黒円卓の聖杯戦争 (tonton)
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序章
「開幕」





 人が争うという言葉を聞いた時、貴方は何を想像するだろうか?
 例えば、それには隣人との諍いといいうものがあるだろう。
 己と他者とが相容れない時、そこに起こるのは両者の主張のぶつかり合いとなる。これもまた、人が競うという点において、間違いなく争いの一つだろう。まあ、争いという枠においては些か程度の低いものではあるが……
 さて、程度で諍いを表現したが、物事にはどんなものにも下位があれば上位というもの、位というものが存在する。この“争い”という単語も一つの枠組みで囲えるのは例外ではない。
 では、その言葉の真逆となる最上位とは何か? 諍いという言葉について、これは小一時間ほど論じてみたい誘惑に心揺さぶられるが……ああ、しかしだ、既にこの中でもソレが浮かんだ者もいるのではないだろうか?
 霊長の名を冠していながら、未だ人類が己を律する事を不得手とする負の象徴。

 そう―――“戦争”だ。

 民族、宗教、大陸を分断しうるその規模はまさに上位の名を冠するに相応しい。
 何しろ巻き込む対象が国、ないし世界規模にまで蔓延するのだから、これほど傍迷惑な争いもあるまい。
 対岸の火事と静観できる者は幸せだろうが、巻き込まれる方は迷惑千万だろう。誰であれ、余所の火の粉が己に降りかかるのは御免こうむりたいというもの、ましてやそれが如何に理不尽であり、無慈悲に命というものを膨大に浪費しえる怪物なのか、この時代において知らぬものは少ないだろう。何せ戦争とは人の歴史の優に半分を占める混沌の象徴だ。歴史を紐解けばそれは克明に主張しており、平和を謳う国々でさえ、そこには略奪と紛争の爪痕の上に成り立つのだから。
 故に現代において戦争というものは忌避されるべきものだというのは言うまでもない。
 その怪物がもたらす負債がどういうものであるのか、その傷が色濃く残るこの時代においておいそれと弓引く行為は好まれない。

――――だが、何事にも例外というモノは存在する。

 戦を忌避するのが正常であるというのなら、戦を好み、招き、自ら弓引く逸脱者というものもまた少なくないという事になる。
 なぜなら、先程“戦”を“火の粉”と表現したが、その火の粉がもたらすのは何も不利益だけではないからだ。そう、戦が紛争であり、侵略と己の主張を通すための手段であるのなら、その勝者は、はたまた漁夫の利を頂く第三者にとって、もたらすのは莫大な恩恵だ。諍いというのは事の大小に程度はあれ、一貫してこの恩恵というものが存在する。故に勝者とならんと剣を手にする者、不利益を掻い潜り、それを他者に擦り付ける事を生業とする者がいるのはなんら不思議ではない。その魂が果たして尊いものであるのかどうか、まあここではあえて論ずるのは避けておこうか。

 さて、前置きが長くなってしまったか、申し訳なくは思うが……これも此度の演目を語る上では外せないお題である故、所謂お約束というところであれば致し方ないというもの。その評価はどうか、この歌劇の終焉をもって投じて頂ける事を願おう。

 さあ、舞台は極東の地、日の国と呼ばれた“日本”、その一角だ。
 7人の人間がそれぞれの従者を引き連れて行う演目は“恐怖劇”、描くお題は“聖杯戦争”。
 彼彼女らが誓う欲望の成就に、果たして勝者に約束された未来は日の光を灯すのか……

 では、今宵の恐怖劇(グランギニョル)を始めようか―――――






 

 

 

 時刻は静寂に染まる真夜中、まるで波風以外の音を呑み込むように静けさに染まる埠頭はその課せられた静寂を順守する様に薄暗い闇色に彩られている。通常時なら足元を十二分に照らしてくれるだろう街灯も、この時ばかりは月明かりよりも朧げであり、儚く頼りないものであった。

 なぜなら、闇色に染まる埠頭を異彩に染める3つの影の存在がその他の主張を、その一切を圧していたのだから。

 片や、幽鬼のようにゆらりと立つ白髪長身の男。

 片や、街灯よりも清廉とした出立の女主従。

 両者とも異国人じみた居出立ちに相違ないが、醸し出す剣呑な敵意が物理的に大気を鳴動させる程濃密である為、この場においてその他の行動を、或いは生を否定していたのだから。

 取分け敵意の色濃いのは女主従の片割れ、もう一人を背に前に出ている、恐らく従者と思われる金髪碧眼の女性と、彼女達と相対する白髪の男のものだ。もう一人の白髪灼眼のどこか人間離れした、陶器を思わせる彼女は敵意というより警戒色の方が色濃く見受けられる。

 

「……ようやく誘いにかかってくれる獲物がどんな間抜け面してるのかと楽しみにしてみれば、まさか両方とも女とはな……流石に俺も予想外だったぜ?」

 

その敵意を殺意というより濃密な密度の刃を振るう様に口を切ったのは白髪の男だ。

伏せ気味だった顔を上げてみれば、黒で統一している服装から僅かに露出していた白い肌が目につく。

 

「……セイバー」

 

従者の後ろに控えていた女性が僅かに前に出て窺う。

それに対してセイバーと呼ばれた彼女は男から視線を切らず、視界に収めながら僅かに顔を主に向けて肯首で応える。

 

「それはそれは、ご期待に添わなくてこちらもうれしい限りです……が、まさかその顔でフェミニスト気取りですか? あれだけ獣の様に見境なく挑発しておいて、言っておきますけど、全く似合いませんから」

 

 セイバーの返しを受けてクツクツと男が笑いを漏らす。

 それを確認しつつ、セイバーの合図に従ってゆっくりと主である女性は後退する。

 相対する男の顔を伏せる行為は殺意をぶつけ合っているこの場においては失策と取れてもおかしくはない、が、あれは敵を軽視している類の行動ではないのはセイバーも承知している。

 揺れ陰る頭髪の向こうに光るあれは闘争を好む狂者の目だ。

 

「――クック、言うねぇオンナ……いいぜ、思ったよりも楽しめそうじゃねえか」

 

 空気が変わる。

 濃密な殺気に変化はない、それは見に留めていた男の獣性が相手を仕留める為に静から動に転じたという変化によるもの。

 信じがたいが、男は殺気を振りまくあの状態が静を保った状態らしい。

 

「……アイリスフィール。見ての通り相手は好戦的な性格です、用心の為ここは後方に控えて―――」

 

「いいえ、セイバー。私の、私たちの方針に変更はないわ」

 

 用心の為下がる事を進言するセイバーに対し、アイリスフィールの返事は端的に否、思わずセイバーが振り返りそうになる程簡素な返事だが……彼女の発した方針という言葉に思い直す。

 

「――わかりました。アイリスフィール、私の背中を預けます。その代り、この剣にかけて貴方に勝利を!」

 

「ええ、思いっきり行ってセイバーっ」

 

 その言葉と共にアイリスフィールが円筒上の物体を投げ寄こす、それを後ろ手に受け取ったセイバーは筒の拘束を手早く外し、露出した棒を掴んで包みを抜き捨てる。

 

「―――ホゥ」

 

 それは簡素な鈍色の光沢を放つ細剣、通常の西洋剣に比べて刀身が細長く、サーベルの様に湾曲しているわけでもない。僅かに技巧を凝らしたとみられる鍔と、刀身に刻印された装飾以外に特筆するような特徴も無い直刀。

 一目見て切る事よりも貫く事を目的としたそれであると判断できるそれを見て、目の前の男は感嘆の息を漏らす。

 そう、見た目は質素であろうと、それに施された工程は一介の剣を優に凌駕する逸品だ。それを討ちあう事無く一目で見抜くあたりこの男も只者ではないという証明でもあるが。

 

「なよっちい得物出されたら堪らねえと思ったが、イイ得物持ってるじゃねえか。セイバー、か。どうやら見た目以上に最初の獲物は上質そうだ」

 

「さあ、もしかしたらランサーかもしれませんし、アーチャーかもしれませんよ?」

 

 彼女たちが呼称するセイバーやらランサーは“聖杯戦争”における7人の従者(サーヴァント)の呼称であり、そのまま彼らの特性を表す。

 セイバーが取り出した武器は彼女の主であるアイリスフィールが投げ渡したもの、確かにセイバー自身が取り出したものでないのならそれは判断基準にはなりえないだろう。更に付け加えれば、主が名乗ったセイバーの名さえブラフという可能性もある。この戦争は会敵した瞬間、例えにらみ合いだろうと勝負は始まっている。

 しかし目の前の男はそれを否定しにかかった。

 

「ククク、バカ言え。弓兵の剣技なんぞで俺を止められるかよ。街からここに来るまで徒歩で主の逃走にも徒歩を強いる奴がライダーっつうのもな、かと言って狂った狂戦士の類じゃねえな。その澄んだ胸糞悪い目がアサシンやキャスターなんて狡い性悪な器とも思えねえ……とくればだ、残るはランサーかセイバーってわけだが―――」

 

 確かに話の筋は通っている。

 弓兵(アーチャー)はその名の通り遠距離からの攻撃を主とし、強力な宝具を有してる場合が多いが接近戦が主体という弓兵というのは想定しにくい。

 狂戦士(バーサーカー)ともなればまずこうした会話すら成立しない、文字通り血と闘争に狂う戦士なのだから。

 そして暗殺者(アサシン)魔導師(キャスター)の二つはそもそも正面切っての戦いを得意としない。

となれば論理としては弱い騎乗兵(ライダー)か、セイバーに次ぐ接近戦のスペシャリスト槍兵(ランサー)になるわけだが。

 

「ああそうだな。確かに仮初の武器なんざ基準にもなりもしねえ……が、悪ぃな。名乗り遅れたが、この第4次聖杯戦争に召喚されたサーヴァント、“ランサー”だ。最初の獲物が“最良のサーヴァント”とは、光栄だぜ、セイバー」

 

 愉悦に顔を染める男、ランサー。

 最初にセイバーが剣を取り出した時点である程度絞り込んでいたのだろう。そして先程までの挑発の応酬、候補を確信に変えた彼の話術は粗暴ながら流れのあるものだ。つまり、見た目に反してこの男は理性まで闘争に染まっていないという事、冷静な戦闘狂など矛盾しているにも程があるが、どうやらこちらは最初の相手としては中々に難敵を引いたという事らしい。

 

「ま、つっても真名は名乗れねぇっていうクソつまんねえ縛りだが――あぁ、そんな堅苦しく身構えなくてもいいぜめんどくせぇ……そういう細けぇのは、今から手前の身体に聞いてやるよ」

 

 低く半身に構えるランサー。低くといっても長身な男が屈もうとそれは的を小さくするというより、女性である故小柄なセイバーに合わせて初撃を繰り出しやすくするためだろう。

 口上においても上達だったランサーだが、その所作は戦闘においても性格に似合わず合理的だ。

 

「オラいくぜぇえ!!!」

 

 男が繰り出したのは掌底、そう、只の掌だ。こうして相対しても武器を手に取らなければ己の身一つで向かってくる事になるだから当然そうなるのであろう。がしかし、それにしても武器を手にした相手を前に躊躇なく飛び込む姿勢に慢心といった驕りは窺えない。

 一見して無謀な一手であるように見えるが、これは初激だ。如何に口論を講じようと相手の不明点が多い事には変わりない。

 ならば愚直に受け止める必要性はない、態々手を差し出す格好になるがサーヴァントというものは無手でもその特性、“宝具”によって魔技を持つ者もいる。ここは用心を取るべき場面で―――

 

「―――ッ」

 

 差し出される様にして突き出た男の腕を切り落とすのではなく、その軌道を逸らすようにして剣の腹を向ける。用心を重ねて迎え撃つのではなく、搦め手で受けに回った選択だったが。

 

「ほぉ……イイ腕してんじゃねえか」

 

 結果としてその選択が正解であったことが証明されれるが、正解にしては手痛いおまけつきとなってしまった。

 

「っ、ぅ――クッ」

 

 男の賞賛の通り、今の対処が間違いでない事がこの手に伝わる震えが物語っている。

 剣から伝わった衝撃で一時的に使えなくなった手を振り払うようにして相手を牽制し、即座に横滑りに距離を置く。

 

「加えて勘もいいとくれば―――ククク、いよいよ上玉じゃねえかよ。いいぜオマエなかなかにそそりやがる」

 

 そう、受けた訳でも弾いた訳でもない。

 接触は僅かな間触れた程度、されど完璧にこちらの追撃を潰してきた。

 受け流すとは本来、カウンターありきの術であり、単なる防御ではない、にもかかわらず、両者の構図はその理を根底から覆している。カウンターを狙ったセイバーが退くなどということは本来ありえない。

 ならば―――

 

「まあ、パワーでタイマン張ろうとしなかったのは褒めてやるが……頭使うにしても折角の戦なんだ、もっと派手に存分に楽しもうや」

 

 単なる力技。

 ふざけた話ではあるが、今の話は簡単に言うと“ただの掌底”が“ただものすごく力強い掌底”という文字にしてみれば実に短い真実である。

 正に出鱈目、身一つで条理を覆すなど正にであるが、こちらに切り返す意図が無かったとはいえ、向かってくる刃に男は躊躇がなかった。そこから察するに剣を相手に素手という状況に恐怖など微塵もないのだろう。もとよりそのような可愛げのある感情など存在するのかも疑問というのが会敵からのセイバーの感想ではあるが、それにしても巧み過ぎる。腕の一つとっても武を収めている素振りは全くないというのにだ。

 間違いなく、目の前の男は戦いというものに慣れている。

 

「考えは纏まったか? ならさっさと来いよオラ、渋ってんならこっちからイクぜっ!」

 

「ク――ッ」

 

 軌道を逸らすだけで腕を取られるほどの衝撃とくればなるほど、無策に見えたのも仕方ない。そもそも策というものが必要ないのだから、この防戦を初めに選んでしまった時点で彼と相対した敵は詰んでしまう。

 それでも早々にやられてやるつもりはないセイバーであったが、如何に彼女が最良のサーヴァントである“セイバー”のクラスを冠していようと、それを抑え込むほど男の攻撃は苛烈だ。

 

「オラオラオラッ! 柳を殴る趣味はねえんだ。もっと俺を楽しませやがれ、よっとぉ!!!」

 

 怒涛のラッシュを躱しつづけ、その桁も二桁を優に超えた来ただろうか。その間も僅かな接触もなく避け続けるセイバーの動きは驚嘆につきるが、その手を休めず攻め続ける男も異常、両者の間で天秤は傾くことはないが、傍目から見てても攻め続けられるセイバーが不利なのではと緊張が走るのも無理からぬ事だった。

 そして――

 

「オイオイ最初の威勢はどおしたよ、俺を倒すんだろ主に勝利を捧げるんだろうがよっ」

 

 一際力の籠った一撃を躱し、一息に距離を開ける。

 といっても、相手の脚力から一足で詰められる距離であるからして後退にさほど意味はない。彼の言葉通りこの状態に硬直している限り彼女に勝機はなく、態勢を立て直そうにも彼の体捌きがそれを許さない。

 状況的に男のステータスはその異常な力以外に不明な点が多すぎる。そも彼のクラスを特定する獲物も出してすらいない、自身から“ランサー”と名乗りこそすれ、それを鵜呑みにするほど彼女も脳筋になったつもりはない。

 であるならば、彼を土俵に上げるために、その素性を暴し、凌駕する。騎士が主に誓いを立てたのならそれは命を賭しても掴み取るものであるのだから。

 

「……言われなくても――――」

 

 故に構える。

 半身に掲げた細剣の柄を胸元に引き絞り、狙うは刺突一点。

 そも、初めから選択を間違えていた、騎士の誓いを立てておいて初めに取る手が搦め手などと、自身は少々気負い過ぎていたのかと若干の自嘲が少々、男の威圧には正直に感服するしかないが、それにしても後退の二文字を選んでしまった自分自身に対する怒りが多分にある。

 しかし、ならばこそと前に突き進み力で対抗するのかと問われれば答えは否だ。

 逃げの文字を捨てた以上、取るべき手段は確かに一つだが、そこに頼りにするものが一つである決まりはない。

 

「――ええ、そこまで楽しみたいのなら退屈はさせませんよ。もっとも、楽しむ暇なんて与えません!」

 

 先程の様なカウンターや後の先というのは力が拮抗あるいはそれ自体を捩じ伏せてこそ、それがかなわない以上、触れずに相手を打倒するしかない。

 

「っ!」

 

 正に電光石火。

 鈍色の刃が街灯の光を仄かに煌めかせ、僅か一瞬の内に相手の目の前に踏み込む。

 一瞬男の口から洩れたのは会敵から初めての驚愕の念を匂わす。それもその筈、男が知覚する時には既に眼前、引き絞られたその得物は間合いに踏み込んだ勢いを載せてその刃を走らせている、故に必殺。

 急所を寸部違わず穿ちに来るそれは既に防御の暇を与えないものだ。

 

「うぉっとっ!」

 

 だが、それでも男の肌にさえ届かない。

 確かに一瞬とはいえ焦りはしたが、戦場において想定外の窮地というのは多々ある。重要なのはその直後の行動だ。今のは確かに防御をしようにもその手を伸ばす暇はないが、だからといって愚直に受ける必要などない。となれば今の必殺の一撃を躱された間こそお前敗因だと、彼は沿った身体を戻しつつその肩から腕を撓らせようとして――

 

「――あ?」

 

 その起点である肩に起こったありえない衝撃を知覚した。

 その筋は先ほどと同じく直線だった。変哲のないただの一筋、それ故に異常なのはある筈の間隙が潰されている事、一撃を避けたはずの場所へ既に二撃目が見舞われていたことだ。

 

「くそ、がぁあ!!」

 

 そして肩を穿った剣を掴もうとした手の甲に更にもう一撃、ここまでくれば最早他に回答のしようがない。ランサーの一撃が力のみに単純化された技であるのなら、この剣戟は早さにその重きを置き、特化させた技であると。

 そう、相手に攻撃の暇も与える事無く瀑布のように攻撃を繰り出す、それが彼女の答えだった。

 であるのなら今この間合いは間違いなく男にとっての死地。

 一秒でも長く留まれば瞬く間に槍衾だ、思考をする暇もないだろう。故に態勢を整える意味でも彼には後退しか許されない。もっとも、彼女がそれを見逃すほど甘ければの話ではあるが。

 

「逃がしません!!」

 

 三つも手痛く討たれた形になった男だが、続く動きは戦上手の体に恥じぬ体捌きを見せている。

 急所を的確に狙う刺突の嵐を時に掻い潜り、時に身を犠牲にしても致命傷は避ける。距離は狙いと違い相変わらず思ったように離せないが、それでもこれだけの動き、今のペースでくれば続くはずもない。しかし、だからと言ってただこのまま肉を切らせて敵の消耗を待つなど脆弱極まりない、男もその行為は断じて肯定できない、故に――

 

「――舐めくさりやがってクソアマが、この程度で……俺をやれると思うなぁ!!!」

 

 背後の気配、後退の末に背に位置するように仕向けた鉄の箱の山、その一つに腕を打ち込み、一息に眼前に振り回す。優に1tは超えるだろうそれを振り上げる、それを片手でなど正に常識離れの力技と言えよう。

 一連の動作で男は背を見せているが、その意図を覚った彼女は瞬時に後退している。

 二人の間で四散したコンテナ片と貨物達、両者を隔てる様に散らばったそれらは狙ったのか、はたまた本当にぶち当てる心算だったのかは不明だが、一気に攻討ちたい所だったろう彼女も、流石に鉄の塊を前には後退を強いられ、結果として両者を隔てる役割を果たしている。

 そこへ――

 

『何をやっているランサー』

 

 不自然なほど反響した男の声が響いた。

 

「―――ランサーのマスター? どこに―――」

 

 瞬時にアイリスフィールとセイバーはこの声を察し、視線を巡らせるが、姿はもちろんその気配も魔力を感じる事は出来ない。どうやらこの声の持ち主は聖杯戦争におけるマスターの鉄則とやらを従事しているようだ。

 即ち、戦闘をサーヴァントに、マスターである自分は戦況を見渡し、情報収集と支援に回るという常道。

程度の差こそあれ、サーヴァントとして召喚された英霊達は、誰もが人の域を超越ないし逸脱してる。

 その彼等の戦いの最中に介入するなど火の光に飛び込む虫のようなもの、自殺行為である。故にこの事態はランサーのマスターにとって大層歯痒い事態だったのだろう。本来姿をくらます筈の己が声を発生するなど――当然、それなりの防備、対策は施しているのだろうが――その存在を探る術を与える行為に等しい。

 

「ちっ、言ってくれやがる―――つってもなぁ、嬉しい誤算か、予想外にこの女が強えんだ。幾ら戦争がおっぱじまったばかりだっても、得物を封じてってのは、なぁオイ」

 

 セイバーからしても聞き逃しそうな軽いぼやきから一転、周囲に響かせるような発言は不遜の一言。とてもマスターに対する進言とは思えないそれはそのまま彼らの信頼関係を思わせるが、それよりも今の発言には聞き逃せない言葉がある。得物を封じて、それに対するランサーのマスターの対応次第で、この戦局は一気に動く事になる。

 

『チッ……よかろう、確かにそこのセイバーは難敵だ。―――宝具の開帳を許可する』

 

「くかっ、そう来なくちゃなぁ。承諾するぜマイマスター」

 

 その言葉を受けて顔を愉悦に染めた男が大業そうに両手を広げ、空を仰ぎ見る。

 戦場においてあえて隙を晒す行為はセイバーにとっては正に好機であるが、主に言葉を返す男から歪な、酷く歪んだ魔力が流れ出す。濃密で甘いそれは花の蜜が香るように錯覚しそうになるが、セイバーの感がこれは断じてそんな華やかなモノではないと告げている。

 

「セイバー!」

 

「ええっ!」

 

 宝具の開帳。

 生前の偉業、または英霊自身の象徴ともいえる力の解放。それらは総じて現存する兵器など比べ物にならない神秘の塊だ。それ次第では如何にサーヴァント自体に差があろうと所持する宝具によってその関係が引っ繰り返ることもある。所謂切り札、ランサー陣営は今勝負に出ようとしている。アイリスフィールの緊張した声の通り、悠長に構えてなどいられない。先ほどがいくらこちらの優勢だったとはいえ予断が許されなくなる。幸いにして彼女の武器はそのスピード、主の言葉に風を切るようにして男に飛び込む。

 思考なく飛び込む行為は自殺行為だが、相手との距離は5mばかり、彼女に一息に詰める自信があればこそ待ち構えるという手段は選択肢にない。

 そして、その自信を裏付けるように彼女の剣が男を貫き―――

 

「―――なっ!?」

 

 貫抜かれた掌によって強引に真の臓から狙いを逸らされる。

 常軌を逸した行動による必殺の回避、肉を切らせてという言葉は戦場では稀にみる奇跡にも等しい奇行だ。が、果たしてそれを咄嗟に、即実行できる者が何人いるだろう。

 そして、それを苦も無く実行した男の口元が三日月の様に吊り上り、ついにその宝具、その真名を告げる。

 

形成(イェツラー)

 

 男から漂う纏わり付くような魔力の様に、吐き出す言葉は質量をもつ様で、神秘を明かすというより禍々しい呪詛の様に思えてしまう。

 それは断じて生易しいものではない。瞬時に失敗とこの距離は死地だと断じたセイバーは勢い良く後ろへ飛ぶ。

 セイバーが如何に高速を誇ろうと後退となれば方向は左右後方、男の視界から一息で脱するのは容易でない、故に追撃に身構える。

 

『―――闇の賜物(クリフォト・バチカル)

 

 が、身構えた彼女に対して予想した衝撃は訪れず、代わりに続くその言葉で彼の歪みが顕現する。文字通り変じたのだ。

 後退を優先した為、抜けなかった剣を即手放したセイバーの判断は英断だ。あのまま留まればこの身は瞬く間に槍衾になっている。

 男の身に起こった変化というのはその皮膚のいたる所、規則性など感じられない程乱雑に生えた幾つもの杭だ。

 英霊とは人を超越、ないし逸脱している者だが、それにしても人間離れした居出立ちだ。蜜の様に香る魔力が目に見えて収束され、その濃い魔力が形成しているとみられるその杭の群れは同じく怖気がする程禍々しい。

 

「何呆けてやがるよオイ。まさかこれ見て丸腰でこようなんて思っちゃいないだろうが―――オラ、忘れもんだ」

 

 男の出方を窺っていたセイバーに向かって投げられたのは彼の手に突き立てた剣。丁度彼女の前に突き立つそれを一瞥し、男から目逸らさずそれを抜こうと手を伸ばして―――それが空を切る。

 

「っ!?」

 

「そんな、剣がッ」

 

 掴もうと手を伸ばしたソレは砂城が風にさらわれる様に瞬く間に舞崩れる。

 その剣は確かに相手、ランサーがいうように神秘を纏った宝具でも、セイバー自身の通常武装でもない。

 早期の真名発覚を防ぐ為、こちらの不確定要素を増やせればとアイリスフィール側が伝手で用意したものだが、現代の代物とはいえ、名家である彼女の家が用意したものだけあり、世間的に確認された現存する宝剣に勝るとも劣らない逸品だ。更には無機物を扱う事にかけては一家言ある彼の家だ、もちろん付加(エンチャント)も万全で対魔、対霊といった攻撃概念の付与に加え、耐久値も初期から1ランク以上に底上げされている。元が元だけに例え英霊が相手でも十分通用する、筈だったが。

 

「セイバー! 今替えの剣を――」

 

 後ろから慌しい気配を感じて片手でその先を制する。

 視線を僅かに下げ、出来たばかりの砂鉄の小山に墓標の様に傾き立つ柄を見る。

 セイバー自身驚嘆した逸品だったのだ。宝具の域とはいかないが中々の名剣であると、それが瞬時に姿を一変させるという事は、やはりあの杭は見た目通り禍つ魔力の塊、彼の宝具であると見て間違いないだろう。なら、アイリスフィールには申し訳ないがこちらが用意した剣で太刀打ちできるとは思えない。

 そして早々に切り札を切るという事は、それだけ自信があるのか、はたまたまだ隠し玉があるのか。ランサーの性格だけであれば前者であるが、マスターの声から察するに後者とも取れる。

 

「吸魂の杭といったところですか……鉄も食べるなんて、随分悪食な性質なんですね」

 

「吸魂、ねぇ……だったらどぉするよ? あぁ? ブルっちまったとかここまで来て萎える真似言うんじゃねぇよなオイ」

 

 クツクツと嘲る様に笑うランサーの肩の動きに合わせて身体から生えている杭達が、まるで蠢くように揺れる。ともすれば生きている様にも見えるそれ等は、獲物を前に舌なめずりをする獣を連想させた。

 

「まさか、寧ろ向後の憂いを断ってくれて感謝しているくらいです。こうなれば、私も剣を抜かざるを得ない(・・・・・・・・・・)ですから」

 

「成程、ねぇ――」

 

 ランサーの歓心するように洩れた声、セイバーの言葉が確かなら一時圧倒していた剣技で持っても本気ではないという事になる。

 つまり、先程までのやり取りはあくまで最善手でない小手調べでしかないのだと、それを聞いたランサーは堪らないとばかりに笑いを金成あげる。

 

「言うね……いいぜオマエ。最初から全力じゃないのは正直癇に障るが、コレを見せて強がるやつを見るのは久々だ。精々楽しませてくれるんだろうなオィ」

 

 この場を窺う者ならセイバーの意図は明確だろう。

 主に勝利を誓う彼女に敗走の二文字は無く、禍々しい魔力を上げるランサーを前にして寧ろ打倒してみせると。

 

「セイバー――」

 

「すみませんアイリスフィール、独断になりますが私は此処で剣を抜きます」

 

 窺う声に対して短く謝罪の言葉を被せる。

 聖杯戦争はまだまだ始まったばかりだというのに、こうも早期に手の内を晒す愚行、撤退を選べないのは自身の誓いであり、主の意向には背くかもしれない、でも、それでも、誓いを果たす為に駆ける事は諦めないとその目が何よりも雄弁に語る。己は負ける為に剣を抜くのではないと―――

 

「いざとなればこの身を盾にしてでも貴女の安全は約束します。ですからここは―――」

 

「セイバー。マスターとしての今回の方針を覚えてる?」

 

「アイリ―――」

 

 そこで思い返したのは此度の戦争にこの地に訪れる前に告げられた方針、アイリスフィールではなく、セイバーに対して命令権、主の証である令呪を持つ本来のマスターである男の言葉だ。

 

『――戦場で、君達二人には誰よりも苛烈に、華々しく目立ってもらう。それこそ――』

 

――誰から見てもセイバーと、そのマスターと思われるアイリスフィールが注目される様に。

 

 方針としては単純だ。

 戦争の駒であるサーヴァントに加え、他陣営のマスターの目を集め、本来のマスターである彼をフリーにする。そうする事でサーヴァントに対抗できなくとも、その主であるマスターが彼女等を注視せざるを得なければそれだけ隙を晒すという事になる。

 それを突くという手段は暗殺者の如き所業であるし、セイバー自身このやり方を正直是とはしていない。

 だからこそ、戦場で苛烈であれというならその様を見せつけようと心に誓った、彼の出る幕が無い程に、最良のクラスに恥じない英雄を引き当てたのだと証明する為に。

 それを今一度胸に、アイリスフィールに対して小さく首を振る事で肯定の意を示した。

 

「貴女の役目は戦場で華となる事、間違っても他を優先して敗走することはないわ。だから、貴方の判断は間違いじゃない。貴女のその決断が勝利に繋がるって信じてる」

 

「――ええ、今一度誓います。必ずや勝利をっ」

 

 剣を手にせず行う勝利を誓う礼は奇妙に映るだろうか。否、その手に幻視する程に凛とした佇まいは間違いなく騎士の誓いだ。

 彼女の檄を受けて、セイバーが実感するのは感謝の念に尽きる。

 本当に自分には過ぎるといってもいいパートナー、もし、この戦争で自分のマスターが彼女だったら、そう思わずにはいられない、所詮もしもなどないとわかっていても。

 

「お待たせしましたねランサー。先程までが不服というならその非礼は詫びましょう。ですが、先程も言ったように、貴方の期待に応えるつもりはありませんよ。ここからは―――獲りに行かせてもらいますッ」

 

 今この瞬間は彼女が主で自分が騎士で、勝利を誓う存在だからこそ。

 掲げる腕には未だ何も握られていない。しかし、無手の剣術が真剣を幻視させるように、その手には質量を結ぶ様に確たる何かが存在する。

 そしてそのまま構えるは半身に引き寄せた腕に肩越しに相手を見据え、幻無の剣を向ける。

 

『―――形成(イェツラー)

 

 それは彼女が初めから取っていた構えだ。

 呟かれた言葉を皮切りに、青白い光を纏って彼女を包んでいた魔力がその手に集う。

 

戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)!!』

 

 青白く瞬く光に生える純白の刀身。

 細身且つ直刀でありながらその刃は血を払うためか、儀礼に細工した物なのか、表と裏の交互に鋭角の凹凸が施されている。飾り気というには質素な文様が一線施されたそれはまるでランサーの魔的な魔力と対をなすように澄んでいる。

 

「なんだこの小奇麗な気は反吐が出る。いい感じに潰し甲斐があるじゃねえか……く、くっくっく、頼むから見かけ倒しはやめてくれよなぁ」

 

「妄想に耽るのはそちらの勝手ですけど、風穴を開けられてから泣き言を言っても誰も聞いてくれませんよ?」

 

 互いの武器に収束し、大人しく留まっていたそれらが猛威を振るう様に溢れ出す。

 魔と清のぶつかり合いは場を混沌と圧していく。

 対する二人も軽口の応酬はこれまでだという様に半歩、構えを深くとりつつに距離を詰めた。既にどちらが弾けてもおかしくない膠着、そしてそれは長く続くはずもなく―――

 

「上等だよ…ブチ殺してやらぁ!!」

 

「行きますっ!!」

 

 駆け引きなど知ったことかと杭の生えた腕を槍にして飛び込むランサー。

 半瞬遅れる形になるが、それでもこの程度は遅れになりはしないと地を蹴り瞬時に最高速へ至るセイバー。

 両者の激突は沸き立つ魔力を爆散させ、埠頭を揺るがす余波で周囲を薙ぎ払う。

 その中心で鍔迫り合う二つの影は勢いをそのまま、互いを吹き飛ばすように距離を取り、再度構える。

 個々人が与えられる被害を凌駕した戦いの爪痕は剣戟の毎に刻まれ、激化していく戦闘は戦争と称して狂いはない。

 

“聖杯戦争”

 

 七人のマスターが万能の願望器たる“聖杯”を求めて己が召喚したサーヴァントと共に競い、殺し合う闘争劇は、こうして幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 いかがかな。

 これよりこの地、冬木における4度目の戦争が幕を開ける。

 公式には第2戦?

 いいや、あのような茶番前座というのもおこがましい。此度の世界の魔術師どもが己の術に矜持を持つように、舞台には舞台の王道というものがあるように、戦というのにも美学があるのだよ。

 で、あるからして、姫と騎士、美々しく戦に臨む彼女等の相対するものが彼というのも、なかなかに趣向が利いていると思えないだろうか。

 ああ、陳腐な言い方にはなるが運命的なものを感じいたりはしないだろうか――などと、私が聞けば貴方は下らないと切って捨てるのだろうが。

 いや、なに。陳腐故に、これがなかなか侮りがたい。単純というものは明確であるからこそ分かりやすいのであって、明確という形を確立されたものは得てしてそれを否定、ないし抗うという術を嫌う。己が不運を払拭できない、追いすがる誰某に置き去りにされる、愛した物から失う、例え些事の積み重ねだろうと一度形の決まった条理は覆しがたい。であれば、この廻り合わせにも何某かの意味があるのではと、そう思っても何ら不思議はありますまい。

 とまあ、こうして話を逸らしてしまうのも私の悪い癖かな。いや、自覚はしているし、貴方にも指摘はされてきたが、如何とも、こればかりは治る余地が見えてこないのだ許されよ。

 

 さて、舞台は整い、幕は上がる。

 まだ見ぬ終幕は遠く、そこに未知が約束されているのか、見果てぬ故に断定は遠慮させていただこうか。見えぬからこそ未知ではいてくれるが、我らにとって、事そこに至れば物の価値などどうとでも変わる。それこそ未知の宝石が途端に有り触れた石屑にでも変わるように、些か、難儀というには過ぎた業だが……ああ、この話をするのも何度目になるか――いや、この論議は別の機会にするとしよう。既に議論も結論も幾度と繰り返してきたが、ああ、勘違いはして欲しくはないな。私は貴方に退屈をして欲しい訳ではないのだよ。むしろ逆だ、その既知を振り切ってほしいと切に思うよ。

 であるからして、これは私から貴方に贈る助言なるもの、どうか素直に受け取ってほしい。

 なに、難しくはない。

 此度の舞台、如何に彼らの魂が眩い輝きを放とうとも、決してその席を離れる事がなきようお願いしたい。

 私自身が舞台に干渉するとバランスが崩れるというのは以前にもお聞かせしたとは思うが、これは貴方にも言える事であるのだよ。

 如何に整ってはいるとはいえ、舞台を引っ繰り返されては戻しようもないというもの。まさか第一幕から御自らということが無いようにとは願うが、貴方は些か遊びを好む傾向にある。此度はそこまで強度の保証は出来ぬ故、忠告となってしまうが、一度、それも一時でも留まれはしないだろう。で、あるからして、もし、自制が利かぬというのであればせめて終局を待つのが吉であるとだけ言わせてもらおう。

 その頃には器も十分に満たされよう。貴方のその身を受け止める事も、僅かとはいえ可能かもしれない。少々、遊びが過ぎる賭けにも聞こえるだろうが、なに、そういった趣向は貴方も好まれるところでしょう。

さあ、何はともかく今は序章が開けたばかり。

 姫と騎士の活躍に御期待あれ。願わくば、彼女等の往く先に貴方が望む結果が訪れん事を――

 

 

――さあ、恐怖劇の幕を上げよう。

 

 

 






 どうも、ハーメルンでは新参者になりますtonton言います。
 Dies iraeが好きすぎて思わず書いてしまった……orz
 けど後悔はしていない! たぶん
 クロスにFate//Zeroを選んだのは戦場と、黒円卓の宿命である○○○○○完成と被せられそうと思い至ったのがきっかけです。友人に同じタイトルの動画があると知って筆がノリに乗ってしまったというのがあります。
 初っ端からneat介入、本編はインパクトがほしかったので本編は初っ端からセイバーさんとランサーさんにやり合って頂いてます。
 なので召喚の経緯や、全サーヴァントが召喚し出そろった瞬間、最後のneat発言による公式から除外された第一戦がなんであるのか、それはこの戦いがひと段落してから徐々に語っていくのでどうかお待ちください。



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「混戦」

 


 

 

 

 剣戟が響く度に蹂躙されるコンクリートヤード。

 その余波だけで吹き飛ぶコンテナ群。

 既に喧騒というには過ぎた惨状と変貌した埠頭において、野次馬というものは存在しない。

 マスター同士、またはサーヴァントによる戦闘は苛烈を極めれば小さな町など消し飛ぶ、が、そうはならないのは彼らにとって秘術は秘匿こそ命題であり、数十年に一度という周期で行われるこの戦いを、まさか一般人、もしくは世論の常識が介入しておしゃかなりかねないとなれば、当然その事態は勘弁願いたいだろう。

 であれば、自身が秘匿の為に労するのは当然だが、如何に万全を期す為に取られた処置だろうと、大きすぎる規模のモノを隠しきるのは中々に困難だという障害がある。加えて、サーヴァント自体が神秘の塊とくればその衝突である“聖杯戦争”がどれだけの規模を誇るのか、語るまでもないだろう。

 つまり、その秘匿にも限界があり、一般人を遠ざけるにも限度あるという事になる。故に、この戦闘にも早期の決着が望まれるのは当然の帰結であり、その為に両者が手札から切った秘奥の解放だったが―――

 

 

 

「ハッハー!!」

 

 相対する男、ランサーは此処に至っても武器らしきモノを手にしていない。繰り出されるものは相も変わらず徒手空拳、その腕力には衰えというものを知らないのか、寧ろ時と共に上昇しているようにすら思える。

 もっとも、掌から生える杭という常識を度外視するソレを武器と分類するのなら話は別だが。

 武器というにはあまりに原始的、剣の様に相手を叩き切る刃があるわけでもない、槍の様に鋭利とはお世辞にも言えない代物だ。だが、それがどんな凶器よりも凶悪なモノだというのは、相対するセイバーとて重々承知している。

 

「っ! ぁ、あぁあああ!!」

 

 故に、接触は最小限に、弾き、往なし、時に切り伏せる。

 振れる事も出来なかった力の暴雨は拮抗するまで持ち込めなくても、弾けるまでに昇華している。それが彼女が持つ剣が並みの名剣を凌駕する逸品だという事の証明だ。そも、通常なら枯れ落ち灰塵と化す吸生の得物を前に触れる事さえ敵わないという前提を覆しているのだから、宝具の名に恥じない名剣であるのは間違いない。

 

「つうおらあああぁぁぁぁっ!!」

 

 それに対してランサーは怯む事無く腕を打込む。

 吸魂の杭を切り伏せるセイバーの剣の冴えは見事であるが、間を置かず新たな杭を尖らすその絡繰りは如何なるものか、尽きる許容があれば話は変わるが、まるで意に反さないランサーの猛攻を見るにその期待は薄い。

 

(いや、死角を取ればあるいは――)

 

 実際、ランサーの挙動は攻撃こそ苛烈だが、そこには武人の様な巧みさが無い。

 セイバーの剣に対する立ち回りといい、間合いの取り方こそ絶妙だがそれは土に塗れた様な、生き残る為に培われた術の延長である事を匂わせる。だからこそ、刹那であろうと綻びさえあればそれはセイバーの勝機となる。が、さばき損ねれば容易く逆転される状態であるという事実が付随するが。

 つまるところ、この戦いは僅かな隙を晒した方が敗北するという綱渡りのような駆け引きが繰り返されているという事だ。

 

「くっ、バカの一つ覚えみたいにっ」

 

 セイバーが零した悪態と共に、切り飛ばされた赤黒い杭は遥か後方で突き立ち、根を断たれた植物の様に徐々に土に返る。

 既に両の指では足りない程の数は優に飛ばしているだろう。ここまでくれば銃器のマガジンのように底を尽くといった消耗戦は望めない、もとより、その様な悠長に構える時間が残っているかも怪しい。

 打開策として、被弾覚悟の特攻ならランサーの懐に飛び込む自信がセイバーにはある。だが、一瞬にして剣を灰に変える凶悪さを目にすればおいそれと試す訳にもいかず、こうして両者とも歯がゆい思いを続ける破目になる。

 

「いいぜもっとだ、もっと早く強く深く―――こんなちんけな討合いなんぞで満足できるかよ。気張れよオンナァ、騎士の誓いを見せてみろっ!!」

 

 杭付きの掌底を躱し、擦違い様に刃を立てる。

 基本的にランサーの挙動は大振りだ。その速度と力によって一撃一撃が真正面から受け止める事を許さない。加えて―――

 

「――フッ!」

 

 擦違う右肘の関節部、そこから突き出ていた杭が向きを変えてセイバーを捉えにかかったのだ。

 置いた剣を瞬時に走らせて飛ばした為にその杭はセイバーに触れる事はないが、互いに宝具を解放しての攻防は新たな問題点を浮上させる。

 

「どうしたどうした! 軽すぎるぜ、誇りごと叩き折られてえなら止めはしねえよ。グシャグシャにしてやるっ」

 

 切り伏せられるし弾ける、これは確実に今のセイバーが地力において並んだ、または近づいた事を意味する。

 そして技の冴えと速度においては既に彼女の方が数段上を行く、それは解放後も変化はない。となれば状況は好転する筈である。それが現実とならないこの現状、その要因、即ち、ランサーの宝具の汎用性の高さによるものだ。

 ランサーの宝具は全身に生えた杭だ。その脅威は十分に承知しているが、肝心なのはその威力でも強度でもない、獣の様な彼の振る舞いにあつらえた様に変幻自在に穿つ柔軟さだ。

 基本的に腕や足の延長に杭を突き出すのならさしたる脅威ではない、それは槍などの間接武器の驚異の範疇であり、それだけならセイバーは問題なく対応できる。問題なのはその体のいたる所から生えるという事、それは攻撃線に制限がないという事に繋がるからだ。つまり、攻撃において刀の様な表も裏もなければ一撃を躱した後の間隙もない、寧ろ死角がないと言った方がいいかもしれない。

 攻防自在、言葉にすれば簡単だが、此処まで技の無い術で体現するその技量は喧嘩慣れという領域を確実に飛び出ている。

 聖杯に招かれた英霊、彼もまた己の武で戦場を駆け抜けた一人の戦士なのだ。

 

「貴方に言われなくてもっ、それに私の剣は―――」

 

 だからこそ、この勝負は尚の事退けないときつく剣を握る。

 信念といった魂のあり方は違っても、戦場を生きる為に駆け抜けた英霊なのだ。例え相容れない思想だろうと軽んじていい相手ではないし、この有様では確かに敵に対して不義だろう。

 互いに制約はある。だが、それがどうした?

 己の出せる力が全力の半分でしかなくとも、最善を尽くすのが戦士だ、その誠意は戦場を駆ける輝きだ。

 軽んじてはいない、誓いを忘れた訳ではない。ただこの一時の戦いを鮮烈に輝き駆けて見せる。

 だから――

 

「――軽くありません! 甘く見ないでっ」

 

 これが今出せる私の全力だと叫ぶ様に硬い舗装を踏み貫き駆ける。

 その軌跡は正に閃光の如くだ。

 既にまっさらだった面影も無く、無残な舗装群を更に無慈悲に削り飛ばし、舞い散る塵が地に落ちるよりも早く、その煤が頬に触れるよりも速く駆ける彼女を目視で捉える事は目の前の男でも難しい。

 だというのにランサーは口元を釣り上げるが――関係ない。彼女にとってこの姿が相手にとって愉快だろうと不快だろうと、示す結果は白刃のもとに晒すと心に、主に誓ったのだ。

 そう――

 

「――主と剣に立てる誓いは騎士の誇りです。それを貴方如きに愚弄される謂れはありませんっ」

 

 勝利を、誓いの証を立てるというその言に従い、ランサーの腕が宙に舞う。

 それに対してランサーの苦悶の声は聞こえない。むしろ、高らかに宣言したセイバーの表情の方が若干の陰りがある。

 だが、それも無理からぬ話だ。何しろこの結果は彼女にとっても予想外だからである。

 彼女の狙いとは首を落とす必殺を誓う一撃だった。それも視認も困難な一撃――事実ランサーはセイバーを目で追えていない――、それを腕の一つの犠牲に墜とされたのでは彼女の顔も不快に歪むだろう。

 そして件のランサーは、

 

「く、くく―――アーッハッハッハッ!! 誓い、愚弄、ねぇ―――貴方如きときたか、そらそうだろうよ。誇り高い騎士様に、畜生の罵倒なんざ癇に障るだろうさ!」

 

 吹き飛んだ腕の断面を一目して顔を手で覆う。

 その様は断じて悲観してるだとか可愛いものではない、あれは挑んだ獲物が想像以上に上物だとわかって舌なめずりする獣と同じ、肩を震わせる彼のそれは隠しきれない喜びの表現に他ならない。

 

「―――っても、まあ謝罪する気なんか更々ねえがよ。オラ、俺の首は落ちてねえ、死んでねえなら俺はまだ負けてねえっつう事だ……なぁ、お前、軽くねえと言ったなその矜持。舐めくさりやがって、気合入れたくらいで俺をやれると思ったかよオイ……なあ、言ったよなぁ? この程度で――」

 

 来る。

 膨れ上がるランサーの魔力に比例するように空気が鋭利に、凍る様に急速に温度を奪われていく。

 防御――は、下策だ。相手の魔力の上昇率はこれまでの比ではない。間違いなく会敵から至大の一撃だ、これまで以上に比類ない膂力を発揮するだろう。だからこそ――

 

「――俺をやれると思うなぁあああ!!!」

 

「クッ、ハァァアアアッ!!!」

 

 一呼吸で遅れたが、事この戦いにおいて間合い、タイミングにおいてアドバンテージはセイバーにある。相手がどれだけ力を籠めようと、その踏み込みが最高域に達する前にこちらの間合いに侵略する事が彼女には可能である。

 故に、瞬時に相手の腕を掻い潜り、横に逸れるのでもなく狙うは正面、下段から全身をバネにした刺突。

 視界で捉えられなくなったのなら剣山と化して防御の構えを取るランサーだ、正面を捉えるのは確かにリスキーだが、踏み込んだ着地の反動を利用して引き絞った半身は既に次弾の装填を終えている、後は引き金を引き放てばこの体は弾丸の様に相手を貫く――所謂賭けというやつだったが、この勝負勝ったのは彼女――そのはずが、剣先に芯を捉えられた男の顔が喜色に染まる。

 

「信じてたぜぇ―――」

 

 腕は伸び切り、懐にいるセイバーの剣を止めるのには間に合わない、その両足も必殺を誓う一撃に込められた足取りはセイバーの目をもってしても疑いようもない。蹴り上げようにも踏み込むという工程を終えない限り次手には一拍遅れる。

 終始無手であり、杭という特殊な攻撃法ではあるが―その攻撃手段をとった彼にこの場で振り下ろす刃はもう―――

 

「っ!?」

 

 思い立った瞬間、彼女は全力で離脱する。

 そも、彼の杭が何色をしていたのか、その原始的な力が何を糧に生み出されたものだったのか、思慮の外だった点が高速で頭を巡り繋がっていく。

 その間にランサーの姿勢から変化したのは僅かな上半身の動き、その程度なら確かにセイバーの動きにも間に合うが、それは決して回避でも防御の為の行動ではない。始まりから野生じみた直感を見せた彼らしい、相手の咽元に食らい付く為の行動だ。

 

「逝けやヴァルハラァァアアアッ!!」

 

 その叫びと共に向けられたのは、なんと肘から先を切り飛ばされた腕だ。

 まるで正気を疑うような行動だが、直感に従ったセイバーの行動は間違いではなかった。次の瞬間、おぞましく蠢いていたその断面から無数の槍が生え伸びたのだ。

 

「っ、ぉォオオオ!!!」

 

 被弾覚悟で急所を避ける為に数本の杭を切り飛ばす。が、セイバーの剣の一振りに対してその数は膨大であり、いかに彼女の動作が光速を誇ろうと全てを打ち払うのは至難だった。

 加えて――

 

「よお、イイ色じゃねえかテメエの血も……」

 

 抉られた肌が焼かれた様にじくじくと痛みを主張する。

 杭はいくら先が鋭利だろうと切り飛ばせばただの棒だ、そうでなくとも切り飛ばせばその空白分回避の幅は広がる。つまり、今までの攻撃なら彼女は回避できたという事である。

 それがこうして膝をつく痛手を受けるという事は、彼の一矢は間違いなく彼女の予想を上を行くものであったという事。

 

「どうしたよ、何呆けてやがる。ランサーが飛び道具持ってちゃ悪いかよ」

 

 その正体は腕から伸びた長大なそれではなく、膨大な杭の群れ、短槍の様な形状のものを打ち出すという、これまで彼が主としていた体術を否定する飛び道具、その弾幕によるものだ。

 

「……随分と、多芸なんですね。いっそのこと、アーチャーのクラスの方が性に合っていたんじゃないですか?」

 

「まあ、たしかに? あのクラスも中々に魅力的な特典があったがよ。品切れじゃあ俺にはどうしようもねえ、それにどちらかといえばまあ殴り合う方が性に合ってるしな」

 

 彼の攻撃、終始その手足のみで相対していたのも、全てはこの一撃の為の布石であり、どうやらブラフだったようだ。

 彼のスタイルとはその杭によるものであるのは疑いようもないが、その特性とは攻防自在の汎用性の高さだけではなく、オールレンジという間合いを選ばない対応力でもあったのだ。

 まさに反則じみていると言えよう。

 攻撃と防御を兼ねる事が可能であり、近距離だろうと遠距離だろうとその一撃は相手に届く。更には触れれば確実に相手に致命傷を与える一撃となる――当初この杭を吸魂の杭と呼称したが、どうやらあながち間違いではなかったらしい。

 

「…………」

 

 その証拠に、ランサーを視界の端に収めつつ確認した傷口はまるで癒える事が無い。

 セイバーは自身が持つ特性から大抵の傷は修復することが可能である。それがこうして忌々し傷の深さを自己主張しているという事は、あの杭の禍々しさがただ“吸う”だけではないという事であり、傷口から身体を漂う倦怠感は体の生気を奪われている事の証明だ。

 

「思慮が長いぜお前。戦じゃ冷静さは大事だろうが、そうやって二の足を踏むのは三流のやる事だ。オメエは違うだろう。なぁ、もっとさらけ出せ―――よっとお!」

 

「くっ!」

 

 先程の杭より幾分太いそれを弾く、だがランサーはセイバーの視界が一瞬途切れた間に接近を果たし、既に次撃に備えた構えをとっていた。

 彼の言葉に従うのならその性に合うという殴り合いの間だ。

 その振り被る腕には既に無数の杭がこちらを捉える為に牙を剥いている。傷口から生えたという性質上、その源は大凡予想できるが、アレだけの大量生産と放出による物量はある筈の有限性を真向から否定しいる。予想がはずれとは思はないが、どうやらその発生源に限りはほぼなく、特定するには早計だと判断してもいいだろう。

 現状攻め手に欠く―――ならば。

 

「―――仕方ありませんね」

 

 切結んだ杭と刃が拮抗する点が青白く発光する。その光は彼女が自身の剣を発現させた時と同じものだ。

 変化を察したランサーがこの戦いから二度目の後退をする。

 放たれた光は変わらない清廉としたものだが、最初のものと違い、剣を中心に今も瞬いている。

 その光こそ彼女の剣、“戦雷の聖剣”の特性だ。“戦雷”を冠するその聖剣の真名は伊達ではない。

 

「なるほどなぁ……いいぜ、そう来ねぇとなあ!」

 

 更なる札を切るセイバーに愉快でたまらないと猛りを放つ様に前に出るランサー。

 吸魂の魔槍と、雷纏う聖剣、両者の特性の色は真逆ながら強力であるのには違いない。その激突が必至ならば予想される被害もこれまでの比ではなく甚大という事になる。

 なればこそ、この一撃で叩き伏せると必殺の構えを取るセイバー。

 周囲の被害など知った事か、己の立つ戦場に弱者は不要と無頼に構えるランサー。

 両者の特性の様にその心根も違う両者、ここまで違えるのならどちらかが舞台から消える以外ありえないと、互いに思う過程は違えど、その一戦に踏み込む。

 

 

 

「チッ―――」

 

 そのまさに踏み込んだ地鳴りに大気が鳴いた瞬間、そこに漏れ聞こえた舌打ちは――ランサーのものだ。

 先程までの研ぎ澄まされた殺気は霧散――はしていないが、先程に比べて、どこか雑味が出ている。有体に言って関心が移ろいでいるように見えた。

 そしてその様子に違えず、低く飛び込む姿勢からゆらりと幽鬼のように体を起こし、杭を生やした腕を――セイバーにではなく横のコンテナ群に向けた。

 

「―――っきからコソコソハイエナみてぇに……ウザッてンだよテメエェ!!」

 

 怒号と共に放たれる杭の連射。

 轟音を響かせコンテナを一つ、また一つと次々に引き裂き灰塵に帰し、尚も止まらず突き進むそれらは只管に蹂躙という獣性をもって障害を食い尽くす。

 それに対して、セイバーはランサーが晒す隙を突く事はせず、刺突の構えを解き、有事に対応できるよう自然体を取る。

 なぜならば、ランサーの発言は第三者を匂わせるものだったからだ。

 彼の性格は僅かな邂逅とはいえ、セイバーはある程度察しているつもりだ。

 ランサーの振舞いは戦闘狂のそれだが、こと戦闘に関する認識は冷静であり、その直感は歴戦の勇士すら唸らせるものがあるといえる。だが、その直感に素直な為か、あまり深く思慮するタイプではないという印象があり、小細工は労するよりも正面から叩き潰す側というのが彼女の感想だ。だからこそ、突然のこの行動が虚をつく為のものであるとは思えない。

 なら、今この瞬間まで自分達は第三者にその秘奥の開帳までを目撃されたという事実に他ならない。

 

 

「―――これはこれは、まさか見つかっていたとは」

 

 

 弾幕による土煙の中から出てきたのは2mはあるかという金髪の大男。

 カソックに身を包み、柔和な笑みを顔に張り付けたその姿はそこらにでもいそうな神父といえるが、戦場に笑みを浮かべて現れる聖職者など、率直に言って胡散臭いにも程がある。

 

「誰だテメエ……」

 

 あのランサーの弾幕の後から軽い足取りで現れるとは、彼の精神が真面であるとは言い難いだろう。

 加えて、ここに一般人が紛れる要素は限りなく低い。そもそもこの場に陣取って挑発してきたのはランサー陣営だ。そのマスターが自らを徹底して身を隠している以上、この場の人払いには信用してもいい。と、くれば彼も―――

 

「私ですか? 見ての通り、天におります我らが父に仕え---」

 

「誰が手前の職なんか聞いたよ阿呆が、この場でお惚けが通じるなんて目出度ぇ頭でもねえだろうよ。真名明かせとは言わねぇが、見物料だデバガメ、名乗れよそのクラス―――」

 

 当然、その手の冗談も時と場を選べと腕を向けるランサー。その延長である杭がどういうものなのか、彼の言うとおりこの場を盗み見していたというのなら知らない筈がない。

 だが、その魔槍を向けられた男は、心底心外だと言わんばかりに困惑顔をし、両手を上げて降参のポーズを取りつつ口を開く。

 

「やれやれ、人の話に関心が無いというのはこの時代の人間の業なのかと、主に嘆きもしましたが―――まあ、いいでしょう。私は、この度“アーチャー”のクラスをもって現界しました……そうですね、名を、クリストフとでも名乗っておきましょうか。見ての通りしがない神父ですが、以後お見知りおきを……」

 

 仰々しく、いっそ態とらしい程に深く頭を下げるアーチャーと名乗る神父服の男、見た目は血や硝煙といった戦場とは無縁の様に見える――見えるが、アーチャーを名乗り、サーヴァントとしての気配を確かに発していた。

 この距離でその存在を感知させなかった気配遮断はまるでアサシンの様であり、そう思わせる程に暴力という属性を持ちえない風に装っているが、あの事実は見過ごせない。

 

「ハッ、貴様が聖致命者(クリストフ)なんざ殊勝な性質の人間かよ」

 

 次弾を装填するように新たな吸魂の杭を腕に生やしたランサー。

 初見ではセイバーにおいても防ぎきれなかった弾雨、その蹂躙は障害となるコンテナ群を垣根程の価値も無いと紙同然に吹き飛ばし、アーチャーを名乗る男の遥か後方まで蹂躙している。

 そう、魔術で付加した剣すら灰に変える凶刃の嵐に晒されて尚、悠然と現れた男は傷どころか服が敗れた形跡すらない。あの杭も尋常な能力ではないが、その嵐を前に柳の様に立つ男も真面とは言い難いという事になる。決してその見た目から弱者と切って捨てられる相手ではない。

 

「まあ、確かに私自身大業な名を頂いたと思ってはおりますが、授かる名というモノには拒否権がありません。偉業然り、悪名然り、その善悪、事の大小を判断するのは何時であれ第三者であり、その判断も後の世の仕事であれば……我々自身が忌もうが好もうが、それは些末事というものでしょう」

 

「ケ、説法なんざ間に合ってるんだよ……んなことよりだ、てめえ、人の楽しみに水を差したんだ、風穴開ける程度じゃ済まさねえぞっ」

 

 新たな乱入者の実力の程は兎も角、だ。これが第三者による介入には違いなく、その姿を晒す以上はどういう意図があれ交戦は不可避という点はセイバーもランサーと同じだ。彼女の場合それが即戦闘行為に繋がるほど短絡的ではないというだけの話、見方を変えれば慎重すぎるとも取れるが、三つ巴というのはふとした事で戦況が一変する、慎重であるのに越した事はないと言えるだろう。

 

「さてはて、私は貴方達と違って正面切っての殴り合いというのはあまり好きではないのですが――ほら、私、この通り神に誓いを立てる身ですし」

 

「なら―――両の頬差し出せよっ、エセ神父!!」

 

 だからこそ、いの一番に飛び出すのがランサーであるという結果はもはや予想すら必要ない。

 彼はセイバーの様な高速を誇る訳ではないが、それでも常人を遥かに超える速度であるのは間違いない、加えて障害物は先程の彼自身の凶刃の乱射によりものの見事に全て土に返っている。

 遮るものも無く、視界も良好となればあの速度以上、あの物量以上の地力が無くては生存は不可能。となれば、先程の無傷が能力によるものなのか、技能によるものなのか、これで全てがはっきりする―――

 

「―――やれやれ、見た目通りに、やはりこの杭に触るのは少々、俗に言ってしんどいですね」

 

「テメェ……」

 

 その光景を目の前にしたランサーも、セイバーとアイリスフォールですら驚愕する。

 吸魂の杭による一撃、それを正面から対峙したアーチャーの行動は単純だ。

 迫る凶刃に手を添える(・・・・)事で逸らす、技巧も何もない有り触れた防御による回避、それをもって先程の顛末を物語ったのだ。

 

「バカな、いったいどうやってっ」

 

「高速回復? いえ、あれはむしろ―――」

 

 そう、あの対処は前提からおかしい。

 禍つ杭は触れえぬ悪食ともいえる吸魂の性質を持つ魔器だ。セイバーですらその宝具である“戦雷の聖剣”の抗魔力によってその特性を弾いているに過ぎない。

 だが、アーチャーがその杭を弾いた手はどう見ても素手だ。その手が接触時に魔力を纏ったり、特殊な発光をしたりといった変化も見られない。

 

「それで、まだ続けますか? 私としては無駄に戦う事はあまり好みませんし……ああ、では、こういうのはどうでしょう?。私はこのまま去りますので、そこの彼女と先程と同じくどうぞごゆっくり戦を堪能して見るというのは」

 

 仮にアイリスフィールの言うように高速回復する手段であったとしても、この杭の特性は触れている限り正常な気を食らい続ける。効力にいたっては祓おうにもその手の能力を持つセイバーが回復に手惑う程である。

 第一、回復とは傷を負った状態を正常に戻す作業だ、その速度が如何に速くとも傷を負う事をなかった事にはできない。となれば、仮に高等治癒術を収めていたとしても、正面切って受けに行くには些か頼りなく思えてしまう。

 

「人をコケにするのも大概にしやがれ……テメエが頑丈なのか、この杭に対処する術があるのかなんざ知った事かよ。取りあえずブッ潰すっ、舐めくさりやがったその面ァ穴だらけにしてやるよ―――オラッそこ動くなよ!!」

 

 セイバー達がアーチャーの考察に気を割いている内に、ランサーも己の一撃が不発に終わった事態に一時距離を置いていたが、アーチャーの口上がよほど腹に据えかねたのだろう。無事な手でだけでなくもう片方にも長大な杭を生やし、飛び込む彼の目には既にセイバーは映っていない。

 その宣言通り作戦というものは皆無なのだろう、彼はその杭の特性通り、障害となって目の前に立塞がるのならお前から枯れ落すと己が刃を惜しみなく晒して駆ける。

 

「―――これは、致し方ありませんね」

 

 対するアーチャーは先程の様に無防備に立つのではなく、今度は拳法のような構えを取った。

 ただし、それはあくまで素手だ。指を軽く握りこんだそれは掌底を主体としたランサーに近いものがあるが、武術らしさを醸し出す分アーチャーの方がらしくは見える、もっとも、ランサーの杭の特性を前にすればそれは蛮勇にしか映らない。

 だが既に両者の激突は避けようがない段階に突入しているとなれば、如何に蛮勇に見えようともはや交戦は避けようもない。

 アーチャーの力は不明慮なままだが、セイバーにとってランサーの凶悪さは身に染みている。そうでなくともサーヴァント三体による混戦など四度目となる聖杯戦争でも稀だ。要は予想がつきづらいという事に他ならない。

 こうなればセイバーも方針云々より、この場での主の安全を優先せざるおえない。

 無論、その身は彼女の刃であり、相手を前に退くつもりは毛頭ないが、片方に気を取られてもう片方にマスターを落とされるという事態は避けたい。見たところ二人のサーヴァントのマスターは近くにはいないのだから。

 そうしてセイバーがアイリスフィールに確認を取ろうとした、その時―――

 

 

「――GuA,a▬▬▬▬―――!!!!!!」

 

 闇色より濃い、深淵を思わせる冷気の爆散と共に黒衣の巨人が現れた。

 

 

「新手!?」

 

 白い長髪を雑に後ろに流したソレは突然発現し、まるで己が狂性を放つような叫びを解き放った。その咆哮ですら空気を伝播し、この場で月を除く唯一の光源だった街灯を絶命させていく。

 露出した髪以外を外套とマスクで覆っている彼、或いは彼女にその表情はおろか、その性別すら窺う事は出来ないが、その存在感だけでも何のクラスをもって現界したサーヴァントなのかは明白だった。

 

「この感じ――バーサーカーかっ」

 

 誰かがそう叫ぶと同時にそれは次の瞬間に地を蹴っていた。

 見た目から愚鈍なイメージを与えたバーサーカーらしきそれは陥没した大地を残して視界から消失した。

 その現象に場へ一様の緊張が走るが――それはまさに一瞬の出来事でしかない。そも、あれだけの速度を持った踏込みだ、突然の出現である以上その行動が離脱や回避の筈はなく―

 

「ほう――まさか私をご所望ですか……此度のサーヴァントは、どうも酔狂な性質の方が多いようですね」

 

 その疾走は獲物を討つ狩人の強襲だ。

 響く轟音に目を向ければどこから取り出したのか、黒衣の巨人の手には身の丈を優に超える大矛とみられる武器が握られており、アーチャーを狙って放った一撃は彼の横の舗装にその刀身の半分近くが深く抉り込んでいた。

 

「▬▬▬▬◛◛▰▰■!!!!」

 

 そしてそれは如何なる腕力をもってなしえる技なのか、深く抉るという事はつまり地面に突き立ち食い込んだという事であり、次の攻撃に移るのにまずそこから刃を抜き放つ必要がある。

 だというのに、巨人は食い込む大地を砂同然に力任せの一振りにてそのままアーチャーを強襲した。

 

「……力自慢をご希望なら、あれと勝負したらどうですか、ランサー?」

 

 ランサーの剛腕でさえ真面に討ちあうのは避けたいセイバーが、思わず冗談めかして言葉を零すほどその光景には現実味がない。

 目の前で硬い舗装をバターを切り出す断材機の様な嵐を前にすれば、思考が霞むのも無理はないかもしれないが。

 

「ハッ、バカ言え。あんな敵も碌に認識してねえ木偶を相手にして何が楽しいかよ」

 

 しかし、意外と律儀な性格なのか距離を置いているはずの男はバーサーカーの出現に冷静だった。その言葉を受けて成程と思わずうなずきかける程に、場の流動する変化を柔軟に受け止めている。

 現状、バーサーカーの乱舞はまさに嵐といった災厄の様に猛威を振るっている。がしかし、一様にその被害にアーチャーの犠牲が無いという点は無視できない。

 力を抑えるという事を知らない風体なバーサーカーに対し、大きく避けるアーチャーの所作は巧みとは言い難い。言い難いが、あの剣舞を前にすれば剣圧だけでダメージを負いかねないとなれば最良の手段なのだろう。

 ならば何が異常なのか、答えは明白、その動きに籠る殺意が如何に強大だろうと、その筋があまりに実直だったのだ。

 

「確かに、あれでは戦に狂じるというより……“狂化”の副産物と言えばそこまでですが」

 

 実直な事はある側面から見れば美徳だろう。だが、事戦場において、通常の価値観とは逆転、ないし、淘汰されるのが常だ。

 戦場における殺意と理性というのはその最上位であり、如何に相手に気取られず、効果的に手傷を負わせるかというのは尽きない命題だ。ランサーにしても、セイバーにしてもそれは例外ではなく、バーサーカーも英霊として招かれる格である以上その例に漏れるはずはない、のだが、その剣筋はお世辞にも虚がある様にも見えず、殺意の対象が明確過ぎる為に読まれてしまっている。有体に言って児戯の様に見えてしまうのだ。

 

「ま、乱入する気概は買うがよ……どいつもこいつも人の獲物に横槍入れやがって、気にくわねぇなぁ」

 

 アーチャーに続き、バーサカーの乱入、困惑するどころか、その殺意に明確な怒りの色を籠めるランサーはその禍々しい気を更に色濃くする―――

 

「「!?」」

 

 驚愕の念は理性のないバーサーカーを除き場の共通だ。

 何しろランサーが漂わす魔力の放出量はその杭の出現時の比ではない。そう、つまりあの時以上の力の解放が行われるという事に他ならない。

 英霊の根底である宝具の解放は真名を知らしめる行為だ。己の名を知られるという事はその出自から死因まで、何が不得手で得手とするのかを知られるという事、だからこそ宝具解放にはどのマスターも慎重になるのだが―――あろう事か、ランサーは四体のサーヴァントが集うこの場で二つ目の宝具を解放しようというのだ。

 

『……あぁ―――日の光はいらねぇ』

 

 その気と大気の収斂は周囲のありとあらゆる生を強制的に搾取する。

 彼の杭に触れてもいないというのに、こうして対峙するだけでセイバーもあの怠惰感を強めた感覚に襲われる。

 それはこの時も戦闘を続けるバーサーカー達にも例外ではないらしい。あれほど猛威を振るっていた剣舞が僅かに鈍っている。この禍がつ気に晒されて尚嵐の様に振るわれる膂力には驚愕するが、ランサーの新たな宝具はまだ真名の解放すらされていない、となればその全貌が明らかになった時、此処が如何なる魔境に変貌するのか……

 

「クッ、アイリスフィールッ!」

 

 だからこそ、セイバーが優先するのはこの場で真実ただ一人、生身である主の安全だ。英霊の身でもこの悪影響、いくら対魔の力が平常装備された魔術師であろうとその規模(スペック)は比べるべくもない。

 

「わ、私は大丈夫よセイバー、それよりランサーをっ」

 

 気丈に振る舞い、何とか膝に手を付かんと胸に手を当てる姿は見るからに痛々しい。瞳を見ればその奥に疲労の色は濃く、無理をしているのは明らかだ。

 彼女を優先する離脱、逆説的に原因を根絶すればいいのならその主因であるランサーの即滅。騎士の誓いは彼女の中で譲れぬ道だ。だが、彼女の核である騎士道、主の命はこの矜持より遙かに重い、ならば迷う必要などどこにあろう。

 思考は時間にして五秒もかかららず強制的にカットし、主である彼女を抱えにかかる。

 

「!? アイリ――」

 

 だというのに何を思ったのか、騎士の主はその手を自身の胸に抱えていた手でもって押しとどめた。

 

「私は大丈夫だから、見た目より、人より頑丈なんだからっ、アインツベルンのホムンクルスを甘く、見ないでねっ」

 

 どう見ても強がりなのは明白だ。その証拠に最初に押しとどめた手にはもう然程の力も無い。 

 

『――俺の■が汚ねえなら―――』

 

「ッ、やはり容認できませんっ、申し訳ありませんアイリスフィール!」

 

 背後で高まる気の収束と詠唱に、はっと思い留まるセイバーは主に詫びを入れて無理矢理に抱える。

 その脳裏に浮かんだのは雪の古城での約束、僅かな時間の出来事だったが、今生で身を受けて守り通すと誓ったそれを、こんな事で裏切る事だけはしたくない。

 素早く振り返った戦場に大きな変化はなく、殿もいない以上せめて目暗ましはと剣を振り上げて―――セイバーはその場の変化が無いという事実に下ろしかけた手を止めた。

 ランサーの暴挙に対してアーチャー達の対応が静かすぎる。こちらが視線を切ったの僅かな間だ、その間に起きる変化など―――

 

「ハーイッ! みんなちゅうもーくっ」

 

 耳に響いたのは魔術によって拡張されたとわかる独特の音声、それが先程聞いたランサーのマスターと違うのは声の座標を示す自己主張、聞き手に対する暗示ともいえる誘導。まるで本来の用途に無用であるその術はしかし、有用な呪術に想定外の系統を付け加える高等であることの所作だ。

 

「――女、だと?」

 

 その驚愕の声はランサーによるものだが、それはセイバーも二つの意味で同じだ。

 一つは驚愕の声の主、ランサーだ。先ほどまで禍々しい気を無遠慮に高めていた筈が、どういう意図か今は欠片も窺わせない程形を潜めている。

 これまでのランサーの性格を思うに、抜きかけた剣を躊躇う性分と思えないだけにその異常性が目立つ。

 そしてもう一つは―――

 

「もーっ、折角四人そろってるんだから大人しく仲良く潰し合っていればいいのに、どうしてこう、脳筋な男って単純なのに思い通りに動いてくれないのかしら」

 

 頬を膨らませて私ご機嫌斜めと言わんばかりに足を揺する赤髪の少女が、その長髪を風に晒してセイバーの横に立積むコンテナに腰かけていた。

 

「……五体目の、サーヴァントっ」

 

 

 

 セイバー、ランサー、アーチャー、バーサーカー、そして五人目の正体不明の少女。

 誰もが息を飲み、新たな少女の出現に緊張を走らせる。

 第四次聖杯戦争―――

 歴代において未だ正統所持者のいない“聖杯”を巡る戦争は一筋縄ではいかない。その事実を何よりも雄弁に物語る様に、その開幕は五体の従者が出そろうという前代未聞の事態をもって、混迷を深めていく。

 

 

 

 

 






 AUO「解せぬ」


 弓兵枠は黄金どころか鍍金さんでしたとさ!
 ランサーさんは安定の幸運値:c 以下という……兄さんの前途に幸あれ。具体的には来世くらいで報われるよ、キット。




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「序幕閉会」

 


 

 

 

 そこは仄暗く、まるで腐臭が漂う井戸の底というように、地上で響く華々しい剣戟とは無縁の世界だった。

 そんな生物の息吹がある筈のない世界(地下水路)で、微かに響く擦り切れた音は信じられない事に生物の呼吸音だった。

 ソレは有体に言って瀕死のようだが、止めれば自身の命が潰えるという様に生物らしい規則性で上下する肩が彼の存命を証明している。

 

「―――いよいよ、もうすぐだ。■■ちゃん、■■さん……俺が必ず、あの人達を――っぁ」

 

 深めに被ったフードの為か、はたまたその印象通りやはり死の間際にいるのか、苦悶の発露の様な独白は反響する筈の空気をもってしても、周囲が拾い取る事は敵わないだろう程に弱々しい。

 だが、ソレ、男は理解を求めてこのような瀕死の重体になった訳ではない。

 救いを求めて魔道に墜ちた訳でもなく、希望を求めて吸血鬼に縋った訳でもない。

 

「持ってくれよ、俺の身体っ」

 

 その願いは文字通り命を削るような苦痛を伴う修練の果てに摩耗し、徐々に歪みが生じ始めている。それに気づく事のない当たり、男はまだ幸福だったのかもしれない。

 ―――ともあれ、男の願望とはもともと、己の命を対価に投げ打ってでも掴み取ると誓ったものであり、そうであったからにはおそらく、きっと、尊い輝きに満ちた祈りの様なものだったのだろう。

 例えその根底にある源が己の罪過を償う為であったとしても、新たに芽生えた祈りはそんな独善に満ちた不純な動機から生まれたのではないと、男は信じている。

 そう、あの笑顔を失った■■にもう一度陽だまりが照らす暖かな世界に送り出すと誓ったのだから。

 

 まるで病巣に蝕まれた老人の枯れ木の様な手を自嘲の意味を込めて眺めていた男は、辛うじて動く顔の頬筋、その半分を歪めていたが、その目が途端に鋭くなる。

 それが彼の持ってしまった歪みだ。

 苦痛によって歪められた精神は、願望の成就を願うあまり、己の脆弱さに負けないよう仮想の敵影を構築し、いつしかその偶像を明確な憎しみの対象に昇華させてしまった。

 

「……アイツだ。―――クククッ」

 

 その目に映るのは此処ではない、月の光に照らされた地上の戦闘。その只中に現れた黄金の髪を湛える丈夫だ。

 それを明確な憎しみをもって、まるで目の前にいる様に虚空を睨む男はそのサーヴァントがなんであるのかを知っている。正確には、それが誰を主とした従者なのかを知っている。

 

「時臣のサーヴァント―――アァ、どうやら、俺はまだっ天運に見放されてないらしいな」

 

 遠坂 時臣、それが彼の根源に刻まれた怨敵の名前だ。

 “遠坂”とは聖杯戦争という儀式を作り出した3人の魔術師、三家をさして“始まりの御三家”と言われる一角を担う、この冬木の地土着の魔術師であり、“遠坂 時臣”はその現当主である。

 そんな彼を何故男が身を犠牲にしてまで恨むのか――それこそが彼が気付くべき過ちであるのだが、それは己が従者に課した特性と同じく盲目的になった彼にとって―――

 

「行け、バーサーカー――」

 

 主と同じく妄念に狂う戦士、バーサーカーは鎖から解き放たれた猟犬のように獲物を穿つ為にここではない地上へとその気配を冷気と共に移動する。

 その虚実であったその身が戦場で象を結ぶ光景が、男の魔術によって情報として網膜に送られてくる。場が突然の乱入により困惑と苛立ちに満ちた混沌に陥っていく様に男は顔に笑みを張り付ける。

 そうだ、この身は魔術師、マスターとしては半人前かもしれない。聖杯を手にする、その瞬間までこの体が持つかもわからない。だが、アレは、あのサーヴァントは歴とした狂者であり、紛う事無き強者に他ならない。

 

「ぐっ――ぁ、が、ぁあぁぁああああっ!!」

 

 それ故に男に降りかかる代償は壮絶の一言だが―――魔術師はその魔力を生成する核として“魔術回路”なるものがある。生来、その回路自体が脆弱だった男が聖杯戦争で他のマスターと渡り合えるだけの魔力を生成する術、所謂“擬似魔術回路”を自身の体に埋め込むしか術がなかったのだが、それを無理に積み込んだ為に、その体は“擬似魔術回路”に蝕まれている。それこそ男の体をまるで死に体である風に見間違う事の正体だった。

 

「いける、いいぞっ、アイツに――っぐ―――ぁ、お前の選択を、俺が後悔させてやるっ、時臣ィ―――!!」

 

 その身を狂気でステータスを向上させているバーサーカーは、他のサーヴァントと比べて比較にならない程魔力を消費する。だが、魔力の生成と共に理性を燃焼させているのか、男の狂気は留まる事を知らず、その狂気に染まる様に、目に映る戦場は混沌と化していく。

 だが――

 彼にとって既に聖杯の奪取が二の次になっているなど、本末転倒な動機は自覚をさせない為にその主を自虐に駆り立てていく。

 その先に待っている結末が破滅であろうと男が踏みとどまるかどうかは―――おそらく、従者の狂化と同じく常軌を逸脱した彼はその罪過と向き合わない限り、永遠と気付く事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 戦場と化して蹂躙された埠頭、その中で比較的真面に原型を保っているコンテナの上に腰を掛けていた少女はその場に集ったセイバー、ランサー、アーチャー、バーサーカーを順に一瞥した後、額に皺を寄せ、うんうん唸りながら唇に人差し指を当てながら思案顔だ。

 だが、あれは敵を見定める為の目というより、何故か目の前の玩具を使ってどのように遊ぶか思案する――あの子供独特な無邪気である故の悪意を見た気がして、セイバーなどは背筋に悪寒が走った程だ。もっとも、それが醸し出す“純粋さ”とは媚を売るような故意を感じる、子供以上に悪意に満ちたモノであったが。

 

「よっとっ、うんうん。健闘ご苦労皆の衆! そのまま私の為に愚かに手札を晒したまえ―――」

 

 場を凍らす様な緊張から一転、別の意味で場を白けさ(こおら)せた少女は周囲の状況を気にせず、我が道を行く様にコンテナから飛び降りて悠々と戦場の中心へと歩いていく。その様は有体に言ってこの場において異質すぎる異物だ。

 

「―――は、流石にふざけ過ぎたかしらね。ああ、そこのお目々がツンツンしてるお兄さんには聞いてないから、ていうか、いつもそんな顔してるの? 疲れない?」

 

 そう、彼女の言に真っ先に噛みつくだろう男が、まさかの睨むだけでの沈黙を示している異常を異様としないでなんとするのか。いや、それどころか彼女が現れるまさにその瞬間までこの戦場を混沌とさせていたバーサーカーでさえ静かに佇んでいる。

 いったいどういう事だと視界を巡らせたセイバーは、その視界に奇妙なモノを捉えた。

 バーサーカーの出現で街灯の光源が全壊したこの場において、唯一の光は頭上に佇む月の光のみだ。そして、淡い光はこうして相対する彼女等の輪郭を朧げだが、把握するには困らない。

 で、あるならば、その少女を中心に四方に伸びる影(・・・・・・・)はいったいなんだと言うのだ。

 繰り返して言う、この場において存在する光は霞む月の光のみだ。

 

「――っ、テメェ……」

 

 途切れ途切れに聞こえる声はランサーのものだ。セイバーとの戦闘が始まってから比較的饒舌だった彼からすればらしさに欠けると捉えても無理はない。

 そして、ここまで出そろえばこの現状の源がなんであるのか、もはや疑いようもない。まさかの6人目の介入者というのも選択肢として無い訳ではないが、したり顔で笑みを絶やさずランサーの前で手を振る少女を見ればそれは考慮しえない。

 

「まあ、いっか。アンタに言っても素直に聞いてくれると思えないし……ねえ、見てるんでしょう? 答えなさいよランサーのマスター」

 

 しかしどういう訳か、場に強制権を強いた彼女は他のサーヴァントに止めを刺すでもなく、この場で姿を隠蔽しているランサーのマスターに呼びかけた。

 

『――小娘風情が、従者の分際で余所とはいえマスターを名指しで指名するのだ……余程の要件であるのだろうな?』

 

「ええ、貴方みたいな小心者の小物なら素直に言う事聞いてくれそうだもの、そう悪い話じゃないわよ?」

 

 姿は見えずともランサーのマスターが歯を噛む様が目に浮かぶ。

 場のその他を一茶無視して、いいや寧ろ会話を投げたその男すらも相手としてみているかも怪しい不遜な言葉、戦場に現れた以上サーヴァントであるのは間違いないのだが、クラスや能力は兎に角置いておくとしても、乱入した彼女がこの場を支配しているのは事実だ。

 

『――っ、それは、まさかこの場に姿を現さない様を指しているのではないだろうな。――だとしたら短慮がすぎるとしか言いようがないな、この完璧な魔術処理を前にして―――』

 

「ああ、此処から北東に500m……ってとこかしら? それも倉庫の内部じゃなくて見晴らしの良い屋根に陣取るあたり、虚栄心の塊みたいな男ねアナタ」

 

『―――話を、聞こうか』

 

 一瞬漏れた息を飲む音はランサーのマスターが零した驚愕を表す。それはつまり、少女の指摘が当てずっぽうに言ったものではなく、男の位置を正確に把握している事の証明だ。その証拠に少女を嘲笑うかの様な対応をもっていた男の声が真剣みを帯びている。

 

「そう難しい話じゃないわ――ランサーをこの場から退かせなさい。貴方ならできる筈よ」

 

 そして少女の声も年相応な陽気さが見られた発音も也を潜めて冷徹さが増す。それはまるで熟練された貫録のある声だったが――確かに、聖杯戦争に召喚される英霊、サーヴァントはその全盛期である姿をもって召喚されるのが原則だ。であれば、少女が見た目通りの年齢であると判断して軽視するのは愚かともいえる。

 その彼女の言葉に対して、ランサーのマスターは―――

 

『フ――フハハハッハっ! 何を言うかと思えばっ、やはり小娘だな程度が知れる! この場において私のサーヴァントを下げろと? 節穴かね君の瞳は、先程まで場を圧倒していた我がランサーを退けるなど、そんな下策に私が乗る筈も無かろうにっ、ましてやそれが敵の言葉に乗せられてなど――このロード・エルメロイを甘く見るでないわ!』

 

 確かにランサーの宝具解放には場の全て、それこそサーヴァントはおろか、此処を監視している他のマスターですら驚愕する事態であり、目を見張るだけの力を秘めていた。あの光景を見たのなら下がらせるという案は取りえない。

 成程、彼の主張も理解できる、そう首を一つ振って肯定の意を形として示した少女はしかし、その目に侮蔑の色を宿していた。

 

「ええ、確かに貴方のランサーは驚異的ね。私でもこうして注意を逸らそうものなら首に喰い付かれかねない程狂犬だし……でもさぁ、やっぱりアナタバカでしょ?」

 

『何っ?』

 

「ランサーは強大、確かにその力の認識は正しいわ。でも、この場には聖杯戦争に参加する7騎のサーヴァントの内、半数以上が集っているのよ? おまけにセイバーとランサー、二人のあれだけ魅力的な戦いを他のマスターが覗き見もしないとは考えられないわ」

 

 少女の言はふざけた風を装っているが、その内容は順序立てるまでも無く正論だ。

 聖杯戦争において真名の秘匿が前提とされ、その秘奥を解放するのなら必殺を誓い、一撃で仕留めるというのが定石。なぜならそれはサーヴァントの名を他に知られないよう情報漏洩を防ぐ為だからだ。無論、宝具を解放するまでなく敵を屠れるのならそれに越した事はない。

 

「ねぇ、ランサーのマスター、仮に、この場の誰かをランサーが仕留められたとしましょうか……そしてその後の聖杯戦争、アナタはどんな采配をもって勝ち抜くというのかしら。ねえミスター・エルメロイ、良ければ聞かせてくださる? 正直、見物よね。手札の内のジョーカ、その二枚を大勢の目に晒して尚勝つ気でいるんですもの―――甘く見てるのはどちらかしらねえ、ボウヤ」

 

 だが、聖杯戦争はそうした甘い考えが通じる戦いではない。

 少女の言うとおり、参加する他のマスター達にサーヴァントの素性を明かすキーを自ら与える行為を良しとするなど、後の戦いを軽んじていると指摘されても反論のしようがないのだ。何しろ聖杯戦争では、如何に強力なサーヴァントを引き当てようと、正体が知れれば相性によって打倒されることもある。その手段を用意される恐れもある。もっと言えば、共闘されて窮地に追い込まれる事態とてあるのだ。

 先程、男は少女の進言を下策と切って捨てたが、このやり取りを聞いてどちらがより短簡であるのか、皆まで聞く必要があろうか。

 

『――クッ―――――この場は、退けランサーっ』

 

 この場での形勢の不利を認めたのか、ランサーのマスター、エルメロイは苦悶の声を漏らし、己が従者に撤退を命令する。

 その言葉に対してランサーが示すのは当然不満の叫びだ。依然と声を張り上げる事が叶わぬ状態ではあるらしいが、大気を焦がす様に明確な怒気までは制限されていない。

 故に、エルメロイがとった行動は、サーヴァントに対する三画の絶対命令権、“令呪”による強制か、はたまた彼らの間に交わされた盟約なのか、外野である者に知る術はないが、奥歯をかみ砕かんばかりに顔を歪めたランサーがその身を透かし始めている事から、どうやら少女の主張が通る破目になったようだ。が、やはりそれでもランサーは不満なのだろう様子を隠しもしない。

 

「クソっが――――女ァっ、覚えたぞその面、次会った時は問答無用で魂も残さず食い殺してやるっ! 精々首を洗っ――」

 

 だが、その恨み節が最後まで発せられることも無くランサーはその姿はおろか気配も霧散させられた。

 最後にはその身に科せられた強制を振り切らんばかりの叫びだったが―――ともかく、これにて状況は大きく動く、事の発端であるランサーの離脱をもってして、その主因である少女の存在を明示した。

 

 

 

「――それで、私たちのコレは何時になったら解いて頂けるのでしょうか?」

 

 そうして埠頭に訪れた静けさを切ったのは、先程のランサーと同じくその体制から微動だにしなかったアーチャーだ。見ればバーサーカーも同様のようで、こちらはその力によるものなのか僅かに身じろぎしている様子が見受けられるが、三者とも変わらず拘束されていたらしい。

 

「ああ――忘れてた。ごめんね~」

 

 動きを拘束されるという窮屈さに対する不満を言葉にしてみただけだったのだろう。まさか少女が素直に解除を応じるとは思わず、徐々に戻る自由に若干の困惑が見られた神父。

 そして、そんな彼等と違い、少女の出現から動きを拘束されていなかった彼女、セイバーは事態の硬直という事実が流動しても背に仮初の主であるアイリスフィールを背に庇ったまま動けない。そう、この場に現れた少女の介入の意図がわからない以上迂闊に動けないのだ。

 

「…………」

 

 背中越しに窺う気配はランサーがその宝具を解放しようとした時に比べれば、幾分か整っているのを感じる。離脱を踏み切るのならこのタイミングが最良なのかもしれない。

 いや、だがしかし―――

 

「あ、いやーね。おねーさん、さっきのツンツン兄さんじゃないけど目がこーんなに尖ってるわよ? 心配しなくても、此処で戦闘行為をするつもりはないわ」

 

 ああ、だがしかし、どの顔で戦闘意思がないなどと宣うのかこの少女は。

 拘束を解除されたのはアーチャーのみ、最初から対象とされていなかったセイバーは兎も角、そもそも交渉の余地が無いと判断したのかバーサーカーは依然と鈍い動きのままだ。

 

「んーコレ? まいったなー一応保険でまだ展開していたいんだけど」

 

 そして何より、無抵抗を謳う少女の足元では彼女等を挑発するように、その枝分かれした影が水面に揺れる水草の様に、ともすれば手を拱く水妖の不気味さを醸し出している。

 ランサーを始めとする三騎のサーヴァントを縫い付けた絡繰り、その詳細はセイバーにとって断言しずらいものがあるが、あの影がその原因であると判断するのはそう難しくない。

 

「保険だと?」

 

「ええ、まだ貴方達にも話したい事があるし」

 

 成程、なかなか理に適った物理的な理論武装だ。

 交渉の席を用意しようと、そもそも席に着くかも怪しいランサーとバーサーカー、交渉に乗ろうと見せつつ相手の転覆誘うように油断ならない風体のアーチャー、主を守る為保守的になっているセイバー。

 彼等を相手取って交渉のカードを切るのにこれほど効果的なプレゼンはないだろう。

 

「この状況で交渉、ですか。失礼ですが、あそこの黒い彼には提案しないのですか?」

 

「ああ、アレ。無理無理、話し合いが通じる相手とも思えないし。あの手のは従者よりも主人を席に引っ張りでもしないとね」

 

 前者二組には退場、沈黙して頂き、二癖ありそうな神父には力による打算を示し、セイバーには退路という救いを演出する。

 場の半数をテーブルにつかせればいいという考えは合理的だが、その了承を疑っていないあたり少女の傲慢ともいえる自信が伺えた。

 

「話を逸らすのはそこまでにしてください……用向きがあるのなら簡潔にお願いします」

 

「せっかちねー余裕のない女はモテないわよ?」

 

 目に見えた挑発に、歯を噛み気を静めるに努めるセイバー。

 目の前の少女といい、アーチャーといい、基本的に二人とも他人を逆なでするのが得意……というより好んでそう振る舞っている様に見える。であれば、その趣向を好むのなら自らその筋書きに乗ってやる必要はない、そう自ら結論付けて息を吐き出す。だが、そんな彼女の一挙動すら少女の琴線に触れる愉悦であるとは、まさか、彼女も思わなかっただろう。

 

「それで、提案というのは?」

 

「ああ、ウンそうそれ。今回の聖杯戦争、私は貴方達に共戦協定を提案しに来たの」

 

「理由を、聞きましょうか」

 

 共戦協定、事が通常の戦争、戦闘行為ならそれもあり得た話であったのかもしれない。だが、この戦いは“聖杯戦争”。たった、7人のマスターによる7騎のサーヴァントを伴う闘争だ。

 仮に共闘により順当に勝ったとしても、待ち受けているのは互いに気心(てふだ)の知れた相手、確かにメリットは大きいが、その分ハイリスクであり、お互いにどこのタイミングで裏切るかと疑心暗鬼に陥ればそもそも協定関係に成り立つ筈もない。

 

「ま、そうね。もうわかってるかもしれないけど、私のクラス“キャスター”はハッキリ言って戦闘向けのクラスじゃないわ。というか、このシステムを考えた人間は頭悪いんじゃないの? 私にしろアサシンにしろ、三騎士を除く4騎のサーヴァントはあまりにバットステータス過ぎるし、バランスなんて度外視、全く、創始者達の悪意が見えるようだわ」

 

 その疑問に対して、少女、キャスターは迷いなく己のクラスを明かす。先ほどの捕縛術といい、場を圧倒した話術といい納得のクラスだ。しかし、真名ではないにしてもクラスは隠せるのなら虚をつく手札にもなる。今回会敵した相手は誰もその点に躊躇しない者が多かったが、どうやら彼女もその例に漏れないらしい。

 

「でも、私はそんなひ弱な魔術師なんてレベルの英霊じゃないわ。確かに前で殴り合えって言うのは嫌いだけど、こうして後方から手を尽くすのは好きだし得意よ? それはまあこうして貴方達も身に染みてわかってくれたと思うけど――――だから、聖杯戦争終盤、私達が勝ち抜くまでの間お互いに協力し合える関係でいたいの、どうかしら、悪い話じゃないでしょ?」

 

 確かに悪い話ではない。

 クラス隠匿の恩恵を逆手に取った説得はある意味で効果的だ。己のクラスは最弱のサーヴァント、こと前面での勝負では貴方達に及ぶべくもないが、サポートなら有能だという。それは裏切られた場合、協力する側にとってメリットが増える様に見える。が―――

 

「ああ――言うまでも無いけど、今あのバーサーカーを止めてるの私だから。今度は本気で貴方達を止めにかかるし、あれの邪魔はしない――むしろ貴方たちのどちらかの足を引っ張るのも面白そうね」

 

 交渉の際にもこうしてジョーカーを必ず脇に控えるキャスター、そんな彼女に隙があるなどと軽視できるはずもない。何しろ示したバーサーカーはまさに鎖に繋がれた狂犬、彼女の魔術(こうそく)が解ければ途端に飛び掛る猛犬となる。更にはそんな強力なサーヴァントを抑えておける彼女を、ひ弱などとそう見るのであればその人物の目は節穴というしかないだろう。

 

 

「―――いいでしょう。この話、お断りさせて頂きます」

 

「へぇ……理由を聞かせてもらってもいいかしら?」

 

「ええ、それが当然というものでしょう。まあ、単純明快、私の主はそれを望まないからです」

 

 だというのに、セイバーの横で簡潔に異を唱えた男には迷いというものが見られない。

 そもそもこの提案を提案として捉えていたのかも怪しい物言いだ。こんな話は戯言に等しいと。

 

「今生にて盟約を交わした我がマスターは真実魔術師然としたお方です。大願である根源への到達、その成就の過程に一手段として策を巡らし、その為にはある程度の犠牲を已む無しとするお方だ―――ですが、彼は決して外道の所業を許さない。その要因、此処まで言えばキャスター、貴女なら解らないはずもないでしょう」

 

「ええ―――よく解ったわ。交渉、決裂ね」

 

 アーチャーとキャスターの間で交わされる事の詳細はセイバーに窺う事は出来ない。が、どういう情報網を持っているのか、今の話だけ聞くとアーチャー側では既にキャスターのマスターか、或いはキャスターの正体に心当たりがあり、今のやり取りだけで確信を得たのだろう。それは、対するキャスターがこの場で初めて見せた腸が煮え繰り返るように表情を見れば把握できる。

 そして、それでもめげない厚かましさ――もとい、逞しさを感じさせる笑みでセイバーに振り替えるキャスター、その表情を見るまでも無く、その先の言葉は予想できるだろう。

 

「で、セイバーは? まさか貴方もそこの木偶神父みたいな――」

 

「いいえキャスター。騎士である私もそれは同じです。主に捧げる聖杯は己の手で掴み取ります」

 

 故に、にべも無く一蹴する。

 もちろん言葉通り、そこにキャスターが信用できるかどうかを加味した訳でもなく、彼女は騎士として他力は請わないと断ったのだ。

 

「……ま、いいわ。もともと協力者が得られれば儲けものくらいに思ってたし、今日は退いてあげる。でもアーチャー――」

 

「はい、私もこの場は退却させていただきます。元々こちら側もこの場での戦闘、それは望むものではありませんでしたし――何より、アレは私がいては収まりますまい」

 

「決まりね」

 

 終始蚊帳の外だったバーサーカーを視線で指したアーチャーに当然という風に頷くキャスター。

 あれが自分達が去った後に大人しく去ってくれる保証はないが、出現とほぼ同時にアーチャーを狙ったのだ。その思惑がマスターのものなのか、サーヴァントのものなのかは不明だが、彼が先に離脱してくれれば目標を失ったバーサーカーが消える算段も上がるというものだろう。

 

「では―――」

 

 そしてこれまた簡潔な言葉と会釈をもってその体を霊体へと変換するアーチャー。その身がこの場を離れるのをサーヴァント独特の気配から察し、残ったキャスターとセイバーは依然と拘束されているバーサーカーを確認する。

 時間にして5分と掛からなかったか、アーチャーが去って行った虚空を睨むようにその雁字搦めな拘束を振りほどこうとしていたバーサーカーは、先程までの抵抗が嘘のように大人しくなり、徐々にその身を透かしていく。

そして――

 

「――?」

 

 その身が完全に霊体になる一瞬の出来事だ。

 マスクを隔てて伺える筈もない視線がその瞬間、セイバーには確かに交差したように見えたのだ。

 

「協力は得られなかったけど、ま――いいわ」

 

 敵の、それも正体もわからない相手の事だ、深く考えるまでも無いかもしれない。

 それよりも今は目の前に残った敵をと、主人を背にした状態を保ちつつ警戒は怠らない。

 

「じゃあねセイバー、精々お互い楽しみましょう。この戦いを――」

 

 そうして今度こそ他のサーヴァントの気配が完全になくなる。

 その事態に張りつめていた緊張の糸をゆっくりと解し、溜めていた息を肺から重いものを取り出すように吐き出す。一日で4騎のサーヴァントと邂逅したのだ。それもいずれも尋常ならざる相手とくれば彼女の心労も無理もない。だが――次の瞬間背後で何かが崩れるような音を耳に拾った。

 

「――! アイリスフィール!?」

 

 寸での所で地面に倒れるのを腕に止めたセイバーは、そのまま簡単に状態を確認する。

 極度の緊張と、その体からランサーの吸魂の影響だろう、魔力がかなり奪われている。

 

「……ごめんなさい。なんだか緊張が解けたら足が震えちゃって、情けないわね」

 

「いえ、そんな事は――っ」

 

 戦闘において後方に控えていたアイリスフィールだが、彼女は戦闘中に治癒や周囲のマスターの探査などその能力を全開にセイバーを補佐していた。あのランサーの魔器に受けた傷がもう塞がり始めている事も考えれば彼女の疲労は当然と言える。

 しかし、こうして容態を窺っていても状態は改善しない。セイバーに自己回復の能力があっても他者を回復する治癒の術を彼女は持ってないのだ。早急に協力者と合流、もしくは隠れ家に移動する必要があるが―――こうなるとこの場に徒歩で向かった事が今更ながら悔やまれる。

 

「立てますか、アイリスフィール。マスターが去ればこの場の結界もやがて霧散します。辛いでしょうがっ」

 

 肩を貸してようやく立った主を支えるセイバー。互いに160にも満たない身長が近い事もあって支えるのには苦労しない――いや、その身の重さは控えめにいって、ややもう片方の方が軽い――

 

「ん゛、んっ」

 

「どうしたのっ、セイバー?」

 

「あ、え、いえ、なんでもありませんっ」

 

 無駄な思考をしたと切り上げる。傍らで我が君が不思議そうな顔をして窺っているが、こればかりは詳細を明かせない。主に乙女の心情的な意味で――いや、別に主従で争う事など詮無い事だとわかっているが……

 

「――あ、見てセイバー」

 

 そうして自問自答に耽っていたセイバーを促すアイリスフィールの呼びかけに、何事かと視線を上げてみれば、その先に一台の車が止まっている。

 この場はランサーのマスターもだいぶ前に去っているだろうが、それを促したキャスターが後の交渉の事まで加味していたのならその手の対策は万全だろう。その彼女が去ってまだそれほど時間も経っていない。一般人はおろか警察機関の類が駆けつけるにはまだ早い筈、となれば、ここに現れるのはこの戦いの関係者に他ならない。

 見知った顔がそのガラスの向こうから窺えた事に肩を貸していたアイリスフィールの安堵がその接点を通して伝わってくる。

 

「……聖杯戦争、どのサーヴァントもそう簡単に勝たせてはくれそうになかったわね」

 

「ええ……」

 

 苛烈であり、獰猛に闘争と血に飢えるた獣の様を見せたランサー。

 突然の介入から不可解な手段で槍兵の一撃を一蹴したアーチャー。

 圧倒的な暴力を誇示し、怨鎖とともに場を蹂躙したバーサーカー。

 周囲を瞬く間に制圧し、その存在を明確に印象付けたキャスター。

 

 いずれも尋常ではないサーヴァント達だ。

 聖杯を得るのなら彼等と戦い、そして勝たなくてはならない。

 そしてまだ見ぬクラスも決して楽観できる相手ではないだろう。

 

「それでも――勝つのは私達よ」

 

「ハイ、次こそは必ずやっ」

 

「期待してるわよ、私達のナイトさん」

 

 気負いするなという様に笑いを交えておどける主の言葉に言い表せない感謝の念を抱き、埠頭に回された車に主を乗せる。

 この勝負、もとより負けられない戦いだったが、それを更に決意を固め、閉めた車のドアを背に戦場痕の真新しい埠頭を今一度視界に収める。

 

 聖杯戦争第一戦、その長い夜はこうして幕を閉じた――――

 

 






 戦闘色が今まで強かったので今回はキャスターさんによる精神的な無双をやってもらおうかとw
 そしてアイリさんだけだったマスターもお二人参加してもらいました――内一人sound onlyですが――なんというか、アイリさんが空気にならないようにするのが結構大変です(苦笑
 あ、追記として。
 作中最後に登場キャラの体重を表現してる描写がありますが、公式だとあれ逆なんですよね。ただ、いくらホムンクルスとはいえ、騎士で戦場駆けていた人間がそれより軽いとは思えずそう措置を取りました。具体的に何㌔なのかは乙女の秘密的な禁則事項なので口が裂けても言えません!!
 察して下さい!(切実


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緞帳
「引割」


 


 

 

 

“冬木市”とは中心を流れる未遠川に大きく二分され、山と海に面した自然豊かな地方都市だ。

 そして二分された片方、旧家を中心に繁栄しその街並みを色濃く残すのを“深山町”、近代的に発展し現在も開発が進むそれを“新都”と呼ばれている。

 そんな冬木の土地は日本でも有数の霊地とされている。この霊格と極東という地に目を付けたのが彼の“アインツベルン”、“始まりの御三家”を担う一角であり、此度の第四次聖杯戦争において“セイバー”のクラスをもって参加している。その他に、件の土地の管理者である“遠坂家”、そして三竦みの形が“聖杯”を招くにあたって理想的と招かれた“マキリ”―後の“間桐家”とあるり、以上の御三家が聖杯戦争の根底を生み出し、現在の7騎のサーヴァンを用いた殺し合いを形作り、今日まで誰も所持者のいない聖杯の所有権を争っていたのだ。

 

 そして此処にも一人―――

 

 御三家に属さない外来の参加者、その一人である彼の神童、“ロード・エルメロイ”が新都に構えた居城で一人、高層のホテルの一室からワイングラスを片手に眼下の街を睥睨していた。

 ホテルでワインを傾けるその姿は通常、優雅さを見る者に思わせるが、彼の表情を見ればその心が雅さとはかけ離れている事を窺わせた。高価と思えるワインも、この時ばかりは彼のささくれ立つ心を静めるには些か荷が勝ちすぎている。

 

 それというのも―――

 

「言い訳があるのなら聞こうか――此度の失態、それに対する申し開きがあるというのなら、だがな」

 

 硝子に映り込んだソファーの上に浅く座るソレに対する怒りが要因した。

 この部屋、高級ホテルの一室を借りているのは目の前のロード・エルメロイ、ケイネスだ。その主人を前にして尚正す事の無い不遜極まりない姿勢は、無礼と糾弾されても申開きのしようもないだろう。だというのに、依然と姿勢を正さない彼、ランサーはこれまた不快な顔をして自身の主を気だるげに見返す。

 

「――とか言われましてもねぇ……そもそも、聖杯戦争におけるサーヴァントの実力を図りたいっつう名目で、俺の“槍”を禁じたのはアンタだろ。それに、だ。令呪の使用にしたって小娘の口車に乗せられた責を俺に弁明しろと言われましてもねぇ」

 

「っ! 貴様どの面下げてそのような―――」

 

 そう、件の撤退に際してケイネスが取った手段は令呪による強制退去。

 その責任はサーヴァントであるお前の身勝手によるところだろうと、思わずその手に持つグラスをランサー目掛けて投げつける程に彼は怒り心頭のご様子。

 だが、そんな彼の投擲を片手で難なく受け止めて見せるランサー。しかも、手首の捻りで加えた遠心力でグラスの中身を雫とて零さないという顔に似合わない芸を披露してみせるというオマケ付きだ。

 

「っと、勘違いするなよ雇い主。舞台を整えるのはアンタの仕事だ、そこに文句は言わねえ。だが矢面は俺に任せるのが契約にあたっての盟約の筈、撤退を命じるのは協定違反だろうが。言ったろ、俺を無理にでも従えたけりゃその令呪でも使えってな――お? 中々イケル酒じゃねえか」

 

 しかもだ、その酒を脇に置くでもなく中身を無遠慮に口に運ぶあたり、彼の辞書に礼儀というものがあるのか怪しいというもの。だが、先程の不遜な口調からしても、彼は一応の敬意は払っているのだ、コレで。恐ろしく分かり辛いが、聖杯戦争を巡るこの時代に呼ばれ中で、このマスターはまだマシな方だというのが彼の認識である。

 もっとも、彼流の誠意がマスターに伝わるかは不明だし、彼の言う協定違反が際立つというのならおそらくこのサーヴァントは主すら切って捨てるだろう。

 

「―っ、だが、あれはどう説明する! 宝具の開帳、もう一段階上の秘奥の解放まで認めた覚えはないぞっ」

 

 度重なるサーヴァントの介入に腹を据えかねていたランサーにとって、やはり撤退の二文字は承服しかねたのだろう。その心情はケイネスとて解る。一対一という尋常の勝負を瞬く間に野蛮極まりない乱痴気騒ぎに変えられたのだ。特にバーサーカーと赤い長髪の少女、あれらに舐められるのが屈辱極まりないというのは程度の違いはあれ、ケイネスとて同じだ。

 だが、それで無許可に宝具を放とうとした事実まで容認できるはずもない。実際は解放間際で少女の乱入により、その全貌が明らかにならず、結果としてランサーが脅威を秘めている事実を周知するに終わったが……

 

「ああアレ、スンマセン俺が悪うございました――いいじゃねぇか、あのまま“闇の賜物”で戦っていようと膠着は崩れ無かっただろうしよ」

 

 論点はそこではないと訴えるケイネスに対して、ランサーの対応は依然として変わらない――というのも、こうして時間を置いて鑑みればみる程あの事態が彼自身不可解だという事に起因する。

 彼風に一言でいうと、『らしくない』のだ。

 戦場で熱くなる、故に宝具を無断解放する暴挙に出る。それは短慮な英霊ならあり得る事態だが、このランサーに本来その手の暴発は不適用だ。彼は自他共に認める激情家だが、己の愉悦、つまり戦闘に関してはとことんシビアな性格だ。宝具、真名解放によるリスクは十二分に承知しているし、戦場ではまず名乗りこそ常道としている彼がその秘匿を従事している点もその証明であろう。

 であれば、尚の事後ろ髪を引かれるのだ。

 なぜ、あの場であそこまで自分は己を律する事が出来なかったのか。何にそれほど湧立ち、据えかねる程憤ったのか、そもそも何にこんなに引かれるのか見当がつかない。

 得体の知れない――それでいて見過ごしてはならぬと深いところで何かが警鐘を鳴らしているのに、それが何か解らず、結果として思考の淀みが憤りとして言葉の端々に表面化してしまうのだ。

 

「それに、結果として宝具自体は伏せられたし、その余波だけでもアレは威嚇くらいにはなったろ」

 

「それは―ッ、私はそういう結果論の話をしている訳では――」

 

 故にそんな過ぎた事を聞かれても困ると面倒くさげにワインを飲み干すランサー。中身はやはり上物だが、愚痴を肴に飲む酒程味の解らない物もない。

 いい加減ここはハッキリと告げるべきかとテーブルにグラスを置いたランサーは主を睨み上げながらそのソファーから腰を上げようとして―――

 

「――そこまでにしておきなさい二人とも」

 

 ――現れた髪色の赤い女性に、口論に水を差すどころか出鼻を挫かれた。

 燃えるような赤髪に反して、冷たい氷を連想させる女帝じみた佇まいの女性。この人物は何を隠そう、隣に立つケイネスの婚約者であり、此度の聖杯戦争の協力者に他ならない。

 

「チッ、もう一人のマスター様か……ぁあ、口うるせえのがまたよぉ――」

 

 ランサーの言葉はぼやきに近いものがあり、傍にいるケイネスでさえ聞き零すレベルだったが――何よりもそう、聞き逃せない単語が耳に入った。ここに現れた女性、その人物を彼は自身のマスターだと言ったのだ。

 これは極めて異常である。聖杯戦争において一人のマスターにおいて従えるサーヴァントは一騎、これは大原則でもなく、膨大な魔力の塊であるサーヴァントの維持、それを二騎でも賄おうとすれば途端に自分の魔力が枯渇する。生命力といってもいい魔力が枯渇すれば――それ自体が命の危機に直結するのは言うまでもないだろう。

 

「ランサー、ケイネスは間違った事を言っていないわ。今回の戦いにおいて、彼は比較的速やかに宝具の開帳を許可している。その上で更なる無断解放は指示の曲解でしかない。限られた戦力で戦場を生き残るのが戦士の条件、じゃなかったのかしら?」

 

 だが、この事態はその逆、一人のサーヴァントに対して二人のマスター異例の事態だ。

 一組の主従に与えられるマスターの証である令呪は三画、そのマスターの選別基準は曖昧だが、8人目のマスターというのは原則存在しえない。誰かが脱落し、その令呪を譲渡、或いは略奪したというのなら話は変わるが。

 

「それに……貴方は私の魔力を糧に現界している。ケイネス程の魔力は生成できなくても、他の主従と違ってマスターに配慮する事無く、ほぼ全力で力を行使する事が可能よ。そのアドバンテージ、まさか二度も説明しなければ理解できないの?」

 

 そう、つまり、この主従達が行った絡繰りはサーヴァントとの変則契約。

 マスターとしての命令権である令呪を持つ者、サーヴァントの現界維持に必要な魔力を提供する側と、本来二つの役割を一人で担う必要のある代償と恩恵を二つに分ける。それにより、令呪を持つマスターは戦闘において自身の魔力をサーヴァントに裂く事無く戦闘に専念する事が可能になる。また、サーヴァントもマスターの余剰を気にすることなく戦闘に集中しやすくなる。

 本来ある筈のルールの曲解、その抜け道を押し通す発想と技量、まさに鬼才と言えるそれは“ロード・エルメロイ”と謳われた彼の神童の名に劣らぬ実力の証明と言えよう。

 

「チ――ガタガタ小理屈ぺら回しやがって―――」

 

 そうして彼女の述べるものは結果であり、出陣に際してランサー自身が零した言葉でもある。それが正論であればあるほど反論のしようなどないが、あまりに舐められるというのも腹に来る。

 少々虫の居所も悪かった事もあり、灸を据えてやるかと立ち上がり――――

 

「そこまでにしておけよランサー」

 

 ―――今度はケイネスの声をもって押し止められた。

 

「その手を収めろ、ソラウは私の擁護をしてくれただけだ。今回の件に関してはお前自身自分の落ち度に自覚しているだろう。物にあたるなとは言わん、だが、彼女に手を上げる事はこのケイネス・エルメロイ・アーチボルト、断じて許さんっ」

 

 ランサーに向けて構えた手にはサーヴァントに対する命令権である“令呪”がある。つまり、彼は自身の婚約者に手を上げるのなら令呪による強制も辞さないと暗に示している。

 ケイネスとソラウの婚約は名家である両家の政略結婚的な意味合いが強いとランサーは見ていた。だから両者の間柄は冷めたものがあるとみていたが―――こうして見せつけられ、ケイネスの情熱に燃えるような目を見る限り、あながち満更でもないのだろう。

 というか、なんだこれは。まるで自分が恋仲を引き裂く悪漢のようではないかと一人ごちるランサー。

 

「……うっぜぇ」

 

 端的にいってやっていられるかと吐き捨てる様にその心情を吐露し、ランサーはその場で霊体化した。

 彼が哨戒と称した戦略的撤退を実行したのは、まあ仕方ないのかもしれない。

 そして、彼が去った部屋で政略で婚約を強いられた二人の内、片割れが顔を赤らめたり、ツンツンして素直じゃなかったりしたとかしないとか、この場から撤退したランサーに知る由もない―――というか知る気も無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場痕の真新しい埠頭――と形容していいかどうか、そこは既に元の様を留めている所を探すのが難しい。勿論、広大な面積を誇る事を踏まえれば50mも離れれば真面な状態を保ってはいるが、その境に立てば非日常的な破壊の爪痕、半歩戻れば静寂な日常。これだけ克明に被害の差が出るのが聖杯戦争だ。もし、戦場が街中だったら、それも深夜でも人が点在しうる新都で火蓋が落とされていたら、そう考えるとぞっとしない。

 

「―――ふー……」

 

 そんな場で一人煙草を吹かす人物はやはり真面な人間ではないと言ってもいいだろう。

 彼、名を“衛宮 切嗣”という魔術師は、もともとフリーの魔術師専門の殺し屋である。そんな彼が偶然この場にいるはずも無く――であれば、そう、彼もこの戦いの関係者に他ならない。

 

「……アイリ達は無事離脱したか――舞弥、ターゲットの現在地は」

 

 “アイリ”というのはおそらく愛称であり、先程この場にいた確たる名を明かしていた者。即ち、“アイリスフィール”の事であると予想される。その撤退を案じているという事は、つまり彼はセイバー側の協力者の一人という事なのだろうか。

 一見して独り言を呟いている様に見えるが、日系人独特の中性的な顔立ちに黒髪黒目の男の耳からコードのようなものが見える。恐らくはもう一人の協力者と通信を取っているのだろう。

 で、あれば、彼らが追うターゲットとは何者なのか。

 サーヴァント、というのは考え辛い。人の脚力、騎馬――現代の車等の移動手段――に頼ったとしても、撤退に専念したサーヴァントの足に追いすがるというのは容易ではない。何しろ霊体化したサーヴァントを察知するする術は魔術師側にはもちえない。同じく霊格であるサーヴァントが彼等の傍にいればあるいは追跡も可能だろうが―――となれば、その協力者が追うターゲットというのは当然、敵性マスターであると予測するのは容易だ。

 

『――ハイ、先程、使い魔からの情報で無事郊外に出た事を確認しています。念の為、使い魔は変わらず付けていますが―――目標は現在新都から未遠川を北上しています……どうやら深山町方面に向かっているようですが』

 

「……上出来だ。最低限の処理をして僕もそちらに向かう。後の事後処理は“監督役”に任せるさ」

 

 そう手早く通信を切った切嗣はざっと辺りを見回して目につく残留物を回収していく。それは例えばランサーが切りつけた構造物の断片やアーチャー、バーサーカーの出現、戦闘時にその発露する魔力を色濃く受けた舗装の破片等がある。

 当たり前だが、戦場跡地というのは情報の宝庫だ。

 キャスターやアサシンといった己の秘術に秀でた者、穏行を生業とする彼等ならそうした証拠も可能な限り伏せるだろうが、苛烈に攻防を繰り広げていたランサーは無論論外として、サーヴァントというのは存在するだけで影響を及ぼしうる神秘の塊、ましてやその力を行使したのならその証拠は残る。

 そしてそれは何も物的なモノばかりではない、残留した魔力というのも立派な証拠だ。何しろ住み着くような長期間潜伏する周辺では気配や魔力というのは色濃く滲み出す。もともと霊地として名高いこの地では魔の色が濃いが、それでもサーヴァントほどの異色の気が見えるならその根城を特定する判断材料にもなる。

 

「フ――こちらも人様のことは言えないか」

 

 もっとも、今回の様な即時撤退が強いられる状況ではセイバー達もその痕跡を抹消する暇などないだろう。そもそも、魔術師というのはこうした火事場泥棒的な地道な作業を軽視する気が強いのも要因だが――そうして彼は苦笑しながらセイバーに用意した剣を収めていた筒と鞘を回収し、アイリスフィールが倒れた時のものだろう、彼女の持ち物と思われる品を回収し、コートのポケットに押し込む。

 筒に鞘を入れて肩に背負い、改めて眺める戦場跡地に目ぼしい痕跡が無い事を確認する。

 袖を振ってその下にある時計を見れば夜明けまであまり時間が無い。魔術師、いや、聖杯戦争の戦闘というのは人目を忍ぶのであれば、当然夜半が好まれる。となればこの時間帯に撤退する以上寄り道というのは考え辛い。つまり、端的にいってこれはチャンスなのだ。

 

「……さあ、鬼が出るか蛇が出るか、拝見といこうか―――6体目のサーヴァント――」

 

 その素性の一部でも判明すれば上々、隠れ家を突き止めたのなら場合によっては即座に叩くと方針を脳内でまとめておく。

 そうして埠頭を早々に去る彼の足取りは、予想されたランサーのマスターが撤退していった方向とは逆方向だった。

 

 

 

 

 サーヴァントは魔術師では追跡不能、その為、この場にその存在を明示されたランサーのマスターが狙われるというのは当然想定されたし、ケイネス自信今夜、ないし近日中に敵が攻めてくるだろうと踏んでいた。

 だがしかし、結果として“魔術師殺し”の異名を持つ切嗣がターゲットにしたのは彼ではなく、戦場にその身を晒す事無く去った6体目のサーヴァントだった。

 その発見は偶然によるところが大きい。もともと、そのサーヴァントもケイネスの確認が目的だったのか、戦場視察のついでに彼を視界にとらえたのか。どちらにせよ、そのサーヴァントは戦場付近にはいたのだ。

 その位置というのが二方向からケイネスと戦場を確認していた切嗣、そしてもう一人の協力者である“久宇 舞弥”の目に留まったのだ。実際、舞弥の位置から死角だったケイネスだが、その場から件のサーヴァントを偶然捉えたのはのは大きい。その場でケイネスを射殺するという手は封じられたが、戦場に姿を現さないサーヴァントの正体を掴めるチャンスというのは天秤が迷う程だった。

 何しろケイネスを殺せばその場で異変を悟られ、場合によっては切嗣たちの存在を知られてしまう。それでは今後の行動に制限ができてしまう。が、この場でまだ誰も知りえない敵の情報を得れるのなら仕切り直しをする価値はある。そして結果として、セイバー達は何とか窮地を切り抜けてくれた――なら、今度は自分達が動く番である。

 だが――ここでもう一度考えてみてほしい。

 常人、それは魔術師であったとしてもサーヴァントを追う行為は不可能に近い、その事実は覆りえないのだ。例え切嗣達が通常の魔術師と違い、銃器機械等を使い、手段を択ばない戦場の手練れであったとしてもだ。

 で、あるならば、此処に追跡を可能にする要因が不可欠になる。

 そう、まずありえないが、サーヴァントが霊体化せずに撤退するという霊格であるサーヴァントの優位性を否定する状態であった場合なら、その追跡の成功率は跳ね上がる。

 まして―――その傍にマスターと思われる人物が付随しているとなれば決定的だ。

 依然として姿を隠す素振りの無いあれは、マスターの安全を確保するまで消える事はないのだから。

 もちろんその人物がマスターでないという確率も少なからずあるだろうが、事前に参加しうるマスターの情報を集めていた切嗣達がその手の読み間違えをする事はない―――いや、7人中1だけ不明なマスターがこの聖杯戦争には存在するが……ともかく、アレは資料で確認もした、マスターでなくとも関係者であるのは間違いない。

 

 

「待たせた、目標は?」

 

「ハイ、当初の進路から変更したのか新都側に大きく東にそれましたが、その後は概ね変更ありません」

 

 新都のビル群の脇の先、影になって人通りも少ないだろう路地に止められていたバンに、周囲を警戒しながら乗り込んだ切嗣はそのまま立ち上がっていた機材を一通りチェックする。

 その車の中に所狭しと押し込められた機械群を見れば、普通の魔術師は卒倒するだろう。

 生来、魔術とは人の手で到達しうる現象の事を言う。例えばライター等がそうだ。切嗣がポケットに忍ばせるそれもお手軽に火種を提供してくれる便利アイテムであり、魔術師がその手の発火現象を起こす事に比べれば遙かに低コストで賄える。

 つまり、歴史的に昔には摩訶不思議な現象も、現代ではその多くを科学的に行使可能な程に迫られているのが現状だ。勿論神秘とされる以上、科学的に証明不能、到達不可能とされる術等はある。その為か、大抵の魔術師は近代的機器の利便性を認めない者が多く、機械音痴ともいえる程その手のモノを考慮しないし嫌う。だからこそ、その道に精通した魔術師である切嗣は魔術師達の思考の外から想定外の一撃を叩き込め、“魔術師殺し”という忌避される異名を付けられるようになったのだ。

 

「……妙だな。舞弥、地図を」

 

 その切嗣が目の前のモニターに点滅する光点を見て違和感を覚える。

 現在の進行方向は新都に戻る道であり、その進路を取るのならわざわざ未遠川を北上する必要もない。寧ろこれでは遠回りであり、戦場を終始静観していた程慎重なものが身を隠す素振りも無いまま進路を変えるというのもおかしな話である。

 であれば、その進路の先には―――

 

「――!?」

 

「切嗣?」

 

 その時彼が見せた驚愕の表情は隣に立つ舞弥ですら見た事が無いものだ。いや、その種の表情が珍しいのではない。彼の戦場で“生”を感じさせるというのが異常だったのだ。

 そしてその視線の先にある地図を見て彼女も悟った。己はなぜこの事実に気付かなかったのかと。

 

「この進路……マダム達の進行方向とほぼ一致します」

 

「ああ、呪術の起動に時間がかかるのか、或いは単なる気まぐれか―――どちらにせよ、これは余計に見過ごせない」

 

 埠頭から離脱したアイリスフィール達を載せた車は既に市街地を抜けて郊外に出るという所だ。

 彼女の仮初の主人であるアイリスフィールは一応、切嗣から運転の手ほどきを受けている――その腕が達者かどうかは兎も角――その彼女も先の戦闘で疲弊している為にハンドルを握らせるのには些か心許無い。それ故、車を操るのは固有スキル“騎乗”を持つセイバーとなる。騎乗とはいえ、現代の乗り物まで乗りこなせるのだから聖杯戦争のシステムとは末恐ろしいものがあるが―――それによってセイバーはまだ現界し続けなくてはならない理由が出来てしまう。

 つまり、“サーヴァントを追跡するのは容易ではない”その例外、霊体化できない状態に彼女達があるという事になる。

 

「どうします? セイバーにこのまま応戦させてみますか?」

 

「そうだな―――いや、セイバー達の現在地を見てくれ舞弥。現状、この位置ならこのまま“城”まで駆け込んだ方が早い。一応彼女等にも追跡の件は知らせた方がいいだろうが、あそこは彼女にとって庭同然の場所だ。防衛に回るのならより守りやすいところを陣取った方がいい」

 

 セイバー達の進行方向、“城”と称されるこちら側の根城、この冬木の地で聖杯戦争に備える為、聖杯戦争が起こった代から建造されたものだ。その魔術防備はそこらの怪魔どころか、魔術師ですら半端なものは城を拝む事すら敵わない。周囲の森一帯を含む土地そのものが要塞と化す居城、それが目の前だというのなら確かに、このまま郊外で戦闘行為に及ぶより勝算は遥かに高い。

 だが――

 

「ですが、敵勢力の速度を見ますと“城”に到着前に会敵される恐れがあります。整備されているとはいえ山道などの足場の悪い戦闘は出来れば避けたほうが」

 

「――ああ、だからこちらから討って出る」

 

 そうして、舞弥が示す懸念に地図を一指しして答える切嗣。

 その指をたどれば敵とアイリスフィール達との予想到達地点、その前に広く開けた空白が地図上に存在する。

 

「―――冬木市民会館、確かにそこなら、今から回り込むにしてもベストな位置です。ですが――」

 

 市民会館は現在開発途中で、当然この時間帯に人気は皆無となる。無論、周囲に密集する住宅群は捨て置けないが、街中を戦場にするとなればかなりの好条件が出そろっている場所といっていい。

 だが、彼はセイバー達はそのまま向かわせると言ったのだ、応戦ではなく。ならば、その途中で抑える以上殿の役目は不可欠――だが、それを容認できない事実が立ちはだかっている。

 

「……ですが、切嗣、こちらにはまだ対サーヴァント戦の備えがありません。現状、サーヴァントに対抗しうるのはセイバーというのが実状です。その彼女もマダムの傍、となれば待ち伏せといっても手に余るのは目に見えています」

 

「ああ、だからサーヴァントには僕がご対面してくる」

 

 対サーヴァント用の用意が無い彼らにとって、唯一対抗できるのはサーヴァントをぶつけるという札を切るしかない。故に令呪というサーヴァントの強制召喚が可能な切嗣が適任というのは理解できる。理解できるが、従者を守って矢面に立つ主人が何処にいるというのだ。

 彼等の方針はこうである。

 “敵勢力に切嗣達の隠匿する為にセイバー達が表舞台を飾り、その背後に出来た隙を捉えて駆逐する”

 ならばこの様な早期に自身の身を晒すのは策を根底から否定する事態であり、そうであるのなら目の前の女兵士、舞弥を足止めに使えばいい。そう抗議する彼女に対し切嗣は首を振って否定した。

 

「……舞弥、僕はこんな序盤で君を捨て駒にする気はない。それに、僕も死に行くつもりはないさ」

 

 ――ああ、だからこの人は卑怯だというのだ。

 

 現状それが最善だと冷静な部分で彼女も理解している。だから、それでも否というのは彼女の中で譲れぬものがある事の所作である。

 精神面で彼を支えるのは妻であるアイリスフィールの領分だ。

 だけど、せめてと思う乙女心、彼女にしては今日は珍しく取り乱してしまったのは、久々に彼と戦場を駆けた興奮からだと自己に言い訳をしておく。

 そもそも彼女はあまり感情の起伏を見せる性質ではない。

 幼い頃に戦場で切嗣に拾われて以来、彼と共に駆けた戦地の記憶が彼女の全てだ。彼がアインツベルンに招かれたその間も彼の指示で世界を渡り歩いた。そこに余計な感情が無かったとは言わない、のではなく言えない。これは秘めるべきもので不要なものだ。

 久宇 舞弥は彼の銃、その理想を体現するための道具で、理解者だ。それだけはアイリスフィールにも劣らないと自負している。

 

「現状、サーヴァントに対抗するにはセイバーが鍵だ。だから君にはアイリ達に連絡をした後直ぐに彼女達と合流してほしい。もし強制召喚という事態になれば途中でアイリが無防備になる……だから状況に合わせて君が彼女を送り届けてくれ」

 

