The Pleiades in The Jet Black (ドラ夫)
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Prologue

 その日、エ・ランテルは揺れていた。

 比類無き英雄。

 人類の切り札。

 エ・ランテルの人々は口を揃えて言う。“漆黒”のモモンこそ、我々の希望だ、と。

 ──“漆黒”

 冒険者達の最高峰、アダマンタイト級冒険者チームの一つだ。

 そのアダマンタイト級の中でも“漆黒”は別格と言われている。

 メンバーがたった二人しか居ないのにも関わらず、どんな依頼もあり得ないほど速く、そして完璧にこなすのだ。

 アダマンタイト級冒険者の損失は人類にとっての大きな損失となる。故に冒険者組合は、何かがあった時のためにメンバーの増員を“漆黒”に進言した事があった。“数”は力なのだ。

 またメンバーの数が増えれば、単純に選択肢の幅が広がる。

 “漆黒”には剣士のモモンと、魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)のナーベしか居ない。普通であれば冒険者チームに必須と言われる、野伏(レンジャー)や司祭系の人間がいないのだ。

 しかしモモンはこう言った。他の者では足手まといになるだけだ、と。

 それは傲慢だ。冒険する冒険者は、先ず長生きできない。

 だが、モモンにはそれが許された。何故なら彼は、強いからだ。

 例え複数人に囲まれようと難なく切り抜け、不意打ちされようと完璧に反撃し、擦り傷さえ受けない。なるほど、野伏(レンジャー)や司祭系の人間が必要無いわけだ。

 

 

 しかし──そう──あれはつい昨日のことだ。

 そんな“漆黒”から、メンバーを増員するという知らせがあったのは。

 銀級以上の冒険者チームがメンバーを増員する際は、冒険者組合に申請をすることになっている。しかしこの規則は、ほとんど意味の無いものだ。

 基本的に人間は──モモンなどの一部の例外はいるものの──他の種族よりも弱い。故に対抗するには、技を磨き、数を揃え、力を合わせなくてはならない。

 その際一番大事なのは、チームワークだ。

 故に、例え銀級の冒険者チームに金級クラスの強さを持つ冒険者が入ったとしても、足手まといになる事が多い。なので一般的に、チームメイトが減ることはあっても増えることは無いのだ。それはクラスが高い冒険者チームになればなるほど、である。

 特にミスリル以上の冒険者チームなどは、歴史をひも解いて見てもほとんどメンバーの補充をした事が無い。

 ──メンバーを五人追加したい。

 今朝、冒険者組合長アインザックの元に届いた申請だ。

 五人、ハッキリ言って異例の数だ。しかもその申請がアダマンタイト級冒険者チームから来たというのだから、アインザックの驚きようといったら無い。

 

 

 申請を出して来たのは“漆黒”──よりいえばリーダーのモモンだ。モモンはその武力もさることながら、頭の方もかなりキレる。メンバーを増やした際のデメリットに気がつかないわけが無い。

 そのデメリットを差し引いても、チームに入れたい者がいる。しかも五人も。にわかには信じられない話だ。

 アインザックは例え一人だって、“漆黒”についていける人物に心当たりがなかった。

 だが、アインザックは認めなくてはならなかった。

 モモンが連れてきた五人は、だれもかれもが“美姫”ナーベと同じくらいに美しかった。故に最初アインザックは、モモンが新しい“囲い”を連れて来たと思った。

 しかし──驚くべきことに──その五人は誰もがアダマンタイト級冒険者に相応しい力を備えていたのだ。

 まったく、モモンという人物にはいつも驚かされる。

 

(しかし本当に、一体どうやってあれほどの力と美女達を手に入れたのか……)

 

 お世辞にもまっとうな職業とは言えない冒険者。なる理由は様々だ。それを詮索することは、暗黙の禁となっている。しかしそれでも、アインザックは過去が気になって仕方がなかった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 完全なる狂騒による騒ぎがあった日から二週間、実はアインズはあの日の事がなかなか忘れられないでいた。

 ──砕けた感じで話せ、アインズはそうプレアデス達に命令した。ユリはあまり普段と変わらなかったが、アレは昔アインズが仲間達と過ごした日々を彷彿とさせてくれた。アインズにとってそれは、何よりの喜びだ。

 仲間達が創ったNPC達は──テキストには忠実であるものの──それ以外の部分は創造主に似ている傾向がある。つまりは、仲間達の生き写しだ。

 ──楽しかった。そう、楽しかったのだ。

 ここ最近アインズは、無い胃を痛め続けてきた。過剰な期待をしてくるシモベ達、アインズはそれに応えなければならなかった。

 そんな辛い日々にあってあれは、久しぶりに楽しいひと時だった。

 

(……もう一回、もう一回くらいなら出来ないかなぁ?)

 

 ──無理だ。

 アインズは即座に切り捨てる。

 ハッキリ言ってアインズは暇だ。時間的な問題は無い。

 しかし、偉大なるナザリック地下大墳墓の絶対なる主人であるアインズ・ウール・ゴウンが、働いてるシモベを呼び出して「なあなあ、ちょっと雑談でもしない? 砕けた感じでさ!」などと言うのは、あり得ないだろう。

 いや、シモベ達なら喜んでそうしてくれそうではあるが……

 そこでふと、アインズは思い出した。

 

『──様をつけるな。それから、敬語も止めろ』

 

 冒険者ルート“漆黒”として活動していた時、アインズが良くナーベラルに言っていた言葉だ。

 これは……使えないだろうか?

 冒険者として潜り込むという設定なら、シモベ達に砕けた感じで接しろと合理的に命令出来る。それにあわよくば、かつて仲間達とそうしたように、未知の世界を全員で冒険できるかも知れない。

 ソリュシャンなどはナザリックの外で働いているが、他のシモベ──二重の影(ドッペルゲンガー)などで代用出来るだろう。

 流石にシャルティアを洗脳した者を誘っている事を考えると、メインの餌であり、対抗できる実力を持つセバスを呼び出すことは出来ないだろうが……

 しかしそれを除けば、考えてみれば考えてみるほど、穴のない計画の様に思えた。

 

(って、ちょっと待った。プレアデス達を“漆黒”に入れる理由がないじゃないか……)

 

 今のアインズの級はアダマンタイト、つまりは最高位だ。それどころか、もしアダマンタイト以上の級があればそうなっていかもしれない。ぶっちゃけ、今でさえ過剰戦力だ。

 一体、どうしたものか……いや、待てよ。

 

「アルベド」

「はっ!」

「セバスを除いた全プレアデスを招集しろ」

「私ではなく……プレアデスをですか?」

「そうだ」

「──畏まりました。至高なる御方、アインズ様の仰せのままに」

 

 近くて控えていたアルベドに命じると、直ぐにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で転移していった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 今日のアインズ様当番であるメイド──サシャーラが扉を開けた。

 先頭にアルベドが立ち、次にプレアデス副リーダーのユリ、その後ろに他のプレアデス達──勿論セバスは除くが──が揃って立っている。

 アルベドがアインズの方に非常に美しい動作で歩いてきた。天井の八肢刀の暗殺虫(ナイトエッジ・アサシン)が一瞬身構えるが、何事もなくアインズの右三歩後ろに控える。

 続いてユリが平伏し、その一歩後ろでプレアデス達が平伏する。その所作は非常に流麗であり、整っている。やはり、何処かで練習しているのだろうか。

 

「ボク──失礼いたしました。我々プレアデス一同、アインズ様の御前に」

「ふむ。良く来たな、プレアデス達よ。急な呼び出しにも関わらず、直ぐに参上してくれた事を感謝しよう」

「何をおっしゃいますか。アインズ様のご命令とあれば、例え何をしていたとしても時間を作ります」

「お前達の忠義を受け取ろう。さて、本題に入ろうか。──ナーベラル・ガンマよ!」

「はっ!」

「問おう。お前は人間に対し、どの様な感情を抱いている?」

「はい。ウジ虫にも劣るゴミ、この世に存在していることが既に不愉快かと」

「……ルプスレギナ、お前は?」

「はい。扱いやすいオモチャ、でしょうか」

「それ、それだ」

 

 アインズの指摘に、ソリュシャンを除いたプレアデス達が首を傾げた。

 こちらの世界に来てからそれぞれ生を受け、動き出したNPC達だが……この首を傾げる動作は、仲間達がプログラムした通りの動きだ。アインズのない頬が緩んだ。

 

