やはり俺を中心とした短編集を作るのはまちがっている。 (Maverick)
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俺の唯一の友人【オリ主】
原作のヒロインももちろんあとあとからやっていきますよ?もちろんです。
高校を卒業して早2年。無事にとある私立大学の3年生となった俺の目の前には大学唯一の友人と呼べると思うやつを中心とした修羅場が出来上がっていた。
「おいおい、佳奈ちゃんは俺と約束してたんだぜ」
「いや、佳奈は私と約束していたはずだ。貴様とではない、私とだ」
場所は通っている私立大学の最寄りのコンビニの前。授業は今から4限が始まるところだろう。もっとも、毎日3限と5限と時々6限に授業を入れてる俺からしてみれば、少し長い休み時間の始まった時間だ。
「え、えーっとあたしは比企谷くんとお喋りしたいんだけどなぁ…あはは」
そう困っている様子で男2人に告げる彼女の名前は、雨宮佳奈。学部が同じで、俺の大学唯一の友人だ。
男の友達は…察しろ。高校時代が高校時代だから、男よりも女と喋ってる方が落ち着く。ナニコレ、ぼっちなのか違うのか分からん。
「いやいや、こいつと?目は腐ってるし猫背だし顔もそこそこじゃねーか」
「遺憾ながら同感だ。こんな奴より私とお出掛けしませんか?奢りますよ」
「お、奢ってくれるの…?」
いや、揺れないでよ、雨宮。八幡ちょっと悲しくなるよ?
俺の気持ちが届いたのかどうか知らんが、雨宮ははっとして首を横に振り、謝罪をするように礼をして言い放った。
「2人ともごめんなさい!私、5限に授業あるしそれまで比企谷くんと過ごすって決めてたから!」
「……雨宮」
そう言われ、更に頭を下げられた2人は流石に参ったのか深いため息をついてそれぞれどこかに行ってしまった。ざまぁ。
頭を上げ、雨宮の後方で一部始終を見守っていた俺の方に振り返り笑顔を浮かべて言った。
「それじゃ、行こっか。比企谷くん」
もう1度詳しい説明をしておくと、ここは都内の私立大学。俺はここからチャリで20分程度の場所に一人暮らしをしている。なぜ愛する千葉から離れたのか、なぜ愛する小町と一時的にながらも離れることになってしまったのか。そこにはやむを得ない事情があるのだが、そこには触れないで欲しい。
彼女、雨宮佳奈は俺が大学に入った頃からの知り合いであり、今では戸塚や小町と同レベルの俺の心の癒しとなっている。
少し茶色っぽいポニーテール、大きすぎない程よいたれ目、さくら色の綺麗な唇、そしてメロンとまでいかないが平均少し上の胸。何より、周りに気を配れる優しさを持つ。何故彼女のような人と友人となったのか、話はそのまま2年前に遡る。
大学に通い始めて1週間経ち、変わった環境にもなれ始めていたあの頃、確か大学が終わって秋葉原に行くために駅に行った時だった。突然、後ろから話しかけられたのだ。
「あ、あの…」
まあ、高校を卒業してすぐだった事もあり捻くれ具合が53万くらいだったので、どうせ俺のことではないのだろうと高を括っていたのだが、その後に肩を叩かれ流石に人違いでないだろうと思い振り返った。そこにいたのは、俯きつつもこちらを伺うように上目遣いしている雨宮だった。この時点で、俺は当たり前だが、雨宮の名前を知らない。君の名は…。と、脱線してしまった。
「え、えっと…何か?」
かろうじて声を出した俺のセリフに帰ってきた答えは予想を裏切るものだった。というか、何も予想してなかった。しょうがないよね、初対面の人を前に緊張してあたまがまっしろになってたんだから。
「は、ハンカチ落としましたよ」
雨宮の手の中には、確かに俺がその日の朝カバンに入れていたはずのハンカチがあった。なんで落ちたのかわからんが、多分トイレのあとに急いでたから軽くポケットに入れたとかだろう。
「あ、ありがとうございます」
素早くお礼を言ってハンカチを貰い、電車に急いだ。その後はなんとか電車に間に合って秋葉に行き、帰った後は家事をひととおりやってアニメ見て寝た。
つぎの日に大学に行くと、俺の前に仁王立ちしている女の人が…。勿論雨宮なんだが、当時の俺は誰この人状態なのだから狼狽えてしまう。
「あ、あの…通してくれませんかね」
「通してあげません」
なんだこの女と思ってしまい少し顔を歪めてしまった。すると面白いほどに慌てた雨宮が慌ただしく言い訳をした。
「ほ、ほら覚えてません?昨日の駅でハンカチ拾ってあげたじゃないですか」
「あ?…ああ、あの時はありがとうございました。では」
一応もう1度お礼を言って横を通り過ぎようとする。が、雨宮はそれを許してくれなかった。俺の進行方向に幾度も立ち塞がるのだ。迷惑極まりなかった。
埒が明かないので、こちらから話しかけることにした。
「まだ何かあります?」
「ぶーっ、折角同じ大学なんだから仲良くしようよ」
「なんですか、その理論。それそのまま適用するならこの大学の人みんなお友達(笑)ですか」
年上である可能性を捨てきれなかったので敬語のまま話を進める。というか進めずに話切って授業行きたいんすけど…。そんなこと思いつつ恨めしそうに睨む。
「えー、目指してなくはないけど流石に無理だよ」
ダメだ、こいつ、早く通り過ぎないと…。あまり気が乗らないけど走るしかないと思ったあの日の俺は走ったんだが…。
つぎの日もそのつぎの日もずっと話しかけてくるのだ。その度に俺は逃げた。そんな日が1ヶ月続いて流石に諦めをつけるかと思っていた頃に雨宮はぱたりと俺の前に現れなくなった。やっとかと思う反面どこか虚しく感じる面もあった。
頭の隅を雨宮に居座られてしまった俺は、無意識のうちに雨宮を探していた。
雨宮が現れなくなって1週間、俺は雨宮を見つけたのだが彼女は俺が受ける授業を最後列で受けようとしていた。以前は輝いていた目は淀んでいて、眩しかった笑顔はくすんでしまっていた。何故そうなったのか、すぐ知ることになるがその時の俺はもちろん知らない。
静かに彼女の隣、ひと席分空けて座った。音に反応してこちらを向く彼女。しかし、まるで別人のように俺に興味を示さない。そのまま一言も喋らず授業が終わる。
高校を出て1ヶ月と半分、奉仕部を出て一年経ってなかった俺はそれらの名残りで声をかけてしまった。
「あんた、この間まで話しかけてくれた人だよな?」
「え。う、うん。そうだけど…」
声にも覇気がなかった。なんと話しかけるのがベストなのか…そこで俺は自虐を入れつつ自己紹介をしようと思った。適度に自虐を挟んで、笑わせてやる、そんなことを考えていた気がする。
「名前、教えてなかったよな。俺は比企谷八幡、大学に通い始めて未だぼっちだ」
「そ、そうなんだ…」
「お、おう…」
それで会話は切れる。まあ相手をよく見れば会話をする気ないの、わかるはずだったんだけどな。なんとか話を繋げようと話題をみつけようとした。
「あんた、この授業受けてるって事は学部は…」
「うん、きみと…比企谷くんと同じ。あと、あたしは雨宮佳奈」
「そうか。なあ、雨宮なんで俺に何度も話しかけてきたんだ?」
我ながら雑な話し方だと思うが、しょうがない。憔悴していても雨宮は美人なのだ。緊張していたんだ。
「比企谷くん、あたしに全然興味示さなかったじゃん。そういうの珍しくて、仲良くなりたいなーって」
理由としては、陽乃さんにしているかもしれない。あの人とは仲良くしたくなかったからあっちから来た。雨宮も同じ感じだったのだろう。
「いや、なんでそうなるんだよ。俺と仲良くとか無理だぜ?ぼっちのATフィールド舐めんなよ」
「強度で言えば今の私の方がすごいよ、今は誰とも話したくないから」
「…だったら、俺と話さないか?俺とお前は赤の他人だ。赤の他人にこそ話せることってあるだろ」
なぜ俺はこんなこと提案したのか。今になればその理由がいともたやすく浮かぶ。
俺は高校時代の俺の心理状況と雨宮の心理状況を重ねてみていた。文化祭の時、修学旅行の時、生徒会選挙の時、俺はぼっちでいながら心の奥底で救いを求めていた。無償の救済なんて絶対ないのに、俺を助ける他人なんて絶対いないのに。
ひとりで抱え込むのは辛く、苦しいのだ。誰でもいい…いや、遠い誰かにこそ愚痴をこぼしたくなったのも何度もあった。話を聞いて貰って、安い同情をされたかった。結局俺も人間だったのだ。理性の化物だなんて上っ面だけだ。
雨宮は俺の言葉に驚いたのか、目を見開く。
「ありがとう。今から…聞いて…くれる?」
「…次の次、授業入れてるからそれまでな」
そう言うと雨宮は、暫く見せてなかった笑顔を浮かべた。と言っても、力のない微笑みだったが。
俺達はキャンパス内の喫茶室に向かった。話を聞くところによると、どうやら高校から付き合っていた彼氏に浮気をされてたらしい。しかも、愛人役は自分だったと。
よくある話だが、実際にそれをされるとぐさりと刺さるのだろう。雨宮は嗚咽を何度も漏らしながら俺に話してくれた。雨宮は話し終わったあと暫く泣いていた。
外に吐き出すのはいいことだと思う。人間には誰でも心に許容範囲を持つ。それはまるでコップにストレスという名の濁った水を注ぐようで、その水が溢れる事はとても危険なのだ。定期的にどこかに移すなり、誰かに飲んでもらわなければいつか壊れる。人間とは脆いのだ。
泣き止んだ雨宮は涙目のままこちらを見据えた。ちょっとドキッとしたのは墓まで持っていくことに決めてます。
「ありがとうね、比企谷くん。おかげですっきりしたよ」
「気にするな。俺も高校時代やってもらったことをお前にやってるだけだから」
「ふふっ…あ、もう授業始まるよ?」
そう言われ時計を見るとちょうど前の授業が終わる時間だった。移動を始めないと、間に合わなくなる時間だったので急いで移動の準備をした。
「ああ、そろそろ行くわ。ストレス溜まったら運動とかしてリフレッシュしたらどうだ?」
「無理だよ。あたし、運動神経ないから…だから…」
そこまで言って雨宮は俯いた。
「また、話聞いてくれるかな?」
「…まあ、たまにならな」
ここでこう答えたのが、正答だったのか誤答だったのかわからない。しかし、そう答えたことでその後も雨宮は俺に話しかけるようになった。そうして2年経って、今はこんな仲だ。
さっきの男達は雨宮と同じサークルらしく、どうやらLINEでの会話を都合よく解釈したらしい。そんなやつが大学にもいるのね。
「ごめんね、比企谷くん」
「ああ、まあ、もう慣れた」
そう答えると雨宮はあはは…と何かを誤魔化すように笑う。
なんだかんだで一色より長い時間の付き合いがあるんだ。いろんなことに慣れるのに、時間はたくさんありすぎた。
「ねえ、比企谷くん」
そう雨宮が話しかけてくる。なんだ、と思いそちらを向く。雨宮は満面の笑みを浮かべている。その顔に照れながらも言葉を待つ。
「今から聞いてくれる?」
「…次、授業入ってるんだけど」
「…知ってる!」
「はあ、それも慣れたわ」
「えへへ♪」
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あざとさ全開アザレア満開
「今年もそろそろかなー」
私、一色いろはは今日から高校生。
庭にあるアザレアの木は今にも咲き誇れそうな蕾を沢山つけている。日光のスポットライトを当てられているそれは、まるで庭というステージで華やかに踊るアイドルさながらだ。
それはさておき、真新しい制服に身を包んで、鏡の前で笑顔の練習をする。…うん、今日もいい感じ♪
今日から通う総武高校は県有数の進学校で、勉強についていけるか心配だけどなんとかなるよね!
「よし、頑張ろ」
今日から始まる高校生活!目指せ薔薇色の青春!
「とか、一年前は思ってたなぁ」
「は?どうした、一色。いきなり変なこと呟いて」
「何なんですか、ちょっとの呟きに反応するなんてこっちに注意払いすぎじゃないですか?ごめんなさい、そういう気遣いは嬉しいですけど正直に言うとそういうの先輩にあってませんからいつもの捻デレでお願いします。ごめんなさい」
「なぜ少し心配しただけでこういう扱いにされちゃうかな」
場所は生徒会室。ここにいる人は私とあと1人だけ。とある先輩の口車に乗せられて生徒会長になってしまった私は薔薇色どころか、その先輩の目の如く灰色に近いものに。
生徒会って少女漫画とかで読んでたのとは違って雑用がほとんどだ。…せんぱぁい、ちょっと疲れちゃいましたぁ。
「先輩、心配してくれるんですね」
「あ?…ああ、それはアレだ。うん、アレだからしょうがない」
「何なんですか、意味わかりません」
口ではそう言いつつも心は躍るのが少し悔しい。先輩は優しいから、優しすぎるからこういう心配は誰にでもするって分かっててもやっぱり嬉しい。
口がにやけるのを頑張って抑えつつ、作業を進める。生徒会の作業は好きではないけど、この人-比企谷八幡-となら何でも楽しくなってしまう。
「にしてもなんだよこの量。今までのが可愛く見えちゃうぜ、ダンディ」
「まあ、もう新年度ですから。小町ちゃん、無事合格して良かったですね」
先輩は3年生で私は2年生。先輩の妹さんの小町ちゃんは1年生。なんて事無いこんなことまで何故か特別に感じる理由なんてとっくに知っている。
そんなこと考えていたら、1年間聞いてきた下校の合図が校舎内に響く。
「ああ、今日も終わりませんでしたね。先輩、明日もお願いしますね」
「なあ、毎度思うんだがなんで雪ノ下とか葉山を呼ばないんだ?」
「はあ、これだから小町ちゃんにごみいちゃんって言われちゃうんですよ、ごみいちゃん」
「やめろ、ちょっといい笑顔でそれを言うな。怒るぞ」
先輩のシスコンは放置して、私が何故雪ノ下先輩や葉山先輩を呼ばないのか、用意しておいた嘘を吐く。
「雪ノ下先輩を連れてきちゃったら結衣先輩がひとりになっちゃうじゃないですか?」
「まあ、そうだな。ならあいつも連れてこい、それで解決だ」
生徒会室の片付けが終わり、帰りの支度もできたところで先輩と揃って部屋を出る。そのまま帰ろうとする先輩の袖を掴んで話を続ける。このまま、部屋の鍵を返しに行こう。
「でも、それだと結衣先輩が作業の邪魔しちゃいますから、結局遅くなると思うんですよね」
「…はあ、まあその様子は容易に想像できるんだが」
諦めてくれた先輩は私の隣を歩いてくれる。目的地は職員室。閑散とした廊下は生徒会室と同じように、2人だけの世界を創り出す。そんな、世界で私は私以外の話をしている。それも少し悔しい。それはきっと嫉妬とかじゃなくて、こんなことくらいしか私が先輩と一緒にいる方法を思いつかないっていう事実に対しての悔しさ。
「で、葉山先輩は夏の大会に向けて頑張ってますから」
「…サッカー部のキャプテンだったか?まあ、そりゃ大変だろうな」
「消去法で先輩です」
ほんとは違う。先輩しかいない。先輩じゃないと嫌だ。先輩がいい。そして、私だけを見て欲しい。
その思いは酷く独善的だと思う。その思いは醜いものだと思う。それでも、それは恋をする少年少女のほぼすべてが持つ感情なんだとも思う。
消去法と聞いて、うへぇと思ったのか先輩は顔を歪める。
「何なんですか。消去法に不満を持って好きですアピールですか。ごめんなさい、嘘つきましたほんとは先輩以外の選択肢なんてありませんでした。先輩とずっと一緒にいたいからいつも先輩のこと頼ってます。迷惑なのはわかってますんで、ごめんなさい」
「ものの数時間で同じ人から2回も振られるとはな」
私のこの早口も慣れてきたのか、妹を可愛がるような視線を向けてくる。この視線が私は嫌い。まるで私を恋愛対象として見ていない、そんなことを彷彿とさせるようなこの視線が…大っ嫌い。
だから、私は逃げる。
「っと、職員室につきましたね。返してきますから、待っててくださいね」
「俺が待つ意味ってあるのかね」
そんなこと言ってても待っててくれるくせに。なんて、言えるほど心の距離は近くなくて、それを縮められない自分が嫌になる。でもその一方で今の関係を変えたくない自分もいる。どっちが正しいのか解がわからない。正解も誤解も1つの解で、それらの回答に採点者はいない。だから、どれが正解か、いつまで経ってもわからない。
気持ちの解は、解であって解じゃないんだ。
帰り道を先輩は私ひとりで帰そうとする。そうして去って行こうとする背中に話しかける。
外は既に春の陽気に包まれていて、しかしその包みのなかに冬の冷たさがちらちら残っていた。校門前は既に下校時刻を過ぎてかなり経っているからか、閑散としていた。
「先輩、話聞いてくれます?」
「…なんかあったのか?」
いつもとは違う雰囲気に何か感じとった先輩が真面目な顔をして答える。
ここで告白してしまって、振られたら先輩は変に気を使って明日から生徒会室に来てくれないんじゃ、とかもし付き合うことになってもいつまで続けられるだろう、なんて不安になる。
「…私の家、庭に花が沢山あるんです。いつか見に来て下さい!」
「……ばっかかお前。ぼっちが女子の家とか緊張するわ」
先輩は多分、私が本当はこんなこと言いたい訳じゃないって分かっててこんな返し方したんだろうな。だから、優しいって言わちゃうんですよ。
「そうですね…5月中旬が一番綺麗だと思いますから」
「…ま、空けといてやらん事も無い」
「…お願いしますね、先輩。ミニお花見と洒落こみましょう」
お家デートかできる。それだけで私は浮かれていた。手作りの団子作ろうかな、お茶淹れたら飲んでくれるかな?そんなこと考えていたら先輩の方から話しかけられた。
「な、なあ一色。俺からも、話があるんだが」
「な、なんですか?」
先輩の緊張した雰囲気が私も緊張させた。な、何言われるんだろ。雪ノ下先輩と付き合うことになった、とか結衣先輩から告られたんだけどどうしよう、とかかな。
「…ふぅ、俺は、お、お前のこ、ことがす『ブロロロロロロロロ』…くっ、くくくく。あっははははは!!」
「先輩、笑ってないで話し続けて下さいよ」
先輩が、言いかけた言葉の続きが、気になってしょうがなかった。何を言われるんだろうか。お前とか聞こえたから嫌いだとか言われるのかな。
「悪い悪い…いい感じに緊張ほぐれたわ」
「で、何のようですか?」
「な、なに。怒ってんのか?…ま、いいや」
口にたまった唾液が喉を通るのと、先輩がその言葉を発するのはコンマ1秒程度のズレしかなかった。
「好きだ」
「…はい?」
「だ、だから…俺、比企谷八幡はお前、一色いろはが好きだっつったの」
「え、えええええええ!!!」
ななななんで!?理解が追いつかない…何がどうなってるの?
「ドッキリかなんかですか?」
「…そんなに嫌だったか?」
「いえいえいえいえ!むしろ逆、逆です!」
1度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。えっと、私が好きな人が私を好き。うん、これでいいんだよね。
「な、なあ。続き、言っていいか?」
「い、いいですよ」
「良かった、折角考えてきたのが無駄になるところだった」
私のために勉強の時間を削って、考えてくれたのがただただ嬉しくってその言葉を聞こうとした。
「最初はただのあざとい後輩だった。それから何故かパシリにされたみたいな扱いを受けてきた。ぶっちゃけるとそこは直して欲しいんだが…でだ、いつの間にかお前の笑った顔を見ると心が暖まった。お前が部室に来るのをそわそわして待ってた。いつ好きになったか、これが一番わかんねーんだが、大切なのは間違いなく今の気持ちだろう。
これが俺のいう『本物』かわからない。でも、それでも俺はお前が好きだ。俺と、付き合ってくれ」
そこまで言って先輩はそっぽを向く。耳が赤いのは、多分夕日と血流のシナジー効果かな?先輩ったら、恋愛ビギナーなんだから、ナーバスなのばればれですよ?
っといけない。私もかなりパニクってる。え、えっと返事は…。
「先輩!」
「な、なんだ」
「彼女を家まで送ってくれないと、嫌いになりますよ♪」
「…さいですか。相変わらず、あざといな」
「先輩は私のこういうところが好きになったんですよね?だから、私は変わりませんよ」
手をつないで帰ろうとするも、2人とも手汗がひどくて握っていられなかった。それすらも楽しくて2人で顔を見合わせて笑った。
先輩に家まで送ってもらうのは流石に失礼だと思ったけど嫌われたくないとにやけながら言われたら、断れない…。
自転車の2人乗りで送ってもらって、お礼を言って家に入る。リビングから見える庭に植えられているアザレアは咲いていて、心が落ち着いた。
「『恋の喜び』、それと『あなたに愛されて幸せ』か」
離れたところに植えたはずの赤いアザレアと白いアザレアの花が、1輪ずつ隣合っていた。
アザレアって庭でも育てられますよね?(笑)ツツジ科だから、問題ないよね?
と、言うわけでいろはす回ですた。
ただそれだけです。はい。
次回は誰を書きましょうか。ではでは
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雪の下の見えざるところに温もりはある
まあ、メインヒロインですからやらないわけにはいかないんですよね…こっちの子は好きだけどアホの子そこまで好きじゃないからどうしようと悩んでおります。
因みにこの話、修学旅行直前からの分岐となります。
ではでは、どうぞ!
「比企谷くん、少し…いいかしら?」
今、奉仕部の部屋には俺と雪ノ下の2人だけ。しかし、由比ヶ浜がこいつと疎遠になったとかではなく、今日はあっちのリア充(笑)グループに行っただけだ。
雪ノ下らしくない、言いずらそうに言葉を必死に探している。なにかあったんだろうか?
「来週、修学旅行があるでしょう。3日目の自由時間、一緒にまわりましょう?」
「な、なにそれ。なんの風の吹き回しだよ」
色々あった文化祭も体育祭も過ぎ、来週にはもう修学旅行だ。八幡ピュアだからベッドに入る度、もういくつ寝ると修学旅行♪とか考えてる。だって、戸塚とあんなことやこんなことするつもりなのに楽しみじゃないわけない。
しかし、雪ノ下はなぜ俺を誘ったのか。1度思考の海に自ら溺れる。こいつのことだから自分の意思ではないだろう。と、なると一枚かんでそうなのは由比ヶ浜と陽乃さんだ。由比ヶ浜にお願いされたか、陽乃さんに脅されたか。なぜお願いや脅迫をされるかは知らんが大方二つに一つだろう。
とりあえず、雪ノ下と2人ではないだろうと思い、落ち着く。
「…で、どういうことだ?」
「…っ、え、ええ。由比ヶ浜さんが3日目は私と貴方と3人で回りたいと行ったから、なら私が今日聞いておくわと答えたの」
「…ああ、昼飯の時にそれ話したのな」
そりゃありがたい。幾ら目立ちにくいとはいえ、クラスで俺を誘うのは由比ヶ浜からしてもハードルが高かったのだろう。俺からすれば50mくらいの壁だけどな。100年くらいは、大丈夫!ってやつだ。
「…いつも思うのだけれど、貴方察する能力が無駄に高くないかしら」
「一言余計だが、まあそうだな。いつも1人だと周りの会話から状況を把握しないと生きていけないから。そっから培われたんだろ、言わせんな」
「あら、そうやって自虐して笑わせようとしても、それこそ無謀というものだわ。私は自分がやらないと面白がらない性格よ」
ああ、そっすか。ところで、結局俺は3日目どうしようか。
俺の当初の予定は1日目に存在感を薄めて、リア充(笑)の光の影となってそれとなく回って2日目は適当に入った班からゆっくりフェードアウトしてホテルに帰る頃にこっそり合流。3日目は古本屋を回ったり、アニメの聖地を回るつもりだったんだが。
「戸部の依頼はどうするんだ?」
「由比ヶ浜さんが勢いで受けてしまったあれよね…」
「ちょっと、貴方もその勢いに押され負けたんですけど」
と、くだらない話も区切られたところでドアがノックされた。雪ノ下が応対して入ってきたのは、リア充(笑)グループの1人、海老名姫菜であった。
「はろはろー、2人ともいるんだね」
「海老名さんは由比ヶ浜と一緒じゃないのか?」
「あ、うん。ちょっと漫研と話し込んでて」
はあ、大方薔薇の話でもしてたんだろ。百合なら話に花を咲かすが薔薇は別だ。でも僕ぼっちだから花を咲かしてくれる相手いないけどね!
「それで、海老名さんは何か依頼かしら」
「うん、そうだよ。漏洩されたくない、大切な依頼」
そう前置くと、海老名さんは話し始めた。
なんでも、戸部が今回の修学旅行で何かしらしてくるであろうと思っており、それを阻止して欲しいらしい。由比ヶ浜がいない時に来たのは戸部の依頼との葛藤を防ぐ為だろう。
「つまり、海老名さんは今の関係を変えたくないんだな」
「要約すると、そんな感じ。私に出来ることがあれば何でも言ってね」
「ええ、こちらも全力を尽くすわ」
そう雪ノ下が返すとありがとう、と言って海老名さんは行ってしまった。にしても、この状況はやばいな。
「どうする、雪ノ下」
「時間も遅いし、今日は帰りましょう。と言っても修学旅行まで時間が無いわね」
そう思索すること数秒、雪ノ下は1度閃いたと言わんばかりに目を見開いたが、その後はなにやらモジモジし始めた。やめなさい、可愛いから、うっかり惚れちゃって告っちゃって振られちゃうよ?やっぱり振られちゃうのね。
「ひ、比企谷…くん。由比ヶ浜さんに知られないようにも、その、連絡先を交換しましょう」
なんだ、このかぁいい生き物は。コマチエル、トツカエルに続く可愛さを秘めていたのか、こいつ。…なかなかやるな。
雪ノ下にバレないように、1度落ち着いてから平静を装って了承する。
「お、おう。じゃあやってくれないか?」
「貴方…由比ヶ浜さんの時もそうだったわね」
そうため息しながらも雪ノ下は携帯を操作してくれた。その間に俺は自分の荷物を持って戸締りの確認、紅茶等の確認を済まし、鍵と雪ノ下の荷物を持って作業が終わるのを待った。
「終わったわ、はい」
「おう、これお前の鞄な。早く出ようぜ」
「え、ええ。その、ありがとう」
「……おう」
なんだよ、俺はコンビニに行った時に店員に話しかけられて喋り始める時にあっ、ていう人か。それも俺じゃねーか。
とにかく、喋り始めにおう、と言いすぎたことに少し反省して、教室をあとにする。
「じゃあな、雪ノ下」
「ええ、今夜1度こちらから連絡を入れるわね」
「あ、ああ」
雪ノ下は、俺が焦ったのを見て面白そうにクスクスわらうと長い黒髪を揺らしながら職員室に向かった。
さて、帰りますか。
その日の夜、俺はソファで寝っ転がっていた。珍しく俺が部屋着のポケットにスマホを忍ばせていることに疑問を持った小町が突っ込んできた。いらんわ、弄られるのが目に見えとる。
「ねえねえ、お兄ちゃん。なんでスマホ持ち歩いてるの?いつもは部屋かリビングに放置だよね?」
「まあ、あれだあれ。ちょっと用があるんだよ」
「ふぅん……ねえねえ、お兄ちゃん。相手は雪乃さん?結衣さん?」
「なんでその二択…」
と答えたのとメールの着信を知らせる音が鳴ったのは同時だった。慌ててメールを確認するためにソファに座り、スマホを起動させる。相手は雪ノ下だ。内容はいたってシンプル。『比企谷くん、よね?ちゃんと届いてるかしら、貴方の家は土の下にあるのでしょう。』…ちょっと待て、これやっぱシンプルとかそういう問題じゃないわ。小町は風呂に行ってしまった。
一応、雪ノ下の毒舌に対応しながらもそうだ、と返す。その後は至って事務的な内容のみだった。結局、戸部を説得して延期させるように方向性は決まったところで、雪ノ下からのメールの文面にこんなことが書いてあった。
『ところで、貴方は3日目一緒に回ってくれるのかしら。』
……そうだった、結局有耶無耶になってしまっていたんだった。どうしようか悩んでいると、突如俺の手からスマホが消えた。残像だったのか!?なんてことは無く、振り返るとそこには俺のお古を着て、俺のスマホを持った小町がいた。俺のこと好きすぎでしょ、え、違う?違うか。悲しい。
「んー、なになに…え、お兄ちゃん。ナニコレ」
いつものあざとい演技はなく普通に驚いていた。まだまだだな、小町よ。陽乃さんはこれくらい何ともないぞ、なにそれやだ。
「奉仕部の3人で3日目回りたいと由比ヶ浜に言われたんだと」
「あ、あー。はいはい、そういう事ね。2人ともヘタっちゃったか~」
「なんだよ、その反応…あ、そうだ小町。ちょっと聞いてもいいか?」
後半、なんといったか聞こえなかったがそこまで重要でもないだろうと思い、俺は小町に戸部の告白を延期にさせる方法はなにかないかと聞いてみた。頭を回転させながら、ソファに座り込む。暫く考えていた小町だが、急に立ち上がると軽快に2階へと上がっていく。恐らく自分の携帯を取りに行ったのだろう。風呂に入ろうと、小町に声をかけると間延びした声で了解をもらった。
風呂から上がると、小町が夕飯の仕上げをしながら話しかけてきた。
「あ、お兄ちゃん。小町、いい案思いついちゃったよ!」
「あ?なんだよ」
「ほら、お兄ちゃんってさ文化祭の時に雪乃さんと回ってたんだよね?」
「仕事でな」
ここまで来ると嫌な予感しかしない。流石俺の妹である。
「その時に告白して、成功したってことにして『文化祭の方が修学旅行より雰囲気いいぞ。来年にしとけ』って言うんだよ!」
「却下」
即答もんだ。だいたいそれを雪ノ下が納得するはずがない。そう高を括っていたのだが、小町は衝撃の事実を告げる。
「雪乃さんは問題ないって言ってたよ?」
「…なん…だと」
確認すべく急いで雪ノ下に連絡をとる。電話帳を開いて雪ノ下雪乃の文字を探し、発信を押す。何コールかしたあとに雪ノ下は出た。
『なに、比企谷くん』
「お前、小町のあれ聞いて了承したのか?」
『あれ?…ああ』
思い当たる事があるのだろう、雪ノ下の返事を待ちつつ小町を見てみるとまだ余裕そうだ。若干緊迫しているようにも見える。まだ、何かある。
「なあ、雪ノ下。因みにそれはどんな話になってる?」
そう聞いた瞬間、小町はこちらへ近寄ってきて俺の電話を奪おうとする。そんなことお構い無しで通話を続ける。
『えっと…確か、文化祭の実行委員で文化祭中に交際を始めた人がいるから、やるなら文化祭中に…だったと思うわ』
それを聞いて確信した。こいつ、俺らのこと嵌めようとしたな。
「ちょっと待ってろ、雪ノ下。小町、正座」
「で、でもお兄ちゃん」
「正座だ」
そう言われた小町は渋々正座をする。通話をスピーカーにして小町に話をさせる。
「ほら、小町。今ここで雪ノ下に謝れ」
「ご、ごめんなさい!雪乃さん!」
『ど、どうなっているの?』
まあ、いきなり謝られたら困惑するわな。小町が正座のままお辞儀している状態でこちらをチラッと見たので、睨み返しお前から説明しろと訴えかける。
小町は降参でもしたのか、諦めたかのように話す。
「実は、その文化祭実行委員のことってお兄ちゃんと雪乃さんにしようと思ってたんですけど…ダメですかね」
『はあ、ダメに決まってるでしょう。戸部くんはこう…なんでも信じるから、多少濁しても問題ないわ。比企谷くん』
俺の方に呼びかけてきたので、スピーカーを切ってスマホを耳に当てる。小町はまだ腰を折っている。
『小町さん、辛い体勢なのでしょう?私はもう怒ってないから、開放してあげて』
「ああ。良かったな、小町。雪ノ下が許してくれたってよ」
それを聞くやいなやすぐに立ち上がって夕飯の盛り付けを始めた。
「改めて、悪かったな。小町が変なことして」
『構わないわ。それより由比ヶ浜さんにさっきこのことを伝えたわ。もちろん海老名さんが来た事は伏せて』
「ああ、なんて言ってた?」
『しょうがないけど、これで目一杯楽しめるね、と言ってたわ。なら最初から受けなければいいのに…』
全くだ。そこから一言二言交わして電話を切った。その後は普通に夕飯を食って、ちょっと勉強してアニメ見て寝た。明日、戸部を説得か…まあ、なんとかなるか。
放課後、戸部をなんとか説得した。あいつもなんだかんだでイイヤツだから『もし振られて気まずくなったら葉山も海老名さんも困るだろ』と言うと渋々だが納得したらしい。これで、修学旅行はなんの憂いもなく楽しめそうだ。
『比企谷くん、今日の1枚はまだかしら?』
毎晩送られてくるこのメールはこの一連の出来事の名残だろう。まあ、こいつらしいといえばこいつらしいが。
「カマクラー、どこだカマクラ。出てこないと、俺明日帰ってこれねぇんだけどー」
死なないためにも、写真をゲットしなければ。…なんで小町の方にお願いしないんだろうな。まあ、多分あいつなりに気を使っているんだろう。だったら俺にも気を使え。しかし、まあ。
『ありがとう、明日もよろしくね』
送った後に送り返されるこのメールが案外俺の楽しみになっている事は誰も知らない。
雪ノ下さん。難しい。
というか、自分は文才が底辺レベルであることに今更気づきました。それでも書き続けますが。
次は誰にしましょうか、ではでは。
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大雨、洪水、落雷注意報【アンチ・ヘイト】
今回のヒロインは頑張って書いてみます、めぐりんです。めぐりんの先輩頼れるオーラとほんわか暖かいオーラは八幡をどう変えるのか。
……なに自分でハードル上げてるんでしょうか。
場面設定は、八幡が三年生になって秋雨が本格的になってきた頃、受験が迫ってきて少しナイーブになってるところです。アンチ・ヘイトは念のためです。では、どうぞ。
雨、雨といっても沢山の種類がある。
小雨、梅雨の雨、秋雨時期の雨、台風から降ってくる雨、前線直下の暴風雨等々、地域によっても変わる。
今日も秋雨という言葉に負けない雨が降っていた。末期にしては珍しい、地面を叩きつけるような雨。風向きは向かい風で、帰りたいのに進みたくない、そんな日だった。まるで、雨風が俺が進むのを遮るような雨。雨を塞いでるはずの傘は、俺の心に蓋をしていた。黒い傘は俺の視界の半分を占めていた。かろうじて見えるところだけを見ながら、事故に気をつけて歩く。女子とすれ違う、しかしその人は見知らぬ人ではなかった。
「あ、比企谷くんだ」
たった今すれ違った人から発せられた声。横を見ると、そこにいたのは可愛らしいお下げが特徴と城廻めぐり先輩だった。
「どうも、お久しぶりです。では」
挨拶をするだけして、俺はその場から離れようとする。が、しかし挨拶ついでに会釈をして、顔を上げた先に映ったのは何やら言いたげな様子のめぐり先輩だった。
「あ、あのさ!…比企谷くん、少しお話しない?」
雨の音に混ざって聞こえた音は、なんとも遠慮がちなお茶会のお誘いだった。
めぐり先輩に連れていかれた先はとある喫茶店。住宅地の一角にある、穴場だろう。イメージとしては、パイナップルサンドだ。あそこよりも幾分かは装飾が目立つが、客は大人しそうな人ばかりだ。
俺達はふたり席に対面して座る。メニューを眺める必要も無いほど通っているのか、めぐり先輩は俺の分まで注文してくれた。
「何円ですか?コーヒー」
「いいよ、私が誘ったんだもん」
「そう…ですか」
この人が語尾にもん、とつけても違和感がない。あざとくもないけど可愛らしい。一色に是非見習って欲しい。素の方が何倍もマシだ。
暫く2人で沈黙の時を過ごした。コーヒーが運ばれて一口啜る。美味しい、家からもそんなに離れていない。お気に入り店にできそうだ。
「そ、それでさ…比企谷くん。話っていうのはね」
そういえばそうだった。俺はこの人に話があると言われここまで付いてきたのだ。何なのだろう、こんなところでないとできないくらいの話なんだろうか。
「……今年の文化祭も…君は」
……なんだ、その事か。どこから聞いたか分からんが、今ここでそれを出されるのは辛い。
去年の文化祭は傍目から見れば成功の部類だったんだろう。しかし、今回は違ったのだ。
一色が生徒会長となってから既に1年弱経過していたこともあり、会議は滞りなく続いていた。しかし、事件は初日に起こった。
俺が受験生であることお構いなしに一色は俺を脅迫して準備を手伝わせていた。それでも、当日の会場設営だけだったから、まだ良かった。雪ノ下は、今回も実行委員になって記録雑務をしていたらしい。その働きぶりは、ひとりで一小隊レベルだろう。カエルの宇宙人もびっくりだな。
話がそれてしまったが、初日のオープニングに委員長が遅刻した。今年の委員長は相模に劣らないレベルでアレだった。もっとも、今回の会議に陽乃さんの介入はなかったらしいが。そして、委員長は遅刻した事に関して何の詫びもいれずヘラヘラと壇上にあがった。
遅刻、と言っても雪ノ下が余裕を持ったタイムテーブルを作っていたのでなんとかなったらしいが、それをきっかけに委員の不満が爆発。仕事を放棄し始めた。何も出来ずに元奉仕部と一色が立ち尽くしていたところに葉山は来た。葉山のおかげでなんとかなるだろう…そう思っていたのに、一筋縄ではいかなかった。委員たちは反発をやめなかった。俺は決意した。葉山は演技が出来る。葉山は女子を殴れない。俺はこいつが嫌いだ。こいつも俺が嫌いだ。だったら…。
「君は…また自分を」
「城廻先輩まで自己犠牲だ、と言い始めますか?」
怒りの矛先を俺に向けるため、俺は彼らを煽った。ひたすら、葉山が怒りやすそうな言葉を選びながら、その言葉を繋げた。案の定、葉山は気づいたし、その後も演技も上手くいっていた。しかし、それでも尚委員達は動かない。俺は葉山を殴った。勿論、腹パンだ。俺があいつの顔を殴る事は…いや、どの箇所も殴ることは無いだろう。とにかく、それによってみんなのヒーローを傷つけた俺は悪役。煽りの途中で絡めた去年の俺の働きっぷりをちゃんと聞いていたのか、悪役に負けないよう、最底辺カーストに馬鹿にされないように彼らは働いた。
「だって!……そんなの、犠牲以外の何でもないよ」
「自分に何があろうと、よく言う『みんな』には気にされません。彼らは仲間しか見ませんから」
労働にはストレスがつきものだ。そのつきっぷりは憑き物と書いてもいいくらい、嫌なものだ。ストレスの発散法として、彼らは俺を選んだ。去年以上に誇張された話が校内を飛び交う。いくら雪ノ下や由比ヶ浜、一色、戸塚、小町が支えてくれると言っても限界はある。何度転校したいと思ったか、何度退学したいと思ったか、何度殺したいと思ったか分からなかった。
「俺はごく僅かの人の中にしかいません。偉人とは、世界の仕組みをよく知ってます。先輩も知っているでしょう?俺がやってるのは、最大多数の最大幸福の実行に過ぎません」
俺はある日、ある男子生徒を殴った。そいつは今まで俺に何度も嫌がらせをしてきたやつで俺も我慢の限界だった。しかし、運悪くその現場を先生に見られ、俺は自宅謹慎になった。
「最大多数の最大幸福は善とするだけで、正義にはならないんだよ?」
「悪の反対は善ですし、悪役の反対は正義のヒーローですよ。敵の敵は味方、その考え方なら善は正義です」
俺が暴力を行った事が雪ノ下達に流れた。自宅謹慎が解け、学校に行けば周りからは好奇の目にさらされた。雪ノ下は腫れ物のように俺を扱う。由比ヶ浜はやたら心配してくる。一色はからかってくる。戸塚は何度も何度も謝ってくる。正しく理解してくれたのは小町だけだった。
俺の目からは完全に光が消えた。俺の視界からは色が消えた。俺の鼓膜はフィルタリングをするようになった。俺の喉は音を出すのを嫌った。
「ねえ、比企谷くん」
「…なんですか?」
「…私さ、何にもないんだ。陽乃さんみたいな絶対的な支配力も、雪ノ下さんみたいな冷酷に物事を進める指揮力も、由比ヶ浜さんみたいな周りの空気を読んでそれに合わせる調和力も、一色さんみたいな場面に合わせて顔を変えるような応対力も……何も無い。大学の友達も秀でてる何かがあるんだ。それがすごく羨ましいし、妬ましい」
そんなはずはない。めぐり先輩には確かに周りを和ませることが出来る。
「そんな私でも、人並みのことは出来るって自負してる。人の話を聞いてあげて、理解することは出来る。疲れていたら、お疲れ様って言えるし、頑張ってる人に向かって応援もできる。勿論、自分の非を認めて素直に謝ることは…苦手なんだけど、出来るよ」
「誰にでもできることじゃないですよ。どれも」
「そんなこと無いよ。きっかけがあれば人は天使にも悪魔にも、神や魔王にもなれる。私は人のままでいるだけ」
めぐり先輩は一度言葉を切って目を閉じ、穏やかな表情になる。その表情は慈愛に溢れていた。
「だからね、比企谷くん。私は君の話を聞いて君を理解したい。疲れている君を見つけたら、お疲れ様って言ってあげたい。君が頑張っているのを見つけたら、応援してあげたい。君にやってしまった非を認めて謝りたいんだ……って、私かなり恥ずかしい事言ってない!?」
「……そう、ですね」
まともにめぐり先輩の顔を見れない。俺の目線は左下へと着弾している。
めぐり先輩は一度落ち着いて、また喋りだした。
「私はね、人並みのことしか出来ない。だから、君の傍で人並みのことをしていたいんだ」
「…そんなこと、言われたら…」
勘違いしてしまいそうになる--その言葉は俺の喉から飛び出すことは無かった。
「ご、ごめんね!この忙しくてナイーブになる時期に」
「城廻先輩」
「…何?」
謝ってくれているめぐり先輩を止めて、問う。
「先輩の大学って、どこですか?」
「え、〇△大学だよ」
「そうですか。じゃあ俺今からそこ目指しますね」
「…応援してるね!!」
その後、連絡先を交換して店を出た。相変わらず、雨は強い。店の前でめぐり先輩と別れ帰路を歩く。
風は追い風になっていて、俺の視界は開けていた。遠くに見える光は、多分雲の切れ目から漏れる陽の光なのだろう。あと少し、頑張ろうと思った。
文才が来い
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魔王の綻び
無謀だとわかってるんです。
それでも…それでも俺は……陽乃ssを書きたい!!
