ソードアート・オンライン Dragon Fang《リメイク版》 (グレイブブレイド)
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プロローグ
プロローグ 全ての始まり
2022年11月6日 埼玉県川越市
11月に入り、秋から冬へと変わりつつあるこの頃。日を追うごとに気温が下がっていき、今日は朝から曇り空が続いていたため、いつもより肌寒く感じた。
今日は日曜日で学校は休み。部活も今は休部の真っ最中だ。今日は特に出掛ける予定もなく、ある予定の時間まで自室でくつろいでいた。
時間を確認しようと壁にかけているデジタル時計に目を向ける。画面には現在時刻の12時55分が映し出されていた。
「おっと、もうこんな時間か……」
俺は机の上に置かれたヘルメット状の機械……《ナーヴギアを持ち、それにLANコンセントにケーブルを差し込み、ゲームソフトを入れて被る。電源を入れてベッドに横になった時には、時刻は13時ちょうどとなった。
――
「リンクスタート」
そう言った直後、俺の意識は現実から切り離された。
『ようこそ、《ソードアート・オンライン》へ』
アナウンスの元、最初に出てきたのは、言語選択にキャラクターの登録といったゲームによくある簡単な初期設定だった。キャラクターネームはどうするか少し悩んだものの、最終的に《Ryuga》と打ち込んだ。元々キャラクターネームとして使っていた《Ryuki》と名前は似ているからすぐに慣れるだろう。
性別はもちろん男を選択。アバターは現実の俺とは違う姿になりたいと思い、ファンタジー系のRPGゲームに登場する主人公みたいなカッコいい少年アバターのものへとカスタマイズする。
設定を全て終え、完了ボタンを押す。
『では、ゲームスタート地点の《はじまりの街》へと転送します。遊城《アインクラッド》での冒険を存分にお楽しみ下さい』
アナウンスが終わると、光に包まれる。それが消え、目を開けると石畳の地面が広がっている大きな広場に俺は立っていた。
ここは《ソードアート・オンライン》通称SAOというゲームの舞台となっている巨大浮遊城《アインクラッド》。SAOとは、実現した仮想空間の中で、自分の身体を動かしてキャラクターを操作して楽しむことができるという世界初のVRMMORPGだ。
アインクラッド第1層《はじまりの街》にある広場は、ゲームのスタート地点ということもあり、大勢のプレイヤーがいる。
「ここが仮想世界か………」
周りを見渡していると、頭上に黄色いカーソルが浮かんでいる若い女性が声をかけてきた。
『ようこそ剣士様。何かお困りですか?』
「もしかして、この女の人ってゲームに登場する街とかによくいるNPCなのか……?」
開始して1分もしない内に、このゲームの凄さに圧倒されてしまう。
――本当にゲームというか異世界に迷い込んだみたいだな……。
NPCの女性から簡単な説明を聞いた後、広場から出てNPCが至るところで露店販売している通り道まで着いた。店を見て歩いている最中、すぐ近くを1人の男性プレイヤーが道に迷うことなく走り過ぎていく。
「あの人、道に迷うことなく走っていったけど、もしかしてβテスターの人なのかな?」
第1層・はじまりの街・西フィールド
「う~ん。なんか思った以上に上手くいかないなぁ……」
街の中をある程度見て回った後、俺はフィールドに出て《フレイジーボア》という青い身体のイノシシ型のモンスターと戦っていた。一応、初期装備の片手剣でダメージを与えているが、ソードスキルという必殺技が上手く発動しなくて、倒すのに思っていたより手間取っていた。
「普通のゲームだとコントローラやボタンを操作すれば、簡単に必殺技を発動できるのになぁ……。こんなことなら、あの時走っていった人を追いかけて、レクチャーして貰えばよかったかな……」
既に過ぎてしまったことに後悔している最中、誰かが声をかけてきた。
「そこの君、もしかしてソードスキルの発動の仕方がわからないのか?」
声が聞こえた方を振り向くとそこには2人のプレイヤーがいた。1人は片手剣と盾を持った20歳半ば過ぎ辺りの男性で、もう1人は片手斧を持った俺と同じくらいの年頃の少女だ。
「あ、はい。さっきから何度か試してみているんですけど、中々発動しなくて……」
「ソードスキルだったら、一気に武器をビューンって振るって、ズバーンとなればいけるよ」
少女はジェスチャーをしながら教えてくれたが、擬音ばかりで正直言って凄く分りにくい説明だった。
これには俺も苦笑いするしかなかった。
それを見かねた青年が少女の頭に軽くチョップをして説明をする。
「そんな極端過ぎる説明でわかるか。ソードスキルは、少し溜めを入れてスキルが立ち上がるのを感じたら、必殺技を放つのをイメージするんだ。これはモーションっていうんだけど、それをちゃんと起こせばソードスキルが発動して、あとはシステムが命中させてくれるから大丈夫だ」
「必殺技を放つのをイメージするか……」
今教えてもらったことを思いだしながら、ソードスキルを発動させようと武器を構えて集中する。すると、左手に持っている片手剣が光る。
「ハァッ!!」
突進と共に剣で突きを繰り出し、フレイジーボアの身体を貫いた。フレイジーボアの残っていたHPは全てなくなり、ポリゴン片となって砕け散った。
「やった!」
嬉しさのあまり歓喜の声をあげる。こんな喜びを感じたのはいつ振りだろうか。
喜んでいると先ほどの2人がこっちに近づいてきた。
「初勝利おめでとう。見事な《レイジスパイク》だったぞ」
「ありがとうございます。あっ、まだ名前教えてませんでしたね。俺はリュウガ。リュウで構いませんので」
「俺はファーランだ」
「アタシはミラ。よろしくリュウ!」
武器をしまい、お互いに自分の名前を名乗って握手を交わす。
今にして思えば、この2人との出会いが全ての始まりだったのだろう。だけど、このときの俺はまだ何も気付いていなかった。
結果はどうなるのか、誰にもわからないということを。人は自分の願いのためならどこまでも残酷になれることを。そして、誰かを救うことの難しさ、その意味を……。
やがて始まる命を掛けた戦いの中で、俺はそれを思い知ることになる。
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アインクラッド編
第1話 強制転移と手鏡とデスゲームの開幕
時刻は17時30分近くとなり、仮想世界の空は現実と同様に夕日でオレンジに染まっていた。
あれから知り合ったファーランさんとミラと一緒にずっと狩りを続けてきた。そのおかげで大分ソードスキルの扱いにも慣れた。
こんなに楽しい気持ちになったのは数か月ぶりだ。
今は3人で草原の上に横になってオレンジ色に染まった空を眺めている。
「しかし凄いなぁ。仮想世界なんて漫画や映画の世界の話だって思っていたけど、本当に実現するなんて」
「俺も初めてSAOのβテストやった時にそんなこと思ったぜ」
「ファーランさんってβテスターだったんですか?」
「そうだよ。ファーランが凄く楽しかったって言ってたからアタシも始めたんだよ」
俺が言ったことにミラが楽しそうにして答えてくれた。ミラの話からすると2人は現実でも知り合いみたいだ。でも、ゲームで現実の個人情報を聞くのはマナー違反だって聞いたからなぁ。
すると、今度はミラが俺にあることを聞いてきた。
「ねえ、ところでリュウはどうしてSAOをやり始めたの?」
「俺はある人からこのゲームを作った茅場晶彦と仮想世界のことを詳しく聞かされてどういうものなのか気になって……」
「それじゃあ、茅場晶彦や仮想世界のことをリュウに教えくれた人も……」
「やってないよ。その人はSAOをプレイすることはできなかったからな……」
「そ、そっか。何かゴメンね、聞いちゃいけないことなのに」
「別にいいよ」
ファーランさんとミラには話してないが、実はSAOをやり始めた理由は他にもある。それは、現実でのあの辛い出来事を忘れたいということだ。もしかすると、俺は内心のどこかでSAO……仮想世界を現実逃避するためのものだと思っているのかもしれない。
このことを話したら、このゲームを楽しみにしていた2人や他の人たちには申し訳ない。
そんなことを考えていたときだった。
「オレ様のアンチョビピザとジンジャエールがぁぁぁぁっ!!」
何処からか一人の男性の喚き声がする。
「何かあったのかな?」
「大したことじゃないことで叫んでいるんじゃないのか?」
「ていうか、アンチョビピザとジンジャエールって何なんですか?」
3人で笑いながら話していると突然、鐘の音が大きく響き渡り、俺たちの体は光に包まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
気が付くと俺たちゲームのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場にいた。周りには次々と大勢のプレイヤーたちがいる。
「これっていったい……」
「強制転移みたいだな。何かあったのかな?」
ファーランさんに聞いてみるが、強制転移ということしかわからなかった。
「ねえ、あれ見て!」
ミラが叫んで指さした方を見る。そこには赤い文字で【System】と【Announcement】と表示されていた。その2つは一気にオレンジ色の空を覆いつくし、空は一瞬のうちに真紅に染まった。
そして、真紅に染まった空の一部から血のように赤い液体がどろりと垂れ下がり、20メートルはある赤いフード付きのローブを羽織った巨人の形となった。だが、そいつには顔……体がない。
あれは前にSAOの特集が乗ってある雑誌で見たことがある。
「あれって確かゲームマスターじゃ。でも、どうして……」
「運営が用意したセレモニーじゃないの?」
「だからって全プレイヤーを再びここに集めてやる必要ないだろ。何かトラブルがあったんだよ」
俺、ミラ、ファーランさんの順に言う。確かにセレモニーしたら規模が大きすぎる。ファーランさんの言う通り何かトラブルがあったに違いない。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦。 今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
茅場晶彦。この名前に聞き覚えがある。確か彼はSAOとナーヴギアの開発者だと
でも、どうしてこんなことを。
『プレイヤーの諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。 しかし、それは不具合ではない。 繰り返す。 これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》の本来の仕様である。諸君は今後、ゲームから自発的にログアウトする事はできない』
その言葉が信じられなく、急いでログアウトできるかどうか確かめてみた。だが、ログアウトボタンはなかった。
『また、外部の人間による、ナーヴギアの停止、あるいは解除もありえない。もしそれを試みた場合、ナーヴギアの信号阻止が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し生命活動を停止させる』
脳の破壊、生命活動を停止させるって死を意味することなのか。
「何かのドッキリじゃ……」
「運営がこんなドッキリをしたら大問題だぞ」
ミラの言ったことに、ツッコミを入れる。
「ファーランさん、ナ―ヴギアで脳を破壊することって出来るんですか?」
「それは可能だ。ナーヴギアの原理は電子レンジと同じだから高出力の電磁波で俺たちの脳の破壊も……。それにナーヴギアの三割はバッテリセルだから電源コードを抜いても無駄だ」
ファーランさんが言ったことを聞き、言葉を失う。
そんなオレとはよそに茅場晶彦は話を続ける。
『残念ながらすでにプレイヤーの家族・友人が警告を無視しナーヴギアの強制的に解除しようとしたことで、213名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
それを証明させるために、茅場晶彦はそれに関連するニュースなどを表示させる。
もし、この表示されているニュースが本当だったらこの話も本当ってことになる。つまり、213人の人間が死んだってことだ。
『ご覧の通り、多数の死者が出たことを含め、ご覧の通りあらゆるメディアが繰り返し報道している。よってすでにナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま2時間の回線切断猶予時間のうち、病院、その他の施設へ搬送され、厳重な看護態勢のもとに置かれるはずだ。諸君らは、安心してゲーム攻略に励むとよい』
こんな状況の中でゲームなんかできるわけないだろ。
『しかし、十分に留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し同時に諸君らの脳はナーヴギアよって破壊される』
それはつまりゲームで死ぬと現実でも死ぬってことなのか。もしもさっきまで狩りをしていたときに死んでしまっていたら俺も……。
俺たちが助かるにはフィールドに出ないで外から助けが来るのを待つしかないのか。
しかし、茅場晶彦はこれとは別に助かる方法を話す。
『諸君らが解放される条件はただ1つ。第100層までたどり着き、そこにいる最終ボスを倒してこのゲームをクリアすることだ』
茅場晶彦が話し終わった途端、ファーランさんが深刻な顔をして語り始めた。
「これはかなりヤバいぞ。βテスト2か月間の内に10層もクリアされてないんだ。まして、命を懸ける中で100層クリアはほぼ不可能に近いと言ってもいい」
絶望としか言いようがないことに、これは夢であって欲しいとしか思うことしか出来ない。
『それでは最後に諸君らのアイテムストレージに私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ。この世界が現実であるという証明を見せてくれるだろう』
言われるがままにメニューウインドウのアイテムストレージを開く。そこにあったのは《手鏡》という名前のアイテムだった。
さっそくオブジェクト化し、手鏡に映っていたのはこのゲームを始めるときに作った俺のアバターの顔だ。
手鏡で自分の姿を確認しているときだった。
いきなり白い光が俺を包んだ。
「うわっ、何だっ!?」
すぐに光は消え、何が起こったのか確認しようとファーランさんとミラの名前を呼ぶ。
「ファーランさん、ミラ!」
「リュウか、俺は大丈夫だ……」
「アタシも……」
ファーランさんとミラに声をかけたが、反応したのは灰色の髪の見知らぬ外国人の青年と同じく灰色の髪をした少女だった。すると、2人は俺を見て驚いた。
「えっ!?リュウなのっ!?」
「そうだけど……」
会ったこともない少女は何故か俺の愛称まで知っている。どういうことなんだと考えていると少女と同様に会ったこともない青年が手鏡を見せてきた。
俺は手鏡に映る姿を見た瞬間驚いた。手鏡に映っていたのは、ハネッ毛の黒髪が特徴の平均的な顔をした少年だった。
「どうして
もしかして思い、青年と少女に尋ねてみる。
「ファーランさんとミラ……?」
「「そうだけど」」
再び驚く。
2人も自分の姿を確認すると俺と同様に驚いた。
それによく見ると周りにいた人も全員さっきまでとは違う人だ。中には性別が女から男になっている人もいた。自分の性別を偽っていたのだろう。
ファーランさんによると、ナーヴギアは高密度の信号素子で頭から顔全体を覆っていて脳だけでなく顏の表面も精細に把握でき、キャリブレーションで自分の体を触ったときに体格もデータ化できたらしい。
「でも、何でここまで……」
「その答えはすぐにわかるだろう」
『諸君は今、何故と思っているだろう。何故、ソードアート・オンライン及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんなことをしたのかと。私の目的はすでに達成されている。この世界を創り出し鑑賞するためにのみ、私はソードアート・オンラインを創った。そして今、全ては達成せしめられた。以上でソードアート・オンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君健闘を祈る』
そう言い残し、茅場晶彦と名乗るGMはシステムメッセージに溶け込むように消えていった。直後、システムメッセージは消え、さっきのようにオレンジ色の空が広がった。
1万人近くのプレイヤーがいるにも関わらず、広場は静まり返っていた。
だが、1人の少女が叫ぶと大勢のプレイヤーたちの叫びの声もあがった。ある者は怒り、またある者は泣き崩れる。
俺はどうなってしまうのか何もわからず、ただ茫然と立ったままだった。
そんな俺をファーランさんがミラと一緒に広場から連れ出した。
ファーランさんに連れて来られたのはNPCすらいない街中にある狭い路地だった。そして、ここで彼は話し始めた。
「これはもうドッキリでも夢でもない。正真正銘の現実だ。俺たちが解放されるにはゲームをクリアするしかないだろう」
「でも、現実でナーヴギアの解析とかして俺たちの救出方法を探しているんじゃ……」
「そうだよ」
ゲームをクリアするしかないという言葉が受け入れられず、俺とミラは外から助けが来るということを信じて言った。
「確かに現実では何かしらの対策は思う。けど、それはいつになるのかはわからない。数週間、数ヶ月、数年後……もしかすると出られないっていう可能性だってある。それに病院で生命維持ができたとしても限界があるはずだ」
俺とミラはタイムミリットがあることを知り、黙り込んでしまう。
「現実の方はそうだが、今俺たちが生きているのはこの世界だ。どっちの世界でも生き残るにはここで自分を強化するしかない。俺はSAOのことはある程度理解しているから攻略方法の方はなんとかなる。リュウ、俺たちと一緒に来ないか?」
「え?ミラはともかくどうして俺を……」
「本当ならβテスターの俺が他のプレイヤーたちを助けなければならない。だけど、今の俺にはミラとリュウだけで精一杯なんだ。ミラをここで死なせるわけにはいかないし、リュウはここで初めてできた友達だ。せめて2人だけでも……」
だけど、俺はすぐに答えが出せなかった。ファーランさんとミラは現実でも知り合いのようだが、俺は2人とは今日出会ったばかりだ。もしかするとミラを守るために俺を利用する可能性も……。
「無理に今答えを出せとは言わない。もしも俺たちと来たいとなったら明日の朝4時ごろ街の北の噴水がある小さい広場に来てくれないか?別に誘いを断ってもお前を恨んだりはしない。じゃあ、また後でな」
そう言い残し、ファーランさんはミラを連れて何処かに行ってしまう。
俺も近くにあったNPCが経営する宿屋で休むことにした。
1階でウエイトレスの恰好をしたNPCから黒パンと水を買い、部屋へと入った。
部屋に入るとすぐに黒パンと水を平らげ、部屋にあるベッドに横になった。
「まさか、こんな事態になるとは思ってもいなかったなぁ……」
俺が聞いた茅場晶彦は仮想世界を実現させることができた凄い人だということだ。だけど、今は自分の目的のために他の人を巻き込むような人物だとしか思わない。このことを知ったら絶対に……はショックを受けただろう。
「それよりも今はファーランさんたちと一緒に行くかどうか決めないと……」
2時間ほど悩んだ結果、やっぱりファーランさんたちと一緒に行くことにした。今日1日ファーランさんとミラと過ごしたが、2人は悪い人にはとても見えない。それに2人と狩りをして楽しかった。
「2人を信じてみよう……」
目覚ましを3時45分にセットし、そのまま眠りについた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、午前4時前とまだ夜が明ける前に起き、ファーランさんが言ってた場所へと走って向かった。夜が明ける前のため、外は少しだけ明るいといった感じで、外には誰もいない。現実でもこんなに朝早く起きて外に出たことはない。
はじまりの街の北側にある噴水がある小さな広場には着いたときは、すでにファーランさんとミラが待ってくれていた。
「リュウ、来てくれたんだな」
「はい」
「改めてよろしくな」
「これからアタシたちと一緒に頑張っていこう」
ファーランさんとミラと再び、握手を交わす。2人とはこれからはこのデスゲームの中で共に戦っていく仲間だ。
俺たちは軽い朝食を済ませ、次の村に向かうためにNPCの店でアイテムを購入する。買ったアイテムは回復アイテムや予備の武器などだ。
全ての準備を終えた時には夜が明けようとしていた。
はじまりの街から出ようとしたとき、俺たち3人は先ほどNPCの店で購入したモスグリーンのフード付きマントを羽織った。
「前衛は俺が引き受けるから2人は援護を頼む」
「「はい!(うん!)」」
「行くぞ!」
ファーランさんが言い終えた直後、俺たちは朝日が昇ろうとしている草原を走り出す。
こうして、デスゲームと化した世界でのいつ終わるかわからない戦いが始まった。この先に待っているのは希望か絶望か。
一応、通常版では登場しなかった新たなオリキャラたちの簡単な紹介となります。
ファーラン
「進撃の巨人 悔いなき選択」に登場するファーラン・チャーチを改変した感じとなっています。しかし、ミラと現実で何かしらの関係があるなどオリジナル設定もあります。ちなみにイメージキャラボイスは遊佐浩二さんです。
ミラ
容姿は『ガールズ&パンツァー』の島田愛里寿みたいな感じで、彼女より表情は豊かでおてんばなキャラとなっています。イメージキャラボイスは竹達彩奈さんです。
「進撃の巨人 悔いなき選択」に登場するイザベル・マグノリアに相当するキャラとなっています。
この2人の関係はいずれわかります。
遊佐浩二さんはクラディール、竹達彩奈さんはリーファ/直葉とSAOのキャラを演じている声優さんですが、一切関係はありませんので。
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第2話 第1層フロアボス攻略会議
2022年12月2日 第1層・トールバーナ
このデスゲームが始まり、1ヶ月が経過した。しかし、未だに第2層には到達できず、その間に2000人のプレイヤーが死んだ。こんな絶望的な状況の中、やっと第1層フロアボス攻略会議が行われることとなった。
俺とファーランさんとミラもこの会議に参加するということで、現在トールバーナの噴水広場へとやってきた。
広場には俺たちを含め、44人のプレイヤーが集まっていた。
「結構集まっているな」
「もう少し人数は欲しいけど、自分の命が懸っていると考えると多い方だな」
呟いたことにファーランさんが答えた。
確かに普通のゲームならともかく死と隣り合わせのゲームとなると、ここに来ただけでも十分覚悟がある人たちってことだ。
時間になるとやや長めの青い髪をした青年が前に出てくる。
「あれ、SAOって現実と同じ容姿なのにどうしてあの人の髪の毛は青になってるんだ?」
「SAOには髪染めのアイテムが存在するんだ。だけど、第1層だと店では売ってないからモンスターからのレアドロップを狙うしかないんだよ」
「なるほど」
「髪染めのアイテムか。なんか面白そうだね」
隣にファーランさんが髪染めのアイテムのことを教えてくれ、それを聞いたミラは興味津々な様子を見せる。
前に出た青年が話し始める。
「はーい!それじゃあそろそろ始めさせてもらいます!今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう。俺は《ディアベル》。職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
すると、周りから笑い声やヤジを飛ばす声があがり、殺伐とした空気は一気に和む。
ディアベルさんはブロンズ系の防具を身に付け、左腰には片手剣、背中にカイトシールドを背負っている。確かにこのような装備からナイトと言ってもおかしくないだろう。
そして、ディアベルさんは真剣な表情となり、話を始める。
「今日俺たちのパーティーがついにあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」
この場にいたプレイヤーたちはざわめく。
「俺たちはボスを倒し、第2層に到達して、このデスゲームにいつかきっとクリア出来るってことを《はじまりの街》で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが今、この場所にいる俺たちの義務なんだ!! そうだろみんな!!」
ディアベルさんはこの場にいる全員に問う。
1人のプレイヤーが拍手をすると周りにいたプレイヤーたちからも拍手が上がった。
「よし、早速だけど攻略会議を始めていきたいと……」
「ちょお待ってんか」
ディアベルさんが話を進めようとすると後ろの方から声がする。
その声の主だと思われる小柄ながらがっちりとした体格で、サボテンのような髪型が特徴な男がディアベルさんの前にたった。
「わいは《キバオウ》ってもんや。最初に言わせてもらいたいことがある。こん中に今まで死んでいった2000人に詫び入れなれなあかん奴がおるはずや」
「キバオウさん、君のいう奴らとは元βテスターの人たちのことかな?」
「決まってるやないか!β上がりどもはこんクソゲームが始まったその日にビギナーを見捨てて消えおった。奴らはうまい狩場やらボロいクエストを独り占めして自分らだけポンポン強なってその後もずーっと知らんぷりや。こんなかにもおるはずやで!β上がりの奴らがっ!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわんと、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!」
キバオウの言い分はわかるが、どうしても納得がいかなかった。
ファーランさんも元βテスターだけど、ミラはともかく知り合ったばかりの俺も助けてくれた。それにファーランさんは他のプレイヤーたちも助けようともしていた。
だから、元βテスター全員が他のプレイヤーを見捨てたのだというキバオウの主張は許せなかった。
「あのサボテン頭ムカつく」
ファーランさんを挟んで左隣にいるミラがキバオウに対して愚痴を言う。まあ、ミラの気持ちはよくわかるけど。
すると前の方から別のプレイヤーの声があがった。
「おい、そこのサボテン頭」
新たに前に出てきたのは、曲刀を左腰の鞘に納めた明るめの茶髪の髪をした高校生くらいの男性だった。
曲刀使いに続くように、槍を背負った黒髪で身長が175cmほどある男性も出てきた。年齢は見たところ彼と同じくらいだ。
曲刀使いが話し始める。
「俺は《カイト》。さっきからお前の話を聞いているが、随分と自分勝手だな」
カイトさんをキバオウは睨み付けるように見る。
「お前が言っているのは、2000人のプレイヤーが死んだのも攻略が進まないのも一方的に元βテスターたちのせいにしたいだけだろ?俺からしたら、お前みたいに一方的に元βテスターたちのせいするような奴とは組みたくないな」
「なんやとこのガキっ!!」
キバオウは怒りを含んだ声を上げ、今すぐにカイトさんと取っ組み合いのケンカを始めそうな雰囲気となる。
「カイト言い過ぎだぞ!」
カイトさんと一緒に出てきた槍使いの男性がカイトさんを止める。キバオウの方もディアベルさんを始め、前の方にいた数人のプレイヤーが止めに入った。
それが治まると両手用戦斧を背負った色黒の肌でスキンヘッドの男性が前に出てきた。体格もよく身長は190cmほどある。外国人のプレイヤーだろう。
「発言いいか?オレの名前は《エギル》だ。キバオウさん、元βテスター全員が他のプレイヤーを見捨てたというのは違うぞ」
エギルさんは一冊の本を取り出した。
「あんたもこの道具屋で無料配布してるこのガイドブックは持っているだろ」
「貰たで。それがなんや!?」
「これを配布していたのは、元βテスターたちだ」
この場にいた全員がざわつく。
エギルさんの言う通り、ガイドブックを配布していたのは元βテスターたちだ。俺たちも《アルゴ》さんという情報屋の女性プレイヤーからタダで貰った。ファーランさんの話によると彼女も元βテスターらしい。
「いいか。情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのにたくさんのプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて俺たちはどうボスに挑むべきなのか、この場で論議されるとオレは思っていたのだがな」
エギルさんが話し終え、数秒ほどするとディアベルさん以外の人たちは元居た場所まで戻った。そして、再び攻略会議を始めることになった。
「それじゃ、攻略会議を再開したいと思う。まずは6人のパーティーを組んでみてくれ。フロアボスは単なるパーティーじゃ対抗出来ない。パーティーを束ねたレイドを作るんだ」
「6人パーティーって言っても俺たち3人しか……」
「もしも6人いなかったら、アタシたちはボス攻略に参加できないってことなの?」
「いや、ボス攻略に参加できないってことはないと思う。けど、3人だけじゃ足りないから俺たちとパーティーを組んでくれるプレイヤーを3人見つけないといけないな」
まだパーティーを組んでいない3人のプレイヤーを探そうと立ち上がろうとしたとき、誰かが俺たちに話しかけてきた。
「君たち、よかったら私たちとパーティーを組んでくれないか?」
話しかけてきた男性は細剣を持ったさっぱりとしたダンディな容姿の30歳近くの人だ。彼の他に先ほどキバオウともめていたカイトさんとその仲間の槍使いの男性もいた。
「まだ名乗っていなかったな、私はフラゴン。彼らとパーティーを組むことになったんだが、周りにいたプレイヤーたちはすぐにパーティーが決まってしまって困ってたんだ。君たちがパーティーを組んでくれるとちょうど6人となるけど、どうかな?」
「ファーランさん、俺はこの人たちとパーティーを組むことに賛成ですけど、どうします?」
「アタシもリュウに賛成するよ」
「2人がそう言うなら。じゃあ、よろしく頼むよ」
俺たち3人の中でパーティーリーダーをしているファーランさんが承諾し、彼らとパーティーを組むことにした。
すると、槍使いの男性はオレたちに自分の名前を名乗った。
「オレは《ザック》。知っているかもしれないけど一応名乗っておくよ。コイツはカイト。コイツは無愛想で口が悪いけど根はいい奴なんだ。よろしくな」
初対面の俺たちもフレンドリーに接する好青年のザックさん。クールで大人びて気が強いカイトさんとはいいコンビに思える。
俺たちも自分の名前を名乗って彼らと握手をする。カイトさんは少し怖そうな感じだったけど、ザックさんとフラゴンさんと同様にちゃんとオレたちと握手をしてくれた。
ちなみにパーティーリーダーはフラゴンさんが引き受けてくれることとなった。
パーティーを組み終えるとディアベルさんはボスについて説明する。
「よしじゃあ、再開していいかな。ボスの情報だが先ほど例のガイドブックの最新版が配布された。それによるとボスの名前は、《イルファング・ザ・コボルドロード》、それと、《ルイン・コボルドセンチネル》という取り巻きがいる。ボスの武器は斧とバックラー。4段あるHPバーの最後の1段が赤くなると曲刀武器のタルワールに攻撃パターンが変わるということだ」
出来上がったパーティーは6人パーティーが7つ、2人パーティーが1つだ。重装甲の壁部隊が2つ、高機動高火力の攻撃部隊が3つ、長モノ装備の支援部隊2つに編成された。
俺たちのパーティーは3つある高機動高火力の攻撃部隊の内の1つで、もう1つの攻撃部隊のパーティーと一緒にボスの相手をすることに決まった。
「攻略会議は以上だ。アイテム分配は、金は全員で均等割、経験値はモンスターを倒したパーティーのもの、アイテムはゲットした人のものとする。異存はないかな?」
全員がディアベルさんの意見に賛同する。そして、明日は朝10時に出発することになり、解散となった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「まさか、このパーティーに3人も元βテスターがいたとはな……」
攻略会議の後、カイトさんとザックさんが話しておくことがあると言い、トールバーナの裏通りにある酒場にやってきた俺たち。
そこで、カイトさんとザックさんが自分たちは元βテスターだということを告白。ファーランさんも自分だけ元βテスターであることを隠すわけにはいかないと皆に話した。一時的にパーティーを組むことになっただけだが、明日はボスと戦う中で命を預けることになる仲間だ。それを隠すわけにはいかなかったのだろう。
俺やミラはともかくフラゴンさんは元βテスターが3人もいたことに驚きを隠せないでいた。だけど、彼は元βテスターを拒むことはなかった。
「3人も元βテスターがいるのは心強い。明日はよろしく頼む、君たちもだ」
フラゴンさんは元βテスターのファーランさんとカイトさんとザックさんを見た後、俺とミラの方にも期待しているぞという表情で顔を向ける。キバオウと違って随分と大人らしい対応だな。
「だけど、他のパーティーの者には君たちが元βテスターであることは隠した方がいい。会議中に乱入してきたキバオウのように元βテスターを敵視する者もいるかもしれないからな」
元βテスターのファーランさん達は頷く。
そして、明日のフロアボス攻略の確認と共に第1層フロアボス攻略の前祝をすることに。最後には全員で第1層フロアボスに勝つぞと意気込み、明日に備えることとなった。
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第3話 リーダーの死と攻略とビーターの誕生
展開は基本原作やアニメとあまり変わりがないです。
2022年12月3日 第1層・森のフィールド
攻略会議の翌日、第1層フロアボス攻略のレイドパーティーは迷宮区にあるボス部屋へと向かっていく。
俺が所属しているパーティーは3つある高機動高火力の攻撃部隊の1つだ。俺が所属するパーティーメンバーが使用する武器は全員違う。ファーランさんは盾持ちの片手剣、ミラは片手用斧、カイトさんは曲刀、ザックさんは槍、フラゴンさんは細剣、そして俺はサウスポーの盾なしの片手剣。
当初はファーランさんと同様に盾を使おうと考えていたが、ファーランさんが俺の戦闘スタイルを見て「機動性を活かした方がいい」と言ってきたため、盾は持っていない。そしてステータスも敏捷性の方を優先的に上げている。
1人も死者を出すこともなくやっとボス部屋の前までたどり着いた。目の前にはボスの部屋へと入ることができる巨大な二枚扉がある。
「聞いてくれ、皆。俺から言う事はたった1つだ。勝とうぜ!」
扉の前に立ったディアベルさんの言葉に全員の士気が高まった。そして、ディアベルさんがボス部屋の扉を開いた。
「行くぞ!」
ついに始まるのか、初のフロアボス戦。多少不安もあったが、アルゴさんから貰ったマニュアルもあるし、一緒に戦ってくれる仲間もいるから心配なかった。
最初にヒーターシールドを持った戦槌使いの人が率いるA隊が突入し、その後方をエギルさん率いるB隊、ディアベルさん率いるC隊、そしてオレが所属するD隊。その後ろにキバオウ率いる遊撃用E隊、長柄武器装備のF隊、G隊。最後尾には2人組のパーティーが付いてくる。
最前列にいるA隊が一定の距離まで進むと奥の玉座に座っていた巨大なモンスターがジャンプして目の前に着地した。
右手には斧、左手には盾、腰の後ろにはその巨体に合せた大きさを持つタルワールがある。こいつが第1層のフロアボス《インファング・ザ・コボルドロード》か。その取り巻きの《ルインコボルド・センチネル》も3体出現する。コボルドロードに4本、センチネルに1本のHPゲージが出現する。
持っている武器も名前も全て情報通りだ。
「攻撃、開始!」
ディアベルさんの掛け声と共についにボス戦が始まった。
「A隊C隊、スイッチ!来るぞ、B隊、ブロック!C隊、ガードしつつスイッチの準備。今だ、交代しながら側面を突く用意!DEF隊、センチネルを近づけるな!」
ディアベルさんの指揮の元、ボス戦は順調に進んでいった。1本、2本と着実にコボルドロードのHPゲージを削っていく。取り巻きのセンチネルの方も次から次へと倒していき、レイドパーティーに被害を与えずにいる。
俺が所属するD隊も反動が少ないソードスキルを使用し、6人で連携して敵を攻撃していく。
それにしてもずっと取りこぼしたセンチネルを相手にしているあの2人組は凄いな。片手剣使いの人は戦い慣れている様子だし、細剣使いの人は剣先が速すぎて見えないほどだ。
「リュウ、スイッチ!」
「了解!」
ファーランさんとスイッチする。そして片手剣の《スラント》を放ち、センチネルを斬り裂く。
俺がセンチネルを倒した直後、コボルドロードの最後のHPゲージもレッドゾーンにまで到達する。すると、奴は雄叫びをあげて持っていた斧と盾を投げ捨てる。
「武器を斧と盾からタルワールに持ち替える合図だな。これならもう少しで倒せそうだ」
「死者も一人も出なさそうでよかったよ」
もう少しで終わるであろう戦いに俺とミラは安堵する。
「下がれ!俺がやる!」
ディアベルさんはそう言い、たった一人で前へと飛び出していった。ここは全員で攻撃した方が早く倒すことができるし、安全面だって高いはずなのにどうして……。
ファーランさん、カイトさん、ザックさんの3人は何かが気になって、話し始める。
「あのタルワール、何かおかしくないか?」
「確かに言われて見れば……」
ファーランさんとザックさんが話していると、カイトさんは何かに気が付き、声をあげた。
「あれは野太刀だ!」
「の、野太刀!?でも、それって曲刀じゃなくて刀のことですよね!?」
「アインクラッドの上階には生息するモンスターは刀を使う奴もいるんだ!」
元βテスターの内の1人で俺よりもSAO詳しかったカイトさんが簡単に刀のことを説明してくれた。
3人以外でそのことに気が付いた人が叫んだ。
「ダメだ、下がれ!!全力で後ろに跳べ────ッ!!」
声の主は2人パーティーの片手剣使いの人だ。
しかし、すでに遅く、コボルドロードの容赦ない斬撃がディアベルさんを襲う。片手剣使いの人が倒れているディアベルさんの元に駆け寄り、ポーションで回復させようとするが、ディアベルさんの体はポリゴンの欠片となって消滅した。つまり、ディアベルさんは死んだということだ。
「うわああああ!!」
叫び声、あるいは悲鳴がボス部屋に響いた。
レイドパーティーのリーダーの死とボスの使用武器、スキルが情報とは違っていたということがこの場にいる多くのプレイヤーたちを絶望へと突き落とした。
戦意喪失して今にも逃げ出そうとしている人もいる。レイドパーティーのリーダーを失ったレイドは完全に壊滅状態だ。
コボルドロードはその間もプレイヤーたちを狙おうとする。
「俺が奴を引き付ける!ザック、援護を頼むぞ!」
「おう!」
この状況の中でもカイトさんとザックさんは他のプレイヤーたちと異なって戦意を失うことなく、コボルドロードに向かって走り出す。
2人は連携してコボルドロードの攻撃を受け止める。カイトさんが曲刀で攻撃の大半を受け止め、ザックさんが彼をアシストするように槍のスキルを発動させる。
「今の内にHPが残り少ないプレイヤーたちをボスから遠ざけるんだ」
フラゴンさんがそう言い、俺とファーランさんとミラは頷く。
「大丈夫ですか?」
「しっかりしろ」
HPが残り少ないプレイヤーたちをファーランさんやフラゴンさんと一緒に担ぎ、ミラはポーションを取り出してHPを回復させる。
更にカイトさんとザックさんに続くように2人組のパーティーの人たちもコボルドロードに向かって走り出す。
コボルドロードはソードスキルを発動させようとする。それを片手剣使いの人がソードスキルを放って弾く。細剣使いの人がスイッチしてソードスキルを発動させようとするが、コボルドロードの攻撃が襲い掛かる。
「危ない!」
片手剣使いの人が声をあげた直後、コボルドロードは野太刀を細剣使いの人振り下ろす。
だけど、捉えたのは細剣使いの人が身を隠していた赤いフード付きマントだった。赤いフード付きマントは消滅し、その中から栗色のロングヘアの容姿が整った女性が姿を現す。
――あの人、女の人だったのか。
この中に女性プレイヤーはミラしかいないと思っていたため、少々驚いてしまった。それに、SAOは女性プレイヤーの数が圧倒的に少ないからな。
そのまま、細剣使いの人は細剣のスキルを放つ。
すぐに片手剣使いの人が攻撃しようとする。だが、コボルドロードがソードスキルを発動させ、攻撃を受けてしまう。彼の近くにいた細剣使いを巻き込み、倒れ込む。
「くそ、間に合わない!」
「逃げろぉっ!」
カイトさんとザックさんが叫ぶ中、コボルドロードが2人に襲い掛かろうとする。
その時だった。エギルさんが両手斧系ソードスキルを放ってコボルドロードの攻撃を弾き、フラゴンさんが細剣スキルのリニアーをコボルドロードに放つ。
「回復するまでオレたちが支えるぜ!」
「君たちだけには戦わせるわけにはいかない!」
「すまない……」
エギルさんのパーティーの人たちも参戦し、コボルドロードを追い詰めていく。
コボルドロードはエギルさん達を振り払い、再びソードスキルを発動させようとする。
「「させるかぁぁ!!」」
カイトさんとザックさんがソードスキルを放って、それを相殺する。
「俺たちも行くぞ!」
「「はい(うん)!」」
俺とファーランさん、ミラもコボルドロードに目がけて駆け出した。先にファーランさんとミラが片手剣と片手斧のソードスキルを叩き込み、その後に俺は片手剣スキル《ホリゾンタル・アーク》を発動させる。水平に払った剣を、手首を返して逆方向へ再び水平に払う二連撃はコボルドロードを深く斬り付ける。
「コボルドロードがスタンしたよ!」
「ナイスだ、リュウ!」
だけど、俺たち3人はソードスキルを使ったから反動で動くことができない。そこへ2つの影が横切った。
「後は俺たちに任せてくれ!」
「あなた達の頑張りは無駄にさせない!」
片手剣使いの人と細剣使いの人がヒットアンドアウェイを繰り返し、コボルドロードを攻撃。最後に片手剣使いの人が放ったV字の光の残光を描く、片手剣スキルの《バーチカル・アーク》が炸裂し、コボルドロードはポリゴン片になって爆散した。
直後、ボス部屋を静寂が包み込み、それを破ろうとする者は居なかった。
【Congratulations!】とクリアを表す文字が浮かび上がる。
「やったぁぁぁ!!」
この場にいた全員から歓声が沸き上がった。
「お疲れ様」
「リュウ、最後のあれはナイスファイトだったよ」
「ありがと」
俺はファーランさんとミラと一緒に喜び、カイトさんとザックさんは拳をぶつけ、フラゴンさんはエギルさんと握手する。
「なんでや!!」
この大声によって歓喜はかき消された。声の主はキバオウだ。奴は片手剣使いの人に怒鳴った。
「なんで、ディアベルはんを見殺しにしたんや!!ジブンは、ボスの使う技を知ってたやんけ!!ジブンが最初からあの情報をディアベルはんに伝えておれば、ディアベルはんは死なずにすんだんや!!」
キバオウに続くように他のプレイヤーも叫ぶ。
「きっとあいつ、元βテスターだ!! だから、ボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ。知ってて隠してたんだ!! 他にもいるんだろ、βテスターども出て来いよ!!」
その言葉に答えてやろうかとカイトさんは怒りに満ちた表情をしてキバオウたちに近づこうとするが、ファーランさんとザックさんに止められる。あの3人が下手に今出て行くと完全に元βテスターだとばれてしまう。それに、βテスターの印象を悪くするだけだ。
「おい、そのβテスターのおかげであのボスを倒せたんだろ」
「彼らを責めるのはおかしいんじゃないのか」
「そうですよ!もしもあの人がいなかったら余計に死者が出ていたかもしれないんですよ!」
「いい加減にしてよ!サボテン頭!」
エギルさんとフラゴンさんに続き、俺もキバオウたちを説得し、ミラはキバオウに罵声をあびせる。
「βテスターどもを庇おうとするっていうんやったら、ジブンらもβテスターなんやろ!」
だけど、キバオウやβテスターを敵視する人たちは聞く耳を持たない。挙句の果てにβテスターを庇おうとした俺たちまでもβテスターだと決めつけられる。
「ちょっとあなた達……」
細剣使いの人が言いかけると、急に大声で笑い出す。
「フハハハハハハハハ!」
笑い出したのは片手剣使いの人だった。
「βテスター?俺をあんな素人連中と一緒にしないでくれ」
「何やと!」
「SAOのβテスターに当選した千人の内のほとんどは、レベリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のあんたらの方がまだマシさ。でも、俺はあんな奴らとは違う。俺はベータテスター中に他の誰も到達できなかった層まで登った。ボスの刀スキルを知っていたのもずっと上の層で刀を使うモンスターと散々戦ったからだ。他にもいろいろと知っているぜ。情報屋なんて問題にならないくらいにな」
この人が言ったことはデタラメだ。俺はファーランさんからある程度β時代のことを聞いたことがあったからそうだと確信できた。
「なっ、何やそれ。そんなんベータテスターどころやないやないか。もうチートやチーターや!!」
「そうだそうだ!!」
「ベータのチーターだから《ビーター》だ!!」
キバオウが言ったことがきっかけとなり、《ビーター》という単語が誕生した。
「《ビーター》か、いい呼び名だな。そうだ、俺はビーターだ。これからは元ベータごときと一緒にしないでくれ」
片手剣使いの人がメニィーウインドウを出して操作すると黒いロングコートを装備した。そして、彼はそのまま第2層に続く階段を上がっていった。
「「《キリト》!」」
カイトさんとザックさんは片手剣使いの人のことを知っているのか、彼の名前を呼ぶ。
「お前、どうしてあんなデタラメを言ったんだ!?」
「オレたちだっているだろ!」
「2人の言う通りだ。君1人で背負う必要はない」
カイトさん、ザックさん、少し遅れてきたファーランさんが片手剣使いの人……キリトさんに言う。すると、彼は立ち止った。
「あんた達には俺と違って、頼れる相棒や守るべき仲間たちがいる。俺1人がやれば問題ないだろ。それと《アスナ》。君はとても強い、この先も更に強くなるはずだ。だから、いつか信頼できる人にギルドに誘われたら断るな。じゃあ」
細剣使いの人……アスナさんが呼び止めるが、キリトさんは無言でメニューウインドウを操作した後、第2層へ続く門の中へと入っていった。
このやり取りを俺はただ黙って見ていることしかできなかった。
それから、カイトさんとザックさん、フラゴンさんと別れ、パーティーも3人の状態に戻った。
帰り道、キリトさんのことが心配になってファーランさんに彼のことを聞いてみた。
「ファーランさん、あの人はどうなってしまうんですか?」
「はっきりわかるのは、俺たち他の元βテスターたちを庇って、彼はビーターとして1人でこの世界を生きていくことになるってことだ……」
キリトさん一人に背負わせてしまったことを悔いているファーランさん。そんな彼を見かねてミラが声をかけた。
「ねえ、ファーランはアタシとリュウを守るって言ったよね。それに
「ミラ……」
ミラは俺よりもファーランさんのことをよく知っている。だからこそ、ファーランさんのことを理解しているし、ファーランさんを守りたいという気持ちは他の誰よりも強いからこんなことを言えたんだろう。
俺もミラに続くように話し始める。
「ファーランさん。ミラほどあなたのことをよく知っているわけじゃないけど、これだけは言わせてください。あなたには俺たちがいるじゃないですか。それにプレイヤーは助け合いですよね?」
「プレイヤーは助け合いか、そうだな。じゃないと彼のやったことは無駄になってしまうからな……」
暗い表情から少し明るくなったファーランさんを見て俺とミラは安心した。
ディアベルさんやキリトさんがやったことと同じくらいのことは俺たちにはできなかったが、今は俺たちができる範囲で頑張っていくしかないと思った。
ディアベルさんの死、ビーターの誕生という結末を迎えた第1層攻略。残り99層もあると思うとこの世界での戦いは長いものになるだろう。
一応、キリトとアスナが登場しましたが、リュウ君とは同じパーティーではないので名前がわかるまで片手剣使いの人と細剣使いの人にしました。大抵のオリ主はキリトと同じパーティーなので、違うパーティーだった場合、どうなるのか気になって別のパーティーにしました。リュウ君がどのようにこの2人と関わっていくのかこれからの話で明らかになります(登場人物が多い理由もです)
ディアベルには申し訳ありませんが、ここで退場ということにさせていただきました。
ファーランとミラの関係はそのうち明らかになります。
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第4話 現実の2人の関係は何なのか
今回は前半はギャグ、後半はシリアスにしてみました。そして、最後にはオマケがあります。
デスゲームが開始して二ヵ月近くが経過しようとしていた。現在、攻略は、キバオウの派閥によって結成された《アインクラッド解放隊》、亡きディアベルさんの派閥によって結成された《ドラゴンナイツ・ブリゲード》が中心になって進められている。今の最前線は第5層となっている。
俺たち3人は第一層フロアボスでのあの一件以降、一時的に最前線から少し距離を取り、活動をしている。3人だけでも攻略を進められるように、スキル熟練度やレベル上げに励み、再び最前線に戻ることを目標にしている。
今日はアルゴさんと一緒に彼女オススメのクエストに挑戦するため、第1層へと来ている。
挑戦しているクエストの内容とは、川に大量発生した《ピラニアヤミー》という50センチほどの大きさのピラニアのせいで、漁ができない漁師たちのために、ピラニアたちを倒すというものである。
そして、今はそのピラニアたちと戦闘中だが……。
「アルゴさん、敵の数がちょっと……いや、かなり多くないですかっ!?」
「このクエストは経験値を早く稼げるケド、それだけが欠点だからナ。辛抱してくれヨ」
今現在、俺たちが相手しているピラニアヤミーはざっと見たところ100匹近くはいる。このクエストを開始してからこれまで4人で50匹も倒しても、この結果だ。
「ねえ、リュウが緑色の3枚のメダルを使って、50人に分身して一気に倒すことができれば楽だよ!」
「無茶言うな!それにSAOにそんなシステムないだろ!」
戦闘中に無茶苦茶なことを言うミラにツッコミを入れる。だけど、ツッコミを入れられた当の本人は片手斧を振るってピラニアヤミーを次々と倒していく。
「数は多いけど、弱いから問題ないね!」
敵が思った以上に強くなく余裕を見せているミラ。しまいには調子になって、硬直時間が長めの片手斧のスキルを発動させてしまい、動けなくなってしまう。
「バカ、何やってるんだ!」
ファーランさんは盾で攻撃を防ぎ、片手剣で敵を倒しながら、ミラの元へと急ぐ。ミラに一匹のピラニアヤミーが襲い掛かろうとするが、ファーランさんが倒す。
「ありがと、ファーラン」
「まったく、余計な心配かけさせるな!」
何事もなかったかのようにしているミラをしかるファーランさん。
こんなことがありながらも1時間後には全てのピラニアヤミーを倒し、クエストはクリアした。その間、4人で倒したピアニアヤミーの総数は200匹だ。
ピラニアヤミーを全て倒したことを依頼してきた漁師に報告すると、クエスト報酬としてコルといくつかのアイテムをもらった。
「結構大変でしたけど、思った以上に経験値も稼ぐことができましたね」
「オレッちが言った通りダロ。あと、このクエスト報酬も中々のレアものダ。本当は料理スキルでもあれば食えるんだケド、売ってもそれなりのコルを手に入れることができるんダヨ」
そう言いながらアルゴさんはクエスト報酬をオブジェクト化し、俺に見せてきた。
アルゴさんの手元に現れたのは、細長くてウネウネしたもの……。これを見た瞬間、俺は一気に青ざめる。
「うわあああああああっ!!へへへへ蛇ぃっ!!」
蛇?らしきものに驚いて腰を抜かす。
「コイツは蛇じゃなくてウナギに決まっているダロ」
「う、ウナギっ!?」
ウナギとわかって一安心する。
この光景を見たファーランさんは俺にあることを聞いてきた。
「なあ、リュウって蛇が苦手なのか?」
「は、はい……」
ファーランさんの言う通り、俺は蛇が大の苦手だ。更にはメデューサといった蛇の怪物もダメだ。今回のようにウナギやウツボを蛇と見間違えて驚いたことも何回もある。
ウナギを蛇と見間違えたことがもの凄く恥ずかしい。
「こいつはいい情報を手に入れタ。情けないゾ、リュー坊。ウナギを蛇と見間違えたくらいで腰を抜かすなんテ。そんな状態でこの先、戦っていけるのカ?」
「うっ……」
アルゴさんの言う通りだ。確かにこの先、蛇型のモンスターだって出現するかもしれない。その時に腰を抜かして戦えなくなったなんてことになったら皆の足を引っ張ってしまう。
「ねえ、アルゴさんは何か苦手なものとか怖いものはないの?」
「オレッちに苦手なものは1つもない」
聞いてきたミラに対し、きっぱりとアルゴさんはそう答える。しかもその後に俺の方をニヤついて見てきた。明らかに俺のことを馬鹿にしている。
そんなアルゴさんに一瞬イラッとしたときだった。
「ワンワンっ!」
「にゃああああっ!!」
一匹の子犬がアルゴさんの元に近づいてきて吠えると、アルゴさんは変な悲鳴をあげてミラの後ろに逃げ込んだ。
「わあ、子犬だ。可愛い~」
「まさかSAOに子犬がいたなんてな。よしよし」
ミラは子犬を見て目をキラキラ輝かせ、ファーランさんは子犬の頭をナデナデする。俺も子犬をナデナデする。
そうしていると、アルゴさんが慌てて声をかけてきた。
「そ、そいつをどうにかしてクレ!」
「どうにかって、普通に可愛い子犬じゃないですか?」
「普通に可愛くない!」
明らかにアルゴさんの様子がおかしい。
「アルゴさん、もしかして犬が苦手なんですか?」
ジト目でアルゴさんを睨み、そう問いかける。
すると、アルゴさんは「そんなことないゾ」と冷や汗をかきながら俺から目を逸らす。
「だったら目を逸らさないで言って下さい!」
「ナハハハハ……」
さっきと変わらず、俺と目を合わせようとしない。
俺がここまでやっているのは、アルゴさんが俺の蛇嫌いの情報をネタにしようとしていたからだ。何としてもその情報が売られるのを阻止しなければならない。
その後、10分にも及ぶ取り調べの結果、アルゴさんは俺の蛇嫌いの情報を売らないと約束し、事態は解決するのだった。
そして、クエストを終えたオレたちは街へと戻ってきて、カフェで飲み物を飲みながら一息ついていた。
「ところでアルゴさん。アルゴさんが持っている情報ってクエストだけじゃなくて、美味しい食べ物が売っている店の情報とかもあるの?」
「もちろんダ。この街にはオススメの店は食べ物の他に武器や防具とか色々あるゾ」
「ホントっ!?じゃあ一緒に行こうよ!ファーランとリュウはどうするっ!?」
「俺は今日は疲れたからやめておくよ」
「俺もいいかな……」
俺とファーランさんはさっきのクエストを終えて今は休みたかったため、ミラの誘いを断った。
「なら仕方ないか。2人はまた今度ってことで。アルゴさん、アタシたちだけで行こう」
ミラは疲れた様子も見せず、アルゴさんと一緒に買い物に行こうとする。
2人がカフェを出て行こうとするとファーランさんがミラに声をかけた。
「おーい、ミラ。あんまり無駄遣いするなよ。あと、暗くならないうちに帰ってこい」
「ちょっとファーラン!アタシもう子供じゃないんだからね!」
「俺にとってはまだお前は小さい子供みたいに見えるぞ」
「ファーランのバカ!」
ミラはファーランさんに罵声をあびせると店から出て行き、ファーランさんはやれやれという表情をする。
兄と妹か父親と娘のようにも見える2人のやり取りを見て自然と笑みがこぼれてしまう。
「どうかしたのか?」
「なんかファーランさんとミラって兄妹か
「兄妹か父娘
そう言えば、ファーランさんとミラの関係っていったい……。ゲーム内で現実のことを聞くのはマナー違反だが、ダメ元で聞いてみることにした。
「あのファーランさん現実のことを聞くのはマナー違反なことなんですけど、ファーランさんとミラってどういう関係なんですか?2人の会話を聞いていると現実でも知り合いみたいですし、ずっと気になってて……」
「そうか、リュウにはまだ話してなかったな。いずれ話しておこうって思っていたからちょうどいいや」
ファーランさんはOKしてくれ、頼んだ飲み物を一口飲むと話し始めた。
「リュウの言う通り、ミラとは現実でも知り合い……一緒に住んでいるんだよ」
「じゃあ、ミラとは家族なんですか?」
「まあな。ミラは姉さんの子供なんだよ」
「姉さんの子供?」
姉さんの子供ってことは2人は叔父と姪ってことなのか。
「実は俺の姉さん、ミラが4歳の時に旦那さんと一緒に事故で死んだんだ」
「えっ!?」
あまりの衝撃的な発言に俺は言葉を失ってしまう。そんな中、ファーランさんは話し続ける。
「旦那さんの親族の方と話し合って、ミラは俺と両親のもとに引き取られたんだ。でも、引き取られた当時は俺たちに中々心を開いてくれず、笑ったところも見せてくれなくて……。その前にも何回か俺たちと会ったことはあったんだけど、その時には笑ったところは見せてくれたんだけどな……」
俺が知っているミラは、お転婆で元気すぎると言ってもいいくらいの女の子だ。今のミラとは想像がつかない。ミラにそんなことがあったなんて……。無理もないか、その年で親を亡くしてしまったんだからな。ミラの気持ちは痛いほどよくわかる。
「それでも俺はミラの心を開こうとずっと話しかけ続けたんだ。隙を見て逃げられたことも『うるさい』とか『バカ』とか罵声をあびせられたことも何回もあったよ。でも、俺は諦めなかった。そうしないとミラは本当に1人になってしまうからな……。だから俺はミラに『俺のことをお父さんやお兄ちゃんだと思って頼ってくれ』って言ったんだ」
ファーランさんは凄い人だ。こうやってミラと向き合って、ゲームで知り合ったばかりの俺のことも助けようとして……。
「それからミラは俺たちに心を開いてくれて元気になってくれたんだよ。だけど、ちょっと元気過ぎるなって思うんだけどな。それでもミラが元気になってくれたからよかったよ」
「ファーランさん……」
兄妹にも父娘
俺も2人のように過去を乗り越えることができるのだろうかと思うのだった。
オマケ『もしも、あの時オーズ・ガタキリバコンボに変身してたら』
「ねえ、リュウが緑色の3枚のメダルを使って、50人に分身して一気に倒すことができれば楽だよ!」
「そうか!」
俺はオーズドライバーを取り出し、腰に装着する。そして、クワガタとカマキリとバッタがそれぞれ描かれた3枚の緑色のメダルをオーズドライバーにセットし、ドライバーの右腰にあるオースキャナーを手に取り、3枚のメダルを横一線にスキャンする。
「変身!」
そう言い、変身ポーズを取る。
『クワガタ!カマキリ!バッタ!ガ~タ・ガタガタ・キリ・バ・ガタキリバッ!!』
歌が流れ、俺は仮面ライダーオーズ・ガタキリバコンボに変身する。そして、ガタキリバコンボの能力で50体の分身を作り上げる。
『よし!って、絶対おかしいだろこれ!!』
50人に増えた俺によるツッコミがアインクラッドに響くのだった。
今回はオーズネタが多かったです。最後のやつは完全に私の悪ふざけです。前半に登場したピラニアヤミーはオーズ第6話に登場した怪人で、リュウ君の蛇嫌いのネタはオーズの主人公『火野映司』のものです。
それはさておき、ファーランとミラは叔父と姪だということが判明。ユウキと同様にミラにも明るくふるまっている裏でこんなことが……。でも、今のミラにはファーラン、そしてリュウ君がいるので大丈夫です。
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第5話 3人の絆
今年もよろしくお願いします。
2023年5月7日 第28層・迷宮区
数日前に第27層のフロアボスを倒し、現在の最前線はここ第28層である。この前の第25層のフロアボス戦で、アインクラッド解放隊が攻略組から離脱するほど痛手を負ってしまうという事態が起き、多くの攻略組プレイヤーたちに恐怖を刻み込ませることになった。
だが、現在は落ち着きを取り戻し、攻略は進められている。攻略組の一員である俺達も最前線の迷宮区で戦っていた。
今は攻略中に遭遇した複数のゴーレム型のモンスターと戦闘中である。
「攻撃来るぞ!」
1体のゴーレムが振り下ろしてきたメイスをファーランさんが盾で防ぎ、片手剣で反撃する。更に他のミイラたちが押し寄せてくる。
「ミラ、スイッチ!」
「任せて!」
ファーランさんと入れ替わり、ミラが前に出て片手斧で数体のゴーレムを斬りつける。攻撃を受けたゴーレムは一撃でポリゴン片となって消滅する。俺も負けずに下級の片手剣スキルを使用し、残ったゴーレムたちを倒す。
これで全部倒したかと思っていたところ、新たに曲刀を持ったゴーレム1体が出現し、俺に襲いかかってきた。俺はとっさに片手剣で受け止める。
「リュウ!」
ミラが叫ぶが、「大丈夫だ」と言ってゴーレムの相手をする。
ゴーレムが振り下ろしてくる曲刀を見切り、回避したり、剣で防御する。俺の片手剣とゴーレムの曲刀がぶつかり合い、火花が散る。隙を見て、斬りつけ、トドメに剣で貫いて倒す。
「ふぅ……」
ゴーレムを倒すと、剣を右腰にある鞘へと戻す。
「いい剣捌きだったな、リュウ」
「ありがとうございます」
「それにしてもリュウって元々から剣の扱いに慣れている感じがするんだよな。ソードスキルの扱いに慣れるのもあまり時間も掛からなかったしよ」
「昔から体を動かすことは得意で好きでしたから。それに、10歳の時からは友達に誘われて剣道もやってたんですよ」
「なるほど、だったら納得がいくな」
「それでリュウは剣道、強かったの?」
「いや、そうでもなかったよ。俺よりも強い人はいたからな。特に通っていた道場にいたある同い年の女の子は……。あの子には何回もコテンパンにされて負けたよ」
「それでその女の子には1回も勝てなかったんだ」
「そんなことないぞ!勝った時だってある!」
「ホントかな~?」
「本当だって!」
ニヤついてオレを疑ってくるミラに本当だと必死になって反論する。
そういえば、ミラの声質ってあの子に似ているんだよな……。今はどうしているんだろう、元気にしてるかな。でも、
こんなことを考えているとミラが話しかけてきた。
「リュウ、そろそろ行くよー」
「ああ……」
更に迷宮区の攻略を進めて1時間近く経過する。その間に、マッピングもある程度進めることができた。もう少ししたら帰ろうとした時、隠し部屋を発見する。
「隠し部屋みたいですね。どうします?」
「気を付けろ、前の第27層の迷宮区みたいに何かトラップかもしれない。回復アイテムと武器の耐久値はどうだ?」
「回復アイテムも結晶とポーションどちらもまだ十分あります。耐久値の方も大丈夫です」
「アタシも」
「そうか。入る前に、万が一のために転移結晶をすぐに使えるように準備した方がいいな。だけど、結晶が使えないエリアもあると言われているから気を付けろよ」
ファーランさんに、俺とミラは頷いて返事をする。そして、俺たちは隠し部屋の中へと入る。部屋の中央まで来ると、入口が鉄格子で塞がれ、部屋の中に閉じ込められてしまう。更に、巨大な白いオトシブミ型のモンスターが出現した。
「隠しボスの部屋か。でも、倒せないレベルではない。俺が奴を引き付けるからリュウとミラはサイドから攻撃してくれ!」
「「はい!(うん!)」」
各自、武器を手に取ると隠しボスとの戦闘が始まった。
ファーランさんが盾で防除しつつ片手剣で反撃して敵を引きつけ、オレとミラで側面から反動が少ないソードスキルを使用し、攻撃する。
HPバーは一本しかないが、ボスモンスターと言うだけあって、通常のモンスターと比べると戦闘能力が高い。だけど、今のオレたちにとっては敵ではないレベルだ。
俺たちのパーティーは、盾と片手剣を使うファーランさんが主に防御や敵を引き付ける役割を受け持ち、攻撃力が高い片手斧を使うミラと機動性重視の構成にしている俺が攻撃するというのが、主な戦術となっている。今回もこの戦術で戦っている。
戦いは順調に進んで行き、モンスターのHPはどんどん減っていく。だが、ボスモンスターはHPがレッドゾーンに突入すると、先ほどより攻撃力と素早さが少し上がった。そして、ソードスキルを使用したばかりのファーランさんとミラに反撃する。
「ぐっ!」
「きゃっ!」
「ファーランさん!ミラ!」
2人のHPが残り半分近くまでになる。更にモンスターは2人を攻撃しようとする。
「させるかぁっ!」
ボスモンスターが攻撃する直前、片手剣スキルの《スラント》を放つ。すると、ボスモンスターは俺の方を攻撃しようとしてきた。
俺は軽業のスキルを使用し、攻撃を回避する。そして、片手剣ソードスキル《シャープネイル》を使用し、モンスターを斬り付ける。これを喰らったモンスターは怯み、隙が出来た。
そこへ体制立て直したファーランさんとミラが、それぞれ今の自分が持つ一番強力な片手剣スキルと片手斧スキルを叩き込む。これで、あと一撃で倒せる。最初に硬直から解放された俺は、大型モンスターに有効な片手剣ソードスキル《サベージ・フルクラム》を発動させ、三連撃の攻撃を与え、ボスモンスターにトドメを刺す。
ボスモンスターはポリゴン片となって消滅した。
その直後、ファーランさんとミラが俺の方にやってきた。
「ナイスファイトだ、リュウ」
「あれは凄かったよ!」
「でも、あのボスモンスターはオレだけじゃなくて、2人がいたから倒せたんだよ」
ボスモンスターを倒したことに喜んでいると、部屋の奥にトレジャーボックスが出現する。それを開けてみると、中には赤、黄色、緑のメダル1枚ずつと計3枚入っていた。赤いメダルにはタカ、黄色のメダルにはトラ、緑のメダルにはバッタが金色で描かれている。
「たったのメダル3枚っ!?もう少し、入っていてもいいじゃん!」
メダル3枚ということに不満がある様子のミラ。
このメダルに何かあるのかと、ファーランさんがメニューウインドウを開いて確認する。
「この3枚のメダルは《王のメダル》という名前で、売るとかなりの値段で取り引きされるくらいの価値があるみたいだぞ。レアアイテムって言ってもいいくらいのものだ。それにこのメダル、前の持ち主だったという王が戦場に行く際にお守りとして持っていっていたものらしいぜ」
「そうなんですか?でも、俺たちあまりお金には困ってもいませんし、これは記念に取っておくっていうことにしませんか?現実でも記念に作られた硬貨もありますし」
「確かにそれも悪くないな」
「うん。それなら納得がいくよ」
「じゃあ決まりだな。メダルもちょうど3枚あるし、1枚ずつわけるか。リュウはどれにする?」
「俺からでいいんですか?」
「あのボスモンスターはリュウがトドメを刺しただろ。だから最初に選ぶ権利があってもいいと思うぜ」
「アタシもそれに賛成だよ」
2人がそうだって言ってくるなら、お言葉に甘えて選ばせてもらおうか。
「じゃあ、このタカが描いてある赤いメダルでお願いします」
「赤いメダルはリュウだな。ミラはどっちにする?」
「アタシは黄色のメダルがいいな」
「となると俺はこの緑色のメダルだな」
赤いメダルは俺、黄色のメダルはミラ、緑のメダルはファーランさんと3枚のメダルは分配された。
「このメダルは、アタシたちはずっと仲間だっていう証だよね。今までもアイテムの分配は沢山してきたけど、今回のは特別な感じがするよ」
「俺もそう思うよ」
「仲間の証か。そう言ってもいいな」
ミラが言ったことに俺とファーランさんも賛同し、笑みを浮かべる。このメダルは、大事にしないといけないな。
迷宮区から出た時にはすっかり日が暮れていたため、今日はここから一番近い村にある宿屋に泊まることになった。夕食を済ませ、雑談を終えると、明日の攻略のために自分の部屋で休むことにした。
だけど今日は眠れず、気が付けば午前12時を回っていた。気晴らしにと宿から出て少し歩いたところにある崩れた石壁の上に座り、夜空を見ることにした。外にはプレイヤーもNPCも一人もいなく、静まり返っている。
アインクラッドの外に広がる夜空は沢山の星屑が輝き、幻想的な光景だ。本当に仮想世界のデータが作り出したものとは思えないくらいのものだ。
この世界に来て、ファーランさんとミラと出会って7ヶ月が過ぎようとしているのか。早いって言えばいいのか、まだまだと言えばいいのか。今日、あのメダルを手に入れ、ミラが「これからもずっと仲間だ」と言っていたが、本当にこれからも2人と一緒にいられるのかと考えてしまう。もしも、
そんなことを考えていると誰かが近付いてくる気配がする。人数は2人だ。
「おーい、何やっているんだ?」
近付いて声をかけてきたのはファーランさんだ。その隣にはジュース瓶を3本持ったミラもいる。
「ファーランさん、ミラ」
「俺たちも今日は何だか眠れずにいてな。リュウも眠れずに星でも見ていたのか。俺たちも一緒にいいか?」
「1人で見るより、3人で見た方が楽しいよ」
俺が「いいよ」と言うと2人はオレの隣に座る。すると、ミラはオレとファーランさんにジュース瓶を1本ずつ渡してきた。
「これは?」
「この前、アルゴさんと一緒に挑んだクエストで偶然手に入れた飲み物だよ。何かサイダーみたいで美味しかったから味は保障するよ」
ミラが渡してきたジュース瓶に入っていた飲み物は、甘くてシュワシュワ感があり、本当にサイダーみたいなものだった。SAOに捕らわれてからずっと飲んでいなかったから、とても懐かい味だ。
「どう?美味しいでしょ?」
「ああ、サイダーみたいな感じで美味しいよ」
「SAOでもここまで美味いものは数少ないからな、いいと思うぜ」
「よかった。あまり難しくないクエストだったから今度は3人で挑戦しようよ!」
俺とファーランさんはOKすると、ミラは喜んだ。
それから3人で話しをしながら星空を見ていた。
「あ、流れ星!」
「流れ星?どこにあったんだ?」
「あっちだよ。あ、まただ!」
ミラは流れ星を見つけ、それがあったと思われる方を指差す。ファーランさんが探している間にもミラはもう一つ流れ星を見つける。
「どこだ?全然見つけられないぞ」
「ファーラン見つけるの下手過ぎだよ」
「うるさいな。ほっといてくれよ」
ファーランさんを小馬鹿にするミラと、拗ねるファーランさん。2人のやり取りを見て俺は笑う。
この2人と一緒に居ると楽しいな。だけど、そんなことを思うと同時に不安に思ってしまうこともある。
そんな俺のことに気が付いたファーランさんが話しかけてきた。
「なあ、リュウ。何悩んでいたんだ?」
「え?別に悩んでなんか……」
「そうか?ここ最近何か悩んでいるようにも見えるんだけどな」
どうやらファーランさんにはわかっていたようだ。隠しても無駄だと思い、話すことにした。
「怖いんです。俺の周りにいる人がいなくなるっていうのが……。ファーランさんとミラもそうなるんじゃないかって……」
「何だ、そんなこと心配してたのか。俺たちはリュウの前からはいなくならない。俺たちは仲間だろ。このゲームがクリアしてもさ」
ファーランさんに続き、ミラも話しかける。
「心配ないよ。いつでも3人でどんな困難だって乗り切ったじゃん。アタシたち3人なら絶対にこれからどんなに強い敵が出てきても困難に遭遇しても大丈夫だよ。アタシたちはリュウの前から絶対にいなくならない」
「ミラの言う通りだ。リュウ、俺たちを信じてくれ」
無邪気に笑うミラ、真剣な眼差しでオレを見るファーランさん。
俺はデスゲームが開始してから2人と一緒に行動してきて何を見てきたんだ。苦楽を共に過ごしてきた仲間じゃないか。それにファーランさんとミラと一緒に行くと決めたときだって、2人を信じようって決めただろ。
「わかった、信じるよ」
そう答えるとミラとファーランさんは嬉しそうにする。
「やったぁっ!」
「リュウ、ありがとな」
2人の喜ぶ姿を見て、笑みがこぼれる。
絶対に3人そろってゲームをクリアして現実に戻ることだってできるよな。今日、手に入れたタカが描かれた赤いメダルを見てそう思うのだった。
再構成版ではリュウ君は10歳から剣道をやっていたということになっています。そして、リュウ君の話に少し出てきたミラと声質が似ている女の子は……。ミラのイメージキャラボイスは第1話の後書きにも公開してますが、今ここで言ってしまうとわかってしまう方が多いので伏せておきます。
ちなみに、今回リュウ君たちが手に入れたメダルはオーズがスーパータトバに変身する際に使用するメダルみたいなものとなっています。このメダルは今後の展開に重要になるかもしれません(ならない場合もあります)
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第6話 《巨大樹の森》
今回からシリアスな要素が多くなります。では、どうぞ。
2023年11月7日 第45層主街区
デスゲーム開始から1年が経過した。攻略は順調に進められ、現在の最前線は45層となった。残りは55層。この調子で行けば、後2年もしないうちに第100層まで行けるだろう。
「回復アイテムに転移結晶、それに武器や防具の耐久値はこれでよしと。ファーランさん、オレはいつでも出発できますよ」
「リュウは準備OKだな。ミラはどうだ?」
「あと3分待って。女の子の準備って時間がかかるからね」
「しょうがないな。早くしろよ」
まだ準備を終えてないミラを待つ俺たち。本当なら今年で中2になった俺は中学に行かなければならないけど、この仮想空間の迷宮攻略に行くのがすっかり日常になっていた。
ミラも準備を終え、迷宮区に出発する。
「この層の迷宮区も大分攻略されたし、5日後には第46層に進めそうですね」
「そうだな。ん?あそこにいるのって……」
話しながら迷宮区がある方への門へ向かっていると、ファーランさんが何か発見する。俺とミラもその方向を見る。そこにいたのは7人のプレイヤー。その中に俺たちがよく知っている人がいた。
「フラゴンさん」
俺が話しかけるとフラゴンさんはこっちの方を見た。
「君たちか。この前の攻略会議以来だな」
フラゴンさんは第1層フロアボス攻略の時にパーティーを組んだ人で、現在は攻略組の小規模ギルドを作り上げ、そこのリーダーをやっている。
「ところで、何かあったんですか?」
「実は……」
「頼む、仲間を助けてくれ!」
フードで顔を隠した1人の男性が泣きわめいていた。
フラゴンさんの話によると、その男性の仲間の人がこの層の南側にある《巨大樹の森》というフィールドダンジョンに行って中々戻って来なくて、攻略組のプレイヤーたちに助けを求めていたという。仲間の人たちはまだ全員が無事らしい。恐らく、フィールドダンジョンにある安全地帯にいるのだろう。
事情を知った俺たち。すると、ファーランさんが男性に声をかけた。
「なあ、アンタは何で1人だけここにいるんだ?それにここは最前線だろ」
「俺たちはもう少しで攻略組に入れるレベルだからって、今日は最前線のフィールドダンジョンに行こうってなったんだよ。でも、途中で仲間たちとはぐれて、探したんだけど、回復アイテムもなくなりそうになって、ここに戻って来たんだよ。本当は今すぐに助けに行きたかったんだけど、俺……仲間の中で一番レベルが低くて……」
これは中層プレイヤーの軽い考えが引き起こしたことだ。でも、このままこの人を放っておくわけにはいかない。
「あの、俺たちでこの人の仲間を助けに行きませんか?まだ生きているって言うなら行かないとっ!」
俺が言ったことに反対する人は誰もいなかった。
「そんなの当たり前だろ」
「アタシたちで助けに行こうよ!」
「攻略組は攻略を進めることだけが全てじゃないからな」
ファーランさん、ミラ、フラゴンさんの順に言う。フラゴンさんのギルドの人たちも頷く。そして、フラゴンさんが男性に依頼を引き受けると言った。男性は喜んでいた。
早速、《巨大樹の森》へ向かう。
《巨大樹の森》。高さが15~20メートル近くもある巨大な木によって形成されている森だ。この層の3分の1近くの広さを持ち、第35層にある《迷いの森》と同様にいくつものエリアに分割され、1つのエリアに一定時間いると東西南北の連結がランダムにされてしまうという仕組みとなっている。《迷いの森》の完全上位版と言ってもいいダンジョンでもある。
そして、そこで一番厄介なのが巨人型モンスターだ。3,4メートルの大きさを誇る巨人は、他のフィールドに生息しているモンスターと比較してもステータスは高い方だ。そのため、攻略組プレイヤーでない限り苦戦することが多い。流石に、昔流行っていた人類と巨人の戦いを描いた漫画に登場する巨人のように、大砲で頭を吹っ飛ばしても1,2分くらいで再生してしまうほどの生命力はないが。こんなものがSAOに本当にあったら、かなりヤバかった。
途中、武装した兵士たちによって厳重な警備体制がなされている、高さ20メートル近くにもなる石造りの壁が設けられたところにある関所を通り、《巨大樹の森》へと到着する。
「ここが《巨大樹の森》……」
「凄く高い木だね……」
俺とミラが一言。
この森にある木は迷宮区タワーほどではないが、かなり高いと言ってもいいくらいだ。アインクラッドでこんなに高さがあるものを見るのは初めてだ。
入り口前で、装備やアイテムの最終確認をする。それを終えるとフラゴンさんが先頭に立ち、皆に言う。
「これから森に入るわけだが、まだ攻略はあまり進められていないため、トラップも沢山あるかもしれない。それに、ここにいる巨人型モンスターは強い。気を引きしめていくように」
その言葉に全員が頷く。
「行くぞ」
フラゴンさんが言い終えると、《巨大樹の森》に入る。
森の中は、巨大な木々によって日の光が遮られていて、それに出発したときは晴れていた空も今は曇っているため、日中でも迷宮区並に薄暗い。
森の中を進んでいる途中、何回か巨人型モンスターと遭遇するが、俺たちは特に苦戦することなく倒すことができた。
「これで10体目ですね」
「ああ。向こうもちょうど終わったみたいだだから合計12体だぜ」
2体の巨人と戦っていたフラゴンさんたちもちょうど戦いを終えたようだ。フラゴンさんも俺たちも倒したことに気が付くと、こっちに向かってきた。
「やっぱり君たちもいると普段より効率もいいな」
「ホント?やっぱりアタシたちって凄いんだ」
「おい、あまり調子に乗るな」
フラゴンさんに高く評価され、浮かれているミラの頭に軽くチョップして注意するファーランさん。このやり取りに場の空気が和む。
こんなやり取りを終え、出発する。
その後も《巨大樹の森》の中を進むが、プレイヤーは中々発見できず、一時間ほどが経過する。しまいには雨が降ってきて、霧までも出てきた。
俺とファーランさん、ミラは普段から羽織っているフード付きマントのフードを深く被り、雨具替わりにする。フラゴンさんたちも装備ウインドウを操作し、俺たちと同様にフード付きマントを羽織って、フードを深く被る。
その間にも2体の巨人型モンスターが出現し、戦闘になる。雨と霧のせいで視界が悪く、地面も滑りやすくなっている。
ファーランさんやミラ、フラゴンさんたちとスイッチを繰り返しながら巨人型モンスターの相手をする。
そんな中、前線で戦っていると1体の巨人が俺に拳を振り下ろしてきた。バックステップで攻撃を回避し、ぬかるんだ地面を滑る。剣を構え、巨人に反撃しようとしたときだった。
足元の地面が急に光だし、俺を包み込む。これはワープトラップだ。すぐに抜け出そうとするが、すでに遅かった。
気が付くと、先ほどとは風景が変わっていて、他の皆も巨人型モンスターもいない。
「ファーランさん!ミラ!皆!」
叫ぶが、誰の返事も聞こえない。
マップを出して確認してみると、いるのは《巨大樹の森》に変わりないが、俺は先ほどいたところとは別のマップにいた。
「ワープトラップがこんなところにあるなんて聞いたことないぞ。それよりも早く皆と合流しないと」
過去にワープトラップにかかって、ファーランさんとミラとはぐれたことが1度あったので、それほど焦ることはなかった。だけど、このフィールドダンジョンはまだマッピングが終わっていない。どんなトラップやモンスターが待ち受けているかわからない。
皆とはぐれてしまった俺はたった1人で、慎重に巨人たちが支配するこの森の中を進むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リュウとはぐれてから20分ほど経つ頃には、フラゴンのギルドメンバー4人ともトラップによってはぐれてしまった。今、俺と一緒にいるのは、ミラとフラゴン、彼のギルドメンバー1人だ。
「ファーラン、雨や霧のせいで全然見えないよ!」
「ミラ、俺から離れるな!」
雨は止む気配はなく、霧もますます濃くなっていく。俺たちははぐれないようにと固まって移動している。
「これはかなりマズイな。サイラム、転移結晶で街に戻って血盟騎士団や他の攻略ギルドに応援を要請してくれ」
「はい!」
サイムラと呼ばれた少年は転移結晶を取り出し、街に戻ろうとする。だが、いくらやっても転移結晶は反応しない。
「ダメです!転移結晶が使えません!」
「このダンジョンの最深部付近はクリスタル無効化エリアか」
「外部との連絡が取れないとなると、俺たちでリュウたちやあのプレイヤーの仲間たちを見つけ出さなければならないってことかよ」
「一旦、森を出て転移結晶で街に戻って応援を呼びに行く時間もなさそうだ。私たちだけでなんとかするしか……」
「そうなると早く見つけ出さないと……。最初にはぐれてしまった彼一人じゃ……」
「リュウを甘く見ないで!」
サイラムという少年が言っている途中ミラは声をあげて割って入ってきた、更にそれに続くように俺も言う。
「リュウはうちのパーティーのエースだ。そんな簡単にやられたりはしないぜ。アイツの強さは俺が保証する」
「すいません……」
この光景を見ていたフラゴンは笑みを浮かべ、俺に話しかけてきた。
「彼のことをそんなにも信頼していて、君たち3人の絆は強いんだな」
「アタシたちの絆は簡単に壊れたりはしないよ!絶対に3人で現実に帰るって決めているんだよ!」
「君たちが仲間を思う気持ち、強く伝わって来たよ。仲間を思う気持ちは私も同じだ。早く皆を見つけるぞ!」
仲間の絆が強いのはフラゴンたちの方も同じのようだな。
リュウ、お前は今どこにいるんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ファーランたちとはぐれたフラゴンのギルドメンバー4人の内2人は、雨が降り、霧が立ち込める森の中を進んでいる。
「一向に雨が止む気配も、霧が晴れる気配もないな」
「そうね。早くフラゴンさんや他の皆と合流できればいいけど……ん?」
槍を持った女性プレイヤーが濃い霧の中を動く巨大な影を発見する。その巨大な影はゆっくりとこちらに向かってきている。
「どうした?」
「何かが近づいてきているみたい。巨人型モンスターかもしれないけど、サイズが他のよりありそうなのよ」
「サイズがデカくても巨人型モンスターは、攻略組プレイヤー2人だけでも倒せないレベルではないだろ」
2人は武器を手に取り、警戒態勢に入る。そして、濃い霧の中から巨大な影は2人の前に姿を現した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《巨大樹の森》を一人で歩き続けて30分近く経過する。策敵スキルをフルに活用し、巨人との戦闘をなるべく避けつつ、ファーランさんたちを探している。だが、皆は一向に見つからない。
そんな中、ある場所へとたどり着く。そこには5,6人ほどのプレイヤーの分の武器や防具が地面に転がっていた。
「これってまさか……」
恐れていたことが起こっていった。これらの武器は遭難したプレイヤーたちの……。それはつまり……。悔やんでいると足元に1つの記録結晶があるのに気が付く。
「これは録音クリスタル。どうしてこんなものが……」
録音クリスタルを確認してみると、1人の男性の声が結晶から聞こえる。もしかして、この録音クリスタルお持ち主だった人のものなのか。
『オレはもう終わりだ……。あのフードで顔を隠した奴は、このフィールドダンジョンは中層プレイヤーでも最前線で安全に探索することができるところだと言っていたけど、どう見ても危険過ぎる。きっと、アイツに騙された。転移結晶は使えず、あの
男性プレイヤーの悲鳴とポリゴンが砕け散る音がしたところで、録音クリスタルに残っていた音声は途切れていた。
「
このフィールドは巨人型のモンスターは多い。だけど、赤い目をした巨人なんていなかった。それに俺たちに仲間の救援を依頼してきたあの男性との話といくつも矛盾がある。どういうことなんだ……。
「っ!?」
その時、地面に巨人の足跡と手の型があることに気が付く。それもこのダンジョンに入ってから戦った巨人たちより明らかに大きいものだ。
「これって、
その直後、何処からか悲鳴が聞こえる。
「うわあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
あの声はフラゴンさんのギルドの人たちの……。
急いで悲鳴が聞こえた方に言ってみると、悲鳴をあげていた2人のものと思われる武器や防具が転がっていた。そして、赤い目の巨人のものと思われる足跡と手の型はまだ先へと続いている。それが続く方向から別の2人の悲鳴が聞こえる。
「まさか、あそこに……。ファーランさん、ミラ!」
2人もそこにいるんじゃないのかと思い、雨と霧で視界が悪い中を全速力で走って向かう。
「頼む、無事でいてくれ!」
巨大樹の森、巨人など第45層はオリジナルで「進撃の巨人」をベースとした感じとなっています。「進撃の巨人」の要素は他にも色々ありますが。
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第7話 砕かれた夢と絆
俺とミラ、フラゴン、サイラムの4人は、フラゴンのギルドメンバー2人の悲鳴が聞こえたところへとやって来た。だけど、そこにいたのはフラゴンのギルドメンバーではなく、4体の巨人だった。その足元には彼らの物だと思われる武器の残骸が転がっていた。
4体のうちの1体は、他の巨人とは明らかに違う雰囲気が漂っている。大きさも倍はあり、何よりも肩まで伸びている黒髪、赤い目を持ち、不気味な笑みを浮かべている。
俺たちのことを獲物として見ているかのように……。
「見たところ、あの赤い目の巨人はこのフィールドダンジョンのボスモンスターようだな。他の皆はまさかアイツに……」
フラゴンが言う通り、他の皆はあの赤い目の巨人にやられた可能性もある。
だけど、リュウは無事だと信じるしかなかった。これはミラも一緒だ。
「どうする?あの赤い目の巨人から一旦逃げるか?」
「私もそうするべきだと思ったが、どうやらそうも言ってられないみたいだ」
「ファーラン、後ろ……」
ミラが服を引っ張ってきて、後ろの方を指さす。ミラが指さした方向から3体の別の巨人がやって来た。
「よりによってこんな時に他の巨人までやって来るなんて……」
「フラゴンさん、どうします!?」
「脱出経路が開いたらすぐにこのエリアから脱出するぞ!戦闘用意!!」
戦闘は避けられないようだ。各自、自分の武器を手に取り、戦闘態勢に入る。
だけど、転移結晶が使えず、悪天候で視界が悪くなっている中で、この数の巨人と戦うことになるとは……。4人でこの数の巨人と戦うのはかなり厳しいぞ。それにあの赤い目の巨人はどれほど強いんだ?
こうしている間にも1体の巨人が拳を振り下ろしてくる。
「攻撃来るぞ!かわせ!」
俺たちは攻撃をかわし、今攻撃してきた巨人を攻撃する。だけど、その間に他の数体の巨人が俺たちを攻撃してきた。
「ぐわっ!」
攻撃をもろに受けたサイラムは地面に転がる。
「サイラム無事か!?」
「はい、なんとか……」
フラゴンがそう呼びかけると、サイラムはゆっくりと起き上がろうとする。
無事だったようで安心した時だった。
赤い目の巨人がサイラムを掴んで、ゆっくり口へと運んでいく。
「何だ、コイツ!離せえええっ!」
「アイツ、サイラムを食おうとしているのかっ!?」
「何っ!?」
「そんなモンスターってSAOにいるなんて聞いたことないよっ!」
「俺だって聞くのは初めてだ!」
通常の巨人型のモンスターはプレイヤーを殴るか蹴るかで攻撃する。だけど、あの赤い目の巨人はプレイヤーをも捕食しようとするアルゴリズムがあるっていうのか。
サイラムの悲鳴が響き渡る。
「うわああああっ!!」
「サイラム!今助けるぞ!!」
「フラゴンさん、僕はもう駄目ですっ!早く逃げて下さい!どうか御無事で……」
最後まで言い終えることは出来ず、サイラムは赤い目の巨人に丸飲みにされて食われた。
「サイラム!」
フラゴンは叫び、俺の隣ではミラは手で耳を塞ぎ、目を閉じていた。
この間にも他の巨人たちが俺たちに迫ってきた。
フラゴンは先ほど攻撃してHPが減っている巨人に細剣スキル《オブリーク》を喰らわせる。硬直がなくなると、他の巨人1体の心臓目がけて突き技の6連撃《クルーシフィクション》を叩き込む。
2体の巨人がポリゴン片となって消滅する。
「サイラムたちの仇は取らせてもらうぞ!!」
巨人たちを倒そうと意気込むフラゴン。だが、この悪天候のせいで後ろから1体の巨人が近づいてきていることに気付いていない。
「後ろ!!」
「ぐはっ!!」
フラゴンは殴り飛ばされて、勢いよく地面を転がっていく。この衝撃で細剣は折れ、フラゴンは気を失って倒れてしまう。
そこへあの赤い目の巨人がやってきてフラゴンを掴み、自分の口へと入れて彼をサイラムと同様に丸飲みにして食った。
「フラゴンっ!!この野郎!!」
フラゴンを攻撃した巨人に、ミラと一緒にソードスキルを叩き込んで倒す。
「ファーラン、もうアタシたちしか残ってないよ!」
「落ち着け!大丈夫だ!」
いつもお気楽でいるミラでさえ、弱腰になっている。
流石に俺もこの状況はかなりマズイと思う。たった2人だけでこのピンチをどう乗り越えればいいんだ。
こうしている間にも赤い目の巨人が俺とミラにも狙いを定め、こっちに向かってきた。
俺たちは武器を持って構え、戦闘態勢に入ろうとしたときだった。
何者かが赤い目の巨人の足を斬り裂く。
足を斬られた奴はバランスを崩し、顔から地面に倒れ込む。
そこにいたのは、左手に片手剣を持ち、俺たちとお揃いのフード付きマントを羽織った少年だった。
俺とミラはその少年の名前を呼ぶ。
「「リュウ!!」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
途中、1体の巨人型モンスターにタゲを取られてしまい、相手をしている内に遅くなってしまった。
急いで、悲鳴が聞こえた場所に向かうと、他の巨人の倍の大きさを持つ巨人がファーランさんとミラに迫っていた。
「あれが赤い目の巨人か」
俺は、《スラント》や《バーチカル》を発動させ、赤い目の巨人の足を攻撃。奴がバランスを崩して倒れたのを確認すると急いでファーランたちの元へと走って向かう。
「ファーランさん、ミラっ!!」
「リュウか!よかった、お前だけでも無事だったんだな」
「はい……。だけど、遭難したプレイヤーやフラゴンさんの仲間が何人かやられて……」
「こっちもだ、フラゴンと残りの仲間はやられた……。今生き残っているのは俺とミラだけだ……」
「そんな……」
フラゴンさん達が死んだことにショックを受けるが、今はそうしている暇は少しもない。
「今は感傷に浸っている場合じゃない!生き残った俺たちだけでも逃げるぞ!!」
俺たちに迫って来る3体の巨人を1人1体ずつ迎え撃つ。
フラゴンさんたちは救うことができなかった。せめてファーランさんとミラだけでも……。
短時間で終わらせようと、大型モンスターに有効な片手剣ソードスキル3連撃《サベージ・フルクラム》を発動。巨人の胴体に水平斬りで剣を突き刺し、下からの垂直斬り、最後に上からの垂直斬りを与える。
巨人はポリゴン片となって四方へと爆散した。
ファーランさんとミラの方を見ると2人はまだ戦っている。
硬直が終わったら、2人に加勢しなければと思ったときだった。
「リュウ、危ない!!」
「えっ?」
ミラがそう叫んだ直後、巨大な手がゆっくりと俺に迫ってきた。だが、気が付いたときにはすでに遅く、巨大な手はがっちりと俺を掴んだ。
「ぐわっ!!」
俺を捕えたのは、先ほど足を斬り付けて倒れているはずの赤い目の巨人だった。
奴は不気味な笑みを浮かべて俺の方を見て、がっちりと掴んでいる。
「リュウ!」
「今助けるぞ!くっ!!」
「邪魔しないで!!」
ファーランさんとミラはすぐに俺を助けに来ようとする。だが、他の巨人たちが2人を攻撃して邪魔している。
「くそ!離せええええっ!!」
必死にもがくが、がっちりと掴まれているため、抜け出すことができない。おまけに剣も捕まえられた時に落としてしまって今は武器がない。右手を動かすこともできなくて、メニューウインドウも開けない状況だ。
そうしている間にもゆっくりと赤い目の巨人の口の元へと持っていかれる。そして、巨人の巨大な口が開かれ、口の中に入れられそうになる。
俺は死への恐怖に包まれる。
「うわああああっ!!」
もう駄目だと思ったときだった。俺を捕えていた手が開かれ、誰かが俺の手を掴む。
目に飛び込んできたのは、片手剣を使って巨人の口が閉じられるのを防いでいるファーランさんと、巨人の手を片手斧で斬り付けたミラだった。2人は武器を持っていない方の手で俺の手を掴んでいる。
2人が先ほどまで相手していた巨人たちは倒されていた。
「リュウ、 しっかりして!」
「ゲームをクリアしてからも俺たちは仲間だろ。だからこんなところで、死ぬなぁぁぁぁっ!!」
ファーランさんは叫び、ミラと一緒に食われそうになった俺を巨人の口から投げ出した。
赤い目の巨人から解放された俺だったが、その直後に巨人はもう片方の手でファーランさんとミラを自分の口に押し込んだ。2人は俺と入れ替わるように巨人の口の中へと入っていく。
「ファーランさんっ!!ミラぁっ!!」
「「リュウ!!」」
ファーランさんたちに手を伸ばすが、2人には届くことはなく、奴の口が閉じられ、2人は食われてしまった。
地面に落ちた俺の目の前には、噛み砕かれたファーランさんの片手剣と盾、ミラの片手斧の残骸が落ちてきた。
それらに手を触れようとした途端、ポリゴンとなって砕け散る。
「ファーランさん、ミラ……」
この光景に俺は黙って見ていることしかできなかった。それと同時にずっと記憶の奥深くにしまい込んでいたSAOに捕らわれる前に起こった
この瞬間、俺の中で何かが壊れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今、この場は霧が包み込み、雨が降る音と赤い目の巨人の低いうなり声の音しかしない。
赤い目の巨人は不気味な笑みを浮かべながらリュウに狙いを定め、捕まえようと彼の方へと手を向ける。
だが、その直後、赤い目の巨人が向けた手は深く斬り付けられる。
すぐに戦闘態勢に入った赤い目の巨人の目の前には、左手に片手剣を持ったリュウがいた。だが、今のリュウの様子は先ほどとは明らかに違う。
赤い目の巨人は、再びリュウを捕まえようとするが、避けられてリュウが発動させた片手剣スキルの《シャープネイル》をまともに受ける。それでも怯む頃なく反撃しようとするが、その度に先ほどと同様に避けられて、顔を、右目を、腹を斬られ、それ以上の反撃を受ける。
斬られる度に、赤い目の巨人からは血のように赤いエフェクトが大量に飛び散る。
赤い目の巨人を攻撃するリュウの表情は、奴への怒りと殺意に満ち溢れていた。その姿はまるで鬼神……いや、逆鱗に触れられて怒り狂った龍のようにも見える。
リュウは、怒りと悲しみがこもった叫びをあげながら、逆鱗に触れられて怒り狂った龍が鍵爪や牙で敵を八つ裂きにするかのように、反動が少ないソードスキルも使って何十回、何百回も赤い目の巨人を斬り裂いていく。その剣戟の嵐は一切収まる気配がなく、勢いが増していく一方だ。
赤い目の巨人には反撃する隙もないまま、ついには左腕を斬り落とされてしまう。
『ギャアアアアアアアアア!!』
左腕を斬り落とされ、顔を何回も斬り裂かれた赤い目の巨人は苦しそうな叫び声をあげる。それでも奴はリュウを捕まえようと右手を向けてきた。
だが、リュウは奴の右手をバラバラに斬り刻み、捕まるのを防ぐ。そして、怒りと悲しみがこもった叫びをあげながら、右腕を斬り裂き、巨人のうなじの方に回り込み、今使える最大の威力があるソードスキルを使い、容赦ない剣戟を叩き込んだ。
流石に赤い目の巨人もこの攻撃には耐えきれず、首を斬られて息絶える。
肉塊となった赤い目の巨人の体はポリゴン片となって消滅した。消える直前に見えた奴の顔は、顔中に深く斬り裂かれた跡がいくつもあり、リュウに脅えていたかのような表情をしていた。
強力なモンスターを倒したことに歓喜の声があがることはなかった。
ただ1人生き残ったリュウは雨に打たれながら、涙を流してその場に立ち尽くしていた。
気が付くとリュウは、はじまりの街の広場に面している大きな宮殿《黒鉄宮》にある《蘇生者の間》にいた。当の本人はあそこからどうやってここまで来たのか覚えていない。
蘇生者の間はSAOがデスゲームになる前はゲーム内で死亡すると、ここで蘇生して再スタートする仕組みとなっていた。だけど、今はそのような機能はなく、《生命の碑》という金属製の巨大な碑がある。それにはログインしている1万のプレイヤーの名前が書かれており、死亡すると名前に横線が引かれ死亡原因が表示されるという仕組みになっている。
リュウはその中からフラゴンたち、そしてファーランとミラの名前を見つけるが、名前には死んだことを証明するかのように横線が引かれ、死亡原因が表示されていた。
「俺だけが生き残って皆は死んだ。ファーランさんとミラに至っては俺を助けようとして……。俺のせいだ。どうして俺だけが生き残ってしまったんだ……。どうして…………」
リュウの目からは涙が溢れ出し、涙は《生命の碑》に落ちる。そして、リュウは悲痛な叫びをあげて何度も《生命の碑》を叩きつけた。
デスゲームと化したこの世界でずっと共にしてきた仲間たちの死。このことはリュウの心に深く傷を残すものとなってしまった。
わかっていた人もいますが、アインクラッド編の1部は「進撃の巨人 悔いなき選択」を元にしています。あの赤い目の巨人は、悔いなき選択のアニメ版の最後辺りに登場した奇行種です。原作のような生命力はありませんが、それでもかなり強い存在となっています。一応、リュウ君がリヴァイ、そしてある人物がエルヴィンの立場となっています。
実は、フラゴン、そしてファーランとミラの退場は最初から決まっていました。今まで私が書く小説で死ぬのは、名前のないキャラや1話か2話くらいしか登場してないキャラだけだったので、こうやって何回も登場しているキャラの死を書くのは凄く辛かったです。
そして、リュウ君は普段とは想像がつかないほどブチギレて、巨人をズタボロして倒すという結果に……。
ある意味、黒猫団の全滅と並ぶくらいのトラウマ回となりました。
リュウ君はこれからどうなってしまうのか……。
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第8話 過去
今回はリュウ君がSAOをやるきっかけとなった話になります。前回に引き続き、ダークな雰囲気満載です。
※再構成版と同様にリュウ君の一人称が「オレ」から「俺」に変更しました。その前に投稿したやつもこれから修正していきますので。
2023年12月24日 第49層・ミュージェン
デスゲームが開始されてから、今年で2回目のクリスマスイブを迎えた。街はクリスマスムードに包まれ、目の前を楽しそうに過ごすプレイヤーたちが行き来する。
だけど、この光景は今の俺には不快なものにしか見えなかった。
俺は街の広場にあるベンチに腰掛け、アルゴさんからある情報のことを聞いていた。
「リュー坊、本気でクリスマスイベントボスを倒しに行くのカ?」
「何度も言わせないで下さい。俺は本気ですよ……」
アルゴさんから聞いていたのは、クリスマスイベントボス《背教者ニコラス》のことだ。ソイツはクリスマスイブの24時にあるモミの木の下に出現し、倒すと死んだプレイヤーを生き返らせることができる《蘇生アイテム》を入手できると言われている。
だけど、これは噂だけで本当に存在するかはわからない。それでも《背教者ニコラス》を倒して蘇生アイテムを手に入れようと血眼になって探しているプレイヤーは多い。俺もその1人だ。
「ソイツを倒して《蘇生アイテム》を絶対に手に入れます……」
「何度も言うケド、やめといた方がいいゾ。リュー坊の今のレベルで《背教者ニコラス》のソロ攻略は自殺行為そのものダ。仮に手に入れたところで、ファー坊とミーちゃんのどっちに使うんダ?」
「もちろん、2人に使うつもりです。1つしか手に入れられなかった場合、どんな手段を使ってでももう1つ手に入れるつもりですよ……」
「今のお前は正気じゃナイ!欲に目がくらんだ奴と一緒ダ!」
その言葉に俺は、殺気を出してアルゴさんを見る。
アルゴさんは俺を見てビクッとする。
「俺の邪魔する奴は誰だろうが殺す……。アルゴさん、アンタでもな……」
ベンチから立ち上がり、《背教者ニコラス》が出現すると言われているところに行こうとする。
アルゴさんには申し訳ないと思う。だけど、今の俺に残された道はもうこれしかない。
俺がここまで蘇生アイテムに執着しているのは、デスゲームが開始してからずっと共に戦ってきたファーランさんとミラを生き返らせるため。2人はこの前の赤い目の巨人との戦いで、俺を助けようとして死んだ。
このことは情報屋が配布している新聞でも大きく取り上げられた。ファーランさんとミラの他にフラゴンさん率いる攻略ギルド、6人の中層ギルドも犠牲になり、攻略組中層プレイヤー合わせて14人もの死者を出してしまったからそうなってもおかしくない。俺たちを罠にはめたと思われるフードの男は何者なのかまだわかっていない。
それから俺はソロプレイヤーとなり、最前線から抜け出して活動してきた。この間に蘇生アイテムの噂を聞き、絶対に手に入れると決心した。
胸ポケットからファーランさんとミラが生きているときに手に入れた《王のメダル》を取り出し、それを見る。《王のメダル》は全部で3枚あり、俺はその内のタカが描いてある赤いメダル1枚を持っている。
「ファーランさん、ミラ……」
メダルを胸ポケットにしまうと、ある場所へと向かった。
俺は第35層の《迷いの森》へと来た。この森にあるモミの木の下に《背教者ニコラス》は出現する。
途中、この層で最強クラスである猿人のモンスター《ドランクエイプ》の集団に何回か遭遇し、戦闘になってしまい、余計なことに時間をくってしまった。
目的地に向かうため、森の中を進んでいると8人のプレイヤーが行く手を阻むように立っていた。全員が青をベースとした服にフルアーマーを纏った格好をしている。
奴らは《血盟騎士団》と並ぶ名声を誇る、攻略組最大のギルド《聖竜連合》だ。レアアイテムのためなら一時的にオレンジ化も辞さない危険な一面を持つ奴らもいると言われている。ここにいるってことは聖竜連合も蘇生アイテムを狙っているのだろう。
「ここは今封鎖中だ。通すわけにはいかない」
「だったら、無理矢理でもどいてもらいますよ」
俺はそう言い、右腰にある鞘から剣を抜き、殺気を出して聖竜連合のプレイヤーたちを睨む。
聖竜連合のプレイヤーは俺を見てビクッとするも、武器を持つ。
「俺は誓ったんだ、どんな手段を使ってでも必ずファーランさんとミラを生き返らせると……」
2022年4月20日
部活がない日の放課後、俺は埼玉県のある総合病院に来ていた。ここに来た目的はある人に会うためだ。
病院の受付で面会の許可をもらうと、早速その病室へと向かう。
「
「
病室のベッドに寝て俺を迎えてくれたのは、1人の男性だった。彼は俺の3つ年上の兄《
俺は、運動は得意だが勉強は並のレベルで、
そんな家庭の中でも、家族の中で1番好きだったのは
「あ、これが頼まれていた雑誌だから」
俺が買ってきたのはあるゲーム雑誌だ。
「悪いな、この雑誌は病院の売店では売ってなかったから助かったぜ。《ソードアート・オンライン》の特集は……1番最初の方か」
「
「何せ、ソードアート・オンライン……通称《SAO》は世界初のVRMMORPG。このゲームの凄いところはな、仮想世界で実際に自分自身がゲームのキャラクターになりきってゲームをプレイすることができるところなんだぜ。それから……」
また始まったか。
俺も昔から
「この茅場晶彦っていう人が、ナーヴギアの設計者でSAO開発ディレクターだ。この人、天才的ゲームデザイナーで量子物理学者として有名な人なんだよ」
「それは前も聞いたんだけど……」
茅場晶彦という人のこともSAOと並んでよく聞いている。今では俺もどういう人なのか大体分かったというほどだ。
まあ、茅場晶彦は
「入院さえしてなければ、SAOのβテスターに応募してたんだけどなぁ。1000人限定だけど、他の人より早くSAOをプレイできたのに……」
「仕方ないだろ、
「まあ、そうだけど……」
凄く残念そうにする
「このゲームなら思いっきり体を動かして遊べるだろ。俺は、龍哉のように思いっきり体を動かして遊んでみたり剣道とかのスポーツは出来ないからな」
そうか、SAOは仮想世界で体を自由に動かして遊べる。それで、こんなにもSAOにこだわっているんだ。
「でも、このゲームって発売日は今年の10月じゃん。その時までには絶対によくなって退院できているって」
「だといいな」
「じゃあ、今
「そうだな。その時には龍哉にもやらせてやるよ」
「
「それはない!絶対に覚えている!俺の記憶力をなめるな!」
「一応期待しておくよ……」
他愛無い話だが、俺は
それから2ヶ月の間、
予想以上に病気が進行していたらしい。このことは俺にはあまり知らされてなかった。どうやら、父さんと母さんがこのことを教えると俺が余計に心配するからそうしたらしい。
6月から
父さんと母さんが悲しむ中、俺はただ茫然としていることしかできなかった。
ここから俺の歯車は大きく狂いだした。
夏休み中のある日、無理な練習をしていたせいで怪我をしてしまった。そのせいで、1ヶ月は部活を休んだ方がいいと言われ、夏休み中にあった大会に出られなかった。秋の大会には間に合うと顧問の先生に言われたが、俺は無気力になって10歳の頃から頑張ってきた剣道に打ち込むことができなくなってしまった。部活もまだ怪我が治っていないと言って、休むようにもなった。
その間に勉強も今までで1番頑張ったが、期待に応えなければいけないというプレッシャーと剣道と同様に無理をし過ぎて、思ったより結果が出なかった。それでも、先生からは「前より成績が上がって頑張ったな」と言われたけど、成績優秀だった
そして、何もかもやる気を失い、心身ともに疲れ果てた俺だったが、父さんや母さんの前では平気でいることを演技して、2人に心配をかけないようにしていた。
ある日の夜、夜中に目を覚ましてしまった俺は水を飲もうとリビングに向かおうとしたが、そこには何故か明かりがついていた。そして、中からは父さんと母さんの話し声がする。
時間はとっくに深夜の1時を回っていて、普段の父さんと母さんは翌日仕事がある場合、
遅くても12時には寝ているはずだった。気づかれないよう、ドア越しから2人の話を聞いていた。
「お父さん。実は今日学校の先生から最近、龍哉の様子がおかしいって電話がかかってきたの」
「そうなのか?」
「ええ。先生がクラスや部活で仲がいい友達とかにも聞いてみたけど、いじめとかじゃなくて、何か思いつめているみたいで……。授業にもあまり気が入っていなくて、部活も休みがちだって」
「でも、龍哉は剣道の練習も勉強も頑張っていただろ。この前のテストも前と比べると上がっていたじゃないか……」
「やっぱり、龍斗が死んだ事が龍哉を追い詰めてしまったのかもしれない。あの子、私たちに少しでも安心してもらえるようにと剣道も勉強も頑張ろうとして……」
「確かに前に龍哉が朝早くから庭で素振りしているのを見たことがあるが、凄く辛そうな顔をしていた。勉強ももだ……」
「龍哉は龍斗が死んでからずっと1人で頑張ってきたのね……。私たちは龍哉に何かできることをしてあげないと……」
「そうだな……。そう言えば前に龍哉が龍斗とナーヴギアやVRMMORPG《ソードアート・オンライン》っていうゲームのことを楽しそうに話していたのを聞いたんだ。龍哉にそれらをプレゼントしてあげるのはどうだ?」
「それはいいわね。なら私は龍哉の好きなものでも作ろうからしら」
この話を聞いて、俺は2人に気付かれないように自分の部屋へと戻った。そして、声を必死に抑えてしばらく泣いた。
父さんと母さんに気付かれないようにしてきたが、このことはとっくの昔に気付かれていた。そのことが悲しくて、この日の夜は涙が枯れるまで泣き続けた。
そして、俺はナーヴギアとSAOのソフトを手に入れた。最初こそはあまり乗り気ではなかったものの、
――
そんな気持ちで始めたVRMMORPG《ソードアート・オンライン》。
初めて目にした仮想世界。ここは本当に仮想世界なのかいうくらいのクオリティーを持つものだった。俺も開始直後に仮想世界に魅了され、すっかり夢中になった。
そして、俺はファーランさんとミラに出会い、茅場晶彦によってデスゲームが開始されたことを宣言された。
ゲームで死ぬと現実でも死ぬ世界。不安もあったけど、この2人がいたから大丈夫だった。
兄のように俺たちをリードしてまとめてくれたファーランさん、お転婆なせいで気苦労することもあったがいつも周りの空気を明るくしてくれたミラ。
2人といるときは
でも、そう思っていた矢先、ファーランさんとミラは死んだ。
このことがきっかけで、心の支えとなっていたものを失い、現実で起こった辛いことを思い出してしまった。俺はこの元凶となった赤い目の巨人が凄く憎くなり、奴にこのどうしたら抑えられるかわからない怒りをぶつけるように、攻撃しまくって倒した。
奴を倒したのはいいが、この気持ちは治まることはなく、現在に至る。
聖竜連合のプレイヤーと戦闘になるかと思ったが、そうはならなかった。聖竜連合のプレイヤーの1人にメッセージが届き、それを見ると他のメンバーに「作戦は中止だ」と言い、この場から撤退した。
俺はチャンスだと思い、森の奥へと足を踏み入れる。
このときはカーソルがグリーンからオレンジにならずに済んだが、他にも蘇生アイテムを狙っている奴はいるに違いない。今の俺はカーソルがオレンジになることも覚悟していた。
さっきまで深々と雪が降っていただけだったが、天候は徐々に悪くなっていき吹き荒れて吹雪へとなった。その中を俺は立ち止ることなく、足を進める。
雪や風が肌に突き刺さるほど寒い。でも、そんなことは気にしなかった。
「あともう少しで……っ!?」
あと1,2分もしない内に目的地のモミの木があるところに着こうとしたときだった。俺の行く手の方から1人のプレイヤーがやってくる姿が見えた。
最初こそは吹雪のせいで姿がはっきりと見えなかったが、徐々にその姿が明らかとなっていく。
そのプレイヤーは、背中に片手剣を背負い、黒いロングコートなどで黒一色の装備をした少年。第1層フロアボス戦の後に他のベータテスターたちを守るために、わざとビーターと名乗って、嫌われ役を引き受けたキリトさんだった。
前回の出来事から闇落ちし、危険な思想も抱くようにもなってしまったリュウ君。
全ての始まりとなったリュウ君のお兄さんの死。
そして、SAOで心の支えとなっていたファーランさんとミラと出会ったが、2人が死に、更に追い打ちをかけることに……。
リュウ君はこれからどう復活するのか……。
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第9話 吹雪の中の戦い
クリスマスイベントボス《背教者ニコラス》が出現する場所を目指すリュウの行く手にいたのは、ビーターと呼ばれている《黒の剣士》という二つ名を持つキリトだった。
「あなたは確か……」
「知っていると思うが一応名乗っておく、俺はキリトだ。君のことは何回か攻略会議で見かけたことがあるから顔は知っている。えっと、確か……君の仲間にリュウって呼ばれていたからリュウでいいんだよな?」
「キャラネームは本当はリュウガですが、ほとんどの人はリュウって呼びますのでどちらでも構いませんよ」
「じゃ、じゃあ、俺もリュウって呼ぶよ……」
自分のことを敵だという眼で見ているリュウに戸惑いながらも、キリトは心を通わせようとする。
「キリトさん、あなたに聞きたいことがあります。あなたもここにいるっていうことは蘇生アイテムを手に入れるためにここに来たんですか?」
「いや、俺がここに来たのはアルゴからお前を止めて欲しいって前から頼まれていたからだ。君は死んだ仲間を、蘇生アイテムを手に入れて生き返らせようとしているんだろ?だけど、それは止めるんだ」
「ビーターと言われたあの時からソロとして生きてきたあなたには、仲間を失うっていうことを知らないからそんなこと言えるんですよね?」
「それは違う!俺はただ……」
「俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!」
キリトが言い終える前に、リュウは右腰にある鞘から片手剣を抜き取り、キリトに片手剣を振り下ろしてきた。
キリトは間一髪のところで、回避する。更に、リュウの剣戟が容赦なく襲い掛かってくる。
「止めろ!そんなことをやって何のためになるっ!?」
必死に説得するキリト。だが、リュウは聞く耳も持たず、キリトに襲い掛かってくる。
「俺は誓ったんだ、どんな手段を使ってでも必ずファーランさんとミラを生き返らせると……。俺は……誓った!!」
「それほどの覚悟があるっていうなら、俺も覚悟するしかないのかっ!?」
キリトも覚悟を決め、背中にある鞘から片手剣を抜き取る。
お互いに武器を持って構える。枝に積もった雪が落ちた瞬間、2人は同時に駆け出した。
リュウが放った水平切りを、キリトは片手剣を使って防ぐ。更に数回攻撃してきて、それらも全て先ほどと同様に受け止める。2人の片手剣が激しくぶつかり合い、その度に巨大な火花を散らす。
同じ年頃で使う武器も同じく片手剣のキリトとリュウ。だが、キリトは右利きで筋力値重視、リュウは左利きで素早さ重視と異なるところも存在する。似ているようで似ていない2人。
吹雪が吹き荒れる中での2人の片手剣使いによる戦いは激しさを増すばかりだ。
リュウは容赦なくキリトに剣を振り下ろしてくるが、キリトは一方的に押されて防戦となっている。
レベル、スキル熟練度共にキリトの方が上である。それでも、キリトが攻撃をしないのにはちゃんと理由がある。
――いくら攻撃してくるといっても、リュウのカーソルはグリーンだ。攻撃するわけにも、攻撃を受けてリュウをオレンジにするわけにもいかない。
今2人はデュエルモードで戦っていない。そのため、どちらかが相手を傷つけるとカーソルがグリーンからオレンジになってしまう。キリトはどちらもそうならないようにして戦っている。キリトがリュウを攻撃すればリュウを救うのではなく、傷付けてしまう。逆にリュウが攻撃したら彼はずっと背負っていくことになる。
リュウがソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動させるとキリトも《ホリゾンタル・スクエア》を使って迎え撃つ。その後もお互いにソードスキルを使って剣をぶつけ合う。
ある時は、リュウは自分の素早さと鍛え上げた軽業スキルを活かしてキリトを攻撃。それに対し、キリトはカウンターを使って攻撃を防ぐ。
交差する剣戟、飛び散る火花、覚悟を決めた2人の戦いは一切治まる気配はしない。その戦いは、戦国乱世の中で2人の剣士が戦っているようなものだ。
途中、鍔迫り合いとなった時にリュウの口が開く。
「俺は……俺は現実でもこの世界でも大切な人を失った。手を伸ばしても届かなかった俺の腕……。だから俺は欲しかった!何処までも届く俺の腕、力!!」
「リュウ……」
リュウの言葉に戸惑いを隠さないキリト。
その直後、リュウの渾身の一撃がキリトの片手剣を弾き飛ばす。
キリトの片手剣は飛んでいき、雪が降り積もった地面に突き刺さる。
武器を失ったキリトの元に、リュウが剣先を向けて迫って来る。
「これで終わりだ。悪く思うな……」
だけど、剣を持つ左手は震えている。
それを見てキリトはあるものを感じ取った。
――リュウ、君はこんなことして本当は苦しんでいるんだな……。
キリトはメニューウインドウを開いて何かをアイテムをオブジェクト化し、それをリュウに投げ渡す。
「これはっ!?」
「君が欲しがっていた蘇生アイテムだ。コイツを手に入れるのに、知り合いがいる2つの小規模の攻略ギルドと協力して手に入れた。その内の1つは聖竜連合を止めていたから、実際には、俺を含めて6人で手に入れた。君がソロで挑んでいたら間違いなく死んでいただろう。確かめてみろ」
リュウはすぐに蘇生アイテムを調べてみる。名前は《還魂の聖晶石》と表示されていた。その下にはこのアイテムの効果がかかれている。
【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生プレイヤー名》を発声する事で、対象プレイヤーが死亡してから、その効果光が完全に消滅するまでの間(およそ10秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させる事ができます】
「じゅ、10秒……。そんな……」
10秒だとすでに死んでいるファーランとミラを生き返らせることは出来ない。それどころか、リュウは自分がもう大切な人を失いたくないばかりに、他の人を傷つけようと……殺そうとしていたことに気が付く。
「ゴメン。ファーランさん、ミラ。2人のことを生き返らせるどころか、そのために人を殺そうともしていた……。俺はもう……」
リュウは自分の片手剣を握りしめ、自分に突き刺そうとした。
「止めろ――――――っ!!」
キリトが叫ぶ中、リュウに剣が突き刺さろうとする。その直後だった。
リュウの元にアイテムが届いたアラーム音がする。
剣が突き刺さる寸前でリュウはピタリと手を止めた。そして、録音クリスタルをタップすると、彼にとって懐かしい2人の声が流れた。
『『メリークリスマス、リュウ』』
「ファーランさん、ミラ?」
聞こえてきたのはデスゲーム開始から1年間リュウと共に過ごしてきたファーランとミラだった。
『お前がこれを聞いているときには俺たちはもう死んでいるだろう。もしも生きていたらこれは送らないようにしているからな。最初にどうしてこんなものを用意したのかしておくぜ。デスゲームが始まってちょうど1年が経った日、俺とミラは夜明け前に目が覚めて何か嫌な予感がしたんだ。きっと気のせいだろうなって思っていたけど、万が一の時のためにこれを用意することにした』
デスゲームが始まってちょうど1年が経った日、それはファーランとミラが死んだ日だ。
『まずはアタシから話すよ』
ファーランに代わり、ミラの声がする。
『アタシ、リュウに出会って本当によかったと思うよ。リュウは蛇相手には腰を抜かすようなところもあったけど、本当は強いっていうことは知っているから。戦闘の時以外でも、アタシに振り回されてもちゃんと付き合ってくれたり、リュウと一緒に過ごせてとても楽しかったよ。じゃあ、次はファーランからだよ』
再び、ファーランの声がする。
『リュウ。お前と初めて会ったのは《はじまりの街》近くのフィールドだったな。何故、あの時リュウに声をかけたのかって言うと、一目で見た時から剣を使った戦いのセンスに優れている奴だと思ったからなんだ。俺の思った通り、お前はどんどん強くなっていて、いつの間にか俺を追い抜いて、正直嫉妬してしまったこともあるよ。でも、リュウなら俺たちが死んでも絶対に生き残って現実に帰りそうだと思った。だからリュウは生きてくれ。最後に俺たちの本当の名前を教えておくぜ。俺が《ファーラン・ローライト》。デスゲーム開始時は25歳だったから今は26歳かな……』
『そしてアタシが《ミラ・ローライト》。年は……女の子だからあまり言いたくないけど、デスゲーム開始時が13歳で今は14歳だよ。アタシたち、2人とも本名だから覚えやすいでしょ。あと、この記録結晶の他に
『俺たちはSAOをやったことは後悔しない。リュウに出会えたからな。おっと、そろそろ時間のようだな。最後にこれを言っておくぜ』
最後は2人そろって言う。
『『俺(アタシ)たちずっと仲間だぜ(だよ)。ありがとう』』
記録結晶にあったメッセージはここで終わった。
リュウはミラに言われた通り、アイテムウインドウを再び開いて2人から送られてきた物をオブジェクト化する。それは前のクエストで手に入れた《王のメダル》。3人の仲間の証を意味するものだった。
「ファーランさん、ミラ……」
リュウはこれを見ると、彼の眼からは涙が流れ出る。
キリトはリュウが泣き止むまでずっとここにいた。
リュウが泣き止んだ頃には、すっかり吹雪はおさまっていた。そして、リュウはキリトにあることを聞いてみた。
「キリトさん、もう1つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「何だ?」
「どうしてそこまでして俺を……。蘇生アイテムのことなら初めに渡して見せれば済むはずなのに……」
「あそこまで覚悟を決めた君を止めるには話し合っても無理そうだったから、剣と剣で交えることで君の怒りと悲しみを沈めさせてあげるにはこれがいいかなと思ったんだ。流石にちょっと危なかったけど……。あとは、なんか君がちょっと前の俺みたいだったからだな……」
ちょっと前の俺みたいだった?これはどういうことなのかとリュウは思った。
やがて、キリトはぽつりぽつり話し始めた。
「リアルの話になるけど、実は俺の家族は本当の家族じゃないんだ。俺が生まれて間もない時に本当の両親は死んで、母親の妹さんの家が俺を引き取ってくれた。それまで両親や妹は本当の家族だなって思っていたけど、本当の家族じゃないってわかった時から家族と距離を取るようになってな。でも、妹は俺が本当の兄じゃないってことは知らないんだ……」
更に、キリトの話はリアルのことから、この世界のことになる。
「そこからは途中まで君が知っている通りだ。あの時から俺はビーターとしてソロで生きてきた。そんな時に、偶然助けた5人の中層ギルドと親しくなって、ギルドに入らないかって誘われたんだ。そのギルドの皆は俺よりかなりレベルが低かったけど、そのギルドのアットホームな雰囲気の中にいたくて、本当のレベルを偽って入った」
リュウはキリトがソロで活動していたことは知っていたが、中層ギルドに入っていたことは初耳なことで、それに驚く。その間にもキリトの話は続く。
「でもある日、俺がレベルを偽っていたせいでトラップがあることを説得できなくて、皆を危険な目に合わせてしまったんだ。皆は運よく助かったけど、俺のせいでこんなことになったことに負い目を感じて、逃げるようにギルドから抜けた。それから誰とも関わらずに1人で生きようと無茶なレベル上げばかりするようになったよ。だけど、それから数ヶ月後に、そのギルドの皆と再会して彼らの温かさに触れて救われたんだ」
キリトが話し終わった後、しばし沈黙する。そして、リュウの口が開いた。
「キリトさん……すいませんでした……。俺、キリトさんの事情も知らないでいきなり剣を向けたりして……」
「過ぎたことだから気にするな。戦ってみて思ったけど、リュウ……君は強い。だから君の力はこのゲームをクリアするのに必要なんだ」
「でも、今の俺にそんなことする資格なんか……」
「何言っているんだ。これから先、どれだけ長く歩くのかわかっているのか?それに比べたら、俺に剣を向けたことなんて大したことないって……。俺、リュウが最前線に戻って来ることを信じている。今度は前線で会って、一緒に戦おう……」
そう言い残して、キリトはこの場から去っていく。
数日後にはリュウからはファーランとミラが死んでからの雰囲気はなくなり、2人が死ぬ前の雰囲気に戻った。そして、彼はある決意に満ちたような表情をしていた
今回のリュウ君とキリトの戦いはリュウ君が勝ったように見えますが、実際のところ勝敗は付いていないと言うことで引き分けとなっています。
録音クリスタルが届いたところは原作のサチのところみたいになってしまいましたが……。
あの《王のメダル》は一応、ゲーム版の方でリュウ君のピンチを救ってくれるものとなる予定です。もしかするとそれ以前に早めたり、フェアリィ・ダンス編の方でもやるかもしれません。
次回でアインクラッド編の第1部は終了となる予定です。外伝を入れるとやっと3分の1というところですが。
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番外編1 キリトと《月夜の黒猫団》
今回の主役はこの作品ではあまり出番がなかったキリトになります。
再構成前と共によろしくお願いします。
デスゲームの開始直後、俺たち元βテスターの大半は、生き延びるために自身の強化に専念していたため、多くの一般プレイヤーから憎悪を抱かれていた。
だけど、第1層のボス戦で、元βテスターでありながらレイドパーティーのリーダーを務めていたディアベルの死の直後に元ベータテスターへの憎悪がこれまで以上になってしまう。一般プレイヤーの中には第1層のボス戦でパーティーを組んでいたアスナをはじめ、元βテスターを庇おうとするプレイヤーもいた。しかし、彼女たちまで元βテスターだと思われ、憎悪の対象となった。
俺はカイトやザック、アルゴといった元βテスターや庇おうとしたアスナたち一般プレイヤーを守るため、自ら《ビーター》と名乗って嫌われ役を買って出た。
その場にいた元βテスターのプレイヤーのカイトとザック、名前も知らない灰色の髪をした外国人の青年からはそのことに猛反対されたが、この3人には頼れる相棒や仲間たちがいたため、巻き込ませるわけにはいかなかった。それから俺はビーターとしてソロで活動していくことにした。
しかし、それから数ヶ月経った頃、俺は《月夜の黒猫団》という小規模ギルドに所属することとなった。《月夜の黒猫団》とは、下層フロアに必要なアイテムを取りに来た時にモンスターたちに襲われて危ない状況となって助けた時に知り合った。そして、このことがきっかけでこのギルドに勧誘されることに……。
最初は入るか悩んだが、彼らのアットホームな雰囲気の中にいたくて、《月夜の黒猫団》に入ることにした。だけど、このときの俺は本来のレベルより20ぐらい低いレベルを言い、ビーターで攻略組のソロプレイヤーだということは黙っていた。
2023年6月5日
黒猫団には入って2ヶ月近くが経過したある日、いつも通りフィールドに狩りに行った際の休憩中に《月夜の黒猫団》のリーダーのケイタがあることを聞いてきた。
「キリトは《ビーター》って知っているかな?」
「えっ!?」
ケイタが言ったビーターという単語に反応してしまう。
――まさか、俺がビーターだということがバレたのか?
知らないフリをして恐る恐る聞いてみる。
「さ、さあ。ビーターって何だ?」
「数日前に街で聞いたんだけど、なんでも元ベータテスターでチート級の実力を持っているあるプレイヤーのことを言うらしいんだ。まあ、他の攻略組のプレイヤーたちからは嫌われているらしいけどさ」
「ちなみに、そのビーターって呼ばれているプレイヤーの名と姿はわかるか?」
「ん~、ビーターの名前と姿までは知らないな」
「そうか……」
名前と姿まで知られていないことに一安心する。
こんなことを考えていると《月夜の黒猫団》の紅一点で槍使いのサチの声がする。
「ケイタ、キリト!皆がそろそろ再開しようって言っているよ!2人も早くこっちに来て!」
「今いくよ。じゃあ行こうか、キリト」
「ああ」
俺とケイタはサチとテツオ、ササマル、ダッカーがいる元へ行く。
俺がビーターで攻略組のソロプレイヤーだと知ったら黒猫団の皆に嫌われるかもしれない。本当にこのままでいいのかと思うが、皆といると楽しいし、いつまでもこのままでいたいという思いがあって中々言い出せずにいた。
今日も皆が寝たことを確認すると、俺はこっそり宿を抜け出し、最前線の迷宮区まで向かう。
迷宮区への入口近くに来たとき、策敵スキルに反応があった。プレイヤーで人数は3人。迷宮区の中からこちらに近づいてきている。ここにいるプレイヤーは攻略組しか考えられない。ビーターである俺が会うと厄介なことになりそうだったため、近くにあった茂みに隠密スキルをフル活用して隠れる。
1,2分ほど待っていると3人のプレイヤーが迷宮区から出てきた。
迷宮区から出てきた3人には見覚えがあった。リーダーらしい片手剣と盾を持った灰色の髪を持つ外国人の青年、その青年と同じ色の髪に片手斧を持つ少女、ハネッ毛の黒髪が特徴の俺と同じ年頃でサウスポーの片手剣使いの少年だった。そして、3人ともモスグリーンのフード付きマントを羽織っている。この3人は第1層のフロアボス攻略の時から度々、攻略会議などで見かけるプレイヤーたちだ。
「疲れたよ~。ファーランおんぶして」
「子供か。もう少しで街に着くから我慢しろ」
「ファーランのケチ!リュウからも何か言ってよっ!」
「疲れたのは俺も一緒だからミラも頑張って」
父親や兄のように見える青年に、子供っぽさが残る少女、彼女を宥めようとしている少年。この3人はとても楽しそうにしているようにしているようにも見える。俺はそんな彼らが羨ましく思う。
それに、あの少女は何か妹と声質が似ている気がし、現実にいる妹のことを思い出してしまう。デスゲーム開始時は中1だったから今は中2か。元気にしてるかな。
彼らの姿が見えなくなるのを確認し、迷宮区へと潜る。
2023年6月12日
この日は今まで狩りで貯めたコルで《月夜の黒猫団》のギルドホームを買うことになった。ケイタはギルドホームの家を買いに行くため、第1層の主街区《はじまりの街》へ向かった。
「マイホーム買うのってこんなに感動するものなんだな」
「おやじ臭いんだよ!」
ササマルとダッカーのやり取りに俺たちの周りは笑いに包まれる。すると、テツオがある提案をしてきた。
「なあ、ケイタが家を買いに行っている間に少し稼ごうよ」
「家具を買うためだね」
「だったら、今日は少し上の迷宮区に行こうか」
「いつもの狩場でいいんじゃないか?」
「上の方が早く稼げるし、今の俺たちのレベルなら大丈夫だって」
俺は反対したが、サチ以外の3人が大丈夫だということで、いつもの狩場がある層より少し上の第27層の迷宮区に行くことになった。
第27層の迷宮区はトラップ多発地帯で、攻略組のプレイヤーでもマッピング中に死者を出してしまったところだ。そんなところにあるトラップに中層プレイヤーが引っ掛かったら大変なことになる。
そんな不安とは別に出現したモンスターは倒すことができ、コルも順調に貯まってきている。幸いにもトラップには1度も引っ掛かってない。
迷宮区に入ってから1時間近くが経過しようとしたとき、赤と黒の服をベースとした装備をしている5人のプレイヤーたちが近づいてきた。
全員が俺や黒猫団の皆と同じ年頃の少年で、その中には見覚えがある人物が2人いた。1人はワインカラーのシャツの上に、赤いアクセントカラーの黒いロングコートを着た明るい茶髪をした刀使い。もう1人は服装が刀使いの少年とはロングコートからジャケットに変わっただけの服装に、背が高めの黒髪をした槍使いの少年だ。
名前は刀使いがカイト、槍使いがザックだ。
この2人とはβテスターの時からの知り合いのため、俺のことは知っている。一瞬、黒猫団の皆に俺のことがバレるのではないかと思っていたが、カイトは悟ってくれたようで知らないフリをして話しかけてきた。
「お前たち見たところ攻略組じゃないようだが、中層プレイヤーか?」
「まあな。でも、今の俺たちのレベルなら余裕だって」
「そうそう。もう少しで最前線に行けるくらいだと思うぜ」
カイトが言ってきたことに答えたのはダッカーとササマルだった。
「だったら早く帰った方がいい。この層の迷宮区はトラップ多発エリアだ。実際に、この層に来た当初、攻略組でも死者を出したこともあるほどだ。そんなところにあるトラップに中層プレイヤーがかかったらどうなる?」
「そ、それは……」
ダッカーが言葉を詰まらせているとザックが話しかけてきた。
「なあ、アンタたちはどうして危険を冒してまでこんなところまで来たんだ?何か、理由があるんだろ?」
「俺たち、やっとギルドホームを買えるくらいまでコルが貯まって、ギルドホームに置く家具を買うコルを稼ぎに来たんだよ。それに、攻略組に入るのが俺たちの夢なんだ」
テツオが言ってきたことを聞き、ザックは10秒ほど考えて何か思いついたかのような表情をする。
「じゃあ、アンタたちがこの迷宮区で狩りをしている間、念のためにオレたちもついてくる。だけど、アンタたちが見つけたトレジャーボックスやモンスターは横取りしない。オレたちが危ないと判断した時は割って入ってくる。これでどうだ?」
「わかった。皆もそれでいいだろ?」
「うん、私はいいと思うよ」
テツオは納得し、サチたちもそれに賛成する。
そして、再び迷宮区の中を進み始める。
俺は黒猫団の皆がいるところから少し後ろに下がったところにいて、その隣にはカイトとザックがいる。2人のギルドメンバーは更に少し後ろにいる。
前にいる黒猫団の皆に聞こえないくらいの音量でカイトに話しかける。
「なあ、カイト……」
「どうした?」
「俺のことを知らないフリしてくれてありがとな」
「ソロのお前がギルドに入ったことはクラインから聞いていた。だけど、そのギルドは中層プレイヤーだったとはな……。俺たちが誘ったときは断ったのにな……。キリト、お前本当にうちのギルドに入る気はないのか?」
「悪いが、前と変わらず入る気はないよ……。お前たちに迷惑をかけるわけにはいかないからな」
俺は以前にもカイトとザックに自分たちのギルドに入らないかと誘われたことがある。これを聞いた当初は驚きを隠せなかった。カイトとザックの2人はずっとコンビでいるつもりでいると思っていたからだ。だが、2人には元βテスターを受け入れて共に戦ってくれる仲間が見つかった。
俺のことも受け入れてくると言っていたが、俺が入ったことでカイトたちもビーターの仲間として見られる可能性がある。そのため、誘いを断った。
「キリトにも色々と事情があるんだろ。それに、オレたちはお前が誘いを断ったことに何も文句は言わないからさ。それに気が変わって入りたいって思ったらいつでも来いよな」
「ザック……」
2人と話をしていると、ダッカーが隠し扉を見つける。
「なあ、あんなところに隠し部屋なんてあったか?」
「いや、攻略組がマッピングした時はなかったと思うぜ……」
ザックとあの隠し部屋があったか話している内に、ダッカーが隠し部屋に入ってトレジャーボックスを見つける。ダッカーに続いてテツオとササマルも隠し部屋の中に入る。サチは怖がってまだ隠し部屋には入っていない。
俺たちも急いで隠し部屋に入るとダッカーがトレジャーボックスを開けようとしていた。
「何が入っているんだろうな?」
「止めろ!開けるな!」
俺の言葉を無視して、ダッカーはトレジャーボックスを開けてしまう。すると部屋には大きなアラームが鳴り、扉が閉まる。そして大量のモンスターが現れる。
「トラップだ!転移結晶で早く脱出しろ!」
カイトが叫び、黒猫団の皆は転移結晶を取り出して使用するが脱出できない。クリスタル無効化エリアか。
「ザック!お前たちはソイツらを守れ!」
「おう!皆、こっちだ!」
ザックたちが、モンスターを倒しながら黒猫団の皆を部屋の隅へと連れて行く。
俺とカイトは背中合わせになって片手剣と刀を手に取り、大量のモンスターたちに囲まれる。
「キリト、お前にとっては久しぶりに見るヤバい場面だがいけるか?」
「ああ。ザックたちが黒猫団の皆を守っているから思う存分に戦える」
その直後、複数のモンスターたちが俺とカイトに襲い掛かってきた。
俺とカイトは、反動の少ない片手剣と刀のソードスキルを使用し、襲い掛かってきたモンスターたちを次々と倒していく。それでも何体かのモンスターはザックたちがいる方に向かう。だが、ソイツら黒猫団を守りながら戦っているザックたちによって倒される。
トラップが発動して数十分が経った。出現したモンスターはなんとか全て倒すことに成功し、全員無事に生き残った。
黒猫団の皆は無事だったことに喜んでいて、カイトたちもその光景を見て一安心する。
だけど、俺はそうはいかなかった。今回助かったのはカイトたちがいたからだ。もしも、ここにカイトたちがいなかったら……。
そんなことを考えてしまい、頭から離れなかった。
カイトたちと別れ、ケイタが待つ街へと戻った。
「皆、どこ行ってたんだ?ギルドホームならもう買い終わったぞ」
街で俺たちの帰りを待っていたケイタに、テツオが事の成り行きを教える。
「心配かけてゴメン。コル稼ぎに少し上の迷宮区に行ってたんだよ。そこでトラップに引っ掛かってな。でも、攻略組のプレイヤーたちとキリトがいてくれたから皆助かったんだ」
「あの刀使いは特に強かったけど、キリトもかなり強かったぜ!」
「キリトが黒猫団に入ってくれてて本当によかったよ」
「キリト、本当にありがとう。私、凄く怖かったから……」
テツオに続くように、ダッカー、ササマル、サチの順に言う。
それを聞き、ケイタは安心したかのような表情をして俺にお礼を言ってきた。
「そうだったんだ。キリト、皆を守ってくれてありがとう。君がいなかったら……。今度、その攻略組のプレイヤーたちにもお礼を言わないとな」
喜ぶ皆の姿を見て胸が痛くなる。俺がビーターで攻略組だということを隠してなければ、上の層に行くことを引き止めて皆をあんな目に合わせることもなかった。
やっぱり俺には……。
「遅くなったけど、これからギルドホームにでも……「待ってくれ!」」
「キリト、どうかしたの?」
サチが心配そうにして話しかけてきた。
「俺は《月夜の黒猫団》を抜ける……」
俺の言葉に皆は驚いた表情になる。
「急にどうしたの?何でキリトが《月夜の黒猫団》を抜ける必要があるの?今日だって私たちのこと助けてくれたのに」
「サチの言う通りだ。どうして……」
皆は納得がいかない様子である。
「俺がビーターだからだよ!」
「「「「「えっ?」」」」」
俺の口から出た『ビーター』という単語に皆は驚愕し、言葉を失ってしまう。それでも俺は正直に全て話す。
「実は、俺……ビーターで攻略組のソロプレイヤーなんだよ!このことを隠してなかったら、皆を説得してあんな危ない目に合わせることもなかった。もしもカイトたちがいなかったら……。だから、ビーターの俺が皆に関わる資格なんてなかったんだ!!」
そう言って、俺はこの場から逃げるように去っていく。
後ろの方から皆が俺のことを呼ぶ声がするが、振り返ることもなくただひたすらここから逃げるように走る。その時、眼からは涙がこぼれ落ちる。
ビーターの俺には1人でこの世界を生きていく道しかなかったことを思い知る。
2023年12月4日
黒猫団から抜けてもう少しで半年が経過しようとしていた。あれから俺は1人でこの世界を生き抜く力を手に入れるために、ひたすらスキルやレベルを上げまくって生きてきた。カイトやザック、アルゴ、クライン、エギルには無茶なレベル上げをしていることを知られ、彼らに何度も止められた。だけど、俺は聞く耳も持たず、それを止める気は一切なかった。
いつも通り、最前線にある高難易度のフィールドダンジョンにレベリングに向かおうとしたときだった。
「「キリト」」
「カイト、ザック。またお前たちか」
俺を呼び止めたのはカイトとザックの2人だった。ギルドメンバーの姿はなく、2人だけのようだ。
「アルゴから聞いたぞ。今のお前、オレたちよりレベルが10近くも上なんだろ。昨日だって、何時間もダンジョンに籠っていたらしいじゃないかよ」
心配そうにして話しかけてきたザックだったが、俺は彼から顔をそらす。
「これは俺の問題なんだ。もう関わらないでくれ……」
「関わらないでくれって。オレたちは……」
「もう関わらないでくれって言っただろっ!俺が死んだって別に問題はない!黒猫団の皆だってそう思っているに違いない!!」
俺はとうとう怒って叫んでしまう。そこへカイトが胸ぐらを掴み、低音ボイスで言ってきた。
「キリト、アイツらがお前のことを拒むようなこと言ったのか?聞いたのか?それで今こう思っているのか?」
「言わなくても聞かなくてもそんなこと分かる!黒猫団の皆はビーターの俺を絶対に拒んでいるに決まっているっ!!」
「いい加減にしろっ!!」
そう叫んだカイトは右手で拳を作って俺の顔を殴ってきた。
「カイト止めろ!」
ザックが割って入ってきて、怒るカイトを取り押さえる。カイトを落ち着かせると俺の方を面と見て言う。
「キリト、黒猫団の皆がお前のことをどう思っているか、今ここでそのことを確かめてみるか?」
「え?」
ザックの言っていることの意味がわからない。今確かめるってどういうことだ?
「皆、そろそろいいぜ」
ザックがそう言うと、2人のギルドメンバーが陰から出てきた。そして、彼らと一緒に何故か黒猫団の皆がいた。
「ケイタ、サチ、テツオ、ダッカー、ササマル……」
ケイタが俺に話しかけてきた。
「キリトやっと会うことができた。あの時、キリトがビーターだって知った瞬間、僕たちも流石に驚いたよ。正直、ビーターのキリトをどう受け入れればいいのかわからなかった。でも、皆で話し合った結果、ビーターのキリトは僕たちの友達のキリトと変わりないってことになったんだ」
「前に私が死ぬのが怖くて、夜中に宿屋から抜け出した時も、キリトがちゃんと見つけてくれて『君は死なないよ』って言ってくれたから今の私がいるんだよ」
「今まで俺しか前衛ができるのがいなかったから、キリトが黒猫団に入って本当に心強かったぜ」
「何だかんだで、キリトと過ごして楽しかったしな」
「あの時だってキリトが強かったおかげで、今も皆でこうしていられるんだぜ」
ケイタに続き、サチ、テツオ、ダッカー、ササマルの順に言う。
「皆……」
「流石に攻略とか強いモンスターと戦うことは無理だけど、私たちにできることがあったら何でも協力するよ」
最後のサチの言葉を聞いて、俺は泣き出してしまう。
「一件落着のようだな。これを祝してこれから皆で飯でも食いに行こうぜ。エギルたちが店で待っているしな。キリトもいつまでも泣いているなよ」
そう言って俺を慰めてくるザック。
これから暫くして、俺はアルゴから単独でクリスマスイベントに挑もうとするあるプレイヤーを止めて欲しいと頼まれることになる。アルゴからそのプレイヤーのことを聞くと、かつての俺みたい、もしかすると俺がそうなっていたかもしれないと思い、そのプレイヤーを救いたくて依頼を引き受けることにした。このことを皆に話すとエギルと黒猫団はクリスマスイベントに関する情報収集、カイトとザックのギルドとクラインのギルドは俺と共にイベントボス《背教者ニコラス》と戦ってくれることになった。
そして、俺はそのプレイヤーと出会うことになるのだった。
途中、キリトが深夜に迷宮区に行った際に見かけた3人のプレイヤーは名前はあえて言いませんが、あの3人になります。
再構成前ではキリト1人がモンスターを倒して全員無事でしたが、再構成版ではカイトとザックもいて助かったということにしました。仮にキリトとカイトの2人だけがあのトラップに引っかかっても大丈夫そうな気が……。
βテスターのときからキリトとは仲間であるこの2人は、クラインやエギルと同様に何かにキリトに気遣っています。実際、原作を読んだ時からユージオみたいに同性で同じ年頃で仲がいいキャラも1人くらいいてもいいんじゃないかと思ってたんですよね。この後のことも考えるとキリト1人に負担をかけ過ぎのような気がしますし。
次回はまたリュウ君の話に戻ります。
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第10話 《青龍の剣士》の誕生
2023年12月27日
あのクリスマスイベントの出来事から4日が経ったこの日、俺は最前線から7層離れた迷宮区にいた。そこで、ある人たちと共に行動をしていた。
「サチさん、スイッチです!」
「うん!」
俺の言葉に反応したサチさんが前に出て槍のソードスキルを発動させる。攻撃を受けたモンスターはポリゴン片となって消滅する。それと共に他の皆も喜び、声をあげる。
今俺と一緒にいるのは、《月夜の黒猫団》というメンバーが5人しかいない小規模ギルドの人たちである。実はキリトさんも一時的にこのギルドに所属していたらしい。
昨日の夜、キリトさんから『気晴らしに《月夜の黒猫団》っていうギルドと一緒に活動してみたらどうだ?』と連絡が来て今日は彼らと一緒に行動することとなった。
黒猫団は中層ギルドの中でも上位に位置するくらいのレベルを持ち、5人という少人数にも関わらず、全員で巧みに連携して10体近くのモンスターたちを倒すことができた。
それから数時間狩りを続け、時刻はもうすぐで16時になろうとしていた。コルも十分に稼ぐことができた。
「今日はリュウがいてくれて助かったよ」
「やっぱり攻略組のプレイヤーは違うな」
「いつもよりも多く経験値もコルも稼ぐことができたからな」
そう言ってきたのは、メイス使いのテツオさん、槍使いのササマルさん、短剣使いのダッカーさんだった。
「経験値もコルも十分稼げたし、ストレージも溜まってきたから、そろそろ街に戻ろうか」
黒猫団のリーダーで棍使いのケイタさんが皆にそう伝えて、迷宮区の出口を目指すことにした。
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
迷宮区の出口を目指そうとしたとき、迷宮区の奥の方からプレイヤーの悲鳴が聞こえる。
「何っ!?今のってプレイヤーの悲鳴っ!?」
「とりあえず行ってみよう!」
俺たちは急いで洞窟の奥に走っているとモンスターの集団に囲まれ、危ない状況となっているプレイヤーがいた。
「あれはヤバいぞ!僕とリュウとテツオがモンスターを引き付ける!ダッカーとササマルは僕たちのサポートに回ってくれ!サチはプレイヤーを頼む!」
ケイタさんの指示に俺たちは頷き、行動を開始する。
まずは、俺とケイタさん、テツオさんがモンスターを攻撃して襲われているプレイヤーから遠ざける。この中で一番レベルが高い俺が一番多くモンスターを引き付ける。更にダッカーさんとササマルさんもすぐに戦闘に入り、ケイタさんとテツオさんの支援を行う。サチさんは襲われていたプレイヤーを救出する。
「リュウ!1人で大丈夫か!?」
「俺なら大丈夫です!」
ケイタさんが1人で多くのモンスターを相手している俺を心配してくるが、大丈夫だと告げて戦闘を続ける。
モンスターの攻撃を片手剣で防いだり、鍛え上げた軽業スキルを活用し、バク宙して回避する。
数回ほどモンスターを斬り付け、ダメージを与えると片手剣水平四連撃ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を発動させる。四連撃の攻撃が周りにいたモンスターたちに与え、一気にポリゴン片へと姿を変えた。
ケイタさん達の方もちょうど倒したところのようだ。
「大丈夫ですか?」
サチさんは助けたプレイヤーに回復アイテムを使用する。
「ありがとう、助かったよ。早くコルや経験値を稼ぐために、今日はいつもより上の層に来たらこんなことになってしまって……」
「早くコルや経験値を稼ぎたいっていう気持ちはわかりますけど、無理して上の層で狩りをするのは危ないと思いますよ」
「今回は僕たちがいたからよかったものも、今度またこういうことが起こったときに誰も近くにいなかったら大変なことになるから、自分のレベルにあったところでやった方がいいよ」
「そうだな、あんた達の言う通りだ。次からは気を付けるよ」
サチさんとケイトさんの言葉を聞き、助けられたプレイヤーは納得した表情となる。
その後、助けたプレイヤーと一緒に主街区まで戻ることとなった。転移門の前まで来ると助けたプレイヤーは、俺たちに頭を下げて下の層に戻っていった。
俺たちも今回手に入れたアイテムを売るために、アイテムの売買をやってくれるある人がいる最前線の街にある一軒の酒場へと向かう。
酒場に付くと早速アイテムの売買をやってくれるある人を見つける。
「エギルさん」
「よお、リュウか。今日は黒猫団も一緒か」
俺が話しかけたのは、スキンヘッドに体格がよく身長が190cmほどもあるアフリカ系アメリカ人のプレイヤー、エギルさんだった。
エギルさんとは第1層フロアボスの時に知り合い、アイテムの売買関連のことでよくお世話になっていた。エギルさんは攻略組のプレイヤーだが、商人用のスキルも上げていて、近いうちに商人プレイヤーに転向しようと考えているらしい。それでも攻略組として活動もしてくれるようなので、凄く有難い。
「リュウも前みたいに戻ってくれてオレも安心したぜ」
「まあ、まだ完全にっていうわけではありませんけど……。でも、いつまでもファーランさんとミラが死んだことを引きずっているわけにはいきませんし……」
「そうか。何かあったらオレのことも頼ってくれ。って言っても相談に乗るか、アイテムの売買や一緒にパーティーを組んでやることくらいしかできねえけどな……」
「それでも凄く有難いですよ。パーティーで助っ人が欲しいときはいつでも言って下さい」
「おうよ」
そんなことを話してアイテムを売り、いくつかの回復アイテムとコルをもらい、酒場を後にした。
そして、俺も黒猫団の皆と一緒に彼らのギルドホームへと向かった。
黒猫団のギルドホームに着くと、サチさんは皆にお茶を入れてくれ、俺たちはお茶を飲みながら一息つく。
黒猫団の皆を見て、どうしても気になることがあった。
キリトさんは、カイトさんやザックさん、アルゴさん、エギルさん、クラインさんのことは色々と話してくれたけど、何故か《月夜の黒猫団》のことだけは詳しく教えてくれなかった。実際に黒猫団のことを知ったのは昨日送られてきたメッセージだった。
そんなことを考えていると、クリスマスイベントの時に、キリトさんが『本当のレベルを偽って5人の中層ギルドと親しくなって、そのギルドに所属していたことがある』と言っていたことを思い出す。
そのギルドが《月夜の黒猫団》だという可能性は十分にある。だとしたら、このことは聞かないようにしておこうと思ったときだった。突如、ケイタさんがあることを言ってきた。
「そういえば、まだリュウには僕たちとキリトのことは話してなかったね」
「でも……」
「いいんだ。リュウにはどっちみち話す予定だったからさ」
ケイトさんにそう言われて、断ることができなかった。本当はあまり聞かない方がいいことかもしれないが、俺に話しておきたいことなんだろうと思い、黙って聞くことにした。
その話の内容は、クリスマスイベントの時にキリトさんが話していたことだった。
キリトさんはベーターでソロの攻略組プレイヤーだっていうことを隠し、自分の本当のレベルを偽ってこのギルドに所属していたこと。だけどある日、いつもより上の迷宮区に行った時にトラップにかかって危険な目に合い、このことに負い目を感じたキリトさんはギルドを抜けて、1人で生きようと無茶なレベル上げばかりするようになったことを……。
改めて聞いたが、この話を聞いて胸が痛くなった。
キリトさんが俺を助けてくれたのは、自分がそうなっていたかもしれなく、俺を自分と重ねてしまい、助けたかったからなんだ……。
それからサチさんが夕食を作ってくれて俺もご馳走になった。久しぶりにこうやって他の人とご飯を食べたため、凄く美味しいと感じることができた。
明日は朝早くからキリトさんと最前線の迷宮区に行くため、夕食を食べ終えると最前線の街にある宿屋に戻ることにした。
黒猫団のギルドホームを出た時には午後の6時近くを周っていて、空は夕日でオレンジに染まっていた。
この層の転移門があるところに向かっているとサチさんが追いかけてくる。
「サチさん、どうかしたんですか?」
「実はリュウに渡すものがあってね」
サチさんはメニューウインドウを操作し始める。すると俺に1つのアイテムが送られてくる。
何だろうかと思い、アイテムウインドウを開いてみると《蒼穹のマント》という見慣れないアイテム名があった。それをオブジェクト化してみると青いフード付きマントが現れ、両手で受け止める。
「このフード付きマントって……」
「この前、皆で狩りをしていたときに偶然手に入れたレアアイテムなの。布系の防具の中でも特に防御力や耐久性が高くていいやつだよ」
調べてみるとサチさんの言う通り、この青いフード付きマントは今羽織っているフード付きマントや持っている布系の防具と比べて防御力や耐久性がかなり高い。これは滅多に手に入らないレアアイテムと言ってもいいものだ。
「いいんですか?こんなレアアイテムをただで貰って……」
そんなに性能がいいレアアイテムをくれて焦ってしまう。
すると、サチさんは真剣な眼差しをして俺を見てきた。
「これはリュウが使うべきだよ。私たちが持っていても宝の持ち腐れみたいなものだからね。それにリュウには、キリトに何かあったときは助けて欲しいの。私たちは一緒に最前線で戦うことができないから……」
「サチさん……」
そうだよな。今度は俺がキリトさんを助けてあげないとな。
「わかりました。俺に任せて下さい。あと、このマントありがとうございます。ケイタさん達にもそう伝えて下さい」
サチさんに一礼してからこの場を後にする。
帰り道、最前線の街にある宿屋ではなく、8ヶ月ほど前にファーランさんとミラと一緒に夜空を見たところまでやってきていた。
あの時と違ってまだ夕方のため、星空ではなく、夕日に染まったオレンジ色の空が広がっていた。
俺はポケットから3人の絆の証である《王のメダル》を取り出し、見る。
「ファーランさん、ミラ……。2人が死んで落ち込んでいた俺に手を差し伸べてくれた人が沢山いるんだ。その人たちのためにも……今度は俺が誰かの手を掴むためにもまた最前線で戦わないといけないよな……」
俺はメニューウインドウを開く。装備フィギュアを操作し、サチさんから貰った《蒼穹のマント》を羽織る。
それから夕日が完全に沈むまで黙って空を眺めていた。目からは何故か涙が流れ出てしまう。
2023年12月28日
朝日が昇ろうとしている中、俺は第49層の迷宮区入り口付近にいる。ここで
ファーランさんとミラが死んでから攻略はしてないから、攻略をするのは久しぶりだ。
この選択を選んだけど、その結果はどうなるのかは誰にもわからない。それでも俺は前に進む。どんな運命が待ち受けていようが……。
こんなことを考えながら数分間待っていると、彼が来た。
「リュウ、待たせてしまって悪かったな」
「俺も数分前に来たばかりなので」
彼は、背中に片手剣を背負い、黒いロングコートなどで黒一色の装備をした俺より1,2歳年上か同い年くらいの人だ。
「よし、早速行こうか」
「はい、
迷宮区に入ろうとしたときにふと振り返り、アインクラッドの外に何処までも広がる空を見る。朝日が昇り、夜が明けようとしていた空が青空になろうとしていた。その空を数羽の白い鳥が飛んでいるのが見えた。
あの鳥たちは俺たちと違って自由にこの浮遊城の外に行くことができるんだな……。俺もこの浮遊城から解放されるときが来るのかな。
「リュウ、どうかしたのか?」
「いえ、何でもないです」
キリさんが迷宮区に入り、俺もその後に続くように迷宮区へと入る。
それからしばらくして、誰が付けたのかわからないが、青いフード付きマントを羽織った姿から俺は《青龍の剣士》と呼ばれるようになる。
アインクラッド編は外伝を入れてまだ3分の2程残っています。ここからまだ登場していない原作に登場するキャラが色々登場することになります。
再構成前でもリュウ君がずっと愛用している青系統のフード付きマントはこうして手に入れました。以降はずっとリュウ君には青系統のフード付きマントが欠かせなくなります。
プロローグからずっと登場していたファーランとミラが死んでしまい、リュウ君が闇落ちするなどダークな要素が多かったのですが、次回からしばらくの間は以前と比べるとダークな要素は少なくなる予定です。
実は当初の予定ではリュウ君と出会うのはファーランだけで、ミラは登場しないという設定でした。しかし、アインクラッド編はヒロイン不在ということで、アインクラッド編第1部のヒロインとしてミラを登場させました。ちなみに、ミラのイメージボイスは本家に登場し、この作品のヒロインでのあのキャラと同じ声優さんと言うことにしてます。反ってそれがリュウ君を余計に追い詰めてしまうという結果になりましたが。そして、ヒロインが不在という事態に……。ここはアスナやシリカ、リズ、アルゴなどを代役にするしかありませんよね……(それでもリュウ君とはくっ付きませんが)
この話までのエンディング曲としてセカオワの『ANTI-HERO』をイメージしてくれれば……。ちなみにリュウ君のイメージキャラソンは『烈風の証 Wind and blaze』という曲になります。オーズのタトバコンボの曲とかがいいかなと思いましたが、今のリュウ君にはこれがいいかなと……。
次回は番外編の予定となります。
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番外編2 オトヤとシリカ
あと、『ソードアート・オンライン Dragon Fang』シリーズのR18版を新たに投稿しました。リュウ君とリーファによる年齢制限が入る描写がございますので、閲覧するときはご注意して下さい。
今回は番外編第2話ということで、再構成前で最近MORE DEBAN状態のオトヤの話になります。基本、再構成前と変わりありません。ただ、オトヤの武器が変更されていますので。今までの話と比べると平和なものとなっています。
2024年2月1日
今僕がいるのは、最前線から離れた中層プレイヤーが主に活動している階層の街中だ。昼過ぎだったため、これからフィールドに行こうと準備をしているプレイヤーが大勢いる。
僕はギルドに所属していないため、パーティーを組む人を探している人が集まる街の広場に向かう。そこでいつも通り、一緒にパーティーを組んでくれる人を探してフィールドに行こうと考えていた。
街の広場に向かっていると、2人の男の人が1人の女の子に言い寄っている光景が目に入ってきた。女の子は小柄でセミロングの茶髪をツインテールにした可愛らしい子で、水色の小さい翼竜を連れている。
「シリカちゃん、よかったら今日は俺たちとパーティー組まない?」
「シリカちゃんの好きなところに連れてってあげるからさ」
「あ、あの……」
2人の男の人に言い寄られ、女の子は困惑している。
この光景を目撃した僕もどうしようと困惑していたが、気が付いたら男性プレイヤーたちに声をかけていた。
「あの……すいません。今日、彼女とパーティーを組む約束しているんですけど……」
話しかけられて僕の方を見る男性プレイヤーたち。何か文句を付けられるのではないかと思ってしまう。だけど、そうはならなかった。
「そうだったんだ。まあ、男ならまだしも
「今日は諦めるよ。シリカちゃん、都合がいい時にパーティー組もう。じゃあ」
男性プレイヤーたちは何1つ文句を言わず、少し残念そうにしながらこの場を去っていく。その人たちが言った『可愛い女の子』という言葉に傷ついてしまう。
「あの、助けていただいてありがとうございます」
落ち込んでいた僕の元に、助けた女の子が頭を下げてお礼を言ってきた。
「気にしなくていいよ。気が付いたら声をかけていたって感じだったから……」
それにあの人たちが、僕のことを女の子だと間違えたっていうこともあるかな。だけど、これだけは他の人には言いたくない。
「あたし、シリカっていいます。この子は相棒のピナです」
「きゅる」
「僕はオトヤ。よろしくね」
女の子……シリカちゃんが自分の名前と相棒を名乗ると、僕も自分の名前を名乗った。
その瞬間だった。
「『僕』ってことは、もしかして男の人っ!?」
シリカちゃんは僕が男だということを知った途端、警戒心を見せてきた。明らかに変な誤解をしている。
「待って待って!君を騙すつもりはなかったんだ!ただ、女の子が複数の男の人に囲まれていたのを見過ごすわけにはいかなくて!それに、僕昔から女の子だと間違えられることが多くて……」
誤解を解こうと必死に弁解する。女の子だと間違えられるのは昔からだから仕方ないけど、シリカちゃんのように可愛い女の子にまでに間違えられたのはかなりショックだった。
「そ、そうだったんですか。ごめんなさい、助けてくれた人なのに変な勘違いをしてしまって……」
「別にいいよ」
「へぇ、現実で飼っている猫の名前からピナっていう名前にしたんだ」
「はい、なんか現実のピナに雰囲気がちょっと似ていたので……」
「猫か。僕の家でもココとモカっていう名前の猫を二匹飼っているんだ」
「オトヤさんも現実で猫飼っているんですね」
色々あったけど、今は街の外れにあるNPCが経営しているカフェでシリカちゃんと談笑している。ここに来たのは、シリカちゃんが助けてもらったお礼と女の子と間違えたお詫びをかねてということだ。
「あ、言うの忘れてたけど、別に敬語じゃなくても大丈夫だよ。あまり敬語で話しかけられたり、さん付けで呼ばれるのに慣れてなくて……」
「あ、はい……。じゃあ、オトヤ君って呼んでもいいかな……?あまり人のことを呼び捨てでするのも慣れてなくて、こっちの方が男の子って感じもするから……。あたしのこともシリカでいいよ」
「うん、いいよ。じゃあ、僕はシリカって呼ばせてもらうね」
こうして僕はシリカのことを呼び捨てで、シリカは僕のことをオトヤ君と呼び、お互いにタメ口で話すようになった。
「オトヤ君、よかったら後で2人だけで一緒に狩りに行かない?あたし、ビーストテイマーになってから遥かに年上の男性プレイヤーの人に言い寄られるようになって。だから、たまにはゆっくりと狩りがしたいなって……」
そう頼んでくるシリカ。今日はまだ誰ともパーティーを組んでいないし、少しでもシリカの力になれればということで、彼女の頼みごとを承諾した。
カフェから移動し、穴場となっている草原のフィールドで狩りをすることにした僕とシリカ。出てくるモンスターは動物型モンスターや植物型モンスターなど多種多様だ。
僕が使用する武器は自分の身長より長いクオータースタッフ、シリカが使用するのは短剣とあまり前衛向きより支援系の武器である。だけど、モンスターのレベルはあまり高くなく、僕やシリカは苦戦することなくモンスターたちを倒していく。
今相手しているのは第1層のはじまりの街周辺のフィールドにいるフレンジーボアを一回りほど大きくしたイノシシ型のモンスター。
ソードスキルを発動させてクオータースタッフでイノシシ型のモンスターを攻撃する。
「シリカ、スイッチ!」
「うん!」
シリカが使用した短剣のソードスキルにより、イノシシ型のモンスターはHPを全て失って消滅した。
「お疲れ様、シリカ」
「お疲れ様。2人で合わせてこれで大体10体目ってところだね……きゃあっ!」
モンスターを倒して一息ついていたところ、食虫植物みたいなモンスターがツタを使ってシリカを宙吊りにする。
シリカは慌てて左手でスカートを抑えて右手に持つ短剣を必死に振る。そして、顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「イヤァァァァ!オトヤ君助けてっ!見ないで助けてっ!!」
「そ、それはちょっと無理だよっ!でも、そのモンスター見掛けだけでこのフィールドで弱い部類に入るモンスターだから落ち着いて!」
左手で目を隠しながらシリカにそう言う。
「う、うん!こ、この……いい加減にしろっ!」
左手を目から離したときにはシリカはツルから解放されていて、短剣スキルの《ラピッド・バイト》を使って食虫植物モンスターを倒した。
「見た?」
「見てないです……」
こんな気まずいこともあったけど、僕たちは順調に狩りを続けることができた。
開始してから夢中になって数時間。モンスターを倒して手に入れた沢山のアイテム。中には中々ドロップしない珍しいアイテムもあった。
流石に疲れた僕たちは木の木陰に座って、街で買った黒パンを食べて休憩する。ピナも好物だというナッツを嬉しそうに食べている。
「それにシリカは凄いよね。こうやって中層域でこうやって活動してて。短剣の扱いもピナとの連携もよかったし」
「あたしが今こうしていられるのは全てピナのおかげなんだ。ピナと出会うことができなかったらどうなっていたのかわからないよ。オトヤ君だってクオータースタッフを使いこなせていて十分強いよ」
「そんなことないよ。実は僕、去年の3月の半ばくらいまでずっとはじまりの街に閉じこもってたんだ……」
「え?」
聞き返すシリカに僕は話し始めた。
茅場晶彦によってSAOはデスゲームだと宣言されてから、最前線でゲームクリアを目指すプレイヤーの攻略組、すでに攻略がされた中層エリアで活動している中層プレイヤー、そして死への恐怖からはじまりの街に閉じこもるプレイヤーに別れた。僕は3つ目のはじまりの街に閉じこもるプレイヤーに分類されていた。
流石にずっと閉じこもってばかりでは宿代や食事代がなくなってしまうため、たまにはじまりの街から出て必要な分だけのお金を稼いで生活していた。
こんな生活を送っていた時、僕は彼と出会った。
ある日、運悪く当時の僕のレベルでは相手するのが難しいモンスターの群れに遭遇して追われることになった。そして、僕は逃げきれず追い詰められてしまった。逃げたいけど恐怖のあまり身体が動けなくなっている中、背が高めの槍使いの男性プレイヤーが駆けつけてモンスターの群れを倒し、僕を助けてくれた。
助けてくれた槍使いの名前はザックさん。彼は小規模のギルドでサブリーダーを務めている攻略組のプレイヤーの一員で、一言で表すと面倒見のいい好青年という人だ。
この一件でザックさんと親しくなり、連絡先を交換して彼に会うようになった。彼も特に嫌な顔をすることなく、合間を見て僕と会ってくれていた。そして何回かザックさんと会った時に、僕はこのデスゲームと化した世界で生きていくことに恐怖し、そんな弱い自分が惨めでいることを話した。
「僕、本当は生活費を稼ぐために、弱いモンスターを、相手するだけでも、物凄く怖いんです……。いつか自分も死ぬんじゃないかって……。そんな自分の弱さが許せなくて……」
話している内に、いつの間にか目からは涙が溢れ出て声は震え、ザックさんに泣きついていた。
ザックさんは黙って話を聞いて、一度泣いている僕を抱きしめてから面と向かってこんなことを言ってきた。
「なあ、オトヤ。オレの話聞いてくれるか?」
問いに僕は頷いて答えた。
「オレだって本当は怖いんだ。楽しみにしていたゲームがいきなりデスゲームなって、現実に帰るには命がけで戦わなきゃいけないってことが……。そんな心の弱さを隠して戦っているんだ。オレはオトヤが思っているような奴じゃない」
いつも最前線で強力なモンスターたちと戦い続けているザックさんの口からそんなことが出てくるとは思ってもみなかった。そして彼の話は続いた。
「でも、オレは弱いことは決していけないことじゃないって思うんだよ。弱いからこそ強くなれる。これまでも、これからも。だから大丈夫だ」
『弱いからこそ強くなれる。これまでも、これからも』という言葉は僕を救ってくれたものだった。
それからザックさんは、暇を見つけては僕のスキル熟練度やレベルを上げるために付き添ってくれたり、両手用長柄の戦術などを教えてくれた。更には彼のギルドメンバーの人たちも協力してくれたこともあった。ギルドリーダーを務めている刀使いのカイトさんは、不愛想で最初はちょっと怖いイメージもあったけど、何度も僕にアドバイスを送ったりと優しい人だった。
ザックさんたちの協力があったおかげで、僕は中層クラスでハイレベルプレイヤー近くまでのレベルに達した。
そして、これらを通してザックさんのことを『師匠』と呼ぶようになった。
この話を聞いたシリカは優しく僕の左手を両手で握ってきた。
「そんなことがあったんだね……。でも、オトヤ君は今はこうしている。ここまで頑張って来られたのって凄いことだよ。オトヤ君は強いと思うよ」
そう言って、シリカが見せてくれた笑顔は綺麗で優しい光りのようだった。
一瞬驚きを隠せなかったが、笑みを浮かべてシリカにお礼を言う。
「何か慰められちゃったね。ありがとう、シリカ」
その途端、シリカの顔が一気に赤くなった。
「どうかしたの?」
「な、何でもないよっ!それよりもまだ日が暮れるまで時間もあるし、もうひと狩りしようか!」
「う、うん」
慌てだすシリカ。どうしていきなり慌てだしたのだろうか。
――オトヤ君って可愛い顔してるから、男の子だって言うことを忘れて思わず手を握ってしまったよ。今までクラスの男の子とも手を握ったことがなかったのに……。
何か様子がおかしいシリカを気にしつつも狩りを開始することとなった。
これが僕とシリカの初めて出会いだった。
再構成前ではオトヤの武器は太刀でしたが、再構成版では仮面ライダーレンゲルなどのようにクオータースタッフとなっています。武器を変更した理由ですが、主要メンバーでカイトやクラインも刀を使う、ALOではシルフのためリーファの長刀と色々と被る、バランスを取るために主要メンバーで両手用長柄の武器を扱うキャラがザックの他にももう1人いた方がいいなどといったものとなります。
再構成前では今はキリトがネカマ疑惑をかけられてますが、女の子と間違えられているのはGGOのキリトだけでなく、オトヤもです。シリカといるときは女の子同士と間違えられることが多く、シリカは百合だと思われているといます。そのため、オトヤを敵視する人はあまりいないです。
次回も引き続き、オトヤの話となっています。
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番外編3 使い魔と別れと蘇生への道
※アンケートも行っていますのでご協力お願いします
2024年2月23日 第11層・タフト
俺は第11層の主街区タフトに訪れていた。そこで、黒猫団のケイタさんと偶然会って街中にあるベンチに腰かけて会話していた。サチさん達は別の層の主街区へ買い出しに行っているらしい。
「PKですか?」
「うん。10日前に第38層で小規模のギルドが犯罪者プレイヤーに襲われたっていう事件があったんだ……」
今年に入ってから犯罪者プレイヤーによる事件が頻繁に起こっている。それはに《ラフィン・コフィン》という殺人ギルドの存在が大きく影響しているからであろう。
《ラフィン・コフィン》は今、このギルドのリーダーとサブリーダーを務めている2人のプレイヤーによって結成された犯罪者プレイヤーたちが集まったギルドだ。去年の大晦日の夜に圏外にいた小規模のギルドを、30人近くまでの規模まで膨れ上がった《ラフィン・コフィン》が虐殺したのをきっかけで、その存在はアインクラッド中に知られることになった。
そのため、《ラフィン・コフィン》以外でも犯罪行為をするプレイヤーが今年に入ってから増えているのが現状だ。
「攻略組も犯罪者プレイヤーに警戒するように呼びかけているんですけど、ケイタさん達も気を付けてください」
「わかった。リュウも気を付けてな。あと、キリトにあったら、今度うちのギルドホームに遊びに来てくれって伝えといてくれないか?」
「はい。じゃあこれで」
「頑張れよ、じゃあ」
ケイタさんと別れ、転移門を使ってエギルさんの店がある第50層のアルゲートに向かおうとしたときだった。
突如、一通のメッセージが届いた。差出人を確認してみるとキリさんからだった。
【ある事件の依頼を引き受けたんだ。俺1人じゃ大変そうだから、リュウも手伝ってくれないか?詳しいことは直接会ったときに話すから、第35層の転移門前まで来てくれ】
「ある事件の依頼って何だ?とりあえず、第35層の転移門前に行こうか」
急遽、行き先を第50層から第35層に変更し、転移門を使った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2024年2月23日 第35層・迷いの森
この日、あたしとオトヤ君は、とあるパーティに加わり、この森で沢山のコルとアイテムを稼いでいた。
回復アイテムも大分減り、日も暮れ始めたため、狩りを切り上げてアイテムの分配をしようということとなった。しかし、アイテムの配分のことで、同じパーティーにいる槍を持った赤髪の女性プレイヤーのロザリアさんとアイテム分配のことで揉めていた。
「何言ってんだか。アンタはそのトカゲが回復してくれるんだから、回復結晶は分配しなくて良いでしょ?」
ムッと来てロザリアさんの発言に言い返そうとした時、あたしよりオトヤ君が先に声を上げた。
「ちょっと待って下さい!確かにピナに回復能力はありますけど、回復結晶の分を補えるまではないんです!シリカにもちゃんと分配するべきですよ!」
あたしに代わってオトヤ君が反論してくれたのだったが、ロザリアさんは意地悪な笑みを浮かべて彼にこう言った。
「ああ、一応言っておくけど、
考えを改めるどころか、あたしを庇ってくれたオトヤ君のことまで侮辱してきたのだった。
それが許せなくて、ついにあたしも声を上げた。
「わかりました!アイテムなんて要りません!あなたとは絶対もう組まない!あたしを欲しいって言うパーティーは他にも山ほどあるんですからねっ!オトヤ君行こう!」
そう言い残し、オトヤ君の手を引いてパーティーを抜ける。「せめて森を抜けるまで一緒にいた方がいい」とリーダーの人が言ってきたが、今すぐにもロザリアさんから離れたくて、それを無視して森の方へと歩いていった。
「シリカ、本当にこれでよかったの?」
「いいの。他の人たちには悪いと思うよ。けど、オトヤ君のことを悪く言うあの人とは一緒にいたくないもん!」
「シリカ……。でも、ロザリアさんはともかく、あのリーダーの人達には悪いことしちゃったから、その人達には後でちゃんと謝ろう。僕も一緒に謝るからさ……」
「オトヤ君……。そうだよね……」
「とりあえず、今は森を抜けることに専念しよう」
こうして、あたしはオトヤ君とピナだけでこの森を抜けることとなった。
たった2人と1匹だけでも、今のあたし達のレベルやスキル熟練度なら、この層のダンジョンを突破することも可能だと思っていた。でも、その考えは甘いものだと思い知らされるのだった。
あれから森を抜けようとするも道に迷ってしまい、日はすっかり沈んで辺りは暗闇が支配してしまった。
疲労は溜まっていき、持っていた回復アイテムも徐々に減っていく。
しかも、こんな状態の時にこの層で最強クラスである猿人のモンスター《ドランクエイプ》が5体も出現した。いつものあたしとオトヤ君なら大丈夫だけど、今はかなり危険だといってもおかしくない。
前衛で戦うのあまり得意ではないオトヤ君が、頑張って前で戦ってくれ、2体目を倒すことに成功した。しかし、オトヤ君の体力や所持している回復アイテムはあたし以上に消耗が激しかった。そのせいで、オトヤ君の回復アイテムは2体目を倒した直後に使用したので底を尽きてしまったようだ。
残りのHPを確認してみるとあたしもオトヤ君も半分といったところ。ピナの回復ブレスでも回復しきれない。しかも、それは1割程度で、頻繁に使えるものではない。
すぐにあたしとオトヤ君の分の回復アイテムを出そうとポーチに手を入れるが……
「っ!!」
――か、回復アイテムがない!
その隙にドランクエイプの棍棒による攻撃を受けて、HPはレッドゾーンへと到達してしまう。短剣も何処かに吹き飛んでしまった。
「シリカ!」
オトヤ君があたしを助けようとこっちに向かって走ってきた。
「危ない!」
あたしを助けるのに必死だったため、ドランクエイプの攻撃にオトヤ君は気が付かなかった。彼は頭に攻撃を受けて吹き飛ばされて地面に倒れ、クォータースタッフも折れてしまう。
「オトヤ君!」
彼の名前を叫んで呼ぶ。だが、頭を強く打ったせいで気絶してしまい、反応がない。
それに気を取られている間に、1体のドランクエイプが私に目がけて棍棒を振り下ろそうとしてきた。
恐怖のあまり身体を動かすことができない。
棍棒があたしに振り下ろされる寸前、ピナが飛び込んできた。ピナには攻撃をまともに受けて吹き飛ばされた。
「ピナ!」
急いでピナに駆け寄ったが、ピナのHPに一気に0になった。その直後、ピナはポリゴン片となって消滅し、そこには水色の羽が1枚落ちる。
「ピナ!ピナァ!」
これは夢であって欲しかった。SAOに来て不安だった私に生きる勇気をくれたピナがたった今死んでしまったことが信じられなかった。
あたしはもう取り乱すことしか出来なかった。そんな中、3体の内1体のドランクエイプが、気を失って倒れているオトヤ君にトドメを刺そうと棍棒を振り下ろそうとする。
「やめてぇぇぇぇっ!!」
あたしの叫び声が響く中、ドランクエイプが3体ともポリゴン片となって消滅した。
オトヤ君を襲おうとしていたドランクエイプが消えたところには、2人の若い男性プレイヤーが立っていた。1人は黒いロングコートを纏っており、もう1人は青いフード付きマントを羽織っていた。2人とも見たところ、あたしより数歳年上のようだ。
青いフード付きマントを羽織っている人は、回復結晶を使って気を失って倒れているオトヤ君の体力を回復させる。
オトヤ君は無事だった。でも……。
「ピナァ!」
ピナが死んだショックで泣き出してしまう。
黒いロングコートの人はあたしに近づいてきた。
「その羽、もしかして君はビーストテイマーなのか?」
「はい。でも、あたしの考えが甘かったせいで……」
泣いている中、青いフード付きマントの人が「おい!まだ動かない方がいいぞ!」と言っているのが聞こえた。顔を上げると、意識を取り戻したオトヤ君がふら付きながら近づいて来ていた。
「そ、その羽って……まさか……」
オトヤ君は水色の羽を見た瞬間、何が起きたのか分かり、ショックを受けて膝を付いてこの場に座り込んでしまう。
そんな中、黒いロングコートの人が遠慮がちに声をかけてきた。
「えっと、その羽根だけどな。 アイテム名は設定されてるか?もしそうだったら、まだ蘇生する手段があるんだ」
急いで羽を調べてみる。すると、浮き上がったウインドウには《ピナの心》とという名前が表示されていた。
「これならまだ何とかなりそうだ。第47層の南にある《思い出の丘》っていうフィールドダンジョンがあるんだ。そこに咲く花には使い魔を蘇生させる効果があるらしい」
「本当ですか!?でも47層って……」
今のあたしのレベルでは47層のフィールドダンジョンに行くにはとても厳しい。
「実費だけ貰えれば、俺達が行って取ってきてもいいんだけどな……」
「確かそれって、アルゴさんの情報だと使い魔の主人が行かないと花が咲かないらしいですよね……。それに、蘇生出来るのは死んでから3日までだから時間もあまり……」
「そうだったな……。あっ…でも、あれがあればなんとかなるか。リュウ、昨日手に入れたアイテムはまだ残っているか?」
「はい。エギルさんのところに持っていく前でしたので、まだありますよ」
黒いロングコートの人と青いフード付きマントは何か話し合い、メニューウインドウを操作する。すると、あたしの目の前にアイテムのトレードウインドウがでてきた。そこには《イーボン・ダガー》、《シルバースレッド・アーマー》と今まで見たことがないアイテムばかりだった。
いくつかのアイテムをあたしに送ると、今度はオトヤ君にもあたしと同様に何かのアイテムを渡しているみたいだった。
「2人に渡したものがあれば、5,6レベル程度なら底上げできるし、俺たちがついて行けば大丈夫だ」
大変有難いことかもしれないが、正直警戒心の方が強かった。オトヤ君も同じことを思っていたみたいで、警戒心を見せて2人に尋ねた。
「あの、何でそこまでしてくれるんですか?」
すると、黒いロングコートの人はこう呟いた。
「
すると、オトヤ君がおずおずと言った。
「あの……僕、男なんですけど……」
「なんだ男か……ってええっ!?お、男!?」
黒いロングコートの人はオトヤ君が男の子だと知った途端、驚きを見せてきた。
どうやらオトヤ君を女の子だと勘違いしていたらしい。このやり取りを見るのも何回目だろう。でも、あたしも初対面の時は女の子と間違えてしまったんだよね。
「リュウは黙っているけど、どうなんだよ!?」
「さっき助けた時に触れてもハラスメントコードが出なかったので、男だとすぐにわかりましたよ」
――本当は、俺も最初は女の子だと思ってしまったんだけどな……。
黒いロングコートの人は、オトヤ君に許しを乞うと土下座をして謝ってきた。
「本当に申し訳ございませんでした。女に見えるのは俺の方でした。どうかお許しを」
「気にしてないので、頭を上げて下さい!」
あたしと青いフード付きマントの人は、苦笑いを浮かべてこの光景を見ていることしか出来なかった。でも、お陰でさっきまで張り詰めていた空気もすっかり和んだ。
なんとか事態が収まると黒いロングコートの人と青いフード付きマントの人に自分の名前を名乗った。
「あの……あたし、シリカっていいます」
「僕はオトヤです」
「俺はキリト、しばらくの間よろしくな」
「俺はリュウガ。リュウでいいよ」
あたしとオトヤ君は、黒いロングコートの人……キリトさんと青いフード付きマントの人……リュウさんの2人と握手をした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2024年2月23日 第35層・ミーシェ
キリトさんとリュウさんの協力もあって、僕達は無事に森を抜けることができ、第35層の主街区である《ミーシェ》へと戻ってきた。今日はもう遅いため、この街にあるチーズケーキがオススメの宿屋兼カフェに2人を連れて行こうとした時だった。
「あら、シリカとオトヤじゃない」
今一番聞きたくない声が、僕とシリカを呼び止める。この声の持ち主は、僕たちががパーティー抜ける要因となったロザリアさんのものだ。
ロザリアさんは、嫌な笑みを浮かべて言う。
「へぇ~、生きて森から脱出できたんだ。よかったわね。あら、あのトカゲはどうしちゃったの?もしかして……」
「ピナは死にました……。 でも、絶対に生き返らせます!」
「へぇ~。ってことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。でも、アンタたちのレベルで攻略できるの?」
相変わらず、嫌味が籠ったことを言うロザリアさん。
シリカは悔しそうにして何も言い返せずにいた。
これ以上この人に好き勝手言われるのが許せなくて文句の一つでも言おうとした時、キリトさんは僕の肩を軽く叩き、ロザリアさんに聞こえるくらいのボリュームでこう尋ねてきた。
「なあオトヤ。あの
おばさんと言う単語にロザリアさんはムッとした表情になる。それを見ていたリュウさんは隣にいるキリトさんのわき腹を軽く突いた。
「キリさん、あの人に聞こえちゃってますよ」
「いや、だってよ。どう見たって、男の前では猫被ってて、本性はかなり性格が悪い嫌なおばさんって感じじゃん。年齢だって絶対30歳近くか超えていると思うぜ。リュウだってそう思うだろ?」
「えっ……。えっと……」
キリトさんは、ロザリアさんを挑発するかのように言う。同意を求められたリュウさんは困った様子を見せていた。
そして、キリトさんに好き放題言われていたロザリアさんは、怒りのオーラを出してキリトさんを睨んでいた。
「そこの黒いのと青いの!」
「く、黒いの!?」
「青いのってまさか俺ですかっ!?」
「そうよ、アンタたちよ!さっきから人のことをおばさんとか好き放題言ってくれてっ!誰が性格が悪い30歳過ぎのおばさんよっ!!」
完全にとばっちりを受けてしまったリュウさんは弁解しようとする。
「ちょっと待って下さい!俺はあなたのことを一言も
「たった今言ったわよっ!!」
「あっ……」
リュウさんは墓穴を掘ってしまい、「しまった」という表情をする。なんかリュウさんが可哀想になってきたような……。
キリトさんはそんなことにお構いなく、ロザリアさんに向かって言った。
「言い忘れていたが、 2人には俺たちが付き添うから攻略は出来るぜ。みんな、こんなおばさんの相手なんかしてないでさっさと行こうか」
「フン、まぁせいぜい頑張ることね」
キリトさんはあたしたちを連れてこの場を去る。その時、リュウさんはロザリアさんを警戒しているかのような目で見ていた気がした。
目的だった店に着き、奥のテーブル席へと座った。隣にシリカが、そして向かい側にはキリトさんとリュウさんが座った。
「何で、あんな意地悪言うのかな……」
「2人は、MMOはSAOが初めてなのか?」
キリトさんの言葉に、僕とシリカは頷いて答えた。
「そうか。どんなオンラインゲームでも性格が変わる人は多いんだ。中には進んで悪人を演じるプレイヤーもいる」
「あと、俺たちのカーソルは緑色だけど、デュエル以外で人を攻撃するなどの犯罪を行うとカーソルはオレンジに変化するんだ。でも、SAOはHPが0になったら現実世界でも本当に死ぬ。そんな状況でも人殺しを行う奴だっている……」
キリトさんとリュウさんは少し怖い顔になり、僕とシリカは言葉を失ってしまう。
すると、僕たちの様子に気が付いたキリトさんは表情を緩め、パンッと手を叩いて話題を変えようとする。
「とりあえず、暗い話はここまでにして、まずは飯だ。人間飯さえ食えればなんとかなるもんだからな。それに、今はオススメのデザートのチーズケーキが1番の楽しみだろ、リュウ?」
キリトさんの言葉に、リュウさんも表情を緩める。
「全く、キリさんはいつも食い意地這って……。まあ、俺もチーズケーキがどんなものか楽しみですけど」
その言葉に僕とシリカは笑う。
「キリトさん、チーズケーキがそんなに楽しみにしていたんですね」
「でも、キリトさんの気持ちもわかりますよ。あたしもここのチーズケーキは1番のオススメですし」
「そいつは楽しみだな」
そして、僕たちは談笑しながら食事をとった。
食事を終えた後、明日行く第47層の確認のために、キリトさんの部屋に集まった。
僕とシリカが部屋にあるイスに腰を下ろすとキリトさんとリュウさんもイスに座り、テーブルの上に見たことがない小さな箱の形をしたアイテムを置いた。
「このアイテムは何ですか?」
「これは《ミラージュ・スフィア》っていうアイテムだ」
興味を示したシリカが聞き、キリトさんがボタンを押すと光が現れ、大きな円形のホログラフィックが出現した。
「うわぁ、綺麗」
シリカは夢中で青い半透明の地図を覗き込んだ。
大きな円形のホログラフィックの中には街や森、木の一本に至るまで微細な立体映像で描写されている。ミラージュ・スフィアはシステムメニューで確認できるマップより明確にマップを表示することができるアイテムなのだろう。
「今映っているのは第47層のマップだ。ここが第47層主街区。こっちの方に思い出の丘があって、ここに行くにはこの道を通るんだけど……」
説明の途中、急にキリトさんはリュウさんと向き合うと、厳しい表情をして話を中断する。そして、リュウさんは僕とシリカを守るように後ろへ下がらせ、キリトさんは凄まじいスピードで椅子から立ち上がってドアを引き開けた。
「誰だ!」
キリトさんが声を上げた直後、誰かが階段を駆け降りる足音が聞こえた。
「どうかしたんですか?」
「話を聞かれてたんだ」
「でも、ドア越しに部屋の中にいる僕たちの声は聞こえないんじゃ……」
「聞き耳スキルが高いとドア越しでも聞こえるんだ。そんなのを上げてる奴はなかなかいないけどな」
「どうします、追掛けますか?」
「いや、転移結晶で逃げた可能性が高い。追掛けても無駄だ」
キリトさんとリュウさんが何か話し合っている中、シリカは不安そうにする。僕自身も不安だったが、シリカに「大丈夫だよ」と言って安心させようとする。
その後、僕とシリカは2人に部屋の前まで送られて、各自部屋で休むこととなった。
解散して部屋に戻ってから、既に3時間ほどが経過した。明日に備えて寝ようとベッドの上に横になっていたが、 ピナが死にシリカが悲しんでいる光景を思い出して眠れずにいた。
少し外の風に当たろうと部屋から出て1階に下りると誰かに声をかけられた。
「こんな夜中にどうしたんだ?」
声をかけてきたのは、トレードマークの青いフード付きマントを外したリュウさんだった。
「リュウさん……」
「もしかして、眠れないのか?」
「はい……」
「だったら、ここで少し何か飲みながら話さないか?外はさっき俺達の話しを盗み聞きしていた奴がいるかもしれないからな」
リュウさんに連れられて奥にあるカウンター席に座った。そして、ジュース入りのボトル1本とナッツの盛り合わせを頼んだ。
頼んだものが来ると、リュウさんはボトルを開けてグラスにジュースを入れて差し出した。
「はい」
「あ、ありがとうございます……」
頭を少し下げてお礼を言う。すると、リュウさんは苦笑いを浮かべながらこう言ってきた。
「オトヤ。別に俺のことは呼び捨てでもいいし、敬語は使わなくていいぞ。シリカはともかく、お前だと何故か調子が狂う気がしてさ」
「じゃあ、そうさせてもらうね。リュウ……」
こうして僕は彼のことをリュウと呼び、ため口で話すことにした。
リュウとグラスを合わせ、頼んでくれたジュースを一口飲む。すると、甘酸っぱい味と炭酸のシュワシュワ感が口の中に広がり、リアルにいた頃に飲んだことがあるスパークリングジュースを思い出した。
「これ、スパークリングジュースみたいで美味しいね……」
「だろ。俺もたまに自分へのご褒美として飲むほど気に入っているんだ。ちょっと値が張るのが難点だけどな」
「スパークリングジュースも、普通のジュースよりちょっと高めだからね……」
こんな感じでリュウと飲み食いしながら談笑していた。しかし、心の片隅でどうしても日のことが頭から離れず、気分が晴れずにいたのだった。
「何かあったのか?」
リュウも何か察し、少し真剣な顔をして僕に尋ねてきた。
「え?」
「ちょっと顔に出ていたぞ。大方シリカ関連のことだと思うが、俺は別にシリカに話すつもりはないから、話してみたらどうだ?」
どうやらリュウにはお見通しみたいで、逃れる手段はないと思った僕は意を決して話すことにした。
「シリカはピナを死なせたのは自分のせいだと思っているみたいだけど、元はというと僕が悪いんだ……」
「どういうことなんだ?」
僕は、リュウにあのパーティーを抜けるきっかけになった一連の出来事を話した。リュウは黙って僕の話しを聞き続け、話し終えると口を開いた。
「そうか。お前とシリカがあのパーティーを抜けたのは、そういうことがあったからなんだな。でも、だからってピナが死んだのはオトヤが悪いわけじゃ……」
「ううん。全部僕が悪いんだ……。あの時、僕がもっとしっかりしていれば……もっと強ければ、パーティーを抜けずに済んで無事に森を抜けれたし、仮に抜けても僕が守り抜いてピナが死ぬこともシリカを悲しませることもなかった……!」
自分の不甲斐なさに悔しくなり、俯いて拳を強く握る。
「僕が弱いから……僕なんかシリカの傍に居なければ……」
いつの間にか、目の前がよく見えなくなるくらい涙が溢れ出る。
しばし沈黙が続き、無言で話しを聞いていたリュウの言葉を発した。
「オトヤ。過ぎてしまったことはどうにも出来ない。例えどんなに辛くて悲しいことでもな……。でも、ピナを救えるチャンスはまだあるんだ。諦めるにはまだ早いだろ」
「でも……僕がいたところで何の役に……」
そして、僕と面と向き合ってこう言った。
「大丈夫だ。お前には俺やキリさんがいる。だから、お前は今度こそシリカを守ってやるんだ」
そうだった。ここで逃げ出してしまったら、はじまりの街に引きこもっていた時の僕に戻ってしまう。僕は何をしていたんだ……。
「リュウ、ありがとう。お陰で目が覚めたよ」
これを聞いたリュウは安心したかのように微笑んだ。
「そうか。なら良かった。せっかくお前には、とっておきのレアアイテムの武器を渡したんだ。明日は、シリカにいいところを見せてやるんだっていう気持ちでいこうぜ」
「そうだね」
それから僕たちは談笑しながら注文したものを平らげ、部屋へと戻った。
――明日はシリカのためにも絶対ピナを生き返らせてやるんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
オトヤを部屋に送り届けた後、俺は隠れて俺達の様子を窺っていた人に言い放った。
「ところで、隠れて盗み聞きしないでいい加減出てきたらどうですか、キリさん」
「やっぱりバレていたか」
すると、曲がり角の陰から苦笑いを浮かべたキリさんが出てきた。
「それにしても、俺の言いたいこと全部言いやがって。俺の出番全くなしかよ」
「今回は俺に譲ってくれたっていいじゃないですか」
口を尖らせて文句を言ってきたキリさんを見て、苦笑いするしかなかった。そして、少し間を空けて真剣な顔で彼を見る。
「ところで、47層に行ったら奴らは姿を現しますよね?」
俺の言葉にキリさんも真剣な顔になる。
「ああ。奴らは絶対俺達の前に現れるだろう。だけど、オトヤとシリカには囮にする形になってしまったけどな……」
「あの2人なら大丈夫ですよ。俺達がいますし、もしもの時は……」
「そうだったな。俺もお前と同じく信じるか……」
再構成前とは異なり、リュウ君も登場させました。でも、今回はオトヤが主役となっています。
リュウ君とオトヤですが、2人は同い年という設定となっています。オトヤは当初の予定ではシリカと同い年でリュウ君より1歳年下という設定にする予定でしたが、リュウ君に同性でタメ口呼び捨てで呼び合うことが出来るキャラが欲しいということで、リュウ君と同い年にしました。再構成前でもそういう設定となってますが、中々書く機会がないということで、再構成版ではこういう展開にしました。
次回も再構成前とあまり変わりないです。
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番外編4 花畑とオレンジプレイヤーと2人の剣士
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2024年2月24日 第47層・フローリア
第35層から転移門を通り、たどり着いたのは辺り一面に花が咲いているところだった。円形の広場を、細い通路が十字に貫き、それ以外の場所は煉瓦に囲まれた花壇になっており、花々が咲き誇っている。
「すごい、夢の国見たい」
「この層はフラワーガーデンと呼ばれていてフロア全体に花が咲いてるんだ」
「時間があったら、北の端にある《巨大花の森》にも行けるんだけどな」
「そうなんですか。そこにはもう少しレベルが上がった時に行ってみたいと思います」
キリトさんとリュウの説明を聞くとすぐにシリカは花壇の前でしゃがみ、花に顔を近づけ、そっと香りを吸い込む。表情も明るく、この層が気に入ったようだ。
周りを見渡してみると、そこにいた人はほとんどが男女の2人連れだった。手を繋いだり、腕を組んで談笑しているなど、どうやらここはカップルのデートスポットのようだ。
いつか僕もシリカと2人きりで来られたらなと考えてしまう。でも、シリカは僕のことを異性として見ているのかわからない。実際のところ、女の子とよく間違えられる僕には高望みだと言ってもいいだろう。
こんなことを考えているとリュウが話しかけてきた。
「オトヤ、どうかしたのか?」
「あ、ちょっと考え事してただけだよ。もしかして出発する?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、シリカを呼んでくるね」
リュウにそう言い残し、シリカの元へと行く。
「シリカ」
「な、何っ!?」
僕が名前を読んだ途端、シリカは顔を赤くしながら慌てて反応した。
「リュウとキリトさんがそろそろ行こうって。あれ、顔赤いけどどうかしたの?」
「な、何でもないよ!それよりも早く行こう!」
僕と顔を合わせず急いでキリトさんとリュウがいるところへ行こうとするシリカ。もしかして僕が考えていたことがシリカに……。まさか、こんなことはないか。そんなことを考えて少し不安になってしまう。
――あのカップルの人達みたいに、オトヤ君と2人きりでここに来たいなって思っていたら、本人に話しかけらるなんて……。このこと、オトヤ君にバレてないかな……?
街の南門まで来るとキリトさんとリュウは足を止めた。
「いよいよ冒険開始なわけだけど、2人にこれを渡しておくよ」
キリトさんが僕とシリカに渡してきたのは水色のクリスタル。これは確か転移結晶だ。
「2人のレベルと俺たちが渡したその装備なら、ここのモンスターは倒せない敵じゃない。だが、フィールドでは何が起こるか分からない。俺たちが逃げろと言ったら、転移結晶で何処かの街へ転移するんだ」
「俺たちのことは心配しなくてもいいからさ」
キリトさんとリュウは真剣な表情をしてきたため、僕とシリカは承諾して転移結晶を受け取り、ポーチに入れる。
そして思い出の丘に向かうこととなった。
途中、何回か戦闘になったが、キリトさんとリュウが前衛を引き受けてくれて僕とシリカのレベル上げに協力してくれた。いつもよりレベルが高いモンスターを倒したことで、いつもより早くレベルも1つ上がった。
それにしてもいいアイテムをくれて、こんなにも強いキリトさんとリュウはいったい何者なんだろう。もしかして攻略組の人かな。でも、攻略組の人がこんなところにいるわけないか。
「着いたぞ。ここが思い出の丘だ」
ついに目的地である思い出の丘に到着した。
「ここに使い魔を生き返らせることができる花が……」
「ああ、花は真ん中の辺りにある岩のてっぺんに咲くんだ」
「花が咲くのはあの白く輝く大きな岩だよ」
リュウが指さした花畑の中央には白く輝く大きな岩がある。
さっそくシリカはそこへと走り出す。シリカが岩に近づくとそのてっぺんに一輪の純白の花が咲いた。
「これでピナが生き返るんですね」
「ああ、ピナの心に花の中に溜まってる雫を振りかければいい。でも、この辺は強いモンスターが多いから街に戻ってから生き返らせよう。ピナだってきっとその方がいいだろ」
「はい!」
嬉しそうにするシリカ。これでまたピナを生き返らせることができて一安心した。
帰り道ではほとんどモンスターと出くわすことはなく、このままでいくとあと一時間歩くだけで、街へ到着する。
小川にかかる橋のところまで来るとキリトさんは僕とシリカの肩に手をかけ、僕たちを止めた。
「そこで待ち伏せてる奴、出てこいよ」
キリトさんがそう言うと、木の陰から出てきたのはロザリアさんだった。
「ロ、ロザリアさん!?」
「あたしのハイリングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね、剣士さん。その様子だと首尾よく《プネウマの花》をGETできたみたいね、おめでと。じゃ、さっそく花を渡してちょうだい」
この人は何を言っているんだ。ロザリアさんが言ったことをイマイチ理解していない僕とシリカをよそに、キリトさんはリュウと共に僕たちの前へ立ち、口を開いた。
「そうは行かないな、おばさん。いや、オレンジギルド《タイタンズハイド》のリーダーのロザリアさん言ったほうがいいかな」
「オレンジギルド!?でも、ロザリアさんは僕たちと同じグリーンじゃ……」
リュウは僕たちの方を見て説明し始めた。
「オレンジギルドと言っても全員がオレンジカーソルじゃない場合が多いんだ。グリーンのメンバーが獲物を見つけ、オレンジのメンバーが待ち伏せているポイントまで誘導する。オレンジプレイヤーは警戒されるし、圏内には入れないからな。昨日、俺達の会話を聞いていたのもあの人の仲間だ」
「じゃあ、この二週間、一緒のパーティーにいたのは……」
「そうよ、戦力を確認して冒険でお金が溜まるのを待ってたの。本当なら今日ヤッちゃう予定だったんだけど。一番楽しみな獲物のあんたが抜けて残念だったけど、レアアイテムを取りに行くっていうじゃない。でも、そこまでわかっててその子に付き合うなんてあんた達ってバカ?それとも
「アンタ、オトヤのことを男だと知っていてもわざと女だと言うってことは、キリさんの言う通り本当に性格が悪いおばさんみたいだな。昨日はうっかり言ってしまっただけだったけど、今日は俺もハッキリとアンタのことを
リュウは落ち着いているようにも見えているが、明らかに怒っているというのが伝わってきた。話し方もキリトさんや僕たちと話す時と様子が違う。
リュウにまではっきりとおばさんと呼ばれ、ロザリアさんはムッとした表情になる。
「あと、俺たちはあんたを探してたんだよ。アンタ、10日前に38層で《シルバーフラグス》って言うギルド襲ったな。リーダー以外の4人が殺された」
「あぁ、あの貧乏な連中ね」
ロザリアさんはキリトさんの言葉に頷く。
「リーダーだった男はな、朝から晩まで最前線の転移門広場で泣きながら仇討ちをしてくれる人を探してた。でも、彼はあんたらを殺すんじゃなく、牢獄に入れてくれと言ったんだ。あんたに奴の気持ちがわかるか?」
面倒そうにロザリアさんは答えた。
「わかんないわよ、マジになっちゃってバカみたい。ここで人を殺したところで本当にその人が死ぬ証拠なんてないし」
「お前、人の命をなんだと思っているんだ!!」
ロザリアさんの言葉に、リュウは怒りを露わにして叫び、左手で右腰の鞘から剣を抜き取る。今すぐにもロザリアさんをその剣で斬ろうとしていた。そんなリュウをキリトさんが右腕を掴んで止めた。
「止めろリュウ。気持ちはわかるが、あのおばさんの挑発に乗るな。依頼人に頭にきて殺したなんて報告するわけにはいかないだろ」
「はい……」
「自分たちがどんな状況なのかわからないで止めちゃったの?」
ロザリアさんが指をパチンと鳴らすと、7人ほどのプレイヤーがロザリアさんの近くにある木の陰から出てくる。更に後ろからも3人のプレイヤーがやってきた。その中の1人を除いた全員のカーソルがオレンジだ。つまり、このプレイヤーたちがオレンジギルド《タイタンズハイド》ってことか。
完全に僕たちは挟み撃ちにされた。
「キリトさん、リュウ、この数じゃ僕たちが圧倒的に不利ですよ、脱出しないと!」
「大丈夫。俺とリュウのどっちかが逃げろって言うまでは、転移結晶を用意してそこで見てればいい。リュウは後ろの3人を頼む。くれぐれも殺すなよ」
「はい……。オトヤ、シリカのことは任せるぞ」
2人は僕にたちにそう言い残す。キリトさんは背中の鞘から片手剣を抜き取り、前に歩いていく。リュウも後ろにいる3人のオレンジプレイヤーがいるところへと行く。
「「キリトさん!リュウ(さん)!」」
シリカと同時に彼の名前を呼ぶとタイタンズハイドのメンバーの1人が驚く。
「キリト、リュウ?黒づくめの服に盾なしの片手剣、それに青いフード付きマントに盾なしでサウスポーの片手剣、まさか《黒の剣士》と《青龍の剣士》!?ロザリアさん、あの黒づくめはソロで前線に挑んでいるビーターの攻略組みだ!それに、青いフード付きマントの方は今勢いがあるソロの攻略組みだって言われている!」
攻略組、それはザックさんとカイトさんと同じく最前線で戦っているプレイヤーのことだ。2人が攻略組だったことに僕とシリカは驚いてしまう。
「攻略組がこんなところにいるわけがないじゃない!!ホラとっとと始末して身ぐるみはいちゃいな!!」
ロザリアさんがそう指示を出すと、オレンジプレイヤーたちはキリトさんとリュウを攻撃する。リュウは回避したり、剣で防御しているが、キリトさんはただ攻撃を受けているだけだ。
「いやあああ!!やめて!やめてよ!!き、キリトさんが……し、死んじゃう!!」
シリカは両手で顔を覆いながら絶叫した。
「キリトさん!!」
苦しむシリカを見かねて《クローバースタッフ》を抜き取り、助けようとする。だが、僕の目には信じられないものが映った。
「HPが減ってない……」
キリトさんのHPは減少しても数秒経つと満タンの状態に回復していた。
「ど、どういう事!?」
さっきまで両手で顔を隠し、キリトさんが攻撃されるのを見ていなかったシリカもその光景を見て驚きを見せる。
更に後ろの方を見るとリュウは余裕を見せていて、3人のオレンジプレイヤーたちは息が荒く、疲労している様子だった。
「あんたら何やってんだ!!さっさと殺しな!!」
「ロザリアさん、コイツをいくら攻撃してもHPが減らないんですよ!!」
「青いフード付きマントの方は避けられたり、防御されてまだ一撃も……」
《タイタンズハイド》のメンバーたちは焦り、苛立っている。そして、疲労が溜まり、動きを止めた。
「あの赤い目の巨人と比べたらずっと楽な方だな」
「10秒あたり400ってところか。それがあんたら7人が俺に与えるダメージ量だ。 俺のレベルは78、HPは14500。戦闘時回復《バトルヒーリング》スキルによる自動回復が10秒で600ポイントある。いくらやっても無駄だ」
「そ、そんなのありかよ」
「ありなんだよ。たかが数字が増えるだけで、そこまで無茶な差が付く。それがレベル制MMOの理不尽さというものなんだ」
そして、キリトさんは転移結晶より色が濃い結晶を取り出した。
「これは俺の依頼人が全財産を果たして買った回廊結晶だ。監獄エリアの出口に設定してある。全員これで牢屋に飛んでもらう」
「こんな凄いものがあったなんてね。でも、今ここにあたしを含めて11人しかいないなんて思わないことだね」
《タイタンズハイド》のメンバーたちが諦めて戦意を喪失する中、余裕を見せるロザリアさん。すると、更にもう1人のオレンジプレイヤーが出てきてシリカに剣を振り下ろそうとする。
「きゃあっ!」
「シリカぁぁぁぁ!!」
その瞬間、僕はシリカの前に出て昨日リュウから貰った《クローバースタッフ》で攻撃を受け止める。
「オトヤ君!」
「コイツ!」
「うおおおおおっ!!」
ソードスキルを発動させ、攻撃。すると、敵の剣は折れてその折れた刃はロザリアさんの足元に刺さる。
「ヒィッ!」
自分の足に刃が刺さりそうになったことでロザリアさんは驚いて声をあげる。その拍子に手から槍が落ちる。
「これ以上シリカを悲しませる奴は僕が許さないぞ!!」
怒りがこもった声で叫んだ。
武器を失ったオレンジプレイヤーに《クローバースタッフ》を向けてゆっくり近づく。そのオレンジプレイヤーは戦意喪失する。
「武器破壊か、ナイスファイトだオトヤ!」
僕に向かってそう言うと、キリトさんは槍を拾おうとしているロザリアさんの首元に剣を突きつける。
「グリーンのあたしを傷つければオレンジに……」
「言っておくが俺はソロだ。1日2日、オレンジになるくらい問題ない」
キリトさんは回廊結晶を使い、リュウと一緒に《タイタンズハイド》のメンバーを次々監獄エリアへと送る。
最後にロザリアさんを送ろうとした時、リュウが彼女に話しかけた。
「監獄に送る前に1つだけ言っておく。オトヤは芯があって強い奴だ。次、わざと俺の友達のことを女だと馬鹿にしてみろ。その時はお前を絶対に許さないと思え」
リュウの言葉に恐怖に包まれたロザリアさんは、大人しくゲートを潜った。これで《タイタンズハイド》のメンバー全員は、キリトさんが持っていた回廊結晶で監獄エリアへと飛ばされた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ピナ!」
街の宿屋まで戻ってきて、シリカは蘇生アイテムを使ってピナを生き返らせた。
ピナは無事に生き返り、シリカは嬉しさのあまり涙が溢れながらもピナを抱き締める。ピナも嬉しそうにしてシリカに抱かれている。
「キリトさん、リュウさん、ありがとうございます!」
「別にいいよ。2人を囮にするようなことにしちゃったからな」
「最後の方なんて危険な目に合わせてしまったし……」
「キリトさんとリュウさんはピナを生き返らせてくれた人だからそんなこと気にしてませんよ」
「ところで、キリトさんとリュウはやっぱり前線に……」
「ああ、五日も前線から離れちゃったからな。すぐに戻らないと」
「攻略組って凄いですね。僕と違ってあんなに強かったですし……」
今回、ピナを生き返らせることができたのはキリトさんとリュウがいたからだ。だけど、僕は何もできなかった。そう考えているとリュウが声をかけてきた。
「オトヤだって、シリカがオレンジプレイヤーに襲われそうになったときには、危険を顧みずシリカを助けようとしただろ。俺が大切なものを守ることができなかったことを、オトヤはやることができたんだ。そんなことないって」
「あの時のオトヤは男らしくてカッコよかったぜ」
「オトヤ君があの時あたしを助けてくれたから、花を奪われずにピナを生き返らせることができたんだよ。あたしを守ってくれてありがとう、オトヤ君」
3人が言ったことが嬉しくて、嬉しさのあまり涙が出てしまう。シリカたちが慰めてきたけど、しばらく涙は止まることはなかった。
この日、僕は想いを寄せているシリカを守れ、リュウとは友達になることができた。リュウとキリトさん、師匠やカイトさんにはまだ及ばないけど僕もデスゲームが開始してから少しは強くなったかな……。
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番外編5 《ナイツオブバロン》
仮面ライダーネタもいくつか登場します。
2024年6月20日
今ここで、赤と黒をベースとした装備をしているプレイヤーがモンスターたちと戦闘中である。
プレイヤーは全員が中高生の少年で人数は5人。前衛には刀使い1人、片手剣や片手棍といった片手用の武器と盾を持つプレイヤーが2人。後衛には槍と両手斧を持つプレイヤーがそれぞれ1人ずつ。少人数だが、攻守ともにバランスが取れたパーティーである。この中にはカイトとザックの姿もある。
対する敵は《シカインベス》という鹿をモチーフとした怪人。青をベースとした体に頭部と背中に大きな枝角、手足には硬い
だけど、プレイヤーたちの実力は高く、善戦している。《シカインベス》も1体2体と着々と倒していく。残りが最後の1体だけとなった時だった。最後の残った《シカインベス》は非常に筋肉質で巨大な姿となり、枝角も全身を覆う装甲のようになった。
「コイツはどうやら最後の1体になると強化体になるっていう仕組みみたいだな」
「問題ない、いつも通りに行くぞ!」
『おう!』
ザックの後にカイトがそう言うと、ザックを含めた4人が返事をする。
カイトは赤と銀をベースとした刃となっている《フレイムセイバー》を持って構える。
《フレイムセイバー》は第60のフロアボスのラストアタックボーナスで手に入れた、モンスタードロップの中では魔剣クラスのステータスを持つ刀。高レベルの刀スキルを持つカイトだからこそ扱うことができる刀である。
強化体になった《シカインベス》は拳を振り下ろしてきた。
「攻撃来るぞ!防御用意!」
「ああ!」
「任せろ!」
盾持ちの2人が前に出て《シカインベス》が振り下ろしてきた拳を盾で受け止める。強化体になった《シカインベス》は巨体にも関わらず、動きは身軽の方で何度も拳を振り下ろす。
この隙にカイトは刀スキルの《浮舟》を使って《シカインベス》を斬り裂く。すると、敵はターゲットをカイトへと換える。
「オレたちのことも忘れてないか?」
ザックはそう言うと槍スキルの《トリプル・スラスト》を放ち、ザックに続いて両手斧を持つプレイヤーは両手斧スキルの《ワール・ウィンド》を放つ。更に盾持ちの2人も片手剣と片手棍で同時に攻撃する。
5人の攻撃を受けた《シカインベス》のHPは削られていく。だが、奴もただでやられるわけにはいかず、咆哮をあげて強化前の《シカインベス》を5体呼び出す。
「また出て来たか。オレとカイトでデカい方を相手するから皆はその間に小さい方を倒してくれ!」
「2人だけで大丈夫なのかっ!?」
「心配ない!」
心配してきた両手斧使いにザックはそう言い残すとカイトと共に強化体の《シカインベス》へ向かって走っていく。
2人は二手に分かれて刀で斬り付け、槍で薙ぎ払う。攻撃は回避して避け、敵が一方に集中している間にもう1人が攻撃する。これを何度も繰り返す。HPは3分の1近くとなる。
「コイツ、最初と比べると大分体力を消耗しているな」
「今なら押し切れる!」
ザックがタゲを取り、回避しながら槍で攻撃する。カイトも加わって刀で斬り付ける。
攻撃を受けた強化体の《シカインベス》は怯み、その間にカイトとザックは反動が少ないソードスキルを使用しながら何度もスイッチを繰り返し、攻撃していく。奴には反撃する隙もなく、更に他の3人の仲間も加わり、HPを削られていく。最後はカイトの刀スキル《緋扇》を喰らって消滅した。
直後、カイトを除いた4人から歓声が沸き上がった。
「流石うちのリーダーとサブリーダーだな」
「いや、皆が後から出てきたモンスターの相手をしてくれたっていうのもあるぜ。そうだろ、カイト」
「ああ」
カイトとザックを含めた5人のギルドの名前は《ナイツオブバロン》。直訳すると男爵の騎士団という。
このギルドが結成されるきっかけとなったのは最前線が第10層の時だった。
第1層のフロアボス戦以降、カイトとザックはコンビを組み、他のプレイヤーとは一切パーティーを組まずに行動していた。そんなある日、カイトとザックは最前線の迷宮区でモンスターに襲われている3人組みのプレイヤーを助けた。この3人がカイトとザックとギルドを組むことになるプレイヤーたちだった。
簡単にお互いの自己紹介をすると両手斧使いのハントはカイトとザックにあることを言った。
「なあ、オレたちをカイトとザックの仲間に入れてくれないか!?」
「悪いが俺たちは元βテスターだ。前ほどじゃないが、俺たちのことをよく思っていない連中もまだ多い」
「どうしてまたオレたちの仲間になりたいんだ?」
ザックが言ったことに片手棍使いのダイチと片手剣使いのリクが答えた。
「オレたちも2人のように強くなって攻略組に入りたいんだよ」
「ゲームクリアを目指して現実に戻るのが夢なんだ。だから頼む!」
2人の言葉を聞き、カイトとザックは考え、結論を出す。
「そこまで言うならオレはいいと思うが、カイトはどうだ?」
「俺もそれで構わない」
「そういうことだ。これからよろしくな」
ザックが手を差し出すと3人は彼と握手し、その後にカイトとも握手を交わす。
「それでリーダーはどうするんだ?この状態だと俺かザックがやることになるだろ。ここは俺より年上で人をまとめるのが得意なザックがやるべきだと思うが」
「いや、リーダーはカイトの方が適任だろ。オレよりも強いし、お前にはどんなに自分に不利な状況でもどんなに恐ろしい敵でも屈服することなく、全力で戦おうとする強い精神力の持ち主だ。この世界で皆を引っ張っていくにはその方がいいじゃないのか?」
「いいだろ。だけど、ギルド名は俺が決めるぞ」
「いいぜ。皆はどうだ?」
「もちろん賛成だ」
「カイトがリーダーをやるからギルド名はカイトが決めた方がいいと思うぜ」
「なるべくカッコいい奴にしてくれよ」
ザックに続き、他の3人も賛成した。すると、カイトはすでにギルド名を決めていたらしく、すぐにギルド名を言った。
「《ナイツオブバロン》……要するに男爵の騎士団だ。意味は、貴族のように誇り高くこの世界で戦う。だが、貴族の中では最下層……一番下だ。俺たちはそこから這い上がって強くなり、ゲームクリアを目指すぞ」
バロン……男爵は貴族としては最下層の爵位である。最高位の爵位であるデューク……公爵の方がいいかもしれないが、今の自分たちは最高位のデュークを得られる権利はないとカイトが判断したからだ。現状、第1層の時から攻略をしていた《アインクラッド解放隊》や《ドラゴンナイツ・ブリゲード》と比べると規模は小さく、カイトとザック以外の3人の実力も低い方のため、ギルドとしての実力は攻略組でも最下層に位置すると言ってもよい。
カイトはこれから強くなるのだという意図を込め、敢えてバロンを選んだのだ。
現在は5人という小規模のギルドにもかかわらず、攻略組として問題なく活動できるまでのレベルとなった。
攻略を終えたカイトたちはギルドホームがある第57層のマーテンに戻り、カイトとザックの2人は市場に夕食の買い出し、他の3人はギルドホームへ戻った。
「カイト、食材は十分あっただろ。それでなんとかならないのか?」
「無理だな。いくら材料があっても調味料となるものがないと不味くなるだけだ。SAOに醤油もマヨネーズとかはないからその代用となるものはどうしても必要だ」
カイトは戦闘に必要なスキルの他に料理スキルもかなりあげている。その腕はザックも美味いと評価するほどのものだ。カイトが料理スキルを上げているのには、SAOの飯は美味いと思えるものが少ないからだという理由らしい。ちなみに、前に食べた第50層のアルゲードで食べたラーメンみたいなものはあまり美味しくないと評価していた。
「あれ?カイト君とザック君?」
2人に声をかけてきたのは、血盟騎士団の副団長を務めているアスナだった。
「アスナか、この前の攻略会議だな。ここにいるってことはオレたちと同様に夕食の買い出しか?」
「そうだね。毎日NPCのお店で食べるわけにもいかないし、料理スキルだけはカイト君にだけは負けたくないしね」
「いつかお前を追い抜いてみせる……」
カイトとアスナの2人は最近では料理のライバルといってもいいくらいのものとなっている。
「そういえば、アスナは数か月前と比べて随分と変わったな。キリトと何かあったのか?」
ザックの言葉にアスナは一気に頬を赤く染めて慌て出した。
「ちょっとザック君!どうしてここでキリト君が出てくるのよっ!」
「だってよ、オレとカイトにキリトのことをよく聞いてくるからさ」
「キリト君とは何でもないわよっ!ただいつもソロ活動しているから前にコンビを組んでいた者として心配しているだけよっ!私、そろそろ行くね!」
アスナはそう言い残してこの場を後にした。
「あの様子だとアスナは絶対にキリトのこと……」
「ああ。だが、キリトの奴は絶対に気が付いてないと思うが……」
カイトとザックはアスナがキリトに想いを寄せていることに薄々気が付いていた。しかし、キリト本人は全く気が付いていなく、2人も教えようとはしていない。
最近、2人の周りでは恋愛ごとに関する話をよく耳にする。この前もザックの弟子のオトヤには「もう少し2人のように男らしくなりたい」と相談を受けられたこともある。どうやらオトヤはこの世界に来て好きな異性ができたようだった。カイトは自分の恋愛事にはあまり興味を抱いていないが、ザックはそういう相手がいることを少し羨ましがっていた。
そんなことを話していると、新たに誰かが2人に話しかけてきた。
「よう、カイトにザックじゃねえか」
新たに2人に話しかけてきたのは、頭にバンダナを巻いた風林火山のリーダーであるカイトと同じ刀使いのクラインだった。
「何だ、クラインか……」
「何だって何だよ!それはないだろ、カイト!」
そっけない態度をとったカイトにクラインは文句を言い、ザックは2人の仲裁をする。
クラインが落ち着いたところで、他のプレイヤーたちの通行の邪魔にならないところに移動して立ち話をすることになった。
「えっと、お前たちのナイツオブ……バナナだっけ?」
「バロンだ!」
カイトは、自分が考えたギルド名をバナナだと言ってきたクラインを睨み、若干キレ気味の声で返す。そして、ザックと共にギルド名に「風林火山と付けたお前にだけは言われたくない」という眼でクラインを見る。
「わりぃわりぃ。お前たちの《ナイツオブバロン》ってこの前の第60のフロアボス戦で活躍して、カイトは何かラストアタックボーナスで凄い刀を手に入れたって聞いたんだよ。オレ、まだどんな刀なのかちゃんと見てなかったから見せてくれよ」
そう言われると、カイトは左腰の鞘から《フレイムセイバー》を抜き取り、クラインに見せる。
「あの時、ラストアタックを決めていたらこの刀はオレが手に入れていたのによぉ」
「まあ待てよクライン。刀は今もいいものがあるし、これからだってもっといい刀を手に入れられるかもしれないぜ。だから元気出せよ」
「ザック~。お前はカイトと違ってオレ様を慰めてくれるんだな。ありがとよ」
カイトの持つ《フレイムセイバー》を羨ましそうにしてみるクラインの肩に、ザックは手を置いて慰める。
イニシャルがKで刀使いと色々と同じところがある2人だが、クールで大人びた性格のカイト、コメディリリーフが目立つクラインは、明らかに雰囲気は大きく異なっている。
その後クラインと別れ、カイトとザックの2人はギルドホームへと戻ることにした。
ギルドホームに戻ると、待ちくたびれていた3人がいてカイトはすぐに夕食の支度をする。ゲームの中のため、現実とは違い、支度して10分後にはもう食べられる状態となった。
「やっぱりカイトの飯は美味いな。これなら安心して嫁に行けるぜ」
「嫁は余計だ……」
「まあまあ、今は飯の最中だ。楽しもうぜカイト」
「ザックの言う通りだぜ」
「そうそう!」
命がけで戦っていると言ってもここにいる全員は中高生の少年。会話を楽しみながら食事をするのだった。
夜の12時になる頃には全員、各自の部屋に行って眠りについた。
この日の《ナイツオブバロン》の活動はこうして終わりを迎えた。
カイトとザックがリーダーとサブリーダーを務める《ナイツオブバロン》は、仮面ライダー鎧武のチームバロンをモデルとしているため、メンバー全員が赤と黒をベースとした服装をし、ギルド名もそれから頂きました。バナナネタもです(笑)
カイトが持つ《フレイムセイバー》は仮面ライダーアギトのフレイムフォームが使う刀《フレイムセイバー》をイメージして下さい。
ちなみに前回と前々回で書くのを忘れましたが、オトヤが持つ杖は仮面ライダーレンゲルが使用するレンゲルラウザーみたいなものとなっています。
再構成版では久しぶりにアスナ、初めてとなる?クラインが少しだけですが、登場しました。クラインは第1話で「オレ様のアンチョビピザとジンジャエールがぁぁぁぁっ!!」と叫んで、声だけ登場していましたが(笑)
次回で番外編はひとまず終了となります。
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番外編6 ある鍛冶師の少女の出来事
コメントなしで評価できるようにしました。
2024年6月24日 第48層・リンダース・リズベット武具店
「これでよし。終わったわよ、アスナ」
「ありがとう、リズ」
アスナから預かった細剣の《ランベントライト》の手入れを終えて彼女に渡す。《ランベントライト》はあたしが鍛え上げたものの中で最上級に位置するほどのものである。
この細剣の持ち主で、血盟騎士団の副団長を務めているアスナとはこの世界でできた親友だ。アスナにはこのホームハウスを購入するのにお金を貸してくれたり、店の売上が向上したきっかけをくれたりと色々お世話になった。
その店の売上が向上したきっかけというのが、アスナがコーディネートしてくれたこの姿である。服装はウェイトレスに近い。桧皮色のパフスリーブの上着に、同色のフレアスカート。上から純白のエプロン、胸元には赤いリボン。そして、髪型はベビーピンクのふわふわしたショートヘアというものにされた。
初めは抵抗があったが、この姿のおかげで店の売上が向上し、今は何だかんだで気に入っている。
「ところで、今日はギルドの方はどうしたのよ?63層で大分手間取っているって言ってなかったっけ?」
「今日は人と会う約束してるからオフにして貰ったの」
このところ、アスナの様子が何かおかしい。あたしが知るアスナは寝ても覚めても迷宮攻略と《攻略の鬼》とまで呼ばれるほどである。そんな彼女がオフにするなんておかしい。
それに今日のアスナの服装はいつも通りの白と赤をベースとした血盟騎士団のものだけど、ブーツはおろしたてのように輝いていて、耳にはイヤリングを付けている。
あたしはあることを確信する。
「ふうん、そういうことねえ。アインクラッドで五本の指に入るという美人のアスナに男ができたとはねぇ」
「ちょっと何言っているのよリズ!」
顔を真っ赤にして慌てるってことは図星ってことね。
「だって、今のアスナは完全に恋する乙女になっているわよ。もしかしてこれから会う人って言うのはその相手じゃないの。ねえ、どんな人なのよ?」
「ええっ!?どうしてそんなこと教えなきゃいけないのっ!」
「じゃあさ、その相手の名前を言うのが恥ずかしいなら特徴ちょっと教えなさいよ」
「もう、しょうがないなぁ~。その代わり、絶対に誰にも言わないでよね」
「分かっているわよ」
アスナはやっと観念し、あたしに耳打ちしてその相手の特徴を話し始める。
「じゃあ、言うね。黒髪黒目で、黒いシャツとズボン、ブーツ。そして、黒いロングコートに一本の黒い片手剣を背負っている人だけど……」
「全体的に真っ黒なのね。なんて言うかあの黒い悪魔みたいな……」
「失礼なこと言わないでよ!確かに装備品は黒一色だっていうのは否定できないけど」
アスナが恋する相手となると攻略組の誰かってことになる。でも、あたしが知る限り、黒一色のプレイヤーは知らないわね。ますます気になるなぁ。
「ねえ、今度連れて来てよ。ついでにあたしの店の宣伝もね」
「分かったよ。そろそろ時間だから行くね。じゃあ、またね」
そう言ってアスナは工房から飛び出していった。
「それにしてもアスナが羨ましいよ。ああやって誰かに恋して。あたしも《素敵な出会い》のフラグ立たないかなぁー」
そんなことを呟いて仕事に戻ろうとしたときだった。
「そういえば、素材がそろそろ底を尽きそうだった。最近、槍の売れ行きもいいから槍を作る素材も必要なのよね。そろそろ日が暮れそうだけど、素材集めに行こうか」
メイスや防具、アイテムなどを用意し、店の扉に吊るしている札を【open】から【close】にすると目的地のダンジョンへと向かう。
やってきたのは第56層にある閉鎖された鉱山という設定の洞窟ダンジョン。ここは最近、素材集めに来ている場所で、前に素材集めに向かっていたところよりいい素材が手に入れることができる。
いつもは昼間に来てるけど、日が暮れる頃に来るのは初めてだった。早速洞窟の中に入ろうとしたら、誰かに呼び止められる。
「そこのアンタ」
声をかけてきたのはワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いジャケットを着て槍を背負った背が高めの少年だった。見たところ年齢は多分、あたしと同じくらいか少し年上だろう。
「こんな時間にここに何しに来たんだ?」
「ちょっと武器を作るのに必要な素材を集めに来たのよ」
「武器を作るって……アンタ、鍛冶師だったのか」
「そうよ」
「いや、どう見てもウェイトレスにしか見えないんだけど……。本当か?」
槍使いはあたしを疑っているかのような目で見てくる。
「その眼は何なのよ!あたしが嘘をついているって言いたいの!?」
「そんなことは言ってないだろ!ただ、ウェイトレスみたいな恰好をした鍛冶師なんて今まで見たことないなって思っただけだ!どうしてそうなるんだよ!」
「アンタの目があたしを疑っているかのように見えたのが悪いのよ!」
「何だと!?」
何故か、ケンカ腰になってしまい、槍使いと言い争ってしまう。
「まあいい。それよりもここのダンジョンは日が暮れると視界は悪くなるし、モンスターも昼間より強めの奴だって出てくるから今日はもう止めた方がいいぞ」
「心配ないわ。あたし、鍛冶師だけどこう見えてマスターメイサーなのよ。甘く見ないでくれる。忠告ありがとね、じゃあ」
「おい!」
前に何回か来たことがあるダンジョンだから大丈夫だからと槍使いの忠告を無視し、洞窟の中へと足を進めた。
洞窟の中は古くなったトロッコが所々にあり、地面にはレールが敷かれていた。一応、古ぼけた照明が等間隔に洞窟の天井に吊るされていて、真っ暗というわけではない。それでも、視界は悪い方だけど。
1時間ほど洞窟の中を進み、出てきたモンスターは岩や金属で体を覆ったゴーレム型のモンスターばかりで、そのほとんどが高い防御力を持っていた。それらを倒し、必要な素材を着々と手に入れていた。
もう十分かなとなって洞窟を後にしようとしたときだった。行く手に今まで見たことがない黒銀の鉱石で覆われたゴーレムが出現した。大きさも他のゴーレムと比べ、少し大きい。
「見たことないモンスターね、もしかしてレアモンスターで倒したら珍しい素材が手に入るんじゃ。だったらやるわよ!」
ゴーレムに接近してメイスを叩き込む。HPの減りは先ほどまで戦っていたモンスターたちと比べると低い。流石、レアモンスターね。更にメイスのスキルを発動させ、攻撃。前よりもHPを多く削ることができた。ゴーレムのHPはあと6割といったところだ。
これはいけると思ったときだった。突如、ゴーレムの動きが少し早くなってあたしに拳を叩き込んできた。
「きゃあっ!」
なんとか無事だったけど、HPが3割近くも減らされた。
「このゴーレム、攻撃力がこんなにも高いの!?」
持っているポーションでHPを回復させようとするが、ゴーレムはあたしに拳を振り下ろしてきた。その拍子にポーションを落としてしまう。
あたしのHPはまだ残っているけど、下手したら次の攻撃で死んでしまうかもしれない。
ゴーレムがあたしに三発目の拳を叩き込もうとしたときだった。
突如、何者かが単発の槍スキルをゴーレムの頭に喰らわせる。その人物はさっきあたしを引き止めようとした槍使いだった。
「しっかりしろ!」
槍使いはあたしにポーションを投げ渡すとゴーレムと戦闘を開始する。ゴーレムの攻撃をかわしたり、持っている槍で受け止める。硬直時間が短い槍のスキルで攻撃するけど、HPの減りはあまりない。
「最前線のモンスターほど強くないけど思ったより硬いな。一気に決めるか」
すると、槍スキルの《ダンシング・スピア》を発動。蹴りなどを混ぜて踊るように連続で槍による連続攻撃を繰り出し、ゴーレムのHPを全て奪った。
ゴーレムはポリゴン片となって消滅した。
「大丈夫か?」
「なんとかね」
槍使いの方を見ると彼の槍に目が止まった。よく見てみるとかなり使い込まれており、耐久値もそろそろ限界だ。
「アンタ、その槍……」
「これか。耐久値もヤバいし、ずっと前から使っていたやつだからな。なんとかしないといけないな」
「ねえ、よかったらあたしの店に来ない?」
ホームとしている店に着いたときにはすっかり夜になっていて、普段ならこの時間には店は閉めている。だけど、今日は彼が来ているため、店の灯りはついている。
「どうぞ」
「お、サンキュー」
店にあるイスに腰掛けている槍使いに紅茶が入ったカップを渡す。紅茶は今入れたばかりで湯気が出ている。
槍使いはすぐに飲もうとせず、必死にフーフーして紅茶を冷まそうとする。それが終わって少し飲んでみるが、まだ熱かったのか、再び紅茶を冷まそうとフーフーし始める。
「ねえ、アンタって猫舌なの?」
「そうだけど。悪いか?」
「いや、なんかそんなに必死になって冷まそうとして面白いなって」
「猫舌で悪かったな!」
猫舌だと馬鹿にされた槍使いは拗ねてしまい、そっぽを向いてしまう。あたしはそんな彼が面白くて笑ってしまう。彼もやれやれとなって笑みがこぼれる。
どうしてなんだろう。アスナはともかく異性と話してこんなに楽しく思うなんて。SAOは圧倒的に女性プレイヤーの数が少ないので、あたしも何回か男性プレイヤーに言い寄られたことがあったけど、とてもそんな気にはなれなかった。でも、この槍使いだけは他の男性プレイヤーとは違う気がした。
「あたしはリズベット。リズで構わないわ。アンタは何ていうの?」
「オレはザック。よろしくな、リズ」
自分の名前を名乗ると、ザックの槍のことについて話し始める。
「ところで、アンタが使っていた槍なんだけど、メンテナンスすれば耐久値は元に戻るから心配ないわ。でも、あのままずっとあの槍で戦っていくのは無茶よ。上に上がる程モンスターは強くなっていくし」
「そうか。やっぱり、そろそろ新しい槍にしないといけないんだな」
「それであたしの店に売っている槍でよければ見ていかない?ザックが気に入ってくれるかわからないけど……」
「せっかくだから見ていくぜ。槍が置いてあるのはあっちの方だな」
そう言って槍がある方へと歩いていく。
しまった、槍は売れていいものがほとんど残っていなかった。どうしよう……。
急いでザックのところに行くと彼はじっくりとあたしが作った槍を見ていた。
「ゴメン、いい槍は売れちゃってね。あまりいい槍は残ってなくて……」
言い訳にしか思えないことだ。なんか、言われるんだろうなと思っていたときだった。
「そうか?リズの魂がこもっていて悪いとは思わないんだけどな」
「魂がこもっているって……。ここにある武器、あたしたちも全て仮想世界のデータの一部なのよ」
「確かにオレたちプレイヤー、武器、この世界にあるもの全てデータでできている。だけど……」
ザックは話している途中、突然あたしの手を握ってきた。手には彼の温もりが伝わってくる。
「今こうしてリズの手を握っているけど、お互いの手の温かさも伝わってくるだろ。今オレたちが生きているのはこの世界だからな」
そのまま話を続ける。
「リズは武器を作り、作られた武器はオレたちがこの世界でモンスターと戦うのに使っている。リズが作った槍はオレが今まで見てきた中で最高のものだと思うぜ。所詮、仮想世界のデータの一部かもしれないけど、オレたちの命を守っているものでもあるんだ。だから、リズは自分が鍛冶師だっていうことを誇りに思ってもいいんじゃないのか?」
ザックの真剣な表情を見て、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「あ、悪いな。気安く手なんか握ってしまって」
「そんなこと気にしてないよ」
できればもう少し握っていて欲しかったなぁ。
「ところでオーダーメイドはやっているのか?」
「やっているけど」
「だったらこのインゴットで槍を作ってくれないか?」
渡してきたのはザックが倒したあのゴーレムと同じ色をした黒銀のインゴットだった。
「槍ね、任せなさい」
真っ赤になるまで炉で熱したインゴットを鍛冶用のハンマーで叩いていく。ザックのためにと何十回、何百回も……。叩き終えるとインゴットは輝きながらじわじわと形を変えていく。
出来上がったのは黒い柄の先端に銀色に輝く十字の刃が付いた槍だ。十字の刃は普通の槍の矛先の付け根辺りに三日月みたいな形をした刃が付いているという形となっている。
「名前は《ナイトオブ・クレセント》。直訳すると三日月の夜っていう意味だね。あたしが初耳ってことは情報屋の名鑑には乗ってない槍だと思うわ。試してみて」
「ああ」
ザックはこくりと頷くと、敵を薙ぎ払うかのように振ってみた。その後に槍を突き刺すかのような動きをする。
「こいつはいいな」
「ホント!?やった!」
「そういえば、代金払わないといけないな。こんなにいい槍だからかなり高そうだなぁ」
「お金はいらない。今までで最高の槍を作ることができたから、あたしはそれで満足よ」
「リズ……。ありがとな、この槍一生大事にするぜ」
笑顔でそう言ってくるザック。
「ザック……」
あたしは嬉しくて自然と笑みがこぼれる。
すると、ザックにメッセージが届く音がする。
「ヤベ、うちのリーダーからだ。早く帰らなねえと。じゃあな、リズ!」
「じゃあ」
手を振ってザックを見送った。
「また会えるかな。そう言うことなら専属スミスにしてほしいって言っておけばよかったな」
これがあたしとある槍使いの出会いだった。
そして、翌日にはキリトというプレイヤーがやってきて売り物の剣を折ったり、インゴットを取りに白竜の住処に行って巣に落ちながらも無事にインゴットを手に入れて剣を作りあげたなど大変な日だった。だけど、ザックが教えてくれた温かさのおかげで乗り切ることができた。
そのキリトが、アスナが想いを寄せている相手だと知った時は正直驚きを隠せなかった。でも、こうして想いを寄せている相手と会えることができるアスナが羨ましい。
またザックと会いたいなとあたしは思うのだった。
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第11話 新たな愛剣
再構成版でリュウ君が主人公となる回はある意味、約1ヶ月ぶりとなります。
2024年7月5日 第63層・主街区
今日の攻略を終え、キリさんと一緒に酒場のカウンター席で夕食を食べていた。
「新しい剣が欲しい?」
「はい。今使っている剣も70層に到達する頃には限界だろと前にエギルさんに言われまして……。ここ最近モンスターのレベルも上がってきてますし……」
俺がキリさんに相談していたのは武器についてである。今俺が使用している剣は攻略組に復帰した時からずっと使用し続けてきたものだ。その剣も限界が近づいてそろそろ新しい剣に変えようと考えていた。しかし、剣を手に入れるいい手段が見つからず、キリさんに相談していた。
「確かにな。新しい剣を手に入れるとなれば、プレイヤーメイドのものがいいか。明日は予定空いているか?」
「はい。明日は特に予定は入ってないので」
「だったら明日の昼14時に第48層のリンダースに来てくれ。いい鍛冶屋があるんだ」
「わかりました」
2024年7月6日 第48層・リンダース
第48層の主街区であるリンダースはそこらかしこに水車があり、のどかな風景を感じさせるヨーロッパの田舎町みたいなところだ。
この街は気に入っており、1度は住もうかなと思ったことがあったが、いい物件はほとんど売れてしまい、今はもう1つの候補地であった第59層のダナクに住んでいる。ダナクは木と草が生い茂り、放牧地のような高地の田舎町を思わせるところでリンダースと同様にいいところだ。
でも、リンダースにキリさんオススメの鍛冶屋があるとはな。
「おーい、リュウ!」
「あ、キリさ……っ!?」
キリさんの方を見た瞬間、俺は彼の隣にいた人に驚いてしまう。
その人は、白と赤をベースとした騎士風の戦闘服に着て、左腰にある鞘に細剣を収めた栗色の長い髪を持つ俺より少し年上の女性。攻略組で彼女を知らない人は1人もいないくらいの有名人だ。
彼女は血盟騎士団の副団長にして《閃光》という二つ名を待つアスナさんだ。
「あ、アスナさんっ!?」
キリさんだけでなく、何故かアスナさんもいて少々驚いてしまう。
「どうしてアスナさんもここにいるんですか?」
「今から行く鍛冶屋は、私がキリト君に教えたところだから、私も付いていった方がいいかなって思ったの。それに、キリト君1人だと、ちゃんとリュウ君の剣を選んであげられないんじゃないのかって心配にもなってね」
「俺だけで十分だって言ったのによ。リュウは俺と同じ片手剣使いだし、同じ男同士だろ」
「でも、またキリト君が売り物の剣を折っちゃったら大変でしょ。キリト君のお目付け役としても行くんだよ」
「アスナは俺のオカンかっ!」
キリさんとアスナさんのやり取りを見ているとなんか恋人同士にも見える。
キリさんとアスナさんは一時期、よく攻略会議でもめることが多くてあまり仲がよくない時もあった。でも、最近はそう言うのもなくなってきたし、アスナさんも前と比べて様子がすっかり変わったような気がする。
2人に連れられてやって来たのは水車がある家だった。看板には《リズベット武具店》と書かれていて、どうやらこの店の名前のようだ。
鍛冶師となると気難しそうな老人とかをイメージしてしまう。でも、キリさんとアスナさんくらいのレベルの人がここで武器を買ったとなるとそういう人でもおかしくない。
リズベット武具店に入ると中は無人で、様々武器がショーケースの中に置かれ、壁にはかけられている。
数秒ほどすると店内の奥にある扉から鍛冶師だと思われる人が出てきた。
出てきたのは、赤いパフスリーブの上着に、同色のフレアスカート、上から純白のエプロン、胸元には赤いリボンというウェイトレスみたいな服装をし、ベビーピンクのふわふわしたショートヘアの少女だった。年齢はキリさんやアスナさんと同様に俺より少し年上といったところだ。
「リズベット武具店へようこそ!ってアスナにキリトじゃない!」
「数日ぶりだねリズ」
「2人とも何しに来たの?メンテナンスなら数日前にやったばかりじゃない」
「今日はキリト君と一緒に彼の新しい武器を買いに付き添いに来たのよ」
「そうだったんだ。あたしはこの店の店主のリズベット。リズでいいわ」
「初めまして俺はリュウガっていいます。俺もリュウで構いませんので」
リズさんと握手を交わす。ウェイトレスみたいな服装のせいで、この店の店主だと知った時には少々驚いてしまった。
「早速だけどリュウはどんな武器が欲しいの?あと、性能の目標値とかも教えてくれる?」
「片手剣でスピード重視のやつをお願いします」
「スピード重視の片手剣か……弱ったわね。スピード重視の片手剣は今品切れだし、スピード系の素材も今色んなところから注文を受けてて、リュウに回せる分はないのよね。剣は前にどっかの誰かさんが折らなければあったかもしれないのになぁ……」
そう言ってリズさんはキリさんの方を睨む。
睨まれた本人はというとリズさんから視線をそらし、知らないフリをする。キリさん、アンタ何やってくれたんですか。よりにもよってスピード重視の片手剣を……。
「まあまあ、折った剣の代金は賠償金も含めてちゃんと払ったからキリト君を許してあげて、リズ」
「アスナがそう言うならいいわ。それに、万が一の時のためにいい素材を入手できるっていう情報をいくつか仕入れておいたしね。それさえ手にいれたらリュウの剣もすぐに作れるわ」
「その素材の入手方法ってどういうものなの?」
「最近、60層にある《地下水脈の洞窟》の洞窟っていうところにいる凶暴なドラゴンを討伐するっていうクエストが見つかったのよ。そのドラゴンからは高レベルの素材がドロップするらしくてさ」
「ドラゴンとなると俺の時と同じやつか。となるとドラゴンの……」
「違うわよ!今度はドラゴンの牙よ!」
今度は牙ということはキリさんのときは何だったんだ。ドラゴンとなると牙以外だと鍵爪か鱗ってことかな。
「そうとわかれば早速出発するわよ」
「リズさんも行くんですか?60層って前線からあまり離れてないから危険じゃ……」
「心配いらないわ。あたし、こう見えてもマスターメイサーなのよ。今日は攻略組が3人もいるしね。素材の調達も鍛冶師の仕事なのよ。まあ、危険を伴うこともあるけど……」
「リズが付いてくるのは構わないけど、危ないからむやみやたらに前に出ないでね」
「はーい」
武器を購入して終わりかなと思ったら、まさか素材を取りに行くことになるとは……。でも、素材を手に入れてから武器が出来上がるまでの工程を見ることができていいかもしれない。
今ある片手剣も耐久値はまだ大丈夫だからいいか。
2024年7月6日 アインクラッド第60層・《地下水脈の洞窟》
洞窟の内部は水色に光る鉱石などがあるため、洞窟のダンジョンの中では比較的視界がいい。そして、洞窟の奥へと繋がる道の脇には綺麗な水が流れている。どうやらこの洞窟は、名前の通り、地下水脈から湧き出ている水によってできた洞窟のようだ。
「ここの水って凄くきれいだね。飲料水として飲めるんだったら、調理にも使えそうな感じだよ」
「アスナさんは自分で料理もするんですか?」
「うん。料理はリアルでも得意だし、この世界は調理した方がいいものも沢山あるからね」
「なるほど……」
アスナさんが、料理が得意だというのはちょっと意外だなと思った。攻略組で料理スキルを持っている人はあまりいなく、俺が知っている中ではカイトさんくらいしかいない。
こうして話もしながら洞窟の最深部を目指す。途中、何回かモンスターと遭遇したが、攻略組が3人もいることもあって1,2分もしないうちに倒してしまう。
1時間ほどしてやっと洞窟の最深部までやって来た。
最深部は地底湖のようなところで巨大な湖があり、フロアボスのフィールド並に広い。湖の中心部からは綺麗な水が湧き出ている。神秘的なところと言ってもいいくらいのところだ。
だけど、リズさんが言っていた凶暴なドラゴンの姿は何処にもいない。湖の中に潜んでいるのか。
そう思った時だった。
湖の中から何かが現れる。現れたのは東洋の龍の姿をした怪人だった。名前は《セイリュウインベス》というらしい。
「あれ1体だけですか?」
「そうみたいだな。でも、油断はするなよ」
「私たち3人で攻撃するからリズは下がってて」
「わかったわ。気を付けてね、3人とも」
俺とキリさん、アスナさんはそれぞれ武器を手に取り、戦闘を開始する。
少し様子を見てアスナさんが細剣で付きを放つ。だが、攻撃はあまり聞いていない。
「このモンスター硬い!」
「アスナ、ここは俺とリュウが攻撃するから一旦下がってくれ!行くぞリュウ!」
「はい!」
「2人ともお願い!」
アスナさんが下がり、俺とキリさんの2人係で相手する。《セイリュウインベス》が持つ鋭い爪から繰り出す斬撃をキリさんが武器で受け止め、その隙に俺が斬撃を与える。だけど、アスナさんの時と同様にあまりHPが減っていない。
「コイツ硬い!」
「リュウ、スイッチだ!」
俺と入れ替わるようにキリさんが斬撃を与える。AGIにスタータスを寄せている俺とアスナさんと比べるとダメージは多く与えているが、それでもHPの減りは少ない方だ。
「硬えんだよ!何でだよっ!ああ、痛え……」
「キリト、アスナ、リュウ!ソイツ、あたしのメイスの方が効果あるかもしれないわ!」
「確かにリズの言う通りこのモンスターには私たちのレイピアや片手剣より効果があるかもしれない!」
「だったら俺たち3人がかりで攻撃を受け止めるからその隙にリズは側面か後ろから攻撃してくれ!」
「わ、わかった!」
俺とキリさん、アスナさんの3人で《セイリュウインベス》による突進や鋭い爪による攻撃を受け止め、リズさんがメイスで殴りつける。先ほどとは異なり、HPの減りは多い。
「攻撃がさっきよりも効いている」
「固い相手には剣よりもメイスの方が効果があるって聞きますからね。あのモンスターがあんなに硬いなんて思いませんでしたよ」
アスナさんに続き、俺が戦いながらそうコメントする。
それを何回も繰り返す。《セイリュウインベス》はどんどん減っていく。HPがレッドゾーンに突入し、残りわずかということでリズさんがメイスのソードスキルを発動させ、《セイリュウインベス》に強力な一撃を叩き込む。これで敵はHPの全てを失った。
「やった!」
リズさんが歓喜の声をあげるが、HPを全て失ったにもかかわらず、《セイリュウインベス》はまだ消滅していない。
どういうことなんだと思っていると《セイリュウインベス》の体が光り出す。すると先ほどの怪人の姿から龍そのものといった姿へと変える。大きさも10メートル近くあり、浮遊している。HPゲージも3本に増えた。
《セイリュウインベス》は咆哮をあげると俺たちに攻撃してきた。
「避けろ!」
キリさんが叫び、俺たちは間一髪攻撃を避ける。
「きゃあっ!」
「リズ!」
リズさんだけ、回避するのに少し遅れてしまい、攻撃を少し受けてしまう。倒れているリズさんの元にアスナさんがすぐに駆け寄る。
「リズ、大丈夫っ!?」
「平気よ。でも、アスナたちと違ってあたしのレベルじゃ、強化体の相手をするのはちょっと厳しいかな」
「いいの。ゆっくり休んでて。あのモンスターは私たちが倒すから」
アスナさんは細剣を持つとすぐに《セイリュウインベス》に向かって走り出し、細剣スキルの《シューティングスター》による攻撃を与える。キリさんも片手剣ソードスキル《ヴォーパルストライク》による突きを放ち、2人に続くように俺も片手剣ソードスキル《シャープネイル》を発動させ、3連撃による攻撃を与える。先ほどとよりHPは多く減少している。
どうやら、強化体になると防御力が下がる代わりにHPとか他のステータスが上昇するようだ。
「攻撃をかわしつつ、反動の少ないソードスキルで攻撃するぞ!」
「はい!」
「うん!」
《セイリュウインベス》は咆哮を上げ、俺たちに突進してくる。俺たちはそれを避け、ソードスキルを叩き込む。《セイリュウインベス》は攻撃に怯むことなく、俺たちに鋭い爪による斬撃を与える。
俺とキリさん、アスナさんは攻撃を受けてしまうが、最前線のボスクラスのモンスターと比べたらまだマシな方だ。体勢を立て直してすぐに反撃する。2人とスイッチを繰り返しながらHPを減らしていく。
HPゲージは最後の1本となり、レッドゾーンへと突入する。
《セイリュウインベス》は最後の手段だというかのようにその巨体を宙に浮かせ、口から青い炎の玉を放つ。
「俺たちを舐めるなぁぁぁぁっ!!」
俺は鍛え上げた軽業のスキルと敏捷性を活かし、洞窟内にある岩や壁を忍者のように駆け上る。そして、《セイリュウインベス》の背中に飛び移り、片手剣スキル《ハウリング・オクターブ》を発動。5連撃による突きからの斬り下ろし、斬り上げをし、最後に全力の上段斬りをする。
《セイリュウインベス》は断末魔の叫びをあげると、ポリゴン片になって消滅した。
《セイリュウインベス》が消滅したのと同時に地面に着地する。早速メニューウィンドウを開いてドロップアイテムをオブジェクト化する。名前は《セイリュウの牙》。リズさんに詳しく鑑定してもらう。
「これならリュウの要望の通りの武器を作れるわ」
「本当ですか?やった!」
「よかったね、リュウ君」
「早速リンダースに戻ろう」
メニューウィンドウから取り出したポーションを飲み、HPを回復させるとリンダースに戻ろうとする。
最深部の部屋から出ようとしたとき、キリさんは何故か後ろを振り向く。
「キリさん、どうかしたんですか?」
「なんか誰かに見られていた気がして……」
「誰かに見られてた?でも、俺の策敵スキルには特に反応はありませんよ。キリさんの方は何かあったんですか?」
「いや、俺の方も特に反応はなかったな。多分、気のせいだろ」
このことをあまり気にすることなく、元来た道を辿って洞窟を出る。
2024年7月6日 第48層・リンダース
リズベット武具店に戻ってくるとリズさんにさっき手に入れたインゴット……《セイリュウの牙》を渡す。
インゴットを炉に入れて真っ赤になるまで熱するとリズさんはそれを取り出し、鍛冶用のハンマーで叩き始めた。
カン、カンと金属を叩く音が響く。
こうやってインゴットから剣が作られるのを見るのは初めてだ。何十回……何百回も叩いたところで、インゴットが眩い白光を放った。
インゴットから姿を変え、出来上がったのは片刃状の片手剣だった。
刃は薄く青がかった銀色をしており、持ち手や刃の中央部分は青や金がベースとなっている。まるで青龍の鍵爪や牙をイメージしたかのような剣だ。
「名前は《ドラゴナイト・レガシー》。要するに龍騎士の遺産って意味ね。あたしが初耳ってことは今のところ情報屋の名鑑には乗ってない剣のはずよ。ステータスも魔剣クラス並みのものだね。試してみて」
《ドラゴナイト・レガシー》を左手で手に取り、何回か水平斬りや垂直斬り、突きを行う。更に《シャープネイル》を発動させて使ってみる。
手によく馴染み、耐久値が高い割にとても軽い。俺好みの剣だ。
「リズさん、この剣凄く気に入りましたよ!」
「気に入ってくれてよかったわ。こんなにいい武器が出来たのはこれで4回目よ」
「4回目?俺とアスナ、リュウを合わせると3人じゃないのか?」
「実は他にもう1人良い武器が作ることができた人がいたのよ。その人のおかげでキリトとリュウの剣が作れたっていうのがあるかな」
「なるほどな」
その人はいったい誰なのか気になるな。
「ところでこの剣の代金っていくらなんですか?」
「代金ならいらないわよ。リュウたちがあのモンスターを倒したおかげで、インゴットも手に入れることができたしね。あとはこんなにいい武器が作れたからそのお礼っていうのもあるかな」
「ありがとうございます」
「これからもリズベット武具店をよろしく。キリトとアスナもね」
リズさんは笑顔でそう言い、俺たちは当然「もちろんだ」と答えた。
新たな愛剣《ドラゴナイト・レガシー》を手に入れることができて凄く嬉しかった。この剣でゲームクリアを目指してこれからも頑張っていこうと決めたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2024年7月6日 アインクラッド第60層・《地下水脈の洞窟》
時は2時間ほど前にさかのぼる。
リュウたちが《地下水脈の洞窟》を後にしようと最深部の部屋から出た時だった。
「気付かれそうになったときは一瞬ビビったぜ。流石キリトだな」
「相変わらず、お前は《黒の剣士》がお気に入りのようだな《PoH》。まあ、俺は《青龍の剣士》の方が興味あるがな」
物陰からリュウたちの様子を見ていたのは、黒いポンチョで身を隠した2人の男だった。その2人はフードを深く被っているため顔は見えない。
「《青龍の剣士》、あの青いフード付きマントの奴か。《アビス》、お前はどうして《青龍の剣士》……リュウガに興味があるんだ?実力は閃光よりまだ少し下か同じくらいといったところだろ」
「アイツは
「それは8ヶ月ほど前にお前が言ってことか。それなら俺も興味があるな」
「おい、お前には《黒の剣士》……キリトがいるだろ。1人締めするなよ」
「ノープロブレムだ。《青龍の剣士》……リュウガはお前のだろ」
会話している2人のところに3人のプレイヤーがやって来る。
「ヘッド、アビスさん!こんなところにいたんスか?」
子供っぽい口調で2人に話しかけてやって来たのは、《ジョニー・ブラック》という名の頭陀袋を思わせる黒いマスクで顔を隠した男だった。その男と一緒に、髑髏みたいなマスクを付けた男と、黒いニット帽を深く被りって白い布で顔の下半分を隠した男もやって来る。
「ジョニーか。それに《ザザ》と《ソニー》も一緒だったのか。途中でキリト達に遭遇しなかったのか?」
「俺たちは別ルートを使ってここまで来たんですよ。だからキリト達とは会わなかったッスよ」
「ここに来たということは、今回のターゲットは始末したようだな。俺とPoHにもその結果を見せてくれよ、ソニー」
黒いニット帽の男は、赤と黄色の玉が着いた算盤のようなものを取り出して見せる。
「今回は6人か。次のターゲットはどうするんだ、PoH?」
「次のターゲットは攻略組の《ナイツオブバロン》だ。リーダーの刀使いとサブリーダー槍使い……特に刀使いは攻略組トップクラスの実力を持っているから注意しろ。まずは他の3人から始末しろ。コイツらはザザとジョニーに任せる。ソニーは俺とアビスと一緒に他の攻略組ギルドをやるぞ」
ソニーとザザ、ジョニー・ブラックはPoHという男の言葉に頷いた。
「攻略組の奴らの方が手ごたえあって楽しそうだぜ」
「楽しみなのは、俺も、一緒だ」
「同じく……。強い方がゲームも盛り上がる」
そして、アビスという男の口が開く。
「攻略組のプレイヤーたちよ。さあ、地獄を楽しみな」
「イッツ・ショウ・タイム」
今回リュウ君が手に入れた剣《ドラゴナイト・レガシー》は仮面ライダーブレイドが使用する醒剣ブレイラウザー(強化型)みたいな感じのものとなっています。もちろん、ラウズカードを収納する機能やカードの読み込み機能は付いていません。
主要人物のオリキャラ全員が使用する武器が、仮面ライダーが使用する武器をモデルとしているような (笑)
今回出てきた《セイリュウインベス》は仮面ライダー鎧武に登場した怪人です。そちらではヘルヘイムの果実を食べて強化体になりましたが、うちの作品ではHPが減ると強化体になるという仕組みになっています。体の色も緑から青になっています。まあ、SAOにヘルヘイムの果実が存在したらかなりヤバいですが。
そして再構成版でもラフコフが本格的に動き始めました。原作よりも主要幹部が2人増えて強化されている中、リュウ君に何か関係がありそうなことを言い、ターゲットとなる《ナイツオブバロン》。アインクラッド編の第2部は大きな波乱を呼ぶことになると思います。
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第12話 仕組まれた罠
カイトとザックが率いる《ナイツオブバロン》は現在、最前線の迷宮区ではなく、中層プレイヤーが多く活動しているフィールドへと来ている。
「特に今のところは何もなさそうだな」
「いくらアイツらも俺たち攻略組がいればビビッて逃げちまうんじゃないのか」
「そいつはあり得そうだな。何だってオレたちの方が、レベルは上だからな」
《ナイツオブバロン》のメンバーのリク、ダイチ、ハントの3人はそんなことを話しながら歩いている。そこへ《ナイツオブバロン》のリーダーのカイトが口を挟んでくる。
「油断するな。いくら俺たちの方が、レベルが高いからと言っても麻痺状態にされて集団で来られたらやられる可能性もあるんだぞ」
カイトたち《ナイツオブバロン》がここにやって来ているのは、盗賊や殺人といった犯罪者プレイヤーたちへの警戒のためだ。
犯罪を行うオレンジプレイヤーが本格的に活動を始めたのは今年に入ってからだ。その原因となっているのが殺人ギルド《ラフィン・コフィン》……通称《ラフコフ》の登場である。ここ最近は、ラフコフによるPKが多く行われるようになり、それに伴ってラフコフの下部組織を中心に犯罪行為が増えている。
「アルゴから聞いたが、この前も中層プレイヤーがこの辺りでオレンジギルドに襲われたらしい。幸いにも全員が転移結晶で逃げ出したから死者は出なかったが……。そのオレンジギルドの中には俺たちと同じ年頃の女もいたようだ」
「オレたちと同じ年頃、しかも女でオレンジギルドの一員かよ。これは早く何とかしないとヤバいぞ」
「ああ。《血盟騎士団》や《聖竜連合》も何とかしようとしているが、ラフコフを潰さない限り解決はしないだろう。だけど、ラフコフの奴らは何処を根城にしているかは……」
オレンジ化したプレイヤーは圏内に入ることは出来なく、圏外のどこかを根城にしているのは間違いない。だが、攻略組は未だにラフコフのアジトの場所を掴むことができていない。アジトの場所さえわかれば、夜中にでも大部隊で襲撃してラフコフを無力化することもできるだろう。
「だけど、今日は早く終わらせて帰りたいぜ。この様子だと一雨降りそうだからな」
ザックが見上げた空は灰色の雲に包まれており、いつ雨が降ってきてもおかしくない様子だった。現実世界でも7月となると梅雨の時期の真っ最中のため、アインクラッドも梅雨の時期になっていてもおかしくないだろう。
フィールドを警戒して進んでいた時だった。カイトたちの策敵スキルに反応が出る。
「っ!?」
物陰から1人のプレイヤーが先頭にいるカイトに曲刀を振り下ろしてきた。
カイトはすぐに左腰に装備している鞘から《フレイムセイバー》を抜き取り、曲刀を防ぐ。
カイトを攻撃してきた曲刀を持ったプレイヤーはカーソルがオレンジとなっている。そのプレイヤーが一旦、カイトから離れると6人のプレイヤーが出てくる。全員、カーソルがオレンジである。
「コイツらオレンジギルドかっ!?」
「どうやらそのようだな」
ザック、カイトの順にそう言った直後、ランスを持ったリーダーらしき男が前に出てくる。
「まさかこんなところに攻略組の《ナイツオブバロン》がいるとはな。オレは《ブラックバロン》のリーダー、《シュラ》だ」
「《ブラックバロン》だと?オレンジギルドが俺たちと同じバロンを名乗っていい度胸だな」
カイトが《フレイムセイバー》を持って構えるとザックたちも武器を取り出し、構える。
「いくらお前たちの方が2人多いからって、オレたちが相手だと分が悪いんじゃないのか?」
ザックの言う通り、攻略組である《ナイツオブバロン》がレベルもスキル熟練度も上で、明らかに《ブラックバロン》は不利だ。
「確かに普通に戦ったらオレたちの方が圧倒的に不利だ。だけど、これはどうかな」
シュラが指をパチンと鳴らすと、シュラと一緒に4人のプレイヤーが左に、残りのフードで身を隠した2人のプレイヤーが右へと二手に別れて逃げ出した。
「二手に別れたぞ!」
「逃がすか!俺とザックで5人の方を追う!リクとダイチとハントは残りの2人を追え!」
「わかった!」
「任せておけ!」
「すぐに終わらせて来るからな!」
リクとシンとゴウの3人はカイトとザックにそう言い残し、2人のプレイヤーを追う。カイトとザックも5人のプレイヤーを追いかける。
カイトは追跡スキルを使ってシュラたちを追い、ザックは投剣のピックを取り出し、投剣スキルを発動させてシュラたちを攻撃する。だけど、シュラたちは逃亡に慣れているためか、ザックが投げたピックを軽々とかわし、逃げ続ける。
「妙だな、アイツらどうして転移結晶を使わないんだ?」
「確かに。転移結晶を切らしてしまったとかじゃねえのか?」
「それなら犯罪行為を行う前に転移結晶があるか確認しておくはずだ」
「それもそうだな」
何か違和感を抱きつつもシュラたちを追いかける。
迷宮区の入口あたりでシュラたちは姿を消す。
「どこ行ったんだっ!?」
「すぐ近くにいるのは間違いない!」
カイトは策敵スキルを使用してシュラたちの居場所を確認する。
そして、シュラ以外の《ブラックバロン》のメンバー4人が物陰から一斉に出てきてカイトに武器を振り下ろして来る。
「今度は4人か、面白い」
「カイト大丈夫か!?」
「俺は平気だ!シュラの相手は任せたぞ!」
「おう!」
ザックもすぐにシュラを見つけて戦闘を開始する。ザックの《ナイトオブ・クレセント》とシュラのランスがぶつかり合い、火花を散らす。シュラは《ブラックバロン》のリーダーを務めていることもあって他の4人よりレベルは高いが、それでも攻略組のザックの方が上で、ザックが圧倒している。
その一方でカイトの方も4人相手でも余裕を見せている。
「コイツ、噂通り強い!」
「ただの弱者の集まりが俺を倒せると思うのか?」
カイトは《フレイムセイバー》を使って《ブラックバロン》のメンバーたちの武器を破壊して無力化していく。
ザックもシュラのランスを弾き飛ばし、奴を無力化する。
戦闘が始まり、5分ほどで決着が着き、この場にいる《ブラックバロン》のプレイヤー5人全員が無力化された。4人目の《ブラックバロン》のプレイヤーを縄で縛り、残すはシュラだけとなった。
「もうすぐ《聖竜連合》のプレイヤーたちが来てお前たちを牢獄へ連れて行く。その前に言い残しておくことはないのか?」
カイトがそう呼びかけるが、シュラは俯いていて何も答えない。
「おい、聞いているのか?」
すると、シュラは不気味な笑みを浮かべる。
「何がおかしい?」
「お前たち《ブラックバロン》はもう終わりなんだぞ」
「オレたちに気を取られていいのか?お前たちの仲間は今頃どうなっているかわからないぞ」
「どういう意味だ?答えろ!」
カイトはシュラ胸倉を掴んで強めの声で言う。
「今回のオレたちは盗賊目的じゃなくてお前たち2人をおびき出すためだったんだよ。お前たち2人がいるとラフコフの連中が殺すのが厄介だと言ってたからなぁ。もう役目は終わったからオレはここら辺で引き上げるとしようか……」
シュラは野球ボールくらいの玉を取り出し、地面に投げつける。すると、辺りは白い煙に包まれ、何も見えなくなる。
煙が消えた時にはすでにシュラの姿はなくなっていた。
「アイツ、何処に行きやがったんだっ!?」
「転移結晶で逃げられたかっ!」
「おーい!」
カイトとザックの元に全員が青をベースとした服に銀色の鎧を纏ったプレイヤーたちが駆けつける。攻略組最大のギルド《聖竜連合》のプレイヤーたちだ。
「この縄で縛られている奴らは全員オレンジだが、もしかして盗賊ギルドのプレイヤーか?」
「ああ!ソイツらはアンタ達に任せる!カイト!」
「わかってる!」
「お、おい!」
カイトとザックの2人は《聖竜連合》のプレイヤーたちに捕まえた《ブラックバロン》のプレイヤーたちを任せ、自分たちの仲間がいるところへと急ぐ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アイツらどこ行きやがったんだ?」
フードのプレイヤーたちを追いかけてリクたちがやって来たのは、ゴーストタウンを元にしたフィールドダンジョンだった。建物はボロボロになっており、とても人が住めるようなところではなかった。
「でも、ここら辺にいるのは間違いない。慎重に探そう……ぜ……」
ドサッ……。
突然、ゴウが倒れこむ。
「ゴウ、どうしたんだっ!?」
「あれ?何か体に力が……」
ゴウの鎧のつなぎ目に1本のナイフが突き刺さっており、彼は麻痺状態となっていた。
「ワーン、ダウーン」
倒れているハントの元に頭陀袋を思わせる黒いマスクで顔を覆い、ダガーを持った子供っぽい態度のプレイヤーが黒いポンチョで身を隠した4人のプレイヤーを引き連れて歩いてくる。
そのプレイヤーを見てリクは声をあげる。
「お前はジョニー・ブラック!」
「ジョニー・ブラックってラフコフの幹部の1人の毒ナイフ使いか!でも、何でラフコフの幹部の1人がこんなところにいるんだっ!?」
「今回の俺たちのターゲットはお前たち《ナイツオブバロン》だからだよ。《ブラックバロン》の奴らに協力してもらって、カイトとザックをお前たちから引き離したところをお前たちから殺してやるんだよ」
そう言うとジョニー・ブラックは新たなナイフを取り出し、倒れているハントの背中に何回も突き刺す。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
ハントの悲痛な叫びが響き渡り、HPが減る。ハントは目の前に倒れている両手斧に手を伸ばそうとするが、麻痺状態のため動くことができない。
「ハントっ!!」
「止めろぉぉぉぉっ!!」
リクとダイチの2人はすぐに片手剣と片手棍、盾を持ち、ジョニー・ブラックを攻撃しようとする。
「おっと。今すぐに武器を捨てた方がいいと思うぜ。うっかりコイツを殺してしまうかもしれないぞ。わかったら早く武器を地面に捨てな」
ジョニー・ブラックが持つナイフはゴウの首元に付きつけられている。これを見たリクとダイチは、片手剣と片手棍を地面に捨てる。
「いいねぇ、仲間っていうのは。仲間を助けるためにあっさりと自分たちの武器を捨てるとはなぁ」
頭陀袋を被っているため素顔は見えないが、話し方からジョニー・ブラックはニヤニヤしているというのがわかる。
隙を見て武器を拾ってジョニー・ブラックに攻撃を仕掛け、ゴウを助けようと考えているリクとダイチ。いざ実行しようとしたときだった。
「ぐわっ!!」
「ダイチっ!!」
リクの隣にいたシンが何者かに後ろからエストックで頭を貫かれていた。エストックはすぐに抜き取られるが、リクの頭に再び突き刺され、剣や斧で体を斬り付かれる。攻撃をまともに受けたシンはすぐにHPを失い、ポリゴン片となって消滅する。
ダイチをエストックで刺したのは髑髏みたいなマスクを付けた男……ラフコフの幹部の1人である赤目のザザだった。その後ろにはジョニー・ブラックと同様に黒いポンチョで身を隠したプレイヤー3人がいる。
「おい、ザザ!先に殺すなんてずるいぞ!」
「ジョニー、お前は、この前、俺よりも、多く殺したんだ。今回は、俺に譲ってくれても、いいんじゃないのか?」
「わかったよ。だけど、コイツだけは俺にやらせてくれよな」
「ぐわああああっ!!」
ハントはジョニー・ブラックによって首を深く斬り付けられる。更にジョニー・ブラックの近くにいた黒いポンチョのプレイヤーたちもハントに曲刀を振り下ろす。この攻撃を受けたことでハントのHPは0となり、ハントの体はポリゴン片となって消滅した。
「ハントっ!!お前らよくも2人をっ!!」
この場にただ1人残ったリクは片手剣を拾い、近くにいたザザに斬りかかる。レベルはリクたちの方が上だったため、ザザを追い詰めていく。だが……。
突如、リクは鎧の隙間に何かが突き刺さる感触が伝わり、そのまま倒れてしまう。状態を確認してみると麻痺状態になっていた。
「ザザに気を取られ過ぎだぜ。いくら攻略組でも麻痺状態にすると動けなくなるし、その間に頭とか心臓を攻撃されればすぐにHPを失うだろ。本当は俺が殺したいけど、ザザに譲ってやるよ」
「ああ……」
「「イッツ・ショウ・タイム」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから数分経った時だった。ザザとジョニー・ブラック、その仲間たちはすでにこの場から去っていた。雷が落ちる音が鳴り響き、雨が降り始める。
「「リク!」」
倒れているリクの元にカイトとザック、《聖竜連合》のプレイヤーたちが駆けつける。
「しっかりしろ!」
カイトはいつもの冷静さを失い、リクに問いかける。
「ラフコフのジョニー・ブラックとザザにやられた……。ハントとダイチもアイツらに……」
「ジョニー・ブラックとザザだと?ラフコフの幹部の奴らか……」
「アイツら、よくも……」
カイトとザックが悔しがっている中、《聖竜連合》のプレイヤーたちはジョニー・ブラックたちを追いかける。
「カイト、ザック、ゴメンな。一緒にゲームクリアを目指そうって約束したけど、こんなところで死んでしまうなんて……」
「何言っているんだよ、リク!オレたちまだ……」
リクの体が青白い光に包まれる。
「でも、お前たち2人と一緒に……ここまで戦って来れてよかったぜ。それはハントとダイチも同じだ……。カイトとザックは絶対に生き残って……この世界の終わりを見届けろ……よ……」
そう言い残してリクはポリゴン片となって消滅する。雨が降る中、この辺りに残っていたのはリクたちが持っていた武器だけだった。
「嘘だろ……リク、ダイチ、ハント……」
「ぐっ……」
ザック、カイトが悲痛な声を上げていく。2人はリクたちが持っていた武器を拾う。雨に打たれていたため、わかりにくかったが、2人の眼から涙が流れていた。
仮面ライダーレーザー/九条貴利矢が死んだ時のように、カイトとザックを残して他の《ナイツオブバロン》のメンバーが退場するという衝撃的な回となりました。フォーランとミラと異なり、2,3回ほどしか登場してませんが、やはり衝撃的な展開には変わりありません。
再構成版は主要メンバー以外のオリキャラはほとんど死んでいるような……。
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第13話 《深淵の殺戮者》
攻略を終え、夕日が沈む中、最前線の主街区に戻っている。
俺は基本ソロプレイヤーとして攻略を続けているが、今日は1人ではない。街への帰還中、隣にいた頭にバンダナを巻いて野武士みたいな男性……刀使いのクラインさんが話しかけてきた。
「やっぱリュウが一緒にいるだけでもいつもと違うなぁ」
「そんなことありませんよ。クラインさんたちだって6人で攻略を続けてて凄いですよ」
今日、一緒に攻略をしてくれたのはクラインさん率いる《風林火山》。クラインさんたちとは今年の1月頃にキリさんが紹介してくれたことで知り合い、以降は度々こうしてソロの俺とパーティーを組んでくれている。メンバー全員がとてもいい人たちである。
「それにしてもよぉ、ここ最近あまり迷宮区の攻略が進んでねえよな」
「これもオレンジプレイヤーたちによる犯罪被害が増えているからですよ……」
クラインさんの言う通り、ここ最近は迷宮区の攻略があまり進められていない。この原因となっているのが、オレンジプレイヤーたちによる犯罪行為である。
攻略組もこのまま放っておくわけにはいかないと、一昨日から中層プレイヤーが多く活動している層を中心に攻略組プレイヤーを送り、警備を強化している。
今日は《聖竜連合》といくつかの小規模の攻略ギルドが担当していると聞いた。確かその中には、カイトさんとザックさんが率いる《ナイツオブバロン》もいたはずだ。仮に何か起こってもカイトさんとザックさんたちなら絶対に大丈夫だろう。むしろ、オレンジプレイヤーたちを捕えることだってできるかもしれない。
そんなことを考えている間にも最前線の主街区へと到着する。
ちょうど夕食時ということもあり、近くの酒場でクラインさんたちと一緒に夕食を取ることにした。
「じゃあ、お疲れ様です」
「おう。また一緒に攻略に行こうぜ!」
「もちろんですよ」
夕食を食べ終わった俺は、装備とアイテムの確認をすると迷宮区に向かう道を通り、主街区から出る。
向かうのは迷宮区ではなく、その途中にある森だ。そこは攻略組のレベリング上げに中々いいところで、多くの攻略組プレイヤーが利用している。この時間なら比較的空いているため、いつもより楽にモンスターを狩ることができるだろう。
時刻は夜の7時を過ぎていて、日はすっかり沈んでいた。迷宮区に潜っていた間に一雨降ってその雨雲がまだ残って空を覆っており、月も星も見えない状態だ。そのせいで、辺りはいつもより深い暗闇に包まれている。
夜の森の中に入ろうとしたときだった。
「何だお前っ!?ぐわぁぁぁぁ!!」
「止めてくれぇぇぇ!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
森の中から複数のプレイヤーの悲鳴がする。
「な、何だっ!?プレイヤーがモンスターに襲われているのか!?でも、何か様子がおかしい……」
何か嫌な予感がし、急いで悲鳴が聞こえた方へと走る。
声が聞こえた方へとやってくると、辺りにあるのは木ばかりでプレイヤーどころかモンスターも1対もいない。そして、この暗さと静けさがより一層不気味さを増している。
策敵スキルを使ってみると近くに1人のプレイヤー1人の反応があった。
「あっちか!」
暗い森の中を進み、反応があったところにやって来ると1人のプレイヤーがいた。だけど、俺はそのプレイヤーを見た瞬間、すぐに近くの木の陰に隠れた。
プレイヤーは黒いポンチョで身を隠しており、右手には赤黒い刃の両手剣が握られていた。カーソルはグリーンではなくオレンジとなっている。そして、黒いポンチョのプレイヤーの近くには剣や槍が転がっていた。
あの黒いポンチョ、そして握られている赤黒い刃の両手剣には見覚えがある。まさかアイツは……。
急いでキリさんに応援を要請するようにとメッセージを送る。
「どうやら獲物が1人増えたようだな。隠れてないで出てきたらどうだ?」
黒いポンチョのプレイヤーは俺に聞こえるくらいの音量で言ってきた。それを聞いた直後、背筋がゾッとする。
左手で右腰にさしている鞘から《ドラゴナイト・レガシー》を抜き取り、奴に姿を見せる。
「直接会うのは初めてだな。殺人ギルド《ラフィン・コフィン》のサブリーダー《アビス》!!」
《ラフィン・コフィン》のサブリーダーの《アビス》。凄腕の両手剣使いで、攻略組のトップクラスに匹敵するほどの強さを持つプレイヤー。まさかこんなところで会えるとは思ってもいなかった。
「お前と出会えて光栄だ、《青龍の剣士》。お前には1度直接会って話をしてみたいなって思ってたんだよ」
「それは俺もだ。もう少しで援軍も来る。お前を監獄に送ることができるからな」
「フッ……」
「何がおかしいんだ!」
「俺を倒すだと?面白い、お前の力を見させてもらおうか」
アビスは俺に剣先を向けてくる。どうやら戦闘は避けられないようだ。俺も《ドラゴナイト・レガシー》を持ち、構える。
「今日は3人の予定だったが、4人目の相手も悪くないな。
他のラフコフのメンバーが『イッツ・ショウ・タイム』と言う中、アビスは別の決め台詞を言い、両手剣を持って襲い掛かってくる。
《ドラゴナイト・レガシー》でアビスの両手剣の攻撃を受け止める。
「やっぱり《青龍の剣士》と言われていることだけあって実力は中々のものだな。だけど、俺の敵ではない」
バックジャンプしてアビスから一旦距離を取ると片手剣スキル上段突進技《ソニックリープ》を発動。
すると、アビスも両手剣スキル上段突進技《アバランシュ》を発動させ、《ソニックリープ》によるダメージを抑える。更に両手剣スキル単発上段斬り《カスケード》を発動させ、単発の上段斬りで攻撃を与える。
攻撃をまともに受けてよろけてしまう。
「がはっ!!」
「休んでいる暇はないぜ!」
アビスがこちらに向かってくる中、俺は《ドラゴナイト・レガシー》を逆手に持ち替える。攻撃をかわし、お返しにとアビスを一撃斬り付ける。そして奴に蹴りを入れ、《ドラゴナイト・レガシー》を逆手から順手に持ち直す。
休むことなく俺は片手剣スキル3連撃《シャープネイル》を、アビスは両手剣スキル2連撃《カタラクト》を発動させる。ソードスキルを発動させた剣がぶつかる。
「ぐっ!!」
やっぱり片手剣より両手剣の方がパワーはあるな。その分スピードは片手剣の方が勝るが、アビスの両手剣による剣戟は片手剣並に早い。攻略組でもここまでのプレイヤーは見たことないぞ。
お互い武器を振っては回避して空振ったり、武器が激しくぶつかり合うと火花を散らす。
さっきからこの繰り返しで、俺は攻撃をまともに何回も喰らって体力を消耗している。一方で、アビスはフードから涼しい顔をして余裕を見せている。
――コイツ、まだ余裕なのか……。
「何だ、この程度か?もっと本気を出してもいいんだぜ。俺は知っているんだぞ。お前の本気はこんなものじゃないってことをな」
「お前こそ、あの男と一緒に殺人ギルドを作らなくても攻略組として戦っていけるくらいの実力だ。《血盟騎士団》の団長《ヒースクリフ》と並んで最強のプレイヤーとしてゲームクリアに貢献できたかもしれないんだぞ。どうしてその力をこんな酷いことに利用するんだっ!?」
「俺の力はどう使おうが、俺の勝手だろ」
「ふざけやがって!!」
片手剣スキル4連撃の《ホリゾンタル・スクエア》を発動させ、渾身の斬撃をアビスに喰らわせる。
「そうだ、その意気だ。今のお前は
深く被っていたフードの中から口元だけだが、アビスが笑っているのが見えた。そして、容赦なく両手剣で斬り付けて来る。その剣戟は先ほどより速く、パワーがある。《ドラゴナイト・レガシー》で防ぐが、一方的に押されてしまう。
――今までのはまだ完全に力を出していなかったっていうのか?
