日ケーキを予約したわよね。明後日までに作ってほしいって言ったわ。その時、にメモを渡した筈よね』

 

『は、はい。貰いました』

 

ケーキ職人明久はかなり焦っていた。まぁ無理もないが。

 

『娘の名前は葉果菜。誕生ケーキに娘の名前を書いて欲しいとはお願いしたわ。でも、歳の幼い娘にはひらがなの方が良いって貴方言ったわよね!』

 

『確かに言いました!』

 

『娘の名前の読み方は、は・か・な。でも何で貴方はケーキに《ばかなちゃん、たんじょうびおめでとう》って書いたの?!』

 

 

 

 

そこで、画面はぶつんと音をたてて消えた。何てことはない。僕の手が勝手に動いただけだ。

 

「…………………あの、吉井くん?」

 

「…………………何かな?春咲さん」

 

「…………どうして吉井くんは、あの子の名前をそんな風に読んだのですか?」

 

「…………どうしてだろうね?僕が知りたいよ」

 

「普通に考えて、『はかな』の方が自然に読めます。それを何故、わざわざ濁点を付けたりしたんですか?『ばかな』って何ですか?こっちが馬鹿なって思いましたよ」

 

春咲さんの、目が痛い。

 

「………………何か、事情があったんだよ。人には言えないような事情が。」

 

「………………そうですか。それはあえて考えないでおきます」

 

それから、しばらくは何とも言えない沈黙が研究室を包んだが、何時までもこんなことはしてられない。まだ実験は終わっていないのだ。

 

 

「さてと、次は何にしますか?」

 

この実験に思わぬ恐怖が潜んでいることは分かった。ならば、どうやってそれを回避しながら実験を終わらせる事ができるかが、目標として見えてきた。

 

「…………うん、じゃあアイドルとかどうかな?」

 

スポットライトを浴びながら黄色い声援に包まれる。これなら、僕がカッコ悪く映ることは無いだろう。

 

「いいと思いますよ。どんな感じになるのか想像がつきませんから楽しみです」

 

そして、春咲さんはスイッチを押した。

 

 

 

 

 

 

そこは大きなドームのライブハウスだった。目では数えられない程の人数がその中を埋め尽くしていた。

 

 

「すごいですね。ここって都市のドームですよ。こんな所で明久くんはライブをするんですね」

 

「………………流石に僕もビックリしてるよ」

 

僕の顔でもここまでのアイドルになれるものなのか……。

 

「あっ、ライブが始まるみたいですよ」

 

そう言われて、僕は目線を画面に戻した。ライブ会場は、様々な証明を受けて、七色に輝いていた。会場はざわざわと騒ぎだして、今にもライブが始まろうとしていた。そして、会場に炎の柱が上がったかと思うと、爆発音と共にスーパーアイドル明久が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

女装した姿で。

 

 

 

 

ぶつんと音がして、部屋が少し暗くなった。何てことはない。無意識に僕はそうしていた。

 

「………………春咲さん、どういうこと?」

 

「………………えっと、『スーパー女装アイドル、アキちゃん』らしいですよ」

 

春咲さんが、装置で詳細を調べて教えてくれた。

 

「………………何て言うか、可愛かったですよ」

 

春咲さんは笑顔で僕にそう言った。

 

「………………春咲さん。それ慰めになってないからね」

 

項垂れながら、僕はそう言った。

アキちゃん恐るべし。まぁ、文月学園でもアイドル何て呼ばれてるからこう言う結果が出たのかもしれない。だが、確かに『スーパー女装アイドルアキちゃん。』は可愛かった。

 

 

 

 

今日で謎の精神的ダメージを受けすぎた。こんなつもりは無かったのに。

 

「流石に、吉井くんが可哀想になってきましたから、これで最後にしましょう」

 

それは僕にとっての天使の声だった。

 

「…………うん、そうしてくれると助かるよ」

 

「では、最後は何にしますか?」

 

これまでのは少し、選んだ職業が、特殊な物が多かった。だから、失敗したのだ。なら、普通の職業を選べば何の問題もないはず。

 

「普通にさ、サラリーマンとかどうかな?」

 

「サラリーマンですか?随分と抽象的ですが、まぁ大丈夫だと思います」

 

よし、これなら何の心配も無い。

 

「では、いきます」

 

春咲さんがボタンを押した。画面が再び明るくなる。

 

 

 

 

 

 

 

サラリーマン明久は駅の前を走っていた。遅刻しそうなのか、それもとも別の理由か?それはおそらく後者だろう。何故ならそう………………。

 

 

 

 

 

明久は泣きながら、シャツとパンツだけで地面を駆けて通勤していたからである。

 

 

 

 

 

 

 

ぷつんと音がして画面が暗くなった。何てことはない。僕が全力でダイブしながらボタンを押したからだ。部屋に何とも気まずい沈黙が流れた。

 

「…………吉井くんって露出が好きなんですか?」

 

「断じて違うよ!って言うか僕は泣きながら走ってたから、何か不幸な出来事に巻き込まれたんだよ!」

 

そうに違いない…………そうであって欲しい。

 

「…………まぁ一応、信じてみます」

 

「完璧に信じてよ!」

 

何て事だ。このままでは僕が春咲さんに、変態扱いされてしまう。と言うか、どの職業にしても、ろくな結果にならなかった。流石に僕の未来が心配になってくる。

 

「えっと、言いたいことは色々あるでしょうが一応、一通りは実験データがとれましたのでこれで終了となります。ご協力ありがとうございました」

 

「うん、こちらこそありがとう。何かこう………色々考えさせられたよ」

 

これからは、もうちょっと賢くなるように頑張ろう。

 

「でもさ、少しだけ気になる事ができたんだよね」

 

「なんですか?」

 

春咲さんが、小首を傾げながら僕の方を向いた。

 

「もしさ、春咲さんがやった場合は、どんな感じになるのか見てみたいんだよ」

 

春咲さんの能力なら、ある程度どんな仕事でもこなせそうだけど、それは引きこもりである部分を除けばだ。人前に出るような事が苦手な春咲さんが、仕事をすればどのようになるのか、少し気になった。

 

「実はもうやりましたよ」

 

「あれ、そうなの?」

 

「はい。普段、こう言う実験は自分一人だけでやってたんですけど、今は吉井くんがいるので、ついでにやってもらおうと思ったんです。その方が、実験結果がより正確になりますから」

 

なんだ、そう言う事だったのか。

 

「…………気になるのでしたら、一度だけやってみますか?」

 

「えっ、いいの?」

 

「はい、実験に付き合わせた、せめてものお詫びです」

 

これは、ありがたい申し出だ。

 

「じゃあ、やってもらっていいかな?」

 

「はい、分かりました」

 

僕の首筋の裏に貼ってあったパッチを、今度は春咲さんがつけた。これで、今度は春咲さんの未来をシミュレートできる。一回きりなんだ。正直、何をシミュレートしようか迷う。ナースとか、僕と同じ教師とかも面白そうだ。

 

「準備完了です」

 

あれや、これやと考えている内に春咲さんの準備が整ったようだ。

 

「えっと、それで何にするんですか?」

 

色々考えたけど、女性にとっては一番メジャーな仕事を選ぶことにした。

 

「お嫁さんってどうかな?」

 

「お、お嫁さんですか?」

 

春咲さんの声が上ずった。

 

「女の人なら、そうかなって思って」

 

春咲さんの頬が少し紅くなっていた。

 

「ううっ……少し恥ずかしいですけど、吉井くんはもっと恥ずかしい思いをしたんです。これくらいなら、朝飯前です…………はい」

 

僕から見れば、朝飯前ではない。少し戸惑いながら、春咲さんは準備をし始めた。

 

「では、いきます」

 

準備ができ、渋々と言った具合で春咲さんはボタンを押した。さて、どんなものが見られるのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

トントンと一定のリズミカルな音が聞こえる。とある女性が、まな板の上で包丁を動かしていた。見えたのは後ろ姿だけだったが、その髪は日の光を透き通してキラキラと輝いていた。

 

 

 

「これ、春咲さんだよね」

 

「…………はい、そうですね」

 

春咲さんは、やっぱり少し恥ずかしい様だ。それにしても、顔はまだ映っていないのに、後ろ姿だけでも美人だと分かる。画面の春咲さんからは、そんなオーラが漂っている。

 

「朝食を作っているんだね」

 

朝食を作っている時の姿が、今の春咲さんと重なって見えた。

 

「…………様子から見るとそのようです。メニューは今とあんまり変わりませんね」

 

メニューはご飯と味噌汁と、卵焼き等の細かいおかずだ。春咲さんいわく、それがバランスのいい食事だとか。しばらく、二人でその風景を黙って見ていたが、不意にガチャリと音がして春咲さんのいる部屋に誰か入ってきた。

 

「あっ、そう言えば結婚相手がいるのは当たり前か」

 

そうじゃないと、お嫁さんとして成立しないよね。

 

「………………相手…………ですか?」

 

「どんな人なんだろうね?」

 

春咲さんと結婚する人だ。きっとイケメンで、頭もよくて、何もかもが完璧な人なのだろう。なんと羨ましい。

 

「……………………もしかして」

 

何か横で春咲さんがぶつぶつと言っている。どうしたのかなと思ったが、いちいち僕がそんなことを拾っても何にもならないだろうと、意識を画面に戻した。そしてそんな時、少しして部屋に入ってきた男の姿が見えた。いや、見えたのはまだ胴体だけだ。しかし、画面の視点は段々とその男の上へとのぼっていっている。胸、首と来て、ついに顎の先っぽまで見えた。

…………さて、どんな面をした奴なのかと僕は目を立てるようにして見た。しかし、その時…………。

 

「だ、駄目です!それ以上は絶対駄目です!」

 

それが僕の聞いた最後の声だった。

目の前に、何か固い物体が飛んできて、頭に重い衝撃が響いた。そして、僕の意識は遠退いていった。

 

 

 

 

 

 

僕が次に目を開けた時には、春咲さんの部屋のベッドで寝かされていた。その後、春咲さんは、ごめんなさいと終始謝っていた。どうやら、僕を気絶させたのは春咲さんらしい。それよりと、僕は気になったことを春咲さんに聞いた。そう、あの後の映像はどうなったのかと。しかし僕がそう言うと、春咲さんはまた同じように顔を紅くしてしまった。どうしたのかと聞こうとしたが、その時には再び目の前に何かが飛んできた。そして、僕がベッドに倒れる前に聞いたのは春咲さんの悲鳴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




場面がコロコロかわるだけで文章を書くのがこんなに難しいとは知りませんでした。では、言い訳はおいておいて、補足説明だけさせてもらいます。後半に出てきた、春咲の旦那さんは明久です。と言うのも、春咲と年の近く、ある程度親しい男性が明久だけだったので、必然的にコンピューターがそうしてしまったんですね。以上です。笑
多分、皆さんなら分かると思いますが、文章の拙さから分からないかなと思って一応しておきました。


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始めよう本編を

まず始めに、せっかく感想をくださったのに返信が恐ろしいほど遅れてしまいました。作者は作品を投稿する時にしか殆どこのサイトを開かないので自然とそうなってしまいました。次からは細マメに確認します。
か~ら~の~更新遅くなってすみません!恐らくここから一年間は同じこと前書きで毎回言うかもしれません。笑
しかもこんなに待たせたのに本編内容が少ないと言う事実……もうどうしようもないですねこの作者。
取り合えず、これでやっと本編が始められます。詳しい話はあとがきで。


夏季合宿で僕が無事に教師の仕事を全うして、一週間ぼどたった。あの合宿を経て、Rクラスの絆が強くなったように僕は感じていた。ただ単に重ねた時間がそうさせたのかもしれないが、夏季合宿で僕たちの距離が縮まったのは間違いないだろう。だがそれはあくまで、Rクラス内部での話だ。僕が春咲さんの脱引きこもりを目標としてから、それはあまり進歩しているとは言えなかった。それでも、僕はこの三人で過ごす時間が好きで、もうずっとこのままで良いのではないかと思ってしまう自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝起きて、三人で朝食をとっている時に、春咲さんが話があるから早めに教室にきてほしいと、僕達に告げた。そう言われたので、今この場に、全Rクラスの三人が集まった。そんな僕たちの前には目の前にケーキの皿と紅茶のカップが一ずつあり、それはお茶会の延長線のような集まりだった。

 

「それで、クラス代表がここに僕達を集めたってことはまた何かやるつもりなの?」

 

僕の正面の机に座っている春咲さんに言った。

 

「いえ、何かをするつもりはありませんよ。ただの報告です。それもかなり重大な」

 

春咲さんがこうして、僕達を集めると言うことは余程重大なことなのだろう。

 

「今日、ここに新たなクラスメイトが来ます。」

 

「クラスメイトですか?」

 

かなり急な話である。メルさんの時ほどではないが。

 

「私が呼んだRクラス最後の一人、来るのは男性の方です」

 

男の人か、なら男女比は一対一でちょうどいい感じになる。なんてどうでもいいようなことを考えるほど余裕があったが、次の春咲さんの言葉でそれが一気に消え去った。

 

「はっきり言ってしまえば、彼はおそらく私より頭が良いです」

 

「は、春咲さんより!?」

 

驚きすぎで思わず席から立ち上がってしまった。世界でも若くして天才と言われた春咲さんより頭がいいなんて、どんな人なんだ?

 

「はい、彼の論文や発明を見て私はそう思いました」

 

そう言う春咲さんの顔はどこか強ばっていた。

 

「そしてそんな彼は、『悪魔の発明家』と呼ばれています」

 

その時、メルさんの眉が一瞬ピクッと動いた気がした。

 

「どうしたのメルさん?」

 

「………………いえ、何でもございません」

 

メルさんが言うならそうなのだろう。しかし、メルさんの纏う雰囲気が何か少し、鋭くなった気がした。が、気にしていても仕方がないので、僕は会話に戻ることにした。

 

「なんか、随分と恐ろしい名前だね。何でそんなふたつ名が?」

 

春咲さんは、珍しく真剣な赴きで僕の方を見た。

 

「武器や破壊兵器を多く開発した発明家だからですよ」

 

「………………それって」

 

「ええ、多くの人が彼の兵器によって亡くなっています。だからそんな名前が付いたのです。もっとも、今はもうその手の研究はしていないようですが」

 

な、何だかかなり不安になってきた。そんな、凄くも恐ろしい人がここに入ってくるのか。

 

「私が彼を呼んだ理由は簡単です。単に『試験召喚システム』の開発に参加してもらうためです」

 

「そのためだけにその人をここに呼んだの?」

 

「はい」

 

昔から春咲さんと面識(?)のあるメルさんなら分かるが、恐らく直接合ったこともなく、そんな物騒な二つ名まで持っている人をこの教室に入れるとは、春咲さんは余程『試験召喚システム』の開発に力をいれているらしい。もしくは、これも学園長に対する恩返しの一つと言うやつなのかもしれない。

 

「彼とは事前にメールのやり取りをしていますから、初対面と言うわけではありません」

 

…………春咲さん、それは初対面というんだよ。

 

「それで…………その…………なんと言うか、メールをした感じではかなり怖かったので吉井君とメルさんにフォローをしてもらえると助かるのですが…………。」

 

それは、そうだろう。流石の僕もそれは言われなくてもするつもりだった。

 

「うん、分かったよ」

 

「お任せください。春咲様には指一本触れさせません。…………殺してでも」

 

メルさんがいるなら安心だ。後半、何か不穏な言葉が聞こえた気もするが……。

そして僕達がそんな話をしていたら、急にゆっくりと教室の窓が開いた。

 

「Rクラスってのはここで合ってるよなぁ?」

 

そして、聞こえてきたのは歪んだように聞こえる透き通った声。見えたのは面倒そうに頭の後ろをかている白髪の少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも僕達がお茶会をするために使っている少し大きめのガラス張りの机。そこに今、僕と春咲さん、そして高峯聖と名乗った少年が座っていた。メルさんは高峯君が来たときに飲み物とケーキを取ってくると言ってどこかへ行ってしまった。

 

「それで、お前が俺を呼んだ春咲彩葉か?」

 

僕の腕にひしりと引っ付いている春咲さんに向けて、高峯君は言った。

 

「は、はい。そ、そうですよ」

 

明らかにビビっていた。無理もない。高峯君の顔つきはかなり怖い。顔は整っていて、いわゆる美少年なのだが、その表情は常に険しく、突き刺さってくるような存在感がある。

 

「…………おいバカ(づら)のお前。こいつ本当に“春咲彩葉”か?」

 

「バカ(づら)って僕のこと!?」

 

「いいから答えろ」

 

なんと失礼な人だ。僕がバカ(づら)って呼ばれたことなんか…………結構ある。

 

「そうだけど、それがどうしたの?」

 

僕がそう言うと、高峯君は訝しげな視線を僕達に向けた。

 

「SNS内でのやり取りでキャラが違う奴はごまんと見てきたが、その中でもこいつは群を抜いてるな」

 

「そ、そんなに違うの?」

 

「ちくわとちくわぶ位違うな」

 

なにその比較の仕方。

 

「これでも頑張ってる方なんだよ。普通なら話しもしないと思う」

 

「………………最近は少しましになったと、自分でも思っています」

 

春咲さんは、伏せ目がちでそう言った。

 

「………………まぁいい。とにかく、俺がここに来たのは『試験召喚システム』とか言うものに興味を持ったからからだ。そこにいる奴にのせられてな」

 

高峯君は春咲さんに一瞬だけ視線を向けた。春咲さんはそれに気付いてきゅっと肩をすぼめた。

 

「春咲彩葉。俺の試験召喚獣は用意してあるって、メールで言ったよな」

 

「た、確かに言いましたし、すでに用意もしてあります」

 

「そうか。なら、俺と試験召喚獣を使った勝負をしろ」

 

「勝負…………ですか?」

 

春咲さんは、高峯君の方へと視線を向けた。

 

「ああ、『試験召喚システム』による召喚獣の利用法。それがどうなのか、身をもって確認したいんでな」

 

「…………分かりました。でも、なぜ私を?」

 

「いや、隣の奴はどうもバカなようだからな。なら、残りはお前しかいないだろ」

 

会って数分程度でバカ扱いとは…………。

僕ってそんな風に見えるのかな?

 

「テストは既に受けたはずだが、データは送られてきてるのか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「ならとっととやるぞ、俺は早く終わらして寝たい」

 

そう言って、高峯君が席から立ち上がろうとした時に、居住スペースに繋がる部屋の扉がバンと開けられメルさんが入ってきた。高峯君の分の飲み物とケーキを取りに行くと言って、しばらくいなかったのだ。高嶺君は目を細目にしながらメルさんを見て、そして何かに気付いたように顔を上げた。

 

「おいおい、このクラスにもう一人生徒がいるのかと思ってたら、使えない役立たずメイドかよ。まさか、こんなところにいたとはガフッ!」

 

「「…………………………。」」

 

そんな高峯君の言葉は途中で途切れた。何故ならそう、メルさんが手に持っていたケーキを高峯君の顔面へと投げつけ、それが見事命中したからだ。そんな光景を見て、僕と春咲さんは絶句した。だって考えてみて欲しい。たとえどんな悪態をつかれたとしても、メルさんなら華麗に受け流したり、ジョーク混じりな返しをして相手を黙らせたりしそうなのに……。

まさかの全力ケーキ投擲(スロー)である。高峯君の顔にへばりついたケーキが時間と共に重力に従って下へと落ちていく。

 

「………………カ、カカ……。……昔にも役立たずな奴だとは思ったことはあったが、ここまでくるともう救いようがねぇな……なぁ、ワーメルト・フルーテル!」

 

高峯君の怒号が教室を揺らした。

 

「……まさか、ここに貴方が来るとは思いもしませんでした。私に殺される為にここに来たのですか?随分と特殊な性癖をお持ちのようで」

 

あのメルさんが、喧嘩腰だと…………。いつもの華麗で完全なメルさんはどうしたんだ?