ちょーーっと胸糞展開です!!というか、両親クズ化しますた。お気を付けて…。
今回の場面設定…を言うとなかなかネタバレになるので深くは言いませんが…八幡年齢=彼女いない歴で素人童貞です。
ではでは…。
比企谷八幡は素人童貞である。
大学を卒業した頃はまだ抑えられた。しかし、しかしだ。28歳ごろに俺の性欲がエクスプロージョン!!を起こしてしまい、一人暮らしをしていたこともあり呼んでしまったのだ。そう、デリヘルを。
それから月イチで電話をかける日々。いやね、ちゃんと避妊してるから問題ないさ、うん。そして今日はその日。新たな出会いを求めるというか、毎度何かやらかすわたくしめは指名せずに運任せです。
この日ほど俺は指名していなかったことを良かったと思ったことは無い。
「さあ、そろそろかけるか」
こういうのって携帯からかけるべきじゃない気がしないでもないけど、家電ないんだよな、このアパート。
もはや電話帳の1つに追加されている連絡先に電話をかける。いつも通りに済ませ、女の人が来るのをしばらく待つ。にしても理性の化物とどこかのお姉さんに言われた俺がデリヘルを愛用するようになるとは…。人生とはわからんものですたい。
数分経って部屋着でぼけーっと座ってるとインターホンが鳴る。人間慣れると緊張しないというのは一部だけで、俺は毎回このドアを開ける瞬間はドキがムネムネしている。玄関に着きドアを開けると…。
「こんばんは!今日はう…ちの…比企谷くん?」
「……雪ノ下…さん?」
かつての魔王様がいらっしゃいました。
「まあ、これでも飲んで落ち着いてください」
そう言って俺はリビングで座っている陽乃さんにコーヒーをさしだす。陽乃さんに出せる程の高級品じゃないが、まあいいだろう。
「それで、なんで雪ノ下さんがデリヘルなんてやってるんですか?」
「そ、その前にうちの会社に電話かけてもいい?行く途中に体調悪くなったとか言っちゃうから」
「え、ええ。じゃあこっちからキャンセル入れときます」
「ご、ごめんね。追加料金もかかるのに」
今はそんなこと気にしてる場合ではないし、一人暮らしで金の管理は当たり前だが俺がしてるからそのへんは今月乗り切れば大丈夫だろう。てか、陽乃さんとこのかなりホワイトだな。それで許されるのか。
二人とも電話が終わり、向かい合う。
「……改めて、どうして雪ノ下さんがデリヘルしてるか。聞いても大丈夫ですか?」
「……うん、いいよ」
了承してくれたもののとても気分が良さそうには見えない。しかし、だからと言ってきっと何を言っても聞いてくれない人だ。待つしかない。
「実はね、私勘当されたの。だいたい一年と半年前くらいに」
「…勘当、ですか?なぜ雪ノ下さんほど優秀な人が?」
「そう、その優秀なのが問題だったの。私ね、大学院出た後は勿論お父さんの会社に入った。今言った通り、基本優秀な私はすべてうまくやってた。でもね、どんな人にも慢心は出来るからさ、全部トントン拍子で進んでたんだけどある大きなプロジェクトを任された時にね、あと一歩で倒産するところまでやっちゃったの。
そのせいでお父さんとお母さんはもう、頭でお湯がわかせるくらい怒ったの」
致し方ないだろう。自分の娘が傲慢で会社を倒産なんてどこのドラマだという話である。確かに、陽乃さんは優秀だ。しかし、優秀なだけだ。この世界のどこにも完璧な人はいない。欠点というものがあるからこそヒトは相互補完するのだ。しかし、彼女は違った。自分の欠点、何でもできるが故にここぞという時に油断してしまう癖を補完してくれる人は誰もいなかった。故に綻びが出来てしまった。
「それで、あっという間に雪乃ちゃんに私の場所が奪われちゃったの。雪乃ちゃんも優秀だから、私ほどじゃないけどね、文系に進んでたあの子でも私の代役になれた。寧ろ私を超えてる」
「…で、お金が無かったから仕事を探したと」
「そ、預金もあったんだけどそれもつい先月きれてね。お父さん達が何をしたかったのか分かんないけど、そう簡単に就職出来なかったから渋々この仕事を選んだの」
「大丈夫なんすか?もし戻ってこいとか言われたら」
「絶対ないよ…この前試しに電話してみたら『あら、昨年のダメ社員さん』とか言われちゃったんだもん」
陽乃さんは声を震わせながら呟く。その姿はあまりに切なく、見てるだけで息苦しかった。なんとかしてあげたい。何か、何かいい方法はないのか。誰も傷つくことのない、そんな方法が…。
「雪ノ下さん…いや、陽乃さん」
「な、なに?比企谷くん」
「ひとまず俺とヤってくれませんか?明日は有給とるんでまた明日考えましょう。ちゃんと避妊しますし、お金が必要なら勿論渡します」
何言ってんだ、この素人童貞って顔された。当たり前だ、こんなシリアスは朝だけで充分だって話だ。ってそれはシリアルだ。
「…いいよ、私はそのためにここにいるんだからね」
「俺なんだかんだで社畜してますから、有給そろそろ消化しないといけなかったんで。ありがとうございます」
このあと当たり障りnightしますた。ぶっちゃけると、陽乃さんがめっちゃくちゃ可愛かった。
朝起きると横には上に俺の普段使っているポロシャツを着た陽乃さんがいた…昨日俺こんなこと頼んでたのか…途中からふたりで酒飲みながらヤってたから記憶飛んでるわ。
朝チュンを感じながら天井のシミを数えていると横の陽乃さんが起きる。
「おはよ、八幡」
昨日からいつの間にか八幡と呼ばれているが別にいいだろう。ついこの前一色に『先輩って言っても社会人の一歳差なんてあってないものですから、八幡って呼びます!!』とか言われたし。いや、繋がり全くないな。
「おはようございます。朝飯どうしますか?」
「え、ご馳走になってもいいの?」
「大したもんは出来ませんよ」
どうやら食べるらしい。さて、料理してる間にどうするか考えますか。
「陽乃さん、何処ですか?ご飯できましたよ」
軽く作った後、陽乃さんを探すが部屋の中にはいない。何処だろうと家中を探そうと廊下に出ようとした時に陽乃さんは部屋に入ってきた。
「ごめんね。棚にあった歯ブラシ開けちゃった」
「別にいいですよ。買い置きしてますし」
「ありがと。……あ、朝ごはんだ。目玉焼きとソーセージと…普通だね?」
だから大したものはできないと言ったでしょう。陽乃さんは楽しそうにリビングの机の前に座る。一人暮らしだからダイニングに椅子は一つしかない。
「いいから食べますよ」
「はいはい。もう、つれないなぁ、八幡は」
「「いただきます」」
ふたりで手を合わせて朝ごはんを食べ始める。と、そうだ。
「陽乃さん」
「ふぁひ?」
「今日の予定教えてくれますか?俺、行きたいとこあるんですよ」
「……ゴクッ。そういえばそのへん決めないとね、まあ私はまだここに泊まる気だから。服とか持ってこようかな?」
「マジですか」
「マジですよ」
そう言って陽乃さんははにかむ。何この人、めっちゃ可愛い。雪ノ下には過干渉な人で厄介な人だなと思っていたけれど、やはりこの人も仮面を取ればただの女の子だ。寧ろ仮面に覆われていた心は常人よりやや子供っぽいかもしれない。
「じゃあ、俺しばらくデリヘル呼ばないんで夜の相手お願いしますね」
「いっそのこと同棲しちゃおっか。私働かずに八幡のこと待ってるよ?」
「俺の夢である専業主夫奪うのやめてくれます…?」
一瞬想像していいかなと思った自分を殴りたい。この人が俺と同棲とかちょっと現実味がない。
「八幡、私…これ以上汚れたくないな…」
「よし、買い物のついでにそのへんの手続きしてきましょうか。世界平和を考えれば消費電力とか減りますしいいですよね」
いや、無理。涙目上目遣いにプラスして谷間はあかん、谷間は。照れてそっぽ向いてついうんって言うてもーた。
「やったー!そうと決まれば早く出かける準備してよ、八幡!」
「そういう陽乃さんも。あなた俺のポロシャツ着たまんまじゃないですか」
「あ…。わ、私着替えないじゃん」
「……出かけるのは昼からにしますか」
そういうとえへへと笑って、ポロシャツを脱ぎ始める。ちょちょちょ、ここで着替えるのん?着替えても着るものないよ?
「また服貸して。部屋着かなにか」
「……うす」
ですよね。
そんなことからはや半年。本当に同棲しちゃった俺たちは今日、もう何回目かわからない当たり障りnightの日を迎えた。
「じゃあ、八幡。今日もしよっか」
「そ、その前に。少しいいですか?」
「どうしたの?」
勇気を振り絞れ!!!俺ならできる、俺ならできる。一度呼吸を整え、動悸を整える。ゆっくり息を吸って、言葉を紡ぐ…。
「避妊、しなくてもいいですか?…俺、陽乃さんとの子供欲しいです」
あまりにも恥ずかしすぎて陽乃さんのほうを見れない。そっぽ向いて頬をかいていると前から衝撃がきた。勿論、陽乃さんである。
「……いいよ。できちゃった婚…シよ?」
こんな青春ラブコメ間違っている?
もうそんな歳じゃない、大人ってのは間違ってナンボだろ?
……ごめんなさい。ただ、ただそれだけ。
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彼女とのクリスマス(雪乃編)
暫くこの短編集を更新してなかったのはですね。もはや布石です。こうしてクリスマスに素晴らしいものを提供したいというマインドが私のなかでコンセンサスとなってしまった結果です。わけが分かりませんね。
サブタイトルを見ていただければわかるかと思います。雪乃編なんですよね、これ。
まだいろは編が残ってるんですね。この次にいろは編が来ます。待っててください!
そして結衣推しの皆さんごめんなさい!!間に合いませんでした…というかネタが浮かびませんでした。ですので、バレンタインの方に結衣は載せようと思います!
ではでは、雪乃と八幡のクリスマスをご覧下さい!(砂糖多めにしたつもりです…)
高校最後のクリスマスを明日に控えた俺は、明日に備えてすることなど特にすることもなく、いつも通り勉強に精を出していた。ま、俺ともなると余裕で大学に受かりそうなんだけどな!
「比企谷くん、ここ間違ってるわよ。あなた本当に国公立受ける気があるの?」
「すみませんでした」
……雪ノ下教官の元、厳しい指導を受けております。と、言うのも俺と雪ノ下は今年の夏から付き合っている。俺としては雪ノ下以外と付き合うことを考えられないからこのまま私立大学でて、ゴールインしたかったのだが、雪ノ下の母親が了承してくれなかった。
陽乃さんにも手伝ってもらいなんとか説得したものの、条件が『俺が旧帝大に入ること』であり、夏から必死こいて理系の勉強をしている。つまり、ぶっちゃけ受かるか不安。
センターとか試験で、理科科目は生物と地学を選択するからいいとして、問題は数学である。とりあえず現段階で高校の数1、Aはなんとか終わったからなんとかなりそうだけどな。雪ノ下教官の手腕ぱないっす。
「ね、ねえ…比企谷くん」
「どした?」
「……少し、じっとしていてくれるかしら」
そう言うと俺の右手前にいた雪ノ下は立ち上がり、俺の後ろに回ってきた。何をするか分かったが、俺的に役得なので黙っておく。
後ろに来た雪ノ下は座り込み、華奢な手で俺の胴を包み込もうとした。雪ノ下の女の子特有のいい匂いと女の子らしい柔らかさを感じて照れくさくなるも、悪い気はしない。付き合い始めてから、こうして甘えてくれることを嬉しく思うし、愛しいと思う。
彼女の依存癖は未だ治っていないが、大学が卒業するまでには治そうと陽乃さんと協定を結んでいたりする。
「………八……幡」
「…」
待って、可愛すぎる。俺にくっついてることによってリラックスしすぎでしょこの子。
10分ほどたって雪ノ下は俺のもとを離れ、先程と同じ場所についた。
「ごめんなさい、我慢出来なかったわ」
「お、おう。気にすんなって、普通に嬉しいから」
「…そ、そう」
時計を見ると既に短針は8に差し掛かっていた。外はもう暗い。これから寄らなければならない俺はこの辺でお暇しましょう。
「よし、いつもありがとうな。雪ノ下」
「気にしないで。私も貴方と同じ大学に行って、結婚したいもの」
「……ほんと、いい彼女だよ。ありがとな、家に帰ってもうちょいやるわ」
そう言って俺はマンションを出る。さて、買い物に行きますか。
「わり、彩加。遅くなった」
「大丈夫だよ。まだ残りの2人来てないから。時間にも間に合ってるよ」
買い物…と言ってもみんながみんな彼女のクリスマスプレゼントを買うという、所謂女子会ならぬ男子会というやつだ。
ちなみに彩加の彼女は小町だったりする。彩加なら小町のことを任せられると思っていたし、問題ないだろう。これで小町と彩加が結婚して、彩加が婿養子として俺の家に入ってくれれば俺の家は最強の癒し空間になるな。
「ごめんね。少し待たせちゃったかな」
「遅刻だな」
今来たのは3人目、玉縄である。夏前に奉仕部最後の仕事としてまた海浜と合同イベントをしたんだが、それからこいつはビジネス語を封印してそっからモテ始めたらしく、海浜の子と付き合っているらしい。
「気にしないで、玉縄くん。最後の人はまだ来てないから」
「ああ、彼はいつも最後なんだね…」
「っべー!8分くらい遅刻だべ」
「お前がな。いつも通りに」
最後はこいつだ。もはや説明しなくても良いだろう。4人揃ったことを再確認し、ららぽへ入っていった。
一時間掛けて全員がプレゼントを決める。最後に近くのサイゼで晩飯を食べて家に帰る。
「おかえり!お兄ちゃん!」
「おう、ただいま」
彩加と付き合っていながらも兄のことを慕ってくれるのはとても嬉しいです。よくできた妹です。なでなでしてやろ~。
「きゃはは!」
可愛いの~。ふぉふぉふぉ。
「ところで、お兄ちゃん」
「どした?」
「彩加さん何買ってた?」
どうやら小町には全部筒抜けらしい。しかしあいつらとはお互いにばらさないよう同盟結んでるから問題ないよな?…ない、よね?彩加うっかり小町か由比ヶ浜に俺が買ったのばらしてないよな?
「言うわけないだろ。明日の楽しみだ」
「それもそっか。お兄ちゃんは明日もお義姉ちゃんのところに行くんでしょ?」
「おう」
明日はクリスマスということで雪ノ下の家で勉強しつつ在宅デートです。まあ、いつもやってることですが。なんつーの、俺ってば平安時代なら既に結婚してるまである。考えてて恥ずかしくなった。
「じゃあさ、もう泊まってきてくれない?彩加さんと一晩中ふたりきりがいいな」
「…そりゃ雪ノ下に聞いてみねぇとな。俺はそれに賛成するが、親父はなんて言ってんだ?」
「えっとね『小町!そんな碌でもないやつとは別れなさい!!どうせ小町の顔目当てだぞ!』とか言ってたから、彩加さんのいい所を一時間語ってあげた後に笑顔で『今年のクリスマスプレゼントいらないから漫喫で一晩過ごしてきて』って言ったら泣きながらうんって言ってくれた」
うちの妹が想像以上に鬼畜だった。というか親父。彩加が顔目当てだと!?そんな訳あるか、俺も今度彩加のいい所を一時間語ってやる。とりあえず、小町が作ってくれた飯を食べてから雪ノ下に電話か。
「まあ、あれだ。もし無理でも俺も漫喫行って勉強しとるから気にすんな」
ご飯中にそう言ってやると小町は満面の笑みを浮かべありがとうと言った。その笑顔が余りにも美しく、こいつも成長したんだと嫌でも感じさせられた。
「つーわけで、泊めてくんない?」
『いいわよ』
「いやあ、流石に前日に頼むのもあれだと思うんだが小町にそう言われたのが今日でな…っていいのか?」
『ええ、元々泊まってもらうつもりだったもの。小町さんに相談したら利害の一致ってことでふたつ返事だったわ』
ああ、小町は既に話を通していたのね。よくやった小町、明日の朝に今日買ってきたお前の分のプレゼントあげるからな。
その後1泊の準備をして教官から教えて貰ったところの復習をして横になった。
次の日、朝のうちに小町にプレゼントを渡した俺は雪ノ下の家に向かっていた。
ちなみに小町には新しいマグカップを買ってやった。自分のやつがかなり古くなっていたから、だったら小町もなんじゃないかと思って買った。彩加と被らないよう、配慮はしている。
いつもより少し早く雪ノ下の家に着いた。いつも通り、ピンポンを押すも応答がない。もう一度押すと出た。
『ご、ごめんなさい。今起きたわ』
「あ、まじ?悪かった」
『いいえ、昨日なかなか寝付けなかっただけよ。上がって』
寝起きの雪ノ下を見ることに少しワクワクしつつ罪悪感を感じていたが、どうせ明日見るんだしいいやという結論に落ち着いた。部屋に入ると既に雪ノ下は完璧に着替えていました…くそ。
「ごめんなさい。見苦しい…いえ、聞き苦しいかしら」
「お前謝りすぎ。そんなに気にしてないっつーの」
「そ、そう。荷物は私の部屋でいいかしら?」
なんでだよ。普通に居間でいいじゃんか。そう思ったが、なんだか嬉しそうな顔をしてる雪ノ下相手にそう言うのはなんだか癪だなと思ったあ。
「…自分で持ってく。どこだ?」
「…そういえば、貴方私の家の間取りを把握してなかったわね。ちょうどいいわ、軽く案内しましょう」
俺用のスリッパを出してくれる雪ノ下はほんとにおれの奥さんのようで、将来毎日この光景を見れるよう頑張ろうと思った。
スリッパを履いたのを確認した雪ノ下が俺を先導する。改めてここ広すぎんだろ…。
荷物は結局のところ居間に置かれていた。なぜそうなったかは知らんが、いつの間にか居間におこうって話に落ち着いた。まあ、基本的に居間で勉強するから取りに行く手間が省けて良いんだけどね。
「えっと…比企谷くん。その…」
「?」
さあ、勉強するぞ!と意気込んでいると雪ノ下がなにやらもじもじしている。何か頼み事でもあるのだろうか。そう思って、雪ノ下が言おうとすることを聞き取る構えをする。
「そ、そろそろ…呼び方を変えないかしら」
「…それも、そうだな」
ちょうど俺も今日それを提案しようと思っていたのだが先を越された。だが、そうとなれば俺が先手を打つのみ。
「それじゃ、普通に名前でいいか。…雪乃」
名前で呼んだ瞬間に、顔を秋の山さながらに紅くする雪ノ下。改め雪乃。自分で提案したくせに…昨日は忘れていたが、自分の部屋で名前を呼ぶイメトレしててよかったわ。おかげでそれなりに決まった。
「…ええ、改めてこれからもよろしく。八幡」
……面と向かってやられると恥ずかしい。お互いに照れて、勉強に集中できるようになったのは俺がマンションについてから2時間弱くらい経ってからだった。
勉強の集中力がふと途切れ、気が付けば5時過ぎになっていた。
「雪乃、そろそろ休憩しないか」
あの後昼まで勉強して雪乃の手料理を食べ、また勉強していた。今日は夜も雪乃教官がいるので心強い。
「そうね。私も夕食を作らないといけないし」
「ああ。ありがとな」
「いいわよ。そうね…その間にお風呂掃除してくれるかしら?スポンジと浴槽の洗剤はお風呂の中の鏡の裏にあるから」
「任せとけ」
ここで俺の家事スキルを見せつけてさらにいいところ見せてやるぜ。午前中に案内された浴室へ向かう。
風呂の中は流石というべきか、俺と雪乃がふたりで入っても全然余裕がある広さで、ちょっと妄想してしまった。…いやいや、少なくとも大学に入るまでは純粋でいようと決めているんだ。俺のためにも、雪乃のためにも。多分、一緒に入ると理性が崩壊する。妄想だけにとどめておきました。
風呂掃除を完璧に終わらせた後、居間に戻るとそこにはソファでうたた寝している雪乃がいた。前の机にスマホが置いてある。大方タイマーをセットしてあるのだろう。料理の途中であると見られる。
…ま、まあ日頃お世話になってるし、俺がアレをやるだけでまさか別れるなんて…ならないよな?そう思い、例のアレをすべく俺は雪乃の横に腰掛ける。彼女が起きないよう頭をゆっくり動かして俺の腿に乗せる。まあ、膝枕だ。いつも思うんだけど、膝枕っていう割に頭乗ってる場所って太ももだよね。
「……」
「ぐっすり寝てんな。…髪さらさらしてる」
右手が自然と動く。到着点は黒く、美しく輝く髪。撫で心地が良すぎて、撫でているこちらが逆にリラックスするまである。暫くして、ふとスマホのタイマーを見るとリミットまで既に10秒を切っていた。タイマーを止めて頭を撫でていた手はそのままに、空いていた左手を肩に置き、ポンポンと叩く。
「雪乃、タイマー鳴ったぞ」
「…ん、…うん」
眠りから覚めた美しいお姫様はどうやらわたくしめの声が左耳に入ってきたことを不思議に思われながらもとりあえず体を起こそうとしております。ですので、僭越ながらお手伝いさせていただきました。
なんじゃこの三文芝居は。
「…八幡。なぜあなたがここで、私の頭があったあたりに座っているのかしら」
「ご想像におまかせします」
本当は答えがわかっているのだろうが敢えてはぐらかす。あの子顔真っ赤だよ、ちょっと可愛すぎよ?
雪乃はとりあえず料理を何とかしようという結論になったのか、ソファに掛けてあったエプロンを取りキッチンへ行ってしまった。しかし、去年買ったエプロンまだ使ってんのな。あれからもう1年と半分か。
感慨深く思っていると雪乃が俺を呼ぶ声が聞こえた。食卓につくためソファから立ち上がる。
「おお、ここは高級レストランか」
「あら、八幡。どんなにお金を出されてもあなた以外にここまでするつもりは無いわ」
「その言葉はありがたいが、由比ヶ浜に言われたら作るだろ」
「……さあ、食べましょうか」
……スルーしやがった。
「ご馳走さま。流石、美味かった」
「分かっていたけれど改めて言われると嬉しいものね。お粗末様」
今日はクリスマスということで食卓には本格的なクリスマス料理が並んでいた。ターキーとローストビーフが同じ食卓に同時に並んでいるのを初めて見た…。
「暫くしたらケーキも出すわ」
「マジか。何のケーキ?」
「チョコ」
おお、俺が一番好きなやつ。雪乃がそうしてくれるってのはつまり小町とかにリサーチしたんだろうな。そこまでしてくれることがとても嬉しい。というかほんとに付き合ってから前以上に可愛い。
「その前に少しリラックスしない?」
「いいけど…何すんの?」
「ソファに座ってくれる?」
そう雪乃に頼まれたので、何をするかわからないが座ってあげる。すると隣に雪乃が座ってくる。まあ、そりゃそうだろうな。…しかし、近い。雪乃の肩が当たってる。めっちゃいい匂いする…。
そんなこと考えていると雪乃からかかっていた体重が少し増える。横を見ると緊張してしまうからずっと前を見ていたが、気になったので横を見る。
「ねえ…八幡」
「…どした」
「…八幡がもし大学落ちたら、駆け落ちしない?」
雪乃は俺の肩に頭を乗せていて、膝に置いた手は震えていた。きっと怖いのだろう。彼女は確かに俺のことが好きだが、同時に彼女は俺に依存している。それは普通ならとても危ない状態だ、男が女に別れを告げれば女にとっては最早死刑宣告のようなものに聞こえうる。だからこそ、俺は雪乃の依存症を治したい。彼女と別れる気はさらさらないが、きっといつかまた俺は自己犠牲と呼ばれる行為をしてしまう。
「ダメだ。俺のために雪乃の未来が変わるのは嫌だからな」
「でも…」
震える手を俺の手で包む。俺の指が雪乃の指に絡みつき、絶対に離さないと内心誓う。
俺だって離れたくないし、駆け落ちだって一度考えた。でもそれじゃあ俺達はきっと一生子供のままで、何もかも上手くいかなくなってしまう。だったら俺が旧帝大…東大に受かればいいだけの話だ。
「なあ、雪乃」
「…何かしら」
「…聞いてくれるか?俺の未来図」
雪乃が俺の手をぎゅっと握った。それを肯定の合図ととった俺は語る。
「まずさ、東大に受かるだろ?そんでもってここじゃないどっかのマンションで同棲だ。結局俺は家を出ることになるし、雪乃も引っ越したいとか言ってたしな。そしたら4年間笑って泣いて喧嘩して謝って過ごす。その部屋にはいつも俺達がいる。たまに由比ヶ浜とか一色とか、陽乃さんも来ると思うけどそれもまた楽しそうだよな」
「…そうね。とても楽しそう」
「それで4年が過ぎたらいよいよ仕事だ。働きたくないのは本当だが、雪乃のために俺は働く。具体的には決めてないけど行きたい方向も決まってる。なあ、雪乃。俺が進もうとしている道はかなり忙しい毎日が続きそうだし家にもなかなか帰れないかもしれない。だから、我儘だが家でいつでも待っててくれないか?」
「…いやよ。私も働くわ」
「そいつは悲しい。家に帰っても誰もいないじゃんか。お前は専業主婦でいいんだよ、俺が頑張って稼ぐ。そしたら…そうだな26歳くらいで俺達は結婚して俺が定年退職するまでに子供は3人いて、そいつらはきっと既に成人しているんだろうな。年金生活してる時は雪乃とのんびり隠居生活だ。なんだったら他県に引っ越して農業とかもやってみないか?」
「楽しそうな人生ね」
「ああ…でもな、この未来図を作れたのはたくさんの人が俺に関わって、俺がいい方に変わったからだ。平塚先生、由比ヶ浜、一色、戸塚、葉山、戸部…まだまだたくさんいる。けど、一番俺を変えてくれたのはお前だ、雪乃」
「…結局何が言いたいの?」
そうだな。俺も途中からわからなくなってきた。だから、ここで結論を出す。
「ここまで未来図が出来てるが前提条件は東大に入ってることだろ?」
そこで一度言葉を切る。
「この未来図を台無しにしないように、東大に絶対受かる。だから駆け落ちとかは考えんでいい」
「…そう。ねえ、八幡」
「どうした?」
雪乃の声音が明るくなった。高校受験の頃、周りからよく聞こえてきた未来に希望を持っている声だ。
「子どもの名前はどうするのがいいかしら」
「…まだ早いっての。風呂、入って来いよ」
「ふふ、そうね」
そう言って雪乃は立ち上がる。が、俺の正面に来ていきなり顔を近づける。そのまま俺の唇は雪乃の唇に吸い込まれるように触れた。触れてる時間はきっと長く、息が切れそうになった。
雪乃が離れていく。
「そこまで語ってくれたのだから、お風呂から上がった後はケーキを食べて、すぐに勉強するわよ」
「…ああ、任しとけ」
そう言って雪乃は風呂に行った。きっと俺と彼女の顔は、この時ばかりはこの街で一番赤く…そして誰よりも未来への希望を抱えていた。
「…ねえ、八幡」
「…どした?八幡なんて珍しい」
「いえ、学生の頃はそう呼んでいたと思っただけよ」
「パパとママ顔あかーい!!」
「あう、あきゃい?」
「…さ、クリスマスパーティ始めるか」
「やったー!!ママ、料理まだー?」
「ちゃんと手伝いなさい。こっちに来て箸を持っていってくれる?」
「はーい!!」
「なあ、雪乃」
「なにかしら」
「いま、俺すっごく幸せだわ」
「ええ、私も。世界一幸せよ」
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彼女とのクリスマス(いろは編)
前話が雪乃編となっており、そこの前書きにちょっとした謝罪が載ってます。先にこっちを読んでる結衣推しの方には先に謝っておきます、すみません。詳しい話は前話を…。
では、いろはと八幡のクリスマスをご覧下さい!(こっちも砂糖多めにしたかったのに途中ちょい真面目に…)
今日はクリスマス。どの番組を付けてもまだ昼なのにクリスマス特番しかしていない。そんなリア充感たっぷりな番組は俺には合わないのでテレビの電源を切って、勉強しようと自室へ向かう。
「せーんぱい。こんにちは!」
「…色々言いたいんだけど、お前いつもどうやって入ってくんの?」
物音とか全くしなかったんだけど、怖すぎない?
自室の扉を開けた先にいたのは、腰に手を当ててこれでもかと言わんばかりに胸を張って仁王立ちしている後輩、一色いろはだった。
この急襲も既に十数回はされているので、最早諦めている。そもそも、俺とこいつは今年の秋、文化祭の時から付き合っている。しかしデートらしいデートも出来ず、受験のために頑張って勉強している横で今日みたいに家に来た一色が勉強するのが毎週の恒例になっていたりする。
今日はクリスマスなのだが、一色が俺に気をつかって勉強に専念してください!とか言ってたのに部屋にいるとはこれ如何に。いやまあ、嬉しいかどうかと聞かれれば間違いなく嬉しいんですけどね。
「先輩、ごめんなさい。どうしても我慢出来ず来ちゃいました」
「……まあ、あれだ。なに、今日1日くらい勉強サボっても大丈夫だろ」
今日サボったぶんは年末年始にライバル共がウェイウェイしてる間にすればいいか。折角の恋人関係になって初めてのクリスマスなのだから、一色のために何かしてやりたいとは思っていたし。
「そ、そうですか…は、もしかして今のプロポーズでしたかごめんなさい正直先輩以外の人とか今は絶対ありえませんし今後も考えるつもりはありませんがお互いに色々安定し始める25歳くらいになってからもう1回してください手間かけさせてごめんなさい」
「…付き合ってんのに振られるってどうよ」
まだ扉を開けたままでいたことに気づき、部屋に入って扉を閉める。いつも勉強している定位置…ではなく俺があぐらをした足の上に一色が乗ってくる。勿論向かい合わせではない、多分そうなったら速攻押し倒す。一色の手が俺の腕を掴み俺が一色を抱いている格好になる。普通に女子らしい体つきをしている一色を抱いているのはいい気分になる。べ、別にイヤラシイ意味なんかじゃないんだからね!!
