東方超人記 (銀剣士)
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第一話

「……ここは……どうやら三途の川の様じゃが……」

 

ごつごつとした岩や小石で些か歩きにくい筈のその川原、それを一切感じることもなく進んでいくと、視界に桟橋と一艘の小さな舟が目に入る。

 

「ふむ……これは渡しの舟かの?」

 

川面に揺れる小舟、見たところ船頭は居ない、自分で漕いでいけと言うことなのだろうかと思っていれば、かなり遠くから一瞬で女性が姿を現した。

 

「やーゴメンゴメン、ちょっとさbじゃなくて、お昼食いに行ってたもんだから、あたいは小野塚小町、この舟の船頭やってる死神さ、あんたは?」

 

空けていた事を悪びれることもない彼女、小野塚小町に愉快な物を見たように笑いを浮かべ。

 

「風林寺隼人じゃ、短い付き合いじゃろうがよろしくのぅ」

 

「はは、それはあんたの出す渡し賃次第だよ」

 

担いだ大鎌の石突きを地面に突き、手を隼人に向けて差し出す。

 

「ふむ、いつの間にやら財布が懐に……これかね?」

 

「ああ、そいつで良いよ」

 

小町の言葉に隼人はがま口を空けて、小町の差し出した手の上でひっくり返す、すると滝のように一文銭が降り注ぐ。

 

「うわっ!? び、びっくりした……なんて枚数だ……これ程の渡し賃であれば、本当に短い付き合いになっちまうね」

 

「ほっほ、よろしく頼むわい」

 

 

 

 

舟に乗る前は対岸など見も出来なかった筈ではあるが……

 

「ほれ、向こうに立派な建物があるだろう? そこが所謂『地獄の裁判所』がある是非直曲庁さ、そこで爺さんの行き先が決められる、とは言えあれほどの功徳を生前に積んでたあんただ、地獄行きってのは無いんじゃないかね?」

 

気が付けば対岸に在り、舟から降りていた。

 

この頃には声も発せず、手足もない、単なる魂だけの存在となっていた事に、さして驚くこともない。

 

死して川を越えた、ならば現世を模した姿など最早無用だろう、そう納得したものだ。

 

しばらく進めば吸い寄せられるように建物に入り、導かれるままに扉をくぐる。

 

そこでは一人の少女が様々な魂に行き先を示していた、その姿こそ少女であるが、その裁きは早く、しかし的確なのだろう、さして異議もなく順番が訪れた。

 

「風林寺隼人、享年……ふむふむ……」

 

暫し何かを考えて、少女は隼人に問い掛ける。

 

「貴方は既に『さとり』に至っている様です、いわば輪廻のために『死んだ』のではなく、釈迦牟尼仏のように解脱したと言えるでしょう」

 

そこまで言うと一息吐いて、改めて少女は隼人を見て。

 

「神仏として天界へと赴くか、現世に赴き信仰を得るか……如何致しますか?」

 

魂は人の形を取り、少女の前に姿を顕す。

 

それは生前、無敵超人と呼ばれたそのままの姿。

 

「そうじゃなぁ……一先ず閻魔殿の名前を教えて下さらんか?」

 

「これは失礼、私は四季映姫・ヤマザナドゥ、幻想郷界隈を担当する閻魔です」

 

風林寺隼人はふと気になった事を問う、すなわち『幻想郷』とは何かと。

 

映姫の説明は簡潔だった、簡単に言えば外……つまり生前住んでいた世界を追われた幻想の住民、妖怪や神仏、鬼や悪魔など、最早外では会えない者が住まう世界。

 

その中には、外では伝承や伝説として語られる、鬼もいると言う。

 

「有名処であれば、星熊童子と伊吹童子、茨木童子でしょうか」

 

「ほほぅ……有名処じゃな、しかし伊吹童子とは……酒呑童子と名乗ってはおらんのじゃな」

 

「そうですね、いずれもかつて『鬼』であった頃とは姿はすっかり変わってしまっていますので」

 

変わった姿について聞こうとしたところで、映姫から待ったが掛かる、彼女は未だ職務の上、いつまでも話し込む訳にはいかないと言うので、一端小町のところに戻り、幻想郷にある人が住まう里に案内してもらうと良いと告げる。

 

「それは良いが、人里となれば先立つものも要るじゃろ?」

 

金は一銭も持っては居ない、それでは茶も飲めないだろう。

 

「ああ、そうですね……では『博麗神社』に案内させますので、そちらで幻想郷について詳しく教わって下さい、勿論『鬼』に関しても、博麗の巫女であれば答えてくれるでしょう……『武神・風林寺隼人』殿、またいずれお会いできることを」

 

 

 

 

自身の足で川原に向かうと、一艘の舟が既にあった。

 

「や、映姫様から連絡は受けてるよ、博麗神社に行くんだね」

 

「うむ、先立つものが無いのでな、幻想郷の説明がてら世話になれればと、言うのが四季殿の考えじゃ」

 

「成る程ねぇ……しかし折角解脱に至って神にも仏にも転じられるって映姫様が仰ってたじゃないか、人間のままで良いってのは変わってるねぇ」

 

風林寺隼人、本来であれば武の神に転ずる筈だった、だが幻想郷と言う所には人が妖怪が神が……様々な者が暮らしていると聞きもした。

 

ならば神仏になど転じず、人のまま幻想郷を楽しみたい、そう言って人の頃であった肉体を得たのである。

 

「でもどうせなら若い頃の体になれば良かったのに、なんでじい様の体なのさ?」

 

「ほっほっほ、まぁこの体が一番しっくりくるんじゃよ、剣星……わしの友人であれば喜んで若い姿に戻るじゃろうがのぉ」

 

「ふぅん、まぁ今のじい様なら肉体年齢程度なんとでもなるさ、必要とあれば若くなれば良いよ」

 

便利なものだと笑った所で、二度と踏むことはなかった筈の三途の川原に到着、舟を降りたところで小町から一気に神社にいくかと提案があった。

 

「折角じゃしそうさせて貰おうかの、幻想郷の散策は巫女殿に会ってからでも遅くはなかろうて」

 

「そんじゃ、あたいの肩でも腕でも触ってな、一気に行くからさ」

 

言われるままに肩に触れると、景色が流れていき、石段の前に着いた。

 

「ほほう……結構な距離じゃったろうに」

 

「ふふん、あたいの能力『距離を操る程度の能力』は便利なものだろう?」

 

「じゃな、だからこそのサボり癖と言うのは如何かと思うが」

 

小町はその言葉に苦笑を浮かべることしかできずに、誤魔化すことに決めた。

 

「ほ、ほら、この上が博麗神社だよ」

 

「おっとそうじゃな、では行くとしよう」

 

ここまで一瞬とも言える早さで来た二人ではあるが、石段を踏み締める様にゆっくりと登っていく。

 

それはきっと隼人にとって一種の敬意を示すもの、何を奉っているのか解りはしないが、閻魔が此処に行けと言う以上重要な場所なのだろう、ならばこそ新参者が横着するのは石段まで、一歩、また一歩と、これから世話になるであろう神社の鳥居を目指す。

 

 

 

 

「……何か来るわね」

 

「あら、参拝客?」

 

「だったらこんな感じはしないわよ」

 

「んーだったら……」

 

「何よ?」

 

「新しく幻想の仲間になった、何か」

 

「……あんたの仕業じゃなく?」

 

「あら、何も幻想郷に来るのは、私の仕業だけでは無いわよ?」

 

「そうね」



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第二話

石段の先には立派な鳥居、そこから見える境内は清掃がしっかりなされ、参拝客を気持ちよく迎えてくれる……のだが。

 

「ふぅむ、ワシら以外に参拝客が見当たらんが……」

 

「ああ、ここは大概こんなんさ、それでも訪れる者が居ない訳じゃないけどね」

 

鳥居をくぐり、辺りを見渡すも誰が居るわけでもない、だが確かに気配は感じる。

 

「巫女殿は休憩中かのぅ?」

 

「ああ、と言うか基本的に暇してると思うよ、こっちに来とくれ」

 

社に向かわず、母家だろう建物に向かう小町のその先に、見慣れない紅白の装束を纏った少女の姿。

 

「暇してて悪かったわね、サボり魔」

 

ジト目で睨む少女に、小町は特に気にするでもなく隼人を紹介する。

 

 

 

 

「ふーん……閻魔様の紹介か」

 

「人里で食い扶持と住まいが見つかるまでで構わないのじゃが霊夢殿、どうかね?」

 

事情の説明に合わせて、互いの自己紹介を済ませ、紅白の変型巫女装束を着た博麗霊夢の返事を促す隼人に。

 

「まあそれは構いませんよ、紫あんたも構わないわよね?」

 

そう快い返事をする霊夢は、隣に座る金髪の美女、八雲紫に問い掛ける。

 

「まぁ反対する理由もありませんが、里での暮らしに目処がたてば即時そちらに居を移してくださいな」

 

「うむ、それは違うこと無く約束いたそう」

 

そう言葉にして、隼人はこれから暫し世話になると霊夢と紫に頭を垂れる。

 

それに応える様に霊夢達も頭を垂れ、これからの事、何より幻想郷について詳しく教える運びとなった所で、小町と紫は帰っていった。

 

「さて、先ずはこの幻想郷という場所についてですが……」

 

成り立ちや特性、それから妖怪等人外の者と相対した時の事を、霊夢が語ったとき。

 

『やーそのじい様には無用の心配じゃないか?』

 

霧が萃まり、二本の角を生やした少女が姿を顕す。

 

「あら萃香、それはどうい……う……っ!?」

 

「先ずは自己紹介と行こうか、私は伊吹萃香、ご覧の通り鬼だよ」

 

そう口にする萃香から、一度も感じたことの無い威圧がのし掛かってきた。

 

自分がこうなのだ、客であり、今日から暫くの同居人のお爺さんは……と、どうにか目を向けると、平然と否、何処か楽しそうに茶を啜る姿が映る。

 

(ウソ……でしょう……なんでこんな……平気なの……!?)

 

意識がいよいよ飛びかけたとき、不意に威圧は止み、何時ものように瓢を傾けて中の酒を飲む萃香が、霊夢に向かって済まないねと呟いた。

 

「流石は伝説に読まれる伊吹童子、いや、伊吹萃香殿とお呼びした方が良ろしいかな?」

 

「萃香でいーよ、言葉もそんな気にしなくても良いさ、気楽にいこーぜ、じい様」

 

「く……全く……何なのよ今の……」

 

どうやら先程ので参ってしまったのか、ようやと身体を起こす霊夢に、萃香は悪びれず。

 

「気当たりさ」

 

とだけ告げて、もう何度目か傾けた瓢に蓋をして床に置く。

 

「じい様、弾幕ごっこと幻想郷に於ける決闘ルールに関して説明は受けた?」

 

「うむ、じゃが……ワシもせんといかんものか?」

 

説明によれば弾幕ごっこは女子供の遊びの延長だろう、第一隼人に弾幕を出せる気がしなかった。

 

実を言うと霊夢はこれに関してしなくても良いんじゃないかと思っていた、だが先程萃香の『気当たり』を平然とどころか笑みを浮かべる程の人物だ、いざ人外との勝負になった場合、戦えてしまうのではないか、そうなれば……

 

(……一応、教えた方が良いかしら?)

 

霊夢の代になって、幻想郷の人と人外の関係は大きく変わったと言える。

 

以前のように人が妖怪等を恐れることに代わりはないが、それでも殺し殺されと言うのは、人の目に映る前では少なくなった。

 

それは一重に今代博麗の巫女、博麗霊夢に因るところが大きい。

 

幻想郷に於て、人は幻想の住人にとって『糧』である、それは信仰、恐怖、そして血肉と様々に。

 

霊夢によってもたらされた『弾幕ごっこ』以前は、血で血を洗う、殺伐とした世界……とまではいかないだろうが、それでも人が、女子供が里の外を出歩くには少なくとも手練れの男が数人着いていなければいけないと決められていた。

 

妖怪側の視点で見ても、弾幕ごっこのルール制定は有り難いものと言える、弾幕ごっこのルールでつく決着は、弾幕の美しさという点もあり、力があれば良いというものでは無くなった。

 

中にはこれまで通り人を襲う妖怪等も居るが、そういった者は霊夢に警告(手ずから下す事もある)を受け、尚続くのであれば紫の出番となる。

 

「ま、あれじゃな、郷に入りては郷に従えとも言うし、必要であると霊夢殿が判断したのなら、教えてくださるか?」

 

「解りました、では明日から早速」

 

力で妖怪等に抗えるのであれば、それは最早妖怪同士のぶつかり合いである、それは、今の幻想郷では、遠慮してもらいたい。

 

「じい様、弾幕覚えたら私とやろう、ケンカもしたいけど、そっちは場所選ぶ必要あるからさ」

 

「場所選ぶって……萃香、あんた全力でやるつもり?」

 

「とーぜん!」

 

ふんっとふんぞり返った萃香の頭上の空間が裂け、夥しい目が見えると、そこから帰った筈の紫が姿を見せ、萃香にげんこつを落とす。

 

「ダメに決まっているでしょう、幾ら貴女の気当たりを受けて平然としていても、幾ら自身の意思で神仏に変生出来たとしても、彼は人なのですよ?」

 

結構な威力があったのだろう、頭を押さえて蹲りながら萃香はそれでも反論する。

 

「だからこそ、鬼の私が全力で戦いひゃひゃひゃ……」

 

「だから、ダメだっつってんでしょ、やるなら私と紫で結界張るからその中でやんなさい」

 

鬼の全開など、地上の妖怪を触発させるに十二分である。

 

「良いの?」

 

「ただし、風林寺さんの生活が安定するまではダメですからね?」

 

釘を指す紫にやや恨めしげな視線を向けるが、仕方なしと自己で治め、瓢の蓋を外して中の酒を煽る。

 

「よし、じゃあ……人里に行ったら先ずは上白沢慧音って、寺子屋で先生やってる女に会いなよ、人里で一番顔が利くから、色々世話になるだろうさ」

 

「上白沢慧音殿じゃな、あい解った」

 

『んじゃ、やりあえる日を待ってるよ』

 

霧となった萃香は、その言葉を残して姿を消した。

 

「では霊夢、風林寺さん、私もお暇致しますわ、またお会いしましょう」

 

「おお、八雲殿一つお伺いしたい」

 

空間に見える目の世界に踏み入れる紫に、隼人はその空間は何かを訊くと快く答えてくれた『これは、スキマですわ』と。

 

「……さて、気を取り直して、風林寺さん」

 

「何かな?」

 

「幻想郷にようこそ」

 

「暫く世話になりますぞ」



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第三話

明くる朝、境内の掃き掃除を買って出た隼人の前に、萃香がちり取りを持ってしゃがんでいた。

 

「……何やってんの?」

 

食事の用意を済ませて、隼人を呼びにきた霊夢が見たのが正にそれ。

 

「何って……ちり取り持ってしゃがんでるんだけど?」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

「まあまあ霊夢殿、手伝ってくれると言うんじゃし甘えても良かろうて」

 

朗らかに笑う隼人に毒気を抜かれた霊夢は小さくため息を吐き、仕方ないと言い、萃香にも朝食を用意すると伝えて戻っていった。

 

「おー……これは隼人のお陰かな?」

 

「ほっほっほ、さてどうかのう? ほれ、あと一息じゃ、終わらせて朝食に行こうか」

 

掃除を再開後、ふと影が射し隼人は空を見やる。

 

「でけぇ!?」

 

そこに居たのは、箒に腰掛けて宙に浮く、黒を基調としたエプロンドレスにも似た服を着た金髪の少女。

 

(ふむ、魔女っ娘か、漫画やらの世界にしか居なさそうなものじゃが、流石は幻想郷と言ったところか、しかし……初見の相手に『でけぇ』と言う辺り、なかなかお転婆な娘のようじゃな)

 

等と考えてる間に、白黒の魔女っ娘は隼人の前に降り立っており、箒を片手に自己紹介を始めた。

 

「私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだぜ」

 

「儂は風林寺隼人、今日から暫くここで世話になるじじいじゃ、よろしくのぅ」

 

互いに歯を見せて握手を交わす二人ではあるが、その体格のあまりの違いに、何処か滑稽に見えて笑みが浮かぶ萃香。

 

(しかし……隼人の体格に近いとなると……鬼位にしか居ないんじゃないかな?)