 単身敵に臨むという彼に迷いという感情は見えない。

 もはや止める手段を取ろうにも、戦場における彼は頑なだ。それは濃く、短くもない付合いの舞弥とて承知している。だから彼女は即座に思考を切り替え、全力で彼をサポートする。

 

「じゃあ、行ってくる。舞弥は用心の為にアイリ達に連絡を入れえたら直ぐに彼女達の元に向かってくれ」

 

 結局、最後までこちらの反論を取り合わなかった彼は外を警戒してからドアを開け、近くに用意していたバイクに跨ってすぐさまこの場を離れる。

 現状、バンの方が速力はあるが、敵に回り込むためには速力に伴う小回りも重要になる。テールランプがもう見えなくなった暗い路地裏を一瞥してバンに戻った舞弥は沈黙していたモニターを立ち上げる。そこから切嗣のバイクに取り付けてある発信器から送られてくる信号を確認し、手持ちの端末に周波数を転送して例のサーヴァントとの距離を確認する。切嗣の言うとおり、目的地が市民会館なら予想会敵まで15分も掛からないだろう。

 彼が出てもう3分は経っている事を考えればもう時間が無い。

 この聖杯戦争の為に脳内に叩き込んだ地図に素早くルートを選択し、後部に設置された設備群を後に運転席に移る。

 マフラーとエンジンに細工してあるバンはその稼働音も静かにガソリンを燃焼し、彼女の要望に沿って気持ち早足にアスファルトを駆けて行った。

 

 

 






 ……愛を課題にした筈がどこか歪んだ感じになっちゃったよ獣殿! 
 ランサー陣営のマスター二人が共通の悩み(サーヴァント)のお蔭で生み出される桃色空間な――リア充爆ぜろぉぉおおお!!!
 ん、まあ、ケイネスさん達はサーヴァントが違えば幾分かマシになると思うんだ……それがいいのか悪いのかは今後に!
 そして、謎なサーヴァントさんのおかげで冬木ハイアットホテルは延命、作者なら云百億の負債なんて表現するのも恐ろしくて御免こうむりますよぉ(焦


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「暗転」

 



 

 

 

 “冬木市民会館”後天的に霊地としての格を得た場所だ。此処でいう霊格は“聖杯”を降霊させうる条件を備えたという意味であり、冬木市が有数の霊地とされていてもその儀式に見合う条件を揃えたのは僅か四ヵ所のみである。となれば、それが如何に稀有であるのかは想像に難くない。

 また、近代化と共に尚開発が進む“新都”の開発シンボルともされる場所だけあって周囲は新興住宅に囲まれている。広大な面積を誇り、周囲に期待されている計画ではあるが、流石に住宅地が密集しているだけあってこの時間に工事関係者が作業もしているはずもなく、また、深夜の工事現場は墓地や廃ビルの様に人気の寄り付き辛い場所でもある。

 となればだ、“聖杯戦争”の舞台としてかなりの好条件を有していると言えた。

 

 

 

 まるでこちらを誘うようにその速度を落として揺れる端末上の光点を確認し、市民会館近くに到着した切嗣は乗りつけたバイクを逃走手段確保の為に簡易の魔術で視覚遮断処理を施す。

 改めて確認した端末はすぐそこの工事用の敷居を跨いだ先、こちらの思惑通り建設途中の市民会館を目指して明滅している。こちらの接近には気づいているだろうに、此処までの追跡過程に介入する素振りすらないそれは相手の余裕の表れなのか、単にこちらの罠を突破するだけの自信があるのか。

 どちらにせよ、此処で迷っている時間は無為でしかない。ならと一拍を置いて切り替えた彼はバイクの後部に取り付けられていたケースから、彼の礼装―――というにはあまりに無骨な銃器を取り出す。

 既に周囲の気配探査は終えている。素早く状態を確認して弾倉を取り付け、予備をコートの内に潜める。

 これが彼の礼装、いや、戦場に向かうにあたっての装備だ。

 その徹底して己が培う魔術すら手段の一つとする彼の認識は通常の魔術師とは異色と言っていい程かけ離れている。己のみにならず、血筋、代を渡って継承され、研磨して高め往くのが魔道なら、彼は魔術師とは別モノであるといってもいい。

 そんな彼は装備を一通り確認し終わると間を置かずにその現場へ身を潜めていく。

 この時間になれば街灯と言った明かりもあるのだろうが、工事中であるこの場にそんな気の利いたものはない。事故防止用のコーンとバーを目印に端末を片手確認しつつ慎重に、且つ迅速に移動する。幸い、障害物となるものには困らなかったのでルートの選択は選り取り見取りだ。

 素早く狙撃ポイントを確保した切嗣はその場に身を横たえ、端末を今一度確認して敵の姿が現れるのを待つ。

 そうして件の会館前、開けたそこは月夜の光を受けて光るステージのようでもあり、否が応にも不吉な、囚人に対する断頭台を連想するイメージを持たせる。

 そんな中に現れた無機物とは異なる二つの人影。

 

「―――ごきげんよう。月が綺麗な夜ね」

 

 その内の一人が、まるで出先の何気ない挨拶の様に気安い風に言葉を投掛けてきた。

 その位置から切嗣が潜む場所は只の物陰としてしか目に映らない筈であり、当然物音を響かせるような愚作を晒す彼でもない。だというのに、その人物はスコープ越しに狙いを定める切嗣と視線を合わせてきたのだ。

 この位置を看破する敵は特殊な“目”の様なものを持つのか、或いは何某かの高等な能力を持つとみてもいいだろう。

 つまり隠れている必要性は皆無となれば――彼はその影に潜むのを止め、無抵抗を装う様に両手を頭の高さまで上げながら月明かりにその身を晒す。

 

「…………」

 

 改めて目に映るのは見目麗しい長身の妙齢の女と、その半歩後ろに立つ20代前後と思われる少年だ。隣に立つ女性がその平均より高い身の丈の為か、それより低い彼はその予想される年齢より若く見えてしまっている。

 そして、その少年は切嗣達が聖杯戦争参加にあたって集めた資料の中で見た少年と特徴が一致する。

 名を、“ウェイバー・ベルベット”。

 魔術師達がその魔道を研鑽し、その暴発を抑制、管理する機関、“魔術協会”という自営団体がある。その機関の一角を担う魔術師達の総本山ともされる“時計塔”という組織に席を置いていた若輩の魔術師だ。

 ただし、組織に席を置くと言っても彼の扱いは世間的に言えば学生の様なものであり、彼のケイネス・エルメロイ・アーチボルトの様な高位の魔術師とは比べるべくもない。

 ならなぜ彼の様な人物の資料が切嗣達の目に留まったのか――実は、件のケイネスは時計塔に席を置く、所謂教師の様な立ち位置であり、此度の聖杯戦争参加は周知に知れる事を憚らない気があり――寧ろ自身から広めていた面もある――切嗣達はそんなケイネスの動向には殊更注視していた。

 そんな時である。英霊召喚の触媒となる聖遺物も取寄せ、いざ冬木の地へ赴かんとしていたその身に届いた一つの訃報、肝心の聖遺物が紛失したというのだ。この事件に対するケイネスの怒りは相当だったと聞くが――重要なのはその紛失した時期と時を置かずして身を暗ました一人の人物がいたのだ。

 

「……ウェイバー・ベルベットだな。成程、時計塔での“聖遺物紛失事件”の犯人見たりといったところか」

 

「――っ」

 

 それが目の前の少年―――ウェイバーである。

 彼については他に目につくような事件、評価は特に出てこなかったが、問題の紛失事件と全くの無関係と思えず、念の為に資料は揃えていたが、切嗣達もそれほど重要視していた訳ではない。それだけに、予想外でもあったが―――同時に想定内でもあり、驚異と推察していた相手の正体が判明すればそれは許容範囲内の敵性であるという事。

 

 だが――

 

 それで目の前の女性を軽視していい判断材料にはならない。

 何故なら、今の解釈が正しければ、彼女こそは本来ケイネスが聖杯戦争参加の為に、最初に選定したサーヴァントである可能性があるという事に他ならないからだ。

 見目麗しい女性、ラインの主張が強いタイトな服装に際立つ肢体は男好きしそうな、ある種の造形美を宿した彫刻の様に艶を宿している。が、アレは誘惑するなどという安い表現には収まらない。妖艶な美女然とした風体はそのまま戦闘に基くサーヴァントらしからぬ印象を与えるが、纏う雰囲気は艶とは対極的に剣呑なものだ。その美々しさからさながら毒婦のようと、まるで最初の印象と真逆のイメージを連想させる、そんな怪訝な様を醸し出している。

 

「――だ、だったらどうしたって言うんだ! 聖杯は僕の才能を認めたんだっ、このラい――」

 

 どうやら、年若いマスターはあまり駆け引きには慣れていない様子だ。

 確証もない筈の問いかけに対する竦む様な反応といい、沈黙を耐えきれない性分といい、総じて若さが目立つ。やはり見た目通り、コレは大した障害じゃないのかと切嗣が認識を固めようとして――その主人の前に立つ女従者はその手をかざして主の言の先を押し止めた。

 

「な、ちょ、お前――」

 

「態々ご招待してくれた事、まずは主に代わってお礼を言わせて頂こうかしら」

 

 マスターとして彼なりの理想像というものがあるのだろうか、虚勢を塗りたくる様にして精一杯張った見栄を挫かれたのが、余程慙愧に堪えないという風に自身のサーヴァントに抗議する事でなかった事にしたいのだろう。が、その慌て様から逆効果の様に見えるのは気のせいだろうか。

 対照的に女が落ち着いた言動を保っているだけに、これではどちらがマスターなのか、ともすれば子に対する親の図であるといえよう。

 

「――けど、申し訳ないけど、こちらの事情で今即戦うのは遠慮したいの。もちろん、貴方がこの場で戦えというのなら、話は別だけどね」

 

「戦う気はない、か。進路を変更し、こちらの誘いを知りながら足を向けた敵を前にそれを信じろと?」

 

 その印象に違わず、場を仕切るのは女サーヴァントだ。

 この場所を選定したのはこちら側だし、都合もあるが、その選定を承知で挑んできたの間違いないのだ。戦闘に至っても周辺への隠蔽は容易、その点を考慮しつつそれでも問題ないとして挑んでくる気概、それを含む進路変更といい、棘のない風体と言葉にする穏便な物腰からは受ける側に言葉通りの物受けをしてしまいそうにさせる――やはり、このサーヴァントは危険極まりない。

 

「確かに、勝手な物言いなのは承知しているわ。まあ、周りの被害を考慮しての人気の無い場所の選定にはこちらも同意できるし、貴方が戦闘一辺倒の人間じゃないのはわかったわ。けど、女性の前で凶器を隠したままテーブルに着くのは感心できないわね―――折角の月の下だもの、話をする意思があるというのなら、まずはその服の下に忍ばせた銃を収めてくれないかしら?」

 

「え―――銃!?」

 

 そうして切嗣が機を窺いつつ服に忍ばせていた銃を取るか、袖の下にギミックと共に仕込んだスタングレネードを取るかの僅かな逡巡を巡らせた時、微かな彼の変化を読み取る様に彼の武装を看破して見せた女。その傍で仰天する彼女の主人を見れば、その慧眼が卓越したものだとわかる。

 

「銃って、お前――いくらなんでも相手も魔術師だぞ! そんな近代装備なんて――」

 

「ええ、私もまさかとは思ったけど……生前の性の弊害――この場合恩恵とでもいうのかしらね。有体に言えば鼻が利くのよ。そうでなくても、そんなに火薬の臭いを服に染み込ませていたら、無視する方が難しいんじゃないかしら」

 

 若輩とはいえ、その身は魔術の総本山である“時計塔”で学を研磨していた身だ。その彼の持つ“常識”に照らし合わせれば彼女が述べる事実はひどく歪なものに聞こえたのだろう。いや、真っ当な道の魔道を学んだ者にとって、これが切嗣に抱く印象として正常なのだ。寧ろその事実を受けて尚平然と相手を窺うに留めている女の方が異常である。

 

「――それで、こちらの進路を塞いだのは交渉に来たのかしら? それとも、戦いに来たのかしら?」

 

 語尾に殺気が強みとして一瞬籠った問いかけに思わず固唾を飲む切嗣に対し、それで彼の意を察したのだろう。ひどく残念だという溜息と共に彼女は首を一振りし――その伏せていた顔を上げてこちらに視線を合わせてくる。

 

「―――そう、なら仕方ないわね」

 

「っ!?」

 

 その変化に切嗣が気づいたのは偶然の僥倖――されどそこは既に死地。

 頭上に煌く銀光は鈍い輝きを備えた鋭い刃の存在を明示するが、それを認識できる距離という事は既に回避を許さない。

 人にとって只でさえ頭上は死角であり、会話を投げつつも確りと相手に必殺の機を窺う抜目の無さは目を見張るものがある。

 ともあれ、その一撃を受ける切嗣にとってはその先を志向するなど無為でしかないが―――

 

「……あら、どういう絡繰りかしら」

 

 まさに刹那の出来事、月光に凶刃が瞬いた一瞬の出来事、その結果は女の攻撃が不発に終わるという結果を月の下に明示している。

 相手の把握より己の生存を優先させる場面で冷静に分析など出来るはずもないのは確かだ。が、確かに間違いなく頭上に現れた凶刃は次の刹那に彼を貫いていた筈である。だというのに彼の立ち位置はその着弾点より遙かに離れ、敵と数メートルの距離を離している。

 

「今のはそうそう避けれないように放ったつもりだったのだけれど……」

 

 そう、サーヴァントであれば刹那の攻防というのは何ら不思議ではない。だが、サーヴァントである彼女に切嗣がその手の英傑でないという事実は問うまでもない。なら、今のは只の魔術師である筈の敵の手によって己の必殺を捻じ曲げられたという事になる。

 

「―――気が変わったわ」

 

 故に、此処で初めて構えらしき動作を取った彼女にとってこの一連の攻防は癇に障ったのだろう。

 英霊であるその身の一撃を、見た目通常の魔術師である男によって無きモノにされる。有り得なくは――ない。だが、その卓越した技能、もしくは技巧は危険視してもいいレベルなのは最早疑いようがない。

 邂逅したその瞬間にはまだ彼女も切嗣の事を舐めていただろう。所詮魔道に傾倒した身であろうと、その程度は知れていると。

 

「その奇妙な術といい、武装の選択といい、あなたの様にアサシン染みた人間に戦場を掻き回されるのも、煩わされるのも面倒だもの―――ここでご退場願いましょう」

 

 だが――ふたを開けてみればどうだ。

 先の一撃から見てこの敵は何某等の手段を持っている。それも一目では看破で着ないくらい複雑な何かを――それを見極めるには慎重を重ねる必要があるが、いや、迅速を心がける必要がある聖杯戦争に長期戦というのは本来下策だ。

 何より、思い返すでもなく目の前の男は神秘も持たない一魔術師、ならば如何に摩訶不思議な技を持とうと、此処で潰すのにその程度は何ら障害にもなりますまい。

 そう断じて構えを流動させる彼女の手は虚空を走る。まるで宙に絵をかくような動作だが――その印象を覆す禍々しい気が大気に充満しだした。

 

「抵抗は無意味よ。今度は外さない、文字通り手加減はしないわ――だけどせめて、楽に行けるよう一瞬で送ってあげる」

 

 その背後に濃密な霧が影を色濃くするように顕現していく。

 形を成すように集積していく霧は魔道を収め、戦場を駆け抜けた切嗣をしてめまいがする程――いや、殺意に触れるのが日常の戦火を潜り抜けた彼だからこそ肌で感じられるものがある。

 ―――あの霧は狂気と殺意の塊だ。

 

「くっ――time al―――」

 

 交戦は不可だ。

 敵は間違いなく先程の遊びの様な一撃ではなく、英霊本来が持ちえる攻撃手段で相対してきている。神秘とは常人に理解も及ばない、触れえないからこそ奇跡なのだ。その領域に至らんとするのも魔術師の命題の一つだが、魔術師として異端の切嗣にそれに対抗する攻撃手段は持ちえない。

 故に咄嗟に取れる行動とは令呪による切り札、そして、先程見せた神業めいた回避の秘術。前者は精神の安定を大前提とする為、切嗣がこの場で頼りとしたのは慣れ親しんだ己の術による回避だ。

 その術は主の魔術回路に走る魔力を鋭敏に感じ取り、即座にその体へ変調を及ぼす―――

 

『――――Gedränge(潰しなさい)

 

 対して彼女の行動は霧を集積させた魔技の後に取った行動は単純、一言による思考命令。

 その言に従う影、顕現する人に近い形を保ったそれはその虚無な姿に反して俊敏な動きで距離を詰めにかかる。もし、切嗣がセイバー召喚の為に令呪使用に気を割いていたのなら、事は一瞬で決していただろう。それ程までの速力を誇る一足は場にある筈の無い踏込みによる大気の鳴動を錯覚させる程だ。

 対する切嗣もその技によって何とか距離を開けているが、彼の秘儀はその性質上、連続で使用できないという構造的欠陥を持っている。相手の虚をつく一手としては有効だが、戦闘手段として、それも常時使用するとなれば魔力が枯渇する前に体が熱暴走で内部から焼き切れる。

 故に、この勝負は初めからセイバーを召喚できなかった時点で詰んでいる。

 3回連続しただけで悲鳴を上げる身体に恨めしく思うも迫る凶刃に慈悲というものはまるで感じられない。

 此処までかと切嗣がその敵を目に据えた時――

 

「―――ハァアア!!!」

 

 彼と霧を隔てる様に現れた一条の銀光が迫る凶刃を弾き飛ばした。

 それは清浄という言葉を体現するように青白い透明度のある光を湛えている。この秘術を見間違うはずもない、それを解放する事を躊躇っていた人物は非常時ならば止む無しと迷いの無い表情で霧と、その向こうに佇む敵サーヴァントを睨む。

 

「っ、セイバー! なぜここに」

 

「舞弥から連絡を受け、アイリスフィールの命により単騎で急行しました。一応、無事な様で一安心しました」

 

 そう助勢に来た女従者の姿に驚愕する切嗣に簡潔に答えるセイバー。よりにもよって単騎で来たという事は、彼女達を最後に確認していた地点からここまで疾走して来たという事になる。車等の移動手段でも優に十数分は下らない距離を己の足で踏破するその脚力は英霊の名は伊達ではないという事の証明であり、増援としてこれほど頼もしい者もいないだろう。

 だがしかし、彼女はアイリスフィールの警護をしていたはずだ。それがここにいる以上、現状の彼女は切嗣の懸念通り無防備という事になる。その事に思い至った彼はすぐさまアイリスフィールの安否を尋ねるが―――

 

「彼女は“城”に送り届けました、舞弥も既に合流しているはずです」

 

 自身の伴侶を心配しておいて、その実伴侶、部下の采配によって生きながらえる。男としては情けない限りだが、死んでしまってはこの汚名の返上も、彼女達への感謝も伝えられない。

 まったく、自分は人望に恵まれているのかいないのか、己の、少なくとも平坦ではなかった人生を鑑みてため息を零した切嗣は直ぐに気を切り替える。

 

「それよりもあの霧とサーヴァントは……」

 

 セイバーの言葉にしたがって眺めるその先には、より形を明確にした“霧”がその後ろのマスターとサーヴァントを守る様に漂っている。その姿は先程よりもより人に近い手足を形作っているが――どういう絡繰りか、酷く視界で捉えずらい。簡単に言うとアレは“見えずらい”のだ。

 

「後ろのサーヴァントによる召喚魔の類だろうが――その身に纏うのはステータス、素性隠匿用の魔術、の様なものだろう。本来サーヴァント自体を隠すものだろうが……」

 

「ええ、見えにくいというのは中々に厄介ですね。身の丈はおろか、アレが持つ獲物もわからないとなれば――」

 

 姿形どころかその手に持つ武器すら覆う“霧”は視界情報を悉く妨害する。そこに敵がいる事はわかるが、何を持ち、どれだけの被害が及ぶのかは相対する者が想像と経験による勘で防ぐしかない。幸いその攻撃に移る際の動作や方向程度は判別がつくので、セイバー程剣技という接近戦に精通した英霊なら対処も可能になる。

 

「ですが、あの程度の小細工が全てならこの剣にかけて次は即座に切り伏せます。サーヴァントの大凡のステータスは?」

 

「ステータス全般は君に及ぶべくもない。唯一魔力値が他の能力に比べて飛びぬけている事を見ても、アレは典型的な“宝具が優秀な英霊”と見ていい。つまり――」

 

「宝具を、真名解放させるまでもなく叩き切ると……なら、アレは私が抑えます。切嗣――貴方は敵マスターを」

 

 となれば配役は決まったと切嗣の前で霧を抑えるセイバーを一瞥して敵マスターを視界にとらえる切嗣。そう、ここにきて形勢は一気に振出しに戻っている。

 敵クラス、残るクラスとはつまり騎乗兵(ライダー)だ。

 ライダーは必ずしも武功が優れているという訳ではなく、その宝具も高い機動力を有したもの、或いは強力な宝具を数多く所持するというクラスだ。サーヴァントの宝具が自身のステータス以上に強力というのが例にある以上、即時の決着が望ましい。強力とされる宝具を、なにもその解放まで見守る必要はないのである。

 であればと切嗣達が踏み込もうとするのに対し―――どういう訳か相手側、そのサーヴァントの戦意が霧が晴れる様に霧散していく。

 

「……とんだ邪魔が入ったわね」

 

「な!? ここで退くのかライダー!」

 

 ウェイバーが驚嘆するのも無理はない。そもセイバーの介入直前まで己のサーヴァント、その能力で持って相手を圧倒してたのだ。いくらセイバーの介入があったとはいえ、目の前で敵マスターを脱落させられる機会というのは中々に反故にし難いものがあるのだろう。

 だが、切嗣の考察通り、目の前のサーヴァント、ライダーはやはり冷静だ。言葉としてはしてやられたと言っているが、現状の戦力が思わしくない事を認めている。戦場において指揮を執るものが不利を認められないというのは多々ある事だ。それは目の前のマスター、ウェイバーを見てしてもわかるが、人は不条理に対しては認識が甘くなる。それを即座に勘定できるあたり、このサーヴァントは組敷難い。

 

「マスター、引き際を見極める目も時には重要よ。先の戦場でも同じだけど、この地の敵は相手の内情を探ろうと今は躍起になってるわ。そんな中で戦闘を長引かせようものなら―――どうなるかはわかるでしょう?」

 

「――っ、わ、分かった! この場はお前の言葉に従って退く事にするっ」

 

 ライダーが唱えたのは聖杯戦争における常道だ。それを聞いてウェイバーも己の失策を悟ったのか、顔に冷や汗垂らしながら現状を鑑みても今が何を優先すべきか順序づけたのだろう。

 もしかすると、彼は若輩故に柔軟であり、それ故に魔術師独特の凝り固まった思考というものが薄いのかもしれない。そう切嗣が危惧しかけたが、撤退を決めてからのライダー陣営の行動は速かった。

 

「おいセイバーにアサシン擬きっ! 今回は退いてやるが逃げる訳じゃないからな、次は絶対っボクが勝つ!」

 

 人型の霧は攻撃手段を有するだけあって質量を有するのか、その手と思わしき部分で主であるウェイバーとライダーを抱えて頭上高く飛び退る。その膂力たるや背後の会館をやすやすと飛び越える程であり、やはりアレはライダーが召喚したものであるが、下級の使い魔というレベルは超えている。セイバーの出現に向こうが退いてくれる形となったが、あのまま戦い秘奥を解放されていたら――事態がどちらに転がるかは想像に難い。

 追撃はいいのかと目で問うセイバーに対して首を一つ横に振って否定する。

 向こうが撤退してくれる以上、追う必要性はない。そもそもライダー達との接触もその進行ルートがアイリスフィール達の撤退先に被る危険性があった為に足止めに出たのだ。結果として彼等の追跡は止められ、当初の予定とは違い、秘奥を垣間見るまではいかなくてもその素性は幾らか明らかにできた。いや、流石に宝具の撃合いになればここ等一帯も無事では済まない。そう考えれば無為な戦闘をせずに収められたのだからこれで良しというものだ。

 魔術行使による疲弊をセイバーに悟られないよう二、三確認して彼女には先にアイリスフィール達に合流してもらう事にする。まるで彼女を邪険に扱うような対応だが、それというのも騎士の清廉とした彼女の風体と、戦場の殺し屋であった彼との性の違いからお互いの主張が真反対というのが原因だ。おそらくこの確執はそうやすやすと埋まるものではないだろう。今回であれ、緊急事態という事で即席の共闘紛いの状態を築く破目になったのだが。

 本来のマスターである切嗣が表舞台をアイリスフィールとセイバーに任せるというのは己を単独にして動きやすくするというのもあるが、何よりその精神の摩擦によるところが大きいのかもしれない。

 駆けつけた時の様な紫電を纏う雷速の疾走――という訳ではないが、常人を凌ぐ速度で“城”に待つアイリスフィールの元へと駆ける彼女を見送り、今日邂逅した敵を順に思い浮かべては情報を整理する切嗣は、既に次の戦闘に意識を切り替えていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 冬木市は移住民が多かった為か、その町に新都、深山町に限らず、洋風な街並みを多く見受けられる。その影響か、新都の丘の上には広大な面積を誇る教会が建てられている。

 名を“冬木教会”と呼ばれ、その道に傾倒した者、教会にて祝言を上げる者達から親しまれているが、この教会はもう一つ、そういった街の象徴とは別の顔を持つ、それが件の聖杯戦争、そのルールが逸脱しないよう隠蔽、管理を司る機関の調停を担う“監督”である。

 それには聖杯戦争中の被害の事故処理も含まれており、先のセイバー達が遠慮なく蹂躙した埠頭の隠蔽工作もその“監督”役達の仕事である。また、聖杯戦争中、敗者であるマスターが無用の被害を受けないよう敗北を受け入れたマスターを保護する役割という側面もあるのだが――

 

「――――っ」

 

 そんな教会の中廊下、通常、礼拝に訪れる信者たちですら早々お目にかかれない質素でありながら洗練された内装を苛立たしげな歩調で進む男の影が一人。

 彼こそ七人目のマスターにして、早期に令呪を賜り、此度の聖杯戦争で最初の脱落者とされた男、“言峰 綺礼”である。

 聖杯戦争、そのサーヴァント・マスターが出揃い、いざ決戦の火蓋は落される――そう誰もが思った夜、彼はあろう事か御三家の一角であるとある魔術師の居城を強襲、ものの見事に返り討ちにあって令呪を消費する事無く己のサーヴァントを失ったのだ。

 つまり、その彼が教会にいるという事は己の敗北を受け止めたという事であり、脱落者の席に甘んじたという事に他ならない。通常、脱落したものはその安全を保障する代わりに原則出歩く事に制限がつくが――彼の足取りは明らかに外界を根歩き、そこで起きた出来事にひどく憤っている様を窺わせる。

 既に聖杯戦争に負けた身で何を憤るのか、そう疑問を思わせる風体で教会の一室――おそらく彼に宛がわれた部屋――の扉を開け放ち、彼の趣味なのか奥に陳列した簡易式のワインセラーからその内の一本を取り出した。

 

「おやぁ、いかがなされました?」

 

 そんな時である。

 この場には言峰 綺礼以外の人間は存在しない筈だというのに、愉快気に笑うこの耳に障る声はなんであるのか、姿は見えず、綺礼の趣味なのか必要最低限の物を除いてそこに身を隠すものなどある筈もない。後ろのワインセラーなどが異彩に珍しいだけで、それだけにこの部屋の主は遊びがない性分なのだと見るモノに窺わせる。

 なら何者が――

 

「……アサシンか」

 

 そう問う筈である綺礼本人はまるでその闖入者が既知の者であるのか。殊更驚くでもなく、それが当たり前かという風で、若干の煩わしさを感じさせる様に呼びかけた。

 

「何をしている。お前は公式には“消滅”しているはずのサーヴァントだ。幾らここが不可侵とはいえ、その存在を知らしめる行為は不用心にも程があるぞ」

 

「これは失敬を……いえしかし、私は単に我が主が珍しくも感情を露わにしていると物珍しくて声をかけた次第でありまして」

 

 しかし、これはおかしなやり取りである。目に見えない相手に話しかけている独り言染みた光景がではない、その相手の名前が問題なのだ。

 埠頭でその姿を晒したサーバントは5騎、セイバー、ランサー、アーチャー、バーサーカー、そしてキャスターである。そして先の冬木市民会館にて姿を現したライダーのサーヴァント。これで現在確認されたサーヴァントは6騎となり、現行で存在するサーヴァントの全てである。

 そう、埠頭での乱闘騒ぎが起きる前に脱落している筈の言峰 綺礼とそのサーヴァントを除いて、残るマスターとサーヴァントは6組でなくてはおかしいのである。

 だというのにこの綺礼なる人物は姿無き声に対して“暗殺者(アサシン)”と呼んだのだ。

 有り得ない事態である。その件のアサシンとは消滅したはずのサーヴァントで、その事実は御三家を襲撃するというネームバリューも相まってか他のマスター達も目にしている。あの消滅は紛れもない事実の筈なのである。

 

「―――そう、貴方ともあろうお方が、今日は些か険が立っておいでの様子となれば……」

 

 だというのに、事の次第がおかしくて堪らないと耳につく笑いを控える素振りもなく徐々にその場に像を結ぶ男の姿。

 その身は長身でありながら痩身であり、細くその身から伸びる四肢はどこか蜘蛛を連想させる男だ。病的なまでに白い肌に彫が深いせいで陥没して見える目元、その奥に光る狂気の色を見ても、彼が常人であると断ずるのは難しい。

 であれば、彼は紛う事無きサーヴァントという事になるのだが―――

 

「いや、しかし、件の“死体擬装”といい生前の業がこうも役に立つとは、人生何が待ち受けるのかは分かりませんねぇ……あ、いえ、もちろんマスターである貴方のご助力あっての事、おかげさまで私は動きやすい事この上なく――貴方には感謝していますよ綺礼」

 

 つまり、件の脱落はこの主従の偽装に他ならないという事、アサシンの保有するスキルにその手の工作技術は含まれていないが、暗殺者という意味合い、間諜の英霊というのはその手の能力を持つ者がいても不思議はない。つまりこのサーヴァントは自身のスキル、そして綺礼の何らかの助力によって他のマスター達の目を欺いたのである。

 

「険? 私が?」

 

 アサシンの言葉にこれまでの憤怒はまるで彼の思慮外だったのだろう。ともすれば自分が何に対して憤っているのかも理解しているか怪しい自身のマスターに、これは愉快と笑うサーヴァントは口を閉じる事無く言葉を繋げる。

 

「然り、ご自覚が無いという事は、成程成程、それほどまでの落胆とは―――そうまでして“彼”に合えなかったの事はご不満ですかな?」

 

 傾げる様に尋ねるアサシンの問いの中心である“彼”、それは綺礼自身、問われてみれば確かにと己の中で形が不定形だった憤りが像を得ていく。そう、この感情は期待を裏切られた事による理不尽な怒り、曲がりなりにも聖職者である筈の彼が抱いてはいけない筈の感情だ。

 

「“衛宮 切嗣”、幼い頃より戦地を転々とし、フリーランスの傭兵紛いを生業とした殺し屋……しかし、その裏では魔術師専門の殺し屋として悪名を轟かせていた危険人物――これだけ聞いていると私には彼を危険視する事はあっても別段それほど興味はそそられませんがねぇ」

 

 そう、彼が会えなかったというのはその衛宮 切嗣に他ならない。今夜の乱戦で素性が知れたのはセイバーのマスターであると思われるアインツベルン、そしてランサーのマスター、外部からの参加者であるケイネスである。

 戦場において効率的に戦火を平定、ないしその火種を屠る彼の経歴からすれば素性の知れたマスターを生かしておくとは思えない。ならば、当然今夜あたりにランサー陣営はその居城を襲われるだろうと予想するのは容易い。その居城にしても、件のケイネスは余程己の防備に自信があるのか隠す素振りすら見せなかったが――その場、或いは暗殺に適していると思われる場には彼の影も形もなかったのだ。所謂空振りである。

 しかし、何故綺礼はこうまでして衛宮 切嗣を追い求めるのか、彼の所業、“魔術師殺し”の異名に道徳観念が許さぬと言っているのなら信心らしくもあろう。だが、この男はその手の感情は希薄であった。いや、元来からして“言峰 綺礼”という男は空虚な男だった。

 彼は物心ついたころから世間一般が持ちえる価値観から擦れていた。

 曰く、他者が崇拝する理念に理解が及ばない。

 曰く、誰某の探求に見出す過程に快楽を見いだせない。

 曰く、憩いである筈の娯楽、興じるといった愉悦を感じ得ない。

 彼は一般人が大凡持ちえる価値観から乖離してしまった自分を悔い、恥ずべき者だと断じて己を清く正しくあれと律してきた。

 教会の教義に身を置いているのもその為だ。神の身元で崇高とされる真理に導かれればこの不徳も正されるのではないかと、そんな期待を抱き、また希望を抱き救いを希うのなら信徒として理想の徒で在らんと己に厳しくあったつもりだ。

 だが、現実とは無常であり、此処にこうして魔術師の闘争に身を置いているという事はその身に答えを得る事はなかったという事に他ならない。

 師曰く、聖杯とはより真摯にそれを必要とする者に己が所有権をめぐる闘争に加わる権利を与えるのだという。

 その言葉に従うのなら、権利の証である令呪を与えられた綺礼は聖杯に願うべくする願望というものが存在する筈なのである。だが、生来己が出会う全てに情熱も意欲もそそられない男が願望器たる聖杯に願う欲がなんであるのか、彼自身問いかけたいほどだ。あるいはその答えを得る為に彼は聖杯戦争に参加を決意したのかもしれない。

 そんな折である。師となる男が集めていた敵の資料、その一つに記されていた男の名前が目に留まったのは―――

 

 その資料に記されていた男の情報は、綺礼をもってしてもハッキリと歪だと言わしめるものだった。

 リスクを度外視した戦場と戦場を渡り歩く行為、それも彼が戦地に赴くのは決まってその戦火が苛烈となった場合が多い。それが金銭目的というのならあまりに非効率的だ。そもそも、こなす戦場の数が尋常でなく、その渡来する期間も非常に短い。まるで死地に赴く事を是としているような、自己とリスクの釣合いの取れていないそれはその男が自己利益の為に戦地を転々としていた訳ではないというのが綺礼の印象だ。

 

 ――では何の為に?

 

 考えれば考える程思考の坩堝に嵌っていく。

 試練を求める苛烈な殉教者の如き彼の足跡は綺礼にとって他人事とは思えない、であるのならば、彼も自身の様にその時、何かに迷い絶望していたのではないのか。そう思えてならないのだ。

 

「……だが、彼はある時期を境にその足取りを途絶えさせている」

 

 彼のアインツベルン、その城に招かれて以来、彼の戦地に赴く巡礼は途絶えている。そして、此度の聖杯戦争にて今一度彼は戦場に立つ事を選んだのだ。

 

「つまり――その時きっと彼は、答えを得たのだ」

 

 彼の地で得た何かを、それを掛けるだけの願いを得て聖杯に願うべく望みを遂げる為に。

 ならばそれは言峰 綺礼にとって、是が非でも問い乞わなくてはならない。

 何を求めて戦火を潜り、その果てに何を見て何を得たのかを――

 

「“衛宮 切嗣”あの男を知る事が出来れば、私が求めるモノの形もまた知る事が出来るかもしれない――」

 

 そうして虚空を見つめる男の胸に伝来したのは啓示にも等しい予感めいた何かだ。

 核心には至らない、だけどこの戦争の果てに自身は何かを形作る事が出来るのではないかと、願望にも似た期待は何時しか願いから確信に近い形に昇華されて彼の心中を占めていった。

 

 

 

 






 どうも、お騒がせしつつも5話投稿には間に合いましたtontonです。
 あれですね。構成の練りが甘いと痛感しました。他にも直したい部分はありますけど、しばらくは更新優先で行きたいと思います。前話の直した部分は切嗣の敵に挑む感情描写全般ですね。切嗣が己の身を危険に冒すのなら、やはりそれは誰かの為でなくてはならないと思い改変しました。
 そして今回でサーヴァントは一応すべて紹介が終わりました。一名『俺は?』と抗議する声が聞こえなくもありませんが、あの人は勝ち組ポジらしいので取りあえず封殺しておきます。某ストーキング神様曰く『私が法だ異論は認めん――』といった感じですかねw
 ライダー枠についてはいろいろご意見も予想されますが、他のメンバーを考えた時にこの枠だけ三騎士以外に候補がいないという衝撃……あれで投稿まで踏み切れなかった時期がありました、ええ。ですが、そこは言葉遊び的に頭をひねり、彼女が“■■を駆る”者であるその能力を鑑みて、候補に挙げられるかと愚考した為の配役です。後はウェイバーと組ませた時に無理があまりないかなと考えたのが主因です。
 最後に長くなりますが、執筆中に思い至った小話を一つ――
 作中でアイリ達が“城”と称されるアジトに行く描写が今回は多かったのですが、私の脳内変換で城=グラズヘイムになっていた混沌変換(苦笑 舞弥が案内先を間違うにしても、グラズヘイムはちょっとww 閣下自重出来ないからって城に客を招くのは勘弁してください。女性呼んだらエレ姐さんが烈火でヤバイからマジ勘弁っ(焦


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乱調
「狂言」


 


 

 

 

 聖杯戦争、その願望器たる聖杯を求める魔術師たちの闘争は第一陣から苛烈であり、舞台である街に嵐が過ぎ去る様に爪痕を残していく。無論、依然として渦中にある闘争が嵐のように待てば過ぎるという事はなく、その只中にいる魔術師達がその様な生温い結果を許しはしない。

 また、件の第一戦、埠頭での戦いすら5騎のサーヴァントが集うという例を見ない狂闘、それを演じた彼らが生温い静観を良しとするとは思えない。

 となれば―――

 

「ふぅん……なかなかいい所に居を構えてるじゃない――」

 

 新都、駅開通に伴う発展により、高層のビル群が立ち並ぶ心臓部、その一角に誇る一際大きいビルを向かいのビルから眺める赤い影が一つ。

 気に食わないとその屋上の縁に腰かけていた少女、キャスターは如何なる手段をもってその目を凝らすのか、その先に見るビルの一室、そこがなんであるのかを既に看破しているようだ。

 

「ん――と……結界に燃料タンクが3つ? トラップがチラホラ―――うっげ、ワンちゃん大量じゃない。あんなにぎゅうぎゅうな所に押し込められて可哀相にねー」

 

 軽い口調で列挙しているが、その実要塞といってもいい魔術防備のそれである。

 ホテル一室を魔術要塞に変異させる手腕。それが可能なものなどこの冬木の地に存在する魔術師多しとはいえ限られる。

 御三家においてはそもそも自前の工房があるのだからそんなものを外部に設える必要性はない――つまり、その手の“城”を必要とするのは外来の参加者という事になる。

 よって、それだけの技術を誇り、実物に手を加えて改造、尚且つそれを隠匿するといった裁量を持ち合わせる者、件の主とはすなわち―――

 

「ま、この時代の魔術師にしては頑張った方ってところかしら―――いいわ。思ったより遊べそうじゃない」

 

 思わぬ敵の質に舌なめずりをするキャスター。

 無論、彼女が醸し出す空気が見る者の肌を寒々と撫で付けるのであって、その少女然とした容姿に醜悪な変化はない。彼女自身その手の美観は人一倍気を使う性質であると見るが、彼女のその美的感覚というものが世間一般の美に沿うものであるのかは甚だ疑問だ。その証拠に、その雰囲気は彼のランサーと同じく血と暴虐を好む獣の性であるといえる。

 その印象を肯定するように、もう静観は此処までとその外縁に手を掛けて立ち上がり、彼女はその顔に頭上の月の様に吊り上った笑みを湛え、その身を夜の街に躍らせる。

 一度火蓋が落とされた戦乱の舞台に、安寧とした夜は存在しえない。それを視線の先にいる筈の主従に示教しようという様に、自由落下に囚われる筈の少女は虚空で踊る様に手をかざし、描かれた象が彼女の背に光りを宿して紋様を浮かべていった。

 

 

 

 

 

 

 

 事は切嗣達がライダーとの交戦に移るその最中より前、ケイネスとソラウが醸し出す雰囲気に当てられるようランサーがその場を後にしたその時へと遡る。

 ランサーの前でこそマスターとして悠然と振る舞おうとしていた彼だが、その苛立ちは先の戦いから今しがた繰り広げていた問答にまでを鑑みれば無理からぬもの。それ故に、ケイネスが抱いていた感情は複雑の一言に尽きた。

 此度の聖杯戦争、“彼の時計塔に神童在り”とまで謳われ、名家たるアーチボルト家、その嫡子として彼は恥のない道を歩んできたという自負があった。また、自信その才能を自覚し、降霊術、召喚術、錬金術といった単一ではなく幅広い分野でその才を発揮した彼は彼の時計塔で一級講師を務める程であり、まさにその経歴は輝かしい栄光に満ちていたといえよう。

 そして、その自身の道の集大成として彼が欲したもの、それが“聖杯戦争最初の勝利者”という実績だ。その為に万全を期して挑む――筈が、彼はその初手にて用意した筈の聖遺物を偶然の事故から何者かに奪われるという事態に陥ってしまう。いや、その犯人の目星はついていたが、その容疑者が姿を暗ませた上、件の聖杯戦争に参加する事を踏まえればその時間は限られていた。

 生来の恵まれた道を歩んで来たプライドか、土壇場で余裕なく慌てふためくという事態は彼にとって容認できなかった。となれば、件の犯人捜索に躍起になるより次手としては第二の聖遺物を確保する方が確実であった。もちろん、最善手を逃した以上、それで満足する筈もなく、より良い手をとその技量を示す為、彼は本来主従を繋ぐ呪術、その構成する術の盲点を突き、パスを二つに分けるという変則契約を画策できたのだから、結果としては彼にとって最良手を用意できたといえる。

 もちろん、その召喚に何の問題も無ければ、果たしてこんな苦悩を抱える事もなかったのだろうが。

 

「――ランサーは?」

 

 その変則契約、サーヴァントに魔力を供給する役を担うもう一人のマスター、ケイネスの許嫁であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは、その場にいた筈の彼等の従者がいない事に気付いた。

 

「ぬ? あやつめっ、また勝手に――」

 

 そう、ケイネスの心情を憤慨指せてやまない主因、それは彼のサーヴァントであるランサーだ。

 白髪の吸鬼、埠頭にて禍つ吸魂の杭をもって圧倒的な獣性を見せた猛者であるが、その気性の荒々しさがケイネス達にその手綱を握らせる事を困難とさせていた。

 もし、アレが魔力供給が切られてもしばらくは現界可能な固有スキル、“単独行動”持つアーチャーとして召喚されていたら、考えたくはないがマスターである自分を切り捨てたやもしれないとケイネスは危惧している。

 

「いいの、呼び戻さなくて」

 

「放っておいても構わんさ。奴も自身の現界にマスターの魔力供給が必須なことくらいわかっているだろう」

 

 だが、アレを飼い馴らすというのはケイネス自身半場諦めている―――いや、言い方を変えよう。アレはある程度自由に、束縛を緩くした方がその本領が発揮しやすい。

 先の戦いの様に暴走される事態が何度もあるというのは敵わないが、そこは自身の采配の見せどころだ。

 

「でも―――」

 

「この間にでも敵が攻めてきたら、かね? 心配は無用だよ。何せ――結界24層、魔力炉3器に猟犬代わりの悪霊、魍魎を数十体、無数のトラップに加えて廊下の一部は異界化させている空間もある。フロア一つを貸し切っての完璧な魔術防備……コレを前にして正面から挑む輩など、私たちの顔を拝む事すら敵うまいさ」

 

 誇らしげに、スポットライトを浴びるオペラの役者の様に両手をを広げて誇るそれはしかし、確かに要塞といっても過言ではない防備だ。一つの工房を守るのには些か過設気味ともいえるが、それだけに半端な魔術など触れる事もかなわない。英霊ですら真面な輩は突破に手間取る凶悪さだと自負しているし、そうなればこちらで迎撃を整えるのは容易い。

 そう、自身はお膳立てをする程度でいい。敵を如何に誘い込むか、または相手を選別し、その土俵を侵略するかがランサーとの契約した領分というやつだ。

 本来、従者の為に控える等は彼の矜持が許さぬが――アレがその大言を実現しうる実力を持っているのも事実、なら、舞台を整え、後は高みの見物と考えれば、そう悪くもない。

 

「まあ、しかし、君の言う事にも一理ある―――適当なところで呼び戻すさ」

 

 そう言ってリビングの奥からグラスを二つ、新たに手にして戻ったケイネスは片方をソラウに手渡す。

 前哨戦としては確かに不完全燃焼だが、戦いの後にはこうして一間の息を入れるのも一興だろう。

 ランサーの不在に彼女は少々不安げだが、彼も一人の男、そこは器量を見せねばと紳士然とした所作でエスコートする。

 

 と、そこでようやく険が取れた風に目尻を彼女が緩めた時だ。

 

「やーねぇ、警戒は従者に任せて自分たちは呑気に乳繰り合うとか……どんだけって話よね――」

 

「!?」

 

 この場にある筈のない第三者の介入によって二人の空気が凍る。

 先の彼の言うとおり、この場に第三者の介入というのはありえない。ホテルのフロアを貸し切っている以上、従業員が下の階を通る事はあるだろうが、この階を借りる段階でオーナー及び関係者には一通り暗示を施してある。基本的に此方からアクションを起こさない限り不干渉の筈なのだ。

 

「敵――っ、どこに――」

 

 咄嗟にソラウを庇いながら壁際に移動する。

 150階という高層である以上、上階からの侵入というのは想定しにくい。このフロアを占拠していれば下層から飛び越す手段はないのだから尚更だ。

 そして付近に高層ビルが立ち並ぶ以上窓から窺うのも下策、なら信頼の置ける防備の整った内に信をおいて背を預けるのは道理と言えよう。

 もっとも、それは敵が通常予想される範囲であるという前提が必須だが―――

 

「―――ばあ!」

 

「ひっ!?」

 

「ソラウっ!?」

 

 後ろから聞こえた悲鳴に即座に反応し、彼女を庇いつつ壁から飛び退く。

 ありえない、と脳裏を過る否定を拭えない混乱に囚われそうになるが、聴覚に捉えた悲鳴も、どこか聞き覚えのある嘲笑うような声も聞き違いではない。

 

「――っ、赤髪のサーヴァントっ」

 

「これはランサーじゃなくても呆れるわー……あなたも、あまり慢心してるとそのうち足元掬われちゃうわよ?」

 

 壁際からぬらりと何の障害も感じさせない態で侵入を果たしたのは彼の埠頭における戦闘での最後の乱入者、赤い長髪の少女のサーヴァントだ。

 

「貴様、いったいどうやってここまで、このフロアの魔術防備は完璧だったはずっ」

 

「ああ、アレ? 別に、おかしくもないでしょう。私は魔術のエキスパート、キャスターちゃんよ? 寧ろ“魔術師”のサーヴァントがいる聖杯戦争に挑むっていうのにあの程度の結界で満足されてもね……御三家は例外として、こんな目立つところに居を構える必要があって?」

 

「っ、なるほど……貴様がキャスターか、なら此方が用意した防壁が紙同然だったとしても得心がいく、だが――っ」

 

「ケイネスっ」

 

 戦う風でもなくこちらを侮る様にソファーに腰掛けるキャスター。

 だが、確かにケイネスが魔術師として類い稀な才を誇ろうと、それは現代においての話しである。基本的に神秘の度合い、信仰が薄れていく現代においてその力が上位であろうと過去の時代の魔術とは比べるべくもない差がある。

 ならば、赤髪のキャスターが如何なる時代の魔術師だったのかは不明だが、キャスターとして召喚された以上、まずその魔道はこの時代の理解を超えた領域のものであると踏まえるのは想像に難くない。となれば確かに、その余裕もうかがえるというものだ。

 だが、彼とて時計塔でも筆頭と言われた自負がある。例え秘術において及ぶべくもないとしても、はいそうですかと白旗を上げる無様は取りえない。

 ならばと手元の媒介から周囲に魔力を巡らせ、その信号をキャッチした魔力炉から使役する悪霊たちを呼び寄せる術式を即座に奔らせる。

 

「――っ」

 

 だが、その即座に送られた筈の信号をもってしてもこの部屋に変化はない。キャスターという異物の侵入を許しておきながら、打開の一歩を踏み出せない歯痒さに彼が奥歯を噛むと、その様が愉快だという風にけたたましく笑いあげた目の前のキャスターがその種を明かした。

 

「あ、流石に気付いたかしら? 確かにグチャゴチャしてて面倒だったけど――でもそれだけね。あ、ワンちゃんたちはおいしく頂いたから、ゴチソウサマでしたっと」

 

 要はケイネス達にその異常を察知される事無くこの場を占拠したという事、ケイネス達がいた場所をただ強襲するだけでなく、態々施された防備の悉くを蹂躙して来たというのだ。

 悪霊、魍魎においては食ったという言葉は比喩だろうが、それにしてもこれだけの迅速かつ静穏とこなす技量はやはりキャスターの名は虚言ではない。

 パスを通して周囲を探ると、然程離れていない場所にランサーを発見した。がしかし、目の前に敵がいる状態ではとてもじゃないが間に合わない距離だ。案としては、言葉を弄してキャスターにランサーの接近を悟らせないという手もあるが、相手が“魔術師”のクラスではその交信する手段ですら危ぶまれる。

 ならばそう、取りえる手段は一つしかない。

 意識を右手の甲、そこにある筈のマスターの証である令呪に向ける。そこには既に一画を使用し、残る命令権は2回の行使が限度、当然こんな開始早々に使うのは憚られるが―――この場で切り抜ける手段がない以上迷う贅沢はない。

 

『――令呪をもって命ずる! 速やかにこの場に戻れ、ランサー!』

 

「――へぇ」

 

 故に、キャスターが漏らした感心を思わすそれはケイネスの対応が思いのほか早かった事によるものだ。

 彼女から見てもケイネスの様に虚栄の強い人物なら、例え解っていても使用権の限られた令呪の行使は躊躇うだろうと睨んだのだ。実際は即決に限りなく近いそれは一種の強さを思わせもする。

 そして、令呪とは所謂ハイエンチャントによるブーストに近いものである。ただでさえ強大な神秘である英霊を強化強制するのだ。その用途が束縛や制限でなく強化に近い命令であるのなら、事は限りなく刹那に履行される。

 つまり、如何に彼女が魔術において高位といえども令呪の行使を妨害する事は不可能、となればその前に術者を仕留めるのが常道だが――血を匂わせる気配は彼女が戦意を迸らせるより尚早く戦地に駆けつけてみせた。

 

「――よお雇い主。令呪使ってまで呼び戻すとか余裕ねえじゃねえか」

 

 対峙する彼等の中央、やや主側に像を結んだ白髪の男、ランサーは後ろにいる筈の主人に顔だけ向けて伺うが、その態度に主人を心配するような可愛げがある筈もない。が、声色に拾える様な苛立ちもなかった。

 それもその筈、彼が睨む赤眼、関心はほぼ目の前の女サーヴァントに向けられていたのだから。

 

「説明は不要だろうっ、目の前のコソ泥を今すぐ排除しろ」

 

「オイオイ、呼んでそうそうご挨拶じゃねえか――いや、だがまあ、今回のは幾分マシな要望みたいだし、いいぜノッてやる」

 

 寧ろ速く号令を寄こせと滾る殺意をまるで隠そうともしないランサーは、主への返礼もそこそこに既に臨戦態勢にその体を変異させている。そう、彼の吸魂の魔槍、宝具の解放だ。

 

「よおクソ女、また会ったな。歓迎するぜ」

 

「イ゛――だ! 別にあんたなんかお呼びじゃなかったわよ。どうせならこう、セイバーみたいに見た目が小奇麗なのとか、もっとか弱い美少年風な男の子してる感じの方が―――」

 

 終始人を食ったような態度だったキャスターも、流石にサーヴァントを前にしては同様という訳にはいかない。おどけた口調はそのまま閉口する事無く言葉を吐き出し続けるが、素早く手に魔力を通わせて周囲に方陣を描く。本来接近戦を主体としないサーヴァントである彼女にはこれが戦闘スタイルなのだろう。

 

「ああ、そうかい。そら悪かったな」

 

 よって、両者の戦支度はここに済んだ。なら、もうこれ以上待つ必要もないだろうとクツクツと笑いを漏らすのはランサー、そんな彼の胸に天来するのは歓喜のだ。

 かの戦いにて己の楽しみを悉く邪魔立てした敵、敵、敵、その悉くが気に食わない。だが、何よりも癇に障ったのは目の前の女、最後に己に辛酸を舐めさせたコイツの嘲笑う顔。

 ああそうだ、完膚なきまでに叩き潰して吸い殺すと己が槍に誓ったのだ。その敵は目の前にいて、主の号令は敵の排除――この条件でこれ以上待つ必要性が何処にある?

 己は構える間をくれてやったのだ。なら、ここで―――

 

「―――なんて、下らねぇ戯言なんざ俺の知った事かよオっ!!」

 

 今この瞬間にあの時の誓いを現実にすると叫び散らして飛び掛る。

 彼が構えた鳴動する杭も血を寄こせと自身の主になぞらえる様にその暴食の性を禍々しく滾らせ、触れる大気すら枯死させかねない狂気を撒き散らす。

 

「ヒャッハァー!」

 

 そして飛び掛るランサーの速度はセイバーの雷速とまではいかなくとも、此度召喚された英霊の中でも上位のものといってもいいだろう。加えて、その振り被る腕の膂力は確実に一二を争うものだ。とてもじゃないが“最弱のサーヴァント”ともいわれるキャスターのクラスが正面切って相対できるレベルの戦士ではない。

 

「冗談っ、そんな物騒な歓迎は――願い下げよっ!」

 

 よって、彼女が取る手段も迅速で抜かりがない。

 その挙動、体術に限った戦闘では及ばなくとも、魔道の行使は間違いなく一級品だ。故に下準備にも抜かりがないのだろう。方陣が妖しく光る手を一振りして起こった変化も素早く、彼女の足元はその影を円形状に広げ、その上に立つ彼女を消失させた。

 魔力の残滓どころか気配すらないという事はこの場から撤退した様にも見えるが―――いや、この場の強襲目的、ケイネス達を態々ターゲットにしたその理由は推量れないが、アレがまだ付近にいるのは感じられる。

 そう、サーヴァントであるランサーは同じ霊格である存在を感知できる。となれば数キロ先の探知は不可能だろうと、このビル内程度の移動なら問題なく感じ取る事が出来る。

 

「バカが、臭うんだよ―――ソラ、逃がすかっ、よ!!」

 

 そこかと掌に生えた杭を乱雑に床に打ち付け、続けざまに撃ち出す杭の暴風で立ちはだかる灰色の仕切りを砂と化して自身も追いたてる。

 その実数秒にも満たないやり取りはケイネス達が息を突く暇もなく場を圧巻し、圧壊していった嵐達はこの足元で周囲を殺戮に巻き込む厄災と化しているのだろう。

 大穴を開け、依然破壊音を響かせるそれが遠ざかるのを確認し、再起動を果たしたケイネスは手近な装備で無事なモノを確認していく。

 

「――一先ずアレはランサー任せる。ソラウ、今の内に下の階に、この場で戦闘を続けるとなれば最悪ホテルが倒壊する恐れがあるっ」

 

 アレが嵐ならその後に詰み上がるのは犠牲者と瓦礫の山だ。悠長にこのまま構えていれば150階の高層から自由落下、紐無しバンジーを地でいく破目になるだろう。

 いや、問題の焦点はそこではないのだ。ケイネス達だけならその程度の事態に陥ったとしても身の安全を確保する手段はいくつかある。だが、実際に建物が倒壊、もしくは一部でも崩れるような所を一般観衆に目撃されれば秘匿など困難所ではない、寧ろ二次災害すら起きえる事態となれば、最悪聖杯戦争どころではなくなる恐れもあるのだ。

 

「でも、いくら彼でもそれくらいの配慮は――」

 

「彼奴がその種の程度を弁える理解があればどんなに楽だったかっ」

 

 とてもじゃないがランサーはその手の隠匿に配慮をする性質じゃない。キャスターも、仮にも己を魔術師というのなら多少は勘定してもいいのかもしれないが、彼女にとってここは敵地だ。被る負債と労力を鑑みて、必要最低限とみていいだろう。

 幸い、工房としてフロアを改造する都合上、ホテルの人間には細工をしてあるのだから、それらにテロなり事故なりを虚偽として誘導させれば民間人の退避等は容易だ。無論、効果範囲に対象がいる事が前提なので下層、それも渦中の戦闘をやり過ごしながらとなればその難易度は一筋縄でいかない事は容易に想像できた。

 以上を踏まえ、ケイネスは脳内にホテルの内部構造を広げ、ルートの選別をしながら懐の礼装に手を伸ばす、事態が一刻を争う以上、この場で持ち出せるものは最低限だ、この後の戦いを思うとそれは惜しまれるが―――その誘惑を振り切り、隣にいる彼女を先導しながら自室としていた部屋を慎重に出る。

 そこはキャスターの言うとおり、既に施術した魔術防壁が跡形もなく破壊されており、それでいて物理的破壊は最小限に留められている。改めて聖杯戦争に招かれた英霊達の化け物然とした能力に舌を巻いた彼は一度気を持ち直し、下層へ降りる為に走り出した。

 

 

 






 深夜……間に合った、のかな?
 いえ、まずはお騒がせしました。tontonです。
 今回はーうん、短めです。戦闘描写でランサーさんにヒャッハーさせてたらいい感じに長文になってきた為分割する事に―――どうしてこうなったorz
 いや、戦闘描写の按配ってまだまだですという話なのですが(苦笑
 ともあれ、第一戦から開けて次章の開幕は槍兵vs魔術師で行きます。開幕からキャスターさんノリノリですが、そこに触れる描写がのちのちですねー。ともあれ、今はまず彼彼女等の戦いに一応の決着を付けないといけませんがw



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「振落」

 


 

 

 

 新都にそびえる高層ビル群、その中でも一際高い建造物の一つである“冬木ハイアットホテル”は新都開発初期に建てられた謂わばランドマークの様なものであり、冬木市において最高級の設備とサービスを誇る施設である。

 本来なら観光客や富裕層等の憩いの場としてある筈の建物はしかし、夜明けを前にして轟音響く魔城と化していた。

 最初に起きた大きな振動は地震と錯覚できる程度のものだったが、それが二度三度と続けば誰でも危機感を覚えるだろう。しかもだ、その尋常ならざる震源が地下からではなく、地表高くそびえる建造物からというこの世の地質学を全力で否定する事態ともなれば、周囲の人間だけでなく、その内部に取り残されたものにとって、まさに悪夢であると言えるだろう。

 そして、そんな建物内で起こる暴威の中心、震源では周囲の恐怖然とした空気とは一転、静寂としていた。

 実際は破壊音と男の狂音は鳴りやむ事はない。ではコレのどこが静寂なのか――答えは簡単だ。戦闘、或いは敵の殲滅を望むランサーにとって敵影を追い探すこの追走劇が事の動態である戦時などとは容認できないからである。

 つまり、この夜に襲撃してきた敵、キャスターは――

 

「ハッ―――見え透いてんだよォタコがっ」

 

 仕掛けられた簡易の罠、彼の杭とは違って人を害する事に洗練された細針の乱射を乱雑に、だが全て叩き落として見せるランサー。その腕は何らかの魔術か、彼の自前の能力によるものなのかは不明だが、先の戦いでセイバーに切り落とされた筈の腕が元通りにくっついている。危なげもなく罠を屠るその所作からも、まるで傷を負った身体だという事を感じさせない程に活き活きとしてた。

 対して、キャスターは依然としてホテル内をウロウロと、或いは彼を嘲笑うかのように行く先々にトラップを仕掛けては追い付かれない距離を保って移動している。

 轟音響く戦場ならばそれは喧騒としていて静寂とは程遠いだろう。だが、これは相対するでもないただの解体作業だ。トラップを逐一力技で蹂躙するランサーからしてみれば成程、これは破壊音こそしても戦闘とは尚程遠い。

 その道理に従うのなら、彼にとっては確かにこの程度のやり取りは生ぬるいが為に静寂だ。そして苛立ちが募るだけであるこの追撃と挑発のいたちごっこは余計破壊衝動に駆られるのだろう。それは彼の進む道の後方、轍というのには物騒であり、且つ無残な残骸が彼の憤怒を物語っていた。

 

『あらあらざんねんすごいすごーい。物の見事にこっちの苦労全無視で気持ちのいい壊しっぷりね』

 

「チっ、ふざけやがってクソアマが……」

 

 極めつけはコレである。

 姿は見せず、だが気配は感知でき、且つ追撃できるようギリギリで逃走し、肩透かしを食らわせるようにトラップを待ち構えさせる。仕掛けた彼女もこの程度の罠でランサーを倒せるなどとは考えてはいないだろう。

 先ほどの針や短刀、果ては鋸に石板の落下等、宝具程の神秘を宿してはいなくとも、それ等は魔を感じさせる道具の数々、まず間違いなく“魔術師”のクラス別固有スキル、“道具作成”によるものだろう。総じて殺傷という点で人には有効だろうが、サーヴァントであるランサーを射殺すには如何せん役不足といえる。

 つまり、相手の真意は問うまでもなく、これはキャスターによる揶揄する行為に他ならない。

 

「―――俺に利くかこんなモンがっ!!」

 

 再度飛来する針の群れをランサーはその吸魂の杭でもって弾き、砕き、枯れ落す。

 やはり、これで決まりだろう。

 サーヴァントの宝具は英霊が生前培った武器防具、或いはその在り様が神秘として形を成したものだ。ならば、いくら両者の地力に差があろうと、たかが弾いた程度で砕けるソレ等が宝具である筈はない。

 故に、人を舐めるのも大概にしろと叫び散らすランサーの歩みは益々荒々しくなっていく。

 キャスターが廊下の角に消えるものならその壁を粉砕し、下層に降りようものなら足元を砂と化す大穴に変えて追い立てる。その杭の特性上、彼の前には有機無機問わず障害物というのは存在しないであるが為に、ホテルは刻一刻と廃墟同然に荒れ果てていく。彼がこうしている間にも下ではケイネス達が隠蔽工作に奔走しているのだろうが、このまま崩壊が進むのならいよいよもって外部に異常を悟らせないのは至難となる。

 もちろん、その点が頭にないほど彼も馬鹿ではないが、これだけ人を嘲る敵が目の前にもう一度現れたのだ。ならば、多少の些事など彼の知った事ではない。もとより戦闘に関しては己の領分、戦場に及ぼす害、主に降りかかる負債等は彼にとって埒外だ。

 そして当然、その害を被るのは彼等当事者だけの筈はない――

 

『あらあら、逃げ遅れちゃったのかしら? けど――ハイ残念ご愁傷様』

 

「――!? ま、イ゛ァ―――」

 

『――いただきまぁす』

 

 粉砕機に巻き込まれるゴミ――というには些かに生々しい音と悲鳴が廊下に響く。

 

「ハッ、俺も大概人の事は言えた性質じゃねぇが、イイ趣味してるぜオマエ」

 

 哀れな犠牲者の断末魔は絶叫も許さぬ執行者の術によってこの世から消されていく。そもそも、ランサー達の追走劇は3分や5分の単劇ではないからして、この道中にはエキストラとも言うべき贄が参列している。150階の高層ホテル、それも市内で有数の施設ともなれば、利用者だけでなく要する従業員数も並大抵ではない。だからこそ、そんな弱者(こもの)を一々食い殺す女の徹底された隠滅に理解できないとランサーは関心半分に呆れるのだ。

 

『何よーアンタが目の前にしてもどうせグシャグシャにして汚しちゃうんでしょうが。寧ろ、態々掃除までしてあげてるんだからありがたく思いなさいよね』

 

 そう、彼の溜息に込められた半分の感心とはつまりそれだ。

 もともとキャスターの立場は襲撃者であり、根城であるホテルを襲うのならどうしても一般人との接触は不可避だ。故に、本来ならその手の接触による不都合の対応はランサー側がおうべき負担、であるのに、先行しているためなのか、行く先々で彼女は目撃者を積極的に“消して”いる。

 しかし、感知においては全サーヴァント中アサシンに次いでその手のスキルに適性の高いキャスターが接触を避ける方法などいくらでもある筈なのである。だからこそ、その醜悪さ、悪趣味に後を追うランサーは呆れもするのだ。

 

「吐かせよ戯けが、手前が食溜める言い訳に人を使うんじゃねぇよ」

 

 “英霊”である彼等は、皆戦場での偉業なり悪行を馳せた猛者である。だが、霊体、所謂この世ならざる彼等に成長という生物的利点であるステータスアップは原則存在しない。死という絶対の法則で自身を固定されている以上、この世にサーヴァントとして現界した神秘のそれが限界である。

 そして、なればこそ理の抜け道というのは存在する。

 そう、自身の力の上限が決まっているのなら、その力の源である魔力=生命力を略奪して蓄えるという体力・気力の貯蔵。つまり、キャスターが今まさに目撃者を喰ったというのは比喩ではなく、その魂を糧とする為に捕食したという事になる。

 通常の英霊なら、マスターからの供給で十分まかなえる筈のエネルギーを、余所から蓄える必要があるのかと思うかもしれない。だが、彼女のクラスは“魔術師”なのだ。より高度で殺傷力のある呪術となれば、燃費が比例して嵩張るのは道理である。なら、より相手を効率的に殲滅する為に、より手札を増やす為に、弾薬を充実させるのは戦術的に何らおかしくはないと、つまりはそういう話である。

 

『へぇー……やっぱりアナタってお頭はバカじゃないみたいね。けど、なら解っていて放置するっていうの?』

 

 キャスターの発言はもっともだ。

 彼女の行動はその性格、言動を鑑みて半ば趣味ともいえる嘲りであるのは間違いないが、その裏の目的、大砲の弾薬を態々作り溜めさせる様な行為を知りつつ黙認するのはありえない。仮に戦闘に興じて視野が狭窄する性質というのなら解るが、この男はそのような安い戦士ではない。

 

「ああそうさな。確かに手前は目障りだし、俺の判断は常道じゃねえだろうさ。けどよ、なんで俺がそんな面倒な縛りに従ってやる必要がある?」

 

 キャスターの問いに足を止めて言葉を返す為か、ランサーはその場で初めて足を止める。

 伏せた顔はその表情を窺う事は出来ないが、小刻みに揺れる肩から大凡の色は窺える。この男は恐怖や危惧するといった迷いに類する感情は持ちえないと言っていいだろう。

 

「俺は弱くねぇ、追い立てられる程脆弱でもねぇ。何べんも言わせんじゃねぇよ、わざわざ手前の誘いに乗ってやってんだ。もしよぉ、こんな程度でネタ切れってんなら―――このビルごとテメエを吸い殺すぞっ!!」

 

 瞬間的に濃度を増すその気は大気を喰い裂き、乱射される杭の群れは轟音と共に廊下はおろか、その先々の壁を瞬く間に食い破る。文字通り遠慮など無縁だった彼だ。その殺意の色を増して己が槍に乗せて振るうのなら、その凶状は想像するまでもない。そして煙が晴れるとそこは建物の外、夜の広がる街を展望させる大穴を穿っていた。

 そして、彼が目標を捉えて障害物を取り除いたという事はその先にはつまり――

 

「よぉ……ようやく真面に面ァ拝めたぜ。どうだよコソ泥、眺めが良くなったろ」

 

「――っ、最初の印象通り野蛮ねー。アナタ、求婚しても意中の人には袖に振られるタイプでしょ」

 

「くかっ、いいぜ手前の下らんしゃしゃも今のは見逃してやる――が、ここからは逃がさねぇ」

 

 依然として上昇する彼の戦意の高揚に従う様に、まるで刃をすり合わせるような不快音を響かせる杭の群れが表すその様は血に飢えた獣の唾を呑む様か、喜意の表れか、どちらにせよ、散々手間を取らせてくれた敵が目の前に捉えたのだ。それは彼でなくとも興が乗るだろう。

 

「精々あがけや……必死に逃げる姿で魅せてみろや策を捻り出して止めてみやがれ。滑稽に足掻いてくれればそれだけ粒し甲斐があるってもんだ」

 

 だが、相対するキャスターもここに至って逃げの策から一転する気になったのか、迫る殺意の風を真正面から受け止めて見返すその瞳に宿るのは明確な戦意だった。

 

「――いいわ。なら、お望みどおりにしてあげる。後悔しても知らないんだからっ」

 

 嘲る様に吊上がった笑みは変わらず湛えているが、その表情に加わる色は猟奇的なものだ。

 つまり、弾薬の補充もこれまでと、その十二分に整った弾丸を解き放つべく踊る様に指を走らせ、或いはタクトを振るう指揮者の様に芝居がかった手の振りでもって術を編む。

 それはまず間違いなく――

 

形成(イェッラー)――』

 

 魔術師の宝具の開放に他ならなかった。

 

『――血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)

 

 そして、それは今までセイバーやランサーが見せた武器、或いは凶器の具現といった見た目を劇的に変化させるものではなかった。

 彼女を中心に編まれた魔方陣はその規模を見ても並みの術ではないのは解るが、如何せん先の二人の清廉さ、禍々しさから比べるとどうしても見劣りしてしまう。が、それを見たランサーは感嘆の息を一つ吐く。何故なら、宝具とは何も武器武具が具現されるだけではなく、その身に宿す特殊能力なり超然とした秘技が昇華されたものも存在するからだ。だとしたら、キャスターのそれは明らかに後者、その規模だけで判断すれば足元をすくわれるだろう。

 だが、そうと解っていても尚、ランサーは初撃は譲ってやる見せてみろと余裕を見せながら差し向けた指を数回まげて挑発してみせた。

 そして、それに反応したのか、キャスターが見せた変化は迅速だ。

 体を取り巻く魔方陣とは別に背後に複数の円、そこから飛び出す鋭利な穂先の群れは先程の罠で掃った短刀を思わせるが、そこに宿る魔の密度が今までの比ではない。ならば、秘奥を晒してくれた礼儀だとランサーはその腕を振り被って迎撃の構えをとるが―――

 

「――お?」

 

 突如、どういう絡繰りか、彼の周囲に現れた小規模の魔方陣から幾重もの鎖が飛び出し、彼の四肢からその胴体、巻き付けるとこならばどこだろうと構わないという様に獲物の動きを拘束しにかかる。初めの出現こそ魔的な技だが、出現したソレはどちらかというと蛇を連想させる生物らしさがある。

 

「……面白れぇ、俺を相手に力勝負で来ようってか? 気概は買うがよぉ――手前如きの細腕でっ俺が止められるわけねぇだろうが!!」

 

 だが、この程度かと笑い飛ばすようにしてランサーは己が肉と杭を蠢動させて振り切りにかかる。

 先の通り、彼の膂力は現サーヴァント中上位である。ならば、いかに知力と魔力を凝らした術だろうと、それが力に変換され依存する以上彼の動きは阻害しえない。または埠頭で見せられた純然たる魔術の拘束ならば手間取りもするだろうが、この程度の技ならランサーに対して役不足も甚だしい。

 

「――ええ、でしょうね」

 

 だからこそ、キャスターもこの程度でランサーが止まらない事など承知している。

 もとよりランサーがこちらの出方を嬉々として待っているからこその鎖による拘束術なのだ。例え破られようと、いや、破られれるだろうとその拘束されるという事実を認識するまで彼の意識は意図的に無防備だ。絶対的な強者の自信、余裕は確かにその実力に見合ったものだが、この場ではそれが命取りになる――と、鎖を取り出してから即座に次手を講じていたキャスターはあっさりと彼の暴威を切り捨てる。

 

「っ!?」

 

 そして、その言葉に反応するまでもなく、ランサーは次の瞬間目の前に現れた大車輪に思わず驚愕の念を漏らしてしまう。先程のランサーの杭の弾雨によって仕立てられた蹂躙の道、その直線を更に踏み固める様にして迫る鋼鉄の歯車によって。

 宝具は一体の英霊において単一ではない、が、一つの宝具が宿す能力とは一つに限る。それがより威力を純化させたものであればあるほどその傾向は顕著であり、先のトラップと一線を画していた短刀の様子、こうして巻きつく鎖からも感じられる魔の濃さから二つまでなら予想の範疇だ。だが、新たな攻め手の出現は彼でも一瞬は驚く。

 

「っ、ォオオオオ!!」

 

 もっとも、瞬時に鎖を砕き振り切り、迫る車輪の蹂躙を杭を打込む事によって無理矢理止める彼の力技はやはり出鱈目だった。が、それにしてもこの攻撃はランサーを防御に転じさせるだけの危険を孕んでいると判断させるだけのものであり、それは今までの様に一撃で掃わなかった彼の対応からでも十分窺える。

 そして、やはりというべきか、多少の驚きと手間はかかったが、長身であるランサーの身の丈を優に超えるそれを、彼はそのまま突き立てた腕でもって踏みしめる廊下から浮き上がらせ、杭の魔性を発揮させる。

 奇襲は見事、奇策もいいだろう。だがこの程度で己をやれると思ったのなら興覚めもいいところだと言いたげに、砂に返っていく車輪を興味も失せるとその心に若干の苛立ちを宿してキャスターを睨みつける。

 

「ナメたなァ、俺を……この程度で―――」

 

「――いいえ、この程度なんて私は言った覚えはないわよ」

 

 そして次の瞬間、崩れ廃墟の様に変貌していた筈の廊下、それがランサーの左右のみ頑強な様を示した壁が顕現した。それも、悪質な針の山を生やしてだ。

 ランサーの杭以上に洗練されたその棘達は、磨き上げられたような身を僅かな光源に晒して鈍く輝く。宛ら剣山の様に両脇にそびえたそれら――は、もちろんそのまま鎮座する筈もなく、間を置かずして合の手を合掌する様にランサーに迫る。

 

「クソがっこんな壁如きで!!」

 

 直ぐさま車輪の破片を背後に放り、フリーとなった両手から杭を延長して挟み込むそれらを押し止める。先ほどの鎖も車輪も比較にならない程の力を腕に感じたランサーにも、流石に先程待ち構えた時の様な余裕は薄い。

 

「おーすごいすごい―――だと思ったから、ついでにコレも、よろしく、ねっ」

 

 何をと視線を向ければそこに輝く幾重の鈍色の光。その正体を問うまでもない。先ほどの攻防でキャスターが宝具を開帳して最初に取り出した暗器、短刀がここにきて殺到したのだ。

 二手三手を超えて五重の展開を見せたキャスターの宝具、その様はあきらかに宝具の前提を根底から否定していると言える。加えて、その術中に陥っているランサーも手が塞がり、迫る凶刃と剣山に挟まれた形となる。

 故に、絶体絶命であり、並みのサーヴァントならコレで終いであろう。

 

 

―――そう、並みの英霊ならば。

 

 

「っとに、楽しませてくれんじゃねぇかよォ!!」

 

 彼の咆哮と共に大気の濃度が急激に薄まる。

 彼の杭が宿すのは吸魂の性、その一本一本が禍つ業を孕んだ凶悪さはすでに多くの英霊が知っている。故に、幾ら室内という限定空間だろうと、大気が枯渇しかけるような事態というのは先の戦いでみせた範疇を優に超えていた。なら、それはランサーが新たな宝具を解放したという事なのか、と問われれば否だ。

 狂性の増大、それは単純で明解な変容。

 体のいたる所に制限なくソレを生やすのが彼の杭ならば、だ。その制限の無さを最大限に発揮すればどうなるのか、想像してみてほしい。

 

「うわぁ……やっぱアンタ馬鹿じゃないけど人間やめてるわよ、ソレ」

 

 キャスターが呆れて示した先、そこにいる筈のランサー―――と思わしき針山状の物体。先ほどの壁などかわいく見えるそれは、一見して毬栗の様にも、ハリネズミの様にも思えるが、断じてそんな生易しさも可愛げもない、凶悪な凶器の塊だ。

 

「クッ――ハハ、ェァッハッハッハ!! 悪いな、そいつは俺にとって褒め言葉でしかねぇよ」

 

 杭を身体の奥へと納める様にして人の形に戻っていくランサー。確かに、あの剣山とした姿では視界も悪く、彼が殺気や相手の呼吸を肌で感じれる戦場を生き残った猛者であろうと、あれではそれ以上の攻勢というのは取りずらいのだろう。

 だが、尚も高く哄笑するランサーの身には己が槍で服を突き破られた形跡以外に傷らしきものが無い。つまり今の連撃でさえ彼は無傷という事だ。キャスターも致命傷とまでは思っていないだろうが、せめて手傷くらいはと考えていただろう。

 よって、彼女のターンは此処に終了した。その宝具の開放をもってしても、彼女のそれではランサーを傷付けられないという事実を明確に示している。

 

「ううん、気にする必要はないわ。だって――」

 

 だが、その絶望を味わう筈の少女は有ろう事か破顔して意地の悪い笑みを湛えてすらいる。そう、先程の連撃の際にも見せた、悪戯を成功させた悪餓鬼のような、いや、それよりも遙かに凶悪な笑みを浮かべている。

 

「あ?」

 

「――アナタもう捉まってるんですもの」

 

 その宣言と共に体を襲う窮屈を強いる拘束性、それはランサーにとって忘れようもない、苛立たしい記憶だ。

 

「ハ? っ、お前――!」

 

 魔槍と魔壁の衝突で立ち込めていた埃が晴れるとそこには一条の細く伸びた黒い影。間違いない、あの埠頭で3体のサーヴァントを拘束して見せたキャスターの拘束術だ。

 この拘束の恐ろしいところは身動きどころか声すらも発せないところにある。相手の行動を許さないという一点において、この魔術は徹底して堅固だ。如何にランサーの杭が魔性を誇ろうと、その力は著しく速度を殺されている。さらに、この場に介入される気配もないとくれば彼女が止めを納める必要性はない。

 

「せぇーの……」

 

 まるで遊戯に凝らす掛け声の様に、声高に謳うそれに従って平面だった影があろう事か立体的に敵を捉えにかかる。つまり、ランサーの足を伝い、腰を、肩を、腕を首を絞め巻き付き、より雁字搦めに彼の体を黒く染め上げる。そして、彼の足元に広がる影の水溜りは、先の襲撃でキャスターが見せた魔術と恐ろしく酷似している。

 となれば―――

 

「よいしょおぉっ!」

 

「く、ぉっ、てぇメェええ!!」

 

 彼の絶叫を呑み込む黒い咢。その大口を広げる影に囚われて下層に落されるランサー。

 現状の高さは当初の150にも及ぶ高層から大分下ってきたが、今でさえ50数階といったところ、真面な英霊でも自重でその高さから落ちれば手傷で詰む話ではない。ましてや、今の彼は影にその身を拘束された身、真面以上に窮屈に囚われた状態で無傷というのはありえないだろう。

 

「まあ、それでもアイツしれっと生きてそうだから頭痛いのよねー……だから、念には念を、ってね」

 

 それは如何なる魔術なのか――いや、彼女の周囲の空気は先の影の穴以外に魔力が消費された風ではない。寧ろその纏うマナはどういう訳か先程よりも色濃くなっていく。その様はまるで他に裂いていた余分を切り替えた風である。

 

「――あんなにボコスカ壁も柱もぶち抜いておいて、まさか足場が無事とかありえないでしょ? いやまあ、おかげさまで手間も省けたんだけど」

 

 そうつまり、彼女は襲撃にあたってケイネスが用意したトラップ群を蹂躙しただけではなく、下層に無数の仕掛けを施していたのだ。

 彼女の襲撃にあたっての目的は単純だ、即ち“視察”と“略奪”。

 前者は文字通り敵戦力の分析、およびこの聖杯戦争に臨むにあたってどれだけの用意があるのか、その見極めだ。

 そして略奪、これは敵戦力が保有する武威、或いはサーヴァントそのものを欠損させるという所謂消耗狙いの電撃戦だ。

 これによって最初の獲物となったのがケイネス達である。

 御三家に至っては200年に及ぶ聖杯戦争の先達、その知識も技術も並みを凌駕するとなれば初期の用意が不十分な状態では正直相対するのは避けたい所、よって、彼女が狙うとすればそれは同じ立場である外来の参加者となる。

 そして、先の戦いで姿を暗ましたままだったライダーは除外、目下その捜索は急務だが、現状で即行動に移すには情報不足。

 アサシンに至っては初っ端から自爆してくれたので論外――となれば消去法でランサー陣営がターゲットになるのである。更には埠頭での論破でキャスターがケイネスを組敷くのは容易いと判断したというのもあった。

 

「ま、いい墓標でしょう、ランサー? 手向けに残りの魂は譲ってあげる」

 

 そして仕上げだとその身を空虚に透かせ、振り上げた手による采配で絶叫の後も静寂を保っていた筈の建物が強震しだす。

 それは異常な光景にも見えるだろうが、先程まで嵐に晒されていて尚健在としていたことの方が異常なのだ。元は魔術的な工房でもなく一般的な建造物、故にその施されていた殻を解かれれば中身は崩壊する。もとよりこの襲撃を決めた時点で建物の消滅は視野に入れていたが、思いの外ランサーが派手に立ち回ってくれたので変化は瞬時に起こる。

 

「じゃぁね、瓦礫でペシャンコになっても無事だったらまた会いましょう」

 

 キャスターの消滅と共に揺れていたホテルはとうとうその支えを失い、崩れ落ちていく。

 ランサーの暴威によってその上階はものの見事に虫食いだらけであり、いかにケイネス達が処理に奔走しようと既に倒壊は免れない。唯一の救いは、キャスターの処置が恐ろしく的確だったことだろう。

 まるで爆破解体の様に下層から地下に沈み落ちる様にして内側に崩れていくホテルは、彼女の魔術が正確に要所を壊していたことによるものだ。

 もっとも、その崩れ行く先、地下へと落とされたランサーに降りかかる瓦礫の山は生き埋めにしても凶悪に往き過ぎている。鉄柱鉄骨コンクリ屑の山、既にtという単位も生易しく詰み上がるそれらはたった一つの亡霊(英霊)を屠る為だけに立てられた、彼女曰く墓標だ。

 その供えにくべられた、逃げ遅れた者の魂が昇華していく様は神聖というには惨禍に過ぎており、事の収拾にあたっていたケイネス達も、“監督役”達も、彼等に此度の聖杯戦争の苛烈さを印象付けるには十分すぎる厄災だった。

 

 

 






 やっちまった……結局ホテル倒壊!
 ……まあ、御三家除いておそらく資産豊富で名家な先生さんの所なら何とかしてくれるはずっ! それかキャスターさん側と応相談してください。いや、彼女のらりくらりとうまく逃げそうですがw
 前回ランサーさんいい空気吸っていたので今回はちょい? 自重させてみたり、キャスターさんとはそんなに相性悪くはないと思うんですよ。原作で全然戦いに発展しなかったんですが(苦笑 そこは想像力をフル動員してみました!

 てな感じでお送りしました7話、活動報告でも載せましたが、今週末はちょいと研修旅行に行ってまいりますので次回の更新はおそらく来週の水曜前後になると思われます。ので、そんな形で今後ともよろしくお願いします。



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「欄間」

※グロ注意


 

 

 

 それぞれの戦場が幕を下ろし、戦乱と化した街ももうじき夜明けを迎えるかという頃である。

 冬木市の空でまさに暁に染まり始めようとしている仄暗い空を行く奇怪な影が一つ存在した。

 大凡隠匿が常とする聖杯戦争において、人目が増え始めるこの時間にこのような奇怪な光景を晒す行為は排斥されるべき行為の筈であるが―――件の影に包まれた主従、ウェイバーとライダーはまるで気にする風でもなく空を駆けていた。

 

「なぁ、ライダー……本当にコレ、見えてないんだよな?」

 

 二人を包む巨影、人の形を模したように漂うソレに抱えられていた片割れ、ウェイバーは眼下の街にチラホラと見え出した人を恐恐と覗き見る彼であるが、人目を避けるのが魔術師の常道であるのならその反応こそ正常と言える。

 

「な、なんだよっ」

 

「いえ、別に――ただ、この質問ももう6回目よ? いい加減私の能力を信じてくれてもいいと思うのだけれど」

 

 寧ろ、目の前で苦笑交じりで微笑ましげに主を窺う従者の性根が異端なのだ。

 まるで愛でられている様なこそばゆさと違和感を感じると共に、主人として有るまじき認識だとウェイバーにとっては甚く腹に据えかねる様子だ。

 そしてそんな様も彼女にとっては余程好ましく見えるのか、ライダーはクスリと笑いを漏らし、やはり一言謝罪を述べる。

 

「……別にお前の実力を疑う訳じゃないけど、こんな時間に一体どこに行くっていうんだよ? 僕はまだ行先も聞いてないぞ」

 

 もちろん、ウェイバーもサーヴァントの態度に一々目くじらを立てる程狭量ではないつもりだったが、このサーヴァントの反応は何故か捨て置けないというのが彼の持つ印象だ。

 彼としても撤退の理由には一応の納得はしているが、やはり徒労感は否めない。そもそもあの場で戦わずに滞在場所に戻ったとしたら既に今頃はベットの中だ。異国の地で大魔術の戦争に臨む興奮とサーヴァント召喚の疲労で寝不足も助力するとなれば、それは多少も腹を立てるだろう。

 

「ああ、それはごめんなさい。ちょっと戦力増強にね」

 

「戦力?」

 

「そう。貴方の提案で戦場を様子見に徹したおかげで、ね」

 

 ライダーには何か考えがあるのだろうが、依然として答えを明示しない態度には疑問点というか懐疑心が余計に募ってしまうというもの、が、そんなやり取りを繰り返していればそれなりに時間が経過していたようで、気が付けば冬木市の郊外の一角に影が降下していく。

 

「――山?」

 

 そこは何故こんなところにと魔道を納めたウェイバーにしても余計に疑問が浮かぶ場所だった。

 冬木市は自然豊かな地方都市であり、内陸を山に囲まれている。

 そして本来、山や川といった不動の人の手が入りにくい場所は霊的物質が溜まりやすく、前者は霊脈として、後者は溜り場として昇華されている場合が多く、霊地として位の高い冬木市もその例に漏れない。

 

「いや、確かにここの霊格も相当だけど……何かしらの儀式をするにしても向こうの山の方がいいんじゃないか?」

 

 そう、確かに冬木の地は類稀なる格を有するが、より高位とされる土地のほとんどは御三家、もしくは監督役である“教会”側に抑えられている。例外は後天的に霊脈が吹き溜まりとなった市民会館。そして、ウェイバーの視線の先、山の上に寺を構えた“円蔵山”だ。

 

「確かに、あそこは聖杯戦争について知っていれば――いえ、魔道の知識があれば誰から見ても好立地よ。けど、それだけに周囲の監視は強いわ。多少穏行に類するスキルを持っているとはいえ、今の段階であの場所を陣取るとしたらリスクが高すぎるもの」

 

「ふ、フン。それくらい僕にだって解ってるさっ! ただ、向こうの山から離れるにしても中途半端な距離だと思っただけで――」

 

 言われて気付いたのか、ウェイバーが慌てて捲し立てるが、その様は所謂墓穴を掘る状態である。

 そんな彼に対して、従者としてはこれ以上追及するのもなんだと苦笑を一つ漏らしてライダーは目的地に着地した影を霧散させ、後ろで騒ぐ主が追えるようゆっくりとした速度で歩き出す。

 降り立った山は朝焼けを待つ息吹の静寂さも相まって粛然としている。加えて、もうじき早朝を迎えるとあって山の空気もどこか引き締まっており、見る者に厳かな印象を与えた。

 そんな中を行く身長差の激しい男女の一組、女の方が頭一つ分は高いく、また見目麗しい為に、他人が見ればどこか不似合だという感想を抱くかもしれないが、こんな時間に山中で活動する者は皆無である為に無用の心配と言っていいだろう。

 ――いや、例え動物であったとしても、主従の片割れが醸し出す雰囲気を感じ取れる野性味があれば、まずここには近づく筈がなかった。

 

「――着いたわ。これなら丁度よさそうね」

 

「着いたって……何にもないぞここ?」

 

 そして、そんな一組が山道を外れて歩く事数分、先を歩くライダーが足を止めた先は山の頂上の一角なのか、木もその数を減らして開けた場所だ。

 その散在した樹木も硬い岩場に根を張っている様であるからして、見るからに、ものの見事に余計なモノは何もないという有様である。

 いや、全くをもってなんの目的だと頭を捻るウェイバーに対し、場を見渡して何かを吟味していたライダーがその目に留まったそれに近づき、ウェイバーも慌ててその後に続く。

 

「ねぇマスター、改めて質問するけど、貴方、強化の魔術は得意かしら?」

 

「なっ、バカにするな! そんな初歩の初歩な魔術朝飯前さっ」

 

 そうしてライダーが手を当てた目的のものだろう物体を除き込もうとして、ウェイバーは彼女の質問が余程癇に触れたのか彼女に対して猛然と抗議する。が、それも魔道を納めた魔術師としては甚く真面な反応である。

 件の“強化”の魔術とは魔術を研鑽する上でも初歩中の初歩とされている。その本質は対象を解明し、不足を補う、或いはより高位に高めるといった魔術だ。

 また、元々が完成している物に手を加えるだけに、その構造の解明を見誤れば途端に瓦解させてしまう。故に、初歩ではあるが極める程高等な魔術ではないというのが魔術師の認識である。

 

「そういうつもりじゃなかったのだけれど、気分を害したのならごめんなさい」

 

 その為、ウェイバーは甚く憤然としていたが、返す様に頭を下げたライダーに気を削がれたようで、彼の抗議を表していた手が所在なさげに揺れていた。

 そしてライダーはライダーで、主の気が静まったのを確認すると彼を手招きして目的のものを改めて彼に見せる。

 

「コレを―――して欲しいの、出来るかしら?」

 

「いや、出来るけどそんなもの……第一用意したとしてもそれがなんの役に立つっていうのさ」

 

 密やかに呟かれた声は彼のすぐ傍から落とされたものであり、その顔をまじまじと目にして改めて彼女の容姿に見惚れてしまっていたウェイバーは、一瞬反応に遅れつつも事の内容をすぐさま自分の中で租借した。

 ……租借したが、改めてその内容を鑑みれば奇妙の一言であり、出来るかできないかであれば間違いなく、不足もなく可能である。が、ではなぜそれが必要かと考えれば疑問符が頭上で踊っている。

 

「ふふ、まぁ、それは出来てからのお楽しみという事で―――大丈夫、マスターの力は無駄にはしないから」

 

 そんな主の様子を、ライダーはやはり愛でるような視線で捉え、顔に笑みを浮かべる。

 依然としてその考えは思い至れないウェイバーだったが、この短時間でも彼女の事はそれなりに信用している彼である。

 用途の不明な要求ではあるが――それが自身の力を必要としているのなら是非もない。期待に見合う仕事を見せてやると、彼は袖をまくって体内の魔力回路を駆動させた。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、そこは夜の暗さというより、作られた雰囲気のある冥さに支配されている空間だった。

 具体的には空気が淀んでいる。

 日の、或いは月の光の暖かさも淡さとも無縁の闇が広がっている。

 腐食を思わせる鼻につく臭いなど、大凡生物の営みとは縁遠い場所であると言える。

 そんな場所にだ、まるで解放感に満ちた陽気リズムが響いていた――

 

「――♪」

 

 それは闇色の空間唯一の光源によって色を与えられていた一角で、嬉々とした表情で手を忙しなく動かしている男のものだ。

 顔立ちは日系のそれだが、ブリーチの利かせた頭髪、服装はシャツにジーンズと落ち着いている様に見えるが、着崩した格好に装飾で着飾るその様は今時の若者、といったところだろう。

 だが、そんな普通の若者がこんな普通とかけ離れた場所で、ましてや好奇の表情でいるなど異常以外の何物でない。故に、その忙しなく動く手の先、それが世にある遊びとかけ離れたモノであると想像するのは容易かった。

 

「あ――しんどーぃ、りゅーちゃんお茶出してー」

 

 そんな場所にこれまた珍客、ならぬ乱入者はこれまた場の暗さにそぐわない陽気さと気安さを窺える少女の声だった。

 

「お? 姐さんおっかえりーっと、オーケ、今用意するからっ」

 

 が、言葉の通り両者既知の間柄なのか、少女に呼ばれた彼は作業を中断し、暗い中を危なげなく動き、手に取った液体の入った容器を手渡した。

 

「――ん。ふーっ、ありがとねりゅーちゃん」

 

「いいっていいって。それより見たぜ姐さん! ビルごとペシャンコなんてやる事のスケールが違うってっ」

 

 興奮気味でどこからか取り出された椅子に腰かける少女に詰め寄る青年。

 それに答える少女、キャスターは件のホテル倒壊に至る経緯を反芻しているのか、若干唸るようなポーズを取ってみせる。

 

「いやまぁ、本当はもっとスマートに行きたかったんだけどね。りゅーちゃん的に言うならcool? ってやつ? まあ、あれだけ立派な墓標立ててあげたんだから大人しく召されてほしいんだけどねぇ」

 

「ぷっ、あれが? 墓標? ―――くくっ、イイ! 最高っ、あれだけのビルと人を巻き込んでおいてそれが立った一組の敵を滅ぼす為だけっていうんだから――あぁ、やっぱ魔術ってスゲェよ!」

 

 まるでその場の光景を実際にその目で見た様に語る彼が如何なる術によって詳細を知ったのか、手段はおそらく魔道によるものだろうか。いやしかし、それにしてもキャスターの所業をスゴイの一言で済ますあたり、この青年も参加者の例に漏れず真面ではない。いや、ある意味では誰よりも狂していた。

 

「まあ、それは一先ず置いておきましょ。アレが墓場のゾンビよろしく這い出てくるのならまた埋め戻せばいいんだし――それより、出る前に考え付いたっていうイイ物は出来たのかしら?」

 

「ああ! そうそれそれ! 見てくれよ姐さん俺の渾身の作だっ」

 

 話を変えようとキャスターが尋ねた事、彼女がランサー陣営の拠点を襲撃する前の事だ。

 彼、龍之介もついて行こうとはしていたのだが、いざ出陣という時になって彼が待ったをかけたのである。

 曰く、とても面白い事を思いついたという事で現在彼女等が拠点としているこの地下空間にとどまったのだが、それが何か解っているのかキャスターも喜び勇んで作品とやらをお披露目しようとする龍之介を喜色の表情で見つめる。

 そして、その作品とは――おおよそ非道徳的であり、この世の感性を真向から切り捨てた、醜悪の一言だった。

 一見するとそれは棺桶の様な様をしている。

 それが通常と違う点とは桶の上部、遺体の顔が収まる蓋の部分に人の顔を模した細工が施してあるという点と、何より、死人を納める桶に生き人が二人も納めているという異常だ。

 

「――!! ――っ!」

 

 生の証明か中に拘束されている女達は必死に助けを求める様に叫んでいるが、その口は縫い付けられてでもいるのか、果たして二人の叫びを伝える役を果たせずにいる。

 確かに、棺桶に生きた人が放り込まれればそれは困惑もするだろうが、その声に出来ない叫びは何より真剣みが尋常ではない――が、それもその筈、彼女達の周囲を覆う桶の内面、その様相は木目独特の柔らかさあるそれではなく、無慈悲なまでに肌に冷たさを与える鋼鉄、そして、その命を危地に晒す凶悪な針の群れに囲まれていたのだから。

 

「姐さんから借りた道具、流石に今時じゃお目にかかれない代物だからさぁそれはこうしてお目にかかりたくなるじゃん? でもさ、流石にそのままじゃつまんないだろうから――量を増やしてみました、っとこんな感じ、どう?」

 

「うーん――……残念っ60点!」

 

「うっわ、まじかー姐さん厳しいって」

 

 それを恐怖に染まった目で見る棺桶、鉄の処女(アイアンメイデン)の中に収められた二人の少女にはどのように映ったのか、おそらく同じ人であるなどとは思えないだろう。

 いや、寧ろまるで好みの作品を前にした喧しい観客の様に喋り散らす二人は悪魔の様に見えたとしてもおかしくはない。

 

「――でもさあ、りゅーちゃんなんでこの二人は生きてるの? 折角貸してあげたんだから5人10人はもう試してるって思ってたんだけど」

 

「あーうん。姐さんに無理言って貸してもらったからさ、伝わるかどうかは分かんなかったけどその感動は一緒にあじわいたいっつうか……なんていうの、気持ちの共有? みたいな」

 

「――っ、ああもう。可愛いなコイツめ」

 

 ましてやそんな異常を作り出しておいて、じゃれ合い始めている二人にどんな慈悲を乞えばいいというのだ。

 既に恐怖で心が先に死にかけていた二人に尚も重い絶望が押しかかる。が、身じろぎをすれば途端にその肌を痛みが感覚と共に恐怖を呼び起こし、只の木偶でいる事を許さない。

 本来一人を納め、苦しめる事を目的とした物に人二人を納める。その容量的問題も龍之介の考案で解決し、無理矢理に詰められているだけに逃げ場がない。

 そして――

 

「んじゃ、さっそくお披露目と行きますかっ」

 

「おーっ!」

 

 二人を前に龍之介とキャスターが左右に開かれていた鉄の処女の扉をそれぞれ手にした。

 その主従の顔を見れば慈悲など乞いようもなかった。

 この世のどこに、人の懇願を聞く悪魔がいるのだろうか。

 

「1っ」

 

 なぜ自分が、自分たちがこんな所でこんな目に合っているのか、少女たちには理解できないし、そこを考察する余裕もすでにない。

 

「2の―――」

 

 僅かに動く首を動かして目に移った針付きの扉が軋みを上げる。

 まるで現実味のない光景、もし、これが本当に夢だったらどれだけよかっただろう。

 

「――3!!」

 

 だが、そんな逃避を許さぬ揚々とした掛け声に、とうとうその絶望の扉が動きだした。

 一瞬の間を置いて響く絶望の叫びがあたりに響き渡る。

 雨生 龍之介、世間を恐怖に陥れる連続殺人鬼であり、偶然第4次聖杯戦争に参加する事になった最後のマスター、それが彼だった。

 

 

 






 ……反省はしています。がやはり後悔はしていません。最後のマスターを出す以上入れ無い訳にはいかない表現だったので、あえて描写に踏み切りました。いや、キャスターと龍之介というキャラを理解してもらう上では自分の中ではこれ以上ないと思ったのですが。
 余談ですが、私、キャスターさんが使用する道具の数々の知識保管の為に先週はもっぱらソレ系の具々を調べまわっていたのですが―――もう、お腹一杯で気分悪っ! あれです、作者基本的にチキンハートなんで、もしくは豆腐メンタル(え
 ゴホン!
 えー、そしてライダー陣営は何やら準備を着々と進めております。彼らが用意する“物”がなんであるのか、それは近いうちに明らかになるのでお楽しみに!

 まあ、文章の方は短いですが、これも件の推敲のお蔭ですね。詳しくは活動報告の方で書きますが、元は1万1千とんで16文字ありましたww えらく削れましたハイ。
 それでは、また長くなると申し訳ないので、またです!



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「袖舞台」

 


 

 

 

 冬木市郊外の一角、樹海とも言って過言ではないその場所には一つの都市伝説が存在した。

 

 ――曰く、森の先に魔城を見た、と。

 

 もちろんネットの掲示板程度で騒がれるオカルトの類であり、世間一般にそれ程の知名度も持たない世迷言である。

 考えても見てほしい。

 現代の日本において未開の土地などある筈もなく、太古の様に人知れない秘境などは化学が跋扈する現代において非常識と断じられても致し方ない。

 まして、件の“魔城”となればもはや笑い話である。

 どこを探せば城、それも日本然としてた和城ではなく西洋の巨城を見るというのだと、正気を疑われるレベルなのは当然といえた。

 

 ―――が、物事には歴史、もしくは表舞台に上がらない史実というのは多々ある。

 

 故に、件の魔城が天空に浮かぶ空島の様な夢物語でもなく、寝ぼけ眼が見せた幻城でもないとしたのならだ。結論として、城は森の奥に存在していたのである。

 魔術の秘匿は完全ではない。

 その言葉の通り、ごく稀に感度の鈍い者、言い方を変えれば世間一般の認識からずれる為に魔的な違和感に敏感な“一般人”という者はそう少なくはない。そうした者が日常の些細な違和感、疑問から本来隠匿されている筈である魔の領域へ足を踏み入れるケースは魔術師の世界において多々報告されている。

 だが、そうした報告が世間に漏れださないよう努めるのが彼等魔術師の役割であり、となれば迷い込んだ彼等の足跡ががどういう顛末を迎えるのか、それは異界の主の意向によって様々だが、大抵は記憶を弄られるのが常だ。

 よって、如何に迷い人が生還し、その冒険譚を声を大にして叫ぼうと、そのような処置が施された穴だらけの虚言は世迷言だと世間は断じる。

 これが魔術師の秘匿の生業の一つであり、件の魔城の怪談話もこうした類の業によって流出した断片に過ぎない。

 

 だからそう、魔城は冬木の郊外に確かに存在する。

 そしてその城主、此度の聖杯戦争の参加者、“始まりの御三家”である“アインツベルン”は混沌とした第一線から休息を得る為、関係者ともども一路その城に集う事になったのが昨夜の出来事。

 煌びやかに装飾を施された一室に朝の清廉と整った日の暖かさがゆっくりと満ちていく。

 まだ肌寒い時期の為か夜は窓の外に広がる群生した落葉樹がおどろおどろしさを演出するが、これから春を迎え、新緑を芽生えさせる時期ともなればこの城も青々とした緑の広がる色鮮やかな色彩に彩られるのだろう。

 そう思わせるのは、この季節、アインツベルンの故郷が寒気の強いである風土である為にこの島の風土を少々温かく感じる為か、一室のこれまた豪奢なベットに身を横たえた女性は軽く身じろぎしつつもその表情に起床直前の寝苦しさとは無縁のようだ。

 

「―――アイリスフィール。そろそろ朝食の用意ができたようです。昨夜はお疲れでしょうが――」

 

 と、そんな眠り姫が休息する一室の扉、材に良質な樹種を扱った物なのか耳にいい音を立てて来訪を知らせるそれに続き、後から朝の空気によく通る淀みの無い声が聞こえてくる。

 

「フ、ぁー……ああ、もうこんな時間なのね」

 

 従者の呼びかけに枕に袖を引かれる事無く目を覚ました女性、アイリスフィールは朝の陽気に温まり始めた部屋の空気を胸一杯に一度深呼吸し、ベットから降り立つと気分を切り替えてもう一度部屋を見渡す。

 昨晩、埠頭でのランサーとの一戦から相次ぐ乱入により混沌とした戦場を後にしてみれば、その背後に迫った追撃者の影が一つ。幸い、セイバー本来のマスターにしてアイリスフィールの夫である“衛宮 切嗣”の機転、及びセイバーの尽力によって事なきを得たが――彼女の心中を占めていたのは、少し形の違ったモノらしい。

 

「……そっか、もう行っちゃったのね」

 

 寂しげに呟かれた声はおそらく扉の向こうで律儀に待っていてくれる彼女達の従者には聞こえていないだろう。

 そんな彼女が振返った視線は一人用にしては少々――いや、大分大きなベットを捉えている。

 その上には二人用と思われる寝具が一式。

 片方は今し方アイリスフィールが使っていたものだが、もう片方は綺麗に畳まれている。若干の人肌の暖かさを感じさせるが、その残滓の様な淡さが彼女の胸に余計寂しさを募らせる。

 

「アイリスフィール?」

 

「―――ごめんなさい。直ぐ向うから下で待っててセイバー」

 

 だが、彼女たちは冬木に物見遊山に来た訳ではない。

 魔術師達の闘争、たった一つの奇跡を求めた殺し合いをする為にこの地に訪れたのだ。

 そして、だからこそこの役割はこの地に赴く前から決めていた事、自分も彼も理解して、納得させられて決めた事だと自身に言い聞かせるようにし、気持ちを切り替える様にして部屋に置かれたクローゼットに手を掛ける。

 そうと決まればはやり今は時間が惜しい。

 自分たちの、いや、彼の願いを聖杯に届ける為、この身はあるのだとその誓いを改める様に袖を通して着替える彼女の目には先程まで漂っていた哀愁は欠片も見えず、寧ろ力強い決意を感じさせていた。

 

 

 

 

 

 

 セイバーに呼ばれて城の一室である食堂についたアイリスフィールの朝食は粛々と終わる。

 もともと小食である彼女はその手の量に拘りはないが、食事という人の営みには殊更関心があった。

 彼女風に言うのならその方が“人間らしい”のである。

 元来、聖杯戦争を目的として設計、練成された人造人間(ホムンクルス)である彼女に人が持つ感情は希薄であった為に、“営む”という行為にさして関心はなかった。それよりも己に科せられた命題に忠実であろうとした当時の彼女は彼の“魔術殺し”をもってしても頭を抱えさせる欠陥品であったらしい。

 それが、どういう訳かこうして見た目は人と相違なく過ごしているのだから年月という者は解らない。

 いや、この場合はその“魔術殺し”である衛宮 切嗣との邂逅を経ての変化なのか、それとも一人の妻となり、一児の母となった精神の変調によるものなのか――どちらにせよ、自身の変化を本人が好ましく思っているのだからその点は些細な問題なのだろう。

 

「―――御馳走様」

 

 アイリスフィールの一言を受けてセイバーが食器を静かに下げる。

 その所作の一つ一つを取っても物音を立てる事無く凛としていた。それは一応のマナーを習っていたアイリスフィールの目からしても唸らせるものがある。

 その出自、彼の真名を知る身としては成程とうなずけるが、こうして改めて目にするとそ彼女の育ちの良さが伺えた。

 

「流石、昔の貴族はこの手の作法もお手のモノだったのかしら? 様になってるわよセイバー」

 

「騎士とはいえ、この程度は教養の最低限でしたから―――ですので、褒められてもこれ以上出る物は何もないのであしからず」

 

 アイリスフィールの軽口をこれまた軽く流すセイバーは動きに淀みを見せず、ワゴンに食器を乗せて扉の向こうに下げた後、トレーに茶器一式を乗せて主人の元まで戻ってくる。

 

「あら、私はセイバーの料理は結構好きよ?」

 

「――あなたは、そういう所は意外と意地悪ですよね」

 

 そう、先程の朝食にしても実はセイバーお手製だったりする。

 そして、セイバーの発言の通り、彼女自身自分の料理の腕前が達者ではない事は承知している。

 だからこそ、手放しで褒めるアイリスフィールの楽しそうな笑みと言葉は少々引っかかるものがあったである。

 無論、セイバーもアイリスフィールが冗談でも意地悪で言っているなどとは思ってはいない。が、子供の様に裏の無い笑みを浮かべて微笑まれるとどうも調子が狂う――というより、なんというのか。

 そう、無邪気さに当てられるようでどうにもこそばゆいのだ。

 といっても、それで動きが乱れる程身に沁みついた所作が狂う訳もなく、トレーに乗ったポットの湯に茶葉が程よく染渡ったそれをカップに注ぎ、主の前にすすめる。

 どうやら給仕に関する作法の練度は相当なモノらしく、カップを手に持ったアイリスフィールに配慮して温度も調整されていたようだ。

 

「――ん。やっぱり、紅茶の入れ方も相当だと思うけど―――フフ、分かったわ、これ以上苛めるのはおしまいにしておきましょうか」

 

 本来紅茶というのは熱い湯で抽出する為、それを冷めるのを待ちつつ、その間に会話を楽しむものらしいのだが、アイリスフィールがそこまで堅苦しいものを求めていないだけに、彼女達にはこれでちょうどいいのかもしれない。

 一口含んで味わうアイリスフィールはまたもセイバーのいれたお茶を褒めるが、流石にセイバーが若干恨めしそうな目で行う静かな抗議が利いてきたようである。

 微笑みつつカップをもう一度傾けてソーサーに静かに置いた。

 

「―――それで、今後の方針についてのですが」

 

「ええ、既にこちらは全サーヴァントと邂逅している。第一戦がドローになった以上、これからの出方が肝心、という訳よね?」

 

 湯を冷ますようにカップを置いた事で場の空気の変化、しいては主の心境を推量ったセイバーの進言にアイリスフィールは現状を短くまとめた。

 現状、どのサーヴァントも油断ならず、初手で激闘を演じたランサーは勿論、不可解な術を駆使したアーチャーやキャスターも捨て置けない。不可解さという不気味さなら圧倒的にバーサーカーと、その慎重さから推察し辛いライダーが上がる。

 

「現状、一対一に持ち込めれば勝機は見えますが、この間の様に場が混沌と化せば当初の方針では些か危ういです」

 

「私達が戦場の華となる――よね」

 

「はい……こうなると早々アサシンが脱落したのは行幸でした。アレに掻き回されるのは私も勘弁したいですね」

 

 互いに霊格を認識できるサーバント同士でもその感知を逃れる技能的例害所持者、つまり“暗殺者”の英霊であるアサシンはその固有スキル“気配遮断”により、魔術師はおろか英霊ですらその穏行に徹した彼等を察知するのは容易ではない。

 もちろん、逃げ、間諜に徹されれば厄介だが、攻撃に転じる際には気配遮断のスキルは解かれるのだから万能ではない。それだけに厄介な敵が消えたとセイバーは安堵しているようだ。

 

「……そうね。セイバーには言ってなかったわね」

 

「?」

 

 だが、対してそれを聞いたアイリスフィールは何かを思い悩んだ表情を浮かべ、やがて決心がついたのかセイバーを見据えてゆっくりと、言い聞かせる様に語りだす。

 

「アインツベルン側で聖杯の“器”を聖杯戦争毎に用意しているというのは話したわよね?」

 

「……ええ、御三家の役割ですね。土地の提供をする遠坂、聖杯降霊の術式の一つである令呪をくみ上げたマキリ、そして降霊する聖杯の現世での憑代を鍛造するアインツベルン――でしたよね?」

 

「ええ、その認識で間違いないわ。そして、その話には続きがあってね」

 

 何を今更という顔で聞き返すセイバーに、殊更落着きをはらった表情でアイリスフィールは衝撃の事実を語る。

 

「恐らく、アサシンは先の戦闘で消滅してないわ。多分今もこの冬木市の何処かに潜伏してるはずよ」

 

「な!?」

 

 まさにセイバーにとっては驚愕の事実である。

 何しろ件のアサシン消滅は御三家襲撃という多くの目に監視されていた場所で行われていただけに多くの知るところである。加えて、そのマスターであるとされる言峰 綺礼という男は脱落を理由に監督役である教会の保護を受けている身だ。中立である教会側からの正式な告知である以上、その事実は虚偽を挟む余地はなく、だからこそアサシンの脱落は疑いようもない筈だ。

 

「そうね、私も切嗣から前もって教えてもらっていなければ同じことを思ったかもしれないわ―――実は、その言峰 綺礼という男、聖杯戦争開戦の前に魔術を最近になって習った新参なのよ」

 

 そうしてアイリスフィールの口から語られるのは言峰 綺礼という男の来歴だ。

 “教会”という組織で身を置いていた父、璃正に倣うように求道僧然とした経歴は、聖地、戦場、表の教会教義とは大凡縁遠い暗部、所謂汚れ仕事を進んで請け負っていた。

 それだけでも十二分に異質に富んでいたが、教会側の人間が本来魔術師の殺し合いである聖杯戦争に参加者として出場しているのは異例も異例、前代未聞である。

 故に、アイリスフィールの説明にいまいちと首を傾げていたセイバーだったが、そんな彼女を見越したように主は回答を寄こす。

 

「そしてその魔道の師は彼の遠坂家現当主、遠坂時臣。加えて、その遠坂は教会側と浅からぬ縁を持っているそうよ……ここまでくれば、貴女もなんとなく察しがつくんじゃないかしら?」

 

「成程……教会側がグルというやつですか、中立が聞いて呆れる話ですね」

 

 そう、魔術師と本来相反する組織、教会関係者の参加は本来ありえない。が、此度の聖杯戦争の監督役、その総括である人間、言峰 綺礼の父、璃正と二人のピースを当てはめると話しが繋がっていく。

 保護する側である教会、監督側に父を持ち、恩師である遠坂の当主と破門同然に離反したとされるがそれも聖杯戦争直前、無論1,2ヶ月という短い期間の話ではないが、それでも繋がりを疑うのは十分である。

 となれば教会の暗躍だけでなく、二人のマスターの結託も視野に入れるべきだろう。

 

「――? あの、教会にいるコトミネという男を狙うというのはなしですか?」

 

 故に、セイバーの疑問は甚く真っ当な物だった。

 本来ルールを順守させる審判の立ち位置である筈の教会側、それが参加者の一組を意図的に養護しているのだ。抗議、というには少々過激な提案だが、確かに未だ存命している敵を放逐するのは下策である。

 

「ああ、うん。確かにそれが一番手っ取り早いんだけどね。今後を考えると教会を襲撃するのはかなりリスキーなのよ。例え不正の証拠が手元にあっても、こんな序盤でルールの根底を握っている裁定者を欠く事になれば“聖杯戦争”の体裁は瓦解しかねないわ」

 

 だが、そこには政治色ともいえる壁が立ちはだかっていたようだ。

 本来監督役という役割は聖杯戦争初期には存在しなかったものだ。

 より円滑に、公平且つ不動の目をもって厳粛な裁量を求めた結果、白羽の矢が当たったのが第三者ともいうべき“教会”という組織だ。

 無論、もともとが仲の悪い魔術師協会との間柄だ。神の賜物、奇跡の器である“聖杯”が関わらなければ耳も傾けなかったろうが、幸か不幸か冬木の聖杯というものは教会側が認める程の奇跡を内包する物でもなく、かと言って放逐するには強大過ぎる神秘の塊だった。

 故に、第二次がルール無用の無法のまま有耶無耶になった二の轍を踏まないよう、第三次より加わった儀式様式であるが、それだけに“監督”が持つ権限は決して低くはない。

 加えて、だ――

 

「そうでなくても後ろに控える組織を刺激する事になれば文字通り戦争に発展しかねないわ。文字通り場外乱闘ね。そうなれば、セイバーもそこまでは望めないでしょう?」

 

 本来仲の悪い者同士、諍いの種が火を灯せば事は隣家の飛び火という規模を一足飛びに超える災害となる。そうなれば事は極東の地に収まる範疇を超えるのは想像に難くなく、また想像できるだけにセイバーも己の考えの早計さを悟ったようだ。

 

「成程、ですが、それだけに余計に動きづらくなりますね」

 

「そうね、だから今後の方針にも慎重を重ねる必要があるわ。拠点であるこの城ともなればさしものアサシンもそうそう攻め込めないとは思うけど―――」

 

「――そこまで後手に回る気はない、と?」

 

 しかし、慎重論を匂わせる話の切り出しに反して、彼女の主の目には言葉通りの慎重さとは無縁であった。

 半場確信していた確認を取るセイバーの言葉に頷いて答えるアイリスフィールの瞳には自身の夫、そして引き当てた従者に対する信頼の色が伺える。

 それはこの程度の策など貴方達の敵ではないだろうと問うている様に見えた。

 

「切嗣の方針は変わらずよ。アサシンの存在を公に出来れば文句無しだけど……相手も早々尻尾を掴ませてはくれないでしょうしね。現状は知らぬ振りをしつつ他勢力をおびき寄せる――セイバーがさっき言った通り、その上で一対一に持ち込めれば言う事無しね」

 

 ならば、だ。

 騎士である身としてその信頼は是非もないと、然りと首を振って答えるセイバー。

 そこまでの信を置いてくれるのなら、次こそは必ずや首級を上げて見せると言葉以上にその瞳が物語っている。

 

「存在しない筈の英霊を認知してる。確かに、他陣営に対するアドバンテージとしては大きい」

 

 そうなれば方針は決まったと確認した事実を租借していく。

 と、話に集中し過ぎたのか、いつの間にかアイリスフィールが手に持つカップの中身は少量となっている。これは失礼をと慌てて――それでも動作に危なげはないが――トレーのポットの中身を重みと熱さで温度を確認している従者を、主人は手で軽く留める。

 

「お茶は十分堪能できたし、そろそろ散策に出ましょうか」

 

「――分かりました。車を正面に回してきます。アイリスフィールは支度をしてきてください」

 

 散策、つまり次の戦の下準備、及び索敵に出陣する旨を伝える主の意向を察したセイバーは、差し出された空となったカップとソーサーを受け取り、なげなくトレーに乗せて足早に退出しようとする。

 やはり乙女と言っても戦場を駆けた騎士として彼女も戦いというものは何某かの感慨があるのだろうか。そこは彼のランサーの様な狂的な気の類ではないだろうが――と、微笑ましげに見送ろうとしていたアイリスフィールは何を思いついたのかそこで自身の従者に待ったをかける。

 

「あ、今度は私が運転するから、セイバーはゆっくりできるわよ」

 

「――え、あ、アイリスフィールが、ですか?」

 

「ええ、これでも城で猛特訓したんだからっ、期待してて頂戴」

 

 本来は散策とはいえ主の手を煩わせるのはこの身ではないセイバーではあったが、これで結構頑固、もとい、一度決めた事には頑なな彼女が言葉をたがえる事は早々無いというのはセイバーも身に染みている。

 その為に今回の散策の運転手はアイリスフィールがハンドルを握る事になる、のだが……この後に、とてつもない後悔の念に襲われるとは、いかに最良のサーヴァントといえど、予測できなかったとしても無理はなかっただろう。

 

 

 






※作中の“魔城”=グラズヘイムではありません。

 ハイ、しつこいですね申し訳ありませんw

 で、今回はセイバー&アイリスフィールの女主従回ですな。
 取りあえず、ようやく配役的には一周してきた感じでしょうか、改めて書いてみると長いモノですねー……ただし、作中の日数的にはまだ二日目という(苦笑
 ま、まあFate原作シリーズでも同じく一日一日を濃く書いていくというスタンスという事にしておきましょう(焦
 そして、本来は此処で『乱調』回を終了して新章突入と行きたかったのですが―――何故か待ったをかける声が聞こえてきたのでもう一話作成中です。具体的には“優雅”云々を信条としているダンディーなオジサマ風な抗議が聞こえてきたのでww

 と、冗談はさておき、もう一場面入れていた今回の話の量がまた中々の量になってきたので削るよりも分割した方がいいかなと思い、今回の形となりました。
 べ、別に忘れていたとかそんなわけじゃないんだからね!!(棒





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「黒子」

 


 

 

 

 所は変わって郊外から街中に降りる。

 そこは一夜にして激闘を繰り広げていた新都、まではいかず、街を二分する未遠川にかかる大橋から手前、深山町の一角だ。

 古くから続く街の風情を残す深山町は霊地として色濃い場所を多く含み、その中で上位である土地、そして霊的な意味での土地の管理者である遠坂家の家が舞台となる。

 昔からの街並みという事で新都に比べて区画が狭まり、また旧家然とした基調が多く見られる。

 それに対し、管理者(セカンドオーナー)の強みか、一般のそれに比べて広い面積を有し、レンガ調の外壁と西洋風のシンメトリーが取れた庭園が屋敷の格式を窺わせる。また、その格調も固々しいものではなく、イペ材の透かした柵と樹冠を丸く仕立てられたコニファー達が洋式の屋敷独特の硬さを柔らかく整えている。

 それらは総じて当主の物腰、その心情を窺わせるような一種の統一感を窺わせるものであり、見た目はまさに何処から見ても、誰が見ても良家と口をそろえるだろう。

 

 ――そう、見た目、外見はの話ならばだ。

 

 早朝の静けさに紛れ、殊更物静かに建物内に入った影はしかし、迷う事無く廊下を行く。

 家人は出払っているのかその先に出合い頭に――という事はないが、いや、聖杯戦争中ともなればそれは激戦、如何に明主と謳われる御三家の一角で在ろうと、戦時渦中に家族や使用人を擁するという事はないのだろう。

 ならその影は俗にいう盗人なのか、と問われれば―――その心配は杞憂であると言っていい。

 アイツベルンの城、ホテルの異界化等、魔術師の拠点というのは城と称しても過言ではない要塞だ。

 件のケイネスの様に急ごしらえの工房を必要とするのならともかく、遙か以前に居を構えている御三家ともなればその規模、密度ははっきり言って比べようもないものである。

 そう、となれば如何に慎重に、且つ淀みの無い洗練された足取りだろうと、何か悪事をなそうとする人間が魔術師の家に侵入など早々出来ようもなく、こうして粛々と、あるいは堂々と進むそれが盗人ではないと、それが何よりの証明となる。

 

 そうしてリビングの明るさとは一転、燭台の光を頼りに降りた影。

 古めかしい地下空間は涼しげな空気は淀みを感じさせない、暗さに対する清潔さという相反する属性を宿している。

 ここに来るのも数回という訳ではないのだろう。影、男は到着した部屋の先、灯りの元で何やら作業をしている人物を確認する。

 

「やぁ綺礼君。態々来てもらったのにすまないが、少々そこに掛けていてもらえないかな?」

 

 声を掛けられた男、言峰 綺礼は席を進められたが、彼の性格なのか一応に手近なソファーを視界に入れたが、僅かに思考したのみでそのまま不動に待機していた。

 

「――何かの報告書の様なものですか?」

 

「ん? ああ――」

 

 手持ち無沙汰、という訳ではないだろうが、不動のままで佇む綺礼にも目の前で恩師である彼、遠坂 時臣の手元には興味をそそられた様である。

 流石に厳粛な父を持った彼からして、相手の手元を無遠慮に覗き込む様な不作法は取らなかったが。

 

「君と、アサシンが捉えたというライダーとセイバーの小競り合いからそのマスターの特徴をある程度特定できたからね。おかげで、身元の割り出しには苦労しなかったよ」

 

 何の事はないと、軽い口調で答える時臣。

 その手元で忙しなく動いていた物は細い三本柱で組まれた奇妙な振り子だ。

 その上部に煌びやかな輝きを放つ宝石が収められている事といい、意図は素人には全くと言っていい程察せられないが、その下、これまた古めかしい羊皮紙に文字が記されているとなれば大凡の用途は察しがついたかもしれない。

 姿形は似ても似つかない、その手の緻密な性能があるとは到底思えないが、それが、所謂魔術式のファックスであると。

 

「ふむ……予想範囲以内か、どうやら、取越し苦労だったらしい」

 

 書き終わった羊皮紙に手近な短剣をペーパーカッターの要領で切出し、改めて内容を吟味する時臣は顎に手の当てて思案顔に顔を歪める。が、その言葉通り、調査対象は予想外になるような大物ではなかったようで、眉間に寄っていた皺をすぐさま解き、君も見てみるかという仕草で件の報告書、ライダーのマスターであるウェイバー・ベルベットに関するそれを綺礼に手渡した。

 

「……時計塔の見習い魔術師、ですか。経歴を洗っても家系的、実技的にもそれほど目につく点はないようですね」

 

 単的にいってここまで“凡俗”という言葉が当てはまる輩というのも珍しい話だ。

 出自に至っては魔道の血統はお世辞にも格があるとはいえず、軽く流して読んでみても自信家、分不相応な野心、妄想癖等、若さゆえの情動が行動理念に直結している“少年”という印象を抱かせた。

 

「ああ、どうやら然程警戒する程ではないようだ。この分なら御三家は抜いて当初の計算通り、当面はかのアーチボルト家の嫡子を警戒する方針に狂いはない――いや、なかったのだがね」

 

「――これは?」

 

「以前の報告書、その一文に引っ掛かるものを思い出してね。見直してみれば案の定だ」

 

 時臣が渡したもう一枚の資料。

 綺礼の目から見てもどこか見覚えのあったそれは、以前彼等が聖杯戦争開始前に集めたマスター候補と思われる者達の情報、その報告書の一枚だ。

 そして、件の報告書については個人的興味から深く何度も目を通した綺礼である。件の報告書も、誰についての資料かが分かればその内容というのは判明した。

 

「成程……時期がここまで重なるとなれば、偶然とみなすのは少々危険ですね」

 

 だからこそ今回の報告書と類似した点、時期というのが殊更目についた。

 先のアーチボルト家の嫡子が、聖杯戦争参加するにあたって用意した筈の聖遺物を紛失するという事件を――

 

「恐らく、あのサーヴァント召喚の触媒はアーチボルト家が用意した至高の品だったのだろう。無論、今召喚しているランサーも凶悪な英霊である事には変わりないが」

 

「……ええ、それは確かに。ですが、それでも当初予定されたサーヴァントがこうして現界している事実は、脅威として十分考慮しえる事態ではないかと」

 

 埠頭に姿を見せたランサーは凶悪の一言に尽きる。

 介入した時臣のサーヴァント、アーチャーは彼が持つ固有の能力によって対抗できた為、あの場では事なきを得た。

 だが、一度の会敵で敵の全てが分かる程“英霊”という存在は浅くない。

 垣間見せた第二の宝具といい、ランサーの戦闘能力を現状で断定するのは危険である。

 そしてその理論に基くのならばだ、件の女サーヴァント、ライダーはあまりに謎で包まれている。

 

「確かに、ね。だからこそライダー達には早々に舞台に上がってもらう必要がある。当面の方針は戦力分析に徹するが、アサシンにはライダー、キャスターのアジトの特定を最優先にあたってもらいたい」

 

 遠坂の家訓は『常に優雅たれ』だ。

 不透明な敵に闇雲に挑むなど愚の骨頂、常に余裕をもって広い視野を持ち、心を波立てなければ多局面への対応が柔軟となり、結果として勝利がついてくるのだから。

 むろん、それは“勝てる戦いしかしない”という事とは大きく違う。

 遠坂の家訓に従うのなら、“戦いに勝てるよう十全の備えをもって臨む”という事、他力に頼るようでは半人前もいい所なのである。

 

「――綺礼君。念の為だが、教会周辺、ここに来るまでに何か違和感を感じた事はなかったかな?」

 

 故に、彼は急く事無く状況整理に努める。

 全サーヴァントの顔は割れているのだ、居場所も捕捉しだしている。このままいけば勝手に間引かれる事を考えればと、彼の脳内では勝利へのプロセスが徐々に出来上がりつつあるようだ。

 

「いえ、そこは私の主観ならば問題はなく。加えて、アサシンの“網”に掛かるような輩も今現在確認していません」

 

「そうか……いや、ならいいんだ。引き続き、君には肩身の狭い思いを強いる事になるが――」

 

「ご安心を、父の代から続く遠坂との盟約にかけて―――交わした誓いは必ず」

 

 間諜の英霊であるアサシンの目を欺く輩がいるとすれば、それは余程性能のいいスキル、或いは宝具を持っているかに限られる。

 無論、長年教会の暗部である特殊な機関で過ごした綺礼の穏行等も相当のものであり、その腕を信用するからこそ師である時臣は余裕のある笑みでもって、深く礼を取る綺礼を制する。

 その笑みは、彼らがこの聖杯戦争に相当以前から入念に準備してきた時間に対する自信が伺えた。

 

 

 

 

 

 朝焼けに染まりだした街が輪郭を帯びていく中、表通りを避ける様に影を進みながら綺礼は遠坂邸を後にする。

 まるで日の光を避ける様に足先を淀みなく進む姿は長年の業であり、見事の一言である。

 その後にする先は、彼の表向きの“擁護される”という立場から教会へ向かうのだろうが、足取りは真直ぐ教会へ向かう事無く、逆に新都の中心街へと向けられている。

 集積したした技の年月に見合う自信のが及ぼすだろう過信に囚われる事無く、用心を怠らないのは彼の性格を表していると言えた。

 

 そして、そんな彼を数メートル慣れた場所、隣家の中でも殊更高い広葉樹、その過密な葉の影の薄暗さに灯される様にして見守る生物独特の色を持った淡い発光。

 ――そう、アサシンである。

 聖杯戦争を早い段階で召喚された彼は、他の英霊達に比べて俗世に精通している。

 この国の政治、警察機関の警備、情報網然り、民間の報道媒体からそれが地域に浸透する経路、時間、影響範囲まで、彼は自分に与えられた時間というアドバンテージをそうした要素を補う事に注力してきた。

 全ては己の非力さを理解しているが故だ。

 間諜の英霊である自身の矮小さを誰よりも理解していたし、主である綺礼に召喚一番に我らの勝利はもう一組の主従を勝利に導く事にあると言われても、彼は怒りを抱く事はなかった。

 寧ろ行幸である。

 聖杯を経由した自身には聖杯戦争について、この時代についてのある程度の知識が捕捉される。それに照らし合わせれば聖杯戦争に召喚される英霊達は“戦場を駆けた豪傑、英雄達”とある。

 はっきり言って冗談ではない。

 諜報が得意という理由で“アサシン”として召喚された身が、そうした豪傑どもとどうしたら渡り合えるのかと――そう思えば件の“同盟”は彼に知てみれば望むところであったのは想像に易い。

 

 などと、今日までの道行きを反芻している――その間もマスターの動向から気が逸れる事はない――と、自身のマスターが進む反対方向、郊外と思われる方角から並みならぬ気配がこちらへ近づいてくる。

 

「―――オヤオヤ、三騎士ともあろうお方が、こんな夜更けから現界して街を練り歩こうとは」

 

 見知った相手であるのか、周囲に“人の気配”が無い事を承知していたアサシンはその姿を潜める事無く、その姿を見せた気配の主へ声をかける。

 そう、件の同盟主である遠坂 時臣のサーヴァント、アーチャーへ。

 

「ふむ、その声はアサシンですか。やれやれ、穏行が身の上のクラスとはいえこうも頭上を取られるというのも肝を冷やしますね、やはり」

 

「ククっ、御冗談を。あれだけ気配を隠そうともしないお方が、まさか霊体化もしていない私を見逃す筈もないでしょう」

 

 肝を冷やすと言いながら歩みを止めてはいるアーチャーだが、その柔和な笑みが張り付けられた相貌は欠片も驚愕に歪んでいない。

 アサシンからしてみればどこが、と呆れ半分に関心もする程だ。

 穏行に関してはクラスの恩恵か、将又生前の賜物か、軍配はアサシンに上がっているが、ひょっとすればこの英霊、弓兵などではなく、暗殺者でも召喚できたのではという見事な足さばきを見せる。

 

「ふむ、まあ称賛はこの際素直に受け取っておきますが……ですが、“限界している”という一点においては貴方も同じはずだアサシン」

 

もっとも、マスターである時臣が協力者がいる中で、折角取寄せた聖遺物からアサシンとして召喚するとは思えなかったが。

 

「その身は既に脱落した筈、という建前を纏っています。暗殺者という利点を最大限に発揮させる為に両陣営の主人から賜った配慮、まさか無に帰すつもりでもありますまい」

 

「ええ、えぇ私もそこまで短慮であるつもりはありませんよ」

 

 両陣営のマスターが取り計らった狡計、即ち“アサシンによる遠坂邸襲撃”である。

 単騎による御三家、それも態々おびき寄せるでもなく正面からの突破。確かに、暗殺者ならば正面だろうと侵入するだけならある程度の器量は見せられるだろう。

 むろん、成功率など下の下なのは言うまでもない。

 だが、彼等の狡計とはその“失敗”こそが肝要なのだ。

 暗殺者とは読んで字の如く、“暗”躍する“殺”し屋だ。だが、存在を知れた暗殺者ほど頼りない者はない。

 であれば、如何に間諜として使い勝手がよくとも“いる”という先入観が存在してしまえば対策とは取られるもの。空き巣が近隣で発覚すれば周辺の家々が自宅の防備を見直すのと理論は一緒である。

 故に、彼等はその先入観、アサシンというクラスの存命を亡き者にしようという芝居を取ったのだ。

 

「――ただ、貴方の埠頭での一戦からここまでの足取りが、私には殊の外軽いように見えてならないものでして」

 

 そうして、今のアサシンは限りなく自身に対する警戒が低い街中を自由に行き来できる。

 ただし、サーヴァントと相対すれば途端に正体を看破されるので留意をする必要があるが―――そこは先のアドバンテージの見せどころだ。

 件の時間、それは週単位でもなく、一月や三月という短時間でもなければ年単位である。

 それだけの期間があれば、戦場となる舞台に己の情報網を蜘蛛の巣の如く張り巡らす事など、この痩躯の男にしてみれば造作もない。

 だからこそ、男は限られた制限の中でも身を晒す事なく情報を得られるし、戦場になるような異変ともなればいの一に駆けつけられる。

 

「ほう、という事は、貴方の目には私が浮足立っている様に見えると?」

 

「まあ、俗にいえばそうなりますねぇ」

 

 そして、それだけの余裕がそうさせるのか。アサシンは街を練り歩いてきたというアーチャーの目的、行動に何か思う所があるのか、彫の深い顔を笑みに歪めてクツクツと愉快気な声を漏らす。

 

「――あぁ、失敬。何も貴方を笑う意図があるわけではないのですよ。ただこう、あの方々を見ていると私などは脅威を覚えはしますが、貴方の様に喜びに震える心を持ちえませんので――あぁ、いや、実に頼もしい限りで」

 

「歓喜、或いは想起させる何某かの因縁、といったところでしょうか。フム、確かにそうですね――そういう類の感情は自覚していますし、もしかすれば生前の縁というのも、あながち外れではないのかもしれません」

 

「ほぅ――?」

 

 アサシンにして見ればこの程度は戯れであり、真面な返事など期待していなかったが――これでこの神父、中々に律儀な性格らしい。

 いや、見た目がカソックを身に纏っているといっても、醸し出すオーラは聖なるソレと真反対を地で行く。

 同盟とはいえ、気安く背中を預けるのは少々敷居が高い相手というのがアサシンの認識だ。

 

「――いや、しかしそれも我等にはさして意味を持ちますまい。我らの剣が振るわれる時、それは主の采配をもってして、となれば……ええ、それに、先入観は瞳を曇らせます。例え既知の存在だとしても、今断定する時でもないでしょう」

 

「成程成程――確かに、その色眼鏡が文字通り色に曇っていては勝てる殺し合いも勝てない、と」

 

 だが、彼の言い回しにはどうも心の琴線に触れるようで話していると不快ではないのだ。

 アサシンも弁舌が立つ方ではあると自負しているが、目の前の男の様に、相手の気持ちを同調させる様な方面に精通している訳でない。

 そう思うと、言葉巧みな話術を持つというのは聖職という分野において天職ではないかと思えてくる。

 

 しかし、それもこんな戦場とかけ離れた場合の話ではあるが。

 

「然り――全ては我らが主達の御意向のままに」

 

 と、などと話に興じていれば、そろそろ自身の主である綺礼が自身の探知範囲を超えるラインに近づきつつある。目の前の男も呼び止めさせた自覚があるのか話を切り上げる様に、流れるような動作で目の前で十字を切る。

 そして、話しはさして進展しなかったが、些か興が乗ってきたアサシンは大きな動作で、まるで観客に対する役者の様な振舞いで細い腕を振り上げる。

 

「ならば、当面の戦法は私の腕の見せ所という所でしょうか――」

 

 間諜として存分に腕を振るおうと気概を見せよう。

 そう言外に示すようにゆっくりとした動作で手を弧を描くように下ろしながら首を垂れる。

 その彼の手の先が出でたばかりの日の光を微かに反射したように見えたが、次の瞬間には何の変化もなく――その動作から繋げて大業そうに膝を折りつつ、深い礼を取るアサシン。

 

「――ええ、“紅蜘蛛”の手並み、篤と御覧に入れて差し上げましょうっ」

 

 そう言葉を残し、瞬時に霊体へと姿を変じる暗殺者の英霊。

 その気配はアサシンにして見事と言わしめたアーチャーでも辿る事は敵わず、巧みな隠れみの業はまさに暗殺者の名に相応しいと言えた。

 

 

 そして、だからだろうか。

 

 足早に場を後にしたアサシンはそこに残ったアーチャーの変異を悟る事は出来なかった。

 先程まで浮かべていた柔和な笑み、その醸し出す魔的なオーラとの不一致さから強烈な違和感を見る者に与えていた彼だったが、今まさに浮かべるその相貌―――

 大凡聖職者が浮かべる筈もない、狂気に染まった悪意ある笑みを。

 

 

 






 ども、こんばんはーtontonです。
 予定通り? あげられる形になって一安心しておりますーいえ、まあ22時は少々オーバーしましたが(苦笑

 今回はミスターYU☆GAこと時臣氏と、○悦様こと綺礼氏の暗躍回、それと彼等のサーヴァントのお披露目ですね、正式な。
 うん、同盟結んでるんですから顔合わせしててもおかしくないですし。
 あとは……約一名、というか一組出ていませんが、アレはわざとです100%、彼等の性格、人物像、現状を考えると会話文とか数行で終わるレベルなのでw
 序盤である今現在は通常描写を含め、出番は他の勢力より少なめなのはご容赦下さい。

 さてはて、今回で当初の予定通り、『乱調』回が終了し、次回から新しい章が始まっていきます。序章からここまで、展開としては大人しめで退屈される方もいたとは思いますが、次回から結構急展開の予定。そして大分用語説明も混ぜてきたと思うので、そろそろ説明文減らしてそろそろ場景描写に集中したり、セリフとセリフの感覚を狭めてもいいかなと思っています。
 あとは、まあ、何は兎も角戦闘描写を書きたくてしょうがないw
 いや、前の活動報告もそうですけど、書かないとなると少々忘れ気味になりそうで怖いので(焦

 では、この辺で失礼を、また活動報告or更新話でお会いしましょう。
 お疲れ様です!