 

「どうやらお前の目はこぼれ落ちるほどに、腐ってるようだな!そもそも、お前に何をされようとも俺はピクリとも反応しねぇよ!」

 

メルさんの頭に怒りマークが浮かんだ気がした。

 

「あら、それはそれは失礼しました。貴方は女性に何をされてもピクリともしない変態同性愛者でしたか。まぁ、どちらにしてもこのRクラスには相応しくありません。そんなグズは私に殺されるか、屋上からヒモ無しバンジージャンプを決行するかどちらかにしてください」

 

「カカカッ、言うじゃねぇか!だが、ここに相応しくないってんならお前の方がそうだろ?ろくにコーヒーの一つも淹れられなかったお前が、こんなところにいていいのか?あぁぁ?」

 

その言葉が起爆剤だった。メルさんが手に持っていたティーカップを構え、高峯君が机の上にあった僕のティースプーンを構えた。それから数秒間対峙した後、それらが各々に向かって投擲された。

 

「くっ!『展開(スウェイト)』『試獣召喚(サモン)』!」

 

僕は不味いと思い、召還フィールドを出現させて、メルさんと高峯君が投げたティーカップとティースプーンを試験召喚獣に受けとめ、キャッチさせた。そこでメルさんは、はっとしたようで僕に向かって深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません明久様」

 

「いや、いいよ。それより何て言うか……。」

 

僕はメルさんと高峯君の二人を交互に見た。すると何故か高峯君が面白そうに僕の方を見ていた。

 

「………………へぇ。腐ってもRクラスって訳か」

 

腐ってもって…………随分と不名誉な言い方だ。そしてそんな僕が二人を見ているのに気付いて、高峯君は僕の疑問を察したようだ。

 

「んっ?…………ああ、俺とこの駄メイドとの間に昔、何があったのかって思ってんのか?止めとけ、聞くだけ下らねぇぞ。まぁ簡単に言うと、俺が善意で拾ってやってたのにこいつときたら家事の一つもまともにできなかったんで、俺がクビにして外に放り投げたってだけの話だ」

 

なんと、メルさんが家事の一つもできなかったと?僕はメルさんと出会ってからほんの少しの時間しかたっていないが、メルさんの家事はすべて完璧で、僕達が手を出す隙もなかったはずだ。

 

「…………何時の話をしているんですか?随分と時代遅れな方ですね」

 

「いやいや、あの様子ならお前がババァになっても全く成長してなさそうだと思っただけだ」

 

バチッとまた二人のにらみ合いが始まった。

 

「ちょ、ちょっと!二人とも止めてください。高峯君も、私と召喚獣を使ったバトルをするんじゃなかったんですか?」

 

春咲さんが、急いで二人を止めに入った。

 

「…………分かった、分かった。確かにこんな奴に時間をとられてても仕方ねぇ。さっさとやるぞ」

 

その言葉を最後に、第一次Rクラス内戦争が幕を閉じた。ただこれからも、この二人のぶつかり合いは続いていくのだろうと思うと、自然と僕の口から溜め息が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで男性の新キャラです。恐らくここからは主要な新オリジナルキャラクター出てきません。オリキャラ出しすぎても話が分かりにくくなるだけなので(文章力的な意味で)。ちなみにこの高峯聖、とあるの一方通行をイメージして作りました。オマージュキャラクタであって、一方通行とは全くの別人なのであしからず。容姿も一方通行と同じと思って貰って構いません。本編が始まったというのは、自分の想定しているRクラスが全員揃ったと言う意味です。それでは修正は後日に……。


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ギャップ萌を狙ったが、無理だった

バカテス12.5巻が出ましたね。完結したと思ってたんですが違うんですかね?それとも、後日談の短編集だけ出した感じなんですかね?後で調べてみよう。
修正は明日します。


僕達が今いるのは、Rクラスの奥にある二つ目の研究室だった。こちらはどうも春咲さんの研究室より大きく、そして広く感じた。恐らく実際に少し広いのだろう。ただ、訳の分からない機械が周りを埋め尽くしているのは同じだ。

 

「Rクラスの中で二つある研究室の内の一つです。ここならスペースも十分にありますし、物理干渉を無くせば何の問題もないでしょう」

 

そう言って、春咲さんは何やらキーボードにパチパチと打ち込んでいる。しばらく見守っていたが直ぐに終わったようで、春咲さんはゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「これで高峯君も試験召喚できるようになりました。試しに『試獣召喚(サモン)』と言ってみて下さい」

 

言いながら春咲さんはパソコンから召喚フィールドを展開させた。

 

「…………『試獣召喚(サモン)』」

 

高峯君の呼び掛けに、試験召喚獣が目の前に現れた。現れた召喚獣は始め、全く動きを見せなかったが、しばらくしてピョンピョン跳ねたり、手を左右に振ったりしだした。高峯君が試しに動かしているのだろう。

 

「………………思ってたよりムズいな」

 

ポツリと高峯君がそう溢した。だけど、その気持ちは痛いほどに分かる。僕が初めて召喚獣を動かした時も同じ気持ちだったからだ。この試験召喚獣、皆がさも当然の様に扱っているが、見た目以上に扱いが難しいのだ。これが一年生に、試験召喚戦争が無い理由の一つだ。もし一年生が試召戦争をしようものなら、お互いが全く操作できないので、子供の喧嘩以下の試合になってしまう。だからそうならないために、一年生の間は召喚獣の実習訓練が授業として組み込まれているのだ。

 

「…………あの、本当にバトルするんですか?」

 

未だ目の前でピョンピョンと跳ねている召喚獣を見て春咲さんが言った。それはそうだ。点数はほぼ互角だとしても、高峯君は今さっき初めて召喚獣を扱い始めた素人だ。それで、召喚獣の達人である春咲さんと勝負するとなると、もう結果は見えている。

 

「別に対戦しなくても、ちゃんと訓練用のプログラムがあるので、そちらをやったらどうですか?」

 

正直僕もその方が良いと思う。

 

「…………いや、それは後ででいい。取り合えず、試験召喚獣同士の戦いってもんを体験しておきたい」

 

「…………分かりました。では、早速始めましょう」

 

そう言って、春咲さんは後ろへと下がった。そして十分に間が開いた所でピタリと足が止まる。

 

「『試獣召喚(サモン)』」

 

春咲さんの目の前に、春咲さんを形取った可愛らしい女の子の召喚獣が現れる。いつも仮面を付けているから、こちらの容姿の召喚獣は初めて見た。

 

「一応勝負なので、点数も表示させますね。」

 

総合科目

 

 

Rクラス 春咲彩葉 32,817点

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

Rクラス 高峯聖 32,672点

 

 

 

 

 

「……………………なんじゃこりゃ。」

 

思わずそう呟いてしまった。いや、だってもう二人ともなんか次元が違う。『,』なんて記号、点数表記で初めて見たよ。

 

それにしてもーー。

 

「……春咲さんの方が点数高いんだね」

 

思わずそう呟いた。春咲さんが自分より賢いと言ってたから、高峯君の方が点数が高いと思い込んでいた。

 

「恐らく、文月学園のテストではと言うことでしょう」

 

その疑問に答えるかの様に、メルさんが口を出した。

 

「関係あるの?」

 

「はい。高峯聖、性格は最悪ですが、その頭脳は本物です。事実、彩葉様と同等かそれ以上に。ですが、この点数は文月学園の総合科目テスト。センター試験を基準に作られています。なので高峯が普段目にも止めないような問題や、あまり必要としない部分の暗記科目で差が出たのでしょう」

 

なるほど、高峯君の方が高校生の問題に不慣れだったってことかな?それでも高校生離れした点数であることに違いはない。もしそんな二人が激突すれば、どうなるのか……。僕は意識を目の前の二人に戻した。

 

「では始めましょう」

 

春咲さんがそう言うと、何処からかピーっと言う笛の様な音が聞こえてきた。恐らくこれが始まりの合図なのだろう。

 

「…………………………………………。」

 

「…………………………………………。」

 

「…………………………………………。」

 

「…………………………………………。」

 

 

 

しかし、二人とも動かない。僕もメルさんも思わず固まってしまった。それも仕方ないだろう。だって試合が始まってなお、高峯君の召喚獣はピョンピョンと跳ねているだけなのだから。なんだこれ、どこかのでかい鯉の王さまじゃあるまいし。

 

「…………あの、本当に大丈夫ですか?」

 

さすがに心配になったのか、春咲さんが声をかける。

 

「…………あぁ、大体分かった。それより、そんなに油断しててもいいのか?」

 

高峯君の口角がギラリと上がった。

 

「………………え?」

 

次の瞬間だった。高峯君の召喚獣がビュンと加速され、尋常ではない速さで前へ突っ込んできた。

 

「ッ!!」

 

春咲さんはそれをギリギリ横に避けて地面へと着地した。

 

「チッ、まだイメージに付いてきてねぇな」

 

高峯君が忌々しげに吐き捨てた。だが、そもそも目の前の光景が僕には信じられなかった。その動きが今日初めて召喚獣を扱った人のものでは無かったからだ。決して上手な訳ではないが、普通あそこまで動かすにはかなりの時間がかかる。

 

「…………驚きました。まさかあの短期間で、あそこまで動かせるなんて」

 

春咲さんも僕と同じく驚いていたようだ。

 

「まぁこれはいわば頭の体操、楽器を弾くのと同じようなものだ」

 

「楽器と同じ?」

 

意味がよく分からなかったので、思わず僕は質問した。

 

「ああ、楽器ってのは体以上に頭を使って弾くものだ。一回弾いて無理だった曲も、数をこなせば弾けるようになる。脳がどうすればいいか分かっていくわけだ」

 

確かに、中学の時に授業でリコーダーをしたことがあって、最初は指を間違えたりしたけど、しばらくしたら指がしっかり動くようになっていた。

 

「ならこれも同じだ。ここを押さえればドの音が鳴る。ここをどうすれば、召喚獣が跳ねる。脳が把握していくわけだな。仕組みが分かれば、後はパズルみたいに、ピースを埋めるだけだ」

 

理屈はなんとなく分かるが、それは普通短時間で出来るものではない。

 

「まぁ、とにかく遠慮はいらない。さっさとかかってこい」

 

「…………では行きます」

 

春咲さんの召喚獣が一気に距離を詰めてくる。さっきの高峯君以上のスピードだ。だが、それを高峯君は避けるでもなく受け止めた。それから、しばらく刀と刀のぶつかり合いが続き、一つのカンと言う高い金属音を最後に二人とも後ろへ下がる。凄い、この短期間で春咲さんとまともに戦えている。

 

「カカッ、結構カスッたな」

 

 

 

総合科目

 

 

Rクラス 春咲彩葉 31,745点

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

Rクラス 高峯聖 29,354点

 

 

 

 

「あ、あの春咲さんに一発当ててる」

 

春咲さんに攻撃を当てるなんて、僕でも難しいのに。

 

「……………………。」

 

春咲さんも今では目が真剣だ。

 

「さて、まぁなんとなく分かった事だし。これで最後にしようぜ」

 

「……分かりました」

 

そう言うやいなや、二つの黒い影が瞬きの間に激突した。恐ろしい程速いラッシュの衝突。あの速さの召喚獣を僕は今だかつて見たことがなかった。そして幾つかの金属音が鳴り、決着はついた。

 

 

 

 

総合科目

 

 

Rクラス 春咲彩葉 0点

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

Rクラス 高峯聖 0点

 

 

 

 

 

「ひ、……引き分け」

 

そんなバカな。あの春咲さんが引き分けなんて。

 

「……まぁ、こんなもんか」

 

高峯君は腰に手を当てそう呟いた。

 

「…………私もほぼ全力だったんてすが、まさか引き分けるとは思いもしませんでした」

 

春咲さんの瞳には少し悔しさが滲んでいる気がした。

 

「春咲。お前、喧嘩したことないだろ」

 

「……はい、ありません」

 

「だから分かりやすかったんだよ」

 

「わ、分かりやすいですか?」

 

春咲さんが少しわたわたと取り乱した。

 

「普通の奴なら気がつかないが、俺はこれでもエセ格闘技をやってたからな。なんと言うか、攻撃のパターンが子供だ」

 

「こ……子供ですか!?」

 

「まぁ、それも試験召喚獣で戦っていくうちに分かるだろ」

 

それを聞いて、春咲さんは何か納得したようだ。

 

「……なるほど、なんとなく分かりました」

 

なんだろう?僕には全く分からない。

 

「越してきた整理もしてないからな、俺は先に出るぞ」

 

「はい、分かりました。勉強になりました」

 

「あぁ、気にするな。こっちこそ手伝わせて悪かったなぁ」

 

高峯君はそう言うのと同時に、外へ出るための扉へ歩いていった。だが数歩してピタリと足が止まった。そして、首だけを僕に向ける。

 

「えっと名前なんだったか…………確かバカだったか?」

 

「違うよ!断じて違うからね!吉井明久!吉井明久だよ!」

 

僕がそんな呼ばれ方されたのなんて…………結構ある。

 

「なら吉井、お前手伝え」

 

「僕が!?」

 

「ああ。そっちの役立たずに頼んでも、首に噛みつかれるだけだからな」

 

チラリと高峯君がメルさんを見る。まぁさっきの様子だと整理どころじゃなくなるよね。

 

「分かった。じゃあとっとと済まそう」

 

僕は駆け足気味に高峯君の元へ駆け寄った。この新しいクラスメイトと果たして仲良くやっていけるのだろうかと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………多すぎない?」

 

それが高峯君の部屋に運び、並べた段ボールを見た僕の感想だ。

 

「泊まりに来たんじゃなくて、引っ越して来たんだ。これくらいにはなるだろ」

 

「いやいや、それでも多いから!」

 

比喩ではなく、実際に段ボールの大山が出来ている。

 

「研究者としての機器やら、資料やらを詰め込んだらそうなったんだよ。これでも、データ化してまとめた方だ。そんなことより早く初めねぇと日が暮れるぞ」

 

「でも僕、機械とかよく分からないけど」

 

僕が開けた段ボールの中には、コードやらなんやらが沢山詰まっていた。

 

「なに、俺が指示した所に指示した物を置いていけばいいだけの話だ」

 

それなら何とかなりそうだ。

 

そしてそれから、僕と高峯君はせっせとひたすら体を動かした。中にはなんでこんなものがあるんだと言う物まであったが、あえてつっこまなかった。だけど、そんな中でふと僕の目に留まった物があった。

 

「…………なんだこれ?」

 

それは設計図の様なもので、紙の束をクリップで止めてあるものだが、その一番表には『動く熊のぬいぐるみ』と書いてあり、その横にも何か文字で示しているサインの様な印があった。

 

「ば、ばぶれっちゃぁ?」

 

何て書いてあるんだ?

僕がしばらくその文字とにらめっこしていたら、上から高峯君がパシッとその紙を取り上げた。

 

「サボってる暇があったら、さっさと仕事しろ」

 

「…………ねぇ、高峯君。これ何て書いてあるの?」

 

僕は気になって、あの謎のサインを指差した。

 

「アァ?」

 

高峯君も僕の指を追うように、そのサインを見た。

 

「…………バカに教える義理はねぇな」

 

なんとそう言って作業に戻って行った。

 

「いいじゃん!教えてくれても!」

 

「ほら、そんな無駄口叩いてる暇があったら手を動かせ」

 

どうやらこれ以上言っても仕方が無いようだ。ならば…………。

 

「…………さっきのぬいぐるみの設計図さ。高峯君が作ったの?」

 

ピクッと高峯君の動きが止まった。

 

「……そんな訳ねぇだろ」

 

僕は思わずニヤリと笑った。

 

「へぇ~、なら何で高峯君が設計図持ってたの?」

 

「…………あれだ、頼まれたんだよ」

 

「誰が?何を?」

 

高峯君は停止したままで、ピクピクと震え出した。

 

「がぁぁあぁ、うるせぇ!とっとと仕事しろ!」

 

火山が爆破した様にそう叫ぶと、高峯君は再び作業に戻った。僕もそんな高峯君を見てニヤニヤしながら、同じようにした。なんだかんだ言われ、春咲さん以上の頭脳を持っていても、こんな所を見るとなぜか不思議と親近感が湧いてくる。初めはどうなることかと思ったが、案外上手くいくんじゃないかと思った僕がいた。そしてそれから、作業を終えたのは太陽が完全に沈んでからだった。

 

 

 

 

 

 

 




多くのお気に入りと評価、ありがとうございます。
お陰で筆(?)が進んで早く投稿できました。
完結はまだまだだけど、なんか先が見えた気がします(蜃気楼)。これなら、平行でもう一作かけるか……やっぱり無理かな。


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そうだ、喧嘩を売ろう

実はこれ、完成度80%程です。
今日中に投稿したかったのですが、これから所用で出掛けるので、未完成ですが取り合えず投稿します。
描写が足りなかったり、説明不足だったり、文法がおかしいことが多々あると思います。
明日、帰ってから完成させますので、ひとまずはこれで場を忍んで下さい。


高嶺君がRクラスに来てから早いもので、既に数日が経っていた。高嶺君は自分から人に関わろうとしないようで、僕が呼びにいかないと食事すらも一緒にとってくれない。いや、呼びに行くと言うよりは無理矢理連れてきている感じだが。だけど高嶺君は別に人見知りと言うわけではなく、むしろ人の性格を読み取り、その人物がどういう人間なのか見定めてから接している節がある。

人と関われるのに、関わらない高嶺君。人と関わりたいのに、関われない春咲さん。

二人は少なからず対照的な位置にいるのかもしれない。まぁとにかくRクラスが四人になってから、ガラリとその雰囲気が変わったと言うことだ。そう。今日も今日とてRクラスの日常が僕の目の前で繰り広げられていた。

お玉と鍋ぶたがぶつかり合うと言う日常が。

 

 

「てめぇ!ワーメルト!昼食を用意しろって言ったのに、なんでキャットフードが出てきやがった!そもそもなんでそんなもん持ってやがる!」

 

「はて、私は貴方のご要望にお応えしたまでですが?あっ、もしかしてそんな高価な物は口に合いませんでしたか。待っててください。今、グランドで雑草を拾ってきますから」

 

メルさんの罵倒が終わるや否や、鍋ぶたのブレードが彼女に飛んできた。

 

「ああ感謝するぞ、この雌豚野郎。だが別にそのまま帰ってこなくていいぞ。お前にはこの教室は狭いだろ。お外で駆け回る野良豚がお前にはお似合いだからな」

 

メルさんに飛んできた鍋ぶたブレードが受け止められ、そのままカウンターとばかりにお玉の剣線が高嶺君を襲った。

 

「ちょっと止めてください!二人とも朝から元気すぎますよ!」

 

そんな調理器具のハリケーンを止めるために春咲さんは小さい声を振り絞って叫んだ。その頑張りに成果あったようで、ピタリと二人の動きは止まった。

 

「……………二人が仲悪いのは分かりますが、なるべく喧嘩はしないようにしてください」

もはや喧嘩をするなとは言わない。いや、言っても無駄だと春咲さんは分かっているのだ。

 

「………………まぁとにかく二人とも、席に座ろうよ。こうして四人で集まって食事をするなんて初めてなんだから」

 

僕は二人にそう言と、今だにらみ合ってるものの、ゆっくりと席に座った。

 

「毎度の事だけど、どうにかならないのかな?」

 

僕はまだ話の分かりそうなメルさんにチラリと目を向けた。メルさんはそれに気づいたようで、澄まし顔のまま口を開いた。

 

「私としても、明久様にご迷惑をお掛けしたくないのですが私はメイドです。この教室の掃除すると言う義務が私にはあります。それがとんでもないクズだとしても」

 

だ、駄目だ。メルさんでさえ話にならない。僕は藁にもすがる思いで、今度は高嶺君に目を向けた。高嶺君もそれに気がついたようで、明らかに不機嫌になりながらもゆっくりと口を開いた。

 

「別に俺はこのメイド(むのう)がちゃんと機能してくれれば文句はねぇよ。まぁ起用しないからメイド(むのう)なんだがな」

 

高嶺君がそう言い終わるやいなや、二人は再びがたりと立ち上がり、戦闘体制に入った。先程の春咲さんの説得はなんだったのか…………。

もうこのまま放っておこうかと考え始めた時に、アラームのような高めの警報音が教室に鳴り響いた。

 

「春咲さん、これは?」

 

こんなこと始めてだったので、僕は思わず春咲さんに説明を求めた。しかし春咲さんは手元にある端末機に目を落として何も言わなかった。しかし、しばらくしてふと春咲さんは呟いた。

 

「………………どうやら、教室の入り口が騒がしいようです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春咲さんはあれから一旦部屋に戻っていき、少し大きめなノートパソコンを持って戻ってきた。

 

「あれは教室前の扉に、人間等の動物が五分以上いると鳴る防犯ベルのようなもの物なんです」

 

「と言うことは………。」

 

「はい。今現在、教室の入り口に誰かがいると言う事です」

 

教室に何か用事があるけど、扉が開かないから右往左往(うおうさおう)してると言う確率が一番高いだろう。一応、扉の横にインターホンらしき物はあるのだが、気づいていないのかもしれない。

 

「おいおい春咲。お前、そんなもんまで付けてるのか?用心深いとかそう言うレベルじゃねぇぞ」

 

確かに、もっともである。

 

「ですが、これなら安全でしょう?」

 

確かに、でもやりすぎである。

 

「それで、五分以上も教室の扉でうじうじしてるシャイ野郎は一体どんなやつなんだ?」

 

高嶺君は面白げに顔を歪ませてそう言った。正直、凄く怖い。

 

「少し待っててください。もうすぐ準備ができるので」

 

春咲さんは立ち上げたノートパソコンのキーを押しながら答える。恐らくあのパソコンで外の様子を探ったり、機械を通して会話したり出来るのだろう。僕が初めてこの教室に入った時のように。

 

「……準備が出来ました。扉の前の様子を映しますよ」

 

パチリとパソコンに大きな黒い画面が広がり、そこから見覚えのある景色が映った。

まぁ当然、Rクラスの扉の前なのだがそこには二人の男女が神妙な赴きで話し合っていた。

 

「何かを話し合ってるね」

 

「ですが明久様、これは話し合ってると言うよりは喧嘩をしていると言った方がいいのでは?」

 

「でも喧嘩っぽいですが、男の人が一方的に叱られてるようにも見えますよ」

 

確かに。春咲さんの言う通り、男の人がひたすら女の子に叱られてるように見える。

浮気がばれた夫のようだ。

それにしてもこの女の子、カメラの位置上仕方なく上から見てたからよく分からなかったけど、どっかで見たような…………。

 

「…………ちょっと待って、この女の子、小山さんじゃない?」

 

「小山さん……確かCクラスの代表でしたっけ?」

 

「そうだよ!それに多分、男の方は根本君だ!」

 

「彼は確か、Bクラス代表でしたね。なぜ両代表がこんなところで……。」

 

この二人がこんな所で言い合う理由……駄目だ思い付かない。

 

「……話しかけてみる他無いようですね」

 

春咲さんはそう言って、パソコンと一緒に持ってきた小型マイクを取りだした。

 

「今からこれを使って二人に喋り掛けます。私がエンタキーを押している間は、加工されたこちらの声が向こうに届きます」

 

なるほど、その間に話したい人は話せと言うことか。

 

「まずは私が話しますので、もし替わりたければ言ってください」

 

そうして春咲さんはキーを押しながら、話し始めた。

 

「そこの両代表方、私たちの教室の前での痴話喧嘩は止めてくれませんか?」

 

…………春咲さん、中々に言うね。まぁ、前からSっ気があるとは思っていたけど。

 

『なっ!どこから声が』

 

二人は驚くと同時に辺りを見回した。

こう見ると少し面白く感じでしまう。

 

「こちらです。扉からですよ」

 

春咲さんの言葉を受けて、二人はこちらの方へと目線を移した。

 

『まさか、教室内部からこっちに話しかけてるの?』

 

「正解です。流石はCクラス代表、小山友香

さんですね」

 

『何それ、馬鹿にしてるの?』

 

小山さんの目付きが鋭くなる。

 

「俺からすれば十分、馬鹿だっての」

 

「高嶺聖、貴方は黙ってて下さい」

 

後ろでまた喧嘩が始まりそうだったが、高嶺君は意外も意外、そのまま素直に押し黙った。

 

「いえ、馬鹿になどしていませんよ。素直に感心しただけです。それで、なぜお二人はこんな所で言い合いなどしていたので?私たちからすれば非常に迷惑なので、話を聞かせて貰えれば嬉しいのですが」

 

春咲さんがそう言うと、小山さんと根本君の二人はチラリと一瞬目を合わせた。

 

『…………いいだろう。僕たちからしてみれば、君が出てくれたことは好都合だからね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………と言うことだ。それで、僕と友香はもめていたんだ』

 

なるほど。そう言う事情があったのか。

 

『…………根本君。その友香って呼ぶのは止めてって何回も言ってるでしょ』

 

『そ、そんな……。』

 

…………二人の間に何があるのかは分からないが、根本君の話をまとめると、どうやら二人は同時に試験召喚戦争を申し込もうとして鉢合わせ。それで、お互いに譲り合って喧嘩になったと言うことらしい。

 

「ん?譲り合ってって普通は皆、先に試召戦争したいんじゃないの?」

 

「馬鹿かおめぇは。逆だ。自分達が戦う前に戦ってくれりゃ、戦力の把握もできるし、場合によっちゃ相手の点数を減らしたままで試召戦争に挑めるだろ」

 

僕の疑問は高嶺君の説明で解消された。

 

「それにしても意外です。Cクラスはいずれ試験召喚戦争を仕掛けてくると思っていましたが、Bクラスはそんな動き全くありませんでしたから」

 

確かに、小山さんにはちょくちょくだけどそんな発言をしてた。でもBクラスはそんなこと全然無かったはずだ。何が目的なんだろうか?