 

もしくは、幻想郷に散らしたままの己を萃めて大きくなるか。

 

さておき魔理沙は持ち前の明るさと人懐っこさで、隼人と既に仲良くなっているようだ。

 

「ほう、魔理沙ちゃんは霊夢殿と親友と」

 

「霊夢に殿なんて付けなくても良いんじゃねーかな?」

 

「世話になっとる身じゃて、敬意を払わんとな」

 

かってーの、と言いはするものの、そういう人間は里に多いことも知っているからか、さして気にすることでもないと切り替えて、魔理沙は隼人に肝心の霊夢の居場所を問うが、返したのは萃香。

 

「霊夢なら朝食の仕度してるよ、私も食べてくから魔理沙もどう?」

 

「勿論相伴にあずかるんだぜ」

 

「あんたらそう言うのは家主から言われて決めなさいよ」

 

呆れたと言わんばかりの口調ではあるが、諦めても居るのだろう。

 

「魔理沙の分もあるから、食べるなら上がんなさいよ」

 

しっかり用意をしていたようだ。

 

「優しいのう、霊夢殿」

 

「あんなのでも友人ですから」

 

隼人に向けられたのは、満面の笑みだった。

 

 

 

 

「弾幕ごっこなら私も教えられるぜ?」

 

朝食後のお茶一杯を楽しむ最中、隼人の今日の予定を聞いた魔理沙からそんな言葉が飛び出した。

 

「あんた教えながら弾幕ごっこ出来るとか考えてんじゃないでしょうね?」

 

「そ、そんな事はないのぜ?」

 

あからさまな態度にため息を溢す霊夢に、隼人は実戦で鍛えると言うのはよくあることだと言うと。

 

「基本となる弾幕を教えてくださるか、霊夢殿」

 

そう続けた。

 

実戦で覚えると言っても基本的な事、この場合弾幕を放つ事が出来なければ意味がない、ならば先ずは霊夢との約束を果たしてからと、魔理沙に伝えると。

 

「解った、それまでは萃香と弾幕ごっこやってるぜ、良いよな?」

 

「やる理由もやらない理由も無いから良いよ、遊ぼうか」

 

そう言って二人は空高く舞い上がる。

 

「霊夢殿、弾幕ごっこは空でやるものなのかね?」

 

それを見た隼人の当然の疑問、それを霊夢はあっさり肯定した、基本的には……と。

 

「儂、飛べんよ?」

 

弾幕ごっこ以前の問題だった事が今解り、霊夢による空を飛ぶ為の訓練に切り替わったのは、言うまでもない。

 

因みに、食らいボムで辛うじて萃香を倒した魔理沙がこの事を知るのは少し後である。

 

「うーん、私は能力で飛んでますし、魔理沙も魔法ですから……あ、風林寺さんは『気』を扱う事って出来ますか?」

 

「『気』のう……こう、漫画等のようには扱えはせんが、まあ使えるよ」

 

「でしたら『紅魔館』と言う館の門番をしている『紅美鈴』を尋ねましょうか、彼女であれば或いは……」

 

こうして、空を飛ぶ練習は見送られ、紅魔館を訪ねるのは後日と言うことにして、隼人は人里へと向かうと霊夢に告げた。

 

「人里行くんなら私も行くよ、丁度好んで飲んでた酒が切れちゃったんだ」

 

「ん、伊吹瓢の鬼の酒じゃダメなのか?」

 

そう聞いてきた魔理沙に、萃香は人の作る酒の美味さを説いた、伊達に伝説に謳われる酒呑童子ではないのである。

 

「私は仕事あるから行けないわ、萃香、風林寺さんよろしく」

 

「ああ任された、魔理沙もどうだい?」

 

誘う萃香に、魔理沙は一瞬渋い顔を見せるも、たまには良いかと答え、人里には三人で向かうこととなった。

 

 

 

 

「良いところじゃな、空気も爽やかじゃ」

 

生前住んでいた世界では、田舎も田舎に行かなければ見られない日本の景色。

 

時折向けられる殺気が無ければ尚良いのだが、それらは萃香が散らしてくれているのでまあ良いかと、隼人は景色を楽しむ。

 

「空から一望する幻想郷ってのも良いものだぜ」

 

「それは見たいのぉ、紅魔館の紅美鈴と言ったか、その者に空を飛ぶ術を教えてもらえると良いんじゃがなぁ」

 

「美鈴なら教えてくれると思うぜ、寝てさえなきゃ」

 

まるで起きている方が珍しいと言わんばかりである。

 

暫く進み、枝分かれした道に差し掛かると、魔理沙が案内を始めた。

 

「この道を向こうに行けば、命蓮寺っていう妖怪も仏門に入ってる寺があるぜ、気が向いたら行ってみるのも良いかもな」

 

「確か毘沙門天が本尊だよ、居るのは代理だけど」

 

本尊の代理とはまた面白いものだと、隼人は笑う。

 

「因みに和尚はすげぇ美人だぜ」

 

「ほっほ、それは里の男連中にさぞ人気がありそうじゃな」

 

そう口では言うが、やはり気になるのは本尊代理と言う者の実力だろうか、武と財の神である毘沙門天の代理を果たす者、その武に期待したいと思うのは、隼人も武人であるからか。

 

(出来れば弾幕ごっこではなく手合わせ願いたいのぉ)



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第四話

「着いたぜ、ここが人里だ」

 

開かれた門の向こうには、江戸後期から明治初期頃と見受けられる町の様子が伺える、町行く人々が纏うのは着物や着流し、洋服はまず見ない分、魔理沙の格好がやや浮いて見える。

 

だが町の人々がそれを見て何を言うでもなく、魔理沙達を歓迎するかのような優しい声で挨拶をして過ぎていく。

 

「そんじゃ私は酒買いに行くから、隼人の事は任せたよ」

 

「慧音の所だっけ?」

 

「そうそう、んじゃまた後で」

 

鬼が町を歩いて行く、それを気にすることもない住人達、彼女が受け入れられているのか、妖怪等が町に居るのが普通なのか、何れにせよ壊滅的に関係が悪い訳ではないようだ。

 

「じゃあ行こうか、こっちだぜ」

 

「うむ」

 

そんな町の顔役とも言える上白沢慧音と言う人物、果たしていかなる人物かと、想像するに中々難しい。

 

しかしそんな思考もさして長くは続く事はない、どうせ直ぐに会うのだからと、町並みを楽しむことにした。

 

 

 

 

案内されて着いたのは、そこに着くまでに見た建物とは違い、塀に囲まれたそこそこに立派な建物。

 

「ここで慧音は寺子屋を開いてるんだ」

 

成る程、それならこの規模の建物も頷ける、隼人が改めて建物を見ていると、もんぺ姿の少女が二人に近づいてきた。

 

「あれ、魔理沙じゃない、珍しいわね慧音に用事……は隣のお爺さん?」

 

「如何にも、儂は風林寺隼人、お嬢さんは?」

 

「藤原妹紅、ここの主の友人よ、それで慧音に用事があるんでしょ? 良ければ取り次ぐよ」

 

なら丁度良いと魔理沙は隼人を妹紅に託す。

 

「ちょっと用事があってね、悪いんだけど妹紅、後は頼むよ」

 

そう言うや元来た道を戻って行く、それを見届けて、妹紅は慣れた様子で隼人を迎え入れ、玄関で少し待っていて欲しいと言うと、そのまま上がり、奥に姿を消した。

 

ふと見渡すと飾られている戯画が目に映る、画かれているのは『聖獣・白沢』のようだが、寺子屋の玄関には果たして相応しいだろうかと思うところで、奥から妹紅が女性を連れて戻ってきた。

 

「お待たせいたしました、上白沢慧音と申します、妹紅より私に用がおありだと伺っております、客間までご案内致しますのでご用はそちらで改めてお伺い致します」

 

「これはご丁寧に、儂は風林寺隼人と申す、お邪魔致しますぞ」

 

 

 

 

通された客間で、隼人は慧音に自身の出来事とこれからを説明する、それに応じて慧音は幾つかの職場で人手が不足している心当たりがあると伝えると、隼人に得意な事を問う。

 

「得意なと言いますか、生前によくしていたのはやはり世直し旅ですかな」

 

「世直し旅?」

 

「世には法が裁かぬ悪に苦しめられる者が居り、そういった者達を救い、悪を裁く、そんな旅をしておりましてな、時に依頼と言う形で受けることも数えきれませんな」

 

この言葉を受けて慧音は少し考え、妹紅を先に庭に向かわせると着いてきて欲しいと言い、客間を後にする。

 

「上白沢殿、いったい何を?」

 

「紹介しようと思う仕事の、まあ面接でしょうか、ああそれと私の事は慧音で構いませんよ」

 

「ふむ……そう言えば、幻想郷に来てからと言うもの、名前で呼んで良いと言われてばかりでしてな」

 

「ああ、特にこの幻想郷では名のある者は妖怪等が多く、その傾向が強いみたいで……とこの庭で、風林寺殿には自警団への入団審査みたいな事を行いたいのです」

 

慧音の言葉が終わり庭を改めると、妹紅は準備運動を行っていた。

 

「彼女に勝てと?」

 

しかし返ってきたのは否定の言葉、正確に言えば『妹紅を倒さず半刻戦って欲しい』との事。

 

「貴方の言葉を信じれば、妹紅一人倒すのに一秒も要らないでしょう、ですがそれほどの武を常に振るわれると、自警団の者達に驕りが生まれてしまうかもしれません、それは良くない」

 

幻想郷は基本として現世で行き場を無くした存在が生きるための世界、人里があるのはあくまでも神仏や妖怪等が存在するために必要な『畏怖』や『信仰』等をもたらす為に必要だから存在している、言い方を変えれば『牧場』なのだ。

 

しかしそこは人が住まう場所、ただ殺られるのを黙っている訳ではないし、妖怪達にはその抵抗こそが最も必要な『栄養素』と言える。

 

幻想郷は全てを受け入れる、それは間違いない。

 

それでも、それは人と人外のバランスが壊れなければの話であり、人が人外に『畏れ』を抱かなくなってしまうことは、あってはならないと、慧音は語る。

 

「ふむ、しかしそうと言うのであれば、儂は自警団に入らない方が良いのでは?」

 

「遅かれ早かれ、里で生きていこうと思っている貴方が、自警団の目に映るのは時間の問題、ならばさっさと自警団に入ってもらい、対害妖ではなく里の治安維持に専念して頂きたい」

 

そこでこの試験だと言う。

 

「妹紅は蓬莱人と言って、老いも死にもしない存在ではありますが、身体能力自体は上位妖怪には届いていません、自警団の者達が数人でかかれば制圧出来る程度です、そんな彼女と『何とか戦える』程度の加減を得てくだされば、自警団の実際の入団審査も里の治安維持を専任とするなら一発合格かと」

 

「ふむ……成る程、中々難しい試験じゃな、攻撃をかわし続けるではなく、戦わなければならない、儂の加減が巧く無ければ成立せん……か」

 

「お手柔らかにお願いするよ、私も胸を借りるつもりで行くからさ」

 

準備体操を終えて、妹紅は庭のほぼ中央で構えを取る。

 

「ほっほ、こちらこそのぅ」

 

妹紅の正面に立ち、彼女を少し観察、その身体能力にある程度当たりをつけ、出した結論は『YOMIとの一連の事件に一旦区切りがついた頃の孫娘程度』であった。

 

(となると、里の自警団と言うのも中々出来るものが揃っとるようじゃが……さて、実際どれ程のものか)

 

「行きますぞ」

 

 

 

 

今回、妹紅は自身の能力は使わず、その身一つで戦うのだが、やはり普段とあるお姫様とやり合う時は、炎を用いた『喧嘩術』で闘っている事が多いからか、ついぞ炎を出しかけてしまう。

 

(参ったな、やりにくい)

 

炎を出せば必殺の機会を自身で逸すると言うのも、思った以上に負担がかかる。

 

(これはアイツとの殺し合いじゃない、あくまでも手合わせ、審査の練習だ、普段通りはダメ……!)

 

普段と違う、それは隼人も同じ。

 

幾ら武の神仏に転生出来る程の功徳、研鑽を積んだ隼人と言えど不老不死とは闘ったことはない、その者が孫娘程の身体能力を持ち、その深みは孫娘以上となると尚の事。

 

(死を意識しない、肉体へのダメージ等お構い無し、動の者特有のリミッターが外れ、常に暴走しているようなもの、それを完全に操っておる……やはり、やりにくい)

 

隼人の場合、加減を間違えられないと言うのもあり、余計に闘いづらいのだろう。

 

互いがぎこちない闘いをこなし、それでも時は過ぎていく。

 

「そこまで!」

 

慧音の凛とした声が、庭に渡る。



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第五話

「いや、まさかこれ程とは思いませんでしたな」

 

慧音から渡された手拭いでかいた汗を拭き取りながら、隼人は先程の手合わせの感想を率直に述べる。

 

身体能力だけで言えば確かに孫娘程度、しかし技の練度や動の気を暴走させたまま戦う等といった辺りは、本当に驚いた。

 

「伊達に千年以上闘いに身を投じちゃいないよ、と言っても驚いたのは私も同じ、まさか人間の寿命、高々百年に満たない命で、よくまぁそんな領域にいったものね」

 

「ほっほっほ、一度は修羅の、孤高の果てを見てきましたのでな、そういう意味では人生を二回経験している様なものじゃ」

 

妹紅はこの言葉に驚きを禁じ得ない、孤高の道とは一つ間違えれば修羅の道、彼は孤高の道の果てを見てかつ正道を歩み、この領域に着いたのだ、果たして永遠を生きる自分にも出来ることだろうかと、妹紅は思う。

 

「おおそうじゃ、妹紅殿」

 

「妹紅で良いよ、私も隼人君と呼ぶから」

 

「そうかね、では妹紅や、お主動の気を解放する術を身に付けてみぬか?」

 

拳から感じたのは、死への憧れ、生への執着、それらが妹紅の拳から確かに伝わってきた、だがそれらは命を冒涜するようなものではない、ならばこそ、体に負担の大きい今の闘い方を代えて欲しいと願っての申し出。

 

「動の気の暴走……解放?」

 

しかし、肝心の当人はいまいちピンと来ていないようで、慧音に顔を向けるが、その慧音も首を傾げてしまう。

 

「妹紅、お主もしかして……我流かね?」

 

「流派とかそんなのはない……と言うか、誰かに師事したって事もないわ、ずっと一人で妖怪退治して暮らしてたし、喧嘩相手も一人だしね」

 

「成る程のぉ……しかし、じゃからこそ惜しい、気の解放を覚えればお主の練度であれば気の掌握に至るのは時間の問題じゃて」

 

だが妹紅の答えは否だった、修業が嫌という訳ではない、でもそれでは好敵手であるお姫様と差が開くのではないか、そうなれば、自分は……と、首を横に振る。

 

この答えに反論したのは慧音。

 

彼女が好敵手であると言うのであれば、尚の事強くなる方がいいと、語気を強めて語る。

 

「でも……それだと輝夜は……」

 

「……では、一度そのお姫様とやらに会わせてもらえぬか?」

 

妹紅はその言葉に首を傾げて何故と問い返す。

 

「そうじゃなぁ……お主の好敵手に興味がある、と言うのはどうかね」

 

「はぁ? いや、まあ良いけどさ」

 

「では決まりじゃな、自警団の入団審査を受ける前に行っておきたい場所は他にもあるのでな、向こうの都合が良いのであれば今からでも行きたいのじゃが……」

 

妹紅は少し悩み、それならまずは腹ごしらえでもと、慧音に昼食をたかるのだが、彼女が居合わせたのはそもそも慧音とお昼を食べるつもりだったからだと、妹紅は笑いながら言い、慧音はこれに呆れることもなく、直ぐに用意しようと告げて、屋内へと戻っていった。

 

 

 

 

「では、魔理沙か萃香に会ったら言付けておきますよ」

 

妹紅の案内で彼女が好敵手と認める『お姫様』に会いに行く為、隼人は魔理沙と萃香への言付けとして『迷いの竹林』に行くと慧音に伝えるよう願い、玄関先で見送られる。

 

「ではお願いしましたぞ」

 

「じゃ、また来るよ慧音」

 

それぞれ挨拶を交わし、慧音の寺子屋を後にしてからふと妹紅は問いかける。

 

「そう言えば隼人君は空飛べないんだっけ?」

 

「うむ、目的の場所までは基本的に歩きじゃな、背負っていってもよいぞ?」

 

それは楽が出来そうだと、からかい半分で言ったが運のつきと言うか、妹紅はあっという間に背負われてしまった。

 

「ぅえええっ!? な、なにしてんの隼人君!?」

 

「何と言われても背負うとるとしか言えんのじゃが」

 

「そ、そりゃ解るけど……!」

 

そうじゃなくと言おうとしたが、言葉が続かない、背負われた、と言うのは果たしてどのくらいの昔の記憶を辿れば良いのだろうか、そう思ってしまっては、最早言葉は出なかった。

 

ただ……この大きく、逞しい背に負われている温かさが、懐かしくて……

 

「じゃあ……このまま、迷いの竹林まで、お願い」

 

「うむ」

 

里を妹紅を背負って歩く、妹紅が里での知名度が高いのもあるだろう、しかし、身長が約六尺六寸もあろうかと言う筋骨隆々な翁に背負われているという光景が故か、かなり視線を集めてしまう。

 

(こ、これは恥ずかしい……下手に知ってる奴に見られなきゃ良いけど……)

 

そんな妹紅の願いを嘲笑うかのように見ていたのは、偶々花屋に生花を卸しに来た、日傘をさした女性。

 

(……へぇ……あんな人間が居たのね……)

 

それと、調味料を求めて里に来たメイド服を纏った女性。

 

(あら、彼女は……これは珍しい物を見ましたね)

 

さらにはブレザーを着たウサギの耳の女性。

 

(妹紅さん……を背負ってるあの御隠居は一体……?)