なんとか振り払い、片手剣スキル8連撃《ハウリング・オクターブ》を発動させ、反撃する。これはかなり効いたようだ。
だが、アビスはまだ平然と立っていた。
「そろそろ決めるか……」
アビスが持っている両手剣の刃に黒いオーラみたいなものが纏う。
「何なんだ、あれは……」
あれは両手剣スキルか。いや、あんなスキルは両手剣スキルには存在しない。
その直後、アビスは黒いオーラを纏った両手剣で俺に、今まで見たことのない連撃の嵐をあびせる。
「ぐわあああっ!!」
あまりの衝撃でふっ飛ばされてしまい、後ろにある木へと激突して地面に倒れる。《ドラゴナイト・レガシー》は弾き飛ばされ、離れたところの地面に突き刺さる。
「ぐっ……」
なんとか身体を起こして動こうとする。その時、はっきりとは見えなかったが、アビスの顔を見た瞬間、身体が動けなくなってしまう。アビスはまるで奴は殺しを楽しんでいるという眼をしていて、赤い目の巨人に捕まって食われそうになったときと同じくらいの恐怖に包まれたからだ。
「さてと、予定より1人多いがこれで4人目か……」
アビスが両手剣を持ってゆっくり近づいて来る。
その時、1人の男の声がする。
「アビス、撤退だ」
森の奥からアビスと同じ黒いポンチョに身を隠した男と、黒いニット帽を深く被って白い布で顔の下半分を隠した男がやって来るのが見える。この2人にはアビスと同様に見覚えがある。
この2人はラフコフのリーダーの《PoH》、幹部の1人《ソニー》だ。奴らもここにいたのか。
「《PoH》に《ソニー》か。どうして撤退なんかしないといけないんだよ?」
「ソイツが呼んだ援軍がすぐそこまで来ている。とりあえず、今回のターゲットは仕留めたんなら、早くここからいなくなった方がいいだろ」
「ちぇ、わかった。ソニー、今回のターゲット3人は殺したぞ。カウントしておいてくれ」
ソニーは頷くと赤と黄色の玉が付いた算盤のようなものを取り出す。そして、地面に転がっていた殺害したプレイヤーたちの武器を見てアビスが殺したことを確認すると、算盤に付いてある赤い玉を3つ動かす。
「命拾いしたな、《青龍の剣士》。また何処かで会おうぜ」
アビスはそう言い残すとPoHとソニーと共に暗い森の奥へと消えていった。
あとを追おうにも恐怖のあまり動くことができなかった。
アビスたちと入れ替わるように白と赤をベースの装備をしたプレイヤーたちがやって来るのが見えた。あの服装、先頭にはアスナさんがいるから《血盟騎士団》に違いない。その後ろには、黒いロングコートを着たプレイヤー……キリさんもいた。
「リュウ、大丈夫か!?」
「今は体力を回復させないと」
「キリさん、アスナさん……」
キリさんとアスナさんが俺の元に駆け寄り、アスナさんは俺に回復アイテムを使い、体力を回復してくれた。
「あいつら森の中に逃げて行ったぞ」
「副団長、奴らを追いますか?」
「いえ、暗闇の森の中で探すのは危険過ぎるわ。それに転移結晶ですでにここからいなくなった可能性も……。あなた達は本部に戻って報告を!」
「ハッ!」
アスナさんの指示に従い、血盟騎士団のプレイヤーたちは本部へと急いだ。
「とりあえず、今はここから移動するぞ」
「リュウ君、街に着いたら詳しいことを教えてくれる?」
俺はキリさんに肩を貸してもらい、なんとか立ち上がる。そして、2人に連れられ、主街区へ進んだ。
主街区に着くと、裏通りにある小さな酒場へ入った。店内の中にはNPCの店主しかいなく、プレイヤーは1人も居なかった。
店内の奥にある4人用の丸テーブルがあるところに座り、キリさんとアスナさんに援軍が来るまでに起こったことを一通り説明する。
この話を聞いて2人は驚きの表情を見せた。
「オレンジギルドやラフコフによる犯罪行為はここ最近、中層エリアでよく行われているという話は聞いていたけど、まさかこんな最前線まで活動を広げていたなんて……」
「それでリュウ。アビスと戦ったときに奴が妙な技を使っていたって言っていたが、どういうものなんだ?」
「アビスは両手剣使いですが、アイツが使ったのは明らかに両手剣スキルとは違うものでした。両手剣スキルであんなものは見たことも聞いたこともありませんし、あれを喰らった直後、何故かまともに身体を動かすことができなくて……」
「未知のスキルか。ただでさえ、アビスはラフコフのサブリーダーでありながら実力はラフコフ№1とも言われているのに、これは早く何とかしないとヤバいぞ」
「そうね。強敵のアビスに未知のスキルとなると対策が必要になるね……」
突如、アスナさんの元にメッセージが届いたことを告げる音が響いた。
「あ、ちょっとゴメンね。うちの団員からだわ。何かあったのかしら」
アスナさんはすぐに今届いたメッセージを開いて確認する。だが、メッセージを見た直後、アスナさんの顔色が変わる。
「どうしたんだ、アスナ。顔色悪いぞ」
「そんな《ナイツオブバロン》が……」
「《ナイツオブバロン》ってカイトさんとザックさんのギルドですよね。どうかしたんですか?」
「カイト君とザック君以外のメンバーがラフコフに殺されたって……」
「「っ!?」」
アスナさんが言ったことに俺とキリさんは衝撃を受けた。
「カイトとザックがいる《ナイツオブバロン》が……。あいつらは大丈夫なのかっ!?」
「2人は無事よ。今《聖竜連合》から応援を要請されて向かった団員たちが保護して、今は《血盟騎士団》の本部にいるみたい。でも、まともに話せる状態じゃ……」
「そうか……」
「犯人は誰なんですか?」
「2人の話によるとラフコフの幹部の《赤目のザザ》と《ジョニー・ブラック》が主犯で、直接PKはしてないけど《ブラックバロン》というオレンジギルドが協力してたって……。ザザとジョニー・ブラックたちラフコフ、《ブラックバロン》のリーダー《シュラ》は逃亡したみたい……」
これはもう犯罪ギルドたちから攻略組への宣戦布告と言ってもいいくらいのものだ。
「この様子だと、ラフコフの奴らが更に攻略組プレイヤーを殺害してもおかしくないな……」
「そうね。これから今回の攻略組への襲撃事件のことで《聖竜連合》や他の攻略ギルドと会議することになったから、そろそろ行かないと。2人ともゴメンね」
「ギルド関連のことなら仕方ないだろ」
「アスナさんも気を付けてください」
「うん。それじゃあ……」
アスナさんが先に店から出て少ししてから俺とキリさんも店を後にした。
転移門まで来るとキリさんとも別れ、ホームがある第59層のダナクへと転移する。
自宅に戻ると部屋の明かりもつけず、イスに座ってあることを考える。
今日初めてアビスと直接対面したが、何故かアイツとは
3ヶ月ほど前にキリさんがアスナさんと一緒に関わった圏内事件を解決する中、ラフコフの幹部プレイヤーたちと遭遇して、その中にはアビスもいたと言っていた。その事件には俺はあまり関わっていなかったし、援軍として他の攻略組プレイヤーたちと一緒に駆け付けた時にはすでに奴らは逃げていたため、アビスとは直接対面してない。
他にもラフコフやオレンジプレイヤー関連のことでアビスと直接対面ことがあるか思い出してみるが、心当たりはなかった。
それにアビスは会ったことのない俺のことを見透かしていたかのように見えた。
これらはもしかすると俺の考えすぎていることかもしれない。元々アビスは何者なのかわからない奴だ。眠くなるまでこのことを考えていたが、結局わからないままだった。
それからラフコフによるPKはなくなることはなく、ただ被害が増える一方だった。
被害にあったのは中層プレイヤーから攻略組プレイヤーと幅広く、ついには《血盟騎士団》や《聖竜連合》といった規模の大きい攻略ギルドからも数名犠牲者を出してしまった。
これ以上、被害を出すわけにはいかないと攻略組は、一時的に攻略よりラフコフを壊滅させることをメインとした。念入りにラフコフに関する情報を集めた結果、ラフコフのアジトを発見することに成功。そして2024年の8月に《ラフコフ討伐戦》が決行されることになった。
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第14話 ラフィン・コフィン討伐戦 前編
第56層 聖竜連合本部
2024年8月、俺はこの年は15歳で中3のため、本来は中学校生活最後の夏休みと高校受験で忙しい夏となるはずだった。だけど、今の俺は高校受験どころではない。何故かというと、これからモンスターとは別の相手をするため、自分の命を懸けた戦いが始まるからである。ある意味、高校受験の方がまだマシだったと思うくらいのものだ。
今から行われるのは攻略ではなく《ラフィン・コフィン討伐戦》。
今年の元旦から多くのプレイヤーたちに恐怖を与えた殺人ギルド《ラフィン・コフィン》……通称《ラフコフ》のアジトが8ヶ月もかけてやっと発見することに成功した。聞いた話によるとある2人のプレイヤーが密告してきたらしい。念入りに調べられ、ついに密告してきたプレイヤーたちが話したところが、奴らのアジトだと断定することが出来た。
そして、ラフィン・コフィン討伐の会議が《聖竜連合》の本部で開かれることになった。深夜の1時過ぎとなり、多くのプレイヤーが眠りについている中、ここに攻略組プレイヤーが続々と集まっている。
会議が行われる部屋に向かっていると前にキリさんの姿があった。
「キリさん」
「リュウか。ここにいるってことはお前も参加するってことだな」
「はい。俺、現実世界では
「デスゲームと化したこの世界で死ぬと現実でも本当に死ぬからな。まさか、こんなことになるとは……」
「楽して助かる命がないのは、現実世界も仮想世界も一緒ですからね……」
「だけど、奴らの命を奪おうとは考えるなよ」
「はい……」
いつもならこの辺りでキリさんが冗談を言って場の空気を和ませようとしてくるが、今回ばかりは言わなかった。キリさんでさえ、冗談を言う余裕はないってことだろう。
会議が行われる部屋の入口のところである2人の人物に出くわし、俺たちは驚いてしまう。
「カイトさん、ザックさん……」
「まさかお前たちも……」
「ああ。奴らをここで潰すことができるチャンスだ。殺されたアイツらの無念を晴らすためにもな」
「ラフコフを潰す。これはオレの務めだ……」
カイトさんとザックさんはそう言い残し、会議が行われる部屋へと入る。2人の後ろ姿は哀愁を漂わせており、これ以上2人に何て声をかけていいのかわからず、黙り込んでしまう。
やっぱり、カイトさんとザックさんは殺された仲間の仇を取るために……。
俺もキリさんもカイトさんとザックさん……《ナイツオブバロン》とは親交があった。
俺がカイトさんとザックさんと知り合ったのは第1層フロアボス攻略の時に一緒にパーティーを組んだ時だった。ファーランさんとミラが生きていたときは、攻略中に会うとレイドを組み、俺がソロプレイヤーとなってからはパーティーに入れてくれた。
カイトさんたちがパーティーに入れたのは俺だけでなくキリさんもだ。特にキリさんはカイトさんとザックさんとベータテスター時代からの知り合いで、2人とは俺よりも付き合いが長い。実際に《ビーター》と呼ばれていたキリさんを、カイトさんとザックさんが気遣っていたところを何度も見たことがある。
カイトさんとザックさんのことを気にしながらも俺とキリさんも部屋へと入る。
部屋には50人近くの攻略組プレイヤーたちが集まっていた。
集まったのは《聖竜連合》はもちろんのこと、最強ギルドの《血盟騎士団》に、クラインさんのギルド《風林火山》といった有力な攻略ギルド、そして俺やキリさんのようにギルドに属してない攻略組のプレイヤーたち。ここにいるほとんどの人は見たことがある人たちだ。
最強のプレイヤーと言われている《血盟騎士団》のヒースクリフ団長がいなかったのは残念だった。だが、彼がいなくてもこれだけの攻略組プレイヤーがいるなら大丈夫だろう。
部屋に入って5分ほど待っていると《聖竜連合》のディフェンダー隊のリーダーを務めているシュミットさんが、数名の幹部と共に前に出て来る。今回の作戦の指揮はシュミットさんがやることになったのだろう。
「志願者はこれで全員だな。よし、これより《ラフィン・コフィン討伐戦》の会議を始める。本作戦の指揮を執ることになった《聖竜連合》ディフェンダー隊リーダー、シュミットだ」
シュミットさんの開始の言葉と共に、周りは殺伐とした空気に包まれた。
「まずは《ラフィン・コフィン》のアジトの場所についてだ。この中にはもう知っている者もいるかもしれないが、もう1度説明する」
ラフィン・コフィン……ラフコフのアジトがあるのは、すでに攻略された低層フロアの小洞窟のダンジョン。そこの安全地帯を根城としているらしい。そのダンジョンがあることを知っているプレイヤーがほとんどいないため、仮に偶然発見したとしても口封じとしてラフコフに殺害されていたに違いない。
ここをラフコフのアジトと断定できたのは、密告してきた2人のプレイヤーの存在と、念入りに偵察を行ったからだ。
「次はラフコフの主要メンバーたち、この5人には注意してもらいたい」
聖竜連合の1人の幹部がボードを出すとそこには、5人のプレイヤーの写真が貼られる。ボードに貼られていた5人は全員知っているがある奴らだった。
ラフコフのリーダーの《PoH》。《
サブリーダーの《アビス》。魔剣クラスの両手剣を使用。ラフコフの中で唯一、PoHと対等に話せる人物であり、奴とは元から相棒だったという噂もある。ラフコフの№2であるが、戦闘能力は攻略組のトップクラスに匹敵し、戦闘能力においてはラフコフ№1とも言われている。PoHたちとは異なり、『さあ、地獄を楽しみな』という決め台詞を言う。PoHと共にデスゲームと化したこの世界で『HP全損だけはさせない』という決まりを破った人物だ。
幹部の《ソニー》、《ザザ》、《ジョニー・ブラック》。
幹部の1人のソニーは、黒いニット帽を深く被って白い布で顔の下半分を隠した姿をしているが特徴のプレイヤーだ。戦闘スタイルは盾なしの片手剣で、PoHとアビスに次ぐ実力を持っており、ラフコフの№3とも言われている。自分や他のメンバーが殺したプレイヤーを赤と黄色の玉が付いた算盤のようなものでカウントする悪趣味の持ち主である。
エストック使いのザザ。またの名を《赤目のザザ》。髪の毛と眼を赤にカスタマイズし、髑髏のマスクを着けている。言葉を短く切りながら話す癖がある。凄腕のエストック使いで、殺したプレイヤーからエストックを奪いコレクションしている。
ザザの相棒のジョニー・ブラック。頭陀袋のような黒いマスクで顔を覆い、黒い装備で、子供みたいな態度をした毒ナイフ使い。ザザと組み10人以上のプレイヤーを殺害。PoHとアビスのことを信仰しているらしい。コイツも戦闘能力は高い。
ザザとジョニー・ブラックの説明をシュミットさんがしているとき、カイトさんとザックさんは怒りに満ちた眼をしていた。アスナさんの話によると《ナイツオブバロン》のメンバーは奴らによって殺されたらしい。カイトさんとザックさんは絶対にザザとジョニー・ブラックと戦うに違いない。最悪の場合、奴らを殺すこともあり得る。
そして、俺はサブリーダーのアビスと因縁がある。数週間前に俺はアビスに敗北して殺されそうになった。それにアビスは前に初対面であるはずの俺と何処かで会ったようなことを話していた。奴を捕えることができれば、この真相がわかるかもしれない。
「最後は本作戦について説明する。ラフィン・コフィンのアジトの入口を封鎖し、奴らに逃げ場がないことを思い知らせて降伏させ、投獄させる。アジトに突入する時間は午前3時と……」
「奴らがそう簡単に無血降伏すると思うのか?」
シュミットさんが言っている最中に割って話しかけてきたのはカイトさんだった。ザックさんと共に前に出てきてシュミットさんに問いかける。
「シュミット、お前もラフコフの奴らがその辺のオレンジプレイヤーと違って、殺しを娯楽みたいに楽しんでいるレッドプレイヤーだと知っているだろ」
更に話を続ける。
「攻略組のプレイヤーも殺すような奴らだ。最悪の場合、俺たちの手で奴らを殺すしか道はない……」
確かにカイトさんの言う通り、ラフコフのプレイヤーたちは俺たちの命を躊躇いもなく奪ってくるだろう。カイトさんは奴らを殺すことができるのかとシュミットさんだけでなく、この場にいた全員に聞いた。
今のカイトさんの眼はラフコフのプレイヤーを殺すことを覚悟している。ザックさんは俺たちと同様に前の方を向いているため、顔は見えない。恐らく、ザックさんもカイトさんと同じ眼をしているだろう。
カイトさんの気迫と彼が言ってきたことにシュミットさんだけでなく、この場にいた全員が黙ってしまう。
この沈黙した空気を破ったのはシュミットさんだった。
「カイトの言うとおり、そうなる可能性は高い。もしも自分や仲間が殺されそうになったときは……」
だけど、シュミットさんはその後の続きを言うことが出来なかった。この場にいる全員がわかっているだろう。その時は自分たちの手で殺すしかないことを……。
「以上で《ラフィン・コフィン討伐作戦》会議を終了する。作戦は30分後の午前3時に開始する。それまで装備の確認をしておくように。解散」
重い空気の中、会議は終了した。
会議の終了後、俺は人があまりいない廊下の方に行き、そこにある階段に腰掛ける。
メニューウインドウを開き、《ドラゴナイト・レガシー》をしまい、別の片手剣を装備する。
取り出したのは《ドラゴナイト・レガシー》と同様の片刃状の片手剣。この剣はファーランさんとミラが死ぬ少し前から、クリスマスイベントの時にキリさんと戦ったときまで使っていたものだ。性能は《ドラゴナイト・レガシー》に劣るが、赤い目の巨人を皮切りに、《巨大樹の森》にいる20体以上の中ボスの巨人型モンスターを倒したこともあってそれなりに性能がある。
キリさんを傷付けようとしたことからこの剣は使わないと決めていたが、まさかこういう形でまた使用することになるとは……。
この剣を使って巨人を倒しまくっていたときの俺なら、自分が死ぬことも誰かを殺すことも恐れずにラフコフと戦うことができただろう。だけど、今の俺は違う。自分が死ぬこととも誰かを殺すことも怖い。それでも俺は戦わないといけない。自分が生きるためにも誰も殺させないようにするためにも……。
頬を両手で叩き、覚悟を決めた時だった。
「リュウ、こんなところにいたのか」
「キリさん……」
キリさんは俺のところにやって来て隣に座る。
「リュウは覚悟を決めたのか?」
「はい。でも、まだはっきりとは……。できれば奴らには降伏してもらいたいのですが……」
「そうだな。俺もそう願っているよ……」
それから俺とキリさんは一言も話すことはなく、討伐作戦に挑むことになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
2時間前……
第57層・マーテン
オレが今いるのはマーテンにある《ナイツオブバロン》のギルドホーム。だけど、リク、シン、ゴウの3人がラフコフに殺され、今ここに住んでいるのはオレとカイトしかいない。今は静まり返っていて、あの賑やかだったギルドホームが懐かしく思える。
そこで、オレとカイトは《ラフィン・コフィン討伐戦》の会議が行われる《聖竜連合》の本部に向かうため、各自の部屋で支度をしている。
ワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いジャケットといつもの戦闘用の服装に着替え、背中に1本の槍を背負う。だけど、今背負っているのはいつも使っている《ナイトオブ・クレセント》ではなく、バックアップ用の槍だ。
《ナイトオブ・クレセント》は2ヶ月ほど前に出会ったある鍛冶師の少女が作ってくれた最高の槍だ。それを今回の戦いでどうしても使うわけにはいかなかった。今回の戦いで使ったとなれば、彼女を悲しませることになるに違いない。
「人殺しなんか……」
そんなことを考えていると、ドアをノックする音がし、カイトの声がする。
「ザック、入るぞ」
「いいぞ」
承諾すると、ドアが開かれてカイトが部屋に入ってきた。
カイトもワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いロングコートといつもの戦闘用の服装に着替え、左腰の鞘には《フレイムセイバー》が収められていた。
「カイト、お前はラフコフの奴らが降伏しなかったら本当に殺すつもりなのか」
「ああ……。奴らとはそのくらいの気持ちを持たないと戦えない。でないと、俺たちが殺されるだけだ」
「いくらアイツらがレッドプレイヤーだと言われていてもオレたちと同じ人間だ。できれば殺したくはない……」
「それは俺も一緒だ。だが、誰かを犠牲にさせないために戦うことができる奴が必要だ。恐らくここで失敗すると、再び討伐作戦をやるにはまた8ヶ月後……もしかするとそれ以上、かかるかもしれない。奴らを潰すには今しかない。そうしないと殺されたアイツらの無念をいつまでも晴らすことはできないからな……」
いつものように冷静にいるカイト。だが、できれば殺し合いになることはあまり望んでないのが伝わってくる。
カイトはオレの1歳年下の幼馴染で付き合いもこの世界にいる誰よりも長い。だからカイトだけを行かせるわけにはいかない。カイトのためにもここで出会って共に戦ってきたあの3人のためにもラフコフはここで潰す。これはオレの務めだ。
だけど、殺しだけは絶対にしない。いくらレッドプレイヤーだと言っても殺したらオレも奴らと一緒だ。
そう言い聞かせ、カイトと共に《聖竜連合》の本部へと向かう。
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第15話 ラフィン・コフィン討伐戦 後編
午前3時になり、討伐隊のプレイヤー全員が集まる。
シュミットさんは全員いることを確認すると《回廊結晶》を取り出す。
回廊結晶は転移結晶とは異なり、転移ゲートを開いて複数のプレイヤーを移動させることができる。だけど、利便性が高いため、NPCのショップでは販売してない。入手方法はトレジャーボックスか強力なモンスターのドロップしかないため、入手しても安易に使用することは出来ない。今回はそんな余裕もないこともあって、使用されることになった。
シュミットさんは回廊結晶を持った右手を高く揚げて「コリドー・オープン」と言った。すると、回廊結晶は砕け散り、代わりに転移ゲートが姿を現す。
先に、シュミットさんと《聖竜連合》のメンバー、アスナさん率いる《血盟騎士団》が転移ゲートの中に入っていく。残りのプレイヤーもその後に続く。
ゲートを潜った先には洞窟ダンジョンの入り口があった。
ここが《ラフィン・コフィン》のアジトがある洞窟ダンジョンの入口か。何だろうか、他のダンジョンの入り口とは違い、地獄への入口にも見える。いつもなら待ち受けているのはモンスターだが、今回はモンスターじゃなくて俺たちと同じプレイヤーだ。ある意味、フロアボス以上に厳しい戦いになるだろう。
「よし、いくぞ」
《聖竜連合》と《血盟騎士団》を筆頭に俺たち討伐隊は洞窟の中に入っていく。
ダンジョンの中はモンスターもいなく、不気味なほど静まり返っていた。この中を50人もの討伐隊は慎重に進んで行く。
洞窟の中を30分ほど進み続け、もうすぐ《ラフィン・コフィン》のアジトがあるというところまでやって来た。
一番前にいたシュミットさんが立ち止まって振り返る。
「もうじき報告のあったラフィン・コフィンのアジトだ。突入の前にもう1度確認しておく。奴らはレッドプレイヤーだ!戦闘になったら俺たちの命を奪うことに何の躊躇もないだろう。だからこっちもためらうな。迷ったら殺られる」
討伐隊のメンバー全員がそう思っているだろう。だけど、実際に躊躇わずにやれるかどうかはわからない。
この場は相変わらず、殺伐とした空気に包まれている。
「だが、人数もレベルも俺たちの方が上だ。案外、戦闘にならないで降伏ということもあり得るかもな」
シュミットさんの言葉に、場の空気が和んだ。
本当にそうなって欲しいと願った時だった。策敵スキルに何か反応がある。モンスターか?いや、違うこれは……。
その時だった。ラフコフのプレイヤーたちが現れ、俺たち討伐隊に襲い掛かってきた。その数は約30。アジトの手前でこんなにラフコフのプレイヤーがいるなんておかしい。見張りがいたとしても多くても3~5人くらいでいいはずだ。
考えられる理由は1つしかない。俺たちの作戦の情報が漏れていたんだ。
「囲まれたぞ!」
「やむを得ん!戦闘開始!!」
シュミットさんの言葉と共に討伐隊も各自武器を取り、戦闘を開始する。俺も片手剣を取り、曲刀を持って襲い掛かってきたラフコフのプレイヤーを迎え撃つ。
レベルもスキル熟練度も俺の方が上で、徐々にラフコフのプレイヤーを追い詰めていく。隙を見て、相手の曲刀を弾き飛ばして少しダメージを与える。そして捕獲のために用意しておいたレベルが低い麻痺毒付きの投剣用のピックを投げて動きを封じる。本当はこういうことはオレンジプレイヤーがやるようなことで気持ちがいいことじゃないが、今回はそうも言っていられない。
「リュウ大丈夫かっ!?」
「クラインさんっ!俺は大丈夫です。早く捕まえないと麻痺効果が切れてしまいます!」
「よし!オレとリュウがコイツを縄で縛っている間、お前たちはガードしてくれ!」
クラインさんたちと協力し、1人のラフコフのプレイヤーを縄で縛って捕まえる。
周りを見ると《血盟騎士団》や《聖竜連合》をはじめ討伐隊は、武器を失って無力化したラフコフのプレイヤーたちを何人か捕まえるのに成功している。
毒に目くらましといった不意打ちで、討伐隊は混乱に見舞われたものの、体勢を立て直した。これなら1人も死者を出さずに済みそうだ。そう思った時だった。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
「ぐわぁぁぁぁ!!」
「何だ!?」
悲鳴をした方を見ると《聖竜連合》が2人、ポリゴンの結晶となって消えた。そこには1人のラフコフのプレイヤーが武器を持って立っていた。
「まさか……」
一番恐れていたことが起こった。討伐隊からの犠牲者。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
別の方でも討伐隊のプレイヤーが2人のラフコフのプレイヤーに殺されたところだ。
その2人はあと一撃で死ぬというところまでHPが減っている。討伐隊のプレイヤーは殺すことを恐れているうちに殺されたに違いない。
更にその近くに仲間が死に、自分が殺されることに恐怖に包まれて動けないでいる討伐隊のプレイヤーが1人。そのプレイヤーが今にも2人のラフコフのプレイヤーに殺害されようとしていた。
「うわぁぁぁぁ!!」
討伐隊のプレイヤーに武器が振り下ろされる寸前だった。
突如2人のラフコフのプレイヤーはポリゴンとなって砕け散って消滅……死んだ。これをやったのはカイトさんだった。
「フンッ、やはりこうなったか。まあ、初めからわかっていたが……」
カイトさんが呟くと、討伐隊のプレイヤーたちに向かって叫ぶ。
「どうだ、これでもお前たちはまだコイツらと話し合いの余地があると思うか?そんな甘い考えを持っていると自分だけじゃない!仲間も殺されるぞ!!」
カイトさんの叫びに討伐隊の全員が気付く。
ためらったら、こっちが殺されるということを……。
「おいおい!随分と威勢がいいなあっ!刀使いさんよぉぉぉぉっ!!死ねぇぇぇぇっ!!」
1人のラフコフのプレイヤーが狂ったように後ろからカイトさんに片手斧を振り下ろそうとする。
「カイト――――っ!!」
ザックさんがカイトさんを殺そうとしていたラフコフのプレイヤーの頭を槍で貫く。そして槍で貫かれたラフコフのプレイヤーはポリゴンとなって砕け散る。
「今のは危なかったぞっ!!」
「悪い。助かった……」
すると、カイトさんとザックさんの目の前にある2人のプレイヤーが現れる。1人は髪の毛と眼を赤にカスタマイズし、髑髏のマスクを着けてエストックを持っているプレイヤー、もう1人は頭陀袋のような黒いマスクで顔を覆ってナイフを持っているプレイヤー。ソイツらは攻略会議の時に要注意人物として話に出てきたラフコフの幹部プレイヤーのザザ、ジョニー・ブラックだ。
「まさかお前たちとここでまた会えるとはな。俺たちが一番願っていたことだ」
「オレもだぜ~。カイト、ザック。ここであの時の続きができるからな~」
「笑っていられるのも今の内だ」
「お前たちはここで終わりだ!」
「おー、怖い怖い!オレを倒せるのかぁ?」
「オレの務めだっ!!」
ザックさんはそう言うと、ジョニー・ブラックと戦闘を開始する。そして、カイトさんもザザと戦闘を開始した。その2つの戦いは激しさを増していく一方だ。
更にキリさんの目の前には黒いニット帽を深く被って白い布で顔の下半分を隠したプレイヤー、ラフコフの幹部の1人であるソニーが現れる。
「お前の相手は俺だ、《黒の剣士》……」
「PoHに黙って俺の相手をしていいのか、ソニー」
「許可はヘッドから貰った。今回は記録じゃなくてお前を殺す……」
ソニーが取り出したのはいつも持っている算盤じゃなくて片手剣。それでキリさんを斬り付けようとする。キリさんは攻撃をかわし、《エリュシデータ》で応戦する。
ソニーが武器を持って戦闘をするのは興味が持った……自分の手で殺したいと思ったプレイヤーがいた時だけらしい。そのため、あまり奴の戦闘データはないが、PoHとアビスの2人に次ぐ実力を持っているのが見てわかる。
ラフコフの幹部3人を相手しているキリさんたちに今すぐ手を貸しに行きたいが、俺もそれどころじゃない。
すでに戦いは拘束だけでなく殺し合いと血みどろの地獄となった。あちこちでプレイヤーの悲鳴とポリゴンが砕け散る音がする。それはラフコフのプレイヤーなのか討伐隊のプレイヤーなのかわからない。
「死ねぇぇぇぇ!!」
すると俺に両手剣を持って黒いポンチョで身を隠したラフコフのプレイヤーが襲い掛かってきた。振り下ろしてきた両手剣を片手剣で受け止める。
格好や武器から一瞬アビスかと思ったが、違った。アビスとは声も使用する剣も異なっている。恐らくアビスを真似ているのだろう。
「リュウ!今助けるぞ!」
「俺は大丈夫です!コイツは俺が何とかします!クラインさんたちは他の人たちの援護を!!」
「わかった!そのかわり、おめぇ死んだら許さないぞ!」
「はい!」
アビスを真似た姿をしたラフコフのプレイヤーをクラインさんたちから遠ざけ、戦闘に入る。敵は容赦なく攻撃してくるが、俺はそれを全て片手剣で防ぐ。いくらアビスの姿を真似ても戦闘能力だけは真似ることはできないため、俺の方が有利だ。
「アビスさんが言っていた《青龍の剣士》と戦えることがあるなんてなぁっ!」
「まさか、お前はアビスに憧れてアイツみたいに黒いポンチョ姿で両手剣をいるのかっ!」
「そうだ。ヘッドも十分魅力的だけど、アビスさんは多くのプレイヤーたちを恐怖に包み込んで深い地獄に落としてオレの憧れなんだよ! 」
「目を覚ませっ!アイツはこの世界で人の命を軽く見て楽しんでいるような奴なんだぞっ!!」
怒りが籠った声で叫び、必死に相手を説得しようとする。
俺はまだ殺してないが、討伐隊とラフコフ関係なくプレイヤーが死んでいくのを何人も見た。そのせいで精神がもたない状況となっている。ファーランさんとミラが死んだときみたいに理性がなくなりそうだ。
「そんなこと知るか」
「この世界で死んだ人は現実でも死ぬんだぞっ!!」
「何言っているんだ。ここで死んだ人間が現実でも死ぬなんてハッタリだろ。それに人が苦しむほど楽しいからやっているんだよ」
奴はそう言うと笑い始める。
完全に
今もなお、討伐隊とラフコフプレイヤーが何人も死んでいる。
俺はすでに怒りを抑えることができなくなっていた。奴に赤い目の巨人と同じように怒りと殺意を抱く。
「そうか。ああ、わかったよ……」
そう呟き、アビスを真似た姿をしたラフコフのプレイヤーを睨む。
「お前たちをまだ説得できると思った俺が馬鹿だった。今ならわかる、お前たちとは殺し合うことでしかわかり合えないってことをなっ!!」
怒りを爆発させた俺を見て奴はビクッと凍りついたかのように動けなくなる。
「これがアビスさんが見たって言っていた《青龍の剣士》なのか……。おいおい、聞いていた話以上にヤベえぞ……。コイツは本当に……」
バキンッ!!
言い終える前に奴が持っていた両手剣をシステム外スキルの武器破壊を使って破壊する。破壊された両手剣はポリゴンとなって消滅する。
これで相手は武器を失ったにも関わらず、俺は攻撃を止めようとしなかった。
武器を失ったラフコフのプレイヤーを怒り任せに何回も剣で斬り裂き、突き刺す。
奴は隙を見て隠し持っていたナイフをポンチョの中から取り出し、俺に突き刺そうとする。俺はあっさりと攻撃をかわし、体術スキルによるパンチを顔面に一発叩き込む。
「がはっ!!」
その衝撃でラフコフのプレイヤーは吹っ飛ばされ、地面に倒れる。
吹き飛ばされたラフコフのプレイヤーへ向かって悠然と進む。悪あがきとしてナイフを投げて来るが剣で防ぐ。
「ひっ!」
ラフコフのプレイヤーは恐怖に包まれ、逃げられないでいる。
「待ってくれ!悪かった、許してくれ!まだ死にたくないっ!!」
命乞いをしてくるが聞く耳を持たない。コイツらはそうやって来た人たちを殺してきたんだ。今度は自分がその立場になって見ろ。死んで償え!
片手剣を両手で強く握りしめ、逃げようとなんとか立ち上がったラフコフのプレイヤーを怒りの声をあげながら何回も斬り裂く。
HPはどんどん減っていき、レッドゾーンに突入。ついにはあと一撃で死ぬところまでやってくる。ラフコフのプレイヤーは再び倒れ込む。
トドメの一撃にと逆手持ちにした片手剣をラフコフのプレイヤーの腹に突き刺そうとする。
「これで終わりだぁ!!」
ガンッ!!
突き刺さる寸前で、キリさんが《エリュシデータ》で俺の片手剣を弾き飛ばす。
弾き飛ばされた剣は地面に転がる。
「リュウ、よせ!」
「ッ!!」
キリさんの声を聞き、我に返る。
よく見るとさっきまで俺が戦っていたラフィン・コフィンのプレイヤーはすっかり戦意喪失して俺に怯えていた。そして、キリさんは身体を震えていた。
「お前まで人殺しになるな……」
キリさんが言ったことがすぐに理解できた。俺は人を殺そうとしていたのか……。そのことにショックを受け、地面に膝を突き倒れ込む。
更にその数分後、シュミットさんの戦意喪失したラフィン・コフィンのプレイヤーの投降に成功したという声が聞こえ、作戦が終了した。
アスナさんが渡してきたポーションでHPを回復させ、冷静さを取り戻したところでアスナさんから今回の作戦がどうなったのか聞いた。
この《ラフィン・コフィン討伐戦》でソニー、ザザの幹部2人を含めた12人が捕まり、黒鉄宮の監獄に送ることに成功。しかし、ラフィン・コフィンから21人、討伐隊から8人の死者を出してしまった。幹部の1人……ジョニー・ブラックが逃亡。そして、ラフコフの死者と牢獄に送られた者、逃亡者の中にリーダーのPoHとサブリーダーのアビスの名前はなく、行方不明という結果となった。
不謹慎なことだが、関わりがあるキリさんやアスナさん、カイトさんとザックさん、クラインさん率いる《風林火山》の人たちは全員無事で安心した。
「ザック、しっかりしろっ!」
カイトさんの声がした方を見るとそこには、カイトさんに肩を貸してもらっているザックさんの姿があった。ザックさんの眼からはハイライトが失っており、1人でまともに歩けない状態となっていた。
すると、ザックさんの右手から槍がカランッと音を発てて地面に落ちる。
「ザックさん、落としましたよ……」
拾ってザックさんに渡そうとする。
だけど、ザックさんは怯えるように槍を手で振り払い、その拍子によろけて地面に倒れ込む。
「ざ、ザックさん……?」
「おい、どうした?」
俺とカイトさんが声をかけると、声を震わせて何か言い始めた。
「お、オレは……オレは……。ウワアアアアァァァァッ!!」
ザックさんは両手を頭に当て絶叫をあげる。ラフコフと殺し合いをしたこの場所にザックさんの絶叫が響き渡る。
絶叫をあげるザックさんを見て、この場にいた人たちは言葉を失ってしまう。
この血みどろの地獄となった戦いは、ラフコフが消滅した代わりに俺たち……討伐隊に参加したプレイヤーたちに大きな傷跡を残すものとなった。俺たちは仲間を失うだけでなく、レッドプレイヤーだからとはいえ、人の命を奪ってしまったのだから……。
ある意味、3回目のトラウマ回となってしまいました。私が書くアインクラッド編はトラウマになるような話が多いような……。
リュウ君がラフコフの名前の知らないプレイヤーにブチギレたところは、仮面ライダークウガで五代雄介がゴ・ジャラジ・ダという外道な怪人にブチギレたシーンを元としました。流石にジャラジほど外道ではありませんが、リュウ君がブチギレてもおかしくないと思います。本当はクウガのように何十発も殴って剣で滅多切りにするつもりでしたが、ヤバすぎるため少し内容を変更しました。それでも、戦意喪失した敵にトドメを刺す寸前まできたのはちょっとヤバい気がしますが。
再構成前と異なり、ジョニー・ブラックが逃亡。更に後味が悪い感じで終わってしまいましたが、これらは後の話に色々と関わって来る予定です。
次回からは再構成前とは違う展開になります。
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第16話 ザックを救うのは誰か
再構成版からリメイク版に名前を変更しました。
今回から2話はザック編となります。
血みどろと化した《ラフィン・コフィン討伐戦》から1週間が経過した。攻略組もようやく本格的に迷宮区の攻略を再開し、前と同じように攻略が進められている。俺も今日はキリさんと一緒に迷宮区に行くつもりだったが、今は《ナイツオブバロン》のギルドホームへと急いで向かっている。
何故かというと先ほどカイトさんからザックさんがいなくなったとメッセージが届いたからだ。
《ナイツオブバロン》のギルドホームの前には赤いアクセントカラーの黒いロングコートに身を纏ったカイトさんと見覚えがある人物がいた。
「「カイト(さん)!!」
「リュウ、キリト。来てくれたか!」
「大変なんです!リュウ、キリトさん!師匠がっ!」
「ああ、大体のことはカイトさんから聞いたから知っている。だから、落ち着けっ!」
カイトさんと一緒にいたのは前に俺とキリさんが知り合った小柄で中性的な顔立ちが特徴の少年……オトヤだった。実はオトヤはザックさんとは師弟関係で、カイトさんとも顔見知りだったと聞いている。オトヤもカイトさんからメッセージが届いて、ここに来たらしい。
カイトさんは俺たちに今回のことを詳しく話してくれた。
今朝、カイトさんがザックさんの部屋に行ってみたらザックさんがいなくなって『探さないでくれ』という書置きと彼が愛用している槍が置いてあることに気付いたことから、今回の騒動が始まった。ザックさんにメッセージを送ろうとしたが、フレンド登録が解除されていたため送信することが不可能。そして、《追跡》のスキルを使って探そうとしたが、それも不可能とのことだ。試しにキリさんも《追跡》のスキルを使ってみたが、結果はカイトさんと同じとなった。
エギルさんが黒鉄宮にある生命の碑を確認しに行ったところ、ザックさんのところに二重線は引かれてなく、まだ生きているということがわかっている。
「今はクラインたち《風林火山》がこの層の迷宮区に探しに行って、アスナにも連絡して捜索を要請できないか頼んだところだ」
「ザックの奴、どこに行ったんだ。カイト、ザックが行きそうなところは何処か知っているか?」
「ああ。お前たち3人が来る前にアイツが行きそうなところを全て探してみたが、いなかった。一応、そこにいたプレイヤーにも聞いてみたが、ザックを見かけたという奴は1人もいなかった」
完全にザックさんの居所の手がかりが一切ない状況か。
「恐らく、《ラフィン・コフィン討伐戦》の時にラフコフのプレイヤーを殺害したことを気にしているんだろう。一昨日の夜、ザックの部屋に行ってみたら、アイツ、『オレは人殺しだ』と言って泣いているのを聞いたんだよ。その次の日の朝にそのことを聞いてみたが、『何でもない。気のせいだろ』の一言しかなく、部屋に閉じこもって何も話してくれなかった」
「僕、信じられないよ。あの師匠がこんなことになってしまうなんて……」
「オトヤ……」
涙を流しているオトヤの右肩にそっと左手を置く。
「俺があの時、襲いかかってきたラフコフのプレイヤーに気付いていれば、アイツは人殺しになることはなかった。それに、俺に何か一言言ってくれてもよかっただろ……。俺はそんなに頼りにならないっていうのか……」
カイトさんは悔しそうにしてそう言うと、壁に拳を叩きつける。すると、そこに【Immortal Object】と書かれている紫色の障壁が表示される。
カイトさんは、ザックさんとは付き合いが長く、彼のことをこの世界にいる誰よりもよく知っている。オトヤもザックさんのことを師匠として慕っている。2人がこんなことになってしまっても無理はないだろう。
俺とキリさんもザックさんがこうなってしまったことが信じられなかった。カイトさんほどではないが、ザックさんはどういう風な人なのかは俺たちもよく知っている。
ザックさんは明るくてフレンドリーな性格の持ち主で、誰とでもすぐに仲良くなるクラスの中心にいるような人だ。実際に俺もすぐにザックさんとはすぐに仲良くなって、会ったときには彼は気軽に声をかけてきてくれた。キリさんもベータテスター時代からの付き合いで、《ビーター》と呼ばれて多くのプレイヤーから嫌われていた時もザックさんは数少ない他の人と変わらず接してくれたいい奴だと言っていた。
そんな人がここまでになるまで心に傷を負ったとなるとかなりのものだろう。
人の心の傷は癒えるものではない。そのことは、俺も身を持って経験したからそう思える。これは最終的には自分自身の力で乗り越えなければならないことだが、そのためには仲間の存在が必要だ。
だから、このまま何もしないわけにはいかない。
「だったら早くザックさんを探しましょう。カイトさんはザックさんの相棒ですよね。相棒や仲間……プレイヤーは助け合いじゃないんですか」
カイトさんにそう言うとオトヤの方も見る。
「オトヤだってザックさんに元気になってもらいたいだろう。だから早くザックさんを探そうぜ」
「リュウ……。そうだよね。僕、師匠に元気になってもらいたいよ。僕が今こうしていられるのは師匠のおかげだから。今度は僕が師匠を助けてあげる番だ」
「ああ、そうだな。今までアイツがいたから俺はここまで頑張ってこれた。相棒としても《ナイツオブバロン》のサブリーダーとしてもな。アイツがどんな罪を背負っていても俺が支えてやる」
意を決した2人を見た俺とキリさんは一安心する。そして、キリさんは真剣な顔をすると口を開いた。
「だったら早く手分けして探そうぜ」
俺とカイトさん、オトヤは頷く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これからどうすればいいのか……」
逃げるように《ナイツオブバロン》のギルドホームからこっそり抜け出したオレは、第48層のリンダースに来ていた。街を囲む城壁の手前にある一本の大きな木の陰に隠れるように座っている。ここならプレイヤーもほとんど来ないから、見つかることはほとんどないだろう。
そう思った時だった。
「あれ?もしかしてザック?」
聞き覚えのある少女の声。顔を上げて声が聞こえた方を見てみると、赤いパフスリーブの上着に、同色のフレアスカート。上から純白のエプロン、胸元には赤いリボンというようにウェイトレスに近い服装だ。そして、髪型はベビーピンクのふわふわしたショートヘア。
「リズ……」
「また会えたね」
彼女はリズという愛称で親しまれている鍛冶師のリズベット。
「こんなところで何やっているんだ。リズベット武具店の方はいいのか?」
「今日は店はお休み。いくら仮想世界でも休みなしで働くなんて無茶よ。それで気晴らしにこの街を散歩してたらあんたを見かけたのよ」
「そうか……」
「ザックこそ、こんなところで何やっているのよ。攻略サボってここに来ているの?それともあんたが前に言っていたギルドのリーダーとケンカでもしたの?」
「…………」
からかうようにニヤニヤして聞いてくるリズ。だけど、オレは無言だった。普段のオレなら「そんなわけないだろ」とか「サボったらカイトに怒られるからな」と呆れながらも笑って答えていただろう。
オレの様子がいつもと違うことに気が付いたリズは申し訳なさそうな顔をする。
「あ、もしかして気に障ることでも言っちゃた?ゴ、ゴメン、そんなつもりじゃ……」
「別に謝らなくてもいいぜ。ここにいるのは攻略に行くのが嫌で、カイトと顔を会いにくいしな……」
「カイト?あ、前に言っていたギルドのリーダーのことね。ねえ、よかったらこの後、店に来ない?休みだけど、あの槍のメンテナンスでもやってあげようかなって。ザックなら喜んで歓迎するわよ」
「いや、止めておく。それに、オレにはもうあの槍を持つ資格なんてないからな……」
「ねえ、本当にどうかしたの?今日のザック、この前と様子がおかしいわよ」
「何でもない……」
「そんなわけないでしょ。何かに思い詰めているような顔もしているし。あたしでよければ話でも聞いてあげるわよ。アンタが話すのが嫌だったら別に話さなくてもいいし」
ぐいぐいと攻めてくるリズ。ここで無理に振り切って逃げるという方法もあるが、リズは会う度にしつこく聞いてくるに違いない。もう隠しても仕方がないことだと思い、正直に話すことにした。
「リズは一週間前にあの殺人ギルド、ラフコフ……《ラフィン・コフィン》が壊滅したのは知っているよな?」
「知っているわよ。情報屋が配布している新聞にも大きく取り上げていたから、知らないプレイヤーなんていないわよ。でも、アスナやキリト、リュウはそのことに関して一切教えてくれなかったけど……」
あの時のことはアスナたちも話してないか。あの戦いは誰もが思い出したくないことだからな。
「オレとカイトはラフコフを壊滅させるために討伐隊に志願して、《ラフィン・コフィン討伐戦》に参加したんだ」
「『オレとカイト』ってザックたちってギルドのリーダーとサブリーダーを務めているよね。他のメンバーは参加しなかったの?」
「参加してない。というか、オレとカイト以外の3人は死んだ。それもラフコフの幹部のザザとジョニー・ブラックによって殺されてな……」
そのことにリズはとても驚く。それでもオレは話を終えようとはしなかった。
「オレもカイトもラフコフを壊滅させるというのもあったが、死んだ仲間の無念を晴らすためにも《ラフィン・コフィン討伐戦》に参加した。だが、討伐隊の情報が奴らに漏れていて、混戦になったんだ。その戦いで討伐隊、ラフコフの両方から死者が出た。オレもカイトを守るために1人のラフコフのプレイヤーを殺した……」
ここから先のことはカイトにも話してないことになる。リズは黙って聞いてくれている。
「そして、仲間を殺したジョニー・ブラックと遭遇して奴と戦った。戦いの最中、アイツはオレに『お前もオレと同じ人殺しになったな』と言ってきた。これを聞いてオレはラフコフのプレイヤーとはいえ、人を殺したことに気が付いたんだ。この隙にジョニー・ブラックの毒ナイフを喰らって逃げられ、それからまともに戦うことができなくなって……」
《ラフィン・コフィン討伐戦》以降、オレは毎晩悪夢にうなされ、今までずっと使ってきた槍でさえ、持てなくなった。殺しはしないと言っておきながら、人の命を奪ってしまった。
リズは俯いていて何も話しかけて来なかった。無理もない、目の前にいる奴はプレイヤーを殺したような奴だからな。
立ち上がってこの場から去ろうとする前にリズに言う。
「リズが作ったあの槍は《ラフィン・コフィン討伐戦》では使わなかったから安心しろ。お前が作った槍は人殺しなんかに使うようなものじゃないからな……。もう二度と会うことはないだろう……。じゃあ……」
これから先、オレはゲームがクリアされるまでずっと何処か人目に付きにくい安い宿屋に閉じこもっていることになるだろう。人殺しになって、戦えなくなったオレは役立たず同然だからな。
すると、リズがオレのジャケットを掴み、引き止めた。
「ザック、アンタはあたしが作った槍を人殺しに使わなかったんだわよね?」
「あ、ああ……」
「それに話を聞く限り、ザックがあんなことしたのはカイトを守るためにしたことなんでしょ」
「だけど、オレもラフコフの奴らと同様に人殺しになって、カイトや死んだ仲間たちを裏切ったようなものなんだぜ!」
「違うでしょ!ザックは人殺しなんかじゃないに決まっているじゃない!カイトたちのことだって裏切っていないでしょっ!」
リズの叫びに驚いて彼女を見る。いつもと違って今のリズの表情は武器を作っている時と同様に真剣なものだった。
「ザックはあたしが作った槍を人殺しに使わなかった。それに、前にアンタがあたしの店に初めて来た時にこんなこと言ってくれたじゃない」
『リズが作った槍はオレが今まで見てきた中で最高のものだと思うぜ。所詮、仮想世界のデータの一部かもしれないけど、オレたちの命を守っているものでもあるんだ。だから、リズは自分が鍛冶師だっていうことを誇りに思ってもいいんじゃないのか?』
確かにリズの店に初めて行った時にこんなこと言ったな。それをリズはハッキリと覚えていたのかよ。
「それを言われたときは凄く嬉しかった。今までずっとこの世界にあるもの全て、所詮は仮想世界のデータの一部だって思っていたけど、ザックは今あたしたちが生きているのはこの世界だと教えてくれた。だから、あたしはそれから今まで以上に頑張れたのよ。あたしにはそんな奴がとても人殺しや仲間を裏切った奴には見えないわ。カイトたちだって絶対にそう思っているわよ」
「リズ……」
眼からこぼれ落ちる涙の粒をジャケットの袖で拭く。『人殺しじゃない』、『カイトたちのことを裏切っていない』というリズの言葉が嬉しかった。
正直、まだ心のどこかで迷いがあって完全な状態ではなかった。なんとか笑みを作ってリズの方を見る。
「ありがとな……リズ。少し気が楽になった。だけどまだ……」
「そんなの時間がかかったっていいじゃない。あたしはザックが立ち直るのを待っているから。気が向いた時らまたあたしの店に来て」
「そうさせてもらうぜ……」
「じゃあ、フレンド登録しようか。来てくれたのに忙しくて相手できないっていうのも悪いし」
「ああ」
まさか慰めてもらうだけでなく、フレンド登録もすることになるとは。そういえば、見つからないようにするためにカイトたちのフレンド登録消したんだよな。後で謝ってまた登録するか。
フレンド登録を終えた後、リズと別れて《ナイツオブバロン》のギルドホームに戻ることにした。何故だか、リズは張り切って何処かへと行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの時以来、初めてザックに会えたと思ったら、この間にザックにそんなことがあったなんて思ってもいなかった。
あたしはアスナのように強くないから最前線でザックと一緒に戦うことはできない。だから、あたしができることをしよう。
あの槍と同等……それ以上のものを作ろうと決心してフィールドへと出る。空は夕日に染まり、あと1時間もしないうちに日は完全に沈むだろう。前にザックと出会ったダンジョンは夜になると難易度があるところだったため、今向かっているのは夜でも比較的安全なところである。
辺りにはプレイヤーもモンスターもいなく、いるのはあたしだけだ。その中を進んでいる時だった。
突如、右肩に何かが突き刺さる感覚が伝わったと思ったら身体が動けなくなって倒れてしまう。そして子供みたいに楽しそうに喋り方をしてくる男の声がする。
「ワーン、ダウーン」
「いいんスか?せっかくカルマ回復してグリーンに戻ったのにまたオレンジになって」
「いいんだよ。アイツをおびき出すにも十分に役立ってくれるし、面白そうだろ」
「確かに。オレもそろそろ、こそこそしているのにも飽きていたところなんですよ」
別の男の声もして、何か会話をしている。相手は2人、それともそれ以上いるの……。相手の顔を見ようとするが、意識を失ってしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リズと別れてから30分近くが経った。あの場所から移動し、今は《ナイツオブバロン》のギルドホームがある第57層のマーテンに戻って来たが、何だか帰りにくかった。
「どうやって帰ればいいのか。絶対にカイトの奴、怒っているだろうなぁ。勝手にフレンド登録していなくなったと思ったら、帰ってきて……。家出ってこういうものなんだな……」
今まで現実世界でもオレは家出というものはしたことはなかった。仮に家出をした場合、刑事である親父にすぐに見つかってしまっていただろう。
広場にあるベンチに腰掛け、そんなくだらないことを考えていた。
「師匠!」
聞き覚えのある声、それにオレのことをそう呼ぶのは1人しかいない。
「オトヤ」
オトヤは走ってこっちにやって来た。
「よかった、見つかって。皆さん心配してましたよ」
「そうか。なんかオトヤたちに迷惑かけてしまって悪いな……」
微笑んでオトヤの頭に右手を置く。すると、オトヤは安心したかのように笑みを見せる。
「あ、これ……師匠、お腹空いていると思って買ってきたんです。流石にカイトさんが作ったご飯には負けますけど、NPCが売っているものの中では美味しいものですよ。あと水もどうぞ」
オトヤが渡してきたのはホットドックに似た食べ物とNPCの店で売っている水だった。
「オトヤ、ありがとな」
これでも食べたらギルドホームに戻ろうかと思った時だった。
オレの元にアイテムが届いたアラーム音がする。
送り主はリズからだ。メニューウインドウを開いて確認してみると送られてきたのは1つの映像クリスタルだった。それをタップして映し出された映像を見た瞬間、オレたちは目を疑った。
映像に映っていたのは、この前の討伐戦で逃亡して行方をわからなかったラフコフの幹部のジョニー・ブラックとラフコフの傘下ギルドの1つ《ブラックバロン》のリーダーのシュラ、そして縄で縛られて掴まっているリズだった。リズはジョニー・ブラックによって首元にナイフを付きつけられ、目に涙を浮かべている。
『ザック、女を返して欲しかったら1人で来い。この前の続きをしようぜ』
『場所はお前の仲間が殺されたところだ。早く来いよ』
ジョニー・ブラックとシュラが言い終わったところで映像は終わる。
「今映っていたのってラフコフのジョニー・ブラックですよね。ラフコフって壊滅したはずじゃ……」
「残党がいたんだ。まさかこんなことになるとは……。アイツら、卑怯なマネを……」
怒りを一旦抑え、オトヤの方を見る。
「オトヤ、お前に頼みたいことが頼みたいことがある」
オトヤにあることを伝えると、オトヤは「わかりました」と頷く。そして、オレはジョニー・ブラックたちが行ったところへと1人で向かう。
「リズ……」
リズとは出会ってまだそんなに多く関わっていない。それでもリズは、ラフコフのプレイヤーを殺して戦えなくなって何もかも放棄しようとしていたオレを立ち直させるきっかけをくれた。オレはリズの明るい性格と優しさに救われた。だから絶対に助ける!
前の方はルクスのように新生ALOでザックが立ち直るという展開でしたが、リメイク版ではSAOで立ち直るという展開にしました。そうしないとゲーム版の展開にしたときに大変ですので。
今回はリズに色々と頑張ってもらいました。ザック編は仮面ライダーのある話をベースとしているので、話の最後の方で捕まってしまいましたが。
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第17話 ザックとリズベット
オレがやって来たのは、とても人が住めるような状態ではない建物が立ち並んでいるゴーストタウンを元にしたフィールドダンジョンだった。ここでリクとダイチとハントはジョニー・ブラックたちに殺された。オレやカイトにとって忘れられないところだ。
日はすっかり沈み、ゴーストタウンということもあって不気味さがいつも以上に増している。
ゴーストタウンの広場に足を進めると、ジョニー・ブラックとシュラ、そしてリズがいた。
「リズ!」
「ザック!」
リズは縄で縛られていて身動きが取れない状況だ。
「リズを離せっ!」
「まあまあ、そんなに焦るなって。お前を殺したら返してやるよ」
随分と余裕を見せて笑っているジョニー・ブラック。オレはコイツのこういう態度がもの凄く嫌いだ。コイツはこうやって罪のないプレイヤーを何人も殺してきたからな。
ジョニー・ブラックの隣にいるシュラも奴ほどじゃないが、余裕を見せている。
「ジョニー・ブラック、シュラ。ラフコフはもうない、お前たちも諦めて牢獄に送られるんだな」
「何言っているんだよ。ヘッドとアビスさんがいない中、オレが頑張らないといけないだろ。ラフコフの傘下ギルドの中でも相当の実力者のシュラと一緒にラフコフを再建するんだよ」
「ソニーさんやザザさんがいない中、オレがジョニーさんとラフコフを再建したとなれば、幹部に出世間違いないぜ」
やっぱり残党組はラフコフの再建を企んでいたか。それがわかった瞬間、オレは笑みを浮かべる。
「お前たちが新たなラフコフを作るだと?笑わせるな」
「だったらよ~、ザック。ここでオレたちと決着を付けようぜ」
「まあ、いくらお前でも2対1じゃ不利だと思うが」
「お前たちを倒してリズを助ける!」
ジョニー・ブラックは毒付きのナイフ、シュラはランスを取り出す。オレも背中から1本の槍を取り出す。いつも愛用している槍の《ナイトオブ・クレセント》は今ここにはない。だが、コイツらと決着を付けるにはこれで十分だ。
オレが武器を取った直後、ジョニー・ブラックとシュラがナイフやランスを使って攻撃してくる。
槍の矛先でシュラのランスを受け止め、刃が付いていない先端の方でジョニー・ブラックの腹に付きを放つ。槍で薙ぎ払うとしたが、シュラがランスで受け止め、その隙にジョニー・ブラックがナイフで斬り付けようとしてくる。すぐに回避し、反撃にジョニー・ブラックのナイフを持っている方の腕を槍の柄部分で殴る。
「いや~。やっぱり強なぁ、ザック~」
「攻略組の槍使いは伊達じゃないな」
攻略組よりレベルが低いとはいえ、プレイヤースキルが高いコイツら2人が同時に相手になるとちょっと厄介だな。特にジョニー・ブラックのナイフには毒が塗ってある。あれだけは絶対に喰らうわけにはいかない。
シュラはランスによる攻撃を繰り出してくる。突き攻撃だけじゃなくて両手剣のように振るい、打撃攻撃も与えてくる。重装騎兵が使う武器であるため、威力は高い。攻撃を見切り、回避したり槍で受け止めたりする。そして、薙ぎ払って一撃を与える。
「ぐわぁっ!」
攻撃をまともに受けたシュラは地面に転がる。
ジョニー・ブラックはもう1本ナイフを出し、1本のナイフを投げてきた。槍で投げてきたナイフを弾き飛ばす。すると、奴はウォール・ランで近くにあった1階建ての建物の壁を上る。オレもウォール・ランを使って壁を上り、屋根に着地。そのまま、屋根の上で戦闘を開始するオレたち。次第に激しさが増す中、ナイフを手から弾き落とし、奴の左肩を付く。
「うおっ!?」
攻撃をまともに喰らったジョニー・ブラックは屋根から落下し、地面に転がる。オレもジョニー・ブラックを追うように屋根から飛び降り、地面に着地する。
多少手こずったとはいえ、これで2人まとめて追い詰めることができた。だけど、ジョニー・ブラックとシュラは余裕な顔をしている。
「随分と余裕そうだな。今のお前たちは不利な状況のはずだぞ」
「おいおい。不利なのはオレたちじゃなくてお前の方なんじゃないのか、ザック。お楽しみはここからだぞ」
「っ!?」
ジョニー・ブラックがそう言った直後、槍を持ったプレイヤーと短剣を持ったプレイヤーが2人ずつ現れる。4人全員カーソルがオレンジだ。
「卑怯者め」
「誰がオレたちだけだと言った?」
「勝利のみが強さの証だ」
ジョニー・ブラックが新たなナイフを取り出した直後、槍と短剣を持ったオレンジプレイヤーたちは、ジョニー・ブラックやシュラと共にオレに襲い掛かってきた。いくらレベルが低いとはいえ、6人分の攻撃を全て防ぐのは無理だ。しかも、短剣持ちの方はジョニー・ブラックのナイフと同様に刃には毒らしいものが塗ってある。ジョニー・ブラックたち毒ナイフ持ちの3人の攻撃を最優先に防ぐが、そのかわりにシュラや2人の槍使いの攻撃を受ける。
「ぐっ!」
少しずつであるがHPが減っていく。
「しまった!」
わずかな隙を付かれて、シュラに槍を弾き飛ばされ、更にはジョニー・ブラックの毒ナイフによる攻撃を受けてしまう。すると、麻痺状態になって身体が動けなくなって地面に転がる。
「ダメだ、身体が……」
念のために麻痺毒の対策をしてきたが、駄目だったか。
麻痺で動けなくなって倒れているオレのところにジョニー・ブラックとシュラがゆっくり歩み寄って来る。そして、抵抗できないオレを何度も蹴り、踏みつけてくる。
「ぐはっ!」
「いいザマだなぁっ!!ザックさんよぉっ!!」
「あの時、お前にこう言ったじゃんか。『お前もオレと同じ人殺しになったな』ってなぁ。覚えているか?殺された仲間の仇を取るため、ラフコフを壊滅させるために戦ったみたいだが、お前は人殺しなんだよ。つまり、オレたちの仲間ってことだ」
無様に転がっているオレをあざ笑っているシュラに、オレのことを自分たちと同じ人殺しだと楽しそうに言うジョニー・ブラック。コイツらの言う通りだ。そのせいで、言い返す言葉がなかった。
「ザックは人殺しなんかじゃないっ!!」
そう叫んだのはリズだ。
「ザックはアンタたちみたいな悪人からカイトや他のプレイヤーたちを守るために戦ったのよっ!ザックがどういう気持ちで戦ったのか、アンタたちには一生わからないことだわっ!!」
「おい、人質のくせにいい度胸しているな」
「女相手は随分と久しぶりだから楽しみだぜ~」
シュラはランスを、ジョニー・ブラックは毒ナイフを持ち、リズに近づこうとする。
徐々に麻痺の効果もなくなってきて、右手だけはなんとか動かせるようになった。右手でリズの近づこうとするシュラの右足を掴む。
「リズに近づくなぁ!!」
「やっぱりお前から殺した方がよさそうだな。お前が死ぬ瞬間をあの女に見せてやるよ」
シュラはオレの手を蹴り払い、オレにランスを突き刺そうと構える。
「師匠!!」
聞き覚えがある少年の叫びが響き渡る。やって来たのは背中に《クローバースタッフ》という緑をベースとした錫杖を背負い、オレの愛用している槍《ナイトオブ・クレセント》を持ったオトヤだった。
「オトヤ!」
麻痺状態が回復する。
オレはシュラが突き刺そうとしてきたランスを右手でがっちりと掴んで攻撃を防ぎ、蹴りを入れる。
蹴りをまともに喰らったシュラはジョニー・ブラックを巻き添えにし、よろける。その隙に身体を起こす。
「これをっ!」
オトヤはオレに《ナイトオブ・クレセント》を投げ渡してきて、それをキャッチする。やっぱりこの槍が一番だな。手にしっくりくる。
そして、ジョニー・ブラックとシュラの方を見て叫ぶ。
「確かにオレはラフコフのプレイヤーの命を奪った。だが、オレはもう迷わない。迷ってるうちに誰かが死ぬのなら……戦うことが罪なら、オレが背負ってやる!!」
オレが犯した罪は一生消えることはない。だから自分の罪から目をそらさず、受けいれるしかない。これが、オレが殺したプレイヤーへの償いだ。
ジョニー・ブラックとシュラがオレに毒ナイフとランスを持って襲い掛かってくる。オレはそれを《ナイトオブ・クレセント》を使って全て防ぎ、一撃ずつ攻撃を与える。
「何だ、槍を換えたらいきなり強くなりやがったぞっ!」
「ジョニーさん、そんなことあるわけないッスよ。あんなその辺にありそうな槍にそんな力ないですよっ!」
「この槍はリズが魂を込めて作ってくれた槍だ。その辺にある槍とは違うんだよ!!」
「何が魂がこもった槍だ!お前ら、女とそこにいるガキを人質にしろっ!」
ジョニー・ブラックは後から出てきた4人に指示を出す。マズイ、ここでオトヤとリズを人質に取られたら……。
「ぐわっ!」
突如、1人のオレンジプレイヤーが攻撃を受けてふっ飛ばされる。リズの傍には《血盟騎士団》特有の紅白衣装に身を纏ってレイピアを持った少女……アスナがいた。
「リズ、もう大丈夫だよ」
「アスナ!来てくれたの!」
「来たのはわたしだけじゃないよ」
アスナが視線を向けた方を見るとすでに3人のオレンジプレイヤーが倒されている光景が目に入った。
「まったく、オトヤが連絡をくれなかったらどうなっていたのか……」
「まあ、落ち着けよ。ザックたちは無事だったんだからさ」
「プレイヤーは助け合いですよね、ザックさん」
声の主はオトヤを保護し、武器を持っている3人の少年……カイトとキリトとリュウだった。
「カイト!それにキリトとリュウも!」
「ジョニー・ブラック、シュラ。お前たちはここまでだ。直に30人の援軍も来る。ザザやソニー、捕まった奴らと一緒にゲームがクリアされるまで牢獄での暮らしを楽しむんだな」
仲間を殺した張本人がいる中、カイトは怒りをこらえ、殺気に溢れた眼でジョニー・ブラックとシュラを見る。
すると、ジョニー・ブラックとシュラは逆上して、オレに襲い掛かってきた。そこにオレは槍スキル《ディメンション・スタンピード》を放つ。6連撃の突き攻撃が3連撃ずつジョニー・ブラックとシュラにヒット。奴らの手からは武器が離れ、地面に転がる。そして、まともに攻撃を受けたジョニー・ブラックとシュラは地面に倒れる。もちろん、HPはちゃんと残っていて死んでいない。
ジョニー・ブラックとシュラを倒した直後、《血盟騎士団》をはじめ、30人の攻略組プレイヤーがやって来た。ジョニー・ブラックとシュラ、奴らの仲間4人は全員まとめて黒鉄宮に送られた。
「リズ、大丈夫か?」
「当たり前でしょ。あたしはちゃんとザックが来るって信じていたんだから。助けに来てくれてありがとね」
いつものように笑顔でいるリズを見て一安心し、笑みがこぼれた。
事態を全て収拾した後、リズから呼び出され、数時間前にリズと会ったところへとやって来た。あの時はまだ日が出ていて明るかったが、今はすっかり夜になり、街は所々にある街灯で明るく照らされていた。そこにはすでにリズが来て待っていてくれていた。
「悪いな、遅くなってよ」
「あたしもさっき来たところだから。まあ、ここで約束をすっぽかしてたら一発メイスで殴ってやっていたけどね」
「おい、それはないだろ……」
「冗談に決まっているでしょ」
くだらないやり取りをし、オレたちは笑い合う。
「ところでオレに何の用だ?」
「実はザックに話しておきたいことがあって。本当はもっと早くに言っておけばよかったんだけどね。あたしをザックの専属スミスにしてほしいの」
「それってどういうことなんだ?」
「攻略が終わったら、あたしの店に来て装備のメンテをさせて。毎日、これからずっと……」
気のせいか、リズの頬が少し赤く染まっているようにも見える。
ま、まさかな……。
今日の出来事を通し、オレは間違いなくリズに惹かれた。これはハッキリとわかる。だけど、リズはオレのことをどう思っているかはわからない。一瞬、リズもオレのことが……ということで頬が少し赤く染まっているんじゃないのかと思ったが、オレが彼女に好意を寄せているための勘違いかもしれない。
「ザック……あたし……」
その時だった。
「うおっ!」
「キャッ!」
後ろの方から聞き覚えのある2人の声が聞こえた後、何やら騒がしくなる。振り返って見るとキリトとアスナが転んで倒れていて、ヤレヤレという表情をして2人を見ているリュウがいた。
「アスナ!?」
「キリト、リュウ!?」
オレとリズは3人がいたことに驚いてしまう。しかもオレに限ってはあんなこと考えていたからなおさらだ。
「アスナ、何やっているんだよ。早くどいてくれよ」
「ごめん、だって聞こえにくかったから……」
「あの、こういうこと止めておいた方が……」
キリトとアスナが起き上がった直後、リズはご立腹の様子で3人に近づく。しかも右手にはメイスを持っている。
「アンタたち、こんなところで何やっているのよ……」
当然、3人は冷や汗をかいて目が泳いでおり、明らかに慌てているというのが見てわかる。
「えっと、わたしたちはさっき偶然会って、この辺りを歩いていたらリズとザック君がいたからどうかしたのかなって……」
「俺たちは決してこっそり覗いて様子でも見ようぜって来たわけじゃないぜ!」
「キリさん、何言っているんですかっ!俺は止めた方がいいって言ってたんですけど……」
「リュウ、お前だけ罪逃れしようとしてないかっ!?」
「それはちょっとずるいと思うよ」
「だって事実じゃないですかっ!キリさんとアスナさんに無理やり誘ってきて……」
言い合う3人とはよそに、リズはゆっくりと3人に近づいていく。
「理由なんてどうでもいいわよっ!待ちなさーい!!」
「ヤベ、逃げろっ!」
「ごめーん、リズっ!」
「何で俺までっ!」
リズはメイスを持って逃げた3人を走って追いかける。キリトとアスナはともかく、リュウがちょっと可愛そうなような気がする。4人はそのまま、鬼ごっこをはじめ、オレはそれを見て笑っていた。
「やれやれ、アイツらはしょうがないな……」
「でも、皆さん楽しそうにしていますよ」
そう言って新たにやって来たのはカイトとオトヤだった。
「カイト、それにオトヤも……」
「この様子だともう大丈夫そうだな」
「ああ。ゴメンな、カイト、オトヤ。お前たち2人には特に迷惑かけてしまって。だけど、オレはもう大丈夫だ。いつまでもこのままでいと、死んだアイツら……リクとダイチとハントに怒られるからな。アイツらのためにも絶対にゲームをクリアして現実に帰らないとな」
そしてカイトの方を見る。
「だからカイト、またオレと一緒に戦ってくれるか?」
「当たり前だ。お前とは何年の付き合いだと思うんだ」
珍しくカイトは笑みを浮かべ、片手で拳を作って差し出してきた。オレも片手で拳を作ってカイトの拳にコツンとぶつける。
「オトヤもこれからもよろしく頼むな」
「はい。流石にカイトさんのように一緒に戦うのは無理ですけど、僕ができることをやります。師匠の弟子ですから」
オレとカイトはオトヤとも拳をぶつけ合う。その一方で、後ろの方ではリズや皆の騒いでいる声がする。リズたちがいる方を見てオレたちは笑った。
ブラックバロンやシュラという単語から気づいていた人もいるかもしれませんが、この話は鎧武外伝2のナックル編をモデルにしました。本当はジョニー・ブラックだけにする予定でしたが、奴1人だとピンチになる前にザックが倒してしまいそうなので、シュラも登場させました。
でも、「オレはもう迷わない。迷ってるうちに誰かが死ぬのなら……戦うことが罪なら、オレが背負ってやる!!」というところは仮面ライダーファイズのたっくんこと乾巧の名言です。これはリズの相手をたっくんみたいにツンデレキャラにする予定だったという裏設定があるからです。ザックが猫舌なのはそのためです。
ザックとリズの関係はリメイクでも友達以上恋人未満の関係となってしまいました。オトヤとシリカのカップルの方もですが、この2組が恋人になる日はいつになるのか(笑)
本当はここで原作1巻に突入したいのですが、主人公のリュウ君の活躍が薄くなるのを防ぐため、次回から数話リュウ君編になります。リメイク版のアインクラッド編も終わりに少しずつ近づいてきました。今後もよろしくお願いします。
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第18話 あの日の真実
2024年10月14日
現在の最前線は第74層となり、約2年でやっと全体の4分の3近くまで来ることができた。しかし、70層台に突入してからモンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきて、ソロで攻略するのが難しくなってきている。俺も攻略に行くときはカイトさんとザックさんの2人、クラインさん率いる《風林火山》とよくパーティーを組んで行動するようになり、最前線には1人で行くことがほとんどなくなった。
今日はカイトさんとザックさんは用事があって攻略は休むということで、クラインさんたちと一緒に攻略に行こうと考えた。しかし、ここ数日の間、いつも迷宮区に行ってため、たまには休もうと下の層に来ていた。
やって来たのは第35層の主街区である《ミーシェ》。白壁に赤い屋根が立ち並ぶ放牧的な農村みたいな作りをした街で、中層プレイヤーが主に利用しているため、街は賑わっている。
そう言えば、最前線がまだ第40層くらいの時にこんなことがあったな。まだファーランさんとミラは生きていた時のことだった。
その日は、攻略を終えて帰ってきた時にはすっかり深夜12時を越えていた。街に帰ってきた俺たちはすぐに宿屋に行って身体を休めようとしたが、街の転移門の前にプレイヤーが集まっているのを発見。そこに行ってみると、白い衣装に身を纏った1人の女の子が楽団のNPCたちと歌っている姿があった。
「どうやら、あの女の子は楽団のNPCたちの曲に合わせて作った歌詞を歌っているようだな」
「凄くいい歌声だよ。アタシ、あの女の子のファンになろうかなぁ」
ファーランさんは軽く解説し、ミラはすっかり歌っているあの女の子のファンになったようだ。確かにこの曲は何か安らぎというものを感じていいものだ。俺たちは目を閉じ、耳を傾けて曲を聴いていた。
3曲歌い終わると女の子はぺこりと一礼し、転移門を使用して何処かへと行った。
「また明日もやらないかなぁ。もし、そうだったらまた来たいよ」
「攻略を終えた後に聞くとなんか心が安らぐから俺も来たいって思うよ。ファーランさんは?」
「まあ、2人そこまで言うならまた来ようか。俺もあの女の子が歌う曲は気に行ったし」
2人と話していると俺たちと同様に曲を聴いていた1人のプレイヤーが話かけてきた。
「嬢ちゃんたちは《ウタちゃん》に会うのは初めか?」
「ウタちゃん?あの女の子のプレイヤーネームってウタっていうの?」
「ちゃうちゃう、誰もあの子のプレイヤーネームは知らないんだよ。それで皆からは、《歌エンチャンター》の略で《歌ちゃん》って呼ばれているんだ」
「そうなんだ。だったらアタシも歌ちゃんって呼ぼうかな」
「そう言えば、《歌エンチャンター》っていうのは何ですか?」
「歌ちゃんの歌を一曲、最初から最後まで聞くと曲によって違うバフを貰えるんだ。それで歌エンチャンターってな。まあ、ここにいる全員は歌ちゃんの歌が好きだから来ているだけなんだけどな」
更にそのプレイヤーの仲間だと思うプレイヤーが話しかけてきた
「歌ちゃんがライブやるのは深夜の転移門広場だけど、フロアは決まっていないし、予告もしてくれないから探すのに苦労しているんだよ。毎晩3曲しか歌わないから全部聴くとなったら時間もかかるぜ」
そのことを聞いた直後、ミラはショックを受ける。まあ、俺たちは攻略組だから場所がわからない以上、いつも行けるのは難しいからな。
それでもミラは諦めることなく、アルゴさんに聞いて彼女が現れる場所の情報を買って聴きに行っていたな。俺とファーランさんが疲れているのに関わらず、俺たちを振り回して。今でもミラのあの元気すぎるパワーは何処から来ているんだろうと思う。
でも、去年の10月の半ば頃から彼女は姿を現さなくなって、それから数週間後にはファーランさんとミラは死んでしまった。
懐かしいと思ったと共に、ファーランさんとミラが死んでしまったことを思い出して悲しくなってしまう。でも、このことを気にしたって2人は戻って来ない。それに俺は決めたんだ、この世界の結末を見届けてみせるって……。
なんとかこの気持ちを振り切って、街の中を歩く。だが、その途中、人気の少ないところに見覚えがある人たちがいた。見覚えがある人たちとは情報屋のアルゴさんと黒猫団の人たちだ。でも、黒猫団の人たちは全員、何かに脅えているような様子だった。とりあえず、話しかけてみよう。
「アルゴさん、それにケイタさんたちも。どうかしたんですか?」
黒猫団の人たちの代わりにアルゴさんが答えてくれた。
「リュー坊カ。実は黒猫団の皆がオレンジプレイヤーに襲われそうになったらしいんダ」
「オレンジプレイヤーっ!?」
アルゴさんが言ったことに驚いてしまう。オレンジプレイヤーは犯罪行為を行ったプレイヤーのことだ。ソイツらに襲われたとなるとこれはただ事じゃない。
「そのオレンジプレイヤーってどんな奴ですか?」
俺の問いにアルゴさんではなく、サチさんが声を震わせながら答えてくれた。
「黒いポンチョで身を隠して、両手剣を持ったプレイヤーだったよ……。襲う前に私たちに向かってこう言ったの。『さあ、地獄を楽しみな』って……」
その瞬間、俺の頭の中にある人物が思い浮かんだ。殺人ギルド《ラフィン・コフィン》、通称……ラフコフでサブリーダーを務めていた《深淵の殺戮者》として恐れられていた男……アビスを。
ラフコフは数ヶ月前の討伐戦で多大の犠牲を払って壊滅させた。その後もジョニー・ブラックや《ブラックバロン》といったラフコフの残党と奴らの傘下ギルドも捕まって牢獄へと送った。事実上ラフコフは壊滅したと言ってもいい。しかし、ラフコフのリーダーのPoHとサブリーダーのアビスは討伐戦の時から一切姿を現していない。
「何処でそのオレンジプレイヤーに襲われたんですかっ!?」
「第45層にある《巨大樹の森》付近のフィールドで……」
「《巨大樹の森》……」
《巨大樹の森》は巨大な樹木によって形成され、多数の巨人型モンスターが徘徊している森だ。
そこは俺にとって忘れられないところでもある。何故かというと、デスゲームが開始されてちょうど1年が経った日、そこでファーランさんとミラ、フラゴンさんが率いる攻略ギルドに6人の中層プレイヤーの計14人の死者を出したところだからだ。更に1ヶ月前には、巨大樹の森に訪れたプレイヤーが何人かが行方不明になって後にそこで死亡したということもあった。そのため、入ると生きて帰って来れない森として多くのプレイヤーに恐れられ、今では誰もがその付近のフィールドまでしか訪れなくなった。
居ても立っても居られなくなった俺はアルゴさんの静止を無視し、すぐに《巨大樹の森》へと向かう。
転移門をくぐり、第45層の主街区へと着くと急いで《巨大樹の森》がある方の出入り口に急ぐ。《巨大樹の森》に向かう途中にある高さ20メートル近くにもなる石造りの壁が設けられたところにある関所を通る必要がある。
関所にある開閉トビラが開くと俺は迷わずに潜り抜ける。その直後、開閉トビラは音を立ててゆっくりと閉ざされる。本来は巨人が入って来ないように作られたところだという設定らしいが、誰も寄り付かないところへ向かう関所は、地獄への入口みたいなものだった。
関所を通った俺の目の前には、高さが15~20メートル近くもある巨大な木によって形成されている森……《巨大樹の森》がある。
「ここに来るのも10ヶ月ぶりか……」
しかし、以前と違って何か不穏な空気が漂っていた。アビスがいるかもしれない以上、来ここで引き返すわけにはいかない。俺は迷わずに《巨大樹の森》に足を踏み入れた。
森に入って1時間ほどが経過した。
初めて来た時にはなかったが、第45層のフロアボスを倒した後から、第35層の《迷いの森》と同様に、街の道具屋で《巨大樹の森》のことが書かれている高価な地図アイテムが販売されるようになった。本来は第45層のフロアボスを倒してから《巨大樹の森》を攻略するのが正しい流れだったのだろう。俺もそれは前に購入しており、迷わずに進むことができている。
途中で巨大な木はなくなり、遺跡みたいなところへと出た。
「何なんだ、ここは?こんなところがあるなんて聞いたことないぞ……っ!?」
辺りを見渡していると遺跡に入っていく人影が見えた。
「おい、待て!」
急いで俺も遺跡の中へと入っていく。遺跡の中は1本の通路があるだけで、そこを通り抜けると奥に祭壇みたいなものがある部屋へと出た。そして部屋の中央には黒いポンチョで身を隠したプレイヤーがいた。
「誰かやって来るなと思っていたが、まさかお前がやって来るとは。今日の俺は随分とついているな」
「運がついているのは俺の方もだ、アビス」
そう言い、左手で右腰にある鞘から《ドラゴナイト・レガシー》を抜き取る。
「何だ、この前のリベンジでもやるつもりか?俺は別に構わないぜ」
この前と同様にアビスは余裕そうな態度をとる。そして奴も愛用している赤黒い刃の両手剣を取り出す。
お互いに武器を持って相手にゆっくり歩いていき、距離が1メートルを切ったところで同時に武器を振り下ろし、鍔迫り合いの状態となる。
「この前戦ったときより少しは強くなっているみたいだな。だが、お前の力はそんなものじゃないだろ」
「コイツっ!」
一旦バックジャンプし、アビスと距離を取る。俺とアビスは一度、武器を持って構える。そしてアビスに向けて《ドラゴナイト・レガシー》を振り下ろすが、アビスは剣で受け止める。すぐに振り払い、片手剣スキル3連撃《シャープネイル》を発動させて攻撃を仕掛けるが、アビスは両手剣スキル2連撃《ブラスト》を発動させて威力を打ち消す。
「くっ!」
「おいおい、こんなものかよ?お前は攻略組、中層プレイヤー合わせて14人死んだ中、唯一生き残った奴だろ」
「っ!?」
「でも、お前が生き残ったのは、赤い目の巨人に捕まって食われそうになったところを2人の仲間に助けられたおかげだよな。仲間のために自分の命捨てるなんて泣ける話じゃねえか。まあ、死んだのはソイツらが弱かったってことだろ」
明らかに俺だけじゃなく死んだファーランさんやミラ、フラゴンさん達のことを馬鹿にしているようだ。怒りで我を失いそうになるが、それ以上にアビスの言ったことが引っ掛かる。
この事件は死者がたくさん出たことから大きく取り上げられたため、多くのプレイヤーが知っている。
だけど、公開されたのは《巨大樹の森》にいた赤い目の巨人に、攻略組と中層プレイヤー合わせて14人が殺され、1人だけ生き残ってその巨人を倒したというものだ。その生き残りが俺だというのは一部のプレイヤーしか知らないし、それ以上に気がかりなことがある。
「俺が赤い目の巨人に捕まって食われそうになったところを仲間に助けられて、そのせいで仲間が死んだということをどうしてお前が知っている。これはアルゴさんたち情報屋も知らないことだ」
このことを知っているのはキリさん1人だけだ。あの人がそう簡単に他の人、ましてやアビスに話すわけがない。なのにこいつはあの時のことを詳しく知っている。まるであの場にいて直接見ていたかのように…
「フッ。俺としたことがうっかり口を滑ってしまうとはな。まあ、いずれ話そうと思っていたからちょうどいいや」
この男は何を言っているんだと思っている中、アビスは話を続ける。
「あの時、お前たちに《巨大樹の森》から戻って来ない仲間の救援を依頼したのは
「何っ!?」
ファーランさんとミラ、フラゴンさんたちが死んだときのことをアビスは話し始める。
「最初はMPKを仕掛けてあの中層プレイヤーたちをあの森に誘い込んで殺して、攻略組のフラゴンとかいう奴らに『仲間を助けて欲しい』って嘘を言って誘い込んで、同じように殺す予定だったんだよ。そこにお前たちもやって来て一緒に行くことになった」
このとき、あの時のフードで顔を隠したプレイヤーはアビスだったとわかった。だから、数ヶ月前に戦ったときより前に奴と会ったことがあるって思ったのか……。
「予定通り、トラップでメンバーはバラバラになって、そこに赤い目の巨人が襲い掛かって次々と攻略組プレイヤーたちを殺していった。ついに最後の1人になってこれで終わりだなってなった時に、予想外のことが起こった」
アビスは楽しそうにして話を続ける。
「あの時、お前はずっと共にしてきた仲間を殺したあの赤い目の巨人にブチギレて、鬼神……いや、逆鱗に触れられた龍のようになってあの巨人をズタボロにしてぶっ殺した。あの時のお前の姿はゾクゾクするようなくらい凄いものだったぜ。俺も思わず震えたよ…14人ものプレイヤーを殺した
ファーランさんとミラ、フラゴンさんたちが死んだ元凶を作ったのはアビスだった。しかも、コイツは自分のせいで皆が死んだことに何の罪を感じていない。それどころか楽しそうにしてその時のことを語っている。恐らく、討伐戦の時に戦ったアビスを信仰していたラフコフのプレイヤーにも楽しそうに話したのだろう。
俺は怒りを抑えられなくなり、アビスに対して殺意を向ける。ーすいません、キリさん。今だけは約束を破ります
《ドラゴナイト・レガシー》を持つ左手に力が入る。そして地面を蹴り、一陣の風となって駆け出した。
眼にもとまらない速さでアビスに《ドラゴナイト・レガシー》を振り下ろす。
アビスは当たる直前で両手剣を使ってガードする。
「そうだ、その意気だ。あの時……赤い目の巨人を殺したときみたいだぜ。お前が怒りに飲み込まれたときの眼は俺たちと同じ目をしている。獲物を殺すという感じでなぁ……ぐはっ!」
空いている右手でアビスの顔を殴り飛ばす。そして、《ドラゴナイト・レガシー》を逆手に持って目にも止まらない速度で斬撃を与える。俺は順手に持ち直して更に斬撃を与えようとする。アビスも負けじと応戦し、両手剣で全て防ぐ。
「絶対許さない…!貴様だけは俺の手で終わらせてやる!!」
「ぐっ!やっぱりこの状態のお前と戦った方が楽しいなぁっ!ずっと待ち望んでいたことだぜっ!」
アビスは両手剣スキル6連撃《カラミティ・ディザスター》を、俺は片手剣スキル6連撃《ファントム・レイブ》を発動。お互いのソードスキルがぶつかり合い、俺たちは後ろへとふっ飛ばされる。
「やるなぁ。本当はもっとお前と戦いたいが、今回はお前が
すると、アビスは壁にあるトラップみたいなものを発動させる。突如、地面に魔法陣みたいなものが浮かび上がって光り出す。
「何だ!?」
アビスはすぐに安全地帯に回避し、無事でいた。
「この前、ここに来た奴らにも試してみたが、全員生きて帰って来なかったぜ。お前は頑張って生き延びるんだな。さあ、地獄を楽しみな」
アビスがそう言い残すと俺の体は光に包まれ、何処かへと強制的に転移される。
光りが消え、目の前に広がるのは先ほどとは違う部屋だった。どうやらあれは転移トラップだったようだ。部屋は石造りの壁と床で、フロアボスの部屋みたいに広い。部屋の中には火が付いた松明があるが、薄暗い。
「ここは何処なんだ……?」
マップを確認してみるが、今俺がいるのは第45層と変わりない。
辺りを見渡していると、前の方からドシンッ、ドシンッと巨大な何かが歩いてくる音がする。これは巨人の足音。
暗闇の中から姿を現したのは1体の巨人。肩までかかる白髪に全身を白い岩のような皮膚で覆われ、目は白目となっている。大きさも赤い目の巨人と同様に他の巨人より大きい。全体的に白いという外見から白い巨人と言ってもいいだろう。
雄叫びと共に3本のHPゲージが出現する。
(ここには出口らしいものはない。戦って倒さないと出られないって仕組みのトラップだろう。だったらすぐにコイツを倒して、アビスを倒しに行ってやる。)
《ドラゴナイト・レガシー》を手に取り、白い巨人に立ち向かう。
白い巨人が振り下ろしてきた拳をかわし、地面を蹴って奴に急接近する。
あの赤い目の巨人も足を攻撃されて態勢を崩すことに成功した。この白い巨人にもこの手は通じるだろう。
そして、片手剣スキル《スラント》を足に放つ。全身を覆う白い岩のような皮膚に強烈な一撃が叩き込まれる。だが……。
「何っ!?」
白い巨人は体勢を崩すどころか、HPもまともに減っていない。その間にも白い巨人は再び拳を振り下ろしてくる。回避するが、すぐに次の攻撃が襲い掛かってくる。
「ぐっ!」
2回目の攻撃は回避できず、攻撃を受けてしまう。HPは一気に2割近く削られた。
「何なんだ、あの白い巨人は……」
コイツは下手したら最前線のボスと同じくらい強い。もしかして、《巨大樹の森》の奥深くにあるこの遺跡は上の階層が攻略されることで解放される仕組みになっているのか。
それでもまだ戦意を喪失していなかった俺は地面を蹴り、白い巨人に向かっていく。
白い巨人の攻撃をかわし、反動が少ない片手剣ソードスキル3連撃《シャープネイル》を叩き込み、更に大型モンスター有効な片手剣ソードスキル3連撃《サベージ・フルクラム》を発動させ、斬撃を与える。
白い巨人も俺に右手で振り払うかのように攻撃してくる。避けようとしたが、ソードスキルを発動させた後に起こる硬直時間のせいで遅れてしまい、またしても攻撃を受けてしまう。
「まだだぁっ!!」
お返しにと片手剣スキル8連撃《ハウリング・オクターブ》を発動。5連続の突き、斬り下ろし、斬り上げ、最後に全力の上段斬りを与える。
「どうだ……っ!?」
白い巨人のHPを確認するが、まだ1本目で4分の1ほどしか減っていない。
「そんな、ソードスキルを連続で叩きこんであれくらいしかダメージを与えられないのか……」
硬直で動けなくなっているところ、白い巨人が左手で俺を吹き飛ばす。
「ぐわっ!!」
攻撃をまともに受け、俺は宙を舞う。そして勢いよく地面を転がっていく。その拍子に《ドラゴナイト・レガシー》は左手から離れてしまう。
なんとか身体を起こそうとするが、さっき受けた攻撃の衝撃があまりにも強かったせいなのか頭が少しふら付き、思うように起き上がれない。自分のHPを確認してみるがすでにレッドゾーンへと到達している。
倒れている中、脳裏に現実世界やSAOで出会ってきた人たちとの様々な思い出が蘇る。産まれたときからずっと家族でいる父さんと母さん、
『リュウ君……』
そして
第6話に出てきたリュウ君たちに仲間を助けて欲しいと頼んだプレイヤーは、アビスだったということになります。ファーランとミラ、フラゴンたちの死の元凶はアビスであると言ってもいいでしょう。
あの白い巨人は、実写版の進撃の巨人(後編)に出てきたあの鎧の巨人みたいな奴をイメージして下さい。本当は原作やアニメに出てくる鎧の巨人にしようと考えていたのですが、強すぎて倒せない感じがしたため、ボツとしました。実写版の鎧の巨人?は色々あって本当の鎧の巨人よりも弱いイメージが強かったので、倒せそうなこちらを採用しました。
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第19話 絶望の中の光
『リュウ君……』
白い巨人が俺にゆっくりと迫ってくる中、頭の中に聞こえてきた覚えのある少女の声。一瞬ミラかなと思ったが、ミラは俺のことは『リュウ』と呼び捨てにするから違う。無理もない、ミラの声質は彼女と似ているからな。実際にミラの声を聞いて何度も彼女と似ているなと思ったほどだ。
ふと思い出したのは剣道をやり始め、彼女と出会った記憶だった。
5年前……
5年前と言えば、当時の俺は小学4年生だった。この学年から学校の部活動に参加することができ、俺も何かの部活に入ろうかと考えていた。しかし、どの部活に入ろうか中々決めることができずに悩んでいた。その時に仲のよかったある1人の友達が話しかけてくるのだった。
「剣道?この学校に剣道部なんてあったか?」
「違う違う、道場の方なんだよ。俺、去年から道場に通っていただろ」
その友達の家に遊びに行った時に竹刀と剣道の防具をチラッと見たことを思い出す。
「そういえば言っていたな。それがどうかしたのか?」
「実は俺が通っているところの道場、今年は入門者が少なくてさ。リュウはまだ部活何に入るか決めてないだろ。1ヶ月無料体験のコースもあるから候補としてどうかなってな。リュウ、運動神経もいいしさ」
「わかった。親に相談してみてみるけど、望みは低いと思った方がいいよ」
1ヶ月の無料体験があるとはいえ、防具など色々なことにお金がかかると聞いたことがあるため、両親にはダメだと言われるに違いないと思っていた。でも、俺の予想に反して、2人とも1ヶ月やって続けたいと思ったらやってもいいとOKしてくれた。
今まで運動は遊びや学校の体育の授業で色々スポーツはやったことはあるけど、剣道は一度もやったことがない。それでも昔から体を動かすことが好きだった俺は、剣道はどういうものなのか興味はある。竹刀だけど、剣を使うなんて初めてだ。そして1ヶ月の間、道場に通うことになった。まさかこうして友達に誘われて剣道をやることになるとは思ってもいなかった。
最初は竹刀の持ち方や防具の付け方といった基礎から入った。スポーツだけじゃなく勉強や、あらゆるものを始めるには基礎から入るのが決まりだからこういうのは当たり前のことだろう。
剣道は左利きの方が有利だと先生が言っていて、左利きだった俺は竹刀の持ち方や振り方は回数をこなしている内にコツを掴むことができた。しかし、防具の付け方や足の運び方を覚えるのには時間がかかった。防具の付けるのに時間がかかったり、足の運び方を何度も間違えて悔しい思いをした。それでも俺はもっと上手くなりたい、強くなりたいと剣道に熱中していった。
そして、1ヶ月の無料体験が終える頃にはこのまま剣道を続けたいと思うようになり、このまま道場に通うことになった。同時に両親が剣道の道具を買ってくれた。体験中は道場のものを借りていたため、初めて自分の道具を持ったときは嬉しかった。
それから半年ほどが経過。11月となり、少しずつ気温は低くなっていき、冬に入ろうとしている。初めは毎回の稽古で行う試合練習で負けてばかりだったが、この頃には勝てるようになり、半年前と比べて力は付いたと思う。しかし、俺と同級生のある人にはまだ一度も勝てないでいる。
今日もその相手にコテンパンにやられ、友達とそのことを話しながら帰っていた。
「今日も桐ヶ谷さんには勝てなかったなぁ」
「仕方ないだろ。桐ヶ谷さん、俺たち4年生だけじゃなくて上級生も含めて強いんだぞ。俺だって勝った記憶がないくらいだからな。勝つなんてかなり骨が折れるぞ」
「それでも俺はいつか桐ヶ谷さんに勝ちたいと思っているよ」
俺がまだ一度も勝つことができていない同級生の《桐ヶ谷直葉》さん。彼女は女子でありながら俺たちの学年ではもちろんのこと、上級生の男子にも勝つほど強い。今日も彼女にはコテンパンにやられたところだ。
それでも桐ヶ谷さんは剣道の経験者の先輩として剣道歴が浅い俺に色々とアドバイスをくれ、そのおかげで剣道も少しずつ上達していっている。
そんな彼女だからこそ、俺は堂々と勝負して彼女に勝つことを目標としている。
「毎回、桐ヶ谷さんに挑戦するだけあるな。でも今日だって一方的にやられていたけどな」
「ほっといてくれよ……」
試合練習の時には毎回1回は必ず桐ヶ谷さんと戦っている。もちろん毎回やられてしまうが。このままいけば、桐ヶ谷さんに負けた回数の記録がどんどん更新していくだろう。いつになったら彼女に勝つことができるのか。
そんなことを話して帰っている途中、ふとあることを思い出す。
「ヤバい、道場に水筒忘れた」
今いる場所から道場までは往復で10分くらいかかる。引き返して戻ることはできる距離だ。
「ゴメン、取りに戻るから先に帰ってて」
友達に言い残し、道場へと戻ることにした。
道場に戻ると水筒は忘れていった場所にちゃんとあった。
「よかった。水筒も無事にあったことだし、早く帰ろうか」
道場を出て来た道を戻ろうとしたときだった。
「今日も随分と勝ちまくって調子に乗っていたな」
「別に調子になんて乗っていません……」
何処からか聞き覚えがある声がする。何かあったのかと思い、声がした方へと向かう。そこに向かうと剣道の道具を持った3人の上級生の男子と黒髪を眉の上と肩のラインでカットした少女が1人いた。全員知っているというか、俺と同じ道場に通っている人たちだ。
しかし、上級生の男子たちが少女を囲んでいて何か様子がおかしい。
「いつも今年から入った橘って奴と練習試合しているよな。自分が強いってことをアピールしているのか?」
そう言ったのは俺より1つ学年が上の草加さんで、言われているのは俺が未だに勝てないでいる少女……桐ヶ谷さんだった。
草加さんは剣道の腕はいいが、自己中心的でネチネチと嫌味を言うような悪い性格をしている。そのため、正直言うとこの人は苦手な人だ。
この前も彼と練習試合をした時にこんなことがあった。この試合で俺は負けてしまったが、まぐれで1本取ることができた。その時、彼には「これは剣道始めて日の浅いお前のためにした俺からのちょっとしたサービスだよ。だから、感謝しろよ」と言われた。これには少し腹が立ったが、相手の方が強いのは事実だし、俺は彼に比べると剣道歴が浅いからそう言われても仕方がない。
だが、そんな彼も桐ヶ谷さんには勝てないでいた。
今の様子からして草加さんたちは桐ヶ谷さんをいじめているようにも見える。あんな性格の人だから、道場の先生の眼の届かないところでそんなことしてもおかしくないと思った。
「お前がやっていることは初心者イジメって言って最低なことなんだよ。橘だってお前に迷惑しているってこと、わかるか?」
草加さんはそう言い放ち、その取り巻きはニヤニヤと桐ヶ谷さんを見下すように笑っていた。
この人は何を言っているんだ。俺は全然迷惑してないし、試合練習はいつも俺から頼んでやってもらっていることだ。
「それは本人に聞いて確かめるので」
対して桐ヶ谷さんは強がってそう言い残し、この場から離れようとする。しかし、草加さんは桐ヶ谷さんの腕を掴み、引き止める。
「痛いっ!放して!」
「お前のそういうところがムカつくんだよ!年下で女のくせに生意気なところがよっ!」
流石に腹が立って、草加さんたちを睨むようにして見る。すると、取り巻きの1人が俺に気が付いて声をあげる。
「何見てんだよ橘、何か用か?」
普段の俺ならこういうことがあったら引き下がるに違いないが、今回はそうじゃなかった。
「いくらなんでもこれは酷いんじゃないんですか?」
「何だ、ヒーロー気取りか。メダルで変身して敵と戦う主人公に似ているからってよ」
どうしてあんなヒーロー気取りみたいなことを言ったのか俺にもよくわからなかった。
「確かにその主人公に似ているってよく言われますけど、そんなつもりはないです。ただ、あなたたちに言いたいことがあるだけです。桐ヶ谷さんがいつも俺と練習試合しているのは、俺から頼んでやってもらっているだけで、桐ヶ谷さんはそんなつもりでやっているわけじゃありませんよ。勝手に俺が迷惑しているとか決めつけないで下さい」
更に言い続ける。
「あと、そんなみっともないことは止めろって言いたいんです。男が複数がかりで年下の女の子1人をイジメて恥ずかしくないんですか?俺だったら桐ヶ谷さんに負けてもアンタ達と違って、絶対にそんなことしたくありませんけどね」
俺の言葉に草加さんたちは顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
「なんだとテメェっ!!そんな男よりも強い女なんて庇いやがって!ソイツはお前のことだって男のくせに弱い奴だって見下しているんだぜ!!」
「違う!あたしはそんなこと思って……」
「うっせーな!お前は黙ってろよ、男女!!俺たちよりも強いし、髪も短いから本当は女じゃなくて男なんじゃないのかっ!!」
草加さんは桐ヶ谷さんに罵声をあびせ、取り巻きたちは笑っている。これには今まで強がっていた桐ヶ谷さんも泣き出してしまう。
桐ヶ谷さんが涙を流している姿を見て、頭に血が上った俺は左手で拳を作って草加さん……いや、草加の顔をぶん殴った。
「ぐはっ!」
俺のパンチをまともに喰らった草加は地面に倒れる。
「桐ヶ谷さんに謝れ!!」
「コイツ……。やっちまえっ!!」
そこからは上級生たちと取っ組み合いのケンカになった。相手は上級生で俺よりも体も大きく、人数も複数いたため、俺は何度も殴られ、蹴られた。それでも俺は抵抗してパンチや蹴りを入れ、リーダー格の草加に馬乗りになって顔を何度も殴りつける。
桐ヶ谷さんは怖がって慌てふためいてしまい、止めることも誰かを呼ぶこともできないでいた。
「お前たち、何やっているんだ!今すぐ止めなさい!!」
ケンカは騒ぎを聞きつけた道場の先生が割って入ってくるまで続いた。すでにこのときには草加の取り巻きたちは口を切る、少し赤く腫れる程度の怪我だったが、俺と草加は顔と身体中を何か所も怪我をしている。
当然、これくらいの事態にもなったということで俺たちは保護者を呼ばれることになった。今までケンカとなっても
道場の先生が保護者たちに状況を説明する。俺の両親はもちろんのこと、相手の親たちもモンスターペアレントではなく、本人たちが謝ってこの問題は解決しようということになった。
しかし、俺は相手の親たちには謝ったが、本人たちには一切謝らなかった。
「俺は絶対にこの人たちには謝らない」
「龍哉、どうしてなんだ。先生の話を聞く限り、お前から殴ったらしいじゃないか。謝らないのはおかしいと思うぞ」
「そうよ。何か理由でもあるの?」
幼い頃から悪いことをしたら謝るものだと教えてきた両親はちゃんと謝るべきだと言ってきたが、俺は反抗する。
「別に…ただ、この人たちがムカつくからだよ。殴った理由も頭に来たからだよ」
俺は、桐ヶ谷さんがこの人たちにいじめられていたから、助けようとしてやったということは一切話さなかった。ここでそんなこと話しても言い訳にしか思わなかったからだ。それに頭に来て殴ったのは事実だし、これ以上、桐ヶ谷さんを巻き込みたくなかった。
俺の様子に両親は更に困惑したようだった。そんな中、道場に誰かが入ってきた。振り返るとそこにいたのは、学校の制服を着た俺の3つ年上の兄の《
「
更に少し遅れて
「龍哉、お前がケンカしたのってただムカついたからじゃないだろ。隠しても無駄だぞ。
「っ!?」
そのことに驚いていると
「実は俺の家、君たちがケンカしていたところの目の前にあるんだ。何か小学生ぐらいの子たちが騒いでいる声がして部屋の窓から外を見たら、君が女の子がイジメられているところを助けて、そのままケンカになったところを見たんだよ。道場の先生が来て治まったから大丈夫かなと思ったけど、やっぱり気になって君のお兄さんに連絡したら、この事態になっていることに気が付いて急いで来たんだ」
「えっと……君、もう少しその時のことを詳しく話してくれるかな?」
道場の先生にそう言われると
このような事情があったとはいえ、相手にケガをさせてしまったのはよくないと両親に多少怒られたが。
あの後、初めて道場に行くと桐ヶ谷さんが話しかけてきた。
「橘君、この前は助けてくれてありがとう」
「別にいいよ。何か俺がいつも桐ヶ谷さんに挑むせいで変な誤解させてしまったみたいだし」
「そんなこと気にしてないよ。あの時、橘君が助けてくれて本当に嬉しかったんだよ」
前より表情が少し明るくなった桐ヶ谷さんを見て一安心する。
すると、桐ヶ谷さんは何か言いたそうにする。
「ねえ、橘君。あたしのことは桐ヶ谷さんじゃなくてスグって呼んでもいいよ」
女子を渾名で呼ぶなんて今までなかったため戸惑っしまう。でも、何か断りにくいしなぁ……。
「わかった、そう呼ばせてもらうよ。だったら…スグも俺のこともリュウでいいよ」
「リュウって呼び捨てにするのは何か呼びにくいからリュウ君でいいかな?」
今まで同年代の女の子には橘君や龍哉君と呼ばれてきたため、リュウ君と呼ぶのは彼女が初めてだ。
「う、うん。それでもいいよ」
こうして俺たちはお互いのことをスグ、リュウ君と呼び合うことになった。
それから桐ヶ谷さん……スグとは関わることが今まで以上に多くなり、彼女の家にある道場に行って一緒に練習もするようになった。このことで友達にはよくからかわれたりもした。スグとはただの友達で付き合っているわけでもないのにどうしてこんなことになるんだか。
この日は4年生の2学期の終業式で学校は午前中だけだったということで、午後からスグが家に遊びに来てくれた。オセロなどをして遊んでいると
「あ、直葉ちゃん来てくれたんだな」
「お邪魔しています」
「そうだ。オススメのゲームがあるんだ、直葉ちゃんも一緒にどうだ?」
「え、えっと……」
「
「わかっているって。直葉ちゃん、ゴメンな」
「ゴメンね。ゲーム嫌いなのに
「謝らなくていいよ。いつも断ってばっかりでリュウ君のお兄さんには本当に悪いことしちゃっているみたいだから……。いつも思っていたけど、リュウ君のお兄さんってゲーム好きなんだね」
「うん。
「でも、そうやってお兄さんと仲がいいリュウ君が羨ましいかな。あたしにもお兄ちゃんがいるけど、今はそうじゃないんだ……」
スグには1つ上のお兄さんがいる。実際に俺もスグの家に行った時に一度だけ会ったことがある。しかし、彼は俺に軽くペコっと頭を下げただけでまともに顔を見たことも話したこともない。正直言うとスグのお兄さんの顔はあまり覚えていない。スグ自身もお兄さんのことはあまり話そうとはしていなかったため、俺もあまり聞かないでおいていたが。
「なあ、今はそうじゃないってことは、昔は違ったってこと?」
「うん。昔は仲が良かったんだ。よく一緒に遊んだりもしてね。お兄ちゃんも昔はあたしと一緒に剣道をやっていたんだよ。でも、1年くらい前から急にあたしやお母さんたちともあまり話さなくなってね。その頃に剣道も辞めちゃって、今ではネットゲームに夢中になっているの」
きっと、その頃に何かあってそんなことになったんだろう。
「お兄ちゃん、本当にどうしたんだろう……。もしかしてお兄ちゃん、あたしたちのこと嫌いになっちゃったのかな……」
「大丈夫。スグのお兄さんはスグたちのことは嫌いになっていないって。時間はかかるかもしれないけど、また昔みたいに仲がいい兄妹に戻れるよ、絶対に。だからお兄さんのことを信じてあげよう」
「……うん、そうだよね。ありがとう、リュウ君」
悲しそうな表情から明るい表情になったスグを見て、一安心する。俺にできるのはこれくらいしかない。あとはスグがお兄さんと仲直りできることを祈るしかないな。
初めの内はスグのことは仲がいい友達だと思っていた。でも、実はそうじゃないと気が付いたのは小学5年生の時、道場の近くの神社でお祭りに行った時だった。
当初はそれぞれ別の友達同士で行く予定だったが、家の都合や体調を崩したとかで友達が行けなくなり、急遽、俺はスグと2人きりで行くことになった。
「残念だったね、皆急に来れなくなって……」
「家の都合や体調を崩したとかだったら仕方がないよ。今日は俺たちだけでも楽しもう」
「うん、そうだね」
人ごみの中をスグと一緒に進む。そんな中、俺の後ろにいたスグが人波に流されそうになる。
「わわっ、待ってリュウ君」
俺はこれはマズイとスグの左手をギュッと掴む。
「こうすればはぐれなくて済むよ」
「あ、ありがとうリュウ君」
それからしばらくの間、はぐれないようにスグと手を繋いで人ごみの中を進んでいた。手を繋いでいるおかげではぐれないでいる。
「お二人さん、若いのにお熱いな」
俺たちに話しかけてきたのはヨーヨー釣りの屋台を営んでいるおじさんだった。
「手なんか繋いでデート中か?」
確かに俺たちがしているのはデートに見えてもおかしくない。でも、俺はスグと付き合っているわけじゃ……。そう考え、スグと手を繋いでいるのを見ると心臓がドキドキし始める。そしてスグと目が合うと俺たちは目をそらしてしまう。
「どうだ、ヨーヨー釣りでもやっていかないか?1人100円だけど、今なら2人で100円にまけてやるよ」
「どうする?やっていく?」
「う、うん。まけてくれるっていうからやろうよ……」
「じゃあ、お願いします」
「はいよ」
1人50円ずつ払ってヨーヨー釣りをすることになった。俺もスグもなんとか1個は取ることができ、この場を後にした。
お祭りの間、あのヨーヨー釣りの屋台を営んでいるおじさんが言ったことがどうしても頭から離れられなかった。今までこんなことでドキドキしたことはない。もしかしてこれが初恋なのかな……。
更に月日は流れ、俺は小学6年生になった。来年から俺は中学生になり、俺が行く中学には剣道部がある。そのため、ここの道場は小学校の卒業と共に辞めることにした。スグが行く中学にも剣道部があって、彼女も俺と同様に道場を辞めるらしい。
「リュウ君は中学でも剣道を続けることにしたんだね」
「うん。だから学校が別でも大会とかでスグと会えるかもしれないよ」
「そうだね。頑張ってね、リュウ君」
「ああ。スグも頑張って。いつかまた会おう」
こうして俺の小学生時代の剣道は終わり、それ以降彼女とは会うことはなかった。
ヤバい、これは完全に走馬灯だな。
いつかまた会う約束をしておいて、俺は
俺は落ちぶれて初恋相手の約束を破って、仲間も助けられなかったあげく人の命を奪おうとしたんだ。これは当然の報いなのだろう。
白い巨人が俺を攻撃しようとする。俺は覚悟を決め、目を閉じようとする。その時だった。
突如、白い巨人は攻撃を喰らって軽くよろける。それでもHPはあまり減っていないが…。
「何だ……?」
すると俺の目の前に3人のプレイヤーが降り立つ。土煙が舞っているせいで姿はよくわからない。
「手ごたえがあったはずなのに全然オレたちの攻撃が効いてねえぞ」
「見た目通り硬いってことか……」
「全体的に白いから白い巨人でもいいけど、硬いってなると鎧の巨人って言ってもいいな」
3人のプレイヤーの話し声がする。3人とも聞き覚えがある声だ。
「今は名前なんてどうでもいい。それに最初の白い巨人は、黒一色のお前にだけは言われたくないだろ」
「おい。『黒一色のお前』って、今俺のことディスっただろ?」
「まあまあ、落ち着けよ2人とも」
1人がくだらないことを言って、1人が辛口のコメントをし、1人が他の2人を宥めていた。
土煙が晴れると3人のプレイヤーの姿がハッキリ見える。黒髪に黒いロングコートに黒いズボンと全身が黒一色の装備に身を纏ったどちらかというと女顔寄りの顔をした少年、明るめの茶髪に赤いアクセントカラーの黒いロングコートを着た大人びた明るい茶髪の少年、赤いアクセントカラーの黒いジャケットを着た背が高めの黒髪の少年だ。
「キリさん、カイトさん、ザックさん……」
やっとリメイク版で、この作品のヒロインである直葉/リーファを出すことができました。
旧版とは異なり、リメイク版ではリュウ君は直葉/リーファとは小学生の頃から知り合いだということになっています。
あの直葉をいじめていた上級生のリーダー格の名前は草加雅人から取った名前です。そんな奴らもブチギレたリュウ君によって制裁されましたが。私の作品ではヒロインに手を出すとオリキャラが怖いというのは定番となってますので。ちなみに一番怖いのはリュウ君です。
そして直葉/リーファとの恋愛事情は今後の話で明らかになります。
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第20話 彼らは何のために戦うのか
俺の目の前に現れたのはキリさんとカイトさん、ザックさんの3人だった。
「キリさん、カイトさん、ザックさん……。どうしてここに……?」
「アルゴからお前がピンチだって連絡が来たんだよ。あとでアルゴに礼言っておけよ」
キリさんが俺の方に振り向いて笑顔で言う。
そういえば、俺が蘇生アイテムを手に入れるためにどんな手段も選ばなかったあの時もアルゴさんが俺を止めようとキリさんにお願いしたんだったな。
今回もあの時と同じくキリさんたちが助けに来てくれて凄く嬉しかった。でも、今回はそういうわけにはいかない。
「すいません……、今回は首を突っ込まないでくれませんか。これは俺自身の問題なんです。アイツを倒した後にアビスを殺すか、それともその前にここで俺が死ぬかなんです……」
強がって3人にそう言う。すると、3人の口が開く。
「リュウ、俺たちはアビスのことでお前に何があったのか知らない。ただ、あの時と同じようにお前を助けたい。そのためにここに来たんだよ」
「1人で何か危険なことに首を突っ込むくらいなら、少しは俺たちを頼れ」
「リュウ、前にオレにこう言っただろ。『プレイヤーは助け合い』だってな」
そして、ザックさんは俺に手を差し伸べてきて、カイトさんは回復ポーションを、キリさんは《ドラゴナイト・レガシー》を渡してくる。
俺はザックさんが差し伸べてきた手を掴み、カイトさんが渡してきたポーションで体力を回復させ、最後にキリさんから《ドラゴナイト・レガシー》を受け取る。
「ありがとうございます……」
「気にするなって。俺たち仲間だろ」
「そうだぜ」
キリさんとザックさんは微笑んでそう言う。微笑んでいる2人を見て俺も自然と笑みがこぼれた。俺には頼れる仲間や共に戦ってくれる仲間がいる。俺は1人じゃないんだ。
そう考えているとカイトさんの声がする。
「盛り上がっている中悪いが、今はアイツをなんとかしないといけないだろ」
カイトさんが視線を向けた先には白い巨人がいた。奴は今すぐにも俺たちを倒そうとゆっくり近づいてくる。
そうだ、今はあの白い巨人をなんとかしないといけない。
「アイツ、全身の皮膚が鎧みたいに硬くて全然攻撃がほとんど効かなくて……。ここの巨人はうなじ辺りが弱点ですが、そこを突くのも簡単じゃないです。俺たち4人だけで戦うのは最前線のフロアボスと戦う並に厳しいかと……」
「確かに見る限り、アイツ強そうだよな。オレたちの攻撃だってまともに喰らったはずなのにあまりダメージ受けてなかったぞ」
「だが、全身を覆うタイプの鎧でも構造上、鉄で覆えない部分がある。そこを重点的に攻撃すれば勝機はある筈だ」
「そしてどんなに強くても腕と脚は2本、目は2つ。鎧のつなぎ目を狙うぞ!」
俺、ザックさん、カイトさん、キリさんの順に言う。
その間にも白い巨人は俺たちに拳を振り下ろして来る。俺たちはバラバラになって回避。キリさんが白い巨人の注意を引き、その隙に俺とザックさんは左足の鎧の継ぎ目……岩みたいな硬い皮膚に覆われていない部分を攻撃する。
攻撃は効いており、HPゲージも先ほどよりも大きく削り取ることができている。
更にカイトさんがジャンプして白い巨人に攻撃を放とうとする。だが、白い巨人もこのままやられるわけにはいかなく、カイトさんを左手で捕まえ、握りつぶす。
「ぐわぁっ!」
「「「カイト(さん)!!」」」
カイトさんが握りつぶされてしまったと思った時だった。白い巨人の左手がバラバラにされ、赤いエフェクトとバラバラになった左手がポリゴンとなったものが飛び散る。その中からカイトさんが出て来る。
「そんなもので俺を殺せるつもりかっ!」
流石カイトさんだ。あんな状態から抜け出してダメージを与えることができるなんて。これで奴の左手は使い物にならなくなった。
白い巨人は左手をバラバラに刻まれたことで、悲痛な声をあげる。その隙に全員で硬直時間の短いソードスキルを全体の弱点に叩き込む。
1本のHPゲージを削り取るとともに、フィールドを徘徊している普通の巨人型モンスターが2体出現する。すぐにソイツらを倒すが、数分後には新たな巨人が出現する。
「HPゲージが減ると、取り巻きのモンスターが出てきてボスを倒すまでずっとリポップする仕組みかよ……」
そう嘆いた直後、キリさんの声が届いた。
「俺が取り巻きの巨人たちの相手をする!皆はその間に白い巨人を攻撃してくれ!」
「頼むぞキリト!ザック、リュウ!俺たちは集中攻撃で奴の右足から部位欠損させるぞっ!!」
「「はいっ!(ああっ!)」」
カイトさんの声に俺とザックさんは叫んで返事する。
「今だっ!!いくぞっ!!」
カイトさんの合図と共に俺たちは地面を蹴って駆け出した。
一番先頭にいたカイトさんが白い巨人の岩みたいな皮膚に覆われていない右足のひざの裏に目がけ、刀スキル5連撃《鷲羽》による斬撃を与える。
「スイッチっ!」
そしてカイトさんと入れ替わり、ザックさんが前に出る。槍スキル5連撃《ダンシング・スピア》を先ほどカイトさんが攻撃したところに放つ。
「スイッチっ!」
更にザックさんと入れ替わり、今度は俺が前に出る。片手剣スキルの《デッドリー・シンズ》をザックさんと同様にカイトさんが攻撃したところに放つ。計17連撃のソードスキルによる攻撃で、白い巨人の右足は膝から下の部分が完全に消滅した。
体勢を崩す白い巨人。俺たち3人はまだ攻撃を止めようとしない。硬直が解けると共に右手と左足の弱点部分を攻撃していく。
左手と右足を失い、右手と左足に大ダメージを負っている。これで白い巨人の動きを大方封じ込めたに等しい。
これで左足も部位欠損させてやれば、完全に動きを封じてあとは巨人型モンスターの弱点のうなじ部分にソードスキルを集中させて倒せる。そう思った時だった。
何故か、カイトさんがバラバラにした左手で拳を振るってきた。カイトさんとザックさんは避けられたが、俺は避けきれず、攻撃を少し受けてしまう。
「ぐはっ!」
殴られた衝撃に地面に転がる。少し攻撃を受けただけなのにHPは4割近くも失ってしまった。
「リュウ、大丈夫かっ!?」
「大丈夫ですっ!」
ザックさんに叫んで答えた途端、あるものが目に入った。それは先ほどカイトさんがバラバラにした左手が完全に元通りになっている。更に右足も傷口から蒸気みたいなものが上がって徐々に右足を再生させていく。
今まで相手してきたモンスターは部位欠損してもまた元通りに戻ることはなかった。だけど、コイツはバラバラにされた左手を回復させた。
「コイツ、部位欠損したところを回復させれるのかっ!?」
「上等だぁっ!」
ザックさんとカイトさんも白い巨人の部位欠損の回復に怯むことなく、立ち向かう。
2人の息の合った連係で白い巨人の硬い皮膚に覆われていないところを攻撃していく。HPも着実に減らしていっている。
だが、右足も完全に回復し体勢を立て直すと、カイトさんとザックさんに蹴りを入れてきた。
「ぐっ!!」
「ぐわっ!!」
「カイトさん!ザックさん!」
2人のHPは一気に大幅に減らされる。特にザックさんの方は先ほどまでのダメージも蓄積されてレッドゾーンへと突入している。
倒れている2人に更に左手で作った拳を振り下ろそうとする。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
片手剣スキル《シャープネイル》を発動させ、攻撃を弾く。
白い巨人は少しよろけた程度だが、俺は体勢を崩してしまい、地面に倒れる。これで奴のHPゲージは残り1本となった。
だけど、この状況はこの展開かなりはまずいぞ。俺とザックさんはすでにHPがレッドゾーンに到達して、カイトさんは俺たちほどじゃないが半分くらいしかHPが残ってない。
今は比較的1番HPに余裕があるカイトさんが攻撃を食い止めている。このままじゃ、カイトさんのHPもレッドゾーンに到達するのも時間の問題だ。
そこへキリさんが前に出てきた。
「キリさんっ!?」
「取り巻きの巨人たちは同時に倒したから数分は出てこない!俺がアイツの攻撃を食い止めている間にお前たちは回復してくれ!!」
「食い止めるって、いくらキリさんでも俺たちが回復するまで1人は無茶ですよっ!!」
「大丈夫だ!!」
俺にそう言い、キリさんはメニューウインドウを開いて何かを操作する。それを完了させると白い巨人に向かって走り出す。
「カイト、スイッチっ!!」
カイトさんと入れ替わり、キリさんが前に出る。
それと同時にキリさんの背中にもう1本の剣が鞘に収まった状態で出現する。あの剣はリズさんに作って貰ったと言っていた青白い片手剣《ダークリパルサー》。キリさんはそれを左手で抜き取る。
そして、2本の剣で白い巨人が振り下ろしてきた拳を弾く。
白い巨人はそれでも怯むことなく、もう1度振り下ろして来る。
キリさんはそれを今度は2本の剣を交差して攻撃を受け止め、2本の剣が光りを纏って攻撃を弾く。
右手に黒い片手剣《エリュシデータ》、更に左手には青白い片手剣《ダークリパルサー》を持った状態でソードスキルを発動させたキリさん。その姿を見て、俺とカイトさん、ザックさんは驚く。
「に、二刀流……?」
SAOには二刀流のスキルなんて存在しない。でも、今キリさんは
「《スターバースト・ストリーム》」
キリさんがそう呟くと、絶叫しながら青白い光りを纏った左右の剣を連続で白い巨人に叩きこんで行く。
その間にも新たに出現した2体の巨人はキリさんを狙おうとする。だが、彼はソードスキルを発動させていて、奴らから避けることができない。
その2体の巨人はそれぞれ攻撃を喰らってよろける。
「お前たちの相手は俺たちだっ!!」
「こっちだっ!!来いっ!!」
体力を回復させたカイトさんとザックさんが1体ずつ巨人を迎え撃つ。
キリさんが放った《スターバースト・ストリーム》という未知のソードスキルによる攻撃を受けた白い巨人は、HPを3分の2近くも削り取られる。
すると、キリさんが俺に向かって叫ぶ。
「リュウ!トドメはお前がさしてくれ!このソードスキルを使ったら硬直時間が長いんだっ!カイトとザックが手が離せない中、トドメを刺せるのはリュウしかできないんだっ!!」
奴の弱点はうなじ部分。そこを攻撃出来れば、一気に勝負を決められる。だけど、空を飛ぶ手段のないこのゲームで、高所にあるうなじを攻撃するのはかなり難しい。赤い目の巨人や他の巨人は腕や足を部位欠損させ、体勢を崩すことでうなじを攻撃できた。白い巨人の場合、他の巨人より圧倒的に部位欠損の回復スピードが速いため、そこを狙えるのは恐らくこれがラストチャンスだろう。
もしも少しでも外れたりしたら……。
あの時も俺は自分の不注意で赤い目の巨人に捕まって、それを助けようとしたファーランさんとミラは死んでしまった。このことを考えて不安になってしまう。これで失敗したらまた同じことになる可能性もある。
戸惑っている中、3人の叫びが俺の耳に入ってきた。
「リュウ、お前には俺たちが付いているから大丈夫だ!!」
「さっきも言っただろ!俺たちを頼れってな!もう忘れたのか!!」
「俺たちを、自分の力を信じろ!!」
ザックさん、カイトさん、キリさんの順で叫ぶ。3人の声が耳に入ってくる。
ここで決めるしかない。仲間を守るためにも。
《ドラグエッジ》を強く握りしめ、地面を蹴り、白い巨人に向かって疾走する。疾走スキルを使って白い巨人の攻撃を軽々と避け、ウォールランで一気に壁を上って行く。白い巨人が俺を捕まえようと右手を伸ばしてきたが、片手剣スキル《ソニックリープ》で指を斬り落とす。そして、奴の右腕に着地すると、右腕を駆け上ってうなじへと接近する。
カイトさんとザックさんもそれぞれ刀と槍のソードスキルを使い、自分が相手していた巨人を倒す。
コイツらにとって俺たちプレイヤーは小さな虫けらにしか見えないかもしれない。だけど、その虫けらにも巨大な敵に立ち向かうだけの強大な力があるってことを忘れないことだな。
片手剣スキルを完全習得した俺はあのソードスキルを使う。片手剣最上位スキル《ノヴァ・アセンション》。《ドラグエッジ》の刃に青い光りが纏う。
「ウォォォォォッ!!」
渾身の10連撃を白い巨人のうなじに叩き込む。HPはあまり減ってないが、7連撃目を与えた時には白い岩みたいな皮膚は砕け散り、鎧に覆われていないところと同じ皮膚が剥き出しとなる。そこへ残りの3連撃が叩き込まれると、先ほどより多くHPを削り取っていく。
「「「行けえええええええええぇぇぇぇぇっ!!」」」
「セイヤァァァァァァァァッ!!」
そして、最後の一撃が振り下ろされ、残りのHPを全て削り取った。白い巨人は断末魔を上げ、ポリゴン片となって消滅する。
俺は奴がいたところへと着地する。それから数分間、俺たちは沈黙したままこの場に立ち尽くしていた。
白い巨人を倒した俺たちは、第45層の主街区と《巨大樹の森》の間にある巨人から街を守るように形成されている高さ20メートル近くにもなる石造りの壁の上にいた。壁の上には関所の近くにある階段で上れるようになっており、そこからの絶景は中々のものとなっている。
そこで、キリさんたちにアビスのことを大方説明する。
「そうか。リュウの仲間が死んだのはアビスが関わっていたのか。オレたちの時もそうだったが、アイツらにとって人の命を奪うことはゲームや暇つぶしみたいなものなんだな。改めてそれを思い知ったぜ……」
「俺とザックは仲間を殺した奴らはとは一応決着を付けたが、お前はアイツとの決着はまだ付いていないってことか。まあ、俺たちもこれで決着を付けたかハッキリとは言えないが……」
俺とは違う方法だが、ラフコフに仲間を殺されたカイトさんとザックさんがそう言う。俺たちは仲間を殺したずっとアイツらのことを許すつもりはないだろう。こんなことを考えているとキリさんが話しかけてきた。
「なあ、リュウ」
「どうしたんですか?」
「リュウはアビスとまた何処かで会った場合はどうする気なんだ?牢獄に送るのか、それとも……」
キリさんは最後まで言うことができなかった。しかし、最後になんて言おうとしていたのかはわかる。
「あ、悪い。これは聞くとヤバかったな。実は俺もそのことで悩んでいるんだ……。ソニーは投獄させたが、PoHとはまだ決着が付いてないからな……。正直俺にもその答えはわからなくて……」
「俺もキリさんと同じくその答えはわからないです……。それにこんなことはあまり考えたくないですね……」
少し間を置き、言葉を紡ぐ。
「でも、アビスやPoHが好き勝手しないようにするためにも、この世界を早く終わらせたいっていうのはハッキリわかります。ファーランさんとミラ、そして
すると、キリさん、カイトさん、ザックさんの口が開く。
「そうだったな。俺たちが攻略組として戦っているのはゲームクリアのためだったよな」
「ああ。でないと死んだアイツらに申し訳ないからな」
「下の層にいるオトヤやリズ、多くのプレイヤーたちのためにもオレたちが頑張らないと……」
3人が言い終えたところで、俺たちは黙って壁の上からの絶景を眺めていた。
そんな中、俺はあることを思い出す。
「ところでキリさん、あの2本の剣で戦っていたスキルは何なんですか?」
「言わなきゃダメか?」
「そりゃそうですよ」
俺だけでなく、カイトさんとザックさんも知りたいという顔をしてキリさんが言葉を待っている。
「エクストラスキル《二刀流》だ。だけど、出現条件は分からない。1年ほど前にスキルウィンドウを開いたら《二刀流》のスキルがあったんだよ……」
「そんなエクストラスキルは聞いたことねえし、情報屋の情報にも載ってないからそれは《ユニークスキル》じゃないのか?」
ザックさんが言った《ユニークスキル》という単語に俺たちは驚きを隠せなかった。
エクストラスキルは出現条件があり、それを満たすことで出現するスキルのことだ。例えば、カイトさんやクラインさんが使う刀のスキルは曲刀のスキルを上げることが出現する仕組みとなっている。このようにエクストラスキルは複数のプレイヤーが習得できる。
一方でユニークスキルは、習得できるのは1人だけしかいない。《血盟騎士団》のヒースクリフ団長が持つ《神聖剣》もその1つだ。キリさんと同じ片手剣使いの俺が片手剣スキルを完全習得したのに関わらず、出現しないとなれば《二刀流》もユニークスキルに含まれていてもおかしくない。
キリさんは恐らく、他のプレイヤーたちにこのスキルの存在を知られ、妬まれるのが嫌で今まで隠してきたんだろう。前に
そんな中、カイトさんが口を開いた。
「キリト。お前がそのスキルを公前で使いたくない気持ちはわかる。だが、それがいずれ今回のように必要となるときは間違いなくやって来る。それはお前も分かってるだろ」
「それに何かあった時はオレたちがフォローしてやるから安心してくれ」
「もしかすると、キリさんと同じようにユニークスキルを隠し持っている人がいるかもしれませんし、これからユニークスキルが出現するっていう人もいてもおかしくないですよ」
「…ああ、そうだな!」
アインクラッドも現在最前線である第74層も入れて残りは26層。残りは4分の1ほどであるが、上の階に行くほどモンスターも強力になって戦いも激しさを増していく。でも、この世界を早く終わらせるためにも俺たちの戦いはまだまだ続くことになるだろう。その中で俺たちは何のために戦うのか、今回の一件を通し、改めて考えることができた。
色々と詰め込みましたが、リュウ君、キリト、カイト、ザックの4人と白い巨人との戦闘、そしてキリトの二刀流の披露という第74層のフロアボス戦の前日談でした。
実はオリキャラのオトヤや攻略組プレイヤーであるアスナも戦闘に参加させたかったのですが、攻略組ではないオトヤにはこの場は危険過ぎる、アスナにはここでキリトの二刀流を見せるわけにはいかないという理由で登場させませんでした。そして、ヒロインたちにリュウ君の戦闘描写を見せれなかったのが残念です(涙)
ちなみにリュウ君たちが連続でスイッチを繰り返して攻撃するところはオーディナルスケールの連続スイッチのシーンを見て思いつきました。
キリトが二刀流を使ったのは、いくらこの4人でもあの白い巨人を倒すのは難しい、リュウ君たちが危ないと判断したためです。普通ならここでオリキャラがユニークスキルやエクストラスキルを使用するということになりますが、リュウ君にはあえてそれらは持たせず使わせませんでした。このことに関してはフェアリィ・ダンス編やゲーム版で取り上げたいと思います。
次回もよろしくお願いします。
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第21話 聖騎士ヒースクリフ
2024年10月19日 第50層・アルゲート
エギルさんの店の2階の部屋に入ると、この店の店主のエギルさんと不機嫌そうにしてイスに座っているキリさんがいた。
先ほど近くの店で買ってきたものが入っている1つの茶色い紙袋をキリさんに渡す。
「キリさん、頼まれたやつ買ってきましたよ」
「ありがとな。早くこの状況がなんとかなって欲しいもんだよ」
「今朝、新聞見ましたよ。本当に昨日は大変だったみたいですね……。これ食べて少し機嫌直してくださいよ。あ、1つもらいますから」
「ああ」
紙袋の中に入っているのは、さっきすぐ近くの店から買ってきた10個の肉まん。買ってきたばかりということもあって肉まんはまだ温かい。
イスに腰掛けると紙袋の中から1つの肉まんを取り出し、口に運ぶ。向かい側に座るキリさんは肉まんにガツガツと喰らい付き、完全にやけ食い状態となっている。
肉まんを食べているとこの店の店主であるエギルさんが入ってきて、空いているイスへと腰掛ける。そして、テーブルの上に置かれている新聞を見る。
「軍の大部隊を全滅させた青い悪魔。それを撃破した二刀流使いの50連撃。こりゃずいぶん大きく出たもんだな」
新聞に書かれている内容を見てエギルさんは笑いながら言う。
「尾ひれがつくにもほどがある。その所為で朝から剣士やら情報屋に押しかけられて寝ぐらにもいられなくなったんだからな」
「それはアンタの自業自得なんじゃないの? あたし達だけの秘密だって言ったのをバラしちゃったんだからね。この前だってリュウたちにもバラしちゃったんでしょ」
エギルさんの店に仕入の品を取りに来ていたリズさんが小馬鹿にしているかのようにニヤニヤしてキリさんに向かってそう言う。
二刀流のことを知っていたのは俺とカイトさん、ザックさんの3人だけかなと思っていたが、リズさんも知っていたみたいだった。リズさんの話によると、キリさんが《ダークリパルサー》を作って貰った際にリズさんの前で二刀流を披露した時に知ったらしい。
そして今回ここまで大事になったのは、昨日の第74層のフロアボス《グリームアイズ》と戦ったときに、アスナさんやクラインさん率いる《風林火山》、そして《アインクラッド解放軍》と大勢のプレイヤーの前で披露したのが原因らしい。いつかキリさんの二刀流が絶対に必要になると思っていたが、俺の前で披露してから数日後にこうなるとは思ってもいなかった。二刀流を使わざるを得ない状況だったんだろう。
するとドアの向こう側からドタバタと誰かが走ってくる音が聞こえ、勢いよくドアが開けられる。ドアから入ってきたのはアスナさんだった。アスナさんは急いでいたらしく、息を切らしている。
「どうしよう、キリト君。大変なことになっちゃた!」
2024年10月20日 第75層・コリニア
「まさかこんなことになるなんて正直驚いたよ」
「僕もだよ。それにしてもいっぱい人がいるなぁ」
「まあ、今日ここで行われるのはかなり凄いことだからな」
オトヤとピナを連れたシリカと一緒にやって来たのは2日前に開通された第75層の主街区《コリニア》。古代ローマ風の構造となっている街で、転移門前にはコロシアムがある。すでに攻略組プレイヤーや商人プレイヤー、中層プレイヤーと大勢のプレイヤーが集まっており、コロシアムの周辺は活気に包まれている。コロシアムの入口付近には露店が並んでおり、完全にお祭り状態だ。こんな状態となっているのを見るのはかなり久しぶりな気がする。確か中学に入学した頃に行った花見の時以来だったかな。
どうしてこんなことになっているのかというと、今日このコロシアムで行われるのはキリさんとヒースクリフ団長のデュエルが行われるからだ。キリさんの話によると、アスナさんのギルドの一時脱退をかけて2人は戦うことになったらしい。キリさんが勝つとアスナさんのギルドの一時脱退を承諾する。しかし、ヒースクリフ団長が勝つとキリさんが《血盟騎士団》に入るという条件付きである。
《血盟騎士団》で副団長を務めているアスナさんの一時脱退は攻略に大きな影響を与えることになる。そして、ユニークスキル持ちのキリさんを加えることで《血盟騎士団》の戦力は更に上がる。こうなってしまっても仕方がないだろう。
ちなみに俺とカイトさん、ザックさんも前にヒースクリフ団長に勧誘されたことがある。俺はギルドに所属していないソロプレイヤーだし、カイトさんとザックさんは《ナイツオブバロン》というギルドを結成したが今はコンビとして活動しているから、他のギルドに入る前に俺たちを引き入れたかったんだろう。でも、俺は親しい人たちとパーティーを組んで攻略をする方が好きだから、カイトさんとザックさんはギルドに入らないでしばらくはコンビで活動するつもりだと言って断ったが。
露店で飲食するものを買い、コロシアムに入る。今朝、ザックさんから送られてきたチケットを見ながら席を探していると、前の方から俺たちを呼ぶ声がする。
「おーい!リュウ、オトヤ、シリカ、こっちだぜ!!」
手を振って俺たちを呼んでいるのはザックさんだった。彼の元に行くとカイトさんやリズさん、クラインさんにエギルさんもいた。
「俺たちが最後みたいですね」
「オレたちも今席に座ったところだから気にしなくていいぞ」
ザックさんが笑って答える。そして俺たちはザックさんの隣の席へと座る。
「この勝負ってどっちが勝つんでしょうか?」
俺の左隣にいるオトヤを挟んで座っているシリカからこんな質問が来た。それに真っ先に答えたのはクラインさんだった。
「やっぱキリトだろ。一昨日の第74層のフロアボスを倒したんだからよ」
「その前は白い巨人に大ダメージを与えてたからなぁ。ヒースクリフの盾もなんとかできそうな気がするぜ」
「あたしもキリトかな。あたしが作った剣でヒースクリフを倒したってことになると知名度もアップして売り上げも向上するでしょ。だからキリトには絶対に勝ってもらわないと!」
クラインさんに続いてザックさんとリズさんも答える。3人ともキリさんが勝つと思っているみたいだ。
「ところでリュウとカイトもキリトの二刀流は見たんだろ。お前たちはどっちなんだ?」
エギルさんに言われてまず先に俺が答えた。
「俺もキリさんに勝って欲しいですけど、正直言うとどっちが勝つかわからないですね。キリさんの二刀流も凄かったけど、ヒースクリフ団長のユニークスキルはまだ謎が多いですから……」
「なるほどな」
「俺はヒースクリフだな」
皆がキリさんが勝つとか勝って欲しいという中、カイトさんだけはヒースクリフ団長が勝つと断言した。
「何言ってんだよカイト。キリトが勝つ空気になっている中、オメーだけヒースクリフが勝つなんて言ってよ」
「クラインの言う通りだぜ。カイトはキリトに勝ってもらいたくないのか?」
クラインさんとザックさんにそう言われ、カイトさんは反論する。
「俺だってそう思っている。アインクラッド最強のプレイヤーの称号を持っているヒースクリフが負けるところが見たいからな。だが、ヒースクリフが今までどんなに強力なボスを相手にしてもHPバーをイエローまで落としたところを見たことあるか?キリトだって第74層のフロアボス戦の時はHPがなくなる寸前までいったくらいだからな」
確かにカイトさんの言う通りだ。ヒースクリフ団長のHPバーがイエローゾーンまで落としたところは見た記憶がない。どんなに強力なモンスターを相手にしてもだ。
そんな彼が持つユニークスキルは攻防自在の剣技《神聖剣》。攻撃力も高いが、特に防御力が圧倒的なものだ。あの無敵っぷりはゲームバランスを超えていると言ってもいいだろう。
この間にもキリさんとヒースクリフ団長がそれぞれ控室からコロシアムの中央に歩いて出てきた。2人が出てきた途端、コロシアム中は一気に盛り上がった。
「頼んだぜ、キリト!ヒースクリフの盾なんてお前の二刀流で真っ二つにしてやれ!オレはお前にかなりのコル賭けているんだからなぁ!!」
何か凄く気合が入っているクラインさん。そういえば、露店で飲食物を買いに行った時に、キリさんとヒースクリフ団長のどっちが勝つか賭けで商売している《血盟騎士団》の人がいたな。クラインさんはキリさんにかなりのコルをかけているんだろう。この勝負はある意味キリさんとアスナさんだけでなく、クラインさんの未来にも関わっているな。これでキリさんが負けたらどうなることやら……。
こんなことを考えている間にもデュエルのカウントダウンが始まる。勝負の内容は定番の《初撃決着モード》だ。さっきまで歓声に包まれていたコロシアムは一気に静まり返る。キリさんは背中の鞘から2本の片手剣、ヒースクリフ団長は十字の盾の裏から1本の長剣を抜いて構える。
カウントダウンが0になり、デュエルが始まった。
先に攻撃を仕掛けたのはキリさんだった。2本の剣による攻撃を何回も叩き込む。対してヒースクリフ団長はそれを全て十字の盾で軽々と防ぎ、長剣で反撃してくる。キリさんはそれを2本の剣で防ぎ、続けて来る長剣による攻撃を防ごうとする。
しかし、攻撃してきたのは長剣ではなく、十字の盾だった。あの盾にも攻撃判定があるらしい。2本の剣を使うキリさんとは別に1本の剣と盾を使う二刀流と言ってもいいだろう。これがユニークスキル《神聖剣》の力か。
2人の戦いは激しさを増していく一方だ。火花が激しく散る。
「何か、すでに僕には付いていけないレベルになっているんだけど……」
「攻略組同士の戦いってだけでも凄いのに、キリトさんたちが戦いはあたしたちからしたら次元が違うものだよ」
「いったいどうなっているのよ。ザック、わかる?」
「オレだって2人の戦いに付いていくのがやっとのところだぜ」
攻略組ではないオトヤとシリカ、リズさんの3人はすでに置いてけぼりの状態となっている。俺とクラインさん、エギルさんはザックさんと同様に2人の戦いに付いていくのがやっとのところだ。カイトさんはこの中で唯一、完全に付いていけているみたいだ。
互角の戦いを繰り広げていた2人だったが、キリさんが少しずつヒースクリフ団長を追い詰めていく。一気に勝負を決めようと白い巨人に大ダメージを与え、第74層のフロアボス《グリーム・アイズ》を倒した二刀流スキルの《スターバースト・ストリーム》を発動させる。
いくらヒースクリフ団長でもこの攻撃は防ぎきれないだろう。ついに盾で防ぎきれなくなり、最後の一撃が襲い掛かろうとする。これでこの戦いはキリさんの勝ちだと思った時だった。
「っ!?」
突如、時間が一瞬だけ止まったような気がする。
何が起こったのかと把握しようとしていたところ、ヒースクリフ団長は盾でキリさんの最後の攻撃を防ぐ。そして長剣でキリさんを突いた。
このデュエルに勝ったのはヒースクリフ団長だった。
周りが歓声に包まれる中、俺はさっきのことが気になって仕方がなかった。あれはいったい何だったんだ。もしかしてあれは《神聖剣》の力の1つなのか。
「オレ様のコルがぁぁぁぁっ!!どうしてくれんだよ、キリトぉぉぉぉぉっ!!」
考え事をしている中、聞こえてきたのはクラインさんの叫びだった。確かキリさんに賭けていたんだったな。でも、キリさんが負けたことで賭けたコルが全て失ってしまうという結果に。クラインさんはいったいどれだけキリさんに賭けたんだろう。
「調子に乗ってかなりの額を賭けたからこうなったのよ」
終いにはリズさんからはキツイことを言われる。
「まあまあ」
「晩飯オレが奢ってやるからよ。だから元気出せってクライン」
「その内、他にいいことありますって」
「そうですよ、クラインさん」
ザックさん、エギルさん、オトヤ、シリカの4人は落ち込んでいるクラインさんを慰める。
俺は苦笑いを浮かべてこの状況を黙って見ていた。本当にご愁傷様、クラインさん。
ふと隣を見るとカイトさんは黙って何か考え事をしていた。いつものカイトさんならここでクラインさんに「自業自得だ」とかキツイことを言うのに。もしかしてカイトさんも……。
「あの、カイトさん」
「何だ?」
「もしかしてカイトさんもあの時……キリさんの最後の攻撃を防いだ時に何か違和感があったんですか?」
「ああ。あの勝負は間違いなくキリトが勝っていた。だが、ヒースクリフはあり得ないほどの速さでキリトの攻撃を防いだ。いくら《神聖剣》の力があるとはいえ、あれは異常過ぎる」
そう言いながらカイトさんの視線の先にはヒースクリフ団長の姿がいた。
《血盟騎士団》の団長を務めている最強のプレイヤー《ヒースクリフ》。あの人はいったい何者なんだ。そして、あの力はいったい……。この世界にいる全プレイヤーは彼のことは知っている。しかし、彼には謎も多い。
《ヒースクリフ》というプレイヤーは何者なのか、キリさんとの戦いの時に見せたあの力は何だったのかを近いうちに知ることになるとは、このときは誰も知らなかった。
グリームアイズ戦はリュウ君たちオリキャラ陣も参戦する予定でしたが、いても原作と異なってリュウ君たちがいたことくらいしか変わりがないため、参戦してないということにしました。そのため、リュウ君たちには前回の白い巨人との戦いでキリトが二刀流を披露させました。
キリトだけでなくリュウ君とカイトもヒースクリフのあの異常な速度に何か違和感を覚えるということに。
次回はキリアス夫婦の結婚に関する話になります。リメイク版では久しぶりの平和な話になるような。
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第22話 結婚祝いとアスナの想い
キリさんとヒースクリフ団長のデュエルが行われてから数日が経過した。
ヒースクリフ団長に負けたキリさんは《血盟騎士団》に入団することに。しかし、入団早々にアスナさんの護衛を務めていたクラディールというプレイヤー絡みで何かトラブルに巻き込まれてしまったらしい。この一件からキリさんとアスナさんは《血盟騎士団》を一時退団することになった。
そしてここからが本題である。実はキリさんとアスナさんが結婚したのだ。
アスナさんがキリさんに想いを寄せていること、キリさんもアスナさんを意識するようになっていったことは知っていたから2人は将来的にくっ付くだろうなと予測していた。しかし、付き合うことを通り越して結婚したことを知った時は俺や他の皆は驚きを隠せなかった。
こんなこともあったが、皆と話し合って2人の結婚パーティーをすることとなった。パーティーに来るのは俺の他にカイトさんとザックさん、クラインさんにエギルさん、リズさんとシリカとオトヤ、アルゴさん、黒猫団の皆だ。ただ、クラインさんがヤケを起こさないかどうかちょっと心配だが……。
更に数日が経過した。
「あとは他の皆は準備OKみたいです。あとは俺たちだけですね」
「そうだな。例のものもできているみたいだしな。受け取って早く戻ろうぜ」
俺とザックさんがやって来たのは1軒の洋服屋だった。店のドアを開けて中に入ると1人のプレイヤーが迎えてくれた。
「いらっしゃい、2人とも。頼まれたものはできているわよ」
そう言ってきたのはこの店の店主《アシュレイ》さんだ。彼女はSAOで一番早く《裁縫スキル》を完全習得したカリスマお針子と呼ばれている。
俺が今羽織っているフード付きマントは、前にアスナさんの紹介でアシュレイさんに元々愛用していたものをバージョンアップしてもらったものだ。ザックさんやカイトさん……《ナイツオブバロン》が戦闘の時に着ている服もアシュレイさんが作ってもらったものである。何でもギルドを結成した頃にアシュレイさんを助けたのが縁で作ってもらったらしい。
だけど、服を作ってもらうには最高級のレア生地素材を持参しないと作ってもらえない。そして料金もそれなりにする。実際に俺やザックさんたちも最高級のレア生地素材を持参し、高い料金を支払って今着ているものを作ってもらった。もちろん今回もだ。料金は皆で出し合ったからよかったが。それでも厳しい条件がありながらもアシュレイさんに頼むのは、彼女が作ったものの性能がかなりいいからだ。
「それにしてもアスナがあの《黒の剣士》と結婚とはね。聞いたときは驚いたわよ」
「驚いたのは俺たちもですよ。それに女性プレイヤーが少ないSAOでカップルになるだけでも珍しい中、結婚までに至るのは更に珍しいですからね」
SAOにおける結婚システムはかなりリスクもある。結婚状態になると互いのステータスをいつでも自由に見ることができ、アイテムストレージが共有化されるという生命線を共有化すると言ってもいいものだ。キリさんとアスナさんのように長い付き合いでお互いのことを信頼しているからこそできることだと言ってもいいだろう。
「あなた達2人にはそういう相手はいないの?」
「いませんよ。俺はそういうのには縁はありませんから」
「…………」
俺がキッパリといないことを言う中、ザックさんは黙り込んでいた。すると、アシュレイさんはザックさんを茶化すように話しかける。
「あら、ザックは何も言わないってことはそういう相手がいるっていうことでいいのかしら?」
「な、何言っているんだよ!オレもいないに決まっているだろ!!」
顔を赤くして必死に否定するザックさん。彼のことだからリズさんのことを考えていたに違いない。
こんなやり取りも終え、アシュレイさんの店をあとにした。
「準備はこれで全て完了しましたからあとは今回の主役が来るだけですね」
キリさんとアスナさんの結婚パーティーを行うのは黒猫団のギルドホームだ。すでに部屋は飾りつけされていて、テーブルには料理も盛り付けられている。
最終確認をしていると玄関のドアがノックされる音がする。サチさんがドアを開けた先にいたのは私服姿のキリさんとアスナさんだった。
「2人ともいらっしゃい」
「皆集合か。急にどうしたんだよ?」
「とりあえず今は向こうの部屋でこれに着替えて下さい」
「アスナはこっちよ」
俺はキリさんに、リズさんはアスナさんにアシュレイさんに作ってもらった衣装を渡し、それぞれ別の部屋へと連れて行く。
キリさんとアスナさんが戻ってくると皆から歓声が上がった。2人に着てもらったのは白いタキシードに白いウエディングドレス……要するに結婚衣装だ。
「アスナさーん、綺麗ですよ!」
「とても似合っているよ!」
シリカやサチさん……女性陣からウエディングドレス姿を絶賛されるアスナさん。一方で……。
「キリトが白い衣装……」
「中々似合っているゾー」
クラインさんやアルゴさん……皆に白いタキシード姿を笑われるキリさん。いつも黒一色の服を着ているから何かしっくりこないなと思い、俺も笑いを堪えていた。
「あ、アスナ。とても綺麗だぞ」
「そ、そうかな……。キリト君にそう言ってもらえて凄く嬉しいよ」
「アスナ……」
「キリト君……」
「はいそこ、ストーップ!2人の世界に入らなーい!」
2人の世界に入ろうとしていたキリさんとアスナさん。そんな2人を引き戻そうとするリズさん。
「ええっ!?別にそんなんじゃないよ!」
「そうだぞ!」
「2人して自覚がないみたいわね……」
キリさんとアスナさんは否定するが、リズさんの言う通りだと思う。この2人は完全にバカップルとなっているな。
それからザックさんの乾杯の音頭がはじまり、キリさんとアスナさんから一言、初めての共同作業であるケーキ入刀というように結婚パーティーは進んで行った。
どっちからプロポーズしたのか、その時のセリフはどういうものだったのかというところは大いに盛り上がった。ちなみにプロポーズしたのはキリさんで、セリフは「結婚しよう」だったらしい。やっぱり告白やプロポーズするのは男からなんだなと思った。
そしてこの間に色々な騒ぎがあった。
出された料理の中に熱々のスープがあり、猫舌のザックさんはフーフーしながら飲もうとしていた。だけど、必死に冷ましていて中々飲もうとしない。それを見たリズさんは悪巧みしている笑みを浮かべる。
「ザック、男なら熱いのなんか気にしないでさっさと飲みなさいよ。それともあたしがフーフーしてあげようか?」
「余計なお世話だ!」
リズさんはザックさんの猫舌だというところをからかって楽しみ、ザックさんは拗ねてしまう。ケンカしつつも仲がよくてお似合いだ。
「あ、オトヤ君。それ、あたしの方が近いから取ってあげるよ」
「ありがとう、シリカ」
オトヤに料理を取ってあげるシリカ。こちらの2人は仲睦まじい感じとなっている。一見すると女の子同士で仲良くしているように見えるが。
この2組のカップルはまだ友達以上恋人未満であるため、まだ付き合っていない。いつ見ても早く付き合えばいいのにと思う。
「キリトは結婚して、ザックとオトヤは青春か。まったく羨ましいぜ。年下のアイツらに先越されて独り身はつれーなぁ、エギル」
「あ、スマン。オレ、リアルで結婚してるんだ」
エギルさんの結婚しているという発言がクラインさんに追い打ちをかけることになった。
「どいつもこいつもよー、リア充どもめ……。リア充なんか全員滅びろぉぉぉぉっ!!」
ヤケを起こしたクラインさんは刀を取り出して暴れ出す。
「クラインさん、落ち着いて下さい!!」
「放せリュウ!リア充は1人残らず駆逐してやるっ!!SAOだけでなくリアルでもだぁっ!」
「そんなことしたら人類の大半は死にますから!」
完全に暴走モードと化したクラインさんを取り押さえる。そんなクラインさんの頭にカイトさんの拳骨が落ちる。
「何すんだよ、カイト!!」
「見苦しいから止めろ。今日集まったのはキリトとアスナの結婚を祝うためじゃないのか」
「うっ……」
カイトさんにキツイことを言われ、クラインさんは黙り込む。だが、今度はショックを受けて暗い空気に包まれる。結構アップダウンが激しい人だな。だけど、せっかくキリさんとアスナさんの結婚を祝うためのパーティーだからクラインさんを暗い空気に包みこんだままにしておくわけにはいけないなと思い、彼を励ますことにした。
「元気出して下さいよ、クラインさん。俺だって生まれてからまだ1度も彼女はいたことありませんし、クラインさんにもその内いい女の人に出会いますって」
「リュウ、お前だけだ。オレのことを慰めて味方してくれるのはよぉ~」
そう言って俺に泣き付いてくるクラインさん。
「よっしゃぁっ!リュウとカイトは今日からオレと同じく非リア充同盟の仲間だ!」
「ちょっと非リア充同盟って何なんですかっ!?」
「俺はそんなくだらないものに入るなんて言ってない」
「何言っているんだよ。オメーたちだってオレと同じく彼女はいねーだろ!別にいいだろーが!」
何か俺とカイトさんの意見を聞かずに、勝手に俺とカイトさんは非リア充同盟の仲間入りにされる。もしも、俺やカイトさんに彼女ができた時は、クラインさんは絶対に「裏切り者」とか言って怒るだろうな。
こんな感じで騒ぎは日が暮れるまで続き、結婚パーティーはお開きになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結婚パーティーが終わった後、わたしとキリト君は第22層にあるログハウスへと戻ってきた。ここはキリト君と結婚したのを機に住み始めたところである。第22層は森林と水で覆われたフロアであり、フィールドモンスターがでないため、とても居心地がいいといいってもいい。
そして今は居間にあるソファーに座って身体を休ませていた。
「今日は楽しかったね」
「ああ。皆、俺たちのために色々用意してくれて本当に嬉しかった」
「ふふ、そうだね。それにソロプレイヤーのキリト君にちゃんと同年代のお友達がいて安心したよ」
「何だよ、それ!アスナは俺がリュウたちと仲がいいことは知っているだろ!」
ちょっとからかってみるとキリト君は子供みたいに拗ねてしまう。そんな彼を見てクスリと笑ってしまう。
「皆、本当にいい奴ばかりで……。ビーターって呼ばれてユニークスキル使いの俺なんかのために……」
キリト君は哀愁に満ちた表情をして呟く。
そんな彼を見て、前にキリト君がギルド……人を避ける理由を話してくれた時のことを思い出す。
キリト君はビーターと呼ばれ、ユニークスキルを持っているため、そのことをあまり良く思っていない人も多い。それが理由でキリト君が人を避けてもおかしくない。
だけど、他にも何か理由がある感じがして、キリト君が《血盟騎士団》に入るときにこのことを聞いてみた。するとキリト君はその理由をわたしに話してくれた。
実はキリト君とは第1層のフロアボス戦の時からわたしが《血盟騎士団》に入るまでの間にコンビを組んでいた。しかし、わたしが《血盟騎士団》が入ったのを機にコンビを解消し、キリト君はソロプレイヤーとして活動するようになった。
それから暫くして、キリト君は自分がビーターだということと本当のレベルを隠して黒猫団に所属していたことがあった。ソロプレイヤーとしていたキリト君には、黒猫団のアットホームな雰囲気がとても魅力的なものに見えたようだ。でもある日、トラップにかかって危うく全滅しそうになったことが起こった。その時はカイト君とザック君たちの《ナイツオブバロン》がいたおかげで誰も死なずに済んだ。それでもキリト君は自分のせいで皆を危険な目に合せたことに負い目を感じ、黒猫団の元を去って無茶なレベリングをするように……。
その後はカイト君やザック君たちの助けもあって黒猫団の皆の気持ちを知って和解し、しばらくしてリュウ君やオトヤ君、シリカちゃん、リズとも知り合うことに。皆おかげで無茶なレベリングをしなくなった。でも、キリト君は誰かを失うことが怖くて、人を避けるようになったらしい。
このことを知った時は驚きを隠せなかった。でも、わたしはそんなキリト君を守るんだと決意した。
『わたしは死なないよ。だって、わたしは君を守る方だもん』
そういえば、そんなこと言ってキリト君を抱き締めたんだよね。
今回もその時と同様にキリト君を抱き締める。
「あ、アスナ……?」
「キリト君、わたしがいるから大丈夫だよ」
「アスナ、ありがとう……」
キリト君もわたしを抱き締めてくる。そしてしばらくの間、わたし達は抱き合っていた。
リメイク版、旧版含めて初めてのキリアスメインとアスナ視点を書きました。相変わらずのバカップルです。
クラインは非リア充を暴走させ、リュウ君とカイトを非リア充同盟の仲間に入れる。しかし、リュウ君とカイトがこれからどうなるの知ったらどうなるのか。
そしてリュウ君はキリアス夫婦のことをバカップルだなと思っていましたが、リュウ君も人のことを言えなくなりますのに(笑)
リメイク版のアインクラッド編も予定では残り2話です。今月中には終えたいなと思っています。
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第23話 骸骨の百足
話とは関係ありませんが、ついにエグゼイドの挿入歌のCDが発売され、ずっと待ち望んでいた『Wish in the dark』と『Real Game』をフルで聴くことができました。この2つは本当にカッコよかったです。もちろん、他の挿入歌もよかったです。そのため、今回はエグゼイドの挿入歌を聞きながら書いてました。曲と話の内容はかみ合っていませんが。
2022年11月6日 第75層 迷宮区
第75層が解放されてから3週間近くもかけ、ついに第75層のフロアボスの部屋が発見された。20人の攻略組プレイヤーによる偵察が行われることが決定され、俺とカイトさん、ザックさんも偵察隊として参加することとなった。
「この先にどんなボスがいるんでしょうか?」
「1層下のフロアボスのグリームアイズとは、比べものにならないくらい強いと思った方がいい。今回は第75層。《クォーター・ポイント》だからな」
カイトさんが答えてくれた。
クォーター・ポイントはアインクラッド第25層、第50層、そして第75層のことである。ここに配置されているフロアボスは他のボスと桁違いの強さを誇って攻略組に甚大な被害を与えた。第25層では《アインクラッド解放隊》が攻略組を離脱するほどの被害を受け、第50層ではレイドが総崩れとなってヒースクリフ団長が率いる援軍と彼の持つ《神聖剣》がなければ全滅になっていたこともあり得たほどだ。
だから今回も厳しい戦いになると予測でき、20人の攻略組プレイヤーによる偵察が行われることになった。
作戦は防御に優れたタンク隊のプレイヤー10人が先に突入。その後にアタッカーや支援職のプレイヤーが10人が続くというものだ。俺たち3人は後に突入する10人に含まれる。だが、危険だと思ったらしたらすぐに撤退することになっている。
「これより、第75層フロアボスの偵察を行う!前進!」
タンク隊のリーダーの掛け声と共に2枚扉がゆっくりと音を立てて開き始める。扉が完全に開くとタンク隊のプレイヤーたちがボス部屋へと入っていく。彼らが部屋の中央に到達した時だった。突如、ボス部屋へと通じる扉が閉まり始める。
「ヤバイ!引き返せっ!!」
偵察隊のサブリーダーを務めるアタッカーのプレイヤーが叫ぶが、すでに遅かった。扉は閉ざされ、タンク隊は閉じ込められてしまう。
「急いで開けるぞ!!」
すぐに扉を開けようと鍵開けのスキルを使用したり、扉を押す、ソードスキルの集中攻撃を叩き込むが、どれも無駄だった。5分ほどして固く閉ざされていた扉がゆっくりと開き始める。中を見るが、タンク隊のプレイヤーたちやボスの姿はなかった。
「あ、あの人たちは……。ボスは……?」
「待て!入るな!」
ボス部屋の中に入ろうとしたところ、隣にいたカイトさんが腕を掴んで引き止める。そして、カイトさんは投剣スキルを使って1本のピックをボス部屋の中に投げ込む。ボス部屋の中にはピックが地面に落ちる音がしただけで、ボスは姿を現さなかった。
1人のプレイヤーが転移結晶を使ってはじまりの街にある黒鉄宮に向かう。数分後、サブリーダーの元にそのプレイヤーから連絡がきた。送られてきたメッセージを見たサブリーダーは驚きを隠せないでいた。
「どうした?」
「『突入したタンク隊全員が死んだ』と連絡が来たんだ……」
その内容にこの場にいた全員が言葉を失ってしまう。
このことを急いでヒースクリフ団長に報告しにいき、どうするのか話した。
「ここはキリト君とアスナ君を呼び戻すしかない」
「待って下さい!休暇中の2人をいきなりこんな危険なところに呼び戻すんですか!」
「攻略組プレイヤーのレベルがも少し上がってからでいいだろっ!」
キリさんとアスナさんを前線に呼び戻そうとするヒースクリフ団長に、俺とザックさんは反論する。
「止めろお前ら」
「「カイト(さん)」」
「アイツらには悪いと思う。だが、すでに10人の攻略組プレイヤーが死んでいるんだぞ。オマケにボスの部屋に入ったら最後。ボスを倒すかボスに殺されるか出られない状況だ。そんなこと言っていられないだろ」
カイトさんの言う通りだ。今はそんなことを言っていられる事態ではない。
結果、明日に30人以上の攻略組のハイレベルプレイヤーを集め、ぶっつけ本番でボスを倒すことに。そして、この作戦には休暇中のキリさんとアスナさんを呼び戻すと決定された。
明日のボス攻略についての会議が終わった後、俺はある場所へとやって来た。
やって来たのは今から去年の5月頃、ファーランさんとミラと一緒に星空を見たところの近くにある丘だ。ここには2つの洋風の墓石が置いてある。
「また来たよ、ファーランさん、ミラ」
ここにあるのは今年の1月に建てたファーランさんとミラの墓。ここを選んだのは、2人と過ごした中で1番思い出に残っているところで墓を建てるには最適だと思ったからだ。
メニューウインドウを操作し、ここで来る前にNPCの店で買った花束、そしてここで2人と一緒に飲んだサイダーに似た飲み物が入ったジュース瓶を3本取り出す。花束と3本あるジュース瓶の内、2本を墓石の前に置く。残りの1本は栓を抜き、一口飲む。
「ファーランさん、ミラ。明日はデスゲームが始まってちょうど2年になるけど、2人が死んでちょうど1年にもなる日だな」
脳裏に蘇ってきたのはファーランさんとミラが死んだときのことだった。あの時のことは今でもはっきりと覚えている。
明日のボス戦で、あの時と同じことがまた起きるのではないかと不安で仕方がなかった。ファーランさんとミラのときのように誰かが俺を庇って死んでしまわないか考えてしまう。いっそのこと、俺は参加しない方がいいんじゃないのかとも思う。
でも、俺が知らないところで親しい人や危険を覚悟で戦おうとしている人たちに申し訳ない。2人には生きて現実世界に帰ると約束した。ここで逃げ出すわけにはいかない。
頬を両手で叩き、気合を入れる。
「ファーランさん、ミラ、行ってくるよ。終わったらまた来るからさ。その時にはボス戦で手に入れたコルでお供え物に何か美味いもの持ってくるよ」
そう言い残し、ホームがある第59層のダナクへと戻って明日に向けて体を休めることにした。
集合場所となっている第75層の主街区《コリニア》の転移門広場へとやって来た。集合の30分前だが、すでに《聖竜連合》をはじめ、攻略組の中でもハイレベルのプレイヤーが何人かがすでに来ていた。その中に知っている2人組のプレイヤーがいた。
「カイトさん、ザックさん」
「リュウか、昨日ぶりだな」
「ここに来る前に、オトヤとリズとシリカの3人に会ったけど、絶対に生きて帰って来いって言われたぜ。まあ、オレたちは初めからそのつもりだけどな」
「当たり前だ」
いつも通り冷静でいるカイトさんとフレンドリーな感じで接してきたザックさん。
「俺たちにはやることがある。この戦いをすぐに終わらせてキリトとアスナを前線から返すぞ」
カイトさんの言葉に俺とザックさんは頷く。
それから数分後にはエギルさんとクライン率いる《風林火山》、そしてキリさんとアスナさんがやって来た。
「なんだ、お前らも参加するのか」
「なんだってことはねぇだろ? こっちは商売を投げ出して加勢に来たんだぞ。この無視無欲の精神を理解出来ねぇのか?」
「じゃあ、お前は戦利品の分配からは除外するからな」
キリさんとエギルさんのやり取りを見て、俺とザックさん、アスナさん、クラインさんの4人は笑い、カイトさんはやれやれと呆れながらも笑みを浮かべていた。このおかげで先ほどまであった緊張感が解すことができた。
そんな時、転移門から数人のプレイヤーが現れ、この場にいた全員が注目する。現れたのはヒースクリフ団長と血盟騎士団の数名の幹部たちだ。彼らがやって来たということは、いよいよ始まるということだ。
ヒースクリフ団長は回廊結晶を取り出し、それを持った方の手を高く揚げる。
「コリドーオープン」
すると、結晶は砕け散り、光の渦が出現した。
「さぁ、行こうか」
ヒースクリフ団長を筆頭に、次々と攻略組プレイヤーたちは光の渦を潜っていく。転移したところは、第75層のフロアボスの部屋の前だった。目の前にはボス部屋に続く、巨大な2枚の扉がある。これまでのフロアボスの部屋の前は不穏な感じがしていたが、ここはよりそんな感じがした。この先にはどれほど強いボスモンスターが待ち受けているんだ。
一番前にいたヒースクリフ団長が振り向く。
「基本的には、血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限り攻撃パターンを見切り、柔軟に反撃してほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。解放の日のために!」
ヒースクリフ団長の言葉にこの場にいたプレイヤーから大きな声があがる。そして、巨大な2枚の扉はゆっくりと開いていく。この場にいた全員が各々の武器を手に取る。俺も左手で右腰にある鞘から《ドラグエッジ》を抜き取る。
「ついに始まりますね」
「ああ」
「どんな奴が相手だろうが負けない」
俺が呟くと近くにいたカイトさんとザックさんが呟くように答えてくれた。そして、ついに扉が完全に開いた。
「戦闘開始!!」
ヒースクリフ団長の叫びが上がり、俺たちはボス部屋へと走り出す。
ボス部屋はかなり広いドーム状の部屋だ。大きさは恐らく、コリニアでキリさんとヒースクリフ団長が戦った闘技場と同じくらいあるだろう。
全員がボス部屋に入った直後、扉は固く閉じられ、姿を消す。転移結晶が使えない中、俺たちがボスを倒すか、全滅するまで扉は開くことはない。
だけど、ボスは未だに姿を現さない。辺りを見渡してもそれらしい影は見当たらない。この場は沈黙が続いたままだ。
「なにも起きないぞ」
1人の呟いた時、上の方で何かが動く音がする。それに気がついたときだった。
「上よ!!」
突如、アスナさんがここにいる全員に聞こえるくらいの声で叫ぶ。すぐに頭上を見上げるとそこには、全長10メートル以上はありそうなほどの大きさを持つ、全身が骸の姿をした巨大なムカデ型のモンスターだった。
【The Skullreaper】という名前と5本のHPゲージが表示される。
「スカルリーパー?アイツがここのフロアボスなのか?」
スカルリーパーを目視した直後、この場にいた多くのプレイヤーが恐怖に包まれる。その間にも、スカルリーパーはレイドパーティーの元に落下してきた。
「固まるな! 距離をとれ!」
ヒースクリフ団長の叫びが響き渡り、全員が我に返り、スカルリーパーが落下するところから走って離れる。だが、2人のプレイヤーが恐怖のあまり動けないでいた。
「こっちだ!! 走れ!!」
キリさんの声でようやく我に返った2人のプレイヤーが走り出す。だが、背後にスカルリーパーが地面に落下してきてその2人を前方にある巨大な鎌で斬り裂く。攻撃を喰らった2人のプレイヤーは宙へ吹き飛ばされ、地面に落下する前にポリゴン片となって消滅する。
「何っ!?」
「い、一撃で!?」
「む、無茶苦茶な」
俺に続いてクラインさんとエギルさんが呟く。
ここにいる全員は全プレイヤーの中でハイレベルのステータスを持っている。そのプレイヤーを一撃で倒すことができるモンスターなんて今まで見たことない。奴はそこまで強いっていうのか。
スカルリーパーは新たにプレイヤーを狙おうと迫ってきた。逃げ遅れた1人に再び鎌が振り下ろされそうとする。その寸前でヒースクリフ団長が1人で立ち向かい、巨大な盾を掲げ、鎌を受け止める。激しい衝撃音がし、火花が飛び散る。だが、もう1本の鎌が逃げ遅れた1人に振り下ろされる。また1人、プレイヤーが消滅した。その間にもスカルリーパーは暴れまわって、奴にまともに近づけられない状態だ。
更にもう1度、スカルリーパーは1人のプレイヤーに鎌を振り下ろそうとする。
「下がれ!!」
キリさんが2本の剣を交差させ、鎌を受け止めるが、どんどん押されていく。そこへアスナさんが細剣のスキルを発動させ、片方の鎌を弾く。
「2人同時に受ければいける。わたしたちならできるよ」
「よし、鎌は俺たちが受け止める!! 皆は側面から攻撃してくれ!」
「はい!」
「ああ!」
「任せろ!」
キリさんの叫びに、俺とカイトさん、ザックさんの3人が先陣を切ってスカルリーパーに立ち向かう。反動の少ないソードスキルを発動させ、白い巨人と戦ったときみたいにスイッチを連続で繰り返して一箇所に集中攻撃を叩き込む。だが、奴は鋭利な骸骨の足と尾を俺たちに振り下ろしてきた。俺たちは寸前で回避。
どのくらいダメージを与えたか確認してみるが、HPは少ししか減っていない。
「嘘だろ、あれしか減ってないのか……」
「この前の白い巨人並に硬いぞ!」
「それがどうした!上等だっ!!」
俺、ザックさん、カイトさんの順に言う。そして再び、スカルリーパーに立ち向かおうとする。
俺たちを見て他のプレイヤーたちもスカルリーパーに立ち向かう。
「少しは大人のオレたちにも頼ってくれてもいいだろ!」
「オメーら3人はアタッカーしかいないからタンクや盾持ちがいるオレたち《風林火山》が必要だろうが!」
「エギルさん、クラインさん!」
エギルさんのパーティーとクラインさんたち《風林火山》とも協力してスカルリーパーと戦う。
エギルさんとクラインさんたち大人組が攻撃を受け止め、俺とカイトさん、ザックさんの3人でスカルリーパーにソードスキルを叩き込む。カイトさん、ザックさんが攻撃した後に片手剣重単発技《ヴォーパル・ストライク》をスカルリーパーに喰らわせる。クリティカルヒットしたが、ダメージの量は少なかった。
「クリティカルヒットしてもこれくらいか。もっと威力があれば……」
そう呟いた途端、《ドラグエッジ》に一瞬だけ軽く青い電撃が走ったものが見え、それを持っている左手がビリッとした感じがした。
何なのかと思った。だが、今はそんなこと気にしている状況ではなく、気にすることを止めた。
スカルリーパーとの戦いは激しさを増す一方だった。プレイヤーの悲鳴が上がり、ポリゴンが砕ける音がする。それでも俺は剣を振るい、スカルリーパーの足を何本か斬り落す。
攻略組の猛攻撃により、スカルリーパーは体勢を崩した。奴のHPも残りわずかだ。
「全員突撃!」
ヒースクリフ団長の叫びと共に全員がスカルリーパーを攻撃する。
キリさんの《二刀流》による連撃、アスナさんの細剣とザックさんの槍による突き、カイトさんとクラインさんの刀による斬撃、エギルさんの斧による力強い一撃。俺も片手剣最上位スキル《ノヴァ・アセンション》を発動させ、10連撃の斬撃を与える。
何人ものプレイヤーによる連撃がスカルリーパーに与えられていき、奴のHPはどんどん削られていく。この場にいた全員が、スカルリーパーが息絶えるまで攻撃を止めようとはしなかった。
ついにスカルリーパーのHPは完全になくなり、奴の体は光に包まれる。数秒後にはポリゴン片となって消滅した。
1時間にもよる激闘はようやく終わった。
次回でリメイク版のアインクラッド編も最終回になります。
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第24話 浮遊城の終焉
ついにスカルリーパーを倒すことに成功した俺たち。だけど、心身ともにかなり疲労が溜まり、俺たちは座り込んだり、倒れこんでいた。歓声を上げる人は誰もいない。
「何人やられたんだ……?」
ぐったりと座り込むクラインさんがかすれた声で言う。
「14人……死んだ……」
クラインさんの問いに、キリさんが確認して言う。死んだプレイヤーの人数に俺たちは言葉を失った。ここにいるプレイヤーは攻略組の中でもハイレベルの人たちだ。そんな人たちが14人も死んだということがどうしても信じられなかった。
「じゅ、14人も……」
「嘘だろ……?」
「あと、25層もあるんだぞ……」
「俺たちは本当に第100層までたどり着けるのか……」
俺に続いて、エギルさん、ザックさん、カイトさんの順に呟く。
まだ25層も残っている。いくらここがクォーター・ポイントとはいえ、第75層の時点でフロアボスがここまで強いとは……。
攻略組のプレイヤーは全プレイヤーの中で数百人くらいいる。しかし、これから毎回10人以上も死者を出すとなると、第100層にたどり着いた時点で攻略組の9割以上が死ぬことになるだろう。下手したら1人を残して死ぬことだってあり得る。その1人はヒースクリフ団長に違いない。
その彼はというと、1人だけ平喘とした顔で立っている。この中でトップクラスの実力を持つキリさんやカイトさん、アスナさんでさえ、まともに立てない状態だというのに。HPもグリーンの状態のままだ。流石、最強のプレイヤーだと言われているだけあるってことか。
『ヒースクリフが今までどんなに強力なボスを相手にしてもHPバーをイエローまで落としたところを見たことあるか?』
前にカイトさんが言っていたことを思い出す。そう言えば、ヒースクリフ団長のHPがイエローになったのを1度も見たことがない。
そんなことを考えている中、キリさんはヒースクリフ団長に向けて片手剣スキル《レイジスパイク》を放とうとする。
「キリさん、何やって……っ!?」
言い終える前に俺はあるものを見て驚いて言葉を詰まらせる。ヒースクリフ団長が攻撃を喰らったからではない。キリさんがヒースクリフ団長に放った攻撃が、紫色の障壁に阻まれる。それには紫の文字で【Immortal Object】と表示される。
【Immortal Object】は不死を意味する表示だ。これはプレイヤーには絶対に表示されないものだ。
「システム的不死……? って、どういうことですか、団長……?」
アスナさんをはじめ、この場にいた全員が驚きを隠せないでいる。
「この男のHPゲージはどうあろうとイエローにまで落ちないようにシステムに保護されているのさ」
システムに保護?いったいどういうことなんだ。キリさんの言っていることがどうしても理解できなかった。
「この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった。あいつは、今どこで俺たちを観察し、世界を調整しているんだろうってな。だが、俺は単純な心理を忘れてたよ。他人のやってるRPGを傍から眺めるほどつまらないものはないってことを……」
キリさんの言っていることを聞いているうちに頭の中であることが考えられた。それってまさか……。どうしても信じられない中、キリさんが言いたいことが何なのか確信した時だった。
「そうだろ、茅場晶彦」
その瞬間、凍り付いたかのように静寂が辺りを包みこんだ。
「なぜ気付いたのか、参考までに教えて貰えるかな?」
「最初におかしいと思ったのは、デュエルの時だ。最後の一瞬だけあんたの動きがあまりにも速すぎたよ」
「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」
あの時変な違和感があるなと思ったが、そういうことだったのか。
「確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
ヒースクリフ団長……茅場は堂々と宣言した。まさか、最強のプレイヤーの正体が、ゲームマスターだけじゃなくてこのゲームのラスボスでもあるってことか。あまりのことに全員がまた驚きを隠せないでいた。
「最強のプレイヤーが一転、最悪のラスボスか。趣味がいいとは言えないぜ」
「中々いいシナリオだろう?最終的に私の前に立つのは、キリト君と予想していた。全十種存在するユニークスキルのうち《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられる。そして、近いうちに現れる……いや、本人には自覚はないがすでに現れているであろう《あるユニークスキル》を持つ者と共に、魔王に対する勇者たちの役割を担うはずだった」
《あるユニークスキル》を持つ者?しかも、そのスキルはすでにプレイヤーはいるかもしれないってことなのか。考えられるとすれば、カイトさんかアスナさんのどちらかの可能性が高い。いや、他のプレイヤーだってあり得る。
そんなことを考えている間にも茅場は話を続けた。
「だがキリト君、君は私の予測を超える力を見せた。まぁ、この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言ったところかな」
茅場が言い終わると共に、俺は《ドラゴナイト・レガシー》を持って立ち上がる。アビスたち犯罪者プレイヤーのように殺しが目的とはないとはいえ、4千人近くのプレイヤーを死なせる原因を作ったこの男がどうしても許せなかった。
「ヒースクリフ団長。俺は1人のプレイヤーとして最強のプレイヤーであるあなたを尊敬していた。そして、ある人はSAO……仮想世界を創り上げた茅場晶彦に憧れていた。だけど、アンタは俺や
今にも冷静さを失ってブチギレそうになるが、なんとか抑え込んで最後まで言うことができた。そして、敵を討つかのよう目で茅場を見て斬りかかろうとする。
だが、茅場がメニューウインドウを開いて何かを操作すると、身体が動かなくなって倒れ込む。よく見てみると麻痺状態となっていた。
茅場は俺の方を見る。
「リュウガ君、まさか目をかけていた君に嫌われることになるとは。非常に残念なことだよ。だが、今の君には私と戦う権利はない」
そう言い残すと再びメニューウインドウを操作し始める。カイトさんやザックさん、この場にいたプレイヤーたちが次々と麻痺状態になって倒れていく。残ったのはキリさんただ1人だけだった。
キリさんはアスナさんを支えながら茅場を見る。
「どういうつもりだ?ここで全員を殺して隠蔽する気か?」
「まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。こうなってしまっては致し方ない。私は最上階の《紅玉宮》にて君たちが来るのを待つことにしよう。ここまで育ててきた《血盟騎士団》、攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、君達の力ならきっと辿り着けるさ。だが、その前に……」
茅場は一旦言葉を切ると地面に盾を突き立たせ、キリさんの方を見る。
「キリト君、君には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな。今ここで私と1対1で戦うチャンスをあげよう。無論、不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトされる。どうかな?」
「ダメよ。キリト君、今は引いて」
「アスナさんの言う通りです!キリさん、今は引いてください!時間はかかるかもしれませんが、絶対に打つ手はあるはずですっ!」
いくらキリさんでもたった1人で、最強のプレイヤーと言われているヒースクリフ団長……ゲームマスターでもある茅場晶彦と戦うのは無理がある。
「いいだろう。決着をつけよう」
「キリト君!」
「ゴメンな。ここで逃げるわけにはいかないんだ。必ず勝ってこの世界を終わらせる」
キリさんはアスナさんにそう言い残し、立ち上がる。そして、両手で背中にある鞘から2本の剣を抜き取り、構える。
「キリト、やめろぉぉ!!」
「キリトーッ!!」
エギルさんとクラインさんが必死に身体を起こそうとして叫ぶ。しかし、キリさんは戦いを止めようとはせず、叫ぶ2人の方を見る。
「エギル。今まで剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんどを中層プレイヤーの育成につぎ込んでたこと。クライン。あの時、お前を置いて行って悪かった……」
「て、テメェ、キリト!謝ってんじゃねぇ!今、謝るんじゃねぇよ!!許さねぇぞ、ちゃんと向こうで飯の一つでも奢ってくれねぇと許さねぇぞ!! 絶対許さねぇからな!!」
「わかった、向こう側でな」
目に涙を浮かべながら叫ぶクラインさんにそう言い残し、カイトさんとザックさんの方を見る。
「カイト、ザック。お前たち2人とはベータテスター時代からの付き合いだな。ビーターって呼ばれていた俺にいつも気を使ってくれてありがとな。カイトの決してブレることがない芯の強さ、ザックのフレンドリーな性格にはいつも助けられたぜ」
「これから死ぬようなこと言っていると、ぶん殴るぞ……」
「オレたち、これまでもこれからもずっと友達だろ……」
カイトさんは俯き、ザックさんは涙を堪えながら言う。
そして、キリさんは俺の方に顔を向ける。
「リュウ。元々は攻略会議とかでお互いの顔を知っている程度だったが、まともに話したのは去年のクリスマスの時だよな。リュウと行動をよくするようになってからお前のことは本当の弟みたいに思っていたよ。リュウならこれからも強くなれるぜ」
その言葉に泣きそうになってしまう。しかし、涙を堪え、今から死のうとしている彼に強めの口調で言い返す。
「だったら、絶対に生き残って、俺たちの前からいなくならないで下さいっ!死んだら絶対に許しませんよっ!!」
「リュウは怒ると怖いから、絶対に死ぬわけにはいかないだろ。だから安心しろ」
キリさんは微笑んで俺にそう言う。そしてアスナさんの方を見て、茅場の方を見て口を開く。
「悪いが、一つだけ頼みがある」
「何かな?」
「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだらしばらくでいい。アスナが自殺出来ないように計らってほしい」
「よかろう」
「キリト君、ダメだよ!そんなの、そんなのってないよ!!」
涙交じりのアスナさんの絶叫が響く。しかし、キリさんは振り返ることはなかった。
茅場はメニューウインドウを操作し、自身の不死属性を解除する。そしてキリさんが床を蹴り、攻撃を仕掛けたことで戦いは始まった。
2週間前にやった時の戦いよりも激しい。この戦いはあのときと違って殺し合いだ。キリさんはソードスキルを使わずに剣を振るう。だが、茅場は涼しい顔をして盾でキリさんの攻撃を全て防ぎ、右手に持つ長剣で反撃してくる。
「くそっ……!」
目の前に転がっている愛剣の《ドラゴナイト・レガシー》に手を伸ばそうとするが、麻痺状態のせいで思うように体が動かない。
今戦っている敵はモンスターのようにソードスキルを使えば倒せる敵ではない。ソードスキルは茅場がデザインしたものだ。当然、奴はそれを全て見切っている。システムに頼らず、自分の力だけで奴を倒すしかない。
キリさんは攻撃を与えられない焦りや4千人近くの人間を直接ではないが間接的に殺したことへの怒りのあまり、二刀流のソードスキルを発動させてしまう。連撃は《スターバースト・ストリーム》をも超える27連撃。だが、茅場はそれを見切っており、全て盾で防いでいく。そして最後の一撃が盾で防がれると、左手に握られていた《ダークリパルサー》が折れてしまう。
マズイ、あれだけの上位のソードスキルを発動させると長い硬直時間が……。
「さらばだ、キリト君」
「キリさんっ!!」
俺の叫びが響く中、キリさんに長剣が振り下ろされようとする。だが、その直前に誰かがキリさんの前に飛び込んできた。その正体はアスナさんだ。
アスナさんは茅場の長剣で斬られ、HPを全て失ってしまう。
「嘘だろ、アスナ……。こんな……こんなの……」
倒れ込むアスナさんをキリさんは抱き締める。
「ゴメンね、さよなら……」
アスナさんはそう言い残すと光に包まれ、ポリゴン片となって砕け散った。キリさんはショックのあまり膝をついて倒れこんでしまう。
「これは驚いた。自力で麻痺から回復する手段はないはずだがな。こんなことも起きるものかな?」
茅場が言ったことにキリさんはキレることもなく、アスナさんの細剣を左手に持ち、のろのろと立ち上がる。しかし、完全に戦意を喪失してしまい、力が全く入っていない状態で剣を振るう。当然、それは当たることもなく簡単に避けられてしまう。
そんなキリさんに茅場は憐れむような顔をし、ため息をつく。そして、盾でキリさんの右手に握られていた《エリュシデータ》を弾き飛ばすと、キリさんの体に長剣を突き刺した。
見る見るうちにキリさんのHPは減っていく。
手を伸ばしたのに届かなかった俺の腕、力。アスナさんが死んで、キリさんも死のうとしている。あまりのショックに、何も言葉も出ず、黙って見ていた。
だが、脳裏にファーランさんとミラが死んだときのことが浮かび上がった瞬間、動きを封じていた鎖が砕かれ、俺に力をくれた。
《ドラゴナイト・レガシー》を左手に持ち、床を蹴った。
左手に握られた《ドラゴナイト・レガシー》の刃に紫色の光が纏い、それを茅場に振り下ろそうとする。
――目が銀色になっただとっ!?
流石の茅場もこれには少し驚いた表情を見せ、急いで盾で防ぐ。《ドラゴナイト・レガシー》が茅場の盾に当たった直後、金属音が部屋中に響き渡る。あまりの衝撃にキリさんを貫いていた長剣は抜け、《ドラゴナイト・レガシー》と茅場の盾は宙を舞う。
俺は反動を受けて地面に転がるもすぐに立ち上がってキリさんに向かって叫んだ。
「キリさん、あなたはこんなところで終わるんですか……。俺が死のうとした時は止めようとしておいて、自分の大切な人が死んだときは死ぬなんて勝手すぎますよ!俺が知っている《黒の剣士》キリトはそんな人じゃありませんよっ!!」
俺の叫びが聞こえたのかキリさんはHPを全て失っていても消滅せずにいて、先ほど弾き飛ばされた《ドラゴナイト・レガシー》を右手でキャッチする。
――そうだったな。これじゃあ、アスナの死が無駄になる。
「うおおおおおおおお!!」
そして、絶叫しながらアスナさんの細剣と一緒に茅場の体を突き刺す。
――アスナ、これでいいかい。リュウ、ありがとな……。
この攻撃が決め手となり、茅場のHPを全て削った。そしてHPが0になった2人は同時に光に包まれ、ポリゴン片となって消滅した。
その場に《ドラゴナイト・レガシー》がカランッと音を発てて地面に落下する。
「なあ、嘘だろ……。キリさん、アスナさん…。うわああああああああっ!!」
俺の絶叫が部屋中に響き渡る中、アナウンスの声がする。
『11月7日14時55分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました……』
気が付いたら辺り一面が暗闇に包まれた空間に浮いていた。出口らしいものはなく、上も下もわからない。
ここはSAOの中、それとも死後の世界?
孤独よる不安と恐怖が包み込み、必死にどこにあるかわからない出口に手を伸ばそうとする。
「誰かここから出してくれ……」
ここには誰もいなく、俺の手を掴む人は当然いなかった。
「そうか、俺はこのままここから出られないんだな……。それでもいいか。ファーランさんとミラに続いてキリさんとアスナさんも死んだんだ。このことを忘れるためにもここで何もかも終わりにした方がよさそうだな……」
孤独よる不安と恐怖が包み込み、更にキリさんとアスナさんが死んだことが重なり、死を覚悟しようとする。
その時だった。
『『リュウ、こっちだ(だよ)』』
懐かしい1人の青年の声と1人の少女の声が聞こえ、何者かが俺の左手を掴む感覚が伝わる。その数は2人だ。そして、俺の左手を掴んで何処かへ手を引いて連れて行く。
何者かわからない2人の人物に手を引かれて連れて行かれていると一筋の小さな光が見えた。そこにどんどん近づいていくのがわかる。
光りが2人の人物の姿を映し出す。モスグリーンのフード付きマントを羽織った1人の青年と1人の少女だ。俺がよく知る人たちだった。
「ファーランさん、ミラ……?」
光りまでたどり着くと、ファーランさんとミラは俺の方に振り向いた。
『リュウは絶対に生きてくれ。彼らは大丈夫だ。だから頑張れ』
『リュウは決して1人じゃないからね。現実にはリュウの帰りを待っている人がいるでしょ』
2人が微笑んでそう言った直後、光が俺を包み込む。そして俺の意識はここで途絶えた。
目を覚ますと見知らぬ真っ白な天井が視界に映り込む。異常なほど身体が重い。
「「……や……りゅうや……龍哉……」」
誰かが俺のことを呼んでいる。ゆっくりと声がする方を見る。そこにいたのは父さんと母さんだった。
「よかった……」
「生きて帰って来てくれて……」
父さんと母さんは泣きながらも俺が生きて帰ってきてくれたことを喜んでくれていた。
ファーランさんとミラ、そしてキリさんとアスナさんの死。何も成し遂げることができなくて自分だけが生き残ったことに悔いて、俺もあの世界で死ぬべきだったと思っていた。だけど、俺の帰りを待っていた父さんと母さんを見て、生きて帰ってきたことを喜ぶ。眼からは涙があふれ出てしまう。
「父さん、母さん……」
重い体を起こし、小さい子供のように母さんに泣き付く。すると、母さんは優しく抱きしめ、父さんは優しく頭を撫でてくれた。2人の手がとても温かい。
ここで何もかも放棄したら、
今の俺にできるのは、死んだ人たちと俺が生きていることを喜んでいる人たちのためにも生きないといけないことだ。
この考えは正しいかどうかわからない。でも、俺は今を生きることにする。それが辛い選択だったとしても、俺は悔いることはない。決して……。
こうして2年も続いたアインクラッドでの死闘はこうして幕を閉じた。
1ヶ月後……
何処の世界に存在するのかわからない研究施設のような場所。そこに1人の人物が何かを作っていた。それが完成し、その人物は手を止める。
「ついに完成した……」
その人物の眼に映っているのは3枚のメダル。黒、藍色、紫のメダルがそれぞれ1枚ずつあり、縁が金色となっている。3枚のメダルには東洋龍の顔を催した紋章が描かれていた。この3枚のメダルからはただのメダルではない雰囲気が伝わってくる。
「あとはあの300人……いや299人の中から適合者を探すだけか。本当は
その人物は作り上げた3枚のメダルを見て不気味な笑みを浮かべる。
See you Next game…?
旧版は10話もなくすぐに終わってしまいましたが、1年近くもかけてついにリメイク版のアインクラッド編が完結しました。リメイク版はプロローグと番外編を入れて全部で31話となりました。
改めて振り返って見ると、リメイク版は旧版と比べて、ファーランとミラの死、《ナイツオブバロン》の壊滅など皆のトラウマに含まれてもおかしくないなという話がいくつかあるなと思いました。オリキャラも多く登場してますが、主要メンバーとラフコフの2人以外は全員死んでますし……。オリキャラに容赦ない一方で黒猫団は生存して、リズとシリカにはいい相手が見つかるなど原作キャラには結構甘いという……。仮面ライダーネタを所々にいれたのですが、進撃の巨人のネタも多いなと思いました。しかし、旧版ではかなり適当にしてしましましたが、リメイク版ではちゃんとアインクラッド編をやることができてよかったです。
今回の話は、リュウ君が茅場を攻撃した時に使用した技、ラストに登場した謎の人物とメダルなど結構謎を残し、バットエンドみたいな感じで終わりました。しかし、これらは次回から始まるフェアリィ・ダンス編で大きく関わってくることになります。ちなみに最後の「See you Next game…?」はエグゼイドみたいにしてみました(笑)
次回からリメイク版のフェアリィ・ダンス編開始です。旧版と比べて設定や展開が大きく異なるところがいくつもあります。
そして、プロットが完成次第、パラレルストーリーとしてゲーム版の方も進めていきたいと思います。こちらは亀更新になる可能性が高いです。
これからもよろしくお願いします。
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キャラ設定(アインクラッド編)
本当は話が進むごとに更新していくつもりでしたが、これからは章が終わるごとにキャラ設定を投稿していきます。
※アインクラッド編までのネタバレが多く含まれています。閲覧する際はご注意ください。
リュウガ(Ryuga)/橘 龍哉(たちばな りゅうや)
生年月日:2009年4月7日、13歳(SAO開始時)~15歳(SAOクリア時)
身長:165
体重:53
容姿:『Fate/Apocrypha』に登場する『ジーク』を黒髪黒目にして表情を豊かにした感じ
イメージキャラボイス:梶裕貴
一人称:俺
概要
本作の主人公。埼玉県川越市に住んでいるごく普通の一般家庭に生まれた少年で、愛称は現実とゲーム共に「リュウ」。左利き。
勉強などは並のレベルだが、運動神経はよく10歳の頃から剣道をやっていた。また、ネットゲームは素人だが、家庭用ゲームは昔からよくやっていた。
蛇が大の苦手。
普段は真面目で温厚な性格だが、悪意に対してはかなり容赦なく、キレると怖い。
風貌が仮面ライダーオーズに変身する火野映司に似ている。
デスゲーム開始前に兄を病気で亡くしたショックで勉強や部活でスランプに陥ってしまう。そんな中、両親が元気づけようとナーヴギアとSAOを買ってくれ、生前兄から聞いたVRMMOに興味を持ったことでSAOに身を投じる。
ダイブ直後にファーランとミラと知り合い、デスゲームと化したSAOで攻略組として共に活動することになるが、2人は赤目の巨人との戦いで亡くなってしまう。2人と兄の死が追い打ちをかけ、2人を生き返らせるためにどんな手段も使おうと危険な思想を持つようになる。最終的にキリトとファーランたちが残した遺品に救われ、兄やファーランとミラの死を乗り越え、ゲームクリアのためにソロとして攻略組に復帰。そして《青龍の剣士》と呼ばれるほどの実力者となる。この一連の出来事を通し、キリトのことを「キリさん」と呼び、本当の兄のように慕うようになる。
その後は仲間たちに支えられながら戦い抜き、現実世界へ帰還する。
使用武器は盾無しの片手剣で、機動性を活かした戦闘スタイルを持つ。また、過去のトラウマから人の命や仲間に危機が迫るとブチギレて戦闘能力が上昇するタイプである。黒猫団から《蒼穹のマント》をもらってから、青系統のフード付きマントを愛用するようになる。その前はファーランやミラとお揃いのモスグリーンのフード付きマントを羽織っていた。
装備スキル(SAOクリア時)
・片手剣:1000
・体術:648
・投剣:739
・武器防御:921
・戦闘時回復:906
・応急回復:784
・索敵:879
・隠蔽:857
・軽業:1000
・疾走:1000
・限界重量拡張:713
・料理:117
主な所持アイテム
・《ドラゴナイト・レガシー》
リズが作り上げた片手剣。刃は片刃状となって薄く青がかった銀色をしており、持ち手や刃の中央部分は青や金がベースとなっている。名前の通り青龍の鍵爪や牙を思わせる剣である。プレイヤーメイド製の中で最高クラスのステータスを持つ。
『仮面ライダーブレイド』が使用する『醒剣ブレイラウザー』をベースとしている。
・《王のメダル》
リュウたちが入手した3枚のメダル。赤いメダルにはタカ、黄色のメダルにはトラ、緑のメダルにはバッタが金色で描かれている。赤はリュウ、黄色はミラ、緑はファーランが所持し、3人の絆を象徴するものとなっている。ファーランとミラの死後、黄色と緑のメダルは、リュウが2人の形見として所持するようになる。
『仮面ライダーオーズ スーパータトバ』に変身するのに使用するメダルをベースとしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カイト(Kaito)/神崎 隼人(かんざき はやと)
生年月日:2008年7月5日、16歳(SAOクリア時)
容姿:『不機嫌なモノノケ庵』に登場する『安倍晴齋』の髪の毛と瞳を明るめの茶色にして不愛想にした感じ
身長:169
体重:57
イメージキャラボイス:浪川大輔
一人称:俺
概要
攻略ギルド《ナイツオブバロン》のリーダー。元βテスターで、キリトとはその頃から知り合いである。
クールで無愛想な性格だが、ビーターとして1人で活動するキリトを気に掛けるなど根はいい。
プレイヤーとしての実力は高く、β時代はキリトとはライバル関係でSAOの中でトップクラスの実力を持つ。料理が得意で、アスナとは料理関連でライバル的存在。料理の腕はアスナの方が上の模様で、いつか彼女に勝ち越すことを目標としている。
風貌が仮面ライダー鎧武の駆紋戒斗に似ている。
2022年の夏、ラフコフたちに狙われて自身とザックを残し、《ナイツオブバロン》は壊滅。仲間の仇を討とうとラフィン・コフィン討伐戦に参加。ザザと対峙するも討伐戦中に2人のラフコフのプレイヤーを殺害してしまう。
ラフコフの残党との戦い後は、ザックとコンビで活動するようになり、最前線に挑んでいる。
武器は刀で、現在はレアドロップアイテムの刀《フレイムセイバー》を愛用している。服装はワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いロングコートを着ている。
装備スキル(SAOクリア時)
曲刀:1000
刀:1000
軽金属装備:1000
重金属装備:619
武器防御:1000
戦闘時回復:892
応急回復:928
索敵:894
投剣:860
疾走:742
追跡:836
料理:913
主な所持アイテム
・《フレイムセイバー》
第60層フロアボスのラストアタックから入手した魔剣クラスのステータスを持つ刀。赤と銀をベースとした刃が特徴。
『仮面ライダーアギト フレイムフォーム』が使用する『フレイムセイバー』と同じ形状をしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ザック(Zack)/桜井 響(さくらい ひびき)
生年月日:2007年6月15日、17歳(SAOクリア時)
容姿:『暁のヨナ』に登場する『ソン・ハク』を15歳くらいに若くした感じ
身長:175
体重:64
イメージキャラボイス:中村悠一
一人称:オレ
概要
攻略ギルド《ナイツオブバロン》のサブリーダー。カイトの1歳年上の幼馴染。カイトと同様に元βテスターで、キリトともその頃から知り合いである。学生組の中で1番身長が高い。
面倒見がよくフレンドリーな性格で、あまり愛想がよくないカイトの理解者であり、リュウやキリトともすぐに仲良くなる。
猫舌で、熱いものは冷ましてからじゃないと食べられない。
風貌は仮面ライダー鎧武のザックに似ているが、猫舌など仮面ライダーファイズの乾巧の要素も少し見られる。
《ナイツオブバロン》がラフコフの手によって壊滅し、仲間の仇を討とうとラフィン・コフィン討伐戦に参加。殺しはしないと決めていたが、カイトを守るためにラフコフのプレイヤーを殺害し、心に大きな傷を残してしまう。その後は一時的に戦線離脱してしまうが、リズの優しさに触れて立ち直ることができ、ジョニー・ブラック率いるラフコフの残党からリズを救い出す。この一連の出来事でリズへの好意を自覚する。
ザック本人は気付いてないが、リズから想いを寄せられている。しかし、お互いの想いに気づいてなくまだ友達以上恋人未満の関係となっている。リズとは揉めることが多くてケンカップルと周りから見られている。
武器は槍で、現在はリズが作った槍《ナイトオブ・クレセント》を愛用。服装はカイトとお揃いのワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いジャケットを着ている。
装備スキル(SAOクリア時)
槍:1000
体術:743
暗視:772
隠蔽:519
軽金属装備:1000
疾走:690
武器防御:1000
戦闘時回復:955
応急回復:925
識別:978
限界重量拡張:708
所持アイテム
・《ナイトオブ・クレセント》
リズが作り上げた槍。黒い柄の先端に銀色の十字の刃が付いている。十字の刃は普通の槍の矛先の付け根辺りに三日月みたいな刃が付いた形状となっている。
『仮面ライダー黒影・真』が使用する『影松・真』をベースとしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
オトヤ(Otoya)/小野寺 冬也(おのでら とうや)
生年月日:2009年12月1日、14歳(SAOクリア時)
容姿:『政宗くんのリベンジ』に登場する『朱里 小十郎』の髪と瞳をこげ茶にした感じ
身長:152
体重:42
イメージキャラボイス:代永翼
一人称:僕
概要
小柄で中性的な顔立ちが特徴の少年。
控えめな性格だが心優しく芯はある。
上記の容姿のせいでよく女と間違われていて、自分の容姿にコンプレックスを抱いている。
デスゲーム開始の頃は、死への恐怖ではじまりの街に引きこもっていたが、ザックの協力で特訓し、中層クラスでハイレベルプレイヤーまでに成長する。この一件でザックのことを「師匠」と呼び慕うようになる。
中層クラスの領域で活動するようになってから、シリカと知り合って度々一緒に行動するようになる。
後にリュウとキリトとも知り合い、リュウとは呼び捨てで呼び合い親友となる。
シリカに想いを寄せているが告白はまだしていない。実はシリカもオトヤに想いを寄せていて、両想いとなっている。
武器は《クローバースタッフ》という錫杖を使用し、服装は緑をベースとしたコートを着ている。
装備スキル(SAOクリア時)
両手長柄:798
片手棍:521
軽金属装備:746
重金属装備:352
武器防御:734
戦闘時回復:723
策敵:682
識別:678
釣り:167
所持アイテム
・《クローバースタッフ》
リュウから貰った錫杖。ダークグリーンの柄の先に、緑色をした3つの円型の刃がクローバーの形になって付いた形状をしている。
『仮面ライダーレンゲル』が使用する『醒杖レンゲルラウザー』をベースとしている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ファーラン/ファーラン・ローライト
生年月日:1997年、25歳(SAO開始時)~享年26歳(2023年11月7日)
身長:177
体重:67
容姿:『進撃の巨人 悔いなき選択』に登場するファーラン・チャーチみたいな感じ
イメージキャラボイス:遊佐浩二
一人称:俺
概要
元βテスターの灰色の髪を持つ外国人の青年。武器は盾と片手剣。
ミラと共にSAOにダイブし、リュウと知り合い、デスゲームとなった世界で共に行動するようになる。3人の中では年長者兼元βテスターと言うことで、まとめ役の立場であった。
2023年11月7日、赤目の巨人に食われそうになったリュウをミラと共に助けようとするが、逆に自分たちが食われて死亡した。
実はこの日の朝に死ぬかもしれないと予感して、ミラと共に絆の証であった自分たちのメダルと録音結晶に遺言を残し、リュウを立ち直させるきっかけとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ミラ/ミラ・ローライト
生年月日:2009年、13歳(SAO開始時)~享年14歳(2023年11月7日)
身長:145
体重:35
容姿:『ガールズ&パンツァー』の『島田愛里寿』みたいな感じ(表情は島田愛里寿より豊富)
イメージキャラボイス:竹達彩奈
一人称:アタシ
概要
アインクラッド編第10話までのヒロイン的存在。
片手斧使い。ファーランの姉の娘で灰色の髪を持つ外国人の少女。
子供っぽくおてんばな性格のため、リュウやファーランを困らせることもあったが、いつも場の空気を明るくしていたムードメーカー的存在。
リュウとキリト曰く、声質が直葉と似ている。
産みの両親は他界しており、叔父のファーランのことは父親や兄として認識しており、信頼している。2023年11月7日に、赤目の巨人に食われてファーランと共に死亡した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フラゴン
生年月日:30歳ほど
容姿:『進撃の巨人 悔いなき選択』に登場する『フラゴン・ターレット』を黒髪黒目と日本人ぽくした感じ
イメージキャラボイス:私市淳
一人称:私
概要
第1層フロアボス戦の時にリュウとパーティーを組んだ細剣使いの男性。元βテスターであるカイト、ザック、ファーランを受け入れたり、キリトを庇うなど寛大な人物である。後に小規模の攻略ギルドを作り、ギルドリーダーとして活動するようになる。2023年11月7日に、ギルドメンバーたちと共に赤目の巨人に食われて死亡した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
《ナイツオブバロン》
カイトとザックがリーダーとサブリーダーを務める小規模の攻略ギルド。メンバーは5人の中高生の少年たちで構成され、全員が赤と黒をベースとした服装をしている。
ギルド名はカイトが、「貴族のように誇り高く戦う中、己の弱さを自覚して強くなる」という意味を込めて命名した。元ネタは仮面ライダー鎧武のチームバロン。
2024年の夏にラフコフに狙われ、リク、ダイチ、ハントが殺害されたことで壊滅した。
リク、ダイチ、ハント
《ナイツオブバロン》のメンバー。リクは盾持ちの片手剣使い、ダイチは盾持ちの片手棍使い、ハントは両手斧使いとなっている。カイトとザックに助けられたことがきっかけで、元βテスターである2人とギルドを組んで攻略組となった。
ラフコフのザザとジョニー・ブラックに殺害されてしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
橘 龍斗(たちばな りゅうと)
生年月日:2006年、享年16歳(2022年6月30日)
容姿:キリトを大人っぽくし、メガネをかけた感じ
イメージキャラボイス:松岡禎丞
一人称:俺
概要
龍哉(リュウ)の3歳年上の兄で、彼からは『
容姿や声質が何処かキリトと似ている。
昔から病弱のため運動はあまりできないが、成績は優秀でかなりのゲーマーである。茅場晶彦に憧れており、龍哉にゲームのことをよく教えていた。
退院してSAOをプレイすることを夢見ていたが、症状が悪化し、2022年6月30日に病死する。このことが龍哉の心に深く傷を残すことになり、後に彼がSAOをやり始めるきっかけとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アビス
生年月日:?