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戯曲
「下座」


 


 

 

 

 一面の白。

 ただ単色の混じりけのない色調。

 過度な装飾など混じり込む余地などないそれは部屋というより祭壇を思わせる。

 そして、そこはその印象に違えず、神聖という意味において正しい。

 その根底は不可侵。

 人が介する事を躊躇わせる神聖、見る者に一線を引かせる境界線。

 そう、聖堂であり、所謂教会と呼ばれる場所である。

 

「天にまします我らの父よ―――」

 

 そんな厳粛な場所で、これまた謳い上げる祈りの様に恭順とした男が一人。

 彫の深い、岩の様に角を主張する顔。

 司教服に身を包んだ体は、教義に殉じてきた来歴によって逞しく荒削りされ、衣服では隠しきれない程に逞しさを誇っている。

 だが、そうした硬さを表していながら、男、“言峰 璃正”はその対極にある存在と言えた。

 有体に言って、見る者に安心感を与えているのである。

 長年神職に努めた口元は淀みなく、慈愛を感じさせる声色も合わさって、その双肩は山々に感じる雄大さに近いものがあるかもしれない。

 

「――なく汝のものなればけり――――エイメン」

 

 手に持つ教典を閉じる音が場に響く。

 彼にとって馴染みであるそれは既に目を通して読む必然性はないが――こうした粛然とした場というのには暗黙の了解というものがある。

 教会という神に近い場所というものを求める者にとって、願うものは贖罪であったり懺悔であったりと、大凡がその罪過に対する救済である。

 そして、形はどうあれ、人生という巡礼を科せられた人にとって、その存在を感じれる教会は間違いなく聖なるモノであり、そうした場を取り仕切る役目を担うともなれば――璃正という男にとってこれほどやりがいのある事はなかった。

 

「――神父さまっ」

 

「ん? ああ、アリスか。どうしたのかなこんな時間に」

 

 璃正が振返ってみればそこには自分の丈の半分もない少女の姿があった。

 冬木市は新興が進む新都を中心に西洋の色が強く、そんな中で、丘に臨む教会、それも中々に本格的という事もあって信仰心も高いものが多かった。

 目の前の少女も確か、2年前あたりから親御に連れられて教会を訪れ、教義が肌に合ったのか今年は一人で頻繁に足を運んでくれる。小さいながら熱心な教徒だ。

 

「うん、あのね―――っ」

 

 必死に何かを伝えようとする仕草は璃正の目にも微笑ましく映った。

 特に、“監督役”などという殺伐とした闘争の総括を組織から受けた身としては殊更に、だ。

 付け加えるなら、昨晩は一夜にして大きな騒動が二度も起こされたばかりである。そこからして、目の前の少女を一種の清涼剤的に感じるのも無理からぬ話と言えた。

 

「うむ、そうかそうか。それは良い行いを――主もきっと、君の善行を見ていて下さるだろう」

 

「えへへっ」

 

 得意げに笑う少女の頭を陶器を扱うように優しく、しかし褒められるだけの事をしたと伝わる様にしっかりと頭に乗せた手で撫でる。

 週に一度、多ければ数回はこうして報告に来る彼女の顔を見るのは彼にとって数少ない癒しである。

 

 ――が、今は聖杯戦争という非日常が街を侵食している非常時である。

 

 闘争に参加する彼らが魔術師として、英霊として持ちえる常識を備えているのなら、こんな早朝から進んで異変を起こすものなどいないだろうが――それを抜きにしても、こんな幼子の独り歩きを容認するべきではないだろう。

 

「――さ、早朝からアリスの顔が見れたのは私としても喜ばしいがね。そろそろ御父母が心配されるだろう。帰りは気を付ける様に」

 

「はーい!」

 

 やんわりと、険が無いよう帰りを進める璃正に対して、少女は年相応な素直な返事で返す。

 返事と共に手があげられる点など、言葉と体が一緒に動く姿に胸が暖かくなる心地を実感しつつ、彼は出口に走る少女を見送る。

 

「じゃあね神父さま! 明日もお休みだからまたくるねーっ」

 

 本来なら聖堂で忙しなく走る姿は、あまり褒められたものではないが――いや、子の天真さはそれだけで得難い。

 普段なら、厳粛さを良しとする璃正も、彼らが仕える神も、これくらいの不遜は許してくれるだろう。

 

 ゆっくりと閉じられる扉に微笑を浮かべた璃正は、与えられた聖職を全うする為に振返り、上方に日の光を纏いだしたステンドグラスに十字を切る。

 

「主よ、永遠の安息を彼らに与え 、絶えざる光をもて照らしたまえ―――」

 

 混沌とした日々に、哀れな犠牲者が名を残さぬよう、祈る言葉は彼を除いて無人となった礼拝堂に響いていった。

 

 

 

 

 

 冬木市新都の丘に臨む“教会”は、興業盛んな地方にして大層趣きのある施設である。

 週に一度開かれるミサでは聖祭の名に恥じない参加者が集うが、通常日であるその日、それも早朝から訪れるのは極少数である。

 となれば、在住する神父である璃正の現在の仕事は礼拝堂の清掃、つまりは雑務だ。

 通常時なら教会関係者が副数人務めるのだが、この教会は普通の教会とは異なる。

 故に、そこに努める者等は例外なく“聖杯戦争”の監督役という勤めに今も奔走中なのだ。

 総括である璃正も、先程までは現場に赴いたりと、一夜にして豹変された場所場所へ飛び回っていた。が、人が練り歩きだす時間にもなれば教会を無人にするわけにもいかず、人手の関係もあり、今は拠点となる教会で指示を出すに事に努めていた。

 

 そう、故にこの時間に顔を見せる人物とは即ち、先程の少女の様に余程信心深い信者か―――

 

「はぁーい、神父様。朝のお勤めご苦労様ね」

 

 目の前の童女の仮面を被った、招かれざる客となる。

 

「これはこれは、今日は朝から客人の多い日だ――もっとも、今度の客は客でも珍客のようだが」

 

「あら、こんな美少女をつかまえてご挨拶ねーその分じゃ、この教会の信者もたかが知れるわよ」

 

 カラカラと口元に手を当てて嘲笑うキャスターは見た目丸腰だ。

 

「茶番はよせキャスター……聖杯戦争のルール、まさか知らぬとは言わせぬぞ」

 

「ああ、あーそれね。ハイハイ、暗黙の了解とやらでしょ」

 

 聖杯戦争中、如何なる魔術師も、それに随する従者も監督役の領域を侵す事を許さず。

 誰が、と定めた物ではないが、第四次の前の第二次においてはルールも碌にないまま泥沼のまま勝者を出さないで終了している。

 真面な神経をもったマスターで、教会の存在意義を知っている者ならわざわざ乗り込む者はいない。

 ましてや、マスターが敗北を認めるどころかサーヴァントを仕向けるなど前代未聞である。

 

「ま、それは置いておくとして――ねえ神父様、この教会、私に譲る気はないかしら?」

 

「ここを手放せ、と?」

 

「そ、まあ、教会というより土地だけどね。ほら? 私のスキル、“陣地作成”を使おうにもここの土地って主要な場所は全部抑えられているでしょ?」

 

 “陣地作成”それは“最弱のサーヴァント”の異名を持つキャスターが持つ固有スキル。

 召喚されたサーヴァントの力量にもよるが、一般的な魔術工房から一つの空間を異界へと変容させうるスキル。

 文字通り、自陣営に有利な空間を生み出すスキルだ。

 となれば、この教会を狙うというキャスターの言葉もうなずける。何しろ、この教会の土地は彼の御三家も認める所であるのだから。

 

「だからお山か、広場か――」

 

 先の埠頭での戦闘での他陣営の牽制、共闘提案といい、冬木ハイアットホテルを拠点としたケイネス達を強襲した手管といい、目の前の少女は今まで面と向かっての戦闘というのは極力避けていた。

 その目的、璃正の推察ではキャスターの陣営の方針は自陣の強化、という所だろう。

 一度目の戦闘で大多数の敵の戦力の大凡を図り、同じ外来の魔術師であるケイネスを強襲、その工房を見事に破壊せしめている。

 そして、次に彼女が狙うは自身の拠点の確保、という訳だ。

 

「―――この教会、という訳か。いや、その真意計りかねるが……何故ここを、と聞いても答える律儀な性分には見えぬしな」

 

 御三家を始め、他陣営が互いに牽制しあう御山、“円蔵山”は除くとしても、教会を狙いうよりは御しやすい筈だ。

 冬木市民会館を始めとする一帯も同様である。それがなぜ、御三家ほどの防備とはいかずとも態々監督に手を出すのか――その答えは言葉にしなくても彼女の態度を見れば幾らか察せられた。

 

「ええ、そうね。不可侵? 教会の監督? ――ハっ、冗談はよしてよね」

 

 有体に言って“気に食わない”のだろう。

 何が? と問われれば教会自体か、或いは自身たちにルールを課す監督、ないし聖杯戦争のルールそのものか。

 さしもの璃正も、相手の心をすべて察せられる程悟りを開いてはいない。

 だが、目の前で不遜な態度全開でいる者が自身、或いはその聖職自体に嫌悪しているのかどうかくらいは理解できた。

 

 故に―――

 

「成程……老い耄れ一人の今なら好機、とでも? 随分と、舐めてくれたものだ」

 

 その動作はただのシングルアクション。

 キャスタに向けて手をかざしただけだが――効果は劇的にして場を文字通り一蹴する。

 彼の差し向けた掌、その先にある扉が勢いよく開け放たれ、立ち尽くしたキャスターの足元の絨毯が流動して外へと放り出したのだ。

 

「――っ、やってくれるじゃないっ」

 

 苦も無く着地したキャスターの顔はしかし屈辱に歪んでいる。

 確かに、彼女も己が相手をたかが“現代の人間”と侮っていたのは認めている。だが、それでも魔道に精通した己が足元をすくわれたという事実。

 付け加えるのなら、隙を見事についた手段が相手を追い出す事というのが己を舐めているようで、余計に腹に据えかねるのだろう。

 今の一撃は手段を変えれば確実に彼女に一撃を入れる事が出来たのならば尚更に。

 

「仮にも神の身元である聖堂で流血など認めん。例え、逸脱者であろうとな……さぁ、主に替わって罰を与えよう異端の乙女よ、懺悔は神の御許で乞うがいい」

 

 対する璃正も放り出されたキャスターを追ってゆっくりと扉を潜る璃正神父。

 その姿が建物を出たタイミングで扉が固く閉ざされる。

 教会という組織上、彼等の術、技は魔術氏が使うそれとは少々毛色が異なるが――その背後の扉に何某かの神秘の術とやらが施されているのは間違いないだろう。

 そして、罪人を糾弾すると宣言した神父は正面正眼ではなく、やや上段にその無手を掲げ、呼吸と共にゆっくり正面に下ろし、緩急をつける様に、今度は素早く半身の姿勢を取りながら武錬の賜物と思われる構えを取った。

 

「……話し合いもアリかなって思ってたけど、やっぱやめたわ。アンタ達って、根本から肌に合わないのよ」

 

 対するキャスターも璃正の構えには流石に自生が利かなかったようだ。

 その顔に当初の様に人を小ばかにしたような笑みを浮かべず、目の前の男を倒す――いや、殺す事を目的として周囲に魔術の軌跡を走らせる。

 それも当然だろう。

 彼女自身はキャスターだが、この神父は己の身一つで英霊である存在を害すると宣言したも同義なのだから。

 

「ああ、その意見には同意しよう―――貴様は、悪女の臭いがする」

 

「言うじゃない―――いいわ、力ずくで奪い取ってあげるっ」

 

 途端にキャスターの足元の影が隆起する。

 彼女のスキルと思われる魔術行使、その中であのランサーやバーサーカーすらも拘束して見せた呪術だ。

 であれば、それは監督役という教会組織でも大役を授かった神父にしても彼は人間であり、英霊すら拘束せしめたそれを回避する手段などある筈がない―――

 

「破ァッ!!」

 

 筈が、彼はその道理を見事己の身一つで覆しにかかった。

 力強い震脚によって大地が大きく波打ち、その反動で舗装された煉瓦が吹き飛ぶ。

 

「フっ―――!」

 

 さらに、璃正の動きは止まらない。

 滑らかな動きで目の前に飛び散る大小様々な煉瓦、その一つ一つを軽く握った拳で打ちぬき、飛礫と代えてキャスターを強襲して見せた。

 

「あっぶなぁ――って、何よ何よ。デスクワーク派かと思ったら随分立派な体してるじゃない」

 

 舗装を踏み抜いた衝撃によるものか、一連の動作を終えた璃正の司祭服の上着が弾けている。

 無論それはキャスターの呪術を受けた訳でもなく、璃正の並みならぬ功夫による発露によるものだ。

 見た目の派手さに対して空気を圧する様な音を響かせることはなく、“踏み込む”よりも“踏み締める”衝撃による破壊からの繋ぎ技。

 

「はっ、これでもまだまだ隠居もさせてもらえない身でな。日々の鍛練を欠いたことが無いのが少ない自慢だよ」

 

 そして、その見事な冴えを見せた飛礫の連撃はキャスターの影を手繰る魔術の進行を押し止めた。

 正確には、煉瓦のいくつかが影の拘束を掻い潜ってキャスターに襲いかかった為に、影の動きが一瞬留まっただけだが、璃正にとってはその僅かな時間でも十分であった。

 

「どうやら、こちらの予想も概ね外れてはいないようだ」

 

「あら、この程度で首を取ったつもりになるのは早いのじゃなくって?」

 

 無理に追撃はせず、璃正はキャスターと、その影から距離を取る。

 迎撃という面もありながら、確証を得る為に取った手法により、彼の中の推論が組み上がっていく。

 無論、相手は英霊、“最弱のサーヴァント”であるキャスターであろうともその実力はあの影の魔術のみではない。が、強大な相手を前に神聖な教会に背を向ける等、神父として許される事ではない。

 故に、この戦闘の勝利とはキャスターに強襲を断念させる事であり、各地に散った構成員を呼び戻すまで耐えきればいい。

 幸いにして、ここは教会側の陣地、迎撃用の細工は当然用意されている。もし窮地に立たされるような危機があろうと、そうなれば構成員を伝って時臣のサーヴァントに救援を頼るという手も取りえる。

 

「だろうな。お前の首を取れるとまで驕るにも、この老骨には少々きつくてな――悪いが、付き合ってもらうぞっ」

 

「えー……また肉弾戦とかまったく、冗談じゃないわ、よっ!!」

 

 丹田に込めた気を発露させる璃正は依然と無手ではあるが、その体術は間違いなく高みのもの。

 対するキャスターは面倒とため息を一つ、吐き出すと共に戦意を迸らせ、胴体周囲に新たな魔方陣を輝かせる。

 静寂に澄んでいた朝の空気を一変させる激突は周囲を戦慄かせ、大気の鳴動に鳥達が一斉に飛び立ち離れる。

 現代人対英霊という異例の組合せは、教会襲撃というこれまた異例の事態を加え、朝の正常さに混迷さを混入させる。

 それは宛ら水面に漂う炭のように、薄くも広く、侵食する非日常を象徴するようにして、また大気を鳴動させた。

 

 

 






 どうも、最新話投稿しましたtontonデス!
 えー初めに一言いうのなら――冒頭に登場した少女――他意はないよ!!
 フリじゃないよ! 名前も特に意図してませんから! だから再登場とかね、うん。お察しください。

 そして、若干言峰神父(OYAJI)がハッスルしてますが――原作のFate名物、慢心で忘れがちですが、綺礼氏の八極拳の師は彼だとか、なら監督役総括を任される身で第八に所属してるんですから代行者じゃなくても戦闘はある程度できるのかなと――相手もキャスターですし?
 そして、教会を少々魔改造……いや、仮にも一組織の拠点でせすからこのくらい、無理はない筈だ!
 
 え、っと、そんなわけで新章からキャスターさん、璃正神父が若干ガチバトってますが、Dies原作を知る人なら彼女の襲撃理由とかなんとなく予想がつくのではとにやりとしてみたり。Diesを知らない人様にも後々解きほぐしていくのでお楽しみに!

 では今回はこの辺で!
 また次話更新or活動報告―――あ、ツイッター(tonton_d0m )始めましたのでそちらでも時たま進行状況等を呟くのでよかったら見てください。

 では今度こそ、この辺りで――感想、意見、ご指摘等、随時受け付けていますので、お気軽にお寄せください。
 お疲れ様でした!!


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「柝頭」




 

 

 

 人の闘争、その最古、もっとも原始的なものとは拳と拳のぶつかり合いである。

 “喧嘩”という言葉にある様に、闘争においてシンプルに、言い争う口論でもなく腕力による優劣の誇示。

 もし、今教会で繰り広げられている戦いを腕力の一つで表すのなら、それは一方的な筈であり、唸りを上げる拳圧は僅かにでも武を齧った者から見れば圧巻の一言である。

 だが――現実はその想定を凌駕する。

 こと、この“戦争”においては至極道理であるのだから。

 “魔を術とする者”達の闘争である“聖杯戦争”が、まさか物理的に殴り合うだけが全てなはずはないのだ。

 

 故に――

 

「轟っ!」

 

「わぁお、お見事御見事ーハイ、次いってみよー!」

 

「くッ」

 

 再度虚空から出現、飛来する短刀の群れを璃正は一つ、また一つと弾いていく。

 拳闘とは及びもつかない刃と拳のぶつかり合い。一種の曲芸染みた攻防は拳による蹂躙とは程遠い。

 

「セイ――ッ、破ァ!!」

 

 だが、璃正も冬木の土地で教会を預かる身である。

 後退が許されない以上、ただ防戦に甘んじている筈はなく、その瞳に悲愴感は欠片も窺えない。

 そして事実、攻勢に出ているのは相手、キャスターだが、璃正の並みならぬ功夫の前に攻めあぐねている様にも見える。

 

「――とに、さっきからちまちまチマチマ――――っ」

 

「は! それはお互い様だろうに」

 

 もちろん、攻めあぐねてるは璃正も同じだ。

 見るからに手札を隠しているだろうキャスターに対し、純粋に人である彼がどこまで食らい付けるのか。そこがこの戦いの焦点だが――

 

「いいわ。早々の決着がお望みっていうのなら……別に、勿体ぶる性分じゃないしね―――形成(イェツラー)――」

 

「! 来るかっ」

 

 両者の探り合いで、先に手札を切ったのはキャスターだった。

 もとよりこの戦闘の火蓋を落としたのも襲撃者である彼女だ。

 付け加えるのなら、騎士の矜持や戦の高揚といったものに意を割かない彼女であり――そしてだからこそ、その秘奥、宝具は惜しみなく振るわれる。

 

「短刀に針……それに鋸――成程、これはいよいよ、余計に見逃せんなっ」

 

 キャスターの宝具。冬木ハイアットで晒されたそれは当然、監督である璃正の元に情報として届いている。

 多数の“拷問器具を投射する宝具”という事だが、そのどれもがあのランサーに対して決定打を欠くという報告である。

 だがしかし、そもそも拷問器具というものは、人を“殺める”事より“害する”事を目的として練磨された具々だ。そこから推察するに、殺傷力という点ではランクは低いだろう――無論、ランクが低かろうと、切り捨てるには禍々しい力の塊である事には変わりない。。

 あくまで宝具は神秘の域に身を置いた具々。

 たかが人が生身で相対しようと、彼のランサーのような真似は到底できないのだから。

 

「――ッ」

 

 虚空に次々と出現し、血を欲するように飛来する器具達を前に討ち構える璃正。

 その目は投擲など軽く凌駕する速度のそれを冷静に見極めている。そしてそれ故に、だろうか、璃正は飛来する一部、細針の先端に鈍く光るソレを看破し――

 

「……毒液、か」

 

 咄嗟に手刀による迎撃から、手に持った物体を大きく取り回し迎撃した。 

 その得物、握られていたのは異臭と共に黒い煙を上げるストラ。

 肉体の隆起、気の発露によって弾けた司祭服の上部を除き、上半身の装飾で唯一無事だった紫色の帯。それは状況だけ見るのなら、キャスターの宝具の一端に触れ、害する毒を拒絶して見れた。

 

「おお、まったく器用なのも考え物――ね!」

 

 再度軽口の端々に歌う様に暗器を繰り出す乙女というのもあまりに現実味がない。が、璃正は手に持った煙を立てるストラを手繰り――次の瞬間槍を放つ様にしてそれらを迎え撃ってみせたのだ。

 

「なに、布槍術の真似事みたいなものだ―――種も仕掛けもある、年月を重ねれば誰であれこの程度は出来よう」

 

 宝具である毒をある程度とはいえ、煙を上げる程度に押し止める抗力とは装飾の域を超えている。ならば、それには何某かの秘術、なり神秘が施された彼の礼装なのだろう。

 事実、再度飛来する凶刃を次々と叩き落としているあたり相当の品と見て間違いない。

 もっとも、如何に神秘を内包しても、その用途はあくまで抗力に限ったものであるらしい。それはストラを操る璃正の手元からも察せられた。

 仮にそれが術者の意思により迎撃を行うオートマトンであるのなら、そのような真似事など無用であるのだから。

 

「じゃあ、イイ物みせてもらったお礼、たーっぷり返してあげる―――物理的にねっ!!」

 

 途端に上空に漂う魔力が目に見えて渦巻く。

 魔術とは相反する教会に所属する璃正ではあるが、その所属が現場寄りである為か、魔を肌で感じられる程非日常に身を置いて来た為か――どちらにせよ、彼の判断は迅速であり、虚空に魔力が陣を形成しだした瞬間にその場を大きく離脱していた。

 

「杭までだすか、何とも節操のない!」

 

「あら、杭は何もランサーの専売特許じゃなくってよ?」

 

「の、ようだなっ」

 

 魔方陣から次々と強襲してくる杭の群れ。

 ランサーの持つそれが木をただ削りだしたような荒々しさがあるのに対し、キャスターのそれは人を傷つける事に特化した拷問具らしく、洗練された刃の如き光沢を放っている。

 もっとも、両者凶悪である事には変わりないが。

 

「なんの――っ」

 

 対する璃正もストラを用いた布槍術、その武錬がさえる足さばきで直撃は避けるが――如何せん数が多い。

 キャスターの宝具は複数の拷問具を幾重にも投射する。

 その性質から見れば、彼女の宝具がこのまま杭一辺倒である筈が無く、防戦一方の璃正に飽いれば途端に拷問具が殺到するだろう。

 故に、そうなれば璃正になすすべがある筈もなく、過信と慢心している今こそが好機。

 ならばと、璃正は手に持っていたストラを、その秘術でもって分解、拡散し、四散した糸を手繰って進路を無理矢理確保する。

 そう、彼はここで初めてポジションを優勢に位置取りにかかった。

 

「背後、とった――」

 

 活歩――八極拳における歩法であり、日本で言う縮地に類する脚技。

 速度で言うのなら人の身でありながら、英霊の域に指を掛けるのではという程の練度をもち、璃正はキャスターの背後で既に引き絞った肉体を放っていた。

 キャスターはあくまで魔術を得手とする英霊であるのならば、この間合いは間違いなく璃正の優勢。

 ならば、この勝負は此処で――

 

「■■■!!!?」

 

「な、にっ!?」

 

 そして、拳がキャスターを捉える間近、両者を隔てる者が無い筈の空間に、いる筈の無い第三者の顔が出現する。

 

「アリス――」

 

 その顔は見覚えがあるどころではない。

 今朝教会に顔を見せに来た少女の顔、数刻も経たない前に目の前で話し、笑顔を見せていた少女はその相貌を恐怖と困惑に色濃く歪めている。

 当然だ。

 身に起こった不幸、日常を一相飛びに乖離した超常の闘争に巻き込まれれば、人の思考など理解を拒絶する。

 少女を通して目に移ったキャスターの悦に吊上がった笑みが視界をかすめる。

 己の不始末、もっと強く言い含めて家に帰せば――もしくは、教会員の一人でも監視に―――いや、仮定の話など非生産的にも程がある。

 大事なのは今この場で少女を救えるか否かであり、璃正とは己の力量など等の昔に完成し、知り尽くしている。当然土壇場での可能性を垣間見せる程の若さが無い事も、だ。

 となれば―――

 

「―――すまぬっ」

 

 思考と惑いは現実には一秒にも満たない、ある種無慈悲とも取れる程の即断ではある。

 だが、今まさにその手を振り下ろす彼の顔を見れば、その非を責められる者がどれだけいよう。

 苦渋に歪む顔、眉間に寄った深い皺は彼の苦悩を表し、普段細められた目はこれから起こる悲劇を脳裏に刻みこめと言わんばかりに見開かれていた。

 慈悲は請わないこれは罪だ。

 神に懺悔しよう。無辜の命を摘み取る咎を背負い、その罪過は未来永劫この肩に背負うべきものだと己に言い聞かせる様にして――だが、表情と異なり拳に迷いは一切乗っていない。

 後ろで嘲笑う様に、喜劇を悦ぶ傍観者のように顔を綻ばせるソレは間違いなく悪性だから。

 謝罪は短く、しかと少女の顔を捉えていた璃正の拳はその迷いの無さを示すように彼女の胸を貫き――

 

「いいえ、謝る必要なんてないわ」

 

 ―――寸での所で体を縫い付けられた。

 

「どんな聖人君子でもね、善人は戦場で早死にするのよ。持論だけどね」

 

「き――さまっ――この、外道が!!」

 

 吠える璃正の声すら愉快とカラカラ笑うキャスター。

 一瞬でも少女をこの手に掛けなかった事、安堵した己の偽善さを見せつけられた璃正の怒りは色濃く、叫ぶ憤怒の気はキャスターをかえって喜ばせるだけだったが――彼の心中を察せられれば止められるはずもなかった。

 

「例え貴方が任務の為に一般人の犠牲をやむなしと切って捨てられても、僅かに鈍った体は正直よね」

 

 つまりは、この童女姿の悪女は、璃正が少女を前に躊躇するか否かを見る為だけに彼女を晒しただけであり、とどのつまりは捕らえたのも、予想外の即断を見せた璃正の拳を止めたのも、全ては気紛れによるものに他ならない。

 

「ぐ、ぉ――っ」

 

 そして捕縛の効果か、展開した礼装とのつながりも断たれている。

 己の影を伝って地に縫い付けられる感覚は地面に足を取られたような奇妙さであるが――体はおろか気も碌に練る事も出来ない現状。

 それも先の衝突ではあのランサー達を捕らえて見せた影の魔術であるのだから、人である璃正にこれ以上抵抗する手段もない。

 できる事と言えば、精々足から影に食われる様に侵食される痛みを堪え、彼女の興を削ぐことだが―――

 

「無駄よ。例え断片でも、私の“ナハツェーラー”は人間如きに解かれるほど柔じゃないわ。ほら、誰も見ていない責めない貴方は良くやったわ。だから、ねぇ――素直に泣き叫びなさいよ」

 

 その耐え忍ぶ姿も彼女の娯楽とされ、自害も許されずにジワジワと足元から死を与えられる。

 まるで底の無い沼に沈められる様に、爪先から熱を奪われれ、既に膝近くまで感覚が死滅していた。

 強固な拘束の中で走らせた感知にも、近くに援軍の気配はなく、だからこそ完全に積みである。

 

「―――ご苦労様神父さま。来世はもう少し、賢い選択をお勧めするわ」

 

 この教会に璃正を除き、教会関係者はいない、キャスターの目論見通り事が進む不快に璃正の顔に弱気な色が滲み出し――

 

 

 ――空気を伝播してある筈の無い声が響いだ。

 

 

形成(イェツラー)―――辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ・ゲットー)

 

 

 宣言は間違いなく祝詞、宝具解放を示す口上だ。

 そして英霊の持つ具々の開放となればその変化は顕著であり、場を日の光を乱反射させるナニかが駆け巡る。

 

「っ、ぁぐ――」

 

 そして間を置かず漏れ出た苦悶の声。

 そこに目を向ければどうして絶叫を耐えきったのかという程怪異が現れていた。

 捕らえられていた璃正がその両足を切断され、出血も真新しくキャスターの影から離れた位置に倒れていたのだ。

 それだけでも異常極まる事態ではあるが――何よりおかしいのはその痛々しい傷跡から溢れる筈の血が止まっている事。正確には僅かに漏れ出ているが、あれだけの傷なら切断された瞬間に致死量と言ってもいい程血が海を作っていても不思議ではない。

 

「――私としましては、極力戦闘行為には介入したくはなかったのですがねぇ」

 

 そして、件の怪異の指揮者、穏行と間諜を代名詞とするそのクラスなればこそ、キャスターの目を掻い潜ることができた。

 よって、ここに攻勢に出たという事は気配、存在を明示したという事に他ならず、消極的な声はその言葉に反して確かに戦意を宿していた。

 

「っ―――アサシン!?」

 

 開けた教会前広場の上空、まるで天蓋に張った只管巨大な蜘蛛の巣を連想させる糸に四肢を這わせた痩躯の男。アサシンは彫りの深い目を愉快そうに、してやったと嗤っていた。

 

「無駄口は慎めアサシン。舐めて掛かっていい相手ではない――早急に片を付けるっ」

 

「ええ、心得ておりますよ綺礼。一先ず、彼女のお相手は引き受けましょうか……あまり長続きはしないのでしょうから、早々にお父上を避難させて下さると助かりますねぇ。私の処置では限界というものがある」

 

 会話を拾うに、彼らが現状を演出した事は疑いようはないだろう。

 璃正の不可解な出血が止まっている現象も、恐らくはアサシンの宝具、ないしスキルによるものとなれば――

 

「あら――死んだはずのサーヴァントが一騎……一体なんで――なんてこんなの問うまでもないか」

 

「まあ、確かに。こうなれば如何に愚鈍な者だろうと察しはつくでしょう。故に、如何でしたかな?私の宴はお気に召して頂けましたか」

 

「ハッ、その痩せ細った顔で微笑まれても、鳥肌が立つのよ!」

 

 にらみ合う間も短く、挨拶でもする様に杭を、針鋸短刀と今度は惜しみなく拷問具の数々を放つキャスター。

 だが、どういう訳か、アサシンは指先から伸びる宝具と思われる糸で積極的に防ぐでもなく、その痩身を空中で踊るようにして華麗に躱してみせた。それも一度や二度ではなく放たれた具々の悉くを、だ。

 

「――へぇ、非戦闘員系キャラだと思ってたら意外と動けるじゃない。ごめんなさいね、貴方の事舐めてたわ」

 

「いえいえ、この程度、認識を改めるものではありませんよ。お嬢さん」

 

「だから―――っ、それが寒いって言ってんのよっ!!」

 

 賛辞にも取れるキャスターの言葉に仰々しく礼を取るアサシン。

 先程の回避の動作といい、一々芝居がかった動作がキャスターの癇に障るようであり、拷問具の量は増加の傾向をゆく。

 一応、アサシンが対抗できている事を確認し、綺礼は投げ出されていた父、璃正を素早く回収して傷の具合を確認する。

 幸いにして、彼は魔道を納めるにあたって治癒系統の術も習得している。

 傷を瞬く間に完治したり、毒素を完全に浄化するような高等魔術を納めている訳ではないが、それでも止血程度の応急処置なら十分事足りる。後の本格的な治療は後続の教会員に任せればいいのだから。

 すまないと苦しげに言葉を漏らす父の姿に顔を歪め、綺礼は父の手を握り返し、乱れていた生気を整えていく。

 今出来るのはこの程度と出来る限りの治療を施し、その元凶、襲撃者であるキャスターを目に捉える。

 

「またせたアサシン。当初の計画が狂わされたが――」

 

「然り。ここで事を納めれば、まだ大勢は整えられましょう」

 

「計画、ね――いいじゃない神父様、貴方も中々悪いことしてるのねー割と好みよ、そういうの」

 

 愉快気に挑発するキャスターに対し、綺礼は黒衣の胸元から取り出す赤い十字架、の様な形をしたそれを両手に三本づつ、指の間に挟むようにして構える。

 

「戯言もそこまでにしておけよキャスター。神の御許での狼藉、これ以上は捨て置けん。父に代わって私が今誅罰を与える」

 

 用途不明の物体を手に持ち、ゆらりとした立ちは不気味にも見えたが――その姿が手の一振りによって一変する。

 爪の延長であるように赤い柄から銀色の刀身が伸びていったのだ。

 長さは大凡80㎝そこら、レイピアの様に細身の刀身は直刀であり、切るというよりも刺突やそれに類する用途に特化してると推察できた。

 まるで奇術のような光景、ではある。が、目にしたキャスターは驚く風でもなく、寧ろ感心ように口笛を一つ吹いた。

 

「へぇー……黒鍵(こっけん)、それも刀身の精製までできるなんて、若いのに苦労してるのねぇ」

 

 そう賛辞を贈るようにしたキャスターの表情には先程よりも遊びが消える。それだけにその黒鍵が刀身の細長さに反して、強力な武装であることを示していた。

 そして、遊びが無いのは相対する綺礼もおなじである。

 戯言は此処まで、先の言葉に他意もない、混じり気のない敵対宣言であると示すようにして、傍らに舞い降りたアサシンに魔力を回す。

 

「―――アサシンっ」

 

jawohl(ヤボール)――私としましても手の内を晒し続けるのは避けたいですしね。当てにしてますよ、綺礼」

 

 軽々と宙に飛ぶアサシンは再度上空に展開した蜘蛛の巣に手足を駆け、痩せ細った姿からは想像もつかない身軽さで翻弄するようにキャスターへ先攻する。

 対するキャスターは陣を展開したまま不動の構えであるが―――視界を過ぎるもう一つ影、黒鍵を交差手に構えながら弧を描くように距離を詰める綺麗を見てさらに魔力を高める。

 

 互いに両者下位の名を定められたクラス、キャスターとアサシン。

 両者は教会という異例の舞台を経て激突し、暗殺者と魔術師の名に沿い、戦としてはかつてないほど粛然として幕を切った。

 

 

 






 ども、12話目投稿しましたtontonです。
 今回は形成さんの活躍を掛けたので個人的には満足満足――遊び過ぎですかね?(苦笑
 璃正さんは前回から変わらずハッスルしておりますが――流石に英霊の相手は荷が重いという事でしょうか? という訳でバトンタッチ! 息子&表に顔を出さない面子その1アサシンがお相手します。
 一応次で教会襲撃篇は一応の形を終えますが――そこからある意味待望のシーンを書いていきますので、どうかお楽しみに(ニヤ
 では、今日はこの辺で、また活動報告、次回更新にて!
 


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「大黒幕」

 


 

 

 

 歯痒い、という感情は人であれば誰しもが抱いた共通の感情ではないだろうか。

 試合をする者観戦する者が拮抗した状況に歯噛みする。

 出かかった記憶の何某かが咽元を突いて出てこない。

 もしくは、他人の能力を自身と照らし合わせて思う苛立ち。

 ――人生はそうした他者、或いは想定と現実との摩擦に溢れていると言っていい。

 

 ならば、今この教会で彼女、キャスターが舌打ちを漏らすのも、そうした一種の苛立ちの発露に他ならない。

 

「――っとに、さっきから―――っ!!」

 

「イェハハハっ、無駄ですよそんなものでは――」

 

 華麗というものは、その境界を越えれば途端に醜く変貌する。

 何事も度が過ぎれば醜悪なのは万物共通である。

 そう、キャスターの攻撃手段、拷問器具を投射する“血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)”を、アサシンは悉く大仰な動作で躱していたのだ。

 無論、キャスターとて魔術師であれば当然知恵は相当に利く。

 背後からの強襲、挟撃、直上・真下からの不意打ち等、文字通り全方位隈なく攻め立てたはずである。

 なのに、なのにだ。このアサシンはキャスターの神経を逆なでするような声で余裕の笑いさえ漏らしていた。そうなれば彼女ではなくとも歯ぎしりの一つもしようというもの。

 

「言ってくれるじゃない――っなら! これで――」

 

 だからか、彼女が取った手段は単純明快、的に放った矢が当たらないのなら、だ――そう、あたる様にすればいい。

 

「おや――」

 

 アサシンの正面頭上除いて周囲を覆う土壁。

 不自然に空いている頭上はフェイク。正面にしても、態々矢面に立つほどこのアサシンは肝が据わった人物ではない。となれば当然、アサシンは跳躍の為にその痩せた足を曲げ――

 

「――避けてみなさいよコレをっ!!」

 

 頭上に現れた大車輪を前にしてその跳躍を取りやめる。

 

「ああ、なるほど――ですが」

 

 だが、それで止まるほど思考は硬化していない。

 アサシンは曲げた反発を上ではなく前、残る正面へ開放する。その様は虎穴に飛び込む山羊の如き愚策さといえた。

 故にキャスターはよくぞかかってくれたと言わんばかりに笑みに口元を歪める。

 その彼女の信頼に応えるように、両者の間、地面からせり上がってくる“鉄の処女”。

 そして凶悪な扉を開けて待ち構えるソレに加え、後方にはこれまた無数の魔法陣。暗に他に道はないと示すキャスターの死刑宣告である。

 殺陣――ただしそれは舞台や映像という媒体用の、ではなく真実相手を殺める為だけに敷かれた布陣。

 例えば銃弾のカーテンなどは、それだけで人にとっては死の警告である。それも不可避の壁が音を突き破る速度で迫るともなればいかほどのものか。

 左右も後ろも壁に阻まれ、頭上には鋼鉄スパイク付きの大車輪、前門に鉄の乙女と掃射を待ち構えて展開される拷問具の数々。

 単的に言って、コレを前に突破しようと考える者など余程の豪傑か、或いは単なる馬鹿か。どちらにせよ、暗殺者である彼に残された手段はもうないのだから―――

 

「――油断しすぎだアサシン」

 

 がしかし、その場に残る声がその事実、可能性を広げる様に己の一投で切り開く。

 響く言葉を信じていたと言わんばかりに、タイミングよくアサシンが選んだのは頭上への跳躍。

 確かに正面突破よりは可能性があり、頭上には彼が張り巡らした糸が展開しているのだから、そうした意味では成功率は高い。が、それには降りかかる車輪をどうにかしなくてはならないが―――その鉄の塊が突如飛来した6条の光に横殴りにして吹き飛ばされた。

 

「ああ、これは失礼。ですが、言ったはずです信頼していると――やはりアナタの腕は信頼できますね綺礼」

 

 車輪の軸、というには成人の顔を優に超す太さのそれに突き刺さる紅い十字架。六つの黒鍵は刀身を鋼鉄の車軸に深々と貫くが――土台体積比的にみても比べるべくもない。要は、その程度で弾かれる等、物理法則を無視しているにも程があるのだ。

 だが――世の中に物理法則を捻じ曲げる事態というものは意外にある。

 

「……ちょっと、今時の“代行者”ってそんなのもアリなわけ?」

 

 問題なのは、その理を曲げた要因が単なる力にモノを言わせた一投であったという事。しかもだ、その体現者はランサーの様に超常の力を宿す英霊でもなく、ただの現存する人間なのだから。

 付け加えるなら、異端に相対する事が多い“代行者”の正式武装である黒鍵ではあるが、綺礼には役職に元、という前書きがつく。キャスターを驚愕させた一撃も彼にとっては特筆すべきものではなく、それは次弾を装填するように黒鍵を懐から取出し構える無表情さからも窺えた。

 

「いやしかし。おかげさまで、こうして五体満足でいられますが―――如何せん状況が悪い。仮にも二人掛かりで制圧できないとなれば、より数を整えるのが上策ですが―――」

 

 だが、それは彼が優位だから冷徹に構えられるわけではない。

 寧ろアサシンの言葉通り、状況は切迫していると言っていいからだ。

 

「――ああ、教会員がこちらに向かったという報告は受けていない……これだけ派手に立ち回っているのに、だ」

 

 要するに、今彼等は孤立無援の状態であり、驚きはしつつもキャスターに焦る様子が無いのはつまりそういう事。

 察するに異常の察知、通信手段の妨害という所だろうか――いや、キャスターの性格を考えるのならそんな万が一たどり着かれるような生易しい手段は想像しづらかった。むしろ、たどり着けないよう結界なり湾曲なりと、周囲一帯を異界化させていても不思議ではない。

 

「如何しますか? 私は一応、撤退を進言しますが。綺礼、貴方ほどの腕なら結界の突破も容易でしょう。お父上を抱えて撤退する程度なら私にもそう無理はない」

 

 となれば、撤退を視野に入れるアサシンの進言は至極真面である。

 こうして言葉を交わしながら巧みに避ける綺礼とアサシンだが、いっこうに攻勢に出れていない事実は変わらないのだから。

 だがしかし。

 その言葉を肯定するという事は―――

 

「――っ、出来る訳がない。あの少女を見捨てろと? 襲撃者に背を向けて教会を明け渡す?」

 

 神の御許を盗人に明け渡す。それも罪無き幼子を贄として生き延びる等――教典に照らし合わせるまでもなく大罪だ。

 真っ当な神経を問うまでもなく、人として取ってはならない道である。

 ましてや綺礼は聖職に生きる人間。その葛藤は当然であり、そんな彼だからこそ悔やみ――突き付けられた事実を解答として見据えていた。

 

「ですが――その葛藤には答えが出ている。と、貴方ならお判りでしょう?」

 

「解っている! だがっ」

 

 綺礼たちではキャスターを倒せない。

 結界を突破できたとしてもそれは単身、アサシンがかかえ逃げれる上限枠は僅か1つ。

 つまり、救うべき対象にに対して枠が足りない現状―――が、聖杯戦争に参加する物にとってこの状況は愚問過ぎる。それでも悩む葛藤こそ彼の生涯の苦悩を表してはいるが、そんな彼でもこの解答は間違えない。

 否、間違えようがないのだ。

 

「―――現状の打開不利を肯定っ、これより離脱、先行する。アサシン、言峰神父を」

 

 未だ脱落者のいない聖杯戦争で裁定者を書くような事態になればどうなるか、一般人一人と天秤に掛ければ比べようもないのだ。例えそれが教義において忌むべきものであろうとも、だ。

 

 歪み皺の寄る顔を恥じるように先行する綺礼。

 続くアサシンは既に意識の無い璃正を抱え、綺礼の後を追いながら殿を兼ねて周囲の木々を輪切りにしていく。

 障害物、というには些かお粗末かもしれない。だが、キャスターの本来の目的は教会の確保、目的のものを手に入れたのならここで怒りに身を任せて時間を浪費するなどナンセンスというやつだ。

 

「ふ――ん……思ったより悩まなかったわね。若さ? ―――いえ、神父様ならいざ知らず、あのボウヤにそこまでの場数があるとも思えないし――」

 

 よって、当初の目的を達したキャスターは去っていく綺礼たちには目もくれず、振返って主不在となった教会を視界に収める。

 目当てのものは手に入った。そこに一応の満足はあるのかご満悦な笑みを浮かべるキャスターの顔は無邪気さと愉悦――そして狂気の色を内包したものだ。

 その目的も、陣地確保という大義名分があろうと、何も監督役を襲わなくてもいいのは先の通りである。

 ならば、そこには彼女個人の譲れない何某かの要因が不可欠であり、それ故の笑みであるのは想像に易い。

 

「―――そうね。それが妥当―――あ、ごめんね忘れてたわ」

 

「――!? ――っ、――!!!」

 

 と、そこで手にした教会の活用法に思考を移していたキャスターは、横で必死に拘束を抜け出そうとしていた少女に視線を移した。

 しかして無駄な努力をと嗤うキャスター。

 だが、先の璃正ですら一歩も動けなかったそれを、混じり気なく一般人の、それも子供がどうこうできる代物ではないのは明白である。

 

「けどごめんねぇー私はこれからここの改築で忙しいし、もうすぐりゅーちゃんが来てくれると思うんだけど……それまでアナタにかまけてる時間はないのよ」

 

 身動きを封じられ、恐怖に顔を歪ませながら、現実から目を背ける事も出来ずにいる無力な子羊。

 それは拷問器具という悪辣は具々を扱う彼女にとって、本来なら好見の場面だろう。

 しかし、“喜びは共有したい”などと、心くすぐられる誘い文句を口説かれた身としてはここは貞淑さを示すところだ。と、加虐心を抑えに抑えて、相方の到着を待つ傍ら、陣地の構築に取り掛かる。

 もっとも、その最中に騒がれては、例え声一つ出せない身であろうと煩わしいのには変わりない。

 故に―――

 

「じゃあね。恨むんなら、神の慈悲の無いこの世界を恨みなさい――」

 

 慈悲もなし。

 絶望という、正に体現したような顔で目を見開き、おそらく懇願しているだろう少女の声無き声に一グラムも考慮する事無く。キャスターは彼女を影の沼に今一度沈めていった。

 

 

 

 

 

 教会に属する構成員たちは冬木の街にそれぞれ散開している。

 何が言いたいのか、というと。

 この街のいたる所で行われる“戦争”を裁定する彼らが広域をカバーするには、要所要所に拠点を構えるのが合理的だったのだ。

 故に―――

 

「――っ、すまぬ綺礼。ワシの不始末で――」

 

「無理に起きずそのまま――今は、安静に体を整える時期です」

 

 仄暗い一室に燭台から灯る淡い光が小さく呻く声と、それを介抱しているだろう男の声を拾う。

 誰、と問うまでもなく、それは教会を無事脱した璃正、そして綺礼のものだ。

 

「キャスターの動向はアサシンに偵察に向かわせました。他の教会員にも――遠坂の家にも伝令を飛ばしてあります」

 

「……そうか。いや、流石の手並みだ。ワシも、老いるわけだな」

 

「御冗談を、まだ拳で息子に劣らない者を老体などとは言いませんよ」

 

 綺礼の報告、そして教会側の用意した場所という事で気持ちが一定のラインに落ち着いたのだろうか。両者のやり取りには先程までの襲撃に敗走した暗さを窺わせない雰囲気が漂っている。

 この際綺礼のご丁寧な口調はご愛嬌という所なのか、この親子のやり取りはこれで正常なのだろう。璃正は起き上がった体を押し止める息子の手にしたがってゆっくりと横たえた。

 

「―――時臣君に連絡が言っているのなら話は早い。キャスターの件、早急に手を打つ、という事だろう」

 

「では―――」

 

 だがしかし、横になった璃正は雑談もここまでと細い目を険しくし、件の襲撃者への処遇を告げる。

 外来の魔術師と従来のルールに従わない陣営というのは目に余るが、此度の教会襲撃は既にその範疇を容易く超えて看過できない。

 ましてや一般人を遠ざけるどころか積極的に巻き込んだ事は許し難く、璃正の表情には憤怒の気がありあり現れていた。

 

「しかと、そのように。他のものには私から伝えておきましょう。“参加者”の方には体に鞭を打つようですが、父に――」

 

「よせ、そこまで年老いたつもりはないわ」

 

 キャスターに下される裁定は重い。それこそ他勢力に抑制と強制を課しかねない程にだ。

 此度の教会襲撃など、今後監督役の地位を盤石にするためには先お送りにしていい問題ではない。ことは性急に且つ、正確な采配を下す必要がある。そのためにはその身に灯った怒りの火は今一度静める必要があり、体を休める意味でも璃正はこの場を動く事が出来ない。

 それ故、その間の些事は他の構成員か、息子である綺礼の勤めである。

 

「綺礼―――頼んだぞ」

 

 扉に手を掛けた綺礼に、父の言葉が乗り掛かる。

 普段弱音や愚痴よいった類のものを見せない父であるが故に、息子の肩にかかるそれは重責である。

 が、そんな父に寄せられた期待を無碍にする性格でもなければ、逃げ出すような人間ではない。

 扉を開けた綺礼は振り返りはせず、一度立ち止まって僅かに首肯する事で応えた。

 

 

 

 街中の奥まった所に位置する一先ずの拠点を後にする綺礼は周囲を警戒しつつ進む。

 人気の無いこの場所では無用の心配に思えるかもしれないが、寧ろ彼等の様なものにとって常時警戒するに値するのはこうした独り身の時である。

 基本的に喧騒と無縁である孤立した状態など、暗闇を好む者にとって恰好の餌場であるのだから。

 

「おや、これはこれは――」

 

 だからであるからして、こうしてその手のモノに邂逅するとしても、それは不思議ではなかった。

 

「――――」

 

「こうして一対一で対面するのは初めてでしたか、御無事なようで何よりですよ綺礼」

 

 二メートルを優に超えるかという巨漢。

 しかして恰幅がいいという訳ではなく、身の幅より幾分余裕のある祭司服が彼の体を細身に見せる。

 場所が場所であり、時が夜であるのなら然る機関に通報されてもおかしくない登場の仕方と怪しさである。

 が、綺礼は別段慌てるでもなく、かといって友好的な態でもなく、寧ろ相手を睨むよう相対していた。

 

「なぜ貴様がここにいるアーチャー」

 

「なぜ、と? これはこれはおかしなことを仰る。我が主は教会側との密約が露呈しないよう配慮しているだけのこと――誓って他意はありませんよ」

 

 至極丁寧な物言いも、彼が発すれば途端にキナ臭くなる。

 その英霊の生前の偉業は、召喚にあたって綺礼も一応に聞き及んでいるが、こうしてみれば真面な英霊であるとは思えない。

 そも、英霊とは必ずしも人の救済、人知を超えた驚異を超越した輝かしいものであるとは限らない。逆に騙し、殺し、殺された血塗られた者、魔的な要素に魅入られて人から墜ちたものなど、その輝きから対極に位置する者も分類される。

 それが冬木における聖杯が選出する“英霊”であり、おそらく、このアーチャーもそうした魔に身を置く性質だろう。

 間違っても美々しくも気高い英傑ではない。

 

「ここで私の前に姿を現す軽率さが迂闊だと――いや、いい。父に用があるというのなら、早急に主の命を済ませればいいだろう」

 

 それは相対する綺礼の言葉の端々からも窺える。

 基本的に厳格な璃正に育てられた彼がここまで邪険にするのだ。

 初対面、ではないが、こうまでして物腰を柔らかくしても嫌われるというのは呪いの様なスキルめいたものを感じさせるが――対するアーチャーは、そんなぞんざいな対応にもめげずにニコニコと対応する。

 

「私としましてもそうしたいのはやまやまなのですがね―――職業柄、迷い人というのはどうにも見過ごせないのですよ」

 

「迷う? ―――まさかとは思うが、それは私のことではないだろうなアーチャー」

 

 そしてそれは殊更綺礼の心に鋭い棘を刺したらしい。

 睨むその相貌をより濃く、明確に、いっそ敵意さえにじませる態でアーチャーに対する綺礼。

 だが、そんな事さえアーチャーには柳に風だとでもいうのか、特に堪える様子もなく、彼の表情はいたって飄々としていた。

 

「おや、ご自覚が無いと? これはこれは、いよいよもって重症のようだ――ああ、ならばいいでしょう。さほど時間は取らせません。神の御許においた先達として、一つお節介をさせていただきましょうか」

 

「……そんな戯言に私が付き合うと? アーチャーもう一度は言わん。主の命があるなら早々に―――」

 

「ホウ、そうまでして認めたくないのですか?」

 

 途端に視線を超えて周囲に明確な殺意が滲み出す。

 綺礼とて何をこれほどアーチャーに苛立っているのかは掴みかねている。

 

「これは失礼―――ええ、ですから私の言葉は独り言の類と思ってくれて結構だ。そう、益体もないと切って捨てるのなら、貴方もお忙しい身だ。耳をかさずに立ち去ってくれて結構ですよ」

 

 だが、このささくれ立った心が訴える主張は、綺礼にとって無視できるものではなく、本能的に悟っていた。

 曲りなりにも聖者の装いをしているこの男は、間違いなく悪魔が聖者の皮を被っていると。

 故に、本来なら耳をかすどころか気にも留めない言葉の羅列を―――

 

「察するに、貴方はご自身の核というべき芯を定められていない。この国の言葉に言い方を変えるなら―――“足が地についていない”、というやつでしょうか」

 

 どういう訳か、彼は足を止めていた。

 一応に警戒しているのか、正面に立ちその挙動を見逃すものかと警戒に険しい表情は変わらない。

 だが、それでもこうして留まっている時点で、彼はその異常に気付くべきであった。

 いやそうした意味で、この神父姿のアーチャーは言葉巧みだったということなのか。

 

「身近な人物なら清廉とされていると、そうも捉えるでしょう。そうした意味で貴方は性質が悪い。いえ、決して悪い意味ではなく、この場合はその処世術こそが巧みだと賛辞を贈るところですが――ともかく、そうした衣を身に纏っていくにつれて、貴方は自身でも身動きが取れていない。それこそ、自身の姿を見失う程に」

 

 ただの益体もない話である筈なのに、まるで綺礼が生涯秘めていた苦悩、それこそ実の父ですら打ち明けれずにいた悩みを彼の中から摘出していく。

 ひどく苦痛を伴うだろうそれに、まるで目の前の英霊が強大な何かに見える錯覚にとらわれ、綺礼は膝が覚束なくなる。

 もともと、その苦悩の答えを求めて参加したはずの聖杯戦争。そして今、まさにその答えが片鱗として見えかけているのに、彼自身はそれを拒絶するように苦しんでいた。

 

「ですがそれはただの価値観の相違。貴方は認めたくない事象を見ないふりをしているだけで、物の見方を変えれば絡まった糸は容易くほぐれる筈だ。もっとも、その歳まで自身が絡ませた糸はどうやら特大の奇形である様子――ならば少々刺激も強いでしょうが、荒療治も必要でしょう」

 

 おそらく――いや、それは確信に近い何かで。

 そう感じるからにはこれは一二も無く切って捨てる場面であり、言峰 綺礼という青年にとって、今まさに人生の分岐点に放り出されていたといっていい。

 

「綺礼――――」

 

 もっとも――――――

 

「――――貴方は“既知感”というものを感じた事がありますか?」

 

 その選択肢を握るのは綺礼本人ではなかったらしい。

 

 呪いの言葉を贈られた綺礼はついに片膝をつき、まるで慈悲を乞う罪人のように目の前の男を見上げる。

 そして、綺礼が抱いた感想は真実的を射ていた。

 

 死人の笑い。

 

 大凡人が浮かべる筈もない禍々しい笑みを浮かべた何かが目の前で愉快気に笑う。

 ひどく不快で、恐らくもう手遅れだと、彼はどこまでも他人事のようにこの光景を眺めていた。

 

 

 






 あとがきだけど推奨BGM:Cathedrale(Dies irae)
 エセ神父による邪教説法 入門編、始まるよ!!
 エセ神父(アーチャー)登場シーンに流れると知ってる人はニヤリかも?
 既に脳内で保管できたそこのあなた、紛う事無き猛者です。貴方とは小一時間余裕で話せそうですねw

 さて、こうして待ちに待たせました? ワンシーンにてようやくいくつかフラグ回収。しかしてさらにフラグをばらまいてますので私的にはイーブンw
 綺礼さんは果たして無事なのか? いや敵ではないから問題ないだろうと思ったあなた、これがどういう意味を持つのかはZero本編で有名なあのシーンをDies風にしたものなのですよ! ですので、この説法は次回にも続きますのです。つまり―――綺礼さんがどうなるか―――あとは大体想像がつくかとw

 そんな感じで作者的には盛り上がってきたのですが――申し訳ない。前々から報告していたドイツ行で一週間執筆が空きます。帰国が8日なので、なんだかんだでそこから執筆すると2週間空きそうで怖いのですが――どうかその間お待ちいただけると幸いです。

 では、今日の夜出国なので少々最後の確認もあり、慌しいですがこれにて失礼します。
 余裕があればこちら、もしくはツイッターの方でつぶやいたりハーメルンの方にも顔を出せるかもしれないので、感想等頂けると作者の活力になりますw
 ご指摘や、些細な点等でも構いませんので、是非に、よろしくお願いします。
 それでは、また次回更新でお会いしましょう!

 


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「ト書き」

序盤推奨BGM:『Unus Mundus』(Dies irae)


 

 

 

 ――既知感。

 

 既視、ではなく既知。

 似ていると思う者は多いだろう。

 もしくは同じもので単なる言葉違い――などと思う輩もいるかもしれないが、これだけはあえて言わせてもらおうか。はっきりと、比べるまでもなく別物であると。

 

 既視感とは、所謂デジャブ――つまり、今体験した何某かを、過去どこかで、自分が、或いは周囲の変化を体験したことがあると思わせる摩訶不思議な現象のこと。

 学によっては予知夢のようなものと言う者や、単なる錯覚、本人の記憶違いだと嗤う者もいるだろう。

 なぜなら、それらの現象が見せるビジョンはひどく曖昧であるからだ。

 確かに見た覚えがある。

 だがいつ、どこで、どのようにして起こりえたのかが思い出せない。

 記憶の追憶、それは確かに古びたフィルムを見る用であり――そうした意味では夢に属したものであるとは言えよう。

 

 対し、既知感というものを一言で表現するのなら、それは“病巣”だ。

 一度感じた既視感というものは記憶に薄い。なぜなら、それは違和感ばかりが先行し、肝心のビジョンが蓄積されないのだから。

 要するに、これが二つの大きな相違点である。

 既知感は消えない――などと、頓知めいた生易しいモノではない。

 一種の混濁、心の塗りつぶしとでもいえばいいだろうか。

 未経験な現象を知る事で、人はその好奇心を震わせ感じ入り、次を次をと求めていく。極端な話、人生とは未知を既知に塗り替える作業に他ならない。

 

 そう例えば――

 赤子の時、幼少期の時、世界が明るく、輝かしい宝石のようだと思った事はないだろうか。

 出会う人々との触れ合い、その暖かさに心温まり。

 モノの喪失、所有した物、或いは動物であったり、絆であれば―――身近な人の喪失に悲しんだり。

 ひとたび足を踏み出せば別世界への冒険が待ち受けていた――

 そう、世界は未知で溢れていたはずだ。

 

 

 対して、今の世を見渡して何を思う。

 そこに輝かしい何某かがあるのか。

 情熱を奮い立たせひたむきに邁進できる導があるのか。

 陳腐な言い回しをすればだ―――今、貴方は希望を感じ、未来を信じているだろうか。

 

 いかがな。

 今思い返した大多数は視界或いは脳裏に色あせた何かが掠めたのではないのだろうか。

 

 ふむ、今も昔も夢を信じている?

 一つのやりがいがあれば人生は素晴らしい?

 

 ―――なんともおめでたい。

 

 貴方はどうやら既視感を味わおうと、既知感には陥っていないのだろう。

 塗りつぶされるという事は即ち未知の消失だ。

 人生において味わう筈の感悦感恩感懐感喜感泣感興感傷感奮―――五感で心に響く感動を奪われる。初期症状は至って微かな違和感であるかもしれない。だが、やがてソレは宿主が感じる達成感をモノクロにしてしまう。

 先の通り、人生が未知を既知に塗り替えるというのなら、だ。その感動を奪い去られるという事は即ち、生きる活力の喪失にほかならない。

 例えどれだけ雲の上の偉人を目にしようと。

 今生において掛替えのない出会いを果たそうと。

 名画、名作、古今東西の芸術に触れようと―――

 ―――もしくは、己の生き死にすら無感動にさせられてしまう。

 感動を殺されるという事はそういう事、心が生きていなければそれはもはや人ではなくただの人形に過ぎない。ならばそう、これほど恐ろしい病魔はいないという結論にはならないだろうか。

 

 故、知らぬというのならそれに越した事はないのだよ。

 先の通りコレは“病巣”、侵し、蝕み、宿主を破滅に導く自滅因子(アポトーシス)

 陥れば最後、それはその者の破滅をもってしてでも乖脱は不可能。現に私が知りうる“悪魔の様な男”も、その既知感(ゲットー)を抜けられずにいるのだから。

 

 ああ、そう。

 だからこそ、諸君らが今生で出会う事がなきよう切に願わせて頂くとしよう。

 なに予備知識とは万象全てに通ずる予防策、損はあるまいよ。

 

 故に―――――――――

 

 

 

 ――Disce libens(喜んで 学べ)――

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか空が泣き出したように雨を落としている空模様。

 湿った空気が独特の臭いを漂わせ、道行く人は朝からついてないと早々と先を往く。

 そんな中を―――

 

「―――っ、なにを、ばかな」

 

 覚束ない足取りで往来の道を行く綺礼の姿があった。

 彼の胸の内、その思考を占めていたのは先刻に金色の髪をなびかせていた丈夫による、耳慣れない言葉だ。

 

 

 

「綺礼―――貴方は“既知感”というものを感じた事がありますか?」

 

「既知、だと?」

 

 絵としてその情景を表すなら天啓を告げる使徒と徒囚、とでも言えばいいのだうか。

 鳥のように返す綺礼の言葉に笑顔で頷き返すさまはまさに啓示を告げる聖なる何かのようではある。

 ―――が、十人が十人。そのように見れるかと聞かれればまず否定したはずである。

 なぜなら、男の笑みがひどく邪悪であったからだ。

 

「一つの概念、物事の捉え方だと思ってください。この景色はどこかで見たことがある。この味はどこかで味わったことがある―――」

 

 確認するように、丁寧に言葉を紡ぐ様子は手負いの相手に塩を塗り込む行為に似ている。

 戸惑い、膝をつく綺礼に手を差し伸べるでもなく言葉の追い討ちを仕掛ける。

 そんな彼の何処をどう見れば聖なる者と言えるのか。

 

「―――この女はどこかで抱いたことがある。と、どうですか。あなたも一度ぐらいは味わったことがあるでしょう。ああですが勘違いはいけない。あくまでこれらは“既視”ではなく“既知”、“見た事がある”というのと“知っている”のとでは大きく事違うのだと知りなさい」

 

 聞いている側の綺礼も、何を言っているのかと困惑する域の論法だ。

 啓示、と言えば聞こえは良いが、語り部であるこの男には諭す気概がまるでない。

 そう、施術、切開、傷を抉る行為でもって気付けと言っているのだ。

 

「つまりは脳が認識しているか、その事象が誤認であるか真実なのかの違いですが―――言葉遊びはこの辺でいいでしょう。肝心なのはその捉えかただ。そう例えば綺礼、貴方は最近――いいえ、恐らくは長く以前に“悦”というものを感じた事がありますか?」

 

「―――――」

 

 突き付けられた腫瘍。

 言峰 綺礼にとって見慣れた――けれどそれは正常な人が抱くべき感情ではないと只管に背けてきた答え、その片鱗だ。

 生来他人(ヒト)との擦れに出した解答。

 

 “言峰 綺礼”に人の美意識を理解する事は出来ない。

 

 言い方を変えよう。知識として受け止められるし、事象としては知っている。

 そう、知っていながら理解、咀嚼ができないのだ。

 美しい、心揺さぶられる、感動した。そうした大凡の人間が感じる筈のものをひどく歪に感じてしまう人間的欠陥。

 その構造的失陥を自覚し、ありえないとして人が求める事柄には数多く手を出した。それこそ教義に照らし合わせるまでもなく、事の崇高さとは無縁のことまで。

 だが、結果としてそうして手を伸ばせば伸ばすだけ自身に絶望を突き付けるだけとなった。

 他人との違いを認められず、求めるその姿は求道者の様に見えただろう。

 そしてその答えを求める為に“万能の願望器”たる聖杯を求めるこの戦いに身を置き、過程として、こうして答えの欠片を見つけ出す事が出来た――本来なら泣いて狂喜する場面なのは間違いない。

 間違いないが、本能的にその答えの危険性、知れば退路はないという恐ろしさが見えかくれする。己をここまで確固としてきた道がまるで見当違いだという事実。その瓦解を愉快だと笑う司祭服を着たナニカが予感させるのだ。

 同時に、この男を前にした時点で他の道が潰されている事はまず間違いない―――

 

 

 

 男の訓示は途切れる事無く続き、綺礼が雨見濡れ始めた頃にようやく終わりを告げる。

 講釈がという意味ではない。ただ遠坂 時臣の催促に折れたというだけで間がよかったのだけに過ぎない。

 

 そして綺礼がそう感じるからには件の答えは得られなかったのだろう。

 もし、答えを示されていたのなら、彼はこうして雨に打たれて首を垂れている筈がない。

 

 彼の聞き違えでなければ既視ではなく既知。

 耳に残る言葉が脳内をリフレインしていく。

 確証には至らなかったが、突き付けられた歪への解き方を――

 

「――既知感、いや…」

 

 見えかけた回答を否定し、また一歩歩み出す。

 背後の向こう、父の言葉と期待を受けて隠れ家から出て数分足らず。彼の足取りは別人のようにおぼろげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フム――どうやら時期尚早、頃合いではりませんでしたか……いけませんねぇ、ああいった手合いを前にすると、どうにも迷い墜としたくなる。いやはや、業と言えばそこまでですが――さてはて、これはいったいどちらの業なのでしょうか」

 

 綺礼が迷い進む雨の空模様を窓から眺めるアーチャー。

 部屋にはだれもおらず、これと言って魔術が使われているような痕跡はない。

 が、それも妙な話である。

 相も変わらず笑みを絶やさぬ相貌は目が細く、窓を眺める瞳が何かを映している様子はないのである。 

 だというのに雨空に濡れる街を睥睨し、件の様子をまるで手に取る様に把握しているかのように嗤う男。ある意味で異常であり、ある意味では正常。至極もっともな話である。

 なぜならライダーを除き、その男は今だその素性、能力、宝具ですら碌に開放していない。

 未知数という意味なら、今回の聖杯戦争中、もっとも色濃いサーヴァントだ。

 

「――ああ、こんな所にいたのかアーチャー」

 

 そんな彼を前にごく自然な風に介入する第三者。

 当然、綺礼がこの場に後をつけたのではなく―――

 

「屋敷の中でまで“ソレ”に徹している必要はないさ―――璃正神父の容態はどうだったのかな」

 

 遠坂邸の主、遠坂 時臣その人だ。

 ゆったりと、且つユルみ過ぎないように着こなした赤いスーツ。青いタイに顎に蓄えた髭が特徴的な――紳士、と表現すべきか。

 苦笑と共に入室したのは遠坂邸の一室、家人であるからこそ優雅な振る舞いに淀みはなく。そして無駄が無かった。

 

「ええ、報告に聞いていたよりはご無事ですが――現場に出るとなると……」

 

 そして、それに受け超えるアーチャーも当然とばかりに報告をする。

 もう一度言う。

 その報告のやり取りには一切の無駄が無い。

 

「やはりか――」

 

 Aが投げたボールをBが受け取り投げ返す。

 言の詳細、濁す単語をこの主従はそれで汲み取り補完する。ある意味では理想の主従関係だが、この場合いにはひどく歪んで見えてしまう。

 アーチャーが時臣から受けた指示、監督側の隠れ家に璃正神父の安否の確認というお使いの様な簡単なものであったが――彼はその道中に出会った、引き留めた人物がどういう状態であるのかをまるで報告しないからだ。

 

「……いや、こういってなんだが不幸中の幸いか。キャスター襲撃に教会が落とされたという事実は確かに痛いが、神父が無事ならまだの打ちようがある」

 

「ハイ、彼も教会陥落の際にはひどく心穏やかではない様子でした―――のちに正式発表があるということですが、“キャスター討伐”はほぼ確定という話です。つきましては穴が無いよう内々に話を詰めたいという事ですが――」

 

 だが、時臣の感心ごとは聖杯戦争に終始するようでアーチャーの報告を疑うという事がまるでない。いや、この場合はそれほどの信頼を短期間で築き上げたアーチャーの行いこそ見事と褒めるべきなのだのだろう。

 

「――ふむ、ご老体に御足労ねがうまでもないだろう。ただでさえ怪我を負ったばかりだ、こちらから伺う労は喜んで引き受けるとしよう」

 

 このようについ先ほどまで及んでいた蛇足を露ほどにも感じさせず、自身は忠臣の態を演じるのだから。

 

 かくして、賽は投げられる。

 これより数刻を経たずして、キャスター組を除く各陣営に教会の監督役として伝えられた“キャスター討伐”。

 “各陣営即時戦闘行為を中断したのちキャスター討伐を最優先で当たる事”

 そしてキャスターを打ち取った者に対する報奨をつけ、各陣営に対する撒き餌にも事欠いていない。

 無論のこと、その報奨を出すものが監督、璃正の役目となればそれは遠坂と彼等が一枚かんでみているとみていいだろう。

 そうとは気付かずに浮き足出す各陣営。

 各人様々な思惑が交差し、第四次聖杯戦争、その火ぶたが切って落とされた――

 

 

 

 






 久々のニートは疲れるぜェ……
 この空気がお初な方は初めまして、お久しぶりな方はおばんデス。tontonです。
 ハイ、一応言っておくと、ニートはニートでも私ではなくて、今話序盤を語ってくれる方です。
 いきなり既知講座、しかも外道神父(続)かと思いきあのニートへのスルーパス。いや、既知を語る上ならこの人でしょという作者の偏見ですが。ですので作中の“既知と“既視”の差異については作者の解釈が多分に入っておりますデスヨ。

 で、とりあえず。今話で説明回は一区切りでキャスター討伐に向けた次へ!
 そろそろアノキャラ出したいなーとか作者の脳内で絶賛会議中ですが大筋は出来てるのでお楽しみに!
 では、このへんで、感想、ご意見、違和感等何かお気付きの点等ございましたら、些細な事でもいいのでご連絡いただければ幸いです。
 ようやくの夏本番、皆さま夏風邪等にはお気をつけてお過ごしくださいませ。


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装飾曲
「小迫リ」


 


 

 

 

 聖杯戦争において勝者は一組のみ。

 これは聖杯降霊初期から決まった――いや、決まっていた決定事項。

 万能の願望器たる器も、その所有者が一人となれば争いは必然である。そしてなればこの聖杯戦争というシステムが取られるのは当然の流れである。

 そして、その聖杯戦争というものは召喚した使い魔を使役した7組の魔術師と使い魔(サーヴァント)による闘争だ。7組という数字は半端ではあるが、奇数である方が闘争としてより立体的に縮図を組めるため、勢力さというものが出やすい――が、ここで一つ考慮しなければならないのは、その使い魔が下級どころか歴史に名を残す英雄たちであるという事だ。

 通常、使い魔というものは自身の力量以下の生物、或いは無機物を己の足の如く使役するモノ。例えばそれは猫であったり、カラスであったり、或いは生物の死体であったりと、およそ手足の領分を出ない事が最低条件だ。考えればわかる話ではあるが、己の力量以上の存在を従う術など存在しない。魔術は魔法のように摩訶不思議で便利なものと勘違いされやすいが、いたって合理的なものであり、所謂科学に近いものがある。この場合は“科”よりも“化”に近いかもしれないが―――

 

 要するに、歴史に名を残す英傑となれば、現代にいる人間より遙かに高みにいる存在。そんな者達を“使い魔”として使役し、あまつさえ戦闘を強要するとなれば、それは領分を超えるどころか、逆に召喚主が消されてもおかしくはない。

 おかしくはないが―――それが履行されないのにはこの聖杯戦争のシステムの巧みさがある。

 

 聖杯という万能の器とはいえ、その召喚には応じる選択権は英霊側にあるという事が第一。

 聖杯戦争の謳い文句は、その名に冠するように“万能の聖杯を勝者が勝ち取れる”という所にある。つまり、召喚に応じる英霊達は皆聖杯に掛ける願いをもって召喚されるのだ。となれば多少の不満が抑え込まれるのも窺える。

 

 第二に、英霊とマスターは相性がよい者が組まれるという側面を持つ。

 例外的に、英霊ゆかりの品を触媒に、召喚する英霊を特定する方法もある。実際はこの方法が主流ではあるが、その方法を選んだ場合、英霊とマスターの相性というものは度外視されるので、傾向的に擦違う主従というのも少なくはない。

 故に、そういった摩擦を起こさないよう、聖杯戦争のシステムにはマスターと英霊の相性というものが考慮される。例で言うのならキャスター組のように猟奇的に気が近い、といった具合だ。

 

 そして第三に英霊に対する絶対命令権、“令呪”が存在する。

 各魔術師(マスター)に与えらる3画の証。それはただの印などではなく、己のサーヴァントの強化が可能なハイエンチャントだ。

 例えば離れた従者を一瞬で呼び出す事も可能にできるし、満身創痍の状態から渾身の一撃を問題なく叩き込ませる補助も可能である。

 逆に、不遜な使い魔にルールを課す事も可能であり、マスター達にとってある意味生命線とも言えた。

 

 

 ―――で、あればだ。そんな“令呪”を討伐報酬とする今回の教会側の通達が他の参加者にとって無視できないものであったのは言うまでもないだろう。

 

 よって、聖杯戦争に臨む参加者の多くは皆この茶番に付き合わされることになる。

 所詮教会が真に中立であればの話であるが―――そう、勝者の決まっている戦いが幕を上げようとしていた。

 

 

 

 

 

 冬木の街を二分する未遠川、その分かたれた新都の一角、ごく一般の家庭だろうそこで一人、思考に没頭する少年がいた。

 

「――あら、教会から呼び出しがあったのでしょう? こんな所で唸ってどうしたのかしら」

 

 そんな少年の背後、締め切られていた一室に音もなく表れたのは妙齢の女性、サーヴァントであるライダーだ。

 

「別に、ただ唸っていた訳じゃないさ。教会の件も、使い魔を代わりに出してるし問題ない。そもそも――」

 

 ライダーの質問に何を当たり前のことを、と若干鼻を高くして説明を始めるウェイバー。

 曰く、いくら裁定者である教会からの正式な呼び出しであろうと、自らの素性を明かすのは非常識であると。また、身元を特定させる要素を晒すのも愚行である。

 だからこそ、急場で作った使い魔を教会――もとい、指定の場所へ飛ばしたのだから。

 

「……教会にキャスターが襲撃して占拠したらしい」

 

「あら、教会が占拠されるの?」

 

 ライダーの疑問はもっともだ。

 いくら英霊に名を連ねるサーヴァントが相手とはいえ相手は教会。それも魔術師が起こす荒事の裁定という事もあって選ばれたのは第八秘蹟会に席を置く璃正を筆頭に、教会内で荒事に従事していた者達である。いくら英霊相手とはいえ、“最弱のサーヴァント”であるキャスターに襲われるどころか占拠されるというのは穏やかではない話だ。

 

「ああ。だから、全マスター及びサーヴァントは全ての戦闘行為を中止、即刻キャスター組討伐に参加せよ、だとさ」

 

 ウェイバーの言葉によると、使い魔を通して教会員、監督役である璃正が自ら説明に立ったことにより真実味はある話らしい。

 そして、件の彼はキャスター襲撃の際に負った手傷なのか痛々しい傷を包帯で覆っていた。司祭服を身に纏っている為全容は知れないが、相当激しい戦闘だったのは想像に易いという。

 

「それは、また思い切った介入ね。本来、教会は中立じゃなかったの?」

 

「――今となっては、それも怪しい話だけど……」

 

 ライダーの発言にボソリとこぼしたウェイバーの言葉は小さすぎたために彼女の耳には届かなかったようで、ライダーは思わず聞き返してしまう。が、そこは独り言の様な条件反射だったようで、咳払いと共に仕切りなおした。

 

「――兎も角、他の勢力もこれでキャスター組を無視できなくなった。何しろ、討伐報酬が“令呪”

一画の譲渡だからな」

 

「成程……でも、教会を襲ったから討伐、というには今回の件はちょっと無理があるんじゃないかしら」

 

「ああ、これは教会側が調査した事らしいけど……どうも、冬木の街で起きてる“失踪事件”にキャスターのマスターが関わってるらしい。それも、キャスターを召喚してからその行動に拍車がかかってる。世間には足を掴ませるへまはしてないみたいだけど―――ここまでくれば今回の討伐騒ぎの大義名分が立つ、ってわけさ」

 

 近頃冬木の街を騒がしている“連続失踪事件”。

 女子供を中心に、ある日突然何の前触れもなく行方不明になり、犯人からの通知は一切ない怪事件。通常身代金なり、加害者の衝動的に死体が発見されたりとその手の事件には何かしらの痕跡が残るのだが、この事件は大掛かりな対策本部が組まれるも一向に動向をつかめずにいた。

 いたが――教会の話を聞く限り無理からぬ話だった。

 キャスターはその名の通り“魔術師”のサーヴァント。現代の魔術は科学に後を追い付かれてきているが、古い時代の魔術師なら、その腕は魔法に近い秘術を持っていても不思議ではない。

 早い話が神隠しに近い魔技が駆使されているという事であり、いくら警戒網を敷こうと、警察関連の機関が後手に回るのは無理からぬ、という事だ。

 

「じゃあ――私達もこのゲームに参加する。ということでいいのかしら」

 

 そう、そして大義名分が立ったのは教会側だけでなくマスター達にも同じ話。

 魔術師は“根源に至る”所謂知識の求道者だが、その秘術が漏れないよう秘匿に努めるのは彼等の世界では常識に等しい。だが、キャスター組の行為は明らかにその範疇を超えている。

 秘匿という意味では確かに痕跡を残していないが、如何せん被害数と速度が尋常ではない。肝心の手口を秘匿しようと、事件性を色濃くにおわせている時点で危険極まりないのだ。

 

「まさか。こうなれば勇み足で教会に飛び込む馬鹿の一人や二人は出るだろうし、教会はまずキャスターの“陣地作成”で間違いなく周囲一帯が魔改造されている。そんなところに何の装備も用意も無しに行ったら相手の思うつぼだろ」

 

 だが、ライダーの意見に何を馬鹿なとその考えを一蹴するウェイバー。

 キャスターが教会を牛耳っている以上、その霊地としての特性を十二分に引き出しているだろう。

 いうなれば“水を得た魚”か。

 マナの豊富な土地を牛耳ったも同然の彼女にとって、それは限りなく尽きない魔力炉を得たに等しい。ならば、こうしている間にもその燃料を貯蓄しているとみて間違いなく、そんな所に飛び込めば魔弾の雨に晒される―――もとい、拷問器具の餌食になりに行くようなものだ。

 そこまで説明し終えたウェイバーにライダーはなら静観するのかと彼に問うが―――

 

「それこそありえないね。教会側が仕向けたってのは気にかかるけど、他の陣営に態々令呪を与える機会を指加えてみてるってのも馬鹿な話だ。だから―――行くぞライダー」

 

 意外とこれで正義感というものがあったらしい。

 扉に向かってリュックを片手に顔だけ振返ったウェイバーの目には怒りの色が揺らめいている。

 どうやら、件の“連続失踪”事件に対しては彼も思う所があるようだった。

 

「教会周辺を探りに行く。最悪戦闘もあるだろうけど――そういう身を隠すのは得意だろ」

 

 扉を開ける彼は若干肩をいからせており、不謹慎だがある種の微笑ましさを思わせる。

 そうして、その感慨に琴線が振れたのか、入り口を潜ろうとした彼の背後で笑い声を抑えたような声が漏れ聞こえた。

 

「な、何がおかしいっ」

 

 至って真剣だった彼は顔を赤くして背後を振り返って噛みつく。

 この家には本来の持ち主を除いてウェイバーとライダーしかいないのだから誰の、と問うまでもない。だからこそ、事の意味が分かっているのかというウェイバーの問い詰めに、ライダーは目尻に涙を溜めて申し訳程度に手で諌める。もっとも、その目に溜まった涙が笑いを堪えた涙であったのは言い訳しようがないだろうが。

 

「いえ、やっぱり男の子なんだなって――ああごめんなさい。貴方を低く見たつもりはないのよ。寧ろ……」

 

「な、なんだよ」

 

 改めて顔立ちの整った長身の女性に見下ろされていると、怒り捲し立てていた筈のウェイバーは今度は急に怯んでしまう。

 付け加えるなら、見下ろす形になっている彼女の瞳に主を責めたり、軽んじた色が無い事もウェイバーの焦りを深いものにする一役を買っている。

 

「ううん。頼りにしてるわよマスター」

 

 そう言って扉からライダーに問い詰め、思わぬ反撃に固まっていた主を置いて先に部屋を出ていくライダー。

 と、そこでようやく再起動を果たしたウェイバーが、先行する従者に主を置いていくなと、これまた騒がしく彼ら主従は彼の目的地に歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 教会という人が営む場所において、そこは静か動かと言われれば間違いなく静に属する場において、空間を支配していたのは静は静でも不気味なほどの静寂だった。

 

「……なんだコレ」

 

 教会を前にし、本拠地に踏み込む前に慎重に周囲を探っていたウェイバーはその奇天烈さに驚愕した。

 探ってみた結果、結界の類は確かに目の前の空間に広がっている。が、結界とは外敵を拒むためのものであり、目の前のモノはその用途に従うのなら、根本的にその役目を否定している。

 そう、端的に言って侵入者を拒んでいないのだ。

 

「――侵入者をおびき寄せる罠か。いや――」

 

 まず考え着くのが罠の類。

 ウェイバー達はキャスター組と直接相対していないが、それでもあの手のモノが陣地に施す魔術に穴をあけるとは考えられない。十中八九、誘い込むための罠だろう。

 だが、そうした場合誘い込んだ先に何が待ち受けるのだろうか。

 陣地を構えるという事は襲撃される事を考慮しなくてはならない。まして、御三家のように長い間構えた居ではないからして、その防備は随時建設中と見ていい筈。ならば、ここはその防備が整う前に叩くべきであるが―――

 

「こんなに早く防御を整えたのか……いや、ハッタリという線もなくは……」

 

 教会側の知らせでは襲撃からまだ一夜も経っていない。

 その僅かな時間で環境を整えられるはずもないが――それを可能にするのがキャスターのクラススキル、“陣地作成”なのだ。環境を整備し、自らに有利な工房を作成し最適化する。

 そう考えればこの霧の様な結界の不定型さも頷ける。もっとも、それもまだ推察の範疇を出ないが。

 

「いいえ、そこまで深く考える事はないわマスター。おそらくだけど、貴方の考えはあっているはずだから」

 

「解るのか、ライダー」

 

 横から思わぬ合の手が入る。

 整った相貌により真剣な深さが加わり、吟味する為なのかウェイバーの視点と近くなっていた。

 

「これでも、魔道にはそれなりに精通してるつもりだから―――そうね、やっぱり行きはともかく、脱出はかなり手間取りそうね。うん、術者の性格のねじ曲がり具合がよく出てるんじゃない?」

 

 思わぬ接近に一歩引いてしまったウェイバーは、ここが敵陣前だという事を思いだし、崩れてしまった表情を引き締めて一歩前に出る。

 確かに、あのキャスターの言動からして、出られない者を追い立てるという、えげつない趣味で仕掛けを施していても不思議ではない。その点を踏まえ、脳内の倉庫から結界に関する資料を引っ張り出す。

 ウェイバーは歴を重ねた魔術師に及ばないというのは自覚している。しかし、そこは魔力の運用や術式の効率化で並べる、或いは打倒も可能だという持論を持つ。そうした発想から知識面に関しては豊富であったりした。

 

「……なら、この手の結界は入れば破壊は難しい。けど、外側からなら対処のしようがある。結界の綻びを探すぞライダー」

 

 脳内での検索から大凡の道筋を立て、彼は結界から距離を取りながら周囲をもう一度散策に出る。

 キャスターほどの術者であれば、結界の起点というものは通常内部に位置する。勿論彼女の性格を考えれば道中にあるなどという幸運は望めない。まず、自身の近く、或いは起点そのものを自身に組み込んでいる可能性もある。

 だが、そうした場合、術者から離れるにしたがって結界の強度は薄くなるのが常だ。これだけ周囲一帯を覆う範囲は規格外であるが、入りを制限せず、脱出のみを防ぐ事によって要領をカバーしている。

 可能性としては肝心の綻びも針の穴の如き小ささかもしれないが、内部に入れば選択肢として外界との干渉が立たれる事を考えれば今打てる手を考察するのは無駄ではない。

 

 そう結論づけ、慎重に結界を観察しつつ迂回するウェイバーだったが――――

 

 

 

「―――おや、ネズミを追って出向いてみれば、何ともこれは……懐かしい顔をした盗人に合ったものだ」

 

「! あ、ぁぁ」

 

 背後に聞こえた声にバネ仕掛けのブリキ人形のように反射的に振り向く。

 不意を突かれた、気配に気づいかなかったといった驚愕ではない。寧ろ、その声の主を知っているからこそ、振返った彼の目には沁みついた恐怖の色が滲んでいた。

 

「久しいな、ウェイバー君。また会えてうれしいよ。何せ―――」

 

 短髪の金色の髪をバックに撫で付け、疑う事を知らない自信に満ち満ちた碧眼。

 シンプルな様で凝った装飾を施したコートが特徴的な男。

 

「――私の経歴に泥を塗ったお礼を、こうして直々に返せるのだから」

 

 それは、ウェイバーにとって時計塔で講義も受けた事もある魔術師。

 稀代の天才と謳われたケイネス・エルメロイ・アーチボルトその人だった。

 

「アーチボルト、先生っ」

 

「ほぅ―――まだ師と呼ぶか盗人風情が」

 

 驚愕の念から思わずこぼれたウェイバーの言葉をケイネスの耳が拾い、彼は眉をひくつかせたように見えたが―――それ以外表情には変化が無い。一見穏やかな表情にも見え、かつての教え子との再会に感じいている様にも見える。

 ―――が、二人の間には教師と教え子という間柄以上に深い因縁がある。

 そう、ケイネスが聖杯戦争に臨むにあたって最初に取寄せた聖遺物が紛失するという事件がある。

 時計塔内で事務の手違いにより消失した、というのが原因である。だが、そうであるなら肝心の聖遺物はどこへ言ったのかという問題が浮上し―――ただちに捜索された結果、手違いを起こした人間の証言により、一人の受講生が捜査線上に浮上した。

 紛失事件から間を置かず、時計塔より姿を暗ませた人間、即ちウェイバー・ベルベットである。

 無論、件の職員に容姿その他を記憶を魔術で探って照らし合わせていたので確認には抜かりはない。当初、彼が持つ持論――ケイネス曰く妄想・虚言の類――を抗議の場で一蹴したりと、不仲であったことから嫌がらせの類だと彼は断じていたが―――

 

「ああ、そうしてみれば君が聖杯戦争に自ら参加するのは予想外だったが、誠に喜ばしい天の采配と言える」

 

 蓋を開けてみれば、何を血迷ったのか盗人自ら渦中に参加している。

 そしてその混沌の舞台は魔術師が殺し合う闘争である。ゲームなどと、学生が夢見て馳せるには過ぎた舞台であるし、掛け値なしの戦場で慈悲など乞えるわけもない。

 そう、ここでは殺し殺そうと殺されようと、非難が通るような生易しさとは無縁なのだから。

 

「ああ本当に、教え子と殺し合うのは私自身心苦しいよ―――が、こうなれば致し方ないだろう……よろしい。ならば君には私自ら直々に課外授業を受け持とう。魔術師同士が殺し合うという本当の意味……その恐怖と苦痛、全てを余すことなく教授してあげよう。光栄に思いたまえ」

 

 実に愉快だと口角を釣り上げ、抗議に立つ講師さながらに一歩、教壇に上がる様に踏み出したケイネス。

 しかしここは教室ではなく戦場。日常が色濃く残る夜の街で行われる常軌を逸した恐怖劇だ。

 

「……マスター?」

 

 そして、主を守る様に前に出ていたライダーがここにきて言い返しもしないマスターの反応に不信がり、視線の端にその姿を確認する。

 傍から見ても分かるように、その姿は恐怖で縮こまっていた。余程の因縁か、ともすれば彼普段の大業な言い回しの要因は、目の前の師ともいうべき男との関係によるものだろうかと勘ぐってしまいそうになる。

 だが、戦いものにならないという事実には変わりない。ここに赴くまでは勇んでいたが、その真逆、恐怖に怯み竦んだそのさまでは戦況の変化に対応するなど酷以外の何物でもない。

 そんなところへ―――

 

「―――よう雇い主」

 

 追い打ちをかける様にして擦れた声と共に白髪の男が浮かび上がる。

 長身の、痩躯ではあるが、服の上からでもわかる隆起した肉体が脆弱さとは無縁の態を誇っている。

 コートにサングラスと、全体的に黒い居出立ちはこの男にしてある種の不気味さを演出しており、白髪色白な肌がまるで首だけ浮いているようでいて、その印象に拍車をかけていた。

 

「ランサーっ」

 

 まだ太陽も真上に上らないような時間に動き出す組がいると話思わず、即座に進退移せずにいるライダー。

 状況はライダー達にとってあまり思わしくない。ケイネスが単独でキャスター討伐に足を運ぶはずはないとは理解しているが、如何せん今は間が悪いというほかない。

 

「いい気分で講釈ぺら回してるとこわりぃがよ、俺はこんなガキボコる気なんか更々ねえぞ」

 

 がしかし、現れたランサーの口から洩れた言葉は予想に反して非好戦的な意見だった。

 彼の言葉に従うならしかし、何の事はない。端的に言えば“そそらない”、であるそうだ。

 容姿なり性格なりと、そんなこまごまとしたものではなく、“殴りがいがあるか”、“そうではない”かというより単純な二択の問題である。

 より状況に当てはめるのなら、この場で因縁がある相手だろうケイネスに脅え――あまつさえ、使い魔とはいえ女の影に隠れている様なヤツは殴る価値も無い、とそういう事らしい。

 そして、ケイネスはランサーの不遜な対応に最初こそ青筋を浮かべていたが、彼の説明を聞けば納得したようである。

 

「フム――――確かに、お前のいう事にも一理ある――いや、確かに、こうしてコソコソと根回しに勤しむ程度の輩なら後でいくらでも料理できよう。それよりもこうしている間にキャスター討伐の機会を逸する方が問題だな」

 

 因縁はあるしそれは許しがたい。

 それは認めよう。だがここで大局を見失っては後々の聖杯戦争で後手に回ってしまう事になるのは明らかだ。キャスター討伐報酬というのはそれほどの旨みを持っている。

 故に、いくら確執があるとはいえ、目の前で震えるコドモなど相手にするまでもないと、彼は切って捨てる事にしたのだ。

 

「命拾いしたなウェイバー君。今の私は君に割く時間も惜しいが、然る後に今回の件、存分に教授しよう。なに、遠慮する事はないさ」

 

 むろん、平時の彼ならここまで冷静な対応はしなかっただろう。

 なのにこの対応はと問われればそれこそ愚問。

 態々この地に設えた工房を強襲し、備えた防備の悉くを蹂躙した魔性の女―――それもソレは彼の婚約者の前で恥をかかせたのだ。それほど、魔術師が工房を攻め落とされるというのは重い。

 彼に対する怒りはあるが、それは言ってみれば時計塔側の不手際だ。間接的な恥に比べれば目の前で泥を塗られた嘲笑の方が彼の耳に残っていたのは言うまでもないだろう。

 

 故に、無様なと嘲笑う様に鼻を鳴らして教会周囲に張られた結界に足を向けるケイネス。

 自信の表れか、件の結界に対して何の対処もしようとしない。あるいは、如何なる結界だろうと打ち破るだけの秘術、ないしランサーの力を信用しているのか―――どちらにせよ、彼等にとってウェイバーとの邂逅は既に埒外だというのは明白だった。

 

 そしてなればこそ――――

 

「――――待ちなさい」

 

 背後に凛と響いた声に不快感を抱き足を止める。

 そこに何らかの強制力があった訳ではない。ただ単純に、戦前の高揚に水を差されただけである。

 だがそれだけに、普段なら耳に心地いだろう柔らかい独特の声色も、この時ばかりは胸に不協和音を響かせた。

 

「随分と、いい気分で言ってくれるじゃない」

 

 そう、この場でウェイバーが従者を押しのけていくほどの勇気が足りないのは明らか。となればそう、その声の主とは当然一人しかいない。

 

「……ライダーっ」

 

 力なく、所在なさげな手を震わせる彼の姿はだれの目から見ても情けない者ではあるだろう。

 ――だが、ことこの場において彼女は違う。

 確かに頼りない、幼い印象の彼ではあるが、彼女は知っている。無知で無謀であるが故に、彼は時に誰よりも勇敢であると。

 誰にでも相性というものは存在する。

 単純な力関係であったり、頭の出来であれば単に気が沿わないという事もあるだろう。

 だから、大事なのはその場から逃げない事だ。己の未熟さを認め、目の前の壁に立ち向かう事――彼女自身その葛藤にひどく馴染みがあったからこそ、彼にはその道に迷ってほしくはない。

 そう、故に迷い子には導が必要なのだ。

 

「呼び止めておいて相手を蔑ろにするなんて、マナーがなってないわよセンセイさん」

 

 見上げるように縋る視線に笑みで応え、切り替える表情と共に彼女は思考を戦闘態勢に整える。

 らしくないのは自覚している。

 単純に彼女は戦を好む性質ではない。だからきっとこれは戦いなどという野蛮なものとはきっと別のもので、それ故に彼女は謳い上げる言葉に迷いはない。

 

 ライダーの手に握られていたナニカが黒い霧を巻き上げて急速に散っていく。大気を覆うそれらは容易に陽光の干渉を否定し、その場を昼間にして闇に染める。

 そして―――

 

『―――形成(イェツラー)

 

 隠していた宝具の開放をもって、夜を待たずしてここに開戦の祝詞が謳い上げられた。

 

 

 

 

 






 ども、何とか間に合いましたtontonです。
 今回で久々に大きな戦闘を迎えていくお話となります。いうなれば中盤の序、という所でしょうか? これから派手に演出を盛り込んでいきますので、どうかご期待ください。
 まあ、勘の良い人――ならランサーさんが出ている時点でなんとなく察しはつくのでしょうが、どうか席を離れず、最後まで鑑賞いただけるようお願い申し上げます。

 えっと、ライダーさんがちょっとキャラ違うって? ハイ、それは作者も自覚しております。ですが、彼女をウェイバーに絡ませていくと――多分彼のヒロイン力に引っ張られて、だんだん■■なりの筋ってものが出てきてしまったという感じです。傍で懸命に生きてる人って眩しいですよね―――と、そんな解釈で進めております。
 おかげさまで、ランサーVSライダーという原作にない組み合わせを実現する事になりましたが――その点もただいま執筆中なのでお楽しみに!

 では×②
 本日もこの辺で失礼をばっ、また感想、指摘、疑問、誤字報告等でも構いません。頂いたお言葉を励みに精進していこうと思っておりますので、些細な事でもお声をかけて頂けるとありがたいです。
 それでは今度こそ、お疲れ様でした!


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「能楽」




 

 

 

 一時は止んでいた雨がアスファルトに焼かれて香る独特の臭いと生暖かさ。

 だが、この場において照りつける筈の陽光とは、天蓋に覆われる様にして夜を迎えていた。

 もともとが昼間にして清廉としていただけに、急激におどろおどろしさを形成していたその根源とは、気だるげな表情で祝詞をあげる女性――ライダーのものだ。

 

『―――天に語りし主の威光を』

 

 英霊が述べる口上とは即ち魔道に類するものか――あるいは宝具解放のためのものである。

 通常、英霊の象徴とも言うべき宝具の開放ともなれば神秘の開放という事もあり、物によっては場を圧倒する顕現でもある。セイバーの聖剣然り、ランサーの魔槍然り。その無垢なる光と、侵食する禍々しさと、各々の輝きには確たる色がある。勿論、キャスターのように特色という点で例外はあるのだが。

 その例に照らし合わせれば、ライダーの宝具解放は聖か邪で分けるのなら――

 

『その祈り 汝に捧げまつらん―――』

 

 ――それはセイバーの聖剣とは真逆。

 

『―――形成(イェツラー)

 

 ランサーの魔槍に近い色を漂わせていた。

 

青褪めた死面(パッリダ・モルス)

 

 詠唱の終わりと共に瞬く間に靄の一部が形成され、黒衣の巨人が姿を現す。

 巨人といっても3メートル程ではあるが、人と比較すれば十分巨大であるのには変わりない。

 黒紫の血の通いや生命らしさを感じさせない肌色、生気の抜け落ちた様な白髪を後ろに流したその姿は人形の様な無機質さを見る者に印象付ける。

 そして――その印象を更に色濃くする要因、それは彼の巨人につけられた仮面(デスマスク)だ。

 のぞき穴の無い白い仮面であり、飾りや彫りといった洒落っ気がまるで皆無なそれは視界を覆うだけであり、被り物としての用をなしていないのは明らかといっていいだろう。

 故に人形と、或いは木偶のように見える―――が、コレはライダーの詠唱によって呼び出された者であれば、ただの木偶である筈がないのである。

 

「ほぅ。いいな悪くねェ……いい暗さだ――が、相手考えろよタコ。俺相手に“夜”を作り出したところで、タカが知れてるんだよ」

 

 ランサーは思慮で行動を停止させるタイプではない。

 いや、その動物的ともいえる危険察知能力で本能的に制動を掛ける事はある。そして彼はその第六感によって戦火を潜り抜けてきた悪鬼に属する英霊であり、対峙すれば相手の度量など知れるというもの。

 

 だから今、その勘が告げているのだ。

 

 ――この敵は十全ではないと。

 

「呼び止めておいてマナーがなってないだぁ? 上等だよ見せてもらおうじゃねぇか。テメェが呼び止めたんだ……ならよぉ、最後まで付きあえやァッ!!」

 

 既にブレーキなど知った事かとアスファルトを踏み砕き、魔性の杭を乱雑に生やした腕を振り被るランサー。その一連の行動は宣言から一秒にも満たない程流れる様に無駄が無いが荒々しく、彼の苛立ちを表現していた。

 だがそれもその筈、彼は今回の聖杯戦争に呼び出されてからこのかた、真面な戦闘というものをしていない。

 付け加えるなら、その決着に悉く邪魔が入るのだ。いってみれば不完全燃焼。もともと戦闘を誰よりも楽しみ、好む彼であるからこそ腹に据えかねるといった具合に。

 そして、無遠慮にも再三待ったを掛けられていた猛犬に向かい、だめ押しの“待て”を声かけられれば止まりようがないのも当然の流れといえた。

 

『――Hinterhalt(迎 え 撃 て)

 

 しかし、ランサーの進撃に対してライダーが行った事とはこれもやはり単純、一言による指令、伝達だが――シンプル故にその変化は早く、劇的であった。

 

「▮▮▮▮▮▬▬■■!!!!」

 

 鈍色に輝く無骨な、斧というにも太刀というのもおこがましい無骨な得物。巨躯と同等に長大で、辛うじて刃と見れる荒々しい断片が武器としての体裁を保っていた。

 その見た目からも相当の重量だろう獲物をものともせず、片手で軽々と肩にかけるようにして構える力は既に人の理解を超えているといっていい。怪力という言葉でくくるのにはその得物の大きさが規格外であり、ましてや片手で振るう姿は現実離れ、非常識にも程がある。

 だが、それを前にランサーは―――

 

「クカッ、ッぉおオラッ!!」

 

 まるで迎撃を歓迎するように笑みを深く、構えた杭をギチリと生物の歯ぎしりのように金成だて、目の前の大剣擬きを弾き飛ばす。

 ―――だが。

 

「――へぇ。そうだよそうこねぇとなァ!!」

 

 武器ごとその巨体を弾き飛ばさんばかりに振り絞った一振りは、武器のみを弾くのみに終わった。つまり、巨漢の腕に握られた大剣擬きは上段に構えられたように止まり――――その持ち主の絶叫に付随するように大気を切り裂き迸る。

 

「――▬▮▮▮――■■ッ!!」

 

「ク、ぅぉぉおおオ!!」

 

 思わぬ強敵、ただの木偶と思いきや、とんだ伏兵があったものだと愚痴をこぼす場面だろう。が、ランサーは愉快気に笑いながら迎撃する。

 そこに敵が上等であるかどうかなどの感情は既にない。

 目の前に気に食わない、生意気な女がいる。確かにより仕留めたい獲物は控えてはいるが、彼の心情か、生前の経験則からして、我慢や先延ばしという行為を取った場合、碌なことにならないのだ。

 先程自身のマスターを諌めておいて何をと思うかもしれないが、コレは彼の中ですでに論理だっている。極めて自己流に、他者を考慮しない考え方ではあるが――そう、相手の確執なんぞ知った事ではない、それよりも己の領分を犯した敵(女)を目の前にして放っておくほうが我慢がならない。と、不遜極まりない理由が行動原理だった。

 

「ハ! 正直、コイツが召喚魔なのか人形なのか、どう動いてるなんざ小難しいもんどうでもいい。ああ、高ぶるねいい感じだそうだよそう! 戦場の空気ってのはこういうもんだっ」

 

 自分が槍を放ち、相手が打ち返して仕切りなおす。

 膂力が近しいからこそ、成り立つこの構図は戦においてシンプルだ。

 そう、力が強く、より体力或いは生き汚い方が生き残る。

 戦場ではその理こそ絶対で、誰にも侵しがたい聖域であったはずだ。なのに、どこぞの非力な塵が狡い頭を働かせ、戦場に鉛玉や魔術だ不純物を混ぜ込む。

 全ては戦に勝つため―――そこは良い。争いを起こす以上、それは最優先事項なのは間違いない。

 故に、そう。これはもっと単純に、ランサーの好みの問題だ。

 

「解るか、よおオイ? 俺は今この地に呼ばれて最高にキテるんだ……あぁ、昼間なのに血が疼いて堪らねえ。イイ夜だ演出としては悪くねぇな女。ここで生首切り落とすには少し惜しいくらいだ」

 

「随分と、今日は饒舌なのねランサー。それとも、手加減でもしてくれるのかしら?」

 

 口数は滑らかだが、それ以上に槍捌きならぬ手さばきが尋常ではないランサー。もともと得物が一つという訳でもなく、斬線という固定概念に縛られないのが彼の宝具、“闇の賜物”の強みだ。

 対して、ライダーの宝具は黒い巨漢を召喚してからこれといって変化が無い事から、召喚自体、或いはそれを使役するまでが能力なのだろう。

 “死面”という名から推察できる通り、キーになるのは頭部に装着された飾り気も覗き穴もない仮面が媒介と思われる。一見、非戦闘的な宝具だが―――召喚された巨漢がランサーと真っ向から剣を討ち合うことからも、本来ある筈の非力さを十二分にカバーしている。

 ともすれば、今聖杯戦争に呼ばれたサーヴァント中、ステータスが強化されるバーサーカーを除けば間違いなく1、2を争うカードといってもいいだろう。

 

「ハ、バカ言え。言ったろ、呼び止めたのはそっちだ、ってな。それに、コレは俺の悪い癖みてぇなもんでな。戦場では目の前の敵を即座に切るのがカシコイ生き方なんだろうが――生憎俺は馬鹿でよォ……目の前に美味そうな獲物がいるとつい甚振りたくてしょうがねぇんだ」

 

 故に、愉快だと。

 高らかに哄笑するランサーは、討ち合う手の痺れに感激すら覚えて新たに杭を増産する。

 

「だから、よぉ、折角火もついて滾ってきたんだ――頼むから、俺を失望させんな。この気分を萎える三文芝居になんかに落とさせねえ。そうだろう、ナァ、そこんとこをよォ―――気張れやオンナァ!!」

 

 踏込みは既に小手調べだとか、初手に僅かにみられた緩さとは無縁の全力。

 渾身の脚力に遊びも余力も考慮しないそれはブレーキの壊れた機械のように、周囲に破壊をもたらしながら疾走する。振れる傍から吹き飛び枯れ落ちる塵芥――だが彼にとってそんなものは埒の外。己に触れて耐えられない屑に要はないと、目の前の獲物のみを視界にとらえ、獣さながらに突撃を仕掛ける。

 魔槍の特性、暴食悪食の杭を体現するような疾走は周囲を呑み込み蹂躙する嵐にも等しい。だからこそ、その特性を知る者なら正面から受けにまわるような選択なぞ選びうるはずもない―――筈が、相対するライダー、及び召喚魔は何を思ったのか、腰だめに大剣を構え、力強く大地を掴むように両の足で踏み締めていた。

 

 つまり、それは迎撃の構えだ。

 

allmählich stark(徐 々 に 強 く)!』

 

 響く轟音が武器と武器の衝突を物語り、周囲の大気が泣き叫ぶ子供のように悲鳴を上げている。

 両者の得物は武器と分類するにはあまりに原始的だ。

 片や木々を削り出した荒々しさを誇る杭。

 片や大岩を割り出した戦斧さながらの剣。

 だが、禍々しさという点でランサーの宝具は群を抜く。鉄だろうと草木だろうと、それこそ生命であろうと、触れるモノ悉くを簒奪する悪性は魔槍と呼ぶにふさわしいだろう。

 対して、巨漢のソレはただの大剣(・・・・・)だ。

 ランサーの魔槍に対抗している点から見て、一定の対魔力、抗魔力は付加された代物であると推察できるが、セイバーの聖剣のようにいわくのある名剣の類ではない。観察眼にはそれなりに自負しているランサーの目から見ても、無名の剣であるというのが彼の評価。

 だが、その評価は天地が引っ繰り返ってもあり得ない。

 その魔性の杭が誇る特性にかけて、ただの岩石、大剣の擬きで初撃ならともかく、数度も討ち合える筈がないのだ。

 ならばそう――この得物、しいてはこの木偶にはまだ秘密があり、コレで全力ではないという事になる。

 

「アメェッ!! 来んならはなっから全力かませッ、出し惜しみなんざ白けるんだよ!」

 

 そして、ならば猛り吠えるのがランサーだ。

 討ち合えるのは良い。こちらも秘奥は晒してはいないが現段階で最初から全力全開なのは間違いなく、それを真向から響き返す剣戟は彼の好むところである。

 だからこそ、様子見などという力のセーブは自身に対する過小評価でしかなく、そんな選択を選ぶ奏者、しいては使い魔を操るライダーをその巨躯越しに睨み吠えた。

 

「構わないわ―――Schlagen!」

 

「■■―――■ッ!!!」

 

 対して、ライダーが取る選択はやはり迎撃。使い魔召喚から、徹底して攻勢に出る事を避けるような振る舞いは、ある種の違和感を抱かせる。これがキャスターか、或いはアーチャーなら手を止めるのかもしれない程に―――だが、今相対しているのはランサーだ。故に、彼はその槍の矛先には探りを入れるといった余分が無い。

 流麗な剣舞を見せたセイバーですらさばき切れるかという猛攻が展開していた。だが、そんな彼の攻勢は一方的である筈が状況を打開しない。なぜなら、苛烈極まるランサーの猛攻を巨人の剣捌きが悉く防ぎきっているからだ。

 ここまでくればランサーでなくとも舌打ちの一つは洩らそうもの、だが、そんな膠着にも彼は短慮になりはせず、よりこの勝負を味わおうとするようにその思考は戦いに最適化される。

 よって、彼等は周囲の破損、圧壊、粉砕、一切合切を気にも留めず、文字通り蹂躙する津波のように道を巻き込み突き進む。

 

 

 

 そして、その天災ならぬ人災の暴威の終着は―――

 

 

 

「―――墓場、ねぇ……」

 

 教会から少し離れていた開けた場所。

 街中にある小公園というには少々広く、自然公園というには少々規模が寂しい、そんな場所に設けられた石柱のが並び立つ――教会が管轄している墓地だった。

 

「なるほどなるほど、何かしら誘ってるたぁ思ってはいたが――街に被害が出るから? ここなら戦い易い? そんなに一般人に被害を出したくないかよ。戦いに巻き込まれるようなノロマ気に掛けるなんざ、お前も大概だな偽善者が」

 

 吐き捨てるように、嗤いながら周囲を軽く確認するランサー。その口調はやはり軽いものだが、猟奇的な笑み、飢えを訴える様にその数を増やす魔性等、その心持が真逆であるのは疑いようがない。

 

「ええ、それは認めるわ。確かに、被害を最小限にルートを選択したけど、それなら別に選びようもあったし―――だからココを選んだのは私の都合。そこに文句をつけたいのならご自由に、これが私の戦い方だから」

 

 そんな自虐するような台詞にランサーは一言、だろうな、と切って捨てる。

 ここまでの戦闘中、民間に被害を出さない、人目に付きづらいという点でおあつらえむきな場所は何か所か通過している。そう、ライダーが純粋に流血を望まない高潔な人柄ならばだ、既に本格的な戦闘行為に移行していてもおかしくはないのだ。

 仮に、ライダー側が被害を最小に抑える為に迎撃に徹していたとしても、だ。抑えられるといっても皆無に墜とせる訳ではないのだからそれはなおさらである。

 つまり、ランサーの指摘は真実的を射ていた。

 

「まぁ、おかげさまでね。誘いを分かっていながら突撃してくるんだから、逆に最初の試行錯誤はなんだったのかしらって、頭抱えたくなるけど―――ええ、ここまで来てくれた事には感謝してるわ」

 

 そして、誘うからには今度こそと、舌なめずりをしたランサーの期待を裏切るように、黒霧と黒衣を身に纏っていた巨躯が霧に還っていった。

 

「テメェ―――っ」

 

「……勘違いしないで。わかっていた筈よコレは罠と」

 

 ランサーの怒りは当然の流れだが、その口から洩れる筈の罵倒の羅列を、ライダーは出鼻を挫くように、その言葉に現実味を纏わせるように四肢に力を、魔力を込める。

 

『――父の死を母の死を悼み 友の死を悼む民よ 祈り讃えよ さらば答えは与えられん』

 

 それはこれまでの一言によるシングルアクションと違い、謳い上げる祝詞だった。

 そう、先程霧と消えた使い魔を召喚したそれと同じ魔力の収斂。ならばこれは、何かしらの召喚による儀式であるのは間違いなく、先の召喚の変化が瞬く間に行われた事から、今回の術も直ぐに効果が表れる筈だった。

 

「ハッ、成程な。ライダーっても、乗り回すだけが全てじゃねェってか」

 

 よって、目の前に現れた変化にランサーが哄笑を漏らすあたり、その規模は彼の期待に応えるだけの結果を見せた。

 

「―――■■!!!!」

 

 それは群れだった。

 生物というには規格があまりに逸脱しすぎた個体の群れ。だが、個体といってもソレは大小さまざま、付け加えるなら足の数が異なる者や、首から先が消失している者もいる。

 

 ―――そう、それらは魂無き者、死体の群れだった。

 

「1,2,3―――クハハ、数えるのも面倒だなオイ。成程、さしずめ力で五分なら今度は量でこようってか? イイぜェ……普段なら面倒だが、今日は中々に気分がいい。珍しいんだぜ? 昼間の俺がこんなに付合いがいいのも」

 

 声なく機械のように迎撃に徹していた巨人と異なり、これらは全て野獣のように吠えたてる。

 ともすればランサーの獣性に近いものがあるのだろうが、コレは彼に比べるまでもなく劣等だ。質より量、彼の発言の通りに、コレはそうした能力をある程度度外視したリビングデット。その証拠に、例外なく地面から這い出ているあたり、洩れず全てがこの地下に眠る死人なのだろう。

 中には軍人、武の心得がある者もいるだろうが、はっきり言って稀有なのは間違いなく、そうした有象無象が束になろうとランサーに太刀打ちできないのは明白である。

 そして、それが分からない程彼女が短慮でないのならば、これら、或いはこれらを呼び起こした術には何かしらまだ仕掛けが残っているという事である。

 

「別に、数の利を今ここで解くつもりはないけど―――見ての通り地の利もこちらにある。雑で悪いけど……押し切らせてもらうわっ!!」

 

「ハッ! かまわねぇさ。一つ残らず吸い殺して埋め戻してやらァ!!」

 

 吸魂の魔性と、死体を使役する魔性のぶつかり合いはこうしてステージを新たにする。

 両者の熱にあおられる様に、空を覆う雨雲も雷鳴が轟きだし、両者の激突がいよいよ激しいものになると予感させるには十分な幕上げだった。

 

 

 






 はい、予定より少々遅れましたが、宣言通り今日中に投稿できましたtontonです!
 予定ではこの回で戦闘終了にしたかったのですが、間が丁度良いのでここで区切ります。次回でランサーVSライダーは決着です。そしてこの戦いの勝者がキャスター戦への切符を勝ち取ると、果たしてそこに新たな乱入者があるのか、まさかの共闘がおきるのか! それはまあ次回のお楽しみという事で一つ(笑
 ちなみに、ライダーの詠唱は『カンタータ第76番』の一部一部を自己解釈で抽出したものになります。

 さて、一つ重要な連絡です。
 前々から宣言していた私の職業関連の試験、その学科試験が今月25日なので今月の更新はおそらくありません。楽しみにしてくれていた方には申し訳ない! お気に入りも200を超え、UAも15000を超えて作者的には感謝感激でした! が、こればかりは手を開けられそうにないので、ご理解頂けるとありがたいです(焦

 では、長くなりそうなのでこの辺で、また活動報告くらいなら顔を出すかもしれません。その時は是非にのぞいてやってください。
 また、恒例ですが、感想や意見、ご指摘、誤字報告などの些細な店頭でも構いません。一方でも頂ければ作者にとって得難い活力となりますので、よろしければ感想なり、メッセージを頂けると嬉しいです。
 それではでは、この辺で失礼します。
 皆様、お疲れ様でした!