 

「今、考えても情報が少なすぎて分かりません。とにかく、今は目の前の問題の解決を急ぎましょう。と言っても、もう考えてあるんですが……。」

 

恐ろしい頭の回転率だよ春咲さん。

でもどうするのだろうか?

春咲さんはくるりと後ろで立っているメルさんに向かい、とんでもないことを言った。

 

「メルさん。学園長に繋いで下さい。これから全校集会を開きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この大きな体育館に学年問わず文月学園の全生徒、が集められた。こうして上から見ると、とても盛大に見える。

 

「皆さん、静かにしてください!」

 

どこか聞いたことのある、男性の声がマイクを通して伝えられた。ざわめきだった体育館もだんだんと静かになっていく。どこかで聞いた声だったが、誰だったかな?

 

「こうして集められたのは、第二学年のRクラスが貴女方に纏めて聞いてもらいたい話があると言うことで集められました」

 

先程と同一の声でそう続けられた。

それと同時に体育館も再びざわめきだった。

 

「静かに!ではRクラス生徒の皆さん、どうぞ」

 

僕たち四人は、コートに仮面と言うお決まりな格好で、マイクを受け取った春咲さんを筆頭にそのまま前へと出た。と言っても、体育館に掲げられたモニターに僕たちの姿が映っているだけなので、決して生身で対面している訳ではない。

 

 

「突然、こんな呼び出しをしてすみません。ですが先程、私達で決めた新しい文月学園のルールを発表、ないし説明するたには必要だったのです」

 

またもや、ざわざわと話し声が聞こえ始めるが春咲さんはお構いなしに続けた。

 

「Rクラスは私達、第二学年にしか存在しません。さらに、Aクラスでさえ点数が雲泥の差と言うべきものです。これでは、元来この文月学園の特徴である試験召喚戦争による可能性と、価値を酷く損なわしていると私達は考えました。よってーー」

 

春咲さんは少し行きを吸って、大きめな声でこう高らかに宣言した。

 

「Rクラスにおける試験召喚戦争では学年を問わず、かつ連合での勝負を認めることとします!」

 

体育館がしんと静まり、春咲さんの声の残響が僕の耳に残った。

 

「簡単に言えば、第三学年にはRクラスが存在しないので、第三学年も私達Rクラスに勝負を仕掛けることができるようにしました。そして、私達と試験召喚戦争をする場合は、AクラスとBクラスを同じクラスと見なして戦える、つまりクラス同士のチーム戦でもいいと言うことです」

 

そのままの勢いで春咲さんは続けた。

 

「ルールはその場その場で考え、もし私達に勝った場合の戦後処理は、貴女方に任せます。じゃんけんなり、くじなりで決めてください」

 

そうすると、体育館には喜びの声をあげる者や、戸惑いを隠せない者、未だに状況を把握できていない者、様々な反応がこの広い体育館に拡がった。

 

「あ~あ~、ごちゃごちゃ煩せぇな……おい春咲、そのマイク貸せ!」

 

「えっ?はっはい!」

 

体育館の様子を見た高嶺君は、春咲さんからマイクを奪うようにして取ると、大きな声で怒鳴るようにして、声を出した。

 

「お前らの頭が足りねぇようだから俺が訳してやるよ!」

 

おいぃぃーーー!!高嶺君、いきなり喧嘩腰だけど大丈夫なの!?なんか嫌な予感しかしないんですけど!

 

「いくらてめぇら雑魚(ばか)がクラス単位で集まった所で、俺らに勝つなんて天地がひっくり返ってもあり得ねぇ。だから優しい優しい俺達はお前らにわざわざチャンスを与えてやったってだけだ!分かったか、こんだけ教えてやりゃ流石の馬鹿でも理解するだろ。理解したら、地べたに這いつくばりながら一生、俺たちに感謝してろ!」

 

案の定、駄目だったぁぁぁ!!もう完全に喧嘩売ってるよ!大丈夫なの、この状況?

………………いやダメっぽい。仮面の上からなのに春咲さんの目が死んでるのが分かる。

 

「おい、帰るぞ」

 

僕達は黙って高嶺君の後を付いていって、教室へと続く廊下へと戻って行った。

 

「…………高嶺聖、どういうつもりですか?」

 

メルさんが訝しげに質問した。

 

「あぁ?別に。こっちの方が面白いだろ?実験データも採集できるしな」

 

なんと言う理由。だが、面白そうだと言う点に少しでも共感を持っている僕は、既に高嶺君に毒されているのかもしれない。

 

 

「「「「Rクラスてめぇら絶対ぶちのめしてやる!!!」」」」

 

モニターから、そんな怒号が聞こえるまで僕はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Contacute ver.ワーメルト フルーテル・ 中林宏美

きたぁぁーーーーー!こう言う無茶ぶりのようなリクエストを待ってたんですよ!案の定、苦労しました。このリクエスト見た瞬間、中林宏美って誰だ?とか思っちゃいましたし。笑
調べてみると、この小説で普通に登場させてました。笑
リクエストして下さった非ログインユーザーの方、ありがとうございました。


「……………あら、どうされました?私達の教室の前で?今は放課後、もしかすると試召戦争の申し出などでしょうか?」

 

「あっ、あなたは!Rクラスの!」

 

「ワーメルト・フルーテルと申します。以後お見知りおきを。それで、中林宏美様。何かご用でしょうか?Rクラスについての用件でしたら、私に申し付けていただければと」

 

「な、何で私の名前を?」

 

「何かの緊急時、役に立てばと、校内の全生徒の名前と顔を暗記しているので」

 

「そ、そうなの?あ、相変わらずRクラスは得体が知れないわね…………じゃなくて!え、えっと………そう!麻名明葉、彼女を呼んで欲しいのよ!」

 

「明葉様ですか。何のご用で?」

 

「な、何でもいいでしょ!」

 

「そう言う訳にはいきません。私は明葉様に仕える身であり、御守りする対象。わざわざここまで足を運んでまでお尋ねになる程の事情。おいそれと簡単に合わせるわけにはいかないのです」

 

「………………………………どうしても?」

 

「どうしてもです。」

 

「………………………………相談事よ」

 

「ではどのような相談事でしょうか?」

 

「そ、そこまではいいでしょ!」

 

「……どのような相談事でしょうか?」

 

「………うっ、ううっ……………れ………よ」

 

「はい、何でございましょうか?」

 

「恋愛相談よ!このバカーーーーー!」

 

「なるほど。無粋な質問をして申し訳ございませんでした。しかし、これも業務ですので、ご了承下さい」

 

「……………………ぐすん、もういいわよ。それより早く、麻名さんを呼んできてよ」

 

「その事なのですが申し訳ございません。ただいま明葉様は外出しておられまして、今この場にはいらっしゃらないのです」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!?何よそれ!じゃあ私は恥の無駄がきじゃないのよ!」

 

「申し訳ございません。お詫びと言ってはなんですが、中林様がよければ私がご相談にのりますが」

 

「い、いいわよそんなの………また彼女が帰ってきた時にでも訪ねるわ」

 

「…………一つ、よろしいでしょうか?」

 

「…………………………………何よ?」

 

「なぜ、明葉様なのでょうか?お世辞にも、明葉様はそのような相談事には向いておられないと思うのですが」

 

「……………………まぁ、確かにそうね。でも私は麻名さんに解決策を求めるために相談をしに来た訳じゃないの」

 

「と、申しますと?」

 

「………………私はね、話を聞いてほしいだけなのよ。私自身、恋愛なんて初めての経験だから、誰にも相談できなくて、それで色々空回りして………いつの間にか喧嘩を吹っ掛けるような真似をしてしまった。でもそんな私を、麻名さんは許して、仕舞いには応援するって言ってくれたの。だから、彼女には私の話を聞いてもらってもいいかなって」

 

「…………………………明久様……貴方だからこそ、なのかもしれませんね」

 

「えっ?何か言った?」

 

「いえ、ただ中林様の初恋が実れば素敵だなと思いまして」

 

「…………………………………私、初恋なんて言った?」

 

「はい、それはもうバッチリと」

 

「…………………………………私のバカ、死ね」

 

「ですがなるほど、そう言う事情がおありでしたら私では役不足かもしれません。なので、もし明葉様がお帰りになられたならば、私が貴方をお呼びいたしましょう」

 

「えっ!いいの?」

 

「はい、この程度しか私にはできないので」

 

「そう、ならよろしく頼むわ。じゃあ、今日の予定が無くなったし、私は部活に行ってくるわね」

 

「了解しました。気をつけて行ってらっしゃいませ」

 

「……………………………………………」

 

「…………………………どうかなされましたか?私の顔に何か?」

 

「…………………………ねぇ、これはもしもの話なんだけど」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「もしもよ、もしもね。とある小さな国があって、その国の王子様に、下町の娘は恋してもいいと思う?ましてや結ばれていいと思う?」

 

「………………………これはあくまでも私の見解ですが、恋は本来自由であるべきです。どこの誰かが介入しようが、どんな権力が邪魔をしようが、お互いが好き合っているのであれば、世間体など気にする必要はないかと。……………まぁ、それができなかった私が言えた義理では無いのですが」

 

「………えっと、つまり?」

 

「そうですね、私は《シンデレラ》のお話が好きだと言うことです」

 

「…………………………ふふっ、何よそれ?でもそう………ありがとう。とても参考になったわ。……………じゃあもう時間も無いし、私は部活に行ってくるわね」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

「……………………………あっ、そうそう。言い忘れてた事があったわ」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私もね…………《シンデレラ》大好きよ」

 

 

 

 

 

 

 




この話、リクエストなのに先の展開に重要な伏線がむちゃくちゃ入っちゃってます。笑(メルさんの過去とか。)なるべく分かりやすく書いたので、良ければ探してみて下さい。正解は言いませんけど。笑
今回は中林宏美って言う、二次小説書いてないと忘れてしまいそうなキャラをメインに書けて面白かったです。
他にもメルさんがRクラス生徒以外との接し方とかも少しは伝わればなと。あと私はこの話で、若林宏美と言うキャラをどの二次小説よりも可愛く書こうと努力しました!まぁ、その結果がこれです………文章力の無さが目に見えてますね。笑
更新頻度が遅くて申し訳ありません。それでも良ければ見てやってください。


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姉襲来

お久しぶりです。
こちらで完結してから全部投稿すると言ったのですが、せっかくなので書いている内の一つを投稿しようと思い、こうしました。まさか普通に一万文字を越えるとは思っても見なかったので、かなり長くなってしまいました。と言っても、五巻の半分に相当する話を一万文字で収めたので、そう考えるとむしろ少ないほうですかね。もうどんな風に書いていたのか忘れてしまいましたので、今の自分スタイルを取り入れている文章になっています。


「つ、疲れた」

 

そう言って、僕は教室にあるソファーへと倒れ付した。

 

「今日で何日、連続でした?」

 

春咲さんも机に突っ伏している。

 

「今日で丁度、一週間です」

 

対してメルさんは何も無かったように直立不動で立っていた。

 

「ただの数がいればいいってもんじゃない。そう教えてやったのに、学習しねぇ奴らだ」

 

高峯君の挑発からちょうど一週間。あれから二、三年のほとんとが試召戦争を仕掛けてきた。まだ動いていないのは、二年のAクラスそしてFクラスだけだ。ともかく、今日で予定していた分の試召戦争は全て無くなった。

 

「でも、全部勝てたんだから良かったよ」

 

「そうですね。ですが、侮れない相手もいました」

 

春咲さんは、神妙な面構えでそう言った。

 

「三年のAクラスだよね」

 

「はい。もし次に戦う時は、少し警戒しなくてはいけないですね」

 

そう、三年Aクラス。点数の高さだけならば、全く問題ないレベルだった。だけど、その場その場の立ち回りや、的確な状況判断。そこに姑息な手を絡めてきたりと正直、一番やりにくい相手だった。同盟無し、一クラスだけとの勝負だったというのに、一番やっかいだった印象がある。どうやら今回も様子見のようだったし、食えないクラスだ。まぁ、あのAクラス代表が個人的に苦手と言うのもあるかもしれない。

 

「はっ、関係ねぇよ。次に来たときも、徹底的に叩きのめす。それだけだ」

 

「だね。僕達なら大丈夫だよ」

 

事実、今回の試召戦争ラッシュも危ない場面は皆無だった。それは四人全員が参加したと言うのが大きいだろう。特に、高嶺君は試召戦争(ごと)に召喚獣の操作技術がどんどん上がっていき、最後の方ではもう高嶺君一人でいいんじゃないか?とさえ思えた程だ。

 

そんな感じで、なんやかんや僕達が試召戦争が終わった解放感に感傷していた時だった。

 

ピンポーン

 

部屋からチャイムが鳴った。

 

「誰かが来たようですね」

 

それが絶望への合図だった事を僕達は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中にはどんな天才だろうと敵わない人間と言うのがいる。その人との相性や、関係性、その他もろもろ。それは一期一会であり、もしそんな関わりがあるのなら、はや早々に諦めた方が良いのかもしれない。僕にもそう言う人間はいる。例えばそう、僕の姉だ。

 

「おい、吉井。答えろ。これはお前の姉なのか?」

 

「…………………………うん。非常に残念ながら僕の姉だよ」

 

僕は項垂れ、そして諦めた様に言った。

 

「アキくん。それはどう言う意味ですか?事と場合によってはアキくんにチュウをしますよ」

 

「な、何を勘違いしてるのさ姉さん!僕はこんな素晴らしい姉さんが僕なんかの姉になってしまって非常に残念だなって言うだけで…………」

 

「あらあら、それはそれは。ですがアキくん。アキくんが自分に対してした評価は間違っていますよ。あなたの場合はそこからもう少し低く評価するべきです」

 

「低くしちゃうの!?そこはもっと姉さんが僕を持ち上げて、フォローを入れるべきじゃないの!?」

 

我が姉ながらなんと言う酷評。僕の自信やら尊厳やらがガリガリ削られていく。しかしなぜこうなったのか、それは単に姉さんが帰国してこの教室を訪ねに来たんだけど、その格好がバスローブで若干クラスメイト全員が引いていると、そんな一言でまとめられるけど、まとめたくないような状況にいる。それだけだ。

 

「ハッキリ言いましょうアキくん。貴方は異性から魅力的に映ることはないほど駄目な弟です。女である姉さんが言うのだから間違いありません」

 

先程の台詞からさらに追い討ちをかける辺り、流石は僕の姉さんだ。

 

「………………なんだこの生物は?俺の理解の範疇を越えてやがる。火星人か何かか?」

 

「高峯君、流石に失礼です…………と言いたいところですが、(わず)かに同意している私がいます」

 

「春咲様、高峯聖。そう言うことは、本人の前では言わないのがマナーです」

 

遠くからそんな会話が聞こえてくるが、今はそんな場合ではない。僕はここからこの姉さんをどうにかしなければいけないのだ。

 

「私はビックリしました。母さんにアキくんの生活をチェックして報告するため、アメリカから日本に来たというのに、家には誰もいない。仕方なしに学校へ連絡をしたらなんと、ここで寝泊まりして生活しているというではありませんか。普通は家族へ一報を入れるのが常識ではありませんか?」

 

「それはそうなんだけど、でも姉さんに常識を解かれたくはないよ!それにこんなことを母さんに言ったら絶対面倒な事になるって分かってたから、黙ってたんじゃないか!」

 

あの母さんの事だ。この事が露見していれば、僕の想像の及ばないような事をしてくるに違いない。

 

「アキくん。それでは私に常識が無いと思われます。そんな事を言うお口は塞いでしまいましょう。私の口で」

 

「それだよ!僕が言ったのはそれだよ!そんなことする姉は世界的に常識が無いと見なされてもおかしくないんだよ!」

 

なんと言う刺客を送り込んでくれたんだ母さん。会って数分しか経っていないのに、もうすでに水素爆弾並の破壊力だよ。このままではさらに被害が出てしまう。とにかく今日のところは帰ってもらって、一旦体勢を整えよう。

 

「ねぇ、姉さん!長旅で疲れたんじゃな……い…………なっ!」

 

僕は抱えていた頭を上げて、姉さんの方へと顔を向けたが、時すでに遅し。姉さんは既に春咲さん達の前へ移動していた。

 

「初めまして、吉井(あきら)といいます。皆さん、こんな出来の悪い弟と仲良くしてくださって、どうもありがとうございます」

 

少しビクリとしたものの、春咲さんはペコリと頭を下げて礼をした。

 

「は、春咲彩葉です。こちらこそ吉井君にはいつもお世話になっています」

 

「ワーメルト・フルーテルです。以後お見知りおきを」

 

「………………チッ、高峯聖だ」

 

僕のクラスメイト達と難なく普通の自己紹介をしている。これなら二次災害が起こる前に、姉さんを送り返せるーーーー

 

「アキくんにこんな男の子の友達が三人もいるなんて。私は少し安心しました」

 

ーーーーなんて思った僕がバカだった。

 

「ちょっと姉さん!出会い頭になんて失礼な事を言うのさ!高峯君以外は女の子だよ!」

 

まんま女の子の要素しかない二人を男の子の呼ばわりだなんて、どこまで常識知らずな!すると、僕の台詞に反応して姉さんがゆっくりとこちらを向いた。

 

「…………女の子、ですか?まさかアキくんは女の子とここ数ヵ月共に屋根の下で生活をしていたのですか?」

 

ま、不味い!そう言えば、一人暮らしをする時に姉さんと不純異性交遊は禁止と約束したんだった。でも別に、一緒に生活しているだけで、何も如何わしいことはしていないからいいんじゃないのかな?とも思ったが、相手は姉さんだ。そんな常識は通用しない。

 

「ね、姉さん。これには深い深~い事情が……」

 

「…………そうですか。女の子でしたか。変なことを言ってごめんなさい」

 

「実は……ってあれ?」

 

説明を始めようとする僕を無視して、素直に謝る姉さん。怒っていないのかな?

 

「どうかしましたか。アキくん?」

 

「あっ、いや。何でもないよ」

 

どうやら僕の取り越し苦労だったようだ。なんやかんやで事情は察してるのかも知れない。そうやって胸を撫で下ろしている僕に、姉さんが笑顔のまま告げる。

 

「ところで、アキくん」

 

「ん、何?」

 

「ここでは人目がありますし、アキくんといつもしているお医者さんごっこはまた別の機会にしましょうか」

 

 

…………あぁ、神様。僕が何をしたって言うんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明久様、落ち着かれましたか?」

 

「…………ありがとう、メルさん」

 

あれから一悶着どころではないことが起こって、しばらく。まぁ、主に誤解を解くということだけど。僕達は取り合えず客間の席へと座った。僕の正面には歩く原子爆弾こと姉さんがいる。

 

「…………先程の事ですが、この現状、姉として見過ごせない事態です」

 

僕が落ち着いた後、姉さんは席につくなりこう切り出した。

 

「どういうこと?」

 

「ただでさえアキくんは女の子に興味津々だと言うのに、あまつさえこんな綺麗な()達と同棲生活など言語道断です」

 

いや姉さん、興味津々とは少し言い過ぎな気もする。

 

「アキくんの溢れんばかりの情欲で貴方たちが汚されて「ちょっとぉぉぉ!!なに言ってるのさ!」」

 

言い方ってものがあるだろうに!しかも春咲さんがたちの前で!僕の頭に血が昇る中、しかし次に姉さんの口から発せられた言葉はそれを一気に引き下げた。

 

「だからアキくん。貴方を家へと連れて帰ることにします。」

 

「「………………………………え?」」

 

僕と春咲さんの声が重なる。姉さんの言葉が頭に入ってこなかった。

 

「家と言っても、元々アキくんが住んでいた家に住むと言うだけです。母さんの所ではありません」

 

いや、僕が聞きたいのはそんなことではない。

 

「この教室から…………Rクラスから抜けろってこと?」

 

「いえ、違います。ただ住む場所をここではなく、本来の家にすると言うだけです。少し前まではそこから登校してたはずなので、なんら問題はないでしょう」

 

いや、問題ありまくりだ。やっとこのクラスに活気が出てきたと言うのに。そもそも僕がこのクラスから離れる時間が増えると言うことは、春咲さんと接する機会も減る。そうなると春咲さんの脱引きこもり作戦に支障をきたす。

不味い。これは非常に不味い。

 

「ち、ちょっと待ってよ姉さん!なんでわざわざそんなことしなくちゃならないのさ!ここにいれば、きちんとした生活もできるし、登校だってする必要無いんだよ!良いことずくめじゃないか!」

 

「確かに。その部分だけを考えれば、ここで暮らすことに問題はありません」

 

「じゃあ……「ですが」」

 

姉さんは僕と春咲さん、そしてメルさんを見てこう言った。

 

「アキくんが女の子と同棲している。それはどうやっても見過ごせません」

 

それは姉として僕を連れ帰るのに十分な理由だった。しかし僕には僕の事情があって、ここに(とど)まる理由がある。そう簡単にハイそうですかと言うわけにはいかない。それからも僕たちは説得を続けたが、姉さんは首を縦にふる素振りすら見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では始めましょう」

 

メルさんのその一言で始まった謎の会議は、僕の部屋で開催された。座布団を四方に並べ、それぞれの席に僕たちは座る。それはさながらをいつか見た時代劇を思い起こさせた。

 

「それで、どんなぐだらねぇ話をすんだよ?」

 

僕の右側に座る高嶺君が、機嫌が悪そうな声でそう言った。実際、機嫌が悪いのだろう。半ばメルさんに強引に連れて来られ、ここに座らされたのだから。

 

「吉井君がRクラスの住居にいれるようにです」

 

「けっ、くだらねぇ。俺はパスだ。何でそんなことやる必要があんだよ」

 

そう言って高峯君は席を立って部屋の外へと向かおうとした。

 

「……………………ぬいぐるみ

 

「と思ったがこのまま吉井に抜けられたら、男が俺一人になっちまう。今回だけ協力してやる」

 