容姿共:?
イメージキャラボイス:?
一人称:俺
概要
ラフコフのサブリーダーを務めているPoHと同様に黒いポンチョで身を隠した男。素顔は不明で多くの謎に包まれている。ラフコフの中で唯一PoHと対等に話せる人物で、ラフコフ結成前からPoHの相棒であった。「さあ、地獄を楽しみな」という決め台詞を言う。
殺しを遊びやゲームとして捉えており、多くのプレイヤーたちを殺害してきた。魔剣クラスの両手剣と正体不明のソードスキルを使用し、リュウを圧倒するなど攻略組のトップクラスに匹敵する腕の持ち主である。
ラフィン・コフィン討伐戦ではPoHと同様に一切姿を見せなかった。その後は密かに暗躍をしており、リュウと再び対峙することになる。
実はファーランとミラを含めて14人のプレイヤーたちを間接的に死なせた張本人で、その時に赤目の巨人を倒して唯一生き残ったリュウに興味を持つようになる。激昂したリュウと交戦になるが、トラップを発動させて逃亡。その後の消息は一切不明となる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ソニー
生年月日:?
容姿共:?
イメージキャラボイス:?
一人称:俺
ラフコフの幹部の1人。
黒いニット帽を深く被って白い布で顔の下半分を隠しており、仮面ライダークウガに登場するラ・ドルド・グの人間態みたいな恰好をしている。寡黙な性格で、アビスと同様に素顔は不明。
戦闘では盾なしの片手剣を使用し、実力はPoHとアビスに次ぎ、ラフコフの№3と言われている。また、ドルドのように赤と黄色の玉が付いた算盤で自身や他のメンバーが殺害したプレイヤーの数をカウントしていた。
ラフィン・コフィン討伐戦でキリトと交戦するも敗北し、牢獄に送られた。
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フェアリィ・ダンス編
第1話 悪夢と再会と消えない罪
そして、今回からリメイク版のフェアリィ・ダンス編スタートです。旧版では2ヶ月くらいで完結しましたが、リメイク版ではどのくらいで完結するのか……。
それでは旧版とは違うフェアリィ・ダンス編をどうぞご覧ください。
「…………。……ウ……。リュウ!!」
「うわっ!!」
気持ちよく寝ていると1人の少女が耳元で叫び、俺はそれに驚いて起き上がる。
「休憩中に寝ちゃうなんて。しょうがないな、リュウは」
「お前だってさっき眠りかけていたから人のこと言えないだろ」
「だって、こんなに天気がいいんだから眠くなるのは仕方がないじゃん」
傍で話をしていたのは、モスグリーンのフード付きマントを羽織ったミラとファーランさんだった。いつも通りの2人。その光景を見ている内に自然と笑みがこぼれる。
今いる場所は外国ののどかな田舎のようなところで、辺り一面草原が広がり、アインクラッドの外周にどこまでも広がる空は青く染まっている。どうやら俺は休憩中にここで寝てしまったようだ。こんなに気持ちのいいところだから眠くなるのも仕方がないか。
「リュウ、そろそろ出発するぞ」
「はい、ちょっと待ってて下さい」
立ち上がって2人と同じモスグリーンのフード付きマントを羽織って準備が完了ところで、迷宮区に向けて出発しようとする。
「あれ?ファーランさん、ミラ……?」
先ほどまで俺の傍にいたファーランさんとミラがいない。2人を探そうと辺りを見渡す。すると、足に何かが当たる。
「何だ…………っ!?」
何なのかと足元を見た瞬間、まともに立っていられなくなる。何故かというと俺の足元にファーランさんとミラが倒れていたからだ。
「ファーランさん!ミラ!」
2人の体を揺すって呼びかけても反応は一切ない。それどころか、2人の体は死んでいるかのように……いや、死んでいて冷たかった。
「ど、どうして…………っ!?」
気が付くと羽織っていたフード付きマントがモスグリーンから青へと変わり、先ほどまで青かった空は赤紫色へと変わっていた。
「いったい何が……」
後ろの方で何か物音がし、振り返って見ると見覚えがあるレイピアと刀が地面に突き刺さり、槍が地面に転がっていた。そして、そのすぐ傍には俺が知っている3人が倒れていた。
「アスナさん、カイトさん、ザックさんっ!!」
3人もファーランさんとミラのようにピクリとも動こうとはしなかった。
「ぐわあああああっ!!」
更に別の方から聞き覚えがある少年の声がする。その方向を見ると黒いロングコートを着た少年がドサッと音を立てて倒れた。
「キリさんっ!!」
急いで彼の元へと駆け寄る。
「キリさん、大丈夫ですか!?」
「うっ……りゅ、りゅう……逃げ……ろ……」
キリさんはかすれた声で俺にそう言い残すと一切動かなくなる。
「な、何で……。皆が……」
皆が死んだことにショックを受けてフラついていると、後ろの方から巨大な手がゆっくりと迫ってきた。だが、気が付いたときにはすでに遅く、巨大な手はがっちりと俺を掴んだ。
「ぐわっ!!」
俺を捕えたのは、肩まで伸びている黒髪と赤い目を持ち、不気味な笑みを浮かべている巨人だった。そして、巨人の右肩には黒いポンチョで身を隠した男がいた。
「お、お前は……」
この赤い目の巨人と黒いポンチョの男に心当たりがあるが、何故か思い出すことができない。その間にも巨人は俺をゆっくりと口の元へと持っていく。
「くそ!離せええええっ!!」
必死にもがくが、がっちりと掴まれているせいで身動きが取れない。巨人が俺を口元まで持っていったところで一旦動きが止まり、肩にいた黒いポンチョの男の口が開いた。
「お前は誰も救うことも守ることもできない。お前は怪物をも殺す化け物だ。さあ、地獄を楽しみな」
男が最後に言った言葉が合図となり、赤い目の巨人の巨大な口が開かれ、その中に入れられそうになる。
「うわああああっ!!」
「ハッ!!」
気が付くと、そこは現実世界にある俺の部屋だった。勉強道具に漫画やケータイゲームなど一般的な男子中学生の部屋だ。ベッドの傍の棚に置いてあるスタンドライトの隣にはナーヴギアがある。部屋にある時計には【2025年1月18日(土)午前8時00分】と表示している。
夢に出てきた赤い目の巨人と黒いポンチョの男は俺にとっては忘れたくても忘れられない存在だった。赤い目の巨人はファーランさんとミラを殺した。そして、黒いポンチョの男……ラフコフのサブリーダーであるアビスは2人が死んだ全て元凶といえる存在で、俺も奴に殺されかけたことがある。
「あれから2ヶ月ちょっと経ったのにどうして今更あんな悪夢を見るんだ……」
普段見ることのない悪夢を見たせいですっかり目が覚めてしまい、このまま起きることにした。
1月の朝は肌寒く、暖房が効いていない廊下や階段はより一層寒かった。
階段を下りて1階にあるリビングに向かうと、俺の母さんの橘 桃花が仕事に行く支度をしていた。
「龍哉、おはよう」
「おはよう、母さん」
「お父さんはついさっき行ったわよ。あんたも早く着替えてご飯食べなさい。今日は経過観察の日でしょ」
「わかっているって」
「本当はお母さんもついて行ってあげたかったけど、今日は休むわけにはいかなくてね。1人で大丈夫?」
「何言っているんだよ。俺だってもう15歳で数か月後には16歳になるんだぞ。1人で病院くらい行けるって」
「そうだったわね。朝ご飯だけどサラダは作っておいたから、他のものは自分で用意して食べて。冷蔵庫には卵とかハムが入っているから。じゃあ、もう行くからね」
「わかった。いってらっしゃい」
何気ない親子の会話をして母さんを見送り、歯を磨いたり顔を洗ったりして完全に目を覚まさせると朝食の準備をする。それらが出来上がるとテレビの電源を付けて朝の情報番組を見ながら、朝食を食べる。
「まさか、15歳の冬をこんなに呑気に過ごせることになるとは思わなかったなぁ……」
俺は今年で15歳。つまり中3で今は受験生であるはずだ。だけど、俺は中1の秋から2年間2年間SAOに捕われていた。そのため、中1の秋以降にやるはずだった勉強の内容は全くわからず、それまでにやった内容もほとんど覚えていない。今から受験勉強をしても高校受験なんて不可能なことだ。
大学受験ならまだしも、高校受験のために浪人しないといけないのかとショックを受けていたところ、救いの手が差し伸べられた。病室を訪れた《総務省SAO事件対策本部》のある役人さんから、中高生のSAO生還者を集めた学校を用意しているということを聞き、俺は春からその学校に通うことになっていた。しかも、入試なしで受け入れてくれ、卒業したら大学卒業の資格もくれるらしい。これには俺はもちろんのこと、父さんと母さんも喜んでいた。
それにもしかすると、その学校にはカイトさんやザックさんといったSAOで知り合った俺と同じ年頃の人ともまた会えるかもしれない。そんな期待もあり、高校生活は楽しみにしていた。
朝食を食べ終え、病院に行く支度をする。
このときまでは今日もいつものように変わりない日になるだろうと思っていた。しかし、今日はこの後、驚きの出来事が起きるとは思ってもいなかった。
公共交通を使って経過観察のためにいつも来ている病院へとやって来た。検査を受け、担当の先生からも特に問題はないと言われ、一安心する。
検査が終わって受付で検査料を払うのに待合室で待っていると、目の前を歩いて過ぎて行った人が自転車の鍵を落としたのが目に止まった。
「あの、自転車の鍵、落としましたよ」
「あ、すいません。ありがとうございます」
「「っ!?」」
自転車の鍵を落とした人がこちらの方に振り向いてきた直後、俺とその人は驚きを隠せなかった。
その人は黒髪にどちらかというと女顔寄りの俺と同じくらいの少年。明らかに見覚えのある人だ。
「き、キリさんっ!?」
「りゅ、リュウっ!?」
俺が再会したのはあの時、茅場晶彦/ヒースクリフ団長と相討ちになって俺たちをデスゲームから解放してくれた黒の剣士と呼ばれていた少年、キリさんだった。
「まさか、リュウとここで再会するとは思ってもいなかったな」
「それはこっちのセリフですよ。あの場にいた全員があの時に死んでしまったって思ってましたからね。でも、キリさんが無事で本当によかったですよ」
俺たちは現在、病院から場所を移し、病院の近くにあるファミレスで昼食を食べながら話をしていた。あの時に死んだと思っていたキリさんが生きていたことが何よりも嬉しかった。
「あ、まだ本名を教えてませんでしたね。俺は橘龍哉、15歳です。こっちでもリュウで構いませんので」
「俺は桐ヶ谷和人、年齢は今年で16歳だ。こっちでもよろしくな、リュウ」
「はい。じゃあ、俺はカズさんって呼びますね」
「ああ」
キリさん……カズさんと握手を交わす。
その後、彼からあることを聞かされた。
「アスナさんが目覚めてない?」
「ああ。アスナも俺と同様に何故か死なずに済んだんだ。だけど、アスナを含めて300人のプレイヤーが目覚めてない」
未だに300人のプレイヤーが目覚めてないことは俺も知っていたことだ。まさか、その中にアスナさんが含まれていたなんて思ってもいなかった。せっかくアスナさんも生きているとわかって安心したところなのに……。
「でもあの時、ヒースクリフ団長……茅場晶彦はゲームをクリアしたら全員ログアウトするって約束したはずなのに……」
「これだけは俺にもよくわからないんだ。でも、少なくてもあの男は全員をログアウトさせないっていうことはしないと思う」
確かにカズさんの言う通り、茅場晶彦はこんな卑怯なマネだけはしないと俺も思う。だったら、いったい今何が起きているんだ。SAO のメインサーバーにバグでも発生してこんな事態になったのか、それとも他に何か原因があって……。色々と考えてみるが、それらしい答えは思い浮かばなかった。
「明日、アスナが入院している所沢病院に行くつもりだけリュウも一緒に来るか?」
「明日ですか……。すいません、明日はどうしても行かなきゃいけないところがあるのでまたでいいですか?」
「そうか。アスナの病院には3日も開けずに行っているから次行くときに誘うよ」
「はい」
昼食を食べ終えた俺たちはファミレスを後にすることにした。
「カズさんはこの後、どうするんですか?」
「今日は俺が夕食当番やる日で帰りにスーパーによって行かないといけないんだよ。当番サボると妹がうるさいからな」
「妹ってことは仲直りすることができたんですか?」
「まあな。アイツとは血は繋がっていないけど、兄妹であることには変わりないってあの世界で過ごしている内に知ることができたんだよ」
「そうだったんですか。よかったですね」
SAOにいた頃、カズさん/キリさんの家庭の事情を彼から聞いたことがある。カズさんの家族は本当の家族じゃない。カズさんが生まれて間もない時に産みのご両親を亡くして、産みのお母さんの妹さんが引き取ってくれ、彼はそこで本当の家族だと思って育った。しかし、このことを知ってから家族と距離を取るようになったらしい。
そんなことがあったが、無事に仲直りできたみたいで俺も一安心した。
ふとあることを思い出す。そういえば、彼女も疎遠になっているお兄さんがいて、苗字も桐ヶ谷だったな。いくつかのピースが繋がり、ある1つの答えが頭の中に思い浮かんだ。俺はその答えが本当にあっているのか気になり、カズさんに聞いてみた。
「あの、カズさん。もしかして妹さんって
「そうだけど……。あれ?俺、リュウに妹の名前なんて教えたかな……?」
俺が思っていた通りだったみたいだ。
「実は小学校の時に通っていた道場で知り合って仲良くしていた女の子がいたんです。彼女も桐ヶ谷直葉っていう名前で、疎遠になっているお兄さんがいるって聞いたことがあって……。カズさんの話を聞く限り、共通するところがいくつもあるんです……」
「なあ、そこの道場の名前と場所って覚えているか?」
「はい」
小学校の時に通っていた道場の名前と場所を言った途端、カズさんも何か気づいたかのような表情をする。
「そういえば、昔スグが通っていた道場で仲良くなった同級生の男子がいるって言っていたな。確か名前にリュウって付いているって……。もしかして、その同級生ってリュウだったのかっ!?」
「そ、その感じだとそうみたいです……」
このことに俺たちは驚きを隠せなかった。SAOで知り合った人とこうやって接点があったのだから驚くのは当たり前のことだろう。
「まさか、スグがリュウと知り合いだったとはな。正直驚いたぜ」
「それはこっちのセリフですよ」
「だけど、どうしてSAOにいてこのことに気が付かなかったんだろうな」
「俺がスグの家に遊びに行った時にいつもスグのお兄さん……カズさんが部屋に閉じこもっていたからだと……。実際に会ったのも1、2回くらいでちょっと挨拶した程度でまともに顔を見たことがありませんでしたし……」
「うっ……。否定することができない……」
何も言い返せずにいるカズさん。あんな事情があったんだ。そうなっていてもおかしくないだろう。
カズさんは気を取り直して俺に話しかけてきた。
「なあ、リュウ。スグも今日は家にいるって言っていたからこれから家に来ないか?アイツもリュウが来たら絶対喜ぶと思うぜ。ついでに夕食でもどうだ?」
「で、でも……いきなりお邪魔するのも悪いですし……」
「まだ材料も買ってないし、今日は俺とスグの2人だけだから1人くらい増えても問題ないからよ」
「いや、あの……今日はこの後、予定があって……」
「そっか。だったら仕方がないな。まあ、アイツも剣道で全国ベスト8に入ったから県内の有力高校への推薦入学が決まってて時間もあると思うから、また今度誘うよ」
「は、はい……」
申し訳なさそうにして誘いを断る。カズさんはそんなこと気にせずに、また誘うと言ってくる。この人は本当にいい人だな……。
その後、カズさんと別れた俺はまっすぐ家へと帰った。
誰もない家に帰ってきた俺は自室であることを思い出していた。
『俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!』
『俺は……俺は現実でもこの世界でも大切な人を失った。手を伸ばしても届かなかった俺の腕……。だから俺は欲しかった!何処までも届く俺の腕、力!!』
思い出したのは去年の12月24日に起こった出来事だった。
当時の俺はファーランさんとミラを生き返らせるために蘇生アイテムを手に入れようとしていて、俺を止めようとキリさんが止めようとやって来た。だけど、俺は蘇生アイテムを手に入れたいと思うばかりにキリさんを殺そうとした。吹雪が吹き荒れる森の中で俺たちは自分のカーソルがオレンジになることを覚悟で剣を交えることに……。その戦いの中で俺が追い求めた蘇生アイテムは2人を生き返らせることができないことを知り、他の人を傷つけようと……殺そうとしていたことに気が付いた。つまり、俺は幻の夢を追い求めて光が一切ない闇の中を彷徨い、戦っていたのだ。
その後、俺はキリさんたちの助けもあって攻略組に復帰していつの間にか《青龍の剣士》と言われるまでとなった。一見すると、俺は小さい頃に憧れていた特撮番組のヒーローのように人のために戦っていたと見えるだろう。しかし、実際のところ、俺は大切なものを守れず、挙句の果て自分の目的のためにある人をも殺そうとしたヒーローや英雄のなりそこないだった。
そして、現実の世界で俺はスグといつかまた会う約束をしておいて、俺は
いくらスグでも、落ちぶれて約束を破って、自分のお兄さんを殺そうとした奴なんかと会いたくないだろう。それに、今の俺にはスグと会うこともスグに想いを寄せる資格なんてない。
いつの間にか眼からは涙が出て頬を伝い、床に落ちて消えていった。
最初からアインクラッド編みたいにダークな要素となってしまいました。『Wish in the dark』という曲を聴きながら今回の話を書いたのが影響したのかもしれません……。
リュウ君はキリトと再会してアスナを含めて300人のプレイヤーがまだ目覚めていないこと、そしてキリトと直葉が兄妹だということを知りました。しかし、現実世界やSAOでの出来事のせいで直葉との恋愛関係が厄介なことに……。書いた本人が言うのもなんですが、リメイク版は本当にオリキャラ(特にリュウ君)に容赦がないなと思いました。でも、リュウ君と直葉/リーファとの恋愛関係はここからどうなっていくかが見ものですので。
次回も旧版とは色々と異なります。
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第2話 墓参りと新たなゲームと親子の会話
カズさんと再会した次の日、俺はある場所に向かってマウンテンバイクを走らせる。途中であるものを買い、15分ほどで目的地にたどり着いた。やって来たのは、とある墓地。
その中にある《橘》と彫られた墓の前で止まる。
「また来たよ、
この墓には2年前に病気で亡くなった俺の兄《橘 龍斗》が眠っている。
途中で買った花を墓に添える。
「昨日、SAOで世話になった俺の恩人に会ったんだ。その人、何だか少し
当たり前のことだが、墓石に言っても何も答えてくれない。それでも俺には
「その人に妹がいるって前に聞いたことがあったけど、実はその人の妹っていうのがスグなんだ。知った時は本当に驚いたよ。昔から接点があったんだからな。でも、今の俺にはスグに会う資格も想いを寄せる資格もないんだ……。初恋って実らないって聞いたことあったけど、本当なんだな……」
平気でいるかのように見せるため、乾いた笑みを浮かべる。
気が付いたら、ここに来て1時間近くも経過していた。
「
小さく話しかけ、墓地を後にする。行き先を目指している途中で、また墓に添える花を買い、その場所に向かってマウンテンバイクを走らせた。
次に向かったのはまたしても墓地。しかし、
「龍哉君、また来てくれたのか」
「こんにちは、クリムさん」
「こんにちは」
彼の名前はクリム・ローライト。ファーランさんの父親でミラの祖父にあたる人だ。ファーランさんとミラから前にと聞いたことがあったが、今から3年ほど前までは東都工業大学で教授を勤めていたらしい。
今、俺の目の前にあるのはファーランさんとミラが眠っている墓だ。12月の半ば頃、ここに初めて来た時にたまたまクリムさんと居合わせ、ファーランさんとミラとはSAOで知り合ったことを話して知り合った。
「いつも来てくれて本当にありがとう。息子と孫も君が来てくれて喜んでいるよ」
「俺ができるのはこのくらいしかありませんから……」
「いや、君は悪くない。2人が死んだのは私に原因があるのだからな……」
実はクリムさんにはファーランさんとミラが死んだときのことも話した。俺を助けようとしたせいで2人を死なせてしまったことを。
最初は2人が死んだことを教えないでおこうとしたが、隠すことに耐え切れず、彼に責められるのを覚悟で話すことにした。
だけど、クリムさんは俺を責めることはなく、むしろ自分のことを責めていた。
SAOでHPが0になって ゲームオーバーになったら、現実でも強力な電磁パルスを発生させて装着者の脳を破壊する仕組みになっている悪魔の機械とも言われているナーヴギア。
ナーヴギアを装着している人たちを救おうとナーヴギアの解析をしていた研究者たちもいて、その中にはクリムさんもいたらしい。しかし、ナーヴギアを装着している人たちを救う方法は中々見つからず、事件発生からちょうど1年後にファーランさんとミラは死んでしまった。更に1年が経過してゲームはクリアされたが、この2年間で4千人近くの人が亡くなるという結果になった。
クリムさんはナーヴギアを装着している人たちを救う方法を見つけていれば、ファーランさんやミラ……約4千人の人を死なせずに済んだとも言っていた。ファーランさんとミラの前に娘夫婦……ミラの実の両親を事故で亡くしているから、SAO事件のことはかなりこたえたのだろう。
俺はそんなクリムさんになんて声をかけてあげたらいいのかわからないでいた。SAOで2人が死ぬ原因を作ったのは俺だっていうのに……。俺があの時、2人を助けられる力を持っていればこんなことには……。
そんなことを考えていた時だった。
「先生」
後ろの方から男の声がして振り返る。そこにいたのはスーツに包んだ20代半ばくらいの男性だった。
「ああ、待たせてしまって申し訳ない。息子と孫の友人が来てくれてね」
見たところ、クリムさんの知り合いのようだ。誰なんだろう。
「そう言えば、龍哉君は彼と会うのは初めてだったな。私の元教え子の蛮野君だ」
「蛮野卓郎です。よろしく」
「橘龍哉です」
蛮野さんが手を差し出してきて彼と握手を交わす。
「蛮野君はレクトのフルダイブ技術研究部門の副主任を務めているんだ。その縁で私も今はそこで研究者の一人として働いているんだよ」
「どうしても先生の力が必要でしたので、先生が来てくれて本当に助かりましたよ。何せまだ300人のSAOプレイヤーが目覚めてませんからね」
「まだ目覚めない300人のSAOプレイヤーとその家族のために力を貸すぐらい安いものだよ。それが今の私にできる償いなんだ。彼らには私や重村君のように家族を失って欲しくないからな……」
呟くようにクリムさんは言う。
「あの、クリムさん。まだ目覚めない300人のSAOプレイヤーっていったい……」
「実はSAOを開発したアーガスが解散してから、私が今いるところ……《レクト・プログレス》でSAO サーバーの維持しているんだ。でも、どういうわけかまだ300人のSAOプレイヤーが目覚めてなくて……」
「つまりクリムさんたちも原因はわからないってことですか?」
「そうだな……」
SAO サーバーの維持しているところでさえ、300人のSAOプレイヤーが目覚めない原因がわからないってことか。
「先生、そろそろ……」
「そうだったな。龍哉君、また会おう」
クリムさんは微笑んでそう言うと、蛮野さんと一緒に駐車場の方へと向かった。
俺もファーラさんとミラの墓に花を添えてしばらくしてから家へと帰った。
墓参りに行った次の日の朝。何故かいつもよりも早く目が覚めてしまい、もう一眠りしようかと再び寝ようとした時だった。突如メールが届いたのを知らせる音がケータイからする。
「こんな朝早くから誰なんだ?カズさんかな?」
昨日、墓参りから帰ってきてカズさんに電話してみたがカズさんは電話に出なかった。そのことで連絡でもくれたのかなと思ってケータイを見てみる。だけど、メールの送り主はカズさんじゃくてエギルさんだった。
実はエギルさんとは入院していた病院が一緒で、その時にお互いの連絡先を交換していた。今は現実世界との折り合いをつけるのに忙しいだろうと思って連絡は控えていたが。エギルさんは現実では台東区御徒町で《Dicey Cafe》という喫茶店を経営していると、再会した時に聞いたことがあるしな。
「エギルさんからか。どうかしたのかな?」
タイトルには『Look at this』とあって、何かの画像らしいものが添付されていた。
画像を開いて見た途端、俺は驚きを隠せなかった。
「こ、これって……」
送られてきた画像のことでエギルさんに連絡してみると、先ほどカズさんからも連絡が来てエギルさんのところへ向かっているらしい。そのことを聞いて「俺も今からそっちに向かいます」と言って電話を切る。
台東区御徒町のごみごみした裏通りにある黒い木造の喫茶店の前で足を止める。
「ここか……」
俺の目の前にあるのが、エギルさんが経営している《Dicey Cafe》という喫茶店だ。いつかここに来るようなことをエギルさんに言ったが、まさか今日いきなりここに来ることになるとは思ってもいなかった。
店の中に入ると、カウンターの前にある1つのイスにカズさんが座っていて、その向かいにはエギルさんがいた。
「お久しぶりです、エギルさん」
「よく来てくれたなリュウ」
エギルさんの本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズというらしい。だけど、本名が長いということもあってSAOの時のように『エギルさん』と呼んでしまっている。
「まあ、とりあえず座りな。その調子だとまだ飯は食ってないだろ」
カズさんの隣にあるイスに腰を下ろすとエギルさんはコーヒーとサンドイッチを出してくれた。
「これはサービスだ。キリトにも言ったが、とにかく今は食っておけ。食える時に食わないと力入らねぇぞ」
「ありがとうございます」
朝ご飯も食べずに急いで来たから有難い。エギルさんにお礼を言ってサンドイッチを食べているとカズさんがエギルさんに尋ねる。
「エギル。リュウも来たからあの写真のことを話してくれよ」
「ああ。ちょっと長い話になるんだが。これ、知ってるか?」
それは妖精の少年と少女が2人描かれていたイラストが載っているゲームのパッケージだった。その下の方には《Alfheim Online》という文字が書かれている。
「何なんですか、このゲームは?」
「《アミュスフィア》っていうナーヴギアの後継機対応のMMO。SAOと同じVRMMOだ」
カズさんがイラストに書いてあった文字を読み上げる。
「あるふ……へいむ……おんらいん?」
「アルヴヘイムと発音するらしい。意味は妖精の国らしい。通称《ALO》」
「妖精の国?なんかSAOと違ってなんか随分と平和そうなやつですね」
「確かにそうだな。まったり系のやつなのか?」
「そうでもなさそうだぜ。どスキル制、プレイヤースキル重視、《PK推称》とある意味えらいハードなものだ」
「どスキル制、プレイヤースキル重視って……」
これにはどんな意味があるのかわからなくてエギルさんに聞いてみた。
「いわゆるレベルが存在しないらしい。各種スキルが反復作用で上昇するだけで、どんなに稼いでもHP は大して上がらないそうだ。戦闘もプレイヤーの運動能力で依存する。ソードスキルなしで魔法ありのSAOってところだな。コイツが今、大人気なんだと。理由は飛べるからだそうだ」
「「飛べる?」」
キリさんと息をそろえて言う。
「妖精だから翅がある。フライト・エンジンとやらを搭載してて、慣れるとコントローラーなしで自由で飛べるそうだ」
確かに飛べるとなると人気が出てもおかしくない。人間には翅も翼もないから空は飛べない。それがゲームでできるとなると魅力的なものだ。
そう思っているとカズさんが飛び方をエギルさんに聞いていた。エギルさん曰く、かなり難しいらしい。
「だけど、どうやって飛ぶんだ?背中の筋肉を動かすのかな?」
完全にゲーマーの眼になって飛行機能に興味津々になるカズさん。
エギルさんが呆れていたため、カズさんに肘をぶつけて本来の話に戻そうとする。
「ところであの写真……アスナさんとこのゲームは何の関係があるんですか?」
今朝、エギルさんが送ってきたのは1枚の写真。ぼやけた金色の格子が一面に並び、その向こうに白いテーブルと白い椅子があり、それに見覚えのある長い栗色の髪の少女が座っているのが写っていた。あの写真を見た瞬間、その少女はアスナさんだとすぐにわかった。
「実はあれ、ALOの中で撮ったやつなんだよ」
そのことに俺とカズさんは驚く。
エギルさんはゲームのパッケージを引っくり返しておいた。裏面にはアルヴヘイム・オンラインの世界地図と思えるイラストがある。その中心には巨大な樹があり、エギルさんはそこを指さす。
「これは《世界樹》と言うそうだ。この樹の上に伝説の城があってな、プレイヤーは9つの種族にわかれ、そこにたどり着けるか競ってるんだと」
《世界樹》の上にある伝説の城を目指して、9つの種族で競い合っているなんて戦国乱世みたいだな。
「世界樹の上を目指すんだったら、飛んでいけばすぐにたどり着くんじゃないんですか?」
「なんでも滞空時間というのがあって、無限に飛べないらしい。この樹の一番下の枝にもたどり着けない。でだ、体格順に5人のプレイヤーが肩車してロケット式に飛んで、樹のてっぺんを目指した」
「なるほどな。馬鹿だけど頭いいな」
「それって馬鹿と頭いいのどっちなんですか?」
カズさんが言ったことはどうでもいいことなのに、俺は思わずツッコミを入れてしまう。こんなことはさておき、話に戻る。
「この方法は成功したが、それでも世界樹の一番下の枝にさえ届かなかった。だが、5人目のプレイヤーが何枚かの写真を撮った。その1枚に木の枝に下がる大きな鳥かごが写っていた。それを引き伸ばしたのがあの写真だ」
アスナさんが鳥籠の中にいるってなると、まるで囚われの姫みたいな感じだな。
「でも、どうしてアスナがこんなところに……」
カズさんがもう一度パッケージを見ると、あるところに注目する。そこはメーカー名が書いているところだ。名前は《レクト・プログレス》。
レクト・プログレスって確かクリムさんと蛮野さんが所属しているところだ。
カズさんは一瞬怖い顔をし、エギルさんの方を見る。
「エギル、このソフト、貰っていっていいか」
「構わんが、行く気なのか?」
「この目で確かめる。死んでもいいゲームなんてぬるすぎるぜ」
カズさんはエギルさんににやりと笑って見せた。
やっぱりカズさんは行くつもりなんだな。誰にもカズさんを止めることは無理そうだ。アスナさんのことになるとこの人は絶対に無茶をすることもあり得る。
こうなったら、俺がやるべきことは1つしかない。
「キリさん、俺も行きます」
俺の言葉にカズさんは驚いた表情をする。
「リュウ、どうして……?」
「1人で行くなんて無茶です。カズさん1人で行かせると危なっかしい感じがして、心配で飯ものどを通りませんよ」
「そうだな。リュウもいた方がいいな。キリトのことは頼むぜ」
そう言ってエギルさんはもう1つのALOのソフトを取り出し、俺に渡してきた。
「もう1つ買っておいて正解だったな」
「ありがとうございます、エギルさん」
「さてと、ハードでも買いに行くか」
「そうですね」
「言い忘れていたが、ナーヴギアで動くぜ。アミュスフィアはナーヴギアのセキュリティ強化版でしかないからな」
ナーヴギアはうちに保管してある。アミュスフィアを買わずに済んでよかった。
「アスナを助け出せよ。でないと、オレたちの戦いは終わらない」
「ああ、いつかここでオフをやろう」
「絶対に終わらせます」
そう言い、俺たちは拳をぶつけ、店を後にした。
「カズさん、教えてくれませんか?」
「何をだ?」
「とぼけても無駄ですよ。さっきパッケージのメーカー名が書いているところを見て怖い顔してましたよね。何か知っているんですか、レクト・プログレスのことを」
問い詰めると、カズさんは観念したかのような表情をして話し始めた。
「実は昨日、アスナが入院している病院に行った時にアスナの婚約者だという須郷伸之っていう奴と出会ったんだ。ソイツはアスナの昏睡状態を利用して、アスナのお父さんがCEOを務めているレクトを乗っ取ろうとしているんだよ。しかもアスナとの結婚式は来月に行うらしい」
「何だってっ!?」
あまりにも衝撃過ぎる内容に驚きを隠せなかった。もしかして昨日の夜、カズさんが電話に出なかったのはそれが原因だったのか。
「須郷はレクトのフルダイブ技術研究部門の主任で、そこでアーガス解散後のSAOサーバーの維持管理をしている。だからALOを運営するレクト・プログレスというのも何か引っ掛かるんだ」
「確かに……」
眠りについているアスナさん。彼女の婚約者である須郷伸之はSAOサーバーの管理をしている。そして、アスナさんらしき人物が目撃されたALOを運営するのはレクト・プログレス。
偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。須郷伸之という男が何か関わっていてもおかしくない。
――まさか、クリムさんと蛮野さんも須郷伸之とグルなんじゃ……。
一瞬だけだったが、そんなことも考えてしまった。
蛮野さんは昨日会ったばかりであまりわからないが、そんなことできるような人には見えない感じだった。クリムさんはなおさらだ。だってクリムさんはファーランさんのお父さんで、ミラのおじいさんだ。そんなことないはずだ。
でも、このことを2人に話すわけにはいかない。2人が関わっていなかったにしても、少しでも下手したらアスナさん達の命が危険にさらされることだってあり得る。
警察ならなんとかしてくれるかもしれないが、証拠がない以上まともに取り合ってしてくれないだろう。
こうなった以上、ALOにダイブして俺たちで真実を確かめるしかない。
「なあ、リュウ」
そんなことを考えているとカズさんが申し訳なさそうにして話しかけてきた。
「ゴメンな、俺のせいでまた仮想世界に行く羽目になってしまって……。しかもナーヴギアを使ってだ。リュウには現実世界との折り合いがあるっていうのに……」
「謝らないで下さいよ。行くって決めたのは俺の意思ですから。それに、プレイヤーは助け合いですよね?」
「そうだったな」
「だから絶対に終わらせましょう、俺たちのあの世界での戦いを」
「ああ」
俺たちは笑みを浮かべ、拳をぶつけ合う。
「じゃあ、後でな」
「はい」
カズさんと別れ、急いで家に戻った。
玄関の戸を開けようとしたとき、あることを思った。
「そういえば、父さんと母さんにはなんて説明すればいいんだか……」
父さんは出張、母さんは友達の結婚式で今日の夕方から数日の間、家にはいない。2人がいないのはALOをやるのに好都合かもしれないが、本当にそれでいいのかと思う。
ナーヴギアを使ってALOをやるっていうことを話すと絶対に反対するに違いない。だけど、もしも俺に何かがあって、SAOの時のようにゲームだけでなく現実でも死ぬってことになったら、2人が帰ってきた時に俺が死んでいたら、絶対に悲しむことになるだろう。それだけはあってはならない。
意を決し、2人に話すことにした。
玄関の戸を開け、リビングへと向かうといつものように父さんと母さんが「おかえり」と言って俺を迎えてくれた。
「父さん、母さん。2人に話してかないといかないことがあるんだけど、ちょっといいかな?」
「いきなりどうしたんだ、改まった顔なんかして」
「どうかしたの?」
「実は俺、ALOっていうVRMMOをやろうとしているんだ。ナーヴギアを使って……」
当然のことのように2人は驚愕する。
「龍哉、何を言っているの!2年間もあんな辛い目にあって苦しんでいたのに!」
「確かに母さんの言う通り、あの2年間で辛いことも苦しいことも沢山あったよ。だけど、それだけじゃなかった。あの世界で色々な人たちと出会って、楽しんだり喜び合ったりもすることができたんだ。勝手にそうだと決めつけないでくれ!」
反論するが、母さんはまだ反対している様子だった。すると、まだ何も言ってこなかった父さんの口が開いた。
「龍哉、ナーヴギアを使ってまたVRMMOをやろうとしているのには何か理由があるのか?」
「うん。だけど詳しくは話せない。ただ言えるのは、あの世界でまだやり残したことがあってそれに決着を付けるため。そして、あの世界で出会ったある人のためなんだ。俺はその人に救われて今はこうしていられる。だから今度は俺がその人を助けたいんだよ!」
俺の話を聞いて父さんは黙って数秒ほど何か考えると再び口が開いた。
「わかった。龍哉、頑張って来い。くれぐれも無茶だけはしないでくれ」
「お父さん!何言っているの!?どうして止めようとしないの!?」
「母さん、今の龍哉はSAOに捕われた頃のように何かに思い詰めていた様子はないだろう。きっとこの2年間で龍哉は昔の自分を取り戻すことができたんだ。だから今の龍哉なら大丈夫だと思うんだ」
父さんの話を聞いた母さんは顔を伏せ、数分後顔を上げた。
「…………。そうね、龍哉なら大丈夫よね。でも、これだけは約束して。途中で投げ出したりしないで、絶対に戻ってきて」
先ほどまで反対していた母さんも許してくれた。
「ありがとう。父さん、母さん」
2人に笑みを見せて自室へと行った。
部屋に入るとラフな格好に着替えてナーヴギアを手に取る。2年前は新品だったが、今は塗装があちこちで剥げ落ち、傷ついている。
「まさか、これを再び使うことになるとはな……」
ナーヴギアはSAO事件が起こってから回収されることになったが、SAO内での情報と引き換えに手放すことはなかった。その時にファーランさんとミラの現実世界での情報も入手した。
ALOのディスクをセットしてナーヴギアに電源を入れる。そして両手でナーヴギアを手に取る。
俺は自分の目的のためにキリさんを殺そうとしたことがある。もしかすると今俺がやろうとしているのはそのことへの罪滅ぼしかもしれない。キリさんに協力してアスナさんを救いだし、あの世界に決着を付けるためなら罪滅ぼしと思われても構わない。
――俺がキリさんを、アスナさんを助けるんだ!
ナーヴギアを被り、ベッドに横になる。
「リンク・スタート!」
前回と同様に旧版とは大きく異なる展開になりました。今回の話に登場した旧版にはいなかった新キャラのクリムさんと蛮野さん。この2人はこれからどう話に関わってくるのか。
ちなみに蛮野さんのイメージボイスは津田健次郎さんとなっています。森田成一さんではありませんので……(ボソッ
次回からやっとリーファが登場します。
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第3話 妖精たちの国
何処の世界に存在するのかわからない研究施設のような場所。今ここには誰もいない。
無人となっている研究施設にあるテーブルの上には、直径10センチ程の石造りの円盤が置かれていた。東洋龍の顔を催した紋章が描かれている円盤のふたは開けられており、その中には黒、藍色、紫のメダルがそれぞれ1枚ずつ、計3枚のメダルが入っていた。3枚とも金色の縁となっていて、円盤のふたと同じ東洋龍の顔を催した紋章が描かれている。
突如、3枚のメダルは光だし、動き出す。そして、何処かへ向かって飛んでいく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『アルヴヘイム・オンラインへようこそ。最初に性別とキャラクターの名前を入力してください』
アナウンスが入り、キーボードが出現する。
性別は男、名前はSAOで名乗っていたあの名前《Ryuga》と入力した。
『それでは種族を決めましょう。9つの種族から1つ選択してください』
妖精は全部で9つの種族がある。
火妖精のサラマンダー。
水妖精のウンディーネ。
風妖精のシルフ。
土妖精のノーム。
闇妖精のインプ。
影妖精のスプリガン。
猫妖精のケットシー。
鍛冶妖精のレプラコーン。
音楽妖精のプーカ。
前半の5つは漫画やゲームとかで聞いたことはあるけど、後半の4つはあまり聞いたことがないな。
種族にはそれぞれ特徴があるみたいだ。後に後悔しないようにするためにもこれは慎重に選んだ方がよさそうだな。
まずはパワーファイターの《サラマンダー》と《ノーム》は論外だな。体格がいいからスピード重視の俺の戦闘スタイルにはまず合わない。《スプリガン》と《レプラコーン》と《プーカ》は戦闘面では優れたものに秀でてないから、この3種族も候補から外そう。
残った種族の中で真っ先に目に止まったのは敏捷性に長けている《ケットシー》だった。これにしようかと思ったが、アバターに猫耳や尻尾が付いていることに抵抗を感じ、保留にしておいた。《シルフ》も能力がいいが、イメージカラーが緑なのが何かしっくりこなくてケットシーと同様に保留にした。
残っているのは《ウンディーネ》と《インプ》。ウンディーネは回復魔法と水中活動に長け、水属性魔法が得意。そしてインプは暗視と暗中飛行に長け、闇属性魔法が得意なのか。ウンディーネは水の妖精だから間違いなく水色とか青は間違いなく似合うし、インプも黒や紫の他に藍色や紺色といった暗い青系統も似合いそうだな。
「こっちにするか」
考えた結果、俺はインプを選んだ。インプって妖精じゃなくて悪魔だったと思うけど、今は気にしないでおこう。
『インプですね?キャラクターの容姿はランダムで生成されます、よろしいですか?』
OKボタンを押す。
『それでは、インプ領のホームタウンに転送します。幸運を祈ります』
それが終わると同時に光に包まれる。
光りが消えると俺は空中にいて、地上にあるインプ領のホームタウンへと落下していた。
「あれがインプ領のホームタウンか」
闇妖精だということもあって、インプ領のホームタウンは夜をイメージした街だ。
徐々にインプ領のホームタウンに近づいていく。
その時だった。
遠くの方から俺の方に目がけて黒と藍色と紫に光るメダルみたいなものが飛んできた。
「あれは何なんだ?メダル……?」
光る3枚のメダルは俺の周りを旋回すると身体に入り込む。
「ぐわっ!!」
一瞬、身体に電撃が走るような感覚が襲い掛かってくる。
そして、いきなり全ての映像がフリーズする。辺り一面のポリゴンが欠け、雷光のノイズが走り、徐々に辺り一面は何もない暗闇に包まれ、その中に落ちていく。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「んっ、ここは……」
意識を取り戻し、目を開ける。
起き上がって辺りを見渡してみるとここは森の中だった。プレイヤーは1人もいなく、建物らしいものも1つも見当たらない。
「あれ、インプ領のホームタウンじゃない。ここは何処なんだ?」
普通、ゲームを始めるとなると街や自宅からのスタートとなるのが当たり前だ。今の俺のようにフィールドからスタートするなんて絶対にありえない。
すぐ近くに小川が流れていることに気が付き、ALOの俺はいったいどのような姿をしているのか気になって確認しに行った。
流れている小川を覗き込むと水面には、髪の毛と瞳が紺色の1人の少年の顔が映っていた。そして、耳は妖精らしく尖っている。服装は紺色と黒をベースとした初期装備のものだ。
間違いなくALOの俺の姿だ。だが、それを見た瞬間、驚きを隠せなかった。
「こ、これがALOの俺の姿か……。容姿はランダムで生成されるって言っていたのにどうして……」
ヘアスタイルや髪の毛と瞳の色、エルフ耳を除くと現実やSAOの俺に近い姿をしている。
「まさか、ここはSAOじゃ……」
慌てて左手でメニューウインドウを急いで開く。ちゃんとログアウトボタンがあることに安心し、ついでに今のステータスを確かめることにした。だが、それを見て驚いてしまう。
種族はインプ、HPとMPはそれぞれ400と80と初期ステータスと特に問題はない。だが、問題なのはその下にある所持スキルとその熟練度だった。
スキル
・片手剣:1000
・体術:648
・投剣:739
・武器防御:921
・戦闘時回復:906
・応急回復:784
・索敵:879
・隠蔽:857
・軽業:1000
・疾走:1000
・限界重量拡張:713
・?????????
「HPとMPは初期ステータスなのに、どうして所持スキルは上級者レベルのステータスなんだ?」
これはどう考えてもデータがバグっている。でも、このスキルのステータスは何処かで見たことがあるような……ってこれはSAOで俺が習得したスキルとその熟練度だ。
この所持スキルで特に気になるのは一番下にある『?????????』と表示されているところだ。SAOで最終的に所持していたスキルは上の11個のはずだ。じゃあ、一番下のやつはいったい何なんだ。
色々考えてみるが、心当たりがあるものは何1つなかった。
「容姿にスキル熟練度、どうしてSAOのものと共通するものがこんなにもあるんだ?だったら、アイテムの方は……うわっ……」
今度はアイテムウインドウを開くが、それを見て絶句してしまう。アイテムは文字化けしていて、使えそうなアイテムは《王のメダル》しか残っていなかった。
「ダメだ、使えそうなアイテムが《王のメダル》しか残ってない……。SAOで愛用していた《ドラゴナイト・レガシー》とかがあれば、なんとかなったのに……」
色々試してみるが、使うことができないことが判明。持っていても意味がないため、《王のメダル》以外のアイテムは全て破棄することにした。あの中には、俺の愛剣《ドラグエッジ》や黒猫団から貰った青いフード付きマントなど思い入れのあるものもたくさんあって、少し悲しかった。でも、《王のメダル》はファーランさんとミラとの思い出があるから、これだけあっただけでもよかったと思った方がいいか。
所持金も確かめてみたが、明らかにゲームをやり始めたプレイヤーが持っているがおかしいと思うほど多額だった。街に行って店があったら片刃状の片手剣と青系のフード付きマントでも買おうか。売っているといいな。
とりあえず今は初期装備の片手剣を右腰に装備することにした。
「あっ……そういえば、飛ぶことができるんだったな」
飛ぼうとしたら背中をコウモリの羽みたいな形をした黒い翅が4枚現れた。
「これが翅か。インプだから悪魔っぽい形をした翅だな」
確かダイブする前に読んだマニュアルには、左手を握るようにすると補助コントローラーが現れて飛べるって書いていたことを思い出す。実際にやってみるとジョイスティック状の補助コントローラーが現れた。
「手前に引くと上昇、押し倒すと下降、左右で旋回……」
マニュアルにあった操作方法を思い出しながら補助コントローラーを使用しながら、練習を始める。
それから数分後にはコントローラーありでなんとか飛べるようになった。
「これが飛行機能か。なんかいいな」
すっかり飛行機能に魅了されてしまった。
「これで飛行は大丈夫と……。このまま、ここに留まっていても何も解決しないし、近くに街か村がないか探しながら移動するか」
今は森を抜けようと辺りを広く見渡せるところまで上昇する。上空から辺り周辺を見渡すが街や村はなく、森が広がっているだけ。妖精の世界の星空は幻想的でとても綺麗だ。
とりあえず、世界樹が見える方へ行ってみることにする。
「早くキリさんを探さないと。でも、どうやってキリさんを探せばいいんだっけ?しかもどんな姿になっているか、何処にいるのかも分からないしな。それに今敵が襲ってきたらヤバいぞ」
俺は左利きのため、剣は左手で持つ。だけど、今はコントローラーがあるため、剣は使うことはできない。コントローラーなしでも飛べるらしいけど、どうやったらできるのかはよくわからない。
後ろの方から何か音がし、振り返って見ると俺に目がけて炎の玉が勢いよく飛んでくる。
「危なっ!!何だ!?」
間一髪のところでなんとか回避し、当たらずに済んだ。初期装備であんなの喰らったら大ダメージを受けていたところだ。
すると、赤い重装甲で身を纏い、ランスを持った大柄のプレイヤーが2人こっちに近づいてきた。カラーリングと体格がいいことからこの2人はサラマンダーに間違いない。
「シルフの残党を探してたが、こんなところにインプの
「ちょっといきなり何するんだ!危ないだろ!」
「
「それにこの前、サラマンダー領とインプ領との中立域でお前と同じインプのプレイヤーにやられたんだよ」
これがPK推奨のゲームか。初心者狩りとかもあるんだな。ていうか、俺と同じインプのプレイヤーにやられたからって完全に逆恨みじゃないか。
「ここは戦うしかないか……」
「やる気か?」
いざ、戦闘開始となるが、左手は補助コントローラーを使っているから剣を使うことができないことに気が付く。右手だと剣の扱いが左手ほど上手くない。ここは逃げるしかない。
補助コントローラーのボタンを押し、全速力で飛んで逃げる。
「おい待てっ!!」
予想通り、2人のサラマンダーは俺を追ってきた。
ダイブしたらよくわからないところに出て、挙句の果てプレイヤーに襲われることになるとは……。
2人のサラマンダーが何かを詠唱して先ほどと同じく炎の玉を俺に目がけて飛ばしてきた。
「ヤバっ!!」
ギリギリのところでかわすが、その際にバランスを崩して地面へと勢いよく落下する。
「嘘だろぉぉぉぉっ!!」
焦った俺は急いで補助コントローラーを使って着陸態勢に入る。あと10メートルほどで地面に激突しようとしたところで落下速度を落とすことに成功し、地面に着地する。
「ふぅ……なんとか助かっ……」
着地したところを見て俺は絶句してしまう。目の前には3人の重装備のサラマンダーと金髪のロングヘアーをポニーテールにした緑と白をベースとした服装の女の子がいた。女の子の方は見たところシルフのようだ。
これは明らかにかなりヤバいところに着地してしまったみたいだ。しかも俺を追ってきた2人のサラマンダーもやってきた。
ALOにダイブして、どうしてこうも早くトラブルが連続して起きるんだよ……。
「おい、そのインプは何なんだ?」
リーダーらしき男が俺を追ってきたサラマンダーたちに尋ねる。
「あ、カゲムネさん!シルフの残党を探してたらインプの
「まあいいだろう、そのインプはお前たち2人にやる。俺たちはこの女をやるぞ」
「どわぁぁぁぁぁぁっ!!」
剣を取ろうとすると上から悲鳴が聞こえ、目の前に人が勢いよく落ちてくる。
突然の乱入者にこの場にいた全員が唖然として、落下してきたプレイヤーに注目する。
落下してきたプレイヤーは浅黒い肌で逆立った黒髪で、やんちゃな感じの少年だ。
全体的に黒い服装をしていたため、俺と同じインプかなと思ったが、翅の色はクリアグレーで形も異なっていた。確かあれはスプリガンだったような。でも、見たところ俺と同じ
それにあのスプリガンのプレイヤー、なんとなく誰かと似ている気がする。
「今度はスプリガンっ!?2人とも早く逃げてっ!!」
だがスプリガンのプレイヤーは動じる気配はない。それどころか、少し余裕そうにしている。
「見たところ、重戦士5人で女の子1人と
スプリガンの言葉に共感し、俺も言う。
「俺もそこのスプリガンの人と同感だ。それに、俺はそこの2人のサラマンダーの人に狙われているようだから、逃げるのはソイツらを倒してからかな」
リーダー以外のサラマンダーが怒りを露わにする。
「なんだとテメェらっ!!」
「
「望みどおりついでに狩ってやるよっ!!」
「まずはスプリガンのお前からだぁっ!!」
1人のサラマンダーがスプリガンをランスで突き刺そうとする。
「危ない!逃げろっ!!」
そう叫んだが、俺は信じられないものを目にする。
スプリガンの少年は片手でランスの先端をがしっと掴んで受け止めていた。そのサラマンダーを簡単にもう1人のサラマンダーに目がけて軽く投げ飛ばし、衝突させて地面に落とす。そして、シルフの少女に向かって言った。
「えっと、その人たち斬ってもいいのかな?」
「えっ?そりゃいいんじゃないかしら?少なくとも先方はそのつもりだと思うけど……」
「そっか。じゃあ、そこの2人は青っぽい君に相手してもらおうか?」
「あ、はい……」
スプリガンのプレイヤーが言ってきたことに、俺とシルフの少女は戸惑いながら答える。
「早速失礼するぞ」
スプリガンの少年は背中にある鞘から右手で俺と同じ初期装備の片手剣を抜き取る。そして、剣を持って構えると姿を消す。一瞬何が起こったのかわからずにいると、1人のサラマンダーの悲鳴を上げ、赤い炎となって消滅する。
「おい!くそ、ならばインプのお前からだ!!」
俺を狙っていたうちの1人が俺にランスを突き刺そうと襲ってきた。それをSAOで鍛え上げた軽業スキルと元々の運動能力を利用して回避する。更に火炎魔法も使って攻撃してくるが、連続バク転で全て回避する。
火炎魔法を放ち続けたことで辺りは煙に包まれ、何も見えなくなる。だが、暗視に優れたインプの俺には普通に見えている。この隙にウォール・ランを使って木の上に駆け上る。
「何処だ!?」
サラマンダーの1人が、俺がいないことに怯んでいる。そして、俺は片手剣を逆手に持つ。
「はぁぁぁぁっ!!」
木の上から飛び降り、鎧の隙間を狙って奴の首を斬り落とす。
「嘘だろっ!?何で
「いくら
そう言い、片手剣を逆手から順手に持ち直し、もう1人のサラマンダーも鎧の隙間を狙って胴体を真っ二つにして倒した。
俺が倒した2人のサラマンダーは赤い炎と化す。
「初期装備だから最初は心配したけど、上手く倒せたな……」
その間にもスプリガンの少年は2人目のサラマンダーを倒していた。
「あの人ってまさか……」
リュウ君がALOに初ログイン。
キリトとは異なってちゃんと種族選びをしたところがリュウ君らしいです。リュウ君は最終的にインプになりましたが、実はカラーリングや能力からウンディーネかケットシーにするという案もありました。でも、主要人物にケットシーが多い、暗視と暗中飛行がリュウ君の忍者ビルドには合いそうなどという理由でインプにしたという過去があります。インプは軽量級種族に分類されてウォール・ランも使えますし。
ケットシーにした場合、リーファによく猫耳や尻尾を触られてイタズラされそうな。でも、リュウ君のケットシーの姿もみたいなと思った私がいました(笑)
そしてリーファがリメイク版で初登場となりました。ここで同時にリュウ君の初のALOでの戦闘もやりましたが、見事にデビュー戦を決めることができました。
最初の辺りでいくつか謎を残して終わりましたが、これらは後に明らかになります。
次回もよろしくお願いします。
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第4話 翡翠の都《スイルベーン》
無駄話が長くなってしまいましたが、今回の話になります。
「どうする?あんたも戦う?」
「いや、やめておくよ。もうすぐで魔法スキルが900なんだ。デスペナが惜しい。今回のところはここら辺で引き上げておくよ」
スプリガンの少年の言葉に残ったリーダーのサラマンダーはそう答えて、この場から去って行った。数十秒後には残っていた4つの赤い炎も消えてしまう。
俺はどうしてもスプリガンの少年が何者なのか気になり、彼の元へと行く。俺の考えが正しければあの人しか考えられない。
「あの、あなたってもしかしてキリさんですか?」
「その呼び方、お前もしかしてリュウか?」
「あ、はい」
思っていたとおりだ。キリさんも俺と同様にSAOの面影を残した姿をしていた。
「やっぱりリュウだったか。よかった、無事に合流できて。お前はどうしてここに?」
「インプ領のホームタウンから開始されるはずだったんですが、何故か急にここに転送されて……。キリさんは?」
「俺もそんなところだよ」
どうしてああなったのかわからないが、とりあえずキリさんと無事に合流できてよかった。
会話している俺たちの元に先ほどのシルフの少女が近づいてきた。
「ねえ君たち、あたしはどうすればいいのかしら?お礼を言えばいいの?逃げればいいの?それとも戦う?」
「いや、女の子と戦うのはあまり好きじゃないから俺たちのことも見逃してもらえると助かるんだけど……」
敵意を見せないようにするため、剣を右腰の鞘にしまう。
同じく、背中の鞘に片手剣をしまったキリさんは何か考え事をしている。
「俺的には正義の騎士が悪者からお姫様を助けたって場面なんだけどな」
「「は?」」
俺とシルフの少女はキリさんの言葉に唖然とするしかなかった。
「普通ならお姫様が涙ながらに抱きついて来る的な……」
「ば、バッカじゃないの!それなら戦ったほうがマシだわ!!」
シルフの少女は顔を真っ赤にしてキリさんに剣を向けてきた。剣を向けられたキリさんは俺の後ろに逃げ込んだ。
「何で俺の後ろに逃げるんですかっ!?」
「リュウ、助けてくれよっ!」
「こればかりは俺も聞いて呆れますよ。斬られて許してもらうしかないかなと……」
「そんなぁっ!!冗談で言っただけのに!!」
「自業自得ですよ」
「その通りですよ!」
不意に何処かから幼い女の子の声がする。
「あ、コラ!出てくるな!」
キリさんの胸ポケットがゴソゴソ動きだし、中から出てきて彼の肩に乗ったのは、ファンタジーものによく出てくる10センチほどの大きさをしたピクシーだった。
「パパに抱きついていいのはママとわたしだけです!」
「「パ、パパ!?」」
俺とシルフの少女はキリさんがパパと呼ばれたことに驚いてしまう。あの娘はいったい何なんだ?
「ねえ、それってプライベート・ピクシーだよね?プレオープンの販促キャンペーンで抽選配布されたっていう……。へえー、初めてみるなぁ」
「ま、まあ。そんなところだ。俺クジ運いいんだよ」
キリさんはシルフの少女に慌てて説明し、俺に耳打ちして「このことは後で詳しく説明する」と言ってきた。
「でも、変な人たちだなぁ。2人ともプレオープンから参加してるわりにはバリバリの初期装備でやたら強いし」
「ええーと、あれだ、俺たち昔アカウントだけは作ったんだけど、他のVRMMOやってて始めたのはつい最近なんだよっ!」
「そ、そうっ!」
「へえー」
どうも腑に落ちない様子を見せるシルフの少女。多分このことを説明するとかなり長くなりそうだし、SAO関連のことも話すことになりそうだから誤魔化しておかないと。
「でも、どうしてインプとスプリガンがこんなところをウロウロしてるのよ。インプ領はサラマンダー領を挟んで東側で、スプリガン領はウンディーネ領を挟んでインプ領の北にあるのに」
「み、道に迷って……」
「俺もそんなところかな……?」
そう言うとシルフの少女は笑い出す。
「方向音痴にも程があるよ!君たち変すぎ!!」
シルフの少女は笑いがおさまると長刀を腰の鞘に収める。
「まあ、ともかくお礼を言うわ。助けてくれてありがとう。あたしはリーファっていうの」
「俺はキリト。この子はユイ。リュウもユイに会うのは初めてだったよな」
「そうですね。俺はリュウガ、リュウで構わないよ。よろしく」
「ねえ、キリト君、リュウ……君。このあとはどうするの?よかったらそのお礼に1杯奢るわ」
「それは嬉しいな。実は俺たち、色々教えてくれる人を探してたんだ。特にあの樹について」
「あの樹?世界樹?いいよ、あたしこう見えても結構古参なのよ。じゃあ、ちょっと遠いけど北の方に中立の村があるから、そこまで飛びましょう」
「あれ?《スイルベーン》って街の方が近いんじゃないのか?」
「本当に何も知らないのね。あそこはシルフ領だよ。シルフ領の街の圏内だとインプとスプリンガンの君たちはシルフを攻撃できないけど、逆はアリなんだよ」
「そ、そうなんだ。だったら中立の村に行った方がよさそうだな……」
「全員がすぐに襲ってくるわけじゃないんだから大丈夫だろ。リーファさんもいるしさ」
この人はどうしてこんな呑気なことを言えるんだろうか。シルフのプレイヤーからリンチにされる可能性もあるっていうのに。
「リーファでいいわよ。そういうことならあたしは構わないけど命の保障まではできないわよ。じゃあ、飛ぼっか」
これはもう行く羽目になったってことか。でも、当の本人でさえ、命の保障まではできないと言うとなんか不安だ。
リーファは薄緑色の4枚の翅を背中に出現させると、コントローラーなしで宙に浮く。それを見て俺はリーファに尋ねた。
「リーファってコントローラーなしで飛ぶ方法知ってるの?」
「まあね、随意飛行にはちょっとコツが必要だけど」
「じゃあ、俺に随意飛行のコツを教えてくれるかな?どうしてもコントローラーなしで飛べるようにしたいからさ……」
「それなら俺にも教えてくれ」
俺だけでなく、キリさんも随意飛行で飛べるようにしておきたいようだ。
「念のために試してみようか。2人ともコントローラーなしで翅を出して、ちょっと後ろ向いてくれるかな」
リーファに言われるがまま後ろを向くと、リーファは俺たちの背中に手を触れてきた。
「今触ってるの、わかる?」
「「ああ」」
「いい?まずここから仮想の骨と筋肉があると想定して、それを動かすの」
仮想の骨と筋肉、そしてそれを動かす……。集中してそうイメージする。翅が小刻みに動く音がする。
「その調子!今だよ!」
その瞬間、リーファに背中をドンッと押される。
「うわっ!」
バランス崩しながら宙に浮き、なんとかバランスを立て直した。
「やった!できた!」
「リュウ君上手いね。キリト君の方はどうかな?あれ?」
俺とリーファはキリさんの方を見るが、姿が見えない。何処にいるんだろうと思った矢先、上空の方でキリさんの悲鳴が聞こえる。
「あの悲鳴ってまさかキリさんのだよな……」
「うん、間違いないと思うよ……」
「やっぱりそうか……ってそう言うことしている場合じゃなかった!」
リーファとコント的なことをやり、急いで上空へと飛翔する。
上空で俺たちが見たのは、コントロールできなくなって夜空を飛び廻っているキリさんの姿を見かけた。
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!止めてくれええええぇぇぇぇぇ!!」
それを見て俺とリーファとユイちゃんは顔を見合せると同時に吹き出した。
「あはははははは!!!」
「ご、ごめんなさい、パパ!面白くて!」
「何かウケでも狙っているんですか!」
笑っていると、何故かキリさんが俺のほうへ突っ込んでくる。
「何でこっちに来るんですかっ!?」
「俺に聞くなぁぁぁぁぁ!!」
この数秒後には俺とキリさんは激突し、ギャグ漫画のような効果音を立てながら木に激突し、地面に落下した。
「随意飛行ってかなり難しいんだな……」
「そ、そうですね……」
それから10分間リーファのレクチャーを受け、俺とキリさんはコントローラーなしで完璧に飛べるようになった。
「おお、これはいいな」
「そうですね。今まで空を飛ぶことなんて夢の出来事だと思っていたのに、こうやって飛べるなんて。このままずっと飛んでいたいですよ」
「その気持ち、あたしもわかるよ。それじゃあ、このままスイルベーンまで飛ぼう。ついてきて!」
リーファが先導し、スイルベーンに向かって飛行し始めた。リーファは初心者の俺たちのことを考慮してくれ、速度をあまり出さずにいた。そんな中、キリさんがリーファにこう言い出した。
「もっとスピード出してもいいぜ」
「ほほう。リュウ君は?」
「俺もそれでいいよ」
リーファは俺に確認するとにやっと笑い、一気にスピードを出した。
キリさんの一言で完全にリーファに火が付いたな。
キリさんもリーファに追いつこうとスピードを出し、俺もそれに続くようにスピードを出した。
俺たちが追い付いてきたことにリーファは驚きを見せ、ユイちゃんは途中で限界が来てキリさんの胸ポケットに飛び込んだ。
俺とキリさん、リーファは顔を見合わせ、笑う。
そうしている内に抜けるといつものタワーがある緑色に光る街が見えてきた。地上には緑系統の服装をしたシルフのプレイヤーが沢山いる。
「あれがシルフ領の首都《スイルベーン》だよ。真ん中の塔の根元に着陸するけど、リュウ君とキリト君はライティングのやり方ってわかる?」
ライティングか。前に鷲が鷲使いの腕に止まるのを見たことがあったけど、確か減速して着地してたな。あんな感じでいいのかな。
「俺はなんとなくだけどわかるかな……。成功するかどうかわからないけど……」
「俺は全くわかりません」
キリさんのわからないという返答に俺とリーファは冷や汗をかく。その間にも目の前に塔に接近していた。
「えーと……ゴメン、もう遅いや。幸運を祈るよ……」
「ど、どうか御無事で……」
俺とリーファはそう言い残して急減速に入り、真ん中の塔の根元に着陸しようとする。
「そ、そんなバカなぁぁぁぁぁぁ!!」
キリさんの絶叫が聞こえる中、俺とリーファは着陸する。リーファは慣れていてしっかり着陸ができていたが、俺は初めてということもあってあまり上手く着陸はできなかった。それでも着陸できたことに一安心した。
数秒後に上の方で、ドガアアアアン!!と激突した音が響き、俺とリーファの目の前にキリさんが落ちてきた。
「あの、大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃねえよ。2人して俺を見捨てて……」
キリさんが恨みがましい顔で言ってきた。
「まあまあ、ヒールしてあげるから」
リーファは右手をキリさんに向けると何かの呪文を唱えた。すると、キリさんの体が光ってHPが回復した。
「凄いな、これが魔法か」
キリさんは先ほどとは違って興味津々という表情になる。
「高位の治癒魔法はウンディーネじゃないと使えないんだけどね。だけど、必須スペルだから2人も覚えたほうがいいよ」
「種族によって補正があるのか。スプリガンは何が得意なんだ?」
「トレジャーハント魔法と幻惑魔法かな。どっちも戦闘には不向きだから不人気種族ナンバーワンなんだよね」
「うっ……。じゃあ、リュウが選んだインプはどうなんだ?」
「インプは暗視と暗中飛行、闇属性魔法に長けている。まあ、ようするに暗闇が得意ってことですね」
「何で俺はインプじゃなくてスプリガンなんか選んだんだよ。インプも黒っぽいし。ちゃんと下調べしておけばよかった……」
キリさんはショックを受けながらも身体を起こし、周囲を見渡す。
「ここがスイルベーンかぁ。綺麗な所だなぁ」
「こういうことなら、インプじゃなくてシルフで始めてもよかったかな」
「でしょ。あたしもこの街、結構気に入ってるんだ」
スイルベーンは緑色に光る綺麗な街で、SAOにはなかった神秘的な風景に包まれている。
街を歩いていると誰かがリーファに声をかけてきた。
「リーファちゃ~ん!無事だったの~!!」
そう言って、手をぶんぶん振りながらリーファの元にやって来たのは、黄緑色のおかっぱ風の頭をした気弱な感じの少年だった。
「あ、レコン」
「すごいや!流石リーファちゃん……って、インプとスプリガンっ!?」
レコンと呼ばれた少年は俺とキリさんを見ると一気に警戒し、腰にある鞘からダガーを取り出そうとする。
「ちょっと、ストップ、ストップ!俺たちは別にシルフに危害を加える気はないから!」
「リュウ君の言う通りだよ。この2人が助けてくれたから別にいいのよ。こいつはレコン。あたしの仲間なんだけど、君たちと出会うちょっと前にサラマンダーにやられちゃったんだ」
「そうだったんだ。それは災難だったな。俺はリュウガ。リュウで構わないよ」
「俺はキリトだ、よろしく」
「あ、どもども……」
俺たちが手を差し出すとレコンは握手し、ぺこりと頭を下げるが……。
「って、そうじゃなくて!この2人、スパイとかじゃないの!?」
再び、ダガーを取り出そうとするレコン。
「あたしも最初は疑ったんだけどね。キリト君はスパイにしてはちょっと天然ボケが入り過ぎているし、リュウ君はキリト君に振り回されている苦労人って感じだから悪い人には見えなくてね」
「あっ、俺だけひでえ!」
子供みたいに拗ねるキリさんを見て俺とリーファは笑い出す。
だけど、レコンはまだ俺たちのことを疑っている目で見ていたが、やがて咳払いして言った。
「シグルドたちはいつもの酒場で席取っているよ。分配はそこでやろうって」
「あ、そっか。う~ん……あたし今日はいいや。今日の分は預けるから4人でわけて」
「え!?来ないの!?」
「うん。この2人に1杯おごる約束しているんだ」
すると、レコンは嫉妬の目で睨んできた。
流石にちょっとヤバい感じがして恐る恐るレコンに話しかける。
「えっと、なんか君の仲間を借りることになってしまってゴメンね……」
「まあ、リュウがリーファをナンパしたんだけどな」
何を思ったのか、キリさんはありもないことをニヤニヤしながら言ってきた。
「キリさん、アンタ何言っているんですかっ!?」
当然、これには驚いてしまう。今までナンパなんてしたこと1度もないのに……。終いには、レコンが敵意を剥き出して俺を睨んできた。背中には冷や汗をかき、すぐにレコンから視線を逸らす。
この元凶ともいえる本人はニヤニヤして楽しそうにしていた。
「コラッ!レコン止めなさい!キリト君も何言っているのよ!」
「ンギャっ!」
「イデッ!」
リーファは顔を赤くし、レコンとキリさんの頭に拳骨を下す。2人は少し痛そうにして拳骨が落とされた部分を手で押さえていた。
「リュウ君とは何もないんだから妙な勘繰りしないでよね。じゃあ、お疲れ!」
メニューウインドウを操作し終え、俺の袖を引っ張ってこの場から離れる。その後ろをキリさんがついて来る。
本当はアニメ第1期の第17話にあたるところを全てやる予定でしたが、予想以上に長くなってしまい、旧版と同様に2話に分けることにしました。
キリトとゲームで再会し、ついにリーファと初対面したリュウ君。
旧版とは異なり、リーファは最初からリュウ君呼びにしました。今ではもうリーファ/直葉はリュウ君呼びじゃないと違和感がありますし、アスナも旧版リメイク版共にリュウ君呼びにしましたので(主要メンバーで1人だけリュウじゃないのはおかしいと思ったためです)。一応、ゲーム版ではセブンやレインもリュウ君呼びしようと考えています。
リメイク版でも旧版と同様にリュウ君を敵視するレコン。こっちでも相変わらずだなと書いてて思いました。今回のは明らかにキリトが原因ですけど。でも、レコンってリュウ君に勝ち目がないと思うのは私だけでしょうか……。
次回もよろしくお願いします。
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第5話 この世界について
前回、読者の中でリュウ君のイメージソングはどんなものなのかという質問を頂きました。一応リュウ君のイメージソングはアインクラッド編では「Wish in the dark」、フェアリィ・ダンス編からは「Regret nothing~Tighten Up~」となっています。
無駄話が長くなってしまいましたが、今回の話になります。
リーファに連れられてやってきたのは《すずらん亭》という小さな酒場兼宿屋だった。店内には俺たち以外にプレイヤーは1人もいなく、そこにある奥まった窓際の席に腰を下ろす。
俺はチョコレートケーキ、キリさんは木の実のタルト、リーファはフルーツババロア、飲み物にハーブワインのボトルを1本頼んだ。ちなみにユイちゃんがチーズクッキーをオーダーしたことに俺とリーファは少々驚いてしまった。
「そういえば、さっきのグリドン……じゃなくてレコンっていう子ってリーファの彼氏?」
「恋人さんなんですか?」
頼んだものが来るものを待っている間、キリさんとユイちゃんがそんなことを言ってきた。ていうかキリさん、レコンのことをどうやったらグリドンと間違えるんだよ。あと、女の子にそう言うことはストレートに聞くようなものじゃないような気がするんだけど……。アスナさんがここにいたら絶対に怒られていただろう。
「ち、違うわよ!ただのパーティーメンバーで、リアルでは学校のクラスメイトなの!」
当然、リーファは顔を少し赤く染めて慌てて否定する。
これを見ていた俺は話題を変えようとリーファに話しかける。
「でも、学校のクラスメイトとVRMMO やっているのっていいな。俺の周りには普通のゲームをやっている人しかいなかったからさ」
「そうでもないよ。宿題のこと思い出しちゃったりとか、色々弊害もあるよ」
「そっか、なるほどな」
そんな会話を交わしているとNPC のウェイトレスがやってきて頼んだものをテーブルに並べる。
「それじゃあ、改めて助けてくれてありがとう」
3人で飲み物が入ったグラスを合わせる。
「それにしても、あの赤い奴らえらい好戦的な連中だったな」
「確かに。俺なんか同じインプにこの前倒されたからって逆恨みで狙われたんですよ」
「そいつはかなり酷いな。ああいう集団PKってよくあるのか?」
「元々サラマンダーとシルフは仲悪いのよ。インプもシルフほどじゃないけどサラマンダーとはあまり仲がよくないはずだよ。シルフ領とインプ領はサラマンダー領と隣り合っているから中立域の狩場じゃよく出くわすしね。でもああいう組織的なPK が出るようになったのは最近だよ。きっと、近いうちに世界樹攻略を狙ってるんじゃないかな?」
リーファの話に出てきた世界樹という単語にキリさんは一気に食らいつく。
「その世界樹について教えてほしいんだ。俺たち、どうしても世界樹の上に行きたいんだよ」
「それは多分、全プレイヤーがそう思ってるよ。っていうか、それがこのALO……ゲームの《グランド・クエスト》なのよ」
「世界樹の上に行くのがグランド・クエスト?」
俺がふと口に出したことにリーファが答える。
「滞空制限があるのは知ってるでしょ?どんな種族でも、連続して飛べるのはせいぜい10分が限界なの。でも、世界樹の上にある空中都市に最初に到達して《妖精王オベイロン》に謁見した種族は全員《アルフ》っていう高位種族に生まれ変われる。そうなれば、滞空制限なしに自由に空を飛ぶことができるようになるんだよ」
「それならこのゲームのグランド・クエストって言ってもいいやつだな。滞空制限がある中、無制限で飛べるなんてこの世界の最強の力を手に入れるようなものだからな」
「この世界の最強の力……そう言ってもいいくらいよね」
「ところで世界樹の上に行く方法ってのは何なんだ?」
キリさんはアルフに転生するということには一切興味がなさそうにし、世界樹の上に行く方法だけに興味を示している。
「世界樹の内側……根元が大きなドームになっていてそこから空中都市に行けるんだけど、ドームを守ってるNPCガーディアン軍団がすごい強さなのよ。オープンしてから1年経つのにクリア出来ないクエストってありだと思う?」
「思ってた以上に世界樹の上に行くのは大変なことなんだ……」
「そうだな。俺なんか簡単にいけるもんだと思っていたよ」
「実はね、去年の秋頃、大手のALO 情報サイトが署名集めて、レクトプログレスにバランス改善要求出したんだけど、『当ゲームは適切なバランスのもとに運営されている』とか解答されたから、攻略方法を探しているんだよ。最初に到達した種族しかクリアできないから他種族と協力するのはまず無理だからね。だから、今はキークエストがないか探しているんだ。最近聞いた話だと《オーバーロード》が何か関係があるんじゃないかって言われてるの」
「オーバーロード?」
ショコラケーキを食べていた手を止め、リーファの方を見る。
「オーバーロードは、今度のアップロードで新たに登場するモンスターのことだよ。今分かっているのは、とにかくもの凄く強い言語を話す人型モンスター。そして世界樹攻略の鍵を握っているかもっていうことだけかな。まあ、後の方は今までもアップロードがある度にこういう噂はあったけど、全てデマだったんだよね」
ゲームは発売されたり、アップロードされる前は色々な予測がされるものだって、
「つまり、世界樹の上に行くのは今の段階で不可能ってことか……。でも、そうなるとなんか諦め切れないな……」
「あたしもそう思うよ。でも、いったん飛ぶことの楽しさを知っちゃうと何年かかっても……」
「それじゃ遅すぎるんだ!!」
俺とリーファが話しているとキリさんが叫んだ。
「パパ……」
ユイちゃんは心配し、キリさんの肩に座った。
「キリさん、急がないといけない気持ちはわかるけど、ここで怒鳴ってもどうにもなりませんよ」
俺の言葉にキリさんは冷静さを取り戻す。
「そうだったな、ゴメン。だけど俺、どうしても世界樹の上に行かなきゃいけないんだ。詳しいことは言えないが、人を探してるんだ。ありがとう、リーファ。色々教えてもらって助かったよ。俺たちはもう行くから」
キリさんはそう言って店を出ようとする。
俺もあとを追おうとするが、その前にリーファに声をかける。
「これはキリさんにとって大事なことなんだ。俺や君がなんと言おうとあの人は行くつもりだよ。だけど、俺もキリさんを世界樹の上にどうしても行かせてあげたいんだ。色々とありがとう、じゃあ」
そう言い残してキリさんのあとを追うようにして行く。すると、リーファは俺たちの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。世界樹に行く気なの?無茶だよ、ここから世界樹までものすごく遠いし、途中で強いモンスターもいっぱい出るんだよ」
「それでも俺たちは行く」
思った通り、キリさんに何を言っても無駄のようだな。世界樹まで行くのに覚悟を決めた方がよさそうだ。
そう思った時だった。
「じゃあ、あたしが連れていってあげるよっ!!」
リーファの言葉にキリさんが反論する。
「いや、でも、会ったばかりの人にそこまで世話になる訳には……」
「いいの!もう決めたの!それに君たち、世界樹までの道は知っているの!?」
リーファの言うとおり、俺たちは世界樹までの道は知らない。それ以前にこの世界については全く知らないから詳しい人がいたほうが心強い。それに、キリさんと同様にリーファにも何を言っても無駄な気がする。
「そこまで言うんだったら俺は構わないよ。キリさんはどうなんですか?俺はリーファがいてくれた方がいいと思いますが」
「まあ、リュウがそう言うなら構わないぜ」
半ば強引だけど、リーファも俺たちと一緒に世界樹を目指すことになった。まあ、正直言うとリーファがそう言ってくれて助かった。俺1人じゃキリさんのストッパー役をやるのは大変な気がするからな。
「あの、明日も入れる?」
「俺は特に問題はないよ」
「俺もリュウと同意見だ」
「なら、午後3時にここでね。あたしもう落ちなきゃいけないから。ログアウトには上の宿屋を使ってね。じゃあ、また明日ね」
そう言ってリーファはログアウトしようとする。
「あ、リーファ!」
ログアウトしようとするリーファを呼びとめる。
「リーファが一緒について行ってくれるって言ってくれて助かったよ。ありがとう」
リーファは微笑んでこくりと一回頷くとログアウトした。そして、この場には俺とキリさんとユイちゃんだけになった。
「どうしたんだろう彼女」
キリさんがそう呟くと、俺とユイちゃんが答えた。
「さあ。俺にもわかりませんね」
「今のわたしにもメンタルモニター機能がありませんから。でも、浮気しちゃダメですよパパ」
「しないって!」
慌てて否定するキリさん。ユイちゃんはしっかりした子だなと思い、俺は笑ってしまう。
「でも、リーファには俺よりもリュウの方が気があるんじゃないのか?リーファがついて行くことにすぐに賛成したしさ。あのレコンっていうプレイヤーに睨まれても仕方がないと思うぜ」
「何言っているんですか!それにレコンに睨まれたのはキリさんのせいじゃないですか!」
「いやぁ、あれはなんか面白そうだなと思って……」
ハハハハと笑い出すキリさん。この調子でこれから先、大丈夫なんだろうか。
でも、何故だかリーファとはもっと一緒にいて話したいと思った。どうしてそんな風に思ったんだろう。
「リュウさん、どうかしたんですか?」
考え込んでいるとユイちゃんが話しかけてきた。
「いや、何でもないよ」
そう言えば、ユイちゃんって何者なんだ。リーファはプライベート・ピクシーだとか言っていたけど、表情が豊かだし、さっきだってクッキーをオーダーしてたな……。
「あの、キリさん。ユイちゃんっていったい……」
「ああ、後で説明するって言っててまだ説明してなかったな。聞かれるとちょっとマズイから上の宿屋で話すよ」
上の宿屋に着くとキリさんはユイちゃんのことを簡単に話してくれた。
ユイちゃんはキリさんとアスナさんがSAOで出会った子供で、2人のことをパパとママと呼んで本当の親のように慕い、キリさんとアスナさんもユイちゃんのことを本当の子供の用に可愛がっていた。そんな可愛らしいユイちゃんの正体はプレイヤーの精神的ケアを行う役割を持つAI、《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》のMHCP試作一号というものらしい。強力なボスモンスターからキリさんたちを助けた結果、システムに削除されそうになったが、キリさんが間一髪のところで助けたことで消えずに済んだ。ALOでは《ナビゲーション・ピクシー》という役割を持つらしい。
そして、ユイちゃんがALOで復活できたのはSAOのキリさんのデータが引き継がれたからだと聞いた。ALOはSAOのサーバーをコピーしたものらしく、それで俺やキリさんのSAOでのキャラデータが引き継がれたのだという。
スキルデータに初期キャラでどうしてあのサラマンダーたちを倒すことができたのかと納得できた。
「まあ、アイテムはユイのデータが保存されたものしか残ってなかったけどな……」
「俺もこれしか残りませんでしたね……」
胸ポケットから《王のメダル》を取り出し、キリさんたちに見せる。
「これって確か前に言っていたリュウの仲間たちとの……」
「はい。でも、これだけでも残ってくれてよかったですよ。ファーランさんとミラとの思い出が詰まったものですから……。何かお守り代わりにもなると思いますし」
「つまり、この3枚のメダルはリュウさんにとって大切なものなんですね」
「そうだね」
笑みを見せ、《王のメダル》を胸ポケットに戻す。
「じゃあ、これ以上キリさんとユイちゃんの親子水入らずの時間を邪魔するわけにはいかないので俺はこの辺りで失礼しますね」
「なんか気使わせちゃって悪いな。じゃあ、また明日」
「おやすみなさいです、リュウさん」
2人に手を振って部屋から出て、隣の部屋に向かう。そして、ベッドに腰掛け、胸ポケットから再び《王のメダル》を取り出す。
これが残ったのは、ファーランさんとミラが、俺がSAOでの戦いが本当に終わせるのを見届けようとしているからに違いない。
SAOが真のエンディングを迎えて、その後に俺の眼にはどんな世界が映るのだろう……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ログアウトしてからずっと先ほどALOで知り合った2人の少年のことを考えていた。
「なんかあの2人には初めて会った気がしなかったなぁ……」
話してみたところ2人ともあたしとあまり年の差はないだろう。
スプリガンのキリトというプレイヤーは、何かお兄ちゃんに似ている気がする人だった。実際に話してみるとなんかお兄ちゃんと話しているようだなと何回も思うほどだった。本当はお兄ちゃんにもこのことを教えたかったが、お兄ちゃんのSAO事件はまだ終わっていない。このことは全て終わってから話そうと決めている。
それ以上に気になったのは、インプのリュウガというプレイヤーの方だった。彼は小学校の頃に通っていた道場で仲良くなったある男の子と名前と雰囲気が似ていた。そのため、思わず彼のことをいきなり『リュウ君』と呼んでしまった。でも、当の本人は嫌がる様子も見せなかったため、そう呼ぶこととなった。
実はその男の子には昔から想いを寄せており、5年経った今でもその想いは失われずにいた。彼とは小学校を卒業したのを最後に3年間一度も会っていないにも関わらずにもだ。でも、いつかこの想いは消えてしまうのではないかそう思っていた。
――ね、がんばろうよ……。好きになった人のこと、そんな簡単に諦めちゃダメだよ……。
昨夜のお兄ちゃんはアスナさんのことで何かあって、眼からはハイライトが失って絶望に満ちた顔をしていた。あたしはそんなお兄ちゃんを見てはいられなくなって、お兄ちゃんを慰めようとあんなことを言った。
あれは、彼のことを忘れられずに5年間もずっと想いを寄せ続けているあたし自身のことをも表していると言ってもいいだろう。あたしの想いは届く可能性は低いというのに……。
そう思っていた時、あたしに転機が訪れた。
転機が訪れたのは数日前のことだ。
お兄ちゃんが経過観察を終えて病院から帰ってきた時、あたしにSAOで知り合った友達と偶然会ったと教えてくれた。驚くことに、その友達だという人はあたしが5年間ずっと想いを寄せている彼だった。あたしは当然喜び、お兄ちゃんに彼に会える日があったら会わせてとお願いもした。
もしも彼と会えたら、実際に会うのは3年ぶりになる。
「リュウ君、どうしているかな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何処の世界に存在するのかわからない研究施設のような場所。ここにあるイスに1人の男が座っていた。男は金髪に金色の瞳を持ち、緑色の服と鎧を身に纏っている。そして背中には薄い緑色の蝶の翅みたいなものが生えている。
その男の元に何者かが近づいてきた。近づいてきたのは長い金色の髪をした長身の男だ。額には白銀の円冠、緑色のトーガに身を包み、顔は造り物としか言い様がないほど端正なものとなっている。この男にも元々ここにいた男と同じような翅が生えている。
2人は髪型や瞳の色、服装など異なるところがいくつもあるが、何処か似たような雰囲気を持っている。
「またいつものところに行っていたのか」
「まあね。僕は《妖精王オベイロン》、彼女は《女王ティターニア》。王が女王に会いに行くのは当たり前じゃないか、《パック》」
元々ここにいた男は《パック》、そして後からここに来た男は《妖精王オベイロン》というようだ。
「君はこんなところで何をやっていたんだ?」
「ちょっと妙なことが起こってな。私がちょっと目を離した隙に、適合者がいなくてこの中に保管していたメダルがなくなっていたんだよ」
パックがオベイロンに見せたのは直径10センチ程の石造りの円盤。その円盤にはメダルをはめ込んでおけるところが3つある。しかし、メダルは1枚もはめ込まれていない。
「まさか彼がやったんじゃないのか?」
「それはないな。アイツはここのことなんて知らないし、第一目を離したのはほんの1、2分ほどだ。もしもアイツだったら、ここに閉じ込めて私のおもちゃにしてやるよ。もちろん、これを使ってな」
石造りの円盤をテーブルに置き、縁が金色となっている白いメダルを3枚取り出して見せる。
「彼もオーバーロードにするつもりなのか?随分と酷いなぁ。まあ、1人でも多い方がいいから気にしないけどね。次のアップグレードが待ち遠しいよ」
不気味な笑みを浮かべるパックとオベイロン。その姿は狂気に満ちて犯罪行為を働くオレンジプレイヤーみたいなものだった。
2カット目のところはわかっている人は多いと思いますが、彼女の視点になります。原作やアニメと話の流れはあまり変わりありませんが、彼女の心情が大幅に変更されています。
そして、ラストはただでさえフェアリィ・ダンス編(リメイク版)は謎が多いのにまた謎が増えて……。本当にこの章はどうなってしまうのか……。
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第6話 世界樹を目指して
そして、旧版の方は3周年を迎え、この前の投稿で100話目に到達しました。これからもリメイク版、旧版共によろしくお願いします。
学校から帰って来てラフな格好に着替えたあたしは、自室にあるベッドに座ってあることを考えていた。
あたしの兄の桐ヶ谷和人。彼は本当の兄ではなく、亡くなったお母さんのお姉さんの子供……つまり従兄である。このことを知ったのは、2年前……お兄ちゃんがSAOに捕われてからしばらくした頃だった。初めて知った時は、混乱してお母さんに酷いことを言ってしまったりもした。
だけど考えている内に、お兄ちゃんが距離を取るようになったのは、あたしたちとは本当の家族ではないと知ったからだと気が付いた。お兄ちゃんはそのことをずっと思い悩んでいたに違いない。
更に、この状況の中で未だに想いを寄せ続けている初恋の男の子が昔、あたしに言っていたことを思い出した。
『大丈夫。スグたちのことは嫌いになっていないって。時間はかかるかもしれないけど、また昔みたいに仲がいい兄妹に戻れるよ、絶対に。だからお兄さんのことを信じてあげよう』
何ヵ月も考えた結果、『お兄ちゃんとはこれまでと変わらない関係でいたい』と答えが出た。
あたしまでお兄ちゃんを拒絶するようになったらお兄ちゃんの居場所はなくなり、二度と昔みたいに戻ることはできないだろう。それと比べたら、血が繋がっていないことなんて関係ない。あたしはこれからもお兄ちゃんの妹なんだから。
少しでもお兄ちゃんのことを知ろうとあたしは、お兄ちゃんが愛した仮想世界のことを知りたいと思うようになった。そこで、クラスでゲームに詳しい長田慎一君にVRMMOのことを聞き、彼に勧められて始めたのがアルヴヘイム・オンライン……ALOだった。
そして、あたしは《スピードホリック》という二つ名が付けられ、シルフ五傑と言われるほどのプレイヤーにもなるほどALOに夢中になっていった。
特に今はALOに夢中になっていると言ってもいいだろう。早くログインして《彼》に会いたい。どうしてもインプの少年のことがどうしても頭から離れずにいた。
――あたしのバカバカ。いくら顔と名前が彼に似ているからって……。あたしには橘龍哉っていう想いを寄せている人がいるっていうのに……。
このことを考えることが馬鹿らしくなって、アミュスフィアを付けてベッドに横になった。
「リンク・スタート!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱり、いい手がかりはないなぁ……」
リーファとの約束の時間までまだ少し時間があることもあって、自室にあるパソコンでALOのことを調べていた。
世界樹攻略に何か有力な情報はないか探していたが、特にこれといったものはなかった。あったのは昨日リーファがちょっと話していたオーバーロードというものくらいだった。
世界樹攻略に関することを調べるのは保留にしておき、他のことを調べることにした。
一応、昨日ログアウトする前に今の段階でどんな魔法が使えるのか確かめておいたが、使えるのは初級の闇属性魔法2つだけだった。他の魔法を使えるようになるにはまだまだスキル熟練度が足りないみたいだ。あとわかったのはシルフ、ウンディーネ、ケットシー、スプリガン、そして俺が選んだインプは軽量級の種族に分類され、ウォール・ランが使えるということだ。こう思うと本当に真剣に種族選びをしてよかったと思う。
こうしている間にリーファとの約束の時間がやってきた。
ナーヴギアを取り出して被るとベッドに横になる。
「リンク・スタート!」
ALOにダイブして数秒後にキリさんがログインしてきて、更にその数秒後にはリーファがすずらん亭の中に入ってきた。
「2人ともタイミングいいね。ちょうど今、買い物から帰ってきたところだったよ」
「買い物か、俺たちも準備しないとな。これじゃ頼りないし……」
「確かに。この装備で世界樹まで行くわけにはいけませんしね……」
俺とキリさんの今の装備は初期装備のものだ。これで世界樹まで行くのは自殺行為と言ってもいいだろう。
「それなら武器屋行こっか。お金どのくらい持っているの?」
「お金の方なら俺は心配ないから大丈夫だよ」
「俺もだ」
ユイちゃんが言っていたが、俺とキリさんのアバターはSAOのデータを引き継いだものだ。所持金も引き継がれたのか、ゲームを始めたばかりの初心者が持っているのがおかしいくらいの額の所持金があった。
キリさんが自分のポケットを覗き込む。
「おい、行くぞ、ユイ」
するとピクシーサイズのユイちゃんが出てきて、可愛らしく大きなあくびをした。
そして、リーファ行きつけの武器屋で俺とキリさんは装備一式を揃えることとなった。
店内に入り、真っ先に目に止まったのは深い青色のフード付きマントだった。これが一番欲しくて、ここで売っていて本当によかったと思ったほどだ。他には防御に優れた紺や藍色といった暗い青系統と黒をベースとした服を購入することにした。服装は最終的にSAO時代……《青龍の剣士》と呼ばれていたものに近いものとなったが、闇妖精ということもあってSAO時代と比べると全体的に暗い感じとなっている。
武器は、SAO時代に使っていた《ドラゴナイト・レガシー》と同様の片刃状の片手剣の中から、スピード重視でステータスが最も優れたものを見つけ、それを購入した。流石に《ドラゴナイト・レガシー》のように魔剣クラスのステータスではないが、これだけでもあっただけマシだと思うことにした。あとは投剣に使用する短剣をいくつか買っておいた。
「リュウ君はこんな感じの服装になったんだね」
「まあ。全体的に前やっていたゲームのキャラみたいな服装になったんだけどな」
「そうなんだ。でも、あたしは似合っていると思うよ」
「そ、そうかな……」
リーファにそう言われ、少々照れてしまう。
その一方で、キリさんはまだ武器選びをしていた。防具はSAO時代のように黒いコートと俺と同様にすぐに決まったが、武器はそうではないようだ。さっきから何回も店主に剣を渡され振るたびに一振りして「軽い、もっと重いやつ」と繰り返している。
これを何回も繰り返し、やっと理想の剣を見つけたようだ。だけど、俺とリーファはその剣を見て驚いてしまう。
「何なんですか、その剣は!?」
「俺の理想の重い剣を探してたら、この剣しかなかったんだよ」
キリさんが購入したのは、彼の背丈と同じくらいの大きさもある黒い大剣だった。見る限り、キリさん好みの重い剣だというのは間違いない。
「あれってサラマンダーとかノームみたいに大柄でパワーファイターが多い種族が使うような剣だよ」
「いくら重い剣が好きだからってあれはちょっと……」
スピード重視の剣が好みの俺は、絶対にあの剣には見向きもしないだろう。だけど、キリさんは満足しているかのような感じだった。キリさんが「試しにリュウも持ってみろよ」と渡してきたが、両手で持ってなんとか持てるというもので、STR値がそんなに高くない俺にはとても扱えるものではなかった。て言うか、キリさんは俺とあまり体格は変わりないのによくあんな剣を扱えるな。
大剣を返し、キリさんは早速それを背負うが、鞘の先が地面に擦りそうになっている。その姿は剣士の真似をする子供みたいだ。俺は呆れ、リーファは笑いをこらえていた。
その後、リーファに連れて来られたのはスイルベーンにある塔だった。
「何で塔に……?」
キリさんは少し引きつった顔をして尋ねた。この塔は昨日キリさんが激突した塔でもあるから仕方がないか。
「長距離飛行をするときは塔のてっぺんから出発するのよ。高度が稼げるからね。それよりも早く行こ。夜までには森を抜けたいからね」
俺たちはリーファに背中を押され塔の中に入って行く。
塔の一階は円形の広大なロビーになっており、周囲には色々なショップの類が取り囲んでいる。そして、ロビーの中央にはエレベーターがある。
リーファに連れられてエレベーターに乗り込もうとした時だった。
「リーファ!」
後ろの方から誰かがリーファを呼び止める声がする。振り向くとそこにいたのは、2人のシルフのプレイヤーを連れた長身の男性プレイヤーだった。
男性プレイヤーは、男っぽく整った顔立ちで、額に幅広の銀のバンドを巻いている。装備もやや厚めの銀のアーマーに包み、腰には大ぶりのブロードソード。装備品は全体的にステータスが高そうなものだ。
「こんにちは、シグルド」
このシグルドと呼ばれたプレイヤーは、昨日会ったレコンというプレイヤーも言っていたプレイヤーの名前だ。リーファが所属するパーティーのリーダーだろう。
「なあ、リュウ。シグルドって果物や木の実が描かれた錠前を売ったりしてた……」
「違うと思いますよ」
隣でふざけたことを言うキリさんにツッコミを入れる。
パーティーメンバーのリーファを振り回すことになってしまって、彼に一言謝ろうとしたときだった。
「パーティーから抜ける気なのか、リーファ」
「うん……まあね。貯金もだいぶできたし、しばらくはのんびりしようと思って」
「残りのメンバーが迷惑するとは思わないのか?」
「そ、それは悪いとは思っているけど、あたしにだって都合が……」
「お前はオレのパーティーの一員として既に名が通っている。何の理由もなく抜けられるとこちらの面子に関わる」
この場の空気は段々感じが悪くなってきた。
「話が違うじゃない!パーティーに参加するのは都合の付く時だけで、いつでも抜けて良いって約束だったでしょ!?シグルドだって承諾したじゃない!」
「条件?オレはそんな条件を飲んだ覚えがない。勝手なことを言うな」
明らかにこのシグルドというプレイヤーの方が間違っている。シグルドは一方的に自分の考えをリーファに押し付けているだけだ。
SAOでもそういうプレイヤーはいた。だが、俺がSAOでよくパーティーを組んでいたリーダーの人たちはシグルドのような人じゃなかった。
クラインさんやエギルさん、フラゴンさんは大人らしい対応をし、カイトさんやケイタさんは俺と年齢が近くても大人に負けないくらいパーティーメンバーを引っ張っていこうといつも頑張っていた。そして、ファーランさんはいつも俺やミラのことを気遣い、戦闘以外でもいつもまとめ役を務めてくれていた。全員に共通して言えることは仲間のことをちゃんと考えているということだ。
我慢できなくなってシグルドに文句の1つでも言おうとしたところ、先にキリさんが一歩前に出て口を開いた。
「仲間はアイテムじゃないぜ」
その言葉を聞き、シグルドはキリさんの方を睨むように見る。
「何だと?」
「他のプレーヤーをあんたの大事な剣や鎧みたいに装備にロックしておくことは出来ないって言ったのさ」
俺もキリさんに続くように一歩前に出て言う。
「キリさんの言う通りだ。俺がお世話になったパーティーリーダーを務めていた人たちは、メンバーのことを第一に考えて、アンタのように自分勝手じゃなかったぞ。俺だったら、アンタみたいに仲間のことを考えられない奴がリーダーを務めるパーティーには入りたくないな」
俺たちの言葉に怒りを露わにしたシグルドは、腰の鞘からブロードソードを抜き取る。
「屑あさりのスプリガンとインプ風情が!貴様らはどうせ領地を追放された《レネゲイド》だろ!!」
逆ギレと言ってもいいシグルドの台詞に、リーファもカッとなって思わず叫び返す。
「失礼なこと言わないで!2人はあたしの新しい仲間よ!」
「仲間だと!?リーファ、お前も領地を捨ててレネゲイドになる気か!?」
「ええ、そうよ。あたしここを出るわ」
「小虫が這い回るくらいは捨て置こうと思ったが、泥棒の真似事とは調子に乗りすぎたな!ノコノコと他種族の領地まで侵入してくるということは斬られる覚悟はあるんだよな!」
俺は武器を持たずにシグルドの前に出る。
「そんなに俺とキリさんを斬りたいんだったら俺から斬ってみろよ。だけど、キリさんやリーファに手を出すって言うならその時は容赦しないぞ」
殺気を出してシグルドを睨む。
周囲は緊迫した空気が満ちた。
すると、シグルドの背後にいた仲間の1人が小声で呟いた。
「マズいですよ、シグさん。こんな人目があるとこで武器を持たない相手をキルしたら……」
周囲にはいつの間にか、トラブルの気配に引かれたように野次馬が集まっていた。シグルドは世間体を気にして、歯噛みをしながら暫く俺やキリさんを睨んでいたが、剣を鞘に収めた。
「外ではせいぜい逃げ隠れろよ。リーファ、今オレを裏切れば、近いうちに必ず後悔することになるぞ」
そう言い残すと、シグルドは塔の外へと出て行った。シグルドに付き添っていた2人のシルフのプレイヤーはリーファに何か言いたげそうな表情を見ていたが、シグルドを追って去っていった。
シグルドたちの姿が見えなくなると、リーファは俺たちに近づいてきた。
「ごめんね、妙なことに巻き込んじゃって……」
「いや、俺たちも火に油を注ぐような真似しちゃって……」
「俺なんか威嚇もしてしまったからな……。だけど、領地を捨てることになってよかったの?」
「そのことは大丈夫だから気にしないで。それよりも早く行こう……」
リーファは回答に困ったのか、無言のままエレベーターがある方に向かう。俺とキリさんもその後を無言でついて行く。
エレベーターに乗り、塔の最上階の展望デッキに着く。
そこからの眺めに目を奪われてしまう。俺たちを2年も捕えていた浮遊城とは異なり、妖精の世界は何処までも広大な大地と青空が広がっていた。
「うお……凄い眺めだな……」
「それに空が近い。手が届きそうだ……」
キリさんに続いて、俺もそう呟く。すると、俺たちより一歩後ろにいたリーファが俺の隣に立つ。
「でしょ。この空を見てると、ちっちゃく思えるよね、色んなことが。それに、いいきっかけだったよ。いつかはここを出ていこうと思ってたの。一人じゃ怖くて、なかなか決心がつかなかったんだけど……」
「そうか。……でも、なんだか、喧嘩別れみたいな形にさせちゃって……」
「本当にゴメン……」
「あの様子じゃ、どっちにしろ穏便には抜けられなかったよ」
何か気まずくなって話題を変えようとリーファにあることを聞く。
「そういえば、シグルドが言っていたレネゲイドっていうのは?」
「レネゲイドは領地を捨てたプレイヤーのこと……つまり《脱領者》って蔑まされるの。でも、何でああやって縛ったり縛られたりしたがるのかな……。せっかく、翅があるのにね……」
後半の方は半ば独り言のようになり、リーファの表情は少し悲しそうに見えた。
「フクザツですね、人間は。人を求める心を、あんなふうにややこしく表現する心理は理解できません」
重い空気の中、ユイちゃんがそう言い、キリさんの胸ポケットから出て彼の右肩に止まる。
「求める?」
「わたしなら……」
ユイちゃんは突然キリさんの頬に手を添えてキスをした。
「こうします。とてもシンプルで明確です」
俺とリーファはあっけに取られて目を丸くしてしまう。
「なんていうか、ユイちゃんは随分と大胆だな……」
「た、確かに……。それにしてもすごいAI ね。プライベートピクシーってみんなそうなの?」
「こいつは特にヘンなんだよ。頼むから妙なことを覚えないでくれよ……」
そう言いながら、キリさんは少し照れてユイちゃんの襟首をつまんで胸ポケットへと戻した。
ユイちゃんがやったことは人の世界でそんなことは気安くできることじゃないんだよな。でも、ユイちゃんのそういう純粋なところが少し羨ましく思えてしまう。
「人の心を求める気持ちか……」
そう呟くと、スグの顔を思い浮かべてしまう。だけど、俺には彼女にそのような気持ちを求める資格なんてない。
隣をチラッと見てみるとリーファも何か考え事をしていた。
そして、リーファに教えてもらった展望台の中央に設置されたロケーターストーンという戻り位置をセーブできる石碑を使い、戻り位置をセーブする。いざ出発しようとしたときだった。
「リーファちゃん!」
後ろから聞き覚えがある声がし、振り向くと昨日知り合ったレコンがエレベーターから降りて俺たちの方に向かって走ってきた。
「ひ、ひどいよ、一言声かけてから出発してもいいじゃない」
「ごめーん、忘れてた」
リーファの言葉にレコンはがくりと肩を落とす。それでもめげることはなく、気を取り直した。
「リーファちゃん、パーティー抜けたんだって?」
「んー、その場の勢い半分だけどね。あんたはどうするの?」
するとレコンは鞘から短剣を取って上にあげて答える。
「決まってるじゃない、この剣はリーファちゃんだけに捧げてるんだから」
「なんか痛いセリフだな……」
「キリさん、心の声が出ちゃってますよ……」
「えー、別にいらない」
「ぐはっ」
キリさんとリーファの言葉でレコンはまともにダメージを受け、その衝撃で空の上へと飛んでいってしまう。
「うわ~!ハートブレイク!僕、落ちてる?飛んでる?」
そして、俺たちの元へと落ちてきて、何処かからか『ネバーギーブアーップ!!』と謎の音声までも聞こえる始末だ。
これは明らかにキリさんの言葉が一番の原因だろう。なんか、レコンが凄く可愛そうな気がしてきた。
それでもレコンはなんとか立ち直った。
「ま、まあそういうわけだから当然僕もついてくよ……と言いたいとこだけど、ちょっと気になることがあるんだよね。まだ確証はないんだけど……少し調べたいから、僕はもうしばらくシグルドのパーティーに残るよ」
リーファにそう言い、マジメな様子で俺とキリさんの方を見る。
「キリトさん、リュウ君。彼女、トラブルに飛び込んでくクセがあるんで、気をつけてくださいね」
「あ、ああ。わかった」
「トラブルに飛び込んでくクセがあるのは、キリさんも一緒ですからね。リーファのことは任せておいて」
キリさんに軽くツッコミを入れながら、レコンにそう言い残す。
「それから君に言っておくけど、彼女は僕の……ンギャッ!!」
敵意を剥き出しにして俺に何か言おうとしたところ、リーファがレコンの足を思いっきり踏みつける。
「余計なこと言わなくていいの!しばらく中立域にいると思うから、何かあったらメールでね。じゃあ!」
リーファはそう言い残し、翅を出し飛び立つ。俺とキリさんもリーファの後を追うように翅を出して飛び立った。
「レコンはどうして俺のことをあんなに敵視するのかなぁ……」
「ゴメンね、リュウ君。レコンには後で厳しく言っておくから」
「別にそんなことしなくていいよ。それにこれ以上やるとレコンが可愛そうだから……」
そうしている内にスイルベーンの街がどんどん遠ざかっていく。そして、俺たちは彼方にきらきらと輝く湖面を指差して飛ぶ。
この先に俺がまだ知らない世界が広がっている。ファーランさんとミラと一緒にはじまりの街から出た時のことを思い出させるものだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
白い大理石で造られた冷たい丸テーブルと椅子。側に、同じく純白の豪奢な天蓋つきのベッド。床は真円形で、壁は全て黄金の金属の格子でできている。十字に交差する黄金の格子は垂直に伸び上がり、やがて半球形に閉じている。その上には巨大なリングがあり、その中を太い枝が貫いている。つまり、ここは太い枝に吊るされている鳥籠の中と言ってもいい。
身に纏うのは、胸元に赤いリボンがある白い薄いワンピース1枚。そして背中からは透明の昆虫の翅のようなものが2枚伸びている。
わたしは2ヶ月もの間、この中に囚われている。
ここにわたしを閉じ込めたのは妖精王オベイロン……須郷伸之という男だ。
須郷はここで人の記憶・感情・意識のコントロールをするという非人道的な研究をしており、わたしの昏睡状態を利用してレクトを乗っ取ろうと企んでいる。わたしがここから出られることはなく、自分に服従させるように脳をコントロールできるということもあって、馬鹿正直にわたしに話してくれた。更にはキリト君が生きているということもだ。これはわたしにとって朗報だった。
――キリト君が絶対に助けに来てくれる……。
「君が女王ティターニアか」
ドアがある方から聞き慣れない男の声がする。すぐにドアの方を見ると黄金の格子の向こう側に1人の男がいた。
男は金髪に金色の瞳を持ち、緑色の服と鎧を身に纏っている。そして背中には薄い緑色の蝶の翅みたいなものが生えている。須郷……オベイロンに似た姿をした男だ。
「あなたは誰なの?」
「私は妖精王オベイロンに仕える妖精……パック。今後、お見知りおきを」
このパックという男からも須郷と同じ感じがする。
「妖精王に仕えるあなたがこんなところに何のようなの?あなたも現実では須郷さんの研究に加担している人なんでしょ」
「今日は女王に挨拶をとな。あと、君の言う通り須郷の仲間だ。だけど、安心しろ。須郷とは違って君に手を出す気はない」
「あなたや須郷さんがこうやって大口を叩いていられるのは今の内だと思った方がいいわよ。いずれ、ここには助けが来るからね」
だけど、パックは随分と余裕を見せて不気味な笑みを浮かべる。
「ここに助けが来る?何寝ぼけたことを言っているんだか、君は。ここには誰も来ることなんて出来はしない。あまり期待しない方がいいと思うぞ。では、私はここら辺で失礼しよう」
パックは須郷のように鳥籠の中に入ることもなく、この場から去っていく。
――あのパックという男はいったい何者なの……。でも、わたしはあの男や須郷には絶対に負けないからね、キリト君。
今回も前回と同様に話の流れは原作やアニメとあまり変わらず、直葉の心理面が大幅に変更されている、最後は謎が多い登場人物のパックが登場するという内容になりました。
装備はやっぱりリュウ君はALOでも青系統のフード付きマントを選びました。これはリュウ君には定番なものなので(笑)。
何かハートブレイクなどレコンが完全にギャグ要因になっているような……。これは私のせいですね。
そして前回のコメントで何者なのか気になるといくつも声を頂いたパックがまたしても登場。今回はアスナと対面。本当に何者なんでしょうか。このことに関してはまだお答えすることはできませんので、ご了承ください。
次回もよろしくお願いします。
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第7話 休憩中の会話
2025年1月21日 中立域・古森
世界樹を目指して森を抜けようとしている途中、《イビルグランサー》という羽の生えた単眼の大トカゲのモンスターたちと遭遇して戦闘となった。
リーファ曰く、シルフ領の初級ダンジョンではボス級の戦闘力を持っているらしい。だが、SAOのスキル熟練度を引き継ぎ、2年間最前線で戦っていた俺とキリさんからすれば、カース系の魔法を使えるという点を除けばそれほど強敵ではなかった。
俺は飛行能力を利用して回避しながら隙を見て急所を捉える。その一方で、キリさんは防御や回避をしないで大剣を振り回してなぎ倒していく。取り逃がした1体もリーファが放った風魔法で倒された。
「おつかれー」
「2人ともナイスファイトだったぜ」
寄ってきた2人に声をかけようと後ろを振り向く。
「お疲れ様、
「「んっ?」」
「あっ……な、何でもないっ!リーファ、キリさんっ!お疲れ様っ!」
ついうっかりリーファとキリさんのことをミラとファーランさんと呼んでしまい、慌てて2人の名前を呼び直す。2人は不思議そうにして俺を見ていた。
俺たちは武器をしまって移動を再開した。その後はモンスターに出会うこともなく、古森を抜けて山岳地帯へ入る。ちょうど滞空時間に限界が来て翅を休ませようと地面に着地した。
流石に長時間飛行をしていたこともあって、翅の根元辺りが疲れたな。
両腕を上げて大きく伸びをする。リーファとキリさんも俺と同じようなことをしていた。
「ふふ、疲れた?」
「翅の根元辺りが疲れたけど、まだ大丈夫」
「俺もまだまだいける」
「お、頑張るわね。だけど、空の旅はしばらくお預けよ」
リーファは草原の先にそびえ立つ頂上に雪が降り積もっている山脈を指差す。
「見えるでしょ、あの山。飛行限界高度よりも高いから、山を越えるには長い洞窟を抜けないといけないの。シルフ領からアルンへ向かう一番の難所らしいわ。あたしもここからは初めてなのよ」
「飛んだ方が早いけど、飛行限界高度よりも高いなら仕方ないか」
「一応、途中に中立の鉱山都市があって、そこで休めるらしいけど。リュウ君とキリト君はまだログインできる?」
メニューウインドウを開いて時間を確認するとリアルだと今は夜の7時だった。普段ならこの時間は夕食の時間だ。だけど数日の間、家には俺しかないから問題ない。
「俺は今日はまだ大丈夫かな」
「俺も当分平気だ」
「それならもうちょっと頑張ろう。ここで一回ローテアウトしよっか」
「「ローテアウト?」」
初めて聞く単語に俺とキリさんは首をかしげた。
「ああ。ローテアウトっていうのは交代でログアウト休憩することだよ。中立地帯だと即落ちできないから、代わりばんこにログアウトして、残った人が空っぽのプレイヤーを守るのよ」
「なるほど、そういうことか。なら先にリュウとリーファからでいいぜ」
「じゃあ、先に失礼します」
「よろしくね」
俺とリーファはそう言い残すと、ログアウトボタンを押す。すると意識が現実世界へ戻り、景色も妖精の世界から自室の天井へと変わっていた。
ナーヴギアを外し、1階にある風呂場に行ってシャワーを浴びる。シャワーを浴びた後、すぐに台所に向かって予めコンビニで買っておいた弁当を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで温めて食べる。
夕食を食べながら、あることを考えていた。
こうやってキリさんとリーファ、ユイちゃんとモンスターを倒しながら、自分たちが知らない場所を目指していると、ファーランさんとミラと過ごしたときのことを思い出す。あの時も今と同様に自分たちが知らない場所を目指し、見たこともないモンスターたちと戦っていた。だけど、ALOはSAOと違ってHPが0になってもデスペナルティが発生してセーブポイントまで戻るだけで、実際に死ぬこともない。そういう点では全く違う。
ALOにはアスナさんを助けるために来たが、それでもキリさんやユイちゃん、リーファとの旅は楽しいと言ってもいい。特にリーファには、SAOで知り合ったミラやアスナさん、リズさんにシリカ、アルゴさん、サチさんと言った女性プレイヤーとは違う感情を抱いている感じがする。リーファに対してスグと同じ感情みたいなものが……。
――何考えているんだよ、俺は……。別にリーファのことを好きになったわけじゃ……。それに俺は……。
心の中で葛藤している中、ふとリビングにある時計に目が止まる。時計の針は7時15分を指していた。
「ヤベッ!早くしないとっ!」
急いで弁当を食べ、麦茶を1杯飲んで自分の部屋へと戻った。そして、ナーヴギアを被って再びALOへとログインする。
俺がログインして1分も経たないうちにリーファも戻って来た。
「2人とも戻って来たな」
キリさんは何か赤いストロー状のものを口に咥えていた。
「それって何なんですか?」
「雑貨屋で買い込んだんだけど、スイルベーン特産だってNPC が言ってたぜ」
「あたし知らないわよ、そんなの」
「そうか。何本か買ってあるからリュウとリーファにもやるよ」
キリさんは新たに赤いストロー状のものを2本取り出し、俺とリーファにひょいっと投げ渡してきた。どんなものなのかと思って咥えてみた。
「っ!?」
赤いストロー状のものは激辛で急いで口の中から取り出し、投げ捨てた。隣を見てみるとリーファも俺と同じことをしていた。あまりの辛さに俺とリーファは咳き込んでしまう。
そういえば、キリさんは大の辛党だったということをすっかり忘れてた。彼好みの辛さはどちらかというと甘党の俺にはキツイものだった。
「ハハハハ。じゃあ、今度は俺が落ちる番だな。護衛よろしく」
キリさんは俺たちの反応を楽しむとウインドウを出し、ログアウトする。
残された俺とリーファはNPCの店で買った水が入ったボトルを取り出し、それを飲んで口の中に残った辛さを無くす。
「全くキリさんも酷いもんだよ。人にあんなもの食べさせるなんて」
「本当だよ。舌がやけどするかと思うくらいの辛さだったよ」
リーファと共に先ほどのことに腹を立ててキリさんへの文句を言っていた。
「キリト君って前からあんな感じなの?」
「前はそうではなかったけど、ALOに来てから酷くなったよ」
SAOでは俺の蛇嫌いを直すために無理矢理矯正されたことくらいだったが、ALOに来てからキリさんに振り回されて色々と苦労させられている。これから先もこんなことが続くとなると先が思いやられる。
「なんかキリト君って無茶苦茶だよね……」
「確かにそれは言えるな。でも、いざという時はとても頼りになる人なんだ。俺もそれで何回もキリさんには助けられたからさ」
「リュウ君はキリト君のこと、頼りにしているんだよね。リュウ君がそうだったらあたしもちょっとキリト君のこと、頼りにしてみようかな」
「問題は大ありだけど、頼りにできる人だからな」
そんなことを話していると、リーファはあることを聞いてきた。
「そういえば、さっきリュウ君が言っていたミラとファーランって誰なの?」
「前やっていたゲームでの仲間だよ。こうやってリーファやキリさんと一緒に冒険していると2人のことを思い出しちゃって……」
「なるほどね。そのファーランさんとミラちゃんって言う人はどうしたの?」
リーファの問いに言葉が詰まった。
そして、脳裏にはファーランさんとミラが死んだときのことが蘇る。赤い目の巨人に喰われて2人の武器の残骸が目の前に落ちてきたあの瞬間を……。
「……ウ君……リュウ君!」
「っ!?」
「どうしたの?難しい顔なんかして。もしかして何か聞いちゃいけないことでも聞いちゃったかな……」
心配そうにして俺を見るリーファ。
「あ、ああ。2人は、進学とか就職とかで引退したんだ……。その後にキリさんと知り合って行動するようになって……。ただそれだけだから……」
「そうだったんだ。それならいいけど……」
このことから話題を逸らすためにリーファにはあんなデタラメなことを言った。本当のことを言ったら俺がSAO生還者だということを知られることになる。最悪の場合、仲間を助けられずに死なせてしまった奴だと思われてしまう可能性だって……。
そんなことを考えている中、キリさんの胸ポケットからもぞもぞと動いてユイちゃんが出てくる。
「う~、眠いのを我慢してたのですが、どうやら寝てしまってたみたいですね……」
眠たそうにしているユイちゃん。随分と静かだなと思っていたが、寝ていたんだな。
「えっ!?ユイちゃんってご主人様がいなくても動けるのっ!?」
リーファは、キリさんがログアウトしている最中でも動けるユイちゃんを見て驚いていた。無理もないか、ユイちゃんは高性能のAIだからな。俺だってキリさんからユイちゃんのことを聞かされるまで驚きの連続だったしな。
「そりゃそうですよ。わたしはわたしですから。それと、ご主人様じゃなくて、パパです」
「そういえば、ユイちゃんはどうしてキリト君のことをパパって呼ぶの?もしかして、その……彼がそういう設定したの?」
ユイちゃんの正体を知らないリーファがそう聞いてきてもおかしくない。でも、これはSAOに関係することになる。なんとか誤魔化そうと考えているとユイちゃんが話し始める。
「パパは、わたしを助けてくれたんです。『俺の子供だ』って、そう言ってくれたんです。だからパパです」
「そ、そう……」
やはりどうにも事情が飲み込めない反応をする。俺は深くユイちゃんのことを追求されないようにとユイちゃんに話しかける。
「ユイちゃんはキリさん……パパのことが好きなんだな」
ユイちゃんの正体を知ってから、キリさんとユイちゃんのやり取りを見ていて分ったことだが、キリさんはユイちゃんのことを本当の娘のように可愛がって、ユイちゃんもキリさんのことを本当の父親のように慕っている。血は繋がっていないけど、俺には本当の親子のようにも見えた。
「リュウさん、リーファさん。好きって、どういうことなんでしょう?」
「ええええっ!?」
まさかこんなことを聞いてくるなんて思ってもいなかった。困った俺はリーファの方を見る。
「リーファ、どうしよう……」
「あたしだって急にこんなこと聞かれて困るよ!」
俺もリーファもこれには苦戦して中々答えが出てこない。だけど、このままだとユイちゃんが可愛そうな気がし、頭をフル回転させて答えを考える。
「家族として好きなのか、友達や仲間として好きなのか、異性として好きなのか、人を好きになるって言っても色々とあるからなぁ。でも、ユイちゃんはパパと一緒にいる時が楽しいとか思っているだろ。俺的にはそれが好きって言ってもいいかな……」
「なるほど。リーファさんはどうなんですか?」
何か道徳の授業みたいになってきたな
「えっと……あたしは、その……いつでも一緒にいたい、一緒にいるとどきどきわくわくする、そんな感じかな……」
俺に続くようにリーファも答える。
「人を好きっていうのはわたしが思っていた以上に複雑ですね……」
「そういうものだよ!」
「そうそう!」
俺とリーファは必死になってそう言う。
人を好きになるということはあった。家族としても友達や仲間としても、そして異性としてもだ。最後の奴は失恋で終わってしまったが。まあ、俺には彼女のことを好きになる資格なんてないから仕方ないか。
それにしてもリーファは『いつでも一緒にいたい、一緒にいるとどきどきわくわくする』か……。
何か考え込んでいるリーファを見た瞬間、昔から想いを寄せ続けている彼女と重なって見える。いつの間にか身を引いた彼女に似た雰囲気をしたリーファに、同じ想いを抱いているような気がしてしまう。頬には熱が伝わる。
すると、リーファも俺の視線を感じて俺と目が合うと頬を赤く染める。
「どうしたんですか、リュウさん、リーファさん?」
「「なななんでもないっ!」」
「何がなんでもないんだ?」
「「わっ!!」」
いきなりキリさんが戻ってきて頭を上げ、俺とリーファは飛び上がって驚く。
先ほどからリーファとはテレパシーでもあるかのように見事にシンクロしていた。
「ただいま、何かあったのか?」
「おかえりなさい、パパ。今、リュウさんとリーファさんとお話をしてました。人を好……」
「な、何でもないんだったら!!」
「大したことじゃないんでっ!!」
「そ、そうか……」
慌てて言葉を遮ろうとする俺とリーファの気迫に、流石にキリさんもビビッてしまい、これ以上聞こうとはしなかった。
「キリさん随分早かったですね……」
「ああ、家族が夕食作り置きしておいてくれてたからな」
「そうですか」
「それより、さっさと出発しましょう。遅くなる前に鉱山都市までたどり着けないと、ログアウトに苦労するから。洞窟の入り口までもう少しだよ」
リーファが立ち上がって翅を出現させ、飛行体勢に入る。俺とキリさんも立ち上がって翅を出現させる。
「っ!?」
今まで飛んできた森の方からか誰かの視線が感じ、剣を取った。
「ど、どうかしたの?」
「今、誰かに見られてた気が……」
「リュウもか。ユイ、近くにプレイヤーはいるか?」
「いいえ、反応はありません」
ユイちゃんがいないってなるといないっていうことなのか。念のために策敵スキルで確認してみるが、プレイヤーどころかモンスターもいない。
「ひょっとしたら、《トレーサー》が付いているのかも……」
「《トレーサー》って?」
聞いたことがない単語でリーファに聞いてみた。
「追跡魔法よ。大概ちっちゃい使い魔の姿で術者に対象の位置を教えるの。トレーサーを見つけられれば解除することは可能だけど、術者の魔法スキルが高いと対象との間に取れる距離も増えるから、このフィールドだと見つけられるのはほとんど不可能ね。気のせいってこともあるから気にしなくてもいいと思うよ」
「そうか」
とりあえず剣を鞘にしまう。だけど、さっきのは気のせいじゃないような感じがする。リーファの言う通り、何もなければいいんだけど。
「リュウ君、どうしたの?」
「早く行こうぜ。置いていくぞ」
「あ、待って下さい!」
2人が翅を広げて飛び立っていき、俺も気にすることを止めて急いで翅を広げて2人を追いかけていく。そして、俺たちは洞窟の入り口を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ちょうどその頃、リュウたちが飛びだった後を1匹の赤い目をしたコウモリが見つからないように追いかけている。そして、森の中で赤をベースとした装備を身に纏っている15人程のプレイヤーが身を潜めていた。
「上からの話の通り、あの金髪のシルフはもちろんだが、青いフード付きマントを羽織ったインプと大剣を背負ったスプリガンがかなり厄介そうだな」
「さっきの戦闘を見ても思ったけど、あのインプのスピードとスプリガンのパワーは凄かったぜ」
「何を言っているんだ、お前たちは。我々は、あのインプとスプリガンへの対策は十分立てているだろ」
「そうでしたね、リーダー」
「奴らは洞窟の中で仕留めるぞ。洞窟の中だとシルフとスプリガンは飛ぶことができないからな」
今回の話を書いていて、じれったいなとか早くくっ付けと思った私がいました。書いている本人なのに。
リーファ/直葉は前回と前々回でどちらのリュウ君に意識している描写がありましたが、今回はリュウ君もリーファを意識するように……。リーファ/直葉の方はあまり問題ありませんが、リュウ君は原作やアニメのリーファ/直葉みたいになってしまいそうで心配です。リュウ君とリーファ/直葉が結ばれるまでの道のりは旧版よりも難易度が上がってますが、頑張って2人が結ばれるようにしたいです。
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第8話 ルグルー回廊
2025年1月21日 アルヴヘイム・中立域・ルグルー回廊
休憩を終えてから数分の飛行で、俺たちは洞窟の入り口までたどり着くことができた。リーファ曰く、洞窟は《ルグルー回廊》という名前らしい。洞窟には灯りが1つもなく、入ってすぐにすぐに周囲は暗闇へと包まれた。しかし、暗視能力に優れているインプの俺には問題なく洞窟の中が見えている。
「この先ずっと真っ暗でほとんど見えないなぁ。こうなったら魔法で灯りでも……。そういえば、リュウ君とキリト君は魔法スキル上げてる?洞窟とかはインプとスプリガンの得意分野だから、灯りの魔法も風魔法よりはいいのがあるはずなのよ」
「魔法スキルはあまり上げてないから、今使える魔法にそう言うのはなくて……」
「なら仕方ないか。キリト君の方はどうなの?」
「俺は一応使えるみたいだけど、あんまり使ったことないからなぁ……。ユイ、分かる?」
すると、キリさんの胸ポケットからユイちゃんが出てきて、キリさんに灯りの魔法のスペルワードを教える。ユイちゃんが教えたスペルワードを詠唱すると仄白い光の波動が広がり、俺たちを包み込む。
「視界が明るくなった。暗視能力付加魔法か。スプリガンも捨てたもんじゃないわね」
キリさんが使った灯りの魔法は暗視能力が付加するというものらしい。だけど、インプの俺にはあまり効果がない魔法だが……。このことはキリさんには言わないでおこう。
「あ、その言い方なんか傷付く」
「でも、使える魔法ぐらいは暗記しといた方がいいわよ。得意なのは幻惑魔法くらいだけど」
「幻惑?」
「幻を見せるの。実戦ではあんま使えないけどね。まぁ、スプリガンのしょぼい魔法が生死をわける状況だってないとも限らないし」
「うわ、さらに傷つくー」
黒が好きだという理由でスプリガンを選んだキリさんの自業自得かもしれないが、なんか可愛そうになってきたな。ここで慰めようと何か言うと「インプのお前に言われると余計に傷つく」とか逆ギレしてきそうだから止めておこう。
その彼はというとあれから、何回もやる気のない感じでスペルワードをぶつぶつと呟いていた。
「だめだめ、そんなにつっかえたらちゃんと発動できないわよ。機械的の暗記するんじゃなくて、力の言葉の意味を覚えて魔法の効果と関連を付けて暗記するのよ」
リーファが言うと、キリさんはため息を吐いてがっくりとうな垂れる。
「まさかゲームの中で英語の勉強みたいなマネすることになるとは……。リュウは予め調べて覚えているしよ……」
「なんかすいません……」
キリさんの言う通り、俺は今使える魔法はログインするまでに調べてスペルワードを覚えておいている。すでにこれまでの戦闘で何回か試しに使ってみたりもした。SAOには魔法はなかったから本当に便利だなと思えるほどのものだった。
「言っとくけど上級スペルなんて20ワードくらいあるんだからね」
「うへぇ……。俺もうピュアファイターでいいよ……」
落ち込むキリさんを慰めながら洞窟を進む。
洞窟に入ってすでに2時間近く経過していた。その間に10回以上オーク型のモンスターと戦闘になるが難なく切り抜け、リーファがスイルベーンで仕入れておいたマップのおかげで道に迷うこともなく、順調に進むことができている。このままいけば、もう少しで鉱山都市までたどり着けるだろう。
洞窟の中を進んでいると隣にいたリーファが急に足を止める。
「あ、メッセージ入った。ごめん、ちょっと待って」
リーファにメッセージが届いたようで、メニューウインドウを開いて確認してみる。
「レコンからか。えっと『やっぱり思った通りだった。気をつけて、s』、何だこりゃ?エス……さ……し……す……うーん」
「どうしたんだ?」
「レコンからメッセージが来たんだけど、なんか途中で途切れているの」
「間違って途中で送信してしまったとかじゃないかな?俺もたまにやってしまうことがあるから、すぐに続きが来ると思うよ」
その時だった。キリさんの胸ポケットからぴょこんとユイちゃんが顔を出した。
「パパ、接近する反応があります」
「モンスターか?」
「いえ、プレイヤーです。全部で15人います」
「15人っ!?」
「そんなにいるのっ!?」
俺とリーファは絶句する。15人となるとSAOでは少なくても3パーティーもの規模となる。大抵は多くても10人前後の2パーティーで十分なはずなのに。
「ちょっと嫌な予感がするの。隠れてやり過ごそう。リュウ君は隠密魔法は使える?闇魔法には風魔法より有効なものがあるはずなんだけど」
「隠密魔法なら一応初期のやつなら使えるよ」
「それなら風魔法の隠密魔法と組み合わせて使えばなんとかなるかも」
近くにあった2,3人が入れる窪みに入り、リーファと同時にスペルを詠唱する。すると、目の前に壁が出現して外側から俺たちの姿が見えなくなる。
リーファが小声で呟いた。
「喋るときは最低のボリュームでね。あんまり大きい声出すと魔法が解けちゃうから」
「ああ」
「了解」
「もうすぐ視界に入ります」
ユイちゃんがもうすぐでプレイヤーが来ることを知らせてきて、息をのむ。そして不明集団が接近してくる方向を睨んだ。
インプの俺ならこの中で1番洞窟の先までしっかり見えている。目を凝らして見ていると赤い小さなコウモリのようなものの姿を捉えた。
「何なんだ、あの赤いコウモリは……?モンスターかな?」
そう呟いた途端、リーファは急に慌てて外へと飛び出す。
「リーファ、いきなりどうしたんだ?」
「リュウ君が見たコウモリは高位魔法のトレーシング・サーチャーよ!!早く潰さないと!!」
「何だって!?」
リーファはまた何かの魔法のスペルを詠唱する。それが終わると、リーファの両手から緑色に光る針が無数に発射された。緑色に光る針は赤いコウモリを捉える。それが消滅したのを確認すると俺とキリさんに向かって叫んだ。
「トレーサーを潰したのは敵にもバレているから、とても誤魔化しきれないよ!走るよ、リュウ君、キリト君!」
リーファが急に走り出し、俺とキリさんも急いでその後を追う。
「あのトレーサーは火属性の使い魔なの」
「火属性ってことはサラマンダーか」
「ここまで追ってくるのかよ!しつこいぞ、アイツら!」
「でも、どうしてこんなところにサラマンダーの大集団が……」
サラマンダーは昨日、俺とキリさんが倒した種族だ。また、あの厄介な奴らと出くわすことになるなんて。
スピードを上げて洞窟の中を駆け抜けていくと青黒い大きな地底湖が広がっているところへと出た。地底湖には1本の石造りの橋がかかっている。その先に鉱山都市へと繋がる門がある。鉱山都市の中に入ってしまえばこっちのものだ。しかも、追って来るサラマンダーたちとはまだかなりの距離がある。
「もうすぐで鉱山都市だ」
「どうやら逃げられそうだな」
「油断して落っこちないでよ」
2人と短く言葉と笑みを交わして走っている内に橋の中央まで来た。その時だった。
背後から2つの光が高速で通過する。何かの魔法だろうか。それは俺たちに命中することなく、鉱山都市へと繋がる門の前の地面へと命中。そして、轟音を立てながら橋の表面から巨大な岩壁がせり上がってきて、行く手を塞ぐ。
俺とリーファは足を止めたが、キリさんは止まるもことなく、背負っている大剣を取り出し、壁に目がけて振り下ろした。だが、大きな衝撃音と共に弾き返されて橋に叩きつけられる。岩壁には傷ひとつついていない。それでもキリさんは何回も岩壁に叩き込む。
「硬えんだよ!何でだよっ!ああ、痛え……」
何かSAOで《セイリュウインベス》の強化前と戦ったときと同じことをしているな……。
「無駄よ」
「もっと早く言ってくれよ……」
「君がせっかちすぎるんだよ。これは土魔法の障壁だから攻撃魔法をいっぱい撃ち込まないと破壊できないよ」
「だけど、アイツらは待ってくれそうになさそうだよ」
俺たちが来た方から、4人の赤い分厚い鎧に身を包んだ大柄のサラマンダーに、赤いローブを被った11人のサラマンダーたちがやって来る。
「これはマズイよ。今はインプのリュウ君しか飛ぶことはできないし、ここの湖には超高位レベルの水竜型モンスターがいるの。飛んで回り込むのはあたしとキリト君は無理だし、湖に飛び込んでウンディーネの援護なしに水中戦するのは自殺行為だよ」
「そうなると戦うしか道はないってことか……」
「うん。だけど、ちょっとヤバいかも。サラマンダーがこんな高位の土魔法を使えるってことは、よっぽど手練のメイジが混ざってるんだわ」
「敵が15人もいるっていうだけでも厄介なのに、その中に手練のメイジがいるのかよ……」
そんなことをぼやくも覚悟を決め、俺は右腰の鞘から剣を抜き取って構える。リーファも愛剣を取ろうとしたとき、キリさんがリーファの方をちらりと見て言った。
「リーファ。君の剣の腕を信用してないわけじゃないんだけど、ここはサポートに回ってもらえないか?」
「え?」
「俺たちの後ろで回復役に徹してほしいんだ。全員で攻めるよりは、こういう役割が1人でもいてくれた方が助かるんだよ」
確かにキリさんの言う通りだ。俺もキリさんも回復魔法は使うことはできない中、リーファに回復役をやってもらった方がいい。リーファはこくりと頷き、長刀を鞘に収めて後ろの方に退いた。
「俺が先に攻撃する。リュウは俺に続いて攻撃してくれ」
「はい!」
俺とキリさんが愛剣を持って構えていると、先頭にいる4人の重戦士のサラマンダーがやって来る。そんなこと関係なく、キリさんは先陣を切り、サラマンダーたちに突撃する。俺もその後に続くように地面を蹴った。
「ん?」
先頭にいる重戦士のサラマンダーを見て妙なことに気が付く。
4人全員が左手にメイス、右手にタワーシールドを持っている。SAOやALOのようなVRMMOだと利き腕は現実世界と同じだからサウスポーのプレイヤーは少ないはずだ。実際にSAOでも俺の周りにいたサウスポーのプレイヤーは俺を含めても数は圧倒的に少ない方だった。だから、前衛の4人全員がサウスポーだというのは明らかにおかしい。
キリさんにこのことを伝えるよりも前に、彼は先頭にいるサラマンダーたちに大剣を振り下ろす。重戦士のサラマンダー4人は右手の盾を前面に突き出し、盾の陰に身を隠した。
その直後、大きな金属音が響き渡る。重戦士のサラマンダーたちは少し後ろに推し動かされただけで、HPも2割ほどしか減っていなかった。
「リュウ、スイッチ!」
キリさんと入れ替わるように前に出て、俺もサラマンダーたちに斬撃を与える。しかし、キリさんよりパワーが劣る俺では彼よりもHPを削ることができなかった。
もう一度キリさんと入れ替わるよりも先に、後ろにいた4人のサラマンダーが魔法スペルを詠唱。すると、先頭のサラマンダーたちのHPが回復。更に残りのサラマンダー7人全員が別の魔法のスペルを詠唱すると、オレンジ色に光る炎の玉が次々に発射され、俺とキリさんに目がけて飛んできた。
「リュウ、避けろ!」
キリさんの叫びがし、俺は急いで回避する。だが、いくつかの炎の玉が俺を追うように襲いかかってきた。残りはキリさんがいるところへと迫る。
「「ぐあっ!!」」
俺とキリさんの周りを巨大な爆発が包み込み、HPを一気に奪っていく。
「リュウ君!!キリト君!!」
リーファの悲鳴にも似た叫びが後ろの方からする。愛剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がった俺とキリさんにリーファがすぐに回復魔法でHPを回復させる。
「何なんだ、あの魔法は……?変化球のように向きを変えて俺に襲い掛かってきた……」
「しかも前にいる奴ら、あの岩壁や《セイリュウインベス》に負けないくらい硬いぞ……」
「リュウ君!キリト君!サラマンダーたちは君たちの機動力と物理攻撃力を対策した戦法を使っているの!」
「リーファ、そうなのかっ!?」
俺の叫びにリーファは頷き、答えてくれた。
「前衛にいる重装備の4人が一切攻撃しないで防御に専念。そして他の11人全員がメイジで1部が前衛の回復、残り全員が2人を魔法で攻撃するっていう物理攻撃力が高いボスモンスター対策用の方法なの。それに素早いボスモンスター対策用のホーミング性能に優れた魔法も使っている」
「くそ、バレたか。だが、戦法がわかったところで貴様たちが我々に勝つことは不可能だ」
声の主はこのサラマンダーたちのリーダーらしいプレイヤーだ。奴は余裕そうに俺たちを見ていた。
「リュウ、あの重装備の奴らを最初に倒すのは厳しいと思う。重装備の奴らが俺の攻撃を防いだら俺を踏み台にして、後ろにいる魔法使いたちを攻撃してくれ」
「先にメイジたちを倒すってことですね。わかりました」
もう一度、サラマンダーたちに攻撃を仕掛ける俺とキリさん。先ほどと同様に前衛の4人がキリさんの攻撃を防ぐ。俺はキリさんを踏み台にして前衛の4人を飛び越えようとする。しかし、サラマンダーたちはそれすらも見切っており、俺に火炎魔法を浴びせ、その直後にキリさんにも喰らわせる。
いくらVRMMOには痛みを感じない機能はないと言っても、あの爆裂魔法を受けるのはあまり良くない感覚だ。
俺たちは再び地面に転がり、リーファの回復魔法でまたHPを回復させる。
それから何度も攻撃するが、結果は同じだ。
これは本当にヤバいぞ。俺の機動力もキリさんの攻撃力も完全に封じられていると言ってもいい。それに、俺たち2人分の回復をしているリーファのMPがなくなるのも時間の問題だ。
「もういいよ、リュウ君、キリト君!やられたって、またスイルベーンから何時間か飛べば済むことじゃない!もう諦めようよ!」
流石のリーファもこのサラマンダーたちには勝てないと判断し、俺たちに向かってそう叫んできた。だが、キリさんはリーファの方を振り返り、押し殺した声で言った。
「嫌だ。俺が生きてる間は、パーティーメンバーを殺させやしない。それだけは絶対嫌だ!」
「これ以上やっても2人が傷つくだけなんだよ!リュウ君からもキリト君に何か言って!」
普段ならキリさんの意見に反対し、リーファに同意する。だけど今回は……。
「ゴメン、リーファ。今回は俺もキリさんと同意見だよ。俺の目の前で仲間が死ぬ瞬間を見るのだけは絶対に嫌なんだ」
脳裏にはファーランさんとミラが死んだときのことが浮かんできた。
ALOはSAOとは違って実際に死ぬわけじゃない。そうわかっていても、ファーランさんやミラのようにキリさんやリーファが俺の目の前で死ぬのだけは嫌だった。
そして、キリさんと同時に言う。
「「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!!」」
キリさんは盾を構える重戦士に特攻。そして空いている左手で盾を無理矢理にこじ開けようとし、わずかに開いた防壁の隙間に大剣を突き刺す。
この隙に俺は背中に翅を出現させる。インプは日光や月光がない場所でも少しだけは飛ぶことができる。俺も特攻するかのように見せ、翅を広げて前衛の重戦士たちの上を飛び越える。メイジたちはすぐにホーミング性能がある攻撃魔法の詠唱し、俺にそれを放つ。俺は全速力で飛んで魔法から逃れようとする。その中、ユイちゃんの叫びが耳に入ってきた。
「リュウさん!そのまま30秒ほどメイジたちの注意を引き付けて下さい!!」
「わかった!」
ユイちゃんに言われるがまま、メイジたちの注意を引き付ける。だが、攻撃担当のメイジの半分が放った魔法から逃れるのはかなりキツイ。リーファの援護があったものも、いくつかの炎の玉がどんどん俺に追いついてきて、それによる攻撃を受けてしまう。
「ぐわぁっ!」
爆発の衝撃で頭がフラ付いてそのまま、湖へと落下。なんとか湖まであと数メートルのところで意識が回復し、湖にすれすれの状態で飛行を続けて橋の上へと戻って来る。このときにはすでに、HPは3割ほどしか残っていなかった。
橋の上に戻って来た直後、炎の中でキリさんが大剣掲げて何かの魔法のスペルを詠唱している光景が目に入った。
「っ!?」
そして、キリさんを包み込んでいた炎の渦が消え、その中から黒い巨大な何かが姿を現す。高さは少なくても3,4メートルはありそうだ。頭部はヤギみたいな感じで、後頭部から湾曲した太い角が伸びている。丸い目は赤く、鋭い爪と牙を持っている。黒い影の正体は悪魔みたいなものだと言ってもいい。
俺はこの悪魔に見覚えがある。SAOで情報屋が提供している新聞でしか見たことないが、あの姿はアインクラッド第74層のフロアボス《グリームアイズ》に似ていた。
「まさか、キリさんなのか……?」
呆然として呟くとグリームアイズに似た巨大な悪魔は雄叫びをあげる。
これにはサラマンダーたちも凍りついたように動けなくなっていた。1人の前衛にいた重戦士が逃げようとするが、巨大な悪魔が持つ鉤爪で貫かれる。貫かれた重戦士は赤い炎となる。
たった一撃で仲間が倒されたのを見た残りの前衛にいた重戦士たちは恐怖に包まれ、逃げようとする。
「バカ!姿勢を崩すな!奴は見た目だけだ!亀になればダメージは通らない!メイジは全員で攻撃魔法の用意をしろ!!」
リーダーの怒鳴り声がし、体制を立て直すサラマンダーたち。残った3人の前衛の重戦士はタワーシールドを構え、メイジたちは回復や攻撃魔法のスペル詠唱をし始める。
サラマンダーたちはすっかりキリさんに気を取られているようだ。この隙に俺は橋から飛び降り、橋の側面を走行し、一気にサラマンダーたちに接近する。そして、前衛の重戦士たちを越え、メイジたちの元にたどり着いたところで姿を現す。
俺が今使ったのは軽量級妖精だけが使える共通スキルのウォールランだ。
「あの悪魔に気を取られ過ぎて俺のことを忘れていないか?」
メイジたちも俺がすぐ近くにいることに気が付き、距離を取ろうとする。しかし、このときにはすでに遅く、3人のメイジたちを斬り裂く。HPを全て失ったメイジたちは赤い炎へと変化する。
更に前から巨大な悪魔が迫ってきて残っていた重戦士やメイジたちを簡単に蹴散らし、赤い炎へと変えていく。
仲間が次々と倒されていき、逃げ場を失ったサラマンダーのリーダーは橋から湖へと飛び込もうとする。
「おい、その湖にはっ!」
俺が言い終える前にサラマンダーのリーダーは湖へと飛び込んだ。その直後、悲鳴が聞こえ、湖の上には赤い炎が1つ浮いていた。
ついに最後の1人となったサラマンダーのメイジを巨大な悪魔へと変化したキリさんがっちりと捕まえていた。ソイツにトドメを刺そうとしたとき、リーファが何か叫びながらこちらにやって来た。
「キリト君、待って!そいつは生かしておいて!」
リーファがこっちに来て、敵に剣を向ける。
「さあ、誰の命令なのか説明してもらいましょうか」
「こ、殺すなら殺しやがれ!」
「この……」
長刀を振り下ろそうとするリーファの腕を掴み、攻撃を止めさせる。
「待て!せっかく生かした証人を殺すつもりか?」
「リュウ君……」
その時、巨大な悪魔が黒い煙に包まれて姿を消し、その中からキリさんが姿を現す。
「いやー、暴れた暴れた。よ、ナイスファイト。いやぁ、いい作戦だったな。俺1人だったら速攻やられたぜ」
「は?」
キリさんはしゃがみこみ、唖然としているサラマンダーのメイジの左肩に右手をポンと置き、爽やかな口調で話しかける。
「ちょ、ちょっと、キリト君?」
「まあまあ」
そして悪巧みしているかのような笑みを浮かべ、メニューウインドウを開く。いったいキリさんは何をしようとしているんだ。
「さて、ものは相談なんだけど、君。これ、今の戦闘でゲットしたアイテムとユルドなんだけど、質問に答えてくれたらコレ全部君をあげようかなーなんて」
サラマンダーのメイジに見せていたのはさっきの戦闘で手に入れたアイテムとユルドみたいだ。彼はキョロキョロと周囲を見回し、キリさんの方を見る。
「……マジ?」
「マジマジ」
ニヤッと笑う2人。俺とリーファ、ユイちゃんは呆れてそんな2人を見ていた。
「この人たちにプライドというのはないんだろうか……」
「そうね……」
「同感です。なんか、みもふたもないですよね……」
今回はルグルー回廊でのサラマンダーとの戦闘でした。インプのリュウ君がいるため、原作やアニメよりも重戦士1人、メイジ2人多くさせ、ホーミング性能に優れた火炎魔法も使用するという展開にしました。そうしないとキリトが変異魔法を使う前に、リュウ君が簡単に前衛を飛び越えてメイジを倒して早く決着が付いてしまいそうでしたので。
後半は原作やアニメと同様に、キリトがグリームアイズに似たモンスターに変身してサラマンダーたちを蹴散らすことになりました。しかし、これでは主人公のリュウ君の見せ場がなくなるということで、暗中飛行でメイジたちの注意を引き付けたり、ウォールランで橋の側面を走ってメイジたちを倒す展開も入れました。
リュウ君とキリトが「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!!」と言うところは、面白半分で入れてしまいました。余談ですが、「超協力プレイでクリアしてやるぜ!!」にするという案もありました(笑)
次回もよろしくお願いします。
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第9話 仲間のために
キリさんが持ち出した取り引きのおかげで、サラマンダーはちゃんと話してくれた
「今日の夕方かな。ジータクスさん……さっきのメイジ隊リーダーなんだけど、あの人から携帯メールで呼び出されて入ってみたらたった3人を十何人で狩る作戦だって言うじゃん。イジメかよって思ったんだけどさ、昨日カゲムネさんをやった相手だっつうからなるほどなって……」
サラマンダーの話の中に聞き覚えのある名前があって聞いてみることにした。
「そのカゲムネっていう人って、もしかして鎧で顔を隠してランスを持っていた人かな?」
「そうそう。ランス隊の隊長でシルフ狩りの名人なんだけどさ、昨日コテンパンにやられて逃げ帰ってきたんだよね。アンタとそこのスプリガンがやったんだろ?」
「まあ……」
今にして思えば、俺とキリさんは厄介な相手にケンカを売ったんだな。
「だけど、そのジータクスさんはどうしてあたしたちを狙ったの?」
「昨日の報復だとしても、あれはなんでもやりすぎなんじゃないのか?」
「もっと上の命令だったみたいだぜ。昨日の報復じゃなくて、なんか相当でかい『作戦』の邪魔になるとか……。俺みたいな下っぱには教えてくれないんだけどさ。今日入ったときなんか、すげえ人数の軍隊が北に飛んでくのを見たよ」
「北って、世界樹攻略に挑戦する気なの?」
「まさか。前の全滅してから、装備を整えるために金貯めてるとこだぜ。まだ目標の半分も貯まってないらしいけどな。俺が知っているのはこんなところだ。で、さっきの話は本当だろうな?」
「取引でウソはつかないさ」
サラマンダーに爽やかな笑みを浮かべてサムズアップし、答えるキリさん。そして、メニューウインドウを操作し、約束のアイテムやユルドを渡す。サラマンダーも嬉しそうにし、それを受け取って元来た方へと消えて行った。
再びプライドを捨てた者同士の取り引きの現場を見た俺とリーファ、ユイちゃんは呆れていた。
そして、鉱山都市に向かって足を進める。
「ところで、さっきのグリーム・アイズに似たモンスターってキリさんですか?」
「まあな。さっきのはユイに教えてもらった魔法を無我夢中で使ってみたらあんな姿になったんだよ。そしたら、自分がえらい大きくなって剣もなくなったから、仕方なく手掴みで……」
「ボリボリかじったりもしてましたよ」
ユイちゃんが楽しそうに爆弾発言してきて、俺とリーファは引いていた。
「ああ、そういえば……モンスター気分が味わえてなかなか楽しい体験だったぜ」
キリさんは楽しそうにその時のことを語る。すると、リーファは恐る恐るがとんでもないことを聞き出した。
「その……、味とかしたの?」
「リーファ、それは聞かないほうが……」
「焦げかけの焼肉の風味と歯ごたえが……」
「ストップ!ストップ!」
「やっぱりもう言わないで!」
俺はキリさんの口を手で塞いで話を中断させ、リーファもやっぱり嫌になって止めるようにとぶんぶんと手を振る。あのまま話を聞いていたらしばらくの間……最悪の場合、二度と焼肉が食えなくなっていただろう。
「それよりも早く街に行って休みますよ」
「んぐっ!」
キリさんを手で口を塞いだまま引きずり、門をくぐって鉱山都市のルグルーへと入っていく。この光景を見ていたリーファとユイちゃんは苦笑いを浮かべ、俺たちの後を付いてくる。
鉱山都市のルグルー。メインストリートには多種多様な商店や工房が並び、プレイヤー数も思ったより多く、地底にある鉱山都市は賑わっている。
俺とキリさんはもちろんだが、リーファもこの街には初めて来たこともあって楽しそうに街の中を見渡していた。だが、サラマンダーたちと戦う前にレコンから来たメッセージが来たことを思い出し、現実で連絡を取るために一旦ログアウトする。その間、俺とキリさんはベンチに座ってリーファの帰りを待っていた。
キリさんが先ほど屋台で買った串焼きを食べている中、俺はどうしても落ち着いた気分になれずにいた。
「リュウ、そんな難しい顔なんかして何考えているんだ?」
「さっきリーファに届いたレコンからのメッセージですよ」
「ああ、途中で途切れていたやつか。お前がさっき言っていた通り、書いている途中で間違って送信してしまったとかじゃないのか?」
「俺もそう思ってましたけど、あれからレコンから一切連絡がないじゃないですか。書いている途中で間違って送信してしまった場合、普通ならすぐに続きを送りますよね。それどころか、レコンはログアウトしているみたいでしたし」
「確かに言われてみれば」
キリさんもこれには納得したという表情をする。
「それにさっきのサラマンダーが言ってたことで気になることがあるんですよ。サラマンダーの大規模の作戦に、北の方に飛んで行ったサラマンダーの大部隊とか……」
「そうだな。だけど、今はせっかくの休憩なんだからそういう難しいことを考えるのは後でいいんじゃないのか?」
俺が真剣になって話している横でキリさんは呑気に串焼きを食べている。
「ところで、さっき自分からあんな話しておいてよく食欲がありますね」
「なんか美味そうだったからな。リュウは食わないのか?これ、結構美味いぞ」
「いりません。そんな蛇みたいなもの。蛇嫌いだっていうこと知っててそんなこと聞かないで下さいよ……」
キリさんが今食べている串焼きは蛇みたいなものだ。ただでさえ、蛇は嫌いだっていうのに、さっきのキリさんの話を聞いたせいで完全に食欲がなくなっていた。
美味しそうに串焼きを食べるキリさんを呆れて見ている。すると急にログアウト中のリーファが立ち上がった。
「うわっ!!」
それに驚いたキリさんは串焼きを落としそうになる。
「おかえり、リーファ。そんなに慌ててどうしたの?」
「リュウ君、キリト君、ごめんなさい。あたし、急いで行かなきゃいけない用事が出来ちゃった。説明している時間もなさそうなの。多分、ここにも帰ってこれないかもしれない」
リーファの慌てようはただ事ではないようなものだ。何か嫌な予感しかしなかった。
「移動しながらでいいから教えてくれないか。どっちにしてもここから走って出ないといけないんだろ。キリさんも呑気に食べてないで下さい」
「わかっているって」
ルグルーの中央通りをアルン側の門を目指して走り出した。門をくぐると、再び地底湖を貫く橋がまっすぐ伸びていた。この世界では、どれだけ走っても息切れすることもないため、走りながらリーファは俺たちに事情に説明した。
話によると、シグルドがサラマンダーと内通していて、40分後に始まるシルフとケットシーの領主会談をサラマンダーの大部隊が襲撃するということが判明した。このことに気が付いたレコンはサラマンダーに捕まってしまい、リアルでリーファに連絡しようとしていたらしい。
「まさか、シグルドがサラマンダーと内通していたとは……」
「仲間を裏切るなんて、本当に果物や木の実が描かれた錠前を売ったりしてた奴と同じだな」
「ところで、サラマンダーたちがシルフとケットシーの領主を襲うことで何か得することでもあるのか?」
「まず、同盟を邪魔できるよね。シルフ側から漏れた情報で領主を討たれたらケットシー側は黙ってないでしょう。下手したらシルフとケットシーで戦争になるかもしれない。サラマンダーは今最大勢力だけど、シルフとケットシーが連合すれば、多分パワーバランスが逆転するだろうから……」
話を聞いている内に橋を渡り終わり、洞窟に入っていた。
「それならあの好戦的な種族ならやりかねないな」
「あと、領主を討つと領主館に蓄積されてる資金の3割を入手できて、10日間、街を占領状態にして税金を自由に掛けられる。サラマンダーが最大勢力になったのは、昔シルフの最初の領主を中立域に誘い込んで討ったからなんだよ。サラマンダーはそれをまた実行しようとしているの」
「初めて会った時からとんでもない奴らだなって思っていたけど、改めてそう思ったよ」
「そいつは俺も同感だ」
前を走っていたリーファが足を止め、俺たちの方に顔を向けてきた。
「これはシルフ族の問題だから、インプやスプリガンの君たちが付き合ってくれる理由はないよ。多分、会談している所に行ったら生きて帰れないから、またスイルベーンから出直しだろうしね。それよりも、世界樹の上に行きたいっていうなら、君たちはサラマンダーに協力するのが最善かもしれない。サラマンダーがこの作戦に成功すれば、万全の体勢で世界樹攻略に挑むと思う。君たちの強さなら傭兵として雇ってくれるかも……。だから、ここであたしを斬っても文句は言わないわ」
リーファは拳を握り、目を瞑っていた。今ここで俺たちに殺される覚悟でいるのだろう。俺はどうしてもそんなリーファを見ていられなくなって、彼女に言った。
「ここはゲーム……仮想世界なんだから何でもあり。確かにその通りだ。殺したければ殺すし、奪いたければ奪う。俺も昔、自分の目的のためにある人を傷付けようとしたことがある。だけど、プレイヤーとキャラクターは一体なんだ。この世界で欲望だけに身を任せれば、その代償はかならずリアルの人格へとかえっていく。俺は身を持ってそれを経験したからそう言えるんだよ……」
また去年の12月24日に起こったことを思い出す。俺の消えることのない罪を……。
『俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!』
キリさんはそんな俺を心配そうに見て、俺に続くようにして言い出す。
「だけど、仮想世界だからこそ、守らなきゃならないものがある。俺はそれを大切な人に教わった」
キリさんが言う大切な人とはアスナさんに違いない。2人は攻略会議で意見が食い違ってデュエルで決着を付けることになるなど、何回も衝突してきた。でも、最終的に結婚して互いに存在が欠かせない者となった。そんなことを経験したキリさんだからこそ、あのようなことを言えたんだろう。
「2人の言いたいことはわかったよ。でも、君たちとはまだ少し前に知り合ったばかりだから、こんなことには巻き込みたくない……」
リーファはまだ知り合ったばかりの俺たちを巻き込んでしまうのが嫌なんだろう。俺はリーファに近寄って再び口を開いた。
「俺はそんなこと気にしないからさ。誰かが助けを求めて手を伸ばした時、俺たちはその手を必ず繋いでみせるよ。だってプレイヤーは助け合いでしょ」
またしても何処かのメダルで変身して戦う主人公のようなことを言ってしまう。だから俺はよくその主人公に似ていると言われるんだろう。
だけど、リーファは先ほどまで暗い表情から徐々に明るい表情へと変わっていった。
「リュウ君、ありがとう……」
微笑んでそう言ってくるリーファに思わず、ドキッとしてしまう。
すると、キリさんがニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。
「随分とカッコいいこと言ったな、リュウ。俺が女だったらお前に惚れていたかもな」
「こんな時に何言っているんですか。冗談でもそんな気持ち悪いこと言わないで下さいよ」
「酷い!場の空気を和ませるために言ったのに!」
色々とヤバいジョークを言ってくるキリさん。だけど、これが本当に冗談じゃなかったらちょっと怖いなと思ってしまう。
「パパ、浮気はダメですよ」
「ユイ!これは浮気じゃないぞ!リュウと浮気なんかしたら色々とヤバいから絶対にしないからな!」
「俺だって嫌ですよ!」
この場はすでに先ほどまでのシリアスな空気ではなく、いつも通りの緊張感のないものへと変わってしまった。だけど、今はふざけている時間はない。そのことに気が付いたキリさんが話し出した。
「おっと、時間がなかったな。ユイ、走るからナビゲーションよろしく」
「了解です」
キリさんの言葉に俺は嫌な予感しかしなかった。
「キリさん、走るってまさか……」
「お前が予想していることだと思ってくれ。俺よりリュウの方が疾走のスキルは高いからリーファのことは任せたぜ」
挙句の果て、俺にリーファのことを頼む始末だ。やっぱり俺の予想通りの結果だった。他に方法と言ってももう時間はほとんど残ってないから、仕方がないか。
「えっと、リーファ。俺が『目開けていいよ』って言うまで目閉じててくれるかな?むしろ、閉じていた方がいいと思うよ」
「う、うん……」
目を閉じたことを確認すると……。
「ちょっとゴメンね……」
「えっ!?リュウ君っ!?」
左手を伸ばし、リーファの右手をぎゅっと掴む。手を掴まれたリーファは頬を少し赤く染めて慌てる。そして、キリさんの方を見るとユイちゃんが彼の胸ポケットから顔を少し出した状態となっていた。
「準備は出来たようだな、行くぞ!!」
「はい!!」
キリさんと同時に、リーファを連れて全力疾走で走り出した。
「わあああああっ!!ちょ、ちょっと、今どうなっているの!?」
リーファは悲鳴を上げて俺に手を引かれる。そして、全力疾走で洞窟を駆け抜けていたことでリーファの体はほとんど水平に浮き上っている。走っていく先にオークの集団がいたが、その隙間をすぐに見つけて突破する。
やがて前方に白い光が見えてきた。どうやら、洞窟の出口みたいだ。
「出口だ!」
「リーファ!飛ぶ準備して!」
「ええええっ!?今何処!?今どうなっているの!?」
流石にリーファも目を開けた途端、自分の今の状況がよくわかっておらずパニックになる。だが、俺の指示通りにすぐに翅を出して、洞窟から出たところで俺とキリさんと共に飛行を開始する。
「寿命が縮んだわよ!」
「文句なら俺じゃなくてキリさんに言ってくれよ!」
「まあまあ、時間短縮になったからいいだろ」
「「アンタが原因だろ!!」」
この一連の出来事の黒幕であるキリさんはヘラヘラと笑っている。そんな彼に俺とリーファの息の合ったツッコミが辺りに響き渡る。
そして前方を見た瞬間、俺たちは思わず息を飲んだ。
何処までも広がる高原のずっと先には、空高くまで巨大な樹が伸びている。アインクラッド第45層に存在する《巨大樹の森》にあった樹の何十倍の大きさを誇るものだ。空と大地を支える柱みたいなものだと言ってもいいだろう。
「あ、あれが……世界樹……」
「まだまだ遠いのになんてデカさだよ」
俺とキリさんが畏怖にうたれたような声音で呟いた。
あそこがこの世界の俺たちの最終目的地で、あの樹の上にアスナさんがいるかもしれないっていうのか。
しばらく無言で世界樹を眺めていたが、我に返ってリーファに聞いた。
「リーファ、領主会談は何処で行われるんだ?」
「ケットシー領につながる《蝶の谷》だから北西のあの山の奥よ」
「残り時間は?」
「あと20分」
「もうそのくらいしか残っていないのか……」
「間に合ってくれ」
更に加速し、領主会談が行われる場所へと急いで飛んでいく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リュウたちが領主会談を行う場所へ向かっている中、とあるシルフとケットシーの2人組パーティーが世界樹へと目指していた。シルフのプレイヤーは小柄で中性的な顔立ちの少年で錫杖を背負っており、ケットシーは頭に水色の小さなドラゴンを乗せた小柄な少女だ。
2人はちょうど滞空時間がなくなり、地上に下りて一休みしている。
「あそこで合流することができてよかったよ」
「うん。合流できなかったら、あたし1人で世界樹に行くことになったからね。他の皆は世界樹に着いたのかな?」
「それなら、何処かに街か村があったら一度ログアウトして今どのあたりにいるか連絡して聞いてみるよ」
話をしているとケットシーの少女が突然立ち上がる。
「どうかしたの?」
「あの方向に沢山のプレイヤーが見えるの」
シルフの少年もその方向を見てみるが何も見えない。ケットシーの優れた視覚でないと見えないものだろう。しかし、シルフの少年もシルフの優れた聴力で大勢のプレイヤーの気配を捉え、肉眼でもその大勢のプレイヤーの姿を捉えることができた。
大勢のプレイヤーは赤い鎧に身を纏っていて、手にはタワーシールドとランスを持っていた。
「あれって確かサラマンダーでいいよね?」
「うん。あんなに沢山のプレイヤーが移動しているのは初めて見たよ。もしかして世界樹にあるグランドクエストにでも挑むのかな?」
「人数からしてその可能性はあるけど、あの大部隊が向かっているのって世界樹じゃなくてさっき僕たちが来た方みたいだけど……」
2人は何か嫌な予感がして仕方がなかった。今は世界樹に向かっている場合じゃないと思い、先ほど自分たちが来た方へと戻っていく。
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第10話 青龍の剣士VS炎の猛将
途中から念のために処刑用BGMとして「乱舞Escalation」という曲をご用意して下さい。他に処刑用BGMとして「POWER to TEARER」や「Real Game」(Rayflower)も候補がありましたが、「POWER to TEARER」はアリシゼーション編、「Real Game」はフェアリィ・ダンス編以降(キャリバー編など)やロストソング編(ゲーム版)のALOでの戦闘の方がいいかなと……。
※一度、私の操作ミスで削除してしまいました。
アルヴヘイム 中立域 蝶の谷
最高速度で蝶の谷で飛び続けていると、ユイちゃんがキリさんの胸ポケットから顔を出して叫んだ。
「プレイヤー反応です。前方に大集団68人。おそらくこれがサラマンダーの強襲部隊です。さらに向こうに14人、シルフ及びケットシーの会議出席者だと思われます。双方が接触するまであと50秒です」
遠く彼方の方を見ると、大量の赤い影があった。あの赤いのがサラマンダーだとすれば間に合わなかったっていうことだ。
「間に合わなかったね。リュウ君、キリト君、ありがとう。君たちは世界樹に行って。短い間だったけど、楽しかった」
笑顔でそう言ってくるリーファ。
俺としてはリーファやシルフとケットシーのプレイヤーたちを見捨てるのが嫌だった。リーファにあんなこと言った以上、彼女たちを助けたい。でも、どうやってあの状況を打開すればいいんだ……。
悩んでいるとキリさんが話しかけてきた。
「リュウ、ちょっと耳を貸してくれ」
俺はキリさんに言われるまま、耳を貸す。
キリさんはある作戦を俺に話す。その作戦の内容を聞いて驚いて声をあげてしまう。
「本気でその作戦でやるんですかっ!?」
「バカ!声でけえよ!これしか手はないんだよ!」
苦渋の決断をし、キリさんが立てた作戦に賛同する。
「リーファはシルフとケットシーの方をなんとかしてくれ!」
キリさんはリーファにそう言い残すと地面目指して急角度のダイブしていった。
「ちょっと!何よそれ!リュウ君、どういうことなのっ!?」
「今言えるのはとんでもないことだよ!文句は後でキリさんに言ってくれ!」
俺もリーファにそう言い残し、キリさんの後を追うようにダイブに入る。
一方でシルフとケットシー達もサラマンダーたちの集団に気が付き、戦闘態勢に入ろうとしていた。だけど、明らかに圧倒的に不利だ。今すぐにもサラマンダーたちが攻撃をしようとしたときだった。
対峙する両者の間の台地にキリさんはミサイルのように突っ込み、地面に着地した。土煙が晴れた時には俺もキリさんの隣に並び立つ。
「双方、剣を引け!!」
キリさんが叫ぶとサラマンダーたちは攻撃を止める。これも恐らく一時的だ。
俺より一足遅くやってきたリーファは、ダークグリーンの長髪をした和風の長衣に身を纏っている女性の元へ降り立った。
他のシルフのプレイヤーと恰好が違うからあの女性がシルフの領主さんだろう。
その隣には、とうもろこし色に輝くウェーブヘアに小麦色の肌、そしてケットシー特有の猫耳と猫の尻尾を持つ小柄の女性がいる。彼女はワンピースの水着に似た戦闘スーツを纏っており、シルフの領主さんと同様に他のケットシーとは恰好が違うからケットシーの領主さんに間違いない。
リーファはシルフの領主さんに事情を説明してくれている。大分苦労しているようだが、俺の方が苦労することになるからなんとか頑張ってくれ。
「指揮官に話がある!」
キリさんが叫ぶと、赤い鎧に身を纏って背中に両手剣を背負った大柄で厳つい感じのサラマンダーが出てくる。雰囲気からしてあのサラマンダーが指揮官に違いない。
「スプリガンとインプがこんなところで何をしている。どちらにせよ殺すには変わりないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやる」
「俺の名はキリト。隣にいるのはリュウガ。俺たちはスプリガン=インプ同盟の大使だ。この場を襲うということは、我々4種族との全面戦争をサラマンダーは望むと解釈していいんだな?」
「スプリガンとインプが同盟だと?」
スプリガン=インプ同盟ということにシルフとケットシー、サラマンダーの両者は絶句する。この中で1番絶句してしまったのは間違いなく俺だ。
キリさんが俺に教えた作戦とは、『スプリガン=インプ同盟ということにして、俺たちはその同盟大使』という内容だった。正直言うとこの作戦には俺は反対だった。それでも、もうこれしか手がないということで渋々とその作戦に協力することにした。
しかも、話を合わせてくれとかキリさんも滅茶苦茶なことをお願いしてきて困ったものだ。下手したらすでに俺たちは殺されたかもしれないっていうのに……。本当に大丈夫なんだろうかと不安でいっぱいだった。
「護衛の1人もいない貴様らがその大使だと言うのか?インプの方は精鋭部隊が付き添っていてもおかしくないと思うがな」
いきなりヤバい状況になってしまった。キリさんに至っては頑張れよという眼をしている。後でこの人に文句でも言ってやろうと決心した。
「それはお前たちには教える義務はない。シルフほどじゃないが、インプもサラマンダーとは仲が良くないからな。最近は複数のサラマンダーのプレイヤーに襲われたインプのプレイヤーもいると聞いている。そんな奴らに内密で対策を立てていてもおかしくないだろ」
「確かにサラマンダーはシルフと同様に領地が隣り合っているインプとも不仲の方だ。我々サラマンダーを徹底的に倒すために同じく我々と敵対しているシルフだけでなく、ケットシーとスプリガンと手を組んでもおかしくない。いくらサラマンダーでも4種族となると絶対に勝ち目がないからな」
いくらサラマンダーでもこれで迂闊に手は出せないだろう。ちなみに複数のサラマンダーのプレイヤーに襲われたインプのプレイヤーとは俺のことだ。まさか、あの時のことがこんな形で役立つとは思ってもいなかった。
「たった2人しかいなく、大した装備も持っていないお前らが大使というのをにわかに信じるわけにはいかないな。だが、オレも鬼じゃない。お前らのどちらか1人がオレと戦い30秒避けきったら大使として信じてやろう」
サラマンダーの指揮官は暗い赤の刃を持つ両手剣を背中にある鞘から抜き取る。
「ずいぶん気前がいいね」
そう言いサラマンダーの指揮官の元へ行こうとするキリさんを止める。
「キリさん、ここは俺が行きます」
「リュウ、どうしてなんだ?」
「これ以上、サラマンダーの好き勝手な行動を見過ごすわけにはいかないんですよ。それに、俺たち3人相手だけに十数人で襲いかかったり、自分たちの強化のためにシルフとケットシーの領主を狙おうとする奴らのことだから何か企んでいてもおかしくないです。キリさんはもしもの時のためにスタンバイしていて下さい」
「そうか、頼んだぜ。あと絶対勝ってこいよ」
「はい!」
キリさんは笑みを浮かべ、俺に譲ってくれた。本当ならキリさんが戦ったほうがいいかもしれない。だけど、俺はアスナさんを助けると共に、キリさんを手助けするためにALOまで来て覚悟はできている。この戦い負けるわけにはいかない。
翅を出し、サラマンダーの指揮官の元へと飛んでいく。
「インプ、貴様が相手をしてくれるのか」
「はい。サラマンダーの指揮官さん、あんたの名前は?」
「オレはサラマンダーの将軍《ユージーン》だ。貴様はリュウガだったな。貴様がどれほどの力を持っているのか見せてもらおうか」
「俺を倒させないようじゃ、スプリガンの彼は倒せませんよ」
そう言い、左手で右腰の鞘から片手剣を抜き取る。
そして、お互いに睨み合い、戦闘態勢に入る。いつ戦闘が開始してもおかしくない状況だ。雲に隠れていた日差しがユージーン将軍の両手剣に当たり、反射した時だった。
ユージーン将軍が振り下ろした両手剣が俺に襲い掛かって来た。すぐにそれを見切り、持っている片手剣で受け止めようとするが……。
「何っ!?」
ユージーン将軍の両手剣が俺の片手剣をすり抜ける。そして、俺のところで再び実体化する。
慌てて後ろに回避し、ダメージを軽減することができた。軽く斬られる程度で済んだ。下手したらあれで大ダメージを受けていたところだ。
「何なんだ、その剣はっ!?」
「オレの剣を見切った褒美に教えてやる。この剣はサーバーに1つしか存在しない
「そんなのアリかよ……」
反撃に剣による連続攻撃をするが、ユージーン将軍は魔剣グラムで的確に受け止めて弾き返していく。
またユージーン将軍が振り下ろしてきた《魔剣グラム》を受け止めようとしてみる。しかし、先ほどと同じように俺の片手剣をすり抜けた直後、実体化して俺に襲い掛かる。
「ぐはぁぁっ!!」
今度はまともに攻撃を受けて一気に7割くらいまでHPが減ってしまう。でも、そろそろ30秒経つ頃だ。これで本来の目的は果たされる。
「あの熱くなっているところ悪いんですけど、もう30秒経っているんじゃないんですか?」
「悪いな、気が変わった。やっぱりお前の首を斬り落としてやりたくなった」
「やっぱりサラマンダーは信用できない奴らだな……」
剣を強く握りしめ、ユージーン将軍に攻撃を仕掛ける。
だけど、この状況はかなりマズイ。ユージーン将軍は強い。加えてあの魔剣グラムっていう両手剣の攻撃を防ぐ手段がない以上、倒すのはかなり骨が折れそうだ。ソードスキルがあるならまだしもALOには存在しない。キリさんやカイトさんならソードスキルなしでも何とかできそうだが、俺は一体どうすれば……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あの厳ついおっさんはいったい何者なんだよ……。プレイヤーだけじゃなくて剣も強すぎだろ」
キリトがそれを口に出すと、シルフの領主《サクヤ》とケットシーの領主《アリシャ・ルー》が説明する。
「あの男はユージーン将軍。サラマンダー領主《モーティマー》の弟……リアルでも兄弟らしいがな。知の兄に対して武の弟、純粋な戦闘力ではユージーンのほうが上だと言われている。サラマンダー最強の戦士だから、ALOで最強のプレイヤーだと言ってもいいだろう」
「ユージーン将軍が使っているのは魔剣グラム。《エセリアルシフト》っていう、剣や盾で受けようとしても非実体化してもすり抜けるエクストラ効果があるんだヨ」
「ALO最強のプレイヤーに厄介な効果付きの剣か。とんでもないジョーカーを引いてしまったみたいだな、リュウの奴は……」
流石のキリトも2人の領主の説明を聞き、険しい顔をする。
リュウはSAOで《青龍の剣士》という二つ名が付けられ、攻略組として最前線で戦っていたプレイヤーだ。だが、今はユージーンにかなり押されていて苦戦している。なんとか自身の機動力を活かして回避して攻撃を少しずつ与えているが、剣で防ぐことができなく、その度に攻撃を喰らっている。
この戦いを見てサクヤとアリシャをはじめ、シルフとケットシーのプレイヤーからは不安な声が上がってくる。
「厳しいな。彼もプレイヤーの技術は高いが、相手の方が一枚上手というのとそれ以上に武器の性能が違いすぎる」
「サクヤ、魔剣グラムに対抗する方法は何かないのっ!?」
「魔剣グラムに対抗できるのは、同じ
「そんな……」
リーファまでも不安になって来て胸の前で両手を強くぎった。そして、リーファの視線の先には、ダメージをかなり受けているリュウとまだあまりダメージを受けてなくて余裕な表情をしているユージーンがいる。
ユージーンの攻撃をリュウがランダム飛行で危なっかしく回避していく。リュウの体力も限界へと近づいていっているのが見てもわかるほどとなっている。
リュウはついにユージーンの攻撃を避けきれず、まともに攻撃を受けてしまう。
「ぐわああああっ!!」
まともに攻撃を受けたリュウは木の葉のように叩き落されて、爆音とともに岩壁に激突する。そして巻き起こった土煙がリュウの姿を目視できなくなるほど覆い尽くす。
土煙が晴れ、全員がその場所へと目を向ける。だが、リュウの姿はなかった。
「あのインプ死んだのか?」
「だったらリメインライトが残るだろ。それがないってことはアイツ逃げたんじゃ……」
ケットシーの1人が呟いた途端、キリトが叫んだ。
「そんなことあるか!リュウは仲間を見捨てるくらいなら自分を犠牲にするような奴だ!それにアイツはこんなところで簡単にやられない!俺はリュウを信じるっ!!」
キリトの言葉にリーファは思い出した。
真面目で後先のことをちゃんと考えるリュウと何処か子供っぽいところがあるキリト。一見すると凸凹コンビと言ってもいい2人だが、本当は連携して戦うなど互いのことを信じ合っていることを。
そして、まだ出会って少ししか経ってないがこれまでのリュウのことを。
『誰かが助けを求めて手を伸ばした時、俺たちはその手を必ず繋いでみせるよ。だってプレイヤーは助け合いでしょ』
――そうだ。キリト君の言う通り、リュウ君が仲間を見捨てることも簡単にやられたりしない。あたしもリュウ君を信じるんだ。
今度はリュウを信じようと胸の前で両手を強くぎるリーファ。
すると、リーファの隣にいたキリトが上空を見た途端、笑みを浮かべてその方向を指さす。
「ほら見ろ。俺の言った通りリュウはまだ死んでも逃げてもいないってな」
「え……?」
リーファもキリトが指さした方を見ると、青いフード付きマントを羽織った少年の姿を捉える。
「リュウ君っ!!」
青いフード付きマントを羽織った少年……リュウを見た瞬間、リーファの両目に涙が滲んだ。
そして、リュウはユージーンに目がけて一直線に急降下してくる。
「シルフとケットシーの運命は、俺が変える!!」
「まだ威勢が残っているみたいだな。すぐに叩き潰してやるっ!!」
ユージーンもロケットのように急上昇してリュウに接近し、リュウに魔剣グラムに振り下ろそうとする。
「危ないっ!!」
リーファが叫んだ直後、リュウが左手に持つ片手剣の刃に水色に輝く光が纏う。
――《クリスタル・ブレイク》!!
リュウは目にも止まらない速度で、龍が鍵爪でクリスタルを粉々に破壊するかのような4連撃の斬撃をユージーンが攻撃してくる前に叩き込む。
「何っ!?」
これにはユージーンも顔色を変えた。
リュウが使った技にリーファたちALOプレイヤーとキリトは驚きを隠せないでいた。あのような技はALOでは見たことのない。元SAOプレイヤーであるキリトには心当たりがあるものだった。
――あれは片手剣のソードスキルか?いや、ALOにソードスキルはないし、SAOでも
更にもう1度リュウは自身が持つ片手剣の刃に水色に輝く光を纏わせ、ユージーンに叩き込もうとする。しかし、ユージーンもこのままやられるわけにはいかないぞと魔法スペルは詠唱して薄い炎の盾を半球状に出現させ、リュウの攻撃を防ぐ。リュウの攻撃を受けた半球状の薄い炎の盾は大きな爆発を巻き起こし、消滅。
リュウはこの隙も見逃さず、ユージーンに片手剣を振り下ろし、ユージーンも魔剣グラムでそれを受け止める。この衝撃で2人は後ろへと吹き飛ばされる。
今の2人の戦いは、まるで青い龍と赤いワイバーンによる激闘のように激しいものとなっている。
「落ちろ、小僧ぉぉぉぉっ!!」
先に体勢を立て直したユージーンがリュウに向かって一直線で飛んでいき、魔剣グラムを振り下ろそうとする。
だが、リュウはギリギリのところで攻撃をかわす。そして左手に持つ片手剣の刃に青色に輝く光が纏う。
「《ドラゴニック・ノヴァ》!!」
刃に青い光りを纏った片手剣による11連撃の斬撃がユージーンに叩き込まれる。
10体の蒼い龍が牙を剥いて凄まじい速度で駆け抜けていくように、次々と斬撃を繰り出していく。そして、最後に11体目の蒼い龍が鍵爪を振り下ろすように全力の上段斬りを決め、新星のようなライトエフェクトが炸裂する。
リュウが放った11連撃は7割近くも残っていたユージーンのHPを猛スピードで奪い取っていく。そして、最後の一撃がユージーンの右肩から左腰にかけて斬り裂く。
「ぐおおおおおおおっ!!」
斬り裂かれたユージーンは断末魔を上げ、巨大な爆炎に包まれる。爆炎が消え、中から赤いリメインライトが姿を現す。
「ふぅ……。首を斬り落とされたのは俺じゃなくてアンタのほうだったな、ユージーン将軍……」
リュウが呟くようにそう言った直後、辺りは沈黙した空気に包まれる。
最初に沈黙を破ったのはサクヤだった。
「見事、見事!!」
「すごーい!ナイスファイトだヨ!」
アリシャがそれに続き、すぐに背後の12人も加わった。更には敵だったサラマンダーからも拍手や大きな歓声が上がった。
「リュウ、よくやったぞ!!」
キリトからも歓声があがり、その表情は笑顔で溢れていた。
リーファはキリトから彼の視線の先へと顔を向ける。そこには体力かなり消耗して息を切らしつつも翅で宙に浮いている青いフード付きマントを羽織った少年がいた。その少年を見た直後、リーファは安堵した笑みを浮かべる。
前半のところは書いていてリュウ君が可愛そうになってきました。多分、ALOに来てからリュウ君に一番ストレスが溜まったことだと言ってもいいでしょう(笑)
途中からキリトに代わってリュウ君がユージーン将軍と戦うことに。この展開は旧版と同じですが、戦闘シーンは大きく異なるものになりました。
リュウ君が使ったソードスキルみたいな未知なる技。ユージーン将軍を倒した必殺技がユウキの「マザーズ・ロザリオ」と同じ11連撃。ただでさえ、謎を多く残しているフェアリィ・ダンス編なのにまた1つ謎を残してしまいました。
リュウ君は映司をモデルにしてますが、最近では「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!!」とか「○○の運命は、俺が変える!!」など永夢の決め台詞を結構言っているような気がします。それどころか、エグゼイドのネタを結構やっている気が……。エグゼイドロスの影響かもしれません。
次回もよろしくお願いします。
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第11話 同盟調印式の結末
意識が朦朧とする中、聞こえてきたのはこの場にいたプレイヤーたちからの歓声と拍手だった。シルフとケットシーだけでなく、サラマンダーからもだ。
そして、目の前には赤いリメインライトが1つ宙に浮いていた。
意識を完全に取り戻し、今どういう状況となっているのかわかった。
「俺はユージーン将軍に勝ったのか……」
先ほどの激戦でダメージを負った身体をなんとか動かし、ユージーン将軍のリメインライトを回収して地上に降り立った。地上に着くとキリさんから少々手洗い祝福を受け、リーファが回復魔法でHPを回復させてくれた。ユージーン将軍もシルフの領主……サクヤさんが使用した蘇生魔法で時間ギリギリのところで復活することができた。
「オレに勝つとは見事な腕だ。貴様のことを侮っていたのが一番の敗因かもしれんな」
「いえ、俺よりもそこにいるスプリガンの人の方が強いですよ」
「そうか、なら是非戦ってみたいものだな。スプリガンの貴様とも戦ってみたいところだが、今回は止めておこう。貴様に負けたオレにはこのスプリガンには勝てそうにないからな。それにしても、これほど強いプレイヤーがいたとは……。世界は広いということか」
「なあ、将軍さん。リュウが勝ったんだから俺たちの話、信じてもらえるかな?」
キリさんがそう言うが、ユージーン将軍はまだ俺たちのことを疑っているかのように目を細める。
「ジンさん、ちょっといいか」
ユージーン将軍に声をかけたのは、他のサラマンダーとは異なって顔を赤い鎧で隠していないランスと盾を持った1人のサラマンダーだった。このサラマンダーの声、何処かで聞いたことがあるような……。
「カゲムネか、何だ?」
カゲムネという名前にすぐにピンと来た。コイツは昨日、リーファを襲っていたサラマンダーたちのリーダーだ。
「昨日、俺のパーティーが全滅させられた話をしたじゃないスか」
「ああ」
ヤバいぞ。このカゲムネというプレイヤーは俺とキリさんのことを知っている。ここでユージーン将軍にそのことを話したら……。
もう打つ手はないと思った時だった。
「その相手がジンさんが戦ったインプとそこにいるスプリガンなんですよ。確か、その2人と一緒にインプの精鋭部隊の奴らが何人かいました。この2人の護衛をしていたと思いますよ」
「「「っ!?」」」
俺とリーファは驚愕してカゲムネの方を見る。キリさんも一瞬眉をぴくりと動かしたが、
すぐにポーカーフェイスに戻る。
コイツはいったい何を考えているんだ……。
すると、ユージーン将軍は納得したかのように軽く笑みを浮かべる。
「そうか。そういうことにしておこう。確かに現状でインプとスプリガンまでとも事を構える気はオレにも領主でもない。この場は退こう。だが、貴様とはいずれもう一度戦うぞ。スプリガン、貴様もだ」
「あなたがそう望んでいるっているなら受けてやりますよ」
「望むところだ」
俺とキリさんはユージーン将軍と戦いを約束し、彼とゴツンと自分の拳を打ち付ける。
そして、ユージーン将軍は飛び立ってこの場を去っていく。カゲムネは飛び立つ前に俺たちの方を見て借りは返したという顔をし、他のサラマンダーたちと共にユージーン将軍に続くように飛んで帰っていく。
数分後にはサラマンダーの大部隊は見えなくなった。
「サラマンダーにも話のわかるやつがいるじゃないか」
「あんな大嘘バレていると思いますが……」
「確かにその可能性は大だな」
呑気にそんなことを言ってきたキリさんには本当に呆れたものだ。今回の俺たちの作戦は一か八かの博打みたいなものだったっていうのに……。
「すまんが、この状況を説明してもらえると助かる」
俺たちが話し終わったあとにサクヤさんが尋ねてきた。そして俺たちはことの成り行きをサクヤさんに説明した。
サクヤさんに話したことで以下のことがわかった。
シグルドはキャラクターの数値的能力だけでなく、プレイヤーとしての権力をも深く求めているプレイヤー。そういう奴だからこそ、このまま最大勢力のサラマンダーがグランド・クエストをクリアしてアルフになることが許せずにいた。そんな中、今度のアップデートで《転生システム》が実装されると噂となっていた。このことに目を付けたサラマンダーの領主《モーティマー》が、シルフとケットシーの領主の首を差し出すことでサラマンダーに転生させてやるとシグルドに話を持ちかけてきた。この一連の出来事が、シグルドがシルフを裏切ることになったらしい。
「それで、どうするの?サクヤ」
「あとは私に任せてくれ。ルー、シグルドに《月光鏡》を頼む」
サクヤさんはケットシーの領主……アリシャ・ルーさんの月光鏡という聞いたことがない魔法をお願いする。
アリシャさんが詠唱を終えると周囲は闇に包まれ、巨大な鏡が出現する。そして、巨大な鏡にはシグルドが映し出される。どうやら月光鏡は遠くにいるプレイヤーとテレビ電話のように連絡を取り合うことができる魔法みたいだ。
シグルドはサクヤさんが生きていたことに驚き、更に俺とキリさん、リーファに気が付くと敵意を剥き出しにして睨む。そんなシグルドをサクヤさんはシルフ領から追放。つまりシグルドはレネゲイドとなった。
「まさか、自分がレネゲイドになるとは……。哀れな結末となりましたね」
「そうだな。自分の野望のために力を追い求めた結果、自分から自滅するなんて。本当に果物や木の実が描かれた錠前を売っていた奴と同じだな」
俺とキリさんが一言ずつコメントした。
月光鏡の効果がなくなると、サクヤさんはリーファの方を見る。
「私の判断が間違っていたのか、正しかったのかは次の領主投票で問われるだろう。礼を言うよ、リーファ。君が救援に来てくれて助かったよ」
「あたしは何もしてないもの。お礼ならそこのリュウ君とキリト君に言って」
「そうだ。そういえば、君たちはいったい……」
「ねぇ、キミたち。スプリガンとインプの大使って……ホントなの?インプの領主とは知り合いなんだけどそんなこと聞いたことないヨ」
「確かに私もそんなことは聞いてないな。仮に私たちに秘密にしていたことであってもかなり無理がありそうだ」
サクヤさんとアリシャさんは疑問符を浮かべながら俺とキリさんの方を見る。
覚悟していたがこの2人にはサラマンダーたちのようにごまかしは通用しない。困ってキリさんのほうを見ると、彼は『後は全部俺に任せろ』と爽やかな笑顔を見せる。そして、キリさんは胸を張って答える。
「もちろん大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」
キリさんが笑顔で自信満々に言った。俺は呆れてよろけそうになり、この場にいた全員は絶句した。
「まさか、あの状況でそんな大ボラを吹くとは……」
「手札がショボイ時はとりあえず掛け金をレイズする主義なんだ」
「だけど、それに付き合う人の気持ちも考えてくださいよ。話に合わせるのに苦労しましたし、おかげで寿命が軽く10年は縮まりましたよ」
「いやぁ、悪い悪い。でも、リュウもナイスアドリブだったぞ。おかげで俺も助かったぜ」
相変わらず能天気でいるキリさんにジト目を向ける。俺がどれだけ苦労したのか、この人は知っているのか……。
俺とキリさんのやり取りを見ていたアリシャさんは猫のようにいたずらっぽい笑みを浮かべ、数歩進み出て俺の顔を至近距離から覗き込んだ。
「でも、おーウソつき君に付き合ったキミは強かったネ。ユージーン将軍はALO最強のプレイヤーと言われているんだヨ。それにあんな見たこともない力を使って勝っちゃうなんて。インプの秘密兵器だったりするのかな?」
「いや、俺は普通のプレイヤーですよ。あの力だって次は使えるかわかりませんし、今回ユージーン将軍に勝ったのは運がよかったからですよ」
「ぷっ、にゃははは!謙遜だネ。気に入ったヨ」
アリシャさんは笑うと、俺の顔をジロジロ見てきて俺の右腕を取って胸に抱いた。
「フリーなら、ケットシー領で傭兵やらない?三食おやつに昼寝つきだヨ」
「え……?」
いきなり過ぎる誘いにフリーズしていると、左側からサクヤさんの声がする。
「おいおいルー、抜け駆けはよくないぞ」
するとサクヤさんは空いている左腕に絡みつく。
「彼はリーファと一緒に来たんだから優先交渉権はこっちにあると思うな。リュウガ君と言ったかな。どうかな、個人的な興味もあるので礼を兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」
「ずるいヨ、サクヤちゃん。色仕掛けはんたーい」
「人のこと言えた義理か!密着しすぎだお前は!」
――アンタたちどっちも人のこと言えませんよ……。
呆れて内心でそう突っ込んでしまう。2人の美人領主さんにぴたっと挟まれて、身動きが取れない状態となっている。キリさんに助けを求めようと視線を送る。だが、彼はニヤニヤと俺の方を見てこの光景を楽しんでいた。
「リュウにモテ期が来たようだな」
――後であの黒い人に文句を言ってやるだけじゃなくて、ホントに一発殴ってやろうか。
そう思った時、後ろから誰かがマントをぐいっと引っ張る。マントを引っ張ったのはリーファだった。
「だめです!リュウ君はあたしの……」
リーファの声にアリシャさんとサクヤさんもリーファの方を見る。
「ええと……あ、あたしの……」
すると、リーファは言葉を詰まらせ、頬を赤く染める。その様子が可愛くてドキッとしてしまう。
不思議そうにリーファを見ているサクヤさんとアリシャさん。この隙に抜け出して2人に言う。
「すいません。俺たち、リーファに世界樹があるところまで案内してもらう約束をしているんです」
「そうか、それは残念」
「むぅ、それなら仕方がないネ」
2人の領主さん……特にアリシャさんは残念そうにして言う。
すると、この場に2人のシルフとケットシーのプレイヤーがやって来て俺とキリさんに近づいてきた。
「もしかしてリュウとキリトさんっ!?」
シルフのプレイヤーは小柄で中性的な顔立ちをしており、錫杖を背負っている。そして、ケットシーは頭に水色の小さなドラゴンを乗せた小柄な少女だ。
どうしてこの2人は俺とキリさんのことを知っているんだ。それに、シルフのプレイヤーの方が俺の愛称である「リュウ」と呼んでいた。
俺とキリさんはこの2人には見覚えがある気がした。もしも、それが当たっていれば、このシルフとケットシーのプレイヤーは
恐る恐る聞いてみる。
「俺はリュウガだけどよくリュウって呼ばれているし、このスプリガンの人はキリトっていう名前で合っているよ。君たちってもしかしてオトヤとシリカか?」
「そうだよ。僕たちで合っているよ、リュウ!」
「お久しぶりです。リュウさん、キリトさん!」
「きゅる」
「「オトヤ、シリカっ!?それにピナもっ!」」
SAOで出会ったオトヤとシリカとこのALOで再会したことに驚きながらも喜ぶ。
「何だ、君たちはオトヤ君とシリカ君と知り合いなのか?」
「はい。オトヤとシリカとは前やっていたゲームで知り合って」
2人から聞いたが、オトヤとシリカは俺たちが帰った後にエギルさんがALOにアスナさんがいることや俺たちがALOにダイブしたことを教えてくれ、ALOにログインしたらしい。2人の他にもカイトさんとザックさん、リズさんにクラインさんもここに来ていて、エギルさんも準備が整い次第、ALOにログインすると言っていたとのことだ。
オトヤとシリカは世界樹に向かっている途中、オトヤはサクヤさん、シリカはアリシャさんと出会って途中まで道を案内され、そこで2人は合流。2人で世界樹を目指すことになったが、サラマンダーの大部隊が見えて、サクヤさんとアリシャさん……シルフとケットシーの人たちが心配になり、引き返して来て現在に至ったという。
オトヤとシリカから話を聞いている間、リーファはサクヤさんとアリシャさんにあることを聞いていた。
「ねえ、サクヤ、アリシャさん。今度の同盟って、世界樹攻略のためなんでしょ?その攻略にあたしたちも同行させて欲しいの。それも可能な限り早く」
「……同行は構わない、と言うよりこちらから頼みたいほどだよ。時期的なことはまだ何とも言えないが……。君たちはどうして世界樹を目指しているのだ?」
キリさんが答える。
「俺がこの世界に来たのは、世界樹の上に行きたいからなんだ。そこにいるかもしれない、
ある人に会うために……」
「もしかして妖精王オベイロンのことか?」
「いや、違うと思う。リアルで連絡が取れないんだけど、どうしてもそこに行って会わなきゃいけないんだ」
「へえェ、世界樹の上ってことは運営サイドの人? なんだかミステリアスな話だネ?」
興味を引かれたらしく、アリシャさんはそう聞いてくる。だけど、彼女の話によると世界樹攻略の装備を備えるため、攻略メンバー全員の装備を整えるのにかなりの時間とお金がかかるらしい。
世界樹の上に一刻も早く行きたいキリさんは何かを思いつき、メニューウインドウを操作する。出てきたのはかなり大きな革袋だった。
「これ、資金の足しにしてくれ」
そう言って、差し出した袋には多額の手持ち金が入っていた。
「少ないのですが、俺のも使って下さい」
俺もキリさんほどじゃないが、持っていた分の半分をあげることにした。俺はアイテムや宿代などのことを考えて半分残しておいたが、キリさんは見る限り全額渡したようだった。後で後悔することになりそうだが……。とりあえず資金の方はこれで解決した。
「大至急装備をそろえて、準備が出来たら我々もすぐに世界樹に向かう」
「サクヤ、いつになるかわからないけど必ずスイルベーンに戻ってくるから。だから安心して」
「そうか。ほっとしたよ。必ず戻ってきてくれよ」
サクヤさんはリーファと軽く会話を交わし、握手をすると俺たちの方に歩み寄ってきた。
「何から何まで世話になったな。君たちの希望に極力添えるよう努力することを約束するよ」
「アリガト!また会おうネ!」
俺とキリさんはサクヤさんとアリシャさんと握手を交わす。
「リュウさん、キリトさん。あたしとオトヤ君は皆さんの手伝いのために一旦ケットシー領に向かいますので」
「僕たちもすぐに追いかけるので先に行っててください」
オトヤとシリカと別れのあいさつをすると、2人はシルフとケットシーのプレイヤーたちと一緒にケットシー領がある方へと飛んで行った。16人のシルフとケットシーのプレイヤーたちは、夕焼けに染まる空へと消えて行く。俺たちはそれを無言で見送る。
やがて周囲は先ほどまでの出来事が幻だったかのように静まり返る。
「あのオトヤ君とシリカちゃんって2人の知り合いだったの?」
「まあな。あの2人とは前やっていたゲームで知り合ったんだ。でも、オトヤとシリカ……他の皆がALOをやり始めたことには驚いたよ」
「今度、皆にちゃんとお礼言わないといけないな」
3人でそう会話を交わす。すると、キリさんは何か思い出し、俺に言ってきた。
「そう言えば、リュウが将軍と戦っていた時に使ったあの技は何なんだ?」
「あたしもそれ聞こうと思っていたんだ。あんな技、今までALOをやって来たけど一度も見たことないけど、何なの?」
「リュウさんとユージーン将軍の戦いを見てましたが、リュウさんが使ったあの技はわたしのデータにもありませんでした」
不思議そうに聞いてくる3人。だけど、あの技のことをどのように説明すればいいのか困っている。
「実はユージーン将軍の攻撃をまともに喰らって崖に激突した辺りからあまり記憶がなくて……。あの技も何ていうか……急に頭に入ってきた感じで……。ハッキリ覚えているのはシルフとケットシーを助けたいとか、ユージーン将軍に負けるわけにはいかないって思っていたくらいしか……」
結局、曖昧な回答しかできなかった。
ユージーン将軍を倒したあのソードスキルみたいな技。
SAOでも1度だけ……キリさんがヒースクリフ団長……茅場晶彦とゲームクリアをかけて戦っていた時に今回のと同類の技を使ったことがある。あの時は確かキリさんを助けようとして……。
あの時と今回使ったのは何かのソードスキルだと思う。俺はそれを無意識のうちに発動させたんだろう。だけど、あんなソードスキルは見たことも聞いたこともない。第一ALOにはソードスキルは存在しないから、ソードスキルの動きを再現することはできても実際に発動させることは不可能だ。だったら俺はどうしてそんなものを使うことができたんだ……。
色々考えてみたが、俺自身も何もわからなかった。
「覚えてないか。まあ、俺も人のこと言えないけど、リュウは戦闘中にブチギレると記憶がほとんど飛んで驚異的な力を発揮するようなタイプだからな……」
「うわ、こわっ」
確かにキリさんの言う通り、俺はそういうタイプだ。SAOでもモンスターやオレンジプレイヤーに対して何回かそうなったことがあるからな。でも、リーファに怖いと言われたのにはショックを受けてしまう。
これを見たリーファは慌てて弁解をしようとする。
「あっ!ご、ゴメンねっ!リュウ君はシルフやケットシーを助けるために戦ってくれたのに……あたし、酷いこと言っちゃって……」
「いや、別に気にしてないからいいよ。本当のことだからさ」
「リュウ君……」
叱られて落ち込む子供みたいになっているリーファを慰める。そして、リーファが元通りに戻ったところで再び世界樹を目指して翅を広げ、地を蹴った。
シルフ内での裏切りにサラマンダーの襲撃、昔の仲間との再会と今日だけでも色々な出来事があった。だが、世界樹の上に行くのに協力してくれる人が何人もいた。きっと世界樹が攻略される日もそう遠くはないだろう。
そんなことを考えながら、夕焼けに染まる空と広大な大地が広がる先に空高くまでそびえ立っている世界樹に向かって飛んでいく。
夕焼けに染まる空の元を飛んでいる時だった。
「っ!?」
突然、目の前の光景にノイズが走り、目に映るもの全ての色がくすんだものとなる。
「何だっ!?」
すぐに目を閉じ、目に左手を当てる。
「リュウ君、どうかしたの?」
リーファの声が聞こえ、左手を退けて目を開ける。すると、視界は元に戻っていてリーファが俺の方に顔を向けていた。
「いや、何でもないよ……」
さっきのはいったい何だったんだ。きっとナーヴギアの不調とかバグだろう。これまでも位置情報が破損してインプ領じゃないところからスタートしたり、SAOのデータを引き継いでいたから、こういうことが起こってもおかしくないからな。
すぐにこのことを考えるのを止め、飛行するのに集中することにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
都心に立地してする1棟のオフィスビル。そのオフィスビルにはALOの運営会社《レクト・プログレス》が入っている。時刻は深夜を回っており、オフィス内には電気は付いていない状態となっている。しかし、オフィス内にある1台のパソコンに電源が入っており、1人の人物が画面に向き合ってそれを操作している。
「やっぱりALOの中に何か秘密がありそうだ……」
パソコンの画面の光がパソコンを操作している人物の姿を映し出す。歳は60半ばくらい、メガネをかけた人がよさそうな外国人の男。ファーランの父親でミラの祖父にあたるクリム・ローライトだ。
「管理者がログインするのに使うアカウントのデータが何処かにあるはずだ。早くログインしてALOの実態を確かめなければ」
今回で原作3巻……フェアリィ・ダンス編の半分が終了となりました。
シグルドは本当に哀れな末路を辿りましたね。仮面ライダーシグルドに変身する錠前ディーラーのシドも自分の野望のためだけに力を追い求めようとした結果、哀れな末路を辿って共通する個所もあるなと思いました(シドは死んでしまいましたが)
今回もリュウ君は色々と苦労することとなりました。その原因の半分はキリトですが。リュウ君は本当にキリトを一発殴ってやってもいいと思います (笑)
そして、リュウ君は2人の美人領主に誘いを受け、リーファがそれを引き止めることに。2人とも想いを寄せる相手のことで頬を赤く染める始末。旧版の今のリュウ君とリーファの状態で、今回みたいなことになったら絶対イチャイチャして周囲を甘い空気にしてしまうしょう(笑)
気付いていた人もいたと思いますが、前々回のラストで登場した2人はオトヤとシリカでした。更に、カイトとザック、リズ、クライン、エギル(まだログインしてないが)もアスナ救出に参戦しているということに。旧版と比べて敵が強化されていますが、味方側も強化されていますので安心して下さい。逆に味方側の戦力が凄いことになっているような……。
前回から皆様が1番気になっていたリュウ君がユージーンを倒した謎の技。今回で明らかになるかと思われましたが、まだ当分先になります。申し訳ございません。
今回の話はリュウ君の身に何か異変が起こったり、現実世界で何か動きがあるなど、不穏な空気を漂わせてシリアスな感じで終了となりました。フェアリィ・ダンス編の後半は本当にどうなっていくのか。
次回もよろしくお願いします。
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第12話 闇と氷の世界《ヨツンヘイム》
前回は結構シリアスな雰囲気で終わりましたが、今回は前回のシリアスな雰囲気を壊すほどコミカルなシーンが多くなっています。
目の前に広がっているのは白く凍りついた湖に雪山、凍り付いた砦や城などがある冬のフィールドだ。そして500メートル以上の高さには無数の氷柱が垂れ下がっている天蓋が存在する。極寒の地が広がる地底都市と言ってもいいところだ。
俺たちはこのフィールドにある石造りのほこらの中で火を焚いて寒さから身を守っている。俺とリーファは眠いのを我慢し、たき火で身を温めており、その一方でキリさんは壁に背中を預け、あぐらをかいて眠りかかっている。
「キリさんはこんな状況でよく寝てられるな……」
呆れながら隣で壁に背中を預けて寝ているキリさんを見る。
ハッキリ言うと今の俺たちは
リーファ曰く、俺たちが今いるのはアルヴヘイムの地下に広がるもう1つのフィールド、邪神と呼ばれている強力なモンスターが徘徊する闇と氷の世界《ヨツンヘイム》というところだ。
どうしてこんなところにいるかというと30分ほど前に遡る。
俺たちはシルフとケットシーの同盟調印式をサラマンダーから守り、オトヤとシリカと再会した後、皆と別れて再び世界樹を目指してアルン高原を飛び続けていた。
流石に世界樹があるアルンには今日中にはとてもたどり着けなく、途中で目に止まった森の中にある小さな村で休むことに。しかし、その村は丸ごと巨大なミミズ型のモンスターが擬態したトラップで、俺たちはソイツに飲み込まれてしまった。巨大なミミズに喰われて死んだと思ったが、途中で放り出されたところがこのヨツンヘイムであった。
あのトラップにかかった時のことを思い出し、ゾッとする。
あれはある意味、二度とかかりたくないトラップと言ってもいいものだ。俺なんか、あのトラップに登場した巨大なミミズ型のモンスターのことを『蛇の化け物』だと勘違いして悲鳴を上げて腰を抜かしてしまったほどだ。リーファの前であんなカッコ悪いところを見せて……。
「まさか、あの村が丸ごとモンスターの擬態だったなんて……。あの時マップを開いて確認しておけば……」
「過ぎてしまったことなんだから責めても仕方ないだろ。それよりも死んでスイルベーンからまたやり直しにならなかっただけでもマシだって思った方がいいよ」
落ち込むリーファを慰めようとフォローを入れる。それを終えると、金属製のカップを2つ取り出し、中にたき火で温めておいた紅茶を注ぐ。
「飲む?少しは気がまぎれるよ」
「ありがとう、リュウ君」
紅茶が入ったカップの内1つをリーファに差出し、彼女はそれを受け取る。その直後、紅茶の香りに誘われたのか、キリさんが目を覚ます。
「あれ?……俺、寝ちゃってた?」
「寝てましたよ。俺たちだって眠たいのを我慢しているんですからキリさんも我慢して下さいよ」
「悪い悪い。なあ、俺にもそれくれるか?」
「これ飲んでまた寝ないで下さいよ」
「わかっているって」
更にもう1つ金属製のカップを取り出し、紅茶を注ぐとそれをキリさんに渡す。そして、紅茶を飲む俺たちだったが……。
「ん……?」
「リュウ、どうしたんだ?」
「これ味薄かったですけど、大丈夫ですか?」
「何言っているんだよ。ちゃんと茶葉から味も色も香りも出ているだろ」
「そうだよ。リュウ君、寝ぼけているんじゃないの?」
2人はそう言う。
もう一度飲んでみるが、やっぱり紅茶の味なんかしない。お湯をそのまま飲んでいるみたいだ。おかしい、茶葉からちゃんと色も香りも出ているのに、どうして味がしないんだ。
紅茶を飲み終えたところでキリさんが話を切り出した。
「そう言えば、このヨツンヘイムからどうやって脱出するんだ?俺、ここの知識ゼロなんだよな……。ここって俺たちが来たみたいに一方通行ルートじゃなくて、地上と行き来できるルートもあるのか?」
「一応あるよ。あたしも実際にここに来るのは初めてだから通ったことはないけど、確か、央都アルンの東西南北に一つずつ大型ダンジョンが配置されてて、そこの最深部にヨツンヘイムに繋がる階段があるのよ」
リーファはマップを開いて今いる場所を確認し、4つの階段の中で西か南のやつが最寄だと判明した。
「この2つの内のどちらかに行けば地上に出られるんだけど、階段のあるダンジョンには全部、そこを守護する邪神がいるの」
「仮にフィールドを徘徊する邪神モンスターに出会わなくても戦闘は避けられることはないってことか。そこにいる邪神モンスターってどのくらい強いんだ?」
俺の質問に、リーファは真剣な表情をして答えた。
「かなり強いわよ。噂じゃあ、このフィールドが実装されてすぐに挑んだサラマンダーの大部隊が、最初の邪神ですぐに全滅したって聞いたことがあるよ。それにリュウ君が戦ったユージーン将軍も1人で邪神の相手したら10秒持たなかったとか……」
リーファの返答に言葉を失ってしまう。
あのユージーン将軍でも10秒持たなかったってなると、邪神モンスターはSAOのスカルリーパー並に強い奴だろう。
「今じゃあ、ここで狩りをするには、重武装の壁役プレイヤー、高殲滅力の火力プレイヤー、支援・回復役プレイヤーがそれぞれ最低8人はいた方がいいって言われているわ。軽装剣士のあたしたち3人じゃ、瞬殺だよ」
「そんな奴と絶対に1回は戦うことになるとは……。しかも、ここは日光も月光もないから空中戦闘に持ち込むのは不可能。一応、インプの俺には暗中飛行があるから少しだけなら飛べるけど、長くても30秒持つかどうかってところなんだよな……」
「となると、残されたのは邪神狩りの大規模パーティーに合流させてもらって一緒に地上に戻るしか方法はないね。でも、ここはALOで最高難易度マップとして最近実装されたばかりだから、ここに来ているパーティーはほとんどいないの。出会う確率はほとんどないって言ってもいいかも……」
そこでキリさんが自分の膝の上で眠るピクシーサイズのユイちゃんの頭をつつく。
「おーいユイ、起きてくれ!」
するとユイちゃんは可愛らしく大きなあくびをして起きた。
「ふわ……。おはようございます、パパ、リュウさん、リーファさん」
「おはよう、ユイ。起きたばかりのところ悪いけど、近くに他のプレイヤーがいないか、検索してくれないか?」
「はい、了解です」
ユイちゃんはこくっと頷き、目を閉じて近くにプレイヤーがいないか確認する。そして、すぐに目を開けて申し訳なさそうにして答えてくれた。
「すみません、わたしがデータを参照できる範囲内に他のプレイヤーの反応はありませんでした」
「ううん、ユイちゃんが謝ることないよ。こうなったら、あたしたちだけで地上への階段に到達できるか試してみるから」
「やっぱりこうなるのか。まあ、このままここにいても時間が過ぎていくだけだからな。やれるだけやってみるか」
「一刻も早く世界樹に行かないとならないからな。ユイ、何か異変があったらすぐに教えてくれ」
「了解です、パパ」
いざ出発しようとしたときだった。
雷鳴でも地鳴りでもない異質な大音響が、近くで響き渡った。これは間違いなく邪神モンスターの咆哮だ。直後、ズシンッと巨大な足音もする。
「こ、これって絶対に邪神モンスターだよね……」
「ああ、間違いないだろ……」
リーファが呟いたことに小声で答える。
今の俺たちじゃ、邪神と戦ったら絶対に瞬殺される。邪神が遠ざかったらすぐに逃げなければならない。邪神がここから遠ざかることを祈っていると、別の邪神モンスターの咆哮もわずかに聞こえる。
これには真っ先に聴力が優れたシルフのリーファが気が付いた。
「ヤバい、邪神モンスターが2体もいる。1体だけでも厄介なのに。どうしよう……」
「ちょっと待って下さい。接近中の邪神モンスター2体はお互いを攻撃しあっています!」
「えっ?モンスター同士が戦闘になるなんて聞いたことないよ。一体どうなっているの?」
「とりあえず、様子を見に行こう」
「そうですね。どの道、こんなところだと邪神モンスターの戦闘に巻き込まれてすぐに潰されますからね」
万が一、戦闘になった時のためにすぐに戦闘に入れるようにして2体の邪神モンスターが戦っている場所へと向かった。2体の邪神モンスターは、数歩進んだだけですぐに視界に入った。
1体は縦に3つに連なった巨大な顔の横から4本の腕を生やした巨人というフォルムをし、4本の手にはそれぞれ巨剣が握られている。SAOにいた赤い目の巨人や白い巨人などの巨人型モンスターは人間を巨大化し、歯が爬虫類の生物みたいになっている姿だったが、ALOの巨人はモンスターそのものだと言ってもいい姿をしている。
もう1体は全体的に白くて巨人型の邪神モンスターより一回り小さく、象のような頭とクラゲみたいな胴体が合わさった姿をしている。一言でいうとキメラ型モンスターだ。
2体の邪神モンスターによる戦闘は、圧倒的に象クラゲの邪神の方が劣勢であった。巨人型の邪神の巨剣が象クラゲの邪神の胴体に叩き込まれ、どす黒い体液……象クラゲの血液が飛び散る。
「まるで怪獣映画を見ているみたいだ……」
「ここにいたらヤバそうだぜ……」
俺とキリさんはそう呟き、象クラゲの邪神から目が離せないでいた。その間にも象クラゲの邪神はどんどん弱っていく。隣にいたリーファは辛そうな表情をし、呟いた。
「ねえ、リュウ君、キリト君。苛められてる方を助けてあげて!」
「でも、助けるってどうやって……」
「仮に助けようとあの邪神たちの戦闘に割って入ったところで、戦いに巻き込まれて俺たちがやられるだけだぞ」
「ALOに来てからずっと思っていたことですけど、楽して助かる命がないのはALOでも一緒のようですね……」
呟くように一言。そして、何かいい策はないか象クラゲの邪神を見ながら考えているとあることに気が付く。
「そういえば、あの苛められている方の邪神って胴体がクラゲみたいですよね」
「ああ……」
「クラゲって海とか水の中で生きている生物だから水があるところだったらなんとかなるんじゃ……」
「そうか!ユイ、近くに川とか湖はないかっ!?」
俺の言ったことにキリさんは気が付いたようで、ユイちゃんに指示を出す。すると、ユイちゃんは北に200m行ったところに氷結した湖があると教えてくれた。
「でも、どうやってそこまであの邪神たちを引き付ければ……」
「方法は1つだけある!リュウ、投剣用の短剣はあるよな。俺に1本くれ!」
「あっ、はい!って……まさかっ!!」
「せいっ!」
投剣用の短剣を取り出した直後、キリさんはすぐにそれを奪い取るかのように掴み、巨人型の邪神の顔に向かって投げた。
「あぁぁぁっ!!」
キリさんが何をやろうとしていたことに気が付いて止めようとしたときにはすでに遅く、巨人型の邪神の顔に俺が渡した投剣用の短剣が命中。巨人型の邪神のHPをほんの少しだけ削り取った。
そして、巨人型の邪神は怒りの雄叫びを上げ、ターゲットを象クラゲの邪神から俺たちへと変える。
俺とリーファは青ざめ、一目散に逃げだした。
「うわああああああああっ!!」
「きゃああああああああっ!!」
俺とリーファが悲鳴を上げながら逃げ、一足遅れたキリさんがすぐに追いついた。更にその後ろを巨人型の邪神が追いかけてくる。
「2人がすぐに逃げてくれて助かったぜ」
「何呑気に言っているんですかっ!!」
「なんてことしてくれたのよっ!!」
追いついて呑気に話しかけてきたキリさんに、俺とリーファは罵声をあびせる。その間にも巨人型の邪神がどんどん追いついてくる。
「ヤバい!追いつかれるっ!!」
「こうなったら俺1人で邪神を引き付けるから、リュウとリーファはユイを連れて離脱しろっ!!」
「1人で大丈夫なんですかっ!?」
「ああっ!それともう1本、投剣用の短剣をくれっ!!」
「わかりましたっ!!」
もう1本の投剣用の短剣をキリさんに投げ渡し、ユイちゃんが俺の方に飛んできてマントのフード部分に入る。そして、俺は翅を広げてリーファの手を掴み、猛スピードで巨人型の邪神の前から離脱。キリさんはもう1度、巨人型の邪神の顔に目がけて投剣用の短剣を投げつけた。
予定通り、巨人型の邪神はキリさんだけを追いかけていった。
「キリト君、大丈夫かな……」
「パパなら絶対に大丈夫ですよ」
「キリさんに限ってあんなことでやられることはないと思……」
「うわぁぁぁぁっ!!助けてぇぇぇぇっ!!」
リーファに向かってそう言いかけているとキリさんの悲鳴が響き渡る。悲鳴がした方を見ると巨人型の邪神に追いつかれそうになる中、必死に走って逃げているキリさんの姿があった。
「やっぱり駄目じゃないっ!!」
「パパっ!!」
「全くあの人は世話が焼けるんだからっ!!」
リーファを下ろして彼女にユイちゃんを預け、再び翅を広げてキリさんの救出のために飛び立った。そして、あと数秒のところで追いつかれそうになったキリさんを救出。巨人型の邪神は急に止まることもできなく、ばきばきっと音を立てて雪の下にあった氷を踏み抜き、湖に落ちた。
しかし、巨人型の邪神は顔を半分出してこっちに近寄ってくる。そこにやって来たのは先ほど巨人型の邪神に散々苛められていた象クラゲの邪神だった。
象クラゲの邪神は20本近くある肢を巨人型の邪神に巻き付け、水中へと引きずり込んで強力な電撃を浴びせる。巨人型の邪神のHPがものすごい勢いで削られていく。やがて、巨人型の邪神の断末魔が聞こえなくなっていき、奴はポリゴン片へとなって消滅した。
「リュウ君、キリト君!」
「2人ともご無事ですか!?」
巨人型の邪神が消滅したと同時にリーファがユイちゃんを肩に乗せて駆け寄ってきた。
「まあ、なんとかな……。本当にインプを選んでよかったって思うよ……」
「本当にお疲れ様、リュウ君……」
この時点で体力を使い果たした俺は雪の上に倒れ込んで、リーファは苦笑いを浮かべて俺をゆっくり起こそうとする。
「どうやら作戦は成功したみたいだな。いやぁ、マジで危なかったぁ……」
「アンタ、いつか本当に死にますよっ!?」
まるで絶叫マシーンに乗ったかのようにコメントするキリさん。そして、俺は呑気でいる彼にこの場に響き渡るくらいの声でツッコミを入れた。
ここ最近カッコいいシーンが多かったリュウ君でしたが、今回はコミカルな感じが多いリュウ君となってしまいました。トラップに登場した巨大ミミズ型モンスターを『蛇の化け物』だと勘違いする、キリトに散々振り回されるなど……。本当にドンマイです。ですが、紅茶を飲んだ辺りで前回に引き続き、リュウ君の身に異変が……。
今回のキリトは進撃の巨人に登場するハンジみたいに暴走してしまいました。そして、リュウ君はハンジのツッコミ役であるモブリットさんみたいに(笑)
リュウ君たちが助けた邪神はどうなるのでしょうか(棒読み)
次回もよろしくお願いします。
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第13話 トンキーと邪神狩りと聖剣
ヨツンヘイム編後半になります。
象クラゲの邪神との見事な連携(?)で巨人型の邪神を倒した俺たちだったが……。
「……で、これからどうするんだ?」
リーファに向かってキリさんが問いかける。
しかし、あの象クラゲの邪神を助けてと言ったリーファは、ここから先のことを考えていなかったようで返答に困っていた。
いくら俺たちが助けたつもりでも象クラゲの邪神からすれば俺たちはターゲットにしか見えないだろう。ここは逃げた方がいいのではないのかと思った時だった。
象クラゲの邪神は自身の長い鼻をまっすぐ俺たちに伸ばしてきた。思わず身を引こうとしたところ、ユイちゃんが俺たちに向かって言った。
「大丈夫です、パパ。この子、怒ってません」
怒っていないのはわかった。だけど、何をする気なんだと思っていると、伸ばしてきた長い鼻を俺たちに巻きついてきて勢い良く持ち上げる。そして、象クラゲの邪神は長い鼻を操って俺たちを自身の背中に乗せると、満足しているかのように鳴いて何事もないかのように移動を開始した。
「この邪神は俺たちを何処へ連れて行くんだ……?」
この場にいた全員が思っていたことを俺が代表して口にする。これに答えたのはリーファだった。
「この子、なんかヨツンヘイムの中央の方に向かっているみたいの。あれ見て」
リーファが指差した先には、ヨツンヘイムの天蓋から巨大な逆円錐形の氷で作られた構造物が垂れ下がっている。更に氷の構造物には何かが複雑に絡まっている。
「何なんだ、あれは……」
「えらくデカい氷柱だっているのはわかるけど、それに絡まっているウネウネはわからないな……」
「あたしもスクリーンショットでしか見たことないんだけどね……。あれは世界樹の根っこなの。アルヴヘイムの地面を貫いた根っこが、ヨツンヘイムの天井から垂れ下がってるんだよ」
「へえ~。俺たちの最終目的地は世界樹だから、その下に来られてラッキーじゃないか。ここからあの木の根っこを登って地上に出るルートはないのか?」
「あたしは聞いたことないね。それらしいルートは見当たらないし、第一あの根っこも途中までしかなくて、そこまででも200メートルはあるよ。いくらインプでもあそこまでは不可能だよ」
「まあ、確かに。インプの俺からも言うけど、いくら暗中飛行があってもあそこまで飛んで行くは厳しそうだな。途中で制限時間が来て地面に落下して死ぬのがオチだろう」
この中で唯一インプである俺がそうコメントし、話を切り替えることにした。
「そう言えば、この邪神に何か名前でもあるのか?まあ、わからないから俺は象クラゲの邪神って呼んでいるだけどさ」
「何か名前はあるとは思うんだけど、邪神モンスターって言われているくらいだからほとんどのプレイヤーは知らないと思うよ。でも、邪神モンスターってなると他の邪神モンスターと一緒になってしまうから、この子に名前付けてあげようよ」
「いいなそれ。名前がないと色々と不便だし」
「じゃあ、決まりだな」
リーファの提案に俺たちは賛同し、この象クラゲの邪神の名前を考え始めた。何かいい名前はないか考えているとある名前が思い付いたが、絶対に違うとしか思えなかった。
「リュウ、何か思い付いたのか?」
「一応、アンクって浮かんだんですけど、明らかに違いますよね……」
「確かにな。それにアンクだと悪い環境で育ったせいで汚い日本語しかしゃべれなくて、世間も知らない引きこもり気味の外国の青年みたいになりそうだな。終いにはリュウのことを『エージィィィィっ!!』って怒鳴ると思うぜ」
「何でそこまで細かい設定があるんですか……」
ふざけたことを言うキリさんに呆れながらもツッコミを入れる。それ以前にこの邪神は外国の青年ではないし、喋れないだろ……。
「じゃあ、そう言うキリさんは何か思い付いたんですか?」
「俺はすでに考えているぞ。この邪神は白っぽいからオーソドックスにシロはどうだ?」
自信満々で言うキリさん。しかし、俺とリーファの反応は微妙なものだった。
「それはあまりにも安易な名付けだと思うんですけど……」
「黒一色のキリト君にだけは付けられたくない名前だと思うよ」
「中々いいと思うんだけどなぁ……」
俺とリーファにそう指摘され、キリさんは少々落ち込む。
「となると、あとはリーファだけか。リーファは何か思い付いた?」
「うん。なんか頭の中にふとトンキーって思い浮かんだんだけど、あまり縁起のいい名前じゃないんだよね」
トンキーという名前に聞き覚えがある。
「トンキーって絵本に出てきた象の名前だったような。確かにその象は死んでしまうっていうのはあったけど、なんかしっくりくるな」
「うん。あたしもそんな気がしてね……」
「リュウとリーファもあの本知っていたのか。言われてみればそうだな」
「じゃあ決まりだね。おーい邪神君、君は今からトンキーだからねー」
「トンキーさん、はじめまして!よろしくお願いしますね!」
リーファに続いてキリさんの肩に座るユイちゃんが声をかける。すると、象クラゲの邪神……トンキーは偶然かも知れないが、頭の両耳らしきものが嬉しそうに動いたのが見えた。
トンキーは俺たちを乗せて世界樹が垂れ下がっている方へと進んで行く。
その間に何回も邪神モンスターと遭遇し、戦闘になるのではないかとヒヤヒヤした。しかし、どの邪神モンスターも俺たちに襲い掛かってこようとはせず、そのままスルーしていくのだった。
考えられるとすれば、遭遇した邪神モンスター全てがトンキーと同じような姿をしているということくらいだ。もしかすると、邪神の間でトンキーの種族とあの巨人型の邪神の種族は敵対関係になっているという設定があるのかもしれない。
リーファにもこのことを話してみると、あり得ると答えてくれた。話によるとヨツンヘイムのフィールドが実装されたのは1ヶ月くらい前で、最高難度のフィールドでもあるため、ここにはまだ謎が多いようだ。
こうしている間にも時間は過ぎていき、時刻はすでに午前3時を回っている。ここまで遅くまで活動するのはSAOにいた時以来だ。今は現実世界だということもあってあまり夜更かしはできなく、規則正しく生活するように心がけている。
すると急にトンキーが歩くのを止めた。
「何だ?」
立ち上がってトンキーの頭近くまで移動し、前方を見ると尋常ではない規模の大きさを誇る穴があった。インプの暗視能力でさえも底が見えないほど、かなり深いようだ。
「リュウ、暗中飛行で途中まででもいいから確認してきてくれないか?」
「絶対に嫌ですよ!」
おつかいを頼む感覚で言ってくるキリさんのお願いを断固拒否する。ユイちゃんも真剣な口ぶりで答えた。
「わたしがアクセスできるマップデータには、底部構造は定義されていません」
「うへぇ、つまり底なしってことか」
「だから嫌だって言ったじゃないですか……。アンタ、何考えているんですか……」
「まあまあ」
あまりにも危険なことを頼もうとしたキリさんにジト目を向ける。そんな俺をリーファが宥めてくる。そして、トンキーの背中の天辺に戻ろうとした時、トンキーの体が動き出した。
この穴に放り込む気なんじゃないかと思ったがそれはなかった。トンキーは長い鼻と20本はある肢を内側に丸め込み、巨体を降ろしていく。
何かあったのかと思い、俺たちはトンキーの背中から降りてトントンと軽く叩いてみた。
「トンキー、どうしたんだ?」
「寝ているのか?俺だって眠いのを我慢しているんだぞ」
俺とキリさんが呼びかけてみるが反応はない。もう一度トントン叩いてみると、あることに気が付く。
「あれ?気のせいか、トンキーが石みたいに硬くなっているような……」
「ホントだ。さっきはクッションみたいに柔らかい感じだったのに……」
「なんか今のトンキー、象クラゲよりもデカいおまんじゅうみたいになってないか」
俺、リーファ、キリさんの順に言う。色々と確かめてみるが、トンキーにはちゃんと呼吸音があり、巨人型の邪神との戦いで負ったダメージも今は完全に回復している。やっぱり寝ているとしか考えられないな。
「ねえ、トンキーが起きるまで待とうよ」
「ああ。この間に巨人型の邪神に襲われたらヤバいからな」
とりあえず、トンキーが起きるまで待つことにした。周囲に邪神モンスターがいないか見回していると、背後でキリさんが叫んだ。
「おい、リュウ、リーファ。上見てみろよ、凄いぞ」
キリさんに言われるがまま俺とリーファは上を見上げると、そこには世界樹の根が巻き付いている巨大な逆円錐型のツララがあった。遠くからだとあまり気が付かなかったけど、今は真上にあることもあってかなりの大きさだ。それによく見てみると巨大な逆円錐型のツララは通路や部屋があり、氷でできた迷宮となっている。
「凄いなこれは……」
「うん。あれが全部一つのダンジョンだとしたら、間違いなくALO最大規模のダンジョンだよ」
俺に続くようにリーファがそう言う。だけど、あれがダンジョンだとしたら、あそこまでどうやって行けばいいんだ。改めて思うが、インプでもあそこまで行くのはまず不可能だしな。
そんなことを考えているとキリさんの肩に乗っていたユイちゃんが鋭い声を発した。
「パパっ!東からプレイヤーが接近中です!1人……いえ、その後ろに23人います!」
24人となるとリーファが言っていた邪神狩りの大規模パーティーに違いない。もしかすると、事情を話せば仲間に入れてもらって階段ダンジョンから出られるかもしれない。不幸中の幸いだと思ったが、俺の期待は大きく裏切られることになる。
10メートルほど先に先頭にいたプレイヤーが水の膜を破るように姿を現す。プレイヤーは水色の髪をしたウンディーネの男性プレイヤーだ。種族選びの時にウンディーネも候補の1つだったら間違いない。
更に後ろにいた23人の姿を現す。全員が水色や青い髪をしている。つまり、この邪神狩りパーティーは全員がウンディーネということになる。異種族の混合パーティーだったらなんとかなったかもしれないが、インプ、スプリガン、シルフの俺たち3人なら話は別だ。こうなったら、ウンディーネはサラマンダーみたいにヤバい奴らじゃないことを祈るしかない。
すると、先頭にいたウンディーネのリーダーが俺たちに近づいてきた。
「アンタたち、その邪神、狩るのか?狩るなら早く攻撃してくれ。狩らないなら離れてくれないか。我々の範囲攻撃に巻き込んでしまう」
すると、隣にいたリーファがトンキーをかばうように立ち、ウンディーネのリーダーに低い声で言った。
「マナー違反を承知でお願いするわ。この邪神は、あたしたちに譲って」
「下級の狩場ならともかく、ヨツンヘイムで『この場所は私の』とか『そのモンスターは私の』なんて理屈が通らないことくらい、ここに来られるほどベテランならわかっているだろう」
「お願いします。この邪神は俺たちの仲間……友達なんです。邪神は他にもこの辺にいますし、この邪神だけは見逃してくれませんか?」
「俺からもお願いする。頼む」
リーファに続くように、俺とキリさんもウンディーネのリーダーを説得しようとする。
「おいおい、アンタたち、本当にプレイヤーだよな? NPCじゃないよな?俺たちも大きめの邪神にレイドを壊滅させられそうになったりと大変な思いをして、ここまで来たんだよ。だから狩れそうな獲物はきっちり狩っておきたい。ということで、10秒数える間にそこから離れてくれ。時間が来たら、もうアンタたちは見えないことにするからな。メイジ隊、
しかし、ウンディーネのプレイヤーは俺たちの説得を聞こうとはせず、ついにパーティーに指示を出した。
「……下がろ、リュウ君、キリト君」
「ああ……」
「わかった……」
俺とキリさんは低い声で応じ、この場から離れようと歩き出した。ふとリーファの方を見たら辛そうな表情をして、トンキーの方を見ていた。俺はどうしても辛そうにしているリーファを見ていられなくなった。
リーファに『誰かが助けを求めて手を伸ばした時、俺たちはその手を必ず繋いでみせるよ』とカッコいいこと言っておいて、今彼女のために何もできないでいた俺自身が許せなかった。
俺は隣にいたキリさんに呟くように話しかけた。
「キリさん……俺……」
「言わなくていいぞ。リュウが今考えていることは大体わかる」
最後まで言い終える前に話を中断させるキリさん。どうやら彼は俺が今どう思っているのか察してくれたみたいだった。
「お前から言い出すなんて珍しいな」
「そうですね……。無茶ぶりなことを言い出すのはいつもキリさんの方からなのに……」
俺とキリさんは愛剣を鞘から抜き取る。そして、ウンディーネの部隊に向かって駆け出し、近くにいたメイジにクロスして斬撃を叩き込んだ。攻撃を受けたメイジは消滅し、水色のリメインライトへと姿を変えた。
「何のつもりだっ!?」
「俺たちはただ守りたいもののために戦おうとしているだけですよ」
「それに、このゲームはPK推奨だからお前たちを倒したって何の問題もないだろ」
「くそ!メイジ隊、邪神より先にコイツらの相手だ!」
メイジ隊のウンディーネたちはすぐにトンキーに放とうとしていた魔法の詠唱を中断し、俺たちに別の攻撃魔法を放とうとする。だが、詠唱を終えるより先に俺とキリさんは先ほどと同様に1人のメイジを倒す。
そこへ1人の剣士型のウンディーネが俺に剣を振り下ろそうとする。だが、そこに割って入って来たリーファが長刀で剣を受け止めたおかげで、俺に剣が振り下ろされることはなかった。
「全く、キリト君はともかくリュウ君まで何やっているのよ。キリト君の悪い癖がうつったんじゃないの?」
「多分な」
「よく無駄話している余裕があるなっ!くたばれぇぇぇぇっっ!」
トンキーの近くにいた3人のウンディーネの剣士が一斉に俺に襲い掛かって来る。
「そう簡単にやられてたまるかっ!」
すると、俺の言葉に答えてくれたかのように左手に持つ剣の刃に青がかった白い光りが纏う。この感覚は間違いない、あの技だ。
――《ライトニング・スラッシュ》!