 

余談ではあるが、この日から暫くの間、おんぶをせがむ子供が増えたのだそうな。

 

 

 

 

「あ、この辺で良いよ」

 

里を出て、道すがらに進むこと暫し、竹林を沿う道に差し掛かった辺りで、妹紅は背中から降りる。

 

「迷いの竹林は名に恥じなくてね、道が見える場所までは何処から踏み入れても平気だけど、奥に行くとなると、入る場所をある程度選ばないと一巻の終りね」

 

ある程度とは、ズバリを言えば妹紅の建てた看板がある場所か、待機所兼妹紅の住居が少し奥に見える……

 

「ここから、よ」

 

因みに看板には妹紅の髪が仕込まれていて、看板に触れればその熱を妹紅が感知、迎えに来てくれると言う。

 

「そうそう、私はここで生計を立ててるの、この仕事……つまり、案内人よ」

 

「案内人?」

 

「ええ、案内人……着いてきて、案内するわ『永遠亭』に」



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第六話

竹は高く育ち、枝葉を縦横に広げ、それは隣の竹と重なりあい、天を覆う蓋となっている。

 

「まあこのくらいの竹林なら外にもあるよね、でもこの竹林は他にも色々特殊でさ、まずこの霧が視覚を騙す、次にこの地面の僅かな傾斜が、方向感覚に微妙な狂いを生む、何よりもこの竹の成長速度ね、朝顔を見せた筍が明日にはもう竹になってるって位には早い」

 

「つまり、目印など意味がないと言うことじゃな」

 

「そういうこと、それと……」

 

言葉を切って、妹紅は周囲を警戒して舌打ちを一つ。

 

「囲まれておるな」

 

「流石隼人君、すぐ散らしてあげるから見てて」

 

一歩下げようとする妹紅の肩を軽く叩き、人差し指を自信に向け。

 

「ここは儂に任せてみんかね、物の化相手にどの程度やれるのか知っておきたいのでな」

 

白い歯を見せる笑みを浮かべる隼人に、些か諦めを覚え、仕方無いと隼人の後方に下がる。

 

「……わかった、でも危険だと感じたら手を出すからね?」

 

「それは致し方無かろうな」

 

身構える事もなく、隼人は周囲に気を巡らせる。

 

それは気当たりの応用で成され、囲む者達の本能に訴える、即ち『あれに手を出すな』と。

 

それでも向かって来ようとする者に、隼人は違和感を覚えた。

 

「妹紅、妖怪は動物の変化だけではないのじゃろう?」

 

「うん、希にだけど、人が禁忌を犯して妖怪に変化してしまう事例はあるよ」

 

「その禁忌とは、幼児を殺める事も含まれておるかな?」

 

その台詞と共に、スキマが開く。

 

「含まれておりますわ、そして、そこに居る『それ』が殺めたのは、母体……何処に消えたかと捜していたのですが……よくぞ見付けてくださいました、後の始末は私にお任せくださいな」

 

「妖怪に変化した『人間』の逝く果ては?」

 

「ふふ……それは、秘密に御座います、では失礼致しました」

 

妖しく笑んだ紫が人差し指を口元で立てるとスキマが二つ開き、妖怪と紫が揃って姿を消した。

 

「……そう言えば隼人君が来る前に、里で御触れが出ていたよ、母子を殺めたお尋ね者っ……てね、懸賞金は十円、懸けたのは八雲紫……」

 

妹紅の言葉に、隼人は先程の紫の笑みを思い出す、あの笑みの奥に果たしてどれ程の憎悪を秘めていたのか。

 

「さ、気を取り直して永遠亭に行こうか」

 

「……そうじゃな、では引き続き案内頼むぞい」

 

 

 

 

先程の一件以降、二人を襲おうとする妖怪は居なくなったお陰か、妹紅の案内で順調に進み、やがて密集していた竹が開けてきた。

 

「ちょっと待って、落とし穴だ」

 

普段との僅かな差異、ここは案内の利用頻度は低いが使わないわけではない、逆に永遠亭関係者(主にウサギ耳のブレザー少女)が利用する頻度が高いこの『道』に仕掛けられた罠。

 

「ありゃ、鈴仙じゃ無かったか」

 

その場に現れたのはウサギ耳の、桃色の服が似合う少女だった。

 

「あんたまたこんな所に……」

 

「あはは、埋めとくから文句言わない言わない、で妹紅そのお爺さんは?」

 

「ほっほ、儂は風林寺隼人、つい昨日幻想郷に来たところじゃよ」

 

「ふぅん、私は因幡てゐ、この竹林に住む兎達のリーダーさ、ところで妹紅、外の人間ならここじゃなく紅白の巫女の所に連れていきなよ、ここからじゃ帰れないんだからさ」

 

さして興味はないのだろう、そっけないその言葉に妹紅は違うと返し、隼人はそれに加えるように人里に住む予定だと説明した。

 

「へぇ、じゃあなんで尚更ここなのさ、人里に住むなら住むでここには用はない筈じゃない」

 

「なに、妹紅の好敵手である『お姫様』とやらが気になってのぅ」

 

「成る程ねー……『お姫様』に求婚しに来た、とかじゃないよね?」

 

「ほっほっほ、流石にこの歳で誰かとどうこうという気にはならんよ」

 

そう笑う隼人に、それでもてゐは苦言を呈する。

 

かつての『お姫様』に求婚したのはなにも若い男だけではなかったと、そこの妹紅の親もそうだと。

 

このてゐの言葉に妹紅は瞬間顔を歪めるが、かぶりを振って息を落とす。

 

「どうかしたかね?」

 

「んーん、なんでもないよ、ほら永遠亭はもうそこだ、行こう」

 

「ふむ、そうするとしようか、では因幡殿失礼しますぞ」

 

「てゐでいいよ、お爺さん」

 

「そうかね、ではてゐまたの」

 

挨拶を済ませて永遠亭に向かい始めると、後方から土を落とす音が聞こえてきた。

 

「いつもああして落とし穴を?」

 

「そうでもないと思うわ、どっちかと言えば口八丁手八丁でだまくらかす方が多いはず」

 

成る程と呟いて、隼人は意識を後方に向けてみれば、てゐは既にそこには居なかった。

 

 

 

 

『永遠亭』

 

そこは人里と竹林の奥地を遮るかのように建つ屋敷、妹紅は門の前に立ち、隼人に永遠亭の簡単な説明を済ませる。

 

「八意永琳、彼女の作る薬もだけど、その医学にはホントに助かってるんだよ、おまけに安くてツケも利く、まあツケ踏み倒した奴は臨床試験に駆り出されるって噂みたいだけどね」

 

「それはまた恐ろしい噂じゃのぅ」

 

「そうだね、とは言え踏み倒した奴はまあ居ないって話だけどさ」

 

「ほう、余程信用されとるんじゃな、八意永琳という医者は」

 

「永琳は医者と言うか薬師だね、医者でも良いんだろうけど、本人の能力自体がそう言うものなんだ」

 

能力については本人に訊いて欲しいと妹紅が言ったところで、背後から声がかけられた。

 

「妹紅さん、こんにちは」

 

振り向いたそこに居たのは、ウサギ耳のブレザー少女、洋装の者が居ることに意外性を感じはしたが、先程の因幡てゐもよくよく思い出せば洋装だったなと、切り替える。

 

「それと……」

 

「おお済まんね、儂は風林寺隼人と申す、妹紅にはここまで案内して貰いましてな」

 

「あ、私は鈴仙・優曇華院・イナバと申します、ここ永遠亭で薬師(医者)見習いとして働かせて頂いています、呼び方は鈴仙でも優曇華院でも構いませんよ」

 

そう微笑む鈴仙に、妹紅からはうどんげで良いんじゃないと声がかかるが、鈴仙からやや冷ややかな目線が妹紅に向けられた。

 

「まぁうどんげでもいいですけどね」

 

「じゃあんな目で見なくても良いじゃない……」

 

「ちょっとした仕返しですよ」

 

はにかむ鈴仙に妹紅も苦笑を浮かべて話題を切り替える。

 

「そろそろ上がって良い?」

 

「あ、ごめんなさい、患者さん……じゃなくてお客さんでしたね、すぐ師匠呼んできます、客間まで妹紅さんお願いします」

 

「ん、わかったよ」



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第七話

妹紅に案内された客間、その床の間には鳥獣戯画の掛軸が飾られていて、隼人は主人が現れるまでそれを楽しむことにしたのだが、ふと作者の印が目に留まると、目を見開いた。

 

「どうしたの隼人君」

 

「いや、この軸なんじゃが……」

 

指差された先の印には『岬越寺秋雨』とある、これがどうかと訊くと、友人の物だという。

 

絵のタッチも印も、間違いなくその友人の物で間違いないと、自信をもって言う。

 

「へぇ……こんな品が外から入ってくるなんてねぇ……」

 

里の絵描きでは描くことは出来そうにない、その戯画に妹紅も魅入ってしまうが、それが大きな隙となる。

 

「ふぅ」

 

「ひゃぇう」

 

変な声を抑えるように、口を手で覆う妹紅が睨んだ先には、美女という言葉では足りない程に美しいであろう筈の黒髪の少女が、腹を抱えて笑っていた。

 

台無しである。

 

「何すんのよ輝夜!」

 

「ひゃぇうだって……だめ……お腹痛い……」

 

笑いすぎて腹筋がつると呟きながら、輝夜は踞ってしまう。

 

「ほっほっほ、成る程仲が良いんじゃな、妹紅と輝夜ちゃんは」

 

「誰が……って、あれ私まだ隼人君にこいつ紹介してないわよね?」

 

「ああ、須臾操ってもこたんの裏取ろうとしたらいきなり話し掛けられたの、いやぁびっくりしたわホント」

 

「もこたん言うなっつの、ってあんたの須臾の中で動いてたの!?」

 

流石に驚く他無かったようで、隼人を見る目が大きく開く。

 

正直あの世界で対等に(或いは一方的に)動けるのは、紅魔館の蕭洒で完璧と言って憚らないメイド位なものだと思っていた。

 

(……あれ、これ気の解放っての教わっても良くない?)

 

教わったところで隼人のようにはいかないのは解ってはいるが、輝夜相手になにも遠慮がいるものか、妹紅はそんな事を思ってしまう。

 

実際遠慮なく殺し愛う仲だ、ちょっとばかり強くなったところで……

 

「やはり、輝夜ちゃんに会いに来て良かったようじゃな」

 

顔に出ていたのだろうと、妹紅は苦笑を浮かべ、隼人に改めて乞う、気の解放を出来るようになりたいと。

 

「うむ、まぁ簡単な話じゃよ、思いっきり突き抜けてしまえばよいのじゃ、妹紅が本来どのように闘うのかはわからんが、何処か自制をかけておる、それがいかん」

 

動の気の解放は半端に行うのが最も危険なもの、つまり現在の妹紅の闘い方である、動の気の暴走となって現れてしまっていると、隼人は続ける。

 

「つまり……」

 

「妹紅の思うがままに『翔べ』ばよい、遠慮なんざ吹き飛ばしてしまえ」

 

拳を握り、親指を天に突き立て、白い歯を光らせる隼人。

 

「……うん!」

 

「ふぅん……とりあえず、今日の一発いっとく?」

 

今日の一発、それは即ち。

 

『殺し愛』

 

言うが早いか、庭に躍り出る妹紅と輝夜を見送り、隼人は部屋に入ってきた銀髪の美しい女性と挨拶を交わし自己紹介を済ませる二人。

 

「あまり派手な殺し愛にならないようにして欲しいわね」

 

「ほっほっほ、じゃが実に楽しそうじゃ」

 

「風林寺殿、これからも妹紅に指導を?」

 

しかし、永琳の問いに横に首を振る。

 

「儂の弟子はただ一人で良いのでな、それに妹紅は既にその領域に居た、後は一押しで良かった……じゃからこそ、そこに導いたに過ぎませぬ」

 

「なるほど……それでも貴方の言葉で妹紅は一つ高みに上った、これからも頼りにされるのでは?」

 

輝夜の一枚天井で潰されながらも不死鳥の姿となって復活、妹紅は再び輝夜と向き合う。

 

「さて、そうなれば断るだけですな、妹紅に教えるべき事を、儂は先程のこと以外持ち合わせておりませんで」

 

「それでも……と請われても?」

 

それには首肯で答え、出された茶を啜る、この話は打ち切ると言外に残して。

 

永琳も流石に続けるわけにもいかず、そうですかと口にして、輝夜と妹紅の殺し愛を眺めながら、茶を啜る。

 

「時に風林寺殿、これからどのような御予定で?」

 

「紅魔館とやらに住む紅美鈴という方を訪ねようかと思っておりましてな、暫く世話になる博麗神社の巫女殿に、弾幕ごっこを教わる手筈になっておるのですが、彼女に弾幕ごっこは基本的に空でやるものだと……」

 

そこまで言うと永琳も察したのか、成る程と頷いた。

 

「私は『神気』で、姫様や部下のうどんげは『月の魔力』で、飛んでいますから、流石に教えられる自信はありませんし……」

 

「お気になさらず、それにこの幻想郷を歩いてみたいと言うのもありますのでな、色々訪れるのも悪くはありませぬ」

 

「そうですか……でしたら御不要かとは思いますが一つ忠告を、太陽の畑という向日葵畑にはお気をつけ下さいな、この幻想郷でも危険度では五指に入るであろう妖怪が住んでおりますので」

 

重々しくそう言葉にする永琳ではあるが、この忠告に然程意味がない事は薄々感じているのだろう、と言うより全く意味をなしていないと確信を得るにたる隼人の表情がそこにあった。

 

「……嬉しそうですね」

 

「分かりますかな? なに、やはり武人としてはそういった相手をもとめてしまうもので」

 

「なかなか困った性分ですね、武人と言うのも」

 

二人の笑い声が届いたか、庭で互いに八回程殺し愛った妹紅と輝夜が戻ってきたが、その二人の姿に隼人は疑問を永琳に問う。

 

「服が破けておらぬようじゃが?」

 

「ああ、蓬莱人にとって服も魂の一部ですので、肉体のと同じく、再生出来るんですよ」

 

「ほほう、やろうと思えば好きな服を着られるということかね?」

 

「ですね、少し目を閉じていただいても?」

 

永琳の言葉のままに少しの間目を閉じると、開けても良いと言われ、目を開けると先程の青と赤の服から一転、淡い青の看護師服を纏った永琳の姿があった。

 

「ほう、輝夜ちゃんの須臾を使った感じは無かったのぅ、便利と言えば便利なものですな」

 