「私は、というよりナザリック全体としてだが、とりあえずは人間と敵対する気はない。勿論、それは表立ってという意味であり、必要であれば裏で排除する事もあるがな。しかし基本的な方針は融和だ。だが依然として、お前達は人間と友好的に接するという事が出来ていない」

「申し訳ございません、アインズ様。アインズ様の深淵なる御心、理解出来ていませんでした。ご不快であれば、如何様にも──」

「良い、ナーベラル。別に私は怒っているわけではない。仲間達がお前達をそうあれと──カルマ値を低く作ったわけだからな。それは否定しない。だが時には、それを抑える事もしなければならないということだ。お前達に限った話ではなく、これはナザリック当面の目標でもある。そこでだ、お前達をモデルケースとしようと思う。私と共に冒険者として活動し、そこで私が教育を──」

「アインズ様! お話の最中失礼します! ですが、何故プレアデス達なのでしょうか!? 何故私ではダメなのでしょうか!?」

「アルベド、お前は既に演技が出来ているだろ。それに、お前はナザリック全体の経営を任せている。アルベドよ、お前以外にその任を預かれる者がいるのか?」

「くぅーーー! お、おりません」

 

 どこから取り出したのか、アルベドは白いハンカチを噛みながら、悔しそうに下がった。

 

「それに、だ。──ユリ・アルファよ」

「はっ!」

「お前の創造主であるやまいこさんは、教師という職に就いていた。教師とはつまり、人にモノを教える職業だ」

 

 思わず、ユリがバッと顔を上げた。

 今は至高なる御方の御前、平伏以外の状態はありえない。直ぐに顔を再び下げるが──キリリとした平伏から、言うなればウキウキとした平伏へと変わっていた。

 ユリは人にモノを教えるのが好きだ。ツアレにメイド仕事を仕込んだのもユリである。その理由が、今分かった気がした。同時に、至高の御方と同じ趣味を持っていた事に、とてつもない喜びを感じる。

 

「お前がモデルケースとして成功した暁には、お前から他の者へと教育してほしい。つまりは私の教えを、教師として他の者に教える、ということだ」

 

 ぞわりとユリの背筋を快楽が撫でた。

 ユリはアンデッドであるため、直ぐに抑えつけられるが、それでもその悦びに終わりはない。

 至高の41人の纏め役、アインズ様の教えを、自らの創造主であるやまいこ様のように他の者に教える。しかもその仕事は、間違いなくナザリックの役に立つ。

 ユリの中で悦びが大爆発した。

 もしアインズの前でなければ、首を外して思いっきり投げて叫んでいただろう。

 

「ユリ・アルファよ。引き受けてくれるか?」

「はい! プレアデスが一人ユリ・アルファ、力の限りを尽くします!」

「うむ。期待している。さて、既に冒険者として活動しているナーベラルは良いとして、他のプレアデス達よ」

 

 プレアデスが決意の顔をアインズに向けた。

 姉であるユリが受けた任務、はっきり言って非常に羨ましかった。

 普段からの仕事に不満があるわけではないが、何せナザリックは強大だ。プレアデス達が守っている第九階層に来る敵などいない。勿論敵が来ない事は嬉しいが……それと同じくらいもっと身を粉にして働きたいという気持ちもあった。

 もしもユリと同じくらいの任務を任せられたなら、それに勝る喜びは無い。

 

「──お前達にもユリと同じ様に、冒険者として私に同伴することを命じる。そこから何を学び取るかは、お前達次第だ。私が全ての答えを言ってしまったのでは、かえってお前達のためにはならないからな。それで良いな……?」

 

 反論などあるはずが無い。

 それどころか、非才な自分達の事を考えて自ら課題を与えて下さるとは……

 ユリはアンデッド故流さなかったが、間近で見ていたアルベドとサシャーラは感動の涙を流した。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「流石はアインズ様ね」

「うん。アインズ様ぁ、すごいぃ」

 

 どう見ても人間では無いエントマと、どんな格好をしても冒険者に見えないソリュシャン──そもそもソリュシャンは顔がある程度知られているが──は、アインズの命によりドレス・ルームでちょうど良い変装小道具を探していた。

 

「これなんてどうかしら?」

「……没落貴族ぅ?」

「はぁ、やっぱりそう見えるわよね」

 

 見窄らしいマントを着てみたのだが、没落貴族が命からがら逃げ出してきた様にしか見えなかった。

 変異系のマジックアイテムで姿を変えるという手段もあるのだが、至高の御方が設計した姿を変える事は不敬だ。

 

「それで、話を戻すけど、やっぱりアインズ様のあのご命令は私達の為よね?」

「たぶんそぉ」

 

 戦闘メイド(プレアデス)達の主な仕事はあくまで「戦闘」であり、「メイド」としての仕事はサブだ。

 「戦闘」の方はコキュートスの部下がいるし、そもそもここ第九階層に来る敵がいない。「メイド」としての仕事は、アルベドが組んだ完璧なスケジュールで一般メイド達が回しているから、やはりやる事がない。

  プレアデス達は仕事に飢えていた。

 ナザリックの為に──至高の御方の為に働く事は、無類の喜びだ。忙しければ忙しいほど良い。

 しかし逆に言えば、働いていないときは非常に苦痛だ。

 アインズ様は最後まで残られた、最も慈悲深き方。恐らくその崇高なる頭脳でプレアデス達の不満を悟り、仕事を与えてくださったのだろう。

 ユリに告げた言葉を思えば、それは間違いない。

 

「私達程度の存在にそこまで配慮していただけるなんて、光栄の極みですわ」

「うぷぷぷぷぅ、アインズ様はお優しいぃ」

「そうね。本当に慈悲深い方ですわ。──これはどう、エントマ?」

「……娼婦ぅ?」

「流石にそれは言い過ぎじゃないかしら……」

「本当にぃ?」

「うっ──」

 

 ソリュシャンが着た服は普通の町娘の服装なのだが、顔つきが上品であり、その上色々と豊満なソリュシャンが着ると、いかがわしいコスプレか何かに見えて仕方がなかった。

 

「それより、エントマはどうなの? 私より変装が大変だと思うけど」

「大丈夫ぅ。幻惑蟲を使うからぁ」

 

 幻惑蟲とは、特殊なフェロモンを分泌する蟲であり、そのフェロモンを嗅いだ者は混乱状態──つまりは幻覚に囚われる。

 

「エントマ、アインズ様のお言葉を聞いていなかったの? アインズ様は平和的にと仰ったのよ。幻覚に落とすのは、やめた方が良いと思うわ」

「そっかぁ。ありがとうぅ、ソリュシャン」

「いいのよ。そうねえ……やっぱり顔を隠すしかないかしら」

 

 至高なる御方の前で顔を隠すというのは出来ればやりたくはなかったが、仕方がない。

 ソリュシャンはアサシンではなく、盗賊で登録する事になっている。盗賊であれば、頭巾か何かで顔を隠していても不思議ではないだろう。

 

「それにぃ、ナーベラルも限界が近かったしねぇ」

「アインズ様に付きっ切りでお仕えしてるんですものね。心が休まる時間はないはずよ」

 

 偉大なる支配者には、それに相応しい僕がいる。

 本来であれば、至高の御方には最低でも常に三人はシモベがそばで仕えているべきだ。

 しかし冒険者モモンでいる最中は、そばにはナーベラルただ一人しかいない。恐らく、一瞬の気の緩みも許されないだろう。しかし──

 

「羨ましい……」

 

 それは確かに疲れるだろうが、それ以上に充実感がある事は間違いない。

 現にナーベラルは「はあ、疲れたわ……」と言いながら、顔は物凄く満ち足りていた。ドヤ顔していた。

 

「ナーベラルぅ、ずるいぃ」

「まあまあ、エントマ。私達もこれから同じ立場になるのだから、良いじゃない」

 

 ソリュシャンが諭すも、エントマはまだ何処か不満げだ。

 その気持ちはよくわかる。

 ソリュシャンは姉であるため、妹のエントマの前では冷静に振舞っているが、実はナーベラルにちょっとばかりの嫉妬を抱いていた。というより、ナザリックにいる者なら誰でも多少の嫉妬は覚えるだろう。

 

 

 結局ソリュシャンは黒い頭巾で顔を覆う盗賊スタイル、エントマは人間の皮を被り、擬態する事にした。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

「さて、お前たち。自身の冒険者としての名前と設定を言ってみろ。先ずはユリからだ」

「はい」

 