まさか高峯君の引っ越しの手伝いをした時に見つけたあの紙がこんな所で役に立つとは。今現在、凄い形相で高峯君に睨まれているが、それは仕方がない。

 

「…………記憶…………消す」

 

後が怖い。

 

「それで、具体的にどうすれば良いかですが……皆様は何か案がおありですか?」

 

メルさんの質問から、僕は頭を捻るようにして考える。しかしその途中で高峯君がふと呟く。

 

「そんなもん催眠性のある薬か音波を使うのが一番早いに決まってんだろ」

 

「駄目だよ!なに人の姉にとんでも実験をしようとしてるの!?」

 

「安心しろ吉井。一応、完成品だ」

 

「安心できる要素が何もないよ!」

 

やっぱり高峯君、若干怒ってるよ。いや、単に面倒なだけかもしれないが……。しかし高峯君を止め、安心したと思ったのもつかの間、次は春咲さんが恐ろしい事を口にする。

 

「そうですね。玲さんは大学在中だとか。ならば私が大学に圧力をかけて、玲さんが大学に戻らなければならないようにするのはどうでしょう?」

 

「ないないないない!それなしだから!」

 

天才二人からまさかこんな強引すぎる案が出てくると思っていなかった。春咲さんもいつもと少し様子がおかしいようだし、ここはやっぱり自分で考えを出すしかないのか?とそう思った時だった。

 

「明久様。一つ、よろしいでしょうか?」

 

唐突にメルさんが僕にことわりを入れてきた。特に何も問題は無かったので、そのまま続けるようにと了承した。

 

「やはり今回の件は、客観的に見れば明久様のご家族のとして玲様のご意見が正しいかと。ならばもう、口での説得が一番穏便で後腐れもないのでは」

 

メルさんの意見は最もだ。家族同士の問題は非常にデリケートになる可能性が高い。僕としても今回のことはあまりややこしくしたくないのだ。

 

「じゃあ、誰が説得するかって事になんぞ」

 

「「「………………………………………………。」」」

 

高峯君の言葉に、皆の口が閉鎖する。

あの姉さんに真っ向から口で説得するなど、かなり気の進まない行為だ。いや、でもそもそもこれは僕の問題なんだ。

 

「…………まぁ任せてよ」

 

僕が斬り込み隊長に就任した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

『STAGE.1 吉井明久VS吉井玲』

《Duel location : Living room》

 

 

「ね、姉さん。少し話があるんだけど……。」

 

「はい、何でしょうか?アキくん」

 

「えっと、さっき話なんだけど……。」

 

「さっきの話……あぁ、お医者さんごっこの話ですね」

 

「違う!違うから!」

 

「昔はよくやりましたね。アキくんったら、凄く気持ち良さそうにして」

 

「止めて!その言い方じゃ、誤解を生んじゃうから!」

 

「事実ですよね?」

 

「そ、そうだけど!あれば単に姉さんが僕を膝に乗せて「色々と診察をしたんですよね」って違う!」

 

「あぁ、お医者さんごっこではありませんでしたか。ではあの時のソフトプロレスごっこですか?」

 

「全然だよ!姉さんは何の話をしてるのさ!」

 

「えっ?私とアキくんが体をかさ「違う!違うからぁぁぁあぁぁあぁぁ!」」

 

 

 

《吉井玲 Win》

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、駄目だったよ」

 

「今までずっと勝てなかった奴が、今になって勝てるようになるわけねぇだろぉが」

 

高峯君の言う通りだ。生まれてこの方、僕は姉さんに口で勝ったことがない。それでいきなり勝てる確率なんて、砂浜で一粒の砂を見つけるようなものだ。

 

「では今度は私が行きましょう」

 

僕の次に立候補したのはメルさんだ。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「ご安心下さい。世界一のメイドの名に恥じない戦いを、そして結果を手にいれて見せましょう」

 

メルさんはどこか毅然とした姿勢でそう言い放つ。しかしそれを見た高峯君が挑発するように口角を上げた。

 

「惨敗確定に決まってんだろ」

 

「黙りなさい、高峯聖。今回、貴方の出番はこれっぽっちもありません。自分の無力さを感じながら、生ゴミでも抱いて野垂れ死になさい」

 

「ンだとゴラッ!」

 

…………メルさん、言い過ぎだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『STAGE.2 ワーメルト・フルーテルVS吉井玲』

《Duel location : Kitchen》

 

 

「失礼いたします、玲様」

 

「貴方は、たしかメイドさんの……。」

 

「はい、ワーメルト・フルーテルと申します。メルとお呼び下さい」

 

「はい、分かりました。よろしくお願いします」

 

「はい。それで先ほどの事で実は一つ、進言をさせて「そうです!良いことを思い付きました。親睦を深める為に、これを一ついいかがですか?」

 

「……はい?」

 

「これですこれ。一生懸命に作りました。どうか食べてみてください」

 

「こ、これは?」

 

「クッキーです。久しぶりに焼いたんですけど、中々に自信作なんですよ」

 

「わ、私の知る限りクッキーと呼ばれるものは紫色で禍々しいオーラを発さない物だと記憶しているのですが……。」

 

「安心して下さい見た目が悪いだけです」

 

「……………………………………………………。」

 

「……………………………………………………。」

 

「………………うっ。では一つ」

 

「どうですか?」

 

「……………………………………………………。」

 

「あれ?どうしましたか?」

 

「……………………………………………………。」

 

「ワーメルトさん?」

 

「……………………………………………………。」

 

 

 

 

《ワーメルト・フルーテル Dead》

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルさん!メルさぁ~ん!」

 

メルさんが白眼を向いている。ヤバイ!完全に意識が飛んでる。しかしそんなメルさんに、春咲さんが水を使って口へと何かを流し込んだ。

 

「ひとまず薬を飲ませたので大丈夫でしょう」

 

良かった。僕はもうメルさんが帰って来ないかと思った。

 

「散々、言ってこれか。随分とまぁ滑稽じゃねぇか」

 

高峯君は壁にもたれ掛かって、メルさんを一瞥した後、姉さんのいる方へと体を向けた。

 

「高峯君、行くの?」

 

姉さんは一筋縄ではいかない。それは先ほどのやり取りで分かったはずだ。

 

「俺はお前らと違って、交渉事はよくやってきた。心理学に基づいた話術を使える俺にかかれば、あの程度の奴は雑魚同然なんだよ」

 

何とも心強い。これならば姉さんをどうにかできるかもしれない。そんな期待を持って、僕は高峯君の後ろ姿を眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『STAGE.3 高峯聖VS吉井玲』

《Duel location : Living room》

 

 

「おい」

 

「貴方は、高峯聖君でしたよね?」

 

「覚えてんのか?」

 

「はい。非常に特徴的な容姿をしていましたから」

 

「まぁそこら辺にいるもんじゃねぇわなぁ」

 

「はい。それで、何のご用でしょうか?」

 

「あぁ、少し聞きたい事があってな」

 

「………………………………。」

 

「って言うのも吉井のことだ」

 

「………………………………。」

 

「お前が懸念してんのは、吉井が女二人と同棲生活同然の事をしてるってことだろ?」

 

「………………………………。」

 

「よく考えて……って聞いてんのか?」

 

「………………アキくん…………ではないですが……。」

 

「あ゛?」

 

「…………………………高峯君」

 

「…………な、なんだ」

 

「これを着てみてくれませんか?」

 

「て、てめぇ!何でナース服なんて取り出してやがる!」

 

「いえ、アキくんほどではないですが、高峯君にも充分素質があります」

 

「何の話だ!会話になってねぇんだよ!」

 

「さぁさぁ」

 

「く、来んじゃねぇ!」

 

「ほらほら」

 

「こっちに来んじゃねぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

《高峯聖 Mental shock》

 

 

 

 

 

 

 

「…………高峯君、どこかに行っちゃったね」

 

「あれだけの事をされれば、当然だと思います」

 

確かに。僕も経験があるからあの恐ろしさは身に染みている。

 

「…………では残っているのは私だけですね」

 

そう言って春咲さんは立ち上がる。

 

「だ、駄目だよ春咲さん!」

 

人見知りの春咲さんが、いきなり姉さんと一対一の会話だなんて、そんな自殺行為に近いことをさせるわけにはいかない。

 

「いいえ、吉井君。行かせて下さい。私は吉井君に多くの物を貰いましたから、少しでも恩返しをしたいんです」

 

「…………春咲さん」

 

「それに私は変わってほしくないんですよ。朝起きて、誰かの作った朝食を騒がしいながらも四人で囲んで食べる。そんな日常を守りたいんです」

 

僕もそうだ。このRクラスにできるだけ長くいたい。そして春咲さんが引きこもりから抜けられるように、それをするには少しでもこのクラスにいなくちゃいけないんだ。

 

「春咲さん、頼んだよ!」

 

「はい!」

 

そうして見送った春咲さんの背中は、小さいながらも前よりずっとたくましく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『STAGE.4 春咲彩葉VS吉井玲』

《Duel location : Living room》

 

 

「あ、あの……。」

 

「はい。貴方は春咲さんですよね」

 

「は、はい!そうです」

 

「少し待ってて下さい。今、本を片付けますから」

 

「え、えっと…………何の本を読んでたんですか?」

 

「はい、アキくんの秘蔵本です」

 

「んにゃぁ!!」

 

「あれ?どうしました?お顔が真っ赤ですけど」

 

「なななななにゃんでもないです!」

 

「しかし、まさか姉ものがないなんて……これはお仕置きですね」

 

「あああああああ姉ものなんてあるんですか!?」

 

「はい。……あれ?そう言えば、この人少しだけ春咲さんに似てますね」

 

「わ、私に……うきゅぅ~」

 

「倒れてしまいました。どうし「ちょっとおぉぉぉおぉぉおぉぉ!姉さん何やってるのさ!」」

 

「あら、アキくん。どうして姉ものがないのですか?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!ちょっと僕、春咲さんを部屋に運んでくるから、大人しくしててよね!」

 

「ではお説教は後程と言うことですね。早く春咲さんを、寝かせてあげなさい。落としてはダメですから、私が運びましょうか?」

 

「大丈夫だから!もう勝手に僕の部屋を漁らないでよ!」

 

「いえ、これも姉の義務ですから」

 

「そんな義務は世界(ひろし)と言えどもここだけだよ!」

 

 

 

《春咲彩葉 down》

 

 

 

 

 

 

 

 

姉さんに春咲さんの部屋に運ぶと言っておきながら、春咲さんの部屋にはロックがかかっていて、僕だけでは開けることができなかった。なので今現在、メルさんにも高峯君にも頼れない状態と言うことで、仕方がなく僕の部屋のベッドに春咲さんを寝かすことにした。

 

「ごめんね春咲さん。姉さんが迷惑かけて」

 

「いえ、大丈夫ですよ。少しびっくりしただけです」

 

どうやら僕がベッドに運んでいた時に起こしてしまったようだった。春咲さんはまだ少しふらふらしながらも、しかし僕としっかり話ができるまでには回復していた。

 

「ところで吉井君。玲さんの言っていたあの本はどういうことですか?し、しかも私に似ているだなんて……。」

 

「い、いや~」

 

なんと言うか、その時の雰囲気と言うか、ノリで買ってしまった本だったんだけど、今言われてみれば春咲さんに似ている気がする。春咲さんの方が断然綺麗ではあるのだが、小柄で目元がパッチリしているところとか、そこら辺は似てるような似てないような……。本当に今更ながらに気がづいた。

 

「お、男の子だから仕方がないのかもしれませんが、少しは自制してくださいね」

 

「おっしゃる通りです」

 

言葉も出ません。

 

「ですがいいお姉さんですね。吉井君のことを一番に気にかけていて、そして少しだけ憧れてしまいます」

 

「憧れる?あの姉さんを?」

 

「はい」

 

お世辞にも正常とは言えない姉に、憧れる部分などあるのだろうか?

 

「玲さんは他人がどうであろうと、自分がしっかりとあるそんな方です。周囲からどんな目で見られていようと、玲さんは自分を曲げません。確かにそれに、常識知らずが合わさっていますので大変なことになってしまっていますが、それでもとても素敵です」

 

なるほど、そう言う見方ができるのか。常軌を逸した人見知りを持つ春咲さんだからこそ、姉さんに憧れる部分があるのかもしれない。

 

「しかしどうしましょう。このままでは吉井君がRクラスで暮らせなくなってしまいます……。」

 

今、僕に迫っている問題を思い出したのだろう。春咲さんは、少しうつ向きながらそう呟いた。

 

「大丈夫。まだ時間はあるから、どうにかしてみるよ」

 

どうにかする。どうにかしてみせる。それだけだろう。しかしそんな言葉を自分に言い聞かせていたせいか、急に僕たちの間に沈黙が挟むようにして訪れた。少し気まずい雰囲気の中、僕はただ春咲さんの手を見ることしかできなかった。

 

「…………私は嫌ですよ」

 

それは唐突に呟かれた、沈黙を破る春咲さんの言葉だった。春咲さんはその後、僕の方をじっと真剣そうな目で見詰めた。

 

「ねぇ吉井君。少しこちらに寄って来てください」

 

「う、うん」

 

春咲さんの言う通りに、僕は彼女のベッドに膝を擦るようにして一歩近づいた。

 

「ダメです。もっとです」

 

僕はもう少しだけ、春咲さんに近づく。

 

「はい、オッケーです」

 

「えっ?ちょっと?」

 

僕が春咲さんに限界まで近づいた瞬間、彼女が僕の体をきぎゅっと抱き締めた。突然の事で頭が混乱し、体が固まったように動かない。

 

「吉井君。私、ここまでできるようになりましたよ」

 

「…………春咲さん?」

 

「前は人に触られるのも、見られるのも嫌でしたけど、今は吉井君になら抱きついたって平気なんです」

 

そう言われればそうだ。僕が初めて春咲さんに会った時、春咲さんは僕に半径五メートル以内に近づくなと言ったんだから。

 

「私がここまで人に接するようになれたのは吉井君のお陰です。だから吉井君には、私の知らないことを、知識だけでは知り得ないことをもっと教えてほしいんです。これからも、この先も」

 

春咲さんの顔がグッと近くなる。お互いの吐息がかかるほど、春咲さんの顔が迫ってくる。そんな中で僕は、春咲さんって綺麗な目をしてるな、なんて冷静な考えが僕の頭の中を巡っていた。

 

「だから……」

 

その言葉で春咲さんの力が抜ける。ベッドからはみ出した上半身が、僕の膝の上へと落ちる。その光景をしばらくボケッと見ていたが、ふとしばらくして我に返る。

 

「…………疲れて寝ちゃったかな」

 

僕は春咲さんを抱き上げて、ベッドに戻し彼女の額に手を当てた。よし、熱は無し。

 

「…………さて、最終決戦と行きますか」

 

春咲さんにこんなお願いをされたんだ。その約束を守るのが、僕の役目だろう。大丈夫さ。家族なんだ。たった一人の姉なんだ。分かってくれるさ。

 

「…………おやすみ、春咲さん」

 

春咲さんが起きた時に全てが終わっているように。その為に、僕は姉さんのいる部屋へと一人向かっていった。

 

 

 

 

 

 




次話で五巻分の終わり。ちょうど折り返し地点ですね。ここからは、こちらで全て完結してから投稿いたします。他の連載も終わらせなくてはいけないので、少したいへんなんですけどね。しかし黒歴史と化したこの話も、必ず終わらせるので待っていただければ幸いです。


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R+one

すみません!完結してから全部投稿しようと思ったのですが、肝だめし編だけ投稿しようと思います。取りあえず、これで五巻分を終わらせます。内容も文章量も薄っぺらのカスッぺらですが、良ければ読んでやってください。


夜の静けさがしっとりと僕の肌を撫でる。少しだけ緊張しているせいか、ドクドクと鳴る心臓の音が妙に固く聞こえた。今僕は、姉さんの泊まっている部屋の前にいる。ロック一つかかっていない、木製の何でもない扉。それなのにこの部屋の扉はRクラスにあるどの扉よりも固く、そして厳重な鍵が掛けられているように感じられる。しかしそれでも僕はここで退く訳にはいかなかった。胸に一つの決意を乗せて、そっと扉をノックする。

 

「はい、開いてますよ」

 

扉越しに姉さんの声が響く。僕はゆっくりと扉を開け放った。今日来たばっかりなので、姉さんの部屋は妙にこザッパリしていて、そしてどこか寂しかった。

 

「あら、アキくんでしたか。どうしました?」

 

「……うん、少しだけ話があって」

 

「そうですか。椅子は一つしかないのでベッドの隅へ座って下さい」

 

僕は姉さんの言われるがままにそうした。姉さんは僕の横に腰を下ろす。

 

「………………………………。」

 

「………………………………。」

 

僕は会話の準備が整ったのにも関わらず、口を開くことができなかった。なんとも微妙な空気が小さな部屋に流れる。しかし意外にもそんな空気を破ったのは姉さんの方だった。

 

「…………ふむ。アキくん、少しだけ背が伸びましたか?」

 

「え?」

 

姉さんに言われて、僕は自分の頭に手を当てた。どうなんだろう?伸びたのかな?

 

「どうでしょう?昔みたいに私の膝に乗ってみませんか?」

 

「えっ!?いや、それはちょっとこの年で恥ずかしいと言うかなんと言うか……。」

 

「いいではありませんか。ここには私とアキくんしかいないのですから」

 

確かに。この部屋には姉さんと僕しかいない。いや、そう言う問題では無い気がする。そんな考えを浮かべて僕が迷っていると、そっと姉さんが僕の手を引っ張って強引に自分の膝の上に乗せてきた。ふと安らかな時間が僕の内を駆け巡る。昔から姉さんにこうしてもらうと僕は落ち着くのだ。それは今の歳になっても変わらない。その事実に僕は少しだけ、自分自身に呆れた感情を持ってしまう。

 

「それで話と言うのは、私がここに来た時、言ったあの事についてですか?」

 

僕は思わず目を見開いて、姉さんの方に顔を向けた。

 

「わ、分かってたの?」

 

「いえ、だたの姉としての勘です」

 

お、恐ろしや姉の勘。だがそれなら好都合だ。もう前置きも何も無しで、勢いで言ってしまった方がいい。その方がもううじうじと考える必要も無くなるし、姉さんのペースに巻き込まれることもなくなる。僕はきゅっと肩に力を入れて、姉さんの目を見る。

 

「あのね姉さん」

 

そして僕は頭を真っ白にして自分の底から沸き上がった言葉をそのまま口から吐き出す。

 

「今日の昼間に話したことだけど、確かに姉さんとしては僕がここで皆と暮らしてるのは許容し難いかもしれない。でもね、僕はここでやらなくちゃいけないことがあるんだ」

 

「やらなくちゃいけないこと?」

 

「うん」

 

「それはどんなことですか?」

 

姉さんが控えめに首を傾ける。

 

「えっとね、春咲さんって言う()がいたでしょ?あの()はね、引きこもりなんだ。それも凄い重度の」

 

春咲さんはこの間の試召戦争の時も、一人教室で待っていて僕たちが打ち漏らした敵を倒すだけ。結局、春咲さんがこのRクラスから出たのは始めの試召戦争の時と、清涼祭の時。あとは夏合宿の時だけだ。よほど大きな必要を感じなければ、春咲さんが外に出ることはなかった。

 

「何が原因でそうなったのかは分からないし、でもきっと春咲さんが今の自分を望んでいないのは分かってる。だから僕は春咲さんが引きこもりをやめられるように手助けをしてあげたいんだ」

 

僕は続ける。僕の心情の内を語る。馬鹿で何もできない僕にはそれしかできなくて、それが最善の方法だった。

 

「それに僕自身もこのクラスのが大好きだし、きっと僕もここにいれば楽しい学校生活を送れると思う。それはきっと、家から通っても同じことだけど、僕は僕のクラスメイトともっと長く時間を共有したいんだ」

 

僕の長い話を聞いた姉さんはそっと小さな息を吐いた。彼女の膝の上に乗せられている僕からは、その表情は読み取れなかった。

 

「…………そうですか」

 

ただ姉さんはそれだけを呟いて、そっと僕の頭に手を覆うようにして乗せてきた。

 

You're such a credulous person(アキくんは本当におバカなひとですね).」

 

その言葉に僕は少しだけムッとする。最近はそんなことはないはずだ。僕だって昔よりはマシになっている。

 

I think that's putting it a little too strongly(それはちょっと言い過ぎだと思う).」

 

僕は意表返しも込めて、姉さんへとそう英語で反論する。しかし僕の発した英語は姉さんの流暢(りゅうちょう)な発音には到底敵うものではなかった。

 

「あら意外です。アキくんに分からないように英語で言ったのに。意味を理解して、さらには英語で返してくるなんて」

 

「僕だって賢くなってるって事だよ」

 

「それもこのクラスのお陰ですか?」

 

「そうだよ」

 

「…………そうですか」

 

姉さんはそっと僕の頭から手を覆うようにして引いて、自分の膝の上から僕を下ろした。そこでやっと姉さんの表情が確認できたが、それは僕がこの部屋に入ったときと何ら変わりの無い見慣れたそのままの顔だった。

 

「まぁそうですね。特別に今回は許しましょう。お母さんにも上手く言っておきます」

 

「本当!?」

 

僕はあっさりと姉さんが理解を示してくれたことに驚き、思わずベッドから立ち上がる。

 

「ええ、でもその代わりと言う訳ではありませんが、私もここに住まわせていただきます。アキくんを監視する必要もありますしね」

 

「そ、それは嬉しいね」

 

僕は笑顔を崩すまいと、表情筋にめい一杯力を入れる。

 

「アキくん、顔が引きつってませんか?」

 

「そ、そんなことないよ」

 

そう、そんなことはない。なぜなら次の瞬間、僕の浮かべた笑顔はきっと、心から浮かべた笑顔だったに違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も朝が始まる。何気なく時が過ぎ去る。ここで巻き起こる日常が以前と変わらない形で残り続ける。しかしそれに付け加えられた、調味料が今は深い奇妙な一つの味を(かも)し出している。

 

「どうですか?吉井くん、今日の朝食は(あきら)さんが作ったんです」

 

「………………うん、上手くなってる」

 

僕は素直な感想を述べる。美味しいとは言えないが、しっかりと食べ物だ。以前の姉さんとは比べ物にならない。姉さんも僕の感想に少しだけ嬉しそうな、しかしそれとなく照れたような笑みを見せた。

 

「これも(あきら)様の努力の賜物です」

 

「いえ、メルさんと春咲さんがしっかりと教えてくれたので」

 

そう。姉さんがここ、Rクラスに住むようになって今一番頑張っているのが、この料理だった。あのメルさんが食べたクッキーと比べると、これは大きな進歩だと言えよう。

 

「まぁ不味いのには変わらねぇがぁ。いや化け物の作った料理にしては上出来かもな」

 

手に持った本を眺めながら高峰くんは皮肉った笑いを浮かべる。どうやら高峰くんからすると、姉さんは化け物という認識らしい。

 

「まぁそんな事を言うなんて。いけません。駄目ですよ、タカくん」

 

「「「「タカくん!?」」」」

 

あまりの驚きに、Rクラス全員の声が同調する。何だ今の愛称は?恐らく高峯くんの事を言っているのだろうが……。

 

「ええ、私は嬉しいです。こんな所に二人目の弟ができるなんて。ここに来た初日でピンと来たのです。タカくんからはアキくんとは違う、私の姉本能を刺激する何かがあります。さぁ、前回はこれを着させそびれましたが、今日こそはしっかりと着て写真を撮りましょうね」

 

こ、これは何とも意外な展開。姉さんがどこからか取り出したナース服が高峯くんの目の前に押し付けられる。これはもう高峯くんに御愁傷様(ごしゅうしょうさま)とだけ言っておこう。

 

「おいおい冗談じゃねぇぞ、テメェ!なにとち狂ったこと言ってやがる!」

 

そんな様子を見ていたメルさんが、ふと高峯くんを見ながら何とも歪んだ笑顔を向けた。

 

「ざまぁ……とでも言っておきましょか」

 

それは僕が今まで見た中で、ある意味最高の笑顔だった。

 

「ク、クソガァァアァ!」

 

高峰くんは天高く、遠吠えをしてからかばっと僕の方を向いた。

 

「おい、吉井!こいつを早くどうにかしろ!お前の姉だろ!」

 

「いや~それはちょっと……無理かな?」

 

そんな自殺行為を誰が望んでするというのか。下手をしたらこちらに火の粉が飛んで来る。ここはそっと息を殺して災厄が過ぎ去るのを待つのがベストだろう。しかし現実はそんなに甘くないことを僕はその直後に知る。

 

「おい、吉井姉!その服なら俺よりもこいつの方が似合うんじゃねぇか?」

 

「ふむ、一理あります。なら二人とも着せてみましょうか」

 

「ちょ!高峯くん!?僕を巻き込まないでよ!」

 

「カッカッカッ、一人で死ねるか!テメェも道連れだ!吉井ィ!」

 

そうしてRクラス内で壮絶な追いかけっこが始まった。姉さんから高峰くんと逃げ回る中、途中で僕はなぜかおかしくなってふふっと思わず笑みが溢れる。そして最後は大きく声を出して笑ってしまった。このRクラスに一人、僕の姉さんが加わった。そんな事実があまりにも奇妙で、そして不思議な感覚で、僕は思わず笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




感想とか評価とか色々とありがとうございます。励みになりました。少しでもご恩を返せるように、なるべく面白くなるように努力いたしますm(_ _)m。


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自ら喧嘩を売っていくスタイル

高峯主体の話にする予定。最後には高峯とメルさんの関係性が明らかに!