「ええ、朝面倒な時にはこうして着替えていますよ」

 

普通の服が無いわけではないと加えるが。

 

「永琳ってその辺りだらしないわよねぇ」

 

「あら、そういう姫様は……」

 

「うん、やめ、止めましょう、うん、そんな事より妹紅、大分動きが良くなったわね」

 

「そんな話題そらしに言われても……いや、嬉しいけどさ、まぁ隼人君曰く、今よりまだ上の段階があるって話だし、少しは真面目に頑張ってみるつもりよ」

 

不敵に浮かぶ妹紅の笑みを、輝夜もまた不敵に返す。

 

千年を超える二人の関係に、永琳もそして出会って間もない隼人もまた、苦笑を浮かべる事しか出来なかった。



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第八話

「お茶も頂いた事ですし、そろそろお暇致しましょうかな」

 

「あ、竹林の外までは私が送っていくよ」

 

腰を上げた隼人についで、妹紅も腰を上げると見送りの為に同じく腰を上げる永琳と輝夜……なのだが、何故か輝夜は妹紅と並んで玄関へと向かう。

 

その真意は玄関を潜り、門を越えたところで永琳に突っ込まれる。

 

「……どちらへ?」

 

「もこたんと竹林の外まで隼人の見送りに」

 

その言葉に溜め息を吐き、永琳は妹紅に丸投げする事に決めた。

 

「いやいや、私はそのまま人里行くんだから……で、何か用事あるの?」

 

「んー何か面白そうなの無いかなーって」

 

それを聞いた永琳が、それならむしろ香霖堂の方がいいのではと口にする。

 

「ちっちっち、人里でっていうのがミソなのよ」

 

物と言うよりも何か起こっていないか見に行きたい、つまりはそう言うことなのだろう。だが、人里での事件など、さして彼女の興味を引くような事が起こる……事もあるだろうが、それでもそうそう起こるようなものではない。

 

「まぁ、ここへの受診を望む人間もそう居ないだろうし……妹紅、姫様をお願いできる?」

 

「ええ……ったく、仕方無いわねぇ」

 

「流石永琳、話がわかる!」

 

「善き哉善き哉……と、言ったところかね?」

 

 

 

 

人里で妹紅と輝夜に見送られ、隼人は紅魔館へと向かう為に、霧の湖へと続く道を歩いていた。

 

「ふぅむ……誰かに見られておる気がするのぉ」

 

感じる視線から敵意ないし殺気はない、が、好意的とも言えない、所謂観察されている……と、言ったところだろうか。

 

午後の穏やかな木漏れ日と、葉擦れの音を楽しみながらも、そちらの事も気に留め置こう、そう思っている内に森林浴も終盤となり、視界の先にそれが映る。

 

「おお……これは」

 

森が開けたそこには、霧がかかる美しい湖が、優しく吹く風に波を立て陽の光りを湛えて煌めく。

 

「秋雨君に絵の基本でも習っておけば良かったのぅ……いや、実に美しい……あれが、どうやら紅魔館のようじゃな、いやはや赤いのぉ」

 

目的地も目視出来たところで、気温が少し下がったように感じ隼人は周囲を見渡す、すると氷のような羽が背にある少女が近寄ってきた。

 

「どちら様かね?」

 

「あたいはチルノ、この湖を縄張りにしてるさいきょーの氷の妖精だよ、おじいさんは?」

 

「儂は風林寺隼人じゃ、見ての通りのじじいじゃな」

 

「じゃあ隼人で良いね! で、隼人は何しにここに来たの?」

 

「うむ、紅魔館の門番、紅美鈴という者に用事があってな」

 

「ふぅん……隼人は弾幕ごっこできる?」

 

何を思ったか、突然そう聞いてきたチルノに、隼人は出来ないと伝えると、つまらなさそうに口を尖らせはしたが、まあ良いやと言わんばかりに、紅魔館へ向かう側の道を教えてくれた。

 

「弾幕ごっこが出来たら勝負って言ってたとこだけど、出来ないんじゃ仕方ないからね」

 

本当はかくれんぼでも良かったらしいが、隼人の体格を見てかくれんぼはつまらないだろうとチルノは思い、口に出すことはなかった。

 

尤も、梁山泊の面々とかくれんぼをして無敗を誇る(気による探査はしないのが条件)隼人が、チルノに見つかる筈もないのだが。

 

「今日は特別、あたいのお気に入りのお菓子あげる、今度は遊ぼうね!」

 

言って金平糖を二つ隼人に渡すと、チルノは森の奥に消えていった。

 

折角なので貰った金平糖を一つ頬張れば、砂糖の甘さが口にじわりと広がっていく、舌を使って口内で金平糖の突起を感じつつ、隼人はふと空を見上げ。

 

『そこのお主、何か用かね?』

 

そう言葉を発すれば、空からカメラを持った女性が降りてきた。

 

「い、今のは一体……おっと、ご挨拶が遅れました、私は文々。新聞を発行しております、鴉天狗の射命丸文と申します」

 

差し出されたのは名刺、隼人はそれを受け取り、挨拶を返す。

 

「やはり外来の方でしたか、修験者……いえ、天狗よりも鍛えられたその体、この幻想郷では見慣れないものでして、さあこれは是非お話をと思っていたのですが、その前に多少観察させて頂いた次第で」

 

おそらく接触を図るか否かを見ていたのだろう、そうしている間に隼人の肺力狙音声で声をかけられ降りて来ざるを得なくなったのだ。

 

「ふむ、まあ取材をしたいと言うのであれば、また後日にしてもらえんかね?」

 

「おや、何故でしょう?」

 

「今は紅魔館に向かう最中であるし、この幻想郷での生活基盤も出来ておらぬ、出来ればその辺りが落ち着いてからにしてほしいのじゃよ」

 

文は一考し、その時は独占取材をと隼人と約束を取り付け、空に舞い去っていった。

 

「成る程鴉天狗か……優雅に飛ぶものじゃな、さて、儂もああして飛べるようになれるものかね?」

 

 

 

 

 

『紅魔館』

 

主の趣味か嗜好か、レンガを用いているからかと思っていたが、塗装も赤い。

 

赤くないのはそれこそ門扉や高い時計塔の時計や窓位だろう。

 

「……よもや内装も赤いのではないじゃろうな?」

 

流石にそれは目に痛そうだ。

 

「おっと、こうして眺めていても仕方ない、早速訪ねるとしよう」

 

門を見れば門柱に寄り掛かっている女性の姿。

 

「もし、こちらは紅魔館で宜しいですかな?」

 

声をかけると、返ってきたのは寝息であった、なので隼人は先程チルノに貰った金平糖を女性の口に放り込むと口の中で転がしているのだろう、僅かながら歯に金平糖が当たる音がした。

 

「……ふむ、やはり狸寝入りか」

 

「……女性が寝ている口に金平糖を投げ込むとは……美味しかったですよ今の金平糖、ありがとうございます」

 

金平糖の礼もそこそこに、門番とおぼしき女性は構えをとる。

 

「貴方の気は感じておりました、さぞ高名な武人であろう事は伝わってきます、我が名は紅美鈴、是非一手お手合わせ願いたい」

 

「ほう、お主が博麗の巫女殿が言っていた」

 

その言葉に構えを解き、美鈴は事の経緯を訊くことにしたようだ。

 

「儂は風林寺隼人、紅美鈴殿に『空を飛ぶ』為の手解きを請いに参ったのです」

 

「はいぃ?」



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第九話

思わず変な声が漏れた、別に出来ないわけではない、ここに住む唯一の人間で今は上司にあたるメイド長に、空の飛び方を教えた事はもう懐かしい。

 

それに、自分に用事があるこういった手合いの多くは手合わせか果たし合いだった。

 

「ああ、勿論此方の主の許可を得てからになりましょうが……」

 

「え、ああ、そうですね、流石に主の許可なく門を離れは出来ませんので……」

 

驚いている間にも、何故か話はトントン拍子に進んでいく辺り、伊達に門番をしていないと言ったところだろうか。

 

美鈴が上司を呼んできますと館に戻って暫く、メイド服を着た女性を連れてきた。

 

「ようこそ御越しくださいました、私はスカーレット家メイド長、十六夜咲夜と申します。当主レミリア・スカーレット様がお待ちでございます、どうぞこちらへ」

 

「ではお邪魔致す」

 

 

 

 

咲夜の案内に従い紅魔館を歩いていく、内装も基本的に赤だった。

 

置かれた調度品は、友人……秋雨のお陰である程度目の肥えた隼人には目映い品ばかり。

 

「壁の色合いと意外に合っておるのは、やはり当主のセンスが良い証じゃな」

 

「ありがとうございます、きっと主レミリア様もそのお言葉に喜ばれるかと」

 

館の色も、調度品も全て当主の趣味なのだと、咲夜は誇らしげに語り、目ぼしい品の元では隼人にそれらを説明していくもので、目的の部屋まで退屈はしなかった。

 

「いやはやお若いのに造詣が深い」

 

素直な褒め言葉を受け些か照れもあったのだろう、咲夜は小さく咳を払い、ありがとうございますと微笑み豪奢な扉の前で立ち止まる。

 

「失礼致します、お客様をお連れしました」

 

『通しなさい』

 

言葉を聞いて、咲夜は扉を開き隼人に入室を促す。

 

「失礼しますぞ」

 

一言断り入室すれば、咲夜は扉の向こうに姿を消した。

 

それを見て部屋の奥に目を向ければ、少女が二人そこに居た。

 

「ようこそ、紅魔k」

 

「こんにちは!」

 

蝙蝠に似た羽をもつ少女が威厳を顕にしているものの、隣の宝石のような羽の少女は被せるように無邪気に挨拶してきた。

 

「ほっほ、こんにちは」

 

「ちょ」

 

「ねぇ、貴方はお姉様が用意してくれた私の遊び相手?」

 

「いいや、残念じゃが違うのぅ、しかしじゃ、儂の用事が済めば遊ぼうかね」

 

隼人の言葉に素直に頷くと、宝石の羽の少女は蝙蝠の羽の少女をせっつかせる。

 

早く隼人と遊びたいのだろう、しかし隼人は一つ気掛かりもあった、少女はこう言った『お姉様が用意してくれた』のかと、果たしてそれは本当の意味での『遊び相手』なのだろうか。

 

「全く……まぁ良いわ紹介が遅れたわね、私はレミリア・スカーレット、こっちが」

 

「妹のフラドール・スカーレットよ、フランで良いわ。よろしくねおじいさん」

 

「うむ、儂は風林寺隼人じゃ、よろしくのぅフランちゃんや」

 

浮かぶ笑顔に、フランも笑顔を見せる。

 

「早速本題と行きましょう、結論から言えば『構わない』よ、門番は咲夜に頼めば誰か見繕うでしょう」

 

そんな妹の様子も相まって、レミリアはあっさりと美鈴との特訓を認めると、咲夜を呼び今日から早速教えるようにと言付けた。

 

「では風林寺様、庭にご案内いたします」

 

 

 

 

案内された庭には既に門番こと紅美鈴が待っていた、軽く挨拶を済ます頃には咲夜は姿を消しており、二人きりでの訓練となった。

 

「では風林寺殿、貴方の気を先ず見せていただきますよ」

 

「気当たりで良いかね?」

 

「そうですね、あまり派手にしなければ良いですよ」

 

そう言われては本気では止めておいた方がいいだろうと、隼人は美鈴に梁山波(最弱)を放つ。

 

「……貴方は本当に人間ですか?」

 

受けた美鈴は今のが手加減されていることは解る、解るがどの程度まで抑え込んでいるのかは計り知れない。

 

もし、あれの全開を所謂『五大老』が『鬼』が、受けたとして平然としていられるのだろうか、或いは少女の様に怯えるだろうか? そう思い至ったとき、有り得ないと自嘲が浮かぶ。

 

(あの者達が、怯える? バカな考えが浮かんだものですねぇ)

 

むしろ喜んでしまうだろう、特にかつて鬼の四天王と呼ばれた『伊吹』『星熊』の二人は。

 

(……茨木はどうなんでしょうかねぇ?)

 

今は仙人となって存在しているようだが、果たして……そこまで考えて、美鈴は隼人に改めて向かい。

 

「気質は解りました、咲夜さんと同じ様に飛べるようにしてみせますよ」

 

「ではよろしくお願いしますぞ、先生」

 

「はい、それでは……」

 

 

 

 

「それにしても先生かぁ……昔、咲夜さんに空の飛び方を教えてる頃は可愛かったなぁ……先生先生って、なついてくれてましたっけ……今はすっかり『出来る美人』になりましたけど……」

 

美鈴は思わず目に映る光景から逃避していた、無理もないかもしれない、彼女が教えたのは『宙に浮く感覚』のみであり、空の自由な呼び方ではない、にも拘らず隼人は空を自由に飛んでいた。

 

それはもう、鴉天狗もかくやと空を舞う。

 

「あれが所謂天才ってやつなんでしょうねぇ」

 

そう言えば、博麗の巫女も直ぐに飛んだとかなんとか等と、思考は空を泳ぐ。

 

「ほう、もうあんなに飛べているのか」

 

声は背後から、気配の一切を感じなかった辺り咲夜に因るものだろうと踏み、さして気にすることもない美鈴。

 

「お嬢様、妹様もご一緒ですか」

 

「気になったし、フランにせがまれもしたんでね」

 

「すっごーい……お姉様、隼人凄く上手に飛んでるね」

 

無邪気に目を輝かせる妹に、思わず微笑みが溢れる。 ああ、我が妹だけはある、なんとも可愛い笑顔じゃないか、そんな想いがレミリアの顔にも浮かんでいるのだろう、二人の側に控える咲夜にも、笑みがあった。

 

隼人が地上に降りてきたのは、夕陽を暫し堪能したあとの事。

 

「隼人、もう帰っちゃうの?」

 

流石にそろそろ神社に帰るべきだろう、そう伝えるとフランは何処か甘えたように、隼人を見上げる。

 

「遊び相手になるのはまた今度じゃな、フランは弾幕ごっこ出来るのじゃろう? 覚えたらまた来るのでな、それまで待ってて貰えるかね?」

 

フランはその言葉に渋々といった感じに頷き、約束だと指切りを交わす。

 

「では、今日はこの辺りで」

 

「またいらっしゃい、次は満月の夜にでも……」

 

「私もいっしょに居るからね」

 

各々軽く別れの言葉を口にして、隼人を見送った。

 

「……恐ろしい人間ね」

 

「……でも、優しいと思う」

 

「また、来てくれるわ」

 

「うん!」



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第十話

夕焼けに染まる幻想郷、隼人はゆっくり空を泳ぐ。

 

目に映る景色は正に『素晴らしい』に尽きる、日本の『美しさ』が夕陽に映え、改めて幻想郷に来たこと、空を飛べるようになったこと、それらに感謝し、この長閑な日を心に刻む。

 

「いい景色でしょう? 夕刻の幻想郷は儚さも相まってより美しい」

 

「紫殿の愛する幻想郷、その一面ですかな」

 

「ええ、そうですわ、お気に召していただきました?」

 

微笑み、隼人は首肯する。 同時にだからこそ恐ろしくもあると答え、紫の笑みを深くする。

 

「この美しさの根幹に種族としての人間は居ません、だからこその景色」

 

人里や、近くの田畑は確かに人の生活のための物、だがそれ以外に人の手が入っている場所は極めて少なく、或いは皆無と言えるかもしれない。

 

「まぁだからと言って人が嫌いかと問われれば答えは否と申しますが……ではまたいずれ」

 

紫がスキマに消えたのを見て、いざ博麗神社へと向かおうとした時、隼人の耳に少女の悲鳴が届く。

 

目を凝らさずともその光景を見付け、全速で向かえば紫色の代わったデザインの傘を持つ少女が、酔っ払っているであろう男二人に衣服を剥がされる瞬間だった。

 

「……は?」

 

「いかんのう、男二人がいたいけな少女を襲うなど」

 

唐突に目の前に現れた筋骨隆々の老人が獲物の少女を引き離してしまった、酔いに感情を任せた男達は口々に自身等の正当性を主張する。

 

『我等は里の自警団員』

 

『傘の少女は妖怪』

 

『故、退治せねばならない』

 

そこまで言ったところで、男達は意識を一足先に夢に飛ばされてしまった、当然やったのは隼人である。

 

「やれやれ、こりゃあ慧音殿に自警団の現状を聴かねばならんか……」

 

幾ら仕事が欲しいと言えど、もし自警団の者達がこのような者達であるのであれば、入団は……さておき当面の問題は。

 

(さて、この妖怪の娘をどうするか……)

 

それに尽きるか、さてはてどうするかと悩んでいると、紫色の髪の女性が声を掛けてきた。

 

どうやらこの少女の知り合いのようで、少女が危険な目に合いかけていると伝え聞いて飛んできたのだと言う。

 

(はて、そのような者が居ったかな……?)