 アインズはプレアデス達に、冒険者になるための最終テストをしていた。

 直ぐに人を殺そうとしない、ナザリックの事を口にしない、などの基本的な事から、依頼を受ける際は依頼料の高さではなく評判を気にせよ、などの冒険者特有の知識まで、色々な事だ。

 そして最後は、ある意味アインズにとって最も重要なこと──即ち、アインズへの態度に関する設定だ。

 この辺りの設定はアインズが指定したものもあるし、丸っ切り任せているものもある。

 

「名前はユーリ。職業は打撃者(ストライカー)、魔法は使えず、スキルは基礎的なもののみ。装備は最高位でも聖遺物級(レガシー)まで。アインズ様──モモンさんとの関係は、上下関係のない平等なお仲間とさせていただきました」

「うむ。完璧だ。次に──そうだな──ルプスレギナよ。答えてみよ」

「はいっす!」

 

 アインズは最初、ボロを出すならルプスレギナかもしれないと思っていたのだが、その軽い性格故かアインズと平等に接する演技に最も違和感がなく、今ではアインズの期待の星になっていた。

 

「名前はルプー。職業は戦士司祭(バトル・クレリック)、第三位階までの信仰系魔法が使えて、後はからっきしっす! モモンとの関係は、気心の知れた大親友っすね」

「大親友とまで言った覚えはないが……まあいいだろう。概ね問題はない。ナーベラルは置いておくてして、次はソリュシャンといこうか」

「はい、アインズ様」

 

 ソリュシャンにいたっては、アインズは何の心配もしていなかった。

 ここではアインズ様と呼んでいるが、演技が必要な場面になれば、完璧にアインズを「冒険者モモン」として扱うことが出来ていた。

 

「名前はソーシャン、職業は盗賊。顔に傷があり、顔を決して見せない。スキルの類は少なく、代わりにマジックアイテムや仲間をフォローして戦う、サポート型とさせていただきます。アインズ様との関係は、顔に傷を受けた事件の際助けていただいき、それ以来一緒に旅をしている、といったところでしょうか」

「流石はソリュシャン、完璧だな」

「勿体無いお言葉ですわ」

 

 ソリュシャンはスクロールやワンドなどを使用しなければ魔法の類を使う事が出来ない。しかしソリュシャンは体の中にほぼ無限にスクロールやワンドをしまっておけるし、使い慣れてもいる。

 流石はソリュシャン、己の役目をよく理解している。

 それに、過去に何かを抱えている顔を見せない盗賊とか、なんかかっこいい。アインズの好みまで考えての設定だろうか。

 

「さて、次は……シズかエントマか」

「ここは私から」

「じゃあ私からぁ」

「──ん?」

「──んぅ?」

「今まで年功序列で来た。だから次は姉である私」

「年功序列で来たんだからぁ、次は私でしょぉ?」

 

 シズとエントマが取っ組み合いのケンカを始める。

 シズとエントマはどちらが姉でどちらが妹なのか決められていない、そのためこうしてどちらが姉かで良くケンカするのだ。

 流石にいつもならいくら何でもアインズの前でケンカなどないのだが、今は練習としてちょっと砕けた感じで話せと命じている。

 

「よせ、よせ二人とも。いや、一機と一匹か? まあとにかく、ケンカはよせ。そうだな、今回は名前順でエントマからとする」

「分かりましたぁ」

 

 チラリとシズを見た後で、エントマが語り出す。

 

「名前はエマぁ。第二位階までの魔法が使える召喚士(テイマー)でぇ、第二位階までの魔法が使える妖術士(ソーサラー)でもありますぅ。モモンとの関係はぁ、兄分と妹分ですぅ」

「ほお。それは何というか、大分マニアックな所を突いてきたな。だが、嫌ではないぞ」

 

 エントマに召喚士(テイマー)妖術士(ソーサラー)としての技能はない。しかし召喚士(テイマー)寄生虫(パラサイト)を使えば再現出来るだろう、妖術士(ソーサラー)も幻惑蟲を使えば何とかなるだろう。

 

「それでは最後に、シズ」

「はい。説明、する」

 

 シズが相変わらず無機質な声で答える。いや、シズの種族を考えれば仕方がない事なのだが。

 今回はそのあたりの無表情具合を誤魔化せるような設定を考えろ、と命じてあるのだが、どういう設定を作ったのだろうか。

 

「名前はハチ。職業は弓兵(アーチャー)。装備はこのマフラー以外、魔力の篭っていないモノ。幼い頃両親を眼の前で拷問されたから、感情がなくなった」

「いや、いや! それはちょっと重すぎるだろ? なんかこう、もうちょっと軽い設定はないのか?」

「それなら、幼い頃レイプされた──」

「分かった! もう分かったから! よし、シズ。お前は性来無口な性格だった。いいな?」

「はい、アインズ様」

(シズってこんな性格だったのか……)

「モモンとの関係は対等なパーティーメンバー。昔出会って以来、一緒に旅をしている。特別な因縁はない」

「まあ、一人くらいそういう奴がいてもいいだろう」

 

 パーティー内全員と特別な縁があるのも、変な話だ。吟遊詩人(バード)であればそう言った話を好むかもしれないが、残念ながら大半の人間は吟遊詩人(バード)ではない。

 

「よし。ではナーベラルよ、何故他の者達は“漆黒”に加わるのが遅れたのだ?」

「はい。ホニョペニョコなる吸血鬼を追い、付近を秘密裏に探索していた為です。吸血鬼は魅了系のスキルを有している為、大事にせず、少数精鋭で事に当たった方が良いとの判断からです」

「うむ。私達がアダマンタイト級冒険者になったきっかけである、シャルティアとの戦いの際は、どうしていたのだ?」

 

 もしアダマンタイト級に上がるきっかけとなったシャルティアとの戦い──実際はモモンではなくアインズとして戦ったのだが──が“漆黒”の二人ではなく、七人でよって集って戦ったという事になれば、最悪アダマンタイト級を剥奪されるかもしれない。

 

「えっと……そう、ドラゴンを狩っていました」

「ドラゴン?」

「はい」

「何処で、どのドラゴンをだ?」

「それは……」

 

 視線を漂わせるナーベラル。

 おい、おい。大丈夫なのか? とアインズが考えていると“ピシピシピシ!”と音が聞こえてきた。ユリが何処からか取り出した棒で机を叩いていた。助け舟を出したのだろう。

 

「カッツェ平野でホニョペニョコと戦い、負傷していた事にさせていただきます」

「なるほど。あそこはあまり人が立ち入らないからな、今から戦闘痕を作ったとしてもバレはしないだろう。療養は、そうだな、カルネ村でとっていた事にするか。ルプスレギナよ、村人と口裏を合わせておけ」

「はいっす!」

 

 色々と危うい気もするが……まあ、大丈夫だろう。いざとなれば、アインザックの記憶をいじれば良いわけだし。

 アインズ──いやモモンは、これから始まる冒険者としての生活に、心を躍らせた。

 アンデッドとしての特性から直ぐに鎮静化されるが、それでも心地良い余韻が残った。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 その日、エ・ランテルは揺れていた。

 比類無き英雄。

 人類の切り札。

 エ・ランテルの人々は口を揃えて言う。“漆黒”のモモンこそ、我々の希望だ、と。

 ──“漆黒”

 冒険者達の最高峰、アダマンタイト級冒険者チームの一つだ。

 そのアダマンタイト級の中でも“漆黒”は別格と言われている。

 メンバーがたった二人しか居ないのにも関わらず、どんな依頼もあり得ないほど速く、そして完璧にこなすのだ。

 だが、今日からは違う。

 騒ぎ立てる民衆の中を先頭に立って進む、一目みただけでその恐ろしさが分かるほど強大な魔物に騎乗している男──“漆黒の英雄”モモン。

 その三歩後ろを、頭が少しも動かないほど綺麗に歩いて追従する女──“美姫”ナーベ。

 エ・ランテルに住む者ならば誰でも見た事がある、そして誰もが憧れる二人だ。

 

 

 だが、今日は違うところがある。

 二人の後ろを、さらに五人の女性が追う。

 “黄金”ラナーに並ぶと言われた“美姫”ナーベ。吟遊詩人(バード)達は歌う、あの二人こそが世界で最も美しい人間だと。

 しかし、これはなんだ。

 後ろを追う五人全員が、ラナーやナーベと同じくらい美しい。一人だけ顔を隠しているが、それでもその歩き方や服を盛り上げる身体のおうとつから、美しさのほどが分かる。

 この五人こそ“漆黒”の新たなるメンバー。

 七人になった“漆黒”は、時に新米冒険者と握手を交わしながら、時に新しい生命の名付け親になりながら、時に困った老婆を助けながら、ゆっくりと冒険者組合へと歩いて行く。

 冒険者組合に入れば、誰もが帽子を脱ぎ、道を譲り、時には敬礼する者までいた。

 

「……ふむ。この依頼を受けたいんだが、構わないか?」

「勿論です、モモン様」

 

 依頼が貼られているボードから、無造作に依頼をとって渡す。

 普通の冒険者であれば、素人丸出しの愚かな行為だ。

 依頼人に裏はないか、その地域にどんなモンスターがいるのか、仲間はどう考えているか、依頼達成までの時間と依頼料は釣り合いが取れているか、その辺りをよく擦り合わせてから、漸く依頼を受ける。それが一流の冒険者というものだ。

 では超一流の冒険者は……?