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「大迫リ」

 


 

 

 

 墓地とは、古今東西共通、死者の冥福を祈り、先だった彼等がそこに眠る証である。

 現代でこそ、奇抜なデザインや簡略化等、墓地や類する行事に近代化の兆しが見えてきているが――そう、本来の目的は個人を偲び、祈りをささげるのなら、そこは喧騒と無縁の筈である。

 

 だが―――

 

「ハッハ――!!」

 

 轟音と共に、墓石が木の葉のように舞飛び、塵に還っていく。

 雄たけびを上げるランサー。彼の魔槍にかかれば、墓石程度は砂上を崩すのとさして違いが無い。

 刻一刻と荒される墓地ではあるが、この場合、既に戦闘が始まった時点で静寂とは無縁であるからして、その惨状は必定であったのかもしれない。

 

「ソラどうしたどうした! 軽すぎるぜ、壁がぬりぃんだよ。俺を本気で足止めする気なら、後10倍は持ってきな!!」

 

「ら、ライダー押されてるぞっ、このままじゃ――」

 

「口は閉じて目を離さないでっ、気を抜くと流れ弾に当たるわよ!」

 

 飛来する赤黒い短槍を地面から這い出てきた屍が盾になり、ウェイバーは事なきを得る。

 ライダーの能力は言ってみればネクロマンシー、死者を兵とすることでオフェンスを得ているのだ。

 

「ハ、使い勝手は悪かねえが……お前、この程度の物量で俺を仕留められるとでも思ったのかよ。あまりガッカリさせるなよ。手元が狂って殺しちまったらどうしてくれるんだよえぇ? 主人守る気があるならよぉ、精々気張って長引かせるんだなぁ!」

 

 ランサーの暴雨の如き乱舞は留まる事を知らず、彼の言うとおり、死兵は壁と大差ない。要するに、障害物として成り立っていないのだ。振るえば皆等しく枯れ落す魔槍は数の理、多対一という戦況にまさしく理想的である。

 加えて、ライダーの指向命令によって統率される死兵たちの動きは、率直に言って雑だ。とてもではないが熟練された兵には遠く及ばず、また数が多いいことからその命令はおのずと単純化されている。

 以上の点から死兵はランサーの障害となりえないのは、覆りようのない事実である。

 ―――が、それならなぜ、この状況は覆らないのか。

 

「……どうしたのかしら? まとめて吸い殺してくれるのではなくて?」

 

 ランサーの猛攻に尽きる事の無い死兵の群れ。

 ここがいくら新都に設けられた広大な墓地とはいえ、その数は精々千を超えはしないだろう。だが、その程度の数なら疾うに魔槍の餌食と散っている筈である。

 故に解せないと、ランサーは思考に疑問符を浮かべるが―――

 

「っ、上等だよ。その舐めた口利く面今すぐ穴だらけにしてやらぁっ」

 

 煽りを掛けるような舐めた相手、喧嘩を売る気なら買ってやると食いかかる。

 思考に疑問は残る。残るがそれは些末事だ。

 吹き飛ばす敵は十や二十ではきかないのだから、このまま討ちつづければいずれ尽きるのは自明の理。ならば、この程度の持久戦など、彼にとってはランニングにも比較しえないのだから、勝はゆるぎない。

 よって、詮索は後回しとギチリと歯を鳴らせる獣性を唱える杭を弾き飛ばそうとして、そこで彼は違和感の正体に気付く。

 

「―――吹き飛ばす? っ!」

 

 気が付いたかと苦笑気味に、相貌を僅かに変化させたライダーは一言、先程までのように指向命令らしき号令を死兵にかける。

 そう、彼女の命令とは二つ。

 一つはランサーの攻撃を防ぐのではなく受け流すこと。

 屍をいくら見積ろうと、所詮は中身の無い傀儡だ。その程度が足止めにならない事は、ライダーとて先刻承知だ。だが、屍は痛みも恐怖も感じない、一見無敵の兵ではあるが、反面ひどく脆い。がしかし、裏を返せばそれは正常な人の負傷、または破損が損害足りえないという事である。

 よく見れば死兵の一部は腕や肋など、所々が欠如したモノが見られる。それも真新しい者とくれば、つまり尽きぬ死兵の絡繰りがそれだろう。

 

 そしてもう一つ、単純且つ明快に、その命令はランサーの視界を遮る事だ。

 

「っ、ボケッとしやがってクソがっ」

 

 “将を射んと欲すればまず馬を射よ”

 その例の如く、聖杯戦争の勝ち負けはサーヴァントの脱落が全てでないのならば、だ。この場合、馬、或いは周囲障害であるランサーを足止めし、その間に将を射ると、その為の布石だった。

 

「■■―――■■!!!」

 

 ランサーのマスターであるケイネスはウェイバー達から真反対の位置に姿を晒している。余程かつての教え子などと侮っているのか、それとも己の技量に絶対の自信があるのか―――どちらにせよ、背後からあふれ出る様に出現した死兵を相手取るのは土台無理な話である。英霊であるランサーであるからこそ、雑兵なぞと吹き飛ばせる。が、魔術師とはいえ、ケイネスにそれをもとめるのは酷というものだろう。加えて、ランサーが駆けつけようにもここぞとばかりに死兵の密度と手数が色濃く増している。

 全てはこの一瞬の為。墓場という戦場を選び、ケイネスとウェイバーの確執を考慮して組み立てた作戦は見事に功を成した。

 

 ―――筈であったが。

 

Automatoportum defensio(自律防御)

 

 突如として出現した光沢を放つ金属の様な球体に、飛び掛った死兵の悉くが防がれた。

 

「っ、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)

 

 その形状は固形ではなく流形であることを誇るように波立っている。死兵が持つ武器或いは素手は殺傷力という面では程度が知れるが、それでも人間相手には十分であるからこそ、その強固さが際立っていた。

 

「なるほど、だから貴方は戻らなかったのかしら?」

 

 そして、その光景を確信していたのかというライダーの問いに、ランサーは一言、否と答えた。

 

「アホぬかせ七面倒くせぇ。戦場に出た以上、そいつは手前の力で生き抜くだけの力があるのは当然だろうが」

 

 信頼、という言葉からは程遠いだろう。いくらランサーが己の力に絶対の自信を持とうと、それだけでは勝てないのが聖杯戦争であり、力だけで勝ち抜けるのなら第四次までのこの闘争に勝者が出ていても不思議ではない。

 故に、この主従は通常のマスター、サーヴァントの関係からは異なるといえよう。

 主の安否を歯牙にもかけず、振返りもせずに攻撃に専念する従者―――だが、外れているからこそ、この場合は明暗を分けたとも言えた。

 

「くたばりぞこない共が、いい加減に―――っ、吹き飛びやがれ!!」

 

「っ!」

 

 雄たけびと共に、ランサーの全身から生えた杭が爆雷に弾けたようにして周囲を吹き飛ばす。

 発破される弾丸と異なるのは、その杭の弾数に大凡尽きるという質量に対して制約が外されている事に他ならない。

 

「クハ、さっきのでマスターを仕留められなかったのは失敗だったな。つっても、さっきの木偶と殴りあってもテメエに勝ちが薄いのは解るよなぁ?」

 

 よって、巻き上がる土埃が晴れれば、そこにあるのは墓場に出来た更地に立つ幽鬼の如き白い男が立っている。場所が場所という事もあり、見る者に魔的な何かを連想させる彼の発言は――だが真実的を得ている。

 

「つまりだ、これで万策尽きたってーなら……ああ女、お前の負けって事になるぜ?」

 

「ええ、確かに……万策尽きたのは認めるわ」

 

 ライダーのマスターを直接狙った乾坤一擲の一手が不発に終わった以上、これで詰みという指摘は道理である。また、その一手に出る為大男をひかせたという事は現状、この組み合わせでは勝てないとライダー自身が認めた事に他ならないのだから。

 

「―――おかげさまで、札を切るのに悩む事もなくなった事だし、ね!」

 

「あ?」

 

『起きなさい―――カイン』

 

 勇むように、何かを割断した者独特の目をしたライダーの声。それに続いた言葉は間違いなくこれまで見せた死兵を召喚する為のキーであるのは間違いない。が、現れたのはランサーの期待を裏切り、先程の大男だった。

 外見にこれといって変化はなく、不気味な死面を顔に張り付けている。

 手に持つ石斧は変わらず―――いや、その手に持つ黒色の大剣は先程の荒削りの石剣とは似ても似つかない。得物の形状こそ近しいものがあるが、禍々しさ、殺意を放つという行為に、それ以上ないだろう程洗練されている。間違いなく、急ごしらえの得物ではなく、“カイン”と呼ばれた異形の得物に相違ないと断言できた。

 

「ハ! 今更武器を変えたくらいでどうにかなるとでも――――」

 

 だがその程度、とランサーが馬鹿にするなと吠えた時だ。カインの手に持つ黒い大剣が、周囲の霧を吸い寄せ纏う様にして揺らめく。

 ランサーが思わず言葉を飲み込んだのはまさにその様を目にしたからこそである。なぜなら、黒霧が刃に収斂していく様は、彼の魔槍の禍々しさと並ぶ、或いは、それを上回る密度を形成しだしていたのだから。

 

『――――■■■罪ト――――ケテ、■■断、死■断』

 

 途切れ途切れに聞こえる言葉は、間違いなく術式を展開する類のキーワード。つまりは詠唱で、それだけなら何ら不思議ではないが―――何よりも奇怪なのは、死人と思われたカインが聞き取れる程の人語を話し始めたという事。

 

『――津鳥ノ災、蓄仆シ、■■セシ罪――ノ―事ハ■■■、国津罪』

 

 付け加えるなら、その言葉が次第にノイズが取り除かれている事が違和感に拍車をかけている。

 呪いの塊であるかのように、毒をまき散らすようにして唱えられる一言一言が目に見えて周囲を歪めていく。見ればその中核である大剣にも変化が現れ―――

 

 

『■■■―――――そう、造』

 

 

 ――世界が、死人の腐毒(ルール)に支配された。

 

 

『此久佐須良比失比氏――罪登云布罪波在良自《かくさすらひうしなひて つみといふつみはあらじ》』

 

 

 瞬間、どういう絡繰りか黒い大剣が大太刀に姿を変え、それに引きずられるよう侵食される墓場に、流石のランサーも肝を冷やす。

 

「な、にぃっ」

 

 カインの技の発動と共に、その野性的というべき本能の警鐘に従い、即座に飛び退いたランサーの勘は最早さすがだとしか言いようがない。

 彼の視線の先、先程まで自身が立っていた地面が腐臭を立て、立ち並ぶ墓石ごと、植物いや空気すらも、周囲一帯を巻き込んで崩れ落ちていったのだから。

 

 その要因とは即ち“腐食”。

 

 自然界のサイクルで見られる連鎖の一種であり、万物に訪れる終わりへ誘う一つの形。だが、この現象はあまりに一方的で、驚異的なまでに早く、そしてなによりも無差別だった。

 

「ランサーっ」

 

「下がれマスター。野郎ここにきてとんでもないもん持ち出してきやがった」

 

 マスターにさして気を使わないランサーが言葉を漏らすほどに、目の前の力は驚異的であった。

 万物を芥に還すという点で、ランサーの魔槍と、カインの呪いの太刀は近しい能力を持っているといえる。だが、近しいからこそその危険性はだれよりも理解できる。

 ランサーの杭の魔性は触れるという事が大前提だ。如何に驚異の能力を誇ろうと、その効果が発揮させられる間合いに入らなくてはその能力は無きにひとしい。

 対して、カインの能力は発動から行動が見られない点から見ても範囲系の能力。アレはその域に入った物を問答無用で腐らせる法に他ならない。

 

「つまりは、間合いが圧倒的に不利だという事か。ランサー……仮に、第二の宝具を開放するとしよう。その場合後に控えるキャスター討伐に残す余力はどれくらいある?」

 

「……胸糞悪い話だが、あの女を確実に仕留めるなら俺の“夜”の開放は絶対条件だ。アレは、テメエが不利になれば逃げる事に躊躇しねぇ。が、かと言ってあのカインとかいうデカブツを“闇の賜物”だけで相手するのに分が悪いのは確かだ」

 

 間合いに入れば問答無用という性質上、封じる以外の攻略法とは即ち範囲外からの高速の一撃か、あの腐毒を上回る歪みを纏うしかない。魔術に明るい訳ではないランサーに取れる手段はその二択であり、前者はセイバーの技、後者はそもそも現状不可能。いや、その身に科せられた制約さえ許されれば疾うに第二の選択は取れる――のだが、彼等の目的があくまでキャスター討伐を控えている以上、ここでの秘奥開放は避けたい所だった。

 王手と確信していただけに、ライダー、しいてはカインという死兵の秘奥の反撃は大きい。

 この展開を予測していたのだとしたら、ライダーの戦略眼は見事の一言に尽きるだろう。

 

「――いや、そうか……ありえなくはない」

 

「あ?」

 

 が、そこで一人思考に耽っていたケイネスが顔を上げる。

 そこには咽に引っ掛かっていた違和感が取れたように、憑き物が落ちたかのようにカインとライダーの様子を眺め、確信に至った顔をしていた。

 

「……ランサー、引き続きあのカインとかいう傀儡を引き付けろ。私は、確かめたいことがある」

 

「って、オイッ! ナニ勝手に仕切ってやがる。俺は承諾なんかしちゃいねぇぞ! それよりもだ、お前さんはそれより先にやる事があるだろうが」

 

「―――だからだ」

 

 暗に自身に科した制約を解けば話は早いだろうと苦言するランサー。が、いつになく強く遮るケイネスは従者の怒声気味な声に怯む事無く、周囲に球体の状態で待機させていた“月霊髄液”を足元に展開させていく。

 

「……チッ、上等だ。吹かしたからには何もありませんでしたは通じねェって解ってるよなぁ――あぁ、知っての通り、俺は気がなげぇ方じゃねえぞ」

 

 

 

 

 

「―――どうやら、退く気は無いようね」

 

 ライダーの視線の先、カインを挟んで此方に飛び込んでくるランサーを確認する。

「退くって――、別にこのままあの死人で押し通せばいいだろ? てか、アイツ強いなら出し惜しみするなよな」

 

 幾分か余裕が出てきたのか、ウェイバーはライダーの横に出て刻一刻と荒れ地になる戦場を眺めていた。

 彼の口調はそれこそライダーを責めるものだったが、彼のテンションの浮き沈み、表情が豊かなのは今に始まった事ではない。それに―――なにより、今はその他愛無い苦言に笑みを返す余裕すらライダーにはなかったのだから。

 

「ライダー?」

 

 ライダーの能力とは即ち死人を召喚し、使役する能力であるのは間違いなく。先ほどまで大量の死体を統制した手腕に、カインをランサー相手に互角近くまで持ち込めたのだからその腕は高いものだと判断できる。できるが、同じカインを操っている筈のライダーの表情には疲労の色が濃い。

 同じはずの傀儡を手繰って疲労するというのは即ち、死人(カイン)の能力がライダーの許容水準を上回りかけているという事だ。

 

「ごめんなさい、コレ、ちょっと集中力を使うのよっ」

 

 カインの言葉は聞き取りずらいものだったが――確かアレは“創造”と呼称していたはずだ。

 武器を変化させ、一撃を見舞う事無く発現だけでランサーを一時退かせた脅威は成程、確かに強大の一言に尽きる。

 だが、騎乗兵(ライダー)とはつまり乗り物を手繰り、戦場を駆ける兵、読んで字の如くだ。よって、此度、第4次聖杯戦争のライダーもクラス別スキル、“騎乗”を保持する筈だ。彼女の場合、能力の為か騎乗スキルのランク補正は無きに等しいが、代わりに死体蘇生・操作(ネクロマンシー)に関してはAランク相当のスキルを誇る。

 つまり、逆を言えば大きな補正を持つライダーの操舵を振り切りかけるという事は、それだけ今のカインの力を示しているともいえた。

 

starken allmählich(徐々に強く)!』

 

「■■■―――――!!!」

 

 けたたましい叫びは人であったらしきモノから、既に獣といってもいい荒々しさと共に振るわれる大太刀はしかし、持ち主の狂性に反して研ぎ澄まされた鋭さがある。

 

「ハッ、接近戦が封じられようと戦い方はあるんだよっ、人を舐めるのも大概にしとけや!」

 

 対してランサーが選んだのは跳躍。

 だが、一般のそれとは大きく異なる跳躍だ。この国の物に例えるなら竹馬に似ているそれは、足から生やした長細い杭を足場にカインを相手取る。

 如何に能力的な上下があろうと、戦い方を多次元化すれば話しが変わるは道理。

 

「ちょ、あんなの在りかよっ」

 

「―――大丈夫よ。いくら距離を取ろうと、あの状態のカインに傷を負わせられる相手なんてそうそういないから」

 

 ウェイバーの驚愕に、やはりライダーは視線を向ける事無く集中している。いや、この場合は合の手を返すだけ余裕があると見るべきか―――ともあれ、戦況的にはカインが有利な事には変わりないだろう。

 現状、ランサーが空中を取ったとはいえ、腐食の理を纏ったカインに触れられる者など誰もいない。制空権を取り、距離を取りつつ杭を飛ばす事で攻撃を仕掛けようと、その悉くが腐り落ちていくのだからその言葉に疑いようはない。

 

「―――っ、つぅぉォラァアア!!!」

 

「■■――■■!!!」

 

 そして現状は硬直状態から徐々に天秤が傾く。

 初めはランサーを打ち落とすかのように跳躍しては大太刀を振るっていたカインが徐々に杭を狙いに入れはじめ、時には腐らせた杭の頭頂部を足場にランサーに肉薄すらしてみせた。

 これが死人というのだから驚愕ものだろう。

 死人とは魂が無いからこそ。そしてネクロマンシーとは死体を操り、それを駆使するのがライダーの能力であればつまり、カインが自発的に命令以上の動きをする筈がないのである。

 何故なら、ライダーの命令とは単純なものであり、対象を指定したり攻撃手段を選定するなどはするが――いや、戦場に姿を晒し、視線でランサーの動きを追っているあたり、カインの攻撃には彼女の“視界”というのが重要なのかもしれない。が、それでも同じ命令内容で徐々に攻撃方を変えるのは死兵に有るまじきものだろう。

 そう、それではまるで戦場に生きる人の様な順応性ではなかろうか。

 

「■■■――ッァアアア゛ア゛!!!!」

 

 そして、いつの間にか空中に戦場を移していた彼等の戦いが唐突に終わりを告げる。

 

「ガッ―――クソ、が!」

 

 カインの大太刀の刺突。そこから横薙ぎの連撃をもって腹部を襲う斬撃にランサーが地上に切り飛ばさる。

 

「当たった!」

 

 喜びを隠すどころかガッツポーズまでするウェイバーはこの場では不謹慎に映るだろうが、それも仕方がないだろう。なにせランサーとカインの攻防はそれだけ膠着状態が長く、ランサーの生き汚さも相まって優勢である筈の戦況に焦りを覚える程だったのだから。

 だがしかし、腐食の理の格である大太刀を受けたのならこれで戦況が動くのは確実、最悪傷は浅かろうと一撃をいれた意味は大きいのだ。

 

「いえ――まだよ」

 

 ―――が、喜びに浸っていた主に、従者は冷や水を浴びせるように鋭い言葉を飛ばす。

 

「っ、今のは、いー一撃だったぜ。木偶も大概馬鹿に出来ねぇなぁ……」

 

 腐食と暴食の名残りに砂礫の大地が巻き起こした粉じんが徐々に晴れれば、そこには脇腹を大きくこそぎ落としたランサーがそこに立っていた。

 

「ウソだろっ、なんであんな状態で立ってるんだよ」

 

 夥しい血液出血の跡を思わせる露出した腹部。どれだけ鈍感であろうと、どれだけ強靭な肉体を誇ろうと、腹を吹き飛ばされればそれで人は死ぬ。人でなくても動植物であろうと、体の一部を大きく損傷して変わらず立っていられる者などいる筈がないのだ。

 

「ライダーのマスターか……ぴーぴーぴーぴーうるせぇこった。手前の常識が通じなくて理解できねえって? 生憎だったなガキ。この世には手前の理屈では計れねえことなんざごまんとあるんだよ」

 

 講釈を垂れつつ、腕に杭を新たに装填するランサー。その姿に戦いにくいという言葉は辞書にはないとでもいう様に彼の動きは先程までと変わらない。いや――

 

「――杭で損傷を補う……成程、カインの“毒”をもらって傷がそれだけなのはそういう事ね」

 

 腕の杭に倣うように腹部に生える無数の杭。

 痛みから動きに支障はなさそうだが、それでも動きの軸を損なう事を嫌ったのか、彼は己の杭で損傷を補うという荒業に出たのだ。既にその姿は生き汚いという領域を超えているだろう。色こそ血肉と似通っているとはいえ、あれでは腹に異物を詰め込んでいる事に変わりがない。

 

「おお。アレは見た目以上にえげつなかったぜ? 何せ俺が自分で腹かっさばなかったら今頃半身は腐ってたからなぁ。この程度で済めば傷の内には入らねえよ」

 

「……でしょうね」

 

 そして何より、負傷をもらったという事実に、まるで堪えていない様子だという事が一番厄介だった。

 

「腹を切られても死なないっ、それどころか自分で体を切り落とすようなキチガイどうやって相手しろっていうんだよっ」

 

「落ち着いて、まだ優勢が崩れた訳じゃないわ」

 

 ウェイバーを嗜めるライダーだが。彼女もその気持ちはよく解る。

 彼女にとってもカインに“毒”を使わせることは非常にリスクが高いのだ。それこそ出さずに戦えるならそれに越した事はない。

 だが、利かない事実に変わりはないのだから、ここで目を背けて思考を硬化させるなどナンセンスだ。そして、ウェイバー自身もその点に至れば思考は早い。彼も自分が戦闘自体に無力であることは痛感している――もとより常人が介入する余地などない――だが、力で役に立てなくともまだやれることはあると思ったからこそ彼は戦場に立ったのだ。

 初めはライダーに手を引かれただけだったかもしれない。

 もしかしたら場に流されていただけだったかもしれない。

 見当違いな考えに陥る事はあるだろう。

 ――だが、思考も行動も、立ち止まる事はしてはいけないと彼女に倣ったからこそ、彼は伏せた顔を上げる事が出来るのだ。

 

 

 

「そうだ、一撃は入ったんだ。一回でだめなら心臓――いや、首でも飛ばせばアイツだって――――」

 

 

「――――いや、君たちの負けだよウェイバー君」

 

 

 が、戦場とは常々ままならないモノだった。

 

「マスターっ」

 

「うぉっとォ! よそ見してていいのかよ木偶の動きが鈍いぜ女ァ!!」

 

「――ッ」

 

 背後の声の主、“月霊髄液”を鞭のように展開させ、臨戦態勢を整えたケイネスがそこにいた。

 

「いつの間に――」

 

「ん―――言ったはずだがね『課外授業を受け持つ』と。さあ、では始めようか」

 

 死刑宣告の合図を落とす断裁者のように、ケイネスが腕を振り上げる。

 その動きに連動するように先端をくねらせる月霊髄液に、しかしライダーはランサーの挟撃に文字通り視線を外すわけにはいかない。

 よってここに、狩るものと狩られるものが再度逆転した武闘に開始の鐘が響く。

 鐘の音を鳴らしたのはケイネスであり、対する幼い魔術師に対抗する手段が皆無に近かろうと、戦場とはやはり無情なものだった――――

 

 

 






 ども、お久しぶりですtontonです。
 誰か予測してくれたかな? 今作初めての“創造”はカインさんでした! うん、ランサーじゃないよここ重要!
 いや、もうそろそろ作者も出したい衝動に負けましたよぉ。いやいやまあプロットでどの辺から出すかは決めていたのですが、ようやくDies側の重要キーが出せたので満足。
 今後は皆だんだんと自重がなくなっていきますが、やはり引き伸ばした分後半の派手さはお約束しますのでお楽しみに!
 では、今回はこの辺で失礼します。
 最後に、恒例の――
 作者は感想、意見、指摘等を大変励みとしております。誤字報告、指摘でも構いません。まだまだ未熟な作者でありますが、どうかこれからもよろしくお願いします。



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「ソワレ」

 


 

 

 

 迫る水銀の刃。

 日の光を拒絶する黒霧の世界で、それは鈍く、独特の輝きを放ちながら獲物、ライダーのマスターへと奔る。

 

「ぅぁああ―――っ」

 

 故に、少年は偏に幸福だったといえよう。

 

「――ほう。無様だが、確かにまだ天に見放されてはいないようだ」

 

 腐り削られ弾かれた残骸、それに足をとられて彼は一生を得た。

 だが、それでこの状況が変わる筈もない。

 ライダーはカインの操舵で気を抜けばランサーが突破してくるだろう。目の前のケイネスも、ランサーの到着を待たずとも、一人で魔術師見習いを屠る程度造作もないというのは頭上に鞭のように伸びた水銀の触手を見れば明らか。

 横を確認すればその通過点に存在していたのだろう。太い針葉樹の幹が中ほどから横薙ぎに切り飛ばされていた。

 

「が、戦場とは運や気概だけで勝ち残れるほど生易しくはない。そして、それは魔術師同士の戦いでも同じ――いや、練度がモノをいうこの世界では純然たる実力差こそすべてと言えよう。このように、な」

 

「ヒ、ァッ」」

 

 目の前にこれこそがその証拠と、戯れとでもいう様に無数の水銀の槍が突き立つ。

 その全てがウェイバーに触れないギリギリで突き立ち、内の一本があまりに高速であったためか切れ味がい良かったのか、ウェイバーの頬に一条の傷を薄く刻む。

 

「解るかな、ウェイバー君。君の場違い感、この戦争に参加しようなどと思った己の愚考を」

 

 一歩足を進めるケイネスに対して、恐怖に顔を歪ませるウェイバーに先程までの余裕はない。

 戦況は一変したとはいっても、それは単なる意趣返し。ライダーのマスターを直接狙うという戦法をケイネスがランサーの猛攻を利用して実践しただけに過ぎない。

 そして、その手段をウェイバーに模倣できるかといわれれば否としか言いようがない。

 

「――ム」

 

「マスターッ!」

 

 そこへ、数瞬遅れてライダーが主の元へと駆けつける。彼女自身直ぐにでも援護に回りたかったのだろうことはその表情を見ればわかる。が、彼女が即座に駆けつける事を困難とした理由があり、その彼女がこうしているという事は―――

 

「――オイ、ライダー……テメェ、アレはどういうつもりだ」

 

 この男の自由を許すことと同義だった。

 ランサーが顎で指す先には無残に、特大と思われる杭に腹を貫かれ、周囲を薙ぎ払い地に縫い付けられているカインの姿がある。

 その身がランサーの宝具に貫かれている点から見ても、カインの宝具である“腐毒の鎧”の様なものは確認できない。つまり、それが彼女が後手に回った理由となる。

 

「ふむ、やはりカインとやらの制御には大きな穴があるようだな」

 

「――――っ、いつ気付いたのかしら?」

 

「ああ、なに。不思議な事は無かろう? あれだけの立ち回りだ違和感はいやでも目立つ、いずれな。そうつまりは、だ。私は三つほど仮説を立てただけのこと」

 

 ケイネスの目から見ても確かにあれだけの死体を統制しながら戦う腕は見事。だがしかし、そうした傀儡を主にして戦う輩は経てして直接戦闘を不得手とする。

 そして曰く、件の死人も雑兵とカインとの出し入れが交互だった点から同時展開が不可能な点。これは彼女自身のキャパシティーの様なものから、強大なカインを操作する際には他に裂く余力が無いという事が考えられた。付け加えるなら技を発動した状態のカインならば尚更その容量は圧迫されるだろう事は想像に易い。

 そして何より、ランサーすら苦戦させる“創造”とやらを出し渋った事。仮に彼女が慎重派だとしてもそうした駆け引きの段階はとうに過ぎている。そうつまり、ライダーには極力アレを出したくなかった理由があるという証拠であり、それが腐毒の、しかも範囲系の能力となればおのずと答えは洗い出される。

 

「――さしずめ、防衛に不向きなのであろう。確かにカインとやらの能力は強力だが、それだけにその射程内にいれば敵味方の区別は関係ない。懐に入られれば、それこそ最強の矛を収めむき出しにしたまま戻す事は不可能と……いかがかな? 推察の域ではあるが、あながち的外れでもあるまい」

 

 押し黙るライダーの表情が焦燥に歪む事で肯定の意を示している。

 確かにカインの“腐毒の鎧”は強力ではあるが、他に死兵が出せないのならマスター、そして術者は丸裸という事になる。加えて、ライダーが睨みながらも反撃に出ない事からも彼女自身の戦闘能力が低い事は実証できる。

 つまり、カインを突破された時点でライダー側の負けは確定したという事だ。

 

「―――さすが、“神童”とも謳われると手際も見事ね。参考までに聞くけど、あの向こうに立っている貴方の型をした人形も即興のお手製かしら?」

 

「ああ―――」

 

 視線は向けるような愚考はしないが、ケイネスもそれでライダーの言葉の先を察したのだろう。つまるところ、彼女が彼の接近を見逃した要因、それはケイネスを模して魔術で作られた即興の人形によるものだった。

 

「もともと私の得意とするところは“風”と“水”の二重属性、造形に関してはその手の専門家には遠く及ばないが、模倣するくらいならば造作もないさ。加えて、この場合はランサーが派手に立ち回ってくれたのでね。おかげで、君もアレを正確に確認する余裕がなかったという訳だ」

 

「つまり、俺はテメェの出しに使われたっていう訳か……気に食わねェなっ」

 

 ランサーが心底腹に据えかねるという風に舌打ちを零すが、その手に生やしていた杭を納めるあたり戦に高ぶっていた自覚はあるのだろう。確かに、キャスター討伐を見据えるならこの戦いは余分でしかない。思いの外の好敵に熱が高まってきた彼もそのあたりは理解している。

 

「フ―――さて、ではそろそろ退場願おうか。アサシンの生存が周知の事実となってしまった今、君で一人目の脱落者だ。ああ、不甲斐無いとは言わないさ。君は中々に難敵だったよ―――」

 

「―――チッ、口がまわりやがる」

 

 ランサーの反応は反抗的ではあるが、少なくとも否定的ではない。

 彼の興味は“ライダーが操っていたカイン”であって、ライダー自身ではないのだから。

 

 ――そしてだからこそ。

 

「――――ねぇ」

 

 この主従が気を抜いたとしても不思議ではなかった。

 

「とてもありがたいお話にご忠告をありがとう―――ありがとうついでに一つ、私からもアドバイスしてあげるわ」

 

 敵に興味をなくして凶器()をしまうランサーと武装(ハイドログラム)を待機状態に戻したケイネス。ハイドログラムは攻守万能の触媒ではあるが、一度その形状を変化させると再度流動させてもとに戻さなくてはならない。

 故にそれは次の攻撃に即座に移れる状態であり、決して油断をしていたわけではない。だが、そのいつでも駆り落とせるという心理的優位が、彼にライダーの言葉に耳を貸すことを良しとしてしまった。

 

「――敵を前に講釈をうたうのは―――」

 

「―――■■■a■aaa!!!」

 

 遥か後方から耳を劈く獣さながらの轟咆。

 先ほどまでランサーの怒声をかき消さんばかりに墓場に響いていたそれは、まず間違いなくケイネス等の想像通りで、だとしたら尚のことありえない事態だ。

 

「――あまり感心できないわね」

 

「っ!? ランサ―!!」

 

「チッ」

 

 だが実際、視覚よりも早く告げる聴覚に届いた飛来音が現実を突きつける。

 迫る狂気が変わりようがないのであれば、ケイネスの行動は早かった。大気を蹂躙しながら進むそれの正体を視認するや否や、彼は傍らのランサーに迎撃を告げる。

 それに対し、ランサーの反応も早く、無頼な彼もこの時ばかりは反射的に迎撃に出た。

 そして―――瞬時に生やした杭で迎撃したのは、カインの石剣だ。

 

 だがそれも妙な話である。

 カインはランサーによって、地面に縫い付けられる程の太さを持った杭によって致命傷を負っている。

 

「しぶといってレベルじゃねぇぞクソがっ」

 

 舌打ちとともに苦言をもらすランサーだが、その視線の先に猛然と迫るカインの姿があればそれも当然といえた。何しろ、件の死兵はランサーの一撃による大穴を腹に空けたままだったのだから。

 

「クッ!?」

 

 加えて、それがランサーやケイネスを狙っていただろう猛進に、突如手近な墓石の残骸を投げつけて進路を変更したことも大きな要因だろう。

 

 つまり―――

 

「加えて、戦場で好機を前にして止めを刺さないのは三流以下よ、知ってた先生サン?」

 

「グっ、き、貴様」

 

 自身の主であるライダー、そして彼女のマスターであるウェイバーを両肩に乗せて大きく跳び退っている。その姿にケイネスは奥歯を噛み砕かんばかりに歯噛みし、額に青筋を浮かべているが、既にカインを含めた彼女等はこちらの攻撃範囲外に移動している。

 今の跳躍から見る限り、あれは動的に支障をきたす損傷でない限り運動性能に+も-もないのだろう。即座に追撃を仕掛けようにもあの跳躍力を目にすればその無謀さが知れるというもの。ランサーがいかにサーヴァント中1、2を争う膂力を持とうと、速度まで誇るわけではないのだ。

 

「---チ、やられたな。オイ、どう落とし前つけるつもりだよマスター」

 

「っ、まあ、確かに逃げられた事実は口惜しいが――慌てる事はあるまい」

 

 折角の上質な獲物を逃しただけあり、ランサーは苛立たしい様子を隠そうともせずその矛を自身のマスターに向ける。その視線には彼の抗議とともに殺意が乗っている。

 彼の手綱を握り、ともに戦場に立つということはその殺意に晒されることと同義であり、その点はケイネスとて既に理解しているだけあって背に冷や汗が流れる。

 

「実力差は明確、あれはもうさしたる障害にはならないだろう。それよりもだ―――」

 

 だが、生憎と今の彼には強い味方がいる。この場合は単純な意味ではなく、交渉材料としての札であったが。

 

「――当初の獲物に、この鬱憤を存分にぶつけようじゃないかね」

 

 砂礫溶かした墓場、そこから視界に納めた境界は見た目に反して魔城と化しているだろう。まず間違いなく、キャスターが目当ての城を手にして何もしないということはありえないのだから。

 だが、そういう小手先の障害などたいした問題にはならない。

 

 なぜなら―――

 

「クハ、ハハハ――っ、ぁあ、ああ! そうだよなァ悪い癖だ忘れてたぜ……」

 

 哄笑するランサーがその手の障害に躓く事などありえないのだから。

 

 舌なめずりする表情に、狂喜を隠そうともしない猟奇的な表情は嘗てないほど愉悦に染まっている。その表情からして、既にライダーに逃げられたという事実は彼の思考からはずされている。再三に渡って逃げおうされたという事実が、今回立場を逆転しているという事実が彼を狂気に駆り立てる。

 

「待ってろよキャスター……逃げ場なんざありゃしねぇ、今度はこっちが襲撃する番なんだからよォ」

 

 ともすれば主を置き去り特攻しそうなその姿に、ケイネスは少々肝を冷やしたが――興が乗っているなら問題はないかと見失わないよう留意しつつランサーの後を追う。

 逸る心を必死に抑えているのか、ランサーの足取りは歩くというよりも競歩のそれに近い。

 墓地だったそこから教会への最短ルートとは即ち森を突き進む事になる。当然、その森にはキャスターが仕掛けた罠がいくつか点在しているはずであり―――そうこうしていると見覚えのある死霊が数体こちらに群れを成して進んでくる。が、その程度が生涯になるはずもなく、ランサーは煩わしいといわんばかりに腕を薙ぐ。描いた腕の線に沿うようにして放たれた杭は死霊を群れに寸部違わず直撃し、木々や地面に縫いつけまとめて全て吸い殺す。

 彼の杭の魔性、その効力に生きているか死んでいるか、そもそも生物であるかといった括りがないのであれば、まさにセイバーが言ったとおり“悪食”を示して枯死の道を作りだす。

 その道をケイネスは悠々と歩く。

 その顔に浮かぶ笑みに、これからの戦いに対する不安は毛ほども覗えなかった。

 

 

 

 

 

 ランサー達が森を突き進む頃、教会の地下ではベクトルは違うが、まさにえも言えぬ光景が現在進行形で行われていた。

 

「――♪」

 

「ねぇねぇりゅうちゃん。こんなモノ見つけてきたけど、これどうかな?」

 

「? っぉお! Cool!! 姐さん流石、まじでイカスっ」

 

 無邪気に、趣味に、遊びに興じるように言葉を交わす少年と少女。

 雰囲気だけなら幼い少女に兄がその遊びに付き合っている微笑ましいが――言葉でわかるとおり、尊重しているという意味では兄妹、ではなく姉弟だ。だがそれもしかし、彼等が興じている“遊び”は一般に言うそれとは大きく異なる。

 

「―――し!! できた力作第8号! いやー姐さんと一緒だと創作意欲が刺激されてほんとヤバイよ」

 

 彼が誇らしげに掲げる“力作”。それが血に濡れた人のなれの果てだというのだから――

 

「うん―――痛みの軽減もいい具合に術が作用するようになってきたわね。思った通り、りゅーちゃんこっちの方も才能あったみたいで、私も教え甲斐があるわ」

 

 教え子を褒め称える少女の声に、その言葉に誇らしげに胸を張る少年。この無残極まる光景に対して、世間一般で言う所の感性を彼等に期待できるはずがない。一言で言うなら“狂っている”としか言いようがないほどこの光景は外れている。

 そして、周りを見渡せば“力作”に番号が付けられたように、いくつもの作品が飾られ、或いは放置されている。あるものは手があらぬ方向にねじ曲がり、卍を組むように幾人が組み合わされている。またある者は四肢を取り除かれ、椅子やテーブルに見立てたようにオブジェ状に、その他にも完成のネジが外れているとしか言いようのない半死半生の“作品”が転がっている。

 大凡、いや全面的に教会に似つかわしくない場所ではあるが、実はこの地下空間、教会にもともとあった設備である。

 キャスターの“陣地作成”にかかれば空間をある程度自在に変えられる。それも魔道において一定水準以上の技を納めているこの少女の顔をした魔女なら尚の事。だが、お誂え向きの空間があるならそれを利用するに越した事はない。キャスターとそのマスターである龍之介はこの施設を散策してこの部屋を見つけた時から、僅かな時間でこの地獄絵図をくみ上げた。それはもう嬉々として、捉え“別空間”に仕舞っていた材料(ヒト)を湯水のように消費して。

 

「―――っ、ぁーアッチが来ちゃったかぁ……」

 

 だが、彼等が興奮冷めやらず次の作品に手を掛けようとしていた時である。キャスターが、何かに後ろ髪を引かれるように立ち止まり、虚空を睨んだ。

 

「―――♪ っと、どしたの姐さん?」

 

 その姿にはさしもの龍之介も足を止める。なんだかんだで気の合う二人なだけに、短い付合いだがその辺の機微は呼吸をする様に感じられる。おそらく、全参加者中、彼等ほど好カードの組合せもないだろう。

 

「ん? んー……ちょっとお邪魔虫が出たみたいでねぇー面倒だけど、ちょっとお掃除に行ってくるわ」

 

「ふーん……あ、だったら俺も行くよ! こうして姐さんからマジュツってーの? 教えてもらったし、少しは役に――――」

 

「―――ダメよ」

 

 龍之介の提案は純粋に彼女に対する好意だっただけに、彼女の二の句を許さない即座の否定に息を飲む。そのキャスターの表情は険しいものだったが、同時にどこか余裕の無い見た目相応に彼女を見せてしまっている。

 

「ごめんねりゅーちゃん。私としては気持ちはうれしいんだけど、残念ながらまだあなたに合格点はあげられないし、こんなのに貴方が出ることもないのよ」

 

 だが、自身の顔に対して驚愕させてしまった事に気が付いたキャスターの行動は素早く、即座に表情を和らげその場で回りながら距離を取る。その一連の動作で自身の内面を整えたキャスターは龍之介の正面にから外れず、距離を開けずぎない場所で人差し指を立て、その場で子供を諭す年長者の様な振舞いをする。

 ――もっとも、見た目的には真逆の立場なのは言うまでもないが。

 

「――そんな顔しないの! その気持ちはうれしいのはホントなんだから。お邪魔虫にはさっさと退場してもらって、また二人であーと作りでもしましょ? ほら、りゅーちゃんは私が行ってる間に次の作品の構図でも考えててくれればいいから、ね?」

 

 そうして、不安げだった顔を若干緩めた自身の主を視界に確認するキャスター。見た目は好青年であるだけに勘違いしがちだが、彼はその感性のように、少々子供の様な所がある。それ故作品に対する熱意が彼の動力源であり、アートに挑む彼の姿はキャスターの目から見ても愛らしく好ましい姿だ。

 今一度、その愛らしい姿を確認し、キャスターは再度ステップを踏むように彼から距離を取り、魔術を施行する。

 彼女ほどの腕前になればその移行は素早く、瞬きの間で済む事であるが――彼女はその光景が大事であるかのように、まるで瞼に焼き付けるかのように目を瞑っていた。

 

 

 そして―――彼女の周りで発光していた紋様が一際輝き、彼女が目を開けばそこには―――

 

 

「よお、逢いたかったぜキャスター」

 

「ぅっわ……最悪、ナイワこれー……」

 

 思わず愚痴をこぼしてしまう程に、先程までの彼女の気持ちを粉微塵に吹き飛ばす幽鬼がそこに立っていた。

 

「――ほんと、空気が読めない脳筋ジャンキーはコレだから……」

 

「あ? なんだてめぇボソボソボソボソ聞こえるかよ。戦の前の口上なんだ堂々と喋れや」

 

 目の前に立つのはどこからどう見ても槍兵の英霊、ランサーだ。冬木ハイアットホテルにて建物を墓標代わりに埋め立てるという一つの存在に対して過剰な手段で臨んだ筈だが、何故かここでピンピンしているのだからあの程度では不足なのだろう。いや、数tを優に超す重量の圧壊で死なないあたり、霊長の英たる存在には不適切だろうが、こうまで来ると正真正銘化け物染みている。

 

「あぁもう! こっちはお呼びじゃないって何べん言わせればいいのよっ、どうせならライダーが着てくれたほうがまだ盛り上がれたってのよ!」

 

「なんだ、だせるじゃねぇか口上。そうさそうこねぇとなァーつうか女、やっぱりアイツとのドンパチは覗いてたのかよ。イイ趣味してるな、相変わらず」

 

 ランサーの嬉しげな声がキャスターにとっては耳に障るらしく、普段は人をおちょくる様な態度の彼女が珍しくも怒声を放つ。だがそれすらも心地よいというように、ランサーは嬉しげに両手を広げて歓迎しているとでもいわんようにして一歩、また一歩とキャスターに向かって歩を進める。

 

「その台詞、何度目よ。同じくどき文句しかない語呂の貧弱さじゃ、あなたの恋愛事情が哀れに思えてくるじゃない」

 

「言ってろタコが――語呂の有る無しで強弱が決まるってんなら語学なり座学なり何でも受けてやらァ……が、んなくだらねぇ背比べしにきたわけじゃないのはわかってるだろうが」

 

 先の通り、キャスターがランサーとライダーの戦いを情報として捉えていたのは確かだ。それは実際に目で見た訳ではないが、奪った以上この教会の周囲は彼女の触覚の範囲だといって過言ではない。つまり、彼女が望めばこの周りに、誰がいるか、結界に何をしようとしているのか手に取る様にわかる。そして、逐一情報を統括していれば如何にキャスターといえども処理限界を引き起こす。故にある程度の取捨選択はしていたが――

 

「……ええ、折角こっちが御持て成しの準備をして迎えてあげれば、あなた、悉く一振りでねじ伏せるんですもの。情緒も何もない性急さも相変わらずねー」

 

 その乱雑さにいやでもこの男の接近を知ったキャスターである。

 敵の接近、及び結界周囲には殊更気を使っていたし、それなりにトラップを増築していたのだが、この男はその悉くを我関せずを地でいく暴挙ぶりだ。

 

「ハッ! 今更判りきった質問なんざ投げつけるなよ痒くなる。ああそうだ、テメーとの因縁ここにケリをつけに来たぜ。この間の立派な墓標の礼だ遠慮せずに受け取れよ」

 

 まるでいつぞやの襲撃の焼回しのようであり、そうした意味で彼なりに嫌味を効かせた演出だったのだろう。そうでなければこの目の前の男は単身矢の如く疾走してこの場にいたはずだ。

 そして、ここにたどり着いた以上、ランサーが遠慮も何もなく暴れまわるのは目に見えている。折角居城を手にした身としては早々に御退場願いたい所だが―――

 

「だがそうさな、テメー相手にこれ以上逃げ回れたり追いかけるのも面倒か――つうわけでだ、まずはテメェだキャスター。俺の秘奥で、今度こそ骨も残さず吸い殺してやるよ」

 

 目の前の男はその思考を読んだように釘をさす。

 折角の舞台に冷水零すような真似は無粋だろうと、そういうように彼は杭を痩身から乱雑に生やして戦闘態勢をとる。

 

「ふん。どこかで聞き覚えのある売り文句ね。なら、こっちもあの日と同じようにまた埋め戻してあげる―――今度は墓標になる様なものないけど……ああ、後ろに埋め場所には困らないわね。何しろ自分で耕してたもの、ご苦労様だこと」

 

 対して、キャスターは変わらず光陣を纏い対面する。

 それこそまさにあの夜、ビルでの戦闘を焼き増した様な光景だったが―――この日は一つ、大きく違うものがある。

 それはこの時間が昼間だとか、場所が教会で平たいだとかいう外の要因ではない。ここに対峙した彼ら自身、逃走を捨て、目の前の敵を切り捨てる必勝を誓うその心こそ大きな違いだ。

 

「いってろ……さぁ、んじゃあの日の続きだ。今度こそ―――」

 

「ええ、私も、もうあなたと遊ぶ気はないから。下らない縁も―――」

 

 故に両者、戦闘態勢を整え終わったはずのその構えからもう一つ、己が信じる最上の札を切る為に魔と魔を張り巡らせる。

 その様は昼間の陽光に照らされた舞台を陰らすほどに、濃厚な魔力の渦を巻き起こして激突し、離れて再度激突する。

 これこそが彼等が英雄に座した象徴であり、正しく秘奥の開放。それに比べればこれまでのぶつかり合いなど児戯に等しい。

 そう、だからこそ―――

 

「――ここで終いにしようや」

「――ここで終わらせましょう」

 

 必殺を誓い、相手の心づもりを理解したからこそ、両者の主張は同じくしてぶつかり合う。

 

 

『『Briah(創造)――』』

 

 

 舞台を魔城と化した教会で、今極大の歪みがぶつかり合う。

 

 

 






 ハイ、お待たせしました18話目! 更新しましたtontonです。
 いよいよDiesらしさを演出していくにあたって出ました創造位階! 何が何だかわからない読者の方、次回以降で説明していくのでご心配なく(笑
 ご存知の方はどうか今しばらくお待ちください(苦笑

 今回でライダー陣営脱落? いやいや、私がここで彼彼女を脱落させるなどありえない! ですが、そろそろ脱落者の一人は出したい所……既に皆様には誰が脱落するのか見当はついていると思いますが――どうか今しばらく、その点はご清聴頂けるとありがたいです。

 さて、そんなわけで始まりましたランサーVSキャスター。埠頭から何気に因縁深くなってきた彼等ではありますが―――因縁の対決をどう表現し、どう収束させるのか、その点が焦点でありますので、次回をご想像してお待ちください。

 では、今回もこの辺りで失礼します。
 またご意見ご感想など頂けると作者としては大変励みになるので、些細な点でも構いませんのでお声をかけて頂けたら幸いです。
 ではでは、この辺で、お疲れ様でした!




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「観月」

 


 

 

 

 宝具とは、即ち英雄たる彼、彼女達が人の身でありながら神秘の域に達した象徴、奇跡の結晶である。

 その解放ともなれば当然その力は現代の魔術など霞む領域である。そして、彼と彼女。ランサーとキャスターの宝具もその例に洩れず、神秘を内包していたが―― 一つだけ共通点があり、それだけに大きく異なる。

 一つは―――

 

『ものみな眠るさ夜中に 水底を離るることぞうれしけれ』

 

 秘奥の開放、それに伴う祝詞とは単に真名を明かすという以外に、自己の深層心理を表す行為だという事だ。言い換えれば、それは侵食といってもいいのかもしれない。

 

『水のおもてを頭もて 波立て遊ぶぞたのしけれ』

 

 己の周囲、世界を己の(ルール)で染め上げる。己を起点に、或いは周囲一帯を魔境と変じて世界を騙す大禁忌。彼等の法とは理こそ違えど、実にその根底は相違ない。ただし、二つの宝具は自己の深層心理を根とするだけに、その法が同じものである筈がないのだ。

 その証拠に、ランサーの謳い上げる詩は仄暗さこそ同じ域にあるが、そこに込められた残虐性のベクトルがまるで違う。

 

『――私の望みは 日の陰る戦場 彼の爪牙であるが故に日の輝きは不要』

 

 例えるなら、キャスターのそれが罠を張り、手ぐすね引きながら謀る妖狐の術理であるのなら―――

 

『修羅の道を歩み続けるため 私はこの穢れた血を組み替えて変生する――』

 

 暴虐と殺戮に染まる闇夜に苛烈に咲き誇る化身、その爪牙をもって自ら襲いかかる獣の法に他ならない。

 そして両者が互いの法と法をぶつけ合うというのなら、それ即ちこの勝負は陣取り合戦の態を表す。この場の空間が100という許容を持つとして、両者はその空席を己の色で染め上げていく。

 

 となれば、より多くの色に塗り替えた者がこの場で優位に立つのは想像に易く――――

 

『澄める大気をふるわせて 互に高く呼びかわし 緑なす濡れ髪うちふるい 乾かし遊ぶぞたのしけれ!』

 

 速度という面において、この場は“魔術師”の英霊である彼女が遅れる筈がなかった。

 

Briah(創造)―― 』

 

 魔道の神髄、ここに示さんと高らかに歌い上げる彼女は、先制を得た好機からか、翡翠色の瞳に艶色を濃くしていた。

 故に、これからその可憐な口元から発せられるのは極大の呪詛に他ならない。必殺を誓い、目障りな目の前の幽鬼を屠る一撃。彼女の深層心理、その根底にある渇望が此処に像を結ぶ。

 

Csejte Ungarn Nachatzehrer(拷問城の食人影)

 

 刹那、場に変化をもたらし、支配したのは魔女の魔術、影の隆起だ。

 轟と唸りを上げる様なその疾走は、質量の無い虚無である筈の影が生き物のように錯覚させるほどだ。

 ―――いや

 よく見れば、舗装を駆ける影の断面が、ありえない事に波立っている。

 

「よし―――っ」

 

 そして瞬きの間も置かず、その影は地より起き上がる(・・・・・)

 変化というにはあまりに異端。本来質量の無いものを錯覚させるのではなく、文字通り地面という常識の拘束を振り払うように起き上がったソレは、鎖の切れた獣の如く割けた口状の先端に獰猛な牙を生やす。

 発現こそ彼女お得意の魔術と酷似していたが―――凶悪さという面において、コレは度を越している。

 

「―――私の、勝ねっ」

 

 そして、その咢が荒ぶる野獣の態を表しているかのごとく、影の群れは詠唱に構えていたランサーへと次々に食らい付いていく。

 仮に今までの戦いでみせた影の魔術がこの宝具によるものだとしよう。その真名を開放しない状態で英霊3体を拘束し、その自由一切を奪う。ただでさえ強力な捕縛術が、“真名解放”に伴って殺傷力を宿し、数倍に値すると思われる膂力を得たのだとしたら、なるほど。確かにキャスターの勝利宣言も頷ける。

 この拘束に囚われて逃れられる者など、英霊と言えどそうはいないだろう。

 

 

 

 ―――無論、並みの英霊ならばという話である。

 

 

 

「いいーや、残念。あと一歩足りねぇよ」

 

「――っ、驚いたわね。私のナハツェーラーに捉まっておいて喋れるとか、人外極まり、といったところかしら」

 

 既に聞きなれた、クツクツとした嘲りを漏らし、影に噛まれる傷跡から今も尚血を垂れ流す男はしかし―――やはり、この状況も愉快だと堪えきれないというように笑いあげていた。

 

「クカっ、んな大層な話じゃねえよ。もっと単純に―――そう強度と速度の問題だ。その点じゃぁちょっと遅かったぜ、オマエ」

 

 この状況で何ができると訝しむキャスター。

 だが、考えてみれば状況がおかしい。キャスターの“食人影”は捕縛を基にする術ではあるが、この解放状態の影は行動はおろか発生に始まって息や動悸といった生命に不可欠なものですら縛る魔術だ。

 だが、現にランサーの喋りは滑らかだ。いや、健常時と比べれば幾分不自然な感覚があるが、それだけだ。つまりある筈の効果が無いという不可思議な現象。

 ――ありえなくは、ない。

 現にこれまで、正確にはキャスターの生前の記憶には、そうしたキチガイじみた連中とて合わせをしたことはある。目の前のランサーをみるに、この男が強者か弱者はともかく、常識の域を超越しているのは数何度もこの目で見ているのだから間違いない。

 

「っ!」

 

「あぁ、そんな顔するなよ別に貶してるわけじゃねぇ悪くない宝具だテメェに落ち度があるわけじゃねェよ。簡単な話だ―――」

 

 だからこそ油断ならないと睨み据えるキャスターに、もう限界だと吹き出す人が口元を抑えるように――いや、衝動を抑える人間が抑制するかのようにその蒼白の面を同じく死霊のような手で覆う。

 

『故に この闇夜に無敵の魔人となるために 愛しい恋人よ枯れ落ちろ』

 

 言葉どころか、緩慢ではあるが動作を許した事態にキャスターは一層の魔力を込めて抑え込みにかかったが―――

 

Briah(創造)――』

 

 瞬間、ただの言葉の羅列であるそれを聞いてキャスターの心臓が軋みを上げた。

 アレは良くないものだ出させてはいけない。外的要因を受けない筈のキャスターの陣地で、鳥肌を抑えられない凶兆がみえかくれしているのだ。

 だがそう、もしあの愉悦に歪んだ顔が想像通りなら既に手遅れで、その構えは彼の法が形を成したという事だと、彼女は頭のどこかで理解していた。

 

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)

 

 彼の言葉、彼の(ルール)が形作られた途端、この場を夜が支配する。ライダーの黒霧だとかキャスターの魔術という呪術的な要素によるものではない。いや、呪術という点でくくればランサーの宝具とて根本は同じなのだからその理屈で言えばここまで規模が違うはずがない。

 

「―――俺を殺(や)るつもりなら、後、千倍の圧で締め上げナァ!!」

 

 だが、キャスターがその異変に思考を割く暇を与える程、飛び込むランサー甘くない。

 その全身に生やすのは相変わらず吸魂の杭だが、この教会という空間を一息に支配したこの“夜”を展開するかれの“秘奥”がこの程度とは思えない。

 故に、大事をとって回避に回るのは当然であり―――その判断は真実間違いではない。

 

「っ!?」

 

 偶然の産物ではあるが、キャスターは出だしの足を躓かせ、結果としてランサーの突撃を回避して見せた。結果としては単なる偶然、幸運であるが、渦中のキャスターはそれよりも深刻な事実に指をかけて驚愕に思考を染めていた。

 

「ほぅ。よく避けれたもんだ――が、こんな程度で終わるわけねぇだろ。オラ立なァ」

 

 態々緩慢な動きで振返るランサーの動きはその実、相手を軽視している行為ではない。彼は戦場こそ己の華となる舞台だと願っている。そんな大舞台で、しかも望んだ獲物を前にしてこの男が手を抜く筈がない。ただ、闘争そのものを楽しむ為に、意図的に自身に枷を当てる事はあるかもしれないが。

 

「……っ、随分悪辣なのね。この“夜”が貴方の心象風景とでも?」

 

 そう、彼等の頭上、日の上りも真上と行かないような昼頃に、如何なる絡繰りか夜の帳が落ちる。その世界を象徴するように血色に染まった赤い月がその怪しい輝きを真昼の空を飾っていた。

 

「おおそうさ。悪くねぇだろ? この街で初めて展開したが、煮え湯を毎回飲まされた割にはイイ夜なんだ。クククッ、どうよ、高ぶるだろう興奮するだろう」

 

 ランサーの言葉に、キャスターは舌打ちを零す事で返答を返す。

 そう、目の前の男の宝具は彼の心象風景を具現化するだけではない。それだけの魔術、己の理に世界を染めるという事は常識外の付加がなされているという事だ。

 そして、ランサーの第一の宝具、“闇の賜物(クリフォト・バチカル)”の特性は“吸魂”―――となればだ、第二の宝具であるこの“夜”が、只の帳を張るのみである筈が無い。

 

「範囲内の対象からエネルギーとなるモノをを問答無用で吸い上げる――いうなればコレは敵を弱体化させる宝具といったところかしら? 好戦的な割には、随分と狡い神秘だことっ」

 

「ハっ上辺だけで解った気になるなよ魔術師ィ、俺の渇望はそんなみみっちいわけあるかよ。が、まあアレだ。テメェはこの戦争で夜に捧げる最初の獲物だ。じっくり味わってけよ……もっとも―――」

 

 そして大気の妖気にも似た男の魔力が魔性を伴ってより濃密になる。

 彼の“夜”に囚われたモノは容赦なく吸い殺される。そこには槍を介してだとか接触する必要もなく、凶悪という意味においては先のカインの“腐毒の鎧”といい勝負と言えよう。

 そして、ともすればそこらの魔術師よりよほど魔術師らしい理で周囲を塗り替えたランサーは、姿勢を低くとる。全身をバネ仕掛けの機械とする様に、再度突撃の構えを取り、その狂性の発露とも取れる深紅の瞳を悦びに爛々と輝かせて――その獣性を爆発させた。

 

「―――テメエがコレでくたばらなければの話だがなァアア!!!」

 

「っ、冗談! そんな只でさえ物騒な物、女に向けるんじゃないわよこの獣!!」

 

 只でさえ強制力を持つ理に周囲を染め上げる“夜”なのだ。それに加えて生身での接触をあの槍に許せば瞬く間にミイラになるのは問うまでもなく明らかだ。

 故に迅速に、地面に手を当てたキャスターは二人の交点に分厚い棘付きの壁を幾重にも出現させる。それは彼女の第一の宝具、“血の伯爵夫人(エリザベート・バートリー)”が展開した拷問具の一つだ。どうやら二つの宝具を併用でけるようであり、同一の器具を展開できなかった点が改善され、第二の影響かその強度は比べもにならない、筈だが。

 

「クハ、めでてぇっ、めでてぇぞ女!! 頭軽いのかよ魔術師! 魔力が籠った程度の土壁でェ、俺が止められるわけねえだろうがっ」

 

 あのビルの焼き増しであるかのように、その程度張子とさして変わらないと嘲笑うかのように突き破るランサー。

 見た目は変わらない杭ではあるが、キャスターの拷問器具が宝具開放によって性能を増したのだ。彼の得物が依然と変わらない道理は彼の言葉通り確かにない。

 

「っ、ええこの程度ならそうでしょうね。けど、それが何? 触れて終わるというのなら、近づけさせなければいい話でしょう!!」

 

「おお、悪くねえぜその手。頭軽いとか言ったのは訂正してやるけどなァ、飛び道具くらいこっちにある事も承知のはずだぜ?」

 

 そしてその程度が分からない女ではないキャスターは、これまた同じく殺傷を目的とした大きな針、短刀や刃物という刃物を、毒液という付加を乗せて容赦なく飛ばす。

 ――だが、その程度は想定の範囲だと生やした杭を短槍にして大量に撃ち出すランサー。

 彼の宝具が間合いを選ばないのは依然として変わらない。近づけなかろうとその凶刃は飛刃と変わり、加えてこの吸魂の理に染まった“夜”が接触せずとも容赦なくキャスターから生気を奪う。

 唯一の救いは強度と共に殺傷力の上がった拷問具が飛来する短槍を弾けるように昇華されている事だろう。キャスターのそれと違い、使用者の身体から離れればその狂性は途端に薄まる。むろん、この理の中ではその弱体化も目に見えた効果という訳ではなく、弱まるといっても僅かに等しい。

 だが、キャスターにとってその程度の事は織り込み済みであり、この場合はその僅かにでも軌道を逸らせることこそ肝要なのだ。

 

「-思った通り、体から離れれば大したことはないわね。如何かしら? 止められなくても千日手なのは変わりなくてよ」

 

 この“死森の薔薇騎士”内ではキャスターが如何に対魔の結界を展開しようと問答無用で吸い上げる凶悪な性質を内包している、だから彼女の弱体化はこうしている間にも刻一刻と進むはずであり、そうした意味でコレは天秤が傾くのが早いか遅いかの話でしかない。

 しかしそれでも、キャスターの言葉は強がりではない。

 他のサーヴァント、そこらの英霊なら結果はそう変わらないだろうが、彼女は魔術師のサーヴァントである。己の気力、魔力が不足すればそれを補う手段など幾つも習得している。加えて、彼女は今巷を騒がせている誘拐騒ぎの張本人であり、そうしたモラルに拘って手段を渋る性質でもない。

 故にこの勝負、勝は薄いが早々に負ける戦いとはならないという事になる。そして、魔術師である以上長期戦とは望むところであり、それだけ思考に割ける時間があれば打開策の一つや二つ導き出して見せる。いや、彼女なら問題なく割り出し実行するだろう。

 

「―――ハ! その程度で攻略したつもりかよ! 悪ぃが、この“夜”はそんなお行儀よくないんでな――オラっ、次行くぜェ!!」

 

「ちょ――っ!?」

 

 だが、何度目になるかわからない大番狂わせがその場で突き上げる。いや、驚愕という意味でキャスターが素で驚きの声を漏らすあたり、この技は常識外れにも程がある。

 

「っとに! 次から次へとっ、人外にも程があるのよ!」

 

 文句を漏らしながら無様にもひた走るキャスター。だがその後ろから迫る凶刃を思えば誰も非難できないだろう。

 

 その刃は、ランサーを介する事無く―――あろう事か地面を突き破って出現したのだから。

 

 それも一つや二つの話ではない。視界の端に捉えたランサーはさして魔術を行使した動作は見られないのに、背後、キャスターが先程まで立っていた場所を紅い極太の杭が教会の舗装を突き破りながら現れる。

 その凶悪さは幾分禍々しさと共に増強されている様に見え、この宝具がただ弱体化させるだけでなく、吸い上げた力をランサーのものに変換していることをうかがわせた。

 

「ソラ、避けろ避けろ避けろ避けろォオオ―――!!!! この程度で万歳くたばっちまうような敵なんざに用はねぇ! そうさ、ハチの巣になりたくなきゃ俺を満足させてみろっ、この俺を絶頂させて見せろやァ!!」

 

「自己満したいなら余所でやりなさいよ! ていうかちょっとっ、いくら討伐が目的だからって、こうまで土地を破壊してもいいわけ!?」

 

 よって、解放前から悪辣な能力、吸魂という特性を持つ凶悪な刃は、ランサーが直接実体化させたわけではなくともその性質を衰えさせることはない。つまり、こうしてキャスターが避けて回る以上そこには無残に蹂躙された舗装群が砂となって土に還っている。よく見れば飛散した杭

の影響か、建物の一部や周囲の樹木が崩れていたり枯死している。

 とてもじゃないが、教会の命を受けて参上した割には粗暴すぎる振舞いと言えよう。

 

「バカが、そんなこと俺が知るかよ。それに、俺達に下されたのは“魔術師に有るまじき振舞いを取るキャスター陣営を討伐せよ”だぜ? 教会の為に態々足を運んでやってる俺が、なんでそこまで気ィ使う必要があるんだよオイ」

 

「――っ確かに、ね!」

 

 周囲を窺いながら、飛来した杭を打ち落として走るキャスター。遠慮は無しに“夜”を展開し蹂躙するように、やはり周囲にマスターがいる様子はない。仮にいれば――効果があるは解らないが――人質に取るなど使いようもあるというもの。だが当然ケイネスはこの理の内側にはいない。それはこの結界が敵味方の区別が無い広範囲の結界宝具であるという事の証明だ

 

ろう。

 となれば非難しても始まらない。キャスターは時に横に飛んだりと足元だけではなくその進行方向や、まるで遊ぶ様に杭を地面から生やすランサーの攻撃に、彼女は全神経の集中を余儀なくされる。打開策を模索しようにも、その猛攻を前に思考を割く暇が僅かにも取れない。

 受けることなどもってのほかな銃弾剣山の前には、後退を余儀なくされる。そしてだからこそ―――彼女が勝利と敵の撃滅を誓うからこそ、これ以上の後退は選びえなかった。

 

「なら、貴方の望みどおりに踊ってあげる―――」

 

 彼女の札の中で最上位の殺傷をほこるのがなんであるのか、それを考えればこの手は当然の帰結と言える。そして、先の開幕で宝具の発露で解かれた以上、通常の練度では役不足であるのは間違いない。そしてならば、練り上げる魔力の質を限界まで高めるのは当然と言えた。

 

「――喰らいなさい、ナハツェーラーッ!!」

 

 それは魔力を溜めに貯めた彼女だからこそ使える手だ。ランサーの夜を前に限界間際の魔力消費は自殺行為に等しい。だが余所から魔力を引っ張ってこれる分、彼女は即座に吸い殺される事はない。

 強度にしておよそ先程の50倍。

 それだけの魔力を練り上げるのに、これまで吸い上げた魂の総量は数万をくだらない。むろんその全てを魂が枯渇するまで吸い上げはしないが、確実に衰弱はしていただろう。そうした背景からも、いずれ教会のターゲットとなっていたのは避けられなかったもしれないし、それだけの魔力を消費する手は温存したいだろうが――目の前の男をそれで屠れるのならキャスターが躊躇する筈がなかった。

 

「――っぉ、く、ククっアーッハハハ――!! いいぜ解ってるじゃねぇかっ、追いまわすのなんてまどろっこしい真似いつまでも付き合ってらるかよ。あぁ直接力技か、それも魔術で来る辺りまるっきり考え無ってわけでもないみてぇーだな」

 

「――っあまり、バカにしないでくれるかしら」

 

 直接力に依存した手段で押さえつけるなら、それではいつかの夜と同じ結果になる。しかもこの法の中でランサーに触れるという事は、腹を空かした獣に無警戒で素手のまま餌を差し出す行為に等しい。だから彼女の選択は鎖による引き合いではなく、触れた相手を停滞させる“影”を選択した。これなら拘束・停滞という特性から純粋な力勝負という訳でなく、元が虚無であるだけに実質的な力の影響を受けにくい。この魔術に対抗するには純粋に彼女の宝具と相性がいいか、対魔力で弾くほかにないのである。

 

「ああ、ワリぃワリぃ。あまりに嬉しくて脱線してたわ」

 

 故に、ランサーの規格外さが窺えるのだ。

 彼は三騎士のサーヴァントではあるが対魔力が特段高い訳でもなく、見たところ彼女の宝具と似通った特性を持っているが、相性がいいという訳ではない。どちらかと言えば五十歩百歩、強度の強さはともかく相性はそれほど差があるわけではないのだ。

 つまり、ランサーは全力ではないとはいえ、その拘束を第三の要素、吸い上げた魔力を一気に噴出する事によって無理矢理拘束を緩ませただけに過ぎない。逆を言えば、吹き飛ばすだけの魔力が溜まっていなければ脱出は不可能という事になる。時間を置けば置くだけ自身が不利になる厄介な宝具というのがキャスターの分析である。

 

「何がおかしいのか私にも分かるように説明してくれるかしら? この状況で、今貴方が逆転するにはいろいろ手札が足りない筈だけど」

 

「ああ―――そうさな。それは認めるぜ。確かに今の俺じゃ抜け出せないかもなぁ……」

 

 そして――そんな拘束に囚われて、先程の放出から時間も僅かにしか経過していないにもかかわらず、彼は笑いを堪える様子もなく謝罪を口にする。当然、その言葉が形だけのものであるのは問うまでもない。

 何が彼の笑いの琴線に触れたのかは解らないが、その口車に乗ってやる必要もないだろう。何しろこの男の能力は時間が経てば経つほど己が不利になり、ランサーが優位に立つ。故に余分な無駄もここまでと彼女がさらに練り上げた魔力を影に込めようとした時だ。

 

「―――この“夜”の内側、敵味方を区別しないなら中にいる人間はどうなるんだろうなぁ」

 

 絶望を、キャスターにとって思考から外れていたソレを突き付けた。

 

「? 何を言って―――――――!?」

 

 一瞬何のことか理解できなかったキャスターも次の際には即座に思考がその事態に気付く。何故その事に気付かなかったのか、ランサーの能力を鑑みればそうなる事解り切った事だろうに――いや、この場合思考の暇を与えなかった彼の猛攻が見事であるのかもしれないが、既にそういったプロセスの追う事なぞキャスターは投げやって焦っていた。

 その様は狂乱や錯乱といった表現が適しているのだろうが、彼女の心情を考えれば当然だ。

 ランサーの吸魂が触れる必要もなく、魔術の防壁も関係なく範囲内のものを吸い上げるなら―――――

 

 ―――範囲内、教会の地下という閉鎖空間にいる己のマスターはどうなるのか。

 

「りゅーちゃん!!!!」

 

 それは答えなど見え透いている。

 

 あれからどれだけの時間が経過しただろうか?

 魔術師としてその技を教えたが未熟な彼の対魔力でどれだけ抗えるか?

 そもそも本当にこの夜の効果が地下までおよんでいるのか?

 

 頭の回転が速いだけにいくつもの疑問が頭の中を駆け巡るが―――もはやそんな事を考えてる間も惜しい。

 無事かどうか、皮膚に刺さったとげの如く、その不安は容易に拭い去れるものではなく、彼女は戦闘中であったにもかかわらず、その集中を背後の教会へと向けてしまう。

 

 

「悪いが気の緩みを突かせてもらうぜ」

 

 

 そしてそう―――その集中、魔術にとって何よりも大切な生命線を手放すということは、この結果になるという事など、彼女にはわかり切っていたはずだ。

 

「―――あっ」

 

「不意打ちなんざ俺の好みじゃねえが、もう十分に満足させてもらったしよぉ。何より―――――俺はテメエの顔にもうみ飽きてるんだわ」

 

 幽鬼のような表情をさらに死人のように、無感情に告げる様はその熱の冷め具合を表している。獲物と戦闘に対する執着は並みならないものがある彼ではあるが、その分熱が冷めた場合の豹変とは別人のように冷たく、まさに刃を振落す断罪者のように今はその目も冷え切っている。

 

「じゃあな。テメェの死にかけのマスターも直ぐに後を追わせてやる」

 

 その凶刃が迫る気配、彼の言葉をようやく理解できたのか、自身のマスターの安否で思慮を占領されていた彼女が慌てて振り向くが―――時既に遅い。

 迫る禍つ杭は既に避けようがない間合いであり、鮮血が、生存において致命的な血飛沫を教会を前に噴き上げた――――――

 

 

 






 どうも皆様、突然最新話投稿いたしましたtontonです。
 実は某所にて
『更新しないの?』
『み、三日待って(焦り』
 というやりとりがあり、それが今日なのでしたよ!
 ハイ、理由としてはしょーもないですが、そんな感じで今出先から初のスマホ投稿です(笑)

 さて、今回で進展を迎えました本作、戦闘回はいつも途中で区切ってしまうのでまとまって作者的には満足!

 作中、ランサーの詠唱が出典と彼の渇望をもとにした作者解釈ですが、分かりづらいかもしれないので、二人のを個別に活動報告で上げとこうと思います。
 ただ、帰宅が今回遅いと思うので明日になるかもしれません。その際はご容赦を(焦
 では、今日もこの辺で失礼します。
 毎度お馴染みですが、感想など頂けると作者的にはありがたいので、気が向いたらお願いします。
 それでは、お疲れ様でした。


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「紗幕」

 


 

 

 

 日中、日がもうじき真上に上ろうかという頃、教会での激突が離れたこの場でも感じられる程に魔力の淀みは強い。一般人には違和感程度にしか感じられないだろうが、魔道に精通した、あるいは過敏なものなら容易に気付くというもの。

 

 つまり、戦いはもう始まっているのだ。

 

「……だというのに」

 

 新都の一角、有り触れた街区公園で、セイバーは主を護衛しながら内心歯噛みをしていた。

 というのも――

 

「へぇーそうなの、じゃあ今度から貴女はお姉ちゃんになるのね」

 

 何故か、自身の主が迷子を保護した為に、ここで足止めを余儀なくされた現状に嘆いていたからだ。

 

 キャスター討伐の旨を聞いて城を後にしたのが早朝、朝食を済ませた後だ。そこは良い。主の行動には一定の理解はしているし、何より城で“外の世界”を見た事が無い彼女に、一般の生活というものに触れてもらいたいという気持ちも確かに自身にあったのだから。

 だがこれは少々話が違うと声に出して抗議しても不義にはならない筈だと、そう理解しながらセイバーはその槌を必死に止める。

 

「うんーあのねおとーさんとおかーさんがね、このあいだびょーいんから帰ってきておしえてくれたの! おとうとができるのよって!」

 

「そっかーそれは楽しみね」

 

 そう、仮にも生前は士官でもあった自分が子供の前で抗議など、みっともない真似は出来ようか―――いや、だがしかしと自問自答に陥るセイバー。傍から見れば怪しい人全開であるが、触れぬ何とやらが今の世の常である。

 

「? おねーちゃんどうしたの? おなかいたい?」

 

 が、幼い少女にそのような論理が立ちはだかる筈もなく、いとも簡単にセイバーの前で小首を傾げている。

 思わず別の意味で身悶えそうになる彼女。曰く、あの生き物は反則だとか持ちかえっても私は悪くないだろうとかなんとか。

 

「え、えー……と、そんな事はないんだけど、心配させちゃったかな? ごめんね」

 

 何とか対面を取り繕った彼女は、視線を少女に合わせて頭を撫でる。この年頃の子供は警戒心が薄いのか、されるがままで、撫で付けられる猫のように目を細めている姿が小動物チックだ。

 加えて、どこか誇らしげに胸を張っているあたりも微笑ましい。

 

「おかーさんがいってたのっ。あなたはもうすぐおねーちゃんになるんだから、しっかりしなきゃだめよって」

 

 意地を張るという行為はあまり褒められたものではないが、この娘の気持ちはきっと尊重されるべきものだ。

 とても真直ぐなその魂の在り方に、少々目を逸らしそうになるが――やめよう。この出会いに抱いた気持ちは、何かになろうと邁進する眩しさは尊いものであると、それだけで十分の筈だ。そこに何かと理屈をつけて貶めたり卑屈になるのは無粋極まりない。

 などとセイバーがしんみりとしていると―――

 

「そっかーじゃあ、お姉さんがおまじないしてあげるわね」

 

 横から彼女の主の手が伸び、少女を抱きかかえにかかった。

 これにはさすがに驚いて抵抗しかけて少女だったが、アイリスフィールの言葉に関心を取られたようで、その大きな目をパチクリとさせて頭上を見上げている。

 

「おまじない?」

 

「そ。これでもおねーさん魔法使いなのよ?」

 

「え、あ、アイリスフィール?」

 

 それは流石にまずいだろうと止めにかかるセイバー。だが、アイリスフィールはそんな従者の心配もよそに、大丈夫だからと視線で微笑み返す。答えにもなっていないその表情に最近弱いと自覚しているセイバーだが、自覚しつつも止められないのだからかなり深刻な問題かもしれない。

 そうこうしている内に、アイリスフィールは魔法、魔術を少女にかけていく。

 

 元々人ならざる者、ホムンクルスである彼女は魔術の素養が産まれながら一定水準値に達している。魔術を学ぶ工程を経ずとも既に習得していて、いうなればPCに近い状態だ。前のシステムを継承し、より使いやすく、アップグレードするのが通常の魔術師なら、ホムンクルスは既製品、出来合いのPCという事になる。どちらが将来的に性能が高まる、或いは使用者への適応・応用力が高いと言えば前者であるが、その成長するまでの膨大なコスト、時間を考えれば後者の優秀さは理解できるだろう。

 

「あ、コレは秘密ね。おかーさんとか他の人にばれちゃうと効果が無くなるから、気を付けるよーに」

 

 だが、いくら性能がよかろうと根底にあるルールを無視していいわけがない。セイバーは魔術師ではないが、その世界がどういうものであるか程度は知っているつもりだ。一応、見た感じ一般人である少女を害する様子はないのは一安心だが。いや、彼女の人柄を考えればそういう心配はないのだろうが――いくらなんでもこんな真昼に、しかも堂々と使用するのは問題にすぎるだろう。

 

「むむむ~」

 

 気の抜ける掛け声だが、施行される魔術は掛け値なしに本物だ。とても何も知らない者に使うようなものではない。もし―――これが少女に危害を加える目的だったなら、如何にセイバーといえどもマスターを制止していただろう。

 要するに、セイバーにはその魔術の中身が見えていたと事で―――

 

「ハイ! これで大丈夫よ。約束、守れるかな?」

 

 あまりにもあっけなかったのか、少女はまたも目をパチクリと数回瞬きをしたが、自己の中で納得がいったのか嬉しそうに笑って指を差し出す。それは指切りのジェスチャーだが、生憎と馴染みの無いアイリスフォールは少々困惑気味だった。

 見かねたセイバーがそっと耳打ちし、これもおまじないの一つなのかと納得して少女の小指に自分の小指を絡めた。

 

「ゆーびキーりげんまーん――」

 

「嘘付いたらー針千本飲ーますっ」

 

「ゆーびっきった!」

 

 見た目は――いや見たとおりに面倒見の良い女性が少女と戯れている構図だ。

 少女は魔術など知りもしないだろうが、“魔法”をかけてもらったという事実に感極まっているのか、はち切れんばかりの笑顔でご満悦だった。

 

「フフ。さあ、お家でお母さんが待ってるわよ――頑張ってね、お姉ちゃん」

 

「あ、うん! バイバイーっ」

 

 無邪気に全力で、2回3回と振り返って手を振る姿は天真爛漫さを絵に書いたようで、それはそれで微笑ましいものであったが―――その彼女の姿が見えなくなったのを確認して、セイバーは不義を承知で主に詰問した。

 先程の魔術、アレは対象の記憶を操作する類の暗示系の魔術だ。彼女の性格を考えれば何か思う所はある筈で、だからこそセイバーは明確にしておきたかったのだが。

 

「……アイリスフォール、先程の―――」

 

「――あの娘、自分の姉が行方不明になってるのよ」

 

 だが、その言葉に追及の矢は失速する。少女がこんな時間に一人でいる事、それだけならまだ理由がつきそうなものの、発見時に視線や陰鬱としていた雰囲気など、不可解な点が点で結ばれていく。

 

「記憶をね、軽く覗いたの。見つけていた時にフラフラしていた時の表情に魔力の残留具合、術処理を施されて適合しなかった者特有の反応だったから―――多分、今回の失踪事件の被害者の家族だわ」

 

 つまり、今回のキャスターとそのマスターによる“失踪事件”と、それに伴う緊急処置を施された事によるものだろう。そして恐らく、記憶を操作する程の処置がとられるという事は、多分、確実にその失踪した“姉”の安否というのは―――

 

「―――、そんな娘までっ」

 

「辛いでしょうけど、記憶が残留する方がもっとつらいでしょうから。あの年頃じゃ特にね」

 

 それ故に彼女は車を止めて駆け寄ったのだろう。確かに、アイリスフィールと接する内に最初の暗さが薄れ、少女は年相応の無邪気な笑顔を取り戻していた。

 ――だが、それは本来そうあった物で、それが奪われたという事。聖杯戦争の犠牲者をこうして目のあたりにすると、その重さに焦燥感にかられる。自身の無力さと、アレを野放しにしてしまった事によるこの結果にだ。

 物事に、“もしも”が無いのは重々承知しているが―――それで割り切れる正確なら、そもそも彼女はこの地にサーヴァントとして呼ばれていない。

 過去を覆したいと、そう思うのは彼女の罪に対する償いなのだから。

 

「監督役というのも万能じゃないわ。一応、不具合を起こしてた部分は最適化したからもう大丈夫だと思うけど……あの子も、あんな風に忘れてくれるのかしらね」

 

 憤るセイバーに声をかけていた主の言葉にふと顔を上げた彼女は、アイリスフィールの視線が走り去った少女の方向に向けられている事に気づく。いや、この場合、彼女がさす“あの子”とは、先程の少女ではなく、同じ年頃だからこそ彷彿とさせたのだろう。

 

 

 そう―――

 

 

『ねぇ、セイバーはおかあさまたちといっしょにニッポンにいくんだよね?』

 

 

 雪に染まった冬の城で、一度だけ言葉を交わした幼子の事を。

 

 

「アイリスフィール―――自分はっ」

 

 極東のこの地、戦地に赴くにあたって一人城に残してきた愛娘。心配をしないわけがないだろう。不安で無いわけがないだろう。

 脱落イコ-ルが限りなく死である戦場に赴いて、次がいつ会えるかもわからないというのだ。しかも、冬木に呼ばれた英霊達はいずれも曲者揃い。だからこの彼女の不安は、つまるところ従者である自分の不甲斐なさに起因する。

 故に即座に謝罪の旨を伝えようとしたセイバーだったが―――仮初の主であるアイリスフィールは、その先の言葉を知っているかのように、セイバーの唇に指を当てて押し止める。

 まるで今自分が零した弱音がとても忌むべきものだとでもいうように。悲痛を隠そうと歪むその笑顔が、余計につらい。

 

「さ、これ以上犠牲者を出さない為にも、私達も行動を再開しましょうかっ」

 

「―――そうですね」

 

 だがしかし、そこに触れたくないと切り替えるなら、それに付き合うのが騎士というものだろう。

 立ち上がろうとした彼女を、セイバーは騎士の礼をもってその手をとりエスコートする。戦場に彼女を伴うのはいまだ反対というのがセイバーの変わらない信条ではあるが――彼女は身の丈以上に高望みも行き過ぎた行動をする事もなく、向上を常に心がけている。その魂の在り方に、その姿を尊重したいと思うからこそ、セイバーはもう口に出して進言する事はない。

 

 自身の経験と直感から、これから挑む戦場で誰かが散ると告げている。 

 激突を感じさせる魔力の余波が彼女の肌を突き刺すようにして、その推測はより確かなものになっていく。だから、油断も邁進もあり得ないと気を引締め、彼女はハンドルを握る。

 

 

『―――やくそく! イリヤ、もうっわがままも言わないから―――』

 

 あの日の約束を、確かに守るために―――度重なった決意に、心を鋼として見据える戦地に車体を走らせる。

 

 

 よってこれより、彼女達の舞台もこの時をもって動き出す。

 望もうとと望むまいと、戦場は生贄を欲しているが為に。

 ひた走る彼女達の羅針盤は、一つの連絡によって、戦火の中心に放り込まれる。

 

 

 

 

 

 「―――っ、もう少し……追っ手は――ないみたい、ね」

 

 所は変わってそこは日の光も刺さない薄闇。

 周囲を円状に形作られた細い道が長々続くそこには水を感じさせる音が耳を撫で付けるが、鼻につく臭いがその爽やかである筈の印象を粉微塵にしている。

 そう、此処は冬木の地下深く、街のライフラインである地下水道、未遠側への排水溝だ。

 

 湿気が充満するこの場所を牛歩するのは―――キャスターだ。

 件の襲撃で最良地である教会を手にしながら彼女が何故こんな所にと思うかもしれないが、その右肩、肩口が大きく抉られ、辛うじて腕が繋がっている様から推察は出来る。つまり、コレは彼女が現在進行形で敗走中という事である。

 その傷に受けた一撃は対象を枯死させる魔技によるものだが、彼女は自らの肉体、傷口のみを即座に切り落とす事によって事なきを得た。もし、これに僅かでも躊躇していたら、あの“死森の薔薇騎士”の影響下に晒されれば瞬く間に枯死していただろう。

 その点ではこの程度で済んでいるあたり行幸なのか――いや、傷口を見ると既に流血は収まっており、よく見ると傷口が内側から蠢いている。つまり、欠損した状態から、正常な状態へと細胞が戻ろうとしているのだ。 再生と言えば聞こえは良いが、こうまで来ると生き汚いというべき領域だろう。

 だが、なんと罵られようと彼女は死ぬ訳にはいかない。いいや、死ねないのだ。

 

「――ここまでくれば……ぁくっ」

 

 無事な左肩に乗せていた物、主であった龍之介を開けた空間で落ちつける為にそっと寝かせる。

 今となってはこの地での主など知った事ではないというのが彼女の正直な感想だが、それでも気になったのだ。理屈ではないのだろう。

 そう無理矢理結論づけ、自身も腰を付けると途端に痛みが彼女の意識を狩り取りにかかる。

 魔術によって、本来かかる筈の傷による制約、体の負担を最低限にして無理矢理ここまで逃走し続けたのだ。寧ろ、人一人背負ってここまで来たのが奇跡に等しい。

 

 だが、そんな痛みも、今の彼女には心底どうでもいい些末事だった。

 

「気のせいなんかじゃない――そうよおかしいのよ」

 

 なんで誰も気づかないのか。

 なんで皆が全員受け入れているのか。

 なんで自分だけその束縛から逃れられたのか。

 

 疑問はグルグルと頭を駆け巡り、思考は一点に集約されていく。だがそれこそありえないと、認められるかとキャスターはその答えを投げ捨てる。

 

「“冬木”なんて、私はしらないっ、“聖杯戦争”だってあるなら“魔女”の私が知らない筈がないのよ――なのになんでっ」

 

 何故この地で起きる事は彼女の知識に符合しないのか―――

 

 自信を“魔女”と称した彼女の言葉は、その実誇張も偽りもない事実である。嘘か真か、この童女が実際には三桁に及ぶ歴史の生き証人であるとしたら、その言葉は現実をおびはしないだろうか。

 延命に延命を重ねた人の皮を被った魔人。他人の生を糧に永らえる者。言葉は多々あれ、知識という面で、彼女を超える者などそうはいない。記憶というメモリーに限界がある人の機能、だがもし、人工的にその容量を拡大し、遥かな時を生きたのだとしたら、それは誰にも追い抜く事が出来ないという事になる。

 故に、だからこそ彼女は困惑するのだ。

 

 ―――此処はどこだと。

 

 切っ掛け、それこそ違和感は確かにあったかもしれない。だがその時自分は知らず忘却した。正確には、その事実に行き当たった瞬間に意識から抜け落ちていたのだ。

 だから、直接的な原因とは、まず間違いなくランサーの“宝具”による一撃。そして恐らくは―――

 

「は、ハハハ―――皮肉も、此処まで来ると行き過ぎてるわね。魔女が教会で処刑されるとか、今時、流行らないのよっ」

 

 自らの死に因縁深い場所で“死に触れた事”。だから、彼女はこうして否定しながらも急速に記憶を取り戻している。

 それは徹夜明けの疲れ切った頭で大量の映像を記憶野で受け止める行為だ。ハッキリいって重症の体に塩どころか塩酸を浴びせられるように感じるだろう。

 つまり、彼女に拒否権はなく、只管に映像に蹂躙される行為に等しい。

 そして、だからか、その一方的な脳内処理が終われば――彼女は捨て去ったはずの答えを手に取らざるおえなくなる。

 

「でも、そうかそうよねそれしかない―――■■■・■■■■! やっぱりアンタしかいないわよね」

 

 それこそが、その感情。黒い怨鎖こそ彼女の行動原理。

 古い古い――それこそ彼女が魔道に墜ちた最古の記憶で、その気持ちが根深かったからこそ、彼女は今日まであり続けられた。

 

 だが、その記憶、答えを得たからこそ彼女が奮い立ったかといえば、否である。

 

 もしこの記憶のノイズがキャスターの想像通りなら、その怨敵の規格外さをまざまざと見せつけられたという事なのだから。

 

「ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない――――なんでっ、よりにもよってなんでそんなところにアンタがいるのよ!!」

 

 錯乱した彼女は頭を抱え、長く赤いその髪を乱暴に振り乱す。

 ともすれば肌を掻き毟りかねない程に狂乱している彼女、その姿に、これまで相対したもの全てを嘲っていたあの相貌は窺い知れない。

 

 見るからに余裕が無い、一般的にも近寄りがたいヒステリックを起こしていたが――そんな場所で、退かい眠りについていた彼も、こう騒がしくては瞳を開かざるおえなかっただろう。

 

「―――んぁ……あ、姐さん?」

 

「!?」

 

 だが自己の世界に陥っていた彼女はにとって、龍之介を正確に認識したのはその時が初めてである。自身がこの場所に引きずってきた事など忘れ去ったと言わんばかりにその表情は虚を突かれた態だったが。

 その目覚めによって、彼女は現実に向き合う事を余儀なくされる。

 

 それが幸か不幸かであるかは―――まさに神のみぞ知るというやつだろう。

 

 

 

 

 






 どうもー最新話投稿しましたtontonです!
 今回のお話、如何だったでしょうか?
 伏字も施していますが、いや、解る人には効果が無いとわかっているのですがね? 物語の都合上こうなるんです。ほら、まだほかのキャラクターは忘却(ここではそう呼称)したままですからね(白目

 てなわけで、その理を垣間見たキャスターが今後どうなるか、決意を新たにしたセイバーさんがどうなるのかっ
 というか他の陣営出番まだかと机バンしたそこの方、もうしばらくですので少々お待ちください。
 この後のお話もそれほど間を空けないつもりですので、どうかそれまで今後の展開を楽しみに待っていただければ幸いです。

 では、短いですが今回はこの辺で、また感想や意見等、どんな些細な事でも構いません。頂いたご意見は一つ一つ有難く読ませて頂いておりますので、気が向かれましたら一つ頂けると作者的には嬉しいです。

 それでは今度こそこの辺りで失礼を。
 お疲れ様でした!!



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狂葬録
「香盤」


 


 

 

 

 ランサーの襲撃から敗退し、辛くも逃げ切ったキャスターはひどく焦慮に囚われていた。

 自己のこれまでの認識、この“聖杯戦争”で“冬木”に降り立ってからの認識が、本来の知識と摩擦を起こしている。ともすれば、今襲撃されようとも、用心深い彼女がその起こりに気付かないくらいには混乱しており―――自己の世界に陥っていた彼女が、そこで初めてマスターである龍之介を認識したのがいい例だろう。

 実際、自身が彼をこの場所に引きずってきた事など、忘れ去ったと言わんばかりにその表情は虚を突かれた態だ。

 

「あれ、ここ、は―――」

 

「ま、すたーっ」

 

 思わず口をついて出た主をさす言葉にハッとなった表情で固まるキャスター。それもその筈だ。彼女にとってはこの世界全てが虚構の色に染まっている。今まで自身が何をしていたのかを忘れたわけではないが、彼に対する気持ちが変わらないかといえば否、即答できる。

 彼女の視線をそのままに表すのなら、この世界がひどく歪んで見えるのだ。

 

「なんで、そんなに怒ってるの?」

 

 だが、そんな彼女の心境など知る筈もない龍之介は、ココはどこだと呟きながら重たげな瞼をこすって辺りを見回す。その姿がキャスターの擦り減った心にささくれ立ったが――彼に罪があるという訳ではない。もし本当に目障りならあの教会にそのまま放置している。現状、マスター不在でも3日は全力戦闘が可能だ。

 

「―――っ、教会を襲撃されたのよ。」

 

 本来の彼女であれば、答える間の無く邪魔だと影の底に沈ませるなり、目の前から退場させるだろう。

 現界できるだけの魔力を保有している彼女からすれば、魔力供給が役割のマスターなど不要でしかない。むしろ“令呪”という強制力のある手札を持つ“魔術師”という存在は彼女にとって害悪でしかないのだ。

 

「襲撃――って、じゃあ俺たちの作品は!?」

 

 そして彼女の胸の内、渦巻く苛立ちを推量れなかった龍之介がいの一番に心配したのは、自分達が築き上げてきたアートだった。“これまでの彼女”なら、その点に同調できたせあろうし、共感もできただろう。

だが今の彼女にその余裕がある筈もなかった。

 

「―――っ! そんなに“作品”が作りたいなら、一人でやってなさいよっ」

 

「ね、姐さん? 何そんなにイラついて―――」

 

 流石にその姿には困惑したのか、龍之介も臥せっていた身体を起き上がらせ、彼女に向かって手を伸ばしたが―――その手は最も信頼していたパートナー自ら叩き落とされる。汚らわしいものを見るような、憤怒の瞳で睨みつけるというオマケ付きで。

 

「何って、わからないのよ! なんで私が此処にいるのかもっ、なんでそれが当たり前だったのかも!」

 

 叫び散らす彼女は感情のままに、ここが下水道ではなく雑多に物が溢れかえっていたのなら、その悉くに当り散らしていたと思わせる程の豹変ぶりだった。

 口を開けば呪詛のように、何々が憎い。この世界は腐っている。悍ましい汚らしい見るに堪えない。断片的で、龍之介の耳には正確に聞き取れない言葉が多々あったが、彼女がどうしてこうなったのかは幸い察せられた。

 

「あのさ、非常に言いにくいんだけど―――姐さんはさ、そんなに怖いの? 神様が?」

 

 そう、何に恐怖しているのか。

 言ってみれば子供の癇癪に似ているかもしれない。その印象が逆に龍之介を納得させている。

 見た目以上に大人振る――もしくはお姉さん振る口調が多かっただけに、普段からミスマッチさを感じていた。勿論、彼女との触れ合いには些細な事だし、そんなことを気にして遠ざける彼ではない。

 

「……はぃ?」

 

 だけどだからこそ、今目の前で子供のように泣き腫らし、縮こまる姿にどこか安心してしまったのだ。同時に、“聖杯戦争”で出会う英霊達を前にしても斜に構えていた彼女に、そんな感情など無縁だと思っていた感情を恥じた。

 

「俺は神様がどんな奴だか知らないし、信仰心なんて大層なモン持ってるわけじゃないけど……こんな世界を作った奴がいるかもしれない。そう思ってる」

 

 思えば彼女との出会いが劇的すぎて、その生活が刺激的すぎて、自分は彼女の事を碌に知らないんだと苦笑が漏れる。けど、多分それこそこの場では些末事だ。

 そんなこと、この場で言葉を紡ぐことに何ら障害にはなりはしない。

 ――だから、体がまだ休みを欲して悲鳴を上げるが、それすらさしたる事ではないとはらわれて締まらない態勢から彼女に向き合う。

 

「人の個性に飽きないし、血や臓物だってバラバラで、死ぬ瞬間なんか俺にとって一番生きてるって感じれる。そういう世界を作ってくれたやつがいるなら感謝はしてたさ」

 

 たぶんきっと、この時初めて、真剣に神の存在を信じたと思う。

 勿論、それはこの手でぶん殴ってやるために。基本的に享楽主義で刹那主義であった彼が自身以外の為に抱いた感情がそれだ。

 

「――俺は姐さんと作る作品以上に興奮した事ってないんだ。あの瞬間、二人で何を作るのか構図やテーマを考えて、材料を選定して試行錯誤して……完成しなくてもいい、その過程が俺にとって何よりも一番だって思ってた。けどさ――」

 

 恐怖とは生き物だと、それを感じない生命は存在しないと教えてくれたのは彼女で、そんな姿に惚れ込んだのが“雨生 龍之介”だから――

 

「もし、姐さんを苦しめるのがその“神”ってやつなら俺はそいつを許さねぇ。仲間だとか、親愛だとか師弟だとか、言葉はいろいろあるけど、そんなんじゃなくて――短い付合いだけど、俺達の関係ってささ、パートナーみたいなものって思ってる。なくしたくないし邪魔されたくない。頼りないかもしれないけど、力になりたいってスゲーマジで思ってる」

 

 きっと自分は頼りないし、今の自分もキマってないと彼は重々承知している。

 でも、彼女もこちらの言葉に理解が追い付かずに呆けているから、きっとお相子だろうと思いつつも、大業そうに手を掲げて空を見上げ、少々熱が上がっている顔を彼女の視線から隠す。

 

「それにさ。もし、神様が天辺でふんぞり返ってるなら、何も役者な俺達がその脚本通りに動いてやる必要はねぇーじゃん? たまには奇天烈な行動で慌てふためかせてさ、そのふんぞり返った椅子から引きずりおろしてやればいいんだよ」

 

「……できると、本気で思ってるのそんな事っ」

 

 たぶんそんなにおかしくはなかったよなと、自分の中で確認する事数秒。言葉にする決意が固まったのか、それとも彼女が不安げな顔で、けど顔を、視線を合わしてくれたからか。コレで応えなくてどうすると顔を彼女に向けて、笑顔で応える。

 

「オウ! きっと二人ならソイツの度肝を抜かせるようなスゲーのができるって確信してる。だから邪魔すんだったら、一緒にぶん殴りに行こうぜ姐さん――ううんキャスター」

 

 頼りないと自覚している自分を、精一杯大きく見せる為に表情はそのまま、立ち上がった彼はその手を彼女に差し出した。

 

「だって俺達――――“共犯者”だろ?」

 

「マスター……」

 

 言うべきことは全て伝えたと、彼の心の大部分を満たしていたのは達成感だ。同時に、少々の不安もあったが――彼女に伝えて言葉に嘘はないし、力になりたいと思ったのは本当の事だから、視線だけは逸らさず見つめ返す。

 

 そして――――

 

 

 

 とても長い時間が流れていたように思う。

 あとで思い返してみれば、その時の自分はなんて間抜けだったんだろうと、柄にもなく床を転げまわりたくなるが――たぶん、いろいろな事が頭を駆け巡り過ぎて真面じゃなかったのだろう。

 気がつけば彼女の頭を悩ませていた頭痛の様なものは消え去り、心なしか体が軽かった。

 

 だから、ちょっと不安げな顔の目の前の少年を悩ますのは、これくらいにしてあげようと内心の苦笑を隠して、彼の手をそっと握り返す。

 

「まったく……どこの誰に影響されたのか―――ううん、成長してくれたのか」

 

「ははっ、やっぱ生意気?」

 

 でもやっぱり微笑が漏れてしまう事は隠せず、おどけてくれた彼の助けもあって、立ち上がった時には思考に霞かかっていた靄も晴れていた。

 

「ええ、ほんとにね」

 

 記憶を取り戻す前、時間にすれば数日に満たない短い時間。

 でも、とても掛け替えの無い眩しいものだと今なら胸を張って入れる気がした。

 生前から足を躓き、冥府魔道に墜ちていたこの身が、この世界で同じ“魔女”でありながらこのような幸福にあれるのだから、中々に皮肉が利いている。

 楽しい事、苦しい事、二人で悩んだことと短いながらたくさんの記憶がある。この世界が何かの手によるものでも、偽りの夢物語だとしても、こうして手に触れて言葉を交わせるのだから――案外悪いものではないんだと、涙がこぼれそうになった顔を上げ―――

 

「ねぇ、りゅーちゃん」

 

「ん? なにねえさ―――ぇ?」

 

 気合を入れていた彼の意識を少しだけ刈り取る。

 

「ごめんね。前にも言ったけど……ううん、もう一度言うね。貴方の気持ちはすっごく嬉しかったよ、マスター」

 

 倒れてもう目も虚ろな彼に嘘偽りの無い気持ちと、申し訳なさから謝罪を伝える。今彼が欲している疑問への答えがこれではないとしても、この決意に彼を伴う事は出来ないから――コレでいいんだと名残惜しむように、キャスターは膝を折って彼の体勢を仰向けにし、楽な状態に変える。

 

「でも、コレは私の業みたいなものだから、貴方みたいなボーヤには300年早いのよ。いい機会だから、目を覚ましたら新しい事でも始めてみなさい。これ、年長者からの有難いアドバイスだから、真剣に考えてみてね」

 

「――な、んで……」

 

 その際に頬についていた汚れを手で拭い、必死に意識を保とうとしていた姿に胸に来るものがあったが――師でもある彼女がかけた魔術が彼に自力で解ける事は筈もなく、ゆっくりと意識を落としていった。

 

「……ほんと、なんでこうなっちゃうのかしらね。今更……巻き込めるわけないじゃない」

 

 そんな彼の頬を一撫でし、まるで大切な宝物であるかのように、今一度視界に焼き付ける様に眺めていた彼女。

 そして、心の内が今一度固まったのか、瞬きをゆっくりと解けば、その瞳に怒りの色を宿して上を睨みつける。そこに広がるのはコンクリートで覆われた天井があるだけだったが、当然彼女が怒りの矛先を向けるのはそんな有象無象ではない。

 

「―――聞こえてるんでしょ■■■■■■っ、コレで満足かしら! いいわよ、道化がお望みなら、希望通りに踊ってあげるわよ! けどね―――この街ごと、アンタの脚本はぶっ壊してあげるっ」

 

 その瞳に映る怒りに、恐怖の色は微塵もない。

 心に受け取って確かな熱を胸に、彼女は一人で戦地に赴く――――だが彼女の顔に死地に赴く悲壮感はなく、その表情は久方に見える存在に震える心を乙女のように、されど、猟奇的な笑みを取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 冬木市を二分する大きな流れ、未遠川。町から見て中ほどの河原の上、堤防のアスファルトに、乱暴に乗り付ける車が一台。

 高級車と思われるそれは、運転が乱暴ならマナーという常識から外れているのか、車に乗っていた人物たちはアイドリングストップなど知った事かと乱暴に扉を開け放ってそのまま河原に躍り出る。

 

「―――ここか」

 

「セイバー、キャスターはっ」

 

 それは、切嗣から連絡を受けて急行したセイバーとアイリスフィールだった。

 彼の連絡に寄れば教会に襲撃したのはライダーとランサー。

 まずはじめにライダーが離脱し、その後敷地内に侵入した後、結界宝具の類と思われる空間を展開した。その内部は切嗣と舞弥の持ち得た魔術・機械を持ってしても窺い知れる事は出来なかったが、その帳がはれて存命していたのはランサーだった。が、アイリスフィールがまだキャスターが脱落していない事を確認したので街中を捜索しまわることになったのが数刻前。

 そこから、舞弥の連絡から未遠側に急行したのが半刻にも満たない時間だ。

 

 そして、今冬木を騒がせている凶悪犯、教会から討伐命令が下った人物は――

 

「はぁーい。どもどもーキャスターちゃんでーす!」

 

 とても自然体に、残り全ての陣営を敵に回しているというのに変わらない笑みを湛えながら水面を踊るようにクルリとターンを決めて出迎えていた。とことん嘲るつもりなのか、スカートの裾をつまんで恭しく頭を下げるキャスターだったが、上げた顔に張り付けた凶悪な笑みがその所作全てを台無しにしている。

 

「貴女は―――っ」

 

「落ち着いてセイバー」

 

 尚もふざけた対応と取るキャスターへすぐさま切り掛かりかけたセイバーに、アイリスフィールが待ったをかける。言われてみれば、ここは彼女が陣をひいた教会ではないが、少なくとも逃走してから数刻の間全く準備もなくこんな開けた場所で姿を現しているのも妙な話だ。十中八九、何か狙いがあって罠を張っていると見るのが常道。

 後ろに控えた彼女は多くは語らないが、それでこの従者は事足りる。似たような関係は他の主従にも見られる事だが、この組に関してはその“信頼”の厚みが特に強い。誠という言葉がこれほど似合う二人というのも珍しいだろう。それもこの短期間である。

 故に、見誤る事が無いよう、彼女はその宝具たる“戦雷の聖剣”を発現させる。

 

「私達が此処に来た理由は分かっていますね……」

 

「あら、ずいぶん強気なのねー今日は。でも今私って忙しいのよねー生憎と素の状態で付き合ってあげる程付合いいいわけじゃないしー」

 

「貴女は、多くの人を害した行為は、既に教会を通じて全参加者に伝わっているわ。此方も、“始まりの御三家”としてその蛮行はもはや見過ごすわけにはいかないのよ」

 

 ケタケタと壊れた人形のように嗤いを振りまいていたキャスターだったが、戦闘態勢をとる主従に思う所があったのか、その眼光により冷たい光を宿し、辺り一帯に魔力を湧き立たせる。

 

「ふーん、けど――別に誰も、見逃せなんて頼んでないわよ」

 

 それは彼女がこれまで集めていた魔力のほんの一部だろうが、水面を逆巻き暴風となるその中心、それがただの発露であるのだから、彼女が蓄えた魔力とはどれほどであるのか。まさかはったりで大半を使い切る様な性格ではないという事は理解している。だからこそ、いつでも踏み込めるよう、身体にもっとも馴染む刺突の構えをとる。

 

「寧ろ、最初に来てくれたのが貴女達でちょうどよかったわ……私も初めてだし、ちょっと感覚掴むのに手間取ってたのよ」

 

 そして、その姿を確認したキャスターは、咢を生やした影の獣を水中から無数に出現させる。それは彼女が教会でランサーに使用した物で、直後に闇色の帳に遮られて切嗣達は詳細を確認できなかったが――それでも大凡の効果は察せられる。

 あれに捉まれば、如何に最速を誇ろうがその瞬間に敗北を決定づけられると。

 

「――っ、コレは!?」

 

「あの時の魔術――っ、セイバー全力で“動いて”! アレに捕まればあとが無いわっ」

 

 故に構えを切り替え、即座に疾走を開始するのは当然と言える。そして、アイリスフィールに目標が移らないよう適度に敵対心をあおる事も忘れない。

 

「解りました。アイリスフィールは距離を置いてください!」

 

 河原という限定された空間では、最速を誇るが故にセイバーにとっては足枷でしかない。川の中央に陣取った以上、最優の名を誇ろうが接近戦主体のサーヴァントにこの距離は絶望的な筈だ―――

 

「―――舐められたものですね。この程度でっ」

 

 が、あろう事かセイバーは水面を地面と変わらず踏み締め、速力を殺さずキャスターとの距離を詰める。よく見れば、彼女の走破に飛沫を上げさせられた雫も、どういう訳か彼女を避けるようにして散っていく。

 

「なるほど、斬ったり捩じ伏せるだけの脳筋かと思ったけで、案外馬鹿じゃないのね。ごめんなさい、貴方の事正直舐めてたわ」

 

セイバーとはそのクラス別スキルから高い“対魔力”が与えられるが、このように自然相手に作用するような能力を標準するわけではない。つまり、この摩訶不思議な光景は彼女固有のスキル、もしくはその能力によるものであるという事だ。

 

 だからこそ、その程度でどうにかなると思われるのは心外だと、行動で示すようにひた走る。駆ける。飛沫が衣服に付着するよりも早く――でなければこの水面下で蠢く怪魔達は容易く絡め捕りにかかるから。

 

「確かに、正直言うと貴女とこの子は相性悪いし、接近されれば勝ち目はないわ。それに、あなたに“創造”を使われたら尚の事勝ちが薄くなるもの―――だから、使わせてなんてあげないけど、ね!」

 

 故に、捉えられないなら次手を即座に講じるのはキャスターのこれまでの戦術を鑑みれば想像は容易だ。そしてその読みを裏付けるように、その手に見慣れた魔方陣を描いて展開した魔力を収束させていく。

 瞬間、間を置かずにキャスターの背後に展開する小さな魔方陣の群れ。そこから射出される無数の銀光、だがこれも馴染みがある。

 

 ―――そう毒針だ。

 

「貴女こそ、この程度でっ」

 

 

「ええ、だから―――」

 

 言の葉に続いて噴き上げる飛沫、それはセイバーの疾走によるものではない。

 水底に揺らめく影。月明かりから伸びたキャスターの影の延長は、如何なる絡繰りか、いつぞやの戦意でみせた比ではない数をほこる。なればこそ、如何にセイバーが突き放す事が出来ても、数の暴威の前に一定距離から踏み込めないのが実状だ。

 

「ク―――っ、まだまだ!」

 

 そして、キャスターの宣言通り、彼女はセイバーに近づかせないだけでなく、その聖剣の秘奥が解放されないよう適度に嬲りにかかる。

 まるで彼女の能力を知っている風な口ぶりだったが、その言葉に嘘偽りはないのだろう。顕現した状態の聖剣の雷光を伴う一閃で影の動きが鈍っていたのはその証明に他ならない。

 故に攻防は一進一退。

 風を追い越す筈の速力で攻め上がるセイバーはその実離脱を織り交ぜるのを余儀なくされ、陣を構えるキャスターは引き摺り込めば勝ちの目はあるが見誤れば容易く咽元を穿たれるだろう。

 よって、この勝負に膠着状態に流れるのは明白であり、この流れを打ち砕くには第三の要素が不可欠だったと言える。

 そう。どちらに天秤が傾こうとも―――

 

 

「なんだ―――もうおっぱじめてるのかよ」

 

 

 しかし、よくよく考えてみればその介入は必定であった。

 

「ランサーっ」

 

「よぉ、セイバー。元気そうじゃねぇか―――ああそんなに警戒するなよ、俺も今回ばかりはマスターの方針に従ってな……食い損ねた獲物を手前で始末しに来ただけだ」

 

 英霊でありながら妖魔と見間違う禍々しさ、ランサーは猟奇的な笑みをセイバーに返し、獲物はオマエではないと信用度が皆無の言葉を吐き出す。

 依然と肌を舐められるような嫌悪を催す殺気はセイバーにも向けられていたが、その視線がキャスターに向けられたことで幾分かが軽減される。

 

「久しい――ってほど時間は立ってねぇーな。こんな目立つ場所で胡散くせぇ臭いプンプンさせてるんだ―――自殺希望かと思ったぜ」

 

「私もアンタの顔拝むなんて正直ごめんだけど―――そうね、アンタには借りがあったわ」

 

 だが、対するキャスターの感心はセイバーからランサーに重きを置いている。が、それもそうだ。キャスターは教会から敗走したのなら、その場の勝者はランサーという事になる。取り逃がしたという点でランサーは不満げであるが、因縁深いという点では全参加者中最も根深いだろう。

 そして、ランサーとセイバーが共闘できるかといえば否だ。というより、ランサーが手をとり合うなどという、他力を良しとする手段をとるイメージがてんで湧いてこないのだ。つまり、一対一の状態から、この構図は単に三つ巴になったに過ぎない。ランサーとセイバーの狙いはキャスターと共通であるが、その射線に入ろうものなら、彼は躊躇なくセイバーを穿つだろう。

 故に、状況はより悪化の一途をたどっており、ともすればいつぞやの夜を彷彿とさせ―――虫の知らせともいうべきか、この時のセイバーは非常に嫌な予感が働いたのだ。

 

「――ですね。ああ、借りというなら、私も貴女にありましたね」

 

 そう、この混沌とした戦場で、自称聖職者のこの男が放っておくはずがない。引っ掻き回さない筈がないという、一種の信頼にも近い確信であり。事実その通りに彼は現界する。

 

「アーチャーっ」

 

「おやおやこれはこれは、皆さんお揃いのようで……なんです? 今日はあの夜の続きでも始めるのですか?」

 

 相も変わらず戦場の空気を意に介さないマイペースさ。その自由人の態は戦に真剣に望む者にある種の苛立ちを抱かせるが―――油断ならないという意味で、この男が最も厄介である。そしてその点には同意なのか、キャスターも、あのランサーさえ一発触発の状態から即時対応できるよう体勢を切り替えている。

 

「意外ねー貴方の事だからもっと戦闘が激化するか、硬直してから現れるかと思ったのに……何かしら、鞍替えでもしたの?」

 

「いえいえ、そんな大層な話ではなくもっと単純に―――なに、簡単な話ですよ。率直に言って、今のあなたの“影”には魂が籠っていない。言い換えるなら透けて見える、つまり張りぼてだ。そんな程度で英霊たる我等を三人を相手取れるなど、まさか慢心してはいますまい」

 

 まさかと視線が集中するキャスターの真下に蠢く影が注視される。たしかにセイバーは対魔力こそあれ、本人に魔術の心得があるわけではないのでその手の判断はつかないが――あれほどの質量を顕現させてあ彼女が本調子ではないと切って捨てるのは早計に思える。

 ――が、今一度見直せば彼女の影はランサーの出現からアーチャーの現界に合わせてその活動を緩めている。

 

「つまりだ。テメェは俺達が集まるのを影でコソコソと窺ってたわけだ――良いように使ってくれるじゃねぇかよ弓兵さんよォ」

 

「まあ、推論の実証に協力して頂いたのは申し訳ないですが、おかげさまで彼女の術の穴が明確になりました。詳細はつかめませんが、どうやら彼女は何らかの理由で今は全力ではありません。もっとも、一対一で捕まれば後はないですが―――幸いにして今我らの敵は共通な筈だ。違いますか?」

 

一見すれば出方を窺い慎重になっているように見れるが、言ってみればこれはあの夜の再現であり、3陣営のターゲットである彼女は窺うのではなく闘争に移らなくてはならない筈だ。となれば、彼女は逃げれないのか、逃げないだけの理由があるのか、どちらにせよ彼女の瞳に映る色はその手の悲愴を窺わせていない。

 だが、仮にそうだとしても、決意において、この場にいる誰よりも強く地下っているとセイバーは自負している。だからこそ、無為な睨み合いを始めた男二人に仲裁に入る。共闘は出来なくとも、ようは互いに害が呼ばなければいいのだから。

 

「御託はいいでしょう。重要なのは共闘を結ぶか否か―――」

 

「あー……なんかまとまりそうなところ申し訳ないんだけどさー」」

 

 しかし、状況に変化を望んでいたのは、他ならないキャスターも同じである。

 

「残念だけど、時間切れね。」

 

 変化は――異常な事に、その展開していた影を戻し、周囲に浮かべていた魔方陣を全て霧散させる。ハッキリ言って無防備極まりなく、敵に囲まれたこの状況では本来下策なのは言うまでもない。

 だが、異常であるからこそ、それが際立つからこそ浮き上がるものがある。

 

 そう、新たに噴き出した魔力。この場にいる3人の英霊、その総和を軽く凌駕する濃度と質量に、誰もが次の行動に移れなかったのだ。

 

「サービスタイムは終了――今から舞台(ココ)を作り上げるのも主演もこの私。貴方達はその他まとめてのオーディエンス。だから―――」

 

 故に、彼女は舞台上がる女優のように優雅に、そして蠱惑的な笑みを浮かべてゆっくりと水面から上昇していく。

 歌姫が謳い上げる様に胸に手を当てて空を仰ぎ、膨れ上がった魔力に、一つの(タクトで)で形を与える指揮者のように――――

 

「―――せいぜい舞台を盛り上げて、一緒に壊しましょう」

 

 ―――今一度、彼女の理が戦場を包み込む。

 

 

 






 後悔はしていない!(キリッ
 嘘ですめっちゃ不安ですtontonです(焦
 はい、今回で新章を迎えました拙作、宣言をしていましたので今回のお話は切らないようにと意識していたので大筋は変更していません。寧ろ字数が大変オーバーしてしまったので、削る作業の方が多かったですが―――うん、キャスター陣営純愛(だよね?)してるなーとちょっと大きく両原作から乖離しています。大筋はFate/zeroに沿ったものですが、キャスターが戦地に単身で臨むのは実はDies観点で見れば結構大事なのですよ。そこら辺をうまく表現できればと思って書いていますが――うん。■■■■■■チョーウザい! と作者も思う始末(笑) 文章中には一言も出ていない筈なのに、皆さんよく読んでくれているようで作者的には大変ありがたいです。まあ、参考にしたのが彼の人物の『愛=マッドネス』なのは――うん表現できてたかなー
 っと、長くなりそうなのでこの辺できりますね。
 今後も超展開、というか、次回でドイツ土産のアイデアを投下するのでそこらへんもお楽しみに!
 つきましては、毎度おなじみとなりますが、感想、意見など、些細な事でも頂けると作者にとって大変励みになりますので、気が向かれたら頂けると非常に嬉しいです。
 では、今度こそ、お疲れ様でした!!