電撃が走るかのような速さで3人の剣士にそれぞれ1連撃ずつの斬撃を与える。
3人の剣士は強力な斬撃を受けて吹き飛ばされるが、メイジよりも防御力のある防具を装備しているということもあってHPを完全に削り取ることはできなかった。
トドメを刺そうと剣を構えるが、その剣士たちのHPが回復する。まだ生き残っているメイジたちによる回復魔法だ。しまった、ウンディーネは回復魔法に優れていたことを忘れていた。
「ぐっ!」
不意に俺の右肩を1本の矢が貫く。矢が飛んできた方を見てみるとウンディーネのリーダーが弓矢を俺に向けている。
更に高圧水流の攻撃魔法が飛んできて、その衝撃で雪が降り積もった地面に転がる。近くにいたリーファも矢が足に突き刺さって怯んでいる隙に剣士の攻撃を受けて倒れ、キリさんも氷竜巻に飲み込まれて打ち倒された。
いくら俺たちでも20人以上のハイレベルプレイヤーをたった3人で相手するのは厳しい。ここまでかと思った時だった。トンキーのものだと思われる高らかな鳴き声が響き渡った。
まさかトンキーがやられてしまったのではないかと急いでトンキーの方に顔を向ける。目にしたには丸まっているトンキーの体にいくつものヒビが入っている光景だった。ヒビは見る見るうちに大きくなっていく。そして、『くわぁぁん』というトンキーの甲高い鳴き声と共にヒビから眩い白い光りが放たれ、ウンディーネたちを包み込んだ。途端、ウンディーネたちの支援魔法による効果、詠唱途中だった攻撃魔法が消滅した。
「あれは
「フィールド・ディスペル?」
「一部の高レベルのボスモンスターが持つ特殊能力だよ!援魔法や詠唱途中の魔法などをキャンセルさせることができるの!」
トンキーが放った光が一部の高レベルのボスモンスターが持つ特殊能力だと知った瞬間、この場にいた全員が一瞬凍りついた。
すると、丸まっていたトンキーが光りに包まれる。ヒビが入っていたトンキーの体は殻となって割れ、その中から巨大な光の塊が出てきくる。そして、真っ白い輝きを帯びた四対八枚の羽が開かれ、トンキーが姿を現す。
「ト、トンキー……?」
四対八枚の羽を生やしたトンキーを見て呟く。
全員が戦慄する中、トンキーは甲高い鳴き声を上げてから自身の羽を使って地上から10メートルほどのところまで飛び上がった。そして、トンキーの羽が青い光りに包まれる。
「ヤバっ!リュウ、リーファ、伏せろっ!!」
キリさんが叫びながら俺とリーファの背中を押して雪の上に伏せた。
直後、トンキーの全ての肢から雷撃が次々と地上へと降り注ぎ、ウンディーネのパーティーに襲い掛かる。激しい雷撃により何人かのウンディーネが消滅し、水色のリメインライトへと姿を変える。
「くそっ!撤退、撤退!!」
ウンディーネのリーダーの叫びが響き渡り、ウンディーネのパーティーは走り去っていく。トンキーはウンディーネのパーティーを追おうとはせず、勝利の声を響かせるのだった。
「……で、これからどうするんだ?」
巨人型の邪神を倒したときと同様に呟くキリさん。
すると、トンキーはあの時と同様に自身の長い鼻を伸ばしてきて俺たちに巻きつかせ、自身の背中に乗せる。俺たちが乗ったことを確認すると、トンキーは羽ばたいて上空へと上昇していく。そんな中、先に口を開いたのはリーファだった。
「とにかく、トンキーが無事でよかったよ」
「ホントよかったです!生きていればいいことあります!」
「だといいな……」
「ハハッ。まさか進化して飛べるようになるとは思ってもいませんでしたよ」
更にユイちゃん、キリさん、俺の順に言う。
トンキーの背中から見るヨツンヘイムの光景は凄いものだった。インプ以外は一切飛行ができないと言われているところでこの高さからヨツンヘイムを見られるとは思ってもいなかった。仮にインプのプレイヤーが飛んでもこの高さから景色を見るのは不可能だろう。
そして、逆円錐型の氷の塊に世界樹の根っこが絡まっているところの近くを通り過ぎていく。それを見ているとツララの先っぽに黄金に輝くものが見えた。
「ツララの先っぽに何かないか?」
「ホント?ちょっと待って」
リーファは俺が指さした方を見ると魔法のスペルワードを詠唱する。詠唱を終えるとリーファの掌の先に水の結晶が現れる。
「この魔法って?」
「
リーファが
「どうしたんだ?」
「あそこにあったの、せ……《聖剣エクスキャリバー》だよ。前にALOの公式サイトで写真だけ見たことがあるの。ユージーン将軍の《魔剣グラム》を超える最強の剣」
「「さ、最強の剣……」」
最強の剣という単語に俺とキリさんは一気に食らいつき、リーファから
「《聖剣ジュワユーズ》と1,2位を争う最強の剣がまさかこんなところにあるなんて思ってもいなかったよ」
エクスキャリバーはこの氷でできたダンジョンを突破すれば手に入れられるだろう。途中、トンキーはダンジョンへの入口だと思われるバルコニーの近くを通って行く。十分飛び移ることは可能だが、今はヨツンヘイムからの脱出とアスナさんの救出が先のため、諦めることにした。
でも、やはり片手剣使いとしてちょっとショックだった。隣にいるキリさんはゲーマーの魂に火がついていたらしく、非常に残念そうにしていた。
「キリさん、全て終わったらまた来ましょうよ。その時は、カイトさんたちも誘って」
「ああ。流石に3人だけじゃ厳しそうだしな」
「最強の剣があるダンジョンだからね」
会話を交わしている間にトンキーはバルコニーの前を通り過ぎていき、天蓋に階段が付いているところへとたどり着いた。そして、階段がある方へと飛び移り、トンキーの方を振り向く。
「……また来るからね、トンキー。それまで元気でね。また他の邪神にいじめられちゃダメだよ」
リーファが話しかけてトンキーの鼻の先端を手でぎゅっと握りしめ、手を離す。
「トンキーがいたから俺たちは無事に出られたんだ。本当にありがとう」
「本当に世話になったよ。元気でな」
「またいっぱいお話ししましょうね、トンキーさん」
俺とキリさん、ユイちゃんもリーファと同じようにトンキーに話しかけてトンキーの鼻の先端を握る。
そしてユイちゃんがトンキーの鼻から手を離した直後、トンキーは嬉しそうな鳴き声を上げてヨツンヘイムの彼方へと飛んで行った。トンキーを見送る中、トンキーとはまた会えるという気がするのだった。
「さあ、行こ!多分、この上はもうアルンだよ!」
「よし、最後のひとっ走りと行くか。リュウ、リーファ、上に戻ってもエクスキャリバーのことは内緒にしておこうぜ」
「あーもう!今の発言でさっきまでの感動が台無しになったよ」
「キリさん、空気読んでくださいよ」
キリさんに呆れながらも俺たちは地上へ続く階段を上って行く。
それから10分以上もかけて階段を登り切り、ドアを開けるとそこは光に包まれた大規模の積層都市だった。街の中を9つの種族が行き交っていた。そして、夜空にくっきりと映る巨大な影があった。
「あれは世界樹…………」
「ってことはここが央都《アルン》で間違いないですね」
「うん。ここがアルヴヘイムの中心、この世界最大の都市だよ」
キリさん、俺、リーファの順に口にする。更にキリさんの胸ポケットからユイちゃんが出てきて、輝くような笑みを浮かべた。
「わあ……! わたし、こんなにたくさんの人がいる場所、初めてです!」
ユイちゃんからすればこれほど大規模の街は初めてだろう。まあ、SAOの中で最大の規模を誇る第1層のはじまりの街以上だからな。
街の風景に見とれているとパイプオルガンのような重厚なサウンドが大音量で響き渡り、機械的な女性の声が空から降り注ぐ。
『本日、1月22日午前4時から午後3時まで定期メンテナンスのためサーバーがクローズされます。プレイヤーの皆さんは10分前までにログアウトをお願いします。繰り返します……』
「今日はここまでみたいだね。一応宿屋でログアウトしよ」
「だけど、激安のところじゃないといけないな……」
やっぱりキリさんはサクヤさんたちに全財産を渡してしまったのか。俺とリーファはやれやれと呆れてしまう。
「激安のところならキリト君1人にしてよ。あたしたちはちゃんとしたところにするからさ。リュウ君、ユイちゃん、行こ」
リーファはキリさんにそう言い放つと、俺の背中を押してこの場から離れそうとする。
「リュウ、ユイ、助けてくれ……」
キリさんは俺とユイちゃんに助けを求めるように顔を向ける。しかし、俺を無理やりスプリガン=インプ同盟の大使にさせ、サクヤさんとアリシャさんに誘惑されて困っていた時にはニヤニヤしてからかい、ヨツンヘイムでは凄くヒヤヒヤさせるなど、散々俺を苦労させたことに少し腹が立っていた。そのため、ちょっと仕返ししてやろうとした。
「散々俺を振り回したバツです。1人で激安のところに泊まるか野宿でもして頭でも冷やして下さい」
「パパ頑張って下さい」
ユイちゃんは笑顔でキリさんにそう言い残し、リーファの肩に乗る。
「ちょっと待ってぇぇぇぇっ!!」
すると、キリさんは勢いよく俺たちの目の前まで走って来て土下座までしてきた。
「リュウさん、リーファさん。俺にお金を貸してください。それか一緒に激安のところに付いて来て下さい。本当にお願いします」
まさかここまでやってくるとは……。たまにこの人がSAOをクリアした英雄なのかと疑ってしまうときがある。なんかキリさんが段々可愛そうになってきたな。
「わかりましたから!こんなところで土下座なんか止めて下さいよ」
「ユイちゃん、パパのためにも近くに安い宿屋ある?」
「あっちに激安のがあるみたいです!」
ユイちゃんが笑顔でそう言うが、やっぱり激安となると少々不安だな。
結局俺たちが停まることになった宿屋は一部屋にいくつものベッドが置いてあるというところになってしまった。俺とリーファはキリさんだけをここにして自分たちは本当に他のところにしようかと一瞬思った。
そして午前4時近くだということもあり、俺たちはベッドに横になるとすぐに寝落ちするのだった。
トンキーという名前は原作ではキリトが思い付いたのですが、この作品ではリーファにしました。
そして、リュウ君が思い付いた名前とその直後にキリトが話していた内容は見覚えがある方もいらっしゃったのではないかと思います。リュウ君のモデルになったキャラがあの方ですので、一度これはやりたいなと思ってやらせていただきました(笑)
ちなみにキリトがシロと名前を付けようとしたところはホロウリアリゼーションの動画を見た時に思い付きました。
そしてヨツンヘイムから脱出してついにアルンへ。
次回からはシリアスな感じが強くなると思います。
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第14話 アルヴヘイムの真実
この話はさておき、今回の話になります。今回からシリアス度が増し、ギャグ要素が少なくなります。
「この世界はいったいどうなっているの……?」
アルヴヘイム・オンラインと言われる仮想世界に捕われてから2ヶ月以上も経過していた。でも、ここに監禁されるのも今日で終わりを迎えようとしている。
わたしは念入りに計画を練ってついにこの日、この世界から脱出するために行動を開始した。鳥籠から抜け出し、巨大な木にある人工物と言ってもいいドアを潜り抜けるとそこは先ほどと変わってSFものに出てきそうな白い壁と天井に覆われた通路だった。
この世界はSAOのようにファンタジー系の世界観となっているはずなのにこんなところがあるなんておかしい。そう思いながら慎重に進んでいると壁にここの案内図が書かれているところを発見した。
ここに何処かログアウトできるところはないか探していると『実験体格納室』と書かれているところに目が止まった。
「実験体……」
そう小さくつぶやいた途端、前に須郷が非人道的な研究をしていると言っていたことを思い出した。つまり、ここは須郷が非人道的な研究をしている研究施設であることで間違いない。
一刻も早くここから脱出しなければと再び歩き出した。歩いていると前方に2枚扉が見えてくる。扉の前に立つとそれは自動に左右へと開いた。
扉が開いたところは真っ白い巨大なイベントホールと言ってもいい広大な部屋だった。部屋には胸の近くくらいまでの高さまで伸びている白い円柱型のオブジェクトがある。それは200から300近くはありそうだ。その円柱の上には人の脳の形をしたホログラムが映し出されている。
「こ、これってまさか……」
須郷が行っている研究は人の記憶・感情・意識のコントロールをするというもの。このホログラムをよく見ると『Pain』、『Terror』などの単語が表示されていた。
須郷が行っている研究は記憶・感情・意識のコントロールをするというもの。ホログラムに映し出されているのは脳だけだが、苦痛や恐怖を感じて苦しんでいるのだと直感的に悟った。つまり、今ここで300人近くの人が目の前の人と同じ目に……。
「なんて……なんて酷いことを……」
300人近くの人が苦しんでいる姿を思い浮かび、恐怖に包まれる。恐怖のあまりパニックになりそうだったが、なんとか冷静になって心を落ち着かせる。
「こんなことは許されない。いえ、許さない。待っててね……。すぐに助けるからね……」
そう呟き、部屋の奥に移動していると入口の扉が開く音がする。
「っ!?」
誰か入ってくると思い、驚いて声を上げてしまいになった時だった。何者かが後ろからわたしの口を押え、部屋の隅にあった白い円柱型へと身を隠す。すでにこの部屋に須郷か奴の仲間がいて見つかってしまったのだと絶望に包まれる。
「静かに。騒ぐと奴らにバレてしまう」
「っ!?」
後ろからわたしの口を押えた思われる人物はわたしにしか聞こえないくらいのボリュームで呟き、すぐに口から手を離してくれた。一体誰なのかと思い、恐る恐るその人物の方を振り向く。その人物は白い鎧に身を纏っている白い髪をした初老の男性だった。
そして部屋に入ってきたのは、2体の巨大なナメクジ型モンスターだった。あの巨大ナメクジはアインクラッドの第61層にいた《ブルスラッグ》に似ており、ソイツと同様に気持ち悪いと言ってもいいものだった。
巨大ナメクジたちは1つのホログラムに映し出された脳を見て話し合っていた。その内容は須郷が行っている非人道的実験に関係するようなものだった。様子からしてこんな研究をしていることに罪の意識を抱いている感じは全くないようだ。間違いなくあの巨大ナメクジたちはこの前わたしのところにやって来たパックという男と同様に須郷の仲間だろう。
そんな巨大ナメクジたちをわたしは怒りを抑えて黙って見ていた。ふと初老の男性を見てみると、彼も黙って巨大ナメクジたちを見て拳を強く握りしめて怒りを堪えている感じだった。
彼はこちらの視線に気が付くと小声で話しかけてきた。
「怖がらせてしまって申し訳ない。君は確か結城さんのところの娘さんで間違いないよね?」
「え、ええ……。あなたは誰なんですか?」
「あ、まだ名乗ってなかったね。私はクリム・ローライト。レクトのフルダイブ技術研究部門で研究者として働いているんだ」
「レクトのフルダイブ技術研究部門の研究者ってことは、あなたもあのナメクジたちやこの世界でパックって名乗っている奴の仲間なの?」
警戒して初老の男性を見る。すると、疑いの視線を向けられた彼はというと慌てて弁解してきた。
「いやいや違う。確かに私は須郷君のところで働いているが、彼らの仲間じゃない」
「だったらここに来た訳を教えてくれませんか?」
「他人に話すわけにはいかないが、君に信じてもらうためには仕方がない。ここにはALO……アルヴヘイム・オンライン内で非人道的実験が行われている証拠を得るのと囚われている人たちを助けるために来たんだ」
「えっ?」
「本当は警察に相談しようと考えたが、確実な証拠がないと動いてくれないし、それに下手に動いて彼らを危険にさらすわけにはいかないからね。彼らには帰りを待っている家族を待っているのだから……」
一旦話し終える頃には彼の顔はなんか悲しそうな表情をしていた。彼の話を聞いたり、様子を見てわかったが、本当に須郷の協力者じゃないだろう。それに須郷やあのパックという名前の謎の人物とは明らかに違う感じしかしない。とりあえず、彼のことを信じてみよう。
「せっかく助けてくれたのにあなたのことを疑ってしまってゴメンなさい。あのもう少し詳しく教えてくれませんか?もしかすると、あなたに協力できるかもしれませんし」
「私を信じてくれるのか。本当にありがとう……」
クリムさんはわたしにそう言うと詳しく話してくれた。
「私がレクトのフルダイブ技術研究部門……レクト・プログレスの所属の研究者になったのは去年の11月半ばくらいからなんだ。未帰還のSAOプレイヤー300人を助けるためにと須郷君や蛮野君に誘われてね。私もSAO事件で息子と孫を亡くしたから何としてでも彼らを助けようとすぐにOKしたよ」
「そうだったんですか……。ところで、クリムさんは須郷やその蛮野っていう人とはどういう関係なんですか?」
「須郷君は私の後輩の元教え子、蛮野君は私の元教え子なんだ。でも、そこで研究者になってからしばらくして2人は私に何か隠していることがあるっていう気がしてね。2人にバレないようにそのことを調べていたら『人の記憶・感情・意識のコントロールをする研究』をしていることがわかったんだよ。そして慎重に調査を続けてここを突き止めた」
「なるほど。そう言えば、須郷が前に言っていました。研究は自分を含めてごく少数のチームで秘密裏に行われていると。それに加担している人って何人いるのかわかります?」
「それは私にもわからない。レクト・プログレスには何人も職員がいて、その中で誰がこの研究に関わっているのかわからなかったからね。でも、君のおかげでごく少数のチームで秘密裏に行われているのはわかったよ。本当にありがとう」
「いえ、そんな……」
大したことを教えたわけでもないのにお礼を言われて少々戸惑ってしまう。でも、外の世界で1人だけでもここで起きていることに気が付いてくれた人がいてくれて本当によかった。
隠れて情報交換をしている間にも巨大ナメクジたちはこちらに気が付くこともなく、部屋から出て行ってくれた。
「とりあえず今は君だけでもここから逃がすことが最優先だ。私に付いて来てくれ」
クリムさんの後を追い、部屋の奥へと足を進める。部屋の最深部まで達し、そこにはぽつんと黒い立方体が浮かんでいるのが見えた。
あの黒い立方体に似たものをSAOで1度見たことがある。確かアインクラッド第1層にある地下迷宮にあったシステムコンソールだ。
「クリムさん、あれってシステムコンソールですよね?」
「ああ。でも、一目見ただけでよくわかったね」
「SAOでも1度あれに似たものを見たことがあるんです」
「そうか……」
システムコンソールまでたどり着くとクリムさんはそれに差し込まれている銀色のカードをつかんで一気に下にスライドさせる。すると、メニューウインドウやホロキーボードが浮かび上がった。
クリムさんは手慣れた様子で急いでシステムコンソールを操作していき、1分もかからない内に『ログアウト』と書かれたボタンが表示される。
「君はログアウトしたらすぐに病院の人に頼んで君のお父さんにだけ連絡してくれ。くれぐれも君が目覚めたことを他の者には内密にしておくように」
「あなたはどうするんですか?」
「私はまだここに残る。ここに捕われている人たちを助けたり、証拠を得る必要があるからね」
「だったらわたしも一緒にここに……」
「ダメだ、君をこれ以上巻き込むわけにはいかない。私やここに捕われている人たちなら大丈夫だ。私を信じてくれ」
その間にもクリムさんはわたしをログアウトさせる準備をする。
「よし。早速君をログアウ…………ぐわああああああっ!!」
突如、謎の電撃がクリムさんに襲い掛かる。
強力な電撃をまともに受けたクリムさんは地面に転がる。その拍子にシステムコンソールに差し込まれていた銀色のカードが抜け落ちる。
「クリムさん!!」
「フハハハハっ!どうかな?ペインアブソーバを切っているから痛むだろ?」
1度だけ聞いたことがある声だ。声がした方を振り向くとそこには須郷……オベイロンに似た姿をした妖精……パックがいた。
「やっぱりいつかここに来ると思ってましたよ、
「その声、先生って……君はまさか蛮野君なのか……」
「そうですよ、先生。今は蛮野卓郎じゃなくてパックっていう名前ですけどね」
蛮野って確かクリムさんの元教え子だっていう人じゃ……。まさか、その人がパックの正体だったなんて……。
クリムさんは未だにそのことを受け入れられずにいた。無理もない、自分の教え子だった人が非人道的実験を行っていたのだから。
「蛮野君、この研究は許されたことじゃない……。今すぐ彼女やここにいる人たちを開放するんだ……」
「人がいい先生だったら絶対にそういうことを言うって思ってましたよ。でも、私は昔からアンタのそういうところが大嫌いだったんだよなぁっ!」
初めは笑みを浮かべていたパック……蛮野だったが、最後辺りはクリムさんに嫌悪感を露わにして睨み付けた表情をする。
「お前たちは知りすぎた。だからここから逃がすわけにはいかない。システムコンソールはロックしておいたから逃げ出そうとしても無駄だけどな」
蛮野が右手を前に向けて伸ばすと奴の後ろの方から植物のつるが伸びてわたしとクリムさんに襲い掛かってきた。クリムさんはすぐに曲刀と盾を出現させ、間一髪のところで盾で植物のつるによる攻撃を防ぐ。
「私だけが使える植物属性の魔法による攻撃を防ぐとは。思っていた以上にやるなぁ」
今の蛮野は不気味な笑みを浮かべて余裕を見せている。その笑みはSAOにいた犯罪者プレイヤーが見せていたものみたいで、嫌悪感に包まれる。
「こう見えても私は正規のサービス開始時は予定があってプレイできなかったが、息子と同様にSAOのβテストをプレイしたことがあるんでね。それに子供や孫とはよくゲームをやっていたんだ」
「なるほどな。だけど、私の敵ではないな。
「マズイ。君は下がっているんだっ!」
「はい!」
本当ならクリムさんと一緒に戦いたい。だけど、今のわたしには剣はないからそれは不可能だ。戦うことができなくて悔しかった。
クリムさんは曲刀と盾を持って蛮野に立ち向かっていく。
蛮野は先ほどと同様にもう一度前に向けて伸ばす。今度はバスケットボールと同じくらいの大きさを持つ緑色に光る球をクリムさんに目がけていくつか放つ。
盾で攻撃を防ごうとするクリムさんだったが、緑色に光る球は盾やクリムさんの周りの地面に着弾すると爆発を引き起こす。
「ぐっ!」
爆発の衝撃で床に転がりつつもすぐに立ち上がって蛮野に曲刀を振り下ろし、渾身の一撃を与える。これで蛮野にダメージを与えることができたと思ったが、奴は効いていないぞと言うかのように不気味な笑みを浮かべて見る見るうちに傷口を再生させていく。
「何っ!?」
「やっぱりパックの姿だと傷の再生速度が遅いな……」
「はぁっ!!」
余裕を見せている蛮野にクリムさんはもう一度攻撃を仕掛けようとする。だが、蛮野は植物のつるを操って攻撃を防ぎ、更に鞭のように振るってクリムさんに攻撃する。その拍子にクリムさんの曲刀と盾は弾き飛ばされて宙を舞い、蛮野の手に収まった。そして、蛮野はクリムさんから奪い取った曲刀でクリムさんに容赦ない連撃を浴びせ、盾を叩きつける。
「ぐわああああっ!!」
クリムさんは攻撃を受けてももう一度立ち上がろうとする。だが、かなり弱っていてこれ以上戦うことはとても厳しい状態だ。
蛮野はクリムさんから奪い取った曲刀と盾を投げ捨て、緑色のハルバードを出現させて右手に持つ。
「真実と共に現実世界からこの世界に追放してやる」
クリムさんの足に植物のつるを巻きつかせ、逃げられないようにする。そして、蛮野のハルバードの矛先に緑色の光が纏せ、上空に飛んで一気にクリムさんに目がけて突きを叩き込もうと一直線に飛んで行く。
「止めてぇぇぇぇぇっ!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁっ!!」
わたしの悲鳴が響く中、クリムさんは蛮野の強力な突きによる攻撃を受けて床に転がる。HPはなんとか少しだけ残ったが、クリムさんは意識がもうろうとして床に倒れ込んでいた。
「クリムさん!!」
急いでクリムさんの元に駆け寄る。すると、クリムさんはわたしにこっそりと銀色のカード……システムコンソールのカードキーを渡してきた。
「これは君に預ける……。私はもう……助かる見込みはなさそうだからな……。まあ、これは当然の報い、と言っても……いいだろう……。ファーラン、ミラ……すまない……」
クリムさんはそう言い残して完全に意識を失ってしまう。
そこに蛮野がやって来てクリムさんに3枚の白いメダルを投げ込む。3枚の白いメダルはクリムさんの体内に入り込んだ。すると、一瞬だけクリムさんは賢者のような姿をした白い怪人へと姿を変える。
この光景に驚愕して言葉を失ってしまう。
「まだ完全に適応していないみたいだな。まあ、次回のアップロードまでには間に合うか。これからは《オーバーロード・ロシュオ》としてこの世界で生きるといい。記憶もその内改ざんして、お前には他の奴らと一緒にここまでやって来ようとする羽虫たちを排除してもらおう」
「彼に何をしたの……?」
「ちょっとした余興だよ。私のおもちゃにこれほど相応しい奴は他にはいないだろう」
蛮野に怒りを覚える。
「おもちゃって……。クリムさんはあなたの先生なんでしょ!?こんな非道なことをして恥ずかしいと思わないの!?」
「フっ。私たちが行っている研究がどれほど偉大なものなんだぞ。その価値がわからないバカにはこうするべきだろ」
「狂ってるわ……」
氷のような寒気を感じながら呟いた。この男や須郷は人を平気に実験体にするような奴らなんだろう。
「副主任、どうかしたんですか?」
わたしたちの元にやってきたのは先ほどの2体の巨大ナメクジたちだった。
「お前たちか。見ての通り、余計な虫がここに入り込んでいて鳥籠から小鳥が逃げ出していたんだよ」
「そうだったんですか。この娘が抜け出したのは退屈していたと思うので、一緒に遊んでもいいですか?人形相手はもう飽き飽きでしてねぇ」
「お前も本当に好きなんだな、その悪趣味は。だけど須郷のお気に入りだから止めておいた方がいいぞ」
「ちぇっ。せっかく楽しめると思ったのになぁ……」
「そんなことよりもお前たちはコイツを第4実験室に閉じ込めて置いて、向こうに戻って出張中の須郷にこのことを報告しろ。私はコイツを鳥籠に戻しておく」
「わかりました。おい、早く終わらせるぞ」
「へい。どうせならあの娘を鳥籠に戻しておく方がよかったんだけどなぁ……」
1体の巨大ナメクジはログアウトし、もう1体は意識を失って倒れているクリムさんを何処かへと運んでいく。そして、蛮野は植物系の魔法を操ってわたしを拘束し、テレポートして鳥籠へと連れて行く。
せっかく鳥籠から抜け出してもう少しでログアウトできるところだったのだが、結局は失敗して鳥籠へと戻されてしまった。それにクリムさんまで捕まってしまうことになるとは……。事態は最悪な状況だと言ってもいいだろう。
「須郷から連絡があってパスは変えて24時間監視することになったから逃げだすことは諦めた方がいい。でも、私もあなたに会いに来ますのでご安心を。それでは女王ティターニア、私はここら辺で失礼しますので」
蛮野は最後に挑発するかのようにそう言い残し、テレポートで戻って行った。
この状況の中、システムコンソールのカードキーを隠し待っていたことには気付かれずに済んで本当によかった。クリムさんがわたしに託してくれたこれが今のところ唯一の希望だろう。
「わたし負けないよ、キリト君。絶対にあきらめない。必ずここから脱出してみせる」
ついに登場時から謎に包まれているキャラ……パックが何者なのか、そしてクリムさんはいい人、蛮野は外道の極みということが判明。
クリムと蛮野という名前から仮面ライダードライブから取ったのだと予測は付いていた人はいたと思います。ですが、この作品のクリムと蛮野は仮面ライダードライブに登場するクリムと蛮野とは全くの別人で一切関係はございません。一応クリムはベルトさんの声をイメージしているのですが、結婚して子供と孫もいるということになっています。そして、蛮野は相変わらず吐き気を催す邪悪ですが、声が森田さんではなく津田さんとなっています。本編とはあまり関係ありませんが、この理由は後の話で明らかになります。
後半の戦闘シーンのところは見てピンときた方もいるかもしれませんが、あれは貴利矢ショックを元にしました。そのため、今回の話は『みんなのトラウマ』レベルのものになってしまったに違いないです。
クリムさんはパック/蛮野して異形の怪物へと……。
ちょっと謎が解けたと思ったら新たな謎を残すことに。本当にリメイク版のフェアリィ・ダンス編はどうなるのか。
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第15話 病院での会話
それでは今年最後の投稿になります。
「俺の方が先に着いたみたいだな……」
俺がやって来たのは埼玉県所沢市の郊外にある総合病院。ここはアスナさんが未だに目覚めず、入院している病院でもある。初めてここに来たがとても大きな病院だ。
今日ここを訪れることになったのは、今朝カズさんから来た1本の電話がきっかけだった。ALOは今日の午後3時までメンテナンスでログインできないため、その間の時間を利用して一緒にアスナさんのお見舞いに行かないかというものだった。今日は特に予定もなく、前にカズさんに誘われた時は予定があって行けなかったこともあり、俺もアスナさんのお見舞いに行くことにした。
数分ほど病院のゲート前で、カズさんが来るのを待っていると後ろの方から声をかけられた。
「リュウ、待たせて悪かったな」
「あ、カズさ……」
振り向いてカズさんの隣にいる1人の少女がいることに気が付いた途端、驚きを隠せなかった。
ベージュの帽子をかぶり、赤いマフラーを巻き、マフラーと同じ色のコートを着た黒髪のポブカットに勝ち気な瞳をしているも可愛らしい小柄な少女。3年前に会って以来、1度も会ったことがなかったがすぐに誰なのかわかった。
「スグでいいんだよな……?」
「うん。3年ぶりだね、リュウ君」
スグは笑顔でそう言ってくる。どうしてスグがここにいるのかわからず、戸惑ってしまう。
「あの、カズさん……。どうしてスグが……」
「実はあの後、スグにリュウと病院に行くって言ったら『一緒に行きたい』って言ってきてな。スグの奴、リュウに会いたがっていたからさ」
「お兄ちゃん、余計なことは言わなくていいのっ!あたしはただ、アスナさんがどういう人なのか気になっていたから来たんだよっ!」
「イデっ!」
スグは頬を赤く染めて慌てだし、カズさんの腹に肘を入れる。そして腹を両手で押さえるカズさんを放置し、軽く咳払いして話を切り替えてきた。
「それにしてもリュウ君がお兄ちゃんと知り合いだったなんて思わなかったよ」
「それはこっちのセリフだよ。スグにゲーム好きなお兄さんがいるとは聞いていたけど、まさかカズさんだったなんて……。カズさんからも妹がいるとは聞いた時もスグだなんて思ってもいなかったよ」
「こんな偶然ってあるんだね……」
「ああ。これはもう神様のイタズラなんじゃないのかって思うくらいだからな」
改めて本当に世間って狭いなと思う。
そして、ゲートを通過して病院の中へと足を踏み入れる。
ここの病院は本当に凄い。中もホテル並みに立派だ。カズさんの話によるとアスナさんは現実では令嬢らしいからこんなに立派な病院に入院しててもおかしくないだろう。
受け付けまで行くと3人分のパスを発行してもらい、エレベーターで最上階まで上る。エレベーターを降り、1つの病室まで歩いた。ドアの横にあるネームプレートには『結城 明日奈』と書かれていた。
「結城……明日奈さん……。アスナさんって本名をキャラネームにしてたんですね」
「ああ。俺の知る限り本名だったのはアスナだけだ。まあ、アスナ本人がゲームは全くの素人だって言ってたからな」
会話を交わしながらカズさんがパスをかざすとドアが開いた。
病室の入口付近にある純白のカーテンの向こう側まで歩き、ベッドの前まで行く。ベッドの上にはナーヴギアを頭にかぶっているアスナさんがベッドの上で眠りについていた。
「スグは初めてだから紹介するよ。彼女がアスナ。血盟騎士団副団長、《閃光》のアスナだ。剣のスピードと正確さでは俺も最後までかなわなかった。アスナ、今日はリュウと妹の直葉も来てくれたんだぜ」
「お久しぶりです、アスナさん。いや、こっちで会うのは初めてだから、初めましてですね」
「初めまして、アスナさん」
俺とスグが呼びかけるが、眠るアスナさんからは一切返事がない。わかっていたことだが、今のアスナさんを見ていると辛くなってきた。でも、俺よりもアスナさんのことを想っているカズさんの方が辛いに違いない。
カズさんはベッドの横にあるイスに腰を下ろし、ベッドの上で眠りについているアスナさんの左手を両手で包み込む。今のカズさんの目は長い月日をかけて運命の相手を捜し求める旅人のような目だった。
カズさんを見ていると、一刻も早くアスナさんを助け出し、現実世界でもカズさんと会わせてやりたいという気持ちが込み上がってきた。そして、邪魔しちゃ悪いと思い、病室を出てエレベーター前にあるベンチに腰かけた。
「リュウ君、隣いいかな?」
ベンチに腰かけ、2分もしない内にスグもやって来る。俺が「いいよ」と答えるとスグは隣に腰掛けた。
「なんかお兄ちゃんを見てたら、あたしも何か居づらくなっちゃってね。お兄ちゃんだってアスナさんと2人きりで居たいと思うしね」
「そうだな」
スグと話していると、彼女が俺の方をジロジロ見ていることに気が付く。
「どうかした?」
「リュウ君、見ないうちに一段とカッコよくなったね。まあ、リュウ君は昔からイケメンだったからね」
「そ、そんなわけ……」
今までそう言うのは気にしてこなかったこともあって、スグにそう言われ、照れて目を逸らしてしまう。それにイケメンだったら俺なんかよりカイトさんとかザックさんの方が……。でも、スグからそんなこと言われてちょっと嬉しかったりもする。
このことから話を逸らそうと話を切り替えることにした。
「そういえば、スグってあの感じだとカズさんと仲直り出来たんだな」
「うん。お兄ちゃん、目覚めてから昔みたいにあたしに優しくしてくれるようになってね。この前もまた剣道やってみようかなって言ってたんだよ」
「そのことを知ることができて一安心したよ」
俺にこのことを話してくれていた時のスグは辛そうにしてたから、本当にカズさんと仲直りできてよかったと思う。だけど、スグは少し表情を曇らせていた。
「スグ、何かあったの?」
「ちょっとお兄ちゃんとのことであることがあってね……」
「あることって……?」
「実はお兄ちゃんとは本当は兄妹じゃなくて従兄妹だったの」
スグが話したことに俺は驚きを隠せなかった。だけどそれは、カズさんとスグは実は従兄妹だったということでなく、スグがこのことを知っていたからだ。カズさんもスグはまだ実は従兄妹だということに気が付いていないって感じだったからな。
俺はSAOにいた頃にカズさんからこのことを聞いて知っていた。その時はカズさんの妹がスグだとは知らなかったが……。
「まさかスグも知っていたとは……」
「えっ?もしかしてリュウ君も知ってたの……?」
「ああ。SAOにいた頃にカズさんから聞いたんだ……。その時はまだカズさんの妹がスグだって知らなかったけどな……」
「そうだったんだ。お兄ちゃん、リュウ君にそのこと話したんだね……。ちょっと驚いたなぁ……。あたしはお兄ちゃんがSAOに囚われているときにお母さんから聞いたの。その時は本当に混乱してお母さんに酷いことを言っちゃって……。お兄ちゃんもこのことを知ってあたしと距離をとってしまったんだと思う……」
スグとカズさんがそうなってしまっても無理もないことだ。自分が本当の兄妹だと思っていた人がそうではなかったのだからな。仮に俺と
「カズさんはスグがこのことを知っているのはわかっているのか?」
「お兄ちゃんはまだわかっていないみたい……。でも、中々話す勇気がなくて……」
スグはさらに表情を曇らせる。
「大丈夫だよ……」
俺はどうしてもそんなスグを見ていられなくなり、気が付いたら彼女に話しかけていた。
「スグだったら絶対にできるよ。だってスグはカズさんと仲直りできたんだろ。それに、こういうのは焦る必要もないと思うから、スグが話す決心が付いたら話してみたらどうかな?」
「リュウ君……」
するとスグの表情は徐々に明るくなっていく。
「ありがとう、リュウ君。あたし、頑張ってみるね……」
「ああ……」
スグが元気になってよかったと思うと共に、俺の胸の奥を鋭い痛みが深く貫いた。そして、俺は今もスグへの想いを捨てられずにいたことを自覚した。
すると俺たちのもとにカズさんが歩み寄ってきた。
「お前たち、こんなところにいたのか」
「あ、お兄ちゃん」
「俺、この後もちょっと用事があって帰らなきゃいけなくてな」
「そうだったんだ。コートとかアスナさんの病室に置いているから今すぐ取ってくるよ。リュウ君も一緒に行こう」
スグと一緒にアスナさんの病室に自分のものを取りに行く。その後、カズさんのところに戻ってくると3人でエレベーターに乗って1階まで降り、受け付けでパスを返却した。
カズさんが受け付けのところで手続きをしている間、スグが話しかけてきた。
「ねえ、リュウ君。よかったらあたしとも連絡先交換しない?」
「え、どうして?」
「だって、お兄ちゃんとは連絡先交換したから、あたしともしたっていいでしょ」
「スグがそこまで言うんだったら、構わないけど……」
「やった。ちょっと待ってね」
スグに言い寄られて断ることもできず、スグと連絡先を交換することになった。この作業を終えた時にはカズさんが戻ってきて、病院のゲートを出たところで2人と別れて家へと帰った。
家に帰ってきた俺は自分の部屋でナーヴギアを手に取り、黙ってそれを見ていた。
そして、また去年の12月24日に起こった出来事を思い出す。
『俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!』
『俺は……俺は現実でもこの世界でも大切な人を失った。手を伸ばしても届かなかった俺の腕……。だから俺は欲しかった!何処までも届く俺の腕、力!!』
スグはこの3年間の間に俺に起こった出来事は知らない。スグから見たら今の俺は昔の俺とは変わりないように見えていた。だからスグは昔と変わらず俺と接してくれたんだろう。
だけど、俺に何が起こったのか知ったらどう思うのか……。
俺は、
絶対に俺がこんな奴だと知ったら絶対に会いたくないだろう。それどころか、嫌われるに違いない。
――俺はスグが好き。
確認するように胸の奥で呟いた。でも、俺にはその気持ちを抱く資格なんてない。それに、スグには俺なんかよりも絶対にいい相手と出会えるだろう。
自分自身にそう言い聞かせ、ナーヴギアを被ってベッドに横たわる。
目を覚ましたのは、昨日ログアウトするために休んだ宿屋だった。周りを見るが、キリさんとリーファはまだ来てないようだ。
体を起こしてベッドの端に腰掛けた。橘龍哉からリュウガに変わったが、心の奥に突き刺さる切ない痛みだけは消えていなかった。
橘龍哉は何処にでもいる普通の少年。対するリュウガはSAOでは《青龍の剣士》と呼ばれるほどまで強さを持ったプレイヤーだ。しかし、英雄でもなく大切なものを守れるような強さはない。それどころか想いを寄せている相手の家族を殺そうとしたことがある。
俯いてそんなことを考えていると左腕に何か違和感があることに気が付く。何なのかと左腕をふと見た時だった。
「っ!?」
突如、左腕が一瞬だけ怪人のようなものへと変化する。
「何なんだ、今のは……?」
俺の身に起こったことに恐怖に包まれるも落ち着きを取り戻し、恐る恐る右手で左手に触れてみる。またさっきのことが起こるのではないのかと思ったが、何事もなく一安心する。
すると、涼やかな効果音とともに、傍らに新たな人影が出現した。
「どうしたの、リュウ君?」
現れたのはリーファだった。
「り、リーファ……」
「青ざめた顔してるけど、もしかして具合でも悪いの?」
「いや、何でもないよ……」
左腕がまた怪人のようなものになってしまうのではないかと怖くなって、左腕を羽織っていた青いフード付きマントでそっと隠す。
「本当に大丈夫?落ちるならキリト君にはあたしから言っておくから、あまり無理しない方がいいよ」
「本当に大丈夫だから……」
何とか笑みを見せて答える。
すると新たに人影が現れた。次にやってきたのはキリさんだった。
「あれ?俺が一番乗りかと思ったら一番最後だったか」
「あ、キリさん。俺たちも今来たところですよ」
「そうか。3人そろってログインしたことだし、早速行こうか。ユイ、いるか?」
キリさんの声に答えたかのようにピクシー姿のユイちゃんが姿を現した。
「ふわぁ~~~……。……おはようございます、パパ、リュウさん、リーファさん」
右手で目を擦りながら可愛らしく大きなあくびしているユイちゃんを見て、改めて本当にAIなのかと思った。ほとんど人間と変わりないと言ってもいいだろう。リーファはユイちゃんがあくびをする光景を不思議そうに見ていた。
そして宿屋から出たときはちょうど朝日が完全に昇りきった頃だった。
広い通りに出ると大勢のプレイヤーで賑わっていた。
行き交うプレイヤーたちを眺めると新鮮な驚きがあった。大柄な体格が特徴のノームに、楽器を携えたプーカ、武器を作るのに使う素材を籠に入れて運んでいるレプラコーンと初めて見る種族もいた。
「流石、ALOの中心だ。初めて見る種族もいるな」
「ここには大陸全部の妖精種族が集まっているみたいです」
呟いたことにユイちゃんが解説してくれる。
プレイヤーたちは連れ立って楽しそうに談笑しながら歩いている。ここにいるプレイヤーたちは種族関係なく、ゲームを楽しんでいるようだ。
ふと近くある街に置かれた石のベンチの方を見てみると、サラマンダーの少女とウンディーネの青年が座って仲睦まじく談笑していた。あの人達は種族は異なるが恋人同士なのだろう。
キリさんは近くあった店の方に足を運び、一時的にリーファと2人きりになる。リーファを見て、ここならインプとシルフでも普通のカップルに見えるのかと考えてしまう。リーファがこちらに気が付くと声をかけてきた。
「リュウ君、どうしたの?」
「な、何でもないっ!」
こんなことを考えている時にリーファに話しかけられ、慌ててしまう。俺は何てことを考えているんだよ。でも、何故かリーファと一緒にいるときは胸の奥の痛みを忘れることができている気がする。どうしてなのか、その理由を考えてみたが、わかることはなかった。
自分の気持ちと葛藤している内にキリさんが戻ってきて、先に進んでいると信じられない眺めが目に入った。
アルンの中央にはいくつもの巨大な木の根があり、それらは絡まって1本の巨大な木の幹を作り上げて雲さえも貫くほど上空高くへと伸びている。
「あれが世界樹……。遠くから見たときも凄かったが、近くで見るとより一層凄いな……」
「ああ。スケールがまるで違う。リアルでもここまで大きい樹や建造物はないと思うぜ」
俺とキリさんは圧倒的な大きさを誇る世界樹を見て畏怖に打たれたような声で言った。
「あの樹の上にも街があって妖精王オベイロンと、光の妖精アルフが住んでいるの。王に最初に謁見できた種族はアルフに転生できる……って言われてるわ」
世界樹があんなに空高くまで伸びているんだ。リーファが言っている通り、樹の上に街があってもおかしくないだろう。
ロケット式に飛んで樹の上を目指したプレイヤーたちのことを聞いてみたが、今は雲のところで障壁ができて外からの侵入は不可能になったらしい。
とりあえず、俺たちは世界樹の根元まで行ってみることにした。数分歩くとアルンの中央市街に続くゲートが見えてきた。
ゲートをくぐろうとした時だった。突然、キリさんの胸ポケットからユイちゃんが飛び出てきて真剣な顔で上空を見上げる。
「おい、ユイ。どうしたんだ?」
「ママ……ママがいます」
するとキリさんは顔を強張らせた。
「本当か!?」
「間違いありません!このキャラクターID は、ママのものです。座標はまっすぐこの上空です」
それを聞いたキリさんはクリアグレーの翅を出し、一気に上空へと飛び立った。彼はすさまじい勢いで急上昇していく。
「ちょ……ちょっと、キリト君!!」
「とにかく俺たちも行くぞ!!」
俺とリーファも翅を出現させて、上空へと飛んでいく。
ユイちゃんの言う通り、本当にこの世界にアスナさんがいるっていうのか。だけど、リーファの話によると世界樹の上には街があることになっている。このゲームの裏には一体何があるっていうんだ…?
今回の話は原作と内容はあまり変わりませんが、直葉/リーファの心理面に大幅に変更されています。この作品では直葉/リーファはリュウ君に想いを寄せているので原作やアニメのように辛いことになってない状況です。
一方のリュウ君は原作の直葉/リーファのような立場に。そしてゲーム内では更にヤバイことが身に起こっている事態に。リュウ君に起きている異変に見覚えがある方もいらっしゃるでしょう。最近はリュウ君が心配だというコメントをいくつも来ています……(汗)。果たしてリュウ君はどうなるのか。
それでは今年も残すところあと僅か。来年もよろしくお願いします。
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第16話 衝撃の事実
私事になりますが、今回の話の執筆中に戦闘曲として、SAO編で闇落ちしたリュウ君のイメージソングでもあった「Wish in the dark」を聞きながら書きました。この章の戦闘曲は「乱舞Escalation」となってますが、今回は「Wish in the dark」が合いそうだったので。どちらも元々は仮面ライダーの戦闘曲だったので、今後の話やゲーム版でも挿入歌として聞きながら執筆するかもしれないです。
それでは今回の話になります。どうぞ。
俺とリーファも急いでキリさんを追って上昇するが、ロケットブースターのように加速していくキリさんにはとても追いつけなかった。
「気をつけて、キリト君!!すぐに障壁があるよ!!」
リーファがキリさんに向かって叫ぶ。だが、キリさんに声が届いた様子はなかった。
分厚い雲海を突き抜けて更に上昇を続けていたところ、俺たちのずっと前を飛んでいたキリさんが大きな衝撃音を立てて見えない障壁にぶつかる。それでもキリさん再び上昇を開始し、見えない障壁に行く手を阻まれる。
ようやく追いついた俺は何度も上昇を続けようとするキリさんを取り押さえる。
「キリさん、落ち着いて下さいっ!ここからじゃ無理ですよ!!」
「行かなきゃ、行かなきゃいけないんだ!!放せ!!放せよ!!」
完全に俺の声はキリさんには届いていない。
すると、キリさんの胸ポケットからユイちゃんが飛びだし、世界樹の上に向かって叫んだ。
「警告モード音声なら届くかもしれません……!ママ!!わたしです!!ママー!!」
キリさんは何度も見えない障壁を叩きつけていた。
「何なんだよ……これは……!」
俺とリーファ、ユイちゃんは黙ってこの光景を見ていることしかできなかった。アスナさんがいるところまであともう少しのところで、俺たちの手はアスナさんに届かなかった。ここでも俺の手は届かないのかと悔やんでいた時だった。
上空から何か光るものが落ちてくる。それはキリさんの手のなかにゆっくりと収まった。落ちてきたのは文字や装飾類は何もない1枚の銀色のカードだった。
「リーファ、これ何だかわかるか?」
「ううん、こんなアイテム見たことないよ。 クリックしてみたら?」
試しにキリさんがカードをクリックしてみたが、メニューウインドウは表示されなかった。すると、ユイちゃんがカードの縁に触れてみる。
「これ……これは、システム管理用のアクセス・コードです!!」
「じゃあ、これがあればGM権限が行使できるのか?」
「いいえ。ゲーム内からシステムにアクセスするには、対応するコンソールが必要です。わたしでもシステムメニューは呼び出せないんです……」
「そうか……」
「で、でも……システム管理用のものが落ちてくるなんて普通ありえませんよね。ってことはもしかして……」
「はい。ママがわたし達に気付いて落としたんだと思います」
キリさんはそっと握り締め、目を瞑る。そして、リーファに尋ねる。
「リーファ、教えてくれ。世界樹の中に通じてるっていうゲートはどこにあるんだ?」
「樹の根元にあるドームの中だけど……。で、でも無理だよ。あそこはガーディアンに守られてて、今までどんな大軍団でも突破できなかったんだよ」
「それでも、行かなきゃいけないんだ」
キリさんはカードを胸ポケットにしまい込み、リーファと向き合った。
「今まで本当にありがとう、リーファ。君はここまででいいよ。あとは自分でなんとかする」
そう言い残すとキリさんはユイちゃんと共に世界樹の最下部を目指して飛んで行く。俺も後を追って行こうとする。しかし、その前にリーファの手を取った。
「前にも言ったけど、これはキリさんにとって大事なことなんだ。俺や君がなんと言おうと止めることはできないよ。それに、俺もキリさんを世界樹の上にどうしても行かせてあげたいんだ。だから俺も行くよ。俺、ここまでリーファと冒険できて本当に楽しかったよ。君と出会えてよかったと思う」
間違いなく俺はリーファに惹かれている。この想いはスグのことを諦めるために、彼女と雰囲気が似ているリーファのことを好きになろうとしているだけのかもしれない。だが、それでも構わないと思っている俺がいた。
アスナさんを救い出して全て終わったらリーファに会いに来よう。そして、俺の気持ちをリーファに伝えるんだ。
「全て終わったら絶対にまた君に会いに来るよ。じゃあ……」
そう言い残し、キリさんを追うように世界樹の最下部を目指して飛んで行く。
世界樹の根元にたどり着くとそこには、プレイヤーの十倍はあろうかという高さを誇る妖精の騎士の像が2体並んでいた。その二体の像の間には、華麗な装飾を施した巨大な石造りの2枚扉があった。そして、キリさんがいた。
俺はキリさんの後ろのところに下りたって彼に声をかけた。
「キリさん、待って下さいよ。ここまで来て自分1人で行くつもりですか?」
「リュウ…」
「言ったじゃないですか?プレイヤーは助け合いだって」
「そうだったな」
扉に近づくと扉の脇にある巨大な像からの声がする。
『未だ天の高みを知らぬ者よ。王の城へと到らんと欲するか』
同時に俺たちの目の前に【グランドクエスト《世界樹の守護者》に挑戦しますか?】というメニューウインドウが表示された。俺たちは迷うことなく、イエスと書かれているボタンに手を触れる。
『さればそなたが双翼の天翔に足ることを示すがよい』
すると、交差していた剣がゆっくりと上がり、巨大な石造りの2枚扉は地響きを上げて左右に開いていく。この光景はアインクラッドのフロアボス攻略戦を思い出させるものだった。だけど、この世界で死んでも現実でも死ぬことはないから大丈夫だ。
ついに巨大な石造りの2枚扉は完全に開ききった。
「行くぞ、ユイ。しっかり頭を引っ込めてろよ」
「パパ、リュウさん……がんばって」
キリさんはユイちゃんを胸ポケットにしまう。そして、俺たちは武器を手に持つとゲートの中へと歩み出す。
ゲートの中はアインクラッド第75層フロアボスの部屋のように、とてつもなく広いドーム状の空間だった。だが、天井はそれよりも遥かに高い。樹の内部になっているため、床や壁は太いツルや根が絡み合って出来上がっている。壁には窓のようなものがいくつもある。そして、天井には十字の入った巨大な円形の石造りの扉がある。あれが世界樹の頂上への入口だろう。
俺たちは翅を広げ、両足に力を込めて天井にある扉に目がけて飛び上がった。
飛び上がって一秒も立たないうちに、いくつかの窓が光りだし、そこから4枚の白い翅を生やして白い鎧に身を纏った騎士が出てきた。あれがガーディアンに違いない。大部隊をも全滅させるほどの奴だ。どれほど強いんだ。
2体のガーディアンが迫って来る。
「そこをどけええええっ!!」
キリさんは絶叫しつつ大剣を振るって一撃でガーディアンを倒す。もう1体の方も俺の攻撃を一撃喰らっただけで倒すことができた。
何だ、このガーディアンたちは。あまり手ごたえがない。これならイケると思い、更に上昇を続ける。だが、上空を見た瞬間、俺たちは絶句した。
そこには数十……いや数百といったガーディアンたちが出現していた。
「嘘だろ……あんなにもガーディアンが……」
「それがどうしたっ!上等だぁぁぁぁっ!!」
それでもキリさんは叫び、上昇を続ける。俺もキリさんの後を追うように上昇する。だが、無数のガーディアンたちが俺たちに襲い掛かる。
俺たちはガーディアンを次々と倒していくが一向に数は減らない。それどころか、数はますます増えていく一方だ。ガーディアンたちと死闘を繰り広げている内に俺とキリさんは分断され、1人で何十体ものガーディアンと戦うことを強いられる。
ドームの2か所で白いエンドフレイムがいくつも上がる。
俺たち2人で何体もガーディアンを倒していくが、敵の数が多いこともあってそれなりにダメージも受けていく。この戦いはいつになったら終わるのだろうか。終わりが見えない戦いにくじけそうにもなった。その時
『俺はオレンジプレイヤーになっても、アンタを殺してでも蘇生アイテムを手に入れる!そのためにここにいるっ!!』
『俺は……俺は現実でもこの世界でも大切な人を失った。手を伸ばしても届かなかった俺の腕……。だから俺は欲しかった!何処までも届く俺の腕、力!!』
幻の夢を追い求めて光が一切ない闇の中を彷徨って戦い、許されないことをしたときの出来事が脳裏によぎる。
さらにキリさんが叫び声を上げながら戦う光景が目に止まった。数体のガーディアンが同時に襲い掛かって攻撃を受けてもガーディアンたちを倒していく。
この光景を見て俺はこの世界にやって来た目的を思い出す。
――そうだ、キリさんのためにアスナさんを助けだし、あの世界の戦いを完全に終わらせる。これが俺にできるキリさんへの償いなんだ。
俺は再び剣を振り、ガーディアンを斬り裂き、貫いていく。
ふと見上げると、なんとかガーディアンを振り切ってゲートに向かって上昇していくキリさんの姿があった。あともう少しだと思った時だった。
1本の光の矢がキリさんの左手を貫く。
彼の周りには先ほどとは違って弓矢を構えていたガーディアンが何十体もいた。そして、弓矢を構えていた何十体のガーディアンから一斉に矢が放たれてキリさんの体を貫いていく。
それでも上昇を続けるキリさん。だが、追い打ちをかけるようにガーディアンの剣が何本もキリさんに突き刺さる。
「キリさぁぁぁぁんっ!!」
すぐにキリさんの元へ上昇し、右手を伸ばすが、キリさんは黒いリメインライトへと姿を変える。
俺はこの光景を見て凍り付いてしまったかのように動けなかった。
そして、脳裏にいくつかの記憶が鮮明にフラッシュバックする。
その瞬間、俺の中で縛られていた鎖が破壊されたような気がし、赤い目の巨人と同様にガーディアンたちへの怒りと殺意が沸き上がってきた。
剣を強く握りしめ、猛スピードでキリさんのリメインライトの元へと飛行する。その間にも複数のガーディアンが迫ってくる。剣を逆手持ちにし、左後ろから接近してきたガーディアンの顔面を貫き、一足遅れて迫ってきた5体のガーディアンを逆手持ちのままで斬撃を与える。
「うおおおおおっ!!」
順手に持ち直し、迫ってくるガーディアンたちを次々と倒していく。SAOで赤い目の巨人をはじめ、何十体もの巨人型モンスターたちを倒していったときの感覚を思い出す。
――コイツらは倒すんじゃない。殺す!!
ガーディアンたちへの憎悪と殺意を糧に剣を振る。ガーディアンたちは次々と白い炎へと姿を変え、奴らが持っていた剣や弓矢の残骸が下に落ちて行き、ポリゴン片となって消滅する。だけど、ガーディアンは次々と出現し、俺に迫ってくる。
「邪魔をするなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドーム中に響き渡るぐらいの音量で叫び、ガーディアンたちを睨む。そして、持っていた剣の刃部分にがかった金色の光が纏う。
――《ガッシュクロス》!!
金色の光が纏った刃でX字に切り裂く2連撃が目の前にいたガーディアン数体を斬り裂く。
数体のガーディアンが消滅した直後、7体ものガーディアンが遅れて一斉に接近して来る。反動で硬直状態となっている俺に剣が振り下ろされる。
「ぐっ!!」
硬直状態が解け、今度は白い光りが刃に纏う。
――《ソニック・ブレイカー》!!
神速で振るわれた6連撃の技が炸裂。接近してきたガーディアンは全部斬り裂かれて白い炎へと姿を変えた。
そして、すぐにキリさんのリメインライトを回収し、今度は一直線に出口を目指した。
だが、上空にいた弓を持つガーディアンたちが俺に目がけて弓矢を放ってきた。右に左に進路を揺らし、敵の狙いを外そうとするが、降り注ぐ矢は雨のような密度でとても避けきれない。何発も身体に命中する。
「っ……!!」
仮想世界特有の不快な感覚が伝わるも飛行速度を落とさなかった。だが、目の前には10体以上の剣を持ったガーディアンが行く手を阻んでいる。
突如、ガーディアンたちは出口の方から飛んできた緑色に光る旋風に巻き込まれて次々と消滅していく。
すぐに出口の方に目を向けるとこちらに凄まじいスピードで飛んでくるリーファの姿があった。
「リーファっ!?」
「リュウ君、キリト君はっ!?」
「ガーディアンたちにやられた!だけど、リメインライトは回収したから安心しろ!ガーディアンは俺が足止めするからリーファはキリさんを頼む!」
「うん!」
キリさんのリメインライトをリーファに渡し、今も接近してくる2体のガーディアンを迎え撃つ。
1体目の首を切り落とした直後、もう1体が俺に剣を振り下ろそうとする。
咄嗟に剣でガーディアンの剣を受け止める。直後、巨大な火花が散り、受け止めたところからピシッと何か変な音が聞こえた気がした。だが、今はそんなことを気にしている暇はない。すぐに剣を弾き飛ばし、ガーディアンを真っ二つにする。
俺もすぐに脱出しようと出口を目指すが、再び弓を持ったガーディアンたちが一斉に矢を放ってきた。何本も身体中に命中し、バランスを崩して地面に落下する。それでも俺は最後の力を振り絞ってドームから飛び出た。
ドームから出た時にはすでにHPはレッドゾーンへと突入しており、あともう少しで0になるところだった。
「リュウ君、大丈夫!?」
俺の元にリーファがやって来る。
「リーファ……。HPはほとんど残ってないけど、なんとか無事だよ……。俺よりもキリさんは大丈夫なのか……?」
「リメインライトはまだ消えてないから蘇生することはできるよ」
リーファはメニューウインドウを操作し、ピンク色の液体が入った小瓶をオブジェクト化させる。中に入っていたピンク色の液体をキリさんのリメインライトにかける。すると、黒い煙が立ち昇りキリさんが姿を現した。リーファが今使ったのはプレイヤーを蘇生させるアイテムみたいだ。
キリさんが復活して安心したところ、先ほどの戦闘による疲労がドッときて意識を失った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
復活したキリトが真っ先に目に止まったのは、ゲートの端にある巨大な像に背中を預けて気を失っているリュウの姿だった。そして、リーファは気を失っているリュウに回復魔法を使ってHPを回復させていた。
「リュウ……」
「HPは回復したけど、攻撃を受け過ぎたせいなのか気を失ってしまったの……」
「俺のせいでリュウがこんなに傷ついてしまったのか……」
気を失っているリュウを見てキリトは言葉を失った。
自分のせいでリュウが再びナーヴギアを使って仮想世界に行くことになり、ここまで傷つけてしまった。リュウはキリトと一緒にALOに行くのは自分の意思だと言っていたとはいえ、キリトはリュウを巻き込んでしまったことを後悔する。
「リュウ、俺のわがままのせいでこんなことに巻き込んでしまってゴメンな……。だけど、ここまで俺に付いて来てくれてありがとな。あとは俺1人でなんとかする。リーファ、リュウのことは任せたぞ」
キリトは気を失っているリュウをリーファに任せ、再び巨大な石造りの2枚扉へと足を踏み出す。
「き、キリト君待って!1人じゃ無理だよ!!」
「そうかもしれない。でも、無理でも行かなきゃ……。あそこに行かないと、何も終わらないし、何も始まらないんだ。会わなきゃいけないんだ。もう一度……アスナに……」
その瞬間、リーファは目を大きく開き驚きを隠せないでいた。
「今……今、何て……言ったの……?」
「ああ……アスナ、俺の捜してる人の名前だよ」
「でも……だって、その人は……。もしかして……お兄ちゃんとリュウ君なの……?」
それを聞いたキリトも顔色を変えてリーファを見る。
自分のことを『お兄ちゃん』と呼ぶのはこの世で1人しかない。そして、目の前にいるシルフの少女……リーファは何故か女の子というよりは直葉のように妹にしか見えないでいたことを思い出す。記憶の中の2人の姿が完全に一致した。
「お兄ちゃんって……まさか、スグ……直葉なのか……?」
キリトはほとんど音にならない声で、その名を呼んだ。
「ねえ、どういうことなのっ!?アスナさんってまだ目覚めないで病院で寝たきりなんでしょ!なのにどうしてアスナさんがここにいるのっ!?話してよ、お兄ちゃんっ!!」
「そ、それは……」
リーファの気迫に圧倒され、キリトは困惑して何も言うことができないでいた。
「お兄ちゃん、あたし知っているんだよ。お兄ちゃんとあたしが本当は血が繋がっていないってことを……」
「知っていたのか……?」
「うん。2年前……お兄ちゃんがSAOに捕われてからお母さんから聞いて……。でも、あたしは血が繋がっていないことなんて気にしてないから、お兄ちゃんには変わりないよっ!だから、妹のあたしのことも頼ってよっ!!」
リーファ/直葉は僅かに涙を溜めながらキリトに面と向かってそう叫んだ。
「スグ……」
キリト……和人が今の家族は本当の家族ではないと知ったのは10歳の時だった。そして、この頃から家族との距離がわからなくなり、誰もがお互いのことを知らないネットゲームの世界へと踏み入れた。だが、2年間SAOで過ごしている内にアスナやリュウたちと出会い、現実世界も仮想世界も全く変わりないことに気が付いた。
現実世界に帰還してから、和人はこの数年間にできた直葉との距離を取り戻そうとした。直葉は未だに本当の兄妹でないことに気が付いていないと思っていたが、実は知っていて血の繋がりがなくても昔みたいに仲のいい兄妹に戻ろうと頑張っていた。
――俺は常にアスナのことで頭がいっぱいで直葉のことをちゃんと見ていなかったんだ……。
このことに気が付いたキリト/和人は後悔する。だから今は直葉のために自分ができることをしようと決意した。そして、リーファ/直葉の頭に手を乗せた。
「ごめんな、スグ。せっかく帰ってきたのに……俺、お前を見てなかった。自分のことばかり必死になって……お前の気持ちに気づいてやれなかった……」
「お兄ちゃん……」
「だけど、俺……本当の意味では、まだあの世界から帰ってきてないんだ。まだ終わってないんだよ。アスナが目を醒まさないと、俺の現実は始まらない……。だから、全て終わるまで俺が帰ってくるのを待っててくれないか?」
「うん……。あたしもお兄ちゃんが現実に戻ってくるために手伝うよ。説明して、アスナさんのことを……。どうして、お兄ちゃんとリュウ君はこの世界に来たのか……」
キリトはリーファ/直葉に全て説明した。
3日前にアスナの婚約者だという須郷伸之と出会い、須郷はアスナの昏睡状態を利用してアスナの父親がCEOを務めているレクトを乗っ取ろうとしていることを。さらに須郷はALOを運営するレクト・プログレスに務め、そこでアーガス解散後のSAOサーバーの維持管理をしていることを。そして、アスナらしい人物が世界樹の上で目撃されたことを聞き、リュウと共にALOにやって来たということを。
「まさか、アスナさんが……。しかも……ここにいるかもしれないって……。そんなこと許されるわけ……」
全て話し終えた時には、リーファは怒りと動揺を隠せないでいた。リーファ/直葉にとってALOはゲームを楽しんでいたところである。自分の兄の最愛の人がこの世界に囚われていることを知り、今すぐにでもレクト・プログレス……須郷伸之に怒りをぶつけたかったが、とりあえず今は堪えることにした。
そして、笑みを浮かべてキリトを見る。
「わかったよ、お兄ちゃん。あたしにできることなら何でも協力するよ。流石に大船とまでは言えないけど、小船に乗ったつもりでいて」
「せめて大船って言ってくれよ。小船って言われるとなんか心配になってきたなぁ」
「そう言ってくれるだけでもありがたいって思ってよ」
「わかったよ……」
すると、すぐ近くで物音がする。
キリトとリーファがその方に顔を向けると意識を取り戻したリュウが立っていた。
「リュウ」
「リュウ君、よかった。目が覚めたんだね」
2人はリュウが目を覚ましたことに安堵する。
「スグ……直葉って、まさか……」
「うん。あたしの本当の名前は桐ヶ谷直葉だよ、リュウ君」
微笑んで自分の本当の名前を名乗るリーファ。だがその直後、リュウは目を大きく見開き、驚いた表情をする。そして、よろめくように数歩下がった。
リーファとキリトもリュウの異変に気が付く。
「リュウ君、どうかしたの?」
「来るなっ!」
「っ!?」
心配そうにリュウに歩み寄ろうとするリーファだったが、リュウはリーファを拒絶するかのように距離を取る。リーファも今までリュウが自分に叫んだことがないこともあってビクッとする。
「リュウ君……?」
「嘘だろ……。あんまりだ、こんなの……」
リュウはうわ言のように呟き、メニューウインドウを開く。今すぐにでもこの場所から離れようとログアウトボタンに触れようとする。だが……。
「っ!?」
突如リュウの身体に青紫色の電撃が走る。
「ぐわああああああああ!!」
ALOでは攻撃を受けた時は少し不快な感覚がする程度のはずだが、リュウは苦痛を感じているのか絶叫を上げる。
――何だ、これは……。
あまりの苦しみにリュウは意識を失って倒れ込んでしまう。
「おい、リュウ!」
「リュウ君!リュウ君!」
キリトとリーファが呼びかけ、体を揺さぶるが一切反応はない。うつ伏せになって倒れていたリュウを仰向けにしてみるとリュウの眼は閉じておらず、開いていた。ただ眼からハイライトは失っており、ピクリも動かない。その姿はまるで人形のようだった。
「お兄ちゃん、リュウ君どうしちゃったのっ!?」
「俺にも何が何だか……。ユイいるかっ!!」
キリトの呼びかけにピクシー姿のユイが姿を現す。
「パパ、どうかしましたかっ!?」
「今すぐリュウの体に何が起こっているか調べてくれ!」
「わかりました!」
ユイは動かなくなったリュウのおでこ辺りに小さな手を触れて確認してみる。数秒後、何かわかったようで声をあげる。
「リュウさんはログアウトした様子がありません。何かバグかエラーが起きて、こうなっているみたいです。ただ、原因が何なのかは……」
「バグかエラー?」
――SAOのデータが引き継がれたことかナーヴギアを使ったことで起きた原因で起こったからなのか?それともリュウが使ったソードスキルみたいな技が何か関係あるのか?一体どうなっているんだ?
「お兄ちゃん、リュウ君大丈夫なのっ!?」
倒れているリュウを心配してリーファは狼狽える。キリトはそんなリーファを一旦落ち着かせようとする。
「スグ落ち着け。リュウは絶対に大丈夫だ。とりあえず今は近くの宿屋にリュウを運ぶぞ」
「うん。リュウ君しっかりして」
キリトとリーファは両肩から肩を貸してリュウを立たせ、宿屋へと運ぶ。
その時、キリト達は気が付いていなかった。一瞬だけリュウの青い瞳が赤く光ったことを。
この作品の直葉/リーファはリュウ君のことが好きなので、原作のように報われない展開になりませんでした。むしろリュウ君の存在でキリトとあまり大きなトラブルにならずに済み、そして報われる恋に。
これで解決かと思ったら直葉/リーファの代わりにリュウ君が…。前回、春奈るなさんの「Overfly」がフェアリィ・ダンス編のリュウ君に合うと読者の方から頂き、今回の話を書いてまさにそうだなと思いました。何でまたリメイク版のリュウ君は報われない想いやダークヒーローの曲が合うのか…。思いきり私のせいですね…(汗)。
最後は本格的にリュウ君がヤバいことに……。果たしてリュウ君に救済はあるのか。
次回もよろしくお願いします。
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第17話 リュウガ(龍哉)とリーファ(直葉)
リュウ君とは小学生の時に通っていた道場で出会った。最初はお互いに同じ道場の仲間としか思っていなかったが、
しかし、3日前に出会ったインプの少年に対しても惹かれ、初恋相手の彼へと同じ想いを抱くようになるのだった。彼と容姿と名前が似ているだけだというのに、どうして5年もずっと想いを寄せ続けている彼と同じ想いを抱くようになったのか……。もしかすると、知らない内にあたし……直葉からリュウ君……龍哉への想いは消えてしまったのではないかと思ったこともある。
そんな中、お兄ちゃんから今日はリュウ君とアスナさんのお見舞いに行くと聞き、あたしも行きたいと同行した。アスナさんには一度会ってみたかったし、どうしても直葉から龍哉への想いはまだ残っているのか確かめたかったからだ。
そして病院に行き、3年ぶりに彼と再会した。
3年ぶりに会う彼と2人きりになって話をしている内に、胸の鼓動が速くなっていくのが感じ、もう少し彼と一緒にいたいという気持ちでいっぱいになってきた。つまり、直葉から龍哉への想いはまだ残っているのだ。それがわかったのはよかったけど、どうしてリーファとしてインプの少年……リュウガに惹かれているのかと新たな謎も生まれた。家に帰るまでずっと考え続けたが、結局わからないままとなってしまった。だが、リュウガの正体が龍哉だと知り、その理由を知ることができた。
――あたしは、どっちのリュウ君も好きなんだ……。
このことを知って嬉しいはずなのに、今はどうしてもそういう気持ちになれなかった。
あたしの正体を教えた時のリュウ君は何か信じられない事実を知り、あたしを拒絶しているかのような感じだった。もしかするとリュウ君に何か嫌われることでもしてしまったのではないのか。
今すぐにも確かめたかったが、リュウ君は意識を失って目の前にあるベッドの上に眠りについている。
ALOでは武器や魔法などでダメージを受けても痛みは感じることはなく、不快な感覚が軽く感じる程度だ。でも、リュウ君のあの苦しみは本当に苦痛を感じているようなものだった。それに一瞬だけリュウ君の身体に青紫色の電撃が走ったのが見えたがした。一年もALOをプレイしてきたが、こんなことは一度も見たことがないし、聞いたこともない。
一体リュウ君の身に何が起こったのか。あたしはもちろん、お兄ちゃんにもユイちゃんにもわからなかった。
「リュウ君、大丈夫かな……」
目を覚まさないリュウ君を見て、不安になってきて自然とそんなことを呟いてしまう。すると、お兄ちゃんがあたしの右肩に左手をポンと置く。
「リュウはALOだけじゃなくてSAOでも数多くの困難を乗り越えて来たんだ。絶対に大丈夫だから安心しろ」
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんとリュウ君には絶対的な信頼関係がある。スイルベーンからここまで冒険をしてきた中で2人を見てきたからそう思うことができた。お兄ちゃんがそう言っているんだからリュウ君は大丈夫。今はそう信じてリュウ君が意識を取り戻すのを待とう。
「ねえ、お兄ちゃんはリュウ君のことで何か知っているの?」
「まあな。SAOにいた時に一度だけリュウが話してくれたんだ……」
「ねえ、あたしに詳しく教えてくれる?」
そう聞くとお兄ちゃんは話すのを躊躇うかのような反応をする。だが、数分間悩みに悩んで話そうと決意した表情を見せる。
「ここじゃあれだから隣の部屋で話すよ」
お兄ちゃんに連れられてあたしは隣の部屋へと移動する。隣の部屋に着くとお兄ちゃんは話を始める。だが、その内容は胸を痛めるほどあまりにも衝撃的なもので驚きを隠せないものだった。お兄ちゃんも話し終えた時には辛そうな表情をしていたほどだ。
すると、隣の部屋の中から何か物音がする。リュウ君が意識を取り戻して起きたのかと思い、ドアを開けて部屋に入ったが……。
「リュウ君……?」
ベッドの上で寝ていたはずのリュウ君の姿がなくなっており、部屋の窓が開いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
隙を見て宿屋の窓から抜け出し、やって来たのはアルンの北側のテラスだった。
あのままログアウトしてもよかったが、仮にしてもあの2人だったら絶対に現実世界で連絡したり、直接家に来るだろうと思ったからだ。今はどうしてもあの2人……特にリーファ/スグと会う気になれない。スグを傷付けてしまうかもしれない、スグに嫌われるかもしれないと恐怖を抱いているからだ。
俺は5年前からずっとスグのことが好きだった。
だが、カズさんとスグが兄妹だと知ってから、俺にはスグに想いを寄せる資格なんてないことを思い知らせた。俺は大切な人たちに手を差し伸べて守ることもできず、彼らを失った。そして、自分の目的のためにある人……カズさん/キリさんをも殺そうとしたことがある。
今日3年ぶりにスグと会ったが、このことを知らない彼女は昔と変わらず俺に接してくれた。でも、スグへの想いを捨てようと決心したのに関わらず、未だにこの想いを捨てることができずにいたことを思い知った。
そんな中、アスナさんを助けるためにやって来た妖精の世界。
俺はここで出会ったスグと雰囲気が似ているリーファに惹かれていった。スグに対する想いも、深く埋める痛みも、リーファの隣でならいつかは忘れられそうだとそんな気がしていた。だけど、それはリーファの正体がスグだという思いもよらない残酷な結末が全て壊した。
このどうしようもない気持ちをどうすればいいのかわからない。
「リュウ君!」
この場に立ち尽くしていると後ろの方から聞き覚えのある声が俺の名を呼んだ。この世界で出会ってここまでずっと俺たちと共に冒険してきたリーファだった。
「スグ。どうしてここが……」
「えっと……勘かな……。あと、ここではスグじゃなくてリーファって呼んで。あたしはここでもリアルでもリュウ君って呼ぶけどね。まあ、龍哉とリュウガは一文字違いであまり変わりないからね。今思えばお兄ちゃんだってどっちの世界でもリュウ君のことを『リュウ』って呼んでいるし」
いつものように明るく俺に接してくるリーファ。だけど、俺はこれ以上リーファ/スグのそばに居るのが辛くなってこの場を離れようとする。
「リュウ君待って!」
リーファは俺のフード付きマントを掴んで呼び止めた。
「リーファ、俺にはもう二度と関わらないでくれ……」
「関わらないでくれって……どうしてなの?あたし、リュウ君に何か嫌われることしたなら謝るよ」
「違う、スグは何もしてないよ」
顔だけリーファの方に向け、話し始める。
「スグはリーファとしても昔と変わらず俺と接してくれた。だからスグを嫌いになることなんて1つもないよ……。今の俺はもうスグが知っている昔の俺じゃないし、君に関わる資格なんてない。それだけなんだ。だから、俺にはもう関わらないでくれ……」
「そんなの全然理由にならないよ。ちゃんと話して」
「頼むから関わらないでくれっ!!」
中々マントから手を離さないでいたリーファの手を振り払い、怒鳴った。これにはリーファもビクッとして黙って俺を見ていた。
「
心の奥にあった感情が一気に膨れ上がって、リーファにぶつけるように叫んだ。
「リュウ君、あのね……」
「だから俺に関わらないでくれって言ってるだろっ!!」
その瞬間、俺の左側の頬に強い衝撃が伝わるのと共にパチンッという音が響いた。初めは何が起こったのかわからなかったが、すぐにリーファが俺の頬を引っ叩いたものだとわかった。
これには俺も驚きを隠せず、リーファは眼尻に涙が浮かべていた。
「いい加減にしてよ、リュウ君。リュウ君はおかしいよ。そんなことであたしがリュウ君を拒絶することも嫌いになることもあるわけないじゃんっ!」
リーファは抑えきれなくなった涙を流しながら話を続ける。
「あたし、全部知っているの。リュウ君のお兄さんのことも、ファーランさんとミラちゃんのことも、リュウ君がお兄ちゃんを傷付けようとしたことも……。お兄ちゃんから全部聞いたの」
「えっ……?」
「リュウ君はいっぱい傷ついて苦しんでいるでしょ。だから、あたしはそんなリュウ君を放ってはおけないよ」
「でも、俺は……」
「リュウ君、覚えている?リュウ君があたしを上級生たちのいじめから助けてくれた時のことを」
リーファがそう聞いてきて俺は小さく頷いて答えた。
それは今でもはっきりと覚えている。
スグは道場で上級生の男子にも勝てるほど強かったが、それをよく思っていなかった上級生たちにいじめられていた。俺は偶然その現場を目撃し、割って入ってスグを助けようとした。それでもスグのことを悪く言って彼女を泣かせた上級生たちに頭にきて、ソイツらと取っ組み合いのケンカとなってしまった。お互い怪我をしたこともあって保護者まで呼ばれるほどの騒ぎになったが、最終的に相手側が自分に否があったことを認めて事態は解決した。
この出来事を通してスグと仲良くなったんだったな。
「あの時のリュウ君はあたしにとってヒーローみたいな存在だったよ。今だってそう。リュウ君はサラマンダーからあたしを助けてくれたし、インプでありながら異種族のシルフとケットシーのために戦ってくれた。それにキリト君……お兄ちゃんとアスナさんのために戦っている。あの頃からずっと誰かのために手を差し伸べている。今でもリュウ君はあたしの知っている昔のリュウ君のままだよ」
そして、リーファは両腕で俺を抱き締めてくれ、耳もとで囁きかける。
「あたし、リュウ君の気持ちが分かるなんて言えない。でも、リュウ君に手を伸ばすことは出来る。リュウ君が辛いときはあたしがリュウ君の手を掴むよ。だから安心して」
「リーファ……」
俺は呟いてリーファを両手で抱き締め、同時に目からは涙があふれ出てきた。そんな俺をリーファが子供をあやすように優しく頭を撫でてくれる。
ずいぶん長い間そのままの格好でいたが、リーファは何も言わずに俺を抱き締めて頭を撫で続けてくれた。涙はいつの間にか止まっている。
「ありがとう、リーファ……」
「あたしは別に大したことはしてないよ。でも、リュウ君が元気になってよかった……」
微笑んでくるリーファに思わずドキッとする。
――これは反則だろ。だからリーファ/スグへの想いを諦めきれないじゃないか……。
それに今更だけと俺たちって今抱き合っているよな……。このことを自覚すると更に鼓動が速くなくなり、頬が熱くなるのが伝わる。
「ねえ、ビンタしたところ、大丈夫?痛くない?」
「ゲームの中だから痛みなんてないから大丈夫だよ」
「で、でも……ビンタしたところ赤くなっているよ……」
心配そうにしてリーファは俺の左側の頬に手を当ててくる。
「ほ、本当に大丈夫だからっ!」
――逆にリーファが頬に触れてくると余計に赤くなるんだけど!
心の中で葛藤し、何とか気持ちを落ち着かせる。
「でも、リーファ……スグに嫌われなくて安心したよ……」
「そんなことあるわけないよ。あたし……むしろリュウ君のこと……」
「ああああああああ――――っ!!」
リーファが頬を少し赤く染めて何か小声で言いかけていたところ、聞き覚えがある少年の声が響き渡る。
「うわっ!?何だっ!?」
驚いた拍子にリーファと離れてしまう。せっかくリーファと抱き合っていたのに。いったい誰なんだ……。すると、俺とリーファの目の前に黄緑色のおかっぱヘアーのシルフの少年……レコンが現れる。
「「れ、レコンっ!?」」
突然現れたレコンに俺とリーファ……特にリーファは驚く。
「リーファちゃん、どうしてこのインプと抱き合っていたのっ!?」
「えっと……」
リーファは頬を赤く染めて中々答えられずにいたため、代わりに俺が答えることにした。
「あの~レコン。これにはちょっと深い事情が……」
「黙れぇえええええっ!!!」
言い終える前に、レコンは自分のことを神とか言っている何処かのゲーム会社の2代目社長のように逆切れする。このときのレコンがあまりにも強烈過ぎてビクッとしてしまう。
さらにレコンは敵意を剥き出して睨み、俺にぐいぐい近寄ってくる。しかも右手にはダガーが握られている。
「リーファちゃんに手を出しておいたからにはここで斬られてもらうよっ!」
「ちょ、ちょっと待って!どうしてそんな理不尽なことに合わなきゃいけないんだっ!?話し合えばわかるって!!」
「問答無用っ!!」
レコンは全く俺の話に聞く耳を持たず、今すぐにも俺にダガーを振り下ろそうとする。
「やめなさいレコンっ!!」
「グホッ!!」
リーファの腕が炎に包まれるほど強烈なパンチがレコンの下腹にクリティカルヒット。何故かゲームのように殴った部分に『HIT!』という文字までも表示される。レコンはそのまま1メートルほどふっ飛んで、ピクピクして地面に倒れる。そして、『ゲームオーバー』という音声まで聞こえる始末だ。
俺はビクビクしてこの光景を黙って見ていることしかできなかった。
一方でリーファはマジギレの状態で倒れるレコンの元に歩み寄る。
「ちょっと!何リュウ君に手出そうとしてんのよっ!!」
「うぐぐぐううぅぅ……。リーファちゃん、いきなり殴るなんて酷いっ!!」
「どっちがよっ!リュウ君にあんなことしたからに決まっているでしょ!!最低10回はPKしてやるわよっ!!」
「ええええええっ!?僕はただリーファちゃんに手を出そうとしているこのインプに制裁を与えようとしただけなのに!それに、この剣はリーファちゃんだけに捧げているんだよっ!!」
「はあ?あんたマジ寒いんだけどっ!」
「ぐはっ!」
リーファが言った『寒い』という単語がレコンにクリティカルヒット。その衝撃でレコンは空高くまでふっとんでしまう。
「うわ~!ハートブレーク!僕、落ちてる?飛んでる?」
そして、近くにあった噴水にザパーンッ!!と音を立てて落下し、水の上に浮かび上がった。
――あれ?前にも一度、今回みたいな光景を見たことがある気がするな……。
流石にこのままだと可愛そうだと思い、レコンを引き上げることにした。それから数分ほどして『ネーバーギーブアップ!!』という音声と共にレコンは意識を取り戻して復活した。だけど、先ほどのショックが大きかったせいか、先ほどの出来事は綺麗さっぱり忘れていた。俺としてはまたレコンが襲い掛かって来ないで済んでよかったけど……。
とりあえず、俺たちはレコンにどうしてここに来たのか聞いてみることにした。
「ねえ、レコン。アンタって地下水路でサラマンダーに捕まってたんじゃなかったの?」
「実はいいサラマンダーたちに助けられたんだ。最初はサラマンダー同士で仲間割れして戸惑ったけど、『助けるから世界樹まで案内しろ』って言ってきたね。途中でその人たちの仲間だって言うインプの人も加わって、ここまで来たんだよ」
「いいサラマンダー?」
どんな人なのかと聞こうとしたら、何処からか誰かがレコンを呼ぶ声がする。
「おーい!」
声がした方を見ると2人のサラマンダーと1人のインプがこっちにやって来るのが見えた。2人のサラマンダーはどちらも刀を腰の鞘に収めていたが、1人は悪趣味なバンダナを頭に巻いた男性で、もう1人はクールで大人びた感じの高校生くらいの男性と雰囲気は明らかに異なっていた。そして、インプのプレイヤーは高校生くらいの背が高めの男性で背中に槍を背負っていた。
なんか見覚えがある3人だ。
「おめえ、いきなり何処に行くんだよ」
「レコンはオレたちの案内人だから勝手にいなくなられると困るんだぜ」
「す、すいません……」
バンダナを巻いたサラマンダーと槍を背負ったインプに言い寄られ、レコンは謝る。
そして今やって来た3人と目が合う。オトヤとシリカの話を思い出し、ある人物たちが頭に思い浮かぶ。
「もしかして、あなた達ってクラインさんとカイトさんとザックさんですか?」
クールで大人びた方のサラマンダーは何か気が付き、俺の質問に答えてくれた。
「ああ。俺はカイトだ。そして、俺と同じサラマンダーはクライン、インプはザックで合っている。もしかしてリュウか?」
「はい!俺ですよ、カイトさん!」
「やっぱりお前だったのか」
「久しぶりだな、リュウ。お前もあまり変わりがないなぁ」
「それはザックさんたちもですよ」
「エギルの奴から聞いたぞ!おめーとキリトの2人はアスナさんを助けるためにここにやってきたじゃねえかよ!全く、オレたちにも一言言ってくれよ!水くせーだろ!」
「すいません……」
カイトさんたちと再会を喜んでいるとリーファが声をかけてきた。
「ねえリュウ君。この人たちってリュウ君の知り合いなの?」
「うん。この人たちはSAOで知り合った人たちなんだ」
「そうだったんだ。初めまして、リーファって言います」
すると、リーファに気が付いたクラインさんは彼女の元へと行く。
「初めまして。クライン24歳独身、彼女募集中……ぐほっ!!」
リーファに言い寄ろうとしたクラインさんの腹にパンチを一発叩き込む。そして、レコンの時と同様に『HIT!』という文字が表示される。
「イテテテ……。いきなり何するんだよリュウ!この娘に挨拶していたのによ!」
「だったら最後の彼女募集中は何なんですか?いくらクラインさんでも今回ばかりは怒りますよ」
リーファをナンパしようとしたクラインさんをチベットスナギツネのような表情をして睨む。カイトさんもクラインさんに呆れた表情をしてこう言い放った。
「全く、お前のその女好きはどうにかならないのか?そんなんだから彼女がいないんじゃないのか?」
「黙れぇえええええっ!!!」
カイトさんが言い放った言葉がトリガーとなり、クラインさんはレコンと同様に何処かのゲーム会社の2代目社長のように逆切れする。
「カイト!お前もオレと同じく非リア充同盟じゃねえかよっ!」
「知るか……」
カイトさんに突っかかるクラインさん。種族も使用武器も共通するところがいくつもあるのに、中身は全く違うなこの2人は。
この2人のことは置いといてザックさんからどうしてレコンと一緒にいたのか話を聞くことにした。
ザックさんの話をまとめるとこうなった。
ザックさんはインプ領からスタートし、カイトさんとクラインさんと合流するためにまずは中立の街まで行き、2人が来るのを待つことにした。
一方で、カイトさんとクラインさんはサラマンダー領からスタートしたが、通行証のようなものを渡されてシルフ領の地下水道に行くことにハメに。そこでレコンが捕まっているところに遭遇し、世界樹への案内を条件にレコンを救出。
そして中立の街でザックさんと合流して、レコンの案内の元ここまでやって来たのだという。
俺もこれまでの出来事やALOはSAOのコピーだということを簡潔に説明した。
「なるほどな。だからSAOのスキル熟練度や所持金を引き継いだのか。まあ、そのおかげで装備を整えることができたけどな。槍はリズが作ったやつがよかったが……」
「今は緊急事態ですからね。リズさんに頼めばまた作ってくれますよ」
「そうだな」
そうしている間にキリさんもやって来て、カイトさんたちとの再会を喜び、ここに来た理由を簡単に説明した。そして、グランドクエストに挑むため、世界樹の根元にある剣を持つ妖精の像が二体いるところまでやって来た。
「えーっと、ど……どうなってるの?」
「世界樹を攻略するのよ。アンタを合わせたここにいる7人で」
「そ、そう……って……ええ!?」
レコンは大きな声をあげて驚いく。まあ、驚くのも無理はないだろう。
「ユイ、いるか?」
キリさんの声にピクシーのユイちゃんが姿を現す。
「はい、パパ」
すると、カイトさんたち3人がユイちゃんに驚きを見せている中、レコンは物凄いスピードでユイちゃんの前に首を伸ばし、食いつかんばかりの勢いでまくし立てた。
「うわっ!?こ、これプライベートピクシーって奴!?初めて見たよ!!うおお、スゲェ、可愛いなあ!!」
「ひっ!?」
「こら!恐がってるでしょ!ちょっと黙っててもらえる?」
リーファは真顔でレコンにキレて、レコンは叱られた子供のようにしょんぼりして立ち尽くす。
「あーあ、怒られちゃった」
ザックさんが何処かの監察医のように一言。そして、俺たちはレコンを放っておいて、ユイちゃんからあのガーディアンのことを聞くことにした。
「ステータス的にはさほどの強さではありませんが、出現数が多すぎます。あれでは攻略不可能な難易度に設定されているとしか思えません」
「確かにガーディアンはあまり強くはなかったけど、数が問題ですよね。100体は軽く超えていたと……」
「それは異常だな。まるでゲームをクリアさせるつもりがないような」
「ああ。総体では絶対無敵の巨大ボスと一緒ってことみたいだ」
俺に続き、ザックさん、カイトさんの順にそうコメントする。
「でも、パパたちのスキル熟練度があれば瞬間的な突破は可能かもしれません」
確かにALOプレイヤーのリーファとレコンを除くとここにいるのは、全員がSAOで攻略組を務めていたプレイヤーたちだ。特にキリさんとカイトさんの2人がいれば、なんとかなるかもしれない。
キリさんは何か考えると、真剣な顔で俺たちに言った。
「皆、すまない。もう1度だけ俺のわがままに付き合ってくれないか?なんだか、時間がない気がするんだ……」
俺とカイトさん、ザックさん、クラインさん、リーファはもう答えは出ているという顔をして笑みを浮かべる。
「俺は最初からそのつもりでしたよ。そのためにここまでキリさんに付いて来たんですからね」
「俺がそんなことで引き下がると思うのか?絶対に突破するぞ」
「オレたちが力を合わせれば大丈夫だ」
「さっさと終わらせようぜ!」
「あたしに出来ることなら何でもする。それとコイツもね」
リーファがしょんぼりして立ち尽くしているレコンの肩を肘で突っつく。
「え、ええ~……。こうなったらもうヤケだ。コンティニューしてでも……クゥリィアァするっ!!」
復活したレコンはヤケになって何処かのゾンビのライダーみたいなポーズを取りながらそう言う。その内、本当に「新レコン」とか「レコン神」とか名乗ってきそうで不安になってきたな。
そして、リーファが手を前に出すと、その上にレコン、ザックさん、カイトさん、クラインさん、俺、キリさんの順で手を置く。最後にピクシーのユイちゃんがちょこんと乗る。
「ありがとう、みんな。前衛は俺とリュウ、カイト、ザック、クラインの5人で受け持つから、リーファとレコンは後方からヒールしてくれ」
俺たちはキリさんの言葉に頷いた。
「よし、行くぞ!!」
『おーっ!!』
扉に手をかけると再び攻略不可能と言われるグランドクエストが始まった。そして、大量のガーディアンが出現し、俺たちに襲い掛かってくる。
「ガーディアン。お前たちの運命は、俺たちが変える!」
リーファ/直葉の方はどっちのリュウ君も好きだということで原作みたいなことにならずに済みましたが、リュウ君の方は本格的にヤバいことになってしまいました。ですが、リュウ君を救ってくれたのはリーファ/直葉。そして、最終的にはまだ付き合っていないのにいい雰囲気に……。リメイク版でも早く2人をくっ付けてあげたいです。
実は初期の段階では、今回の話でリュウ君が「スグの代わりにリーファを好きになることもなかった」と原作の直葉みたいなことを言う案もありましたが、リーファ/直葉もリュウ君が好きなため、完全にギャグになってしまうと思い、ボツとなりました。
なんか後半は前半のシリアスな雰囲気を破壊してしまうほどエグゼイドネタが満載となってしまいました(笑)。やっぱりエグゼイドロスが影響しているんでしょう……。
レコンが完全に檀黎斗みたいに。以前レコンはグリドンよりもピクシスゾディアーツやブレンなど仮面ライダーの怪人のイメージが強いとコメントを頂きましたが、今回の話を書いてて私もそう思ってしまいました。ゲーム版では大丈夫なのか…。
そして、カイトとザックとクラインの3人が登場。クラインも相変わらずです。
色々ありましたが、再びグランドクエストに挑むことになったリュウ君たち。旧版と違ってカイトとザックもいるので、戦力が強化されています。なんかこのメンバーだったら大丈夫そうな気がしてきました。
次回もよろしくお願いします。
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第18話 突入と自爆と頼れる仲間
ドームの天蓋にあるゲートを目指して急上昇を開始すると、先ほどと同様にガーディアンが出現して俺たちに迫って来る。
俺とキリさん、カイトさん、ザックさん、クラインさんの5人はガーディアンたちを簡単に蹴散らし、次々と白い炎へと変えていく。カイトさん、ザックさん、クラインさんの3人も俺とキリさんと同様に戦闘をこなせて、随意飛行をマスターしている。流石、SAOでは最前線で戦っていた攻略組だということはあるな。
ゲートまで半分のところまで到達したところで、俺たちのHPは1割ほど減少する。すると、後衛に控えているリーファとレコンが回復魔法で体力を回復させてくれた。さっきは俺とキリさんの2人だけで正面突破しようとしたが、今回みたいに皆がいるおかげで戦いやすい。
だが、リーファとレコンが魔法を使った直後、何体かのガーディアンが2人に狙いを定めようとする。
「ヤバい!!」
俺は急いでUターンしてリーファたちがいる方へと飛翔し、ガーディアンたちを真っ二つにする。
「大丈夫か!?」
「うん。おかげさまで」
「でも、何で僕たちがターゲットにされるの!?」
「多分、アイツらには前衛と後衛関係なく攻撃対象になっているんだと思う。こっちに向かって来るガーディアンは俺が倒す。2人はこのままこのままヒールを続けてくれ!」
剣を構えてガーディアンを迎え撃とうとしたとき、レコンが俺の隣に飛んでくる。
「待って!」
「レコン?」
レコンはいつも俺を敵視していたレコンだったが、今回は真剣な様子だった。
「僕、よく分かんないんだけど、これって君たちにとって大事なことなんだよね?」
「ああ。これはキリさん……いや俺たちにとって大事なことなんだ。そのためにだったら、俺は倒れるまで戦い続けてやるつもりだ」
「そうなんだ……。僕はまだ君のことは認めたわけじゃない。だけど、ガーディアンは僕がなんとかしてみる」
レコンは言うと、補助コントローラーを握って上昇し始め、正面からガーディアンの軍団に突入していく。
「レ、レコン!?あのバカ!アイツなんかが歯が立つ相手じゃないのに!!」
「レコンの方は俺が何とかする!リーファはこのままキリさんたちの援護を頼む!」
「リュウ君!」
リーファの静止を無視してレコンを追いかけるように俺も上昇する。
補助コントローラーを使って飛んでいるってことは、レコンは空中戦闘が得意じゃないだろう。それなのに正面からガーディアンに立ち向かうなんて自殺行為だ。
「頭が高いぞ!ガーディアン共っ!神の才能に……ひれ伏せぇぇぇぇっ!!」
レコンはガーディアンに向かって何処かのゲーム会社の2代目社長のように悪役みたいなセリフを言い、何かの魔法スペルを詠唱。風属性の攻撃魔法だと思われる緑色のカッターで正面にいたガーディアンたちを斬り裂く。
これがトリガーとなって、近くにいたガーディアンたちはレコンもターゲットにする。そして、1体のガーディアンがレコンに攻撃しようとする。
「悪ノリが過ぎるぜ、レコン!」
そう言い放ち、レコンに接近するガーディアンを真っ二つにする。
「今のはヒヤヒヤしたぞ。でも、ナイスファイトだ。流石ALO古参プレイヤーってだけはあるな」
「よく言った!」
――コイツ、チョロいな……。
すぐに調子に乗るレコンには呆れつつもレコンと協力してガーディアンたちと戦う。俺は剣を振り、レコンは魔法でガーディアンを倒す。だが、空中戦闘が得意ではないレコンのHPはじわじわと削られていく。
「レコン、無茶するな!このままだと死ぬぞ!」
「リュウ君の言う通りだよ!もういいよ!外に逃げて!」
もう見てられなくなり、俺とリーファはそう叫ぶが、レコンは逃げようとしない。とうとう押し寄せるガーディアンたちによって俺とレコンは引き離されてしまう。レコンはガーディアンから逃れようと更に上昇する。
「レコン、待ってろ!今すぐ助けに行く!!」
「あたしかリュウ君が行くまでどうにか逃げ切って!!」
リーファと共に今すぐにレコンを助けに行こうとするが、目の前に30体ものガーディアンが立ちふさがって邪魔してくる。急いでガーディアンたちを倒す中、レコンは決意に満ちた笑みを浮かべ、俺とリーファの方をちらりと振り向いた。そして、再びガーディアンの軍団の方に顔を向ける。
「ガーディアン共っ!神の恵みを受け取れぇぇぇぇっ!!」
またしても何処かのゲーム会社の2代目社長のようなことを言い、魔法のスペルを詠唱し始める。だが、先ほどとは違って紫色のエフェクト光が包む。
「あれってまさか、闇属性魔法!?」
闇属性魔法は、普通はインプとかスプリガンが使うものだ。風属性魔法を得意とするシルフのレコンがそれを使ったことに驚いてしまう。
複雑な魔方陣が球体となって展開し、どんどん巨大化していく。そして、強烈な光と共に大きな爆音が響き渡った。それが収まるとガーディアン軍団で作られた壁に穴が開き、緑色のリメインライトが1つあった。
「自爆魔法っ!?」
「じ、自爆魔法って……?」
「自爆魔法は通常の数倍のデスペナルティがあるんだよ……」
「何だって……」
リーファが教えてくれた内容に、絶句してしまう。
普通に見たら、ゲーム内の経験値やアイテムを無駄にしただけかもしれない。だが、レコンが費やした努力と熱意だけは本物の犠牲だ。
すると、カイトさんの叫びが響き渡る。
「これはレコンがくれたチャンスだ!!アイツの死を無駄にするな!!」
カイトさんの言う通りだ。ここでレコンの死を悔いていたらレコンの死が無駄になってしまう。
俺たちはガーディアン軍団で作られた壁に開けられた穴を目指し、迫るガーディアンを倒しまくって飛翔する。だが、ガーディアンたちが集まって開けられたところを見る見る内に塞いでいく。
「くそっ!」
迫ってくる1体のガーディアンに剣を振り下ろしたときだった。
バキンッ!!
突如、俺の持っている剣が真っ二つに折れ、ポリゴン片となって消滅する。
「何っ!?」
剣が折れた瞬間、さっきの戦いでガーディアンの剣を受け止めた時に剣から何か変な音が聞こえたのを思い出す。あの時に剣にヒビが入って耐久値が大幅に減ってしまったのか。
更に上空を見ると、弓矢を持ったガーディアンたちに苦戦して沢山傷ついているキリさんたちの姿が目に入った。これはかなりヤバいと言ってもいい状況だ。
「リュウ君、危ない!!」
キリさんたちに気を取られ、1体のガーディアンが俺に襲い掛かって来る。
――くそ、ここまでか……。
覚悟を決めて目を閉じようとした直後、無数の緑色に光る針と水色の泡が飛んできてガーディアンを倒す。
――何だ?これはリーファがやった魔法か?いや違う、これは……。
すぐにそれらが飛んできた方を振り向くと、錫杖を背負った小柄で中性的な顔立ちをしているシルフの少年と水色の小さなドラゴンを連れたケットシーの少女がいた。
「リュウ、大丈夫っ!?」
「ピナ、リュウさんに回復プレスを使って!」
「きゅるっ!」
「オトヤ、シリカ、ピナっ!?」
俺の元にやって来たのはオトヤとピナを連れたシリカだった。これに驚いている中、2人と1匹は回復の魔法やプレスを使って俺のHPを回復させてくれる。
そして、出口の方を見ると緑の色に輝く高性能の鎧に身を固めたシルフのプレイヤーたちに、飛龍に乗ったケットシーのプレイヤーたちもこちらにやって来る。
「あれって、シルフの精鋭部隊とケットシーのドラグーン隊っ!?どうしてっ!?」
驚きを隠せないでいるリーファの元にシルフ領主のサクヤさんと飛龍に乗ったケットシー領主のアリシャさんがやって来る。
「すまない。遅くなった」
「ごめんネー、装備を揃えるのに時間がかかっちゃってサー」
「サクヤ、アリシャさん!」
リーファも彼女たちが来てくれたことに眼尻に涙を浮かべながらも嬉しそうにする。
「オトヤとシリカだけじゃなくて、どうしてサクヤさんとアリシャさんまで……」
「君とスプリガンの彼には大きな借りがあるからな」
「攻略の準備も君たちがくれた大金があったからこそできたんだヨ。まあ、ウチもシルフも全財産使っちゃったから、ここで全滅したら両種族とも破産だけどネ」
「それにリュウ、いつも言っていたじゃん。『プレイヤーは助け合い』だって。だから来るのは当たり前だよ」
「オトヤ……」
笑みを浮かべて面と向き合って言うオトヤ。俺は思わず、涙を流しそうになるがグッと堪える。
「さてと我々も参戦するか。フェンリル・ストーム、放て!!」
「ファイアブレス、撃て――――!!」
2人の領主の指示の元、両部隊が攻撃を開始する。2種族の連合軍による攻撃でガーディアンたちを粉々に吹き飛ばしていく。
そんな中、シリカが話しかけてきた。
「リュウさん、あたしとオトヤ君だけじゃなくて2人も来てくれましたよ」
シリカが振り向いた方を見ると、右手にメイスを持ったピンク色の髪をしたレプラコーンと両手斧を持った大柄なノームがいた。見覚えのる2人だ。
「来てみたら、なんかえらいことになっているわね」
「カミさんに話を付けてオレもやって来たのは正解だったみてえだな」
「リズっ!?」
「エギル、オメーも来てくれたのかっ!」
ザックさんとクラインさんはリズさんとエギルさんがいたことに驚き、キリさんやカイトさんと共にこちらにやって来る。
「リュウ君、この人たちも……」
「ああ。この人たちも他の皆と同様にSAOで出会った人なんだ」
リーファにリズさんとエギルさんのことを簡単に紹介したところで、リズさんがメニューウインドウを操作し、何かを取り出した。
「とりあえず、アンタたちが生きていてよかったわ。これを渡さないといけなかったからね」
リズさんはキリさんに《エリュシデータ》に似た黒一色の片手剣、そして俺には《ドラゴナイト・レガシー》に似た片刃状の片手剣を渡してきた。
「《ユナイティウォークス》と《ドラグニティ・レイ》。あたしが今作り上げることができた最高の剣よ」
「俺好みの重い剣だ、サンキュー、リズ!」
「凄い、《ドラグニティ・レイ》と姿が似ているだけじゃなくて握った時の感覚も同じだ。ありがとうございます、リズさん!」
俺とキリさんはリズにお礼を言い、新たに渡された剣を装備する。
「料金は付けでいいわよ。他の皆には悪いけど、時間がなくて今はこの3人の分しか作れなかったの。ザック、全て終わったらアンタには最高の槍を作ってあげるわ」
「ああ。その時は頼む。期待してるぜ、オレの専属スミスさん」
会話を交わすリズさんとザックさん。この2人が絡むのを見るのも2ヶ月ぶりだな。
「よし!超協力プレイでクリアしてやるぜ!!」
「ここからは俺たちのステージだ!!」
俺とキリさんの叫びと共に、俺たちも戦闘を開始する。
これまでグランドクエストは1種族だけで行うものだと思われてきた。だが、今ここには様々な種族がいて、種族関係なしに共に戦っている。戦国乱世のように9つの種族で競い合っている世界でこんな光景を見ることになるなんて誰もが予想もしていなかっただろう。
「リュウ君!」
「ああ!」
リーファと共にガーディアンを倒しながらキリさんの元へと行く。
「リュウ、スグ!援護を頼むぞ!」
「はい!!」
「任せて!!」
俺たち3人は武器を構え、それぞれの背を守るように背中を合わせる。SAOでモンスターの大群に囲まれた時にファーランさんとミラと共に戦ったときを思い出す。
「行くぞ!」
キリさんの掛け声と共に俺たち3人は一気に上空へと飛びだった。次々とガーディアンたちが襲い掛かり、それぞれの剣で斬り裂き、貫いて倒していく。俺の背中はリーファが、リーファの背中はキリさんが、キリさんの背中は俺がというように、それぞれがカバーし合ってガーディアンたちを次々と倒していく。
「あの3人にガーディアンを近づけさせるな!!」
「ドラグーン隊!ブレス攻撃で敵部隊を殲滅するんだヨ!!」
サクヤさん、アリシャさんが叫び、シルフとケットシーの部隊、更にカイトさんたちも加勢してガーディアン軍団を蹴散らす。皆の援護もあって一瞬ではあったがゲートが見えた。
恐らくこれがラストチャンスだろう。
俺とキリさんとリーファはこの隙を見逃さず、ゲートに向かって猛スピードで飛翔する。だが、目の前には数十体ものガーディアンが立ちふさがる。
「ダメ!数が多すぎる!」
「まだだ!」
キリさんは大剣とリズさんから貰った片手剣を重ね、突進する体勢を取る。
――頼む、もう1度あの力を俺に貸してくれ!!
すると、俺の言葉に受け答えてくれたかのようにリズさんから貰った《ドラグブレード》の刃が赤く輝く。
――《クリティカルストライク》!!
片手剣スキルの《ウォーパルストライク》に似た単発重攻撃だ。
更にリーファが今あるMPを全て使って俺とキリさんに支援魔法を使う。俺たち3人の力が合わさって一筋の流星となり、押し寄せるガーディアンの軍団を蹴散らしていく。
「「「行けえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」」」
ガーディアンの壁を突破し、俺とキリさんの剣先がゲートに突き刺さる。ついに俺たちは巨大な円形のゲートまで到達できた。
「リュウ君、大丈夫?」
「大丈夫……」
あの力を使ったせいなのか妙に体が重い。それに一瞬だけだったが、耳に入ってくる音は雑音が混ざったものとなる。簡潔に言うと濁った音だ。
それに妙なことがもう1つある。俺たちはゲートにたどり着いたのに、ゲートは開く気配はない。
「どうしてゲートは開かないんだ?ユイ、調べてくれ!」
「パパ、この扉はクエストフラグによってロックされているのではありません。システム管理者権限によるものです」
「どういうことなんだ!?」
「つまり、この扉はプレイヤーには絶対に開けられないってことです!」
「「「っ!?」」」
俺たちは絶句して驚きを隠せなかった。このゲームのグランドクエストは、最初に世界樹の上の空中都市に達した種族が《アルフ》に生まれ変われることになっている。つまりグランドクエストをクリアできないってことだ。これは酷過ぎる。
「そんな、今までのは無駄だったの……」
ずっと空を飛ぶ力に憧れていたリーファには、ショックのあまり座り込む。
「リーファ、今はそれどころじゃ……」
俺たちの周りには数十体ものガーディアンが現れてこちらに迫ってきている。このまま戦ってもいずれ体力は尽き全滅する。一体どうすれば……。あることを思い出す。
「キリさん、アスナさんが落としたっていうカードを使えばなんとかなりませんか!?」
「その手があったか!ユイ、これを使え!!」
キリさんがユイちゃんに銀のカードを差し出す。ユイちゃんの手が触れたことでカードに光の筋がいくつか出る。
「コードを転写します!」
ユイちゃんがそう叫び、ゲートに手を触れる。すると、巨大なゲートがゆっくり開き始めた。
「転送されます!パパ、リュウさん、リーファさん。手を!」
ユイちゃんに手を貸すと俺たちは光に包まれ、ゲートの中へ転送された。
前回、檀黎斗やラヴリカみたいになってしまったレコンですが、今回はちゃんと活躍してくれました。相変わらず、前回と同様に檀黎斗みたいになってしまいましたが(笑)。
そして、シルフとケットシーの連合軍にオトヤとシリカ、更にはリズとエギルまで来てくれました。本当に『プレイヤーは助け合い』、『超協力プレイ』ですね。
ついにグランドクエストを乗り越えることができたリュウ君たち。果たしてアスナを救い出すことはできるのか。次回からは本格的にシリアス要素が強くなります。
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第19話 待ち受けていた者
「パパ、リュウさん、リーファさん。大丈夫ですか?」
ユイちゃんが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。目を覚ますと、目の前にはピクシーではなくて白いワンピースを着ている少女の姿のユイちゃんがいた。
「ああ……」
「大丈夫だよ……」
「あたしも……ってユイちゃんどうしてピクシーじゃないのっ!?」
リーファはユイちゃんが少女の姿になっていることに驚く。そんな彼女を後で詳しく説明すると言って落ち着かせる。
辺りを見渡してみると、今俺たちがいるのは白い壁と天井に覆われた通路だった。ゆるく右に湾曲している通路だ。どう見てもALOのようなファンタジーな世界観とは異なってSF作品に出てくるような構造をしている。
「ユイ、ここは?」
「わかりません、マップ情報がないようです……」
ユイちゃんでもわからないってなるとここはいったい……。仮に空中都市とかだったらマップ情報があるはずだ。
「アスナの居場所はわかるか?」
「はい、かなり……かなり近いです。ハッ!こっちです!」
キリさんがそう聞くとユイちゃんは何かを感じ取ったのか、急に走り出す。俺たちもその後を追う。
明らかにここは妙なところだ。空中都市っていうより何かの研究施設みたいにも見える。古参プレイヤーのリーファはもちろんのこと、キリさんとユイちゃんもここがおかしいというような表情をしている。
前方で通路は終わり、ドアが行く手を塞いでいた。
「あのドアを抜ければ、外に出られます!」
ユイちゃんのその台詞を聞いて、俺たちは更に足を急がせる。
その時だった。
「今日は随分と来客が多いなぁ」
突如、俺たちの行く手に1人の1人の男性が物陰から姿を現す。金髪に金色の瞳を持ち、緑色の服と鎧を身に纏っており、背中には薄い緑色の蝶の翅みたいなものが生えている。
「来客が来るなんて私は聞いてないぞ」
「アンタはALOの運営者か?」
「まあ、そういうことになるかな。今の私は妖精王オベイロンに仕える妖精……パック。ようこそ、グランドクエストをクリアした妖精たち」
俺の問いに、キャラを演じているかのように自分の名前を述べる。だけど、このパックとかという男の声を聞いた瞬間、3日前に会ったある男の顔を思い出した。恐る恐るその男の名前を言ってみる。
「まさか、アンタは蛮野さん……?」
「どうして私の本当の名前を知っているんだ?もしかして君は3日前に会った橘君か?」
「やっぱり、そうだったのか……」
蛮野卓郎。クリムさんの元教え子で、今はレクト・プログレスの副主任を務めている男だ。キリさんから須郷伸之やレクト・プログレスのことを聞いた時、須郷とグルなんじゃないかと疑ったりもしたが、まさか本当にそうだったとは……。
今のこの男からはSAOにいた犯罪行為を行っていたオレンジプレイヤーのような感じしか伝わってこない。
「リュウ、知り合いなのか?」
「そうですね。まあ、一度しか会ったことないですけど……」
キリさんにそう言い、低音ボイスで蛮野に問いかける。
「蛮野さん、ここはいったい何なんですか?俺たちにはここは空中都市じゃなくて何かの研究施設みたいなところに見えるんですけど。さっきだってゲートまでとどり着いたのにゲートは開くことはなかった。詳しく説明してもらいましょうか?」
「ここまで来た君たちに特別に教えてあげるよ。ここでは300人にも及ぶ元SAOプレイヤーの献身的な協力によって記憶・感情操作技術の研究が行われている。実験も8割近く終了して、我々はかつて誰もなし得なかった人の魂の直接制御をできるんだよ」
あまりにも衝撃過ぎる内容に俺たちは驚きを隠せなかった。多くプレイヤーたちがゲームを楽しんでいるALOの裏側で、アスナさんを含めた300人のプレイヤーたちを監禁し、こんな恐ろしいことを行われているとは誰もが思ってもいなかったことだろう。
「マジかよ……」
「だからグランドクエストをクリアできないようにあんな無茶苦茶な設定にしてたのか……。ここの存在を知られないように」
俺とキリさんは呟くように言った。
「だけど、ある男がここに忍び込んで実験体を逃がし、研究データを持って警察に突き出そうとした。橘君、君が知っている人物だよ。確か最後に会ったのは私と同じく3日前だったかなぁ」
「ま、まさか……その人って……」
「そう、奴の名前はクリム・ローライト。クリムには秘密を知られたから、ここに閉じ込めて新たな実験体として加えてやったよ」
「嘘だろ……。クリムさんが……。どうして、アンタはこんなことを……。クリムさんはアンタの先生だった人だろっ!!」
「アイツは偉大な研究の邪魔をしようとしたんだぞ。私たちの研究の価値がバカにはこうした方が気が晴れるというものだろう?」
「狂ってる……」
俺の怒りが籠った叫びにも蛮野は何事もなかったかのように不気味な笑みを浮かべて語る。そこへリーファが話に入って来る。
「じゃあ、一番最初にグランドクエストをクリアして、空中都市にとどり着いた種族が光の妖精アルフに転生できるって言うのは嘘だったのっ!?」
「全てお前たちが夢見てた幻だ。空中都市?アルフに転生?そんなのあるわけないだろ」
「そんな……」
ずっと空をいつまでも飛ぶことを夢見ていたリーファは、ショックを受けて地面に膝をついて座り込んでしまう。
「偉大な研究をしている一方で、妖精たちが力を求めて種族同士で争っている光景は最高だったよ。全く仮想世界さまさまだ!ハハハハハハハハハハ!!」
蛮野は狂ったように笑い出す。この男の姿を見て俺は笑うしかなかった。
「ハハハハ……」
「ん?」
「なんかさ、極悪運営者か極悪科学者ぐらいの奴だと思っていたよ……。だけど俺も甘いや……。お前こそ人の心をもて遊んだり、平気で人を実験体にしようとする人の皮を被った正真正銘の化け物だよ、蛮野卓郎!!」
「黙れっ!!英雄でもない無能なガキが私を侮辱するなぁぁぁぁっ!!」
怒りを露わにした蛮野は数体のガーディアンを呼び出す。
「お前たちの目的は上にいる女王だろ?女王を攫いに来た奴らは排除しないとな」
「囚われの姫を救いに来た妖精の剣士たちの間違いなんじゃないのか? アスナがここいるってわかった以上、力づくでもここを通してもらおうか」
「ずっとあたしたちALOプレイヤーを騙してたなんて……。絶対に許せない!」
「蛮野、お前の運命は俺たちが変える!!」
キリさん、リーファ、俺の順に言う。そして、俺たちは愛剣を手に持つ。
「かかれっ!!」
蛮野の叫びと共にガーディアンたちが俺たちに襲い掛かって来て、この場は一気に乱戦と化す。キリさんとリーファがガーディアンたちと戦っている中、俺は1体目をして真っ先に蛮野の元へと向かった。
「キリさん、コイツは俺に任せて下さい!」
「お兄ちゃんはアスナさんのところに早く行って!」
リーファはキリさんが戦っているガーディアンの相手もし、俺に続くように彼に向かってそう叫んだ。
「だけど……」
「俺たちなら大丈夫です!早くっ!!」
渋るキリさんに向かって先ほどよりも強めに叫んだ。すると、キリさんは剣をしまった。
「くっ!リュウ、リーファ、頼んだ!行くぞユイ!」
「はい!2人ともどうか御無事で!」
キリさんはユイちゃんを連れてアスナさんがいると思われる方へと走って向かう。
「たった2人で私の相手をするとは。随分と舐められたものだな」
すると蛮野は曲刀と盾を出現させて手に持つ。
「この武器はクリムを倒して手に入れた戦利品だ。お前たちの相手にはこれで十分だろう」
「余裕をかましているのも今の内だ!」
地面を蹴り、《ドラグニティ・レイ》で蛮野に斬り付けようとする。蛮野は右手に持っている曲刀で応戦してくる。何度も武器が激しくぶつかり合ってその度に火花を散らす。互角かと思ったが、蛮野は左手に持っている盾も使って俺の攻撃を防ぎ、曲刀で斬り付けようとする。
「っ!?」
間一髪のところでバックジャンプして攻撃を回避し、すぐに突きを一撃放つが、盾で防がれてしまう。
蛮野が振り下ろしてきた曲刀を《ドラグニティ・レイ》で受け止め、鍔迫り合いとなる。曲刀を一旦弾き、片手剣スキル《ホリゾンタル・アーク》のように、水平に払った剣を手首を返して逆方向へ再び水平に払う。
先ほどと同様に蛮野は盾で攻撃を防ぐが、俺はわずかに出来た隙を狙って片手剣スキル《シャープネイル》を再現した3連撃を喰らわせる。
「グワッ!」
更に連撃を叩き込んでいく。だが、蛮野もこのままやられるわけにはいくかと、盾で俺を殴りつける。
「調子に乗るなぁぁぁぁっ!!」
「ぐっ!」
攻撃を受けて地面を転がって壁際に追い詰められてしまう。蛮野は追い打ちをかけようと俺に曲刀を乱暴に何度も振り下ろしてくる。《ドラグニティ・レイ》で受け止めるが、反撃の隙はなく、奴のステータスはかなり高いこともあって防戦一方となってしまう。
するとここで、先ほどまでガーディアンの相手をしていたリーファが蛮野に風属性の攻撃魔法を放って加勢してきた。まともにリーファが放った魔法を受けた蛮野は地面に転がる。
「リュウ君、大丈夫!?」
「ああ!助かったよ、リーファ!」
体勢を立て直し、リーファと共に蛮野に立ち向かう。まず先に俺が攻撃して曲刀を弾き、続けてリーファが盾を弾く。更にもう一度俺が攻撃し、直後にリーファが俺と入れ替わって攻撃とスイッチを何度も素早く繰り返すかのように蛮野にダメージを与えていく。
2対1と数では俺たちの方が有利だが、蛮野は俺たち2人を相手にしても互角に戦っている。
「やっぱり運営側の人だから強いね……」
「ああ……。アバターのステータスを最高レベルに設定しているんだろうな……」
リーファの言う通り、蛮野は強い。だけど、アバターのステータスは高くてもプレイヤーとしての実力はユージーン将軍の方が上だ。《魔剣グラム》を使って俺を散々苦戦させたユージーン将軍と戦ったときと比べたらまだどうってことない。
「リーファ、アイツの動きを封じることができる魔法はあるか?」
「風魔法でそう言うのはあるよ」
「俺がアイツの注意を引き付けるから隙を見てそれを使ってくれ」
「うん!」
そう言い残し、1人で蛮野に攻撃を仕掛ける。俺は《ドラグニティ・レイ》を振るい、蛮野は曲刀と盾で防ぎ、両者共に一歩も譲らない状況だ。そこへ俺は片手剣スキル《バーチカル・スクエア》を再現した4連撃を叩き込み、蛮野の盾を弾き飛ばす。
《バーチカル・スクエア》は使用後に大きな隙が出来る。ソードスキルが存在しないALOでも同様に大きな隙ができ、その隙を突かれて蛮野の反撃を受けて俺は地面に転がる。
それでも俺は隙を作るために初級の闇属性の攻撃魔法を蛮野にむけて放つ。だが、それは蛮野に軽々とかわされる。
「そんな生ぬるい魔法など私に効くか!」
「それはどうかな?」
「何を言って……ぐっ!!」
突如、蛮野の身体に電撃が走り、奴は動けない状態となる。
「こ、こいつは……」
「それは対象の相手の動きを一定時間封じる風魔法の
「姑息なマネを……」
蛮野は無理やりにでも身体を動かそうとするが、魔法の効果はまだ残っていることもあって中々動かすことができないでいる。
「今だよ、リュウ君!」
その間に地面を力強く蹴り、片手剣スキル《ヴォーパル・ストライク》を再現した強力な突きを繰り出す。
「ぐおおおおおおおおっ!!」
俺の渾身の一撃は蛮野にクリティカルヒットし、奴はふっとばされて地面に倒れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
扉の先にあったのは、夕焼けの空に、世界樹の幹がどこまでも伸び上がり枝分かれしている光景だった。蛮野が言ってた通り、空中都市はなかった。
このことに再び怒りが込み上がってきたが、今はアスナを救い出すのが先だと樹上の道をユイの手を引いて走る。走り続けていると、数日前にエギルから送られてきた写真に写っていた鳥籠が見えてきた。そして、その中に人影の姿もある。
「もう少しだ……」
徐々に鳥籠に近づき、その中にいる人影の姿がはっきりと見える。
1人の少女だ。栗色の髪に胸元に赤いリボンがある白い薄いワンピースを身に纏い、そして背中からは透明の昆虫の翅のようなものが2枚伸びている。耳は妖精らしく尖っているが、間違いなく彼女だ。
少女……アスナは俺たちを見て両手で口元を押さえ、眼からは涙を流す。
「ママ!!」
ユイが叫び、鉄格子の扉に手を触れると扉はポリゴン片となって消滅する。そして、ユイは一気に鳥籠の中にいたアスナの胸にまっすぐ飛び込んだ。
「ママ!!」
「ユイちゃん!!」
アスナはユイを抱き締める。2人の目からは涙がこぼれ落ち、宝石のように輝きながら消えていった。
「キリト君……」
「アスナ……」
そして、俺も一歩一歩アスナの元へと歩み寄り、胸に抱かれたユイの体ごとアスナを抱きしめた。懐かしい暖かさが俺の体を包んだ。
「……ごめん、遅くなった」
「ううん、信じてた。きっと助けに来てくれるって……」
あの世界が消滅してからずっと俺が追い求めていた大切な人と再会することができた。これで剣の世界が終わり、現実という名の新しい世界へとアスナと一緒に旅立つことができる。
「さあ、一緒に帰ろう。皆もアスナの帰りを待っているからな」
「皆ってもしかして……」
「ここに来たのは俺とユイだけじゃないんだ。リュウにカイト、ザック、オトヤ、シリカ、リズ、クライン、エギル……皆、アスナを助けようと来たんだよ。あと、俺の妹も協力してくれて……」
「そうだったんだ。リズたちはもちろんだけど、キリト君の妹さんにもちゃんと会ってお礼しないといけないね」
「妹もアスナに会えることを楽しみにしているぜ。それよりも今は早くアスナをログアウトさせないとな。ユイ、アスナをログアウトさせられるか?」
俺の言葉にユイは首を振った。
「ママのステータスは複雑なコードよって拘束されています。解除にはシステム・コンソールが必要です」
「わたし、ラボラトリーでそれらしいものを見たよ」
「ラボラトリーって研究施設みたいなところか?」
「うん。実はそこに他のSAOプレイヤーとわたしを助けようとした人……クリムさんっていう人が捕まっているの!早く助けてあげないと!」
「よし、急いでラボラトリーに……っ!?」
不意に背後に嫌な気配を感じた。あの世界でオレンジプレイヤー……レッドプレイヤーがターゲットに狙いを定めた時と同じ感覚だ。とっさに剣の柄を握って抜こうとした時だった。
身体が何倍にもなって立っていられなくなり、俺たちはその場に崩れ落ちる。アスナはユイを抱き寄せ、俺は2人に手を伸ばそうとする。だが、更に一段と身体が重くなってそれはできなかった。
すると、周囲はどんどん深い暗闇に包まれていく。
「パパ、ママ、気をつけて!何か……よくないモノが……!」
言い終える前にユイの体を紫色の電撃が走り、ユイは消滅する。
「「ユイ(ちゃん)っ!?」」
俺とアスナは同時に叫んだ。だけど、ユイの返事は一切ない。
俺とアスナは必死に手を伸ばすが、より一段と身体が重くなって手は届くことはなかった。そして、粘つくような笑いを含んだ甲高い声が闇の中に響き渡った。
「いやぁ、驚いたよ。研究所に虫が2匹入り込んだだけじゃなくて、小鳥ちゃんの籠の中にゴキブリが紛れ込んでいたとはね」
聞き覚えのある声だ。
顔を上げるとそこには、パック/蛮野に似た毒々しい緑色のトーガに身を纏っている1人の男がいた。そして、かつて見たことのあるニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。姿は違うけど、誰なのかすぐにわかった。
「お前、須郷か!」
「チッチッ、この世界でその名前は止めてくれるかなぁ。妖精王オベイロン陛下とそう呼べぇっ!!」
「ぐわっ!」
妖精王オベイロンと名乗る男……須郷は俺を強く蹴りあげる。
「キリト君っ!!」
「どうだぁい?ロクに動けないだろ?次のアップデートで導入予定の重力魔法なんだけど、ちょっと強すぎるかな?」
更に踏みつける。
「やめなさい、卑怯者!」
アスナの言葉に須郷は耳を貸さず、俺に話しかける。
「それにしても桐ヶ谷君……いや、キリト君と呼んだほうがいいかな。どうやってここまで来たかは後で蛮野に聞くからいいか。今確か、蛮野が君の仲間の相手をしているみたいだけど……」
「ハッ。今頃、蛮野って奴を倒してここに向かっているんじゃないのか?その内の1人がこの状況を見たら絶対にブチギレるぜ。アイツは怒らせると滅茶苦茶怖いから気を付けた方がいいと思うな」
だけど、須郷は不敵な笑みを浮かべる。
「おいおい、キリト君。蛮野のことを甘く見ない方がいいと思うよ。普段はパックっていう僕に仕える妖精の姿をしているけど、
「どういうことだ……?」
「説明するのよりもこれを見た方がいいか。多分、ちょうどいい頃だろう」
須郷が指を鳴らすと何かの映像が流れ始めた。そこに映っているものを見た瞬間、俺とアスナは声を失ってしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちの目の前には地面に転がっているパック……蛮野の姿がある。
「やった!」
リーファは蛮野を倒して歓喜を上げる。奴はピクリも動こうとはせず、倒れ込んだままだ。俺も奴が倒れている姿を見て一安心するが、何故か胸騒ぎがおさまらなかった。
すると、蛮野/パックの身体がピクリと動き、ゆっくりと立ち上がった。立ち上がった蛮野/パックは不気味な笑みを浮かべていた。この笑みはPoHやアビスのように多くのプレイヤーを殺してきた奴らと一瞬重なって見え、俺とリーファはそんな蛮野/パックの姿を見てゾッとする。
「やっぱりパックの姿だと思うように力を出せないな。まあ、いいか。私を本気にさせたことを後悔させてやる」
蛮野がそう言った直後、奴の金色の瞳は赤くなって、奴は緑色の光に包まれる。光が消えた時には妖精パックの姿はなく、代わりに赤い目に緑の鎧とマントを装着したような姿をした緑色のハルバードを持つ怪人がいた。
「何だ、あれは……」
「お前たちは徹底的に叩き潰してやるよ。この《オーバーロード・レデュエ》の力を使ってな!」
ついにリュウ君たちの前に現れた蛮野/パック。書いててやっぱりこの作品の蛮野は色々と設定が異なっていても、仮面ライダードライブの蛮野と同様に外道な奴に変わりないなと思いました。
蛮野の相手をリュウ君とリーファが引き受け、先に向かうキリトとユイちゃん。蛮野はこの前、クリムさんと戦ったときの強さは何だったのかというくらい、リュウ君とリーファの連携にあっさりとやられてしまいました(笑)
キリトの方は原作と同様にアスナと無事に再開できましたが、須郷……下種郷の間の手が。
そして、あっさりとやられた蛮野/パックでしたが、そう簡単にはいきませんでした。ついに奴は本気を出してゴルドドライブに……ではなく、レデュエへと変貌しました。
実は当初の予定ではゴルドドライブにしようかと思いましたが、GGOならまだしもALOの世界観には合わないということでボツにしました。そこで、ドライブの前にやった鎧武で外道なキャラだったレデュエにし、この作品の蛮野の声は森田さんから津田健次郎さんへと変更しました。レデュエって声優さんは津田さんですが、実は女性らしいのですが、この作品では正真正銘の男になっています。津田さんの演技力もあって、奴が女性だと知った時は驚きを隠せませんでした。
果たしてリュウ君とリーファはレデュエ/蛮野に勝てるのか。次回もよろしくお願いします。
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第20話 オーバーロード
なんかこの前まではシリアスとギャグ含めてエグゼイドのネタが多かったのですが、なんか前回のラストからいきなり鎧武のネタが多くなったような……。ちなみに蛮野/パックの第二形態ともいえる《オーバーロード・レデュエ》ですが、仮面ライダー鎧武に登場したレデュエです。前回の後書きでも書きましたが、この作品のレデュエは男ですので。
それでは今回の話になります。
俺はリーファと協力して蛮野/パックを倒したはずだった。だが、奴はゾンビのようにゆっくりと立ち上がり、《オーバーロード・レデュエ》という赤い目をした緑の鎧とマントを装着したような姿をした緑色のハルバードを持つ怪人へと変貌を遂げた。
「オーバーロード?それって今度のアップロードで新たに登場する世界樹攻略のカギを握ると言われている人型モンスターの名前のはずじゃ……」
リーファが呟く。
オーバーロードって確か、リーファが世界樹のことを教えた時に少し話していたモンスターのことだ。世界樹攻略のカギを握っているかもしれないと聞き、俺も気になってオーバーロードのことを調べてみたが、有力な情報がなかったから特に気に留めなかったが……。まさか、それがこんな形で登場することになるなんて……。
レデュエ/蛮野はリーファが言ったことに答えるかのように語り始める。
「世界樹攻略のカギを握る?確かプレイヤーたちの間でそんな噂が流れていたな。まあ、正式にはグランドクエストで一定の距離にたどり着くと出現して、ここまで来ようとする妖精たちを排除する最強のボスモンスターっていう設定なんだけどね」
「要するに、お前や妖精の王の正体は、異世界から妖精の世界を支配しに来た怪人だと言った方がよさそうだな。お前には蛮野卓郎や妖精パックよりもその醜い姿の方がお似合いだよ」
「うん。リュウ君の言う通り、あたしも最低な運営者にはピッタリな姿だと思うよ」
「このガキ共っ!!お前たちもクリムと同様に現実世界からこの世界に追放してやるっ!!」
俺とリーファがそう言った直後、レデュエは怒りを露わにして俺たちに向かってきてハルバードを振り下ろす。先ほどよりも早いレデュエの攻撃は止まる気配はなく、俺たちは攻撃をかわしていく。
隙を見てリーファと同時にレデュエに剣を振り下ろすもレデュエはハルバードを使って受け止める。そして、レデュエの目が赤く光ると、奴は俺たちを巻き込むように回転しながら飛び上がり、天井を突き破る。回転が弱くなったところで、レデュエは俺たちの攻撃を弾く。
「お前たちを特別な場所へ案内してやる」
蛮野がそう言うと、周りの風景はALOの世界観から離れた構造をした通路から何処かの森のようなところへと変わった。不気味な極彩色の植物が生えており、森の木には紫色をした見たことのない果物がなっている。シルフ領の近くにあった森とは異なり、不穏な感じしかしなかった。
「ようこそ、第1戦闘訓練室へ。ここは森のフィールドをベースとした私のお気に入りのところなんだ。いいだろ?」
余裕そうにしているレデュエ。俺とリーファは剣を振り下ろすが、レデュエはハルバードで的確に受け止めて反撃してくる。
「ぐわっ!」
「このっ!」
リーファは魔法スペルを詠唱し、風属性の魔法をレデュエに放つ。だが、レデュエが姿を消したことで魔法は奴に当たることはなかった。更にレデュエは俺の後ろに現れてハルバードを振り下ろす。
「ぐわぁっ!」
「リュウ君っ!」
「お前にはさっきのお返しをくれてやろう」
レデュエが左手をかざすと緑色に光る弾が放たれてリーファに命中する。
「きゃあっ!」
「リーファっ!」
さらに、起き上がろうとしている俺たちに植物のつるが巻き付く。
「何っ!?」
「この魔法は何なのっ!?今までこんなの見たことない!」
「私だけが使える植物属性の魔法だ。お前たちにもこの魔法の力を見せてやるよ」
レデュエがそう言うと、植物のつるを操って俺たちを振り回し、近くにあった木に叩きつける。「ぐわぁ!!」「きゃああ!!」
俺とリーファは一方的に振り回されて全く歯が立たない。それにアイツはパックの時よりも格段に強くなっている。パックの時のアイツは遊んでいたのかと思わせるほどの強さだ。
「どうした、この程度か?」
「この……!」
リーファは再び魔法スペルを詠唱し始める。さっきレデュエに放った魔法ではなく、これはパックの時のアイツを封じた一定時間封じる能力がある
だが、レデュエは
「きゃあ!」
「リーファ!!」
リーファは自分に跳ね返ってきた
「まずは1人目といこうか」
レデュエは動くことができないリーファにゆっくりと近づいてハルバードを振り下ろそうとする。リーファにトドメを刺そうとしたところに、俺は今使える闇属性の魔法を放ってどうにか防ぐ。
「フッ、悪あがきを……」
すると、レデュエはターゲットをリーファから俺へと変更し、ゆっくり俺へと近づいてくる。
レデュエが振り下ろしてきたハルバードを受け止め、反撃しようとするも防戦一方になってしまう。それでも隙を突いて奴のハルバードを弾き、一太刀浴びせる。だが、奴は効いていないぞと言うかのように不気味な笑みを浮かべながらすぐに傷口を再生させる。
「何っ!?」
「どうした、全然効かないぞ」
「くそっ!」
再び武器同士をぶつけ合い、隙を見て攻撃。深く斬り付けたが、やはり先ほどと同様に傷口は再生する。逆にレデュエは俺に何回もハルバードで斬り付け、魔法を放って攻撃してくる。
一方的にレデュエに翻弄されて、奴にダメージを与えることができない。仮に攻撃を与えてもすぐに傷口は再生される。
だが、リーファが魔法で動けない以上、俺だけでレデュエを倒すしかない。
すると、左手に持つ《ドラグニティ・レイ》の刃に金色の光が纏った。地面を蹴って金色の光が纏った刃でX字に切り裂く2連撃をレデュエに喰らわせる。
――《ガッシュクロス》!!
「グワッ!!」
やはりダメージはすぐに回復するが、この攻撃でやっとレデュエはダメージを受けたかのような反応をした。
「思っていたよりやるなぁ……」
「ここからが本番だ……ぐっ!?」
更に攻撃を与えようとした時、突然体中が苦しくなって立っていられなくなる。
「どうしたのリュウ君っ!?」
俺を心配して叫ぶリーファ。だが、俺はそれに答えることすらできなくなるほどもがき苦しみ、左腕が今日初めてログインしたときと同様に人間のものから怪人のようなものへと変化する。
自分の身に起きていることを目の当たりにした瞬間、恐怖に包まれて酷く取り乱す。
「何だよ、これっ!?戻れっ!戻れっ!……っ!?」
必死にそう念ずるが、元の腕には戻ろうとはしない。それどころか目に映るもの全ての色がくすんだものに見え、聞こえる音は雑音が混ざったものとなり、症状は悪化する一方だ。更に一段と増して体中に苦しみが襲い掛かる。
「ぐわっ!うあああああああっ!!」
絶叫と共に俺の体は青紫の光へと包まれる。そして、光が消えると近くにあった水たまりに一体の紺色や藍色をベースとした1体の怪人が映しだされる。
怪人は白骨化した恐竜のような頭をし、胸部にはトリケラトプスの頭部がある姿をして、ボロボロになった青いフード付きマントを羽織っている。
すぐに怪人は青紫の光へと包まれて消え、代わりにそこにはALOでの俺の姿が映っていた。
「今のって……。まさか、俺……?」
俺はもちろんのこと、この光景を目の当たりにしたリーファとレデュエも驚きを隠せないでいた。すぐにレデュエは何かに気が付いた表情をし、不気味な笑みを浮かべる。
「お前のその姿。そうか、あのメダルはお前に導かれてなくなったのか。こんなことが起こるなんて全くの想定外だよ」
「どういうことだ……?答えろっ!!」
「特別サービスとして教えてあげるよ。橘君、君は私と同じ存在……オーバーロードになるんだよ」
「俺がオーバーロード……お前と同じように怪人と同じように……?そんなことあるわけ……」
どうしてもレデュエが言ったことが信じられなかった。俺がこの男と同じ存在になるなんて……。
「本当のことだよ。ここまで症状が進んでいるっていうことは、この世界で人や動物にある視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚といった五感に何か異変が起きているはずだ。例えば、目に映る世界の色はくすんだ感じに、聞こえる音は濁った感じに、味を感じなくなるってことかな」
レデュエが指摘したものはどれも心当たりがあることばかりだ。
シルフとケットシーの同盟調印式が終わった辺りから、ALOでの俺の身体にはいくつも異変が起きていた。これらはきっとナーヴギアを使ったり、SAOのデータを引き継いでいたことで起こったバグかと思っていたが、こんなことになっていたなんて……。じゃあ、ALOに初めてログインした時にメダルみたいなものが飛んできて、俺の身体に入り込んだ時……。
「その様子だと心当たりがあるみたいだね。でも、クリムや何人かの被験者も君と同じようにオーバーロードになるから安心するといいよ」
これを聞き、俺とリーファはまたしても驚きを隠せなかった。
「何だってっ!?」
「じゃあ、オーバーロードの正体って……」
「そう、オーバーロードの正体は被験者となったSAOプレイヤーたちだ。姿を怪人に変え、自分たちはここに来る妖精たちを排除する存在だと記憶を改ざんさせるつもりなんだよ。ちょっとしたお遊びも含めた研究としてな。それでも信じないっていうなら、この映像を見るといいよ」
レデュエがメニューウインドウを操作すると、俺たちの前に何かの映像が流れ始めた。映像には、白い鎧に身を纏っている白い髪をした初老の男性が鎖に縛られて身動きが取れなくなっている姿がある。見たことがない人だったが、雰囲気からして俺はすぐに誰なのかわかった。
「クリムさん!」
彼の名前を叫ぶが、映像だということもあってもちろん反応はない。すると、クリムさんの身体が白く光り出し、一瞬だけだったが白い怪人へと姿が変わる。
俺とリーファはこの光景に驚愕して言葉を失ってしまう。
「これで信じてくれたかな?橘君、君もクリムのように人でも妖精でもなくて君が言っていた醜い姿になるんだよ。記憶を操作すれば、正真正銘の化け物になるってことだ……。私は人が……おもちゃが壊れていくさまを見るのが好きなんだよ。これほど最高の娯楽は他にはないだろ」
「お前、本当に人間かよ……」
人を物のように扱うこの男に改めて恐怖と共に怒りを抱く。本当にコイツの正体は、蛮野卓郎でも妖精パックでもなくて、このオーバーロード・レデュエなんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「研究には犠牲は付き物だろう?それにお前は被験者として非常に興味深い。さっき私にダメージを与えたあの技は設定した覚えがないものだ」
さっきレデュエにダメージを与えたあの技っていうのは、あの見たことのないソードスキルのことか。だけど、レデュエも知らないなんてどういうことだ。あれは奴は関係がないってことなのか。それとも他に何か原因が……。
「まあ、お前は捕えて新たな被験者として加えて詳しく調べてみるからいいけどな。その後はクリムたちと一緒に記憶を改ざんしてやるから楽しみにしているといいよ」
「いいのか?俺まで未帰還のSAOプレイヤーたちと同じ状態になったら、逆に怪しまれると思うぜ」
「君の家族にはナーヴギアを使ったせいで未帰還のSAOプレイヤーたちと同じ状態になったことにして、そっちの女はアミュスフィアを使っているようだけど原因不明のエラーが起きたっていうことで片づけておくからね。万が一の時はお前たちを殺したり、記憶を消せばそれでいいから問題ない」
「お前……」
「抵抗は無駄だ、降伏しなよ。そうすればお前の命は保障する。私のおもちゃとなるしか道はないけど。フハハハハハハ」
またしても狂ったように笑い出すレデュエ。俺は奴に対する恐怖を無理やり押し殺し、《ドラグニティ・レイ》の柄を強く握りしめる。
「ふざけるな!誰がお前の遊び道具になるかっ!!」
「随分と威勢がいいな。システムコマンド、ペイン・アブソーバをレベル10からレベル4に変更!」
「何だっ!?」
「ペイン・アブソーバは仮想世界で痛みを感じなるシステムのことだ。レベル3以下にすると現実の肉体にも影響があるようだけどなぁっ!」
レデュエはハルバードの矛先を緑色に光らせ、攻撃してくる。俺は《ドラグニティ・レイ》で応戦してなんとか防ぐ。しかし、レデュエの攻撃は止まることはなく、どんどん押されて防戦一方的になる。
――マズイ、このままじゃ……。
「トドメだぁぁぁぁっ!!」
そこへ防ぎきれなかったレデュエのハルバードの矛先が、俺の腹を斬り裂く。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
レデュエの渾身の一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「「リュウ(君)っ!!」」
俺とアスナは地面に這いつくばって叫ぶ。
須郷が俺とアスナに見せた映像は、蛮野/パックがオーバーロード・レデュエへとなり、リュウとリーファと戦っているものだった。2人はレデュエに圧倒され、更にはリュウまでもが怪人なり、最後はリュウがレデュエの渾身の一撃を受けて吹き飛ばされてしまったところで映像は終わってしまう。
「ちぇ、いいところで映像が途切れてしまったな。ここからが面白そうだったのになぁ。本当に残念だよ。さてと、そろそろこちらも楽しいパーティーといこうか!」
須郷が指をパチンと鳴らすと、上空からジャラジャラと音を立てて二本の鎖が垂れ下がってきた。鎖の先端にはリングが付いており、それをアスナの両方の手首に嵌めた。
すると鎖が上がり、アスナはつま先がギリギリつくかどうかというところまで吊られてしまう。更に重力が強くなって、アスナは苦しむ。
「いい、いいね。やっぱりNPC の女じゃあその顔はできないよね」
須郷は気持ち悪い笑みを浮かべ、アスナに近づいて彼女の髪を掴み匂いを嗅ぐ。
「うーん、いい香りだ。現実のアスナ君の香りを再現するのに苦労したんだよ。病室に解析機まで持ち込んだ、僕の努力を評価してほしいねぇ」
「この変態野郎っ!アスナから離れろ!!」
俺はなんとか重たい身体を動かし、須郷の左足を掴む。
「やれやれ、観客はおとなしく這いつくばってろ!!」
「ぐはっ!!」
顔を蹴られ、俺は再び床に叩き付けられた。
「キリト君!!」
アスナは叫び、涙を浮かべながら俺を見ていた。
「アスナの前に君を散々甚振ってやるのも悪くないな。僕も蛮野と同じものを使おうか」
須郷は蝶が描かれた緑色のメダルを3枚取り出し、自身の身体に取り込んだ。すると、須郷は緑色の光に包まれて奴はオベイロンから蛮野と同じオーバーロード・レデュエへと姿を変えた。
「システムコマンド!! ペイン・アブソーバをレベル10からレベル8に変更」
そして、俺の大剣を取って思い切り俺の背中に突きたてた。
「ぐわあああああっ!!」
仮想世界では痛みはなくて代わりに不快感が伝わる程度だったが、背中には現実世界のように痛みが伝わってくる。
「痛いだろ?ここからが本番だから楽しみにしたまえ。蛮野のように一気には下げたりはしないから安心するといいよ」
「須郷、貴様……」
本家のレデュエ以上に強くなっているんじゃないかというほど、この作品のレデュエは強い気がしました。そして、ドライブの蛮野と合わさっていることもあってより外道になっているような……。
戦いの中、リュウ君に異変が。気のせいとは言えないくらい悪化し、ついには一瞬だけですが怪人へと変貌を遂げてしまう事態に……。恐らくオーズの第46話を思い出した人もいたでしょう。仮面ライダーシリーズで主人公や主要人物が人間から怪人へとなってしまうシーンは結構トラウマとして残ってしまうんですよね(汗)。ちなみにリュウ君が一瞬だけ姿を変えた怪人体ですが、映司グリードを少し青っぽくしてボロボロの青いフード付きマントを羽織ったものをイメージして下さい。
実はカイトもアスナと同様に未帰還者となって蛮野の手によってモデルにした人物繋がりでロードバロンになるという案もありましたが、没となりました。ですが、今後何かの形でロードバロンを登場させれたらいいなと思っています。
一応、ALOに初めて登場した時のメダルやリュウ君の身に起きている異変は今回の話で明らかとなりました。ですが、あの未知のソードスキルだけは未だに謎のままとなっています。これは後に明らかになるので安心して下さい。
リュウ君の方だけでなく、キリトの方も絶体絶命に……。リュウ君たちに勝ち目はあるのか。
次回もよろしくお願いします。
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第21話 欠けた刃と赤い瞳と覚醒する力
それではどうぞ。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
レデュエの渾身の一撃を受け、森の中を流れる川の近くまで吹き飛ばされて河原に転がる。
「がはっ!はぁ……はぁ……」
起き上がろうとしても、あまりの痛みで起き上がる力すらない。ペイン・アブソーバのレベルが下がったせいなのだろう。
そして、左手から離れて転がっている《ドラグニティ・レイ》は刃にヒビが入っている。なんとかギリギリの耐久値は残っているみたいだが、既に戦うだけの力は残ってないだろう。俺にはもう武器はない。
動けない状況の中、レデュエはハルバードを持ってゆっくり近づいてくる。
「フッ。英雄でもない無能なガキのくせに私に挑むとは、まさに愚か者だ」
「何だとっ!」
怒りを露わにしてレデュエを睨むが、顔を蹴られる。
「ぐはっ!」
「お前もクリムのように、完全にオーバーロードにしてから私のおもちゃにしてやるよ。システムコマンド、ペイン・アブソーバをレベル4からレベル0に変更」
「ぐっ!」
すると、先ほど攻撃を食らったところにより痛みが伝わってくる。現実世界と変わらない痛みだ。あまりの痛みに苦しんでいる中、レデュエはハルバードを倒れている俺に今すぐ振り下ろそうとする。
「すぐに楽にさせてやるから安心しろ。だから人としてのお前は醜く死ぬがいいっ!!」
赤い目の巨人に食われそうになった時のように俺に死への恐怖が降り注ぐ。
――すいません、キリさん……。ゴメン、父さん、母さん……。
ここまでだと覚悟を決めて目を閉じようとする。だが、ハルバードが俺に振り下ろされる寸前で何処からかレデュエに目がけて緑色に光る風の刃が飛んでくる。
レデュエは簡易一発のところで回避したことで、俺から離れることになった。
そして、1人のプレイヤーが長刀を中段で構え、俺とレデュエの間に割って入ってくる。金色の長髪をポニーテールにした少女だった。
「リ、リーファ……」
「あたしが相手よ!」
リーファは俺を守ろうと、レデュエに挑もうとしている。
「ダメだリーファ!早く逃げろっ!!」
「ボロボロになっているリュウ君を置いていけないでしょっ!!リュウ君はあたしが守るっ!!」
レデュエは自分に向かって剣を向けるリーファを見てニヤニヤ笑みを浮かべる。
「いいのか?そこに転がっているソイツはオーバーロード。あの醜い化け物なんだぜ」
「リュウ君はオーバーロードでも醜い化け物でもない!身も心も醜い化け物のアンタと一緒にしないでっ!!」
「私と戦おうとするなんてお前も随分といい度胸をしているな。だが、私はお前には用はない。やれ」
すると何処からか紫の触手のようなものがやって来て、リーファを縛って長刀を奪うと宙吊りにする。
「きゃっ!!」
「リーファ!」
現れたのはアインクラッド第61層にいた《ブルスラッグ》に似た2体の紫の色をした大きなナメクジ型のモンスターだった。
「副主任、この娘は俺たちの好きにしちゃっていいですか?」
「私はそんな女なんかより、こっちの研究材料の方が興味あるからな。お前たちの好きにしていいぞ」
「やった!須郷ちゃんが世界樹の上に捕えているあの娘は相手できなかったが、この娘も可愛いね」」
「スタイルもいいし、たっぷり可愛がってあげるよ」
ナメクジたちはリーファの体に触手を絡め始めた。
「やめて!いっ、嫌―!!」
リーファを見ると恐怖と絶望に支配されている表情になり、涙を流し始めた。見るに堪えなくなった俺は怒りが籠った声で叫ぶ。
「化け物がっ!リーファを離せっ!リーファに少しでも何かしたらお前らを絶対に許さないっ!!」
「化け物とは酷いなぁ。これでも深部感覚マッピングの実験中なんだぜ」
「そうそう。このアバターを使いこなすのに苦労したんだよ」
1体のナメクジは俺の右足に1本の触手を絡めて宙吊りにする。そして、触手を振り下ろして俺を地面に叩きつけた。
「がはっ!」
「リュウ君っ!!」
「威勢はいいけど、もう体はボロボロじゃないか。こんな奴、甚振って遊んでやる価値もないや」
「おいおい、コイツは私のおもちゃなんだ。あまり遊ばないでくれよ」
「す、すいません!」
「まあ、私はこうやって人が……おもちゃが壊れていくさまを見るのが好きなんだけどな。これほど最高の娯楽は他にはないよ」
「や、やめろ……」
リーファを助けようと手を伸ばそうとするが、身体が重くてあまりの痛みで思うように動かせなくて手が届かない。
――俺の手はまた届くことがないのか……。
手を伸ばしても届くことのない俺の手。
ファーランさんとミラが死んだ時、アスナさんがキリさんを庇って消滅してキリさんもヒースクリフ団長/茅場晶彦と相打ちになって消滅した時と同じだ。
赤い目の巨人に捕まって食われそうになってところをファーランさんとミラに助けられ、俺は無事だった。だけど、2人は俺を助けようとしたせいで、死んでしまい、俺だけが生き残るという結果になった。そして、アスナさんとキリさんが消滅した時なんか俺は動くことができず、黙ってその光景を見ていることしかできなかった。
剣の世界では、ゲームクリアを目指して数多くの強力なモンスターと戦いを繰り広げ、いつの間にか《青龍の剣士》なんて大層な二つ名まで呼ばれるくらいのプレイヤーとなった。そして、この妖精の世界では、全プレイヤー最強と言われていたユージーン将軍をも倒した。
でも、俺が持つ力には誰かを救うほどの力なんてない。今だってリーファを守ることさえできていないじゃないか。俺はキリさんのようにデスゲームから大勢のプレイヤーを救う英雄どころか、大切な人を救えるヒーローにもなることができなかった。それどころか、悪と同じ存在になろうとしている。何もできなくて倒れている自分が惨めで仕方なかった。
眼から涙がこぼれ落ち、そのまま意識を失ってしまう。
『君はこんなところで終わるつもりなのか?』
意識がなくなる中、1人男性の声がする。
――誰だ……?
『君はまた何か大切なものを失うつもりなのか?』
――失いたくない。だけど、俺には、この不利な状況を打開するような力なんてないんだ……。
『ならば、この不利な状況を打開するためには、君が今持っている悪の力を支配し、己の力にするんだ』
――悪の力を支配し、己の力にする?どういうことだ?あなたはいったい……。
『詳しい説明は後だ。悪いが私は彼の元へ急がなければならない。それに君を立ち直させるには私よりも
すると、聞き覚えのある少女の声がする。
『リュウ!早く起きて!』
この声はスグか?いや違う、スグは俺のことを『リュウ』なんて呼ばない。
『リュウには守りたい人がいるんでしょ。アタシたちは死んじゃったけど、その人のことは守ってあげて!』
更に先ほどとは別の男性の声もする。
『リュウなら大丈夫だ。なんだってリュウはうちのパーティーのエースだからな。お前ならまだ戦えるはずだ。俺たちを信じてくれ』
この声の主も何処かで聞き覚えがある。何故か懐かしく思える。
『『立ち上がって戦うんだ(戦って)、リュウ』』
――この声、まさか……。
そう思った矢先、俺の意識はもう1つの現実でもある仮想世界へと戻る。
「やめて!離して!!」
その瞬間、リーファが2体の紫の色をした大きなナメクジ型のモンスターが持つ触手に捕まってしまっている光景が目に入った。
俺は今まで大切な人たちを守ることも助けることもできなかった。でも、俺にはまだ守りたい人がいる。その人が今危険な目に合っているのなら、自分が醜い怪物になることなんて関係ない。体はまだ動く、戦える力はまだ残っている。
――俺が、リーファを守るんだぁぁぁぁっ!!
体を縛り付けている鎖を破壊するかのように重い体を無理やり起こす。
もう駄目だと思ったその時だった。
「レデュエェェェェ!!」
突如、リュウ君の怒りがこもった声が響き渡る。
リュウ君は剣を持って傷ついて動けない身体を無理やり起こし、今まで見たことがないくらいの怒りと殺意を剥き出しながらレデュエたちを見る。
「お前たちみたいな奴らは、ここで俺がぶっ潰す!!」
「くたばり損ないめ!今のお前は牙を失った龍、そんな奴に何が出来るって言うんだっ!?」
リュウ君を見てあざ笑うレデュエたち。
事実上、今のリュウ君はやっと立っていられる状態で、羽織っている青いフード付きマントもボロボロとなっている。しかも、左手に持っている剣の刃にはヒビが入っていてすぐに壊れてしまいそうだ。とてもまともに戦える状態ではないと言ってもいい。
「うおおおおおあああああ!!!!」
そう思った時、リュウ君の青い瞳が赤く光る。そしてリュウ君が雄叫びをあげて剣をかざすと、剣は光り出してそれが消えると先ほどまであったヒビは完全になくなった。
「何!?バカな!?」
「リュウ君……?」
自力で剣を直した?あんな方法で武器を修復させるのは、鍛冶スキルを持っていても武器作成に優れているレプラコーンでもあり得ないことだ。
「リーファの運命は、俺が変える!」
「この…!いい加減にくたばれ!!」
レデュエは手から緑色の光弾をリュウ君に放ち、その場は一気に爆炎に包まれる。
――《クリティカルストライク》!!
爆炎の中からリュウ君が一陣の風となって出てきて、刃に赤い光を纏った剣でレデュエに突きを放つ。
――《ライトニング・スラッシュ》!!
続けざまに電撃が走るかのような速さでレデュエに3連撃の斬撃を与える。
「ぐはッ!」
ペイン・アブソーバがレベル0の状態だということもあり、レデュエは苦しそうにする。
「くそ、システムコマンド!ペイン・アブソーバをレベル0からレベル10に変更!!」
痛みを感じなくさせようとペイン・アブソーバを最初の状態に戻そうとする。だが、先ほどのようにメニューウインドウは表示されなく、反応は一切ない。
「どうして作動しないんだっ!?」
「副主任、ペイン・アブソーバを元に戻すことができません!!」
「何だとっ!?コイツの相手をしている間までにこのエラーを何とかしろっ!!」
レデュエはナメクジたちにそう言い残し、ハルバードで応戦。
両者共に攻撃をかわし、武器を激しくぶつけ合って互角に渡り合う。リュウ君の剣とレデュエのハルバードがぶつかり合う度に火花が散る。剣道経験者のあたしでさえも目で追うのがやっとのくらいの速さだ。
リュウ君の水平斬りがレデュエのハルバードを弾く。
――《クリスタル・ブレイク》!!
そして、龍が鍵爪でクリスタルを粉々に破壊するかのような4連撃の斬撃をレデュエに浴びせる。
「グワァッ!」
レデュエはよろけながらも体勢を立て直して一旦距離を取ると、ハルバードの矛先に緑色の光を纏わせる。そして、ハルバードを振るうと緑色の光弾がいくつも現れ、リュウ君に目がけて飛んでいく。
緑色の光弾がリュウ君や周りの地面に着弾すると爆発を引き起し、彼のHPを奪っていく。
「ぐっ!」
巻き起こるいくつもの爆発のせいで、リュウ君は身動きがとれなくなって反撃の隙が中々ない。それでもリュウ君は攻撃を凌ぎ、左手に持つ片手剣を強く握りしめる。すると、左手に持つ剣の刃に青い光を纏わせて構える。
――《ドラゴニック・ノヴァ》!!
地面を蹴り、ユージーン将軍を倒したときと同じように11連撃がレデュエに叩き込まれる。星が放った強力な光が青い龍を形作る連撃だ。
「グワァァァァッ!!」
11連撃の斬撃を受けたレデュエは吹っ飛ばされて地面に転がる。それでもまだHPは残っており、ハルバードを杖代わりにしてなんとか起き上がる。
「そんな……。どうして奴がこれほどの力を……。オーバーロードになろうとしている英雄でもない無能なガキのくせに……。何故だ!?」
「お前たちは知らないんだ。例え悪と同じ存在から生まれたり悪と同じ力を持っていても、守りたいもののために戦う者が現れるってことをな」
リュウ君の言葉を聞き、あることを確信する。
――リュウ君、君はまさか……。
「ならばっ!!」
レデュエは地面にハルバードを突き刺し、植物のつるを出現させて操る。植物のつるはリュウ君の姿を確認できなるほど完全に覆い尽くす。
「うわっ!ぐわぁぁぁぁっ!!」
リュウ君の悲痛な叫びが響き渡る。
「《ヘル・プラント》。その植物のつるに含まれる猛毒で対象者の体力を奪う植物系魔法の中で最強の魔法だ。ペイン・アブソーバが0の状態でこの攻撃を受けるのはかなりキツイだろ?」
「リュウ君!!」
彼の名前を叫ぶが、聞こえてくるのはリュウ君の悲痛な叫びだけだ。
「無駄無駄。あの魔法は邪神モンスターでも抜け出すことが出来ないほど強力なんだよ」
「このまま苦しみながら死ぬといい。君の王子様はここで終わりだ」
自分たちの勝利は確定した思い、レデュエやナメクジたちの顔からは笑みがこぼれる。
あたしは黙ってこの光景を見ていることしかできなかった。
「ぐっ……うおお……オオォォォォ!!」
リュウ君の叫びが悲痛な叫び声から籠った叫びへと変わっていく。それと共に青い光を発し、彼を包み込んでいた植物のつるを枯らして緊縛を解いた。
「バカな!《ヘル・プラント》を打ち破ったというのか!?」
この光景を見たレデュエたちは、リュウ君の力が自分たちの予想を大きく上回るほどのものだったということに再び驚愕する。
「くそ!システムコマンド!オブジェクトID《ジュワユーズ》をジェネレート!!」
これを見かねた1体のナメクジが叫ぶ。
すると、その前に微細な数字が猛烈な勢いで流れ、1本の剣を作り上げる。ALOの公式サイトで見たことがある。青白く光り輝く刃を持ち、鍔の辺りには白銀の宝石が装飾されている片手剣。名前は《聖剣ジュワユーズ》。
入手方法が一切不明の伝説の武器を作り上げるなんて……。しかも、それを醜いモンスターが扱うことに不快感を覚える。
「伝説の剣の餌食にしてやる!」
ナメクジは触手でその剣の柄を掴もうとするのだったが……。
「ギャァァァァ!!」
突如、リュウ君が持っていた剣が矢のように飛んできてナメクジの体を貫く。
ナメクジが悲痛な叫びを上げて触手を振った拍子にジュワユーズは宙を舞い、吸い寄せられるようにリュウ君の左手に収まった。青く光り輝く刃を持つ伝説の剣は、醜いモンスターではなく、敵から奪った力を我がものにして戦う剣士を選んだようにも見えた。
同時に1体のナメクジはポリゴン片となって消滅する。
リュウ君は剣を地面に突き刺す。すると爆発がいくつも巻き起こり、レデュエを包み込む。
「グワァッ!!」
爆発が収まるとリュウ君は剣を地面から抜き取り、怯んでいるレデュエに向かって地面を蹴る。剣を振るい、ハルバードを叩き落とし、レデュエの体を斬り裂き、勢いよく突き刺す。
「グワァァァァっ!!」
更に剣を抜き取り、もう1度斬り裂く。そしてジュワユーズの刃に白い光が纏う。
――《サウザント・スピア》!!
リュウ君が放った10連撃の突きがレデュエにクリティカルヒット。レデュエは地面に転がり、追い詰められていく。
「バカ…な、私が…負けるだと!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!」
リュウ君は一度下がり、瞳を赤く光らせながら、龍のように雄叫びを上げて翅を出現させる。そして、刃を紫に光らせて、レデュエに向かって勢いよく飛んでいく。
レデュエは悪あがきに植物のつるを使って応戦するが簡単に打ち破られ、リュウ君の紫の光を纏わせた剣がレデュエに勢いよく振り下ろされた。
「《グランド・オブ・レイジ》!!」
「グワアアアアァァァァっ!!」
強力な一撃を受けたレデュエは断末魔を上げながら爆発に包まれて消え去った。
「そんな、副主任が倒されるなんて……。だったら、この女を人質に…… ヒッ…!」
「いつまでもそんな薄汚い手でリーファに触るな…!!」
「ま、待て…ギャァァァァ!!」
あたしを触手で捕まえていたもう1体のナメクジはあっけなくリュウ君に斬られて悲痛な叫びを上げながら消滅した。その拍子にあたしは地面に落下するが、その前に何かに受け止められて地面に叩きつけられることはなかった。
「遅くなってごめんリーファ、もう大丈夫だよ」
「リュウ君……」
あたしを受け止めてくれたのは、ボロボロとなった青いフード付きマントを羽織った少年……リュウ君だった。今はレデュエやナメクジたちに向けていた敵意と殺意はなくなっており、微笑んであたしを見ている。そんなリュウ君に思わずドキッとしてしまう。
「うぐっ!?ぐあぁぁぁ!」
「リュウ君!?」
リュウ君はあたしを下ろすと、地面に倒れ込んでしまう。
もう1体のナメクジを倒した直後、苦しみのあまり、地面に倒れ込んでしまう。目に映るもの全ての色がくすんだ光景となり、音も濁った音しか聞こえなくなくなってしまう。俺はもう完全にオーバーロード……醜い化け物となるのだろう。苦しむ中、誰かが左手を両手で包み込んだ。
俺の左手を掴んだのはリーファだった。
「リュウ君、あたしがいるから大丈夫だよ」
「でも、俺は……」
「醜い化け物とかオーバーロードだって言うでしょ。そんなの関係ないよ。リュウ君は昔と変わらないあたしのヒーローだから」
「スグ……」
俺はリーファ/スグが思っているようなヒーローではない。だけど、リーファ/スグの言葉が何よりも嬉しかった。
「ぐっ!?」
「リュウ君!」
すると、再び苦しみが襲い掛かり、俺の体から龍の顔を催した紋章が描かれている藍色のメダルが出てくる。メダルにはヒビが入り、砕け散って跡形もなく消滅した。
「目の色が赤から元通りの青に戻ってる……」
「えっ!?」
「リュウ君はオーバーロードにも化け物にもならなずに済んだってことだよ。よかった、本当によかった……」
リーファが言ったことはすぐには理解出来なかったが、その意味が理解した瞬間安心感に包まれた。リーファは自分のことのように喜び、俺に抱きついてくる。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でる。
数分ほどこのままでいた後、リーファに支えられて何とか立ち上がる。先ほどの戦闘のダメージが思っていたよりも大きく、立っているので精いっぱいだ。
「俺たちも早くキリさんたちのところに行こう。きっとアイツらみたいにヤバい奴がいると思うからな」
「う、うん。だけど、体の方は大丈夫?」
「キリさんたちのことが心配だからな。ここでジッとしている訳にもいかない」
出発しようとした時、何人かのプレイヤーが俺たちに近づいてくる気配がする。
――まさか、他にも敵が……。
すぐに戦闘に入れるようにするが、目の前に現れた者達を見た瞬間、俺とリーファは驚きを隠せなかった。
レデュエ/蛮野に追い込まれたリュウ君、そしてナメクジたちに捕まってしまったリーファと最初は絶体絶命という空気でした。そんなピンチを救ったのは謎の人物たち。彼らは何者なのか。
そして、吐き気を催す邪悪と言ってもいいレデュエ/蛮野たちにブチギレたリュウ君。謎のソードスキルを連続で使用し、更には敵から奪い取った武器も使用してレデュエ/蛮野たちを倒し、リーファを助けることができました。
ファーランとミラを失い、茅場との戦いではキリトとアスナを助けることができなかったリュウ君。ですが、今回の話で守りたいものを守れて、やっと成し遂げられなかったことを果たすことができたと思います。
悪と同じ存在でも力の源が悪と同じものだとしてもそれを善のために利用するという今回のリュウ君はまさに仮面ライダーと言ってもいいでしょう。
今回の話は見ていて気がついた人もいたと思いますが、全体的に鎧武41話を元しました。紘汰がレデュエにブチギレてカチドキロックシードを直して極アームズに変身するところはカッコよかったので。実際に、この時みたいに挿入歌に『乱舞Escalation』を聴きながら今回の話を執筆しました(笑)。本当はライバルとの対決時に合う曲ですが、今回のリュウ君にも合いそうなだと思いました(笑)
ただ、レデュエにトドメを刺したところだけは、オーズ・プトティラコンボが《グランド・オブ・レイジ》でカザリにトドメを刺したシーンみたいになりましたが。
余談ですが、今回の話はリーファ/直葉にちょっかい出すとリュウ君が滅茶苦茶怖いということを教えてくれた回でもありました。恐らく、アリシゼーション編でも今回みたいにリュウ君がブチギレるかと思います。
次回はアニメ24話の話になります。あのゲス野郎はリメイク版ではどうなることやら。
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第22話 偽りの世界の終焉
リアルの方は問題の1つが解決して今は以前と比べて少し心身共にゆとりがある状態です。ですが、他の問題はまだ解決してないので再び忙しくなることは間違いなく、投稿が遅れる可能性は高いです。少なくても失踪はしないのでこれからもよろしくお願いします。
前回はリュウ君がカッコいいというコメントをいくつも頂き、凄く嬉しかったです。
今回はキリトがメインとなります。去年のゲームの追加コンテンツであのゲス野郎が出てきて、それを見たときは絶版にしてやりたいくらいでした。同じく自称「神」でゲームマスターの彼にはまだキャラとして好感は持てましたが、あのゲス野郎には嫌悪感しか抱くことができませんでした。そのため、今回の話は奴に対する敵意と私自身のストレス発散が込められていますのでご了承ください。
最後にオマケコーナーがありますが、本編には一切関係なく公式が病気レベルのものですのでスルーしても構いません。
背中に突き刺さっている大剣と重力魔法によって地面に這いつくばって動けなくなっている中、須郷が俺を見下している。
「キリト君、今の君の姿は実にいい姿だよ」
「す、須郷……」
須郷は蛮野と同じ赤い目をした緑の鎧とマントを装着したような姿をした怪人……《オーバーロード・レデュエ》へと姿を変え、動けない俺を散々いたぶって遊んでいた。何度も顔や体を殴り蹴り、ある時は近距離で魔法を使って俺を苦しめた。しかも、奴がペイン・アブソーバを下げているせいでこの世界でも痛みが伝わってくる。
「システムコマンド、ペイン・アブソーバをレベル8からレベル7に変更!」
「っ……ぐっ……」
その直後、痛みがより一段強くなって伝わってくる。
苦しそうにしていると須郷はニヤニヤして楽しそうにする。そしてグランドクエストの時にリズから貰った剣を手に取る。
「この剣も刺し終わった時にはペイン・アブソーバをもう一段階低くしてやるよ」
「もうやめてっ!!」
見るに堪えなくなったアスナが叫んだ。
「これ以上、キリト君や他の人たちを傷つけないで!」
「おいおい、彼のことを心配できる状況じゃないだろう、小鳥ちゃん。焦らなくてもそろそろ君の相手もしてやるよ」
そう言うと須郷は剣を地面に突き刺し、アスナの方へと歩き出そうとする。俺はなんとか右手を動かし、須郷の左足を掴む。
「アスナに近づくな!」
「まったく、しつこいなっ!!」
足を掴んだ手は振り払われ、体を蹴られる。そして、須郷は俺の右手の甲にリズから貰った剣を突き刺す。
「ぐわあああああっ!!」
「キリト君っ!!」
「神である僕に歯向かおうとするからだよ。しばらくそこに這いつくばっているといるんだね。さてと……」
須郷はレデュエから妖精王オベイロンの姿に戻り、アスナの元へと近づく。アスナは恐怖と絶望に包まれ、目尻に涙が溜まる。その涙の雫を須郷が舌で舐めとった。
「ああ、甘い、甘い!」
「須郷、貴様……貴様ァァァァ!!貴様、殺す!!絶対に殺す!!」
怒りを露わにして立ち上がろうとするも俺を貫いた2本の剣は小揺るぎもしない。
これは報いなのか?ゲームの世界なら俺は最強の勇者で、アスナは自分の力で助け出せると思っていた。だけど、本当は俺には何の力もないのに……。俺がここまで来れたのも皆がいたからだ。皆が俺やアスナのためにと一生懸命頑張ってくれたのに、それも無駄になってしまう。
――ユイ、リュウ、皆、スマン。せっかく頑張ってくれたのに俺の自己満足のせいで全て無駄になりそうだ。アスナ、救えなくて本当にゴメン……。
悔しさのあまり目からは涙がこぼれ落ち、この状況から逃れようと思考を放棄することにした。
『逃げ出すのか?』
――そうじゃない…現実を認識するんだ。
『屈服するのか?かつて否定したシステムの力に?』
――仕方ないじゃないか。俺はプレイヤーで奴はゲームマスターなんだよ。
『それはあの戦いを汚す言葉だ。私にシステムを上回る人間の力を知らしめ、未来の可能性を悟らせた、我々の戦いを』
――だけど俺は、誰かに与えられただけの力に、無邪気にはしゃいでいた子供なんだぞ。
『そうかもしれない。だが、君はあの世界で魔王を倒す2人の勇者の内の1人だったことには変わりない。
――お前は……。
『だから君も立ちたまえ、キリト君!』
その声は雷鳴のように轟き、俺の意識を呼び起こした。意識を取り戻す時、一瞬だけだったが1人の白衣を着た30台前半くらいの男性が見えた気がした。
遠ざかっていた感覚が一気に繋がれ、俺は目を大きく見開いた。
「う、うおおおぉ……!!」
須郷がアスナのワンピースの襟元を飾っていた赤いリボンを掴んで手にかけようとした寸前で、瀕死の獣にも似た声で唸りながら右手の甲に突き刺さっていた剣を左手で抜き取る。そして、重い体を無理やり起き上がらせようとする。
「こんな魂のない攻撃に屈服するわけにはいかない。あの世界の刃はもっと重かった、もっと痛かった!!」
全身全霊の力を込めて体を起こした。その拍子に俺の背中に突き刺さっていた大剣は抜け落ちて地面に転がった。
この光景を見た須郷は、アスナのワンピースの襟元を飾っていた赤いリボンから手を離し、俺の方を見ると再びオベイロンからレデュエへと姿を変えた。
「やれやれ、妙なバグが残っているなぁ!!」
そう言いながら俺の前まで歩いてくると、右拳を振り上げて俺を殴ろうとした。俺は左手でそれを掴み取る。
「システムログイン、ID《ヒースクリフ》」
更にパスワードも言った途端、俺の周りにはいくつものメニューウインドウが広がる。須郷は驚いて俺の左手を振り払い、すぐに離れる。
「な、何?何なんだそのIDはっ!?」
「システムコマンド、管理者権限変更。ID《オベイロン》をレベル1に」
すると、須郷の目の前に管理者権限が変更されたことを知らせるメニューウインドウが表示される。
「な、僕より高位のIDだと?ありえない!僕は支配者、創造者だぞ!この世界の王、神!」
これには流石の須郷も動揺を隠せずにいた。
「そうじゃないだろ、お前は盗んだんだ!世界を、そこの住人を。盗み出した玉座の上で1人踊っていた泥棒の王だ!!」
「こ、このガキ……僕に……この僕に向かって!まだ完全の状態じゃないが蛮野が手に入れたっていう新たな実験体を使って始末してやる!!システムコマンド、モンスターID《オーバーロード・ロシュオ》をジェネレート!!」
須郷は何か強力なモンスターを呼び出そうとしているのか、そのモンスターの名前だと思うものを叫ぶ。だが、何も起きなかった。
「反応がない、まだ使える状況じゃないのか。だったらシステムコマンド、オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!」
違う方法も試してみるが、先ほどと同様に何も起きることはなかった。
「言うことを聞けぇ!ポンコツがぁっ!神の……神の命令だぞ!!」
須郷が怒りを露わにして叫ぶ中、アスナと目が合う。
「もう少し待っていてくれ。すぐに終わらせるから」
「うん……」
聞こえるかどうかわからないくらいの小さな声で言ったはずだが、アスナは俺が何を言ったのか悟って軽く笑みを見せて頷いた。
そして俺は視線をわずかに上に向けて叫んだ。
「システムコマンド!オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!」
すると、俺の微細な数字が猛烈な勢いで流れ、1本の剣を作り上げる。金色に輝く刀身を持つ、美麗な装飾を施されたロングソード……《聖剣エクスキャリバー》だ。
「コマンド1つで伝説の武器を召喚か……」
この剣はヨツンヘイム中心部のダンジョンの最深部にあった伝説の剣だ。それをコマンド1つで召喚できてしまうことに不快感を覚える。《エクスキャリバー》の柄を掴んだ瞬間、自分の力で手に入れて、初めて手に収めたかったと思ってしまうほどだ。
俺は《エクスキャリバー》を、目を丸くしている須郷に投げ渡す。須郷が危うい手つきでそれを持ったのを見てから、俺は地面に転がっている大剣を右手にリズから貰った剣を左手に持つ。そして、2本の剣を構えて言った。
「決着を付ける時だ、泥棒の王。お前はここで倒される運命なんだ、鍍金の勇者によってな。システムコマンド、ペイン・アブソーバをレベル0に!!」
「くっ!蛮野……パックはどうしたっ!?早く僕を助けろ!お前はこの世界で僕に使える妖精なんだろっ!!」
「蛮野はお前を助けには来ないぜ」
蛮野に助けを求めようと叫ぶ須郷に誰かが答える。声がした方を見ると見おぼえがある9人のプレイヤーたちがいた。
「リュウ、リーファ!それに皆も!」
俺とユイをアスナの元へ向かわせようと蛮野と戦っていたはずのリュウとリーファ、更にはグランドクエストの時に俺たちのことを見送ったカイト、ザック、オトヤ、リズ、シリカ、クライン、エギルまでもいた。リュウはカイトとザックに支えられて何とか立っている状態だったが、自力で立って数歩前に出る。
「悪いが蛮野たちは倒させてもらったぜ。今は多分、現実世界で気絶でもして寝ているんじゃないかな?何せペイン・アブソーバが0の状態で攻撃をまともに喰らったんだからな」
「蛮野たちが……。そんなの嘘だっ!お前はオーバーロード……醜い怪物になろうとしていただろっ!!」
「蛮野たちにも教えたけどお前も知らないようだから教えてやるよ。例え悪と同じ存在から生まれたり悪と同じ力を持っていても、守りたいもののために戦う者が現れるんだよ」
「何だとっ!?」
リュウが言ったことに須郷は困惑を隠せないでいた。そんな中、俺はカイトたちに問いかける。
「でも、カイトたちはどうやってここまで来たんだ?ガーディアンは沢山いたし、ゲートだって閉じていたはずじゃ……」
「お前たちの帰りを外に出て待っていたところ、ゲートが勝手に開いてガーディアンも出現しなくなったからだ」
「いざ突入したら研究施設みたいなところに辿り着いて、そこでリュウとリーファと合流してここまで来たんだよ」
「最初は蛮野たちの仲間なんじゃないかってヒヤヒヤしましたが、カイトさんたちで本当によかったですよ」
「お前たちが頑張っている中、オレたちは何もしてないわけにはいかねえだろ」
「オレたちがいるってことを忘れちゃ困るぜ」
「リュウたちには僕たちがいるんだよ」
カイトに続き、ザック、リュウ、エギル、クライン、オトヤが言う。
「そこのアンタ、見たところあたしの親友に手を出してくれたみたいだね。ただで済むと思わない方がいいわよ」
「アスナさんを酷い目に合わせるなんて……。あなたを絶対に許さない!」
「ずっとあたしたちALOプレイヤーを騙していた罪は重いわよ!」
リズ、シリカ、リーファの女性陣3人は須郷に対して怒りを露わにする。奴らはアスナや大勢の人を傷つけたり、ALOプレイヤーを騙していたから無理もないだろう。
俺は須郷の方を見て、奴に数歩近づく。
「逃げるなよ。あの男はどんな場面でも臆したことはなかったぞ!あの……茅場晶彦は!!」
「か、かや……茅場!そうか、あのIDは……。あいつらを手助けしたのも……。な、何で……何で死んでまで僕の邪魔をするんだよ!アンタはいつもそうだ!何もかも悟ったような顔しやがって!僕の欲しいものを端からさらって!!」
「須郷、お前の気持ちはわからなくもない。俺もあの男に負けて家来になったからな。でも、俺はあいつになりたいと思ったことはないぜ。お前と違ってな」
「こ、この……ガキがぁ!この世界から消えろぉぉぉぉ!!」
「消えるのはお前だっ!」
逆上した須郷は無茶苦茶に《エクスキャリバー》を振るってくる。だが、俺はそれを全て2本の剣を使って防ぐ。最強の剣を持っていても使う奴がこうだとこんなものか思うほどだ。
「こんなはずはない!僕はこの世界の神なんだぞ!こんなクズどもに負けるわけがない!!」
須郷が突きを放ってきた瞬間、すれ違いざまに須郷の頬を斬りつける。
「痛ぁっ!!」
斬られた頬に手を当て、痛がる須郷。
「痛い?お前がアスナに与えた苦しみはこんなもんじゃない!!」
するとリーファを除く全員が光りに包まれる。俺とアスナもだ。
光りが消えるとリュウたちの姿がALOからSAOの時の姿へと変わっていた。俺の姿もスプリガンのキリトから《黒の剣士》と呼ばれた二刀流使いのキリトへと姿を変えた。
リュウが叫ぶ。
「俺たちの……SAOプレイヤーとALOプレイヤーの力を見せてやる!!」
「これであなたも終わりよ!!」
更に捉えられていたアスナも囚われの姫から《閃光》とも呼ばれていたアスナへと姿を変えた。
11人のプレイヤーたちが武器を構え、俺とリュウが叫ぶ。
「「ここからは、俺達のステージだ!!」」
「き、消えろぉぉぉぉ!!」
須郷はリュウたちがいる方へ手から緑色の光弾を放って攻撃する。だが、リュウたちに軽々とかわされて緑色の光弾は地面に着弾して周囲は爆炎に包まれる。
「うおおおおお!!」
「おりゃあああ!!」
リュウたちは軽々と緑色の光弾をかわし、爆炎の中からクラインとエギルが出て来て須郷の体を刀と両手斧で斬り付けた。
「ぐわぁぁぁぁっ!!こ、この!!」
2人の斬撃を受けた須郷は苦しみながら倒れるも起き上がってオトヤ、シリカ、リズの3人に目がけて炎の玉を放つ。
「はああああ!!」
「ていやっ!!」
「えーい!!」
しかし、その攻撃もかわされてオトヤの錫杖、シリカの短剣、リズのメイスによる攻撃が叩き込まれる。
「ぎゃああああっ!!」
あまりの痛みでもがき苦しむ須郷。
「ハァ!!!」
「そりゃあ!!」
カイトとザックはそれにお構いなく、すぐに自身が持つ刀と槍で同時攻撃を与える。2人の攻撃により、《エクスキャリバー》を握った須郷の右手が切り落とされた。
「うわああああぁぁぁぁっ!!手がああぁぁああっ!!僕の手がああぁぁああっ!!」
須郷はゲーム内であるが右手を失ったことでパニックになり、悲鳴をあげる。
「はああああああ!!」
「せい!!」
そんな中でもアスナとリーファは須郷に剣戟を浴びせる。2人の攻撃を受けた時点で須郷は蓄積されたダメージが大きくなったということもあってレデュエからオベイロンの姿へと戻った。オベイロンの姿になっても右手は失い、残った体もボロ雑巾のような状態だが、須郷もしぶとく立ち上がる。
「馬鹿な…どうし..て…この世界…では、僕は神の筈なのに…!」
「神だと…?ふざけるな!お前なんかただの悪党だ!!」
「これで終わりだ!須郷!!」
俺とリュウは地面を蹴り、俺たちの剣に光が纏う。
――《ドラゴニック・ノヴァ》!!
――《スターバースト・ストリーム》!!
リュウの見たことのない11連撃の連撃が叩き込まれ、それに続くように俺が放った16連撃が炸裂。
「グボアアアアァァァァァァ!!」
俺とリュウの攻撃で須郷の下半身は赤いエフェクトを散らしながら、ポリゴン片となって消滅。残った上半身はその場に落ちる。
俺は左手に持つ《ダークリパルサー》を地面に突き刺し、空いた左手で須郷の長い金髪を左手で掴み、持ち上げた。須郷の顔は涙を流し、口をぱくぱくと開閉していてその顔はとても醜いとしかいいようがないものだ。
左手をぶんと振って、須郷の上半身を垂直に放り投げる。そして、リュウと共に体を捻って直突きの構えを取り、耳障りな絶叫を上げながら落ちてきた須郷に目がけて全力の突きを放った。リュウの《ドラゴナイト・レガシー》は心臓、俺の《エリュシデータ》は右目を貫いた。
「ギャアアアアアアアァァァァァァ!!」
須郷の断末魔が響き渡り、赤いエフェクトをまき散らす。断末魔が聞こえなくなるとポリゴン片となって残っていた上半身も完全に消滅した。
俺は地面に突き刺さっていた《ダークリパルサー》を抜き取り、《エリュシデータ》と共に背中にあるそれぞれの鞘へとしまう。同時に右隣にいたリュウも《ドラゴナイト・レガシー》を右腰の鞘へとしまった。
直後、再び元SAOプレイヤーである俺たちを先ほどと同じ光が包み込む。それが消えると俺はスプリガンの姿、アスナは囚われの姫の姿と、全員が元のALOでの姿へと戻った。
すると、隣にいたリュウがバタンっと倒れてしまう。
「おい、リュウ!」
「リュウ君!」
俺とリーファはさっきのようになってしまったんじゃないかとリュウを心配する。だけど、先ほどとは異なって目は閉じていて表情も安らかに眠っているものだった。
「リュウの奴、オレたちが駆けつけた時にはもう立っていられるのもやっとだったんだぜ。あのに『俺も行く』って聞かなくてよ」
「リュウ君、あたしを守って戦ってくれたからそれで……」
エギルとリーファが言ったことを聞き、微笑んでリュウの顔を見る。
「そうだったのか。妹を守ってくれて、ここまで付き合ってくれて本当にありがとな、リュウ」
眠り込んでいるリュウに礼を言う。
「俺たちの役目はここで終わりだ」
「リュウのことはオレたちに任せて、今はアスナと2人だけの時間を楽しみな」
カイトとザックがそう言うと、皆はリュウを連れてこの場を去る。
すると、アスナが俺の元に駆け寄って抱きついてきた。アスナと抱き合うと目からは涙が溢れてきた。
「信じてた。ううん、信じてる。これまでも、これからも。君は私のヒーロー。いつでも助けに来てくれるって……」
手が俺の髪をそっと撫でた。
「違う、俺にはなんの力もないんだ……。リュウや皆の助けがあったからここまで来れたんだよ。だけど、アスナのヒーローであれるように頑張るよ。さあ、帰ろう……。現実世界はもう夜だろう。でも、すぐに君の病室に行くよ」
「うん、待ってる。最初に会うのは、キリト君がいいもの。ついにあの世界に帰るんだね」
アスナはふわりと微笑んだ。
「ああ。色々変わっててびっくりするぞ。だから楽しみにしててくれ」
「うん」
一際強くアスナを抱きしめ、ウインドウを操作して。ログアウトボタンに触れるとアスナは白い光りに包まれ、アスナを含む300人のSAOプレイヤーはこの世界からログアウトした。
・オマケコーナー
オベイロン……須郷が消滅し、俺たちは自分たちの勝利を確信した時だった。
「フハハハハハハハハハハ!!」
突如、後ろの方から須郷の高笑い声がする。振り返るとカラフル文字で『CONTINUE』と書かれている紫色の土管が地面から生えていた。
「な、何だ……これは……?」
「ハハハハハハハハハ!!」
そしてテッテレテッテッテーというBGMと共に、腕組みをして気持ち悪い笑みを浮かべた須郷……妖精王オベイロンが土管の中から出てきた。
「「復活した……」」
リュウとリーファが同時にそう口にする。俺や他の皆はこの光景に唖然としていた。
「僕のアバターにはコンティニュー機能が搭載されているんだよ。ちなみに僕のライフは1つ減って残りライフは98個だ」
それを証明するかのように残りライフが記載されたウインドウが表示される。
これにはここにいる全員が不快な表情をする。特にリュウに至っては、何処かの研修医のようにチベットスナギツネみたいな表情をして嫌そうにし、須郷を見ていた。
「コンティニューってそんなのありかよ……」
「妖精王オベイロンだか知らねえけど、きたねえぞっ!」
エギルとクラインが言う。すると、須郷は改まった表情をする。
「妖精王オベイロンというという名はもう捨てた。今の僕は……」
一体何を言うんだと全員が固唾を呑む。
「
自信満々にドヤ顔でそう言う須郷。ただ最初に《新》を付けただけということもあって俺たちは唖然する。そして、すぐに須郷から距離をとって小声で話し始める。
「何か《新》って付けてますよ」
「あたしもどうして《新》って付けたのか全然理解できないよ」
「正直これはないと思うわ」
「いっそのこと妖精王オベイロン(笑)の方がいいんじゃないのか?」
「それ以前にいい年した大人が自ら妖精王って名乗るのはどうかと思うんだけど……」
オトヤ、シリカ、リズ、ザック、アスナの順で言う。全員が須郷に対してディスっている内容で、思わず笑いそうになってしまいそうになっている。ポーカーフェイスのカイトさえも右手で顔を隠して笑いを必死で堪えようとしているほどだ。
「黙れぇえええええっ!!!」
今の俺たちの会話が聞こえたのか、何処かのゲーム会社の2代目社長のようにキレる須郷。
「神である僕に刃向かうお前たちはここで排除してくれてやるっ!」
「大口叩けるのも今のうちだ!」
「何度コンティニューしてもお前を倒してやる!!」
カイトとザックは地面を蹴り、須郷に攻撃を与えようと武器を振り下ろそうとする。だが、管理者権限を奪われたはずの須郷はメニューウインドウを開いて何かを操作する。
『アガッチャ!』
この音声と共に須郷は金色の光を纏った状態となり、某世界的に有名なゲームの主人公が無敵状態になった時になるBGMが流れる。
カイトとザックが須郷にクリティカルヒットするが、奴には一切ダメージを与えられなかった。
「何っ!?」
「攻撃が効いてない!どうなっているんだっ!?」
2人が驚きを隠せない中、須郷は解説をする。
「ハイパームテキモードはあらゆる攻撃が一切効かない無敵状態!お前たちの攻撃はもはや無意味だぁ!フハハハハ!ブハハハハハハハハハハ!!」
自分の勝利は確定したとゲスな笑いが止まらなくなる須郷。だが……。
『タイムアップ!』
この音声と共に須郷を纏っていた金色の光はなくなり、BGMも流れなくなる。恐らくハイパームテキモードは10秒ほどで時間が切れてしまうのだろう。
「ギャハハハハハハハハハハ!!」
須郷はそのことに気が付いていないようで今も笑っている。
あまりにも腹立たしいもので、いっそのこと全員で残り98回分コイツを倒してやろうかと思ったりもした。だが、これ以上このゲス野郎には付き合ってはられなく、俺は管理者権限を使ってある機能を使用する。
「システムコマンド、《仮面ライダークロノス》をジェネレート!!」
俺の声に答えたかのように黒と黄緑をベースとした伝説の戦士とも言われる仮面ライダーが姿を現す。
クロノスは自身のベルト《バグルドライバーⅡ》のAボタンとBボタンを同時に押す。
『ポーズ!』
するとクロノス本人と管理者権限を持つ俺以外の全ての動きが停止する。これはクロノスだけが持つ伝説の力、時間停止能力だ。
クロノスは止まった状態の須郷の前まで来るとドライバーのBボタンを2度押す。
「キメワザ!クリティカル・クルセイド!」
この音声がすると、クロノスの足元に巨大な時計を模した魔法陣を投影し、時計の針のように反時計に回転して須郷に強烈な後ろ回し蹴りを叩き込む。
『終焉の一撃!』
「妖精王オベイロンは絶版だ」
クロノスは冷たくそう言い放ち、ドライバーのAボタンとBボタンを同時に押して『リ・スタート!』という音声と共に再び時が動き始める。
同時に須郷……妖精王オベイロンは、地面に膝をついて断末魔も上げることなくポリゴン片となって消滅する。須郷は残りライフが大量に残っているのに関わらず復活することはなかった。
「止まった時の中で死を迎えた者にコンティニューの道はない。死という瞬間のまま、永久に止まり続ける」
最後にそう言い残して消えるクロノス。ていうか、管理者権限でよくクロノスを呼び出せたなと自分で呼び出しておきながらそう思ってしまうのだった。
下須郷へのお仕置きは旧盤とは変わらず、仮面ライダーウィザード第53話のアマダム戦をイメージしたものとなっていますが、エギルやオリキャラのカイトとザックとオトヤ、更には囚われていたアスナも加わり、リーファ以外の全員がSAOの時の姿へとなりました。これはオーディナルスケールの最終決戦やアマダム戦で鎧武以外のライダーが最終形態になったのを見て思いつきました。11人のプレイヤーによるリンチとなってしまいましたが、あのゲス野郎にはこれくらいやってもいいかと思います。
ちなみにアニメや原作では須郷がアスナの胸元の布を引き裂きましたが、この作品ではリュウ君たちも後でやってくるため、涙を舐められるだけとなっています。そんなことになったら、リュウ君がリーファに目つぶしを喰らうなどのカオスな状態になりますので。代わりにキリトがかなり痛めつけられることとなってしまいましたが。
そして最後のオマケコーナーは前書きでも書きましたが公式が病気レベルのものとなってしまいました。須郷と神のネタはベストマッチな感じがしましたので。コンティニュー土管、自分の名前の初めに新を付ける、調子に乗って解説をするなどと書いてて笑ってしまいました(笑)。挙句の果て、絶版おじさん……仮面ライダークロノスまでも出てきて絶版にされた下須郷。書き終わって本当に私の悪ふざけがかなり含まれているなと思ってしまいました(笑)。ただ、同じく神のネタをやったレコンが下須郷のようになってしまわないか、心配になりましたが……。
次回も遅れるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
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第23話 科学者とユニークスキルとかつての仲間
どうでもいいことですが、ここ最近のリメイク版のリュウ君が、オーズの映司だけでなく、エグゼイドの永夢や鎧武の紘太っぽくなっているなと思いました。
それどころか、ビルドに登場する仮面ライダークローズとはかなり共通点があるんですよね。青い龍をモチーフ、変身者の名前が万丈龍我(性格はかなり違いますが)。クローズといえば最近、クローズマグマにパワーアップし、挿入歌の「Burning My Soul」がカッコいいとなってます。エグゼイドや鎧武の時みたいにCDの発売日が今から待ち遠しいです。ですが、先週のビルドでクローズ/万丈がかなりヤバイ事態に……。
無駄話が長くなってしまいましたが、今回の話になります。
「ここは……?」
意識を取り戻して目を覚ましてみると、俺は分厚い水晶の板の上にいた。辺りは夕焼け空
がどこまでもそれはどこまでも広がっている。
俺は確か皆と一緒に須郷と戦って倒したはずだ。だけど、周りを見渡しても皆の姿はない。
ペイン・アブソーバが低い状態で蛮野/レデュエからまともに攻撃を受けた後も、無茶をして戦ったせいで死んでしまったのではないか。ここは死後の世界なんじゃないのかと思ってしまった。
だけど、ALOはSAOと違って死ぬことはない。それを証明するかのように、俺は蛮野/レデュエとの戦いでボロボロになった装備を身にまとっている。ならば、ここはALOの中に違いない。でも、ここは一体どこなんだ。
辺りを見渡していると、不意に後ろから声がした。
『気が付いたようだね、リュウガ君』
振り向くと男性が1人立っていた。白いシャツにネクタイを締め、白衣を羽織った科学者の恰好をした30代くらいの男性だ。
俺はこの人のことを知っている。最初は驚きを隠せなかったが、彼の名を口にする。
「あなたは茅場晶彦……」
茅場晶彦。SAOの開発者にしてSAO事件の首謀者。奴は血盟騎士団の団長ヒースクリフとしてSAOにログインしていたが、キリさんと相打ちになって倒され、現実世界では行方不明となっているはずだ。
『そうであるし、そうでないと言える。私は茅場昌彦という意識のエコー、残像だ』
「わかりにくいことを言う人ですね。俺には理解できないことですよ」
茅場は苦笑いする。
『キリト君にも同じことを言われたよ。わかりにくくて、すまないな』
これには俺も呆れることしかできなかった。
「そういえば、蛮野と戦っている時に俺を手助けしてくれたり、カイトさんたちが世界樹の中に来られるようにしたり、俺たちをSAOの時と同じ姿にしたのは、あなたの仕業なんですか?」
『その通りだ。君たちをあのまま見過ごすわけにはいかなくてね』
「まさかSAOのラスボスに助けられることになるなんてな……。まあ、あなたには色々と助けられたようですし、とりあえず礼は言っておきますよ」
『礼は不要だ。君は私の予想を上回るものをいくつも見せてくれたからね。私も君に驚かされてばかりだったよ。まさか、あの技……《
「りゅ、《龍刃》……?」
茅場が言っているのは、俺が使ったあの見たことのないソードスキルのことなのか。でも、《龍刃》なんていうスキルは一度も聞いたことはない。それに、ALOにはソードスキルは存在しないはずだ。俺はてっきりオーバーロードの力の一種だと思っていたが、蛮野も知らないものだと言っていた。じゃあ、あれは何だって言うんだ……。
俺の疑問に答えるように茅場は答える。
「その様子だと気が付いてないようだね。《龍刃》はSAOで全十種存在するユニークスキルのうちの1つだ」
「何だってっ!?」
このことに俺は驚きを隠せなかった。
ユニークスキルはキリさんの《二刀流》やヒースクリフの《神聖剣》といったSAOで1人にしか与えられないスキルのことだ。でも、俺はユニークスキルなんて持っていなかったはずだ。
「《龍刃》は、盾と併用して使用することができないが、片手剣スキルより強力な専用のソードスキルを使うことができ、補正に敏捷性が上昇する効果があるスキルだ。このスキルは、全てのプレイヤーの中で最も悪しき力に負けない心を持つ者に与えられる。一応、《龍刃》は邪竜の力が源だっていう設定があるからね。その者が魔王に対するもう1人の勇者となる予定だったんだよ」
そういえば、ヒースクリフ団長の正体が茅場晶彦だと判明した時、茅場はこんなことを言っていたな。《あるユニークスキル》を持つ者が《二刀流》スキルを持つ者と共に、魔王に対する勇者たちの役割を担うと。
俺はそれに該当するのは、カイトさんかアスナさんのどっちかだと思っていた。だから、未だにこのことが信じられなかった。
『君は、自分はもう1人の勇者になることはありえないと思っているだろう。だが、君はかつて仲間を失って心の闇に囚われてもそれを乗り越え、《青龍の剣士》と呼ばれるほどまで強くなった。だから君が選ばれてもおかしくない』
《龍刃》を与えられた俺だから、茅場はあの時『悪の力を支配し、己の力にしろ』と言ったんだな。この言葉の意味をやっと理解できた気がする。
よく考えてみると思い当たることがいくつもあった。まずは、所持スキルの中に文字化けしているスキルが増えていたこと。次は、蛮野/レデュエにトドメを刺すのに使った《グランド・オブ・レイジ》は、キリさんが茅場に倒されそうになった時に無意識に放った技と同じものだったこと。そして、須郷と戦った時には、オーバーロードの力を失ったはずなのに何故か《ドラゴニック・ノヴァ》を使えたことだ。
俺自身予想もしていなかったことだから、今まで気が付かなかったんだろう。
『君がこの世界で《龍刃》を使えたのは、恐らくオーバーロードとなるメダルが君に入ったことと、君の誰かを守りたいという強い思いが重なったことが影響しているのだろう。こんな偶然、どうやって起きたのか、私にもよくわからないよ。まあ、この想定外のこともネットワークRPGの醍醐味というべきかな……』
ALOで《龍刃》を使えたのは、要するに偶然身に付いたことなのか。なんか、俺が生まれる前にやっていた特撮番組でもあった、主人公が電気ショックと受けたことと主人公の「強くなりたい」という強い意志が重なったことで、新たな力を手に入れたっていうやつみたいだ。それと似たような仕組みなんだろう。でも、俺のは力を使うたびに、オーバーロードへとなっていく危険性もあるオマケ付きだったが。
「なるほど。あの力は、あなたが作り上げたものだと言ってもよさそうですね。でも、俺に力を与えたのが誰であっても、俺がその力をどう使うかは俺が決めることですよ。例えそれが悪と同じものだったとしても、俺が悪と同じ存在でも、守りたいもののために戦えるなら……」
『君らしい答えだね。話が変わるが、彼らに会ってあげたまえ』
「彼ら?」
『君もよく知っている人物たちだ。彼らも君と会いたがっていたよ』
すると、目の前の空間に光が凝縮し、モスグリーンのフード付きマントを羽織った青年と少女が姿を現した。俺はこの2人を見て驚きを隠せなかった。
「えっ!?ファーランさん、ミラ……?」
「久しぶりだな、リュウ」
「会って話すのは1年と2カ月ぶりだね」
ファーランさんとミラが今目の前にいることが信じられなかった。
2人はSAOがデスゲームと化してからちょうど1年後、俺を助けようとして赤い目の巨人に食われて死んだ。現実世界には墓もあって、2人はそこに眠っているはずだ。
「ど、どうして……ここに……?」
『このことは私から説明しよう』
ファーランさんとミラが現れてから黙っていた茅場の口が初めて開く。
『確かに彼らはSAOで死んだ。でも、君が持っているメダル……《王のメダル》にファーラン君とミラ君の残留意識が宿っていた。《王のメダル》はSAOのアイテムだが、何故かALOでも消えることはなったのは、そのおかげだと言ってもいいだろう。こんなこと、あり得るはずもないのに。これには一番驚いたよ。私はそれに気がついて、ファーラン君とミラ君の意識を覚醒させようとした。君を立ち上がらせるには、私よりも彼らの方が最適だと思ってね』
だからあの時、ファーランさんとミラの声がしたのか。俺はまた、2人に助けられたんだな。
すると、ファーランさんとミラが俺に近づいてくる。
『リュウ、いつの間にか前よりもずっと強くなって。流石、うちのパーティーのエースだな』
『こんなにボロボロになっちゃって。リュウは本当に頑張ったと思うよ……』
「ファーランさん、ミラ。でも、俺……2人を助けることができなかった……。2人に手を伸ばしても俺の手は届かなかった……」
俺はずっと2人を助けられなかったことを後悔していた。いつの間にか、目から涙が溢れ出して止まらなくなる。
『ずっと、そんなこと気にしていたのか。俺たちは全然気にしてないぜ。それに、あの世界で死ぬまでリュウと過ごせて本当によかった。リュウと出会えたのは、俺たちにとって得だった。間違いなくな』
『そうだよ。リーファちゃんだっけ?リュウにはアタシたちがいなくても、あの子や他の人たちがいる。リュウが掴む手は、もうアタシたちじゃない』
「それってどういう意味だ?」
『ごめんな、リュウ。俺とミラはすでに死んだ存在だから、こうしていられるのもそう長くはないんだ。実際に俺たちがここにいられるのは、本当に偶然だと言ってもいいからな』
せっかくまた2人と会えて話せたのに。こんなことってありかよ。2人とまた別れるのが凄く辛い。目からは涙が溢れ出て止まらずにいた。
そんな中、ファーランさんは俺の左肩にポンと手を置いた。
「ファーランさん?」
『リュウなら大丈夫だって言っただろ。お前はうちのパーティーのエースだからな』
『今のリュウならアタシたちがいなくても大丈夫だよ』
「ミラ」
ファーランさんとミラは笑った。辛いのは俺だけじゃなくて、ファーランさんとミラだって同じだっていうのに、きっと俺に心配かけないようにとしているんだ。だから、俺も笑って2人を見送ろう。
「ファーランさん、ミラ。俺、2人と出会えて、本当によかった。絶対に2人のことを忘れないから……」
そして、2人の体が淡い金色に輝き始めた。
『そう言ってもらえて嬉しいぜ』
『リュウのこと、ずっと見守っててあげるからね』
そう言うと、ファーランさんとミラは笑みを浮かべて金色の光の粒になって消えていった。
胸ポケットから《王のメダル》の取り出してみる。3枚ともヒビが入り、ファーランさんとミラと同じく淡い金色に輝き始める。数秒後には、メダルも金色の光の粒になって消滅した。
《王のメダル》が残ったのは、ファーランさんとミラがSAOでの戦いが本当に終わせるのを見届けようとしていると思っていた。でも、本当はまだ過去のことを引きずっているところがある俺のためだったんだな……。
――ファーランさん、ミラ、本当にありがとう……。
心の中でもう一度、2人にお礼を言う。
しばし沈黙してから、茅場にあることを聞いた。
「茅場さん。あなたはどうして、1万人の人を巻き込んで4千人の人を死なせるきっかけまで作って、あんな世界を作ったんですか?」
「キリト君にも同じことを聞かれたよ。フルダイブ環境システムの開発を知る前から、私はあの城を……現実世界のあらゆる枠や法則を超越した世界を創りだすことだけを欲して生きてきた。そして私は、私の世界の法則をも越えるものを見ることができた……」
茅場の言葉は続く。
「空に浮かぶ鉄の城の空想に私が取りつかれたのは何歳の頃だったかな……。この地上から飛び立って、あの城に行きたい……長い、長い間、それが私の唯一の欲求だった。私はまだ信じているのだよ。どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと……」
ファーランさんやミラ、4千人近くもの人を死なせることになっておきながら、何を言っているんだと思った。以前は茅場に対して敵意と殺意を抱いたが、今回はそういう気にはなれなかった。
俺が自分の手が何処までも届いて、誰かを救うことができるヒーローにずっと憧れていたかのように、この人もあんなことを思っていたのだろう。だけど、俺がこの人のことをちゃんと理解できるのはまだ先のこと……もしかすると一生かかっても無理かもしれない。
橘 龍斗……
「では、そろそろ私は行くよ。いつかまた会おう、《青龍の剣士》リュウガ君」
そう告げると、茅場の姿は消え、視界が光に包まれて再び意識を失う。
ずっと謎に包まれていたリュウ君が使ったあの未知のソードスキルは、3つ目のユニークスキル。その名も《龍刃》。
リュウ君がALOで《龍刃》を使えたのは、クウガがライジングフォームみたいに偶然が重なって使用できたのだと思ってくだされば幸いです。
作中でも説明がありましたが、《龍刃》は盾を使えなくなる代わりに専用のソードスキルを発動させることができ、補正に敏捷性が上昇するという、防御を捨てて攻撃と素早さが上がるスキルです。一応キリトの《二刀流》と比べると連撃数や攻撃力は劣るが、ソードスキルの発動時間など素早さにおいては《龍刃》の方が勝っています。
スキルの名前を考えるのが大変で、《グランド・オブ・レイジ》をはじめ、いくつかのスキルは仮面ライダーの必殺技から名前を頂いたものもございます。ちなみにリュウ君にとって《ドラゴニック・ノヴァ》は、キリトの《スターバースト・ストリーム》みたいな立場となります。11連撃のため、ユウキの《マザーズ・ロザリオ》と勝負させたいなと思った私がいました(笑)
蛮野/レデュエ戦でピンチになったリュウ君を助けてくれたのはファーランとミラでした。とっくに気が付いていた人も多かったと思いますけど(笑)。2人の死はリュウ君のトラウマに刻み込まれるものとなりましたが、原作のユージオのように、死んでも周りを助けてくれるという展開にしました。あのメダルが残ったのもそのためです。ですが、メダルは最後に……。あの辺りは、オーズの最終回で映司がアンクと別れるところをイメージしたため、書いてて少し辛くなりました。
この章もあと数話となりました。安否不明のクリムさん、蛮野と須郷の末路、そしてリュウ君とリーファ/直葉の恋の行方は。
次回も更新が遅くなりますがよろしくお願いします。
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第24話 浮遊城のTrue Ending
今回のタイトルはエグゼイド風にしてみました。
それではどうぞ。
「リュウ!」
誰かが俺のことを呼ぶ。それに導かれて目を開けると、目の前に緑色の髪の毛と瞳を持つ中性的な顔立ちをした少年……オトヤがいた。
「オトヤ……」
「よかったぁ。ログアウトした様子もないし、全然目を覚まさないから心配したよ」
「心配かけて悪かったな」
場所は須郷と戦ったところではなく、世界樹の根元にある巨大なゲートの前だった。皆が意識を失っている俺をここまで運んでくれたんだろう。
周りには、オトヤの他に、カイトさん、リズさん、シリカ、クラインさん、エギルさんがいる。カイトさんたちは俺が目を覚ましたことに気が付くと、こっちに駆け寄ってきた。だけど、リーファとザックさんの姿がない。
「あれ?そういえば、リーファとザックさんは……?」
「リーファさんはログアウトしてキリトさんの様子を見に行って、ザックさんはお父さんに連絡するためにログアウトしましたよ。2人ともそろそろ戻ってくるかと思いますよ」
「ザックの親父さんは刑事だからな。このことを話したら、警察も動いてくれるだろう」
シリカとカイトさんが答えてくれた。ていうか、ザックさんのお父さんって刑事さんだったのか。このことに驚いていると、リーファが姿を現す。
「リュウ君、よかった。目が覚めたんだね……。お兄ちゃんのことだけじゃなくてリュウ君のことも心配してたんだよ」
「リーファ…俺は大丈夫だから安心して。それよりも、キリさんの方はどうなんだ?」
「アスナさんをログアウトさせて、すぐにアスナさんが入院している病院に行ったよ」
「現実だともう夜も遅いっていうのに、真っ先にアスナさんに会いに行くなんて。キリさんらしいな……」
俺は苦笑いするしかなかった。
「ホントよね。リアルでもバカップルなんだから」
「全くだぜ。リア充爆発しろ」
「落ち着けよクライン。キリトとアスナだってやっと再会できたんだぜ。今回ぐらいは見逃してやれよ」
呆れつつもニヤニヤするリズさん、アスナさんとの仲睦まじいキリさんを恨めしく思うクラインさん、そんなクラインさんを宥めるエギルさん。
そして、リーファに続いてザックさんも姿を現した。
「あ、ザック!どうだったの?アンタのお父さんと連絡は付いた?」
一番先にザックさんが来たことに気が付いたリズさんが言う。
「ああ。流石に今すぐに動くのは難しいみたいだ。証拠がない以上動けないし、親父もSAO事件関連のことで手がいっぱいらしいからな。だけど、SAO未生還者が目覚めたり、決定的な証拠があったら、別みたいだ」
「すぐに動けないのは痛いけど、この様子だと後は警察に任せればいいみたいね」
「そうですね。アスナさんたちも目覚めていると思いますしね」
このことを聞いたリズさんとシリカは一安心する。リーファたちも同じく安心したかのような様子を見せるが、カイトさんだけは何故か浮かない表情をしていた。俺も何か嫌な予感が拭えなかった。何か重要なことを忘れているような…
すると、カイトさんは何かに気が付いたかのような反応を見せ、口を開いた。
「俺たちは重要なことを忘れていた……」
「重要なことってなんだよ、カイト。オレたちにも教えてくれよ」
呑気にしているクラインとはよそに、カイトさんは怖い表情をする。
「仮想世界でアバターがどんなに傷つけられても、現実世界の人間は傷一つつかないってことだ」
これを聞いた瞬間、この場の空気は一気に凍り付く。
確かに蛮野や須郷を倒した。でも、それは
キリさんから聞いた須郷の性格上、奴はアスナさんが入院している病院で待ち伏せて、キリさんを殺そうとしてもおかしくない。
――このままだとキリさんが危ない!!
最悪な事態を考えてしまった俺は、急いでメニューウインドウを開いてログアウトボタンに触れる。
すると、数秒ほどで意識が現実世界へ戻り、目が覚めると見慣れた天井が目に映りこんだ。
上半身を起こした途端だった。
「くっ!」
腹部辺りに痛みが伝わってくる。ALOでペイン・アブソーバが低い状態で、蛮野/レデュエがハルバードで攻撃したところだ。そこだけでなく、身体中が痛い。あの後、ペイン・アブソーバを0にされて、無茶して戦った影響もあるのだろう。
だが、俺は痛みを堪えてナーヴギアを素早く外し、コートを羽織って家から飛び出した。
家の外は吐いた息が白くなるほどの寒さだ。それによく見ると雪も少し降っている。この様子だとさらに降るだろう。こんな中、自転車を走らせるのは危ないと思ったが、そんな暇はない。
俺は玄関の前に止めていたマウンテンバイクに跨り、アスナさんが入院している所沢総合病院へと向かった。
マウンテンバイクを走らせている内に、雪は予想していた通り、徐々に勢いを増して降り、道路の路肩には薄く雪が降り積もっていた。その中を全速力でマウンテンバイクを走らせる。
だが、曲がり角を曲がろうとした時だった。
「うわっ!」
雪が薄く積もっていることもあり、滑って転倒してしまう。
「うっ……」
転んだ時に地面にぶつけた右腕と右足が痛い。骨は折れていないみたいだが、間違いなく打撲はしているだろう。
「君、大丈夫かっ!?」
偶然、通りがかったスーツ姿の男性が駆け寄ってくる。仕事帰りの人だろう。
「ちょっと滑って転んだだけなので、大丈夫です。それよりも早く急いで行かないといけないところがあるので……」
痛みに耐えて無理やり体を起こし、マウンテンバイクを起こして跨る。そして、再び所沢総合病院を目指し、ペダルを踏んだ。
早く急がないと、カズさんが……。頼む、無事でいてくれ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雪が降る中、自転車を走らせて、アスナが入院する所沢総合病院に着いた。時刻はすでに夜の10時を過ぎていることもあって、門は固く閉ざされていた。
俺は近くにあった職員用の小さなゲートまで行き、邪魔にならないところに自転車を止め、病院の入り口を目指して走った。もう少しで病院の入り口だというところで、バンの後ろから人影がスッと走り出てくる。
早く気が付いたおかげでぶつからずに済んだが、俺の右腕を何かがかすった。
「っ!?」
直後、何故か右腕に痛みが伝わってくる。そして、雪が積もって白くなった地面には赤い液体が俺の腕から地面にポタポタ落ちていた。
――これって俺の血?ど、どうして……。
傷口を抑えてよろけるが、どうにか踏みとどまって転ばずに済んだ。
一体何が起こったのかとわからない中、暗くてよく見えなかった先ほどの人影はゆっくりと俺の方に近づいてきた。
「遅いよ、キリト君。僕が風邪ひいちゃったらどうするんだよ」
聞き覚えのある声。声がする方を見ると、見覚えがある男がいた。
「お前は、す……須郷っ!?」
明らかに今の須郷の様子はおかしい。よく見ると右目は充血して大きく見開き、俺を睨み付けている。そして、右手には血が付いたサバイバルナイフが握られていた。
「酷いことするよねえ、キリト君、君の仲間たちも……。君たちがゲームの中で僕にあんなことしたせいでまだ痛覚が消えないよ……。まあ、僕にはこの薬があるからいいけど……」
須郷はそう言うと、スーツのポケットからカプセル状の薬らしき物をいくつか取り出し、口に放り込んだ。
「須郷、お前はもう終わりだ。おとなしく法の裁きを受けろ」
「終わり?何が?レクトはもう使えないし、今の蛮野たちは役に立たない状態だけど、僕はアメリカに行くよ。僕を欲しいっていう企業は沢山あるんだよ。研究を完成させれば僕は本物の王、この世界での神になれる」
これを聞いた瞬間、コイツは狂っているとしか言いようがなかった。
「その前に、やることがあってね。とりあえず、君は殺すよ、キリト君」
次の瞬間、須郷は俺にナイフを突き出して襲い掛かってくる。
俺はどうにか避けようとするが、雪のせいで滑って地面に倒れてしまう。直後、蹴りを入れられた。
「おい、立てよ。立ってみろよ!」
須郷は、壊れた人形のように何度も、何度も俺を蹴り、踏みつける。
先ほどサバイバルナイフで切り付けられたところ、蹴りを入れられたところから痛みが伝わってくる。
切り口から血液が流れ出ているところを目にした瞬間、リアルな「死」をイメージしてしまう。そのせいで、恐怖で体が動かない。
「お前たちみたいなクズ共が、僕の……この僕の足を引っ張りやがって……。その罪に対する罰は当然、死だ。死以外ありえない」
そう言って須郷は俺に馬乗りになり、左手で首を絞めてきた。
「ぐっ!」
助けを呼ぼうと声を出そうとしても、思うように声が出ない。奴が首を絞める力は次第に強くなっていき、呼吸も苦しくなる。
須郷は右手を高く掲げ、今すぐにもナイフを突き刺そうとする。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!ぐはっ!!」
ナイフが振り下ろされる寸前、須郷は誰かに殴り飛ばされて地面に転がった。
――何が起こったんだ?