 答えは目の前にあった。

 深紅のマントを翻し、ゆっくりと冒険者組合を去っていく。

 モモンが冒険者組合を出るまでの間、誰も何も発さない。

 ──“カラン、カラン”と、扉の音だけが響いた。








ナザリックのギミックを全て理解しているシズを外に出すわけないだろ! というツッコミはやめて下さい。死んでしまいます。
後でフォローしますので、とりあえずご容赦を。


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V.S  The Troll of East ①

「東の巨人か……」

 

 エ・ランテル最高の宿屋──『黄金の輝き亭』。

 アダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”は、ここで作戦会議を開いていた。

 アインズが受けた依頼は、ハムスケ──つまりは森の賢王に並ぶ、この地域一帯を牛耳る魔物の一匹──東の巨人の討伐だ。

 これは国からの依頼であり、常に冒険者組合の依頼ボードに貼り出されているのだが、そのリスクに比べて貰える給金が少ない為、受ける者がずっといなかった依頼だ。尤も、受けたところで達成出来るのか、という疑問もあるが。

 ハムスケと同じくらいの強さであれば、この世界の人間だと、精々ガゼフくらいしかまともに戦えそうにない。

 

「さて、相談しようか仲間達よ。案がある者はいるか?」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルド長を務めていたころ、モモンガはみんなを引っ張っていくというより、全員の意見をまとめて妥協点を見つけるタイプのギルド長だった。

 こちらの世界に来てからは絶対なる支配者として振舞ってきたが、“漆黒”のリーダーモモンの時は、昔の様にみんなを取り持つ存在になると決めた。

 

 どんな種族なのか、仲間はいるのか、住処はあるのか、あったとして何処か……現状、東の巨人について分かっていることはほとんどない。

 好きこのんで森の奥まで行く冒険者は少なく、また居たとしても大半が死んでいる。そういった理由で、ハムスケの外見を知らなかった者が多い様に、東の巨人について知っている者が少ないのだ。

 

 本来であれば高い索敵能力を持つニグレドや、森に詳しいアウラに尋ねた方が手っ取り早いのだろうが……それでは冒険者チーム“漆黒”としての仕事にならない。

 アインズは依頼をこなしたいのではなく、依頼に挑戦したいのだ。みんなでいっしょに──そう、昔の様に。

 故にアインズは、その辺りを何処からどう調べていくのか、プレアデス達に尋ねた。

 アインズが尋ねると、ナーベラルが口を半開きにして考え、エントマがこてんと首を傾げ、ユリが静かに考え込んだ。シズは相変わらずの無表情。

 他のプレアデスを見回した後、優雅に微笑んでからソリュシャン──ソーシャンが手を挙げだ。

 

「ソーシャン、意見を聞かせてくれ」

「はい。森に入り、手頃なオーガやゴブリンを捕らえ、情報を集めるのがよろしいかと。彼らは森に住む者、であれば東の巨人の情報を待っているものと予想しますわ。身近な上位者の情報を把握していなければ、自分の生活圏が脅かされる危険がありますから」

「うむ。非常に良い案だ。理にかなっている」

「ありがとうございます」

 

 いつもより飾られていない礼の言葉。

 アインズはそれに非常に強い満足を覚えた。

 丁寧語だが、しかし従者と主人ではない、平等な関係を上手く演じている。

 

「しかし、あいつらの様な獣が東の巨人の情報──住処や生態を私達に話せるか、という疑問が残るな」

「それなら、あいつらを半殺しにして泳がせるっす! その中に東の巨人の部下がいれば、助けを求めて、東の巨人の元へ行くんじゃないっすかね。私とソーちゃんなら、簡単に尾行出来るっすよ!」

「いいぞ、ルプー! 作戦を建てる際、それが実現可能かどうかを吟味する事は非常に大事だ。その点、お前の案は自分の長所を良く活かしている」

 

 ぷにっと萌えさん曰く、人はつい希望的観測をしてしまうそうだ。

 相手がこう動いてくれたら〜、こうならなければ〜、所謂“たられば”で作戦を立ててしまう事が多い。

 そこにきてルプスレギナは、自分の能力──ここでいう能力とは冒険者ルプーとしての能力──に見合った作戦を立てている。

 

(今まで知らなかっただけで、案外ルプスレギナは計算高い性格なのか? そういえばアルベドも、ルプスレギナを褒める様な事を言ってたっけ……

 これはもう一度、シモベ達のテキストをじっくり読む必要があるかもしれないな)

 

 シモベ達のテキストには、仲間達の趣味趣向が見え隠れしている。それらを見返す作業は、アインズにとっては中々楽しい作業だった。

 

「良し、ソーシャンとルプーには現地での情報を集めて貰いたい。異論はある者はいるか?」

 

 誰も口を挟まない。

 ……もうちょっと揉めてもいいんじゃないか?

 アインズ・ウール・ゴウンが最も輝いていた頃は、たっち・みーとウルベルトがいつもケンカしていたものだ。

 毎回ああしろとは言わないが、全てが「はい、その通りです」ではつまらない。

 

「うーむ、その辺も課題か……。個人的な感情は置いておくとしても、議論なき会議は発展に結びつかないからな。まあしかし、取り敢えず今は良しとしよう。

 ルプーとソーシャンは別行動でゴブリンやオーガの尋問及び追跡……地形の把握も、出来ればやってほしいな」

「はいっす! ビンビンに頑張るっすよぉー!」

「分かりました。初めてのお仕事、精一杯努めさせていただきますわ」

「うむ。が、頑張れよ」

 

 どう激励の言葉を掛けてればいいのか……

 ユグドラシル時代ずっと丁寧語だったアインズ、こちらの世界に来てからはずっと支配者としてのロールプレイだ。対等な立場での激励など、分かるはずもない。

 

「任せるっすよ、モモン!」

「はい。頑張ります、モモンさん」

 

 ルプスレギナが親指を立てて、ソリュシャンが楽しげに笑いながら答える。

 ──精神が鎮静化された。

 

「……では、残った私達は何をしようか」

「モモンさ──んが飼いならしている、金に(たか)る虫共に情報を集めさせるというのはいかがでしょうか?」

「ナーベよ、その様な言い方はよせ。お前が言ってるのは恐らく、商人達のことであろう? 彼らは最も仲良くしておくべき人種の一つだ。下手な事を言うと、何処で誰が聞いてるのか分からんぞ」

「では諜報を警戒して、《ラビッツ・イヤー/兎の耳》を使いますか?」

「そういう事を言ってるのではない……」

 

 ナーベラルはこてんと首を傾げた。

 

「私が言っているのは実際に聞かれる可能性がある、という事ではなく、お前のその見下した態度から来る評判の事を言っているのだ。思考は言葉に、言葉は態度に出る。お前の悪評が“漆黒”全員の悪評になると知れ」

「はい。申し訳ございませんでした」

(本当に分かってるのかな……?)

 

 アインズが言えばナーベラルは一応態度を改めるが、それもちょっとの間の事だ。

 ここは一度、ガツンと言った方が良いかもしれない。

 鈴木悟はサラリーマンとしてそこそこ働いてきた。当然、少ないながらも部下はいる。

 部下の教育をしているとき、困ったアインズは教師をしているやまいこに尋ねた事があった。

 ──何度も同じミスをするんですよ。彼も悪気はないだけに、何だか注意しづらくって。

 その時やまいこは言った。

 ──時には殴ってでも間違いを正さなきゃダメだよ!