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「殺陣」

 


 

 

 

 腐臭がした。

 何を敷き詰めたらそのような臭いが形成されるのか、形容しがたい異臭を放つ空間は異様に湿気が立ち込めている。大凡生物が住まうには行き過ぎた空間―――そう、こんな場所を好むのは菌糸か蟲か、日陰を好む忌物で、どこか蠱毒を連想させる場所に、まさか生物の形を保った者がいる等誰が思うだろうか。

 

「―――っ、がぁ、あっ」

 

 いや、仮に存在はしたとして、正確にはソレは生物というより死に体に等しい。

 階段を上ろうとしているのか、ずり落ちながらも這い上がろうとしている。何故そうまで必死に、その死にかけた体に鞭を打つのか――それはその階下に広がる床の蠢きが全てを物語っている。

 

「呵呵呵―――本に、無様な姿よな。のぉ雁夜よ」

 

「臓、硯―――っ」

 

 そして、その様を嘲笑うかのように蟲で覆われ底から表れたのは、この"蟲蔵"の主"間桐 臓硯"に他ならない。見た目は年老いたただの翁だが、その実聖杯戦争の始まり、彼の“御三家”が始めた大儀式、“聖杯降霊”の生き証人、その一人が彼である。

 優に500年を超える年月を変わらず生き続けている様は、既に生きぎたないなどという領域を超えている。端的に言えば人の面を保った怪物だ。その延命法も、他者の魂を糧に生き延びていたのだとしたら――その様を身内として知っていたのなら、雁夜の嫌悪の眼差しも納得がいくものがあった。

 

「ハ――、なんじゃ仮にも“親”にあたるワシに向かって。お主がそうして地べたを這いずるのも自業自得だろうに―――呵、だとすると案外その姿も似合いかもしれぬのぉ」

 

 ゆっくりと杖を突きながら、ひたひたと階段を上り、かんらからからとその声を蟲部屋に響かせていた翁の足は牛歩のそれだ。だが、体を蟲に"蝕まれ"地を這う雁夜に追いつくのは十分な早さである。その表情を窺えば、這いつくばる彼の姿が翁の趣向に沿っているのか、傍を通る際にはその相貌が殊更愉悦に歪む。

 そして―――

 

「のう雁夜?」

 

「が! ―――っ、ぐぅ」

 

 手に持った木製の杖でその体に突き立てるように体重を乗せた。

 無論のこと、臓硯の重さは健常な人に比べると遥かに軽いが、階段という位置と接地面の悪さ、虫食いだらけの身体には余計苦痛が響く。

 錐を捩じるように念入りに、漏れる苦痛の音を心地よさそうに目を細める様はまさに外道だ。互いに血縁ながら憎い、目障りな相手と切って捨てていた関係であるが、この状況を作り出したのが今嘲笑っている翁の手管によるものなのだから、醜悪ここに極まれりだろう。

 そしてだからこそ、雁夜が素養を持ちながら魔道を捨てたのはこの人外の翁の悪辣な人柄によるところが大きい――が、何の因果か、彼はこうして聖杯戦争に身を落としている。それも彼自身が嫌っていた"親"である臓硯の魔術である"蟲"によって身を削ってまで。

 

「―――約束通り、あの小娘は今夜は蟲蔵(ココ)には降りぬ。ワシも可愛い孫娘の教育にいそしみたいところではあったが」

 

 その苦痛の声にひとしきり満足が行ったのか、杖をひいた臓硯。が、彼の面には依然として悦に染まった笑みが残っている。これまた何か糸を引こうとしているのは明確だったが――痛みに呻いていた雁夜に知るよしもない。

 

「何やら、今日は久方ぶりに面白い催し物が起こるようでな。ワシも手をあけられなんだ」

 

「……催し、だと?」

 

「なんじゃ? お主は知らなんだか。参加者がその有様では、間桐の名もいい笑いものじゃろうて」

 

 その言葉のに反応を返してしまう雁夜。

 顔を上げた彼に翁は事の進みにより口元を釣り上げる。

 

「ああ、教会がつい昨夜キャスターに襲われたのよ。誠、愉快な話ではあるが―――その討伐が参加者全員に通達されてな。報酬は確かに旨みがある話ではあるが……お主にはこちらの方が興が乗ろうて」

 

 そう、既に臓硯の手練手管は次の網を張っている。自身の血をわけた戸籍上の息子を死地へ追い立てる、その道筋を思い浮かべていた。

 

「雁夜よ―――此度の聖杯戦争、教会と"御三家"の遠坂が裏で手を組んでいたとしたら、お主、どうする?」

 

 端的に行って、雁夜の感想をそのまま言葉にするのなら、“理解できない”という言葉が相応しいだろう。

 魔術を疎んじていた彼にとって、魔術のなんであるか、その心得なぞ知ったことではない。が、それでも教会と時計塔、魔術師が犬猿の仲だという事くらい知っている。魔術師の戦いに仲介役としてこの地へ来ることを渋っていたとしたら、仮にだが、この戦争に“聖杯”の二文字が掲げていなければ今の構図は成り立たなかっただろう。

 

「なっ、あの、遠坂と、監督が?」

 

「おおよ。彼奴等、どうやら数年前から盟約を交わしていたようでの――洗えば出てきおる出てきおる。いや、ここまで隠蔽し、入念に備えた手並みは古き盟友にして見事よのぅ。此度の遠坂は、余程血と縁に恵まれたと見える」

 

 だからこそ理解が追いつかない。

 教会が聖杯戦争介入したのは前回、第3次からと耳にしている。たった二回目の派遣で、ルールを順守させる存在が裏で暗躍しているなどだれが認められるものか。

 

「巧みも巧みよな。天は二物を与えずというが―――なかなかどうして、聖杯も粋な計らいをしおる。まさか監督の実子をマスターに選ぶというのじゃからのぉ。ああ、考えてみればおかしな話よ。そうは思わぬか――――」

 

 どこまでも楽しげに言葉を投げる臓硯。聖杯の所有、この戦いに勝者になることが“御三家”の悲願であるのならばだ。この翁もその成就を切に願い、今日まで生きながらえてきたはずである。だというのに、不正が起きているというのにそれが些末事であるかのように老人は笑う。いやむしろ、それすら当然というように。

 だが、思えばマスターとして未熟だった雁夜を、急造の魔術師としてサーヴァントを召喚できるようになるまで苛め抜いた(きたえた)のはこの間桐の主である。その手段が秘術者にリスクを負わせることを誰よりも理解していた男が顧みず施したのだ。今の雁夜の状態を承知したうえで―――はっきり言って、この男は老害を超えたナニカだ。歪みきっているといってもいいだろう。

 

 もっとも―――

 

「――るなっ」

 

「――ほぅ、既に耳に入らんか」

 

 そんな翁の術中にいる雁夜にとってはそこに思考を割けるはずもなかった。

 何しろ、その時彼の頭の中、心を満たしていたのはドス黒い怒りと怨鎖であったのだから。

 蟲蔵という魔道の鍛練場という名を持った地下から臓硯は満足げに笑いを隠す事無く去り、続いて怒りで痛みを麻痺させた雁夜がその後をゆっくりと登っていく。

 

 細い階段を登れば、そこは豪奢な様式の内装で整えられた洋館の中だ。ここにあの陰湿極まる空間があるなど誰も信じないだろうし、そもそも部外者が踏み入って無事に出られる程生易しい場所じゃないのだあそこは。いや、臓硯という他人の悲鳴と苦痛を趣向とするあの化外が、そんな恰好の玩具を易々と手放すとも思えない。

 

 ―――だがまあ、そうした有象無象に気を避ける程、今の雁夜には余裕が無い。その身は魔術師としては半人前で、自覚はしていたが人としても半端な人間であると自負している。そんな自分が抱えあげられるモノなどタカが知れていて、彼の腕には既に先約がある。

 そう、全てはその為に。

 復讐という怒りと泥に塗れても見失わない、それが彼にとって唯一の輝きなのだから。

 

「雁夜おじさん……怖い顔してどうしたの?」

 

「――っ」

 

 だから、間桐の家を玄関に進むかたわら、突然の声に驚いたのも無理はない。

 

「さ、桜ちゃんか」

 

 目の前の淡い紫色の髪を持つ幼子。

 かつて雁夜が恋心を抱いていた女性の実子、その片割で、魔道の探求を掲げる家柄から盟友である間桐に引き渡された哀れな少女。

 その地で、引き受けた臓硯が真面に扱うはずがないと、翁を知る者なら考えるまでもないというのに。

 

 声を掛けられて身構えたせいか、咄嗟に筋細胞が死んでいる半分の顔を歪めて相対してしまった。昔馴染みで、この家において臓硯の虐待ともいうべき扱いを受けているだろう彼女と会うときは、せめてといつもフードを目深に被っていたというのに――どうやら気が抜けていたようだ。

 

 雁夜は、驚かせてしまったのならこれ以上取り繕えないかと、殊更表情を柔らかくしようと努める。その顔は中心線から綺麗に半分動かないので奇妙且つ不気味さしか描けない。だとしても、それが今の雁夜に出来る限界で、幸か不幸か、彼女もそんなことは気にせず、目の前でしゃがみこんで手を伸ばす彼にされるがままだった。

 

「いいかい桜ちゃん。おじさんこれから出かけなくちゃいけないんだ。此処を留守にしなくちゃいけないけど――――」

 

 この時ばかりは、彼女と過ごす時間だけが雁夜を過去、正常に人であった頃に戻す。それは所詮気持ちだけであり、今は彼も目の前の少女もその面影を霞ませているが、だからこそ決意が尚固くなる。

 

 そうして、彼が自分の中の行動原理という内側を再認識していた時だ。

 その中核である彼女の少し後ろで、ありえない物体を知覚する。

 

「っ、バーサーカ! お前なに勝手に実体化してっ」

 

 それは死人。

 “狂戦士”のクラスで第5次聖杯戦争に呼ばれた雁夜のサーヴァントだ。

 だが、彼の疑問の叫びは単に従者の単独行動による憤慨ではない。単に、バーサーカーのクラスで呼ばれた者が自分の意思で行動するなど原則有り得ないからだ。

 

 “狂戦士”のクラスは、もともとマスター、或いはサーヴァント事態の貧弱なステータスを強制的に引き上げるクラスだ。そのクラス固有スキルは一面から見れば優秀だが、えてしてそういう上手い話には裏がある。そうデメリット、意思疎通が不能になる。バットステータスが追加される。強化・宝具・スキルの類が仕えなくなる場合があるなどだ。意思疎通ができないという事はマスターの命令に従いやすくし、余計な暴走を誘発しないよう取られた処置であるが―――これだけでも諸刃の剣であるのはよく解るだろう。

 加えて、雁夜のバーサーカーは魔力をとんでもなく喰らう、燃費が悪いサーヴァントだ。むろん、戦闘行動などの激しい運動を行われればマスターである雁夜に身を削ぎ落すような苦痛を与える筈だ。

 

 「―――ご、ごめんなさい。私が階段から落ちそうになった所を、助けてくれたの――叱らないで上げて」

 

「助けた――って……」

 

 咄嗟に口をついて出そうになった反論を呑込む。

 ありえない―――が、事実こうして現界している以上、何かしらコレが反応する事があったのだろう。桜を守るためならマスターである雁夜の希望するところだし、それに関しては文句はない。先程蟲蔵に歩織り込まれて散々血肉ごと魔力を喰われていたのだ。その苦痛から、多少であればバーサーカーの行動に気が付かなかったとしても不思議はない、か。

 

「いいかい桜ちゃん。おじさんこれからバーサーカをつれて出かけなくちゃいけないんだ。此処を留守にしなくちゃいけないけど、アイツには約束させたから……おじさんが戻ってくるまでお留守番頼めるかな?」

 

 そう自己完結をし、瞳が曇ったガラス玉のように光を移さない彼女の表情は痛ましく、尚更に雁夜を責立て、戦地へと追立てる。彼女はコクリと頷いてくれたが、時間が無いのは彼女も――雁夜にも言える事だ。

 もって一か月。バーサーカーに戦闘行為をさせれば1週間と持たない虫食いの身体。

 

 ……だが、それだけあれば十分だ。

 

 もとより半人前で、参加資格を得れるかもわからなかったこの身は、“令呪”を宿し、従者である“狂戦士”を引き当てた。幸い、このサーヴァントは一定以上の強さを誇っているらしく、戦闘自体はまだ一回であるが、その強さには信頼がおける。

 だからこそ、雁夜は単期でこの戦争を終わらせる。その為に力が必要なら、あえて寿命を縮めるこの英霊の力を借りる事も厭わない。

 

「じゃ行ってくるね―――」

 

 それだけが、間桐 雁夜という人間が擦り減っていく中でも確かに残った輝きだから。

 

「行ってらっしゃい。雁夜おじさん、バーサーカー」

 

 少女の声を背に受けて、無様を晒すかと尚の事ふらつく体に鞭をうち、重い門を開ける。残念ながら扉を開けたのはバーサーカーによるものだが―――彼が霊体化して待機したのを確認した後、扉が閉まり切る前に、もう一度振り返って笑顔で行ってくると、一言だけ返す。

 今度はちゃんと、生身の顔だけが見える様にして――――

 

 

 

 

 

 

『悼む胸懐の摩擦に 私は夕暮れの岸壁に佇む』

 

 それは此処にいる皆にとって聞き覚えの無い詩だった。

 いや、仮にも英霊が秘奥として放つ手札なのなら“知らない”という事象も無理はないのかもしれないが―――これは、コレばかりはそういう次元の話ではない。

 言葉にし辛いが、そう、一言でいうのなら“未知”だ。

 

『黄金色の櫛に髪梳かし 沈む心は波音攫われ遙か向こう』

 

 未遠川の中腹、その中ほどで水面から6m程上昇したところだろうか、天を見上げて謳い上げるソレはキャスターだ。

 一見して隙だらけ、上昇したといっても接近戦が主である“セイバー”や“ランサー”にとってはないも同然の高さ。だというのに、この時ばかりは足が地に縫い付けられたかのように動けずにいる。

 

『悲哀に暮れた私は 巌へ腰掛け口吟む』

 

 いや、此処にいるサーヴァントはもとより、マスターすらも、皆聞き惚れていたというべきか。

 手が届く、アレを晒させてはならないと頭では理解しながら体がその危険信号を拒絶する異常。

 

『舟諸共 夢現のまほろらばへ』

 

 川という流れを中央に陣取り、浮かび謳い上げるさまは歌姫のように堂に入っていて、一種の魔的な引力があった。

 

『霧海に響くは 水底へ誘う乙女の妖歌』

 

 故に、無防備な態で謡い続けるキャスターという構図が出来上がる。その周囲の異常に、自身は何某かの心当たりがあるのか、憐れむように、嗤うように目を細め―――

 

『――――謡えローレライ』

 

 最後の言葉を吐き出す。

 その瞬間に宝具の開放を待たずして周囲に充満していた魔力が一気に消え去る。

 

 

Briah(創造)――』

 

 力の開放。その前兆。

 そして、これそこが彼女の新たに自己に科した(ルール)、その渇望の形だ。

 

gespielt von den Rhein Undine(急流響く 嘆きの謡)

 

 咒が紡がれ、謡う女の周囲を霧散したはずの魔力が取り巻き覆う。その様子は本来実体のない魔力を視覚させる程に濃密であり、球体状に渦巻いていた魔力の奔流は川へと降下し――――水面に触れた瞬間吹荒れる突風と共に爆ぜた。

 

「―――っ、……何アレ」

 

 皆が突然の強風に視界を薄め、風が凪いだそこには、一体の巨大な怪物が鎮座していた。

 そう、怪物としか表現のしようがない大質量。

 彼女の牙をはやした影がそのまま実態を持ったように、人を易々と丸呑みできるのではという大蛇が水面から顔を上げる。それも、一匹や二匹の話ではない、水面に顔を出した蛇の群れは十を優に超え、尚も水面に色濃く影を蠢かせている事から全容を把握するのは困難だ。

 

「ホウ、これは―――」

 

 加えて、キャスターの宝具の開放と同時に、この場にはあるルールが化せられている。

 停止や拘束といった、これまで彼女が得意としていた魔術とは異なり、ある意味ではそれより凶悪な理。

 

「すいませんアイリスフィール、無礼をっ」

 

「え、ちょっ、セイバー!?」

 

 その変調をいち早く察知したセイバーの行動は速く、アイリスフィールを抱えあげて土手の上、川に現れた怪物から大きく距離をとる。その速度は常人の視界を歪ませる程凄まじい運動速度であったが、可能な範囲でセイバーも配慮したのだろう。土手に下ろされた時には足元が少しふらついたアイリスフィールだったが、視線の先に取り残されていた事を思えば些事に等しい。

 

「結界宝具、とでも言うべきでしょうか。サーヴァントはともかく、魔術師とはいえ、あそこにいるだけで危険です」

 

 ランサーの“死森の薔薇騎士”のように、周囲一帯を紅い月夜に染め上げるほど変化が著しい訳ではない。だが、その場に留まっていたランサーには遠目から見ても変化が見られた。

 客観的にみて、英霊本来の全ての動作、初動が遅いのだ。

 それだけを見るならキャスターお得意の“影”の魔術と何ら変わりはない。が、どこを見てもランサー達が影に捕捉されているようには見られない。その変異とも思われる大蛇に触れていないというのに、アノ周囲だけは異界に変じていると、セイバーには何故か確信できた。

 

「ええ、一瞬だけど感じた虚脱感……あれってランサーの宝具と同じ原理だとしたら――」

 

「――いや。此方も中々のものだと思っていたが、どうやら醜悪さではあちらに軍配が上がるようだ」

 

 そして、変化という意味でならこれは聖杯戦争が始まってから、ある意味でかなり大きい珍事だ。

 

 

「ケイネス、アーチボルトっ」

 

 身構えるセイバーとアイリスフィールを前に、暗闇から姿を晒したのは彼の神童、“時計塔”から外来のマスターとしてこの聖杯戦争に参加したケイネス・エルメロイ・アーチボルトだった。

 

「おやおや、自分の従者にそれを言いますか」

 

 そして、異界と化した大蛇の周囲に姿も影もないと思えば、神出鬼没か、この英霊はいつの間にか剣の主従の背後をとって実体化する。

 

「ふむ、そう身構えられては困るなセイバーのマスター。アーチャーも、無用な挑発は避けてもらおうか」

 

 不利か有利かで言えば、単身この場に姿を晒しているケイネスこそ劣勢の筈だ。だが、彼は余裕の笑みを崩さず、寧ろ確信している観を表し、アーチャーの出現にも堂々としている。

 読めない。混沌と化しているといえば“最初の夜”に起きた混戦程ではないが、キャスター討伐を前にしてこの組み合わせは偶然な筈がない。戦闘に関してなら十全の判断が下せるセイバーであるが、策を用意しているからこそ臨んでいるだろうケイネス。策謀を好みそうなアーチャーと、如何せん分が悪い。

 

「回りくどい事は好かない性質でね―――単刀直入に言えば、私はあくまで共闘を提案しに来ただけだ」

 

「共闘、だと?」

 

 だが、開口をきったのはセイバーでもアーチャーでもなく、三組目、ケイネスだった。

 

「然様。物理的な問題だ。あの質量を削り切るには現象、サーヴァントの力を持っても難しいだろう。加えて、あの領域に入れば問答無用で弱体化を強いられる。アレがこの河川に留まってくれるならやりようはあるだろうが―――」

 

 そう言いつつこちらを視界にとらえたまま、顎で背後のキャスターと思わしき大蛇の群れをさすケイネス。見れば彼の言葉通り、ランサーの“杭”を打込まれ、倒れ枯死しかけていた蛇が脱皮して新生している。物は試しか胴体に大穴を開けられた大蛇もどういう体内構造か、千切れた傷口から新たに頭部を生やし、その頭数は減る気配が無い。

 だが―――

 

「……再生に加えてあれだけの巨体だもの。維持するには相当の魔力を必要とするはずよ」

 

 体が大きくなれば、燃費が比例して嵩張るのは想像に容易い。キャスターはもともと大量の魔力をその身に貯蔵していたが、避けるでもなくランサーの猛攻にされるがままになっていればいずれ底をつくのは明白だろう。

 そして、魔力が枯渇する事態になれば、アレは躊躇う事無くソレを補給しだすだろう。

 

「そう、ならばこそ早期の討伐こそ望ましい。周囲へ異常を悟らせないよう術を張り巡らせようと、あれだけの大きさをおおうとなれば限界がある。被害が出てからでは手が付けられない―――が、幸いにして我らの目的は一時的とはいえ共通のはず。大義はある、悪くは無かろう?」

 

 つまりは一般人からの搾取。もともとが殺人や誘拐を厭わない彼女が、これだけの騒ぎを起こして今更歯止めをかけるとも思えない。故にアレをここから出す事無く、かつ、人目に触れさせる事無く処理するのであればなるほど、確かに共闘の大義はココにある。

 

「―――待ちなさいランサーのマスター。そうまで共闘を申し立てたからには、アレを止める算段なりに心当たりがあるのかしら?」

 

 だがそう。大義があろうとアレを屠れなければこの共闘に意味はない。

 今も尚交戦中のランサーを見るに、劣勢という訳ではないが、あの状態が続いて討伐できるようにも見えない。

 

「……白状するなら、残念ながら私のランサーの宝具とアレは相性が悪い。倒すのなら、再生しきれない程微塵もなく消し飛ばすか、核となっているだろうキャスターへ一撃を叩き込むしかないだろう」

 

 そして、この男は渋るどころか素直に自陣の内情を白状する。その姿には共闘を申し出た身として下手にでる器を思わせるが―――その顔を僅かに吊上がった口元から言葉通りに信用するのは危ぶまれる。

 なら、此処でセイバー達が取りえる選択肢というものは決まっていて、セイバーの目配せに、阿吽の呼吸か、アイリスフィールは言葉にすることなく僅かな動作で同意を示す。

 

「……ランサーのマスターとやら、悪いがその申し出――」

 

「―――分かりました。その要望、私が応えましょう」

 

「アーチャー!?」

 

 だが、ケイネスの提案を真向から切り捨てようとした主従に冷水をふっかけたのは、静観していたアーチャーのものだ。

 

「なんです? 別に不思議はないでしょう。現状、我等がそれぞれバラバラに当たるよりははるかに勝率は高いのはたしかだ」

 

 言葉にするそれはひどく正論だ。反論のしようもなく、キャスターの討伐、無関係の一般人の安全を優先するなら迷う事無く手を組むべきだろう。だが、現状、ケイネスが提案したキャスターを屠る方法とは強大な一撃が必要不可欠であり、即ち宝具の開放が絶対条件だ。

 つまり、彼の主張は暗に秘奥を晒せと言っているのと同義であるのだ。

 

「それにですね。私もあえて告白するなら、そのキャスターに対する一撃に心当たりがあるのですが如何せん初動に手間がかかりまして」

 

「……その間、私達に盾となれと?」

 

 そして、自らの秘奥を秘匿し、この討伐に参加しながら大義を果たせるのなら迷うことなく手をとるべきだろう。下賤な話しだが、教会が掲げている報酬を受け取ることを考えれば尚の事に。

 

 迷った末、アイリスフィールも切嗣との今後の情勢を天秤にかけたのだろう。今ここにいる面子が報酬の令呪を手に入れたとして、自陣との間に生じるだろう差は小さくはない。ならば、この提示に対する選択肢など、既に決まっているような物だった。

 

「おお、やってくれますか! ああ、有難い。いけます、いけますよ必ず」

 

 小躍りでもしそうなほど大げさに喜びを表すアーチャー。2mはあろうかという丈夫がはしゃぐ様など怪しいの一言であるが、彼の提案によって良いか悪いかはともかく、大凡の方針は固まっている。

 

「――となれば、まず問題はあのランサーがこちらに協力してくれるかどうかですが……」

 

「あぁ、それならば問題ない。アレは加減や協力等視野にも入れないが、逃した獲物が思いのほか活きがよくて今は猛っている。射線を遮るか間に入りでもしない限りそうそう奴の感心は移らんよ」

 

 一番の懸念はアーチャーの言葉通り、あの本能に実直なランサーであったが―――確かにアレが目標に向かっているなら対処のしようがある。

 こちらの目標はあくまでキャスターを討伐する事であり、その一撃を持つアーチャーに手はずを整えるまでキャスターを引き付ければいいのだから。前線でランサーが立ち回るというのならこの布陣で問題はないと言える。

 つまり、ランサーがキャスター本体の動きを押し止め、こちらに迫る余波、攻撃をセイバーが迎撃。然る後にアーチャーの宝具を発動させれば勝利条件が整うという事だ。

 

「流れは承知した―――ランサーのマスター、私はまだ貴方に気を許した覚えはない。もし、我が主に危害を加えるのなら、その時はこの剣がお前の咽元を貫くっ」

 

「それはそれは、よく肝に銘じておこう」

 

「では、手筈通りに―――」

 

 そして、いざと土手の上で皆がそれぞれの配置に着こうとした時だ。

 

 

「■―――■■―――ッ!!!!!!!!」

 

 

 ―――獣性に狂った狂戦士の咆哮が、その濃密な殺意と共に頭上より降り注ぐ。

 

 

 






 ども! キャスターさんに作者解釈で新しく宝具を設定してしまったtontonです。
 出典はDies原作で使われていない『ローレライ』です。ドイツのライン川で有名なスポットであり、探せばすぐに直訳の謡は出てくると思います。
 作者解釈で能力を決めましたが、彼女の渇望からはそれほど外れていませんし、この物語の根底に気付いた彼女への作者風のサービスというやつです。到ったその末に発現するのが大蛇というのは、作者なりの皮肉なんですがねー。技の名前はドイツ語で、直訳ではなく、作者風にアレンジした物ですが、元の技ともそこまでかけ話してはいません。逆に、この変わり具合が彼女らしさを表しているのですが―――そこは次回のお楽しみですね(笑
 肝心の能力に関してはぼかしていますが、口上の内容と、出典をご存知、あるいはお読み頂けれれば察せられる方もいると思います。が! 次回で明らかにしていきますので、そこの聡い貴方、どうかお口チャックでご協力をお願いします。

 さて、それでは――ようやく中盤、大きな戦いに移り、戦局は混沌としていきましたが、今のペースを維持していけるよう頑張りますので、今後もよろしくお願いします。
 また恒例ではありますが、感想、意見、指摘、その他にも些細な、それこそ一言でも構いません。頂いた一つ一つが作者の活力になりますので、よければお声を頂けると嬉しいです。

 それでは長々となりましたが、本日はこの辺で!
 お疲れ様でした!!


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「框」

 


 

 

 

 戦場で飛ぶ筈の飛沫――

 ソコが川の中央で展開される以上、苛烈を極める闘争ともなれば嵐もかくやという程の飛散を見せている。

 そう。中央に陣取るこの世ならざる異形の総軍、蛇の群れ。そのいずれも水面から顔を出しているだけでも10mは超え、全長やその総数は知ることができない。陳腐ではあるが、まさに怪獣ともいうべき異様さだろう。

 だが、それを前にして哄笑を上げるあたり、この男も大概狂っていた。

 

「クハッ!! 良いぜ女ァ! ちったぁ食いでがありそうなナリにねってんじゃねぇか――イイゼ……吸い殺し甲斐があるってもんだっ」

 

 

 足を延長する様に長大な杭を足場に、ランサーは大きく、且つ最大速度で走り回る。

 好戦的な言葉に反し、彼が終始動き回るのは実に合理的だ。

 巨体といえば動きが鈍いと安易に想像しがちだが、この“蛇”達に関してはそんな枠組みは当てはまらない。まるで鞭が撓るように滑らかに、互いが障害にならないよう統率のとれた動きをする。そんな機動性のある野獣を前に通常のスピードで動き回れば、いい的になるのは当然である。

 

「■■――ァ!!!!!」

 

 例えるなら、被弾率と有効範囲の問題とでもいえばいいだろうか。

 段数はこの場合、大蛇たちの総数であるのは言うまでもないだろう。そして、彼等はいずれも常識外の巨体、速度を誇る。これらが相互干渉しない統率のとれた動きをすると、そこに出来るのは“立体的な網”だ。通常、この手の攻撃を回避するには余程練度の高い“先読み”が必須となるか、単純に力、ないし防御で対処するのが常道。

 迫る大蛇は大口を開け、槍兵を呑込まんと迫る。気配を探れば、キャスターの周到な性格か、上下後方斜めと次弾の連撃の気が窺えた。もし、目の前の一撃を迎撃に集中したとしたら、二撃三撃はいなそうと、続く4、5、6撃と、どこかで漏れが出る光景が容易に浮かぶ。それだけに自分より巨大な相手というのは組し難い。

 

 だが、ランサーはやはりというべきか。

 彼は後退も防御もせず、あろう事か第一撃である蛇の口目掛けて突撃した。

 

「―――っぉおラァアアアアア!!!」

 

 そして呑み込まれた瞬間、その勢いを利用するように長大な杭を幾重にも撃ち出し、その胴に風穴を開けて外界に飛び出て見せた。

 

「ハ、まずは一匹目、っと。どうしたよ。案外軽いぞ? まさかこの程度が新しい力とかいうんじゃねえよな―――興醒めもいいところだ」

 

 興醒めと評した彼であるが、その行動ははっきり言ってネジの外れた、本来は悪手だ。

 誰が窮地を脱する為に態々食われるというのか。虎穴に入らねばとはいうが、この場合は虎の胃に入り込む様な物である。規模で言えばクジラに食われた木人形のようであるが、その行動原理が常軌を逸しているのは言うまでもないだろう。

 

「一匹二匹ご丁寧に吹き飛ばすのも面倒だ……まとめて――――――?」

 

 そんな彼が両腕に大量に杭を顕現させた時だ。ここにきて、彼は事の異変に気付いた。

 別に、彼が殊更鈍感という訳ではない。この周囲一帯を呑込む法、その強制力は強力だが、初動で見切るには魔道にそれなりの造詣が必要だ。対魔スキルを保有するセイバー、アーチャー然り、ランサーもそれなりの抗力は備えているが、彼等二柱に比べると低いのは否めない。

 

 いや、そんな些末事はともかく、重要なのはこの肌で感じた異変――ある筈の血のめぐりを、“闇の賜物”が感知できないという事だ。

 

「――っ!?」

 

 疑念に捕らわれていた彼に、再度蛇の猛襲が執行される。咄嗟に躱してしまった彼だが、そうなれば後は単なるデスレースだ。この連撃にはほぼ間隙という間が無く、対処するなら初撃こそ肝要だ。彼なら次第に順応するだろうが、統制がとれているようで不規則な猛撃はリズムを読み取るのも一苦労であるのだから。

 

「チ―――っ!」

 

 そして、その連撃が二桁を優に超えて少し、ようやく思考にもまとまりがついたのか、彼は後方から迫った蛇を射殺し、大きく後退する。

 この戦闘が始まって以来、ランサーは明確にキャスターから距離をとった。自身の宝具が正常に機能しない、それは彼に間合いを取らせるほど重大な事であるのだから。

 

 “闇の賜物”、その吸魂の力は触れた物を無機有機問わず枯死するまで吸い上げ、己の力に上乗せする宝具。第二の宝具である“死森の薔薇騎士”は触れずとも吸い上げるが――問題は変わらない。彼が直に感じた感触から、吸魂の能力は間違いなく発動している。エラーを起こしているのはその吸い上げた力を吸収してから、彼の“己の血を汲替える”という渇望の根底の一つが作動しない、そこに何らか、キャスターの宝具の力が発動しているのは間違いない。が、彼は魔術に関心があるわけでもなければ、机に向かって学んだわけでもない。己が力を求め、研鑽していった結果得たのが今の形なのだから。

 摩訶不思議、皆目見当もつかない。ある意味で窮地だが、不明不透明な壁に当たったのなら―――彼の経験則からいって、その対処法とは一つだ。

 

「っら―――よっとォ!!」

 

 再三襲い掛かる蛇に対し、彼は両の足で大地を踏み貫き、渾身全力の一撃で迎え撃つ。

 そう。

 訳も分からないなら、解るまで殴り貫けばいいという、解を求めるうえで、効率等を度外視した選択だ。

 がしかし、愚直であるが故に、数をこなせるならこれほどストレートなものはない。事実、地面という足場を得た事で敵は下方からの攻撃が無くなり、より選択肢が狭められる。二度三度も苦も無く吹き飛ばす彼にとって、単純であるが故に性に合うというやつだろう。

 

「……なるほどな」

 

 そして、その実直な解答式が続けられ、一際大きい杭を一体ではなく、複数をあらかた殲滅させるように放ち、得心がいったと彼はその手で顔を覆う。

 

「これは俺への当てつけか何かってわけか」

 

 彼の解答。

 このキャスターの変容はむしろおまけでしかなく、恐らくこの空間を侵食している事象こそ本命だという直感。

 相違点を上げるなら、“得る筈の力を奪えない”のではなく、“得た筈の力を等分された”という事だ。

 彼女本来の能力は“停滞”、要は相手の足を引く行為だ。そこに至る渇望はランサーの知るところではないが、この理の筋は理解できる。単純に、彼女が作り出した世界では“突出した力が認められない”のだ。

 力の上限に関係なく、領域にいるすべての対象の力を大凡均等に等分する。弱体でも強化でもなく、並ばせる事こそがこの宝具の力だ。だが、違うようでこの新たな宝具はその根底の色を変えていない。

 “血の伯爵夫人”の上位、“拷問城の食人影”の能力は“停滞”、つまり足を引くのは対象に追いすがろうとする力。

 そしてこの“急流響く 嘆きの歌”は、一言でいえば“堕落”。力で及ばない相手を貶め、引きずりおろす能力だ。

 二つとも過程と頼りにする形こそ違うが、“相手の歩みを妨げる”という点で共通している。

 そして本来、力量では上である筈のランサーを対象にすれば、いくら新たな力とはいえその効力は減じる筈である。が、彼女自身も対象に含む事でその効果範囲と術理の強度を底上げしている。

 ランサーから受けた負傷から、新たに得た力は、元の形より彼に似通っているという皮肉。相手を堕落させる一方で、己の昇華すら図れるのだから。

 

「ま、どっちでもいいけどよ―――殴り合いがお望みならはなっからこっちも望むところなんだよ。回りくどいのは無しで行こうぜ」

 

 よって、この勝負は単純に言えば殴り合いの体力勝負となる。

 キャスターの力がどのステータスまでを均等にしているのかは知れないが、全ての値を対象としているとみて間違いないだろう。となれば、本来耐久力において大きく差がある筈の二人が、その実差が無いという事になる。

 耐久が同じならランサーで蛇を貫けた事に矛盾が生じるが――それもおおよその見当はつく。ランサーとキャスターのステータスを鑑みた場合、明らかに飛び出るのは筋力値だ。確証があるわけではないが、矛と盾がぶつかった場合、より強い方が残るのは問うまでもなく、この領域において筋力値が耐久より高く振り分けられているという話。

 

 ――裏を返すと、蛇の攻撃を真面に喰らえば、ランサーとて只では済まないという訳であるが。

 

「上等だ―――タイマンはろうなんざ、所詮、魔術師如きに、10年早いってことを教えてやるっ」

 

 その程度で怯むわけもないと、寧ろ同等の戦場、互いにしのぎを削る衝突とは己の望むところだと彼は猛り吠え―――

 

『枯れ墜ちろ恋人 死骸を晒せ―――』

 

 この日、冬木の空は二度目の夜を迎えた――――

 

 

 

 

 

「■―――■■―――ッ!!!!!!!!」

 

 頭上からの強襲。

 皆川の向こう。巨大な怪物と化したキャスターとランサーの動向に気を使っていただけに、それは予想外の襲撃だったと言える。

 事実―――

 

「ク―――やはり来ましたかっ」

 

「アーチャー!」

 

 絡繰りは不明であるが、理不尽な鉄壁を誇るこの弓兵でなければ、今頃バーサーカーの持つ黒剣に斬殺されていただろう。

 

「――ィ、――ォス!!!!!」

 

 不可解な防御力を誇る彼であるが、それだけで防げるほど狂戦士の一撃は生易しくない。故に、直撃を防ぐ為に沈みかけた体勢から体術によるものか、奇怪な動きで刀身を地面に受け流す。やはりあの頑丈さは彼の能力であり、膂力による所ではないらしい。

 その証拠に、アーチャーは続く下段から薙ぎによって吹き飛ばされた。

 

「く、余計な邪魔が入ったかっ」

 

「――っ、こんな時に」

 

「アイリスフィール、下がっていてくださいっ」

 

 よって、その場にはサーヴァントに対して無力でしかないマスター二人が晒される事になる。なぜバーサーカーがこのタイミングで乱入してきたのかは不明だが、こちらに矛先が向かわないとは限らない。それほどに狂戦士の殺気というものは無差別であり、不用意な行動をとれば斬殺される光景が容易に脳裏で再生されるほどだった。

 

「貴方の目的は大凡察せられますが――これ以上戦場を掻き乱すというのなら、容赦はしませんっ、バーサーカー!」

 

 そしてならば、騎士として矢面に立つのが士官でもあった自身の役目。その心の表れだろう。宝具である“戦雷の聖剣”を構え、稲妻を纏わせるその様は油断も侮りもない。

 それもその筈、このバーサーカーの力はあの夜の乱戦に参加していた者なら誰もが知っている。膂力においてはセイバーなぞ遠く及ばず、速度に関しては及ばずともランサー達を凌駕する。こと戦闘においては間違いなく最凶のサーヴァントだ。

 

「■■―――ゃま、だ」

 

 だが、マスター達を前にその刃を構えたセイバーに対し、彼はにべもなくその黒剣を乱雑に見舞う。

 

「く、ァ―――っ」

 

 咄嗟に体を受け流したのは見事。アーチャーの様に地に足をつけて受け流そうとすれば腕ごと持っていかれている。あれはアーチャーの頑丈さがあって初めて成功する行為であり、ランサー程の力もないセイバーでは到底受けにはまわれない。

 

「―――っ、また、まだァアア!!」

 

 だが、それで折れる程、騎士のプライドは安くない。

 弾き飛ばされる空中で、彼女は全身を使って態勢を立て直し、剣を地面に突き立てる事で無理矢理踏み止まり、即座に突撃に移る。本来なら、このまま距離をとるのが常道であるが、今バーサーカーの周囲は間違いなく死地だ。自らの主を、そうだと心に定めた主君をそんな場に晒すなど断じて容認できない。

 

「■■――ァアアア!!!!!」

 

 そして、飛び込んできたセイバーにようやくまともに討ち合う気になったのか、それとも単に目障りだったのか、彼はその巨体を彼女に向け、黒剣を肩に背負うようにしてとる構えから一気に振り下ろす。

 その剣に添えられる手は片手だが、この狂人においては両手だとか片手だという定義は当てはまらない。そもそも先程セイバーを吹き飛ばした一撃ですら技巧もない、それこそ羽虫を掃うに等しい雑さだ。

 よって、彼が片手とはいえ、剣を振り下ろすという事は先程とは比べ物にならない程の力が込められているという事だ。本来なら過剰迎撃、弾丸となったセイバーを打ち払うどころか斬殺圧殺にはあまり余る一撃、の筈だ。

 

「っフ! ―――あまり舐めないで!!」

 

 だが、最優のサーヴァントはココでもその予想を裏切る。

 これこそ魔術ではないかと目を疑う光景――だが彼女はマグではなくリッター、つまり騎士だ。

 故にそれは魔術というより彼女の技能の一つであり、この程度の狂刃で彼女の剣が鈍る事はなく―――彼女は空中でステップを踏む事によって狂戦士の一撃を見事に回避して見せた。

 

「頭上―――もらったっ!!」

 

 奇術といえば摩訶不思議な光景。だが彼女がバーサーカーの頭上をとったのは紛う事なき事実だ。

 そして摩訶不思議、というより彼女より常識を度外視するのは―――バーサーカーだ。

 

「な!?」

 

 彼は頭上から振り下ろされた彼女の聖剣に対し、素手で掴み取るという暴挙に出たのだ。

 

「■――■ァァアアッ」

 

 切れ味なら現存する剣など足元にも及ばず、実際狂戦士の掌には深い裂傷が刻まれていた。が、彼はその損傷に気を留める事無く、その理不尽なまでの暴力で刀を持つセイバーごと投げ飛ばした。

 

「セイバーっ!」

 

「――大丈夫ですアイリスフィール、これくらい大したことはありません」

 

 方向的にアイリスフィール達の傍に着地するセイバー。二度目ともなれば慣れてきたのか、その着地に危なげがない。

 だが、狂人的な反応速度、加えて、恐らく痛みを感じていないという事実はバーサーカーの脅威度をより上げているといっていい。

 

「―――ですが、アレをどうにかしない事には私もキャスターに集中できません。加えて――」

 

 水面から顔を出す大蛇の数が増している。

 ランサーが善戦し、その首を抉り飛ばすが――その再生力から数を減らすに至らない。基本的に耐久力が高い訳ではないようだが、あれでは千日手なのは目に見えている。

 

「いくらなんでも数が多いわ。アーチャ、ーあなたのマスターは?」

 

「ええ、あのお方はバーサーカーが現れた時からどうやらそのマスターを探しに回っているようです。現状、あの狂犬もどうにかしなくてはならないのですから、確かにこっち等も外せない案件です」

 

 確かに、現状でバーサーカーを対処するのは大前提だ。

 キャスターを倒すのにはアーチャーの宝具解放が絶対条件であり、バーサーカの狙いはそのアーチャーだ。彼等の間に過去、どんな確執があったのかは余人にはわからないが、キャスターを放置すれば確実に周囲に被害が及ぶ。バーサーカーに手を患っている場合ではない。が、

 

「となると―――」

 

「■■ィイイイイ」

 

「また――っ」

 

 この狂犬はアーチャー以外に興味が無いのか、キャスターには目もくれず突進してくる。

 マスターに危険が及ばないという事には安堵できるが、アーチャーがフリーにならない事には事態は好転しない。

 だからこそ、セイバーは単身バーサーカーに向かって跳躍しようとするが―――

 

「待ちなさいセイバー。現状、手が不足しています。ここはキャスターの迎撃に当てていてください」

 

「■■―――ッ!!!!」

 

 アーチャー自身から静止の声をかける。

 狂戦士の速度はセイバー以下だが、殺傷という意味では比べるべくもない。追いすがるのには苦もないが、背後の戦況の変化に踏み出せない。

 

「――我が主がバーサーカーのマスターを見つけられればまだっ」

 

「それこそ悠長なっ」

 

 例えるなら、セイバーが銃弾の貫通力を持つとしたら、バーサーカーのそれはトラックの衝撃に近い。つまり、殺傷には問題ない一撃でも、その破壊が及ぼす規模が違うという事。規模が違えば用途、使う場面もおのずと違う。要は戦い方次第で相性はそう悪くはないだろう。だが―――

 

「チィっ」

 

「もうあんなところまでっ」

 

 対岸を眺めれば大蛇が数頭、土手に腹を乗せてその巨体を持ちあげている。

 

「させませんっ、はァアア―――!!」

 

 即座に体を弾丸と化してその巨体を貫き、柄が傷口に触れる前に振り貫く。そして返しの刃でもう一体の蛇の首を飛ばす。

 

「このまま押し止めるには限界があるな……堤防を越えるのも時間の問題、か」

 

 打開するにはもう一手、札が必要なのだ。が、打開するその一手、そこに至る道を悉く塞ぎにかかっているのが実情だ。

 ランサーが、セイバーが切飛ばし、吹飛ばした首が黒く炭化するように崩れ、その山から2m程の蛇の群れが侵攻を開始しだしたのだ。十中八九、魔力補充の目的はぶれず、進行方向は依然として川の外に邁進していた。

 当然、迎撃に剣を片手に疾走するセイバーだが、如何に彼女が光速を誇ろうと、この河川をすべてカバーするのは不可能というもの。

 

「くっ、カバーが、間に合わない―――っ」

 

 となれば内の数匹、明らかにセイバーの処理速度を超す数、次第に漏れが出るのは必然だった。

 まるで餌を前にした野犬が猛るように、堤防(ソコ)を越えれば獲物がいると確信しているかのように蛇たちは勢いを増す。

 セイバーは言うに及ばず、ランサーは本体たちを相手に対処に回る筈もなく、アーチャーはバーサーカー相手に膠着状態。そう、この場に彼等の進行を止める者はいない。

 

「――! しまっ―――」

 

 

 だがしかし―――

 

 

『――Gedränge(潰しなさい)

 

 

 それは小さい呟き。されど、その戦場に身を置いて尚耳に響く美声。

 この場でキャスター討伐の旗を掲げるのが“三騎士”だけな筈もなく、続く屍の群れが蛇の大群を圧殺する。

 

「――この死人達はっ」

 

 死兵を使役する独特の戦法。召喚・操術を得意とする英霊は数入れど、この聖杯戦争においては彼女しか該当者はいない。

 そう、川を挟んで向かい側に佇む艶麗で――且つこの状況を打破しうる一手を携えた英雄。

 

「ライダー!」

 

「っ、あの女狐かっ」

 

「またあったわね。まあ、間に合ったようで何よりだけど」

 

 その“また”が誰に向けられたのかは定かではないが、この場においては心強い事には変わりない。彼女は確かに、この戦争においては互いに聖杯をかける敵同士だが、利害が一致していれば早々に裏切ることはないというのは短い接触ながら信じられる。その点で言えば、あのアーチャーより余程組し易いだろう。

 一通り堤防付近の蛇を蹂躙した後、彼女は足元から出現した一体の死兵に抱えられ、こちら側に跳躍して着地する。

 

「いえ、助かりました。口惜しいですが、ああも数で来られてはっ」

 

「その気持ちは分からなくないけど――反省もおしゃべりもお預けね。あまり悠長に話させてもくれないらしいわね―――decken(包囲)!!」

 

 彼女の掛け声で死人の群れが統率される。本来意思の無い、魂の無い器が躍り出す。

 数対数であるのなら、より質の高い方が勝るのは自明の理。死人であるが故に生物的な制限は存在せず、そこにライダーが的確に指示を飛ばす事で効率的に殲滅している。また、大蛇から蛇に分裂した事で一匹一匹の力が薄まっている事も大きいのだろう。

 

「――いやまったく。このタイミングで現れるあたり……流石ですね、ライダー」

 

「……アーチャー」

 

 そして、またしても浮き出る様に背後をとるアーチャー。

 手を組むとしたら、やはりこれほど信頼のおけない相手もいないだろう。というよりかは、本当に手を組む気があるのか怪しいほどに神出鬼没だ。 

 

「バーサーカーは?」

 

 なにより、彼は狂戦士を相手取っていたはず。その彼がいう“宝具”開放を妨げる要因であったバーサーカーは容易な相手ではないのだが―――皆の疑問の指摘に、アーチャーはあちらにと細めた視線を投げる。

 

「―――、―――ッァ、ァア!」

 

 そこには如何な戦闘があったのか、護岸の舗装に抉りめり込んでいるバーサーカーの姿があった。動きが鈍い事から、そうとう巧く嵌っているらしく、その膂力で無理矢理コンクリートの拘束を振りほどきにかかっていた。

 なるほど、倒すには至らなかったが、往なす程度ならできたという事。あの分では直ぐに復活して再度襲い掛かってくるだろう。アレはライダーの死人程肉体的制限が無い訳ではないが、それでなくとも頑強で力も桁違いだ。

 

「―――ご覧のとおりですが、参りましたね。彼は刃を納めるという事を知らない。マスターの方針か、その狂化こそがなせる技なのか……いずれにせよ、アレに対処するのは一苦労です」

 

「ならば私が――」

 

「いえ、それなら私が行くわ」

 

 故に、手札が増えたのなら、接近戦でもっとも心得がある自分こそ矢面に立つべきだと前に出たセイバーに対し、ライダーは手を伸ばして待ったをかける。

 

「現状、蛇達が増えても、セイバー単体での全力疾走、それもバーサーカーを気にすることなく戦えるのなら十二分に抑え込めるはず。寧ろキャスターが第二第三の手を打ってくる場合に、対応力がある手が残っていた方がいいわ。その点、貴女は速力において問題ない。不測の事態にもいくらか余力を残して対処できると思う」

 

 つまりは対応力の問題か。汎用性という意味においてはライダーの死人達に軍配が上がるだろうが、此処の練度においては当然比べようもない。思えば、いつかの彼女との初邂逅、その時に一度だけ全力開放で“走って”駆けつけたのだから、彼女があの時の事を差しているのなら、確かに、バーサーカーの横槍を気にせず、キャスターの蛇達のみに集中できるのなら対応できる自信が彼女にはあった。

 

 だがしかし、アイリスフィール等マスター組も異論なく、場が一応に納得しかけていた時だ。

 

「――いえ、ここはセイバー、あなたにバーサーカーのお相手をお願いします」

 

「アーチャーっ」

 

 意見を提示しながらも、基本的に反論を述べなかった彼がここにきて異を唱える。

 その発言に予想外だったのか、ライダーが険の強い表情で捉えるが―――

 

「なにもおかしなことは言っていません。では聞きますがライダー、あなたはどうやってあの狂戦士を相手取るおつもりですか?」

 

 続く彼の発言でより驚愕の色が濃い表情に歪まされた。

 

「まさか自ら、という訳はないでしょう。これまでの戦闘から見ても、あなたの戦い方は一つの筋道がある。第二に、そこな死兵で相手取れるとも思えない。少なくとも蛇は相手取れても、あの狂戦士は荷が重いでしょう」

 

 順序立てて反論する行為は彼の服装と相まって堂に入っているが―――その表情、時たま強張ったような、笑みを堪えるような僅かな違和感が言葉通りの解釈を阻害する。有体に言えば、胡散臭いのだ。

 

「そして何より―――貴方は確か、その秘奥である宝具を負傷しているはずだ。正確には彼、或いは彼女が」

 

「……見ていたのね」

 

「ああ、失敬。この街に現界してからというもの、街を練り歩くのは半場私の趣味の様なものでして―――がしかし、あれから幾らかも経っていません。いくらあなたの操るそれらが耐久を無視できようと、あれほどの損傷を癒すのは、そう容易ではない筈だ。ここにきて出し渋る様な性分でも無いでしょう……私の予測では、そのあたりが原因とみていますが」

 

 よって、説き伏せるというより、追い詰めるような説法を展開するアーチャーの言葉は、いよいよその怪しさを色濃くする。件の負傷とは、切嗣から報告のあった、教会前におけるランサーとの戦闘だろう。セイバー達は直接目にしたわけではないが――少なくともこの弓兵の姿を見たという話は聞いていない。

 

「確かに、でも、勝てる算段が無い訳じゃないわ」

 

 そう告げるライダーの言葉は強がりではないが、アーチャーに対する不信から幾らか主張が弱い。

 セイバーとしてはどちらかを信用するかと言われれば、迷う事無くライダーに味方するが、目の前の状況の変化は静観を許さない。

 

「……話し合いはそこまでにしておいてくださいアーチャー、ライダー。アレが起きます」

 

 彼女の視線の先、爆ぜるコンクリートの塊と粉塵。日常的に起きる筈の無い壊れ方をする護岸の哀れな姿、その惨状の張本人であるバーサーカーが自由の身を取り戻して雄たけびをあげている。

 加えて、ランサーの奮闘か、新たな蛇の群れが進行する気配を背後から感じる。既に話し合う時間は僅か程もないのだ。

 故に―――

 

「ライダー。今は事が小規模ですが、キャスターが本格的に捕食に入ったら面で対応できるあなたの方が有用だ。彼の言葉に従うのは些か険が立つかもしれませんが、ここは私が行きます」

 

 ここはもともと主張していた通り自分が表に立つべきだと主張する。異論はこの際聞く耳持たない。既にバーサーカーはこちらをその狂眼に捉えている。迎え撃つなら兎にも角にも猶予が無い。

 

「―――いいのね?」

 

 再度護岸を踏み砕き、粉塵を巻き上げながらこちらに一直線に走り出した狂戦士を視界に収め、事を承認したライダーが一応に確認をとる。形としては不作法だが、視線も言葉も交わす事無く、首肯することで示す。それほどに、目の前の敵を相手取るなら他に割ける余裕が無いから。

 

「行くぞ、狂戦士!!」

 

 握った“戦雷の聖剣”を刺突の構えで、待ちではなく迎え撃つ、寧ろ切り伏せる意気込みで彼女は己の領分を全うする為に疾走する。

 

 

 





 能力説明したらランサーVSキャスターが戦闘とは思えない回に……どうしてこうなったっ
 ども、10月も終わりですなーハロウィン? ワタシャ無縁な人生ですtontonでーすよ。
 はい、前回から明かしているキャスターの宝具(オリジナル)設定公開! みたいな回と、久々な出番でわんわんお! なバーサーカーさんなお話です。
 キャスターの宝具に関しては―――いろいろ意見が飛ぶと思いますが、後日、この賞が終わり次第久々に活動報告でまとめますね。
 一応、文章でも上げていますが、ちょっと文章を変えて表現するなら、ここで彼女がいたった渇望は
 『共にあれるように並び立ちたい』
 です。
 もとの渇望である『追いつけないなら~』という願いを作者解釈し、大本の追い付きたいという渇望をそのままに、手段を変えた物です。が、結構えげつないですね。尖った解釈するなら『追い付けないから、引きずりおろす』という物騒極まりないものです。まあ、マイナス面もあるんですが、それはこの場では発動しませんねー組合せ次第ですが、ランサーと戦うと吸い上げても総和にされて強制的に割り振られるので変化の無い戦いになってしまいます。加えて、大蛇の群れという数の暴威を振るうのですから、中々に恐ろしいのではないかと。
 そしてまあ、アーチャーの暗躍回part2.何が暗躍なのか、わかっている人は恒例のお口チャックで(苦笑 分からない人にも今後で明らかになるのでお楽しみに!

 では、長くなりそう、というか確実に長くなってきたので、これらの説明もこの辺に、今回はコレで失礼します。
 11月も更新頑張るので、また手に取っていただければ幸いです。
 お疲れ様でした!!!



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「独奏者―魔女狩り」

 


 

 

 

 河川を所狭しと疾走する青白い雷光。

 ぶつかり合う黒い深淵の如き靄を身に纏わせる巨躯との競り合いは、その速度差から見て一方的である。

 

「はぁ、ぁああああ!!!」

 

 セイバーが縦横無尽に、上下の三次元すら制覇して刃を振るう殺陣は必滅の領域だ。その前には例えどれだけの強度を誇ろうと、いずれ削りつくされると錯覚させるほどの勢いがある。が、なにも特別な絡繰りがあるわけではなく、極々単純に、セイバーが常識外れに早いのだ。

 彼女の剣の輝きから見て、その能力は明らかだ。“雷を操る”、その力を秘めた剣という所だろう。まさに字の如く“戦雷の聖剣”とはよくいったものというべきか。しかし、その能力はあくまで事象を操る能力であり、彼女の速度に結びつくものではない。水面の反発や、空中でステップを踏むなど手品じみた小技は出来るだろうが、その速力の説明には弱い。つまり、彼女は個人の技能、或いは魂の域で超常の域にいるのだ。

 

 だがしかし、事が一方的なら等に勝負はついている筈であり、こうして応酬が幾重に続くのは妙な話であるが――それも単純明快だ。

 

 なぜなら、バーサーカーはセイバーの高速で振るわれる剣戟、その全てに己の黒剣を合わせてきていたのだから。

 

「――コレ、本当に狂戦士なんですかっ」

 

 思わず彼女がそう愚痴を零すほどに、“彼”の剣は堂に入っていた。先ほどまでの荒々しい、眼中にない有象無象を掃う為の剣ではない。確実に、セイバーを排除すべき障害と見据えて構えた剣筋。

 

「―――ァアア!!!」

 

「っ、まだまだァ!!」

 

 一度か二度ならまぐれもあるだろう。だが、それは剣術、ないし武道を納めた戦士特有の切り替えであり、理性を失って強化されるバーサーカーのクラスにはありえない事態だ。

 手数、そして何より高速の斬捨てがそのまま回避行動に繋がり、セイバーはバーサーカーの反撃を受けないが、同時に現状では削りきるどころかその肌に剣を触れさせる事も出来ない。

 

「――マダ」

 

 だが、なにより厄介なのは狂戦士の剣戟が徐々にセイバーの剣に合わせてきていることだ。彼の剣が剣士と真っ向から渡り合えるだけでも異常極まる事態。だというのに、剣を合わせれば合わせるだけ、打ち合う程に競り合いかける回数が増えてきている。

 

「人をついでみたいに――ク!」

 

 それも残念ながら気のせいではない。まるで旧知の敵が相手の手の内を把握しているかの如く、それこそ他のことに気をとられたような半端な剣を振るえば今のように弾き返される事態も起こる。

 加えて、反撃にでようもならまず間違いなく、セイバーはその豪剣を受ける術がない。故にこの疾走は当然の流れで、緩めようものなら容易く捕捉されて切り捨てられるだろう。いや、セイバーでなくてはそもそも回避も難しい筈だ。

 

「さっきからっ、邪魔だ退けだと好き勝手、言ってくれますね!!」

 

 だがその程度、彼女が退く理由にはなりえない。

 速度が劣れば切られるというのなら、今の速度より高次元の疾走に昇華すればいい。もとより彼女の武器とは早さであり、全身運動を剣の鋭さに活かした剣戟。そしてこの状態が、宝具による身体強化ではなく、彼女本来の基礎ステータスによるものだとしたら――

 

『唄謳う。兵の導たらんと 私は空を駆ける――』

 

 ――短い口上の刹那、剣に纏っていた雷がその仕手、セイバーの全身を包む。

 一見自殺行為に思えるが――その効果は劇的だ。雷独特の指向性ではなく、セイバーが望む指向性を与えられたそれらは的確に彼女の細胞を促し、人単体を越えた運用を可能にする。端的に言えば、速度上昇だ。

 

「余所見なんかさせないっ、私を見ろ! 貴方の相手は――」

 

 急制動が残像を生み出し、止まらず緩急をつける事で彼女の像が6つに分裂したような錯覚を与える。遠目で見ているアイリスフィール達ですらその姿がとうに追えない域にいたのだから、常時接近戦を挑まれているバーサーカーが視認するのは容易ではない。

 そしてならばこそ―――

 

「――この私です!!」

 

 返す刃がセイバーを捉えるより早く、その刃はバーサーカーの胸を貫く。

 本来なら致命傷。聖杯により受肉した英霊であろうと、その核である真の臓、もしくは首を断たれて現界し続けられる者はいない。

 ただし、何事にも例外があるように、たしかに胸を貫かれても死ににくい、死なないサーヴァントもいる。

 

「――ッ、――ァァ」

 

 そして、どうやらこのバーサーカーもその例外である人外、ならぬ文字通りの怪物である――が、セイバーもそうなることは織り込み済みだ。その証拠に、体を纏っていた極光が、柄を伝い、再度刀身から放出されて刺し口からバーサーカーを焼き貫く。

 

「――!!!」

 

「ッ!!」

 

 予想通り、バーサーカーは“戦雷の聖剣”による雷撃を気にも留めずその暴威を振るう――が、この攻防に収穫が無かったわけではない。極僅かであるが、バーサーカーの挙動は雷撃によってその初動を遅らせていた。つまり、彼の行動を制限させることが可能という事だ。もちろん完全にスタンさせるには至らなかったが、英霊ともなればその僅かな隙が好機を生む。

 

「―――いけるっ」

 

 そして、雷撃が生み出した収穫とはそれだけではない。セイバーの剣が刻んだ切り口、その雷撃によって焼かれた刺し傷のみが他のヵ所に比べて修復が遅いのだ。

 これまでの戦闘から、バーサーカーの脅威はその圧倒的な膂力、損傷を無視した耐久力、再生能力と上げれば厄介極まりない相手だ。だが、セイバーの一撃はその能力の内の二つに有効打を上げている。結果的にではあるが、バーサーカーとの相性はさほど悪くはないのだ。

 がしかしそれも―――

 

「ッぅ、今のは危なかったですね」

 

「セイバー、今治癒をっ」

 

 彼の豪剣が生み出す嵐を完全に躱しつづければの話であるが。

 黒い大剣を寸でで回避したのにも関わらず、セイバーの服、そこを透過して肌に裂傷が走っている。傷を見るに深手ではないようだが――避けてコレとなると対処は競合いで押し返すか、剣圧が届くよりも早く範囲外へ避けるしかなくなる。セイバーであれば前者は選びようもなく、残る後者しか手段はなくなる。

 

「助かりますアイリスフィール。処置の方は?」

 

「一般人の侵入に関してはしばらくは持つわ。対岸もランサーのマスターが対処してくれている。ただ――」

 

 駆け寄ったアイリスフィールの術が傷口に作用する。傷口とはいえそれは剣圧によるもの、深手ではないが――それでも患部に触れずに離れた場所から作用するあたり、彼女の魔術の腕は相当だ。その彼女が“しばらくは持つ”と言ったのだからそちらには問題ない。

 

「■■ァァアア!!!」

 

 そう。そちらには、だ。

 

「クッ、話す暇もありませんねっ」

 

 アイリスフィールが近寄らなかったのではない。近寄れなかったのだ。

 文字通り、セイバーの周囲は死地とも言うべき殺陣だ。バーサーカーに依然として止まる気配は見れず、牽制に放った雷撃はその身に浴びようと堪える様子も避ける仕草もなく猛進する。見たところダメージは蓄積してはいるようだが。

 

「……速度で勝ってるのが救いですね。あんなのに抱きつかれた日には夢見が悪くて堪ったもんじゃないです、よっと!」

 

 それでも、一定でも効果が望めるのなら手を休める筈もない。そもそも、彼女の目的はバーサーカーの注意を退く事、勝つ事ではなくアーチャーから意識を逸らせればそれでいいのだ。

 バーサーカーの突撃を交わし、擦違い様に雷撃を浴びせる。斬撃を当てないのは不用意に近距離を狙えば豪剣の暴風に斬殺されるから。むろん彼女とて最大速度なら剣圧程度、軽く置き去りにする自信があるが――単にこの状態ではそのトップスピードに枷があったという話。

 そして、徐々にだが、パーサーカーの剣戟は無視できない高みへと登ってきている。最初の乱雑な振りが今では嘘のように、次第に構えらしい構えをとり、間合いが最適化されているのがいい証拠だ。

 現状は膠着状態から徐々に天秤が傾きだしている。

 ここまで張り合えるのなら問題はない。彼女はよく難敵を抑えている。

 

 だが―――それは戦場を客観的に見れる者、所謂軍略に寄る者の目だ。

 セイバー、彼女は戦場を駆けども指揮を執るものではない。彼女はあくまで騎士として生きた英雄。自身が囮であり、その程度しかできないと認識されるのは易々と容認できないものがある。

 

「―――致し方ありませんね。現状ランサーもキャスターも秘奥を開放していますし、此処で出し惜しみして退場しちゃったら、恰好がつきませんからね」

 

 加えて、彼女自身がこの状況に苛立つというのなら、彼女が取るべき手段は一つ。

 言葉は正論だろうが、それは自己弁護に過ぎない。

 つまり、彼女も、この混戦でただ耐え忍ぶ事を良しとしないのであれば、それは当然その剣に秘めた奥義を開放する事に他ならず――

 

『私の願いは 戦火に曇る戦場を先駆けとなって照らす事』

 

 その第一句を紡ぎ、剣の雷光が収まり彼女の身体が淡く瞬く。

 

『愛する彼等の矢となり剣となる為 半可な仕手は認めない』

 

 そう。彼女の渇望、その形とは、ランサーやキャスターの心象心理、己の色で世界を侵食する魔技ではない。

 自己を一つの世界とし、周囲から隔絶した不変の理を纏う。

 彼等が自身を中心に世界を塗り替えるなら、彼女の理は自身を起点に世界と己を切り離す。

 

『嘗て夢見た刹那こそがヴァルハラだと信じて』

 

 一見ランサー達と比べれば見劣りするように見えるが―――他者を範囲に取り込まない分、その純度とは比べ物にならない。自身を塗り替えるのも、世界を侵食するのも己が理に対する狂信こそが肝要。

 

 そして、彼女の願いに奉ずる思いは並大抵のモノではない。

 

『この身は如何なる炎も突き破る刃となる―――闇を切り裂く閃光』

 

 その証拠に、詠唱の区切り、最後の謳い口上に呼応して淡い輝きが一際眩い稲妻を彼女の身体から迸らせる。

 

Briah(創造)――』

 

 つまりこれこそが――

 

『Donner Totentanz―――Walküre』

 

 彼女の最奥義、その渇望の形に他ならなかった。

 

 

 

 

 

 対岸の雷光。極光に包まれるバーサーカとセイバー。光源がセイバーだったっことから、彼女が何かしら宝具の一つを開放したのだろう。

 だが、それはいい。セイバーがバーサーカーを抑えているのには間違いなく、こちらが役目を果たすのに支障が無い事には変わりない。

 そしてこちらも―――

 

「流石、彼の時計塔に神童とまで謳われた御方だ。見事な手前、感服いたします」

 

「……世事はやめてもらおうかアーチャー。それよりもだ、こちらはお前の要求通り舞台を整えた……あとは、わかっているだろうな」

 

 対岸をアイリスフィールが、こちら側をケイネスが魔術で一般人を遠ざける処理を施している。アーチャーから見てもその手際は見事。ホムンクルスであるアイリスフィールなら魔術の腕が立つのは想像がつくが、ケイネスはその精度、速度ともに遜色がない。加えて、さして手間取った様子もなくこなすともなれば、それは両者が優れた魔術師であることを示しているだろう。

 彼も彼女も皆それぞれの役割を果たしている。ライダーも、アーチャーの要望どあり、場は整っている。キャスターが邪魔であるのは皆の共通認識だ。アレはこのまま放置すれば聖杯戦争の基盤そのものが崩れる危険性がある。

 

 よって、此処に断罪の斧が振り下ろされるのだ。

 

「ええ、ええ。これだけお膳立てをされれば腕の振るい甲斐があるというもの。直ぐにでもご覧にいれますとも」

 

 現実に足掻こうと狂乱の舞台に上がった魔女に、聖職者が主の裁定を下す。

 配役は整っているのだ、問題はない。

 期は今こそと諸手を広げ、アーチャーはキャスターを仕留めるべく、その最適のポイントに向かう。彼は“弓兵”の英霊であれば、それはつまり狙撃ポイント。己が最奥義たる宝具を振るうにふさわしい場所へ―――向かおうとして、その前に痩躯の男が浮かび上がった。

 

「―――失礼。ああ、別に私の手は不要でしたかな?」

 

 とぼける様に浮かび上がったのは暗殺者の英霊。だが彼がこの場において情報を知らぬはずがない。蜘蛛を名乗ったこの英霊がそんな不足した状態で戦場に姿を現す事はないだろう。

 そもそも、キャスターの騒動で有耶無耶に流れかけていたが、彼は本来消滅を“擬装”したサーヴァント。皆を欺いたという事で程度に差はあれ、良い印象は持たれていたい。そんな彼がこの場に現れる理由、それなりの提案があると見るべきだ。

 

「アサシンか。なるほど、既にその身を隠す意味はなかったな」

 

「まあ、この際“その話”は置いておきましょう―――いえいえ、私自身が言えた事でないのは重々承知しています、ええ。ですが、この場に私が姿を晒したのは、それなりに重要な情報を持ち寄った次第。どうかお耳に入れて頂きたく」

 

「ほうそれはそれは」

 

 彼に対する反応は両極端。

 好奇の目で促すアーチャーに、冷ややかな目で見つつも警戒の色が濃いケイネス。この場で正常な反応というのなら、ケイネスの反応が普通だ。それはライダーでさえ、離れた場所にいるセイバーも変わらない。キャスターと殴りあってるランサーなら、知ったことかと気にも留めないだろうが―――

 

「先程……この国に駐留する空軍に出動要請がかかりました」

 

「な、ンだと?」

 

 それはこの場にいる皆を驚愕させるには十分な知らせだった。一般人が紛れこむというのは想定していた。だが、こうも早く公の機関が動くとはだれが予想できただろうか。加えて、空軍が確認に飛んだとなればこの異変が公になる事に時間が無いという事だ。

 事故処理なら教会も隠蔽のしようがあるだろうが、事を処理する前の情報が流れれば今後の支障が出るどころの話ではない。

 だが、そんなこぼれた驚愕の言葉に、アサシンはなぜ顔を笑みに歪める。不謹慎であろうと思わずケイネスが咎めようとしたときだ。彼はその追求を遮るように、浮かべた笑みの種明かしをする。

 

「――がしかし。まあ、私も流石にこの段階で世間の目の介入は好ましくありませんでしたので、少し機体に“細工”をさせて頂きました」

 

 だったが、続くアサシンの言葉はその懸念を断つものだった。いってみれば事後報告か。確かに、現代兵器とはいえ、小さな極東の島国でスクランブルでもかかればその到達など妨害のしようがない。精々空に見た対象を物理的に始末するぐらいだろう。

 

「なに、少々エンジンにトラブルが起きるよう弄っただけです。鉄屑に還るのは我等英霊にとって造作もありませんが――撃墜の記録が残れば後々我々の首を絞める事態になりかねません。まあ、もって1、2時間という所ですか」

 

「なるほど、この世界の軍というのも馬鹿ではありませんからね。いや、よい再拝ですアサシン。制限時間が掛かったのは大事ですが、その妨害が無くては今後にきたす支障は少々看過できない事態ですからね。いや、実に鮮やかですええ、本当によく事前に防げましたね」

 

 故に問題は、その伝達をどうアサシンが察知できたかという疑問が際立つのだ。

 

「いえいえ、もともと私は“間諜”の英霊。加えて、召喚時期が殊の外早かったのもあります。そこはまあ、他の方々より筋力も耐久も劣りますから――やはり知恵くらいは働かせないと、ねぇ?」

 

 此処にいる誰よりも召喚が早い、なるほど。それもあるだろうが、如何に早いとはいえ、国家レベルの情報を盗み取るまで中枢に入り込める諜報力とは如何な手腕なのか。しかも英霊とはいえ、基本的に彼等は過去の英霊。例外もいるが現代の情報網に順応できるとはにわかには信じがたい。加えて、破壊、ではなく妨害工作を的確にこなしてきたとなれば、この痩躯の男は戦闘はともかく、忍ぶものとして優秀だという事の証明に他ならない。

 つまり、彼が当初の予定通り死んだ者とされて気配遮断のスキルに専念されて暗殺に従事していたのなら、此処にいるマスターの二、三人は確実に脱落していたとしてもおかしくはなかった。

 

「――であるならば、アーチャー早々に貴様の宝具を晒せばよかろう? 猿芝居はその辺にしてもらおうか」

 

 が、そんな流れを男は下らないと切って捨てる。

 アサシンが姿を晒したのは自陣営のミスだ。隠蔽の手際は見事、だが晒してしまった以上たらればの話をしても詮無きこと。その男が有用な働きをしたのだ。今後に障害となる能力を有していそうだが、今は確実にキャスターを仕留める時、大事の前に目の前の小物に気をとられて取り逃すという事態だけは御免こうむると、そういう次第。前線のライダーとの戦いでは自身の心情を優先して戦闘に及んだが、あれで消費した魔力も少なくはない。この大きな戦いで、今すべき余分はないのだ。

 

「おやおやこれは手厳しい。ですが、時間が無いのも事実――いいでしょう」

 

 そして、アーチャーもソレに関しては同じ考えのようだった。

 現状、彼がどのような宝具を有しているのかは不明だが、その秘奥を自ら晒すと宣言したのだからその“手間”に関しても嘘はないのだろう。むろん、鵜呑みにはしないが、

 

「では……アサシン。ライダーと共にあぶれた蛇の対処をお願いします。なに、過剰に刺激しなければランサーも彼女も牙を剥く事はないでしょう。私は、当初の予定通りキャスターを討ちます」

 

「……いいでしょう。私としましても三騎士の秘奥を拝めるまたとない機会、精々特等席から見学させて頂きますよ」

 

 一拍の間を置き、遠くで戦闘を繰り広げるサーヴァントたちを眺めて彼は快諾した。

 現れる時がフラリと突然現れたのなら、行動をに移す時も突然、虚をつくように消えたと思えば土手の手前をよじ登っていた蛇達の首が宙を舞う。その鋭利な刃物で輪切りにされたような胴は復元される事はなく、地面に散って黒点を残す。

 どうやら、あの大蛇から分かれた蛇達に関しては再生能力が適用されていないらしい。もとっとも、あの数全てが再生と分裂を繰り返していたら、今頃この街は地獄絵図になっていただろう。

 

「さて――では私もまいります。蛇達の耐久力は然程ではありませんが、くれぐれも前線には出ませんよう、セイバーのマスターにもそうお伝えください。私もまだセイバー達には殺されたくはないので」

 

 そしてアーチャーも今度こそ移動を開始する。その進行方向から川に渡る大橋の方角か、歩みは決して早いものではなかったが―――翻した刹那に見えた男の表情、それを見たケイネスは思わず声もかける事もなく見送った。初めて見た、悪魔の男のような笑みに。

 

 

 

 

 

 ゆっくりとした歩み。だが苦も無く湾曲する大橋のアーチを登り切ったアーチャーは視線の先で起きる武闘を眺めて感嘆の息を零す。

 堤防の両岸で無数の蛇達を屠るライダーとアサシン。

 時に地上で、空中、水面を駆け巡り、この戦場で一際激しい激突を繰り広げるセイバーとバーサーカー。

 そして―――

 

「――――なるほど。見れば見る程、この世界の貴女の変化には驚かされます」

 

 彼は最後に対する巨体に怯む事無く喰いつくランサーと、大蛇と化したキャスターを眺め、彼女に賛辞の言葉を送った。それは偽りも嘲りもなく、彼の心からの賞賛だ。

 恐怖ゆえ抱いた反骨心の発露、キャスターの新たな力の開放はアーチャーの目からしても見事しか言いようがない。むろん、彼の慧眼をもってしてもその経緯は知れない。が、その経験、過去の体験が彼に告げるのだ。先程目にした彼女の表情、その心境の表れを。

 

「だが、それ故に貴女はやはり役不足だキャスター」

 

 そして、故に彼は断ずる。その程度で挑むには事も期も早計であったと。

 

「己が信念を押し通す狂信、なるほど確かに。そうした面であなたが示したものは真実主演級の輝きを放ったでしょう」

 

 キャスターの宝具、その効果は変われど、心象心理を具現化させている事には変わらない。

 

 “力の突出を認めない”

 

 “自分を含めた者を等価にする”

 

 つまり、これは置き去りにされる自分を恐れた結果である。確かに、ランサー程の強者相手なら弱体化を望めるが、先程現れたアサシン等の格下相手では寧ろ逆効果、範囲の対象を“己と同格に引き上げる力”となる。そして、こういった矛盾は能力的穴でなく欠陥品という。

 

「ですが、その核が恐怖に彩られたものなど、役者違いも甚だしい。超越者としてその資質は二流であるし、なによりそうした一時の発露など単なるハリボテだ。言ってしまえば酷く脆いのですよ」

 

 心象風景、自己の願望の具現とは本来自分ありきの能力。つまりは己の強化、望みをルールとして限定的に世界を侵食する技だ。一部には望んで自信を貶めるルールを課す者もいるが……彼女だからこそ否と断言できる。あれは、そこまで世界を楽しんでいない。いってみれば恐怖に震える幼子と変わらない、それがキャスターという間所の本質だ。

 しかし、だからこそアーチャーには解せない。本来、彼女一人ではこんな能力は発現のしようがないのだ。自身の根底、心象を糧にしているのならば尚更に、人はそうたやすく自己を塗り替えられる生物ではない。

 そしてそれ故の賞賛。それ故の失望だ。

 

「もし、あなたが真にこの世の理に挑むというのなら、それは恐怖による自己防衛ではなく、恐れを踏み倒す別の輝きこそ糧にすべきだった……」

 

 本来乗り越えられるはずの無い人の根底を塗り替える偉業。それがどれほどのものか、もし、彼女が後ほんの少しの勇気をもってこの場に立っていたら、この結果は訪れなかっただろう。寧ろこの戦争は早期に決着がついていたかもしれない。それほどに、彼女の変化というのは驚異的で眩い、心の色が色濃こくでていた。

 だが、そうであるからこそ、

 

「まあ、これから退場する貴女にたらればとIFの話はありえないし、奇跡は都合よく起こりえないからこそ奇跡。そう、ならば―――」

 

 その程度で終わるのなら、これ以上の演舞はむしろ醜態をさらす行為でしかない。

 悲劇のヒロインが足掻き続ける様は確かに人々に哀愁の念を誘うだろうが、舞い続ければ飽いるもの。

 

「コレはせめてもの手向けだ。我が秘奥にて痛むいとまも与えずに葬り去ってあげましょう」

 

 

 ここ等が潮時と幕を下ろす者が必要だろう。

 

 

 そう、彼女はこの舞台で用済みの役者となったのであれば。

 

 

『――親愛なる白鳥よ この角笛とこの剣と この指輪を彼に与えたまえ』

 

 慈悲をもって一撃で幕を引くのも役目だと男は謡う。

 

『この角笛は危険に際して彼に救いをもたらし』

 

 その声は聖歌をうたいあげる様に戦場に通る声で、憐れみと賛辞を込めて贈られる。

 よくぞ至った。その奮闘は見事と讃える様に。

 

『この剣は恐怖の修羅場で勝利を与えるものなれど』

 

 悲しむ事はない。

 その生き様は私が見届ける。胸に刻み最後まで送り届けると、

 

『この指輪はかつておまえを恥辱と苦しみから救い出した』

 

 それこそ聖杯を得た暁にはいつか必ず貴方の魂も救済するという恩愛を送るように、穏やかな目で変じた彼女の事を捉えていた。

 

『この私のことをゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい 』

 

 ――そんな男の顔が、愉悦に、邪悪に色濃く染まった笑みを浮かべるその瞬間まで。

 

Briah(創造)――』

 

 口上の色が変わる。

 ベクトルが慈愛から貶め蔑む様な、そしてその様を愉快だと笑う黒く染まった笑みを、常人が浮かべないような笑みを湛え―――

 

Vanaheimr―Goldene Schwan Lohengrin(神世界へ  翔けよ黄金化する白鳥の騎士)

 誰が止めるでもなく――否、誰にも留める暇などない。

 裁定者が胸元で開いた両の手、その間の空間に刻まれた光放つ十字架の紋様から、極光に輝く裁きの矢が放たれる。

 結果など誰が見るまでもなく、それはこの長い戦いに終焉を告げる一矢だった。

 

 

 

 

 






 黙祷――は次話まで取っておいてください。ええ、タイトルでお察しだと思いますが、どうもtontonです。
 キャスターの宝具を新たにだし、その強み弱みも晒して――やはりこれは散る定めか――当初の筋書きに沿って御退場願います次第。ファンの方には申し訳ない。ですが、私なりに力の限り彼女にスポットライトを当てたつもりです。願わくば、彼女に日の光が当たる様な話が書かれる事を。




 え――続きまして、この度は申し訳ない。難産というか、ハイ。言い訳嫌いなので正直に言うと集中力が切れていました。いざ書こうにも他の事に気をとられてかけない悪循環、今まで執筆に間を開けるのは明確な予定があっただけに、今回は意志の弱さを痛感しました。のめり込むと先月みたいに5更新とかできるんですけどね。私って結構波が激しい達のようですハイ。猛烈に反省しています。
 つきましては、次回更新は通常の速度で行えるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。
 それでは、駄文で長くなるのもこの辺で失礼させて頂こうかと。
 お疲れ様でした!!!!



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「魔女狩り―閉幕」

推奨BGM :①Et in Arcadia ego
       ②Ewige Wiederkunft



 

 

※①

 

 

 今代でもなく、冬木でもない遠い昔のとある国で、一人の村娘がいた。

 何かが特段稀有であったわけではない。

 女ながらに士官に努めていた訳でもなく、武官に嫁いでいた訳でもない。

 ましてや、魔道の深淵に身を浸していた訳でもない。

 

 辺鄙な小さな村だ。

 日が昇り、日がな牧歌に歌われるようなのどかさと小さな飢えと――だがそれ以上に、彼彼女等はそんな日常を愛していたからこそ、その世界に留まっていたのであって、誰も不幸と思ってはいなかった。

 

 そんな村で生を受けた女性。

 そんな彼女も平穏な村を好み、ごく普通に生活に必要な術を学び、ごく普通に恋をして、ごく普通に結ばれた。

 

 ―――そんな彼女も、たった一つだけ、小さな差異があった。

 

 辺境の村でかくやと謳われた乙女。

 そう、その女は大層美しかったのだ。

 

 美も醜も過ぎれば何事も煙たがれる。

 出る杭は打たれる。

 

 要は、村一番と言われた女は村の一部から妬まれていたという話だ。

 

 ある時は、夫がいる身でありながら求婚をされた。

 

 あの女は男をかどわかす。

 

 妻がいる男を誘惑した。

 

 噂は所詮噂。

 

 それ単体なら女が悲劇に合う事もなかっただろう。

 そうだからこそ、噂を噂と放置した結果、悲劇は起こった。

 なにが悪かったかと言われれば女でもその他の村娘でもなく、全ては“時代”が悪かったのだ。

 

“魔女狩り”

 

 その時代に蔓延していた悪しき風習。

 魔女の居る無しではなく、最終的には無実の者が悪しきもの、“魔女”として異端審問にかけられる。審問と言えば余地があるように聞こえるが、とどのつまりが公開処刑である。

 彼女は村の女たちの恨みの発露として、積もった不満の生贄として“魔女”の罪に科せられたのだ。

 

 女は嘆いた。

 自分は噂になる様な悪事は働いていない。

 見知らぬ男に思いを告げられたことはあった。だがしかし、自分は夫を愛している。彼に不義になるようなことは神に誓って犯していないといえる。言えたのだ―――

 

 そう、第一の審問で、その糾弾する村人の中に夫の姿を見るまでは。

 

 彼の表情は妻に対する申し訳なさに歪んだわけでも、嫌々此処にいるという訳ではない。

 いや、この世界、しいては時代の病気なのか。人々は大衆の意思こそ共通の念だった。病魔が起こした熱がうつる様に、夫もその被害にあっていた。彼女が信じていた愛も信頼も、例外ではなかったのだ。

 

 女は独房の中で絶望していた。

 自分が信じてきた愛は何だったのか、貧しいながら、自分は真摯に生きてきたつもりだ。

 不満が無かったとは言わない。だけれど、日々は幸せだったと言える。朝の弱い夫を仕事に送り出し、村で出会う人に挨拶を交わし、何気ない会話から内助に努めた。夫を迎えて――子宝には恵まれなかったが、それでも二人の時間に確かな幸せを感じていたのだ。

 それが、その全てが今日突然突き崩された。

 目の前が真っ暗になるとは、まさに彼女の様子を表すのだろう。

 寄る辺を失い、生きる意味もなく。もうこのまま命を絶ってば楽になるのではと未練が薄れた時だ。

 

 

『これは――また、妙な縁があるものだ』

 

 異端審問中、看守以外に誰も入れない筈のその牢の外に影が差す。

 一体何か、まさか刑執行が早まったのかとビクリと女が肩をすくませてそろりと顔を上げてみれば、そこにはおぼろげな、酷く目に捉えづらい男が立っていた。

 ボロ布のマントに身をすっぽりと包み、ただ伸びるままにしていただろう青い髪に相貌が陰っている男。

 身長もそこそこに、だが牢で座り込んでおり、ここ最近は人から遠ざけられている彼女にとってはひどく歪な存在に思えた。

 今思えば、それは本能的な恐怖の表れだったのだろう。

 何度も思い返した。

 もし、あの時、その男の話に耳を貸さなければ、その手を振り払っていれば、もしかしたら違った結末が待ち受けていたかもしれないという希望。

 

 だが、実際女は処刑を待つ“魔女”の烙印を押された乙女であり、此処にいる限り死は免れられない。

 

 だから、そう、故に彼女は選んだのだ。

 

『君は、この世界が綺麗だと思うかね?』

 

 

 女は、■■■はその男の手を―――

 

 

 

 

※②

 

 

 

「――ぁ、ァ……なんで、こんな時に――っ」

 

 脳裏に浮かんだビジョンは風化した筈の記憶の中でも忘れようのなかった汚点。あの日、ただの人間が魔道に身を落した忌むべき記憶。

 

 初めに気付いたのは浮遊感。

 その回想を妨げるような鈍い痛み。視線を下げれば、腹部に大きな穴が開いていた。

 どこからどう見ても致命傷。

 河川で広げた“新・創造”その能力をフルに使ってランサー達を相手取っていた。覚えているだけでセイバー達も含め、その場には全サーヴァントが揃っていたはずだ。本来なら、それだけ場を混沌とさせれば彼女の目的は果たされていたはずなのだ。

 だが―――自分は敗れた、これが現状だ。

 何をされたのか、彼女は遅れながらに理解した。そして、気付けば自身の魔術回路はズタズタ、先程までは確かに感じていたマスターと彼女を繋ぐパスも消失している。

 患部から徐々に感覚が消失していく。当然だ、敗者は散るのが定め、霊核を打ちぬかれ破壊された以上、どのような英霊であろうと生き延びる術はない。

 

 トサリとその体が音を立てて地面に横たわる。永遠に空を舞うことなど無いのだから、そうなるのは当然だろう。投げ出された態に反して音が呆気なかったのには気が抜けるようだが―――どうせ痛みに体が動かなかろうと、すぐこの世界から聖杯に引き戻されるのだから、気に留める必要もない些事だ。

 

 そう、そんな事より、彼女には気になった事がある。

 心残りとでも言えばいいのか、それは――

 

「ます、ター……」

 

 回路が壊れているので魔術でその存在を感じる事も出来ない。

 繋がっていたはずのパスも希薄で、それがそのまま自身の敗北を物語っているかのようだった。

 

「……そっか、やっぱり、届かなかったのね」

 

 天に伸ばした手は、聖杯によって受肉した体に反して色素が薄まり、空が透けて見える。そろそろ、この体の消滅が近いのだろう。

 だが彼女にとってソレは別段問題ではない。

 もともと仮初の身体に仮初の名前。この世界に落ちたキャスターという魔術師はそうした空虚な記号でしかない。

 だが、そんな空虚な存在に影を落とした存在がある。

 

“雨竜 龍之介”

 

 初めは気の合うパートナーだった。

 何かしらの縁で選ばれたのだろう程度の認識しかなく、枷になる程度であれば初めは躊躇なく切り捨てる予定だったのだ。

 

 それがいつからだろう。得難いと、居心地がよいと感じてしまうようになったのは。

 

 別に彼と作る“作品”に心惹かれた訳ではない。

 あれも一種のコミュニケーションだが、そう。一つ一つの何気ない表情に惹かれた。かけてくれた言葉が嬉しかった。

 たぶん、きっかけは些細な事だったのだろう。

 しかしそれだけに、気がついたら目が離せなかった。

 今にして思えばなんて出来の悪い話。

 300を超える年月を生きた魔女が、それこそ半世紀も生きていない子供に心奪われるなど、それも生娘の様に一喜一憂しているのだから、案外自分も子供だったのかと彼女は自分の認識に驚き苦笑する。

 

 そしてそう。それ程惹かれたからこそ、この世界に絶望したのだ。

 全てが虚構に過ぎないこの箱庭に。

 得難いとおもった出会いですら仕組まれたと感じるこの既知感に。

 

 でも、そんな彼女に彼は大したことではないと笑い飛ばして見せた。

 

 何の論理も、根拠もない。ただ世界を知らない若造の世迷言に過ぎない、そんな言葉で―――不覚にも彼女は心救われたのだ。

 

 理屈じゃない。この思いが作り物で、不義だと感じてしまう。気持ちも、多分本物だ。

 でも、それ以上にこの思いも虚構だと認めるのも癪だったから。

 

 作り物が、役者が作られた脚本を逸脱するなどタブー中のタブーだろう。

 だが、その程度の障害で止められる程、その時の彼女は冷静ではなかった。

 キャスターの英霊ではなく、■■■として―――

 

「あ―――そういえば、名前、言ってなかったなぁ――……」

 

 自分らしくない落ち度にまたも笑いが漏れる。

 逆に考えれば、それほどに思いが暴走していたという事だが――彼女風に言うならそれも悪くない、の一言だ。

 それほどに容認できなかったから、もっと簡単に言えば許せなかったのだ。

 

「だって―――そんなの虚しいじゃない、悔しいじゃないっ」

 

 笑から一転、その小さな口から洩れたのは嗚咽だ。

 言葉の通り、この虚構にすら足掻けない現状が、自身の渾身を、文字通り全霊を尽くした結果、この世界を乖脱するには至らなかったもだから。

 敗北と一言に行っても、セイバー達サーヴァントに負けたのが口惜しいのではない。それこそ、今の彼女にとって聖杯戦争などはどうでもいいのだから。

 だた、思い出したから、夢から覚めたから。

 すこし現実に挫けて足踏みをしてしまったけど、本当に打倒すべき者を見つけたから―――それ故の敗北なのだ。悔しくない筈がない。

 

「やだっいやよ。私まだ消えたくないっ、やりたい事だって、言いたい事もまだたくさんあるのに―――」

 

 気づいた。気づかせてくれたのだ。

 それに対する感謝も伝えられず、自身の気持ちに気づいてからさえも、その思いを言葉にすることもできなかった。あの時自身の、この世界の根底に気付いた以上、彼とそのままかかわるのは危険だと思ったから、何より、その温もりに自身が恐怖を感じてしまったからだ。

 故に胸が締め付けられる。

 知りながら、気づきながらにその思いを秘めねばらならなかった苦悩に。

 できれば何度も踏み止まろうとおもった。

 新たな可能性に気付いたのなら、別の方法もきっとあったのではというIFの話。

 所詮たらればの可能性など詮無いことだとわかっていても―――理屈じゃないのだ。

 

 だが、いくら悔やもうと、いくら口で否定しても薄れゆく体の限界というものは超えられないのだ。

 この世の者ならざる彼女が身を留めていた理。そのルールを抜け出せなかった以上、これは避けえぬ結末なのだから。

 

「―――っ」

 

 だから、既に感覚の無い顔を、悲鳴を上げる身体に鞭を打って動かす。辛うじて、今出せる全力で動かせたのは僅かに首を傾けるだけだったが――それで彼女の目的は事足りる。

 

「―――よかった……」

 

 未遠川の下流、その先に感じる魔力。

 回路も感覚も既に役にも立たない彼女には、その気配ですら錯覚だったのかもしれない。けど、その場所は見間違える筈がない。このステージに彼女が上がり、セイバーが来るまで、何度も後ろ髪をひかれながら確認した場所なのだから。

 

「……ごめんね、りゅーちゃん」

 

 置いていかれるのは自分の業の筈なのに、これではあべこべだと涙に歪んでいた顔にようやく笑いが漏れる。

 その最中にも、彼女の視界は涙で歪んでいたが――それでも、無理にでも笑って記憶に残しておきたかったのだ。

 

「もう逝くね――どうか、私の事は忘れて……元気でね――きだよ」

 

 やはり最後まで涙をぬぐいきれない。

 されど、それは自分の維持だと言うように名残りを残さないまま、異界の魔女は消えていった―――

 

 

 

 

 

 その目覚めは、一言でいえば最悪だった。

 まるで長い間気味の悪い夢でも見ていたように、思い出そうとすると悪寒が走る。

 なのに、だというのに何故か心は思い出そうと脳に働きかけ――結果的に気分を降下させる悪循環に陥っている。

 

「――ってか、そもそもココどこなんだよ」

 

 男は薄暗い、筒状に続く通路。恐らくは下水、生活水を循環させるパイプの中だろう。だが、そんなところに用事が出来るような覚えもなく、酔狂でこんな所に足を運ぶ性格ではなかった筈、というのが男の印象だった。

 長い間寝ていたのか、体の節々が痛む。こんな所で横になっていたのなら、何かしら体に異常をきたしそうなものだが――体を動かしてみればその可動に異常はない。内面的、風邪や湿気によって体調を崩した様子もない。いや、寧ろ軽く捻った身体の状態は軽い。気がつけば寝ていた気だるさも嘘のようだと健康体そのものだ。

 

「ん――? 刺青……なんてしてたか? 俺」

 

 おかしな所はないかと身体の部分部分を去ら理ながら確認していると、薄暗くて気が付かなかったが、顔まで手を持ちあげれば手の甲に妙な痣があった。

 渦を巻くように描かれた三画の紋様。掠れている為にその形は把握しづらいが、その様子から入れ墨というよりかはボディペイントに近いものだろうか。

 だがそんなものに覚えもある筈もなく首を捻っていると―――

 

「あれ? 消え、た?」

 

 その手の甲にあったはずの痣が綺麗さっぱりなくなっていたのだ。

 あればあれで奇妙なものだが、あった物が突然亡くなるのも気味が悪い話だ。試しに擦ってみるが、それで浮き上がる筈もなく手の甲が赤く擦れただけだった。

 薄暗いところにいたために陰影でそんな模様が見えた事も考えられるが――何故か、本来はなくなったものなどどうでもいい筈なのに、この時彼はその痣が気にせずにはいられなかった。まるで見覚えが無いものであったのに、それが掛け替えのないものであったかのように。

 だが、時間が立つとそんな脳裏に引っ掛かっていた痣も、どういう訳かどのような形だったかも思い出せなくなってくる。普通なら然程気にすることでもないのだろうと結論づけるのだろう。

 彼も必死に思い出そうとしていたが、此処で唸っていても仕方がないと思い至ったのか、まずはこの地下水路を出る事に決めたようだ。

 

「う――んと? コッチ、かな」

 

 特に確信があった訳ではないが、迷う事無く細い迷路のような道を行く。

 そもそも男はここ数年の記憶が綺麗に抜け落ちていた。歩き始めはこのまま出られないのではないかと気をもんでいたが――次第に通路に通る空気の流れを感じて険しかった顔が晴れやかになる。

 何度目かになる曲がり角を曲がれば、視線の先に光源がある。出口だ。

 

 まずここを出たら何をしよう。

 記憶が無いのだから男に指針というものはない。まずは何か思い出す切っ掛けになる様な物を見つけるのが先決なのだろうが、生憎とここが僅かに残る故郷と同じである保証もない。無難に行くなら、まずは人を探すのが先決だろうか。

 などと、軽く今後の事について考えていれば出口まではあっという間だった。

 眩い日の光。

 どうやら時刻は昼間、日も真上を過ぎている事から正午は過ぎているのだろう。

 眩む目を保護するように手で日の光を遮り、せめて暗くなる前にどうにかできればな、と考えていれば――どうやらその考えは無用だったらしい。

 

 なぜなら、

 

「君!? こんな所で何をやって、此処は立ち入り禁止だぞ!」

 

 物々しい服装に身を包んだ男が数人、水路の出口である川の周辺に何人もいたからである。

 

「お? なんだついてるジャン。ラッキー」

 

 人に会えるかが不安だったのだが、この際道や場所だけでも聞ければどうとでもなる。

 何やら立ち入り禁止の場所に出てしまったらしく、こちらに近寄る男は怖い顔をしているが、ともあれ、頭を下げればそうそう悪い展開にはならないだろう。

 

「―――! お、お前!?」

 

 などと、男が楽観していると、目の前に来た男が急に顔を険しくして驚いていた。

 一体何か、おかしな所でもあるのかと自分の衣服を改めてみれば、どこもおかしくはない。強いていれば通路の中にいた事で少々汚れているが、そもそもそんなところから出てきたのであるからそう驚く事でもない筈だ。

 ではいったい何に――と聞こうとして、動くなと大声で怒鳴られ、次の瞬間には飛び掛られた。

 

「え、ハ、ちょ!?」

 

 当然、初対面の筈の人間に襲い掛かられるとは思はなかった彼は踏み止まるなどできる筈もなく、飛び掛られたままにそのまま川に倒れ込む。

 

 「――っ、痛っぇなっ。ちょっとオッサンなにしや」

 

 浅かった為に沈む事はなかったが、その代り受け身も取れず後頭部を打ちつける。打ち所が悪ければ、というより頭が割れるかという衝撃を味わい。流石に聞き込みどころではない心境だと抗議しようとして――その手に鋼鉄の輪をはめられた。

 

 思わず痛みも忘れてポカンと見返してしまったが、彼を捉えた男は有無を言わせず強引に引き上げて立たせ、騒ぎを聞きつけた他の男達に指示を飛ばしている。

 

 何が何だかわからない。

 いったい自分が何をしたのかと問いかけようにも、数の力で取り押さえられながら連行されれば流石に尋常ではないと彼も悟る。だが、抵抗しようにも既にその期は逸している。

 

 そうして、聖杯戦争第七のマスター、雨竜 龍之介は連行という形で舞台から退場する。

 この数日間の記憶を、彼が作り上げてきた数年間の足跡と共に消失させて。

 まるで夢の続きを見させられているかというように彼は要領を得ないまま、冬木で画く物語を終えることになった。

 

 

 

 






 黙祷。


 ハイ、しんみりしたお話を書いたのは初でしたが、思いの外勢いよく疾走して書きあげられましたtontonです。
 ファンの方ごめんなさい。しかし、私なりに彼女に対する愛は込めたつもりです。聖杯戦争を題材にする以上、散る存在というのは必ずいます。今回はそれがキャスターという事でしたが、私的には存分に暴れ、舞台の確信近くまで引き上げたつもりです。この作品はキャラクターの誇張、弱体化を盛り込むと言いましたが、彼女ほど変化させてキャラはいません。■■■■■との出会いのシーンは言葉をねつ造していますが、大筋外れてはいないかと。
 それにしてもここまで詰め込むと、逆に他のキャラが軽くならないか不安にもなりましたが、今のところ全キャラクターにある程度のスポットライトを当てられてると思っています。今後、キャスターの様に、とは言いませんが同じように物語を駆けるよう努力していく次第です。

 では、いつもの如く長くなってしまったのでこの辺で失礼します。
 お疲れ様でした!!


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夜宴
「狂笑」


 


 

 

 

 一つの魂が散っていく。

 

 その光景はその輝きに反して儚く、見る者に悲しみを訴える何かを伴った響きがあった。

 彼女が、彼女達がしてきた悪を思えば同情の余地などない。

 

 だが、何故だろう。

 

 その時、その光景を見ていた者、皆に例外なく共通の思いが伝播したのは。

 

 本来なら共通の敵を討ち、休戦などただの飾りに成り下がったこの状況で、ただ傍観しているのならただの拙劣としか言えない。

 キャスターの消滅を確認してすぐさま像を解いて霊体化したライダーの反応こそ正常である。だが、その伝播した影響は、あのランサーですら何がしか思う所があるのか空を眺めていた程。

 

 

 よって、もし、この場に一石を投じるなら、それはこの感傷とは無縁の悪鬼か―――

 

「いやはや、これでようやく一つ目の座が埋まりましたか――」

 

 そもそもその手の感傷に鈍い者となる。

 

「アサシン……まさか、この場で戦う気ですかっ」

 

「いえいえいえいえ、そんな滅相もない。私はあくまで間諜の英霊。戦火煌びやかな渦を駆け抜けた英傑とは、本来肩も並べられぬ矮小の身であれば―――」

 

 セイバーが主を庇うかのように前に出て剣を構えるが、その矛をまるで意に止めず、彼は笑って彼女の殺気を受け流す。本来、人一倍臆病であるが故に隠密に長けていた英霊としては、異様な雰囲気を纏っていたと言えよう。

 

「そう、私は一つ確認したいことがあってこの場に姿を現しました――ライダーは早々にマスターの元に戻ったようですが、まあ、これだけの人数が揃っているだけでも僥倖というものでしょうか。それにそもそもです。私の能力などは姿を晒した時点でないも同然、そのあたりを組んで頂ければ、私としてはありがたいですな」

 

 物言いは癖があるが、その話に筋は通っている。

 アサシンがサーヴァント中、キャスターと並んで最弱と呼び称されるのはそのステータスの脆弱さだ。キャスターが唯一魔術にたけている長所があるのに対し、アサシンは戦闘においてアドバンテージというものが基本的にない。

 だが、そんなクラスがマイナス面だけを抱えている筈もなく、7騎いる英霊に選ばれた以上、その能力には何某かの旨みがある筈である。

 

 そしてそれがアサシンのスキル別能力、“気配遮断”である。

 

 通常、霊体化した英霊は魔術師ですら感知が容易ではないのに対し、同じ霊体(アストラル体)であるサーヴァントには感知できるという面が存在する。そして、“気配遮断”とはこの感知の網をかいくぐる例外、サーヴァントの眼すらも欺くまさに忍ぶ秘技であるのだ。 

 

 無論、隠れるに特化されれば厄介極まりないスキルであるが、聖杯戦争のルール上、基本的に1騎だけが突出しないように性能が設定されている。よって、このスキルもその例を外れない。

 一見万能じみたスキルであるが、攻撃態勢に移行した際にその隠蔽が薄れるという側面を持つ。

 これらの要素により、奇襲に強いサーヴァント持ちにはさして脅威でないように見えるのだ。もっとも、サーヴァントに対して効力が望めないというだけであり、神秘が劣化している今代の魔術師程度ではその凶刃を交わす事なぞまず不可能なのだ。

 

 つまり、アサシンが言葉にしたのはこの点の事である。

 その場にいるとわかっている間諜ならば、警戒のしようなどいくらでもあるだろうと、そういう交渉の札をチラつかせているのだ。

 

 だが、

 

「御託はいいんだよ。ああそうだ。テメェの言うとおり一人目がおっ死んだ、ただそれだけのことだわな――ならよ」

 

 そんな空気等取り合わない輩というのは存在する。

 先程こそ似合わぬ感傷に浸っていた彼だが、その空気を塗りつぶされればそこには通常通り、ただの戦闘狂がそこにいる。

 

「……態々首晒しに来てくれたんだ、お前―――俺に狩られる覚悟があると見ていいんだよなァ!」

 

 静の状態から刹那の間も置かず突撃し、その腕に瞬時に禍つ杭を生やして討って出るランサー。

 もともと、彼は仕留め損ねたキャスターを討ちにここに来ていたのだ。現状、それをアーチャーに横からかすめ取られた形になり、今現在彼は消化不良。端的に言うなら酷く苛立っていたのだ。

 

 

「おやおや、ランサー。それは些か情緒に欠けるでしょう」

 

「っ、またテメエか」

 

 だが、その矛先を押し止める者がある。ランサーの突撃による衝撃はサーヴァント中でも群を抜く。その衝撃を受けてものともしないとなればその相手はバーサーカーくらいだが、例外としてこの男、アーチャーもまたその凶刃を受け切る身体を持っていた。

 

「非礼は詫びましょうランサー。ですがこの場は一つの命が散った場だ。今一度矛を収める事もまた必要でしょう。それに、彼が危険を承知で話があると出てきたのですから、一考する価値があるかと思いますが?」

 

「――チ」

 

 またしても、またしても彼の宝具である“闇の賜物”はアーチャーの肉体を貫けずに終わってる、それも今度は投射した杭ではなく全身を使った一撃であったにもかかわらずにだ。足元を見れば、アーチャーが踏み締めた後か、ブレーキ痕の様に溝が刻まれている。だが、それはアーチャーが力技にも対応して見せたという事。

 固いだけではなく、邂逅時に見せた妙な体術の賜物か、それは彼の不透明さをより怪しげに彩っていた。

 

「助かりましたよアーチャー。ええ、相も変わらず、彼の狂犬ぶりには取る手綱も一苦労でしょう」

 

 そんなアーチャーに向かい、アサシンは信頼しきった歩調でその横を歩く。その位置はサーヴァントとマスター達を相手取る中央。この場にいる皆の注目を集めるにふさわしい立ち位置だった。

 

「ほう? 察するにアサシン。貴方は彼の素性に心当たりがおありで?」

 

「ええそれは無論のこと、此処にいる皆それぞれ紛う事無く言い当てられますよ。……今にして思えば、彼女の奇行も納得がいくというもの。ですが、私はその行動に理解を得られても賛同は出来ませんがねぇ」

 

 ランサーの追撃が無い事を確認して更に饒舌に語り出すアサシン。

 アイリスフィールの傍に控えるセイバーも場を窺っているのか、攻勢に出る様子が無い。加えて、ランサー以上に不確定要素だったバーサーカーが退場している事も大きいだろう。本来魔力を大量に消費するクラスであれば、あの大立ち回りだけでも異様極まるのだから。

 

「なるほど。彼女とは――キャスターの事か……どうやら、今回の“暗殺者”は殊の外情報収集に長けていたようだ」

 

 そして事が弁舌を尽くした舞台に移行するのなら、彼がその舞台に上がらないわけはなかった。

 ランサーのマスターであるケイネスは、アサシンの含みのある物言いに興味をひかれたのか、その誘いに乗ってきたのだ。

 

「ええ。ハッキリ申し上げるなら愚行の類ですよ、アレは。まったく、私には思いついても考えに起こそうとは思いませんね。事に至って自棄になったとしても、その先に自滅が待ち構えている事くらい彼女なら理解できたはずでしょうに」

 

「ああ、キャスターと言えばアサシン。先の戦では助力に感謝します。あの場で姿を晒してくれた事は誠に行幸でした」

 

 アーチャーが切り出した助力というのは、恐らく軍の介入妨害から蛇の進行を防衛した事だろう。

 分裂した蛇の群れは然程耐久も能力があるわけでもなく、ライダーの屍兵でも手傍は足りたかもしれない。が、量が量である。首を飛ばす、胴を穿つたびに無数の蛇が現れる戦場では貴重な戦力だったのは間違いない。

 加えて、彼の得物が特殊なワイヤーを自在に手繰る特殊な武技を持つ。こと防衛線においては手数の有為があるライダーに勝るとも劣らない活躍を見せていたのだから、キャスター討伐に関する彼の功績は決して低くはない。

 

「なに、それをいうなら先程の彼の凶刃に対する手並み……ひいては先程の秘奥の開放を含めて、感謝したいのは私も同じですよアーチャー」

 

 故にアーチャーの賞賛は掛け値なし、偽りの無いものであり、その証拠に再度姿を晒した暗殺者に場の空気は猜疑心に包まれていると言っていい。

 だが、渦中の当人であるアサシンはそんな空気を知らぬと言うように、浮薄を装ったような、人の神経を逆なでするような笑みを顔に張り付ける。

 そうしてこれまた皆の中心で大業そうな動作で――思えば初めから彼は皆の視線を集める様に道化然とした動きだった。であれば、そうまでして注目を集めたのなら、彼のこれからの発言は―――

 

「ああ……いえ猊下(・・)とお呼びした方がよろしいですかな?」

 

「いえいえ、そんな大層な呼ばれ方は委縮してしまいますよ。それにしても、確認とはやはりソレ(・・)の事でしたか……いや、私も貴方に用がありましたから、こちらとしても渡りに船でしたよ」

 

 そう、とても重要で、恐らく彼、彼女等にとって無視できない事実だったはずだ。

 

「ほう。それはいった――――イ゛ッ!?」

 

 ――痩躯の男を、弓兵がその腕で貫く光景に上塗りされるまでは。

 

「ァ、ガ――何故、貴方が、私をっ」

 

 大概的に同盟はなかったものと謳っていた彼等だが、それでもアサシンの顔を見る限り、これは彼の中のシナリオにはなかった事態だというのは想像に易い。

 対して、その胸を貫きいたアーチャー。いくら長身とはいえ、彼が戦士然とした力を持つようには見えない。が、その細腕に釣り上げられたアサシンの姿は幻ではない。

 仮に一度目の死亡が巧妙や擬装であろうと、今目の前にいる英霊達がその擦り減っていく魂を見間違える筈がない。

 

「何故? ククク、何故と? ―――これはこれはおかしなことを言いますね」

 

 そして、同盟相手、であった筈のアーチャーはいつか浮かべた凶悪な笑みでその困惑の声に答える。

 それはもう活き活きと。その見開いた目が滑稽でたまらないと。

 片手が肉に塞がっていなければ、腹を抱えて笑いあげるのではと思わせる程に愉悦に相貌を歪めている。

 

「私も、貴方も、此処にいる彼彼女等全員、我々は本来聖杯を賭けて戦う敵同士。強大な障害を前に一時の休戦は否応もありませんが――の目的を果たしたのなら、それは隙を見せた方が悪いというものでしょう」

 

 不意打ちを悪びれもせず正当化する姿は、確かにこの殺し合いの参加者としては正しいのだろう。

 だが、仮にも聖職者を装い、“聖致命者”名乗った男が浮かべる笑みだろうか。

 

「第一、あなたは自分で仰ったではありませんか。自身は『矮小の身』だと。そしてならばならば、戦場にのこのこと現れた敵を前に矛を収める等三流以下のすること。ましてやその交渉材料の種が割れているのあら尚の事……どうです? 私は何もおかしなことはしていませんよ」

 

 まるで真逆の、手に伝う血の暖かさも心地よいと歌う悪鬼のように、その口元を三日月に歪めていた。

 

「―――ええ、悪鬼結構。悪逆結構。例え邪だと誹られようともこの願いは必ず成し遂げる。私が成し遂げる。故に、貴方は大変役に立ってくれましたよ――■■■■■」

 

 最後の一言はその場にいたマスター達はおろか、居合わせた英霊達の耳にも届かない小さな声。

 だが、それが示すところは十分だったのだろう。油が切れたブリキの様に軋むように振り向き、その目が捉えた弓兵の顔を見て彼は絶望の色を濃くした。

 

「っ、あなた、ま゛さか―――」

 

「ではさようならですねアサシン。貴方をこうして討つ事。既に主の道から外れていようと、ええ、これには私も運命めいたものを感じずにはいられませんよ」

 

 そうして呆気なく、間諜の英霊は石を投げ捨てられるように宙に投げ出され、地に着く間もなく粒子となって霧散する。

 

 この世ならざる彼等の末路とは例外なく“無”。

 いくら凶悪な部位を誇ろうと、聖人の様に尊い心を持とうと、彼等の最後はあっけなく散る。

 夜を待たずして、此処に二つの英霊が散った瞬間だった。

 

 ことの展開に場が静寂に包まれる。

 アーチャーの行動はそれほど淀み胃が無く、虚をつくという意味ではお手本染みているほど無駄が無い。

 いうなればそれはランサーの獣性剥き出しの獣性と真逆の殺意。

 危険察知には並々ならぬものがあるだろうアサシンの警戒を直前まで悟らせぬ足運びに息遣い、ともすればこの男こそアサシンではないのかと思わせる程である。

 

 そうした中、誰が行動を移すかと期せずして三竦みの状態になったこの場で、一番に沈黙を破ったのは――

 

 

「アイリスフィールッ!?」

 

 

 剣の主従、その仮初の主が倒れる音だった。

 

 今大戦で英霊随一と言わしめるセイバーは、その俊敏さに違わず地面に頭を打ちつけそうだった主を受け止めて大きく距離を開ける。

 三竦み、三つ巴の状況では弱みを見せた相手から落とされる。この状況を見れば速やかな離脱はいい判断と言える。

 そして距離を話し、警戒を解かないのは迎撃の為であるからして、彼女は視線を外さず、腕に抱えたアイリスフィールを見やり、驚愕することになる。

 

「――っ」

 

 彼女は医学に所縁があった訳ではないが、それでもその表情、血の気という血、生気の薄れた顔というのはある意味で見慣れたものだ。そう、戦場で命の炎を途切れさせる直前の、遠い記憶の同胞達と変わらない顔だ。

 服越しに感じる体温もどこか頼りなく、どうしてここまで無理をさせたと後悔の念が襲ってくる。

 

 が、そんな暇を許す筈もなく、目ざとい彼がその変化を逃す筈がなかった。

 

「ほう、これはこれは――なるほど」

 

 それは興味深いと、臥せたアイリスフィールを見て邪な笑みを深く湛える。

 

 ここにきて状況は芳しくない。

 この混戦で弱みを見せる痛手は先の通り、これだけの癖がある面々を前に主を抱えて応戦するというのは、いくら最優と呼ばれるセイバーであっても難しい。離脱などもっての外だ。

 

「――クッ」

 

 腕の中の彼女は依然として冷たく、反応が微弱な状態といいただ事ではない。

 アーチャーはまず間違いなく逃がすつもりはないだろう。アレの興味は今こちら側に移っている、

 ランサーは、即戦闘に移るつもりではない様子。だが、そのマスターであるケイネスが見逃すはずがないだろう。

 そう思うとライダーが離脱したのは幸運だったが、状況が悪いのは変わりがない。

 

 冷たい汗が背を伝う緊張の一瞬―――そこへ、

 

「これは!?」

 

 複数の投擲物が飛来する。

 

「煙幕、だとっ」

 

 一つは周囲一帯をおおう程の煙幕を放出している缶が5個。空中で炸裂して勢いよく周囲を覆う。

 そして視界を完全に大きる刹那に、セイバーの雷光に勝るとも劣らない閃光と爆音があたりに響く。

 当然、それらが英傑たるサーヴァントを阻害させるのかと言われれば微々たるものだろう。

 だが、

 

「チッ」

 

「――面倒なものをっ」

 

 明らかに殺傷を目的としただろう弾幕、そして煙幕に施された魔術か、魔術による探知を妨害している。

 そしてその程度にランサーが庇うはずもなく、ケイネスは自前の魔術での防衛を余儀なくされる。

 

 だが銃弾程度ならサーヴァントに利くはずもない。所詮一時のその場凌ぎであり、当然その場にいたセイバーも瞬間的に視界を奪われる。

 

『――動くなセイバー。アイリを抱えたまま城の方角へ離脱しろ』

 

「――! キリツグっ」

 

 この状況を作り出したのが彼の手による物だと分かれば彼女の行動は速い。

 念話の内容を理解した彼女は“主”の指示に忠実に、一目散に駆ける。

 セイバーの全速ともなればアイリスフィールに負担をかける事になる。容態を考えれば加減するべきだが、現状は離脱・安全が最優先だ。

 となれば事の是非を問う前に即断即実行であること、何よりいくら隙が出来たと言っても英霊の目をそう誤魔化せるものではない。アイリスフィールには負担をかけるが、謝罪を短く、煙幕の中を飛びずさった。

 

 

 

 そして、

 

「チ、逃げ足の速い奴め」

 

 彼女の足が英霊中最速であれば、その僅かな間でさえ撤退の好機となる。

 ランサーの一振りにより切り裂かれた煙幕の先には、剣の主従は既に遙か彼方に気配を感じられる程度に離脱を果たしていた。

 

 よって、現状のこっているのは――

 

「おやおや、彼女も流石英雄という所でしょうか。もう感知の外へ行ってしまいますよ」

 

 槍の主従と、司祭姿の弓兵という組み合わせになる。

 見たところ、アーチャーに敵意というものは感じられない。が、アレは降りかかる火の粉には躊躇の無いタイプだろう。キャスターを屠る瞬間に見せたあの“笑み”をケイネスは忘れていない。

 キャスター討伐にあたって、一番消耗しているのはランサー組だ。

 その追い詰める過程で二度の宝具の開放。加えて、マスター側も少なからず戦闘行為を行っている。主従共に連戦を強いられていた以上、此処は素直に退きたいといのがケイネスの心情だが。

 

「それで、どうします? 私は別にかまいませんが―――」

 

 聡い彼の事だ。

 ケイネスの心積もりなど百も承知だろう。よってその問いかけ、細められた視線の先は彼ではなく、その右前方、ランサーに向けられたものだ。

 

 この提案も当然かと内心嫌な汗を感じながらケイネスはランサーの背後を窺う。

 後姿からもその闘気を納める事はなく―――いや、そもそも彼はこの地に召喚されたからこのかた闘気を納めた事が無い。戦場でこそ色濃く、それこそ見境なく撒き散らすランサー。それは日常でも常に周りに喧嘩を振りまくように当たり前に纏っている。そして、そんな彼だからこそケイネスは懸念しているのだ。

 現状、今までは彼にとって明確な敵対者、ないし興味の対象を提示する事でどうにか思惑に沿わせた行動をとる事が出来たのだ。そして、今彼の最高レベルで獲物となっていたキャスターは彼の目の前で散っていった。自滅ではなく他者の手、つまり目の前の弓兵の手によって。

 これで彼が次に誰を己の得物とするのか、知恵の足りない者でも察しがつくのは容易というものだ。

 

「……白けた。クソがっどいつもこいつも」

 

 だが、どういう心境の変化なのか、彼は戦闘をすることもなく像をぼやけさせる。

 即座に霊体化しない事からも一応警戒はしているのだろう。

 

「ああ、アーチャー覚えておけ。次は手前の首をもらいに行ってやる……逃げられるなんて思うなよ」

 

「おぉそれはそれはおそろしい。貴方とは、出来れば最後まで相対したくはない者ですが――」

 

 その軽口にランサーは鼻で笑返し、ゆっくりと姿を消す。マスターであるケイネスにはランサーが近くにいる事を察知している。当然、同じ英霊であるアーチャーにもそれは知られているだろう。だからこそ、ケイネスは余裕を崩す事無く相対する。

 

「この場は退かせてもらおう。ランサーの気紛れに救われたな、アーチャー」

 

「ええ、それは承知していますよ。私といたしましても、日に連続での戦闘は避けたい所でしたので」

 

 どこまでが本気かわからない笑みを浮かべ、実際手出しする素振りなくケイネスを見送るアーチャー。

 だが、忘れてはいけない。

 彼はセイバーとランサー、そのマスター等がいる只中で苦も無く自然にアサシンを殺して見せた所作。キャスター戦やこれまでに見せた神出鬼没さといい、いまだに絡繰りが不明の頑強さ。

 加えて――恐らく現状最高レベルの破壊力と貫通力を持った宝具。

 攻守ともに隙が無いという凶悪極まりないサーヴァントである。その性質を見れば、確かに回数制限や燃費の問題もあるだろうが――ことこの弓兵相手には額面通りに言葉を受け取るのは危険極まりない。

 短い会話と邂逅であるが、それでも気を許していい類の相手でないのはケイネスとて承知だ。

 

 故にここは態勢を立て直し、十全の準備を整える事こそ肝要だと“月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)”を足元に展開して随伴させそのまま場を後にする。

 

 一度振り返れば、その間言葉通りに場を動く事なくにこやかな笑みでこちらを見送るアーチャーの姿がある。

 それは“あの時”浮かべていた歪な笑みではないが――それを見たからこそ作り物めいていて不気味なのだ。

 

「―――ピエロめ」

 

 一言吐き捨てる様に、今度は振り返る事無くケイネスは堤防を後にする。

 戦場跡に残ったのは弓兵の英霊である彼のみ。破壊の爪痕が真新しい人気の無い場所でクツクツと一人嗤う神父の姿は酷く異彩だ。

 その姿は消えたはずのキャスターより不気味であり、暗殺者より油断ならない。

 残った他のサーヴァントたちもいずれも一癖も二癖もある猛者揃い。これからの戦いは皆様子見もなく、一つの戦闘が苛烈を極めるのは必至だ。今日夜を待たずして二つの霊魂が散ったのは事実であり、今まで保たれていた均衡がこうまで崩れてしまった以上、此処からの戦争は急展開を迎える事になるだろう。

 

 そう、聖杯戦争はこれより退路の無い転換期に入るのだろうと、ケイネスはもちろん、この夜を生き残ったマスターとサーヴァントたちは誰もが理解していたのだから。

 

 

 

 






 ドーモ=tonton です。
 お久しぶりです。年末死にそうですが、とりあえず一話上げられて首の皮一枚繋がって一息です(震え

 前回今回で大分急展開を迎えましたね。
 ええ、中には今までアサシンがいつ脱落するのかと思っていた方もいるでしょう……


 …………お待たせしました。まさに今回だよ!!(ゲス顔


 一度してみたかったので作者的には満足です!
 いや、実はこの話、1話目が始まる前の某屋敷を襲撃する際、そこでアサシン脱落も考えていたので――いま読み返すと結構出番ありましたね彼。
 死にざまは呆気ないですが、これでも多分にキャラに対する愛は注いでいますから!!

 さて、話中でも散々触れましたが、今回でターニングポイントなので、此処からはバッタバッタと死にます。いや、話数はかけますが(笑
 具体的には38~45話内で終わる予定です。あくまで予定ですよ!
 年内は時間的にも今回の更新で最後ですね。年末年始は今回イベントがたくさんあるので書き溜められないのですが、また一月から頑張りますので今後ともよろしくお願いします。
 では、また最新話か活動報告で―――最近書いてなかった(白目

 いえいえ、その内書きますので!

 えーでは、長くなってしまったのでこの辺で、お疲れ様でした!!!
 皆さまよいお年を、です!




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「鎮」

 


 

 

 

 未遠川の激闘を終え、男、言峰 綺礼は人目を避けて一つのビルに入る。

 代行者で活かした経験、この地で学んだ魔術を併用し、既に何度も確認して慎重に慎重を重ねている。

 抜かりはない。

 この道中追撃はないし、また追跡の目は物理的に潰してある以上、自信を持って油断はないと言える。

 むろん、万が一ということもある。事が済んだらこの場所の痕跡は一切処分する必要があるだろうが、

 

「――お疲れだったね綺礼君。アサシンの事は――申し訳なく思っている……アーチャー」

 

 ことその手の事後処理に関してはこの目の前の彼等に軍配が上がる。

 周囲の警戒に関してなら、綺礼の数段上のレベルで警戒しているだろう。

 

「ハイ。彼の件に関しては私の独断による所――しかし、一度姿を晒している以上、多くの目を疑いなく集められるあの機会こそが最良と、そう判断した旨、どうかご理解いただきたく」

 

 師と仰ぐ遠坂 時臣がかたわらを促せばそこに像を結ぶ線の細い――しかし決して目を離そうなどと思えない邪な聖者がそこに現れる。

 綺礼も特殊な環境とはいえ聖職に身を置いている身だ。アーチャーの姿、物腰を見ればその出立ちが伊達ではない事が窺える。だが、これまでの経緯を鑑みれば額面どうりの評価など誰もできないだろう。

 故に“邪なる聖人”という綺礼が抱いた印象は、酷く矛盾しているように見えて不思議と的を得ている表現だった。

 

「……いえ、元はと言えば私が自身で出してしまった落ち度です。サーヴァントの脱落は確かに手痛いですが――」

 

 もとはと言えば、キャスターの教会襲撃時に単身で璃正を救出に向かっていればアサシンの露呈はなかった。

 むろん、もしもと仮定の話に意味はないが、実際キャスター相手にいくら代行者とはいえ、サーヴァント相手に何の用意もない状態で相対できるほど英霊というものは生易しくはない。十全に用意をし、奇襲を掛ければ“最弱”の名を持つ“魔術師”のクラス相手なら可能性はあっただろうが、結果として二人掛かりでようやく撤退できたのだからやはり仮定は成り立たなかったのだろう。

 

「それは違うぞ綺礼」

 

「……父上」

 

 だが、そこに異を投げたのは暗がりの部屋の奥、杖を突きながら現れた彼の父によるものだった。

 第四次開戦時の健常な姿とは似ても似つかない――その司祭服は通常のものだが、首や頭部、その他にも衣服が不自然に盛り上がっている事から全快した訳ではないのだろう。杖に頼っているとはいえ、この場合はむしろ歩けている事こそ異常だ。

 しかし、それだけ強靭な、常識離れした身体能力をもってしても凌げないのが“英霊”というもの。現代に生きる伝説的な、所謂“超越”した者等はともかく、一聖職者と言えど限度があろう。故にその見誤りこそ事の発端だと璃正は詫びるのだが―――

 

「いえ――神父も、ご自身を責めるのはそのくらいでいいでしょう。落ち度というのならセカンドオーナーである私にもある」

 

 彼の言葉に被せる様にして言葉を押し止める時臣。

 この場の全員は自分の非をそれぞれ理解している。誰彼に責任を押し付けるわけでもなく。なら、これ以上の言い合いは不毛だろうと、彼はそういう。ことの原因であるキャスターも討たれた、その代償が味方の一つが落ちるというのは確かに痛い。痛いがそれも、

 

「こういう言い方は卑怯かもしれないが――幸い、アサシンの早期脱落は当初の予定通りと言える。この聖杯戦争において、キャスターの暴挙は当初の枠を大きく逸脱していた。その撃退に彼は大きく貢献してくれた……ああ、彼の功労に報いる為にも、聖杯は必ず我々が手に入れる」

 

 この地の管理者にとってはソレすらも計算の内だと優雅に受け止める。

 当初の予定では早い段階で切り捨てることも視野に入れていただけに、アサシンの活躍はこの陣営にとって予想外の働きを見せてくれたと言っていい。各陣営の正確かつ素早い情報から、世間の情勢、表の機関の動向に妨害と、監督役である教会顔負けの働きぶりをたった一人でやって見せた彼の“間諜”としての有能ぶりは文句の付けどころがない。

 惜しむらくは、一つの魂が散り、均衡が崩れた戦場ではもはや忍ぶだけでは渡り切れなくなったという事。そう思うと、独断とはいえアーチャーの行動は真に情勢を見据えた行動であり、結果として最良の道を歩む事が出来たと言える。

 

「それに、多くの目を集めていただけに、周囲には君の聖杯戦争脱落は大きく印象づく。仮に、君が街中で目撃されたとしても、幸か不幸か、今の教会の惨状から理由付けはいくらでもできる」

 

 つまり、単独でキャスターと渡り合えた璃正程とは言わないが、同格に近い功夫を納め、離れているとはいえ、若くして第八秘蹟会に席を置いていた実力を持つ綺礼がより動きやすくなったという事。

 いうなれば第二のアサシンである。英霊のようなスキルは持ち合わせていないが、戦闘力に関しては折り紙つきだ。並みの魔術師では抵抗すら敵わないだろう。

 そんな彼が自身のサーヴァントを多くの目の前の失う。しかも、本来保護を担う教会が正常に機能しない有様では綺礼が単独で姿を潜ませていようと不思議はない。

 そう、今の教会に身を任せるくらいなら自分の身は自分で守った方が現実的だ、と。

 要するにと聞き返す綺礼に、時臣はあくまでも余裕をもってゆっくりと頷き返す。

 彼の中で、既に次のステージの筋書きはおおむね修正されたのだろう。キャスターによる教会襲撃時の落着きの無さは、すでに彼の中にはない。

 

「そういう事になるかな。当初の表を私が、裏を君がという立ち位置と外れるが……結果として君の立ち回りはより自由が利くはずだ。当然、今後の連絡には一層の注意が必要だけどね」

 

「然様。綺礼本人に関しては問題は無かろう。その点に関してはワシが保証しよう。だが、さしあたって気になる事と言えば――」

 

「――報奨の令呪の譲渡、ですね」

 

 アーチャーを除き、この場にいる全員の共通の認識。

 共通の敵であったキャスターを倒せたのはいい。だが、キャスターを共通の敵たら締めたのは偏に教会の提示した報酬“令呪の譲渡”が大きく締めている。むろん、キャスター自身が多くの陣営を敵に回すような立ち回りだったことは認める。が、それを抜きにすれば、本体我が強い魔術師同士が手をとりあうというのは異例の事態。それ等の標的を誘導するにはそれなりの旨みというものが必要になる。

 

「ああ、監督役の立場から見て、あの場にいた全員に受け取る権利はあると言える。問題は、それを各人が理解し、それでもなおこちらが指定する場所に訪れるのかという事だ」

 

 そして、今回の討伐には最終的に全サーヴァントが集うという異例の事態に陥っている。それも、キャスターが切札を切った事によって各陣営がそれぞれ重要な役割を担った事から、皆に報奨が与えられるというのが璃正の見解だ。当然、各陣営それぞれも理解しているだろう。問題は璃正本人の言うとおり、共通の敵がいなくなった以上、疑心暗鬼から指定した場所が戦場になる可能性があるという事だ。当然、そう予想が立てば姿を現さない者も出てくるだろう。その場を襲撃しようと姿を潜め奇襲を狙うマスターもいるかもしれない。

 教会側と遠坂とのつながりが薄れるような流れとなったとはいえ、それをそのまま鵜呑みにするやからは少ないだろう。事と次第によってはおびき出してアーチャーが仕留めるという手段もあったが――それもこうなれば成功率は格段に落ちている。

 もっとも、その提案は当の時臣本人から断られているが。

 

「現状、通達を各陣営に送ってある。その気があるなら指定した場所には表れよう。という訳でまずは、時臣君」

 

 ともあれ、処理に邪魔が入る可能性があるなら間を置く必要はない。その一言で時臣も理解したのか、令呪が宿った手を差出、その手に右手を翳した璃正が何かを唱える。

 

「―――確かに」

 

 すると、その下で淡く赤い光が灯った後には、その手に新たな令呪を宿していた。

 

「では、予定通り、今後の接触は極力……」

 

「ええ感謝しています。これでまた一歩、遠坂は悲願へ近づけた」

 

 

 それから三人は今後の方針を確認して別れる。

 現状、疑いを残した状態のままアーチャーで強襲を狙ったところで効果が薄いと判断されてそちらは様子見となる。アサシンが収集した情報だけでも十分であるのだがから、これからは有利なポジションを維持しつつ的確に一角一角を落すのが賢い選択だろう。

 なにせ、今代に召喚されたアーチャーは現サーヴァントにおいて最強の矛と盾を持つ。まさに攻守に隙はない。勿論、その強大な力故に穴もあるのだが――その為の綺礼だ。彼のバックアップがあれば十全、それ以上の優位に立つ事も不可能ではない。

 

 故に、三者は自陣の今後を憂う事無くその場を分かれる。

 心配事が無くとも、各々やるべきことは多くある。

 それらが勝利への道につながるよう、彼等は奔走する。

 

 その中で、一人黄金の髪を棚引かせた男が一人、窓辺よりそれぞれの歩みを見送る。

 

 ―――■■の笑みを携えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 何を、何処の、だが自分にはそれがいつのモノで誰のものなのかも定かではない。

 

 どこかに、何処でもありそうな少年が過ごす日常の夢。

 

 ちっぽけで、精一杯日々を謳歌し、憧れ、恋をして、夢も持っていた。

 

 一人の人間としてみるのなら、彼は人生をまさに生きていたと言えるだろう。

 

 単的に、観客として言うなら、自分は戦時の中で生きてきた人間だ。夢をあきらめたとは言わないが、それでもできる事と出来ない事の分別はあった。

 ただ諦めきれるか踏み越えるかの違いだけで――少なくともこの少年とは価値観が擦違うだろうというのが自身が受けた印象だった。

 

『――ねぇ。■■▪は将来どんな■■になりたいの?』

 

『ボク……ボクはいつか―――になりたいんだ』

 

 とある島の少女の問いに、少年は自信が無さそうに答える。うつむきながらで、それは隣の少女に聞こえたのかはわからなかったが、それでもその瞳には確かな熱を持っていた。

 

 他人の視点であるが、その感情は彼にとって譲れぬ何かだったのだろう。

 

 そして、恋をし、夢を持っていた彼だったからこそ――あくまで心優しかった少年だったからこそ、彼は世界に裏切られ、絶望し、その身を擦り切っていくことになる。

 

 

 

 その運命の日。

 

 少年は――初めて恋した少女と、唯一の肉親を己の手で殺める事になった。

 

 世界はあくまでも残酷に、少年に選択を強いたのだ。

 

 

 

 

「……夢、ですか」

 

 目を覚ませばそこはアインツベルンが所有する城の一室。広いこの建物、敷地には多くのトラップが魔術的に、物理的に仕掛けられている。が、それはあくまで魔術師や通常の侵入者に対しての場合である。サーヴァントを伴ったマスターの侵入を考慮し、セイバーがアイリスフィール達の自室近くに用意してもらったものだ。

 もっとも、切嗣に関しては城の自室には殆どいないのであまり意味をなさないが。

 

「っ、アイリスフィール!?」

 

 と、今までの経緯に無為な事を考えていると、思考が回りだしたのか重要なことに思い至る。そう、先のキャスター討伐のおり、アイリスフィールの容体が急変して倒れたこと。その場へ援護に入った切嗣達の手によって城へ離脱を成功したこと。

 つまり、今この場で寝呆けている場合ではない。

 

 大一番の舞台の後とはいえ、とんだ失態だと豪奢な廊下を全力疾走でかける。倫理的に危ないだとか、そもそもこの城に人出は少ないのだからそんな心配はいらないだろうという、普段の状態ならかかるブレーキも外れているかのように短い距離を疾走し、目的の部屋の前の角を曲がろうとして――

 

「起きましたかセイバー」

 

 曲がり角の先に待ち受けていた女性、久宇 舞弥を認識して急制動をかけた。

 

「っ、マイヤ」

 

 切嗣が立てた方針上、彼女とセイバーが直接会う機会は少なかったが、それでも彼女の世話になったことは一度や二度ではない。

 それなりに義理も感じでいるが――事の優先順位は他だ。

 

「すいませんこんな時にっ、貴方には申し訳ありませんが、アイリスフィールはどこに――」

 

「……今、マダムは切嗣と今後について話し合われている最中です」

 

 だが、その脇を抜けようとしたセイバーの肩を押しとどめる舞弥の腕。決して力が込められていたわけではなく、見た目相応に女性の力だ。が、それ以上に続く言葉に驚かされて彼女の体は止まる。

 

「切嗣が、来ているのですか?」

 

 時間を確認すればそれほど経過してはいない。精々1、2時間といったところだ。

 10を救うためなら1の犠牲を、大勢を救うために多少の犠牲は厭わない。

 正義の為に小さな悪を容認する。

 短い聖杯戦争までの期間で、それがセイバーが抱いた衛宮 切嗣という男の印象だ。

 

 その彼が、勝利の為に打ち立てた計画をなげうって家族の為に駆けつける。セイバーにとって少なくない衝撃といえた。

 

「後のことは切嗣本人から伝えられるはずです。マダムの容態が芳しくない以上、当初の作戦は変更せざるおえないですから」

 

 セイバーとしても二人の間に踏み込むというのは戸惑われる。これでもそれなりに空気は読める、はずだ。なかなか面と向かって会おうとしない切嗣が伝えに来るというのならそれでよしとするべきだろう。

 だがもし、仮にアイリスフィールがこのまま伏せるというのなら、

 

「ですが、私と切嗣が戦闘に出てしまえば、その間」

 

「―――ご心配なく、その為の私です。貴方達が最前線で後ろ髪を引かれないようマダムの事はこの身に変えてもお守りします。ですからどうか―――」

 

 その疑問を無用だと自身を指す舞弥。

 これまで彼女は陰ながらセイバー達を補佐してきてくれた。背後を気にせず、アイリスフィールとともに戦場をかけれるのも切嗣をはじめ、彼女の存在が大きい。

 そんな彼女が心配するなという。

 

「……切嗣のこと、彼のことをどうかよろしくお願いします」

 

 頭を下げる彼女のことを、セイバーが無下にできるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 舞弥から告げられ広間の一室で待ち、一時間は経っていなかっただろう。

 瞑想するにも短い時間、その中で、切嗣は静かに入室した。

 

「切嗣、アイリスフィールは……」

 

 その姿はここに来る前にあった時と変わらない、上下黒で統一された服装で煤けたコート。唯一違うのは冬木に入ってから吸っていた煙草をふかしていない事だが、セイバーに君が心配することではないと一言で済ませるスタンスは相変わらずだ。

 相変わらず、彼はセイバーを対等の存在としてみていない。

 

「彼女にこれ以上君と一緒に戦場に出てもらう訳にはいかなかくなった。状況は、はっきり言って当初の予定より前倒しせざるおえなくなったと言っていい」

 

 こうして対面しているはずなのに、彼の眼はセイバーを見ていない。視覚として、その視野でとらえていながら、その死人のように光のない瞳は相手を同じ人間としてみていない目だ。

 迫害というわけではないだろう。

 稚拙ではあるが、いうなればあれは“拒絶”だ。 

 

「じゃあ――」

 

「だが、僕は君と共に戦場に立つつもりはない。あくまでサーヴァントと戦うのは君の役割であり、僕はマスターを始末する。互いに明確な役割を全うするのが本来のマスターとサーヴァントのスタンスだろう?」

 

 いざ聖杯戦争に臨むのにあたって方針の論議もした。セイバーの出生を明かしているし、切嗣からこの聖杯戦争に臨む願望についても聞いている。

 そのうえでの回答だ。

 衛宮 切嗣と、セイバーという女は、根本的に合わないと。

 

「――っ、ええ、それに関しては問題ありません」

 

 水と油とは言わない。

 目的の為に妥協した結果が今の現状だ。

 

 そう、協力はできる。

 

 彼の言う通り、現状で戦力を分けることに是非はない。そもそもサーヴァント同士の戦闘にマスターが介入することのほうが異常であり、その点から切嗣の提案は至極まともだ。が、だとしても、彼の言う分業はその定石とわけが違う。

 

「アイリスフィールの急変に急いて貴方がが戦闘に介入しようというのなら、流石に私も止めに入っていました」

 

 そりが合わないというのはまさにそのことだ。

 セイバーの主張に合わせるなら、間接的とはいえ、マスター介入はむしろ想定外の事態を招く外的要因になりかねない。“魔術師殺し”として優秀であるだけに、切嗣は敵のマスターと一対一なら高確率で勝利するだろう。

 陣営的にはそれで正しい。

 確実な勝利を得られるならそれに越したことはない。

 だがそれは同時に、セイバーの騎士としての力を信頼していないということにつながる。

 いうなれば、お前が有能だろうと無能だろうと、敵の目を引き付けられれば十分と突きつけられたのと同義なのだ。この認識がある限り、この主従は正しい意味での機能は損なわれるだろう。

 何しろ互いを理解しようとしない、そもそも踏み込まれるのを拒んでいるのだから。

 

 これが聖杯戦争ではない―― 一つの戦場で急ごしらえの組み合わせならそれなりの戦果を挙げられただろう。だが、この聖杯戦争はサーヴァントの力だけで勝ち残れるほど甘くはなく、魔術師単独で勝ち残れるならそもそもサーヴァント召喚というシステムすら必要がない。魔術師が優秀であればいいのなら、そもそも始まりの御三家がこの戦いに決着をもたらしているはずである。

 

 故に、切嗣とセイバーは互いにこの陣営の弱さというものを理解していたが――それだけで止められるはずもなく。緩衝材となっていたアイリスフィールを欠いた今、その溝はより一層深まったといっていい。

 

 しかし当然、聖杯戦争に挑む敵陣営らがそんな事情を酌んでくれるはずもなく、彼らは勝利に向けて現状の最善手を取るしか方法がない。たとえ、目の前により堅実な最適解があったとしても。

 

「それこそ無用の心配だ。が――そうだな。さしあたっての問題は――」

 

「――次のターゲットですか」

 

 そして問題はより現実的に浮き彫りになった患部を照らし出す。

 この聖杯戦争の勝利条件、最後の一組となるために誰を切り落とすかというその選択だ。

 

「私は……ランサー、ライダーのどちらかを狙うのが最良かと思います」

 

「意見を聞こうか」

 

 キャスターが散り、アサシンが脱落した。

 現状残るは自陣、セイバーを除き、ランサー、アーチャー、ライダー、バーサーカーとなる。

 この陣営で共通するのが、

 

「現状、順当に御三家が残っています。外来の者と違い、地の利がある御三家の各陣営は後に回した方がいいでしょう」

 

 元々、御三家が三竦みの形を自らとったのは、聖杯の所有権をめぐる際に互いに睨みが利くよう、牽制しあえるように取ったのが始まりだ。そうした意味で、下手な薮をつつかない限りこの三者が積極的につぶしあう確率は低い。むろん例外はあるが、古くからの盟友だけあって互いに手の内は知っている。要は魔術に対して備えることができるということだ。

 

「ああその意見には同意見だ。現状、最有力候補は御三家、遠坂の陣営が強敵だろう。なにより、サーヴァントの能力が凶悪すぎる。攻守ともに隙が無い能力……十中八九穴があるとみていい筈だ。その真偽を確かめる為にも、アレの対処には時間がほしい。間桐については何しろバーサーカーだ。召喚している以上その消費量から闇雲に戦闘に投入はしてこない筈だ」

 

「――なにより、ライダーとランサーは先の戦闘までに魔力・体力ともに大きく消費している。恐らく、先の戦闘で消耗が激しいのはこの二陣営です。ランサーの宝具連続開放然り、ライダーの宝具の損傷然り」

 

 しかし、現状残った二つ。

 ランサー組とライダー組は外来から招かれた、いうなれば余所者だ。

 切嗣達は参加にあたってめぼしい参加者候補をリストにしている。ケイネス達についてもある程度の情報を知っているが、それはあくまで調べられる範囲でのこと、現状不覚的要素が多いなら、大きな戦いで疲弊している今は大きなチャンスとなる。

 

「その上で、僕も君の言う通りランサーを狙うべきだと思う。この機会で狙うのは必中必殺だ。互いに大きな戦闘を終えて一つ呼吸を置きたい所、両陣営とも外来の魔術師である以上、備えは限られている。定石なら態勢を立て直したいはずだ」

 

 アジトに関しては目ぼしい場所はすでにリストアップしている。

 同じ余所から来たマスターであるライダーのマスターに関しては、どういうわけか切嗣の捜査網に引っかからないが――現状目標の一つでもわかっているだけ御の字というもの。

 叩けるときに叩く。

 聖杯戦争に限らず、戦う上でためらわずチャンスをものにするのに必須の心得だ。

 

「そして何より――キャスターの置き土産か、ランサー陣営は当初用意していた工房、拠点を失っている。態々逃走率の高いライダーを相手にするより、此処で確実に一つ脱落させておく方が後に活きる」

 

「たたくなら今、というわけですか」

 

 既に拠点と思わしき場所には監視の目を放ってある。よしんばそれが発覚したとしても、セイバーの機動力なら、この城から目標の場所を考えて、たとえ移動されたとしても十分に会敵は可能だ。

 

「――ああ、今夜、ランサー組には、夜明けを待たずにこの冬木から退場してもらう」

 

 切嗣にとって、もうためらう時間も余裕もないのだから。

 そう、最愛の彼女に誓い、雪の城で待つ大切な約束を果たすために。

 

 彼はこの戦争を最後の戦いとするために身を翻す。

 

 浜辺の砂が波にさらわれるように、当たり前に、静かに、今宵の獲物をしとめる。

 この道が最後の希望だと信じて―――

 

 

 






 新年あけました。改めて今年もよろしくお願いしますなtontonです。

 気が付けばこの小説もなんだかんだでもうすぐ一年目、それまでに区切りをつけたいですが―――フラグになりそうなのでここまでで(焦り
 さて、フラグといえば今回でようやくあのお方に建ちましたねフラグ。いや、隠す必要ないですが(笑
 今回は陣営内の動向ということで地の文多めでお送りしておりますですハイ。前の章が戦闘色強かったので、やはり出だしはこうなりますね。次回切嗣さんのターゲットにバトンタッチして戦闘突入ですね。ファンとしてはチンピラ兄貴にヒャッハーさせたいのですが――はたして?