「カズさん、大丈夫ですかっ!?」
目の前に見覚えのあるハネッ毛の黒髪をした少年が現れた。
「リュウ!」
現れたのはリュウだった。だが、リュウは転んだのか、服が汚れて右側のおでこ辺りから血が少し出ていた。
「嫌な予感がしたから急いで来てみたら、本当にそうだったみたいですね……。来て正解でしたよ」
「このガキっ!お前も僕の邪魔をしやがってっ!!」
須郷は怒りと狂気に満ちた顔をリュウに向け、なんとか起き上がって目の前に落としたサバイバルナイフを拾おうとする。しかし、その前にリュウがサバイバルナイフを蹴って遠くに滑らせて防ぐ。
そして、リュウはゆっくりと須郷の元へと歩いていく。表情は冷静さを保っているようにも見えるが、怒りに満ちている。
「アンタが須郷伸之か。あっちの世界では一度会ったけど、こっちの世界では初めて会いますね。詳しいことはカズさんから聞いていますよ。見たところ、カズさんが随分とお世話になったようですね……」
「リュウ……。そうか君が、蛮野が話していた橘君か。いや、それとも実験体《モルモット》君って呼んだ方がいいかな?君が苦しんでオーバーロードになりかけり、そのことに恐怖に包まれている時の君は、本当に楽しませてもらったよ……。あの後、君の頭の中を弄りまわして、正真正銘の化け物に出来なかったのは残念だったけどね……。それどころか、僕たちの偉大な研究を台無しにしてくれちゃってさぁ……」
須郷はゲスな笑みを浮かべ、楽しそうに話す。俺はアスナだけでなく、リュウも苦しめようとしている奴には憎悪しか抱けなかった。
「やっぱり、アンタはこっちの世界でも頭がイかれた人みたいですね。クリムさんやアスナさん、大勢の人を苦しめておいて、何が偉大な研究だ。アンタや蛮野がやっているのは、悪魔の研究の間違いじゃないのか?」
怒りが籠った声で須郷に問いかけるリュウ。だが、須郷はゲスな笑みを崩すことなく、自分が正しいという態度を見せる。
「悪魔の研究なんて酷いなぁ。この研究が成功したら、僕はこの世界の神になれるんだよ。ちょっとした犠牲が出たって別に構わな……」
須郷が言い終える前に、リュウは目にも止まらない速さで須郷の顔面に目がけて拳を振った。だが、拳は須郷の右側の頬をかすめ、白いバンのボディにガンッと大きな音を立てて命中。殴ったところは凹み、リュウの拳からは血が流れ出て、地面に落ちて薄く降り積もった雪を赤く染めていた。
俺は言葉を失ってしまい、須郷は顔芸を披露するほどビビッていた。対して、リュウは震えるほどの怒りをぐっと抑えようとしている。
「いい加減これ以上何も話さないでもらえます?……ね?」
そう言い、リュウは今すぐ黙らないと殺すぞという表情をして須郷を見る。今のリュウに完全にビビッてしまった須郷は、白目を向いて気絶。そして、ズボンは溢れ出した何かの液体で濡れてしまう。
どうでもいいことだが、3枚のメダルで変身する主人公が、他人の命を気にしようとしないある科学者にキレて、パンチで近くにあった制御盤のカバーを破壊した時を再現した光景に似ているなと思ってしまった。
リュウは気絶した須郷をほっといて俺の元へ歩いた。
「カズさん、大丈夫ですか?」
そう言って、リュウは右手を俺に差し出してきた。
「なんとか。ありがとな……」
一言お礼を言い、リュウが差し伸ばしてきた右手を掴んで立ち上がった。よく見るとリュウの左手の甲からはまだ血が出ていた。
「俺よりもお前の方は大丈夫なのか……?」
「カズさんが無事だったので、これくらいの怪我はどうってことないですよ」
微笑んで答えるリュウ。だけど、本当はかなりの痛みの筈だ。なのに俺に心配かけないように我慢しているんだろう。
「ところで、あそこに転がっている奴はどうします?」
リュウが顔を向けた方にいたのは気絶して、地面に転がっている須郷だった。ALOでは管理者権限を使って散々苦しめた須郷だったが、リュウにビビッたくらいで気絶するなんて……。とても哀れなものにしか見えない。
「一応アイツのネクタイで両手を縛りあげておけば大丈夫だろう」
「そうですね」
俺たちは倒れている須郷の元に歩いていき、念のために奴の両手を縛りあげることにした。
「うわっ!コイツ、いい年して小便まで漏らしているぞ」
「ALOのラスボスが現実世界だとこんなに弱かったなんて……。まあ、実際にALOでもコイツよりも蛮野の方が強かったですし……」
今の須郷を見ていると本当に不快な気分になってくる。リュウも何処かの研修医のようにチベットスナギツネみたいな表情をし、嫌そうにして須郷を見ていた。
これ以上、この男を見ていたくないとなった俺たちは、急いで須郷のネクタイを引き抜き、体を路面に転がして、両手を後ろに回して縛り上げた。
「あとは警察に任せましょうか。ザックさんたちが警察を呼んでくれたと思いますし」
「ああ」
駐車場を歩き、正面エントランス前のところまできた。今の俺たちは怪我をしたり、雪と砂に汚れていたりとひどい有様だ。
病院の中に入り、受け付けのところまでやってくると、2人の看護師の女性が俺たちに気が付いて驚いた表情をする。
「どうしたんですか!?」
「駐車場でナイフを持った男に襲われました」
「今は白いバンが止まっているところで気絶してて、ナイフも駐車場に転がっています……」
「警備員、至急一階ナースステーションまで来てください」
1人の看護師がナースステーションにある機械を操作し、巡回中の警備員を呼ぶ。すぐに警備員が来て、1人の看護師と一緒にエントランスへと向かった。そして、残った看護師も医者を呼びにこの場から離れていった。
マズいな。すぐにもアスナに会いに行きたいのに、このままだと警察に事情聴取に羽目になりそうだ。
そんなことを考えていると、リュウが周りに誰もいないことを確認し、カウンターに身を乗り出してゲスト用のパスカードを掴み取った。
「ここは俺に任せて、カズさんは早くアスナさんのところに行ってあげて下さい。看護師さんたちには適当に言って誤魔化しておきますので」
「リュウ……」
思えば、俺は多くの人たちに助けてもらった。その中でも一番力となってくれたのはリュウだ。
リュウは、俺がALOに行くとなった時は一緒に付いてきて、ALO内では俺の無茶ぶりに文句を言いながらも最後まで付き合ってくれた。更には、ボロボロになりながらもスグ/リーファ……妹のことも守ってくれた。
助けを求めている人たちに手を伸ばす。そして、自分が悪と同じ存在になろうとしたり、悪と同じ力を持っていたとしても、自分が守りたいもののために戦う。それがリュウの強さだ。
リュウがいなかったら、今の俺はいなかったに違いない。
「リュウ、本当にありがとな。リュウは俺にとってのヒーローだ」
「俺たちをSAOから救った英雄にそう言われると、なんか複雑な気がしますよ。でも、俺がカズさんの力になれてよかったです……」
照れたように小さく笑うリュウ。
そして、俺はアスナが眠っている病室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1週間後、2025年1月29日
何度も訪れている洋風の作りをした墓地。ここに訪れるのは10日ぶりだ。その中のある墓の前まで足を運ぶと、10日前と同様に、人がよさそうなメガネをかけた。60半ばくらいの外国人の男性が1人いた。
「クリムさん」
「龍哉君。体の方は大丈夫なのか?」
「ええ。ケガも大分治ってきましたし、念のために脳とかの検査も行いましたけど、特に問題はありませんでしたよ」
現在、俺の左手は怪我を負って包帯が巻かれている状態となっている。この怪我は1週間前に、須郷からカズさんを助けに入った時に負ったものだ。幸いにも骨は折れてはいなかったが、利き手の左手が使えなくてこの1週間は不自由な暮らしを送っていた。
あの後、キリさんは無事にアスナさんと再会でき、須郷はあの場で逮捕された。須郷は逮捕された直後は事件を否定し、全てを茅場晶彦とクリムさんに背負わせようとしていた。だが、担当した刑事さんがザックさんのお父さんだったことに加え、クリムさんが得た研究内容のデータや俺たちの証言が決定的な証拠となり、あっさりと自白したらしい。
そして、この事件のもう1人の首謀者である蛮野は、レクトプログレスの社内で死体となって発見された。ある人物から聞いた話によると、蛮野はALOで俺に倒されてログアウトした直後、ナーヴギアを改造したマシンを使って自分の脳を焼き切って自殺したらしい。逮捕されるよりも死んだ方がマシだと思ったのだろう。
幸いだったのは、未帰還者の300人全員に人体実験中の記憶がなく、脳や精神に異常をきしてしまった人はいなかったということだ。ALO内で蛮野が作り上げたメダルによって、色々と異変が起こって怪人となりかけた俺とクリムさんも特に異常はなかった。全員が社会復帰可能だろうとされている。
しかし、SAOに続きALOでも凶悪事件が発生したことにより、VRMMOは回復不可能な打撃を受けた。最終的にレクトプログレスは解散、レクト本社もかなりのダメージを負った。もちろんALOも運営も中止となり、その他に展開されていたVRMMOもこちらも中止は免れ得ないだろうと言われていた。
「龍哉君、君や君の友達には本当に感謝しているよ。だけど、私がもっとしっかりしておけば、こんなことには……。本当に申し訳ない……」
「クリムさん……」
表情が暗くなり、頭を下げるクリムさん。彼はずっと気にしているのだろう。須郷と蛮野に騙されていいように利用され、ALOにダイブして証拠を得てアスナさんたちを助けようとするが失敗に終わって、俺たちを危険な目に合わせてしまったことが……。全て須郷と蛮野の仕業だっていうのに……。
俺はそんなクリムさんを見ていられなくなり、声をかけた。
「頭をあげてください。クリムさんは何も悪くありませんよ。むしろ、俺たちがクリムさんに助けられたんですから」
「え?」
「クリムさんがアスナさんに管理者権限のカードを渡したり、奴らの研究データを手に入れたじゃないですか。そのおかげで、俺たちも世界樹に入れたし、決定的な証拠となって事件だって解決できたんですよ。そんなこと言わないで下さい。ファーランさんとミラさんだって、絶対にそう言いますって」
「龍哉君……」
俺の言葉を聞いてクリムさんの表情が少し明るくなる。
「本当にありがとう。私の息子と孫……ファーランとミラからも聞いたが、2人が出会ったのが君でよかったよ」
「2人から聞いたって…どういうことなんです?」
「捕まっていた時に、ファーランとミラに会って話をしたっていう不思議な夢を見たんだ。でも、私には夢ではなくて本当に2人と会って話をした気がするんだよ」
俺がゲーム内で持っていた《王のメダル》には、ファーランさんとミラの残留意識が宿っていた。実際に俺は2人と会って話をした。クリムさんも夢ではなくて本当に2人と会ったんだな。
「2人が言っていたよ。SAOで君と出会えたのは自分たちにとって得だってね」
ファーランさんとミラはクリムさんにもそんなこと話したのか。なんか恥ずかしいな。でも、2人と出会えたのが得だったのは俺も一緒だ。
「その後、私も2人に色々と言われたものだよ。ずっと自分たちが死んだことや過去にとらわれないでくれ、前を向いて生きろってね。私もいつまでもここで立ち止まっていてはいけないって気づかされたんだ」
「クリムさん」
「龍哉君、君に頼みたいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」
「頼みたいこと?俺にできることなら協力しますよ」
「ありがとう。実はアメリカに渡って、科学者として一からやり直そうと思っているんだ。そこで、私がいない間、たまにここに来て私の家族に会ってくれないかな?」
「わかりました。任せてください」
笑顔でそう答え、クリムさんも安心したかのように笑みを浮かべる。
そして、しばらくここで話をした後、クリムさんは用事があるということで墓地を後にした。
俺だけじゃなくてクリムさんも、やっと未来に向けて進みだすことができたみたいだ。今度こそ本当に俺たちの戦いは終わりを告げたんだな。
「これでゲームクリア、だな……」
ついに下須郷へのお仕置きが完了しました。改めて同じゲームマスターの檀黎斗とは異なって、好きにはなれないなと思いました。
わかった方もいたかと思いますが、下須郷へのお仕置きシーンは、オーズ第10話で映司がドクター真木にキレて近くにあった制御盤のカバーを破壊した時を元にしてみました。本当はリュウ君がクローズマグマに変身して連続パンチを叩き込んでやらせたかったんですよね……。でも、下須郷にはあれで十分かなと思います。
そして、クリムショック以来安否が不明だったクリムさんは無事だということが判明。実はクリムさんはフェアリィ・ダンス編第21話で、レデュエ/蛮野の攻撃からリュウ君を助けようと庇って、最終的にレデュエ/蛮野にトドメを刺されて死ぬという予定でした。しかし、このままではクリムさんが可哀想だということで生存させる展開に変更しました。
その一方で、レデュエ/蛮野には死を与えました。奴の元になったキャラも自業自得の末路をたどったということでしたので。だけど、死に方がある方と似ている気がしますが……。
ついにSAOとALOでの戦いを終えて真のエンディングを迎えることができました。そして、あとはリュウ君とリーファ/直葉の関係だけに。
リメイク版のフェアリィ・ダンス編もほんの僅かとなりました。
次回もよろしくお願いします。
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番外編1 恋する少女の悩み
その間、「仮面ライダービルド」やSAOのスピンオフ「オルタナティブ ガンゲイル・オンライン」を見てました。ビルドは見逃せない状況に。シリアスな中でのホテルおじさんの私服には思わず笑ってしまうほどでした(笑)。オルタナティブの方はキリトとかが登場しなく、新鮮味があって面白かったです。特にフカ次郎が一番好きです。
久しぶりの投稿だというのと、入れたい話を詰め込んだら大分ゴチャゴチャになってしまいました。
それではどうぞ。
『いつでも一緒にいたい、一緒にいるとどきどきわくわくする、そんな感じかな……』
前にユイちゃんに、好きとはどういうことなのかと聞かれた時、あたしはこんなことを言った。その直後、脳裏に5年前からずっと想いを寄せている少年の顔が思い浮かび、何故かそれが、出会ったばかりの青いフード付きマントを羽織ったインプの少年と重なって見えてしまった。
2人の少年は名前や容姿など似ているところがいくつもあるから、そうなったのではないかと思っていた。でも、後に2人の少年は同一人物だということがわかった。結果として、あたしは二度同じに恋をした。
今では、彼に対する想いはより強くなり、余計に彼のことを諦められなくなっていた。
2025年1月31日
午前11時30分頃。午前中の授業が行われている中、あたしは剣道部の部室から出て校内を歩いていた。3年生は自由登校となり、あたしは高校へ推薦進学が決まっている中、こうして週に2、3回学校に行って剣道部の顧問の先生の指導を受けている。
正門に向かって歩いていると、校舎の陰からいきなり出てきて声をかける者がいた。
「リーファちゃん!」
「うわっ!もう、驚かせないでよ、長田君。それに、学校でそう呼ばないでって言ってるでしょ。前回も言ったはずだよ」
現れたのは、ひょろりと痩せた眼鏡の男子生徒だった。彼は同級生の長田伸一君。彼があたしにゲームのことを教えてくれ、ALOではレコンという名のシルフのプレイヤーでもある。
余談だが、前にお兄ちゃんがレコンの本名って『城乃内秀保』か『檀黎斗』なのかと聞いてきたこともあった。でも、どうしてこの2つ名前が出てきたんだろう。
「ご、ごめん。桐ヶ谷さん」
「何か用?もしかして、この前みたいに朝から待っていたの?」
長田君はあたしに話があるから、推薦組なのに朝から学校に来て待っていたということがあった。だが、彼は慌ててぶんぶん首を振って否定する。
「ち、違うよ!今日は学校に課題を出しに来てて、そしたら偶然桐ヶ谷さんを見かけたんだよ」
「推薦組には課題が出ているから、そういうことにしておいてあげるわよ。それで何の用なの?あたし、13時から用事あるから早くしてくれる?」
「実は前から桐ヶ谷さんに聞きたかったんだけど、あのインプとはどういう関係なの?」
「え……?」
「あの青いフード付きマントを羽織ったインプのことだよ」
「あ、リュウ君のことね・・・」
長田君/レコンは、何故かリュウ君のことを一方的にライバル視というか敵視しているんだよね。前にアルンでどこかのゲーム会社の2代目社長のように暴走し、リュウ君に襲い掛かろうとしたこともあった。その時はあたしのワンパンで黙らせたのだった。
下手に誤魔化して面倒なことになるのは嫌だし、ちゃんと話しておこう。
「リュウ君は小学校の時に通っていた道場で知り合った友達なの」
「そうなの?」
「うん。あたしたちと同い年だし、リュウ君もゲームが好きだから長田君ともきっと気が合うと思うよ」
「なんか彼とはALOだけじゃなくて、リアルでも随分と仲良くしているんだね……」
「ま、まあね…」
「も、もしかして、アイツと付き合っているの?」
最後の付き合っているという言葉に反応し、あたしの頬が熱くなるのが伝わる。
「ち、違うわよ!リュウ君とはそういう関係じゃ……」
「じゃあ、アイツの事好きなの?」
「え、えっと……」
どう答えればいいのかわからず、言葉が詰まってしまう。
「その反応ってまさか……。ねえ、どうなの?アイツとはただの友達としか見ていないんだよね!?直葉ちゃん、そうだと言ってよ!ねえねえ!」
「うるさい!いい加減にしないと、刻むよ!」
「す、すいません……」
暴走した長田君を、どこかのネットアイドルのようなことを言って黙らせる。
「とにかくリュウ君とは何もないんだから妙な勘繰りしないでよね。じゃね!」
そう言って、叱られた子供のようにしょんぼりして立ち尽くす長田君を放っておき、正門を目指して走り出した。
急いで帰ってきたこともあって、普段より早く家に着いた。約束の時間は13時だからまだ時間はある。
「ただいま」と言って家に入ると、リビングの方からお兄ちゃんが「お帰り」と言ってリビングの方からやってくる。お兄ちゃんの恰好はまだ朝起きた時のままだった。
「お兄ちゃん、まだそんな恰好でいたの?お兄ちゃんも早く準備したがいいよ」
「わかっているって。スグこそ、早く支度しろよ」
「はーい」
あたしは自分の部屋に着替えを取りに行った後、すぐにお風呂場へと向かう。
シャワーを浴びている最中、あたしは先ほど長田君にリュウ君との関係を聞かれたことを思い出していた。
――あたしはリュウ君が好き。
確認するように、胸の奥で呟いた。そして、脳裏にはリュウ君の姿を思い浮かべる。
リュウ君は、くせっ毛気味で所々ハネている黒髪で顔立ちは少し女顔よりだが整っており、イケメンだと言ってもいい容姿だ。性格は生真面目で優しくて、助けを求めている人がいたらすぐに助けてくれる。お兄ちゃんや周りの人がよく言っているけど、昔にあったメダルで変身して戦う特撮番組の主人公みたいな感じである。
実際にリュウ君は、あたしにとってヒーローみたいな存在で、あたしが危ない時にはいつも助けてくれた。
小学生の頃に通っていた道場にいた上級生から、いじめを受けていたある日、リュウ君が上級生とボロボロになるまで大ゲンカをし、あたしへのいじめを止めさせてくれた。
そして、ALOでレデュエの部下のナメクジたちに捕まり、奴らの魔の手が迫ろうとした時もだ。
『お前たちみたいな奴らは、ここで俺がぶっ潰す!!』
『リーファの運命は、俺が変える!』
リュウ君は傷付いてボロボロになっても立ち上がり、身を滅ぼすことになるのも構わず、あたしを助けるためにレデュエたちと戦った。
自分が傷つくことは気にせず、いつも誰かのために必死に手を伸ばそうとしている彼が少し危なっかしく思うこともある。だけど、あたしはリュウ君のそういうところに引かれた。
――でも、ホントに、リュウ君のことを好きになっていいのかな……。
リュウ君のことが好きだと思うのと同時に、最近はこんな不安も抱いてしまう。
あたしとリュウ君はずっと道場の仲間やただの友達として過ごしてきた。リュウ君も多分そう思っていると思う。
これはあたしにとって初恋でもある。でも、初恋は叶わないもの。よくそう言われる。
だから、あたしの想いを露わにしても、リュウ君に届くことはないかもしれない。
そんなことを思いながらシャワーを浴び終えて、お風呂場を出る。そして、急いで着替えて支度をし、お兄ちゃんと一緒に家を出た。
あたしとお兄ちゃんは、待ち合わせ場所としているファミレスの前までやってきて、ある人が来るのを待つことにした。着いてから2,3分ほどであたしたちと待ち合わせをしている人がやってきた。
「カズさん、スグ、遅れてすいません」
「リュウ君」
「俺たちも今来たばかりだから大丈夫だ」
あたしたちと待ち合わせしていた人はリュウ君だった。実は、前からこの日の午後はリュウ君と一緒にアスナさんのお見舞いに行く約束をしていた。あたしは久しぶりにリュウ君と一緒に出かけるということが嬉しくて楽しみだった。
「ところで左手の方は大丈夫なのか?」
「はい。利き手の左手が使えないから生活するのにちょっと不自由しているんですけどね。まあでも、今日も午前中に病院に行ってきましたけど、治ってきているって言われたので大丈夫です。」
「悪いな、俺のせいでリュウに怪我させちまって……」
「謝らないで下さいよ。骨は折れてないんですから……」
リュウ君の左手は怪我を負って包帯が巻かれている。
リュウ君の怪我はお兄ちゃんが須郷信之に襲われて助けたときに負ったものらしい。この話を聞いた時は、リュウ君らしいなと思った。
リュウ君が来たところで、あたしたちはファミレス入って店員さんに案内された席に座る。そして、各自注文したものを頼んで待っていた。
「そういえば、リュウ君もお兄ちゃんみたいにSAO帰還者の学校に行くの?」
「そのつもりだよ。本来なら今年は受験だったけど、中1の11月までしか勉強してない俺が受けても落ちる可能性が高いからな」
「それは俺もだな。最初は1年間予備校に行って勉強しないといけないって思っていたからな」
「2年間もデスゲームに囚われてたってなると、普通の生活に戻るってなると大変だからね」
「ああ。だから本当にこういうのがあるのがありがたいよ。まあでも、2年間遅れた分の勉強を何とかしないといけないけどな。このままだと大学には行くのは難しそうだよ……」
「あのさ、よかったらあたしがリュウ君の家庭教師してあげるよ」
「いいのか?でも、そうなるとスグに迷惑がかかるんじゃ……」
リュウ君が申し訳なさそうにしており、あたしは微笑んで答える。
「全然迷惑じゃないよ。今は自由登校だし、高校も推薦入学で決まっているから大丈夫。それに、これはあたしも何かリュウ君の力になりたいって思っているの」
「わかった。じゃあ、お願いしようかな」
そう答えてくれたことに、よかったと思う。リュウ君の力になりたいっていうのはもちろんあるけど、実は少しでも多くリュウ君と会いたいっていう気持ちもあったんだよね。
話をしている内に頼んだものが来て、それらを食べている途中、お兄ちゃんの携帯が鳴り始める。
「アスナからか」
どうやらアスナさんからのようだ。
「アスナさん、どうかしたの?」
「なんか検査が予定より遅く始まって15時くらいまでかかるみたいなんだよ」
今は13時30分頃。ここから病院まではバスで行けば30分ちょっとで着く。14時くらいに出て行っても時間はある。
「あの……」
「リュウ、どうしたんだ?」
「時間があるんでしたら、病院に行く前にちょっと寄って行きたいところがあるんですけど、いいですか?」
「時間はまだあるし、いいぜ」
「あたしも別に構わないよ。リュウ君は何処に行きたいの?」
「実は……」
ファミレスで昼食を食べた後、リュウ君について行って10分ほど。たどり着いたのは、とある墓地だった。そして、その中にある《橘》と彫られた墓石の前で止まる。
目の前にある墓石を見た時、あたしとお兄ちゃんは何なのかすぐに察した。
「これが、橘龍斗……俺の兄の墓です」
「そうか、前に言っていたリュウの兄さんの……」
「はい。
リュウ君のお兄さん……橘龍斗さん。小学生の時、リュウ君の家に遊びに行った時に何回も会っていたから、彼のことはあたしもよく知っている。リュウ君とお兄さんは、仲がよかった。その頃のあたしは、お兄ちゃんとは疎遠になっていたこともあって、お兄さんと仲良くしているリュウ君が羨ましいと思ったほどだ。でも、お兄さんは2年ちょっと前に病気で亡くなった。
お兄さんの死はリュウ君の心に大きな傷を残すものとなり、それから暫くして彼はデスゲームに巻き込まれた。
この最中に、リュウ君が出会ったのがファーランさんとミラちゃんである。前にリュウ君と一緒に2人のお墓に行った時にどんな人たちなのかは聞いていた。
ファーランさんは、頼りがいのある人で、リュウ君はいつもお世話になって助かったという。ミラちゃんは子供っぽいところがあって苦労したこともあったが、いつも場の空気を明るくしていたようだ。あとリュウ君曰く、声質があたしとそっくりらしい。
でも、2人はデスゲーム開始からちょうど1年後に亡くなったらしい。
お兄さん、そしてファーランさんとミラちゃんの死。この2つがリュウ君を精神的に追い詰めることとなり、リュウ君はファーランさんとミラちゃんを生き返らせるために手段を選ばなくなり、お兄ちゃんの命を奪おうとしたことがあるらしかった。
あたしが知らないところで、リュウ君はいっぱい辛い思いをして苦しんでいた。
このことを知ったのは2週間ほど前。お兄ちゃんから聞かされた時、あたしは驚きを隠せなかった。
「
リュウ君は何処か悲しそうにしている。それでも、話は続く。
「だけど、何もしないわけにはいかない。手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔する。それが嫌だから手を伸ばすんだって。ただそれだけだよ。まあ、これは自己満足か偽善者みたいなことかもしれないけどな……」
「そんなことないよ!」
今のリュウ君を見ていられなくなり、あたしは気が付いた時にはリュウ君に声をかけていた。
「リュウ君のおかげで助かった人もいる。あたしだってそうだよ。リュウ君には何度も助けられたんだから!」
「ああ。俺もだな。リュウが一緒にALOに行ってくれたから、アスナを救い出すことだってできたんだ」
「それに前に言ったよね。リュウ君が辛いときはあたしがリュウ君の手を掴むって。だから大丈夫だよ!」
「スグ、カズさん……。ありがとう……」
暗かったリュウ君の表情が少しずつ明るくなっていく。それを見て、あたしとお兄ちゃんは安心する。
「さてと、そろそろ行こうか。早くしないとバスが来ちゃうからな」
お兄ちゃんがそう言う。そして、あたしたちは来た道を戻ってバス停があるところへと向かった。
バス停からバスに乗り、しばらくして病院に着いた。あたしたちは支払機にプリペイドカードを通し、バスから降りる。そして、病院の正面口から入って受け付けまで行き、3人分のパスを受け取ってエレベーターで最上階のフロアまで上る。エレベーターを降り、人気の無い廊下を突き当たりまで歩いて2週間ほど前に訪れた病室の前まで来た。
お兄ちゃんがドアをノックすると中から「どうぞ」と返事が返ってきて、あたしたちは病室へと入った。
病室の入口付近にある純白のカーテンの向こう側まで歩き、ベッドの前まで行く。そこにはアスナさんが起きて本を読んでいる姿があった。
「キリト君、また来てくれたんだ」
「当たり前だろ。アスナが心配だからな。体の方は大丈夫?」
「うん。今日も検査したけど、順調に回復してきてるって。もう少し入院が必要なんだけどね」
「あまり無理はするなよ。アスナに何かあったら俺も困るからな」
「キリト君・・」
「アスナ・・」
お兄ちゃんとアスナさんはあたしとリュウ君がいることを忘れ、2人だけの世界に入ろうとしてしまう。するとリュウ君が2人を元の世界に戻そうと咳払いをする。
「あの、俺たちがいることを忘れないでくれませんか?」
「わ、悪い……」
「ご、ごめんね……」
リュウ君に指摘され、元の世界に戻ってきたお兄ちゃんとアスナさん。
「ねえ、お兄ちゃんとアスナさんってSAOでもあんな感じだったの?」
「少なくてもSAOで結婚した頃はあんな感じだったかな。でも、その前はフィールドボスの攻略でもめたこともあったから、最初からではなかったよ」
「そうだったんだ」
SAOにはALOと違って結婚システムがあったらしい。あのお兄ちゃんが美人でお嬢様のアスナさんとSAOで結婚したと聞いた時は、正直信じられないって思った。
「あ、そういえば、リュウ君とは現実世界で会って話しするのは初めてだったね。もう知っていると思うけど、改めてわたしからちゃんと名乗るね。初めまして、結城明日奈です」
「こちらこそ、初めまして、橘龍哉です」
「リュウ君もありがとね。でも、わたしを助けるためにALOに来たせいで、リュウ君をあんなことに巻き込んでしまって……」
「アスナさんが気にすることじゃないですよ。悪いのは全て蛮野と須郷なんですから。最後にリアルで左手を怪我した程度で済みましたし。それにプレイヤーは助け合いですよね?」
「ふふ、そうだね」
アスナさんはリュウ君と話を終え、あたしの方を見る。
「えっと、直葉ちゃんだよね?」
「は、はい」
「初めまして、結城明日奈です」
「桐ヶ谷直葉です。初めまして明日奈さん」
「キリト君から聞いたけど、直葉ちゃんがキリト君たちを世界樹まで案内してくれたんだよね?おかげで私は助かったわ。本当にありがとう」
明日奈さんはあたしに頭を下げてお礼をいった。
「いえ、お礼なんて……。大変なこともありましたけど、あたしもすっごく楽しかったですから」
「そう思ってくれて俺は嬉しいよ」
「でも、カズさんはもう少し後先のことを考えてくださいよ。そのせいで俺は色々と巻き込まれて大変だったんですから……」
楽しそうにそう言うお兄ちゃんに、リュウ君がジト目を向ける。2人と出会ってから世界樹に行くまで、リュウ君はお兄ちゃん/キリト君に振り回されて、かなり苦労をさせられていたっけ。
あたしとアスナさんは苦笑いを浮かべ、2人のことを見ていた。
それからしばらくの間、あたしたちは談笑をした。
改めて思うが、アスナさんは美人でお嬢様と完璧な女性だ。あたしなんかと全然違う。やっぱりリュウ君も、アスナさんみたいな人がタイプなのかな……。
そんな不安なことを考えてしまったこともあったが、あたし達はその後も談笑を楽しんだ。気が付いた時には18時近くになっており、あたしたちは帰ることにした。
アスナさんの病室から出てエレベーターで1階まで降り、ロビーまでやってきた時だった。
「あ、ゴメン。アスナさんのところに忘れ物しちゃった。2人はここで待ってて」
お兄ちゃんとリュウ君にそう言い残し、アスナさんの病室へと戻った。
「あれ?直葉ちゃんどうかしたの?もしかして、何か忘れものでもした?」
本当は忘れ物なんかしてない。ただ、どうしてもアスナさんに聞きたいことがあってここに戻ってきた。
「いえ、忘れものじゃないです。ちょっとアスナさんに聞きたいことがあって……。でも、お兄ちゃんやリュウ君がいる前だとどうしても聞けなかったんです……」
「そうだったんだ。わたしに聞きたいことって何なの?」
「アスナさんは、どうやってお兄ちゃんに想いを伝えて結ばれたのかなって……」
あたしが言ったことに思わずアスナさんは固まり、数秒後には恥ずかしそうに俯く。これにはあたしも焦ってしまう。
「きゅ、急にこんなこと聞いてゴメンなさい!」
「ううん、謝らなくていいよ。少し驚いちゃって……」
「いえ、話したくないことでしたら、言わなくても大丈夫ですので……」
「別に話したくないことじゃないから……。でも、急にそんなこと聞いてきてどうかしたの?」
「じ、実は……」
あたしは、アスナさんに5年前からずっと好きな男の子がいて、そのことで悩んでいることを話した。だけど、その人がリュウ君だということは話さないでおいた。
「そっか。直葉ちゃん、好きな男の子がいるんだね」
「はい……。だから、お兄ちゃんと結婚までしたアスナさんに聞いてみたくて……」
「でも、わたしの話がちゃんとアドバイスになれるかなぁ……。最初の頃は、キリト君とは今みたいに仲がよかったわけじゃなかったからね」
「そうだったんですか?」
「うん。キリト君に中々素直になれなかったし、一時期は会うたびに衝突したこともあったよ」
意外な内容だった。今は周りから見れば、バカップルと言ってもいいほど仲がいいお兄ちゃんとアスナさんがそんな感じだったなんて。
「だから、わたしは直葉ちゃんみたいに純粋にその男の子のことをずっと想っているのが羨ましいくらいだよ。直葉ちゃんはまだ伝えてないんだよね?」
「は、はい……」
「それなら、まだチャンスはあるよ。直葉ちゃんの想いが絶対に届かないなんてまだわからないからね。無理に焦らなくてもいいから、言うタイミングが来たら伝えてみるといいよ」
「アスナさん」
アスナさんの言う通りだ。まだリュウ君に振られたわけじゃない。前にお兄ちゃんには、好きになった人のこと、そんな簡単に諦めちゃダメだって言ったのに、あたし自身が諦めるわけにはいかない。
ちょっとずつであるが、自信がでてきた。
「ありがとうございます、アスナさん。あたし、頑張ってみます!」
「頑張ってね、直葉ちゃん。応援してるから」
「はい。あの、このことは他の人……特にお兄ちゃんとリュウ君には黙っておいてもらえます?」
「もちろん」
そして、あたしは最後にアスナさんにもう一度お礼を言って病室から出て、お兄ちゃんとリュウ君が待っているロビーへと向かった。
「直葉ちゃんの好きな男の子って何故か心当たりがある気がするんだよね……」
今回の話の主人公は、この作品のヒロインでもある直葉でした。
執筆してて最初から最後までじれったいなと思い、なんか甘酸っぱい気持ちになってしました。リュウ君との恋愛事で悩み、アスナからの話を聞いて元気づけられた直葉。2人の恋愛の結末は見逃せない状態となっています。
そして、長田君/レコンはいつものように檀黎斗みたいになりませんでしたが、やっぱり暴走してして直葉から怒られる始末(笑)。
次回も遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いします。
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第25話 2人の妖精とダンスと繋がる想い
この話はさておき、ついにリメイク版のフェアリィ・ダンス編最終回です。
今回はいつもよりちょっと長めになってしまいました。一応念のために旧版ではお馴染みのアレを用意しておくことをお勧めします。
それではどうぞ。
2025年5月16日 金曜日
ALOの事件が解決してもうすぐで4ヶ月が経とうとしている。
俺は今年の春から中高生のSAO生還者を集めた学校に通うこととなった。この学校にはキリさんやアスナさんなどSAOで知り合った人たちもいて、充実した学校生活を送っていた。
ちょうど今、午前中の授業が終わり、道具をリュックサックにしまっていると1人のクラスメイトが話しかけてきた。
「リュウ、次はお昼だね」
話しかけてきたのは、小柄で中性的な顔立ちをし、一見すると女の子と見間違えてしまいそうな少年。オトヤこと小野寺冬也だ。オトヤ……冬也とは同い年だということもあって同じクラスになり、勉強が得意な冬也には勉強面ではいつもお世話にもなっている。これは余談だが、冬也はリアルでもよく女の子と間違えられ、最初の頃は男子更衣室に冬也が入ってきて俺以外の男子たちが驚いていたこともあった。
「響さんたちが席取っているみたいだから早くカフェテリア行こう」
「ああ。早く行かないと里香さんがうるさいからな」
冬也と一緒に皆が待っているカフェテリアへと行く。廊下に出るとカフェテリアや購買部に向かう生徒で溢れていた。
カフェテリアに着くと見慣れた4人が窓際にあった1つの6人用のテーブル席に座っていた。
「あ、冬也君、リュウさん」
俺たちに気が付いて手を振ってきたツインテールの小柄な少女。シリカこと綾野珪子だ。彼女は俺や冬也やスグより1歳年下だが、冬也のことだけは君付けでタメ口である。本人たち曰く、こちらの方がしっくりくるとのことだ。相変わらずこの2人の関係に進展はないみたいだが。
その向かい側の席には、明るめの茶髪をした青年……カイトさんこと神崎隼人さんと、背が高めの黒髪の青年……ザックさんこと桜井響さんが座っている。
「俺たちが最後だったみたいですね」
「オレたちもさっき来たばかりだから大丈夫だ」
「ところで、里香さんは何やっているんですか?」
先ほどからSAOの時と違ってピンクではなくこげ茶の髪をした少女……リズさんこと篠崎里香さんがニヤニヤしながら窓の外を見ている。しかもその手にはケータイがあり、何かを撮ろうとしていた。
中庭のベンチに密着して座っているカズさんと明日奈さんの姿があった。カズさんと明日奈さんは、ここからだと丸見えだということわかっていないのかな。まあ、あの2人にそれはお構いなしか。
「アイツらは相変わらず、イチャコラしてるわね〜。撮って後で2人に見せてあげようか」
「里香止めておけ。そんなことしたら『どうして止めなかったの』って、オレまで明日奈に怒られるんだぞ」
「まあまあ、いいじゃない。そのときはあたしと一緒に明日奈に怒られなさいよ」
「よくねえだろ。オレまで巻き込むな」
響さんと里香さんのやり取りを見て、俺と冬也と珪子は苦笑いを浮かべ、隼人さんはやれやれと静かに缶コーヒーを飲んでいた。この2人も冬也と珪子と同様に関係に進展はないみたいだ。
こうしていると、SAOにいた時と全然変わってないな。
俺はカツ丼、冬也はキツネそばを注文し、取りに戻って来たところで今日のことを打ち合わせする。
「ところで珪子。今日のオフ会には誰が来るの?」
「えっと、店主のエギルさんを含めて、この場にいるあたしたち6人にキリトさん、アスナさん、アルゴさん、クラインさん率いる風林火山の人たちに、黒猫団の皆さん。あとはキリトさんとアスナさんが知り合ったというヨルコさんにカインズさん、シンカーさんとユリエールさん、サーシャさんという人たちですね。それに、キリトさんの妹の直葉さんも来ますよ」
「予定通りね。じゃあ、あたしと響、隼人、冬也、珪子の5人は授業が終わったらすぐにエギルの店に集合。リュウ、キリト達のことを任せるわ」
「任せて下さい」
学校が終了した後、俺とキリさんとアスナさんは途中でスグと合流し、台東区御徒町のごみごみした裏通りを歩き、エギルさんのお店《ダイシー・カフェ》へと向かっていた。
ちなみに、俺とスグの前をキリさんとアスナさんが手を繋いで歩いている。
「お兄ちゃんとアスナさん、手なんか繋いでラブラブだね」
「ああ。だけど後ろに俺たちがいるってことを少しは考えてもらいたいよ」
「そうだね」
スグと2人に聞こえないようにそんなことを話す。
正直言うとキリさんとアスナさんが羨ましい。俺だってスグとああやって手を繋いで歩きたいなと思い、隣にいるスグをチラッと見る。
「リュウ君、どうかした?」
「な、何でもない!」
スグが俺の視線に気が付き、少々驚いてしまう。
そうしているうちに、俺たちはエギルさんのお店へとたどり着く。黒く塗られた木のドアには、木札が掛けられ、それには『本日貸切』と書かれていた。
キリさんがドアを開けると、ドアに付いていたベルがカランと鳴る。
店内には、すでに全員が集まっている。いるのは、カイトさん、ザックさん、オトヤ、リズさん、シリカ、アルゴさん、クラインさん率いる風林火山の人たちに月夜の黒猫団。そして、カズさん……キリさんがSAOで知り合ったというシンカーさんやユリエールさん、サーシャさん、ヨルコさんと言う人たちがいた。
「おいおい、俺たち遅刻はしてないぞ」
「主役は最後に登場するのが定番だろ」
「アンタ達にはちょっと遅い時間を伝えといて、念のためにリュウに付き添ってもらったのよ」
「さ、入った入った。キリトにはやってもらうことがあるからな」
キリさんはザックさんとリズさんに連行され、店の奥にある即席の小さなステージへと行く。司会役のザックさんとリズさんの声がする。
「では、本日の主役が来たということで『アインクラッド攻略記念パーティー』を開始したいと思います」
「皆様、ご唱和ください。…………せーのぉ!」
『キリト、SAOクリア、おめでとー!!』
全員がそう言い、店中にはクラッカーと拍手、歓声が響く。キリさんはポカーンと口を開けたまま。そして里香さんに飲み物が入ったコップを持たされる。
「カンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
乾杯の後は、全員簡単な自己紹介、それに続いてキリさんのスピーチが行われ、エギルさん特製の巨大なピザの皿が何枚も登場するに及んで、オフ会は完全に宴会状態に突入した。
俺は中々会えないアルゴさんや風林火山の人たちなどに行き、談笑をして楽しんでいた。アルゴさんたちも初めは現実世界での生活に戻るのに苦労していたが、今は軌道に乗って頑張ってやっているみたいだ。
アルゴさんたちと話を終えてふとカウンターの方を見ると、キリさんとクラインさんとエギルさんとシンカーさんがパソコンの画面を見ながら話しをしていた。
「何しているんですか?」
「リュウか。これだよ」
キリさんは俺にパソコンの画面を見せてきた。エギルさんは笑みを浮かべると、愉快そうに言った。
「今、ミラーサーバーがおよそ50、ダウンロードは10万、稼働している大規模サーバーは300ってことかな」
これは、キリさんが茅場晶彦から託されたという《世界樹の種子》。またの名を《ザ・シード》。
聞いた話によると、これは茅場晶彦が開発したフルダイブ型VRMMO環境を動かすプログラムパッケージらしい。そこそこ太い回線を用意して《ザ・シード》をダウンロードすれば、誰でもネット上に仮想世界を作れるそうだ。
そのおかげで死に絶えるはずだったVRMMOは再び蘇り、ALOも新しい運営に任されて運営されている。他にも新しい世界が誕生し、今では1つのバーチャルゲームで作ったキャラを他のゲームの世界へとコンバートできるというシステムまで開発されつつある。
キリさんはエギルさんの方を見て言った。
「おい、二次会に予定変更はないんだろうな?」
「ああ、今夜11時にイグドラシル・シティ集合だ」
「それで
「おうよ。新しいサーバー群をまるまる一つ使ったらしいが、なんせ『伝説の城』だ。ユーザーもがっつんがっつん増えて、資金もがっぽりがっぽりだ」
「それなら店やってるよりも、そっちの方が儲かっていいんじゃねえのか?」
「やなこと言うなよ」
クラインさんが言ったことに困るエギルさん。俺とキリさんは、飲み物が入ったグラスを片手に持ちながら、それを見て笑う。
その後、俺はカイトさんたちのところに行こうかと席を立って店内を見回すと、スグが店の隅にある樽に腰掛けて1人でチビチビとオレンジジュースを飲んでいる姿が目に止まった。
何処か寂しそうにして皆を見ているスグが心配になり、彼女の元へと行こうとするが……。
「リュウ!こっちこーい!」
頬を少し赤くして手を盛大に振って俺を呼んでいるリズさんがいた。明らかにこれは酔っているように見える。
「あのリズさん、なんか酔ってませんか?」
「全然酔ってないわよ!あんたも早くこっち来なさい!」
そのままリズさんに服を掴まれて強制的に連行される。そこには困った顔をしているアスナさんたちがいた。どうやら皆も捕まったようだ。
近くにいたオトヤから事情を聞いてみると、リズさんがアルゴさんが飲んでいたカクテル入りのグラスと間違って飲んでしまい、ああなってしまったらしい。全ての元凶ともいえるアルゴさんは自分だけ逃げていた。
途中でアスナさんとカイトさんとオトヤとシリカの4人はなんとか逃げ出したが、俺とザックさんは逃げられず、残り時間の多くをリズさんに捕まって過ごすこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルヴヘイム・ケットシー領 首都《フリーリア》上空
漆黒の夜空を貫いて、あたしは40分も飛翔していた。
前のALOならこんな長時間に渡って飛び続けていることはできなかったけど、今のALOは違う。
結局、世界樹の上に空中都市は無かった。光の妖精……アルフは存在せず、訪れたものを生まれ変わらせてくれるという妖精王は偽の王だった。しかも、偽物の王とその仲間たちの正体は、異世界から来て妖精の世界を支配しようとしていた醜い怪物であった。
ずっと空を飛び続けることを夢見てたあたしは、このことを知った時は本当にショックを受けた。
しかし、怪物たちはあたしたちによって倒された。そして一度この世界は崩壊し、新しく生まれたとき、9つ全ての妖精種族が永遠に飛べるようになった。永遠に飛ぶ力を求めて9つの種族で争うことはもうない。
こうなったおかげで、先週には『アルヴヘイム横断レース』が開催された。あたしとリュウ君とお兄ちゃんの3人で凄まじいデッドヒートを繰り広げ、僅差であたしが1位、リュウ君が2位、お兄ちゃんが3位という結果となった。リュウ君とお兄ちゃんはもちろん、アスナさんとカイトさんとザックさんも、リベンジしたいと次の開催を強く望んでいたのを覚えている。皆とああやって空を飛んだのは、本当に楽しかった。
ああいうイベントで飛ぶのもいいけれど、やっぱり頭のなかを空っぽにし、ただ限界の先を目指して加速していく時が一番気持ちいい。
一段とスピードを上げ、遥か彼方遠くに浮かぶ満月を目指してロケットのように上昇していく。雲海を突き抜けて更に上昇を続けるが、一定のところまでたどり着くとスピードが落ち、《WARNING 限界高度》の文字が浮かび上がる。そして、あたしはそのまま夜空を自由落下していく。徐々に月が遠ざかる。
寂しさを感じ、目を閉じて両手でぎゅっと体を抱きしめる。
今日の放課後、お兄ちゃんたちに連れて行ってもらったオフ会。そこで彼らを繋ぐ、目には見えないけれどとても強い絆の存在があると感じていた。あの世界……浮遊城アインクラッドで共に戦い、泣き、笑い、恋をした記憶が。
だけど、あたしにはその記憶はない。
そのせいもあって、皆が……リュウ君があたしには届くことのない遥か遠くにいる気がした。
あたしはリュウ君が好き。この気持ちは5年経っても変わっていない。でも、遥か遠くにいるリュウ君には届くことはない。せっかく前にアスナさんが、あたしの想いが絶対に届かないかはまだわからないって言ってくれたのに……。
この寂しさのせいで、翅を動かせない。
落下し、雲海へと深く沈もうとした時だった。
突然、体が何かに受け止められ、落下が止まった。
「どこに行こうとしてたんだ。キリさん心配してたよ」
聞き覚えがある男の子の声。
驚いて目を開けると、そこにはくせっ毛気味で所々ハネている紺色の髪に同じ色の瞳を持ち、少し女顔よりだが整っている顔立ちをした少年の顔があった。そして、青と黒をベースとした服を身に纏い、青いフード付きマントが羽織られていた。
少年は両手であたしを抱きかかえ、雲海の直前でホバリングしている。
「りゅ、リュウ君……?」
リュウ君を見て少々驚きながら、翅を羽ばたかせてリュウ君の腕から抜け出して宙に浮く。
今のリュウ君の姿はALOの姿ではない。現実の彼の髪と瞳を黒から紺色にしただけとなっている。
「もしかして、リュウ君もSAOのアバターにしたの?」
「ああ……」
新しいALOは、元SAOプレイヤーがこのゲームにアカウントを作成する場合、SAO時代のキャラクターデータを引き継げるようになっている。そのため、リュウ君とお兄ちゃん以外の皆は、妖精の姿はしているものの現実の姿に近い姿となっている。お兄ちゃんは「あの世界のキリトの役目はもう終わった」ということで元の姿に戻らなかったが、リュウ君はどうしてなのかは知らない。
疑問に感じていると、リュウ君の口が開く。
「最初はSAO時代の俺に戻る気はなかったんだ。あの世界には思い出したくないことがいっぱいあったし、あの世界の俺がゲームを楽しんでいいのかなって……」
リュウ君はSAOでいっぱい苦しい思いをして苦しんでいたのは、あたしも知っている。このことを思い出したくないから、引き継がなかったんだと納得がいく。でも、急にどうしてSAO時代のキャラクターデータを引き継いだのだろう。
すると、リュウ君はその疑問に答えてくれた。
「だけど、キリさんがそれだけじゃないことを思い出させてくれたんだ。SAOをやったからこそ、キリさんやアスナさんたちにも出会えたし、今の俺があると思うんだよ。それに、俺もSAOをやり始めてすぐに仮想世界に魅了されたし、いつまでも過去のことを気にしていると、
「そっかぁ。じゃあ、あのリュウ君と会って旅したのはお兄ちゃん……キリト君を除いたらあたしだけなんだね」
だけど、正直言うとあたしと旅をして共に戦ったあのリュウ君がいなくなったようで寂しい気がする。
「あ……でも、アバターはSAOのだけど服とかはリーファと旅したときのものを修復してバージョンアップしたものなんだ。初めてリーファと出会って、一緒にALOで旅したことを忘れなくてな。今羽織っているこのフード付きマントはリーファがくれたものなんだよ」
リュウ君は微笑んで答える。
よく見ると、リュウ君が今羽織っている青いフード付きマントは、前にあたしがプレゼントしたものだ。一緒に世界樹まで旅をした時のものは、レデュエたちとの戦いで修復不可能なくらいボロボロになり、あたしはその時リュウ君に助けられたお礼もかねてリュウ君にプレゼントしたのだった。レア素材で作ってもらったこともあって思っていたよりも高くついてしまったが、リュウ君が喜んでくれたから後悔はしていない。
あたしも小さく笑った。
「じゃあ、今のリュウ君はSAOとALOのリュウ君を受け継いだ姿ってことだね」
「そう言うことになるかな。髪と目の色は前の俺と偶然同じになったからな」
あたしと旅したことを忘れないようにしてくれて、あたしがプレゼントしたものを愛用してくれたことが嬉しかった。
立ったまま宙を移動し、リュウ君の右手を取った。
「ね、リュウ君。踊ろうよ」
「え?」
目を丸くするリュウ君を引っ張り、雲海の上を滑るようにスライドする。
「踊るって、そんな機能あったっけ?」
「最近開発した高等テクなの。ホバリングしたままゆっくり横移動するんだよ」
「だけど俺、音ゲーはあまりやったことないし、体育でもダンスだけは苦手だったんだよなぁ……」
「リュウ君、運動神経いいし、随意飛行もすぐに覚えたから大丈夫だよ。あたしがちゃんと教えてあげるから」
「わかったよ、リーファがそこまで言うなら……」
早速リュウ君の手を掴み、教え始める。
最初は何度もバランスを崩し、随意飛行の時と違ってかなり苦戦していた。だけど、やっているうちに少しずつぎこちない動きではなくなっていき、10分ほどでコツを掴んだ。
「こ、こうかな?」
「そうそう。うまいうまい」
そして、あたしは腰のポケットから小さなビンを取り出した。ビンの、空中に浮かせると、ビンの口から星屑のような光のつぶが溢れ出し、澄んだ弦楽の重奏が聞こえてくる。プーカのハイレベル吟遊詩人が、自分たちの演奏を詰めて売っているアイテムだ。
リュウ君は一旦あたしから距離を取り、跪いて左手を差し出してきた。
「えっと、じゃあ……俺と一曲踊っていただけませんか……?」
「はい、喜んで」
少しぎこちない感じだったが、笑顔でリュウ君の手を取る。正直言うと草食系のリュウ君がこんなことをしてきたのには、少々驚いてしまった。
音楽にあわせ、あたしたちはステップを踏み始めた。
両手を繋いだリュウ君の目をじっと見て、動きの方向をアドリブで合わせていく。大きく、小さく、また大きくと、蒼い月光に照らされた無限の雲海を2人の妖精が舞う。まさに、空に舞う妖精の踊り……フェアリィ・ダンスと言ってもいい。
リュウ君は青いフード付きマントを羽織っていることもあって、ファンタジー系の物語に登場する勇者か王子様のように見える。そして、あたしはなんだかお姫様になった気分だった。
指先からリュウ君の温もりが伝わる。この時間がずっと続けばいいと思う。だが、小瓶から溢れていた光の粒と音楽は次第に薄れていく。
「リーファ?」
「あたし、今日はこれで帰るね……」
「どうして……?」
目からは涙が溢れ出してきた。
「だって遠すぎるよ。リュウ君やお兄ちゃん……皆がいるところ……。あたしじゃ、そこまで行けないよ……」
「スグ……」
あたしも本当は皆と……大好きなリュウ君と一緒にいたい。だけど、あたしには……。
ここにいるのが辛くなって帰ろうとしたとき、リュウ君があたしの手を掴んだ。
「帰るのはちょっと待ってくれないか……」
リュウ君は真剣な瞳で見つめてそう言うと、あたしの手を引いて最高速度で世界樹の方へ飛んでいく。世界樹の近くまで来ると急ブレーキをかける。止まりきれず、衝突しそうになったあたしを彼が優しく受け止めてくれた。
この時、リュウ君の顔が近かったこともあってドキッとしてしまう。
「そろそろ時間だから月を見てて」
リュウ君が夜空に浮かぶ月に向かって指を指した。
「月がどうかしたの?」
何なのかわからないまま、月の方を見る。よく目を凝らしてみると、巨大な黒い影が月を遮っていく。そして、ゴーン、ゴーンと重々しく鳴り響く鐘の音。
近づいてきた黒い影は、それは幾つもの薄い層を積み重ねて作られている円錐形の物体の建築物だった。底面からは三本の巨大な柱が垂れ下がり、その先端も眩く発光している。全体の大きさはかなりのものだ。現実にあるどの建築物よりも何倍も高い。
「あ、まさか……まさかあれは……」
あんなに巨大な建築物は
間違いない。あれは2年間、リュウ君やお兄ちゃんたちを閉じ込めた浮遊城。
「そう、あれが《浮遊城アインクラッド》だよ」
「で、でも……何でここに?」
「決着を付けるためだよ。アインクラッドはまだ100層まではクリアされてない。今度は完全クリアする。もちろんデスゲームじゃなくて、普通のゲームで楽しんでな。俺も数日前に知ったばっかりだからこのことを聞かされたときは驚いたよ」
すると、リュウ君があたしの手を掴む。
「1人じゃ無理だったらまずは手を伸ばしてみればいい。そうすれば俺が……皆がリーファの手を掴む。もしも行けないっていうなら俺がリーファの手を引いて連れて行くよ」
「ねえ、リュウ君はどうして……いつもあたしのために……そこまでしてくれるの?」
リュウ君は頬を赤く染めて少し間を開けてから答えた。
「俺、リーファ……スグのことが好きだからだよ。5年前からずっと……」
「へ?」
突然、リュウ君が言った内容があまりに驚くものでフリーズしてしまう。あたしがこんな状態でもリュウ君は言葉を続ける。
「一度はキリさんのこととかがあって、スグやリーファのことを諦めようと思ったんだけど、やっぱりこの想いは捨てられなかった……。俺はスグだけじゃなくてリーファも好きになって……二度も君に恋をしたんだよ。だから俺と一緒に来てくれるかな?」
5年前からずっと想いを寄せていた彼からのまさかの告白。絶対に実ることはない、想いが届くことはないと諦めていたあたしの初恋。でも、そんなことはなかった。想い続けてよかった。
「あたしも……5年前からずっとリュウ君のことが好き。だから行くよ、リュウ君とどこまでも一緒に……」
精一杯の笑顔を浮かべ、あたしも自分の想いをリュウ君に伝える。嬉しさのあまり、再び涙が頬を伝って落ちた。
リュウ君がそっと背中に手を回してあたしを抱きしめ、あたしは両手をリュウ君の頬にやる。そして、ライトアップされたアインクラッドをバックに、あたしたちは唇を重ねた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺たちは10秒ほどで唇を離す。唇を重ねるだけの軽いキス。それだけだったが凄く恥ずかしい。頬は熱くなっており、間違いなく俺の顔は赤くなっているだろう。そのせいでリーファをまともに見ることができない。リーファも頬を赤く染めて恥ずかしそうにして俺と目を合わせられないでいる。
「俺、ファーストキス……だったんだけど……」
「あ、あたしも……」
恥ずかしさのあまり会話が続かない。
「おーい!何やってんだ、リュウ!」
足元の方向から声がし、俺とリーファはビクッとしてしまう。
見ると腰に刀を差したサラマンダーのクラインさんがいた。いたのはクラインさんだけじゃない。巨大なバトルアックスを背負ったノームのエギルさん、クラインさんと同じくサラマンダーで腰に刀を差したカイトさん、槍を背負った俺と同じインプのザックさん、小柄のシルフで錫杖を背負ったオトヤ、赤と白をベースとした格好をしたレプラコーンのリズさん、ピナを連れたケットシーのシリカ。
さらにアルゴさんや黒猫団といったSAOから帰還した人たち、シルフとケットシーのプレイヤーを数人連れたサクヤさんとアリシャさん、レコンにユージーン将軍率いるサラマンダーの部隊もいる。
他にも沢山のALOプレイヤーたちもいて、全員がアインクラッドに翅を広げて飛んでいく。
「置いていくぞ!」
「お先!」
「先に行くぞ」
「絶対に追いついて来いよ」
「皆待ってるよ」
「ほら」
「早く!」
クラインさん、エギルさん、カイトさん、ザックさん、オトヤ、リズさん、シリカの順で俺たちの前を通り過ぎていく。この様子だとキスしたところは見られていないようだ。
そして、俺たちの目の前で大剣を背負ったスプリガンのキリさんとウンディーネを選んだアスナさんが止まる。
「お前ら、ちょっと顔が少し赤くなってなるけど、どうかしたのか?」
キリさんにそう指摘されると、俺とリーファはさっきキスしたことを思い出し、更に顔を赤く染めて慌てる。
「な、何でもないですよっ!」
「お兄ちゃんの見間違えじゃないのっ!」
「そ、そうか……」
――なんか、さっきより顔が赤くなっているような。
キリさんは俺たちの気迫に圧倒され、これ以上は触れないようにする。
キスしたから顔が赤くなったなんて絶対に言えない。でも、皆に見られずに済んでよかった。
キリさんは絶対問い詰めてきて、リズさんやザックさんは冷やかしてくるし、クラインさんとレコン……特にレコンに至っては暴走して俺に襲い掛かってくるのは間違いないからな。
アスナさんは今の俺たちのやり取りを見て笑い、リーファに手を差し伸べてきた。
「さあ、行こう。リュウ君、リーファちゃん」
俺が頷くとリーファはアスナさんの手を取る。
「なあ皆。俺、ステータスをリセットして弱くなっちまったからさ、アインクラッド完全攻略するの手伝ってくれないか?足引っ張るとカイトに怒られそうだからさ」
その瞬間、周囲は笑いに包まれる。そういえば、キリさんは「あの世界のキリトの役目は終えた」って言ってステータスをリセットしたからな。まあ、これがキリさんらしくていいけど。
「もちろんだよ!」
「あたしに任せてお兄ちゃん!」
「キリさん、プレイヤーは助け合いですよね」
アスナさん、リーファ、俺の順に言う。全員もちろんOKだった。
「皆さん、早く行きましょう」
ピクシーのユイちゃんがそう言い、アスナさんの肩から移動してキリさんの肩に止まる。そして、俺たちはアインクラッドを見る。
デスゲームの舞台となった浮遊城アインクラッド。その歴史を塗り替えてやる。いつになるかはわからないが、俺には頼れる仲間たち、そして大切な人がいる。皆がいれば……。
「よし、超強力プレイでクリアしてやるぜ!!」
俺たち4人もアインクラッドへと飛び立った。
The Game Ends
The Game Never Ends?
どうも、ついにリメイク版のフェアリィ・ダンス編しました。多くの読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!
前半は旧版とはあまり変わりありませんでしたが、後半は色々と異なるものとなりました。
リメイク版のフェアリィ・ダンス編を書き終えたとき、こうしてみると仮面ライダーネタが多いなと思いました(笑)。当初はオーズと鎧武とドライブだけだったんですけど、途中からエグゼイドのネタも出てくるように。そして前回はビルドネタが少々出ました。ビルドネタではありませんが、ALOのリュウ君ってクローズとカラーリングが同じ気がしますし(笑)
中でも一番違ったのはリュウ君と直葉/リーファの恋愛ストーリーでしょう。リメイク版では2人は小学生の頃から知り合いで、リュウ君が原作の直葉/リーファの立場になるという展開にしました。リメイク版を書き始めたときに原作を読み直していたら、もしもリュウ君が直葉/リーファの立場になったらどうなるんだろうかという好奇心から、これでいこうと思いました。このおかげで直葉/リーファが救済され、代わりにリュウ君がかなり可哀想なことになってしまいました。でも、こういう困難を乗り越え、最終的に片想いと思っていた相手とは実は両想いで結ばれるのもいいかなと思ってます。
ラストのところで前に描いたリュウ君とリーファのキスシーンを入れてみました。リュウ君の髪の毛は、終わりのセラフの百夜ミカエラ、fateシリーズに登場するシャルルマーニュやジークみたいにくせっ毛なので、描くのが大変でした。旧ALOではアルティメイタム時の映司みたいにくせっ毛ではないので、そっちの方が簡単そうだなと思いました(笑)
そして、旧版はもちろんのこと、リメイク版のアインクラッド編以上にリュウ君が主人公らしいところを書けてよかったです。リュウ君と直葉/リーファのラブストーリーはもちろん、終盤のレデュエ/蛮野戦は書いてて楽しかったです(挿入歌として乱舞Escalationを聞きながら書きました)
一応今回で第一部完結的なものとなりました。次回からは旧版のようにGGO編までの話をやりたいなと思います。しかし、後半部分は皆で海に行ったり、肝試しをやる話以外はやらないつもりです。理由はキャリバー編的なことをオリジナルでやりたいなと挑んだところ、結構グダグダな感じになったためです。もしかすると気が向いたら、平成ジェネレーションズとかを元にしたものをやるかもしれません。
遅くなるかもしれませんが、これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
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キャラ設定(フェアリィ・ダンス編)
リュウガ/橘 龍哉(たちばな りゅうや)
年齢:15歳(フェアリィ・ダンス編開始時)
家族構成:父、母、兄(故人)
種族:インプ
概要
本作の主人公。SAOでは《青龍の剣士》という二つ名を持つ攻略組プレイヤーであった。
直葉とは小学校時代に通っていた道場で知り合い、5年間ずっと想いを抱いていた。しかし、彼女に兄の死で堕落したことやSAOで自分が犯した罪のことを知られて嫌われるのを恐れて身を引く。
SAOから帰還して2ヶ月後にキリトと再会し、更にアスナがALOにいることを知り、キリトとユイとリーファと共に世界樹を目指すこととなる。その中でリーファに惹かれていく。
物語中盤で謎のソードスキルを使用してから、ALO内で味覚がなくなるなど身体に次々と異常が起き始める。
世界樹攻略の際、リーファの正体が直葉だと知って二重の失恋を味わう。しかし、リーファ/直葉は拒絶することなく、彼女の優しさに救われる。以降もリーファ/直葉に想いを抱き続ける。
世界樹の頂上で待ち受けていたパック/蛮野にリーファと共に挑むが、レデュエに姿を変えた蛮野に圧倒される。その中でログイン直後にメダルが体内に入り、オーバーロード化が進んでいることが判明する。当初は自身が化け物になるのを恐れて追い詰められ、リーファを人質にされてしまうが、ファーランとミラの後押しで迷いを捨てオーバーロードに覚醒し、蛮野/レデュエたちを倒す。その後もキリトたちと共に須郷を倒してアスナを救出することに成功した。
茅場からユニークスキル《龍刃》の所持者だと聞かされ、ファーランとミラの2人と一時的に再会を果たす。
事件後、リーファ/直葉とは相思相愛であったことを知って結ばれた。
旧ALOでは髪はハネッ毛でなくなり、瞳と共に紺色となっている。SAOクリア時のスキル熟練度が引き継がれている他、ユニークスキル《龍刃》を使用。新生ALOではSAOのアバターをコンバートし、髪と瞳が紺色に変わった以外はSAOと同じ姿となった。武器は新旧共にSAOと同様に片刃の片手剣を愛用。
・リュウガ オーバーロード態
リュウの体内に蛮野が作り上げたメダルが入り込み、力を抑えきれずに怪人化した姿。外見は映司グリードと酷似しているが、全体的に紺色となり、ボロボロの青いフード付きマントを羽織っているなどの違いがある。
最終的にメダルが砕けてオーバーロードの力を失ったため、この姿になることはなくなった。
カイト/神崎 隼人(かんざき はやと)
年齢:16歳(フェアリィ・ダンス編開始時)
家族構成:父、母、姉、妹
種族:サラマンダー
概要
SAOで「ナイツオブバロン」のリーダーを務めていた刀使い。
SAO事件の後、エギルから事情を聞き、他のメンバーと共にALOにログインする。ログイン直後に同じくサラマンダーを選んだクラインとホームタウンで合流するが、ユージーンに命令でクラインと共にシルフ領に向かうことになる。そこで、他のサラマンダーに捕まっていたレコンを世界樹への案内を条件に救出。途中でザックと合流し、4人で世界樹を目指す。アルンでリュウたちとも再会し、共に世界樹攻略に挑み、須郷を倒す。
学校ではキリトと同じクラスとなり、休み時間に教室で会話するなど仲がいい。
クラインとは種族や使用武器が同じことに加え、同じく彼女なしということで、彼から変な仲間意識を持たれて迷惑している。
ALOでは引き続き刀を愛用。実力は健在で、ユージーンからも一目置かれているほどである。
ザック/桜井 響(さくらい ひびき)
年齢:17歳(フェアリィ・ダンス編開始時)
家族構成:父、母
種族:インプ
概要
SAOで「ナイツオブバロン」のサブリーダーを務めていた槍使い。
刑事の父親を持つ。
SAO事件の後、エギルから事情を聞き、他のメンバーと共にALOにログインする。途中で、カイトとクラインとレコンと合流し、4人で世界樹を目指す。アルンでリュウたちとも再会し、共に世界樹攻略に挑む。その後はリュウたちと共に須郷を倒し、刑事の父親に事情を説明して須郷を逮捕してもらうなどALO事件解決に貢献した。
学生組の中でアスナやリズと同じく最年長であるため、2人と共に学生組のまとめ役となっている。
リズとはまだ付き合っておらず、友達以上恋人未満の関係となっている。
ALOでもリズが作り上げた槍を愛用し、魔法は使わない「脳筋系」のビルドとなっている。
オトヤ/小野寺 冬也(おのでら とうや)
年齢:15歳(フェアリィ・ダンス編開始時)
家族構成:父、母
種族:シルフ
概要
小柄で中性的な顔立ちをした少年。
SAO事件の後、エギルから事情を聞き、他のメンバーと共にALOにログインする。途中でシリカと合流し、更にリュウたちと再会するもシリカと共にシルフとケットシーの世界樹攻略準備のために一度リュウたちと別れる。世界樹攻略の時には応援に駆け付け、リュウたちと共に須郷を倒す。
リュウとは同姓で同年代ということもあって仲がよく、親友の仲。学校では成績がよく、リュウと同じクラスである。
シリカとは学年が異なっていても仲は良好。しかし、ザックたちと同様にこちらもまだ友達以上恋人未満の関係である。
ALOでは、SAOと同様にクォータースタッフを使用する他、回復と支援魔法も使用し、サポート型のスキル構成をしている。シルフのため、髪の毛や瞳は緑系統のものとなっている。
蛮野 卓郎/パック/レデュエ
イメージキャラボイス:津田健次郎
一人称:私
概要
レクトのフルダイブ技術研究部門の副主任を務めている人物で、クリムの元教え子である。
本性は残虐な性格をしており、恩師のクリムのことを表面では慕っているように見せ、内心ではお人よしなところが気に食わないという理由で嫌っていた。
須郷や一部の研究員と共にALO内の研究施設で拉致した300人のSAOプレイヤーを被験者とし、人間の記憶・感情・意識のコントロールの研究をする他、オーバーロード化するメダルも作り上げる。
実はALOのゲームマスターの1人パックの正体であり、本気を出した時はオーバーロード・レデュエへと姿を変える。実力は高く、武器としてハルバードやクリムから奪った曲刀と盾を使用する他、専用の植物系魔法を扱えたり、回復能力を持つ。
ALOの真相を突き止めたクリムを捕えて実験体とする。その後、世界樹に潜入してきたリュウとリーファとも対峙し、途中でレデュエになって2人を追い詰める。しかし、数多く非道な行いからリュウの怒りを買い、オーバーロードに覚醒したリュウの猛攻撃に敗れる。その後、ナーヴギアを改造したマシンを使って自分の脳を焼き切って自殺した。
クリム・ローライト
イメージキャラボイス:クリス・ペプラー
一人称:私
概要
ファーランの父親、ミラの祖父。
元は東都工業大学の教授をしており、蛮野は元教え子で、後輩にあたる教授の元教え子の茅場たちとも親交があった。
ファーランとミラを亡くして途方に暮れていたところ、蛮野と須郷に誘われてレクトのフルダイブ技術研究部門の研究員として就くようになる。
SAO未生還者の300人を救おうとする中、その裏で蛮野と須郷が行っていた研究を知る。証拠の入手とプレイヤー救出のためにALOにダイブし、アスナと出会う。アスナを救おうとするも蛮野たちに見つかり、蛮野と対峙するも圧倒的力に敗れ、自らもALOに捕われて実験体とされてしまう。
その後オーバーロードになりつつも、SAO未生還者と共に救われる。知らずに蛮野と須郷の手を貸していたことを悔いていたが、ファーランとミラの言葉を聞いて科学者として一からやり直そうと決心し、アメリカに渡った。
ALOでのアバターは初老の騎士の姿をしている。スタッフ用のアカウントで種族はアルフという設定。武器は曲刀と盾だが、蛮野に奪われてしまう。
ファーラン、ミラ
概要
リュウがSAO開始から共に行動していたプレイヤーたち。
SAOで亡くなったが、実はリュウが持っていた《王のメダル》に残留意識が残っており、リーファを助けらずに絶望していたリュウを励まし、彼が再び立ち上がるきっかけとなる。その後、リュウやクリムと再会を果たし、自分たちの死を乗り越えて生きるよう願って消滅した。
用語解説
《オーバーロード》
アップロードで新たに登場する予定となっている高い戦闘能力を持つ人型モンスター。ALOプレイヤーたちの間で世界樹攻略のカギを握ると噂になっている。
しかし、本当はグランドクエストのクリア難易度を上げるためのボスモンスターで、その正体は記憶を操作されて怪人化した実験体となったSAOプレイヤーである。
蛮野が作り上げたメダルを取り込むことで、体に異常を起こしてやがてオーバーロードになる。メダルとの適合能力が高い場合、メダルが吸い寄せられて体に入り込む場合もある。
蛮野や須郷が使うものは副作用もなく、自分の意志で人間態と怪人態になることも可能。
《龍刃》
SAOで全十種存在するユニークスキルのうちの1つ。盾と併用して使用できないが、片手剣スキルより強力な専用のソードスキルを使うことができ、補正に敏捷性が上昇する。邪竜の力が源という設定があり、全てのプレイヤーの中で最も悪しき力に負けない心を持つ者に与えられる。
リュウ自身は気づいてなかったがSAOクリア時点ではすでに与えられており、キリトと茅場との一騎打ちの時には無意識に使用した。
ソードスキルがないALOで使用できたのは、リュウがオーバーロードの力を手に入れたことと、リュウの誰かを守りたいという強い思いが重なったことでアバターに残っていた力が発動したからではないかと茅場は推測している。
オーバーロードの力を失ったことで最終的にALOでは使用不能となる。
・《グランド・オブ・レイジ》
刃に紫の光を纏わせ、一気に振り下ろして一刀両断する単発垂直斬り。威力は高いが、発動後の隙が多い。
一番初めに使用した龍刃スキル。レデュエにトドメを刺す時にも使用された。
・《クリティカル・ストライク》
刃に赤い光を纏い、単発重攻撃を繰り出す。片手剣スキルの《ウォーパルストライク》に似ており、威力はこちらの方が勝っている。
・《ガッシュクロス》
金色の光が纏った刃でX字に切り裂く2連撃。
・《ライトニング・スラッシュ》
電撃が走るかのような速さで斬り裂く3連撃。
・《クリスタル・ブレイク》
龍が鍵爪でクリスタルを粉々に破壊するかのような斬撃を繰り出す4連撃。
・《サウザント・スピア》
10連撃の突き技。
・《ドラゴニック・ノヴァ》
龍刃最上位のスキル。刃に青い光りを纏わせ、11連撃の斬撃を繰り出す。星が放った強力な光が、青い龍を形作っているかの如き様。
ユージーンにトドメを刺した他、レデュエや須郷に大ダメージを与えることに成功している。
リュウ君を含めて主要メンバー4人には、家族構成も書きました。容姿や生年月日などはアインクラッド編の方にあります。
そして、最後の方に話の中であまり詳細がなかった《オーバーロード》やリュウ君のユニークスキル《龍刃》もついでに乗せておきました。《龍刃》技名は全然思いつかなかったため、ほとんど仮面ライダーの必殺技からとらせていただきました。もしかすると今後変更するかもしれません。
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新アルヴヘイム編
第1話 初デート(ALO内)
この間、ビルドは次回で最終回を迎えることに。ここ最近は本当に衝撃を受けるようなものでした。夏の映画にカズミンや玄さんが出ているから大丈夫かと思っていたので、その分ショックが大きかったです。ですが、9月に発売されるビルドのCDが待ち遠しいです。昨年のエグゼイドの時もこんな感じでした(笑)。「Burning My Soul」と「Law of the Victory」が早く聞きたいです。そして、SAOは10月からはアリシゼーション編のアニメがスタート。こちらも待ち遠しいです。
無駄話のこの辺りにしておいて今回から新章のスタートです。今回は待ちに待った旧版では恒例だったあの話になります。念のためにブラックコーヒーや壁を用意しておくことをお勧めします。
「Kaito」さんが前回の挿絵に背景と色を付けてくれました。本当にありがとうございます。色付きのやつは前回の話の挿絵にも利用せていただいております。
【挿絵表示】
今俺がいるのは、シルフ領から1地番近いところにある中立域にある村。この村の広間にあるベンチに腰掛け、ある人が来るのを待っている。俺は待ち合わせ時間より30分も前から来るほど、今日という日を凄く楽しみにしていた。
ソワソワして待っていると、誰かが声をかけてくる。
「リュウくーん!」
振り向くと、1人のシルフの女性プレイヤーが金髪のポニーテールを風でなびかせながら、緑の四枚翅を広げてこちらに飛んできた。
「リーファ」
リーファは翅を閉じて俺のとなりに降り立った。彼女こそが俺と待ち合わせをしていた人だ。
「遅れてごめんね。もしかして待たせちゃった?」
「全然待ってないよ。俺もついさっき来たところだから」
リーファが来たのは待ち合わせ時間の20分前。こうなると30分前に来てて本当によかったと思う。
「えっと、楽しみだな……」
「う、うん。そうだね……」
少々照れながら短く会話を交わす俺とリーファ。恥ずかしさのあまり、目を中々合わせられずにいた。
こうなったのは、数日前に俺とリーファの関係が変わったからだ。俺たちは幼馴染や異性の友達という関係だったが、今では現実とALOで恋人という関係となった。
5年間ずっと抱いていた俺の初恋。片想いで実ることはないだろうと諦めかけている中、玉砕覚悟で思い切って告白。するとリーファ/スグも5年前から俺のことがずっと好きで、要するに俺たちは両片想いだったことが判明した。こういうのは、フィクションの世界の話だけだと思っていたから、嬉しいと共に驚きでいっぱいだった。
そして、今日はシルフ領のスイルベーンでデートしようということに決まった。本当は現実世界でもしたかったが、ゲームとは違ってそう簡単にスケジュールを合わせられるわけでもないので、そうはいかなかった。だけど、現実では今度の土曜日にすることが決まってそっちの方も楽しみにしている。
「待ち合わせの時間までまだ時間あるけど、もう行こうか」
「うん。今日は前に案内できなかったところとかも案内するよ」
「それは楽しみだな」
会話しながら、俺たちは翅を広げて飛び立った。
10分ほど飛び続けていると、タワーが何本も建っている翡翠の街《スイルベーン》が見えてきた。
俺たちは速度を落とし、真ん中の塔の根元に着陸する。前に来た時はALOをやり始めたばかりで上手くは着陸できなかったが、今は上手く着陸することはできるようになった。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「リュウ君が前にここに来たのは、アスナさんを助けに来た時だから4カ月ぶりだよね」
「ああ。確かキリさんは初めて来た時、塔に激突したんだよな」
「フフ、そんなこともあったね」
そして、リーファに連れられて風の塔から大通りの方へと歩いていく。スイルベーンはシルフ領の首都だということもあって、相変わらず周りはシルフのプレイヤーばかりだ。インプである俺はどうしても目立ってしまう。
「相変わらず、スイルベーンだと目立つな」
「仕方ないよ。リュウ君はインプなんだから」
話しながら街を歩いていると、誰かがリーファに声をかけてきた。
「あれ?リーファじゃん」
振り返ると、両手剣を背負ったシルフの女プレイヤーがリーファの元へとやって来た。
「あ、フカさん。お久しぶりです」
「おう、久しぶりだな」
見たところ、リーファの知り合いらしい。まあ、元々リーファはシルフ領を拠点にしてALOをやっていたから、レコンやサクヤさん以外にもシルフのプレイヤーで知り合いがいてもおかしくないだろう。
「最近、シルフ領にいなくて中々会えないから寂しかったよ」
「ALOの運営が再開されてから、リアルで知り合いの人たちも他の種族でALOをやり始めて、最近はずっとイグドラシル・シティの方にいましたからね」
「そうだったのか。とりあえず引退してなくて安心したよ。今度また一緒に狩りしたりデュエルでもやろうぜ」
「はい」
フカさんと呼ばれているプレイヤーは、リーファと話していると俺に気が付いて顔をこちらに向ける。
「ところで、リーファの隣にいるインプは誰なんだ?」
「あ、初めまして。リュウガって言います。リュウって呼んでください」
「よろしくなリュウ。私はフカ次郎、気軽にフカって呼んでくれ」
「はい、よろしくお願いします」
フカ次郎という名前を聞いて随分と変わった名前だなと思いつつも、フカさんと軽く自己紹介をして挨拶を交わす。すると、フカさんは俺のことをジロジロ見てくる。
「あの、どうかしました……?」
「にしても、あどけなさがちょっと残るけど中々のイケメンだね~。ちょっと結婚して欲しいんだけどさぁ、この後ヒマ?」
「ええええっ!?」
「フカさん何言っているのっ!?」
突然のナンパに俺とリーファは驚いて声をあげる。
「ちょっとした挨拶だよ。で、どうなの?」
あまりにも自由過ぎるフカさんに呆れてしまう。彼女はなんか、キリさんやアルゴさんみたいに俺を散々振り回しそうな人だな。
早く何とかしないと厄介なことになりそうだから、ちゃんと話しておこうか。
「あの、すいません。俺にはリーファがいますので……」
「えっ!?2人って付き合っているのっ!?」
「は、はい。最近付き合い初めまして……」
「あちゃー。リーファに先を越されちゃったとは」
ちょっと残念そうにするフカさん。
「でも、リーファってグリドン……じゃなくてレコンっていう子とよく行動してたけど、彼とはそういう関係じゃなかったんだ」
「ち、違いますよ!レコンとはただのパーティーメンバーで、リアルでは学校のクラスメイトでALOのことを教えてくれたからですよ!」
「そうかそうか。まあ、私も間違いなくレコンよりもリュウの方を選ぶかな~」
「もう、フカさんったら。リュウ君は絶対に誰にも渡しませんからね!」
「わかっているよ、冗談冗談。デート中みたいだったから、お邪魔虫はこの辺りで失礼するよ。リーファ、今度またデュエルでもやろうぜ。もちろんリュウともな。じゃね」
フカさんはそう言って俺たちが来た道を歩いて、この場から去っていった。
「なんか嵐みたいな人だったな」
「フカさんはよく人をからかったり、トラブルメーカーっぽいところはあるけど、いい人には違いないからね」
「彼女と話して、そんな感じはしたよ」
歩いているうちにやってきたのは、前にも来た店《すずらん亭》だった。
「今回もここでいいかな?どうしてもリュウ君と食べてみたいものがあって……」
「俺と食べたいもの?もちろんいいよ」
何なのかと思いつつ、リーファと一緒に店中へ入る。
前回来た時と違うのは俺たちの他に客がいることくらいだ。客の中には、1つのパフェを2人で食べている男女のシルフのプレイヤーもいる。随分と仲睦まじいカップルだな。
俺たちはNPCの店員に案内されて、窓際の席に腰を下ろした。
「そういえば、リーファが俺と食べたいものって何なんだ?」
「ALOの運営が再開されてから、メニューに追加された『トキメキフルーツパフェ』っていうパフェなの。だけど、それを頼むのに恋人同士じゃないとダメなやつで……」
恋人同士じゃないとダメだというのを聞き、先に来ていたカップルが1つのパフェを2人で食べていたのを思い出し、何なのか理解した。
「もしかして、カップル専用のやつってことか……?」
「うん……。で、でも……こういうの頼むとやっぱり迷惑だよね……。他のにしようか!」
「いや、迷惑じゃないよ。俺たち付き合って恋人同士なんだから何の問題もないと思うし……。むしろ、リーファがこういうメニューを俺と一緒に食べたいって言ってくれて嬉しいよ」
「リュウ君……」
早速NPC のウェイトレスに注文し、その数分後に果物が沢山乗っているパフェが来る。
「2人分だから多く見えるな」
「そうだね。美味しそうだし、早く食べちゃおう」
俺とリーファはスプーンを手に取り、パフェを食べ始める。口の中にはイチゴに似た果物の酸味と生クリームの甘さが広がる。
「美味しいね」
「ああ。生クリームも程よい甘さだし、フルーツも新鮮さが残っている。ベストマッチと言ってもいい組み合わせだな」
「ベストマッチなのはあたしたちもじゃない?」
「た、確かに……」
リーファがサラッとそんなことを言ってきたため、少々照れてしまう。
ふと先ほどのカップルの方を見ると、女性プレイヤーが男性プレイヤーにあーんとパエをスプーンに乗せて食べさせていた。あれはアニメやゲームなんかでラブラブなカップルや新婚夫婦がやるやつだ。まさか、あんなことを本当にやる人たちがいるとは……。
見ているこっちが恥ずかしくなり、顔を正面に向ける。すると、リーファはパフェをスプーンですくって俺の方に向けてきた。
「リュウ君、あーん」
「えっ?」
あのカップルたちがやっていたことをリーファもやってきて、フリーズしてしまう。
「あ、あの……リーファ?」
「ダメ……かな?」
戸惑う俺に対し、上目遣いで俺を見るリーファ。ヤバイ、これは反則だろ。リーファが可愛すぎる。
恥ずかしかったが、リーファの誘惑に我慢できなくなる。
「だ、ダメじゃないよ!え、えっと……じゃあいただきます」
そう言って、リーファが口元に持ってきたパフェを食べる。口の中に入ると同時に、甘酸っぱい味が口の中に広がる。気のせいかそれは先ほどよりも増していた。
「どう?」
「リーファが食べさせてくれたから、さっきよりも美味しかったよ。じゃあ、お返しにリーファもどうかな?」
今度は俺がパフェをスプーンですくって、「あーん」とリーファの口元まで持っていく。リーファは口を開けて食べた。
「どうだった?」
「うん、美味しかったよ。リュウ君が食べさせてくれたからね」
「だけど、これは恥ずかしいな……」
「そうだね……」
「「……………………」」
食べさせ合いをした俺たちだったが、恥ずかしくなって俯いて黙り込んでしまう。そして、俺たちの周りをピンク色のオーラが包み込み、周りにいた人たちは何故か全員ブラックコーヒーをオーダーしていた。
食事を終えて《すずらん亭》を後にし、リーファに連れられて次の目的地へと向かっていた。
「リーファちゃ~ん!」
またしても誰かがリーファに声をかける。でも、今度は聞き覚えのある声だ。声がした方を見ると、黄緑色のおかっぱ風の頭をした気弱な感じの少年……レコンがこちらにやって来た。
「あ、レコン」
「リーファちゃん、スイルベーンに戻ってきてくれたんだね」
「今日はちょっと用事があって来たのよ」
「そうだったんだ」
レコンはリーファと楽しそうに話している中、俺のことに気が付くとちょっと不機嫌そうにする。
「何だ、君もいたんだ。君はいなくてもいいのに」
「俺はいちゃいけないのかよ……」
「コラ、シルフ領主館のスタッフがそんなこと言わない!もしもリュウ君に何か手出した時は刻むよ」
「ひっ!」
リーファは鞘にしまっている長刀の柄を掴み、レコンは何処からかパンダのぬいぐるみを出してそれを盾にする。ていうか、どうしてパンダのぬいぐるみなんだ。
こんなレコンだが、世界樹攻略の時に通常の倍のデスペナルティとなる自爆魔法を使って大量のガーディアンを倒して突破口を開こうとしたほどの度胸もある。その根性をシルフ領主のサクヤさんに買われ、現在はシルフ領主館のスタッフとして活動している。
まあ、今でも神の才能とか言って調子に乗るなど問題点も多少ある。シルフ領主館のスタッフになった頃は「新レコン」とか「レコン神」と名乗って、俺は「コイツ馬鹿なのか」と思ってしまったこともあった。
事態が落ち着くと、レコンはパンダのぬいぐるみをしまって、リーファと向き合う。
「リーファちゃん、この後って暇?僕今日の仕事は終わったから、久しぶりに一緒に狩りでもどうかなって……」
「ゴメンね。あたし、リュウ君とデート中だから」
「へ?デート?どういうこと?」
リーファの口から出たデートという単語に反応するも、まだ完全に理解してない様子だった。
「あたし、リュウ君と付き合うことになったの」
「ええええええええええええ――――っ!?」
やっと何なのか理解できたレコンは、驚いて街中に響き渡るほどの大声をあげる。
「どういうことなの、リーファちゃんっ!どうしてコイツなんかとっ!?」
「それは…リュウ君のことが好きだからよ、5年前からずっと。リュウ君も5年前からずっとあたしのことを好きでいてくれていたからそれで……」
頬を赤く染めて照れながら説明するリーファ。それを聞いていた俺も照れて黙り込んでしまう。
「どうした何の騒ぎだ?」
この状況の中、俺たちに近づいてきたのは数人の護衛を連れたシルフ領主のサクヤさんだった。
「何だ、レコン君にリーファとリュウガ君か。どうしたんだ?」
「サクヤさん!リーファちゃんがこのインプと付き合って恋人同士だって言うんです!他の種族との恋愛なんてダメですよねっ!?」
「いや、特にそんな決まりはないぞ。インプとカップルだっていうシルフのプレイヤーは他にもいるらしいからな」
その直後、レコンはショックのあまり真っ白になって倒れてしまう。そして、何処からか『ゲームオーバー』という音声が聞こえる。
「あれ?レコン君、どうしたんだ?」
「今はそっとしてあげた方がいいかと思います……」
「そうか……」
サクヤさんはこの状況に困惑するも、護衛の1人に指示を出して倒れたレコンを運ばせる。
「この様子だと君たちはデート中か。君たちの邪魔にならないうちに、我々もこの辺りで失礼するよ」
そう言って、護衛を連れてこの場を去る。
俺たちも移動し、やって次に辿り着いたのは、露天販売店がいくつかある広場だった。
「ここは日替わりで露天販売している店が違うの。昨日は回復アイテム専門の店で、その前は戦闘に役立つアイテムを売っている店だったかな」
「日替わりで店が変わるとなると面白そうだな」
「でしょ。たまに中々手に入らないレアアイテムも売られている時もあるんだよ」
「それは凄いな」
いくつかある露天販売店の中で、俺たちが行ったのはアクセサリーを販売しているところだ。置かれているのは髪留めやリボンなど女性プレイヤー向きのものが多いが、男性プレイヤーも身に着けるものもちゃんとある。
リーファは興味津津な様子でアクセサリーを見ていた。彼女も年頃の女の子だ。こういうのに興味持ってもおかしくないだろう。
そんな中、俺が目に止まったのは緑色のリボンだった。それを手に取り、リーファに見せる。
「なあ。これリーファに似合うと思うんだけど、どうかな?」
「これ、いいね。試しに着けてみようかな?」
そして、リーファは店員に言った後、メニューウインドウを開いて今身に着けている髪留めを外す。すると、ポニーテールから髪を結っていないロングヘアーの状態へとなる。いつもと比べて大人っぽい雰囲気となったリーファのそんな彼女の姿にドキッと心を打たれ、見とれてしまう。
「どうかしたの?」
「リーファってポニーテールにしている姿しか見たことがなかったから、髪を下ろした姿も新鮮だなって思って……」
「そ、そう?変じゃない?」
「全然変じゃないよ。むしろ似合っている……可愛いよ……」
俺はリーファから目線をそらして照れながらも言葉を続ける。
「だから……ALOでデートする時、たまには髪下ろしてくれるかな?」
「そ、そう?リュウ君がそう言うんだったら、たまに下ろすのも悪くないかも……」
俺の言ったことに、リーファは頬を赤く染めてすっかりデレデレ状態となる。そして、目の前に店員さんがいることを忘れて、再び俺たちの周りをピンク色のオーラが包み込み、2人だけの空間を作り上げてしまう。
「とりあえず、そのリボンつけてみたらどうかな?」
「そうだね」
リボンをするといつもみたいにポニーテール姿のリーファが再び現れた。
「ど、どう?」
「似合っているよ。思った通りだ」
「そ、そう?じゃあ、これでも買おうかな」
「あ、俺が出すからいいよ」
「でも、そうなるとリュウ君に悪いよ」
「俺がそうしたいだけだから大丈夫だよ」
「うーん。あたしばかりだと悪いから、今度はあたしがリュウ君に合うものを選ぶよ」
リーファはそう言うとシートの上に並べられているアクセサリーを見始める。そして何か見つけたらしく、それを手に取って俺に見せてきた。
「リュウ君にはこれはどうかな?」
リーファが俺に見せてきたのは、ドラゴンの横顔を形どったアクアブルーのクリアパーツで出来たペンダントだった。
「青いドラゴンだからリュウ君にピッタリだって思って」
「これは中々カッコいいな。試しに付けてみようか」
店員さんに言ってからメニューウインドウを操作し、付けてみた。
「どうかな?」
「思った通りだよ、似合う似合う!」
「そうか。よく調べてみると、ほんの僅かだけど防御力が上がるみたいだし、せっかくだから買おうか」
「これはあたしが買ってあげるよ。リュウ君があたしのを買ってあげるっていうから、そのお礼にね。いいでしょ?」
「わ、わかったよ。リーファがそこまで言うなら……」
ぐいぐい来るリーファにおされて、そうすることにした。そして、俺たちはそれぞれ購入し、お互いにプレゼントした。
その後もリーファの案内の元、スイルベーンを色々と見て歩く。デートスポットとなっているところにやって来ると、ベンチに座って談笑をしていたり、手を繋いで歩いていたりと仲睦まじいカップルがいくつも見られた。
左隣を歩くリーファをチラッと見ると、彼女はそのカップルたちを羨ましそうに見ていた。
――やっぱりリーファもああやって手を繋いで歩きたいのかな……。
恥ずかしかったが、彼氏としてここは腹をくくらないとな。
リーファの右手にそっと左手を伸ばして手を繋ごうとする。すると、リーファがこちらに気が付いて俺と指を絡めて手を繋いできた。
「あの、リーファ……?」
「手繋ぐなら、こっちの方がいいかなって……。あたしたち、恋人同士だし……」
「そ、そうだな……」
リーファは恥ずかしいのか頬を赤く染めて俺と中々目を合わせてくれない。かという俺自身もリーファと同じような状態となる。ここにいる間は、どちらかが話しかけてもぎこちない感じとなり、会話が長続きしなかった。
最後にやってきたのはスイルベーンのシンボルでもある風の塔。塔の中からエレベーターに乗り、風の塔の頂上へと出る。前来た時はどこまでも青空が広がっているが、今はすっかり夕焼けで染まってオレンジ色の空となっており、上空にはアインクラッドがある。
前のALOでは高度を稼ぐためにここから飛んでいたが、無制限に飛べるようになった今のALOではそうやる必要はない。リーファ曰く、今では景色を楽しむ観光スポットとなっているらしい。
「やっぱりここからの景色いいな」
「うん。ここからあたしたちの旅が始まったんだよね。今思うと、対空制限がある中で世界樹までたった3日で行くなんてかなりの無茶ぶりだったよ」
「確かにな。今としては懐かしく思えるよ。あの時はスグとリーファが同一人物だって言うこともわからなかったしな。」
「前から気になっていたけどリュウ君って、リアルとALOのあたし、どっちが好きなの?」
「え?」
「あたし、リュウ君たちみたいにリアルと姿がほとんど同じってわけじゃないから……。どうしても気になって……」
リーファのアバターは俺や他の皆と違ってランダムで生成されたため、スグとは異なった容姿となっている。そのことをリーファ/スグが気になってもおかしくない。
俺は少し間をおいてから、そっとリーファを抱きしめて答えた。
「あの時も言ったけど、俺はスグとリーファ……どっちも好きだよ。姿は違っていても君は俺とちゃんと向き合ってくれたからな。だから、どっちかだなんて俺には選べないかな……」
「リュウ君……」
すると、リーファも俺を抱きしめてきた。
「もう、リュウ君はいつもさらっとそういうこと言うんだから……。そんな欲張りなリュウ君にはちょっとお仕置きが必要だね」
「へ?」
リーファは急に小悪魔みたいな笑みを浮かべ、目を閉じて自分の唇を俺の唇に重ねてきた。
すぐにどういう状況なのか理解した俺はフリーズしてしまい、抵抗することもなくリーファからのキスを受け入れた。
キスは10秒ほどで終わり、俺たちの唇は離れた。
顔は熱くなっているから、間違いなく俺は顔を真っ赤にしているだろう。そして、自分からキスをしたリーファ自身も頬を赤く染めて恥ずかしそうに俺を見ていた。
「「…………」」
目が合う俺たちだったが、恥ずかしくなってまたしても目をそらして黙り込んでしまう。
俺たちはこうしてALOでの初デートを終えたのだった。
今回の話は最初から最後まで、書いている私自身もブラックコーヒーが欲しくなるほどのものとなってしまいました(笑)。
リュウ君とリーファ/直葉も、キリトとアスナに負けないくらいバカップルと言ってもいいほどラブラブですが、キリアスと違うのは初々しさがあります。一瞬リュウ君だけ爆発すればいいのにと思ったこともありましたが、リメイク版ではリュウ君にはかなり辛い思いをさせたのでリーファ/直葉と結ばれてラブラブカップルになって本当によかったです。
気づいた方が多いと思いますが、SAOAGGOで私が一番気に入っているキャラ、フカ次郎がゲスト出演しました。エムさんこと阿僧祇豪志さんに初めて会った時と同じことをリュウ君にもやりましたが、恐らくカイトやザックにも同じことをやったでしょう。オトヤの場合は百合に生きるとかヤバイことを言いそうな……。
レコンは相変わらず檀黎斗みたいな感じに。そして完全にリュウ君に敗北するという。今回ばかりは本当にドンマイだなと思いました。くれぐれも闇落ちしてレコン・オルタとかにならないことを祈ってます。
リーファが髪を下ろすシーンは、知っている方もいますがあれはゲームにあった話を元にしました。髪を下ろしたリーファは可愛いですし、リュウ君なら絶対に気にいるだろうと思ってこのシーンを入れました。ちなみにリュウ君がリーファから貰ったアクセサリーはクローズチャージの胸のクリアパーツみたいなものです。ですが、大きさは小さいものとなっています。
なんか久しぶり2人の甘々を本格的に書いた気がしました。次回もブラックコーヒーを用意しておくことをお勧めします。
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第2話 初デート(現実世界)
9月からはジオウが、10月からはSAOのアニメ第3期がスタート。ジオウは戦兎や万丈、永夢や飛彩など歴代のライダー出演者本人が出てくる豪華っぷり。これやビルドのVシネマも決定することもあってビルドロスとなっていた私には嬉しかったです。SAOは4クールも放送決定とこちらもかなりの豪華っぷり。ついにユージオやアリスをアニメで見られる日が来るなんて。今から放送が待ち遠しいです。
ゲーム版の方もよろしくお願いします。
今回もブラックコーヒーや壁を用意しておくことをお勧めします。
「これで大丈夫だな」
自室にある鏡で自分の姿を念入りにチェックする。今の服装は白のシャツの上に青いパーカー、紺色のジーンズという格好である。ALOと同様に青系統のものがメインとなってしまったのが多少気になるが。
何故いつも以上に自分の服装を念入りに確認しているのかというと、今日はついにスグとリアルで初デートだからだ。ALOではすぐにデートすることができたが、リアルでは中々スケジュールを合わせることができずにいた。そのため、今日という日をとても楽しみにしていた。
ちなみに俺とスグが付き合っていることは、クラインさんを除く全員が知っている。どうしてなのかというと、クラインさんは彼女持ちではない俺やカイトさんを「非リア充同盟」の仲間だと言っていることもあって、このことを知ったら絶対に「裏切り者」だと言って暴走しそうだと思ったからだ。皆に教えたのはクラインさんがALOにログインできない日だった。
そして、カズさん/キリさんにスグ/リーファと付き合うことになったのを報告する時が、俺にとってはある意味最大の難題だった。スグから聞いたが、カズさんに好きな人がいると話した時に何処かの「天の道を往き、総てを司る男」みたいにシスコンぶりを暴走し、最終的にスグが友達の話だと誤魔化したことがあったらしい。そんなこともあって凄く不安だったが、実際に話した時は「リュウならスグを任せられる」と言ってすぐに承諾してくれた。
こんな事を思い出しながら、ふと自室にある時計を見ると時刻は8時30分となっていた。
「待ち合わせの時間は9時だから、そろそろ行かないとな」
家を出てすぐに待ち合わせ場所となっている駅へと向かった。
約束の10分前に駅に着き、スグが来るのを待とうと思ったところ、ちょうどスグもやって来た。
「リュウ君、待った?」
「俺も今来たから全然待ってないよ。その服、似合っているよ」
スグの今の服装は、所々に水色の猫のマークが付いた白い服に少し長めの朱色のカーディガン、黒いズボンという格好だ。
服のことを褒められたスグは嬉しそうにする。
「ホント?ちょっと不安だったけど、リュウ君にそう言われて嬉しいよ。リュウ君はALOと同じく青系の服なんだね」
「ま、まあ……やっぱりこの色が一番しっくりくるから…」
服選びにいつもより時間はかかったが、最終的にALOと同じ青系の服を選んだ自分が恨めしい。他にも赤や黒もあったのに……。
「でも似合っていると思うよ。なんかリュウ君らしくて」
「そ、そうかな?俺もそう言われると嬉しいよ」
スグにそう言われて俺も嬉しくなる。そして、会って数分しか経たないうちに俺たちの周りは甘い空気が包み込む。
「混むと思うから、もう行こうか」
「うん」
スグと手を繋ぎ、駅の改札口へと向かった。現実世界で初デートに選んだのは今年の春にできたテーマパークだ。場所は他にも水族館や映画館などが候補にあり、前にスグが行ってみたいと話していたこともあってここを選んだのだった。ちなみに水族館や映画はまた今度にしようと決まった。
俺たちが乗った駅からテーマパークがある最寄りの駅まで30分くらいかかる。目的地に着くまで電車の中で談笑しながら過ごした。
電車に揺られて移動すること30分、目的地のテーマパークに到着した。俺たちは早速入場券を買って中に入る。今日は土曜日だということもあって、テーマパーク内は家族連れやカップル、学生のグループなどで賑わっていた。
「やっぱり休日だというだけあって沢山人がいるなぁ」
「そうだね。じゃあ、離れないようにしないと」
「え?」
するとスグがいきなり俺の右腕を自分の胸に抱く。
「普通に手握っているのよりこうした方が離れずに済むよ」
「そ、そうだな……」
確かにこの方が離れずに済むが、腕にはものすごく大きくて柔らかいものが当たっている。気にしないようにするがどうしても気にしてしまう。
スグと再会するまでの3年間、スグのとある部分はかなり成長していた。再会したばかりの時は色々あって気にとめていなかったが、ALO事件を解決した後、ふと見た時にかなり成長していたことに気が付いて驚いたほどだった。ちなみにカズさんも同じように驚いたらしい。
初めの数分間は気にしないようにと葛藤。そして今はなんとか平常心でいられるようになった。
「最初は何に乗ろうか?」
「ジェットコースターにしよ!」
入場券を買ったときに貰ったパンフレットで場所を確かめる。
「ジェットコースターの場所はここだから今いるゲート前からだとこっちだな」
さっそくジェットコースターの場所に向かう。着くと列に並び15分ほどで俺たちの番となった。
「このジェットコースター、どれくらいの速さかな?」
「さっきパンフレットを見たらもの凄く速いらしい」
「へぇ〜もの凄く速いんだ。今から楽しみだよ!」
スグは「もの凄く速い」という単語を聞くと満面の笑みを浮かべる。
そんなスグの表情が可愛いと思いながらも俺はどのくらい早いのかと少し不安だった。何故なら俺たちは一番前の席にいるからだ。ジェットコースターには何度か乗ったことはあるが、一番前だというのは今回が初めてだ。まあ、ALOでは何度も猛スピードで空を飛んでいたからきっと大丈夫だろう。
そう思っているとジェットコースターは急降下し、最高速度で進んで行く。
「うわっ!!」
「やっほ――う!!」
俺は予想以上のスピードで驚いたのに対して隣にいるスグは楽しそうに声をあげる。
その後もフリーウォールなどの絶叫マシーンを中心に乗り、このテーマパーク内にある絶叫マシーンのほとんどに乗った。連続で絶叫マシーンに乗ったこともあって俺は何処かの研修医みたいに真っ白に燃え尽きてベンチに座っていた。対するスグはまだまだ元気でいる。スグ……リーファはALOでは《スピード・ホリック》と言われているほどのスピード狂だけど、それはリアルでも健在のようだ。
時計を見ると午後1時くらいとなっており、昼食をとることにした。俺たちはパーク内にあるハンバーガーショップでハンバーガーのセットをオーダーし、席に着いた。
「土曜日でちょうどお昼時だから結構混んでいるけど、何とか席をとることができたね」
「休日の遊園地は、アトラクションに乗るのもご飯食べるのも長い列に並ばないといけないからな」
「そうだね。午後も色々アトラクションを周りたいから早く食べちゃおう」
「ああ」
俺たちは早速先ほどオーダーしたハンバーガーを食べる。その間、談笑しながら食べていると、スグが紙ナプキンを持って手を伸ばして俺の口元を拭いてきた。
「い、いきなりどうしたんだっ!?」
「口に付いてたからそれで……」
「そ、そうだったんだ。でも、なんか恥ずかしいな……」
「あたしだって恥ずかしいんだよ……」
俺だけじゃなくて、やってきたスグも頬を少し赤く染めて恥ずかしがる。俺は何とか気持ちを落ち着かせようとアイスティーを飲む。まだガムシロップは入れていなかったが、何故か甘い気がした。
昼食を終え、パーク内を歩いている内にイベント広場に辿り着いた。イベント広場には人だかりができて、ステージ上ではヒーローと怪人が戦っている光景があった。見たところ、ヒーローショーが行われているみたいだ。
「ヒーローショーか」
「パンフレットにも今日はヒーローショーがあるって書いていたからね」
「そういえばパンフレットにそう書かいていたな」
ヒーローと怪人の戦闘は勢いを増し、辺りは歓声に包まれる。特に小さい男の子は盛り上がっている。
せっかくだから、俺たちも途中からだけど見ていくことにした。それにしてもヒーローショーを見ていると懐かしくなってきた。
「懐かしいな。俺も小さいときに父さんや母さんによく連れて行ってもらったよ」
「へえ、リュウ君ヒーローショーに行ったことあるんだ。お兄ちゃんもそうだったけど、男の子ってこういうのが好きだよね」
「大抵の男の子はそういうものは好きなんだよ」
「あたしもお兄ちゃんの影響で一緒に特撮ヒーローもの見てたり、ヒーローショーに行ったこともあったよ」
「そうなんだ。男兄弟がいる女の子は魔法少女ものだけじゃなくて特撮ヒーローものも見ていたって聞いていたけど、スグもその1人だったんだな」
「うん。お兄ちゃんが一番好きだったのが、戦国武将の鎧とミカンかオレンジをモチーフにしたやつだったかな。確かそのヒーローって二刀流で戦いっていたから、お兄ちゃんも二刀流で戦っていたと思うんだよね」
「ハハハ。本当にそうだったら面白いな、それは」
こんな感じで談笑しながらヒーローショーを見終わり、次に向かったのはお化け屋敷だった。
「ねえ、ここのお化け屋敷ってやっぱり怖いのかな?」
「怖いと思うよ。ここのお化け屋敷って日本の中でトップ3に入るほど怖いお化け屋敷で有名だからな。途中でリタイアする人もいるらしい」
「そ、そんなに……」
俺の話を聞いたスグは入る前から怖がっており、それを見た俺は大丈夫かなと心配になってきた。
「嫌だったら、俺は他のにしても大丈夫だけど……」
「ううん。リュウ君がいるんだったら大丈夫だよ。行こう!」
スグは俺の手を引いてお化け屋敷の受付前に向かって中へと入る。中に入るとスグが「絶対に離さないで」と言わんばかりに俺の手を強く握ってきた。
ここのお化け屋敷は廃校となった学校をモデルにしており、中も薄暗くて不気味な雰囲気に包まれていた。
初めにやって来たのは学校内にある階段だった。よくある学校の怪談では、夜になると階段が13段となるというやつだ。試しに1段ずつ数えて上ってみたところ、予想通り13段という結果だった。恐らく初めから13段あったんだろう。
ここは大丈夫だったが、次に行った理科室は人体模型や標本などがあって、より不気味だった。そして、理科室の奥には準備室の扉があって入ることにした。
「リュウ君、先に入ってよ」
「えっ!?お、俺が……」
「だってリュウ君、メダルで変身する特撮ヒーローの主人公に似てるってよく言われてるでしょ!」
「いや、それは今あまり関係ないと思うから!」
「いいから先に入って!」
スグに強く言われ、まず先に俺から入ることとなった。少なくても蛇の標本がないことを祈りながら入った途端、中から動く人体模型が突然現れた。
「キャァァァァっ!!」
これにはスグは驚いて俺に勢いよく抱きついてきた。対する俺は首が締まっている苦しさと、背中に当たる柔らかいものを気にしないようにと葛藤していた。この間にも動く人体模型はいなくなる。
「よかった、いなくなった」
「く、苦しい……」
「ゴゴゴメン、リュウ君っ!!」
スグは俺の首を絞めていることに気が付いてすぐに手を放す。
「だ、大丈夫…。それよりも早く行こうか」
そう言って先を進むことにした。この後は音楽室や美術室などに行き、ピアノの霊や動く肖像画などがあったが、途中でリタイアすることもなく、ゴールにたどり着くことができた。
外に出ると日の光で明るくなっていた。40分ほどしか暗いところにいなかったが、この明るさが少し懐かしく思えた。
「リタイアしないで出られてよかったよ」
「リュウ君が傍にいたからあたしも最後まで頑張れたよ」
スグが笑顔でそう言ってきて、俺も嬉しくなってきた。
「まだまだ時間もあるから次行こうか」
「うん!」
その後もシューティングなど数多くのアトラクションを巡り、中にはSAOやALOみたいに剣を使うアトラクションもあった。剣を使うアトラクションでは俺とスグのペアで歴代最高得点を出して周囲を驚かせたりもした。
こうしている間にも時間はあっという間に過ぎていき、俺たちは最後に観覧車に乗ることにした。時刻は夕方の6時近くとなっており、空は夕日でオレンジ色に染まっていた。
「綺麗だね」
「ああ。まさかスグとこうやって一緒に見ることができる日が来るなんて思ってもいなかったよ」
「あたしもだよ。リュウ君が5年間もあたしに想いを寄せ続けていたなんて知らなかったからね。本当に驚いたよ」
「俺だって同じだよ、まさかスグと両思いだったなんて夢にも思わなかったからね」
俺はスグへの恋は実ることはないと諦め、その中ALOで出会ったリーファに新たに惹かれていった。でも、スグとリーファは同一人物だということが判明して、俺は二度同じ人に失恋したと思い込んでいたが、実際にはスグと両想いで最終的にスグ/リーファと結ばれた。
今思うと本当に長い道のりだったな。
そんなことを考えていると、スグが声をかけてきた。
「ねえ、リュウ君」
「んー?」
「キスしない?」
「へ!?」
スグの提案に思わず慌ててしまい、顔が一気に熱くなる。
「い、いきなりどうしたんだっ!?」
俺がそう聞くと、スグは頬を赤く染めて恥ずかしそうにして口を開いた。
「だ、だって……あたしたちALOだと2回キスしたけど、リアルではまだ1回もしてないじゃん……」
確かにスグの言う通り俺たちはまだリアルではキスはしてない。一応スグ/リーファと付き合ってから、何回かリアルで会ったが他の皆がいたからできそうになかったのと心の準備が……。
流石に付き合っているのにこれじゃあヤバイなと思い、恐る恐る言う。
「じゃ、じゃあ……する?」
「う、うん……」
スグは恥ずかしそうにして小さく頷く。
そして俺は席を立って向かい側の席に移動し、スグの隣に座る。
やっぱり今からするって意識すると恥ずかしいな。スグも顔を赤くしているし。それでも覚悟を決めて、そっと自分の唇をスグの唇に重ねる。
10秒ほどで終えた軽いキスだったが、俺もスグも頬を赤く染めて俯いていた。
「ALOだけじゃなくてリアルでもリュウ君にファーストキスあげちゃったよ……」
「俺だって同じだ……」
思うように会話が長続きしない。どうやら俺たちはキスするとこうなるみたいだ。
ゴンドラが下に着き、スグと手を繋ぐ。
「リュウ君?」
「お、俺たち……付き合っているんだから、帰る時も手繋いでもいいかなって思って……」
「うん、そうだね!」
スグは笑顔でそう答えてくれた。
現実世界での初デート。こちらでも2人はイチャイチャして凄くブラックコーヒーが欲しくなるほどでした。
内容的に旧版とあまり変わりませんが、旧版と比べてライダーネタを多く入れてみました。リュウ君はフェアリイ・ダンス編から映司だけじゃなくて永夢の要素も入ってきている気がしました。終盤では紘太っぽいところもあり、アリシゼーション編では万丈みたいになりそうな(笑)
次回もよろしくお願いします。
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番外編1 尾行と妹を心配する兄と非リア充
無駄話はここまでにしておいて今回の話になります。今回は甘々よりもギャグが多めとなっています。
ALOの運営が再開されてから新たに誕生した世界樹の上に存在する街《イグドラシル・シティ》。俺は今ここである2人のプレイヤーを尾行している。
建物や看板、樽などの陰に身を潜め、バレないように尾行を続け、すでに10分が経過した。そんな時だった。
「キリト、こんなところで何やっているんだ?」
急に後ろから声をかけられ、ビクっとして振り向く。そこにいたのはクールで大人びた感じのサラマンダーの男性プレイヤー……カイトだった。隣には同じくサラマンダーで悪趣味なバンダナを頭に巻いた男性プレイヤー……クラインもいた。
「何だ、カイトとクラインか。驚かせるなよ」
「驚いたのはオメーだろうが。こんな街中でコソコソ何しているんだよ?」
「まあ、ちょっと色々あってな……」
「色々って何だ。明らかに怪しい感じだぞ。んっ?あれって……」
カイトは俺に話しかけていると、俺が尾行している2人のプレイヤーに気が付いて顔を向ける。クラインもその方を見る。
「おい、あそこにいるのってリュウとリーファちゃんじゃねえか?」
カイトとクラインに気が付かれてしまったか。そう、俺が尾行していた2人のプレイヤーはリュウとリーファだ。
どうしてリュウとリーファを尾行しているのかというと、リーファ……妹のことが心配だからだ。もう知っていると思うが、リュウとリーファは付き合い始めて今ではすっかり恋人関係となっている。
リーファ/スグにいつか好きな人ができて付き合う日が来るのではないかと思っていたが、本当に来てしまうとは思ってもいなかった。このことを知った時は本当にショックを受けてアスナとユイに慰められたりもした。
ショックを受けた反面、リーファ/スグの相手がリュウでよかったとも思った。話によれば2人は5年間もお互いに想いを寄せあった末、やっと結ばれたらしい。それにリュウはボロボロになりながらも蛮野たちからリーファを守ってくれたこともある。これらのこともあって、俺はリュウ以外にリーファ/スグを任せられると思い、2人が付き合うことを認めたのだった。
今のリュウとリーファの様子を見ていると、今日はALOでデートの日なのだろう。2人が付き合っていることを知っているカイトは、今の2人を見てそういうことかという表情をする。一方で、2人が付き合っていることを知らないクラインは、どういうことだという表情をして黙って見ていた。
「今日はイグドラシル・シティでデートしようって言っていたけど、何処か行きたいところでもあるの?」
「うん。シャルモンっていうケーキ屋でね、前にアスナさんたちと行ったんだけど凄く美味しかったの。リュウ君もきっと気に入ってくれるよ」
「へえ、それは今から楽しみだな」
楽しそうに会話を交わすリュウとリーファ。誰がどう見ても仲良しカップルだと思っても仕方がないだろう。もしかして俺とアスナもあんな感じなんだろうか。
クラインの方を見てみると、クラインの目からすっかり光が消えて何かブツブツ呟いていた。
「リュウの野郎、随分と楽しそうにイチャつきやがって。オレを……非リア充同盟を裏切ったな……」
「クライン、落ち着けって」
「リュウは非リア充でいてくれるだろうって思っていたのによ、いつの間にか彼女持ちになりやがったんだぞ!落ち着いてられるか!」
クラインを落ち着かせようとするが、すでに手遅れみたいだった。この調子だとどんどんヒートアップしていきそうだな。リュウが前に「俺がリーファと付き合うってことは、クラインさんだけには絶対に言わないで下さい」って言ったのが今ならわかる気がする。
どうしたらいいのかと思っていると、俺たちと同様に物陰に隠れてリュウとリーファの様子を見ているシルフのプレイヤーがいた。何処かで見覚えのある奴だな。
俺はシルフのプレイヤーに近づく。
「あれ……レコン?」
「あ、キリトさん……」
レコンは俺の方に顔を向けるが、顔は涙と鼻水で凄いことになっていた。これには俺もビクっとしてしまう。
「ど、どうしたんだ……?」
「うっ……うぅ……リーファちゃん……」
そういえばレコンってリーファに気があるって感じだったな。まあ、当の本人は眼中にないって感じだったけど。この様子だとレコンもリュウとリーファが付き合っているってことを知っているみたいだ。
見ているとなんか可哀想になってきて、レコンを励まそうとする。
「元気出せよ、レコン。リーファとリュウは想いを寄せ合っていたんだからさ。この恋は諦めて新しい恋を見つけた方がいいと思うぜ」
「じゃあキリトさんはリーファちゃんの相手が本当にあんな奴でいいんですかっ!?」
「ま、まあ……。リュウのことはよく知っているし、アイツならリーファを任せてもいいかなって……」
「まさかお兄さん公認カップルになっていたなんて……。あんな奴、『嫌いじゃないわ!』を連呼するオカマのおっさんでいいのに……」
なんか傷口に塩を塗ってしまうことみたいになってしまった。まあ……フラれた相手の兄にもそう言われると余計に落ち込むよな。
するとそこへクラインがレコンに歩み寄る。
「どうだレコン、お前もオレたち非リア充同盟の一員にならないか?」
レコンは俯いてわなわなと震えており、顔が見えない。
「レコン……?」
泣いているのかと思った時だった。
「ハハハ……フハハハハハハハッ!!ならばァ、答えはひとつだァ!!」
突如レコン狂ったように笑い出し、何処からか木製の杖を出して両手で持つ。そして杖を膝蹴りで叩き折る。
「あなたにィ……忠誠をォ……誓おォォオオっ!!」
レコンの絵に描いたような壊れぶりに、クラインも腹を抱えて笑い出す。
「フハハハ!だから人間は面白い!レコン、お前はもう非リア充同盟の立派な一員だ!」
「クラインさん!」
完全にどこかの火星を亡ぼした地球外生命体みたいになるクラインと、どこかの内海さんっぽくなるレコン。2人は握手する。
この光景に俺は唖然とし、カイトは憐れむようにクラインとレコンを見ていた。
「キリトどうするんだ?リュウとリーファを尾行するのを止めるんだったら今の内だぞ。いやそれ以前に、2人が付き合うことには賛成したんじゃないのか?」
「そうだけど、それとこれとは別だ。俺はただ兄として妹が心配なだけで……」
「シスコンか、お前は」
「俺はシスコンじゃない!」
カイトにシスコンと言われ、全力で否定する。
「「ワハハハハハハハハ!!」」
突然クラインとレコンが俺の方を指さして大爆笑する。しかも何故かクラインは中華帽を被っていた。
「何笑ってんだよっ!」
俺にそう言われてクラインとレコンは黙る。
「それでいいんだよ」
すると、クラインは被っていた中華帽を俺に被せ、2人してまた大爆笑する。その後もレコンに中華帽を被せると俺とクラインは大爆笑、再びクラインが被るとレコンと共に大爆笑という流れになる。更にはカイトにも被せて、俺たちは大爆笑していた。
「「「ワハハハハハハハハ!!」」」
あまりの悪ふざけに、ついにカイトはキレて中華帽を投げつけ、俺たち3人の頭にゲンコツ叩き込んだ。
なんてやり取りを終えてリュウとリーファを追いかける。ちなみにカイトは無理やり連れて行くことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
シャルモンに着いた俺たちは窓際の奥にある席に座った。俺はリーファがオススメだという特性モンブラン、リーファはオススメの1つのミルフィーユ、そして紅茶を2つ頼んだ。
談笑するほど数分後、ウェイトレスがやってきて頼んだものをテーブルに並べる。
「これがリーファのオススメのケーキか」
「うん。この前アスナさんたちと来た時はそのモンブラン食べたけど、すっごく美味しかったんだよ」
「そうか。じゃあ、早速食べてみようか」
フォークを手に取り、モンブランをフォークに乗せて口に運ぶ。口の中に入ると栗とクリームの甘さが口のなかに広がる。
「これは美味しいな」
「でしょ。そのモンブランの栗もケットシー領で手に入るものを使っているんだって。あ、このミルフィーユも美味しい」
リーファも解説しながら、ミルフィーユを食べる。なんかそっちも美味しそうに見えてきたな。
「リュウ君もミルフィーユ食べてみる?」
「いいのか?」
「リュウ君ならいいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
フォークを伸ばし、リーファのミルフィーユを少しだけもらって食べる。
「お、このミルフィーユも結構いけるな。俺だけもらうのも悪いし、リーファも俺のやつ食べてもいいよ」
「それじゃ、あたしもリュウ君の一口もらっちゃおうと!」
リーファも俺と同様にフォークを伸ばし、モンブランを一口分もらって食べる。
「やっぱりこのモンブランも美味しい!」
そう言って食べると、今度はミルフィーユをフォークに乗せてこちらに向けてくる。
「はい、あ~ん」
「あ、あーん」
場の空気と勢いでしたけど、やっぱり恥ずかしいな。
そして、俺もお返しにと食べていたモンブランをフォークに乗せてリーファに食べさせてあげる。そうしてお互いに食べさせ合っていると、店内にガンッと何かが落ちた音がした。
「何だ今の音は?」
「誰かがお皿でも落としたんじゃないのかな」
「いや、なんかお皿っていうよりもタライが落ちたっていう音だったんだけど」
「こんなところにタライなんてあるわけないじゃん」
「そうだな」
このことは気にせず、俺とリーファはティータイムを満喫するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数分前……
シャルモンに入った俺たちはリュウたちから離れた席に座り、2人の様子をうかがっていた。リュウとリーファはお互いに相手が食べていたものを貰ったり、「あーん」と食べさせ合っており、ピンク色の空気に包まれて幸せムード全開となっている。その証拠に周りにいた客たちはブラックコーヒーを飲んでいる人で溢れていた。
そして、俺の向かい側に座っているクラインとレコンはどす黒いオーラを放ってリュウを睨みつけている。
「リュウの野郎、楽しそうにイチャつきやがって!」
「リーファちゃんとあんなことするなんて羨ましい!」
俺の隣に座って紅茶を飲んでいるカイトもこれには見かねて、カップを置くとクラインとレコンに注意する。
「みっともないぞ、お前ら。もう少し静かにしろ」
「何言っているんだよカイト!お前だって非リア充同盟の仲間だろうが!」
「俺はそんな下らんものに入った覚えはない!お前ら2人でそんなバカなことやっていろ!」
「だったらオレたちだけでなんとかするぞ!」
「はい!あのインプは絶版にしてやる!」
暴走するクラインとレコン。
これはちょっとヤバイ感じがしてきたな。俺はドングリが描かれている錠前型のアイテムを2つ取り出してクラインとレコンの足元に気づかれないように転がす。すると『ロックオン!』という音声がする。
『テケテンテンテンテンテンテンテンテ~ン!』
更におっさんがファンファーレ風のBGMを歌ったものが流れ始める。
『テ~ンテケテンテンテンテンテンテケテテ~ン!テ~ンテケテンテンテンテンテンテケテテ~ン!』
BGMが終わると同時に試合開始のときに鳴らすゴングの音がする。
『バッカモォォーン!!恥を知りなさぁぁ~い!!』
この音声と共にクラインとレコンの頭上にはタライが振ってきて、同時に2人の頭にクリティカルヒット。
『ネバ~ギ~ブア~ップ!!』
最後にそう流れると、クラインとレコンは頭上に星とヒヨコを回しながら面に倒れて気絶した。
「ふう、どうやらバレずに済んだな」
「つーか、お前は今使ったそれは何なんだよ……」
カイトがそうコメントするも、俺は気にせずに紅茶とケーキを味わいながらリュウとリーファの方を見ていた。
暫くするとリュウとリーファは店から出ようとして、俺たちもクラインとレコンを起こして2人の後を追う。
その後もリュウとリーファは、アルンにある店を周ってウインドウショッピングしながらデートを続ける。初々しさ全開のカップルとなっているが、ちょっとベタベタしすぎなんじゃないのか思った。
「キリト、もういいだろ。特に問題はなさそうだぞ」
「何言っているんだよ。俺は2人のデートが終わるまで続けるつもりだ。もしもリュウがリーファを宿屋とかに連れ込んだ時はぶった切ってやる」
「ったく、お前は……」
カイトはジト目で俺を見てため息をつく。そして、クラインとレコン(特にレコン)は敵意を剥き出しにしてリュウを睨みつけている。
「リーファちゃん、すっごく楽しそうにしている。僕にはあんな穏やかな表情見せたことなんてないのに……。あのインプが憎い!」
「レコンってリュウのことが嫌いなのか?」
「はい、嫌いです!」
「即答ですか……」
俺がそう聞いてから、レコンは1秒もしないうちに答えた。そんなにリュウのことが嫌いなんだ。この様子だとリュウは蛇が大の苦手だっていうことは言わない方がよさそうだな。あとレコンには申し訳ないが、心のどこかでリーファ/スグの選んだ相手がレコンじゃなくて本当によかったとも思ってしまった。
なんてやり取りをしている内にリュウとリーファは移動を開始し、街の中を歩きだす。俺たちもあとを追っている中、曲がり角を曲がったところで2人を見失ってしまう。
「あれ?どこ行ったんだ?」
辺りを見るが、リュウとリーファの姿はない。
「やっぱり俺たちを付けていたんですね」
「バレバレだよ、お兄ちゃんたち」
「「「えっ!?」」」
すると突然リュウとリーファが何もないところから姿を現す。これに俺とクラインとレコンは驚いて声をあげる。
「お前たち何処から現れたんだよ!?」
「隠密魔法を使って姿を消してたんですよ。キリさんたちが俺たちを尾行していますからね」
「カイトさんから連絡が来たからね」
「どういうことだ、カイト!」
「シャルモンにいた時にコッソリ連絡したんだよ。人のデートを付けるとか、見苦しいことはするな。知り合いとして恥ずかしい」
「見苦しいとはなんだ!見苦しいって!俺はただリーファが心配で付けてただけだ!」
「オレたち非リア充同盟を裏切ったリュウにそんなことしも何も問題はないだろうが!」
「そうだそうだ!」
俺とクラインとレコンがカイトに反論している時だった。
突如俺たちをかすめて何かが飛んできて後ろにある木に突き刺さる。何なのか見るとそれはノコギリだった。ノコギリが飛んできた方を恐る恐る見ると、どす黒いオーラを放って満面の笑みを浮かべるリーファがいた。
「刻むよ?」
笑みを崩さず首を傾げながら、手に持ったハンカチをねじるリーファ。
「「「す、すいません……」」」
あまりの恐ろしさに俺とクラインとレコンは謝る。ちなみにリーファの隣にいたリュウもリーファにビクビクしている。
「バカか、コイツらは」
カイトは呆れてこの光景を黙って見ていた。
その後、俺たち3人はデートを台無しにしてということでリーファから3時間説教を喰らい、俺に至ってはリアルでもリーファ……スグから2時間説教を喰らって計5時間も怒られる羽目になった。ちなみにカイトは密告してくれたため、2人からの説教は受けずに済んだ。
それから3日ほどスグ/リーファにはリアルとALOで口を全く聞いてもらえなかった。俺はカイトの言う通り2人の尾行止めておけばよかったと後悔するのだった。
今回は全体的にキリトのシスコン、クラインとレコンの非リア充を暴走させるという話になりました。
気づいた方もいると思いますが、ビルドネタが満載となりました(笑)
レコンが内海さんみたいに狂いだしたところは、書いてて頭の中でビルドのOPが流れました(笑)。でも、レコンがマッドローグに変身してもハイスペック過ぎて使いこなせなく、通常のクローズに変身したリュウ君に負けそうな。
中華帽はキリトも加わって大爆笑する始末。
更にはリーファが美空の「刻むよ」をまたしてもやることに。今回は第3話のやつを元にしました。このネタはこれからもやることになるでしょう(笑)
そして、旧版ではお馴染みであったタライアームズも今回初めてリメイク版でも披露しました。
クラインとレコンはもう完全にこの作品の檀黎斗や玄さんみたいな立場に。この2人がライダーのギャグネタを披露するのはこれからも続きます(笑)
次回もよろしくお願いします。
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番外編2 秘密の場所
この間にSAOのアニメとジオウは結構話が進みましたね。
SAOのアニメを見て、リーナ先輩は美しい、ロニエとティーゼは可愛いなと思いました。一方であの悪徳貴族2人には、顔面にゴリラモンドのパンチを喰らわせてやりたいくらいです。即死することもありますが別にいいでしょう。
そして、ジオウは渡部秀さんをはじめ歴代の登場人物が毎回出て、次は誰が出るのか毎週楽しみにしています。オーズ編は見てて、この作品で再現したいなと思いました(笑)。
今回はリュウ君ではなく、男の娘のオトヤ君が主役となっています。今の時系列はALO編終了後となっていますが、今回は大部分がSAO編の時の内容となっています。
それではどうぞ。
2024年になってからもう半年近くが経過しようとしている。本来ならこの年は高校受験で勉強に追われて大変な日々を過ごしていたはずだ。しかし、僕が今いるのはSAOの中。高校受験や勉強なんてものは存在しない。
一見するといいことに見えるが、実際はそうでもない。SAOはゲームの中で死ぬと現実でも死ぬというデスゲーム。しかも、現実へ帰還するには第100層まで辿り着き、そこにいるラスボスを倒さなければならない。
こんな絶望的な状況の中でも、現実に帰るためにゲームクリアを目指して最前線で戦い続けている攻略組というプレイヤーたちがいる。彼らは今日も危険を覚悟の上で、高レベルのモンスターが徘徊する未知の領域を冒険しているのだった。
その一方で中層プレイヤーは、最前線から離れている階層で活動をしていた。SAOプレイヤーの大多数を占めており、攻略組を目指す者、逆に攻略を諦めた者、商人や職人として攻略をサポートする者などいろいろな人がいる。僕もその中の1人だ。
いつものもなら攻略済みの階層にあるフィールドで狩りをするが、ここ数日の狩りでそれなりのお金を手に入れたこともあって、今日は街でゆっくり過ごすことにした。回復ポーションなど冒険に欠かせないアイテムから、食料品など日常生活に必要なものを買いに行こうと市場に向かっていた時だった。
道を歩いていると、赤をベースとした服を身に纏い、ツインテールの髪をした小柄な女の子の後ろ姿を見かけた。見覚えがある女の子だったから、声をかけてみた。
「もしかしてシリカ?」
僕に声をかけられて女の子は振り返る。顔を見てみると思っていた通りシリカだった。しかし、今のシリカは若干涙目になっていた。
「オトヤ君……お願い助けて!ピナが……」
シリカは僕に気が付いた途端、泣きついてきた。僕は多少戸惑いながらもどうしたのか尋ねた。
「ど、どうしたの?ピナに何かあったの?」
「ピナがいなくなったの……」
そういえば、いつもシリカのそばにいるはずのピナの姿が見えない。
そして、泣き続けるシリカを落ち着かせてからどうしてピナがいなくなったのか聞いてみた。
話によると、シリカはピナと一緒にこの街の外にある森でモンスターに襲われ、HPも回復アイテムも少なくなっていたこともあって大事を取って逃げることにした。しかし、途中でピナとはぐれてしまった。すぐに引き返して探そうとしたけど、違うモンスターに襲われて更にHPや回復アイテムが減ってしまい、一度立て直すために街に戻ってきたらしい。
話終わって、再びシリカの目に涙が浮かぶ。
「もしもピナが見つからなかったら……ピナに何かあったらどうしよう……。あの時から何も変わらない……何一つ成長してない……」
ピナは前にシリカを庇って一度死んでしまったことがある。だけど、最終的にリュウとキリトさんの協力もあってピナを生き返らせることができた。
シリカは今回も自分のせいだと思って悩んでいるんだろう。今も涙を流しているシリカを見ていられなくなり、僕は彼女に声をかけた。
「大丈夫。ピナは絶対に無事だし、必ず見つかるよ。僕も一緒にピナを探してあげるから泣かないで」
僕の言葉を聞いて、シリカは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「オトヤ君……ありがとう……」
「すぐに準備するからちょっと待ってて」
シリカにそう言い、メニューウインドウを操作して戦闘時にいつも着る緑のコートへと着替え、背中にいつも愛用しているクォータースタッフ……《クローバースタッフ》を背負う。回復ポーションをはじめ冒険に使用するアイテムはさっき買ってきたばかりだから十分あった。その内の何割かシリカに渡し、シリカと一緒に街の外にある森へと向かった。
この街の外にある森は、第35層の《迷いの森》や第45層の《巨大樹の森》と並ぶくらいの広さだ。しかし、《迷いの森》のように隣接エリアが1分でランダムに入れ替わる仕組みになってるわけでもなく、《巨大樹の森》のよいに巨人モンスター並みに強力なモンスターが徘徊しているわけではない。それらと比べると難易度が低いフィールドと言ってもいいだろう。
加えて僕とシリカのレベルに問題はないし、前にリュウとキリトさんから貰った装備品があるから大丈夫だろう。それでも、なるべく戦闘は避けて早くピナを探した方が最善の方法だ。
本当なら知り合いの攻略組……リュウたちがいた方がもっとよかったが、今日はボス攻略があって最前線に行くって言っていたから、それは不可能なことだ。だからここはシリカのためにも僕が頑張るしかない。
「まずはピナがいなくなったのに気が付いた辺りに行ってみようか。シリカ、案内してくれる?」
「うん。こっちだよ」
シリカがその場所に走っていこうとした途端、落ちている石に足を取られてバランスを崩してしまう。
「わわっ!?」
「危ない!」
僕はシリカが転びそうになり、すぐに彼女の手を掴んだ。
「シリカ大丈夫?」
「うん、ありがとう……」
シリカは僕にお礼を言った後、落ち込んで言葉を続ける。
「ゴメンね、オトヤ君。せっかくピナを探すの手伝ってもらっているのに、余計に迷惑かけちゃって……」
「あまり気にしてないから謝らなくていいよ」
今のシリカを見ていると、気が散漫になっていることがわかる。やっぱりピナを早く探さないといけないって焦っているんだ。
そんなシリカの顔を見て声をかける。
「シリカ、ピナを早く探さないといけないって気持ちは僕もわかるよ。でも、焦ってしまうと注意力も散漫になって返って危ないから落ち着いてピナを探そう」
「オトヤ君……」
ジッと僕を見つめてくるシリカ。その様子があまりにも可愛くて思わずドキッとしてしまう。そして、今もシリカの手を握っていることに気が付き、顔が熱くなって慌てて手を離す。
「ご、ゴメンっ!偉そうなこと言っちゃって。それにさっきからずっと手握ったままだったよね!」
「ううん、そんなことないよ。おかげで落ち着くこともできたしね」
「シリカ」
笑顔になったシリカを見てホッとする。
「よし、ピナを探しに行こうか」
「うん」
ピナを探しに行こうと僕たちは再び森の奥へと進み始める。
――オトヤ君手離しちゃったけど、本当はあのまま握っててもらいたかったな……。だからって『このまま手握ってて』って言うのも恥ずかしいし……。
進んでいると途中で何度もモンスターと遭遇し、その度に戦闘を繰り返していた。遭遇したモンスターたちは幸いにもこの森で弱い部類に入るモンスターばかりで苦戦することなく、倒し続けている。
しかし、この森には第35層最強クラスの猿人のモンスター《ドランクエイプ》の上位互換のモンスター《ハード・ドランクエイプ》も存在する。ソイツが5,6体の群れで現れるとかなり危険だ。
森に入って1時間が経過したが、未だにピナを見つけられずにいた。
「ピナ――っ!!聞こえたら返事して――っ!!」
シリカが叫び続けるも、ピナの鳴き声はない。
「これだけ探しても見つからないなんて……。もし、見つからなかったら……」
またしても不安になって目尻に涙を浮かべるシリカ。それを見た僕はなんとか慰めようとする。
「だ、大丈夫だよ。この森は広いし、探していないところも沢山さんあるから、見つからないって決めつけるのはまだ早いよ。もう少し森の奥に行ってみよう」
更に森の奥へ進んでいくと、数メートル前にあるいくつかの大きめの木の陰から低いうなり声が聞こえてきた。明らかにピナのものではない。数秒後、3体の大柄な猿人が姿を見せる。右手に大きな手作り製の棍棒を持ち、左手にはヒモを付けた酒壺を下げている。猿人の名前は《ハード・ドランクエイプ》だ。
「オトヤ君……」
「まさか一番で会いたくない奴に出会うことになるなんて。でも、僕たちのレベルでも倒せない敵じゃない。シリカ、行くよ」
「うん!」
僕たちは武器を構える。先頭にいたハード・ドランクエイプが棍棒を振り上げて一気に振り下ろす。その瞬間、僕たちは地面を蹴り、同時にソードスキルを使用して攻撃する。
ハード・ドランクエイプも棍棒を振るって攻撃してくる。僕たちはそれを交わし、再びソードスキルを叩き込む。そうしているうちに奴のHPは残りわずかとなる。
これでいけるとなった時、別のハード・ドランクエイプが前に出てきて前にいる仲間を守ろうと僕たちを攻撃してきた。そして、HPが残りわずかとなった奴は酒壺に入っている酒を飲もうとする。
「させるか!」
僕は地面を蹴り、ソイツに《クローバースタッフ》で重い一撃を叩き込んだ。すると、初めに戦っていたハード・ドランクエイプはHPを全て失い、ポリゴン片となって消滅。
ハード・ドランクエイプは、ドランクエイプと同様に、HPが減ると他の仲間が助けに入ってきてその隙に酒壺に入っている酒を飲んでHPを回復しようとする。だけど、回復を阻止すれば簡単に倒すことができる。これは前にリュウから聞いたことだ。
そして、シリカが相手しているハード・ドランクエイプの後頭部を《クローバースタッフ》で叩き込む。たまたまクリティカルヒットしたのか奴はフラ付いていた。この隙に僕たちは片方がソードスキルを放つと、もう片方が前に出てソードスキルを放つという動きを繰り返して2体目のハード・ドランクエイプを倒す。
このままでいけばいけると思った時だった。
突如、最後に残っていたハード・ドランクエイプが雄叫びを上げた。その数秒後だった。新たに3体のハード・ドランクエイプが姿を現した。
「どうしよう、仲間を呼ばれちゃったよ!」
「落ち着いてシリカ!1体ずつ数を減らしていけば大丈夫だよ!」
《クローバースタッフ》を強く握りしめ、4体のハード・ドランクエイプたちと交戦。だが、1体のハード・ドランクエイプが振り下ろしてきた棍棒を避けきれず、強い衝撃が襲った。
「ぐわっ!」
強力な衝撃に耐えきれず、よろけて地面に右ひざを付く。HPを確認してみるとイエローゾーンへと到達していた。
「オトヤ君!」
シリカが僕を叫んで呼ぶ声がする。
その瞬間、前にドランクエイプに負けたことを思い出す。その時にピナはシリカを助けようとして代わりに死んでしまった。ピナは無事に生き返らせられたけど、あの時何もできなかったことは今でも後悔している。だからあの時と同じことを二度と起こさせないと誓ったんだ。
「平気、このくらい…」
そう言いながら、《クローバースタッフ》を地面に突き刺し、杖代わりにして何とか立ち上がる。
「あの時の僕とは違うんだ、なめるなよっ!」
この場に僕の叫びが響き渡る。
そして、ハード・ドランクエイプたちに向かって地面を蹴った。一番先頭にいた奴に《クローバースタッフ》で突きを放ち、更に薙ぎ払って攻撃。3度目の攻撃でソードスキルを叩き込むもHPはまだ4分の1ほど残っていた。
やっぱり僕のレベルでソードスキルを1回喰らわせただけでは倒せないか。
と、思った途端、シリカが短剣のソードスキル《ラビッドバイト》を一番先頭にいたハード・ドランクエイプに放った。攻撃を受けたハード・ドランクエイプはポリゴン片となって消滅した。
「オトヤ君が頑張っているんだから、あたしも頑張らないとね」
シリカは笑みを浮かべてチラッと僕の方を見る。これを見た僕はこっちも負けられないと思い、《クローバースタッフ》を強く握りしめて構える。
その後、15分ほど僕たちは残っていたハード・ドランクエイプ3体と戦闘を繰り広げた。2回ほど隙を見せて敵を回復させてしまったというミスもあったが、僕たちはなんとか全部倒すことに成功した。
「ふう、どうにか倒せたね」
「うん。でも、攻撃まともに受けていたけど本当に大丈夫?」
「大丈夫。HPもポーション使って回復させたからね」
これ以上シリカを心配かけさせるわけにはいかないと笑って答える。
「それよりも早くピナを探そう」
再び移動を開始しようとした時だった。
「きゅる……」
何処からか覚えのある鳴き声が微かに聞こえた。これに僕とシリカは反応する。
「オトヤ君、今のって!」
「うん、間違いない。ピナの鳴き声だよ」
僕たちは耳を澄ましてもう一度鳴き声を聞こうとする。すると、先ほどした鳴き声が再び聞こえる。
「こっちからだ!」
僕たちはすぐに鳴き声がした方へと走り出す。森の木々の間を抜けていくと、開けた場所へと出る。
そこは小さな泉だった。森の中にひっそりとあるようなところで、神秘的な雰囲気が漂っていた。そして、ここには目を疑うような光景があった。それを見た僕たちは驚きのあまり声を失ってしまう。
僕たちが目にしたのは、泉の上を静かに飛び回ったり、泉の中に浮かぶ岩に腰掛けて休んでいる水色の体をした小さな翼竜《フェザーリドラ》の群れだった。
フェザーリドラは滅多に出てこないレアモンスター。僕が今まで見たことがあるフェザーリドラはピナだけだ。なのにこんなに沢山いるなんて……。情報屋が公開している情報にも大量のフェザーリドラを見かけたなんていうものは聞いたことがない。
フェザーリドラたちは僕たちを威嚇して見ている。しかし、その中の1匹のフェザーリドラは威嚇することなく、僕たちの方へと飛んできた。
「きゅる♪」
「ピナ!?」
姿が同じとはいえ、シリカにはそのフェザーリドラはピナだっていうことがすぐに分かった。
「ピナ、ピナ……。心配したんだよ。本当に無事でよかった……」
「きゅう~」
ピナもシリカに会えてよかったみたいで、嬉しそうに鳴いてシリカに頬擦りをしていた。
すると、他のフェザーリドラたちの警戒心が緩んでいき、僕とシリカを威嚇することはなくなった。シリカに懐いているピナを見て、僕たちが自分たちに危害を加えることはないのだと思ったのかもしれない。
「それにしてもピナ以外でフェザーリドラを見たのは初めてだよ」
「人が踏み入った形跡はないから、僕たちが初めて発見したんだと思う。この場に居合わせたのは、本当に運がよかったと言ってもいいかもしれない……。ともかくピナが見つかって本当によかったよ」
「うん。ありがとう、オトヤ君。ピナもオトヤ君にちゃんとお礼しよう」
「きゅる」
シリカとピナを見て、笑みを浮かべた。
「他のフェザーリドラたちの邪魔になるといけないから、そろそろ帰ろうか」
「そうだね。あ、オトヤ君ちょっといいかな?」
帰ろうとした途端、シリカが急に僕を呼び止めた。
「どうしたの?」
「お願いがあるんだけど、その……街に戻ってもここのこと秘密してもらえないかな?沢山の人が来たらこの子たちは移動してしまうだろうし、こんな素敵な場所で静かに暮らしているから、そっとしておいてあげたくて……」
確かにシリカの言う通りだ。このことをアルゴさんなどの情報屋に教えたら、間違いなく大勢の人がここにやってくる。ここは荒らされ、フェザーリドラはレアモンスターだから、無理やりテイムしようとしたり、レアアイテムがドロップするかもしれないと乱獲される危険性だってある。
僕の答えは、シリカがお願いするより前からすでに出ていた。
「この場所のことも沢山のフェザーリドラがいたことは話す気は最初からないから、心配しなくていいよ。それに僕、この場所が好きみたいだから、荒らされるのはあまりいい気分じゃないんだ」
「オトヤ君」
これを聞いたシリカは安心したかのように笑みを浮かべる。
そして、僕たちはフェザーリドラたちに手を振ってこの場を後にした。
元来た道を歩いて街に戻っている中、シリカが話しかけてきた。
「あ、あの。オトヤ君に沢山迷惑かけちゃって、こんなこと言うのもなんなんだけど、オトヤ君と一緒にあんな素敵な所に行けて本当によかった。ありがとうね」
「迷惑だなんて思ってないよ。ピナを探そうとしたのは僕が勝手に決めたことだから。僕もシリカと一緒にあの場所に行けて本当によかったよ」
笑い合う僕たち。
初めはSAOなんて恐ろしい場所でしかないって思い、恐怖のあまり第1層のはじまりの街に引きこもっていた時もある。でも、今はこうして好きな人と2人きりしか知らない秘密の場所を見つけることもできた。それが出来ただけでも僕は凄く嬉しかった。
「こんなことあったよね」
「うん。ピナがいなくなった時は本当に焦ったけど、今となってはあたしにとって凄く大切な思い出だよ」
「僕もだよ」
「きゅる」
僕とシリカとシリカが今いるのはSAOではなくALO。その中にある草原のフィールドに狩りに行って、休憩中に今から1年ほど前にあったことを思い出してシリカと話していた。
話し終えると、僕たちはALOの空高くに浮かんでいる新生アインクラッドを見る。
「新生アインクラッドにもあの場所ってあるのかな?もしもあったらもう一度行ってみたいね」
「そうだね。あの場所があるのはまだ上の層だけど、そこまで到達した時は探しに行こう。もちろんリュウたちには内緒で」
「うん!」
・オマケコーナー ある日の出来事
ケットシー領の付近にある花畑のフィールド。そこであたしはオトヤ君と共に植物系のモンスターと戦闘を繰り広げていた。
「でりゃぁぁぁぁぁ!」
モンスターの懐に入り、ダガーで切り裂いてダメージを与える。しかし、モンスターもただではやられるわけには言わんというばかりに、あたしの足にツタを巻き付けてひょいと持ち上げる。
「きゃあっ!」
「シリカ!」
オトヤ君は声を上げて叫ぶが、あたしは翅を広げて体勢を整えた。
「へっへん。昔のあたしとは違いますよ」
自信満々でそう言った瞬間、モンスターは雄叫びを上げると根を集めて翅を作り上げて宙に浮いた。そして……。
「きゃああああっ!!オトヤ君助けて!見ないで助けてっ!!」
あたしはいつものように宙吊りの状態に。慌てて左手でスカートを押さえ、右手のダガーを無茶苦茶に振り回しながら、オトヤ君に助けを求める。
「んな無茶な!」
左手で目を覆ったオトヤ君が困ったように答える。その間にもダガーでツタを切ろうとするも長さが足りなくて中々届かない。これを見かねたオトヤ君は左手で目を覆いながら叫んだ。
「シリカ!僕がモンスターを倒すから両手使ってちゃんとスカート押さえててっ!!」
「うん!」
オトヤ君に言われてあたしは右手も使ってスカートを押さえる。
そして、オトヤ君は魔法のスペルを詠唱。すると、緑色に光る風のカッターが放たれてあたしの足に巻き付いていたツタを切る。更にライトグリーンに光る翅が背中に出現させて飛翔。両手でクォータースタッフを持ち、モンスターに重い一撃を叩き込む。
見事にヒットし、モンスターはポリゴンとなって消滅した。
「み、見た?」
「見てないです……。ってうわあああああっ!!」
モンスターを倒した矢先、オトヤ君の足に先ほど倒したのとは別のモンスターのツタが巻き付き、ひょいと持ち上げた。
「オトヤ君!!」
今度はオトヤ君が宙吊りの状態になってしまう。
「ううっ……まさか僕までやられちゃうことになるなんて……。頭に血が昇る……。シリカもこんな気分だったんだね……」
少し辛そうにしながらコメントするオトヤ君。クォータースタッフの柄の先にある三つ葉のクローバーの形状をしている刃でツタを切ろうとするも、宙吊り状態だということもあって中々切れず悪戦苦闘している。
「ダメだ、不安定な状態だから上手く切れない……」
「オトヤ君。あたしがそこまで飛んで行けば、すぐにオトヤ君の足に絡まったツタを切ってあげられるから大丈夫だよ」
「じゃあ、お願いするよ」
「うん、任せて」
翅を出してオトヤ君の元へと飛んでいく。その時だった。
「って!うわっ!!」
オトヤ君がいきなり声を上げて驚いた。
「どうしたの、オトヤ君?」
「シ、シリカ!そのアングルはヤバイ!」
「え?」
オトヤ君は少々慌てた様子の口調で話すが、何を言っているのかが意味がわからず唖然としていた。そんな中、オトヤ君は何故か頬を少し赤く染めて恥ずかしそうにしながら言葉を続ける。
「僕が逆さまだから、近づかれると……君のその、スカ……スカートを覗き込むことになっちゃうから!」
やっと彼が何を言いたかったのかわかると頬が熱くなるのが伝わる。
「きゃああああっ――――!!」
スカートを両手で押さえ、思わずオトヤ君の顔面に蹴りを入れてしまう。
「ぐほっ!!」
「わわっ!オトヤ君ゴメン!」
「い、いや……大丈夫……」
あたしに蹴られたところを右手で押さえて、若干涙目になって答えるオトヤ君。仮想世界では痛みを感じないとはいえ、かなりの衝撃があったのは間違いない。
こんなハプニングもあるけど、あたしたちは今日もALOで冒険をしていました。
多分気づいた方もいるかもしれませんが、今回の話はコミックアンソロジーにあったシリカがキリトとピナを探しに行く話を元にしてみました。この話は結構気に入ってまして、それをキリトではなくオトヤで再現したらどうなんだろうかという気持ちからやりました。
流石にキリトをオトヤに変えただけではオリジナル感が足りないと思い、ドランクエイプの上位互換のモンスターと戦うシーンなどを入れてみました。でも、コミックアンソロジーを元にしても大丈夫なのかという不安もございます(汗)
今回の主役となったオトヤ君は、攻略組ではなくてリズやシリカと同様に中層プレイヤーで、リュウ君たちと比べると戦闘能力は劣っているといいくらいです。でも、リュウ君たちのバックアップを行うなど弱いなりに頑張っているところもあります。また、普段は女の子だと間違えられる容姿をしているオトヤ君ですが、いざという時はfateのアストルフォみたいにイケメンな一面も見せるという感じのキャラです。リュウ君とは同い年で同姓のため、リュウ君の親友という重要な立場にもなっています。
オトヤ君はリュウ君たちと違って、特に仮面ライダーの登場人物を元にしたわけではないのですが、強いて言えば『仮面ライダーキバ』の渡をまともにした感じに近いかな?と思っています。実は元々『進撃の巨人』のアルミンや『暗殺教室』の渚をイメージしてキャラ設定を作っていたんですよね……。
シリカとの関係はまだ友達以上恋人未満となっており、これからどうなるのか見守ってて下さい。
次回もよろしくお願いします
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第3話 ウェディングイベント
今回はリーファとリュウ君の話になります。本当はザックとリズの話にする予定でしたが、2人のイチャイチャを書きたいなと思い、予定を変更しました。それではどうぞ。
2025年6月。今年もとうとう梅雨の時期に入り、ジメジメとした日が続くようになった。この時期は本当に雨の日が多く、湿度が高いこともあってあまり快適に暮らせるとは言えない。
あまりいい印象がない月に思われるが、6月は梅雨の時期だけはなく、ジューンブライドの時期もある。
ジューンブライドとは、『6月の結婚式』や『6月の花嫁』などを意味し、この月に結婚する花嫁は幸せになれるという言い伝えがある。起源となったのはヨーロッパの方で、ジューンブライドの由来として、ローマ神話の女神ユノを由来となっている説、ヨーロッパでは6月が1番結婚式に適している時期であるという説、6月が結婚の解禁の月であったという説など、様々な説が存在する。ジューンブライドは世界中に知られており、多くの女性が憧れているものとなっている。
その影響なのか、6月に入ってからALOではウェディング関連のイベントがいくつも行われていた。シルフの領主……サクヤもこれに便乗してあるイベントを企画していたのだった。
あたしは気になって何なのかと聞いてみると、サクヤは1つのウィンドウを見せてきた。その見出しには『シルフにてベストカップル ウェディングの撮影コンテスト』と書かれており、その下には純白のタキシードとウェディングドレスを着たシルフの男女のプレイヤーが2人写っていた。
「サクヤ、これって?」
「ウェディング姿をしたカップルのベストショットを応募して一番を決めようという領主主催のイベントだ。今は6月……ジューンブライドの時期で、ALOでも今はウェディング関連のイベントやクエストで盛り上がっているだろ。せっかくだからこんなイベントをシルフ内で開催してみるのも面白そうだなと思ってな。ははは……」
「へぇ……そうなんだぁ……」
話を聞いている内に、このイベントに凄く興味が湧いてきた。
ベストカップルということは、参加するには男女のペアであることが条件であるのは間違いない。こうなると、あたしのパートナーにはリュウ君しか考えられない。だってあたしとリュウ君は付き合っているんだから当たり前だよね。
いつの間にか、ウェディングドレスを着たあたし自身と白いタキシードを着たリュウ君と2人だけでいるところを妄想してしまう。この姿で写真撮影をするだけであったが、リュウ君があたしの顎をクイっと軽く持ち上げ、顔を自分の方に向けるという顎クイをしてきた。
『りゅ、リュウ君……?』
『リーファ、ただ写真撮影するにはだけじゃなくて、ここで本当に結婚式を挙げてこの世界で俺と幸せな家庭を築いてくれないか?』
『も、もちろん!あたしなんかでよければ……』
『君しか考えられないよ』
そして、お互いに見つめ合い、唇を重ねようと顔を近づけようとして……。
「リーファ」
突然サクヤがあたしを呼ぶ声が耳に入ってきてビクっとし、元の世界へと戻る。同時に顔が一気に熱くなる。
「どうかしたのか?」
「なな何でもないっ!」
「そ、そうか……」
慌ててそう言い、見ていたサクヤもこれ以上尋ねようとはしてこなかった。
落ち着きを取り戻したところで、咳払いをしてサクヤに「あたしもこのイベントに参加したいんだけど」と言った。
これを聞いたサクヤは「いいぞ」の一言を口にし、メニューウィンドウを操作して参加者のリストにあたしの名前を登録してくれた。
これでリュウ君とイベントに参加できるとすっかり浮かれてしまう。しかし、後でこのイベントのことで大きな見落としをしていることに気が付き、あたしは一気に天国から地獄に落とされたかのような気分を味わうのだった。
「まさか、
翌日、カップルコンテストの詳細のところをよく見てみるたら、参加条件として男女のペアであることに加え、種族がシルフであるということが書いていたことに気が付いた。つまり、カップルコンテストにはインプのリュウ君は参加することはできない。
このことを知ってからあたしはずっと落ち込み、この状態でサクヤがいるシルフ領主館に歩いて向かっていた。
その途中、聞き覚えのある声があたしの名前を呼んだ。
「り、リーファちゃん!」
声がした方を振り向くと、黄緑色のおかっぱヘアーをしたシルフの少年……レコンの姿があった。
「レコン、どうしたの?」
「さっきサクヤさんから聞いたんだけど、リーファちゃんってシルフ主催のカップルコンテストに出ようとしているんだよね?」
「ま、まあ……」
サクヤったらどうしてレコンに教えるのよ。レコンにこのことを知られたら絶対に面倒なことになるっていうのに。
早くこの場から去ろうとしたら、レコンが「待って」と呼び止めてきた。
「あ、あのさリーファちゃん。もし相手をまだ決めてないなら、ぼ、ぼ、僕なんて……」
「ああ、ゴメンねレコン。あたし、カップルコンテストへの参加は止めようと思っているの」
言い終える前に、そう言ってレコンの誘いを断ろうとする。すると、レコンは驚いた表情をして声を上げる。
「ええええっっ!?何でっ!?」
「ちょっと色々とあってね……」
「も、もしかして……あのインプと参加できないから?」
「うっ……」
図星をつかれ、言葉が詰まってしまう。
「その反応はやっぱり!リーファちゃん、あのインプと参加つもりだったんだ!リーファちゃんに近づく悪い虫は今のうちに削除するっ!」
レコンは、あたしがリュウ君と参加しようとわかった途端、自分のことを神だと言っているゲーム会社の2代目社長みたいに暴走し始める。
レコンのウザさとリュウ君とカップルコンテストに参加できないストレスから、イラついて糸切りバサミを取り出して左手に持つ。そして……。
「刻むよ」
何処かのネットアイドルのように殺気を出して言い、糸切りバサミを数回開閉させる。
すると、レコンは一気に青ざめた顔をして黙り込んだ。
「そういうことだから、カップルコンテストに参加したかったら他を当たって。じゃあね!」
そう言い残し、これ以上面倒なことにならない内に、この場を逃げるように去っていく。
「ええっ!?ちょ、ちょっと待ってよ、リーファちゃぁんっ!」
シルフ領主館に着き、サクヤにカップルコンテストへの参加は止めるということを伝えた。
「そうか。カップルコンテストへの参加は止めるのか……」
「うん、ゴメンねサクヤ。せっかくエントリーの手続きをしてくれたのに……」
「気にしないでくれ。最初にシルフのカップルでないと参加できないっていうことを教えるのを忘れた私にも責任があるからな」
サクヤは軽く笑みを浮かべてそう言い、数秒ほど間をおいて更に言葉を続けた。
「だが所詮これはプレイヤーが決めた軽い戯れのような行事だ。ルールも領主である私が決めたわけだし、厳密なものではない」
「えっ!?じゃあ……リュウ君に出てもらってもいいの!?」
「そうだな。ダメとは言わないが、シルフのイベントという建前はある。カスタマイズとかでリュウガ君をインプからシルフのようにアレンジできるなら……だが」
「ええっ!?で、できるかなぁ……」
リュウ君の種族はインプ。髪の毛と瞳は紺色で、服装も紺色と黒というクローズカラーとなっている。ウンディーネかスプリガンなら何とかできそうだけど、シルフの場合はかなり難しそうだ。
それに主催者のサクヤがそんなことしちゃっていいのかと思ってきた。
「ねえサクヤ、主催者自らがそんなルール違反を見過ごすようなこと言ちゃってもいいの?」
「はは、それもそうだな」
あたしの言葉にサクヤは笑い、言葉を続ける。
「ルールを変更できないか、もしくは特例を設けられないか、他の主催者たちと話してみよう。それなら参加を止める必要もないだろう?」
「うん、ありがとうサクヤ!早速リュウ君に聞いてみるよ!」
「参加はまだ保留にしておくから、後日改めて返事を聞かせてくれ」
サクヤの計らいのおかげで、あたしのカップルコンテストへの参加はとりあえず保留という結果となった。
場所はシルフ領主館から移って、あたしがスイルベーンにある所持しているプレイヤーホーム。貝殻様の光沢を持つ壁に囲まれた円形の部屋の中央には、パールホワイトのテーブルといくつかのイスがあり、今は2つのイスが使用され、テーブルには紅茶が入ったカップが2つ置かれている。
あたしは目の前に座っているリュウ君に、カップルコンテストのことを説明していた。
「というワケなの。シルフのイベントを盛り上げたいから、リュウ君があたしとカップルになって」
「ああ、いいよ」
OKだという返事を聞き、心の中でガッツポーズをする。
リュウ君は自分の目の前に置かれているカップを左手で取り、紅茶を一口飲み、カップをテーブルに置いて、話しかけてきた。
「でも、俺の場合、何処までシルフみたいになれるか正直わからないぞ。服ならともかく、髪の毛とか目はかなり難しいと思うし……」
「平気平気!撮影したもので判断するだけだから、そこまで細かくカスタマイズする必要ないよ。髪の毛と目が緑色のリュウ君もどういうものなのか見てみたいしね」
「今だって髪の毛と目が紺色になっただけでもかなり印象が変わったと思うけど、緑系統にしたら本当にどうなるんだか……」
自分がシルフになった姿をイメージしたのか苦笑いを浮かべるリュウ君。正直言うと、あたし自身もリュウ君がシルフになった姿はあまり想像ができないでいた。
すると、リュウ君はちょっと真剣な顔へと変えた。
「ところでサクヤさんの方は本当に大丈夫なのか?」
「本人もそう言っていたから大丈夫だと思うよ」
「でも、別の種族を特例で参加できるようにするって、口で言うのは簡単だし、領主の権限でなんとかなりそうだけど、実際にそういうルールにするのはかなり面倒なことになると思うよ。他のシルフの参加者からも苦情が出そうだしな……」
「そ、そうだよね……」
リュウ君の言う通りだ。一見簡単そうに見えるが、かなり面倒なことになるのは間違いない。
それにこの特例は、サクヤがリュウ君と一緒に参加したいというあたしの願いを叶えるために設けてくれたものだ。あの時はリュウ君と一緒に参加できることに喜んでいて、そんなことは気にも留めていなかった。なんだかサクヤに申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「サクヤに迷惑かけちゃってるのかな?」
「いやまぁ、サクヤさん本人がやってみるって言ってくれているなら、こっちから言うのも失礼かもしれないけど……」
リュウ君がフォローしてくれるが、やっぱりあたしのワガママのせいでサクヤに迷惑はかけられない。
数分間考え込み、あたしの中で答えが出た。
「リュウ君、あたしイベントに参加するのやっぱり止めた!」
これを聞いたリュウ君は当然驚いた。
「えっ!?本当にいいのか?」
「うん、サクヤに迷惑かけるのも悪いしね」
すると、リュウ君から笑みがこぼれる。
「リーファらしい答えだな。俺は君が参加するのを止めるっていうなら、別にそれでも構わないよ。まあ、リーファと撮影できないのは残念だけど……」
「何言っているの?撮影の方は止めないよ」
「……へっ?」
数日後……
アルヴヘイムの中立域にひっそりと存在している小さな村。そこにある教会の前にあたしとリュウ君はいた。
今のあたしたちの恰好はいつものものではない。あたしは白と薄い緑をベースとしたウェディングドレス姿、リュウ君は白いタキシード姿というウェディング姿だ。
この姿で《スクリーンショット撮影クリスタル》を用意し、リュウ君の腕に抱き着こうとする。しかし、リュウ君は頬を少し赤く染めて恥ずかしがっている。
「ほら、もっと近づいてくれないと!」
「い、いやぁ……さ、流石に近すぎないか?」
「えー、何で?このくらいしないと、ちゃんとしたものが撮れないでしょ。あたしたち付き合っているんだし、別にいいじゃない」
「でもなぁ……」
当惑しているリュウ君を見ている内に、あたしの中でちょっとイタズラ心が湧いて出てきた。そして、上目遣いでリュウ君を見て言ってみた。
「それともリュウ君はあたしとじゃ嫌だ?」
「い、嫌じゃないよ!ただ、好きな人とこうすると……ドキドキが止まらないっていうか、恥ずかしくて……」
あたしから目線をそらして少々慌てた様子でリュウ君は言った。
見てわかると思うが、リュウ君は恋愛事においては結構奥手な方で草食系に分類されている。もう少しグイグイ来てほしいと思うこともあるが、あたしはリュウ君のそういうところが可愛くて嫌いではないし、そんな彼を見ているとたまにちょっとイタズラもしたくなる。だが、草食系のリュウ君もたまに積極的なところを見せてきて、あたしはその度にドキドキさせられている(直後にリュウ君がよく顔を真っ赤にして黙り込んで自滅しているが)
落ち着きを取り戻したリュウ君が咳払いをした。
「結局シルフのイベントには参加しないんだろ?なのにどうして撮影だけするんだ?」
「あたし、別に撮影して人に見せたいわけじゃなかったんだよ。女の子なら好きな人とウェディング姿をして、こうやって記念に残すのは誰もが夢見ることでしょ」
「リーファ」
あたしが本当にしたかったのは、リュウ君とこうしてウェディング衣装を着て、2人の思い出を作ることだ。それがいつの間にか、カップルコンテストに参加することになってしまっていた。
リュウ君と話し合った後、あたしはすぐにシルフ領主館に行ってサクヤにカップルコンテストには参加しないことを伝えて謝った。
すると、サクヤは「そういうことなら仕方がないな」と笑いながら言い、そして参加しない代わりに、あたしたちのウェディング姿を撮影したかったものを自分にも見せるという条件を出してきたのだった。
サクヤにも見せなきゃいけないからちゃんと撮らないとね。
「ほらほら!別に誰に見られているわけでもないんだし、リュウ君もさっさとくっついて!」
「あ、ああ……」
「じゃあ行くよ~」
リュウ君の腕に抱き着いたところで、タイマーをセットして写真を撮る。
この時撮った写真は、あたしたちの部屋にそれぞれ飾ることになり、思い出の一つとなった。
これは余談だが、将来この2人は本当に現実世界の方でウェディング姿を披露することになるのだが、それはまだ2人にとっては未来の話…
今は12月ですが、この作品では6月となっているので、ジューンブライドにちなんだ話をやろうと思ってやりました。私はプレイしてませんが、動画サイトの方でメモデフにこんな感じの話があったのを偶然見かけ、それを元にしました。
リーファ視点にしても甘々全開となり、ブラックコーヒーが欲しくなるほどでした。
リーファがまたしても美空の「刻むよ」ネタを披露。この調子でいくと「刻むよ」ネタをコンプリートしそうだなと思いました(笑)。そして、レコンは一瞬ですが檀黎斗になりかけるという。この調子だと「レコン王」と名乗ってリュウ君を監禁するのではないのかと心配になってきました。
前回の投稿から、SAOのアニメは2話しか進んでいませんが本当に色々とありましたね。あのクズ貴族共には本当に殺意を抱きました。前回の前書きではゴリラモンドのパンチを喰らわせたいと書きましたが、放送中はクローズマグマになってマグマナックルやブリザードナックルであのクズ共を何十回も殴りたくなるほどでした。これはさておき、ついに幼少期の頃ではないアリスも登場しましたね。本当に毎度目が離せない状態となっています。
ジオウの方もソウゴがオーマジオウと対面。オーマジオウの配下のカッシーンは声が津田さんでしたので、一瞬レデュエみたいになるのではと思ってしまいました。そして、ここ数年仮面ライダーでお馴染みとなっているクリスマスの惨劇が起こらないことを祈っています。
次回もよろしくお願いします
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番外編3 遭難中の出来事
行く先に広がる光景は、相変わらず霜で覆われた薄暗い洞窟だ。先がずっと見えず、外から差す光は見えない。そして、洞窟の中はとても涼しい……いや、むしろ寒いと言ってもいいほどだ。吐いた息が白くなっていることがそれを証明している。
「もう7月に入ったっていうのに、この洞窟は真冬並みに寒いわね」
「ああ。念のために防寒具を持ってきてて正解だったな」
右斜め後ろにいるリズと軽口をたたきながら、洞窟の中を進んでいた。
オレたちがどうしてこんなところにいるのかというと数時間前に遡る。
「素材集めを手伝って欲しい?」
「ええ。どうしても必要な素材が沢山あってね。1人じゃ大変だから手伝ってほしいの」
そう言ってきたのは、《リズベット武具店》の店主のリズだった。
リズベット武具店は、元々は鍛冶師のリズがSAOで第48層のリンダースで経営していた店だ。ALOでもリズは鍛冶師を続けており、数カ月前にイグドラジル・シティの大通りにオープンすることができた。
店は、SAOで2年間鍛えられた鍛冶スキルのおかげもあって大繁盛。日々リズの元には武器作成の依頼や来客が来ており、忙しい日々を送っていた。
「まあ、素材集めの手伝いくらい構わないぜ」
「ありがとうザック。本当に助かるわ」
「いつもお前には槍手入れで世話になっているから気にするな。ところで、どんな素材が必要なんだ?」
すると、リズはメニューウィンドウを操作して、アイテムの画像が乗ってある画像をいくつか見せてきた。
「とりあえず、今回集めておきたいのはコレらだね。全部が氷雪地帯に生息するモンスターからドロップするヤツよ」
「氷雪地帯か」
氷雪地帯はアルヴヘイム最北のノーム領付近にある。7月に入り、現実世界と同様に夏の時期に入ろうとしているアルヴヘイムだが、この辺りの地域だけは特殊な気候で1年を通して真冬日と変わらない状態となっている。冬の時期には気温がマイナス10~20度まで下がることがザラにあるという。
この辺りの地域には行ったことがなく、オレにとって未知の領域だ。ALOの公式サイトなどで、詳細を見てから一度は行ってみたいなと思っていたし、今の時期的にも行くのに一番ベストな時期だからちょうどいい。
オレたちは早速、準備をして氷雪地帯に向かった。
氷雪地帯で順調に素材を集め続けているオレたちだったが、素材集めに夢中になりすぎて落とし穴のトラップにかかってしまった。気が付いた時にはすでに遅く、オレたちは奈落の底へと落ちていった。
気が付いて目を覚ますと、オレたちはこの洞窟にいた。
名前は《フロスト・ケーブ》。氷雪地帯の地下に広がる洞窟ダンジョンで、内部は天然の迷路のようになっており、洞窟の全長も何キロにも及ぶ。マップデータがあっても抜け出すのは容易ではないと言われているほどで、難易度も高い方に位置するダンジョンだろう。
現にオレたちはすでに3時間もこの中を彷徨っており、氷製のスケルトンやゴーレムたちと20回以上も戦闘を繰り広げながら、出口を目指して洞窟の中を進んでいた。
「ザック。アンタよくこんな薄暗い洞窟の中をスイスイと歩いて行けるわよね」
「オレが選んだインプは暗視能力に優れているからな。明かりが一切ない洞窟でもランタンとかなくても平気なんだよ」
「洞窟やダンジョンの探索には便利ね」
「まあな」
こんなことを話しながら進んでいる内に、他と比べて広い空間となっているところへと出た。索敵スキルを使用してみても付近にモンスターの気配はない。どうやら洞窟ダンジョン内にある安全地帯のようだ。これはちょうどいいと思い、ここで一旦休憩することにした。
回復ポーションで体力を回復させ、メニューウィンドウを操作してマップを開く。すると、《フロスト・ケーブ》のマップが表示され、今オレたちがいると思われるところには赤い点が付いていた。
「ザック、どう?」
「やっと出口まであと4割まで来たってところだな」
「うへぇ…。結構歩いたと思ったのにまだ4割も残っているなんて。この洞窟長すぎでしょ」
「確かにな。こういう時、転移結晶があれば便利なんだけどな」
「そうよね。ALOにも早く導入してほしいわよ」
なんてオレたちはあまり緊張感のない会話を交わし、笑い合う。
オレはアイテムストレージを操作し、アウトドア用のランタンと小さな手鍋、コーヒーが入っているボトル、2つの金属製のカップを取り出した。
「キリトもだったけど、アンタもいつもこんな物持ち歩いているの?」
「オレは偶にだよ。いつも持ち歩いているのはカイトの方だ。アイツ、長持ちする黒パンや野戦食だけじゃ飽きるからってよ、SAOで迷宮区の攻略で何時間も籠ることになった時は絶対と言っていいほど持ってきてたからな」
「なんだかカイトらしいわね」
「ああ」
ランタンに火をともし、その上に手鍋を置く。そして、手鍋にボトルに入っているコーヒーを注ぐ。
数分間火にかけていると、湯気が立ってコーヒーのいい香りが漂ってきた。十分温まったところで、手鍋を手に取ってコーヒーを2つのカップに注いだ。
「街で買ったコーヒーだけど飲むか?温まるぞ」
「ありがと」
1つのカップをリズに手渡し、もう1つのカップを手に取る。数回フーフーしてからコーヒーを一口飲む。だが……。
「熱っ!ヤベ、ちょっと熱くしすぎたな」
これを見ていたリズは笑いをこらえてオレの方を見ていた。
「何がおかしいんだよ」
「アンタって相変わらず猫舌なのね。そんなに熱いなら、あたしがフーフーしてあげようか?」
「うるせぇ!余計なお世話だ!」
明らかにオレが猫舌だということをからかって楽しんでいるリズにムッときて、ちょっと強めに反論する。
「第一お前の場合、熱々のコーヒーを飲ませてくるのがオチだろうが!」
「誰がそんなことするってのよ!」
「お前だよ!この前だって、おでんコントみたいに熱々のピザとか無理やり食べさせてきただろ!」
「ザックがフーフーばっかりして中々食べなかったから、あたしが食べさせてあげただけでしょ!」
リズもオレに負けじと強めに反論し、オレたちの言い争いはどんどんヒートアップしていく。
「アンタの猫舌を直すために、今度あたしのオススメのホットコーヒーを奢ってあげるわ!滅茶苦茶熱いやつ!」
「勝手にしろ!オレはアイスコーヒーを飲む!絶対にな!」
こんな感じで、オレとリズの言い争いはよくあることだ。
リズがよくオレを猫舌などとからかってきて、オレもつい強めに反発していつも大概こうなってしまう。このやり取りは、キリトやアスナ、クラスメイト達からは、よく夫婦漫才だとか夫婦喧嘩とか言われている。もちろんオレとリズは「夫婦じゃない」といつも全力で否定している。しかも見事に息ぴったりでだ。
他人から一見すると、俺とリズは仲が悪いように見えるかもしれないが、リズはオレにとって一番心を許せる存在であると言ってもいい。
オレはラフコフ討伐戦の時にラフコフのプレイヤーを殺めてしまった時のことを思いだした。
あの時のオレは、自分も人殺しになり、戦うことすらも恐れるようになってしまい、戦うことが困難となってしまうほど心に大きな傷を負っていた。オレが抱いていた負の感情は、長年の付き合いであるカイトにも話せなかったが、何故かリズには話すことができた。
リズは黙ってオレの話を聞き、『ザックは人殺しじゃない』とか言ってくれ、オレを立ち直させてくれるきっかけを作ってくれた。
それからだ。リズのことを意識するようになったのは。
喧嘩するほど仲がいいという言葉があるが、オレとリズにも当てはまる言葉なのかもしれない。
そんなことを考え、リズに謝ることにした。
「悪い。ちょっと言い過ぎた」
「あたしこそ、ゴメン……」
最後には2人して謝る。これもいつものオチだ。
まだ洞窟から抜け出していないのにも関わらず、この場に座ってしばらく談笑していた。
「そういえば、ザックって前にリュウと一緒にインプの領主さんから、インプの精鋭部隊に入らないかって誘われてなかった?」
「ああ、そんなことあったな」
6月の初め頃の話になる。オレとリュウはインプ限定の武闘大会に参加し、2人ともベスト4に入るという好成績を修めた。その際に、インプの領主さんから、インプの精鋭部隊に入らないかと誘いを受けたのだった。
「でも、オレもリュウも誘いは断ったよ」
すると、リズは驚いて声を上げた。
「そうだったのっ!?せっかく領主様からのスカウトを断るなんて、アンタたちも随分ともったいないことしたわね」
「まあな。オレもリュウもインプの精鋭部隊に入ることに元々興味はなかったからな。それに、精鋭部隊に入ると任務とかで忙しくて、インプ領にいることが多くなるみたいだからな。そうなるとみんなとの時間がどうしても減っちまう。リュウなんか「すいません…俺は恋人や仲間との時間を大事にしたいんです」ってすぐに断ってたよ」
「だったら仕方がないわね」
「仮にクラインだったら、絶対に誘いの話は断らないと思うぜ」
「それは言えるわね。インプの領主さんは結構美人だから」
インプの領主……ジャンヌさん。
この名前を聞くと、真っ先に思い浮かぶのはフランスの英雄……ジャンヌ・ダルクだろう。彼女はジャンヌ・ダルクの大ファンらしく、この名前にしたという。実際に彼女が愛用する槍も旗みたいなものだ。
ジャンヌさんは現在の他の種族の領主と比べて領主歴は短い方だ。だが、彼女が領主に就任してから同じ女性の領主であるサクヤさんやアリシャさんとは友人関係となり、インプがシルフとケットシーと友好的になったなどと、領主としての腕前は他の領主と比べても引けを取らないと言ってもいい。また、ALO屈指の槍使いと言われているほどの実力者で、デュエル大会では常に上位に入賞しているほどだ。こんな人だからこそ、インプの領主に選ばれたのだろう。
「ザックはインプの領主さんにはデレデレはしなかったの?」
「誰がするか!クラインと一緒にするな!」
リズはニヤニヤと再びオレをからかってくる。そして、オレはすっかり拗ねてしまい、リズから背けてコーヒーを一口飲む。
それから10分後。休憩を終え、再び出口を目指して窟の中を歩き始めた。モンスターと遭遇すれば戦闘になり、分かれ道があった時はマップを開いてどの道を行けばいいのか調べて進んでいた。
途中、先ほど休憩したところみたいに広い空間となっているところへと出たが、今度はそこに入ると同時に通路が閉ざされて10体近くの氷製のスケルトンやゴーレムが出現した。
「モンスタートラップだ!行くぞ、リズ!」
「もちろんよ!」
オレたちは武器を手に取り、戦闘に入った。オレの槍は複数のスケルトンたちを薙ぎ払い、リズのメイスはゴーレムの硬い身体を打ち砕く。モンスターたちは倒しても次々と現れるが、オレたちも負けじと倒していく。スケルトンとゴーレムを全て倒したと思ったら、今度は大型の氷製の鎧騎士が1体出現した。
「こんな奴までいるなんて、あたし聞いてないわよ!」
何処かの私立探偵事務所の所長みたいなことを言うリズ。
「コイツを倒せばトラップが解除されるはずだ!もうひと踏ん張りだぞ!」
この間にも氷製の鎧騎士は雄叫びを上げ、氷でできた剣を振り下ろしてきた。オレたちは左右に別れて跳んで回避し、オレはすかさず槍で薙ぎ払って攻撃。続くようにリズがメイスで叩んだ。
氷製の鎧騎士もこのまま負けるわけにはいかないと言わんばかりに剣を振るう。オレは前に出て槍を使って敵の攻撃を一撃一撃防いでいく。その隙にリズが回り込み、メイスのソードスキルを使って重い一撃を喰らわせる。すると、氷製の鎧騎士のHPはオレが攻撃した時よりも減り、奴は怯んで動けなくなる。
「クリティカルヒットしたみたいだな!ナイスだ、リズ!」
「あたしだって鍛冶師だけじゃなくてマスターメイサーでもあるんだからね!」
「このまま一気に決めるか!」
「そうね!」
オレたちは倒れている氷製の鎧騎士に向かい、トドメにと槍とメイスのソードスキルを使って攻撃。
この攻撃で氷製の鎧騎士の残っていたHPが全て削り取られ、奴はポリゴン片へと変えて拡散した。
「ふう、やっと洞窟から出られたぜ」
「長かったわね〜。本当に出られるのか少し心配してたから、安心したわ」
氷製の鎧騎士を倒してから2時間後。オレたちはやっと洞窟の外へと出ることができた。5時間も洞窟の中にいたせいか、久しぶりに外に日の光を浴びたような気分だった。
隣では、リズがご機嫌な様子でメニューウィンドウを開いて見ていた。
「まさか当初予定していた素材だけじゃなくて、他の素材も手に入れることができるなんて。これなら、いい武器が沢山作れるそうだわ」
「それはよかったな」
トラップにかかって何時間も洞窟を彷徨うことになって大変な思いをしたが、久しぶりにリズと2人で冒険できたし、何よりもリズが喜んでいたからまあいいか。
「疲れたし、帰ろうか」
「そうね。でも、その前に近くの街に寄って何か食べて行かない?」
「いいなそれ。素材集め手伝ってやったんだから、リズが奢ってくれるよな?」
「はいはい、わかったわよ」
最後にオレたちは笑い合い、ここから一番近い街を目指して飛び立った。
番外編3話ということで、今回はザックとリズが主役回となりました。色々と異なりますが、話の内容は「心の温度」のものをちょっと元にしてしました。
ザックは名前からして鎧武のザックを元にしてますが、猫舌なところなどファイズのたっくんを元にしているところもあるので、この辺りのところは猫舌たっくんをイメージしてしました(笑)。一応たっくんとは異なってザックは好青年ですが、恋愛面に関してはちょっと不器用なところがあり、リズとはちょっとケンカップルみたいな感じに。オトヤとシリカのカップルと同様に、2人の関係もれからどうなるのか見守ってて下さい。
2人の話の中に出てきたインプの領主のジャンヌさん。ほとんどというか完全にFateシリーズに登場するジャンヌですが、この作品ではジャンヌ・ダルクに憧れているただの女子大生という設定です。原作ではインプの領主や組織等は一切不明なので、この作品独自の設定となっております。
SAOアニメは毎度目が離せない状態で、毎週土曜日の24時が待ち遠しいです。カーディナルの声優さんが丹下桜さんのため、カーディナルの声を聞くたびに何処かのローマの皇帝様を思い浮かべてしまっている始末です(笑)。
ジオウの方も次回は城戸真司役の須賀貴匡さんが登場。しかもスピンオフの1つにも登場するみたいなのでこちらも待ち遠しいです。クローズのⅤシネマが期間限定で上映が開始しましたが、諸事情で劇場で見ることが厳しい状況。これはDⅤDの発売を待つことになるかもしれないです(涙)
次回もよろしくお願いします。
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第4話 水泳特訓
2025年7月25日
夏の暑さが本格的となるこの時期。今年の4月から通い始めたSAO生還者の学校も数日前に1学期が終了し、今は夏休みに入った。
夏休みは、何処か遠くに出掛けたり、バーベキューや花火をしたりとやりたいことが沢山ある。学生にとって楽しいことが沢山待っているイベントである。
しかし、夏休みに待っているのは楽しいことだけではない。1学期の終了時には各教科担当の先生からは大量の課題が出され、加えて大学受験に備えて自主勉もする必要もある。それでもSAOで命を懸けて戦っていた時よりはマシな方だと言ってもいいだろう。
こんな感じで夏休みを数日過ごしていたが、俺は今バイクを走らせて学校に向かっている。
バイクの免許は今年の春に通学のために、カズさんと隼人さんと響さんと一緒に自動車学校に通って取得した。冬也はお母さんに「バイクの運転は危ないから」と反対され、免許を取れなかったらしい。
今俺が運転しているバイクは、父さんの知り合いから買ったお古のものである。中古品だが、特撮番組に登場するバイクのベース車にもなったことがあるため、俺は結構気に入っている。
学校は夏休みシーズンに入り、時間も9時半を過ぎていたため、道路は混んでいなく、スムーズに進んでいく。バイクを走らせている内に、俺が通うSAO生還者の学校が見えてきた。
正門から学校敷地内へと入り、駐輪場にバイクを止めた。夏休みだということもあって駐輪場はガラガラ状態で、俺のバイクの他には、見覚えのある一台のバイクしか止まっていなかった。
「あれはザックさんのバイク。皆もう来ているのかな」
ヘルメットを取り、待ち合わせとなっている生徒玄関前へと向かった。
生徒玄関前には数分ほどで着き、そこにはアスナさん、リズさん、ザックさん、オトヤ、シリカの5人がいた。
「あ、リュウ!」
真っ先に俺に気が付いた冬也が声を上げる。
「まさか皆してもう来ていたなんて……。見たところ、あとはキリさんとスグだけですね」
「あの2人ももうすぐしたらやって来るでしょ」
「それまで暑いですから、日陰で待っていましょうよ」
リズさん、シリカがそう言う。
カズさんとスグが来るまで近くにあった日陰で話をしながら待っていた。夏休みの宿題は何処までやったのか、夏休み中にする会話でよく話題になるものだ。そんなことを話している内にカズさんとスグがやってきた。
「あ、キリト君、直葉ちゃん」
明日奈さんがやってきた2人に声をかける。
「ごめんなさい、夏休み中なのにわざわざ集まってもらっちゃって」
スグは申し訳なさそうにして俺たちに謝ってくる。
「全然大丈夫だよ。俺たちだってプールに入りたいって思っていたからさ」
真っ先に俺がフォローを入れ、皆も笑顔で頷いた。
そもそも、どうして俺たちが夏休み中の学校に来たのかというと昨日に遡る。
夏休みの課題を自室でしている最中、突然キリさんから電話がかかってきた。
内容は、皆でシルフ領南方の海にある海底神殿で受けられるクエストに挑戦しないかというものだった。このクエストにはクジラが出てくるらしく、クジラを見てみたいと言ってきたユイちゃんのために挑戦するということに。キリさんもアスナさんも10代で立派な親バカだなと思ったものも、ユイちゃんのためにだったらということで俺たちも一緒に受けることにした。
しかし、そこである問題が発生した。それはスグがリアルでもゲームでも水中が苦手だということだった。
このことは俺も昔、スグ本人から聞いていたから知っていた。なんでも小さいときに家の庭にあった池に落ちて溺れてしまったのがトラウマとなってしまったのが原因らしい。
今回のクエストは海底神殿で受けられるものだから、水中での戦闘は欠かせない。魔法で水中活動ができるものはあるが、ALOの戦闘はプレイヤーの運動能力で依存するところもあるため、ある程度水中に慣れておく必要もある。
そこで、急遽水泳の特訓をすることとなった。だけど、夏休み中のプールは何処に行っても人が多いため、練習するのに適したところではないと思い、学校のプールで練習することとなった。幸いにも今日は利用する人がいなくて、すぐに使用許可を取ることができた。
皆もスグのためになら協力するということで集まってくれた。社会人であるクラインさんとエギルさんは都合があわず、学生組で唯一ここにいないカイトさんは、前から今日は先約があったようで、どうしても来ることはできなかった。だけど、3人ともクエストには参加できるよう時間を調整してくれるとのことだ。
「そういえば、あたしってこの学校の生徒じゃないけど、この学校のプール使わせてもらっちゃって大丈夫なのかな?」
「その辺りの話もちゃんと通しているから安心して」
「リュウは直葉のために率先して先生に連絡もしてくれたからね~」
「ちょっとリズさんっ!」
リズさんがニヤニヤして俺をからかってきて、頬が熱くなるのが伝わる。
まあ、リズさんの言う通りだ。やっぱり彼氏としてこういうのは誰よりも協力しないとな。
そして、女性陣と一旦別れ、俺はカズさんたちと一緒に男子更衣室に向かった。
学校のプールだが、今日はプールの授業ではないということもあって俺たちは学校指定ではない水着を持ってきた。男性用の水着にも色々と種類がなるのだが、色や柄はそれぞれ異なるが全員そろって一番メジャーなトランクス型の水着だった。
「なんか学校のプールで自分用の水着で泳ぐのってなんだか新鮮ですよね」
「ああ、確かにな。オレ、海とかプールには行くってことあまりなかったから、学校用のやつしか持っていなかったけど、一応買っておいて正解だったみたいだな」
俺が言ったことに、答えるように話しかけてきたのはザックさんだった。そこへ着替え終えたカズさんが近づいてきて、俺の方をジロジロと見る。
「どうしたんですか?もしかして俺の水着何か変でした?」
とは言ったものも、俺の水着は短パンと同じぐらいの丈のトランクス型で、青をベースとしたものに柄が入った水着だ。一応買う時に店員さんにも人気があるものだと言われて、特に変だというところはないと思うが……。
「いや、そんなんじゃないよ。ただ、リュウがトランクス型の水着だけでいると、何だか本当にメダルで変身する特撮番組の主人公みたいだなって思ってな」
「何でそうなるんですか……」
いつものネタでボケをかますカズさんを、呆れた目で見る。まあ、確かに昔から学校でプールの授業があった時によくクラスの皆から言われてはいることだけど……。
俺とカズさんのやり取りを見ていた響さんも何故か納得したかのように頷いていた。
「あの、そろそろ行きましょうか……」
冬也が苦笑いしながら俺たちに話しかけてきたところで、いつまでもここで無駄話しているわけにはいかないと思い、更衣室から出てプールサイドへと向かった。
いつもは生徒で賑わっている25mプールも、今日は俺たち以外に誰もおらず、静まり返っていた。完全に貸し切り状態だ。
「よし、1番乗りと行こうか!」
「その前に準備運動ですよ」
「うっ、わかってるって…」
飛び込もうとするカズさんを止め、わかってるって……」
飛び込もうとするカズさんを止め、俺たち男性陣は軽く準備運動をし始めた。その最中、アスナさんとリズさんとシリカもやってきた。
「あれ?待たせちゃった?」
「いや、俺たちもさっきやって来て今は準備体操しているんだよ。さっさと入りたいけど、リュウが『準備体操してからじゃないとダメだ』って言うからさ」
「でも、ちゃんと準備運動してからじゃないと、足つっちゃって危ないよ」
「わかっているって」
「そ、それよりも……わたしの水着姿、おかしくないかな……?」
「い、いや……全然おかしくない。むしろ似合っている……」
いつの間にか自分たちの世界に入ってしまうカズさんとアスナさん。この2人のバカップルぶりは相変わらず健在のようだ。これはクラインさんが見たら絶対に暴走しそうだな。
「おーい、お前ら。完全に自分たちの世界に入ってしまわないうちに戻って来いよ」
ザックさんは2人に元の世界に戻ってくるように呼び掛ける。
そして、もう一方ではリズさんが真剣な表情をし、オトヤに面と向かう。
「オトヤ、アンタ……」
緊迫とした空気となり、オトヤは息を呑む。
「本当に男なのね」
「今更ですかっ!!」
1秒ほど前までのシリアスな雰囲気を一気にぶち壊すリズさんの発言に、オトヤは声を上げた。
こんな感じのやり取りはもう定番になっているな。この前もALOで、リズさんは、《正義のメイド服ナイト》や《正義のセーラー服ナイト》という衣装……簡潔に言えばメイド服とセーラー服を手に入れたから、オトヤに着せて女装させようとしたくらいだったからな。最終的にシリカが止めたことで未遂に終わったが。
「もう、リズさん!あまり冬也君をからかわないでくださいよ!」
「ごめんごめん」
リズさんはシリカに怒られ、苦笑いしながら謝る。
先ほどまで静かだったプールサイドは一気に賑やかになったな。そう思いながら、騒いでいる皆の方を黙って見ていた。
すると、突然後ろの方から声をかけられた。
「リュ、リュウ君……」
声の主はスグだ。
「あっ、スグか。遅かったけど、どうかし……」
振り返った瞬間、俺は言葉が詰まってしまう。
アスナさんたちの水着は自分用の水着だったが、スグの水着は何故かスクール水着だ。
スクール水着姿のせいか、普段より余計に色気が増して見えてしまう。
俺もなんて声をかければいいのか戸惑うが、一言も話さないと気まずいため、とりあえず率直に思ったことを聞いてみる。
「えっと、どうしてスクール水着にしたんだ……?」
「だ、だって、学校のプールで泳ぐって聞いたから……」
「な、なるほど……」
完全にぎこちない会話となってしまう俺たち。
そこへ更にリズさんが追い打ちをかける。
「そんな理由だったの。あたしはてっきり、直葉がスクール水着にしたのは、リュウはスクール水着が好きだったのかなって思っていたんだけどなぁ」
またしてもニヤニヤと俺をからかうリズさん。
「「リズさんっ!!」」
それを聞いた俺とスグは思わず顔を真っ赤にさせて叫んで反論する。
「コラ、リズ。あまり直葉ちゃんとリュウ君をからかっちゃダメでしょ」
俺たちの助け舟として来てくれたアスナさん。もう血盟騎士団の副団長ではないが、その時の威厳はまだ残っていたみたいだ。
「すみません、調子に乗り過ぎました」
リズさんもアスナさんには逆らえられなかったようで降参してすぐに謝った。流石キリさんを尻に敷いているだけのことはあるな。
騒ぎが落ち着いたところで、本来の目的を思い出し、早速練習に入った。
「じゃあ、まずは水に顔をつけることから始めようか」
いきなり水泳の特訓からというわけにはいかず、初めは水に慣れるという初歩のことから始めることにした。
しかし、スグは水に顔を付けることにも少し抵抗している様子だった。
「やっぱり水に顔を付けるのはちょっと怖いなぁ……。リュウ君手握って」
「いいよ」
「絶対に手離さないでね!」
「わかったって!」
ここまで必死になるなんて、相当水中が苦手なんだな。
俺が手を握るとスグは先ほどより安心したかのような表情となり、思い切って顔を水につけた。10秒ほどしたところでスグは水から顔を離したが、苦手だという中でここまでできるのは見事だ。
「よし、次はもう少し長く水に顔をつけれるかやってみようか。無理そうだと思ったら、ちゃんと言って」
「うん」
水に顔をつける時間を少しずつ長くしていく。ある程度慣れてきたところで、顔を水につけることだけじゃなくて、本格的に水に潜る段階へと進んだ。俺とアスナさんが教える役目だったが、他の皆も一緒に水の中に潜ったりと協力してくれた。
休憩を取りながら特訓は続いた。プールの端に掴まってバタ足の練習を行い、今は俺が手を引いてバタ足で泳ぐ段階まで来ていた。スグの運動能力は高く、予想していたよりも早いペースで特訓は進んでいった。他の皆も少し離れたところでゆっくり泳いだり競争していたが、頻繁に俺たちの方へとやって来てスグの応援をしてくれた。
「どうだ、少し水に慣れた?」
「うん、何とか水に顔を付けられるようになったけど、まだ水の中で目を開けられなくて」
「俺も初めはそんな感じだったから大丈夫だよ」
「うん、誰だってそんな感じだったからね。焦らなくていいから、ゆっくり慣れていこう」
俺、アスナさんがそう言うとスグもうなづいた。
それからも練習は続き、コツを掴んだのか動きは最初と比べてスムーズとなり、水の中で目も開けられるようになっていた。ふとプールサイドにある時計を見ると、すでに昼の12時半を過ぎており、ここで昼食を取ることにした。
プールサイドの日陰となっているところにシートを敷き、そこに腰を下ろした。
アスナさんは持ってきたバスケットをシートの上に置き、その蓋を開けた。サンドイッチやベーグルサンドなど洋風な弁当が入っていた。そして、スグも持ってきた弁当箱の蓋を開けてバスケットの隣へと置いた。スグの弁当はおにぎりや卵焼きなどが入った和風な弁当だった。
『いただきまーす!』
そして、俺たちは一斉に2人が作ってきた弁当に手を伸ばす。
どっちの弁当も本当に美味しい。最中、隣に座っていたスグが話しかけてきた。
「リュウ君、美味しい?」
「美味しいよ。スグの料理はいつも美味いな。」
「もう、リュウ君ったら」
俺の言葉を聞いて、スグはすっかりデレデレ状態となって自分の世界に入ってしまう。
「全く、飯の時までイチャ付きやがって。俺の前では少しは自重してくれよ」
そう言って、ちょっと不機嫌そうにして俺とスグを見るカズさん。
「相変わらず、キリトはシスコンなんだから」
「確かにキリトって、シスコンなところがあるよな。妹を彼氏に取られてやきもち焼いているんだろ」
「俺はシスコンじゃない!」
リズさんとザックさんにシスコンと言われて、全力否定するカズさん。なんか、「俺は負けてない!」と全力否定するファッションセンスが物凄くダサいおじさんみたいだな。
「まあまあ」
そんなカズさんをアスナさんが宥め、この光景を見ていたオトヤとシリカは苦笑いを浮かべていた。
昼食を終えて10分ほどゆっくりしてから、特訓を再開することとなった。
午前中にやったことの復習を一通りしてから、次の段階へと進んだ。息継ぎのやり方を教え、それができるようになったら、今度はビート板を使って泳いでみることにした。
俺が手を繋がないで上手くできるか初めは不安がっていたスグだったが、やはり運動能力もいいこともあって、時間が過ぎていくうちにどんどん上達していく。
そしてなんと、ビート板を使って25m泳げるようになっていった。
これには俺だけでなく、皆も驚いていた。
「凄いな。これで25m泳げるようになったな」
「うん。息継ぎもちゃんとできていたよ」
「これなら、ビート板なしでもすぐに泳げるようになりますね」
「やっぱり直葉ちゃんは運動神経いいよね」
俺に続いて、オトヤとシリカとアスナさんの評価を受けて、スグは嬉しそうにする。
「ありがとうございます。でも、ここまでできたのは、リュウ君とアスナさんの教え方が上手くて、皆さんも色々と手伝ってくれたからですよ」
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ。そろそろ最終段階に入るけど、まだいけるか?」
「もちろん」
スグは、元々剣道もしていることもあって、疲れた様子を一切見せないでいた。
ビート板を使っての反復練習を行い、水泳特訓もついにクロールの練習まで辿り着いた。
クロールの練習はこれまでで一番難しく、スグもこれには苦戦している感じだった。しかし、スグは諦めることなく、練習を続けていく。
そして、泳ぐ距離をと少しずつ伸ばしていき、とうとう25mに挑戦することとなった。
「いよいよ25mか」
「ねえ、リュウ君。ゴールのところで待っていてくれるかな?絶対に25m泳いでみせるから」
「スグ……」
今までは俺が傍に付いていたけどやっぱり離れるとなると、ちょっと心配だ。でも、これはスグだって同じだ。
悩んでいる中、カズさんが話しかけてきた。
「リュウはゴールでスグを待っていてくれ」
「わたしたちが一緒に傍に付いているから大丈夫だよ」
更にアスナさんが言ってきた。ザックさんたちも『オレたちに任せておけ』と言っているかのように軽く笑みを浮かべてコクリと頷いた。
俺はスグや皆のことを信じて25m地点のところまでいく。
「よ~い、スタート!」
アスナさんの掛け声と共にスグが泳ぎ始める。
カズさんとアスナさんはスグが泳いでいる隣のレーンを歩いてついて行く。ザックさんたちは見守っていた。
5m、10m、15mと止まることなく進んでいき、20mまで来た。そして残りは5mとなり、ついに……。
「やった、25m泳ぎ切った……」
同時に全員から歓声が上がり、俺は泳ぎ切ったスグの頭を優しく撫でであげる。
「スグ、よく頑張ったな」
「これも全部リュウ君たちのおかげだよ。ありがとう、リュウ君」
俺に頭を撫でられて、スグは嬉しそうにしていた。
それから俺たちは更衣室に戻り、着替えて帰る支度をする。
これでスグの泳げない問題はとりあえず解決することができた。あとは、今日の夜に挑む海底神殿でのクエストだ。
旧版とは話の流れはあまり変化がありませんでしたが、リメイク版のExtraEditionプール編はいかがだったでしょうか。リメイク版には旧版にはいなかったザックとオトヤを追加してしましたが、カイトだけは色々あって参加することができなかったことに。何気に最近カイトさんがMORE DEBAN状態になりかけているような……(汗)
今回のキャラの呼び方ですが、アニメ版と同様に直葉以外はキャラネームにしました。SAOでリアルの話をやるときは、本名とキャラネームのどちらを使えばいいのか結構ややこしいですよね。
甘さも微糖コーヒーくらいにし、仮面ライダーネタを少し入れてみました。
の
SAOアニメも整合騎士長ベルクーリが登場。声優さんはエグゼイドやFATEシリーズでお馴染みの諏訪部順一さんでイメージ通りの声した。そして、最新話のアリスが可愛いなと思いました。早くこの作品にも登場させたいです。これは余談ですが、アリシゼーション編に登場するキャラの声優さんがほとんどFATEシリーズに出ているキャラで、その内聖杯戦争が起きそうな気がしました(笑)
ジオウはまさか龍騎にあったOREジャーナルの場所が登場しましたが、まさかあんなことになっていたなんて。龍騎編はどう結末を迎えるのかが楽しみです。
次回もよろしくお願いします。
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第5話 海底神殿へ
2025年7月25日
ALO内 トゥーレ島
ここはシルフ領の南方にある島《トゥーレ島》。アルヴヘイムのワールドマップの南にあるため、この島も現実世界と同様に真夏日となっている。リアルでは日が沈んですっかりと夜となっているが、ALOではまだ昼過ぎといったところだ。
俺とカイトさんとザックさんとオトヤは、パラソル付きのガーデンテーブルとイスを出し、イスに腰を下ろしてトロピカルジュースを飲みながらゆっくりしていた。そして、隣ではキリさんとクラインさんが、浜辺にビーチパラソルとビーチチェアを用意し、ビーチチェアの上でくつろいでいた。
「お前らよぉ~、オレは今日ほどALO内の時間が現実世界と同期してなくてよかったと思った日はねぇぜ」
「現実世界はもう夜ですからね」
クラインさんが呟いた台詞に、俺がくつろぎながら答えてトロピカルジュースを一口飲む。
今いるビーチは、俺たち以外は誰もおらず、完全にプライベートビーチと化している。
リフレッシュするには最適なところだ。
「やっぱ、海はこうじゃなきゃよ!青い空」
「白い砂浜」
「寄せて返す波」
「眩しい太陽」
隣の方でクラインさんとキリさんが交互にそんなことを言っていく。俺たち4人はくつろぎながら黙って聞いていた。
「そして……」
最後にクラインさんはそう言ったところで、キリさんと2人して浅瀬で遊んでいる水着姿の女性陣たちの方を見ようとした時だった。
「よぉ、お待たせ」
そう言って突然2人の目の前に降り立ったのは、水着姿のエギルさん。水着の美女を拝もうとした途端、いきなり筋肉質の巨漢が現れたのだから、キリさんとクラインさんはフリーズしてしまう。
隣でこの光景を見ていた俺たちでさえもインパクトが強すぎるものだと思ってしまうほどのものであった。
「おい、どうしたんだよ?」
「今は2人をそっとしておいてあげた方がいいですよ…」
訳のわかっていないエギルさんに、俺はそう言う。
これには、オトヤは苦笑いするしかなく、ザックさんは笑いを必死に堪え、カイトさんはヤレヤレと呆れて何も言わずにジュースを飲んでいた。その間もキリさんとクラインさんはまだフリーズしたままだった。
そんな俺たちとはよそに、女性陣たちは楽しそうに遊んでいた。
リズさんとシリカ、ピナの背中に乗っているユイちゃんは、水の掛け合いっこをしているみたいだ。
「うりゃぁっ!STR型パワー全開!!」
リズさんが、鍛え上げたSTRパワーを活かして勢いよく海水をシリカたちにかける。
「負けませんよ!ピナ、ウォーターブレス!」
シリカが負けじと肩に止まっているピナに指示を出す。ピナはシリカの肩から離れ、海面に顔を近づけて海水を飲んでいく。どんどんピナのお腹が膨れていき、ある程度膨れたところで、リズさんの方を見る。そして……。
「はっしゃ――っ!」
ピナに乗っているユイちゃんが声を発したのと同時に、ピナの口から水鉄砲のように勢いよく水が噴射される。
まともにそれを顔面に喰らったリズさんは、倒れて海に沈んだ。
「あれは凄い威力だな」
これにはザックさんも驚くしかなかった。
「ピナのあの技って戦闘で使うとかなり役に立ちそうだな」
「確かに」
俺とオトヤは笑ってそんなことを話していた。
一方で、俺はリーファの方を見てみると、難しそうな顔をして海面と睨めっこしていた。そして、息を大きく吸い込んで水に顔を付け、10秒間程して水から顔を離した。
現実世界で泳げるように特訓したとはいえ、まだ完全に慣れたとは言う感じではなさそうだ。
心配になった俺はリーファのところへと向かった。
「リーファ、昼間の特訓の効果はありそうか?」
「あ、リュウ君。うん、ばっちりだよ。もう怖くないよ。……足が付く深さなら、だけど……」
最後辺りは少々不安そうになって言う。
これから行く海底ダンジョンは海の底深くにあるから、こんな浅瀬みたいに足が付くようなところではない。
「ねえ、海底ダンジョンってどのくらい深いのかな……?」
「流石に深海並みではないけど、確か海面から100メートルはあったと思うよ」
「ひゃ、ひゃく……」
リーファは100という単語を聞いた途端、一気に顔を青ざめてしまう。
「あ、大丈夫だよ。海に潜る前にちゃんとアスナさんに魔法をかけてもらえば、水中でも普通に活動はできるし、何かあった時はすぐに俺が君を助けてあげるから。だから安心して」
「リュウ君……」
俺の言葉を聞いて、リーファの表情は徐々に明るくなっていく。
「あたし、頑張るよ。リュウ君があたしを守ってくれるなら心配もいらないしね」
「リーファ…」
「リュウ君…」
見つめ合う俺たちは完全に外部と遮断して自分たちの世界へと入り込んでしまう。そんな時だった。
「あれ?何だかわたし、お邪魔だったかな……」
この声が耳に入ってきて、俺とリーファはハッ!と我に返った。声がした方を見ると、いつの間にか苦笑いを浮かべたアスナさんが俺たちの近くに来ていて、俺はリーファと共に驚いて声を上げた。
「あ、アスナさんっ!?」
「いつの間に来てたんですかっ!?」
「リーファちゃんが何だか不安そうな顔してたから心配して来てみたけど、もう大丈夫みたいだね。邪魔しちゃってゴメンね、ごゆっくり」
アスナさんは俺たちに気を使って、急いで離れていくが、返って気まずくなってしまった……。
最終的に俺もリーファも一言も話せなくなってしまい、俺はキリさんたちの元に戻り、リーファはアスナさんのところへと行った。
そして、キリさんとクラインさんがフリーズ状態から復活したこともあり、男性陣たちでこれから挑むクエストについて話し合うことにした。
「おい、キリト。マジなんだろうな?このクエストにクジラが出るっていう話。ユイちゃん、すっげぇ楽しみにしてたぞ?これでクジラじゃなくて、クラゲだったりクリオネだったらシャレになんねぇぞ」
「巨大クリオネだったら見てみたいけどなぁ……」
キリさんがそんなことを呟く。しかし、今は放っておいて話を進めることにした。
「エギル、何か情報はあったか?」
「ああ、それがなぁ。こんなワールドマップの端っこにあるクエストだから、知っている奴が少なくてな。……ただ、クエストの最後にどエラいサイズの水棲型モンスターが出てくるのはマジらしい」
巨大な水棲型モンスターとなるとクジラだという可能性も十分ある。
「情報は少ないが、期待はできそうだな」
「そうだな!今日は頑張ろうぜ!」
いつも通りクールでいるカイトさんに続き、クラインさんはいつもより気合が入った様子でビーチチェアからひょいっと飛び起きて言う。2人は同じサラマンダーだけど、この違いは一体何なんだろうか。
「みなさーん、そろそろ出発の時間ですよー!」
クラインさんは、大声で浅瀬でビーチバレーをして遊んでいる女性陣達を呼んだ。
「はーい!今行きまーす!」
アスナさんが返事をして、女性陣たちはこっちに並んで歩いてくる。その光景はとても華やかなもので、クラインさんは鼻の下を伸ばして見ている。クラインさん以外の男性陣は、そんなクラインさんを呆れた目で見ており、カイトさんに至っては『うるさい』と言ってクラインさんにゲンコツをしたそうな感じだった。
ある程度来たところで女性陣たちはメニューウインドウを開いて操作。そして、水着姿からいつもの戦闘の時の姿へと変わった。
「へ……?」
これを見ていたクラインさんは唖然とする。
「あの、みなさん……。クエスト中はずっとそのお装備で……?」
「あったり前でしょ、戦闘するんだから。アンタもさっさと着替えなさいよー」
未練たらしいことを言うクラインさんに、リズさんがズバッとそんなことを言い残していく。
この間にもクラインさん以外の男性陣たちも水着からいつもの戦闘時の服へと着替え終える。
「水着でクエストに挑むなんて自殺行為なんですから、これが普通ですよ」
いつもならクラインさんを慰めてあげる俺だったが、自分の彼女に色目を使ってみていたことに少々腹が立っていたこともあり、今回は冷たく突き放す。
これがトドメの一撃となり、クラインさんは膝から崩れ落ち、砂浜に手をつけて涙を流し始めた。
そんなクラインさんをほっといて、ミーティングを開始する。
「えー、僭越ながら、今回のクエストでは俺がレイドパーティのリーダーを務めさせてもらいます。クエストの途中で目的の大クジラが出現した場合は、俺の指示に従ってください」
『はーい』
『ああ』
「うむ」
キリさんが今回のレイドパーティのリーダーを務めることになり、俺たちは返事をした。
「このお礼はいつか精神的に。それじゃあ、皆頑張ろう!」
『おおーっ!』
「きゅる!」
最後の掛け声はピナまでも上げて、クラインさんを除いて全員の士気が高まった。そして、未だにショックを受けているクラインさんを置いて目的地へと飛び立った。
島から離れて沖合に出てところで一旦止まり、キリさんがマップを開いて目的地の座標を確認してみる。しかし、周囲の海には特に何も変わったところは見られない。
「お?あそこじゃねえか?」
やっと復活してやってきたクラインさんがある方向を指さした。そこには、広大な青い海の中でただ1ヵ所だけ光っているところがあった。
「どうやらあそこが当たりみたいですね」
俺が言ったことに全員が頷いた。
「それじゃあ、《ウォーターブレッシング》の魔法をかけるね」
ウンディーネであるアスナさんはそう言って魔法スペルの詠唱を始める。《ウォーターブレッシング》は、息継ぎなしで長時間活動することが可能となる水中補助の魔法だ。
全員にバフ効果がかかったところで、俺たちは次々と水中へダイブしていく。
後ろの方を振り向いてみるとリーファは不安そうな顔をしていた。それでも何とか勇気を振り絞って水中にダイブする。しかし、まだ水中が苦手だという意識があり、パニックになって溺れかけてしまう。
――リーファ!
前方にいた俺は急いでUターンしてリーファのところに行こうとしたが、後方にいたアスナさんが彼女の手を引いてくれる。リーファも冷静さを取り戻し、アスナさんに手を引かれながら水中を泳ぎ始める。
これを見た俺も一安心し、海底の奥へと進んでいく。
海の中はとても綺麗で、神秘的な世界だった。近くを熱帯魚が泳いでいき、温暖な地域ということもあってサンゴ礁があった。
数分ほど潜り続けている内に、海底にある立派な神殿があった。その周りにはいくつもの燭台があり、緑色の光を放って神殿の周りを明るく照らしていた。
「あそこに誰かいますよ!」
シリカが指さした神殿の入り口付近のところに人影の姿が見えた。
「おっ、クエストNPCだな」
「海の中で困っている人とくりゃぁ、人魚に決まっているだろ。マーメイドのお嬢さ~ん、今助けに行きますよ~!」
エギルさんの隣にいたクラインさんは、人魚だと思い込んでハイテンションな状態で一気にNPCの元へと行く。
俺たちも後を追っていく。そこには、クラインさんは左手を差し伸べて右ひざを地面についたまま固まっており、彼の目の前には白髪で白い髭を生やした老人がいた。
「お嬢さんではなく、お爺さんでしたね」
ユイちゃんが冷静にコメント。これには俺たちも苦笑いするしかなかった。
クラインさんはまたしてもショックを受けてしまい、オトヤとシリカに慰められている間に俺とキリさんがお爺さんの元へと行く。
よく見てみるとお爺さんのカーソルの上に《?》とあり、その下には小さく《Nerakk》と表示されていた。
キリさんが話しかけると、彼の前にクエスト受注ウインドウが出現。それには『クエスト《深海の略奪者》を開始しますか?』と書かれている。キリさんは迷わずにOKボタンを押した。すると、お爺さんが話し出した。
「おぉ、地上の妖精たちよ。この老いぼれを助けてくれるのかい?」
俺たちはお爺さんの話に耳を傾ける。古い友人への土産物をこの神殿を根城にしている盗賊に奪われてしまい、それを俺たちに取り返してほしいらしい。
「ちなみに、土産物はこれくらいの大きさの真珠なんじゃ」
そう言いながらお爺さんは手で真珠の大きさを表現する。その大きさはサッカーボールやバスケットボールよりも少し大きいものだった。
「でかっ!」
リズさんは驚きつつも目を輝かせていた。これを見ていたザックさんはリズさんにジト目を向ける。
「おい!ネコババして売り飛ばすんじゃねえぞ!」
「し、しないわよ……、今回は……」
慌てて否定するリズさん。
リズさんは前に、クエストで必要なレアアイテムをネコババして売り飛ばそうとしたことがあったが、それをザックさんに見つかって大目玉を食らい、事件は未然に防がれた。お父さんが刑事さんだということもあって、ザックさんにもその血が流れているみたいだ。
「頼むぞ妖精達よ。見事真珠を取り戻してくれれば、たっぷりと礼をするでのぉ」
ここでお爺さんの話は終わり、クエスト開始の合図が表示される。
神殿の中に入る前に、今回のクエストについて確認する。これは探し物クエストで、神殿の中にはモンスターも出現して何度も戦闘になることが考えられる。水中戦闘となるため、前衛は武器の振りが遅くなること、後衛は雷属性の魔法が使えないことに注意しなければならない。
神殿の内部へと向かって歩き出すが、リーファはお爺さんを何か警戒するように見ていた。それに気が付いたアスナさんが声をかける。
「リーファちゃん、どうかしたの?」
「あのお爺ちゃんの名前に見覚えがあった気がして……」
どうやら、あのお爺さんの名前に何かがあるらしい。俺もちょっと気になって歩きながら考え込む。《Nerakk》というスペルだったから、ネラックと読むのだろう。しかし、そんな名前に心当たりはなく、きっと気のせいだろうと思い、神殿に向かって歩いていく。
おまけコーナー
「ここがトゥーレ島か。ALOもすっかり夏にシーズンに入っているけど、ここは本当に夏のリゾート地って感じだな」
「うん。この辺りは1年中、温暖な気候となっているからね」
一足早くALOにダイブした俺とリーファは、シルフ領南方の海にある海底神殿で受けられるクエストに挑戦するため、待ち合わせ場所となっているトゥーレ島へとやってきた。他の皆はもう少ししてからでないと来ないため、リーファと2人で先に水着に着替えて皆が来るのを待つことにした。
俺が持ってきた水着は、リアルと同様にトランクス型のものだ。色はインプらしく紺色をチョイスした。ゲームの中だとボタン1つで着替えることができるため、手軽となっている。
早速水着に着替えた俺は、木の陰から出て砂浜へと歩いていく。
白い砂浜の先にあるのは、空と同じように何処までも広がっている青い海だ。遥か上空にある太陽からの光が反射して光って見えていた。
この光景を見ていると、急に後ろから声をかけられた。
「リュウ君」
声の主はリーファだ。
「あ、リーファも着替え終わったんだな」
振り返ると、そこにいたのは水着姿のリーファだった。リーファの水着は、縁が緑色となっている白いビキニというシンプルなものだ。スタイルのいいリーファにはとても似合っており、俺はすぐに彼女に見とれてしまった。
「リアルだとスクール水着だったけど、これは自分で選んで買ったやつなの。どうかな?」
顔を少々赤く染めて恥ずかしそうに聞いてくるリーファ。
これはヤバい、可愛すぎるだろ。余計に色気や可愛さが増して、鼓動は一段と早くなる。
「え、えっと……可愛いし、凄く似合っているよ……」
俺も少々照れて、ぎこちない感じになってしまったが、何とか言うことができた。
「よかった……。リュウ君に、そう言ってもらえて……」
これにはリーファも余計に照れてしまう。
そして、この場には俺たち2人しかいないということもあって、俺もリーファも一言も話せなくなる。この気まずさから、何もすることなく、2人して早くキリさんたちが来てほしいと祈ることしかできなかった。
ExtraEdition編のALOの話は、今回で終わる予定でしたが、思った以上に長くなったため、旧版と同様に前編と後編にしました。
アニメで初めて見た時も思いましたが、この時のエギルの登場シーンは凄く面白いです(笑)。作中でリュウ君も言ってましたが、あれはインパクトが強すぎるものですよ。
クラインは相変わらず、ギャグ要員で今回も色々とやってくれました。レコンも登場させてクラインと一緒にギャグネタを披露する案もありましたけど、リュウ君の苦労が増えるため、ボツとしました。
そして、相変わらずラブラブ状態のリュウ君とリーファ。この2人のイチャイチャはいつでも平常運転です。
急に話が変わりますけど、クローズに続いてグリスまでVシネマ化が決定!しかも、また『Are you ready?』からの「できてるよ」が見られるかもしれませんし、グリスの新しいパワーアップフォームが登場するみたいなので、今から楽しみです。クローズのVシネマは、来週何とか予定を作って見に行けそうなので、DVDの発売日まで何とか待たずに済みそうです。この調子だと、まだまだビルド熱は冷めそうにはなさそうですね。
次回もよろしくお願いします。
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第6話 クジラと海底神殿と海の王
つい最近、クローズのVシネマやっと見ることができました。クローズがかっこよくて、内海さんのところには爆笑しました(笑)。グリスのVシネマも早く見たいです。
SAOアニメは、ユージオがヤバいことに……。アドミニストレータの声優さんが、坂本さんなので妖艶さと邪悪さがいい感じにベストマッチしているなと思いました。
それでは、今回の話になります。
神殿の中はオレンジ色に光る照明があるため、比較的明るくて問題なく進むことができていた。その中を小魚の群れが泳いでおり、幻想的な海底神殿だと言ってもいい。
今のところ、水棲型のモンスターはもちろん、あのお爺さんが言っていた盗賊たちとは遭遇していない。しかし、奥へ進んでいくと絶対に遭遇して戦闘になるだろう。
同時にどうしても、リーファのことが心配になってしまう。そんな中、俺の近くを歩いていたオトヤが小声で話しかけてきた。
「ねえ、リュウ。やっぱりリーファのことが心配なの?」
「まあな。特訓して泳げるようにはなったけど、まだ完全に水中戦闘に慣れたってわけじゃないからな」
「昼間に学校のプールで特訓して泳げるようになったから大丈夫だよ。このクエスト中、リーファには後衛に控えてもらうことになったし、ウンディーネのアスナさんも一緒にいるしね。リュウは心配し過ぎだよ」
「そうだよな……」
オトヤと話をしながら進んでいる最中だった。ふと前を見てみるとあることに気がついた。
「キリさん、クラインさん!前!前!」
「んっ?どうしたん……って……」
「「うわああっっ!!」」
俺よりも何歩か前を歩いていたキリさんとクラインさんが、先の通路にある正方形型の落とし穴に気が付かず、そのまま前へ進んでいこうとしていたのだった。俺はすぐに2人を呼び止めるが、すでに遅くて2人は穴の中に発生した渦潮に引きずり込まれていく。
2人は必死に泳いで何とか飲み込まれる前に這い上がってきた。
「見えている落とし穴に落ちる奴がいるかよ。注意が足りないぞ」
カイトさんが呆れた顔をして落とし穴に落ちた2人にそう言い放つ。
「だったら、教えてくれたっていいだろ、カイト!」
「そんなんだから、彼女ができねぇんだよっ!」
キリさんとクラインさんは抗議してくるが、カイトさんは「知るか」と言わんばかりに無視する。なんか、クラインさんに至っては全く関係ないことだと思うけど……。
こんなところで、いつまでもモタモタするわけにはいかないと思い、2人の元に向かう。
「今引き上げますから待っててください」
「おーい、ザックとオトヤも手伝ってくれ」
エギルさんに呼ばれて、中衛にいたザックさんとオトヤも返事をしてこちらにやってくる。
「全く、前衛がこんな調子で大丈夫なのかしら?こんなんでよくSAOで攻略組として戦ってきたなって思うくらいだわ」
「まあまあ」
リズさんは呆れた様子でそんなことを言っており、シリカはリズさんを宥める。リーファとアスナさんはノーコメントで苦笑いを浮かべていた。
男性陣総出で、キリさんとクラインを引き上げた途端、落とし穴の中が一瞬青白く光って何かが出てくる。
「おわっ!出たか、クジラかっ!?」
「いや、どう見たってクジラにしては小さすぎるだろ!」
突然のことにクラインさんは驚いてそんなこと言い、ザックさんが叫んでツッコミを入れる。
現れたのは《Armachthys》という名の大型の魚モンスターだ。更にもう1体同じ奴が出現する。
「2体同時かよ!戦闘用意!」
キリさんの一声発したのと同時に戦闘が開始された。
モンスターたちは頭突きをするかのように突撃して来て、キリさんとカイトさんが攻撃を受け止める。しかし、奴らのHPは少しも減っていない。
「頭はダメージが通らない奴か」
「俺とカイトでタゲを取るから、皆で側面から攻撃してくれ!」
「はいっ!!」
「おっしゃああ!!」
「任せろっ!!」
キリさんが指示を出し、俺とクラインさんとエギルさんは武器を使って攻撃していく。
「オレたちも行くぞっ!!」
「わかったわ!」
「了解!」
「はい!」
更に中衛に控えていたザックさんを筆頭に、リズさんとオトヤとシリカも参戦する。
「あ、あたしも……うわっ!」
リーファも抜刀して参戦しようとするが、水中だということもあってうまく動けずふら付いてしまう。それを見た俺はリーファに向かって叫んだ。
「リーファ無理するな!俺たちは大丈夫だから支援魔法を頼む!アスナさん、お願いします!」
「う、うん!」
「任せて!」
リーファはアスナさんと一緒に支援魔法を使い、前衛と中衛全員に攻撃力アップなどのバフ効果が追加される。
「よし!これでまだ戦える!ありがとうリーファ!」
リーファに礼を言い、再びモンスターたちと戦闘を開始する。他の皆も俺に負けてられないと言わんばかりにモンスターにダメージを与えていく。7人のプレイヤーたちによる猛攻撃により、1体のモンスターは倒し、残りの1体もHPが残り半分を切った。これならいけると思ったその時だった。
「リーファ!?」
後衛にいたはずのリーファが抜刀してこちらにやってくる。
「リュウ君たちが特訓してくれたから、もう大丈夫だよ!」
だが、同時に残りの1体が俺たちの元から離れ、高速で回転して泳いで渦潮を発生させた。前に出て戦っていた俺たちは伏せて回避するが……。
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
飛び掛かっていたリーファは渦潮に巻き込まれてしまう。そして、前方にあった落とし穴へと落ちそうになり、必死に両手で縁にしがみついていた。あのままじゃ、そう長くはもちそうにない。
渦潮が発生してむやみに動くと危険だという中でも、俺は地面に突き刺した《ドラグブレード》を抜き取り、モンスターがいる方へ一気にジャンプする。
「リュウっ!!」
オトヤが俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、今はそんなことを気にしている暇はなかった。
途中で俺も渦潮に巻き込まれそうになるが、何とか天井まで来る。モンスターのいる位置を捉えると、天井を蹴り、逆手に持った《ドラグブレード》で一気に切り裂き、モンスターはポリゴン片となって消滅した。
「リーファ!!」
すぐに落とし穴へと向かい、力尽きて落ちそうになったリーファの左手を間一髪のところで掴んだ。
「リュウ君……?」
「絶対に助ける!この手が届く限り!」
カッコつけて何処かのメダルで変身するヒーローみたいなことを言ったものも、落とし穴の中に発生した渦潮のせいで思うように引き上げられずにいた。このままでは、俺も引きずり込まれてしまう。
(諦めるか!生きている限り絶対この手は離さない!)
「俺だってスグの兄貴なんだ。リュウだけに任せるわけにはいかない!」
「キリさん!」
キリさんの後にエギルさんたちも駆けつけてくれて一緒にリーファを無事に引き上げた。
流石にこれには体力を使って、ゼーゼー息を切らしてこの場に座り込んだ。
「リュウ君、助けてくれてありがとう…」
「ここに来る前に言っただろ。『何かあった時はすぐに俺が助けてあげる』って。その約束を守っただけだよ」
笑みを浮かべてそう言うと、リーファは頬を少し赤く染める。
「リュウ君…」
「リーファ…」
俺たちは見つめ合い、いつものように自分たちの世界へと入り込んでしまう。
「おーい、お前ら。オレたちがいるってこと忘れてないか?」
急にザックさんの声が聞こえてきて、俺とリーファはハッ!と我に返る。
声がした方を見ると、カイトさんとザックさんとエギルさんは呆れて、アスナさんとオトヤとシリカは苦笑いを浮かべ、リズさんとクラインさんはニヤニヤし、ユイちゃんは微笑ましそうに見ていた。キリさんに至っては、何故か三角座りして落ち込んでいる始末だ。
「アンタたちは相変わらず、イチャコラしているわね」
「リュウさんとリーファさんもラブラブなんですね」
「いやぁ、2人ともお熱いな~。とりあえず、リュウだけ爆発しろ……」
リズさん、ユイちゃん、クラインさんの順で言ってくる。クラインさんは、最後辺りに俺に対して何か物騒なことを言ったような気がしたけど…
俺とリーファは恥ずかしくなり、黙り込んでしまうが、キリさんは三角座りして落ち込んでいるままだった。
「俺だってスグを助けたのに、リュウにはお礼を言って俺にはなしかよ……」
「お前はシスコンか」
「俺はシスコンじゃない!」
カイトさんにシスコンと言われ、キリさんは何処かの幻さんが「俺は負けてない!」と言うかのように全力否定する。
「あはははは、お兄ちゃんもありがとね」
流石にこれは可哀想だなと思ったリーファは、笑ってキリさんにお礼を言った。
「先に進むぞ」
再び先に進み始めたが、トラップも先ほどの落とし穴タイプの他にも、行く先に巨大な渦潮があって先に進めない仕掛けになっているものなどいくつもあったが、ユイちゃんのサポートもあってか、皆で隠しスイッチを見つけたりと問題なく突破していく。
途中で遭遇するモンスターも巨大なカニをはじめ、水棲系のモンスターたちが待ち構えていた。小型のエイやクラゲのモンスターが大量に出てきて、大乱闘に発展したことも何回かあった。特にクラゲ型のモンスターは、ステータスは低いが触手に触れると電撃を浴びせてくるので少し苦労した。
「なあ、リュウ。クワガタとカマキリとバッタのメダルで変身して何とかできないか?」
「そんなのありませんよっ!!」
キリさんがそんなことを言ってきたので、俺は全力でツッコミを入れる。
数々の仕掛けを突破すると、ついに神殿の最深部へとたどり着くことができた。
最深部の部屋にある台座には、依頼人のお爺さんが言っていた巨大な真珠が置かれていた。念のために慎重に近づいてみるも、特にトラップもなく、難なく巨大な真珠を手に入れることができた。
巨大な真珠はキリさんが持つことになり、俺たちは来た道を戻っていく。
帰り道はモンスターもあまり出てこなく、特に問題なく神殿から出ることができた。
「オレ、当分エビだのカニだの見たくねぇ」
「イカとタコもな」
クラインさんとエギルさんは、神殿の入り口前にある階段に腰を下ろし、ゲンナリとながらそう言った。
「俺は調理するときも見たくないくらいだ」
更にカイトさんが2人に続くように言う。
確かに、あれだけ水棲系のモンスターの相手をしてきたんだから、そう思っても仕方ないだろう。俺自身も、明日の夕飯が寿司や刺身でないことを祈ってしまうほどだった。
「結局、最後までクジラ出てこなかったなぁ……」
「でも、ユイちゃん凄く楽しそうだったよ」
オトヤとシリカも階段に座ってそんなことを話していた。
神殿内に今回のお目当てであるクジラは出てこなかった。だけど、ユイちゃんが満足してくれたなら、それでいいか。
そんな中、カイトさんが話を切り出してきた。
「なあ、あの爺さんが言っていた盗賊って1人も出てきてないか?」
これに彼の近くにいたザックさんとリズさんが反応する。
「言われてみればそうだな。出てきたのは水棲系のモンスターしかいなかったような……」
「それに、真珠が置かれていた場所ってなんだか、鳥の巣みたいな感じがしたんだけど……」
この場にいる全員が奇妙なことだらけだなと思う中、キリさんはお爺さんに真珠を渡そうとする。
「キリト君待って!」
突然、アスナさんがキリさんを呼び止め、彼の元へ走っていく。キリさんが「どうしたんだ?」という前に、真珠をキリさんの手から取って掲げた。
「これ、真珠じゃなくて卵よ!」
アスナさんの発言を聞き、俺も急いで2人の元へと向かう。アスナさんが持っている巨大な真珠をよく見ると、中には何かの幼生らしきものが動いているのが確認できた。
盗賊が1人も現れず、真珠……卵が置かれていたところは鳥の巣みたいなところだった。
――もしかして、クエスト名の《深海の略奪者》って言うのは、盗賊じゃなくて俺たちのことだったのか?
「さあ、早くそれを渡すのだ」
お爺さんがゆっくりと近づいてくる。
俺とキリさんは剣を手に取り、卵を持っているアスナさんの前に出る。
「渡さぬと言うのであらば、仕方ないのぉっ!!」
お爺さんの閉ざされた瞳が開く。その目は明らかに人のものではなく、何かの水棲系の生き物みたいなものだった。すると、長く蓄えていた白い髭は吸盤付きの8本の触腕に変化し、体が大きく膨れ上がって巨大な軟体生物に変化させる。その姿は巨大なタコ。
《Nerakk》という名前は《Kraken the Abyss Lord》となった。そして、7本のHPゲージが出現する。
すると、リーファは驚愕して声を上げた。
「クラーケンっ!?」
「クラーケンってもしかして、海で船を襲う巨大なタコやイカの姿をした怪物のことか!?」
「うん!」
俺はリーファほど北欧神話に詳しくないが、クラーケンという名前はゲームや漫画で有名なので知っていた。
「礼を言うぞ、妖精達よ。我を拒む結界が張られた神殿からよくぞ神子の卵を持ち出してくれたのぉ!さぁ、それを我に捧げよ!」
「お断りよ!この卵は私たちで神殿に戻します!」
クラーケンの要求をアスナさんは断り、俺たちは戦闘態勢へと入る。
「愚かな羽虫どもよ、ならば深海の藻屑となるがよいっ!!」
クラーケンは1本の触腕を勢いよく振り下ろしてきた。ザックさんとクラインさんとエギルさんが武器を持って受け止め、リーファとシリカとオトヤが支援魔法で3人を援護する。だけど、押し上げることはできずにいた。
「クソっ!重すぎだろ……」
ザックさんが苦しそうにしながら、そう口にする。クラインさんとエギルさんもかなり辛そうにしている。
この隙に、俺とキリさんとカイトさんの3人で、ソードルキルを使用して同時に斬り付ける。だが、瞬時に傷口を回復させられてしまう。
「何っ!?だったらもう一度っ!!」
ソードスキル使用後の硬直状態から真っ先に回復した俺は、更に強力なソードスキルを放った。先ほどよりも強力な攻撃を与えたはずだったが、結果は同じだった。
「そんな攻撃効かぬわぁっ!!」
クラーケンはお返しにと言わんばかりに、動けなくなっている俺に目掛けていくつもの触腕を使って襲いかかった。
「リュウ、危ないっ!」
直前でリズさんが駆けつけ、押し倒して俺を攻撃から守ろうとする。だが……。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁぁっ!!」
あまりにも強力な攻撃で、リズさんと一緒に吹っ飛ばされてしまう。更には、キリさんとカイトさんを柱に叩きつけ、攻撃を受け止めていたザックさんとクラインさんとエギルさんまでも地面に叩きつけられてしまう。
攻撃を受けた7人はなんとか無事だったものの、HPはレッドゾーンに到達していた。
対して、クラーケンのHPは全く減っていなかった。
すぐにリーファとアスナさんとオトヤとシリカが回復しようとするが、7人分のHPを回復させるのに時間がかかる。
「パパ、あのタコさんのステータスは高過ぎます!新生アインクラッドのフロアボスを遥かに上回る数値です!」
キリさんの近くにいたユイちゃんが動揺を隠しきれず解説するが、俺たちもそれを聞いた途端、驚愕する。
新生アインクラッドのフロアボスは、ハイレベルのプレイヤーたちで作ったフルレイドのパーティでさえも全滅させてしまうほど強力なステータスとなっている。それを上回る奴となると、11人で倒すのはほぼ不可能に近い。撤退するにしても、水中な得意なクラーケンが相手ではできない。
この間にもクラーケンは巨大な口を開き、俺たち全員を丸呑みにしようとする。
万事休すかとこの場にいた全員が思った時だ。
突然、クラーケンの目の前にかなり巨大な三叉槍が勢いよく突き刺さる。クラーケンは、この槍を見た瞬間、動揺を隠せずにいた。
一体何が起こったのかと思っている中、上から鎧をまとった巨人が降り立った。大きさもクラーケンにも劣らぬ巨大さだ。その巨人には、HPゲージが8本と《Leviathan the Sea Lord》という名前が出現する。
リヴァイアサンという名は聞き覚えがあった。確か、旧約聖書に登場する海中の怪物や悪魔と言われている奴だ。
「久しいな、古き友よ。相変わらず悪巧みがやめられないようだな」
「そう言う貴様こそ、いつまでアース神族の手先に甘んじているつもりだ?海の王の名が泣くぞ!」
俺たちは話が付いていけず、黙って奴らの会話を聞くことしかできずにいた。
「私は王であることに満足しているのさ。そしてここは私の庭。それを知りながらも戦いを挑むのか、深淵の王よ?」
「今は退くとしよう。だが、諦めるつもりはないぞ!いつか神子の力を我が物とし、忌々しい神共に一泡吹かせるその時までぇぇ!」
クラーケンはそう言い残し、そのまま深海の奥深くまで降りて行った。そして、リヴァイアサンは俺たちの方を見る。
「その卵はいずれ全ての海と空を支配するお方のもの。新たな場所に移さねばならぬ故、返してもらうぞ」
リヴァイアサンが手を向けて光らせると、アスナさんが持っていた卵が光って消える。すると、クエストクリアを示すウインドウが出現する。
「あれ?これでクリアですか?俺、リヴァイアサンとクラーケンの話が全然理解できなかったんですけど……」
「今はそれでよい。さ、そなたらの国まで送ってやろう、妖精たちよ」
「お、送るってどうやって……」
この場にいた皆が思ったことを、シリカが口にする。
直後、俺たちの頭上を巨大な影が現れて覆い尽くす。この光景を見ていた俺たちは、唖然としていることしか出来なかった。
「クジラさん、すっごくすっごく大きいですっ!」
「きゅる」
満足そうにして声を上げるユイちゃんとピナ。
俺たちの目の前に現れた巨大な影の正体は、今回のお目当てであったクジラだった。どうやらクエスト中ではなく、クリアして初めてクジラが出てくるという展開だったようだ。
海底に潜る前は日が高くまで登って青い空や海が広がっていたが、今は日が沈みかけて空と海をオレンジ色に染めていた。クジラは、アルヴヘイムの大陸を目指してゆっくり泳いでおり、その近くを数匹のイルカが泳いでいる。
ユイちゃんは、クジラを見ることだけではなくて乗ることまでもでき、本当に嬉しそうに笑っていた。キリさんとアスナさんはもちろん、俺たちもユイちゃんが喜ぶ姿を見て俺たちからは自然と笑みがこぼれた。
すると、リーファが俺に寄り添ってきた。ドキッとしつつも、俺も後ろに手をまわしてリーファの肩をそっと抱いた。
今回のクエストを通し、この世界には俺たちがまだ知らないことが沢山あることが分かった。これからも沢山の冒険が俺たちを待ち受けているだろう。俺はそれが楽しみで仕方がなかった。
こうして、ユイちゃんの願いは叶い、海底神殿でのクエストは幕を閉じたのだった。
分量が予想よりも多くなったので、本当にExtraEdition編のALOの話を2つにしてよかったなと思いました。
旧版ではリュウ君が落とし穴に落ちてリーファが助けるという展開でしたが、リメイク版では本家と同様にリーファが落ちてキリトの代わりにリュウ君が助けるという展開にしました。平成ジェネレーションズfinalで、龍我が崖から落ちそうになって映司が助けるというみたいなことを、やってみたいなと思ったからです。他にもライダーネタを少し入れてみたので、お時間があった時に探してください。
そして、リメイク版ではカイトさんたちが加わりましたが、やはりクラーケンには勝てませんでした。私の中ではアイツに勝つのは無理ゲーが感じしかしないんですよね。
急に話が変わりますが、この作品のキャラはどのライダーと似ているかお便りを頂きまして、まとめてみました。
リュウ君:オーズorクローズorブレイブ(ファンタジーゲーマー)orエボル(ドラゴンフォーム)
リーファ:キバーラ
キリト:鎧武(オレンジアームズ、極アームズ)
アスナ:ファム
カイト:バロン
ザック:ナックルorランス
オトヤ:レンゲルorキバ(キバフォーム)
シノン:マリカ
シリカ:メイジ(稲森真由ver)
リズ:ラルク
クライン:ビーストorローグ
エギル:タイガ
ユウキ:なでしこ
ユージオ:ブレイブ(レガシーゲーマー)
アリス:キバ(エンパラーフォーム)
エイジ:風魔
ユナ:ポッピー
レコン:グリドンorゲンム(レベル1)
ヒースクリフ:オーディンorマルスorクロノス
個人的に、キャラや戦闘スタイルなどからまとめた奴なので、中にはえっ!?と思う奴もあるかと思います。リュウ君は初めはオーズだけだったのですが、ここ数年でクローズのイメージも強くなってきたんですよね。そして、クラインがローグ、レコンがゲンムだというのはギャグの面を見れば納得がいくかと思います(笑)
次回もよろしくお願いします。
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第7話 ビーチのカップル
つい先日、アリシゼーション編の前半が終了しましたね。そしてユージオが……(涙)。原作知っていましたけど、やはり自分の中でユージオショックが起こってしまいました。SAOの男性キャラで一番好きなのはユージオなので(ちなみに女性キャラはリーファです)。
見てて、この作品ではユージオは生存させたいという気持ちがより強くなってきました。ユージオがキリト以外の原作キャラと絡むのはもちろん、オリキャラのリュウ君たちとも絡むのも見てみたいですし。
仮面ライダーシリーズも方も目が離せないものばかりで。ジオウの最新話はブレイドの剣崎やカリスの始、ディエンドの海東さんが登場しましたし、龍騎とシノビのスペシャルビデオも面白そうなので、楽しみでいっぱいです。
無駄話はこの辺りにして置き、今回の話になります。念のためにブラックコーヒーを用意しておくことをお勧めします。
2025年7月31日
現実世界では夏の暑さは相変わらず続いており、最高気温が30度を超える日はざらにある。そして、ここALOも現実世界と季節がリンクし、真夏日となっている。
こんな状況の中、俺が今いるのはシルフ領とケットシー領との中立域にあるビーチだ。ビーチには領地が近いシルフとケットシーはもちろん、インプやウンディーネといった領地が離れている種族もいて、大勢のプレイヤーで賑わっていた。更には、海の家をはじめ、店を経営しているところがいくつもある。1週間前に行った《トゥーレ島》はプライベートビーチ状態だったから、新鮮な感じがあった。
トゥーレ島の時は皆で行ったが、ここにはリーファと2人だけで来ている。そのきっかけというのは、リーファが「今度は2人きりで海に行ってみたい」と言ってきたからだ。俺もせっかくの夏休みだからリーファと2人で夏の海に行ってみたいなと思っていたため、すぐに承諾してここへとやって来た。
俺はトランクス型の水着へと着替えて、強い日差しが降り注ぐ砂浜で立ってリーファが来るのを待っていた。
「リュウ君、お待たせ―」
聞き覚えのある女性の声がする。声がした方を見ると、緑色のパーカーを羽織ったリーファがこちらにやって来た。
「今日はパーカーも着てきたんだ」
「うん。この前トゥーレ島に行ったときはあたしたちしかいなかったけど、今日は大勢のプレイヤーがいるからね。リュウ君にあたしの水着姿を一番最初に見せたくて」
「じゃあ、早く見てみたいな」
「ちょ、ちょっと待ってね」
リーファはパーカーを脱ぎ、頬を少し赤く染めて恥ずかしそうに俺に聞いてきた。
「ど、どうかな……?」
今回のリーファの水着は前回と違うものだ。ビキニタイプだという点は変わりないが、薄緑をベースに白のボーダーラインが縦に引いてある白いフリルが付いたものとなっている。
この前の水着もそうだったが、スタイルのいいリーファにはとても似合っており、俺は彼女に見とれてしまう。
「ぜ、前回の水着もよかったけど、今回のもすごく似合っているよ……」
「リュウ君にそう言ってもらえたなら、別の水着も買っておいてよかったよ……」
俺にそう言われたリーファは顔を赤くして照れてしまっていた。
完全にトゥーレ島の時と同じパターンだ。
あれから2日ほどで同じようなことを経験するなんて思ってもいなかった。
それから数分ほどして何とか平常心になった俺たちは、地面に突き刺したパラソルの下にシートを敷いて座った。
すると、リーファは再び頬を少し赤く染めて恥ずかしそうに話しかけてきた。
「ねえ、リュウ君。お願いがあるんだけどいいかな……?」
「何だ?」
「えっと、背中に日焼け止め、塗ってもらえない……?」
「ぶふっ!」
リーファがお願いしてきた内容を聞いた瞬間、思わず吹き出してしまう。
カップルで海やプールに行くと、彼女の方から背中に日焼け止めを塗って欲しいとお願いされるというのは、漫画やドラマで見たことがある。何でも、横になって無防備な自分の背中に触れさせて彼氏をドキドキさせるのが目的らしい。
しかし、草食系男子の俺にとってこれは高難易度のクエストと同じくらい難易度が高いものだ。
「あの、リーファ。ALOだと現実世界と違って日焼けはしないから……しなくても大丈夫なんじゃないかなぁ……」
「こういうのは気分の問題なの!」
戸惑っている俺に痺れを切らしたリーファは、強めに反論する。
「そういうものなのか?」
「そうだよ。だから、お願い!」
更には何処かのネットアイドルみたいにお願いしてくる。
これは反則だろ。リーファがそうお願いしてきたら、断れないじゃないか。
「わかった……。塗ってあげるから横になって……」
可愛さのあまり、俺は承諾する。まあ、カップルでスキンシップを取ることは大事なことだって聞くから、俺も覚悟を決めた方がいいかもしれない。
「じゃあ、お願いね」
リーファは俺に日焼け止めが入ったボトルを渡し、シートの上にうつ伏せになった。
そして、俺は日焼け止め手に取り、両手に伸ばしていく。手に馴染んだところで、リーファの背中に塗り始める。
「ひゃっ!」
手が触れた瞬間、リーファは変な声を出して身体をビクッとさせる。
「ど、どうしたんだっ!?もしかして、変なところ触っちゃったか……?」
「いきなりだったから、ちょっとビックリしちゃって……。このまま続けても大丈夫だから」
「あ、ああ……」
再びリーファの背中に日焼け止めを塗っていく。
リーファは、初めて触れた時みたいに身体がビクッと反応してしまうことはなかったが、数回ほど無意識に変な声が出てしまっていた。その度に、俺は変な気分になってしまいそうになり、なんか理性を保とうと心の中で葛藤していた。
日焼け止めを塗るのを終えた時には、俺は戦闘を終えた時みたいに体力を消耗し、少しぐだっとなったほどだった。
それから、俺たちは多くのプレイヤーが行き来しているビーチを進んでいた。
「それにしても凄い人だな」
「ここは観光地として有名だからね。この時期になると、アルヴヘイム中から大勢のプレイヤーが来るほどなんだよ」
「へぇ、それは凄いな。でも、こんなに大勢のプレイヤーが来ているってなると、知り合いに会ったりして」
「ふふ、何だかあり得そうだね」
談笑しながらビーチを歩いていると、前方の方に見覚えのある黄緑色のおかっぱ頭をした小柄のシルフの少年が、ビーチチェアの上に寝転んでくつろいでいる姿が目に入ってきた。水着姿でサングラスをかけているという恰好をしている。
隣にある1人用のビーチテーブルの上には、トロピカルジュースが入ったグラスと真夏のビーチに合うBGMが流れている小型ラジカセが置かれている。
明らかに、完全にバカンス気分を満喫しているという感じだ。
シルフの少年は、グラスを片手にトロピカルジュースを飲む。そして……。
「カアァァっ!僕の気分にふさわしい清々しい味わいだァ!」
脱獄した元ゲーム会社の社長みたいなことを言っているのは、レコンだ。
今、ここでレコンと出会ってしまったら、間違いなく何処かの物理学者みたいに「最悪だ」と言いたくなるほどのことになるだろう。
「リュウ君、あそこにだけは絶対に行かないようにしよう」
リーファもあの辺りは危険だと察知したのか、俺にそんなこと言ってきた。
「そうだな」
俺たちはレコンがいるところを避けて、進むことにした。
海の目の前まで来て、さっそく水の中へと足を踏み入れてみた。
「冷たくて気持ちいい」
「そうだな。特に今日みたいに暑い日は特にな」
ALOの今日の気温は30度を超えていることもあって普段より一段と暑い。そのため、冷えた海の水が余計に気持ちよく思えた。
「そういえば、リーファってまだ水中が苦手だって言っていたけど、大丈夫なのか?」
「泳いだりするのはダメだけど、こうやって海に入るだけだったら大丈夫だよ。でも、足が付かないところはちょっと……」
「わかった。あまり深いところには行かないようにするよ」
「そうしてもらえると助かるよ」
そして、俺たちは持ってきたビーチボールで遊び始める。
初めは軽くトスやレシーブをして相手にボールを送り返していたが、続けている内にリーファは熱が初め入ってしまったのか、高くジャンプして強力なアタックを叩き込む。俺も負けじと、レシーブで送り返す。これを皮切りにのんびりとした遊びから激しいスポーツへと変わった。白熱した戦いは10分ほど続き、結果は引き分けに終わった。
「普通に遊ぶつもりが、何かの勝負になっちゃったね」
「確かにな。リーファが先に熱が入ってしまったからな」
「どういうことよ。リュウ君だって熱が入ってたじゃん」
「怒っているぞ」とアピールしているかのように、ちょっと頬を膨らませるリーファだったが、その姿が可愛いだけであまり怖くはなかった。
するとリーファは悪巧みしている笑みを浮かべ、俺に手で海水を掬って俺にかけてきた。
「うわっ!いきなり何するんだよ!?」
「そんなこと言ってきたリュウ君に軽くお仕置きしただけだよ」
「なるほどな。そういうことだったら俺も」
俺も対抗して海水を掬ってリーファにかける。
「きゃっ!冷たっ!あたしだって負けないよ!」
それからはお互いに海水のかけ合いとなり、子供みたいに楽しんでいた。すると途中でリーファが突然走り出した。
「リュウ君、あたしを捕まえてごらん!」
「望むところだ」
俺もリーファを追いかけようと走り出した。強い日差しが降り注いでいる元で、俺とリーファは浅瀬で楽しく追いかけっこをしている。好きな人とこうしているのは凄く楽しく思い、自然に笑顔になる。
追いかけている内に、リーファに手が届くところまで近づいた時だった。
「よし、捕まえたぞ。って、うわっ!?」
「きゃっ!」
あと一歩のところで俺は滑ってしまい、リーファを押し倒してしまう。俺たちは浅瀬に倒れて海水がバチャッと跳ねた。
「リーファ、大丈夫か?んっ?」
何故か右手に地面とは異なる不思議な感触が伝わってきた。柔らかいけど弾力もあるものだ。何なのか確認しようと右手に2,3回ほど軽く力を込めて掴んでみた。
「リュウ君っ!手っ!手ぇっ!!」
慌てた様子でリーファが叫ぶ。しかも、何故か頬を赤く染めていた。
凄く嫌な予感がし、恐る恐る右手へと視線を下ろしていく。そこで見たものは、右手でリーファの胸を鷲掴みにしている光景だった。
これを見た瞬間、俺は顔が熱くなり、背中に冷や汗をかくのを感じた。
「ごごごごごご、ごめん!!あの、これは……その……」
慌ててリーファに謝り、どう言い訳をすればいいのか困ってしまう。このことに気を取られ、俺は手を退かすのを忘れていた。
「リュ、リュウ君の…エッチー!!」
直後、バシーンッ!!という音とともに左側の頬に強い衝撃が伝わった。
「グハッ!」
リーファから強烈なビンタを喰らった俺は、左側の頬に手を当てていた。いくらALOには痛覚がないとはいえ、衝撃は伝わる。恐らく、左側の頬にはリーファからビンタを喰らった跡があるだろう。
そして、リーファはご立腹な様子で俺の方を見ていた。
「リュウ君、これで何回目かわかる?」
「えっと、4回目……?」
「5回目だよ」
思ったよりも1回多かった…
実はリーファの胸を触ったのは今回が初めてではない。過去にちょっとしたハプニングで今回みたいなことが何回かあった。リーファが着替えている最中に間違って部屋に入ってしまい、下着姿を見たこともある。完全にラッキースケベの常習犯になってしまったと言ってもいい。唯一の幸いなのが、ラッキースケベをやりかしてしまったのがリーファだけだということだ。それでも十分問題はあるが。
「本当にゴメン。何でもしますので、どうかお許しを……」
すると、リーファは俺の言葉に食いつき、ニヤリと笑みを浮かべる。
「へぇ、今
リーファの言葉に少し嫌な予感がして再び背中に冷や汗をかく。
「ま、まあ……。だけど、俺ができる範囲で勘弁して……」
「リュウ君ができる範囲だし、危険なことでもないから大丈夫だよ」
「なら、よかった……。ところで、俺は何をすればいいんだ?」
「ここのビーチにある海の家に、前から飲んでみたかった限定のトロピカルジュースがあるんだけど、リュウ君が奢ってくれるってことでいいよ」
思ったよりハードルが低い内容だったため、一瞬キョトンとしてしまう。
「それだけでいいのか?」
「いいよ。もしかして、他のことの方がよかった?」
「いや、それでお願いします」
他のこととなると何かヤバい感じがし、俺がジュースを奢るということにした。
これは俺だからこそ、これで済んだのだと思う。仮にキリさんやレコンだった場合は、本当にただでは済まされなかっただろう。
リーファの案内の元、やって来たのは、南国のリゾート地にあるカフェテリアみたいな造りをした海の家だった。
さっそく店内に入ると、多くのプレイヤーたちで賑わっており、俺たちはその中にある2人用のテーブル席へと案内されて腰を下ろした。
しかし、店内を見ているとちょっと気になることがあった。
それは、ここに来ているプレイヤーが俺たちみたいに男女のペアで来ているプレイヤーばかりいるということだ。女性プレイヤー同士で来ているプレイヤーも少なからずいるが、男性プレイヤー同士で来ているプレイヤーは1組もいない。
ここは、前にリーファと一緒に行ったシャルモンというケーキ屋みたいに、女性プレイヤーに人気があるところなのかもしれない。特に気にすることもなく、リーファが飲みたいと言っていたトロピカルジュースを近くにいた店員さんにオーダーした。
数分後、店員さんが注文したものをトレーに乗せて俺たちのテーブルへと持って来た。
「お待たせしました。《南国フルーツの特性トロピカルジュース》お二人前様分になります」
しかし、テーブルに置かれたものを見て俺は目を疑った。
「あの、2人前頼んだはずなんですけど、1つしか来てないんですけど……」
店員さんはお二人前様分だと言ったが、実際に運ばれてきたのは果物がてんこ盛りのトロピカルジュース1つだけだった。
「こちらのドリンクはお一つでお二人前様分になっているんですよ」
話を聞いてよく見てみると、ストローが2本あることに気が付く。
この時、今初めて俺たちが頼んだものはカップルドリンクだったということを知った。店内に男女のペアが多かったのも十分納得がいく。
目の前に座るリーファの方を見る。リーファは、頬を少し赤く染めてはいるが俺みたいに驚いているような様子ではなかった。
「なあ、もしかして、リーファってこのこと知っていたのか?」
「う、うん……」
俺がそう聞くと、リーファは恥ずかしそうにして答える。
ーー何かデジャブを感じるな……。
「一応、女性プレイヤー同士とかでも注文できるらしいけど、どうせならリュウ君と一緒の方がいいかなって……。でも、やっぱり迷惑だった?」
「いや、そんなことないよ。前にもカップル専用のパフェを頼んで一緒にあったし、一緒に飲もう?」
「リュウ君……」
そして、俺たちはストローをくわえてトロピカルジュースをゆっくりと飲み始める。
口の中にフルーツの濃厚な甘みと柑橘系フルーツの程よい酸味が広がる。それに、喉を通る時は爽やかさがある。リーファが飲んでみたいって言っていたのがわかるほど、美味さだ。
途中、ふとリーファと間近で目が合ってしまい、俺たちは頬を赤く染めてしまう。それから俺たちはトロピカルジュースを飲み終えるまで、ずっと無言のままだった。
これは余談だが、店内にいたプレイヤーたちが「ジュースがメイプルシロップみたいに甘くなった」など訳のわからないことを言っていた。
トロピカルジュースを飲み終えて会計を済ませた俺たちは、海の家から出た。
俺は未だに頬に衝撃を感じていたため、リーファにすぐに戻ると言って海の家のわきにある蛇口へと向かった。蛇口から水を出し、火照った顔を冷やす。もうこれぐらいでいいなとなり、蛇口を閉めてリーファの元へと戻る。
すると、リーファが2人の男性プレイヤーに絡まれている光景が目に入ってきた。
「君もしかして1人?」
「よかったら俺たちと一緒に遊ばない?何でも奢ってあげるよ」
これは明らかにリーファをナンパしているな。まあ、リーファは可愛いし、スタイルもいいから、男性プレイヤーたちが目を奪われても仕方がないと思うが。
「ごめんなさい。あたし、今彼氏と来ているんで結構です」
「彼氏と一緒にいるより、俺たちと一緒の方が楽しいぜ」
リーファは断ろうとするが、相手の男たちはしつこくて中々諦めようとはせずにいた。
「そうそう」
「もしかすると君の彼氏は、君が可愛くてスタイルがいいから付き合っているだけだと思うぜ」
「俺たちはそんなことないからさ」
ーーリーファの外見目当てで来たのはお前たちの方だろうが……。
流石に俺も腹が立ってきて、いつでも抜刀できるように準備をし、リーファを助けに行こうとしたその時だった。
リーファは突然、メニューウインドウを開いて糸切りバサミを取り出して左手に持つ。
「これ以上しつこいと、本当に刻むよ?」
何処かのネットアイドルのように殺気を出して言い、糸切りバサミを数回開閉させてゆっくりと男性プレイヤーたちに近づく。これには男性プレイヤーたちは一気に顔を青ざめる。
「「さ、サーセン……」」
そして、男性プレイヤーたちは逃げるように急いでリーファの元から去っていく。
リーファの「刻むよ」はよくレコンにやっているのを見るけど、該当者でない俺でさえも恐ろしいと思えるほどのものだ。これは見なかったことにしておこう。
「あれ?リーファ、どうかしたのか?」
「ううん、何でもないよ」
先ほど男性プレイヤーたちに見せた時の殺気に溢れた表情ではなく、笑顔を見せるリーファ。左手に持っていた糸切りバサミもいつの間にかしまっていた。
それからも俺たちはビーチで砂の城を作ったり、釣りをしたり、行われていたスイカ割りのイベントに参加したりと遊び続けた。
いつの間にか何時間も経って、ALOもすっかり夕方となった。数時間ほど前まで青かった海と空も今は夕日でオレンジ色に染まっていた。
俺たちは人があまりいないビーチまで行き、座って海を眺めていた。
「青い海と空もよかったけど、オレンジ色の方もいいよな」
「うん。この景色を見ていると何だか空を飛んで見たくなっちゃんだよね」
「ハハ、リーファは本当にALOで空を飛ぶのが好きなんだな。《スピードホリック》って言われているのが納得がいくよ」
「もう、リュウ君まで……」
ポカポカと何度か軽く叩いてくるが、特に痛くもなかった。
「悪い悪い……」
でも、こうしてリーファと2人きりで過ごすのは本当に楽しい。何処かの物理学者みたいに「最高だ」と言いたいくらいだ。
「リュウ君」
「どうしたんだ……んっ!?」
リーファに呼ばれて振り向いた途端、リーファの顔が目の前に来て唇に柔らかい柔らかい感触が伝わる。すぐにリーファにキスされたのだとわかり、頬が熱くなる。
軽いキスだったため、俺たちの唇はすぐに離れた。
「リュウ君、ボーっとしてたから隙だらけだったよ」
「だからっていきなりは反則だろ……」
こうして俺の高校生活1回目の夏休みに、新たな思い出が加わった。
今回は、アリシゼーション編前半の終了記念ということで、特別にユージオとアリスをスペシャルゲストとして呼んでみました。
リュウ「スペシャルゲストのユージオさんとアリスさん、この作品はいかがだったでしょうか?」
ユージオ「うん。原作にはいない人たちがいたり、展開も違っているけど、僕も早く登場してみたいなと思ったよ。リュウとは気が合いそうな感じもするしね」
アリス「私もユージオと同じく早く登場したいです。この作品だと何だか違う感じになりそうなので楽しみです。特に恋愛面の方が……」
リュウ「ありがとうございます。アリシゼーション編に行くためにも俺も頑張らないといけませんね」
ユージオ「この作品見てて思ったけど、何だかブラックコーヒーが物凄く欲しくなる時があるんだよね」
アリス「私もそれは不思議に思いました。それに、今回の話と関係ありませんが、この作品のキリトってシスコンなんですね。同じく妹がいる身として、ちょっとドン引きしました」
キリト「だから俺はシスコンじゃない!!」
リュウ「えっと、なんかカオスな感じになりそうなので、この辺りで終了します」
これからもこの作品をよろしくお願いします。
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第8話 恐怖?妖精界の肝試し大会
先日、YouTubeで公式サイトが配信しているシノビと龍騎のvシネマを見ました。どちらも面白くて続きが気になる内容でした。「Go! Now! ~Alive A life neo」がカッコよくて、早くfullで聞いてみたいなと思ったほどです。エグゼイドとビルドの挿入歌の時も同じことを言ったような。
ジオウは前回のブレイド編も結果的に剣崎と始が救われてよかったと思い、最新話ではアギトが登場してテンションが上がりました。ディケイドの時は違う人がアギトだったので、翔一本人の登場は嬉しかったです。
無駄話が長くなってしまいましたが、今回の話になります。今回は公式が病気と言ってもいいほどライダーネタが盛りだくさんで、ゲストキャラが何人も登場します。
2025年7月30日。
夏と言えば、何なのかと聞かれたとき、皆はどんなものを思い浮かべるだろう。 バーベキューに花火大会に海水浴などの遊びやイベント。スイカにかき氷といった食べ物。挙げれば、片手で足りないくらいだ。
そして今回、俺たちが体験するのは、夏の定番だと言われているあのイベントだ。
「ここが開催場所か」
「はい。ここで間違いないです」
キリさんと話をしながら、メニューウインドウを開いて場所の確認をしていた。
今俺がいるのは、インプ領内にある巨大な城。建築年数も何十年と言ってもいいほど年期が入ったもので、その周りを薄暗い光でライトアップされている。付近には飲食物やグッツを販売している屋台がいくつも並び、大勢のプレイヤーたちで賑わっていた。一言で表すとテーマパーク内にあるアトラクションみたいなところだ。
ここにいる多くのプレイヤーたちは楽しそうにしているが、その中で唯一アスナさんだけは不安そうな顔をし、口を開いた。
「ねえ、ここで行われるの?」
彼女の近くにいたザックさんが聞き、説明をする。
「ああ。オレとリュウに送られてきた招待状にはそう書いてあったぜ。ここで肝試し大会が行われているってな」
ザックさんの言う通り、今目の前にある城で肝試し大会が行われているのだった。
ここに来ることになったのは、先日俺とザックさんの元に送られてきた1通のメッセージが届いたのがきっかけだった。
送り主は、インプの領主であるジャンヌさんからだった。
前に行われたインプの武闘大会の時に、ジャンヌさんから腕を見込まれてインプの精鋭部隊に入らないかと誘われたことが、彼女と知り合うきっかけとなった。領主さん直々の誘いではあったが、俺とザックさんは精鋭部隊に入ると任務とかで忙しくて、皆と会える機会が減ることもあって、誘いを断った。それでもジャンヌさんとは友人関係となり、連絡先も交換している。
そして、昨日ジャンヌさんから届いたメッセージには、『今インプ主催の肝試し大会が開催されているので、よかったら友人の方々と一緒に参加してみませんか』と書かれていた。
ということで、俺とザックさんは皆に声をかけて、インプ主催の肝試し大会に参加することとなった。来ることになったのは、いつもの学生組のメンバーに、会社員のクラインさん、喫茶店兼バーを運営するエギルさん、シルフ領主館スタッフとなったレコンだった。オバケや怪談が大の苦手なアスナさんは、最初こそ嫌がっていたが、皆が参加するということで「自分だけ仲間外れにされるのは嫌だ」となって、結局参加することに。
皆と話をしながら待っていると、黒紫をベースとした服に軽装の金属鎧を身に纏った長い金髪を後ろで三つ編みにまとめた女性がこちらに近づいてきた。
「あ、リュウガ君。ザック君」
「「ジャンヌさん」」
俺とザックさんに声をかけてきた彼女が、インプ領主のジャンヌさんだ。
「初めましての方も沢山いますね。初めまして、私は今のインプ領主を務めているジャンヌです。今日は来てくれてありがとうございます」
ジャンヌさんは、初めて会ったキリさんたちに軽く自己紹介する。すると、クラインさんはジャンヌさんに近づいて話しかける。
何だか嫌な予感しかしないな。
「ジャンヌさんと申しましたね。私は女性を守る武人、クラインと言います」
俺の予想は見事に的中し、クラインさんはジャンヌさんに紳士的な感じで話す。
「私もあなたに会えて光栄です。もしよろしければ、今度お茶でも……」
「は、はぁ……」
クラインさんに突然のナンパされ、ジャンヌさんも困って苦笑いするしかできずにいた。
この様子を見ていた俺たちも、クラインさんに呆れたり、苦笑いしていた。ただ唯一レコンだけは、「流石です」という感じでクラインさんを見ていた。
「お前はいい加減にしろ!」
カイトさんは見ていられなくなり、クラインさんの後頭部に軽くゲンコツする。殴られたクラインさんは後頭部を手で抑えて、カイトさんを睨み付ける。
「何すんだよカイト!せっかくジャンヌさんと話してたのによっ!」
「いきなり領主をナンパする奴がいるか」
「少しは自重しなさいよ」
カイトさんに続くように、リズさんも呆れた顔をしてクラインさんにそう言い放つ。
とりあえず、クラインさんの方は放っておき、ジャンヌさんから今回行われる肝試し大会の詳細を聞いた。
ルールは、二人一組となって古城の中を進んでゴールにたどり着くというシンプルなものだ。もちろん、肝試しなので途中にオバケに変装している人が待ち伏せ、トラップが仕掛けられているから、ゴールするのは容易ではない。途中でリタイアすることもできるが、ゴールすることができると記念のバッチを貰えるという。
俺たちは話し合い、ペアを決めた。話し合いは数分ほどで完了し、俺とリーファ、キリさんとアスナさん、ザックさんとリズさん、オトヤとシリカ、クラインさんとレコン、カイトさんとエギルさんのペアに決まった。女性陣たちは満足な様子で、彼女たちと一緒になった男性陣たちも同じだった。男性同士のペアとなったカイトさんとエギルさんは特に不満そうな様子は一切なかったが、クラインさんとレコンはかなり不満を抱いていた。
「くっそ~!オレは男同士のペアだっていうのに、どうしてアイツらは女子と……自分の彼女と組んでいるんだよ!」
「クライン、オレもオトヤも別に彼女持ちってわけじゃないんだぜ」
「そ、そうですよ!」
不平不満を言うクラインさんを何とか宥めようとするザックさんとオトヤだったが……。
「黙れぇえええええっ!!」
返って逆効果となってしまい、クラインさんは何処かのゲーム会社の2代目社長のように逆切れする。まあ、ザックさんもオトヤも早く付き合えばいいのにっていうくらいまで、リズさんやシリカと関係が進展しているからな。
「リ、リーファちゃん、僕とペアになってくれないの!?」
「どうして彼氏のリュウ君がいるのに、アンタとペアにならなきゃいけないのよ。いい加減諦めなさい!」
「そ、そんなぁ~!」
見事にリーファに断られて、ショックを受けるレコン。リーファが俺を選んでくれて嬉しい反面、何だかレコンがちょっと可哀そうにもなって複雑な気分となってしまう。
そして、俺たちは入る順番を決めて列に並ぶ。俺たちの中で一番最初に入ることになったのは、オトヤとシリカのペアだった。
「何だか怖そうだなぁ……」
「ぼ、僕がいるから……だ、大丈夫だよっ!」
怖がるシリカに、オトヤは安心させようと声を震わせてそう言う。オトヤもシリカと同様に怖そうにしているのが見てわかる。でも、怖いと言わないところが、オトヤらしいな。
その後ろにいるのが、ザックさんとリズさんのペア。
「ザック、ビビったりあたしを置いて逃げたりするんじゃないわよ」
「誰がするか!リズこそ、驚いて耳元でデカい悲鳴上げるんじゃないぞ」
「絶対にそんなことないから安心しなさい」
「言ったな。泣いても知らないからな」
相変わらず軽口を叩く2人だが、仲はよさそうだな。2人ともああは言っているけど、リズさんはザックさんに抱き着いたり泣きついたりして、ザックさんも何だかんだでリズさんを助けるだろう。
「キリト君!絶対にわたしから離れないでねっ!!」
「わ、わかったって!ちょっと強く抱き着きすぎじゃないかっ!」
アスナさんは本当に怪談やお化けが苦手なんだな。まあ、SAOでホラー系フロアの攻略をサボってしまうほどだったとキリさんが言っていたしな。今回はキリさんもいるから大丈夫だと思うけど、ゴールにたどり着く前にキリさんがアスナさんにKOさせられないか心配だな。
すると、キリさんの腕に抱き着くアスナさんを見ていたリーファが、いきなり俺の右腕に抱き着いてきた。
「あの、リーファ?」
「何だかちょっと怖くなってきちゃって……」
「でも、これはちょっと密着しすぎじゃないかな?」
右腕に当たる柔らかい感触がどうしても気になってしまい、遠回しに離れるように言う。
「えー、何で?あたしたち付き合っているんだし、このくらいいいじゃない。それともリュウ君はあたしに抱き着かれるのは嫌だ?」
ワザと小悪魔みたいに笑みを浮かべてそう聞いてくるリーファ。ヤバい、これは可愛すぎるだろ。
リーファのことだから、俺の反応を見て楽しんでいるに違いない。だけど、俺もこのままでいかないぞと思い、お返しにリーファをからかってみることにした。
「わかった。じゃあ、俺から離れないでね」
そう言い、空いている左手でリーファの頭を撫でる。
見事に俺のカウンターを喰らったリーファは、頬を赤く染めて黙り込んでしまう。そして、実行した俺自身も何だか恥ずかしくなってリーファと同じようになってしまう。このまま2人だけの世界に入ろうとした時だった。
「よくも、僕の目の前でリーファちゃんとイチャイチャして……」
突然、後ろから殺気が籠った声がする。恐る恐る後ろをチラッと見てみると、ドス黒いオーラを放って右手にドングリを模した小型のハンマーを持っているレコンがいた。
怖くなった俺はすぐに前を向いて後ろを見ないようにする。
「クラインさん、後ろから目の前にいるインプにグリドンインパクトを決めてやってもいいですか?」
「ああ。リア充は全員敵だからな」
クラインさんまでも物騒なことを言う始末だ。お化けよりも後ろの2人が滅茶苦茶怖い。
これを見ていたリーファは、俺から離れてレコンの方を見る。
「コラ!レコン止めなさい!」
「邪魔しないでリーファちゃん!今すぐこのインプにグリドンインパクトを……」
リーファは、止めようとしないレコンに、ドス黒いオーラと殺気を放ってじりじりと迫る。しかも、左手には鞘に収まっている長刀が握られていた。
「いいから。いい加減止めないと……」
そう言いながら、右手で長刀の柄を握り、シュッと長刀を半分だけ抜き取る。そして……。
「き・ざ・む・よ?」
何処かのネットアイドルみたいに黒い笑みを浮かべて言い放つ。
危険を察知したレコンは顔を青ざめ、大人しくなる。
「サーセン……」
最後にそう言い残し、後ろへと下がる。
リーファは一旦長刀を鞘に収め、それを持ったまま唖然としているクラインさんに近づく。
「クラインさんも大人しくしないと刻みますよ!」
もう一度、鞘から半分ほど長刀を抜き取り、クラインさんの目の前で勢いよく収める。
クラインさんも危険を察知し、一気に顔を青ざめる。
「す、すいません!レコン、肝試し楽しみだなぁっ!」
リーファに頭を下げて謝り、逃げるようにレコンのところへと行く。
この一部始終を後ろの方で見ていたカイトさんとエギルさんは呆れていた。
そんなこともあったが、とうとう俺とリーファの番となって古城の中へと入っていく。
古城の中は、床には赤いカーペットが敷かれ、燭台に立てられているロウソクの小さな火で薄暗く中を照らしている。長い間、人の手が付けられていないこともあって中は荒れており、より一層不気味な雰囲気が伝わってくる。
リーファは聴覚が優れているシルフだということもあって、ちょっとした音でも敏感に反応して怖がっている。
「今、誰かの悲鳴が聞こえた!」
「多分、前にいるペアの人たちの声だから大丈夫だよ」
アスナさんほどではないが、リーファも女の子だということもあって、お化けを怖がるのも無理はないだろう。
そんなことを思いながら歩いていると、大きな鏡があるところにたどり着いた。
ふと鏡を見てみると一瞬黒いドレスを着た髪の長い女性がスーッと通り過ぎていくのが見えた。
「何か鏡に映ってなかったような……」
「き、気のせいだよ!気のせいに決まってるよ!鏡に映った黒いドレスを着た髪の長い女性なんて絶対見てない!」
ーーいや、それは明らかに見たって言っているのと同じなような気がするんだけど……。
そうツッコミたくなるも、下手に言ってリーファがパニックになると困るため、心の中に収めておいた。
「きっと気のせい……」
リーファが言いかけていると、目の前に黒いドレスを着た髪の長い女性がいきなり現れた。
「キャァァァァ!!」
これにはリーファも驚いて悲鳴を上げて、俺に強く抱き着いてきた。
「ちょっとリーファ!痛い痛い!」
すぐに黒いドレスを着た髪の長い女性はスッと姿を消し、見えなくなった。もしかすると、隠密魔法で姿を消して待ち伏せしていた人なのだろう。こうやって魔法とかがあるとなると、現実世界にあるお化け屋敷よりも厄介そうだな。
「いなくなったよ」
「よかった……」
なんとかリーファを落ち着かせ、先に進もうとした時だった。突然、前方に小さな白い煙がポンッと出る。
「今度は何っ!?」
不安そうにするリーファ。だが、煙の中から現れたものを見て俺もリーファも目を丸くした。
「もう俺様の出番か。全く人使いが荒いぜ」
現れて1人で愚痴っているのは、オレンジ色の体に白いマントを羽織った大きな目玉の頭が特徴の1匹の小さいお化けだった。何だかてるてる坊主にも見えると言ってもいい。
「な、何だこれは……」
「そこの青っぽい奴!俺様のことを『これ』って言うんじゃねえよ!初対面で失礼な奴だな~」
「俺のことを青っぽい奴とか言っている奴に言われたくないんだけど……。ていうか、誰?」
「俺様の名前はユルセン。と~ってもこわ~いオバケなんだぞ~」
ユルセンとか名乗るお化けは、怖いお化けだと自負する。だが、俺たちには全くそうは思えなかった。
「いや、怖いというよりも……」
「むしろ可愛いオバケだね」
「か、可愛いっ!?そう言われると照れるじゃないか~」
リーファの「可愛い」という一言にユルセンはデレデレした様子を見せる。なんか、女の子に弱い小生意気で調子に乗りやすい奴だな。
「おっと、忘れるところだった。お前たちに言っておくけど、本当の恐怖はここからだぞ~。じゃ、俺様はこれで」
そう言い残し、ユルセンは白い煙に包まれて消えていなくなってしまう。
「何だか今のはあまり怖くなかったね」
「ああ」
先に進もうとした途端、後ろから急に誰かが声をかけてきた。
「おい、映司。こんなところで何してる?」
声がした方に顔を向けると、赤い怪人の右腕だけが宙に浮いているのが目に飛び込んできた。
「「………………」」
「うわぁぁ!!」「キャァァ!!」
俺はリーファと一緒に驚き、その拍子に右腕だけの化け物を強く払いのける。
「いってぇなぁ!!おい、エージィィィィ!!何しやがる!!」
「俺、映司って人じゃないからっ!!」
怒った右腕は俺の胸倉を掴んできた。
「あっ?お前、よく見たら映司じゃないな。人違いだ」
そう言って俺を話すと何処かに行ってしまう。
「さっきからある意味凄いものばかり登場しているな」
「うん。更に今みたいなものが登場したりしてね」
「ハハハハ。そうかもな」
今度こそ、俺たちは先へと進むことにした。
途中、長い廊下が続いているところでは両脇に置いてある甲冑鎧がいきなり動き出し、書斎では本がいきなり飛んで来るというなどのトラップがいくつもあった。更には、何人ものプレイヤーたちが待ち伏せ、俺たちが来ると驚かせてきた。
進み続けている内にたどり着いたのは1つの部屋だった。その部屋には、髪の毛がない不気味な人形がいくつもあり、中には変身ポーズみたいなことをしているものや太い眉毛が付いたものもあった。しかも、タキシードやTシャツといった着替えまでもが。
「この部屋何なの?」
「同じ人形がいくつもあるな……」
恐る恐る部屋の中を進む。突如、物陰から黒いスーツを着て丸メガネをかけた男性が、この部屋に沢山あるのと同じ人形を1体突き出して見せてきた。
「イヤァァァァ!!」
俺はビクッとした程度だったが、リーファは悲鳴をあげて拳を振う。すると、拳は人形に命中してメガネの男性の手から落ちてしまう。
「あ"あ"ああああぁぁぁ!!」
人形が手から離れたことに気付いたメガネの男性は、パニックになって激しく取り乱す。何か危険な感じしかしなくて、メガネの男性から逃げようとする。
「と、とりあえず逃げよう!」
「う、うん!」
リーファの手を引き、急いで部屋から出る。
「無いよ!?無いよ!?あっ、あったよ!!」
メガネの男性は人形を慌てながらも拾い、人形を突き出して追掛けてきた。
「うわぁっ!追掛けてきたぁぁっ!!」
「キャァァァァ!!」
あまりにも色々な意味で怖い光景で、俺もリーファも悲鳴を上げて全速力で廊下をダッシュする。
「ドクターどこ行くの!?戻っておいでっ!!」
すると、別の男性が慌てた様子で叫ぶ声がした瞬間、人形を持って追いかけてきたメガネの男性は、車がUターンするように方向転換して元々いたところに戻っていく。
「ぜぇ……ぜぇ……なんとか逃げ切った……」
「今のは本当に怖かったよ……」
全速力で逃げたこともあって、俺たちは息を切らして地面に座り込んでいた。呼吸を整えてから顔を上げてみると、目の前に牢屋があることに気が付いた。
「これって牢屋か?」
「そうみたいだね……」
辺りには燭台に立てられたロウソクが1本しかなく、他のところと比べて暗くて視界が悪い。しかし、インプである俺は暗視能力が優れていることもあって、特に問題はなかった。
牢屋の中を目を凝らして見てみると、1人の人影らしい姿を捉えた。
「牢屋の中に誰かいる……」
「ええええっ!?リュウ君確かめてよっ!」
リーファはそれを聞いた途端、俺の後ろに隠れて背中を押し始めた。
「ちょっ!リーファ、何するんだよっ!」
「リュウ君、確かめてよ!」
「わかったから、押さないで!」
リーファに言われるがまま、恐る恐る牢屋に近づいてみる。牢屋の中には、俺に背を向けた男性が1人いて、何かぶつぶつと呟いているのが見えた。耳を傾けて何を言っているのか、聞き取る。
「私は、不滅だ。私は、不滅だ……」
牢屋にいた男性は、壊れたレコーダーのように延々とそう呟いていた。試しに、1分ほど黙って待ってみるが、相変わらず「私は不滅だ」としか呟いていなかった。
「これって無視してもいいのかな?」
「特に仕掛けらしいものは見当たらないから、大丈夫だろう」
ここを後にしようと場を離れようとした時だった。突如、牢屋にいた男性が俯いたまま鉄格子のところまできた。
俺たちは何なのかと思い、男性の方を見る。
「私は……不滅だぁあああああ!!」
「うわっ!」「きゃあっ!」
いきなり先ほどとは異なってハイテンションで叫び、俺たちは思わずビクッとする。
「何なの、この人?」
「早くここから出よう」
リーファの手を引いて、牢屋の前から急いで離れていく。
それから10分ほど、古城の中を歩き続けている内に、ついにゴールへと辿り着いた。
すでに俺たちより先に入ったキリさんたちは出て待っていた。
そして、俺たちより後に入ったカイトさんたちの帰りを待つことにした。彼らが来るまで間、皆にどうだったか聞いてみると、まちまちだが皆も怖い思いや大変な思いをしたらしい。それでも皆揃って楽しかったと言っていた。
待ち続けること15分後。クラインさんとレコンのペア、更にはカイトさんとエギルさんのペアも出てきて、全員揃った後、俺たちはジャンヌさんから記念のバッチを受け取った。
いきなり参加することになった肝試し大会だったが、こうして皆でイベントに参加するのも面白かった。また皆でイベントに参加するのも悪くないと思った。
今回は、仮面ライダーシリーズから、ゴーストのユルセン、オーズのアンクとドクター真木、エグゼイドの檀黎斗がほんの僅かですが登場しました。肝試し回なのに何をやっていたんだろうと、執筆を終えてから思いました(笑)
以前の番外編でザックの話に出てきたインプ領主のジャンヌさんが正式に登場しました。出番は少ないですが、マザーズロザリオ編などに登場させたいなと思っています。余談ですが、彼女にはそっくりな双子の妹と年の離れた妹がいる設定です。
相変わらずクラインは女好きと非リア充を暴走させ、レコンはリュウ君を妬むという。そして、リーファは鉄板ネタとなっている美空の「刻むよ」を披露。今回はクマテレビの時のものをモデルにしました。美空の「刻むよ」ネタは、7つのベストマッチやプライムローグのものがまだ残っているので、そちらもいつかやりたいなと思っています(笑)
次回もよろしくお願いします。
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第9話 お互いを求めて
今回はリュウ君とリーファの甘々回ですが、ちょっとR15的なところもありますので、ご注意ください。
「ここかな、アルゴさんが言っていた場所は」
「座標もここであっているから間違いない」
洞窟ダンジョンとなると普通はトラップがあってモンスターの住処となっていているが、ここは違う。この洞窟ダンジョンにはトラップどころかモンスターすらいない。あるのは木製の小屋と竹で作られた塀。洞窟内も照明があって明るい状態となっている。
「まさかこんなところに温泉があるなんて思ってもいなかったよ」
「ALOの運営者の中に温泉が好きな人でもいたりしてな」
そう、俺とリーファがやって来たのは温泉だ。
ここを知ったのはついさっきのことだった。
いつものように皆と一緒に狩りやクエストをやった後、俺とリーファはイグドラシル・シティにあるカフェでお茶をすることにした。その最中、たまたまアルゴさんがやって来て、俺たちに最近、インプ領付近にある隠しダンジョンで発見した秘湯のことを教えてくれた。アルゴさんが発見した秘湯がある隠しダンジョンは見つかりにくいところにあって、そこを知っている人はまだいないらしい。
このことを知った俺とリーファは早速行こうと決め、ここまでやって来たのだった。
「温泉ってなると現実世界では疲労回復や美容効果とかあるけど、ALOの温泉だとやっぱりHPや状態異常回復とかかな」
「あたしは、現実世界の温泉みたいに美容効果もあった方が嬉しいかなぁ」
「仮想世界で美容効果があるかなぁ…まあ、どんな効果があるにしろ、近頃ALOも少しずつ寒くなってきたから、温泉で温まれるのはいいよな」
「そうだね」
今は10月下旬。あれだけ暑かった夏もすっかり終わり、季節は秋へとなって紅葉が見頃のシーズン真っ最中だ。そして、現実世界と季節が同機しているALOもすっかり季節は秋へと移り変わっていた。
どちらの世界も日を追うごとに肌寒くなってきて、近頃は夏の暑さが懐かしく思えるほどだ。そのため、こうやって温泉に浸かって温まるのも悪くない。
「とにかく早く温泉に入ってみよっか」
「そうだな」
洞窟内にある小屋に入ると旅館の女将さんらしく和服を着た女性のNPCが迎えてくれ、その人に入場料を払うとタオルや桶といった温泉に入るのに必要な道具を一式渡してきた。そして、俺たちを脱衣所の前まで案内するのだった。
目の前には二つの垂れ幕があり、1つは青い垂れ幕に白い字で男と、もう1つは赤い垂れ幕に白い字で女と書かれていた。
「じゃあ、後でね」
「うん。もしもリュウ君の方が早かったらここで待ってて」
「ああ」
軽く会話を交わし、それぞれ脱衣所へと向かう。
「それにしてもリーファと2人きりで温泉に来られるなんて思ってもいなかったな」
メニューウインドウを操作し、いつもの服装から腰にタオルを巻いた状態へと変え、温泉に入るスタイルとなる。
「リーファはもう入ったのかな……」
一瞬、タオル姿のリーファを想像してしまう。
「何考えてんだ俺は……」
いくら自分の彼女だからってあんな姿を想像するなんて良くないよな……。今まで水着姿や事故で下着姿は何回かあるんだけどな……ってまた俺は何考えてんだよ。
健全な男子高校生が想像してしまうことに葛藤し、なんとか心を落ち着かせたところで浴場へと向かった。
「湯気が凄いな……」
浴場は湯気が立っていて視界があまりよくない状態となっている。辺りを見渡してみると湯気の向こうに人影らしいものが見えた。
「あれ?先客でもいるのかな?」
だけど、アルゴさんの話ではここを知っているプレイヤーは俺たちの他にいないはずだ。温泉に動物が入っているパターンがあるけど、ここは洞窟の中だからそれはあり得ない。
気になった俺は、人影らしきものが映った方へと歩いていく。近づいてみると人影がはっきりと見え、その瞬間俺はフリーズしてしまう。
人影の正体はプレイヤーであったが、男性プレイヤーではない。
金色の長い髪をポニーテールにし、胸の辺りには2つの膨らみがあり、胸から太ももの辺りまで白いタオルで体を覆っている。明らかに女性プレイヤー……っていうか、俺のよく知っている人だ。
「へ?リーファ?」
「りゅ、リュウ君っ!?」
俺だけでなく、リーファもこちらを見て驚いてフリーズする。そして、リーファは今の自分の姿を見ると一気に頬を赤く染める。
「きゃああぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げ、持っていた桶を俺の顔面に勢いよく投げてきた。
「グハッ!!」
リーファが投げた桶が顔面にクリティカルヒット。俺はこの場へと倒れ込んだ。
「イテテテテ……」
鼻に手を当てなんとか起き上がろうとする。ゲームの中のため、本当の痛みはないが衝撃はある。さっきのリーファが投げてきた桶は投剣スキル級並みに強力なものだった。
前の方を見るとリーファが顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。
「女湯に入ってくるなんて!リュウ君のエッチっ!!」
「女湯っ!?でも、俺たち分かれて脱衣所に入ったよな!だったら何でリーファがここにいるんだ!? 」
「あたしだって知らないよっ!!」
「「っ!?」」
ふと俺たちが目に止まったのは浴場にある木製の看板。それには『ここは混浴です』と書かれていた。
「「ええええええええっ!?混浴っ!?」」
看板を見た瞬間、俺とリーファは同時に声をあげて驚いた。
「ここって混浴だったのかっ!?」
「だけどアルゴさん、一言もそんなこと言ってなかったよ!」
このとき、俺はあることを忘れていたことに気が付く。アルゴさんはよく俺とリーファのことを弄って楽しんでいる。つまり、アルゴさんがここが混浴だっていうことを隠していてもおかしくない。
――謀ったな、アルゴさん!!