 

まあ考えても仕方がない、そう切り替えて自己紹介を済ませば、紫色の髪の女性『聖白蓮』が驚きの顔を見せた。

 

「かの高名な『無敵超人』殿に御会い出来るだなんて、何と言う奇遇なのでしょう」

 

「おや、幻想郷は外と隔絶された世界と聞いておりましたが」

 

「実を言えば、完全に隔絶されているわけではないんです……と、いつまでもこんな所で話し込むのもあれですね、また機会がございましたら命蓮寺までお越し下さい、何時でも歓迎いたしますので」

 

傘の少女、多々良小傘も、命蓮寺の墓場を根城にしていると言うので、来たときに会いに来てほしいとねだられては、断ることも出来ないのは、人情か。

 

 

 

 

白蓮に倒した男達の介抱を頼み、博麗神社に戻った頃には、黄昏も既に闇に呑まれてしまった。

 

「今戻りましたぞ」

 

玄関には既に錠か閂、つっかえ棒でもしてあるのだろう、僅かに動きはするが開かなかった、戸を叩き呼び掛けるも反応もない。

 

気配はする、恐らく眠っているか、所用でもこなしているのだろう、やむなく隼人は縁側へと向かい、そこから入ることにしたものの、縁側から見えるその部屋には、魔理沙と萃香が眠っているだけだった。

 

「はて、霊夢殿は……」

 

「……お帰りなさい」

 

声に振り向けば、何故か疲れきった霊夢が甕を持ってそこに居た。

 

「一体何が?」

 

「大したことじゃありません、そこで寝こけてる酔っぱらいが暴れるもので、諌めるのに手間取っただけです」

 

「ではその甕は……?」

 

霊夢は大袈裟とも云えるほどに大きく溜め息を吐いて。

 

「馬鹿二人が漬け込んでいた梅干しの甕駄目にしてくれたので……ああ、五年物の梅干し……」

 

「それはなんとも、しかし……酒に酔って暴れると言うのは、些か信じられませぬな」

 

何しろ一人は『酒呑童子』である伊吹萃香 なのだ、酒に酔っても酒に呑まれる事があるのだろうか、そんな疑問は霊夢によって晴らされる。

 

「萃香が酔って暴れるなんて、余程嬉しいことがあった時くらいですね」

 

例えば、血沸き肉踊るような闘いが出来そうな人間がすぐ側に居るとか……と、穏やかに眠る萃香に溢す。

 

「では魔理沙ちゃんは何故?」

 

これも答えは簡単だった、久方ぶりに楽しい喧嘩が出来そうな相手の出現に加え、里でかなりの上物の酒が樽で手に入ったと言うのもあって、萃香が神社で飲んでいると魔理沙も相伴に預り、わんやわんやと盛り上がって、芸だなんだと暴れだし、萃香と共に霊夢にしばき倒される事となったそうだ。

 

「何と言うか平和じゃのぉ」

 

「ったく……片付ける身にもなってほしいですよ……あ、お夕飯はまだですよね、すぐ用意しますから」

 

「おお、かたじけない」

 

 

 

 

用意された夕食を有り難く頂戴し、隼人は今日の出来事について霊夢に話をしていた。

 

里や竹林での事、紅魔館での事。

 

「小傘……ああ、あの驚けない驚かし妖怪」

 

そして、帰り際の出来事も。

 

「身も蓋もないのぅ」

 

実際彼女の驚かしに驚けるのは、彼女を知らない子供位だろうと、霊夢は笑う。

 

「でも、驚かないと彼女は飢えてしまうんで、里では時折肝試しをしてるそうですよ」

 

勿論小傘にはそれが小傘の為だとは教えていないと、慧音から聞いているそうだ。

 

「彼女にとっては正にご馳走と言ったところか」

 

「そうなる筈なんですけどね、彼女はほら、見た目がもう驚かすのに向いてないと言うか……」

 

言われずともである、もう少し妖怪然とした見た目(傘を除く)であれば、驚きもあろうが……

 

「それに、性格も穏やかで、どうにも妖怪らしくないみたいですわ」

 

そう、このスキマ妖怪のように、意図せぬ現れ方でもすれば、見た目云々でなく驚けるのにと、霊夢はぼやく。

 

中空にスキマを使って逆さにぶら下がる紫も、小傘に関しては多少困っているのかもしれない。

 

「ふぅむ……少しばかり、人の驚かせ方を教えてみても良いかもしれんのぅ」

 

「それは命蓮寺の方達にお任せしておきます……が、改善の見込みが無さそうであれば、お願いに上がらせていただきますわ、それよりも……隼人殿には改めてお願いしたいことがあるのですが……」

 

「里の自警団の事ですかな?」

 

「ええ、そうです、どうも最近自警団を名乗って悪事を働く者が増えているそうで、自警団に入団と言う形で潜入、事の解決に当たって頂きたいのです」

 

人間同士の事件であれば、それは『巫女』の出る幕ではない、そう紫は呟いた。



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第十一話

明くる日、霊夢は朝のお務めを終えると、隼人と神社上空に居た、向かう側には魔理沙と萃香、スキマに腰掛ける紫。

 

「隼人さんに弾幕ごっこ教えるだけだっていうのに、暇な連中ねぇ」

 

「良いじゃないか、隼人がどんな弾幕放つのか観てみたいんだし」

 

「そうそう、それに……霊夢が真っ先にお楽しみなんてずるいんだぜ?」

 

基本から教えるのだからお楽しみも何も無いだろうと思いはするが、ちょっと楽しみではあるので否定もしない。

 

「じゃあ先ずは基本弾幕からなんですが、そもそも気弾を撃てなければ弾幕も何もないので、気弾を撃つ練習から始めましょうか」

 

「気弾……こうして飛んでいる応用で良いのかね?」

 

「そうですね、それを弾にして撃ち出すように……」

 

 

 

 

扇状に拡がる気弾を慣れた動きで避ける霊夢に、隼人は素直に感心し、安全マージンはまだまだたっぷりといった様子は崩れそうにない彼女に、敬意さえ覚える。

 

恐らく、いや、確実に、見学している三人も、霊夢同様の技量はあるだろう、それは先日見上げた魔理沙と萃香の弾幕ごっこからも伺えた。

 

「いやはや、一切当たる気がしませんな」

 

「当然ですわ、霊夢は歴代の巫女の中でも天才中の天才、努力少なくとも場数は踏んでおりますので、あの程度は軽い軽い、もっと濃い弾幕であれこなして見せるでしょう……それよりも、昨夜のお話通り、近い内に隼人殿には自警団に入団していただきたく思っています、入団を決意なされたならば、寺子屋にお向かいくださいな」

 

既に慧音には話を通してあると、紫は微笑む。

 

「遅いと不味いようですな?」

 

「……些か、とだけ」

 

「せめてスペルカード使えるようになってからにしていただけますか?」

 

霊夢の言葉は、隼人が力不足だからではなく、強すぎる事への懸念だろう、だからこそ弾幕ごっこを覚えてもらう事を先決に行動してもらいたいのだ。

 

博麗の巫女の立場とは、人に、妖に、傾いてはいけない無二のもの。

 

中立ではあれ、妖怪の側に重きを置く紫のようにはなれない。

 

中立ではあれ、人間の側に重きを置く魔理沙のようにはなれない。

 

確かに幻想郷に異常をきたす異変があれば解決に向かう、だがその異変も、引き起こす者が主に妖怪だと言うだけだ。

 

人が起こすのは事件であり、里の者が主に解決するが、度を過ぎれば霊夢が出張り、霊夢に『向かないもの』であれば紫が対処する。

 

そうして調和し、安定している幻想郷に『人間であり神仏になれる者』である隼人が、弾幕ごっこを知らないままに生活すればどうなるか、想像さえしたくはなかった。

 

「勿論、流石にそこまで急かせるつもりは無いから安心なさいな、霊夢」

 

「……別に安心してない訳じゃ……」

 

口ごもる霊夢を抱き寄せ、紫は満足そうに笑みを浮かべた。

 

「ちょ……もう、続きやるんだから離れなさいってば」

 

頬に紅が指す顔で、紫を引き離す霊夢に魔理沙からちゃちゃが入り、霊夢から高密度の弾幕が放たれた。

 

間近で展開するその弾幕は美しく且つ避け処が難しい。

 

隼人は幻想の調律者が使う弾幕の威力を確かめる為、幾らか手で受けながら魔理沙を見ると、慌てる様子も見せず流麗に避けているのが見えた。

 

(しかし……この威力は……)

 

一撃一撃に乗る力は恐らく野球で投げられる120km程度の硬式ボールはあろうか、これでは当たり処が悪ければ人間であれば死ぬこともあるだろう。

 

ごっこと言うには過ぎた威力……とも言えない、主に力ある妖怪が手加減の為に使っているのだ、ならば妥当と思うほかないと、自身を納得させる。

 

「さすが隼人と言うべきかな? 霊夢の弾幕を素手で受け止めるなんて、普通は出来ないしやらないよ」

 

萃香の呆れたような笑顔のその瞳、鬼の闘争本能が吹き上がっているのが見える。

 

「あ、実際に行う通常ルールの弾幕ごっこでは、弾を受けたりしちゃいけないよ、避けながら攻撃、これが基本」

 

一発でも当たり判定に貰えば残機が減る、とよく解らないことを言われたが、そう言うものかと納得しておく。

 

「基本ルールと言うことは、他にもあるのかね?」

 

「あるよー私が一番好きなルールが」

 

近接弾幕戦、俗に格闘ルールと呼ばれる弾幕戦。

 

闘うものは特殊な結界札を身に付け、その札が完全に燃え尽きれば勝負ありと言うものである。結界札は博麗謹製であり、格闘ルールでの弾幕ごっこ以外では作動しない為悪用は出来ない。

 

通常弾幕戦と同じく、こちらにもスペルカードが存在するのだと萃香は言い、隼人に期待の目を向ける。

 

「はぁ……先ずは通常弾幕戦のスペカが先よ、近接弾幕戦なんて滅多にしてないんだから……ね?」

 

萃香に向けられた霊夢の笑顔は、威圧と共に問答無用と語る。

 

「おお怖い怖い、霊夢が怖いから大人しくしとくよ」

 

「ま、その代わり近接弾幕戦の指導は萃香にやって貰うわ、あんたの方が得意でしょ?」

 

その言葉に、萃香は霊夢に抱き付いて礼を言うが、鬱陶しいとばかりに引き剥がされるも、嬉しそうである。

 

「さて、それじゃ萃香待たせるのもあれですから、続きを始めましょうか」

 

「ですな」

 

 

 

 

基本弾幕を繰り返し練習して、弾幕の密度を上げることにも大分慣れてきた。

 

「うん、そろそろスペカ作ってみましょうか」

 

「おお、ついに隼人もスペカデビューか!」

 

盛り上がる魔理沙と萃香を余所に、霊夢は数枚の何も書かれていない札を隼人に渡して説明を始める。

 

曰く白紙の札に技や術の形を封じ、使うときはそれに弾幕の応用で気を流し『宣言』するのだと言う。

 

発動時の効果音が鳴る程度の物で、段幕自体は自分が出すものだそうだが、初心者向けのスペルカードには、弾幕形成補助の効果もあるのだとか。

 

「試しに一枚、作って使ってみてください」

 

「ふーむ……ではこれかのう」

 

気を流し、白紙のスペルカードに浮かんできたのは、数え貫手であった。

 

「数え貫手……ですか、本来はどんな技なんです?」

 

「見てみるかね? では萃香、すまんが受けてくれぬか」

 

「勿論構わないよ」

 

向かい合い、隼人が合図を出せば萃香が身構える、そして繰り出される四回の貫手。

 

その何れも萃香は受けるが、もし『本来のまま』で放たれていればと、背筋に冷たい汗が流れる。

 

端で見ていた霊夢達には解らなかったのだろう、いまいち理解出来ていないようだ。

 

「今のは隼人が手を抜いてたからね、見た目の型しかしてないから……本気でやられてたら、この手は……いや、私は今頃永遠亭まっしぐらだね」

 

笑いながら言う事かとも思いはするが、霊夢は簡単な返事を返すに止まった。



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第十二話

「さて、それじゃ作ったスペカも使って一回模擬」

 

「私私!私がやるぜ!」

 

被せぎみに魔理沙が手を挙げ、役目は渡さないとばかりにと距離を取る。

 

「ほっほ、血気盛んじゃな」

 

「まったく……じゃあ魔理沙とお願いしますね」

 

「うむ」

 

魔理沙の対面に向かう隼人の背を、紫は真剣な面差しで見やる。

 

「……どうしたの?」

 

「真価を僅かでも見られればと思ってね」

 

「真価……ね」

 

弾幕ごっこは女子供、おバカな妖精でさえこなせる簡単なもの。

 

しかし、その実元来の力量差が如実に弾幕の差として表れる。だからこそ、紫は見ておきたいのだろう、生前武勇を誇り、神仏と化せる隼人の『力の一端』を。

 

一日も経ずに空を飛び、弾幕を放ち、スペルカードも作る、霊夢に劣らない才を見せられはした、萃香も『本気』で闘いたいと願う、加減をした技を見せて貰いもした、身体能力もある程度を見た、だが、紫はまだ見ていない。

 

風林寺隼人の『闘う姿』と言うものを。

 

竹林や夕刻の出来事では垣間見た、等とは言えない。

 

「行くぜ!」

 

気合いのはいった魔理沙の声と共に、二人の基本弾幕が展開された。

 

 

 

 

「おーいてて……」

 

撃ち落とされたのは魔理沙だった、流石に本気でやった訳ではないとは言え、落とされるとは思ってもいなかったと魔理沙は霊夢に溢す。

 

「あの図体なのに判定は霊夢より小さいとかアリかよって話だぜ……」

 

そう、魔理沙の弾幕はすべて胡散臭いほどに小さい(僅かな)判定の隼人に、一度も当たることはなかった。

 

その胡散臭い当たり判定と思われる隼人であるが、正直言えば、当たり判定その物はこの場に居る誰よりも大きい、単に小さいと思われる程の速さでかわしているだけなのだ。

 

「にしても驚きましたわ、空中においてあんな速さで動けるだなんて」

 

「皆出来るのではないのかね?」

 

出来る出来ないで言えば、出来るものの方が圧倒的に少ないだろうと紫は口にした。

 

通常弾幕戦の場合、弾幕の軌道を見つつ次の逃げ場を探す、その連続の中で相手にも同じ事をさせる、と言うのが流れであり、隼人のように目視で残像が残るような速さでの移動をするものなど居ない、中には自身の能力で安全確保しつつ……というのも居るには居る。

 

「んでも当たり判定そのものまであんな小さくするなんて、普通は出来るもんじゃないぜ?」

 

「どうやればあんな動きが出来るんです?」

 

「やっていることは簡単じゃよ、自分の気弾を足場に跳んでおるだけじゃ」

 

『飛ぶ』ではなく『跳ぶ』……つまりはジャンプしているということだと、隼人はあっけらかんと答えるが、それを聞いた四人はただ呆ける事しか出来なかった。

 

魔理沙はそれでも興味があるのか、真っ先に隼人に具体的に説明を求めた。

 

その説明を端で聞いていた三人は各々で感想が違う、霊夢は『無理』と断じ、紫はそもそも必要としない為素直に感嘆を溢し、萃香は『勇儀』なら出来そうと笑う。

 

そして魔理沙は、魔法の研究の傍らで習得してみせると息巻いた。

 

「ほっほ、その道は険しいぞい?」

 

「へっへーこう言うのは困難なほど面白いんだぜ!」

 

困難を楽しめる、隼人はそう言った魔理沙に好感を抱くのだった。

 

 

 

 