 と、そんな感じで新年はじめはしめますね。時間ぎりぎりですし(苦笑
 そろそろ活動報告のほうも復活しようと思いますのでそちらのほうもよろしければ是非に。こまめにチェックしてくれる方は本当にありがとうございました。
 今年も作者ともども拙作をよろしくお願いします。

 それではこの辺で、お疲れ様でした!!!



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「剣戟」

 


 

 

 

 冬木の街。

 その中心である未遠川を挟んだ新都はいまだ発展中である。当然、そんな場所であるからして、冬木市民会館の様にまだ完成途の場所もあれば、中心部から外れれば開発の手がまだ届いていない場所や廃墟などがある。

 その一角。その建物は新都で事業が盛んになる前に立てられたCRの建物だ。整備などされていないだろうそこは構造が頑強であるが故に損傷が無い。

 少々埃っぽい難点があるが――それは魔術師であるカレにとっては欠点足りえない。

 

「クソが! 面白くねェッ」

 

 そんな内部で像を結んだランサーは目の前のテーブルを蹴飛ばし、その勢いでソファーに乱暴に腰掛ける。

 蹴飛ばされたテーブルは勢いよくそのままコンクリートの壁に激突して砕け散る。これでも殺風景な拠点に彩りをと、家財にはそれなりに金をつぎ込んでいた。

 つまり、今し方粉々の木片の山と散ったテーブルも値が張る逸品なのだが、

 

「お前の言いたい事も解るが、出来ればそう物にあたる癖を控えてもらえると助かるのだがね」

 

 そう言って扉の無い敷居を跨いで現れたのはケイネスだ。

 キャスターにホテルを倒壊され、この廃墟を第二の居城として構える為に改装した手間暇を考えればそれくらいの文句を言っても罰は当たらないだろう。が、そんな言葉を言ったところでランサーが聞き分ける性格でもない事は承知である。

 よってその機嫌が下手に暴発しないよう、手に持っていたワインを嫌味と共に投げ渡す。

 手渡しでないのはせめてもの意趣返しだが―――目の前の粗暴な輩はその程度の事は気にしないだろう。

 事実不機嫌そうな顔ではあるが、手に取った瓶の銘柄を見て幾分か険が取れている。

 こう見えて酒を嗜んでいたのか少々うるさいところがある。だからして、人――ではなく英霊も見た目ではないという事だろう。面倒な話ではあるが。

 

「へーへー、悪ぅござんしたね――っと、大体あの神父気取りの弓兵といい、逃げ腰なライダーといい、この聖杯戦争のサーヴァント連中は腰抜け揃いかよ」

 

 コルクを抜くどころか爪か手刀か、鋭利な刃物できり飛ばされたような断面に口をつけ軽く口をつけるランサー。

 確かに、ランサーの言う不満はケイネスとて理解している。

 この聖杯戦争が始まってこのかた、ランサーの戦いというのは終始決着を見る事無く崩されている。直前で獲物を取り逃がしたり、第三者の介入など、だ。特にキャスターにおいては因縁が深かっただけにこの一戦に対する熱の入れようは尋常ではなかった。一度倒れた相手が再度新たな力をつけて強大な壁となって立ちはだかる。彼の性格から鑑みてそれで奮い立たない筈がない。

 

「確かに、討たれたキャスターや魔力切れを起こしたのか消失したバーサーカーはともかく。逃げ癖のあるライダーや神出鬼没なアーチャーと、お前とはそりが合わなさそうな手合いばかりか」

 

 故に、彼の欲求不満はここにきて臨界に達しているとみて間違いない。寧ろこうして爆発しないのが不思議なくらいで、

 

「――だが、目ぼしはついているのだろう? その凶刃が狙う今度の得物を」

 

 そうならないからには、それだけの得物を見定めたという事だ。

 彼がその怒りの全てを爆発させてぶつけられる相手を。

 

「ああ、ていうよりああまで舐められて捨て置くかよ。宣言もしたんだ。なら予告通り惨状して首刎ねるのが礼儀だろうが」

 

「まあ、確かに」

 

 アーチャー。

 

 アサシンの最初の脱落が茶番であったなら、セイバーとランサーの戦いはこの第四次の第一戦。その戦いを妨害したのは結果的に見ればほとんどのサーヴァントによるものだが、最初に彼の琴線に触れたのは司祭服の丈夫だ。

 ランサーの凶刃を体術のみで裁き、先の戦いでは宝具の開放でランサー自身が攻めあぐねていたキャスターを一撃のもとに沈めて見せた。

 はっきりいってケイネスとしては情報収集に努めたい、後に回したい敵だ。

 ランサーの主張は作戦も理論立てた順序もない、我によるところが大きい主張である。が、それを度外視すればあれだけ強大な宝具を開放すれば少なくとも疲弊はしている筈で、ランサーの主張は一概に切り捨てられるものでもなかった。

 

「……オイ、ここで待てとかクソつまんねぇこと言い出す気じゃねえよな」

 

「まさか。私としても彼の遠坂にはあまり居座られるのも厄介なのでね。行動するなら早い方がいいだろう」

 

 厄介であるが故にここで逃すわけにはいかない。ランサーの主張は単に気に食わないという所だが、相手が全力を出せない好機となれば、情報収集をなげうってでも挑む価値はある。少なくともこの先真面にアドヴァンテージをとれるかわからないとなれば余計に、だ。

 そして、さしあたって問題となるのは、

 

「魔力供給はどうなっている」

 

 こちらの余裕。ランサーの魔力と活動限界だ。

 ランサーの宝具は一度発動すればその発動期間中、燃料を自動供給する。所謂永久機関に等しい。その発動に起爆剤、所謂スタートキーを回す必要がある。そして発動中の魔力を賄えるが、発動時に消費する相応の魔力はそのサイクル外、つまり二度も発動すれば相当の消費となる。それ故彼は戦闘続行を断念したのだ。

 彼自身戦闘に狂していると言えるほどの執念を見せるが、それはあくまで闘争を何よりも楽しみ重んじるからであって、進んで負け戦に臨むわけではない。何も負けるとわかっていて勝負に臨むわけはないのだ。

 無論、熱が入ればその限りではないが―――彼流にいうなら、あの場で一度白けた空気の中で身を投じるには興が乗らなかったというだけの話。

 

 そして、あれから幾分か経過している。

 日は既に傾き、冬木の空に3度目の夜の帳が広がる。

 それはつまり各陣営に体勢を立て直すのに十分な時間を与えたといえる。が、こと回復・供給という点ではこの陣営以上の者はいないだろう。

 

「あ? ――まあ、4割がた回復したわな。前回とはいかねぇが、戦闘して宝具ぶっ放すのには十分だよ……と、そういやあの女はどうした」

 

「ああ、彼女に関しては上の階で養生してもらっている。今回の戦闘で、些か魔力を消費しすぎたのでね。お前の魔力回復に当てられるよう楽にしてもらっている」

 

 何しろ、供給する魔術師を一人用意するという変則ルールを捻じ込んできたのだから。それは他の陣営より抜きんでているのもうなずける話だった。

 

「という訳でだ。こちらの準備はほぼ完了している。この場の隠蔽を施したのち、遠坂に奇襲をかける。悠々と構えているだろう彼奴等の城、お前の槍で存分に蹂躙するがいい」

 

「――――イイゼわかってきてるじゃねぇか。悪くねぇ」

 

 主人として、目の前の男をランサーは認めていた訳ではない。自分が心躍る戦場へ望むための必要措置。邪魔であれば即座に切り捨てる。そのはずが、ここにきて男は彼の趣向というものをよく理解しているとみていい。

 気に入らないから潰す。

 行動原理として単純で短絡。

 だが、それ故に宿るのは混じりけのない殺意だ。

 下手に手綱を握ろうとするのではなく、放逐しつつ好みに合わせた選択で誘導する。このサーヴァントを前にして令呪による拘束は無意味だと、ケイネスも悟ったのか、ランサーはその采配に何時になく上機嫌だ。

 

 何しろこの地で心躍った戦いに最初に水を差した邪魔者。本来なら一番に切り捨てる筈が、いつの間にか遠回りをしていたと自嘲気味にランサーはクツクツと笑いを零す。

 

 望んだ相手を潰し損ねた飢餓感はもうない。いや、依然と飢えはその胸にある。あるが、その獲物を見定めた以上、飢えを塗りつぶすほどの高揚感が胸を満たす。殺意が身体から漏れ出す。

 

 襲撃に警戒してだろう。ケイネスはともかく、ソラウに関しては魔術戦闘に関する心得が無い。魔術師として優秀であろうと、それが戦闘力に繋がるわけではないのだ。そう思えば彼の配慮も理解できる。

 本来なら即座に飛び出したい所ではあるが、敵の居場所は割れているのだ。余裕なのか自信なのかは知れないが、ケイネスが言うには陣地から出る様子はないという。ならそう慌てる必要もないだろう。

 もっとも、逃がすなどさらさらないが。

 

「――客だ。どうやら、ある意味でお前の望みに適うかもな」

 

 だが、彼の生まれた星の元は、つくづく邪魔が入る廻り合わせのようだった。

 

「チィッ」

 

 探知に関しては自陣であるが故にケイネスの術の方が広域である。遅れながらランサーが意識を集中して、ようやくその気を探れる。

 これは―――

 

「なるほどな。あーあー了解分かった。マスター(・・・・)、まさか、今度も止める気じゃねェよな」

 

「いや、態々向こうから出向いてくれたんだ。ランサー客人を持成して来い。丁重に、な」

 

 その白い顔に浮かべるのは予期せぬ介入に対する怒り、ではなく、歓喜の笑みだ。

 再三にわたる横槍。ランサーであればその相貌に怒気を帯びていたとしても不思議ではないのだが、

 

「――ああ、了解したぜ」

 

 短く漏らした事もどこか陽気な風を装い、彼は霊体化して姿を消していく。

 ランサー気配から、彼が野を駆ける獣の様に一目散に移動している事を確認したケイネスは、その瞳を閉じ周囲により制度を高めた探知の網を広げ、目標を思わしき地点に目星を付ける。

 いやこの場合、舐めて掛かっているのか、或いは腕に覚えのある輩なのか。

 

「……態々ランサー達の戦場から離れた広場を希望とは」

 

 だが、そんな些細な事はどうでもいい。

 あの戦いには残存する勢力の全てがいたと言っていい。皆程度はあれ消費はしているのだ。

 つまり、その全てを鑑みて、ランサーを、そしてケイネスを与し易いと判断したという事。端的に言えば、嘗められたという事だ。

 

「いいだろう。野兎を狩に来た蛮族が、どちらが狩られる側なのか、存分に教えてあげようじゃないか」

 

 拠点の錠を確認し、防壁の作動を確認して戦場に自ら向かう魔術師。

 この戦争が血と絶望を捧げろと望むのなら是非もないと、彼は悠々と己が戦場に足を向けた。

 

 

 

 

 

 夜も深まる時刻。

 どんよりと戦火に深まる地上の様に暗く、雲が覆う空は光という光の一切を拒絶していた。

 

 廃ビル、というのには少々こじんまりとしたつくりの建物。だが頑丈さについては語るまでもなく、切嗣から開示された情報からここが間違いなく目的地なのだと察せられる。

 目的の建物を前にした開けた空間を前にした物陰に息をひそめるセイバー。

 その手にはまだ宝具たる“戦雷の聖剣”は握られていない。

 セイバーはあくまで剣の英霊。アサシンのような忍ぶ能力に長けている訳ではない。あれほどの聖剣ともなれば、隠蔽する能力が無い限り発現するだけでも相応の力を纏う。つまりは機を窺うこの時には適さないという事で、もちろん即座に展開できる自信があるからこそ無手のまま臨んでいるのだ。

 

 切嗣が戦場に立たないのは分かり切っていた事で、恐らく正面から行けばランサーとの戦闘は避けられないだろう。もともと明確に対象が決まっている以上、この配役に不満はない。

 そう、不満はないが――不安はある。

 城に残してきたアイリスフィール。

 舞弥が警護に残っているとはいえ、急変した容態はただ事ではないだろう。この戦闘が終わったら、切嗣には無理にでも聞き出すべきかもしれない。こんな注意を割かれた状態で、今後の戦いを生き残れるほど、残った敵は優しくない。

 

 無論、それは現在のターゲットであるランサーも同様である。 

 

「よぉ。まさかテメェから来てくれるとはな」

 

「!?」

 

 頭上に微かに聞こえた風鳴りを耳に、セイバーは大きく前方に転がり、その勢いのまま中央に飛び出る。

 背後の廃墟群ではなく広い空間に出たのは簡単な話、ランサーの魔槍相手では壁というものが無意味だからだ。その上捕捉されているのなら尚更に、感知しようと余計な飛礫が混じれば手間を取られるのは必至。

 なら、速度で優位を取れる分初めから距離を取れる場所を陣取る方がセイバーにとってやり易いという理由だ。

 そして――

 

「ランサー……いきなりご挨拶ですね」

 

 月明りが雲の合間から差し込み、廃墟の一角から槍を打ち出した襲撃者はその体を宙に躍らせ、セイバーから距離をとりつつ音もなく降り立つ。

 距離を離したといっても、互いに接近戦を主体とするサーヴァントにとって、その程度の間合いに距離という概念はない。これは戦闘を前にしての儀式のようなもの。俺、私はお前を敵として認識したぞという意思表示で、その証拠に両者はここにきてようやく己の得物を構える。

 

「ハ! その程度でくたばる玉かよ。まあもし、これで不意喰らうような腑抜けだってんならこっちから願い下げだが、やっぱりな―――期待を裏切らねェ、テメェはいい女だ」

 

 嬉々として身体から杭を無数に生やすランサーはいつかの夜と同じく、活き活きと此処こそが己の生き場だと血走らせた赤い目でセイバーを取らえる。

 対するセイバーも、無言で“戦雷の聖剣”を出現と同時に構える。その表情には先程まで不安に歪んでいた様子が嘘の様にランサーだけに戦意が集中している。

 互いが意を割けるような輩ではない、紛う事なき難敵だと認めるが故に、両者は必殺を誓う。

 

「貴方に褒められても、私としてはこれっぽっちもうれしくないんですけどね」

 

「まあそういうなって。テメエの事はなんだかんだで認めてるんだ。本来なら、最後に残しておこうかとも考えてたが――気が変わった。俺が決めた。お前は今ここで俺が殺す。その胸糞悪い瞳も脳髄四肢五臓六腑に血に至るすべて、一つ残らず俺の糧にしてやる。光栄に思いな」

 

 獲物を前に舌なめずりをする獣の様に、殺意を濃厚にしながら、彼の戦意はより鋭敏化していく。それこそ目に見えないナイフがそこにあるのかと、殺意を幻視させる程に色濃い。

 

「冗談がうまいですね。私、態々負けに此処に来た訳ではありませんから、当然、勝ちにいかせてもらいますっ」

 

 対面するセイバーの剣は先からその一切がブレない。剣線に怯む様な輩には見えないが、僅かにでも集中を逸らせば相手は獣性を迸らせるだろう。速度で勝る以上、セイバーが遅れをとる事は早々無いが、相手の身体能力を知る身としては進んで先手を譲る気にはなれない。

 

「おお言うねぇ――じゃあ何か。テメェは倒れた主に勝利を? 捧げる為に単身ここまで来ました、と。おお、おおう。なかなか泣かせる話じゃねぇか笑かしやがる」

 

「――それ以上の侮辱は聞き捨てならないですねっ」

 

 

 セイバーの目に宿る光が怒気のそれを、鋭くランサーを睨む。当然ランサーは視線や殺気程度で足踏みをする性質ではないし、寧ろ湧き立つ心を抑えられないと言うように喜色に顔を歪ませる。

 

「ああ? だったらどうするよ?」

 

「決まっています―――」

 

 それならばと、セイバーの解答は変わらない。

 一度ならず二度までも騎士としての矜持に唾を吐くような輩に容赦は必要ない。いや、此処に来る以上、そんなものは持ち合わせていない。

 

「――切り伏せる、ただ、それだけです!」

 

 この身が出せる全力で全速。

 本来最速を誇るランサーのお株を奪う脚力で一息に懐に入る。その速度はランサーの視認限界を超えて相手に視界から消えたように錯覚させるが、その間合いは本来剣も触れない距離。だが、セイバーの構えは切り伏せる訳でも刃を立てる事を目的としたものではなく、貫く事を目的とした構え。例え至近距離では剣先を貫く力が無くとも、女性の力が非力であろうと、セイバーの勢いをもってすれば慣性の法則がそのまま必殺の刃となる。

 

 だがそれを―――

 

「ハ―――ハハ! 上等だ女! 今度こそ、手前が誓う矜持とやらを見せてもらおうじゃねえか、オオッ」

 

 ランサーは避けるまでもなく腹に受けながら、振り上げた両手を組んで杭をハンマーの様に打ち付けにかかる。

 当然その先にはツルハシの様に、鋭く太い杭が生えており、突き立ったコンクリートの舗装を一瞬で砂地に変貌させる。

 つまり、

 

「っ、な、めるなァ!!」

 

「うぉっと!!」

 

 セイバーは無傷。

 スウェーから身体を回すようにランサーの横から脇を抜ける様に奇襲を仕掛けるも、その流れにはランサーもついてきている。戦い、というより喧嘩慣れているとみられるランサーはその野性的な勘と相まって思考よりも感覚と経験を重んじている。

 

「悪くねぇ打込みだ。が、もっと速度上げろよこんなもんじゃネェだろうが!」

 

 故にセイバーの斬撃に杭を擦り合わせやり過ごしたランサーは、セイバーに短杭の弾雨を浴びせにかかる。槍より太く、荒々しいながらもその速度から投擲というよりそれらは既にバルカン砲といって相違ない勢いだ。

 

「クッ、ォオオオ――――」

 

 そしてランサーの杭はいかに対魔力を誇るセイバーであろうと、それだけの数を受ければただでは済まない。当然、彼女も速度にモノをいわせてひた走る以外の選択肢はなくなる。

 しかしセイバーも逃げの一手に甘んじる筈もなく、クイックから鍔迫り合うのではなく初激の受け流しの様に切り抜ける。

 一度二度でだめなら五度、それでだめなら十と容易く桁を越えて切りあい弾きあう。セイバーの速度が尋常でないだけに、弾丸が多方向から撃ち出されているかのように残像を置き去りに連撃が繰り出される。

 

「ッ、オォォラァアアアアア!!!!」

 

 だからこそ、寧ろ驚愕するのはランサーの迎撃率だ。

 セイバーの速度は既にその目に捉えきれていないだろう。なのに、彼はその全てを流し受け弾き、時に反撃すらしてみせる。戦闘経験と本能が大部分を占めるのだろうが、偏に彼の杭の汎用性の高さによるところが多いいだろう。

 

 何度目になるか、既に三桁を超えているのではという人外の抗戦は、セイバーが距離を置く事で流れを止める。

 

「どうした? コレで終いってわけでもねぇだろうが」

 

 両者息を乱す様子もなく、それだけにこれまでのやり取りが肩慣らしに等しい事が窺える。今の人の理解を超えた乱舞でさえ、彼等にとっては準備運動に等しい。

 これで魔術師が戦闘に介入する余地などどこにあるのか。切嗣がいう役割の分担の必要性というのは必要措置ではなくそうせざるおえない、英霊と現代の魔術師の、それが純然たる差だ。

 

 

「つかなんだ――いつまで渋るつもりだよオイ」

 

 そして、セイバーとランサーの実力は力のベクトルは違えども、拮抗している今、必要なのはより高次元の要素。つまり、ランサーが指定しているのは互いの最奥、切り札の開放に他ならない。

 

「別に、準備運動の様なものです。ていうか、貴方意外とせっかちですね。そういうの、嫌われますよ?」

 

「今更ピーチクパーチクくだらない話に興じる仲でもねえだろうよ。オラ―――あの夜の続きだ。いい加減に体も温まったろうが、来いよ、グシャグシャに磨り潰してやるっ」

 

 気の高まり。

 周囲が渦巻く魔力と魔力に蹂躙されていく。ここが開けた場所でなく入り組んだ構造物内、周辺なら瓦礫が山を築いていただろう。

 それほどの気の奔流は、そのまま彼女等の真剣さを表し、収斂していく様は秘奥の開放の前兆だ。

 

 まさにいつかの再現であるかのように、互いの獲物を構えた二人。

 違うのは彼の言うとおり、此処に邪魔が入らないという事。正確には大きな戦闘の跡に乱入される確率が低いという事。

 そして何より、初めから彼の宝具をその目的(・・)で使ったのなら、誰も踏み込めないのは明白であろうから―――

 

「今度は邪魔も入らねぇ、いや、入らせねえ。ここから先は正真正銘、口以外で語り合おうぜ―――」

 

 刹那、気の猛りに、セイバーは夜が蠢動したような怖気を感じた。

 当然宝具が解放されてない段階でそれほどの変化が現れる筈はない。が、無風の広場で吹荒れる魔力は死霊が舞い踊る様に渦巻き、それを纏うランサーが魂をすする鬼のようで、肌の病的な白さと相まって想像に拍車をかける。

 

「……剣よ」

 

 だが、この勝負は当然の事退くことなどできない戦いだ。

 

 城に残してきた彼女に勝利を捧げる為にも。

 未だ心認め合えない彼に自身の力を証明するためにも。

 そしてなにより、この世界で最初に約束した少女との誓いを果たすためにも、

 

「お願い、私に力を貸して―――」

 

 騎士の礼を、空に刃を捧げて小さくつぶやき、彼女の意識は再度目の前の男に向けられる。

 その殺意と決意の籠った視線すら心地いとランサーは薄ら笑う。 

 

 

『『―――創造(ブリアー)』』

 

 夜の帳を一層色濃くする魔界と闇夜を切り裂く雷光が顕現する。

 街が夜の静けさに墜ちようとする中、冬木の一角は轟音を轟かせ、此処にまた一つ開戦の号砲を撃ち鳴らした。

 

 

 






 どーも新年あけてなんとか月内二回納められました、tontonです。
 今回でようやくお鉢が回って起案したランサーさん。ある意味彼が望んだカードではありますが、勝利はどちらに傾くのでしょうか(すっとぼけ
 えーで、今回はサーヴァントの戦闘以外にも注力するつもりなのでその点も次回、お楽しみに!

 今回はちょっと駆け足で行くのであとがきも短くこの辺で!
 次回をお待ちください、早めに、こっちも駆け足で行くので(震え

 ではでは、お疲れ様なのです!



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「小返し」

 


 

 

 

 建造物の一角、雷光と剣戟が響き渡る戦場を使い魔の視覚共有で把握した切嗣。

 そう、セイバーが戦場に向かい、ランサーに発見される事は彼のシナリオ通りの展開だった。

 

「……始まったか」

 

 妻であるアイリスフィールを欠く事態となったが、それでもセイバーは単騎で十二分に目を引く。

 ランサーのマスターが発見した物か、単にランサー自身が嗅ぎつけたのかは切嗣の知るところではない。が、両者が全力を尽くして相手を打倒しようとしている事は、その光と轟音からして明らかだった。

 

『――切嗣、内部の方に動きがありました。どうやら、自らも出向くつもりのようです』

 

 ヘッドセットから聞こえる声、舞弥のものに意識を目標である建物内部に向ける。

 声があるといっても、舞弥が此処にいるわけではない。彼女には城に残してきたアイリスフィールを警護するという大切な役目がある。その為、この情報はあくまで彼女が操る使い魔によるものだ。

 

「確認した。上部の熱源には動きが無い」

 

『こちらでも視認しました。一瞬ですが、資料と一致します。間違いないかと』

 

 手に持ったワルサーのスコープの一つを覗けば、建物の上階に人と思わしき形の光源が一つ。

 本来、建物越しの透視ができる程今の技術は進んではいない。彼等が拠点に構えた建物が廃墟であったことも今回の襲撃に踏み切らせた要因であり、壁が薄い部分、硝子の無い窓や破損状況がその視認を可能にしている。加えて、使い魔を複数使った結果、内部には二人の熱源を捉えていた。

 その内の一つはランサーのマスター、ケイネスのモノだろう。もう一つは彼が冬木に現地入りした時に伴っていたとされる彼の許嫁、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリのモノとみていい。

 そして内の片方が動かず、もう一方が移動している。

 

「なら話は簡単だ。僕はこのまま、ランサーのマスターを撃つ」

 

 戦場に姿を見せる頻度からいって、下に移動している方がケイネスと見ていい。

 壁の厚さからいって、一定の間隔で反応が途切れるが、位置が下っている事から階段を移動中と予想される。

 建物も新規のモノではなく建造途中に放棄されたものだ。内部の見取り図も頭に入れた。つまり、一階に彼が降りて出口の扉に手を掛ける瞬間が狙撃の好機。

 

「舞弥。君はセイバー達の戦いに動きがあれば教えてくれ」

 

 短く了解の胸を伝える声を聴いて気持ちを切り替えようとする切嗣。マスターを撃つという事はそれだけ彼にとっては大きなことで。英霊二体が散った今、その指に感じるトリガーは重く、同時にそれは彼の事情を知らない者にとって察する事の出来ないものだ。

 

 故にそれを改めて自覚したからだろう。

 

「舞弥―――」

 

 言うつもりの無かった言葉が口からこぼれる。

 銃身が僅かにぶれる。

 戦場に臨む、“魔術師殺し”らしからぬ様を晒しているが、それがそのまま彼の心の底を表していた。

 

「……アイリを頼む」

 

 ターゲットを殺すという認識はぶれていない。

 衛宮 切嗣にとって相手を殺す事と自身の感情とは別物だ。如何にそれが親しい者であっても、かつての恩人であっても、それが万人を害するなら迷う事無く切り捨てる。

 だからそんな彼が零してしまうのなら、今彼はその自身中の歯車を狂わせているという事に他ならない。そして、それを理解できたからこそ、通信越しでも感じ取れた舞弥は短く、ただ武運を、と一言だけ送って通信は終わる。

 

 今の彼に必要なのは守るだとか待っているだとか、安心させるような安い言葉ではない。戦場にいる彼の意識を戦いに向かわせる、寧ろ突き放す言葉だ。

 そしてその言葉に乗せられた信頼の通り、彼は意識をワルサーのスコープ越しに捉えるターゲットに集中する。

 

 もともと余計な事に注意を割いて行える程、狙撃というものは容易ではない。寧ろ全神経を注いでようやく舞台が整う所謂綱渡りに近い。

 だからこそ、呼吸を一つ置いて意識をターゲットを殺す為だけの機械として切り替えた切嗣は、今度は戸惑う事無くトリガーを引き絞り―――

 

「―――ッ」

 

 手に残る感触と、サイレンサーから洩れる硝煙が漂う。

 対象を確認すれば、粉微塵に吹き飛んだ扉の先に、コンクリートの地面に倒れ伏している男の足が見える。その足元に流れる赤い血だまりから死亡は確実だろう。

 

「舞弥、ターゲットへ命中を確認した。セイバー達の方はどうなっている?」

 

 そしてマスターが倒れればランサーの変調は必至。

 単独行動といったスキルを持っていれば話は別だが、少なくとも注意を逸らす事は可能だし、魔力のバックアップが途切れた以上隙は出来る。

 そうなれば結果としてセイバーの勝機は上がる。また、マスターが消滅したサーヴァントも他のマスターと手を組む可能性もある。ここで切れるならそれに越した事はないのだから、

 

『――切嗣ッ!』

 

「? どうし―――」

 

 突然耳につんざくような声がノイズ交じりに聞こえ、視線を僅かに正面から切った瞬間―――

 

「―――っ!?」

 

 戦場を渡り歩いた経験からか、切嗣は反射的に身体を横へ転がすようにして飛ぶ。

 すると一閃、銀色の光が窓から走ったと思えば、手にもっていたワルサーの銃身の先が綺麗に輪切りにされていた。

 

「ふむ。狩人気取りのネズミかと思えば、中々に勘は利くようだな」

 

「ケイネス・エルメロイ、アーチボルトっ」

 

 その足元に銀光の絡繰りと思わしき球体に乗って上昇してきたケイネスは、悠々と窓から中へと降り立つ。

 狙撃による手応えは確かにあった。センサー、使い魔の視界に問題はなかった。今までの彼が倒してきた魔術に驕った輩なら問題なく処理できたはずで、実際切嗣側でそろえたデータから分析するに、ケイネスは典型的な血統至上主義。これまで倒してきた魔術師の中でも比較的相手取りやすい部類の相手、だったはずだ。

 

「なるほど近代兵器か。奴の言葉で言うなら戦場の勘。知恵だったか、中々に勉強になったよ」

 

 しかし、ターゲットがこうして無傷で姿を晒している以上デコイ、網を張られていたのは覆りようのない事実だ。

 故に思考を回転させ、銃身が切断されて役に立たなくなったワルサーを投げつけ、切嗣はコートの下からキャリコを取出し狙いも乱雑にフルオートで撃ち放つ。

 一分間に数百発の弾丸を撃ち放つ性能はそれだけに反動も相当であるが、その不可能を可能としているだけにその弾幕は本来避けようもない死の壁となる。

 

 だが、

 

「――なかなかの手前をお持ちのようだが、種が割れた手品ほど滑稽なものはないな」

 

「自立防御、物理防壁かっ」

 

 立塞がったのはその足元に展開されていた白銀の物体。それらが切嗣の射撃に反応して即座にケイネスの眼前に防壁を展開したのだ。

 

「我が秘術を、その程度と思ってもらっては困るな――」

 

 そして、その銀幕は、主であるケイネスの手の一振りで形状を球体に戻す。

 その状態がいわゆる待機状態なのか――いや、そもそもこの場に現れた斬撃は何だ。あの時光った銀光、今ケイネスが刀剣のような鋭い攻撃用途のある礼装を持っていないという事はつまり、

 

 固 有 時 制 御

『time alter――』

 

 滾 れ 、 我 が 血 潮

『Fervor,mei Sanguis』

 

 間にあえと即座に術式を起動させる切嗣。背中に刻まれた刻印が熱を持ち、持ち主の魔力(いし)を読み取ってその速度を加速させる。

 

  二 倍 速

『――double accel!!』

 

 その刹那に彼の居た場所を襲うのは無数の銀槍。ケイネスが球体にして待機させていた物体から幾つもの槍がコンクリートの床と壁を軽々と貫きくり貫いている。

 加速した時間の中で、奇襲ではなく距離を置く事、現状の把握だ。

 ケイネスの武装は攻防に優れ、その展開力から並みの速さでは突破は不可能。

 今行使する切嗣の魔術なら可能性もあるかもしれない。

 

「――っ、グ」

 

 その加速が急速に衰える。

 一見時間の流れを操る魔術も、彼の使い方(・・・)では無理が出る。

 強襲に踏み切らなかった要因の一つがそれだ。

 

「ホウ――機械の玩具に頼る様な半端ものかと思いきや、中々に高尚な魔術をお持ちのようだ」

 

 “固有時制御”

 

 切嗣が戦場で切り札の一つとして編み出した、彼が使う数少ない魔術の一つだ。

 体感時間ではなく、空間の時間を引き伸ばし、或いは停滞させる。だがそれは言うまでもなく魔術の領域を超えるもの。大魔術でありもはや魔法だ。

 切嗣が単体で儀式として手順を踏まず、たった二節の呪文で行使できるような代物ではない。

 

「が、それだけに捨て置けぬ。理解に苦しむな。これほどの魔術を習得し、生す事がただの人殺しとは――魔術師として、貴様は徹底的に矜持が足りないと見た」

 

「ハ、――ァ……確かに僕は君らのような魔術師とは縁遠い存在だろうさ――だけど、それで構わない」

 

 即座にこの場での形勢の不利を悟った切嗣は、円筒上の物体を投げつけて撃ちぬく。

 

「煙幕っ、どこまでも小癪な真似を」

 

 後ろで空気と共に煙が薙ぎ払われる気配がするが、僅かでも視界を遮れれば問題はない。英霊相手では刹那ほども稼げない小細工であろうと、魔術師、つまりまだ相手が人間であるなら有効だ。例え行使する魔術がどれほど性能を誇ろうと、それを手繰るのが人である以上その初動さに遅れが発生するのだから。

 

 

 

 そうしてケイネスから距離を大きく空けた切嗣は、物陰から使い魔の視覚を共有して息を整える。

 自立起動の銀幕。

 まずい事に非常に相性の悪い礼装だ。

 切嗣の攻撃手段とは一部を除いて近代兵器による物理的な殺傷である。

 その速度と実用性。魔術による成否の不安定さと天秤にかけた結果、選んだ物であるが―――敵の防壁はその速度において銃弾を上回る展開速度を見せつけたのだ。

 銃を取り出してから呪文を唱えた様子もない事から、アレは展開している限り主に対する防御が自動で行われるよう術式が組み込まれているのだろう。襲撃に対していくつか供えをしてあるが、その悉くを防がれるのでは手の打ちようがない。術式を組み込んでいる以上、そこには穴があるだろうが、相手の性格を鑑みればそうやすやすと手札を晒すとも思えない。

 

 故にいま必要なのはその分析であり、中でも重要なのが―――

 

「――その性質。正体とまではいかなくても耐久力が分かれば」

 

 あるいは、徹底的に優位だと思い込ませて煽れば、全力で臨まざるおえなくなる程怒り狂わせる事が出来れば勝機は跳ね上がる。

 切嗣は懐に備えた相棒を確認し、行動に移る。

 

「勝つと決めた。救うために切り捨てる事を選んだ。あの時からもう―――目を背ける事はしないと決めたから」

 

 逃げる事はない。

 舞弥からの情報からセイバー達の動向を把握し、勝負を投げ捨てるにはまだ早すぎると自分の相対すべき敵を攻略する為に。

 

 

 

 

 

 

 雷光が瞳を焼き切らないばかりに周囲を圧倒する。

 一日に3度も夜の帳が街を覆い、その濃度を凶悪的に高める空間で局所的に、その場だけは闇を切り裂く雷光が轟音と共に顕現する。

 

創造(ブリアー)――』

 

 二人の英雄が互いに切った手札は、その顕現だけでも周囲を歪める。

 片方は文字通り歪に、己の方こそ正しいと世界を侵食する。

 片方は世界を切り離して乱れを正し、導く一条の光となって暗闇を突き進む。

 

 互いに相容れぬ程反発しあう吸魂と聖雷は、鞘から抜き放たれる前に鬩ぎ合い、

 

『Donner Totentanz―――Walküre!!』

 

 先に抜き放ったのはやはりというか、当然の流れか――正しく剣の英霊であると見せつける様に抜刀して見せたのはセイバーだった。

 

「は、ぁぁあああ!!!」

 

 秘剣を抜いたセイバーの姿は全身が雷を纏ったように青白い輝きに包まれ、その疾走は間合いとして十分に開いていた距離を刹那の間にゼロにする。

 剣と槍の英霊。両者にとってはもともと一息でつめられるものであろうと、この時のセイバーの脚力は常軌を逸していた。元々、最速の英霊という特性を持つランサーを軽々と超える速度を誇っていたが、その走りは一線を画しているといってもいい。

 

「――っぃ」

 

 故に、彼女がランサーの脇を巻き起こる突風も置き去りぬけたころ、振り向こうとしたランサーが己の身体が傾いたことでようやく自身に起こった異常を知覚した。

 

「ッァ―――」

 

 右足を綺麗に輪切りにされ、振り向く動作にようやく傷口が開いて重心が崩れる。

 斬線に淀みが無く、正確な一閃が痛覚すら遅延させていたのだ。

 これまで腕を切り裂かれようと貫かれようと、セイバーは見ていないが自身で腹を切り飛ばした男だ。この対処は間違っていない。ただでさえ野性的勘が働くこの男に初手から必殺を見舞えば防ぐなり躱される確率が高い。

 故に隙を作り出す為にまずは動きの機転を潰す。

 道理として間違ってはいない。

 だが―――

 

「―――ハ、この程度でしまいか、よっと!!!」

 

「―――!?」

 

 膝下から輪切りになった右足で、大地に突き立てるように――彼は自身の足だったものを傷口で踏み締めた。

 途端に飛び散る筈の血は、予想に反して一滴もなく。代わりに異物が肉を抉る不快音が鼓膜に届く。

 つまり、

 

「―――っと、やっつけだが問題はねェな。テメエも芸がネェ……正面切って殴り合いが出来なければ細切れだあ? 笑かしやがる。この程度で隙晒すくらいなら―――俺らは“英雄”になんざなれちゃいねぇし呼ばれねえよ。戦場の星なんざ夢のまた夢だ」

 

 何度か確認するように足踏みを繰り返すが、つくづくこの男の感覚が異常なのだと見せつけられる。

 狂喜に染まった顔をしているが、その音から察するに自身の杭を切断された足に突き立てて無理矢理接合しているのだろう。

 確かに、杭そのものを地面に突き立てても砂地に立てる様に沈むだけであり、立ち回りには便を失する。自身の肉体だったものに刺すならその点の心配はないだろう。

 完全に癒着するまでの間、簡易的な義足のようなものだが、仮に思いついても実行するなど、その感性は端的にいって狂っている。

 

「ってわけでだ。今度は、俺からいかせてもらうぜ」

 

 ゆらりととったその構えは嫌になる程見覚えのあるもの。

 ランサーの秘技の深部、彼の根幹を表し事象を侵食する宝具だ。

 確かにセイバーの展開の方が早く、実際に詠唱の中断には成功している。だが、中断した程度で霧散するような脆弱性はないのか、構えた状態から紡がれる呪詛によって周囲は完全な闇に包まれる。

 

 当然即座にセイバーが阻止に走ろうとするが、その体に踏込みを阻害する重圧感がのしかかる。

創造(ブリアー)――』

 

 見上げる頭上に上る深紅の月。

 見ようによっては美しくも不気味に映るそれは、彼の心象風景の象徴であり、空に月が輝いているという事は――

 

  死 森 の  薔 薇 騎 士

『Der Rosenkavalier Schwarzwald』

 

 彼の世界。

 紅い月が支配する魔性の闇夜が顕現する。

 

 白蝋に灼眼の男。その犬歯が口から伸びていく様はまるで物語にでてくる西洋の鬼を表すようであり、吉兆の月夜に君臨する姿はまさにその名を表しているといえた。

 

「―――フッ!」

 

 月の顕現に比例して増す重圧に対して体に鞭を打ち、セイバーは一息にランサーに駆ける。が、それも当然の選択というもの。

 ランサーのこの“夜”は対象を呑込んだ状態で展開し続ければその生命力、活力を吸い上げ、得た物の性質に問わず己の糧とする。つまり、この能力相手の長期戦など下策中の下策。

 故に、まだ義足擬きである右側面ならば反応に遅れる筈だと、よしんば防がれようとも僅かでも隙をつければ己の速力で十二分に踏破できると、それは彼女が戦場を駆けてきた故の自負だ。

 

「ア? 舐めてんのか、テメェ」

 

「く、ァッ」

 

 だが、その一撃にランサーは普段と同じく、いや、普段以上に鋭敏な動作で鍔迫り合い、空いた腕で短槍の暴風を見舞う。

 

「今のはっ」

 

 速度に関してはランサーの能力の上昇も推察以上であるが、それ以上に、今の動きは負傷した筈の硬さが無かった。

 ランサーの膂力はもとより高いが、それにしても健康体以上の動きであり、杭で繋がっただけの足の踏込みで打ち返されるほどセイバーの剣は軽くない。

 

「あ? ああ、これか。別に不思議でも何でもネェだろう。手品じゃねぇんだ。種もあれば絡繰りもある。そもそもだ、一段階能力が上がってんだ。このくらいどうにかできない道理があるかよ」

 

 持ち上げられた右足はあろう事か足首も機敏に動いている。

 宝具の能力は元の槍の能力から吸魂の吸い上げと自己への転化を高めた能力と判断していたが、これだけの短い間に神経を接合させ、彼の踏込みに耐える接着――いや、この場合はもう自己再生のレベルだ。彼の能力はこれまでの能力からより人を逸脱した、文字通り化け物染みているといえよう。

 

「つくづく、人間離れしてますね。アレですか、貴方もしかして吸血鬼とかに憧れちゃう性質ですか?」

 

「おお、いいねそれ。似たような言葉は最近聞いた覚えがあるが、ああ、その手の言葉は褒め言葉にしかならねェよ」

 

 彼自身肯定的で、一見すれば人を小馬鹿にしたような応対だが、あながち間違った指摘ではないだろう。

 月夜に自己を強化し、他者の血(命)を吸い上げる魔性。

 驚異的な膂力に再生能力。

 どれも人の領分を超える魔技。

 加えて、昼間に実際に見て体験した濃度が外界の時間が夜を迎える事で力の強度が増しているようにセイバーは感じ取っていた。

 いうなれば間が悪いのだろう。

 

「―――だったらどうだっていうんですか」

 

 条件としては初めから劣勢。

 接近戦を主体とする者同士の戦いだが、ランサーの能力はその汎用性を高め、より凶悪に、より対応力を増している。接近せずとも相手を貶める等反則じみているといってもいい。

 だが、仮にその能力がどんなに理不尽であろうと――

 

「仮に貴方の能力が闇に覆い喰らう力だとしたら、私は一条の光となってその夜を切り裂くだけです。それに言ったはずです、舐めないで!!」

 

 彼女の選択はひた走ること。

 鍛え駆け抜け、大火に焼ける戦場で先陣を切ってきたのは策を弄する為じゃない。

 後に続く仲間が、守るべき人々が、生きる為の道を見失わないよう自身が輝く導になりたい。

 故に握った剣もその気概に応える様に、彼女の信念の輝きに応え一際眩い雷光を迸らせる。

 

「――クハッ、そうだそれだよその目だ! あの時見せた胸糞悪いその面、俺はグシャグシャに磨り潰してやるって誓ったんだからよォ! オラ、もっと猛ろ魅せてみろ!!」

 

 対して、正面から避ける風でもなくランサーは嬉々として迎え撃つ。

 振り上げた腕を切り裂かれ、胴を貫かれようと彼は戸惑わない。

 急所を殺し切らない限り、その体は止まる事はない。痛覚というものを認識していないのか、彼はその驚異的な再生力にモノをいわせて拳を、杭を振りつづけ、時に短槍の弾雨を撃ち続ける。

 

「く、ァッ―――ァァアアア!!」

 

 当然、速力にモノをいわせようと面を制圧する波状攻撃にはセイバーも対処せざるおえない。

 十やそこらの弾幕なら彼女の剣舞の前に容易く散るだろう。だが、数の暴力で言うなら彼の弾雨はたった一人で機関銃並みの火力と速射力を誇る。そうなれば当然被弾は免れないが――セイバーもここにきて高々被弾程度で足を止める程安い覚悟で戦場に臨んでいない。

 

「オラオラオラオラァアアアア」

 

 そうなればこの勝負は単純に削り合いだ。

 セイバーの速度にランサーの再生能力が徐々に引き離されてきている、ダメージは蓄積しているのだ。

 無論、吸魂の杭は直撃でなくとも、掠るだけでその魔性が対象を蝕む。

 

「そっ、こ!!」

 

「ぅおっと!」

 

 ダメージの割合で言えば被弾率は低くとも、総体的な量はセイバーが多い。その疾走に躓きでもすれば、瞬く間にこの“夜”がセイバーの余力を喰いつくすだろう。

 

「オラどうしたよ。動きが鈍って見えるぜ!」

 

 故に気力を途切させるわけにも、歩みを止めるわけにもいかない。

 もとより止まるつもりもない。

 

「ぁッ、まだ、まだァ!!」

 

 走り続ける斬線。

 引き絞った弓から放たれる様に体が、その延長である剣がランサーに傷を増やす。

 ランサーが短槍を打ち出すよりも早く、原理的に言えば放たれた弾丸を後ろから追い越すような行為。

 はっきり言って出鱈目だが、それを可能にするからこそセイバーの剣技はランサーの魔技に鬩ぎあえている。

 

「っこのアマ――いい加減にっ」

 

 ランサーの笑みに余裕の色が薄くなる。

 依然として戦に悦を見出す狂った色に変化はないが、駆け回るセイバーの姿が鬱陶しいのか、はたまたこれだけの猛攻に堪えないその愚直さが腹立たしいのか、ランサーの攻撃は次第に大降りに、より激しさを増していく。

 

「―――に落ちるのは貴方の方ですっ」

 

 より速く。

 相手より早く深く多く。

 穿ち斬り飛ばされた血肉が、闇色の世界にその延長を赤い線で彩る。

 

 両者のぶつかり合いは既に二桁を優に超え、三桁の数字を駆け抜ける。

 セイバーの一撃一撃が目にもとまらぬ故に、ランサーの一撃に間隙というものが無いが為に。

 

 いずれどちらが倒れる筈の戦いであるのに、終わりの見えない攻防は見る者にとって焦燥感を抱かせる。

 これが問答ではなく、刃と刃による命の削りあいであると解っていても、固唾を吞まずにはいられない程に。

 

 

 そして―――終わりの見えない、見えなかった勝負の行方は唐突な幕切れを引き寄せる。

 

 

「!?」

 

 幕切れとしては呆気ない。

 幾重にも繰り返せば、英雄といっても所詮は人、エラーはつきもの。であれば、セイバーが僅かに態勢を崩した隙を、ランサーが見逃すはずがない。

 

「ハ! これで、終い――――」

 

 見れば周囲は荒れに荒れ、疾走した舗装は砂と瓦礫の山。つまり、ランサーの吸血とセイバーの疾走に環境が耐え切れなかったという事。そして運動量において、どちらが大きく締めているかなど比べるまでもない。

 故にセイバーが苦し紛れに返す刃で反撃を試みようと、踏込みの甘い剣で防げるほどランサーの一撃は生易しくないとくれば―――そう一撃を覚悟した時だ。

 

「え―――」

 

 視線は逸らさなかった。

 騎士の矜持として、受ける一撃はしかと留める。僅かに視界を閉じて反撃の好機を逃すなど脆弱にも程がある。

 女だろうと、戦場に出た以上半かな気持ちで立っているわけがない。

 

「消え、た……」

 

 だからこそ、目の前で起きた敵の消失に、思考が停止する。

 誓って見逃す事はない。

 だからこそ不意打ちに上空や地中を取られるという事もない。

 そもそも、あのランサーがそんな搦め手を好むとも思えないというのが一つ。

 そして、この戦場で戦っているのが自分達だけでない事に思い至ったのが脳裏に浮かぶ。

 

「―――いや、この方角は」

 

 そしてその懸念が間違いでない事を裏付けるように、僅かに離れた場所で槍兵の気配が起こった。

 

 

 






 今年もあっという間に二月だよということで唖然としているtontonです。
 いや、なんだかんだで本当にこの話投稿し始めてもうすぐ一年がたちますね。果たして腕は上がっているのか落ちてるのか(震え

 えー今回はいろいろ参考に戦闘の描写で緩急をつける事に挑戦してみました! うまく表現できてるかな(焦

 ともあれランサーのセリフ回し考えるのが楽しくてしょうがない。Fate陣営も今回は活躍させられたしバランスはいいかな、と個人的には満足。
 ですが、ともあれこの章完結させないとですよね!

 てわけで今回は此処まで!
 二月中ちょいと忙しいですが、もう一話上げられるよう頑張りますのでまたよろしくお願いします!


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「介錯」

 


 

 

 

 小さく一定のリズムで響く靴の音は、人気の無いコンクリートの建物にはよく響く。

 その音には迷いや慎重さといった戸惑いが無く、威風堂々と自信に満ちた風に乱れが無い。

 それもその筈。

 廃墟同然だった建物を改修し、魔術を施し補強する上で内部周囲の把握は当然の事。彼にとって襲撃される事は想定している。いや、考慮に入れたからこそ襲撃されやすい外観を保ったまま拠点にしたのだから。

 

「――どうやら、隠れる事に関しては芸が立つようだな」

 

 故にこの襲撃は彼のシナリオ通りと言える。

 前回、キャスターに襲撃されたことを踏まえて防衛設備は最小限に、オフェンスよりディフェンスに注力している。

 侵入への警報を徹底、同時に外界と物理的にも魔術的にも隔絶させる。一度内部に捉えた獲物を逃がす事が無いように、今度は余計な邪魔が入らないようにと――ランサーからの強い要望だったが、今回の聖杯戦争は不確定要素の乱入の色が強い。ケイネス自身としても、これ以上周到に用意した舞台が掻き回されるのも望まないが為に、この布陣は当然の帰結と言えた。

 

 その為、如何なコソ泥だろうと早急に排除する自信が彼には会ったのだが――

 

「フム。この場所に関しても下調べ済みという訳か……なるほど、ネズミではあるが、頭まで小物ではないという事か」

 

 敵も襲撃にあたってそれなりの用意はしてきたという事なのだろう。

 考えれば当然だが、外来の魔術師が狙われやすい要因の一つが拠点の脆弱さだ。時間を制限された中で作れるものなど限られているし、魔術的拠点になりそうな主要な場所は既に御三家、教会側が押さえている。

 今回ケイネスがこの場に手を加えたといってもそれは既存の建物に手を加えたという話であって、内部全体を異界にするような大魔術を行使しているわけではない。

 廃墟同然の建物であるなら、それは調べれば内部の資料くらいは出てくるだろう。

 

 つまり、腕に覚えのある魔術師から見れば、此処は容易く狙える狩場に見えた事だろう。

 

 そしてだからこそ、ケイネスは笑みを浮かべるのだ、浅はかだと。

 

 追 跡 抹 殺

『ire:sanctio――』

 

 彼の魔力の籠った一言で背後に追随していた銀色の球体が蠢動する。乱回転するように、水面が波立つように表面が蠢き、徐々にその体積を減らして小さくなっていく。

 その下、コンクリートの床には、銀色の細い線が驚異的な速度で建物の壁という壁、廊下を疾走する。

 そこに重力といった自然的な縛りはない。

 

 壁を走り、亀裂に潜り込み、或いは天井の穴を突き抜け登っていく。

 

 銀の筋の一つ一つが彼の目であり耳であり、手足となって建物内部を走破する。

 

 

「その程度で―――」

 

 そう、これはつまり攻防一体の礼装ではない。

 

   斬

『――Scalp』

 

 張り巡らされた銀の糸が球体に戻り、新たに紡がれた呪文から先程よりも激しく波立った表面から、こぶし大の塊が薄く、鞭のように撓り伸びて彼の正面の壁を幾重にも切り裂き、切り裂いてさらに伸びる。

 

 その先には彼の想像通り、先程逃走したセイバー陣営の襲撃者、衛宮 切嗣の姿があった。

 

「この国では地の利、とでも言ったかな? 仮とはいえ居を構えるなら当然詳細の把握は入念に行っている。息を潜めた程度でこのロード・エルメロイの目を謀れると思ったか」

 

 

ヴォールメン・ハイドラグラム

“月 霊 髄 液”

 

 つまりこれら一連の動き、それは常温状態の金属“水銀”を魔術により流動させる事によって功撃防御探索を可能とした物。それがケイネスが持つ魔術霊装の正体だ。

 

 

「ク――っ」

 

 居場所を看破された切嗣は瞬時に横に飛び、手に持ったキャリコを撃ち放つ。

 体制が体勢だけに狙いなど度外視であるが、ケイネスの礼装、“月霊髄液”を前にすれば至極当然の選択だ。何せこの銀の球体が誇る自立防御の展開速度は優に弾丸をはるかに上回る速度であり、それがそのまま攻撃に転じれば回避困難な連撃が繰り出される。

 

「フ―――芸の無い」

 

 そしてその速度が弾丸を優に超すという事は、牽制に放った百近い金属の球は全て彼の“水銀の膜”によって防がれる。展開時に見えた断面から厚さは僅かだというのに、その表面には僅かな傷もつかず全てが弾かれている。

 

「ならっ」

 

 弾丸によって貫通できる防御ではないと悟った切嗣は空になったマガジンを投げ捨て――懐に伸ばした手が掴み取ったのは楕円状の物体に網目のような模様が入った物体。

 近代兵器に明るくない人間でも見間違うはずの無い独特のフォルム。

 ケイネス目掛けて投擲した切嗣はその行方を確認する事なく身を翻す。が、それがなんであるかを考えれば当然である。

 

 彼が通路の角に素早く身を隠すのと同時に空中で炸裂する手榴弾。

 爆発によって生まれる生成破片が周囲に四散し、ケイネスはおろか周囲の壁や天井を無差別に傷付ける。単純な爆発による殺傷力よりも対人を想定したより確実的なフラグメンテーションによる面による圧殺。

 だが、

 

「―――どうした。手持ちの魔術は品切れということか。それとも、今度は大砲でも披露してくれるのかね」

 

 爆発に伴う埃が晴れたそこには、球体状の“月霊髄液”を解除するケイネス。当然と言わんばかりにその姿は無傷、声からして手榴弾による効果が望めないと切嗣も悟ったのだろう。そのまま姿を晒す愚を犯す事無く、僅かに聞こえる足音が遠ざかっていくことを教える。

 

「無駄な事を……」

 

 だが一度そこにいると確定している以上、ケイネスが背後を取られるという事はありえない。それ程までに“月霊髄液”による探査能力は迅速であり、その制度には絶対の自信と信頼がある。故に最初の一撃を決められなかった以上、奇襲の失敗を悟れず交戦に移行した時点でこの勝負は決している。

 それは一方的な追う者と追われる者の構図を表し、襲撃者が一点、追われる側へと転じている。

 

 無論、切嗣もただ闇雲に逃げ回るだけではない。

 建物内を駆け抜けながら外部にでないのは、彼が開けた室外より入り組んだ場所を好む事事に起因する。曲り角や死角の多い通路や部屋では、トラップの設置が容易だからだ。内部の情報を事前に把握し、且つ、突入前に全体の内部構造を把握していたからという事もある。

 しかし、ケイネスはそのワイヤートラップやキャリコのマガジンを使った即席のクレイモア、壁面の穴を正確に穿つ弾丸の奇襲すら動じる事無く全て防いでみせた。

 ここまで来ると完全自立防御、しかも高硬度の防壁は重火器との相性の悪さが際立ってくる。物理的防御の欠点、これだけの制度と強度を持つ術式なら起動と可動に相応の魔力を消費する筈である。が、当の術者であるケイネスはまるで焦る様子が無く悠々と、確実に切嗣との距離を詰めにていく。

 

 追われる側である切嗣としては仕切り直しを考慮する場面だろう。だが、切嗣は知る由もないだろうが、彼が建物内へ身を潜めた段階でこの建物内の出入り口は完全に塞がれている。仮に彼が逃走を試みたとしても、フロアに入った瞬間に拘束されるとしたら対処のしようがないだろう。ランサーからの指摘から重火器、爆破等の備えもある。仮に切嗣の装備、礼装がケイネスの想定する範囲を出ない物であるならば、この階下へ追いたてる逃走劇はいずれ終わりを迎えるという事になる。

 

 そして、追われる側の切嗣が魔術師として無能でないのなら、出入り口の仕掛けに勘づく可能性も少なくない。よって、一階正面入り口の前、二階と繋がる階段前の広間で、彼はケイネスの到着を待ち構えていた。

 

「いよいよ、覚悟を決めたという事か。よろしい、ならば是非もなく、全力で迎え撃たせてもらうとしよう」

 

「―――っ」

 

 階下に移動し、この場に追い詰められた時点で切嗣に退路はない。

 元々、高層ビルや多目的に広い面積を要するものでもない建物では再度上階に逃げる道は、ケイネスの立ち位置上塞がれている。背後の出口に設置されたトラップを察知したのか、それとも単純に外へ出る事を嫌ったのかはケイネスの知るところではない―――が、それだけにこの状況で切嗣が選ぶだろう手段は大きく分けて二つ。

 死力を掛けた正面からの打倒か、

 

 固 有 時 制 御

『time alter――』

 

 捕捉を逃れる死角へ回る為の高速移動。

 彼が選んだのは後者であり、後退と直接的な戦闘で得られる成果が薄いと承知なら、彼が選ぶのは死角は死角でも側面や背面を狙った奇襲ではなく、その背後へ向けての疾走。そう、単純に時間を引き延ばす行為だ。

 

 もっとも、予測していたという事は対処法も用意していたという事。切嗣が魔術を発動させようと魔力を巡らせた時点で“月霊髄液”は主の命令に従って動き出していた。

 いくら彼の速度が人の域を超える高速を可能にしていたとしても、トップスピードに至る前に網を張られればブレーキを掛けざるおえない。

 

 制 御  解 除

『Release alter!!』

 

 急速に彼のスピードが常人のそれとなり、ケイネスの目でも追えるものとなる。だがそれはこれまで切嗣が見せた行使によるセーフティーではなくマニュアル。術者本人の認識による強制解除だ。

 急停止から横に流れるように身体を滑らせ、その動作の中ですぐさま銃撃を繰り出す。

 

「フ、見抜かれたのがそんなに意外だったかね?」

 

「――チッ、―――time alter」

 

 即座に肉体行使に倍加する術理を纏う。

 切嗣が行う固有魔術ともいうべきそれは、一見時間を引き延ばす無敵じみた能力に見えるが、ケイネスの指摘通り当然欠点というものがある。

 その一つが自身単体とはいえ、時間操作による反動。つまりは連続使用の限界。

 

 そしてもう一つは、あくまで術が引き延ばすのは彼という人間が起こす動作の時間(早さ)を狂わすという利点が一転、欠点を孕むという事。

 

「考えてみればそう難しくもない。もし、その術が単純に貴様の身体能力を強化するのなら、そんな玩具に頼らず、自身の肉体で撲殺なり絞殺した方がはるかに効率的だ」

 

 ではなぜ彼がその選択を除外して銃火器という飛び道具を選んだのか。

 

「となれば、強化するのは肉体ではなく“動作”そのものと考えれば説明がつく。発動後の消耗具合、徹底的に接近戦を嫌うという事は、つまりその肉体の強度に変化が無い事の証明に他ならない、と、そう考察した次第だが、如何かね」

 

 選択肢としてナイフの投擲はしても、加速時にそれを直接振るう事は圧倒的に少ない。逆にそれがケイネスの仮説を高める要因だ。

 つまり、同じ強度、体積の物体でも速度による加速が乗れば同じ距離であろうともたらす破壊力は甚大だ。無論相手にも、自身にも。

 

 いうなれば、術を行使している切嗣はエンジンの切り替わった車だと思えばいい。

 1のエネルギーの消費に対して10の力しか運動しないものが20、30と規格以上の行使を可能にする。当然、加速力が違えば衝突した場合の被害が大きいのはどちらか、論じるまでもない。付け加えるならば、元の規格以上のエンジンを無理矢理つなげて走らせれば車体がどうなるか――少なくとも、オーバーヒートは確実だろう。

 

「ク――ッ」

 

「そしてこれもまたそう―――」

 

 マガジンの切れたキャリコを投げ捨て、懐からトンプソン・コンテンダーを抜き様に放つ。それは見事なクイックドロー ――だが、キャリコに比べて数段上の貫通力と破壊力のある銃撃は、ものの見事に銀幕一枚に阻まれた。

 

「仮に貴様が行う“行動”全てを加速できるなら、そもそもナイフなど回りくどい事をしなくとも“撃ち出した銃弾”を加速すればより確実性が上がる筈。それが出来ず、ナイフの速度が加速するという事は、術は使用者が行う“動作”に伴う事象を操作すると考えられるという事になる」

 

 銃弾は切嗣が引き金を引いた結果、火薬によって撃ち出されるもの。

 対して、ナイフは切嗣が投げた結果。彼の行動に直結している。

 故にこれらを結びつけた結果が、ケイネスの推論となる。

 

「随分と、口が達者なマスターもいたものだなっ」

 

「なに、これも性分というものでね。仮にもつい最近まで教鞭を振るっていた身として、君の魔道は実に興味深いよ。実に―――滑稽奇怪極まる、まさに奇術としてな」

 

 外れていまいと、意味を浮かべながら余裕のある動作で無数の銀槍を放つケイネス。対して、切嗣が高速で迫るそれらに対処する手段とは一つしかない。

 

「――っ」

 

 本来連続行使を前提としていない魔術の施行に彼の体は悲鳴を上げる。若干技の発動が遅れたように見えたが、実際にはそれで回避には事足りる。

 なぜなら、ケイネス自身この程度で終わりにする気はないかったのだから。侵入を感知し、その意図を悟った時点で勘違いした獲物をいたぶり、浅はかさを徹底的に後悔させると誓ったその時から、彼は切嗣をそうやすやすと殺す気はない。

 

 故に―――

 

「さぁ、そろそろ種も尽きたろう。いい加減に―――」

 

 出口でも上に上る階段でもない通路の間にある一室。そこに追い詰めた獲物を前に悠々と敷居をくぐるケイネスを、弾の雨が歓迎する。

 余裕、慢心をしていたケイネスを相手に切嗣のクレイモア地雷は見事に隙をついていた。

 

「―――それで、終わりかね?」

 

 むろん、それが不発に終わるだろうことは両者にとって共通の認識であったが。

 

「…………」

 

 無言で残った唯一の武装であるコンテンダーを構える切嗣。

 対して、ケイネスは地雷が発した鉄球群を防いだ水銀の膜を待機状態である球体に戻す。

 互いにすぐさま攻勢に出ることはない。

 切嗣は機をうかがっているのだろうが、ケイネスの表情、目は獲物を前にいたぶる狩人のそれだ。

 

 であれば、ただにらみ合うことで終始するはずもなく―――先に動いたのはケイネスだ。

 

「ならばここで引導を渡してくれよう。魔術師らしい戦いというわけにはいかなかったが、なかなかに勉強になったよ―――」

 

 

 

「―――いや、コレでチェックだ」

 

 だが、ケイネスが振り上げた手を下す前に、反撃でもなく静止の声をかけたのは切嗣だった。

 いったい何をと目を凝らしてみれば、切嗣がコートから出した左手には携帯電話より小さく細い円筒状の物体が握られている。その上部のカバーらしき物体を指で弾きあらわれたボタンに指をかけた。

 ここまでくればその手の知識に疎いケイネスとて察しが付く。というよりかは、最後の最後に見せた切り札はやはり魔術ではなく、そんな機械仕掛けかと嘲笑すら返した。

 

「それが? 見たところ起爆装置のようだが、今更その程度で―――」

 

「……誰がここを爆破するといった?」

 

 その言葉に、ケイネスは僅かなひっかかりを感じて完全に手を止める。驚くべきことは、その様子に対して、切嗣がコンテンダーを持つ右腕を下げたからだ。

 敵を前に銃を下げる愚行にケイネスは訝しむが、その種明かしというように、切嗣は左手の起爆装置を正面に掲げる。

 

「その礼装を見るに、ただの爆弾や、ましてや物理的手段による圧潰が望めるとも思えない」

 

 彼の指摘はもっともで、事実これまで彼の持つ銃器、爆薬を使った即席のトラップはすべてその礼装一つに防がれている。

 

「なら――」

 

「ならばそう。防壁の突破が無理なのなら、それ以外の対象をカードにして勝負に出ればいい」

 

 故に、誘い込まれたのは自分ではなくお前だと切嗣は暗に示す。

 だが、彼が今まで行った試行錯誤の数々はすべてケイネスの前に不発で終わってきた。一つの例外もなく、だ。それを思えばブラフによる駆け引きかと彼は断じようとしたが―――

 

「――そういえば、上で確認した熱源。あれから動きがないな」

 

 続く彼の言葉に思考が停止した。

 この建物内で熱源、つまり生きたものでケイネスを除けば、それは考えるまでもない。

 

「!? いや、だがそんな時間は貴様にはなかったはずだっ」

 

「世間で発達する化学もばかにできない時代になってきたということさ。その球体による探知、こちらのトラップにはすべて発動後に展開している」

 

 切嗣のトラップの手段は時限式と対人地雷の手法を応用した簡単なトラップだが、切嗣自身がどこに隠れようと“月霊髄液”による探知はすぐさま獲物を見つけ出す。

 そう、獲物は見つけているのだ。

 仕掛けたトラップは手持ちの武装をフルに使い切ったといっていい。中には、ケイネスの意表をついて驚愕させたものもあった。

 そして驚愕はしていたということはつまり、それらのトラップの、少なくともいくつかは彼の探知から逃れていたという事実。

 無論、それらをもってしても防げる余裕はあったのかもしれないが、

 

「いや、違うな。仮にそうだとしらそもそも発動前に十二分に潰せたはずだ」

 

 だが切嗣はその選択を即座に切り捨てる。

 

 彼の分析からして、ケイネスが相手のトラップを見つけたのなら雑に切って捨てるだろう。完璧主義そうな来歴から見ればなおのこと。なら、その探査手段は視覚を有するのではなく、別の手段、熱源や触覚に頼ったものだと考察できる。

 そしてそこまで至れば、これまでのトラップ群は彼の仮説を補強するのに十二分な量を有していた。

 

 その極めつけが――

 

「そしてもし動く爆弾があったとして、推論どおりならその機械を見逃したとしても不思議はない」

 

 つまり、切嗣の行動が逆にその推理を裏付けたということになる。

 もちろん、彼の装置がその言葉通り実在する保証がない以上、ケイネスに確かめようがない。これもまたブラフにより現実味を持たせるための行為と判断することもできるが、

 

「何なら試してみるか? もっとも、少しでも妙な真似をすればこちらは即座に起爆させる」

 

「貴様っ」

 

 天秤に彼の伴侶がかかるとなれば話は変わる。

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。

 両家にとっては名家である家々が決めた所謂許嫁の関係だったが、当事者であったケイネスにはその対外的な関係以上に募る思いというものがあった。切嗣にとっては思わぬ誤算となったが、結果的にそれらがケイネスの手を止めたのは事実。故にこの状況に陥るまで気づかなかった時点で、ケイネスは詰んでいたのだ。

 

「仮に彼女に手を出してみろ! その時はただでは済まさんぞっ」

 

「生憎と僕は雇われの身だ。僕自身が消されようと、そのあと陣営的に痛みはない。聖杯にかける覚悟を甘く見たのがそもそもの敗因だ」

 

「――っ」

 

 悠々と狩人を気取って獲物にされたのは、その実ケイネスというこの構図。いや、この場合は窮鼠猫を噛むというやつか。鼠がひっさげてきた牙はケイネスの急所をとらえてきただけに形勢は大きく変わった。

 

「卑怯と罵るかい? 余裕たっぷりに嬉々と狩人 気取りで追立てたのはそっちだ。第一、先に侵入者を迎え撃つ為に罠を張る様な人間に指摘されるいわれはない」

 

 上階で臥せているソラウは先の連戦から魔力を大量に消費している。今でこそランサーが宝具を発動していることによってその消費は抑えられているが、発動時とそれまでの消費はそのまま彼女に圧しかかっている。端的に言えば動ける状態ではないのだ。

 そんな状態である彼女、戦闘行為すら取れない彼女を人質に取るなどまさに外道の所業である。

 だが、

 

「っ、彼女に戦闘行為は―――」

 

「できないから? 巻き込むのは非道だと? そんなに大事ならそもそもこんな戦争に連れてくるべきじゃない。その覚悟ができていない時点で、僕でなくとも、お前はいつか足元をすくわれていたさ」

 

 魔術師にとって目的の為に手段を取らない輩は大勢いる。その選ぶ手段の制限ですら、“表の目”触れなければいいという秘匿できれば頓着しないというもの。よく言えば大らかだが、見方を変えれば酷くずさんなのだ。それ故、規律と神秘を重んじる教会側とは対立が絶えないのだが―――今重要なのは目の前のこと。この男が目的の為に手段を選ぶかどうかであり、その点に関しては信頼というには歪んだ確信がケイネスの胸にはあった。

 

「目的は何だ? 棄権か? 令呪を明け渡せとでも?」

 

 自棄気味に問うケイネスの言葉に、しかし切嗣は鼻で笑うように切り捨てる。その程度のものに意味はないと。

 

「例え礼呪を明け渡そうと、教会側から報奨の令呪をもらえば意味はない。だから僕が提示するのはランサー、サーヴァントの礼呪行使による自害。物理的にその参加資格を失ってもらう」

 

 言葉による宣言に意味はないと、彼は明確にマスターとしてこの戦争に対する資格の放棄を告げた。

 切嗣は知る由もないが、ケイネスの礼呪は現在一画。彼の言う通り報奨を受け取れば結局意味はないが――現状サーヴァントがあぶれていない今、この段階で一騎が落ちるのは意味合いが大きい。

 

「……ッ、その契約、こちらがしたがったとして貴様が守る保証が何処にある!」

 

「確かにないな。だが、この駆け引きに乗った時点であんたに選択肢は二つに一つ」

 

 もちろんその提案に乗ることによって切嗣が順守するような保証はない。彼が言った通り、言葉による宣言がどれほどの意味があるというのか。しかもこれは互いの血をかけた戦争、殺し合いだ。

 

 故にこの問答は馬鹿げている。

 

 目の前の敵を前に勝利への切符を自ら捨てる行為がどれほど愚かな事か、そしてその提案に従わざる負えない自身の矮小さ。

 

 考えるまでもない。

 

「さぁ―――答えを聞こうか」

 

 

 

 

 

「――――――――ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが令呪をもって此処に命ずる。ランサー」

 

 

 

 

 

 もとより、ケイネスに選択肢など、彼の言う通りなかったのだから―――

 

 

 

 

 

「―――ソラウを連れて即刻離脱しろ」

 

 

 

「っ!」

 

 ケイネスの言葉の意味を咀嚼するのに半瞬遅れた切嗣は、反射的に手元の起爆装置を起動させる。あわよくば混乱を誘発できればと思ったが――

 

「これで、そちらの札は不発に終わったな」

 

 頭上で起こった大きな振動に対し、ケイネスは怒りをあらわにするどころか、その手に宿っていただろう礼呪を失った腕を見せてせせら笑う。

 その表情から、使い魔の目を通して探るまでもない。

 爆発の僅か間に響いた獣と間違うかのごとき絶叫、間違いなくランサーのもので、つまり切嗣による爆殺は見事に防がれたということ。

 だがその代償は決して小さくない。

 

「……正気か」

 

 その手に宿っていた礼呪が行使によって光を放っていたことから、その腕が示す無画は覆しようのない事実。なら、彼はランサーを呼び戻すことも出来ず、サーヴァントによる離脱もできないということ。

 セイバーがこの場にいる状態で切り札である礼呪を失う行為が、一般的にどのように映るのか、

 

「ああ、私自身驚いているが……正直今は怒りのほうが強くてね―――嘗めてくれたなコソ泥風情がっ!!」

 

「!?」

 

 とっさ切嗣が攻撃を避けられたのは、偏に戦場を渡り歩いてきた経験と勘による警鐘によるものだ。そう何度も生身で回避できるほど、“月霊髄液”の制度は甘くない。そして頼みの“固有時制御”に関しても連続使用で過負荷が来ている。正直、切嗣は立っているだけでもやっとの状態なのだ。

 

「セイバーが駆け付けるまでなどと悠長なことは言わん。この場で即誅罰をくれてやるっ」

 

 理屈で切嗣の状態を悟っているわけではない。彼にしては珍しく、ケイネスは純粋に怒りのみで殺意を抱いていた。

 

 

「――――か」

 

 そしてそれ故に、彼は目の前の男が僅かに顔を歪めたのを見逃したのだ。

 

 だが、たとえ余人がそれを見ても誰がとがめられよう。

 

 怒り狂っているとはいえ、相手はどう見ても満身創痍。その手に握った銃を向けていることこそ異常なのだ。また、仮に引き金を絞れたところでケイネスが持つ“月霊髄液”を前に“ただの鉛玉”など威嚇にもなりはしない。

 

 だからこそ、彼は男の狙い通り選択を誤った。

 

 愛する人を守るために取った行動がどれだけ尊い行いであろうと、その激突によっておこる結果は、どこまでも残酷だった。

 

 

 






 原作どおり、彼の人は散ってもらいました(合掌


 ―――しかしキャラの感じは大分清かった気がしなくもないtontonです。
 いや、愛って素晴らしいんだよ愛って(棒
 ランサー戦は一区切りつけ、事後処理的にあと一話つけてこの章は終了ですな。
 うむ。この小説もようやくENDが見えてきた(白目
 長かったけど――が、頑張ります!


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「盆」

 


 

 

 

 既に深夜に差し掛かるこの時間帯。冬木の街も、活気と熱気にうなされる新都の街も例外なく、その光を消していく。

 寝静まる街。

 そんな人気の無い街の一角、周囲に比べて面積を有する公園で、それは唐突に像を結んだ。

 

「――クソ、ガッ、あの野郎、ここぞって時に舐めた真似してくれるじゃねえか」

 

 怒り心頭に発するとはまさにこのことかと思わせるように、白い相貌に血管を浮き上がらせ、隠す事無く叫び散らす男、ランサー。だがこの場にその声を聴く者もいなければ、聞いて駆けつける厄介者もいない。

 彼がこの場に姿を現すと同時に作動した術式、人々の意識を逸らし、遠ざけるそれは文句のつけようがなく正確で、それだけに術者の力量を窺わせる。

 そして―――

 

「―――ん」

 

 聞く者がいないというのは正確に言えば、聞けるものがいないという事。

 男の傍らで倒れ伏していた女性、ソラウは、男の雄叫びを間近で聞いていた為か、その深く眠っていた筈の意識を覚醒させる。

 

「ここは――」

 

「チ……いい気なもんだな女。手前の男が一世一代の大博打って時によ」

 

 半覚せい状態の彼女にランサーの舌打ちは耳に届かなかったのか、彼女は周囲と伏せていた地面の冷たさに徐々に意識を取り戻していく。

 彼女の最後の記憶とは、第二のアジトとして構えた廃墟を改装し、その拙さを詫びると共に休息を進めた夫となる男の姿。連戦に続く魔力の枯渇に、彼女は彼の厚意に甘えて比較的整えられていた一室で自己暗示による休息を取っていたはずだ。

 それが―――目を覚ましてみればまるで見覚えの無い、いや、見間違いようもないほどの変化を見せつけている。瞬間的に廃墟が吹き飛んだり景色が変わるという事は問うまでもなくありえない。そしてだからこそ、彼女は問うべき問いを目の前の男に問いかける。

 

「ラ、ンサー……その、ケイネスは、どうしたの」

 

 その問いに舌打ちで返す目の前の男。

 それは彼女の問いが言葉足らずだった事や脅えていたように見える事から来るものではない。もっと単純に、そんな解りきった事を問うなという、明解なものだった。

 

「仮にもだ。変則的とはいえ、オメエさんも俺を通して三人ともパスは繋がってたんだ。わからねえ筈もねえだろ。それとも何か? 寝ぼけて頭のネジでも締め忘れてんのかよオイ」

 

「パス―――」

 

 そのランサーの言葉に、本当にそれまで失念していたと言うように己の中、そして目に見えない流れを感じるように目を閉じる彼女。ここで言う“繋がり”とはランサーに対する“命令権”と“魔力供給”を分けた事による変則的な契約の事で、それがある限り、彼女等は自信を、彼の事を離れていながらに感じる事が出来る。

 

 そう、相手がどんな状態かも、だ。

 

「―――!?」

 

 ランサーを中心に意図が伸びるようにして感じられた魔力の通り道、ラインは伸びていた筈の片方が不自然に断ち切られていた。いや、その残骸を感じられるだけに、歪な紐が漂っているようにも思えるが―――どちらにしても、その結果が占める結論は一つしかない。

 

「ラ、ランサー!! 彼を、ケイネスの救出に―――」

 

 バネ仕掛けの様に頭を、横の男に向けてあげた彼女はすぐさま理解した情報を伝えようと叫び散らすようにして命令しようとした。したが――

 

「あ? んで俺がそんなしちメンドくせぇ事しなくちゃなんねぇんだよ」

 

 被せるように、切り捨てるように突き放す彼の言葉にその後に続くはずの言葉が、表情が凍りつく。

 

 今この男は何といったのか、ソラウにはソレ処理できない理解できない。

 パスを通してケイネスの状態が分かるとソラウに言ったのは彼だ。つまり、その程度の状況、彼は既に把握しているという事で、彼はケイネスが手遅れ(・・・)だという事を知っている。

 

「なにを言ってるの……彼は貴方のマスターでっ、貴方は彼のサーヴァントでしょう!!」

 

 だが、彼は何を置いても先ずケイネスが主人であるマスターで、その主が倒れるという事は彼の望む戦場への資格を失うという事の筈だ。それ故にその言葉が理解できない。いや、その理解を拒絶する。

 

「―――けろよ」

 

「っ!」

 

 そんな癇癪を起す彼女を、背後の街頭に押し付けるように突き出した右腕が、彼女の頭上で鉄柱を湾曲させる。

 喚こうとした彼女をさらに凶悪な怒気でもって威圧し、捩じり切れたその上半分は半場が首を折られるようにぐらりと傾く。

 

「勘違いしてるようだから、この際ハッキリ言っておいてやる」

 

 背後で倒れた鉄の塊が甲高い音を響かせ、そらした現実に無理やり目を向けさせようとする。

 いつの間にか月を覆う頭上の空が、彼女の心境を表すようにさめざめと泣き出す。

 

「手前らに召喚されてから今日今まで、俺はお前ら劣等の事なんざ主と認めちゃいねぇ」

 

「なにを……それでも彼のしてきたことはっ」

 

 それは、薄々も気が付いていたこと。そしてケイネスも同意見であったからこそ、互いの領分を明確にし、過度に干渉しないよう神経を張り巡らせていたはずだ。事実、ソラウ自身己が単独でこのランサーを呼び出していたら、とてもじゃないが手綱を握れる気がしない。それほどまでの采配を見せていたのか彼であり、それだけに、歪ながらも信頼関係を築けてきたと思っていた。

 だが、

 

「ただ単に暇つぶしには都合がよかっただけだ。ウザったい敵、気に食わない敵、多少張り合いがあるが、まあそれも敵だ。そいつらと削りあう戦場――ああ悪くねえそいう血が騒ぐし食種もそそる。だがよ――手前らちぃっと調子に乗り過ぎなんだよ」

 

 ランサー自身、主と認めなくてもそばにいて不快にならないくらいには感じていた。

 彼が纏う殺気は無作為で無差別。近くにいる誰だろうと抜身の刃のように、飢えた獣のようにその牙で噛みつく。故にケイネスのように害が及ばないことは本来異常極まりない事態であり、いってみればそれも歪な信頼関係だったといえる。

 

「初めにオーダーは確認しあったはずだぜ? 戦場においての線引きってやつは大事だ。ああ、だからアイツも殊更それには気ィ使ってたんだろうが――」

 

 彼にしてみれば、歪に見えようと解けやすい、脆い同盟のようなものだったという話だ。

 

「――使えるようになったかと思って放置しておけば調子に乗りやがってよォオ!!!」

 

「!?」

 

 彼の叫びに呼応するように、背後の街灯だったものが耳に触る異音をたて――背筋に走った悪寒からか、直感から、彼女は崩れるように横に倒れる。

 すると、地面から生えていた鉄の柱は残らず砂鉄に返っていく。

 その気性の荒さを表すように、彼の足もとの舗装が徐々に砂に返っていく様を見せつけられ、彼女は恐怖心から腰を突いたまま後ずさる。

 

「ヒィ――」

 

 ランサーにとって、胸高鳴る戦場で望む相手と鎬を削る戦場とは至高の舞台だ。

 その高揚に水を差されることは、彼にとって初めてではない。いや、初めてでないからこそ我慢がならない。

 いつだったか、ある日気が付いた時から彼はそうあるようにすべての行動が帰結する。

 どれだけ飢えようと、どれだけ力をつけ強く望もうと、その時望む物に袖に振られる。あるいは横からさらわれる。

 故に再三にわたる喪失が、自陣の手によるものだと理解して彼は怒りを猛らせる。その矛先が既に倒れたということを知って、振るうべき首級を失ったことが彼の憤りのなさを増長させているのだ。

 

 当り散らすように彼の魔性が周囲の木々や生のあるモノ、空気すら歪めて枯らしていくが、その程度の塵芥で彼の飢餓が潤い消えるはずもない。

 一通り当り散らし、辺りが瞬く間に更地になった頃―――

 

 

「――行けよ」

 

 ポツリと一言だけ漏らす。

 

「え?」

 

「興ざめなんだよテメエもこの戦争ごっこも何もかも」

 

 簡潔に、それだけに彼の心情を表している。

 飢えた渇きの慰めにはなるかと挑んでみれば、確かに彼の糧と見定めるだけの獲物はいた。いたがその全てが果てる事無く散っている。最後の剣の英霊とのぶつかり合いも、その最高潮の場面で奪われるとくれば――嫌気がさしたと冷めた目を向けるもの無理からぬというもの。

 

「私は――私達はただ――っ」

 

 ソラウもランサーの言い分がわからないわけではない。パスを通してつながっているといっても、自分は魔力を供給する側で、彼に対する命令権を持たない。

 仮に持っていたとしても、彼が彼女の言葉に従うかは怪しいところだが――どちらにせよ、戦闘能力を持たない彼女に単騎でケイネスを救いに行く手段がない以上、彼女ができる手段などない。

 自殺願望があるなら話は別だが、

 

「……チっ」

 

 嘆き呟くソラウの泣き言にも、元主がどうなるかの行方も、既にランサーの関心外だ。

 次第に強まる雨に打たれ悔み泣く彼女を一瞥し、彼は夜に解けるように像を解いてこの場から姿を消す。

 

 周囲の干渉を阻む結界の中、雨音に声をかき消される彼女はその消失に気付かないまま、ここに一つの陣営がその幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 彼女が目にしたのは血の池だった。

 目標の喪失と出現を感知してから急行して見た物。それは人一人にして明らかに死に至るに十分な血につかる男と、それを前にして冷徹に銃の薬莢を取り出す主の姿だった。

 

「切嗣、これは」

 

 敵地に襲撃し、主と従者がそれぞれ相対していたのだから、倒れているのがランサーのマスターだという事はセイバーも分かっている。彼女が聞きたいのはその死因でもなく、この場面のもっと根本的な不可解さだ。

 その声を聴き、ようやく彼女の存在を認識したという様に、切嗣はそんなことも分からないのかと呆れた風に溜息すら漏らして見せる。

 

「……見ての通り君等が表で暴れている間に目標のマスターを仕留めた。もっとも、ランサーは逃したが、なに、それもじき―――」

 

「――それがそうなら、なぜあなたが生きているんですか」

 

 そう。それこそがセイバーの疑問。

 目の前で消えて離れた場所、恐らく此処に現れただろうランサーの移動はまず間違いなく令呪による強制転移だ。なら、如何な神秘を持とうと“現代の魔術師”である衛宮 切嗣という男が生きている筈がない。ランサーという狂人と鎬を削ったセイバーにとって、アレの性格は文字通りに直に感じていたのだからなおさらだ。

 

「取り逃したのならともかく、マスターは仕留めたんだ。僕は自分の役割を全うした――それを何故ととがめられる筋合いはないだろう」

 

「っ、本気で言っているんですか。切嗣」

 

 どうも、この男はセイバーと真面に相対する気が無いと常々思っていたが、それもセイバーの勘違いではないらしい。

 矢面に立つのが男の仕事で、女がでしゃばるなというフェミニストという訳ではないだろう。もしそうなら彼は舞弥という相棒を連れていないだろうし、妻であるアイリスフィールの動向にも反対していたはずだ。故に、彼の反感を買う何かがセイバーには該当するのだろうが――視線すら合わせない頑なさに、セイバーはこれまでそれが何か問う事が出来なかった。

 

「マスター、貴方のその論点をワザとすり替える物言いはやめてください。そのランサーはどこに行ったんですか」

 

 しかし、それも両者の橋渡しであったアイリスフィールが臥せた今ではそうもいかない。

 その状態に至る彼女の容態、まだ話しあえていないことは多く、それも含め腹を割る必要があるだろう。

 もっとも、まずはこの現状の理解に努めるのが先決だろうと、彼女は切嗣に説明を要求する。

 

 切嗣も、此処に至ってようやく語る気になったのか、―それでも視線は合わせず―コートの中から新た弾を取出し、手に持つコンテンダーに素早く装填しながら、ついでの様に話し始めた。

 

「――人質に取ったソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを開放する為に、ケイネスは最後の令呪を使って彼女を離脱させた。僕としては、ここでランサーには自害でもして欲しかったんだがね」

 

 つまり、戦場の駆け引きで切嗣がケイネスを上回ったという話し。そしてケイネスが選択したのは自身の命、勝利よりも伴侶の命を優先してランサーを呼び戻したという事になる。

 切嗣が用意した手段は一般的には忌避される手段だろう。戦闘能力のない人間を盾に取る。それは悪徳かもしれないが――ここは平時ではなく“聖杯戦争”という戦場、秘匿を第一に殺し殺されが当たり前な場所ではそうした矜持や作法が霞むという事はセイバーも理解している。無論、完全に納得した訳ではないが、戦場にそうした光景がついて回る事実から目を逸らすつもりもない。

 

 それよりも、彼が素直に話してくれた事に兆しを見たかと一安心し、ふと、倒れていたケイネスを確認した。

 

 すると――

 

「まだ生きて――」

 

 脈を計るまでもない。

 魔道の一端を齧った者ならば、見れば生きているかどうかはわかる。

 となれば問題は彼の処遇だ。

 殺し合いで殺めるのは当然の事。だが、その決着がついた後であえて断つとなれば彼女も二の足を踏む。

 外法を理解はしても、自ら進んで行う程、彼女は戦場に染まっていない。

 

「――やれやれ、思ったよりもしぶといな」

 

 だが、そこで迷う彼女を無視して、横にいた彼は新たに弾を込めた銃を、その死に体な男に向けた。

 

 

「……何の真似だセイバー」

 

 

 その姿を目にし、即両者の間に割り込むセイバー。

 

「それはこちらのセリフです切嗣。私でも近くで見れば彼がどういう状態かくらいは解る。貴方はそんな状態に貶めてなお命を奪うというのですかっ」

 

 敵を倒すのに手段は問わない、それは兵法の一つだ。だが、倒れた敵を貶める行為はそれ即ち外道の所業で、それを彼女が見過ごせるはずがない。

 そんな彼女の身を挺した主張に、切嗣はやはりかという様に息を吐き捨てるように一つ吐き、突き放すように冷めた目でセイバーを見返す。

 

「解っていないようだから言う。僕が魔術師について語るのもお門違いだろうが――そうなったモノは皆絶望にのたうち回って死ぬ。1%に満たない確率で生き残ったとしても、彼等がその生をありがたがることはない。魔術師にとって、これまで大成してきた奴らにとって、それを取り上げられることは君が思う以上に絶望だよ」

 

 彼の経験談からか、語る言葉は淡々と、だが嘘ではないという強さがある。銃身はぶれず、尚もセイバーの身体の向こうのケイネスに向けられている。

 諸共、という事はないだろうが、彼が告げる言葉もセイバーに向けられているようで、その瞳がセイバーを意に介していない徹底ぶりから、もしもと連想させる空気を演出してる。

 

「だからこれは慈悲だよ、僕なりの。その少ない確率で死神に袖を振るわれて拾う奇跡(ぜつぼう)より、今ここで断たれる結果(こうふく)を与えられる方が、彼等にとっては救いに等しい」

 

 思わず咽がなりそうになる自身を抑える。セイバーもその速度、剣技から目の前で弾丸が発射されたとしても問題なく対処できる。できるが、それを前に突き付ける切嗣の雰囲気がある種の感情を想起させるのだ。

 

「まるで……見てきた様に語るんですね」

 

「当然だろう。衛宮 切嗣は“魔術師殺し”だ。これまで多くの魔術師をその断崖から突き落としてきた。なら、その中にそうした奇跡を得たのも少なくはない」

 

 つまり、これが“魔術師殺し”として歩んできた男の重みなのだろう。その雰囲気にある筈の無い質量を幻視する程に、それが彼が刈り取ってきた命の多さの証明なのだろうか。

 

「だからと引き金を引くのですか。そうしてあなたは、死なないかもしれない選択肢を殺して、殺さなくてもいいかもしれない命を無理に奪ってっ」

 

 それでも、だとしても譲れぬものがあると、セイバーはさらに一歩切嗣へのりだす。

 下から鋭く見上げ睨む彼女。彼女もまた戦場を知るだけに、瞳に滲ませる凄味はそこらの乙女に出せる物ではない。

 

「――だから、君とは相いれないんだ」

 

「え?」

 

 そして、そんな視線にさらされても尚、いや、やはりというべきか、彼の心は変わらない。

 寧ろより固く決まったといってもいい。

 

「だから君は甘いと、そう言ったんだ」

 

 セイバーとして召喚された女と、衛宮 切嗣という男は一定のラインで理解が出来たとしても、両者の根底は決して相容れないと。

 

「なにを――」

 

「戦場で光る導になりたい? 血と涙と悲鳴と、命が無作為に浪費される地獄で、お前たちのような騎士様が何も知らない一般人を戦場(じごく)に駆り立てるんだ。僕から見れば、お前たちは英雄なんかじゃない、剣を掲げて死地へ送る様は、僕の目には死神に映る」

 

 だが、仮に相容れないとしても、切嗣の言葉はセイバーの琴線に、逆鱗に触れた。

 戦地において誰よりも仲間を、愛する人を救いたいと駆けた彼女にって、それは戦いにおけるスタンスを論じる以上に捨て置けないことだ。

 

「騎士を、戦場で散っていった戦友たちを愚弄するつもりか!」

 

「なら君の言う殺さなくてもいい命は何なんだ。戦場で倒れている敵兵を見つけたら手当てするのか、それとも放置しろと? 顔を覚えられれば報復の危険性もある。生き延びたそれが悪意を周囲にふりまくかもしれない。悪災の種はね、取り除けるときに取り除くべきなんだよ」

 

 彼の主張も理解してるし、練り歩いた戦いの中でそうした意見を掲げる人も同じ軍にもいた。だが、ここまでくれば彼女も抑えていた感情が顔を出す。退くに退けない題であるが故に両者譲るつもりが無い。

 

 そして、両者が言葉による議論から武力に移行するかという程場の雰囲気が張りつめかけた時、

 

「さぁ――――」

 

「――!?」

 

 切嗣がこれまで見せた事の無いような驚愕を表し、それにより場の険呑な雰囲気が霧散する。

 そのケイネスに向けていた銃口が外れ狼狽える様は普段冷静な、冷めているとも取れる彼を知っているだけにセイバーも把握が遅れる。思わず何をと間抜けな態で問いかけかけた時、セイバーに向けて怒鳴るように彼が焦燥する事態を簡潔に説明した。

 

「詳しい説明は後だっ、城が襲撃されている!」

 

「そんな、今あそこにはっ」

 

 そしてそれはセイバーにしても驚く事態だ。彼の言葉によれば、侵入ではなく、城は襲撃されている。つまり、中にいる彼女達は敵の脅威にさらされているという事だ。

 その事態を彼がどうやって知ったのかはセイバーの知るところではないが、アイリスフィールの妻であり、久宇 舞弥をパートナーに持つ彼だ。城に何らかの備えがあっても不思議ではない。問題は、そんな用心深い彼が用意した備えを易々と突破する襲撃者にある。

 

「だから説明する暇はないんだ!」

 

「切嗣っ!」

 

 故に、この時は二人とも多くを語る事無くすべき事は決まっている。

 分かりあえなかった二人が、この場にいない、いれない人物による危機によって協力するというのは皮肉な話だが、それだけに迷いも思慮も必要ない。

 

「令呪をもって命ずる――セイバー、今すぐ“城”へ飛べ!!」

 

 切嗣が唱える令呪の行使に抗う事無く、彼女は自身の魔力すら進んでつぎ込み、すぐさまこの場から消える。令呪の行使が瞬間的な移動を可能とするのは、先のランサーの行動と同じように問題なく施行される。

 ただ、セイバーが望み願うだけに、その速度は一つ高い領域の行使を可能としてる。

 その彼女なら、次の瞬間には離れた城まで到達しているだろう。

 

「――アイリっ」

 

 だがもしと、最悪の事態が脳裏に浮かんだ彼は、落した銃を拾うだけにすぐさまこの場から移動を開始する。英霊でもなく、ただの人間であるこの速さに歯噛みしながら、彼はバイクに跨る。

 

 聖杯戦争の裏で暗躍を始めたカレ等が、とうとう動き出す。

 冬木で起こった聖杯戦争は、これより否応もなく大きく動く事になった。

 

 

 






 この作品のセイバーは切嗣に対してある程度の理解はあります。あるけど相性がいいのとは別問題なんだ! と思うtontonです。
 そろそろ話を進めるべきだと暗躍していた彼、そして彼が動き出します。大まかには原作を踏襲する流れですが、黒円卓のメンバーを踏まえて私は無理のない展開だと思っております(震え
 次回から新章突入!
 お楽しみに! ということで、今回はこんな感じです!



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四重奏
「蔭」


 


 

 

 

 月は古くから魔がつくという。

 憑くとも、付くとも。

 なにが言いたいかと言えば、それだけ非日常と相対しやすいという事。今この時も冬木のどこかで、魔と魔のぶつかり合いが空の絢爛さに劣らぬ火花を散らし、彩っているだろう。

 かくいうこの森、そこに顕在している城もまた月に映えるという点でその異様さは、ある意味魔的といってもいいだろう。現存する建物とはいえ、コレを今、日本という島国で、このような辺鄙な場所で作る技術も趣向も。

 

 そんな城の中で―――

 

「……マダム、そう気をもまれずとも、先程言った通り切嗣は優勢ですよ」

 

 城というのならドレスを着る彼女は御伽話に見る令嬢か――だが、手に取った本に集中するでもなく、何かを喋ろうとして思いとどまったり、落着きの無い様はどうにもギャップを誘い、護衛としてこの場に残った舞弥から見ても小さく笑いが漏れそうになる。無論悪い意味ではない。

 

「そう、だけど。でも当初の予定通りにいかなかったんでしょ? ならここでこうしててもいる訳にも――この城の中でならある程度は動けるし、舞弥さん。私の事はいいから――」

 

「――この場の備えは万全だから、私の事は気にせず切嗣のもとに向かってくれ……既に繰り返してきましたが、答えもやはり同じです。その提案に、私は従いかねます」

 

 自分の命令はその切嗣から伝えられた“アイリスフィールを守ってくれ”という単純明快なもの。そして、それが二重の意味で自分達に対する重要性を理解するだけに承諾しかねるのだ。

 もちろん陣営の戦略的に、彼女がアインツベルン側が用意した“器”だという事も重要である。だがそれ以上に、“衛宮 切嗣”にとって、“アイリスフィール”という女性はアキレス腱なのだ。

 

「切嗣が十全に戦場で戦うために、今は一つの不安材料も取り除くべきです」

 

 端的に、今のお前が彼の傍にいては邪魔にしかならないと言外に伝えるような物言いだが、もちろん舞弥にそんなつもりはないし、アイリスフィールもその点は理解している。それが事実であるという面も、現状を明確に、深刻に誰よりも理解してるのは彼女自身なのだから。

 アイリスフィールが未遠川で倒れてからこれまで、アインツベルンが用意した城は異国で構えた拠城だけあって、彼彼女等にあつらえられている。例え瀕死に近い重症であろうと、この場にいる限りは回復も早い。逆を言えば――そこを離れられない現状はそれだけ彼女の容態の深刻性を表しているといえる。

 

「それはそうだけど――」

 

 だが、生来の性格か、それとも衛宮 切嗣との触れ合いで築かれた感情によるものか、彼女はようとして現状を納得できない。確かに切嗣がこの城に施した防備の数々は魔術師に対して凶悪極まりなく、まさに“魔術師殺し”の名に見合う様だ。そして、彼女自身がこの城を通し、この森、しいては敷地周囲と意識的に文字通り“繋がれる”のだから、防衛という面で見れば確かに心配はないだろう。

 だが、これまでの聖杯戦争の流れで、想定した自体が覆される場面は稀――ではなく多い。それは敵であれ、自陣であれ。それを思えばもしもの事態に備える舞弥がこの場を離れるというのは無論論外だ。

 

「確かに、こちらが用意した当初の予定とは狂いましたが、心配ありません。彼の用意したプランは一つや二つではないのですから。それに――この程度で彼が負ける姿を、私は想像できません」

 

 だから大丈夫だ。

 衛宮 切嗣はこんな志半ばで倒れるような男ではないと彼女は断言する。それは力強い、というものではなかったが、その瞳の揺るがなさは、逆に彼女の深い信頼を表しているようであり――不覚にも、妻という女性として、最も信を置かなくてはならない自身より、彼女は強い信頼を結んでいるのではと、アイリスフィールにして思わせるモノだった。

 

 そしてそんな風に不意を打たれた様に唖然としていたからか、かえってその様が舞弥を不安にさせたようである。何かおかしな事を言ったかと若干不安げな表情でベットに身を起こしていたままだったアイリスフィールの様子を窺ってきた。無論、不安げだといっても、それはこれまで触れ合えたことと、アイリスフィールがそうした点に聡かった為に気付けてあったのであって、初見で気付けというには難のある変化に等しかったが。

 それだけに物珍しさが目立ち、つい、笑みを零してしまう。

 

「――ごめんなさい。別に貴方を馬鹿にしたつもりはないのよ」

 

 そうは言ってもと、消化しかねるように怪訝そうに眉を僅かに寄せる彼女の顔に一層笑いを誘われる。

 口数は少ない女性ではあるし、舞弥自身が積極的に話す性格でないからか、つい今まで気づく事が無かったが、それだけに、やはり強く思ってしまう。

 

「ただ、こんな戦いを理由にじゃなくて、貴女とはもっと対等に出会えたら――それはもっと素敵な事だったんじゃないかって、そう思っただけよ」

 

 彼女の言葉に面食らったようにポカンとした顔で固まる舞弥。アイリスフィールとしてはそれほど不思議な事を言ったつもりもなく、寧ろ素のままにありのままに形にしただけなのだが――

 

「……あまりからかわないでくださいマダム。そういう反応には、あまりなじみがありませんので」

 

 もしかしたらそうした部分におどろかれたのだろうか。彼女の反応は、出会ったばかりの頃の彼にどこか似ていてより好ましく映る。

 だが、微笑ましくとも微笑を続けていれば、いずれ彼女の機嫌を損ねてしまうだろう。

 そこは彼女もあからさまにする訳ではないだろうが、隠微な様はかえって機嫌を戻してもらうのも一苦労というもの。ここらで真面目な話に戻した方がいいだろうと彼女も期を切り替えようとしたところで、

 

「―――っ!」

 

 体を棘が突いたような違和感を覚え、ついで深く差しこまれるような異物感が痛みとして幻痛を伝える。

 

「マダム?」

 

 痛みに耐えようと反射で起きた体を抱く動作に、傍にいた舞弥が素早く反応する。

 一言で現状を差すなら、“油断していた”の一言に尽きる。

 城に施した防備とは別に、敷地が持つ設備というものがある。現代風に言えば監視カメラ、センサーの様なものだ。敷地の樹であり、地面であり、石であれ、この土地に内包する全てはアイリスフィールの目であり耳だ。人が感覚を無機物と共有するという魔術はあるが、これはその範囲が飛びぬけて広大だ。アイリスフィール自身作られた命としての特性もあるが、それでもこの結界をつぶさに把握するまでではない。

 故に、“痛み”を自覚するまでの異変というのは破壊活動であったり、魔術の行使であったりと――つまり、明確な敵対行為と意思の顕れに他ならない。

 

「――っ、敵襲よ。どうやら相手も隠す気はないみたい」

 

 アイリスフィールの言葉に、即座に彼女は迎撃の為に意識を切り替える。それはあたかもそうした機械であるかのように淀みなく、それが当然だと即座に装備を整える。

 

 

「マダム、先程言われた動けるという言葉に偽りはありませんね」

 

「え? ええ、戦うまではいかなくても、態勢を整えるくらいは」

 

 そう言って銃を構える彼女が取る手段は迎撃、状況によってはアイリスフィールを逃がすべく迎え撃つつもりだ。

 そうなれば城でわざわざ待ち構える必要もない。

 確かに城内部には舞弥自身馴染みのものも多く、それだけに守りやすいが、自分の陣地で戦うという事は、同時に拠点の被害を考慮に入れるという事。加えて、この森は文字通りアインツベルン側にとって庭のようなもの。相手はゲリラ戦をお望みなのかもしれないが、アイリスフィールからのバックアップがある彼女を相手にその条件は当てはまらない。

 故に最低限の確認で現場に急行しようと彼女がアイリスフィールに向き直った時――

 

 大きな揺れと共に階下から轟音が響いた。

 

「!? 馬鹿なっ」

 

 アイリスフィールが感知したのは森の入口付近での敵意誇示。考えるまでもなく森からここまでの距離は遠い。思慮の僅かな時間程度で走破できるレベルでないのは論ずるまでもない。

 

「――これはっ」

 

 そして城に侵入したのが間違いのなら、魔術的にも、科学的にも認識が可能だけに二人は息を飲む。

 扉を吹き飛ばし、視界を遮っていた土煙から現れた男。

 

 “言峰 綺礼”

 

 二人の視界に映った襲撃者の名前に両者は固まる。

 が、それも当然というもの。

 聖堂教会に身を置き、一時期とはいえ代行者として活動した来歴は脅威として認識するに余りある。舞弥も銃火器の扱いから護身術、ある程度の魔術は修めているが、文字通り身体が違う。白兵戦にでも持ち込まれれば抵抗もままならないだろう。

 

 となれば話は早いと舞弥は迎撃から離脱の準備へ即座に移行する。彼女の中で交戦は既に最後の手であり、極論、避けられるならそれに越した事はないのだから。

 

「彼の狙いが不透明ですが、セイバー不在の時に現れたのが偶然とは思えません。城にいながら離脱するのはご不便をおかけしますが」

 

「気にしないで舞弥さん。彼が相手なら無理もないもの。このこと、切嗣には?」

 

 ここにきて彼女の口調の速さから、アイリスフィールは舞弥に余裕があまりないという事を悟る。

 つまりそれだけのイレギュラー。

 戦えない我が身が呪わしいと思ったのは生まれて初めての経験だった。だが、そうだとしてもおめおめと相手の良いようにさせる必要など無論ない。来るというのなら、万全の態勢を整えて迎え撃つ。ならば彼女、いや、彼女達が頼りにする者は誰かと言えば問うまでもなく――視線を投げた先では通信機器を取り出していた舞弥がいた。

 

「問題ありません。ただの襲撃者なら準備が整い次第と思いましたが、相手が相手ですから今すぐ―――」

 

 舞弥とアイリスフィールはそれほど長い付合いではない。が、荒事になれているという点で、舞弥の対応は一呼吸おける分迅速で迷いが無い。寧ろこの場合は即座に切り替えたアイリスフィールの方が異様なのだが。

 

 事態はその程度の安寧を許さなかった。

 

 通信機器を起動させようとした舞弥よりも素早く、その手に握られていた端末が飛来した凶刃に吹き飛ばされたのだから。

 

「―――失礼。夜分に邪魔をする」

 

 カソックに身を包んだ男は、前情報として侵入の際に捉えていた映像と相違ない。

 

「言峰、綺礼っ」

 

 馬鹿な。

 幾らなんでも早すぎる。

 

 襲撃された彼女達の胸の内を簡単に表すのならこの二文字で事足りる。

 脅威なのは間違いない。先ほどの敷地の入口での示威行為が、此方を混乱させる陽動だったとしよう。だが、それでは城の門を破壊した“言峰 綺礼”の映像に説明がつかない。魔術的、科学的の両面から確認を取ったそれは疑いようがない。

 

「御婦人方を前にあまり乱暴な真似はしたくはなかったが」

 

 どの顔で言うと思わず言葉がついて出そうに成程、だがその表情は欠片もふざけている様子が無い。実際、謝罪の礼から相手に対する言葉の運びは中々堂に入っている。いるが、今し方粉砕した扉の残骸がその印象を粉微塵にしていた。

 

「此方も少々込み入った事態になっている。大変勝手な言い分だが、あまり長話もできないしするつもりもない」

 

 彼の要求は至極単純。

 同行しろ、その一言だ。

 だが、それに込められた意味は大きい。

 

 問答無用の暗殺ではなく拉致が目的、つまり、彼、ないし彼等はアイリスフィールがマスターでないという事を把握しているという事になる。そんな彼女を捉える理由、彼女を目的としながら、狙う対象とはつまり―――

 

「舞弥さ―――」

 

「いえ、ここから先はあなた一人で行ってください」

 

 何をと横を向いて捉えたのは覚悟を決めた戦士の顔だ。

 相手がどういう存在か、自分と比べて、そしてその結果導き出される答えを知りながら手に取った彼女の選択。

 

「早くいってくださいっ、私では長くは持ちません」

 

 留まれば二人とも全滅するのは必至、ならばという彼女の考えは理解できる。できるが、先程までの談笑から飛び込んできた非日常に、思考が理性(ブレーキ)を働かせてしまう。

 理解できるから、同じ結果を導き出してしまっただけに受け入れがたい。

 そんな、子供が拒むように、心が足踏みをして踏み出せないアイリスフィールにを見て、舞弥はふと何時になく柔らかい笑みを浮かべた。

 

「――私、洋菓子が好きなんです」

 

 こんな時に何をと思考が混乱するアイリスフィールを前に、だが彼女の言葉は止まらない。視線を切り、目の前の襲撃者を視界にとらえてその顔は見えない筈なのに、小さいその声はどこまでも優しい。

 

「先程の言葉、私もそう思いますよ。いつかとか先々の事にしないで、この後にでも機会を設けて、お茶にでも行きましょう」

 

 死ぬつもりはないという。

 それがどういう意味での言葉なのか察せられない女ではない。

 だが、対等で在れれば洩らした呟きに答えてくれた彼女の言葉は、踏み出せなかったアイリスフィールの肩を少しだけ後押ししてくれた。

 

「ええっ」

 

 きっとだと。必ず切嗣とセイバーを連れて戻ると心に誓い、彼女は走り出した。

 

 

 

 

 

 

「っ―――は、ぁ―――」

 

 息が切れる。

 ここまで全力で走った事はいつ以来だろうか。

 

 己は作られた命。

 身体は成熟しているが、精神、生まれてから、という意味では赤子も同然だ。生まれながらにして完成していた肉体。後は作られた記憶(データ)に基いて実践すればいいだけだったので、さして苦労した覚えはない。いや、しない筈だった。

 

「もうすぐ、確かっ、この先の部屋に―――」

 

 だが、いま彼女をひた走らせるのは彼女の基本的な行動原理、己の役割を全うする為の“自己防衛”に駆り立てられたものではない。創始者に言わせれば不必要と切り捨てられる、他人を思いやる心だ。

 

 自分を生かす為、自分たちの窮地を救うために自ら盾になる事を選んだ女がいる。

 それが彼女の役目で自分は気に病む事はない。確かにそうだ間違っていない。だが間違いだとしても、そんなことは知らないと彼女は駆ける。

 恩を感じた。彼女を得難いと、友人だと思った。

 そういう心は、決して不必要なものじゃないと“彼”に教わったから、いま彼女は明確な目的をもって、他人の為に全力で走る。

 

 その先には機械などなかったこの城にひかれた道具、通信機器があったはずだ。

 細かな使い方を覚えるには至らなかったが、それでも緊急時の手段として最低限の物は学んでいるし、そうした備えを用意してくれていたのを覚えている。

 

 そしてこうして走る中で、背後から近づく気配も、脳裏で確認する映像にもない事から、追撃はないのだと確信する。同時に、そうである間はまだ彼女は無事だという事。

 だからとここまで来たが、平時、大した距離ではないこの廊下は、これほど広かっただろうか。

 同じ階にある部屋へ移動するだけだというのに、逸る心臓の音が不快感を刻む。そのテンポにつられて、脳裏に滲む光景が心を締め付ける。

 

「――っ、ついた!」

 

 締め付ける悪循環に、しかして彼女は走破する。

 その視線の先に捉えた目的の機械に、必死に手順を思い出しながら手に取る。といっても、切嗣が妻である彼女にも扱いやすいようにと、緊急時のモノはダイヤル一つで足りるよう設定していたので、さしたる手順もないのだが、混乱していた彼女にはそこに思い至らなかったのだろう。

 

 そしてだからこそ、

 

「いやはや、待ちくたびれましたよ」

 

「あなた―――は」

 

 続く驚愕の言葉はその口から発せられることはなく、視線で相手を睨む事もかなわず、彼女の身体は脱力する。

 

「やれやれ、こうして此処に現れるという事は―――一応、控えておいて正解でしたね。事を仕損じれば予定は大きく狂っていましたが……まぁ、不幸、という程でもありませんか。上々上々」

 

 崩れた女を両の手に危なげなく抱きかかえ、興味が尽きないと物珍しそうにその顔を見る男。昏倒させてからというものの、一貫して笑みを絶やさないその表情はいっそ不気味だが、決して邪な心で見ている訳ではない。いや、ある意味で“邪”であるのは間違いないだろう。

 

「ク、クハ、フハアハハハ―――いやいや、全くどうしてこれは何とも、クク――こうして見れば成る程成る程、相も変わらず■■■■■は狂しておられるようだ」

 

 決して声高に笑い挙げている訳ではない。だが、手に抱えた人間をまるで供物の様に、丁寧に足を運びながら零した言葉の一つがまるで大きな毒を孕んでいたように空気を淀ませる。

 それが錯覚でも幻覚でもないと承知で、委細全て心得ているといわんばかりに自信を溢れさせている。そんな異常を知覚している彼が漏らす笑いが、狂的に染まっていると感じるのは――だが、幸か不幸か、この場にはいない。

 もし、この場でアイリスフィールにまだ意識があれば、その異常を知れたのだろうが――いや、この男が、まさかそんなミスを犯すとも思えない。

 

「―――ああだがしかし、これは幸いだ間違いなく」

 

 カソックに身を包んだこの男。彼もまた此度の襲撃者の一人。

 だが、決定的に違うのは男の歪さが先の彼に比べて、より濃密に完成されている事だろう。無自覚で周囲を貶める輩も厄介ではあるが、自覚した邪悪というものは世に照らし合わせるまでもなく不純物、つまり悪だ。

 そして、そんな彼がこうして自ら行動に出ている以上、それは事態を暗転させる悪事に他ならない。はずだが、彼は抱えたアイリスフィールの顔にかかっていた手を塞がった腕で器用に手を動かして梳く。

 手に抱き上げた彼女を眺める視線が、一瞬慈愛に満ちたらしい(・・・)顔になるが、やはり気の迷いであるかのように、瞬きの間に霧散する。

 

「ええ、傷付けさせはしません。脅威に等さらさせません必ず。貴方は、私にとって――」

 

 まるで聖女の様だと。

 そう確かに零した彼の言葉に反し、悦に歪んだ表情はどこまでも邪悪だった。

 

 

 

 






 原作どおり? いやいや、彼をアーチャーとして起用した時からこうなる事は見えていました……よね? つまりまあ、予定通りだよ!!(プルプル

 更新した、ぞ!(ゼイゼイ
 などと、息切れはしてませんが! いや戦神館が楽しくてつらいっ(まだ全ルート終わってない)! いや、だが執筆は休みたくないというジレンマ。あ、一応ペースは崩さないつもりなので今までどおりです。今月はあと一回あるかないかですが(震え
 にしても“神座万象シリーズ”は躊躇わなかったですな。即買いです。
 晶可愛いよぉ キーラかわ……かわいいよ! 空亡ちゃんかわい(オイ
 


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「泡沫」

 


 

 

 その時、少年の心の内に湧いた感情とは、虚無感だった。

 己には目標があった。

 誰彼を、見下す者を見返そうと脇目も振らずに走り続けた――つもりだ。

 そこに至るために、これまで努力は惜しまなかったし、今日までの奮闘は無駄ではない。いや、無駄じゃないと信じている。そう胸を誇れる境地に、いるはずの彼はしかし、抱いた空虚な胸の内に押し黙っていた。

 

「? どうしたのマスター」

 

 そんな彼、ウェイバーベルベットの従者であるライダーは、驚愕の声を漏らして以来、無言で眉間にしわを寄せている自らの主に尋ねた。

 彼女の聞き違えでなければ、先ほどの主の驚愕の声と表情には間違いなく喜色が浮かんでいたはずだ。なのに、今顔をしかめるその色は喜懼したもの、何かを見失って恐れているように見えた。

 

「……先生、ランサーのマスターが脱落した」

 

 そして、その一言で彼女は主の心境を大凡理解した。

 マスターの脱落。死んだのではなく脱落、それは彼自身がランサーのマスターが敗北したという事実を咀嚼しきれていないということの所作なのか。恐らく使い魔からの視覚共有による情報だろうが、因縁深い相手でその実力をこの地の誰より身近に知るだけに信じられないのだろう。

 

「そう、相手は?」

 

 だが、ここでランサーが脱力したのなら、それはこちら側として喜ぶべきことであって、悲観に暮れることではない。因縁深く、一度手を合わせてその脅威を目のあたりにしたのなら尚更に、だ。

 故に、他人から見て、ウェイバーの思考は理解不能のものに映るだろう。

 現に、ケイネスを討った相手がセイバーのマスターだと短く告げる彼の言葉は意気消沈しており、喜びとは程遠い。とても朗報を得た人間が浮かべる顔ではない。

 

「それで? あなたはこの後どうするのかしら」

 

「どうするって、なにをだよ」

 

 無論、ウェイバーとてライダーの言葉が、今後の方針を訪ねているという事くらい理解している。だが、今現在聖杯戦争は7騎いたサーヴァントの3騎が倒れ、戦いは中盤、いや、ここまでくれば各陣営も様子見など静観するような膠着を望まないだろう。十中八九、打って出てくるはずだ。

 となれば、ウェイバーとてここで手を拱いている訳にもいかず、攻勢へ、残りの陣営より優位に立つための手立てを考え出さなければならない。故、此処からは寄り道や躓く手間は些細なものでも命取りになるのだが、そう考えれば考える程、彼は思考の深みにはまってしまうのだろう。

 

 そんな長考に陥っているマスターを眺め、ライダーは視線を一度きり、ベットに腰掛けていたマスターに視線の高さを合わせて新たに問を掛けた。

 

「貴方のパートナーとして聞かせてちょうだい。ウェイバー・ベルベット」

 

 そして、その視線は冗談も混じり気もない真剣そのもの。ウェイバー・ベルベットという一個人の内面を推量ろうとするように深い目をしていた。 

 思わず咽がなる音を彼はどこか遠くに聞いた気がした。

 それほどに、自分の意識が目の前の彼女に吸い寄せられるような錯覚を覚える。魅了されたとか、幻惑されただとかではなく、これほど真剣に、一個人として向き合った事が嘗てあったかと自身に問いかける程に。

 だからこそ、彼は次に投げられる彼女の問いに呼吸を忘れて息を飲む。

 

「貴方にこの先の戦地へ身を投じるか否かを」

 

 それこそが、彼を思考の渦に惑わす原泉であったが故に。

 

「な、そんなの、当たり前に決まっているだろ。聖杯戦争に参加した以上、聖杯を手に入れずにどうするっていうんだよ」

 

 語気がどこか荒々しくなってしまったのは、内心の動揺故か。

 彼の言う言葉は聖杯戦争に参加するマスターとしては大原則の行動理由なのは間違いない。それぞれの思惑はあれ、皆奇跡を可能とする願望器、それを手にするという栄光を求めて集うのだから。

 だが、何事も例外があるように、この聖杯戦争が異例続きの中にあってなお異色な陣営、それは目の前の少年に他ならない。

 

「貴方が聖杯戦争に参加するきっかけで、見下していた象徴ともいえるケイネスが討たれた今、貴方は彼が生き残れなかった聖杯戦争に生残っている」

 

 彼の行動理由。

 その根底にあるのは“劣等感”。

 

 魔術師という他人より優れた英知に触れる機会を得ながら、その渦中にあったのは根深い選民思想。彼自身も一般人と違う利点を得た事に優越感を感じた事がないかと問われれば、首を縦には振れない。しかし、彼が在籍していた“時計塔”に蔓延していたのは、中世の貴族社会に逆行したかにも見える徹底した社会体制。

 積み重ねてきた魔術の研鑽が、より“根源”へ近づいた者の証なのだとしたら、時計塔で見る“血筋こそが魔術師の全て”という答えに至るのは当然といえよう。

 

「ああ。僕自身まだ実感は湧いていないけど」

 

 だが、ウェイバーからみてこの認識はナンセンス。“尊い血統(ブルーブラッド)”なんて何の事はないと捉えている。何が言いたいのかと言われれば、つまり、生まれてくる者が善人とは限らないだろうという話。もしくは優人とも。より効率的に、よりよくと突き詰めれば代は関係なく結果を出せる筈だと。

 故に、その理論を証明する為に、“劣等”に価値はないと決めつけたやつらに間違っていはいないと証明する為に、この戦いに参加した。

 

 つまり、この混沌渦巻く渦中において、彼のみが狂おしく求める“渇望”というものが欠如していた。

 

「つまり、今現在貴方の戦績はアーチボルトより上と証明はできる、ということになるわね」

 

 あの終ぞ聖杯戦争を理解していなかった雨生 龍之介でさえ、尽きる事の無かった探究心。いってみれば一際異彩な欲というものを持っていた。参加者としてはこの二人こそ異例中の異例だろう。片方は魔術師として、片方はマスターとして。

 そして、

 

「……ああ」

 

「そんな望みが思わぬ形で達成された今、貴方はマスターとして最後の一人になるまで戦い続けるつもり?」

 

 再度問いかけられる続投の意思。

 目標の、参加した理由がある程度の結果を出した今、自分に戦う意味があるのかという根本的な問い。繰り返して問うのはこの戦いがより苛烈を極めるだろうことが容易に想像できるから。

 

「そんなの、第一、お前、それで納得できるのかよ!」

 

「この際私はの願いは考慮しなくていいわ」

 

 なにより、他人に縋る様な半端はこの先、生き残れないだろうと、戦時を生きた身として、ライダーはその心の危うさをよく知っている。

 

「ぼ、僕は……」

 

 形はどんなものにせよ、それこそ欲に塗れた願いでもなんでもいい。宙に浮いたような彼の心境を知れば、確たる動機が必要なのだ。

 

 故に、その葛藤にライダーは眺めるだけで助言も手を出す事もしない。

 こればかりは、彼自身が自分の中で積み上げて答えを出すしかないのだから。

 歪でもいい。形が不明確であったとしても、今彼が戦地に立てるだけの寄る辺となれるのか、もしくは背を向ける結果になるのだとしても、ライダーに彼を糾弾するつもりは欠片もなかった。

 

 そして、どれくらい顔を伏せていただろうか。

 息を飲んだ気配は熟考から一つの決断を下した雰囲気を漂わせる。

 剣を取るか手放すか、顔を上げられないのは彼の不安を表しているのだろうが、ライダーには確信が持てた。その少年が膝を力強く握りしめた手の色を見て。

 

「―――勝ちたい」

 

 吐き出した言葉と共に上げた表情、目に宿していた熱を疑う事はなかった。

 

「相手はどれもこれまでを勝ち残った猛者。底知れないという意味で、一番恐ろしい強敵が残ったといえるわ。それでも、なのね」

 

 だからこそ。彼には意地の悪い問いに聞こえるだろうが、それでも導き出した答えをより確たるものにするには必要な工程。

 鉄は熱いうちに打つ。

 今は自信を持てない、粘土のように容易く形を変えてしまう程度であろうと、熱して固めればより強固になる。

 

「お前が言うとおり、今の状態でも僕の望みは敵うのかもしれない。けど、ここで逃げ癖がついたら、たぶん僕は一生臆病者のままだ」

 

 “勝ちたい”という一言は単純で、原始的だが、それだけに混じりけのない動機だ。

 余計なモノを削ぎ落して導いた芯となる物。つまり原動力。これから立って歩んでいくのに必要な寄る辺。

 

「いつか今を振り返って、未来の自分が恥じるような選択だけはしたくない。だから」

 

 それは途切れつつも、彼が言葉にするにつれてゆっくりと、だけど確実に形作られていく。揺れていた目標に、新たな指針を得て、彼は決意を示すように立ち上がる。

 普段は身長差から見上げる事が多かった主従の視線がこの時ばかりは逆転して交わされる。

 

「僕は逃げない。戦って勝ち抜く。その為に、改めて手を貸してくれライダー」

 

 最後の言葉はむしろ、手を貸せぐらいに不遜でも構わないだろうに。だけど、そんなところが彼の欠点でもあり、美徳なのだろう。

 

 だからこそ、これも彼らしいと、自身を頼ってくれた主の手に、その細い手を伸ばす。

 思い返せば、ライダー自身にも聖杯に願うような大層な願いはなかった。いや、たった一つだけ、己の命を捧げても成そうとした願望はあった。あったが、この身は既に■■。今を生きて目標に邁進しようとする彼と比べて、それはあまりにも理から外れた物だ。