なんて告知をしてみたり、してみなかったり。

あっ、あとお気に入り数800人を越えました。全て皆様のおかげです。本当にありがとうございます。


姉さんが来てから一抹の時間が流れ去った。その間に姉さんを交えて勉強を教えて貰ったり、高峯くんと姉さんから逃げ回ったり、姉さんに料理を教えたり、高峯くんと姉さんから死ぬ気で逃げ回ったりしながら日々を過ごした。そして今日、一時的に姉さんがアメリカに帰ることを知って、僕と高峯くんが拳を振り上げて喜んだ結果、僕たちはこの世の地獄を見てしまったのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 

そんな不幸な事件は置いておいて、この夏休み期間に、進学校である文月学園は当然のように補習があった。Rクラスである僕たちにはそんなものはないのだが、その他のクラスはどの学年問わず、そんな強制的な罰ゲームに似た何かを味あわされていた。まだ設備の整ったAクラスやBクラスはこの真夏日でも勉強に集中出来るだろうが、最低設備のFクラスなんかになると、もうそれは生き地獄に変わりはないはずだ。だがそれもどうやら昨日で終わりになったようで、なんでも学園長が試験召喚システムの調整をミスって、それが第二学年の生徒側にばれた結果、その尻拭いとしてどうやら肝だめしをやるはめになったらしい。それで最後の二日間の夏補習が泡となって消えたそうだ。勿論、Rクラスは当然のごとく不参加を決め込んでいた。決め込んでいた筈なのだが──。

 

 

 

 

 

 

「それで、ババァ長が僕たちに何の用なんですか?」

 

僕は教室の机に置いてあるノートパソコンに向かってそう言った。正確にはノートパソコンを通して会話をしている学園長にと言った方がいいだろう。

 

「まぁそんな早々、邪険に扱うんじゃないよ」

 

広々とした教室に、枯れた学園長の声が響いてこだまする。教室にはノートパソコンに意識を向ける僕と、僕の後ろに控えているメルさん、さらには自室に仰々(ぎょうぎょう)しい装置を置いてしまったため、一時的に自室が使えなくなってしまった結果、教室の端でパソコンのキーボードを弾いている高峯くんの三人がいた。

 

「実は今、現在この瞬間に二年生と三年生が新校舎でいがみ合いをしていてね。今にも爆発しそうだから、あんたたちに止めてきて欲しいんだよ」

 

それはなんとも大変なことだ。いや、なんでそんなことになったんだ……。二年生と三年生の仲が(よろ)しくないのは分かっていたことだけれども。

 

「そんなの、学園長自ら行ったらいいんじゃないですか?」

 

僕はまず思い付く提案を学園長にぶつけた。

 

「まぁそれでもいいんだけど、私は一刻も早く試験召喚システムを調整しなくちゃいけなくてね。だから暇してるあんたたちに頼みたいんだよ」

 

そう、春咲さんが今現在Rクラスにいないのはこれが原因だった。学園長を手伝いに、珍しく外へと出ていったのだ。と言うか、学園長が変に誤魔化すからこんなことになったと言うのに。まぁ世間から注目を集めているこのシステムが問題を起こしてしまったなんて、易々(やすやす)とばらす訳にはいかないと言うのは理解できるけど……。

 

「まぁそう嫌な顔せずに頼むよ。Rクラス自体どちらかと言うと、生徒側でなく文月学園関係者(こちら)側なんだ。あんたたちに全く関係ないと話でもないだろう?」

 

そう言われると断りづらい。

 

「…………はぁ、分かりましたよ。あんまり乗り気じゃないですけど」

 

誰が自ら進んで爆薬庫に足を運ぶと言うのだ。少なくとも僕は嫌だ。

 

「助かるよ。でもあんただけじゃ心配だねぇ」

 

学園長は顎をひとなでしてから、ふと視線を僕からずらした。

 

「いるんだろう、高峯。あんたも一緒に行きな」

 

どうやら高峯くんは、一人で作業しながらもこちらの会話は聞いていたようで、明らかに不機嫌そうな表情を見せながらこちらに目線だけを移した。

 

「あ゛?ンで俺がそんなめんどいことやんなきゃなんねぇんだぁ?クソババァ」

 

「そりゃあんたをここに入れる時に言ったろう?学園全体に関わる私の頼み事は協力的に受け取るってね」

 

そんな学園長の台詞を聞いた高峯くんは一つ舌打ちをして、席を立ちこちらに向かって歩いてきた。そして僕の隣に立ち、学園長の映るノートパソコンに顔を寄せて威圧した態度で口を開く。

 

「仕方ねぇ。契約は契約だ。手伝ってやる。ただし解決のやり方はこちらに一任させてもらう。テメェの全権を俺に譲れ。それが最低条件だ」

 

学園長は高峯くんの言葉を聞いて、少し考える仕草を見せた後、こくりと頷き意地の悪い笑みを一つ浮かべた。

 

「ふむ。まぁ、いいさね。あんたならこちらに利のある解決をしてくれるだろうしね。それじゃ頼んだよ。とっとと行ってとっとと解決してきな、クソジャリども」

 

自分から頼んでおきながらなんとも憎たらしい態度を取るババァだ。しかし高峯くんはそんな学園長の様子にピクリとも反応せずに、教室の外へと繋がる扉へと向かって行った。

 

「ケッ、おい行くぞ吉井」

 

「あっ、待ってよ高峯くん」

 

僕は椅子から立ち上がって高峯くんの背中を追い掛ける。

 

「それじゃあメルさん、行ってくるよ」

 

忘れてたと言わんばかりに、僕はふと後ろへと振り向いてメルさんに一言そう言う。

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

僕たちはメルさんの笑顔を背中に受けて、事態の収束をするために二年生の教室へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、この場ーー新校舎は修羅場と化してした。それは文月学園の二年生と三年生にとの衝突によって。その多くの生徒たちが二つの勢力に別れて対面しており、今にも爆発しそうなこの均衡状態は、とある三年生の一言によって一気に崩れ去った。

 

「てめぇら年上を舐め過ぎだ!今からどっちが上か思い知らせてやる!」

 

それと同時に三年生側の召喚獣が二年生側へと飛びかかって行く。

 

「一つだけしか年が違うのに威張り過ぎなのよ!」

 

それに対抗する為に二年生側の召喚が飛びかかる。そんな様子に、その場を傍観(ぼうかん)していた各クラス代表は、流石に不味いかと止めに入ろうとした。ここで乱戦になれば色々と台無しだ。しかし間に合わない。引火した火薬を止める(すべ)はない。もう手遅れだ。そんな、そんな大きな固まりがぶつかり合うその寸前。

 

その瞬間だった──。

 

 

 

 

 

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

 

全ての召喚獣が吹っ飛んだ。比喩ではない。全てが吹っ飛んで、そして消えていった。各々の召喚獣が、ポリゴン体となって空気に溶けるようにして消滅する。それは紛れもなく、彼らの召喚獣が持つ点数が全て“0”になった証しだった。その場にいる全員が放心する中、その声は聞こえてきた。文月学園の絶対王者であるクラスの一員。学年次席のその──

 

「カカッ、雑魚(バカ)がいっちょ前に戦争なんか始めてんじゃねぇよ」

 

 

 

悪魔のような彼の声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕と高峯くんは、二年生側と三年生側の間に立って二つの勢力に停止を呼び掛けた。

 

召喚獣を全員戦闘不能にすると言う力ずくで。

 

……いや、仕方がなかったんだ。もう話し合いで解決できる様子でもなく。取りあえず話を聞いてもらうために仕方なくそうしたんだ。決して高峯くんが嬉々として僕にそう持ち掛けた訳ではない。いや、本当に。

 

「まぁそれで、どんな下らねぇことでこんなことになったかは知んねぇがぁ、雑魚(バカ)なら雑魚(バカ)らしく黙って仲良しこよし学校行事でもやってりゃいいんだよ」

 

開口早々、なんと言う悪口。流石だよ高峯くん。

 

「…………高峯聖ぃ」

 

それを聞いた周囲にいる内の誰かが歯をギリッと噛み締めながらそう言った。それと同調するように、周囲の生徒たちの殆どが高峯くんに鋭い敵意の籠った視線をぶつける。と言うのも、この前の試験召喚ラッシュの時に、高峯くんが彼らを散々煽ったのが原因だった。例えば二年生には──

 

雑魚(バカ)は百回生まれ変わっても俺の足元にすら及ばねぇ。せめて犬くらい賢くなってから出直して来るんだな」

 

と挑発し、さらに三年生には──

 

「てめぇらが今、必死になって合格しようとしている大学は、俺が欠伸をして寝ながらでも受かるような、そんな三流大学なんだよ」

 

とまぁ受験生にとっては最悪な言葉(ワード)を連発しながら彼らの召喚獣をなぎ倒していった。よって高峯くんは今、Rクラス以外(メルさんを除いた)の全敵意(ヘイト)を一人で買っているのだ。これが元来の高峯くんの性格なのかと初めは思ったのだが、最近僕はちょとした違和感を高峯くんに感じるようになっていた。それはまるで、自分の周囲にわざと敵を作っているような──

 

「おいおいまさかこんな下らない争いに、わざわざRクラス様が直々お出ましだとは思わなかったぜ」

 

そんな僕の思考を中断するように、ふと二年生側から生徒を割って一人の男が出てきた。それは他の誰でもない。Fクラス代表の坂本雄二だった。

 

 

 

Rクラス

 

高峯聖 2362点

 

&

 

吉井明久 1021点

 

 

 

「…………はっ、相変わらずぶっ飛んだ点数してやがる」

 

雄二はふと僕たちの召喚獣を一瞥(いちべつ)してそう呟いた。それから視線をこちらに戻して話を続ける。

 

「来て早々、大層な挨拶じゃないか。まぁお前らからしたら、こんなゴタゴタを放っておくわけにはいかないんだろうが、そもそもこんなことになったのは、学園側が試験召喚獣の調整ミスをしたからだろ?」

 

「あ゛?なに勘違いしてやがる?これは暑さでオーバーヒートするような、てめぇらの柔な頭を気遣っての配慮だ。そこら辺をしっかりと弁えてほしいもんだなぁ」

 

ふと二人の視線が真正面からぶつかる。なんと言うか、こう言う言い合いが得意な二人が敵同士になると、こんなにも緊迫した雰囲気が流れるとは思いもしなかった。僕の肌がピリピリと静電気を受けたような、そんな感覚に見舞われる。

 

「…………まぁいい。こちらとしてはそれで夏の補習を無くさせて貰ってるんだからな」

 

雄二は一歩こちらに進んで口を開く。

 

「それで、Rクラスがわざわざ外に出てまで止めに来たんだ。ここで、はい解散とはいかないんだろ?」

 

「ケッ、よく分かってんじゃねぇか」

そうなの?僕は喧嘩を止めたんだからこれで終わりと思ったんだけど……。

となるとこれ以上、どう動くと言うのだ。僕はそんな疑問を持ちながら、じっと高峯くんを見る。

 

「さぁて、てめぇら両陣ここで終わらせちゃあ不完全燃焼だ。そうだろぉ?そう思うよなあ?」

 

ふと高峯くんは二年生と三年生を交互に見ててそう言った。どちらの生徒もこくりと一つ頷いて、賛同の意を示した。

 

「ならこうしよう。これから“全員参加形式の肝だめし大会”といこうじゃねぇか」

 

「肝だめし大会だと?」

 

三年生側の坊主頭をした先輩がそう呟く。確かーー夏なんとか先輩だった気がする。

 

「あぁ、脅かす側と驚かされる側に別れて勝負をする。まぁただ勝ち負けを決めるんじゃあ詰まんねぇから、適当な罰ゲームでも付けてな」

 

高峯くんは大きく口を歪ませて続ける。

 

「勿論、人数の少ない俺たちが驚かせる側だ。面倒な準備作業は俺たちがやってやンよ。どうだ?」

 

これに反論は無いようで、周囲の生徒たちは黙って高峯くんの話を聞いていた。そうして高峯くんは懐からA4サイズの紙を数枚取り出して、二年生側と三年生側に放り投げた。教室に出る前、何かを書いて印刷していると思ったらこれを作る為だったのか。

 

「ねぇ、高峯くん。僕の分はある?」

 

僕もルールを知りたいのでそう高峯くんに尋ねると、どうやら僕のために一枚残しておいてくれたようで、彼らに配った物と同じ紙を無言でこちらに突き出してきた。こうなぜか地味な気遣いを高峯くんがしてくれてると、何とも言えない嬉しさを感じてしまう。やっぱり根はいい人なんだと思う。

 

僕は高峯くんにお礼を言って、紙に書かれた内容を確認する。

 

 

 

 

 

①二人一組での行動が必須。一人だけになった場合のチェックポイント通過は認めない。*一人になっても失格ではない。

 

②二人のうちのどちらかが悲鳴をあげてしまったら、両者ともに失格とする。

 

③チェックポイントはA~D各クラスに一つずつ。合計四箇所(かしょ)とする。

 

④チェックポイントでは各ポイントを守る代表者一名(点数は五十点固定)と召喚獣で勝負をする。撃破でチェックポイント通過扱いとなる。

 

⑤一組でもチェックポイントを全て通過できれば驚かされる側、通過者を一組も出さなければ脅かす側の勝利とする。

 

⑥脅される側は先行と後行を決めて、順番に中に入って行く。必要とあらば、前の組を追い抜いてしまっても構わない。

 

⑦脅かす側の生徒は召喚獣でのバトルを認めない。あくまでも脅かすだけとする。

 

⑧召喚時に必要となる教師は各クラスに一名ずつ配置する。

 

⑨通過の確認用として脅かされる側はカメラを携帯する。

 

⑩設備への破壊、改造といった手出しを禁止とする。過失だとしても、そのチームは強制的に敗北となる。

 

 

 

 

 

「……へぇ~結構凝ったルールじゃあねぇか」

 

ルール表を見たソフトモヒカンの先輩(確か常なんとか先輩だった気がする)がそう呟く。

 

「なるほど、なかなか面白そうじゃあねぇか。俺がやろうとしてた事と酷似してるしな」

 

続いて雄二もそう言う。なんと、雄二もこれと似たことを考えていたらしい。流石、抜け目がない。

 

「ちょっと、高峯くん。この悲鳴の定義ってどうなってるの?」

 

ふとそう言った木下さんの言葉で気がついた。確かに。悲鳴となると境界がかなり曖昧になってしまう。勝負事である以上、そこはしっかりと定めておくべきだ。

 

「それは声の大きさで判断する。カメラにマイクを付けて、そこから拾う音声が一定値を越えたら失格だ。カメラはこっちで用意してやる。安心しろ、別に小細工をしようとは考えてねぇよ」

 

なるほど、それならば安心して進められる。

 

「おい、高峯。チェックポイントの勝負科目はどうする?」

 

「そんなもんてめぇらで決めろ。俺たちはどのみち五十点固定だ」

 

まぁ、確かに。これは僕たち側にとって、何を選んでもそんなに変わりはない。そんなこんなでルールが決まり、そのルールが書かれた説明書を読むために、周囲の生徒たちが幾枚かの紙に群がる中、唐突に高峯くんは一つ尖った笑いを口から放った。

 

「それで、お待ちかねの罰ゲームだが……。そうだな、お前ら側のどちらかが勝ったら、俺たちは一つだけどんな命令でも聞いてやる。土下座でも、クラスの入れ変えでもなんでもなぁ」

 

それを聞いて周囲の生徒が全員心底驚いた顔を見せる。まさかそんなハイリスクな罰を提示してくるとは思わなかったのだろう。いや、僕も少なからず驚いている。まぁ高峯くんのことを考えると、何となく予想できる内容ではあるけども。

 

「そして俺たちが勝ったら……。そうだなぁ、この設備の片付けでもしてもらおうか」

 

それは余りにも不釣り合いな内容だった。これだけでも分かる。高峯くんの絶対的な自信。自分たちが負ける訳がないと、そう言っているも同然な言葉。

 

「…………いい度胸じゃねぇか」

 

雄二は頬に冷や汗を滴ながら口角を上げる。どうやら高峯くんの提示した罰ゲームによって、雄二の闘志に火が付いたようだ。それは周りの生徒たちも同じようで、僕たち二人に力強い視線が向けられる。

 

「カカッ、精々足掻いて敗北を知れ」

 

そんな彼らを面白げに眺めた後、高峯くんはそう言ってRクラスへ戻るために(きびす)を返して歩き去って行く。

 

「じゃあね、皆。明日、楽しみにしてるよ」

 

僕はそんな高峯くんの背中を追いかけながら、後ろを振り向いてそう言う。その時に見た彼らの姿は、この夏の暑さに負けないほどの熱を僕に感じさせた。

 

 

 

 

 

 

こうして二年生、三年生、そしてRクラスによる三竦(さんすく)み、夏の肝だめし大会が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




実はこの作品、色々と遡って一話一話誤字やら文法やらを直しました。前よりかなり読み易くなったと思います。まだ前半の方は、直す部分が多すぎて、直し損ねが多々ありますが、それもまた追々直していく予定です。ですが、初めの一話だけは直さないで放置してます。あれは自分が初めて書いた文章なので、なんと言うか、もう少し置いておこうかなと。そう思いまして。

と言うか、あんな文章でよくここまで皆さんに読んでもらったな!と少しビックリしました。自分で読み返していてはずかしかったです(笑)。


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微睡みの幽霊屋敷

今回、少しだけ雑さが否めません。
そして毎回、誤字報告してくださる方々、本当にありがとうございます。

高峯のモデルは一方通行(アクセラレータ)の筈なのに、なかなかそれっぽい行動ができない。


僕と高峯くんが(と言うより高峯くんたけが)三年生と二年生に喧嘩を売った翌日、僕は信じられない現象を目にしていた。と言うのも、実は昨日から一晩かけて作られた肝試し大会の会場を、僕と春咲さんは何一つ手伝っていないのだ。何でも、出来上がったものをテストしたいからと言う理由で、更に言えば本番前に僕と春咲さんの驚くリアクションを見てみたいからと言う理由も合わさってそうなったのだ。そんなわけで、Dクラスにあたるこのお化け屋敷の入り口に、僕は春咲さんと二人で中に入ったのだが、その内部には驚くほど完成度の高い幽霊屋敷の要素が詰まっていた。その光景は、いつか行った遊園地のお化け屋敷と比べても大差ないものだった。

 

「…………凄い」

 

思わずそう呟く。いや、正直に言ってしまえば嘗めていたと言ってもいい。少し考えてみれば当たり前だ。なぜなら四つの教室を使った大きなスペースをおどろおどろしく模様替えするだけでも大変なのに、それをこれだけのクオリティで、しかも高峯くんとメルさんの二人だけで完成させてしまうなんて、そんなの普通に考えてありえなかった。高峯くんとメルさんが喧嘩をして完成すらできないんじゃないだろうか、と思っていた僕の心配はどうやら杞憂(きゆう)だったようだ。

 

『おい、吉井。ボケッとしてんじゃねぇよ。お前はテスターなんだから、さっさと先進んで、誤作動やら修正点を見つけて報告しろ。時間ももうねぇからな』

 

頭に装着されたインカムから高峯くんの声が流れる。時間にして五時。ここから僕たちはこのお化け屋敷を一通り潜り抜けて、もし修正点があればそれを改善しなければならない。学校の生徒が来るまで時間もない。高峯くんの言うことは最もだった。

 

「うん、そうだね。そうするよ。そうする、そうしたいのは山々なんだけど……」

 

僕は言いながらふと自身の足元に目をやる。そこには白銀色の丸い何かが転がっていた。言わずとも分かるであろう。それは春咲さんである。

 