近接弾幕戦、萃香はこの弾幕戦が好きだと昼食をとりつつ熱く語る。

 

「一番の魅力はやっぱり、擬似的にとは言え対等な肉弾戦が出来るってとこに尽きるね」

 

「この札のおかげと言うことじゃが、お主の打突も軽減されるのか」

 

「スッゴいもん作ったもんだよねぇホント、流石に『全開』って訳にはいかないけどさ、それでも『本気』は出せる、鬼にとって人相手にこれが出来ることがどれ程嬉しいことか」

 

満面に笑みを隼人に見せたかと思えば萃香は霊夢に向き、今更ながらと前において頭を下げた。

 

「霊夢、あんたのお陰だよ、こうして私が……いや、鬼が人とまた闘えるようになったんだ、勇儀も感謝してたよ」

 

「別にあんたら鬼の為に作ったルールでもないわよ、普通の弾幕戦が苦手な妖怪からの打診が主な理由だし」

 

そうは言うものの、頬が赤く染まっているのを見逃す者は居ないが、それに触れる野暮天……

 

「お、照れてんのか霊夢」

 

は、居ないわけがなかった。

 

「可愛いわねぇホント」

 

「ほっほっほ」

 

 

 

 

お天道様がお空のてっぺんを越えた頃、紫は式に呼ばれたからとスキマに消えていき、魔理沙もそろそろ行くぜと残して何処かに飛んでいった。

 

博麗神社に残った萃香は、軽い練習と言えどもいよいよ願った隼人との勝負に、瓢箪を傾ける事も忘れて今か今かと準備運動をこなしており、隼人もが支度を終えて、霊夢に行ってくると伝えれば、待ってましたと萃香は隼人をかっさらうように空へと舞い上がって去っていっく。

 

「……無茶、しなきゃ良いけど」

 

ため息をこぼして、霊夢は後を追う。

 

あくまでも練習なのだ、水を差す役も居るべきだろう、そう思ってのことだった……だが、ふと鳥居を見れば、珍しい来客に眉をしかめて、神社へと戻る。

 

 

 

 

「さ、ここら辺が良いかな?」

 

連れてこられた場所は一面向日葵の畑を越えた、手付かずの丘。

 

「ずいぶん開けた場所じゃが……練習で済ませるつもりではあるんじゃろ?」

 

「流石にね、でもまぁ……手本とか色々派手になっちゃうし?」

 

どんな手本なのかは見てのお楽しみと言われれば、隼人はでは楽しみだと笑って見せる。

 

互いに距離を取る前に、萃香は隼人に近接弾幕戦の要、専用結界の最後の確認を行う。

 

「ダメージが無ければ白、で受けて耐久値が落ちる度に青、緑、黄、赤となって、ゼロになれば黒くなる……じゃったな」

 

「そう、で、その状態は内外の攻撃を完全に無効化出来るんだよね、残心って言うんだっけ? それを応用したってさ」

 

決着の後、不意打ちを防ぐために、そこまでの機能を一つの札に持たせる霊夢の技量には、正直紫も驚いたと萃香は当時を思い返して笑い。

 

「さて、それじゃあ始めようか、近接弾幕戦の基礎弾は、放つんじゃなく手や足なんかの攻撃部位に纏わせるんだ、こんな風に」

 

そう言って、萃香は両の手足と肘膝に光を纏う、あれが基礎弾なのだろう、恐らく結界はあれに反応して耐久値を減らす使用なのだと隼人は推察、あれ以外の物理的な接触攻撃では耐久値は落ちることは無いのだろう。

 

では投げや絞め等はどうかではあるが、折角の練習なのだから試せば良いと萃香に言われてしまえば、頷く他はない。

 

互いに距離を取り、結界を張れば準備は完了。

 

「風林寺隼人」

 

「伊吹萃香」

 

『いざ、参る!』



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第十三話

「んで、わざわざ菓子折りまで持ってなにしに来たの、幽香」

 

神社を訪れたのは四季のフラワーマスターこと妖怪、風見幽香その人。

 

「人里で見かけたおじいさんを訪ねたつもりなのだけれど、ちょうど鬼に持っていかれてしまった様ね?」

 

「ああ、って言うかよくここに居るって……そう言えばあんたって」

 

四季のフラワーマスターの名に恥じない能力として、植物と意思を交わす事が可能であると、霊夢は思い出す。

 

「ええ、その通りよ、草木に訊ねてここに来たの」

 

「……なんの目的で?」

 

「面白そうだった、ではいけない?」

 

普段であれば帰れと一蹴するだろうが、幽香の目を見て言葉を呑んだ、いや、呑まされてしまった。

 

そこにあった目は、実に純粋な光を湛え、霊夢を見ている。

 

主に残忍だの無情だの残虐だのUSCだのと謂われる幽香ではあるが、今の彼女は無垢な少女のよう。

 

「面白そうって……」

 

「言葉のままよ、あのおじいさんと『遊べたら』きっと、とても面白そうだと、里で見て思ったのよ」

 

じゃなければわざわざこんな神社に足なんか運ばないと、言い捨てた幽香に対しさしもに声に棘を含ませて『こんな神社で悪かったわね』と幽香を睨むも、幽香には心地好い視線であった。

 

「ま、そんな遅くはならないと思うし、あんたが良ければここで待ってれば?」

 

「そうね……じゃ、庭の植物見ながら待たせて貰うわ」

 

 

 

 

隼人と萃香がすっかり汚れて戻ってきたのは霊夢と幽香が夕食を終えてすぐ。

 

幽香を一人にするのも何となく嫌だった霊夢は、二人の元に行くのを止めていた。

 

どうせ汚れて帰ってくるだろうと、風呂を沸かしておいたのは正解だったと呆れる霊夢に、幽香は微かな笑みを湛えてお茶を啜る。

 

「いやーいい湯だったよ、流石私の好みを把握してくれてるね」

 

「あら鬼さん、おじいさんは?」

 

「おお、誰かと思えば花妖怪じゃないか、隼人目当てかい?」

 

勿論と微笑むその顔に、噂に聞く様相は欠片もない。

 

「彼なら今頃のんびり風呂に浸かってる頃さ、少し武術の鍛練してから入るって言ってたしね」

 

武人(神)の鍛練を見ようと思いはしたが、そんなものを見てしまえば、きっと止まれなくなると解っている。

 

近接弾幕戦の練習でさえ、自重するのにどれ程己を削ったことか。

 

(おかげで風呂が心地良すぎだった)

 

「とりあえず夕飯用意したから、食べて流しに入れといて」

 

「用意がいいねぇ、さすが霊夢」

 

言いつつ卓を見渡せば、あるべき食器が一つ無い事に気付く。

 

「あのー霊夢さん、私のぐい飲みは?」

 

「夕飯のあとお楽しみがあるんだけど」

 

「後で呑む楽しみってのもありだね」

 

瓢箪を置いて箸を持ち、いただきますと呟いた。

 

 

 

 

隼人が姿を見せたのは、萃香が食事を終えるとほぼ同時、霊夢の後ろに付き添う形で部屋に入ってきた。

 

「おや、お初に見える方のようじゃが、霊夢殿の御客かな?」

 

その目が先ず捉えたのは、縁側で草木の声に耳を傾けていた幽香。

 

「客は客ですが、霊夢ではなくおじいさん、貴方を尋ねてここに」

 

「ふむ、では自己紹介と参りますかな、儂は風林寺隼人、ここ博麗神社にて暫く居候させてもらっております、ご覧の通りのじじいですじゃ」

 

「これはご丁寧に、私は『太陽の畑』を管理しております、風見幽香と申します」

 

太陽の畑とは何かと問えば、一面の向日葵畑だと微笑む幽香に、隼人は彼処かと合点がいった。

 

「ご存知でしたか」

 

「今日萃香に連れられて向かった先の途中に見事な向日葵畑が見えましたのでな、時間がとれれば行ってみようと思っておったのです、そこの管理者殿が赴いてくださるとは思いませんでしたがのぉ」

 

「里で一目見た折り、これはぜひともご挨拶をと思いまして」

 

その言葉の奥に潜む感情、瞳に宿る僅かな狂気を見る。

 

それは生前に数えきれぬほどに見た物、そしてこの幻想郷においては近しく知り合い、簡単にではあるが拳を合わせたのんべぇの鬼が常に宿す物。

 

『闘いたい』

 

燻り、半ば諦めていた。

 

『強い人間と、命を賭して闘いたい』

 

その欲求。

 

畑の向日葵にお痛をする人間もこの所居ない、居ても弾幕で追い払う程度、度が過ぎれば畑の栄養源にはするが、それこそ居はしない。

 

博麗の巫女や普通の魔法使いとは弾幕ごっこが楽しい位で、命を賭ける様なことなど無いし、その辺りの妖怪何てつまらない。

 

賢者や和尚、亡霊の姫に竹林の姫や薬師、天人は滅多に会うことがないし、わざわざ此方から赴いてまでというのは嗜好に添わない。

 

だが、先日里で見掛けた隼人は『赴く価値』があると踏んだ、そう一目見ただけではあるが、その価値を見出だす事が出来た。

 

肉体が、ではない、その醸す雰囲気が、求める『人の猛者』そのもの。

 

だからこそ、ここに来たのだ。

 

「言っとくけど、隼人さんとの『真剣勝負』はまだダメよ? 隼人さんが里での生活拠点を得られて落ち着いた後で、萃香とやり合う予定もあるし」

 

その言葉を受けて、萃香は幽香に先んじた事に笑みを浮かべ、幽香は先んじられた事にさして思う事はない様ではある。

 

あるのだが、あまり上機嫌になる萃香には思う事があるのか、ついぞ殺気を萃香に向けて反応すればそれを消す。

 

何度かそれを繰り返した結果だけを伝えれば、霊夢に二人とも叩き出されたとだけ記す。



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第十四話

翌朝、隼人は慧音の元を尋ねる為、一路里へと向かっていた。

 

何故か幽香も共に。

 

霊夢に萃香と共に叩き出された後、萃香と賭けをして弾幕ごっこを行い、勝負に勝った幽香が萃香に求めた事、それはこうして隼人と行動を共にすることであった。

 

『儂は構わんよ』

 

と、隼人本人が言ったのであれば仕方なく、萃香は今頃博麗神社でごろごろしていることだろう。

 

「里の花屋に用がありまして」

 

どうせならと、言うのは本音か建前か。

 

「では里の入り口までと行ったところかな」

 

「ええ、隼人さんが向かう寺子屋と、用事がある花屋はほぼ真逆に位置していますから」

 

朝露も陽に乾いた街道を歩く二人の様子を、幽香を知る者が見れば、その『異様』にすわ異変かと疑うのでは無いだろうか。

 

年寄りとは言え、男の、人の、三歩後ろを歩くその姿。

 

これは幽香自身が自制を効かせる為、隼人の観察の為にしていることで、何も大和撫子を演じている訳ではない。

 

一挙一動から得られる情報は多い、本人が意図せず隠そうとしている訳でなく、自然と隠れている見えぬ力の底に、幽香は自然と笑みを溢すが、これも端から見れば『二人で歩いている』事に、微笑んでいるように見えるだろう。

 

だからこそ、朝刊を配り終え、里で朝食を済ませた天狗がたまたまその場面に遭遇し、カメラのシャッターを切るのも、無理はない。

 

「いやーあの花妖怪があの方と歩いているとは……突撃は……無理っぽいですねぇ」

 

伝わるのは幽香からのプレッシャー、来たら殺すと言わんばかりに自分にだけ殺気が向けられては、行くのは流石にと肩を竦めて飛び去った。

 

気配が無くなった事で、幽香は改めて隼人に意識を向け、ゆったりとした朝の散歩を楽しむのであった。

 

 

 

 

さて、殺気を向けられ引いた文ではあるが、折角のネタを掴んで放す程耄碌はしていない、と言うかたかだか四桁の年を越えた程度で耄碌するなど天狗の名折れである。

 

「はてさて、こんな時は霊夢さんのところに行くのが良いですね、邪険に扱われるとは思いますが行かなければネタを逃がすことになりかねませんし」

 

善は急げと神社に向かう文の目に、魔理沙の後ろ姿が映り、いたずらを思い付いたかほくそ笑んで、そのまま気取られぬように近寄り、上から覗き込む。

 

「うぉあぁぁぁぁぁぁ……」

 

「あやっ!?」

 

驚きに集中を切らした魔理沙は重力に身を任せて自由落下を開始、幻想郷最速の名に恥じてはならぬと慌てて魔理沙を抱き止める。

 

「おまっばっあほぉぉぉっ!」

 

「すみませんすみません!」

 

目に涙を浮かべ、怒る魔理沙の機嫌を直すために、文は里一番の甘味処で奢ることとなったそうな。

 

 

 

 

「む?」

 

突然振り向いて空を見上げた隼人に、どうしたのかと問えば。

 

「いや、誰かの叫び声が聞こえたような」

 

「気のせいでは?」

 

草木を通して聞こえてきたのは、魔法使いと烏の声だけだ。

 

「ふむ、まぁ問題は無さそうじゃな」

 

緊急性を感じなかった理由は、幽香の言う魔法使いと烏が関係しているのだろうか。

 

気を取り直して歩を進めた先に、先日慧音との繋ぎを果たしてくれた妹紅の姿を捉え挨拶をと近寄れば、妹紅も簡単に挨拶を返してきた。

 

「これから慧音の所かい?」

 

「うむ、ちと自警団について聞きたいことが出来たのでな」

 

ふぅんと相槌を打ちながら、妹紅は幽香にも同じように聞いてみるが。

 

「里の入り口までは一緒よ」

 

と案外素直に応じてくれた事に、割りと驚きを禁じ得ず、思わず一歩後ずさる。

 

「……何かしら、その反応は」

 

「い、いや……まさか普通に答えるなんて思ってなくて」

 

「喧嘩ならお姫様に売りなさい、案内人」

 

「あっはっは、朝に済ませてあるからお昼過ぎまでお腹一杯よ」

 

妹紅の言葉に呆れ混じりの溜め息を吐き、もう興味はないと言わんばかりに里に向けて歩き出す幽香に、妹紅もさして追い縋る事もせず、同じように里に向かう。

 

果たして意気の合わなさそうな二人をよそに、隼人は自身が働くことになるであろう自警団について、先ず何を慧音に訊くべきかと、空を游ぐ鳥を眺めて考えていた。

 

 

 

 

「では隼人さん、私はここで」

 

「うむ、ではまたの」

 

里の入り口で幽香と別れ、妹紅と寺子屋に向かう道すがら、何やら人だかりが出来ていた。寄って話を訊いてみれば、朝っぱらから食い逃げしようとした輩が捕まったそうなのだが、その者は自警団員を名乗り、今は自警団を呼べと喚いているのだと言う。

 

「呆れた、最近ああいう手合いが増えてるんだって慧音が嘆いてたわ、実際に自警団の人間だった事もあるって言ってたけど、難儀な話ね」

 

里を守る筈の自警団、その構成員が里で不埒な騒ぎを起こす。

 

この所、妖怪による大掛かりな襲撃や大異変などもなく、基本的に平和な日が『続いてしまっている』が、小さな事件や、有名処がちょっと出張る様な中小規模な異変は勿論起きている、だからこそ、組織がこうも短い期間で荒むものだろうか、そうも慧音は口にしたと妹紅は言う。

 

「ふむ、確かにおかしな話じゃな」

 

組織の人間と言うものは規模が大きければ大きいほど、力(権力)が強ければ強いほど、中枢末端関係無く、確かに増長することもある、しかし、強大な力がすぐ側に在り、かつ襲われたり救われたりと何かしら里に干渉しているのが幻想郷の妖怪達である。

 

「まあ……紅白巫女や白黒魔法使いに触発されたバカって線が無い訳じゃないんだろうけど、どうしたって変化が早すぎるのは、私も同意見ね」

 

やはり、内部に入ってみるべきか、そう思いながら寺子屋の門を潜る隼人であった。



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第十五話

隼人が先ず慧音に伝えたのは、入団自体は構わないという意思だった。しかし、だからと言って慧音もこれを真っ向に受け止める事もなく。

 

「外部では解らないことを見るために……ですか」

 

その意思の一部を汲み取れば、隼人は素直に首肯する。

 

問題となっている自警団の内情、こればかりは如何に慧音と言えど、把握しきっている訳ではない。

 