「それで、まだ昼だがどうする?」
「そうですね…とりあえずしばらくこのままでいいですか?」
「ずっと座ってるのはちと辛い」
実際下に何かを敷いていても尻が痛くなったり、いくら一色が軽いとはいえしばらく乗っているなら話は別だ。足が痺れてしまう。
「でしたらベッドで一緒にお昼寝しませんか?」
「昼寝だと、早速するぞ。早く暖房切ってカーテン閉めて電気消して入れ」
そう聞いた瞬間俺は一色を持ち上げて足から下ろし、ベッドへダイブする。一色?ため息ついてる。
「どれか一つでもやってくれませんかね?」
そう言いながらもやってくれる一色は将来は良妻になるのだろうと確信する。すべて終えた一色はお邪魔しますと言いながら入ってくる。今は向かい合わせだ。一色の顔が近く顔が赤くなるが、それは一色も同じだった。
「わあ、先輩の顔近いです」
「当たり前だろ。逆にこの距離で遠いとか言われたら勘違いするわ」
「ええ。流石に今はしようとは思ってませんから」
今は、思ってないんですか。ちょっと今日の夜は攻めてみようかな。ちなみに俺たちはまだキスすらした事ない。なんて清廉潔白由緒正しいお付き合いをしているのだろう!!…なんか意味が若干違うな。俺もテンパっているということで。
「ねえ、先輩」
「どした?」
「私のことそろそろいろはって呼べませんか?」
約半月前から言われ続けているこの要求。正直なところ俺もそろそろ変えないとなとは思っていたのだが、それを切り出すタイミングを上手く掴めなかった。
「そうだな…そろそろ頑張ってみるわ。慣れるには時間かかりそうだけどな」
「そ、そうですか。ありがとうございます!」
俺の返事がよほど嬉しかったのか暗い中でもわかるほど顔を赤くし、顔を綻ばす。そんな一色…いろはの顔を見て、これで間違ってなかったことを確信した。
「それじゃ、おやすみ」
「はい!おやすみなさい」
そう言って俺達は目を瞑る。いっ……いろはが抱きついてくるが気にせず寝る。
……いろはが俺の胸に顔を埋めるが気に、気にせず寝る。
……いろはが俺の胸で『うにゅー』って言いながら寝ているが気にせず寝る。
………………。寝れる訳がないんだよなぁ、今の状況で。なんで寝れるのかいろはに聴きたいまである。が、しかしベッドで横になっていると眠くなるのが人であり、俺も人であるのでいつの間にか寝ていた。
いろはめっちゃいい匂いしてました、ご馳走さまです!
ふと目が覚める。今は何時だろうと部屋に掛かっている時計を見ると、短針は3を指していた…まあ、そんなもんか。
いろははまだ俺にくっついて寝て…
「くんくん、くんくん。すーはー」
なかったわ。こいつ俺の匂い嗅いでる。
「よう、いろは。いつ起きたんだ?」
「あ、おはようございます。そうですね…ほんの10分前くらいです」
「なんで俺を起こさなかったんだ?」
こいつなら起きた後すぐに俺を起こして何かしたいとか言い出すと思っていたんだが。
「いえ、一度起こそうと思ったんですがとりあえず先輩の匂いを嗅いでからと思って嗅いでたらそのまま時間が経ってまして」
なにそれすごく恥ずかしいんだけど。俺どんだけいい匂いなんですか、いろはさん。この人自分で言って自分で照れてるし。
「とりあえず離せ。話ができん」
「あ、はい」
そう言ってとても名残惜しそうに離れるいろは。手くらい握ってやろうと離れていくいろはの手を捕まえる。驚くいろはに気づかないフリをして話を続ける。
「そ、それで今からどうする?どこか出掛けるには微妙な時間だが」
「ですね…今日泊まってもいいですか?」
「…小町に聞いてみないとな」
その小町は友達とクリスマスの街を闊歩しているらしい。俺はいろはにスマホを取ってもらい、メールを打つ。スマホはベッド横の机に置いてあるのだが、俺は壁際にいたからいろはに取ってもらった。
「…こんなもんか」
「ふふっ」
「…いきなりどした?」
俺が小町へ『一色が泊まりたいとか言ってるんだがいいか?』とだけ送った後、いろはが突然笑い出す。頭がおかしくなったのん?
「いえ、先輩まだメール打つの慣れてないんだなと思いまして」
「俺がメールを打つのに慣れるのは社会人になってからだと思うぞ」
社会人になると嫌でも連絡する時とかメール多用することになるだろうからな。
しかし、いろはは俺の言葉を聞いて固まっている。
「せ、先輩。働くつもりですか…」
「ちょっと。あなた俺のことバカにしすぎよ」
いろはが本気で驚いてる。いや、ほんと、まじで悲しいんだけど。流石に結婚したい奴がいるのに働かないってのは相手に悪いと思うし、その辺しっかりしてるつもりなんだがな。
「いえ、そういう訳じゃなくてですね」
「じゃあなんだよ」
「先輩を養ってくれそうな人ならいるじゃないですか。陽乃さんとか」
まあ、確かにあの人なら養ってくれそうだよな。あの人俺のこと好きすぎだし。平塚先生と言い陽乃さんと言いこんなやつのどこがいいんだろうか、俺年上に好かれすぎじゃない?
「つーかお前がそんなこと言うなんてな」
「私なんて可愛いだけで何にも持ってないですし」
「自分で可愛いって言うあたり流石だと思うわ」
しかしいろはが何も持ってないとな。今日はクリスマス。これに紛れてクサいセリフを言っても、聖夜だから許される…よな?まだ昼だけど。
つまるところいろはのいい所をこいつに教えてやろうと思う。
「なあ、いろは」
「……なんですか?」
こういうの初めてだからちょっと一角の鬼さんパクらせて頂きます。
「俺はいろはの声が好きだ。あざとい仕草する時の甘い声も真面目な話をする時の少し低い声も」
「い、いきなりどうしたんですか」
「まあ、黙って聞いてろ。言ってる方も恥ずかしいんだ」
確かに恥ずかしいが1個言ってしまった以上後に引けない。なんて背水の陣だっつーの。
「いろは、俺はお前の髪が好きだ。亜麻色のセミロングでさらさらしてて撫でるとこっちも気が安らぐ」
まだあるぞ。いろはは黙って聞くことにしたのかこっちを見ている。
「いろは、俺はお前の手が好きだ。女子らしい華奢な手だけどいざ握ると何かに包まれているように感じてとても安心する」
「いろは、俺はお前の歩き方が好きだ。いつも2人で歩いている時勝手に先に行った後に俺がいるか不安になって、それで俺の方を見た後笑顔になって俺の横に戻ってくる」
「いろは、お前が何も持ってないわけないだろ。俺にとって今一番必要なのはお金でも、安定した生活でも、包容力のあるお姉さんキャラの知り合いでもない」
ここまでかなり喋りっぱなしだったから、ちょっと辛い。が、最後はカッコよく締めたい。
「俺が必要なのは、いろは、お前だけだ」
「……先輩。らしくないですね」
「全くだよ」
そういういろはの顔はどこか吹っ切れていて、憑き物がなくなったような表情をしていた。ほんのりと頬が赤い。
…これでよかったんだよな。間違ってないはずだ。
「すこししんみりし過ぎましたね。改めて先輩。今からどうしましょう?」
「…そういや昨日の夜にやってた洋画を録画してたかもな」
「ああ、先輩。アローンって言葉に共感したんですか」
昨夜していたのはあのとても有名な、家でぼっちの男の子が泥棒退治するあれだ。ちなみにちょっとだけ共感したし、なんなら親近感を抱いたまである。
「どうする?それ見るか?」
「ですね。他にすること思いつきませんし」
そう言って俺達はベッドを下りリビングへ向かった。リビングで録画の再生の準備をしている時に俺の携帯が鳴った。
「先輩。小町ちゃんからですよ」
「…お前が出ろ。めんどくさい」
正直なところ、何を聞かれるか分かったもんじゃないから電話したくない。現に電話してるいろはの顔は笑ったり照れてたり怒ってたり色々だ。
「先輩、小町ちゃん泊まってもいいって言ってくれましたよ」
「そうか」
「あ、後小町ちゃん今日友達の家でクリぼっちパーティしてそのまま泊まってくるーとも」
「…やっぱりそうなるよな。まあ、男子がいなけりゃいいか」
こうなることはある程度読めていたので諦める。だって小町可愛いし、高校最初のクリスマスくらいお兄ちゃんから離れていたいよね。うんうん、分かりたくなかった。
「飯とかは後々考えるとしてとりあえず見るか」
「ですね。何度も見たことありますけど」
「俺もだよ」
「いやあ、何回見ても笑ってしまいますね」
「ああ。俺らしくない笑い方めっちゃした」
見終わった頃には外は暗く、家々の明かりが確かに灯る時間となっていた。
今から飯をつくるってのは少し時間がかかりすぎそうだな…。
「どうする?晩飯」
「折角ですからピザ頼みませんか?ピザが着く前に先輩がコンビニでチキン買えばそれだけでクリスマス感ありますし」
あ、そこは俺が行くの決定してるんだ。いやまあ、いいんだけどね。いろは1人を夜の街で歩かせるとか絶対しないし。かと言ってピザがいつ来るかわかんないし。
「じゃ、何買うか決めちまうか」
「ですね」
俺のスマホで宅配ピザのホームページを開き、二人で何を買うか決める。そのページを見ながらいろはがそこへ電話をかける。こういう時にこいつのコミュ力役に立つよな。
「それじゃ、先輩いってらっしゃーい!!」
「ああ、行ってくるわ」
財布とスマホを持って最寄りのコンビニへ足を運ぶ。途中、俺の携帯が鳴った。画面を見ると、そこには小町と書かれていた。
「次は何」
『あ、今度はお兄ちゃんだ!』
「今コンビニ向かってんだが、どうかしたのか」
『いやー、小町普通に今日家に帰るつもりでお兄ちゃんの分のケーキ買ってたんだけどどうしようかなーって』
なんだ、この妹。出来すぎてて少し怖くなるまである。にしてもケーキか…コンビニに売ってるもんかね。
「なあ、小町。ケーキはいくつある?」
『えっとね、お兄ちゃんと小町と、あと小町の友達の分で4つだよ』
どうやら小町の友達とやらは二人いるらしい。仲が良いのは良きことかな。ひとつ余るようなら俺が取りに行っていろはと食べようと思ったが…仕方ない。
「そのケーキ食べていいぞ。俺に金出させる気だったなら明日渡す」
『ありがとー!お兄ちゃん愛してるよー』
「最後の部分が棒読みだったのが気になる」
小町は、にゃははーと笑うだけで何も言わなかった。
『それじゃあね。お兄ちゃん!メリークリスマス!』
「おう、メリクリ」
そう言ってどちらからか電話を切る。ケーキどうしようか、近くにあったか?…そうだ、いろはに少し悪いが作ってもらおうか。手に握ったスマホを操作していろはに電話をかける。
「なあ、いろは」
『はいはい、なんでしょう』
「ケーキどうする?」
『…あー、コンビニに売ってませんよね。私としたことがすっかり忘れてました』
どうやらいろはも忘れていたらしい。暫く考えてるのが電話越しでもわかった。そこで俺はいろはに提案する。
「材料なら俺が買うから作ってくれないか?すぐそこにスーパーあるし」
『……仕方ないですね。いいですよ』
そのまま買ってきて欲しいものを言われて、俺はそれを覚える。一応メールにして送ってくれるらしいから、やはり俺の彼女は優しい。
『では、先輩お願いしますね!ピザはまだ来てませんし、ゆっくりでいいですからね。気をつけてくださいね』
「おう。出来るだけ早く帰るようにする、勿論気をつけながら」
そうして俺は電話を切る。チキンはスーパーにも売ってそうだよな…先にスーパーに行っていいのが無かったらコンビニに行こう。俺は目的地を変更して体の向きも変え、また歩き出した。
「ただいまー。悪い、遅くなった」
「あ、おかえりなさい。あなた」
「……っ!?!?」
帰って玄関のドアを開け、中に入るとリビングからいろはが出てきたんだが…なんだそのセリフ。
「ほ、ほら先輩。どうせ今日は誰も帰ってこないんですよね?少しくらい乗ってくれても良くないですか?」
「わ、わかった」
「じゃあ、最初からです!」
いろはは1度咳払いし、喉の調子を確かめて口を開いた。
「おかえり、あなた。もうピザが届いてますから買ってきたもの冷蔵庫に入れて、まだあったかいうちに食べましょう?」
「お、おう。そうだな」
靴を脱ぎ下駄箱に入れて上がる。横にあるスリッパを履こうとする前にしゃがんだいろはが、それを取って俺の前に置いてきた。なんつー良妻だ。
「あ、ありがとう、いろは」
「いいえ、荷物持ちますか?」
「いや、これくらい俺が持ってく。お お前は飲み物とかの準備をしてくれないか?」
「そうですね」
いつの間にか自然に会話をしていた。まるで俺達が本当に夫婦であるかのように、とても気が安らぐほど自然だ。何も違和感を感じないことが不思議で、刹那俺は解った。これが『本物』の一つではないか、と。いろはのことは好きだ、だけどそれが『本物』なのか俺は自分に問い続けていた。これをきっと死ぬまで続けるのだろうと思っていた。でも解ってしまった。いろはは俺にとって紛れもなく『本物』の一つだった。
「いろは」
リビングに戻ろうと俺に背を向けていたいろはが振り返り、首を傾げる。その仕草が今まで以上に愛しかった。俺の体はいつの間にかいろはを捕まえていた。腕の中にいろはを捕らえ、このまま世界が終わるまでこうしたいと、俺の意識に主張してきた。
「いろは、好きだ。大好きだ」
「…どうしたんですか。今日は先輩が先輩じゃないみたいですよ」
「そうだな。ほんと、俺はどうかしたみたいだ」
自嘲するかのように言ったあと、いろはを放し頭を撫でる。
「いろは。間違いなくお前は俺の『本物』だ。婚約…しといてくれないか?」
「…当たり前じゃないですか。私、先輩を逃がす気、元からないです」
そのまま俺達の顔は近づいて…唇は重なった。ずっと夢見たことが、今こうして叶っている。とても興奮するはずなのに、不思議と落ち着いてる。そろそろお互い息が続かないことを察して離れる。いろはは俺を見て微笑み、何も言わずリビングへ入っていった。それ続いて俺もリビングに入る。窓から見える外にはぽつぽつと白い斑点があった。
ホワイトクリスマスだ。
「先輩!早く持ってきてくださいよ!」
「あ、悪い。今行く」
ある少年は本物を求めた。少女は少年の言葉を聞き、顔を見て何かを決意し、そして少年より先に『本物』を見つけていた。暫くして少年は、自分の『本物』を見つけた。
こうして自分は変わっているつもりがなくても人は変わり続ける。10年後の俺達は今と変わらずにいられるだろうか。いや、そんなわけがないのだ。色んなことが変化するに違いない。それにはきっといろはへのこの気持ちも含まれていて、けれども今の俺にはこの気持ちは悪い方向に変化することはないと確信していた。毎日いろはがさらに好きになって、気持ちの更新が行われるんだろうと、なんとなく解った。
「ねえ、あなた」
「なに、どした」
「あの子達が心配です。帰りましょう!」
「…ええ、折角予約したのに?もう帰るの?」
「先輩が帰りたがらないなんて明日は世界が滅びそうですね」
「スケールでかすぎんだろ…今までお疲れ。これからもよろしくな、いろは」
「…もちろんです。私からお願いするまでありますから!」
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食った瞬間電撃くらったんだけど
今回ほんと短めです…いつの間にか終わってた。これが俺の由比ヶ浜愛の限界か(自分由比ヶ浜そんな好きじゃないんですよね)
では、どうぞ!
今日は20××年2月14日、世間一般はこの日をバレンタインデーというらしい。
何でも昔バレンタインって人が死んだ日がこの日だからそう言われてるんだとか。
だったらアインシュタインが死んだ日はアインシュタインデーで、リンカーンが死んだ日はリンカーンデーなのかと言われれば、それは否である。
そもそもバレンタインって誰だよ。世界史でも聞いたことないぞ、そんな人。
「ヒッキー!!何ブツブツ言ってるの!」
とまあここまでの思索は簡単に言えば現実逃避である。勿論ぼっちの俺でもバレンタインデーくらい知ってるさ。あまり馬鹿にしないでくれ。え、そんなこと思ってない?ならいいや。
ともあれ俺は大学に入ってから既に一年が経とうとしている今、窮地に立たされている。
「いや、なんもない。これ食っても死なないよな?大丈夫だよな?」
俺の目の前にあるは、一見普通のチョコレート。しかし、作った人が人だから不安になるのも頷けるはずだ、
机を挟んでメロンを強調するように胸を張っている女の子は由比ヶ浜結衣。俺の彼女でこのチョコを作った張本人。例え彼女がいようと俺はぼっちであることを主張する!今は関係ないね、そんなこと。
「だ、大丈夫だし!…多分…きっと…おそらく」
怖いわ!だんだん声と確信を小さくしてくんじゃねーよ。さらに不安になるだろ。
全く、何故こうなったのか。俺は振り返っても仕方がない過去を思い出すこととした。
話の発端は今年の正月、小町と結衣と3人で初詣に行ったところから始まる、と思われる。なぜここで推量が入るかは後々話す。
「いやあ、すみませんね。小町までご一緒してしまって」
「いいよー、気にしないで」
「ああ、やっぱり初詣は小町たちと行きたいしな」
「ふーん、小町たちと…ねえ」
こら、小町ちゃん。何かを察したようにニマニマするのはやめなさい。結衣の顔が赤くなってるでしょうが。
付き合い始めて、初めての正月なのだが、俺はともかく結衣も交際には奥手でふたりで初詣に行きたくとも、どちらも誘えずにいた。家から大学に通っている俺は去年同様小町と行こうとしたのだが、小町にそれをあっけなく拒否され、小町が結衣先輩と3人で行きたいと言ったのでそれに乗っかった。
今までの小町なら俺と結衣を2人にしようと頑張ろうとするのでは、と思っていた。しかし小町いわく、もう相手が決まったから後はいざこざが出来ないように仲良くしていくつもりとのこと。この子ほんと策士。
何はともあれそれによりこうして3人で初詣に来ているというわけだ。
「さ、参詣も終わったし帰るか」
「ヒッキー相変わらずすぎだし!」
「お兄ちゃん、今のは小町的にポイント低いなあ。あ、そうだ結衣さん!」
俺へのポイント減少宣告をした小町は何やら結衣に話したいことがあるらしく、俺から離れたところでこそこそ話している。うん、さすが俺。妹と彼女と初詣に来てもぼっちになれる才は誰も彼もが持っているわけじゃないだろう。しかしこうなると潰さなければならない時間ができるのは自明の理なので、なぜ俺が心では結衣と呼んでいるかを改めて考えよう。
と言っても結衣がそろそろ名前で呼んでほしいなって言うのが悪いんですけどね!!なのでせめて心の中では結衣と呼ぶことによって、呼ぶ練習をしているのだ。いきなり呼ぶのは無理だし。
恐らくその時に小町と結衣が話し合っていたのだろう。が、本人達に確認したわけでもないので、推量に過ぎなかったわけだ。
小町ちゃん、確かに結衣からバレンタインのチョコを貰えるのは嬉しいんだけど、貴女この子の料理センス…いや、もはやあれは料理のセンスというより錬金のセンスか。ともかくそれを知らなかったのかと問い詰めたい。
「食べても死なないよな?」
「ヒッキー流石に酷すぎ…」
あ、ガチで凹ませてしまった。ええい、なるようになれだ!!俺は目の前の物体Xを口に放り込む。途端体に電流が走った。その後まもなく俺は命を狩られる寸前まで行き、結局代わりに意識だけ刈り取られた。
意識が覚醒するも俺の瞼は依然幕を下ろしている。このまま起きてしまえばまた食べることになるのではないかと怖い訳では無い。ほんとだからね!
が、一度落ち着くと柔らかいものの上にいることに気づく。しかし頭辺りのみ、なにか感触が違う。ついでに俺は横たわっている。不思議に思って目を開けるが、見えるのは天井のみ。上半身をあげる。
「あ、ヒッキー起きた?」
「…由比ヶ浜」
正直起きた時は膝枕かなーと疑ったがそれにしては頭の下の感触に違和感があった。起き上がってみると、何をされていたかよくわかる。どうやら俺は結衣に腕枕されていたらしい。場所はベッドなんだけど、どうやって俺を運んだんだこいつ。
「もー、せっかくのバレンタインなのにヒッキー寝すぎ!」
結衣も体を起こす。動作一つ一つに反応して動く胸に無意識に目がいく。が、我慢だ俺。まだそれをするべき時間ではない。白昼にするやつもいるらしいけどな。恥じらいを知れ!
「いや、どう考えてもお前のチョコが悪い。食った瞬間電撃くらったんだけど」
「ええ!そんなにまずかったの…」
まずいなんてそんなチャチなもんじゃねぇ。
「今何時だ?」
自分が何時間意識を沈めていたか気になる。結衣ではないが、俺とて付き合い始めて一回目のバレンタインを無下にしようとするほど落ちぶれちゃいない。ありきたりで気持ち悪いが、結衣の笑顔を、今日くらいは絶やしたくないものだ。
「えっと…5時だよ」
「よし、今から2人でチョコを作ろう。その後晩御飯食べて一息ついたらそのチョコ食べようぜ」
「…うん!」
こいつに悲しい顔はしていて欲しくない。幾度となく救われたその眩しい笑顔で、俺の傍に居続けて欲しい。
こういうバレンタインは日本中探してもないんじゃないだろうか。彼氏と彼女が2人で協力してチョコを作って、それを自分たちで食べる。でも、それでいい。それがいいんだ。世間のバレンタインは少し浮つきすぎてる気がする。俺たちみたいに大切な人と笑いあう時間を創り出せたのなら、それはもう誰よりも立派で素敵なバレンタインデーなのだ。
「料理上手くなったな…かなり頑張ったろ」
「うん!ゆきのんが昔付きっきりで教えてくれたからね」
「母さん、それって雪乃さんのこと?」
「雪ちゃん?」
「…いい加減それ直せよ」
「い、いいじゃんヒッキー!」
「それを言われたらお前もこいつらもヒッキーなんだが」
ほんと、短くなっちゃいました…。別に由比ヶ浜のことが好きでも嫌いでもないんですが、なんせ最近忙しいものですから。
もちろんホワイトデーに続編書きますからそれで許してください。
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八幡へのチョコレート
千葉ではあまり降ることのない雪が視界を飾る二月初めのこと、黒髪の美少女、鶴見留美は道を歩いていた。
彼女は小学6年生、あとふた月もすればその身に纏っている制服は御役御免となる。
そんな彼女にはある悩みがあった。それは思春期の女の子の誰もがもつ恋煩いに関することで、しかし相手は高嶺にいる腐った目をした高校生。
「どうにかして渡したいな」
片思いの相手は今までに2度、何かしらの関係を持っただけの相手。1度目は夏の林間学校、2度目はクリスマス会だった。彼は夏に留美を取り巻く空気を払拭し、冬に新たな空気を送り込んだ。それから留美は劇に興味を持つようになった。このあと留美は中学校で演劇部に入り、主役に抜擢されるのだが…それはまた別の話である。
とにかく、留美はとどのつまり目前に迫ったバレンタインで彼になにか渡したいと考えていたのだが、如何せん留美は八幡の所在など知るはずもなく途方に暮れていた。
そう落ち込んでいた留美を救ったのは…
「ねえねえ、留美ちゃん…だよね?」
「ほら、林間学校でお手伝いしてたんだけど覚えてる?」
八幡の実の妹の比企谷小町と、八幡の友達の戸塚彩加だった。
留美は、小町と彩加のどちらもしっかり覚えており、声をかけられたあとにしっかり挨拶をしていた。流石に名前は忘れていたので聞いていたが。
その後小町の提案で3人は最寄りのカフェに入る。そこで小町はココアを、彩加と留美はコーヒーを頼んだ。
「えっと、小町さんと戸塚さんは私に何か用ですか?」
「ううん、偶然会ったからちょっと声かけてみたかっただけ…迷惑だったかな?」
そんなことあるはずもなく、留美は首を横に振った。と、同時に留美は考えていた。小町へ八幡のことを相談すればなんとかなるんじゃないか、と。思い切って聞く。
「あの…小町さん」
「ん?なになに」
「え、えっと…八幡にチョコをあげたいんですけど、どうやって渡そうかなーと思っていて」
「あー、そっか。留美ちゃん八幡がどこにいるかとかわかんないよね」
それ以前に自分が渡していいものかと不安になっていたのだが。
実は今日、コミュニティセンターで海浜総合と総武の合同イベントがあるのだ。バレンタイン前で空いていたのがこの日しかなく、彼らは渋々今日行うことにした。結果は大成功となり、いろはと玉縄の各高校での株は後々右肩上がりとなる。閑話休題。
留美はあまり料理をしたことがなければ、誰かにプレゼントなんて考えてもみなかった。が、好きな人がいる乙女は強い。好きな人のために留美はチョコを作ることを決意していた。
「じゃあ、来週うちで一緒に作ろうか!」
「え、いいんですか?」
「いいよー。お兄ちゃんはどうせ昼まで起きてこないだろうし、バレンタイン前だけどいいかな?」
「全然問題ないです。ありがとうございます!」
会話をしているうちに問題は解決し、注文していたコーヒーとココアを皆が飲み終わった時、時刻は3時だった。
「お兄ちゃんはまだ帰ってこないだろうから、今日早速うちで何作るか決めちゃおっか。戸塚さんも来ます?」
「僕はいいよ。ただ来週はお邪魔してもいい?」
「もちろんです。それじゃ今日はこの辺で解散しましょうか、先に行きますね」
そういった小町は自分の分のお金を彩加に渡して席を立つ。その様子を見ていた留美は慌てて財布を取り出し、コーヒーの代金を机に置く。彩加がそれらを笑顔で受け取り行ってらっしゃいと言わんばかりの笑顔を向ける。
「ついてきて」
「あ、はい」
カフェを出て小町が留美を先導する。留美は思い切って気になっていたことを聞いた。
「小町さんって戸塚さんと…その、付き合ってるんですか?」
「え?ああ、違うよ〜。留美ちゃんと一緒で偶然会ったからすこし一緒に回ろうとしたいたところに留美ちゃんがいた感じかな」
少し補足するならば、彩加はラケットのガットが切れたのでそれの張り直しを頼みに街に来ていた。その時ばったり小町に会ったのですこしカフェで喋ることにした時に留美を見つけたのだった。
「…とりあえず行きましょう」
もっとも、留美は半信半疑だったが。
数十分歩くこと、2人は比企谷家に到着した。小町の予想通り八幡はまだ帰ってきてなかった。留美をなかに招き入れ、リビングへ案内した小町は、そのまま二階に行ってチョコに関する本や印刷したものを持ってきた。
「さ、何作ろうか」
「八幡が一番喜んでくれるものを作りたい」
「お、おうふ…留美ちゃんが可愛すぎる…健気だなぁ」
この子の健気さを少しは皆に見習ってもらいたいと、内心そう感じた小町。皆というのは言うでもなく八幡のヒロイン達である。
「と、とにかくお兄ちゃんは甘党だから何作っても食べてくれるよ」
「そ、そうなんだ…どうしようかな」
留美は机に置かれた資料とにらめっこするも、結論を出すことが出来なかった。そうしているうちにいつの間にか比企谷家に訪れてから1時間が経っていた。
「ど、どうしよう。決められない」
「そろそろアドバイスしてあげようかな」
そう呟き、小町は留美へのアドバイスを告げてゆく。
初心者にはこれがおすすめだよ。そうなの?難しそうなんだけど…、大丈夫、大丈夫!小町がちゃんと隣にいるから。それなら安心です。
去年はこれ作って好評だったんだけど、どうする?こっちにする?んー、でもせっかくなら少し苦めの方がいいかなって思います。どうして?クリスマスの時にMAXコーヒー飲んでる八幡を見かけたから。…いやん、妹に欲しいな留美ちゃん。
女は三人揃えば姦しいと言うが、ふたりでも十分話は盛り上がっていた。ここで乱入者が現れる。
「ただいまー。早めに終わったー!」
そうやって開放感をあらわにする人物は、なんとなんと八幡と小町の母親だった。
「おかえりー」
「あ、あのお邪魔してます」
「貴方は?」
このあとふたりでもなかなかに賑やかだったリビングは、それこそ姦しい状況へと移り変わっていった。
八幡が帰ってくる前になんとか決め終わった3人はその後、留美を家に送り届けるために比企谷母が車を出した。
その後一週間の間留美は自宅で少しキッチンに立って母親の手伝いをしていたとかしていなかったとか。
時は過ぎ、遂に留美人生初の本命(?)チョコを作る日。留美は朝早くから比企谷家へ向かっていた。両手には材料を持っている。道を右曲がった時、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あ、戸塚さーん」
声をかけられた彩加は振り返り微笑む。その仕草は女子よりも女子らしく、かといってエレガントでもなく謙虚な姿勢が見受けられた。
「留美ちゃんおはよう。今日は頑張ってね」
「はい、ありがとうございます…ふう」
「大丈夫?持ってあげようか」
そう心配する彩加。そう言われた時女子は嬉しく思うのが普通のはずだが、留美は全く別の印象を持った。
(八幡なら何も言わずすっと持っていくんだろうな)
彩加は距離が未だ掴めずにいたから少し遠慮していたためにこう言っただけで、留美もそれは僅かだが感じ取っていた。
しかしこれが下心満載の男子ならば、ここでポイント稼いじゃうぜぐへへとか考えているのだろう。が、八幡は何も言わずにすっと取ろうとする。そういう見返りを求めないところが、女子にモテるための秘訣なのかもしれない。
「ありがとうございます。一つだけ持ってくれますか?」
「うん、いいよ」
彩加は重そうな方を選んで留美から袋を奪った。二人は雑談しながら道を歩いていった。
家に着いたふたりはリビングに通され、とりあえず今の状況と今日の予定を告げられた。
彩加は八幡が万が一起きてきた時の足止め要員だったりする。が、彩加自身はそれを気にしておらず、寧ろこの機会に八幡の部屋に入ってみたいとか少し楽観的だ。
対する留美は今日のメインヒロイン誰が見てもわかるほど緊張している。
「それじゃ、始めましょう!」
こうして留美の戦いは始まった。
影が1日で一番短くなる頃、留美の手作りチョコレートは出来上がった。と言ってもチョコレートというよりプチチョコケーキだ。市販のものよりビターに仕上げてあり、マッ缶とは恐らくベストマッチだろう。とにかく一件落着ということで一息ついていた3人は、階段を降りる足音を聞いた。親はこの時間起きてこれないから八幡だろう。
リビングのドアが開いた。
「おはよ…って戸塚と留美か?どうしてお前らが」
少し寝ぼけていたものの、普段いない人がいると目が覚めてしまうのは彼だけではなかろうて、すっかり覚醒した様子だ。
「おはよ、お兄ちゃん。留美ちゃんにバレンタインのお手伝いをお願いされたの」
そか、とだけ答え八幡はもう1度二階に戻った。着替えるためだ。部屋着だけなら脱衣所にあるのだが、客人がいる前で流石にI ♡ 千葉と書かれた服は着たくなかったのだろうか。
着替えた後、八幡は部屋でトランプとウノを探し出して、それをリビングへ持っていく。せっかくだし遊ぼうぜ、この一言を言うために部屋の中ですこし練習する。
「せ、せっかくだしあしょぶか」
なんせ家に友達が来たことのないぼっち歴が10数年の彼にはハードルが高く、やはり噛んだ。
誰もそれを気にとめず4人でウノたら大富豪たらで遊んだ。
もうそろそろ日が沈む時間だという頃に彩加と小町は動く。
「あ、小町ちゃん。例のもの貸してくれる?」
「え?何…あー、はいはい。あれですね、一緒に2階で見てきましょうか」
そう言って2人は二人になれる状況を作った。二人の間に会話はない。
先に口を開いたの留美だった。
「は、八幡!」
「…どした」
「ちょ、ちょっと目つぶって耳塞いでて」
怪訝に思うも言うとおりにした八幡。目が腐ってなければそこそこイケメンの好きな人が目の前にいることにドキドキしながらも、留美は冷蔵庫に向かう。そこから作ったケーキを取り出し用意してもらっていたマッ缶とフォークと一緒に持っていく。塞いでいても聞こえるかもしれないと、できるだけ音がならないようそれらを八幡の前に置く。彼の方をたたき、命令解除を伝える。
八幡の表情筋と腕の筋肉が緩んでいく。自分の眼前を見て彼は固まった。どうやら筋肉と同時に頭まで緩んでしまったらしい。
もちろん冗談で、彼は単に驚いていただけだった。生まれてからまともにちゃんとチョコを家族以外からもらったのは初めてだったからだ。先週のことは彼の中で自分は味見であるということで片付けてある。
「作ってみたんだ…食べて?」
「…あ、ああ。ありがとう」
留美の言葉で我に返り、フォークを取りケーキに刺す。1口分取ってぱくり。ゆっくり咀嚼し、大事に飲み込む。
「うまいぞ、少し苦いのはソウルドリンクに合わせてあるんだな。よく考えられてる、嬉しい」
あまりの感動のあまり多少片言になるも感謝の意を伝える八幡に、微笑ましく感じた留美。安堵し、ソファにまた座る。
「良かった、八幡のために作ったんだよ。今までのお礼とこれからよろしくの意味」
この二つはもちろんあるが、最大の理由を伏せた留美。流石に彼が鈍感でも、留美は流石に察せられるかもとそれの匂いを漂わせるワードは使わないよう気を張っていた。
「これからよろしくって…まあ、あれだ。あと一年は俺も小町もどっちもいるからな。いつでも来い、お前なら歓迎するさ」
八幡は留美の頭を撫でた。
彼女の顔はチョコに乗ったいちごのように真っ赤で、そして彼女の心にはとびきりのハートが形作られていた。
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ぐぬぬ…お、おいしい
今日は3月14日、一般的にホワイトデーと言われる日であり、彼女がいる身として何かしなければという義務感に襲われる日だ。
しかし、下準備どころか何を渡すかすら決めていない俺は、まさしく絶体絶命そのものだった。
「…どうするかねえ」
「んー?どったの、お兄ちゃん」
リビングで悩んでいた俺の元に愛しの妹、比企谷小町が現れた。口元がにやけてるから、ある程度察しているだろう。が、ここはなりふり構ってられない、小町に助力を頼もう。俺は座っているソファの真横を叩く。そのサインに気づいた小町がそこに座るのを待ってからことの一部始終を話す。
「ええ!まだ何にもしてないの!?もうお昼だよ、このごみいちゃん!!」
今回は返す言葉もございませんゆえもっと罵ってくださいお願いします。
じゃ、なくてだな。
「まあ、相手が相手だから手作りならあいつよりうまく作れる自信はあるんだが」
「お兄ちゃん、結衣さんの好みとか全く知らなさそうだけど?」
俺の彼女である由比ヶ浜結衣は壊滅的なまでに料理ができない。いや、あれはもはや料理と呼べるものですらない。先月は一緒に作ることで九死に一生を得たわけだが、これからあいつの料理を食うことになっていくのかね。残機足りるかな?