 流石に殴るような事はしないが……ガツンと言った方が良いかもしれないな。

 

「ナーベ──いや、ナーベラルよ」

「はっ!」

 

 アインズが冒険者ナーベをナーベラルと呼んだ事で、部屋の中の雰囲気が緩慢なものから緊迫したものへと変わった。

 プレアデス達もソファーから降り、その場に平伏する。

 

「私が冒険者モモンとして活動し始めた時、どうしてお前を供に連れたか分かるか?」

「はい。緊急時アインズ様の盾となるため、またアインズ様の身の回りのお世話をさせていただくためです」

「それは正解の一つであるが、本筋ではない」

「なんと……お聞かせ願いますでしょうか、アインズ様の御心を」

「うむ。私はあの時既に、人間との和平の道を考慮していた。しかしカルネ村会合の一件から、ナザリックの者が人に良い感情を抱いてないとも分かった」

 

 プレアデス達が大きく目を見開いた。

 「知略の王……」喘ぐような呟きが聞こえてきた。

 

「そこで、ナーベラル、お前を人間の世に送り込んだのだ。人間を見下すな、と命じた場合、ナザリックの者がどんな態度をとるか見る為にな。結果はまあ、この通りだ」

「も、申し訳ありません、アインズ様! その様な深きお考えがあったとは! このナーベラル・ガンマ、自らの命でこの罪を購えるなどという思い上がりはしておりません! 何なりと──」

「まあ待て、ナーベラルよ。この話には続きがある。何故私が数いるシモベの中から、お前を選んだのか、という点についてだ。答えを教えよう。ナーベラルよ、私がお前に期待しているからだ」

 

 二重の影(ドッペルゲンガー)の作り物の顔が、驚愕に染まった。

 同時に、他のプレアデス達が嫉妬に燃え上がる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて宣言しよう。ナーベラル・ガンマ、私はお前に期待している。その期待はまだ終わってはいない事を知れ」

「はっ! アインズ様のご期待に少しでも応えられるよう、非才な身ではございますが、精一杯務めさせていただきます!」

「うむ。プレアデス達よ、私はナーベラルに期待し、供にした。そして今はお前達全員を供としている。この事を覚えておけ」

「畏まりました」

 

 一糸乱れぬ返答が聞こえてくる。

 それは非常に美しく、この『黄金の輝き亭』の最高品質の部屋でさえ色褪せるほどだった。

 

「……少し話が長くなったな。して、ナーベ(・・・)よ、改めて聞くが──何か案はあるか?」

「はっ──はい。 商人達と取り引きし、情報を売って貰うのが良いと思います。モモンさんは最高位冒険者、向こうとしてもコネを作りたがっているかと推測します」

「良い案だ──と言いたい所だが、二つほど問題が生じる」

 

 アインズが漆黒のガントレットに覆われた人差し指を立てた。

 

「一つは単純に、商人達が東の巨人についての情報を知っているか、という点だ。彼らは貴族の黒い噂や小麦の時価については詳しいが、モンスターについて詳しいかと言われればそうでもない」

 

 続いて、中指も立てる。

 

「二つ目は、その情報が真か嘘か区別がつかないという点だ。アダマンタイト級の私達を敵にまわそうと思う者は少ないだろうが……人は話を膨らませて話してしまうものだからな。一人、二人の情報では意味がないのだよ。複数人の話を聞き、よくすり合わせなければならない」

 

 実際モモンも、ネットの情報を信じて痛い目を見た事がある。

 とあるボスに関する攻略サイトの記事。炎系の魔法が効くよ、と書かれていたのだが、実際に有効だったのは炎系魔法の中でも聖炎系魔法のみ。

 モモンガと、モモンガと一緒にボス狩りに行ったギルドメンバーが死んだ後もう一度攻略サイトを見ると、こっそりと修正されていた。

 この様に、向こうに悪意がなくとも偽の情報を掴ませてしまう事はままあるのだ。

 

「でしたら、東の巨人に関する情報以外の情報を買うのがよろしいかと」

「ほお? 意見を聞かせてくれ、ユーリ」

「はい。名前が知られている以上、東の巨人を討伐しようとして失敗した、あるいはたまたま遭遇して逃げ出した者が必ずいると思います。そこで、そういった者達を紹介してもらうのはいかがでしょうか」

「なるほど、それは良い案だ。良い案だが……ユーリ、お前まだちょっと口調が固くないか?」

「うっ──申し訳こざいません」

「それ、それだ。やまいこさんはもっとこう、元気いっぱいというか、かなり砕けた感じの人だった。お前も本当はそうなんじゃないか?」

「モモン、当たってる。ユーリは本当はがさつ」

「シ──ハチ!」

 

 ユリが今にも首を投げつけんばかりの表情でシズを睨んだ。もしアインズの前でなければ、殴りかかっていたことだろう。

 しかし同時に、創造主であるやまいこの話を聞けた喜びが、体の中で爆発する。

 結果ユリは、怒ってるんだか笑ってるんだかよく分からない顔を作った。

 生徒達の話をしているときの、やまいこさんそっくりだ。

 

「こういったことは強要しても仕方がない。おいおい直して行ってくれ。まあ、やまいこさんがユーリの性格をそうあれと造った可能性もあるしな」

「はい。モモンさん」

「では、ユーリとナーベに情報を集めてもらうということで良いか?」

「賛成です。商人の方々と交渉するのであれば、既に顔が知られているナーベが適任でしょう」

 

 ソリュシャンの言葉に、全員が同意した。

 

「決まりだな。さて、残った私とエマ、ハチだが……マジックアイテムやポーションの買い込みだな」

 

 アインズはアンデッドであるため、ポーションが不要だった。しかし、ルプスレギナには必要になるだろう。

 他にもソリュシャン用のマジックアイテム、シズ用のボーガンなど。ナザリックのアイテムを使っても良いが……それはアインズの望みではない。

 やはりここは“漆黒”として儲けた金貨で、この世界のアイテムを買うべきだろう。

 

 アインズの提案に異論を出す者は居らず、三手に分かれてそれぞれ働く事が決まった。



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V.S  The Troll of East ②

 いつもの聖印を象ったような巨大な武器──ではなく、先端に鈴がついた小ぶりのワンド。

 ルプスレギナはそれをシャンシャン鳴らしながら、上機嫌に森の中をスキップしていた。

 

「るんるんるる〜んルプスレギナ〜♪」

 

 静寂な森の中、その音は非常に目立つ。

 やがて奥の方から、複数の足音が聞こえてきた。同時に、ルプスレギナの鋭敏な嗅覚が獣の悪臭を嗅ぎ取る。

 

「お、来たっすね」

 

 出てきたのは三匹のオーガと、それを取り囲むように周りに密集しているゴブリンとバグベア。数にして……20強といったところだろうか。

 いや、茂みの影に隠れて悪霊犬(バーゲスト)も六匹程いる。一際体とそれに巻きつく鎖が大きいあの個体は、悪霊犬の長(バーゲスト・リーダー)だろうか。

 森の中ということもあり、平野に出没する群よりもやや規模が大きい。

 しかし、ルプスレギナは慌てない。

 それどころか人の良さそうな笑みを浮かべ、手を振って近づく。

 

「いやー、遅かったじゃないっすか。この辺にはもういないのかと、ヒヤヒヤしたっすよ」

 

 それを聞いたゴブリン達は「なんだこいつ……」という表情も見せることもせず、黄色い薄汚れた歯を剥き出しにして襲いかかった。

 全員で取り囲んで四方八方から、という訳でもない、真正面からの原始的な攻撃。

 

 真っ先に攻撃してきたのは、最も足の速い悪霊犬(バーゲスト)だ。

 足を噛みちぎろうと、大きく口を開けて突っ込んでくる。

 ルプスレギナはバックステップでそれを躱し、膝蹴りを顎の下から、肘打ちを頭の上から繰り出す。

 ──パン!