内心でそう叫び、悪巧みをしてニャハハと笑っているアルゴさんを思い浮かべる。腹が立った俺は、今度会った時に必ず文句を言ってやろうと決心した。
「混浴とわかった以上、付き合っているとは言っても一緒に入るのはマズイよな……。俺は後でいいからリーファが先に入ってきていいよ」
「い、一緒でいいよ…」
「え……?」
「他の男の人がいるんだったら嫌だけど……、りゅ……リュウ君と2人きりだったら……い、一緒でもいいかな……。そ、そうした方が、時間とかもあまりかからないし……」
「で、でも……」
「リュウ君はあたしとじゃ嫌?」
リーファは頬を赤く染めて恥ずかしそうにして俺の方を見る。そんなリーファが可愛くてドキッとしてしまう。いつも思っているけど、これは絶対に反則だろ。
結局、リーファの可愛さに圧倒されてしまい、一緒に入ることとなった。恥ずかしさもあったが、俺も男なので内心リーファと一緒に温泉に入ることになって喜んでいたりもした。だが……。
「「……………………」」
「りゅ、リュウ君。い、いい湯だね……」
「あ、ああ……」
広い湯船の中、俺たちは隣り合ってお湯に浸かっている。しかし、恥ずかしさのあまり、俺たちは無言になってしまう。たまにどちらかが話しかけたりもするが、会話があまり長続きしない。
広い湯船だから離れて入ればいいのではないかと思うが、下手に離れて入るとリーファに自分は嫌われているんじゃないのかと勘違いさせてしまうかもしれない。
リーファ/スグとは付き合って5か月ほど経つが、リーファ/スグへの想いは今でも付き合った時のまま…いやそれ以上に好きになっている。
たまにリーファの方をチラッと見るが、その時にタオルの隙間から覗く谷間が視界に入ってしまう。リアルでも言えるが、スグ/リーファは俺の周りにいる女性陣の中で胸は一番大きくてスタイルも抜群だ。間違いなく、大抵の男たちを釘付けにできるだろう。俺もその1人だが……。
それもあってか、俺の理性が段々危なくなってきた。
俺は皆(特にリズさん)からよく草食系だとか言われてからかわれている。だけど、俺だって男だからそういう欲くらいある。今はまだ大丈夫だが、その内リーファのことが欲しいという気持ちを抑えられなくなるかもしれない。
「リュウ君」
「うわっ!」
こんなことを考えている最中、突然リーファに話しかけられ、驚いてしまう。
「ど、どうしたのっ!?いきなり声なんか上げて……」
「ちょ、ちょっと考え事をしている時に急に話しかけられたから驚いちゃって……」
「そうなんだ。何考えていたの?」
「べ、別に!大したことないことだから気にしないでくれ!」
「ふーん。まあ、いいや。それよりも他にも色々お風呂があるから、行ってみない?」
リーファの言う通り、ここには『柚子湯』、『炭酸風呂』、『電気風呂』など様々なお風呂がある。現実世界にあるスパリゾート以上の充実した設備だ。
「ああ、そうだな。じゃあ、まず最初は何処に行ってみる?」
「果物が浮かんでいるお風呂に興味あるから、柚子湯に入ってみたいな」
「そうなると、最初は柚子湯に決まりだな」
俺たちは今入っているお風呂から出て、柚子湯へと向かった。名前の通り、お湯の上には大量の柚子が浮かび、柚子の香りが漂っていた。その後も様々なお風呂を回った。どのお風呂も気持ちよくて俺たちは思う存分リフレッシュする。
一通り回った後、俺たちは一番最初に入った普通のお風呂に入っていた。そんなことを考えている中、リーファが俺の顔をじっと見ていることに気が付く。
「俺の顔なんかじっと見てどうかしたんだ?」
「やっぱりリュウ君はカッコいいなって思って」
リーファの言葉に頬が熱くなるのが伝わる。
「い、いきなり何!?」
「何って本当のこと言っただけだよ。まあ、リュウ君って昔からイケメンだったからね」
「あまり買いかぶらないでくれよ。そんなこと言ったらリーファは可愛いよ。もちろんスグの方も。俺なんかいつもリーファとスグ、どっちの時でも可愛くてドキドキしてるしな」
「か、可愛いって、リュウ君……」
今度は、俺の言葉にリーファの頬が赤く染まる。さっきのお返しにというつもりで言ったが、予想以上に効果が強かったみたいだ。そして、黙り込んでいたリーファの口が開いた。
「あ、あたしだってリュウ君にドキドキしているんだからね。リュウ君って草食系だからあまり積極的になって来ないけど、たまに積極的になるときは特に……」
頬を少し赤く染めて恥ずかしそうに言うリーファ。
俺はそんなリーファにドキッとしてしまう。そして、リーファに魅了された状態になったためか、無意識にリーファの顎にそっと左手をやり、顎をクイっと軽く持ち上げる。いわゆる顎クイだ。
「リーファ……」
更にリーファに顔を近づける。
「え?りゅ、リュウ君っ!?」
リーファは頬を赤く染め、身動きが取れなくなってしまう。俺はそんなことお構いなしにそっとリーファの唇に自分の唇を重ねた。その直後、身体を一瞬ビクッとさせるリーファだったが、抵抗することなく俺のキスを黙って受け入れてくれた。10秒ほどして唇を離した。
すっかりリーファは頬を赤く染めた状態のまま、ボーっとして俺を見ていた。ここで俺は我に返り、先ほど自分がしたことを思い出し、顔が熱くなる。
そして、最初の時のように俺たちは沈黙してしまう。
「のぼせてきたからそろそろ出ようか……」
「うん……」
ぎこちない会話をし、温泉を出ることにした。
あの後、今日はもう遅いということもあって秘湯から一番近いところにある小さな町の宿で寝落ちしてログアウトすることになった。しかし、先ほどまでの出来事が頭から離れず、中々眠気が来ないでいた。
時刻はとっくに午前1時を過ぎている。そのため、辺りは静寂に包まれ、部屋の中は窓の外から月の光が差し込んで青白く照らされる。
いっそのこと、普通にログアウトしようかどうかベッドに横になって考えていると、部屋のドアをノックする音がする。
「リュウ君、いる?」
扉の向こうから聞こえてきたのはリーファの声だった。
「いるよ」
「じゃあ、入っていいかな?」
「いいよ。今開けるからちょっと待ってて」
扉を開け、リーファを中にいれる。
「まだログアウトしてなかったの?」
「中々寝落ちできなくてな。リーファは?」
「あたしもリュウ君と同じかな。リュウ君はもうログアウトしたかなって確かめてみたら、
まだログイン状態になっていたからここに来たんだよ」
「そうか。まあ、とりあえず入って」
俺たちはベッドに腰掛け、話をすることにした。ちなみに星空を見ながら話をしようということで、部屋の中は灯りを付けてない。
「温泉気持ちよかったね」
「そうだな。最近、リーファと2人きりで過ごすことがあまりなかったから本当によかったよ」
「あたしもリュウ君と2人きりで過ごせてよかったよ」
話の内容は今日の出来事などいつも通りリーファと話すようなものだった。途中リーファが俺に密着してきて、リーファの柔らかいものが当たる感触が伝わってくる。俺は必死に理性を保ち、平然でいるようにして話を続ける。しかし、温泉での出来事もあって理性を保ち続けるのに限界が近づいていた。
「リュウ君ってあたしにドキドキしていたんだよね……」
「あ、ああ……。実を言うと温泉に入っていた時から、リーファのことが好きだとかリーファのことが欲しいという気持ちが抑えられなくなってしまって……あっ!」
ついうっかり思っていたことをリーファに話してしまう。なんてことを言ってしまったんだ俺は……。ヤバい、これは完全にリーファにエッチな奴だと思われたに違いない。セーブポイントからやり直せたら本当にやり直したい。そんなことを思いながら後悔している中、リーファが頬を赤く染めて話しかけてきた。
「りゅ、リュウ君っ!あたし、そんなこと気にしてないからっ!むしろ、あたしもリュウ君と同じようなことを考えて……。オプションメニューの一番下の方にあったあるコードを解除しようかと……」
その言葉に驚きを隠せなかった。
「り、リーファもっ!?っていうかリーファってそのこと知っていたのか?」
リーファは無言のまま頷いて答える。
「リーファ……スグは俺とで後悔しない?」
リーファの耳にしか聞こえないぐらいの小さい声で言う。
「どうして好きな男の子とするのを後悔しなくちゃいけないの?あたし、リュウ君とならいいよ……」
顔を赤らめながらも俺たちは沈黙して見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた。いつものように唇を重ねるだけの軽めのキスを終えて唇を離す。
普段ならこの位のキスを1,2回ほどしたくらいで、俺たちは顔を真っ赤にしてお互い顔を合わせられなくなってしまう。だけど、今回は物足りなく感じ、俺はリーファを抱き寄せてもう1度唇を重ねた。
「んんっ!?」
先ほどとは違い、リーファが舌で唇をこじ開け、口の中に舌を入れてきたので、俺もお返しにと自分の舌をリーファの舌と絡ませる。
「んっ、んぅ」
リーファも初めは驚いていたが、嫌がることもなく、すぐに俺を受け入れてくれた。
お互いに相手を求めるように舌を絡ませて唾液を交換する。そのため、キス音と水音が部屋中に響く。
途中で息が続かなくなると一旦唇を離してもう一度重ねる。これを2,3回繰り返した。ディープキスを終え、ゆっくりと唇を離す。終えた時にはすでに俺たちの身体は火照っていた。
「「はぁ……はぁ……」」
リーファ/スグとディープキスをしたのは今回が初めてだ。まさか、これだけでもこんなに身体が熱くなるとは思いもしなかった。
リーファは頬を赤く染め、トロンとした目で俺の顔を間近で見つめている。俺の顔も絶対に赤くなっているに違いない。
今のリーファを見て、俺の理性は完璧に崩壊した。もう自分自身を抑えることは出来なさそうだ。
「リーファ、俺……これだけじゃ満たされないよ……」
「あたしも……。だから…来て…リュウ君…」
ついに俺たちはオプションメニューの一番下の方にあるコードを解除した。完了すると、俺はゆっくりとリーファをベッドに押し倒した。
翌日、いつものようにキリさんたちとALOで狩りやクエストをやることになった。だが……。
「「……………………」」
俺とリーファは顔を合わせるなり、頬を赤く染めて顔をそらしていた。皆は不思議そうにして俺とリーファのことを見ていた。
「何だお前たち、ケンカでもしたのか?」
「ち、違いますよ!」
「何言っているの、お兄ちゃんっ!」
「いや、だってよ。今日のお前たち顔を合わせようとしないからさ」
確かに俺とリーファが顔を合わせようとしなかったら、他の人から見ればケンカでもしたかのように見えるだろう。
しかし実際のところ、昨日の夜の俺たちはいつも以上にラブラブだった。顔を合わせられなくなっているのは、その時のことが恥ずかしいからだ。何があったのかは俺とリーファだけの秘密だ。
気づいた方もいるかもしれませんが、今回の話は旧版で最後に投稿した話を少し修正したものです。旧版ではGGO編とキャリバー編の間に起こったことになっていますが、リメイク版では10月下旬の出来事になっています。
最後辺りのところは、年齢制限で引っかかるため詳細を曖昧にさせていただきました。一応、今回の話の最後のところの詳細は《R18版》の1話目に載っています。もしも興味がある方はそちらの方をご覧ください。
急に話変わりますけど、前回から2か月ほど時間が経過していますね。実は夏休み中にの時期に、今後の話に向けてExtraEditionにあったSAO編とALO編の回想を別の形でやろうとしましたが、会話文が全くなくて地の文ばかりになってしまうなどの問題があって見落としてさせていただきました。ですが、私が気が向いたり、皆さんからぜひやって欲しいという意見がいくつも寄せられた時には、特別編としてやりたいなと考えております。
本当はもう少しこの章をやりたいのですが、次回で2,5章にあたるこの章も終了とする予定です。
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第10話 蘇るNightmare
ここ最近は心身ともに疲れることが多くて大変な思いをしました。その中で、テレビではジオウや進撃の巨人、YouTubeではキバとオーズとドラゴンナイト(龍騎のアメリカ版)を見て日々の疲れを癒してます。ジオウは、お気に入りキャラのかがみんと地獄兄弟が本人出演でテンションが上がっています。ただ影山に至ってはどうしたんだと思うほど見た目が変わってましたね(笑)。そして、グリスのVシネマの情報も明らかに。こちらも今から楽しみで仕方がないです。
今回は甘々成分は一切なく、シリアスメインとなっています。それではどうぞ。
あの時の俺は、力を求めていた。どんなに遠くても届く俺の腕、力を……。そのためだったら、俺はどんな手段も使おうとした。例え、誰かの命を奪うことになっても、自分の命を捨てることになろうとも……。
2021年12月20日 第45層・巨大樹の森
高さが15~20メートル近くもある巨大な木によって形成されている森で、俺は1人で数体の5メートルほどある巨人型のモンスターと交戦していた。
1体の巨人が虫を叩き潰すかのように俺に目掛けて手を地面に叩きつけて来る。
俺はギリギリのところで横へと回避。すぐに隙の少ない3連撃の片手剣ソードスキル《シャープネイル》を巨人に叩き込む。喰らった巨人の腹には縦3本の獣の爪の跡が付き、
数秒後にはポリゴン片となって消滅する。
同時に少し遅れてやって来た2体の内1体には、投剣用のピックを顔に投げつけて怯ませる。そして、もう1体の方には、重3連撃攻撃の片手剣ソードスキル《サベージ・フルクラム》を喰らわせる。大型モンスターに有効な技で、3分の1ほど残っていたHPを全部削り取る。
ソードスキル使用後の硬直状態が解けたところで、顔にピックを喰らって苦痛な声を上げている巨人にゆっくりと近づく。
「大人しくしていろ。すぐに楽にしてやるから…」
そう言い残したところで、片手剣ソードスキル単発重攻撃の技《ヴォーパルストライク》を巨人の首元に叩き込む。喰らった巨人は断末魔を上げ、ポリゴン片となって消滅した。
《ヴォーパルストライク》は片手剣スキルの熟練度が950に達すると使用可能となる技で、俺も先日からやっと使用できるようになった。両手の重槍のスキル並の威力があり、リーチも刀身の2倍もある使い勝手のいい技で、一気にトドメを刺すにはちょうどいいものだ。
「まあ、こんなところか……」
最後の1体を倒したところで、左手に持つ片刃状の片手剣を右腰に吊るしている鞘へと収める。そして、ポーチから回復ポーションを1つ取り出し、栓を開けて中に入っている液体を飲む。口の中には酸味の強いレモンジュースのような味が広がり、全部飲み終えたところで空になった小瓶は消滅する。
HPが回復したのを確認したところで、街へと戻った。
30分ほど歩き続け、第45層の主街区へと戻ってきた。そして、街の裏通りにある少ない小さなバーへと向かった。店内に入るために扉を開けると、扉に付いているドアベルがカランと鳴る。
店内には、NPCのマスターがカクテルを作っており、カウンター席には鼠色のフードを被ったプレイヤーが1人座っていた。俺はそのプレイヤーの隣の席へと腰を下ろす。
「おお来たカ。待っていたゾ」
「待たせてすいません、アルゴさん」
鼠色のフードを被ったプレイヤーに謝り、NPCのマスターに飲み物を注文する。数分ほどで水色の液体が入ったグラスが俺の目の前に置かれる。一見するとカクテルに見えるが、これはノンアルコールの飲み物だ。それを一口飲み、グラスを置いたところで、アルゴさんが話しかけてきた。
「その様子だと、また随分と危険なレベル上げをしてきたのカ?」
「ええ。今の俺には力が必要ですからね……。あの時だって、俺にもっと力があれば……」
俺は胸ポケットから、3枚の金縁のメダルを取り出す。メダルは赤、黄色、緑のものが1枚ずつ。赤いメダルにはタカ、黄色のメダルにはトラ、緑のメダルにはバッタが金色で描かれている。これはファーランさんとミラと一緒に手に入れた《王のメダル》。2人との絆の証でもある。
だけど、2人は赤い目の巨人に喰われそうになった俺を助けて死んだ。俺は2人を助けようと手を伸ばしたが、それは届くことはなかった。
1ヶ月半経った今でも、2人が死んだ時のことが頭から離れられずにいた。
ソロプレイヤーとなった俺は、攻略組から離脱。それでもレベル上げを止めようとはせず、いつも高レベルのダンジョンに潜ってはモンスターたちを狩り続けていた。このおかげもあって俺のレベルは、この間だけでも急速に上昇し、攻略組の中でもハイレベルに匹敵するくらいまでとなった。
「攻略組でも中位くらいだったお前が、こんなにも早くレベルを上げるなんて異常と言ってもいいくらいだゾ。もしかして、
本当のことを言われ、俺は黙り込む。
2021年12月24日。SAOで2度目のクリスマスを迎えるこの日、《背教者ニコラス》という名のクリスマスイベントボスが出現すると言われている。
奴を倒すことで、大量の財宝やコルが手に入り、その中には死んだプレイヤーを生き返らせることができる《蘇生アイテム》もあるらしい。しかし、蘇生アイテムはガセネタじゃないのかと多くのプレイヤーに言われており、本当に存在するかどうかわからない。それでも今の俺に残された道は、 蘇生アイテムを手に入れるしか方法はなかった。
「この様子だと図星だったようだナ。だけど、クリスマスイベント関連のことで新しい情報は何も入ってないゾ」
「いえ。今回はクリスマスイベント関連の情報を買いに来たわけじゃないんです」
「クリスマスイベント関連の情報じゃなかったら、何の情報ダ?」
「第49層にいる隠しボス《邪竜ファヴニール》のことですよ」
ファヴニールは、北欧神話に登場するドラゴンのことだ。元々はドワーフで、財宝を独り占めするためにドラゴンへと変身。強固な鱗と毒の吐息を持つ邪竜だったが、ジークフリートまたはシグルドに倒された。そして、ジークフリートやシグルドはファヴニールの血を浴びて不死の身体を手に入れたのだった。
ここSAOにもファヴニールが存在するらしい。でも、NPCが噂しているだけで、実際にファヴニールを見たプレイヤーはいない。
「ファヴニールのことカ。こっちもまだ有力な情報はないゾ。まだ誰もイベントの起動条件を満たしてないらしいからナ。せいぜいわかっているのは、今の最前線……第49層のサブダンジョンにいるかもしれないってことダ」
「そうですか……」
「あと、今日妙な噂を聞いてナ」
「今日妙な噂?」
「ファヴニールを倒したジークフリートやシグルドは、ファヴニールの血を浴びて不死の身体を手に入れたってなっているダロ」
「はい」
「流石に、この世界で不死の身体を手に入れるのは無理だが、ファヴニールを倒すことで何か強大な力を手に入れられるかもしれないという内容ダ。まあ、これは不確定だから本当かどうかわからないけどナ……」
「なるほど……」
俺はそう呟き、グラスに入っている飲み物を飲む。
「まあでも、行って確かめてみる価値はありそうですね」
「おいおい。まさか、 背教者ニコラスだけじゃなくてファヴニールも狙うつもりカ?」
「ええ、もちろん」
そう言った途端、アルゴさんは血相を変えて言ってきた。
「悪いことは言わない。もしもファヴニールを見つけても戦うナ。いくら赤い目の巨人を1人で倒したからって言っても、ファヴニールクラスのモンスターとなると高ステータスに設定されているはずダ」
「でしょうね。でも、ファヴニールを倒させないようじゃ、背教者ニコラスを倒すことはできない。さっきも言いましたけど、今の俺にはもっと力が必要なんです」
最後にそう言い残し、グラスの中に残っていた飲み物を全て飲み干す。そして、席を立ち、会計を済ませる。
店から出ようとした時、アルゴさんは俺に何か言いたそうな様子だったが、俺は特に気に留めることなく、この場を後にする。
翌日、俺は第49層のサブダンジョンへと来ていた。古代遺跡のような構造となっており、通路の両脇に等間隔に設置されている松明の炎が内部を薄暗く照らしていた。
遺跡内には、武器を持ったリザードマン系のモンスターが出現し、すでに何回も戦闘を繰り広げていた。やはり最前線の層にあるサブダンジョンだということもあり、モンスターのステータスも高めとなっている。だが、攻略組から離脱したとはいえ、しっかりレベリングをしていた俺には敵ではなかった。
しかし、ファヴニールは未だに発見できていない。NPCが噂しているだけで、実際に見たプレイヤーが誰もいないから、簡単に見つけられないのは当たり前だろう。
更に1時間ほどが経過し、遺跡の奥へと進み続けていた。奥に進むにつれて生息するモンスターのステータスは上がっていく。途中、10体近くのモンスターが一度に出てきたこともあったが、俺はそれを突破。ついに遺跡の奥へと進むこと最深部のエリアへと到達した。
「ここも特に変わりはないな……」
現在俺がいるのは、最深部にある翼竜の壁画が描かれてある小部屋だ。部屋の中には、宝箱はなく、モンスターが出てくる気配もない。
何か仕掛けがないか部屋の中を確かめる。そんな中、翼竜が描かれている壁画へと手を触れた途端、壁画が青白く光りだした。
「な、何だっ!?」
放たれた光は薄暗かったを明るく照らし、俺は眩しさのあまり一瞬目を閉じる。光が消えて目を覚ますと、先ほどまで翼竜が描かれている壁画があったところには奥へと続く通路があった。
俺は何かに導かれるかのように通路へと足を進める。
通路を抜けて出たのは迷宮区のボス部屋のように広い部屋だった。そして、部屋に入った途端、端にあったいくつもの燭台に次々と青白い炎が灯っていく。
そして、前方に巨大な何かがあることに気が付いた。
巨大な何かは全身を黒い鱗に覆われており、手足には鋭利な爪がある。背中には翼竜の翼が2枚生えており、胴体からは長い首が伸びている。その先にある頭部には2本の角が生え、俺を睨みつける金色の瞳、巨大な岩さえも噛み砕いてしまいそうな牙がある。その全体を簡単に言ってしまえば、巨大な翼竜の姿そのものだ。
巨大な翼竜が雄たけびを上げた瞬間、4本のHPゲージが出現する。
あまりの迫力に、身体の内側から湧き上がる恐怖心を抑えることができなくなる。しかし、表示されたカーソルの文字を見たところで、ついに今回のお目当ての奴と対面したことがわかって冷静さを取り戻す。
「ついに見つけたぞ。 邪竜ファヴニール」
そう言い、左手で右腰にある鞘から剣を抜き取る。
流石にジークフリートのバルムンクやシグルドのグラムのような剣じゃないが、モンスタードロップで手に入る片手剣ではそれなりに性能がいいものだ。
「お前を倒して強大な力を頂こうか」
そう言い残し、剣を片手に地面を蹴った。
ファヴニールは左側の前足で俺を叩き潰そうと振り下ろしてきた。俺はギリギリのところで横に回避する。
直後、大きな衝撃音と地響きが伝わる。ファヴニールが前足を振り下ろしたところを見ると、地面が陥没していた。
「足を振り下ろしただけでもあんなに威力があるのかよ」
これにゾッとするも、俺はファヴニールの腹に斬撃を一撃入れてみた。だが、強固な鱗に遮られてまともにダメージは入っていなかった。
「攻撃力だけじゃなくて防御力もかなりだな……っ!?」
ファヴニールはお返しにと言わんばかりに、口から青い炎の玉を俺に目掛けて吐き出して攻撃する。これも何とか回避しするも、羽織っていたフード付きマントの一部が少し焦げてしまった。
「ブレス攻撃まであるのかよ……」
俺の予想以上にファヴニールは高ステータスに設定されていた。ソロで奴に挑むのは自殺行為と言ってもいいくらいのほどだ。
圧倒的に絶望的な状況だが、俺は退こうとはせず、剣を強く握りしめて構える。
刃に青白い光が纏ったところで、地面を蹴ってファヴニールに突進し、片手の剣で突きを叩き込む。 片手剣の基本技の1つ《レイジスパイク》だ。威力自体はあまり高くないが、基本技ということもあってディレイはそう長くはない。
ファヴニールも反撃にと、虫を振り払うかのように前足で何度も攻撃してくる。俺は軽業のスキルを利用し、それを全て回避する。
最中、ファヴニールのHPを確認してみると先ほどよりも僅かではあるが多くダメージが減っていた。どうやら、ソードスキルでは奴にまともにダメージを与えられるみたいだ。
「攻撃パターンと動きさえわかれば、こっちのものだ……」
そこから俺とファヴニールの激しい戦いは長時間に渡って続いた。
ファヴニールの攻撃は、序盤こそは前足による攻撃、口から吐く青い炎のブレス攻撃だけだった。だが、HPゲージを削っていく毎に、攻撃力が強化されたり、炎のブレスが広範囲に渡るくらいまで威力がアップしたり、更には毒のブレスも使って来るようになったりと俺を大いに苦しめてきた。
この中で唯一幸いだったのは、奴は巨体だということもあって動きが遅かったということだった。
元々敏捷性にステータスを振っていた俺は、ファヴニールの攻撃を回避しながら隙を見てソードスキルを叩き込んでいった。
途中、何度もHPがレッドゾーンに突入し、その度に回復系のポーションやクリスタルを使って体力を回復させる。ポーションやクリスタルは、かつてないほど物凄い勢いでアイテムストレージから減っていき、ファヴニールを倒す前に全部使いきってしまうかもしれない。
使用していた片手剣も何度か折れたが、予備の片手剣をすぐに持ち替えて戦い続けた。
しかし、何時間にも渡って戦いを繰り広げている内に、どのくらいの間ファヴニールと戦い続けたのか考えられなくなるほど、肉体的にも精神的も疲弊していった。
「はぁはぁ……」
ファヴニールのHPゲージを確認してみると、HPは残り僅かだ。
アイテムストレージを開いて確認してみたところ、回復アイテムも予備の剣も残りわずかだった。剣に至っては、あと1本しか残っていない。
意識がもうろうとする中、ファヴニールの口から巨大な青い炎の玉が俺に目掛けて吐き出される。これも回避しようとするが、反応が遅れて爆炎に巻き込まれてしまう。
俺は宙を舞い、勢いよく地面を転がっていく。
「ぐわああああっ!!」
強烈な衝撃をまともに受けたことで、地面に倒れ込んでしまう。自分のHPを確認してみるとレッドゾーンにまで突入していた。そして、持っていた剣はポリゴン片となって消滅する。
この間にもファヴニールは俺にトドメを刺そうと、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
倒れている中、俺の脳裏にファーランさんとミラの姿が浮かんだ。
--俺が今、ここにいるのは2人を生き返らせるためだ…!そのための力を手に入れるためだ…!こんなところでまだ死ぬわけにはいかないだろ……。
重たい身体を無理やり起こし、ファヴニールを睨みつける。
「俺は誓ったんだ、どんな手段を使ってでも必ずファーランさんとミラを生き返らせると……。そのために、もっと力が……強さが必要なんだよ…!」
呟き、メニューウインドウを操作して回復結晶と最後の剣を取り出す。回復結晶で体力を回復させたのと同時に、剣を強く握りしめ、地面を蹴る。
ファヴニールが左側の前足を繰り出してきたのと同時に、左手に持つ剣に深紅色のエフェクトを纏わせる。そして、ファヴニールの攻撃をかわしつつ、7連撃の斬撃を繰り出して左側の前足をバラバラに切り刻む。片手剣スキル7連撃の《デッドリー・シンズ》だ。
肉片となったファヴニールの左側の前足はポリゴン片となって消滅。
ファヴニールは苦痛な叫びを上げつつも、俺に憎悪を向けて口から炎の玉を放とうとする。
「させるかっ!」
俺は軽業や疾走スキルを使いながらウォールランでファヴニールの身体を駆け上っていく。首元に近づいたところで、片手剣ソードスキル単発重攻撃の技《ヴォーパルストライク》をファヴニールの顎へと喰らわせて、攻撃を防ぐ。
地面に着地したところで、左の後ろ足に隙の少ない3連撃の《シャープネイル》を撃ち込み、続けざまに高速4連撃《ホリゾンタル・スクエア》で攻撃する。更に、重3連撃《サベージ・フルクラム》で右の後ろ足を深く斬り付ける。
バランスを崩したファヴニールは地面へと倒れ込んだ。
この隙を見逃さず、ファヴニールの後ろに回り込む。そして、5連続突き、斬り下ろし、斬り上げ、最後に全力の上段斬りを繰り出す片手剣スキル8連撃の《ハウリング・オクターブ》を撃ち込んだ。
最後の一撃が決定打となり、ファヴニールはポリゴン片となって消滅した。
「やったか……」
長時間の戦いが終わったとひと安心した瞬間、ドッと疲れが身体を襲う。剣を地面に突き刺して杖替わりにし、身体を支える。
アイテムストレージを開いてみると、新規入手欄には大量のアイテム名が並んでいた。宝石類に金塊、結晶アイテム、多額のコルなどと高ステータスモンスターのファヴニールらしい報酬だった。だが、アルゴさんが言っていた強大な力に繋がるようなアイテムは何1つ見当たらなかった。
だったら《体術》みたいにクエストクリアで取得できる特別なスキルでも手に入ったのか。ステータス画面へと移動し、確認してみるが特別なスキルを取得したり、レベルやステータスが上がった気配は特に見当たらなかった。
ファヴニールを倒したら手に入る強大な力というのは、やっぱりガセネタだったのだろうか。
その時、前の方から声がした。
「我が呼びかけに応じよ」
はっと顔を正面に向ける。
俺の正面に、青い炎が浮かび、やがて巨大な翼竜の姿を形作る。そして、現れたのは先ほど俺が倒したはずのファヴニールだった。
「我を倒した剣士に問おう。汝は我を倒して強大な力を手に入れた時、何のために使う?」
「そ、それは……」
ファヴニールの問いに、言葉が詰まってしまう。自分の中では既に答えが出ているはずだったが、何故かそれを口に出すことができずにいた。
「この様子だと、今の汝には、我の持つ力を手にすることも使いこなすことはできないようだな。だが、汝が正しい答えを見つけた時は、きっと我の持つ力を手にして使いこなすこともできるようになるだろう」
ファヴニールはそう言い残すと、俺の前から姿を徐々に消していく。
「おい!正しい答えって何だよっ!待ってくれっ!!」
今にも完全に姿が消えようとしているファヴニールに左手を伸ばす。
「待ってくれっ!!」
声を上げて目を覚ますと、そこは現実世界にある俺の部屋だった。
部屋の中は薄暗く、ベッドサイドラックの上に置いてあるデジタル時計を見てみると、【2025年11月30日(日)午前2時40分】と表示してあった。
「まさか2年くらい前の夢を見るなんてな……」
すぐにベッドに横になるが中々眠りにつくことができず、起き上がって机の上にあるスタンドライトに灯りをつけ、イスに腰掛けた。
そこで俺はかつてファヴニールが俺に言ったことを思い出し、考え始めた。
俺はあの時、ファヴニールの問いに答えられなかった。奴を倒して手に入れた力を何のために使うのかいうことを。
でも、今なら答えがわかる気がする。
ファヴニールは邪竜と言われている凶悪なドラゴンだと言われている。そんな奴の力だとすれば、何もかも奪い破壊するような悪の力だと言ってもいい。
だが、俺は例えそれが悪の力だったとしても、大切な人やものを守るために使う。今の俺だったらそう答えていただろう。この答えが出たのは、あれから1年後……ALOでレデュエ/蛮野と戦った時という大分後のことだが。
もしかするとファヴニールは、俺がそう答えてくれるのを期待していたんじゃないだろうか…。最も悪しき力に負けない心を持つ者が手にするユニークスキル《龍刃》を、俺に与えるかどうか見極めるために……。
あの時の俺は、 どんなに遠くても届く俺の腕や力を求めていた。誰かの命を奪うことになっても、自分の命を捨てることになっても。でも、今の俺にはあの時と違ってかけがえのない大切なものがある。頼れる仲間、そしてどんなことがあっても絶対に守りたい大切な人が……。
俺は引き出しを開き、写真入れに大事に保管してある2枚の写真を見る。1枚の写真には現実世界の俺と黒髪のポブカットをした小柄な少女が、もう1枚の写真にはALOの俺と長い金髪をポニーテールにしている少女が写っている。
彼女がいる限り俺は……。
今回の話の時系列はアインクラッド編の第7話と第8話の間の出来事となっています。内容はざっくり言ってしまうと、リュウ君がユニークスキル《龍刃》を手に入れるきっかけになったというものです。
リュウ君が今回戦ったファヴニールはfateシリーズに登場するファヴニール、声はウィザードラゴンの大友龍三郎さんとなっています。ファヴニールではなく、グラファイトやドラグブラッカーと戦う案もありましたが、最終的にボツとなりました。
この頃のリュウ君は、今とは大分異なった雰囲気となっています。今はリーファがいるおかげで大丈夫ですが、いつか本当に闇落ちしないか心配している私がいます。ただ、今回の内容にもあった悪の力を善のために利用するというのは今後の話でも重要になってきますので。
余談ですが、「進撃の巨人」のアニメの最新話を見た影響もあってか、今回のリュウ君を見ているとリュウ君ならリヴァイみたいに獣の巨人を倒してしまいそうだなと思ってしまいました。
今回の挿入歌して貴水博之さんの『Wish in the dark』イメージソングとして、エンディングとして『Go! Now! ~Alive A life neo』を聞きながら執筆しました。一応『Wish in the dark』はリュウ君のイメージソングの1つとなっています。『Go! Now! ~Alive A life neo』は、歌詞の内容からSAOで戦うリュウ君たちをイメージしてしてしまい、アインクラッド編やゲーム版のエンディングとしてでも妄想しちゃっています(笑)
次回からGGO編に突入したいと思います。
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ファントム・バレット編
第1話 依頼
今回のサブタイトルはクウガみたいに漢字二文字にしてみました。
2025年11月27日
ここは、最終戦争後の荒れ果てた遠い未来の世界を舞台としたVRMMOの《ガンゲイル・オンライン》……通称《GGO》。銃器メインの対人戦闘が盛んであり、ALOとは異なりファンタジー要素がない殺伐としたこの世界では今日も多くのプレイヤーたちによる銃撃戦が行われていた。
GGO内にある首都《SBCグロッケン》の裏路地を1人の男がご機嫌な様子で歩いていた。
「今日はかなり倒したなぁ~」
彼の名はガイ。GGOプレイヤーでも上位に位置するプレイヤーで第二回BoBではベスト16まで残ったほどの実力者だ。しかし騙し討ちを得意とし、平気で人を裏切ったりとよくない噂も多く存在する。そのため、ガイのことを嫌っているプレイヤーは大勢いる。
今日も得意な騙し討ちで何人ものプレイヤーを倒したその帰り道であった。
突然曲がり角の陰から1人の男が現れた。男は全身を覆う黒いボロボロのフード付きマントで身を隠していた。深く被られているフードや髑髏の様な仮面で、素顔は全く見えない状態だった。
「何?俺になんか用?だけど、今日はこれから美味い酒飲みに行くから早くしてくれないか?」
ガイがそう言った直後、仮面の男は腰に装備したホルスターから、この世界では何処にでもありそうな自動拳銃を取り出す。じゃきっと音を立ててスライドを引き、1発の弾丸を装填し、銃口をガイの方に向ける。そして、トリガーを引いた途端、裏路地にバンッと発砲音が響き、弾丸は体を突き抜けた。
「おいおい、出会っていきなりの不意打ちかよ。やるねぇ~。でも、残念。街中で撃ったところで俺にダメージなんて……うっ……」
相手を挑発するかのように笑うガイだったが、急に胸を抑えて苦しみ出した。
「お前……な、何者、だ……?」
「俺と、この銃の名は
仮面の男の言葉を聞いたガイの身体は消滅し、回線切断を知らせる文字が表示される。
仮面の男は拳銃をホルスターに戻し、左手でメニューウインドウを操作してログアウトした。
直後、誰もいなくなったこの場に、建物の陰からプレイヤーが1人出てきた。黒いニット帽を深く被り白い布で顔の下半分を隠した男だ。彼は、赤と黄色の玉が着いた算盤のようなものを取り出し、赤い玉を1つスライドさせて動かした。
「これで3人目か」
そう言って黒いニット帽の男に近づいて来たのは、黒いボロ切れ布のようなフード付きのポンチョを身につけた男だ。男の顔はフードを深くかぶっていて口元しか顔が見えていない。
「この様子だと随分と順調みたいだな」
フードを深く被った男の問いに、黒いニット帽の男はコクリと頷く。
「次のターゲットは決まっているのか?」
「もちろん……」
「そうか。だったらこれからも楽しめそうだな」
黒いニット帽の男は赤と黄色の玉が着いた算盤を懐にしまい、仮面の男に続くように手でメニューウインドウを操作してログアウトした。そして、この場に残ったのはフードを深く被った男だけとなった。黒いボロ布から見える口元は笑っていた。
「まさか任務でGGOにログインしたら、懐かしい奴らと出会うとはな。しかも、面白そうなことをやってやがる……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2025年12月7日
「あの、本当にここで間違いないんですか?」
「ああ、間違いない」
「だったらせめて俺たちが入りやすい店にして欲しかったですよね」
「ああ。後で俺たちを呼び出した奴に文句言ってやろうぜ」
俺とカズさんが今いるのは、銀座にある上品なクラシックが流れ、高級感あふれる喫茶店。セレブなマダムたちが8割を占め、間違いなく高校生の俺たちにとって場違いなところだ。
入り口付近で迎えてくれたウエイターさんに「待ち合わせです」と答え、高級感あふれる喫茶店内を見渡すと、奥にある窓際のテーブルの方から俺たちを呼ぶ大声が聞こえた。
「おーい!キリト君、リュウ君、こっちこっち!」
声がした方を見ると、太い黒縁眼鏡をかけ、スーツを着た男性が無邪気な笑みを見せながら手を大きく振っている姿が目に入った。当然のこと、店内にいたお客さんたちの視線は、奥にある窓際のテーブルへと集まっている。
何処かの物理学者みたいに「最悪だ」と口に出したくなるほどだ。
俺とキリさんは気まずい思いをしながら、奥にある窓際のテーブルへと向かい、スーツを着た男性の向かい側にあるイスへと腰を下ろした。すると、ウエイターさんがお冷とお絞りとメニューを差し出してきた。
俺たちの目の前に座っているスーツを着た男性は《菊岡誠二郎》。とてもそうは見えないが、彼は総務省の《仮想課》というところに勤めている国家公務員のキャリア組の人だ。
菊岡さんと初めて出会ったのは、今から1年前……SAOから帰還してから間もない頃だ。かつてはSAO対策チームのリーダーも務めており、両親の次にやって来たのがこの人だった。
「あの菊岡さん。できれば俺たちが入りやすい店にしてほしかったんですけど……。ここって明らかに高そうですし……」
「この店は僕のオススメなんだ。あ、それとここは僕が持つから、お金のことを心配しないで何でも好きに頼んでよ」
「言われなくてもそのつもりだ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
高圧的に言うカズさんのことを気にしながらも菊岡さんに一言礼を言い、メニューに目を通す。
メニューには《シュー・ア・ラ・クレーム》とシュークリームだと思うものがあるが、その値段が1200円だった。これを見た瞬間、 絶対に値段がおかしいと思った。シュークリームなんて、コンビニやスーパーでこの値段の10分の1くらいで買えるくらいだし、ケーキ屋とかでもここまで値段は高くはない。更に下に書いてあるメニューに目を通すが、ほとんどが4ケタの値段のものだった。
隣に座っているカズさんも値段の高さに驚いたような反応を見せつつも、何とか平静を装った声でウエイターさんに注文する。
「ええと……パルフェ・オ・ショコラ……と、フランボワズのミルフィーユ……に、ヘーゼルナッツ・カフェ」
カズさんが頼んだものは合計で3900円だ。改めて思うけど、これは完全に別世界の値段だ。
ウエイターさんはカズさんが注文したものをメモすると、俺の方を見てくる。
「こ、このシュー・ア・ラ・クレーム……と、エスプレッソでお願いします……」
俺はとりあえずこの2つだけ頼む。カズさんのより安く済んだが、これだけでもかなりのものとなった。
「かしこまりました」
注文を終えるとウエイターさんはそう言い、この場から去っていく。
俺はメニューをテーブルの脇に置いて菊岡さんに問いかけた。
「それで今回は何の用ですか?SAOとALOの事件のことは菊岡さんも随分と知っているはずだと思いますけど……」
俺はこれまでに何度か菊岡さんに、SAOとALOの事件のことを教えて欲しいと呼ばれたことがあった。今回もどうせ今までと同じ理由で呼ばれたんだろうとそう思っていた。
「いや、今回は違う用件で君を呼んだんだ。キリト君はもう察しがついていると思うけど……。とりあえず、これを見てくれ」
菊岡さんは足元に置いてあるカバンの中からゴソゴソとタブレットを取り出して操り、俺たちに差し出してきた。
受け取って見てみる。液晶画面には、見たことのない男性の顔写真とその人のプロフィールが表示されていた。
「誰だ?」
カズさんがそう聞くと菊岡さんは話し始めた。
「彼は茂村保、26歳。先月の14日に、彼が住んでいたアパートの大家が発見した。この時すでに死後5日半の状態だったんだ。部屋は散らかっていたが荒らされた様子はなく、遺体はベッドの横になっていた。そして頭には……」
「アミュスフィアか……」
カズさんがそう言うと菊岡さんは軽く頷く。
「その通り。変死ということで司法解剖が行われ、死因は急性心不全となっている。彼は心臓が弱かったということはなく、原因は不明のままなんだ。死亡してから時間が経ちすぎていたし、犯罪性が薄かったこともあってあまり精密な解剖は行われなかった。ただ、彼はほぼ二日に渡って何も食べてないで、ログインしっぱなしだったらしい」
飲まず食わずの状態で2日間ログインしっぱなしというのは珍しくない。仮想世界で食事をすると現実世界でも満腹感が発生する。それが原因で栄養失調になって病院に運ばれたり、最悪の場合死亡するケースはよくあることだ。しかし、今回のは明らかに違う。
「彼のアミュスフィアには《ガンゲイル・オンライン》……通称《GGO》というゲームだけがインストールされていたんだ」
「ガンゲイル・オンライン……GGO って確か銃火器がメインのゲームですよね」
「ああ。日本で唯一《プロ》がいるMMOゲームであるらしいぞ」
カズさんと話していると、先ほど俺たちが頼んだものが来てテーブルに並べられる。そして、菊岡さんは話を再開した。
「彼はGGOで、10月に行われた最強者決定イベントで優勝したそうだ。キャラクター名は《ゼクシード》」
「その人は死んだときもGGOにいたんですか?」
「いや、亡くなった時には《MMOストリーム》というネット放送局の番組に、《ゼクシード》の再現アバターで出演中だったようだ。ログで時間がわかっている。ここからは未確認情報なんだけど、ちょうど彼が発作で起こした時刻に、GGOの中で妙なことが有ったってブログに書いてるユーザーがいるんだ」
「「妙?」」
カズさんと声を合わせ言う。
「GGOにある酒場で問題の時刻ちょうどに、1人のプレイやーがおかしな行動をしたらしい。なんでも、テレビに映っているゼクシード氏の映像に向かって、『裁きを受けろ』、『死ね』と叫んで銃を発射したということだ。それを見ていたプレイヤーの1人が、偶然音声ログを取っていて、それを動画サイトにアップした。ファイルには日本標準時のカウンターも記録されていて、テレビへの銃撃と茂村君が番組出演中に突如消滅したのがほぼ同時刻なんだ」
「じゃあ、菊岡さんはまさかそのプレイヤーに撃たれてゼクシードは死んだって言いたいんですか?いくら何でも、そんなことあり得ませんよ」
「偶然なんじゃないのか?」
俺たちはどうしてもそのことが信じられなくて否定し、各々が頼んだものを口に運ぶ。
「実はこれと似たようなことが他に2件あるんだ。被害にあったプレイヤーの名は、《うす塩たらこ》と《ガイ》。2人ともGGOでは名の通ったプレイヤーだった。でも、2人揃って茂村君の時と同様に、住んでいるアパートで亡くなっているのが発見されたんだ」
更に2人も死んでいたなんて。これは明らかに偶然ではなさそうだ。
「2人はGGOの方だね。うす塩たらこは、スコードロン……ギルドの集会に出ていたところを乱入してきたプレイヤーに撃たれてすぐに落ちたらしい。ガイの方は目撃者はいないけど、ゼクシードとうす塩たらこを撃ったプレイヤーに撃たれた可能性が高い」
「あの、ゼクシードたちを撃ったプレイヤーの名前はわかりますか?」
「本当の名前かどうかはわからないけど、《シジュウ》……《デス・ガン》と名乗っていたらしい。恐らく、死の銃って書いて
考え込んでいる中、カズさんが菊岡さんに問いかけた。
「この3人の死因は心不全で、脳に損傷はなかったのか?」
「僕もそれが気になって、司法解剖を担当した医師に問い合わせたが、脳に異常は見つからなかったそうだ」
ゲーム内で死んで現実世界でも死ぬとなると脳に何かあったことが十分に考えられる。だけど、ナーヴギアと違ってアミュスフィアにはそんな力はない。ALO事件の首謀者の1人、蛮野卓郎も自殺した時にはナーヴギアを改造したマシンを使ってたからな。
一瞬、ゲーム内の銃撃でプレイヤー本人の心臓を止めたのではないのかとも思ったが、そんな非現実的なことはまずあり得ない。
「それでここからが本当の本題なんだ。君たちにはガンゲイル・オンラインにログインして、この《死銃》なる男と接触してくれないかな?」
にっこりと無邪気な笑顔を見せる菊岡さん。カズさんはそんな彼に最大限冷ややかな声をぶつける。
「接触ってことは『撃たれて来い』っていうことだろ」
「いやあ、まあ」
ハハハと笑う菊岡さんに一瞬イラッとするが、なんとか堪える。だが、カズさんは無理だったようだ。
「ヤダよ!何かあったらどうするんだよ!リュウ、帰るぞ!」
カズさんは立ち上がろうとするが、菊岡さんが彼の袖を掴む。
「ちょっと待って!この《死銃》氏はターゲットにかなり厳密なこだわりがあるようで、君たちにしかできないんだ!」
声を大きく上げている2人のせいで、店内にいた他の客たちは俺たちの方へと注目する。これはマズイと思った俺は、2人を黙らせて、席に座らせる。そして、話は再開した。
「厳密なこだわりっていうのが、強いプレイヤーじゃないとダメだってことなんだ。ゼクシードたちはGGOで名の通ったトッププレイヤーだったから多分……。茅場先生が最強と認めた君たちなら……」
「無茶言うな。GGOってのはそんな甘いゲームじゃないんだ。それに、銃に関しては俺たちは専門外なんだぞ」
カズさんの言う通りだ。GGOには《ゲームコイン現実還元システム》という、ゲーム内で稼いだお金を現実世界のお金に還元できる仕組みになっている。平均的プレイヤーは月に数百円ほどだが、プロとなると20万から30万ほど稼ぐらしい。そんな人たちが相手となると、ずっと剣で戦ってきた俺たちにとってはかなり荷が重すぎる。
「俺もカズさんと同意見です。それに、死銃を探すんでしたら、俺たちに依頼するよりも運営企業を当たってログを解析した方がすぐに見つかるんじゃないんですか?」
「そのことなんだけど、GGOを運営している《ザスカー》という企業はアメリカサーバーを置いてるんだ。現実の会社の所在地はおろか、電話番号もメールアドレスも未公開だから無理なんだよ」
所在地から電話番号もメールアドレスまで非公開ってかなり怪しい企業だな。だから、俺たちに頼んできたってわけか。
「とまあ、そんな理由で、真実のシッポを掴もうと思ったら、ゲーム内で直接の接触を試みるしかないわけなんだよ。もちろん万が一のことを考えて、最大限の安全措置は取る。2人にはこちらが用意する部屋からダイブしてもらって、モニターしているアミュスフィアの出力になんらかの異常があった場合はすぐに切断する。銃撃されろとは言わない、君たちの眼から見た印象で判断してくれればそれでいい。報酬もこれくらい出す。行ってくれるよね?」
菊岡さんが提示してきた報酬の値段というのが現実世界で1人30万円。俺とカズさんで合わせて60万円となる。高校生の俺たちにはまず手に入らない大金だ。何だか断れない空気になってきたな。
――ああ、最悪だ。今日という日を、俺はきっと後悔する。
なんてまたしても何処かの物理学者みたいなことを思ってしまう。
まあでも、SAOの時と同様に仮想世界での死が現実でも再現されるというのは見過ごすわけにはいかない。
「わかりました。これ以上、人の命を奪われないようにするためにも俺は行きますよ」
俺が言葉を聞いたカズさんは、深くため息を吐いてから言った。
「リュウが行くっていうなら、俺が行かないわけにはいかないだろ。アンタにまんまと乗せられるのはシャクだけどな……」
「ありがとう、2人とも」
菊岡さんは俺たちにお礼を言った後、ワイヤレス型のイヤホンを差し出してきた。
「今から聞いてもらうのは、 死銃の声なんだ。何か手掛かりになればいいんだけど……」
俺たちがそれぞれ片方の耳に入れると、菊岡さんはタブレットを操作する。すると、イヤホンから男の声が聞こえてきた。
『これが本当の強さだ!愚か者どもよ、この名を恐怖とともに刻め!俺と、この銃の名は死銃……デス・ガンだ!』
これは最初の死銃による襲撃事件の音声ログだ。声だけだが、本当の殺人者のようにも思えるようなものだった。
――
話の展開などは基本的に旧版のものとあまり変わらず、所々修正しただけとしました。旧版でもでしたが、この章は仮面ライダーネタを多くやっていきたいなと思います。
今回だけでもリュウ君が戦兎みたいに「最悪だ」と言ってましたが、これから先何回も言う羽目になるかと思います(笑)
次回はリメイク版で彼女が初登場します!
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第2話 銃の世界の戦い
この間、リアルの方で色々あって書く意欲がなくなってましたが、無事に投稿することができてよかったです。松本梨香さんの『Go! Now! ~Alive A life neo』の歌詞にある「今にもあの痛みに心が折れそうでも、案外思ってるより僕らはずっと強いものだぜ」のところには本当に励まされた気分になりました。
リーファ/直葉の声を務めている竹達彩奈さんとエレンの声などを担当している梶裕貴さんと結婚したことには驚きました。おめでとうございます。
リメイク版ファントム・バレット編第2話になります。
2025年12月7日 GGO内・荒野フィールド
今ではすっかり廃墟と化した旧時代に建てられた高層建築物が点在する荒野。その上空に広がる空は太陽が傾き始めてオレンジに染まっている。後一時間もすれば夜になるだろう。
俺は同じスコードロンのメンバーたちと共に、ターゲットであるターゲットのスコードロンを待ち伏せていた。戦闘に備えて《M4カービン》と《ベレッタ 92》のチェックをしていると、メンバーの1人である短機関銃を腰にぶら下げた男……ギンロウがぼやく声が耳に入ってきた。
「おいダインよう、ほんとに来るのか?ガセネタじゃねぇのかよ?」
ダインと呼ばれたこのスコードロンのリーダーは、愛用しているアサルトライフルに弾丸を詰めながら答えた。
「奴らのルートは俺自身がチェックしたんだ、間違いない。どうせモンスターの湧がよくて粘ってるんだろう。そのぶん分け前が増えるんだ。文句言うなよ」
「でもよぉ、今日の獲物は先週襲った連中なんだろう。警戒してルートを変えたってこともあるんじゃねえのか?」
「モンスター狩りトップスコードロンっていうのは何度襲われても、それ以上に稼げればいいと思っているのさ。俺たちみたいな対人スコードロンには絶好のカモだ。アルゴリズムで動くモンスターみたいなもんだよ。プライドのねえ連中だ」
正直言うとダインのやり方が気に入らない。文句の1つでも言ってやりたかったが、今ここで同じスコードロン内で言い争うになると面倒だと思い、ダインたちの会話を黙って聞いていた。
「けどよぉ、連中が何か対策を立てているかもしれねえだろ?対人用の実弾銃が用意しているとかよ」
「モンスター用に光学銃ばっかり揃えている奴らが、たった1週間で対人用の実弾銃をたくさん用意出来るわけないだろ。精々支援火器を一丁仕入れるぐらいが関の山だ。それに、そいつはGGO1のスナイパーが潰す。作戦に死角はねえよ。なあ、《シノン》」
ダインに聞かれた俺の隣に座っている水色の髪の少女……シノンはマフラーに埋めた顔を少し動かし、頷いた。
「ま、そりゃそっか。シノンの遠距離狙撃がありゃあ優位性は全く変わらねえや!まぁもしも何か起こった時は俺がバッチリフォローしてやるからよ」
ギンロウはサブマシンガンを持ち、カッコつけて構える。そして、四つん這いでシノンに近寄ってきた。
「でさぁ、シノっち~。今日この後時間ある?俺も狙撃スキル上げたいんで相談に乗ってほしいなーなんて。それに良いガンショップも見つけたんだ~。ついでにお茶でもどうかな~?」
この様子だと完全にシノンに色目を使っているようだな。
何だかクラインを見ているようで呆れてしまう。どうして俺の周りにはこういう奴らがいるんだか。
「……ごめんなさい、ギンロウさん。今日はリアルでちょっと用事があるから」
困り気味の様子を見せるシノン。
GGOはALOと比べ、圧倒的に女プレイヤーが少ない。仮にいたとしてもまさに女兵士といったようなアバターばかりで、シノンのような小柄で華奢なアバターはなおさらだ。
シノンは女兵士のようなアバターを希望していたこともあり、GGOを始めた当初はアカウント削除をしようとキャラを作り直そうとしていた。だが、シノンをこのゲームに誘った友人が「勿体無い!」と強硬に主張して阻止。その結果、後戻りできないところにまでレベルを上げ、このアバターのままでプレイしている。
だが、このような姿のアバターだから男プレイヤーから厄介な申し出は時折あり、俺が割って入って阻止したことも何度かある。
「そっかー、シノっちは、リアルじゃ学生さんだっけ?レポートかなんかかな?」
「……ええ、まぁ」
シノンは俺のコートをそっと掴んできた。流石にこれ以上はと思い、俺はギンロウを威圧するかのように言い放つ。
「おい、いい加減にしろ。シノンが困っているだろ。それにリアルの話を持ち出すな」
「何だよ、カイト。いつもいつもシノっちへの誘いを邪魔してよぉ……」
すっかり不貞腐れてしまったギンロウは、他のメンバーのところへと戻って行った。するとシノンが俺にそっと声をかけてきた。
「ありがと、カイト。助けてくれて」
「別に。ただギンロウが鬱陶しくてやっただけだ」
「それでも私は嬉しかったよ」
そう言ってシノンはマフラーで再び口元を隠す。シノンの頬が少し赤くしているように見えたが、気のせいだろう。
「来たぞ」
崩れかけたコンクリート壁の穴から双眼鏡で偵察をしていスコードロンのメンバーが声をあげる。
「ようやくお出ましか」
そう言ってダインは双眼鏡を受け取り、敵の確認を始める。
俺も持っていた双眼鏡を取り出し、敵の方を見る。
「確かにアイツらだ。人数は7人……先週より1人増えてるな。光学系ブラスターの前衛が4人。大口径レーザーライフルが1人。それに実弾銃……ミニミが1人、狙うならコイツからだ。最後の1人はマントを被ってて、武装が見えないな」
最後の1人が気になり、双眼鏡を取り出してマントのプレイヤー見る。そんな中、ギンロウが声をあげる。
「マントだって?噂の《デスガン》じゃねえのか?」
「まさか、そんなもん存在するわけないだろ。多分、アイツはSTR全振り型の運び屋だな。稼いだアイテムやら弾薬やエネルギーパックを背負ってるんだ。武装は大したこと無いだろ。戦闘では無視していい」
ダインはそう言うが、俺にはあのマントのプレイヤーがただの運び屋には見えなかった。そのことがどうしても気になり、ダインに意見する。
「いや、狙うならマントの奴からの方がいい」
「何故だ?大した武装もないだろ?」
「本当にそうだと言い切れないだろ」
「私もカイトの意見に賛成するわ。それに、あの男は不確定要素だから気に入らないからね」
シノンは俺の意見に賛同してくれる。
「それなら、あのミニミの方が不安要素があるだろ。あれに手間取ってる間にブラスターに接近されたら厄介だぞ」
確かにダインの言う事も間違ってない。光学銃の対策として俺たちには《対光学銃防護フィールド発生器》がある。だが、それは距離が近づくにつれて効果は薄くなり、接近されれば敵に圧倒されてしまう可能性だって十分ある。
結局、ミニミ持ちから狙撃することになり、マントの男はその次に可能だったら狙撃するという結果になった。
「おい、喋ってる時間はそろそろないぞ。距離2500だ」
偵察していた奴がダインから返却してもらった双眼鏡を除いて言った。ダインは頷き、俺と他のアタッカーの方を見る。
「よし、俺たちは作戦通り正面のビルの影まで進んで敵を待つ。シノン、状況に変化があったら知らせろ。狙撃タイミングは指示する」
「了解」
シノンは短く答え、再びライフルのスコープに右目を当てた。
「行くぞ」
ダインがそう言い、俺たちはシノンを残して持ち場へと急ぐ。その時、ライフルのスコープに右目を当てながらシノンが俺に声をかけてきた。
「カイト、頑張ってね」
「ああ。シノンお前もな。期待してるぞ」
そう言い残し、高台の後方から滑り降りていく。
配置に着くとすぐに攻撃できるよう、《M4カービン》をスタンバイする。ダインは全員配置に付いたのを確認すると、シノンに無線で知らせる。
『位置に着いた』
『了解。敵はコース、速度ともに変化なし。そちらとの距離400。こちらからは1500』
『まだ遠いな。いけるか?』
『問題ない』
『よし、狙撃開始』
『了解』
『頼むぜシノン』
ここでシノンとダインの通信は終わり、辺りは緊迫した空気に包まれる。
この数秒後、ターゲットとなっていたミニミ持ちのプレイヤーはポリゴン片となって消滅。
奴の持っていたミニミはその場に落ちた。
これを見ていた俺は、改めてシノンの狙撃の腕、そしてアイツが持つ銃の威力は凄いなと思った。
シノンが持つ銃は《PGM・ウルティマラティオ・へカートⅡ》という、現実世界では
シノンの話によると、この銃は今から3ヶ月前にGGO内にある首都《SBCグロッケン》の地下にある最高レベルの危険度を持つダンジョン奥深くに迷い込み、そこで遭遇したボスモンスターと何時間もかけて戦った際に手に入れたものだという。
敵は仲間がやられたことに動揺し慌てている。だが、マントを被った男だけは慌てた様子を見せることはなく、シノンがいる方を凝視していた。
シノンは続けてマントの男にも放つが、マントの男は《弾道予測線》のおかげもあって軽く横にずれて回避。
『第一目標
『了解。シノンはその場に待機。ゴーゴーゴー!!』
ダインの掛け声と共に、俺たちは走り出す。
敵のスコードロンが光学系ブラスターを放ってくるが、防護フィールドのおかげで俺たちへのダメージは0に等しいものとなっている。
俺と何人かのメンバーは途中で瓦礫の陰に一旦身を隠し、様子を伺うことにした。
最前線を走っていたギンロウは、射程距離まで来るとサブマシンガンを構えて敵に目掛けて撃ち始め、1人を倒すことに成功し、すぐ側の岩陰に隠れた。敵をすぐに1人倒したことですっかり余裕を見せていた。
俺もギンロウに続いて敵を倒そうと更に前に出ようとした時、最後尾を歩いていたマントの男が身を纏っていたマントを剥ぎ取った。
よく見てみると、奴が背負っていたのは、アイテム運搬用のバックパックではなくて重機関銃だった。
名前は確か《GE・M134ミニガン》。簡単に言ってしまうとガトリング砲だ。本来あれは、ヘリコプターなどに取り付けて使い、7.62ミリ弾を秒間100発言う狂気じみた速度で撃つものだ。
ミニガンと予備の弾丸を合わせるとかなりの重量となっている筈…。そうか、敵のスコードロンが来るのが遅かったのは、あのミニガン使いの過重状態のペナルティに合わせて移動していたからだったのか。俺ら前にいたギンロウに大声で叫ぶ。
「ギンロウ、今すぐ逃げろっ!!」
『はっ?何慌てているん……うあわああああああっ!!」
直後、凄まじい銃声が響き渡り、弾丸の雨をまともに受けたギンロウは断末魔を上げて消滅した。
このままではマズイと思った俺は急いで後ろの方にある物陰に後退しようとする。だが、今度は違うところから俺に2本の《弾道予測線》が向かってきた。
それに気が付いて横に回避した途端、数発の弾丸が俺の横をかすめる。
俺は《弾道予測線》来た方に《M4カービン》の銃口を向けて応戦する。しかし、俺が撃った銃弾は簡単にかわされてしまう。
「敵は
ソイツは白い中折れハットと白いスーツを着用しているハードボイルドという言葉が似合う中高年の男だった。両手にはサイズが大きめの黒い拳銃が二丁握られていた。
あの銃は《スカルマグナム》。殺傷能力が高いだが、その分重量が高くて片手で扱うのは難しいと言われている拳銃だ。
あの格好にそれを二丁同時に扱える奴となると
ここは一旦引くしかないと思い、持っていたグレネードを白いスーツの男に目掛けて投げつける。数秒後、グレネードは爆発。この隙に俺は奴の元から全速力で逃げた。
なんとか廃墟ビルディングまで辿り着き、そこにあるコンクリートの壁に隠れていたダインたち、そして後方にいるはずのシノンと合流することができた。だが、状況はいいものではなかった。この状況の中、ダインが呟いた。
「奴ら、用心棒を呼んでやがった。あのミニガン使いは《ベヒモス》っていう、北大陸を根城にしているマッチョ野郎だ。カネはあるが根性のねぇスコードロンに雇われて、護衛のマネごとなんかしてやがんだ」
「用心棒か。それなら、あのミニガン使いだけじゃないぞ」
「どういうことなんだよ、カイトっ!?」
「ベヒモスの他に《スカル》もいたんだよ。お前も知っているだろ?」
俺の口から出たスカルという言葉にダインだけでなく、この場にいた全員が顔色を変える。
スカルとは白いスーツの男のプレイヤー名だ。奴は一流の二丁拳銃使いと言われ、前回のBoBではベスト5に入ったほどのプレイヤーだ。スカルもたまに用心棒の仕事を引き受けているとは噂で聞いたことあるが、まさかここで出会うことになるとはな。
あの2人を雇ったということは、奴らは俺たちをこの場で完璧に叩き潰すつもりなのだろう。
すると、シノンはここにいる全員に聞こえるだけのボリュームで言う。
「このまま隠れていたらすぐに全滅する。スカルの方はともかく、ミニガンはそろそろ残弾が怪しいはず。全員でアタックすれば派手な掃射は躊躇うかもしれない」
「無理だ。スカルだけじゃなくてブラスターも3人残ってるんだぞ! 突っ込んだら防護フィールドの効果が……」
「ブラスターの連射は実弾銃ほどのスピードじゃない。半分は避けられる」
「無理だ!突っ込んでもミニガンにズタボロにされるか、スカルに狙われるだけだ。……残念だが、諦めよう。連中に勝ち誇られるくらいなら、ここでログアウトして……」
「今ログアウトした所で、逃げられる訳じゃない」
シノンの言う通り、今ログアウトしても逃げられるわけではない。
ALOでも言えることだが、圏外であるここでログアウトしても、数分間アバターは残る。依然として敵の攻撃の対象になり得る。低確率で、武器や防具のランダムドロップも発生することだってある。
「なんだよ、ゲームでマジになんなよ!どっちでも一緒だろうが、どうせ突っ込んでも無駄死にするだけ……」
「なら死ね!」
すっかり戦意喪失しまっているダインに、シノンはダインの首元を掴んで叫んだ。
「せめて、ゲームの中でぐらい、銃口に向かって死んで見せろ!」
普段から冷静でいるシノンがこんな感情的になるのは珍しいことだ。
「3秒で良い、ミニガンの注意を引きつけてくれれば、私がヘカートで始末する。二手に分かれて、左右から一斉に出る。この間に、スカルが来たら片方がスカルの相手をして時間を稼ぐ」
「わ、わかった」
1人の仲間がつっかえながらもどうにか応え、残り2人も頷いた。だが…
「いや、スカルは俺1人で何とかする」
「カイト、一人で大丈夫なの?」
「ああ。スカルは
シノンも始めはダインたちと驚いた表情を見せていた。だが、俺が最後に言ったことを聞いてから少し間を開けて俺に笑みを見せる。
「じゃあ、スカルの方はあなたに任せるわ」
「ああ。お前たちも絶対にあのミニガンを倒せよ」
「ええ」
最後にシノンと短い会話を交わし、俺はスカルがいると思われる方へと走っていく。
廃墟ビルディングがなくなる前にあるコンクリートの壁に一旦身を寄せ、荒野の方を見渡す。すると、岩陰からタバコの煙が上がっているところが目に留まった。
「戦闘中にもかからわずタバコをふかしているってことは、あの男にはかなり余裕があるってことか。面白い」
俺は笑みを浮かべ、メニューウィンドウを開き、《M4カービン》の代わりに鍔が銃身になっている銃剣を新たに装備する。
これは《無双セイバー》。鍔の後部にあるスイッチを引くことで弾を数発装填し、その後に前部にあるトリガーを引くことで強力な弾丸を発射できる。更に高い切れ味を持つ刃で接近戦でも敵と戦うことができるという武器だ。重火器メインのGGOでは接近戦用の武器は接近する前にやられてしまうことが多く、無双セイバーのようなものは使い勝手が悪いと言われている。
だが、《SAO》の頃からずっと刀を使ってきた俺には何も問題はない。むしろ扱うなら銃よりも刀の方がいいくらいだ。
鍔の後部にあるスイッチを引き、弾丸を数発補充する。
「よし、行くか!」
コンクリートの壁の陰から出るとAGIパラメータ支援を全開にし、猛ダッシュする。身を隠そうなどとはもう思っていない。
俺の気配を察知したスカルも岩陰から出てきて二丁のスカルマグナムの銃口を俺に向ける。
「あんな武器で挑んでくるとはな……」
そう言ってトリガーを二丁同時に引き、銃声が上がって銃口から俺に目がけて弾丸が放たれる。
俺は弾道予測線を見切り、1発目は横に軽く動いて避け、2発目は無双セイバーで斬った。
「何っ!?」
今の俺を見たスカルは一瞬驚きの表情を見せつつも、すぐに二丁のスカルマグナムを連射。対して俺は的確に避けつつ、無双セイバーの刃で防いだり、斬っていく。無双セイバーの刃と弾丸がぶつかり合う度に火花を散らしていた。
俺とスカルの距離は徐々に短くなっていく。それでもスカルは焦る様子は見せず、適格に連射をし続けていた。
避け切れなかった弾丸が数発左腕に命中するが、俺は無双セイバーのトリガーを引いて応戦する。放たれた5,6発の内2発の弾丸がスカルの脇腹に命中し、相討ちとなる。
初めて俺の攻撃を受けたスカルは一瞬だけ怯んだ。
チャンスは今しかない。
俺は地面を蹴り、刀スキル《緋扇》を再現して上下に素早く斬り分けてから 最後に一拍をおいてから突きを繰り出した。
斬撃をまともに喰らって倒れるスカル。数秒後にはアバターも消滅するだろう。
「やるな、兄ちゃん。楽しかったぜ……」
「ああ、俺も楽しかったぞ、スカル」
スカルは満足したというような表情をし、この場から消滅した。
俺とスカルの戦いが終了したことを確認すると、シノンたちが戦っている方を振り向いてみる。先ほどまで聞こえていた銃声や爆音がしないということは、向こうでも決着がついたようだ。最後に聞こえた銃声からすると、どうやら勝ったのはシノンみたいだな。
俺は無双セイバーを片手に持ち、シノンがいる方へと歩き出した。
シノン押しの皆さん、お待たせしました。ついにリメイク版でもシノンを登場させることができました。シノンはこの章から主要キャラの仲間入りになります。
そして、最近リメイク版ではMORE DEBAN状態だったクールなイケメンのカイトさんが登場。旧版を見てくれていた方は知っていると思いますが、この章ではカイトさんがリュウ君に負けないくらい活躍させたいなと思っています。余談ですが、今回の話でカイトさんに伝説の死亡フラグのセリフである「時間を稼ぐのはいいが、別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」を言わせたかったのですが、このセリフを言うのは
敵として登場したのはダブルの鳴海荘吉さん……ではなくスカルという二丁拳銃使い。旧版では地獄兄弟のカブトの矢車と影山でしたが、銃使いとして荘吉さんの方が合うなど様々な理由があってリメイク版ではこのように変更させていただきました。最終的にカイトさんの咬ませ犬になってしまいましたが、映画とか原作を見ると彼が少しでも活躍できそうな場があったので、見せ場を作りたいなと思っています。
次回もよろしくお願いします。
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第3話 消えない記憶
アリシゼーション編後半の映像が少し公開されて見ましたが、たった数秒だけでも凄く楽しみだなと思いました。秋の放送に向けて少しでもアニメに追いつきたいなと思っています。
そして、7月17日には令和初となる仮面ライダーの発表が決定。この頃は忙しいですが、どういう仮面ライダーなのか今から気になっています。もちろん、ジオウの本編と映画も楽しみです。
ここ最近は色々ありましたが、楽しみなことを糧に前向きにいきたいなと思っています。
今日の授業が終了し、俺は長年隣に住む1つ年上の幼馴染の響と一緒に家を目指していた。
日を追うごとに気温が下がっていき、冷たく乾いた風が頬を叩いている。季節も秋からすっかり冬へと移り変わっていた。
「今日もALOにログインしないのか?」
「ああ。今日だけじゃなくてこの1週間は無理だ。もうすぐ大会も始まるからな」
「だったら仕方ないか。近いうちに新生アインクラッドの第21層から第30層までアップロードされるらしいから、その時にはちゃんと参加してくれよ。アスナは特に張り切っているからな」
「わかってる」
話をしながら歩いている内に、家の前まで着いた。そこで響と別れ、持っていた鍵を使って玄関の扉を開け、家の中へと入る。
家の中は静まり返っており、誰もいる気配はない。親父とお袋は仕事が忙しくて家を空けることが多く、俺は昔から鍵っ子だった。俺には大学生の姉と中学生妹がいるが、2人とも大学のサークルや部活があるため、まだ帰って来ない。
自室に行き、リュックサックを机の上へと置く。服も制服から私服に着替える。早速GGOにログインしようかとアミュスフィアに手を伸ばそうとした時、朝に姉貴から学校帰りにドラッグストアで洗剤を買ってくるようお願いされたのを思い出した。
すっかり忘れてしまっていた俺は、急いでアーケード街にあるドラッグストアへと向かうことにした。
アーケード街には時間帯も影響しているためか、買い物袋を手に持った主婦や学校帰りの学生が所々で見られる。
ドラッグストアで洗剤を買い、家に帰ろうとしている途中、2つの建物の隙間にある狭い路地から声が聞こえ、何なのか気になって振り向く。そこには他校の服を着た女子生徒が4人いた。だが、3人が1人を囲んでおり、何か様子がおかしい。よく目を凝らして見てみると、囲まれている女子生徒は見覚えがある顔だった。
「あそこにいるのってまさか……」
近づき、彼女を呼ぶ。
「朝田?」
3人に囲まれているメガネをかけた黒髪ショートの女子生徒が反応する。
「か、神崎君……」
彼女は《朝田詩乃》。朝田とはGGOのソフトを買おうとした際に知り合い、その縁もあってゲーム内でも共に行動することが多い。《冥界の女神》の二つ名を持つ凄腕スナイパー、シノンの正体でもある。
「おい、どうかしたのか?」
今の朝田は顔色も悪く、立っていられるのもやっとの様子だ。この状況を見る限り、この3人から恐喝を受けていたようだ。
俺は恐喝の首謀者だと思う女子を睨み、怒りがこもった声で問う。
「お前ら、朝田に何したんだ?」
「な、何もしてないよ!ただ、朝田が急にこうなっただけだよ!」
首謀者だと思う女は俺にビビりながらも答え、取り巻きの2人も「そうだ」と言う。だが、俺は首謀者の女が朝田のサイフを持っているのを見逃さなかった。
「何もしてないか……。なら、どうして朝田のサイフを今お前が持っているのか説明してもらおうか?」
更に殺気を出し、首謀者の女の右手首を強めに握る。
「い、痛っ!そ、それは……」
首謀者だと思う女は完全に俺にビビってしまい、まともに答えることもできなくなっていた。取り巻きの女たちもだ。
この間に首謀者の女から朝田のサイフを奪い返し、手を放して軽く突き飛ばす。
「お前たちみたいな姑息な手段を使う卑怯者が俺の視界に入るだけでも目障りだ。失せろっ!」
「「「ひっ!」」」
奴らは今にも泣き出しそうな顔し、急いでこの場から逃げ去って行った。
「ったく。大丈夫か、朝田?」
「ありがとう、神崎君……」
「早くここから出た方がいいな」
朝田にサイフを返し、彼女を支えて路地から出た。
「落ち着いたか?」
「うん、大分よくなった……」
そう言った時の朝田は、先ほどよりも顔色がマシになっている。これを見た俺は安心したと同時に、あの女たちへの怒りを抱いた。
今度会ったらただじゃ済まさないぞと思っていると、後ろから声をかけられた。
「あれ、朝田さん、隼人君?」
聞き覚えのある声だ。振り向くと、そこには黒い野球帽を被った痩せた少年がいた。
彼は新川恭二。夏休み前までは朝田の同級生だった。だったというのは、二学期以降から学校に行ってないからだそうだ。朝田から聞いた話によると、恭二は所属していたサッカー部の上級生から酷いいじめを受けていたかららしい。恭二の家は大きな病院を経営しているから、それに目を付けられたのだろう。
このことを知った時は、ソイツに文句の一つでも言ってきてやろうかとした。だが恭二に、返って大きな問題になって親や俺に迷惑をかけたくないから止められた。それ以来、このことに触れることはなくなった。
ちなみに、恭二と知り合ったのもGGOのソフトを買おうとしたした時だ。今から半年ほど前……今年の6月頃のことだ。家電量販店でレジの前に並んでいた2人の高校生組の内、1人が傘を忘れてしまいそうになった時に、話しかけたのがきっかけだった。この2人が朝田と恭二だ。それから、同じソフトを買いに来たということで2人と仲良くなり、現実でもGGOでも親交があるほどの仲となった。
「ところで何かあったの?」
「何でもない。ただ、そこで朝田と偶然会っただけだ」
恭二にはさっきのことは伏せて置き、朝田と偶然会ったということにしておいた。
「何でもないならよかったよ。それで2人とも、何か飲まない?奢るからさ」
「ほんと?」
「いいのか?」
「うん。一昨日の話を聞かせてよ。ここの裏通りに静かな喫茶店があるんだ」
数分後、恭二に案内されて裏通りにある静かな喫茶店まで来た。俺はホットコーヒー、朝田はミルクティー、恭二はコーヒーフロートを注文し、それらが来てから話が始まった。
「聞いたよ、一昨日の話。2人とも大活躍だったんだって?」
「作戦的には失敗だったわ。こっちのスコードロンは7人中4人やられたんだから」
「待ち伏せで襲ってその結果じゃとても勝ったとは言えないぜ」
「でも凄いよ。あのミニガン使いのベヒモスは今まで銃弾戦で死んだ事がないって言われているし、スカルなんて前回のBoBでベスト5に入るほどの実力者だからね」
「スカルはともかく、あのミニガン使いってそんなに有名なのか?」
「BoBのランキングでもベヒモスっていうプレイヤーの名前なんてなかったから知らなかったけど…」
俺も朝田もスカルのことは知っていたが、ベヒモスの方は知らなかった。俺たちより前からGGOをプレイしている恭二が説明し始める。
「そりゃそうだよ。いくらミニガンが強力って言っても弾薬を500発持てば重量オーバーで走れないんだ。BoBはソロの遭遇戦だから遠くから狙い撃たれて終わりさ。その分、集団戦で十分な支援があれば無敵だけどね。反則だよ、あんな武器」
子供のように口を尖らせる恭二に、朝田は微笑む。
「それなら私のへカートⅡだって思いっきり反則って言われてるよ。使う方にしてみればそれなりに苦労はあるんだけどね」
「ちぇ、贅沢な悩みだなあ。それで、次のBoBはどうするの?」
「出るよ、もちろん。前回20位までに入ったプレイヤーのデータはほとんどそろったからね。今度はヘカードを持っていくつもり。次こそは全員ころ……上位入賞して見せるわ」
朝田は『殺す』と言おうとしたところ、慌てて誤魔化した。
「朝田さん、今回は本気で行く気みたいだね。隼人君も次のBoBに出るの?」
「ああ。俺は今回はM4カービンの代わりに無双セイバーを使うつもりだ」
これを聞いた朝田はまた微笑み、恭二は驚愕する。
「む、無双セイバーの方を持っていくの?いくらスカルを倒したことができたからって、BoBでそれを使うのは自殺行為だと思うよ……」
「確かにM4カービンも悪くないが、やっぱり無双セイバーの方がしっくりくるんだ。それに、銃じゃなくて剣でも戦えるのは第1回BoBの優勝者が証明してくれただろ?」
「《サトライザー》のことだね……。まあ、確かに彼は強かったけど、今のGGOだと自殺行為って言ってもいいかもしれないよ……」
サトライザーは、ナイフとハンドガンのみで敵を次々と倒し、第1回BoBの優勝者となったアメリカ人のプレイヤーだ。しかし、第2回目BoBからは、参加資格が日本国内からの接続のみになり、大会で奴と戦うことは不可能となった。それでも俺は何か機会があれば、サトライザーと戦ってみたいとも思っている。
元々GGOを始めたのは、SAOやALOとは違う世界観のゲームをしてみたかったという興味本位だった。そんな俺が今もGGOを続けていられるのはある意味、サトライザーを目標にしているからなのかもしれない。
「確かにお前の言う通り、俺のやることは自殺行為かもしれない。だけど、それでも俺は俺のやり方で頂点を極めて見せる」
「そっか。2人とも凄いよ。朝田さんはあんな物凄い銃を手に入れて、ステータスもSTR優先。隼人君もバランス型で、銃の世界であんな戦い方ができるからさ。僕より後にGGOを始めたのに、今ではすっかり置いて行かれちゃったな」
「そんなことないぜ。恭二も前の予選は準決勝まで進んだだろ」
「いやダメさ。AGI型じゃよっぽど凄いレア銃じゃないともう限界だよ。ステ振り間違ったなぁ」
恭二が操るアバター《シュピーゲル》はGGO初期の時に流行ったタイプAGI一極型だ。
このタイプは、サービス開始半年くらいまでは圧倒的な回避力と速射力で他のプレイヤーを圧倒してきた。だが、マップが攻略されるにつれ登場した強力な実弾銃を装備するのに必要なSTR、つまり筋力値が事欠き、また銃自体の命中精度が向上することによって回避も思うようにいかなくなって、8ヶ月を経過する今では主流ではなくなった。
それでも、連射力がものを言う大口径の強力なライフル《FN・FAL》や《H&K・G3》などのレア武器が手に入れば、AGI一極型でもまだまだ一線で通用する。それに、スカルや前回のBoBで準優勝《闇風》というプレイヤーはAGI一極型だから、まだこのタイプのアバターでも十分にトップレベルでも戦えると俺は思っている。
だが、俺に言わせれば、1番重要なのはプレイヤー自身の心の強さだ。一昨日戦ったスカルも、俺に銃弾を切られても冷静沈着に戦えたのはそれがあったからだろう。
ため息混じりにコーヒーフロートを掻きまわす恭二を見た朝田は、会話を収束させようと決めた。
「じゃあ、新川君は次のBoBにはエントリーしないの?」
「うん、出ても無駄だからさ」
「もったいない気がするが、恭二は勉強もあるからしょうがないか」
「確か新川君って医学部受けるんだったよね?」
「うち、病院だからね。父さんと医学部に入学するって約束したから仕方がないよ」
恭二は夏休み以降不登校になった件で、父親と相当やりあったらしい。
恭二の父親は大きな病院を経営しており、恭二は昔から医学の道を目指すよう言われていた。話し合いの結果、自宅学習は認められ、再来年には大学入学資格検定を受けて、タイムロス無しで父親が出た有名私立大学の医学部に合格すると約束させられたことで、なんとか問題は終息したらしい。
「予備校の大検コース行ってるんでしょ?模試とかどう?」
「うん、大丈夫。順位は学校に行ってた頃と同じぐらい維持してるよ。問題ありません、教官殿」
「よろしい」
朝田に向けて敬礼する恭二。朝田も冗談めかして微笑んで答えた。俺はコーヒーを飲みながら、軽く笑みを浮かべて2人を見ていた。
「実はちょっと心配してたんだよ。新川君っていつ入ってもオンラインだもん」
「勉強は昼間にちゃんとしているよ。こういうのはメリハリが大事なんだよ」
「確かにそれは言えるな」
2人と会話を交わしながら、ふと店内の壁にかかっていた時計を見ると時計の針は18時を過ぎていた。俺は姉貴と妹が帰ってくる、朝田は晩飯の支度があるということで、今回はここでお開きとなった。
喫茶店前で恭二と別れ、朝田とは帰る方向が同じだったため、彼女を送ることにした。朝田は途中でスーパーに寄るからいいと言ってきたが、あの女たちがまたやってきた時のために買い物に付き合うことにした。
あの女たちがまた来ることもなく、買い物は無事に終了。そのまま、朝田が住むアパートへと向かった。
アパートの前まで着くと、朝田は俺にお礼を言ってきた。
「今日は本当にありがとね。送ってもらうだけじゃなくて買い物にも付き合わせちゃって。それに、あの時は助けてくれて……」
「気にするな。アイツらが目障りでやっただけだ」
そう言い、少し間をおいてから話を続ける。
「…………あんなことは、いつもあるのか?何だったら、次に何かあったら俺に知らせてくれ。すぐに駆け付ける」
「ううん、大丈夫。私も強くならないといけないから……」
自分は平気だと言っているかのように、朝田は微笑む。
「そうか、じゃあな」
俺も無理に追及しようとはせず、家へ向けて足を動かす。
家に着くと、玄関先にある照明に灯りが付いていた。姉貴か妹のどちらかが、もしくは2人とも帰ってきているのだろう。持っていた鍵で玄関のドアを開けて中に入る。灯りが付いているリビングに向かうと、姉貴と妹がいた。俺の帰りが遅かったこともあり、今日の夕食は近所にあるファミレスで済ませることとなった。その後は、家で順番に風呂に入ったりと、いつもと変わらない平日の夜を過ごす。
風呂上がりに、リビングにあるソファーに腰掛け、冷蔵庫から取った冷えたスポーツドリンクが入ったボトルのキャップを開けて一口飲む。
いつもと変わらない変わらない平日の夜。だけど、今日はどうしても朝田のことが心配で気になっていた。
朝田は、あの女たちのことはもちろん、他にも何かを抱えているような気がした。しかも、意地を張って、誰にも頼ろうとはせずに自分1人で解決しようとしている。
――何だか俺自身を見ている気がする……。
今から1年と1ヶ月ほど前まで、2年間続いたSAOでのデスゲーム。
開始されてからからしばらくの間、俺は響……ザックとコンビを組んで行動をしていた。当時は元βテスターへの評判がよくないという影響が強かったからだ。そんな中、俺たちと同世代の3人のプレイヤーたちと出会い、攻略ギルド《ナイツオブバロン》を結成することとなる。
ギルドのリーダーは、コミュ力の高いザックがやるのではないかと思っていた。しかし、ザックは「オレよりお前の方が強いし、どんなに恐ろしい敵でも屈服することなく戦えるから」と言ってきて、他のメンバーたちもザックの意見に全員揃って賛同した。そのため、ギルド名は俺が付けるという条件付きでギルドのリーダーとなった。
《ナイツオブバロン》という名には、『貴族の様に誇り高く生きる・己の弱さを自覚して這い上がる』という意味が込められている。
ギルドは小規模でありながらも、「攻略組」の一角に名を連ねるようにもなり、数多くのボス戦にも参戦した。メンバーと苦楽を共にする日々は、当時は今までで一番充実しているとも思ったほどだ。
しかし、その日々は突如終わりを迎えた。ある殺人ギルドたちの罠にかかり、俺とザックは他のメンバーたちと分断。その隙に他のメンバーたちは奴らに殺害された。
仲間を失って悲しみにくれた俺とザックは、仲間の仇を取ろうと殺人ギルドたちとの戦いに参加することとなった。俺は復讐心や殺意を抱いていたこともあり、奴らの命を奪うことに躊躇はなく、最終的に2人のプレイヤーの命を奪った。
だが、奴らとの戦いを終えてから、初めて自分が犯した罪の重さに気が付いた。いくら仇を取るためだからと言って、人の命を奪ってよかったのだろうかと何度も自分にそう問いかけた。
この罪は一生記憶から消えることはない。俺は最終的に目をそらさずに罪を受け入れることにし、これまで過ごしてきた。完全に乗り越えたとは言えないが。
こうした経緯から、朝田を自分と重ねて見てしまう俺は本当にどうかしている。今すぐにでも、こんなことを考えるのは止めようと、アミュスフィアを目に着けてベッドに横になる。
「リンク・スタート」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベッドに横なって目を閉じると、彼の姿が浮かんでくる。
彼は、不愛想でぶっきら棒なところがあるけど、優しい面もあって今日もいじめられていた私を助けてくれた。そして、銃の世界ではクールでいながらも熱い闘志を持った強いプレイヤーだ。
どちらの世界でも彼は強い。そんな彼に最初は憧れを抱いていただけだったが、次第に異性として想いを寄せるようになっていった。いつか彼にこの想いを告げることができればいいなと何度も思った。
だけど、
一生逃れることができない苦しみに、黙って涙を流していることしかできなかった。
「助けて……。誰か……たすけて……」
執筆のために原作を読み返したりしましたが、改めて遠藤とかいうあのクソ女たちに怒りを覚えました。そのため、カイトさんに軽くお仕置きをしてもらいました(黒笑)
リメイク版のカイトさんはソニックアローを使わないため、GGOをやり始めた理由がかなりシンプルなものとなりました。ですが、それだけでは物足りないので、今後の付箋になることも少し追加して入れてました。
あとは基本的に話の流れは旧版と変わらず、修正したり加筆しただけとなっています。
次回もよろしくお願いします。
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第4話 放課後デート
この間に、ジオウが終わって初の令和ライダーのゼロワンがスタートしましたね。そして、SAOアニメ第3期の後編もあと1ヶ月に。時間が経つのが早いですね。そのため、クロノスのポーズやオーディンのタイムベントを使いたいなと思うくらいです(笑)。
SAO10周年のイベントに行ってきましたが、あれは「行ってよかった!」と思うほど最高のイベントでした。そこで色々とお金を使ってしまいましたが、後悔はないです。
それでは今回の話になります。マズイですがエボルト特製コーヒーを用意しておくことをお勧めします。
2025年12月12日
とあるショッピングモールの入口前。
俺は入り口付近にあるベンチに腰掛け、ある人が来るのを待っていた。
「いよいよ明日か……」
待ち続けている中、5日前に菊岡さんから聞いたことをどうしても考えてしまっていた。
菊岡さんの話に出てきた
最初こそは偶然だろうと思っていたが、何件も発生していたとなると確実にそうとは言えない。この3件の事件に、
俺とカズさんは、この事件の真相を確かめるために依頼を受けることにした。そして、一昨日の夜に菊岡さんから「今週の土日にはダイブする場所の準備ができる」と連絡が来た。
菊岡さんは最大限の安全措置は取るとは言っていたが、殺害方法がはっきりとわからない以上、俺やカズさんだって亡くなった3人と同じように殺される可能性だってある。正直、不安で仕方がなかった。
この依頼のことは、家族にはカズさんに誘われてバイトすることになったとしか伝えてない。父さんは今年の4月から他地方に単身赴任になって月に1度しか家に帰って来なく、母さんはこの1週間は仕事が忙しいため、誤魔化すことはそう難しくなかった。だけど、
そんなことを考えていると、誰かが後ろから手で目を隠してきて、目の前が真っ暗になった。
「だ~れだ?」
聞き慣れた女の子の声。誰なのかすぐにわかり、笑みがこぼれる。
「スグだろ、バレバレだよ」
「やっぱりリュウ君には簡単だったみたいだね」
後ろから俺に目隠ししてきたのは、俺の彼女……桐ヶ谷直葉だった。学校帰りだということもあって、制服姿だ。
スグが通う高校は、さいたま市にある剣道の強豪女子高。彼女はそこで1年生でありながら、インターハイと玉竜旗のレギュラー選手に選ばれる腕前で、剣道に関しては俺もすっかり敵わなくなっている。
「難しそうな顔してたけど何かあったの?」
「いや、何でもないよ」
スグに
「時間ももったいないし、早速行こうか」
立ち上がってスグの手を取ってモールの中へと足を踏み入れる。スグも俺にいきなり手を握られて初めは頬を少し赤くして驚いたが、すぐに嬉しそうにして俺の手を握り返してきた。
2週間後はクリスマス。その影響もあって、モール内はイルミネーションやクリスマスツリーなどで装飾され、クリスマスらしい恰好をしてビラ配りや呼び込みのバイトをしている人たちもいる。
「メリークリスマス!ただいまクリスマスセール中でございます!チラシどーぞ!クリスマス限定商品もいっぱいございます!」
雑貨屋の前でサンタクロースの格好をした男子大学生が元気よく呼び込みしている。しかし、その一方で……。
「メリークリスマス…」
「年に一度の大特価〜。安いよー安いよー」
別のところではトナカイの着ぐるみ姿の2人の男子大学生が、『クリスマス特別セール』と書かれているプラカードを持ちながら、やる気のない声で呼び込みをしていた。挙句の果てに、通りかかった小さい子供に『変なトナカイ』と指差されて言われる始末だ。
「世間はもう完全にクリスマスシーズンだな」
「今年のクリスマスももうそろそろだしね。クリスマスはこうしてリュウ君と出かけたいな」
「ああ。でも、クリスマスイブの日って新生アインクラッドの第21層から第30層までアップロードされるんだったよな。だとしたら、多分その日は新生アインクラッドになるんじゃないかな?」
「言われてみれば……。お兄ちゃんとアスナさんにとって、第21層フロアボス攻略は凄く大事なことだって言ってたね」
「確かに……」
キリさんとアスナさんには、SAOにいた頃に2週間だけ過ごした第22層にあるログハウスをALOでも購入するという目標がある。特にアスナさんに至っては、今から第21層フロアボス攻略に向けてスキル熟練度を上げているほどだ。
「2人にはいつもお世話になっているから、参加しないわけにもいかないよな」
「うん。でも、早くボス攻略を終わらせたら、その後でALOでクリスマスデートできるよ。リアルの方は25日のクリスマスはどうかな?」
「クリスマスイブはALO、クリスマスはリアルっていうことか。俺はそれで構わないよ」
こうしてクリスマスの予定が既に決まった。去年の俺からすると、彼女ができて一緒にクリスマスを過ごせるなんて思ってもいなかったことだ。クリスマスプレゼントも考えておかないとな。
そんなことを話しながらやってきたのはモール街に入っている一店舗の服屋だった。店内にはコートなど、冬用の衣類が色々置かれている。
スグは店先にあったサンタクロースをイメージした赤と白の女性用ケープに目が止まったようで、早速それを羽織ってみた。
「リュウ君、どうかな?」
「うん、凄く似合っているよ」
「ホント?リュウ君も着てみる?」
「いや、遠慮しておくよ。これって完全に女性用のやつだろ」
「でも、リュウ君ってゲームの中じゃフード付きマント羽織っているよね?だから別にいいんじゃない?」
「あれは男女関係なく羽織ってもいいデザインになっているんだよ。っていうかあれってスグ……リーファがプレゼントしてくれたやつだろ」
「フフ、そうだったね」
軽いボケツッコミを交わす俺たち。恋人らしいやり取りだ。
こんな感じでモール街に入っている店を見歩く。今回はウィンドウショッピングということもあって、俺もスグも何も買うことはなかった。でも、スグへのクリスマスプレゼントを見つけることができてよかった。
流石にウィンドウショッピングだけというわけにもいかず、途中ゲームセンターにも立ち寄ることにした。UFOキャッチャーで景品を取ろうと奮闘したり、エアーホッケーで勝負したりする。そして今は……
「あの、スグ。これは密着しすぎじゃ…?」
「えー?別にいいでしょ?」
今俺たちがやっているのはプリクラ。右腕にはスグが抱きついてきて、密着している状態だ。
スグがこうやって密着してくるのは嫌いじゃない。だけど、密着することで腕にその……女の子の柔らかい部分が当たってしまう。それにスグ/リーファは大き目のため、どうしても毎度その感触に意識がいってしまう。そのため、俺はいつも理性を保とうと必死になる。
「リュウ君、撮るよー」
「ああ」
スグがそう言ってくると俺も笑みを浮かべる。
数秒後には撮り終わり、スグはペンタブレットを使用し、『リュウ君』、『スグ』と書き、小さいハート形のスタンプを押し、出来上がったプリクラは完全にバカップルが撮るようなラブラブ全開なものに仕上がった。
カズさん/キリさんとアスナさん/明日奈さんは皆にバカップルと言われているが、俺たちも人のこと言えないな。
ゲームセンターを後にし、モールの中を歩いている中、突然誰かがスグに声をかけてきた。
「あれ?直葉ちゃん?」
声がした方を見ると、俺と同じ年頃のひょろりと痩せたメガネの男子学生がいた。初めて見る顔だったが、何か初めて会ったような気がしなかった。隣にいたスグは誰なのか知っているような反応を見せる。
「何だ、長田君か」
「何だなんて酷いよ。こっちで久しぶりに会ったっていうのに」
「ゴメン、ゴメン」
「なあ、スグ。彼って誰なんだ?」
「そっか。リュウ君はこっちで彼に会うのは初めてだったね。彼は長田慎一君。中学の時のクラスメイトで、レコンでもあるんだよ」
「えっ?レコンなのかっ!?」
言われて見れば、レコンの面影があるような……。
「ALOでは何回も会っているけど、こっちでは初めてだったな。俺は橘龍哉。ALOの時みたいに俺のことはリュウでいいよ。よろしく」
軽く自己紹介し、握手しようと長田君に左手を差し出す。だが、長田君は俺の方を見ると、不機嫌そうな顔をして何故か右手の方を差し出してきた。
「僕は右利きなんだけど」
「あ、悪い……」
長田君はレコンの時のように俺に対して敵意を向きだす。これには俺も戸惑ってしまう。
すると、スグが殺気を出して長田君を睨む。しかも右手には糸切りバサミが握られている。
「長田君…。リュウ君に対してそんな態度でいると、今度こそ本当に刻むよ…」
いつものように、何処かのネットアイドルみたいにそう言いながら数回糸切りバサミを開閉させる。
「サ、サーセン……」
これを目にした長田君は一気に顔を青ざめ、右手を引っ込めて代わりに左手を差し出して俺と握手を交わす。
「こ、こっちでもよろしくね」
「あ、ああ……」
「僕、用事あるからこれで……」
最後はこの場から逃げるように急いで去って行く。
このやり取りはリアルでも健在のようだ。レコンをはじめ、キリさんやクラインさんに言っているのを何回か見たことがあるけど、これは本当に怖いな。
なんてこともあったが、俺たちはそれからもモール内を見て歩き、時刻はいつの間にか19時近くとなっていたため、モールに入っているファミレスで夕食を取ることにした。オーダーしたものが来るまでの間、ドリンクバーから持ってきた飲み物を飲みながら2人で談笑していた。
ちょうど夕飯時ということもあり、学校帰りの学生グループや家族連れなどで店内は人でいっぱいだった。近くのテーブル席に座っている小さい女の子を連れた仕事終わりの20代後半の若い夫婦の方から楽しそうな声がし、チラッと見てみる。とても微笑ましい光景で俺もスグも笑みをこぼす。
「なんか、ああいうのっていいよな」
「うん。
スグは思わず、心の声を口に出してしまい、恥ずかしくなって顔を真っ赤にして俺から目を逸らす。
「えっと……ああいうのは、ちゃんと働いて養える時になったら、もう一度考えようか……」
何とかスグをフォローしようとした結果、自分もスグと同じような事を言ってしまい、頬が熱くなる。
本当にそうなれたらいいなと思っているけど、やっぱりまだ恥ずかしいな。
それから10分ほどしてオーダーしたものが来る。この頃には俺たちは何とか落ち着きを取り戻し、先ほどまでのように会話を楽しんでいた。
「今日は楽しかったね」
「そう言ってもらえると誘った甲斐があってよかったよ」
スグは今回のデートに満足したようで、笑顔でいる。俺もスグのそういう表情を見ていると嬉しくなって笑みがこぼれる。
「ね、今夜はALOにログインできる?たまには2人でクエストになんてどうかなって……」
「ああ、今日の夜だったら大丈夫だよ。ちょうど、スグ……リーファにも会っておきたいなって思っていたからさ……」
「え?それってどういう意味?」
「あ、いや……何でもない。自分の彼女に会いたいって思うのは当たり前のことだろっ」
ついボロが出てしまいそうになり、少々慌てて誤魔化す。
結局、スグには
スグには話さないことに罪悪感を抱きつつも、絶対に無事に絶対に無事に戻って来ようと決心した。
今回の話は、旧版でこの頃を執筆していた時に、SAOアニメの再放送でちょうどリーファ/直葉の失恋する話が放送されているのを見て、その救済措置として執筆した記憶があります。そして、リメイク版ではSAO10周年のイベントにあったブースや特番でもちょっと触れていたので、それを少しでも和らげればいいなと思っています。
久しぶりにイチャイチャする2人を書いた気がしました。そして相変わらず甘々な空気に。リュウ君のイメージボイスは一応入野自由さんですが、数か月前に竹達彩奈さんと結婚した梶裕貴さんで試しにイメージしたところ、案外悪くないと思いました(笑)
内容は旧版とはほとんど変わりありませんが、リメイク版ではリュウ君がリアルのレコン……長田君と対面するシーンも入れてみました。相変わらず敵対視され、リーファ/直葉の「刻むよ」が炸裂。ちなみに今回の「刻むよ」ビルド第11話の2回目のものです(笑)
旧版を見ていた方々はわかるかもしれませんが、次回からリュウ君にある不幸が連続して降り注ぎます。
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第5話 銃の世界へ
あまり関係ないですが、グリスのVシネマを見てきました。笑いのあるシーンもありましたが、それ以上に熱くてカッコいいシーンもあったので、あっという間の1時間でした。DVDがレンタルされたらまた見たいくらいです。そして主題歌の『Perfect Triumph』がカッコよかったです。これも早くフルで聞きたいなと思いました。
菊岡さんとの会談から一週間後の土曜日。予定通りGGOにログインする場所が用意することができたということで、その場所へとバイクと走らせる。
ケータイの地図アプリのナビに従いながら、やって来たのは千代田区にある大きな都心病院だった。バイクを駐車場の端にあるバイク置き場に停める。脱いだヘルメットを片手に持ち、病院の入り口前まで向かい、カズさんが来るのを待つことにした。数分程で彼はやって来た。
「よ、お待たせ」
「じゃあ、行きましょうか」
ロビーにある受付で簡単な手続きを終えて、メールに記載されている入院病棟三階の指定された病室へと向かう。最中、カズさんが俺にこんなことを聞いてきた。
「なあ、リュウはスグにはGGOに行くっていうことは話したか?」
「いいえ……」
「そうか……。まあ、話さなかったのが正解だろ。スグもアスナみたいにお前のことを絶対に引き止めると思うからな。それに、話さなかったのは俺も行くってことがバレるからだろ?」
「カズさんにはバレてましたか」
「まあな。そのためにも早く終わらせてアバターをALOに戻そうぜ」
「ですね」
こんなことを話している内に、病室へと辿り着いた。ドアをノックし、「失礼します」と言って開ける。
「おっす!桐ヶ谷くん、お久しぶり!そして君が橘君だね。私は安岐ナツキ、よろしくね!」
俺たちを出迎えたのは、ナースキャップの下の長い髪を一本の太い三編みにまとめ、その先端に白い小さなリボンをつけた長身の女性看護師だった。
「ど、どうも、ご無沙汰してます」
「橘龍哉です、今日はよろしくお願いします」
女性看護師……安岐さんと軽くあいさつを交わすと、安岐さんはいきなり両手を伸ばし、カズさんの肩から二の腕、わき腹あたりをぎゅうぎゅうと握った。その後、俺にも同様のことをする。
「おー、桐ヶ谷君けっこう肉ついてきたねぇ。橘君はちゃんと肉ついているけど、桐ヶ谷君はまだまだ足りないよ、ちゃんと食べてる?」
「食べてますよ!それより、どうして安岐さんがここに?」
「あの眼鏡のお役人さんから話を聞いてるよ。なんでもお役所の為に仮想……ネットワーク?の調査をするんだって?まだ帰ってきて1年も経ってないのに大変だね。それで、リハビリ中だった桐ヶ谷君の担当だったあたしに是非モニターのチェックをして欲しいって言われて、今日シフトから外されたんだ。看護師長とも話がついているらしくてさ。流石、国家権力っていう感じだよねー。とりあえず、またしばらくよろしくね、桐ヶ谷君。橘君も」
「こ、こちらこそ」
「よろしくお願いします」
安岐さんが手を差し出してきて、俺とカズさんは彼女と握手を交わす。
「あの眼鏡のお役人さんだけど、外せない会議があって来られないから、伝言預かってきてるんだよ」
そう言って、安岐さんは俺たちにメモを渡してきた。
『報告書はメールで頼む。諸経費は任務終了後、報酬と併せて支払うので請求すること。追記、美人ナースと個室で一緒だからといって若い衝動を暴走させないように』
最後の追記のところでイラッと来て、今度会ったら文句の一つでも言ってやろうと心に決めた。メモを持っていたカズさんは握りつぶし、ジャケットのポケットに放り込む。
「今度アイツに会ったら、須郷モドキって言ってやってもいいかな?」
「言ってもいいと思いますよ……」
普段の俺なら止めた方がいいと言うところだが、菊岡さんに若干苛ついていることもあって今回はカズさんに同意する。
彼より早く冷静になった俺は安岐さんに言った。
「あの、早速ログインしたいんですけど……」
「それなら準備できてるよ」
2つのベッドが並んでいて傍にモニター機器が並んでいるところに案内される。真新しいアミュスフィアも2人分用意されている。
「じゃあ脱いで、桐ヶ谷君、橘君」
「「は……はい!?」」
安岐さんの発言に俺たちは戸惑ってしまう。
「電極、貼るから。桐ヶ谷君は入院中に全部見ちゃったし、橘君だって入院中に他の看護師さんに見られちゃったんだから赤くならなくていいよー」
「全部だけは、勘弁して下さい……」
「上だけでいいですか……?」
安岐さんも察してくれたらしく、上だけ脱ぐことにしてもらった。
俺たちは上に来ているものを脱ぎ、ベッドに横になる。そして上半身に数箇所に電極をペタペタ貼られていく。アミュスフィアにも心拍モニター機能はついているが、万が一のためのことを考え、これまで使うことにしたんだろう。
ログインするための準備を全て終えると、アミュスフィアを頭に被り電源を入れる。
「それじゃ行ってきます」
「多分、4〜5時間ぐらい潜りっぱなしだと思いますが」
「はーい。2人の身体はしっかり見ておくから。安心して行ってらっしゃい」
「は、はい……」
「よろしくお願いします」
そう言って、俺たちは横になって目を瞑る。
「「リンク・スタート!」」
和人さんと同時にコマンドを唱えると、意識を肉体から解き放っていった。
目を開けた場所は、薄く赤みを帯びた黄色い空が広がっていて、メタリックな高層建築群が空高くへ向けてそびえたっているところだった。地面も土や石ではなく、金属のプレートで舗装されている。SF系のゲームということもあり、アインクラッドやアルヴヘイムのようにファンタスティックな街並みとは大きく異なっていた。下調べした情報によると、GGOの世界は最終戦争後の地球を舞台としているらしい。
背後には、初期キャラが出現するであろうドーム状の建物があり、メインストリートらしき広い通りの脇にはぎっしりと怪しげな店が並んでいる。行き交うプレイヤーたちも屈強な姿をした男性プレイヤーが多く、殺伐とした雰囲気が漂っている。仮に女性プレイヤーがいたとしても女性兵士のように強そうな人が多いだろう。
近くを行きかうプレイヤーたちを見ている内に、この世界での自分の姿がどうなっているのか気になり始めた。
「そう言えば、この世界の俺の姿はどうなっているんだろう?」
GGOを始めるのに、新規アカウントではなく、ALOで使用している《インプ・リュウガ》のキャラデータを《コンバート機能》を使用して始めた。
コンバート機能は、あるゲームで育てたキャラが持つステータスを、別のゲームに移動できるシステムだ。そうすることで、初めから初期よりも強いキャラでゲームを始められる。しかし、コンバートすると元の世界で手に入れたアイテムやお金がなくなり、元の世界でのキャラデータは消滅してしまう。そのため、俺とキリさんはアイテムのほとんどを、イグドラシルシティにあるエギルさんの店の保管庫に預けてもらい、終わったらALOに再コンバートする予定だ。
また、外見もアイテムと同様に引き継ぐことができないため、新たにランダムで姿が生成される。どんな姿になっているのか気になり、自分の容姿を確認しようと近くにあるミラーガラスへと近寄る。
ガラスに映っていたのは、やや癖がある長い黒髪をポニーテールにし、左目の下に泣きぼくろがあるなど多少違いはあるも元々の俺とあまり変わりない顔立ちをした少年だった。
「これがGGOでの俺の姿か。顔は元々の俺とあまり変わりないけど、髪型が違うだけでも思っていたより印象が変わるんだな」
自分の姿を確認していると、誰かが後ろから話しかけてきた。
「なあ、もしかしてリュウか?」
「あ、はい。もしかしてキリさんで……」
キリさんの方を振り向くが、彼のアバターを見て言葉を失ってしまう。
振り返った方にいたのは、肩甲骨辺りまで滑らかに伸びている黒髪を持つ、透き通るような白い肌に大きい瞳をしたこの世界に似合わない可愛らしい顔をした少女(?)だった。
「へえ、リュウのGGOの姿はこんな感じか。悪くないと思うぜ」
キリさんはまだ自分の姿に気が付いていないようで呑気に笑っている。
「なあ、俺の姿はどうなっているんだ?何か、ちょっと身長が縮んだ気分なんだけど……」
「そ、それは……」
「どうしたんだ?何で言いにくそうにしているん……って、な……なんだこりゃぁぁぁぁっ!?」
俺が見ていたミラーガラスで自分の姿に気が付いたキリさんは、一気に驚きの表情へと変える。
「やっぱりこうなったか……」
ショックを受けている少女……キリさんを見て本当にご愁傷様ですと思う。そんな中、背後から俺たちに1人の男性プレイヤーが声をかけてきた。
「おおっ、お兄さんとお姉さん、
「「ぶっ!」」
男性プレイヤーの口から出た『カップル』という単語に思わず吹き出してしまう。
「ちょっと待って下さい!俺たちカップルじゃないですっ!!」
「俺、男なんだっ!あとそういう気も一切ないからっ!!」
俺とキリさんは慌ててカップルを否定する。
「じゃ、じゃあ……アンタのはM9000番系かい!?す、すごいな、それなら四、いや五メガ出す。売、売ってくれ、ぜひ売ってくれ!!」
俺のもレアなアバターのようだが、キリさんのアバターは更にレアなものらしい。
「えっと……俺たち、初期キャラじゃなくてコンバートなんだ。ちょっと金には替えられない、悪いね」
「コンバートなら仕方ないか。じゃあ、もしも気が変わったら連絡してくれ」
男性プレイヤーはそう言って、キャラ名、性別、所属ギルド名などが書かれた透明なカード型のアイテムを俺たちに渡して去って行った。
隣にいるキリさんはどんよりとした暗い空気に包まれるほど、かなり落ち込んでいた。しかも、俺に泣き付いて……。
「うっ、うっ……。何で俺だけこんな姿に……」
「あの~キリさん。俺に泣き付いてくるのは、ちょっと止めてくれませんか……?」
「お前はまだまともな姿だからいいだろ!こんな姿になった俺を慰めてくれよ!」
「ですから……」
先ほどから近くを通り過ぎていく男性プレイヤーたちは、キリさんのことを女だと勘違いしているようで、俺を「リア充爆発しろ」と言うかのように睨み付けていく。
自分の彼女の兄とカップルと間違えられる経験をしたのなんてこの世できっと俺だけだろうな…。
これをリーファに見られたら浮気と誤解されるどころか、変な疑惑をかけられそうだ。そしてリズさんやアルゴさん辺りには、未来の義兄弟で禁断の恋だとからかって来るに違いない。
「最悪だ……」
俺はまた何処かの物理学者みたいにそんなことを言う。
キリさんを慰めた後、『バレット・オブ・バレッツ』というGGOの最強プレイヤーを決める大会にエントリ―するため、とりあえず総督府に向かうことにした。
だけど、渋谷スクランブル交差点のように大勢のプレイヤーが行きかうところを通り抜けようとした際に、キリさんとはぐれてしまう。急いでキリさんを探そうとするが、中々見つけられず、街の中をさまようことになった。
オマケに、このSBCグロッケンという都市はダンジョンのように複雑な構造となっており、メインメニューから呼び出した立体マップを見てみるが、今どこにいるのかわからない始末だ。
(完全に迷ってしまったな…)
誰かに聞こうと辺りを見回すと、やさぐれた雰囲気を漂わせている2人組の男が、少し離れたところにある階段に腰掛け、黒い革ジャンを着た『兄貴塩』、『弟味噌』と書かれたカップ麺らしいものを食べている姿があった。だが、直感的にあの2人には近づかない方がいいと思い、すぐにこの場から離れて他のプレイヤーを探す。
少し進んだところで、1人のプレイヤーを見つけ出すことができた。何故かそのプレイヤーの後姿を見た時、 何処かで見たことがあるような気がした。だけど、今はそんなこと気にしている場合ではなく、小走りに駆け寄って話しかけた。
「あの、すいません……」
「何だ?」
振り向いたのは、俺より少し年上に見える男性だった。明るめの茶髪の髪をした大人びた雰囲気をし、一言で表すとクールなイケメンで、どう見ても見覚えのある顔だった。
「えっ!?カイトさん……?」
「確かに俺はカイトだが、どうして一度もあったことのないお前が俺のことを知っている?見たところ初心者のようだが?」
カイトさん(?)は俺を警戒してみてくる。
(そうか、姿が俺の知っているカイトさんに似ているだけで中身は全くの別人かもしれない。でも、話し方や雰囲気からして俺の知っているカイトさんと共通するところがいくつもあるんだよな。試しにちょっと聞いてみるか。)
「あの、ALOで赤と黒のロングコートを着たサラマンダーのアバターで武器は刀を使っていますよね?」
「どうしてGGOでALOの俺のことを……」
この反応からしてやっぱり俺の知っているカイトさんだ。
「やっぱり!カイトさん、俺ですよ、俺!リュウガ……リュウですよっ!SAOからずっと青いフード付きマントを羽織っているあの……」
俺の話を聞いて、カイトさんは気が付いた反応を見せる。
「青いフード付きマント……。もしかしてお前リュウなのか?」
「はい!わかってもらえましたか!?」
「ああ。そういえば顔も確かにリュウっぽいしな」
移動しながら、菊岡さんの依頼や死銃のことは伏せて事の顛末を話した。
「そいつはとんだ災難だったな」
「はい。でも、まさかこんなところでカイトさんに会うなんて……。GGOをやっていたことも今初めて知りましたよ」
「俺がGGOをやっていることはザックにしか話していなかったからな」
「カイトさんはALOの時とあまり姿が変わっていませんけど、もしかしてコンバートしているんですか?」
「いや違う。コイツは別のアカウントで作ったヤツで、偶然ALOの俺と同じ姿になっただけだ」
「まあ、そのおかげで俺もすぐにカイトさんだってわかったんですけどね」
新たにゲームを始める時にランダムでキャラの容姿が生成されるため、こんな偶然はほとんどない。カイトさんはかなり運がよかったと言ってもいいだろう。
「俺も総督府に向かうところだったから案内するぞ。それに、キリトも総督府を目指しているっていうなら、闇雲に探すよりそこを目指した方が見つかる可能性があるだろ」
「そうですね」
「だが、その前にお前に聞いておきたいことがある」
「聞いておきたいこと……ですか?」
「そうだ。キリトはともかく、お前がコンバートしてまでGGOを始めるなんて明らかにおかしいだろ。何があった?」
やっぱりカイトさんには隠せないか。いくら誤魔化したところで彼には通用しないと思い、先ほど話さなかったことをカイトさんに話す。
菊岡さんからの依頼で、GGOで死銃……デス・ガンと名乗るプレイヤーによって、ゼクシード、うす塩たらこ、ガイというプレイヤーたちが殺害された思われる事件を調査するため、ここにやって来たということを。
「なるほどな。あの胡散臭い国家公務員からの依頼か。死銃……デス・ガンの存在や奴らが死んだことは単なる噂程度しか思っていなかったが、まさか本当のことだったとは」
「だけど真相はまだ謎だらけで……」
「そう言うことなら、俺も協力するぞ」
「気持ちは有難いんですけど、奴が本当にゲーム内で殺したプレイヤーをリアルでも殺せる力があったら……」
「そんなことで俺が引き下がると思うか?それに、GGOの経験者がいた方がいいだろ」
この様子からしてカイトさんは絶対に引くことはないだろう。
「ありがとうございます、カイトさん。でも、万が一命に関わるようなことになったら無理だけしないでください」
「ああ」
この殺伐とした世界で謎だらけの死銃の調査をするのに、カイトさんが協力してくれるのは凄く心強い。キリさんと合流したら、このことを話さないとな。
「総督府に行って大会にエントリーするのも大事だが、まず装備品を集めないとな。いいガンショップを知っているから、まずはそこに行くぞ」
カイトさんに案内されて、ダンジョンのような構造をしている街の中を歩き始めた。
リュウ君のGGOでのアバターは、に普段のリュウ君(fateのジーク君)と刀剣乱舞の大和守安定を合わせて2で割ったような姿としました。アリシゼーションのアニメで追加されたGGOでの戦闘シーンを見てリーファと揃ってポニーテールというのも見てみたいなと思った私がいました。
そして旧版と同様に男の娘キリト……通称キリ子とカップルと見間違えられるリュウ君。このネタは旧版でも好評でしたので、リュウ君には可哀想だと思いつつもリメイク版でもやりたいなと思っています(笑)。でも、リュウ君とキリ子のカップルも案外悪くないと思うんですよね(笑)
色々と災難続きのリュウ君でしたが、GGOでカイトと出会って協力者に。オリキャラ最強の彼が加わったことで、世界樹を目指していた時と比べてリュウ君たちの戦力はかなり上がっているでしょう。
次回もよろしくお願いします。
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第6話 武器選びと特訓とバイクレース
昨日と言えば、ついにアリシゼーション編のアニメの後編が始まりましたね。OPとEDどちらもいい曲でしたし、アリスの表情が穏やかになっていて可愛かったです。ですけど、ユージオが死んでキリトが廃人に。アニメを見てて改めてユージオ生存を目指そうという目標を持ちました。ただ、あのジジイとその取り巻き共は、あのクソ貴族たちと同様にクローズマグマナックルかグリスブリザードナックルで殴ってやりたくなりました。
そして今朝のゼロワンで、ヒューマギアに自我が芽生えたというところを聞いた瞬間、SAOと共通点あるなと思ってしまいました。
カイトさんの案内の元、複雑な構造をした都市の中を歩き続けること数分。連れられてきたのは、コンビニと同じくらいの規模の店だった。カイトさん曰く、初心者向けの総合ショップと比べると規模はかなり小さいが、この店には掘り出し物があっていいらしい。
店内には様々な拳銃や機関銃がショーケースに入って売られていた。
「武器を買う前に一応確認しておくが、お前のステータスはどんなタイプだ?」
「素早さ優先で、その次が筋力ですね」
「やはりAGI型か。となると、連射能力が高いアサルトライフルをメインアームにして、サブにハンドガンを持つ中距離戦闘タイプがいいか…….。いや待てよ。リュウ、お前って確か《軽業》と《疾走》のスキル取ってたよな?」
「あ、はい。SAO時代のアバターを引き継いでいるやつですので……」
そう言うとカイトさんは何か思いついたかのような表情となる。
「それなら二丁拳銃を使った白兵戦に忍者プレイを組み合わせた戦闘スタイルがいいか。前回のBoBでも二丁拳銃使いのプレイヤーでベスト5に入った奴もいるからな」
「二丁拳銃に忍者プレイですか……。俺の普段の戦闘スタイルに向いていそうでいいですね。それでいきます。あ……でも、コンバートしたばかりだからお金が……」
コンバート機能にはキャラクターの能力値は引き継がれても、アイテムや所持金の移動までは出来ない。キリさんと一緒にアスナさんを助けにALOに初めてログインした時みたいに所持金も引き継がれてはいないかと僅かな希望を持って確認する。だが……。
「せ、千クレジットしかない……」
「千クレジットだと小型のレイガンしか買えないな。実弾系だと、中古のリボルバーが……どうなかというレベルだな。こうなったら、俺が全額出すしかないか」
「で、でも、 それだとカイトさんに悪いですよ……」
「
「は、はい……」
GGOでカイトさんへの借金を作ってしまうことになるとは……。こうなった以上、早く
早速、店内にあるハンドガンのコーナーへと足を進める。どの銃がいいのかカイトさんと一緒に探している中、あるハンドガンに目に止まった。
それは黒をベースにシアンの配色をしている特撮番組に出てきそうなデザインをした銃だった。
「《ディエンドライバー》か」
「ディエンドライバー?」
聞いたことのない銃の名前に首を傾げる。
「コイツはとある怪盗がかつて使っていたっていうハンドガンだ。これにはワイヤーフックの射出・巻き取り機能が備え付けられていて、ある程度高い位置に移動することもできる。使いこなせば、機動性も飛躍的に上がるだろう」
「だったら忍者プレイには相性抜群じゃないですか」
「まあな。だけど、これには欠点がある」
「欠点?」
「ワイヤー機能は建造物や木があるところでは十分に活かせる。だが、何もない平地だとそれを活かすことは難しい。それに扱うには練習も必要だ。まあ、お前の戦闘スタイルを活かすにはいいと思うが、どうする?」
メリットだけじゃなくてデメリットもあるのか。まあ、下手に扱いやすいただのハンドガンを使っても銃の腕があまり高くない俺が、GGOのプレイヤーたちと戦える保障もないしな。
「あの、1つ目の銃はこれにします」
「お前がそれにするっていうなら1つ目はそれに決まりだな。もう1つの銃はオススメのタイプがあるからその中から選ぶか」
「それってどんな銃なんですか?」
「見ればわかる。こっちだ」
カイトさんはメニューウインドウを操作して《ディエンドライバー》を『カートに入れる』を選択し終えると、俺を店内の奥へと連れて行く。
そこにあったのは、先ほどのディエンドライバーみたいに特撮番組に出てきそうなデザインをした武器だった。
「ここら辺にあるやつは普通の銃火器とはデザインが大きく異なりますね」
「まあな。このコーナーにあるのは制作者の中に特撮ヒーローものが好きな奴がいて導入したっていう噂があるからな」
「なるほど……」
これには俺も思わず苦笑いを浮かべてしまう。
カイトさんはケースの中を見て、その中にあった1つを指さした。
「俺がさっき言ったオススメなのはこの《イクサカリバー》というガンブレードだ」
カイトさんの指先には、一見するとマガジンの部分が長いちょっと変わったデザインをしたハンドガンが鎮座していた。彼の説明によると、この《イクサカリバー》は弾丸を高速連射できるガンモード、マガジン部をグリップ部に収納することで赤い刀身が伸びて接近戦が可能となるカリバーモードという2つの形態で戦うものらしい。
「本当は軽量の《カイザブレイガン》か《ドラグバイザーツバイ》の方がよかったが、光学銃は《対光学銃防護フィールド発生器》を持つ対人戦には不利だからな。SAOとALOでずっと剣を使ってきたなら、接近戦の武器もあった方がいいだろ」
「そうですね。けど、銃がメインのこのゲームで剣なんて通用するんですか?」
「一般的には無理だと言われている。だが、第1回BoBの優勝者《サトライザー》というプレイヤーはハンドガンとナイフで戦っていたから100%通用しないということはない。俺もこの《無双セイバー》っていうガンブレードで戦っているくらいだしな」
それってカイトさんとその《サトライザー》というプレイヤーだからできることじゃないのかと一瞬思ったが心の中に留めておいた。
武器は最終的に《イクサカリバー》と《ディエンドライバー》に決まり、他に予備弾倉、薄手の青い防弾ジャケット、そして防弾と隠密効果がある紺色のフード付きマント《バッグワーム》をカイトさんに購入してもらった。その後、カイトさんからベルト型の《対光学銃防護フィールド発生器》やいくつかの小物装備も貰った。
最終的に購入したものは合計で20万を超え、カイトさんには本当に感謝でいっぱいだった。もしも彼がいなかったらここまで整った装備を入手することはできなかっただろう。
「これで必要なものは全てそろったな。まだ少し時間があるから戦闘の練習でもしていくか?」
「はい」
「ちょっと待ってな。店長、ちょっとトレーニングルーム借りるぞ」
「構わないぞ」
カイトさんが店長さんに料金を払うと、彼と一緒にトレーニングルームがある方へと向かう。
更衣室に入り、先ほど購入したものを装備する。メインアームの《イクサカリバー》は左腰のホルスターに、サブウェポンの《ディエンドライバー》は右腰のホルスターにセットする。最後に《バッグワーム》を羽織って準備は全て完了した。
トレーニングルームに入ると目の前に、銃剣を持った灰色と黒のボディをした人型ロボットが5体現れる。
すると、カイトさんから無線が届く。
『ソイツらは《ガーディアン》。通常は街の防衛用の機械兵だが、他にもトレーニング用の相手としても登場する』
「なるほど」
そして、カウントダウンが始まり、0になった瞬間戦闘が開始する。
開始と同時に腰のホルスターから《イクサカリバー》と《ディエンドライバー》を抜き取り、ガーディアンたちに向けて連射。だが、弾丸は2つしか当たらず、他は全部奴らから外れて近くにあるオブジェクトに命中する。
「そんな!ちゃんと狙ったはずなのに……」
狼狽えている間に、ガーディアンたちは銃口を俺に向けて連射してきた。
「ヤバっ!」
俺は急いで銃弾の雨から逃れようと、急いで《ディエンドライバー》のワイヤー射出用のトリガーを引く。すると、射出からアンカーが出て壁に突き刺さった。
「えっと、確かもう一度トリガーを……ってうわっ!!」
トリガーを引いた瞬間、ワイヤーが高速で巻き取り、俺の身体は勢いよく壁に向かっていく。
「ヤバい!ぶつかる!うわあぁぁぁっ!!」
ドガッと勢いよくコンテナに激突。そして地面へと落ちる。
「銃がほとんど当たらないどころか、ワイヤー機能を上手く使いこなせないなんて……。ALOで初めて着地した時は上手くいったのに……」
すると、カイトさんから再び無線が入った。
『リュウ、大丈夫か?』
「な、なんとか……」
『銃もワイヤー機能も使いこなせるようにするにはALOの随意飛行と同じく感覚を覚えることが必要だ」
「感覚ですか……」
『ああ。まずは相手に当てられるように専念。それからワイヤー機能を使った回避や移動だ。いくぞ』
「はい!」
それからカイトさんのアドバイスの元、トレーニングは30分続いた。
最初は物陰に隠れつつ銃を撃つだけだったが、少しずつ相手に当てられるようになっていった。ワイヤー機能の方は、ワイヤーが絡まってしまったり、アンカーが上手く刺さらないなどとこちらは思ったより苦戦してしまった。しかし、ALOの随意飛行や空中戦闘を思い出しながら感覚を掴み、扱えるようになっていった。
『この世界の戦いに慣れてきたようだな。最後にコイツの相手でも試してみるか』
すると、先ほどまで戦っていたガーディアンとは異なる相手が目の前に姿を現す。登場したのは金色の身体に長い2本の腕を持ったSF作品に出てきそうなモンスターだった。
「ガーディアンとは違うみたいですけど、アイツは何なんですか?」
『奴の名は《ルナ・ドーパント》。長い両腕を自在に伸ばすという変幻自在な能力を持つモンスターだ』
「腕を変幻自在に伸ばせるなんてちょっと厄介な相手ですね……」
『他にもちょっと厄介なところがあるけどな……』
最後の辺りはちょっとげんなりした様子で説明するカイトさん。それは何なのかと聞こうとした時だった。
「誰、このイケメン?誰このイケメン?」
何故かおっさんの声でオネエ口調で話しかけてきたルナ・ドーパント。別の意味の怖さで思わずゾッとしてしまう。
「ちょっとカイトさん。なんかコイツ、凄く気持ち悪いんですけど……」
「コイツは一部の男性プレイヤーに対してこんなこと言ってくるような奴なんだ。俺も以前コイツの相手をしたことがあるが、あまりのウザさですぐに倒してやったほどだ……」
この様子からしてカイトさんもこんなこと言われたんだな。俺も早く倒してしまった方がよさそうだな。
先手必勝と言わんばかりに、ルナ・ドーパントが腕を伸ばして鞭のように振るって攻撃してきた。
俺は《ディエンドライバー》をコンテナが積まれて方へと向け、ワイヤー射出用のトリガーを引く。もう一度トリガーを引き、ワイヤーが巻き取られる時の勢いを利用し、一番上に積まれたコンテナの上へと回避。更にお返しにと両手に持つ《イクサカリバー》と《ディエンドライバー》の銃口をルナ・ドーパントを向け、銃を連射。弾丸はガーディアンたちに初めて発砲した時と比べ、多く命中させることができた。
「ふう、大分当てられるようになったな」
「イケメンで強いのねッ!嫌いじゃないわ!嫌いじゃないわ!」
ルナ・ドーパントは訳の分からないことを言いながら長い両手を使って攻撃してくる。しかし、俺は《スパイダー》のワイヤー機能で回避しながら、《イクサカリバー》による銃弾を何度も浴びせる。
「イケメンで強い、嫌いじゃないわッ!」
流石にルナ・ドーパントもこのまま簡単にやられるわけにはいかないと、長い両腕を伸ばして俺の身体に巻き付けてきた。
「しまった!」
そのまま、奴は俺を自分の方へと引き寄せようとする。
「私が抱き締めてあげる」
「それだけは絶対に嫌だぁぁぁぁぁっ!!」
拘束されている中、なんとか右手を動かして《イクサカリバー》のマガジン部をグリップ部に収納させる。すると、赤い刀身が伸び、ガンモードからカリバーモードへと変形。そのまま奴の両腕を切り落とし、間一髪のところで抜け出す。
「あーっ!切れちゃった!」
続けざまに《イクサカリバー》でルナ・ドーパントも切りつけていく。
「セイヤーっ!」
最後に何処かのメダルで変身するヒーローと同じ掛け声を上げ、強烈な水平切りを喰らわせす。見事にクリティカルヒットし、ルナ・ドーパントは地面に転がる。
「やったわね!」
「フィニッシュは必殺技で決まりだ!」
「おっしゃるとおりだわああああっ!!」
ルナ・ドーパントはそんなことを叫びながら、こちらに走ってやってくる。俺は、SAO時代から何度も使用している片手剣重単発攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》のように、強力な突きを繰り出す。
「アァッー!!」
これが決定打となり、ルナ・ドーパントは爆炎に包まれて消滅する。
「まさか戦闘に慣れるまであんなにかかってしまうとは……」
「いや、あのくらいの時間であそこまで使いこなせるようになる奴は中々いないぞ」
特訓を終えた俺はカイトさんとそんなことを話しながら店を出た。
「よし、次は総督府に……っ!?」
言葉を切り、カイトさんは何かに気が付いた表情を見せる。
「どうしたんですか?」
「しまった、15時でエントリーの受付が終了だったんだ……」
俺も近くにあった時計の方を見る。表示されていたのは14時45分だった。
「ここから総督府までどのくらいあるんですか!?」
「3、4キロくらいだ。オマケにエントリー操作に5分くらいかかるから遅くても55分までに着いておかないといけない」
「そんな!3、4キロってALOみたいに飛んでいかないと間に合わないですよ!」
「それまでに着く方法はあるから落ち着け。こっちだ!」
カイトさんはそう言い大通りに向かってダッシュする。俺も慌ててその後を追う。
30秒ほど走ったところで急にカイトさんが左へと行く先を変える。総督府があるのは真っ直ぐのはずなのに何処に行くんだと思いながらも付いていくと、やって来たのはレンタルバイクのショップ前だった。
「ここにあるバイクで一気に総督府まで行くぞ!」
「は、はい!」
カイトさんはすぐ近くにあった《オートバジン》という銀と赤のバイクに、俺はその隣にあった《ビートチェイサー2000》という青と銀のバイクに乗った。メーターパネル下部に右手を叩きつけると精算が完了し、エンジンがかかる。
「行くぞ!」
2台のバイクの高いエンジン音が鳴り、地面にタイヤの跡ができるほどの勢いでUターンし、車道へと出た。
俺もカイトさんもアクセルを全開にしていることもあってあっという間にメーターには100キロを超えるスピードが表示されていた。現実世界でこのくらいのスピードとなると高速道路を走る時と同じくらいの速度だ。俺はまだバイクで高速道路には乗ったことがなかったため、ここまでスピードを出すのはこれが初めてだ。それ以前に現実世界だと怖くてここまでスピードは中々出せないが……。
カイトさんは猛スピードのまま、前を走る自動車を次々かわしていき、俺もカイトさんを追うように猛スピードで追い越していく。
これはもう完全にレースゲームと変わりないと言ってもいいくらいのものだ。だけど、ALOで飛んでいるときと同じく凄く楽しい。
前を走るカイトさんは俺が付いて来ていることを確認すると、更にスピードをあげる。俺も負けじとスピードをあげていき、スピードは200キロを超えた。
驚異的なスピードで走行したことで、あっという間に総督府が見えてきた。
今回も基本的に旧版のものを修正したものとなりました。
リュウ君の武器はリメイク版では、ドラゴン繋がりで青いドラグバイザーツバイをメイン武器にしようかなと思いましたが、あれを実弾設定にするのは無理があるかなと思い、結局止めました(涙)。もう1つのスパイダーもGGOのゲームでワイヤーアクションがあるということでどうしようかと思いましたが、こちらも旧版と同様に採用しました。しかし、ゲーム版の方でGGOをやる時は本編とは違うものにしたいなと思っています。
トレーニング用の相手としてルナ・ドーパントの他に、世界観が合うということでビルドのガーディアンを追加してみました。最初はルナ・ドーパントはどうしようかなと思いましたが、リュウ君は映司を元にしているため結局出しました(笑)。リュウ君には申し訳ございませんが(笑)
そして、ライダーマシンでクウガの《ビートチェイサー2000》とファイズの《オートバジン》が登場。今回だけでもライダーネタが多くなりましたが、この章では色々とやっていきたいなと思っています。あとリュウ君の不幸は更に続くかと思います(笑)
次回もよろしくお願いします。
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第7話 予選開始
昨日のアニメを見て、改めてあのジジイにはムカつきました。マグマナックルやブリザードナックルで殴るより、死ぬ可能性はありますけどゴリラモンドのパンチを一発喰らわせてやってもいいかなと思いました。
あとディエンドライバーにもワイヤーの射出機能があるとコメントを頂き、そっちの方がいいなと思い、リュウ君のサブウェポンをスパイダーからディエンドライバーに変更しました。ちなみに本作のディエンドライバーはスカルマグナムと同様に実弾銃になっています。そしてカードの読み取り機能は一切ございません。
それでは今回の話になります。
200キロ以上の速度でバイクを飛ばしてきたおかげで、5分足らずで総督府に辿り着いた。
バイクを停め、20段ほどある階段を駆け上がっていくと、目の前に途轍もなく巨大な金属のタワーが立っていた。前後に長い流線型のフォルムに所々からアンテナのような円盤や、レーダーのようなドームが突き出している
「これが総督府、通称《ブリッジ》だ。ブリッジと言っても橋じゃなくて艦橋の方の意味だな。グロッケンは元々巨大な宇宙船で、ここがちょうど司令部だったからそう呼ばれているらしい」
「ここって宇宙船を再利用して作られた街だったんですね」
「まあな。無駄話はその辺にしてエントリーを済ませるぞ」
俺たちはタワーへと入っていく。
内部は、かなり広い円形のホールだった。未来的なディティールの施された円柱が十字の列を作って遥か高い天井まで続いている。更には、周囲の壁には大画面のパネルモニタがぐるりと設置され、色々なイベントの告知や実在企業のCMが映し出されている。
そこの右奥の一角へと行くと、壁際にはコンビニにあるATMのような形をした機械がいくつも並んでいた。どうやらこれでで大会のエントリーをするらしい。
よくあるタッチパネル式端末で、キャラネームなどを入力していく。その中に【以下のフォームには、現実世界におけるプレイヤー本人の氏名や住所等を入力してください。空欄や虚偽データでもイベントへの参加は可能ですが、上位入賞プライズを受け取ることはできません】というものがあった。
上位入賞プライズはどういうものなのか気になるが、GGOには
エントリーが終わると、エントリーの受付完了の文章と予選トーナメント一回戦の時間が表示される。予選開始まであと35分だ。
すると、先にエントリーを終えていたカイトさんが声をかけてきた。
「終わったか?」
「たった今終えたところですよ」
「そうか。ところでリュウは予選ブロックは何処になったんだ?」
「Eブロックの13番です。カイトさんは?」
「俺はFブロックの37番だ。お前と戦うことになるのは本戦のバトルロイヤルだな。絶対に勝ち残ってこいよ」
「もちろんです」
予選の準備のため、俺たちは総督府の1階ホール奥にあるエレベーターで地下20階へと下りた。
地下20階に到着して扉が開く。そこは1階ホールと同じくらい広い半球形のドームだった。照明はあまりなく、床や柱や壁は全て黒光りする鋼板か赤茶けた金網とSF映画で出て来そうな場所だ。ドームの壁際は無骨なデザインのテーブルが並び、天頂部にある巨大なホロパネルには【BoB3 Preliminary】と残り30分という文字が表示されている。
そして、ここには銃火器を武装した屈強なプレイヤーたちが何十人もいて、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
「予選が始まるまでに戦闘服に着替えて置くぞ」
「あ、はい」
カイトさんに連れられ、ドームの奥にある控室へと向かう。部屋の中は、近未来風のイスとテーブルがあるだけの狭い部屋だった。
イスに座ると、カイトさんは軽く息を吐き、呟くように言った。
「あそこにいた奴らの大半はお調子者だったな」
「お調子者って、あの厳つい人たちがですかっ!?」
「ああ。試合の30分前から自分の武器を見せびらかすなんて、手の内をバラす様なもんだろ」
「た、確かに……」
「だから武器は自分の試合が始まる直前に装備した方がいいぞ」
「わかりました……」
俺はショップで入手した戦闘服に着替え、武器のイクサカリバーとディエンドライバーは装備しないでおいた。
ちなみにカイトさんの戦闘服は、SAOやALOとあまり変わりなく、ワインカラーのシャツに赤いアクセントカラーの黒のロングコートというものだ。
カイトさんは着替え終えると何か思いだし、俺に向かって言った。
「言い忘れていたが、予選が始まる前に、一緒に参加する知り合いと打ち合わせする予定なんだ。お前はこの大会に参加するのは初めてだし、一緒にどうだ?」
「でも、その知り合いの人の方がなんて言うか……」
「俺の方から話はつけておくし、アイツなら大丈夫だと言ってくると思うから心配するな」
「カイトさんがそう言うなら……」
――そういえば、カイトさんのGGOでの知り合いってどんな人なんだろう。やっぱりGGOの中だから厳つい人なのかな。
こんなことを思いながら、控室から出る。
カイトさんは薄暗いドームの中を歩き回って知り合いを探し、俺はその後を付いていく。2,3分ほど歩き回り、カイトさんは知り合いを見つけたようで、その人の元へと向かう。
「おい、《シノン》」
カイトさんが《シノン》と呼んで声をかけたのは、俺が想像していた厳つい男性プレイヤーではなく、女性プレイヤーだった。デザートカラーのミリタリージャケットに白いマフラーを巻いた格好をした、ペールブルーのショートヘアーの大人っぽい雰囲気をした少女だった。
あまり女っ気がないカイトさんだったため、知り合いが女性だということに少々驚いてしまった。
「あ、カイト。探したのよ」
「悪い。このゲームを始めた知り合いに会ってレクチャーしてたから、ついさっき来てな」
「そうだったの。それよりも今ある男に付きまとわれているの、助けて」
シノンさんと言う人はどうやらストーカーらしき男に追われているようで、カイトさんに助けを求める。
確かにGGOはALO以上に女性プレイヤーが少ないから、こんなことがあってもおかしくないだろう。
ALOでも女性プレイヤーにストーカー行為をする男性プレイヤーはいるし、リーファをナンパしようとした奴もいたくらいだ。その時は俺が助けに入っていたが、リーファが何処かのネットアイドルみたいに「刻むよ」と言って脅して撃退することもあったけどな。
「お前に付きまとっている男ってどんな奴だ?」
「黒髪ロングの女の子みたいな姿をしたネカマよ。その姿を利用して私に近づいてきて……」
――あれ?何故かシノンさんに付きまとっている男に心当たりがあるような……。
嫌な予感しかしないなと思っている中、付きまとっている男が現れたのか、シノンさんはカイトさんの後ろに逃げ込み、その男を睨み付ける。
その男を見た瞬間、俺の嫌な予感は見事に的中し、言葉を失ってしまう。何故なら、シノンさんに付きまとっているという男がキリさんだったからだ。どういうわけか、彼の左側の頬には真っ赤な手形が付いている。
――この人、一体何をやらかしたんだ……。
このままだと俺までシノンさんに変な誤解をされるかもしれないと思い、慌ててフードを深く被って他人のフリをする。
GGOのキリさんの姿を知らないカイトさんは、威圧を出して彼に近づく。
「お前か、シノンに付きまとっているネカマっていうのは」
「ち、違うってっ!これは誤解だ……って、あれ?か、カイトっ!?あと、そこにいるのってリュウかっ!?」
キリさんはALOや現実世界とあまり変わらないカイトさんだけでなく、俺にまで気が付き、そのまま俺に近づいてきた。
「え、えっと……人違いじゃないですか……?」
「その声と青いフード付きマントからして100%リュウだろっ!お前からも何か言って、カイトとその娘に誤解を晴らしてくれ!このままだと、ALOでアスナに『今日があなたの命日よ』って火星を滅ぼした地球外生命体みたいなことを言われるかもしれない!頼むっ!!」
挙句の果てに俺に泣きついてきた。
「わかりましたから!その姿で俺に泣き付くのは止めてくれませんか!」
「リュウ…まさかとは思うが、そいつ…キリトなのか?」
「はい…キリさんです…」
それから1つのボックス席へと移動し、カイトさんとシノンさんにキリさんの誤解と解かせようとする。席に座る時に、シノンさんが「コイツの隣か前に座るのは嫌」と言ってきたため、シノンさんの隣にカイトさんが、俺が前に座ることになった。あまりよくない雰囲気でのスタートだったと言ってもいいだろう。話し続けること10分ほどで、何とかキリさんの誤解を解かせることができた。
「キリト、お前本当にネカマに目覚めたんじゃないんだよな?」
「違う!俺はネカマに目覚めてない!」
カイトさんはキリさんをネカマ趣味があることを疑っているかのような目で見て、疑われた彼はファッションセンスが壊滅的なおじさんみたいに全力否定する。シノンさんに至っては、相変わらず黙ってキリさんのことをジト目で見ていた。
「まあいい。この2人は俺の知り合いだ。この女に見える奴が、お前に何をやったかはわからないが今回は許してやってくれ」
「カイトがそこまで言うなら……。でも勘違いしないで、あなたを完全に許したわけじゃない」
「は、はい……」
完全にとは言えないが事態は何とか丸く収まったみたいだ。
すると、シノンさんは俺の方を向いてきた。
「ところであなたの名前は何ていうの?私はシノン」
「俺はリュウガです。リュウって呼んでください。カイトさんとかもそう呼んでますので」
「なら、カイトに倣って私もあなたのことをリュウって呼ばせてもらうわ。よろしく」
「よろしくお願いします」
名乗り出し、シノンさんと握手をする。
「俺はキリト。よろしく頼むよ」
「フンっ」
キリさんも名乗り出してシノンさんに手を伸ばすが、俺の時とは違ってそっぽを向く。キリさん、完全にシノンさんに嫌われているな。本当に何をやらかしたんだろうか。
「時間もあまりないから最低限のことだけ説明しておく」
BoBに参加するのが初めての俺とキリさんのために、カイトさんが説明し始める。
「カウントがゼロになったら、ここにいるエントリー者は全員、どこかにいる予選一回戦の相手と2人しかいない1キロ四方の正方形のバトルフィールドに自動転送される。フィールドの地形、天候、時間はランダムだ。最低500メートル離れた場所からスタートして、勝つとここに、負けると1階ホールに転送される。負けても武装のランダムドロップは無しだからデスペナの心配はない。そして、各ブロックの決勝に進出すると、勝敗関係なく2人とも明日の本大会に出られる。一応これで終わるが、他に聞きたいことはあるか?」
俺とキリさんはないと答え、カイトさんによる説明はここで終わった。すると、カイトさんと入れ替わるようにシノンさんが話す。
「カイトとは予選ブロックの決勝戦で当たるけど、あなた達とは明日の本大会で戦うことになるから決勝まで勝ち上がってきなさい。3人と戦うことになった時に教えてあげるわ。敗北を告げる弾丸の味を……。そして、今度こそ強い奴らを全員殺してやる」
最後は物騒なことを言ってきて、俺の背筋を氷のような戦慄が駆け上がった。キリさんも俺と同じことを感じ取ったのかゾッとしたような反応を見せる。そんな俺たちとは別に、カイトさんは何か言いたそうにし、ちらりとシノンさんの方を見ただけだった。
そんな中、銀灰色の長髪を垂らした背の高い男性プレイヤーが近づいてきた。
「2人とも遅かったね。遅刻するんじゃないかと心配してたよ」
「こんにちは、シュピーゲル。ちょっと予想外の用事で時間取られちゃって」
「俺もそんなところだ。シュピーゲルはどうしたここに来たんだ?大会には出ないはずだろ」
「迷惑かもと思ったんだけど、シノンとカイトの応援に来たんだ。ここなら試合も大画面で中継されるしさ」
カイトさんとシノンさんが親しそうに話しているから、2人のフレンドかギルドメンバーのようだ。シュピーゲルさんはカイトさんの隣へと腰を下ろした。
「ところで、この人たちは?」
「コイツらは俺の知り合いだ」
「初めましてリュウガっていいます。呼び方はリュウでいいですので」
「どーも、キリトです」
俺とキリさんは自分の名前を名乗るが、キリさんはからかおうとして妙な演技をする。
「あっ、どうも初めてまして。えっと、お二人は
「「ぶほっ!」」
シュピーゲルさんはキリさんのことを女だと勘違いするどころか、俺たちのことを恋人だと勘違いしてしまう。当然、俺とキリさんは噴き出してしまう。
「恋人じゃないです!この人は
「ええええっ!?」
キリさんが男だと知ったシュピーゲルさんは驚いて声を上げる。
まさか今日の内に2回もキリさんとカップルに間違えられるなんて……。
「最悪だ……」
ショックのあまり、何処かの天才物理学者みたいなことを口に出してしまう。
これを聞いたシュピーゲルさんは俺に頭を下げて謝ってきた。
「勘違いしてすみませんでした」
「シュピーゲルさんが謝る必要なんてないですよ。俺の隣にいる女の人みたいな姿をした人が全部悪いことですし」
そう言って、何処かの研修医のようにチベットスナギツネみたいな表情をし、隣に座るキリさんの方を見る。このやり取りを見ていたカイトさんとシノンさんも冷めた目でキリさんのことを見ていた。
「シノン。コイツと会った時もこんな感じだったのか?」
「こんな感じに女の子の演技が堂に入っていたわよ。やっぱり、女装趣味があるんじゃない?それとも男の子の方が好きだったとか?」
「キリさん、まさか本当に……」
シノンさんが最後に言ったことをちょっと本気にして受け止めてしまい、キリさんから体をずらして離れる。
「りゅ、リュウ!これは単なるイタズラ心でやったことであって、それ以外の意図は一切ないから!信じてくれ、頼む!!」
「どうだか……」
いつもならキリさんのフォローをするところだが、今回ばかりは頭にきて冷めた態度を取る。
俺に冷たい態度を取られたキリさんはショックを受け、どんよりとした空気を漂わせてイスの上で体育座りをする。
「「自業自得(だな)(ね)」」
これから大会が始まるということもあり、この辺りでキリさんを許すことにした。彼を慰め終えた時だった。
突然、ドーム内に控えめのボリュームで流れていたBGMがフェードアウトし、代わりに荒々しい音楽が響き渡った。続けて女性のアナウンスが流れる。
『大変長らくお待たせしました。ただ今より、第三回バレッド・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始致します。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします』
すると、ドーム内に盛大な拍手と歓声が沸き起こる。
「キリトのせいでいきなりになったが、絶対に本大会で4人全員会うぞ!」
「はい!」
「ああ!」
「ええ!」
カウントダウンがゼロとなり、俺の体を青い光の柱が包み込み、転送された。
転送された先は、暗闇に浮かぶ1枚の六角形パネルの上だった。
目の前にはホロウインドウがあり、【Ryuga VSシザース】と、その下に【準備時間:残り58秒 フィールド:廃工場】と表示があった。
ここはフィールドに転送されるまでの準備場所となっているのだろう。
俺はメニューウインドウを操作し、メインアームにイクサカリバー、サブにディエンドライバーを装備する。
残り時間が0になると再び、体を青い光の柱が包み込み、転送された。
転送された先は、特撮番組でよく見る戦場となる廃工場だった。もちろん、ここにはヒーローも怪人もいない。いるのは俺とシザースという相手だけだ。だけど、奴の姿は何処にもいない。
ガンモードのイクサカリバーとディエンドライバーを持ち、警戒態勢に入ってシザースを探す。
外を探しても中々見つけられず、廃工場内に入ると、いくつもの赤いライン《弾道予測線》が俺の方に伸びていた。
「ヤバい!」
すぐに近くにあったさび付いた重機の陰に隠れる。直後、銃撃音がこの場に響き渡る。
「危なかった。あとちょっと遅れていたらアウトだったな」
一瞬だけだったが、2階からサブマシンガンを持った迷彩柄のジャケットに身を纏った男の姿を捉えることができた。恐らくソイツがシザースだろう。
俺は僅かな隙を見て、イクサカリバーとディエンドライバーで応戦する。しかし、シザースも物陰に隠れて俺が放った銃弾から逃れる。
「やっぱりプレイヤー相手だと一筋縄ではいかないか」
シザースはお返しにと再びサブマシンガンで俺を狙ってきて、俺も再び重機の陰へと隠れる。
反撃しようにも反撃する手段がない。銃の腕では間違いなく俺の方が下回っているし、ハンドガン2丁でサブマシンガンに正面から挑むなんて自殺行為と言ってもいい。それに、接近しようにも奴のところに辿り着くまでの間に障害物は全くないから、下手に出たところで蜂の巣にされるだけだ。
何かいい手段はないかと考えている中、大会前にやったトレーニングでガーディアンたちの銃撃で、今みたいに中々反撃できずに物陰に隠れていたことを思い出す。
あの時だってワイヤー機能を活用して乗り越えることができたんだ。今回だってできるはずだ。
それに、カイトさんからこんなアドバイスを貰った。
『アサルトライフルやサブマシンガンを使う奴には簡単に近づくことはできない。だけど、相手も撃ち続けていると必ず弾切れを起こす。その時が最大のチャンスだ。その瞬間を絶対に見逃すなよ。』
トレーニングのことを思い出しながら、限られた僅かの時間の中で反撃のイメージをする。
「よし。勝利の法則は決まった!」
一回深呼吸をし、意を決して重機の陰から飛び出す。
シザースはここで一気に決めると言わんばかりに、俺にサブマシンガンを向ける。それから俺に目掛けて十数本の細く赤いライン……バレットラインが伸びる。
俺はシザースがトリガーを引くより先に、ディエンドライバーからワイヤーを射出し、2階の壁にアンカーを撃ち込む。ワイヤーが高速で巻き取られ、俺の体は一気に2階部分へと引き寄せられる。直後、俺が先ほどまでいたところに十数発の銃弾が地面に着弾する。
「嘘だろっ!?ワイヤーアクションだと!?」
シザースはこのゲームであまり見たことがないこの戦闘スタイルに戸惑いながらも、再びサブマシンガンで俺を撃ってきた。対して俺もワイヤー機能を活用して先ほどと同じく回避を行いつつ、イクサカリバーの銃撃で反撃する。
撃ち合いは何度も続き、廃工場内には銃撃音が響き渡る。そしてついにシザースが持つサブマシンガンが弾切れを起こした。
「クソっ!」
シザースが慌てて新しいマガジンに取り替えようと腰に手を伸ばそうとする。
俺はこのチャンスを逃さないと、シザースがいる方にある壁にアンカーを撃ち込み、ワイヤーを巻き取って高速で接近。イクサカリバーをガンモードからセイバーモードへと変え、この勢いを利用してすれ違いざまに奴の首を切りつける。
この攻撃が決定打となり、シザースの体はポリゴン片となって消滅した。
イクサカリバーをガンモードに戻し、ディエンドライバーのワイヤーを巻き取って腰のホルスターへと収める。すると、『Congratulations!! Ryuga Wins!』と表示され、その数秒後に再び転送されて待機エリアへと戻った。
待機エリアに戻り、皆はまだ戻ってきてないかと捜し歩いていると、ドームの端の方にキリさんとカイトさんがいた。
試合はどうだったのかと聞こうと2人に駆け寄った時、キリさんは体を小刻みに震えさせ、カイトさんが「しっかりしろ」と呼びかけていた。
「キリさん、カイトさん?」
声をかけるとカイトさんだけ俺の方に振り向き、キリさんは震えたままだった。
「リュウか……」
「キリさん、何かあったんですか?」
まともに答えることができないキリさんに代わってカイトさんが答える。
「俺もさっき戻って来て詳しくはわからないが、キリトが
「《死銃》に!?」
すると、キリさんがかすれた声で話し始めた。
「アイツら、俺たち3人の名前を知っていたんだ。しかも、アイツらの腕にはタトゥーがあったんだ。あの殺人ギルド……《ラフィン・コフィン》を表したものが……」
キリさんの口から出た最後の単語を聞いた途端、一度目とは比べものにならないくらいの二度目の衝撃が走った。俺だけでなく、隣にいるカイトさんも動揺を隠せなかった。
「「ラフィン・コフィン…!!?」」
今回の前半部分のギャグシーンは、今後の清涼剤になればいいなと思って執筆しました(笑)。全体的にビルドネタが多くなってしまいましたが。リュウ君が戦兎の台詞である「最悪だ」と言うのは、リーファの「刻むよ」みたいにすっかり定番になったなと思いました。この章のリュウ君は、野上良太郎、幸太郎みたいに運勢最悪ゾーンに突入しているのでしょう(笑)
リメイク版でもリュウ君とシノンが対面。旧版同様にキリトとは異なって特に問題はありませんでしたが、実はシノンに「ネカマ趣味の男と付き合っているホモ」と誤解されてしまう予定でしたが、流石にこれは可哀想だなと思って止めました。終わったら、ちゃんとリーファとのラブラブシーンもやるので、それで許して下さい。
次回もよろしくお願いします。
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第8話 それぞれの覚悟
リュウ「そこで俺たちは第3回BoBに参加することとなり、俺たちの仲間の1人カイトさんや女性プレイヤーのシノンさんと出会うことになった。って、どうして俺たちこんなことしているんですかっ!?」
キリト「作者の気まぐれで、急遽あらすじ紹介することになったんだよ。一応ここではメタ発言とかもギリギリOKらしいぞ」
リュウ「第1回目から既に嫌な予感しかしない……」
キリト「それではGGO第8話どうぞ!」
殺人ギルド《ラフィン・コフィン》、通称《ラフコフ》。元SAOプレイヤーなら誰でも一度は聞いたことがあるギルド名だろう。
SAOは、ログアウト不可能の状況に加え、ゲームの中で死ねば現実世界でも本当に死ぬというデスゲームだった。そのため、プレイヤーたちの間で《HP全損だけはさせない》という不文律ができ、プレイヤーがプレイヤーを殺害するということだけは絶対になかった。
しかし、それはある2人の男によって破られることになった。
2人の男の名前は《PoH》と《アビス》。
攻略組のプレイヤーですら恐れるほどの実力に加え、悪人としてのカリスマ性を持ち、奴らは徐々に自分たちを慕う仲間を集めていった。
奴らが本格的に活動を開始したのは2023年の大晦日の夜だった。30人近くまでの規模に膨らんだPoHとアビスの一味は、フィールドの観光スポットで野外パーティーを楽しんでいた小規模なギルドを襲撃し、全員を殺害した。翌日には、自らをシステム上には存在しない《レッドプレイヤー》を名乗り、殺人ギルド《ラフィン・コフィン》の結成が、情報屋を通じて多くのプレイヤーに知られるようになった。
それから奴らは、次々に新しいPKの手口を開発し、100人を超えるプレイヤーを殺害していった。殺害されたプレイヤーの中には、カイトさんとザックさんが結成した《ナイツオブバロン》のメンバーたち、そして俺の仲間……ファーランさんとミラもいた。
最終的に ラフコフを壊滅させるのに結成から8ヶ月もかかった。こんなにも時間がかかってしまったのは、ラフコフのアジトを発見できなかったからだ。傘下のオレンジプレイヤーたちを捕えても、肝心のラフコフに関する有力な情報を得ることはできずにいた。
こんな状況で大きな動きがあったのは、2024年の8月に、罪の意識に耐え切れなくなった2人のメンバーが攻略組に密告してからだ。攻略組は、念入りに調査を行い、ついにラフコフのアジトだと断定され、《血盟騎士団》と《聖竜連合》を筆頭に50人規模の討伐部隊が結成した。これには俺とキリさん、アスナさん、クラインさん、カイトさん、ザックさんも参加した。
人数もレベルもラフコフより討伐隊の方が上回っており、すぐに決着がつくだろうと誰もが思っていた。しかし、討伐隊の情報が奴らに漏れており、血みどろの地獄と化した戦いとなった。この戦いにより、討伐隊から11人、ラフコフから21人の死者が出た。幹部の1人《ジョニー・ブラック》の逃走は確認されたが、リーダーとサブリーダーのPoHとアビスだけは確認できなかった。
この戦いで、俺は1人のラフコフのプレイヤーを殺しそうになったが、キリさんに止められて1人も殺さずに済んだ。だけど、キリさんとカイトさんとザックさんの3人は何人かのラフコフのプレイヤーの命を奪ってしまった。
最悪な結果で終えた討伐戦の後も、奴らとの戦いは何度か続いた。ザックさんとリズさんを襲ったジョニー・ブラックを含めた残党組たちを捕え、俺は討伐戦の時にいなかったアビスと再び対決することとなった。
そして、ファーランさんとミラを死なせた張本人がアビスだったことを知った。怒りにとらわれた俺は奴と死闘を繰り広げるも、奴が仕掛けたトラップにかかって取り逃がしてしまった。それからアビスを見つけることはなく、SAOがクリアされた。
俺たち3人にとってはラフコフとは因縁が深い。奴らの生き残りの誰かが
「どうかしたの?」
ふと声をかけられて我に返って振り向くと、シノンさんがいた。
「し、シノンさん……」
「あんた達3人揃って深刻な顔してたけど、ギリギリの試合だったの?リュウとキリトはともかく、カイトがそんな顔するなんて珍しいわね」
「まあ、俺もキリさんもGGOでプレイヤーと戦闘するのはこれが初めてでしたからね……」
「戦った相手がちょっと厄介な相手だったからな…。気にするな」
俺とカイトさんはシノンさんに、
こんな状況でも、俺とキリさんとカイトさんは次の対戦相手が決まり、フィールドへと転送される。
決勝戦の準備空間へと飛ばされ、ホロウインドウに表示された対戦相手の名前を見る。表示されていたのは、俺の予想通り《Kirito》というプレイヤーネームだった。
対戦のフィールドは荒廃したスタジアムという現実にあるスタジアムがボロボロとなったようなところだった。このフィールドも特撮番組でよく戦闘シーンが描かれていたところみたいだった。
俺たちの目的は明日の本戦に出場すること。この戦いはあまり意味のないことかもしれない。だけど、明日の本戦で
キリさんを探そうとフィールドを探し回ること1、2分。スタジアムの外にある階段付近のところで、俺が来るのが待っているかのように仁王立ちしていた。
俺が来たことに気が付くと、キリさんは振り向いて近づいてきた。
「なあ、リュウ。今ここで俺と戦ってくれないか?俺に奴らと戦う資格があるのか確かめさせてくれ!」
やはりキリさんも俺と同じ考えだった。今のキリさんは、SAOのフロアボス戦の時やALOでのグランドクエストの時のようなゲームがただの遊びじゃなくなったときに見せる真剣な表情をしている。
「いいですよ。《制限時間モード》みたいに制限時間3分以内に相手にダメージを多く与えた方が勝ちっていうルールでやりませんか?銃の世界ですけど、俺たちの得意な剣で」
「ああ」
俺はイクサカリバーをガンモードからカリバーモードにし、キリさんはフォトンソードのスイッチを入れる。
そしてキリさんが持っていた弾丸を1発だけ取り出し、コイントスするように弾く。弾丸が地面に落ちた瞬間、まず先に動いたのは俺の方だった。
左手に持つイクサカリバーを水平に構えて地面を蹴り、キリさんに一撃与えようと一撃振るおうとする。イクサカリバーが弧を描いて捉えようとしたが、キリさんはバックジャンプして回避してお返しにと フォトンソードで突きを放ってきた。俺は寸前のところで身体を横にずらして回避する。
更にお互いに剣を振るい、イクサカリバーの刃とフォトンソードのエネルギーの刃がぶつかり合って火花を散らす。撃剣は二合、三合と続き、止む気配はなかった。
同時に一旦バックジャンプして距離を取り、武器を構える。そして俺はSAO時代から何度も使用している片手剣スキル《シャープネイル》、キリさんは片手剣スキル《ホリゾンタル・アーク》を繰り出し、お互いに僅かながらもダメージを与える。
フォトンソードが青紫色の弧を描いて俺に迫ってくると、俺はこの場でジャンプして空中で一回転してキリさんの後ろに回り込んですぐにイクサカリバーを振り下ろす。しかし、キリさんは俺の動きを予測していたようで、フォトンソードで受け止めて攻撃を軽減させる。更に片手剣スキル《バーチカル・アーク》を繰り出して俺に2連撃の斬撃を与える。
「ぐっ…やりますね…!」
「そう簡単にお前に勝ちは譲らないぞ」
真剣勝負と同時に、俺たちは心のどこかで戦いを楽しんでおり、自然と笑みがこぼれる。
時間が来るまで何度もお互いの武器がぶつかり合って火花を散らし、相手のHPを少しずつ削っていく。両者共に一歩も譲らない状況だったが、キリさんの方が俺よりも僅かに多く残っていた。
「はぁ……俺の負けですね……。ここでもまだキリさんには勝てなかったか……」
「いや、お前も中々だったぜ。もう少し時間が残っていたら俺の方が負けていたかもしれなかったよ」
「次は俺が勝たせてもらいますよ」
「悪いけど、次も勝ちは譲る気はないぜ」
最後に俺たちはもう一度笑みを浮かべる。そして俺はリザインと宣言し、直後に現れた【降参しますか?】と表示しているウインドウの承認ボタンに手を触れた。
試合を終え、戻ってくるとカイトさんとシノンさんの姿はなかった。どうやら2人の試合も始まったようだ。
「おい、あのモニターにカイトとシノンの戦いの様子が映し出されているぞ」
キリさんが指さした方には、カイトさんとシノンさんの試合中継の映像が映し出されていた。
俺たちよりGGO歴が長い2人はどんな試合をするのか、楽しみだ。
だが、俺達は2人の戦いに…特にカイトさんに驚くことになる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
予選大会決勝戦の相手は、予想通りカイトだった。彼とは今まで一緒に戦ってきたけど、1対1で戦うのは今回が初めてだ。
カイトの戦いを待機ドームで見てきたけど、 彼の戦いっぷりには驚きを隠せなかった。アサルトライフルやサブマシンガンで撃ってくる相手に、無双セイバーとベレッタ 92の銃撃で応戦しながら接近。更には無双セイバーで致命傷になる弾丸を防ぎ、相手を切り裂いて倒すという捨て身の特効戦法と言ってもいいものだった。しかし、この戦法でカイトは前回の大会で上位入賞したスカルさえも倒したほどだ。接近されたらまず勝ち目はないと言ってもいいだろう。
予選大会決勝戦のフィールドとなったのは《大陸間高速道》。広さはこれまでと同じく1キロ四方だが、中央を東西に貫く幅100メートルのハイウェイからは降りる事は出来ないため、ただ細長いだけのフィールドとなっている。道路上には古くなって使われなくなった自動車や墜落したヘリコプターが遺棄され、あちこちで舗装面が斜めに飛び出したりしているので、端から端までを見通すことはできない。
今私がいるのはほぼ東端だから、カイトはここから500m離れた地点にいるはずだ。今回は M4カービンじゃなくて 無双セイバーをメインアームにしているため、間違いなくこっちに接近してくるだろう。
周囲を見回し、壊れた二階建ての大型バスを見つけた。このフィールドで狙撃に最適なところだと思い、すぐにバスの2階席へと移動し、中央の床に身体を投げ出すように腹ばいになり、へカートⅡの二脚を展開して狙撃体制へと入る。
近くにあった二階建ての大型バスの二階に行き、狙撃準備をする。
カイトに勝つには物陰から出てきた瞬間を狙って一撃で仕留めるしかない。
でも、私はどうしてこんなにもカイトに勝ちたいと思うのか。スカルやこの前倒したベヒモスにはここまではそんなことはなかったのに。
それは、私がカイトに想いを寄せているからなのかもしれない。
でも、私には彼にこんな感情を抱く資格なんてない。私を苦しめている暗闇をカイトが知ったら、絶対に私の元から離れていくだろう。今までだって何度も期待して裏切られてきたのだから。
その時だった。
スコープで見つめる先に、徐々にカイトの姿が鮮明に捉える。だけど、カイトは走るどころか、身を隠すことなくただこっちに歩いてきているだけだった。
「どういうつもりなの……?私はあなたの敵じゃないってことっ!?」
カイトは一向に隠れる気配はない。いや、それどころかカイトはあろうことか目を瞑っていた。これが意味しているのはつまり、カイトは私の狙撃をかわすつもりなどないということだ。
「…………ふ、ふ、ふざけないでよ!!」
私は怒りを露わにして一気にトリガーを引く。
すると、大型バスのフロントガラスは砕け散り、弾丸がカイトの左側の頬をかすって、後方にある横転している車に命中した。直後、車は爆炎に包まれる。
2発目を発射するが、また当たらず、次もその次も当たることはなかった。
「どうして、どうして、当てられないのよ……?」
――想いを寄せている相手だから?それとも他に何か理由があるから?
そう考えている間にも、カイトは立ち止まることなく、ゆっくりとこっちに歩いてくる。まるで私に「早く当てろ」と言っているみたいに迷いなくただ真っ直ぐに。
私は堪らずヘカートⅡを持ってカイトの元へ行く。
「カイト、答えて!あなたから見て、私は戦う価値のないほど弱い奴だから戦う気がないのっ!?」
「それは違う。今の俺には、お前と戦う前にやらなければいけないことができた…それだけだ」
カイトは私の目を見て言う。
「私と戦う前にやっておかないといけないこと!?それは何なのよ!」
「悪いがそれは言えない。ただ俺の今の目的は本戦にある。すまないが、それが終わるまで俺はお前と本気で戦う気にはなれない」
「戦う気が無いなら、自分で自分を撃てばいいじゃない!それとも、弾代が惜しかったの!?」
いろんな感情が渦巻いているせいか私はカイトに心にもないことを言ってしまう。
「たかがVRゲームの、たかが1マッチ!あなたがそう思うのは勝手よ!けど…その価値観に私まで巻き込まないでよ!!」
「…!」
私は涙ぐみながらカイトに訴えた。カイトは少し黙った後に、
「そうだな…。たかがゲーム、たかが一勝負、だからこそ全力で戦わなければならない… そうしなければ、この仮想世界にいる意味も資格もない。俺はそれを知っていたはずなのに、我ながら情けないな…」
カイトはそういうと、私に向かって
「シノン、俺の都合で勝負を台無しにしたのはすまなかった。シノンさえよければ今からでも俺と勝負しないか?」
「今からって言っても、どうやってするのよ?」
すると、カイトは ベレッタ 92からから弾丸を1発取り出し、それを左手でキャッチする。
「シノン、まだヘカートⅡの弾丸は残っているよな?」
「1発だけだけど、残っているわ」
「だったら決闘スタイルでいくぞ。10メートル離れて、シノンはライフルを、俺は剣を構える。この弾丸を投げて地面に落ちたら勝負スタート。俺がお前の狙撃を防げたら俺の勝ち、防げなければお前の勝ち、それでどうだ?」
カイトが持ち出してきた勝負内容に驚きを隠せなかった。
「いくらあなたでも、たった10メートルの距離からだとヘカートⅡの攻撃はどうにもできないわ。システム的に必中距離なのよ」
「それはやってみないとわからないだろ?」
いつものように冷静な様子のカイト。
(こんなに自信があるなんて、カイトには何か考えが、不利な状況を覆す強さがあるっていうの?もしそうなら、一体何なのか見たい。)
どうしてもそれが気になり、勝負を受けることにした。
「いいわ。それで決着をつけてあげる」
そしてカイトは10メートル後ろまで歩いて行ったところで、再びこちらの方を見る。
私はヘカートⅡに最後の弾丸を装填し、スコープ越しでカイトを見る。
この時のカイトの目は獲物を捕らえようとするオオカミやトラのように強い眼差しをし、黙って私を見ていた。そして先ほど取り出した弾丸を左手の指先に挟み、右手で左腰のホルスターに収められている無双セイバーを抜き取って構える。
「いくぞ」
左手の指で弾丸を弾く。弾丸は回転して宙を舞う。
そして、カイトは無双セイバーを両手で持って構え、私はヘカートⅡのトリガーに指を添える。
空中に舞った弾丸がゆっくりと地面に落ちてくる。弾丸がキンと小さな音を立てて落ちた瞬間、トリガーを引く。ヘカートⅡが火を噴き、弾丸を放った。
その瞬間、カイトは無双セイバーを目にも止まらない速さで振り下ろした。
すると、弾丸は真っ二つとなり、左右に別れてカイトの後方へと飛んでいく。同時に無双セイバーの刃にヒビが入った。
(そんな…ありえない!!)
「流石にコイツも無事じゃ済まなかったみたいだな……」
「弾丸を切ったのっ!?そんな、どうして……?左足を狙ったのに私の照準が予測できたの……?予測線は出ていなかったはずなのに…」
「スコープのレンズ越しで見えたお前の眼……視線から弾道を予測した。俺はどこにお前の目が向いているかを見て、そこに意識を全集中して構えていた」
視線で弾道を読むことができる人がいるなんて思ってもいなかった。
私の予想以上にカイトは強い。彼の強さはVRゲームの枠を超えたものだと言ってもいい。
「カイト、1つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「どうして、アナタはそんなに強いの?」
「こんなの強さとは呼ばない。ただの技術の域を過ぎないものだ」
「う、嘘。嘘よ!ただのテクニックだけであんなことができるなんてどうやっても絶対無理よ!ねえ、どうすれば、その強さを身につけられるの?私は……私はそれを知るために……」
「なら聞く。シノン、もしもお前が今持っているヘカートⅡが現実世界にいるプレイヤーさえも殺せるようなものだとしたら、そして殺さなければお前やお前の家族や友人あるいは大切な人が現実で殺されそうになっていたとしたら、その時、殺そうとしている奴に向けてお前は躊躇いもなく引き金を引くことができるか?」
「そ、それは……」
カイトの突然のその問いに、私は答えることができなかった。(カイトは知っているの!?私のあの過去を…ううん…まさか、カイトも…)
「リュウが前にこんなことを言っていた。どんな力でも手に入れた奴次第で善にも悪にもなるってな。俺は一度、手に入れた力を間違った使い方をしたこともある。力を手にするということはそれ相応のリスクもあることも忘れるな」
完全に戦意喪失してしまい、両手からヘカートⅡが滑り落ちて地面に転がる。
「さて、どうする?まだ納得がいかないなら、今度はハンドガンを使って本格的に決闘スタイルで決着をつけるか?」
カイトはそんなことを提案してきたが、 この勝負はすでに決着は付いていた。
「ううん、私の負けよ。でも明日は絶対に負けない…明日の本大会、私と戦うまで生き残っててよ!リザイン!」
そう宣言し、私は負けてカイトが勝利したという結果で戦いは終わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
待機ドームの片隅から中央に映し出されているカイトとシノンの戦いを黙って見ている男が2人いた。1人は全身をボロボロに千切れかかっている黒いマントで身を隠し、深く被られているフードからは髑髏の様な仮面が見えた風貌をしている。そしてもう1人は黒いニット帽を深く被り白い布で顔の下半分を隠し、右手で赤と黄色の玉が着いた算盤のようなものを持っていた。
「あの銃の弾丸を切っちまうとはな。相変わらずとんでもない奴だ。でも、これでアイツらは本物だということがわかったな」
そこへ黒いボロ切れ布のようなフード付きのポンチョを身につけて身を隠している男がやってくる。
「今までお前たちの様子を黙って見ているだけだったが、今回は俺もひと暴れさせてもらおうか」
ポンチョの男は、黒いニット帽を被った男が持っている算盤の黄色い玉を1つ動かす。
「流石に他のターゲットみたいに現実世界で本当に殺すことはできないが、この世界だけでも実行しようぜ」
その言葉に他の2人もそれぞれ黄色い玉を1つずつ動かす。
「これは面白くなってきたなぁ。さあ、地獄を楽しみな…全GGOプレイヤー、《黒の剣士》、《紅蓮の刀使い》、そして……《青龍の剣士》よ」
試しに前書きでビルドのあらすじ紹介みたいなことをやってみました(笑)。今後もやるかどうかは未定です。
今回は前回と異なって全体的にシリアスな雰囲気となりました。
リメイク版では旧版と比べてリュウ君たちとラフコフとの因縁はかなり深いものに。今回の話を書くのに改めてアインクラッド編見ましたが、ファーランとミラの死、ナイツオブバロンの壊滅は作中でもみんなのトラウマに含まれてもいいものでしたからね。
これでファントムバレット編の前半部分は終了し、次回から後編へと突入します。
昨日と先々週のSAOアニメを見て、サトライザーことガブリエルミラーはかなり危険な奴だなと思いました。特にシノンをGGOで殺したところは腹が立ちました。これはカイトさんにアイツをぶっ倒してもらわないといけないですね。そしてダークテリトリーの面々も登場して、事態は絶望へのカウントダウンが動き出して。原作の方を見て展開は知ってますけど、アニメで見るのが今から凄く楽しみです。
ところで、リュウ君はどうして紫のコアメダルとマグマナックルを用意しているの?えっと「息の根を止めたい奴出てきたから準備している」?どういうこと?
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第9話 本戦開始前
アリス「こちらでも今にも決戦が始まろうとしているのですね」
リュウ「何でアリスさんがここにいるんですかっ!?まだファントムバレット編の最中なんですけど!」
アリス「本作の作者から、スペシャルゲストとして出て欲しいとお願いされて呼ばれたのです。もちろんブラックコーヒーもちゃんと用意してきました」
リュウ「わざわざブラックコーヒーまでも用意したんですね……」
アリス「今回はブラックコーヒーを用意した方がいいと言われたからです。本作に登場するための勉強として是非今回の話を見ておきたいと思っていまして。私もいつかユー……」
リュウ「ストップ!ストップ!アリスさん、それはネタバレになっちゃいますから!」
アリス「大変失礼しました。あらすじ紹介は思っていたより難しいですね。では、GGO編第8話どうぞ」
2025年12月14日
第3回BoBの予選大会を終えて一夜明け、本日は本大会が行われようとしている。本大会が始まるのは夜で、晴れた日曜日だということもあって、昼過ぎに俺はある場所へと訪れていた。
そこは日本国内で何処にでもある墓地だった。いくつもの墓石が並ぶ中で、《橘》と彫られた墓石の前までやってきた。
「また来たよ、
この墓に眠るのは、SAO事件が起こる前に病気で亡くなった俺の兄《橘 龍斗》だ。
今は学校があるため、SAOから帰還した頃みたいに週に何度も訪れることはなくなったが、それでもファーランさんとミラが眠る墓と1週間おきに訪れている。
いつものように枯れた花を取り替えたりと墓石の手入れをしている最中、こんなことを呟いた。
「
当然のことながら、墓石に向かってそんなこと言っても返事が返ってくることはない。
俺は「はぁ……」とため息を吐き、墓石の前に座り込んだ。昨日の夜からこんな状態が続いている。
昨日の予選大会の最中に、キリさんから
俺たちの目的でもある
ラフコフのプレイヤーで生き残っているのは、監獄に送った奴らと最後まで捕まえられなかったPoHとアビスを合わせると15人前後いる。その中で誰が
もしも
アビスはファーランさんとミラの仇でもある。
ファーランさんとミラは、赤い目の巨人に喰われそうになった俺を助けて死んだ。2人だけでなくあの時は攻略組と中層プレイヤー合わせて14人ものプレイヤーが命を落とし、俺だけが唯一生き残った。2年間もの続いたデスゲームの中でも、これは最悪な事件の1つとして多くのプレイヤーに知られている。
だが、この事件にはアビスも関わっていたのだ。奴は中層プレイヤーにいい狩場の偽情報を流し、更に彼らの救助のために攻略組プレイヤーを誘い込み、何人ものプレイヤーをモンスターによってPKさせようと計画していたことが明らかになった。
ファーランさんとミラを死に追いやったアビスのことを思い出す度に、奴への憎悪が増していく。しかし、同時に俺は不安でいっぱいだった。
俺は二度アビスと戦ったが、奴にはどちらの戦いでも敗北している。最強のプレイヤーやゲームマスター相手に優位に立つことができた《龍刃》やオーバーロードの力があれば勝機があるかもしれない。だが、今の俺にはそんなゲームバランスを破壊してしまうような力はない。ゲーム内から生身のプレイヤーを殺害している方法がわからない以上、今度こそ俺は奴に殺されてしまう可能性だって十分にある。
できることなら今すぐGGOからALOに《Ryuga》を再コンバートして逃げ出したいくらいだ。そうしたら一緒に戦っているキリさんやカイトさんを見殺しにしてしまうかもしれないというのに……。
次第にアビスへの憎悪と恐怖で気持ちがいっぱいになり、頭を抱えてうずくまる。
そんな時、ポケットに入っていたケータイに着信が入って鳴りだした。取り出して見てみると画面には『桐ヶ谷 直葉』と表示していた。通話ボタンを押し、耳元へとやる。
「スグか。どうしたんだ?」
『あ、リュウ君。急に悪いんだけど今すぐ家に来れるかな?どうしてもリュウ君と直接会って話がしたくなってね』
「まあ、一応時間あるから大丈夫だよ。まさか別れ話とかじゃないよな?」
『違う違う!そんな話じゃないから安心して。じゃあ、待っているからね』
ここで通話が終わり、ケータイをポケットにしまう。
「兄ちゃん、また来るよ。…もし来なかったら、俺もそっちに行ってる事になっちゃうのかな…。なんてこんな事考えてたら兄ちゃん怒るよな」
そして駐車場に停めているバイクの方へと向かった。
バイクを走らせて10分ほどで桐ヶ谷家へと着き、邪魔にならないように門の脇の辺りにバイクを停め、玄関へと足を進める。インターホンを押すと5秒足らずでスグがやってきて玄関の戸を開ける。
「リュウ君来てくれたんだね」
「スグが直接会って話がしたいって言ってきたんだろ」
「急にゴメンね。もしかして迷惑だったかな?」
「いや、俺もスグに会いたいなって思っていたからちょうどよかったよ」
「そう。あ、ここじゃ寒いから早く上がって。風邪引いちゃうよ」
「ああ。じゃあ、お邪魔します……」
いつものように、スグに二階にある彼女の部屋へと案内される。
「そういえば、カズさんは?」
「お兄ちゃんならリュウ君が来るちょっと前に出かけて行ったよ。なんか大事な用事があるらしくてね。アスナさんとデートにでも行ったのかな?」
「多分そうだろ」
会話を交わしながら、階段を上っていき、数歩廊下を歩いてスグの部屋へとやって来た。
暖色系のカーテンや敷物、木製の家具が温かみを感じさせ、ベッドや机の周りにはカピバラなどのぬいぐるみがいくつも置かれ、年頃の女の子らしい部屋だ。そして机の脇の壁に掛けられているボードには何枚も写真が張られ、剣道大会で表彰されたもの、現実世界やALOで撮った俺とのツーショット写真などがあった。
「で、話したい事って何?」
「うん。実は今朝ね…こんな記事を見つけたんだけど」
スグと隣り合ってベッドの端に腰を下ろすと、スグはタブレットを手に取って画面を見せてきた。それは国内最大級のVRMMOゲーム情報サイト《MMOトゥモロー》のページで、太字のヘッドラインには【ガンゲイル・オンラインの最強者決定バトルロイヤル。 第3回《バレッド・オブ・バレッツ》、本大会出場プレイヤー、40人決まる】と書いてある。
そのページの下には本大会出場プレイヤーの名前リストがあり、スグはあるところを拡大させて指さした。
「ここなんだけど」
スグが指さしたところには【Eブロック1位:Kirito(初)】、そして【Eブロック2位:Ryuga(初)】というものがあった。
「なんか、見覚えがある名前が2つもあるんだけど、どういうこと?」
「そ、それは……」
スグは微笑んで聞いてくるが、同時に恐怖も伝わってきた。
「お兄ちゃんは、このキリトっていう人は霧ヶ峰藤五郎で、こっちのリュウガっていう人は火野映司か万丈龍我じゃないかって言っていたけど、どうなの?」
――火野映司と万丈龍我って前にカズさんが勝手に思い込んでいた俺の本名じゃないか。速攻でスグにバレるだろ!