まあ、それは置いとくとして、女子ってそれなりに甘ければなんでも食べそうなんだが。そう言うと小町に反論された。
「甘い!甘いよ、お兄ちゃん。女の子みんなが甘いもの好きとは限らないんだよ!!」
そうなのか?一色とか大好きだけどな。
そういや、高二の文化祭の時にハニトー食ってたな。なら甘いのも大丈夫だろ。
小町もそれで納得したし、さて作り始めようか。
《11時30分。ホワイトデー終了まであと12時間30分》
とりあえずキッチンを使うためにお昼を早めに食べ、食器を洗って少し休憩する。時計を見れば1時。
小町が自室から頭悪そうな雑誌を持って…来ると思いきや本格的な料理本を持って来た。お前、そんな本も持ってたのか。
「さ、お兄ちゃん!小学生でも作れるヤツならお兄ちゃんでも作れるでしょ!」
「まあな、つか小町ちゃんお兄ちゃんのこと馬鹿にしすぎよ?」
しかし、あながち間違いでなかったりする。小町が火を使い始めたのは小4だったかね。それまでは俺が基本的にいろいろ簡単なの作ってたからな、腕がなまっててもそのへんの小学坊主には負けんよ。
「で、どれにしようか。クッキー?」
「クッキーには『あなたは友達』って意味があるらしいからダメ!かと言って飴は難しいし…う〜ん」
いつの間にか偏差値低そうな雑誌を手に持って熟読してる小町。そこに書いてあるの?馬鹿にできねぇな。
「あ、これだよ!お兄ちゃん、マカロン作ろう!!」
「は、はあ…マカロンの意味は?」
「『大切な人』だって!」
はあ、じゃ、じゃあまあそれでいいか。とりあえずマカロンのレシピを見て、俺と小町はスーパーにマカロンの材料とついでに晩ご飯の食材を買いに行った。
《1時30分。ホワイトデー終了まであと10時間30分》
買い物を終え家にたどり着く。既に太陽はかなり傾いていて、風向きも変わっていた。春の陽気を感じさせ、新年度への期待が意識せずとも積もる。
「さあさあお兄ちゃん!頑張ってマカロン作るよ!」
「へーへー…今更だけど市販でよかったじゃんか」
「まあまあ、買ってきちゃったんだから作るしかないよ!!」
そう言われてしまえばそうなのだから反論できず、俺は小町と台所に立つ。
「まずは……」
さてさて、俺は今日中に彼女に渡せるのだろうか。
《3時45分。ホワイトデー終了まであと8時間15分》
再三失敗を繰り返し、気づけばテレビでは既にバラエティが流れ出す時間となった。とすると既に時刻は7時をすぎている。渡しに行くには少し遅すぎると思うが、しかし渡さねばならぬ。俺は結衣に電話をする。
『あ、ヒッキー。どうしたの』
な、なぜだろう。彼女の言葉に棘を感じるし、いつもみたいな陽気な声はしてないし、普通はついているはずの疑問符が付いていない!!
どう考えても俺のせいです、すみませんでした。
「い、いやなバレンタインのお返しを渡したいんだが、お前今どこにいる?」
『えっ!?ど、どうしよう…』
…悪い予感しかしない。もっとも俺が悪いのだが。
『私今友達と茨城だよ!今日泊まりだし!』
予想以上に悪い状況だった。大学に入ってものの、車の免許はとってないし、もちろんバイクもない。よってここから茨城まで行くにはタクシーか電車とバスの乗り継ぎだろう。
そんでもっておおかた昼まで俺の連絡待ってたけど来なくて、入ってた予定をキャンセルするわけにもいかないから行っちゃったんだろう。だったら茨城行くって教えてくれてもいいじゃん…。
「とりあえず茨城のどこだ!」
そう言って教えてもらった場所は、記憶が正しければ最北端である。タクシーでも間に合うかわからなくなってくるな…でも行くしかない。
「今からタクシーで向かう。待ってろ」
電話を一方的に切って続けてタクシー会社に電話する。はてさて間に合うのだろうか。軽く荷造りしてタクシーを待つ。腕時計をつける。時刻は…
《8時。ホワイトデー終了まであと4時間》
ようやく茨城に入った。一度結衣に電話する。
「おい、由比ヶ浜。最寄り駅ってどこだ?」
『え、えーっと…』
結衣に最寄り駅を聞いてそれを運転手に伝える。
「ふっふっふ」
「ど、どうかしました?」
運転手に場所を伝えるといきなり運転手が笑い出した。しかもかなり不敵な笑い方だ。ちょっと、いやかなりきもい。
「まだ気付かぬか、八幡よ。我だよ」
「…なんのドッキリだよ。材木座」
タクシー運転手の名前を見てみると材木座義輝と書かれていた。なんでここにいんの?気持ち悪。
「いや、普通にバイトだ。一度タクシーに乗った時に神対応をされてな。ちょっと憧れてた」
「なんて偶然だよ。おい材木座、だいたい状況は把握出来てるか?」
「もちろん。全くホワイトデーにどこに行くのかと思えば由比ヶ浜嬢は茨城に宿泊とはな。俺も今日はそのまま茨城に泊まる、一緒に泊まるか」
普段なら嫌だとつっぱねるが、しかしここまでして貰って断るほど俺は鬼ではない。快諾はせずとも渋々了承した。
ふと視界に時計が映る。
《9時30分。ホワイトデー終了まであと2時間30分》
駅まであと少しというところで時期外れの渋滞に引っかかってしまった。時計を見ればもう時間が無いことが判る。
「材木座、悪い。ここからは走っていく、金は後でホテルで渡す」
「承知。一度チェックインしてまた戻ってきてやるわ」
「…お前いつのまにかただのイケメンじゃねーか」
材木座だとわからないくらいに痩せてるしな、こいつ。声がいい顔もいい性格はクソだが、後は小説家として売れればモテ放題な気がする。
とにかくタクシーを飛び出し、駅に向かって走る。駅まであと200m。大学生活でまともに運動してないが流石に一分とかからず着く。
「ヒッキー!!」
手を膝につき呼吸を整えているところに声がかけられる。言わずもがな結衣である。
「悪かった。ずっと考えてたらいつの間にか今日になってた」
「ヒッキー。残念だけど」
そう言って結衣は自分のスマホのロック画面を見せてくる。そこに書いてあったのは《3月15日0時2分》。
…間に合わなかったか。くそっっ!
「ごめんな、由比ヶ浜」
自己満足だが、結衣の頭を撫でる。その後耐えきれなくて右手で抱き寄せる。左手にあるマカロンが崩れぬよう結衣の身体に手を回す。
「気にしないで、ヒッキー。予定入れてた私も悪いんだから」
「いや、俺のせいだ。ちゃんと午前中に渡せる状況ならこうはならなかった」
「いやヒッキーどうせ緊張したりで間に合わないし」
返す言葉がございません。どっちにしろ俺はここまで来ていたということになる。笑えね。
「でもいいよ、そういうところも私は好きだから」
「…お、おう。なんかさんきゅ」
少しの間そのままで、その後抱擁をやめて一度離れる。3月といえども夜はまだ出歩くには少し寒すぎる。どこかで休みたくとも、この時間ではと思っていると背後からクラクションが聞こえた。
「八幡寒いだろ。タクシーでも使え」
「…お前ほんと誰だよ」
「我だよ」
「…馬鹿野郎。ほんとにかっこいいじゃねぇか」
タクシーに左肘を掛け、右手をポケットにつっこみながら材木座が立っていた。右手を出したかと思えば下から上へ振り上げるとともに光るものをこちらに投げた。それを受け取ってみると、タクシーの鍵と思しきもので、こいつの危機管理能力が少し不安になった。
「電話して呼んでくれ」
「…さんきゅー」
「ね、ヒッキーそれ誰?」
「由比ヶ浜嬢久しいな。材木座だ」
結衣の目が点になる。わからなくもない。俺も突然そう言われればそうなっただろうからな。
「え、ええ!!ちゅうに!?嘘、かっこい(笑)」
目移りしちゃ嫌よ?
「行くぞ、由比ヶ浜」
もやもやを一度振り払って結衣の手を引っ張りタクシーに乗る。材木座は闇夜に消えた…とかではなく駅の方へ歩いて行った。あそこで時間を潰すのだろう。
「とりあえずこれ。ハッピーホワイトデー…って言えばいいか」
そう言って左手に持っていたマカロンを渡す。紙袋を見た結衣は笑みを浮かべ、目を潤わせる。
「ありがと、こんなことになっちゃったけど嬉しいよ」
タクシーを照らす光は駅周辺の、ピークを過ぎた淡いものだけで、それが結衣の艶めかさを際立たせる。俺の目は結衣のピンク色の三日月から離せなくなる。
一度正気に戻り結衣に話しかける。
「俺は明日材木座と帰るだろうが、お前はどうする?」
「んー、ヒッキーと帰りたいけど友達に悪いから。帰ってからイチャイチャしたい!」
「……お、おう。そうか、じゃあ先に帰ってるな」
「うん!…最後にひとついい?」
長いことこうしてる訳にも行かないことを分かっていただろう結衣が話をクライマックスへ運ぶ。
「流石に今回の件は俺のせいだ。なんでも言うこと聞くことにする、なんだ?」
今回の件はほんと自分に全面的に非がある。
「結衣って呼んでほしいのと…は、八幡からキス、して欲しいな」
「…お、おう」
なぜ結衣がいきなり俺を八幡と呼んだのか分からなかったが、とりあえずこの二つを俺は果たさなければならない。
確かに俺はいつも由比ヶ浜と呼んでいたし、ヘタレな俺からは滅多にキスをしない、というか営みでボルテージが上がった時にしかしない。
今一度目を瞑り覚悟を決める。目を開け、結衣を見据える。俺の両の手が結衣の肩に吸い込まれ、俺達は向かい合う。少しずつ、少しずつ顔が近づいていく。途中で一度止め、可愛らしい名前を呼ぶ。
「…ゆ、結衣」
「……」
しばらく何も言わなかったが、しかし結衣は幸せを言葉にした。
「ありがとう、八幡。わたし今幸せ」
「…まあ、なんだ。俺も一緒だ」
お互いの気持ちを確認したところで俺の顔が結衣の顔にせまる。
唇と唇が触れる。そのぷくりとした柔らかい感触は何物にも言い換えられないもので、強いて言うなら「女の子の唇」とありきたりで当然のことしか言えない。
瞬間だけにするつもりだったのに、いつの間にか数十秒もそうしていた。どちらからか分からないが俺たちは離れる。
「これからもよろしくね、八幡」
「あ、ああ。こちらこそ、由比ヶ浜」
「…ふんっ」
「?……あ、ゆ、結衣」
「えへへ」
……慣れるまで時間はかかりそうだが、善処していこう。
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「奉仕部同窓会で花見!!」「そんな名前ついてたの、このメンバー」
「花見だ!花見!比企谷、行くぞ!」
「ああ、おはようございます。静さん、うっさいです、まだ寝起きなんですよ俺」
一週間ぶりの休みを噛みしめて惰眠を貪っていた俺に電話が来た。この春からついに大学4年生にも関わらず電話帳に登録されている名前は20もない。これぞぼっち!
電話の相手は平塚静、高校時代の恩師であるがしかしいつまでも平塚先生と呼ぶわけにもいかないので、静さんに落ち着いた。流石に魔王よろしく静ちゃんは無理だ。
「比企谷妹と戸塚も誘ったぞ」
「場所、時間、持ち物迅速に」
眩しいほどの太陽光が日本全土を照らす今日、俺達の花見が執り行われる。この物語は、俺たちがただ花見するだけの見物語〈花〉、とでも題するとしよう。
ほかのメンツも聞き、その際近くに住んでるやつから連絡が来たため一緒に行くこととなった。
黒の半袖にジーンズを履くというシンプルすぎる服装で待つこと数分、待ち合わせのやつが来た。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」
「ああ、超待ったね。まあ電車は出てねぇし、問題ないが。飯も作ってたんだろ、ありがとよ」
「貴方かなり丸くなったわね。素直にお礼を言うなんて」
雪ノ下雪乃、高校時俺が所属していた奉仕部の元部長である。細いジーンズに上は白のブラウスとピンクのカーディガンでサイドフィッシュボーンね。正直グッときました。鎖骨あたりに金色のネックレスが輝く。
「いいから行くぞ」
雪ノ下の荷物を奪い改札へ向かう。小声でありがとうと言われたのを聞き逃さなかった。
電車に揺られること数駅、雪ノ下が連絡していたのか俺たちに最寄りのドアから知り合いが乗ってくる。
「あ、先輩方お久しぶりです~」
花柄のスカート、白のTシャツの上にデニムのジャケットを羽織った一色いろはが現れた。頭には黒キャップを被っている。高校卒業時に長く伸びてた髪も、今では俺達がよく知るセミロングになっていた。
「よう、一色。久しぶり」
「久しぶりという程でもないでしょう、初詣も一緒だったのだし」
八幡はそれには呼ばれてませんね。まあいいけど、気にしない!気にしてないんだからね!!電車がいっぱいで一色の座る場所がなかったので席を譲る。こいつの背じゃつり革つかむの大変そうだし。ま、そこまで低くもないか。変わったし、もういい。
目的の駅に着き、ここで合流するメンバーを待つ。ベンチに座ってぼーっとしてると、突然視界が暗くなる。
「楽しみで眠れないねッ!」
「その完璧な声真似は小町か」
「あったりー!久しぶり、お兄ちゃん!!」
視界が明るくなり、目が暫く見えなくなる。目が光になれたところで後ろを向くと、小町と由比ヶ浜、戸塚と知らない男の人がいた。
小町は白黒のボーダーに暗めのパーカーを着ていた。パンツはデニム生地っぽい。
由比ヶ浜はピンクのニットに白のロングスカートとかなりシンプルなコーデだった。
戸塚は黒の七分袖のシャツに白のチノパン。腰に赤チェックの長袖を結びつけていた。
「で、お前は?」
「よう、お久でござる」
「…痩せたなあ、材木座」
白と紺を重ね着して痛ジーンズを履いた小太り男子の正体は材木座だった。白い髪は無造作で、メガネと相まってインテリなリア充感が漂わせていた。
「ささ、いこ!静さんが場所取ってくれてるから、早く行ってあげないと!」
「ええ、そうね。行きましょうか」
俺たち7人は指定された場所へと歩き出す。思い出話や近況報告の話に花を咲かせる。俺は両隣に小町と戸塚がいて幸せもんです。
歩くこと十数分人混みの中にぽかんと空いたスペースを見つける。そこには既に酒が用意されていた。
「お、待ちかねたよ。思ったより時間がかかったようだな」
白のTシャツと黒のパンツという俺並みにシンプルな服装で静さんは座っていた。…周りに既に数缶からのお酒があるんですけど。彼女が座っているブルーシートは8人座ってもまだかなりスペースが空くほど大きかった。隣に座っている雪ノ下の顔色というか、気分があまり良さそうではない。
「どうした?人に酔ったか?」
「いえ、それもあるけれど…多分このブルーシート、姉さんからのだわ」
「さっすが雪乃ちゃん。よく気づいたねぇ」
「みんな、こんにちは」
両手にビニール袋を持った陽乃さんとめぐりさんが声をかけてきた。
黒のハット、白のニット、緑がかったデニムスカートに明るめのベージュのトレンチコートに身を包んだ陽乃さんがそうしている格好はなかなかシュールというか、不釣り合いだった。
白の、襟が広いブラウスの上に灰色のニットを着て暗い赤の膝上スカートを身につけたいつも通りお下げ髪のめぐりさん。なかなか似合っている。
空いている適当な場所にふたりが座る。静さんが口を開く。
「総勢10人。さあ、全員揃ったな。乾杯の音頭は…」
「はいはーい、不肖小町が務めさせていただいてよろしいでしょうか」
「ああ、頼む」
音頭をとることとなった小町が立ち上がり軽く咳払いをする。皆が皆飲み物を持ったのを確認するとにかっと笑って喋り始める。
「えー、皆さん。今日は一週間前というかなり急なお願いに、全員が来てくれたことを嬉しく思います」
え、俺今日聞かされたんだけど…。まあ、いつもの事か。あきらめよう。
音頭は続いた。
「もうはや小町自身も大学2年生。つい先月19歳となり、もう気づけば10代最後の年です…そんなふうに、今年は皆さん『今年が最後の年』が何かあるんじゃないでしょうか、だからこそこの一年健康に元気に陽気に過ごすため、まずはそのスタートとしてこの花見を楽しみましょう!」
俺と雪ノ下、由比ヶ浜や戸塚さらに材木座は今年が大学生活最後の年で多分静さんは今年あたりがアラサー最後の年…おっと寒気が。一色、陽乃さん、めぐりさんあたりは分からないがまあいろいろあるのだろう。
「前置きはこの辺にして、では改めまして今年一年のご健勝とご活躍を願って…」
最後はみんなで声を揃えた。
「乾杯っ!!!」
思い思いの人と缶を合わせる。と言っても順序こそ違えど全員が全員と缶を鳴らし合った。ちびちび飲む人、豪快に一気飲みする人、飲む前から既に軽く酔っていた人、お酒を飲めないから仕方なくリンゴジュースを飲む人、年齢的にはもう飲めるのに飲まない人などなどまさに十人十色だった。
人目を引く美貌の持ち主の女性が8人(うち1人は実際は男の娘だが、周りから見れば普通にボーイッシュな女子である)もいるものだから、俺と材木座は居心地が少々悪い。通りかかる男性どころか女性ですら見とれているのだから、当たり前といえば当たり前だ。そんなこと関係なしに話は盛り上がるし騒々しさは時間に比例して増すばかりだった。
ちびちび飲みながら、程よく酔いつつ雪ノ下手製の料理を摘む。
「あ、比企谷くーん。食べたのー?」
「あ、ああ。食った」
雪ノ下は飲むとすぐに酔うくせになかなか潰れないから厄介である。で言動も変わるから可愛さが増すし、都合よく自分がしたことは覚えているのにされることは一切忘れるから、今俺が何を言ったりしたりしてもこいつは忘れる。だからと言って犯罪はしないけど。
「やった、やった!あのね、比企谷くん。私御褒美欲しいな」
「…何すりゃいい」
「…頭撫でて?」
お安い御用である。一回添い寝してとか言われたことあるしなぁ、それに比べればまだまだマシなもんだ。
頭を撫でているうちに目がトロンとしてきた雪ノ下がそのまま俺の方に倒れ込んできた。
それからまた時は過ぎ雪ノ下も一度起き、弁当を片付けブルーシートはかなり広くなった。小町と戸塚と由比ヶ浜以外の7人は深浅の違いはあれど酔っていた。
「せんぱーいっ!あすなろ抱き!あすなろ抱きしてください!!」
「すー…すー…」
「あれー?八幡が二人いる…えへへ」
「比企谷くん!胸なくても…ここまですれば少しは柔らかいでしょ?」
あぐらする俺の足にいろはが座り、背中合わせでめぐりさんがねていて左隣の陽乃さんが恋人繋ぎしながら俺の顔を凝視して、雪ノ下は俺の右腕をかなり強く抱きしめてる。
この4人、皆完全に酔いすぎていた。めぐりさんは酔うとすぐ眠くなるから、特に泥酔とかではない。
ぶっちゃけこうなるのは初めてではない。雪ノ下の20歳の誕生日会を皮切りに度々起こってきたことである。
「いやあ、いつ見てもすごい光景ですよね」
「あたしはあそこまで出来ないかなぁ」
小町と由比ヶ浜がそう言う。見慣れることは一生ないだろう。前回は確かめぐりさんが正面から抱きついたまま寝てしまい3人が暴走したんだっけ。毎度毎度大変なのだ。
「羨ましいと思うは思うが、しかし実際変わりたいかと言われると否だな」
「でも男の夢ではあるよね、ハーレム」
材木座と戸塚が語る。戸塚がそんなことを言うなんてな。やっぱりちゃんと男の子な戸塚でした。
今更だが、小町は未成年で酒が飲めず、由比ヶ浜はアルコールにめっちゃ弱いから飲まず、戸塚は今回の運転当番のため飲めないのである。こういう集まりの時は車の免許を持つ人たちが順番で酒を飲まないようにしている。免許保持者とは静さん、戸塚、材木座、俺、陽乃さん、雪ノ下だ。しかし陽乃さんはいつも上手いこと躱すが…そこまで見据えてサブというか補欠当番も一応いる。
戸塚は飲むと妖艶さが増す。
結局解散は太陽が沈む頃で、レンタルしてきたバンにみんなを詰め込んで戸塚が運転。俺は助手席で彼女らを届ける手伝いだ。
「今日も楽しかったね」
「ああ…来年から社会人かぁ。やだなぁ」
「あれ?八幡も働くの?専業主夫の夢は諦めたの?」
戸塚はからかうようにニヤニヤしながら聞いてきた。それに応える。
「まあな。ーーーーと結婚するためには、やっぱ働かないと」
まあ、ーーーーとはまだ付き合ってすらない、想いを伝えてもいないんだが。
俺は今年が彼女いない歴=年齢が最後の年になればなと願望抱いていた。このことを知っているのは戸塚と材木座だけだが。夏休み、2人で花火誘ってみるか。
この後八幡がどの人と付き合うかはみなさんのご想像にお任せします。
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俺の新しい青春【クロスオーバー:×クオリディアコード】
突然だが、俺には幼馴染みが二人いる。そいつらは兄妹で、そんでもって兄が妹を溺愛している。
今日はその妹、名は千種明日葉というのだが、ともかくそいつが我らが総武高に入学するその式の日だ。
計らずともいつもの信号でチャリを停める幼馴染み、千種霞が見える。大体ここで俺たちは待ち合わせしてるわけでもないのに鉢合わせ、なあなあでそのまま一緒に学校へ行くことになる。
「よう、霞」
「ああ、八幡か。おはよぉ…」
「いつもより暗くないか?どうしたよ」
心なしかいつもより目の腐り方が3割増くらいになってる気がする。ついでに言えば顔に面倒だと書いてある、長い付き合いだからわかるだけだが。
こいつの事だから今日はむしろ若干テンション高めだと思ったんだが、明日葉と一緒に学校行けるーって。そういや明日葉が…ああ。
「いやね、入学式午後だから明日葉ちゃんと一緒に行けないじゃない?で俺たちは入学式出るために学校で待機じゃん?その間にも周りのオス共が明日葉ちゃんに声をかけるところを想像すると…まあ、こうだわ」
このシスコン。だが人のことを言えない立場であるのもまた事実だったりする。悲しいかな、俺もこいつほどではないにしろシスコンを自覚してる。
信号の色が変わったところで俺達は並走何ぞせず前後に並び学校に向かう。それって並走じゃねってツッコミはヤメロ。
「まあ大丈夫だろ。あいつなら『誰あんた?もしかしてコロッといっちゃった?まじうける』とか言ってそうだが」
「いや、それは無いわ。明日葉ちゃんに限ってそれはないわ」
「…さいですか」
それきり会話らしい会話をせず学校へ向かう。
春休み中に張り出されるクラスをわざわざ見に行くほど能動的でない俺達はつまりクラスを知らない。少し急いでクラスを確認しなければと思い少しばかりスピードをあげた。
「「一緒か…はぁ」」
学校についてクラスを確認した俺達は同時に自分の名前を見つけ同時に同じクラスに幼馴染の名前があることに気づき同時にため息をついた。
別に霞と同じクラスなのには文句はないんだが、しかし周りからの視線が痛い。俺たちふたりはどちらも目が腐っていることから『腐り目ズ』と呼ばれてる。もうちょいネーミングセンスあるヤツに頼めよと何度思っただろうか。
さらに言えばこれで霞と同じなのは9回目くらいだ。幼稚園小学校中学校高校と一緒だからそれくらい普通じゃない?と思うだろうが、しかし実際学校生活での会話のうち半分は霞が占めてるだろう、伊達に何度も同じクラスの腐れ縁ではないということだ。
「行くか」
ロッカーで靴を履き替え教室へ向かう。隣合って歩くも会話など皆無。そもそも二人とも進んで喋ろうとするタイプではないのだ。致し方ない。
教室に着き、俺が先に入って黒板に張り出されていた座席表を見る。見事に隣どうし、これには流石に苦笑を浮かべる他なかった。ため息一つつき席に向かう。席について一息吐いて右をチラリ、そこには背筋が伸びた長いポニーテールの美少女が佇んでいた。ふと俺の視線に気づいたかこちらを見る。かなりのつり目だ。
「ああ、比企谷か。今年もよろしく頼むよ」
「お前もこのクラスだったのか、凛堂」
昨年度同じクラスであった凛堂ほたるだ。一度は俺の目に警戒していたものの、一月も経てばその警戒も薄れ寧ろ何故か好印象に転換され何度かペアワークで助けてもらっていた。
身体を右に向け少し雑談をしていると俺の後ろ、つまり俺の席の左から元気な声がする。そこはすなわち霞の席である。間違いなく霞の声ではなく疑問に思った俺は後ろを振り返った。そこには後ろの女子に髪をくしゃくしゃされながら本を読んでいる霞がいた。
「どした、お前」
「八幡、助けてとは言わんが助力願いたい」
言い方が変わっただけじゃんか。どうしようか決めあぐねていると凛堂が声を発した。
「ヒメ、何をしてるんだ?」
「およおよ?ほたるちゃん!ほたるちゃんもこのクラスだったんだ!!」
どうやら霞の髪をいじっていた『ヒメ』という美少女と凛堂は知り合いらしい。ヒメさん(便宜上そう呼ばせてもらう)は霞をいじる手を止めると凛堂へ駆け寄り、凛堂の机に顎を載せる体勢になった。凛堂は右手でヒメさんの頭を撫でながらこちらを見て他己紹介してくれた。
「天河舞姫、私の幼馴染だ」
「ついでに元同じクラス。今年もだけど…並びまで一緒てどゆことよ…」
凛堂の説明に霞が補足する。しかしその言葉を鵜呑みとするなら去年も霞の後ろはヒメさんで、それはつまり頭わしゃわしゃを去年も受けてたと。なんか面白いな。
彼女の名前が判明したところで、呼び方をヒメさんから天河にチェンジ。折角なので挨拶しておこうと天河を呼ぶ。
「そうか…天河」
「むむ!?今誰か私を名字で呼んだか!…貴様かー!あはは!」
天河と呼ぶと突然立ち上がり遠くのものを探すようにキョロキョロしたあと俺の方を指さした。どうでもいいけど、いやあと一年同じだからどうでも良くないのかもしれないけど、天河うっさい。
「ヒメは名字で呼ばれるの嫌なんだよ〜。名字じゃなきゃなんでもいいよ!」
ぼっち非リアコミュ症の俺にそれは酷だ。おい、誰だ俺を童貞キモヲタ陰キャみたいな字並びで紹介したやつ。間違いなく俺ですね。
霞の意見を参考にしようと霞の方をちらと見る。ため息した霞が口を開いた。
「姫チャン、こいつは比企谷八幡。俺の腐れ縁でぼっち非リアコミュ症」
なんでそこ綺麗に一語一句違わないんだよ、なんの策略だよ。
「えっと…どうしても天河じゃダメか?」
「ダメだよー、舞姫かヒメか姫チャンが最有力候補!」
そう言われ悩みに悩んだ結果思いついたのを口走ったのが運の尽き。
「て…テニプリ!」
天河のテと姫のプリンセスからプリが来たのは分かる。ニはどっから出てきたのだろう。
少し思案したあと、天河は頭をガバッとあげた。
「却下!罰としてこれからは舞姫って呼んでね!」
結果論的に言うならば決定権はすべてあっちにあるのでは?ということになる。
気に入らなければ独断と偏見で却下できるんだから、まあ怖いよね。とまあこんな感じに新学期一日目の朝を過ごしていった。まあぼっちになることは無いだろうと思う。四人でつるんでいければなと思いました、まる。最悪霞がいる。
始業式のために移動する俺たち。座る場所も変わっているため、少しばかり迷うも霞のおかげでなんとか列に合流出来た。
始業式は校長先生の話だけで、その前に新任式があって、そして今から生徒会役員の紹介だ。ここまで起きていたのは凛堂だけだった。真面目か、真面目だわこいつ。
『やっほー!!生徒諸君!私が生徒会長天河舞姫である!』
ハウリングギリギリの大ボリュームでシャウトされたボイスによってスリープからウェイクアップしたウィーだが、しかしハーがスクールプレジデントだったとはサプライズだぜ。
とまあ眠気の海に潜っていた俺はカタカナ語を多用するくらいには混乱していた。霞の方をチラ見すると同じく混乱している。多分あいつは逆に全部漢字になってると思う。
『副会長、朱雀壱弥』
簡素にそう言った彼は確かうちの学校一ナルシストという面で有名な朱雀とか言うやつだ。てかなに、あいつも生徒会かよ。マジかよ。どうでもいいわ。
因みに朱雀についての情報源の大半は盗み聞きだ。
『え、えーっと書記の宇多良カナリアです!』
一番まともな挨拶をした書記の宇多良。総武の歌姫として慕われており、昨年の文化祭でもその才を輝かせたバンドは最優秀賞かなんか貰ってたと思う。因みに宇多良についての情報源の半分も盗み聞きだ。
ほかの役員の話は特に興味もなかった。朱雀と宇多良についても特別興味があるわけでもなかったけど。まあ、一応知り合いではあるし。そのくせあいつらのことは直接聞いたよりも盗み聞きの方が情報量多いとか、俺どんだけコミュ症よ、考えるのを放棄した。
「なあ、霞。お前舞姫が生徒会長って知ってた?」
「いんや。まったく」
やることやって教室に戻る最中霞に聞いた。すると横にいた凛堂が話だした。
「貴様ら少しは学校に興味を持ったらどうだ。ヒメが生徒会長なんだ、今年の文化祭は楽しくなるぞ…」
「どうだろうな、別に生徒会主体の文化祭じゃないし。そういうとこもあるらしいが」
その言葉に多少ばかりショックを受ける凛堂。こいつどんだけ舞姫好きなんだよ。
歩いていると後ろからかけてくる足音が三つほど。なんだなんだと俺たちは振り返る。舞姫と朱雀、それに宇多良がこちらに走り寄ってくるのがわかる。
「ほたるちゃああああん!!!!」
おおっと舞姫が凛堂に飛び込みダイビング!しかしそれを難なく受け止める凛堂。舞姫は確かに高校生の中では小さいほうだが、しかしそれを微動だにせず受け止めるとは…コヤツ何者。
「八くん久しぶりだね!」
「よう、八幡」
「…あ、俺か。おう」
どちらも比企谷と呼んでくれないから反応に遅れる。基本的に俺を名前で呼ぶのは霞と明日葉だけだしな。舞姫も俺のこと名前で呼ぶつもりらしいが。
「なあ、八幡。なんでお前が4位様と歌姫と交流あんの?」
「ああ?誰かと思えば千葉カスくんじゃないか」
「お前も今は千葉住まいだろうが…去年の文化祭実行委員だよ」
そういうと納得するように霞が頷く。
去年いつの間にか文化祭実行委員にされていた俺は記録雑務の役割を担っていた。他にも同じく記録雑務の人がいる、その中の一人が宇多良で仕事についての会話をしていくうちに廊下ですれ違えば挨拶する程度の仲になった。因みに朱雀は副委員長を務めていた。宇多良と幼馴染らしく、なあなあでいつの間にか俺のことを八幡と呼ぶようになった。
凛堂と宇多良が自己紹介し合う横で霞と朱雀が言い合いをしている。ええいやかましい、先に教室に帰ることとし、すすーっとバレないようそそくさと逃げる。
「…ふぅ」
一足先に教室に戻ってきた俺は席に座り息を漏らす。
今年の学校生活は騒がしくなりそうである。そのうち生徒会の仕事でも手伝ってやるかな、知り合いが多いわけだし。
そのままぼーっとしているといつの間にかHRも終わっていて、帰る者と入学式に出席する者で行動の差異が出ていた。
「おぉい、八幡くぅん。入学式行くよぉ」
「ところどころ伸ばすな、キモいぞ」
「さくっと言うね…」
何を今更。
そのまま教室を出ようとする俺たちふたりを舞姫が呼び止めた。
「あれ?かすみんと八幡どこ行くの?」
「あ?入学式だが…」
「そうなのかー。あ、じゃあ少し待ってくれる?私たちも行かないといけないから」
そういって舞姫と凛堂がわたわたしつつも準備を終わらせる。舞姫は大方生徒会長からの挨拶とかだろう。面倒だな。
しかしなぜ凛堂も?そう思っていると凛堂が俺に耳打ちするように言ってきた。
「私の目的は舞姫のスピーチのみ」
あ、あー、はい、はいそういうことね。
女子特有の匂いに少し頭がクラクラしてたが、なんとか正常に戻ることに成功、言葉の意味を噛み砕いて納得すると共に呆れる。
「さ!それじゃ行こっか」
いつの間にか舞姫が廊下に出ていて俺たちを先導しようとする。
前述した通り、今年は騒がしくなりそうだなと思いを馳せ、しかしそんな『青春』もあながち悪くないかもしれないと心のどこかで考えていて、まあいいやと結局思索することを断念して舞姫に連れられ歩いていった。
明日葉、小町「あれ?あたし(小町)たちの出番は?」
作者「この話が好評だったら続き書いてあげる」
明日葉「どうする?こまちゃん、しょーじき出なくてもいいんだけど」
小町「ええ!?小町は出てみたい!!まだ姫ちゃんとほたるさんと話したことないよ!もちろん朱雀さんとカナリアさんとも!!」
作者「じゃあ読者の人に頼んでみたら?」
明日葉「こまちゃんのためにも、感想待ってます」
小町「皆さんお願いしますね!!」
作者(これぞ策略…多分好評じゃなくても書くし。しかし感想等はどんなものでも嬉しいので、皆さん出来ればでいいのでよろしくお願いします!)
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─メルト─
あまりに久しぶりの投稿で緊張してますガクガク。
多分自分史上最長じゃないかな?
では、どうぞ。
私の好きなアーティストの曲で設定された目覚ましアラームが鳴り響いた。
スマホに手を伸ばしアラームを止める。ふーっと息を吐いて伸びをする。
目が覚めても、昨日からずっとあなたの事を考えてしまうと、誰に言う訳でもないけどごちる。
今日は待ちに待った彼とのデート、この日のために一昨日思い切って伸びていた髪をちょうどいい長さ、肩より少し上までに切った。ぶっきらぼうにどうしたんだ、とか聞かれたいんです。
淡いピンクのミニスカートに、ハーフアップにした髪を控えめな花の飾りがついたゴムで縛る。
姿見の前に立って自信をつけるために言った。
「よし、今日も私は可愛い!」
季節風の影響で冬に雪が降ることが少ないと思われていそうな、私たちの地元千葉も、今日ばかりは降り積もりそうな粉雪が舞っていた。
月日は12月25日、場所は千葉駅へ向かう電車、時刻は午前の11時。
駅に着いて周りを見渡せばカップルばかりで嫌になりかけるも、思えば今日の私も今から傍から見れば彼氏とデートか女友達と楽しいクリぼっち会へ向かう途中に見えるのだろうか。
大体いつもあの人が待ってくれている場所に目を向けると、今日もいた。
暖かそうなブラウンのブーツとこれまたブラウンのコート、ファーが付いていて少し暑そうにすら見えるほどの重装備を纏った今日のあたし。そんなあたしの相手は程よく暖かそうで、背伸びしてるように感じる白いコートと黒いチノパン、靴はハイカットを身につけて柱に寄りかかって白い吐息を出していた。横にある紺色の傘が、何か雰囲気を醸し出している。
あの人が私に気づいてこっちに向き直る。私は少しでも早くあの人と喋りたくて少し早足になる。ふたりの距離の概算が1メートルに迫った時、特に何も無いはずなのにつまづいてしまって、あの人の胸にダイブしちゃう。咄嗟のことで右足が後ろに出るも、なんとか受け止めてくれるのが少し嬉しくて、彼の胸に顔を埋めて少しだけ匂いを堪能した。
視界を回復させるためにクッと顔を上に向けると至近距離にあの人の顔が。少し照れくさいけど、あまり表に出さないように声を出す。
「えへへ…遅れてすみません。せんぱい」
「ああ、待ちくたびれた」
「もう、相変わらずですね」
最後にあったのは1週間前ですけど。
せんぱいに少々支えられながら自立する。
ブーツが厚底だから、いつもより少し背が高い私。自然と近づく顔にドキドキしちゃって目が合わせられません……。
私とせんぱいはお互いにぶっきらぼうに会話を繋げていた。
「そろそろ行きましょうか」
「…はあ、はいはい」
先に歩き出し傘を指した私の後ろで傘を開く音が聞こえる。ついて行かなきゃ後が怖いみたいな雰囲気を醸し出してせんぱいは付いてきてくれた。
今はどんな理由があっても、せんぱいを独占できるのが嬉しかった。まさか受験勉強に明け暮れているせんぱいに好きだなんて言えるわけでもなく、これが最後の我儘ですと無理言って今日は来てもらった。
多分せんぱいは、私のことが恋愛感情的視点で好きじゃないと思う…けど。今日玉砕して、きっぱり諦めて大学で頑張ってもらおう!と、無理やり思っていたりした。
今までの『好き』はきっと、中学生以下に多い恋に恋している状態だったんだけど、去年の冬くらいから、せんぱいに恋しちゃってた。今までの恋愛が霞むほどにせんぱいが『好き』になった。なってしまった。せんぱいがまだ後ろにいるあいだに少し憂鬱を飛ばそうと深呼吸した。
横に並ぶように追いついたせんぱいが、珍しく話を振ってくれた。
「そういえば髪、どうしたんだ?」
「っ!?」
ドキッとしてしまう。ついさっき今日は諦めるために来たって言い聞かせたのに。
せんぱいに可愛く見られたくて、お気に入りの美容院で、美容師さんに微笑まれるほど勢いよくとびきり可愛くしてください!って言った甲斐があった。恥ずかしかったけど、この一言だけで、私は浮ついてしまう。
冷静を装って、いつも通りあざとく会話を続ける。
「いや〜、髪伸びてたじゃないですか〜?」
「ああ、ロング目指してんのかって思うくらいに伸びてたな」
「目指してたわけじゃないですけど…まあ、この辺までありましたからね。仕方ありませんか」
私は自分の両手を水平にして胸の下辺りに持っていく。その手を目で追っていたせんぱいは咄嗟に目を背ける。…むっつりスケベ。
私がジト目で見ていたのに気づいたのか、複雑そうな顔を浮かべるせんぱい。謝るべきか悩んでいるんですかね?すぐに謝るんじゃなくてデリケートなところだから悩むところも、誠実さが伝わってくる、気がします。それともただ私がせんぱいに甘いだけなのかな?