 小君良い音を立てながら、悪霊犬(バーゲスト)の頭が潰れた。

 

 続いて追いついたゴブリンが、木を削って作った原始的なメイスを力の限り振り下ろしてくる。

 ゴブリンの攻撃をクルリと回って回避し、その回転の勢いを利用して裏蹴りをゴブリンの胴体に叩き込む。

 グチャリと内臓が潰れる感触に、ルプスレギナの顔がサディステックに歪んだ。

 ゴブリンは吹き飛ばされ、近くにあった木にぶつかり──赤い花を咲かせる。

 可愛らしい。ルプスレギナはそう思った。

 

「おっとと、うっかりうっかり。軽く蹴ったつもりだったんすけどねー。うーん、今のよりも弱い攻撃となると、ちょっと難しいかしら……」

 

 モンスターを倒したのなら、その証としてモンスターの一部──ゴブリンであれば耳──を持って帰らなければならない。

 ルプスレギナの攻撃は強すぎて、肉片さえ残らないのだ。これでは“漆黒”の名誉を上げることが出来ない。さて、どうしたものか。

 

「ジネ!」

 

 全身の筋肉を隆起させ、オーガが渾身の一撃を放った。

 ルプスレギナはそれを、木製の小ぶりなワンドで受け止める。

 ──シャンシャン。

 ルプスレギナの鈴がついたワンドが鳴った。

 ……それだけだ。それ以上は何も起こらない。

 攻撃の衝撃でワンドが壊れるということも、ルプスレギナが苦痛に顔を歪ませる事も、オーガの一撃がルプスレギナに届く事もない。

 ただ、鈴の音が少し鳴っただけ。

 

「ほいっす」

 

 オーガの肩に手を添え、下に落とす。

 驚くほどあっさり、ストンとオーガの右腕が地面に落ちた。切り口から大量の血が吹き出る。

 ルプスレギナは血が服につかないよう、三歩ほど後ろに下がった。

 今は至高の41人に作られたメイド服ではない、エ・ランテルで買った冒険者用の安物だ。しかし、下等生物の血が着くのは不愉快だ。

 

「ウギャアアアアア!!!」

「なるほどー、四肢を攻撃すればよかったんすね。それならもう、遠慮しないっすよー!」

 

 数瞬遅れて、痛みがやって来る。

 オーガは武器を捨てて肩を抑えながら、転がるようにして後方に下がった。

 それを追うように、ルプスレギナはグルグルと肩を回しながら、オーガとゴブリン、バグベア、悪霊犬(バーゲスト)の群れに近づいて行く。

 頭の悪い彼らでも、流石に悟る。

 自分達は捕食者ではない。むしろ逆に──

 

「に、ニゲロォォオオオ!」

 

 所詮は獣、恥も外聞もなく即座に森の方へと走り出す。

 逃走する際、背中を見せてただがむしゃらに走るのは悪手である。相手の方が強い場合、自分より相手の方が足が速い事が多いからだ。

 そこで冒険者達は上位の敵から撤退する場合、お互いを助け合いながらジリジリと後退する。それさえ出来ない時は、お互いの無事を祈りながら散り散りになって逃げるのである。

 しかし彼らにそんな知恵はない。

 ただ己の本能──恐怖に従って、力の限り逃げるだけだ。

 

 ──シャンシャン。

 

 背後で鈴の音が聞こえた。

 ザシュッと何かが切り落とされる音がした。同時に、仲間の声が一つ消える。

 ──走る、走る、走る。

 ひたすら走る。

 人よりもよほど体力がある亜人の彼らが、汗をダラダラかいて、足が悲鳴をあげるほど走っているのに、まだ鈴の音はピタリと背後についている。

 先ほどは獲物の位置を知らせてくれる便利な道具とさえ思っていた鈴の音が、今は怖くて堪らない。

 

 ──静寂。

 

 太陽の位置が変わるまで走り続けた頃、いつの間にか鈴の音が止んでいた。

 鈴の音が聞こえないという事は、一先ずは逃げ切ったということだろう。ゴブリンやオーガ達は安易にそう考える。

 そこで初めてゴブリンとオーガ達は、ただがむしゃらに足を走らせて逃げるのではなく、何処に逃げるかを考え始めた。

 思いつくのは、彼らを──彼らの部族を最近牛耳り始めた、この森を仕切る三王の内の一人。

 あいつとの関係は決して良好とは言えないが……明確に命を狙ってくる、鈴の音の主よりはよほど良い。

 ゴブリン達は急いで枯れ木の森の方へと走って行った。目的地はその先にある。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「やれやれ、やっとアタリをひいたっすかね。ちょっと疲れちゃったっすよ、流石に」

 

 くぅーっと背を反らして伸びをするルプスレギナ。

 もしこの場に男がいたなら、その突き出された双丘に目が釘付けになったことだろう。眼福である。

 ──眼福である。

 

「うふふ。いいじゃない、その分沢山遊べたんだから」

 

 木の影から、ソリュシャンが静かに出てきた。

 手には首から下が溶かされたオーガの首握られている。このオーガは東の巨人を知らなかった──謂わば野良のオーガだ。

 この森の特徴──例えば毒のある草が生えた危険地帯やオーガやゴブリンの集落がある場所──をソリュシャン流の聞き方で聞き出した。

 ソリュシャンはオーガの首を胸元に寄せ、優しく抱擁した。オーガの首はそのまま呑まれていき、やがてすっぽりとソリュシャンの中に入った。

 勿論、耳だけは生前に回収してある。

 

 二人は気配を消しながら、ゴブリン達を追跡した。彼らは歩く際の足音や痕跡──足跡や倒した草木──に気を使わないので、追跡するのは二人でなくとも容易だ。

 捕食する側の余裕、という事だろう。もしくは単に頭が悪いだけかもしれない。

 

「そりゃあ、ソーちゃんはいいっすよ。拷問して殺すだけっすから。私は殺さないように戦いながら、拷問にかけるのか、生かして逃すのか見極めなくっちゃあならないんすよ? チョーストレス溜まるっす。萎え萎えっす」

「疲れたということは、その分頑張ったということよ。きっと“漆黒”のみんなが褒めてくれるわ」

「あー、それならいいっすけど……」

 

 思い出させるのは“漆黒の英雄”モモン──アインズだ。

 今は冒険者たれと命を受けているため、喜びを表に出す事はしないが、内心では褒められるたびに絶え間なき歓喜が渦巻いていた。

 

「あら、これは……」

 

 やがて二人は、鬱蒼とした森を抜け──枯れ木の森と呼ばれる、葉をつけない木のみが生えている森に辿り着いた。

 しかしよく見てみれば、何本かの木は葉をつけ始めているし、地面には苔類や若葉が芽吹き始めている。

 これは今まで養分を吸収していたザイトルクワエが居なくなった影響だ。

 ザイトルクワエの根はこの辺りの大地にも及んでおり、葉をつけるのに必要な養分を吸い取っていたのだ。それがなくなった事で、枯れ木の森は葉をつけ始めていた。

 とはいえまだまだほとんどが枯れ木であり、姿を隠す場所に乏しい。

 

「どうするっすか? 不可視系のスキルでも──」

「それはダメよ、ルプー。私達は盗賊と戦士司祭(バトル・クレリック)なんですもの、あくまでスキルや魔法を使わない隠密をすべきだわ」

「そうっすよねー」

 

 ぶっちゃけ不可視系のスキル──〈透明化(インヴイジビリテイ)〉など──を使わずとも、尾行自体は余裕だ。

 何せゴブリン達は逃走を開始してから一度も、後方を確認するという事をしていない。臭いにさえ気をつけていれば、一生気がつかれないだろう。

 しかしそれではルプスレギナの気が晴れない。

 不可視系のスキルを使い、いきなり奴らのど真ん中に登場して鈴を鳴らしたら、どんな顔をするか……

 中々面白そうだ。

 

「ダメよ、ルプー」

 

 ルプスレギナの思考を読んだソリュシャンが、注意喚起の声を投げかける。

 

「分かってるっすよ。でも、ちょっと急がせるくらいはいいっすよね?」

「……はあ、仕方がないわね」

 

 ルプスレギナは口を三日月型に歪めると、ワンドを揺らして鈴の音を鳴らした。

 途端に、ゴブリン達は悲鳴を上げて走り去って行った。

 枯れ木の森を抜けた先、東の巨人が住む洞窟へと。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 レオポルド・キンブリーはそこそこ名の知れた商人である。

 

 ハッキリ言ってリ・エスティーゼ王国は新興の商人には優しくない国だ。

 レオポルドが活動しているエ・ランテルは軍事拠点であるため、確かに食料や武器の需要が高いのだが、モノを売る際にかかる税金が高く、店を開く為の土地の借用代も──ラナーが所用する以外の土地は──高い。

 また他の国に輸入──もしくは輸出──する為に馬車で移動するわけだが、そこでもまた多額の関税がかかる。

 王国の土地は国王と貴族が半々くらいに所有しているのだが、とある貴族の土地から他の貴族の土地に移動する際、毎回関税がかかるのだ。にも関わらず、馬車道は整備されていないのだから、何の為の関税か分からない。

 また王国は兵士を持っていないため、野党やモンスターからは自分で身を守るしかない──つまりは冒険者を雇うわけだ。

 銅級や銀級の依頼料はそこまででもないが、塵も積もれば山となる。毎回往復分となると馬鹿にならない。

 商館を構え、引退した冒険者や傭兵を抱えている商人──既に財を築いた者にはやり易い場所だが、一から始める者にとってはあまり好ましい場所ではない。

 そんな中、一から始めて今や黒字を出しているレオポルドは、やはりそこそこの商人と言えるだろう。

 

 レオポルドはとある開拓村の五男である。

 五男、正直に言って要らない子だ。そんなに働き手は要らないし、また食料もそこまで余裕があるわけではない。

 そこでレオポルドは孤児院に送られた。

 そして青年になったレオポルドは独立、商人となった。

 コネもノウハウも何もない所から始めて、そこそこ名の知れた商人となったレオポルド。

 そんな彼は、今、人生最大の岐路に立たされていた。

 

(な、何て美しい人達なんだァーッ!?)