 でも、そんな自分でも、今をひた走る彼に道を示す一助となれるのなら、こんな不可思議な廻り合わせも悪くはないと、そう思えた。

 だから、

 

「さ、じゃあ行きましょうか」

 

 立ち上がった彼を導くために歩き出す。

 

「え? は、ちょ、行くってオイっ」

 

 肩透かしを食らったように面を食らった顔は、もう少し眺めていたくなる誘惑に駆られるが――ああ、それは不敬というものだろう。何より、その時笑いを堪えれる自信が彼女にはなかった。

 決して小馬鹿にする類のものではない。微笑ましい、要は眩しいモノであるが故に、自嘲が漏れてしまうのだ。

 

 困惑したまま、されど手を引かれるままの彼を安心させるように大丈夫と、一言だけ返す。

 

 そう。

 主に勝利を。

 

 生来懐いた事の無い感情を胸に、主従は行動を開始する。

 

 

 

 

 

 予感はあった。

 切嗣が感知したエマージェンシーというのは、舞弥と互いの生体活動に異常をきたした場合にのみ、互いに知らされる合図だ。例え高度な暗示や魔術の類であろうと、脳波、心拍に異常を起こさず気付かせないというのは不可能に近い。

 そして、切嗣の経験上、その手の波長の乱れには覚えがある。よって、今回の合図はそれを除外した物、生命への直接的な脅威による緊急事態を示すものだ。

 つまり、今城にいる久宇 舞弥は瀕死の傷を負っているという事。

 セイバーからの連絡で、城にいる筈のアイリスフィールが何処にもいないという事、襲撃者の手によって舞弥が重体である事。そして、彼女がセイバーに託した言葉。襲撃者を差す言葉を聞いて、切嗣は平静ではいられなかった。

 だが現実として、彼女が連れ去られたのは事実。取り乱しそうになった心を無理矢理に落ち着けて、彼はセイバーに指示を飛ばす。

 一つは、負傷した舞弥を彼の伝手でその手の医者の手に預ける事。

 もともと孤児であり、名前も国籍も証明できない彼女を預けられる医者というのはそう多くない。故に搬送中に事切れる可能性もあったが、運ぶのが最速の英霊(セイバー)ならば問題はない。

 そしてもう一つ、彼女には重要な任務を言付てある。

 詳細を聞き、一にも二にもなく了承した彼女。その行動に関して、彼は心配を抱く事はなかった。

 

 優先すべきことは他にある。だからこそ、セイバーと合流しないという選択を取った彼は―――

 

 

「さて、突然の訪問に加えて恐喝紛いの行為。立場上、反逆行為とも解釈できると、わかっていての行為かね」

 

 冬木のとある丘に建てられた教会。既に蹂躙された内部は一応の体裁を保っていた聖堂で、彼は、言峰 璃正に背後から銃口を突き付けていた。

 

「忠告は受け取る。だがこちらにも余裕が無い。要件だけ答えてもらう。簡潔にな」

 

 璃正は未だ全快とはいかなくても戦闘に支障のあるほどではない。が、現実として彼は背に銃を向けられている。豪胆な性質なのか、銃を向けられているように見えない口調で投掛ける言葉は訪れた教徒に投掛けるようだ。

 

「やれやれ、取りつく島もなし、か」

 

 確かに、背後から銃を突きつけながら脅すという事は、切嗣から璃正に問う事があるという証明ではある。が、仮にも冬木の地で“監督”を務める者の長たるものが何も抵抗しないというのはどうにも解せない。

 とはいえ、コレで聞き出す場を整えた事も事実。ならばと抵抗のそぶりを見せない璃正に警戒しつつ、彼は此処に来た目的を果たす。

 

「率直に言う。言峰 綺礼はどこにいる」

 

「綺礼、彼が如何されたのかな」

 

 知っての通り綺礼はサーヴァントを先の戦いで失い、正式に辞退した筈。それは皆目の前にしただろうと、この老父はとぼけた風に還す。確かに、目の前で散ったアサシンの脱落は誤魔化しようのない事実だ。今度はアイリスフィールも確認している事から、その認識は擬装ではない。

 そしてサーヴァントを失ったマスターは無力だという聖杯戦争の大前提。そうだとして切り捨てた結果はいうまでもない。

 

「先程、アインツベルンの城に襲撃にあった。現場に残っていた記録、痕跡から、襲撃者はその辞退した筈の男だ」 

 

 その言葉に、ここにきて璃正の雰囲気が驚愕の色を漏らす。

 言峰 綺礼のマスター権の放棄は教会側からの正式な通達だ。彼が保護を乞う場面も、切嗣達は使い魔を通して確認している。不備、油断があったとしたらその後、ケイネス達を失墜させるべく奔走していた僅かな間、彼はその牙を的確に、衛宮 切嗣という男の急所に突き立てたのだ。

 

「……はて、保護を受諾したのは事実だが、勝手に歩き回るなと拘束している訳ではない。教会にいる間は保障するが、それ以外の場で陥る危機は自己責任、であるからな」

 

 一息で狼狽えるような気配を霧散させたそのメンタルは見事としか言えない。だが、彼が綺礼の行動を把握していない、彼、もしくは彼等にとって綺礼の行動が予定外だというのは、それで確証が取れた。

 もし単に庇い立てする気なら即座に引き金を引いていた。沈黙をもって封殺しようとするならそれも撃っていた。それはつまり事の詳細を知っている可能性が高いから。

 無論、今の自然な間も演技であるという可能性が捨てきれない。

 故に殺すのではなく、ここからは尋問だ。

 

「そうか―――」

 

 銃口を急所から僅かに逸らし、彼は躊躇う事無くその肩に向けて引き金を引いた。

 

「っ!」

 

 筈だった。

 

「なっ」

 

 逸れて引き金が惹かれる刹那、璃正は軸を中心に回した肩で銃口を跳ね上げ、その勢いのまま左の手刀でハンマーを巻き込むように銃を引っかけ、遠心力に任せて弾き飛ばした。

 のみならず、続く右の掌底が切嗣の腹を強打し、成人である筈のその身を易々と扉まで吹き飛ばす。

 

 気功によるものか、腕を前後に突き出していた璃正は一呼吸おいてゆっくりと体制を戻していく。

 

「申し訳ない。謀るつもりはなかったが、武に不慣れな魔術師ならいざ知らず、荒事と俗世に近い分、ワシにはこちらの方がなじみがあってな」

 

 つまり、銃に対する無心は単に脅威足りえないからこその余裕。奇襲なら後れを取る場合があっても、間合いにあって認識をしているのなら容易いと、そう言外に入っていた。

 

 軋む体に、即座に内部を確認する。骨は――幸いにも折れてはいない。日々のように歪な部分もあったが、彼の場合、折れた肋骨が臓器を傷つけるという事は起こりえない。寧ろこれはその内面、臓器に直接通された者だろう。それもある程度手加減されている。寧ろ、ケイネスとの戦闘で魔術行使の連続で起きている体の不具合の方が深刻だ。

 だが、それで頭に上っていた血も抜けた。

 虚をつかれたが、殺しにかかるのならまず切嗣が負ける事はないだろう。言峰 璃正が常人離れした体術を持とうと、倍速以上で襲い掛かる殺意に対応できるとは思えない。だが、彼の目的はここで璃正を殺めることではない。無論暗躍の影が窺える存在を見逃す理由もないが、体のダメージが深刻な以上、積極的に殺しにかかる理由もまたない。

 璃正の注意を引いている間に入らせた使い魔と共有していた視線は綺礼の姿を映す事はなかった。つまり、黒ではないが、白でのない。どちらかと言えば黒よりなグレーだが。

 

 そんな時、彼懐にある通信機が電波の受信を知らせる。その振動回数から、セイバーに持たせたものである事を読み取る。目の前には構えを崩さない璃正がいるが、此処に綺礼がいない可能性が濃厚な以上、優先すべきは現状の確認である。

 

「――どうした」

 

 故に、彼は小声で確認を取り、イヤホンから聞こえる小さな音意識を割く。

 

『間桐邸内部を制圧しました。マスターらしき影も、アイリスフィールがいたという痕跡もありません』

 

 詳細として、不気味な老人を切り倒したというが、手応えはなかったという奇妙な解答。

 だが、放った矢の二つともがコレで不発になった事になる。

 現状で残った勢力は四つ。セイバー達を覗けば三組だが、内ライダー組に関しては、この段階でも切嗣は居場所を突き止められていない。不明の相手を探すよりは今知る敵に当るのが効率的だったという事もある。

 これでもしライダー組が真犯人なのだとしたら、これは全くの徒労であり、見当違いの迷走を見せている事だろう。だが、実際に相対した事による勘なのか、あの主従に関しては積極的にその手の手段をとることはないと思えた。それには以外にもセイバーとも同じ意見という珍事を見せた。が、ともあれ、これで残る場所は絞られる。

 

「さて、ではどうするかね。戦いが望みなら、こちらは相手する事もかまわんが」

 

 加えて、吹飛ばされたのが扉という好条件だ。

 離脱は容易。襲撃に及んでものの見事に撃退された態にはなるが、今は体裁を繕う必要もないし、回復しきれていない状態で無駄に体力を消耗する事態は悪手だ。少なくとも、舞弥を行動不能にするだけの実力を持つ綺礼を相手にするのなら尚更に。

 

 故に、決断は早く。迷う事無く背後の扉をけ破るように飛び出し、外に隠してあったバイクにで次なる目的地に急行する。

 セイバーには既に合流すべく場所は伝えてある。何しろそこに向かうとなる以上、サーヴァントとの相対は必至であると理解しているが故に。

 

 去り際、痛む体を騙しつつ視界の端に捉えた教会からは、どういう訳か、追っ手の気配は終ぞなかった。

 

 

 

 

 

 切嗣が去った教会内では、重苦しい雰囲気が漂っている。何しろ撃退したとはいえ襲撃にあったのだ。明るい、とはいかないだろう。だが、険しい顔をした璃正の樹が集中していたのは去っていく切嗣の方角ではなく、寧ろ近く。礼拝堂の隅に安置されていた像の一つへと向けられている。

 正確には、その像の向こうに隠されている通路の先だ。

 

「これはどういう事か、説明してくれるな。綺礼」

 

 果たして、像の影に隠れた扉を抜けて出てきたのは、切嗣が探し求めていた彼の男だった。悪びれた様子もなく、平常の態で進み出た彼の心情は実の父である璃正でもっても窺い知れない。

 だが、教会内部には切嗣が身を通したはずだ。仮に負傷していた身でその通路自体を見抜けなかったとしても、間近にあった像の裏にいる人間を察知できない程感覚が鈍る筈もない。

 

「どう、と言われますと」

 

「とぼけるな。その通路、ひいてはその先の部屋に待機していたとしても、壁一枚向こうの部屋で聞きもらす事はあるまい。今回の行動、ワシは時臣君から一切を聞かされていないぞ」

 

 故に、それは教会という様式の絡繰り。そこにいればこちらの会話は聞きもらす筈がないという璃正の物言いに、しかし綺礼は表情を崩す事が無い。

 それはまるで先程の切嗣と璃正の立場をそのまま入れ替えたようであり、何かが璃正の心を掻き乱す。時臣との同盟関係も裏でという間柄、密に連絡は取れないが、それでも事をおこす前には事前にやり取りを行っている。その彼が御三家相手に行動を起こすという大事に、何も示さなかったというのは大きな疑問だ。

 そして、璃正が知る“言峰 綺礼”とは清廉な信者。自身が息子に科した訳でもなく、若くして代行者を務めた熱心な教徒だ。自慢の息子だと、憚る事無く言葉にできる。

 

 だというのに、璃正の問いに顔を歪めて近づくその息子は、璃正が今まで見てきたどれとも一致しない顔だった。

 

「ああ、そのことですね。でしたら―――」

 

 父の問いに丁寧に、然したる事はないと、その心配を掃う様に落ち着いた口ぶりで。

 一歩、また一歩と璃正の横に立った彼は、

 

「私の望みを知るために必要だった。それだけの事ですよ、父上」

 

 躊躇う事もなく、その所作に淀みもなく、一本の黒鍵を実父の心臓に突き立てた。

 

 声に出来ない驚愕。

 信じていた。

 なぜこんなことを。

 お前が背信に落ちる筈はないと、首を僅かに横に振るようにして崩れ落ちた璃正は、最後まで息子の内面に理解する事が出来ず、この世からこと切れた。

 

 倒れた彼の顔に、雫がポタリポタリと落ちる。

 この場にいる者を考えれば、それが誰のものであるかは問うまでもない。だが、後に続く忍び笑いが、その異常性を際立たせる。

 

 やがて、教会を狂気彩る窃笑は、続いたもうひとつの哄笑に共鳴し、高鳴る狂気は教会を震わせるように響いていた。

 

 

 

 






 どうも、三月もあっという間ですね。四月の訪れをひしひしと身に感じながら白目ってるtontonです。
 笑い声のみ友情出演(?)な外道神父。
 二話連続で戦闘色の無い話が続きますがもう少しお待ちを――何しろ終盤なので(震え
 ああ、ようやく、もうすぐ書きたかったところをお披露目できるのです。


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「幻燈」

 


 

 

 

 速く。

 風を纏い切り裂き、彼女は冬木の街を駆け抜ける。

 その思考に神秘の秘匿などという御題目を全く考慮しない全力疾走。

 だが実際、この時の彼女においては秘匿の心配は欠片もなかった。寧ろ思考を他に割くような雑念は障害でしかなく、文字通り高速で駆ける彼女を、一般人の目が捉えること等不可能に等しかったのだから。

 

 「っ、切嗣」

 

 その彼女が合流地点前で、目的の一つである主の姿を捉えて急停止する。声を掛けられた男も主従の繋がりか、彼女が急制動をかける前にその姿を認識していた。

 

「その様子だと、道中で手がかりはなかった、か」

 

 バイクを停止させて二三の言葉で委細を把握する二人。彼等を駆り立てる目的、アイリスフィールという大きなピースを失って初めて共闘が成り立つというのは皮肉な話かもしれない。

 

「となると――」

 

「ああ、襲撃者本人を除いて、現状手がかりは遠坂 時臣だ」

 

 それも外れた場合、いよいよもって手当たり次第に探索の手を広げる他無くなる。

 残った勢力の内、不明なライダー陣営を除けば有力候補。最有力だと思われた教会で確認を取れなかったのは痛手だが、手が無い事はない。今は少しでも早く言峰 綺麗にたどり着く事が先決なのだから。

 

「では、まずは私が先行します。多少手荒になりますが、混乱をついて切嗣は内部を」

 

 サーヴァントに拠点を襲撃されれば、穴蔵を決め込んでいた時臣も行動にでざるおえないだろう。場合によっては、いやまず間違いなくアーチャーが障害となる。が、こちらの目的は勝つ事ではない。綺礼とつながりがあるだろう時臣を拘束、ないし情報が引き出せればいいのだ。ならば手はいくらでもあるし、切嗣としてもセイバーの提案に異はなかった。

 故に、目的地へ踏み込むべくタイミングを計る。

 

 刹那、

 

「危ないっ!!」

 

 先行しようとしたセイバーが身を返し、切嗣に飛び掛るようにして抱え、バイクを蹴り飛ばすようにして横に飛ぶ。

 何をと思考に疑念が走ったが、彼の問いは即時に回答が目の前に現れる。

 

 騎手を失ったバイクが、空間に走った断線に従い二つに分かれ、背後で爆発四散したのだから。

 

「っ、バーサーカーか。こんな時にっ」

 

 振り続けていた雨を糧に生み出されたような濃く重い靄を纏い、ランサーのそれとは違う幽鬼のような冷気を宿した狂戦士が、その手に握る長大な大剣を大地に叩きつけていた。

 聖杯戦争で敵対することは何かと多い相手だったが、今まで、コレが第一目標としてきたのは常にセイバーではなかった。彼女が彼と相対する時は常に第三者。巻き込まれ、結果として剣を交えてきたというのがこれまで。

 しかし、この攻撃には明確な敵対行動の意思が見て取れる。

 

「切嗣、周囲は」

 

 即座に戦闘態勢に移行する彼女は、傍らで体勢を立て直した自身の主に確認を取る。

 バーサーカー陣営の行動は一貫して単独行動。そも通常よりワンランク上の力を得る代償に、大量の魔力を消費するのが“狂戦士”であるのだから、言ってみれば莫大な魔力消費にミイラになりかねない状態を鑑みれば、確かに姿を現さないのは得心がいく。

 となれば、強大な力を持つバーサーカーに正攻法を挑むというのは本来下策。確実に正面から打倒できるなら兎も角、力で劣るセイバーにとってはソレは論外。よって、バーサーカーに対する常套手段、考えてみれば単純な話、狂化の維持に勤しむマスターを倒せば事は済む。故の確認だったのだが、小さく首を横に振る切嗣の様子からして、敵のマスターは余程慎重な性質らしい。

 

「■■■▬▬■!!!!」

 

 ならばとアイコンタクトを取ろうとしたところに、狂戦士の突撃が見舞われる。

 突撃といっても、それは人単体の体当たりとは訳が違う。

 例えるなら、走り迫る重機に等しい。身体は巨人のそれだが、だとしてもあくまで“大きな人”に収まるレベルだ。加え、その速度に関してはセイバーに遠く及ばない。がしかし、その一撃は果てしなく重いのだ。

 受け止める等論外。その進撃ですら舗装は踏み砕かれ、避けられた先に立ちはだかる筈の壁鉄柱高木ですら、木の葉が触れたが如く吹き飛ばす。その様はまるで馬力の知れない粉砕機のようであり、得物である大剣を振れば皆例外なく寸断される。

 強大な破壊力と武人のように狂いの無い剣舞が、荒さと正確さを備えた冗談のような暴風となる。

 こうして改めて目にして、その出鱈目としか言えないバーサーカーの行動を再確認すればするほど、剣を合わせる敵わないという現実を認識させられる。未遠川の戦いで身に染みている事とはいえ、歯痒い事には違いなかった。

 

「この場所では不利かっ、セイバー!」

 

 だからこそ、主の短い言葉に、セイバーはそれだけで彼の狙いを理解する。そもそも、速度が勝る以上、逃げに徹すればセイバーがバーサーカーに負ける道理はない。勝てもしないが、現状の優先事項を考えれば撤退も考慮すべきだ。そして、彼女がそれを実行しないのは偏に切嗣の決を待っていたからに他ならない。

 であるなら、その主の意向が撤退ではないのなら、彼女の行動は決まっている。

 

「は、ぁぁああああ!!!!」

 

 迫るバーサーカーを避け続けていたセイバーは、体にかける急制動で緩急をつけ、スピードを殺しきらず目の前にした街灯を足場に垂直に駆けあがる。

 

「■■■ァァ!!」

 

 そして、背後に迫っていた狂戦士の突撃を確認し、

 

「っ、フ!!」

 

 街灯の頭頂部を踏み台にする様にして真下に跳躍した。

 狙うはがら空きとなった背後。回避から反転、跳躍まで一呼吸での行動を可能とするが故に、理性の無いバーサーカーには対処が半歩以上に遅れる。

 故に必中―――の筈の奇襲は、

 

「――■ル■ァ」

 

 背に刃が食い込むより早く、体を回転させたバーサーカーが“戦雷の聖剣”に己の得物を合わせてきていた。

 

「っ、ぁ!」

 

 当然踏ん張りの利かない空中ではバーサーカーの強力にセイバーが対抗できるはずもなく、その体は容易く弾かれる。

 だが、この場合は受け切れない空中という状態が彼女の命を救った。もし、両足を地面に置いた状態で受けていれば、剣は今頃砕けて彼女の身体も胴が泣き別れしていただろう。もっとも、一生を得たところで状況は好転せず、彼女は空中で錐もみをうっている状態。そして、理性を失っているとはいえ、そのような好機をバーサーカーが見逃すはずがない。

 

「■■▬▬!!」

 

 無論、セイバーもその程度が隙になる様な柔な英霊ではなかった。

 

「クっ、この程度」

 

 いつかの光景を辿るように、彼女は何もない筈の虚空で跳躍をする。そこに目に見えないブロックがあるかのように、バーサーカーが迫るよりも前に飛んだ彼女は狂戦士の射線から逸れる。

 そして、そうなれば先程の状態は反転する。

 空中で身動きが取れないのは当たり前。その常識は当然バーサーカーにも当てはまるのだから。

 

「もらったっ」

 

 二度目の空中跳躍。いくら人外の膂力を持とうと、空中でとれる行動など限られている。セイバーの斬撃は今度こそ、バーサーカーの背後を捉え、その首を引き裂いた。

 

 絶叫が響く。

 獣の雄叫びのようであり、まるでそれ自体が聴覚に対する攻撃であるかのように地に降りるセイバーの膝をつきにかかる。

 戦闘開始から初めての有効打。初撃を入れたのはセイバーだったが、首に攻撃を入れて絶叫を上げているという事は、ソレは絶命する事なく生きているという事。人体で脆く、急所ともいえるべき首に見舞う一撃は無論必殺を誓って剣を走らせた――にもかかわらず起こった不可解な事態、ではあるが、事はバーサーカーの身体が固かったという単純にして人外の論理だった。

 

「――っ、問題ありません。切嗣、移動を」

 

 剣を握る右手に、まるで鋼鉄を殴りつけたかのような痺れが走る。対して、バーサーカーはセイバーの一撃をもらって墜落こそしたが、その負傷は首に刻まれた浅い裂傷のみ。ハッキリ言って割に合わない事この上ない。

 が、前提条件として、セイバーも切嗣もこの場でバーサーカー組に勝とうなどとは思っていない。

 

 セイバーの速力を生かすためには、市街地などの入り組んだ場所は非効率だ。故、切嗣が下したように、有為の取れるフィールドを整えなくてはならない。そして、こちらが引き込む以上、ただ撤退するだけでは獲物はつれない。追わせるだけの餌と、執着させるだけの見栄えが必要だ。この場合は分かりやすく怒りを買うでもいい。

 そして、バイクが無い為、切嗣の移動する時間を稼ぐ必要もあった。入れた一撃が軽かったのは納得しかねるが、狙いに沿った方向に軌道修正できる範疇と言える。

 

 よって、セイバーはバーサーカーの余波が切嗣に、周囲に必要以上の被害が及ばないよう気を遣いながら撤退、に見せかけるよう自分を餌にして駆ける。

 

 そんな中、彼女には漠然とした予感はあった。

 まず間違いなくと強く、この激突の結末に胸騒ぎを訴える心中を感じながら。

 

 

 

 

 

 獣が吠える声が聞こえた。

 薄暗く狭い通路の中、男は逃げるように覚束ない足取りで暗闇を進む。

 だが、彼は頭上に響く轟音や、それに続く咆哮に脅えた敗走者ではない。なぜならその歪む口元は弧を描くように吊上がっていたのだから。

 

「っ――ぁ、だが戦える。まだ、俺もアイツも十二分に」

 

 脳裏に映る戦闘は狂戦士と剣の英霊が織成す蹂躙劇。だが、被害はどちらか一方が終始劣勢に立たされるものではない。両者の剣戟が作り出す余波が周囲をなぎ倒し、彼等の行く後に瓦礫の山を築くからに他ならない。

 一対一の範疇を優に超える狂闘。

 聖杯戦争において、その戦いが及ぼす周囲への影響は常々甚大だが、両者のぶつかり合いはあくまで剣戟(・・)によるものだ。これまでのように魔技魔術、摩訶不思議な術理による破壊ではなく、純粋な武力の余波のみで圧壊していく街、その外観。端的にいって、常軌を逸しているとはこの事だと、自身の従者が引き起こした事に、彼は笑いを漏らす。

 

「アイツの言葉を信じるのは癪だが……まぁ、いいっ」

 

 その体は今までになく好調を示しているのだから、つい笑いも漏れるというもの。

 だが、間桐 雁夜の身体は文字通り虫食いだ。

 はっきり言って、後三日も持つか怪しい命。だがそこに後悔はない。

 

 望んだ力。

 復讐すべく縋った力。

 祈り、信念を通すためのチカラ。

 

 全力を行使すれば三日どころか一日も経たずに死に体になる命を繋げている。もとより、己が望みは自分の肉体、命のみで完遂しようとしていた雁夜からしてみれば他力に頼るのは甚だ不本意だった。が、現状望みに手を届かせる一助が必要になったのだ。その手にした欠片が本懐を遂げる為に必要なのなら――是非もない。

 

「迷ってる暇なんてない、か」

 

 左半身が麻痺しているため、辛うじて動く右手に握っている筈の感触を確認する。

 上で繰り広げられている戦いは膠着状態を保っているが、言ってみればそれだけ、このまま持久戦になれば消耗して倒れるのは雁夜の方だ。つまり、勝利を手にするにはあと一手が必須。

 そして、打つべき一手はこの手にある。

 コレを渡してきた相手の狙い等雁夜に推量る事は出来ない。だが、どうせ三日と持たない命。ならば他人から見て命をチップにする行為が論外であろうと、彼にとっては今更、秤にかけるまでもなかった。

 

「――てやるさっ」

 

 雁夜の決意に従い、彼の魔力とは別の色が右手に纏わりつくように渦を巻いている。

 不快感を催す感覚に、思わず顔をしかめる。彼の右手に纏わり付くという事、つまりこの靄は、令呪の行使を要求していた。

 手を貸してやる代わりに、こちらの札を然りと切らせる。抜目の無い仕組みは狡猾にも思え、逆に信頼がおけた。

 上等。肉がほしいならくれてやると、魔術師に与えられた三画の呪印、その一角を惜しげもなく捧げ――

 

「“纏え、バーサーカー”」

 

 ここに契約が履行される。

 

 

 

 

 

 火花が散る。

 一合、二合。

 交じりあっては弾き、辺りを照らす光は大地を打っていた雨をかき消すように力強く、その足跡を表すように咲き乱れる。

 

 そして、遠坂邸から、街の中心から離れるようにたどり着いた終着点。

 

 廃墟と化した洋館。所謂幽霊屋敷と化しているこの場は、敷地面積もさることながら、周囲の噂も相まって人気は皆無。この時間なら尚更であり、これだけの音と光が散ってもしばらくは持つ。

 

「■■▬▬―ァ!!!」

 

 先に到達して構えを取ったセイバーに、バーサーカーは臆する事無く襲い掛かる。もともと、罠だ謀略などといった企てを考慮するような輩でないだけに、その突撃は彼我の距離を一息に縮める。

 

「このっ」

 

 だが、バーサーカーの一撃を受けるという選択肢が無いのは重々承知している。即座に上に躱し、何度目かになるかわからない空中跳躍で背後を取る。

 此処にたどり着くまでに交わした剣の数は十やそこらではきかない。となればそう、これも幾度となく繰り返した攻防の一つ。

 

「――ァァ■■アア!!!」

 

 正しく獣という獣性のままに、されどセイバーの奇襲に反転して対応して見せた“狂化”にある筈の無い機転だ。

 それこそが攻め崩せない要因。

 あろう事か、この狂戦士は相対する毎に対応力が増しているのだ。

 

「もう、この状態でもキツ、イですね」

 

 未遠川で相手取った時はまだ優勢だった。場所を整える為の逃走とはいえ、それでも剣を交えるからには彼女も真剣に刃を取っている。混じり気の無い殺意を、障害を屠る事に躊躇などしてない。

 

「■■■!!」

 

「でも!」

 

 セイバーとてこの状態で勝ちに届かない事は承知している。故にもう、加減もしていられないしこれ以上長引かせるのは下策。先の戦いで彼女は狂戦士に秘奥を開放して優位に立てた。だが、それすら学習しているだろう。まだ攻略されている訳ではないと、楽観はできない。

 故に、

 

『――私が犯した罪は』

 

 恐らく、この戦いを有耶無耶に済ませれば、次は確実に劣勢に立たされるという予感があっただけに、彼女の決意が決まるのは早かった。

 

『心からの信頼において あなたの命に反したこと』

 

 剣から迸る雷が、まるで構わず飛び込もうとする狂戦士を威嚇するように四方を薙ぎ払う。

 その光の規模はこの聖杯戦争で過去最大の放出量であり、それだけに必殺を誓う心の表れだ。

 

『私は愚かで あなたのお役に立てなかった』

 

 剣から体に纏われる雷。その光景はこれまで見せた工程をなぞるようで、決定的に何かが違う。

 

『だからあなたの炎で包んでほしい』

 

 それは彼女自身これまで培った恐れ不安を内包しながらも、覚悟を固める騎士道ではない。

 どこかに感じてい違和感、迷い。心に漂う不純物を削ぎ落していく溜めの行為で、紡ぐ言の葉が、彼女を戦火に駆ける(ツルギ)として研ぎ澄ます。

 

『我が槍を恐れるならば この炎を越すこと許さぬ』

 

 霞がかる靄の中、胸の内に残った灯こそが譲れぬ彼女の信念だから、

 

  創 造

『Briah――』

 

 己の中の芯を確かめるように最後の言葉を皮切りに、彼女は我が身を刃として鞘から引き抜く。

 

  雷 速 剣 舞 ・ 戦 姫 変 生

『Donner Totentanz――Walküre』

 

 顕現と共に轟く轟音。

 剣を構える姿から清廉とした空気を纏っていた彼女にして、耳を劈く壊音というのは似つかわしくなかった。が、身に纏う雰囲気は寸分たがわない。いや、より純度が高まったという点で、その姿は凄烈に、輝きを放つ。

 

「フ――行きますっ」

 

 そして、その変化は一目瞭然。

 “戦雷の聖剣”の効果はあくまで雷を纏う剣。そしてその上位となる能力の開放がどうなるか、現状が明瞭と物語る。

 

「■■■ァァ!!」

 

 対して、それは見えていると言わんばかりに正面からの迎撃へと構え、迸るバーサーカーの得物を、

 

「遅いの、よ!」

 

 セイバーは避けるでもなく真向からぶつかり、透過する。

 

 両者が交差し、弾ける雷光。後に残るのは変わらず光放つ彼女と、雷に焼かれ無数の傷に血を流す狂戦士がいた。

 

 物質透過。

 それはセイバーの願いを体現し、“己を戦火を照たし導く導”となるべく懐き続けた渇望が、肉体を雷へと変換する事によって可能となった能力。

 

 雷になった彼女には誰にも触れられないし、文字通り半端な剣や銃弾は透過し剣舞を見舞う。

 その様はまさに死の舞踏(トーテンタンツ)だ。彼女の走破した後には敵が輝きに焼かれて血を流す。清廉な輝きは見る者を魅了しようと、魅入られた者はその剣姫の舞に切り捨てられる。

 

「ガ、ァ■■■!!!」

 

 なにより、追いすがろうとしても彼女の速度は音の領域を凌駕している。

 いくらバーサーカーが狂戦士特有の破壊力に異色の芸達者な武を見せようと、その程度で対応できるほど速度の壁は優しくない。

 

「まだ、いける。このまま」

 

 だが、焦りを見せるのはむしろ攻めているセイバーだ。

 対応できない状態であるならば、場は一方的な蹂躙劇となる筈である。しかし、バーサーカーは致命傷に至る傷の殆どを、その他の部位を盾にすることで致命傷を避けている。といっても、幾ら頑強で驚異的な再生力を誇ろうと、これは手数が話にならない。現に再生に対して傷が増える速度が目に見えて増しているのだから、バーサーカーの選択は所詮延命でしかない。

 そしてそれ故に、彼女は勝利を、決着を急ぐ。

 

「決めさせてもらいます!」

 

 圧倒的な手数で、速度も雷による付加で上がった攻撃で決めきれない。耐えられ時間が引き延ばされるという事は、この狂戦士は必ず対応してくる。前回の戦いは早々に終えた為か、技との相性なのかは彼女には知れない。だがいずれ追い付かれると確信している。何を根拠にと言われればそれは本能。女の勘。所謂第六感によるもので確証などない。

 だが、

 

「―――■■■」

 

 偶然か、いやそれはない。バーサーカーの得物によって僅かに狙いを逸らされた数ある剣線の内の一つ。間違いなく、やはり目の前の敵は対応しだしていた。

 

 時間が無い。

 

「切嗣はっ」

 

 思考に過ぎった主の暗躍の行方を即座に切り捨てる。

 戦いの場で他力を頼るのは下の下だ。己が成し、彼が成し、大勢に戦果を成すのが戦いだ。彼女自身が駆け抜けてきた地獄だ。少なくとも、導になろうとした人間が抱く感情ではない。

 故に彼女は即座に距離を開け、もっとも自身が信頼している一撃を見舞うべく構える。

 

 敵を数多屠ってきた刺突は至高の域に昇華している。

 単純故に必殺。余計な動作を徹底的に省いたそれは単なる技を秘剣とする。

 

「ハ、ァアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 そして、狙い通りバーサーカーの腹を貫き、勢いそのまま押しやり続ける慣性という力に、彼女は極大の雷でその肉体を焼き払う。生物としてはばかげた話だが、感電そのものに耐えたとしても、膨大な熱量はそれだけで体内の水分を蒸発させる。モノが雷どころか、単体で界雷もかくやという規模を発生させる光は過剰攻撃というのも生易しい。

 

 無論、ただ受けるままなのを良しとせず、驚異的にもセイバーを振り切った彼ではあったが、仮に人外の肉体を誇るバーサーカーであろうと、その体は炭化寸前かをいう様に黒焦げていた。

 

「いけるっ」

 

 今の一撃で攻めきれなかったのは痛い。あれだけの規模の雷を束で開放するにはそれなりにタメが必要だ。しかし、それを考慮してもバーサーカーのダメージはおつりがくるといえる。回復する筈の肉体が追い付かず煙を上げている様など特に、このまま攻めかかれば勝機は見えたといえる。

 

 だからこそか、勝気は色に出る。

 勝利への手応えに確信した瞬間であり、僅か、刹那の域で緩んだ攻めの手。だが、それだけで十分であるのが聖杯戦争の常。

 よって、一際異様な態でいたこの狂戦士もその例に洩れず、彼が纏っていた魔力と“色”違うソレが突如その体を渦巻き――同時に大剣の表面がひび割れ、中から黒曜の輝きを放つ剣が現れる。

 

『■■―――形成』

 

 黒焦げた体表に血が通う。

 痩せこけ骨肉の態だった肉体が隆起する。

 つぶれている筈の声帯が空気を震わせ言の葉を紡ぐ。

 

ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス

『 黒 円 卓 の 聖 槍 』

 

 ありえない。

 その驚愕に足が止まってしまったセイバーを前に、獲物を構える成人と思われる人間。

 

 “青褪めた仮面(デスマスク)”を被った男が対峙していた。

 

 






 去年の今頃考えていたシーンをこうして形にしていくと何とも感慨深いなとしみじみとしているtontonです。ようやくこのシーン書けたよ!! いや、バーサーカーがかれと知った人は予想済みですよね( あとは彼女をサーヴァントとして選択した理由の一つですなこれも。
 出したいと我慢してきただけに楽しいです!


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「夢想」

 


 

 

 

 近く、セイバーとバーサーカーが激突を繰り広げる遠坂邸の主は、間近の脅威に備えるでもなく、あくまで落ち着いて出迎えに玄関の戸をくぐる。

 

「これはこれは、こんな時間に客人とは珍しい」

 

 雨が晴れ、月明かりが差し込む夜の洋館。見れば幻想的な風景にソレに見劣りしない外観、家の主。内包する空間までもが主の気質を表しているといえる。そんな場所に、彼の言う珍客が訪問の用向きを伝える。

 

「客人? こんな時でもそう構えて見せるのね。こちらは主従揃って宣戦をしに来たというのに、出迎えが片手落ちなのは失礼にあたらないのかしら」

 

「これは手厳しい。こちらとしても万全に出迎えたい所だが、生憎と彼は出払っていてね。突然の来客に、出せるのはお茶くらいだよ」

 

 彼の主張に嘘はない。

 アーチャーが持つ“単独行動”のスキルは恐ろしく優秀な適性を示している。仮に時臣との契約が切れたとしても、二、三日は余裕で限界してみせるだろう。そしてそれだけに、彼は時臣の監視外の行動をとる。今まで表だって問題を起こす事が無かっただけに慌てる事もないと放置していただけだ。

 

「ああ、ですが主よ。それは私の落ち度だ。貴方が非難されるいわれはどこにもない」

 

 その声は頭上、館の上より投掛けられた。

 

「故に、謝罪は私がしましょうライダー。夜遅くにご苦労な事です」

 

 音もなく地に降りてみせた館の主の従者。アーチャーは時臣とライダー達の間に立ち降りる。その様は従者としては当然の所作。だが、ライダーにはその行動の全てが嘘に彩られて見える。

 それもその筈。願いに焦がれ、ぶつかり合う者達の中で、自分と同じく虚無で願いを表に出さなかった者を、彼女はこの男意外に知らない。

 

「どこで何をしていた、と聞かれても、貴方はどうせ答えないのでしょうね」

 

 故にその質問も内容には対した意味はない。

 そもそも彼と真面な問答を望むなど無意味。いやむしろ逆効果だ。彼の言葉には毒が宿る。嬉々と他人の傷口を切り広げ、手に持った病毒でその歪みを深くする。それが分かっていて尚問いかける意図、つまり彼女は言外にこう言っている。

 

 “自分はお前を知っているぞ”と。

 

「別段隠す事でもありません。私も天にまします我らが父に使える身であれば、日に一度は祈りを捧げたくもなるというもの。幸い、この地にはああして立派な教会がある事ですしね」

 

 故に答え自体には欠片も期待していない。

 

「祈り? “皮を被った”狼が羊の真似事をしようだなんて滑稽なだけよ」

 

 そもそも目の前の男は聖者でありながらその道を外れた物。他者を欺き、貶める事で自ら罪を積み上げ続ける男を、どうして“聖なる者(クリストフ)”等と呼べようか。

 酷い言い草だと嘆いた風を装うこの男、ヴァレリア・■■■■■とはそういう男なのだ。

 

「しかし、こうして目の前にすればするほど意外だ。ライダー、私の印象では貴方は最後まで戦況を見守る物と、思っていたのですが」

 

 横目で確認した小さな主が、震えそうになる心を押し込めてこの背中を見ている。目の前の男の恐ろしさを知っていようと、今この身に固まっている決意を再確認するにはそれで十分すぎた。

 それに、意外なのは彼女自身承知している。こうした他者に道を示すなどという求道は、自分の性分じゃない。もっと別に相応しい人間がいたはずで、それはたぶんあの娘のように真直ぐな子が抱く渇望(ユメ)

 

「私にも、たまには戦いの中に賭けてみたくなる時があるのよ」

 

 そしてその種が後ろで芽吹きかけているのを感じたから、柄でもないと承知で此処に立つ。

 目の前で告げられた時、握った手の暖かさを覚えているから。そのいっそ愚直な視線に無様は見せられないと思ったから。

 

「なるほど成る程―――いや、結構。そうまでして覚悟を決めてきたのなら、確かに無粋なのは私の方だ。改めて謝罪しますよライダー。どうやら、私は貴女を過大評価していたようだ」

 

 そのやり取り、彼女が今懐いている決意を見ただけで察したのか、どこか落胆したような風でアーチャーは頭を振る。

 それが決定的なやり取り。お互いに両者の素性を承知だという事の証明だ。そして、そんな二人が仲良くこんな場で、それも主を伴って昔を懐かしむ、という訳もないだろう。

 

「それで、どうします? いくら時を置こうと、貴女の待ち人はここには表れませんよ。何しろ彼は猛っていても紳士だ。心に決めた相手を目の前に、それも理性の仮面を取り戻したのなら尚の事」

 

「――ことなのね」

 

 だからこその確信を持った問いかけに、彼ははてととぼけた風で首を傾げる。だが、彼が言葉にした待ち人が誰の事であるのかは明々白々だろう。生残った四騎のサーヴァントを思えば解りきった事。そして、そうならないようにと奔走したライダーを嘲笑うかのように仕組んだ手管。彼は一人承知で、この歪んだ幻想を己の手で悪夢に変えようとしている。いや、変えかけているのだ。今この時まで、その為に奔走していた。

 

「……さて、そろそろいいだろう。アーチャーも昔話に興じるのは解るが、そろそろ己の本分を弁えてほしい」

 

 そして、ここで間を挟むのは彼の主である遠坂 時臣。その提案が狭量だと聞かれれば、そんなことは断じてない。寧ろ最終局面が近いこの場面で無駄話をこれまで黙認している事の方が不可思議だ。

 

「ああそうですねマスター。問答に熱が入るのは私の悪い癖だ。では――」

 

 だが、主の言葉を皮切りにアーチャーの雰囲気が変わる。先程まで口軽に捲し立てていた態を払拭し、両手を広げてまるで懺悔する子羊を迎えるように立つ。一見無防備に見えるが、驚くなかれ、これが彼の構えであり常套手段。彼はあくまで戦士ではなく牧師。如何に摩訶不思議な能力を持とうと、生来培ってきたモノは業のように根深く息づいている。

 

「さぁ、私たちの“聖杯戦争”を始めましょうかライダー」

 

「そう、ね」

 

 そして、だとしたら相対する彼女もそう。

 

『天が雨を降らすのも 霊と身体が動くのも』

 

 雨に侵された大地、恨みの念を上げるが如く異臭を立ち上げる。

 生ある者が恨めしい。

 僕たちはもっと生きたかった。

 痛い苦しい寒い寂しい。

 それは散っていた者達の嘆き、命を羨む合唱だ。

 

『神は自らあなたの許へ赴き 幾度となく使者でもって呼びかける』

 

 なぜ生きている。其処にいるのは苦痛だろうと。

 それらは疑問に思う心を持たない故に純粋で、そして残酷だ。何より容赦を知らない。己が知るところしか知らない知ろうとも思わないから。そんな哀れな魂たちを抱き続けてきた女も、彼等を否定する事をしなかった。知ってて目を逸らした。つまりこれはそのつけが回ってきた事だとでもいうのかと、自嘲気味に息を漏らす。

 

『起きよ そして参れ 私の愛の晩餐へ 』

 

 救いを求めた訳じゃなかった。気紛れだ。“願望の器”なんて、リザ・■■■ーは求めてはいない。

 

Yetzirah(イェツラー)――』

 

 だけどそんな彼女でも、

 

 蒼褪めた死面

『Pallida Mors』

 

 譲れぬものがあると、こんな夢物語、夢なら手遅れはないだろうと願う甘さは間違いではないと、そう思いたかったから。彼女は今一度己を奮い立たせ、夜明けを待たず、この地に新たな贄を捧げる儀式が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 聖槍・ロンギヌス。

 

 曰く、聖者の生き血を啜った槍。

 曰く、聖者を見出す選定の宝具。

 曰く、神を滅ぼす盟約の神器。

 その他様々に、数多の国が血を流し、栄華を手に入れ、また沈んでいく。

 誰が口にしたのか、“その槍を手にしたものは、世界を制する力を与える”などという噂までもが独り歩きを始める始末。

 

 噛み砕いて言葉にするのなら、それは“聖者の血を浴びた”という一点。ただの槍であり、生き死を確認しただけであり、それ以上特質することは本来ない。だが、人々の念、信仰は時として狂気だ。その時代が“聖遺物”という形ある神器を求めた中で、人々の妄念を集約されたソレ等は確たる力を宿した。

 

 そしてその一つ、聖槍・ロンギヌス。

 

 数多の国が、権力者が求め与えられ、奪い渡り歩いた。当然、それが宝具として顕現するのは何らおかしくはない。寧ろ、破格の霊核だという事は論ずるまでもないだろう。“聖杯”も“聖遺物”として起源を同じくするものだとしたら、それが現れたのなら、勝負など形にもなりはしない。

 

 だがしかし、そこでセイバーの目の前で構えられたロンギヌスが真実聖槍なのかと言われれば、彼女は判断に窮していた。

 

 黒曜を削り出したように、だが荒い余計な文様は一つとしてない磨き抜かれた刃。ただ一つの装飾と見て取れる表面を駆ける線ですら、模様などという形骸的な物ではなく、それら全てを含めて“ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス”なのだろう。

 

 だが、これが聖なる槍だというのなら、それはあまりに禍々し過ぎた。

 数多の国、人の手に渡り、栄枯盛衰を見てきた槍というのなら、それは単に“聖”という属性だけではないだろう。つまり、清濁併せもって尚輝きを失わぬ後光。だからこその“聖槍”である筈だ。

 それを踏まえ、目の前の黒い無骨の槍は、確かに“ただの槍”というのには“歪”に完成されている。完成され過ぎている。これは手にする者を破滅させる類の魔器だと、その手に明るくないセイバーだとて判断できる。

 

 つまり、端的にいって、いま彼女は目の前の男と、その手に握られた“聖槍”の雰囲気にのまれていた。

 

「――君とこうして話すのは初めてだね。何ともおかしな感覚だよ」

 

 加え、目の前の男が、その得物である“聖槍”の矛先を下げた事もセイバーに怪訝を抱かせる。のみならず、彼は右手で矛先を下げたまま、ゆっくりとセイバーに一歩づつ近づき始めた。

 相手の油断を誘うとか、意識を誘導する類のブラフではない。その目に宿した感情は徹底して邪を排斥している。手に握る歪な槍に比べ、彼の気質は柳のような穏やかだった。

 

「すまない。まず初めに謝らせてくれ」

 

 加え、彼の言葉は第一声から戦闘に臨むもののそれではない。まるで偶然会った知り合いに話しかけるように穏やかで、見知らぬ人に信義を尽くすように柔らかい。この目で狂戦士からの変異を目にしていなければ、とても彼が獣性を纏った幽鬼だったとは信じられない程に。

 

「っ、止まりなさい。この期に及んで下手な取り繕いはやめてもらえませんか」

 

 だがしかし、彼女は間違いなくその異様な変化を目にしていた。まるで人が朽ちる様収めたテープを逆さに映すように不道理で、この聖杯戦争に参加した英霊達が皆超常の域の力なり能力を持った猛者揃いだとしても、彼においては一際際立っている。警戒を解いていい筈がない。 

 

「すまない。そう警戒するのは当然だね。呼び出されたサーヴァントは自分の、主の願いを叶える為にその都合を押し通さなくちゃならない。他者の願い祈りを踏み倒さなくてはならない」

 

 その主張は聖杯戦争参加者共通の認識にして、至極当然の理。程度の差こそあれ、望みを持たなくてはマスターには選ばれず、逆を言えば狂気の域で願いを持つ者ほど聖杯は優先的に参加の権利を与える。

 つまり、

 

「主の掲げる願いはとても歪んだものだって分かってはいるけど、こうして心を表にした今強く願う。彼の望みは、その輝きは誰よりも僕は共感している。だから」

 

 バーサーカーのマスターも、例外的な選定当てはまらないのだとしたら、至極当たり前に譲れない渇望を持っている。

 故に、彼がいう謝罪とは他者の祈りを踏みにじるこの戦闘自体に対するもので。 

 

「――君はここで死んでくれ」

 

 言葉が如何に丁寧だろうと、如何に真摯な青年だろうと、次の瞬間に剣を振り下ろしていたとしても何ら不思議な事はない。

 

 

「っ、ク!」

 

 寸での所で対応を間に合わせる。セイバーが咄嗟に取った行動は弾くのでもなく単に受けるのでもなく、受け流しによる後退。受けば即轢殺する筈の一撃に取ってしまった身に沁みついた反射。

 だが、

 

「……これはどういう事ですか」

 

 過不足なく、事実としてバーサーカーの“聖槍”を、セイバーの“聖剣”が受け流しきっていた。

 これまでの狂人的な暴力にさらされただけに、まるで手を抜かれたようなその一手は、これが不意を打つことに対する謝罪だったというのなら、それは戦いに臨む者にとっての侮辱に他ならない。

 

「何も別段不思議な事じゃないよ。僕程度が相手を謀るような戦い方ができる程、器用じゃない。不快にさせたのならそれも謝るよ。全身全霊、剣を取ったからにはこれでも真剣に振るっている」

 

 事実セイバーはそう受け取ったが、あっさりと自嘲気味に謝る目の前の男の言葉には偽りの色は見て取れない。つまり言葉通りだとしたら、彼の現状が全力。勿論言葉通りに受け止めるなどという愚は犯すつもりはない。ないが確かに、目の前の男が狂化の影響下にあるとは思えない。つまり、幾らかステータスの弱体化は想像に易いという事。そして反面、理性を取り戻したという事は、狂化の代償に失われていた能力を取り戻すという事だ。

 

「いえ、なら非礼をわびるのはむしろこちらの方です」

 

 ただ弱体化する札をこの場面できる輩などいない。劣勢から逆転する為の一手があると疑ってしかるべきなのだ。目の前で正眼に、今度は両の手で構える彼に、セイバーも油断なく剣線を交える。

 予想外の事態に身に施した“雷化”に乱れが生じたが、呼吸を一つ入れて再度研ぎ澄ます。

 相手が何を思って狂化を解いたのか。セイバーには推量れない。だが寧ろそこに思考を割くのは無駄な、余分である。どんな手札を切ろうと、斬捨て追い越し貫けばいい。これまで行ってきたことだし、この相手にも、そうして乗り越えて見せる。

 

 そう誓い、胸に刻みつけた輝きへと呼応するように雷を迸らせて、刹那より速く懐に入ったベアトリスの必殺の突きは―――

 

「例えどれだけ早く動けても、場所が分かるのなら対処のしようはある」

 

「ク――っ」

 

 その長大な“聖槍”をまるで盾のように地面に突き立てて凌ぎ切っていた。慣性の乗った高速の刃を防がれた事に。一端距離を開けて構えを取る。

 真正面からの攻撃であろうと、セイバーの速度でなら回避、防御の動作の“起こり”を見てからでも十分対処できる。だが、その速度に対応して見せたという事は、彼は初めから斬り返すのではなく、防ぐつもりで気がまえていた事。見誤ったと図りの甘い自分を恥じると共に、今度はそうはいかないと構え直すが――

 

「悪いけど、次はもうない。君を相手にこの状態で倒せない事は十二分にわかった。だけど、僕は君とアーチャーの、少なくとも二騎のサーヴァントを屠らなくちゃならない。だからそう、彼の言うとおり、僕たちに迷っている暇はない」

 

 そう言葉にし、彼は盾にする為に突き立てた“聖槍”を引き抜くのではなく、右手で柄を握ったまま、左手を刃に沿えた―――瞬間、剣より怖気を振りまく狂喜が溢れだした。

 

「何をっ」

 

 誓ってこれはセイバーを攻撃する為のモノではない。なぜなら、狂気に内包した飢餓の念は、“聖槍”の担い手たる彼自身に向けられていたのだから。

 

『血の道と 血の道と 其の血の道 返し畏み給おう』

 

 言葉が形になるたびに、生という生、蟲や鳥、空気でさえもその“歪み”逃げ惑う。周囲を巻き込む瘴気。それはセイバーにあの男を連想させるには条件が似すぎていた。が、その性質は根本的な所で差異があった。

 

『禍災に悩むこの病毒を この加持に今吹き払う呪いの神風』

 

 吸血鬼たらんとした彼は他者の活力を吸い上げ、己の糧とし新生しようとした。

 対して、この瘴気は他者ではなく自己を、担い手を染め上げて変生する。

 

『橘の 小戸の禊を始めにて 今も清むる吾が身なりけり』

 

 生気に満ちていた肌が冷気に触れて凍結するかのように青くなっていく。大気を歪ませるほど周囲に蔓延していた煤煙は発生源である“聖槍”から彼自身に収束しいく。

 コレの何処をみて、ソレが“聖なる槍”などと呼ぶことができるのか。

 

『千早振る 神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し』

 

 そう、セイバーの直観は正しく、これは魔剣や妖刀と呼ばれる禍つ性を与えられた一つ。術者に強大な力を約束する代わりに、命を喰らい、厄災をもたらす“偽槍”だ。

 

『創造――』

 

 ならば、彼が“偽槍”を正しく扱うべく贄を捧げたという事は即ち、

 

ここだくのわざわいめしてはやさすらいたまえちくらのおきくら

『許許太久禍穢速佐須良比給千座置座』

 

 此処に一つの“災禍”が産まれた。

 

「……この状態の僕には、あまり時間がない。雑で悪いけど、直ぐに終わらせてもらう」

 

 口から洩れた音は、肉声というのにはかけ離れたノイズの様なものが混じり始めていた。彼の言葉通り、瘴気が術者自身にも悪影響を及ぼす“毒”だと確認するまでもない。この霧は、端的にいって肌に悪い。人によっては嫌悪どころか吐き気も催すだろう。

 

「たかが瘴気を纏った程度で、どうにかなるとでも、安く見られたものですね」

 

 だが、所詮は瘴気。宝剣のなかでも信仰から聖剣としての核を持った“戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)”をもってすれば祓ない道理はない。故にと、先程の轍は踏まず、側面背後に雷撃斬撃を混ぜた三方向からによる“同時攻撃”。音速で駆け抜ける彼女だからこそ可能な方法であり、雷そのものであるが故に、三矢はほぼ同時にバーサーカーに向かう。

 

 だが、

 

「言ったはずだ。次はないと」

 

 寸での所でセイバーが二の足を踏んだのは単なる直観だが、そのような機器察知が出来ない雷単体は当然バーサーカーに猛威を振るうべく疾走し、その手前で、ありえない陰りを見せた。

 祓いを宿した雷が黒く染まる。空気を引き裂く足が鈍る。バーサーカー本人に到達した雷は、彼の皮膚を傷付けこそすれ、対したダメージは与えてないということを物語っていた。

 

「バカなっ」

 

 威力の減退。

 キャスターが最後に見せた宝具の力のようであり、ランサーの吸魂のようでもあるが、やはりその根底が違う。

 

「寧ろそれは僕の言葉だ。まさか、僕のコレを躊躇せず突き進むとは、流石“最良の英霊”恐れ入る」

 

 殊勝な物言いだが、その能力は厄介極まりなく、壊滅的に狂っている。

 ランサーではないが、実際に見て、剣を交えればセイバーもその心根は大凡察せられる。この狂戦士の能力も、まず間違いなく彼の心象倫理を具現化した物。自己を渇望の具現媒体として己を異界化する禁呪。だが彼の変容。相手を、有機無機問わず、それこそ概念すら衰退させうる猛毒。その強力さも異様だが、自己を代償にする精神が歪に歪んでいる。

 

 つまり恐らくは腐毒。

 

 つまりは、

 

「――自分の魂を糧に腐食の鎧を身に纏う。正気ですかっ」

 

 今こうして対峙している間にも、バーサーカーはその肉体を腐らせ、蝕まれているという事。時間がないという先の発言は、既に彼女の中で疑いようもなかった。

 

「正確には、僕が“毒”そのものになるのが正しいけどね。でも、正気だって? 馬鹿を言わないでくれ。狂おしく願わなければ、それでも叶わないと知って悔やんできた。そんなもの、当の昔に捨て去っている」

 

「あれだけの実力をっ、戦士としての資質を持ちながら、何故そうまでして自身を持てないんですか」

 

 雷速に及んでいた彼女の剣を臆せず防いだ意思、決定力。狂化されてなお陰りを見せるどころか異彩に映るほど冴えを見せていた剣技。どれも一兵卒で担えるものではない。英霊として呼ばれた以上当然であるはずだが、剣を交えてより実感した。彼の剣には、徹底して自己を投影する信念が無い。

 例えば勝利による栄光。勝たなくてはいけないという強迫観念。復讐という連鎖に身を焦がした、焦がされて身に着いた絶望と救済。彼の剣に映るのは、そうした己を投影し、奮い立たせるものではない。徹頭徹尾、彼は自身に誇りを持ち合わせていないのだ。

 

「ああ、そうで在れたらどんなによかったか。己を持てないという意味でだとしたら、君の言うとおり、どうしようもなく恥じているよ。■■ ■は腐っているんだ。その信念に比べて薄汚れた、ちっぽけな存在なんだよ」

 

 彼の言葉に、セイバーが押し止まる。彼は自己を持てない。誰よりも自身の歪さを理解しているが故に、他者の、彼彼女等の尊さを、彼我の輝きの隔たりを誰よりも理解していたから。

 ならばなぜこんな“戦い”に応じたのかと言われれば、彼の答えは単純。主の願いに共感したからにほかならない。そう、バーサーカーのマスターである間桐 雁夜の渇望。

 

“間桐 桜を日の光歩けるよう助けたい”というたった一つだけ残った願いに。

 

 それだけは彼の中で歪む事無く残ったから、自分の存在を、その傍で光に生きている隣人の尊さを。彼女を救いたいと自らを差し出す自己犠牲(ヒロイズム)も、彼が自身のその精神に憎しみを抱いていることも、それしかできない自分に劣等感を抱いていることも、彼は雁夜以上に深く知っている。何しろ、英霊は死後の偉人。似た渇望を抱き、共鳴したという事は、程度はあれ、彼は間桐 雁夜が辿るかもしれない末路の一つに他ならないのだから。

 

「彼がそうと知っていながらすがるしかない自分に、“己は屑”だと―――だから、従者である僕だけは、彼を肯定する」

 

 ならばこそ、我が身が毒に蝕まれようと、穢れを纏い朽ちようと後悔はないという。彼が、彼の主が助けたいと願った少女に対する姿勢、その境遇に。その結果に救いが伴わない事を、既に手遅れだろうことも知って尚、彼はそれでもと、今尽くせる全力を尽くす。

 その姿勢に――

 

「――にするなっ」

 

 セイバーはどうしようもなくささくれだってしまう。

 そして、そこに至ってようやく、彼女は自身が何に“苛立ち”を感じているのかを理解した。

 ただ単純に、抱いてしまう。“どうして彼はこう”なのかと。

 

「貴方の願いがどんなに悲惨なものであろうと、私に勝利を譲る道理はありませんっ」

 

 自己犠牲という精神はセイバーの渇望にも共通する。だがそれは根幹に己があって初めて抱く感情だ。自己を知らねば他者を量れない。もし、他者を救う事を何よりも先に抱くような人間がいたとしたら――それは生まれついての奇形児か、後天的に心が壊れている。

 その願いが尊いものであったとしても、セイバーの目から見て眩いモノであったとしても、その歪さに気付けば目を晒すことができない。

 

 だからこそ、彼にはわからせなくてはいけないと、疑問に思う前に強く心に響く。

 

「私にも、誓いを立てた人はいる。その願いを叶えたいと、勝利を捧げると誓い戦ってきました」

 

 守るだけの人間には、だれも救えない。救うだけでは心まで拾えない。己を誇れない人間には、きっと他人と解りあえない。解りあおうとしない。

 かつて生きていた頃の摩耗した記憶。その中で鳴る警鐘の音が耳元で煩く喚くのだ。彼をそのままにしておくのは、“ベアトリス・■■■■■■■”は認めてはならないと。致命的な失敗を、遠い昔にしてしまったという後悔の念が胸をつくから。

 

「だから私は、貴方を倒して見せます」

 

 加減抜きで、全速で彼を止める為に駆け抜けよう。

 戦場で生き、死んだこの身はそれしか知らないし、それ以外の方法を知らない。

 

 時間がない。

 

 こんなに急く事はかつてあっただろうかと焦燥を抱きながらも、“聖剣”は主の呼びかけに応じてくれる。

 

 対して、

 

「是非もない。憐れみなんていう勘違いで手が鈍られるなんて興醒めだ。僕は僕で、全力で願い挑む敵を全て屠ろう」

 

 “偽槍”を構えた彼はここにきても勘違いを続ける。

 だからそれこそ大きな間違いだと声を大きく叩きつけたい衝動にかられ、同時に、その声も届かないという結果を“知っている”が故に、自身はまず勝たなくてはならないのだと悟った。

 

 そうして、両者は“聖剣”と“偽槍”を構えた。

 同刻、遠坂邸で霊核の激突を響かせる冬木の空の下、誰も観客の居ないステージに、最後の舞台へ向けた前座が始まりを告げる。

 

 終焉の時は、近い。

 

 






 久々に予告なし投稿。しばらくはこの流れが続くかと思われます。
 何しろ最終話まであと10話切っていますし。(何はとは言ってません。
 この話の根底(隠れてるか不明の物)が浮き彫りになってきた回でありますが、それが不明な方もいるでしょう。あと二話もすれば嬉々として彼が語ってくれますのでお待ちください(震え


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「夢幻泡影」

 


 

 

 

 “偽槍”と“聖剣”がぶつかり合う。

 纏う“腐食の毒”と“浄化の雷”が鬩ぎあう。

 互いに対極に位置する属性であればこそ、二つの色は相克する。

 既に切結んだ回数は両の手では数え切れない。そんな桁は等に超えていた。

 

「は、ぁあ―――!!!」

 

「相も変わらず早い、が!!」

 

 両者の力は天秤を傾けない。つまり、互いに身を削りあう消耗戦。そう、彼女の雷は彼の毒の鎧を越え、彼の毒は彼女の雷の衣を犯している。撃合えば討ち合う程に、互いに距離が近く、ゼロになればそれだけ身を削る。

 

「ぃっ、そんなもので!」

 

 バーサーカーがセイバーの攻撃を防ぎ、返す刃で反撃を浴びせようとするが、その時にはもう彼女は有効範囲外に飛んでいる。一方的に切りあっては離脱する。時たまバーサーカーの反撃が際どい線を描くが、それがセイバーを掠める事はない。それが二人の戦いが始まって永遠と続く流れだった。

 

「まだ上がるのかっ」

 

 そしてなお回転を上げる速度にバーサーカーの速力が追い付くはずもなく、死合は攻守一方通行。

 それが何合目になるのか。此処に至って、バーサーカーの左手の触覚が死んでいた。既に彼は右手一つでその長大な偽槍を取り回しているだけに過ぎず、動かせはするが左腕は沿えているだけ。刻一刻と身体が偽槍に喰われていく現状に、彼は気力のみで戦い続けている。

 対するセイバーの体も、解放時の輝きに比べ今は陰り出していたといえる。有機無機どころか、セイバーの雷すら腐らせる、事象すら影響を与える毒だ。セイバーの持つ剣が聖剣として核を持たない鈍だとしたら、瞬く間に朽果て棒きれほどの役にも立たなかった筈だ。

 

「っ、剣よ!!」

 

 故に死力を振り絞り、セイバーもまた魂を燃焼させたかのように、手に握られた聖剣から眩い稲妻が顕現する。

 

「ぐっぁ、ぉおおおお!!!!」

 

 体を焼く大質量のエネルギー。感電を感じる神経が既に死んでいようと、そのエネルギーがもたらす熱まではどうしようもない。彼の身体は既に毒の塊、つまり汚濁。熱消毒というには常識と比較するにも甚だしいが、それだけに有効であるのは論ずるまでもない。

 だが、それでも彼は膝をつかず動き続けた。

 

「まだ動けるんですか」

 

 痛みは既にない。感じれない。だが現実問題削られていく体に戦闘行為に支障は出る筈だ。

 故に解せないとセイバーが訝しんでいる表情を浮かべ、

 

「――戦いの中で考え事かい? 余裕だね」

 

 その構えられた剣ごと、首を刈るべく放たれた豪剣がうねりを上げた。

 

「っ、――あッ!!」

 

「それじゃあさすがに僕も意固地にならざるおえない。あまり舐めないでくれ」

 

 姿勢が間に合わなかったセイバーは吹き飛ばされる。力は狂化が解けた事で衰えたとはいえ、依然としてセイバーより上だ。

 

「それは、失礼しました。ここからは」

 

 無論、バーサーカーもこの一撃が有効打になるとは思っていない。いや、そもそも彼は決定的な一撃を得れる必要などないのだから。

 

「けっこうだ。なら――」

 

「ええ、余所見なんかしませんっ全力活かせてもらいます!」

 

 故に神速の踏込みを見せるセイバーに、彼は危なげなく、急所のみを外して弾き、時にはその斬撃刺突を身に浴びながら立ち続ける。

 戦闘開始から終始攻撃を当てているのはセイバーであり、バーサーカーは一度たりとも攻撃を彼女の肌に掠らせる事も出来ていない。ならば、道理に従えば焦るのは彼であり、優勢は彼女、の筈である。だが、両者の表情を見比べ、客観的に見ても焦燥感に駆られているのはセイバーだ。

 

 傷の多さで言えば、圧倒的にバーサーカーの方が負傷している。だが、セイバーは攻撃の度に、いや、彼の攻撃を回避、ないし防ぐ度に腐食の毒に侵されている。表面的な損傷こそ少なくとも、体を蝕む病毒は常人ならとっくに発狂している。

 

 その為、この戦いは消耗戦を強いられている限りセイバーに勝ちはない。同時に、あまり長引けばバーサーカーとて自らの得物である“偽槍”に魂を喰い尽くされる筈である。

 

「―――気付いたようだね」

 

 ならば、戦況は硬直するものと思いきや、セイバーの攻撃に対し、バーサーカーの剣が防ぐ為の迎撃ではなく、反撃を目的とした斬線を描く回数が増えてきている。彼女が疑問に感じたのはそういう事。

 自分が負傷しているのなら、相手も同等。程度の差はあれ消耗している筈だという当たり前の考察。だが、現実にセイバーは攻撃よりも回避に割く行動が増えてきている。それは彼がセイバーの速度に対応してきたというこれまで彼女が危惧していた事態ではない。彼の心境を明かすなら、今もセイバーの最高速は目で追い切れていないのだから。

 となればつまり、

 

「その仮面ですか」

 

「御名答」

 

 考えればすぐ行きつく事。そもそも、彼女は一度、目の前でその“仮面”を見ている。その本来の所持者である“彼女”が屍兵を呼び出し、使役しているという所を。

 

 そも死体を操る上で一番重要な事は何か。

 頭の先から爪先までを意のままに操る魔術理論。

 自分の身体に加えて異物(シタイ)を運用する指揮能力。

 器だけを操り、魂を排斥する強制力。

 

 いやそれよりも、何よりも大前提となる素養が必要であり、それは努めれば誰にでも習得できる能力。即ち、“人体”へ対する知識。それも教科書で知れるような綺麗事ではなく、倫理が忌諱する類の物。

 そして宝具級の能力ともなれば、人体に対する影響力は推して余りある。見たところ回復するわけではなさそうだが、彼自身に及ぶはずの“偽槍”の侵食を遅らせるているのだろう。よって、この攻防の絡繰りとは、単純に消費するスタミナに開きがあったという事。

 

「く、削りきれない!」

 

 最低限の攻撃を弾いていただけなのは、時間が経てば経つほど彼女の方が体力を消費していくことを悟ったから。本来ならセイバーの攻撃と“偽槍”によるダメージで劣る筈の彼が、ライダーの宝具にて均衡を破っているのだ。

 

「解るかい? つまり、僕が能力を開放した時こうだと至れなかった時点で、勝負は決まっている」

 

「何を、まだ私は――」

 

 戦えると続けようとした彼女にバーサーカーの剣が叩き込まれる。剣戟の重さは変わっていない。ここまでの消費で、絶えず同質の攻撃を繰り出す彼の胆力は驚愕ものだが、咄嗟に受け流せずセイバーが防御を取ったという事は、ここにきていよいよ均衡が傾きだしたという事。

 

「こ、のっ」

 

 加えて、セイバーの方が力で劣るのはこれまでの通り、鍔迫り合いを続ければより敗色が濃厚になり、死神の鎌が彼女の首元に迫る。だからこそ、まだ勝ちは譲れないと、彼女は纏っていた雷を放出してバーサーカーを吹き飛ばす。

 

「っ、はやり、その放電だけは厄介だね」

 

 近距離からの雷撃。如何に毒がその脅威を陰らせるといっても、及ぶ効果時間が短ければどうなるか、肌の一部を黒く変色させている彼の姿が物語っている。つまりは有効打だが、それだけの放電を叩き込むのは相応の為が必要な事は先の通りだ。仮に溜めきったとしても、ゼロ距離――いいや、それより先の、直接叩き込んでようやく勝ち目が舞い戻る。

 

「は――ぁ、く! どうしました? 先程より肌が焼けてみえますよっ」

 

 剣を急所、霊核に突き立て、溜めた雷撃を解き放たれれば如何にバーサーカーとて危うい。そして、それを理解しているからこそ、彼はその一撃だけは入れさせていない。急所を避け、被害を最小限に押し止める。言葉にすれば簡単だが、雷速を誇るセイバー相手にここまで立ち回れるバーサーカーの戦闘センスはもはや天才の言葉ではすまない。

 

「強がりは―――いいや、よそうか。その気概、素直に尊敬するよ。君みたいな人が戦場にいたら、さぞ多くの人を救って導いてきたんだろう」

 

 その言葉は嘘偽りはない。繋ぐ端々に滲む羨望の念もそう。彼女のあり様を誹るのではなく、ただ純粋に眩しいと羨んでいた。故に彼は理解できない。彼女が自身の何に憤っているのかを。

 自分にはこれしかない。これしかできない。

 ■■ 戒は屑だ。

 誇れるところなどなにもない。何かを守るために、大切な少数の為にその他大勢の犠牲を良しとする。例え世界が滅びに瀕しようと、自分は彼女等を助けるだろう。聡いと言われても、肝心な時にその思考が回らない程役立たずな事はない。

 だからこの身が発現させ能力は、そのまま“■井 戒”という男の内面を表していると、まるで十字架を背負う様に彼は自覚している。即ち、自分は腐っているのだと、こんなにも醜いのだと。

 今、こうして目の前の騎士と刃を交えているときでさえ、

 

「だからっ、負けられない! 私はァ――!!!」

 

 勇敢にも責立てる姫騎士に、彼は纏う腐毒の暴力によってその鎧を削り取る。

 その輝きを羨みながら、彼が取る手段がつまりこれだ。正攻法などとは程遠い。勝つ為により効率的に、守りたい人たちへ火の粉が振る事の無いよう惜しみなく、躊躇う事無く相手を腐らせる。その姿は傍から見て、いや、自分で見ても卑怯者のそれだと侮蔑する程なのだから。

 

 そして―――

 

「わかっていたろう。こうなることくらい」

 

「まだ、まだっ」

 

 騎士の疾走が、ここにきてようやく停滞する。

 走り、繰り出した刃の数は十やそこらの数ではきかない。自身の毒に侵されながらも、そうまでして果敢に攻めた彼女の姿を眩く思い、同時に、その無意味さを画面越しに見るように、彼の思考は冷静だった。

 

 雷は纏ったまま。だが逆手に持った剣を地面に突き立てて倒れまいとする姿はどこからどう見ても、誰がどう見ても満身創痍だ。

 勝敗はもう見えている。彼女に勝利はない。

 

「何故そうまでして戦うんだ。君の主だって、所詮は自分の死後の世界、仮初の主従だろう」

 

 だというのに、何故、どうして彼女の瞳は戦意を失わないのか。

 疑問に思った心は勝利の機会に止めを制止させ、その口から問いを投げさせる。

 仮初の主従。それを言うなら彼についても同じことだ。だが彼の願いはそもそも主の願いに共感したから。それぞれ思惑があって使い魔(サーヴァント)という枠を甘んじている。ならこれほどの窮地に立たされてなお、自分と同じく主の為にと戦い、願い、なのにこれほどまでに抱く輝きが違うのかと、鈍感でいたはずの彼の心が正面を向いた。

 

「私が、そうしたいと、願ったからです」

 

「自分の、為?」

 

 だというのにふらつく姿で、それでも力強く吐き出されたのは彼の想像を斜めにいく答えだ。

 自分の為、そうしたいから。自分と違い、さぞ高尚な信念があるのではと、いやそうであってなくてはならないと思い込んでいただけに、彼女が発した言葉の理解に、彼は遅れていた。

 

 その姿に、突き立てていた剣を引き抜いたセイバーは自身の心を恥じる事無く、悲鳴を上げる身体を押し込めて真直ぐと立つ。

 

「他の、誰がどう思ったって関係ないじゃないですか。私、頭は悪いって、よくバカ娘って上司に怒鳴られましたけど……それでも」

 

 不可解だと、自身の中で何かが強く違和感を訴えてくる。それは無視できない大きさへと膨れ上がり、自分の中に当たり前の疑問という一石を投じた。

 

「事の分別はつくつもりです。だって、私、あの人たちの事が好きだから、嫌いになれないんですよ」

 

 自己の夢はどうでもいいと、目の前の女は彼に言う。既に死人である自分が願う事よりも、今を生きる彼等の輝きがあまりにも眩いから、それを眺めている内にそんな選択も悪くないと思ったのだと。今も間違いじゃないと胸を張る姿は、その真摯に愚直なほど芯の通った瞳を、かつてどこかで見た事がある気がして、下がっていた“偽槍”の矛先が地面に着いた。

 

「ただ、それだけだと。君はそんな事で自分の夢を捨てられるのか」

 

「それだけって、いいじゃないですか。難しく考えなくても単純だって。なくさせたくないって、そう思ったんです」

 

 笑って見せた彼女の顔に、彼は握った柄を取り落しそうになった。

 なんだこれはばかげていると、心の中の自分は鼻で笑っているのに、もう一人の自分はどこかで、これが“彼女らしい”と安堵していた。■■■■■はこういう人間だったと、既に思い知っていた事を突き付けられて、頭を鈍器で殴られたような痛みに、思わず右手を振り上げる。そう、既に“触覚を失っていた”右腕をだ。

 

「ええ、ですから。私は勝ってみせますよ」

 

「―――ぇ」

 

 つまり、彼女から見て、彼が振り上げた右腕には、彼の武器である“黒円卓の聖槍”が握られている。

 

 反射で起こした行動。故に今更取り繕う暇もなく、そうだと解釈した彼女は一息に必殺の体勢に移る。

 乾坤一擲。文字通り死力を振り絞った一撃は、これまでの疲労を感じさせない程の走りを見せ――それだけに、彼に考える余裕を与えない。

 身体に染み込んだ経験は考えるよりも早く“偽槍”を持つ右腕に力を入れさせ、最後の激突がきまる。

 

 

 

 

 

 我武者羅に走った。

 その直前に何かを語って吹っ切れたというのもあった。

 だから、その時何を話したのか、彼女にはよく覚えていない。ただ真直ぐに、心に思った事を隠す事無く話しただろう事は辛うじて覚えていた。

 身体が本能に突き動かされ、文字通り全力全身全霊で走りきったその先で、まず感じたのは体に走った衝撃。そして、手に癒着するように握られた剣越しに伝うアカイ何かだった。

 

「ぇ、は?」

 

 口から洩れてきたそれが、自分のものだと気付くのに半瞬遅れた。気付けば体中が軋みと悲鳴を上げている。これ以上剣を振り続けるのは少々億劫だった。だが、主を助ける為にはそんな事を言っている暇などない。

 そうだ自分はこんな所で呆けている暇などない。と思い付き、同時に、自分が今まで何と戦っていたのか、此処に至ってようやく思い出した。

 自分の身体に寄りかかる別の物体。つまりそれは、

 

「バー、サーカー?」

 

 漏れた言葉に質問など自分は馬鹿かと後になって思ったが、この時はそんな簡単な事さえ思い至る余裕がなかった。それは寝起き特有の思考が鈍っている状態に似ているかもしれない。まるで夢に霧がかっていた思考が現実に追い付かない。不透明なヴェールが視界からずれ、目に入る違った視界に脳内が情報処理に奔走していた。

 

「っ!」

 

 そして、ようやく彼女は現実に至る。頭には絶えず痛みが走るが、目の前で“急所を”刺されている男が先程まで戦っていた敵なのだと理解して体が拒絶を示したのだ。しかし、極度の疲労からか身体が思うように動かず、振りほどきかけたと思った次の瞬間には膝の力が入らず地面に崩れる。当然、持たれていた彼もソレに追随する形になり、意図せずして先程と同じくもたれる様な形になってしまった。

 

「――っ、よかった。まだ、意識が」

 

 その時の衝撃からか、もたれかかった男が目を覚ました。瞬間、彼女の思考が完全に覚める。体勢を崩し、倒れないように踏ん張った彼女はそれで手一杯。

 対して、彼は気を失っている間も手放す事無く握られていた“偽槍”がある。加えて、死力を尽くしたぶつかり合いの結果か、両者の“雷化”、“毒化”の法も霧散している。つまり互いに超常の理を纏わない、普通の人間よりも腕が立つだけの実態を持った幽霊。ならばそう、先に一撃を見舞われれば、例えただの一振りとて致命傷だと思い至り、彼女が慌てて自らの剣に手を伸ばした時、既に男は武器を持つ“右手”を動かしていた。

 神速を誇るといっても健常時の話であり、至近距離という事、剣の位置を把握するのに混乱していたこともあってどうしても間に合わない。気が動転していた彼女に対処する術は、無かった。

 

「へ?」

 

 その彼女の頭上、そこに、柔らかく、微かに暖かくも大きな感触が、まるで忙しない彼女を落ち着けるように置かれた。

 

「ああ、やっぱり。君は強いなベアトリス」

 

 頭を撫でられている。

 なんで、今。相手は今の今まで鎬を削りあっていた敵だという状況が、思考を停止させ、結果として彼女をされるがままにしている。

 

「な、あなた、な、何を――」

 

 口がパクパクと金魚のように開閉し、ついて出てくる声は言葉をなさない。

 まるでそんな姿に、よく見た知人の愛くるしさに安堵するように彼の手は頭に乗せられたまま。決して力強く押さえつけている訳ではなかった。彼女がそうしようと思えば、または本当に拒絶すればその“拘束”を振り切り、その顔を睨み返してやるくらい訳もなかったはずだ。

 

「悔やむ事はないよ。君は君の心に従って、当然の選択をしたんだ。確かに、この状況なら、こうなってしまうんだろう」

 

 だけど、まるで知った風に上から降る言葉の雨に優しく晒され、彼女は顔を上げる事が出来なかった。かけられた声は、“偽槍”の展開を解いたためかより通って聞こえ、その声が不思議と心を落ち着けたせいだと信じたい。

 

「あなた、は私を知っているんですか」

 

「……ああ、よく、知っているよ。君がどうして日本に来たのか、別の場所にきて思いも変わっても―――ああやっぱり、君は昔から変わらないね」

 

 話すたびに頭痛がひどくなる。何かに心が急いて鼓動が早くなる。

 これは間違っている。致命的に。違和感が勝手に膨れていくのを、彼女は自信ではどうしようもなく、その重さで心が軋みを上げていた。

 既に自身ではどうしようもない重みと痛みに視界が薄れかけた時だ。彼女をなだめるように、彼女の名前を呼ぶ声と背中にその左腕を回されたのは。

 

「ちょっ」

 

 こんなことに慌てて自分は生娘かだとか、戦っていた仲で不謹慎だとか支離滅裂な事が次々と思考を流れる。だけど困った事にそれは決して不快ではなくて、頭に浮かぶ雑音が全て照れ隠しに見えてしまったあたり救いようがない。

 

「どうかあきらめないで。君ならきっと―――」

 

 背後で、陶器が落ちるような澄んだ音が響いた。

 次いで、頭の上に上っていた手が力なく頬流れて肩へと落ちていく。

 

 その手を握ろうとしたのは、彼女がそうしようと思ったのではなく単に体がそう動いたから。だが、握ろうと上げた手は空を切り、甲高い音共に、地面に彼女の剣が落ちた。

 

「勝った、の」

 

 疑問の声に、答える者は誰もいない。

 下を向けば、彼女の“戦雷の聖剣”と、“青褪めた死面”がそこにある。さっきまで傍に、体温が感じれるほど近くにあった彼の姿はどこにもない。あれほど強大だった独特の魔力も周囲四方には感じられず―――答えは解りきっていたのに、その時の彼女は何故かその答えに至るまでに数分を要した。

 

 気がつけば、何に違和感を感じていたのかも忘却していた。いや、その感覚を今この瞬間にも忘れていく。

 “彼”が消滅した影響か、それとも記憶の異常がそうさせるのか軋みを上げていた身体が徐々に活力を取り戻し、血が通いだす。

 

「そうだ。切嗣……アイリスフィールも」

 

 だから、心が立ち直る身体に追い付かない事実を無理矢理蓋して、彼女は敵を追っているマスターと連絡を取るべく端末を取出し、その魔力を追う。

 その時の彼女は覚束ない瞳に、進む足取りさえ力が無かった。だが、確かに感じた一つの魔力の消失。近く、視線を向けた先で散るその魂の形、色に余計な思考を取り除かれる。それだけの大きな消失。魔術師ならまず気付かない者はいない。

 ようやくつながった通信と彼が発見したという情報から、その四散した発生源で合流する事に決め、彼女は最後の戦場へ向けて身体に鞭を打って走る。まるでそうしなければ見たくないモノを直視させられる気がして。

 

 彼女は、冬木における“聖杯戦争”その最後の役者の一人を決める舞台に向かった。

 

 






 地味に時事ネタ(神座万象的に)などを考えてサブタイを選んだ今回。解る人いるかなとちょっとドキドキと。多分今後は今までのテーマを絞った回と違って好き勝手暴れます。主にキャラクター的にそうなってしまうんです(白目
 さて、次回から最終章いよいよ突入しますよーとお知らせしてみたtontonです。
 いや、彼の見せ場という事で一話丸々使って戦闘とかひっさびさな気がしますの。ええキャラなのになー(どうしてこうなった→大体〇〇の所為


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真ノ器
「懺悔」


 


 

 

 

 いつからそうしていたのか、長い夢を見ていた気がする。

 かつて恋い焦がれた愛しい人。

 その彼女と結ばれるというようなおめでたい物語ではなかったが、夢なんだからもう少し自分に都合がよくてもいいだろうと、そう思っても罰は当たらない筈だろう。

 彼女と、その愛娘達が楽しそうに一緒に遊んでいた。自分は彼女と、その夫の三人でその姿を離れていたところから眺めていて、昔は三人ともああだったこうだったと、時には男二人で言い合いになって、それを彼女が困ったような顔で慌てている。所謂じゃれ合いだ。そう、それは今思い返しても幸せそのもので―――だからこそ何で、自分たちはああも在れなかったのだろうかと後悔が胸をつく。

 

 そう思ったら急に景色がが色あせてくる。これは夢なんだという味気ない現実を突きつけられて、間桐 雁夜は目を覚ました。

 

 

「――間桐 雁夜だな」

 

 

 夢見が最悪なら、目覚めて一番も碌な事が無いらしい。彼のの前で不躾に問うてきたのは縒れたコートを着た男。

 まるで見覚えの無い相手に、目覚めの悪さから不機嫌なままに返事を返した雁夜に、突き付けられたのは黒光りする金属の塊。

 壁に寄り掛かっていた為に血の巡りの悪かった頭が、その凶器(じゅう)を突きつけられて淀みが覚める。蝕まれてきた体は相変わらず鈍いままだが、急ごしらえの改造による副作用、筋肉が動かなくなった左半身。取分け左半分が醜く歪んでいるというのはこういう時に睨みは利いた。

 

「だったら、どうだっていうんだ。お前、何処かの関係者か」

 

 答える必要はないという男の答えに、雁夜は知らずに薄ら笑う。

 考えてみれば解りきった事。現状で刺客を要する人間で自分に刃を向かせる人間は誰なのか。

 まずはじめにライダーのマスター。あの少年は無条件で除外だ。一目見ても分かる。誰かに似ている。端的に言えば青臭いのだ。慎重と言えば聞こえがいいが、準備が万全になるまで表に出れない臆病者。ならば他人を要するなどという運用を思いつくとも思えない。

 遠坂においては――歪だがこれも信頼だろう。遠坂 時臣はそういった手段も手札の一つとして持っているだろう。だが、こと自分を相手にすれば手ずからと“偽善”が顔を出す。そういう人間臭さにかつて期待をし、納得した時もあったが、要するに、理屈抜きでコレは違うと判断した。

 

「当てて見せようか……セイバー、アインツベルンの関係者だろ」

 

「――っ」

 

 反応は僅か。だがそれで把握するには事足りる。

 

「ハ、せっせとアサシンの真似事か」

 

 もうすぐこの体も事切れると理解できたが為に、不思議と向けられた銃が恐ろしくなかった。この場で撃たれようが凌げようがどうせ変わらないと、死に瀕した事で嘲るような笑いを口にさせた。

 

「聞きたい事は一つだ。アインツベルンのマスターを知っているか。銀髪の女だ」

 

「主人を探してこんな穴ん中まできたのか。そいつは、ご苦労様だな」

 

 対して、切嗣がこの場において聞きたかったことは一つだけ。もう一つ、雁夜に会うまではバーサーカーの退場も視野に入れていたが、目の前にすれば何の事はない。どういう訳か既に死の断崖に立たされているマスターが一人。猶予もないとなれば情報を聞き出す方を優先するのも無理からぬ話しだった。だが、虚偽説明に付き合う猶予はないし、その判断も後回しだ。

 

「死にかけの人間の酔狂に付き合うつもりはない。答えろ。知っているかいないのか、イエスかノーだ」

 

 撃鉄を上げ、余計な言葉をつづけるなら問答無用と示す切嗣に対し、雁夜はここにきてようやく彼の質問に取りあう気になったのか、苦笑 を漏らしつつも視点の定まった右目で切嗣に向き合う。

 

「いや、悪い。が、だったら外れだ。俺の目的は遠坂 時臣を倒す事。他の奴らなんかに興味はない」

 

 その言葉だけは偽りではないと。

 蟲に喰われて穴だらけとなった身体に残った、数少ない行動原理。色としては後悔と怒り。

 刻一刻と淵へと疾走する間桐 雁夜に残った火種。

 

「そうか―――」

 

「なあ」

 

 だからだろうか、恐らく最後の最後。

 

「そっちの質問に答えたんだ。俺からも一つだけ聞かせてくれ」

 

 もう望みをかなえられないと達観して灰色になりかけている心が、一つの問いを投げたのは。

 

「……いいだろう」

 

 指を引き金にかけたまま、男の目は死んだように暗く、その内を図ることはできなかった。が、その雰囲気が僅かに緩んだことだけは感じれた。

 

「アンタは、目の前にしたマスターは誰であろうと全員殺すのか?」

 

 文字通り大した意味はない。全てのマスターというのなら、この男は死にかけた雁夜の事も容赦なく殺すだろう。例え殺す事に意味などなくとも、生かしておくことにも意味がないから。

 彼自身何をと質問を聞いたことを後悔しているだろうが、雁夜の目は嘲りだとか諧謔といった戯れではないと訴えていた。

 その意を彼なりに組んで、そして当然だと切嗣は口にする。

 

「ああ、その通りだ」

 

 酷く短い言葉だ。だけど、それで幾分体に溜まった汚れを掃えた気がした。

 

「そうか――」

 

 人任せなんて何とも情けない様この上ないが、身体が言う事を聞いてくれない眼も霞んでいく。だが罵倒だろうと懇願だろうと、これ以上言葉を重ねるのも余計醜態をさらすだけだと理解できてしまったから。彼は目を閉じ、一思いにやってくれと首を垂れる。

 

 それを見て彼が何を思ったのか、伏した雁夜には知るよしの無い事だが、僅かになった金属の擦れる音にこれで終わりなのかと、狂気で生き繋いだ今日までを振り返った。

 

 そして――

 

 最後に、耳に轟音と痛烈な衝撃を身に浴びながら、間桐 雁夜は息を引き取った。

 

 

 

 

 

 目の前で繰り広げられるライダーとアーチャーの戦い。先に宝具を開放したのはライダー、そしてアーチャーは戦闘開始から防戦一方。味方としてはそう見える。

 だが一方で、

 

「勝ち目があるんじゃ、無いのかよっ」

 

 ライダーが召喚した屍兵の群れ。その蹂躙に、あろう事かアーチャーは直立不動のまま、丁寧に一体一体を行動不能になるよう粉砕していた。

 屍であるのだから、首を断とうが心を穿とうが倒せやしない。マリオネットとさして変わらないのだから人形を殺そうとしても無意味なのは当然の事。

 

 故に、方法は雑把に分けて二つ。

 糸を手繰る術者本人を屠るか。

 そもそも人形自体を粉微塵に消し去るかだ。

 

「いやはや。こうして数が多いというのも面倒ですねぇ。根性論というのもらしくない。いい加減一区切り見えてもいいでしょうに」

 

「生憎、こんな所で折れてあげられないのよ!」

 

 つまりアーチャーが取っているのは人形である屍の骨、間接全てを用成さなくなるまで向かってきた物から手折っていく地道な作業。単純故有効だが、そもそも前提条件からしておかしいのだ。何故押し寄せる屍の群れが規則正しく一体ずつ相手取れるのか。まさか列を作って、稽古よろしく乱取りをしている訳でもあるまい。だからそう、アーチャーの能力、その不可思議な“頑強さ”を持つ彼だからこそこの状況を作り出せていた。

 

『umgeben――Crush!!』

 

「やれやれ、芸の無い」

 

 頭上を遙か超えて覆われる死人の城壁(スクラム)。上から押し寄せてくる屍兵の群れは一体一体が軽かろうと、雪崩の如く降り続ける物量は驚異の一言。である筈が、標的であるアーチャーはまるで恐怖を覚えないと柳のように手を広げて迎え入れる。

 

「何を躊躇っているのですか? さっさと“彼等”を出せばいい。出し惜しみが無意味なのは承知のはずだ」

 

 そして、解りきっていた事だろうと説法を説くように死人の山を吹き飛ばして歩み出てきたアーチャー。その姿に、身に纏う服ですら傷ついた形跡はない。聖杯戦争が幕を開けてこれまで、誰一人として彼に手傷を負わせられない。この理は揺るぎないという様に、彼は一歩一歩ライダーに向かって歩み寄る。

 

「ああ、それとも―――また“悩んでいるフリ”ですか。貴方も大概好きですね」

 

「っ」

 

 その発言が癪に障ったのか、ライダーが指揮する屍兵の勢いが増す。それはまさしく数の暴力だ。彼が一体一体を吹き飛ばそうと地面から湧き出てくる死人は尽きない、飛ばされたカレ等も動ける限り這ってでも進軍する。アーチャーの言うとおり、この勝負には区切りというものがてんで見えてこない。

 ライダーの屍兵ではアーチャーの鎧を崩せず。アーチャーも防御に徹している限りはライダーを攻め落とせない。唯一、キャスター討伐の折に見せた一撃を見舞えば状況は一変するのだろうが、逆を言えばそれを出させない限りアーチャーに攻撃の札はない。それを警戒しているが為の数にモノをいわせた蹂躙。

 無論、アーチャーに他に手札が無ければの話であるが。

 

 だからだろうか、戦闘を開始してからしばらく、此処にきて丁寧に一体一体対処していた彼は、まるで作業になれたという様に軽口が増えてきたのだ。

 

「貴方もこうなることくらい承知だったはずだ。そうと知っていて札を切る。それこそが勝利の為の最善手だから? 彼女の為にはこうするしかない? 私にはこれしかできないから?」

 

 恐るべきことに、その間も屍兵たちは一向に傷を負わせることができないまま。

 この程度で私は砕けない言葉より雄弁に、彼は行動で示し続ける。

 

「笑止。見当違いも甚だしい。いい加減皮を被るというのもここまでくれば悪習だと知るべきだ。そもそもです。そんな回りくどいやり方をせずとも直接確信に至らせれば済む話だ」

 

 どの口で言うのかと噛みつきかけたのを必死で自制する。

 悪習だというのなら、彼のこれまでの行動こそ悪業だろう。彼を貶め、彼女を穢し、彼を腐す。彼は率先して他者を突き落す。自らの望み、彼が己に科した命題。その為ならいかな犠牲も厭わない。彼が罪を重ね挙げているというのはそういう事だ。

 

「そんな様だから慎重を重ねて後悔を積み重ねる。だから大事なものをとりこぼすのですよ」

 

 故に、だがしかしと、その言葉だけは聞き捨てならないと反論したライダー。

 

「取りこぼしたというのなら貴方だって同じでしょうっ、私とあなた、結局は」

 

「いいえ違います」

 

 それに対し、彼は被せるようにして力図よく否定した。それこそ、貴女と同等に扱われるのは心底侵害だというように目を見開いて。

 

「勘違いをしてもらっては困る。私も後悔を重ね罪を悔いて巡礼を重ねる虜囚。だが、私は悩み歩みを止める事だけはしない」

 

 ヴァレリア・■■■■が罪人であるのは至極当然、己の業罰など誰よりも承知だ。自らの望みの為に奔走するのみならず、他者を切り捨て巻き込み屠る。その山を手ずから築いていく男に救いがあるわけがないと口にする。

 後悔を抱く。その一点に関しては両者に差はないだろうとも

 だがしかし、

 

「作り上げては失敗し、試行錯誤を重ねて壊してまた作って、何度も何度も何度も何度も何度も繰り返し繰り返し繰り返し――理想郷(ヴァルハラ)にたどり着くその時まで、私は歩み続けて見せる」

 

 如何に罪を堆く積み上げる事になろうとも、歩みを止めないという事に関しては天と地との差があるという。答えに気付きながら、倫理が許さない。自身は傷つきたくないからと自分は苦悩しているという自慰行為耽る事は決してないと誇らしげに彼女を侮蔑さえして見せた。

 

「ヴァレリアっ、あなたって人は」

 

 だがそれは狂人の世迷言だ。

 トライ&エラー。

 彼にとっては成功の為には些細な犠牲(ミス)であろうと、必要だからと湯水のように人を消費する行為が正しいわけがない。常人の所業ではない。

 

「狂っていると? ええ、ええそうでしょうとも。狂わなくてはこんな事などできはしますまい」

 

 故、この男は“最初から”狂っている。

 生まれてから、後天的なのか、それがいつからであるのか、“元”の彼を正しく知っている彼女にとってソレが何より痛ましかったから。

 

「見ていられないのよっ」

 

 屍を手繰っていた瘴気が一転に集中する。

 瘴気を渦巻き、空中に白い青褪めた死面(デスマスク)が浮かび上がる。

 

「ホウ……」

 

 これが呼び出せるようになったという事は、彼女の企ては潰えてという事。

 彼女が生き延びたのか、共倒れになったのかは知れない。だが、だとしたらせめてこの男だけでも屠らなくてはいけない。それが最後の最後まで悩み続けて足踏みをした自分へのけじめだろうと、彼女は怪物(カイン)を受肉させる。

 

 そして、

 

「然り、貴女ならこうしなければ、こうでもしなければ事は終われない」

 

 信じていた。信頼していたこうなる事を。

 口角を釣り上げて笑う狂信者が此処にきて守から攻勢に躍り出た。

 

『―――Intercept(迎え撃って)!』

 

 急激な変化はこれまでの流を断ち切ったが為に、その他大勢での屍では対応できない。ならば、呼び出したカインの受肉もままならない状態で彼女は迎撃を選択し―――致命的に判断を誤った。

 

「前途明るい少年の未来を摘み取るのは気が引けますが、致し方ないでしょう」

 

 一時とはいえ、屍を操舵したままカインを召喚するという状況が、彼女自身に及ぼす過負荷を。

 

「え?」

 

「恨みはありません。せめて神の御許で――Auf Wiedersehen(安らかに眠りなさい)

 

 祈りを告げるその顔はまるで悪魔の如く。その悪行を恥じるどころか■しんでいる風で、彼は手刀を突きだした。

 

 

 

 腹に受けた衝撃。

 激痛を覚悟した割にはあっけないものだとまるで他人事のように、ウェイバー・ベルベットは自身の最後を受け入れていた。

 勢いから聖杯戦争という大舞台に心振るわせて倫敦を単身飛びだし、手繰りよせたライダー(パートナー)と共に戦ってきた。いや、正確には彼女が戦う姿を見ていた。

 自身がしてきたことなど、振返れば誇れることなど何もない。女の後ろでただ戦いを眺めているだけなんて、例えそれがマスターの常道であるのだとしても、彼は終ぞ納得などできなかったのだ。

 だからこそ決意をして、彼女の力を借りたが自らの意思で戦場に赴いた。

 馬鹿な事だと思う自分もいるが、それでも後悔はなかった。その結末なら、確かに呆気ないものだけど受け入れられると、彼はどこか真白な気持ちで目を閉じていた―――

 

 そこでふと気が付いた。いつまでたっても、彼の命を奪う激痛が訪れない事に。

 

「――お、お前何やって」

 

 頬に、真っ赤な血が滴り落ちていた。

 

「ごめんなさい。焚付けておいて、結局このありさまだけど、自分から死に飛び込んだわけじゃないから“命令”違反じゃないわよね」

 

 覆いかぶさるようにして胸から血を流していたのは彼のパートナー。

 心臓を一刺し。

 致命的だ。“英霊”である彼女がその霊核である部分を損失したらどうなるか、それが分からない彼ではない。

 

「っ、そんな、僕が言いたいのは」

 

 彼女が謝るのは多分、恐らく遠坂邸を訪れる前に使った“令呪”のことか。

 “絶対に死ぬな”という馬鹿な命令。幾ら強制力の高い令呪であろうと、そんな曖昧な命令に力が無い事など承知だった。けど、いざ戦いに赴く前に見せた彼女の顔が、悲観したその表情が脳裏をチラついたから思わず言葉にしたもの。

 何が許してほしいだ。そんなのふざけてる。謝りたいのはむしろ自分の方だと抱いた深い悔い。彼女は決して弱いという訳ではなかったし、寧ろ戦い方次第では十分強者の部類だろう。だからこそ、落ち度があるとしたら半人前の自分の所為だ。

 もし、もし彼女を呼び出す触媒に手違いが無く、ケイネスの元に渡っていたら、少なくともこんな主を庇って終わる幕引きはなかったはずだ。

 

「それは違うわよ」

 

 だからか、そんな彼の思考がまるで読めたように、だが彼女の勘違いではなく的確にソレを否定する。

 

「私は、貴方がマスターだったことに、後悔した事なんて一度もないわ」

 

 いつかという訳ではなく、ふとした時に彼が負い目を感じるように押し黙る事が幾度かあった。初めはソレがなんの事か分からなかった彼女だが、ケイネスとの邂逅を経て、戦場を経て彼が抱いていた苦悩を理解した。

 幼い、少年特有の焦燥。悪く言えば青さだ。大人になればそういった自尊心との折り合いなど自然と身に着けてしまう。そして、いつか慣れて擦り減っていく。処世術だと銘打って諦める事を覚えていく。身に覚えがある話だ。彼女には身が痛むほどに。

 だが、そんな彼が自らの意思で立ち上がれたのだ。無論彼女の言葉がきっかけだという事はあるだろう。だがしかし、そのことで公開をさせてしまう事だけはしてならないと、そう思ったから、彼女は消えかける身体に鞭を打って振り絞る。

 

『――Mauerwerk』

 

 地面より隆起する死人の群れ。その数はこれまでと変わりがなく、彼女がまだ戦えることを示しているようで――その中にカインがいない事が、この局面で呼び出せない事が、彼女の限界を物語っていた。

 

 その内の一体が、ウェイバーの背後に立ち、有無を言わせず彼を羽交い絞めにする。

 

「な、オイお前! こんな時になにふざけてっ」

 

「逃げるのも時には勇気よ。けどこれだけは忘れないで」

 

 彼を抱えて屍が跳躍する。

 同時に、這い出た死人の群れが彼女と彼を隔てる様に壁を作り上げていく。

 

「いつか、貴方にとって誇れる大切なものができたら、その時は何が何でも立ち向かうのよ。私なんかに命を張っちゃいけないの。だから貴方は」

 

“どうか生きて欲しい”

 

 最後の言葉はウェイバーの耳には届く事はなかったが、その口元から大凡の察しはついた。だからこそ、ふざけるなと彼は癇癪を起す。

 

「離せよオイっ、離せ!!」

 

 遠くなる距離。魔術を使えること以外は平均並み。運動に関してはそれ以下であるウェイバーが、屍とはいえ英霊が召喚した兵に生身で振りほどけるわけがない。

 そんなことが分からない彼ではない。そんなこと誰に言われるまでもなくこうして身に染みて味わっている。

 

「――せよっ、なんだよコレ。こんな事で――嬉しいわけ、ないだろ」

 

 だから、悔しくて打ち付けていた拳に刻まれていた二画の“令呪”の喪失を認められなくて、彼はもう一度大きく拳を振り上げる。

 

 振り下ろしたその先に、白い屍の腕は既に消失していた。

 

 






 なんだかポンポン役者が散っていくな(棒
 しゅ、終盤だからね(震え
 いや、エンドどうするか札を決めたので、もう全力で駆けています。寧ろ切り捨てている部分が多いなと思うこの頃。……次回作で回収しよう。
 そんなわけで新章、もとい最終章突入。終盤を想像できている方もいるかと思いますが、最後までお付き合いいただけると幸いです。


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「鍍金」

 


 

 

 

 あるべき場所に還る、それは魂の流転とでもいえばいいのか。いや、輪廻を回るようでこれらの魂は絡まれ捕らわれている。いってみれば忌避する類の物。だがしかし、それもこの男の目からしてみれば――

 

「なんと禍々しくも美しい。いやはや、ここまで来ると神秘的にすら思えてきますね」

 

 新たにくべられた魂。器に満たされていくその量は半場を越え、後一塊でも収まれば満ちるだろう。そして、さらに一つくべる事で中身は溢れ出し、真に“願望器”として完成された“聖杯”が降誕する。

 そう、完成の一歩手前であり舞台は大詰め。これより終幕を迎える為、最後の戦いが始まろうとしている。その先に起こるだろう結末如何によって、彼の望みはようやく成就する。事の正否を疑う事無く、彼はその瞬間を夢想している。

 

「おっと、いけませんいけません。大事なお客様がそろそろご到着だ」

 

 客人。

 つまり、彼にとって望みを叶えるために必要不可欠な重要人物。誰でもいい訳ではなかったが、彼女でなくてもよかったというのは矛盾した話。だがそう。彼は誰よりも彼女の勝利を信じていた。

 その愚直さ。一度目にすれば確信するのには十分だった。故に整えたこの大舞台、期待に応えてくれた姫騎士にはそれ相応の感謝を込めてと、相応しい催し物を用意してある。無論、彼流の歓迎を。

 

 歩むその足は舞台より離れて地上へ。主が待ち、敵を打ち倒さんと迎え入れる。その様はまるでーーー

 

「クッーーああいけませんね。らしくはないと承知でしたが、やはり笑いを堪えられませんよ」

 

 まるで彼のように、彼女のように、騎士らしく凶戦士らしく、戦に望むこの高揚は自分になど似つかわしくないというのにーーなんとも心地よいと思ってしまうのだから不思議と笑が漏れてしまう。

 

 だが役者が揃ったこの舞台は既に幕へと手がかけられている。演目は決まっている。例えるのならそう、"悲劇の"と名がつくような陳腐なもの。であれば故に、幕上げを控えたこの段階、いかに抗おうと変わりはしないのだと、誰よりもそれを知る男が壇上に上がる。

 

 

 

「アーチャーか」

 

 音もなく像を結んだ従者に、これまた視線を向ける事無く把握する時臣。

 家臣の礼を取り首を垂れるアーチャーを雰囲気の身で察し、眼前に迫る強大な圧力に構える。だがそれは脅威(セイバー)に脅えている風でもなく、あくまで堂々とした佇まいだ。

 

「準備はいいかい」

 

「万事、整えております」

 

 迎え撃つは最良にして最速の英霊。備えあればという言葉もあるが、魔術師が英霊相手に備えたところで程度は知れている。時臣という人間の根底は真実魔術師然として確立されており、彼はそうした領分、認識を弁えているし間違えない。悪く言えば面白みのない人間と評されるのかもしれないが、“遊び”と“余裕”がある人間というのは大きく違う。

 

「さあ、では始めようか」

 

 故に彼は驕らず、焦らず、自然体でいられる。勝利とはそうした平常心で客観性をもって臨めば揺るがないと知っているが為に。それこそが彼の血脈が受け継いできた家訓。

 彼は常に自身ができる事を踏まえ、想定し万全を尽くしている。

 

 なればこそ、

 

「―――アーチャーのマスター、ですね」

 

 雷鳴を轟かせ纏い現れた剣の英霊の威風に、気圧される事無く受け止められた。

 

「お初にお目にかかる姫騎士よ。まずは態々ここまで足を運んでもらった事に謝罪しよう。先客が少々粗暴な輩でね。おかげで、客人を家に通す事も憚られた、という次第だ」

 

 事実、ライダーの襲撃によって遠坂邸は自慢の庭、屋敷に施した魔術をこれでもかと蹂躙されている。アーチャーが抜かったという訳ではなく、ライダーが魔に精通していたというだけで、これは彼女の手際こそ称賛するべきだろう。

 こうして時臣自身の言葉通り、最後に残った魔術師として相応しい戦いを整えられなかったと詫びる姿勢に虚偽はない。そして嘲りもない。謝る姿勢を取りながら卑屈になり過ぎず、かと言って尊大なわけではない。相手を迎えるにあたって嫌味にならないその所作は、彼の教養の高さを物語っているだろう。

 

「御託はよしてください。私はそちらの都合なんて知りませんし知るつもりもありません。私があなたに聞くべきことは一つ」

 

 だが、目の前の女騎士はその貫録に敬意を示すどころか不躾にも質問を投げつける。いや、敵味方の関係ならこれもまた普通。時臣の例が特殊なだけである。まして、彼女がかられる焦燥感を思えばそれも当然というもの。即ち彼女が主と仰ぐ人間の一人、その女性の情報。

 

「アインツベルンの?」

 

 だがその質問には想定外だったのか、時臣は余裕の笑みを崩して怪訝に眉をひそめる。

 遠坂の、この冬木のセカンドオーナーとして、また御三家に名を連ねる者として情勢には殊更目を光らせていた彼だ。教会とのパイプという表ざたには出来ないバックアップもある。それほどの大きな変動があれば耳に入ってない方がおかしいのだ。

 

 その姿勢に虚偽はないと思ったのかは知れないが、セイバーは纏い警戒していた雷の勢いを治める。その焦燥ぶりから余程奔走していたのだろう。立場、或いはこの状況でなければ情報提供くらいは彼もしたかもしれないが、そう、この状況で手を差し出すなどそれこそありえない。

 

「まぁ、仮に私がご婦人の居場所を知っていたとしよう。だが、最後の二組である我々の間でその手のやり取りはあまり建設的ではないだろう」

 

「最後?」

 

 彼の言葉に疑問符を浮かべた表情で応えるセイバー、先程の戦いでバーサーカーは彼女の手によって屠られた。残るは消息の知れないランサーとライダー。都合四組が残っている筈で――しかし、目の前の男がこうした場面で虚偽を言うようには見えないとセイバーの直観は訴えている。ならば、そうつまり。

 

「ああ、君が知らないのも無理はない」

 

 纏う雰囲気を先程セイバーを迎えた態に戻し、時臣は彼女の予感を確信に還るものだ。

 

「先刻、バーサーカーとライダーの消滅を確認したおり、こちらの伝手でランサーの消滅を確認した。コレで残る英霊は私のアーチャーと、セイバーとなる」

 

 その言葉に嘘偽りと疑う事はない。そもそも、今まで慎重な姿勢で中々姿を見せなかった彼がこうして表に立っている。加えて、態々隠匿に長けていたアーチャーを餌に招いて見せたのだ。それだけでも確証というには十分事足りる。

 

「なるほど、些か不本意ですが―――是非もない」

 

 ならばこちらも否応もないと再度雷を猛らせて構えを取るセイバー。彼女の質問に対する答えにはならなかったが、それでも事を解決するには何が早いのかは論ずるまでもない。彼の言葉を信頼するというのなら尚の事。他の陣営が皆敗退したというのなら目の前のこれ以上の手がかりはない。そして主達が掲げる本懐の為にも、彼女の矜持を察するに背を向ける事はありえないのだから。

 

 彼女を迎え撃つため主の前に立つアーチャー。その頑強さを誰よりも信頼している時臣にとって彼に対する信も揺るぎない。必殺の一矢もあるのだからそれは尚更に。だからこそ、大勢を見据える為に前に出る従者と換わる形で後退した時臣。

 

 そこへ一発の銃声が響く。

 

「これは、切嗣っ」

 

 来ていたのかと思う間もなく迫る銃弾。問うまでもなく狙いは時臣だ。

 雷速を誇る彼女には劣ろうと、人一人を屠るのには十二分な速度と殺傷力。

 

 だが、

 

「なるほど。聞いていた通り、空気が読むのが中々に上手いようだ」

 

 銃弾は真直ぐ描いていた軌道を不可思議に逸らし、明後日の方に飛んでゆく。明らかな魔術であり、つまりは奇襲の失敗。そして狙撃という選択を選び、外した以上、この結末は揺るぎない。

 

『Intensive Einascherung――』

 

 時臣の杖がさした藪の向こう。辺り一帯を眩く照らす大火が燃え上がり、彼の元へ道を開けるように障害物を駆逐していく。その火力は凄まじく、藪はもとより生きた木ですら一瞬に炭化させ風に散る。自然に起きた、或いは人為的に起きた火の規模を大きく凌駕する蹂躙は、襲撃者の姿を月明りの下に晒す。

 

「――っ!」

 

 狙撃の失敗から存在の露呈、即座に機関銃に切り替えて速射へ移る一連の動きは磨き上げられた腕によるものだろう。魔術師でありながら、その動きは銃器の扱いに熟達している事を窺わせるが、結果は変わらない。鉛の雨は悉く時臣本人に掠める事すら敵わない。

 

「だが少々無粋だろう。それとも、“魔術師殺し”としてはこれが常套手段なのかな?」

 

 その一つ一つが時臣の周囲一定の範囲に侵入した瞬間に起きる小さな火花。恐らくは摩擦によるもの。つまりは彼の魔術であり属性。単純な相性において、遠坂 時臣と衛宮 切嗣の相性は相克する。この場は事前に情報を得ていた事により片方に軍配が上がったという話。そしてならば、切嗣も現状を愚かに硬直させる性でなければ――彼は手にしていた機関銃を放り、懐から古めかしい一つの銃を取り出す。

 熟達していたというのならその動作こそこれまでになく淀みない。つまりはこの一連の流れ、狙撃、反撃、硬直ですら慣れ親しんだものだという事。終始興味深く見極めていた時臣はその凶弾をつぶさに観察し――

 

「いけませんね。貴方の悪い癖ですよ」

 

 その眼前に、アーチャーが放ったと思われる障害物が割り込む。

 魔術ではなく物理的に軌道を逸らされた弾丸。それが誇る速度を鑑みて、庇うでも自ら弾くでもなく投擲という第三の選択を選んだ事実は目を見張るものがある。そも射撃の速度に手で投擲した物体を割り込ませるなど人間業ではない。

 

「相手も銃火器を扱えどあの身は魔術師、何かしら手があると見るべきです。相手を侮っている訳ではないでしょうが、それで見限るのは思考停止といっしょです」

 

 だが、人知を超えているからこその英霊。如何に戦闘において直接的な攻勢を見せないこの弓兵であっても、それは例外ではない。

 

「たしかに、忠告は受け取っておこう。だが、女性の相手をしている君がこちらに気を割くのはいささか礼に欠くように見えるが」

 

「おや、老婆心とも思いましたが」

 

 投擲という手段を選んだ事にしてもそう。セイバーを前にしながら守備に回らなかったのは、主を庇う為とはいえ明確な隙を晒すのを彼が嫌ったからだろう。彼女がその隙を好機と勇んで切り掛かるかは論点ではなく、彼の捉え方によるものだが、碌に目を向けずに事を成すあたり面目躍如には十二分すぎる。

 だがセイバーを相手にという時臣の言葉にしても、裏を返せばこの場では戦闘に余計な手間を被せてしまうという事。そしてならば、

 

「ならアーチャー、この場は任せよう」

 

 己は自らの役割に忠実であろうと彼は切嗣に向けてゆっくりと歩みを進める。状況の悪さを悟ったのか、それともより優位に立つためか、建物内へ駆けて行くその姿を追う形だ。

 

 残るアーチャーも彼の言葉を受け止め、意識を目の前の敵に集中させる。

 

 余計は気を使う必要はない。そもそも気を使う必要などない。

 なぜなら舞台上全て彼の台本通り。事は彼の口元が三日月を描くように順調極まりないのだから。

 

 そう、この舞台においてもはや救いなどありはしない。

 

 

 

 

 

 剣を握り、彼女は苛烈に責立てる。

 目の前の弓兵は依然として直立不動。如何な絡繰りだろうと常時頑強不敗というのはそもそも英霊という枠組みとしてありえない。逆説的な捉え方だが、彼も生前というものがあり、英霊として聖杯に手繰られたという事は死をもって至ったという事。つまりはその生に敗北、ないし死を受けた存在である。難攻不落であろうと無欠ではないという事だ。

 

「っ、しかしこれほどとは」

 

 だからこそ攻めの手は休めない。

 事はタイミングなのか穴があるのか、針の穴のように小さなものであるのかもしれないし、限定的な条件があるのかもしれない。故にその瞬間を逃すものかと、攻めあぐねながらも彼女は一時も休まず走り続ける。

 

 戦いの場は屋外から屋内へ。速さが神速であるセイバー相手に広い空間で立ち回るというのは悪手だ。この男もそう判断したからこそ徐々に屋内に後退したのだろう。如何に俊足を誇ろうとも限られた通路では活かしようがない。

 

「フム。大分中まで来ましたか」

 

 よって背後を取られないよう警戒しつつ、必殺の札を切れるだけの好機を窺うというのがアーチャーの狙いだろう。

 セイバーから見ても理に適っているし、最善手であるのは間違いない。だが同時に、それは誰であれ考える頭があれば思いつく手である。であれば、己が“渇望”へ狂信するセイバーがその程度の対策を施していないわけがない。

 

「内部なら私の足が鈍るとでも? でしたら申し訳ないですね」

 

 アーチャーが通路の角を曲がり、視界からセイバーが切れた刹那、壁伝いに細い稲妻が走る。

 

「生憎この程度壁にもなりません!!」

 

 まるで壁をないものと直進して来たように、剣が壁から突出し彼女が現れる。

 

「これはっ」

 

 咄嗟に彼が取ったのは防御の構え。これまで捌きただ受けていた事から考えれば間違いなく反射の行動であり、それだけに虚をついたタイミングは完璧――だった。

 

「やはり、通りませんか」

 

「いえいえ、今のは心底肝が冷えましたよ」

 

 “雷化”による透過伝達による奇襲のタイミングは完璧。だがそれをもってしても彼の鎧は刃を通さないという現実。斬って刺して殴打した数は両の手など疾うに超えている。

 加えて付加した雷撃にもこたえる様子が無いとなると、いよいよ欠損を見つけるのが困難になってくるという事実を受け止めなくてはならない。のだが、その姿にこらえきれないと笑いを零す敵の姿にはさしもの彼女といえど怒りを隠せない。

 

「何がおかしいっ」

 

「ああいえいえ、貴方の姿があまりにもらしくある物ですから。失礼、決して馬鹿にしている訳ではありません。寧ろ私如きには眩く見えますよ本当に」

 

 心の底からそう思うのだろう。セイバーの剣をいなし、時にその身で身に受けようと彼の視線は彼女の真直ぐな姿勢に引き付けられるように逸れる事が無い。

 斬り捨てて無傷、突き付けようと通らず。状況は膠着しようと一向に彼は攻勢にでようとしない。セイバーからしてみれば一貫して舐めて掛かられるような行為に等しいが、不思議とそのこと自体に憤りを覚えない辺りその点は真摯なのだ。

 だが仮にそうだとしても、彼女が彼自体を好意的にみる事など、それこそ来世があろうと有り得ない。

 

「どうですセイバー? ここは一つ最後まで生き残った縁だ。我等二人で聖杯を分かつというのは」

 

 このように真剣勝負の場でさえ嘲るその姿勢など特に唾棄すべきもの。その強さに理解はあれど、両者の性質とは水と油だ。

 

「戯言をっ、いつまでもそう戯れていられると思わないで下さい!!」

 

 よってそのような空論に意味はないと返礼代わりに切り捨てににかかった彼女に対し、

 

「ええ、確かにその通りだ」

 

「っ!?」

 

 ここにきて初めて攻撃の手を出した彼の掌が、彼女の顔面をつかみその背後へと打ち付けた。

 

「中々に堪えるものですよ」

 

「が――!! ぁっ」

 

 のみならず、彼の歩みは止まらずそのまま壁を圧壊し、彼女ごと壁の向こうに押し込んだ。

 

「芯のある様が美徳だとしても、あまりに愚直であるのを見せ続けられるというのは考え物だと。ええ実感させられる思いですよまったく」

 

 痛みに眩む思考が逸れる中、牽制に雷化を強めて縛を脱する。今の攻防は先程まで猛攻に出ていた彼女が距離を置かざるおえない程。だがそれは弓兵が攻勢に出た事によるものではなく、彼女が真面に攻撃を受けたという事実に対しての驚愕故にだ。

 セイバーの“雷化”においてもっとも特質すべきは物理透過というその特性。簡単に言うのならこの状態の彼女に直接攻撃は通らない筈なのだ。

 先にセイバーと戦ったランサーにバーサーカーでさえ秘奥の特性でもって相対していた。その彼等でさえ攻撃の何割かは透過されていた事実を鑑みれば、たった一撃で、それもただの“掴む”をいう攻撃ともいえない動作を成すこと自体が理にそぐわないのだ。

 

「ええ妬ましく輝かしくも愚かしい。思えば、貴方は昔からそうでしたねぇ」

 

「くっ、この期に及んでまだ――」

 

「いいや、この期に及んでいまだ無知でいようとする貴方こそ己を恥ずべきですよ“キルヒアイゼン卿”」

 

 戯言を弄するのかと激を飛ばそうとした彼女に対し、覆い被せるようにして彼は否定する。

 のみならず、彼が口にした最後の名は、見過ごせるはずの無いモノ。

 なぜ、目の前の男は誰も知らない筈の彼女の“家名”を知っているのかという一点。

 

「無知とは罪ではありません。ですがその免罪符が許されるのは幼子においての話だ。考えてもみなさい。字も読め、言葉も聞き口も利ける。そして貴方も私も、共に戦場に立って相手を打倒すべく思考を巡らす。ここまで成熟した人間に、まさか知りませんでしたの一言が立つ筈もないでしょう。故、だからこそ貴女はいつまで経っても馬鹿娘(ブリュンヒルデ)なのですよ」

 

「馬鹿に、するな! 私は私が歩んできた戦場(みち)を忘れないっ、多くの人を自分たちの奉ずる信念の為に殺めたからこそ、それは許されません!」

 

 導にならんとした彼女の願いとはそういう事。戦場で先駆けとなり邁進するという事は、それだけ死と隣り合わせであり、同時に誰よりも戦火と血をその身に浴びてきたという事。

 仲間たちの無事を祈ることが尊い?