少しかわいそうに思えてきてしまったので、こちらから先に謝る。
「すみません、悪ふざけが過ぎましたね。忘れてください」
「ん、さんきゅ」
「それはともかく…似合ってますか?」
「…似合ってんじゃね?可愛い…と思うぞ」
耳まで赤くしてるせんぱいが、自分が年下なのに愛しくて仕方ない。多分自分も顔赤くなってるけど。
ひとまずお昼ご飯を食べようと近くのファミレスに入る。
「何食べます、せんぱい?仕方ないですから、私が頼んであげますよ」
「悪いが俺はそこまでコミュ障をこじらせていない」
軽口の応酬が楽しくてふふっと笑ってしまう。それをどう捉えてしまったのか、せんぱいがムッとする。それもまた可愛いと思ってしまって、また笑っちゃった。
「決めました?決めましたね?押しますよ?はい、押しました」
「まだ何も言ってないし、なんなら迷ってるまであるんだよなぁ」
ありゃ、流石に悪いことしちゃったかな?と不安になるも、店員が来てしまったので先に注文する。しかしながら稼げる時間はやっぱり僅かで、せんぱいに謝ろうとする。
「一色、終わったのか?んじゃあ、俺は──」
…こういうところ、かっこいいなあと思うのは私だけ?
涼しい顔して女子側の失敗とか揶揄いとかをちょうどいい感じに受け流す感じがたまらない。
店員がいなくなってからせんぱいに謝る。
「せんぱいすみません。流石に決まってないとは思ってなくて」
「あ?…ああ、まあなんだ。ふたつで悩んでたから、あんま気にしなくていい」
そう言って優しそうな顔をする。
その顔が、私は大好きで大嫌いなんですよ。せんぱい。
その顔は、私の事を特別に思ってくれていて、せんぱいの優しさを感じられて、大好き。
その顔は、ほぼ間違いなく私を妹的存在に思っていて、異性として見られてないのが自覚出来てしまって、大嫌い。
ドリンクバーに行こうと席を立つ。
「あ、一色。俺のも頼んでいいか?」
「いいですよ、特別ですからね。何飲みます?」
「普通にお茶でいい、複数あったら適当で」
「分かりました」
少しだけでも対等に見てほしいから、普段は了承しない頼みも無意識に聞いてしまう。2杯のコップを注ぐうちにため息はダブルスコアとなった。
「ダメだって、頑張らなくちゃ」
シーンも状況も違うけど、最近人気の青春ラブソングのワンフレーズを呟く。
諦めるために、あとぐされを無くすために、せんぱいが気負わなくていいように、今日で何もかもを終わらせなきゃ。
両手にグラスを持って席に戻る。
「ん、さんきゅ」
「いえいえ、これくらいお安い御用です」
そこから、せんぱいのこととか小町ちゃんのこととか私のことで会話する。
めんどくさそうだけど、ちゃんと会話してくれることが堪らなく嬉しかった。私の顔は、見る人が見れば凄くデレデレしてるように見えるかもしれない、両親とか、親戚とか。
けど、せんぱいにはバレてないはず。多分いつも通りのあざとい私のはず。
ご飯が届いた。
私は和風ハンバーグで、セットにちんまりとサラダと白米が付いている。
せんぱいはペペロンチーノになにやら小さなパンみたいなのが4つ。初めて見るけど、なんか…可愛い、かも?
「せんぱいそれなんですか?」
「あ?ああ…説明めんどいな」
そう言って頬を掻き、ハッとするとすぐに顔を真っ赤にした。
どうしたんだろ?何かやらしいことでも連想したのかな?そう思った途端だった。
「あ、あれだ。百聞は一見に如かずだしな、とっとりあえず一口食ってみろ」
そんな当たらずも遠からずな事をいったせんぱいが、右手で摘んだひとつを私の口元に運ぶ。向かいの人の左手は肘をつき頬杖となっている。左側にそっぽを向いてるけど、耳まで真っ赤なのでこちらにも紅が伝染る。
えっ、これってもしかして…あーんですか!?
「い、いらねえのか?いらないなら…」
「いえいえ、食べます食べます。あーん」
少し食い気味すぎに返事をして、わざとあーんと声に出して一口かじる。
もちもちしててほどよくパンらしい甘みが口に広がって美味しいんだけど、それを堪能する余裕なんてなかった。
「…どうだ?」
「へっ!?あ、美味しいです、ありがとうございます」
「そうか、ならよかった」
余裕を装ってるのがバレバレだけど、せんぱいはそのままそれを一思いに口に放り入れた。あ、これっていわゆる関節キッス?ですか?口に入れたから、ただのキスでもない…煩悩退散煩悩退散。
普段こういうことはされるよりするほうだから分かんなかったけど、今度から自重しよう。心臓に悪いなんて次元じゃなく恥ずかしい。心臓が胸から飛び出してきそう。
「せんぱいもハンバーグ食べます?…あ、サラダのトマトなんてどうです?」
「一色さん、あなた私がトマト嫌いなの知っているでしょう?」
「ええ知ってますよ。ささっ、どうぞ。お納めください」
そう言って無理やり話題を逸らして、それきりは特別何も起きずにお昼ご飯を終えた。
腹ごなしに歩きながら、近くのショッピングモールに向かう。人の流れはまさしくそこへ流れ着きそうだ。
暫く歩いていると人が増えてきてしまった、この雪も相まって、周りのカップルはみんな相合傘をしている。それでも、如何せん人が多いから、度々往来人の傘にヒヤヒヤさせられる。
それでも相合傘いいなあ、と思っているとせんぱいから声がかけられる。
「あー、なんだ。一色…」
「なんですか?」
「危ないから、傘閉じて俺の傘に入れ。こっちの方が大きいだろうから」
途中からそっぽ向いたせんぱい。今日は聖なる日だからか、せんぱいがいつも以上に優しい。
ってそうじゃなくて。今せんぱいから相合傘に誘われました!?
うそうそ!?恥ずかしいけどすっごく嬉しい…。今私間違いなく顔赤くなってる、多分じゃない!せんぱいがこっち見てなくて良かった…。
「それじゃ、お邪魔しますね」
声が裏返らないように気をつけながらも、余裕そうにそう言って自分の傘を閉じてお邪魔する。
瞬間せんぱいがこちらに傘を傾ける。その見返りを求めない小さな優しさに女の子は弱いって、分かってるんですかね。もっと好きになっちゃうじゃないですか。それとも小町ちゃんの入れ知恵かな?どっちにしろ大学生になったらモテそうだな。従姉の女子大生にそんな話を聞いたことがある。まあこの人美人耐性持ってると思うけど。周りの女子が美人すぎる。雪ノ下先輩、結衣先輩、はるのんさん、三浦先輩、海老名先輩、沙希先輩、めぐり先輩…アンドモア。
せんぱいは誰と付き合うことになるのかな。そんなこと考えると、せっかくのデートも楽しさが半減してしまう。
ぶんぶんと頭を横に振ってこんな考えを追い出す。
「さっ、行きましょうか、せんぱい」
横を向くと、すぐそこにせんぱいの顔があるのが、嬉しくて恥ずかしくてもどかしくて切なくて、なんとも言えなくなる。
言葉は流れないけど、心地よい雰囲気が二人を包んでいる気がした。窮屈じゃない沈黙は、私が属するどのグループでも起こらない。彼らは沈黙の心地よさを知らないから。彼女らは沈黙の怖い部分に過剰反応するから。
だから、これは私たちだけの時間。二人だけの、特別な時間。
そんな時間はあっという間に過ぎ去るのが定石で、気づけば既にモールに着いていた。傘を出て先に入る。せんぱいは傘を閉じて巻き付け、常設された傘袋に傘を入れる。もう一枚とったせんぱいはそれを私に渡してくる。素直にお礼を言って私も傘を傘袋に入れた。
「じゃ、行くか」
「待ってください、せんぱい」
「…なに」
せんぱいと知り合ってもう一年以上経ってるのに、何でかわかんないけど、私たちはお互いの電話番号を知らない。
業務連絡はメールでいいだろというせんぱいの主張を崩せずにいたからというのが一因。
だからこれを機に電話番号を…なんて欲張りなんだろう。今朝の諦める決意は、この数時間で霧散してしまったようだった。
「電話番号教えてください、はぐれちゃったとき用に」
「そう…だな、人も多いし。ほれ」
せんぱいはコートのポケットに入ってたスマホを私に渡す。
結衣先輩から聞いてたけど、本当に渡してくるとは…メアド交換は結衣先輩を通じていたので、生で見るのは初だ。
せんぱいのスマホを左手に、自分のスマホを右手に操作する。そんな私を見て若干引き気味のせんぱいが目の前にいた。
「すげえな…凄すぎて少し引くまである」
「ふふん、数少ない特技の一つです」
「ちなみに何個あるんだ?」
「11個です」
一色いろはに洒落てそう言ってみる。
もっとも、せんぱいには通じなかったみたいだけど。頭に疑問詞が浮かんでるのが、幻視できる。
「さあせんぱい、クリスマスももうすぐ終わっちゃいます。急ぎますよ」
「お、おい…一色。手、手」
「予防策です」
対応策を行使しないための予防策。せんぱいは察しがいいから多分分かってくれる。
なんとか振り解こうとしていたせんぱいも、自動ドアをくぐった先の戦場を見て、戦意を向ける相手をシフトしてくれた。人がゴミのようにごった返すモール内は、暖房が効き過ぎていて困るほどに暖かかった。それとも人の熱気かな?
「はあ…仕方ないか」
「ですです。じゃあ行きましょう!」
足が重そうなせんぱいを無理矢理に引きずってあちこち回る。
ある店でカラコンが置いてあるのが見えて、せんぱいにつけてみて欲しかったから衝動買いしてしまった。後で頼んでみよう。
男物の服屋さんでせんぱいを着せ替え人形にするも、どれも似合ってて困った。私のセンスの良さとせんぱいのかっこよさの両方に。
フードコートで食べたクレープはとっても美味しくて、甘いひとときを過ごした。
他にもいろんなところを回って、ふと外が見えたら、そこには黒のクロスが掛かっていた。
「せんぱい、最後にイルミネーション見に行きません?」
「…人多そうだから、嫌なんだけど」
「嫌です」
「拒否権なんて最初からないんだよなぁ」
モールを出て目抜き通りを歩く。
モール内以上に人がいたから、モール内以上に手を強く握る。少しびくんとした先輩も、握り返してくれた。そのことにドキッとするも、表に出さないようにする。
数十メートル歩くだけで、人の多さに嫌になってくる。さすがの私も参ってしまう。ふと目に入った喫茶店が、なんだか魅力的に見えた。
「せんぱい、あそこ入りませんか?あそこからならイルミネーションも見れそうですし」
「あ?…ああ、あそこか。まあいいぞ」
視認したせんぱいから了承を得たので人の流れを遮りながら喫茶店に足を向ける。
ドアを開けるとカランコロンと懐かしの音が鳴った。お店の中には多すぎず少なすぎない、落ち着いたお客さんと、それらが作る静かで暖かい雰囲気が溢れていた。
まだ入っただけだけど、好きになれそう。適当な窓際のテーブル席に座ってメニューを眺める。…ダージリンとレモンタルトかな。
「せんぱい決めました?」
「ああ、決めた」
「すみませーん」
ファミレスみたいにベルがないので、店員さんを呼ぶ。
少し小柄で、活発そうな顔立ちの店員さんがニコッと笑って接客してくれる。
「何になさいますか?」
「ダージリンとレモンタルトで」
「コーヒーとショートケーキで」
「畏まりましたー」
程よく気の抜けた言葉遣いも、私は嫌いじゃない。せんぱいが卒業したら今日を思い出すために通おうかな、なんて考えていると。
「なあ一色。お前何時に帰るわけ?」
「えっ、そうですね…ここ出たら帰りましょうか。もうすることもないですしね」
「そうか、なら晩ご飯は家だな…」
そう言ってせんぱいはスマホを取り出して、なにやらメールを打ち始めた。多分、小町ちゃん宛だろう。
送ってすぐにせんぱいのスマホが鳴った。どうやらメールを読んだ小町ちゃんが電話をしてきたらしい。せんぱいが席を立って店の外に出て電話している。すると、さっきの店員さんが注文したものを運んできてくれた。
「どうぞ…彼氏さんですか?」
「いえ、せんぱいなんです…手に入れたいですけどね」
「傍から見ればもう…いや、これを言うのは野暮ってもんですね。残り少ない聖夜、どうか後悔しないようにお過ごしください。では、失礼しますね」
なにやら言いたいことを飲み込んだように聞こえたけど、まあ気にしない。店員さんのアドバイスを頭で反芻させる。
後悔しないように、か。やって後悔するのと、やらなくて後悔するの、よくこのふたつが対比されるのを見る。私としては、やらなくて後悔する方が好きなんだけどね。やって後悔するのは、怖いから。人間関係が壊れるのを恐れてしまう。
だから、私が後悔しないように動くというのは、つまりは何も動かないということなのだ。
せんぱいが帰ってくる。なにやら緊張してるように見えなくもない…けど思えば今朝からずっとこんな調子かもしれない。
「せんぱい、食べましょう」
「あ、ああ」
自分の方にコーヒーとショートケーキを寄せたせんぱいは、やっぱり挙動不審だ。
小町ちゃんに何か言われたのかな?でも多分関係の無いことだから詮索はしない。ダージリンを一口飲む。今まで飲んできたのよりも濃密な香りが身体中に染み渡るのを感じた。
一息ついて前を見ると、せんぱいも同じような顔してた。
「美味しいです、せんぱい」
「ああ、俺もコーヒーもうまい…通おうかなと思うまである」
「わざわざ来る価値あり、ですよ。これは」
続いてレモンタルトを一口分切り取って食べる。
口に入れた途端に柑橘類の酸っぱい匂いが口の中に充満して、咀嚼するたびにレモンの酸味とタルト本来の甘みが息ぴったりに踊るかのような味がする。
ほんとに美味しい…やばい、ハマりそう。
机にあるケーキはふたつ。食べたい、せんぱいのショートケーキも、食べたい。
「せんぱい、一口くれませんか?」
「…お互いに一口な」
どうやらせんぱいもショートケーキが美味しすぎて、ほかのケーキの味が気になっているらしい。珍しくこの誘いに乗ってきた。
「では、どうぞ」
「ほれ、一口だけな」
それぞれ右側から相手に皿を滑らせる。フォークはそれぞれ自分が使ったのを使う。
フォークを入れる瞬間に、このケーキの美味しさを確信する、スポンジが違う。口に入れるのが楽しみになってくる。
口に入れると広がるのはイチゴ特有の酸味とケーキのクリームの程よい甘み。こちらもまたちょうどいい具合で、間違いなく一番美味しいところに調整されている。
何も言えずに皿を返す。せんぱいも同じような反応を示している。
「せんぱい、せっかくですからここはふたりだけの秘密にしませんか?」
何がせっかくなのか、自分でもわかんないけど、雪ノ下先輩や結衣先輩には教えて欲しくない。ここは私とせんぱいが見つけた場所だから、私たちだけの空間にしたい。
「小町には教えていいか?…こういうことを言うのは不味いんだろうが一応許可を取っておくことにしたい」
「小町ちゃんでしたら、いいですよ。誰も小町ちゃんには勝てませんから」
いろんな意味で、私たちは小町ちゃんに適わない。雪ノ下先輩がゲーム内のボスだとしたら、小町ちゃんはゲームそのもののプロデューサーとか、そのへん。強さのベクトルが一次元違うのだ。
ただ、せんぱいは私の言葉を違うように捉えたらしい。
「そうかそうか、ついにお前も小町の可愛らしさと小悪魔さが分かってしまったか」
「そういう事じゃないんですけど…まあいいです。食べましょうか」
窓から差し込む人工光に照らされながら、時々会話をして食を進める。…せんぱいと私だけの秘密の場所ができたのがあまりに嬉しくて、もうタルトの味も霞んでるけど。
タルトとケーキを食べ終えて私たちは、千葉駅に帰ってきていた。
今日はここでお別れ。今日が終われば、私はもうせんぱいに自分から近づかないようにしないといけない。そう思うと、途端に帰りたくないと思ってしまう。無慈悲にも時間は過ぎていくばかりだけど。電車の時間なんて気にせずに、今日が終わるまで隣にいてほしいけれど、それも叶わないな。
思い切って別れの挨拶をしようとせんぱいに向き直ると、不思議そうな顔をする。
「何してんだ、送るぞ」
「え!?さすがに悪いです、時間ももう遅いですし。今から送ってもらうとせんぱい帰るの十時くらいになりますよね?」
「いいんだよ、そのへんは気にすんな」
「でも…」
せんぱいのお誘いは嬉しいけど、でもまんまと乗せられる訳にはいかない。
なんとか断ろうとするも、せんぱいも譲らない。ついにはせんぱいがこんなことを言ってきた。
「ならこう考えろ。俺がお前を送らなくて、もしもお前に何かあれば俺は罪悪感に苛まれるから、送らせてほしい」
…意地悪です、せんぱいのバカ。
「もう…勝手にしてください」
それを聞いたせんぱいが目に見えて安心している。なんだか今日のせんぱいは変だ。
自動改札を越え電車を待ち、電車に揺られ最寄り駅に着く。私の家まではここから歩いて二分くらいだ。…多分家まで送ってくれるんだろうな。案の定せんぱいは私の横を動かない。
少し見上げる形でせんぱいを見つめていた。私の視線に気づいたせんぱいが気まずそうに口を開く。
「道わからんから、お前が動かないと動けないんだが…」
「え、ええ…ここから二分くらいです。ついて来るんですか?」
「その言い方は語弊を産みかねないから抑えてね。夜道はいろいろ危ないし…少し話したいこともあるんだわ」
話したいこと…なんだろう。もう迷惑だからこんなことやめろとかかな?それとも私の気持ちを察して私が告白する前に振られちゃうのかな。告白する気なんて、全くさらさらないけど。
そうですか、と返して歩き出す。雪は未だに降り続けていて、歩いた感触が朝と違う。ふたりでそれぞれ傘をさして並んで歩いていた。
歩いて一分くらいした道の途中で、せんぱいが立ち止まる。ちょうど街頭と街頭の間に立っているから、せんぱいの顔が見えづらい。
向かい合わせになって、せんぱいが喋り出すのを待つ。せんぱいが何も喋らないから、こっちがもどかしくなって、ドキドキしてくる。
「っと、まずはこれ」
そう言ってモールで小町ちゃんへのクリスマスプレゼントを買った時の袋から、なにやら小さな包みを渡してきた。…もしかして。
「なんだ、その…メリークリスマス」
「えっ、あ、はい。メリークリスマスです」
そういえば今日一度も言ってない気がする。
受け取ってみると、それはかなり軽くて、中身空気なんじゃないかなんて不安になった。流石にないか。
「開けてみていいですか?」
「…いいぞ」
許可を得たので開ける。そこには、一対の金色のイヤリングが可愛らしく収まっていた。
控えめでワンポイントなイヤリング、どんな服にもあいそうで嬉しい。
「ありがとうございます、大切に使わせて貰います」
「ああ、そうしてくれ。で、だな…」
そこから繋がる言葉はすぐに来ず。
せんぱいが何度も深呼吸したり、頭を掻いたりして、五分が経過する。
何度目か分からない深呼吸のあと、せんぱいが漸く口を開いた。その瞳はいつもの腐った目からは想像出来ない、輝く年相応の瞳だった。そんな瞳が、まっすぐ私を捉えていて、吸い込まれそうだった。
「…一色」
「…はい」
「ハァー………好きだ」
「はい…はい?」
せんぱいが溜めて溜めてついに喋ったと思ったら、なんだそんなことですかってえええええええええ!?!?!?
心臓の鼓動が倍になる。顔に血が集まって赤らむ。
「何度も言わせんな、恥ずかしい」
「いやいや、何言ってるんですか。こんなところでっていうかそもそもなんでせんぱいが私に好きなんて」
「…知らねえよ、いつの間にか好きになってた」
「えっ、ちょっ、ちょっと待っ…だめ、今…また言われて」
気が動転してしまって、呂律が回らないどうこうの話じゃなくなる。支離滅裂過ぎて文にすらなってない日本語がづらづら私の口から漏れ続ける。両の手で顔を必死に隠す。
けど、せんぱいの攻撃はまだ続いた。
「俺と、付き合ってほしい」
「~~〜~~~〜~~っ!?!?」
一年間ずっと片思いだと思ってたのに、今日で全部終わりだと思ってたのに、こんなことになるなんて思ってなかった。
頬になにやら水滴が伝うのを感じる、間違いなく涙だ。嬉し涙だ。嬉しすぎてなんも言えない、言葉にできない。喋ることができなくて、首を必死に縦に振る。ふーっ、とせんぱいが息を吐く音が聞こえた。
「ああぁ、緊張した」
もう耐えきれなかった。
私は傘を放ってせんぱいの懐に飛びついた。今朝同様に受け止めもらえた。けれど今はせんぱいの肩に私の頭が乗ってる。
そこから私は止まらなかった、腕をせんぱいの胴に巻き付け、捲し立てる。涙でせんぱいの肩がびしょびしょになったけど、気にしなかった。
「なんなんですかせんぱいあざと過ぎます!一体どれだけ待ったと思ってるんですか、せんぱいが誰とも付き合わないからもしかしたらと希望持って今までずっと過ごしてましたけど、そんな気配全くないからっ!…せんぱいは私を選んでくれないんだなって何度も思いました。何十回も何百回も思いました!それが今日になって突然好きとかかっこよすぎてもっと好きなっちゃうじゃないですか!こんなの誰でも負けますよ、だいたいほんとになんで私なんですか!雪ノ下先輩の方が綺麗だし、結衣先輩の方が優しいし、三浦先輩の方が面倒見いいし、海老名先輩の方が趣味だって合うだろうし、はるのんさんのほうが仲良さそうだし!なんで沢山いる美少女たちの中からただ可愛いだけでそれ以外ない私を選んだんですかセンスなさすぎて引きます!超引きます!けど嬉しいんです、ただ選んでくれたってだけで嬉しいんです!」
「…ああ、待たせちまったよな。ごめん」
ただ一言そう言ってせんぱいは私の頭を撫でる。その手は今までで一番優しさと温かさを感じられて、せんぱいが本気だってことも伝わってきた。
暫く泣いていた私も、三分くらい経てば、泣き止んでいた。
けどだめ、今すっごい恥ずかしい!このまま普通に一人で帰りたいくらい恥ずかしい!
でも意地悪なせんぱいはさらに追い打ちをかけてきた。
「で、一色さん」
「…なんですか」
不貞腐れているように答える。
「俺の彼女になってくれますか」
いつもじゃ絶対聞けないせんぱいからの敬語に完全にハートを打たれた私の返事は決まっていた。
ぱっと顔を上げて両手で先輩の胸を押して対面、大きく息を吸って一声。
「あ、当たり前じゃないですかっ!このっ、バカー!」
「バカって…酷ぇな」
苦笑いを浮かべるせんぱいに抱きつく。今度は満面の笑みを浮かべながら。けれどせんぱいは私に腕を回してくれない。
「せんぱい、私のこと抱きしめてください」
「え、ええ…ここで?」
「今更すぎます!さあさあ、早く!」
渋々といった感じで恐る恐る回ってきた腕は、思ったより長く、私はすっかり包まれてしまった。私の顔のすぐ近くにせんぱいの耳がある。仕返ししてやる。喉の調子を確かめて…よし!
囁くように、でも聞き間違えされないように、反撃をする。
「せんぱい、大好きです」
「ばっ!?お、お前…」
せんぱいの耳がもみじより赤く染まった。赤くて綺麗だななんて感想を抱くくらいに、紅色になってる。
そのままずっと抱き合ってた私たちも、少し冷静になって、でもまだ少し一緒にいたいとのことで、最寄りの公園のベンチに寄った。少し雪が積もってたけど、手で払って座る。空を見上げると、満天の星が散らばっていた。
私の右手は、せんぱいの左手と指を絡めていた。
「ところでせんぱい」
「なんだ」
「今日告白しようって、決めてたんですか?」
「ああ、小町にアドバイス貰ったりしてな」
小町ちゃん…ナイスだよ!
そう考えると今日の今までの挙動不審な行動も説明がつくってもんですが、一応聞くことにする。
「じゃあせんぱい」
「次はなんだ」
「普段は絶対しないあーんとか相合傘も小町ちゃんの入れ知恵ですか?」
「…ああ、そうだよ!くそっ、恥ずかしい…」
せんぱいの左耳が真っ赤なのが、薄暗い中でもよくわかる。
私のためにそこまでやってくれたことが堪らなく嬉しくて、そこまでやってくれた人が堪らなく愛しくなった。頭をせんぱいの左肩に乗せる。そのまま時間が流れた。
もう、今日一日でもっと好きになっちゃったじゃないですか。これ以上好きになることなんてないと思ってたのに。
「さて、そろそろ帰りますか」
「さすがに遅いしな…今日ももう終わるのか」
スマホで時間を見ると、もう十時だった。これじゃあどれだけ早く帰っても、せんぱいが家に着くのは十一時半くらいになっちゃうなあ。
ベンチから立ち上がってベンチの方に振り返る。両手を背中に回して今日一番の笑顔をしてせんぱいに愛を告げる。
「せんぱい、だーいすきです!」
寝室にある写真立てを、ふと見る。そこには、私が大学の卒業式にあの人と撮った写真が入っている。写真の中でもあの人の目は腐っちゃってるけど、表情は嬉しそうだ。
…あれからもう二年半なのかと思うと感慨深くなるし、そう考えると、せんぱいと付き合ってから今日は十年目なのかと思うと、もはや呆れてくる。
今日も今日とて、おしゃれして姿見と向き合って、あの日以来気合を入れる時に言っている言葉を口にした。
「よし!今日も私は可愛い!」
お恥ずかしながら、自分はメルトという曲を知ってから、まだ4年程度しか経ってないんですよね。
古参の皆さんとはダブルスコアつけられてる訳ですが、それでもあの動画には感動させられるものがありました。やなぎなぎさんも好きなんでね、supercellとなぎといえば、君の知らない物語ですよね。
閑話休題、紆余曲折を経て彼らは青春を謳歌しました。
自分も、残り僅かな青春を、自分だけの青春をキャンパスに描いてくることとしましょう。
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八幡怒りの覚醒【クロスオーバー:×ぬらりひょんの孫】
自分は雪女推しです、皆さんはどうでしょう?カナ?それともゆら?まさかまきさん?はたまた毛倡妓?もしや…羽衣狐?