 

 店に来た客が、とびきりの美人だったのだ。昔孤児院に歌を歌いに来てくれた“黄金の姫”と同じくらい──いや、レオポルドの趣味的にはこの二人の方が好みだった。

 ちなみにレオポルドは──童貞である。キスの一つもした事さえない。

 

「ほ、ほほ本日はどういった商品をご所望でしょうか? 装飾品の類であれば、最近輸入した──」

「いえ。私達は冒険者ですので、スクロールやマジックアイテム、ポーションの類を購入したいのですが」

「何て美しい声なんだ……」

「──は?」

「あ、い、いえ! 何でもありません! えっと──そう、スクロールやマジックアイテムでしたね! 少々お待ちを」

 

 不覚だ。

 二人の格好を見れば、一目瞭然、冒険者で間違いない。

 まさか顔に見惚れるあまり、相手の身なりから職業を推測するという基礎的な事さえ忘れてしまうとは……

 そこそこ名の知れた商人にあるまじき失態だ。

 

「ご安心ください、私はこれでもそこそこの名の知れた商人! スクロールやマジックアイテムも、そこそこ取り揃えてございます!」

 

 魔法があまり重要視されていない──それどころか気味悪がられている──王国では、スクロールやマジックアイテムはいつも品薄だ。

 しかしレオポルドの店にはそれらが置いてある。彼が作り上げた独自の帝国からの輸入ルートがあるためだ。

 一応戦時中となっている帝国の商人と仲良くなるのは苦労したが、その甲斐あったとレオポルドは確信する。

 

(こんなに美人な二人組が来てくれたんだからなっ!)

 

 レオポルドは上機嫌に自慢の商品を並べた。

 二人の美女はそれを観察し、値札を見た後、驚くような表情を浮かべた。

 

「もしかして、これで全部ですか?」

「はい」

 

 恐らく、手持ちのお金で買えるモノがないのだろう。レオポルドはそう予想する。

 スクロールやマジックアイテムを買おうとして、その値段に面喰らう。駆け出しの冒険者に良くある事だ。

 この店にはこれ以上安いモノは置いていないが……値引きしてもいいかもしれない。

 そうレオポルドが考えていると、諦めた様な表情をした後、ポニーテールの美女が懐からやや大きめの袋を取り出した。

 中身は……銀貨だろうか。

 なるほど、この二人はそこそこの冒険者らしい。

 これくらいの銀貨があれば、第一位階の魔法が込められたスクロール、ないしは中位のマジックアイテムなら買えるだろう。

 

「ここにあるもの、全て寄越しなさ──買い取ります」

「──は?」

 

 そんな事、出来るわけがない。

 ここにあるスクロールやマジックアイテムは、合計金貨100枚分位の価値がある。

 これはつまり、足らない分を体で払うという事か?

 いや──しかし──そんなわけがない。常識的に考えてありえないだろう。

 だが、もしそうだとすれば……?

 見栄を張って買ったキングサイズのベッド。

 真ん中にレオポルド。両手には薄いシーツだけを纏った美女。

 そんな光景がレオポルドの頭の中に浮かぶ。尤も、女性の裸を見た事がないため、残念ながら靄がかかっているが。

 しかし、それでも──その光景はレオポルドの胸を高鳴らせた。

 

(いや、落ち着け! 俺はそこそこ名の知れた商人、修羅場だって何度も掻い潜ってきた。先ずは落ち着くんだ)

 

 希望的観測で話を進めるのは危険だ。

 冷静になって考えて見れば、一番あり得る可能性は身売りではなく……詐欺や冷やかしのたぐいか。

 そう、そうだ。先ずはそのあたりの事を調べなくてはならない。大きな取引をする時は、相手の事を調べること。基本中の基本だ。

 

「あー、こほん。こちらのスクロールやマジックアイテムは総額で金貨100枚ほど必要になるのですが、本当に全品ご購入という事でお間違いないですか?」

「ええ、間違いありません。ご確認をお願いします」

 

 髪を後ろで纏めた女性が、メガネをくいっと上げながら言った。

 確認とは、何のことを言ってるだろうか……?

 真っ先に思い浮かぶのは、先ほど差出せれた袋のことだ。

 まさか、あれの中身は全て金貨だと?

 ──ありえない。

 そう思いながらも、そこそこ名の知れた商人としての勘が、この美女は嘘をついていないとレオポルドに囁く。

 レオポルドは震えた手で袋を開いた。

 

「な、こ、これは白金貨──!?」

 

 はたして、中に入っていたのは金貨よりも更に価値のある白金貨。それがぎっしりと詰まっていた。

 瞬間、レオポルドは思い出す。

 エ・ランテル一有名な冒険者チーム“漆黒”、その片割れ──“美姫”ナーベ。

 最近メンバーを増やしたと噂で聞いたが、まさか……

 

「し、“漆黒”」

 

 喘ぐ様にレオポルドが言った。

 

「ああ──名乗るのを忘れていましたか。私達は冒険者チーム“漆黒”です。私はユーリ、こっちはナーベです。お見知り置きを」

 

 最高位冒険者の証し──アダマンタイトプレートを見せる。

 レオポルドはそこそこ名の知れた商人、それが本物であるとよく分かった。

 震える手で、白金貨が入った袋を持ち上げる。レオポルドはそこそこ名の知れた商人、それだけで大体どのくらいの量の硬貨が中に入っているのか分かる。

 

「足りませんでしたか?」

 

 いつまで経ってもレオポルドが返事をしない事に疑問を持ったユーリが話しかけてくる。

 ──逆だ。多すぎる。

 

 商人という職業はただ金を儲ければ良いと思われがちだが、その実そうではない。

 儲け過ぎれば同僚の商人からやっかみを受ける事になるし、外法なやり方をすれば常連を失ったり、輸入──あるいは輸出──先の人間に縁を切られる事もある。

 出来る限り正攻法で、最大限に儲けを出す。

 その駆け引きの連続だ。

 アダマンタイト級冒険者──それもこの街で最も尊敬されている“漆黒”から法外な料金を受け取ったと知られれば、もう二度とこの街──下手すればこの国──で商売することは出来ないだろう。

 つまり、商売として終わりだ。

 しかし──それにも、限度というモノがある。

 これほどの白金貨を手にしたのなら、一生働かずとも生きていける。そうなれば、商人としての評判など何の関係もない。

 

「い、いや。これで丁度ですね」

「それでは取り引き成立ですね。ナーベ、お願い出来る?」

「分かったわ」

 

 買い込んだスクロールやマジックアイテムを手に持って、ナーベが店の外へと出て行く。

 ──取り引き成立だ。

 滝のような汗が伝う。胸には罪悪感と喜び。

 

「さて、キンブリーさん。少しお尋ねした事があるのですが」

「は、はい! 何でしょうか?」

 

 思わず声が裏返った。

 ──ば、バレたか?