「4093。4099。4111。4127……」

 

春咲さんは膝を抱えて、何かから逃避行するように謎の数字を呟き続けている。一体何の数字なんだろう。僕のそんな疑問は、高峯くんの呆れ声と共に解消された。

 

『吉井、そこでただひたすらに素数を数えている馬鹿をさっさと立たせろ』

 

いや、これ素数だったの?数が大きすぎて分からなかった。こんな大きな素数を数えられる春咲さんも凄いが、それを直ぐに言い当てられる高峯くんも大概だ。だが今はそんな二人の頭の良さに感心している場合ではない。

 

「……は、春咲さ~ん」

 

僕は膝を屈めてしゃがみこみ、そっと春咲さんの名前を呼ぶ。すると春咲さんは一瞬ビクリと肩を震わせて、永遠に続くかと思われた素数の呟きを中断させる。しばらくお互いの言葉が止まり、それは塞き止められる。しかしその静寂は春咲さんのか細い声によって破られた。

 

「…………吉井くん、知っていますか?」

 

「な、何かな?」

 

いつもとは違う、春咲さんの雰囲気に僕は思わず言葉を詰まらせる。なんだろう?こう、昨日まであった馴染みの飲食店がいつの間にか消えていた、そんな言い表せない不安感を感じる。しかしそんな不安とは裏腹に、春咲さんから尋ねられた質問は、呆気ないほどに簡単なものだった。

 

「……知っていますか?吉井くん、“試験召喚システム”は科学技術と多少のオカルト要素を織り混ぜたものだと言うことを」

 

「し、知ってるよ」

 

「では私がそんな画期的な技術の研究者であることも……」

 

「も、もちろん知ってるよ」

 

春咲さんは何が言いたいのだろうか?僕はその答えを知るため、ひたすら頭を回転させるが、その答えは得られない。

 

「と言うことはですよ。私は普段、オカルト的な要素に触れていると言うことですよね」

 

「そ、そうなるかな?」

 

僕の自信無さ気な答えを聞いた春咲さんは、スッとその場に立ち上がる。そこでやっと見えた春咲さんの表情はまるで能面を被せたかのように無表情だった。

 

「…………行きましょう」

 

「え、えっと……」

 

「行きましょう」

 

「そ、そうだね」

 

何とも言えない春咲さんの雰囲気に押し負けて、僕はただ言う通りに従った。妙にリアルで薄暗いお化け屋敷の中を、春咲さんは一人、僕を先導する形で進んで行く。多少、強引とも言えなくはない歩調ではあるが、春咲さんはただ足だけを動かし続けた。しかしそれはさし当たって一つ目の角を曲がった瞬間で止まることとなる。それはそう、全身を一瞬震わせて強張らせると言った形で。

 

「うわっ、スッゴいリアル」

 

春咲さんに続いてその曲がり角を曲がると、そこには口がバッサリと裂けた女の人が立っていた。恐らく召喚獣の一種なのだろうが、そのリアルな造形は一瞬本物なのではないだろうかと見間違える程の再現度だった。

 

「…………高峯くん。これ、昨日からモデリングを始めたんだよね」

 

僕はインカム越しに高峯くんへと話しかける。

 

『ああ、召喚システムを応用だ。動作のプログラミング、容姿のモデリング、どちらとも俺がやった』

 

なんと言う速さと完成度。流石は高峯くんと言ったところか。

 

『まあ一部はババアに手伝わせたがな』

 

なんと、学園長も手伝っていたのか。人を使うだけ使う学園長が人に使われるとは。なんと言うか、ざまぁないのではなかろうか。そう言った具合に僕が内心ほくそ笑んでいると、春咲さんがゆっくりとこちらに寄って来て、そっと僕の手を繋いできた。

 

「…………春咲さん?」

 

春咲さんが行った突然の行動に、僕は内心をざわめかせた。するとそのざわめきを静めるかのような声が僕へ向けて放たれる。

 

「…………吉井くん、知っていますか?」

 

そう言ってただ前を見続ける春咲さんは、やはり無表情だった。

 

「…………えっと、何が?」

 

「今回の肝試し大会。ルールには二人一組で進むと言う原則が記載されていることを」

 

「……うん、知ってるけど」

 

もちろん知っている。それが大前提の肝試し大会なのだから。

 

「では、今私たちが行っているのがテストであると言うことは?」

 

「いや、知ってるも何もさっき僕と高峯くんはその事について話してたんだけど……」

 

どうしたと言うのだろうか?やはり春咲さんの様子がおかしい。

 

「ならばこうしてもっと二人一組だと言う意識を持って先に進んだ方が、良いデータを取れると思いませんか?」

 

「うん?まぁそうかもしれない……のかな?」

 

いや、本当にそうなのか?何か違う気がする。そもそも二人一組を意識する方法が手を繋ぐと言う結果に落ち着くのだろうか?だが僕のそんな疑問を否定するように春咲さんはただ言葉を発する。

 

「はい、そうなのです」

 

「…………えっと」

 

「そうなのです」

 

ほぼごり押しに近い形で、春咲さんは僕を納得させようとする。この暗闇に春咲さんの無表情が相俟って、かなり怖い現象になっているせいか、僕はそのごり押しを首を縦に振ると言う形でしか肯定できなかった。それを確認した春咲さんは、何事もなかったかのように、僕を引っ張りながら前へと進む。僕は視線を下に落として、僕と春咲さんを繋ぐ箇所を見る。ふと僕の右手に伝わる春咲さんの体温が、周囲の冷たい空気を優しく暖めた。しかしそれとは相反するように、春咲さんの表情は凍ったように動かない。周囲に人魂やら、提灯お化けやらが漂う中を春咲さんはまるでそれらが見えていないかのように進み続ける。しかしそこで僕はふとある異変に気がついた。そう、どこからか笑い声が聞こえてくるのだ。明確にその場所は分からない。強いて言うならば周囲一帯と言うのが正解だろう。けたけたけたけたと不気味な響きが僕たちに押し寄せられる。だがそれはやがて一点に集中していった。そう、声の発生源が分かり始めたのだ。そして気づいた。笑い笑う、ひたすら笑うその声は僕たちの真下から聞こえていたことに。僕たちは下を見る。何がいるのか、誰が笑っているのかと。そうした決心を孕みながら下を見る。そう、(つい)ぞ見たその場所には……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたけたと笑いながら僕たちの足に手をかける、目玉のえぐれた女の人が這いつくばっていた。

 

「こわっ!」

 

悲鳴をあげる程ではなかったが、これは怖い。不意打ちと言うやつだ。しかしまたこの女性も精巧な造りをしている。どうやればここまでの完成度で造形を仕上げられるのだろう?そんな風に高峯くんのモデリング能力を感心している時だった。先ほどまで繋がれていた春咲さんの手が離れ、その代わりとばかりに僕の左腕に春咲さんがヒシリとしがみついて来た。

 

「…………春咲さん?」

 

またもや行われる春咲さんの唐突な行動に、僕は驚きで一瞬体を硬直させる。しかしなるほど。これでやっと、春咲さんが何をしたいのか……と言うよりは何が原因でこうなっているのかが分かった。

 

「………………吉井くん、知っていますか?」

 

だからこの言葉もきっと誤魔化しの言葉なのだろう。しかしそれを知っても僕のできることは変わらない。ただ春咲さんの言葉に答えることしかできないのだ。

 

「…………何をかな?」

 

そう、僕はこう尋ねるだけ。

 

「はい、非常口には、それを知らせる“非常口マーク”と呼ばれるものがあると言うことを、吉井くんは知っていますか?」

 

「あの緑色のやつだよね。知ってるよ」

あれがどうしたのだろうか?今のこの状況とは到底関係があるとは思えない。だがそれはあくまでも僕が考えつく限りというだけだ。僕より遥かに頭脳明晰な春咲さんからすれば、何か関連があるのかもしれないーー。

「では非常口マークの逃げている人に“ピクトさん”と言われる名前があることは……」

 

と思っていた時期が僕にもあった。

 

「いや、それは知らなかったよ……って違う!落ち着こうよ春咲さん!もう言ってることが無茶苦茶だよ!」

 

もう誤魔化しと言うより逃避に近い。前を向かなければいけないのに、地面を覗き込んで、そこにめり込んでいるようなものだ。

 

「………………吉井くん、知っていますか?」

 

しかし春咲さんは僕の言葉を聞いていないかのように、同じ言葉(ワード)を繰り返す。

 

「世の中には“ホラー”と呼ばれる種類(ジャンル)が苦手な人がいることを」

 

そう言った後も、春咲さんの言葉は止まらない。僕が口を挟む間もなく春咲さんは次の言葉を紡ぎ出す。紡いで紡いで、紡ぎ続ける。

 

「…………吉井くん、知っていますか?私がそんな、そんなーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんなホラーが苦手な人の筆頭であると言うことを」

 

あっ、やっと認めた。とは言わなかった。無表情を崩して、僕の腕にすがり付きながら涙目でこちらを見上げる彼女を見てしまえば、そんな言葉を口に出せるはずもなかった。

 

「…………春咲さん、なんでこんなことを?」

 

言わばなぜ我慢せず認めなかったのか?と言うことである。恐らくずっと無表情だったのも、なるべく心を無にしようとした副産物だったのだろう。春咲さんが現在浮かべている、今にも泣き出さんばかりの表情がその証拠だ。

 

「た、だって……まがいなりにもオカルト要素のある分野の研究者を名乗っているのに、そのオカルトそのものが苦手なんて、絶対バカにされるじゃないですか」

 

引きこもりなのに誰にバカにされるのか?などと尋ねるのは無粋であろう。そう察して僕はただ黙って彼女の話を聞くことにした。

 

「でも流石に限界だったんです。高峯くんがここまで本気でやるとは思ってなくって……こ、このままだとここから外に出るのもままなりません」

 

そう言った後、春咲さんはちらりと一瞬だけこちらを見て、直ぐさま隠すように自身の顔を僕の腕に(うず)めた。

 

「つ、つまりですね……」

 

顔を(うず)めたまま、春咲さんは震える声で続ける。

 

「ここを出るまで、このままでお願いしたいのですが……」

 

春咲さんの恥ずかしそうな、それでいて申し訳なさそうな声色が僕の鼓膜を色付かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいま」

 

僕はひたすらに恐ろしいお化け屋敷を抜けて、驚かす側の待機場所であるAクラス教室へと戻っていた。そこにはメルさんが上から降り下ろしたであろう(ほうき)をチリトリで受け止める高峯くんの図が出来上がっていた。

 

「……戻ったか」

 

高峯くんはこちらを一瞥して、そう呟いた。それを合図に二人はお互いの武器を下ろす。

 

「……またやってたの?」

 

相変わらずと言うか何と言うか。本当にそれでよくここまでのお化け屋敷を完成させたものだ。

 

「この男は春咲様を怖がらせた罪があります。裁判を開く余地もなく死刑です」

 

「何が怖がらせた罪だ。てめぇは“今日、空に太陽が昇ったから”って理由だけで俺を殺そうとするだろ」

 

「あら、よくご存知で」

 

もはやこんなやり取りも見慣れてきた……となったらお仕舞いなのだろう。いつかはこの二人を和解させたいものだ。

 

「それでどうだった?」

 

僕はそんな一見すると不可能な願いを思いながら、高峯くんに作動テストの具合を尋ねた。

 

「全体で見りゃ及第点と言った所か。だがまぁ、余程、こっち(ホラー)の耐性がないやつじゃねぇと、チェックポイントにすらたどり着けねぇのは確かだ。こいつみてえにな」

 

高峯くんはそう言って、僕の背中にへばり付いている春咲さんに目線を移す。それに気がついた春咲さんは、ジト目で高峯くんへと抗議を訴えかけた。

 

「…………高峯くん、やり過ぎです」

 

余程怖かったのだろう。お化け屋敷を出ても、春咲さんはまだ僕から離れようとはしなかった。

 

「まぁそんぐらいやんねぇと、こちらは勝てねぇってことだ」

 

言われれば確かにそうだ。今回のルール。こちら側から提案したと言うのに(何か狙いがあるのだろうが)、その内容は僕たちにとってかなり不利な内容となっている。言ってしまえば、僕たちは二年生と三年生をどちらとも相手にしなくてはならない。しかも点数は五十点と固定されてしまっている。僕たちの勝利はこのお化け屋敷のギミックでどれだけの人数を脱落させられるかにかかっているのだ。

 

「まぁ、それは分かるんですけどぉ……」

 

しかし春咲さんは納得していない様子だ。と言うか若干ーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

「春咲様、私がこの男を殺しましょうか?」

 

「…………………………お願いします」

 

怒っているんじゃないだろうか?

 

「てめぇ、それは八つ当たりに近いだろぉがぁ!」

 

高峯くんの叫びと共にまた見慣れたバトルが始まる。何だか姉さんのことと言い、今回のことと言い、高峯くんは最近不幸続きな気がする。後でコーヒーでも淹れてあげよう。

 

「…………ふあぁ」

 

朝早く起きたからだろう。そんなことを思いながら二人の戦いを見ていたら、欠伸と共に激しい眠気が襲ってきた。Rクラスになってからは起きるのが遅くても問題ないので、そのせいもあるだろう。さて、まだ胆試しが始まるまで時間があるので、少しだけ睡眠をとろうとそうした時、ふと僕の両肩に優しい、それでいて暖かい重圧がのしかかった。

 

「…………春咲さん」

 

僕はその重さに逆らわず、そっと体を横に倒した。倒した、と言うよりはいつの間にか倒されていたと言うべきか。そう、気づいた時には僕の頭の下には春咲さんの膝があった。そして後頭部から伝わる彼女の体温によって眠気が一気に促進される。

 

「先ほど助けてもらったお礼です。今は少しだけ、安らかに目を閉じて」

 

僕の頭から瞳にかけて、春咲さんの手のひらがそっと滑る。辺りの音が消え去る。深く暖かい泥の中に埋もれるように、僕は意識を下へ下へと沈ませる。

 

「……なでり、なでり」

 

ただひたすらに頭を撫でられる。穏やかに、静かに、ただひたすらに、そっと優しく。

 

「……なでり、なでり」

 

その言葉だけが、その声だけが、いつまでも耳に残り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから起きて目を開けてみれば、僕は『麻名明葉』へと姿を変えていたのだが、これはどう言う訳なのだろうか?

 

 

 

 

 




最終章前のこの胆試し編で、なるべく春咲にヒロインっぽいことをさせたかった。と言うだけの話でした。今までは意識して春咲にヒロインらしい行動はさせてきませんでした。勝手にキャラが動いた結果、ああなったと言った感じでしたが、今回は初めて意識してヒロインさせた気がします。なので非常に書くのが難しかった。ちゃんと書けてるのか心配です。

次回、久々のアキちゃんパート。


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麻名明葉の憂鬱

ヤバイ……今回筆が乗ってない。

修正は明日。


坂本雄二にとって麻名明葉と言う存在は、一言で表すなら“苦手”とそう評することが適切だ。それは普段のつかみ所のない性格の裏に、とある親友の影がちらりと見え隠れする。そのふわりとした二面性が雄二は気に入らないのだ。それは今現在も例外ではなく、彼女が作り出した現状に思わず、雄二は自身の顔が引きつっているのを感じていた。

 

「ねぇ坂本くん、少しだけ二人で少しお話しない?」

 

そう言って流し目で色目を使う麻名明葉。

 

「……………………」

 

その様子を敵意のある目で睨む霧島翔子。

 

「「「「死ねぇぇえぇえぇええぇえ!坂本ぉおぉぉおお!」」」」

 

それらを全て殺意と絶叫で包み込む、男女を含む大多数の生徒たち。

 

そんな混沌(カオス)な空間が出来上がったのは、肝試しが始まる前の、ほんのささいな時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄二が朝一番に登校して、驚愕したのは仕方がないことだった。いや、雄二だけではない。ここに来た瞬間、生徒もそして教師でさえもその空いた口がふさがらなかった。雄二はふと言葉を漏らす。

 

「…………Rクラスは五人。多くても七人程だと思っていたんだが、少し当てが外れたか?」

 

彼らの目の前にあるのは本来教室だった幽霊屋敷。まだ中に入ってすらいないと言うのに、肌を撫でるような禍々しさが自分たちを包んでいるように感じられる。外観だけでこれなのだ、恐らく中は本物の心霊スポット顔負けの、恐怖が詰まった宝箱に違いなかった。これほどのクオリティーを誇る幽霊屋敷をあれだけの規模にして一晩で完成させてしまう。そのありえない現象に雄二は一層、Rクラスに不気味さを実感する。

 

「み、美波ちゃん……」

 

「だ、大丈夫よ瑞季っ!」

 

励ますように島田が姫路にそう言うが、彼女自身も声が震え、か細い声しか出せていない。しかしそれは彼女たちだけでなく、ホラーが苦手な生徒たちは既に、腰が引けてしまっている。

 

「相変わらず底が見えない……か」

 

雄二は一人、ぽつりと呟く。

 

「雄二、大丈夫かの?」

 

そんな雄二の様子を見た秀吉が、心配そうにその顔を下から覗き込む。

 

「……ああ、安心しろ。この勝負、必ず勝つ」

 

それに同調する形で、ムッツリーニは頷く。

 

「…………俺たちなら何も心配はない」

 

彼らがそんなお互いを励ますようなやり取りをした後すぐだった。

 

「ごきげんよう、二年生と三年生の皆様」

 

その鈴のような声と共に、肝試し会場の奥から一人の女性が現れた。それにより辺りがざわめく。それは現れた人物が予想外の人物だったからとか、容姿に何かしらの特徴があったからではない。ただ被っている仮面が猫だった。ただそれだけ、本当にそれだけだ。

 

(猫の仮面……麻名明葉か)

 

雄二の思考が彼らのざわめきを生み出した答えを表していた。『麻名明葉』。それは文月学園のアイドル、マドンナ、高嶺の花。それら全てを総集させた存在だ。そんな存在が目の前に現れたのだ。周囲がそう言った反応をするのは当たり前と言えた。明葉はゆっくりと二、三年生の前に躍り出る。

 

「……まさかお前が出てくるなんてな」

 

「あら意外?」

 

「まぁな」

 

顔が割れているRクラスの中で、ある意味一番露出の少ないのが麻名秋葉であった。と言うのも、彼女が試召戦争に参加したのは最初のAクラス戦とFクラス戦のだけ。しかも連絡係としてだ。それ以降は殆ど、顔を出していなかった。

 

「ルールの確認は大丈夫?」

 

「ああ完璧だ」 

 

「なるほど、ちゃんと復習はしてきたようね。それで、どちらが先行なの?えっと……」

 

そう言って明葉は三年生の方へと視線を移した。その視線の先にいたのは坊主頭の男だ。その男子生徒は名前を尋ねられているのだと気づいたが、学園のアイドルに視線を向けられたことに若干テンパっていた。

 

「つ、常川だ」

 

「常夏先輩ね」

 

「ちげえよ!お前、絶対俺のこと知ってただろ!」

 

思わず学園のアイドルに突っ込みを入れてしまった常川だったが、次の瞬間には我に返って明葉の言わんとしていることを代弁した。

 

「先行は俺たち三年だ。昨日、もう既に決めてる」

 

常川の答えに明葉はこくんと一つ頷いた。

 

「分かりました。では三年生の先輩方は指定の待機場所で待機していて下さい。案内はこちらのワーメルトさんがしてくれます」

 

明葉がそう言うと、いつの間にかそこにいた女性がこちらですと言って彼らを先導した。それに渋々従う三年生たちを少し見送った後、明葉は「よしっ」とそう一言呟いて、二年生の集団に近づいて行った。唐突な行動に対して不審感を抱く二年生の面々だが、明葉の放つカリスマ的雰囲気に誰一人動けないでいた。そんな中、明葉が最終的に足を止めたのは、ムッツリーニこと土屋康太の前だった。明葉はそれから一つ優しく微笑んで、彼の耳元に唇を寄せた。

 

「ねぇ土屋くん」

 

「…………な、何だ」

 

もう既にこのシチュエーションに鼻血を吹き出しそうなムッツリーニだったが、今は全神経を煩悩退散にに費やすことによってなんとか踏み留まっていた。しかしそれは次に発せられる彼女の言葉によって崩壊する。

 

「土屋くん、今日私がどんなパンツを穿いているか……知りたくない?」

 

「ブハッ!」

 

一瞬鼻から赤い何かが吹き出した。

 

「私、こう見えても結構大胆なのよ」

 

「…………そ、それがどうした?」

 

ムッツリーニは耐える。ここで倒れるわけにはいかないと。麻名明葉の顔写真を撮り、ムッツリ商会の商品を充実させるまではと。しかし、それは(もろ)く一瞬で終わりを告げる。

 

「私、今日はね──」

 

 

 

 

 

 

レース付きの黒い紐パンなの。

 

その言葉を合図にムッツリーニは天高く舞い上がった。真っ赤な液状の雲を作り上げながら彼は大気圏の外まで飛んでいった……とそう思ってしまう程の飛距離を彼は生み出した。

 

明葉はその一連を見届けた後、仕事は終わったと言わんばかりに再び元の位置に戻って何事もなかったかのように振る舞う。しかし事実、何も起こっていないわけではない。

 

「おいおい、先制攻撃とはやってくれるじゃねぇか」

 

それを指摘したのは雄二だった。

 

「ごめんなさい。でも彼の前で仮面を取ると写真に納められてしまうから、仕方がなかったの。試召戦争とは違って勝負には影響しないから許してほしいわ」

 

明葉の言い分は一応筋が通っており、既に盗撮を寛容させてもらっているこちらからすれば雄二はそれ以上何も言えなかった。しかしそこで引き下がらなかった人物が一人。

 

「ちょっと、麻名さん。あれはちょっとないんじゃないかな?」

 

工藤愛子。保険体育で学年トップクラスの点数を持つ、ある意味でムッツリーニのライバルとも言える女子生徒。彼女が明葉に食ってかかる。

 

「あら工藤さん。貴方はあれが卑怯と?」

 

明葉は一瞬呆気に取られるも、すぐに表情を元に戻しそう尋ねる。しかし返ってきたのは彼女が予想もしていなかったものだった。

 

「うんうん、違うんだよ麻名さん。ボクが言いたいのはそんなことじゃなくて──

 

 

 

 

 

 

 

 

ムッツリーニくんにあれをしていいのはボクだけなんだよね。だから以降、ああ言う行為は慎んでくれると嬉しいよ」

 

それを聞いた明葉はしばらく呆け顔をさらしていたが、やがて意味を理解すると、にやりと口を軽く歪ませて愛子を真正面から見据え……

 

「あら、ごめんなさい。それは私が悪かったわ。以後、気をつけるようにするから許して欲しいわ」

 

と言って体を正面に向き直した。それを聞いた愛子も満足そうに頷いて自身の体を一歩後ろへと追いやる。

 

「さて、ではこれから肝だめし大会開幕……といきたいところなんだけど、その前に私は坂元くんと少しだけ話があるから、申し訳ないんだけど皆は先に待機場所へ行っていてくれないかしら?」

 

そう言いながら明葉は彼女の顔を隠していた仮面を外した。

 

それは誰だっただろうか?いや、もしかするとその場にいる全員だったかもしれない。息を飲む音が辺りに弾けるようにこだまする。それら全ては現れた女性の美しさによってもたらされた現象だった。麻名明葉の顔は文月学園の生徒殆ど全員が知っている。しかしそれはムッツリーニがこっそり撮影(盗撮)したもので真正面から、それもしっかりと顔が写っていたものは一つもなかった。ましてや彼女の素顔を知っているのは二年生のAクラスとFクラスだけなのだ。

 

だからこの場にいる殆どの生徒は彼女の美しさに全視神経をもっていかれたのだ。そしてしばらくしてから我に返った生徒は先程の言葉を思い出す。こんな、こんな学園のアイドルとあのFクラスの代表が二人きりでお話し?それは、それはなんと──

 

「「「「死ねぇぇえぇえぇええぇえ!坂本ぉおぉぉおお!」」」」

 

羨まけしからん!