どんなアニメにも美人美少女が多くて困ります、推しがなかなか決まらないアニメも多々あるものです。
では、どうぞ。
突然だが、皆はぬらりひょんというものを知っているだろうか。
ぬらりくらりとあらゆる家や店に入っては人知れず盗みや無銭飲食を働くクソ野郎の妖だ。
少なくとも奴良八幡、齢八歳であるこの少年は、言葉遣いこそ少し緩くも、真にそう思っていた。
しかしそれも仕方の無いこと、事の発端は数日遡ることとなる。
*****
この日は八幡の通う小学校の、夏休みの自由研究の発表会だった。皆既に小学二年生。身も蓋もない話をするなら、クラスの殆どの者はサンタは存在しないし、妖怪とかもいるはずないと信じている。否、信じ込んでいる。
しかし世には奇妙な輩がいるのが常、このクラスでそれは、材木座義輝その人が当てはまる。彼の発表を事細かに書き連ねるのも無駄、言ってしまえば彼は、妖がいないと認知しながら敢えて妖に関する研究をしてきたのだ。
その発表に食いつくは八幡。彼は皆とは逆に妖はいると信じる者、どころか妖はいると知る者であった。
彼の出生について、記述しよう。
彼の祖父にあたるものの人としての名はない。それでも彼は人々にこう呼ばれる。
魑魅魍魎の主、ぬらりひょん…と。
それ故に彼の家はとても大きい日本家屋で、いつでもどこでも妖が跋扈している。けれども彼は、妖の黒い部分をまだ知らなかった。
そのため、無邪気に無知に無防備に義輝に反してしまう。なればその後は想像に難くない。さらに自分の祖父はぬらりひょんと声高らかに宣言する。すれば義輝がぬらりひょんの説明を、悪意敵意皮肉込み込みで力説した。となると、クラスメイトから弾劾されるがオチだ。
その夜、ぬらりひょんが総大将である妖団体、奴良組の集会に初出席した八幡は、彼らの悪行に失望した。
なんだ、自分が憧れていた奴らはクソ野郎どもか…そう思った彼は、幼い頃からの側近及びよく世話してくれた数人以外を拒絶するようになった。このあとの話は、また別の機会に。
結局のところ彼は学校で孤立、家でも極力引きこもるようになった。
*****
そんな日が数ヶ月続いた、ある秋風が吹き抜ける日。
昨日強制的に三代目候補に立てられそうになった八幡のイライラは、今日の放課後まで続いていた。
下校のチャイムが学校を走り回る。特に急ぐこともない、いつも通り下校のバスが混まない頃まで教室で読書してから、帰ろうとする。
校庭を俯きながら歩いていると、後から声をかけられた。
「おーい!奴良くーん!」
この声は…またか。
ため息をつくもそこまで嫌そうでない彼は、声のする方へ振り返った。
そこに居たのは明るい茶色の、しかし地毛のショートヘアの左にちょこんとテールを結んだ美少女──名を家長カナと言う──がいた。
最近…というか、八幡が弾劾されたあの日から、こうしてたまに話しかけてくる。
そのうち八幡も、学校ではカナにだけ、少しだけれども、心を開くようになった。軽い会話は出来るが、ほぼ毎日この時間に頼まれることだけは、拒否し続けてきた。
「一緒に帰ろ?」
「やだ、先帰れ」
「もうっ!…もう秋なんだから夜になるの早いし、あのバスの次はまだまだだよ、乗ろ?」
今日はしつこい。いつもなら一言やだと言えば諦めてくれるのに。
そのせいか、八幡も少しムキになってしまった。彼なりの大声で叫ぶ。
「やめろよ!もう俺に関わるな、俺はひとりが好きなんだから…いい加減にしてくれ!」
この言葉に彼の本音はほんの少し、ひとりが好きということのみだった。
けれどもカナは愚直で、八幡が本心を叫んだと勘違いし、涙目で何も言わず走っていってしまった。
胸糞悪くなった八幡は気を落ち着かせるためにと思って家まで歩いていこうと、狂った名案を実行した。
結局八幡はその一時間後に祖父の配下である鴉天狗に捕まって運ばれるんだが。
夜の帳が降ろされた頃に、家に着く。
「はあ、ただいま」
「おかえりなさいませ、若!ご心配しました〜〜〜!!」
「ああ、雪女。どうした、そんなに騒いで」
家に入るなりすっ飛んできた目の前の美少女は、八幡が信じる者達のひとり、雪女だ。
毎日毎日こうして来てくれるが、今日はまた一段と激しい。少し落ち着いた雪女から、衝撃の事実を告げられる。
「今ですね、若が乗るはずだったバスが事故にあったというニュースが─」
「なにっ!?どういうことだよっ!」
雪女の報告を最後まで聞かずに、だだっ広い家に唯一あるテレビまで全速力で走る。部屋に入ればコタツでぬくぬくしながらテレビを眺めていた祖父がいた。
『つい先程入ったニュースです。今日夕方、○○小学校の児童を乗せたバスがトンネルの崩落事故に巻き込まれました。死傷者は不明、救急隊員が駆けつけるも、迂闊に手を出せない状況で──』
少しわからない言葉もあったけれども、なにかやばいと感じた八幡は昨日の集会を思い出す。
そう言えば幹部にひとり、尋常じゃないほどの恨みを向けるやつがいたな。なら、そいつの仕業か。
冷静に分析しながらも、頭の中は助けに行くことでいっぱいだった。
庭に出て側近たちを呼ぶ。
「雪女、青田坊、黒田坊、首無、河童、毛倡妓」
「はっ!」
呼んだ瞬間全員が集まる。そしてまた、全員が状況を把握していた。八幡は一息吸って奴らに告げた。
「今から助けに行くぞ」
「待て」
家の方から声をかけられる。見ればそこに、ぬらりひょんの側近がいた。冷酷にかつ淡々と、奴は言った。
「妖が人を助けるなど言語道断。言っては行けぬぞ、八幡」
「なんだとっ!お前、若に楯突くのか!」
そこから始まる論争は全くの平行線でとても無駄だった。しかし両者ヒートアップしてしまい終わりが見えない。
八幡はイライラしていた。
こんなところで時間くってる暇なんてねえんだよ。いいから付いてくるやつだけ付いてこいよ。老害たちは黙ってろ。俺は四分の一しか妖じゃねえよ、一緒にすんな。急がせろよ、早く行かせろよ。
様々な怒りが溜まり、限界を超えた。
刹那空気が変わる。
「──黙れ、お前ら」
その言葉は確かに八幡の口から出たものだった。が、声色は八幡とは似てすらなかった。
周りのものが八幡に注目する。見てないのは、総大将のみ。
男子小学生の平均的な長さだった髪は、八幡の胴と同じくらいに後頭部に伸び、真っ黒だったのが、白と黒のハイブリッド使用になっている。しかしながら、アイデンティティのアホ毛は健在だった。
人間不信になってから徐々に腐り始めた目が、雰囲気と相まってとても鋭く、恐怖するほどの目を形成していた。
普通の洋服を着ていたはずなのに、いつの間にか和服になっている。腰には刀までついていた。
「ぎゃんぎゃんうっせえんだよ。勝手にさせろ、てめえら老害が俺を制限すんじゃねえよ」
「なんだと──っ!」
続けて説法しようとしたやつも、出来なかった。
彼からすれば八幡は決して強くないが、それでもさっきまでただの人の子だった生物が放つ畏に、驚愕を隠しきれなかった。
その隙に八幡は家を出た。少し遅れて雪女たちや、名を呼ばなかった八幡を慕う妖も後を行った。
庭に残るは微妙な空気の沈黙。やがて総大将が口を開く。
「ほっとけい、八幡なら大丈夫じゃろ。ほれほれ、飯じゃ飯。お前ら散った散った」
*****
トンネルに着いた頃には野次馬がうじゃうじゃいた。
仕方なく妖の一匹が人々を眠らせる。
目撃者がいなくなった環境で八幡の配下のひとり、青田坊が崩落した瓦礫の山の前に仁王立ちする。
「ふんっ──うぉぉぉぉおおおおお!!!!!」
気合いの声とともに入るは腕のちから。
大きく振りかぶり拳を瓦礫にぶつける。すれば起こる事象は、彼が妖であることを差し引いても信じられないことだった。
トンネルの入口を塞ぐほど大量の瓦礫が、瞬く間に霧散した。暗闇だったトンネルに光が指す。中にいるは奴良組の幹部が一人。ガゴゼだった。
「おう、やはりお前か」
このガゴゼこそが、前述した幹部だった。
八幡の方を向いたガゴゼが不敵に不気味に不愉快に笑う。周りにはガゴゼの組の妖たちがたむろしていた。
「へへっ、若様じゃありませんか」
「てめえ、何するつもりだ」
八幡は大破しているバスを一瞥する。
八幡たちがいる場所からは中の人の安否が確認出来ない。それをむず痒く思う八幡は内心焦っていた。けれどもそれを表に出せば相手に呑まれると本能的に察していた八幡は耐えていた。
「もちろん、妖としての仕事をこなすだけです…このバスに乗る子供をみんな、地獄に送るだけですよ。ヒヒッ」
「──させねぇ!」
その一喝を合図に八幡が駆ける。そして、八幡の配下たちもそれぞれ自分の領分で働く。
交戦するもの、戦意を削ぐもの、怪我人を離脱させるもの、これ以上被害が出ないようにするもの、十人十色の働きをする。
八幡はガゴゼに迫る。両者の距離が五メートルに満たなくなった時八幡は刃を抜いた。
そのまま兜割りのごとく刀を振る。
「──せいっ!」
「ふふっ!」
不敵な笑みを浮かべその剣戟を弾くガゴゼ。弾かれた方向に──バスの近くに飛ばされた八幡は空中で体勢を整え着地する。
しばらく睨み合って微動だにしない二人、その沈黙を破ったのはガゴゼだった。
「どうして若様は私を止めるのですか。妖ならば人を襲い恐れさせるが生業というもの、ならばむしろ喜ばしいことではないのですか!?」
それは妖としては当然の感覚だった。それもそうだろう。
妖は常に陰陽の陰であり、完全に陽に出ることは、永き妖の生涯でも一度あるかないかである。中には確かに人に紛れ生活する妖もいる。けれどもしかし彼らも所詮は陰の住人、夜になれば妖の性分を現す。本当の意味で人として過ごす妖など、一人たりともいない。
そうであるなら、妖にとって人とは、人にとっての猿と変わらないのだろう。なら人は絶対に猿を襲わないと言えるだろうか。さらに言えば妖は本能的に人を襲うのだ。もし、もしもだが、人に猿を襲うという本能があったとしても、誰も止めることはしない。それと同じ、妖は他の妖の本能を止めない。
ただこの史上にふたり、ぬらりひょんの息子とぬらりひょんの孫を除いて。
「知らねえよ、俺は四分の三は人だ。四捨五入って知ってるか?それすりゃ俺は人なんだよ…尤も今は妖なんだが」
言葉が詰まる八幡は、癖で頭をガシガシ掻いた。
その仕草を目撃したのはガゴゼと、まだいた。バスの中にいる同級生たち。その中に、その行動が意味することを知っている人がいた。
寸分違わないその仕草に、その者は動揺する。
「え──奴良、くん?」
その声に引かれ少し後ろを向く。ただしガゴゼへの警戒は解かない。
案の定というか、ヒロインとしての摂理か、そこには家長カナが涙目をして全身恐怖で震えさせながらいた。
罪悪感を覚えた八幡はカナに言った。
「カナ、怖かったら──目ぇ瞑ってな」
不敵に笑うその顔に、見蕩れるカナ。
八幡の絶対な自信に人々は安堵を感じ始める、それが気に食わないガゴゼ。より一層獰猛になる。
「フフフ、若様を殺して…私が三代目を継ぐのだ!!」
「させねえよ──」
言った途端に、八幡の全身の輪郭が有耶無耶になる。ところどころに黒いモヤがかかって、数秒後には跡形もなく、まるで最初からそこには何も無かったかのように、消えた。
「なっ、これは!ぬらりひょんの畏…どこだ、若あああああ!!!」
もはや様もつけないほど動揺し暴走し始めるガゴゼ。
バスに向かって走り出し右手でカナの頭を思い切り掴もうと右手を前に突き出す。
けれども、掴む指がない──否、掌が切り落とされていた。
「うっ──うぎゃあああああああ!?!?」
「てめえみたいな極悪野郎にカナたちを殺させはしねえ」
どこからともなく聞こえる声は、妖の八幡の声、はっきりと聞こえるのにどこにいるのか分からない。
その事が、ただ祖父と同じことをしているだけの事が、ガゴゼを混乱させる。幾度と総大将で見飽きているはずなのに、いざ自分がやられるとこうなるのか…ガゴゼの心中の冷静な部分はそんなことを思っていた。
「これでしめえだ…じじいには悪いがな」
ガゴゼの頭上の空間から突如黒いモヤと刃が生え、頭頂から一刀両断する。
断末魔をトンネル中に響きわたらせながら、ガゴゼが絶命し、黒い粒子となって遺体が残ることはなかった。
刃が出てきたモヤがだんだん広がり、八幡を吐き出す。姿を現した八幡だったが、周りを見渡しガゴゼがいないことを確認すると、その場に倒れ込んでしまった。
*****
翌朝、まだ日が昇りきらないうちから、八幡は目を覚ましていた。普段使い慣れた布団で起きた時には、人の姿に戻っていた。
布団の端を摘んで顔を半分だけ出している彼は、目が腐っているからとても不気味だが仕方ない。彼が顔を半分しか出してないのは、口を覆いたいからであり、なぜ口を覆いたいかは叫びたいからだ。
「うあああああ!!!死にたい死にたい死にたい死にたいなんだよ昨日の俺カッコつけすぎだろたしかに妖の姿はちょっとかっこいいかなあとか思うけどそれでもナルシストすぎだろ黒田坊もびっくりするレベルだわ大体やべえよ勢いとはいえ幹部一人殺しちゃったよじじいに何言われるかわかったもんじゃねえようわあどやされる!勘当されて路頭に迷ってガゴゼ組の残党に殺されて明日には烏に全身喰われてるわやべえ終わった俺の人生奴良組もついでに終わったわ」
「若あ!朝からなんです!」
八幡は顔をすべて布団から出した。
「お、おう…雪女か」
「お隣の部屋からでも聞こえますよ、若の声」
布団を挟んでも隣の部屋まで届く声とは、小学二年生が出せる声量ではない気がする。
「…死にたいんだよ、ほっておいてくれ」
「ええっ!?わ、若!はやまらないでください!この私、雪女に出来ることならなんでもしますからあ!」
「お前が落ち着け」
雪女の取り乱し方がすごくて八幡が冷静になる。
「冗談だよ、それほど恥ずかしいのは本当だが」
「確かに、昨日の若は普段からは想像出来ないくらいクサイセリフ言ってましたからね」
「ヴッっ」
八幡に八万のダメージ。
そこで黒田坊が部屋に入ってくる。
「ええ、なんせ昨日の若は、私よりも!カッコつけてましたからね」
「グサリ」
八幡に八万のダメ以下略。
次は毛倡妓が入ってきた。
「なんだっけ、同級生の子に言ってたの。『怖かったら──目ぇ瞑ってな』だったけ?かっこよかったわねえぇ」
「カハッ」
八幡に八万の以下略。三人がくすくす笑っていると、布団の上で白くなっていた八幡が再起動して叫ぶ。
「お前らっ!いい加減に、しろぉぉおおおおお!!!」
八幡の、人生最大ボリュームの叫びだったと雪女は後に語るその咆哮は、奴良組内で『八幡怒りの覚醒』として、伝聞されていく。
ちなみに八満は、これも黒歴史だと、今夜頭を抱えることになる。
*****
色々疲れながらも学校へ足を運ぶ八幡。ふらふらしてバス停に着くと、いつもは自分より遅いカナがそこにいた。
「あ!奴良くーん!」
自分の顔が赤くなるのが自覚できる八幡は、頭を地面に打ち付けたくなるのを何とかこらえる。
どうか昨日のが俺だと気づかれていませんように、と念じる八幡。ひとまず、返事をする。
「おう」
「昨日のって、奴良くん?」
勘づかれてるううう!!!!
顔に出ないよう下唇を噛む。冷や汗がダラダラ流れ、脇の下がすぐびしょびしょになる。
「な、何のことだよ」
そっぽ向きつつ、それなりに冷静に返せたことに一旦落ち着きを覚える八幡。そしてまた、カナも素直な子なので、そっかあ知らないかとだけ言って詮索をやめた。
「やれやれ…まったく、ひやひやさせないでくださいよ、若」
空中で警護兼監視していた、鴉天狗が呟いた。
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俺は北山家の居候【クロスオーバー:×魔法科高校の劣等生】
サブタイには×魔法科高校の劣等生とありますが、原作未読のため優等生とアニメを参考に書くとなると、なら北山家に居候させちゃえということで。
あ、オリキャラもいます。あと北山家の方々やその他設定も原作と違うかもしれませんが、二次創作のため許容願います。
もしそういうのが無理!という方はブラウザバックを推奨します。
長くなりましたね、ではどうぞ。
雨が地面に、そして背中に打ち付けられる音がする。
車が地面を、力強く走り去る音がする。
心臓がまだ諦めてたまるかと、鼓動を続ける音がする。
肺が止まるわけにはいかないと、呼吸を続ける音がする。
けど、もういいんだよ。俺の理性は生きることを望んでなんていないんだよ。
必死に言い聞かせていると、俺を尊重してくれたのか、鼓動も呼吸も弱くなっていく。
もう、何もかも、信じられない。
信じていた親も、信じていたかったあいつらも、俺を見捨てたんだ。
俺を、俺だけを、必要とする人は、いない。代わりがいるなら、もう…いいよな。
せめて最後に、この残酷でくそったれな世界に、生まれ変わらないように、目に焼き付け覚えようと、開けていた目も泥で汚れてきた。さて、目を、瞑ろうか。
くすんだ視界を暗転させようとした時に見えたのは、少女が駆け寄る姿だった。
*****
次に目を開けた時には、俺はベッドの上に寝ていた。
しかしそれは、助けられてすぐの事じゃないし、知らない天井だと言うのは夢の日の翌日にやった。
定期的に見る、あの日の夢。もうあの日から四年と半年くらい経ったのか。今日までその夢を見た回数は、百を優に超える。
それを今日見れたことに運命じみたことを、らしくないと分かっていながら感じていた。
寝起きで気怠い体をよっこいせと起こす。そのまま軽く伸びをしてあたりを見渡した。
一年前からあてがわれた自分だけの部屋には、特に特別なものは何一つなく、現代にはよくある光景だった。
カーテンから指す光があまりに平面的で、それもまたカーテンかと幻視する。きっとまだ、しっかり目が醒めてないのだろう。自嘲的に苦笑を浮かべてベッドを降りる。
部屋を出て洗面所へ歩く。すると、正面から俺よりもそこそこ背の低い少女が歩いてきた。
お互いの顔がはっきり視認できた頃に朝の挨拶を投げかけられる。
「八幡、おはよう」
「おう。おはよう、雫」
「早く顔洗ってきてね、今日はなんと言っても──」
「分かってる、一高の入学式──だろ?」
満足そうに彼女が頷き、俺の横を通り過ぎていった。
その背中を少し見送って、洗面所へ歩き出す。
北山雫。
いわばこの家のご令嬢。父が資金家で、母が魔法師というめぐまれた環境下にいながら、不当な理由なしに人を蔑むことをしない、優しくも強かな少女。
洗面所のドアを開け、誰もいないことを確認しセンサに触れる。確認した理由はただなんとなく恥ずかしいだけだ。深い意味は無い。
清らかな水が流れ出し、それを手に掬って顔に浴びせる。再三するうちに、完全に目が冴える。いつもはしないけれど、一度パシンと頬を両の手で叩いてみた。
なんだか気合が入った気がする。鏡に映る自分の顔も普段より少し凛々しい。それでも目は腐ったままだけど。今日だけでも一日頑張るぞいっ。今日だけかよ。
洗面所を出て向かうはダイニング。毎朝の決まり事として、この家に住む皆で朝食を摂るためだ。
補足しておくとこの家には、雫とその御両親、そして弟の四人。それに俺、俺の妹。さらには住み込みのお手伝いさん──所謂メイドが四人と執事が五人の計十五人が住んでいる。日もそこそこになるとさらにお手伝いさんが増えるが、それは今話すことではないだろう。
なんて思っているとそこは既にダイニング。両開きのドアの片方に右手をかけてゆっくり引く。
広がる空間に、既に人がそれなりに集まっていた。みんなせっせと朝食の準備を進めていた。俺に気づいた人から挨拶をしてくれる。もちろんその挨拶を返しながら、最愛の妹にして最年少のお手伝いさんに声をかける。尤も、身に纏うは通う中学の制服だが。
「小町」
「んん?あーっ、お兄ちゃん!おはよう!」
「おはよう。で、俺は何すればいい?」
「んー、それじゃあこの箸を全員分配ってくれる?あ、あそこだけ逆でお願い」
了解を返して、十五膳の箸の入ったカトラリーケースをワゴンからひったくって配ってまわる。そうして俺が一つの仕事を終えるあいだにプロのみんなはすべての仕事を終わらせていた。
みんなそれぞれ自分の席に座る。逆に置いた場所は左利きの人が座る場所だからだ、一応記憶にはあるのだが、間違えてしまうかもと不安なのでこういうことは毎回言ってもらうよう小町に頼んである。
入口から一番遠い、上座に座った雫の父の潮さんが恒例の音頭をとる。
「それじゃ、今日も一日楽しくいこう。頂きます」
『頂きます』
十四人分の声を部屋に響かせるのも、毎朝のこと。
今日も絶品だと舌鼓を打っている時、隣の小町が話しかけてきた。
「ついに今日、入学式だね!お兄ちゃん、雫さん!」
「うん、楽しみ」
「少し面倒だけどな」
「うふふ、一高の一科生でそんなこと言ってるのは八幡だけじゃないかしら」
雫の母の紅音さんのその一言で、皆一同笑う。なんとなくいたたまれない気分になった俺は、味噌汁を一口啜った。
うん、やっぱり美味い。
場の笑い声がある程度収まったってところで、雫の隣にいる彼女の弟、航が大きい声で俺に言った。
「ねえ八幡。八幡はやっぱり魔法師?」
「ん?まあ、一応はな。でも忘れたのか?俺は魔工師も視野に入れてる、ちゃんと魔工師についても色々聞いてくるから、心配すんな」
「別にそんなこと言ってないけど…でもありがと」
またもこの場にいる人が笑顔になるも、今回のは航が微笑ましいって感じの笑みで笑い声が漏れることは無かった。
魔工師として一流と言える腕を持つ俺だが、それを知るのはこの場では北山夫妻と北山家専属の魔工師である『師匠』だけだ。この場にいないものの紹介はまたいつか。
場の雰囲気に充てられ頬を赤く染める航を、実の弟のように思ってきた俺としては将来を考えていることを嬉しく感じた。
ここで簡単に俺と小町の境遇について説明しようと思う。
前述から分かると思うが、ここは北山邸。俺と小町はだいたい四年半前からここに居候している。実の親は、まだ刑務所のはず。まあ気にしてないから本当のところは分からない。
ある事情で勘当された俺は脇目も振らず街を走り回り、ある公園で行き倒れてしまう。気絶する直前に公園の前を車で通った雫が偶然俺を見つけ、そのまま介抱される。その後はとんとん拍子、虐待で起訴された俺の両親は有罪となりそのまま刑務所へ。引き取ってくれるような親戚がいない俺と小町を潮さんが後見人として家に入れてくれたって流れだ。
その後色々ありながらも、俺たちはここまで成長してきた。そのことを思うと少し感慨深い気がする。そして俺たちはまだ成長を続けるのだろう。願わくば、その成長が恩返しに繋がりますように。
*****
かなり余裕を持って家を出る。
ドアを開けると、庭に植えられている桜の花びらが舞っているのが見えた。改めて春を感じるとともに、この機械だらけの街の中を過ごすうちに無意識に貯まるストレスが霧散していった。
春の空気を肺いっぱいに充満させ、門を開閉して歩き出す。爽やかな追い風が辺りを駆け抜ける。
普段ぼっちを好む俺だが、今は隣に雫と小町がいる。航は初っ端から学校の方向が違うので、毎日寂しそうに家を出る。
大丈夫だ、お前も今の調子で行けば一年後には俺たちと一緒だぞ。
途中で小町と別れれば、駅までは雫と二人きりになる。自然と、頬が赤くなる。途中、洋服屋のショーウィンドウに映った俺の顔は、春の花より、霜で色づいた葉より赤かった。
会話については問題ない、伊達に長いこと一緒に暮らしていないのだ。
だからと言って緊張しないのと、会話が不自然にならないのは、訳が違うから俺の心臓は徒競走したあとみたいだが。
白状すれば──もっとも、今までのモノローグでわからないやつは朴念仁だが──俺は隣を歩くこの少女を、恋愛的感情の面から好いている。
俺にとっての救世主がこんなに可愛くて優しくて魔法師の卵としてかっこよければ、そりゃ惚れないわけがない。
そんなありふれたことを考えながら、雫と雑談していれば駅にはすぐに着いた。
雫といるのが楽しいからか、時間の流れがあっという間で、あまりの単純さに割れながら呆れてしまう。
「雫!八幡!」
「おはよう、二人とも」
駅で俺たちを待っていた二人のうちの一人、光井ほのかがこちらに気づき、名前を呼んで手を振ってくれる。
俺は手を上げるに留まるが、雫は二人に挨拶する。
「朝からあついねえ、まだ春なのにブレザーを脱ぎたくなるぜ。全く」
朝からそんなことを言ってからかってくるのは、焔緋ケオ。ギリシャ人の母とエレメンツの父を持つハーフ才能マン。
その苗字に負けない、燃え盛るように鮮やかな赤髪をツーブロックにキメている。母の血が濃く出ている顔立ちと髪が、フィクションのように完璧にハマっている。正直なところ、なんでこいつが俺の親友なのか分からない。見た目リア充層なんだけどなあ。というか俺以外の三人全員リア充層なまである。
「そんなんじゃないって。行こう、ほのか」
そう言い残すやいなやとっとと先に歩いていってしまった雫。顔が赤い気がした…怒らせてんじゃねえよ。
ま、待ってよ〜と雫を追いかけていくほのかを見届けつつ、俺は肘でケオの脇腹をどつく。
「おい、お前からかうのもいい加減にしてやれよ。俺は嬉しいが、雫は迷惑に思うだろ──怒ったあの機嫌治すの俺とほのかだぞ」
「怒った──ねえ。ほんとに怒ってんのかは、どうか分かんねえよ?」
ニヤニヤしながら言ってくるのにかなりイラッときたけれど、特に否定する意味も理由もなかったため、ひとつ大きなため息をして二人の後を追うべく歩き出した。
四年以上一緒にいるんだから、怒ってるか怒ってないかなんてすぐ分かるんだよ──今回はケオに対してイラッとしてた感じ。
雫たちの後ろに並んでキャビネットを待った。二人乗りが二台続けて来たのでそれに男女で別れて入った。
ケオはワクワクしつつ端末を触っている。そうだ、さっきの仕返しをしてやろう。
「なあケオ」
「なんだよ」
「ほのかにはいつ告白するんだ?」
勢いよく咳き込んだのを見て満足したので、もう何も言わなくてよかったのだが、ケオは律儀にも俺の問に答えてくれた。
「今年中…そうだな、九校戦あたりには、伝えたいな」
ケオの顔が髪に負けず劣らず朱に染まる。誰得だよ。
お察しの通り、ケオはほのかに好意を寄せている。傍から見ていればほのかも満更でもない様子だから、もうひと押しふた押しすれば付き合えるだろうが…見た目にそぐわないチキンぷりで二年あまりの両片思い?が続いていた。
俺にからかわれ腹が立ったのか、西方くんのように稚拙なからかいを返してきた。よってケオのからかい指数は中一レベルである。俺がラディッツならゴミめと吐き捨てるところだった。
「そういうお前はどうなんだよ?お前だって告白できてねえじゃねえか」
「北山邸にお世話になってるうちは言うつもりないけどな」
「ほーん、まあお前らしいっちゃらしいか」
渋々ながらも納得する素振りをしたもつかの間、首をブンブン横に降り始める。
数年前ならここは電車で、変質者扱いだったろうな。
「そうじゃねえよ。ぶっちゃけるが、雫はもうお前の告白を待ってるまであるぞ」
「──何言っても聞かねえな、その顔だと」
「まあな」
ケオは俺にとって三番目に付き合いが長い人なのだから、それくらいは分かる。
ちなみに一番が小町、二番は北山家とほのかだ。
ともかくそれほど長い付き合いということもあって、彼が嘘をついているようにも思えないし、同じく彼がそういうことで勘違いや思い違いをすることはないほど、見た目にそぐわない慎重さを備え付けているのは知っていた。
なら、信じてみようか。
「そう──ま、前向きに善処するよう検討しとくわ」
「なんだよ、それ。ほれもうすぐ着くぞ」
前向きに検討すると善処するという、なんとも表面とはパラドックスな意味を持つこのワードたちのシナジー効果によって俺が伝えたかったトピックは、残念ながらケオには通用しなかった。
つまり、やる気はない。
駅についてキャビネットから降りた時には雫の機嫌はすっかり元通りだった。テトテトと俺の横に歩いてきてこちらを見上げ、ニコリと笑った。
「行こう?八幡」
「ああ、だな」
最寄り駅から歩いて数分、この高校のための駅だから当然だがすぐに一高に着く。
正面の校門から見える校舎は、威圧感さえ感じられた。しかし敷地内に入った途端にその雰囲気は霧散、空いた空間に滑り込むようにして上級生や教師達からの歓迎する雰囲気が流れてきた。
入学式前で慌ただしい様子だ。それでも、見える新入生は少ない。時間としてはまだまだ早いのだ。
これはひとえに、人混みが苦手な俺に三人が合わせてくれたおかげだ。感謝カンゲキ雨嵐。
そういう訳で俺達にはなかなか時間の余裕があった。
「あ、あそこにベンチがある!座って時間潰そうよ」
そのほのかの提案に乗らない理由は誰も持ち合わせてなかったし、持ち合わせていたところで断る理由はなかった。
向かい合わせの二人がけのベンチ二つセットが、だいたい八メートル四方のスペースに六つあった。
校門から見て奥の左に俺、横はケオで俺の向かいが雫、ほのかはケオの向かいだった。
だいたいこの四人で向かい合わせに座るとなるとこうなる。暗黙の了解、というやつである。
クラス分けへの不安などのこれからの高校生活に思いを馳せた雑談をしていた時、雫とほのかの視線が動く。二人は顔を見合わせて同時に立ち上がりたったったっと小走りしてこの場を離れてしまった。
目で追いかければそこには重そうな荷物を二つ抱えて運ぶ女生徒──おそらく上級生だろう──が二人いた。雫たちは彼女たちに話しかけ力になりたい旨を伝えているようだった。
取り残された俺たちは、苦笑を浮かべる。
「また、か」
「また、だな」
俺に続いてケオもボヤく。
あの二人、困っている人がいれば大抵何をしていても、相手が誰か知らなくとも助けようとする傾向がある。
それは美徳だとは思うけれど、ただあの重そうな荷物を運ぶのに、あいつらが加わったところでなんだかなぁという感じである。
ため息をついたケオが立ち上がって頭をひとかき、行ってくると呟いて行ってしまった。四つあるうちの一つを雫とほのかで運び、残る三つを上級生とケオが一つずつ運んでいった。
となればやはり俺は一人、別段その事に問題は無い。三人の案内が少しでもできるようにと、敷地内を歩き回ることにした──と言っても、手持ちの端末にマップデータは入ってるんだが。
ぶらぶら歩いていると、とある自販機横のベンチに見知った顔がいた。足をそちらへ向けた瞬間にこちらに気づいた相手には、一科生のエンブレムがなかった。
「よう、シルバー。一高入れたんだな」
こいつの評定基準での実技能力は小耳に挟んだことがあったため、少し皮肉をブレンドしながら話しかけた。
「比企谷か、というかここで俺をそう呼ぶのはやめろ。さもなくば俺もお前をレンズと呼ぶ」
「脅しか、しかしそれは効かない。なぜなら俺はお前の本名を知らないからな」
「──はあ。司波だ、司波達也。達也でいい」
絶句して固まっていたシルバー…改め司波が本名を名乗る。いきなり名前呼びが無理なのはデフォ。
俺とこいつは同じ会社に出入りする超新星としてお互いを認知している。
片や『新技術』のトーラス・シルバー。
片や『最新スペック』のグリム・レンズ。
世界レベルのCAD開発を主にする会社、FLTでのお互いが持つブランド名だ。
「お前は、一科生か」
「ああ…手抜いて二科生なんてやっちまったら友人達に弾劾裁判される」
「訳が分からん」
司波がベンチを指さす。特に断る理由が見つけられなかった俺は渋々座った。
「たまにお前のCADの実験を見るんだが──」
「何盗み見てんだよ」
「まあまあ、そこはお互いだ」
バレてたのか、俺が部下からこっそりトーラス・シルバーの技術実験の様子の動画を仕入れていることが。
なら、お互い不問としよう。それを伝えると司波は肯定の頷きを返してきて、会話を再開させた。
「お前なら総代行けたんじゃないか?あそこまでのCADをつくる座学教養もあれば、実技能力も申し分ないほどあるだろう」
俺は自身の開発したCADの実験を部下にさせたりしない。単純なことで、それがもし暴発して被験者が怪我を負ったとしても俺は責任を取れないからだ。
今や会社を支える大きな柱とまでされている──まだブランド設立から一年も経っていないのにそれはどうなのかと思う──が、蓋を開ければただの魔法科高校生なのだから。
結局のところ何が言いたいのかというと、実験の映像を見られるとはつまり、俺の魔法師としてと実力と魔工師としての手腕を見られるということになる。
なにそれ恥ずかしい、リークルート見つけたら即断絶せねば。え?人材派遣?それはリクルート。
「友人たちに土下座してそこは手を抜いた」
「面倒くさがりなのか」
「基本的には、そうだな」
と言うより知らない人との交流はなるべく少なくしたいと思うだけだ。多くしすぎると人間強度が下がるから。
友人なんてあの三人でおなかいっぱいだし、別腹デザートだって司波で問題ない。
デザートに司波というイメージは問題かもしれないし、そもそも司波が友人かも怪しいところではあるが。
けれど俺の友人が欲しいという欲は、その程度で十分満たされるものだった。
「…時間も時間だな」
ふと司波が呟く。時間が気になって端末を開くと入学式まであと十五分を切っていた。
こいつの体内時計すごいな。
と、開いていた端末に連絡が入った。アイガッタメール。
送り主は雫、内容は『講堂前、あと五分』とだけ。
うーん、ちょっと怒ってるけどそれ以上に俺がなにかに巻き込まれたのか、万に一つ帰っちゃったかと思って心配してるな。それとあと五分と言っときながらも四分で行かなきゃ怒られるし、今返信しないと怒り三割増しの攻撃を食らうことになりそうだ。返信しないけど。
潮さんと紅音さんに雫検定準一級を貰ったのは伊達じゃない。バレた時には軽く引かれた。軽くで済むのか。
立ち上がり数歩行って振り返る。
「行くぞ」
「お前の友人だって一科生だろ。俺は」
「いいから来いっ!」
変に遠慮しようとしている司波を無理やり引っ張って講堂へ向かった。らしくないことをしてしまったが、流石の俺でも浮かれているということで見逃していただきたい。あとそんな俺たちを見てきゃーと叫んでいた女子どもを個人的には見なかったことにしたい。
*****
四分と四十秒かかったが講堂に着いた。仁王立ちする雫の後ろでほのかとケオが苦笑いしている。ここで俺がとるべき行動はもちろんひとつ。
「こいつ司波達也。ついこないだ知り合った、経緯については聞くな」
話をそらすことに決まっている!
「──八幡?」
「すみませんでした」
俺の背骨が水平となった瞬間だった。無駄な抵抗、ここに極まり。
俺の後ろにいた司波が回り込んでケオとほのかと話しているのを気配から感じた。ただ、ほのかの機嫌が悪いというか──少し乱れている。
しかしながら今の俺には大切な友人に割く余裕のリソースは無かった。
何とか宥めて講堂に入るけれども、その光景に反吐が出そうになる。それはケオも同じようなのでこそこそ言い合う。
「差別意識がすごいな」
「ああ、問題はこれがどちらに根強く定着しているかだが──」
「たぶん、双方」
俺たちの会話が聞こえていた雫が俺の言葉を奪い去った。スティールされた、下着じゃなくてよかったです、まる。
端的に示すなら前に一科生、後ろに二科生が固まっていた。一科生の殆どはチラチラ後ろを見ながらほくそ笑んでるし、二科生は二科生で妬み嫉みの視線を一科生に照射していたりお互いにため息しあっていたりと、お察し定番負け犬感がひしひしと醸し出されていた。
「だよなあ」
「ま、まあ。早く座ろうよ、五人で座るところなくなっちゃうよ」
そこでちゃんと司波を頭数に入れるあたりほのかだなと思った。
ほのかの言葉に驚くように目を見開いた司波だったが、やんわり断ったあとこちらのそれ以上を聞こうとせず二科生が座る方へ行ってしまった。
とりあえず残念そうにしているほのかを見て司波に一発拳入れなきゃなと思った。
「座ろ、目立つの嫌でしょ?」
そう言われ講堂内を見渡すと、既に立っている人は俺たち以外に数人という状況だった。
その雫の言葉は俺だけでなく、ほのかにも向けられていた。実はこの光井ほのか、注目されることを苦手とする。そのため俺とケオで一高入学試験の実技の時、ほのかに集まる視線を散らしたりしていた。
兎にも角にも座ろうと四人並べる席を探すが見当たらない。仕方なくまたも男女で別れて前後二人分空いていたところに座った。俺の正面には雫の頭がある。
「そういやほのか。さっき少し取り乱してたようだが、なんかあったのか?」
式までほんの少しあったので気になっていたことを聞いた。
俺の言葉を聞いたほのかは少し驚いたあと、顔を青ざめて呟く。それは周りに聞かれないためか、本人が感情を頑張って抑えようとしたのか。
「入試の時に達也さんの魔法を見てたんだけど、それがすっごく綺麗だったの。流石魔法科高校と思ってたのに…なんで二科生なのっ、そんな評価、絶対に正当じゃないもん!」
僅かながらに声を荒らげさせてしまったことを悪く思いつつ雫がほのかを宥めるのを見ていた。
そんなことがあったのか…聞くだけ聞いといて何も出来ないとはもどかしい。それは俺もケオもだが、まして俺はあいつの名誉を挽回できる秘密を知っている分さらに居心地が悪い。
とりあえず俺たちもほのかを宥めているとすぐに入学式は始まった。
様々なお偉いさんたちが当たり障りのない挨拶をしていく中、一際目立った人物がいた。
一年生総代、司波深雪。
こちらも見覚えがある。よく司波とFLTに来ている。苗字も同じなのだから、従兄妹関係か双子かはたまた養子か。その辺だろう。
目立った理由は主にその美貌。この世界にあの少女に匹敵する美しさを持つ女性は存在しないと思われるレベルのそれは、顔だけでなく体格や姿勢、言葉遣いに声からでさえも感じられた。
しかし彼女が持つのは美しさだけでなかった。彼女が持つ肩書き通り、実力も余りあるほど持ち合わせており、入学試験の時から他を寄せ付けない記録をマークしていた。というか、二位は俺だった。なかなかいいラインでの手加減って難しかったりする。
彼女の声に皆がうっとりしている中、俺だけは過去の黒歴史を連想せざるを得なかった。あまりにも似すぎだろなんでだよと心の中で悪態をつく。
大半の人はそれらの美しさに見とれていたが、ここにいるうちの数人は違う意味で一目置いていた。
答辞に度々織り込まれていた『等しく』、『一丸となって』、『魔法以外にも』などのワード。
それはつまり、一科と二科の格差を消したいという婉曲表現にほかならなかった。
司波には格差をなくしたいなんて感情を感じられなかったから、あれは司波本人の意志に違いない。
──ややこしくなってきてしまった、心中では達也と深雪としておこう。
しかしなるほど、それほどの意思があれば生徒会役員としてはこれ以上ない戦力となりそうだ。そう思いながら生徒会役員の固まる場所をチラ見した。
そこに佇むは十師族が一柱、七草家の次期当主七草真由美その者だった。以前魔術協会の晩餐に──潮さんによって強制的に──参加させられた時に会ってから、何故か気に入られている。こっちは北山家に居候しているだけの軟弱者なんだから話すだけでも恐れ多いというのに。
閑話休題。
つい先日も呼び出され荷物持ちをしていたのだが、その時ちらりと生徒会役員に入る新入生総代は差別撤廃派がいいと言っていた気がする。あともしそうでなければ俺にも入ってもらうとか。そのため良かったですね七草さんというより、助かったぜ八幡くんという心境だ。
いや、ほんと。安心しました、言葉にできないレベル。
*****
そんなこんなで特に問題や気になることもなく入学式は幕を閉じた。そしてそのまま俺も帰ろうとしていた、だって帰ってもいいよと言われたんなら帰るでしょ。それとも何、まさか俺が禁止されたらやりたくなったり許可されたらする気をなくしたりするあれで帰らずにいると思った?
残念、帰る気満々です。ちゃんとやらなきゃいけない手続きとかはすべて終わらしてあとは自由なんだから、何も問題はないだろう?
麗らかな春の日差しと爽やかな春の風に背中を押されるように軽やかに帰路につこうと、右足を踏み込んで校門を出ようとした瞬間。
間違いなく俺の右足の真下に魔法式が展開された。
そこ一点のみが不自然に沈降し正味深さ二十五センチほどのそこそこな穴ができた。
そんなところにそんな穴が出来れば、そりゃもちろん俺の足はまっすぐその穴にゴキブリホイホイのように綺麗に吸い込まれていった。
十点!十点!十点!出ました満点三十点です!
しかし美しかったのはそこまで、バランスを崩してしまった俺はそのまま顔面から地面にダイブした。い、痛い…。
転んだ拍子に右足は穴から出てきて脛をぶつけることは無かったのが、不幸中の幸いと言える。やっぱり弁慶の泣き所なんだから、俺なんかがそこを強打しちゃうと悶絶するまである。むしろ泣くだけで済む弁慶は異常。逆説的に俺は普通。
「というわけで、普通の人間がする行動とはつまり普通のことであるからしてとにかく俺が帰ろうとしたことは当たり前であり当然の帰結だと思います」
「…いきなり訳わかんないことを捲し立てられても困るよ、八幡」
こちらに歩み寄ってきて俺から見て左横にしゃがみこんでいるであろう雫に話しかける。いて良かった、いなかったら黒歴史確定だった。
起き上がってみれば昨夜まで新品未使用状態だった制服にすこし土がついていた。このままでいるのもなんとなく癪なのでCADを使わずにささっと魔法でそれらを除いた。
普通魔法を使う時にはCADを使うが、CADはあくまで補助でありCADが無くても個人的な能力が高ければそれなりの速度で魔法を使うことは出来る。ただ戦闘となるとどうしても高速高質な魔法を求められるため、一同CADを保有しているのだ。
俺も一応持っているが、日常で使うような魔法ならCADなしでも融通は効くのだ。
「相変わらず出鱈目だね」
「──普通だろ」
多分褒められたから、少し照れて返す。
どうやらこの一高は俺を帰してくれないらしいので大人しく教室へ向かおうとする。校舎の方へ振り返ると、ふと視界にあの人が映る。おそらく生徒会室であろうその場所からニコニコしながら手を振っている。
…七草さんめ、許さん。
*****
自由参加のものも一通り終わってついに帰れる!と思ったのもつかの間、ほのかが達也を探そうと言い始めた。
嫌だと言おうとしたが、ほのかの目には決意しかなくこういう時何を言っても曲げない彼女に逆らう理由は残されていなかった。こうなってしまうと俺より一足早く雫とケオが折れてしまい、三対一になってしまうのが常だったからだ。
俺ももう高校生だからな、こういう所は柔軟に大人な対応をしていこうと思います。
敷地内をぶらぶらしていると、偶然にも見つける。まあ魔法で探知した俺がさりげなく誘導していたから当たり前といえば当たり前だ。
そして彼の隣には二人、女生徒がいた。もうナンパですか達也さん。流石っすね。ケオが元気よく話しかける。
「ヨウ達也!もう女引っ掛けたのか?ん?」
「やめろケオ。二人に悪いだろう」
「そうだよケオ。謝って」
達也と雫からお叱りを受けたケオは律儀に二人に謝った。こういうところがあるから憎めないんだよなあ、基本的に良い人である。見た目とは裏腹にな!