内心でそう突っ込んでしまう。こんなことだったら佐藤太郎って言ってくれてた方がまだマシだったような気がするな。でも、キリさんの性格のことを考えると調子に乗って、バンド売れたら女子アナと結婚して牛丼卵付き百杯食べてビル千件買おうとしている奴だって言っていただろう。
今はこんなくだらないことよりも、スグにどうやって説明すればいいのか考えないといけないな。しかし、今の俺は奥さんに問い詰められている旦那と一緒で、完全にお手上げ状態だ。
もう正直に話すしかない。でも、スグにはどう説明すればいいのか。
スグには、菊岡さんから
スグは俺たちの中で唯一SAOのデスゲームに巻き込まれていない。ずっとALOで普通にプレイしてきた彼女にこんなことを話す勇気がなく、このことを知ったら絶対に俺やカズさんを引き止めると思っていたからだ。ラフコフのことから今回の死銃事件のことを説明するのは、凄く抵抗がある。このことを知ったら、スグは俺たちのことを絶対に引き止めるだろう。
「リュウ君、どうかしたの?」
その言葉に、俺はぴくりと身体を震わせた。
「えっ!?何が!?」
「今のリュウ君、お兄ちゃんみたいに難しい顔してたよ」
「そ、そうか?気のせいじゃないかな?」
「気のせいじゃないよ。あたし、リュウ君の彼女なんだから、リュウ君の異変には絶対気が付くんだからね」
誤魔化そうとするが、どうやら俺の彼女には通用しないみたいだ。
「実はね、お兄ちゃんにも言ったけど、リュウ君とキリト君がALOからGGOにコンバートしたこと知っているの」
「えっ?」
突然の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「フレンドリストから2人の名前が消えているのに、あたしが気付かないわけがないでしょ」
「……で、でも、フレンドリストって毎日見るもんじゃ……」
「見なくても感じるもん。あたし、昨日の夜にリュウ君たちがフレンドリストから消えていることに気付いて、すぐログアウトしてお兄ちゃんから事情を聞こうとしたんだ。お兄ちゃんはともかく、リュウ君まで何も言わないでALOからいなくなるなんて絶対おかしいもん。でも、何か事情があるんだろうなって思って、アスナさんとユイちゃんに聞いたの」
カズさんは、菊岡さんからの依頼のことは内容をいくらか伏せてアスナさんとユイちゃんには話したらしい。そうしたのは、ユイちゃんにコンバートしたことを隠せないからだという。
「アスナさんとユイちゃんはすぐ戻ってくるって言っていたけど、本心では不安に思っているみたいだった。あたしもそう。だって……だって、リュウ君もお兄ちゃんも何か様子がおかしくて……」
「スグ……」
落ち着いた様子で俺に話すスグだったが、内心では凄く不安そうにしているのが見てわかる。だけど、笑みを浮かべて俺を見つめる。
「でも、あたし信じているから。リュウ君たちが絶対に帰ってくることを。だってあたしは、お兄ちゃんの妹だし、リュウ君の彼女なんだから」
これを聞いた途端、思わず涙が溢れそうになる。
「スグ…!」
「きゃっ!」
俺はそれを隠すように座るスグを抱きしめ、そのままベッドの上に押し倒した。当然のことながら、俺にいきなりこんなことされてスグは驚いていた。
「りゅ、リュウ君っ!?」
「ゴメン、ちょっとこのままにさせて……」
身体を震わせ、スグの身体をギュッと抱きしめる。スグも何かを察して微笑んでそっと俺を抱きしめてくれた。
「リュウ君。君とお兄ちゃんに何があったのかはわからないし、あえて聞かないでおくよ。でも、リュウ君にはあたしがいるから大丈夫だよ。前に言ったよね、リュウ君が辛い時はあたしがリュウ君の手を掴むんだって」
「スグ……」
(そうだ…。あの時と違って今の俺にはスグがいる。俺をいつも支えてくれて、俺の帰りを待ってくれている最愛の人が……)
不思議なことに、先ほどまで抱いていたアビスへの憎悪と恐怖が少しずつなくなり、落ち着きを取り戻していく。
「心配かけてごめんな、スグ。言うの遅くなっちゃったけど、絶対に帰ってくるよ。もちろんALOの俺もリーファのところへ、必ず」
「うん。待ってるよ、リュウ君…」
そして俺は目を閉じてそっと自分の唇をスグの唇に重ねた。十秒ほどの短いキスを終え、再びスグを抱きしめる。
「スグ…好きだよ…」
普段なら恥ずかしくて言えない台詞だが今は恥ずかしさよりスグへの感謝と愛しさで胸がいっぱいだったため、なんのためらいもなく言うことができた。スグは突然の俺の言葉に驚いて顔が赤くなったが、すぐに少しの涙と優しい笑みを浮かべながら、
「あたしも…今までも、これからもずっと…リュウ君が大好き…」
「ありがとう…スグ……」
「んっ…」
俺は再びスグに唇を重ね、今度はさっきより長めのキスをした。息が続かなくなったところでキスを終える。
「なあ、スグ。もう少しこのままでいてもいいかな?」
「普段のリュウ君なら恥ずかしがるのに、こんなこと頼んでくるなんて珍しいね。もちろんいいよ…」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言ってスグに抱き着いて甘える様子を見せる。
「リュウ君ったら、甘えん坊さんなんだから……」
スグは嬉しそうにして俺の頭をナデナデしてくる。自分からあんなことお願いしておきながら、何割か恥ずかしい気持ちもあった。だけど、せっかくだからもう少しこのままでいようと、スグの温もりと心音を感じていた。
あれから五分ほど経って、俺たちは起き上がって再びベッドの端に腰を下ろした。
「そういえば、お兄ちゃんとアスナさんから聞いたんだけど、今回のお仕事、なんかすっごいバイト料出るんだよね?」
スグは何か悪巧みしている笑みを浮かべてこちらを見る。アスナさんはともかく、カズさんは絶対に「欲しいものがあってリュウに買って貰ってくれ」とか言って俺に押し付けようとしたな。
後でカズさんに文句の1つでも言っておかないとな。
「ま、まあ……。何でも奢るから楽しみにしてて」
「やった!あのね、前から欲しかったナノカーボンの竹刀があるんだ」
「な、ナノカーボンの竹刀か。確かあれって高かったような……」
「えー?リュウ君がなんでも奢るって言ったじゃん。あと、クリスマスにデートするときはリュウ君の奢りでお願いね」
「クリスマスデートの時も俺の奢りかよ。まあいいか……」
「やった!」
無邪気な笑みを浮かべるスグ。
まさか依頼の報酬の一部をスグに持っていかれることになるなんてな。まあ、スグには心配かけてしまったし、俺もスグのおかげで救われたから、彼女のために使うのが一番いいか。
「あと、もう1つ聞いておきたかったんだけど、Fブロックの1位のところにある《Kaito》ってもしかしてあのカイトさん?」
スグはベッドの脇に置いてあるタブレットを再び手に取り、俺に【Fブロック1位:Kaito】と表示してあるところを見せてきた。
「ああ、 この人はスグが知っているカイトさんで合っているよ」
「やっぱりそうだったんだ。フレンドリストにカイトさんのはあったけど、もしかしてって思って今朝ザックさんから別アカウントでGGOをやっているって聞いたの」
「俺もカイトさん本人から聞いたけど、GGOは半年前からプレイしているらしい。ALOとは別のアカウントみたいだけど、GGOでも強さは健在だったよ。あと姿がALOとあまり変わってなかったな」
「カイトさんも一緒なら安心できるね。お兄ちゃんよりも頼りになりそうだし」
「キリさんも十分頼りになるからな?」
これには俺も思わず苦笑いを浮かべる。
この様子からしてスグはGGOでのキリさんの姿にはまだ気が付いてないみたいだ。GGOのキリさんは、M9000系というかなりレアのアバターで一見すると黒髪ロングの少女みたいな姿となっている。
自分のお兄ちゃんがお姉ちゃんになっていたとしたらどんな反応をするのだろうか。でも、あの姿のせいでキリさんと何回もカップルと誤解されたことだけは絶対に知られないようにしないと。スグ/リーファがこのことと知った時は、俺もキリさんも「刻むよ」どころでは済まされないだろう。
とりあえず、キリさんのGGOでの姿が知られても、これだけは絶対に知られないことを祈るしかないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第3回BoB本大会が始まる数時間前。
俺は家の近所にあるコンビニまで行き、夕飯を買う。普段から食事は自炊するように心がけているが、今は大会以上に
帰り道、
その中でも一番気になったのは、キリトに接触してきた
キリトは、あの2人はラフィン・コフィン……ラフコフの元メンバーの可能性が高いと言っていた。その中の1人はあの場にいなかった俺に興味を抱いていたような様子だったらしい。
俺とラフコフの間には深い因縁がある。
奴らはナイツオブバロンにいた3人の仲間……盾持ちの片手剣使いのリク、盾持ちの片手棍使いのダイチ、両手斧使いのハントを殺し、そして俺は討伐戦でラフコフのプレイヤー2人を殺した。
生き残って現実世界に帰還したラフコフのメンバーが、俺に恨みを抱いていてもおかしくないだろう。その中で一番可能性が高いのは……。
「隼人」
考え事をしている中、いきなり後ろから声をかけられ、反射的に振り返った。そこにいたのは響だった。
「何だ、響か」
「珍しいな、お前がコンビニの物で飯を済ますなんて」
「今日はいちいち作っている暇はないからな」
「そういえば、今日だったな。BoBの本大会が開催されるのは。今朝、アスナと直葉から連絡が来たんだけど、キリトとリュウも大会に出るんだよな?」
「ああ」
この2人から響に連絡が来たってことは、キリトとリュウがコンバートしたことがバレて、本大会出場プレイヤーの名前リストからKaitoを見つけたからだろう。
「だけど、どうしてアイツらはコンバートしてまで大会に出ようとしてるんだ?何か聞いてないのか?」
「さあな。俺だって詳しいことは聞かされてないんだ。大会が終わってから、本人たちに聞けばいいだろ」
「そうだな」
キリトとリュウがGGOにコンバートして大会に参加する理由は、GGOでリュウと出会った時に詳しく聞いたから知っている。だが、響には
響……ザックも俺と同様に討伐戦でラフコフのプレイヤーの命を奪い、心に深く傷を負ってしまったが、俺と違ってその重荷を一緒に背負ってくれている相手がいる。そのおかげもあって、現実世界に帰還してからも特に問題なく、元通りの生活に戻ることができた。
響をこんなことに巻き込むわけにはいかない。キリトとリュウもそう思ってアスナや直葉に詳しいことを話さなかったのだろう。
「まあ、今日の大会ALOで皆で応援するから、頑張れよ」
「ああ、ところで響、お前最近里香とはどうなんだ?」
「ぶっ!い、いきなり何だよ!?」
「何もそんなに驚くことはないだろ」
「お前がいきなりそんな事を聞いてきたから珍しすぎるのといきなりすぎるのとでビックリしたんだよ!お前今日どうした!?」
「何も。少し気になって聞いただけだ」
「最近どうって…何もねぇよ!あいつとは!…まだ…」
「ふっ…そうか…」
話をしながら歩いている内に家の前まで着き、ここで響と別れて家の中へと入った。
リビングで早めの夕食を取り、時間まで自室でゆっくり過ごすことにした。その間、俺は昨日の予選の決勝を思い出していた。GGOを始めた頃から、ずっと一緒に組んでいた少女であるシノンとの初めての一騎討ち。俺が「現実の命を奪われそうになった時、引き金を引けるか?」と聞いたとき、シノンはそれまでより明らかに大きく動揺していた。もしかしたらシノンも何か過去にあったのかもしれない…。もっと強くなりたい、強いやつを殺したいというあいつの執着もそれと何か関係があるのかもしれないな。
考えている内に時間が来たところで、ベッドの上に横になってアミュスフィアを装着し、GGOへログインした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桐ヶ谷家を後にした俺は、バイクを走らせて千代田区にある総合病院へとやって来た。バイクを停めて受付で簡単な手続きを行い、昨日と同じように指定された病室へと向かう。
病室に入ると、安岐さんがいて、カズさんはすでに上半身の数箇所に電極を貼って、頭にアミュスフィアを被ってベッドの上に横たわっていた。
「橘君、いらっしゃい」
「安岐さん、今日もよろしくお願いします」
軽くあいさつを済ませ、早速ダイブする準備に取り掛かる。
「橘君、昨日帰る時は何だか様子がおかしかったけど、今は大丈夫みたいね。何もなくて安心したわ」
「心配かけてしまってすいません。でも、今は大丈夫ですので」
そう言って笑みを浮かべると、 安岐さんも安心したかのように笑みを見せた。
上に着ているものを脱ぎ、ベッドに横になる。そして、上半身の数箇所に電極を貼られ、アミュスフィアを頭に被り電源を入れる。
「カズさんから聞いているかもしれませんが、遅くても10時頃には戻ると思いますので」
「今日も桐ヶ谷君の体と一緒に橘君の身体もしっかり見ておくから、安心してね」
「はい。それじゃあ、行ってきます。リンク・スタート!」
そう叫ぶと、いつものように意識が現実から遮断されていく。途中、安岐さんの声がかすかに聞こえた。
「行ってらっしゃい、《青龍の剣士リュウガ》君」
えっ?と思った瞬間、俺の意識は切り離されてGGOの世界へと降り立った。
前回のコメントでビルド風のあらすじ紹介が好評でしたので、今回もやることにしました。そしてアリシゼーション編のアニメが放送中ということで、本編に先駆けてアリスが登場しました。早く本編にも登場してリュウ君たちとの絡みを書きたいと思いました。若干ネタバレっぽいことを書いてしまいましたが。
旧版ではリュウ君が桐ヶ谷家に行って直葉と会う、カイトとザックの会話、リュウ君がお兄さんの墓に行き、病院からGGOへログインする流れでしたが、リメイク版では内容を所度変えながら順番を変更させていただきました。墓のシーンはビルド32話で龍我が香澄さんの墓に行ったところを、リュウ君が直葉をベッドに押し倒すシーンはオーディナルスケールでキリトがアスナをベッドに押し倒すところを元にしてみました。
リメイク版のリュウ君は《龍刃》やオーバーロードの力を手に入れて強化されてますが、今はそれらは失って弱体化している状態となっています。もしもあったら余裕でアビスを倒すことができたでしょう。余談ですが、《龍刃》やオーバーロードの力がある状態のリュウ君は、仮面ライダーでいうとまだ中間フォームに相当するレベルです。
アニメでは戦争が、こっちでは本大会が始まろうとしています。次回もよろしくお願いします。
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第10話 本戦開幕
今回はビルド風のあらすじ紹介はお休みさせていただきます。楽しみにしていた読者の皆さん、申し訳ございません。
それでは今回の話になります。
俺が降り立ったのは、GGO世界の首都《SBCグロッケン》の北端、総督府タワーの近くだった。
総督府に付くと、昨日と同様に壁際に設置されているコンビニにあるATMのような形をした機械へと向かい、エントリーを済ませる。それを終えて移動しようとした時、キリさんとカイトさんとシノンさんの3人が一緒にいるのを見かけ、3人の元に行って声をかけた。
「キリさん、カイトさん、シノンさん」
俺に気が付いてまず初めに話しかけてきたのはキリさんだった。
「お、リュウ。今日は頑張ろうぜ」
「ええ、もちろんですよ。カイトさんとシノンさんも今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
「こちらこそよろしく」
カイトさんとシノンさんは軽く微笑んで挨拶をしてくれた。すると、キリさんがシノンさんに何か話しかけてきた。
「あの~シノン姉さん。どうして俺の時と違ってリュウにはこんなに人当たりがいいんですか?」
「理由は言わなくてもわかっているでしょ」
キリさんにジト目を向けるシノンさん。どうやらキリさんも俺と同様にシノンさんに挨拶したようだが、俺の時とは異なって冷たい態度を取られたようだ。それにしてもキリさんは本当に何をしてシノンさんにここまで嫌われているんだか。
大会開始までまだ3時間ほど時間があったため、解説や情報交換ためにタワーの地下に設けられていた広大な酒場ゾーンへとやってきた。
酒場ゾーンには多くのプレイヤーたちがいて、お祭り状態となっている。有名なプレイヤーはインタビューを受け、あるプレイヤーはギルドメンバーと談笑しているのが見られる。中には、誰が優勝するのかとか、コイツは何位に入るのかと賭け事の話をしているプレイヤーも見られる。
ここの奥まったブース席に移動している途中、俺たちに注目するプレイヤーたちもいた。
俺は昨日の予選大会で、ガンブレードの《イクサカリバー》とワイヤーアンカー付きのハンドガンの《ディエンドライバー》というGGO内であまり使用しない2つの武器を使って戦い抜いた。カイトさんは《無双セイバー》というガンブレードを使い、至近距離でライフル弾を切ると言った離れ業を披露した。
注目されても仕方がないだろう。だが、シノンさんとキリさんは違った。
「おい、あれキリトちゃんだろ?」
「フォトンソードで敵をメッタ斬りだってな」
「クールビューティなバーサーカーかぁ。いいねぇ」
「いやいや、やっぱシノンちゃんでしょ」
「オレもシノっちに撃たれたい派」
「オレ、斬られたい派」
「そんなもんALOにでも行けよ」
GGOで数少ない女性プレイヤーだということもあって、男性プレイヤーからの人気があるようだ。まあ、その内の1人は男だけどな。この人たちがキリさんの本当の性別を知ったらどう思うのだろうか。
歩いているとキリさんが立ち話をしていた2人組の男性プレイヤーの内の1人にぶつかってしまう。
「あ、ごめん」
「「ひっ!す、すいません!キリトさん!」」
ぶつかった2人はキリさんに怯えて道を譲る。キリさんはアイドルみたいに見られているけど、銃がメインのゲームで光剣を使い敵を斬って倒すほどだから、それにビビッてしまうプレイヤーがいてもおかしくないだろう。
キリさんは無言だったが、数歩歩いたところで足を止めた。
「キミ達……」
キリさんはぶつかった2人の方を振り向く。威嚇でもするのかと思ったが、俺の予想に反して、悪ふざけしてアイドルのようなポージングをして笑顔でこう言った。
「応援してね♪」
『うおおおおっ!!』
黒髪ロングの美少女姿だということもあって、これを見た男性プレイヤーたちのハートを射抜いた。
「キ、キリトちゃん!頑張れよ!」
「オレ、ベスト5入賞に全財産賭けます!」
男性プレイヤーから声援をもらい、完全にネカマプレイを楽しんでいるキリさん。
皆にチヤホヤされているあのプレイヤーの本当の性別を知っている俺とカイトさんとシノンさんは、冷めた目で彼を見ていた。
俺たちの元に戻って来たキリさんは、俺たちを見て冷や汗をかく。
「キリさん……」
「お前…その姿で過ごしている内に本当にネカマに目覚めてしまったんじゃないのか?」
「こ、これは男連中の反応が面白くて、つい……」
カイトさんが言ったことに冷や汗をかきながらキリさんは誤解を解こうとする。すると、シノンさんも話に入ってきた。
「気を付けた方がいいわよ。つい、何て言っているけど、あの言葉づかいや仕草はかなり堂に入っていたから。もしかすると、リアルでも女装してるかもね」
「い、いくらキリさんでもそこまではやってないかと……」
「リアルで姉か妹がいたりすると怪しいわね。いない間にその服を拝借して……というのはよくある話よ」
キリさんには妹……スグがいる。ということは……。シノンさんが言ったことを真に受けてしまい、キリさんを疑ってしまう。
「キリさん、まさか本当に……」
俺にまで疑われて、冷や汗をかくキリさん。
「りゅ、リュウ。これは単なるイタズラ心でやっただけでそれ以外の意図は一切ないから!」
「本当に信じていいんですか?俺とあなたの妹に誓って?」
「ホントホント!信じて!頼む! カイトとシノンが疑っている以上、お前しかいないんだよ!俺を見捨てないでくれ!!第一もしそんなことしてスグにバレてみろ!絶対に刻まれる!」
誤解を解こうと必死になり、弁解するだけでなく俺に抱きついてきた。
「わかりましたってっ!だから俺に泣きつくのは止めてくれませんかっ!」
泣き出してしまったキリさんは俺から離れようとする気配はなく、俺のジャケットを強く掴んでいる。
他の人から見れば、これは皆のアイドルが男に泣きついている光景にしか見えない。そのため、先ほどから近くにいる男性プレイヤーからの視線が痛かった。
「なあ、キリトちゃんとイチャ付いているあのポニーテールは何なんだ?」
「よくも俺たちのキリトちゃんと……。あのポニーテールだけ爆発しろ!」
「大会で早く誰かアイツを撃ってくれよ」
またしても男性プレイヤーから、キリさんとカップルと誤解させてしまう。今すぐにもこの人は男だと言ってやりたいくらいだ。
「最っ悪だ……」
またしても何処かの天才物理学者みたいなことを口に出してしまう。GGOに来てからたった2日で既に何回もこんなことを言うことになるとは思いもしなかった。本当に早くリーファのいるALOに戻りたいと思った。
俺たちは奥まったブース席に座り、各自ドリンクメニューからドリンクを注文する。すると、金属製のテーブルの中央に穴が開き、奥から頼んだものが出現する。SAOやALOではウェイトレスのNPCが注文したものを持ってくるという仕組みだったので、このSF的な方法で来るのは新鮮味が感じられた。
ちなみに俺はコーラ、キリさんはジンジャエール、カイトさんとシノンさんはアイスコーヒーを頼んだ。
そしてカイトさんは、初めて本大会に参加する俺とキリさんのために、昨日の予選大会の時みたいに大会の説明をしてくれた。
本大会はバトルロイヤル制で、参加者40人による同一マップでの遭遇戦。
フィールドマップとなるのは、ISLラグナロクという孤島で直径10キロの円形の広さを持つ。フィールドマップは直径10キロの円形で、山あり森あり砂漠ありなどの複合ステージで、装備やステータスタイプでの一方的な有利不利はなしとなっている。
その中に参加者40人は、最低1キロは離れたところに配置されるため、《サテライト・スキャン端末》と言うものが参加者に自動配布される。それには、15分に1回、上空を監視衛星が通過し、マップ内の全プレイヤーの存在位置が送信される設定がある。しかも、マップに表示されている
これなら
家で大会参加者の一覧を見てきたが、死銃というプレイヤーネームはなかった。恐らく
「ところでカイト、BoB初参加の中で知らない名前はいくつあったんだ?」
「BoBも3回目だから、ほとんどのプレイヤーは顔見知りだ。初めてなのはお前たち2人を除くと5人だ。《銃士X》と《ペイルライダー》。あとは《エイビス》、《ビーン》、それにこれは《スティーブン》か…?」
《銃士X》と《エイビス》が日本語表記、他の3人がアルファベット表記だ。
この中の誰かが
俺たちが
「ねえ、カイト。あなたたちはさっきから何の話をしているのよ?私だけ話に付いていけてないんだけど……」
「悪いが詳しいことは言えない。これは俺たち3人の問題だからな」
自分だけ除け者にされて不機嫌そうにするシノンさんだったが、少しだけ威圧を出しているカイトさんを見て真剣な様子になる。
「もしかして、昨日の予選の途中から急にあなた達の様子がおかしくなったのと関係があるの?」
「まあな…」
カイトさんとシノンさんが話している中、キリさんも会話に加わった。
「昨日、俺は地下の待機ドームで昔同じVRMMOをやってた2人組の男に声をかけられたんだ」
「その2人と俺たちはちょっとした因縁があるんです。さっき話に出てきた5人の中に、奴らがいるはずなんですよ」
キリさんの言葉を繋ぐように、俺も会話に加わる。
「もしかして友達だった人なの?」
シノンさんの問いに、真っ先に俺が答える。
「いいえ、友達なんかじゃない…敵です。俺たちは奴らと本気で殺し合ったことがあるんです」
「殺し合った?それは、昔やってきたゲームの中でトラブって争いになったってこと?」
「いえ、本当の命を懸けた殺し合いです。 奴らは……奴らがいた集団は絶対に許されない事をした。和解することはできなくて、剣で決着をつけるしかなかったんですよ」
「でも、アイツらはこのGGOで再び許されない事をしようとしている。今思えば、俺とリュウがこの世界に来たのもそれを阻止するためだったんだと思う」
「そしてそれは俺にも関係することだから、俺も2人に協力することにしたんだ」
俺たちの話を聞いて、シノンさんは何かを察して小さく唇を開いた。
「あなたたちって、もしかして……
全て言い終える前に、カイトさんが「これ以上何も聞くな」と言わんばかりにシノンさんを見て、シノンさんはそれを見てすぐに話を止めた。
「ごめん。こればかりは聞いちゃいけないことだったよね……」
気まずくなってしまい、待機ドームに移動して装備の点検やウォーミング・アップをするということにした。
エレベーターに乗り、待機ドームがある階に向かっている途中、シノンさんが話しかけてきた。
「あなた達にも、あなた達の事情がある事を理解したわ。でも、カイト。私との約束はまた別の話よ。昨日の決勝戦の借りは必ず返すわ。だから、私以外の奴に撃たれたら許さないからね。リュウとキリトもよ」
「わかっている。お前と出会うまで必ず生き残る」
「戦うことになった時はよろしくお願いします」
「悪いが優勝は俺が貰うぞ」
俺たちがそう言うと、シノンさんは不敵な笑みを浮かべ、指で銃の形を作って俺たちに向ける。
待機ドームに来たところでシノンさんと一旦別れ、俺とキリさんとカイトさんは大会中のことについて話し合うことにした。
「開始場所はバラバラだが、最初のサテライト・スキャンで誰が何処にいるかわかる。居場所を確認して合流や候補者たちの追跡を行う。これでいいか?」
「はい」
「ああ」
カイトさんが言ったことに俺とキリさんは頷く。直後、女性の声が響きわたる。
『ガンオイルと硝煙の匂いが大好きなバトルジャンキーたち?準備はいい?VRMMOで最もハードなGGO最強プレイヤーが今夜決定!』
待機ドームの天井部に設けられている巨大モニターの方を見ると、実況の女性が熱が入った様子でマイクを握りしめながら司会をし、大会を盛り上げようとしていた。
同時に参加者たちは緊迫とした空気に包まれ、観戦者たちは一段と盛り上がる。
『MMOストリームは完全生中継で戦いの模様をお届けするよっ!』
その間にも開始時間が迫ってきて、残り10秒となった。
『さあ、カウントダウンいっくよ~!!』
カウントダウンも始まり、巨大モニターに表示された数字はどんどん小さくなっていく。そして残り時間0となった途端、実況の女性の宣言と共に第3回BoB本戦が開幕し、俺たちは試合フィールドへと転送された。
大会が始まって30分が経過した。
俺はなるべく戦闘を避けながら、キリさんとカイトさんの合流を目指しつつ、5人の候補者たちを探していた。
マップを開いて確認してみると、近くには獅子王リッチー、森林エリアにはダインとペイルライダー、そして山岳エリアにはシノンさんがいた。
「俺たちが探しているプレイヤーが1人いる。でも、シノンさんが近くにいるな…」
シノンさんは、1キロ離れている相手さえも撃つことができる狙撃の名手だと、カイトさんから聞いていた。ということは俺がいるのは完全にシノンさんのテリトリーだと言ってもいい。下手に離れようとしたところで狙撃される可能性は高いし、いつまでもここに立てこもっているわけにもいかない。それに探しているプレーヤーの1人のペイルライダーもシノンさんの近くにいる。
悩みに悩んだ結果、シノンさんに狙撃されるのを覚悟で彼女に接近することにした。
少しでも狙撃の命中率を下げようと、ディエンドライバーのアンカーフックを利用して飛び回りながらシノンさんに接近する。最中、いつシノンさんが撃ってくるのかヒヤヒヤしたが、特に俺を狙ってくる様子はなかった。そして、シノンさんから数メートル離れたところにある岩陰までへと辿り着くことができた。
シノンさんはダインとペイルライダーがいる方に銃口を向けて狙撃体制をとり、俺に気が付いている様子がなかった。だが……。
「コソコソしてないで出てきたらどうなのリュウ。私のヘカートⅡに撃たれる前に、大人しく出てきた方がいいわよ」
「やっぱりシノンさんにはバレてましたよね…」
俺は観念したかのように両手を軽く上げ、岩陰から出る。シノンさんは拳銃を手に取り、俺に銃口を向けてきた。
「いつでもあなたを狙撃するチャンスはあったけど、撃たれるのを覚悟で私に接近してくる度胸に免じて、とりあえず今だけは見逃してあげるわ」
「あ、ありがとうございます」
「でも、2回目はないと思いなさい」
「は、はい」
「いつまでもそこに立ってないで、こっち来たらどうなの?あなたのことだから、ペイルライダーの戦いを見たいんでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「それともう1つ。これに便乗して私に不意打ちしようと考えない方がいいわよ。あなたが攻撃する前に私の銃が先に火を噴くからね」
「命が惜しいのでそんなことしませんよ」
氷の狙撃手とも言えるシノンさんの気迫に圧倒され、大人しく彼女の隣まで行き、双眼鏡を取り出してペイルライダーがいる森林エリアの方を見る。最中、シノンさんが俺に話しかけてきた。
「そういえばリュウってカイトと一緒にGGOとは別のゲームをやっているのよね?」
「はい。ALO……アルヴヘイムオンラインっていうゲームですけど、知ってますか?」
「ええ。今年の初め頃にニュースにもなっていたからね。それでALOでのカイトはどうなの?彼、あまりそういう話しなくて……」
カイトさん、シノンさんにALOをやっていることを話してないんだ。まあ、俺たちにもGGOをやっていることを話してないからな。SAOのことはともかく、ALOのことは話しても問題はないだろう。
「ALOのカイトさんもGGOのカイトさんとあまり変わりないと思いますよ。ALOでも滅茶苦茶強いですし、別アカウントですけど姿もGGOとあまり変わりないですからね」
クスリと笑うシノンさん。
「カイトの強さはALOでも健在みたいね」
「そうですね。俺、カイトさんとよくデュエルして戦っているんですけど、まだ一度も勝ち越せてないんですよ。あとキリさんにも」
ALOでは、いつも遊ぶ学生組のメンバー内でよくデュエルをして誰がどのくらい強いのかと競い合っている。
リーファとアスナさんとザックさんの3人には少し勝ち越せているが、キリさんとカイトさんにはまだ勝ち越せてない。キリさんは一度キャラデータをリセットしていることもあって、もう少しで五分五分のところまで達しているけど、カイトさんにはまだ遠く及ばない。
ちなみに、オトヤとシリカとリズさんの3人は、「敵うわけがない」と口を揃えて言ってきて、いつも俺たちのデュエルを観戦したりしている。
「ねえ、昨日から気になっていたけど、あなたキリトのことを『キリさん』なんて呼んでいるけど、随分とアイツのこと信頼しているのね。私にはそういう風な奴にはとても見えないけど……」
何度も思ったが、シノンさんは本当にキリさんのことを嫌っているんだな。まあ、あの人のことだからシノンさんに何かやりかしたんだろう。
「確かにキリさんを見ているとそう思いますよね。よく『この人、バカなのか』って思うようなことをやりかして、俺には散々迷惑かけてますし……」
これを聞いたシノンさんは「やっぱりね」と言いたそうな反応を見せる。
「まあ……普段はこんな感じですけど、キリさんはいざという時は頼りになる人なんです。今の俺があるのは、キリさんのおかげだと言ってもいいくらいですからね」
ふと2年前の冬のことを思い出す。あの頃の俺はファーランさんとミラを生き返らせようと、どんな手段を選ばないでいた。自分や他の誰かを犠牲にしてでも……。そんな俺を救ってくれたのがキリさんだった。この出来事があるためか、今でも彼には頭が上がらない。
最後の言葉にシノンさんは何か考え始め、唸り出す。
「あなたがアイツのことをそういう風に思っているなら、アイツに対する評価を見直してやってもいいかな」
「シノンさん……ありがとうございます」
これでシノンさんのキリさんに対する態度が少しでも柔らかくなったら良いなと思った。
「それにしても、カイトさんから知り合いを紹介すると言われた時にシノンさんを見て正直驚きましたよ。あのカイトさんの知り合いって言うから厳つい男性プレイヤーかなと思ったら、まさかシノンさんみたいな綺麗な女性プレイヤーだとは…」
「き、綺麗って…そんなこと… 。それより、カイトに女の子の知り合いがいた事がそんなに驚く事なの?」
「ええ、俺とカイトさんは知り合ってからだいぶ経つんですけど、正直カイトさんってあまり女っ気が無かったから…。というよりカイトさん本人もあまりそういうのに興味なさそうって感じでしたし、カイトさんが女の人と親しげに話してるのなんてALOで俺たちと一緒に遊んでるパーティー仲間の女の子達以外にはあまり見た事なかったですから」
「そうなんだ…ち、ちなみにさ…その…一緒に遊んでる仲間の女子って何人くらい?」
「女子は4人ですね。それに俺とキリさんとカイトさんとあと2人の男子プレーヤーの9人です。みんな同年代の学生だからリアルでもALOでもよく一緒に遊んでるんですよ。たまに社会人の男性プレイヤーも混ざりますけどね」
「へぇ…楽しそうね。」
「ええ、もしよければシノンさんも…」
「待って…戦闘が始まるみたい…話はまた後でね」
そう話している間にも、ダインは川にかかる錆びついた鉄橋を渡り終えたところで、地面に身を投げ出して射撃体勢に入る。そして森に通じる道の奥から1人のプレイヤーが姿を現す。
青白い迷彩柄のスーツに身を包み、白いフルフェイス型のヘルメットで顔を隠した痩せた長身のプレイヤーだ。右手にはショットガンらしいものを持っている。アイツがペイルライダーだろう。
ダインはアサルトライフルを構え、ペイルライダーを迎え撃とうとする。それに対し、ペイルライダーは右手にショットガンを持ち、鉄橋の真ん中をゆっくり歩いてダインに近づく。
ダインのアサルトライフルが火を噴いた途端、ペイルライダーは軽々とそれをかわす。そして、鉄橋の柱につかまり、向かい側にある鉄橋を支えるワイヤーロープへと飛び移った。ダインは再び、狙おうとするが当たらない。
「あのペイルライダーも俺と同じAGI型ビルドの忍者スタイルで戦っているんですか?」
「違うわ。軽業を上げているのは合っているけど、あいつはSTR型。それでいて、装備重量を落として三次元機動力をブーストしているのよ」
ダインは膝立ちになってペイルライダーを狙うが、それすらもかわされる。そして、弾倉を交換しようとしたところ、ペイルライダーが右手に持っていたショットガンが火を噴いた。その後、更に数発攻撃を受けてダインは倒された。ダインのアバターは倒れて、その上に【Dead】の文字が浮かび出上がった。
今の戦いを見たところ、特に変わった様子はなかったな。もしかしてペイルライダーは
「ねえ、リュウ。アイツ撃ってもいい?」
「あ、はい……。でも、妙だなって思ったら狙撃は待って…………っ!?」
シノンさんに言いかけている最中だった。
「何だ…?」
ペイルライダーに銃弾らしきものが着弾して、倒れ込んでしまう。
「え?今ペイルライダーに銃弾が当たったのに、どうして銃声が聞こえなかったんだ…?」
「考えられるのは、作動音が小さなレーザーライフルかサイレンサー付きの実弾銃ね。でも、何か様子がおかしいわ……っ!?あれは電磁スタン弾っ!?」
「それって何なんですか?」
「命中したあと暫く高電圧を生み出して、対象を麻痺させる効果がある特殊弾よ。だけど、あれは大口径のライフルでないと装填は不可能で、1発の値段がとんでもなく高くて対人戦で使うプレイヤーなんかいない。パーティでもMob狩り専用の弾よ」
確かにそれは妙だ。そんなものを使ったら早く相手を倒さないといけないのに…。
そのときだった。
鉄橋の柱の陰から全身を覆うタイプのボロボロの濃い灰色のフード付きマントを着たプレイヤーが現れた。
「アイツいつからあそこにっ!?」
俺は思わず声をあげる。隣にいたシノンさんも気づかなかったようだ。
ボロマントのプレイヤーは武器を取り出し、背負った。
「あれは《サイレント・アサシン》っ!?」
「さ……サイレント・アサシン?あのライフルの名前ですか?」
「ええ。サイレンサー標準装備の高性能狙撃銃。最大射程距離2000メートル以上で、撃たれた奴は狙撃手の姿を見ることも無く、死ぬ際に音も聞くことなく殺される。それから与えられた名前が《サイレント・アサシン》……《沈黙の暗殺者》。GGOに存在するとは噂では聞いていたけど、私も初めて見た。あんな銃を扱うなんてアイツ何者なの?」
ボロマントのプレイヤーはペイルライダーに近づくと、何故かハンドガンのようなものを取り出した。銃口をペイルライダーに向けると、左手を額にあて、胸に動かし、左肩、右肩へ持っていく。これは十字を切ることを示している。
「シノンさん、撃ってください……」
「え?どっちを?」
「あのボロマントの方ですっ!早くっ!!」
シノンさんは、俺の切迫した声にビクッとしつつも急いで狙いを定めてヘカートⅡのトリガーを引く。直後、銃口が火を噴き、弾丸を放った。だが、奴は体を大きく後ろに傾け、弾丸を避けた。
「かわしたっ!?」
「アイツ…!私が隠れていることに最初から気が付いていたんだわ……」
「ま、まさか……。でも、アイツは一度もこっちの方を見てませんでしたよっ!」
「あの避け方は弾道予測線が見えてなくちゃ絶対不可能よ。何処かで私を目視してシステムに認識されてたのよ」
驚愕する俺に対し、冷静に解説するシノンさんだったが彼女も驚きを隠せずにいた。
その間にも、ペイルライダーはハンドガンで撃たれた。まだHPが残っていたため、スタンから回復すると起き上がって奴らにショットガンを向ける。だが、ショットガンを落とし、胸を掴んで苦しみ倒れた。そして、ペイルライダーは光に包まれて消滅した。そこに【DISCONNECTION】と書かれた文字が出てすぐに消えた。
直後、ボロマントのプレイヤーの元に2人の男が何処からか現れて近づく。1人は黒いニット帽を深く被り、白の布で顔の下半分を隠した姿を、もう1人は黒いポンチョで身を隠している。
黒いニット帽をかぶった男は赤と黄色の玉が着いた算盤のようなものを取り出し、赤い玉を1つ動かした。
――殺したプレイヤーをカウントした。間違いない…!奴らはラフコフだ……。
今回の話は後半以外は旧版のものを修正したものとなりました。アニメ二期の第8話でキリトがネカマプレイを楽しんいるシーンをリメイク版でもやらせていただきました。やっぱりこれはやるしかないでしょう(笑)。そしてリュウ君の「最悪だ」が「最っ悪だ」に。リュウ君は苦労人なので、リーファの「刻むよ」みたいにレギュラー化してもいいかなと思ってしまいました(笑)
後半部分は旧版では、リュウ君はカイトさんと合流しましたが、リメイク版ではリーファ以外の女性キャラとの絡みがもう少しあった方がいいかなと思い、シノンと合流しました。流石にキリトみたいに水中に潜りませんでしたが。リュウ君のおかげでシノンのキリトに対する見方も多少はよくはなったでしょう。
そしてついに死銃が本格的に動きを開始。次回はALO内でのリーファたちの話になります。
SAOアニメは本当に毎週目が離せない状況に。前回はレンリ君がカッコよかったですよね。本作のオトヤ君と色々と共通するところがあるので、アリシゼーション編の時には共演させてみたいなと思いました。
そして昨日の話は敵味方関係なく感情移入してしまうほど胸を痛めるものでした。エルドリエは命尽きるまで戦って勇敢な騎士でしたね。レンジュたちオーク三千人もの死は、善玉怪人の死を連想させるもので見ていて辛くなりました。
エルドリエだけでなく仲間さえも平気で殺すディーアイエルには怒りと殺意を抱きました。映司をモデルにしたリュウ君とは相性最悪の相手と言ってもいいでしょう。カブリエルと同様に本作に登場したら、原作以上にコイツも然るべき報いを与えてやるつもりです。
ところでリュウ君。どうして恐竜メダルとマグマナックルを用意して、メダガブリューとビートクローザーの手入れをしているんですか(汗)
ゼロワンではイズの兄……ワズが……。昨日のSAOアニメから続いて登場人物の死を見ることになるなんて……(涙)
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第11話 観戦者達
ユージオ「なんか大変な状況の中で、スペシャルゲストとしてあらすじ紹介に呼ばれたけど、大丈夫かな?」
リュウ「あ、ユージオさん。今日は来てくれてありがとうございます」
ユージオ「僕もあらすじ紹介だけどこの作品で出られて凄く嬉しいよ。リュウとも会って話をしてみたかったからね」
リュウ「ユージオさん」
ユージオ「ところで、前回の話の原稿を渡されて見てみたけど、リュウも大分苦労しているんだね」
リュウ「前回は本当に最悪でしたよ。キリさんがネカマプレイを楽しんだせいで、俺はGGOプレイヤーたちに変な誤解されましたからね……」
ユージオ「それは悲惨だったね。僕でよければ話し相手になるよ」
リュウ「ありがとうございます。いい店知っているので、終わったらそこに行きましょうか」
ユージオ「それは楽しみだな。あ、忘れるところだった。それではGGO編第11話どうぞ!」
「リュウ君とお兄ちゃん、なかなか映らないね」
あたしがそう呟くと、後ろのカウンター席に座っているザックさんと左隣に座ってピナを膝にのせているシリカちゃんが応じた。
「それを言ったらカイトも全然映らないぜ」
「戦闘は全て中継されるんですよね。その内、皆さん映ると思いますよ」
更にザックさんの隣のカウンター席に座るクラインさんも会話に加わってきた。
「アイツら……特にキリトの野郎はああ見えて計算高いからな。参加者が適当に減るまで、どっかに隠れてるかもよ」
それを聞いたアスナさんは苦笑いする。
「いくらキリト君でもそこまではしないわよ。ねぇ?ユイちゃん」
「そうですよ。パパならきっとカメラに映る暇もないほど一瞬で敵の後ろからフイウチしまくりです!」
アスナさんの肩に座っているユイちゃんはそう答えながら、格闘番組に熱中してシャドーボクシングをするかのように左右の拳を突き出す。
「あっはは、それはありそうだね。しかも、銃ゲーなのに銃じゃなくて剣でね」
「キリトさんなら本当にそういう気がしますよね……」
笑いながら言うリズさんに続き、オトヤ君も苦笑いしながら話に加わってきた。たちまち朗らかな笑い声が部屋の中に満ち、シリカちゃんの膝の上でくるまっているピナが耳をピクピク動かす。
「まあでもキリトはともかく、カイトとリュウは剣も銃も使うイメージがあるからどんな武器を使うのかはあまり予想が付かないわね。ザックはカイトから何か聞いてないの?」
「前はアサルトライフルを使っていたみたいだけど、それじゃあ限界があるから最近はガンブレードを使っているみたいだぜ。なんでもそれが一番しっくりくるらしい」
「ガンブレードって…銃の世界だっていうのにそんなの使っているのね、カイトもキリトと変わんないじゃない」
リズさんとザックさんの会話を聞いて、またしても部屋の中に笑い声に包まれる。
「となると、リュウさんはどんな武器を使うんでしょうか……」
左隣でそう呟いたシリカちゃんに、真っ先にあたしが答えた。
「リュウ君の場合は、武器よりも左利きで青系のフード付きマントを羽織ったプレイヤーを探した方がすぐ見つかると思うよ」
リュウ君はALOでは深い青色のフード付きマントを羽織っている。彼曰くSAOの頃から青系統のフード付きマントを愛用しており、これがないと何か物足りないらしい。
すると、右隣に座っているズさんがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「流石、リュウの未来の奥さんね。ちゃんと旦那のことをわかっているなんて。ALOにSAOみたいに結婚システムが導入されたら、いっそのことリュウと結婚してもいいんじゃないの?」
「ちょっとリズさん!」
リズさんにからかわれ、恥ずかしくなって頬を赤く染めてしまう。でも、本心ではリュウ君の未来の奥さんにはなりたいなとは思っている。
前にアスナさんたちから聞いた話だが、SAOには結婚システムがあって、実際にアスナさんはお兄ちゃんと結婚していたらしい。それを聞いた時はALOにも結婚システムが導入されればいいなと思ったりもした。
ふと後ろの方を見てみると、何故かクラインさんが涙を流しながらお酒を飲み、ザックさんとオトヤ君に慰められていた。
何かあったのかなと思いながらも、再び前を向く。
今あたしたちがいるのは、ALOの中だ。そこのワールドマップの中心にある巨大な木《世界樹》の上に位置する空中都市《イグドラシル・シティ》にあるお兄ちゃんとアスナさんが借りている部屋。
いつもならイグドラシル・シティの綺麗な景色が一望できる南向きの一面ガラスの壁には、今日は大型スクリーンを兼ねているガラスに、別世界の光景が映される。これはネット放送局《MMOストリーム》が生中継しているGGO……ガンゲイル・オンラインで最強のプレイヤーを決める大会《第3回バレット・オブ・バレッツ》のライブ映像である。
女性陣たちは前のソファーに、男性陣たちは後ろのカウンター席に座ってライブ映像を見ている。
本当はエギルさんもここで観戦する予定だったけど、現実世界で経営している喫茶店兼酒場《ダイシー・カフェ》がちょうど忙しい時間帯のため、ここにはいない。とはいっても、あたしとアスナさんはエギルさんのお店の二階からダイブさせてもらっている。何故かと言うと、アスナさんと一緒に大会が終わったらリュウ君とお兄ちゃんを速攻で捕まえてあれこれ言うためである。
色々なプレイヤーたちの戦いが中継されているが、未だにリュウ君とお兄ちゃんとカイトさんの3人らしい人たちは映っていない。スクリーンの右端にある出場者一覧ではまだ3人とも【ALIVE】となっているから脱落はしてない。
「それにしてもキリトだけじゃなくてリュウまでどうして、ALOからコンバートしてまでGGOの大会に出ようって思ったのかしら?」
「確かにキリトさんはともかく、リュウさんがALOからコンバートするなんておかしいですよね」
飲み物を飲みながら不思議そうに話しているリズさんとシリカちゃん。
リュウ君とお兄ちゃんがALOからGGOにコンバートした事実を知っているのは、あたしとアスナさんとユイちゃんだけだ。
どうしようと思っていたときにアスナさんと眼が合って、あたしに「私が話すから大丈夫だよ」と言っているかのような表情をして皆に話す。
「それがね……、何だかおかしなバイトを引き受けたらしいの。VRMMOの、っていうより《ザ・シード連結体》の現状をリサーチする、みたいな。GGOにはゲームで稼いだお金を現実に還元できるっていう唯一の《通貨還元システム》があるらしくて……」
「《通貨還元システム》か。前にカイトが話していたな。あれってグレーゾーンのシステムだから、何か問題がないかって調査しに行ったんだろ」
更にカイトさんがGGOをプレイしていることを知っていたザックさんも説明してくれる。この説明にリズさんは納得したかのような表情をする。
このことに関してはお兄ちゃんから聞いていた。でも、これが本当の理由ではないということはわかっている。
本当の理由を隠してまで、やらなければならないことだと悟り、あたしはお兄ちゃんとリュウ君を送り出した。でも、何か嫌な予感がしてならない。
「だけど、リサーチだったらコンバートして大会に出る必要もないと思いますよ。それなら新しいアカウントを作って他のプレイヤーに聞くこともできますし」
シリカちゃんが言ったことに皆が首を傾げる。この話を聞いていたオトヤ君が口を開く。
「もしかすると大会で優勝して早く大金を稼いで、実際に通貨還元してみるとかじゃないかな?前にネットでチラッと見たことあったけど、還元できる最低金額がかなり高いみたいだからね」
オトヤ君の言葉を聞いてユイちゃんが補足説明する。
「ネット上の記事によれば還元最低額は、GGOゲーム内の内通貨で10万クレジット、対JPYのレートは100分の1なので、1000円からとなります。この大会の優勝賞金は300万クレジットとなっているので、還元すると3万円となります」
「ありがと、ユイちゃん」
説明してくれたユイちゃんにアスナさんが指先で頭を撫でる。
その間にもいくつもの戦闘シーンが中継され、リズさんがある1つの戦闘が映し出されている映像に注目する。
「あの人強いね」
「あの青い服の人?」
アスナさんはリズさんが注目した映像をモニターの中央に持ってきて拡大する。
それはアサルトライフルを連射している人と、青い服を着た人が機動性を活かした戦闘スタイル人による戦闘シーン。青い服で、リュウ君もバランス型のインプでありながらケットシー並の機動性を持っていたため、一瞬リュウ君かなと思った。でも、青系統のフード付きマントを羽織ってなく、左利きでないため、すぐにリュウ君ではないと判断できた。
青い服を着た人がショットガンを使って、アサルトライフルの人を倒したところで決着が着いた。
「あの人強いね。なんか、こうしてみるとGGOも面白そうだなぁ。銃って剣や槍とかと同様に自分で作れるのかな?」
レプラコーンであり、鍛冶屋をしているリズさんはすっかりGGOに興味津々のようだ。
「おい、リズまでGGOにコンバートするとか言うなよ」
「新アインクラッドの攻略、まだまだこれからなんだよ。もうすぐ20層台解放のアップデートもあるんだからね!」
ザックさんとアスナさんに突っ込まれ、リズさんは両手をあげる。
3人のやり取りをあたしは苦笑いを浮かべて見ていた。
「わかっているわよ。ただ、どんなゲームにも強い人はいるんだなーって思っただけよ。きっとあのプレイヤーがこの大会の優勝候補に違いないわ」
リズさんがそう言った直後、その人はばったりと倒れた。
「おいおい、ダメじゃねぇか」
「まだやられてないわよ!」
クラインさんの言ったことにリズさんは反論すると、青い服を着た人が映っている映像を拡大する。
青い服を着た人は《ペイルライダー》というキャラネームらしく、倒れはしたがまだ死んではいない。攻撃を受けたと思われる右肩のところを中心に細かいスパークが這い回っている。
「あれって、風魔法の《サンダーウェブ》みたい」
「言われてみれば……。見たところ、一定時間対象を麻痺させているみたいだしね」
シルフであるあたしとオトヤ君はそうコメントする。
ペイルライダーというプレイヤーが倒れてから、映像には10秒ほど特に変化はない。突然、画面の左端に黒いボロボロの布きれみたいなものが一瞬映り、映像はその姿を完全に映し出す。
映っていたのは、全身を隠すくらい丈の長いボロボロのフード付きマントを身に纏い、マスクを被ったプレイヤーだった。
ボロマントのプレイヤーは大きな黒いライフル銃を右肩にかけているが、何故か一丁の黒いハンドガンを取り出した。銃口をペイルライダーに向けると、左手を額にあて、胸に動かし、左肩、右肩へ持っていく。まるで、十字を切ることを示しているかのようだ。
突然、ボロマントがいきなり体を大きく後ろに仰け反らせ、そこにフレーム外から巨大なオレンジの光弾が飛んでくる。
多分誰かがボロマントを狙い撃ったのだろう。でも、いきなり飛んできた銃弾を避けるなんて相当な技術がないとできないものだ。
銃弾をかわしたボロマントは、今度こそ本当に倒れているペイルライダーに銃口を向けてトリガーを引いた。しかし、HPを完全に奪うことはできなかった。
スタンから回復したペイルライダーは、起き上がってボロマントにショットガンを向ける。だけど、ショットガンを落とし、胸を掴んで苦しみ倒れた。数秒ほどするとペイルライダーは光に包まれて消滅した。
そこには回線切断を意味する【DISCONNECTION】と書かれた文字が現れた。
あたしたちが突然のことに状況が読めず固まっていたところ、画面にはボロマントの顔が映し出される。更に画面の外から、2人のプレイヤーが姿を現す。
そこに黒いニット帽を深く被り、白の布で顔の下半分を隠したプレイヤーと、黒いポンチョで身を隠したプレイヤーも画面の外から姿を現す。
1人は黒いニット帽を深く被り、白の布で顔の下半分を隠した姿を、もう1人は黒いポンチョで身を隠している。
黒いニット帽をかぶった男は赤と黄色の玉が付いた算盤のようなものを取り出し、赤い玉を1つ動かした。
『消滅を確認。これで4人目だ』
黒いニット帽をかぶった男は、そう呟いて算盤に付いている赤い球を1つ動かした。
すると、ボロマントはライブ中継カメラに向かって銃口を向ける。
『俺と、この銃の、真の名は、《死銃》……《デス・ガン》。俺は、いつか、貴様らの前にも、現れる。そして、この銃で、本物の死をもたらす。俺には、その、力がある。忘れるな。まだ、終わっていない。何も、終わって、いない』
更にまだ一言も喋ってない黒いポンチョで身を隠したプレイヤーの口が開く。
『さあ、地獄を楽しみな』
『『イッツ・ショウ・タイム』』
ボロマントと黒いニット帽をかぶったプレイヤーが最後にそう言った直後、後ろの方で何かが割れる音が2つ響く。
振り向くと、クラインさんとザックさんがグラスを手から落とし、割ってしまっていた。
「ちょっと、アンタたち何やってんのよ……」
リズさんが文句を言うとしたところ、クラインさんとザックさんの様子がおかしいことに気付く。2人と同じくカウンター席に座っていたオトヤ君は、唖然として2人を見ていた。
「う……嘘だろ……あいつ……まさか……」
「あのセリフ、間違いない……」
クラインさんとザックさんの言葉を聞いた途端、アスナさんはソファーから立ち上って、2人がいるカウンターの方に振り向いて叫ぶ。
「クラインさん、ザック君、知ってるの!?アイツらが誰なのか!?」
ザックさんが恐怖に彩られた目でアスナさんを見て言った。
「あ、ああ……。アイツらは《ラフコフ》のメンバーだ」
この瞬間、リズさんとシリカちゃんとオトヤ君までも激しく息を吸い込んだ。
「ま……まさか……。誰なのかわかるっ!?」
アスナさんは恐る恐るザックさんに問いかけた。
「殺したプレイヤーを算盤みたいなものでカウントする癖と、あの独特の喋り方から恐らく《ソニー》と《ザザ》だ」
「《ソニー》と《ザザ》ってラフコフの幹部のっ!?じゃあ、残る1人ってもしかして……」
「アスナが思っている通りだ。ラフコフの中に『さあ、地獄を楽しみな』という決め台詞を言う奴は1人しかいない。ラフコフのサブリーダーで、《深淵の殺戮者》として恐れられたあの男……《アビス》だ!」
アスナさんはザックさんが言葉を聞き驚愕する。他の皆もだ。
皆は知っているようだけど、ラフコフっていったい何なんだろう?恐る恐る聞いてみた。
「あの……ラフコフって何なんですか?」
あたしの問いかけにクラインさんが答えてくれた。
「そっか。リーファちゃんが知らないのも無理はねえか。ラフコフはSAOで凶悪な殺人ギルドとして恐れられた集団なんだ。SAOではどんなことがあってもHP全損だけはさせないっていう不文律があったんだ。なんせ0になったら本当に死じまうからよ。だがな、ラフコフの連中は大勢のプレイヤーを殺してきたんだよ……」
クラインさんが話し終えると、今度はザックさんが話し始めた。だけど、表情はとても暗いものだった。
「オレとカイトのギルドメンバーたちも、ラフコフに殺されたんだ……。幹部のジョニー・ブラックとさっき話したザザって奴にな。最終的に攻略組で討伐隊を結成して、奴らを捕獲しようとしたが、あの戦いはかなり酷いものだったぜ……」
クラインさんが話したことにザックさんが付け加えるように説明してくれたが、最後辺りは声が震え、表情はとても暗くなっていた。
「ザック……」
リズさんはザックさんを心配し、彼に寄り添う。
「まさか、アイツら……GGOにラフコフの連中がいるんじゃないのかって気が付いて昔の因縁に決着を付けようとしているんじゃ……」
「多分間違いない・・キリトは討伐戦でソニーと戦ったし、カイトもザザとはアイツらの仇で因縁がある。それに、リュウにとってアビスは仲間の仇みたいなものなんだからな……」
クラインさんとザックさんの会話を聞いている中、あたしは最後にザックさんが言ったことが一番気になった
「ちょっと待って下さい!リュウ君の仲間ってファーランさんとミラちゃんのことですよね。でも、仇ってどういうことですか?確か2人はモンスターからリュウ君を庇って死んだって…だから2人が死んだのってそのラフコフっていうのと関係がないことなんじゃ……」
SAOでリュウ君の仲間だったファーランさんとミラちゃん。でも、2人は巨人型のモンスターから自分を助けようとして命を落としたんだとそうリュウ君から聞いていた。
ならどうして2人の死とラフコフが関係しているのだろうか。
するとあたしの近くにいたアスナさんが、ザックさんの話を聞いた途端、何か思い出したような表情をし、気になって彼女に問い詰めた。
「アスナさん、何か知っているんですか?」
「ええ。でも、私も詳しくは……」
「知っていることだけでいいので教えて下さい!」
あたしに問い詰められて困ったような表情をするアスナさん。それは前にお兄ちゃんからリュウ君の過去を聞いた時のことを思い出させるような感じだった。
「2人が死んだのは、リーファちゃんもリュウ君から聞いているから知っていると思うけど、実は2人の死にはラフコフのアビスが関わっていたの」
「関わっていたって……」
「アビスは、モンスターPK……モンスターを利用してプレイヤーを殺そうとしていたの。最初は中層プレイヤーを誘い込んで、更には彼らを救助するために向かわせた攻略組のプレイヤーまでもという手段でね。救助に向かったプレイヤーの中にはリュウ君たちもいた。でも、14人ものプレイヤーがなくなってリュウ君1人だけが生き残ったの……」
「そういえば、デスゲームが始まってから1年ほど経った時にそんな事件が……」
「うん。でも、噂で生き残った1人も自殺して亡くなったって聞いたから、リュウとは全く関係ないことだと思っていたけど、まさか……」
「攻略組でも生き残ったのが、リュウだってあまり知られてなかったな……」
アスナさんの話を聞いて、シリカちゃん、オトヤ君、クラインさんがそう言う。
「リュウ君のことを考えて、キリト君が情報屋に頼んで詳しい事件内容は公にはしなかったの。この中で真相を知っているのは、私以外にキリト君とカイト君とザック君だけなのよ」
「まさかリュウ君にそんなことがあったなんて……」
ファーランさんとミラちゃんの死の真相。リュウ君たちとラフコフの因縁。更にはラフコフたちがGGOで何かしようとし、リュウ君たちが絡んでいること。
「…リュウはSAOで2度アビスと戦ったらしい。1度目は討伐戦が決行する前に、2度目は74層のボス戦が攻略される前に仲間が死んだ層の森の遺跡で。実際、俺とカイトもリュウが一人でアビスに挑みにいったと情報屋から聞いて、キリトと一緒に救援にいったんだ。あれは間一髪だったよ…もう少し遅れてたらリュウはアビスに仕組まれたモンスタートラップによってやられていたかもしれないからな」
「え…」
「あの時のリュウは、たとえ刺し違えてでもアビスを倒すつもりでいたからな…。ほっといたら本当に死ににいっちまうんじゃないかって程に…。無理もない、大切な仲間が死んだ元凶に遭遇したんだからな」
「そんな…リュウ君…」
ザックさんの話を聞いてあたしはとてつもない衝撃を受けた。リュウ君がそこまで苦しくて辛い思いをしていたなんて…この短時間に衝撃的なことが連続で降り注いできて、あたしは不安で仕方がなかった。
そんなあたしをリズさんとシリカちゃんが落ち着かせようと寄り添ってきた。
「私、一度落ちてキリト君たちの依頼主と連絡取って見る」
「え!?アスナ知ってるの!?」
依頼主が誰かわからないリズさんはアスナさんを引き止め、聞いてみた。
「うん、本当はみんなも知ってる人なの。ここに呼び出して問い詰めるわ。2人をGGOに行かせたあの人なら、絶対に何か知ってるはず。ユイちゃん、私がログアウトしている間に、GGO関係の情報をサーチして、さっきのボロマントのプレイヤーに関係するデータがないか調べてくれる?」
「了解です、ママ!」
ユイちゃんはアスナさんの肩からテーブルに移動し、情報収集を始める。
「オレも一旦ログアウトして、親父にGGO関連の事件のことで何か知っていることがないか、連絡して聞いてみる」
そう言えば、ザックさんのお父さんは刑事さんだと聞いたことがある。
「じゃあ、みんな、ちょっとだけ待ってて!」
アスナさんとザックさんはメニューウィンドウを出し、ログアウトした。
「リーファ安心して。リュウ達なら絶対大丈夫だって」
「そうですよ」
「あの3人はSAOでも最強だったからな」
「信じて待ってようよ」
「リズさん、シリカちゃん、クラインさん、オトヤ君……」
皆の言う通り、今はリュウ君たちが無事に帰って来るのを祈ろう。
今回のビルド風あらすじ紹介にはなんとユージオが登場しました。オリキャラの中で特にリュウ君とは気が合うと思いますので、早く本編でも共演させたいと思いました。
話の内容はほとんど旧版と変わりありませんが、リメイク版ではリーファがファーランとミラの死の真相を知るところを追加しました。2人の死は作中でもトップレベルのトラウマですからね。執筆している私自身も書いてて2人の死には胸を痛めました。
そして、アスナとシリカとリズとオトヤ君とクラインを久しぶりに登場させたような気がしました。アスナは原作のヒロインだって言うのに……。次の章では彼女たちの出番を用意しないといけませんね。
ここ最近、リュウ君とリーファのイチャイチャシーンも中々書けてない気がします。もうすぐクリスマスですし、久しぶりにR18版でイチャイチャさせようかな……。
アリシゼーション編のアニメではOPに三女神が追加され、本編のラストではついにアスナが登場しましたね。見ててウォズみたいに「祝え!」となってしまってます(笑)。本作では本当にウォズを登場させようかななんて考えたりもしてます。ただ本作でそこまで行くのにまだまだ長い道のりが……。一応リュウ君のアンダーワールドでのビジュアルは大体できているのに、それを披露するのはいつになるのか(涙)
今朝のゼロワンでは『RIDER TIME 仮面ライダー龍騎』で人気を得た木村/ベルデ役を演じた山口大地さんがゲストとして登場してましたね。しかもまたしても仮面ライダーになるとは。そして不破さんは相変わらず無理やり変身しようというスタイルなんですね(笑)。バルカンの新フォームの頭部分がラビットタンクみたいな気が……。
次回もよろしくお願いします。
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番外編1 カップル限定クエスト
ユージオ「えっと……今回の話の時系列は、ファントムバレット編の前に起こったものとなっています。いきなり呼ばれてきてみたけど、甘々回って何?」
アリス「この作品では恒例になっている話みたいです。なんでも読む時にはブラックコーヒーを用意しておいた方がいいとか……」
ユージオ「なるほど。でも何で僕たちがあらすじ紹介してるんだろう?リュウたちでもいいはずなのに……」
アリス「リュウガたちは忙しいから、私たちがあらすじ紹介することになったみたいです。さあ、ユージオもブラックコーヒーを用意して、今後のために今回の話をちゃんと見ておいて下さい!では、番外編スタートです!」
ユージオ(アリスは何でこんなに気合入っているんだろう……)
2025年11月半ば
「ここか、例のクエストを受けれる場所っていうのは」
リュウ君は右腰の鞘に左手に持つ剣を収め、あたしにそう聞いてきた。
あたしも長剣を腰の鞘へと戻し、マップを開いてあたしたちの現在地と目的地を確認する。
「うん。ここであっているよ」
今あたしたちがやって来たのは、シルフ領付近にある草原地帯の端に人々……妖精たちに忘れられたかのようにひっそりと建っている大理石でできた塔。
どうしてこんなところに来たのかというと数時間前に遡る。
この日は、他の皆はそれぞれ用事があるということで、リュウ君と久しぶりに2人きりでクエストをやろうということになった。何かいいクエストはないか、スイルベーンにあるクエスト情報などが公開されている掲示板で探していた時だった。
「あれ?リーファとリュウじゃん!」
聞き覚えのある女性の声がする。
振り向いて見るとそこには、両手剣を背負ったシルフの女プレイヤーがいた。
「あ、フカさん」
そこにいたのは、この世界であたしが知り合ったフカさんことフカ次郎さんだった。一見すると変わった名前をした女性プレイヤーであるが、実力も高くてシルフ内では結構有名人となっている。ちなみにリュウ君も前に一度フカさんに会っているため、彼女のことは知っている。
「こんなところに来て、何かクエストでも探しに来たのか?」
「はい。久しぶりにリュウ君と2人きりでクエストでもやろうと思いまして」
「フカさんは何か面白そうなクエスト知ってますか?」
フカさんは、あたしたちの話を聞いて少し考え込み、何かピンときたような反応を見せる。
「それなら、草原地帯の片隅にある塔で最近発見されたクエストはどうだ?確か、参加条件が……男女2人組だっていうのが前提らしい」
「なんか参加条件が厳しいやつですね。ちなみにクエストの内容は?」
「さあな。私も参加してみたいけど、相手がねぇ。何だったらリュウ、私と参加してみない?」
またしてもリュウ君をナンパするフカさん。これにはリュウ君は困り、あたしは全力でそれを阻止しようと叫ぶ。
「ちょっとフカさん!リュウ君をナンパするのは止めて下さいよ!前にも言ったじゃないですか!リュウ君はあたしの彼氏だって!」
「冗談だってば。流石にリーファからリュウをとるようなことはしないって。ちょっと残念な気はするけど……。まあ、あとでどういうクエストだったのか教えてくれ」
ということがあって、そのクエストに興味を持ったあたしたちはここまでやって来たのだった。
「それにしてもこんなところで挑めるクエストってどういうものなんだろうね」
「塔の中に待ち構えているボスモンスターたちを倒しながら、最上階を目指していくっていうやつじゃないかな。あ……でも、参加条件が男女2人組限定だというのが、引っかかるんだよな……」
「クエストの参加条件が、何人以上じゃないとできないっていうのはたまにあるけど、こういうのは初めてだよ」
「まあ、参加条件が何にしろ、2人でノーコンティニューでクリアしちゃおうか」
「うん」
扉を開いて塔の中へと足を踏み入れる。
塔のエントランス部分は、外壁と同様に柱や床なども大理石でできた円形の部屋だ。周りには鎧騎士の白い石像がいくつも置かれ、部屋の中央には上の階に通じる螺旋階段があった。しかし、階段の入り口には青白い結界みたいなものが張られ、上には行けそうにはない。
螺旋階段に近づこうと数歩ほど進むと、目の前に無数の光の粒が漂い、一つの人影を作り出した。
少し露出度の高い黒い衣装を身に纏い、背中に2枚のコウモリみたいな羽を生やした綺麗な女性。見た目からして悪魔……サキュバスと言ってもいい。
すると、あたしたちの前にクエスト受注ウインドウが出現した。それには『クエスト《妖精たちの愛》を開始しますか?』と書かれている。
あたしたちが当然OKボタンを押した途端、サキュバスが話し始める。
「よく来たわね、妖精たち。ここまで来たということは、私の試練に挑みに来たのかな?」
「ああ。そのために俺たちはここまでやって来たんだ」
サキュバスの問いかけにリュウ君が答え、あたしは頷いた。あたしたちの返答を聞いたサキュバスは笑みを浮かべ、再び口を開く。
「そう。だったら試練のルールを説明するね。あなた達には私がいるこの塔の最上階を目指してもらう。だけど、最上階に行くためには各階層に1つずつ私が用意した試練をクリアすること。試練は全部で3つ。あなた達は全部クリアして私の元に来られるほどの愛の力は持っているかな」
ルールを説明し終えたサキュバスは姿を消し、同時に階段の入り口前に張られていた結界も消えた。
「いよいよクエスト開始っていったところだな」
「どんな試練だったとしても、あたしとリュウ君なら乗り越えられることができるよ」
「そうだな」
塔の2階を目指して階段を上っていく。階段には特に仕掛けはなく、数分ほどで2階へと辿り着いた。
2階部分は、西洋の庭園のような造りをしたところで、部屋の至るところにプランターがやオブジェが置かれている。そして、3階以降に続く階段の入り口には、先ほどみたいに青白い結界が離れ、行く手を阻んでいた。
「なんかモンスターが出てくるような雰囲気じゃないところだね」
「ああ。特に怪しいものも見当たらなさそうだ……んっ!?」
「どうかしたの?」
「あそこに石碑があるけど、何かなって……」
リュウ君が指さした方には、大理石で作られた石碑があった。
「とりあえず行って調べてみるか」
「うん」
早速、石碑を確かめに近づいてみると、それには『試練その1 お互いに相手に告白せよ』という文字が刻まれていた。
それは目を疑うようなもので、あたしたちは目を丸くして固まってしまう。先に回復したリュウ君が何かの見間違いじゃないのかと思い、もう一度石碑に刻まれている内容を確認してみる。しかし、それは見間違いではなかったことが判明し、リュウ君は荒げた声を上げた。
「 お互いに相手に告白せよって、これがあのサキュバスからの試練かっ!?」
「これってどういうことなのっ!?」
「俺だって聞きたいよ!」
当然のことながら、あたしもリュウ君も困惑するしかなかった。そんな中、先ほどサキュバスが最後に言っていたことを思い出す。
『 あなた達は全部クリアして私の元に来られるほどの
そして、このクエスト名は《妖精たちの愛》というものだった。ということはもしかして……。
「ねえ、リュウ君。このクエストって……」
「多分君と同じ答えだと思うよ……」
リュウ君もこのクエストがどういうものなのか理解したらしく、頭を抱えていた。
「あのサキュバスの試練は、簡単に言ってしまうとお題通りに俺たちにイチャイチャしろっていう内容だろう」
「参加条件が男女2人組じゃないといけないっていうのは、こういうことだったんだね」
「サキュバスが出す試練らしいって言えばそうだけど、完全に運営の悪ふざけで作ったものとしか思えないな……」
「それは言えてる……」
ある意味とんでもない内容のクエストに挑んだのだと今さら気が付いた。でも、あたしはリュウ君と一緒にこのクエストをクリアしたいなとも思った。
「ねえ、リュウ君が良ければこのままクエストを進めてみない?あ、リュウ君が嫌だっていうなら強制はしないけど……」
「いや、リーファが一緒なんだから嫌じゃないよ。一緒にノーコンティニューでこのクエストをクリアしよう」
「うん」
微笑んでそう言ってくるリュウ君を見て、あたしも自然に笑みがこぼれる。
「まずは『お互いに相手に告白せよ』だよな。付き合う時に一度告白したけど、改めてってなるとなんか恥ずかしいな……」
「確かに……。どっちから言う?」
「じゃあ、俺から言うよ」
リュウ君はあたしの顔をジッと見始めるが、やっぱり恥ずかしいのか頬を赤く染めて中々言い出せずにいた。それでも自分の頬を両手で数回パンパン叩いて心を落ち着かせてから、口を開いた。
「リーファ、俺は君のこと好きだよ。君は俺のことどう思っているの?ハッキリ答えて?」
いくらリュウ君と付き合っているとはいえ、2回目の告白されて、自分のことがどうなのかと聞かれて、鼓動が早くなって戸惑ってしまう。1回目の時もそうだったけど、普段は草食系のリュウ君が勇気を振り絞って言ってきたんだ。あたしもちゃんと答えてあげないと……。
一旦深呼吸をしてから、あたしは自身の重い口を開いた。
「あたしもリュウ君のこと好きだよ。他の誰よりも……」
あたしも思い切って最愛の人に2回目の告白をする。そして2人揃って頬を赤く染めて黙り込んでしまう始末だ。他の人が見たら、本当に付き合って半年も経ったのかと疑ってしまうくらいのレベルだろう。
そんな中、石碑が光って上に通じる階段の入り口に張られていた結界は消え、あのサキュバスの声が何処からか聞こえてきた。
「どうやら1つ目の試練は合格したみたいね。でも、試練は残り2つ。終わりはまだ先よ。私はブラックコーヒーを飲みながら待っているから」
「まずは1つ目の試練クリアだね」
「ああ。ていうか、あのサキュバス俺たちのこと見ていたんだな。しかもブラックコーヒーを飲みながらって……」
「完全にくつろいで待っているって感じだったね……」
「みたいだな……」
早速、次の階へと足を進める。
「次の試練ってどういうものなのかな?」
「少なくても変なものでないことを祈るよ」
こんなことを話しながら進んでいる内に、3階へと辿り着いた。
3階は、至るところにある噴水から水が流れ出ていて、水のフィールドとなっている。水の中を1本の道が伸び、その先には神殿のオブジェと2階にもあった石碑が置かれていた。
石碑があるところまで行き、試練の内容を確認してみる。石碑には『試練その2 お互いに積極的に相手に迫れ』と刻まされていた。
「これまた、随分と厄介な内容だな……」
2つ目の試練もハードルが高いもので、リュウ君は戸惑ってしまう。あたしも恥ずかしさがある反面、クエストとはいえリュウ君とイチャイチャできるのが嬉しかった。
「リュウ君がいかないっていうなら、あたしから先にいかせてもらうよ」
「へ?」
状況を飲み込めてないリュウ君に、わざと体を密着させる。小悪魔のような笑みを浮かべながら見る。
「ちょっ!?リ、リーファっ!?」
当然のことながら頬を赤く染めて慌てだすリュウ君。そんな彼を見てちょっとからかってみたいなと思い、悪魔のような笑みを浮かべる。
「もしかしてリュウ君はあたしにこうして密着させられるのって嫌だ?」
――ヤバい、リーファが可愛すぎる。それに胸が俺に……。
更には右手をリュウ君の左側の頬に触れる。たちまちリュウ君の頬は赤くなって熱くなっていき、その熱が右手に伝わる。ちょっと積極的に攻めてしまったせいか、リュウ君はオーバーヒートする寸前の状態にまでなってしまう。
かというあたし自身もリュウ君にこうして積極的に迫ったことが恥ずかしくて、心拍がドクンドクンと速くなっていく。そしてソードスキルを使った時みたいに硬直状態となり、完全に無防備になってしまう。
そこに回復したリュウ君が動き出す。あたしを壁際に追い詰める。
「えっと、リュウ君……?」
頬を赤く染めながらジッとあたしを見つめ、壁に左手をドンと置く。恋愛系の少女漫画やアニメやドラマなどで見るシチュエーションの1つの壁ドンだ。
あたしは完全に逃げ場をなくし、身動きが取れなくなる。
「さっき、俺にあれだけのことをしたんだから、リーファも覚悟しろよ」
更には顎を指で軽くクイッと持ち上げて見つめ合うようにさせてきた。いわゆる顎クイだ。これも壁ドンと同様に恋愛系の少女漫画やアニメやドラマなどで見るシチュエーションで、壁ドンとセットで行われることもあり、主に女性を口説く時に使われる。
それを普段は草食系のリュウ君がやってきて、ドギマギしてしまう。きっと今のあたしは先ほどのリュウ君みたいに顔を真っ赤にしているだろう。
リュウ君は追い打ちをかけるかのように、面と向かってあたしにこう言った。
「リーファ…。君の運命は俺が変えるよ」
ある意味最強とも言えるリュウ君の恋愛コンボは、Max状態のあたしのHPを全部削り取ってしまうほどのもので、一撃必殺を受けたあたしは意識を失ってしまう。
「ええええっ!?リーファ大丈夫か!?」
リュウ君の叫ぶ声が聞こえてくるが、今のあたしには答える気力は残ってなかった。
10分後。何とか意識を回復させたあたしは、リュウ君と最後の試練が待っている塔の最上階へ階段を上っていた。そんな中、リュウ君があたしに声をかけてきた。
「あの、リーファ。さっきはゴメン……。ちょっとした仕返しのつもりだったけど、ちょっと度が過ぎた……」
「りゅ、リュウ君が謝る必要なんてないよ……。リュウ君にこういうのされるは……き、嫌いじゃないし、むしろ……嬉しいっていうか……」
先ほどの自分たちがしたことが恥ずかしくなり、ぎこちない会話となっていた。
「早く最後の試練もやってクエストクリアしちゃおう……」
「そうだね……」
既に色々な意味で体力を消耗したあたしたちは、階段を上りきって4階へと着く。
4階は下の層とは打って変わり、1階のエントランスのように大理石でできたシンプルな部屋で、あるのは部屋を支えている柱と試練の内容が記載されている石碑だけだった。
石碑を確認してみると、それには『 試練その3 キスを交わせ』と刻まれていた。
「これまでの内容からして、やっぱり最後はこうなるよな……」
「でも、これをクリアすれば、あとは最上階にいるサキュバスのところに行くだけだよ」
早くクリアしようと、石碑の前であたしとリュウ君は向かい合うように立つ。リュウ君があたしの二の腕を優しく掴んだところで、キスしようとお互いに顔を近づけるが、恥ずかしくなって途中でやめてしまう。
「今まで何回もキスしてきたけど、告白と同様に改めてするってなるとやっぱり恥ずかしいな」
「た、確かに……。でも、ここまで来たんだから、もう後には引けないよ。思い切ってしちゃおう」
「あ、ああ……」
改めてキスしようと目を閉じて顔を近づけるあたしたち。お互いの距離が短くなるに連れて鼓動が早くなっていく。そして距離が0になってあたしたちの唇が重なった。10秒ほどで軽いキスを終え、あたしたちは顔を離す。リュウ君は頬を赤く染めて恥ずかしそうにあたしから目線を逸らしており、あたしも彼と同じようになっているだろう。
これで3つ目の試練も終了かと思われたが、最上階に繋がる階段の結界は消えてなく、まだ試練は終えてないことを示していた。
「何で?ちゃんとキスしたから、これでクリアのはずなのに……」
「あれ?下に何か続きが小さく書いてあるぞ」
リュウ君は石碑に続きが書いている文字を見つけ、読み上げてみる。
「えっと、なになに……『注意。軽いキスではなく、濃厚なキスではないとクリアとして認められない』って、えええええええっ!?何だよこれっ!?」
1つ目の試練の内容を知った時みたいに、荒げた声を上げるリュウ君。それを聞いていたあたしも一気にカァっと顔が熱くなる。
「の、濃厚なキスって……」
それはどういうものなのかあたしもリュウ君も知っている。何回か場の雰囲気の勢いでしたことはあるけど、それは普通にキスするのより恥ずかしいものだ。今ここでしないといけないのかと思うと余計に恥ずかしい。でも、そうしないとこれまでやってきたことが全部無駄になってしまう。
10分近く間、自身の羞恥心と葛藤したあたしたち。もはや逃れる手段はないとわかったところで、ついに意を決した。
リュウ君は先ほど壁ドンした時みたいにあたしを壁際に追い詰める。
「じゃあ……い、いくよ……」
そう言い残してあたしに顔を近づけてきて、あたしは黙って待っていた。そして再びお互いの距離が0となって唇が重なる。最初の数秒はただ唇が重ねるだけだったが、あたしの方から自分の舌をリュウ君の舌に絡めていく。リュウ君も体をビクッとさせるも、嫌がることはなく自分も舌を絡める。
「んっ……んぅ……」
「んっ、ふっ、んぁっ……」
沈黙とした空間の中で、あたしたちの声と唾液が混ざり合う音がする。
続けている内に頭がボーっとして熱が入っていき、入れ替わるようにリュウ君を壁際に追い詰めて両手を彼の頬を当てて離れないようにガードする。リュウ君も初めこそは引き離そうと抵抗していたものの、次第に力が抜けていき、黙ってディープキスを交わす。
魔力供給でもしているのかというぐらい濃厚なキスは1分近くも続き、お互い唇を離したところでようやく終わった。
「リーファ、ちょっと……激しかったんじゃないのか……?」
「そういうリュウ君だって……」
これほど濃厚なキスをしたこともあって3つ目の試練は無事にクリアし、最上階への道は開かれたものの、あたしたちはある意味強力なボスモンスターと戦った時よりも多く体力を消耗させてしまった。
「まあ、これで試練は3つクリアしたから、あとは最上階に行くだけだな……」
「早く行って、クリアしよう……」
2つ目の試練を終えた直後と同様に、恥ずかしさのあまり、お互いにろくに目を合わせられなくなっていた。こんな状況の中でも最上階に続く階段を上っていく。
最上階は、様々な花が咲き乱れ、花のアーチや噴水などが置かれているフラワーガーデンだった。
その中にあるオープンテラスみたいになっているところには、1階で出会ったサキュバスがいた。しかも、金属製のガーデンチェアとテーブルを置き、コーヒーが入ったカップにマカロンやケーキが乗っているティースタンドまでも用意して完全にティータイムを満喫している。
サキュバスはあたしたちが来たことに気が付くと、手を振って呼ぶ。
「やっほー、よくここまで来たねー。こっちこっち!」
あたしたちは若干イラっとしつつも、サキュバスがいるところへと向かう。
「あなた達の愛の力、見させて貰ったわ。見てて砂糖もミルクも入れてないのにコーヒーが甘く感じるほどのものだったよ。せっかくだから、このまま2人で子作りしちゃってもいいんだけどなー」
最後のサキュバスの言葉に、あたしとリュウ君は一気に顔を真っ赤にする。
「こ、子作りって……その……よ、要するに……」
「え、えっと……もしかして……リュウ君は、あたしを妊娠させたいの……?」
「ぶほッ!」
テンパって思わずそんなことを言ってしまい、リュウ君は吹き出してしまう。かというあたし自身もなんてことを言ってしまったんだろうと余計に顔が熱くなる。
「リーファまで何言ってるんだよっ!」
「ご、ゴメン!頭が真っ白になっちゃって、つい……」
あたしとリュウ君は慌て、サキュバスはその様子を爆笑を堪えて楽しそうに見ていた。
「冗談だよ。流石に年齢制限あるから、そんなさせないって」
さりげなくメタ発言までもしてきたよ。さっきリュウ君が言っていたけど、本当にこのクエストは運営が悪ふざけで作ったとしか思えない。
「まあでも、あなた達は試練を全部クリアして、あなた達の愛の力を見させてもらったわ」
すると、あたしたちの前に2つのブレスレットが現れた。
「あなた達の愛が長く続くよう祈っているわ。末永くお幸せにね」
サキュバスはそう言い残し、光の粒子となってこの場から姿を消す。そして、あたしたちの目の前にクエストクリアを示すウインドウが出現する。
「これでクリアだね」
「ああ。でも、凄く恥ずかしい……」
「あたしも……」
いくらクエストをクリアするためだからと言って、自分たちがしてきたことを思い出すと恥ずかしかった。
「このクエストの内容、フカさんには絶対に教えないでおこうか……」
「賛成。フカさんだけじゃなくて、他の皆にも内緒にしよう……」
今回挑戦したクエストのことはあたし達だけの秘密にし、後日フカさんにクエストの内容を聞かれた時は、結局受けられなくて他のクエストをやったと言って何とか誤魔化すのだった。
今回の話は、旧版の2周年記念として書いたものを修正したものですが、リーファがテンパって爆弾発言してしまったりと年齢制限ギリギリのものとなってしまいました。ちなみに、あの爆弾発言は何処かの聖女様の名言となってしまったものを元にしました(笑)。他にもリュウ君がエグゼイドの決め台詞であんなキザなことまでも言って……。でも、前にシリアスな場面で「リーファの運命は俺が変える」と言ったことあるんですけどね。
執筆してて、リュウ君だったらテラリアの無制限回復能力も無効化してしまうんじゃないのかと思いました(笑)
先週のSAOアニメは、正妻戦争が話題になってましたね。でも、ここ最近シリアスばっかりだったので、いい中和剤になったと思います(笑)
本作のキリトは、皆にシスコンと言われ、近頃はネカマやホモ疑惑をかけられ、キリトに片思い同盟は崩壊してますけど、本作では正妻戦争は起きるのか(笑)。
先日公開になった最新話の画像を見ると現実サイドでも大きな動きが。そして誰かがオーズとクローズの変身アイテム一式を無断で持ち出してしまいました(棒読み)
そしてこの前は、アリスのキャラソンの視聴動画が公開されましたね。一応リュウ君のキャラソンは、『Wish in the dark』、『Regret nothing~Tighten Up~』、『 Burning My Soul』の3曲をイメージしています。実はアリシゼーション編のも考えてますが、そちらはネタバレ防止のためまだ秘密です。他のオリキャラたちのはまだ考え中です。
次回はちゃんとファントムバレット編の話になります。
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第12話 ラフコフの残党
リズ「GGOで最強ガンナー決定戦の第3回BoBが開催した。リュウとキリトとカイトの3人も大会にすることを知ったあたしたちは、皆で集まってALOで観戦することとなった」
シリカ「3人を探す中で、あたしたちはライブ中継に映る奇妙な3人組を目撃。その3人はアスナさんたち元攻略組のメンバーからラフコフのプレイヤーだということを聞かされる」
オトヤ「この中で唯一元SAOプレイヤーではないリーファは、ラフコフの存在やリュウのかつての仲間たちの死の真相を知り、動揺を隠せずにいた」
アスナ「これはただ事ではないと思う私たち。そして、私はキリト君とリュウ君の依頼主に連絡を取りにログアウトした。って、何で今回は私たちがあらすじ紹介しているの?」
リズ「ここ最近あたしたちの出番が少ないからに決まっているでしょ。このままだと本家でメインヒロインだったアンタも【MORE DEBAN】村に入村決定よ」
アスナ「うっ……。それはマズいわね。まさか私がこうなるなんて……」
オトヤ「僕なんか主要人物のオリキャラたちの中で唯一入村しちゃっているんですよ……」
シリカ「【MORE DEBAN】村はいつでも入村歓迎です!では、GGO編第12話どうぞ!」
何もできなかった自分の無力さとゲーム感覚で人の命を奪う
「あいつ……他のプレイヤーをサーバーから落とせるの……?」
何とか怒りを抑えつつ、シノンさんの呟きに答える。
「いいえ、そんな生温い力じゃないですよ……。あのボロマントは、殺したんです。ペイルライダーを……ペイルライダーを操っていた人を……」
「何冗談言っているのよ。そんなことできるわけ……」
シノンさんが言い終える前に俺の口が開く。
「できるんですよ。何せ、アイツは死銃……デス・ガンですから……」
「デス・ガン?それって、撃たれたプレイヤーは二度とログインしてこないっていう妙な噂の?」
「はい。アイツは何かしらの方法でプレイヤーを本当に殺害しているんです。実際に《ゼクシード》と《薄塩たらこ》と《ガイ》の3人は、少し前に死体で発見されてて……」
俺たちが話をしている間に、死銃と仲間の2人は鉄橋の陰へと姿を消した。すぐに出てくるだろうと思っていたが、10秒経っても奴らは出てこなかった。
不審に思っている中、3回目のサテライト・スキャンを行うことを知らせるアラームが鳴りだす。
「こっちの方は私が確認しておくから、リュウはそのまま橋の方を監視してて」
「あ、はい……」
言われるがまま橋の方を監視していると、後ろの方からシノンさんが驚いた様子で声を上げた。
「これはどういうことなの?」
「どうかしたんですか?」
「プレイヤーの数が3人足りない。この短時間に移動するのは絶対にありえないはずだわ」
俺もシノンさんが開いたマップを見て確認してみるが、あの場にはペイルライダーに倒されたダインというプレイヤーしかいなかった。何処かに移動したのかと周辺も見回すが見つからなかった。
「あの3人がどうやって姿を消したかわからない以上、むやみに探すのは危険だわ。それよりも、ここにいる2人と合流するのがいいみたいね」
シノンさんが指さしたところには、カイトさんとキリさんの名前があった。
「あの2人もあなたと同じようにペイルライダーを追っていたなら、あの様子を見ていただろうし、早く行きましょ」
「はい」
シノンさんと一緒にキリさんとカイトさんがいる方へと走っていく。ちょうど中間地点のあたりまで来たところで、反対側の方から2人がこちらに走って来ているのが見えた。
「キリさん、カイトさん!」
「リュウ、シノン!2人とも無事でよかった」
「はい。でも、犠牲者をまた1人出してしまって……」
そのことに悔いて拳を強く握っていると、キリさんが俺の肩に右手を置いた。
「そんなに自分を責めるな。俺たちも見ていたけど、何もできなかったんだ。今は奴らにどう対抗するか考えようぜ」
「キリさん……」
キリさんに励まされ、俺はさっきのことを話した。話し終えるとカイトさんが俺に訪ねてきた。
「つまり、あの3人は橋の陰に隠れてから、一切姿を見せなかったんだな」
「はい。でも、どうやって姿を消したのかはわからなくて……」
「そうか。やっぱり、川に潜って移動したとしか考えられないな」
「川に潜って移動したってどういうことですか?」
そう聞くとカイトさんは簡潔に説明する。
スキャン時に水中にいれば居場所を特定されないみたいで、
ちなみに、キリさんは川の中に潜ってペイルライダーを追い、川から上がってきたところを敵だと勘違いしたカイトさんに発砲されて焦ったという。シリアスな空気を破壊するような出来事に少々呆れるも、今はそれはさておき
「あの中にいた算盤みたいなもので何かをカウントしてた奴は間違いなく《ソニー》だろう」
「やっぱりそうですか……」
ラフコフの幹部の1人、ソニー。奴はSAOでも自分やメンバーが殺害したプレイヤーの数を赤と黄色の玉が着いた算盤でカウントするという悪趣味をしている男だ。
だけど今の奴の名前は何なのかはわからない。候補者はさっき殺害された《ペイルライダー》を除くと《銃士X》、《エイビス》、《ビーン》、《スティーブン》の4人。
この中の誰がソニーなのか考えていると、キリさんが声を上げた。
「100%そうだってまだ言い切れないけど、《ビーン》っていう奴がソニーかもしれない」
「何でソニーがビーンだって思うんですか?」
「俺、思い出したんだよ。討伐戦でアイツが『自分の名前はソニー・ビーンから由来している」って言っていたのを……」
ソニー・ビーンって前に少し聞いたことがあるな。確か昔スコットランドに実在したかもしれないという殺人鬼のことだったか。奴は一族を率いて洞窟に身を隠して付近の街道を通った旅人を殺害。金品を奪い、更には殺害した人間の肉を食っていたとされている。最終的に一族全員は捕まって処刑され、事件は解決したという。
キリさんの《ソニー》=《ビーン》と言う推測は、合ってる可能性が高いと言ってもいいだろう。
すると、カイトさんがキリさんに問いかける。
「キリト。お前が昨日、接触した二人組のうちの1人は俺に興味を持っていた感じだったんだよな?」
「ああ。その内の1人は目の前にいる俺じゃなくて、お前のことを聞いてきたからな」
これを聞いてカイトさんはある確信をする。
「昨日からずっと考えていたが、ソイツは《ザザ》……《赤目のザザ》だ」
《ザザ》という名前にも聞き覚えがある。ザザはエストックの使い手でラフコフの幹部の1人だ。そしてバロンのメンバーを殺害した。カイトさんにとっては因縁が深い相手だと言ってもいい。
「となると、残る1人もラフコフの上位の幹部の可能性が高いな。だけど、いったい誰なんだ?」
残っているラフコフの上位の幹部プレイヤーは3人。ザザの相棒で毒ナイフ使いの《ジョニー・ブラック》、リーダーの《PoH》、そしてサブリーダーの《アビス》だ。
この3人の中の誰かである可能性が高いが、有力な情報がないため誰なのかはハッキリとはわからない。一番可能性としては同じく幹部の ジョニー・ブラックだが、 PoHや アビスの可能性だってある。
仮にアビスがいた場合、俺は奴と戦って倒すことができるのか。
そう思っている中、シノンさんが俺たちに恐る恐る話しかけてきた。
「ねえ、3人して何話しているのよ……」
SAOやラフコフのことを知らないシノンさんは、俺たちの話にすっかり置いて行かれている状態で、カイトさんが代表して彼女に謝った。
「悪い。奴らは本当に俺たちと因縁がある相手でな……」
「…………。カイト、あなた達ってやっぱりあのゲームに……」
シノンさんは、俺たちの話を聞いて、俺たちが
「シノン、俺たちはあの3人を追う。奴らがどうやって殺人を行っているかわからない以上、お前はあの3人に絶対に近づくな」
「でも……」
「お前も見ただろ。あの中にいた1人が持つ黒い拳銃でペイルライダーを撃って殺したのを。1発でも撃たれたら本当に殺されるかもしれないんだぞ」
カイトさんはシノンさんを巻き込むわけにはいかないと説得する。だが……。
「カイトが何と言おうが、私も一緒に行くわ。こんな危険な状態で1人でいるよりはあなた達と一緒にいた方が安全でしょ?」
この様子だとカイトさんが何を言ってもシノンさんは付いてくるだろう。なんかキリさんと2人で世界樹に行こうとした時にリーファに呼び止められた時みたいだな。
カイトさんもこれ以上何を言っても無駄だと思い、「ったく…」と呟いてシノンさんに向かって言った。
「わかった。一緒に来るなら覚悟を決めろ」
「ええ、わかっているわ」
最初はキリさんと2人で
これ以上被害者が出る前に、奴らが現れる可能性が高いところを探すことにした。シノンさんによると、
都市廃墟エリアへやって来た俺たちだったが、
次のスキャンまでの間に、狙撃から逃れるために建物内に隠れ、《ペイルライダー》と《ビーン》を除く候補者の名前から
初めに声を発したのはシノンさんだった。
「あのさ、この《
「どうしてなんですか?」
俺の問いにシノンさんは答えてくれた。
「《ジュウシ》 をひっくり返して《シジュウ》……《デス・ガン》。《X》は《クロス》で、あのボロマントがやっていた十字を斬るジェスチャー……。でも、流石に安易すぎよね」
「キャラネームはほとんどが安易だから、その可能性は十分あるだろ」
「ああ。俺もキャラネームは本名のモジリだしな」
シノンさんに続くように、カイトさん、キリさんの順に言う。
話し合っている内に4回目のスキャンが行われた。急いで片っ端から光点をタップし、名前を確認していく。この中に俺たちが探している《ビーン》と《銃士X》の名前があった。そして《銃士X》の近くに《リリコ》というプレイヤーがいた。
「今ここに《銃士X》がいるってことは、シノンさんの言う通り、奴が
「だったらリココが
「だが、 ビーン……ソニーの方も放っておくわけにはいかない」
「だったらソニーの方には俺とリュウが行く。カイトとシノンは 銃士Xの方を頼む」
「こっちも二手になるってことか。わかった、こっちは俺たちに任せろ」
「2人とも気を付けて下さい」
「あなた達もね」
最後に全員で拳をぶつけ合い、二手に別れて移動する。
目的地へ向かう最中、俺はキリさんにこんなことを聞いた。
「キリさん。あの時、橋の上にソニーやザザと一緒にいたもう1人って誰だと思います?」
「俺もそれが気になっていたんだよ。スティーブンかエイビスのどっちかとは思うけど、正体が誰なのかはまだ……」
有力な情報がないから、キリさんもわからないか。今わかっているのは少なくともラフコフの誰かということくらいか。
「まあ、どっちも今は近くにいないから、まずは俺たちが今追っている2人の相手をすることに専念しようぜ」
「そうですね……」
走り続けること数分。俺とキリさんがやってきたのは、都市廃墟エリアの片隅にある廃倉庫だった。
「確かここだったな」
「はい。さっきマップにはここに奴の名前がありました」
入り口付近に横転しているトラックの陰に隠れ、双眼鏡を取り出して廃倉庫の様子を伺う。2階部分にある割れた窓ガラスの奥に、動く人影と白い布切れみたいなものが見えた。
「いました!」
「本当か?」
キリさんも俺が指さした方を双眼鏡で確認する。
「俺たちが持っている銃で狙撃することはできないですし、待ち伏せて出てきたところを倒します?」
「いや、ここで待ち伏せても向こうが狙撃してきたり、さっきみたいに知らないうちに逃げられるかもしれない。侵入して奇襲をかけた方がまだよさそうだな」
「なら、別のところから侵入しましょう」
俺たちは倉庫の裏手に回り、シャッターが半分上がっている入り口から倉庫内へと侵入する。
廃倉庫の中は、古くなって使われなくなったフォークリフト、錆び付いたコンテナや角缶に壊れた木箱などが至るところに放置され、端から端までを見通すことはできない。オマケに窓から夕陽の光が僅かしか入ってないため、薄暗い状態だ。
何かトラップが仕掛けられたり、ソニーが攻撃してくるんじゃないのかと思い、武器を手に持ち進んでいく。
廃倉庫を進み続けること数分が経った時だった。
「予定通り、獲物が2体引っかかったな」
突然、何処からか男の声が耳に入ってきた。
ソニーに気づかれてしまったのかと思い、俺たちは各々の武器を手に取る。
そして10メートル先にじじっと光の粒が幾つか流れ、空間を切り裂き、そこから黒いポンチョで身を隠している男が姿を現す。明らかにソニーとは違う奴だった。
「久しぶりだな。《黒の剣士》キリト、そして《青龍の剣士》リュウガ。お前たちにまた
会えるなんて思ってもいなかったよ」
この話し方、PoHでもジョニー・ブラックでもない。
ーー間違いない…《奴》だ!
俺は背筋が凍るような思いをしながら、だが同時にマグマのような怒りを思い出しながら、胸の奥から言葉を絞り出した。
「……お前……アビスか…!」
「お前がその名前を憶えててくれて嬉しいぜ、《青龍の剣士》。でも、今の俺は《エイビス》。《Abyss》ていう単語は《アビス》だけじゃなくて《エイビス》とも読めるんだよ」
エイビスがアビスだったのか。でも、さっき確認した時はエイビスは発見することができなかった。なら、奴は……奴らはどうしてサテライト・スキャンに見つかることがなかったんだ。俺だけでなく、隣にいるキリさんもそう思っているだろう。
すると、アビスは俺たちの疑問に答えるように話し始めた。
「お前たちには特別に教えてやるよ。俺たちはあるアイテムを使ってサテライト・スキャンから逃れることができるんだよ。これを用意してくれたザザには後で礼を言っておかないとな」
まるで友達と話しているかのような口ぶりだ。今にも爆発しそうな怒りを抑える中、キリさんが怒りが籠った声でアビスに問いかける。
「お前たちの目的はなんだ?どうして、
アビスは数秒間考えてこう言った。
「アイツらがどう思っているかは知らないが、俺としてはちょっとした退屈しのぎくらいしか思ってないぜ」
その言葉にとうとう怒りを抑えきれなくなった俺は、ホルスターからイクサカリバーを抜き取り、アビスの顔の真横をめがけて発砲。弾丸は奴の後ろにあった木箱に命中した。
「ふざけやがって……。そんな理由で人を……ファーランさんとミラを殺したっていうのかっ!!」
更にもう1発撃とうした時、キリさんが俺の左腕を掴んで静止させる。
「リュウ落ち着け!今挑発に乗れば、アイツの思う壺だ」
「キリさん……」
キリさんのおかげで何とか冷静さを取り戻す。
「あーあ、久しぶりに殺し合いができると思ったのによ。まあ、いいや。今はその前にやっておくことがあるからな」
すると、アビスはハンドガンを取り出し、何故か上に銃口を向けて発砲。バンッと銃声が倉庫内に響き渡る。
コイツは何がしたいんだと思っていると、黒いボディに青いサイバーチックなラインが走る近未来的なデザインをしたベンツが、脆くなっていたところの壁が破壊して倉庫内に入り、アビスの隣に停車する。運転席のドアが開いて中から、黒いニット帽を深く被り、白の布で顔の下半分を隠した男が出てきた。
男が姿を現した瞬間、隣にいるキリさんが声を上げた。
「お前はソニー!」
「また会ったな、黒の剣士……」
白の布で顔の下半分を隠した男……ソニーは呟くようにそう口にする。
「来るのが早くて助かったぜ、ソニー」
「人に囮役をさせておいて、今度は用意した車を取りに行かせるとは……。人使いが荒い人だ……」
「悪い悪い、久しぶりにコイツらと話がしたくてな。お前の獲物の黒の剣士は盗らないから安心してくれ」
アビスはソニーと話し終えると、今度は俺たちに向けて数発撃ってきた。俺たちは寸前のところで避けて地面に転がる。この隙にアビスとソニーはベンツに乗り込んだ。
「これは《ネクストトライドロン》。戦闘にも特化している未来の自動車っていう設定なんだぜ。お前たちには特別にコイツの威力を見せてやるよ」
「いくぞ… Start Our Mission」
『OK…』
すると、ボンネットの上にホログラムでできた砲撃機関が現れる。
「ヤバい!リュウ、逃げるぞ!」
「さあ、地獄を楽しみな」
アビスがSAOの頃から使っていた決め台詞を口にした直後、砲撃機関銃から連続して光弾が放たれた。
周りにあるフォークリフトや資材に光弾が命中し、周囲にいくつもの爆炎が上がる。
俺とキリさんはその中を全速力で走って入り口へと向かう。
倉庫内にある【DANGER】の文字が書かれているドラム缶が積まれたところに光弾が命中した瞬間、大きな爆炎が起こった。
「うわああああああっ!!」
「ぐわああああああっ!!」
この1か月忙しかったり、ちょっとスランプになったりで投稿が遅くなってしまいました。今回の話はスランプ中に書いたものなので後日修正する可能性もございます。
宣伝になってしまいますが、この間にR18版の投稿しました。
去年の暮れにアンダーワールドにシノンがソルスとして参上しましたよね。春から始まるアンダーワールド大戦の2クール目の初回には彼女が登場することを期待しています!それまでにウォズに祝いの準備をしてもらわないといけませんね(笑)。そしてリュウ君にはクローズエボルに変身してもらって、奴に必殺技のオンパレードを叩き込んでもらいたいです(黒笑)
去年の秋ごろから、アリシゼーション編でリュウ君が暴走したり、厄災的力を手にしそうなど、リュウ君を心配する声をいくつも頂いているんですよね。かという私自身も、自称プロテインの貴公子とは名前や青いドラゴン繋がりで嫌な予感を連想してしまってますが、同時にリュウ君も彼のように希望になることを信じています。
そして今朝のゼロワンでイズが不破さんにゴリラ発言したシーンは爆笑しました(笑)
遅くなりましたが今年もよろしくお願いします。
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第13話 シノンの過去
シノン「しかし、アビスたちが用意したネクストトライドロンの攻撃により、リュウとキリトは爆発に巻き込まれてしまうのだった」
クライン「《ソードアート・オンライン Dragon Fang》完!」
レコン「今回から僕とクラインさんが主役の《非リア充、彼女できるってよ》が始まります」
カイト「そんなの始まるわけないだろ。何勝手に作品を乗っ取ろうとしているんだ」
シノン「リュウとキリト、そして私とカイトがまだまだ主役のGGO編第13話どうぞ」
キリトとリュウと別れてから10分くらい経った時、《銃士X》を探していると大きな爆音がした。音がした方を見ると黒い煙が上がっていた。
「カイト、今の爆発ってキリトとリュウが向かった方じゃ……」
「大丈夫だ。あの2人はそう簡単にやられるような奴らじゃない。今の俺たちは銃士Xを倒すことに専念するぞ」
カイトがこう言えるのは2人を信じているから。だったら、私もキリトとリュウは無事だということを信じよう。
銃士Xがいる街の中央にあるスタジアムへとやって来た。スタジアムは試合もライブもできないくらい朽ち果てている。銃士Xがいると思われる付近を
「いた、あそこ」
「リココを待ち伏せして出てきたところを狙おうとしているようだな。今の内に俺が後ろからアタックする。シノンはスタジアム手前のビルから狙撃の体勢に入ってくれ」
「1人で大丈夫なの?私も一緒に……」
カイトと離れたくないばかりに反論するが、カイトは強い視線で遮った。
「これはシノンの力を最大限に活かせる作戦だ。もしも俺の身に何か起こった時には、シノンがそのヘカートⅡで援護してくれると信じているからな。これまでもそうだっただろ」
「カイト……」
「俺はお前と別れてから30秒後に戦闘を開始する。この時間で足りるか?」
「うん、十分……。気を付けてね」
「ああ。頼んだぞ」
カイトはそう言い残して銃士Xがいる方へと向かう。
正直、カイトと別れて行動するのが嫌だった。今までもカイトと別れて行動することは何回もあったけど、こんなことは一度もなかった。もしかして私はカイトがいないとダメになってしまったのではないのか。不安からそんなことを思ってしまった。私なんかが彼の傍にいることも、彼に想いを寄せる資格もないっていうのに……。
心臓の奥がチクチク痛み始めるも無理やり呑み込み、ビルの壁面の崩壊部を潜ろうとしたときだった。背筋に強烈な寒気を感じ、振り向こうとしたら私の体が急に地面に倒れてしまう。
――何が起こったの……?
起き上がろうとするけど体が動かない。
攻撃を受けた左腕の方を見ると、ペイルライダーが喰らったのと同じ電磁スタン弾が付きささり、そこから発生した青白い糸のようなスパークが私の動きを封じていた。
――銃士X……
すると、私から20メートルほど離れたところの空間に、じじっと光の粒が幾つか流れ、空間を切り裂き、そこからペイルライダーを撃ったあのボロマント……死銃が現れた。
――あれはメタマテリアル
それは自身を透明化して相手に姿を見せないという究極の迷彩能力だ。でもあれは、一部のボスモンスターしか持っていない能力。あの能力をプレイヤーが使えるなんて聞いたことなんてない。
死銃はゆっくりと近づき私の2メートル前で停止した。
「《紅蓮の刀使い》……カイト。仲間を殺され、復讐心を糧に、俺と戦った時のお前を、俺は、今でも、覚えている。この女を殺して、その時のお前を、もう一度、見せろ……」
だけど、このままやられるわけにはいかない。
右腕はなんとか動けそうだ。私は腰にある《グロック18C》のグリップを握る。
あれは《黒星・五十四式》!?
あの銃を、私が見間違えるはずがない。5年前の事件で強盗が持っていた銃を…
――どうしてあの銃が……。
あの銃は、5年前にお母さんと小さな郵便局に行った時に来た強盗が持っていたもの。
お母さんを守ろうと無我夢中になった私は飛び掛かって銃を奪い、強盗を殺した。
ーーいたんだ。ここに、この世界に。私に復讐をするために……。
あの時の強盗と
これは運命だ。逃れることは出来ない。GGOをプレイしていなかったとしても、この男は私を追って来る。シノンとしても私は強くなっていなかったんだ。
もう駄目だと諦めて目を瞑ったときだった。
ワインカラーのシャツの上に赤いアクセントカラーの黒いロングコートを着た、明るめの茶髪の髪をした大人びた雰囲気をした高校生くらいの少年の姿が思い浮かんだ。
―― 《強さ》や戦うことの意味。カイトの傍で、カイトを見ていれば、いつか必ず分かるはずなんだ…。諦めたくない…。カイト、助けて……!
そう願ったときだった。
数発の銃声が鳴り響く。
目を開けるとそこには右腕に数発の弾丸が命中し、よろける
更に左腕を一発撃たれた
直後、私と
体が動けない中、誰かが私のへカートⅡを肩にかけ、私を2本の腕で抱えあげた。
煙が消え、視界が回復すると1人のプレイヤーの姿を捉える。
「カイト……?」
カイトは高重量のへカートⅡを肩にかけ、私を抱えながら、
だけど、カイトはSTRとAGIのバランス型。メイン武器の無双セイバーはGGOに存在する剣の中では重量はある方で、加えて私とヘカートⅡまで抱えていると、いつものように動くことはできないだろう。しかも、銃弾を受けたばかりの赤いエフェクトがいくつかある。GGOはアメリカ産のVRMMOでペインアブソーバのレベルが日本産より低いため、痛みはしなくても痺れは残っているはずだ。
「カイト、もう…いいよ。私を置いて、あなただけでも…逃げて」
「何馬鹿なこと言っている!お前を置いていけるわけないだろ!」
この様子では私が何を言ってもカイトは絶対に私を置いて逃げないだろう。
そのまま北側のメインストリートまでやってきた時だった。
突如、脇道から2台のバイクがエンジン音を上げて私たちの目の前に停まった。
青と銀のバイクの《ビートチェイサー2000》と黒いバイク《トライチェイサー2000》だ。それらに乗っているのは、リュウとキリトだった。
「カイトさん!シノンさん!」
「2人とも大丈夫か!?」
「なんとかな。だけど、かなりヤバイ状況だ。お前たちの方も見たところ、こっちと同じみたいだな」
よく見ると、2人とも服が所々焦げ、ダメージを負っている状態だった。恐らくさっきの爆発に巻き込まれつつも、何とか私たちのところに来たんだろう。
「ザザとソニーと一緒にいた3人目の奴は、エイビス……アビスだったんですよ」
「アビスだとっ!?アイツが……」
「詳しいことは後で話します!今は早くここから逃げないと!」
リュウは、ビートチェイサーのハンドルの中央に付いているテンキータイプのコントロールパネルを操作。
すると、ビートチェイサーのボディが青と銀から赤と黒へと変わる。更には、全長2メートルほどの赤い目を持つ黒と金のクワガタムシを模した飛行物体が何処からか飛んできてビートチェイサーと合体。ビートチェイサーは馬とイノシシを模した車体へとなった。
「これなら2人が乗っても大丈夫です。早く乗って下さい!」
「《ビートゴウラム》か。助かったぞ、リュウ」
カイトが私を抱えたままビートゴウラムの後ろに飛び乗った時、キリトがカイトに声をかける。
「カイト!あそこにある馬のロボットは何なんだ!?」
キリトが指さした方には、無人営業のレンタル乗り物店の前に繋がれているロボットホースがあった。
「あれはロボットホース!扱いはとてつもなく難しいが、突破力が普通の乗り物より格段に高い乗り物だ!」
「だったら、ザザがあれに乗って追いかけてくるんじゃ……」
「普通ならたとえ現実で乗馬経験があったとしても乗りこなすのは難しい筈だが、その可能性は否定できないな。シノン、お前のライフルでロボットホースを破壊できるか?」
「わ……わかった、やってみる………」
痺れの薄れてきた右手で左腕に刺さっている電磁スタン弾を抜き取り、震えの残る両手で右肩から降ろしたへカートを構える。
ここからロボットホースまでは約20メートル。普段の私なら、絶対に外すこともなく破壊できる。ロボットホースに狙いを定め、トリガーを引こうとする。しかし……
「え、何で……?」
「シノン、どうした!?」
自分の指がトリガーを引くことができないことに気が付いた。何度やろうとしても、トリガーを引くことができなかった。
「トリガーが引けない、何でよ……?」
今の私は氷の狙撃手や冥界の女神と言われているシノンではなく、現実の私……朝田詩乃へと同じになりつつある。
その間にもライフルのスコープ越しに、
「2人ともしっかり掴まってて下さい!」
「ああ!シノン!しっかり俺に掴まってろ!」
カイトが私をしっかりと抱きしめ、リュウとキリトはアクセルを全開にしてバイクを2台のバイクがエンジン音を上げ、猛スピードでメインストリートを走る。
――これで逃げ切れる。
そう安心したときだった。
「マズイ!追掛けてきたぞ!」
キリトの叫んだ声がし、私も振り返って後ろを見る。
サイレント・アサシンを背負ったボロマント……
「くそ!嫌な予感が的中したな…まさか、本当に乗りこなしてくるとは!」
「何で……。追いつかれる!もっと速く!逃げて…!逃げて!!」
リュウはそれに応じるようにバイクの速度を上げる。
通常のビートチェイサーは障害物を乗り越え、悪路であっても難なく走行できるバイクだ。しかし、ゴウラムと合体したビートチェイサー……ビートゴウラムは速度が上がり3人乗りもできるけど、車体の重量が増す分アクロバティックな動きができなくなるデメリットも存在する。
リュウは道にある障害物を回避しながらバイクを走らせ、キリトも後を追うようにバイクを走らせて付いてくる。
「何なんだ、あれは……?」
今度はカイトが声を上げ、再び振り返る。私の目が捉えたのは、
「くそ!狭い路地に入って撒いたと思ったのにもう追いついて来たのか!!」
「キリト、リュウ!あのネクストトライドロンを運転しているのは、ソニーとアビスか!?」
「ああ!アビスの奴、あんなとんでもない車用意していたんだよっ!」
ネクストトライドロンは距離を詰めてきて、ついにはロボットホースと並んで走行する。
そして、
「シノン!」
カイトが咄嗟に私を抱き寄せた直後、銃声がして弾丸が私の数センチ横を通過した。
「嫌ああぁっ!!」
恐怖に包まれた私はカイト胸に顔を押し付けた。
「やだよ……助けて……助けてよ……カイト……」
今の私は、カイトに小さい子供のように泣き付いて助けを求めることしかできなかった。
リュウが右手でホルスターからディエンドライバーを抜き取って乱射するが、
「くそ!やっぱりダメか!」
悔しそうにしてディエンドライバーをホルスターにしまう。
すると、カイトが私を呼ぶ声が耳に入った。
「聞こえるかシノン!このままだと追いつかれる!お前がアイツらを撃つんだ!」
「む、無理だよ!」
「当てろとは言わない!牽制だけで十分だ!」
「無理!あいつは……あいつだけは………」
「だったらヘカートⅡを貸せ!俺がアイツらを撃つ!!」
そう叫ぶカイト。
だけどヘカートⅡは私の分身みたいなもの。いくらカイトでもそれは難しい。
――当らなくてもいい。一発だけでも私が撃つしかない。
覚悟を決めてヘカートⅡの銃口を
「撃てない……撃てないの。指が動かない。私……もう、戦えない……」
「絶対に撃てる!戦えない人間なんかいない!戦うか戦わないか!その選択があるだけだ!俺も一緒に撃つから、もう1度戦ってくれ」
カイトはそう言うと、右手で ヘカートⅡのグリップを握る私の手を包み込む。カイトの手の温もりが氷のように凍っていた私の指を溶かしていくのを感じだ。
だけど、心拍が乱れ、バイクが激しく振動しているせいで照準が上手く定まらない。
「だ、だめ……こんなに揺れていたら、照準が……」
「リュウ!一瞬だけでも揺れを止められるか!?」
「5秒後に止めます!行きますよ!2、1今です!」
その瞬間、ビードゴウラムはジャンプ台のような格好で路面に突っ伏したボロボロのスポーツカーに乗り上げ、ジャンプした。
――カイト、あなたがこうやっていられるのは、どんなに自分に不利な状況でもどんなに恐ろしい敵でも屈服することなく、全力で戦おうとしているから。それがあなたの強さなのね。
そう確信した瞬間、カイトと一緒にヘカートⅡのトリガーを引く。ヘカートⅡが火を噴き、放たれた弾丸は死銃たちがいる方へと飛んでいく。だけど、それは
「外した……」
「いや、大丈夫だ……」
放たれた弾丸は路上に放置されているタンクローリーに命中。直後、
ジャンプを終えたビートゴウラムが着地して道にタイヤ痕を付けて停まった。キリトもトライチェイサーを停めて、
―-これで倒せたの……?
都市廃墟エリアを抜け出して北部の砂漠エリアへとやってきた。
バイクから降りたカイトは私の方を振り返った。
「そういえば、アイツは急にお前の近くに現れたよな。何故だかわかるか?」
「メタマテリアル
「メタマテリアル
私と同様に半年ほど前からGGOをプレイしていたカイトは、メタマテリアル
メタマテリアル
「でも、3人揃って姿を消せる能力持ちってなると厄介だな。いきなり現れて奇襲させる可能性も十分あるからな」
「それなら大丈夫よ。メタマテリアル
「なるほどな」
「じゃあ…足音を聞き逃さないように耳を澄ませとかないといけないですね」
私たちはスキャンを回避するために、近くにある洞窟に身を隠すことにした。
洞窟の岩壁に背中を預けたところで、私は呟いた。
「ねえ、さっきの爆発でアイツらが死んだって可能性は?」
「いや、アイツらはそう簡単には死にませんよ……。トラックが爆発する寸前に車と馬のロボットから飛び降りるのが見えましたからね……」
私の呟きに、リュウが疲弊した様子で筒状の緊急治療キットで体力を回復させながら答えてくれた。彼の隣にいたキリトも緊急治療キットで傷ついた体を回復させていた。
体力を回復させたキリトが立ち上がる。
「俺は入り口付近で死銃たちが来ないか見張ってくる」
「キリさん、俺も行きますよ」
「リュウ、大丈夫か?」
「敵は3人もいるし、万が一の時のために2人で見張りをした方がいいですよね」
「そうだな。じゃあ、カイトはシノンを頼む」
キリトはそう言い残して、リュウと共に洞窟の入り口付近に向かう。
この場には私とカイトの2人だけになった。
「ねえ、カイト。スタジアムのところにいた時なんだけど、あなたは外周の上に居たのにどうやってあんなに早く私を助けに来れたの?」
「銃士Xが
「どういうこと?」
「シノンと同じ女性プレイヤーだったからだ。キリトみたいなM9000番型とかじゃなく本物のな。
「へえ」
「死に際に本人が言っていたが《じゅうしエックス》じゃなくて《マスケティア・イクス》と読むらしい。マスケティアを倒してスタジアムの上から南を見たら、シノンが倒れているのに気が付いて、 マスケティアが持っていたライフルとスモークグレネードを拝借してシノンのところに来たってわけだ」
「そう。私がもう少ししっかりしていれば……」
「過ぎたことだから気にするな。お前が撃たれずに済んだからな。本当は今すぐログアウトして欲しいが、大会中は出来ないからしばらくここに隠れていてくれ」
カイトは《無双セイバー》と《ベレッタ92》を取り出し、チェックし始める。
「カイトは、
「ああ。奴ら…特にあのボロマントは俺が倒さないといけないし、リュウとキリトだけに任せるわけにはいかないからな」
「アイツらが怖くないの?」
「怖くないって言えば嘘になるな。何せ自分が本当に死ぬかもしれないんだ。俺も死にたくはないしな。だけど、これ以上奴らを放っておくわけにはいかない。このまま奴らを野放しにしていたら、奴らはまた他のプレイヤーの命を奪い続けるだろう。俺は自分の命が尽きるか、奴らを倒すまで戦い続けるつもりだ」
――やっぱりあなたは強いね……。
下手したら自分が死ぬかもしれないというのに、あの死神に立ち向かう勇気を失っていない。私は立ち向かう勇気を失おうとしているのに。
このままここに隠れていたらずっと自分が抱える闇に怯え続けることになるだろう。
「私、逃げない……。 私も外に出てアイツらと戦う」
「ダメだ。アイツの持つ拳銃に撃たれたら本当に死ぬかもしれないんだぞ。俺たち3人は近接戦闘タイプだから何とかなるが、お前は違う。さっきみたいに至近距離で不意打ちされたら、危険は俺たちの比じゃない。大人しくここで待っていろ」
「死んでも構わない」
「何…?」
「私、さっき凄く怖かった。死ぬのが恐ろしかった。5年前の私よりも弱くなって情けなく悲鳴を上げて、リアルでもゲームでもすっかりあなたに甘えちゃって……。そんな弱い私のまま生き続けるくらいなら、死んだほうがいい……」
すると、カイトは怖い顔をして低音ボイスで私に問いかけてきた。
「お前、本気でそう思っているのか?」
「もう怯えて生きていくのは……疲れた。別にあなた達に付き合ってくれなんて言わない。1人でも戦えるから。1人で戦って1人で死ぬ。これが私の運命だったから……」
そう言い残してから立ち上がろうとした。するとカイトが私の手を掴んだ。
「離して。私……行かないと」
「お前は間違っている。そんな理由で1人で行かせるわけにはいかない。お前が行くっていうなら俺も一緒に行く」
「そんなこと頼んだわけじゃない。私のことなんてもうほっといて!」
「お前とは半年もずっとGGOで一緒だったんだ!ほっとけるわけないだろ!!」
カイトと言い争っている内に、私の感情が爆発してしまい、片手でカイトの襟首に掴みかかる。
「なら、あなたが私を一生守ってよ!!」
とうとう今まで溜めこんでいた涙まで眼から溢れてしまい、地面に落ちる。
「私の事、何も知らないくせに!カイトは私と違って現実世界でも仮想世界でも強いからそんなこと言えるんでしょ!これは私の、私だけの戦いなんだから!例え負けて、死んでも誰にも私を責める権利なんかない!それとも、あなたが一緒に背負ってくれるの!? この……この、ひ……人殺しの手を、あなたが握ってくれるの!?」
記憶の底から、私を罵る幾つもの声が蘇ってくる。
あの事件以来、クラスの子やその持ち物に触れたら、『人殺し!』、『触んなよ人殺しが! 血が付くだろ!』と罵られ、足で蹴られ、背中を突き飛ばされるようになった。私はそれから1度も自ら誰かに触れようとはしなくなった。
「私の手は血で染まっている……。そのせいで、好きな人に想いを寄せることも……このことを知られて彼に嫌われるのが怖いの……」
もう、シノンとしても朝田詩乃としても彼に関わることなんてできない。だって、彼も他の人たちみたいに、私のことを「人殺し」だと思っているんだから……。
今すぐにも私を突き飛ばして「俺の前から消えろ」とか言われるのだろう。
だけど私の予想に反して、カイトは後ろに両手を回して私を自分の方へと抱き寄せた。
「カイト……?」
「シノン、お前に何があったのかまだハッキリとはわからない。だが、お前がずっと苦しい思いをして1人で戦ってきたってことはわかる。俺なんかよりもよっぽど強いさ、シノンは。俺はお前の手が血で染まっていても握ってやる。だから大丈夫だ」
カイトの言葉に、私の中で何かが外れて彼の胸にうずくまってしばらくの間泣き続けた。その間、カイトは私を離さずにずっと抱きしめてくれていた。
今回のビルド風のあらすじ紹介は、「ドルヲタ、推しと付き合うってよ」をネタにしてみました(笑)
クラインとレコンは、ゼロワンに登場した縁結びマッチに頼んで相手を見つけてもらった方がいいかと(笑)
キリトが乗るバイクをシャドーチェイサーからトライチェイサーに変えたり、リュウ君が乗るビートチェイサーがビートゴウラムになって更にカイトとシノンが乗るなどバイク関連で、旧版からいくつか変更させていただきました。
リメイク版でもやっとカイトとシノンの運命が動き始めたような気がしました。本作のシノンにはカイトがいるからきっと大丈夫でしょう。そしてカイトにはアリシゼーション編に登場するアイツをボコボコにして欲しいなと思っています。
余談ですが、ここ最近カイトがfateに登場するエミヤと重なって見えてしまうんですよね(笑)。リュウ君もジーク君やシャルルマーニュと重なって見えてしまってますが(笑)
今朝のゼロワンでは遂にメタルクラスタホッパーの暴走の制御に成功。これまで登場したヒューマギアの登場したところはよかったですね。そして、前回の婚活中の1000%おじさんやマッチの放送禁止用語には爆笑しました(笑)
この前、アンダーワールド大戦の後半のアニメのPVが公開されましたよね。最後の三女神も登場しますし、今から放送が待ち遠しいです。
やっぱり本作のアリシゼーション編でリュウ君……特にリーファを絶望へと突き落とす最悪な展開を思い浮かべてしまいまうという。ですが、Burning My Soulをはじめ挿入歌を流したくなる熱くてカッコいいシーンも用意しているので大丈夫です。
次回もよろしくお願いします。
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第14話 解明
リュウ「何とか逃げ切った俺たちは砂漠エリアにある洞窟に身を潜めていた。そんな中、俺とキリさんが見張りに行っている間に、シノンさんは自分が抱える闇をカイトさんにぶつけた。しかし、カイトさんはシノンさんを拒絶することはなく、彼女は涙を流すのだった」
キリト「前回、俺全然活躍できなかったな……」
リュウ「まあ、前回はカイトさんが活躍してましたからね」
キリト「お前だってバイクアクションを披露してて活躍してたじゃないか!俺、本家の主人公なのに……。どうせ俺なんか……」
リュウ「キリさんが矢車さんみたいになってしまったので、この辺りでGGO編第14話に行きたいと思います。どうぞ」
キリさんと共に洞窟の入り口付近で見張りをしている最中、後ろの方からカイトさんとシノンさんが揉めている声が聞こえてきた。何かあったのかと思った俺たちはこっそりと様子を見に行ったところ、自分たちが介入できる様子ではなかったため、入り口に戻って再び見張りをすることにした。
心配しながら暫く見張りを続けている中、シノンさんが話があると俺たちを呼びにきた。
俺たちは何なのだろう?と思いながら洞窟の中へと進み、洞窟の岩壁に背中を預けて座っているカイトさんの近くに腰を下ろす。その後にシノンさんが腰を下ろし、ゆっくりと口を開いた。
「私ね……人を、殺したの……。5年前、私が11歳の時に東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で……。 報道では、犯人が局員の一人を拳銃で撃って、犯人は銃の暴発でなってたんだけど、実際はそうじゃないの。その場に居た私が、強盗の拳銃を奪って、撃ち殺した……」
5年前……11歳っていうことは、シノンさんはキリさんとカイトさんより1つ年下……つまり俺と同い年じゃないか。
あまりにも衝撃的な内容に俺は言葉を失ってしまう。それでもシノンさんの話は続いた。
「私、それからずっと銃を見ると吐いたり倒れたりしちゃうんだ。銃を見ると……目の前に、殺した時のあの男の顔が浮かんできて……怖いの。 すごく、怖い。でも、この世界では大丈夫だった。だから思ったんだ。この世界で一番強くなれたら、きっと現実の私も強くなれる。あの記憶を忘れることができるって……。なのに、さっき死銃に襲われた時、すっごく怖くて、いつの間にか《シノン》じゃなくて、現実の私に戻っていた……。 死ぬのは怖いよ。でも、でもね、それと同じくらい怯えたまま生きるのも辛いの。
シノンさんが話し終えるとカイトさんが呟いた。
「俺も人を殺したことがある……」
「それを言ったら俺もだ……」
カイトさんに続くようにキリさんも呟く。
シノンさんは驚いて2人の方を見る。そしてカイトさんの口が再び開く。
「言っただろ。俺たちは
「ええ。もしかして……とは思っていたけど、やっぱりそうだったのね……」
《ソードアート・オンライン》というゲーム名は、多くの人が知っていると答えるだろう。2022年から2024年にかけて、一万人もの人の意識をゲーム内に閉じ込め、最終的に4千人近くの人が亡くなった悪魔のゲームを。
「
俺の脳裏にあの記憶が蘇る。 ファーランさんとミラが、赤い目の巨人に食われそうになった俺を助けようとして代わりに食われて死んだ時。そして、アビスが仕組んだモンスターPKによって2人が死んだと知った時の記憶が。
「俺のギルドメンバーも奴らに殺された。罠で俺達のギルドを二つに分断して、ギルドの中でリーダーの俺と副リーダーから残りのメンバーを引き離した隙に殺したんだ…ある時、奴らを牢獄に送るために大規模な討伐隊が結成されて俺たちもメンバーに加わった。討伐隊は殺すんじゃなく無力化させようとしていたが、当時の俺は仲間を殺された復讐心を抱いていて、あんな奴ら殺してしまっても構わないと思っていた。だから俺たちの情報が洩れて奇襲された時には、躊躇うこともなくラフコフのプレイヤーを2人殺した。だが、一緒に参加した幼馴染が自らの手で人の命を奪ったことを後悔しているのを見て、やっと自分が犯した罪に気が付くことができた……」
「俺もカイトと同じだ。剣を止めようと思えば止めれたはずなのに、恐怖と怒りに任せて剣を振って最終的に2人のラフコフのプレイヤーを殺した。でも、俺は自分がしたこと無理やり忘れようとして、殺した奴らのことも思い出そうとしなかった。昨日、アイツ……ソニーと会うまでは……」
「俺は誰も殺してませんが、怒りで我を失って戦意喪失したプレイヤーを殺しそうになりました。あの時、キリさんに止められてなかったら…間違いなく殺していたと思います…」
俺たちの話はここで終了し、しばし沈黙する。この状態が続く中でシノンさんが掠れ声で語りかけた。
「ねえ、あなた達はその記憶をどうやって乗り越えたの?」
「いいえ、まだ乗り越えてませんよ。俺はアイツに勝ててないですし、今でもアイツを見るたびに怒りと恐怖がこみ上げてきますからね……」
「俺は昨夜、俺の剣で死んだ奴らのことを繰り返し夢で見て殆ど眠れなかった。アバターが消える瞬間の奴らの顔、声、言葉、俺はきっともう2度と忘れられないだろうな……」
「だが、それは必要な事だ。自分の手でアイツらを殺したことの意味、その重さを受け止め考え続ける。そうする事が俺たちに出来る最低限の償いだと今は思う。過去や記憶は消すことは出来ない。だから、このことを受け入れて戦い続けるしかない……」
俺、キリさん、カイトさんの順に言う。これを聞いてシノンさんは黙り込んでしまう。
「死銃は一体どうやって、現実世界のプレイヤーを殺しているのかしら…」
心を落ち着かせたシノンさんはそう呟いた。俺たちは
――今は俺たちがこれ以上被害者を増やさないように奴らを何とかするしかないってことか。
こんなことを考えているとカイトさんが話しかけてきた。
「キリト、リュウ。
「その通り、脳損傷ではないですよ。3人とも急性心不全です」
「だけど、殺人の方法はまだ分からないんだよ。仮想世界で撃ったプレイヤーを現実世界でも本当に殺害できる手段なんて……」
これだけはどうしてもわからなかった。呪いや超能力で殺したなど非科学的なことも疑ってしまったが、そんなことは絶対にありえない。
「なあ、1つ気になったことだが、本当にゲーム内でプレイヤーを撃つと現実世界でもそのプレイヤーを殺すことができるならどうしてわざわざ拳銃で撃つ必要がある? サイレントアサシンがあるなら、そっちを使った方がすぐに済むはずだ」
シノンさんも何か気が付いてカイトさんに続くように話始める。
「そういえば、ペイルライダーを殺した時も妙だったわ。あの時は近くに倒れていたダインは無視した。ダインのアバターは残ってたし、まだログアウトもしていなかった。ゲームの枠を超えた力があるなら、HPの有無なんて関係なさそうじゃない?」
となると、
「あの、カイトさん、シノンさん。殺された4人とシノンさんで共通点とかって何かありませんか?使う武器とかどんなことでもいいので、思い当たることがあったら教えて下さい」
「装備は全員バラバラで、共通点となると強引にくくることになるけど、全員《AGI特化型ビルドじゃない》ってことになるかな。でも、STRかVITに偏っていたからちょっと無理はあるかな……。あ、そう言えば、殺された4人の中にいた《薄塩たらこ》とは前の大会の商品で何を貰うかで少し話したことがあるわ」
「大会の順位に応じて貰える賞品を選べるやつか。商品は銃、防具、街で売られてない髪染め、服といった外見が目立つだけで高性能じゃないゲーム内のアイテム、あとは銃のモデルガンもあったな。確か現実の商品の場合、国際郵便で送られて来るんだよな。まあ、そのためにはBoB予選にエントリーした時に現実の住所氏名を打ち込まないといけないが……」
「ええ。私は前の大会ではあまりいい順位じゃなかったからモデルガンにしたわ。確かダインがゲーム内でのアイテム、 薄塩たらこは私と同じくモデルガンにしたみたいよ。ゼクシードとガイはガチガチの効率主義だって聞いたから、外見だけのオシャレアイテムよりモデルガンを選んだと思うわ」
一通り2人から話を聞くとキリさんが話しかけてきた。
「リュウ、確かゼクシードと薄塩たらことガイの3人は、1人暮らしで住んでいるところは古いアパートだったよな?」
「そうでしたよ」
そう答えると、キリさんはぶつぶつと何か言いながら考え込む。
「繋がった!脳細胞がトップギアだぜ!」
いきなりどこかの警視庁特状課に所属する刑事みたいなことを口にするキリさん。
これには俺は驚き、カイトさんとシノンさんは「コイツ考えすぎて頭がおかしくなってしまったのか」というような顔をしてキリさんを見る。
「俺たちはとんでもない誤解をしてたんだよ」
「誤解って何ですか?」
「俺たちは
確かにキリさんの推測通り、この方法なら納得がいく。
ラフコフの生き残りは今GGOにダイブしている3人以外にもいる。それまでの犯行も
カイトさんも俺と同じく納得した顔をしていたが、シノンさんは納得がいかない様子だった。
「なら、どうやってプレイヤーのリアル情報を手に入れるの?何処の誰かもわからないのに」
カイトさんはシノンさんに説明する。
「総督府で大会にエントリーするときに自分のリアル情報を任意で打ち込むだろ。その時に、双眼鏡やスコープを使えば離れていても見ることはできるはずだ。見つかればマナー違反で吊し上げされるが、あのメタマテリアル
「仮に現実世界の住所がわかったとしても忍び込むのに鍵はどうするの?家の人とかは?」
「前に殺された3人は家が古いアパートだったのなら、ドアの電子錠もセキュリティの甘い初期型だったはずだ。1人暮らしだから侵入しても気付かれる心配はない。そういった解除装置は裏で高額取引されているって俺の幼馴染から聞いたことがあるからな」
「じゃあ、死因は?心不全って言ったけど、警察とかお医者さんとかにもわからない手段で心臓を止めることなんて出来るの?」
「多分何かの薬品とかだろう。殺された3人は発見が遅れて身体の腐敗が進んでいたんだよ。だから注射の痕とかは発見できなかった」
「それに、ずっと飲まず食わずの状態でログインしっぱなしで、プレイヤーが心臓発作とかで亡くなる事件は少なくないんです。部屋も荒らされた気配はなく、金品も盗られていなかったから、自然死として処理されたんでしょう。念のために脳も調べたみたいですけど、薬品検査はしたって聞いてないですからね……」
これで奴らの殺害方法がある程度解けた。だが、1つ最悪な事態が起こっているかもしれないということも考えられた。
「ねえ、あの時……
そのことに俺たちはハッキリと答えることができなかった。
「嫌……いや!いやよ……そんなの!」
シノンさんは呼吸が出来なくなるくらい、恐怖に包まれている。マズイ、このままだと自動ログアウトしてしまう。
「シノン落ち着け!
「ど、どうして……どうして……私、殺されなきゃいけないの……?アイツに何か恨まれることをしたから……?強盗を撃ち殺したから……?」
シノンさんは子供のようにカイトさんにすがりつき、身体を震わせながら涙声で訴える。すると、カイトさんはそっとシノンさんを優しく抱きしめた。
「理由なんておそらくない。アイツらは自分の快楽のために人の命を簡単に奪う。俺の仲間もそうやって殺された。だから、お前を絶対に殺させない!」
「カイト……」
カイトさんの言葉を聞いたシノンさんは、少しずつだが落ち着きを取り戻していった。
だけど、俺とキリさんは気まずくなって黙り込んでしまう。
今のカイトさんとシノンさんを見ていると、リーファ/スグが俺に、俺がリーファ/スグに甘えているときのことを思い出してしまう。もしかして、シノンさんはカイトさんのことが……。
でも、カイトさん本人はシノンさんの想いに気付いてないだろう。ALOでも自分が女性プレイヤーにモテていることに気付いてないくらいだったからな。まあ、こればかりは本人たちの問題だから部外者の俺やキリさんが口出しするわけにはいかないよな。
「カイトさん。俺とキリさんはまたちょっと外の様子を見てくるので、シノンさんと一緒にいてあげて下さい。キリさん、いきますよ」
「あ、ああ……」
キリさんを連れて洞窟の入り口付近に行く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リュウがキリトを連れて行き、今はここには俺とシノンしかいない。シノンは未だに俺に抱きついたままだ。俺はシノンを落ち着かせようと彼女の頭を優しく撫でていた。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう。だけど、もう少しこのままでいていい?」
「ああ」
今俺がシノンに出来るのはこれくらいしかないからな。だけど、シノンはさっき好きな奴がいると言っていたのを思い出す。
「そういえば俺に抱きついたりなんかしていいのか…?お前には好きな奴がいるんだろ?」
「…いいのよ、これで……」
気のせいかシノンの頬が少し赤い感じがした。何故なんだと考えていると、上空に浮かぶ見覚えのある奇妙な水色の同心円を見つける。実体ではなく、ゲーム的な単色発光オブジェクト。
「普段は戦闘中のプレイヤーしか追わないんだけど、残り人数が少なくなってきたからこんなところまで来たのね」
「そうみたいだな……」
特に慌てることもなく冷静でいる俺とシノン。
だが、ライブ中継カメラがここまでやって来たということは、シノンが俺に抱きついたり、俺がシノンの頭を撫でているシーンが映されてしまっただろう。
GGOの男性プレイヤーたちは、間違いなく俺のことを敵意をむき出しにして見ているだろう。それに、ザック/響がALOで皆と大会のライブ中継を見るって言っていたな。大会の後でザックとリズからからかわれて、クラインからは裏切り者とか言われる光景を思い浮かべてしまう。事件を無事に解決できても、この後待ち受けていることを考えていたら頭が痛くなってきたな…。
「どうしたの?…もしかして、この映像を見られると困る人でもいるの?」
俺が頭を悩ませていると、シノンがさっきとはどこか違う感じの不安そうな目をしながら聞いてきた。
「そうだな。見られたら困るというより見られたら鬱陶しくてウザいだろうなという奴なら何人かいる」
「ふふ、何よそれ…」
俺の答えにシノンが笑った。少しはリラックスして落ち着いてきたみたいだな。とりあえず今は死銃たちを倒すことに専念しよう。
「カイト、どうすればいいのか、教えて・・・」
落ち着いたシノンは、いつもの声でそう尋ねた。
「奴らを倒す。それしかない・・・デス・ガンさえ倒せば、奴らの殺しのルールは崩れる・・・侵入者も現実世界のお前には何もできないはずだ」
「でも、黒星抜きでも、あのボロマントは強いわ・・・奴は私のヘカートの弾を避けたのよ?」
・・・確かに、いくら予測線が見えていたとはいえ、対物ライフルの狙撃を避けたほどの奴の実力は確かだ。さらに、アビスとソニーもいる。・・・俺とキリトとリュウ、誰か一人でも負ければ、シノンの命はないだろう。
「それに多分、私もこのままここに隠れているわけにはいられない・・・そろそろ、私たちが砂漠の洞窟に隠れていることに、他のプレイヤーも気付いてる」
「・・・いつ奇襲を受けても、おかしくないってことか」
シノンの言葉に、外を見ると、もう既に日が沈み、戦場は夜になっていた。見張りをしていたキリトとリュウを呼び戻し、これからの事について話し合いを進める。
「・・・どうせ、ここまでチームを組んだんだもの。・・・4人で奴らを倒そう」
「・・・ああ、だがもしお前があの拳銃で撃たれそうになったら・・・」
「あんなの・・・所詮、旧式のシングルアクションだわ・・・仮に、撃たれそうになっても、あなた達が楽々叩き切ったり、弾いたりしてくれるでしょ?」
「・・・・・そうだな。そこまで信用してもらえてるのなら、やらせるわけにはいかないよな?キリト、リュウ?」
「ああ・・・決して、君を撃たせたりはしない・・・」
「絶対にシノンさんは殺させません!」
シノンの強気な言葉に、俺たちも思わず笑みがこぼれた。
「でも、それを実行するためには・・・シノンは、なおさらデス・ガンの前に姿を現さない方がいい」
「そんな・・・!?」
「シノン・・・お前はスナイパーなんだ。遠距離からの狙撃が真骨頂だろう?」
「・・・そりゃ、そうだけど」
「だから、作戦として、こういうのはどうだ?次のスキャンで、俺だけがわざと自分だけをマップに表示させる」
「・・・なるほどな。デス・ガンを誘き出すわけだな」
「ああ、奴はまず、遠くに身を潜めて、俺を狙撃しようとしてくるはずだ」「その射撃から、場所を割り出し、シノンさんに狙撃してもらうわけですね」
「そうだ・・・その間、キリトとリュウには・・・」
「アビスとソニーの相手だろう?・・・任せとけ!」
この作戦の懸念材料は、デス・ガンたちにより、俺が挟撃・・・あるいはシノンが襲われてしまうことだ。俺があの赤目のザザに集中できるように、リュウとキリトにはアビスとソニーを任せる。
2人の報告によると、7回目のサテライト・スキャンが行われ、今生き残っているのは俺たち4人とザザたちの3人、前回のBoBの準優勝者の《闇風》の8人だということが判明。生き残っているプレイヤーの中で映っていなかったのは、俺とシノンを除くと《スティーブン》だけ。サテライト・スキャンが行われた時には全大会でベスト5に入ったスカルもいたが、アビス/エイビスに倒されたらしい。幸いにもペイルライダーみたいに回線接続が切れてないから、無事で一安心した。
だが、俺たちがここにいる間に、この大会で2人目の
ただ、
このことは後にしておき、今は
「問題なのは前回の準優勝者だった闇風ね」
「《ランガンの鬼》と呼ばれている実質GGO日本サーバー最強のプレイヤーと言われている奴か。間違いなく、キリトとリュウを狙ってこっちに来るはずだ」
前回の優勝者のゼクシードはレア銃やレア防具の能力で闇風に勝っていた。だが、闇風の方がプレイヤーとしての実力では奴を上回っていると言っても過言じゃない。
3人と話し合い、作戦を立てた。
「作戦を整理するぞ。俺が闇風を食い止め、その隙にシノンが闇風を狙撃、そして
「はい。アビスは俺が決着をつけないといけない相手でしたからちょうどよかったです」
「俺もそんなところだ。こっちは俺たちに任せてくれ」
リュウとキリトはそう言い残して、それぞれ《ビートチェイサー2000》と《トライチェイサー2000》に乗る。だが、キリトが乗った瞬間、何かに気が付き声を上げた。
「あれ?どうして右側のハンドルが無くなっているんだ?」
よく見てみると トライチェイサーの右側のハンドルが無くなっていた。俺はどうして無くなっているのか分かっていたため、キリトに説明しようとしたところ、俺より先にリュウが説明し始める。
「ビートチェイサーとトライチェイサーの右側のハンドル部分は、警棒にもなる起動キーになっているんです。あのままにしておくと他のプレイヤーに持っていかれるかもしれなかったから、俺が抜いておいたんですよ」
リュウはそう言って起動キーとなる右側のハンドルをキリトに投げ渡す。キリトは危うい手つきで受け取ってトライチェイサーにセットする。すると、バイクにエンジンがかかり、2つの青いヘッドライトが光る。
「おおっ!動いた!リュウ、よくこんなこと知っていたな」
「前もって調べておいたんです。キリさんもちゃんと下調べくらいはして下さいよ。いつも言っているじゃないですか」
リュウはキリトに文句を言いながらビートチェイサーにエンジンをかけて、2つのヘッドライトを照らし、俺の方を見る。
「カイトさん、あまり無茶はしないで下さい。俺とキリさんは安全な場所からログインしてますけど、カイトさんは違うんですから」
「フッ、知らないのか?俺は死なない」
俺の答えにリュウから笑みが零れ、それを見ていたキリトとシノンも笑みを浮かべる。そして最後に4人で拳をぶつける。
バイクを走らせてこの場から離れていくリュウとキリトを見送った後、俺とシノンも各自の持ち場へと走り出した。
ここ最近、コロナウイルスが流行ってて大変ですよね。この前、YouTubeで公式サイトが公開していたフォーゼのプロム回で流れた仮面ライダーガールズの「咲いて」が、応援ソングのようにも思えました。
今回の話を執筆している時、何度も「カイトさん、シノンの想いに気づいてあげて!」と思ってしまいました(笑)。でも、カイトさんはモテる反面、暗殺教室の烏丸先生に負けないくらい超鈍感だという設定もあるんですよね(笑)。2人の恋の行方はどうなるのか?
旧版の時もでしたが、推理シーンがメインの回は書くのが結構難しいですね。セリフが思ったよりなってしまったなというところがあり、ちゃんと書けているかなという不安があります。
次回は決戦と行きたいところですが、一旦リーファたちの話とさせて頂きます。次回もよろしくお願いします。
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第15話 3人の元へ
カイト「
キリト「どうよ?俺の名・推・理!凄いでしょ、最高でしょ、天才でしょー!?」
カイト「あまり調子に乗るな。ところでリュウは何処に行ったんだ?今日はお前とあらすじ紹介するはずだったろ?」
キリト「リュウなら、作者にクローズの変身アイテムや武器を渡されて何処かに連れて行かれたよ」
カイト「何か色々と問題になりそうだな……」
キリト「まあ、ここなら何でもアリだから大丈夫だろ。ってことで、GGO編第15話に行きたいと思います、どうぞ」
アスナさんが一度ログアウトして再びALOに戻ってきてから数分しか経ってないのに、その時間は何倍にも長く感じる。
「アスナもリーファもちょっと落ち着きなよ……って言っても、無駄だよね……」
ソファーの隣に座るリズさんがそう声をかけてくる。
「うん。ごめんね。でも やっぱり嫌な予感がするのよ……。キリト君たちが私たちに《ラフィン・コフィン》のことを何も言わなかったから……」
「あたしも一緒です……。ただの因縁とかだけじゃなくて、何か大変なことが起こっている……そんな気がするんです……」
あたしは皆と違ってSAOにいなかったけど、皆から何度かSAOでの出来事を聞いていたため、ある程度のことは知っていた。
でも、殺人ギルドのラフィン・コフィン……ラフコフに関することは今初めて知った。アスナさんたちが教えてくれた内容はどれも衝撃的で、胸が締め付けられるものだった。
中でも一番の衝撃を受けたのは、ファーランさんとミラちゃんの死の真相だった。間接的とはいえ、2人を死に追いやったアビスというプレイヤーのことが許せなかった。2人が死ななかったら、リュウ君が苦しむことはなかったというのに……。
あたしとアスナさんは胸の奥でどこまでもふくれあがろうとする不安感と戦いながら、ザックさんとアスナさんが呼び出した
誰も喋らずライブ中継から出ている音しか聞こえない中、ザックさんが戻ってきた。リズさんが真っ先に彼に話しかけた。
「ザック、どうだった?」
「ダメだった……。親父の携帯に連絡しても出なかったから、職場の方に連絡してみたら今は事件の捜査に出ているみたいなんだよ……」
「そう…よりにもよってこんな時に……」
ザックさんのお父さんがダメとなると、やっぱり
その時、入り口のドアがノックされ、ドアが開いた。
「もう遅ーい!」
部屋の中に入ってきた人物に言い放ったリズさんが一言は、この場にいる全員の内心を代弁してくれたものだった。
「こ、これでもセーブポイントから特急で飛んで来たんだよ、ALOに速度制限があったら免停確実だよ」
とぼけたセリフを発したのは、ひょろりとした長身を簡素なローブで包み、マリンブルーの長髪を片分け、銀縁の丸眼鏡をかけているアスナさんと同じウンディーネの魔法使いの男性だ。名前は《クリスハイト》。これまで何度か共に戦ってきたことがあるため、ある程度面識はあった。
本名は菊岡誠二郎で、あまり知らないがリアルではネットワーク関係を調べている公務員らしい。
クリスハイト……クリスさんが後ろ手にドアを閉めると、アスナさんが威圧感を出してすぐに問い詰める。
「何が起きているの?」
「えっと、何から何まで説明すると、ちょっと時間が掛かるかもしれないなぁ。それにそもそも、どこから始めていいものか……」
「誤魔化すつもりですかっ!」
誤魔化そうとするクリスさんに迫ってあたしも問い詰めようとする。クリスさんがあたしたちの気迫に押されていると、テーブルのグラスの陰からユイちゃんが現れる。
「なら、その役はわたしが代わります」
ユイちゃんはいつもの普段の愛くるしい表情とは違い、今は厳しい顔を浮かべていた。
ユイちゃんはあたしたちに今GGOで起きていることを話してくれた。
それは、ゲームの中で
ユイちゃんは一通り説明を終えると疲れたのか、グラスに寄りかかる。アスナさんはユイちゃんを掌に包み込み、「ありがとう」と囁きかけた。
「これはまったく驚いたなぁ。この短時間でそれだけの情報を集め、その結論を引き出したのかぁ。どうだい、ラー……いや、《仮想課》でバイトしてみないかい?」
とぼけたことを言うクリスさんをあたしとアスナさんは睨みつける。するとクリスさんは両手をさっと持ち上げ、降参するようなポーズを取る。
「いや、済まない。この期に及んで誤魔化す気はないんだ。おチビさんの言うことは全て…事実だよ」
「おい、クリスの旦那よ。あんたがキリトとリュウのバイトの依頼主なんだってな?ってことはテメェ、その殺人事件のこと知っててキリトとリュウをあのゲームにコンバートさせたのか!?」
バーカウンターから飛び降りて詰め寄ろうとするクラインさんを、クリスさんは右手の軽い動きで押しとどめた。
「ちょっと待った、クライン氏。
「ン....だと......?」
「クリスさん、殺人事件じゃないってどういうことですか?ユイちゃんの話だと、既にその
クラインさんの隣の席に座っていたオトヤ君も立ち上がり、クリスさんに問いかける。
「オトヤ君も冷静になって考えてみたまえよ。アミュスフィアは、ナーヴギアのセキュリティ強化版。どんな手段を用いようとも脳に一切傷を付けられない。ましてや、機械と直接リンクしていない心臓を止めるなんて不可能だ。僕は2人と先週リアルでたっぷり議論し、最終的にそう結論付けたんだよ」
クラインさんとオトヤ君がしぶしぶ納得すると、今度はあたしがクリスさんに問いかけながら詰め寄る。
「クリスさん。なら、あなたはどうして、お兄ちゃんとリュウ君にGGOに行くように頼んだんですか?あなたも感じてた……いえ、今も感じているんですよね?あの
黙ったクリスさんに、アスナさんはあることを言った。
「クリスさん。
クリスさんもこれには本当に驚いた反応を見せる。
「っ!?本当かい?それは」
「ええ。私とクラインさんとザック君は、《ラフコフ討伐戦》に参加したから。
アスナさんに続くようにザックさんも話に加わる。
「殺害方法はまだわからないが、奴らの名前は《アビス》、《ザザ》、《ソニー》だっていうことはわかった。あとはアンタが親父……警察を動かしてくれたら今すぐに解決できるだろ?」
クリスさんが何も言えずに黙り込んでいると、リズさんが話に入ってきた。
「ねえ……アスナ、ザック。クリスハイトって、SAOのこと知っているの?確か、リアルではリアルでは何かネットワーク関連の仕事してる公務員さんで、VRMMOの研究がてらALOやってるって話だったけど......」
「その通りなんだが、昔は別の仕事をしていたんだよ。僕は、総務省の《SAO事件対策チーム》一員だったんだ。……と言っても、対策らしい対策なんて何もできない、名ばかりの組織だったんだが……」
自嘲的になっているクリスさんに、アスナさんが言った。
「それでも、あなたなら今すぐに
「確かに可能だよ。でも、明確な証拠が上がっていないから、今すぐにっていうのは難しいんだよ……」
解決手段はあるっていうのに、それを今すぐ実行できないなんて……。
「お兄ちゃんとリュウ君は、自分たちで何とかするしかないって思って、今あの戦場にいるんだと思います。きっと、カイトさんも……」
皆が黙り込んでいる中、あたしはそう呟いた。そして震える両手を体の前で握り合わせ抑え込みながら続ける。
「夕べ帰ってきた時、お兄ちゃん、凄く怖い顔してました。リュウ君も今日昼間に会った時、何かすごく思い詰めていた感じだったんです。多分、昨日の予選の時点で気付いたんだと思います。GGOにラフィン・コフィンに入ってた人達がいること、その人たちが本当に人を殺していることを……」
あたしもリュウ君とお兄ちゃんの様子がおかしいことに薄々と気付いていた。昼間にリュウ君に会った時、リュウ君はどこか不安そうな顔をしていた。理由は知らなかったけど、2人を引き止めようと思えば引き止めることはできたはずだ。
不安が抑えきれなくなる中、ザックさんが声を震わせながら話し始めた。
「様子がおかしかったのは、カイト……隼人もだ。今日会った時のアイツ、《ラフコフ討伐戦》に参加した時と同じ顔をしていた……。きっと気のせいだと思っていたけど、まさか本当にそうだったなんて……。何で……気づいてやれなかったんだよ……」
身体を震わせて俯くザックさん。目から涙が零れ落ちていた。
「ザック……」
リズさんは慰めようとザックさんの左肩に手を置く。
「カイトって……もしかしてカイト君も……」
まともに話せる状態でないザックさんに代わって、シリカちゃんがクリスさんに説明する。
「実はカイトさんも今回のこと知っていたみたいなんです。GGOでキリトさんとリュウさんに会ったらしいですから、多分2人から聞いて……」
「バッカ野郎がぁ!水クセェんだよ!一言言ってくりゃ、どこだろうとオレもコンバートしたのによ!」
クラインさんが叫びながら左手で力任せにカウンターへと叩きつけた。
「でも、キリトさんとリュウさんとカイトさんなら言わないと思います……」
シリカちゃんは泣き笑いのような顔でピナを抱きしめながらそう呟く。それを聞いたオトヤ君は微笑みながら頷いた。
「そうだね、3人ともそういう人たちだよね……。少しでも危険があると思ったなら、僕たちを巻き込もうとするわけもない。そういう人たちだから……」
壁の大スクリーンには、いくつもの映像が映し出されている。でも、あたしたちはリュウ君とお兄ちゃんのGGOでのアバターの外見を知らない。ザックさんの話だと、カイトさんは現実世界やALOとあまり変わりないらしい。だけど、映し出される映像には彼の姿はない。そしてあのボロマントたちもだ。
大スクリーンの左端にあるプレイヤーリストには、リュウ君たちの名前がある。他の出場者たちが【DEAD】ステータスになる中、3人ともまだ【ALIVE】のままだ。きっとどこかで
アスナさんがクリスさんに訊ねた。
「クリスハイト、あなたは知ってるはずよね?キリト君とリュウ君がどこからダイブしているのか」
「あー……それは、まあ……。と言うか、その場所は僕が用意したんだ。セキュリティは鉄板、モニタリングも盤石だよ。すぐそばには何か起こった時に最適な人がいるから、キリト君たちの現実の体に危険がないのは責任もって安全は保証するよ」
「それで場所は何処ですか?」
更にあたしもクリスさんに訊ねる。
「流石にそれはちょっと……」
クリスさんはあたしたちから目を逸らして口ごもった。またしても誤魔化そうとしているのを察し、ハサミと包帯を用意してクリスさんの元に行く。
「ねえ、クリスさん。リュウ君が何処にいるか教えてくれないと……刻みますよ?」
何処かのネットアイドルみたいに黒い笑みを浮かべ、ハサミを数回開閉させながらそう言い放ち、最後にハサミで包帯を切った。直後、何処からか『ヤベーイ!』と謎の音声が聞こえてきた。
クリスさんは顔を一気に青ざめ、声を震わせながら話し出した。
「えっと……ち、千代田区の……お茶の水の……病院です……」
「千代田区の都立中央病院?そこってキリト君がリハビリで入院してたっていう!?」
「は、はい……」
あたしへの恐怖のあまり、アスナさんに対しても敬語で話すクリスさん。
「そこなら今あたしたちがダイブしているところからタクシーを使えばすぐに行けます!アスナさん行きましょう!現実世界のリュウ君とお兄ちゃんがいるところに!」
「うん!」
「カイトは家からダイブしているはずだ。オレはカイトの家に行く!」
「ザックまで行くのっ!?」
「ああ。家にはアイツの姉さんと妹がいるが、念のためにな。リズたちはここでカイトたちのことを見ててくれ!」
「わかったわ。3人とも気を付けてね」
あたしとアスナさんとザックさんは頷く。そして、あたしたちはログアウトした。
ログアウトすると、ダイブしたエギルさんが現実世界で経営している喫茶店兼酒場《ダイシー・カフェ》の二階の部屋の天井が視界に映り込む。すぐに携帯でタクシーを呼び、荷物をまとめて部屋から出る。
一階に下りるとエギルさんに呼び止められた。
「どうしたんだよ、そんなに慌ててよ。もしかして試合が終わってキリトとリュウのところに行くのか?」
「そんなところです!」
「今日はありがとうございました!じゃあ、私たちはこれで!」
あたしとアスナさんはそう言い残して《ダイシー・カフェ》を後にして、さっき呼んだタクシーに乗って、千代田区のお茶の水の都立中央病院へと向かう。
――リュウ君、お兄ちゃん、待ってて!あたしたちもすぐにそっちに行くから!
3カ月ぶりにリーファ達の出番となりました。本当ならもっと早くにこの話をやりたかったのですが、まさかこんなに時間がかかってしまうなんて……。
そして久しぶりにリーファの鉄板ネタとなっている美空の「刻むよ」が登場しました。今回は7つのベストマッチの時にやったやつにしました。これでまだやってないのは、プライムローグの「ピーマン、山ほど刻むよ」だけになりましたね。でも、リーファの「刻むよ」は私の予想に反して好評なので、これからもやっていきたいと思います(笑)
この前、アリシゼーション編最終章の新PVが公開されましたよね!放送まであと1か月切って、益々待ちきれなくなってきました!
だけど、リーファのあのシーンが少し流れた時は、クローズマグマやクローズエボルに奴をボコボコにしてもらいたいと思うほど、ブチギレそうになりました。最近、本作では原作以上に奴を叩き潰してくれるのを期待しているというコメントをいくつも頂いてますし、私もそのつもりでいます。
SAOとあまり関係ないですが、FGOで復刻版のアポクリファのコラボイベントが開催されてテンションが上がりました!やっとうちのカルデアにジーク君を呼ぶことができる!余談ですが、最近ジーク君を見るとリュウ君と重なって見えてしまうことが多いんですよね(笑)。
GGO編もいよいよ大詰めとなってきました。次回もよろしくお願いします。
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番外編2 ポニーテールとロング
この数か月間、忙しいかったことに加え、スランプに陥ったりして投稿が遅れてしまいました。申し訳ないです!
早速本編と行きたいところですが、今回はリハビリで番外編……リュウ君とリーファのイチャイチャ回とさせていただきます。早くカイトとシノンのイチャイチャシーンも書きたいですね。
ところでリュウ君、その血が付いたビートクローザーは何なんですか(汗)
「リュウ君、次は防具屋に行かない?機能的でオシャレな防具を置いているオススメのお店があるんだけど、そろそろ新作が店に並ぶ時期だから何かいいのないかなって見てみたくて」
「ああ、いいよ」
俺とリーファが今いるのは、アルヴヘイムの南西に位置するシルフ領の首都スイルベーン。見てわかる人も多いと思うが、俺たちはここで今デートの真っ最中である。
買い物をしたり、何かを見たり、美味しいものを食べたりと普通のデートだが、こうして最愛の人と過ごす時間はいつまでも続いて欲しいと思うほど幸福な時間だ。
そんな思いを抱きながらリーファに案内されてスイルベーンにある防具屋へと来た。
「ねえねえ、リュウ君。このスカートどうかな?」
店内に入るなり、リーファが真っ先に俺に見せてきたのは今の彼女が着ている服と同じ緑色のミニスカートだ。色合いもシルフであるリーファには間違いなく似合うと思う。だけど、それにはある問題もあった。
「これってリーファが着るんだよな?」
「そうだよ。そのために君に見てもらっているんだよ」
「似合うと思うけど、リーファってよく空を飛ぶだろ?だから俺としてはミニスカートはちょっと心配なんだよな……」
「うっ、言われてみればそうだよね……」
俺の指摘にリーファは頬を少し赤く染める。
「でも、別に戦闘の時じゃなくて、リュウ君と街中でデートする時専用の服にしてもいいんじゃないかな?」
「なるほど、そういう方法もあるか」
「そういうこと。…………まあでも、リュウ君にだったら見られてもいいけど……」
最後の方は何か小声で言っていてよく聞き取ることができなかった。
「なあ、何か言ったか?」
「ううん!何でもない!何でもない!それよりも試しに試着してみるよ!」
リーファは慌てた様子でミニスカートに加え、いくつかの衣類を手に取り、試着室に入った。俺は何かあったのかと思いながらも試着室の前で待つことにした。
数分後、カーテン越しにリーファの声が聞こえてきた。
「リュウくーん!着替え終わったよ!」
そしてカーテンが開かれて、中からリーファが出てきた。
今のリーファの恰好は、緑と白をベースとしたジャケットに緑のミニスカートと全体的にいつもの彼女の恰好に近いものだ。でも、いつもと違う雰囲気があってとても似合っていた。
「どうかな?なんか全体的にいつもと変わりないものになっちゃったけど……」
「そんなことないよ。ミニスカート姿もリーファも似合っているよ」
「ホント?だったらコレ買おうかな。あーでも、せっかくだから他のも着てみるよ」
そう言ってリーファはカーテンを閉めて試着室へと入り、今度は女侍をイメージした赤と紫の和服姿で出てきた。しかも両手には作り物の刀が握られている。
「応とも!任せて!」
しかも完全に役になり切っている様子だった。
「どう?なんか二刀流使いの女侍をイメージしたっていう衣装なんだけど……変かな?」
「いや、リーファ……スグって剣道少女だから違和感があるどころか全くないよ。いかにも女侍って感じがしてさ」
俺に褒められてすっかりデレデレになってしまったリーファ。
「ホント?よーし。この調子でどんどん行くよ!」
俺に褒められたのが嬉しかったのか、リーファはすっかり熱が入ってしまい、そのまま彼女のファッションショーになってしまった。
頭に赤いターバンを着用し、白色を基調とした軍服に赤いマントを羽織い、レプリカのサーベルと小銃を手にした女将軍のようなものから、白い和服に新選組の羽織を着た女剣士など様々な恰好をして俺に見せてきた。
ファッションショーは30分ほど続き、その間に披露してきたリーファの姿はどれも似合っていた。
「ふー。なんかあたしだけが楽しんじゃったね」
「そんなことないよ。俺もリーファの色々な姿を見ることができたからな」
リーファは俺の言葉に頬を赤く染めてデレデレする。
「もうリュウ君ったら。ねぇ、せっかくだからリュウ君の服も見てあげるよ」
「俺は別にいいよ」
「リュウ君って、いつも青系のフード付きマントを羽織ってて服の色も全体的にクローズカラーって感じじゃん」
「何なんだよ、クローズカラーって……」
「お兄ちゃんが言っていたんだけど、ALOのリュウ君って全体的に青いドラゴンがモチーフの変身ヒーローみたいなカラーリングだからって……」
「何故か知らないけど、しっくりくるな。まあでも、俺ってこの恰好以外にもエスニック風の服とか持っているだろ?」
「でも、いつもと違う服を楽しんでみるのも悪くないよ。これなんてリュウ君に似合うんじゃないかな?」
そう言ってリーファが持ってきたのは、全体的に白がメインカラーとなっている騎士風の衣装だった。
「この服、フランクの王様をイメージしたものらしいよ。なんか一目見た時からリュウ君に似合いそうだなって思ったんだ」
「リーファがそこまで言うなら試しに着てみようか」
「じゃあ、1つ目はこれに決まりだね。あとはこれだね」
そう言って見せてきた2つ目の衣装は、白いシャツ、黒いベストにズボンといった執事やホストに見えるものだった。
「なあ、リーファ。これって完全に執事かホストの衣装じゃないか?」
「えー、別にいいじゃん。リュウ君なら絶対似合うよ。それに、リュウ君が執事ならあたし喜んで雇うし、ホストだったら毎回指名しちゃうよ!…もしリュウ君が執事やホストだったら…あんな事やこんな事してもらったりして…えへへ…」
リーファはデレデレし、完全に自分の世界に入ってしまう。最後の方に何か小声で呟いていたが、よく聞き取れなかった。
「おーい、リーファ。そろそろ自分の世界から戻ってきてくれないか?」
自分の世界に入っていたリーファを引き戻し、リーファが持ってきたくれた衣装へと着替える。着替えるとリーファは、「リュウ君ヤバイ!すごくカッコいいよ!」とテンションがものすごく上がっている状態だった。
それから今度は俺のファッションショーとなってしまい、俺以上にリーファの方が盛り上がっていたのだった。
防具屋を後にした俺たちは、スイルベーンの外れにある広場のベンチに腰掛けて休んでいた。
「ふー。結局一番最初に着たのを買っちゃったよ。他のもよかったけど、無駄遣いはあまりよくないからね。リュウ君は何も買わなかったけどよかったの?もしかして、あたしが選んだもの気に入らなかった?」
「いや、そんなんじゃないよ。別に今急いで買う必要じゃないかなって……。それに、俺はこの方が落ち着くっていうか……」
「まあ、あたしもリュウ君の青いフード付きマント姿も好きだからいいけど」
リーファにそう言われて少々照れてしまう。
「ねえ、次は何か美味しいものでも食べに行かない?今スイルベーンで話題になっているスイーツがあるんだ」
「話題のスイーツか。なんだか楽しみだな」
「決まりだね。じゃあ早速…………キャッ!」
移動しようと立ち上がろうとした瞬間、俺たちがいる広場に強い風が吹いた。
「うわっ。すごい風だったな……」
「スイルベーンってたまに今みたいに強い風が突然吹くことがあるの」
「風妖精の街らしいな」
「ふふふ、そうだね。あ、ごめんリュウ君。ちょっと先に行ってて」
「ん?どうしたの?」
「強い風だったからリボンを直そうかなって……」
「ゲームの中だからリアルみたいにその心配はないと思うけど……」
「こういうのは気分の問題なの」
「そういうものなのか」
夏に2人で海に行ったときにも、リーファは俺に「日焼け止め塗ってと欲しい」とお願いしてきたけど、女心ってなんだか複雑だな。
「まあ、そのぐらい待つよ。急いでるわけじゃないんだし」
「ありがと。じゃあちょっと待ってて。すぐに直しちゃうね」
そう言って髪を結んでいたリボンを外すリーファ。すると、ポニーテールは解かれて金色の綺麗な髪が風でなびいた。
リーファの髪を下ろした姿はこれまでに何度も見たことがあるが、俺は思わず見とれてしまう。
「どうしたの?」
「いや、リーファの髪を下ろした姿はやっぱりいいなって。もちろんいつものポニーテール姿もだけど」
俺の言葉に、リーファは頬を赤く染めてデレデレする。
「もうリュウ君ったら。そんなこと言われると嬉しくなっちゃうじゃん」
そう口にしながら髪を元に戻そうとする。
「あれ?結局戻しちゃうのか?別にこのままでもいいのに」
「リュウ君がそう言うなら、今日はこのままでいるよ」
これを聞いて俺は内心でガッツポーズしてしまう。
「そういえば、リュウ君は髪の毛長いほうが好きだったりするの?」
「うーん。そうだな……。どっちが特別好きってわけじゃないけど……」
「そっか。うーん……、リアルでも髪伸ばそうかな……」
「リーファ……というかスグはそのままでいいと思うよ。スグの今のボブカット姿も十分似合っているし」
またしてもデレデレするリーファ。
「そ、そう?それじゃ、無理に伸ばしたりしないでそのままでいようかな……。もう、リュウ君ったらいつもさらっとそういうことを言うんだから……。これだから余計に君のことが好きになっちゃうんだよ……」
「ん?どうした?」
「なんでもない。ね。リュウ君、キスしてよ」
「ぶふっ!」
突然のリーファの発言に思わず吹き出してしまう。
「いきなり何言うんだよっ!」
「えー?あたし達付き合っているんだからキスするなんて別におかしくないでしょ。それに、リュウ君だってあたしに髪下ろしたままでいてってお願いしてきたんだから、あたしのお願いも聞いてもいいじゃん」
こう言われると反論もできないな。まあ、ALOでキスするときは俺よりもリーファの方からキスしてくることが多いから、今回は要望通り俺からするか。
両手で自分の頬を数回軽くパンパン叩き、覚悟を決めたところでリーファと向き合った。リーファの翠玉のような瞳は、ジッと俺の方を見ていて今すぐに来て欲しいと待ちわびているようだった。
逆に俺は心臓の鼓動が一段と早くなる一方だった。それでも目を閉じてゆっくりとリーファの顔に近づけていく。そして俺たちの距離が0になった瞬間、俺達の唇が重なった。
10秒ほどで唇を離し、目を開ける。すると、目の前には顔を真っ赤にしているリーファがいた。恐らく俺も彼女と同様に顔を真っ赤にしているだろう。
リーファは俺と目が合うと恥ずかしくなったのか、顔を逸らして俺の手を掴んで立ち上がった。
「リュウ君、早くいかないと話題スイーツがなくなっちゃうよ!」
「あ、おい!そんなに強く引っ張るなってっ!」
今回の話はホロウフラグメントでもあったリーファが髪を下ろすイベントを元にしました。本作でも初デートの時に既に披露しましたが。
いきなり話変わりますが、ついに昨日からアリシゼーション編最終章のアニメが始まりましたね。一言で表すと最初から最後まで最高だっていうくらいのものでした!
中でもリーファのところが一番よかったです。本作でもリュウ君が一瞬だけ怪人へと変貌してしまったところを見た後でも彼を守ろうとしてましたし、彼女のそういうところにリュウ君も惹かれたのではないのかと思いました。
ただ、ディーアイエルに関しては本当に殺意を抱きました。本作ではリュウ君に制裁してもらう予定です。もう遠慮なんていらないです。
ちなみに、昨日の放送終了後に奴への処刑シーンをTwitterの方で一部公開したので、こちらにも載せておきます。
リュウは勢いよく地面を蹴り、高くジャンプ。そして龍の頭部を形作った蒼炎を身体に纏わせ、ディーに一気に強烈な突きを放つ。同時に爆炎を引き起こした。
「ぎゃあああああああっ!!」
ディーは絶叫を上げながら、後方へと吹っ飛ばされて地面に転がる。なんとか身体を起こすも、この時点で全身がボロボロとなり、最初に見せていた余裕はすっかりなくなっていた。
一方で、リュウが左手に持つ剣の刃からは蒼炎が溢れ出ており、勢いがおさまるどころか増していく。
「もう誰にも、止められねぇえええっ!!」
ディーへの怒りと殺意がこもった叫びを上げ、ディーに目掛けて勢いよく地面を蹴る。
こんな感じで奴は原作以上に叩き潰すつもりです。ちなみに、この時点で総ダメージの半分といったところです。あとは処刑用BGMとしてJ-CROWN&Taku from 1 FINGERさんの「Burning My Soul」を用意するといいかもしれないです。
長文失礼しました。次回は本編に戻りたいと思います!
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第16話 激闘
ユイ「ママとリーファさんは、クリスハイトさんにパパとリュウさんの居場所を聞き出して2人の元に、そしてザックさんもカイトさんの元に向かうのでした」
アスナ「なんか前回の話から時間が大分経った気がするんだけど、気のせいかな?」
リーファ「あたしもなんかそんな気がするんですよね」
ユイ「いえ、気のせいではありませんよ、ママ、リーファさん。作中ではあまり時間が経っていないのですが、読者の方々からすれば既に4カ月近くの時間が経過したようですよ」
アスナ「ありがとうユイちゃん。でも、わたし達がそのことにあまり触れてはいけないような気が……」
ユイ「細かいことは気にしちゃダメですよ。ここではメタ発言もOKな場所なんですから」
アスナ、リーファ(既にヤバいとしか言えないような……)
ユイ「では、GGO編第16話どうぞ!」
太陽が完全に沈み、夕焼けの空から夜空へと変わっていた。その下に広がる砂漠の中を、俺とキリさんはバイクで駆け抜けていた。
最中、俺は洞窟の外でキリさんと2人で見張りをしていた時のことを思い出していた。
「キリさん、実は俺……大会が始まる前にALOに再コンバートして逃げ出したいって思ったんです。一緒にGGOに行ったキリさん、安全の保障がないのに協力してくれるカイトさん、死銃たちに命を狙われているシノンさんを見捨てて……。自分だけ助かろうとしてたんです……」
俺は地面に視線を落とし、少し間を空けてから再び口を開いた。
「誰かのために手を伸ばすって言っておきながら情けないですよね、俺……。青龍の剣士なんて皆が思っているような強いプレイヤーじゃないみたいですね……」
自虐している内に、余計に落ち込んでしまう。すると、キリさんが声をかけてきた。
「そんなことないぞ。怖いとか逃げ出したいって思ったのは俺も一緒だ。俺なんかSAOで殺した3人のプレイヤーのことを忘れようとしていたくらいだしな……」
「キリさん……」
「青龍の剣士は悪魔の力でも誰かを守ったり助けるために使える。黒の剣士にはないそんな強い力を持っているだろ」
キリさんの言う通りだ。 青龍の剣士はそんな奴だったよな。
「ありがとうございます、キリさん。俺はもう大丈夫です」
彼を安心させようと笑みを浮かべる。
「いつもみたいにいい顔になったな。俺が本当に女だったらお前に惚れていたかもな」
普段通り軽い冗談で言っているみたいだが、俺にはとてもそうには見えなかった。
「あの、今の姿でそんなこと言うの止めてくれませんか?なんかキリさんが本当にそっちの気があるんじゃないのかって思うんですけど……」
俺の言ったことに、キリさんは慌てた様子を見せる。
「ちょっ!俺はそんな気は一切ないから!今のも軽い冗談だから!!」
大会前に彼のせいでえらい目に合ったから、仕返しにもう少し彼をからかっておこうか。
そんなことを思い出し、気持ちを落ち着かせ、バイクのアクセルひねった。
一刻も早く奴らがいる場所に行こうと、瓦礫が散乱しているエリアを通り抜けようとする。普通のバイクは悪路地を超えるのは困難だ。だが、俺とキリさんが乗るビートチェイサーとトライチェイサーには問題ない。俺たちが乗るバイクは、トライアル用のバイクをベースとしているため、軽々と瓦礫などの障害物を乗り越え、急斜面を駆け上っていく。
更にバイクを走り続けていると、前方に2台のバイクが走っている姿を捉えた。
「来たな」
アビスとソニーは俺たちが来たのを確認すると、俺たちを挑発するかのようにスピードを上げて蛇行運転を繰り出してきた。
「逃がすかっ!」
俺たちもスピードを上げて距離を詰めようとする。だけど、奴らも更にスピードを上げて引き離そうとする。オマケに蛇行運転しているせいで迂闊に近づくこともできない。
それでも俺たちはこれ以上距離を離すわけにはいかないと一段とスピードを上げ、少しずつ距離を縮めていく。
あともう少しで追いつけるとなった途端、アビスは急にバイクのスピードを落として俺の後ろへと回った。そしてバイクの前輪を浮かせる技……ウィリー走行で攻撃を仕掛けてきた。
「しまった!」
俺はビートチェイサーを操って横に避ける。だが、アビスはバイクの前輪が地面に付いて体制を整えると、再びウィリー走行を繰り出してきた。
「くっ!」
なんとか攻撃を回避して奴の横に付こうとするが、今度は後輪を浮かせる技……ジャックナイフを繰り出して攻撃してきた。そして、俺はハンドルを横に切ってそれを攻撃をかわす。
「リュウ!」
キリさんが俺を助けようとトライチェイサーを走らせるが、行く手をソニーのバイクが阻む。
「邪魔はさせないぞ、黒の剣士」
「くそ!」
キリさんの助けに期待できない以上、アビスの相手は俺1人で何とかするしかない。
アビスのバイクと並走状態となった瞬間、左手をハンドルから離し、左腰のホルスターからイクサカリバーを抜き取る。
「これでも喰らえ!!」
トリガーを引き、アビスに目掛けて発砲する。
アビスはバイクを操ったり攻撃を全てかわすと、お返しにと言わんばかりに奴もハンドガンを取り出し、俺に発砲してきた。
1発の弾丸が俺の頬を掠め、残りの数発が数メートル先にあるドラム缶に命中。ガソリンが入っていたのかドラム缶は大きな爆炎を上げる。
俺たちはそんなことに気を止めることもなく、バイクを走らせながら銃の打ち合いをする。その後ろとキリさんとソニーが付いてくる。
お互いの銃弾がなくなった瞬間、俺は一気にアクセルを全開にしてアビスを引き離す。俺のビートチェイサーの方が速度を上回っていてアビスから距離を離してしていく。
奴との距離を数百メートルまで離したところでバイクの速度を徐々に落としていき、バイクをUターンさせてアビスに向かって走らせる。そして、イクサカリバーをガンモードからカリバーモードへと変え、すれ違いざまにアビスを斬りつける。更にその後ろを走るソニーも同様に斬りつけた。
「ぐおっ!」
「ぐわっ!」
アビスとソニーは転倒し、地面を転がる。同時に俺は急ブレーキをかけてバイクを停める。
先に起き上がったソニーがサブマシンガンを手に取り、銃口を俺に向ける。
「させるかぁぁぁぁっ!!」
キリさんがフォトンソードを手に取り、バイクから飛び降る。そして、ソニーのサブマシンガンを弾き飛ばす。
この拍子にソニーは殺害したプレイヤーをカウントするのに使用していた赤と黄色の玉が着いた算盤のようなものを落とす。拾おうと手を伸ばすが、俺はそれより先に右腰のホルスターからディエンドライバーを抜き取り、算盤へと発砲。算盤は真っ二つになって壊れた。
「貴様ら、俺のゲーム記録をよくも……」
顔は深く被った黒いニット帽と顔半分を隠すように覆っている白い布のせいでよく見えないが、声から怒っているのがわかる。
だけど、勝負の決着はもう着いたも当然だ。
「どうやら俺たちの勝ちみたいだな。ログアウトして、警察に自首した方がいいと思うぞ」
キリさんはアビスとソニーに言い放つ。すると、地面に倒れ込んでいたアビスがゆっくりと起き上がった。そして……。
「フハハハハハハ!!」
突然狂ったように笑い出すアビス。頭でも打っておかしくなってしまったのか?
「何がおかしいんだ?」
「いやぁ、ここまで俺を楽しませてくれるなんて流石は青龍の剣士と黒の剣士だなぁ。でも、まだ戦いは終わってないぞ」
何を言っているんだ、この男は。殺害方法もわかったし、菊岡さんに言えば本名や現在の住所だって明らかになるっていうのに。それに、ここにはアイツの得意な長剣だってない。もう追い詰められたも当然だというのに……。
すると、アビスはボロボロのポンチョの中から何か取り出す。大きさからして拳銃だろう。そう思った瞬間だった。
アビスはポンチョの中から取り出したものを右手に持ち、俺に一気に襲い掛かってきた。俺は咄嗟にイクサカリバーの刃で攻撃を受け止めた。この時初めてアビスが取り出したのは、拳銃じゃなくて短剣だということに気が付いた。
「デスゲームは1年前に終わったはずなのに前に戦った時より腕は上がっているみたいだな」
俺は奴の短剣を弾き、一旦距離を取った。
「言い忘れていたが、俺は長剣だけじゃなくて短剣の扱いも得意なんだよ。SAOでは短剣スキルも完全習得していたくらいだしな」
嘘だろ…!?アビスが短剣も使うなんて一度も見たことも聞いたこともないぞ!
「それともう1つ、特別サービスとして教えてやるよ。今俺が使っているのは《エタールエッジ》と言ってな、GGOに存在するナイフ系の武器でもトップクラスのものだ」
ただでさえアビスの実力だけでも厄介だというのに、そこにトップクラスの武器も加わるっていうのかよ。「最悪だ」と口に出したくなるくらいだった。
緊迫とした空気の中、武器を構えてアビスと向き合っていると、後ろの方からキリさんの絶叫がする。
「ぐわあああああっ!!」
後ろを振り向くと、地面に倒れているキリさんの姿があった。そして、ソニーが右手に武器を持って立っていた。
奴が持っているのは、俺のイクサカリバーやカイトさんの無双セイバーのように拳銃に水色の刃が付いた銃剣型の武器だ。
「キリさん!」
急いで彼の元に駆け付ける。
「大丈夫ですか!?」
「なんとかな。アイツの攻撃は防いだはずなのにどうして……」
「黒の剣士。ソニーが今持っているのは《ブレードガンナー》って言ってな、俺のエターナルエッジと同じくトップクラスの武器だ。お前のそのビームセイバーじゃ防ぐことはできないぞ」
ご丁寧に解説してきたアビスに俺もキリさんも腹を立てつつ、背中合わせになって武器を構える。
アイツらを追い詰めたと思ったら逆に俺たちが追い詰められるなんて……。これはヤバいぞ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
千代田区のお茶の水の都立中央病院に着いたあたしと明日奈さんは料金を払うと、タクシーから飛び降りる。
時刻は夜の10時近くだったため、入口にある自動ドアは電源が落ちていて、その脇にある夜間面会口の表示があるガラス戸を押し開け、面会受付カウンターに向かう。
「7025号室に面会の予約がある桐ヶ谷と結城です!」
そこにいる女性看護師さんに菊岡さんから聞いた部屋番号と自分たちの名前をいい、学生証を出す。菊岡さんからすでに連絡が入っていたようで、女性看護師さんはすぐに面会者パスのカードを渡してきた。
そしてリュウ君とお兄ちゃんがいる部屋に向かおうと、小走りでエレベーターを目指す。
エレベーターの手前にある駅の自動改札口に似たゲートに面会者パスのカードをかざし、ゲートが開くとすぐに上に行くボタンを押す。エレベーターの扉が開くと飛び込んで、リュウ君とお兄ちゃんがいる部屋がある階のボタンを押す。
「リュウ君、お兄ちゃん……」
「直葉ちゃん、2人は絶対に大丈夫だよ」
「明日奈さん……」
心配するあたしを明日奈さんが微笑んでそっと抱きしめてくれる。でも、明日奈さんも不安そうにしているがよくわかる。
『ママ、リーファさん、大丈夫ですよ。パパとリュウさんはどんな強い敵が来ても負けません。だって2人とも強いですから』
明日奈さんのケータイからユイちゃんの声がする。ユイちゃんの明るい声を聞き、あたしと明日奈さんは安心する。
その間にも目的の階に着き、あたしたちはエレベーターから降りる。
ユイちゃんのナビ通りに無人の廊下を走り、7025号室の部屋の前まで来る。そこにあるプレートに面会者パスのカードをかざし、ドアのロックが解除されるとドアを開ける。
部屋の中には2つのベッドがある。そのベッドには2人の少年が横たわっており、医療関係の機械と接続されたコードが幾つも枝分かれして彼らの剥き出しの胸に貼り付けられている。そして、2人の頭にはアミュスフィアがある。
近くには髪の毛を三つ編みにし、メガネをかけた1人の女性看護師さんがいた。
「桐ヶ谷君っ!橘君っ!」
ベッドに横たわっていたのはリュウ君とお兄ちゃんだった。でも2人とも息を切らして苦しそうにしていた。
「リュウ君っ!お兄ちゃんっ!」
「2人に何かあったんですかっ!?」
急いで看護師さんの元に行く。
「結城さんと桐ヶ谷君の妹さんね?お話は伺っています。2人共身体的に危険ということじゃないから大丈夫だわ。でも、急に心拍が上がって……」
VRMMOをプレイしている時に心拍が上昇することは異常ではない。恐ろしげなモンスターと戦えば、緊張し、脈が速くなることがある。だけど、リュウ君とお兄ちゃんはデスゲームとなったSAOで戦ってきたから普通のゲームでここまでなることはないと思う。こうなっているということは何か余程のことがあるに違いない。
『ママ、リーファさん、壁のパネルPCを見てください。回線をMMOストリームの回線に繋ぎます』
ユイちゃんの声がし、病室にあるモニターの方を見る。すると、電源が付き、ALO内で見ていた中継が映し出される。
それは、ALOで見た中継映像に映っていた黒いポンチョで身を隠しているプレイヤーと黒いニット帽を深く被っているプレイヤーが、2人のプレイヤーを挟み撃ちにして追い詰めているものだった。名前はそれぞれ《エイビス》、《Bean》と表示されていた。そして、 エイビスの手にはダガー、《Bean》の手には拳銃の上部に水色の刃が付いた武器が握られている。
追い詰められている2人の内1人は、紺色のフード付きを羽織った、やや癖がある長い黒髪をポニーテールにしている少年で、左手には拳銃の上部に赤い刃が付いた武器が、右手には水色と黒の拳銃が握られている。アバターの足元に小さなフォトンで《Ryuga》と表示されている。
「あれが……リュウ君……」
髪型がいつもと違う影響もあって、初めはリュウ君本人には見えなかったが、よく見てみるとあたしが知る彼の面影があった。
もう1人は黒一色の服装に身を包み、黒髪のロングヘアーをした少女で、その右手には青紫色の刃のビームソードらしいものが握られている。足元には《Kirito》と表示されている。
「お兄ちゃんなの……?」
「わたしたちが知るキリト君とは姿が大分違うけど、あの構えは間違いなくキリト君だよ」
あたしたちと同じくモニターを見ていた看護師さんが、やや戸惑ったように口を開いた。
「今モニターに映っているのが橘君と桐ヶ谷君のアバターってこと?」
「そうです。戦闘中で、だから心拍が上がっているんだと思います」
明日奈さんがすぐにそう答え、言葉を続けた。
「あの2人はザック君の言う通り、アビスとソニーだわ……」
アビスとソニー。それはザックさんが言っていた《ラフィン・コフィン》という殺人ギルドにいたというプレイヤーの名前だ。
「リュウ君、お兄ちゃん……」
お待たせしました!4カ月ぶりの本編になります。久しぶりのシリアスなので文章がおかしいところがあるかもしれないですが。
旧版ではキリトと途中で別れましたが、リメイク版ではキリトと別れることはなく一緒に戦う展開にしました。そしてソニーの武器もブレードガンナーに変更しました。
SAOアニメは先々週ではベルクーリが死に、昨日の話では「最悪だ」の一言は出てくるほどヤバい状況に。本作でもこの辺りから一気に地獄と化すでしょう。そして悲報ですが、本作のアリシゼーション編で、主要キャラの何名かがデスゲームだったらアウトな展開になる可能性が高くなってきました。
ゼロワンも今日の放送を見て最初は衝撃的過ぎて言葉を失いましたが、ゼロツ―が登場してからはテンションが上がりました。次回は滅と手を組むようなのでSAOアニメと並んで楽しみです!
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第17話 届く温もり
アスナ「その中で、今も暗躍を続ける
リーファ「アスナさん、なんか病院に向かっている間にリュウ君もお兄ちゃんもピンチになっているんですけど!」
アスナ「わたしも今あらすじ紹介の原稿渡されて、凄く焦っているんだけど!2人ともどうなっちゃうの!?」
リーファ「スタッフさん、早く第17話に進んで下さい!」
ユイ「あ、言い忘れてましたが、今回の戦闘シーンの挿入歌としてRIDER CHIPSさんの《Law of the Victory》がオススメみたいです」
アスナ「ユイちゃん、わたしたちよりも随分と冷静だね。しかもなんか宣伝しちゃってる……」
俺のイクサカリバーとアビスのエタールエッジが何度も激しくぶつかり合って火花を散らす。さっきからこんな状態が続いているが、明らかに俺の方が押されている。
アビスはSAOでは攻略組のトップクラス級の長剣使いだった。だが、今奴が手にしているのは、SAOの時には使っているのを見たことがない短剣だ。それも長剣と同じくらい扱い慣れているなんて誰も知っていなかっただろう。加えて左手にはハンドガンを持っている。
剣戟から逃れようと距離を取っても、銃で撃ってくる。
遠近共に隙が無いと言ってもいいだろう。
オマケに、俺がサブウェポンとして使っているディエンドライバーについているアンカーフック機能は、木も建物もない砂漠のど真ん中では全く役に立たない。今はただのハンドガンだ。
先ほどから俺ばかりダメージを負っていき、体中に切り傷や銃弾による傷が増えていく一方だ。
「どうしたんだ、もう終わりか?もっと俺を楽しませてくれよ」
「言われなくてもそのつもりだ!」
挑発してくるアビスに怒りを露わにしてイクサカリバーを振り下ろす。だが、奴はエターナルエッジで的確に攻撃を防ぎ、反撃にハンドガンで撃ってきた。
寸前のところで横に回避し、軽く頬を掠めた程度で致命傷は免れた。そこへアビスが地面を蹴り、前進しながらの高速連撃技……短剣スキル9連撃《アクセル・レイド》のように斬撃を繰り出してきた。
回避しきれず、俺の体を鋭利な刃が次々と切り裂いた。
「ぐわぁっ!」
攻撃をまともに受けてしまい、地面に転がる。
「リュウ!」
近くでソニーの相手をしていたキリさんが助けに入り、剣による強力な突きを繰り出す単発重攻撃の技……《ヴォーパルストライク》をアビスに放つ。
しかし、アビスはすぐにキリさんの存在に気が付いて横に回避する。
《ヴォーパルストライク》を放ったことで隙が出来てしまったキリさん。そこにソニーのブレードガンナーから数発の銃弾が放たれてキリさんに命中する。
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
「キリさん!」
銃弾を喰らったキリさんが俺の近くに転がった。
「大丈夫ですかっ!?」
「なんとかな……。すぐにソニーを倒してお前に加勢しようとしたけどダメだった。アイツ、ラフコフ討伐作戦の時よりずっと強くなっている。俺に負けて、黒鉄宮の牢獄に閉じ込められてからSAOがクリアされるまでの間に、ずっと片手剣の扱いの練習をしてきたんだろう……」
キリさんも大分ソニーに苦戦しているようだ。SAOではレベルもスキル熟練度も彼の方が上だからこの世界でも奴をすぐに倒せると思っていたけど、そうはいかなかったみたいだ。それに、キリさんのフォトンソードで奴のブレードガンナーは防げないから、武器の相性も最悪だと言っていいだろう。
倒れている俺達に、アビスとソニーが武器を持って近づいてくる。
「あの黒の剣士をここまで追い詰めるなんて、随分と成長したんだなソニー。流石、SAOで俺の片腕を務めていただけはあるな」
「黒の剣士にはあの時、世話になったからな……。ここでコイツを殺し、俺達のゲームを成功させる……」
「そういうことなら、さっさと終わらせるか」
俺たちは体に鞭を打って無理やり起き上がり、武器を持って構える。
「まだ勝負は終わってないだろ……」
「勝手に俺たちの負けだって決めつけるなよ……」
「まだそんな話せるだけの体力は残っているみたいだな。でも、今すぐに地獄を楽しんでもらうぞ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「リュウ君っ!お兄ちゃんっ!」
壁掛けのパネルに、リュウ君とお兄ちゃんが攻撃を受けて地面に転がったところが映し出された瞬間、思わず声が出てしまう。
明日奈さんは声を出さなかったが、凄く不安そうにして黙ってライブ中継を見ていた。
リュウ君とお兄ちゃんは立ち上がって再び戦い始めた。でも、先ほど変わらずアビスとソニーに苦戦している。特にリュウ君はお兄ちゃんよりもダメージを負っていてかなり深刻だ。
中継を見ていると、傍にあるモニター装置が刻む電子音が上がり、あたしと明日奈さんはそっちに顔を向けた。
リュウ君とお兄ちゃんの心拍が160bpmまで上昇していた。
画面から目を離し、ベッドに横たわるリュウ君とお兄ちゃんの顔を見る。2人とも額には汗が滲み、表情も少し苦し、呼吸も荒くしていた。
「フルダイブ前に多めに水分を取ってもらってるけど、フルダイブしてもう4時間以上経っているから、こんなに汗を掻くと脱水の危険があるわ。一度ログアウトして貰うことは……出来ないよね?」
「ここで何を言ってもキリト君とリュウ君には聞こえませんし、大会中にログアウト機能が有効かどうか……。一応、安全面を考慮して、危険なほど脱水する前にアミュスフィアが自動カットオフにするはずなんですが……」
看護師さんの言葉に明日奈さんはそう答える。
「わかりました。もう少し様子を見るわ」
この看護師さんがいてくれるならリュウ君とお兄ちゃんは大丈夫だろう。でも、苦しそうにしているリュウ君とお兄ちゃんを見ていると胸が痛くなる。
リュウ君とお兄ちゃんが仮想世界にダイブするのに使っているのは、ナーヴギアじゃなくてアミュスフィアだ。だからここでアミュスフィアを外しても死に至ることはない。今すぐ2人をこの苦しみから解放させたかったけど、できなかった。
リュウ君とお兄ちゃんは、あたしが知らないSAOでの因縁に決着を付けるために、そしてこれ以上誰かを殺させないために命がけで戦っている。それをあたしにも明日奈さんにも邪魔することはできない。
リュウ君とお兄ちゃんはすぐ近くにいるのに、今は遥か遠くにいる。そんな気がした。
2人に何もしてあげられないことが辛かった。
『ママ、リーファさん、手を……』
不意に、明日奈さんのケータイからユイちゃんの声がする。
『パパの手を、リュウさんの手を握ってください。アミュスフィアの体感覚インタラプトは、ナーヴギアほど完全ではありませんが、ママとリーファさんの手の温かさならきっと2人に届きます。わたしの手はそちらの世界には触れられませんが、わたしの……わたしの分も……』
ユイちゃんの声は最後の方は大きく震え、揺れていた。
「ううん、そんなことない。ユイちゃんの手もきっと届くよ。だからわたしたちと一緒にパパ……キリト君とリュウ君を応援しよ」
明日奈さんは微笑んでそう言い、お兄ちゃんの右手にケータイを握らせ、その上から両手で包み込む。
その時、ある言葉が脳裏をよぎった。
『手が届くのに手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔する。それが嫌だから手を伸ばすんだ』
『リュウ君が辛いときはあたしがリュウ君の手を掴むよ。だから安心して』
そうだよね。今リュウ君に手を伸ばさなかったら死ぬほど後悔するだろう。リュウ君が苦しい思いをしているなら、あたしが彼の手を掴んであげないと……。
あたしも明日奈さんのようにリュウ君の左手を両手で包み込む。リュウ君の手は氷のように冷え切っていた。恐らく、お兄ちゃんも一緒だろう。
――リュウ君、頑張って。あたしはいつも君の傍にいるから。あたしも一緒に戦うから。だから、お兄ちゃんと一緒に戻ってきて。
観て眼を閉じてそう念じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アビスとソニーの猛攻撃を受け続けたリュウとキリト。残っている体力も半分を切り、地面に片膝を付いて息を切らしていた。
ここで自分たちの中で誰か1人でも負ければシノンの命はない。まだ倒れるわけにはいかないと戦おうとするが、勝機が見えない。
どうすればいいんだと思っていた時だった。
――リュウ君、頑張って。あたしはいつもリュウ君の傍にいるから。あたしも一緒に戦うから。
――頑張って、キリト君。あなたの信じるもののために。わたしは何時だって側に居るから。ずっとあなたの背中を守り、支え続けるから……。
――パパ、絶対に戻ってきてください。わたしとママはパパが戻ってくるのを待っていますから。
現実世界で自分たちの帰りを待っている人たちの声が聞こえた。気のせいかもしれなかったが、傷ついたリュウとキリトに力を与えてくれた。そして、リュウ達は立ち上がった。
「キリさん。まだここで倒れるわけにはいかないですよね……」
「ああ。カイトとシノンのためにも、そして俺たちの帰りを待っている人たちのためにもな……」
アビスはそんな2人を見てあざ笑う。
「まだ立ち上がるだけの元気があったとはな。でも、お前たちの体もう限界だろ。さっさと楽になった方がいいと思うぜ」
「いや、そういうわけにはいかないんだよ。 アビス、ソニー……お前たちを攻略するまではな!」
「お前たち
何も言わず黙っていたソニーだったが、リュウとキリトの言葉を聞き、怒りを露わにする。
「ふざけるな。俺たちのゲームはまだ終わらない。お前たちを殺すまではな」
ブレードガンナーを強く握り、剣先をリュウとキリトに向ける。隣にいるアビスもフッと軽く笑い、エターナルエッジとハンドガンを手にする。
「キリさん!」
「ああ!」
「「お前の運命は俺が変える!!」」
リュウは左手にイクサカリバーを、キリトは右手にフォトンソードを持ち構えた。
「「超協力プレイでクリアしてやるぜ!!」」
最後にリュウとキリトが同時にそう言った直後、アビスはハンドガンの銃口を2人に向けて発砲。
弾丸が2人の間を通り抜けて、後ろにある壊れて動けなくなっているタンクローリーに命中。巨大な爆音と共に爆炎が上がった。
「かかってこい」
アビスがそう口にした直後、リュウとキリトは地面を蹴り、アビスとソニーに武器を振り下ろす。対するアビスとソニーも各々武器を手にして迎え撃つ。攻撃は防がれてしまうも続けざまに武器を振るい攻撃する。
リュウとキリトの動きは倒れる前と比べてキレがいい。そして、同時攻撃や片方が先に攻撃してもう片方が少し遅れて続くように攻撃するという抜群のコンビネーションで、お互いをカバーしながらアビスとソニーを押していく。
アビスが素早い身のこなしで前進斬り……短剣スキル6連撃《ミラージュ・ファング》を繰り返してきた。
対するリュウは目にも止まらない速度で、龍が鍵爪でクリスタルを粉々に破壊するかのような4連撃の斬撃でそれを相殺する。
ユニークスキル《龍刃》の4連撃技《クリスタル・ブレイク》だ。
アビスは初めて見る《龍刃》に高揚する。
「フッ、まさか以前戦った時より強くなっているなんてなぁ」
「今の俺はあの時の俺とは違うんだよ!」
当時はまだ得ていなかったユニークスキルの1つ、全てのプレイヤーの中で最も悪しき力に負けない心を持つ者に与えられる《龍刃》。
悪の力だとしても誰かを守るために使う決意を見つけ、そして自分の全てを受け入れて支えてくれる最愛の人との出会えることが出来たリュウだからこそ扱える力。
ユニークスキルどころかソードスキルすら存在しないGGOでは、動きを再現する辺りが限界だ。それでもアビスには十分効果があった。
「今の俺は負ける気はしない」と意気込んだリュウは、次々と動きを再現できる《龍刃》をアビスに叩き込んでいく。
龍が自身の鋭い牙で相手を串刺しにするかのようにイクサカリバーを突き刺していく。龍刃 7連撃技《バイティング・ドラゴン》。
アビスはリュウの攻撃をエターナルエッジで防ぐが、初めて見る剣戟を完全に見切ることはできず、ダメージを負う。
ここでリュウの攻撃は止まることはなく、更にもう一撃喰らわせようとイクサカリバーを振り上げる。
浮遊城で紅の騎士に一撃喰らわせて黒の剣士に逆転のチャンスを与え、妖精の国を支配していた緑の怪物を打ち破った技……単発垂直斬り《グランド・オブ・レイジ》。
一気に振り下ろされたイクサカリバーはエターナルエッジを地面にたたき落とし、アビスの身体を斬りつけた。
「ぐっ!」
まともに攻撃を受けてアビスは怯み、左手からもハンドガンを落とす。
リュウはこの隙に、自分の近くに倒れているトライチェイサーから機動キーとなっている右側のハンドル……トライアクセラーを素早く抜き取り、キリトへと投げ渡す。
キリトは、くるくる回転しながら飛んでくるトライアクセラーを左手でキャッチ。それに付いているボタンを押すと先が伸びて警棒となった。そして、ソニーが振り下ろしてきたブレードガンナーをトライアクセラーで受け止めた。
「お前のご自慢の剣もこれだけはすり抜けることはできないみたいだな!」
ニヤッと笑い、左手で持つトライアクセラ―でソニーのブレードガンナーを弾き、右手で持つフォトンソードでソニーを斬りつける。
「ぐわっ!」
地面に転がるソニー。そこにキリトが続けざまに攻撃しようとするが、ソニーもこのまま終わるわけにはいかないと、ブレードガンナーのトリガーを引いて発砲。
「ぐわああああっ!」
キリトはまともに銃弾を受けてしまい、左手からトライアクセラーを落として地面を転がる。
ソニーが倒れているキリトに剣を振り下ろそうとする。
「死ね!」
「させるか!」
リュウは空いている右手でホルスターからディエンドライバーを抜き取り、ワイヤーアンカー射出用のトリガーを引く。すると、ディエンドライバーから伸びて出たワイヤーアンカーは弧を描いてソニーの右腕に命中。その拍子にソニーの手からブレードガンナーが落ちた。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
キリトはこのチャンスは逃さないと、咆哮を上げて踏み込み、一度強く左にひねった全身を、弾丸のように螺旋回転させながら突進する。そして、左手でホルスターからこの世界でのもう1つの武器《FMファイブセブン》を抜き取り、銃口をソニーに向け、左の剣で切り上げるイメージのままにトリガーを連続で引く。
放たれた数発の銃弾はジョニーの身体に命中する。更に、時計回りに旋転する体に重量を全部乗せ、右手の光剣を左上から叩きつける。
2本の剣ではなく、1本の剣と1丁の拳銃ではあるが、これは二刀流重突進技《ダブル・サーキュラー》だ。
青紫に光るエネルギーの刃が、ソニーの右肩を切り裂き、そのまま胴へと斜めに断ち割り、左脇へと抜ける。
斬り裂かれたソニーの身体は宙を舞って地面に転がり、【DEAD】と死亡したことを表すタグが浮かび上がった。
「ソニーの奴はやられたか。まあいい」
アビスはソニーの死を惜しむ様子もなく、先ほどソニーが落としたサブマシンガンを拾う。
体勢を整えたキリトはリュウの隣に並び立った。
「キリさん」
「倒すぞ、一緒にな」
武器を持ち構えるリュウとキリト。
アビスがトリガーを引いた途端、サブマシンガンの銃口が火を噴いた。
銃弾の雨が飛んでくる中を、リュウとキリトは自身が持つ剣で防ぎながら何とか接近しようとする。しかし、防ぎきれなかった銃弾が当たり、手からディエンドライバーとFMファイブセブンが離れ落ち、残っていた体力を少しずつ奪われていく。加えて蓄積されたダメージが大きく、力尽きて今にも倒れそうになる。
意識が遠のく中、リュウの左手が、キリトの右手が、何者かに操られるように動いた。冷え切っていた手をよく知る温もりが包み込んで温め、的確に銃弾を防いでくれる。
2人はこの温もりが自分たちの最愛の人と愛娘のものだと感じ取り、軽く笑みを浮かべる。
「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」
最後の力を振り絞り、リュウとキリトはそれぞれ目を銀色と金色に光らせながら地面を蹴った。そして、すれ違いざまにアビスを目にも止まらない速さで切り裂いた。
「ぐあああああああああっ!!」
利き手の違う2人の渾身の斬撃がアビスの中央でクロスする。アビスは悲痛な叫びを上げながら膝から崩れ落ちる。
同時に、リュウは右手で、キリトは左手で拳を作り、拳をぶつけた。
「お遊びのつもりで手を抜いていたのが命取りだったみたいだな……」
この言葉にリュウとキリトはハッとなって振り返り、武器を構える。
2人の渾身の一撃を受けたにも関わらず、アビスはHPが僅かに残っていたのかまだ生きていた。さっき落とした自身のハンドガンを手に取り、重い身体を起こして2人にこう言い放った。
「でも、退屈しのぎには十分だったぜ……。これなら
銃口を自分の頭にピタリと付け、トリガーを引いた。直後、バンッと銃声が響いて一発の銃弾がアビスの頭を撃ちぬいた。この銃弾が決め手となり、アビスにも【DEAD】のタグが浮かび上がった。
「どうやら俺たちは自分の役目を果たせたみたいですね……」
「だな……」
2人はアビスとソニーを倒せて安心し、同時に地面へと倒れ込んだ。
「早くカイトさんとシノンさんのところに行って加勢しないといけないのに全然力が入らないや……」
「アイツらなら俺たちがいなくても大丈夫だろ。疲れて動けそうにないからちょっと休んでから行こうぜ……」
「相変わらず呑気なんですから……。まあ、俺も一休みしてからじゃないと体が動く気配しませんから賛成ですけどね……」
つい先ほどまでの緊張感が一気になくなり、軽口を叩きながら笑みを浮かべるリュウとキリト。
倒れている2人の上空には、厚い雲に覆われた夜空が広がり、雲の切れ目から満点の星々が競い合うように光っていた。
2人は黙ってしばらくの間、GGO世界の夜空を見ていた。
その様子を現実世界の直葉と明日奈も見ていた。
「ふぅ…2人とも勝ててよかったわね」
安岐さんが2人に笑顔で言う。
「はい…キリト君…」
『パパ…』
「リュウ君…お兄ちゃん…良かった…」
明日奈と直葉は涙を浮かべながら、2人の勝利に安堵した。
同時刻。
リュウ達が戦闘を繰り広げた場所から数百メートル離れたところにある岩山。
そこにグレーのフードを深くかぶり、顔を隠している人物がいた。死銃のように亡霊のような姿だ。
グレーのフードの人物は、リュウ達の戦いを一言も発せずにスコープを使って見ており、戦闘が終わるとスコープをしまう。代わりに黒い大型のハンドガンを取り出した。
銃口を上に向けてトリガーを引いた途端、銃口から黒い煙が溢れ出てソイツを包み込んだ。煙が完全に消え、グレーのフードの人物も跡形もなく姿を消していた。
直後にライブ中継のカメラが1つ来るが、ソイツの姿を一切捉えることもなく通り過ぎていく。
この時、大会のフィールドとなっている孤島のISLラグナロクで
やっと最新話投稿できました!やっぱり久しぶりの戦闘シーンは難しいですね。
今回の戦闘シーンは、旧版とは大きく変わってエグゼイド第40話にビルド第29話と第44話の戦闘シーンを元にしてみました。他にもリュウ君が龍刃を再現するなどリメイク版でこそ使えるネタを入れてます。旧版で元にしたオーズの最終決戦はもっといいところで使えるのではないかと思ったので、いつか登場するかもしれないです(笑)
今回の話を書いてて愛の力は強いなと思いました(笑)
SAOアニメはここ数話は本当に絶望感が半端ないですよね。特に最新話のリーファのところはかなりグロくて言葉を失ってしまいました。でも、キリトの妹だということもあって彼女の活躍っぷりはカッコよかったです。そして、ついに映画に登場したエイジとユナが登場!最初は出てもセリフなしにならないか不安になりましたが、ちゃんとセリフがあって安心しました(笑)。見ててオーディナルスケール編も早くやりたいなと思いました。
次回はキリトが復活するみたいなので本当に待ち遠しいです。
ゼロワンの最新話もSAOに続いて絶望感が半端なくて、土曜深夜から日曜朝までお通夜みたいな空気となってしまいました。これまでもライダーでは主人公のダークサイドの一面を描く展開はありましたが、このタイミングで来るとは思ってもいませんでした。ゼロワンも残り数話となり、どうなってしまうのか目が離せないです。
次回はカイトとシノンの戦闘になります。
余談ですが、本作ではSAOアニメの最新話であったリーファのグロシーンはやらない方針でいます。代わりにリュウ君が、初期のクローズチャージみたいに好戦的になったり、かなりボロボロになってしまいますが。流石にリュウ君の左目に槍が突き刺さるのはやらないです。それやるとリーファが精神崩壊しちゃいますので。
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第18話 ファントム・バレット
キリト「その中で、俺とリュウは、
リーファ「これってあたしたちのおかげで勝てたと言ってもいいですよね。ねえ、アスナさん」
アスナ「そうね。2人にはALOでお礼にわたしたちにシャルモンのケーキバイキングを奢ってもらうっていうのはどうかしら」
ユイ「賛成です!シャルモンのケーキは、お値段は多少張りますが、美味しいって女性プレイヤーの中で評判がいいみたいですからね」
それを聞いて逃げるリュウとキリト。
リーファ「ちょっと!リュウ君もお兄ちゃんも逃げないでよ!待ちなさい!」
アスナ「わたしたちはキリト君たちを追いますが、皆さんは第18話を楽しんで下さい!」
挿入歌「Leave all Behind」
ALOからログアウトして隼人の家に行くと、隼人のお姉さんと妹がいて、すぐに俺を家の中に入れてくれた。2人に家中の戸締りを確認してもらい、怪しい奴がうろついていたのを見かけたらすぐに俺に知らせるようにと言い残し、隼人の部屋へと向かう。
部屋にあるベッドにはアミュスフィアを付けて寝ている隼人の姿があった。
「隼人……」
タブレットを取り出し、大会の中継映像を見る。
隼人……カイトは間違いなく、あのボロマント……ザザと戦う可能性が高い。ザザはジョニー・ブラックと共にSAOでバロンの仲間……リクとダイチとハントを殺した。ここでカイトとしてザザと決着を付けるつもりんだろう。
「カイト、絶対に勝てよ」
タブレットに映し出されている大会の中継映像を見ながらそう祈った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
暗視モードに変更したヘカートⅡのスコープを右目で覗き込み、闇風と死銃を迎え撃とうとする。
スコープで確認するが、まだ闇風と死銃の姿は見えない。だけど、どちらも確実に接近しているのは間違いない。カイトは広大な砂漠の中に立ち、闇風と死銃が来るのを待っている。
事実上、今回の優勝候補者筆頭だと言われている闇風を一撃で仕留めるということに不安もあった。闇風はAGI型ビルドでも最強のプレイヤーで前大会の準優勝者。私の狙撃をかわす可能性も十分にあり得る。でも、そんな不安もカイトの姿を見てなんとか無くすことができた。
リュウやキリト、そしてカイトがいたおかげで私は今もこうして戦うことができている。そのためにも今私がやるべきことを果たさなければならない。
(全て終わったら彼に私の想いを伝えよう。拒絶される可能性だって十分にあり得る。けど、結果がどうなろうがカイトに、この想いを伝えたい。)
そう思い、今持っているヘカートⅡに話しかけるように呟く。
「お願い、私に力を貸して。ここからもう一度、歩き始める為の力を……」
ついにスコープ越しに闇風の姿を捉えた。
「速い!」
AGI型ビルドは衰退しているとよく言われているが、そうでもないと改めて思う。決して立ち止まらず、高速で走り続けることで相手に照準を許さないダッシュは、プレイヤー名の通り、まさしく闇色の風のようだ。それでも今ここで倒さなければならない。
そして、一発の銃弾がカイトの方に飛んでくる。これは死銃によるものだ。
カイトは間一髪のところで避け、カイトに避けられた弾丸は後方の古びたビルに着弾し、ビルの上部が崩れる。
闇風も、突然銃弾が飛来してくることに予想出来ていなかったため、岩陰に隠れて次いで岩陰へと方向転換しようとした。
闇風を倒せるチャンスは今しかない。
ヘカートⅡのトリガーを引き、弾丸が放たれて闇風に命中する。
闇風のアバターは数メートル以上吹き飛ばされ、砂の上を数度転がり、仰向けになって止まった。直後、闇風のアバターには【DEAD】のタグが表示され、辺りにはグレネードが散らばっていた。
――カイト!
すぐに死銃が狙撃してきた方へと銃口を向ける。
カイトはその間にも無双セイバーで弾丸を防ぎながら、死銃に向かってダッシュしている。
スコープの暗視モードを切り、倍率を限界まで上げ、銃弾が飛んできた位置を捉えた。スコープには物陰からサイレント・アサシンでカイトを狙っている死銃の姿があった。
――いた!
すぐに死銃に照準を合わせ、トリガーに触れて絞る。
だが、死銃は弾道予測線に気付き、私にサイレント・アサシンの銃口を向けてきた。
――勝負!!
ヘカートⅡのトリガーを引き、死銃もサイレント・アサシンのトリガーを引く。
2つのライフルが同時に火を噴いた。同時に放たれた弾丸同士が衝突するという奇跡的なことが起こるかと思ったが、ギリギリのところですれ違う。
死銃が放った弾丸がヘカートⅡに付いていた大型スコープを破壊し、それと同時にスコープ越しに私が放った弾丸がサイレント・アサシンが完全に破壊されるのが一瞬見えた。
「ごめんね……」
破壊されてしまった、この世界で稀少かつ高性能な銃であるサイレント・アサシンに、弔いの言葉を呟く。
スコープが破壊され、今はもう遠距離狙撃は不可能となってしまった。
「あとは任せたわよ、カイト」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(狙撃で死銃を倒すことはできなかったか。だが、よくやったシノン。あとは俺に任せろ。)
死銃……ザザが持つサイレント・アサシンはバラバラになった。これで奴が持つ武器は黒星・五十四式だけだ。それで撃ってきても俺なら無双セイバーで簡単に防ぐことができる。
俺は今より更に加速してザザに向かう。
ザザはバラバラになったサイレント・アサシンの銃身の下から細い金属棒を抜き出した。何だ?あれはクリーニング・ロッドか…? だけど、あれはただのメンテナンスツールで、攻撃してもHPは少しも減らない。
――悪あがきのつもりか。無駄なことを……。
無双セイバーでザザに突きを放とうとした時だった。
――いや待て!クリーニング・ロッドの先端は針みたいに鋭く尖っていないはずだ。まさかっ!
それに気が付いた時には既に遅かった。
ザザは俺の攻撃のタイミングを完璧に読んでいたかのように横にジャンプして回避し、クリーニング・ロッドを俺の左肩に突き刺してきた。
「ぐっ!」
左肩に不快な感覚が伝わり、少しよろけてしまう。だが、なんとか体勢を立て直し、二本の足で立つ。
5メートルほど先にいるザザの右手には、先が針のように鋭いクリーニング・ロッド……いや、エストックが握られていた。
「おい、GGOの中にエストックがあるなんて聞いたことないぞ…!」
「あの2人より、GGOを長く、プレイしているのに、不勉強だな、紅蓮の刀使い。《ナイフ作製》スキルの、上位派生、《銃剣作製》スキルで、作れる。長さや、重さは、このへんが、限界だが」
「殺した奴のエストックをコレクションするだけじゃなく、銃の世界で自らエストックを作り上げるとはな。お前のエストック好きはとんだ悪趣味だな、赤目のザザ」
ザザの顔は見えないが、俺にSAO時代の名前を呼ばれて嬉しそうにしているのが伝わってきた。
「まさか、俺のことを、覚えて、くれて、いたとはな。だが、お前は、あの頃と比べて、随分と腕が、落ちたな。昔のお前が見たら、失望するぞ」
「かもな…。だがSAOはもう終わっているんだ。当然と言えば、当然だろ。そう言うお前はまだ《ラフィン・コフィン》のメンバーのつもりでいるのか?」
「そうだ。オレは、お前とは、違う。本物の、レッドプレイヤーだ」
「違うな。お前はもうレッドプレイヤーですらない。今のお前はただの殺人犯……いや、弱者だと言ってもいいだろ?」
突如、ザザがピクリと反応する。
「弱者だと……?」
「そうだ。俺に勝てないから、SAOでは俺やザックとの戦いを避けてジョニー・ブラックと共にバロンの仲間……リクとダイチとハントを殺した。さっきも俺より先にシノンを狙っていただろ。俺と戦う事をお前は恐れている、それ以外に理由があるか?これを弱者や臆病者といわず何という?」
「キサマ……」
ドクロ状に造形された金属マスク越しでも今の奴の顔が怒りに満ちているのが伝わってきた。
そして、キリトから聞かされた推理内容をザザに言った。
「それに、ゼクシード達を殺したのも、お前が今持っている拳銃の力でも、お前たち自身の能力でもない。メタマテリアル
ここでついに、ザザは沈黙した。
「その様子だと、俺たちが導き出した答えは大体正解だったようだな。俺と戦うのが怖いなら、今すぐログアウトして警察に自首す……っ!?」
言い終える前に、ザザが左手で黒星・五十四式を抜き取り、俺に向けて発砲してきた。
弾丸は直撃しなかったが、俺の右肩をかすめ、少し遅れて痺れが伝わってきた。
「ぐっ!」
「予定、変更だ。先に、お前を殺して、あの女の前に、お前の死体を、突き出して、絶望している間に、あの女を殺す」
俺に対して殺意を向けるザザ。
「いや、お前はここで終わらせる。シノンは絶対に殺させない!」
地面を蹴り、ザザに刀スキル《辻風》のように刀を左腰に構えた体勢から居合い技をお見舞いしようとする。だが、ザザは黒星・五十四式をホルスターに戻すとそれを軽々とかわし、俺に細剣スキルの《スター・スプラッシュ》を再現させた8連撃の突きを叩き込む。
「ぐっ!」
SAOやALOの細剣以上に威力が高い。それに先ほど喰らった一撃も思ったよりダメージが大きかった。どういうことだ……。
「ク、ク、ク。効くだろ。こいつの、素材は、このゲームで手に入る、最高級の金属、だ。 宇宙戦艦の、装甲板、なんだそうだ」
「宇宙戦艦の装甲板か。それなら納得がいくな……」
随分と余裕を見せているザザ。奴がこんなに余裕を見せるのは何故なんだ。
「それに、お前の動きは、全部見切っている。数ヶ月前に、この世界で、お前を見つけてから、ずっと、お前の、《無双セイバー》の扱いを、見てきた。本当は、狙撃して、何度も殺してやりたかったけどな……」
キャラネームだけじゃなく、SAOやALOと姿や服装があまり変わりないことが仇になったか。だけど、ザザはどうやって俺がいつログインしていることを知ることができた?
いや、今はそれよりもザザを倒すことに専念するべきだ。
「お前の得意なエストックを用意して、俺の動きを見切ったから何だ。上等だ!」
「いいぞ。あの時と、同じ、目だ。イッツ・ショウ・タイム」
俺とザザは同時に地面を蹴り、激しく武器をぶつけ合う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カイト!」
思わず声が出てしまう。
約700メートル先でカイトが死銃と互角に戦っている。カイトと死銃の剣戟は凄まじくて目で追えないほどだ。
だけど、カイトの動きは全て見切られ、攻撃を全てかわされたり、防がれたりしている。対するカイトも全ての攻撃を防いでいるが、先ほど受けたダメージが響いているのか、本調子ではなさそうだ。
カイトがあんなに苦戦するのは初めて見る。
そんな光景を見て、私はトリガーに指を掛ける衝動を必死に堪えていた。
ヘカートⅡのスコープは先ほど破壊されてしまい、いつものように狙撃でカイトを援護することができない。スコープがない状態でこの距離から狙撃するのは危険だ。闇雲に撃てば、カイトに当ってしまう可能性だってある。
このまま、カイトが勝つことを祈って、黙って見ていることしかできないことが辛かった。
『シノン、お前に何があったのかまだハッキリとはわからない。だが、お前がずっと苦しい思いをして1人で戦ってきたってことはわかる。俺なんかよりもよっぽど強いさ、シノンは。俺はお前の手が血で染まっていても握ってやる。だから大丈夫だ』
私が泣いていた時、カイトはこんなことを言ってくれた。この言葉は嬉しくて、今度は私がカイトの力になりたいと思った。
でも、今の私に何かできることはないのか。カイトを援護する方法が……。いや、1つだけある。それはどのくらい効果があるかわからないけど、やってみる価値はある。
大きく息を吸い、ぐっと奥歯を噛み締めて、カイトが死銃と戦っている方を見る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
スピード、バランス、そしてタイミング。全てが完成されている。
それだけじゃない。俺の動きを完全に読まれている。GGOで俺の戦いを見てきただけじゃない。SAOで俺に敗北して牢獄に送られてからずっと、俺への復讐心を糧に、何千……何万回も同じ動作を繰り返して技を磨いたんだろう。
奴が1年以上もかけて技を磨いている中、デスゲームから解放された俺は、すっかりゲームで死んでも現実で死なない世界で過ごしていたせいか、腕がなまってしまったようだ。
ここで俺が負けても現実の体が傷つくことも死ぬことはない。だが、俺が負ければ、ザザは絶対にシノンを《黒星・五十四式》で撃ち、現実世界にいる共犯者がシノン……朝田を手に掛ける。
俺はシノン/朝田に絶対に殺させないと約束した。その約束を果たすためにも絶対に負けるわけにはいかない。
だが、俺の攻撃は完全に見切られ、先ほど受けたダメージが残っているせいで思うように体を動かせない。このままではジリ貧になる一方だ…。せめてほんの一瞬だけでも隙があれば、そこをついて一気に勝負を決めることができる。
何かいい手はないかと思った時、一本の赤いラインがザザを突き刺す。照準予測線だ。ザザは突然の攻撃で、回避しようと後ろに大きく跳んだ。だが弾丸は飛んでこない。
ーーカイト!!
これはシノンの予測線による攻撃。この半年間の経験と閃き、闘志をあらん限り注ぎ込んで放ったラストアタック。幻影の一弾……ファントム・バレットを無駄にするわけにはいかない!
俺が突撃しようとすると、ザザはメタマテリアル
「させるか!」
左手で《無双セイバー》の鍔の後部にあるスイッチを引き、弾を装填し、前部にあるトリガーを引く。銃口が火を噴き、5.6発の銃弾が不可視の何かに命中する。
「ぐっ!」
激しくスパークを散らしたところにザザが再び姿を現す。
「ここが銃の世界だということを忘れたのが命取りだったな!」
「まだだっ!」
再び《スター・スプラッシュ》を放ってくるが、見切って無双セイバーで攻撃を全部防いだ。
「何っ!?」
「二度も同じ攻撃を喰らうかっ!」
そのお返しに無双セイバーを両手で持ち、連撃を繰り出す。
刀スキル奥義技《散華》。
眼にも止めらない速さでザザを斬りつけていき、放った一撃が腰のホルスターに収まっていた《黒星・五十四式》ごとザザを真っ二つに斬り裂いた。同時に爆発を引き起こす。
その衝撃で地面を転がりつつも、何とか起き上がる。
分断されたザザのアバターと引き千切られた黒いボロマントが宙を舞い、俺から少し離れた場所にザザの上半身が転がり、その近くに僅かに遅れてエストックが地面に突き刺さった。
「まだ、終わらない。終わらせ……ない……。……あの人たちが……お前たちを……」
最後まで言い終える前に、ザザのアバターには【DEAD】と死亡したことを表すタグが浮かび上がる。
「いや、お前たち《ラフィン・コフィン》はもう終わりだ。ここにいるお前たちや現実世界にいる共犯者もすぐに警察に捕まる。絶望がお前達のゴールだ」
既に動かなくなったザザにそう言い放ち、後ろを振り返ってこの場を離れる。砂漠の中を歩いていると、前の方からスコープを破壊されたヘカートⅡを抱えたシノンがやってくる。
「お疲れ様……」
「ああ、シノンもよくやったな。最後のバレットラインには助けられた…礼を言うよ」
そう言い、拳をコツンとぶつけ合う。
「お~い!カイト、シノン!」
直後、キリトの声と2台のバイクのエンジン音がし、俺とシノンはその方へ顔を向ける。そこにいたのは、《ビートチェイサー2000》と《トライチェイサー2000》に乗ってやってくるリュウとキリトだった。
リュウとキリトは俺たちの前でバイクを停め、降りて近づいてきた。2人ともかなりボロボロで何とかバイクを運転してきたんだろう。
「その様子だとお前らも終わったようだな」
「はい、大分苦戦してしまったんですけどね……」
それでも無事にアビスとソニーを倒して2人が無事だったことに安心する。
「死銃たちが倒された今、この大会における危険は去った。シノンを狙っていた共犯者も捕まるのを恐れて逃げ出したと思うぜ」
「だけど、俺は念のためにログアウトしたらすぐにシノンの家に向かう。キリトとリュウは依頼人や響に連絡してくれ。お前たちの依頼人なら警察も動いてくれるだろうし、響の親父さんならすぐに状況も理解してくれるだろう」
「わかった」
「あれ?カイトさんとシノンさんって、ゲームだけじゃなくてリアルでも知り合いなんですか?」
「ええ、そうよ。2人ともカイトの知り合いだから教えておくわ。私の本当の名前は朝田詩乃。住所は東京都文京区湯島四丁目……」
シノンがアパート名と部屋番号まで教えた途端、キリトとリュウは驚いた。
「湯島だったら、今俺たちがダイブしている千代田区の御茶ノ水からかなり近いぞ」
「そこって眼と鼻の先じゃない」
これには俺もシノンも驚いた。
キリトとリュウは住んでいる埼玉県の川越市じゃなくて別のところからダイブしているとは聞いていたが、まさかこんなに近いところからダイブしていたとはな。
「それなら連絡したらすぐに俺たちも向かいますよ」
「警察が来るまでの間に、1人でも多くシノンの傍にいた方がいいからな」
「リュウはともかく、アンタも来るのね」
「俺はダメなのかっ!?」
「冗談よ。カイトやリュウの話を聞いて私が思っていたよりマシな人だったしね」
ちょっとトゲがあることをシノンが言い、キリトは若干落ち込んでリュウに慰められている。
この間にも中継カメラたちが集まってきて、大会の優勝者が決まるのを待ち望んでいるようにも見えた。
「だけど、俺達4人で早く大会の優勝者を決めないとログアウトできないぞ」
「そうだったな。どうやって決めるか?」
「俺は遠慮しておきます。体力も限界ですし、この状況で皆さんに勝てる気もしないので。それに、俺の帰りを待っている人にすぐ会いたいですし」
「俺も帰りを待っている人がいるからパス。やっぱり銃より剣の方が俺に合っているしな。でも、最後くらいは銃で決めるか。リュウ、やるぞ」
「はい」
キリトは《FMファイブセブン》、リュウはガンモードの《イクサカリバー》を取り出す。向かい合い、お互いに向かって同時に発砲。2人は倒れ、残ったアバターには【DEAD】のタグのタグが浮かびあがった。
残ったキリトとリュウのアバターを見ると、2人揃って安らかに眠っているかのような表情をしていた。
「まさか最後は2人揃って相打ちで死ぬなんてね」
「コイツらは慣れない銃の世界で戦ってきたんだ。今はゆっくりと休ませてやろう」
「そうね。じゃあ、2人の邪魔にならないように決着を付けましょう」
「ああ」
2人がいる場所から離れ、シノンと向き合う。
「俺たちはどうやって決着を付ける?昨日みたいに決闘スタイルをして勝負を決めるか?」
「それよりもいい方法があるわよ。カイトは、第1回BoBは優勝するはずの人が油断してお土産グレネードに引っかかって2人同時優勝になったことは知っているでしょ?」
「ああ」
「なら話は早いわ」
シノンは俺の手に何かを置いてスイッチを入れた。この世界で何度も見たことがあるものため、シノンが俺の手に置いたものはプラズマグレネードだとすぐに分かった。
「おい、これってまさ…っ!?」
俺が言い終える前に、シノンは俺に抱きつき、目を閉じて顔を近づけてきた。そして、唇には温かくて柔らかい感触が伝わる。
一瞬頭が真っ白になったが、すぐに今何が起こったのか理解し、「何やっているんだ」とシノンを引き離そうとするが、口は塞がれてガッチリと抱き着かれて実行することはできなかった。
数秒後、シノンは唇を離し、目を開ける。シノンは頬を赤く染めていて、俺と間近で向き合っていた。
「カイト、好きよ……」
シノンが笑顔でそう言い残した瞬間、俺たちの間に眼も眩むほど強烈な光が生まれ、爆炎に包まれた。
試合時間:2時間6分19秒
第3回バレット・オブ・バレッツ本大会バトルロイヤル、終了
リザルト:【Sinon】及び【Kaito】同時優勝
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
オマケコーナー1
リーファとアスナとザックがログアウトした後もオトヤ、シリカ、リズ、クラインの4人は引き続きALOで大会の中継を見ていた。
4人が見守る中、キリトとリュウ、そしてカイトの3人が死銃たちを倒した映像が映った。
「リュウとキリトさんだけじゃなくて、カイトさんもラフコフのプレイヤーを倒したみたいですね。一時は見ているこっちもヒヤヒヤしましたよ」
「本当にそうよ。あたし達に心配かけたんだから、後であの3人にはちょっと説教しないといけないみたいね」
「まあまあ。皆さん、あれだけ頑張っていたんですから、大目に見てあげましょうよ」
「そうだぜ。大会で残っているのもアイツらだけだし、ベスト4入賞を祝ってやろうぜ」
オトヤ、リズ、シリカ、クラインの順で言う。こちらも応援で必死だったようで、少し披露している様子だった。
その間にもキリトとリュウがお互いを同時に拳銃で撃って相討ちとなって倒れ、残りはカイトとシノンだけになった。
「さっきから気になっていたんですけど、あの水色の髪をした女の人ってカイトさんの彼女なんでしょうか?」
「確かに、カイトさんとはやけに親しそうにしていたね……」
「そんなわけないだろ。カイトの野郎は女っ気が全くないんだぞ。アイツは俺やレコンと同じ非リア充仲間なんだぜ」
クラインはシリカとオトヤの話を否定し、ハハハハハと笑う。その時だった。
4人が見ていた映像にシノンがカイトにキスし、爆炎に包まれたところが映し出された。
オトヤとシリカは顔を真っ赤にしてフリーズし、リズは「おぉっ!」というような表情をしていた。
「最後の最後でいいものを見させてもらったわよ、カイト。念のために録画もしてて正解だったわ」
悪巧みしているかのようにニヤニヤしているリズの隣で、クラインは俯いていた。
「どうしたのよクライン?」
「カイトの野郎ぉぉぉぉっ!!裏切りやがったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
クラインの非リア充の叫びはイグドラシル・シティ中に響いた。
これは余談だが、GGOの方でも非リア充の男性プレイヤーの叫びが響き、何人もの女性プレイヤーがショックを受けたらしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
オマケコーナー2
現実世界である1人の若い男がタブレットで第3回BoBの中継を見ていた。大会が始まってしばらくしてから、タブレットには洞窟内でシノンがカイトに抱きついているシーンが映し出される。
「ざけんなこの野郎!!」
このシーンを見た男は怒りのあまり、膝蹴りでタブレットを真っ二つにして破壊してしまう。
「あっ……。ヤバい!電気屋、電気屋!!」
財布を手に取り、男は急いで家を出て近くの電気屋へと向かう。
「くそう、とんだ出費だ」
無事にタブレットを買うことができると再び、第3回BoBの中継を見る。
「どれどれ。まだ倒されていないでくれよ、シノン」
回線が繋がって第3回BoBの中継が映し出される。映っていたのはシノンがカイトに抱きつき、カイトがシノンの頭を優しく撫でているシーンだった。しかも、シノンの方は頬を赤く染めててカイトにデレている様子である。
「ざけんなごるああああっ!!」
ガシャアッ!!
男は怒りのあまり、タブレットを地面に叩きつけて破壊してしまう。
「あっ……」
冷静さを取り戻したときには、無惨にも破壊されたタブレットが転がっていた。
再度、電気屋でタブレットを購入した時には家を出た時より財布の中身は殆ど減っていた。
「も、もうサイフも体力も限界だ。兄さん、絶対にカイトを倒してくれよ……」
新たに購入したタブレットに第3回BoBの中継が映し出される。今映っていたのはシノンがカイトに抱きつき、キスしている光景だった。
「これってシノンとカイトがキスして……」
この状況を理解すると共に指先に力が入り、そこからタブレットにミシミシと音を立てていた。眼からは血の涙を流している。
「シノンの唇を奪いやがってぇぇぇぇっ!!くそぉぉぉぉっ!!」
ガシャアッ!!
またしても怒りのあまり、タブレットを地面に叩きつけて破壊してしまう。
1か月振りの投稿となりました。お待たせしてしまい申し訳ございません。
今回は旧版のものを修正した位で、前回とは違いあまり変わらないものとなりました。
遂に死銃を倒し、大会を終えることができたリュウ君たち。そして、最後はカイトとシノンのファーストキスシーン。次回はどうなってしまうのか(笑)
今回活躍したカイトさんには、アリシゼーション編でもメチャクチャカッコいいシーンを用意しています!
この1か月の間にSAOアニメももう少しで終了するところまできて、仮面ライダーもゼロワンが終了し、新ライダーセイバーが始まりましね。もう少し早く投稿したかったです!
次回はもう少し早く投稿できるよう頑張りたいと思います。
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第19話 溶かされる氷
2か月ぶりのため、内容がおかしくなっているところも多いかもしれないです。もしそうでしたら、時間を見つけて修正したいと思います。
第3回BoBが終了し、一度待機空間に戻されてログアウトするまでのカウントダウンが表示される。それが0になった途端、私の意識は現実世界に戻って来た。
エアコンに電源は付いていて部屋の中は暖かかった。しかし、照明は付けていなかったため、部屋の中は真っ暗だ。
アミュスフィアを外してベッドから起き上がり、部屋の照明を付ける。念のために室内からキッチン、ユニットバスまで人が隠れられそうなところを隅々まで探したが、誰もいなかった。
窓や玄関のドアの鍵をチェックしたところ、鍵はしっかりかかっていて、部屋に侵入した形跡は特に見られなかった。
もちろん、玄関のドアにある電子ロックを破って入り込んで来た死銃の共犯者が、部屋の中で携帯端末機を使って大会の中継を見て、死銃とその仲間たちが全員負けたとわかると同時に逃亡したという可能性もある。その場合、現実世界にいる共犯者はこのアパート付近にいるに違いない。
カイト……神崎君、そしてキリトとリュウが呼んだ警察が来るまでまだ少し時間がかかる。
1人では心細く、警察……特に神崎君には早く来てもらいたかった。
その時、キンコーンと玄関のチャイムが鳴り響いた。
私は反射的にビクッと反応し、ドアを凝視した。
更に2回同じ音が鳴り響いた。
――もしかして死銃の共犯者が……。
「朝田さん、居る? 僕だよ、朝田さん!」
聞き覚えのある声。レンズを覗いてみると、ドアの前にいたのは新川君だった。
「新川君?」
「あの……、どうしても、優勝のお祝いが言いたくて……。コンビニでだけどケーキを買って来たんだ」
新川君はケーキが入っていると思われる小さな箱を掲げて見せた。
「で、でもずいぶん早かったね……」
「実は近所の公園で中継を見てて、決着が着くとすぐにコンビニに行って買ったんだ。シノン……朝田さんなら必ず優勝するって思っていたからさ」
待機空間での待ち時間を入れても、大会が終わって5分弱しか経ってないけど、それなら納得がいく。
「ちょっと待って、今開けるね」
ドアのチェーンを外し、電子ロックを解除すると、新川君を部屋の中へと入れた。もちろん、チェーンと電子ロックどちらもかけ直した。
部屋に戻ると新川君のためにクッションを用意する。新川君をそれに座らせ、私はベッドに腰を降ろした。
「あの……優勝、本当におめでとう。凄いよ、朝田さん……シノン。とうとうGGO最強ガンナーになっちゃったね。でも、僕にはわかってたよ。朝田さんならいつかそうなるって。朝田さんには、誰も持ってない、本当の強さがあるんだから」
「あ、ありがとう……。でも、優勝って言ってもカイトと同時優勝だったから……」
「そうだったね。後で彼にも優勝のお祝いをしないといけないね」
「うん。神崎君……カイトには色々助けられたから、今回の本当の優勝者はカイトかな」
「その……カイトのことで、ちょっと気になることがあるんだけど……。中継で、砂漠の、洞窟の中が映ってて……」
「あ、あれは……」
あの時は、カイトに抱きついて散々泣いたり喚いたりしていた。それを新川君に見られたと思うと恥ずかしい。なんて説明したらいいのか考えていると、新川君が言葉を発した。
「あれは……カイトとあの2人に脅されたんだよね? 何か弱みを握られて、仕方なくあんなことをしたんだよね?」
「え?」
神崎君/カイトとの関係を聞かれると思ったが、予想もしていなかったことで唖然としてしまう。
「脅迫されて、カイトの戦ってる相手の狙撃までさせられて……。 でも、最後はあの2人を相討ちにするように誘い込んで、カイトにあんなことして油断させて、グレネードに巻き込んで倒したよね?だけど、それだけじゃ足りないよ。もっと思い知らせてやらないと……」
「あ……ええと……」
絶句ししてから、懸命に言葉を探して誤解を解こうとする。
「あ、あれは脅されてたわけじゃないの。カイトは確かに無愛想で口も悪いけど、根はいい人なのは新川君も知っているでしょ。それに、あの2人はカイトの知り合いで悪い人じゃないから……。実は大会中に例の発作が起きそうになって、カイトに助けられたの。なのにカイトにきつく当たっちゃって……。酷いことをしたのは私の方。後で謝らないと……」
「そ、それで、朝田さんはカイトのことは特に何とも思ってないんだよね?」
突然そんなことを聞かれて答えられなかった。
「朝田さん、僕に言ったよね。『待ってて』って」
確かに大会前、近所の公園で新川君にそう言った。
しかし、それは『何時か自分を縛るものを乗り越えてみせる』、それができて『ようやく普通の女の子に戻れる』という意味で言った。
「言ったよね。 待ってれば、いつか僕のものになってくれるって。だから、だから僕……」
ここは正直に自分の本当の気持ちを伝えなければならない。私は神崎君/カイトが好きなんだ。これで新川君を傷付けてしまうことになってしまうかもしれない。それでも言おうとしたが……。
「言ってよ。カイト……
「ど、どうしたのよ。急に……」
。
「僕がずっと一緒にいてあげる。カイト、隼人に頼らなくても。僕がずっと、一生、君を守ってあげるから……。朝田さん、好きだよ、愛してる。僕の朝田さん、僕のシノン」
そう呟きながら新川君は立ち上がり、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。
「や、やめてっ!」
何か悪霊に憑りつかれたような感じの新川君が怖くなって突き放す。新川君は尻もちをついた。その拍子に彼が買ってきたケーキが入った小さな箱ガテーブルから落ちる。
「だめだよ。朝田さんは僕を裏切っちゃだめだよ。僕だけが朝田さんを助けてあげられるのに……」
新川君は怖くて動けなくなっている私にゆっくり近づいてきて、ジャケットに右手を差し込み、何かを取って私の脇腹に付きつけてきた。
「し、しん……かわ……くん……?」
「動いちゃだめだよ、朝田さん。これは無針高圧注射器っていう注射器なんだ。これに入っているのは《サクシニルコリン》っていう薬で、これが身体に入ると筋肉が動かなくなってすぐに肺と心臓が止まるんだよ」
注射器に薬。それはキリト達が言っていたものだ。これらを使って3人のプレイヤーを現実世界で殺害したと……。
それに新川君の家は病院。何らかの方法でそれらを手に入れることも可能かもしれない。
「じゃ、じゃあ……、新川君……君が、現実世界にいる死銃の仲間なの……?」
「へえ、凄いね。 死銃の秘密を見破ったんだ。そうだよ、僕は死銃の1人だよ。今までは《ステルベン》を操って3人のプレイヤーを撃ってたんだよ。だけど、今日だけは僕の現実側の役をやらせてもらったんだ。だって朝田さんを、兄さんや兄さんの友達に触らせる訳にはいかないからね」
新川君に病弱のお兄さんがいるというのは前にちらりと聞いたことがある。
「もしかして、君の……お兄さんは、昔SAOで殺人ギルドに入って、カイトの仲間を殺したの?」
「へぇ、そんなことまで知ってるんだ。うん、そうだよ。昌一兄さんとカイトの間に因縁があったっていうから、今日のターゲットにカイトも入れて現実でも殺そうと考えたんだよね。でも、 アイツの幼馴染の父親が刑事だっていうから、現実で殺すのは諦めてGGOの中だけで殺すことになったんだ」
「ど、どうして、新川君はカイト……神崎君を殺そうとするの?いくら君のお兄さんと彼の間に因縁があるからって、友達を殺そうとするんておかしいよ」
「友達?最初はアイツのこと友達だと思っていたよ。でも、アイツはGGOで僕より強くなって、挙句の果てにシノンを……朝田さんまで奪っていった。そんな奴、もう友達じゃないよ」
新川君が神崎君/カイトのことをそんな風に思っていたなんて信じられなかった。
2人が出会ったのは、新川君が私に付き添ってアミュスフィアとGGOのソフトを買いに行った時だ。そこでGGOのソフトを買いに来た神崎君と知り合い、同性で同年代ということもあって2人はすぐに意気投合した。新川君も学校以外で共通の友達ができたことを喜んでいたのに……。。
きっと神崎君/カイトに嫉妬して、こんなことをしているだけに違いない。それに、まだ注射器のボタンを押さないってことは説得させることもできるかもしれない。
そっと極力穏やかに言葉を発した。
「まだ……まだ間に合うよ。やり直せるよ。神崎君と仲直りすることも、お医者様になることだって……」
「もうそんなのどうでもいい!親も学校の奴らもどうしようもない愚か者ばっかりだ!だから、僕はGGOで最強になれればそれでよかった。なのに、なのに……ゼクシードのクズが……AGI型最強なんて嘘をっ!GGOは僕の全てだったのにっ!現実を全て犠牲にしたのにっ!シュピーゲルもカイトより強くいられたハズなのにっ!畜生っ……!!」
それでゼクシードたちを……5人のプレイヤーを殺したっていうの……?
「これでもう、こんなくだらない現実に用はない。さあ、朝田さん。一緒に《次》に行こう。GGOみたいな…… ううん、ALOみたいなファンタジーっぽいやつでもいいや。そういう世界で生まれ変わってさ、結婚して一緒に暮らそうよ!一緒に冒険してさ、子供も作ってさ、きっと楽しいよ!」
怖くなって声も出すことも抵抗することもできない。私はここで死ぬのだと目を閉じて受け入れようとしたときだった。
―― あなたは1人で頑張ってきた。せめて最後にもう一度戦ってみようよ。
そう言ってきたのはGGOの私……シノンだった。
――私も一緒にいるから大丈夫だよ。そして彼にもう一度会って今度はちゃんと自分の想いを伝えよう。だから、さあ行こう。
シノンは暗闇の世界にいる私を連れて光に向かって上昇し始めた。
意識が現実世界へと戻る。
新川君は私が着ているトレーナーを上半身から引き抜こうとしていた。隙を見て身体を左に傾けると注射器の先端が滑り、体から離れる。すぐに注射器を抑え、顎に掌低を、更に左目にパンチを喰らわせる。
左目に強く攻撃を受けた新川君は怯む。
その隙に新川君を蹴って振り払い、玄関に向かって走る。急いでドアの鍵を全て開けてドアを開けようとしたのと同時に、右足を冷たい手がぐっと握って私を引っ張ろうとする。
振り向くと魂の抜け落ちた顔をした新川君が両手で私の足を捕えていた。幸いなことに、注射器は手に持っていない。
必死に抵抗するが今度は振り払うこともできなく、どんどん奥へと引き戻される。そして新川君の身体が圧し掛かってきた。
「アサダサン!アサダサン!アサダサン!アサダサン!」
怖くなって悲鳴をあげそうになった時だった。
ドアが開かれ、誰かが入ってきて新川君の顔面に膝蹴りを喰らわせた。
何が起こったのか後ろを振り向くと新川君を取り押さえている神崎君の姿があった。
「大丈夫か、朝田っ!?」
「か、神崎君っ!」
「ハヤトぉぉぉぉっ!」
新川君は怒り狂った獣のように神崎君に突進して殴りかかろうとし、神崎君は新川君が振るってきた拳を掴んで必死に抑え込む。
「 恭二、まさかお前が死銃の1人だったなんて!一体何の真似だ!?どうしてこんなことをするっ!?お前はそんなことをする奴じゃないだろっ!!」
「うるさい!隼人は知らないだろっ!朝田さんが本物のハンドガンで、悪人を射殺したことのある女の子だって!それを聞いてからずっと憧れていたんだ!」
「じゃあ、新川君はあの事件のことを知ったから私に声をかけてきたの……?」
新川君は狂ったように語り始めた。
「そうだよ。本物のハンドガンで、悪人を射殺したことのある女の子なんて、日本中探しても朝田さんしか居ないよ!本当に凄いよ!僕はそんな朝田さんを愛しているんだよ!」
「そ、そんな……」
家族以外で神崎君と同じくに唯一心を許せる存在だと信じていたのに……。
ショックを受けていると、神崎君が声をあげる。
「愛しているだと……?心にないことを!!」
「何だと!?」
怒りの声を上げ、殴り合う2人。
「お前はただ人形が欲しいだけだろっ!!」
「黙れっ!!」
「お前は結局誰も愛してなどいない!!」
「コイツ!昌一兄さんの代わりに僕がお前を殺してやる!死ねぇぇぇぇっ!!」
逆上した新川君は右手に注射器を持って神崎君に襲い掛かる。
「神崎くん!!」
私が声をあげた瞬間、神崎君は注射器を持つ新川君の右手を取り押さえ、
「こっの、バカ野郎が!!!!」
「ぐはっ!」
彼の顔面に強烈な拳を叩き込んだ。
「がはっ!…っぁ…」
渾身の一撃を顔面に喰らった新川君は鼻血を出し、床に倒れて意識を失った。
神崎君は気絶している新川君に近づき、彼が持っていた注射器を取り上げた。
「恭二……。まさかお前がそこまで追い詰められてて、これほど俺のことを憎んでいたなんて……。何で気付いてやれなかったんだ……。俺がもっと早く気づいてやれば、こんなことにはならなかったかもしれなのに……」
拳を強く握りプルプル震えて俯いている神崎君の背中にそっと手を置き、声をかける。
「時間はかかるかもしれないけど、また新川君と前みたいに仲良くなれるよ」
「朝田……」
すると、ドアの外が少し騒がしくなる。
「おい、鍵が開いているぞ!」
「まさか……。隼人さん、シノンさん!」
玄関のドアが開いて2人の少年が入って来た。
1人はやや長めの黒い髪をした黒のライダージャケットを着た少年、もう1人はハネッ毛の黒髪をしたオレンジのパーカーの上に黒と白のスタジャンを着た少年だ。
「隼人さん、ケガしてますけど大丈夫ですかっ!?」
「犯人とやりあった時に、ちょっと口を切っただけだから安心しろ」
神崎君はハネッ毛の少年を落ち着かせると、黒のライダージャケットを着た少年に注射器を渡した。
「キリト、お前が言った通り、犯人は何かの薬品が入った注射器を持っていた。これに入っている薬品を警察が調べたらすぐにわかるだろ」
今、黒のライダージャケットを着た少年のことをキリトって……。もしかして、あの少女みたいなアバターを操っていたのが彼なんだ。ということは、ハネッ毛の少年がリュウなんだね。よく見てみると、私が知っているリュウとは髪型が違うだけでほとんど変わりない。
神崎君がキリトとリュウと話し終えると私の方に歩み寄ってきた。
「遅れて悪かった、朝田。お前に怖い思いをさせてしまって……」
「別にあなたが謝らなくてもいいわよ。それよりも助けに来てくれて、ありがとう……」
すると、神崎君たちは軽く笑みを浮かべる。
「言っただろ、お前を絶対に殺させないってな。もう忘れたのか?」
私は首を軽く振って答える。すると、何故か両目から涙が溢れ出す。
「あ、あれ……」
涙は止まることなく、神崎君がそっと抱きしめてくれた。
キリトとリュウがやって来てから数分後には、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。サイレンの音がしなくなると、車のドアが開いて閉まる音がし、足音が聞こえてくる。
あれから、部屋に4人の警官と1人の刑事がやってきた。やってきた刑事さんは、神崎君の知り合いのお父さんらしく、すぐに何が起きたのか理解して対応してくれた。キリトとリュウは事情聴取のために2人の警官と共に最寄りの警察署に行き、新川君は逮捕されて警察病院に運ばれた。そして、私と神崎君も念のためにと覆面パトカーで別の病院に送られた。
病院に着くと念のために検査され、私も神崎君も軽い切り傷や打撲で特に異常なしと診断結果が出た。その後、刑事さんによる事情聴取が行われ、午前2時過ぎに医師が精神的ストレスが限界と判断し、事情聴取の続きは明日となった。
病室から出て薄暗い病院の廊下を歩いていると、自動販売機のコーナーの前にあるベンチに誰かが腰掛けている姿があり、近づいてみる。そこにいたのは、神崎君だった。
「神崎君」
「朝田か。今日の事情聴取は終わったのか?」
「ええ」
そう答えて彼の隣に座る。だけど、この場には私たち2人しかいなく、何も話さず黙っていた。
私はGGOでシノンとして神崎君……カイトにキスをして自分の想いを告げた。そのことを思い出して無性に恥ずかしくなってしまう。いくらゲームの中だとはいえ、あれは私のファーストキスだった。もしも、あれが神崎君/カイトにとってもファーストキスだったら……。なんて説明したらいいのか必死に考えていると、神崎君の口が開く。
「朝田、お前が……いやシノンが用意したグレネードが爆発する前のことで言いたいことがある」
「な、何……?」
「俺は、朝田のことを……シノンのことをずっと気にかけていた。お前のことが心配だから、昔の俺を見ているみたいだからだろうって思っていた。だが、さっきシノンに告白されてからやっと自分の本当の想いに気が付くことができた。そんな鈍い奴を好きになっていいのか?それに自分で言うのもあれなんだが、俺は周りから無愛想で目つきや口が悪いと言われている奴だぞ。喧嘩っ早いし、あと恋愛ごとに関しての知識や経験もほとんど無い。後悔しても知らないぞ…」
何を言ってくるのかと思ったらそんなことだったのかと思い、笑ってしまう。
「もちろん全部知っているわよ。あなたって本当に不器用な男ね」
「フンッ……」
私にそう指摘され、神崎君はそっぽを向く。だけど、すぐに私の方に真剣な表情で顔を向けてきた。
「朝田……いや
不器用な彼らしい告白。人殺しと呼ばれた私なんかが彼のことを好きになる資格もなく、このことを彼に知られて嫌われるのが怖いと思っていたが、彼の想いを知り、そう言われて凄く嬉しかった。
「もちろん。カイトだけでなく神崎君……いえ
「…ああ」
そう告げ、少し間が空く。沈黙した空気の中、
「詩乃、その眼鏡って確か度は入ってないんだったよな?」
「え?ええ…。どっちかというとお守りでつけてるから…」
「じゃあ…外しても問題ないな」
そう言うと隼人は片手で私をそっと抱き寄せて、私の眼鏡を外し、目を閉じて唇を重ねてきた。私は嫌がることもなく、黙って隼人からのキスを受け入れた。
「これからよろしく頼む、詩乃」
「ええ…こちらこそよろしくね、隼人」
私と隼人はそれからしばらくの間、2人の世界に入り浸っていた。
旧版でもそうでしたが、今回の前半部分は本当に胸糞悪くなりました。でも、仮にザザがいなかった場合カイトとシノンが付き合うことになっても本編みたいにならなかったのではないのかと思いました。
ちなみに、中の人繋がりで黄金の精神の持つジーク君や炭治郎を見習って欲しいなと思いました(笑)
そして、ついにリメイク版でもカイトとシノンがついに結ばれました。リュウ君とリーファだけでなく、この2人のイチャイチャも書いていきたいと思います(笑)
実はTwitterの方でリュウ君のディーアイエルへの処刑シーンを先行公開させていただきました。アンダーワールド大戦時のリュウ君に、クローズに加えて何の仮面ライダーの要素が多く含まれているのかネタバレになってしまいましたが、後悔はしてないです。ちなみに、当初の予定になかったアサルトウルフの要素も少しだけ含まれています。あと、クウガのジャラジ戦の要素が含まれていそうだという方々がいますが、その要素は一切含まれてないです。
個人的感想ですが、挿入歌にJ-CROWN&Taku from 1 FINGERさんの「Burning My Soul」を聞きながら読むと一味違うと思います。
https://twitter.com/glaiveblade/status/1323261687076585473
GGO編本編も次回で最終回となる予定です。
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第20話 守れた命
2021年最初の投稿になります。
今回はリメイク版ファントム・バレット編最終回になります!
あの事件から2日が経とうとしていた。
この日、私は学校の敷地内にある花壇の縁石に腰掛けて、12月の寒い風が吹く中、ある人物たちが来るのを待っていた。
10分近く待ち続けていると、甲高い笑い声と共に複数の足音が近づいてきた。校舎の北西端と焼却炉の間から現れたのは、遠藤と取り巻きの2人だった。遠藤たち唇を歪め嗜虐的な笑みを浮かべた。
私はカバンを置いて遠藤たちに向かって言った。
「呼び出しておいて待たせないで」
「朝田さぁ。最近マジちょっと調子乗ってない?」
「本当、ちょっと酷くなーい?」
「別にいいよ。
遠藤たちはいつものように悪い笑みを浮かべ、お金を要求してきた。
対する私は一旦拳を強く握り、度の入っていないNXTポリマーレンズのメガネを外し、睨みつけてこう言い放った。
「前にも言ったけどあなたにお金を貸す気はない」
「今日はマジで兄貴から
怒った遠藤は、大量のマスコットが付いた通学用のカバンからモデルガンを取り出した。右手に持つと私に銃口を向けてきた。
その瞬間、いつものように心臓の鼓動が早くなり、呼吸が苦しくなってしまった。
「これ、絶対人に向けんなって言われたけどさ。朝田は平気だよな。慣れてるもんな。ほら泣けよ。朝田。土下座して謝れよ」
やっぱりダメなのかと諦めそうになっていた時だ。
不意に「お前なら大丈夫だ。俺が付いている」と隼人/カイトの声が聞こえた気がした。
――そうだ、今の私には隼人/カイトがいるんだ。
銃の扱いがわからずトリガーを引けずにいる遠藤から、モデルガンを奪い取った。
「1911ガバメントか。お兄さん、いい趣味ね。私の好みじゃないけど。大抵の銃はセーフティーを解除しないと撃てないの」
唖然としている遠藤たちに説明しながら、手慣れた手付きで安全装置の解除とハンマーを起こす。
6メートルほど離れた焼却炉の傍らに、引っくり返されているポリバケツの上にある空き缶があるのを見つける。それに銃口を向けて構え、トリガーを引いた。すると、発射された弾は空き缶に命中し、ポリバケツから落ちた。
私が遠藤たちの方を見た途端、彼女たちは怯んだように口元を強ばらせて半歩後退った。
「や、やめ……」
「確かに、人には向けないほうがいいわ。これ」
そう言いながらモデルガンのセーフティーをかけて遠藤に渡した。
ハッと我に返った遠藤は「覚えてろ!」と捨て台詞を吐き捨てて、取り巻きたちと共にこの場から逃げ去っていく。
遠藤たちがいなくなった途端、両足から力が抜けて、この場に倒れそうになるが、何とか堪えた。
「やっぱりまだキツイわね……」
でも、私にとって大きな一歩になっただろう。そう言い聞かせ、眼鏡を掛けなおしてこの場から去っていく。
校門に向かっていると、学校の敷地を囲む塀の内側に何人かの女子生徒が集まって、チラチラと校門を見て何か話している光景が見えた。
その中に同じクラスでそこそこ仲の良い2人の女子生徒がいるのに気が付き、彼女たちに歩み寄った。すると、2人も私に気が付いて声をかけてきた。
「朝田さん、今帰り?」
「うん。何かあったの?」
「校門のところに、この辺の学校の制服じゃない男の子がいるの。バイク停めて、ヘルメットを2つ持っているからウチの生徒を待っているんじゃないかって。悪趣味だけど、相手がどんな人なのか興味あるじゃない?」
「その男の子ってどんな人なの?」
「明るめの茶髪で、大人びた感じの男の子だよ」
「なんか漫画やドラマに出てくるクールなイケメンって感じだよね」
何処か興奮したように語る2人。
明るめの茶髪でクールなイケメンとなると彼しか思い浮かばない。すぐに時計を確認してみるとすでに約束の時間は過ぎていた。こっそり塀から覗くと、校門の近くに1台のバイクを停め、2つのヘルメットを用意して待っている隼人の姿があった。
隼人は私に気が付くとこっちに歩み寄ってきた。
「詩乃。遅かったから心配したぞ」
「ご、ゴメン。ちょっと色々立て込んでて……」
「まあ、何もなかったからいいが……」
でも、こうやって迎えに来てくれて凄く嬉しかった。
隼人と話していると、先ほどの2人が声をかけてきた。
「え?そのクールなイケメンさんって、朝田さんの知り合いだったのっ!?」
「もしかして彼氏っ!?」
「え……えっと……」
「彼氏だが、どうかしたのか?」
恥ずかしくて中々言えずにいると、隼人が堂々とそう宣言した。頬が熱くなって赤く染まっていくのが伝わってくる。本当のことだけど、凄く恥ずかしい。
周りにいた女子生徒の中には羨ましがっていたり、「彼女持ちだったんだ…」と残念そうにしている人もいた。
「そ、そうだったんだ~。だったら2人の邪魔しちゃいけないよね~」
「うん。じゃあね、朝田さん。今度詳しい話教えてね」
後ろから2人にそう言っているのが聞こえる。
「まさか、こんなに注目されるものだったとはな……」
「校門の前に他校の生徒がバイク停めて、2つヘルメットを持って誰かを待っていたら目立つのは当たり前でしょ」
「そういうものなのか……」
改めて隼人は恋愛事には不器用だなと思ってしまう。でも、私は隼人のこういうところも好きだ。
「ヘルメットだが、姉貴や妹が一緒に乗る時に使っているので勘弁してくれ」
そう言って渡してきたのは1つのフルフェイス型のヘルメットだった。私は「構わないわ」言いながら、ヘルメットを被る。
隼人もヘルメットを被り、バイクに乗った途端、何かに気が付いて振り返って声を掛けてきた。
「ところで、スカートは大丈夫か?」
「体育用のスパッツはいているから心配ないわ」
「そういう問題なのか?だとしても、他の男に見られるのはあまりいい気になれないが……」
「隼人もそういうのは気にするんだね」
「当たり前だ」
流石に少しは取り乱すかなと思っていたが、こういう話をしてもポーカーフェイスを崩す様子はない。私が思っていた以上に隼人は手ごわそうだ。
「危ないからしっかり掴まっていろよ」
「ええ」
バイクのリアシートに乗り、隼人の身体にギュッと手を回す。そして私たちが乗るバイクは走り出した。
走り出して大通りに出ようと路地を抜けていく。走り続けている内に、止まれの標識がある交差点に差し掛かり、そこで一時停止する。車や歩行者が来てないことを確認し、進もうとした時だった。
突然、目の前に知っている3人……遠藤たちが現れた。
「朝田、今日の放課後は彼氏とデート?随分といい御身分だね」
遠藤は何か悪巧みしているような笑みを浮かべ、嫌見たらしくそう言ってきた。さっきのことで逆恨みしてきたのだろう。
「彼氏さん、いいことを教えてあげるよ。今アンタの後ろにいる女は、小学生の時に銃で人を撃った人殺しなんだよ」
「オマケに銃を見るとゲロって倒れるんだよね~」
「ソイツと別れた方が自分のためだと思うよ」
悪人のようにゲスな笑みを浮かべる遠藤たち。それは不快な気持ちになるような笑みだった。
何も言い返せずにいる中、隼人は遠藤たちにこう言い放った。
「それがどうした?俺にはお前たちの方が性根が腐りきったゲスな女に見えるんだが」
「何だとっ!?テメー、調子に乗っているんじゃねーぞ!!」
逆上した遠藤は、先ほどのモデルガンを取り出し、隼人に銃口を向ける。
「さっき朝田に2万貸してって頼んで断られたから、アンタが代わりに2万出してもらおうかな?撃つ前に早く出した方が身のためだと思うよ?」
隼人の方もついに堪忍袋の緒が切れたのか、バイクから降りてヘルメットを取り遠藤たちを睨む。
「こ、この前の……」
遠藤たちは、何処かの下弦の鬼たちが目の前にいる人物が無惨様だと分かった時みたいに隼人にビビッてしまう。流石に「
隼人はバイクから降り、ゆっくりと遠藤たちに近づく。そして、遠藤のモデルガンを持っている方の腕を掴み、怒りが籠った声で問いかける。
「貴様、これを俺に向けて一体どうするつもりだ?」
「こ、これは……その……」
声を震わせながら言い訳しようとする遠藤から、モデルガンを取り上げて地面に叩きつけて破壊。もう一度、遠藤たちを獲物を狙うライオンやトラのような眼をして睨んだ。
「お前達は悪運がいいな。俺達はこれから人に会う約束をしてる。お前達みたいな奴らに構ってる暇はないから今回は見逃してやるが、今度また詩乃に関わってみろ。次はただじゃ済まさないぞ。分かったら今すぐ俺たちの前から失せろ!!」
「「「ひ、ひいいいいいいいいいいいいっ!!ごめんなさあああああいいいいっ!!」」」
隼人の気迫にビビッて、泣きながらこの場から慌てて逃げ去っていく遠藤たち。その姿は哀れなものにしか見えなかった。
「これでアイツらがお前に関わってくることはないだろう。もしも、詩乃にまた何かしてきたときは、すぐに幼馴染の親父さんに言って警察に突き出してやるから安心しろ」
「隼人、ありがとう。私、いつもあなたに助けられてばっかりだね」
「気にするな。自分の彼女を守っただけだ。男が大切な人を守ろうとするのは当たり前のことだろ」
その言葉にドキッとする。隼人は私のことを大切な人と言ってくれた。それがとてつもなく嬉しい。
私たちがやって来たのは、銀座にあるいかにも高級そうな喫茶店だった。こういうところには入ったことがないため、狼狽えてしまう。隼人が「俺も初めてだから大丈夫だ」とポーカーフェイスを崩さずにそう言ってきて落ち着くことが出来た。
「いらっしゃいませ、お二人様でしょうか?」
「いや、待ち合わせで……」
隼人は白いシャツに黒蝶ネクタイのウェイターさんにそう言い、高級感あふれる喫茶店内を見渡すと、その中にいた太い黒縁眼鏡をかけてスーツを着た男性がこちらに気が付き、無邪気な笑みを見せながら手を大きく振る。
「おーいカイト君、こっちこっち!」
手を振っているメガネをかけた男性の隣には、少し不機嫌そうにしてその男性を見ているキリトがいた。私たちはそこへ行き、向かい側に空いている席へと座った。
「遅いぞ、カイト」
「文句なら俺たちを足止めしたあの女どもに言え。アイツらのせいで遅れたんだ」
「いや、どこの誰だよっ!」
隼人とキリトが話をしている間にウェイターさんが私と隼人にメニューとおしぼりを持ってくる。メニューを見てみるとのものもほとんどが4ケタの値段で驚いてしまう。
「さ、2人もお金のことを心配しないで何でも好きに頼んでよ」
「カイト、シノン。この人が全額奢ってくれるっていうから、遠慮なんていらないぞ。どうせ代金は国民の血税だからな」
キリトの言葉にフッと軽く笑う隼人。
「そう言うことなら安心して頼めるな」
「カイト君まで……。リュウ君は遠慮してくれたのに……」
隼人とキリトの言葉にメガネをかけた男性は苦笑いを浮かべる。
「ところで、リュウはどうしたんだ?」
「リュウならスグを迎えに行っているよ。散々心配かけたから迎えに来いって言われてな」
「それは迎えに行かないと怖いな」
キリトが言っていた『スグ』というのは、恐らくリュウの彼女だろう。そう考えながら、私はメニューを見てオーダーする。私が頼んだものだけでも2200円で、隼人とキリトのも合わせると合計金額はかなりのものとなった。
ウェイターさんが注文したものを確認すると、この場から去っていく。すると、メガネをかけた男性は私に名前を名乗って、1枚の名刺を渡してきた。私もその人に自分の名前を名乗る。メガネをかけた男性は、総務省通信基盤局の菊岡誠二郎さんという人らしい。
菊岡さんの話から、現時点で判明している事件の内容を聞かされた。
あの事件の直後、新川君、ステルベンこと新川昌一/ザザ、ビーンこと芦原賢一/ソニーが逮捕された。
新川昌一と芦原賢一の供述から、SAOでジョニー・ブラックというプレイヤーネームを名乗っていた金本敦という男も共犯者の1人だということが判明した。金本敦はまだ逮捕されてなく、サクシニルコリンのカートリッジを1本持って逃亡中だという。しかし、菊岡さんの話によると彼も捕まるのも時間の問題らしい。
死銃が誕生したのは、リアルマネートレードで透明化できる能力を持つマント、メタマテリアル
同じ頃、新川君はキャラクター育成の行き詰ったという。 AGI型万能論だという偽情報を流したゼクシードを深く恨み、更に自分より遅く始めた友達……カイト/隼人がどんどん強くなっていくことに焦っていた。
その話を聞いた晶一は、新川君の友達がSAOで因縁があったカイトだと知り、ゼクシードの本名と住所を教えてどのように粛清するか話しを持ち掛けた。連日ゼクシードをどう粛清してやろうか話し合う内に、今回の《死銃事件》の計画が出来上がり、同時に新川君もカイト/隼人に対して憎悪を抱くようになってしまった。最終的に、彼らのお父さんが経営する病院から緊急時に電子錠を解錠するマスターコードと高圧注射器、劇薬のサクシニルコリンを盗み出す算段をつけた。
彼らは念入りに下調べをし標的をセキュリティの低い場所で一人暮らしをしている人物に絞り、2人だけで犯行を行うのが困難だということで、興味本位でGGOをプレイしていた芦原賢一を仲間に引き入れた。芦原は、再びSAOの時みたいに刺激的なゲームを楽しめることが出来ると喜んで協力したという。
昌一と芦原が現実世界の実行犯とゲーム内のサポート役を交代で行い、新川君が死銃でもあるスティーブン……《ステルベン》で、ゼクシードと薄塩たらことガイの3人を銃撃した。
だが、GGOのプレイヤーたちは死銃に怯えるどころかデマ扱いをしていたため、今回の大会でも私を含めて3人を殺すこととなった。今回のターゲットは、標的はゼクシード達と同じ条件を満たす《ペイルライダー》、《ギャレット》、そして私だった。
更に金本敦を仲間に引き入れ、金本に《ペイルライダー》と《ギャレット》の実行役をやらせ、新川君が私の担当を引き受けたという。昌一の供述に基づく話によると、今回に限って新川君が固執したらしい。
大方話を聞いた中で、死銃たちの一味で
「ところでエイビス……アビスの方はまだ何もわからないのか?」
キリトの言葉に、菊岡さんは渋い表情をする。
「そうだね。彼のことは調べれば調べるほど謎だらけだよ。一応SAOでの彼のデータを調べてみたけど、リアルの本名も住所、何もかも不明。デスゲーム中に何処の病院に搬送されたのかさえも記録にはなかったんだよ。ログイン先やプレイヤー情報も調べたけど、複雑なコードで細工されててまだ解析できてないんだ」
それを聞いた隼人も菊岡さんに尋ねる。
「SAO対策チームのリーダーだったアンタでも分からないのか?じゃあ、新川昌一と芦原賢一から何か聞き出せないのか?」
「その2人もGGO内でコンタクトを取っていただけで、リアルに関する情報は一切知らないって供述してたよ。まあ、唯一分かっているのは、GGO内で向こうから接触してきて、今回以外はただ傍観しているだけだったらしい」
「カイト。お前はアビスについてどう思っている?」
「アビスだけじゃなくてPoHにも言えることだが、アイツらは
キリトと隼人は怖い顔をしてそんなことを話していた。私はアビス、そして彼の相棒のPoHという人物のことはよく知らない。それでも隼人の言う通り、明らかにただ者じゃないという、そんな気がした。
更に、菊岡さんが新川昌一のことを話してくれた。
彼は幼い頃から病気がちで、中学校を卒業するまで入退院を繰り返し、高校入学も一年遅れたらしい。そのため、総合病院のオーナー院長を務めるお父さんは弟の新川君を後継者にしようとした。新川君には家庭教師を付けるなどしたが、兄の昌一の方はほとんど顧みなかった。兄は期待されないことで、弟は期待されることでまた追い詰められたのかもしれないと、聴取に応じた父親が話していたらしい。
それでも、兄弟仲は悪くなかったらしい。晶一はMMORPGにのめり込み2022年《ソードアート・オンライン》に捕われた。ソードアート・オンライン……SAOから生還した後、新川君だけにこう語った。自分はあの世界で多くのプレイヤーを殺し、真の殺戮者として恐れられたことを。新川君にとって、兄は英雄に見えていたそうだ。
菊岡さんの話が一通り終わると、隼人はあることを尋ねた。
「なあ菊岡、恭二はこれからどうなるんだ?」
「逮捕された3人は未成年だから医療少年院に収容される可能性が高いと思うよ。実際、人が5人も死んでいるからね」
「それで面会できるのはいつになる?」
「送検後もしばらくは拘置されるから、鑑別所に移されてからになるかな」
「恭二は俺がもっと早くにアイツの気持ちに気づいて相談に乗っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。アイツがこうなったのには俺にも責任がある。恭二が俺のことを憎んでいようが関係ない、俺はアイツのことは今でも友達だと思っている。」
「だったら、私も彼に会いに行きます。会って、私が今まで何を考えてきたか、今何を考えているか話したい」
私たちの言葉に菊岡さんは微笑を浮かべ、言った。
「うん、2人は強い人だ。 ええ、是非そうしてください。面会できるようになったらメールでご連絡しますよ」
そしてちらりと左腕にしている腕時計を見て言った。
「ああ、申し訳ないがそろそろ行かなくては……。その前にキリト君、カイト君。ソニーとザザ、芦原賢一と新川昌一から君たち2人に……いやリュウ君を含めた3人に伝言を預かっている。もちろん、それを聞く義務はない。どうする?」
2人が頷いて答えると菊岡さんはメモを取り出し、それに眼を落した。
「それでは、えぇ……『これが終わりじゃない。終わらせる力はお前たちにはない。すぐにお前たちもそれに気づかされる。イッツ・ショウ・タイム』以上だ」
喫茶店から出て菊岡さんと別れた後、私は隼人とキリトがバイクを停めたところへと向かう。
「何か、すっきりしない終わり方だったな」
「ああ。まだ逮捕されていないジョニー・ブラックに、謎に包まれているアビスとPoH。だが、何よりも気になるのは菊岡だ。アイツは本当に総務省の役人なのか?」
「実は前にリュウと一緒に菊岡を尾行したんだけど、アイツは霞ヶ関じゃなくて市ヶ谷に向かっていたんだよ。途中で見失ってしまったけどな」
「市ヶ谷にあるのは総務省じゃなくて防衛省だろ?まさか、アイツは防衛省……自衛隊の人間だっていうのか?」
「俺だって知りたいよ」
隼人とキリトは菊岡さんが何者なのか話し合っていたが、結局正体はわからなかったため、この話を終えることにした。すると、隼人は私の方を見てこう言った。
「詩乃、この後は時間あるか?お前に会って欲しい人がいるんだ」
「別にいいけど……」
隼人のバイクに乗り、連れて来られたのは台東区御徒町の裏通りにある黒い木造の小さな店だった。ドアの上に揚げられた2つのサイコロを組み合わせたデザインの金属製の飾り看板には《Dicey Café》とあった。どうやら喫茶店のようだ。その入り口には2人のバイクとは別に、1台のバイクが停まってある。
「リュウのバイクが停まっているってことは、すでに全員集まっているみたいだな」
「そのようだな」
2人に連れられ、中に入る。
「いらっしゃい」
中に入ると店のカウンターには巨漢でスキンヘッドの頭をした黒人のマスターが迎えてくれた。客席には他校の制服を着た3人の少年と4人の少女がいた。その中にはリュウの姿もあった。
「おそーい!待っている間にアップルパイ2切れも食べちゃったじゃない。太ったらキリトとカイトのせいだからね」
2人に文句を言ってきたのは茶髪のショートヘアーをしたそばかすが特徴の少女だった。
「何でそうなるんだ。遅れたのはカイトのせいだから、文句ならカイト1人に言ってくれよ」
「おい!」
「まあまあ。キリト君、カイト君、早く紹介してよ」
栗色の長い髪をした少女が話すと隼人が私のことを紹介する。
「ああ。彼女は朝田詩乃。第3回バレット・オブ・バレッツのチャンピオンとなった【シノン】。そして俺の・・・彼女だ」
最後の
「やっぱりね~」
「まさか昔から女っ気が無い隼人に彼女ができるとはな!後で隼人には事情聴取が必要みたいだな」
先ほど隼人とキリトに文句を言っていた少女と背が高めの黒髪をした少年が、隼人の方をニヤニヤと見ながら、私の方に近づいてきた。
「あたしはSAOで鍛冶屋をしていたリズベットこと篠崎里香。よろしく」
「オレはザックという槍使いだった桜井響だ。隼人とは幼馴染だから、コイツのことなら何でも俺に聞いてくれ。よろしくな」
すると、栗色の長い髪をした少女に、茶髪を短めのツインテールにした小柄な少女、黒髪を眉の上と肩のラインでカットした少女、中性的な顔立ちをした茶髪の少年が寄って来た。
「初めまして。わたしはSAOで《血盟騎士団》というギルドで副団長を務めていたアスナこと結城明日奈です。よろしくね」
「SAOではシリカというキャラネームで短剣使いのビーストテイマーでした。綾野珪子です。よろしくお願いします」
「キリトこと桐ヶ谷和人の妹の桐ヶ谷直葉です。皆と違ってSAOはプレイしていませんが、ALOでリーファというキャラネームを名乗ってプレイしています。よろしくお願いします」
「SAOではオトヤというキャラネームを名乗ってました、小野寺冬也と言います。よろしくお願いします」
「アンドリュー・ギルバード・ミルズ。SAOではエギルという名で、両手斧使いで商人でもあった。今後ともよろしく」
更にカウンターにいたマスターまで名乗ってきた。彼もVRMMOプレイヤーだったことに驚いてしまう。つまり、ここにいる全員が隼人とキリトとリュウの3人と同じく、全員がVRMMOプレイヤーってことになる。
自己紹介が終わり、隼人に連れられて桜井君と篠崎さんと結城さんがいるテーブルに空いているイスに、隼人も近くにあったイスを持ってきて私の隣に座った。キリトはリュウたちがいるテーブル席に座る。
そして隼人とキリトが今回の『死銃事件』についての内容を手短に説明した。途中、キリトとリュウの2人は自分たちの彼女に、隼人は桜井君にちょっと怒られもした。あれだけのことがあったから3人が怒られるのは仕方がないと思う。
「まあ……ともあれ、女の子のVRMMOプレイヤーとリアルで知り合えたのは嬉しいな」
「本当だね。友達になってくださいね?朝田さん」
篠崎さんと結城さんが笑みを見せてそう言ってきた。しかし、私は2人のことを受け入れることができなかった。
あの事件以来、私には友達と言える存在がいなくなった。私の過去を知ったら、私を避けるに違いないだろう。彼女らとは友達になりたいと思いつつもそれは望めないことだ。
そんな中、隼人が話しかけてきた。
「詩乃、日この店に来てもらったのには理由がある。怒ったりするかもしれないと思ったけど、俺たちは詩乃に伝えたいことがあるんだ。そのことで、まずはお前に謝らなければならない」
隼人は深く頭を下げてから、私を凝視した。
「実はここにいる全員に詩乃の昔の事件のことを話した。協力してもらうにはどうしても必要だった」
「え……?」
「実はあたしとザックとシリカとオトヤの4人で昨日の学校を休んで、以前あなたが住んでいた町に行ってきたの」
篠崎さんの言葉に驚きを隠せなかった。そこはあの事件があったところで、忘れたい、二度と帰りたくない場所だ。
――皆がそのことを知っている?