一瞬にしてこの場がアウェイな空間に早変わりしたことに雄二は顔を引きつらせる。未だ周囲からはブーイングが飛んでくる。そんな中でまず動いたのは、先程までずっと傍観を決め込んでいた、雄二の幼馴染みである霧島翔子だった。

 

「…………ダメ」

 

翔子は雄二と明葉の間に入って、そう言った。

 

「あら、どうして?」

 

「…………雄二は私の彼氏だから」

 

「……へぇ、そうなの」

 

翔子はギロリと彼女らしからぬ力強さで明葉を睨む。しかしそんな視線を何事もないかのように受け流す明葉。

二人の間に静かなる視線の応酬が繰り広げられる。しかしそれは明葉がRクラスの方へと(きひす)を返すことで終わりを迎えた。

 

「なら仕方がないわね」

 

彼女の持つベージュ色の髪がふわりと揺れる。

 

「では今から三十分後に始まりのチャイムが鳴ります。先輩たちが入り口に入ってから三分後に入ってくださいね」

 

その言葉と共に学園のアイドルは彼らの前から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲に人影のない学内の廊下を、ポツポツと肩を落としながら歩く男が一人。

 

「なんで僕が男相手に色仕掛けをしなくちゃいけないんだ……」

 

麻名明葉──否、吉井明久である僕はRクラスの待機している場所へ向かいながらそんなことを呟いた。まさか友人相手に色仕掛けをする日が来るとは思わなかった。これも挨拶代わりに二年生全体をかき回してやれと言う高峯くんの作戦だったが、それでもなかなの無茶ぶりだ。

 

「それに途中から指示がむちゃくちゃ過ぎて何言ってるか全然わからなかったしね」

 

僕はふと未だに耳の奥に残っている彼らの声を掘り起こした。

 

 

 

 

 

『いいぞ、吉井。ここでもう押し倒したら完璧だ』

 

『ダメです吉井くん! 男の子同士なんて絶対ダメですから!』

 

『うるせぇぞ春咲! テメェはもう黙ってろ!』

 

『黙りません! 今だけは絶対黙りませ──』

 

 

 

 

 

今思い出しても無茶苦茶だ。途中からは完全に僕のアドリブで乗り切ったが、もうこんなこれっきりにしてほしい。まあでも少しはクラスの為になれたならいいか。と僕がそう思ったその矢先──

 

「明葉!」

 

唐突に後ろから僕の持つもう一つの名前を呼ぶ声が聞こえた。僕は内心ドキリとしながらも笑顔のマスクを張り付けて後ろへと振り向く。そこにはこの麻名明葉にとっての友人、中林宏美さんがいた。

 

「あら、中林さん。久しぶり……でもないわね」

 

「そうね。この前に三人でデートした以来だわ」

 

中林さんが言っているのは、麻名明葉(ぼく)と彼女と久保くんの三人で映画を見に行って、その途中で僕が抜け二人っきりでのデートにしてしまおうと言う作戦を実行した時のことを言っていた。このように、僕はあの夏合宿以来、麻名明葉として何度か中林さんの協力をしているのだ。結果はまぁ……微妙なところではあるのだが……。

 

「それで、どうしたの? こんな所まで追いかけてきて」

 

わざわざ息を切らしながらここまで走ってきたのだ。きっと何か大切なことを言いたかったのだろう。しかし次に中林さんが放った言葉は、そんなある意味で大切とは真逆の言葉だった。

 

「あ、えっとね……もしかして明葉って、坂本くんのこと好きなの?」

 

その言葉を聞いた瞬間、少し吐き気がしたのはきっと気のせいではない。

 

「…………何でそんな結論にたどり着いたのか……いえ、言わずとも分かるわ」

 

それはきっと、先程行われた一連の流れを見てそう思ったのだろう。だがそれは誤解も誤解。はっきり言ってあり得ない話だ。僕が女になったとしてもそれだけはあり得ない。

 

「中林さん。貴方の前だからい言うけど、あれは私たちの作戦よ。ああすれば二年生全体の連携を弱めることができるでしょう?」

 

僕がそう言うと、中林さんは納得したように、しかし少しだけ残念そうに頷き首を縦にふった。

 

「なんだ、そうだったのね。もし明葉が坂本くんのことが好きだったら、今度は私が応援しようと思ってたのに」

 

「貴女、それでここまで追いかけてきたの?」

 

「そうよ。いつもお世話になってるから、そのお返しにね」

 

いやいや、中林さんには申し訳ないが、それは正に言ってしまえば余計なお世話と言うもの。何で女友達に男友達とくっつくように仕向けられなければいけないのだ。とにかく、もうこれ以上この話題を先伸ばすわけにはいかない。僕はそう判断してさっさとこの場から逃げることにした。

 

「じゃあね、中林さん。私、もう行かないと」

 

僕は手を小さく挙げて別れの挨拶をする。

 

「ああ、ごめんなさい。もしかして明葉がチェックポイントの?」

 

「ええ、三人の内の一人よ。あとは高峯くんと、吉井くんね」

 

その瞬間、僕はしまったと急いで自分の口を両手で覆った。

 

「……吉井……明久ッ!」

 

しかし既に手遅れ。中林さんは苦虫を噛み潰したような表情をで唇を噛み締めた。やってしまった。まさか自分の首を自分で絞めるはめになるなんて。

 

「えっとね、中林さん。吉井くんも、そんなに……そんなに悪い人じゃないのよ?」

 

僕はすかさず自分自身のフォローを入れる。端から見ればなんとも滑稽な姿に映ったに違いない。

 

「ふふっ、分かってるわ。明葉が言うんだもの、それは間違いないわ。でもね……」

 

中林さんはギリッっと歯を噛み締める。

 

「それとこれとは別なのよ!」

 

さて、ここで疑問に思うだろう。何故ここまで僕は中林さんに嫌われているのか。それは単純に僕が中林さんと久保くんとの間を邪魔したことがある、と言う部分もあるのだが、それ以上に麻名明葉と吉井明久がとても仲が良いと彼女が勘違いしていると言う理由が大半を占めていた。中林さんは麻名明葉のことを親友だと思っている。しかしその親友の彼女を自分の恋路を邪魔した人物に取られるかもしれない。それを危惧しているようなのだ。僕からも一度、「私は明久くんとは仲が良くないわ」と言ったのだが、またそこで失言をしてしまった。言うなれば“明久”とうっかり名前呼びしてしまったのだ。すると、「私は名字呼び名のに……」と、これまたややこしい事態に発展。今はもうこれ以上こんがらがらない為にある程度この問題を放置することにしたのだ。

 

「吉井明久……いつか思い知らせてやるわ」

 

そんな言葉を置き去りに、中林さんは後ろへと振り返る。もう彼女には僕の姿が見えていないようだった。怒りの炎を纏わせながら来た道を戻る彼女を僕はただ眺めることしかできなかった。

 

「…………体、鍛えようかな」

 

そしてその阿修羅のような中林さんの後ろ姿を見て僕はふとそう呟くのだった。

 

 

 

 




中林さんとアキちゃんの友情物語はいつか番外編で投稿できたらなと思っております。

ちなみにどうでもいい話、一話を修正しました。修正前の分は自分で持ってることにしました。まだ全体の文を修正しているのですが、かなりの量なのでぼちぼちゆっくりやっていこうかと。



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第一チェックポイント『麻名明葉』

ま、まずは謝罪をいたします。ずっと放置して申し訳ありませんでした!
理由は普通にモチベーションが上がらず筆が動かなかったことにあります。他の話を書いていて、そちらが楽しくて放置した感じになってしまいました。そしてふと気がついたらこれだけの期間が空いてしまったと言う次第です。
言い訳はここまでにいたしまして、お待たせした分を取り戻す為、これからしばらくはこの『バカとテストと最強の引きこもり』だけに尽力を注ぎたいと思います。更新速度は最悪でも1ヶ月に1話ペースになる予定です。


肝試し大会が始まった。まず先行の三年生が教室に入り、後行の二年生がその次に入る。こうして交互に進んで、チェックポイントで僕たちRクラスの誰かが召喚獣を呼び出して対決するはずなのだが──

 

「……また全滅だね」

 

Rクラスの拠点でモニター越しに会場の内部を見ているのだが、ものの見事に全員が大声を上げて失格になっていた。三年生も二年生も一番奥まで行った人でさえ大体半分程しか進んでいない。

第一チェックポイントまでに設置されているカメラは全部で十個。その全てのモニターからありとあらゆる恐怖が伝わってくる。

 

「視角、嗅覚、触覚と言った様々な心理的要素を誘発する仕組みでオブジェクトが設置されていますから。普通の人ならこうなるのは当然です」

 

お化け屋敷の試運転の記憶が甦ったのか、春咲さんは僅かに肩を震わせながらそう言う。それには僕も素直に同意せざる負えない。ホラーに自信のあった僕でさえ、あのお化け屋敷は“怖い”と感じさせられてしまったのだ。とっさに悲鳴を上げる人があれだけいても何ら不思議ではなかった。

 

「しかしこのままあいつらがやられっぱなしな訳がねぇ。何かしらアクションを起こして来るのは確実だ」

 

パイプ椅子に座りながらモニターを見ていた高峯くんが唐突に口を開く。

 

「何かって?」

 

「さあな? だが恐らく始めのチェックポイントまでは大きな動きは見せないはずだ。切り札をそう易々と切る程あいつらも馬鹿じゃないはず。失格者がこれだけ出ているのがその結果だ」

 

言っていることにピンと来ない顔を僕がしていたからか、呆れ顔を浮かべながらも高峯くんは続きを話し始める。

 

「このお化け屋敷を攻略するのに必要なのは仕掛けの配置を把握することだ。どんな仕掛けを設置しようとも、どこに何があるのか分かってしまえば恐怖は薄くなる。だから普通は犠牲となる人物を先に行かせて、仕掛けを把握。それからその仕掛けを次の挑戦者に伝えてまた行かせる。そうすれば少しずつだが前に進めるわけだ」

 

「な、何か残酷だね」

 

戦争で兵士を使い捨てにしている様を連想してしまった。

 

「何言ってやがる。それ以外に方法がねぇんだから当然だろ」

 

確かにその通りなので何も言い返せない。でもこのペースだと最後のチェックポイントどころか、三番目のチェックポイントにすら到達できないと思う。雄二たちが何も仕掛けてこないなんてのはあり得ないが、それでもこのままでは二年生も三年生も敗北は必須だ。

僕がそんな呑気なことを考えていると、それを邪魔立てするように高峯くんがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらに目を向けて来た。

 

「ほら、そろそろ出番じゃねえのか? アキちゃん」

 

「……高峯くんもそれ言うの?」

 

先程アキちゃんになった結果、かなり面倒なことになってしまったので僕は思わず疲弊した表現を浮かべる。するとそれを見ていたメルさんがどこからか取り出したチャッカマンの着火レバーを押す。カチリと乾いた音が響き、長細いパイプ状の部分から鮮やかな炎が顔を出す。

 

「明久様。私がこのゴミを燃やしてきましようか?」

 

メルさんの鋭い睨みが高峯くんに突き刺さる。それを押し返すように高峯くんが睨み返す。

 

「……いや、そこまでしなくていいよ」

 

このままではもう何回目か分からない二人の戦争が始まりそうだったので僕はそう言うしかなかった。

高峯君が言った通り、第一チェックポイントの担当である麻名明葉はそろそろ配置場所に向かわなくてはならない。流石に高峯くんとメルさんの喧嘩現場に春咲さんだけを置いて行くのは忍びない。あわよくばこのまま平和な空間が続くことを内心で祈りながら、僕は自分の向かうべき場所へ歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場所は開けた場所だった。ずっと続いていた狭い通路は何だったのかと思う程に、今まで進んでいた道とは違うお化け屋敷の中でも特徴的な場所だった。周囲には空間を特徴着けるものなど何一つなく。黒いカーテン幕に仕切られた壁がバランスよく立てられているだけの部屋だった。

そんな部屋の中央には女性が一人立っており、とある一枚の扉に目を向けていた。その女性はブラウンの長い髪を下ろし、目は優しさの中に鋭さを浮き出ている毅然としたもの。顔立ちは繊細で、非常に整っており、道行く人誰もが目を留めようとする魅力で溢れ出ている。

ふと、そんな女性の前に二つの人影が現れる。いや、本来二つなければいけないその影がピタリとくっ付いているせいで、一つになっていた。

 

「あら、以外ね。まさか貴方たちが初めの到達者なんて」

 

部屋にいた女性──麻名明葉はその影に向かってそう言う。彼女の目線の先には体を震わせながらお互いに密無着し、恐怖を少しでも和らげようとしている島田美波と姫路瑞希がいた。明葉もこのお化け屋敷の外観を見ただけで怖がっていたこの二人がここまで到達できたことに驚いているのか、少し感心したように二人を眺めていた。

 

「こ、怖かったですけど坂本君がアドバイスをくれたので」

 

その返答に高々、アドバイス一つだけで突破できるようなお化け屋敷でないはずだと明葉は首を傾げる。

 

「アドバイス? どんなアドバイスかしら」

 

「え、えっと……」

 

姫路は少し頬を赤らめさせ、口元を濁す。何故、坂本からもらったアドバイス一つを尋ねただけでこんな反応を見せるのか? 違和感を覚えた明葉は再び姫路に追及しようとしたが、それを阻害するように、姫路の隣にいた島田が一歩前へと出た。

 

「内緒よ」

 

彼女はそうキッパリとそれだけ告げて閉口した。言われてみればわざわざ敵に勝つための策をこちら側に教えてくれるはずもないかと納得し、明葉は引き下がった。

 

「吉井が見てるから、なんてアドバイス言えるわけないじゃない」

 

何やら島田がボソボソと話しているが、まあ一々突っ込んでいられないかと明葉は目の前のFクラス二人に対して身構える。

 

「まあいいでしょう。それより準備万端大丈夫かしら?」

 

島田と姫路はお互いに顔を見合わせ、そして頷く。

 

「ええ、いつでもいけるわ」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 

「では始めましょうか」

 

明葉の声により、表情を引き締め口元をきゅっと結ぶ二人。ここがお化け屋敷だとは信じることのできない程、緊迫した空気がこの空間に敷き詰められる。

今か今かと待ち望んだ引き金が引かれたのは、文月学園なら誰もが知るあの言葉からだった。

 

「「「『試獣召喚(サモン)!』」」」

 

三匹の召喚獣が彼女たちの前に現れる。

 

 

 

 

 

保険体育

 

 

 

 

 

Fクラス

 

島田美波 92点

&

姫路瑞希 379点

 

 

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

 

Rクラス ねこ 50点

 

 

 

「行くわ」

 

召喚獣が現れるや否や戦闘は始まった。明葉の召喚獣に突っ込んで行く二体の召喚獣。明葉はそれを見て余裕を持った表情で構える。島田の召喚獣が振るうレイピアを刀剣で受け止め、姫路の召喚獣によるランスの突きを体を僅かに反ることで避ける。しかし彼女たちはそれを読んでいたのか、島田と姫路の召喚獣が体を僅かに半回転させて明葉の召喚獣に攻撃を加えた。しかしそれも明葉は焦ることなく後ろへ飛んでそれらを避けた。

 

「随分と召喚獣の扱いが上手くなったわね」

 

明葉は先程の戦闘によるやり取りを見て、島田たちへと賛辞の言葉を述べた。島田はそれを聞いて、誇るように僅かに胸を張った。

 

「私たちだって試験召喚戦争を積み重ねてきたのよ! これくらい当然だわ」

 

「なるほど。それは素晴らしいことです。ですが──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その程度でRクラスの一角を落とせるなどと思わないことね」

 

今度は明葉の召喚獣が島田たちの召喚獣へ向かっていく。点数が低いせいか、そこまでのスピードは出ていないが、その程度で油断する島田たちではない。Rクラスの召喚獣操作能力は他のクラスとは比較にならない程に凄まじい。それこそ相手によっては十倍を越える点数をひっくり返してしまう程だ。

だから油断も満身もしない。自分たちが勝てるとたかをくくるなんてもってのほかだ。しかしそれだけの心の準備を呆気なく無駄にするかのように、島田たちの迎撃を掻い潜って明葉の刀剣が二体の召喚獣の体を捉えた。

 

「くっ!」

 

「いうっ!」

 

島田と姫路が苦悶の声を漏らす。それからも島田たちは明葉の召喚獣に何とか対象しようと召喚獣を操作するが彼女たちの攻撃はことごとくかわされ、一方的に攻撃を受け始める。

 

「そんな……召喚獣の扱いも慣れてきて、点数の差も清涼祭の時より断然私たちが有利になってるのはずなのにどうして!?」

 

「一発、一発しっかり当てればそれで勝ちなのに……」

 

全ての攻撃が風が流れるように避けられ、当たったとしてもかする程度。それに対して明葉の攻撃はまるで吸い込まれるように島田たち二人の召喚獣の中心へと捉えられる。

 

「簡単なことよ。全ては経験値の差。召喚獣を使った操縦と戦闘のね」

 

段々とゆっくりと、しかし確実に島田と姫路の召喚獣を構成する点数が減っていく。そしてその時が来た。

 

「終わりです」

 

 

 

保険体育

 

 

 

 

 

Fクラス

 

島田美波 0点

&

姫路瑞希 0点

 

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

 

Rクラス ねこ 16点

 

 

 

明葉がその言葉を発すると同時に島田と姫路の召喚獣がポリゴン体となりその姿を消失させた。あまりにもあっさりと、呆気なく、戦闘は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

島田さんと姫路さんが悔しそうな表情を浮かべて部屋を退出してからしばらく。それからもここに到達した二年生、三年生のペアと数回戦った。お化け屋敷のギミック配置が判明した今、もう悲鳴による失格者はそこまで多くないようで、戦ってはまたすぐに次の戦いの準備をする。そんなサイクルが出来上がりつつあった。

 

「おい、吉井。あとどれくらいいける?」

 

ふと先程戦った三年生のペアに勝利すると、唐突にトランシーバーを通して高峯くんが話しかけてきた。

 

「残り二年生用の召喚獣が十一点。三年生用が十五点。どっちにしてもそろそろ厳しいかな。相手によるけど、あと一回か二回来れたら突破されると思う」

 

「召喚獣に慣れている三年どもの方が点数を削れてないとはな。島田、姫路ペアが原因か」

 

「うん。何だかんだ二年生の中で一番戦い慣れてるのはFクラスだと思うよ。姫路さんは点数も高いし、正直勝てたのはラッキーな部分もあったかな。これがお化け屋敷の中でなくて、普通の試召戦争なら負けてたかも」

 

今までの戦いで一番手強かったのが彼女たちだった。姫路さんの高得点による召喚獣のスペックと、島田さんの運動神経が反映された召喚獣の操作能力。更に他の二年生よりも試召戦争の回数が多いせいか、戦い慣れもしていて、何発か危ない攻撃をもらってしまった。持ち点が五十点では姫路さんの攻撃をまともに食らえば一発で負けていた為に戦っている途中は冷や汗が止まらなかった。

そんな感じで僕が将来、Rクラスの脅威になるであろう二人との戦いを振り返っていると……。

 

「おい、そろそろ次のお客様がおでましだ」

 

高峯くんからそんな通信が入って来た。

 

「誰?」

 

「二年の土屋康太と工藤愛子だ。そろそろ決めに来たらしい。第一チェックポイントの教科は保健体育。点数だけで言えば今までの奴らより一回りも二回りも上だがお前なら……いや、はっきり言って無理だな」

 

いや! そこは嘘でも「いける」って言おうよ!そんな早々から諦めないでよ!

いや、でも高峯くんの言っていることは正しい。確かにチェックポイント一での科目が保険体育である以上、ムッツリーニたちは最強の刺客だ。もう点数が十五点しかない僕に勝てる未来はない。

僕はここまでかと諦めたように体の力を抜いた時──

 

「大丈夫です吉井くん」

 

「はい、彩葉様のおっしゃる通りです」

 

春咲さんとメルさんからそんな応援の言葉が僕の耳に届けられた。なんと、彼女たちは僕を励ましてくれ──

 

「スケベ度なら吉井くんも負けてませんから!」

 

「明久様は土屋様にも、工藤様にも遅れを取らない程の嫌らしさを持っていると思います。自信をお持ち下さい」

 

「ちょっと!? 何その応援! 全然頑張れないんだけど!? むしろ負けたくなる勢いなんだけど!」

 

──てるのかどうか怪しいぞ! 聞いて負けたくなる応援なんて初めて貰ったんだけど!