組織の内情など、中枢に目端の利く立場でも完全に把握は出来ないだろうが、知る事は出来る。

 

「とは言え、入団したばかりでは、それほど深くは知り得ないでしょうなぁ」

 

「ではどうなさると?」

 

「なぁに、こう言うことは慣れておりますでな、お任せくだされ」

 

白い歯を見せて、にっかりとした笑顔を向け、隼人は次に住居と出来そうな物件について訊ねるのであった。

 

 

 

 

「今暫く……ですか、構いませんよ、見つからないのに出ていけとは流石に言えませんし」

 

自警団への入団を済ませ神社に戻った隼人が先ず行ったのは、霊夢への報告と再度暫くの居候願い。

 

特に断る理由もないので、霊夢はこれを快諾。

 

「いっそこのまま神社にいたら良いんじゃないかなぁいたっ」

 

就職祝いだと持ってきた酒を、一人で煽る萃香の額を手にある扇子を閉じて、軽く叩くのは紫。

 

「理由を伺っても?」

 

「うむ、慧音殿も言っておりましたが、些か不可解な事で、何でも宿舎長屋五十棟の空きが無いと言う話らしいのです」

 

「……成る程、確かに不可解な……」

 

自警本団員は紫が把握しているだけで三百前後、後は里の協力者で成り立っているのだが、本団員も協力者も、基本的には里に自分の家がある、詰め所に寝泊まりすることはあっても、基本的に宿舎長屋はほぼ無人の筈、では何故そんな宿舎があるのかと言われれば、それは紫が『連れてきていない』人間の仮住まいとして用意してあるからだ。

 

紫が連れてくるのは、基本的に外の世界で連れ去っても大した影響の無い『餌』となる人間が大半で、異変の起爆剤として連れてくる場合もあるが、そんな人間は僅かである。

 

そんな『外来人』の為に用意してある長屋が、慧音の申し出で自警団の宿舎としても利用されている訳なのだが……

 

「隼人さん」

 

「心得ておるよ、じゃがま……明日からじゃな」

 

「あら、何かしらご用でも?」

 

「うむ、実はな……」

 

明日からの自警団の異変は、その長屋の調査から始めることとして、隼人は美鈴への挨拶の為、紅魔館に今一度向かう旨を伝える。

 

「義理堅いと申しましょうか」

 

「ほっほ、それに道中で会ったチルノちゃんとも弾幕ごっこの約束がありますでな」

 

 

 

 

紅魔館へと向かう森の中、隼人は無数の氷を避けていた。

 

氷の主は勿論チルノ、本人も言うようにそれは加減がなされているのだろう、チルノの正面に位置していればさして苦労もなくそのスペルは避けられた。

 

「あたいのスペルを簡単にクリアした!」

 

「すごーい」

 

「儂のスペルも容易く避けられはしたがのう」

 

チルノとの弾幕ごっこは引き分けに終わっていた。

 

というのも隼人が巧く発現できたスペルカードは超技『数え貫手』の一種類のみ(easy)で、後の数枚は要練習といったところなのだ。

 

「今度はちゃんと出来るようになってくるのでな」

 

「約束!大ちゃん、覚えてて!」

 

「チルノちゃんもちゃんと覚えとこうよ……」

 

 

 

 

二人と別れ、紅魔館に辿り着いた隼人が目にしたのは、ナイフを額に刺そうとする咲夜と、涙目で防ぐ美鈴の二人の姿。

 

「ああ、これこれ、何があったのかね」

 

「おや、風林寺様これはお恥ずかしい、居眠り癖のある門番に躾を行っていたところでございます」

 

咲夜の手からナイフが放たれ、美鈴の頬をかするものの、その肌には僅かな擦過傷一つ付いてない。

 

「あ、危ないじゃないですかっ!?」

 

「刺さりもしないくせに避けるだなんて……」

 

「当たったら痛いんですってば!」

 

「お仕置きなんだから痛くしないと意味がないでしょう、ねぇ風林寺様?」

 

「まぁ、程々にのう」

 

ナイフを何処ぞにしまうその手慣れた様子に、いつもの事なのだろうと思うことにして、隼人は美鈴に無事弾幕ごっこ初心者になれたと伝え、美鈴はならばと弾幕ごっこを挑みかかる。

 

流石にチルノのようには行かず、それでも持ち前の身体能力で残機を減らすこと無く隼人がスペルを見舞う番となるが、いざ宣言と言ったところで美鈴が空を睨めば、魔理沙が勢いよく紅魔館に突っ込んでいった。

 

「……良いのかね?」

 

「……あぁっ!また咲夜さんに怒られる!」

 

駄目なようだと既にナイフが刺さった美鈴の頭を見て、苦笑を浮かべる隼人であった。

 

 

 

 

「不様を晒してしまったみたいで、当主としては恥ずかしい限りだよ」

 

とは咲夜に隼人を案内させて、黄昏のティータイムを洒落混むレミリアの言葉。

 

隣で同じく紅茶を楽しむフランは、それを聞いて笑いを堪えていた。

 

お腹抱えて笑っていたのは他でもないレミリア、その姿を思い出しているのだろう。

 

因みに美鈴は罰としておやつ抜きらしい。

 

「何時もの事さ、体裁としてのモノに過ぎないよ。 パチェには悪いが、美鈴がどんな理由をつけて魔理沙を見逃すのか、楽しまさせて貰っているのさ」

 

「美鈴がホントの意味で本気になれば、スキマ妖怪以外侵入出来ないと思うよ」

 

それを聞き、ふと竹林の姫君であればどうかと思い聞いてみれば答えは簡潔だった。

 

「ああ、竹取のか、出来るんじゃないか? 流石に永遠に身を置いて須臾に在るものまでは捕らえられないだろうね」

 

だが、それでも知覚は出来るのではとレミリアは続けた。

 

フランの狂気が成りを潜めるまで、一番フランの遊び相手になったのは誰でもない美鈴、その際彼女はフランに『破壊の目』を掴ませる事がない。

 

狂気に染まったフランはその際『壊せるのに壊せない、めーりんホント面白い』と、嗤ったのだという。

 

今でこそフランは落ち着きはしたが、狂気が溢れたときは美鈴が抑えるそうだ。

 

「美鈴にはホント世話になってるよ」



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第十六話

「すっかり暗くなってしまったのう」

 

紅魔館でフラン相手に遊んでいたら、すっかり夜も更け、最早草木も眠る丑三つ時と言った時間になってしまっていた。

 

「星でも眺めながら、と思っておったのじゃがなぁ……不粋な輩も居るものじゃ」

 

夜の闇の向こう、森の木々の奥に隠れながら、それは隼人に狙いを定めていた。

 

「闇に紛れた私に気が付く……貴方は食べられそうにない人間ね」

 

現れたのは金色の髪に赤いリボンをあしらった可愛らしい少女、些か物騒な事を口にするものだと思いはしたが、十中八九者の怪の類いであろうは解る。

 

「お主は……確かチルノちゃんが教えてくれた、闇の妖怪ルーミアじゃったか」

 

「うんまぁそれでいいよ、でも意外ね、おじいさんとチルノが知り合いだなんて」

 

「ほっほ、弾幕ごっこで遊ぶ仲じゃよ」

 

その言葉に意外そうな顔をするが、ならば自分ともとルーミアは闇の領域を解除して距離を取る。

 

「私とも遊んでくれる?」

 

「とは言え儂まだ一枚しかスペル宣言出来んが良いかね?」

 

「それでチルノと遊べたの?」

 

「何も弾幕ごっこだけが遊びではないしの」

 

それもそうねとルーミアは笑みを浮かべ、次に森に来る時は私も一緒にと指切りをして去っていった。

 

弾幕ごっこをするのだと思っていた隼人にとっては些か肩透かしと言ったところか。それでも今自分が口にした事もあり、気を取り直して神社へと急ぐこととして、幻想郷の宵を楽しみながら、再び歩き出す。

 

 

 

 

朝、隼人は早速自警団員として詰所に顔を出していた、いくら体格が良かろうと、年寄りは年寄りとして事務方の仕事が回されはしたが。

 

「じい様、茶淹れるがいるかい?」

 

「おお、すまんね」

 

茶を勧めてきたのは先に入団していた若い男。

 

訊ねてみれば、何時もは簡単な見回りの仕事をしているそうだが詰所に寄ると、隼人が居たからと言う理由で、事務方の仕事を回してもらったのだと笑う。

 

「じじいなんぞの傍に居って面白いかね?」

 

「そうは言ってもじい様、あんた里でえらく有名なんだぜ?」

 

そう言われても有名になるような事をした覚えはないと首を傾げる隼人に、男は呆れながら。

 

「おいおい、霧雨魔理沙に伊吹萃香、藤原妹紅と来てあの風見幽香と歩いてたなんて、話題にするなってのが無理だぜ?」

 

ともすれば、今は博麗神社に世話になっているなどとは言わない方が良さそうだと思いながら、男との会話を菓子代わりに茶を啜るのであった。

 

 

 

 

男との会話もそこそこに仕事をこなしていると、詰所に妹紅が顔を出す。

 

「ほんとーに働いてるねぇ」

 

目的は勿論隼人である、その手に何やら包みを持って。

 

突然の来訪者に色めく詰所に対し、隼人は変わらぬ様子で妹紅と軽く会話を行い、包みを渡されるとそれについて訊くのを他のもの達は耳をそばだてるように聴く。

 

「おべんと、ほんとはお昼くらい奢っても良いんだけど、どうせならおべんとの方が良いだろうって慧音に言われてさ」

 

にわかにざわめく中に、妹紅手作りかとの声が上がり妹紅の耳に届く。

 

「ないない、これは慧音の作ったもんだよ」

 

その一言に詰所は大いに驚いた、上白沢慧音の手作り弁当など、果たしてこの里に食べたことがある者が居るだろうかと。

 

炊き出ししてるじゃないかと妹紅は言うが、男達にとっては絶対的に違うのだと力説された。

 

「ほっほ、男のロマンと言うやつじゃな」

 

 

 

昼も過ぎ、妹紅が持ち込んだ喧騒も落ち着いて、詰所には変わらず隼人が書類と格闘していた。

 

(うーむ、今さらながらに美羽の苦労を知ろうとは……)

 

梁山泊の運用一切を孫娘に任せきりだったのが、今ツケを払わされる様に反ってきているのではなかろうかと思うほど、書類仕事が多い。

 

だが昼前のように休憩を申し入れて来るような者は居ない、先程の若者も午後の見回りに出てしまい、今は午後から入った女性の職員と二人きり。

 

その女性職員も物静かなもので、簡単に挨拶を交わして以降は、職務以外での会話はない。

 

「すまぬが書類の確認をしてもらえるかね?」

 

「はい、ではこれらをお願いします」

 

渡した書類とは違う書類が渡される、今後もきっとこの繰り返しなのだろう。

 

やがて業務の終わる頃合いには、夜回り組が顔を見せ、交代を済ませていく、その交代に合わせて隼人と女性の今日の職務が終わる。

 

「お疲れさまでした」

 

と、女性に声を掛けられ、隼人も同じ言葉を返して、博麗神社への帰路に着いたのだった。

 

 

 

博麗神社に帰った頃にはすっかり暗くなり、虫の声が夜を飾る。

 

「初出勤でしたが、いかがでした?」

 

夕飯をいただきながらの会話に、霊夢と隼人以外は居ない。

 

恐らく昨日までが特殊だったのだろう、ここに住んでいないのであれば、各々に帰る家があるのだから。

 

「書類仕事が重労働だとは思いもしませんでしたなぁ……」

 

「あはは……こう言っては失礼ですが見た目通りなんですね」

 

「ほっほっほ、そうですなぁ」

 

やはり自分は荒事の方が得意なのだと改めて茶を啜る隼人につられて、霊夢も思わず苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

夜の闇に溶ける影、今日の餌を漁る。

 

里と言えど、妖怪の住まう幻想郷の夜は、決して安全ではない。

 

今日もまた、影に喰われるだろう餌が居た。

 

しかし、影はそれを襲わない。

 

それは餌を誘うための餌、里に現れた強き者を誘う餌。

 

餌は、不用心にも一人出歩く女を犯して棄てる。

 

影にも餌にも心地好い悲鳴を聞いて、里に暫しの喧騒が戻るも、直ぐにまた静寂に包まれるだろう。

 

影は、逃げおせた餌を見届け、里の影に交わり、闇に溶けていた。

 

 

 

 

「犯人に心当たりはあるかい?」

 

昨夜の被害者に事情を聴くのは、慧音に請われて妹紅が行っていた。

 

だが、人相は覆面をしていたからと、似顔絵さえ描けるものではなかったが、それを責めるものは居ない。

 

「とりあえず永遠亭に連れてってあげるから、そこの薬師に色々相談するといい」

 

震えながらも頷く被害者の頭を撫でて、妹紅は優しく微笑んだ。

 

「犯人に関しては、見回りに頼りになるの回してもらうからさ」

 

こくりと頷いた女性を連れて、妹紅は里を離れるのだった。



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第十七話

夜、隼人は始めての見回りという事で、妹紅と里を回ることとなった。

 

「始めての見回りが夜回りなんて、隼人君もついてるね」

 

「まぁ構わんが、しかし夜回りに割く人員少なくないかのう?」

 

狭くはない人里の夜回り組は精々四人五組、これで十分な見回りが出来るのかと思うが、そこは妹紅がスキマが見てるからと笑う。

 

本当に危険な者が居れば紫が対処するだろうから、基本的にはこれで良いのだそうだ。

 

「でもあのスキマ、妖怪に関しては『幻想郷そのもの』に大きな影響を及ぼすような事件と言うか異変を起こさなきゃ放置してるから……」

 

そう言う点に於いては、里の見回り自体は必要なのだと口にする。

 

(観てはいる……か、ならば宿舎に人が増えている理由も知り得そうなんじゃがな)

 

恐らくではあるが、試されでもしているのだろうと思いはするも、それならそれでも良いかと、隼人は妹紅との見回りを再開した。

 

 

 

影にとって、それは唐突に舞い込んだ好機だった。

 

もう少し準備に手間がかかると思っていたが……狙いの餌は現れたのだ、始めて見る年寄りが邪魔ではあるが問題はないだろうと見る。

 

匂いで解るがあれは只の人、妖怪である自分に敵いはせまい。

 

如何に蓬莱人であれ、影からの不意打ちは防げはしないだろう。

 

年寄りを始末して後妹紅の血肉を頂く、そして馴染んだ頃合いに本命である上白沢慧音を食すのだ。

 

では、前菜を頂こう。

 

 

 

 

その殺気は隼人の影から這い出してきた。

 

「儂か、妹紅か、何れにせよ……甘いわい」

 

「ぎびぇっ」

 

中空に弾き出された影からの妖怪は、妹紅の炎の追撃を受けて灰塵と化した。

 

「……良かったのかね?」

 

「ああいうのは始末するに限るのよ」

 

いと哀れと思えば、妹紅はああいう手合いは里にとって害にしかならないと言う。

 

「ほら、見回り再開するよ」

 

「……そうじゃな」

 

妹紅は割と派手に炎を上げたが騒ぎにならない辺り、里の住人にとっては慣れたものなのかもしれないと、一先ず合点をいかせておく事にした隼人であった。

 

 

 

 

「ふぅん……」

 

「紫様?」

 

何時ものようにスキマを開き、その先を眺める紫から漏れるのは、果たして感心か呆れか。

 

愛する式である藍の声が耳に届いたか、紫は何でもないと告げて、スキマを閉じる。

 

「さ、今日はもう寝ましょうか」

 

「おや、珍しいですね、まだ夜は長いですよ?」

 

「そんな日もあって良いでしょう?」

 

柔らかな笑みに、藍はそれ以上何を言わずに、お休みなさいませと告げるに止まった。

 

 

 

 

隼人が自警団に入って一週間、始めての夜回り以降妖怪に襲われる事は無いが、人の起こす色々な事件に何故か遭遇しては解決していった隼人。

 

問題を起こす側に共通していたのは、自警団に提供されている長屋の住人、つまりは隼人と同じく外来の人間だった。

 

「困ったもんじゃな」

 

「真面目にやってる団員の評判は変わらないけど、団そのものの評判はやっぱり落ちているようだしな」

 