おっと寒気が、エレメンツ的にそれはどうなんだ?
「ねえ達也、四人とも知り合いなの?」
達也の隣にいた二人の内の一人、赤髪でスポーティな雰囲気を漂わせる女生徒が達也に聞く。うなづいた達也が説明を続ける。
少しこちらを警戒している気がする──一科と二科の隔たり、か。
「と言っても一人以外は今日知り合ったんだがな」
「そっか──えっと、F組の千葉エリカよ」
「同じくF組、柴田美月です…」
ショートカットにメガネをかけた女生徒も千葉に続いて名乗る。
千葉、千葉ね…いい名字だ!仲良く出来そうだぜ!
ところで…さっきから周りの視線が少し──いや、かなりウザイ。周りをキョロキョロしたほのかが声を小さくして二人に言った。
「えっと──気にしないでね、私たちは気にしないから」
ここにいる人たちには、その言葉だけで十分に伝わった。雫、ケオ、俺は頷く。それを見た二人は達也の方に目線を移す。
「今朝話しただけだが、保証できると思うぞ?」
達也のそれをきっかけに千葉と柴田が纏っていた警戒はあっさり解けた。
ほのかも雫も差別撤廃派だから、こういう地道なことをコツコツ積み重ねたいと思っていることだろう。俺とケオか?差別殲滅派、撲滅と言ってもいい。とりあえずは小町が入学するかもしれないことを視野に入れてるから、それまでには消し去りたい。
そのまま七人で喋っていると、こちらに近づいてくる人影が三つ。そのうち一つはあまりよく知りたくなかったがよく知っているものだったので、幻術魔法で姿を見えなくする。千葉と柴田はかなり驚いていたが、説明はあとだあと。ここはひとまず乗り切らなければ…。
小走りで寄ってきた一年生総代が快活に口を開く。
「お待たせしました!お兄さ…ま?」
すぐに萎んだが…おっとこちらに目を向けた。流石総代、怪訝そうな顔をしているのでなんとか話を合わせてもらおうと人差し指を口に当てる。半ば賭けだったがこの子強い、俺の魔法効いてないわ。丸見えらしい。頭の上にクエスチョンを浮かべながらも従ってくれるらしい。
「お兄様…さっそくクラスメートとデートですか?」
周囲の気温が間違いなく下がった。一同身をぶるっとさせる。
す、すげえな深雪。事象干渉力が桁違いだ。これ程の実力を持ち合わせながら入試試験であのタイムってことは少し手を抜いている気もするが、能力のベクトルは全く違うためそんなもんかと思考を捨てる。
「いや待ちながら話していただけだ。こちらは同じクラスの…」
「千葉エリカです。よろしくねっ!」
「柴田美月です。よろしくおねがいします」
千葉と柴田が先に紹介される。
俺たちと話していたからか一科相手の話し方がかなりフランクになっている。まあ答辞を聞いていた限りこういう対応をして即抹殺はないだろう。案の定深雪は少し慌てながら自己紹介を進めた。
三人が姦しく話していたところに、雫が割り込む。
「司波さん、私たち同じA組なんだけど分かる?」
「え?ええ、北山さん光井さん焔緋さん……よね?」
ほんとにいい子ですねこの子。俺を配慮して俺の名前を呼ばない。それとも、もしかして認知されてない?
なんだか達也には勿体無い気がする。
「私たち…のことも下の名前でいいよ。私たちも深雪って呼ぶから。エリカたちもいい?」
私たちのあとに深雪だけに見えるように左手の指を四本立てている。はい、そうなりますよね。雫さん少し怒ってらっしゃる。まあ七草さんに見つかるよりはマシだと甘んじる。
「いいわよ」
「もちろん!」
「いいですよ」
三者三葉の返事を返してくれてこちらサイドは安堵する。その刹那俺の肩に誰かの手が置かれる。瞬間俺の魔法が切れる。今年の総代を一目見ようと集まっていた野郎たちがざわめく。
「八くん?自衛目的以外の魔法の使用は校則違反よ?」
ここの返しをしくじれば間違いなく俺の週末は埋まるか入学早々停学処分である…さてどうしよう。
「いやいや完璧自衛でしょ。七草さんから自分の身を守ろうとしたんですよ?」
「土曜、暇よね?」
ダメでした。
「…はい」
俺たちのやりとりを野次馬していた奴らが口々に達也たちについてひそひそ言い出す。それが聞こえた七草さんは顔を顰める。
副会長であろう男子生徒に命令する。
「はんぞーくん、生徒会室に帰りましょう」
「それでは予定が…」
有無を言わさず七草さんは歩いていってしまった。どうやら相当気が立っていたらしい。もしかして俺のせいもあるか?あるな。
少し歩いてこちらを振り返った七草さんが作り笑いして言った。
「それでは深雪さん今日はこれで。皆さんもまた、機会があれば」
んー、週末俺生きて帰ってこれるかな。本格的に不安になってきた。とりあえず今日帰ったら小町の癒し成分を補充しないと、胃がキリキリしてます(嘘)。
会長が去ってしまい居ずらくなったのか野次馬も散っていった。残ったのは八人。達也が口を開いた。
「帰るか」
七人七色の返事をするも、皆内容は肯定だった。俺がいいと言うなんて珍しいって?仕方ないだろう、雫が睨んで来ているんだから。そんな雫も可愛いと感じる俺はなかなか末期。
*****
放課後こってりこんと今日の愚行の全てについて説教を受けた俺は心身ともに疲れていた。
家に帰り粗方日常を終えあとは寝るだけとなった時雫に呼び出された。
やだなあ、また怒られるのかなあ。雫のことは好きだけど、積極的に怒られたいと思うほどではない。ノックを二回、返事が返ってきたので中に入る。寝巻きになった雫がベッドに腰掛けてモニターを見ていた。寄ってみてみればケオとほのかの顔が映っていた。テレビ通話ね、なるほど。
説教ではないことに心底安心していると雫が右手でベッドをぼふぼふしている。そこに…座れというのか。いつもは雫の勉強机の椅子を引っ張り出しているというのに。
心拍数がリミットに近づく。顔を真っ赤にしながらもゆっくり歩いていって恐る恐る座る。俺と雫のあいだに拳三つ分空けて。
『ごめんね八幡、ケオも。学校では取り乱しちゃって』
俺たちにしか謝らないということは、俺たちはあとから呼ばれた形になっているんだろう。
取り乱したってのは多分、達也のこと。
『気にすんなよ、いつもの事だ』
「違いないな」
『も、もうっ!酷いよ〜』
「二人ともダメ、ほのかすごく楽しみにしてたんだよ?」
『分かってるって、悪かったな』
「悪い悪い。つい、な?」
『う〜。式の前にもさ少し言ったけど、すごく魔法が綺麗でまさか二科生だと思わなくて、裏切られた気がしちゃって』
「そんなに綺麗だったのか?」
『うん、深雪はこう、なんていうのかな…フルパワーでドーンって感じだったんだけど、達也さんの方は逆に最小限しか使ってなくて…魔法式の無駄で出る光波のノイズが全くなかったの』
『ほのかが言うなら相当なんだな』
「地元では俺たちだけが内輪で競い合ってる感じだったが、まだまだ世界は広いってことだな」
「うん、これから楽しみ」
『まずは九校戦だな!』
『うんっ!みんな出れるように頑張ろうね!』
「絶対、出る!」
「…出なきゃダメか?」
『『「ダメ!」』』
「…りょーかーい」
次の日もまた大事なオリエンテーションが多いということで早めに寝ることになった。という訳で雫の部屋から出ようとしたところで雫に呼び止められる。
「なんだ?」
「えっと…深雪もエリカも美月も美人だったね」
「…まあ、そうだな」
突拍子もなかったが特に否定する意味もなかったので安易に肯定する。
が、すぐ雫の機嫌が悪くなる。なんで?今回は流石に唐突すぎてわからんぞ。
「えっと、早く寝ろよ?寝る子は育つ、な?」
「バカにしないで」
少し頬をふくらませながら言う雫は世界一可愛いと思うが、流石にそれを言うのは無理であるのでははっと受け流して部屋を出た。
──春休みの途中から時々行われてきたこのテレビ通話だが、何故か俺の部屋には付けてくれないのだ。こちらとしては雫の部屋に入る口実になるからいいんだが、こちらから潮さんに頼むわけにもいかないからずっとこのままだな。
今日は俺史上最高に他人と距離を縮めた一日だった。達也とはCADの話で盛り上がり、深雪とは彼女の兄を慕う姿が我が妹の小町と重なった。エリカたちとも雫たちを橋渡し役に置きながらもそこそこ喋ったものだ。
そんなこんなで慌しい日常の始まりもまた慌しいもので、それもいよいよ幕を下ろした。
めっちゃ長いです。
この本文自分のスマホのメモ帳使ってちょいちょい書いてたんですが、今見ると本文文字数15000弱になってますね。びっくりしました。
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俺は北山家の居候《弍》
それとこの話で一旦この作品の更新を停止します。私受験生なのです。
まあ、ある一種の区切りが打たれるので、勘弁してください。
拙作を楽しみにしてくださる方がいらっしゃるのでしたら、受験終わって戻ってくることを祈っててください笑
今日も昨日の通りに朝を過ごし、そして高校前の駅まで来た。昨日と同じだったのはここまでで、駅から出ると少し前を達也と深雪が歩いていた。事情を知らない一般人は達也は二科生で可哀想(笑)とか深雪にあの男は釣り合ってねえ俺が変わる!とか思うんだろうな。俺か?仲睦まじい兄妹は推奨してます。約一年違いの兄妹と知った時は驚いたが。
雫とほのかが深雪に駆け寄ってしまい三人で会話を始めてしまったので、俺たちも達也に話しかけようと近づく。
「よっ、よう、達也」
昨日の帰り道に雫に命令され結局全員を下の名前で呼ぶことになってしまった事だけは納得いかないが…基本的に俺は雫より立場が下なので大人しく従う。噛んでしまった事は目をつぶって欲しい。
この立ち位置は決して俺が甘んじているわけでなく好きでこの立場に居座っている。恩人より上なんて以ての外だし、雫と並ぶのは恐れ多い。
「おはよう、八幡、ケオ」
「うーっす。兄妹仲が良さそうで羨ましいねえ」
こいつ、一時間に一回くらい誰かを茶化さないと生きてられないのか…?
だがそんな茶化しなどどこ吹く風と受け流す達也。独特のクールな雰囲気は男の俺からもかっこよく映った。
校舎に入ると達也だけ別れてしまった。
二科生と一科生は使う昇降階段すら違うのだ。ここまで徹底して区別意識を持たせる執念は、もはや敬意を払いたくなる。
教室に入ったあとも俺たち五人で会話を続けていた。クラスの男子からの視線が痛い。んー、これは保護対象に深雪も入れておこうか。
ケオと俺とのあいだにある共通した目的の一つに雫とほのかにどこぞの馬の骨を近寄らせないというのがある。そして俺は兄への慕い様で深雪と小町が重なってしまい、どうしても同級生相手にしては過保護がちになりそうだ。あとあいつ多分シスコンだから怒らせると絶対怖い。
一応、お兄様の許可を取っておこうとメールを入れる。連絡先も昨日の雫令によるものだ。
『達也、クラスの男子の視線が三人に刺さりまくりなんだが、これからフォロー入れてけばいいか?』
『そうしてくれるのは有難いが…負担じゃないか?』
『ケオもいるし問題ない。この画面も見せてる』
『なら頼む。悪い虫がつかないようにしてくれ、あまり公にはするなよ』
了承を伝えアプリを閉じる。
このクラスに他にまともな奴は…見た感じいなさそうだ。なら、仲良くする意味もない。男子のひそひそ話が耳に入る。
「いいよなあ、女子は」
「あの二人はなんなんだ?」
「司波さんと話してる二人と仲いいから、おこぼれもらってるんじゃね?」
「羨ま〇ね」
どっちかと言うと俺の本命は雫だし、ケオの本命はほのかなのだが。
そう言うと深雪にかかる火の粉が増えそうなので耐えることにする。
しばらくすると校内放送が流れ出した。どうやらオリエンテーションが始まるらしい、全員が席に座る。
すぐにクラス毎に配属される指導教官が入ってきて簡単に挨拶をした。ありきたりと言うか…より差別意識を強める内容だと思った。
これからの予定を伝えられるも、どうやら基本的には自由行動らしい。なら俺がすることはひとつ、サボる!
「ダメだよ、八幡」
先生が去ったので雫が俺の席に近づいてきた。
「…いつも思うんだが、なんでピンポイントで考えてることわかるわけ?なに、そんなに顔に出る?」
「出やすい方だけど、ここまで詳しくわかるのは私だから」
出やすい方と聞いてショックを受けるも、その後に続いた言葉にドキリとする。これはもう実質告白では?いやいやこうやって勘違いして告って振られて家の雰囲気が気まずくなって俺が単身家を出ることになるんですね分かります。
そうなるのは嫌なので流すことにする。
「にゃ…んんっならいいが」
はい噛みました恥ずかしい。
俺達が話しているあいだにケオとほのかは先に深雪の方に行っており、周りを牽制していた。そうだった、俺には深雪を保護するという任があったんだった。立ち上がり雫と三人の元へ歩み寄る。
「これからどうするよ、深雪」
「私は先生について見学しようと思ってるけれど、ケオとほのかは?」
「まあそうだよな、俺たちもそのつもりだ」
ナイス誘導だ、ケオ。変にコソコソしないで周りに情報を与えているのも、無自覚だろうがナイスプレー。
こういう時、自分の知りたい情報を隠されるとイライラが一気に溜まり、危うい道へ足が向いてしまいかねないのがなかなかあってしまう。周りの男子勢はよしっ、と意気込んでいた。
「まあ、八幡はサボろうとしていたけどね」
「もう!ダメだよ、八幡」
「…すみませんでしたー」
雫が零した愚痴らしきものにほのかが乗っかり注意して、俺が適当に謝罪する。ある意味いつもの光景だったのだが、このやりとりに深雪が少し笑顔になる。
恩人の友達に楽しく過ごしてほしいと思えないほど、俺は腐っているわけじゃないのだ。
*****
五人で先生の解説付きの見学の最前列を歩く。途中でうちのクラスの男子──森村だったか?──がドヤ顔で先生の質問に答えるも残念賞を貰い受け、直後深雪がなんてことないふうに正解を答えた時には俺とケオで大爆笑してやろうともしたが、流石にやめた。
その森川が、司波さんは僕の失敗の尻拭いをどうのこうのと変に勘違いしているのには流石に引いた。
その直後には昼の休憩が挟まった。
深雪が食堂を使いたいと言うのでケオが先に席を見に行き、その間に俺は尿意を解放しに行っていた。戻るとそこに三人はおらず、女生徒が数人いるだけだった。
なんだか嫌な予感がする。そして、俺の嫌な予感は結構な確率で当たるのだ。
とりあえず情報を得たい。…話しかけたくはないが、仕方ない。勇気を振り絞る。
「なあ、雫…北山たちが何処に行ったか知らないか?」
「わっ…えっと、もしかして司波さんと一緒にいた女の子のこと?その子達なら森崎くんと半ば無理やり食堂に行ったよ?」
「そうか、助かった。ありがとう」
「ううん、気にしないで!」
いい人だな。A組ではなかったと思うし…ほかの一科のクラスの人だろうか。
中学までクラスのやつに興味はなかったがケオが名前くらい覚えてやれよと言ってくるので、顔と名前だけは初日にできるだけ覚えることにしていた。そうしていたら、そのアドバイスをした張本人に極端すぎると引かれたが。
それはともかくとして、急ぎ足で食堂に向かう。案の定というかなんというか、そこは修羅場と化していた。急いで胸ポケットをまさぐる。
「席を譲ってくれないか?補欠くん」
そう言ってのけるフォレスト・ストリームくんの眼前にはエリカと美月、達也とあと一人、二科生の男子がいた。エリカは何こいつ?みたいな顔をしており美月はどうしよう?って顔。名前の知らない男子はかなり目つきが悪い。
流石に咎めないのは深雪としては不満でならなかったらしい。
黒森の方に振り返り口を開いた。
「あの」
「わかった」
しかしそれを達也が遮る。
ガタンと席を立ち既に食べ物が置かれていないトレイを持ち上げる。五つあった席の空席の一つを森森が引く。深雪をそこに座らせようとしているようだ。
「ウィードはしょせんスペア。一科生と二科生のけじめはつけないと…みんなもそう思うだろ?」
その言葉を皮切りに周りの一科生が好き放題言う。
はっは、なかなかに無様な光景だ。今はなんとか我慢してやるが、もう一度こんなことがあれば絶対我慢出来ん。
幼稚な一科生の相手をするのが嫌になったかエリカたちも席を立った。達也が去っていく時に深雪に口パクをしていた。読唇術で読み取る。
『騒ぎは起こさない方がいい』
…出来た兄だ。実は感情がほとんどないんじゃないと思えてくるほどだ、ロボットかなにかなんじゃないのか?ただ深雪の表情が少し暗くなったのは見ていて少しつらくもある。
気づくと雫とほのか、ケオが先程一科生が略奪した席に悠然と座っている。おいおい、これ以上ヒートアップさせるつもりか?当然の帰結として、モリサマーが声を荒らげる。おっと視界の端で茶髪の美少女がガタリと揺れた気がしたな。
「またきみ達か!君たちは何のつもりなんだ、少しは司波さんと話をさせてもらってもよくないか!?」
「深雪、八幡。座ってよ」
「おう」
雫が林原を無視して俺たちに声をかける。
こうなるのはもはや慣れたので余裕の態度で席につく。未だに深雪は混乱しているようだがそれでも残しておいた、達也が座っていた場所に座る。
「おい!話を…」
彼が言葉を止めたのは多分俺がいきなり胸ポケットを漁り始めたからだろう。そこから出てきた右手に握られているのは、黒色の小さな機械。ちょちょいと操作して音を流す。
『ウィードはしょせんスペア』
「この録音、生徒会に提出したらどうなるだろうな」
「なっ!?」
この二日間でもっとも木村の顔が驚愕に染まる。が冷静さを欠きながらも反論してくる。
「ふ、ふんっ。貴様の言葉など生徒会役員が信じるわけもない」
「どうだろうな。ここには、少なくとも俺の側につきそうな証人が四人いる…さっきお前らを見かねてどいてくれた四人も証人。八人もいれば十分すぎるな。それに現代の声紋認証は舐めたら痛い目見るぞ」
俺のロジックに押されつつもまだ言い続ける。
「は、はは…それでも俺は聞いているぞ!生徒会はこの区別を、一科生の優越を黙認していると!ならば同じ一科である会長は…」
瞬間俺の中で何かがぷつんと切れた。
ほう、七草さんのことを何も知らないてめえが言うか森崎。
さんざん心中でもふざけてなんとか怒りを鎮めようとしたがもう無理だ。
こいつはあの人が差別意識をなんとか取り除きたいと真剣に考えているのを踏みにじる発言をした、してしまった。からにはやはり、制裁が必要だな。
視界の隅で雫が呆れほのかが慌てケオが面白がっている。ケオは後で制裁だな、拳で。
「おい森崎」
「な、なんだ?もしやお前も結局はこち」
「舐めんなよ」
周囲の音が確かに消え始める。それは感覚という次元ではなく、確かな物理現象。
突如として音が消える恐怖というのは、なかなか計り知れないものだ。今この場で唯一空気を震わせることが出来る声帯から声が発せられる。
「七草さんがどれだけ差別撤廃に奮闘しているか何も知らない奴が、エゴであの人を堕落させんなよ…次そんなこと言ってみろ、一生喋れなくしてやるよ」
俺の腐敗した三白眼が鋭さを増し、森崎に突き刺さる。完全に怖じ気づいた森崎が後ずさり振り返って机にどんどんぶつかりながら食堂を出ていった。それでも、音は鳴らない。
寄ってきた雫が俺にデコピンする。途端世界に音が戻った。風の音、木々が揺れる音、食器と食器がぶつかる音、人が散っていく足音。
ハッとして雫に頭を下げる。
「いつも悪い…感情をコントロールできないのは、治さないとな」
「いいよ、私がそばにいるあいだは何時でも怒ったり泣いたりして──でも、最後には笑ってね?」
「──ああ」
たまに真顔で恥ずかしいことを言ってくるのは極力やめて欲しい。こちらだけが恥ずかしくなって敗北感がすごい。
「えっと…八幡?」
驚き言葉を失っていた深雪が俺に話しかける。瞳に映る感情は疑心と興味。
目だけで先を促す。
「今のは…?」
「あーっと…お前でいう周りの温度の低下、と言えば分かるか?」
深雪の事象干渉の結果が冷却ならば、俺の事象干渉の結果は音の消失。
空気を振動させ音を出すという物体の情報を、非生命体に限り書き換える…つまり物体を振動させなくするのだ。
「え、ええ…けどそこまで七草会長が大切なのね」
「なっ!?」
からかうように放たれたその言葉は予想の斜め上をズドンと大砲でぶち抜かれそうな衝撃を俺に与えた。突かれたなんてそんな甘ったるくない。深呼吸して冷静になる。
どうなのだろう。俺は七草さんが大切なのか?好きか嫌いかで言えば、少なくとも大嫌いではない。が、やはり人種が違うため苦手意識は根付いている。それでも、荷物持ちが全く楽しくないなどと言うつもりはないし…大抵ヘトヘトになって帰るけれど、そんな日は間違いなく充実していたと満足するし熟睡できる。
こんな俺にとって、そんな人物は必要不可欠なのではないか。そんな気がしてくる。
「まあ、大切な──というか、俺みたいな奴には一人はいていいタイプの人だな」
「酷く合理的な解釈をするのね、八幡は」
「相手による」
雫なら論理も理論もすべてぶっ飛ばして好きだから一緒に笑っていたいと思うし、ほのかもケオも大切な親友だから隣で話していてほしいとも思う。
こうして思うと、俺は四年半前からかなり変わっている気がする。それが少し感慨深い。
「ほ、ほら早く食べよ。時間無くなるよ?」
俺たちの会話をぶち切り昼ご飯を食べることを促すほのか。時計を探してみると、見学再開まであと二十分ほどしか残ってなかった。
「やべえやべえ、早く食っちまおう。ほれほれ二人とも仲良しなのはいい事だが、いい子でいねえと好き勝手できん」
「…俺は中学ほどお前に付き合って馬鹿やるつもりは無いぞ」
そうして昼休みは過ぎた。
流石にこれ以上森崎があいつらにちょっかいかけるつもりは無いだろう。…今日もまたみんなで帰るのだろうか、そう考えた後でそれほど嫌がってない俺がいることに気づいて自嘲的に笑う。
*****
「どうしてこうなった」
時は放課後。場は校門前。役者は達也、エリカ、美月と昼間いた二科の男子。深雪と…懲りない奴ら。
そう、ここまでで分かったはず。
いざこざ再来。勘弁してくれ。
雫が早速図書館を使ってみたいと言ったので俺たち三人もついて行き、借りたい電子本も見つかったらしくさあ帰ろうという時にエンカウントしてしまった。
どうやら森崎はなかなか調子こいており、俺たちに気づいてないらしい。
「いいかい?この魔法科高校は実力主義なんだ」
まあた下らない演説を始めるらしい。これに乗る他のやつも大概だが。
「その実力においてキミたちはブルームの僕たちに圧倒的に劣っている。つまり存在そのものが僕たちより圧倒的に劣っているということだよ、そんなことも分からないのかい?」
たかだか数秒とかの違いで何をイキっているのか。
もう少し自分のことを客観的に見てみるべきだこいつは。深雪でなくともドン引きすること連呼してるぞこいつ…。
女子に惚れてもらいたいなら自分の力を誇示するより相手のタイプに合わせる方が絶対上手くいくと八幡思う。ソースは妄想。ラノベ、マンガ、携帯小説、全部ご都合主義が過ぎるぞ。
「お、同じ新入生なのにっ今の時点でアナタたちがどれだけ優れているって言うんですか!」
あちゃー、美月さんそれはまずいっしよー。まずすぎて思わず黒歴史の脇役の奴の口調を真似てしまうまであった。
ここまでプライドで固められた奴らだ、そのプライドの源である優越が虚像だと、劣っていると幻視している対象に言われてしまえば思わずプッツンしてしまう。まるで昼間の俺のように。
そしてまあ三流エリート森崎くんはやはり引っかかったようだ。
「ウィードとブルームを同列に語るな。その差思いしらせてやろうか?」
ため息ひとつ。ここまで来るともはや哀れだな。もしかしてそういう教育されてきたんじゃないかとさえ思ってしまう。
だがこの程度で同情する俺ではない、まともに教育されてきただけ有難いと思え。
「二科生…風情がああああ!!!」
森崎がついにホルスターから銃型CADを取り出し魔法式を構築しだす。と同時にエリカが動いた。
ここでエリカが森崎を止めるとさらにプライドが損なわれる。別にそれはいいんだが、むしろ推奨したいくらいだが、ここでやられると事態がさらに悪化する。それは──心の底から面倒だ。
即座に日常的に身につけている腕輪型CADを操作する。
「そこまでだ、双方武器を仕舞え」
「…八幡」
「くっ…またお前か」
身体能力のみで瞬時に二人の間に割り込み右手の掌底で森崎のCADを弾き、左手に展開した魔法の障壁でエリカの武器──警棒のようなものを止める。
っぶねええ。間に合ってなきゃダサかったし、事態の悪化が更に酷くなってたわ。いやあ、ほんと今更ながらひやひやするぜ。
俺の言葉を聞いてエリカは素直に自前の棒を仕舞い脱力したが、森崎は臨戦態勢を解かない。頑固なやつだ。
「なぜブルームのお前がそこまでウィードに肩入れするんだ!」
森崎が叫ぶ。
どうやら勘違いされているらしい。俺は俺が正しいと思うことをしているやつに肩入れしているんだが。
恋は盲目というが、そこに優越とか傲慢とかも付け足すべきだなと思います。で結局色々付け足していったら感情は盲目と極論に至りそう。
「何言ってんだお前。大体天は人の上に人を創らないんだぞ?何お前、実技だけでA組入ったの?それはそれですごいが少し人格矯正してこいよ。間違いなくエリカたちの方がいい性格してるぞ」
「八幡皮肉こもってない?」
こもってないこもってない。そう言っても多分聞かないので聞こえなかったことにする。
「この魔法科高校は人が作った施設だ!人は人の上に人を立てる!!」
「ほう、分かってるじゃないか。ならひとつ俺が大切なことを教えてやろう…天は人の上に人を創らずと言ったな──あれは嘘だ」
コンマ一秒の間に森崎の腕を掴み足を払って受け身をとる必要無く、彼の制服に土を付ける。
そのまま森崎を見下して強く言い放つ。
「ある一分野において人というのは人の上に立てるよう創られるんだぜ。そういうのを個性って言ってな──そして、戦闘や喧嘩において、俺とエリカ…達也も間違いなくお前の上だ」
そこまで言ってある程度はすっきりした俺の横にケオが歩み寄ってきた。同じく森崎を見下して言い放つ。
「俺もいいこと教えてやるよ。天は人を創ることには大変気を張るが…どう成長するかは人まかせなんだぜ?言いたいこと、分かるよな?」
「…うるさい!!」
完全に怯んだと二人とも油断していた。だから森崎が腕に付けていた──緊急時のためのだろうか──もうひとつのCADによって魔法が放たれそうになるのを、止めることは出来なかった。大ダメージは免れないっ──と思ったが、一向にそれは来ない。
「全員そこを動かないで!」
そこに現れたのは普段とはかけ離れた真面目な顔をしている七草さんと、かなり冷酷な顔をしている渡辺風紀委員長だった。た、助かった。
「比企谷くん。説明してくれるかしら」
この中で一番面識があり、おそらく信用もしているだろう俺に聞いてくるあたりちゃっかりしている。
流石にこの真面目な空気で八くんとは呼ばないらしい。まあ、当たり前といえば当たり前だ。
「はあ…と言われても俺は介入者ですから、そこの司波達也に聞いてください。彼なら公正かつ冷静な状況判断が可能ですから、事情聴取にはもってこいですよ」
「言い方に皮肉が込められていないか?八幡」
「お前らはどんだけ俺のことを皮肉家だと思ってんの?」
──あっ、エリカにさっきのこと聞こえてたのがバレた。
案の定ダッシュで近づいてきて報復しようとしてくる。
「あんたねえっ!」
両の手を俺の顔の横に持ってきてそのまま直角に曲がり俺の顔めがけて手を伸ばす。怖い怖いそのまま張り手される?そう思ったがエリカは俺の頬を摘んでグ二グ二していた。
「えっおういあい」
「反省しろー!」
「すいあせん」
一応謝ったからか手を離してくれるエリカ。痛え、ヒリヒリする。右手で右頬と左頬を順番にさする。
達也がこちらを見てため息をついてから、七草さんの方を見て事の説明をする。
「そこの森崎一科生が俺たち二科生の言動に自尊心を傷つけられたのでしょうか、怒りに我を忘れてしまい思わずといった形で魔法を発動しようとしました。一度は比企谷が止めたのですが、比企谷と焔緋の説法に再度憤った森崎が魔法を再発動しようとしたのを、七草会長が止めてくださった…以上が主だった流れです」
あ、あれ?達也なら森崎を庇おうとすると思ったんだが。まあいい、ここまで来てしまえばもういっそのこと森崎を排斥してしまおう、庇うよりそっちの方が収拾が早く着きそうだ。
「えっ、いや。ちっ、違います!これはだから、その…」
森崎が弁明しようとする。仕方ないのでここで昼休みに録音していた音を再生する。
『ウィードはしょせんスペア』
その音が耳に入った瞬間、絶望に顔を支配された森崎。それはそうだ、大衆に囲まれた状況で自分が世間的に悪である証拠を示されれば、ここの『空気』に森崎は悪という理念が生まれる。ここまでやってしまえば、あとは渡辺先輩が何とかしてくれるだろう。
『空気』どうこうのソースは弱キャラゲーマーのラノベ。これは信用している。あれ面白い、好き。
しかし突然流された音の理由を理解出来ていないのか、大衆の『空気』はまだ理念を生み出していない。
言葉で皆の偽善をひと押しする。
「これは今日の昼休み、食堂で自分によって録音された森崎の言です。もし信じていただけないというのであれば、これを徴収し魔法による解析等行っていただいて構いません」
「そこまでしないわよ。ただ比企谷くんがそこまで言うことが私にとって揺るぎない証拠になるわ」
そこまで信頼されていることに、場違いながらも照れてしまう。ボソリとそうですかと言ってレコーダーをしまう。
俺を──正確には俺のボイスレコーダー──を見ていた渡辺先輩の視線が森崎に向く。
「さて森崎。風紀委員室に出頭してもらえるかな」
「──はい…っ!」
悔しそうに返答する森崎。正直ざまあみろだ。
「それと比企谷だったか──森崎は風紀委員になる予定だったがこのざまじゃ風紀委員にすることは出来ない…その空き枠はお前に埋めてもらうぞ」
「──はい?」
そこにはあまりに意外な展開と面倒事を押し付けられて半ば放心状態の男子高校生、とても嬉しそうに頬を染めてさっきまでとは打って変わった雰囲気を漂わせる女子高生、それにぽけーと口を半開きにしながらも少し目が据わっている女子高生がいた。
というか俺と七草さんと雫だった。
*****
「納得いかねえ」
『ちょっ、やめろ八幡。漸く笑いが落ち着いたってのに…ぷははははっ』
結局あの後は昨日の八人に加えもう一人、達也たちと同じクラスのレオこと西城レオンハルトの九人で駅まで一緒に行った。流石に連日カフェに行くつもりは無いらしくそこで解散となり帰ってきた。
今は夜の十一時すぎ、またも雫に呼び出され部屋に行ってみればやはりテレビ通話だった。
そこで俺の風紀委員内定の話が出てしまい、今に至る。
あ、晩ご飯の時に雫がみんなに報告したら大爆笑された後祝福されたのは嬉しかった。俺この記憶だけで頑張れる、ごめん嘘超辞めたい。
『仕方ないよ、八幡。あそこまで実力を見せつけちゃったらね』
「うん、あの時の八幡カッコよかったし」
『…何ちょっと照れてんだよ。頬を赤くしてんじゃねえ!』
「しっ、仕方ないだろ!基本褒められた行動はしない主義なんだ!」
「それは違う。八幡の性格的に表立ったことをしないだけ、私たちが知らないところでもきっと八幡はみんなの役に立ってて…それを知らないのは少しもどかしい」
『ああ、なんとなく分かるわそれ。この中で一番隠し事多いの間違いなく八幡だしな』
「そんなわけないだろ…大体お前らにだって秘密はあるだろうに」
少し雰囲気が真面目になる。少しの間皆が沈黙するも、やっぱりというかいつも通り、それを破るのはほのかだった。
『それはそうだよ。けど私たちはそれがお互いを貶めたり不快にしたりする秘密じゃないって感じてるから、仲良く出来る』
「うん。そして、いつかきっとそれを明かしてくれるとも信じている」
『勿論だな!』
「…なんかさんきゅ」
『『「どういたしまして!」』』
そこまでで通話は切られた。部屋を出ようとベッドから立ち上がろうとすると手を握られる。
振り返ると雫がこちらに瞳を向けていた。何か言いたいことがあるけどなかなか言い出せないって感じか。それを感じ取って、中腰の姿勢だったのを逆再生する。
手をお互いに握りながら会話を続ける。
「八幡は二人に言ってないよね…居候してる理由」
「ああ…まだ、言えてないな」
「魔法工学の技術に至っては私にも言ってないこともあるよね?…達也さんと知り合った経緯もはぐらかしてるし」
「っ…あ、ああ」
場を静寂が支配した。俺の事象干渉が働いているんじゃないかと思えるほど、そこに音はなかった。
雰囲気に充てられたのか、雫の瞳は少し潤んでいて涙袋が溢れそうだった。握られていない方の手でそれを拭う。
僅かにビクッとした雫も、俺の行動の意図を汲み取って微笑む。まるで女神のようなその笑みに自然とこちらも笑顔になる。
「でもね、私は八幡のこと、信じてる」
「──ああ」
「だから、八幡も私のこと、信じてね」
「当たり前だろ、お前は俺の恩人で家族なんだから」
戸籍上は家族じゃない今もそう思っているし、出来ることなら将来は戸籍でも家族になりたい。そんなことは、恥ずかしくて喉で止まるけれど…きっとそれでいい。だってその気持ちはもう、どうしようもなく伝わってしまったと思うから。
顔を近づけ合い、お互いの額が触れる。今はまだこれだけでいい、唇はまだ、早すぎる。
ここで『好き』と言えればどれだけ格好がつくのかと思うけれど、今はこの時間をいい方向にも悪い方向にも壊したくなかった。今この瞬間は、こうしているのが最善だと信じて疑わなかった。
そのまま少し微睡んでしまい、零時を知らせる音で途切れかけた意識が戻る。雫の元を離れドアを開ける。
「おやすみ、雫」
「おやすみ、八幡」
ドアを閉めて部屋に戻る。
そのあとベッドに飛び込んで悶えるのは、当然だった。
(一日一話で頑張ってたら長くなるorz)
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ゆきの様はせがんで欲しい
はい、というわけで皆さんお久しぶりでございます。バレンタインデー当日は作者の心が傷つくためフライング投稿となります。
あ、この作品について活動報告に書いてあります。初めて書きました、めっちゃ長いです。けれど読んでいただきたいなと思います。
間に合わせるため少し短くなってますがご了承ください、季節ネタは久しぶりなもんでペース配分ミスりました。
バレンタイン。
それは製菓会社の計略により女子から男子へチョコを渡す習慣が日本に定着してしまった日。由来というか起源は聖バレンタイン氏がどうこうした日らしいが、ぶっちゃけ興味が無い。
そんなことより、俺は俺らしくなく戸惑っていた。
俺の彼女、雪ノ下雪乃からチョコを貰えるもんだと思っていたから。
卒業式の時に俺から告白してから五年、毎年欠かさずに貰っていたから今年も貰えるもんだと思っていた。
いつも午後になるまでには連絡なりなんなりで集合場所とかも教えてくれたのに、今の時刻は午後一時。しかし音沙汰なし。
くそ、少し悔しいがここは由比ヶ浜に聞いてみるか。そうやって通話した時に由比ヶ浜がこう言った。
『ゆきのん?えーっと、かぐや様…がどうとかいうマンガ読んでフフフって笑ってるの見たよ!』
そ、そういう事ね。
──バレンタイン。
それは女子から男子へとチョコを渡すことが習慣化したイベント。
二月十四日のその日、日本はピンクの雰囲気に飲み込まれる。
しかあぁし!!それは低偏差値の猿共だけの話!男としてのプライドがないもの達は女子へ期間限定の乞食に成り下がり!女としてのプライドがないもの達は性行為の快楽を得るための布石として安物を配り歩く!