怖くなってこの場を離れそうとしたが、隼人が私の腕を掴んだ。
「詩乃、待ってくれ。お前はまだ会うべき人に会っていない、聞くべき言葉を聞いていないと思ったからだ。お前を傷つける、お前に嫌われるかもしれないが、どうしても俺はそのままにしておけなかった」
「え……?会うべき人、聞くべき言葉……?」
呆然としていると結城さんが立ち上がって、店の奥に見えるドアへ歩いて行った。そこにあるドアが開けられると、30歳くらいの1人の女性と小学校に入学する前だと思われる1人の女の子が出て来た。顔がよく似ているから、きっと親子なのだろう。でも、この親子は誰なんだろう。
女性が深々と一礼すると、微かに震えを帯びた声で名乗る。
「はじめまして。朝田……詩乃さん、ですね?私は大澤祥恵と申します。この子は瑞恵、今年で4歳です。この子が生まれてくる前は……市の郵便局で働いていました」
大澤さんが働いていた郵便局に心当たりがある。そこはあの事件があった郵便局だ。もしかして、彼女はあのとき、犯人に銃口を向けられていた女の職員の人……。
「ごめんなさい……。本当にごめんなさいね、詩乃さん。もっと早くあなたにお会いしなければならなかったのに……。謝罪もお礼すらも言わずに……。あの事件のとき、お腹にこの子が居たんです。だから詩乃さん、あなたは私だけではなく、だけではなくこの子の命も救ってくれたの……。本当に……本当に、ありがとう。ありがとう……」
「命を……救った……?」
私はあのとき、犯人を撃ち殺した。でも、それと同時に救った命もある。
隣にいた隼人が話しかけてきた。
「詩乃、お前はずっと自分を責め続けてきた。自分を罰しようとしてきた。それが間違いだとは言わない。だが、お前には、同時に自分が救った人たちのことを考える権利がある。そう考えて、自分自身を許す権利がある。俺にも前に似たようなことがあった……。それは、俺は仲間がいたから乗り切ることができた。だから今度は俺が……」
すると、瑞恵ちゃんが椅子から降りて、私の方に来た。肩にかけたポシェットから1枚の四つ折りにした画用紙を取り出す。それを広げ差し、私に出してきた。
画用紙にはクレヨンで男の人1人と女の人1人、そして小さな女の子が1人描かれていた。これは瑞恵ちゃんたち家族の絵に違いない。その上には覚えたばかりなのだろう平仮名で、『しのおねえさんへ』と書かれていた。
「しのおねえさん、ママとみずえを、たすけてくれて、ありがとう」
瑞恵ちゃんの言葉を聞き、私は堪えきれずに涙を流し始める。隼人はそんな私を優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。
過去の全てを受け入れるには、まだまだ時間がかかるだろう。それでも今の世界が好きだ。何故なら、隼人/カイトがいるのだから。彼が一緒なら、生きることが苦しくても、歩き続けることが出来る。その確信がある。
やっとリメイク版のファントム・バレット編を完結することが出来ました。思わずEDに「「Startear」をはじめ、「Unperfected World」や樹海さんの「ヒカリ」、LiSAさんの「炎」を聞いてしまいました(笑)
旧版の内容を修正しただけですが、中盤の菊岡さんの説明のところが難しくて思っていたより時間がかかってしまいました。ちなみにソニーの本名の芦原賢一は、ソニーのモデルの1人トリガー・ドーパント/芦原賢を元にしました。結局、アビスはリメイク版でも明らかになることはありませんでした。ですが、今後の展開で奴の正体は明らかになります。
去年のアニメを見た人はわかると思いますが、シノンには今後過酷な運命が待っています。ですが、本作には最強のシノンセコム、カイトがいるのでご安心していただければと思います。
次回から数話番外編をとなり、キャリバー編、マザーズロザリオ編といきたいと思います。
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番外編3 妖精界への帰還
久しぶりの投稿ですので、文章がおかしいところがあるかもしれないです。
※前にTwitterの方でもお知らせしましたが、リュウ君がSAOやALOで使用する武器名を変更しました。以前の話も時間を見つけて修正していきたいと思います。
死銃事件を解決してから既に数日が経過した。死銃事件関連以外にもちょっとトラブルがあったがひと段落し、俺とキリさんは無事にALOに再コンバートして戻ることができた。
そして、ALOに戻った俺は今、アルンの北側のテラスへ向かって飛翔をしている。
そこに向かっているのはリーファから呼び出しのメッセージを受けたからだ。理由はついてから話すと書かれていて、俺の中ではどうして呼び出しを受けたのか若干の不安もあった。
勝手にALOからいなくなって説教を喰らうのか、それとも
そんな不安を抱いて飛翔を続けている内に目的地であるアルンの北側のテラスまでやって来た。時々フリーマーケットやギルドイベントに利用されているが、今日は特にイベントもなく閑散としていた。アルンの北側は大した建築物もないため、観光しているプレイヤーの姿もない。
プレイヤーが1人もいないその場所の中央に、金髪の長い髪をポニーテールにした緑と白をベースとした服に身を纏っている少女が1人でぽつんと立っていた。
俺はその少女の前に降り立った。
「リーファ、お待たせ。ちょっと遅くなっちゃったかな」
「あたしとの待ち合わせの時はいつもあたしより早く来るのに、今日は遅れて来るなんて珍しいね、リュウ君」
俺たちはデートの待ち合わせの時みたいな会話を交わす。しかし、明らかにいつもとはリーファの様子が違うのがわかる。
この場は沈黙した空気に包まれ、風の音だけがする。やがてリーファが口を開いた。
「リュウ君、今ここであたしと戦って」
そう言いながら左腰の鞘に収めている長刀を抜き取る。
「え?どうして……?」
「勝手にあたしの前からいなくなったんだから、これくらいのお願いを聞いてくれたっていいでしょ」
ジッと俺を見つめる緑色の瞳からはリーファの決意が伝わってくる。これは断るわけにはいかないな。
「わかった。だけど、いつも通り手加減はしないからな」
俺は右腰の鞘から愛剣《ドラグニティ・レイ》を抜き取る。
リーファとは手合わせで普段からよくデュエルをしている。戦績は俺の方が勝ち越しているが、 剣技と飛翔能力はリーファの方が一枚上手だ。俺の方が勝ち越しているのは、彼女よりも長く仮想世界で戦ってきた経験の差だろう。だから、仮想世界では負けるわけにはいかない。
俺は剣を持つ左手を少し前に突き出し、右手を剣先の方に添えるようにして構える。そして、リーファは剣道のように長刀を中段に構え、まっすぐ俺を見つめる。
雲に隠れていた日差しが差し込んだ瞬間、俺たちは同時に地を蹴った。
リーファは高く振りかぶった剣を一直線に斬り下ろし、俺は身体を横にずらしてそれをかわす。直後、愛剣を振り上げるが、リーファは長刀で的確に受け止める。
武器が弾かれる勢いを利用し、俺はバックジャンプして一旦距離を取り、リーファに突進して剣を振るう。片手剣ソードスキル《ソニックリープ》。
すると、リーファは長刀を両手に持ち直して防御の構えを用い、重い一撃で反撃してきた。両手剣ソードスキル《ホロウ・シルエット》。
「まさか両手剣のソードスキルで反撃してくるなんてな……」
リーファの長刀は、片手半剣……バスタード・ソードに分類され、片手持ちの時は片手剣ソードスキルを、両手持ちの時は一部の両手剣スキルを使用できる。その代わり、片手剣としては重くて使いづらく、両手剣としては軽くて威力が足りないというデメリットも存在するが、リアルで剣道部員のリーファにとってはちょうど良いらしい。
「スピード重視のリュウ君が、両手剣や両手斧相手には力勝負で苦戦しやすいのは知っているからね。だってリュウ君の剣裁きは数えきれないくらい見てきたんだから」
「やっぱりリーファが相手だと一筋縄ではいかないか。でも、俺だって何度もリーファの剣裁きを見て来たから条件は一緒だぞ」
間合いを取る俺たち。だが、すぐに同時に地面を蹴り、間合いを詰めて剣を打ち合う。1合、2合と何度も剣をぶつけ合い、火花を散らす。両者共に一歩も譲らない状態だ。
リーファが片手剣スキル《スラント》を放ってきて、俺は軽々とジャンプして空中回転しながら攻撃をかわし、彼女の背後に回る。そして剣を逆手に持ち替えて攻撃する。リーファは多少慌てながらも長刀で俺の攻撃を防ぐ。
「リュウ君やるね。今のはちょっと危なかったよ」
「あの状態から俺の攻撃を防ぐなんて流石だな、リーファ」
「やっぱりリュウ君と剣を交えてる時が最高に楽しいよ!」
「ああ。俺もだよ!」
無駄の一切ない、舞踏のように美しい動作で攻防一体の技を次々に繰り出してくる。俺は彼女のリズムに同期して剣を振り続けていた。
戦いの最中、今戦っている相手が最愛の人だということに、俺は歓喜にも似た感情を味わっていた。SAOで命がけで戦っていた時は、俺の傍に最愛の人がいて、その人と剣と剣の交わりで楽しむ日が来るとは思いもしなかった。
激しく剣がぶつかり合い、大きく間合いをとった瞬間、リーファはシルフの特徴であるライトグリーンの翅を出し、空へ飛び立つ。俺も左手に握る剣を順手に持ち直し、インプの特徴であるコウモリの羽みたいな形をした黒い翅を出してリーファを追うように飛んだ。
剣を振り下ろし、リーファがそれを受け止めたことで鍔迫り合いになる。そして同時に後ろの方へ飛んでいき、一旦間合いを取って再び何度も剣をぶつけ合う。
何度目かの激しい剣同士のぶつかり合いで体が弾かれたとき、リーファはそのまま宙を後ろに跳ね飛んで大きく距離を取った。そして、宙に浮く小島に着地すると上段の構えを取る。
――なるほど、真っ向勝負か。面白い。
俺もリーファが着地した小島より下の方にある小島に着地し、構えて迎え撃とうとする。しかし……。
「っ!?」
リーファの方を見た時
直後、リーファは長刀を振り下ろそうと俺の方に向かって飛んできた。俺も左手に《ドラグニティ・レイ》を持ったまま、リーファの方へと飛んでいく。
リーファは長刀を上段で構えたところで手放し、両手を広げて眼を半ば閉じてこちらに向かってきた。
俺も愛剣を手放し、こっちに向かって来るリーファを受け止める。
手放された2本の愛剣は宙を舞って地上へと落ちていく。
俺たちの体は正面から衝突し、一つになって回転しながら空を舞う。
「良かった…リュウ君、戻ってきてくれたんだね……」
「えっ……?」
リーファの口から出た言葉に唖然とする。そんな中、リーファは眼尻に涙が浮かべながら口を開いた。
「あたし、実はすごく不安だったの。アビスと戦っていた時のリュウ君、前に世界樹の頂上でレデュエと戦った時みたいに命がけで戦っているように見えたから、もしもリュウ君が負けて戻ってこなかったらどうしようって……。あたし、皆と違ってSAOのこと知らなかったから、アスナさん達からラフコフの事やファーランさんとミラちゃんの事を聞いた時……あたし…怖かった…。リュウ君がいなくなる事を想像したら…怖くて…目の前が真っ暗になりそうで…震えが…止まらなかったよ…」
「リーファ……」
リーファ……スグはあの時、俺とキリさんが帰ってくることを信じて笑顔で送り出してくれた。でも、本当はすごく不安だったんだ。その上、アスナさんやザックさん達からSAOでのラフコフの概要やファーランさんとミラの死の真相、そして俺とアビスの因縁についても聞かされたらしい。それらを聞いて不安にならない筈がない。
俺はリーファ/スグの彼氏なのに、彼女の気持ちを理解してあげられずに何をやっていたんだ……。そう思うと、俺はリーファを受け止めている腕に力を入れて、リーファを強く抱きしめる。
「ゴメン、スグ。勝手にいなくなって。君を危険な事に巻き込みたくなかった、けど返って不安にさせて……。ゴメンな……」
今度は俺の眼から涙が零れる。
「リュウ君」
すると、リーファは抱き着きながら右手で俺の頭を撫でてくれた。
「謝らなくていいよ。リュウ君が無事に帰ってきてくれたんだから」
「けど…俺が無事に帰ってこれたのは全部スグのおかげなんだ。君のおかげで俺は逃げ出さずに最後まで戦えたし、君やキリさんがいたからアビスたちを倒すことも出来た。どっちみち、俺1人で戦う力は何もなかったんだよ…」
「リュウ君ったら『プレイヤーは助け合いだ』って言ったこと忘れたの?あの時も言ったけど、リュウ君が辛い時はあたしがリュウ君の手を掴んであげるから。もちろん、これからもね」
「そうだったな…ありがとう、スグ。君が俺の手を掴んでくれたから、俺は挫けずに戦う事ができたんだ」
リーファと会話を交わしている内に、俺達はふわりと草の上に着地した。
地上に降りてからも抱き合ったまま数分間が経過した後、俺は微笑んでリーファの顔を見ながら話し始めた。
「そういえば、まだ言ってなかったな。ただいま、リーファ」
「おかえり、リュウ君」
俺がそう言うとリーファは微笑んで返してくれた。そして、俺の背中に回していた両手を俺の頬に当て、目を閉じて自分の唇を俺の唇に重ねてきた。
「んっ!?」
いきなりキスされたことに少々驚いてしまうが、俺は黙ってそれを受け入れる。彼女と付き合い始めて半年以上も経ち、何度も唇を重ねてきたが、未だにドキドキが止まらなくなる。
「り、リーファ……いきなりどうしたんだ……?」
「おかえりのキスくらいいいでしょ。今度はリュウ君からして」
「お、俺からっ!?」
「うん」
「でも、恥ずかしいな……」
「あ、あたしだって恥ずかしかったんだよっ!」
頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながら反論するリーファ。
―ーまあ、リーファには心配かけてしまったから、これくらいしてあげないと。
自分にそう言い聞かせて覚悟を決める。
「わかったよ。じゃあ、目閉じてくれるか?」
リーファはそれに応じて目を閉じ、今度は俺から自分の唇をリーファの唇に重ねた。
そして、キスを終えた俺たちは唇を離すが、恥ずかしさのあまり目を合わせられずにいた。
「「…………///」」
2人とも照れ笑いしている中、聞き覚えがある声がした。
「君たち、ちょっとベタベタし過ぎなんじゃないのか?」
その声に俺達はハッとなって離れて振り向く。
そこにいたのは少し不機嫌そうにしているキリさんだった。しかも、いたのは彼だけじゃない。
「まあまあキリト君。リーファちゃんもリュウ君のことが心配だったんだから大目に見てあげようよ」
妹が彼氏とイチャイチャしているのがあまり面白くないというキリさんを宥めるアスナさん。
「いや~、まさかリーファとリュウがイチャコラ……しかもキスしているところを見られるなんて。相変わらず甘いわね~」
「2人ともいいものを見させてもらったわ」
ニヤニヤして俺たちをからかうリズさんと微笑んでそうコメントするシノンさん。
「え、えっと……」
こういうのにまだ見慣れていなくて顔を赤くしているシリカ。
「クソォ!リュウだけ爆発しやがれ!」
悔しさのあまり地団駄を踏むクラインさん。
「まあまあ。クライン落ち着けって」
「…………」
そんなクラインさんをザックさんが宥め、カイトさんは憐れむように黙って見ていた。
苦笑いを浮かべてクラインさんたちを見ていると、何処からか殺気が伝わってきて反射的にその方向に振り向く。
そこにいたのは、手の血管をビキビキさせながら包丁を構え、俺に突進してくるレコンだった。
「えっ?」
レコンを見た瞬間、全身から血の気が引くのを感じた。
「キサマァァァァァッ!!」
「うわああっ!!」
俺は間一髪のところでかわし、体をガタガタ震わせながらレコンの方を見る。
「れ、レコン……?」
「よくもリーファちゃんの唇を……。よくもよくもォオオオオッ!!」
俺に対して怒りの炎を燃やすレコン。
「ちょ、ちょっと待てレコンっ!とりあえず落ち着いてっ!まずはその手に持っている包丁しまって、冷静に……」
「黙れぇえええええっ!!」
俺が最後まで言い終える前に、レコンはいつものように某ゲーム会社2代目社長のように逆ギレしてくるが、今回はあまりの威圧に俺はビビッてしまう。
「これはお前が悪いっ!全部お前が悪いっ!ちょっと顔がよくて強いからって調子に乗りやがってっ!」
怒りMaxのレコンは、マシンガンのように俺への一方的な文句を言いながら、俺の頬を左手の人差し指で何度も高速で突いてくる。
「俺、別に調子に乗っているつもりは……」
「殺してやる――ーー!!」
「うわぁあああああああっ!!」
「絶対に殺してやるっ!お前なんかっ!お前なんかっ!」
打った刀を折られて激怒するかの有名な某刀鍛冶さんのように包丁を振り回しながら追いかけてきて、俺はそんなレコンから必死に逃げる。
「レコン君落ち着いてっ!!」
オトヤが止めに入ろうとするが、怒りのあまり暴走するレコンを止めることはできなかった。
俺もこのままあの有名な鬼狩りの少年のように1時間追い回されるのではないかと半分諦めていた時だった。
突如、俺を追いかけるレコンの目の前を何かがビュン!と音を立てて飛んでいき、近くにあった木にダン!と音を立てて突き刺さった。
何なのかと思いながら、その方向に視線を向けると、そこにはノコギリが突き刺さっていた。
これを見たレコンは一気に顔を青ざめ、恐る恐るノコギリが飛んできた方を振り向く。するとそこには、どす黒いオーラを放って右手にハンカチを握りしめたリーファがいた。
「レコン、これ以上リュウ君を追いかけまわすと、刻むよ?」
リーファは何処かのネットアイドルみたいに、黒い笑みを浮かべて首を傾げながら手に持ったハンカチをねじる。
「す、すいません……」
これには流石のレコンもビビッて、すっかり大人しくなる。レコン以外のこの場にいた人たちはこのやり取りを何度も見ていることもあって、お約束のオチかというような感じで見ていた。
なんかいつもみたいにグダグダな雰囲気になってきたな。でも、皆とこうしているのは、数日前にGGOで因縁の敵たちと戦ったことを忘れさせてくれるくらい楽しいものだ。こんな日常がいつまでも続けばいいなと思う。
こんなことを思いながら、俺はリーファと手を繋いで自分たちの愛剣を探しに行く。
オマケコーナー
ALOの《イグドラシル・シティ》にあるキリさんとアスナさんが借りている部屋。そこで、俺とキリさんはリーファとアスナさんに床に正座させられて、あることを問い詰められていた。
「リュウ君、お兄ちゃん。これはどういうことなの?」
満面の笑みでそう聞いてくるリーファ。が、その笑みは明らかに怒っているというものだった。その隣にはアスナさんもいるが、彼女もリーファと同じ表情してキリさんを見ていた。2人ともメチャクチャ怖いです。
リーファとアスナさんが、俺達に見せてきたのは数日前に行われた第3回BoBに関する記事だった。見出しには同時優勝したカイトさんとシノンさんのことが大きく書かれていたが、2人が問い詰めているのはそこではない。その下にある『3位同時入賞したカップル』と書かれている癖のある長い黒髪をポニーテールにした少年に黒髪ロングヘアーの少女が抱きついている写真が載っているコーナーだった。
「この2人ってキリト君とリュウ君で間違いないよね?」
「「は、はい……」」
俺とキリさんは2人と目を合わせないようにし、ビクビクしながら答える。
アスナさんの言う通り、写真に載っている2人は俺とキリさんだ。
何故こうなったのかというと、GGOからALOに戻る少し前にこんなことがあったからだ。
GGOではキリさんは男の娘の姿をしたアバターだったこともあり、彼が男と知らずに言い寄ってくる男性プレイヤーは少なくなかった。キリさんもこれには困ってしまい、男性プレイヤー達から逃れるために「私にはこの人がいますので、ごめんなさい」と俺の左腕に抱き着いてきてきた。最終的にキリさんに言い寄ってくる男性プレイヤー達を撃退できたが、俺達はカップルと誤解されてしまうのだった。
「キリさん、だから言ったじゃないですかっ!あんな誤解を招くことはやめて下さいってっ!」
「し、仕方ないだろっ!あのプレイヤーたちしつこかったんだから、諦めてもらうにはああするしかなかったんだよっ!」
キリさんと言い争っていた時だった。
俺とキリさんの間を何かがヒュン!と音を立てて通り過ぎ、ダンッ!と音を立てて壁に突き刺さった。そちらに視線を向けると、壁に2本のハサミが突き刺さっていた。
これを目にした瞬間、俺とキリさんは顔を青ざめて、ハサミが飛んできた来た方を恐る恐る振り向く。そこには、満面の笑みを浮かべて先ほどより多くのドス黒いオーラを放っているリーファとアスナさんがいた。
「2人とも、今あたし達が話している最中なんだけど」
「今すぐ黙らないと……」
「「刻むよ?」」
「「す、すいません……」」
何処かのネットアイドルみたいなことを言う2人はもの凄く怖く、俺とキリさんは恐怖のあまりビビリながら謝る羽目になった。
彼女の兄とカップルと誤解され、他の男性プレイヤーからは妬まれ、しかも彼女にバレて問い詰められることになるなんて……。はっきり言って俺はこの件に関しては全く悪くない、むしろ被害者なのに……。
多分、日本中探しても彼女の兄とイチャイチャしていたと誤解を受けているのは俺だけだろう。俺は思わず何処かの天才物理学者のように「最悪だ」と口にしてしまった。
その時だった。
「まあまあ、2人とも。キリトはともかくこれ以上リュウを責めるのは可愛そうよ」
「その辺で許してやってもいいんじゃないのか?」
俺たちに助け舟を出してくれたのはテーブルで飲み物を飲んでいたシノンさんとカイトさんだった。
「確かにそういう風に見えてもおかしくないけど、少なくても2人にはそういう気はないって言ってもいいわよ」
「リュウもキリトもリーファやアスナの元に帰りたいことを言っていたからな」
シノンさんとカイトさんが誤解を解いてくれ、俺とキリさんは感謝のあまりに泣いてしまう。そんな俺をリーファが抱き締めてくれる。隣ではアスナさんもキリさんを抱き締めていた。
「ゴメンね、リュウ君。変な誤解しちゃって」
「わたしたちがどうかしてたよ」
「わかってくれて本当によかったよ」
「あれは元々、俺がリュウに抱きついたのが悪いんだ。だから謝らないでくれ」
「リュウ君……」
「キリト君……」
そしていつものように甘い空気に包まれる俺たち。キリさんとアスナさんの方もだ。
「全く、私たちがいるのにイチャイチャしちゃって……。いつもこうなの?」
「コイツらはこれが平常運転だ。大目に見てやってくれ」
カイトさんとシノンさんは黙って俺たちを見守ってくれていた。
旧版の方を見てくれた方は知っていたかもしれませんが、前半のリュウ君とリーファの戦いは原作4巻やアニメ一期第23話のキリトとリーファの決闘シーンを元にしました。
戦いの後はいつものようにイチャつく2人でしたが、シリアスな時はちゃんと決めてくれますのでご安心ください。
後半部分のギャグシーンには、鬼滅の刃がブームだということもあって鋼鐵塚さんが包丁を持って炭治郎を追いかけるシーンを入れてみました。そして、最後のオマケではアスナがリーファと一緒に美空の「刻むよ」を披露するという。執筆しててリュウ君が可哀想だなと思いました(笑)
次回はカイトとシノンの話になります。
前にTwitterの方で軽くネタバレしましたが、本作のアンダーワールド大戦には三女神と暗黒神の他にもオリジナルの神様アカウントが登場する予定です。敵味方どっちなのかなど詳しいことはまだ教えられません。
そして、リーファは仮面ライダーエボル(ドラゴンフォーム)や仮面ライダーブラッドや仮面ライダーアークゼロなどの要素が含まれている敵と戦う予定です。
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番外編4 レクチャーという名のデート
この3カ月間、忙しかったり、体調を崩したり、FGOの映画を観に行ったなどして中々執筆する気力がわかない状況が続いてしまいました。ですが、失踪だけはしないので!
この期間中に、ストレス発散に以前書いたリュウ君がディーアイエルをボコボコにするシーンを加筆し、修正しました。この前、アリブレでリーファのあのシーンやディーアイエルが実装されて怒りが再燃したのでちょうどいい機会でした(笑)
「No chance of surviving(生き残る術などない)」というフレーズが相応しいかもしれないです。同時にリュウ君が大丈夫か心配になるフレーズですが。
https://twitter.com/glaiveblade/status/1391256128621740032
弓矢から右手を離した瞬間、矢は70メートル先にいるイノシシ型モンスターに目がけて一直線に飛んでいき、眉間に命中。すると、イノシシ型モンスターは断末魔を上げてポリゴン片となって消滅した。
「まだ弓を使い始めて1週間も経ってないが、もうこの距離から急所を狙えるのか。流石、GGOで一番のスナイパーだな」
「そ、そんなことないわよ……」
カイトにそう言われ、嬉しくて少し照れてしまう。
私が今いるのはGGOではなく、アルヴヘイム・オンライン……ALOという妖精の世界を舞台としたゲームだ。
このゲームはカイトや彼の仲間たちがプレイしていて、彼らに誘われて私も1週間ほど前からやり始めた。
ALOでアバターを作る際9つある妖精種族の中から1つ選ぶことができ、GGOでは人間しかいなかったので中々新鮮だった。私が選んだ種族は敏捷性と視力、モンスターのテイムに優れた猫妖精のケットシーだ。GGOで鍛えたスナイパーの技術を活かすには優れた視力を持つケットシーがいいと思ったからだ。
ちなみに、ALOを始めるのにコンバートではなく、新規のアカウントを作ったが、アバターの姿はGGOのシノンと殆ど同じで、唯一変わっている点は猫妖精らしく猫耳と尻尾が付いているところだ。当初は猫耳と尻尾が付いていることに少し抵抗があったが、アスナたち女性陣には「可愛い」と、そしてカイトからは「似合っている」と言われ、今ではケットシーを選んで本当によかったと思っている。
「これなら近いうちに100メートル離れたところからでも狙えるんじゃないのか?」
「欲を言えば、その倍の射程は欲しいとこね。GGOでは2千メートルも離れたところから狙撃もしてきたから、100メートルでも物足りない感じがするし」
「おいおい、ALOの弓は通常は槍以上、魔法以下の距離で使う武器だ。そんなに離れたところから狙おうとする奴はシノンくらいだぞ」
少々呆れてそう言うカイト。そして、私はそんなカイトを見てクスリと笑う。
今日はこうしてカイトに弓の扱いのトレーニングに付き合ってもらっている。カイトと2人きりで過ごすのはとても幸せな時間で、殆どデートみたいなものだと言ってもいい。
「まあ、距離の話はこのくらいにしておいて、今日は《リトリーブ・アロー》も教えておこうか」
「《リトリーブ・アロー》?」
初めて聞く単語で、そう聞き返す。
「《リトリーブ・アロー》は弓使いが使う魔法の1つだ。矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付与して発射して、使い捨てになってしまう矢の回収をしたり、手の届かないオブジェクトを引っ張り寄せることができる」
「便利な魔法ね」
「ああ。だけど、これには欠点もある」
「欠点?」
「糸が矢の軌道を歪めて、ホーミング性もないから近距離でしか当らない。オマケに距離とか風向きや風速も影響する」
「風向きや風速も影響するっていうのはGGOで実弾銃のデメリットみたいね」
「そうだな。だが、GGOで半年間ライフルを使ってきたシノンなら、風向きや風速の影響もすぐに克服して扱えるようになるだろう。試しにやってみるか?」
「ええ」
カイトに勧められて《リトリーブ・アロー》の練習もすることにもなった。
まず初めは《リトリーブ・アロー》のスペルを覚えるところから始まった。スペルはすぐに覚えることができたけど、そこからが予想以上に難しかった。
30メートルほど離れた場所にある木を的にして矢を撃とうとしたけど、糸を付けたことで矢の軌道を歪めてしまい、思うように命中しなかった。
「糸を付けて射撃するなんて一度も経験したことないから難しいわ」
「矢以上に糸の方が風の影響を受けやすいからな。だったら俺が観測してタイミングを教えてからシノンが撃つって方法で試してみるか?」
「ええ。やってみましょうか」
矢を1本取り出して矢を放つ構え、《リトリーブ・アロー》のスペルを詠唱する。辺りは風が吹く音しか聞こえないくらい静まり返っている。
上手く当てられるか不安こそあったが、私の隣にはカイトがいる。だから大丈夫だと自分に言い聞かせ、専念することができた。
「南西から風が少しあるな。だが、風が止んだ瞬間がチャンスだ。………………今だ!」
カイトの合図と同時に弓を放つ。すると、矢は見事に木の中心に命中する。
「上手くいったみたいだな」
「カイトが指示してくれたからよ」
「俺はただ観測しただけだ。的に当てたのはシノンだろ。本当に凄いな」
そう言いながらカイトは私の頭を撫でてくる。嬉しさのあまり、耳と尻尾をピクピクと動かす。
「弓だけじゃなくてコイツも使えこなせるようになったらキリト達もビックリすると思うぞ」
「ふふ、そうね」
その後は空中戦闘の練習の兼ねてカイトと一緒に狩りをすることとなった。
「俺がモンスター達を引き付けている間に、シノンは弓矢で攻撃してくれ!」
「分かったわ!」
カイトは単身前に飛び出し、大型の鳥型モンスター達に刀を振り下ろす。すると、モンスター達はカイトに狙いを定めて攻撃してきた。それでもカイトは攻撃をかわしつつ、巧みな剣裁きでモンスター達を斬りつけていく。
私は少し離れたところから、カイトを援護するように弓矢でモンスター達を狙う。
1体、2体と次々とモンスター達を倒していき、残りは2体だけとなった。だが、2体だけになった途端、モンスター達はバラバラの方向へ逃げ出した。
「バラバラに逃げ出したか」
「右に逃げた方は私が仕留めるから、カイトは左に逃げた方をお願い!」
「ああ、頼む!」
カイトはそう言って左に逃げたモンスターを追い、私は右に逃げたモンスターに弓矢を向ける。さっきのイノシシ型のモンスターよりも動きが素早いが、これくらいなら問題ない。
――今だ!
ケットシーの視力を活かして狙いを定めて弓矢を放ち、モンスターを仕留めた。同時に左の方からモンスターの断末魔が上がり、ポリゴン片が砕け散る音が聞こえた。どうやらカイトもモンスターを倒したみたいだ。
「カイト、お疲れ様」
「ああ、シノンもな」
そう言い、拳をコツンとぶつけ合う。
「こうして空を飛びながら戦うのもいいわね」
「ALOはプレイヤーが空を飛べるのが売りのゲームだからな。だけど、まだ飛行に慣れてないと落っこちることがあるから気を付けろよ」
「大丈夫よ。だってこうして空も飛べているんだし」
少し調子に乗って宙で舞う。だが、気を緩めてしまい、翅が消えて地面へと落ち始める。
「きゃっ!」
「シノン!」
カイトが私の手を掴むが、彼も巻き込まれるように落ちてしまう。
私達はそのまま落下を続け、バキバキと木の枝の間を通り抜けて最後にドシーンッと音を立てて地面に落下する。
途中、木の枝の間を通り抜けたことが衝撃が和らいだおかげで、あまりダメージはなかった。それでもVR特有の不快な感覚は多少あった。
「シノン大丈夫か?」
「ええ。なんとか……」
私はカイトに覆いかぶさるように地面に倒れていた。落下している最中に、カイトが私を守ろうと自分が下になって受け止めてくれたんだろう。
「カイトの方は大丈夫なの?」
「ああ。今まで何度も敵の攻撃を受けて地面に落っこちたし、壁に叩きつけれてきたからな。それでもVR特有の不快な感覚にはあまり慣れないが……」
カイトがそう言った直後、私の尻尾のあたりに快感に似た変な感覚が伝わってきた。
「ひゃん!!」
反射的に見てみると、カイトの右手が私の尻尾を掴んでいたのだ。
前に私と同じくケットシーを選んだシリカから、ケットシー特有の三角耳と尻尾を触られると《すっごいヘンな感じ》がすると聞いていた。まさか、ここまでのものとは思いもしなかった。
「いきなり変な声なんか出してどうしたんだよ?」
「カイトっ!手、尻尾握ってるっ!」
「尻尾?これってシノンの尻尾だったのか」
カイトは撫でるように指先を軽く動かす。すると、またしても変な感覚が伝わってくる。
「わっ、ちょっ、いやっ!ひゃん!」
「何だ?尻尾に触れられるとこうなるのか?」
私の反応が面白いからなのか、カイトは意地悪するかのように笑みを浮かべ、尻尾を弄繰り回す。
「わんっ、きゃっ!にゃっー!!カイトっ!や、止めて~!!」
中々止めようとしないカイトをポカポカ叩く。
「わ、わかったっ!この辺にしておくから俺を叩くな!」
カイトはそう言って尻尾からやっと手を離してくれた。そして、私は尻尾を弄繰り回されたせいで体力を消耗してぐったりしていた。
「おい、大丈夫か……?」
「だ、大丈夫じゃないわよ……。この感覚にまだ慣れてないんだし……」
「わ、悪い……。シノンの反応が面白くて、触り心地もよかったからつい……」
ちょっぴりご立腹な態度をとると、カイトもやり過ぎたと反省している様子を見せる。
でも、実をいうとカイトにだったらまた尻尾を弄繰り回されてもいいかなと思っていた。仮にカイトが「尻尾触ってもいいか?」と聞いてきたら、迷わず「いいよ」と言ってしまうかもしれない。って、何てこと考えているのよ…!そんなことしたらカイトにそっちの気があるんじゃないかと思われるかもしれないっていうのに……。
こんなこと考えていると、カイトが声をかけてきた。
「シノンどうかしたのか?」
「な、何でもないわっ!そ、それよりも、私の尻尾を触っただけじゃなくてイタズラまでしてきたんだから、この後街でスイーツの1つは奢ってもらうわよ」
「そこまで怒るかよ。ていうか、調子に乗ってあんなことしたシノンにも原因があるんじゃないのか?」
「そ、それは…そうだけど…」
「まあ、別にそれくらい構わないが。シノンは何が食べたいんだ」
「ケットシー領で採れた果物を使ったフルーツタルトがいいわね。前にアスナたちから聞いて美味しそうだなって思って食べてみたかったの」
「なら決まりだな」
狩りを終えた私達がやってきたのはケットシー領の首都《フリーリア》。ケットシーの首都だということもあって、街にいるプレイヤーたちはケットシーが殆どだ。その中をカイトを連れて、フルーツタルトを出しているカフェへと向かっていた。
「あれ?カイト君ダー」
カイトを呼ぶ女性の声がし、声がした方を振り向く。
そこにいたのは、1人のケットシーの女性プレイヤーだった。トウモロコシ色に輝くウェーブヘアにケットシー特有の大きな三角の耳が付き、ワンピースの水着に似た戦闘スーツを身に纏い、スーツのお尻からは髪と同色の尻尾が生えている。
「何だ、ケットシーの領主様か」
「もう、普通にアリシャって呼んでくれてもいいのにー。今日はケットシー領まで何しに来たノ?」
「シノンにフルーツタルトを奢る約束して来ただけだ」
カイトにケットシーの領主様と呼ばれた女性は、私に気が付くと近づいて話しかけてきた。
「キミがシノンちゃんネ。アタシはケットシーの領主、アリシャ・ルー。よろしくネ」
「よ、よろしくお願いします……」
アリシャさんは両手で私の手を掴んでブンブン振って握手する。なんか子供っぽい感じがするけど、気さくでいい人そうだ。
「話しはカイト君たちから聞いているヨ。凄腕の弓使いだって」
「す、凄腕の弓使いって……そんなこと……」
ケットシーの領主であるアリシャさんからそう言われて照れてしまう。
「シノンちゃんって凄腕のボディガードって雰囲気もあるし、よかったらアタシの護衛やらない?三食おやつに昼寝もついているヨ」
ALOを初めてまだ日が浅いのに、もう領主さんからスカウトされて驚いてしまう。
「え、えっと……。せっかく腕を高く評価してくれてありがたいですが、カイトたちと一緒にこの世界で冒険したりしたいので……」
「そっか〜。そういうことなら仕方ないネ。でも、シノンちゃんが暇な時とかはお願いしちゃってもいいカナ?」
「アリシャさんがそれでもいいなら、私は大丈夫です……」
「じゃあ、その時はよろしくネ!」
「は、はい」
アリシャさんは私との話を終えると、今度はネコ科めいたいたずらっぽい笑みを浮かべ、カイトの方へと近づく。
「ところでサ~、カイト君は本当にケットシー領で傭兵やらないノ?カイト君なら大歓迎なんだけどナー」
「前にも言ったが、アンタのところで傭兵はやる気はない」
「もう相変わらずクールでカッコいいんだから。リュウ君達も中々よかったけど、アタシはカイト君が一番なんだヨネ」
「知るか」
カイトはポーカーフェイスを崩すことなく、アリシャさんからの積極的なアプローチをかわす。そして、私の方をチラッと見て彼女にこう言った。
「アンタにはまだ言ってなかったが、俺にはシノンがいる。だからアンタのものにはなれない」
「カイト君、シノンちゃんとそういう関係だったんダ。なら、仕方ないネ」
私とカイトが付き合っていることを知ったアリシャさんは、ちょっと残念そうにする。
「でも、まだ完全に諦めたわけじゃないからネ。シノンちゃんもアタシや他の女の子にカイト君を取られないよう気を付けないとダメだヨ」
アリシャさんは「じゃあネ」と言って、何処かへと歩いていく。
「相変わらずだな、あの領主様は」
「そうね……」
いつも通り冷静でいるカイトに、ちょっと不機嫌そうにしてそう言う。カイトは私の様子に気が付き、声をかけてきた。
「シノン、何か怒ってないか?」
「別に怒ってないわ」
「絶対怒っているだろ」
「フン、ここでもモテモテで大変そうね……」
カイトは顔立ちもイケメンだと言ってもいいくらい美形で、性格もクールで落ち着きのある。その影響もあって、GGOでは非公式のファンクラブが作られるほど女性プレイヤーにモテているほどだ。アスナたちには他に意中の相手がいるから大丈夫だと思っていたけど、ALOでもモテていたなんて……。
カイト自身はそういうのには興味がないとは言え、私としては自分の彼氏がモテているのにはどうしても妬いてしまう。
すると、カイトは何か察して私の手を掴んだ
「カイト?」
「シノン、ちょっとこっちに来てくれ」
そう言って私の手を引いて人気のない狭い路地へと連れて行く。
「やっぱり、さっきのことで怒っているのか?」
「だって、自分の彼氏が他の女の子にモテていたら嫉妬しちゃうのは仕方ないじゃない。ましてやカイトは私の初めての恋人なんだから。」
「シノン、俺がモテているかどうかは自分ではよく分からない。だが、他の女が言い寄って来てもお前への想いがブレないとはハッキリと言える。それだけは信じてくれ」
「…疑ってるわけじゃないけど、本当に信じていいのよね?」
「ああ。それを今から証明する」
カイトはそう言うと私を自分の方に抱き寄せて、顔を近づけてきた。
「え……?」
何をするのかと思った矢先、カイトはいきなり私の唇に自分の唇を重ねてきた。
「んっ!?」
突然のことに驚いてしまい、抵抗しようとする。しかし、カイトの唇の気持ちよさからすぐに抵抗はなくなり、私は目を閉じながらカイトのキスを黙って受け入れた。唇を重ねるだけの軽いキスだったが、しばらくの間このままでいたいと思い、カイトの背中に手を回す。
10秒ほどしたところで、わたし達の唇は離れた。
私はポーッとカイトを見つめている。それに対してカイトはあまり照れた表情はしてない。
「か、カイト……?」
「俺がこんなことするのは本気で惚れた女だけだぞ、シノン」
「だからっていきなりしてくることないでしょ!」
すると、カイトは意地悪っぽい笑みを浮かべる。
「ほう。なら聞くが、GGOで俺のファーストキスをいきなり奪ってきたのは何処の誰なんだ?」
「そ、それは……」
私は言い返そうとするが中々言葉が思い浮かばない。
この前、GGOで第3回BoBが行われた時の出来事だ。最後に残った私とカイトで優勝者を決めるため、倒した闇風から拝借したグレネード弾を使い、同時優勝しようとしていた。しかし、場の空気の流れでつい、カイトに自分の想いを伝えるだけでなく、彼のファーストキスまで奪ってしまった。それでもカイトは照れることなく、いつも通り冷静を保っていたが。
今思うと、私はなんて大胆なことをしてしまったんだろうか。その時のことを思い出してしまい、一段と顔が熱くなるのが伝わる。
そんな私を見てカイトは再び意地悪っぽい笑みを浮かべ、こう言った。
「スナイパーでも自分がターゲットになっていることにも気を付けた方がいいぞ。まあ、これでおあいこだろ」
カイトと付き合い始めてから気が付いたけど、カイトは少女漫画に登場するクールな肉食系の男性キャラみたいなところがある。そんな彼に、私も少女漫画に登場する女の子みたいに手玉に取られている。
「バカ……」
凄く恥ずかしくなってカイトの顔が見れなくなり、彼の胸板に顔を埋める。
「カイト。もう少し、このままでいていい?」
「ああ。だけど、お前のオススメの店に早く行かなくていいのか?」
「それよりも今はカイトとこうしていたいの」
「まあ、俺はお前が望むなら構わないが」
そうして私とカイトは抱き合った。
「カイト」
「何だ?」
「んっ…」
「…!」
先程のお返しに、今度は私からカイトにキスをした。そのままキスを返しただけじゃカイトは動じない。だから…
「んっ……はむ…」
「…!?」
さすがにカイトも驚いた様子だ。何故なら、私はカイトの舌に自分の舌を絡めているキス…要するにディープキスをカイトにしているのだ。20秒ぐらいで唇を離し、カイトの顔を見ると…
「…………」
顔を少し赤らめて、びっくりした様子で呆然としていた。
「さっきのお返し……倍返しにしてやったわ。その様子だと効果は抜群だったようね」
「…………」
ポーカーフェイスで感情を表にあまり出さないカイト。さっき見せた意地悪な笑顔や優しい顔だって、きっと見た事あるのは、キリトやザック達のような親しい人だけだろう。
だけど、今のこの表情は……私しか見たことのない顔だったらいいな……。
「ねぇカイト……私はね……ずっと思ってたよ……あなたの女になりたいって……私の初めてを全部あなたにあげたいって……」
「……!」
「んっ!?」
今度はカイトが私にキスをしてくる。私がしたような深いキスだ。カイトは一旦唇を離すと……今まで見た事のないような雄の顔をしていた。
「……さすがに今はまだ早いが、これだけお前から煽ってきたんだ。後々に俺がお前に何をしても構わない覚悟はできているんだろうな……」
「もちろん……。今はさすがにまだ無理だけど、あなたにならどんなことをされても喜んで受け入れられるわよ……」
「面白い……。その時は覚悟しとけよ?」
私たちはその後しばらく、2人きりの世界に酔いしれた。
カイトとシノンのカップルは、リュウ君とリーファのカップルとは雰囲気が異なり、書くのに苦労しました…。それでも、カイトがシノンの尻尾を掴んだり、シノンとイチャつくシーンなどは書いて楽しかったです。
シノン相手にはちょっと肉食系なところを見せるカイトですが、アンダーワールド大戦では上弦の参……ではなく、サトライザーからシノンを守ってくれるでしょう。流石にディーアイエルのように一方的にボコボコにするのは難しいですが。
次回は旧版である意味伝説となったあのギャグ回になる予定です(笑)
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期間限定 特別公開シーン
こちらでは何の音沙汰もなく、心配かけてしまい申し訳ございません。
早速最新話といきたいところですが、まだ完成していない状況でして…。今回は以前Twitterの方で先行公開したリュウ君対ディーアイエル戦を本サイトでも期間限定で公開したいと思います。
ネタバレが嫌な方はバック推奨です。
挿入歌「Burning My Soul」
「切り刻んで藁と混ぜて猪の餌にしてくれてやるっ!!」
怒り狂うディーは10本の触手を黒い刃へ変え、リルピリンへと振り下ろそうとする。
リルピリンを助けようとリーファが立ち上がろうとするが、ここからでは間に合わない。
――リュウ君助けてっ!!
そう願った時だった。
突如、赤紫のオーラがディーの身体を包み込み、宙へ浮かせる。
「な、何!?体が急に……ウァアアアアアアアア!!」
そのままディーは念動力のようなものに操られ、岩壁や地面に転がっている岩などに何度も勢いよくぶつけられてダメージを負っていく。赤紫のオーラが消えるとヒョイと投げ捨てられ、地面へと転がった。
「グハッ!な、何なんだって……いうの、この攻撃は……?」
いきなり何が起こったのか。
突然の出来事に唖然としていたリーファとリルピリンの前に、1人の若い男が上空からゆっくりと地へ降り立った。
若い男はリーファと同じ年頃の人界人だ。ハネッ毛の黒髪、黒い瞳をしている。少し女顔よりだが整っている顔立ちだ。
青と赤と黒の3色をベースとした装束と鎧を身に纏い、深い青色のフード付きマントを羽織っている。一見すると全体的に魔王のような姿をしているが、リーファには正義の勇者のようにも見えた。
――やっぱり来てくれたんだね、君は。
魔王にも勇者にも見える若い男……リュウを見て安堵するリーファ。
「さっきは随分と楽しそうだったな」
最愛の人を傷つけられ、怒りに満ちた眼差しをしたリュウはそう呟く。
ディーも先ほど自分を攻撃したのが目の前にいる男だと分かった途端、怒りを露わにしてリュウを睨みつける。
「何処の誰だかわからない奴が、よくも私に傷を!!」
再び10本の触手を黒い刃へと変える。
「豚の前にお前から始末してやるっ!!」
狂気にまみれたディーは地面を蹴り、リュウに襲い掛かる。
リュウは左手で右腰に吊るした鞘から、蒼い綺麗な装飾品が付いた青みがかった銀の刃の剣を抜き取った。そして、自身に振り下ろされた黒い刃を左手に持つ剣で防いだ。
金属音が響いて火花を散らす。
リュウは右手の黒い刃を弾き飛ばし、剣を水平に振るう。すると、銀の刃に蒼炎が纏い、弧を描いてディーのわき腹を切り裂く。続けざまに剣を振り下ろして切り裂こうとするが、左手の黒い刃で防がれてしまう。
だが、ここでリュウの連撃は終わらない。
次々と斬撃を繰り出し、黒い刃とぶつけ合い火花を散らしながら、ディーを斬りつけていく。
業を煮やしたディーは、右手の黒い刃でリュウの連撃を防ぎつつ、左手の刃を触手へと変える。そして、リュウの背後へと回り込ませ、攻撃を仕掛ける。
「危ない!」
そう口にするリーファだったが、リュウは瞬時に自身の背中に半透明のバリアを展開し、攻撃を防ぐ。更に黒い瞳を深紅に光らせてひと睨みしただけで、赤紫の衝撃波を発生させてディーを吹き飛ばす。
ディーはよろめきながらも立ち上がり、10本の刃を手にしてリュウに切りかかろうとする。
攻撃が当たる直前に、リュウはマントを翻し、赤紫の禍々しいオーラに包まれてディーの前から姿を消す。
「なっ!?消えたっ!?」
ディーがそう口にしながら辺りをキョロキョロしていると、後ろの方から殺気が伝わり、ハッとなって振り返る。しかし、気が付いた時には既に遅かった。
リュウは羽織っているマントを右腕に巻き付けてドリル状に伸ばし、一方的に連続攻撃を繰り出す。
続けて左手に持つ剣を上にかざすと、彼の前に紫色の剣の形をしたエネルギー体が10本出現する。そして、突きを放つ動作をした瞬間、剣状のエネルギー体がディーに目掛けて矢のように飛んでいく。
「ぐわっ!!」
ディーは剣の光弾を受けながらも今ある空間暗黒力を全て使い、無数の足を持つ醜悪な長虫たちが何匹も集まった黒いもやが凝縮したものを形成する。死詛蟲術だ。
先ほど三千ものオーク族達を生贄にして二千名の術死達と形成したものよりも規模は遥かに小さいが、この男1人を葬るには十分だろう。ディーはそう思い、リュウに目掛けて放った。
リュウは押し寄せてくる漆黒の大破に臆することなく、強く地面を蹴り高くジャンプする。。
直後、刃に纏っている蒼炎が一気に溢れ出し、リュウを包み込みように龍の頭部へと形作る。
「どりゃああああああああっ!!」
蒼炎の龍と共に放った渾身の突きは、忌々しい虫たちを焼き尽くし、粉砕。更には後ろにいたディーまで炸裂した。
「ぎゃあああああああっ!!」
忌々しい虫たちが花火のように飛び散り、爆炎が上がる。ディーは後方へと吹っ飛ばされて地面に転がる。なんとか身体を起こすも、既に全身は切り傷や火傷でボロボロとなり、最初に見せていた余裕はすっかりなくなっていた。
燃え盛る蒼炎をバックに、リュウは左手に剣を持ち立っていた。
「もう誰にも、止められねぇえええっ!!」
怒りと憎しみが籠った叫びを上げて突進。ディーに剣を振り下ろそうとする。だが、ディーが再び作り上げた10本の黒い刃で攻撃を防がれてしまう。それでもリュウは宣言通り止めることなく縦横無尽に斬撃を繰り出し、攻撃のギアをどんどん上げていく。
同時にリュウの猛攻撃に圧倒されて防戦一方となったディーの苛立ちが増していく。
蒼炎を纏った刃と黒い刃のぶつかり合いが何度も続いたところで、鍔迫り合いとなる。
「頭にくるわね!」
「本当の怒りがどういうものか…教えてやるよ!」
リュウはそう口にして剣を振い、ディーが操る10本の黒い刃を次々と叩き追っていく。10本全部折ると、ディーの右腕と左腕を続けざまに斬り落とし、最後に思いっきり水平切りを放ち、上半身を斬りつけた。
どうにか膝を付かなかったディーだったが、既に反撃する体力は少しも残っていなかった。
リュウが左手に持つ剣を上にかざすと、何処からか蒼い炎の龍のエネルギー体が現れる。
蒼い龍はリュウの周りを反時計回りに一回転し、咆える。そして、リュウが剣を構えて水平に振り払った瞬間、眼にも止まらない速さでディーに向かって突撃。鋭い牙で深く噛みつき、そのまま上空まで飛んでいく。
「ぐわあああああっ!」
い龍に噛みつかれたまま空を飛び回るディー。やがて蒼い龍から解放され、蒼炎に包まれてゆっくりと地上へ落ちていく。
この間にも、リュウがマントを翻し、赤紫の禍々しいオーラを放ちながら地上から上空へ瞬間移動する。そして、右手をかざして念動力で一気にディーを自身の方へ引き寄せて動きを拘束。赤い禍々しいオーラを纏った剣でディーに渾身の突きを放った。
「ぎゃああああああっ!!」
ディーは勢いよく地面へと叩きつけられ、巨大な爆音と土煙が上がった。
土煙が晴れると地面に巨大なクレーターができ、その中心に一段とボロボロになったディーが地面にめり込んで倒れていた。
この時ディーはただ後悔していた。自身の体力が回復したら、すぐにあの女を解放しておけばよかったのだと。だが、これに気が付いた時には既に遅かった。
そこへリュウが降り立ち、今すぐにディーにトドメを刺そうと剣を持ち、刃に蒼炎を纏わせて構える。
刃に蒼炎のエネルギーが限界まで溜まったところで高く飛び上がって剣を振う。すると、蒼炎を纏った刃から8体もの蒼炎の龍が放たれて飛んでいく。
8体のドラゴンがディーに炸裂する。
「ぎゃああああああああああああああっ!!」
究極の攻撃を受けたディーは絶叫を上げながら遥か後方まで吹っ飛ばされ、凄まじい爆音と爆炎に包まれた。
やがて爆炎が晴れ、そこには暗黒術師団の長ディーアイエルの姿は跡形もなかった。
リュウは何も言わずマントを振り払い、左手に持つ剣を右腰の鞘に収める。そして、振り返ってリーファ達の方へと歩き出す。
「ひっ!」
リルピリンは、近づいてくるリュウを見て、自分もあの女のように跡形もなく消されるのではないのかと恐怖した。
だが、リュウはリルピリンの目の前をただ通り過ぎていき、地面に座り込んでいるリーファのところまで来て地面に片膝を付いて彼女と向き合った。
「ゴメンね……。あたしの、あたしの……せいだね……。あたしのせいで……」
リーファは、悲痛な表情で震える声を絞り出した。やがて翡翠の瞳から涙が次々と溢れ出て、地面へと落ちていく。
自分が捕まってしまったせいで、斬ることを躊躇ったせいで、愛する人の手を血で染めてしまった。もう合わせる顔はないと俯いてリュウから顔を逸らす。その時だった。
リュウは、リーファを抱き寄せて左手で顎をクイっと顔を上げさせると、自分の唇を彼女の唇へと重ねた。
「んんっ!?」
リーファは突然キスされたことに驚いてリュウを押しのけようと抗う。だが、次第に彼のことを欲する気持ちが強まり、自分の舌をリュウの舌へと絡ませる。リュウもそれに応えるように自らも舌を絡ませてリーファを求めた。
リュウとリーファの濃厚なキスは1分近くも続いたところで2人は唇を離した。この時既に2人の頬は赤く染まっていた。
そしてリュウはリーファと間近で向き合い、呟いた。
「謝らなくていいよ。こんなの、君が傷ついたり苦しむのよりずっと平気だから」
リュウは普段ならキスを交わすと、顔を真っ赤にして顔を合わせられなくなってしまう。だが、今回はリーファを安心させるように軽く笑みを浮かべる。
リーファはドキッとし、恥ずかしくなってリュウの胸に顔を埋める。そして、リュウもリーファの背中に両手を回して抱きしめる。このまま2人だけの世界に入り込もうとした時だった。
「あの~。2人ともオデのこと忘れでないか?」
突如聞こえてきた声に2人はハッとなって声をした方を振り向く。そこにいたのは、右目から血を流しながらジト目を向けているリルピリンだった。
「「いやいや!そんなことないから!」」
慌てて全力で否定する2人だったが……。
((本当は忘れてたなんて絶対言えない……))
お読みいただきありがとうございます。
今回このシーンを先行公開しようとしたのは、リュウ君が原作以上にディーを叩きのめして欲しいということが予想以上に多く、その人たちのためにフライングになりますけど見せてあげようと思ったためです。
あとは、現段階で考えているこのシーンが実際に本編でやる時に大幅に変わっている可能性があるからです。実際に原作17巻が発売された頃と比べてかなり内容が変わっているといるという…。
何のライダーを元にしているのかバレてしまいましたが、後悔はしてないです。
次回はちゃんと最新話を投稿したいと思います。不甲斐ない作者ですが、これからもよろしくお願いします。
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番外編5 逆襲!?非リア充同盟!
前回の特別公開を除くと約7カ月ぶりの投稿となります。
サブタイトルを見ても分かるかと思いますが、今回は悪ふざけ満載のギャグ回となっています。
久しぶりの最新話なので文章や内容がおかしいところもあるかもしれないです…(汗)
GGOからALOに戻って来て数日が経過した。GGOで命を懸けて死銃たちと戦っていたのが嘘だと思うほど、俺達は皆でクエストや狩りをしたりと平穏な日々を送っていた。
今日はリーファとデートということもあって、俺は胸を高鳴らせて待ち合わせ場所へと向かっていた。その最中、聞き覚えのある男性の声がした。
「お、リュウじゃねーか」
「クラインさん」
俺に声をかけてきたのは、クラインさんだった。
「クラインさんも今ログインしてきたんですか?」
「おうよ!今日は残業もなかったからな。今日はキリト達は他に用事があるみたいだからよ、久しぶりに2人で何かクエストでもやりに行かねぇか?」
「あー、すいません。今日はこれからリーファとデートなんです」
「何だデートか……ってデートだとぉっ!?」
俺が言ったデートという単語に反応したかのように、上機嫌だったクラインさんの表情が一変し、殺気が溢れた表情へとなった。突然のことに俺は思わずビクッとしてしまう。
「い、いきなりどうしたんですか?」
「今日はどうしてお前までデートなんだよっ!チキショォォォォッ!!」
血の涙を流しながら、地団駄を踏むクラインさん。
そういえば、キリさんはアスナさんとユイちゃんと出かけ、カイトさんはシノンさんの特訓に付き合い、ザックさんはリズさんの素材集めの手伝い、オトヤはシリカに誘われてビーストテイマーのイベントに行くって言っていたな。誰も彼女とデートに行くとは言ってはないが、殆ど似たようなものだと言ってもいいだろう。
いつも以上に荒れているクラインさんに関わっていたら、俺の身が危ないと思い、隙を見て逃げるようにこの場を去った。
何とかクラインさんから逃れ、待ち合わせ場所に向かうと、既にリーファは着いて俺のことを待っていた。
「ゴメン、リーファ。お待たせ」
「ううん。あたしもさっき来たばっかりだし、まだ待ち合わせの時間前だから大丈夫だよ。デートの時に、リュウ君があたしよりも後に来るなんて珍しいね」
「今日は来る前にちょっと色々あって……」
「色々って……」
「実は……」
俺はここに来る前に起こったことをリーファに話した。話し終えると、リーファもこれには苦笑いするしかなかった。
「あははは……。それは大変だったね」
「ああ。いくら自分に彼女がいないからって俺に八つ当たりしないで欲しいよ」
「まあまあ。今はクラインさんのことは忘れてデートを楽しもうよ」
リーファはそう言って俺の右腕に抱き着いてきた。すると、右腕に柔らかい感触が伝わってきてドキッとしてしまう。付き合って半年以上も経つが、これにはまだ慣れないな。まあ、別に嫌いじゃないからいいけど。
そんなことを思いながら、リーファと一緒に歩きだそうとした時だった。
「あああああああーーーーっ!!」
突如後ろの方から聞こえてきた叫び声にビクッとし、リーファと離れてしまう。
何だと思いながら振り向くとそこにはレコンがいた。
そして、レコンは血相を変えて俺にグイグイと詰め寄ってきた。
「何で君の腕にリーファちゃんが抱き着いているんだよ!」
「え、えっと……デート中だからだけど……」
「あたしとリュウ君は付き合っているんだから別に問題ないでしょ」
すると、レコンは親の仇を見るような眼をして俺をキッと睨みつけてきた。
「何でこんな奴がリーファちゃんと…クソォォォォォっ!!」
そして、某刀鍛冶さんのように「キエエエエエエッ!!」と奇声を上げながら俺に飛び掛かり、プロレス技をかけてきた。
「いたたっ!危ないって!いきなり何するんだよレコン!」
「僕よりこんなネジネジパンパンの何処がいいんだよっ!!」
「ね、ネジネジパンパン……?」
ネジネジパンパン と訳の分からないことを言うレコンに困惑しながらも、何とか抜け出そうとする。しかし、レコンの俺への敵意が強いせいか中々抜け出すことが出来ない。
そんな時、ドス黒いオーラを放ち満面の笑みを浮かべてこちらを見ているリーファの姿が目に入り、嫌な汗が背中を伝う。レコンも自身に殺気が向けられたのを感じとり、顔を青ざめて恐る恐るリーファの方を向く。
そして、リーファはハサミと包帯を取り出してこう言った。
「レコン、今すぐリュウ君を離して。じゃないと……刻むよ」
某ネットアイドルみたいに黒い笑みを浮かべ、ハサミを数回開閉させながらそう言い放ち、最後にハサミで包帯を切った。直後、何処からか『ヤベーイ!』と謎の音声が聞こえてきた。
「「す、すいません……」」
あまりの気迫にレコンだけでなく、俺までも謝ってしまった。
――いつもだけど、この時のリーファは本当に怖いな……。
レコンはリーファにビビりながらすぐに俺を解放してくれ、この場から逃げるように去っていく。そして、俺が起き上がるとリーファは先ほどのように無邪気な笑みを浮かべて俺の右腕に抱き着いた。
「リュウ君、早く行こう」
「あ、ああ……」
デート前にちょっとしたハプニングがあったが、このことを忘れて俺はリーファとのデートを楽しんだ。次の日あんなことが起きるとは知らずに……。
次の日、俺はイグドラシルシティにあるキリさんとアスナさんが借りている部屋にいた。そこで、俺とキリさんとザックさんは談笑し、カイトさんは奥にあるカウンター席に座って静かに紅茶を飲んでいた。
リーファたち女性陣は、ALOを始めたばかりのシノンさんを連れてショッピングへと出かけていて、今日は久しぶりに学生組の男性陣だけの集まりとなった。談笑を楽しんでいる最中、ドタバタと音を立ててオトヤが慌てながらやってきた。
「どうしたんだ、オトヤ。そんなに慌てて」
「大変なんだ!クラインさんとレコン君が!早く来て!キリトさんたちも!」
どうしたんだろうと思いながら俺たちは、オトヤに連れられて部屋を出た。
オトヤに連れられてやって来たのはイグドラシルシティにある広場。その中心にクラインさんとレコンがいた。だけど、2人を見た瞬間俺たちは嫌な予感しかなかった。
「クラインさんにレコン?あんなところで何やっているんだ?」
だが、よく見てみると2人は『非リア充同盟』と書かれたTシャツやハチマキを身に纏い、傍には『リア充たちを許すな!撲滅せよ!』と書かれた立て看板が置かれていた。
この光景を見た瞬間、俺達は嫌な予感しかしなかった。
クラインさんは用意した木箱の上に立ってこう叫んだ。
「ご通行中の皆さん!オレたち 非リア充同盟は今日ここで宣言します!彼女とイチャつく野郎どもを……リア充たちの撲滅運動のスタートを!民衆たちよ!」
『民衆たちよ!』
レコンもクラインさんに続くように、メガホンを使って叫ぶ。
「声を上げよ!」
『声を上げよ!』
「オレたち非リア充同盟は同じ志を持つ仲間を募集しています!」
『加入したい方々はこちらに署名お願いします!』
「あの馬鹿どもは何やっているんだ……」
この場にいた全員が思っていたことをカイトさんが言ってくれた。当然ながら俺たちはあんなことをしているクラインさんとレコンに呆れていた。
これには通行人たちも引いていて、あの2人に関わらないようにと急ぎ足でこの場を去っていく。
正直言って、俺達も他人のフリをして今すぐにでもここから立ち去りたいくらいだ。だけど、クラインさんとレコンをこのままにしておくと本当に暴動を起こしてもおかしくない。俺達は嫌々2人を大人しくさせようと作戦を立てることにした。
「無理やり連行して行くのは無理ですよね……」
「あの馬鹿どもなら絶対暴れるから、それは難しいだろ」
「何か犯人を逮捕して警察署に連れて行くのと同じくらい……それ以上に大変そうだな……」
俺とカイトさんとザックさんが頭を悩ませていると、キリさんが何か思いついて声を上げた。
「あの2人を大人しくさせるにはいいアイテムがあるぞ」
すると、キリさんが取り出したのは、中央にドングリが描かれている錠前型のアイテムだった。
「キリトさん、これは何ですか?」
「まあ見てな」
オトヤにそう言って、クラインさんたちの足元に錠前を投げつける。すると、何か起動したようで『ロックオン!』という音声がした。
『テケテンテンテンテンテンテンテンテ~ン!』
更にファンファーレ風のBGMを歌ったものが流れ始める。
「ん?」
「何これ?」
BGMが流れたことでクラインさんとレコンもそれに気が付いたようだ。その間にもBGMは流れている。
『テ~ンテケテンテンテンテンテンテケテテ~ン!テ~ンテケテンテンテンテンテンテケテテ~ン!』
それが聞こえなくなったかと思うと試合開始のときに鳴らすゴングの音がする。
『バッカモォォーン!!恥を知りなさぁぁ~い!!』
この音声と共にクラインさんとレコンの頭上にはタライが振ってきて、同時に2人の頭にガン!という音が文字となって見えるくらいの勢いでクリティカルヒットする。
『ネバ~ギ~ブア~ップ!!』
そのまま、頭上に星とヒヨコを回しながらクラインさんとレコンは地面に倒れて気絶した。
あまりの出来事にキリさんを除く全員が唖然としていた。
「キリさん、あれって何なんですか?」
「あれは《バカモンロックシード》っていうお仕置きアイテムだよ。これを対象者に使うと頭にタライが落ちてくるっていう仕組みになっているんだ。 他には大量の空き缶が落ちてきたり、厚化粧をしたスキンヘッドに黒ターバンを巻きつけたおっさんが『バッカモーン』って言って、顔面にライダーキックかヒップアタックしてくるレアなパターンもあるんだよ」
色々とツッコミどころが満載のアイテムだったが、俺はツッコむのをグッと堪え、黙って皆と一緒に気絶したクラインさんとレコンを回収する。余談だが、2人を回収している最中、「あのタライは何処から落ちて来たんだろう?」と思わず上空を見上げてしまった。
そして、俺達はクラインさんとレコンを街にあるカフェに連れて行き、一番端にあるテーブル席に座って事情聴取をすることにした。
「なあ、キリト。ここからならお前とアスナが借りている部屋に近いのに、何でわざわざカフェなんかに入ったんだ?」
「だってよ、俺とアスナが借りている部屋でコイツらに暴れられたら嫌だろ」
「まあ、確かにな……」
キリさんが言ったことに、ザックさんも思わず苦笑いを浮かべる。かという俺とオトヤとカイトさんも内心で納得していた。
今はそんなことよりも本題に入ろうと、俺は話を切り出した。
「ところで、クラインさんとレコンはどうしてあんなことしてたんですか?」
俺が聞いても2人は無反応で俯いたままだ。更に続いてオトヤが2人にこう言った。
「何があったか知らないですけど、街中であんなことは止めた方がいいですよ。実際に通行人の人たちも引いてましたし……」
その直後だった。
「「黙れええええええ!!」」
クラインさんとレコンは、神の才能とか言っている某ゲーム会社の元社長のようにテーブルをドンと叩いて逆切れしてきた。あまりの迫力に俺とオトヤはビクッとしてしまう。
「俺たちがあんなことしてたのは全部お前たちのせいだろうがっ!!」
「そうだ!そうだ!全部君が悪い!!」
俺達に不満をぶつけるクラインさんとレコン。レコンに至っては俺個人に言っている気がするが。
「お前たちのせいって、俺達がお前たちに一体何したんだ?」
暴走するクラインさんとレコンに、カイトさんが呆れながらそう尋ねた。だが、それが返って火に油を注いでしまい、クラインさんはヒートアップする。
「しらばっくれやがって。お前たちはいつも俺たちの前で自分の彼女とイチャイチャしているだろうがっ!彼女がいない野郎どもに見せつけるようによぉっ!」
クラインさんは更にヒートアップして語り続ける。
「カイト、お前だってそうだろ!普段から女っ毛がない態度とってたくせに、いつの間にか彼女を作って、俺達『非リア充同盟』を裏切りやがってっ!」
「お前は何言っている。俺はそんなカルト集団みたいな組織に入ったつもりはない」
カイトさんはいつもの通り落ち着いた様子でそう言い放ち、カップに入ったコーヒーを一口飲む。
「俺たちの何処がカルト集団に見えるんだよ!そう思っているのはお前だけだろ!」
キレるクラインさんだったが、カイトさんは「知るか」と言わんばかりに無視する。
すると、2人のやり取りを見ていたキリさんとザックさんがこんなことをやり始めた。
「えー、非リア充同盟のクラインさんとレコンさんはどんな人物でしたか?」
ザックさんはアナウンサーのような話し方をしながらマイクを持っているようなジェスチャーをし、それをキリさんに向ける。
「普段からリア充爆発しろと言ったり、妹の彼氏に敵意を剥き出しにしている危ない人達だったんで、いつか何かやらかすんじゃないかと思ってました」
キリさんも右手で自分の目を隠し、モザイクがかかっているかのように指を小刻みに動かしながら、裏声で話す。
なんか事件後に街頭インタビューをしているシーンみたいだな。
「思ってんじゃねえよ、そんな事!」
悪ふざけしているザックさんとキリさんを、クラインさんが近づいて止める。
「悪い悪い」
「俺達はただ場の空気を換えようとしただけで……」
軽く笑いながら謝るザックさんとキリさん。だけど、この2人のやり取りが余計に火に油を注ぐことになってしまったな。
それを遠巻きに見ている俺だったが……。
「ところでレコン。さっきからずっとスルーしてたけど、いい加減止めてくれないか?」
先ほどから「無視してんじゃないよ。君が悪いんだよ」とかブツブツ呟きながら俺のことをボカボカ殴っているレコンにそう言う。しかし、レコンは止めるどころか俺の右側の頬を引っ張ってくる。
ゲーム内だから痛くないが、あまり気分のいいものじゃないから本当に止めて欲しい。
「あの~レコン君。いい加減止めてあげてくれないかな?リュウが可哀想だよ……」
流石にこれ以上は見てられなくなったオトヤが、おずおずしながら俺に助け船を出してくれた。すると、レコンは「まあ、オトヤ君がそう言うなら」と呟き、俺から離れてくれた。それでも恨めしそうに睨みつけられ、まだ針のむしろにいる気分だが……。
「えっとレコン君は、そんなにリュウのことが嫌いなの?」
「うん!イケメンなのが腹立つ、僕より身長が高いのが腹立つ、強いのが腹立つからね!でもやっぱり、一番はいきなり現れたくせにリーファちゃんといい感じになって、挙句の果てに恋人になったのが腹立つ!この前なんかリーファちゃんとキスを!」
「いやいや!前にも言ったけど、リーファとは昔から知り合いだったからいきなり現れたわけじゃ……。そ、それに……リーファとは付き合っているからキスぐらいしても何の問題もないと思うんだけど……」
「ぐぎぎ……。キスぐらいしても何の問題もないって……。つまりはこんなことは序の口で、僕の知らないいところではもっと凄いことを……。許せない、許せない……!!」
「ば、バカ!何言っているんだよ!こんなところでそんなこと言うな!……っ!?」
すると、別のところからも殺気が伝わってきてハッとなって振り向く。そこにはドス黒いオーラを放ちながら黒い笑みを浮かべているキリさんがいた。しかも左手には鞘に収まった剣が握られている。
「リュウ、ちょっと話があるんだけど……」
「あ、あのキリさんっ!まだ何もリーファにしてませんからっ!だからその剣をしまって下さいっ!!」
必死にそう訴え、何とかキリさんを落ち着かせようとする。
――レコンだけじゃなくてキリさんにも、本当はリーファと何処まで進んでいるのか絶対に知られないようにしないと……。
「キリトも落ち着け。ただでさえ厄介な状況だというのに、お前のシスコンっぷりまで暴走させるな」
「イデッ!」
カイトさんはキリさんの頭を軽く殴り、落ち着かせる。そして、クラインさんとレコンの方を見てこう言った。
「クライン、高校生の恋愛に嫉妬して自分が大人げないってことわからないのか。そんなことするからモテないんじゃないのか?あと、レコン。お前はリュウに負けたんだ。いい加減、現実を見たらどうなんだ?」
カイトさんにキツイことを言われ、これで大人しくなるかと思ったが……。
「カイト。今のは戦争の合図と受け取っていいんだよな?」
「いいと思いますよ。僕は今すぐこのネジネジパンパンを血祭りにしたいですからね」
クラインさんとレコンは黒い笑みを浮かべてドス黒いオーラを放ちながら、俺達にじりじりと近づく。その時だった。
「あ、キリト君」
「あれ?アスナ?」
やってきたのはアスナさんだった。更に彼女に続くようにリーファ達もやってきた。
「リュウ君達、ここに集まってどうしたの?」
「それはこっちの台詞だよ。リーファ達こそどうしたんだ?今日はシノンさんにALOを案内しながら皆でショッピングに行くって言っていたのに……」
「今日はアルンでショッピングしてたんだよ。それで、色々見て回ってて疲れたから、何処かで一休みしようってこの店に入ったの」
「そうだったんだ」
「ところで貴方たちは今ここで何していたの?私にはゆっくりお茶しているようには見えないんだけど……」
「実はな……」
シノンさんにそう聞かれるとカイトさんは少し前の出来事を女性陣達に話した。話を聞いたリーファ達はというと……。
「クラインさん、これはどうかと思いますが……」
「流石に引いてしまいました……」
「全く大人げないわ」
「そんなんだからモテないのよ」
「うぐっ!」
アスナさんとシリカに引かれ、シノンさんとリズさんからキツイことを言われてダメージを受けるクラインさん。
「レコン。この際だから言っておくけど、 リュウ君と別れることもアンタと付き合うこともあり得ないから」
「り、リーファちゃん?」
「マジありえないから」
某五つ子の次女みたいに威圧を出してレコンにそう言い放つリーファ。
実際に俺が言われたわけじゃないが、これはもの凄く怖いな。
女性陣たちの言葉がトドメの一撃となり、クラインさんとレコンはチーンという音がして真っ白になって倒れた。
最後には何処かから『GAME OVER』と謎の音声とゲームでプレイヤーが死んだ時に流れるBGMまでもする始末だ。
「あれだけ暴走していたクラインさんとレコンをいとも簡単に大人しくさせるとは……」
「流石だな……」
俺とキリさんがそうコメントする。カイトさんとザックさんとオトヤは特に何も言わなかったが、同感だというような顔をしていた。
そして、女の人は本当に怖いなと心の中で思ったリア充組の男性陣たちだった。
旧版に合ったクラインとレコンの非リア充同盟の話を、ビルドなどのライダーネタだけでなく、鬼滅の刃や五等分の花嫁などの別のアニメ作品のネタも入れて、バージョンアップしてみました(笑)
今回はやりませんでしたが、鋼鐵塚さんの「万死に値する!」もいつかやりたいと思ってます(笑)
次回も番外編ですが、内容はトップシークレットのため詳しいことは教えることはできないです。キャリバー編はその次となる予定です!
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番外編6 白銀の魔法使い
「ハァッ!」
振り下ろした剣がモンスターを真っ二つにし、ポリゴンとなって消滅させた。
愛剣《ドラグニティレイ》を鞘にしまい、マップデータを開いて現在地を確認する。
「1人だけでもここまで来たのか……」
俺が今いるの、はインプ領とウンディーネ領の中立域にある洞窟ダンジョンだ。この洞窟の内部には滝が流れていいるため、陸上と水上のモンスターが生息し、狩場や特訓の地として利用するプレイヤーが多いところでもある。俺も今日はここに特訓のために訪れていた。
マップデータと閉じ、新たにアイテムストレージを開いて残りの回復アイテムの数を確認する。
「本当はもう少し進みたいところだけど、回復アイテムの残りや体力のことを考えるとこの辺りで引き返した方がよさそうだな」
ALOはSAOのようにゲーム内でHPが0になれば、リアルでも死ぬわけではない。しかし、デスペナがあるから、先に進みたい思いをグッと堪えて帰ることにした。
来た道を戻り、洞窟の入り口に戻ろうとした時だった。
索敵スキルにプレイヤーの反応があった。数は1人。俺と同じ種族のインプなら何の問題もないが、他種族だった場合は戦闘になる可能性も十分あり得る。
念のために隠密魔法で隠れてやり過ごそうかと思った。しかし、洞窟の中で看破魔法を使われたらすぐにバレてしまう。
ここは相手が攻撃してきた時のために、戦闘態勢で待つとしよう。そう思い、俺は右腰に吊るしている鞘から再び剣を抜き取った。
インプの暗視能力をフルに活用し、プレイヤーが接近してくる方を目を凝らして見ていると、1人のプレイヤーがこちらに近づいている姿を捉えた。
近づいてきたのは、ウンディーネの男性だった。歳は俺と同じか少し年上だろう。水色がかった銀髪に、灰色の瞳、水色と白を基調とした魔導士のような恰好。右手には杖が握られている。ウンディーネに多いメイジタイプのプレイヤーだ。
ウンディーネの男性は剣を持った俺の姿を捉えた途端、慌てた様子で片手を上げて叫んだ。
「ストップストップ!別に戦おうとするつもりはないから!」
中には戦う意思がないフリをし、相手を油断させといて騙し討ちをしてくる悪質なプレイヤーもいる。だが、この人からはそういう気配はなく、俺はそれに応じて剣を鞘にしまう。
「俺も別に戦う意思がないなら、そういう気は一切ないので。驚かしてしまってすいません」
一言謝り、この場を去ろうとするが……。
「ちょっと待ってくれ!」
「ぐへっ!」
ウンディーネの男性は慌てて俺のフード付きのマントをフード部分を掴んで引き止めた。
「一体何ですかっ!?」
「君、ここの洞窟の出口までの道って知っているのか?」
「ええ。まあ……」
「よかった。俺、ここの洞窟に来るのは今日が初めて来たんだけど、トラップに引っかかって道に迷っていたんだ。申し訳ないけど、出口までのルートを教えてくれないか?」
「いいですよ。俺もちょうど帰ろうとしてたので、よかったら一緒に行きませんか?」
「助かるよ。そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺はアラン。見ての通りウンディーネだ」
「俺はリュウガ。リュウで構いませんよ」
「リュウか。この洞窟を出るまでの間だけど、よろしくな」
「こちらこそ」
握手を交わす俺達。
こうして俺はアランさんと成り行きで共に行動することとなった。
アランさんと洞窟の入り口を目指して既に30分近く経過した。途中で何度かモンスターと遭遇して戦闘になったが、俺の剣戟とアランさんの魔法で難なく切り抜け、順調に進めている。
5度目の戦闘を終えて剣を鞘にしまうと、アランさんが声をかけてきた。
「お疲れ様。こうしてリュウが一緒にいてくれるだけでも十分助かるよ。俺、メイジだからいつも接近戦になられるとどうしても苦戦するからさ」
「いえいえ。逆に俺は前衛のアタッカーですから、アランさんに援護して貰って凄く助かりますよ。数週間前にALOを始めたばかりだって言ってましたけど、魔法の扱いなんてもう手練れのメイジ並じゃないですか」
俺がそう言うと、アランさんは少し照れて頭をかいた。
「お世辞でもそう言われると嬉しいな」
「別にお世辞じゃないですよ」
アランさんの戦闘を数回見てきたけど、彼はALOを初めてまだ日が浅い割に、妙に仮想世界での戦い慣れしているし、スキル数値も相当高く見える。恐らく他のVRMMOからコンバートしてきたんだろう。しかも、彼の戦いぶりから元の世界では名の知れたプレイヤーだったに違いない。
だけど、どうしてALOにコンバートしてきたんだ。コンバートは元々いた世界のアバターのデータを引き継ぎ、最初から高いステータスのアバターでプレイできる。コンバートは元々いた世界で入手したアイテムや金は引き継ぐことはできないのに。それとも、知り合いに預かってもらって一時的に来ているだけなのか。
そんなことを考えていると、再びアランさんが声をかけてきた。
「リュウ、どうかしたのか?」
「いえ、何でもないです」
「そっか。何か考え事しているように見えたけど、何でもないならいいや」
そして、俺達は出口を目指して歩き出した。
「そういえば、リュウはいつもこうして1人でダンジョンに行ったりしているのか?」
「いえ。いつもは一緒にパーティーを組んでいる仲間がいるんです。皆リアルでも知り合いで、都合のいい日を合わせて一緒に冒険しているんですよ。まあ、予定が合わない時はこうして1人でフィールドに出ているんですけどね」
「なるほどね。リュウにはそういう仲間が何人もいるんだな」
「はい。アランさんは?」
「俺はALOを初めてからそんなに経ってないから、そういうプレイヤーはいないな。だから、こうして誰かと一緒にゲーム内で行動するのは随分と久しぶりなんだよ」
「久しぶりってことは、前は違ったんですか?」
「まあな……」
そして、アランさんはぽつりぽつりと話し始めた。
「俺も昔は別のゲームでだけど、あるギルドに所属してたんだ。規模が大きいギルドじゃなかったけど、ギルドの仲間たちとは皆仲が良くてさ。その仲間たちとは、《アスカ・エンパイア》に《インセクサイト》とか多くのVRMMOを巡ったよ。楽しいことだけじゃなくて大変なこともあったけど、仲間たちと色々な世界を冒険していたのはいい思い出だよ……」
懐かしそうにかつての仲間たちとの冒険を語るアランさんだったが……。
「でも、俺は色々あってそのギルドは辞めてしまったけどな……」
最後にそんなことを呟いた時のアランさんは先ほどとは異なり、何処か悲しそうにしているしているようにも見えた。
VRMMO……ネットゲーム内のギルドは、リアルの都合やギルド内外のトラブル等で、ギルドを抜ける人は多い。アランさんもその1人なんだろう。だが、彼の場合は何故かよくあるような理由で辞めたような感じはしなかった。
「すいません。何か悪いこと聞いちゃって……」
「別にリュウが謝ることじゃないよ。俺の方こそ悪いな。大分しんみりとした感じになってしまって」
アランさんは笑みを浮かべて「さてと」と言って言葉を続けた。
「今はそんなことより、出口を目指すことに専念しようぜ。まだまだ先なんだろう。なら早く行こうぜ」
俺の肩にポンと右手を置いて先に出口の方へと進んでいく。
彼の様子から俺に心配かけないような素振りをしているようにも感じたが、とりあえず今は気にしないでおくことにし、彼の後を追う。
「ちょっと待ってくださいよ、アランさん。俺より先に行って道分かるんですか?」
「そういえば、そうだったな」
軽く笑うアランさんに少々呆れながらも俺も笑みを浮かべた。
更に洞窟を進むこと1時間。歩き続けている内に一本道から地底湖が広がっている空間へと出た。
「この洞窟内にこんなところがあったなんてな。来る時は別の道を通ってたから今初めて知ったよ」
「アランさんが通ってきたのは遠回りになるルートだったんですね。ここの最深部に行くにはここを通った方が近いんですよ」
「なるほどな。今度来る機会があった時のために覚えておくよ」
「でも、気を付けて下さい。この洞窟内には一定の確率で高レベルの水棲モンスターが出現するエリアがいくつかあって、この地底湖もその1つなんです。一応そういうエリアを迂回するルートはあるんですけど、出口に行くにはここだけはどうしても避けられなくて……」
「なるほどね。でも、絶対出るってわけじゃないから大丈夫だろ……」
アランさんがそう言った直後だった。
突如、バシャーン!と勢いよく音を地底湖から巨大な影が出てきた。現れたのは体長が10メートルほある龍の姿をした巨大なモンスターだった。
「もしかしてコイツがさっき話していた例のモンスターか!?」
「はい!これまでと同じく俺が前衛を引き受けますから、アランさんは後ろから援護してください!」
「ああ!」
モンスターは水のブレス攻撃をしてきて、俺はそれを回避しながら接近してモンスターに斬撃を叩き込む。しかし、ヤツのHPは少しも減っていない。
「このモンスター物理耐性が高いタイプかっ!」
「だったらっ!」
アランさんはそう叫び、魔法のスペルの詠唱。すると、複数の小さな氷の玉を生み出し、標的に向かって飛ばす。
それを喰らったモンスターのHPが先ほどより減った。
「どうやらコイツは魔法耐性の方が低いみたいです!俺がタゲを取りますから、この隙にアランさんはさっきみたいに魔法で攻撃して下さい!」
「任せろっ!」
それから、俺がタゲを取り、その好きにアランさんが魔法で攻撃する戦法でモンスターの体力を削っていく。アランさんがポーションでMPを回復させている間は、俺が大型モンスターに有効なソードスキルを使うなどして時間を稼いだ。
相手が高レベルのモンスターだというのに加え、2人だけということもあって、時間がかかっているが、この調子でいけば何とか倒せそうだ。
だが、HPが残り三分の一まで削った途端、突如モンスターが咆えて自身のHPを半分まで回復させる。続けざまにブレス攻撃をしてくるが、威力は先ほどより上がっていて俺達のHPを多く奪った。
「コイツ、体力を回復させるだけじゃなくて、攻撃力も上がるのか!」
俺達の体力的にもコイツ相手にこれ以上戦闘を長引かせるわけにはいかない。何かいい手はないかと考えていると、アランさんが叫んだ。
「リュウ!一気に勝負を決めるからもう少しモンスターを引き付けてくれ!」
「えっ!?は、はい!」
――一気に勝負を決めるって、敵のHPもまだ半分近くは残っている。なら、アランさんは一体どうするつもりなんだ。
そんなことを考えながら必死にモンスターのタゲを取り続けていた。
「さあ、ショータイムだ」
アランさんはそう言うと、杖を前にかざし、何かの魔法のスペルの詠唱を開始した。すると、杖の先に水色の球体状のエネルギー体が形成される。水属性か氷属性の魔法だろう。詠唱は続き、たちまち複雑な立体魔法陣がアランさんを包み込むように展開する。スペルの長さと魔法陣の規模からしてかなり高位の魔法と思われた。
詠唱を終えた途端、絶対零度の球体がモンスターに放たれた。
氷属性最上位魔法《アブソリュート・ゼロ》。
モンスターは一瞬のうちに周囲の水ごと氷漬けにされ、完全に動きを封じられる。
「フィナーレだ」
そして、アランさんは新たな魔法のスペルの詠唱を開始する。先ほどとは違い聖属性の魔法のようだが、今回の魔法もスペルの長さと魔法陣の規模から高位の魔法だ。
そう確信した直後、杖の先から強力な金色の光線が放たれて、凍り付けにされたモンスターを粉砕。辺りには氷の結晶が降り注いだ。
「ふぃ~」
あの龍型のモンスターを倒した後も数回の戦闘を行いながら進み続け、俺達は遂に洞窟から出ることが出来た。洞窟に入った時はまだ空は青かったが、今は夕日でオレンジ色に染まっていた。
「ふぅ、やっと出ることができた。ありがとな、リュウ」
「いえ。こちらこそありがとうございました。それに、アランさんがいなかったら、あのモンスターは倒せなかったですし」
「役に立てて何よりだ」
そして笑い合う俺たち。
「俺はそろそろ行くよ」
「また……会えますか?」
「ああ。この世界での俺の旅はまだ始まったばかりだ。旅を続けていたらまた何処かで会えるさ。今度はリュウの仲間にも会ってみたいな」
アランさんはそう言い残し、何処かへと飛び去っていく。
「それにしても不思議な人だったな。ニュービーの割には強かったし、1回の戦闘であんな高位の魔法を簡単に2回も続けて使えるなんて……。アランさんは一体何者なんだろう……」
そんなことを口にし、アルヴヘイムの空に浮かぶ浮遊城……アインクラッドを見る。
「さてと俺もそろそろ帰ろうか」
自分のホームに戻ろうと飛び立ってこの場を後にした。
See you Next game
今回初登場した新キャラのアラン。
彼の姿は、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の『ベル・クラネル』の髪を水色がかった銀髪、瞳をグレーにした感じとなっています。
仮面ライダーゴーストに登場するアランとは一切関係ないのでご注意ください。
実はアランのキャラ構想はずっと前からあったんですが、やっと登場させることができました。まだ謎の多いキャラですが、彼のこともよろしくお願いします。
今回でファントム・バレット編は本格的に終了し、次回から待望のキャリバー編となります!
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キャリバー編
第1話 伝説の聖剣を求めて
オーズの映画を観に行ったり、買ったポケモンのゲームやFGOをプレイしてて、執筆をさぼってしまいました。申し訳ございません。
今回からキャリバー編になります
025年12月28日午前9時42分
今年も残すところあと3日。俺が通っているSAO生還者の学校も数日前から冬休みに入り、ゆっくりと朝の時間を過ごしていた。ちょうど朝食を食べ終え、リビングで朝の情報番組を見ていたら、テーブルに置いていたケータイが着信音を鳴らした。
画面には『桐ヶ谷 直葉』と表示され、俺は手に取って電話に出た。
「スグか。おはよう」
『リュウ君。おはよう』
「こんな朝早くから電話してきて何かあったのか?」
『実はね、お兄ちゃんが今日エクスキャリバーを取りに行こうって皆に声をかけているの』
「エクスキャリバーって、まさか《聖剣エクスキャリバー》か!?随分と急な話だけど、何かあったのか?」
『実は、今朝MMOトゥモローを見たら《聖剣エクスキャリバー》が発見されたという記事があったの。そのことをお兄ちゃんに話したら、皆でゲットしに行こうってことになって」
「なるほど……」
《聖剣エクスキャリバー》。
それは、ALOに於いて、ユージーン将軍が持つ《魔剣グラム》を超えるとも言われ、《聖剣ジュワユーズ》と1,2位を争う伝説の武器と言われている。しかし、この2本の剣は公式サイトに少し紹介されているだけで、入手方法等の詳しいことは一切知られていなかった。
いや、正確には《聖剣エクスキャリバー》の在処を知っている者が4人……いや5人いる。俺とキリさん、リーファ、アスナさん、ユイちゃんだ。
俺たちが《聖剣エクスキャリバー》を見つけたのは、今から1年くらい前になる。俺とキリさんとリーファとユイちゃんは、世界樹があるアルンを目指して旅をしている最中、アルン高原で巨大ミミズ型モンスターのトラップに引っかかり、地下世界ヨツンヘイムに落とされた。
そこで、四本腕の人型邪神級モンスターが、象とクラゲが合体した邪神モンスターを攻撃している現場に遭遇する。リーファに「いじめられてるほうを助けて!」とお願いされた俺とキリさんは、人型邪神を誘導して湖に落とし、象クラゲ型邪神を勝利させた。
助けた象クラゲ型邪神はリーファによって《トンキー》と名付けられ、八枚の羽根を生やした姿へと羽化し、俺たちを背中に乗せて地上へと繋がる通路へと運んでくれた。
その途中で俺たちは見た。世界樹の根に包まれてぶら下がる逆ピラミッド状の巨大ダンジョンと、最下部で輝く黄金の長剣……《聖剣エクスキャリバー》を。
更にスグから詳しく話を聞いたら、発見されただけでまだ入手まではしてないらしい。
しかし、アップデートでソードスキルが導入され、あのダンジョンの難易度が下がっているはずだ。誰かがあのダンジョンを突破して剣を入手するのも時間の問題だろう。
「そういうことなら、俺はもちろん行くよ」
『ありがとうリュウ君。お兄ちゃんにもそう伝えておくよ』
「ああ。けど、一体どうやって発見したんだ?ヨツンヘイムだと飛行不可で、暗中飛行ができるインプでも見えるところまでは届かないだろ。やっぱり他のプレイヤーもトンキーの仲間を助けて、クエストフラグを立てるのに成功したのか?」
『あたしも気になって調べてみたけど、どの攻略サイトにもそういうのは一切なかったよ』
ならどうやって発見したんだと考えていると、スグが何か思い出して声を上げた。
『あ、ねえねえ、リュウ君聞いてよ!お兄ちゃんったらまたトンキーをキモいって言ったんだよ!あんなに可愛いのに酷いよね!』
「そ、それは、酷いな……」
『でしょ!』
電話越しにカズさんへの文句を言うスグに、苦笑いを浮かべながら答える。
――まあ、カズさんの気持ちはわからなくはないんだけどなぁ……。
トンキーは象とクラゲが合体したような姿をしており、大半の人はトンキーのことを気に入るのにはちょっと勇気がいるだろう。だが、スグ/リーファはトンキーのことを「可愛い」と言ってかなり気に入っており、時々ヨツンヘイムまで行って会っているほどだ。
俺は少なくともトンキーのことをキモいとは思ってないが、だからと言って「可愛いか?」と聞かれても素直に「可愛い」とは答えることはできないんだよな。それが密かに悩みの種となっており、なるべくトンキーの話題を出さないように気を付けている。
とりあえず今はトンキーのことは置いておき、再びエクスキャリバーについて話し合うことにした。
「ところで、行くメンバーはもう決まっているのか?確かトンキーは出会った頃より成長して、今は11人まで乗れるようになったハズだけど……」
『それなら決まっているよ。まずは前回行ったあたしとリュウ君、お兄ちゃん、アスナさんでしょ。今回は、カイトさん、ザックさん、オトヤ君、クラインさん、リズさん、シリカちゃん、シノンさんを加えて行こうってなったの』
「今回はメンバー総出で行くのか」
『前回は偵察のつもりで行っただけだからね……』
「あー、あの時か……」
実は半年ほど前にも一度だけ、俺とキリさん、リーファ、ユイちゃん、そしてユイちゃんを通じて知ったアスナさんの4人と1人で挑んだことがある。しかし、あの空中ダンジョンには強力な四本腕の人型邪神が多数いて俺たちは苦戦。最終的に、俺に至っては動けなくなくなるほどのダメージを受け、キリさんに担がれて撤退したほどだった。
「まあ、2人だけで皆に連絡するのは、大変だから何人かは俺の方から連絡しておくよ」
『助かるよ。あたしは、シリカちゃんとリズさんとシノンさんに連絡するから、リュウ君はオトヤ君とクラインさんをお願い。カイトさんとザックさんには、お兄ちゃんにアスナさんの後に連絡するよう言っておくから』
「わかった。じゃあ、あとでALOで」
『うん』
通話を終えて、俺は早速ALOへとログインした。
待ち合わせ場所となったのは、イグドラシル・シティ大通りにある《リズベット武具店》だった。大がかりなクエストの前には、装備の耐久度をMAXまで回復させておく必要があるため、待ち合わせ場所には持って来いの場所だ。
店内の奥にある工房では店主のリズさんが皆の武器を順に回転砥石に当てて、ザックさんが道具を準備したりと彼女の手伝いをしている。その間、リーファとアスナさんとユイちゃんはポーション類の買い出しに行き、残ったメンバーは店内の待合スペースで待っていた。
俺の右隣に座っているクラインさんは《景気づけ》という理由で朝から酒瓶を傾けている。朝からよく飲むなと思っている中、ピナを頭に乗せたシリカが向かい側に座っているクラインさんに訊ねた。
「クラインさんは、もうお正月休みですか?」
「おう、昨日っからな!働きたくてもこの時期は荷が入ってこねーからよ。社長のヤロー、年末年始に1週間も休みがあるんだからウチは超ホワイト企業だとか自慢しやがってさ」
「ま、まあでも、良い会社なのは本当なことだと思いますよ」
シリカの隣に座っているオトヤが苦笑いを浮かべながらそう答える。
オトヤの言う通り、良い会社なのは間違いないだろう。クラインさんは社長さんのいつも文句を言っているが、SAOに2年間囚われていた間もクビにせず面倒を見てくれて、生還後もすぐ仕事に復帰できるようにしたっていう話だからな。
「おうキリの字よ。もし今日ウマイこと《エクスキャリバー》が取れたら、オレ様のために《霊刀カグツチ》取りに行くの手伝えよ」
「えぇー……。あのダンジョンくそ暑いじゃん……」
「それを言うなら、今日行くヨツンヘイムはくそ寒いだろうが!」
子供みたいな言い合いをするキリさんとクラインさん。彼らを見て笑っていると、俺の斜め向かいの席に座るシノンさんがぼそっと一言。
「あ、じゃあ私もアレ欲しい。《光弓シェキナー》」
「キャラ作って2週間で
俺の左隣に座るカイトさんが、やや呆れながらシノンさんに向かって言った。
「リズの造ってくれた弓も素敵だけど、出来ればもう少し射程が……」
すると、弓の弦を張り替えていたリズさんが振り向き、苦笑いしながら言った。
「あのねぇ、この世界の弓ってのはせいぜい槍以上、魔法以下の距離で使う武器なの。100メートル離れた所から狙おうなんてシノンくらいだよ」
「欲を言えば、その倍の射程は欲しいとこね」
澄ました微笑を浮かべながらそう言うシノンさんに対し、リズさんはまたしても苦笑いを浮かべる。そして、リズさんの隣にいるザックさんが彼女に向かってこう言った。
「でもよ、リズ。シノンのご要望通りの弓を造ったら、話題になって店の宣伝にもなるんじゃないのか?」
「確かにそうかもしれないけど、限度って言うものがあるのよ。もしも、造ることになったら、ザックには素材集めを手伝ってもらうからね」
「ハイハイ、分かってるって」
まだ付き合ってないのが嘘だと思うくらい仲睦まじいザックさんとリズさん。この2人も早く付き合えばいいのにと思っていると、店の扉が開いた。
「たっだいまー!」「お待たせ!」
声の主は、ポーション類の買い出しに行っていたリーファとアスナさんだった。
「お帰り」
俺は2人にそう一言。アスナさんの肩から飛び立った小妖精のユイちゃんが、キリさんの頭の上にちょこんと座って言った。
「買い物ついでにちょっと情報収集してきたんですが、まだあの空中ダンジョンまで到達出来たプレイヤー、またはパーティーは存在しないようです。 パパ」
「へぇ……。 じゃあ、なんで《エクスキャリバー》のある場所がわかったんだろう?」
「それがどうやら、私たちが発見したトンキーさんのクエストとは別種のクエストが見つかったようなのです。 そのクエストの報酬としてNPCが提示したのがエクスキャリバーだった、ということらしいです」
ユイちゃんのその言葉に、買ってきたポーション類を並べていたアスナさんが小さく顔をしかめて頷いた。
「しかもソレ、あんまり平和なクエストじゃなさそうなのよ。お使い系や護衛系じゃなくて、モンスターを何匹以上倒せっていうスローター系。おかげで今、ヨツンヘイムはPOPの取り合いで殺伐としてるって」
「……そりゃ、確かに穏やかじゃないな……」
キリさんも唇を曲げる。
「でもよぉ、ヘンじゃねぇ?《聖剣エクスキャリバー》ってのは、おっそろしい邪神がうじゃうじゃいる空中ダンジョンのいっちゃん奥に封印されてンだろ?それをNPCがクエの報酬で、ってどういうこった?」
「言われてみれば、そうですね」
「うん、ダンジョンまで移動させてくれるだけって言うなら分かるよね……」
クラインさんの言葉に、オトヤとシリカがそうコメントする。この場にいた全員が考えていると、カイトさんが冷静に声を発した。
「ここでいくら考えていても、何も答えは出てこないだろ」
「そうね。行ってみれば解かるわよ、きっと」
カイトさんに賛同するかのようにシノンさんも冷静にコメントした。その直後、工房の奥でリズさんが声を上げた。
「よぉーしっ!全武器フル回復ぅっ!」
労いの言葉を全員で唱和。新品の輝きを取り戻した其々の愛剣、愛刀、愛弓を受け取り身に付けた。次に、アスナさんの作戦指揮能力によって分割したポーション類を貰い、腰のポーチに収納。持ちきれない分はアイテム欄に格納した。
準備が完了したところで、クラインさんがここにいるメンツを見て、ニヤニヤと笑いながらこう言った。
「しっかし、相変わらず脳筋ばっかりのパーティーだな」
確かにクラインさんの言うとおりだ。今ここにいるメンバーは、リーファとシノンさんを除く全員が元SAOプレイヤーだから仕方がないだろう。
すると、リズさんがクラインさんにこんなことを言った。
「なら、アンタが魔法スキル上げなさいよ」
「はっ、やなこった。侍たるもの魔の文字が付くスキルは取れねぇ、取っちゃならねぇ!」
「だけど、クライン。大昔からRPGの侍は戦士プラス黒魔法クラスなんだぜ。そんな拘りを持ってていいのか?」
「けっ、魔法使う位なら刀折って侍辞めてやんぜ」
ザックさんの忠告を無視し、大口を叩くクラインさんだったが……。
「でも、この前クラインさん、炎属性のソードスキル使ってましたよね。あれって半分魔法だったと思いますよ」
「えっ!?マジ!?」
シリカの唐突なコメントに、クラインさんは焦りだす。そこへユイちゃんが更に追い打ちをかける。
「はい、シリカさんの言う通りです。5月のアップデートでALOにもソードスキルが実装されましたが、上級のソードスキルは物理属性の他に地・水・火・風・闇・聖の魔法属性も備えています」
「そ、そーだっけ……?」
「そうですよ。現実を見て下さい」
現実逃避しようとしているクラインさんに、俺が彼の肩に左手をポンと置いてそう一言。そして、リズさんはニヤニヤと笑みを浮かべてクラインさんにトドメを刺そうとする。
「魔法使う位なら何だっけ?」
「確か、
リズさんに便乗するかのようにザックさんもニヤニヤしながら揶揄う。
2人に追い詰められて、クラインさんは冷や汗をかきながら愛刀をしっかりと握り締める。
「リュウ公~、キリの字~」
そして、情けない声を出しながら近くにいた俺とキリさんに助けを求めてきた。
「まあまあ。本人も反省しているみたいだから、許してあげましょうよ」
「それに、ソードスキルは呪文を唱えないんだし、ノーカンにしてやったらどうだ?」
「しょうがないな~」
「リュウとキリトに免じて許してやるか」
リズさんとザックさんが下がり、クラインさんは安堵した様にため息を漏らす。
「みんな、今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう。このお礼はいつか必ず、精神的に。それじゃあ、いっちょ頑張ろう!」
カイトさんとシノンさんは軽く笑みを浮かべ軽く拳を上げ、俺を含めた他のメンバーはおー!と唱和する。
そして、リズさんの店を出て、イグシティの真下のアルン市街から地下世界ヨツンヘイムに繋がる秘密のトンネルを目指した。
オマケ
《聖剣エクスキャリバー》ゲットに挑むため、俺とスグは行くメンバーを考えていた。
「前回はあたしとお兄ちゃんとリュウ君とアスナさんだけで行って危うく全滅しかけたから、今回はトンキーに乗れる上限の11人で行った方がいいよね」
「ああ。となると、今回はあと7人決めないといけないな。カイトにザック、オトヤ、リズ、シリカ、クライン……あと1人か。エギルは店があるだろうし、クリスハイトは頼りないし、レコンは……」
「お兄ちゃん、レコンは止めた方がいいって!絶対いつもみたいにリュウ君に突っかかると思うよ!」
レコンもたまに俺たちのパーティーに参加するが、ちょっとした問題児でもある。恋敵であるリュウのことを敵視し、毎度のように某ゲーム会社の二代目社長やひょっとこのお面を被った37歳児の鍛冶師みたいに暴走している始末だ。いつもは皆で面白がったり、止めたりしているが、今回ばかりは本当にパーティーが全滅ということも十分あり得る。
「確かにレコンは止めておいた方がいいな。リュウの妨害になったら俺達も困るし」
「でしょ。なら、シノンさんはどう?ALOを始めてからまだ2週間だけだけど、もう弓の扱いには慣れている感じだったよ」
「おお、それだ!シノンなら、もう高難易度のダンジョンでも充分立ち回れるし、万が一何かあってもカイトがフォローしてくれるから大丈夫だろ」
そんな感じでメンバー決めをしたのだった。
旧版ではできなかったキャリバー編に突入することができました!
エクスキャリバーやトンキーのことはフェアリィ・ダンス編でも少しやりましたが、それらのことを書いたのがずっと前でしたので、懐かしいなと思いながら執筆してました。そういえば、リュウ君はトンキーのことをアンクと名付けようとしたんですよね(笑)
トンキーに乗れる定員は、二次創作だと1~2人増えるのが定番となってますが、本作は4人も増えるため、少し成長して乗れる定員を増やすという強引な設定となしました。やっぱり原作オリジナル双方のメインキャラを全員出したかったので。
レコンも参戦させる案もありましたが、檀黎斗や鋼鐵塚さんのように暴走してリュウ君の戦闘に支障を与える、読者の方からもレコンの参加を禁止する声が上がった等の理由により原作と同じく不参加にしました(笑)
次回は、皆さんが楽しみにしているあのシーンがあります(笑)
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第2話 湖の女王
1つ。直葉から、攻略サイトで聖剣エクスキャリバーが発見されたと、連絡を受けるリュウ。
2つ。エクスキャリバーゲットのために、リズベット武具店に集まるリュウと仲間達。
そして3つ。リュウ達が発見したクエストとは別のクエストが発見されたことが判明し、一行は疑問を抱きつつもヨツンヘイムに向かうのだった。
大変長らくお待たせいたしました。
前回の投稿から期間が大分空いたため、前回までのあらすじをオーズ風にまとめてみました(笑)。この部分を執筆している最中、中田譲治さんによるナレーションとオーズのあらすじ紹介で流れるBGMが聞こえてきました。
リズさんの店を出た俺達は、アルンからヨツンヘイムに繋がる秘密のトンネルにある長く続く階段を下っていた。
「うわぁ、いったい何段あるの、これ……」
ここに初めてきたリズさんがことを愚痴りながら階段を下りていた。
「えっと……確か、新生アインクラッドの迷宮区丸々一つはあったと思いますよ」
俺が答えると、リズさんだけでなく、ザックさんとクラインさん、オトヤとシリカも「うへぇ…」という顔になった。
これには俺も苦笑いするしかなかった。
すると、キリさんはこんなことを言いだした。
「あのなぁ、通常ルートならヨツンヘイムまで最速で2時間掛かるとこ、ここを降りれば5分だぞ。文句を言わずに、一段一段感謝の念を込めながら降りたまえ、諸君」
「あんたが造ったわけじゃないでしょ」
普段なら俺が何か一言キリさんにツッコミを入れるところを、俺より先にシノンさんがクール極まるツッコミを入れてくれた。
「ツッコミ、ありがとう」
キリさんはわざわざツッコんでくれたことへの礼として、握手代わりにシノンさんの尻尾を掴んだ。
「フギャアっ!!」
すると、シノンさんはもの凄い悲鳴ととともに飛び上がった。
アルゴさんの話によると、ケットシー特有の三角耳と尻尾は、本来なら人間に存在しないものだが、何故か感覚があるらしい。そして、耳や尻尾を強く握られたりすると《すっごい変な感じ》がするという。
俺も種族選びの時に、能力を見てケットシーにしようかと考えたりもしたが、自身に猫耳と尻尾が付くのに抵抗を抱いて選ぶことはなかった。だけど、あの時本当にインプを選んでおいてよかったなと思う。もしも選んでいたら、リーファに恋人同士のスキンシップだと言われて、頻繁に耳や尻尾を触られていただろう。まあ、それも悪い気はしないが。
「このっ!」
シノンさんは顔を真っ赤にさせ、後ろを振り向き、器用に階段を下りながらキリさんの顔を両手で引っかこうと振り回す。そして、キリさんはシノンさんの攻撃をひょいひょいとかわす。
「アンタ、次やったら鼻の穴に火矢ブッコムからねっ!!」
一発も攻撃を当てられなかったシノンさんは、怒りながらそんなことをキリさんに言い放った。
この光景を見ていた俺はキリさんに呆れるしかなかった。
「ハァ。全くアンタは何やっているんでs……っ!?」
キリさんの方を見た瞬間、彼の後ろにあるものを見て凍り付いてしまう。
「リュウ、そんな青い顔なんかしてどうしたんだ?もしかしてお前の嫌いな蛇でもいたのk……っ!?」
キリさんはハハハと笑いながら後ろを振り向くが、その直後に青ざめた顔へと変えた。
俺とキリさんが見たのは、凄まじい怒りに満ちて静かにキリさんを見下ろしていたカイトさんだった。
全員一旦階段を下りるのを止める。
「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
カイトさんの言葉を聞いた途端、キリさんは地面に頭を打ち付けるくらいの勢いですぐに土下座体勢に入る。
――ヤバいヤバい!カイトの奴、過去最高レベルでメチャクチャ怒っているんだけど!
顔は見えないが、ガクガクと体を震わせながら滝のように冷や汗をかいているから、かなり焦っているのが見てわかる。
「か、カイト!さ、さっきのは、あの…その……」
声を震わせながら、何とかカイトさんの怒りを鎮めようとするキリさんだったが……。
「誰が勝手に話していいと言った」
「っ!?」
威圧が籠ったカイトさんの言葉にビビッて黙り込んでしまう。
「貴様の下らない言い訳など聞きたくもない。俺に聞かれたことだけに答えろ。俺が問いたいのは1つだけだ。何ゆえに、シノン……人の彼女の尻尾を握ったんだ?」
「い、いや、それは、その……面白半分と、言いますか……」
キリさんは目が泳いで体をガクガク震わせながら答える。しかも、恐怖のあまり敬語になっている。
「へぇ、面白半分であんなことをしたんだね」
そう一言口にしたのは先頭にいたアスナさんだった。
アスナさんは満面の笑みを浮かべているが、内面ではカイトさんに負けないくらいメチャクチャ怒っているようにしか見えなかった。さっきまでアスナさんの肩にいたユイちゃんも何か感じ取ったようで、いつの間にか近くにいたリーファの頭へと避難していた。
「キリト君。カイト君だけじゃなくて私ともちょっとお話ししようか。みんなは先に行ってていいよ」
『は、はい……』
笑顔なのに怖いオーラしか伝わってこれないアスナさん。彼女の凄まじい圧に押された俺達は、この場から逃げるように階段を下りていく。その時、キリさんが助けを求める顔をしていたのが見えたが、俺達は知らないフリをして彼から顔を逸らした。
階段を下りている最中、後ろの方から必死に謝るキリさんの声が聞こえてきた。
「お許しくださいませっ!カイト様っ!アスナ様っ!どうかっ!どうか御慈悲をっ!!」
「キリト君、今日が君の命日よ」
そして、アスナさんが火星を滅ぼした地球外生命体みたいなことを言ったのが、微かに聞こえた気がした。
「申し訳ありませんっ!申し訳ありませんっ!!申し訳ありませ……ぎゃああああああああああっ!!」
最後に聞こえてきたのは、秘密通路全体に響き渡るくらい巨大なキリさんの悲鳴だった。
今後ろで、某パワハラ会議と同じくらい……いや、それ以上に恐ろしいことが行われているな。俺だけでなく他のみんなもそう思っていただろう。
先に階段を下りていたシノンさんを除く全員は、恐怖を感じて誰1人後ろを振り返ろうとせず、階段を下り終えるまでずっと無言でいた。ちなみに、シノンさんだけはご満足な様子だった。
一足先に階段を降り切って5分ほど経過した辺りに、カイトさんとアスナさんが、そして少し遅れてキリさんがやってきた。先に来たカイトさんとアスナさんは少しご立腹な様子で、最後に来たキリさんはこの世で一番恐ろしいものを見たのかのように青ざめた顔をしていた。
「し、死ぬほど怖かった……。ウッ…ウッ……」
流石に命日にはならずに済んだが、よほど怖い目にあったのか俺に泣きついてきた。一瞬、「自業自得ですよ」と言って突き放そうかと思ったが、キリさんがこんな調子であのダンジョンまで行くと俺達まで危ないと思い、彼を慰めることにした。
そして、他のメンバーは呆れてキリさんを見ていたのだった。
キリさんを泣き止ませた後、アスナさんがパーティーに凍結耐性魔法をかける。
「オッケー。これで凍結耐性の方は大丈夫だよ」
アスナさんの声を受け、リーファは頷いて指笛を拭き鳴らした。
数秒後、くおぉぉぉぉー……ん、というような鳴き声がし、遠くに白い影が飛んで近づいてくるのが見えた。
白い影は、象のような頭とクラゲみたいな胴体が合わさり、四対八枚のヒレに似た羽が伸びている。そう、あの白い影ことが俺たちが出会った邪神、トンキーだ。
「トンキーさ―――――んっ!」
アスナさんの肩から、ユイちゃんが大きな声で呼びかける。
ユイちゃんの声に応じるように、トンキーは徐々に上昇してこちらに近づいてきた。
目の前までトンキーがやってくると、初対面のクラインさんは驚いて後ずさってしまう。
「へーきへーき、こいつ草食だから」
キリさんはクラインさんにそう言うだったが……。
「あれ?キリさん知らなかったんですか?実はトンキーって草食じゃないんですよ」
「え?そうなのか?」
俺の言葉にキリさんはマジ?というような表情をする。
「うん。こないだ地上から持ってったお魚上げたら、一口でぺろっと食べたよ」
更にリーファが俺の言葉に付け加えるかのように答えた。
「…………へ、へぇ」
これを聞いたクラインさんは引きつった表情をしながら、更に後ずさろうとする。
すると、トンキーは長い鼻を伸ばし、クラインさんの頭に触れた。
「うびょるほっ!?」
変な声を出して驚くクラインさん。そんな彼の背中をキリさんが軽く押す。
「ほれ、背中に乗れっつってるよ」
「そ……そうは言ってもよぉ、オレ アメ車と空飛ぶ象水母には乗るな、っつうのが爺ちゃんの遺言でよぉ……」
「アメ車と空飛ぶ象水母には乗るなって、そんな遺言残す爺さんなんかいるか」
「第一、クラインの爺ちゃんってピンピンしてただろ」
そんな見え透いた嘘をカイトさんとザックさんに一蹴される。
「そうそう。こないだダイシーカフェで、爺ちゃんの手作りっつって干し柿くれただろ。美味かったからまた下さい!」
2人に続くように、キリさんがそう言ってクラインさんの背中を押す。すると、クラインさんはクラインはおっかなびっくりトンキーに乗った。
クラインさんの後に、まずは度胸のあるカイトさんとザックさんとシノンさんが乗り、次に動物好きの対象にトンキーも含める事にしたシリカとオトヤが乗り込む。
続くようにリズさんが「よっこらしょ」と乙女らしからぬ声を上げて乗り、ザックさんに「おっさんみたいだぞ、お前」と言われる。それが試合開始のコングとなり、いつものように揉める2人。しかし、カイトさんに止められて、すぐに大人しくなるのだった。
初めてではないリーファとアスナさんが飛び乗る。最後に俺とキリさんがトンキーに「よろしくな」と言って、鼻の付け根をひと撫でしてから、乗り込んだ。
「よぉーし!トンキー、ダンジョンの入口までお願い!」
先頭にいるリーファがそう言うと、トンキーは長い鼻を持ち上げてもう一啼きし、8枚の翼をゆっくりと羽ばたかせて移動し始めた。
トンキーが移動を開始してから1,2分ほどが経過した時、リズさんがこんなことを言いだした。
「ねえ、これ……落っこちたらどうなるのかなぁ?」
ヨツンヘイムは日光も月光も届かないため、飛ぶことはできない。暗中飛行が得意なインプなら
長くて30秒程度なら飛ぶことは出来る。
しかし、今トンキーが飛んでいるのは高度千メートル付近だ。30メートルを超えたところでも確実に死ぬくらいだから、暗中飛行が得意なインプでも絶対助からないだろう。
リズさんの問いに答えたのは、彼女の隣にいるアスナさんだった。
「そのうち、そこにいる、昔アインクラッドの外周の柱から次の層に行こうとして、落っこちた人が試してくれるよ」
アスナさんは笑みを浮かべて、後ろにいるキリさんの方を見ながら言う。
「高いとこから落ちるなら、ネコ科動物のほうが向いてんじゃないか」
そう言われたキリさんは、苦笑いしながらそう答えた。これには、猫妖精であるシノンさんとシリカは真顔でブンブンと首を振った。
すると、シノンさんは悪い笑みを浮かべてこんなことを言いだした。
「ここはネコ科動物よりも、ヨツンヘイムでも少し飛べる闇妖精さん達の方が適任だと思うわ」
これに闇妖精である俺とザックさんはギョッとする。
「ちょっと何言っているんですかっ!?」
「俺たちだって絶対お断りだからなっ!!」
「フフフ、軽い冗談よ」
そんなやり取りをしてて、この場は笑いの渦に包まれる。
トンキーは羽をゆっくりはばたかせ、ヨツンヘイムの上空をゆっくり進んでいく。このまま安全運転で向かうだろうと思っていたが、トンキーは全ての羽を畳み、急降下をし始めた。
『うわあああああっ!!』
とカイトさんを除く男性陣達の絶叫。
『きゃああああああっ!!』
と女性陣の高い悲鳴。
「やっほーーーーう!」
とただ1人楽しそうに声を上げる《スピード・ホリック》のリーファ。
トンキーの背中に密生する毛を両手で掴み、襲ってくる風圧に必死に耐える。
トンキーは、巨大な大穴の南の縁……以前俺たちがウンディーネのレイドパーティーと戦った辺りまで来たところで、急ブレーキをかける。すると、減速によるGが体にのしかかり、俺達はトンキーの背中にべたっと貼りついた。
高度が50メートル辺りまで到達したところで、緩やかな水平巡航に入った。しかし、先ほどの垂直ダイブのせいで、リーファとカイトさんを除いたメンバーはトンキーの背中にぐったりして倒れていた。
「どうやら垂直ダイブは終わったみたいだな……」
カイトさんが立ち上がってそう一言。
俺も立ち上がり、下の様子を確認しようと背中の先頭まで移動しようとした時だった。先頭にいたリーファが何かに気が付き、指さして声を上げた。
「りゅ、リュウ君!あれ見てっ!!」
言われるがまま、俺と他の皆はリーファが指さした方を見る。
そこには、30人を超える異種族混合の大型レイドパーティーが人型邪神と協力し、羽化する前のトンキーと同じ姿をした動物型邪神を攻撃している光景があった。
「あれは……どうなってるの?あの人型邪神を、誰かがテイムしたの?」
アスナさんが喘ぐように囁き、シリカが首を激しく振って答えた。
「そんな、あり得ません!邪神級モンスターのテイム成功率は、ケットシーのマスターテイマーが専用装備でフルブーストしても、0%です!」
クラインさんが、逆立った髪をかき混ぜて唸った。
「ってことはつまり、あれは……なんつぅか……《便乗》しているってわけか?4本腕の巨人が象クラゲを攻撃しているところに乗っかって、追い打ちをかけてるってみてェな……」
「でも、そんな都合がいいことなんてあるんですか?巨人型の邪神モンスターに、あれだけ近づいて魔法スキルとかを連発していれば、あの人たちも攻撃されてもおかしくないですし……」
オトヤのコメントに、この場にいる全員が納得する。
状況が理解できず困惑している間にも、レイドパーティーの火炎魔法が炸裂し、人型邪神の大剣が動物型邪神に振り下ろされる。象クラゲの邪神は断末魔の悲鳴を上げ、ポリゴン片となって散っていった。
この中で一番トンキーのことを気に入っているリーファは辛そうな表情をしており、俺はなんて声をかければいいのか分からないまま、再びレイドパーティーの方を見た。
動物型邪神を倒した人型邪神は、次にレイドパーティーに襲い掛かるのかと思っていた。だが、なんとヤツは、レイドパーティーのプレイヤーたちに攻撃することなく、次のターゲットを求めて共に移動した。
「なっ!?何で人型邪神と戦闘にならないんだ!?」
「それどころか、一緒に行動しているって感じだぞ!」
俺とキリさんがそう言った直後、ザックさんが声を上げた。
「おい!あっちを見ろ!」
指された方を見ると、そこでも大規模のレイドパーティーと人型邪神が一緒に、動物型邪神を攻撃していた。
「こりゃ。ここで、いったい何が起きてンだよ!?」
呆然としたクラインさんの声に、リズさんが低く呟いた。
「……もしかして、さっき上でアスナが言ってた、ヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系のクエストって、このことじゃないの? 人型邪神と協力して、動物型邪神を殲滅する……みたいな……」
それを聞いたこの場にいた全員が息を呑む。
だけど、どうしても引っかかることがある。
《聖剣エクスキャリバー》があるのは、多数の人型邪神が守護しているあの空中ダンジョンだ。ならば、クエスト内容は『動物型邪神と協力して人型邪神を倒し、エクスキャリバーを手に入れる』というものになるはずだだろう。なら、どうして協力する邪神と敵対する邪神が逆になっているのか。
そんなことを考えていると、後ろの方に光の粒が音も無く漂い、凝縮して一つの人影を作り出した。
現れたのは、ローブ風の長い衣装、背中から足許まで流れる波打つ金髪、優雅かつ超然とした美貌の女性だった。だが……。
「「でっ………けえ……」」
キリさんとクラインさんがそう呟いた。
普通ならここで、デリカシーのないことを言った2人に対して、女性陣から非難の声が殺到するところが、今回はそうはならなかった。何故なら、その女性の身の丈は、俺たちの倍……3メートル以上はあったからだ。
「私は《湖の女王》ウルズ。我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ。 そなたらに、私と2人の妹から1つの請願があります。 どうかこの国を、《霜の巨人族》の攻撃から救って欲しい」
状況的に、この人はきっとクエストNPCだろう。だけど、この人は本当にただのNPCだと言ってもいいのだろうかと、何か妙な違和感を抱いていた。
すると、ピクシーサイズのユイちゃんが、アスナさんの肩からキリさんの肩へと飛んで移動してきて、こう言った。
「パパ、あの人はNPCです。でも、少し妙です。通常のNPCのように固定応答ルーチンによって喋っているのではなく、コアプログラムに近い言語エンジン・モジュールに接続しています」
「……つまり、AI化されているってことか?」
「そうです、パパ」
ユイちゃんとキリさんの会話に納得がいき、彼女の話しに耳を傾けた。
「かつてこの《ヨツンヘイム》は、そのたたちの《アルヴヘイム》と同じように、世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。 我々《丘の巨人族》とその眷属たる獣たちが、穏やかに暮らしていたのです」
その言葉と同時に、ウルズの背後に植物と水に溢れたヨツンヘイムの世界が幻影として映し出された。
あの底無しの巨大な大穴も綺麗な水で満たされた巨大な湖で、天蓋からぶら下がっている世界樹の根も地上まで太く根付いていた。
「ヨツンヘイムの更に下層には、氷の国《ニブルヘイム》が存在します。 彼の地を支配する巨人族の王《スリゥム》は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛冶の神《ヴェルンド》が鍛えた『全ての鉄と木を断つ剣』……《エクスキャリバー》を、世界の中心たる《ウルズの湖》に投げ入れたのです。剣は世界樹のもっとも太い根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」
すると、幻影に映し出された世界が変わり始めた。
エクスキャリバーが《ウルズの湖》に投げ込まれた瞬間、湖の水は凍り付き、 巨大な世界樹の根は先端に巨大な氷塊を巻き付けながら、天蓋へと浮き上がっていく。同時に、光りは薄れて植物は枯れ、世界は雪と氷に包まれる。そして、最終的に俺たちが知る闇と氷に包まれたヨツンヘイムへとなった。
「王スリュムの配下《霜の巨人族》は、ニブヘイムからヨツンヘイムへと大挙して攻め込み、多くの砦や城を築き、我々《丘の巨人族》を捕え幽閉しました。 彼はかつて《ウルズの泉》だった大氷塊に居城《スリュムヘイム》を築き、この地を支配したのです。 私と二人の妹は、凍り付いたとある泉の底に逃げ延びましたが、最早かつての力はありません。霜の巨人たちは、それに飽き足らず、この地に今も生き延びる我らが眷属の獣たちを皆殺しにしようとしています。 そうすれば、私の力は完全に消滅し、スリュムヘイムを上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせることが出来るからです」
「な……なにィ! ンなことしたら、アルンの街が壊れちまうだろうが!」
それを聞いたクラインさんは憤慨して叫んだ。
いつもなら、「この人はこの話しにどっぷりフルダイブしているな」と思うくらいで済むが、今回は話の内容が大掛かり過ぎてそうはいかなかった。
「王スリュムの目的は、アルヴヘイムもヨツンヘイムのように氷雪に閉ざし、世界樹《イグドラシル》の梢に攻め上ることなのです。そこに実ると言われている《黄金のリンゴ》を手に入るために……」
確か、世界樹の天辺近くには、新生アインクラッドのフロアボスよりも遥かに強いオオワシのモンスターが守護しているエリアがあったな。まさか、様々な作品で伝説の存在とされている《黄金のリンゴ》が、そこにあるっていうのか……。
『我が眷族達をなかなか滅ぼせないことに苛立ったスリュム達は、ついにそなた達……妖精の力をも利用しはじめました。《エクスキャリバー》を報酬に与えると誘いかけ、眷族達を狩り尽くさせようとしているのです。しかし、スリュムヘイムからエクスキャリバーが失われば、この地は再びイグドラシルの恩寵を受けて元に戻ります。なので、見た目はエクスキャリバーとそっくりな《偽剣カリバーン》を与えるつもりなのでしょう」
自分たちの目的のために、他の者を騙して利用する。一瞬、かつてアルヴヘイムを支配していた偽物の妖精王とその配下の姿が思い浮かんだ。
いくらクエストの中とはいえ、これ以上アイツらのように、スリュム達《 霜の巨人族》を好き勝手にさせるわけにはいかないな。俺だけでなく、この場にいる全員がそう思っているだろう。
「王でありながら狡さを持ったスリュム。しかし、彼は一つ過ちを犯しました。妖精の戦士たちに協力させるため、配下の巨人の殆どをスリュムヘイムから地上に下ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど薄くなっています 」
ウルズが右手をかざすと小さな光の塊が現れた。それは、緑色の宝石がはめ込まれている金色のペンダントとなり、リーファの手に収まった。
「この石が全て暗黒に染まれば、それは我らが眷属が狩りつくされ、私の力も消え失せた証。妖精たちよ、スリュムヘイムに侵入し、エクスキャリバーを《要の台座》より引き抜いて下さい」
すると、クエスト《氷宮の剣聖》が開始を知らせるウィンドウが表示される。
「頼みましたよ。妖精たち……」
ウルズはそう言い残し、姿を消した。
ウルズが消えた後、トンキーは世界樹の根にある氷のダンジョンへと移動を再開した。
「……なんだか、凄い事になってきたね」
アスナさんがそう呟く。
「これって、普通のクエスト……なのよね? でもその割には、話が大がかりすぎるっていうか……動物系の邪神が全滅したら、今度は地上にまで霜巨人に占領される、とか言ってなかった?」
「ああ、言っていたな」
カイトさんが腕組みをして答えた。
「けど、運営側が、アップデートやイベントの告知もなく、そこまでするかな?普通は最低でも1週間前には何かしらの予告はあるよな?」
「確かにそうですよね。これくらい大規模な内容だと、プレイヤー側が準備するための期間を用意するハズですし……」
俺とキリさんの会話を聞いてた全員が、うんうんと頷いたりと納得した反応を見せる。
「でも、トンキーのためにもやるしかないよ、お兄ちゃん、リュウ君」
「そうだな。元々今日集まったのは、あの城に殴り込んで、エクスキャリバーをゲットするためだったんだからな。守りが薄いっていうなら、願ったり叶ったりだ!」
キリさんはそう言い、ウインドウを操作する。すると、元々背負っていたリズベット武具店製のロングソードと交差して、前にアインクラッド第15層のボスからドロップした剣が鞘に収まった状態で出現した。
こういう状況だから、キリさんは久しぶりに本格的に二刀流を使うようだ。どうやら俺も、まだリーファにしか教えてない
右腰の鞘に収まっている愛剣を一目見てそんなことを考える。
そして、クラインさんがニヤリと笑ってから、腰の刀を抜いて叫んだ。
「オッシャ!今年最後の大クエストだ! ばしーんと決めて、明日のMMOトゥモローの一面に載ったろうぜ!!」
『おお――!』
それに合わせ、俺たちも各々の武器を手に取って上に掲げて叫ぶ。
「待っててね、トンキー。絶対、あなたの国を取り戻してあげるからね!」
リーファは、トンキーの頭を撫でながらこう言った。
こうしている間にも、氷の巨大ピラミッドへの入り口が見える辺りまで近づいてきた。
――動物型邪神が滅ぼされ、アルンの街が壊される運命は、俺達が変えてやる!!
前回の投稿から約4カ月ですね。この期間中に、Twitterの方で少しトラブルがあって一時的にパスワード限定にさせた件に関しては本当にご迷惑をお掛けしました。申し訳ございません。
他にも楽しいことから大変なことまで色々ありましたが、多くの方々の応援や励ましの声を沢山受け取り、何とか最新話を完成させることができました。ブランクがあるため、文章がおかしいところがあるかもしれないですけど…。
この回に関しては、イタズラでシノンの尻尾を握ったキリトをカイトがお仕置きするのを楽しみにしていたという方がかなり多かったです(笑)
ご存知の方はいるかと思いますが、あのシーンは鬼滅の刃で無惨様による下弦の鬼たちへのパワハラ会議をモデルにしました(笑)
もうすぐで6周年になりますので、それまでにももう1話投稿出来るよう頑張りたいと思います。次回もよろしくお願いします。
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第3話 11人のパーティーと双牛と新たな技
言い訳です…。ここ最近の休日はSAOの映画を観に行ったり、SAOのフルダイブイベントやSAOのコラボ湯に行ったりなどSAO尽くしの日々を過ごす。そして、戦闘シーンの執筆に苦戦したり、執筆意欲が沸いてきた中で本作に低評価付けられてボロクソに言われてショックを受けて執筆意欲が失せてしまった、他にも様々な理由で遅くなってしまいました。
でも、多くのSAOイベントのお陰で執筆意欲が沸いてきたので、何とかして何とかして年内にキャリバー編を終えるよう頑張りたいと思います。
それでは最新話どうぞ!
トンキーが氷の巨大ピラミッドへ続く巨大な扉の前にある足場に止まり、俺達はそこへ降り立った。
扉に近づき、ピラミッドの中へと入ろうとした時、キリさんは自身の左肩に座っているユイちゃんの様子が何かおかしいことに気が付き、声をかけた。
「ユイ、どうした?」
すると、ユイちゃんが飛び立って中央でホバリングしながら、皆に聞こえるボリュームで言い始めた。
「あの、これは推測なんですが……。この《アルヴヘイム・オンライン》は、他の《ザ・シード》規格VRMMOとは大きく異なる点が一つあります。 それは、ゲームを動かしている《カーディナル・システム》が機能縮小版ではなく、旧《ソードアート・オンライン》に使われていたフルスペック版の複製ということです」
確かにユイちゃんの言うとおりだ。
元々ALOは、蛮野と須郷が自身の野望のために、SAOのサーバーをコピーして作り上げたものだ。だから、システムもSAOと同等の性能を持っていることになる。
ユイちゃんの説明は更に続いた。
「本来のカーディナル・システムには、《クエスト自動生成機能》があります。ネットワークを介して、世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリー・パターンを利用・翻案してクエストを無限にジェネレートし続けるのです」
それを聞いたここにいる元SAOプレイヤー達は、俺を含めて全員が揃って何か思い当たるような反応を見せた。
俺はあることに気が付き、ユイちゃんに尋ねた。
「ユイちゃん、1つ聞いていいか?」
「はい」
「このクエストの告知が運営から特になかったのって、運営が用意したやつじゃなくて、カーディナルが自動生成したからってことになるのかな?」
「先程のNPCの挙動からして、その可能性が高いです。だとすれば、ストーリーの展開次第では、行き着くところまで行ってしまうことが有り得ます」
「い、行き着くところって一体……。まさか、アルヴヘイムに霜の巨人族達が攻めてくるだけでは済まないなんてことは……」
声を震わせ、聞こえるか分からないボリュームで呟いたことにも、ユイちゃんは険しい顔をしながら、丁寧に答えてくれた。
「残念ですが、その可能性は充分あり得ます。私が、アーカイブしているデータによれば、今のクエスト及び、ALOそのものの原形となっている北欧神話には、《最終戦争》も含まれているのです。ヨツンヘイムやニブルヘイムから霜の巨人族が侵攻してくるだけでなく、更にその下層にある《ムスペルヘイム》と言う灼熱の世界から炎の巨人族までもが現れ、世界樹を全て焼き尽くす……と言う……」
すると、神話や昔話に詳しいリーファの口が開いた。
「神々の黄昏……ラグナロク……。まさか、いくらなんでも、ゲームシステムがマップを丸ごと崩壊させるようなことできるはずが……」
確かにそれは大いに最もな話だ。だが、ユイちゃんは左右に軽く首を振る。
「オリジナルのカーディナル・システムには、ワールドマップを全て破壊し尽くす権限があるのです。何故なら、旧カーディナルの最後の任務は、浮遊城アインクラッドの崩壊させることだったのですから」
それを聞いた俺達は黙り込んでしまう。
「あたしの店……」
「まだ運命の人とも会えてねぇのに……」
リズさんとクラインさんがそう呟く。その2人に対し、カイトさんが冷静に「落ち着け」と言い、話始めた。
「仮にその《ラグナロク》が本当に起きても、バックアップ・データからサーバーを巻き戻すことは可能じゃないのか?」
「確かに。こんなこと運営側にとっても都合が悪いから、絶対それくらいの対応はするハズよね」
カイトさんの話を聞いて、シノンさんはそう述べる。俺達も納得がいき、頷くなりして反応する。だが、ユイちゃんだけは頷こうとはしなかった。
「カーディナルの自動バックアップ機能利用していた場合、巻き戻されるのはプレイヤーデータだけで、フィールドは含まれません」
打つ手なしかよと全員が黙り込んでいる中、クラインさんが「そうじゃん!」と叫び、ウインドウを開いた。しかし、すぐに「だめじゃん!」と頭を抱える。
「こんな時に、何バカやってるんだよ……」
呆れながらザックさんが毒づくと、クラインさんは情けない顔で振り向いた。
「いやぁ、GMを呼んで この状況を知ってんのかを確認しようと思ったんだけどよォ。人力サポート時間外でやんの……」
「年末の、日曜の、午前中だからなぁ……」
「何で、このタイミングで、こんな非常事態が起きるんだよ……。最悪だ……」
キリさんが呟き、俺も何処かの物理学者みたいなことを思わず口にしてしまう。
「リュウ君、お兄ちゃん。時間が……」
リーファが先ほどウルズから渡されたメダリオンを俺に見せてきた。
金色のペンダントにはめ込まれている緑色の宝石は、6割以上が黒ずんでいる。
「これは思っていた以上に、動物型の邪神が狩られるスピードが早いな……」
「ああ。俺達に時間はあまり残されてなさそうだな。とにかく今は最下層に急ごう!」
俺達はもう一度『おお――!』と叫ぶ。
前衛に俺、リーファ、キリさん、カイトさん、クラインさん。中衛にサックさん、リズさん、オトヤ、シリカ。後衛にアスナさん、シノンさん。こういうフォーメーションを組み、俺達は巨城《スリュムヘイム》へと突入した。
ゲーム内での1パーティーの上限人数は6人か8人が定番となっている。しかし、ALOでは上限人数は7人とやや変則的である。そして、レイドパーティーの上限は、7人×7パーティーとなっている。
ちなみに、俺達がパーティーを組む時は大体メンバーが固定している。俺、リーファ、キリさん、アスナさん、カイトさん、ザックさん、オトヤ、シノンさん、リズさん、シリカだ。
全員が中高生で、リーファとシノンさん以外は同じ学校に通っている。リーファはキリさんと兄妹で同居していて、シノンさんはカイトさんとザックさんの家の近所に住んでいるので、タイミングを合わせやすい。そして、固定メンバーが10人もいるため、全員の都合が付かない時でも1パーティー分の人数は比較的集まりやすく、今回みたいに8人以上の時は2つのパーティーにしてレイドを組んでいる。
この10人に加わるように参加してくるのが、クラインさん、エギルさん、クリスハイトさん、レコンである。
今回は常駐メンバー全員に、クラインさんを加えた計11人でレイドパーティーを組んだ。だが、このレイドパーティーにはメイジが非常に少ないという問題点が見られる。
常駐メンバーでは、ウンディーネのアスナさんが回復と支援魔法をマスターしているが、それ以外は細剣スキルに振っている。
リーファは魔法剣士だが、使えるのは戦闘用の阻害系呪文と軽いヒールだけである。
オトヤとシリカも多少魔法を使うが、使えるのは回復と支援系だけだ。
リズさんは鍛冶師なのでスキルの半分以上が鍛冶系で、エギルさんも職業柄スキルの3割が商人系となっている。
キリさんとザックさんとクラインさんは、スキルを近接物理戦闘系に全振りしている脳筋タイプである。
俺とカイトさんは、戦闘の補助用に魔法スキルを少し上げているが、リーファの魔法剣士タイプというよりは、キリさん達の脳筋タイプに近い。
たまに参加するクリスハイト……クリスさんは強力な氷結系の攻撃魔法の使い手で、レコンもシルフが得意な風魔法だけでなく闇魔法もそれなりにマスターしているので、戦術の幅が圧倒的に広がる。
ただ、レコンに至ってはちょっとしたトラブルメーカーでもある。レコンは俺とリーファが付き合っていることが許せないようで、俺への当たりがかなりキツい。レコンが参加することで、メイジ不足の問題は多少解決されるが、その代わりに俺への負担が増え、毎回必ずと言ってもいいほどトラブルも起きている。そして、過去にはリーファの逆鱗に触れてしまい、暫くの間、俺への接触禁止令が出た……即ち俺達のパーティーへの参加が禁止になったこともあるほどだ。今回、不参加なのは普段の行いが原因だろう。
今回に限らず、普段からメイジ不足には悩まされているが、物理攻撃メインの戦闘においては俺達は非常に強いパーティーだと言ってもいいだろう。
それでも、たまにヤバい状況に陥ってしまうことはあるが……。
氷の居城《スリィムヘイム》に突入してから、既に20分以上経過している。
ウルズが言っていた通り、本来ダンジョン内にいる敵は地上に降り、前回挑んだ時より圧倒的に少ない。通路を徘徊している雑魚モンスターとの遭遇はほぼゼロに等しく、中ボスモンスターも半分が不在だ。だが、流石に下の階に降りる階段を守護しているフロアボスのモンスターはいた。
第1層のフロアボスは、サイクロプス型の大型邪神モンスターで、かつて俺とリーファとキリさんとアスナさんが撤退を余儀なくされる程の強さを持っている。しかし、今回は11人と前回より3倍近くの人数だというのに加えて、ソードスキルも実装されているため、倒すことができた。
その後、第2層を駆け抜けて、再びフロアボスがいるところまで辿り着いた。そこで俺達を待ち構えていたのは、巨大なバトルアックスを持った、金と黒のミノタウロス型の大型邪神モンスター2体だった。
この人数だから、相手が2体に増えても何の問題もない。しかも、魔法攻撃は一切してこないので、さっきのサイクロプスよりは簡単に倒せるだろうと誰もが思っていただろう。
しかし、その期待はすぐに裏切られたのだった。
「コイツ全然体力が減ってない!」
「ヤバイよお兄ちゃん!金色の方、物理耐性が高すぎる!!」
俺に続くように、隣にいるリーファは少し離れているところにいるキリさんに叫んだ。
「ああ!」
軽く頷いて反応するキリさん。
「キリト、黒い方はもう体力を全部回復させたぞ!」
「クソォ!せっかく俺達が頑張ってダメージを与えたっていうのによぉっ!!」
カイトさんは状況を報告し、クラインさんは悔しそうに叫ぶ。
見ての通り、俺達は最初は楽だと思っていた2体のミノタウロス達に、苦戦を強いられている。
2体のミノタウロスの内、黒い方は魔法耐性が、そして金の方は物理耐性が非常に高く設定されていたのだ。
黒いミノタウロスは物理耐性が高くないようで、まずは全員で一気に攻撃してソイツから倒そうとした。しかし、金のミノタウロスが黒い方を守るように割って入り、俺達を攻撃。そして、その隙に黒い方は後退して一気に体力を回復させたのだ。
ならば、人数が多いのを活かして二手に分かれ、片方は金のミノタウロスを足止めし、その間にもう片方で黒いミノタウロスを倒す戦法をとった。だが、その戦法も金のミノタウロスに簡単に振り切られてしまい、失敗に終わった。
リーファが風属性の攻撃魔法で、金のミノタウロスに攻撃をしてみるも、今度は逆に黒いミノタウロスが割って入り、バトルアックスを使って攻撃を防いだのだった。
それぞれが誇る圧倒的な防御力に、高すぎるコンビネーション。俺達のパーティーには、最悪過ぎると言ってもいいほど相性が悪い奴らだと言ってもいいくらいだ。
「衝撃波攻撃二秒前! 一、ゼロ!」
ユイちゃんの声がし、カウントに合わせて前衛と中衛にいるメンバーが左右に大きく飛ぶ。
その直後、金色のミノタウロスが振り下ろしたバトルアックスが、巨大な衝撃波を生み、俺達に襲い掛かる。
ユイちゃんのナビゲートのお陰で直撃は避けられても、範囲攻撃だけは避けられず、前衛と中衛にいたメンバーは全員ダメージを受けてしまう。
すぐに後衛に控えていたアスナさんが俺たちの魔法で体力を回復させる。更に、オトヤとシリカも回復魔法を使用する。
「キリト君、今のペースだと、あと150秒でMPが切れる!」
後ろの方からアスナさんの叫び声がする。
「マジかよ。オトヤとシリカの方はどうだ!?」
「僕とシリカの方はもう限界です!」
今回のように人数が多い時は、オトヤとシリカには、アスナさんの負担を少しでも減らすため、状況次第で彼女のサポートをしてもらっている。だけど、2人のサポートが加わっても、既に限界の一歩手前まで来ているようだ。
こういう耐久戦で、ヒーラーのMPが尽きてしまえば、待っているのはパーティーの全滅だ。そして、全滅したらアルンにあるセーブポイントからのやり直しとなる。
「リーファ、《死に戻り》している時間は残っているか?」
「ううん。メダリオンがもう7割以上黒くなってるから、そんなに時間は残ってないと思う」
リーファの言葉に俺は「そうか」と呟く。
――せめて攻撃魔法が得意なメイジが1人でも居れば。そう思ったが、仮にいたとしても連携に優れたアイツらを倒すのは困難なのは変わりないだろう。でも、あの人なら……。
俺は、数日前に出会った水色がかった銀髪をしたウンディーネの魔法使いを思い浮かべた。
でも、今ここにあの人はいない。ここに居る者たちだけで何とかしなければならない。
何かいい策はないかと考えている中、キリさんが何か叫んだ。
「みんな!こうなったら、もうできる事は1つだ!いちかばちか、金色をソードスキルの集中攻撃で、倒しきるしかない!!」
上級のソードスキルには、物理属性だけでなく魔法属性もある。これなら物理耐性の高い金色のミノタウロスにもある程度ダメージを与えられる筈だ。
しかし、連撃数が多いソードスキルは、技後の硬直時間が長い問題点もある。この隙に、巨大バトルアックスが直撃すれば、前衛と中衛の全滅はほぼ確定する。
いくらこの人数でも、これは危険な賭けであることには変わりない。
だが、この場にいた全員の中では既に答えが出ていた。
「ウッシャあ!その一言を待っていたぜぇ!キリの字!!」
クラインさんはそう叫び、愛刀を上段に据えた。俺たちも自身の武器を持って構える。
――どうやら、ここで
キリさんはシリカに指示を出した。
「シリカ、カウントで《泡》を頼む!」
「はい!」
金色のミノタウロスの挙動を読み、カウントを始める。
「――二、一、今!!」
「ピナ、《バブルブレス》!!」
「きゅる!!」
シリカが叫ぶと、ピナは大きく口を開けて、無数の泡を放出した。
宙を滑った泡が、金のミノタウロスの顔面辺りでパンっ!と音を立てて割れる。すると、魔法耐性の低い金のミノタウロスは、1秒だけ幻惑効果にとらわれて動きが止まった。
「ゴーーッ!」
キリさんの合図と同時に、アスナさんを除く全員の武器が、色とりどりのライト・エフェクトを迸らせ、動き出す。
「うおりゃあああ!!」
クラインさんは飛び上がり、上空から一気に炎に包まれた刀を振り下ろす。
「ハァァァァ!!」
カイトさんもクラインさんと同じく刀に炎を纏わせ、刀を下から上に向けて円を描くように振るい、炎の刃で斬りつける。
「せぇぇい!!」
リーファは上空から舞うように、疾風を纏った長刀で斬撃を与える。
「うおおおおおっ!!」
ザックさんは矛先に紫色の光を纏わせた槍で、すれ違いざまに敵の左足を薙ぎ払う。
「うああああっ!!」
リズさんは強烈な雷光を放っているメイスを敵の右足に叩き込む。
「はああああっ!!」
オトヤは白い光を放っている錫杖を敵の胴体に突く。
「でりゃああああっ!!」
シリカは短剣で水飛沫を散らしながら、敵の背中に突き刺す。
「ハァっ!!」
後衛に控えていたシノンさんは的確な狙撃術で、氷の矢を敵の顎下に打ち込む。
直後、俺は突進し、氷属性を纏った刃を、龍が鋭い牙で相手を串刺しにするかのように7回突き刺していく。オリジナルソードスキル 7連撃《バイティング・ドラゴン》。物理6割、氷4割。
キリさんは俺が使った技に少々驚きつつも、俺に続くようにオレンジ色の輝きを纏った右手の剣で技を繰り出した。5連続の突きから斬り落とし、斬り上げ、最後にもう一度斬り落とす。片手剣8連撃《ハウリング・オクターブ》。物理4割、炎6割。
だが、キリさんの攻撃はここで終わらなかった。
右手の剣の炎が消えた直後、「ここだ」と呟き、今度は左手に持つ剣に水色の光が纏い、敵の腹を大きく斬りつける。そして、上向きへの垂直斬りと下向きへの垂直斬りを続けて繰り出す。3連重撃《サベージ・フルクラム》。物理5割、氷5割。
俺とキリさんが披露した技にこの場にいた全員が驚きを隠せないでいた。
キリさんは、左手の剣の光が消えると、再び右手の剣を光らせる。そして、バックモーションの少ない垂直斬りから、上下のコンビネーション、全力の上段斬りを繰り出した。片手剣4連撃《バーチカル・スクエア》。
この間にも、皆の技後の硬直……スキルディレイも次々と解けていき、2回目の攻撃が始まった。
カイトさんとクラインさんのサラマンダーコンビが、同時に抜刀して斬りつける。すると、2ヶ所で爆炎が発生する。
リーファは剣道のように中段の構えをしてから、緑色の風を纏った長刀で連続で斬りつけた。
俺もリーファに続くように、龍が鍵爪でクリスタルを粉々に破壊するかのように斬撃を4連続繰り出す。オリジナルソードスキル 4連撃《クリスタル・ブレイク》。物理5割、聖5割。
シリカは駆け上がるように短剣で敵を斬りつけていき、オトヤは錫杖を顔面に叩き込む。更に、ザックさんが槍で両足を薙ぎ払ってバランスを崩させ、そこにリズさんがメイスを頭に勢いよく振り落とす。敵が怯んだ隙に、シノンさんが後ろに回り込んで真後ろから氷の矢を撃ちこむ。
水、風、闇、雷、氷の属性を攻撃を立て続けに受けた金色のミノタウロスは、悲痛な叫びを上げる。
全員の攻撃が止むと、キリさんが駆け出し、左手の剣に深紅のライトエフェクトを纏う。ジェットエンジンのような音を上げて、強力な突きを放つ。《ヴォーパル・ストライク》物理3割、炎3割、闇4割。
あれだけの攻撃を受けたなら、これで倒せただろうと誰もが思っているだろう。しかし、邪神級モンスターの中ボスということもあって簡単には倒せてはくれず、HPはまだ5%近く残っていた。
金色のミノタウロスは、ニヤリと獰猛に笑い、バトルアックスを振り下ろそうとする。しかし、俺達はスキルディレイのせいで動くことができない。
――もう少しで硬直が解けて、あの技を使えば完全にトドメを刺せるっていうのに……。ここまでか……!
悔しそうに心の中で叫んだ時だった。
「やあァァァァッ!!」
アスナさんが後衛から一気に飛び出し、金色のミノタウロスに5連撃の細剣スキル《ニュートロン》を放つ。だが、アスナさんでも何とか攻撃を相殺するので精一杯だったようで、完全にトドメを刺すまでには至らなかった。
「誰か今のうちにトドメを刺してっ!!」
アスナさんが時間を稼いでくれたおかげで、俺のスキルディレイが解ける。
――チャンスは今しかない。
俺は地面を蹴り、愛剣を構える。
「フィニッシュは決まりだ!!」
そう叫ぶと、俺の左手に握られた剣に蒼炎が纏う。10体の蒼い龍が牙を剥いて凄まじい速度で駆け抜けていくように、次々と斬撃を繰り出していく。そして、最後に11体目の蒼い龍が鍵爪を振り下ろすように全力の上段斬りを決め、新星のようなライトエフェクトが炸裂する。オリジナルソードスキル11連撃《ドラゴニック・ノヴァ》。物理4割、闇3割、炎3割。
最後の11連撃目が炸裂した直後、金色のミノタウロスはHPを全て失い、ポリゴン片となって爆散した。
直後、俺も倒れそうになったところ、リーファが支えてくれた。
「リュウ君、大丈夫?」
「ああ。何とか最後の技が決まって安心したよ」
俺とリーファは軽く笑みを浮かべる。
その間にも、瞑想で体力を完全に回復させた黒いミノタウロスが、勝ち誇ったようにバトルアックスを構える。だが、相方が倒されたところを見た瞬間、唖然となって動きを止める。
そこに硬直が解けた全員が、黒いミノタウロスが一斉に視線を向ける。
「……おーし。テメェ、そこで正座」
クラインさんがそう告げた直後、俺達はそれまでの鬱憤を晴らすかのように黒いミノタウロスを攻撃。11人のプレイヤーによる容赦ない攻撃で、黒いミノタウロスをあっという間に倒したのだった。
前々回の影響で、なんか書いててレコンへのヘイトがより一層集まりそうな気がしました…。改心させた方がいいのか、それともこのままでいいのか悩みますね…。
リュウ君が後半で披露した必殺技は、今回作中で解説する予定でしたが、予定より文量が多くなってしまい、次回にやらせていただきます。
映画やフルダイブイベントの影響で、本作にもミトを登場させたいという気持ちがより一層強くなりました。そして、イーディスもアリブレは終了しますが予定通り登場させたいと思ってます。
Twitterの方で何度か話してますが、本作のアンダーワールド大戦では、エボルとブラッドとゴーダをモチーフにしたオリ敵に、セイバーのロード・オブ・ワイズ達を登場させる予定ですからね(笑)
次回もよろしくお願いします。
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第4話 謎の美女《フレイヤ》
12月頃にマウスが壊れたり、パソコンを修理に出して執筆できなかったのに加えて、年明けからリアルが忙しくて執筆できなくて遅れてしまいました。3月から落ち着きましたが、溜め込んでいたアニメや昔好きだったロックマンエグゼやデュエルマスターズのアニメの視聴に時間を費やし、執筆をサボってしまった事情もあります。
本当に申し訳ございませんでした。
既に数カ月経ってしまいましたが、2023年最初の投稿になります。どうぞ!
黒いミノタウロスにトドメを刺したクラインさんは、ドロップには目もくれず、俺とキリさんに近づいてきた。
「そりゃそうと、オメーらさっきのは何なんだよ?」
クラインさんの言葉に、キリさんは面倒くさそうな顔をして言う。
「言わなきゃダメか?」
「ったりめーだろ!見たことねぇぞ、あんなの!」
これは逃れられないと思ったキリさんは、観念して簡潔に答える。
「システム外スキルの《スキルコネクト》だよ」
「スキルコネクト?」
初めて聞く単語に聞いてきたクラインさんだけでなく、この場にいた全員が首をかしげる。
「この前のアップデートで、ALOにソードスキルが導入されたろ?でも、二刀流に神聖剣、龍刃みたいなユニークスキルは実装されなかった。だから、片手剣ソードスキルを両手で交互に発動させて、二刀流のように再現したんだよ。まあ、ディレイ無しで繋げられるのは、いいとこ3~4回ってところだけどな」
「おー」という声がリズさん、シノンさん、シリカ、オトヤの口から流れる。そんな中、アスナさんは唸った。
「うーん……なんかわたし今、凄いデジャブったよ……」
アスナさんだけでなく、俺とカイトさんとザックさんも何故か心当たりがある気がし、「同感だ」と言わんばかりに頷いた。
「気のせいだろ」
キリさんはそう言って、アスナさんの背中に手をポンと置く。そして、アスナさんの背中から手を離し、俺の方を見た。
「それで、リュウのは何なんだ?」
「えっと……もしかして、俺も言わないといけないパターンですか?」
「俺だって言ったんだから、お前だけ話さないのはなしだろ」
キリさん……いや、事情を知っているリーファ以外の全員が聞きたいという顔をして俺の方を見る。
これはどう見ても逃れなさそうだな。まあ、他の皆にも話そうと思っていたし、今ここで話すことにするか。
「俺のは、ユニークスキル《龍刃》を再現したオリジナルソードスキルですよ。1回目のが7連撃《バイティング・ドラゴン》。2回目のが 4連撃《クリスタル・ブレイク》。そして、最後に使ったのは11連撃《ドラゴニック・ノヴァ》です」
『じゅ、じゅういちっ!?』
俺の話が終えた直後、聞いてきたキリさんだけなく、アスナさん達も驚いて声を上げた。普段から冷静でいるカイトさんとシノンさんは、声は上げなかったものの、少し驚いたような表情をしていた。
何故みんなが驚いたのか知って貰うために、まずはオリジナルソードスキルの説明をしておこう。
オリジナルソードスキル……略称はOSS。その名の通り、プレイヤー自らが必殺技を編み出し、登録できるソードスキルのことだ。
一見すると、ド派手でカッコいい自分だけの必殺技を作れる夢のようなシステムだと思うだろう。しかし、それを登録するのに厳しい条件が課せられているため、OSSを編み出すのは容易ではない。
厳しい条件というのは、まず初めにOSSは連撃技でないといけないことだ。これに関してだが、単発技のモーションの殆どは、既に公式からソードスキルとして登録されているからである。
その次が、一連の動きにおいて、重心移動や攻撃起動などに僅かでも無理があってはならず、剣技のスピード自体もソードスキルに迫るものではなくてはならないことだ。
つまり、システムアシストなしでは不可能なスピードの連続技を、システムアシストなしで行わなければならないのだ。
この矛盾していると言ってもいい厳しい条件をクリアする方法は、気が遠くなるほど反復練習を行い、自身の脳と体に動きを完全に覚えさせるしかない。
その結果、殆どのプレイヤーがOSSを編み出すのを諦めてしまったのだった。
実際に、俺自身も7連撃までの登録に3カ月もかかり、11連撃に至っては更に長い時間を費やして数日前に登録したばかりだった。
「そういえば、今ある最強のオリジナルソードスキルって何連擊だっけ?」
冷静になったリズさんは、隣にいたザックさんに確認する様に聞いた。
「確か、ユージーンのおっさんが編み出した8連撃の《ヴォルカニック・ブレイザー》だな」
「オリジナルソードスキルは、1回だけ他のプレイヤーに伝承させることが出来るが、ユージーンは誰にも継承させてないらしい」
ザックさんの説明に、サラマンダーの事情に詳しいカイトさんも付け加えて説明してくれた。
「確か、5連撃を超えるオリジナルソードスキルって、秘伝書としてすっごく高額で取引されるよね……?」
「うん。プレイヤー戦はもちろん、モンスター戦でも充分効果を発揮するからね。今では最も高価なレアアイテムだって言われているらしいよ」
オトヤとシリカの会話を聞いていたシノンさんは「凄いものなのね」と感心していた。
「リーファちゃんは、リュウ君のオリジナルソードスキルを聞いて特に驚いてないみたいだったけど、知っていたの?」
「はい。実は前に、リュウ君がオリジナルソードスキルの練習をところを偶然見ちゃいまして。それからあたしも編み出すのに付き合っていたんですけど、数日前にリュウ君が11連撃の登録に成功した時は流石に驚いちゃいましたよ」
リーファはその時のことを思い出しながらアスナさんに語る。
一通り話が終わったところで、キリさんが一歩前に出た。
「本当はもっと色々聞きたいことがあるけど、のんびりと話してる余裕はあまり無いからこれくらいにしておくか。リーファ、残り時間はどれくらいだ?」
「あ、うん」
リーファは、首に下げたメダリオンを持ち上げて確認する。
「……今のペースのままだと、1時間くらいだと思う……」
「そうか。ユイ、このダンジョンは全4層構造なんだよな?」
キリさんの問いに、彼の頭に乗るユイちゃんが応じた。
「はい。3層の面積は2層の7割程度、4層は殆どボス部屋だけです」
「そうなると、ラスボスの戦闘に30分はかかるとしたら、あと30分ほどでボス部屋まで辿り着かないといけないってことか……」
「かなり無茶ぶりなコースかもしれないですが、それしかないみたいですね……」
俺はそうコメントする。
残された時間はあと1時間あるかってところだと、地上にいるプレイヤー達に事情を伝えて今のクエストを破棄させるには時間が足りないからまず不可能だ。
交流のある領主のサクヤさんやアリシャさんやジャンヌさんに援軍を要請したいが、援軍が到達する頃には既に夕方を迎えているだろう。
つまり今ここに居る俺達だけで何とかするしかない。圧倒的に絶望的な状況だったが……。
「こうなったら、邪神の王様だか何だか知らないけど、どーんと当たって《砕く》だけよ!」
リズさんがそう叫び、ザックさんの背中をどーんと叩く。叩かれたザックさんは「だからって人の背中を叩かなくていいだろ」と言わんばかりに、リズさんにジト目を向ける。
2人のやり取りで場の空気が和む。
「よし、全員HPMP全快したら、3層はサクサクっと片づけようぜ!」
もう一度声を合わせ、奥にある階段に向かって走り出した。
このダンジョンは逆ピラミッド状だというのもあって、第3層は上の2つのフロアと比べて狭かった。しかし、その分通路は細く、入り組んでいるため、道に迷いやすい構造となっていた。普通に攻略しようとしたら、このフロアを突破するだけでも、あっという間に1時間は軽くかかってしまうだろう。
だが、ユイちゃんが今回は緊急時ということで、地図データにアクセスするという普段は禁止している奥の手を使い、的確にナビゲートしてくれ、俺達は特に迷うことなく進んで行く。途中、レバーや歯車や踏みスイッチ等を駆使したパズル系ギミックもあったが、ユイちゃんの指示に従い短時間で解くことが出来た。
いくつかあったギミックの中に、《女性アバター1名限定の重量判定型圧力スイッチ》という一風変わったものもあった。
リーファがそれに乗ったのだったが、俺はギミックの詳細を知らず、「どうかしたのか?」とリーファに近づいたところ……。
「リュウ君見ちゃダメえええええっ!!」
「何でさああああっ!?」
とこんな感じで、訳も分からずリーファからいきなりパンチを喰らったのだった。
リーファが「体重が重いんじゃないもんッ!」とか言っていたが、隅で「今回はレコンがいないのに、何で理不尽な目に遭わなきゃいけないんだよ」といじけていた俺の耳には入ることはなかった。
他にも、中々開けられずにいた扉の前で、何故か全員で「開け、ゴマ。開け!ゴマーッ!!」と叫ぶという珍騒動もあった。ちなみに、参加していなかったクール組のカイトさんとシノンさんは、少し離れていたところで呆れた様子で黙って見ていた。
こんな状況下でも俺達はゲームを楽しみつつも、2回の中ボス戦を挟み、20分もかからず第3層のフロアボスの部屋まで到達した。
そこで俺達を待ち構えていたのは、上にいたサイクロプスとミノタウロスの2倍近い体格を誇り、下半身はムカデのように足を左右に10本生やした気色悪い巨人の姿をした大型邪神モンスターだった。
物理耐性はそれほどなかったが、その分攻撃力は高い仕様となっていた。そのため、タゲを取っていた俺とキリさんとカイトさんとクラインさんは何度も死にかける事態に。しかし、ザックさん達が頑張って巨人の足を斬り落としていき、最後は動けなくなったところに俺の《オリジナルソードスキル》とキリさんの《スキルコネクト》でトドメを刺したのだった。
4層に下り、ボス部屋を目指して通路を走り抜けていると、行先の通路の壁際に細い氷柱で作られた檻が見えてきた。
モンスターがいるんじゃないかと思いゆっくり近づいたところ、実際にいたのは両手両足を氷の枷で繋がれていた1人の女性だった。
身長はアスナさんと同じぐらいで、肌は粉雪のように白い。流れる長い髪はブラウン・ゴールド。そして、あまり言ってはいけないが、体を申し訳ばかりに覆う布から覗く胸は、この場の女性陣全員を圧倒している。
「リュウ君?」
「っ!?」
突如、後ろの方から冷え切った声がし、チャキっと剣が鞘から抜かれた音がする。
俺は一気に冷や汗をかくのを感じ、恐る恐る後ろを振り向く。そこにいたのは、黒い笑みを浮かべ、左手に持つ鞘から長刀を少しだけ抜いて俺の方を見ていたリーファだった。
「あの女の人を見て何考えていたのかな~?」
「えっ!?いやいや違う違うリーファっ!何も考えてないからっ!だからその剣を少し抜こうとする仕草やめてっ!マジで怖いからっ!!」
今にもリーファの「刻むよ」が炸裂しそうになり、ビビりながら必死に弁解する。
リーファはジト目を向けながら黙って俺を見ていたが、必死な俺を見ている内に落ち着き、「まあ、リュウ君がそう言うなら」と言って長刀を鞘に収めた。そして、俺はホッとする。
こんな茶番が終わると、氷の檻の中にいた金髪美女はか細い声で言った。
「お願い……。 私を……ここから、出して…………」
助けを求める声に、クラインさんは魅了効果でも受けたかのように、ふらりと氷の牢獄に引き寄せられていく。キリさんとカイトさんは、そんなクラインさんのバンダナの尻尾をがしっと掴み、引き止めた。
「罠だ」
「罠だろ」
「罠だな」
「罠ですよ」
「罠に違いないです」
キリさん、カイトさん、ザックさん、オトヤ、俺の順で言っていく。
「お、おう。……罠、だよな。……罠、かな?」
往生際が悪い様子を見せるクラインさん。
キリさんは頭の上に座っているユイちゃんに尋ねる。
「ユイ、どうだ?」
「NPCです。 ウルズさんと同じく、言語エンジンモジュールに接続しています。ですが、一点だけ違いが。 この人は、HPゲージを持っています」
これを聞いたクラインさんは、「HPがあるNPCってことは護衛クエストの対象だろ」と言うのだったが……。
「罠だよ」
「罠よ」
「罠だね」
「罠ですね」
「罠だと思う」
アスナさん、シノンさん、リズさん、シリカ、リーファの順で言われて一蹴されるのだった。
それでもクラインさんは迷いがある様子を見せ、キリさんは少々呆れつつも早口に言った。
「もちろん罠じゃないかもしれないけど、今は寄り道している余裕はないんだ。1秒も早く、スリュムの所まで辿り着かないと」
「お、おう……。うむ、まあ、そうだよな、うん」
今の状況を改めて聞かされたクラインさんは、ようやく諦めが付いたのか、氷の檻から視線を外した。
これ以上ここで時間を無駄にするわけにはいかないと、俺達は先に進もうと駆け出した。すると、数歩進んだところで、再び後ろの方から声がした。
「………お願い……誰か………。お願い」
正直なところ、俺も出来ればあの人のことは助けてあげたいと思っている。他の皆もそう思っているだろう。
NPCは俺達プレイヤーとは異なり、この仮想世界で生きている住民だと言ってもいいのだから。
これが通常のクエストなら、あの女性を助けて一緒に連れていき、護衛ミッションもクリアする、もしくは終盤で裏切られるなどして、ゲーム事態を楽しんでいただろう。しかし今は、街1つどころかこの世界が滅びるかもしれない瀬戸際のため、そんなリスクを背負っている場合ではない。
すると、最後尾にいたクラインさんが突如として足を止めた。そして、俺達も止まって後ろを振り向いた。
「………罠だよな。罠だ、わかってる。………でも、罠でもよ。罠だと分かっていてもよ………。それでもオリャぁ………どうしても、ここであの人を置いていけねぇんだよ!例え……例えそれでクエが失敗して……、アルンが崩壊しちまっても……それでもここで助けるのが、それが、俺の生き様………武士道ってヤツなんだよォォ!!」
完全にNPCに感情移入してしまったクラインさんは、そう叫んで、振り向いて氷の檻へと走っていく。
この姿を見た俺はというと……。
――クラインさん、かっこいい。でも、アホだ……。
そう思ったのだった。そして、他の皆も俺と同じようなことを思っていたのか、苦笑いを浮かべたり、呆れたりしていた。
「今助けてやっかんな!」
クラインさんはそう叫び、刀スキル《ツジカゼ》を炸裂させ、氷の檻を破壊した。
「……ありがとう、妖精の剣士様」
「立てるかい? 怪我ァねえか?」
完全にストーリーに入り込んでしまったクラインさんはしゃがみ込み、助け出した女性に右手を差し出す。ここに居る全員が、自分にジト目を向けていることには気が付いていないだろう。
「ええ……、大丈夫です」
立ち上がろうとした女性は軽くよろけてしまい、クラインさんが紳士的な手つきで支える。
「おっと。出口まではちょっと遠いけど、1人で帰れるかい、姉さん?」
クラインさんの問いに、眼を伏せてしばし沈黙した。
高度なNPCなら、疑似的とはいえ……プレイヤーと自然な会話をすることが出来る。それでも、ユイちゃんの域にはまだ遠く及んでいないため、プレイヤーの言葉を認識できない場合が多く、プレイヤー側が《正しい問い掛け》を模索しなければならない。
今回もそうかと思っていたが、その前にNPCの女性は口を開いた。
「私は、このまま城から逃げるわけにはいかないのです。巨人の王……スリュムに盗まれた一族の宝物を取り戻すまでは。どうか、私を一緒にスリュムの部屋へ連れていってくれませんか?」
「おぅ……むぅ……」
流石にクラインさんも今回ばかりは即答できずに困っていた。
「なんか、キナ臭い展開だね……」
「確かに。この流れだと途中で裏切られるパターンが多いからなぁ……」
リーファの呟きに、俺はそう答えた。
俺達の会話を聞いたクラインさんは、情けない顔つきをして、今回のレイドパーティーのリーダーでもあるキリさんに言った。
「おい、キリの字よう……」
キリさんは軽く溜息を吐き、少し面倒そうにして答えた。
「あーもー、わかった。わかったって。こうなりゃ最後までこのルートでいくしかないだろ」
「それに、まだ完全に罠だって決まってねぇし、万が一の時はクラインが全部責任取ってくれるから大丈夫だろ」
更にザックさんが右手をキリさんの肩に置いてそう言った。
2人の言葉を聞いたクラインさんは、ニヤリと笑って金髪美女に威勢良く宣言した。
「よっしゃ、引き受けたぜ姉さん! 袖振り合うも一蓮托生、一緒にスリュムのヤローをブッチめようぜ!」
「ありがとうございます。剣士様!」
金髪美女はクラインの腕に絡め取るように抱き付く。豊満な胸部を押し付けられたクラインさんは、すっかり金髪美女の虜になり、だらしなく表情を緩めていた。
「クラインさん、完全にNPC相手に鼻の下伸ばしてますね……」
「そんな調子だから、いつまでもモテないんじゃないのか」
オトヤの呟きに続くように、辛辣なコメントをするカイトさん。
いつもならここで、クラインさんが某社長秘書にゴリラ呼ばわりされた不破さんみたいにキレるところだが、今は金髪美女に夢中なためかそうはならなかった。
そして、ユイちゃんはというと、キリさんの頭の上で「旅は道連れ、余は満足♪」と何処か間違っていることわざをニコニコしながら言っていた。
これにはアスナさんは苦笑いするしかなく、キリさんは少し不機嫌そうな顔をする。
「ユイに妙なことわざ聞かせるなよな……」
そして、キリさんがぶつくさ言いながら現れたウインドウを操作すると、金髪美女が12人目のメンバーとして加わった。
俺も確認してみると、一番下のゲージに《Freyja》とあった。読み方はフレイヤだろうか。
彼女のHPとMPどちらも相当高く、特にMPの方は俺達の中で一番MPが高いアスナさんの数値さえも上回っている。恐らくメイジ型のキャラだろう。このまま味方でいてくれたら、メイジが少ない俺達のパーティーにとって最強の助っ人なのだが……。
そんなことを思っていると、キリさんが言葉を発する。
「ダンジョンの構造からして、あの階段を下りたら多分すぐにラスボスの部屋だ。今までのボスよりさらに強いとだろうし、残り時間はあと30分くらいから、厳しい戦いになるだろう。けど、あとはもう小細工抜きでぶつかってみるしかない。序盤は、攻撃パターンを掴めるまで防御主体、反撃のタイミングは指示する。ボスのゲージが黄色くなるとこと赤くなることでパターンが変わるだろうが注意してくれ」
ここに居る全員が軽く頷いたところで、キリさんは語気を強めて叫んだ。
「ラストバトル、全開でぶっ飛ばそうぜ!」
『おー!!』
クエスト開始以来何度目かの気合入れに、俺達は唱和し、右手を上に突き上げた。これに、キリさんの頭上にいるユイちゃんに、シリカの肩にとまるピナだけでなく、金髪美女のNPC……フレイヤさんまでも加わったのだった。
コミカライズ版にあったシーンやライダーネタを入れてみたら、思っていたよりギャグシーンが多くなってしまいました(笑)
そういえば、ゲーム版のアンダーワールド大戦でリズとシリカもスーパーアカウントを使うことが判明しましたね。本作にはブラッド達の要素を入れたオリ敵にロード・オブ・ワイズといった化け物揃いの敵が登場予定のため、本作にも登場させるべきかちょっと悩みますが…。そして、ディーアイエルの触手に捕まっているキリトを見て、あれをリュウ君にやらせたら面白そうだなと思いました(笑)
本日4月9日はアリスの誕生日で、昨日はエイジ、明日はユージオの誕生日ですね。みんな誕生日おめでとう!
実は2日前の4月7日はリュウ君の誕生日でもありました。リュウ君もおめでとう!
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第5話 霜の巨人の王
執筆以外のことを優先していて遅れてしまいました。申し訳ございません。
第4層へ続く階段を下っていくと、徐々に道幅が広がっていき、周囲の柱や彫像もより華美になっていった。これは、アインクラッド以来の伝統となっている『ボス部屋に近づくとマップデータが重くなる』現象だ。
突き当りには、2匹の狼が掘り込まれた巨大な氷の扉が立ちはだかっていた。あの先には、このダンジョンのラスボスが待ち受けているのだろう。
俺達が扉の5メートル以内に踏み込んだ途端、巨大な氷の扉は音を立てながら左右へと開いた。そして、奥から嫌な冷気の圧力が吹き寄せてくる。
アスナさんが全員に支援魔法をリバフしていると、フレイヤさんも何か呪文の詠唱を始め、俺達に何かのバフをかけてくれた。フレイヤさんの詠唱が終えると、ここにいる全員のHPゲージの最大値が大幅に増えたのだった。
「MAXHPが増える魔法なんて初めてです」
「これってフレイヤさんの専用魔法なんでしょうか」
シリカとオトヤは驚きつつも、この場の全員が思っていたことを言ってくれた。クラインさんがフレイヤさんを助けて一緒に連れて行こうとした判断は、正解だったかもしれないな。
HP/MPゲージの下にいくつかのバフアイコンが並んだのを確認したところで、全員でアイコンタクト。頷き交わし、ボス部屋の中へと足を踏み入れた。
内部は、ボス部屋らしく横方向にも縦方向にもとてつもなく巨大な空間となっていた。壁や床はこれまでの部屋と同じく青い氷で出来ていて、氷の燭台には薄暗いオレンジ色の光りが灯っている。
その中で俺たちの眼を真っ先に奪ったのは、部屋中に積み重なっている無数の黄金製のオブジェクトだった。金貨や装飾品、剣、鎧、盾、彫像から家具まで、あらゆるものが黄金で出来ており、数も把握出来ないくらいある。まさに宝の山とはこういうものだろう。
「総額、何ユルドだろ……?リズベット武具店のフランチャイズ化も夢じゃないわ」
この中で唯一店を経営しているリズさんが、目を輝かせながらそう呟いた。彼女と同様に店を経営しているエギルさんもここに居たら、「店の商品として仕入れたい」とか言っていただろう。
「確かにこれだけの宝があれば、間違いなく実現可能だろ。でも、これ全部持って帰れるくらいの余裕はなさそうだな……」
「こんなことならストレージをスッカラカンにしてくるんだったよ……」
ザックさんとキリさんも宝の山に目を奪われ、呑気にそんな会話を交わしていた。
クラインさんもまた武士道に突き動かされたのか、フラリと宝の山へと数歩近づき、間近で宝を眺め始めた。
その時だった。
「………小虫が飛んでおる」
突如、部屋の奥の暗闇から、地面が震える様な重低音のつぶやきが聞こえた。
「ぶんぶん煩わしい羽音が聞こえるぞ……。どれ、悪さをする前に、ひとつ潰してくれようか」
そう言いながら、ずしん、ずしんと大きな足音を立てて、巨大な何かが部屋の奥から近づいて来ているのを感じ取る。
インプの暗視能力が、巨大な人影の姿を捉えた。
その影は、通常の人型邪神や、この城で戦ってきたボスの邪神と比べても、遥かに上回る大きさだ。
鉛のような鈍い青色の肌に、長く垂れた青い髭、寒々とした青い瞳。全身は筋肉質で、あらゆる攻撃さえも弾いてしまいそうだ。両腕両足には、巨大な獣から剥いだ黒褐色の毛皮を巻き付けている。腰回りには、パーツひとつがちょっとした小舟ほどありそうな板金鎧を纏っている。額には巨大な金色の冠が乗っていた。
旧アインクラッドは、1フロアの高さが100mまでという絶対制限があったため、迷宮区にいたボスたちの高さも控えめで、フィールドにいたボスでもソイツらを一回り上回るくらいの高さだった。
そのため、俺だけでなくこの場に居る全員が、ここまで見上げるまでの敵と戦ったことはない。加えて、ここでは暗中飛行に優れたインプでさえも飛行することは出来ず、せいぜいスネあたりを斬りつけるので精一杯だろう。
――こんな奴とどうやって戦えば良いのだろうか?
「ふっ、ふっ、ふっ…… アルヴヘイムの羽虫どもが、ウルズに唆されてこんな所にまで、潜り込んだか。……どうだ、いと小さき者共よ。あの女の居所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけくれてやるぞ、ンンー?」
この台詞からして、コイツが《霜の巨人の王スリュム》なのは間違いないだろう。
コイツに真っ先に言葉を返したのはクラインさんだった。
「……へっ、武士は食わねど高笑い、ってな!!オレ様がそんな安っぽい誘いにホイホイ引っかかって堪るかよ!!」
クラインさんが鞘から刀を抜いたのを合図に、俺たちも各々の武器を手にして構える。
スリュムは、遥か高みから睨め付けた後、最後尾にいるフレイヤさんに視線を止めた。
「……ほう、ほおう。そこにおるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたということは、儂の花嫁となる決心がついたのかな、ンン?」
「はは、ハナヨメだぁ!?」
クラインさんは、半ば裏返った叫びを漏らした。
「そうとも。その娘は、我が嫁として、この城に輿入れしたのよ。だが、宴の前の晩に、儂の宝物庫を嗅ぎまわろうとしたのでな。仕置きに氷の獄へ繋いでおいたのだ。ふっ、ふっ、ふっ……」
そういえば、さっきフレイヤさんは、『スリュムに盗まれた一族の宝物を取り戻すために城に忍び込んだ』とか言っていたな。スリュムの花嫁になると偽って城の侵入したところまではよかったけど、宝を探している最中に運悪く門番に見つかってしまい、牢屋に鎖で繋がれていたという設定でいいのか。
だとしたら、少なくともスリュムを倒すまでは、フレイヤさんに裏切られる心配はないだろう。しかし、それでもまだ分からないことだらけだ。フレイヤさんが属する妖精種族に、盗まれた宝の詳細。
頭を抱えていると、俺の右隣にいたリーファが俺のマントをくいくいと引っ張って囁いた。
「ねえ、リュウ君。あたし、なんか本で読んだような……。スリュムとフレイヤ……盗まれた宝……あれは、ええと、確か……」
リーファが思い出そうとする前に、後ろでフレイヤさんが毅然と叫んだ。
「誰がお前の妻になど!かくなる上は、剣士様達と共にお前を倒し、奪われた物を取り返すまで!」
「ぬ、ふっ、ふっ、ふっ。威勢の良いことよ。流石は、その美貌と武勇を世界の果にまで轟かすフレイヤ殿。しかし、気高き花ほど、手折る時は、興深いというもの……小虫どもをひねり潰したあと、念入りに愛でてくれようぞ……。それはもう念入りにな、ぬっ、ふふふふ……」
スリュムは髭面を撫でながら、全年齢向けのゲームで許されるギリギリの線にまで攻め込んだ台詞を発する。
そんな下劣な台詞だったため、女性陣が一様に顔を顰めて、こんなことを言いだした。
「うわぁ……何なの、あのボスキャラ……」
「キモい……」
「ヒゲ!!」
「女の敵!!」
「………って言っちゃって、リュウ君!」
アスナさん、シノンさん、シリカ、リズさんの順にそう言っていき、最後のリーファに至っては全ての代弁を俺に委ねようとしていた。
「何で俺に押し付けようとするんだよ」とリーファに言おうとしていたら、フレイヤさんに気があるクラインさんが、左拳をぶるぶると振るわせながら喚いた。
「てっ、てっ、手前ェ!!させっか、ンな真似!!このクライン様が、フレイヤさんには、指一本触れさせねぇ!!」
「おうおう、ぶんぶんと羽音が聞こえるわい。どぅーれ、ヨツンヘイム全土が儂の物となる前祝いに、まずは貴様らから平らげてくれようぞォォォ!!」
次の瞬間、俺の視界に【Thrym】という名前に、余りにも長いHPゲージが3本表示された。あれを全て削り切るのは骨が折れるだろう。
しかし、HPゲージが見えない新生アインクラッドのフロアボスと比べたら、遥かにマシだろう。
「来るぞ! ユイの指示をよく聞いて、序盤はひたすら回避!」
キリさんが叫んだ直後、スリュムは大岩の如き拳を天井高くにまで掲げ、青い霜の嵐をまとった拳を猛然と振り下ろしてきた。
スリュムヘイム城最後の戦いは、予想通り大激戦となった。
「パンチ2連続また来ます!!」
ユイちゃんがそう叫んだ直後、スリュムは左右の拳を振り下ろし、攻撃してくる。前衛の5人は散開して回避しつつ、中衛と共にスリュムに攻撃を与えていく。
「小癪なマネを……。しかァし、所詮羽虫は羽虫ッ!」
すると、床から氷で形成されたドワーフ兵達が現れる。それも12体もだ。
「さあ、征けいッ!我が僕共よッ!」
「スリュムだけでも厄介だっていうのに、コイツらも相手しないといけないのかっ!」
流石にこれはマズいと思った直後、次々と矢が飛んできてドワーフ兵の頭を貫いていく。シノンさんの弓による援護射撃だ。
「すっげ!12体全部ヘッドショットかよっ!」
「流石GGOでスナイパーやってて、更に
「シノン、助かったぞ!」
クラインさんとザックさんは驚きながらも感心し、カイトさんはシノンさんに礼を言う。
そして、シノンさんとカイトさんはアイコンタクトを交わす。2人の表情からして、「ドワーフは私に任せて」、「任せたぞ」と会話を交わしたのだろう。
俺達も負けじとスリュムを攻撃していくのだったが、そう簡単にはいかなかった。やはり俺達の剣は奴のスネの辺りまでしか届かず、ディレイの少ないソードスキルで攻撃するしかなかったため、中々ダメージを与えられずにいた。
「私も……戦います!!」
すると、フレイヤさんが両手を前にかざし、雷属性の魔法を放ったのだった。巨大な紫紺の雷はスリュムにクリティカルヒットし、奴は悲痛な叫びを上げる。
「フレイヤさんの攻撃魔法、効果大です!!」
「ああ……、流石はオレのフレイヤ様だぜ………」
俺に続くように、クラインさんがフレイヤさんに見惚れながらそう一言。
「クラインの奴、すっかりフレイヤさんにゾッコンみたいだな……」
「あのバカはあれが正常だ。放っておけ……」
キリさんとカイトさんは、呆れながら会話を交わす。それでもこの状況からして、俺と同じくクラインさんの判断は本当に正しかったと思っているだろう。
そして、俺達は10分以上の奮戦の果てに、最初のゲージを削り取った。直後、スリュムがひときわ強烈な咆哮を轟かせた。
「2本目突入します!」
「パターンが変わるぞ!注意!」
俺とキリさんが叫ぶと同時に、リーファも声を上げた。
「まずいよ、リュウ君、お兄ちゃん。もう、メダリオンの光が3つしか残ってない。多分あと15分ない!ねえ、リュウ君の11連撃とお兄ちゃんのスキル何とかで倒せないの!?」
「いや、HPゲージがまだ2本もあるから、俺の11連撃とキリさんのスキルコネクトを同時に叩き込んでも無理だ……」
「一応使えば、アイツにある程度ダメージを与えることくらいは出来るけど、技を発動させた後に、俺とリュウが反撃を受けてやられるリスクだってある……」
――HPゲージ1本を削るのに10分以上かかったのに、15分ほどで残りの2本を削らないといけないっていうのか……。
すると、スリュムは俺達の焦りを見透かしたかのように、ニヤリと笑った。
「ぬッふッふ……どうした、かかってこぬのか?では喰らうが良い!!霜の巨人の……王者の息吹をッッ!!」
奴が両胸を膨らませ大量の空気を吸い込んだことで、強烈な風が巻き起こった。
「ヤバいっ!!ヤバいっ!!」
「す、吸い込まれてるぅっ!!」
「きゅるぅっ!!」
「アンタ達、堪えるのよ!!」
オトヤとシリカとピナは吸い込まれそうになるになるが、オトヤは錫杖を地面に突き刺してそれにSTR全開で捕まり、シリカとピナは錫杖に捕まるオトヤに必死にしがみついて難を逃れていた。そして、2人の傍にいたリズさんも、オトヤと同様にメイスを地面に地面に突き刺して何とか粘っていた。
リーファが風魔法で引き寄せを中和しようと詠唱を始める。
「ダメだ、リーファ!間に合わないっ!!」
「みんな、防御姿勢だ!!」
俺とキリさんの声に、リーファは詠唱を中断し、両腕を体の前でクロスして身をかがめた。他の皆も同じく防御姿勢を取る。
だが、次の瞬間、スリュムの口から超低温のブレス攻撃が広範囲に放たれた。
奴の超低温のブレス攻撃は、アスナさんがかけてくれたより強力な凍結耐性のバフでさえも貫通し、俺を含めて前衛と中衛にいた全員が瞬く間に氷漬けにされていく。
身動きが全く取れずにいる中、スリュムは巨大な右脚を持ち上げた。
「砕け散れェェェ!!小虫共ォォォ!!!」
スリュムが勢いよく右脚を地面に踏みつけた瞬間、強烈な衝撃波が生まれ、俺達の全身を覆っていた氷を粉砕する。あまりの衝撃に俺達は吹き飛ばれて床や壁に叩きつけられ、前衛と中衛にいた全員のHPが一気にレッドゾーンへと突入した。
「オトヤ、シリカ、無事か……?」
中衛を仕切っているザックさんが、未だに倒れているオトヤとシリカに声を掛ける。
「は、はい……」
「何とか無事です……」
2人がザックさんとリズさんの力を借りて起き上がろうとしていると、水色の光が降り注ぎ、俺達のHPを回復していく。アスナさんが先読みして詠唱していた高位全体回復魔法だ。
更にシノンさんが、火矢……両手長弓系ソードスキル《エクスプロード・アロー》を、スリュムの顔面に放って奴の攻撃を防いでくれた。
すると、スリュムはシノンさんに狙って動き出した。
「シノン、30秒頼む!」
「ユイ、今すぐシノンのサポートに回ってくれ!」
「了解です、パパ!」
カイトさんはそう叫び、キリさんの指示を受けたユイちゃんはシノンさんの方へと向かって飛んでいく。そして、前衛と中衛にいた俺達は、HPを回復させようとポーションを取り出し、飲み干そうとする。
HPを回復させながら、シノンさんとスリュムの戦いを見る。
シノンさんは、ユイちゃんのアシストを受けながら、 ケットシーの敏捷性を活かして、スリュムの攻撃をひたすらギリギリのところで回避していく。そして、もう一度スリュムの顔面に火矢を放ち、奴を怯ませたのだった。
シノンさんが囮役を買って出てくれたお陰で、何とかHPを最大近くまで回復させられそうだ。でも、
依然として俺達が圧倒的に不利なのは変わりない。この状況を打破させられないのかと思っていた時だった。
「剣士様」
声をかけてきたのは後衛に控えていたフレイヤさんだった。
「このままではスリュムを倒す事は叶いません。望みはただ一つ、この部屋に何処かに埋もれているはずの我が一族の秘宝だけです。あれを取り戻せば、私の真の力もまた蘇り、スリュムを退けられるでしょう」
このままだと俺達に待っているのは、全滅か時間切れでクエストの失敗となる結末だけだ。彼女が言うことに全てをかけるしかないだろう。
「わかった。宝物って、どんなのだ?」
キリさんも俺と同じく、これに全てをかけてみるしかないと思っていたらしく、俺より先にフレイヤさんに尋ねた。
すると、フレイヤさんは両手を30センチ程の幅に広げて見せてくれた。
「この位の大きさの、黄金の金槌です」
「か、カナヅチですか……?」
一族の秘宝が予想外過ぎるもので、俺とキリさんは思わず唖然としてしまう。
フレイヤさんが取り戻そうとしている宝が、30センチ程の大きさの黄金の金槌だと分かったのはいいが、1つ問題がある。それは、この部屋には黄金で出来たものが山のようにあるということだ。その中からカナヅチを探すなんて、難易度が高すぎると言ってもいいだろう。
その時だった。
「ぬぅうん、何処だ……。王の面に矢を射た無礼者はァァ!そこにおったかァ!!猫ォォォッ!!」
二度も顔面に火矢を撃ち込まれて怒ったスリュムは、前衛を無視してシノンさんに巨大な拳を振り下ろしたのだった。
「シノのんっ!!」
アスナさんが声を上げ、誰もがシノンさんに攻撃が当たると覚悟する。しかし……。
そこへ前衛にいたカイトさんが、一気にシノンさんの元へと駆け付け、前方の広範囲を紅蓮の炎を纏わせた刀で渦巻くように薙ぎ払う。すると、爆炎が巻き起こり、スリュムの攻撃を相殺させたのだった。
「カイト?」
「シノン、無事か?」
「ええ。ありがとうね……」
「気にするな。むしろ礼を言うのはこっちの方だ。お前が時間を稼いでくれたお陰で、俺達は体力を回復させられたんだ。ありがとな、シノン」
カイトさんにお礼を言われて、シノンさんは頬を赤く染める。
戦闘中にも関わらず軽くイチャついた後、カイトさんはスリュムを睨みつける。
「さてと、人の彼女に手を出そうとするとは、俺に倒される覚悟が出来ているみたいだな。かかってこいよ、霜の巨人の王」
「赤い羽虫がァ!!まずは貴様からだァァァァァ!!」
挑発されたことでスリュムは、怒り狂って今度はカイトさんを狙い始めた。対するカイトさんは、攻撃を全て見切って回避しながら、隙を見て刀で斬りつける。
「俺達もカイトに続くぞ!!」
更にHPを回復させたザックさん達も加わり、戦いはより一層激しくなる。
これ以上、カイトさん達だけに任せるわけにはいかない。
「キリさん、スリュムの相手は俺達に任せて下さい。少しでも長く時間を稼ぎますので、そっちの方は頼みます」
「ああ!」
「リーファはキリさんと一緒にフレイヤさんの宝物を探してくれ」
「うん。リュウ君、気を付けてね」
軽く笑みを浮かべて見せた後、俺も戦闘に参加するためにキリさんとリーファと一旦別れる。
――本当なら、アイツのHPをもう少し減らしてから《ドラゴニック・ノヴァ》と一緒に使いたかったが、予定より早く
愛剣《ドラグニティレイ》を右腰にある鞘に収めると、メニューウインドウを呼び出す。
装備フィギュアから《ドラグニティレイ》を鞘ごと外し、所持アイテムの中にあった1本の剣を選んで代わりに装備する。すると、右腰に先ほどより一段と重みが加わったのを感じ取る。
それを確認し、左手で新たに装備した剣の柄を握って抜き取った。
抜き取られた剣は、黄金のエクスキャリバーとは対照的に白銀の刀身を持つ長剣だ。
この剣の名前は《聖剣ジュワユーズ》。俺達が今追い求めているエクスキャリバーと並ぶもう1つの聖剣だ。
「スリュム、お前の運命は俺が変える!!」
4カ月間で、色々ありましたね。鬼滅の刃の放送に、SAOゲーム攻略会議2023(私は行けてない)、そして今日は仮面ライダーギーツが最終回を迎えるという…。
果たして、今年中には何処まで話を進められるのか…。
今回のラストで登場した《聖剣ジュワユーズ》に関して、ちょっとした補足になります。
実は、元々ALO編で少し登場した《煌光剣クラウ・ソラス》を、諸事情により《聖剣ジュワユーズ》へと変更させて頂きました。混乱させてしまい、申し訳ございません。次回の話で、入手経緯を簡潔に描きたいと思います。
ちなみに、《聖剣ジュワユーズ》のデザインは、Fateのシャルルマーニュが使うジュワユーズみたいなものだと思っていただけると幸いです。
来月の半ば過ぎ辺りから忙しくなる可能性があり、次回の投稿もすぐには投稿できないかもしれないです。厚かましいお願いですが、次回もよろしくお願いします。
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第6話 巨人の王をKnock Outせよ!
お待たせしました!キャリバー編も残りわずかとなりました!
挿入歌:「Just The Beginning」(仮面ライダーGIRLS)
《聖剣ジュワユーズ》。
フランスの騎士物語の1つ『シャルルマーニュ伝説』にて、主君の「シャルルマーニュ」こと「カール大帝」が所持していたとされる聖剣。
この世界にも
俺が初めて目にして使用したのは、この妖精の世界が、異世界から来た怪物達に支配されていた頃、ソイツらと世界樹の頂上で戦った時だった。正確には異世界の怪物達というよりALOを己の野望の道具にしようとしていた奴らだが……。
その時に戦った敵の1人が、俺を倒そうと運営者の権限で生成したところ、俺が奴らを倒すためにソイツから奪い取る形で使用した。しかし、ソイツらを倒した直後に、俺は不正に作り出されてしまった《聖剣ジュワユーズ》をこのまま残す訳にはいかないと破棄。それからALOが新しく生まれ変わってから数カ月が経った頃、今回のように偶然の成り行きで挑むことになった高難易度クエストで正式に入手したのだった。
それでも俺は、むやみに強大な力を持つこの剣を使ってはいけないと思い、手に入れてからも殆ど使われることはなかった。
――きっと、今回みたいな時のために使うよう、俺にこの剣が与えられたんだな……。
俺はそう思いながら柄を強く握りしめ、地面を勢いよく蹴り、奴に向かって突撃した。
対するスリュムはというと「貴様の攻撃なんか効かんぞ」と言わんばかりに、蔑んだような目で見ていた。
奴の前まで来たところで高くジャンプし、オリジナルソードスキル4連撃《クリスタル・ブレイク》を発動。龍が鍵爪でクリスタルを粉々に破壊するかのように4連撃の斬撃を叩き込んだ。先ほどの双牛との戦闘でも繰り出した技。しかし、威力はその時よりも増しており、スリュムを深く斬りつけた。
「ぐぅっ!!」
俺の攻撃が効いたのか、スリュムは顔を強ばらせていた。
――やっぱりこの剣を使って放つソードスキルは、いつものより威力が上がっているな……。
《聖剣ジュワユーズ》には、《エレメンタルブースト》というMPを消費することでソードスキルの威力を上げて攻撃できるエクストラ効果がある。もちろん魔法属性の威力も上がり、場合によっては魔法よりダメージを与えられることもある。また、この剣のエクストラ効果と俺のオリジナルソードスキルを組み合わせて、ユニークスキル《龍刃》の本来の威力を疑似的に再現することも出来るのだ。
しかし、《エレメンタルブースト》には 、魔法と同じくソードスキルの連撃や威力が増すほど消費する量も増え、MPがなくなってしまうと効果を発動できなくなるデメリットも存在する。一応ポーション等でMPを回復させれば問題なく使えるが、俺のMP量ではポーションの消費は激しく、長時間の使用は厳しいため、ここまで温存させてきたのだった。
「おのれェ!!小虫がァァァ!!」
すると、怒り狂ったスリュムは今度は俺にターゲットを変えて執拗に攻撃を繰り出そうとしてきた。
俺はSAOから鍛え上げてきたAGIと軽業をフル活用し、スリュムが振り下ろしてきた拳を次々と回避していく。更に他の皆もスリュムを攻撃し、注意を引き付けようとしてくれている。
一瞬生まれた隙に、俺は 緑色の光りを纏った聖剣ジュワユーズを、龍が尾を振り回して敵を斬りつけるように3回振り回す。オリジナルソードスキル 3連撃《スピニング・テイル》。物理2割、風8割。
俺が編み出したオリジナルソードスキルの中で反動が少ないため、比較的早くスキルディレイも解け、剣を手の中で回転させて逆手に持ち替える。
そして、剣を逆手に持ち替えた状態で、龍が爪で地面を大きく抉り斬るように剣を3度強く振るう。オリジナルソードスキル 3連撃《プリミティブ・クラッシュ》。物理7割、土3割。
「おのれ!いつまでも調子に乗るなァァァァァア!!」
スリュムはスキルディレイで動けなくなった俺に思い切り拳を振り下ろそうと構える。
俺はスキルディレイが解けるとすぐに剣を順手へ持ち直し、一度構えてスリュムへ向かって突進。スリュムが拳を振り下ろしてきたのと同時に、オリジナルソードスキル 7連撃《バイティング・ドラゴン》を発動。
7連撃の突きと巨大な拳がぶつかり合い、大きな衝撃が巻き起こる。この衝撃でスリュムは数歩後退り、俺は吹き飛ばされて地面を転がった。
「リュウ君、大丈夫!?」
倒れている俺のところに、リーファが心配そうに駆け寄ってくる。
「何とかな……。それよりフレイヤさんの宝物は?」
「リュウ君達が時間を稼いでくれたおかげで見つかったよ!」
「そうか……」
フレイヤさんの宝物が無事に見つかり、安堵する。リーファに肩を貸してもらいながら立ち上がって、ポーチからMP回復用のポーションを取り出す。ポーションを飲みながらキリさんの方を見ると、彼は物凄く重そうにして黄金の金槌を持ち上げようとしていた。
――あの金槌ってあんなに重いのか?
そんなことを思っていると、キリさんは何とか黄金の金槌を持ち上げて叫んだ。
「フレイヤさん!これをっ!!」
そして、勢いのままオーバースローで遠投してしまったのだった。
――あんなに重たい物をフレイヤさんに投げ渡したらヤバいんじゃ……。
だが俺の予想に反して、なんとフレイヤさんは涼しい顔をして、細い右腕で激重の金槌を容易く受け止めたのだった。
その直後……。
フレイヤさんの身体中にスパークが瞬き、ブラウン・ゴールドの長い髪がふわりと浮び上がり、彼女の口から低い囁きが零れる。
「…………ぎる………………なぎる……」
この様子を見ていた俺とリーファは少々焦りだす。
「リーファ、何かフレイヤさんの様子がおかしいんだけど……」
「あれ?もしかしてお兄ちゃん、何かヤバいもの渡しちゃったかな……?」
この間にも、スパークは徐々に激しくなっていき、フレイヤさんの声も低く力強いものへと変わっていく。
「……みなぎるぞ…………みな……ぎるうぅぅぉぉおおオオオオオ─────!!」
フレイヤさんの力強い絶叫が部屋中に響き渡る。その直後、彼女の身体はみるみる巨大化していき、背中と四肢の筋肉が盛り上がり、同時に純白のドレスが粉々に引きちぎれて消滅した。
全身に雷光を纏ったフレイヤさんは、スリュムに匹敵するほどまで巨大化し、腕や脚は大木のように逞しくなり、胸板は隆々と盛り上がっている。右手に握られていた黄金の金槌も、人型邪神モンスターでも持つのが困難なほどまでのサイズとなっていた。そして、ごつごつと逞しい頬と顎からは、金褐色の長いが伸びていたのだった。
この光景を見ていた全員が唖然とし、驚愕していた。常にポーカーフェイスでいるカイトさんも驚きを隠せずにしていて、クラインさんに至っては驚きとショックが合わさった表情をして固まっていたほどだ。
「「「オッ……オッサンじゃん!!」」」
キリさんとザックさん、そして何とか意識を取り戻したクラインさんの絶叫が響いた。
ふとHPMPゲージの一番下の列を見てみると、そこにあった《Freyja》と記されていた文字列が、《Thor》へと変化する。
《 雷神トール》。北欧神話ではオーディンやロキと並ぶ有名な神で、神話に詳しくない人でも一度はその名を聞いたことがあるだろう。雷を呼ぶハンマーを携え、巨人を次々と打ち倒すその姿は、多くの漫画や映画やゲームに登場するキャラクターのモチーフとなっている。
「まさか、あの有名な神様でもあるトールが、フレイヤさんに変装していたなんて想像もつかなかったな……」
「今思い出したんだけど、北欧神話には『トールがスリュムに盗まれたハンマーを取り戻しに行く』っていう話しがあるの。もしかすると、今回のクエストのサブイベントとして、それをアレンジしたものを取り入れたのかも……」
俺が呟いたことに、リーファが簡潔にそう教えてくれた。
「ウゥゥォォオオオオオオオ!!!」
トールは本来の力を取り戻したことで、この部屋どころか氷の迷宮中に響き渡るくらいの声で咆えた。
スリュムもトールの存在に気が付き、そちらに身体を向ける。そして、2体の巨大な巨人たちは対峙する。
「卑劣な巨人めが、我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、今こそあがなってらおうぞ!!」
トールは巨大な黄金のハンマーを振りかざし、勢いよく突進した。対するスリュムも、氷の戦斧を生み出して迎え撃つ。
「小汚い神め、よくも儂をたばかってくれたな! !そのひげ面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!!」
トールとスリュムの戦いは激しさを増していく。まるで怪獣映画を直接見ているようだ。
この激しい戦いを俺達は呆然として見ていた。
「……さん、……サン、フレイヤさん、オッサン、 フレイヤさん、オッサン……」
クラインさんはショックのあまり、壊れたロボットみたいになって 「フレイヤさん」と「オッサン」を交互に何度もそう口にしていた。
普段ならここで、カイトさんが「普段から下心が丸出しだからそうなるんだ。自業自得だ」と辛辣なことをクラインさんに言い放つところだろう。しかし、カイトさんも流石に今回ばかりは気の毒に思ったのか、気まずそうにしてそっとクラインさんから顔を逸らすのだった。
すると、部屋の後方から、シノンさんが鋭く叫んだ。
「トールがタゲ取ってる間に全員で攻撃しよう!」
確かにトールが最後まで戦ってくれる保障はない。ある程度ダメージを与えたら「後は任せた」と言って消えるか、途中でスリュムに倒されてしまうなんてこともあり得る。奴を倒すなら今が絶好のチャンスだ。
「みんな全力攻撃だ!ソードスキルも遠慮なく使ってくれ!!」
キリさんが叫ぶと、11人は一気に床を蹴った。
「まずは、ヤツの体勢を崩すぞ!脚に集中攻撃だ!!」
キリさんが先陣を切り、2本の剣でスリュムの脚を斬りつけていく。
「まだ終わりじゃないぞ!」
「俺達の攻撃も喰らえ!」
それに続くように、カイトさんがすれ違いざまに刀で斬りつけ、ザックさんが槍で薙ぎ払う。
「どんな巨人だって腱を狙えば!」
「立っていられなくなりますよね!」
「いきますよ!」
アスナさんもいつの間にかレイピアに持ち替えて高速の連続突きをアキレス腱に見舞いし、更にオトヤとシリカが同時に錫杖の刃と短剣で切り裂いた。
「へっへー!足で弱点……って言ったら、ココだよねっ!小指ィィィッ!!」
リズさんは、メイスを野球のバットの様に構えて、スリュムの足の小指にフルスイングを決めた。これにはスリュムにもかなり効いたようで顔をしかめた。
「ハァっ!!」
そこへ、シノンさんがオマケだと言わんばかりに喉元に氷の矢を撃ちこんだ。
「リーファ、俺達も行くぞ!」
「うん!」
スリュムに接近しながら、それぞれの愛剣に闇と風の魔法の光りを纏わせる。
「はあああああ!!」
「てりゃあああああ!!」
同時に剣を振り、クロスするように奴を斬りつけた。
攻撃を喰らって怯んでいるスリュムに、クラインさんがゆっくりと近づいて刀を構えた。
――俺は騙されたとは思ってねぇ……。俺が勝手にフレイヤさんに惚れただけだ。最後まで力を貸すぜ。それが俺の武士道ってもんだ。
強い決意を胸に秘めたクラインさんの眼に、何か光るものが見えた気がするが、今は気にしないでおこう。
「ちっきしょォォオオ!!」
クラインさんの強い意志と失恋のショックが籠った渾身の一撃が、スリュムの足首を深く斬りつけた。すると、スリュムは片ひざを付く形になって動きを止めた。
「やったっ、スリュムがスタンしたよっ!」
リーファが歓声を上げる。クラインさんは驚いた反応をする。
「ナイス上段斬り!」
「いい上段斬りだったぜ!」
傍にいたリズさんとザックさんがクラインさんの肩や背中を叩き、そう告げる。
「ここだ!一気に畳み掛けるぞ!」
「フィニッシュは必殺技で決まりだ!!」
キリさんと俺の声に合わせて、全員が最大連撃数の攻撃を放った。他の皆がソードスキルを発動し終えたところに、キリさんの《スキルコネクト》で繋げた10連撃以上の斬撃と、俺のオリジナルソードスキル11連撃《ドラゴニック・ノヴァ》が叩き込まれる。四方から眩いエフェクトが無数に炸裂した。
俺達の攻撃を受けてスリュムが地面に膝を付いて倒れる。しかし、HPゲージはまだ最後の1本が残っていて、奴を完全に倒せていなかった。
「ぬぅ……おのれぇぇ………。小虫ども、許さんぞぉぉ………。この狼藉、万死に値する……。永遠に、凍りつかせて……」
俺達にトドメを刺そうと起き上がろうとするが……。
「 地の底に還るがよい、巨人の王!!」
奴が起き上がる直前で、トールが右手の巨大なハンマーをスリュムの頭へ勢いよく振り下ろした。その一撃は、スリュムの王冠を粉々に粉砕しながら、奴の頭を地面にめり込むほど叩き込んだ。すると、スリュムの顔面が氷へと変わっていき、氷化は徐々に全身へと浸食していく。その最中、奴の低い笑い声が流れた。
「ぬっ、ふっふっふっ……。今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ。だがな……アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ……。彼奴らこそが真の……」
だが、全て言い終える前にトールの強烈なストンプが奴の頭に炸裂。スリュムは巨大なエンドフレイムを巻き上げ、無数の氷片となって爆散した。
「礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。──どれ、褒美をやらねばな」
左手を右手に握る巨大なハンマーにかざす。すると、それに付いていた黄金のダイヤ状の装飾品が1つ外れ、光りに包まれて小さな人間サイズの黄金のハンマーへと変形。黄金のハンマーはクラインさんの手へと納まった。
「《雷槌ミョルニル》、正しき戦のために使うがよい。では――さらばだ!」
トールはそう告げて右手をかざした瞬間、握られていたハンマーが強烈な金色を光を放った。俺達は眩しさのあまり目を閉じ、再び目を開けた時にはトールの姿はなかった。ウインドウを開いて確認してみると、俺達にかかっていたHPゲージの最大値が上がるバフはなくなり、12本目のHPMPゲージもなくなっていた。
ドロップアイテムが11人のストレージに収まって消えていく。全て収まり終えると、ボス部屋の光度も増し、両側にあった黄金の山も消えていた。
キリさんがクラインさんに近づいて肩に手を乗せる。
「
「……オレ、ハンマー系スキルびたいち上げてねぇし……」
クラインさんはハンマーを持ちながら半泣きになる。
「だったらリズに上げたらどうだ?あーでも、リズの場合、溶かしてインゴットにしかねないからなぁ……」
「ちょとぉっ!いくらあたしでも、そんなもったいないことしないわよ!」
ザックさんの言葉にリズさんが反論すると、アスナさんがこんなことを補足して教えてくれた。
「でもリズ、
「え、ホント?そんなものあるのね」
それを聞いたリズさんは、目を輝かせてクラインさんが持つ黄金のハンマーを見る。
「あ、あのなぁ!まだやるなんて言ってねぇぞ!」
対するクラインさんは慌ててハンマーを抱き寄せる。
「カナヅチ置いていけェ〜〜!」
「ヤメローッ!」
リズさんはハンマーを狙おうとし、クラインさんはハンマーを抱いてリズさんから逃げようとする。
そんなやり取りを見て、周囲からは笑いが起こる。
だが次の瞬間、体の芯を揺さぶるほどの振動が響き、同時に氷の床が激しく震えた。
「きゃあ!」
「うわっ!」
シリカとオトヤが悲鳴を上げ、2人の隣でシノンさんが叫ぶ。
「う……動いてる!? いえ、浮いてる……!?」
今俺達がいる巨城スリュムへイムが、少しずつ上昇をしている様なのだ。
「スリュムは倒した筈なのにどうなっているんだ!まさか、クエストはまだ終わっていないっていうのか!?」
すると、首から下げたメダリオンをのぞき込んだリーファが叫んだ。
「りゅ、リュウ君! クエスト、まだ続いている!さ、最後の光が点滅してるよ!」
「何だって!?」
俺だけでなく、この場にいた全員が驚く。すると、カイトさんが何かに気が付いて声を上げた。
「そうか!ウルズは、スリュムの討伐じゃなくて、台座から聖剣エクスキャリバーを引き抜けと俺達に頼んだ!つまり、このクエストはスリュムを倒して終わりじゃないってことだ!」
カイトさんの声に、ユイちゃんが鋭く反応した。
「パパ、玉座の後ろに下りの階段が生成されています!」
キリさんは猛然と床を蹴り、玉座までダッシュした。俺達も彼の跡を追う。
裏に回り込むと、ユイちゃんの言うとおり、氷の床に下向きの向きの小さな階段がぽっかりと口を開いている。そして、俺達は急いで階段を下っていく。
「なあリュウ。仮に地上のスローター・クエストが成功した場合、スリュムヘイムはこのまま央都アルンまで浮上するって話しだろ。だけど、黒幕のスリュムは俺達が倒した。だとしたら、どうしてスリュムヘイムの進行は止まらないんだ?」
「ゲームでよくある展開みたいに、スリュムが強化されて復活して、真のラスボスとして登場する流れになるからって見当が付きますけど、今回ばかりはそういう訳ではないですよね……」
俺とキリさんの会話を聞いていたリーファが話しに入ってきた。
「……あのね、お兄ちゃん、リュウ君。あたしもおぼろげにしか憶えてないんだけど……、確か本物の北欧神話では、城の名前はスリュムへイムだけど城の主はスリュムじゃなくてスィアチっていうの」
「「スィアチ?」」
俺とキリさんが同時にそう口にすると、キリさんの頭上にいるユイちゃんが答えた。
「はい、リーファさんの言うとおりです。神話では、ウルズさんの言っていた黄金の林檎を欲しているのも、実際にはスリュムではなくスィアチのようです。ここからはALO内のインフォーメーションですが、プレイヤーに問題のスローター・クエストを依頼しているのは、ヨツンヘイム地上フィールド最大の城に配置された《大公スィアチ》というNPCなのです」
「ってことは、スィアチがこの騒動の真の黒幕ってことか……」
「後釜は最初から用意されていたみたいだな……」
俺、キリさんの順に言う。
階段を降り切り、ピラミッドを上下重ねたような形でくり抜いた氷の空間へと出た。そして、その先には目的の黄金の剣が氷の台座に突き刺さっていた。
これは間違いなく、かつて俺とキリさんとリーファとユイちゃんが、トンキーに乗ってヨツンヘイムから脱出した時に見た黄金の長剣……《聖剣エクスキャリバー》だ。
シノンさんを除く今ここに居る者全員が、この剣を一度見たことがある。それは、俺とリーファが《聖剣ジュワユーズ》を初めて見た時と同じ頃だ。
ALOを己の野望の道具にしようとしていた奴ら奴らの1人……須郷伸之が、ソイツらと同じようにGM権限で 《聖剣エクスキャリバー》を生成しようとした。しかし、その時には既にGM権限はキリさんに移動していて、彼が代わりに《聖剣エクスキャリバー》を生成し、奴に投げ与えられたのだった。
「これで、2本目の剣もあの時の借りを返せますね……。キリさん、早く行ってあげて下さい」
《聖剣ジュワユーズ》を手に入れた時の俺と重なって見えてしまい、思わずキリさんにそう声をかけた。
「ああ。そうだったな……」
キリさんは緊張が和らいだのか、俺に笑みを見せてくれた。そして、一呼吸置き、一歩踏み出して《聖剣エクスキャリバー》の柄を握って、台座から引き抜こうとする。
しかし、剣はピクリともしなかった。更に左手も添え、足で踏ん張って全力で振り絞る。だが、結果は変わることはなかった。
ここに居る全員で力を合わせて一斉に引き抜けば、抜ける可能性があるがそういう訳にはいかない。キリさん自身も、自分の力で抜かなければと思っているだろう。
「キリさん、もう少しですよ!」
「がんばれ、キリト君!」
「お兄ちゃん、もうひと頑張りだよ!」
「ほら、もうちょっと!」
「一気にいけ!」
「もっと力を込めろ!」
「根性見せて!」
「キリトさん、頑張って下さい !」
「キリトさん、ファイトです!」
「しっかりやれよ、キリの字!」
「パパ、がんばって!」
「きゅる!」
俺、アスナさん、リーファ、リズさん、ザックさん、カイトさん、シノンさん、シリカ、オトヤ、クラインさん、ユイちゃんはもちろん、ピナからも声援の声が上がる。
「ぬ、お、おぉぉぉぉぉ!!」
キリさんは最後の力を振り絞り、一気に引き抜く。すると、台座の氷がミシミシ音を立ててひび割れていき、黄金の剣が少し動く。やがて氷の割れ目から強烈な光が迸り、視界を金色に塗りつぶした。
直後、黄金の剣を握るキリさんが飛んできて、全員で支える。
これを見ていた俺達が歓喜の声を上げようとしたその時だった。
突如ドガァァァンッ!と大きな音がしたのと同時に、黄金の剣が刺さっていた氷の台座から巨大な木の根が伸び始めたのだ。
「な、何だっ!?」
リュウ君のとっておき…《聖剣ジュワユーズ》に関してになります。元々は、シャルルマーニュの宝具演出みたいなエクストラ効果にしようかなと思いましたが、あれはALOでやるにはチート過ぎると判断したため、没とさせて頂きました。あれはクロスセイバーの必殺技を使うようなものですからね(笑)
そして、色々と考えた結果、MPを消費してソードスキルを強化する効果にし、更にリュウ君のオリジナルソードスキルと合わせることでユニークスキル《龍刃》の力を疑似的に再現できる設定にしました。
正規の入手エピソードはいつか番外編として書きたいと思ってます。
今回のクラインは本当にドンマイだなと思いながら書いてました(笑)。前回のコメントで、リュウ君のとっておきと並んでこれを楽しみにしている方もいたんですよね(笑)
キャリバー編も残すはあと1話!マザーズロザリオ編までもう少しです!
ユウキと言えば、ラスリコに神様アカウントを使って参戦するとなりましたね。本作でもユウキには神様アカウントを使わせようかなと思ってます。じゃないと、ロード・オブ・ワイズ戦が厳し過ぎると声を多数受けているので(笑)
ちなみに、ユウキが戦うのはチート揃いのロード・オブ・ワイズの中でも最強とも呼ばれているクオンになる予定です。奴は《マザーズ・ロザリオ》でさえもカウンターで倍に返します…。
そして、ディーアイエルがラスリコで鞭を使うと知ってから、本作でも使わせようかなとしたところ、それでもリュウ君に全くダメージを与えられない気がしました(笑)
長文失礼しました。
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第7話 エクスキャリバー
X(Twitter)の方でもお話しましたが、実は1か月ほど前から精神的に疲れてしまい、最低でも今年いっぱいは療養をすることとなりました。最初期よりは回復はしましたが、日や時間ごとに気分の浮き沈みがまだあり、完全に回復したとは言える状態ではないです。回復した後も課題がありますが…。
とりあえず今は、病院の先生の勧めで体調がいい時に、少し体を動かしたり、自分の好きなことをやって心身ともに休めています。
個人的には、来年はまた心の底からオタ活を楽しめるようになりたいと思ってます。
それではキャリバー編最終回になります。
誤字脱字多いかもしれないです…。
氷の台座から巨大な木の根が急速に成長を始め、螺旋階段を破壊しながら巻き付いて駆け上っていく。更に、断ち切られていた上部の切断面からも新たな根が伸び、氷の台座から伸びた根と絡まり、結合した。
直後、凄まじい衝撃波が、スリュムヘイム城を呑み込んだ。
「お、おわぁ!こ、壊れる……!?」
クラインさんが叫んだのと同時に、成長を続ける木の根が周囲の氷の壁を次々と破壊していく。俺たちがいるフロアは、今にも遥か真下の《グレートボイド》目掛けて崩壊しようとしている。
「スリュムへイム全体が崩壊します! パパ、脱出を!」
キリさんの頭上にいるユイちゃんが鋭く叫んだ。
「って言っても、階段が……」
キリさんの言う通り、この部屋に降りるために使った螺旋階段は、世界樹の根っこに跡形もなく破壊されたのだった。
「根っこに捕まるのは………」
「……流石に無理だろ」
この状況でも冷静なシノンさんとカイトさんは、上を見上げながら会話を交わす。
ここから一番下の木の根まででも10メートルはある。とてもジャンプをしても届く距離ではない。インプである俺とザックさんの暗中飛行を使えば、何とか届くかもしれない。しかし、俺もザックさんも飛ぶ力は少しも残っていないから、この手段は不可能だ。
「ちょっと世界樹ぅっ!そりゃあんまり薄情ってもんじゃないの!」
「そーですよっ!」
「お前ら樹に文句言ってどうすんだよ……」
リズさんとシリカが右こぶしを振り上げて叫び、ザックさんが呆れた様子で2人にツッコミを入れる。
「よ、よおォし……こうなりゃ、クライン様のオリンピック級の垂直ハイジャンプを見せるっきゃねェな!」
何かを思ったのか、がばっと立ち上がったクラインさんが、直径わずか6メートルの円盤の上で精一杯の助走をする。
「クラインさん、ストップっ!」
「今そんなことしたら……っ!」
俺とオトヤの制止も聞かずに、クラインさんは華麗な背面跳びを見せた。記録は推定2メートルと15センチ。わずかな助走距離を考えれば立派なものだが、根っこに少しも届かずフロアの中央にずしーんと墜落した。
その瞬間、この衝撃で、周囲の壁に一気にひび割れが走り、俺たちのいるスリュムヘイム城の最下部は本体から分離した。
「く……クラインさんの、ばかぁぁぁぁあっ!!」
絶叫マシンが苦手だというシリカの本気の罵倒が響き渡り、俺たちを乗せた円盤は自由落下へと突入する。
いくらVRMMOとは言ってもこの高さからの落下は超怖い。俺たちは四つん這いになったり、木の根にしがみついて、全力の悲鳴を上げていた。
地上まで1000メートルを切ったヨツンヘイムの大地には、《グレネードボイド》が口を開けている。当然、俺たちが乗る円盤はその中央目掛けて落下していく。
「……あの下ってどうなっているの?」
「ウルズが言っていたニブルヘイムに通じてるのかもな」
「寒くないといいなぁ………」
「いや、寒いだろ。霜巨人の故郷だからな、ヨツンヘイムみたいな所だろ」
相変わらず冷静なシノンさんとカイトさんは、円盤の縁から真下を見ながら、そんな会話を交わしていた。
――アンタ達は何でこんな状況でも冷静でいられるんだよ……。
クール系カップルの2人にそう言ってやりたかったが、こんな状況だったため、心の中に留めておいた。
その時、俺はあることを思い出してに隣にいるリーファに声を掛けた。
「リーファ、残り時間……スロータークエの方はどうなったんだ!?」
すると、リーファは悲鳴を止めて、胸元のメダリオンを見た。
「あ……ま、間に合った!リュウ君! まだ光が一個だけ残ってるよ! よ、よかったぁ……!」
安堵の笑みを浮かべて、両手を広げて抱きついてきたリーファの頭を撫でる。
とりあえず、ウルズさんとその眷属の動物型邪神達は何とか助かったみたいだな。
一安心していると、俺に抱き着いていたリーファが、ぴくりと顔を起こした。
「…………何か聞こえた」
「え……?」
俺も耳を済ますが、聞こえるのは空気が唸る音だけだ。
「ホントだ。何か聞こえた!」
オトヤも何か聞き取ったのかそう反応する。もしかすると、聴力に優れたシルフだからこそ聞こえているのだろう。
「ほら、また!」
再び叫んだリーファが、俺から離れて円盤の上で立ち上がった。
「危ないぞ」とリーファに言おうとした時、「くおぉぉぉぉぉんっ!」という遠い啼き声が聞こえる。
啼き声が聞こえた方を目を凝らしてみると、小さな白い光が見える。小さな白い光は徐々に俺たちの方に接近してくる。それは、象とクラゲを合わせたような体に、四対八枚の羽を生やした、俺たちと心を通わせた動物型邪神だった。
「トンキー!!」
両手を口に当て、リーファが叫ぶ。
「こ……こっちこっちーっ!」
「おーい!」
リズさんとザックさんが叫び、アスナさんが手を振る。オトヤとシリカは「よかったぁ……」と呟き、カイトさんとシノンさんはやれやれとしつつも安堵している様だった。
「へへっ、オリャ、最初っから信じてたぜ。アイツが絶対助けに来てくれるってよォ……」
「嘘つけ」
クラインさんを除く全員が思ったことを、カイトさんが代表して言ってくれた。
円盤の周囲に無数の氷塊が舞っているせいで、トンキーはぴったりと横にはつけず、5メートルほどの間隔をあけてホバリングした。それでもこの距離なら、重量級のプレイヤーでも飛び移ることはできるだろう。
まず初めに、女性陣が1人ずつジャンプしてトンキーの背中に飛び移っていく。そして、男性陣の番となり、オトヤが最初に飛び移り、次はクラインさんが飛ぶことになった。
「お、オッシャ、魅せたるぜ、オレ様の華麗な……」
「いいから早くいけ!」
カイトさんは中々飛ばないクラインさんに苛立ち、後ろから彼の背中を思い切りどついた。
「お、おわぁぁぁ!」
急かされたクラインさんはジタバタした助走をして飛んだが、やや飛距離が足りなくて落下しそうになる。すると、トンキーが伸ばした鼻でくるりと空中キャッチしてクラインさんを助ける。
「ああ、トンキー……。ありがとよ……助かったぁ……」
トンキーがクラインさんを皆がいる所へ運んでいる内に、カイトさんとザックさんも1人ずつトンキーへと飛び移っていく。
「俺たちだけですね、キリさ……」
キリさんの方を見た途端、《聖剣エクスキャリバー》を抱えている彼のブーツが氷に食いこみそうになっていたことに気が付く。こんな重量級のものを持ったままでは、5メートルもジャンプするなんて無理だ。
「キリさん、まさか……」
「リュウ、先に行ってくれ。俺は大丈夫だからさ……」
この事態に気が付いた俺に気を使って不器用な笑みを浮かべるキリさん。
俺がこの場に残っても何も解決しない。何もしてあげられない悔しさを押し殺し、面と向かってキリさんを見る。
「分かりました……。でも、絶対来て下さいよ!」
俺はそう言い残し、トンキーの背中へと飛び移った。
すぐにキリさんがいる円盤の方を見る。
「………まったく…………カーディナルってのは!」
キリさんは苦笑いを浮かべてそう叫んだ直後、掴んでいた剣を真横に思いっきり放り投げた。そして、トンキーの背中に飛び移った。
その間にも、エクスキャリバーは、黄金の輝きを放ちながらゆっくりと大穴目掛けて落下していく。
キリさんの横にやってきたアスナさんが彼の肩に手を置く。
「……また、いつか取りにいけるわよ」
「わたしがバッチリ座標固定します!」
ユイちゃんもそう続ける。
「俺……いや俺たちは、ニブルヘイムだろうがキリさんに付き合いますよ」
最後に俺もそう言う。
「……ああ、そうだな。ニブルヘイムのどこかで、きっと待っててくれるさ」
俺たちの励ましを聞いたキリさんは何か覚悟を決め、落ちていくエクスキャリバーを見つめる。
その時だった。
「シノン、いけるか?」
「ええ。カイトが援護してくれるならいけるわ」
カイトさんとシノンさんが何か話をし始めた。
「大体200メートルってところね」
「ああ。ここからの狙い目は角度は45度下と言ったところだな。あとは風速と風向きか」
「それはカイトに任せるわ。タイミングが来たら教えて」
2人の話についていけずに唖然としている俺たちの前で、シノンさんが左手で肩から長大なロングボウを下ろし、右手で銀色の細い矢をつがえる。そして、カイトさんが「もう少しだ」と呟いた直後、何かの魔法を詠唱し、矢を白い光が包み込んだ。
「よし、今だ!」
カイトさんの合図に合わせ、シノンさんが弓を引き絞った。直後、矢は銀色のラインを引きながらエクスキャリバーの方へ飛んでいく。
あれは確か弓使い専用の種族共通スペル、《リトリーブ・アロー》だ。矢に強い伸縮性・粘着性を持つ糸を付与し、使い終えた矢を回収したり、手の届かないオブジェクトを引っ張り寄せる効果がある。だけど、通常は糸が矢の軌道を歪めて、ホーミング性もないから近距離でしか当らない。
これを見ていた誰もが、幾ら何でもこれは無理があるのでは思っていた。しかし、俺たちの予想に反して、たぁん!と金属同士がぶつかる音がした。
「カイト、引っ張るの手伝って」
「ああ」
シノンさんはカイトさんと一緒に、魔法の糸を思いっきり引っ張った。すると、エクスキャリバーがこっちに近づいて来ているのが見えてきた。その2秒後には、シノンさんの手のひらに収まったのだった。
「うわ、重……」
シノンさんがそう呟いた。
『カイトさんとシノンさん、マジかっけ―――――っ!!』
全員の賞賛は、クール系カップルの2人に向けられた。
「シノン、ナイスショットだったぞ。流石GGO1のスナイパーだな」
「いや、そんなこと……。カイトがしっかりフォローしてくれたおかげよ……」
カイトさんも軽く笑みを浮かべてシノンさんを賞賛。シノンさんはというと皆から……特に最愛のカイトさんからの賞賛を受けて、頬を少し赤く染めながら嬉しそうに三角耳をぴこぴこと動かして反応する。そして、エクスキャリバーを物欲しそうに見みているキリさんに気が付き、彼の元へ行く。
「あげるわよ。そんな顔しなくても」
「あ、ありがとう……」
キリさんが礼を言った直後、エクスキャリバーを渡そうとするが直前でニヤっと笑ってひょいと引き戻した。
「その前に2つだけ約束」
「な、何だ?」
「1つはこの剣を抜く度に私とカイトに感謝すること」
「も、もちろんするとも!」
「もう1つは……」
2つ目を言おうとした時、後のカイトさん曰くALO来てから最大級の笑顔をして、キリさんに効果抜群の最大級の爆弾を落とした。
「次尻尾握ったらどうなるか分かるよね?」
「は、はい……」
キリさんにとって、今のシノンさんの最大級の笑顔は恐怖でしかなく、顔を青ざめて萎縮してしまう。そして、冷や汗をかいて手をプルプルさせながら、シノンさんから何とかエクスキャリバーを受け取ったのだった。
この光景を見て、俺とオトヤとシリカとユイちゃんは苦笑いを浮かべ、リーファとアスナさんはクスクス笑い、ザックさんとリズさんとクラインさんは爆笑するのだった。そして、カイトさんは顔を右手で覆って皆に見えないように俯いていた。小刻みに震えているから、爆笑を堪えているのだろう。
見事に仕返しを完了させたシノンさんは、とても満足そうにしているのだった。
1名を除いて笑いに包まれている中、ふと上空を見上げるとヨツンヘイムの天蓋中央に深々と突き刺さっていたスリュムヘイム城が崩壊していく。
「あのダンジョン、あたしたちが一回冒険しただけで無くなっちゃうんだね……」
「ちょっと、もったいないですよね……」
「僕たちが行ってない部屋とかいっぱいあったのに……」
リズさん、シリカ、オトヤが名残惜しそうに、崩壊していくスリュムヘイム城を見ながらコメントする。
「全層。マップの踏破率は、37.2%でした」
キリさんの頭の上に乗ったユイちゃんも、残念そうな声で補足する。
スリュムヘイム城が完全に崩壊し、真下の《グレートボイド》に全て飲み込まれていく。
すると、穴の奥底で何か光りが見えた直後、大量の水が湧き上がり《グレートボイド》を満たしていく。更に、天蓋近くまで萎縮していた世界樹の根が、スリュムヘイム城が完全に消滅したことで、成長し始めた。やがて《グレートボイド》があったところに出来た巨大な湖までに達して、水面を覆うように放射状に広がっていく。
その光景は、ウルズが見せてくれた光景と、うり二つだった。
「見て。根から芽が」
アスナさんの言葉に眼を凝らすと、四方八方に広がる世界樹の根からは芽が生えて瞬く間に大木へと成長し、黄緑色の葉を次々に広げた。
全てを凍らせる様な冷たい風ではなく、暖かな春のそよ風が吹いた。同時に、天蓋にあるずっとおぼろげに灯っていただけの水晶群が、小さな太陽のような強い白光を放っている。
暖かい光と風が、この世界を覆いつくしていた雪や氷を溶けていく。そして、人型邪神達が各所に建築していた砦や城はたちまち緑に覆われ、廃墟へと朽ちた。
この光景は、長きにわたって続いていた冬が終わりを迎え、新たに春が訪れた様だった。
「くおおぉぉ――――――ん…………!」
突然、トンキーが8枚の翼と広い耳、更に鼻までもいっぱいに持ち上げ、高らかな遠吠えを響かせた。
数秒後、それに応えるように、ヨツンヘイム中から「くおおぉ―ん」とトンキーと同じ鳴き声が聞こえてきた。世界樹の根が張る巨大な湖をはじめ、あちらこちらの泉や川の水面から、トンキーと同じ象クラゲ達が次々と姿を現す。反対に、トンキーたちを殲滅しようとしていた人型邪神たちは、1体もいなかった。
ふと地面に視線を向けると、スローター・クエストに参戦していたレイドパーティーのプレイヤーが、いきなり何が起きたのか分からず呆然としている姿が小さく視認出来た。
――事情を知らない人達からしたら、こうなっても仕方ないか……。
苦笑いしていると、リーファがトンキーの背中に座り込んだ。
「……よかった。 よかったね、トンキー。 ほら、友達がいっぱいいるよ。 あそこも……あそこにも、あんなに沢山……」
嬉しそうに涙を零しながら、トンキーの背中を優しく撫でて囁く。
「リーファ」
それを見た俺は思わず涙を流しそうになりつつも笑みを浮かべ、背中からリーファを優しく抱き締める。
アスナさんとリズさんとシリカとオトヤは目元を拭い、キリさんとザックさんは笑みを浮かべる。腕組みしたクラインさんは顔を隠すようにソッポを向き、シノンさんは何度も瞬きを繰り返し、カイトさんは目を閉じて軽く微笑んでいた。キリさんの頭から飛び移ったユイちゃんは、アスナさんの肩に着地して髪に顔を埋めた。
突如、正面が金色に光り輝き、顔を向ける。そこにいたのは、俺たちにクエストを依頼してきた身の丈3メートルの金髪の美女《湖の女王ウルズ》だった。
「見事に成し遂げてくれましたね。全ての鉄と木を斬る剣……エクスキャリバーが取り除かれたことにより、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなたたちのお陰です」
「いや……そんな。スリュムは、トールの助けがなかったら到底倒せなかったと思うし……」
キリさんの言葉に、ウルズさんはそっと頷いた。
「かの雷神の力は、私も感じました。ですが……気をつけなさい、妖精たちよ。アース神族は霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方ではない……」
「あの……スリュム本人もそんなこと言ってましたが、それは、どういう……?」
リーファがそう訊ねる。だが、自動応答エンジンに認識されなかったのか、ウルズさんは何も答えなかった。
そういえば、夏に行った海底神殿にいたクラーケンもアース神族が何とかって言っていたな。実は今回の騒動と夏の海底神殿での出来事は何か繋がっていて、更に続きがあるっていうことなのか……。
そう考えているうちに、再びウルズさんが話始めた。
「私の妹たちからも、そなたらに礼があるそうです」
そんな言葉と共に、ウルズの右側の右側が水面の様に揺れ、人影が1つ現れた。
身長は姉のウルズよりは小さいが、俺たちよりは遥かに大きい。姉より少し短めの同色の金髪。深い青色の長衣を着た女性だ。
「私の名は《ベルザンディ》。 ありがとう、妖精の剣士たち。 もう一度、緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう……」
甘い声でそう囁きかけた直後、ウルズの左側につむじ風が起こり、3つ目の人影が現れた。
鎧兜姿で、ヘルメッドの左右とブーツの側面から長い翼が伸びている。金髪を左右に細く束ね、美しくも勇ましい顔立ち。そして、身長は2人の姉よりも小さく、俺たち人間……いや妖精と同じサイズだった。
「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士たちよ!」
凛と声を張って短く叫ぶ。
2人の妹が手をかざすと、アイテムやユルド貨といった大量の報酬が俺たちのストレージに収まっていく。11人分のストレージがもう少しで限界を迎えるくらいだ。
そして、ウルズさんが一歩前に出て、手をかざした。
「私からは、その剣を授けましょう。 しかし、《ウルズの泉》には投げ込まぬように」
「は、はい!しません」
子供のようにキリさんが頷く。すると、キリさんが大事に両手でホールドしていた黄金の長剣《聖剣エクスキャリバー》は姿を消した。
キリさんは右拳を握り、「よし」と小さく呟いた。そんな彼を見て、俺は思わず笑みがこぼれた。
「「「ありがとう、妖精たち。また会いましょう」」」
3姉妹が声を揃えてお礼と別れを言ったのと同時に、クエストクリアを示すウインドウが出現する。
そして、3人は身を翻し、飛び去ろうとした。彼女たちを見送っていると、後ろからクラインさんが勢いよく飛び出してきて叫んだ。
「すっ、すすスクルドさん! 連絡先をぉぉ!」
「アイツ、フレイヤとトールの件で全然懲りてないな……」
「そもそもNPCが連絡先なんか教えるわけないだろ……」
カイトさんとザックさんは、クラインさんに聞こえないくらいのボリュームで、辛辣なコメントをする。俺や他の皆も呆れた様子でクラインさんのことを見ていた。
だが、ここで予想しなかったことが起きた。
2人の姉はそっけなく消えてしまったに、スクルドさんはくるりと振り返ると、面白がるような表情を作り、小さく手を振った。すると、何かキラキラしたものが宙を流れ、クラインさんの手にすっぽりと飛び込んだ。
クラインさんがそれを受け取ったのを見届けた後、スクルドさんは今度こそ姿を消した。
そして、沈黙と微風だけが、この場に残されたのだった。やがてリズさんが小刻みに首を振りながら囁いた。
「クライン。あたし今、あんたのこと、心の底から尊敬してる」
同感だった。他の皆もそう思っているだろう。
こうして、2025年12月28日の朝に突発的に始まった俺たちの冒険は、お昼を少し回った辺りに終了した。
その後、キリさんの案でクエストクリアの打ち上げ兼忘年会をすることになった。だが、キリさんは、ALO内で開催するか、リアルで集まるかについて、少々悩んでいた。
ALOならユイちゃんが参加できるが、アスナさんは明日から1週間、京都府にある父方の本家に滞在すると言う事で、今日を逃すと年内にはもうリアルで会う機会はないという。
しかし、ユイちゃんがそこを汲んで「リアルで!」と言ってくれ、午後3時からエギルさんの店《ダイシー・カフェ》で忘年会をすることになった。
無事にログアウトした後、キリさんから忘年会で「
エギルさんに挨拶してから、キリさんが持ってきた4つのレンズ可動式カメラと制御用のノートパソコンを取り出し、準備を始める。店内の4か所に設置して起動させ、パソコンを立ち上げる。最終チェックを終えると、キリさんは小型ヘッドセットを装着して、話しかける。
「どうだ、ユイ?」
『……見えます。ちゃんと見えるし、聞こえます、パパ!』
パソコンのスピーカーからユイちゃんの声が聞こえてくる。
「何なのこれは?」
シノンさんが俺とキリさんに訊ねてきた。
「ダイシー・カフェのリアルタイム映像を擬似3D化してるんですよ」
「OK、ゆっくり移動してみてくれ」
『ハイ!』
すると、一番近くのカメラのレンズが動き出した。
「今、ユイはこの店の中を飛んでると感じてるはずだ」
「つまり、あのカメラとマイクは、ユイちゃんの端末感覚器ってことなんだな」
ザックさんの言葉に、俺とキリさんではなくスグが頷く。
「お兄ちゃん、学校でメカ、メカトロ……」
「メカトロニクスな」
中々それが出てこないスグに変わって、俺が言い直す。
「それニクス・コースっての選択してて、これ授業の課題で作ってるんですけど、完全にユイちゃんのためですよねー」
『がんがん注文してます!』
俺とリーファとシノンさんとザックさんとユイちゃんはアハハと笑い、カイトさんは静かにコーヒーを飲みながら笑みを浮かべる。
「そ、それだけじゃないぞ! カメラをもっと小型化して、肩とか頭に装着できるようになれば、どこでも自由に連れて行けるし……」
「それもユイのためだろ」
カイトさんに指摘され、キリさんは反論出来なくなってしまう。
キリさん曰く、《視聴覚双方向通信ブローブ》はまだ完成形でない。最終的にはリアルでも仮想世界と変わらず、ユイちゃんと一緒にいられるようにしたいらしい。
ザックさんが何か気が付き、俺にこう言ってきた。
「そういえば、リュウもさっきキリトの手伝いとかしてて、何か詳しいって感じだったな」
「実は亡くなった兄の影響で、昔から情報処理系の分野に興味がありまして……。まあ、キリさんと比べたら俺の知識なんかまだまだなんですけどね……」
「そんなことないぞ。リュウも手伝ってくれたおかげで予定より早く完成したんだ。天国のお兄さんだって喜んでくれていると思うぞ」
『リュウさん、ありがとうございます』
キリさんに続くように、ユイちゃんがパソコンを通してお礼を言う。俺は嬉しくなって、少々照れてしまう。
そうこうしている内に、アスナさん、クラインさん、オトヤ、リズさん&シリカの順で集まり、テーブルを3つくっつけた卓上には料理と飲み物が並べられた。料理や飲み物を全て出し終えたエギルさんもエプロンを脱いで席に着き、全員のグラスに飲み物が注がれる。
「祝、《聖剣エクスキャリバー》とついでに《雷槌ミョルニル》ゲット! お疲れ、2025年!乾杯!」
『乾杯!』
キリさんの唱和に、全員が大きく唱和した。
「それにしてもさ、どうしてエクスキャリバーなの?ファンタジー小説やマンガとかだと大抵《カリバー》でしょ。《エクスカリバー》」
一時間半かけてテーブルのご馳走があらかた片付いた頃、カイトさんの隣に座るシノンさんがそう呟いた。
「そういえばそうだな……」
「俺、キャリバーってALOで始めて聞いたよ……」
「確かに、アーサー王伝説をモチーフにしたキャラや設定が出てくるゲームとかでも、カリバーの方ですね……」
カイトさんとキリさんに続くように、俺もそうコメントする。
「へえ、シノンさん、その手の小説とか読むんですか?」
俺の隣に座っていたスグが訊ねると、シノンさんは照れ臭そうに笑う。
「中学の頃は、図書館のヌシだったから。アーサー王伝説の本も何冊か読んだけど、全部《カリバー》だった気がするなぁ」
「確か大本の伝説ではもっと色々名前があるのよね」
「綴りは違うと思うけど、銃の口径のことを英語で《キャリバー》って言うのよ。あとはそこから転じて、《人の器》っていう意味もある」
アスナさんが言ったことに、シノンさんがそう応える。
「へええーっ、覚えとこ……」
スグが感心すると、シノンさんは「多分試験には出ないかな」と笑う。
すると、話を聞いていたリズさんがニヤニヤして言った。
「ってーことは、エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器がないとだめってことよね?」
「そう、なんでしょうか?」
「えっと、エクスキャリバーって、そういう意味で捉えていいのかな……?」
リズさんの近くにいたシリカとオトヤがそう訊ねる。
「そりゃ、そうだろ?なんかウワサで、最近どこかの誰かさんが、短期のアルバイトでどーんと稼いだって聞いたんだけどなぁー」
更にザックさんもリズさんに便乗するかのようにニヤニヤして言いながら、視線をシリカとオトヤからキリさんの方へと向ける。
「ウッ…………」
他の皆からも視線を向けられ、苦笑いを浮かべるキリさん。
数日前に、俺とキリさんに総務省の菊岡さんから《死銃事件》の調査協力費が振り込まれたところだ。
「も、もちろん最初から、今日の払いは任せろ、って言うつもりだったぞ!」
もう逃れる手段はないと思い、苦笑いを浮かべながら胸をドーンと叩いて宣言するキリさん。
途端に、四方からは盛大な拍手が上がり、クラインさんの口笛が響いた。
すると、キリさんは俺にしか聞こえないくらいのボリュームで「リュウ、助けてくれ……」とボソッと呟いた。
――俺だって既に、 スグのナノカーボンの竹刀代に、死銃事件で心配をかけたお詫びとして奢ったスグとのデート代で何割か消えているんですけど!ていうか、竹刀代に関してはあなたから押し付けられたみたいなものじゃないですか!
と内心で思ったことを口に出して言ってやりたかったが、心の内に留めておいた。まあ、いつもキリさんには世話になっているからいいか。
「分かりました。俺も少し出しますから……」
これを聞いたキリさんは表情を嬉しそうなものへと変える。それを見て俺も笑みを浮かべる。そして、もう一度全員で乾杯するために、テーブルのグラスに手を伸ばすのだった。
See you Next game
思っていたより時間がかかってしまいましたが、キャリバー編完結です。次回からマザーズ・ロザリオ編突入です。その前に番外編をやるかもしれないです。
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