そのようにクラスメイト二人による思いもしない言葉に僕が衝撃を受けていると、ここ一時間程で聞き慣れた音が聞こえてきた。それは足音だった。暗闇の中を這うように進む足音。それはつまりここに誰かが近づいていると言うこと。そこで僕は思い出した。少し前に聞いた高峯くんの言葉を。

 

「い、いらっしゃい。土屋くん。工藤さん」

 

吉井明久から麻名明葉への切り替わりがスムーズに行うことができず、少しキョドってしまったが、この暗闇のおかげで目の前に現れた二人、ムッツリーニと工藤さんには気づかれなかったようだ。

僕は違和感を悟られないよう、苦し紛れにウィンクをふたりに飛ばした。それによりムッツリーニがブッと鼻血を噴出させた。

 

…………正直、何か複雑だ。

 

「むっ、だからそう言うのはボクのポジションだって言ったのに」

 

僕とムッツリーニのやり取りを見て、工藤さんはお株を奪われたと頬をぷっくらと膨らませる。

 

「ごめんなさい。つい……ね」

 

工藤さんはどうも麻名明葉(ぼく)がムッツリーニに色仕掛けをすることが面白くないらしく、このようにささやかな抗議をしてくるのだ。あまり工藤さんに嫌われたくないのでこれからは控えよう。

 

「さて、無駄話も程々に始めましょうか」

 

あまりここでだらだらしていても仕方がないと、僕は一つ柏手(かしわで)を打つように手のひら同士を叩き、音を鳴らす。それによりこれから行われるであろう戦闘へと意識が切り替わったのか、二人の表情が引き締まる。

 

「「「『試獣召喚(サモン)!』」」」

 

 

こうして麻名明葉として最大の山場を僕は迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった!」

 

「……勝利」

 

正直に言おう。瞬殺だった。何もすることができずに僕の召喚獣は砕け散った。いや、正直保健体育におけるこの二人の点数が異常なだけだ。麻名明葉として使っている召喚獣にはフィードバックが働いていないが、もしこれが吉井明久の召喚獣だったらと思うと考えるだけで恐ろしい。数十倍の点数差によって生み出されるフィードバックの痛みなど死刑宣告と何ら変わりはない。

まあとにかくこれでやっと“麻名明葉”としての役目は半分ほど終わったのだ。正直、僕は彼女になることが好きではないので、始めに脱落できる第一チェックポイントに配属されたのは良かったと考えるべきだ。

 

「おめでとう。でも四つあるチェックポイントの中で私は最弱。次からが本番よ」

 

僕は勝者にふさわしい言葉を送ろうと思ったが、いい言葉が思い浮かばずに適当な言葉を彼らに投げつけるようにして告げた。

 

「……なんだかそれ、どこかで聞いたことのある台詞だね」

 

言った後で僕もそう思った。

 

「さて、では先へと進んで頂戴。どうやらもうすぐ三年生のペアもここへ来るそうだから」

 

僕は工藤さんとムッツリーニに先へと続く通路を明け渡す。

 

「ありがとう」

 

「……先へ行く」

 

二人は一言ずつそんな言葉を残し、奥の道へと歩みを進め、この部屋から姿を消した。

さて、あとは三年生だけだと僕は正面を見据えて気を引き締め直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ったか」

 

「お疲れ様です、吉井くん」

 

「お疲れ様です、明久様」

 

結局あれから三年生にも敗北して僕は春咲さんたちの元へと戻ってきた。麻名明葉としての役割はここで終わりだけど、まだ本来の僕としてチェックポイントを守る役割がある。でもそれはまだまだ先になると僕は考えている。だって第二チェックポイントに到達するには、どこにどう言った仕掛けがあるか分からない道をまた通らなければならないからだ。

 

「ただいま、皆。それで、今どんな感じ?」

 

僕は三人に近づいてモニターを覗き見る。

 

「土屋様と工藤様のペアがまだ先へと進んでいます。正直、このままでは不味いかと」

 

「えっ? まだこの二人、失格になってなかったの?」

 

僕は目を大きく見開いてモニターを食い入るように見つめる。そこには様々な仕掛けを余裕綽々にスルーして進んでいくムッツリーニと工藤さんの姿があった。まさかこの二人がここまでホラーに耐性があったなんて知らなかった。でも確かにこのままだもこのペアによって仕掛けが見破られ続けたりしたらお化け屋敷で相手の人数を減らすことができなくなってしまう。ましてやこのまま第二チェックポイントまで到達されたら目も当てられない。

 

「チッ、第一チェックポイントのフィニッシャーにこのペアを使ったのはそのまま勢いづかせて指揮を上げる為か」

 

高峯くんは忌々し気にそう呟いて何かを考えるように目を閉じた。しばらくそうした後、パソコンに体の正面を向ける。

 

「…………しかたねぇ。使うか」

 

使う? 何を使うのだろうか? 僕は疑問符を浮かべる。高峯くんはそんな僕の疑問を尻目に何かをパソコンに打ち込んでいく。

そして高峯くんが指を止めた瞬間、ムッツリーニたちの前に真っ白な着物を着た女性が現れたことに僕は気がついた。頭には白い三角形の白い布が張り付けられており、顔の造形は非常に整っている。

いや、と言うかこの女性って……。

 

「……メルさん?」

 

うん。やっぱりメルさんだ。メルさんが幽霊のコスプレをしているようにしか見えない。これでは怖いどころかむしろ可愛らしく思えてしまう。流石にこれでこの二人を失格にするのは難しいんじゃないかな? と思っていたのだが、それが浅はかな考えであったことを僕はその直後に理解することとなる。

なんと突然、幽霊メルさんが身に纏っていた白装束を自ら剥ぎ取ったのだ。そしてそこから現れたのは水着姿のメルさ……ん? これ水着なのか? どちらかと言えば下着なような気が

 

「キャー!駄目です、吉井くん!」

 

「ぐぁぁあぁぁぁあぁぁ!」

 

唐突に春咲さんが僕に目つぶしを慣行する。突然目に襲いかかった激痛に僕は地面に転げ落ちてのたうち回る。

 

「ああっ!ごめんなさい吉井くん大丈夫ですか!?」

 

自分のやったことに気がついた春咲さんが急いで僕の頭を膝に乗せ、自分の手を添えるように僕の瞼を包み込んで介抱する。そのお陰か目に走っていた痛みが段々と霧散していく。それからしばらく、春咲さんの好意を甘んじて受けようとそのままの姿勢でじっとすることにする。後頭部から伝わる柔らかい感触が春咲さんの優しさを表しているようで、僕は思わず口元を緩めてしまった。

 

「ありがとう、春咲さん。もう大丈夫だよ」

 

もうほとんど痛みも退いてきたので、僕はそう言って体を起こす。

 

「いえ、すみません。とっさに体が反応してしまって」

 

いや、メルさんの尊厳を守る為には仕方がない行為だと僕は思う。春咲さんを責める気はない。それより心配なのはこんなことをした高峯くんと、被害者であるメルさんの様子だけど……。

 

「タカミネヒジリ、コロシマス」

 

やっぱりと言うべきなのか、メルさんの振り上げた箒を高峯くんがパイプ椅子で受け止めている図が出来上がっていた。何かもうメルさんに至っては殺戮ロボットみたいになってるんだけど……。

 

「おいおい、何いっちょまえに照れてんだぁ? パンツの一つや二つくらい見せても減りゃしねぇだろ。ちゃんと相手側のカメラに映らないように遠隔装置も着けたんだ。お前の下着姿を見たのはここにいるRクラスメンバーとあいつらだけ。これで文句はねぇだろ?」

 

「……タカミネヒジリ、ムゴタラシクコロシマス」

 

いや、余計に酷くなってるんだけど!

でも一応、高峯くんもこの仕掛けを行うにあたって配慮したらしい。まあ二年生側からすればカメラの映像が途絶えた瞬間、ムッツリーニたちが失格になっていることに何か文句を言ってきそうではあるけど。そこはまあ適当に言いくるめておけば大丈夫だろう。別に不正をしているわけではないんだから。

 

「駄目ですよ高峯くん! 女の子にこんな仕打ち!」

 

僕の介抱を終えた春咲さんが高峯くんに突っかかってきた。でも流石に春咲さんが高峯くんを正面から押しきれる可能性は……。

 

「あ゛?」

 

「ひうっ」

 

やっぱりそうなるよね。

 

「ま、まあ……き、ききき今日はこの辺りにしておいてあげます」

 

いや、完全に負けてるよ春咲さん! 声を震わせて僕の背中に隠れながらそんなこと言っても全然駄目だから! もう負け犬の遠吠えみたいになってるから!

 

「……まあとにかくあのペアは失格だ」

 

メルさんの攻撃と殺気を受け止めながら高峯くんはそう言う。流石、高峯くん。鬼畜と言う言葉が最も似合う男かもしれない。一度で敵にも味方にも多大なダメージを与えるなんてそうそうできるものではない。

だけど諸刃の剣と言う言葉がぴったりなこの仕掛けのお陰で第二チェックポイントを死守できたのだ。それはそれで良かった……のかな? 僕はそんなことを思いながら、未だにモニター上で血を流し続けるムッツリーニに合掌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次のチェックポイントはメルさんです。


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第二チェックポイント『ワーメルト・フルーテル』

ムッツリーニたちのペアを失格にできた僕たちだったけど、あの二人によってお化け屋敷の仕掛けを大半見破られてしまった。そのせいで僕たちの予想よりも遥かに早く第二チェックポイントへの到達者が現れた。二年生も三年生も、次々とチェックポイントに到達して、それをメルさんが撃退する。今の戦況はそんな様子だった。第一チェックポイントまでの戦いとは対照的で、明らかにこちらが不利と言ってもいい状態だ。

でも僕はその戦況に一つの違和感を覚えていた。

 

「あれ? 二年生と三年生が見ている映像ってそれぞれ別物だよね。何で三年生たちがここまで仕掛けを見破ってるの?」

 

そう。三年生たちはまるでムッツリーニたちの映像を見ていたかのように、先々の仕掛けを把握していた。でなければここまで三年生が易々とチェックポイントに到達できる筈がないのだ。そんな意図せず沸き上がった僕の疑問に口を開いたのは春咲さんだった。

 

「……彼ら、映像を共有していますね」

 

「映像を共有?」

 

僕は春咲さんの言葉を聞き、首を傾ける。

 

「はい。恐らく何らかの方法で二年生は三年生の映像を、三年生は二年生の映像をお互いに拝見できるようにしているみたいです」

 

なるほど。それで三年生もここまで来ることができたのか。向こうも僕たちに勝つ為、色々と考えているみたいだ。僕がそんな春咲さんの言葉に納得していると高峯くんが愉快そうに口角を上げ、モニターに鋭い視線を向けた。

 

「ククッ、いがみ合ってた筈の奴等が仲良しこよし手を組むとはな。どうやらお相手さんは何が何でも俺たちに勝ちたいらしいぜ」

 

確かに。あれだけ嫌い合っていた二年生と三年生が協力し合うなど、あまり考えられなかった事態だ。恐らくだけど、こうでもしないと僕たちには勝てないと頭の隅で察したのかもしれない。でなければこうもあっさりと協力体制を組むことはできなかった筈だ。現に今の所、僕たちが有利にある状況だ。二年生と三年生は三分の二程の戦力を失っているのに対して僕たちはまだ第一チェックポイントしか通過させていない。今は少し押され気味だが、全体を通してみると、まだまだ僕たちが優勢だ。

あと僕の予想ではあるけど、高峯くんはそんな風に必至に抗ってくる敵チームを敗北させた時のことを考えて愉快そうに笑っているのだと思う。

 

「おい、ワーメルト。もうすぐ二年のB、Cクラス代表ペアがチェックポイントに到達する。準備はできてんだろうな?」

 

『愚問です。誰にものを言っているのですか?』

 

通信機からメルさんの済ました返事が返される。

えっと、二年生のB、Cクラス代表となると……根本くんと小山さんか。まだメルさんの残り点数が半分を切っていないところを考えると、恐らくこちらの勝利は揺るがないと思う。でもよく小山さんが根本くんとペアを組むことを了承したなとそんな疑問が沸き上がってしまう。多分だけど、単純に点数の高い人とペアになりたかっただけだと思うんだけど……その真意は謎だ。

僕がその謎を紐解こうと頭を捻っている時だった。

 

『ようこそ、お越しくださいました。私、Rクラスの一員、ワーメルト・フルーテルと申します』

 

メルさんの自己紹介がスピーカーから聞こえてきた。それに反応する形で僕はモニターに目を向けた。するとそこにはメルさんと対峙する形で部屋に並んで立つ、根本くんと小山さんがいた。どうやら対戦相手がチェックポイントにたどり着いたみたいだ。

 

『……羊の仮面。貴方、そんな名前だったのね』

 

『はい、ご紹介が遅れ申し訳ありませんでした』

 

どうやら小山さんはメルさんの名前を知らなかったようだ。確かにRクラスは人数誤認をさせる為や、情報を黙秘させる為に仮面を付けて試召戦争に参加することがほとんどだ。戦闘になった時も仮面の動物が名前の代わりに記述される為、小山さんのようにRクラス生徒の名前を把握していない人は少なからずいるはずだ。まあ、僕は全校生徒に名前も顔も割れているようだけど。

 

『ふん、お前の名前など今さらどうでもいいことだ。俺たちはとっとと先へ進みたい。そして今度こそお前たちRクラスに敗北と言う文字を刻ませてやる』

 

根本くんも何やらやる気を出している。多分だけどRクラスに一度でも土を着けられるかもしれないと言う理由と、小山さんの前だからと言う二つの理由があるからだと思われる。

 

『これは失礼いたしました。では早速始めさせていただきます』

 

メルさんが戦闘体制を取り、それに習って根本くんと小山さんが同じように姿勢を低くする。

 

 

『『『試獣召喚(サモン)!』』』

 

 

 

Bクラス 根本恭二 256点

 

&

 

Cクラス 小山友香 198点

 

 

 

 

 

 

 

VS

 

 

 

 

 

 

 

Rクラス ひつじ 28点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『随分と点数が減ってるわね』

 

『ここにご到着なされた皆様がとても勇敢な方々でしたので』

 

『よくもまあそんな口がたたけるな。その口を今すぐにでも閉ざさせてやる』

 

そんなやり取りが画面越しに交わされるが、メルさんの点数がこれだけ削られているのは仕方がないことだ。正直に言ってしまえば、Rクラスの中でメルさんは召喚獣の扱いが一番下手だ。それはそうだろう。僕の場合は労働を春咲さんは研究を召喚獣で行ってきたが、メルさんは違う。この間まで試験召喚獣システムとは無縁の生活を送っていて、更には本業がメイドなのだ。普通に考えればそれは当たり前のことだ。まあ、初めから異様な操作能力を発揮した高峯くんと言う例外はいるけど。

でも、勘違いして欲しくないのはその話がRクラスの中だけでの話だと言うこと。それが学園全体となると──

 

『ッ! 早い!』

 

完璧(パーフェクト)メイドのメルさんは当然学園のトップクラスに位置する。

根本くんと小山さんの召喚獣がメルさんの召喚獣に怒濤の攻撃を仕掛けるが、それは呆気なくメルさんにかわされてしまう。

 

『流石、クラス代表と言ったところですね。しかし甘いです』

 

次の瞬間、クラス代表二人の召喚獣はメルさんの攻撃によって点数を減らされていく。小山さんと根本くんの攻撃はメルさんの召喚獣を避けるように空を切り、逆にメルさんの攻撃は小山さんたちの召喚獣に面白い程当たっていく。

 

『何故だ!』

 

根本くんが悔しそうにそう叫び、小山さんがそれに同意するよう下唇を軽く噛む。

しかしそれでも状況は変わらない。メルさんの召喚獣に大きな損害を与えられることなく、二人の点数は少しずつではあるが、確実に減っていく。

そして呆気なくポリゴン体と化して空気中に消えてなくなってしまった。

これでメルさんの勝ちが確定した訳だけど……。

 

「小山さんと根本くんがペアだったのは少しびっくりしたな」

 

少し前に見かけたRクラス前での騒動を思い出すと、あの二人がペア組むなんて発想は生まれない。何がどうなってああなったのか不思議なところだ。しかし僕のそんな疑問にあっさりと答えを提示してきたのは春咲さんだった。

 

「簡単なことです。今、BクラスとCクラスが同盟関係にあるからです」

 

「えっ!?そうなの?」

 

それは知らなかった。

 

「どうしてもRクラスに一泡ふかせたい小山さん。そして彼女に好意を抱いている根本くん。そんな思惑を持つ二人に対して私たちが発表した複数クラスでRクラスに挑戦できる権利が舞い込んでくればそうなるのは不思議ではありせん」

 

春咲さんに言われて気がついた。そういえばこの前の試召戦争ラッシュでCクラスとBクラスが一緒に戦いを申し込んで来ていたことに。つまり小山さんはBクラスとの関係を密接にするために、根本くんは小山さんへの好意を得るためにお互いペアを組んだと言う訳だろう。

なぜだろうか? こうして考えてみると少し根本くんが可哀想な気がしてきた。

悪女に利用されている男と言う構図が自然と浮かび上がってくる。

 

「まあ、僕からは何もできないんだけどね」

 

そんな呟きと共に、僕は地面に膝をつく根本くんを画面越しに見やった。その姿を見て不憫だとは思うが、僕たちは学年の──いや、学校の頂点に立つクラスなのだ。勝ちを譲るわけにはいかない。

 

──あわよくば、根本くんにはまた小山さんと付き合って貰いたい。

 

僕はそんな、ある意味で根本くんに対して無責任な言葉を頭に思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

根本くんたちとメルさんの勝負が終わって十分程後、僕と高峯くんは口を半開きにしながらお化け屋敷内を映すモニターを見ていた。それは端から見たらさぞかし奇妙な光景に映っただろう。僕はともかく、あの頭脳明晰な高峯くんがこんなまぬけとも言える表情を見せることは滅多にない。と言うかクラスメイトの僕ですら見たことはなかった。

それ程までに異常な現象を引き起こしているのは僕たちが目にしているモニターにあることは誰にでも分かるだろう。

何故ならば──

 

『ケキャキャキャキャキャ!』

 

ミュータントとも、未確認生物(UMA)とも取れる謎の生物がお化け屋敷を怒濤の勢いで進撃している様がモニターに映し出されているからだからだ。それは何やらドリルの形を模した角らしきものが二本頭に揺らめいて、大きく開いた口と、ギラギラとした瞳が特徴的な生物だった。その異常な邪悪さから周囲の空間が歪んでいるようにすら見える。

 

「…………あの、高峯くん。いつの間にあんなギミック導入したの? 試運転で僕たちが入った時、あんな仕掛けは無かったと思うんだけど」

 

しばらく思考を放棄していた僕だったが、考えられる一番高い可能性を僕は口にした。いや、可能性的にこれしかあり得ないとしか……。

にしても流石は高峯くん。こんなにもおぞましい怪物のモデルを一晩で作ってしまうとは。

僕は身勝手な推測をそのように納得していたが、それは──

 

「…………奇遇だな吉井。俺も見た覚えはないし、更に言えば作った覚えもない」

 

高峯くんの一言で全て破綻した。

ふむ。と言うことはつまり……。

 

「…………あれ? これ本物? 本物が出ちゃった?」

 

自然と頬がひきつっているのを自覚する。確かに恐怖を詰め込んだおもちゃ箱のようなお化け屋敷ではあるが、まさか本物が現れるとは思わなかっ──

 

『オネエサマ。イマ、ミハルガムカエニイキマス』

 

「いや、これもしかすると清水さんじゃない!?」

 

声が歪んでいて聞き取りずらかったが、確かに今、“ミハル”と聞こえた気がする。それに“オネエサマ”とも。このキーワードから察するに、恐らくこのモニターに映っている化け物は『二年Dクラスの清水美春さん』だと思われる。

 

「おいおい吉井、冗談はよしやがれ。これが生きてる人間とでも言う気か? 流石にそれは──「オネエサマァァァ」……何でもねぇ」

 

どうやら高峯くんも納得してくれたみたいだ。

 

「あの、これどうなるの? このままいくとメルさんの所にたどり着きそうなんだけど」

 

と言うのもこの怪物──もとい清水さんは何故かペアがいない。作戦として一人なのか、それともパートナーに何かしらあったのか。ともかくとして清水さんは一人だった。

 

「ルール上は問題ねぇが、二人でないとチェックポイントは通過できない。逆に言えば、通過さえしなければ失格にはならないってことだ。つまり……」

 

「つ、つまり?」

 

「このまま行けば、この化け物とワーメルトのタイマンってことだ」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「いや、よく分からないけどそれは不味いんじゃない!?」

 

まず出てきた感想がこれだった。今の清水さんは何やら普通とは違う謎のパワーを感じる。悪魔にも邪神にも似た今の彼女にはどんなものですら通用しないように思えた。それは例え、メルさんであっても例外ではない。

僕がそんなことを考えている時だった。メルさんと連絡をする為の通信機から何やらボヤッとした機械音が鳴った。これはメルさんから僕たちに通信を繋いだ合図だ。案の定、すぐにメルさんの声が通信機から聞こえ始める。

 

『もしもし、こちらワーメルトです。高峯聖、何やら通路の奥から呪怨のような声が聞こえ──』

 

そこで通信は切れた。いや、正確にはこちらから切ったと言うべきだ。高峯くんの手によって。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

僕と高峯くんの間で奇妙な間が形成される。それは僕が今までに経験したどんな空白の時間とも異なる間だった。そんな空白を打ち破ったのは高峯くんが拳で机を叩く音だった。

 

「クソッ! もう俺たちじゃどうすることもできねぇ。ここはアイツの犠牲を糧にするしか……ない」

 

取り繕ったとしか言えない唐突な台詞。それはあまりにも不自然だった。

 

「いや! 流石の僕でもそんなのじゃ騙されないから! 明らかに高峯くんが通信を切ったよね!」

 

「それは幻覚だ吉井。謎の力によって何故か通信が切れた」

 

「駄目だこの人!」

 

このままではメルさんが危ない! 主に高峯くんのせいで!

 

「仕方ない、こうなったら僕が!」

 

メルさんに危険を知らせようとしたところでそれは聞こえてきた。

 

「キャーーーーーー!」

 

…………どうやら既に手遅れだったらしい。

メルさんの悲鳴は珍しいので、それを聞けたのは少し得した気分だが、それ以上に何か大きなものを失った気がした。

僕が自分の無力感にうちひしがれていると、唐突に僕の制服の袖が引っ張られる。その方向へと視線を向けるとそこには怯えた表情で僕を見つめる春咲さんがいた。

 

「…………吉井くん。少しだけでいいので近くにいてもいいですか?」

 

どうやら春咲さんは清水さんの姿に怯えてしまったらしい。どうりでずっと無言だったわけだ。

 

──これは後で荒れるなぁ。

 

僕は近い将来起こるであろうメルさんと高峯くんの喧嘩(出来事)を頭の片隅に浮かべながら、春咲さんの頭にそっと手を添えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何故、清水さんがこうなったのかは次話で。


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