だが!本命に全てをかけるものは違う!いつ渡すのか、何を渡すのか、どこに渡すのか、どのように渡すのか、全てに最善を尽くすべきなのだ!そしてなにより!この時男女の間には明確な力関係が存在する!女子側が男子側に『渡す』のか、男子側が女子側に『貰う』のか!表面上は同じだが内包される意味合いが変わるうぅ!!
そこで彼女──雪ノ下雪乃は考えた。彼の方からせがんで欲しい、と。
しかし彼──比企谷八幡はこう思う。男の方からせがむのはダサい、と。
今日行われるのは!この二人の!バレンタイン聖戦!!!
と見せかけてただのイィチャイチャァァ!?!?
現在時刻は午後七時。
今俺は一人暮らししているアパートの部屋にいる。この時刻になるといつも彼女である雪ノ下雪乃が我が城に来てくれ晩御飯を作ってくれる。彼女はここから歩いて七分のところに住んでいる。つまりは半同棲状態なのだ。
本を読むふりをしながら彼女が来るまでになにか作戦を立てたかったが、今日のノルマがあまりにきつく計画を立てる隙がなかった。くそっ、あの独身課長許さん!平塚先生ならまだ許せたがてめえただのオッサンだろ!
とにかく行き当たりばったりになってしまうだろうがやるしかない。
雪ノ下雪乃にチョコを渡させる!
現在時刻は午後七時。
今私は彼氏であるところの比企谷八幡の一人暮らしの部屋の前にいる。いつもより少し大きめのバッグには彼に渡すチョコがある──のだけれども、いつも通り渡すのはなんだか癪だわ。それに彼、毎年貰ってるから有難みが減ってるように感じられる。それは私としては少し複雑、せっかく作るのならもっと喜んで欲しいものだわ。そんな時に読んだ漫画に感化されたことは認めるけれども、それでも私は彼に『ゆ、雪ノ下──チョコ、ないのか?』と言わせたい!
ある程度の作戦はもうある。あとはこれを私が実行できるかどうかよ…いざ、戦場へ!
チャイムが鳴る。その後すぐに扉が開いた。彼女が入ってくる時はいつもこうだ。俺の手には一冊の小説、素早く人差し指を本の前半に挟み直す。いかにも本を読み始めましたよという雰囲気を醸し出す!
1DKであること部屋、ダイニングと一室は引き戸で繋がっている…干物妹が出てくるアニメの部屋を想像してくれればいい。部屋の中身はさすがに違うが。
引き戸が開く。そこに居たのはやはり雪ノ下だった。カバンはダイニングの食卓に置いてある。
「こんばんは、比企谷くん」
「おお」
まだ混乱しているというのに来てしまったか!ここは一先ず雪ノ下に感謝を伝えてムードをつくる作戦で行くしかない。
「いつもサンキュな、助かってる」
「っ!…え、ええ。どういたしまして、けれど気にする必要は無いわ。私が好きでやってるもの」
「それでもな。まあなんだ、たまには感謝するのもいいと思って」
「そ、そう」
い、いきなりなんなのかしら。もちろん感謝されて嬉しくない訳では無いのだけれどこのままでは私の決意が揺らいでしまう…あっ。
「ど、どうしていきなりそんなことを言い出したのかしら、今日はなにか特別な日だったりするの?」
「えっ、ああっと、いいや、そんなことは無いんだが、そ、そう、ふと思ってな」
この動揺の仕方…間違いなく今日がバレンタインであることを分かっている!
「そう…じゃあ、早速作るわね」
この時自然とカバンを取り部屋の中に置き直す。キッチンに戻って冷蔵庫を開けて今日の献立を決める、今週末は買い出しね。と、ここで作戦一を発動!
「ひ、比企谷くん。私のカバンにゆず胡椒が入ってるの、取ってくれないかしら」
「あ、ああ」
ダイニングテーブルの隙間から比企谷くんの動きを凝視する。こうしてカバンを開けさせる直前に…。
「あ、待って比企谷くん!!やっぱりこっちにカバンごと持ってきてくれないかしら」
「え?あ、ああ」
こうしていかにも私が彼に隠したいものをカバンに入れてますよアピールをする。とりあえず上手くいったわ…。
そこまで大根という訳では無いが演技が決して上手くない雪ノ下、初対面の人やただの知り合いなら見抜かれないが俺や由比ヶ浜、一色辺りなら彼女の嘘や演技は見抜ける。陽乃さんは誰でも見抜けるから関係ない。
この時俺は確信した。雪ノ下はこのカバンにチョコを入れていて、さらにこいつは俺にチョコを貰う側に回って欲しいのだろう。
その勝負乗ってやる。
「ほれ、ここ置いとくぞ」
「ええ、ありがとう」
…攻めてみるか。
「いつもよりカバン大きくないか?」
「そ、そそそそう?」
動揺がすっごいなこいつ!?
「えっと、これ貴方には見せてなかったけれど先週由比ヶ浜さんと遊びに行った時に買ったの。ちょうどいいサイズがなかったけど大は小を兼ねるってことで…そこまで持ち運びの邪魔になるサイズでもないから、いいかなと思って」
──ほーん、そうなのか。由比ヶ浜とね、俺はそんとき家に一人だったな。
まあ確かに、そう言われてみれば見たことないカバンだった。
「そうか、てっきりなにかいつものもの以外の『何か』を持ってくるためなのかと思った」
さあどう出る?
ここまで言ってくるということは私がチョコを持ってきていることはもうバレたようね。冷蔵庫を漁りながら答える。
「ええ、一応それもあるけれど。あまり貴方には見られたくないものだったわ」
「そうか」
そう言って比企谷くんは部屋に戻っていたらしい。
これは今不利な状況ね。攻撃は最大の防御、攻めるしかない!
「ところで比企谷くん、今日はバレンタインデーのようね」
「ああ!?あ、あー、そういえばそうだったな」
「同僚の子から貰えたりしたのかしら」
「あー、まあ、皆に配るような人達からは、な」
ふふふ、動揺してるわね。この調子で攻めるわよ!
「そう、じゃあ本命は貰えてないのね。お可愛いこと」
セリフまでコピーかよ!!
しかしかなり踏み込んできたな…ここでなんとか切り返さなければ、このまま流れで俺が雪ノ下にチョコはないのか聞くことになってしまう。なにか、なにか突破口はないのか!!
そこで俺は、喋ることをやめた。
本を開きいかにも『おれめっちゃ集中してるぞー』感を醸し出す。
「比企谷くん、鶏肉と野菜の炒めものとハンバーグどちらがいいかしら」
無視無視。
「ふん、返事しないのならいいわ。ハンバーグとサラダ。サラダにはトマトをつけるわ」
「すみませんでした」
即座に土下座した。
トマトに負ける大人ってなんやねん…。ダサい、ダサさをこれ以上見せないようにチョコは絶対渡させる!
しかしここからしばらくお互いに無言になる。雪ノ下は料理してるんだし俺は本を読んでいるんだし当然だ。部屋にテレビはあるにはあるがゲームのディスプレイように置いてあるだけでなにか見ることはできない。最近のアニメはネットで見れるからな。なんなら最近じゃないアニメも見れるまである。
「出来たわよ、比企谷くん。こっちに来なさい」
「ああ」
本に栞を挟んで閉じ、床に置いてダイニングへ行く。台拭きを濡らして絞ってダイニングテーブルを拭く。それが終われば俺と雪ノ下の箸を出し炊飯器の中のご飯を混ぜて椀に盛りいつもの定位置に置く。それが終わるまでに雪ノ下がおかずの類をテーブルに置くのもいつも通りだった。
「いただきます」
声を揃えて食べ始める。
さて、ここからどうしようかしら。正直なところ、この流れは予想外だったから事前に用意した作戦は使えないわ。
「ん、美味い」
「ありがとう、おかわりはないわよ」
「まあハンバーグだしな」
そのあとはお互い黙ってしまう。
──なんだか、私が今やってることが酷くバカバカしく思えてきてしまったわ。せっかくの夕飯なのだから今日あったことや来月の旅行について話したいのに、今こうして黙っている時間がもどかしい…。
下手な手を打たないように俺も雪ノ下も黙る。
──あーあ、なんか馬鹿なことやってる気がしてきた。だいたいあれはお互いがお互いに告らせようとするから面白いんであって、この状況はお互いの精神衛生上あまりよろしくない。
ならば、現状打破はせめて、俺から。
「な、なあ。雪ノ下」
「な、なにかしら比企谷くん」
「この飯終わったら…カバンの中のもん、貰っていいか」
「っ!──もちろん、貴方のために頑張ったのだから」
そのあとはいつも通り笑顔の咲く食卓になった。
渡すもの隠し持ってるのは、お前だけじゃないんだからな。なんて、引き出しの中にある一枚の紙と小さな箱を思い浮かべながら会話に花を咲かせた。
雪ノ下…いや、雪乃が作ってきてくれたチョコは、世界一美味しく感じた。
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俺は北山家の居候《参》
なんと服部副会長との勝負に達することなく投稿することになるとは思いませんでした。
えっと、この俺は北山家の居候を独立させたものを投稿し始めたのでその報告ついでに途中のものではありますが入学編参を載せました。
ですのでそちらに行っていただいてもちろん構いません。このまま読む方はどうぞ続けて読んで頂いて結構です。
ではでは。
一昨日と昨日がどちらもなかなかに濃厚な一日だったからか今日がまだ新学年三日目ということを信じられない。何ならもう五月ぐらいな感覚まである。
少し雫と気まずくなるかなーとか思ってたけどそんなことはなく、ケオやほのかに勘ぐられることもなかった。
今日は道中知り合いに会うこともなく四人で談笑しながら登校した、クラスの雰囲気はなにかピリピリしてる。どれくらいかって言うとカラムーチョを一袋まるまる一人で食べたくらい。
なんでかなあ?ハチマンワカンナイ。
「お前らのせいで森崎が停学になったからに決まってるだろ」
俺の心を汲み取ったのか、呆れるようにケオが言う。
「お前だって一端だぞ、間違いなく」
今朝一年の一科生全員に送られたであろうメールには、森崎が二週間の停学処分になったと書かれていた。
全面的に悪いのは森崎だしその原因は二科生との差の優越感なので、こうして一年の一科生にアナウンスしといて予防線を張ろうという魂胆なのだろう。
「おはよう。雫、ほのか」
俺たち二人よりも扉の近くで喋っていた雫とほのかが挨拶されている。見てみるとそこには深雪がいた。
「おはよう」
「おはよう!深雪」
ああ、眼福眼福。そう思ってるとこっちにもおはようしてきたので返した。
そしてすぐ深雪の顔が少し強ばる。どうしたのだろう。
「八幡、今朝七草生徒会長から昼休みに生徒会室に来るようにとの言伝よ。私とお兄様も居るわ」
顔が強ばったのはただ事務連絡の時には真面目にならないと、という深雪のけじめのようだ。
「…風紀委員について、だろうな」
「多分ね…昼休みになったら一緒に行きましょう?」
なんでそんなナチュラルに同行を提案できるの?深雪さんマジカッケエ。
特に断る理由もなかったので首肯を返す。ここまで来て漸く深雪が一安心と言った具合に息を吐いた。そんなに俺が単独行動を強行するように見える?見えるんだろうなあ。
「はあ…にしても八幡が風紀委員ねえ。笑い足りねえわ、まだ」
「おい」
「んー、でもケオの言うことも分かるんだよね。中学が中学だもん」
深雪は頭上にハテナを浮かべ俺はうへぇというような顔をする。残りの三人は大同小異でクスクス笑いをこらえていた。
「八幡、中学の時はどんなことしていたの?」
「あー、まあほとんどケオに唆されてやったことなんだが…一番マシなのは教室のガラス割ったことか」
「いやいや、どっちかと言うと体育祭でこっそり魔法使って徒競走一位の方がまだマシだろ」
「あれ確か優勝候補の先輩が優勝した時には雫と婚約するとか言ってたんだっけ」
「私的には…魔法理学を先生よりわかりやすく授業したことが、一番マシだと思う」
「…八幡、貴方何者?」
すごい失礼なことを言われている気がしないでもないが、ただの高校生である。別に元軍人がアポトキシンで若くとかなってないなってない。正真正銘十五歳である。
「俺たちの自慢だな、間違いない」
とりあえず殴っといた。何素面で恥ずかしい事言ってんだこっちが恥ずかしくなるだろうが。
*****
時は過ぎ昼休み、小町手製の弁当を手に立ち上がり廊下で待つ。深雪はなにやら先程の授業の課題の提出に手間取っていたようだ。
窓に寄りかかりドアを正面に数秒待って欠伸をひとつ、口が閉じるのとドアが開くのは同時だった。それらが発する音はまるで対照的だったが。
「八幡!一緒に行こうと言ったでしょ」
「だからこうしてここで待ってたんだろ」
「…そうね、何も問題なかったわ。ごめんなさい」
つり上がった目は一瞬にして下がった。そ、そんなにしょげられるとなんだか悪いことをした気分になる。
「いや、いい。少しからかってみたかっただけだ」
「っ!…もうっ、馬鹿」
ぷいっとそっぽを向く深雪相手にどうしようか悩んだ結果、暫く放置しようと結論を出した。
だんまりを続けようとした時、教室から雫が出てきた。
「深雪、私も行っていい?」
「えっ、う、うーん…どうかしら。八幡?」
二人してこちらを見るな恥ずかしい。
ポケットから端末を取り出し七草さんにメッセージを送る。内容としては『北山雫も行っていいですか?』だ。返信はすぐ来た、21世紀初めのアニメキャラのスタンプ。…七夕紗夜ですか、仕方ないですねって…なんでこんなスタンプを七草さんが使うのかは謎だが、ともあれいいらしい。
「いいってよ」
「じゃあ行こう」
息巻いて雫が先頭を歩こうとする。なんでそんなにやる気いっぱいなの?いや、割と謎。
息を吐いて雫に続く。途中で達也と合流、雫がいることに疑念を持ったようだが気にする事はないと言うと、そうかと言ってそれ以上は何も言ってこなかった。こういう塩対応的なのが楽だったりする。
そんなこんなでたどり着いた生徒会室。けど扉開けたくねえなあ。とか思ってると深雪がドアをノックした。もう後には引けない、か。
「司波深雪と司波達也、比企谷八幡と北山雫です」
「どうぞ〜」
深雪が代表して名乗り、入室許可が降りドアがアンロックされる。俺たち四人はそのまま中に入った。…気のせいか、外から視線を感じた気がしたんだが。
「座って座って。あ、そこに配膳機あるから必要な人は使ってちょうだい」
「私たちはお弁当がありますので、お気持ちだけ」
「俺たちも弁当あるんで大丈夫です」
「そっか、もし飲み物が欲しければ配膳機の横の冷蔵庫から取っていっていいわよ」
今日は自販機で買おうと思っていたがここまですっかり忘れていたのでありがたく貰うことにする。一辺七十センチぐらいの立方体の冷蔵庫を開けた。
そこには定番のお茶やミネラルウォーターを始め、様々な飲み物があった。その中で一際存在感を放つ黄色いラベルのペットボトル…正しくそれはソウルドリンク!
「七草さん、どうしてMAXコーヒーが?」
「えっ!?ええーっと…さ、最近この学校の自動販売機の中を変えようっていうのを話してて…そのための資料で何本か入った状態なの、うん」
「そうなんですか、是非入れて欲しいですね」
冷蔵庫からMAXコーヒーと雫の分のお茶を取り出して達也の隣に座る。振り返った時に突き刺さった残念そうなものを見る目をされた気がするが皆さん平然としている…勘違いか。
「こんな真由美は初めて見た」
「ええ、私もです。長い付き合いだと思ってましたが…面白い方です」
「会長もやっぱり煩うんですね」
「──っ!さ、三人とも言わないでーっ!」
生徒会サイドが何やらこそこそ喋っているが俺には何も聞こえていない。なぜなら俺の意識の八割九割はMAXコーヒー、残りは雫に費やしているからだ。常に雫に気を配る、これこそが雫検定昇級への近道。
とりあえず俺の興奮とみんなの昼食が一段落したところで本題に入った。
まずは深雪へ生徒会の勧誘及び説明。ここで深雪が達也を推薦するというハプニングはあったものの、宥められ沈静。その後はトントン拍子に進んだ。
「さて、では私から比企谷に風紀委員の説明だ。司波妹も風紀委員とは良好な関係を築いてほしいので心して聞いてくれ」
「わかりました」
そこからは渡辺風紀委員長の独壇場。身振り手振りはないものの熱い語気と信念で場を支配して説明を垂れる。
あらかた終わって一息付いたところで渡辺風紀委員長…渡辺先輩がこう言った。
「そう言えば…風紀委員には一科二科の縛りはなかったし、生徒会推薦枠が空いていたな──」
隣の達也の顔がたしかに強ばったのを感じ取った俺は、念の為に達也が逃げないよう肩に手を置く。
ちょっと睨まれた、怖い。
「そうよ、摩利!あなたやっぱり天才だわ!」
「…まさか」
これから言われることが分かっていながら敢えて聞きに行く達也。南無南無。
「生徒会は達也くんを風紀委員に推薦します!」
二つ隣の深雪の目がキラッキラしてる。そんなに兄が風紀委員になることが喜ばしいか、俺は小町にそんなに喜ばれなかったな。いやきっと裏でははしゃぎまくっててベッドの上を跳ねてるって信じてる。
ふっ…現実を見よう(白目)。
「ま、待ってください」
まともに交流してまだ三日だが、今までで一番取り乱す達也。
「話を聞く限り風紀委員は端的に言って魔法の不正利用の取り締まりが主な仕事だと思われます。そこになぜ二科生の自分が推薦されるのでしょう」
「ふむ、純粋な戦闘力では確かに君は他より劣っているかもしれない。そこはまだ未知数だ、だが君には常に冷静でいられる精神力とそれを由来とする判断力がある。さっきも軽く触れたが私たちは君たちの入試の成績を網羅している。あそこまで高得点であるならブレーンとしての活躍だけの期待値でも、十分だと思うのだが?」
なるほど、つまり今風紀委員には脳筋しかいないのか。…おっと睨まれた気がする。
しかしまあ、部隊において司令部と実働部があるのは定番だし、それを一年の二科生がやるというのは、リスクが大きいがその分二科への見方が変わるかもしれない。ハイリスクハイリターンだ。
本音を言えば道連れになれ司波達也!だが。
「…納得はできませんが、断ることは出来なさそうですね」
「じゃあ!」
「ええ、俺でよければ」
達也、折れたり。
「善は急げだ。顔合わせは今日の放課後に行う。三人は放課後生徒会室へ早急に来てくれ」
渡辺委員長がそう締めくくり雑談へ入ろうとする。まあ昼休みも残り少ないから、それくらいはいいかなと思っていると雫が声を出した。
「七草会長、私も生徒会へ入れてもらうことは出来ますか?」
「え!?」
いきなりの質問?お願い?に困惑する七草会長。しばしフリーズした会長に代わり、鈴村副会長が応対し始めた。
「どうしてそのようなことを?」
「八幡が勝手に風紀委員になってしまって、置いてかれたくなくて…」
「おいおい待て待て、なんで俺が自ら望んで風紀委員になったみたいな言い方するの」
「ダメでしょうか」
無視ですか!
改めて雫を説得しようとそちらを見てみれば雫の決意した顔を見て察する。
あ、これ何言ってもダメなやつだ。とりあえずはこの案件にイエスでもノーでもいいから決着をつけない限りテコでも動かない。
「どうしようかしら、リンちゃん」
「手伝いは多いことに越したことはありませんが…」
「実際私たちの仕事は大したことないものばかりですからね…」
「かと言ってこちらも人手は今しがた確保したしな」
生徒会メンバーが相談し始めた。どう断ろうか悩んでいる訳では無いらしく、本気で雫を生徒会に迎え入れようかどうか悩んでいるようだ。
雫の口ぶりには少々納得いかないが雫が生徒会をやりたいと言うなら、それを支援するだけ…か。
「会長、俺からもお願いします。人をまとめる仕事に就いたことはない奴ですが物事の覚えは早い方です」
「は、八くんまで…」
しばらく黙って考えていた4人だったが、答えが出る前に予鈴を告げられる。
「ひとまず放課後あなた達にはもう一度ここへ来てもらいます。その時にまたお話しましょう、北山さん」
「はい」
あれ、先延ばしでも動くの?今度からそうしよう。
先に俺達が部屋をでる。暫定風紀委員が廊下を走るわけにはいかないという女子2人の意見の元早歩きで教室へ戻る俺たち。達也とはやはり途中で別れてA組に戻ってこれたのは始業の30秒前だった。
「おつかれ、八幡。これ終わったら何話してたか聞かせてくれよ?」
そう言ってくるケオからは純粋な好奇心とこちらへの気遣いを感じた。心の中で感謝を述べ、意識を勉に向ける。
*****
今日最後の授業が終わり俺は荷物を纏めていた。まあまとめる荷物なんてほぼないが。
「で、昼休み何があったんだよ。八幡」
「私にも教えて!」
自分の帰り支度もせずにまあなんと興味津々なことで。
生徒会室に来いと言われているので手短に要点だけを話した。
「なるほどなぁ、雫も生徒会に入るのか」
「未定だけどな」
「私たちもせっかく魔法科高校に来たんだから何かチャレンジしてみたいな。ねっ、ケオ!」
「お、そりゃあいいな。体術でもやってみようかね」
体術始めるのに魔法科高校かどうかは関係ないよなと言うツッコミは野暮だろうか。
ケオの体格があれば高校のうちにトップレベルにまで行けるだろう。元々運動神経は良すぎるこいつだ、柔道だったり合気道だったり始めれば直ぐに習得するだろう。
「まあその辺含めて部活動勧誘期間が楽しみだな!」
「そうだね、じゃあ私たちはもう帰るね」
「ああ、俺と雫は生徒会室に行かなきゃならんから」
「頑張れよ、風紀委員」
そう言ってからかってくるケオに二言ほど返し先に行ったと思われる雫と深雪を追った。
二人に追いついた頃には達也も合流していた。
「来たか、八幡」
「来たくなかったがな」
俺に気づくとすぐ声をかけてくれた達也だが、深雪から何も言われない。どうしたのかとそちらへ顔を向けてみると、何やらびっくりした表情をしている。
「ほんとに来たわ…生徒会室に着いたら呼び出さなきゃと思っていたのに」
「俺の事なんだと思ってるんですかね」
「サボり魔」
「ちょっとー、雫さーん。辛辣すぎませんかー?」
ここで完全に否定できないのが辛くはある。
俺の言葉にそっぽ向いて顔を見せないようにしてくる雫。すこしばかり気を落としたが、くすくす笑う二人に気づく。
「なに、そんなに面白い?」
「いや、面白い…というか」
「八幡は絶対来るから行こうって言ったのは雫だから、素直じゃないなと思っただけよ」
「み、深雪!」
軽く言ってのけた深雪に対して『ちょままちょままま、恥ずかしい事言ってんじゃねー!』みたいな声色で深雪に声をかける雫。
そ、そっか…な、なんか信頼されてるみたいで恥ずかしいな…。
まあ俺が雫検定準一級保持者であるのと同様に、雫も八幡検定二級保持者なのだ。むしろそれくらいバレているのが自然なまである。
ここで級の差があるのは検定の責任者が潮さんか小町かの違いだ。小町の方が少し判断基準が厳しい。
「三人とも、生徒会室に着いたぞ」
唯一やりとりに深入りしてなかった達也が俺たちに告げる。気づかないうちに生徒会室まで来ていたらしい。
目で準備がいいか聞いてくる深雪に欠伸を返す。雫から肘打ちを貰った。我々の業界ではご褒美です!と思いつつ表に出さないように顔を顰める。
学生証をカードキー代わりに鍵を開ける、そこそこのセキュリティを誇る生徒会室。つまり、俺たちはノックして入るしかない…はずだが。
「失礼します」
どうやら深雪が今日の昼に済ませていたらしく、すんなり入ることが出来た。
「失礼します」
「し、失礼します」
「失礼します」
深雪に続いて達也、俺、雫が入室する。
昼にはいなかった副会長らしき男が七草さんの従者であるかのように立っていた。あー、ヤダヤダ。達也を睨んでやがる、めんどくさい事になりそうだ…。
「司波深雪さん、生徒会へようこそ。歓迎します。比企谷八幡くん、北山雫さん初めまして。副会長の服部と言います」
露骨に達也に挨拶しない態度に生徒会のメンバーが不満そうな顔をする。ふーん、生徒会と言えど一枚岩ではない、ということか。
深雪をチラ見すると噴火寸前の様子…まあ、これくらいならいいか。やりすぎると雫に怒られるからな…。
「あれ、達也。お前幻覚魔法使ってるの?俺なんも変わってないと思うんだが──もしかして、あの人にだけ見えてない?便利だなその魔法、俺にも教えてくれ」
「──ぷっ」
「──はぁ」
七草さんが思わず堪えきれず笑いを吹き出し、俺のやり方を知ってる雫がやれやれと言った具合でため息を吐き出す。声色的に怒ってるわけではなさそうだ。
他の人は全員キョトンとしている。あれ、俺の懇親のギャグ伝わらなかった?
徐々に俺の発言の意味を理解し皆が皆笑いを堪えようとする中、一人だけ明らかに態度が違った。
勿論服部先輩だ。あの人、堪忍袋の緒が、切れそうです!
「比企谷、お前俺を馬鹿にしてるのか?」
早くも口調が乱れる服部先輩。雫の様子を伺う…よし、まだ攻められる。
「化けの皮脆すぎません?もう少し粘りましょうよ」
「なっ──そんなもの被ってなどいない!」
「まあまあ落ち着いて。あと被るのは猫です。魔法師は冷静さが肝心ですよ」
俺の煽り、もとい忠告にさらにイラッときたのか拳を固くする先輩。
ただし一応俺の言うことは聞いていたのか一度深呼吸すると七草さんの方を向いた。
「こんなやつを風紀委員にしてしまうんですか?会長」
「仕方ないじゃない、八くんのせいで強制的に一人消えちゃったんだから」
「言い方悪いぞ、真由美」
七草さんに呆れるように注意する渡辺委員長。
まあ確かに俺のせいでモリモリが停学になってそんなやつを風紀委員にするなんてなあってことでその流れに持っていくのは分かる。分かりたくないけど。でもあいつ別に消えたわけじゃないよ?停学なだけだから。退学じゃないんだなぁこれが!
「それに、二科生が風紀委員になるというのも納得できません、ウィードでは役不足です」
「お言葉ですが服部副会長、役不足という言葉は今は誤用です。役不足とは役の方が下な時に使い、先輩の心情を忖度して忠言いたしますと、力不足が正しいかと」
「──ああ、そうかそれはどうもありがとう比企谷っ!」
頑張って怒りを抑えようとしているのを見て面白いものを見ているかのように笑う先輩三人とおどおどする先輩が一人。相変わらずの手法に呆れるのが一人と驚きながらも若干引いてるのが二人。
つまり今この生徒会室は、混沌そのものだった。うん、客観的に見てもこの状況はやばい。
「八幡、そろそろダメ」
「うっ…分かった」
小声で雫に窘められたので黙るしかなくなった。
突如黙った俺を見てこの場にいる人たちが怪訝そうにする。けどまあいい、どうせ今後そう深く関わるはずはないんだ変に思われても…あ、ダメだ。七草さんはどうやっても絡んでくるし渡辺委員長は委員長だからどうしようもない。
オワタ。
気を取り直すかのように服部先輩が咳払いをひとつ、喋りだした。
「──確かに比企谷は一科生ですから風紀委員として尽力できるとは思いますが」
する気ないけど。
「しかし司波の方はどうです、いくらブレーンとしての活動と建前をつけても納得しない人は少なからず出ます」
「まあ、それはそうだろうな」
「でしょう?ですから俺は」
「少しよろしいでしょうか」
先輩たちの話し合いに口を挟む深雪。すげえ、勇気あるなあ。
俺はとりあえず自分のことを顧みないから緊張とかしないら嫌いになるならなれってんだと思ってるからな。それゆえの行動だからみんな怒るんだろうけど。
「なんでしょう、司波さん」
「兄の実技の成績が芳しくないのは偏に兄の適性の問題です、日本の実技試験が兄の得意分野に適合してないがゆえであり、実戦となれば兄は先輩方を含めても校内で五本の指に入ると思われます」
「…ほお、そうですか」
服部先輩がそう言う。ただ間違いなく語尾に(笑)が付いていた。それを感じ深雪はさらにイラッとする。
「もう…達也くん。CADは学校に預けてあるのよね?」
「え、ええ…えっと、まさか?」
七草さんの問いに愚かにも素直に答える達也。そして勘づく達也。面倒なことになる前にフェードアウトしなければ。ノイズが発生しないように丁寧に魔法を発動しゆっくりと影を薄めていく。存在感を消していくのだ。ちなみにCADは使ってない。
「模擬戦をしましょう。服部くんと達也くんで…八くんもやりたいかしら?」
「ちっ」
フェードアウトに失敗したので魔法を切る。
「はあ…またか八幡」
「面倒ごとは嫌いなんだよ。はあ…」
露骨にため息をすることでどうやら副会長の反感を買ってしまったらしい。誰か買い取ってくれない?え、なに。むしろ俺から金取るって?ならいいや。
「お前もやるか?比企谷」
「遠慮しときます」
「八くんの強さは私が知ってるから、模擬戦はしなくてもいいわよ。ついて来てはもらうけれど」
その証言に感謝。面倒ごとはホンットに嫌なんで、ええ。雫が直接関わってないと自分から動くつもりは無い。
しかし、今生徒会室にいる人がみんな行くのなら、生徒会室に一人でいるということになる。何だか居心地が悪そうだ。風紀委員の部屋でも然り。どのみちついて行かなくてはならないらしい。逃亡に関しては諦めることにしよう…はあ。
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八色の環
めちゃくちゃ短いですが、原作14.5巻を読んでつい妄想が捗ってしまったため書きました。なんかこう、マジでこういう大学生活を送ってて欲しいなって感じの間話みたいに思って貰えば。
一色が出てるのは単に作者が一色推しなだけです。
小町の過ごした奉仕部での日々、書きたくはあるんですがそうなると原作のあの分全部自分で考えて自分で書かないといけないんですよね…そう思うと気が引けてしまいどうも手が出ません。書きたくはあるんですけどね…。
では、八幡と一色が、こんなやりとりしてて欲しいなっていう2000文字程度のお話、どうぞみてってくださいな。
「せんぱ〜い。せんぱいってば〜」
俺は比企谷八幡、どこにでもいる死んだ目をした大学生だ。マジで大学生って結構死んだ目してる人いるから、俺の目が目立たないんだよなあ。やだ、私のアイデンティティ弱すぎ?
「ちょっと〜、なんとかいってくださいよ」
3年生の夏休みが目前に迫っている今、俺は大学の図書館でゼミの課題をしていた。なになに、あれ、これなんて訳せばいいんだっけかなどと古文を読んでいる。
「本物がほし」
「ははは、どうした一色。元気か」
「ふん、最初からそうしていればいいんです」
こいつ……と思わざるを得ないが、これ以上下手なことを言ってその話を流布されると、俺は間違いなく死ぬので下手に言を発せない。まあ、大学に知り合いとかほとんどいないからほぼノーダメだけど。いや、俺に直接ダメージくるわ。なんなら今自虐で既に瀕死なまである。
「わたし〜、社学じゃないですか〜?」
「ん、そういやそうだっけか」
隣でちょっかいをかけてくるのは高校の時からの知り合いである一色いろはだ。なぜか知らんが俺と同じ大学に来て、学科は違えど一年次は共通科目も多くあり、一年早く経験していた俺がそれについていろいろ手解きしていたら高校時代以上に懐かれてしまった。こいつ、大学でもああいうキャラしてんのかね、こう、きゃぴるーんみたいな。
ちなみに社学とは社会学科の略だ。
「も〜、去年から何回も言ってるじゃないですか〜!そろそろ覚えてください!」
そう言いながら片頬をぷくっと膨らませる仕草は、大学生にしては幼すぎるが、いかんせんやってるやつがやつなので様になってる…いやほんと、かわいいから近くでそんなことしないで。うっかり惚れそうになることはなくはなくなくないが、それ雪ノ下に見られると俺死んじゃう。尻に敷かれてます、どうも俺です。
「すまんて、で、それがなに?」
「えっと、先輩の…徒然荘、でしたっけ?そこに社学の人とかいない、かな〜って」
「はぁ、カリキュラムの相談か。ちょっと待ってろ…」
徒然荘とは、俺が所属している文芸サークルだ。新入生であった2年前に学内の図書館で本を読んで時間を潰していたら、いかにも緊張しているような面持ちをしたメガネの男性に話しかけられ勧誘された。一度は断ったのだがサークルの存続に名前だけでも貸してくれ、と言われてしまい、とりあえず一回行ってそれ以降バックれようとか思ってたのだが、思いの外趣味が合う人が多く居心地も悪くなく、なんといっても学内に自由に使える部屋が一個増えると言うのはとても大きい利点なのでそのまま普通に活動している。まあ、やることといったら年に一回の学祭で文集を出すだけなんだけど…これを知った時『古典部みたいっすね』といった時、反応してくれた人が半数いた。半数でも多い方だと言うのは経験則。
ため息一つ、サークルのSlackを開きメンバーのプロフィール欄を漁る。その様子を見守りながら伝染したかのように一色がため息をする。
「メンバーの所属くらい覚えていてあげてくださいよ」
「そういうお前も、絶対覚えてないだろ」
「……てへっ」
図星だったようで。さいですよね。去年の学祭での出し物に感化されてなんかのサークルに入ったとは聞いていた。どこに入ったかは忘れたが。
あ、いた。
「いたぞ、どうすればいい」
「うーん、その人なんかSNSしてません?」
「え、どうだかな…あ、ここに書いてあるわ」
「ほんとですね…インスタしてるじゃないですか。こっからアポ取ってみます。ありがとうございます助かりました」
見ず知らずの人のインスタをフォローしてDMを送ろうとしてるのか、こいつは…さすがコミュ力が高いやつ。インスタとかLINEとか、由比ヶ浜とか雪ノ下に迫られてひとしきりやったが、俺にあってるのはDiscordだという結論が出た。周りはLINEしかしてないからLINEがメインではあるが…仕方ないね!戸塚と小町がLINEなんだから、LINEしないと!LINE最高!!…なんの話してたんだっけ。
「じゃ、私は行きますね。課題、頑張ってください…あ、それと週末絶対来てくださいよ?」
「おう、さんきゅ…あと、ちゃんと覚えてるから、わざわざ言わなくていいから。小町のためだから、行くに決まってるから」
「わーシスコン。では」
そう言って一色は図書館を出ていった。
週末は小町の大学入学祝いで、久々に初代奉仕部で集まる、とかなんとか。そこに一色が入ってることに違和感は、もうない。
どうやら小町も小町で奉仕部で間違った青春を送ってきたらしく、特にここ2年は色々話を聞いてきた。まあ、それもまた奉仕部に入ったものの定めというかなんというか、高校時代の俺はこんなんだったのかと恥ずかしいやらなんとやらをたくさん味わった。
しかし、まあ、小町には小町の奉仕部があったのだというと、少し変な感じがする…高校で大人びた小町の頭を久々に撫でたのは、高校の卒業式より前に奉仕部の引退だったかな、など思いを馳せた。
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