 さっきまで美人の客が来たと有頂天になっていたのに、今は地獄に行くのか天国に行くのかの審判でも受けている気分だ。

 五分だけでもいい、時が巻き戻ったら。

 

「東の巨人に遭遇した冒険者チームをご存じだとか。どなたか教えてくださいますか?」

「あ、え? ああ──はい。知っている……と思います。もう既に引退して、今はレエブン候様の所でお仕えしている、元オリハルコン級のチームの事だと。名前は、何だったか……」

「いえ、そこまで教えていただければ結構です。お手数をお掛けしました」

 

 メガネをくいっと上げて、ユーリが店を出て行った。

 助かった……のだろう。うん、そういう事にしよう。

 

「にしても、美人だったなあ……。あんな美女を二人も連れてる“漆黒の英雄”モモンってのはどんだけ……やっぱりそういう関係だったりするのかね。羨ましいなあ、おい」

 

 そこそこ名の知れた商人、レオポルドの声が誰もいない店内に響いた。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 ナーベラルとユリは壁にぶち当たっていた。

 人間と友好的に取り引きをするにはどうしたらいいのか?

 それが二人──二体だろうか?──には分からなかったのだ。

 ナーベラルからすれば人間はウジ虫の様なモノだ。ウジ虫が何をされれば喜ぶのか知っている人間は、それほど多くはない。

 ユリは人間にそこまでの悪感情を持ってはいないが、単純にどうやった方法で交渉すれば良いか分からなかった。

 智謀の王であるアインズに聞いても良かった、というか確実にそっちの方が良かったが……アインズにああまで言われて、やり方が分からないので教えて下さいとは言えなかった。

 もしアインズがこの事を知ったら、ホウレンソウが出来ていないと怒った事だろう。

 

 悩んだ二人が行き着いたのは、相手をおだてて情報をこぼさせる事だった。

 冒険者として活動した時、アインズが、取り引きを優位に勧める為には相手の望むものを率先してあげたり、褒めてやる事も一つの手だ、と言っていた事をナーベラルが覚えていたのだ。

 至高の御方の案だ、どんな時でも使えるに決まっている。

 

 ナーベラルとユリにはさっぱりどういうわけか分からないが、人間という生き物は金が好きらしい。

 アインズは言った。金なら幾らでもある、と。

 そうして二人は、金をばら撒いて情報を集める事にしたのである。

 結果、直ぐに欲しい情報が手に入った。

 流石は智謀の王──アインズ・ウール・ゴウン。

 ナーベラルとユリは一層忠誠心と尊敬の念を抱いた。

 

「レエ何とかとか言うのは、この国の六大貴族とか言う奴らだったかしら」

「そう言う言い方は止しなさい、ナーベ」

 

 取り敢えず従うナーベラル。

 どうしてそういう言い方をするのがダメなのかは、理解していないだろう。

 

 この後二人はレエブン候の元に出向き、貴族を金で買収しようとした冒険者として有名になりかけてしまうが……レエブン候の子供が“漆黒”に憧れていたため、何とか難を逃れたのであった。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「は、ハチさんを解放しろ!」

 

 はあ、またか。

 今日だけで三回、同じ様な絡まれ方をした。

 絡んでくる奴は全員、アダマンタイト級冒険者の力も理解していない夢見がちな若者ばかり。あしらうのは訳ない。怪我をさせない様にするのが難しいくらいだ。

 今回も振り回してきた剣を人差し指と親指でチョイと摘んで振ってやると、剣を捨てて慌てて逃げて行った。

 この剣は冒険者組合にでも渡しておけばいいか。

 

「ナーベといた時はここまでじゃなかったんだがな……」

 

 やっぱりあれか、シズとエントマの見た目が幼いからか……?

 両手でグラスを持ってチューチュー吸っているシズと、ボロボロこぼしながら口を膨らませてビスケットを頬張っているエントマ。

 この二人とフルプレートの大男が並んでいる図は──なるほど、夢見がちな若者が勘違いするには十分かもしれない。

 

「あの人、ハチの事好きなんだってぇ」

「………そう」

「答えてあげないのぉ?」

「……何処かへ行ってしまったから、無理」

 

 あいつを追い払わなかったら、シズは何と返事をしたのだろうか。アインズは少し気になった。

 

 アインズ達は現在、ナーベラルやユリが向かった様な商館が立ち並ぶ場所ではなく、どちらかといえば露店が並ぶ、商店街風の路地に来ていた。

 ユグドラシルにもプレイヤーが入らないマジックアイテムを売ることが出来る広場があり、コレクターのモモンガは良くそこでアイテムを買っていた。

 そこで営業マンとしての能力を生かし、安くアイテムを買い叩いたものだ。

 そしてそのスキルは、この世界でも役立っていた。より良いアイテムを、より安く買う。アインズはそこに楽しさを感じていた。

 ……のだが、それも最初だけだ。

 今のアインズはアダマンタイト級冒険者。何を言わずとも格安で売ってくれるし、時にはタダでくれる時もある。

 タダより高いモノはない。

 最初はアインズも裏を疑っていたが……それも杞憂に終わった。

 憧れだったり、繋がりを作るためだったり、宣伝だったり、結局は基本善意だった。

 名声を得ることは望んでいたことだが、いざなってみると少し寂しくもある。もう少し駆け出し冒険者としての生活も楽しんでみたかった。

 

「二人とも、喉は乾かないか?」

「専用ドリンク以外の水分摂取は必要ない」

「私もぉ〜」

「……俺も」

 

 この世界特有の飲み物や食べ物が売ってるのに、食べる事が出来ない。匂いだけは嗅げるのに。生殺しである。

 

 まさか情報収集に行ったナーベラルとユリがスクロールやマジックアイテムを買い込んでるとは露ほども思っていない三人は、スクロールとマジックアイテムを買い込んだ後、馬車を借りに行った。

 東の巨人は誰も詳細を知らない魔物。体の一部を持って帰ったとしても、それが本当に東の巨人の体であるか分からない。

 そこで東の巨人の遺体全てを持って帰るべく、馬車を借りる事にしたのだ。

 東の巨人──まさか五十頭百手の巨人(ヘカトンケイル)の様に20メートル以上あるという事は無いだろうが、それでも2メートル近くはあるだろう。

 骨が太く、筋肉が多いトロールは重い。

 頑丈で、大きな馬車がいる。またそれだけの馬車を牽ける強靭な馬となると、それも限られてくる。

 

「二人は普段、どんな事をして過ごしているんだ?」

 

 道すがら、ふと気になった事を尋ねてみた。

 アインズが何をしているのか知っているのは、各階層守護者くらいだ。それにしたって、完璧に把握しているというわけではない。

 

「私はぁ、恐怖候の部屋でお茶会を開催したりしますぅ」

「おえ」

 

 精神が鎮静化された。

 考えただけで恐ろしい。いや、考えたくもない。

 話を振っておいて悪いが、ここは次の話題に移ろう。

 

「は、ハチは?」

「エクレアと遊んだり、一般的メイドとお話ししたりしてる」

「ほお。それは中々、楽しそうじゃないか」

「うん。でも、本当はもっと働きたい。モモンの役、立ちたい」

「……そうか」

 

 両手をぐっと握ってやる気アピールするシズ。負けじと、エントマもやってやるぞ! という複眼でアインズを見つめた。

 

 アインズとしても本当はデミウルゴスやアルベドの仕事を他の者にも割りふりたいのだが、いかんせん誰が有能で無能なのか分からない。

 テキストだけではわからない事が多いのだ。

 例えばナーベ何とか。

 

「でも……」

「うん?」

「今はモモンと一緒に遊べてるから、嬉しい」

「……そうか」

「私もですよぉ」

「そうか、そうか。まあ、アレだ。私も楽しいぞ、うん。昔の仲間達もこうして、強いモンスターを狩るためにあれこれと準備したものだ」

 

 アインズの昔の仲間達──至高の41人の話を聞けた事に、喜びが溢れ出た。

 そして同時に、自分達がモモンの仲間として認められている事にも、途方もない喜びを感じる。

 

「そういえばシズ。もしさっきのナンパ男に迫られていたら、どんな返答をしていたんだ?」

 

 何となく打ち解けた気がして、アインズはさっき気になった質問を投げかけた。

 これが現実世界だったら、アインズはパワハラかセクハラで訴えられていたことだろう。

 

「………モモンがいるからって断ってた」

「えっ? ちょっ」

 

 精神が鎮静化される。

 シズは口の端を上げて、ニヤリと笑った。

 シズってイタズラ好きだったのか……意外な発見だ。

 やっぱり、こうやって直に触れ会わなきゃ気がつかないところもあるよな。

 全員は無理でも、各階層守護者や領域守護者とは、改めて一対一で話し合う場を設けてもいいかもしれない。

 ……アルベドの顔が頭をよぎった。

 一対一の話し合は、止めておいた方が良いかもしれないな、うん。









次回、いよいよ東の巨人と激突!
一体どちらが勝つのか……


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