「うむ、一度落ちた評判は盛り返すに苦労するしの」

 

「団長も頭抱えてるよ、外来人の保護と思ってやった事が裏目に出てるんだから」

 

団員はそう溢すが、保護された外来人とは恐らく紫によって『餌』として連れてこられた者達だろうと当たりは付く。

 

流石にそれを口にしはしないではおくが、今話をしている団員も幻想郷の里の者、その辺りは把握はしているだろう。

 

保護を謳い『餌』を里に入れる事は、恐らく紫にとっては意に反するだろう、自警団に厳罰でもあるのだろうかと思えど、紫自身はそれに関して口は出していない。

 

いや、出そうかとしたところで、隼人と出会ったと言うべきか。

 

機を逸した紫の取った行動は静観。

 

人の事は『人を超えた人』に任せてしまおう、それが紫の答え。

 

決して面倒臭いとか面倒臭いとかではないと、藍に語りはしたが、結局のところは面倒臭いのだろう。

 

 

 

陽も暮れて、隼人の今日の勤務は終わる、後は博麗神社に帰るだけと言ったところで、職場の仲間に飲みに誘われ、どうしたものかと悩んでいると、そこに霊夢が現れた。

 

「良いんじゃないですか? 取り敢えず正面は閉めておきますから、裏から入って貰えれば良いですよ」

 

いともあっさりと許可を得られたもので、ならばと同僚は霊夢も誘うが、流石にそれは断り、霊夢は買い物籠を手に帰っていった。

 

「くー巫女様と御近づきになれるかと思ったのにぃ」

 

「ほっほ、残念じゃったな」

 

「良いよなぁじい様は、巫女様と屋根を同じくしてるんだろ、羨ましいぜ……」

 

項垂れる同僚に、隼人は『年寄りじゃからなぁ』と答えて笑う。

 

そう、未だに隼人が博麗神社に留まって居られる理由にはその見た目と、隼人自身に女性への性的欲求が無い事に大きく因っている。

 

若い頃の姿であれば、今頃は長屋か根無し草だったであろうと、笑ったことがあった。

 

「とは言え、そろそろ居を移す頃合いかもしれんのぅ」

 

 

 

 

仕事も安定してきた、住まう家も自警団員から伝を貰った。

 

付き合いから戻り、それを霊夢に伝えると、少し寂しそうに『わかりました』と答えるに留まり、席を立つ。

 

直ぐに戻ってきた霊夢の手には、束になった札。

 

「これを」

 

「これは……よろしいのかな?」

 

「ええ、今日までお世話になりましたし、せめて出来る餞別ですから」

 

世話になったと言うのであれば、それこそ隼人の台詞であろうも、さして霊夢は気にせず言葉を続ける。

 

その札は一枚あれば弱い妖怪は寄れず、陣を敷けば力ある妖怪さえ突破は難しいという。

 

「尤も、私には意味無いものですが」

 

自慢気に、逆さまに顔を見せた紫はそう微笑んだ。

 

「そりゃあんたに効くんなら私がそうするわ」

 

「おお、隼人出てっちゃうのかい?」

 

霧が萃まり、寂しそうに、けれど期待に満ちた声の主が現れる。

 

「うむ、そろそろ里でも暮らせる程度には稼げるようになったのでな」

 

「そーかーうんうん、そうかぁそうかぁ……と言うことはだ、いよいよ以てがちで闘れる日が……!」

 

キラキラの笑顔でそう言った萃香に、紫は呆れながらも準備はすると微笑んだ。



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第十八話

「ここは旧地獄、所謂地底だね、紫はここの奥に結界を張ったって言うんだけど……」

 

萃香の案内で、隼人は地底を歩いていた、目的地は勿論、萃香と闘う為に用意された結界。

 

博麗神社から居を移して一月過ぎたある日、紫が隼人を訪ねてきた。

 

『鬼の住処、その奥地、そこに隼人さんと萃香の闘技結界を敷きました、向かうのであれば萃香に案内させてくださいな』

 

そう告げて後、夕飯を共にしてから紫は去った。

 

その明くる日、つまりは今日、萃香は朝靄も煙るより早く隼人の住まいに訪れ、一秒も惜しいとばかりに連れ立って地底に潜り、今に至るのだが、そこで問題が起こる。

 

地底の奥に敷かれた結界、その場所が解らないのだ。

 

「奥ったってこの旧地獄もかなり広いからねーどうしたものかなぁ……と言うかだ、私に案内させるんなら場所くらい教えといて欲しかったね」

 

二人は今、地底の奥、地霊殿と呼ばれる建物よりも更に深く、鬼さえ住まないその場で佇む。

 

「紫殿にきちんと聞いてくるべきじゃったなぁ」

 

「……仕方ない、無闇に奥地を歩いても手掛かりが無いんじゃ疲れるだけだし、この辺りから先に『私』は居ないんだよねぇ……ちと疎めて調べてみるよ、それまでは途中にあった鬼の里でのんびりしようか」

 

 

 

鬼の里は、俄に喧騒に包まれていた。

 

理由は勿論、かの伊吹萃香が年寄りとは言え人間の男に肩車をされているのだ、驚くなと言うのが無理だろう。

 

(しかし何故肩車?)

 

その疑問も、萃香の楽しそうな笑顔を見れば、口にするものは居ない。

 

「あんた……ついに心身共に子供になったかい?」

 

いや、一人居た。

 

額から天を突く一本の角に星の印が映える女性、見る者が見れば体操服にも似た服を着たその者。

 

「おや、勇儀じゃないか、旧都に居るものばかりだと思ってたよ」

 

「ん、いやねさとりから依頼されてさ、ちっとばかり調べものさ」

 

「こんなところに?」

 

しかし勇儀はそれに首を横に振って否定、頼まれたのは数日前に奥地に現れた、清浄な空間についてだと言う。

 

「ああ、それかもしれない」

 

「何がだい?」

 

その空間は恐らく紫が用意した結界だろうと伝えると、当然用途も聞いてくる。

 

その回答を得た勇儀の眼も萃香と同じく、輝きを増す。

 

期待に満ちたその瞳、やはり彼女も『鬼』なのだ。

 

「ちと先約が萃香以外にも居ってな、申し訳ないがその者の後で良いかね?」

 

「ほーう、萃香以外にも……となると……」

 

「太陽の畑の主じゃよ」

 

「へぇ……やっぱり目は付けてたんだね、アイツは鬼では無いけれど、強き人には餓えてるはずさ」

 

弾幕ごっこ、近接弾幕戦は意外な強者に会えもするがどこか物足りない、そう感じる者は少なくは無いのだろう。

 

「ま、それはそれとして、私と闘うのが先だねぇ……でさ、地霊殿の主はこの奥に確かに清浄な空間がある場所って当たりはつけてんの?」

 

「ああ、さとりが言うには『境地』にあるってさ」

 

「……奥も奥じゃないさ……」

 

『境地』旧地獄の最奥、現地獄の最下層との境界と言われる場所だと萃香は言う。

 

場所が場所なだけに清浄であるはずもなく、恐らくそこが紫の用意した結界であろうと想像は出来る。

 

「と言うかだ、めちゃくちゃ遠いよね、そこ」

 

「ああ、だからアタシもこの里で準備してたんだよね」

 

「荷物は宿?」

 

「流石に持ってうろうろ出来ないさ、アンタたちも行くんだ、ここでそれなりに仕度済ませておきなよ」

 

飛んでいくのは難しい上に遠いと勇儀の言葉。

 

それを受け、先ずは風呂敷を求める隼人と萃香だった。

 

 

 

 

「ここは……また凄いところじゃなぁ……」

 

旧と言えど地獄は地獄、その最下層だった無間地獄跡、その広さは役目を終え、かつての見る影もないが『広い』という意味では変わらないだろう。

 

「現地獄の最下層はここより遥かに広いんだよねぇ……」

 

「萃香、あんた疎ませてるんならそろそろ見つけられないかい?」

 

「ああ、ようやっと見つけた、ここのほぼ中心にあるよ」

 

だだっ広い空間のほぼ中心、ここからは疎ませた自身を萃め、その場所に向かって歩き出す。

 

「勇儀、あんたはどうする?」

 

「見ていきたいって気はあるんだけど、ああ残念だ、仕事でなければね」

 

「報告したらまたここまで来ればいいじゃんか」

 

しかし勇儀は心底残念そうに『報告の後はスキマに頼まれ事』とため息をこぼす。

 

紫からの頼まれ事自体希有であり、ましてやこのタイミングである、何か狙いでもあるのかと勘繰る萃香と勇儀。

 

とは言えこうしていても仕事は片付かないと言うことで、勇儀はその場を後にした。

 

 

 

中央付近には確かに結界が敷かれていて、隼人と萃香を迎えるように、一部が開かれる。

 

「さて隼人、あの中に入れば今日までの弾幕ごっこじゃない、本気の鬼との闘いだ、準備は良いよね?」

 

「うむ、誰にも咎められぬ闘いじゃ、純粋に楽しまさせて貰おうかね」

 

「ははっ良いねぇそうだよ、誰も咎めず止められない、隼人」

 

二人は結界の中心で構え合う。

 

「萃香」

 

互いに呼び合い。

 

『行くぞ』

 

 

 

それは、七夜続いた。

 

向かい合うは鬼と人。

 

その姿に幼さは無く、その技に衰えは無い。

 

その姿に老いは無く、その力に衰えは無い。

 

溢れる笑みに、種族は無く。

 

溢れる闘気に、種族は無い。

 

あるのは誇り。

 

己の全てを込めた力と技。

 

二人は七夜、殴り合った。

 

 

 

 

「で、数日前私に捜索依頼が来たんです」

 

さあ今日も張り切ってと準備していると、霊夢と魔理沙が結界を訪れた。

 

「む、そんなものが出るほど留守にしていたかね」

 

「あちゃあ……隼人との喧嘩が愉しすぎて日なんて忘れてたよ」

 

妖艶な美女の姿……かつて酒呑童子を名乗っていた頃の姿から、幻想郷で慣れた少女の姿に戻ったのも、思えば確かに久しぶりのような気もする。

 

「……ほんと、楽しかったのね」

 

「いくら楽しくても私はごめん被りたいぜ」

 

「ほっほっほ、さて萃香、楽しかったかね?」

 

「勿論楽しかったよ、鬼としてこんなに楽しかったのなんて、初めてさ」

 

その笑みはきっと、産まれたばかりの幼児の様に無垢だった。



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第十九話

萃香との喧嘩から一月程経過して、幻想郷の季節もうつろい行く。

 

書類仕事にも慣れ、時に里を見回ることも増えてきた隼人、大分自警団の内情が見えていた。

 

「成る程……」

 

博麗神社で話があると、紫からの使いである九尾の狐こと八雲藍から伝えられ、出向いてみれば調査の進捗を知りたいとの事だった。

 

そして現在、今解っていることのあらましを伝え終えて、隼人は久し振りに霊夢の淹れた茶を啜っている。

 

「里の治安は変わらずお願い致しますわ」

 

それが報告を受けた紫の返答。

 

「うむ、それは良いのですが一つ願いたい事が御座いましてな」

 

「あら、わざわざ私にという辺り、また結界の類いですの?」

 

「ほっほ、察しがお早い、実は先日幽香殿と里で会いましてな、その時萃香との喧嘩の話となり……」

 

終わったことを伝えると、それはそれは向日葵の様に綺麗な笑顔を咲かせ、隼人に告げたのだ『向日葵の畑でお待ちしています』と。

 

だが、それを聞いた紫は微笑み告げる。

 

「ならば私に出番は無いかと、太陽の畑に結界を張る程度彼女には容易い事ですわ」

 

「ほう」

 

「彼女はこの幻想郷において五指に入る強者、霊夢にも弾幕ごっこに関する勝負以外は挑むなと仕付けている位には……危険な相手」

 

「残虐性でいえば目の前のスキマとどっこいだっ!?」

 

そう萃香に言われた紫は、無言で彼女の頭上にスキマを開き金だらいを落とす。

 

「全く……私がそう言われるのはこの幻想郷に害をもたらす者が居たせいですわ」

 

さもその者が居なければ優しい妖怪だと言わんばかりの紫ではあるが、流石に隼人には通じはしないだろうと、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「余計なことしなければ、覗き趣味の妖怪と言うだけですからね」

 

見かねた霊夢のフォローも苦笑混じりであり、紫はついぞ頬をわざとらしく膨らませて拗ねたふりをする。

 

その様子を、隼人は笑みを浮かべて眺めていた。

 

 

 

 

一部の自警団員が起こす事件も、紫の介入が成されることもないまま処罰がなされ、一旦落ち着いてきたのはここ暫くでは、里の者にとって嬉しい知らせと言えるだろう。

 

とは言え元々が夜と闇の住民が主な世界である幻想郷、夜に一人で出掛けるのはどのみち危険である事に変わりはないが、夜の見廻り自体は減った事もまた事実。

 

「休暇を取りたい……ですか」

 

隼人はこの日、一週間程の休みを申請した。

 

理由は簡単、太陽の畑に向かうつもりでの申請、これを受けて自警団の団長は許可を出す。

 

「あそこに住む妖怪……風見幽香さんは畑を荒らすことが無ければ優しいと聞いてますが、一方で畑に一歩踏み入れただけで殺害された人も居るとも聞いてます、お気をつけて」

 

「気遣いついでに聞きたいんじゃが、土産の一つでもと思うてな、何か良いものはあるかね?」

 

「うぅん……里にある甘味が常套かと」

 

時折妖怪の女性も食べに来る店が最近出来たのだと団長は言う。

 

虚実(割合的には虚が多い)天狗の新聞においても、其処の評価は高く、掲載された号は以外と捌けたと訊いている。

 

「ならば期待も出来ましょうな」

 

 

 

 

甘味処で数種類を少しずつ包んでもらい、いざと里の外へ出た所で目的地の主と遭遇してしまう。

 

「あら隼人殿、どちらへ?」

 

「おお、これは幽香殿、そちらへ伺うところでしてな」

 

「そうでしたか、ですが生憎と少し里で用事がございまして……良ければ先に向かい家でお待ちいただけます?」

 

「良いのかね?」

 

「ええ、鍵を開けていようと我が家に侵入するような者(命知らず)はさして居りませんので」

 

多少は居た、と言うことだろうか、その辺りは流すことにして隼人は幽香の言う通りに太陽の畑にあると言う幽香の家に向かうのだった。

 

 

 

 

迷いの竹林で妹紅に出会い、畑迄の案内を頼んだのは正解だったと言える。

 

人の姿を取らない妖怪、怪異と種族の解らない何かが思った以上に棲んでいる竹林、こういった存在が竹林の浅い領域に顔を見せるのは非常に珍しい。

 

「ああもうっ!あんたらいつもは奥に居るじゃないか!」

 

襲ってくるのは、中でも竹林の奥に拠を構えているような、妹紅曰く里に近付く事さえ禁じられている者達ばかりらしく、妹紅も些か困惑の様相を見せる。

 

そんな妹紅に音無き声で語りかける『異形』の内の一体によれば、何も『強き人』に餓えているのは鬼ばかりではないのだと。

 

弾幕ごっこなどで潤う渇きではない、欲しいのだ、確かな人の熱が。

 

「だってさ」

 

伝えられたことを意訳なく隼人に伝えると、隼人は一つ思案して告げる。

 

「幽香殿の所からの帰りに此処に寄るのでな、その時で良ければお相手しよう、如何かね?」

 

だが彼らが見せたのはどこか戸惑うような、心配するかのようなそんな反応。これには流石に面喰らったか、隼人の頭に疑問が過り思わず妹紅を見てしまう。

 

「あいつの所からの帰りにとか流石に無謀だろって」

 

「ほっほ、では後日改めるとしようかね、約束は違えぬよ」

 

「何時でも来てくれとさ」

 

 

 

竹林を抜け妹紅と別れて暫く歩けば、咲き誇る向日葵達に出迎えられ、景色を楽しみながら畑の奥に唯一建つ二階建ての家屋に向かう。

 

「ふむ……ここがそうかね?」

 

隣に問い掛けると、其処には里に居る筈の幽香が笑みを湛えてそうだと答えた。

 

「一応言っておきますが、この私は分体、本体は里に居ります、戻ります迄中でお待ちを……どうぞ」

 

鍵は掛かっていなかったようだ。



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