 馬鹿を言ってはいけない。仲間を生かすというという事は敵を多く効率的に殺すという事だ。当然、その歪み、望みに陰る負の面も理解していると彼女は自身に刻みつけている。剣が鈍る事はない。だが、それでなにも感じなくなれば獣と同じだと知っているから、彼に言われるまでもなく重々承知だと吠える彼女。

 

「違うと? その侮辱許さぬと牙を剥きますか? ええええ、それもいいでしょう。ですがその前に一つ問いたい。そもそも貴女は先の私の問いをどう捉えになったのかを」

 

 だがその姿勢すら哀れだと、そういわんばかりに彼はため息をつき、説き伏せるように手振りを添えて事実を一つ一つ述べていく。

 

「率直に申し上げましょう。貴女はその望みがかなう最後の手段を棒に振ったと気付いていますか?」

 

 先の問い。

 自らと手を組まないかという最終局面でのそれこそ荒唐無稽な問答こそ、彼女における分岐点であったというのだ。

 

「なにを」

 

「おりますまい。敵の問いだ最後の戦いに余計な思考を入れ込む計略だと切って捨てる。短慮が過ぎるといえばそれまでですが、いい加減そろそろ真剣に目を向けるべきだ」

 

 なればこそ、此処で互いの認識が、言葉の一つ一つが噛み合わなかった真実が、不協和音を響かせてあるべき形に嵌ろうとしていく。それはまるでパズルのように、張り合わせていく絵画が一つの作品に仕上がっていく様に組み上がる。

 

「私が、盲だというつもりですか」

 

「いえいえそうではありません。が、例えばそう。根本的な質問です。まず一つ目、あなたは何を望んで聖杯の召喚に応じたのですか?」

 

「それは―――」

 

 難しく難が得る事はないという彼の言葉。だがそう、これは言葉通り裏を仕込めるような類ではない。彼も彼女も英霊として招かれ、サーヴァントとして限界している。その使い魔として収まる筈の無い魂をクラスという枠に収める為、召喚という契約に応じる為に英霊側が提示する自らの望み。つまりは行動原理、己が根幹。

 

 そう自分は、

 

「私は、軍人だ。亡き後祖国が辿った憂いを思えば、その無念を晴らそうと志すのも」

 

「祖国の為? 勝つまで戦を? おやおや一体いつから貴方はそのような悪夢に陥ったのか。手頃な言い訳にもっともらしいと落ち着くのはさぞかし楽なのでしょうが、経験者として言わせてもらえばそれは後悔しか残りませんよ」

 

 その居出立ち、司祭服を身に纏うのは伊達ではないと、アーチャーは正確に彼女の心の内を看破して見せる。別に彼が独身の心得を持っている訳ではない。ただ単純に、彼女の葛藤、現状の不可解さを知っているが故に、彼は誘導し、舞台の檀上。その処刑台へと姫騎士(ヒロイン)を祭り上げる。 

 

 例えばこれまでの戦いに一度でも違和感――彼風に言えば既知感――を覚えた事が無かったか。 

 自身の知る歴史と史実は本当に辻褄が合っているのか。

 なぜ召喚された英霊のその実6騎が同じ国を出身としているのか。

 悲哀慢心不運とその結末は彼等それぞれであれ、各々が見せた散り様に何も感じなかったのか。

 

 さらに突き詰めれば根本的に、英霊として召喚された“セイバー”という女騎士が迎えた生前の最後。その唯一無二である“死”とはいつどこでどのように迎えられたのか。

 

「…………っ」

 

 答えはそう、空白。

 疑問はあった、だが何故か思考がそれ以上の論議を途絶させていた。考えてみればおかしいありえない。なんだそれはと我が身を疑う。

 仮にも霊体として受肉したのならばこの魂は一度死を迎えたという事。なのになぜ、自分は己にとって欠点、いわば弱点でもある死に様を考え検めなかったのか。

 矛盾しているのだ。それは望みがないどころの話ではない。

 

「フム、これでもダメとなると……そうですね、では質問をもっと解りやすく変えましょうか――ああいやなに。如何にあなたと言えども忘れようがありませんよ。何しろつい今しがたの出来事ですから」

 

 その言葉を耳にした彼女は脅えるように、肩を震わせた。

 予感がした。

 自身の中で急速に何かを形作られている。それは多分忘れてはいけなかったモノで、けど思い出せば最後、正気ではいられないような、そんな不吉な色を漂わせている記憶。

 だからこれはだめだいけないと、心が逸り警鐘を鳴らしたが、時すでに遅し。

 

「キルヒアイゼン卿、貴方が先程屠った男は、一体どんな最期を迎えたのですか?」

 

 “ベアトリス・キルヒアイゼン”が必死に蓋をした景色が、記憶が巻き戻される。

 

「あ、ぁっぁぁ――――」

 

 違う違うそうじゃない。

 

 自分が倒したのは剣を貫いたのは倒すべき敵だ。

 

 ■井 ■などという男は知らないし見てもいない。

 

 

「私はその場にはいませんでしたから端的に申し上げれば興味があるのですよ」

 

「それ以上っ」

 

 なのに手の震えが止まらない足がすくんで視野に思考に陰りが掛かる。

 

 聞くな聴くなと心が、魂が痛いほど叫んでいるのに、

 

「セイバー。貴方が殺した“櫻井 戒”はどういう顔をして死んでいったのですか」

 

「口にするなァ!!!!!!!!」

 

 心が、己が身を引き裂く音をどこか遠き聞きながら、彼女は絶叫して遮二無二剣を叩きつけた。

 

「おやおやおやおやらしくありませんね。いかがなされました? 二度も同じ人間を手に駆けるというのはさすがの貴方でも身に堪えましたか?」

 

 それ以上無駄口を叩かせるものかと振るう聖剣は、これまで彼女が振るってきた剣技を否定するように粗暴であり、そのまま彼女の心の内を表している。

 違う。何故自分が二度も彼をこの手で――いいや違う己が倒したのは倒すべき敵だ。この“聖杯”をめぐる“戦争”というルールにおいてそれは絶対だと彼女は自身を欺き信じ込ませようとする。

 だがやはり、そんな彼女の姿こそ己の望んだ姿だと愉悦に笑みを深めるこの男は、ここぞとばかりに手を緩めない。

 

「ああ、ですが安心してください。何しろ貴方は何も知らなかったのですから、悪かったのはこの世界そのものであり、決して貴方に落ち度はありません」

 

 そう、この瞬間こそが彼が望み描いた“好機”なのだから。

 

「そのような世迷言をっ」

 

「ええ、ですから言ったはずだ確実に聖杯を得る為に、私は共に手を組むべきだと。故に我らはの望みを叶えるとしたらそれは“万能の願望器”たる聖杯において他にありますまい」

 

 核を貫かれ、散ったバーサーカー、櫻井 戒は聖杯にくべられている。つまりさほど時間のたっていない今この時でなら、まだ一縷の望みはあったという奇跡にも等しい事実。聖杯にくべられた魂が純然たる魔力に還るのだとしたら、時間がたつという事はそれだけ生存確率が下がる。あれから、いったいどれだけの時間がたったのか。

 

「手がかりはいくらでもあったでしょう。気付けなかったのは貴方の落ち度だ。同じ女性でもキャスターにライダー、マレウスにリザも気づいていましたよ」

 

 故に愉快だと彼は既に声を抑える素振りもなく笑いだす。セイバー、ベアトリスですら自身の事を滑稽だと自重したくなる程だ。

 彼女の中で靄がかかっていた自身の最後、その時の光景。最後の最後で、自身が守りたかった人をこの手で殺め、自身も持たず散るという相討つ幕切れ。その二人がこうして受肉し、何の因果かもう一度互いに殺し合う。そして決定的に違うのは、彼を殺して彼女が生き残っているという現実。

 まるで悪夢のようだとは陳腐な言葉だが、これをそれ以外に形容でき言葉が何処にあるだろう。

 

「……ならばせめてもの慈悲だ。黒円卓の首領代行として、“聖餐杯”たる私が此処に引導を渡してあげましょう」

 

 打ちひしがれ、真実を知った彼女は膝から崩れ落ちる。その状態になっても剣を手放さなかったのは彼を屠ってしまった絶望から抜け切れない事の所作なのか。いずれにしろ、茫然としている今の彼女に何ができるとは思えなかった。

 

 虚ろな視界に眩く開く十字の極光。それが“聖餐杯”が持つ切り札の開帳と知って尚、立ち上がれる寄る辺を見失った彼女はただ眺めるだけ。

 

『―――ゴットフリートが偲ぶよすがとなればいい 』

 

 望みを叶えられず、流されるままに貶められ、最後に悲劇の幕を閉じる。言葉にすればなんとも自身に相応しいく道化な末路に思えて自嘲の笑みを浮かべていた。

 

“――かあきらめないで”

 

 そんな彼女の脳裏に、彼から受けた最後の言葉が呪いのように甦り――

 

  神世界へ   翔けよ黄金化する

『Vanaheimr――Goldene Schwan Lohen――』

 

 その十字架より、今必殺の一矢が顔を覗かせた刹那。今まさに放たれようと門が開いたその先に、彼女は無心で剣を突き立てていた。

 

「……馬鹿なっ、何故立て」

 

「私は、彼をこの手にかけたから――だから、こんなところで立ち止まれないんです」

 

 今の彼女に愛だの騎士の誇りだの口にするつもりは更々ない。ただ自身は罪人として、愛する人をこの手に賭けたという咎を背負い、禊ぐ為にただ歩み続けると誓っただけ。

 そしてだからこそ、自分はこんな場所で負けるわけにはいかないのだと深く、深く更に剣を抉る。

 彼が最後に残した言葉も、自分にこんな選択をさせる為に残したのではないのだろうと想像はできるが、所詮そういう妄想は生きた人間が縋る願望でしかない。死んだ人間の真意は永遠に知れない。故に自身はこの咎を忘れるわけにはいかないと、この日、初めて有効打を与えた感慨に何一つ思う事無く、彼女は剣をようやく引き抜いた。

 

「お別れです“猊下”」

 

 “聖餐杯”は砕けない。その言葉の通り、彼は無敵の鎧を身に纏っていた。だが、今はその輝きは鍍金となって剥がれ落ちている。今ならこの手が放つ一撃で屠るのにも十分だと確信を得ていたが故に、彼女はよろけている男へ向かい、必殺――いや、殺す為に刃を取った。

 

 

 そして、

 

 

 

『―――その奮闘や見事。その輝きを寿ごう』

 

 

 

 マスターでもサーヴァントでもない。第三者の声があたりに響き渡り、室内にいながら、何かが空より“墜ちて”きた。

 

 






『聖餐杯は砕けない(震え』
 な心境でありますtontonです。思えば一年前の今頃、四苦八苦しながら第一話を書いていたと思うと感慨深いな―――とか私事はこの際どうでもいい、と。
 分けようか悩みましたが、最後の一行まで入れたかったのでこんな量になった。久々です。
 ともあれ、彼が次回より出てくるという事で物語は否応もなく終盤、私なりに絶望を始めようと思います(



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「器ノ底」




 

 

 

 馬鹿な。

 それがその場にいた二人が初めて共感した感情。

 空から大質量の物体が落ちてくる。言ってみれば隕石の様なものなのか。その意味はつまり圧倒的な破壊力、質量にモノをいわせた圧壊だ。

 だが、これがそんな生易しいモノではないと、この時二人は誰よりも理解していた。

 それは二人の内の片方、男の方が顕著だったかもしれない。何しろその“質量をもった魂”の落下点は彼が立っている場所であり、その体のいたる所に“亀裂”を走らせるという異常を体現していたのだから。

 

「馬鹿、な。私はまだ―――」

 

 そうまでして壊れ、魂を擦り減らしながらも縋りつく狂気とも言うべき妄執。なにが彼をそうも駆り立てるのか、いつから彼はそうも壊れてしまったのか。彼を浅からず知る人間として、その経緯をしる人間としてセイバー、ベアトリスにも思う所はある。

 だがそれ以上に、

 

『いいや。卿の敗北だ聖餐杯。“用済みの役者は舞台から退場する”べきなのだろう? 指揮者を気取るのなら、卿も引き際を弁えるべきだ』

 

 彼の“内側”から響く声。その声を知る人間、“黒円卓”に名を連ねた者なら何よりも先に浮かび縛られる感情がある。

 

 “恐怖”

 

 その人間を前に、正気でいられる者などいはしない。いたとしても、それは致命的に壊れている事が大前提。“彼”を主君と仰ぐ“黒円卓”の一員であった彼女も、そうした意味ではどこか異常があるのかもしれない。

 

「キルヒ、アイゼン卿……」

 

 だが、今目の前で嗄れ摩耗ながらも救いを求めるのか、それとも警告を伝えるかのように手を伸ばす男の姿に、これから起きる事をこの場で誰よりも理解しているのに、彼女は動けない。

 それこそがこの存在の異様。際立つ狂気。

 

 今、器であった“聖餐杯”より代替の魂が砕け―――

 

「巡礼、大義であった。報奨をつかわそう。我が城で、永久に安らぐがいい」

 

 真の主が顕現した。

 

 身近な言葉でで表すなら、白い軍服に身を包んだ黄金の鬣を持つ丈夫。

 芸術家があらゆる、持てる技巧全てを結集しても肩を並べないだろう黄金比によって形作られた美貌。だがそれは単純に美しいというより、寧ろ魔的に人を狂わせ破滅させる魔貌。

 

 破壊公。

 髑髏の処刑人。

 愛すべからざる光。

 

「久しいな、中尉」

 

「……お久しぶりです、ハイドリヒ卿」

 

 聖槍十三騎士団・黒円卓第一位。

 

 首領、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。

 

 彼の“黄金の獣”が、眼下に残った最後の“サーヴァント”に視線を合わせた。

 

「なるほど、カールとの賭けはどうやら私の勝ちらしい」

 

「賭け、ですか」

 

 その視線は喜色を滲ませているが、彼のそれは人がごく自然に浮かべる喜怒哀楽のどれでもない。

 

 “愛すべからざる光”

 

 その名と通り、笑っているように見えるのに、何処から見ても、誰が見ても笑っているように見えない矛盾した風貌。事実、彼は“勝利”と口にはしたが、その事柄に何の誇りも抱いていない。

 あるのはごく単純。無聊の慰め、言い換えれば暇を潰せた程度というもの。八人の“仲間”同士の殺し合い、その悲哀悲観悲愴悲嘆悲劇を目にして懐く感情がそれ。ラインハルトという男はそうした怪物(にんげん)である。

 

 一演者とされたベアトリスも、主の物言いとはいえそれには憤りを隠せない。竦み強く出れなくとも、それでも自我は折れないと喰いつこうとした彼女に、彼は何を勘違いしたのか事の顛末を説明しだした。

 

「例えば仮定の話。もし黒円卓が脆くも崩壊し、死後の卿等をアレが見つけ施した術に当てはめた場合に誰が生き残るか。所詮気紛れの演目、然して期待などしていなかったが……悪くないぞヴァルキュリア。やはり卿は魅せてくれる」

 

 ああつまり、なんだそれはふざけるな。

 

 戯れで起こされた“聖杯戦争”。

 彼と、“彼”が巻き起こしたというのなら、それは歯車が狂うどころの話ではない。決定的に、この理は噛みちがえている。彼等が自分達の退屈しのぎの為だけに、望みの為に自分達のみならず、七人の魔術師を取り巻く世界が狂わされている。

 彼等が心理を探求するのは望まれたからではない。

 彼女が産まれたのも彼等に仕組まれただけの筈がない。

 その策略の為だけに彼と彼女が出会ったのだなど――認めていいわけがない。

 

「そんな事の為に、貴方達はっ」

 

「何を憤る? 他ならぬ卿の望みだろう。この世界で、“(ゾーネンキント)”は既に成熟している」

 

 決定的だった。もはやその一言で、“彼女”がこの舞台でどのような役割を背負わされたのか十分に理解できたから。

 

「っ、ぁああぁああ!!!!!!」

 

 それ以上は我慢がならないと彼女は無茶を承知で走る。その手に信頼する己の剣を持って。

 

「だが、こればかりは少々手間取るな」

 

 必殺にして最速の殺意。

 全サーヴァント中誰よりも速く、そして捕らわれない、故に必殺。だが、それでも彼女に不安はある。如何に自分が最高のコンディションで最高の剣を振れたとしても、彼女はこの男に勝つ光景を思い浮かべる事が出来ない。

 この瞬間、彼の興味は彼女から逸れ、他の事柄に向いていた。そうだとしてもおそらく。

 

「――っ」

 

「やはり、この“体”は些か窮屈に過ぎる」

 

 真の臓。その肉体を刺し貫かんと放たれた彼女の剣は、彼の肌を傷つけるどころか、その軍服に僅かの傷すら負わせていない。

 同じような現象はあった。アーチャー、ヴァレリア・トリファが見せた強固さだ。だがあれもこの絡繰りを思えば何ら不思議はない。ヴァレリアが纏っていたのはあくまでもこの男の(からだ)なのだ。器を運ぶ者、故に“聖餐杯”。

 その器に本来の魂が注がれた今、彼の肉体に傷をつける事は蟻が象に噛みつくようなもの。それも比喩ではなく、真実彼と彼女では文字通り次元が違う。彼に常時懐いてしまう根源的な恐怖とはまさにそれだ。

 個にして大群を圧する質、そして魂の総量に万人を喰らい尽くした人食い(マンイーター)。規格と推量るのも馬鹿らしくなる程に彼我の差は歴然だ。

 

 だがしかし、でもと、彼女はその絶望を知って尚折れず、剣を捨てない。

 彼に立ち向かおうと無謀で、万に、いや億に一欠片も生残れない。

 それが分からない彼女ではない。生前その人外の力に押しつぶされた“恐怖”は身に染みている。

 だけど、それがなんだというのだろう。

 

「そうだ。その瞳、そうであるからこそ、私は卿に興味を抱く。思えば、黒円卓においても卿だけが違った」

 

 畏敬であり畏怖であれ、形は違えど黒円卓の面々が主に抱く感情の根底はその“恐怖”。恐ろしく、知ってしまったが故に目を離す事が出来ない逃れられない。だからと皆頭を垂れるしかない中―――彼女、ベアトリス・キルヒアイゼン。だけが変わらず違う。

 “戦乙女(ヴァルキュリア)”という魔名、烙印を押されても、彼女は決して折れる事無く自身の信念を見失わなかった。もしその恐怖に屈したとしたら、自分は誇りに抱くべきものなど何もなくなるから。例え稀代の殺人者であったとしても、いやそうだからこそ、根底を違えば物言わぬ人形だ。殺し、魂を献上するだけの機械と変わらないと知っているが為に、彼女は剣を握り続けた。

 

「私にはコレしかありませんから。主である貴方にこうして剣を向ける。これは不敬かもしれませんが」

 

「いや、他ならぬ卿の、最後に残った勝者への褒美だ。私が許そう」

 

 ならばと、存分にかかってくるがいい。

 全身全霊をもって私を楽しませてくれ。

 この私を失望させてくれるな。

 

 言外に、だが瞳は狂喜に爛々と輝き、満たせぬ飢えを、渇きを癒す為に高ぶっている。

 勝ち負けというなら既に絶望的な状況。だが、ただ負けるつもりはないと彼女は覚悟を決めた。

 敗北を認め、彼から逃げれば楽にはなろう。だが、それは何の解決にもならないし、寧ろ事は悪化する。彼の望み、その“渇望”がどれだけの狂気を孕んでいるのかを知っているが故に、彼には“抜かせて”はならないのだ。

 七騎存在した最後の英霊。そして最後の騎士として、この魔人を相手にできるのは自分だけだと知っている。

 

  雷 速 剣 舞 ・ 戦 姫 変 生

『Donner Totentanz――Walküre!!』

 

 だからこそ膝を折らないと誓う様に、纏っていた雷に対して再度謳い上げるのは自信を鼓舞する為であることが大きい。纏い周囲を蹂躙する雷も、彼女の粋に従って勢いを増した。

 

「ああ、この感覚、酷く懐かしく心地よい。挑まれるというのもいつ以来か。だが、惜しむらくはこの身は十分の一にも満たない有様であるという事か」

 

 だというのに、その彼女の鼻先を折るように、勢いづいた雷を地に叩きつけるような事実を、彼はここで明らかにした。それはなにも彼が彼女の精神的なダメージを狙っただとか、タイミングを見計らっていたという訳ではない。彼はその手の計略を疎うし、そもそも相手をただただ貶めるのは彼の“望み”に反する。

 

「―――だがしかしそれも悪くない」

 

 彼の抱く渇望とは即ち、

 

 “全力の境地”

 

 終ぞ振るえなかった自身の全力を、思うがまま望むままに壊し合える場と相手を。

 頼むぞ壊れてくれるな我は全てを愛し、この愛は全てを破壊(こわ)すから。

 

「十全ではないからこその全力。今私は堕落を強いられている」

 

「そんな――っ」

 

 この存在するだけで万象を揺るがし、平伏させる魂の質量でさえ彼の全霊には程遠い。そもそも、生前から今まで、彼が一度も本気を出せないままだとしたら、かつて彼女達が恐怖した彼の威光でさえ、それは片鱗でしかなかったという事になる。

 そしてだからと、彼は己に科せられた枠が堪えきれず壊れ弾けるまで、持てる力の限り振るうだけ。そこに加減など一切存在しない。器への考慮などありはしない。

 

「故、今こそ私は持てる全てをもって―――」

 

 そも態々こうして整えられた舞台に、手心を加える等それこそ無粋だろうと笑いながら――

 

Yetzirah(イェツラー)――』

 

 彼の狂気の塊、魂の形を具現化する。

 

ロンギヌスランゼ・テスタメント

『 聖 約 ・ 運 命 の 神 槍 』

 

 聖者の生き血を啜った槍。

 神を滅ぼす盟約の神器

 

 “偽槍”ではなく紛う事なき“聖槍”。

 ヴァレリアのように器を纏った仮初の魂ではなく、本来の魂を内包した事で制約の無くなった宝具は、その本来の威光を示すように極光と共に現れる。その柄を彼は右手一つで持ち――真横に、無作為に凪いだ。

 

「っ――!?」

 

 瞬間、音もなく周囲が消し飛んだ。

 

 壁も天井も、外に立ち並び広がっていた木々や家屋でさえ、皆焼かれ砕けて灰塵と化している。

 その先、遠く離れた残り火が現実離れした光景が夢幻ではないと証明していた。

 実際、その刃が切り裂いた風を身に浴びたセイバーですら自身がなぜ生きているのかと、その瞬間まで生を実感できない程、辺りには死と無が溢れていた。

 

「これで、少しは立ち回りもしやすかろう」

 

 つまりはおそらく、ここには、正確にはこの辺り一帯には“彼が許した者”しか生きていない。直感ではあったが、本能の域で疑いようもなかった。そうでなくては彼女が生きている事に説明がつかない。

 

 そしてこの悪夢を作り出した元凶、これが“黒円卓首領”の実力、その一部に過ぎないのだという。

 嘘偽りではなく、彼等が頼みにする“力”の段階。4つのギアがあるうち、全力であるサードに入れているベアトリスに対し、ラインハルトが未だセカンドだという事実からもよく解る。

 彼女には余力がなく全力全開。対して彼が未だ限界の見えないという断崖にも見える絶望的な差。

 

「さぁ――では、参ろうか」

 

 ベアトリスに優位な障害物の無い広い空間。立ち回る床を残し、障害物の無い場を作り出した事でさえ、彼がより楽しむ為に作り出したに過ぎない。

 我に見果てぬ“未知”を、未だ知らぬ境地を味わわせてくれと飢えた獣が刃を抜く。

 

 これが最後の戦い。

 

 聖杯戦争における、本来ありえない八騎目のサーヴァントを相手取る戦いは周囲を巻き込む絶望の業火が開戦の号砲となり、ここに終幕へ向けた物語が描かれる。

 

 






 まず始めに、今回のお話には原作を参照にするにあたり、一切の誇張をしていません(作者解釈)。ですが実際誇張とかいらないと思う。と、そんな訳でまずは初めて登場したラスボスっぽい正体不明な彼(棒読み)を紹介しつつ、セイバーさんに絶望させてみた。いや、彼女必死に食らい付いてますねーガンバ(ry
 そして気付いた方もいると思いますが、ラインハルトさん、まだ“戦って”すらいないのに町の一角吹き飛ばしてます(白目
 これからいったいどうするってかどうなるんだ(
 一応、今後はこんな感じで前回の様な長文にはならない予定です。予定ね!


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「根源」

 


 

 

 

 冬木に魔人が墜ちてきたその少し前、アーチャーがセイバーを絶望という真実に落とし込めていた頃。同時刻、戦場を室内、その地下へと移していたマスター達の戦いも佳境に差し掛かっていた。

 

『Von fünf bis sieben――』

 

 懐から取り出され投擲される、一目見て高価だとわかる宝石達。その数は三つ、だが煌びやかさとは別の角度で、内包する魔力の純度、火力への転用の効率と速度は凶悪だ。

 本来大火力、大規模の魔術を行使する場合はそれなりの用意が必要になる。仮に高度に術式を組んだとしても、ケイネスの“月霊髄液”のように用途が固定化される。拳銃が弾を撃ち出す事しかできないように、ミサイルで弾丸を防ごうとする人間などいない。要は殺傷力、その定めた能力を高めようと、反して汎用性が失われるという事。

 

『Es flammt auf.』

 

 だが、この時臣が行使する“宝石魔術”に関してはその理から解脱する。

 

「っ、time alter――」

 

 自己を加速させる切嗣が立っていた場所を、灼熱の業火が焼き付ける。

 瞬間的な火力は生物は灰にかえるのには十分すぎる。そして、それだけの規模を行使したにもかかわらず、彼が行使した術は僅か二工程。用いる規模に対し効果が反する矛盾はしかし、彼の魔術の特性を思えば不思議ではなかった。

 つまり、言ってみればバッテリー、切嗣にとっての弾倉だ。自身の魔力を保存、純度を保つことに適した宝石に一定量を溜め続ける事によって即時展開を可能とする。更には属性を固定化すればより速く効率的に術を発現できる。

 

「逃げてばかりではどうにも」

 

 加えて、溜め重ねた年月が1年2年そこらを軽く凌駕する累積だ。それが名家が積み重ねてきた重みであり、遠坂 時臣が研磨してきた年月の証明である。

 よって優勢に構えていた時臣に、離脱に見せかけた奇襲を仕掛けようとも、

 

「ならないだろうなっ」

 

 固有時制御の発動限界を考慮しての奇襲。体感速度が戻ろうと、時臣に切嗣が移動していた事を認識するには僅かなロスがある。

 

「いい魔術だ。だが私の相手は皆そう思うらいい」

 

 だが、その鋭利なナイフで突くはずの死角を、この魔術師はその手に持った“杖”で防いでいた。

 

「どこからどう見ても典型的な火力特化の魔術師だ。懐に入ってしまえばどうという事はない。とね」

 

「くっ」

 

 失敗したのなら次の手を、一閃二閃と続けざまに振るうナイフ捌きは実戦に裏打ちされた合理的なものだ。理論を突き詰め、実戦闘など縁の薄い魔術師が対応できる者ではないが、状況は僅かに後退させた程度。

 だがこうして攻めあぐねているのも事実。そして状況が変化しない膠着を強いられているという事はつまり、

 

「そして私もそれを否定しない。“火力”、砲台である事を選んだ魔術師なのだからね」

 

 彼の宝石魔術、その煌びやかな輝きが炎となって切嗣に襲い掛かる。

 当然その程度で素直にやられてやる切嗣ではない。ないが、此処にきて彼の予定は大きく狂いだしていると言っていい。なぜなら彼が調べあげた“遠坂 時臣”という男はここまで苦戦を強いられる男ではなかったのだから。

 

「……なるほど。当代の遠坂は魔術以外にも腕が立つようだ」

 

「片手間で見苦しいだろうが、君のように魔術師専門の殺し屋がいる時代だ。魔術師も、魔術一辺倒に修める時代ではない、という事だよ」

 

 接近戦において、切嗣を凌駕するほどの腕があるわけでもない。だが、易々と倒される様な素人という訳でもない。ただ殴りあうだけなら圧倒できる腕だっただろう。しかし、時臣は魔術師であり、織り交ぜる宝石魔術は一級品だ。加えて、捕捉できないとわかっていて広域を面で焼きにかかるその思考の柔軟さと切り替えの早さは厄介極まりない。

 

「なら――」

 

 だがそう。なら、“衛宮 切嗣”に負けはしない。そう思わせたこの状況はむしろ、切嗣にとって望んで引き寄せた状況に他ならず、彼は懐に忍ばせた切り札に手を掛ける。

 

 “トンプソン・コンテンダー”

 

 単発式のその銃は弾倉や装填機構はなく、一発ごとに銃を折り開いて手ずから排莢・装填しなければならない。だが、単純故の構造は銃身などを交換する事により様々な弾を撃ち出し、多様な状況に臨める。この銃も切嗣の手によって改良されたピーキーな銃だ。当然、常人が引き金を引けば当たり前と言わんばかりに肩が壊れる出鱈目なカスタマイズ。

 そして無茶や意外性を狙ったものではなく、合理的に、彼が望む結果を出す為にその改造が施されているのだとしたら。

 

「散々その目にしただろう。高々弾丸如きでは―――」

 

 その撃ち出された弾がただの弾丸である筈がない。

 

 これまでの焼き増しであろうと炎による結界、空気密度を操作する事によって像による虚実と物理的な壁を作り出す。彼の言う様に、これまでの弾丸であれば、ただの鉄の塊である限りその壁は超えられない。

 

 そう、ただの鉄の塊には。

 

 “起源弾”

 

 それが衛宮 切嗣のみに与えられ許された切り札。

 触れた対象の“魔術回路”をズタズタに“切”りさき、その後即座にデタラメに“嗣”ぐ。魔術師にとって“魔術回路”とは己の神経そのもの。生来持ち得た物をそう簡単に増やせるものではないし、捨てる事などできない。故に、もしそれが外的要因によって一時的に寸断されたとしたら。そして適切な手段ではなく、繋いだとしたら。再生ではなく接続、つまりは一度切ったモノを繋ぐ。紐であれ血管であれ筋肉であれ、一度切れた物を繋ぎ直した場合、それは決して元の状態には戻らない。

 変えのきかない神経を切り裂かれ、正常な状態から歪なものへと代えられる。死にはしないだろう。一命を取り留める事は理論上可能でではある。だがつまりはそれは逆に、魔術師にとって死を意味するのを何ら変わりない。

 そしてそれは何も術者本人に喰らわせる必要はない。もちろん本人に叩き込む事程確実な事はないが、術を行使し、回路を活性化させている状況というのは弾に込められた効果が発揮されやすい状況である。よって、時臣の魔術が作用しているというのは切嗣にとって格好の獲物。

 

 故、敗北はないと余裕の表情を崩さない時臣に迫った凶弾は死に神の鎌となって彼の生命線へと喰いかかり―――宝石のみが砕けた。

 

「馬鹿なっ」

 

 思わず言葉にしてしまう程に、彼にとってその事実は受け入れがたい。それほどまでに“起源弾”の抗力とは一方的で暴力的なまでに強制的だ。瞬間彼の思考が意識的な空白に陥りかけた。

 

「どうやら、アーチャーの指摘通り、私は君の事を見くびっていたらしい。そこは素直に謝罪しよう」

 

 だが、砕けた杖の宝石を眺める彼の姿を見れば疑問は氷解する。

 彼の宝石魔術の特性。魔力を宝石にストックする。そして戦闘時に宝石に込められた魔力を引出し、普段行使できる以上の魔術を可能にする。回路を回し、魔術を行使している状態が恰好の獲物だというのなら、逆に言えば魔術とのつながりの弱い状態は効果が薄まるという事に他ならない。そして命中したのは時臣本人ではなく彼が起動させた魔術による物理的な空気の壁。どれほどの威力を与えたのかなど論ずるまでもない。また、その腕より血を一筋流している姿からも、切嗣の仮説を裏付ける一因だ。

 

「ク――っ」

 

「残念だが、次はない」

 

 そして時臣の言葉通り、奇襲の失敗は勝敗の決定を意味していた。

 “起源弾”はその効力こそ凶悪だが、タネがわれればこれほど対策の容易いものはない。無論弾丸を対処できるだけの手段がある事が必須条件だが、

 

『Von acht bis dreizehn――』

 

 取り出される六つの大粒の宝石達。

 コストがかかり、一度使い切ればただの“石ころ”となる魔術は、切嗣にとって相性が悪すぎるのだ。

 

「さぁ、コレで―――」

 

 よって、切嗣に残された最後の頼みは“固有時制御”の魔術のみ。それも連続使用の出来ない制限付き。それをこの日何度使用したか、この戦闘でどれだけ使用したか、今発動したところで碌な効果時間も望めないそれは、彼に敗北の二文字を突きつけるのに十分すぎた。

 

 煌く宝石が大きな火の玉になり、獲物に喰らいつかんと構える猟犬のように時臣の前で揺らめく。

 

 そして勝敗を決する最後の激突の火蓋を下ろそうと、その結果に確信を持った時臣が号令を発そうとした刹那、宝石の輝きすら霞ませる極光が辺りを包み、主が示す覇道に従い、全てを灰塵に変えて呑込んだ。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 時臣が気が付いたのは先程まで決戦に臨んでいた会館、ではなく。その頬にざらつく感触は砂の物だった。

 

「波の、匂いにこの感覚……幻でない」

 

 自問自答しながら覚醒していく意識、耳を撫でる波音が此処がどういう場所なのかを教えてくれる。

 目の前の黄昏に彩られた浜辺という現実感の無い光景の変化を、夢幻ではないと五感が、何より本能で彼は悟っていた。

 

 ありえない。だがこの状況の説明がつかないと彼は思考の海に埋没していく。

 自分は今の今まで戦い、鎬を削りあい――そして光にのまれた。

 

 その光景を思いだし、事の絡繰りに指を掛けようとしていた彼の五感が、この時とある異音を拾ってしまう。

 

―sang, sang, sang, et sang.

 

「これは、歌、なのか?」

 

 それは澄んだ音だった。

 穢れを知らない無垢な乙女が捧げるただ一つの歌。

 鍛練をしたわけでも、誰かに教わった訳でもないだろう。この歌声にはそうした情熱や羨望といった感情が欠如している。いや、正確にはたった一つの感心。歌に込められた望み以外に知らないし思う事が無い。

 故にこの歌に汚れはない。

 どの国の名のある聖歌隊すら裸足で逃げだすだろう美声。一種の神聖さにも思えるような調べは、時臣を虜にするのには十二分すぎた。

 

 

 ■■■■の渇きを癒す為。

―Pour guerir la secheresse de la ■■■■lot■■■.

 

 

 そして彼も知らず知らず音のする方へと歩みを進めていた。

 言ったどのような人物が謡っているのだろう。

 こんな音を生み出せる人間はそれこそ天使のように、女神のように清い人間なのだろうと彼は先程まで囚われていた一世一代の戦いへの思いすら失せかけていた時だ。

 

 

『血 血 血 血が欲しい』

 

 

 音の中身を、その言葉の意味を理解してしまった。

 

 

『ギロチンに注ごう飲み物を』

 

 

「――っ、ッハ―ァ! な、んだこれはっ」

 

 過呼吸に陥ったように肺が正常に酸素を取り込まない。思考にノイズが走って認識しようとする意志を邪魔する。

 

 これが清い?

 

 天使のようだと?

 

 先程まで酔狂していた自分の脳天を力の限り殴り倒したかった。これはそんな高尚な人間性の作り出す代物ではない。

 

 

『ギロチンの渇きを癒すため』

 

 

 確かに混じりけのない無垢な性。その汚れの無さは本当に“それしか”知らないから。

 彼女にとってはそれが当たり前で、そういうものだと、その意味に疑問を持たないが為に度し難い。

 なぜ誰も咎めないのか。なぜこうなるまで周囲は放置していたのか。

 答えは単純だ。

 

 誰にも彼女には■■られないのだから

 

 脳裏に走った自身の声ではない異音に瞠目しながら、しかしそれが真実なのだとどこかで確信し、体は意思に反して歩み続けていた視界の端が何かの影を捉えた。

 

 

『欲しいのは――』

 

 

 見るな駄目だ耐えられないと。

 それが何に対してで何を指しているのかもわからず、いや理解している筈なのに彼の身体は意思に反して顔を上げてしまう。

 

 その先を――

 

 その視界を大きく、撚れた外套が覆った。

 

 

「ああ、そこまでにした方がいい御客人。好奇心は時に猫をも殺す、というのは知っているかな。今の君がまさにそれだよ。何もかも知らぬまま絶えるというのもある意味不幸で、同時に幸せな事だとは思うが、偶には親切心で動くのも悪くはない」

 

 

 酷く見ずらい、不可解な男が視界を塞いでいた。

 

 不思議というより不可解。街で見たとしたら目を引くだろう物乞いのように薄汚れた外套に身をすっぽりと包み、雑に流された長髪と印象には事欠かない。だというのに、今この瞬間、目の前にしている筈の男を、時臣はどうしても記憶から抜け落しそうになっていた。

 

「仮にも貴方は伴侶を持ち愛娘を抱いた身だ。彼女の美声美貌、美々しい魂の有りように心奪われるのは私としても大いに理解はできるが、それでは彼女にも彼女に対してあまりに不義ではないだろうか。私も大概放任が過ぎると言われるが、流石にこれは見過ごせないな」

 

「……何者だ」

 

 茫然としていたが、それでこれほどまでに強烈に警戒感を煽る男を見落とすのは理解に苦しむ。納得できない。必死に体裁を取り繕うとする時臣に対し、ボロマントの男はクツクツと笑い声を堪えながら、まるでその姿が愛しいと愛でるように言葉をつづけた。

 

「これは失礼。あまり警戒させるつもりなどなかったのだが、何しろここに人が来ることなどいつ以来か、それすら彼方へと思い出せぬ珍事。こうして面と向かって名乗る事など稀ではある為、どうかその点ご容赦いただきたい」

 

 先程から男は時臣に対して客人と、相手を敬うような口調で話しかけてくるが、この“人間”がその手の殊勝な心を持っているなどとは欠片も思えなかった。

 一言で言えば諧謔している。

 世に対して斜に構えている。

 だがそれは上辺だけの道化の装いではなく、寧ろ達観した全能性が持たせる威容。天眼をもって内面を覗きこまれているとでも言えばいいのか。この男を前に、初手対面であるにもかかわらず時臣は明確な嫌悪感を抱いていた。

 

「さて、私が誰か? その質問に答えるには少々言葉に窮する。私を形容する記号などそれこそ溢れかえっているし、その一つ一つに意味などない。そも名前とは親より授かった個々を示す為の目印。加えて前提から事が違う私に定まったモノもなければ執着もない」

 

 言葉の一つ一つ。その遠回りな言葉の運び、身振り手振りの所作一つをとっても目につく。警戒しているというのなら確かにそうなのだろうが、この男を前に心許せる人間などいる筈がない。対面すれば心の内をさらけ出されるような相手と望んで話そうと思う人間などいる筈がないのだから。

 

「しかしまぁ、それでは会話に便を失するのも事実。君に解りやすくいうのならこの辺りが相応しいだろう」

 

 だがしかし、男はそんな時臣の思考など知らぬ存ぜぬと好き勝手に言葉を紡ぐ。その口は閉口する事を知らないかのように言葉を次々と垂れ流す。

 

「カール・クラフト=メルクリウス。彼の国ではサン・ジェルマンとも呼ばれていたモノだよ」

 

「サン・ジェルマン、だとっ」

 

 その言葉は時臣をして驚愕させるものだった。

 歴史上において“不死”と呼ばれ、英知を修めたとされる異人。化学、当時で言えば錬金術に精通し、語学芸術、様々な分野に精通していたと言われ、魔術の造詣も深かったと聞く。そんな歴史上の人物との邂逅、本来ならばこれほどの名誉もないと感慨に打ち震えるだろうところで、しかし時臣は欠片もそれらの感情に揺さぶられなかった。

 その名乗りが嘘くさかったという直感的なものに始まり、本能的に、魂のレベルでこの男に気を許すべきではないと確信してしまった。

 そして、メルクリウスと名乗った男は驚愕から立ち直りかけてきた時臣の様子を眺め、コレで役者はそろったと、まるでこの場に他の人間がいるかのように視線を動かし、言祝(ノロイ)を告げた。

 

「改めて祝福させてほしい。ようこそ下界の魔術師達よ。喜びたまえ。世界の狭間に在るとされるその先、君達魔術師とやらが積年願い焦がれた夢の終着(はて)――此処が“根源”と呼ばれる場所だ」

 

 時臣が、“遠坂”が代々に渡って積み重ねてきた悲願を、誓いを根底から引っ繰り返す毒が流れ出す。

 

 






 令呪による使い捨てが有効なら、宝石魔術の使い勝手の悪さってむしろ利点だと思うんだ!!
 固有時制御って便利だね(白目
 なお、かかる金銭的なコストは見ない方向で、切嗣にかかる肉体的な負担も同文で(

 という訳で時臣さん、ラインハルトさんの一撃により“根源”にご招待(巻添え)! なお、当然拒否権はありません。
 根源と書いて■と読んだそこの貴方、気持ちはよく解りますがもう少し御着席を(震え
 しかしあれだけ派手な戦闘(蹂躙とも読む)があった場にいたんですから、まさか無事なわけがない。素直に死ねた方がまし? 水銀さんが言っておられる様に大きな親切ですよ(
 ……あまりに水銀の語りが長すぎて分割したのは秘密です。


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「誓言(ノロイ)」

 


 

 

 

 時臣自身、目の前の男の言葉を狂言だと笑い捨てたかった。

 何しろ自らをサン・ジェルマンなどと過去の異人を名乗り、それすらも記号にすぎないと言う。客観的に見ても、妄言の過ぎた異常者と判断する方がしっくりハマるだろう。

 だと言うのに、時臣の口は掠れた笑い声すら漏らすことができなかった。端的にいえば、この時から既に彼は目の前の男の持つ雰囲気に飲まれていたのだろう。

 

「根源、だと、なにを」

 

「その疑問は理解できなくもないが、まずはそういうものだと受け止めてもらえると私としても助かるかな。事の咀嚼などあとでいくらでもできよう」

 

 だが、それでも代々受け継いできた悲願の在りようを、こうもあっけなく見せられたのでは困惑を通り越して怒りが湧いてしまう。例えば宝石のように大切に持っていたそれを、まるで無価値の石ころだと貶められた、とでもいえばいいのか。思考を重ね、失敗を繰り返しても前進してきた道に突如正解を投げられたような気分。この男がどういうつもりでその言葉を口にしたのかは知れないが、疑う余地なく、“親切心”等である筈がない。

 

「……ここが貴方のいう“根源”、であると仮定しよう。だが、疑問も当然残る。会話と言ったな。ならば、多少なりこちらの質問に答える気はあると?」

 

 故に、これ以上相手のテンポに乗るのは悪手だと、彼は平静を努めるために息を吐きだし、交渉に移った。

 

「然り。ああ、別段妄言だと切って捨ててくれて構わんよ。先にいった通り、“名前”も"この姿"も"演出"一つにしても会話を円滑にするためのいわば潤滑油のようなもの。とはいっても、一から十まで端から問いに答えていては、時はいくらあっても足りるはずもない。となればある程度の絞りこむ必要があると思うが――さて」

 

 そう言って顎に手を当てて思案する姿は堂に入っているようにも見れるが、その中で交錯しているものが録でもないだろうことは、出会ったばかりの時臣ですら解る。問題となる次の言葉、如何な文句が飛び出すのかと身構えていた彼だったが、対峙していた男が口にしたのは時臣に最初の問いを任せると言う予想をずれたもの。

 これも一興だろうと笑うメルクリウスの考えを時臣は全く読めなかった。

一貫したて求めるものの見えてこないという、彼が今まで歩んできた人生の中でこれほど異質な存在というのは、雲を捕らえようとするように掴み所というものがない。

 

「では、一つ。まずここが"根源"と仮定して、私には問わなくてはならないものがある」

 

 だがしかし、ならばと問わなくてはならない。ここが根源だというのなら尚更に、自身の、それこそ“遠坂家”にかかわる大事なのだから。

 

「我が遠坂が仰ぐ大師父。彼は自力で根源に到達した。対して、遠坂が長きにわたる歩みはこの通り。率直にいえば、私が此処に招かれた理由を聞きたい」

 

 つまりは始まりの御三家にして、その系譜の末裔である“遠坂家”当代として、彼のキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグが根源へとたどり着き“魔法使い”に至ったという事実。その時代から今日時臣の代まで、悲願たる根源に到達した物は誰もいない。その歴史が示す事実。時臣自身がもっともよく知っている。“己が単独で根源に至る事はない”のだと。

 

 遠坂 時臣という男は、何も産まれたときから突出した才能を持っていた訳ではない。寧ろ彼の魔術師としての才は平均の上。歴史ある遠坂の系譜を辿れば凡人とすら呼べたかもしれない。

 だが、彼は自身の力量というものを誰よりも弁え、常に努力を怠らなかった。

 “遠坂たる者、常に余裕を持って優雅たれ”

 その家訓に従い、彼は一の試練に十の備えをし、それで届かなければさらに積み重ね、それでだめならより多くの研鑽をと繰り返してきた。その歩みは傍から見れば泥に塗れたものだろう。しかし、結果だけ見るなら、彼は臨んだ試練に対して常に過不足なくこなしてきたのだ。全ては誰よりも己を知るが故に。その彼が自ら下した判断なのだ。如何に悲願の到達点だとはいえ、手放しで喜べるような人間ではない。

 

「大師父?」

 

 対して、時臣の問いを受けたメルクリウスは別に関心を持ったのか首を傾げてみせ――

 

「ああ宝石翁の事か。随分懐かしい響きだ」

 

「その通り名、やはり大師父は此処にっ」

 

「やはりも何も、彼は一度“根源(ココ)”に侵入を果たした数少ない人間だ。私が言うのもなんだが、中々に変わった男だったかな。それなりに楽しませてくれた礼として、私なりに魔業(おくりもの)もさせてもらったのだが――その後、彼は息災かな?」

 

 何か聞き捨てならない言葉(ノロイ)を吐き出した。

 

「ナニか不思議な事でもあったのかね? 根源、世界の境界の向こう側、たった一人で穴をあけて訪れた人間が、まさか無事ですんだなどと夢物語を信じていた訳ではあるまいに。ああ、君の質問は何故ここに自分が来れたのかだったか。だが、事はより単純だ。そもそも悩む必要性が何処にあるという。君自身己が至らないと自覚していたはずだ。であれば、そう。この現象には外的要因あの場での衝突、衛宮 切嗣、そしてセイバーとアーチャーの戦いという要素以外、第三の力が働いていたはずだと、聡明な君の事だ大凡の察しがついていたのではないのかね。だからそう、君は最初の問いに選んだのはつまりそういう事。故に態々私に問いかけた」

 

 その通りに、時臣はこの場にたどり着いた事を認識し、目の前の男が講釈を垂れ流す前に、事の全体像が見えてしまった。

 人間一人でたどり着くには奇跡にも等しい異界。

 届かない筈の己の力量。

 異界に待ち構えていたメルクリウスと名乗る謎の男。

 この状況で疑うなという方が無理がある。

 

「だが言葉を少々間違えているのはいけないな。質問とは的確に且つ解りやすくまとめるべきだ。そうこの場合は“何故此処に来れた”のではなく、“何故己をこの場に呼んだのか”という事ではないのかね?」

 

 常人には到達すら不可能。優れた魔術師でさえ、到達した物は両の手程もおらず、また帰ってきたものは片手で足りる。そんな場所にいるこの“メルクリウス”と名乗った男が真面である筈も、この邂逅が偶然である筈がない。時臣にして常に警戒心を抱かせていた違和感というのはつまりそれだ。

 沈黙は肯定。

 睨み返すように時臣の鋭い視線にしかし、やはりというか目の前の男はまるで堪える様子が無い。寧ろどこ吹く風だと嘲る様に更なる爆薬を投下していく。

 

「別に隠すつもりはないし高々にいうものではないと思ってはいるが、それでも君に解りやすくいうのなら私は君の考えを肯定しよう。その通りだと、私は君たちが言う■という存在だよ。どうかな、目の前にすれば何とも陳腐な言葉である事この上ないだろう」

 

 瞬間酷い雑音が周囲を流れ時臣の脳内を掻き乱したが、その程度が障害になる筈もなく、目の前にいた彼は確かにこの男の名乗りを耳にしてしまった。自分が目の前にした存在がどういう存在か。過程でしかなかったモノの裏付けを得、その主張が嘘偽りの無い紛う事なき真実であると。

 

「馬鹿なっ、お前如きがそんな――」

 

「であれば、なんだというのかな? 水銀や詐欺師など、長く生きていればそれなりに忌名をもらってきた身であるが、率直な意見を聞かせてもらいたい」

 

 咄嗟に稚拙な否定を口にしてしまったのもそう。つまりは彼の思考はメルクリウスの存在を肯定しており、図りかねている。言葉を変えるなら、あまりに大きな存在に恐れているとも取れた。

 

「ふむ、答えが無いというのなら、此処は一先ず先の問いに戻るといようか。ああ、確か君の祖先がこの場に訪れたのか。私の答えは肯定。彼が訪れた事も、此処から逃れたもの事実に変わりはない。そして、君が此処に訪れた理由。それに対する君の推理に対して、私は肯定の意を示そう――いかにも、私が君を“根源”へと招いた張本人だ」

 

 “根源”

 万物の起源であり終焉を迎える場所。この世のありとあらゆる全ての知識を記録しているが故に、如何なるものも作り出せ次元の頂点。いうなれば“神の座”であり、その空間を機能させ時臣単体を招きよせたという事はつまり、

 

「戯れで、このような愚弄を謀ったというのかっ」

 

 天神の気紛れ。

 本来来れる筈の無いところへ到達する片道切符。この男が時臣の何に興味をそそられたのかは知れないが、相手の了承もなく問答無用に巻き込んだ一連の流れは、時臣に下であると見せつける悪業に他ならない。

 

「私はっ、一魔術師として真理たる“根源”に近づこうと邁進していただけだ! 始まりを名乗る上で恥じない者であろうと、始祖の意思を体現してきたっ」」

 

「であれば、今互いに殺し合うかつての盟友、他の御三家は志が歪んでいると? 目的と手段が入れ替わった? 笑止。私に言わせれば君の家も大して差などありはしない。そも君は“根源”に至り何をなすというのか」

 

 激昂にかられた時臣に被せられたのは、嘲笑と問答を打ち返される一方的な言葉の暴力。至れることが第一。己でなくても次代の遠坂がと、そう歩み続けた彼にとって、描いてきたビジョンというのは当然根源への到達。未だ到達した者は数少なく、帰ってきた者も更に少ないとなれば描くのは既に妄想でしかない。が、今できる事を全力で、目の前の障害を丁寧に取り除く事を処世術としてきた彼にとっては事象を知ることが大前提。知識として得られないモノに備えろと言われても難航するのは無理からぬ話。

 だからそう、何処までも現実主義者で合理主義。悪く言えば夢の無い彼であるが為に、彼はその質問に限って、答えられるだけの言葉を持っていなかった。

 

「かの大師父とやらは何を託し後世を芽吹かせようとしたのか。単身至れたとしても、未熟な君がいったい何を得られるというのかね?」

 

 上辺だけではない芯に抱くモノを。

 失敗が無いよう事前に備えるという事はつまり、彼は仕損じる選択肢を遠ざけてきたという事。冒険心が無い熱意が冷めている。遠坂 時臣という人間が人として機械のようだという訳ではない。だが、困難である筈の道を無難にしてしまう、渡れるようにしてしまう彼の器用さと弛まぬ努力は確実に、小さな歪を積み重ねてきた。その弊害がこれだ。

 

 弄りが過ぎたかと興が乗ってしまったと謝罪する態をとる男だが、その姿勢に誠実さはまるで感じられない。男がそう口にする様に、自身の悪癖として憚らないそれに対して、彼は終始余裕を崩されていた。

 

「お詫びという訳ではないが、君の質問、心の疑問の一つにお答えしよう。そう、此処に招かれた理由。何用か、と。しかしこれまた答えるなら単純明快、私は単に“見たくなった”のだよ」

 

「私に? いったい何を――」

 

 何を聞く必要があるのかという問いを投げかける前に、メルクリウスが時臣の言葉を遮るように重ねてくる。

 

「万事が全て滞りなく障害足り得ない。確かに生きていく上では羨望を集めるだろうし理想であろう。が、その様な脚本のどこに面白味があると言うのかね」

 

 まるでそれを目にしてきたかのように語る物語、脚本とはとある人間の人生録。

 いったい何時から、いつの間にという疑問は無意味だ。ここが全ての始まりであり終わりであり、全てを記録しているのだとしたら、男は全てを知っている、もしくは知ることができるという事になる。

 

「羨まれはしよう。だが憧れなどはしない少なくとも私は欠片も食指の動かない三文芝居だ。変化のない物語などあくびが出る」

 

 彼の祖父が三度目の聖杯戦争に向かったという当時を。

 実父から課題を積み重ね、いつか廻りくる大願を託された重責に必死で堪えようとしていた時を。

 妻を迎え、次代に託すにたる才児を授かった幸福を噛みしめていた頃を。

 

 彼の人生すべてを、男は“つまらない”の一言できって捨てる。

 

「だが目を離すには些か手心を加えすぎた。しかし耐え忍ぶというのもコレで堪えるモノでね」

 

「手を加えただと?」

 

 それですら我慢がならない冒涜。だが、メルクリウスの暴虐はその程度で終わりはしなかった。

 

「ああ、そうか。君は、いや君たちは今の“聖杯”を真実過去の偉人が残した遺産であると信じて疑わないのだったか」

 

「何がおかしい」

 

「いや、失礼。気を悪くしたのなら謝罪しよう。なに、知らないという事はやはり幸せなものかと持論を変えるべきか一考させられたのでね」

 

 まるでこの“聖杯戦争”の暗部を、御三家である時臣ですら知らない恥部を滑稽だとこれまたやはり嘲笑いながら、メルクリウスは斬りつけた傷口を広げていく。嬉々として。 

 

「私と君に本来接点はない。此処にいるという意味で私から一方的に接続する事は出来るが、引き込むには少々繋がりが弱い。強引に事を運ぶこともできるが、それで万が一支障をきたせば興醒めもいいところ。故に、過去冬木の“聖杯”に触れたあの時は実によい拾いモノをした」

 

 知らぬと、関わりたくもないとそう思わせるこの男と作らえていた繋がり。時臣がまだ幼かった過去、第二次世界大戦が開戦する直前、その裏で死闘が繰り広げられていた中で掠れてしまった真実を紐解いていく。

 

「彼のアハト翁でさえ覚えていないのだから無理もないが――当代の聖戦より前、第三次においてアインツベルンに取り入ったのが私だよ。中々に面白い試みに思えたのでね。世界が混沌を迎える二度目の大戦を前に、中々の余興だと少々手を加え(狂わ)させてもらった。疑問に思わなかったのかね? 御三家の同意で聖堂教会にまで委託し万全を期した三度目の戦が勝者不在、器を破壊されるという前代未聞の失敗に終わったという事態に」

 

 だからそう。彼等が、時臣たち御三家が悲願として臨んだ“万能の願望器”など既に跡形もなかったという悪夢。今冬木に残り脈動を続けるのは“聖杯”の皮を被ったナニか。この男、“水銀の蛇”の興味を引き付けてしまった時点で、この儀式は狂わされていたのだ。

 

「そう、聖杯の中身は既に“万能の願望器”等とは程遠い。器に満たされた“黄金”は八つの魂を喰らいつくし、世界を呑込む。あの宝石翁が自ら立ち会った聖杯を破壊しようと四苦八苦する姿にはなかなか笑わせてもらったよ」

 

 そんな光景をただ指をくわえて壊させるわけがないだろうと謗る水銀の王。

 だが彼の言葉通りだとしたら、サーヴァントが残り二騎である先程の現状は、男のいう“黄金を”降誕させるのに不足ない舞台を整えていたのではと、彼が一抹の不安に駆られた時だ。

 

「そうして、私と君の家の間には相互に繋がりというべきものが出来ている。折角“彼”が興味を抱いてくれた催しだ。脚本家としてここは腕を振るわなくてはなるまい。故にそう、だからこそ私は君を招き、手ずからその人生に彩りを加えてみようかと思ったわけだよ」

 

 男が煽っていた恐怖の風が、その対象が明確に時臣を捉えてきた。“水銀”手ずから人生を改悪する。できる筈がないと笑い飛ばす事がどうしてできよう。

 

「なに、ただの助言にすぎないしそう気にすることでもない。心にとどめるか笑い捨てるかはそれこそ君の自由というもの」

 

 助言?

 呪いの間違えだろうと知らず後ずさった彼はここで思い知った。地平の果てぬ黄昏の浜辺、誰も彼もいないこの空間で、そもそも逃げ場など初めからないという事実。単独で至れなかった彼に戻るべき手段がないという非業を。

 

 一歩、また一歩と“水銀”が歩み寄り、同じ歩幅だけ時臣が後ずさる。誰もいない浜辺には男の語りと、二人の歩みだけが響いていく。

 

「君が歩んできたこれまでの道とは即ち起伏のない人生。大きく躓く事もなく成功を重ねてきた人生は、同時に他者より上にたってきた。君にその気があろうとなかろうと、羨望を集めるとはそういうこと。知らず省みず積もり積もった盲念はやがて君の足を引くことになるだろう」

 

 言わせてはいけないと心の奥底で警報がうるさく響いているのに、彼には耳をふさぐことも、背を向けて逃げ出す事も出来ない。否定する為の言葉も出ず思い浮かばない。

 

「そう、君はこれから―――」

 

 無駄だとわかっている後退を止める事も出来ず、もたついてしまった彼の手が、その時腰に据えられていた固い感触に触れた。

 

 

『läßt!!』

 

 

 無心でただ振り抜いた刃、“アゾット剣”。彼が師である父より授けられた一人前の魔術師としての証。彼が最も頼りとしている大粒の宝石と比べれば見劣りする品だが、重ねた年月で言えば、これは間違いなく彼の切り札ともなる礼装の一つ。だが、それすらも届く光景が描けず、彼は不安なまま闇雲に、優雅とはかけ離れた粗暴さで振るった剣はしかし、

 

「――やれやれ、君はもっと思慮の深い人間だと思っていたようだが、どうやら買被りだったようだ」

 

 外套を横一文字に裂かれ、目深に被ったフードを落した彼が素顔を晒していた。

 裂けた外套以外に目立った外傷はない。だがその存在がゆるりと薄れていくのを目の前にした時臣は確かに感じていた。

 

「っ、く、はぁっ」

 

 無意識に止まっていた呼吸に、肺が酸素を求めて過剰に脳へと訴えている。その動悸をどこか遠く感じながら、薄れ汚れた外套を残して口元だけが輪郭を残したソレが、半月を描いたまま悦に浸るように呪を刻む。

 

『恐らく、やがて、きっと、君が人生で得てきたモノ、栄光の代償を清算する時が訪れる。必ずそうなる。私にはその様が目に浮かぶ。その時君が浮かべる絶望を』

 

 その時こそ再び見えようと、言の葉を刃のように刻み付け、今度こそ“水銀の蛇”は消えていく。

 同時に、時臣の意識がまるで夢から覚めるように体が浮き上がる感覚を自覚した。正確には、“根源”からはじき出されているのだろうと認識しながら、彼は現実に戻る。

 

 一帯を灰塵と一変した建物の残骸が残る一角で、彼は目を覚ましてしまった。

 

 

 






 せ、セーフ?
 水銀さん語り多くてやり過ぎると一話に収まんないよ(
 やっぱり、黄金と並んで取扱い要注意人物なだけあるね(白目
 (決してアンチではないつもり)

 さあ、次回こそケリィの出番――あ、はい閣下の出番ですよね()


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「終局」

 


 

 

 世には総じて知らない方が幸せだろうという言葉がある。

 言葉を変えるなら、知らず終えるのならそれも幸福だという話。

 不謹慎と言われればそれまでの話だがそう、もしあなたが猛毒と気付かず毒林檎を口にしてしまった場合、それが致死量を間違えた粗悪品であった場合。身を襲うのは想像を絶する苦痛と尽きぬ死への恐怖。もし或いは、これとは違う結果を迎えるなら、そんな苦痛も味合う事無く事切れていたかもしれない。そう物事を捉えた場合、筋書きとしてみればある意味で幸せというもの間違いではない。

 もっとも、その“幸せだろう”という捉え方は第三者、当事者以外の目線で合って、どちらにせよ本人とっては紛う事なき不運であるのは論ずるまでもない。

 よって、この時激闘の最中極光に吞まれ、偶然無事だった男が目にした“現実”というものも当然、不運であることは間違いなかった。

 

「僕は―――なんだこれは」

 

 最後のマスター、遠坂 時臣との決戦。その最中に突如雪崩れ込んできたきた極光に包まれて吹き飛んだ事は覚えてる。室内という障害物が多い場所で投げ出された割には体が痛まない事もこの際おいておく。それよりも、眼前に広がる炎の赤と、焼け落ち蹂躙された灰色の世界がどういう事なのか、彼の思考は理解を拒絶していた。

 起き上がろうとついた掌に触れた床が、まるで灰に刺すように沈んでいく。今も焼け照り付ける炎が空気を貪っていく。生が感じられない、正に切嗣が嫌悪してきた戦場(じごく)がココにあった。

 

「っ、生きている人間は――」

 

 何よりも現状が結果を物語っているこの場で、望みが限りなくゼロである事など彼とて承知だ。だが切嗣という男はそれを探さずにはいられない。

 この惨劇は間違いなく切嗣達、マスターが引き起こした聖杯戦争によるものだ。より多くの命を救う為、絶望的な願いを叶える為に聖杯という願望器に縋った。その結果がこれだとしたら、この大量の死を内包する混沌が回答であるのだとしたら、釣り合いが取れる取れない所の話ではない。そもそも天秤自体が崩壊している。

 だからこそ、認めてなるものかと視界を巡らせた彼は、奇妙にも一区画だけ、綺麗に地面と構造物を保っていた場所を目にしてしまった。その中心に倒れているのが誰であるのかも。

 

「――っ!?」

 

 何故彼女がこの場にいるのか、なぜそこだけ蹂躙の爪痕が無いのか。心当たりはあるし道筋もたてられる。が、そんなこと知った事ではないと、彼は視線の先へとひた走る。

 一歩一歩が覚束ない、それは走るというより競歩のそれだ。必死で走っている筈の、本来ならばたいしたことが無い距離。だがこの時彼の身体は文字通り死に体に近い。無理な魔術の連続による心身の酷使、累積した疲労に加えて襲った極光。外傷こそ少ないが中身はボロボロだ。そんな彼が向かう先、そこには、彼が必死に探していた彼の妻、アイリスフィールが祭壇に安置されるかのように眠っていた。

 

 遠目では外傷は確認できない。そもそも生きているかさえ――いや、焦燥にかられ、動揺する彼の中で、冷静な部分が分析する。右手に宿った令呪がサーヴァントとの繋がりを示している今、聖杯降誕の為の“器”である彼女はまだ機能しているという事を。

 それがアイリスフィール・フォン・アインツベルン(アインツベルンのホムンクルス)である彼女に与えられた役目。本来無機物であった“器”に人格を組み込み、自立防衛をさせるという“生きた杯”。聖杯を降誕させる為に敗れたサーヴァントの魂を魔力として送る役割を担う彼女に、サーヴァントの生死が判断できるというのはそういう事。同時に、それだけの魂を通す為に、回数をこなす度に彼女は人としての機能を失っていく。先の戦いでアサシンの消滅から倒れた絡繰りがそれだ。今ここにいる彼女は限りなく聖杯“無機物”に近い、アイリスフィールの抜け殻だ。

 

 だが、それがどうしたと自分の中で論を垂れるソレを殴り飛ばし、あと一歩でその横たえられた壇上に手を掛けようとして―――その横を何かが地面を削りながら飛んできた。

 

 いったい何がと条件反射で舞う埃を袖で遮る。不思議と埃が散る速度が速く、視界は瞬く間にはれていったが、そこに倒れていたモノを目にし、切嗣はそんな疑問を持つ事も出来なかった。

 

「セイバーっ」

 

「キリ、つぐっ、早くここから――」

 

 なんだというのか。必死に手を差し出しながら訴えてくる彼女の姿は悲惨の一言だ。

 精練された剣のように鋭く、澄んだ空気を纏っていた戦場の騎士はその装甲を砕かれ、艶やかに輝いていた金の髪は血色で斑に染められてしまっている。裂傷などというにはあまりに痛ましい傷は、まるでナニかに焼かれた様に爛れていた。

 

 いったい何がと、先程から同じ言葉が頭の中を駆け巡るがそれほどに場は変化の連続であり、まるで停滞を許さないように彼を思考の急流へと呑込む。

 

 そして、その流れの奔流。混沌の源泉たる魔王が深淵より顔を出す。

 

「すまない。慣れぬ身体では加減というものが――ほう。今生で得た卿の主がコレか」

 

 金色の瞳。

 黄金の髪を風になびかせ、金刃の刃を持つ槍を携えていた男が切嗣へと目を向けた。

 

「なんだ、あれは」

 

 そして、正規のマスターである切嗣は気付いてしまう。令呪を持たぬもの、この場で言えばアイリスフィールには“見えない”だろう真実。

 

 その男は“聖槍の担い手”(ランサー)であり、“死を振り撒く者”(アーチャー)。

 “爪牙を率いる黄金の獅子”(ライダー)である彼はその内に“破壊の慕情”(バーサーカー)を抱く者。

 盟友たる水銀の蛇が編み出した“永劫破壊”(キャスター)の魔技を手繰る破壊公。

 円卓の首領は“髑骸の処刑人”(アサシン)として災禍を蔓延させる戦争の権化。

 

 その素性の詳細が判別できたわけではない。だが、その存在の内に渦巻く魂の異常性は一目見るだけで十分すぎる。

 

 七つの器の内、六つの入れ物を圧迫する魂。

 万軍を凌駕する個。

 彼の前ではそもそも兵法など成り立つはずもない。並び立てる者のいない狂気のカリスマを持つ黄金の獣。

 

 “二重召喚”という英霊の能力に非常に稀有な能力があるが、彼等は素質を持ち体現できるとしても、此処まで多くの資質を持ち、同時に体現できる英霊など存在しない。聖杯降誕には七騎の英霊が揃うことが大前提。過不足が起こりえる筈がないのだ。逆を言えば、聖杯が用意した六つのクラスという入れ物を並列し、ようやく顕現できるのがこの男の存在は以上も甚だしい。最良であれ最凶であれ、この獣を前にすればいかな栄光も霞んでしまう。

 故に七騎のサーヴァントを要する聖杯戦争に、これは召喚する事が出来ない。

 

「っ、あまり直視するのは避けてください」

 

「セイ、バー?」

 

 呆ける彼の目の前に、彼女の“聖剣”が割り込んでくる。視界を途切れさせられた事により、意識が飲まれかけていた切嗣が帰還を果たす。魔術師である切嗣に対して一目だけで引きずり込み染め上げる存在。魂その物が“魅了”、“魔性”を宿している様なものだ。これがもし一般人であったらな、例え命を差し出せと言われても頭を垂れていただろう。

 

「本人も十分化物ですが、槍を見続けてたら精神がいくらあっても足りませんよ」

 

 彼女が口にする男の正体、聖杯の中身と自分たちの望みが最初から崩れていた事。いや、参加した魔術師達の殆どの望みがかなう事がないという悪夢。

 つまり、聖杯が約束する“力”。“万能の願望器”の中身とは“破壊”をもって願いに報ずるということ。水銀によって改変された“聖杯降誕の儀”。曰く、“黄金練成”。即ちこの第四次聖杯戦争は“破壊の化身”であるこの男を顕現する為の儀式に組みかえられていた。

 

「話はそろそろ終わったかね」

 

「――っ」

 

 よって、聖杯戦争の勝者に与えられる栄光とは、破滅の光。ラインハルトが掲げる“メメントモリ”そして“破壊の慕情”。

 聖杯がもたらす救いなど初めからどこにもない。

 

「あまり余所見をされると私としても気が立つ。ここまで耐えた善戦は讃えよう。が、そろそろ身体も温まってきた頃だろう。卿の主の目もある、一つ気概を示せ」

 

 狂おしいまでに身を焦がす恋慕を明かすように自身を見ろと相対するラインハルト。だがその思いは病的に狂っている。黄金の槍を構える動作はセイバー達のように武術に練達したそれではない。だが、所作の端々に滲む禍々しさが、この廃坑した現状を作り出した本人が誰であるのかを明示していた。

 

「魂を震わせ、命を燃焼しろ。壁が立ちはだかるなどつまらぬ線引きなど捨ておけばいい。走り続けなければ見えないものがある――その先に、己の断崖(げんかい)を飛翔して魅せてくれ」

 

 ゆらりと逆手に握られた槍が振り被られる。どこから見ても投擲の構え、有触れた攻撃動作である筈のそれ。だがその担い手を思えば単なる一撃ですむ筈もなく――切嗣が反応の遅れった身体へと無理矢理魔力を闘争とする前に、彼女がその眼前へと飛び込むように割り込んできた。

 

「下がってくださいっ!!!」

 

 彼女の口ぶりから、目の前の悪魔のような男の実力は重々承知しているのだろう。

 剣が発し纏うのは極大の雷。これまで切嗣が目にしてきた中で、満身創痍に見えるその負傷を感じさせない程に加減など入り込む余地のない全霊の一撃だ。

 

 ロンギヌスランゼ

『Longinuslanze―――』

 

 だが相対している彼女の顔から窺えるのは滲む僅かな恐れ。必至に抑え込もうとする表情に、余裕などはない。

 

「お願い――力を貸してっ」

 

 何に対して祈るのか。剣に対してか、己の信念か、それとも別の何かに――だが彼女の前にいる男がそのような些事に気を取られるはずもなく、断頭台の刃は振落される。

 

 テスタメント

『 Testament 』

 

 常時光を纏っていた金色の槍が放たれる。

 その光景は未遠川でアーチャーが放った必殺の一撃に酷似している。が、器として“(ラインハルト)”を被っていたのなら当然であり、この場合はむしろアーチャーのそれが模倣品に過ぎない。よって、真の担い手である彼が“聖槍”を握り投擲したのなら、それは形が同じであろうと既に別次元の技である。

 

「っ、ぁああああああ!!!!!!!」

 

 激突する光と光。破壊と浄化を担う閃光は互いに消し合い拮抗して見せた。が、“聖槍”が持つ一撃の力は桁が違う。保てた均衡も僅か一瞬に満たない。が、それで十分だと、彼女は怯むどころかさらに突き進むようにして剣に力を込める。

 そして、

 

「見事――」

 

 押し負けたのはセイバー。だが放たれた“聖槍”は僅かにその軌道を逸らされ、彼女が前へ無理矢理押し進んだだけ、槍は彼方へと破壊の爪痕を刻んでいた。

 

「よくぞ我が一撃に耐えてくれた。やはり、相対するというのはこうでなくてはならない。だが、まだ足りぬ。魂が飢える、目指す頂には程遠い」

 

 今の一撃はラインハルトにとって、現状出せる全力であり、底の見えない全霊には遙かに程遠い一撃。しかしだからこそ、“全力”で放った一撃を耐える敵と対峙するこの機会に、彼は胸を躍らせる。

 反面、彼はその“全力”の行使による弊害を全く考慮していないとも言えた。最たるものがそう、彼女の背後、マスターである切嗣のさらに後方、壇上に眠る“聖杯(アイリスフィール)”だ。

 

「……もし私が避けたらどうするつもりだったんですかっ」

 

 ラインハルトが六騎のクラスを纏うという出鱈目な現状。七騎の英霊と一器の杯を捧げる“聖杯降誕”と、八つの陣を必要とする“黄金練成”。つまりはそう、儀式そのものが類似しているという事は、ラインハルトの現界には聖杯の存在が不可欠という事になる。未完成の聖杯により無理に像を結んでいるのだから、制約があるのは当然だ。

 

「その時はその時だ。器の脆弱が過ぎたか、私が卿の信念を見誤っていたのか。どちらにせよ、結果が全てを物語っている。ありもしない過程など論ずるに足らん」

 

 そして未完成である状態で“器”が消失したのならどうなるか、答えはそのまま中身(ラインハルト)の霧散、消滅を意味する。望みに到達しない断線にそれもまたよしとする彼の感性は常人の理解を甚しく飛び越えるが、自己の消滅すら頓着しないのは異常を通り越して病的ですらあった。

 

「アイリのあの状態。聖杯が完成したら、こんな化物が解き放たれるっていうのかっ」

 

「いえ、恐ろしい話ですがあれで全力の半分もありませんよあの人は。だから、器から生れ落ちる前に、倒すしかありません。現状、これが彼を倒す唯一の機会です」

 

 現状で手に余るのだから、器を完成させるわけにはいかない。つまりはセイバー、ベアトリスが敗北した時点でこの戦いの終結と同時に、世界が終わる。その“流出”に器が耐え切れないとしても、その僅かな間で少なくともこの街程度なら易々と呑込むだろう。

 

「どうすればいい?」

 

 当然、切嗣にそんな選択肢は選びえない。

 器をここまで育ててしまった責任として、彼は命に代えてもこの馬鹿げた筋書きを壊すつもりだ。

 

 そうしてセイバーが答える手段は二つ。

 

 一つは全力を、それこそ彼が言うとおり魂を賭して“獣”を足止めし、野に解き放たれるのを遅らせる事。

 現状で器が悲鳴を上げているのは間違いないのだ。未完成である今、アレは獣という異物を受け止めるだけの許容を持たない。時が過ぎればいずれ自壊するのは明白なのだから。

 

 そして二つ目、一つ目の手段に比べて建設的ではあるが、セイバーは苦渋の選択を告げる。

 

「そもそも出のてくる出口を塞いでしまうかの二択です」

 

 “器”が彼という魂を現世に下ろす産道なのだとしたら、その口を塞ぐ、或いは破壊すれば先の通りにラインハルトは受肉しかけている肉体を保てない。コレの一番のメリットは怪物である本人と相対しなくても勝機を得られる点だ。難易度は確実に違ってくる。

 だがそれを選ぶという事はつまり、

 

「いや、まて、それを壊すという事は」

 

「……ハイ。“黄金練成”の要、五色が一角、翠を司る“アイリスフィール(ゾーネンキント)”を破壊します」

 

 彼に、自身の妻を“切らせる”という選択を強いる事に他ならない。

 

 他に手があるのならこんな選択等告げはしない。この手段が効率的解っていながらラインハルトの一投を防いだのは彼に現実を告げる為だ。

 知らず失うのとそうでないのとでは大きく違う。

 最終手段として、ベアトリスは主の了解が無くてもアイリスフィールを切る覚悟がある。被害を天秤にかけた故だ。非難は甘んじて受けよう。これまでそりが合わなかった仲ではあったが、それでも彼自身に最愛の人間を切り捨てさせる選択を選ばせるよりはましである。

 

 そうして、押し黙った切嗣を彼女が退くよう促そうとした時だ。

 

「ふむ、そろそろ頃合いか」

 

 魔の胎動と共に、獣の名を冠する悪魔が己が牙を研ぎ澄ませた。

 

 

『その男は墓に住み あらゆる者も あらゆる鎖も あらゆる総てを持ってしても繋ぎ止めることが出来ない』

 

 

「――ッ」

 

 つまりは“永劫破壊(エイヴィヒカイト)”の第三位階の開放。ベアトリスで言うなら“雷速剣舞・戦姫変生”だ。キャスター、ランサー、バーサーカーがこれまで見せてきたように、一段階上の力を開放する事は即ち力の桁が跳ね上がることを意味する。

 

 

『彼は縛鎖を千切り 枷を壊し 狂い泣き叫ぶ墓の主 この世のありとあらゆるモノ総て 彼を抑える力を持たない』

 

 

 猶予など既にない。いや、この男が世に像を結んだ段階で、その決定は不可避だったのだ。傍らを見た彼はまだ意を告げられずにいる。だがここに至ってその答えを、現実を咀嚼させてあげるだけの間は消し飛んでいる。 

 

 

『ゆえ 神は問われた 貴様は何者か』

 

 

「切嗣、心中は察しますがここは――」

 

 

『愚問なり 無知蒙昧 知らぬならば答えよう』

 

 

 その彼女の手を、離脱を促す為に差し出された手を払う。

 

「―――わかった。僕たちの手で、“聖杯”を破壊しよう」

 

 彼はその決断を下してしまう。

 “衛宮 切嗣”という男はそうした生き物だから、例え何よりも代えがたいと思っている人であっても、彼が掲げる呪いともいえる天秤は平等であろうとする。

 

 

『――我が名はレギオン』

 

 

 一つの命で大勢を救えるならと、彼は自身の剣でる彼女に、自らの意思でもって決意の引き金を打ち落とす。

 

 

 ブリアー

『Briah――』

 

 

「セイバー、令呪をもって命ずる――」

 

 

  至 高 天  ・  黄 金 冠 す 第 五 宇 宙

『Gladsheimr―Gullinkambi fünfte Weltall』

 

 

 彼を中心に、世界が塗り替えられていく。

 獣が望む全霊に耐えうる墓場、彼の世界たる(グラズヘイム)が現実を侵食しだす。

 

『聖杯を、破壊しろっ』

 

 それでいいのかと問う事は彼女にはできなかった。血がにじむほど握りしめられた手を掲げ、ラインハルトと死力を振り絞り対峙する彼の決意に水を差すなど、無粋にも程があると理解できたから。

 令呪の駆動に従い、彼女の身体は瞬く間に壇上の“聖杯”の元へと駆け上がる。

 

「そう来るか。悪くはない選択ではある。が、間に合えばの話だ」

 

 侵食する“城”の速度は瞬く間に彼女達の足元まで迫り、追い越していく。儀式が追えていない内の開放であるから、予想に反して遅い。切嗣達にとっては覆わぬ誤算に救われた形だが、それは刹那の間の話し、一秒毎、その更なる狭間で刻一刻と変化するのが戦場である。

 故に、この男がただそれを眺めている訳がない。

 

『蹂躙し持成せ――SS第10“装甲師団(フルンツベルク)”』

 

 戦車が地面より生じる。機動大隊が這い出る。歩兵が銃を持ち、迫撃砲を構え、彼等は指令であるラインハルトの指揮の元、迅速に配置につく。

 それらは全て“城”より流れ出した髑髏が形作ったモノ。兵も物も、戦車やバイク、高角砲に弾に至るすべてが、ラインハルトが率いる“戦奴(エインフェリア)”。髑髏の兵団が令呪によって“聖剣”を抜き放とうとしたベアトリスの前に壁を作り上げる。のみならず、それらは残らず砲を向ける。

 

「抑えろよルーデル。戦にも作法というものがある」

 

 そして、さらに溢れ出ようとする大群を抑え、彼は呼び出した兵だけで相対する。尽きぬ倒れぬ死なずの兵団。城と同じく彼等が作り上げる戦場は、ラインハルトの望む“全力の境地”を遂げる為の戦場を作り上げる。この中で倒れた魂でさえ、それは彼の戦奴として組み込まれる、これは地獄の体現ともいえる世界だ。

 

「構わずすすめ、セイバーッ!」

 

 骸のスクラム。同じようなものをライダーが行使していたが、そうして呼び出された者のステータスは、呼び出した者の能力に依存する。ならば、彼が呼び出した壁は頑強さにおいて比べるべくもない。

 果たして己に超えられるのか、そう小さな不安が脳裏を掠めた時だ。

 戦場に、彼等とは異なる4つ目の声が響いた。

 

『令呪をもって命ずる、“アーチャー”宝具の開放を押し止めろっ』

 

 祭壇の向こう、瓦礫に成り果てた壁に手を付いて令呪の宿った手を差し向けるのは、先程まで激闘を繰り広げていた遠坂 時臣だ。

 

「なるほど、卿の存在を見落としていた。確かに、今この体の根幹はアノ男(アーチャー)のモノであったか」

 

 如何にラインハルトが六つという規格を無視したクラスを身に纏おうと、降誕の際に核となったのはアーチャーだ。そして、限界の為に必要な聖杯とのパス。完全に受肉していない状態では不可欠なものである。

 

「だが――」

 

 “城”が溢れだした時点で彼の渇望は誰にも留められない。城が完成した段階で、この理から逃れられる者など誰ひとりとしていないのだから。

 好敵手と認めたセイバーに夢中になるあまり魔力の供給から目が逸れていた彼であったが、こうして目の前にしたのなら見誤ることはない。遠慮なく、暴虐に、彼は貪欲なまでに“魔力”を喰らう。

 

「グ、ぁ、ォオオオオ――」

 

「その体で、いつまで抑え込めるのか、私としては見物だな」

 

 その様は供給というより、もはや搾取だった。

 あまりに受け皿となる(ラインハルト)が大きい為に、蛇口である時臣がなまじ優秀である為に、過剰な魔力を時臣を通して聖杯から奪い取る。聖杯が魔術師に供給する魔力は一定量を一定の割合に行うものだ。これほどの過剰要求を通していたのなら、時臣という魔術師は供給が追い付く間もなく枯れ果てる。

 

 だがしかし、それ故にこれは彼等に与えられた、彼が体を張って与えてくれた最後の好機だった。

 

『最後の令呪をもって命ずる、セイバー、聖杯を、破壊しろ!!』

 

 聖杯から解き放たれる雷はもはやの洪水とも言うべき規模だ。

 統率が乱れ、強度を一時的に失った戦奴達は雷の波に攫われ焼かれ、欠片も残らず蒸発する。

 通った。

 そう確信する程に、彼女にも、彼にも会心の一撃だった。

 

「ぁ、ああ、あああああああ!!!!」

 

 故、障害足りえるモノはここに排除され、“浄化の雷”は立ちはだかる全てを呑込み、この戦いの根源である“聖杯”、アイリスフィールを呑込んでいった。

 

 

 






 ようやく、終わりを迎えます(次回だよ!
 これで終わり? と思った方、どうか最後(いろいろな意味で)までお待ちいただけると助かります。
 獣殿ハッチャケさせられたので個人的には満足はしています。が、多分てか、原作の半分も再現できてない気がす(ry
 え、えっと、まずは次回のピリオドをお待ちくださいな(震え


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「絶望ノ淵ヨリ」

 


 

 

 

 地上から空へと、金色の刃が奔っていった。

 その様は苛烈で、荘厳であり、同時に訃報を告げる狼煙のように見る者の胸を打つ。

 

 彼はその光をただ眺めていた。

 

 彼女が光に吞まれ、別れも言えぬまま、涙も苦言も言わぬまま光に消えた彼女をただ眺めていた。

 

 頬を何かが伝う。

 周囲が光に包まれ、熱気をはなっている為か、頬に伝うソレがいやに冷たかった。

 

 彼女との出会いは初めから好印象という訳ではなかった。寧ろ、己の望みをかけて聖杯戦争に臨むにあたって、半端な“意思の宿った人形”など邪魔なだけだとすら思っていた。

 言葉を聞き、思考ができたとしてもそれは子供とさして変わらない。いや、直感が素直に行動へつながる彼等の方がましだとさえ思った。実際、自己防衛の為に人型を取ったと言われたソレは、切嗣がまさに赤子の手を捻るかの如く拘束できた。

 

 それがいつからだろう。

 疎いながらも意識の片隅に置くようになったのは。

 

 初めは知識欲が貪欲だという印象だった。

 城にある書物を日がな読みふけり、人の倍を優に超える速さで吸収する。それこそ“人造生命”の強みなのかもしれないが、肝心の防衛に関しては相も変わらずお粗末。

 

 そんな日々が続いたある時の話。

 切嗣がそんな事では生き残れないとたびたび口にしていたからか、自身の有用性を証明する為だったのか、単に創造主たる主の命令に従っただけなのか。

 その日、彼女は初めて城の外に置き去りにされ、生還を義務づけられた。

 身を守る術すら碌にできず、もうじき冬に入るとはいえ、外には獣もいる。自衛もできない、外見のままただの女である彼女になすすべなど何もない。

 だから、彼は城を飛び出し、彼女がいるだろう場所へ急いだ。城主の戯れであるなら気にも留めなかっただろうが、彼の胸にはこの数日で彼女が切嗣に訴えていた言葉が刺さっていた。もし今回彼女がその命令を承諾した要因した一つに自身の言葉があるのなら、夢見の悪いにも程があるだろうと。

 

 そして、彼女は生きていた。

 辛うじて、シルクのドレスを己の血で染めていたが、息はあったのだ。

 

 それからだ。切嗣とアイリスフィールというホムンクルスとの距離が近づいていったのは。

 

 時に彼女の質問に答え、時には外の物を持ち寄ったり、彼が経験してきた中から話して聞かせもした。

 

 これまでの人生で、彼が父を殺し、恩人を殺した忌むべき時から幾何か、人との触れ合いを極端に避けていた彼が、彼女との触れ合いに小さな安らぎを感じなかったと言えば、嘘になる。次第に人間と同じように笑い、怒り、涙を流す彼女を、いつしか彼は人形などと見る事が出来なくなっていた。

 

 思えば、この時すでに彼の天秤に罅が入ってしまったのだろう。

 

 多くの人を救うために最小限の犠牲を量る天秤。

 そうで在れと己に科してきたその念は、つまる所、どんな存在でも平等にみるという事だ。

 言葉にすれば簡単だが、例えばそれが親友だったら、両親だったら、兄弟であったら、恋人だったらどうだろうか。人は相対する関係で比重が違うのが当然だ。だが彼はどんな相手であろうと、重さは同じとしてきた。それは機械のように、幼い頃初めて父を撃った時と同じように、誰であろうと切り捨てるという事。

 故に、彼はその時得てはいけない絆を持ってしまった。後にそれが楔となって足を引くと知っていて、愛娘を腕に抱いた彼は既に引けない所まできていた。

 

 

 ある時彼は娘に約束をした。

 

 “必ず■■■の事を迎えに行く。だからいい子で待っていてくれ”

 

 それが幼い彼女にとってどれだけ残酷な事なのか。

 聖杯を降誕させるために冬木へ赴くという事は、勝敗にかかわらず彼は彼女の母であるアイリスフィールを死地へと仕向けるという事になる。器として役目を全うしたアイリスフィールの定めとはいえ、仮に切嗣が最後のマスターとなった場合、彼は妻を殺めた手で娘を迎えるという事になる。

 その時自身は笑ってただいまといえるのかと、たった一言のそれが逃げ出したくなる程に怖かった。

 

 だが、自身はそれ以上に、最低な選択を選んでしまった。

 

「――っ」

 

 口にでそうになった彼女の名前を呑込む。

 己の手で、彼女が望んでいた役目を果たせるでもなく、一方的に奪ってしまった自分が心底醜く思えたから。そんな資格があるとも思えなかった。

 

 そうして、彼が膝をつきうつむいていた頭上から―――

 

「見事。卿の信念もさることながら、アレの散る姿の何と美しい事か……中々に心躍る余興であった」

 

 悪魔の囁きにも聞こえた、とある男の声が降ってきた。

 

「ライン、ハルト、何故っ」

 

 黄金の眼光が、膝をついている切嗣を射ぬいていた。

 だがその威容など問題ではない。仮にもクラスを纏い、聖杯を通じて現界していた彼が聖杯を破壊された後、何故象を保っているのか。

 

「何を驚く。とりたて不思議な事でもあるまい。器が破壊されようと、この地には大本たる杯が存在する。始まりは謳いながら、卿の主はそんなことも教えていなかったのか。加えて、英霊ともされる魂が、まさか完全に聖杯に依存している訳もあるまい。私も、そこまで脆弱をうたった覚えはない」

 

 つまりは、彼の選択した最低の手段でさえ、無為であったというかのように、彼はその手に聖槍を携えて立っていた。

 

「余興だとっ、コレを見て、この状況を作り上げてこの地獄すら些事と捨てるつもりか!」

 

「然り、地獄というのには、ここは些か生ぬるい。当たり前の日常、目を覚ませば日が昇るのが当然な朝。約束された明日、変化の無い停滞こそ、私はもっとも嫌悪するよ」

 

 その聖槍の担い、冬木の一角を焦土とした一戦。彼が力の一端でみせたこの惨劇すら、彼は“停滞”であるという。彼の言う“当たり前の日常”。存在そのものが戦争であろう様なこの男にとって、人が目を覆いたくなるような光景であろうと、彼の望むその時には程遠い。

 故に彼は求める。

 全力の境地を、己が会いたいし、壊れぬモノを見つけるその日まで――

 

「故に―――」

 

「だから壊すと」

 

 然りと返して見せた黄金の獣は、切嗣に向けていた視線を切り、一歩一歩、ゆっくりとアイリスフィールがいた舞台に歩んでいく。目まぐるしく変化する戦況、愛する彼女を失ったという消失、まだ終わってなどいなかったという絶望が彼の身体を動く事を許さなかった。

 やがて、微塵も残らず塵へと帰った舞台があった場所へ歩みを止めたラインハルトがその外套を翻し、再度切嗣へと振り返った。

 

「些か幕切れは拍子抜けさせられたが、その選択は英断だ。称賛に値する。おかげで、私もあと僅かも姿を保てないだろう。だが、最後によいモノを見れた。不満が無いと言えば嘘になるが――ああ、そうだなカールよ。卿の言うとおり、遊びが過ぎるのは確かに私の悪癖であるようだ」

 

「……何を言っている」

 

「わからぬか? そう難しい事ではない。卿が選択した一刀。愛しきモノを屠る、愛しているからこそその刃を振り下ろす時は己の手でと……刃となったのはヴァルキュリアであったが、なに、恥じる事はない。器が小さいとはいえ、アレも半場“聖遺物化”したもの、人の手で破壊しようとすれば手に余るのは道理だ」

 

 彼が何を言っているのか、切嗣には理解できなかった。

 それこそ外人の、知らない言語を初めて耳にしたように脳が単語を拾わない。それが直感で酷く不快なものだと感じたから、彼は努めて感情を殺していた。

 

「多くの人を、例え犠牲をはらっても掬い上げる天秤であろうと――ああ、実に美々しい。久方に胸を打たれる思いだ。その卿の信念、確かに見届けさせてもらった」

 

 心臓を鷲掴みされたかの様に不快感が全身を襲う。知らず背に汗が流れ、力なくついていた膝が震えながら必死に立とうとしていた。

 

「故、卿の願いを聞き届けよう。我が愛を謳うに足ると認め、此処に私が示す」

 

 だが、そうであったとしても、切嗣は理解していた。

 たぶん、恐らくこの時、或いは彼と対峙する前から全てが、何もかも遅かったのだと。

 

 

『おお、至福もたらす奇跡の御業よ。汝の傷を塞いだ槍から、聖なる血が流れ出す』

 

 

 彼が握る聖槍が、これまで見せた輝きをより一層強く瞬かせた。

 

「祝えよ、今こそ汝の悲願が成就する時だ」

 

 金神(ノロイ)の槍が狙いを定める。

 既にこの場で“正しく”生きているのは衛宮 切嗣のみ。

 目の前に判定を下す魔王は“狂い猛る墓の主”。

 故に、彼が担う聖槍が約束するのは死の安息ではなく―――

 

「その手で、全ての人間を一人余さず壊す(すくう)がいい」

 

 終わる事なき戦場の奴隷。ラインハルトに見初められ、聖痕として刃を刻まれた者が辿る末路。

 人からかけ離れ、条理より弾かれた化外へと墜ちていく。

 その絶望の宣告を理解し、この日、この瞬間、“衛宮 切嗣”という“魔術殺し”はその生を奪われた。

 

 

 

 

 

 男が二人、洋館の庭で話をしていた。

 賑やかという訳でも、険呑な言い合いをしているという訳でもない。だが、両者に共通した言葉に宿る真剣さが、事が重大であると雰囲気を作り出していた。それは離れていた場所で母親と戯れている娘子が無意識に距離を置くほどに。

 

「そうか、もう行ってしまうのか。娘も君に懐いている。魔道に関してはこの通りだからね、君に見てもらえると私としても嬉しいが」

 

 車椅子に身を預けている男が、傍らに立ち、寄れたコートを着た男に話しかけていた。

 どうやら、二人の間で交わされていた会話は別れの言葉だったらしい。

 別段別れを惜しむというような風ではなかったが、会話の端々に宿る柔らかさが、両者の間柄の親密さを物語っていた。

 

「……恐らく、遠くない内に“第五次”の悪夢が幕を開ける。その前に、僕は果たせなかった約束を今度こそ果たす。イリヤには怒られるだろうけど、せめて父親としてできるけじめをつけておきたいんだ」

 

 コートの男、切嗣はあの日と変わらない居出立ちでいた。変わったと言えば、今は煙草を止めた事くらいで、微かに硝煙を滲ませたコートに、恐らくその懐に備えた礼装も含め、彼は数年ぶりに“魔術師殺し”として赴く為に、この場に訪れている。

 

「娘の為にか、そういわれたら、私も強くは出れないな。力になれないのが申し訳ないが」

 

「それはお互い様だ。僕もあれから随分助けられた。あの時君がかくまってくれなかったら、僕は今頃封印指定されているか、いい実験材料だったさ」

 

 あの日、“第四次聖杯戦争”が終焉を迎えた日。冬木の街に、大きな爪痕が残された。

 テロやガス爆発による事故などと諸説流れ、それなりに世間をにぎわせていたが、流石に数年も経てば騒がしさもなりを潜める。今でこそあの更地は公園として再利用されている。駅からの立地や面積からそれなりに好条件を持っているが、原因不明の“大災害”を起こした場所を好んで利用する者など誰もいない。公園が立った場所の中心に立てられた慰霊碑と共に、アレは変わらず残り続けるだろう。

 “傷痕”を刻まれたというのはそういう事で、恐らく大本が消滅するまで元へ戻れない。そんな場所に変えられてしまった。

 

 今でも切嗣と、立つ事が出来なくなった時臣も、あの時の恐怖と絶望を忘れた事はない。

 ことが、四度目の聖杯戦争が終わったと結論を出してから、互いに諍う事無く聖杯を破壊しようと意見が一致した二人は今日まで幾度となくそれを試みてきた。結果は、現状、切嗣が彼のアインツベルン城があるドイツへと旅立とうとしている事からも窺えるように、いまだアレは健在だった。

 

 そして、今は亡きアイリスフィールとの娘、イリヤスフィールとの約束を果たす為、切嗣は単身冬木を離れた事は、これまで片手ではきかない程試みている。だがその度に、目に見えない何かが邪魔をしてくる。旅客機が不調を起こす事など移動中にトラブルが起きるのはざらで、酷い時はテロ騒ぎに巻き込まれた事もある。ようやく城がある森付近にたどり着いた時でさえ、如何に歩こうと、何重に施された結界を一つ一つ破壊しても結果は無情。彼は愛娘をその腕に抱くどころか、一目見る事さえ叶わない。

 その話は一度時臣に相談した事もある。彼曰くアインツベルンの魔術は強力だが、今の切嗣の“現状”を知る彼の意見では、外的要因がある筈だという。それがなんであるのか、時臣には心当たりがあるようだったが、彼はついぞ口を割る事はなかった。

 

「息子を頼む。少々根が曲がって育ったけど、芯のある人間にはなってくれたと思ってる」

 

「他ならぬ君の頼みだ、留守の事は心配しないでくれ。私の方でも、大師父に当れるか、歴代の当主が残してきた記録からもう一度この戦争について調べてみるつもりだ。何か解ったら連絡する」

 

 何度目の旅になるのか。

 あの“大災害”の折、切嗣は一人の少年に知り合った。

 周りが灰に散り、炎に焼かれた中で、奇跡的に一人だけ生存者がいたらしい。当然、幼い子供の両親はこの世になく、また親類の名乗りがなかった事からしばらく病院にいる事になっていた。世間にでれば報道の目が群がり、社会的に庇護が無かった彼が、病院を出れる事はなかった。

 事件から傷を癒し、事後処理に奔走していた彼等であったが、それを聞いた二人はすぐさま面会に赴いた。そしてその日、切嗣が子を養子にすると言い出したのだ。

 

 当時、隣にいた時臣に切嗣が何を思ったのかは知れなかったが、幼くして心に深い傷を負い、死んだような目で二人に誰なのかと問うた少年に、彼いても経ってもいられなかったのではないかと、時臣はそう思っている。

 

 そうして、少年も、時臣の娘も今では大きくなった。

 片方は魔道を知りながら深い関心は持たず。

 片方は真実の一端を知りながら、進んで魔道を志した。

 親からしてみれば家督を志してくれることは喜ばしい事ではあるが、二人の脳裏にはそれぞれ混沌の象徴たる二つの影がちらついてしまう。

 恐らく、きっと、切嗣の言うとおり、アレ等は再び冬木の地へと現れるだろう。今度こそ、世を修羅の道に染める為に。

 余興であり前座で、彼等は児戯と称して戯れに蹂躙する。その時は、あの日の比ではない被害が出るだろうと確信しているが為に、二人は今日まで模索していた。

 その成果が実を結ぶ事が限りなくゼロに近くても、あの時生残ってしまった者として、二人は背を向けて逃げる事だけはしなかった。

 

「衛宮」

 

 そうして、いよいよ旅立つとコートのポケットに手を入れて立ち去ろうとする切嗣に、時臣は声をかける。

 

「もし、止められないまま、遠坂の血脈に“令呪”が宿ってしまったら」

 

 仮定の話。切嗣が養子にした子は純粋な魔術師ではないのだから問題はないが、遠坂の娘が別問題だ。それも恐らくは確定している話で、断定できないのは不確かな希望に縋っているという事なのかもしれない。だが、その件の戦場に身を投じるのは自分の代である可能性が何処にあるというのか。息子娘の代であるかもしれない。孫の、曾孫の代であったり、その時自分たちは生きているのかも分からない。

 でも、だからこそ。

 

「ああ、その時は、今度こそ聖杯を破壊しよう」

 

 二人は変わらず、その命が潰えるまで、奔走する。

 耳に残る悪夢の象徴である二柱の笑い声が耳元で嘲笑う中、彼等はこの壊れた儀式を終わらせるため、背を向けたまま別れを告げた。

 

 あの“大災害”から、今年で冬木は三回目のクリスマスを迎えようとしている。

 冬木のとある地で、聖杯が静かに、だが確かに胎動を始めていた。

 

 

 






 という訳で、獣殿が最後まで掻き回してくれたENDを書いてみましたtontonでーすよ。

 長らくお世話になりました。“黒円卓の聖杯戦争”、本話で完結(仮)とさせていただきます。
 仮というのも実はの話、エンドをいくつか考えた中で選んだバットエンド。その途中で続編の構想を考え付いてしまったというのがあります。内容の断片的なのは活動報告や某所で呟いておりましたが、このEND後の“第五次聖杯戦争”というものです。同じ小説として書けばいいとも思ったのですが、内容的に“黒円卓”のタイトルと矛盾が生じてしまうので別の作品と区切って書いていこうと思います。取りあえずはプロローグを書いている途中ですが、経過についてはまた活動報告で上げようと思います。夏にむけてだんだん暇が減っていくので(震え
 それでは、あとがきがまた長くなりそうなので今回はこの辺で、そのうち番外編的なのも書くかもしれないですね。その時はよろしくお願いします。

 それでは、今まで本作にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
 興味を持っていただけたら、また次作でお目にかかれたら嬉しいです。



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サーヴァントステータス(設定)
セイバー・ランサー・アーチャー


 勢いで書き始めましたが、割りとガチっぽく考えました。



サーヴァント 設定

一回目:セイバー・ランサー・アーチャー

 

・本設定は型月で登場するサーヴァントと比較するものではありません。あくまで本作品内で個々の強さを比較するものです。

・サーヴァント、diesのキャラについては作者が覚えている限り全てつぎ込んだつもりです。作中の表現をスキル化したものもあるので、何か抜けてる点等ありましたら遠慮なくご指摘ください。

・既存のスキルは型月より参考にさせていただきましたが、オリジナルスキルや考察を交えています。

・各キャラクターごとにスキル“魔名魔業( )”というものをもうけていますが、原作には言葉だけで名称がないものもいますので、今回は一部作者が自己解釈で命名しているものもありますのでご了承ください。

 

 

※“=”以降の名前はとある界の外でニートしている御方から頂いた“魔名”。いうなればキャラの性質、人生観、本質を表す記号でもある。

 

 

 

 

・クラス:セイバー

 真名 :ベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼン

    =ヴァルキュリア(戦乙女)

 性別 :女性

 属性 :秩序・善

 筋力 :C+  魔力 :B

 耐久 :D   幸運 :C

 敏捷 :A+  宝具 :B+

 

 クラス別スキル

・対魔力 C→A

 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。

 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

 宝具を発動する事で対魔力は上昇する。宝具非使用時でも聖剣の加護によって通常より高い対魔力を得ている。

 

・騎乗 B

 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 

 固有スキル

・心眼(真)B

 修行・鍛錬によって培った洞察力。

 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。

 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

 

・不屈 B

 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。

 召喚時の彼女の場合、本来はCランク相当。つまり常人より高い精神力を持つ程度であるが、自身が認めた主がいる事、主君を得たことにより精神性が向上した為のランク。ただし本人の精神性に大きく左右されるため、彼女の精神状態が貶められた場合、Cランク以下に低下する場合もある。

 

・破邪の聖剣 C→B

 聖剣による対物理の効果を発揮する能力。

 発現していない状態でも効力を発揮するが、無手の状態では弾丸を逸らす程度。一つ目の宝具、聖剣を発現させることで本来の抗力を取り戻し、魔力の通っていない物理攻撃ならほぼ完全に弾ける。

 

 ※作中ではこの能力により、セイバーは“水”や“空気”を弾く事によって一時的な足場とした移動を行っている。

 

・閃光の戦姫 -

 戦場で先陣を切り、自軍の矢面に立ち続けた生き様から得たスキル。

 常に誰よりも先に、味方を背に戦い続けたために、背後に“味方”がいる場合、誰かを守ろうという意思が働いた状況に限り、ステータスに補正がかかる。味方の総量ではなく、スキル保持者の本人が対象を守りたいという思いに左右されるため、ステータスの上昇値は一定ではない。

 

・魔名、魔業(Walküre―ヴァルキュリア―):EX

 名の通り、北欧神話のヴァルキュリアよりなぞらえて贈られた呪い。人が背負う呪いとしては最高ランクを誇り、いかに高等な魔術を用いようと、その呪いの“格”により解脱は困難である。実質解呪は不可能。

 ヴァルキュリアの役割とは、地上の英雄の魂を天界に運び、天上を守る戦士とすること。つまりは死者の魂を安息ではなく更なる戦場に送り出す戦乙女と捉えて名が送られている。その為、彼女が守りたい、助けたいと切に願えば願う程、彼女の意思に反して選んだ行動は対象を貶める結果になるという因果に基く呪い。

 召喚時は自身の魔名を喪失していた事からこの抗力は薄れていたが、物語が進むにつれて効力が元に戻り、上昇していった。

 

 

 

 宝具

・戦雷の聖剣(スルーズ・ワルキューレ)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :1~2

 最大捕捉:1人

 

 セイバーが持つ剣先から柄まで全てが白い聖剣。

 セイバーの身体能力自体が上昇するわけではないが、使用時“魔力放出(雷)”を得る他、聖剣本来の抗力で耐魔の力(対魔力に+)が上昇する。

 

 ・魔力放出(雷)

 ・対魔力を1ランク上昇

 

 

(捕捉)

 剣先から柄にいたる全てが白銀の聖剣。飾り気はなく、刀身に施された雷を模したと思われる一条の青い線以外に装飾はない。

 発現に名の通り。青白い雷光を纏って顕現する。能力は“雷の放電と操作”。彼女自身の魂(本作では魔力とする)を燃焼し、生み出した雷を斬撃に乗せる戦法を好んで使う。身体能力そのものが上がる訳ではないが、刀剣という間合いに縛られない戦いかたが可能。

 

 生前、彼女が敬愛する上司に送られるはずだったものを譲り受けたもの。もとは実際に振るわれるよりも儀礼用の意味合いが強かったが、剣にまつわる逸話、それに対する信仰、彼女の願望がかけ合わさり、霊剣としての格が向上している。

 

 

・雷速剣舞 戦姫変生(トールトーテンタンツ・ヴァルキュリア)

 ランク :A

 種別  :対人宝具

 レンジ :0

 最大捕捉:1人

 

 “戦雷の聖剣”を媒介に、自身を雷と化す自己変生。

 身体そのものが雷となるので、一定以下の攻撃を“透過”させる事により無効化でき、敵本体を透過した場合には雷による追加攻撃が発生する。また、身体能力が雷に依存する為、人本来の限界を超えた速度、移動が可能。ただし、常に“雷化”している、つまり常時魔力放出状態である為に燃費は非常に悪い。

 

 ・魔力放出(雷)※常時

 ・対魔力を1ランク上昇

 ・敏捷 A+ まで上昇

 

(捕捉)

 彼女の渇望、“敬愛する仲間達が道に迷わないよう、戦場を照す閃光になりたい”という願いが自身を媒介に具現化したもの。即ち、その能力とは彼女自信が文字通り閃光となる“雷化”である。

 Bランク以下の物理による攻撃を“雷化”した体で透過することにより無効化する。また、魔術や気による攻撃であったとしても、Cランク以下の神秘の無い攻撃は無条件で透過する。また、透過できなかったとしても、ある程度は減少させることが可能であり、霊核自体への攻撃であったとしても、幸運判定で通常より高い確率で回避が可能。

 また、この状態の彼女は雷そのものと同義であり、人体の限界を越えた高速移動が行なえる。

 “戦雷の聖剣”よる“魔力放出”もその上位互換となるため向上している。

 

 

・雷速剣舞 戦姫変生(トールトーテンタンツ・ヴァルキュリア)    

 ランク :A

 種別  :対軍・対城宝具

 レンジ :1~99

 最大捕捉:800

 二つ目の宝具による自己変生状態から逐電させた雷撃を放つ技。(性質上、攻撃範囲、威力等が異なる為別枠)

 規模としては本来対人法具の域のそれを、魂(魔力)を溜める事で内包する雷を増幅させ、周囲を雷で呑込む事で威力を対軍、対城宝具の域まで底上げする事が出来る。なお、魔力消費も比例して上がる為、対城宝具クラスの雷撃ともなると令呪のバックアップなしに放つのはほぼ不可能。仮に放てたとしても消費が激しく、実態を保つのが著しく困難になる。

 

 

 

・クラス:ランサー

 真名 :ヴィルヘルム・エーレンブルグ

    =カズイクル・ベイ(串刺し公)

 性別 :男性

 属性 :悪・混沌

 筋力 :B+  魔力 :C

 耐久 :C+  幸運 :E-

 敏捷 :C   宝具 :A

 

 クラス別スキル

・対魔力:C

 魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

 本来三騎士としても潜在能力的にも高い対魔力を誇るが、彼自身が魔術というものに対して斜に構えているためにランク自体は低い。

 

 固有スキル

・戦闘続行:A

 体の部位にかかわらず、一部を大きく欠損した場合にも活動が可能。心臓を除き、頭部を半分欠いたとしてもしばらくは戦闘可能。また、スキル“狂乱”発動時はその活動時間が増える。

 

・狂乱:C

 戦闘行動中、スキル保持者の戦意の上昇にともなって痛覚を遮断する。精神的なスーパーアーマー状態。

 能力の上昇にともない攻撃性が増し、威力も上昇する。が、反面理性が削られていくため、攻撃は単調になりやすいという欠点もある。

 

・戦の作法:ー

 自他ともに認める戦闘狂が、己の快楽の為に科した掟。戦場を生き抜いた経験から編み出されたジンクスであり、戦意を高め、自身がより闘争を楽しむために作り出した枷でもある。

 自身の本能。魂に刻んだ掟であるために、例え精神的に視野が狭まる、所謂興奮状態による暴走時でも効力を発揮し、バットステータスによる精神的狭窄を抑制する。

 

・自己改造:C

 自身の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。

 このランクが上がればあがる程、正純の英雄から遠ざかっていく。

 ランサーはこのスキルにより、宝具である“杭”を媒介して取り込んだ生気、魂を己の魔力として貯蔵する事ができる。その為、宝具使用後は擬似的な“単独行動”と同じように供給が無くともしばらくは行動可能。

 

・直感:C

 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。

 敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。

 ランサーの場合、本来ならスキル“狂乱”によってこの直感が低下する。ただし、彼は“戦の作法”により、完全に理性を失うことはないため、Dランクより落ちる事はない。言葉にするなら理性を失う代わりに動物的本能、危機察知能力が文字通り獣並みになる。

 

・魔名、魔業(擦違う恋人):EX

 “望んだ相手を必ず取り逃がす”という予言めいた“呪い”。

 彼は生前より自他ともに認める戦闘狂であり、戦場こそ己の世界と称して憚らない。が、この言葉通り、彼が好敵手と認めた相手、倒したい、吸い殺すと誓った相手との決着において、結果が異なれど例外なく取り逃がしている。

 物事を決定づける転換期・契機といった場面、こと戦いにおいてスキル保持者の能力にかかわらず不運を呼び寄せやすくする。

 (これが本来ありえない“E-”の主因)

 

 

 宝具

・闇の賜物(クリフォト・ヴァチカル)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :2~10

 最大捕捉:50人

 

 彼の体内、血液に宿った聖遺物。

 能力発動と共に反応した血液が体外に杭状に尖って現れる。

 杭に備わった能力は“吸魂”。触れた対象の無機有機を問わず、水分、生気、はたまたガソリン等であろうと吸い上げ、変換して己のエネルギーとする。

 血を媒介としているが、エネルギーを生物でなくとも吸い上げるため、弾丸として杭を射出しようと銃のように弾切れになることはない。

 

(捕捉)

 杭の形状は彼の血に適合、溶けた血が媒介の為赤く、見た目は鋭いというよりも荒削りで原始的、植物の根を髣髴とさせる様なモノ。

 溶けた聖遺物はドラキュラのモデルとされる“ブラド・ツェペシュ”の血液の結晶。その為彼の渇望との親和性が高く、得られる恩恵も高い。

 

・死森の薔薇騎士(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツバルド)

 ランク :A

 種別  :結界宝具

 レンジ :1~40

 最大捕捉:800人

 

 彼の心証風景、願望で自らの世界を顕現させる、所謂“固有結界”。

 結界内に取り込んだ対象(無機有機を問わず)から生気を吸い上げ、己のものとする。その吸生力は“闇の賜物”の比ではない。接触せずとも問答無用で搾取が可能だが、彼が撃ちだす、或いは生やした杭に触れれば例え魔力抵抗を持っていたとしても長くは持たない。

 また、彼はこの結界内において空間跳躍にもにた移動が可能であり、認識も可能な為、距離、遮蔽物に制限されない行動が可能。

 

 ・筋力、耐久値の上昇。

 ・スキル“吸血鬼(※):A”を習得。

 

(捕捉)

 具現化させる世界とは即ち、

 “日の射さない世界”

 “永久に明けない夜”

 “夜に無敵の魔神になりたい”

 つまり、闇の不死鳥。吸血鬼になりたいという渇望を叶える世界を映し出す。その為、この世界の中では真実彼は吸血鬼であり、発動時より能力(筋力・耐久)が上昇する。

 また、彼の食指によるが対象の選別が可能。一つ目の宝具“闇の賜物”の上位互換だが、その吸血能力はより凶悪であり、魔力の持たないただの人間であれば瞬く間にミイラとなる。

 能力発動時、魔力を大量に必要とするが、一度発動すれば相手が存在する限り生気を奪うため、魔力切れで結界が解けることはない。

 夜、闇の帳で包み込む結界は彼の地力を底上げする他、結界外の時間が夜である場合、“二重の夜”が展開されるために、能力に更なる恩恵が与えられる。その世界内は文字通り彼と=であり、空間内ならあたかも空間移動のごとく姿を表すことが可能である。また、自身の体を介すことなく、地面、壁、虚空の何処からでも杭を生やすことが可能。

 

 一見無敵の宝具であるが、彼の吸血鬼になりたいという強烈な願いも合間って、その弱点とされる欠陥も反映されている。即ち炎、日の光、流水、十字架などである。しかし、彼はこの欠点すら己のアイデンティティーとして受け入れているため、結果としては固有結界をより強固且つ、強力なものとしている。

 

 

※“吸血鬼”

 能力値(筋力・耐久)が上昇するほか、半不死性ともいうべきタフネスを得る。代わりに、陽光に嫌われ、日の下では活動が大きく制限される。ランクによっては日中外を出歩く事も出来ない。

 また、物語に見るような吸血鬼の弱点とされる火、流水、十字架、銀、腐敗等が欠点として加わる。

 

 Aランクともなれば日の下でもある程度の行動は可能だが、ステータスに常時マイナス補正がかかる。また、“無辜の怪物”と同じく、伝説、物語上の怪物に変異しているため、欠点の影響力は大きくなっている。

 

 

・クラス:アーチャー

 真名 :ヴァレリア・トリファ

    =クリストフ・ローエングリン(神を運ぶ者)

 性別 :男性

 属性 :秩序・悪

 筋力 :E   魔力 :A

 耐久 :A+  幸運 :D

 敏捷 :E   宝具 :EX

 

 クラス別スキル

・対魔力 :A

 A以下の魔術は全てキャンセル。

 事実上、現代の魔術師ではアーチャーに傷をつけられない。

 彼が持つ常時発動している一つ目の宝具の特性による魔に対する耐久力。

 

・単独行動:B

 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。

 ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

 

 固有スキル

・精神汚染:A

 精神におよんだ欠損によるある種一定の境地。我囚、妄念により生まれた歪みから、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。

 本来同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しないが、生来人に説法をすることが多い境遇だったためか、他者を貶める、嵌める為に思考誘導する“汚染”において有利な補正を得る。

 

・人間観察:C(EX)

 対象の思考パターンを記憶し、予想を確立立てていく技能。

 Cランクならば相手と会話する事が出来れば相手の隠し事などを探る事が可能。対象の幸運、対魔力によって成功率が下がる。

 本来は観察というよりも読心に近いテレパス保持者であったが、器を変えた為にランクダウンしている。

 

・話術:B

 言葉により相手を望む方向へと操る人心掌握術。

 言葉を重ねる事で相手に心理的ダメージを与え、精神的に不安定な状態へと貶める事が可能。

 スキル“人間観察”によって得た相手の急所を織り交ぜる事によって効力が増す。

 

・偽装:B

 大概的な変装、ではなく、魂や霊質といった生物としての根幹を変質される事によって得る隠形術。

 本来神秘ともいえる英霊の魂を、一般人大に変質させることも可能。見た目が変わるわけではないが、完全に“偽装”した彼を見抜くのは同種であるサーヴァントであっても困難。

 本来なら霊質を意図的に操作する事は精神的、魂に対するダメージが付随するが、彼の場合、己の“器”を捨て、新たな“器”に乗り移るという特異な経験により耐性を得ている。

 

・魔名、魔業(邪なる聖人):EX

 “近しい者から死んでいく”という彼の聖職と真逆をいく“呪い”。

 自らが望んだ、愛した相手を失うという点ではセイバー、ランサーのそれと同種の呪いではあるが、彼の場合は敵味方、好む好まないに関わらず文字通り深くかかわった者から窮地へと貶められる。それはアーチャーに対する興味や好意でも該当する。

 作中で言うなら序盤で放浪癖のあった彼に比較的絡んでいたアサッシンさん。からの姫騎士(BSKは巻きぞえ)終盤ではやはり彼の召喚主で―――つまりは大体彼の所為(もっと言えば■■■・クラフト)

 

 

 宝具

・黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)

 ランク :EX

 種別  :対人宝具

 レンジ :0

 最大捕捉:1人

 

 彼が己の“器”を捨ててまで纏った“器”。つまり、魂の抜けたラインハルトの“肉体”こそが彼の聖遺物(宝具)。

 ラインハルトが持つ魂の強度、彼が得て喰らったその総数。そしてその肉体に何重にも施された術によって、対物理、対魔術、対神秘、おおよそ攻撃という攻撃に対して異常な耐久力を得ている。

 事実上、宝具であっても彼に傷をつけることは出来ない。

 

(捕捉)

 その器は“纏って”いる状態な為、この耐久力は常時発動。決定的なダメージを与えるには、器となったラインハルトの魂の総量以上密度を持った攻撃をぶつけるか、器を無いモノとして攻撃できるような能力がない限り有効打が入らない。なお、器を無視できる能力があったとしても、その神秘性がラインハルトの基準を越えない限り通る事もない。実質無欠()の鎧。

 因みに、アーチャー本人の攻撃手段は基本的に徒手空拳。古武術めいた武術を納めているが、達人と呼べる域ではないために戦闘能力でいえばセイバーやランサーには遠く及ばない。

 

 

・神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士

(ヴァナヘイム・ゴルデネ・シュヴァーン・ローエングリーン)

 ランク :A

 種別  :対軍宝具

 レンジ :1~99

 最大捕捉:1000人

 

 死亡フラグ。以上!

 

 

 

 

(以下よりマトモなの)

 

 

 ラインハルトの宝具である“盟約・運命の神槍(ロンギヌス)”を一時的に己の宝具として使用、投擲する。

 本来の所有者であるラインハルト本人が使用した場合に比べれば威力は劣るが、その破壊力は強力無比であり、全サーヴァント中(本作にて)最強の威力と強度を持つ。

 槍自体の貫通力もさることながら、着弾時の衝撃はその内包する神秘その物が暴風となるため、爆心のごとく辺りを蹂躙する。なお、爆心と言っても槍が砕けるわけではなく。使用後アーチャーの本体、“器”の中へと戻る。

 

(捕捉)

 直接的、決定打を持たない彼にとっての切り札。聖杯と同じ等級の聖遺物であることからも知名度で更に補正がかかる。

 アーチャー本人は本来の持ち主ではないが、“器”を、門とし、その裂け目を利用して具現化、射ち出している。

 また、この際に生じる裂け目は、完全無欠であるはずの彼の宝具、“黄金聖餐杯”に亀裂を入れることにも等しく、この時に限り、攻撃が通る。よって彼を打倒する唯一の機会でもある。(故に死亡フラグ)

 

 

 

 






 全部書いてから投稿しようとは思ってた!
 思ってたけどーーーー三人分でこの文量は片手間にやるのちょっときつかった(白目
 あと二回に分ける予定です!(長い 


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ライダー・キャスター・バーサーカー

 恐らく、今作品で一番独自解釈が強いと思われる(白目


 

サーヴァント設定 二回目

 

※ライダー、キャスター、バーサーカー、三騎に共通して宝具等に少々拡大解釈が見られます。

 

 

 

・クラス:ライダー

 真名 :リザ・ブレンナー

    =バビロン・マグダレナ(大淫婦)

 性別 :女性

 属性 :混沌・中庸

 筋力 :E   魔力 :B

 耐久 :E   幸運 :C-

 敏捷 :E   宝具 :A+

 

 クラス別スキル

・対魔力 :B

 魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。

 ライダーは生前、とある機関に所属していたこと、後に魔術へと傾倒しはじめたことにより高い対魔力を要している。

 

・騎乗  :-(B)

 固有スキルの反作用として、騎乗スキルが失われている。

 ( )内の数値がどういう意味なのかはご想像にお任せする。

 

 固有スキル

・優生学 :B

 人体、或いは生物の知識に精通していることを示す。

 Bランクならばその知識量は一個人で得られる学をこえ、一つの機関が収めるレベルの学、或いは研究成果を修めている。

 “何かを産み出す”、あるいは“造り出す”という行為に際して有利な補正を得られる。彼女の場合は魔術の技能を織り混ぜることにより、更に成功率をあげている。

 

・死体操作(ネクロマンシー):A

 生者を手繰るのではなく、死者を駆るという邪法。

 “騎乗”という本来“騎乗兵”が生きた生物を手繰る能力の代わりにライダーが得たスキル。

 また、死体の保存技術にも長けていることを示す。

 

・医術  :B

 人体に対する知識と経験から対象の状態を把握すると共に、治療行為を可能とする能力。

 Bランクならばありあわせの道具でも即席の医療行為を可能とする。知識合った道具を所持している場合、成功率は跳ね上がる。

 なお、治療できるレベルはあくまで現界している時代の医療技術に依存する為、不治の病や死者蘇らせるなどといった万能のスキルではない。

 

・魔名、魔号(死者との抱擁):EX

 “骸しか愛せない”、大切なものを無くしてからでなければその重さに気付けない、或いは気付かないふりをするという彼女自身卑下している“偽善者”の部分を指して送られた魔名。

 その本質は“後悔”。生来聡く慎重な性分であった彼女は物事を深く考え、理解できるが故に事の分岐点に人より立ちやすい星の元である。が、いざ二択、或いは複数の選択を前にしたとき、彼女は葛藤に捕らわれる。大切なものを無くしてから後悔する。つまりは無くなった物を骸と例え、後悔する様をかき抱く様子と捉えて比喩されている。

 悪く言えば渦中にあり、当事者でありながら傍観者の態であろうとするということ。その為、本来Cランク相当の幸運を持ちながらも得る筈の幸運を取りこぼす事が多くなる。

(作者個人の見解としては、■■■■■■が送った呪いとしては比較的軽いほうだと認識しています。ただ、死亡率が高い気もするという)

 

 

 

 宝具

・蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :0

 最大捕捉:1人

 

 ライダーが持つ仮面の形をとる宝具。発動時は霧状に展開され、それらが濃縮される様に形成される。仮面という体裁であり使用方法もそれに準じたものだが、覗き穴のない奇妙な形状。

 装備させた死体を自在に操る事ができ、対象が死体(仮死状態でも可)であるのなら、その対魔力や幸運に左右されず、術者の意のままに操ることができる。

※原作Diesのとある男を魂が抜けている仮死状態の肉体とはいえ一時的に操った事から参照。その目的についてはーーここでは触れません(真顔

 

(捕捉)

 この宝具自体に攻撃能力はないが、上記の効力により、ライダー自身より強力な“トバルカイン”を自在に操る。ただし、操るといってもあくまで死体、ライダーの命令ありきで行動するため、的確な攻撃(対象を定めて攻撃するなどの自発的な突撃等)の際は操者であるライダーが相手を視界に入れ、指示を出す必要がある。

 

 

 

・蒼褪めた死面(パッリダ・モルス)

 ランク :D

 種別  :結界宝具

 レンジ :1~40

 最大捕捉:300人

 

 対人宝具のものを効力を薄め、霧状に展開した範囲内において死者、屍骸を簡易の兵として操る宝具。

 仮面を装着させる必要がないため、一度に大量の屍兵を操ることが可能。

 

(捕捉)

 大量の兵を用いれる反面、宝具としての効力も薄まるため、“トバルカイン”のような強力な力を持つ死人を複数従えることは不可能。また、操る命令は一度に大量の兵を操作するという情報量の負担削減のため、簡単な命令としている。

 屍兵は本来なら脆く、ただの人間でも打倒できるほどの力しかもたらせないが、この霧の内部でのみ、Dランク相当のステータスを得る。

 結界自体は相手を直接害したり不利にさせるような能力はなく、精々が相手に“見えづらく”する程度。あくまで彼女が“死体を操る”という行為により適した環境を作り出すもの。

 

※原作で表現された能力ではなく、この宝具に関しては作者の拡大解釈によるもの。正確には、続編であるkkkを参考にしています。

 

 

 

 

・死を振り撒く者(トバルカイン)

 ランク :B+

 

 ライダーが保有する屍兵。

 一つ目の宝具(対人)を展開した状態で召喚する事ができる。

 彼女の能力によって使役されるものであるが、宝具というよりもWeapon扱い。

 宝具級の槍を持つ屍兵。

 

 

(捕捉)

 槍の能力もさることながら、カイン事態が代替わりをし、“自己改造”にも似た呪いにより先代の能力、魂、身体能力を次代へかけ合わせることによって強化している。本来ライダーが操るカインは“4代目”のトバルカインであるはずが、作中はとある事情により2代目までの能力しか発現できない。

 

 また、多くの屍兵に共通して無痛、痛みを感じない肉体を持つが、この個体のみ、妄念ともいうべき“我”が残留しているため、制御してる“蒼褪めた死面”が消失した場合、外的要因で暴走することもある。

 

 

Weapon(トバルカイン)

・黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)

 

 トバルカインが持つ聖槍(ロンギヌス)を模して鋳造された偽槍。手法は東洋古来の製法で作られたものであり、駄作というより製作者があまりに優秀だったためか、聖槍の能力を全てとはいかなくとも、一部再現するまでの出来を誇る。

 

 発現する能力は“継承(呪い)”と、“吸収”。

 

 “継承”は偽装独自の能力。

 所持者がこの槍の能力を一度引き出せば永続的に生気、魂を喰らうという呪いのために発現した本来聖槍にあるはずのない能力。その為、槍自体が現所持者の魂が事切れる際、次の担い手となるものを選定して強制的に継承させる。つまり拒否権はない。

 なお、一度使えば生気を奪われるという制約上、使わなければ問題がないように見えるが、槍自体の呪いか、所持者として選ばれた人間はこの偽槍を使わなくてはならない窮地に追い込まれやすくなる。

※幸運の値がランクダウンする。曲がりなりにも聖槍という一級の聖異物を高い域で再現しているため、スキルや宝具でこのバットステータスを打ち消す場合、単純な目安としてAランク以上の神秘が必要になる。

 

 “吸収”は、トバルカインが偽槍を振るい、負かした相手を自己へと吸収し、その能力を己のものとするスキル。その性質上、人間という枠に限らず、ライダーと同じ英霊をも吸収が可能であり、そのスキル、宝具の使用が可能。(ただし本来の能力より1ランク低下する)

 本来は言語能力が低下しているために“真名開放”は不可能であるが、ライダーの“蒼褪めた死面”を装備している状態に限り、彼女の操作によって開放が可能。

 

 

 以下“継承”によって発現している2代目までの能力。

(槍を媒介に格代の能力を発動するという制約上、複数の能力を同時に使用することは不可能)

 

其之壱

 此久佐須良比失比氏罪登云布罪波在良自

(かくさすらいうしないて つみというつみはあらじ)

 ランク :B

 種別  :対軍宝具

 レンジ :1~110

 最大捕捉:―

 

 “偽槍”を鋳造した初代が“偽槍の呪いを一族にかけて浄化する”という呪われた品を世に出してしまった後悔から願った渇望によるもの。

 発現した能力は“一定範囲内にいる対象を腐らせる”腐毒の散布。彼を中心に一定範囲内に毒を撒き散らすため、同空間内にいる限り必中であり、回避不能の能力でもある。

 原作で同じ通常攻撃の利かない、聖遺物のこもった攻撃以外が利かないはずの使徒すら腐らせていたことから、この“槍が発現させる毒”は加護や幸運、対魔力等の抗力で無効化することはできない。(腐毒の症状を遅らせることは可能)

 

 ・魔力放出(毒):B(能力使用時のみ)

 

 また、“継承”よって歴代のトバルカインたちの能力を発現する際は、“偽槍”の形状が対象に適した形状に変化する。初代の能力発動時は大剣にも似た形状の槍が、長大な日本刀の形を取る。

 

 

其之弐

 乃神夜良比爾夜良比賜也

(かむやらひに やりたまひき)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :2~20

 最大捕捉:30人

 

 二代目(女性)が発現した能力で発動時、形状が刃物ではなく砲身状へ変化する。発現する能力が腐毒を矢のように射出する能力であることから、それに見合った形状を取るためと思われる。

 元となった渇望は先代の作り出した偽槍の呪いから逃れるために希った渇望、つまり“自分以外にこの呪いを押し付けたい”という逃避からきた願い。

 初代の腐毒の呪いが一定範囲の生物を問答無用で腐らせ死体に変えるという近・中距離対応のものに対し、この能力は打ち出すという性質上、より遠距離に対応した攻撃が可能。また、弾として打ち出す工程上、その腐毒は濃縮されているために毒の進行速度はこちらのほうが速い。

 

 

 

・クラス:キャスター

 真名 :ルサルカ・シュヴェーゲリン

    =マレウス・マレフィカルム(魔女の鉄槌)

 性別 :女性

 属性 :混沌・善

 筋力 :D   魔力 :B+

 耐久 :C   幸運 :E

 敏捷 :D   宝具 :B

 

 クラス別スキル

・陣地作成:B

 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。

“工房”の形成が可能。 また、空間を限定させることで、その場を自らに最適化させることが可能であり、瀕死に近い重症を負った場合であっても、工房内に留まれたなら一命を取り留め回復が可能。

 

・道具作成:C

 魔術的な道具を作成する技能。

 数百年に及ぶ魔術の研鑽を積んだキャスターのそれは従来であればBランク相当。本来なら作成した物に魔力を付与する事が出来るが、彼女が持つ宝具の特性により、単一に特化した付与しかできなくなっているためのランク。

 魔力を付加する際も、自己を強化したり癒すと言った魔術より、他者を害する、貶めると言った宝具にそった色が現れる。

 

 固有スキル

・魔術  :A

 生前の数百年(年齢の質問は受け付けません=合法ry)に及ぶ魔術の研鑽により、多くの魔術を修めている。その為、現代の知らない筈の魔術であろうと知識は保管されており、一度見れば自己の中で理論を構築することが可能。(ただし使用には対象のランクに応じて試行錯誤する必要もある)

 また、同ランクの対魔力を有する証明でもあり、現代の魔術師が魔術と定義される攻撃手段でキャスターを傷つける事はほぼ不可能。

 

・収集家 :A

 魔に属する品に対す保持者の収集意欲を指し、同時に、それらの扱いに長けている事を示す。

 “魔術”と共にAランク相当の能力を持つキャスターは、神秘の塊である魔法や宝具を除き、魔術に類するスキル、魔術そのものを見ただけで模倣することが可能。また、その定義は本来特異であり、固有の色に染められた、所謂“固有技能”に類するものであったとしても模倣することが可能。ただし、その際には一度実際に目にすること、その効力を確認して検証する必要がある。

 

・精神汚染:B

 精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。

 同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。

 生前虚偽から“魔女狩り”にあい、逃れる為に魔道へ傾倒する事になった経緯故か、彼女は目の前で残虐な行為が行われていても笑みすら浮かべられる。猟奇殺人などの残虐行為を率先して行うほどに精神が歪んでしまっている事を示す。

 

・変装術 :A

 変装の技術。

 Aランクであれば、外見を自在に変更できる。

 魔術により肉体年齢を自在に変える魔術。その姿は童子から妙齢の女性と幅広い。

 魔力抵抗によって効果を左右されるが、異性に限り、“相手を魅了”する効果もある外法。

・延命術 :A+

 往生際の悪さの証明。

 キャスターは己に施した魔術による延命処置により、物理的に肉体の9割が失われたとしても、魂が現世に留まっているのならしばらくは生きながらえる事が出来る。また、仮に霊核に著しい損傷があった場合でも陣地にもどり、回復に専念できるのなら時間はかかるが復帰が可能。

 

・拷問術 :C(B+)

 卓越した拷問技術。拷問器具を使ったダメージにプラス補正がかかる。

 キャスターの場合、自身の作成した道具による攻撃でも補正は得られるが、その宝具を使用した際に真価を発揮するスキル。

 

・魔名、魔号(悲哀の魔女):EX

 “誰にも追いつけない”という呪いを受け、事実彼女の人生は悉くその手を離れ、求めたものは届かない所へ去ってしまうという“天に輝くことのない地星”ともいうべき非業を持つ。

 愛を求め、得たはずの平穏は切り裂かれる。魔道に身を墜としてまで行なった延命も、誰の為に望んだのかすら記憶の彼方に擦り減り、その本懐に気付かずにいる。

 この“誰にも追い付けない”という呪いこそが彼女の宝具に対して顕れた渇望の原点。

 

 

 

 宝具

・血の伯爵婦人(エリザベート・バートリー)

 ランク :C

 種別  :対人宝具

 レンジ :1~20

 最大捕捉:15

 

 宝具の名の通り、エリザベート・バートリーが生前、彼女の拷問の日々を綴った日記を媒介とする宝具。

 日記に記されているありとあらゆる拷問器具を具現化し、操る事が出来る。単体でこそ力は弱いが、全サーヴァント(本作)においてその数による展開力は随一である。また、彼女が得意とする“影”を使用した魔術と併用する事が出来、攻撃面では劣るものの汎用性においてはランサーの“闇の賜物”と並んで高い。

 

 ・スキル“拷問術”のランクが上昇(C→B)

 

(捕捉)

 拷問城の主、エリザベート・バートリーがその生涯に送った少女たちを拷問した日々を綴った日記。

 日記自体を具現化する必要はなく、記された拷問の内容から拷問器具を具現化する。また、キャスター自体は獲物に性別のこだわりはないが、エリザベート自体が拷問の対象に異性を含まず、取分け女性、若い少女を選んでいた事から、対象となる者の性別が女性だった場合、威力・効力(毒等)にプラス補正がかかる。

 

 

・拷問城の食人影(チェイテ・ハンガリア・ナハツェーラー)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :1~20

 最大捕捉:30

 

 彼女の非業ともいう呪いから得た、追い付けないから“他人の足を引っ張りたい”という渇望により発現した能力。

 その効力は彼女の影を使用した魔術をより強力にしたもの。彼女自身の影を自在(平面的な縛りはなく、立体的に動かすことも可能)に引き伸ばし、触れた相手の動きを一切封じるというもの。

 

・スキル“拷問術”のランクが上昇(B→B+)

 

(捕捉)

 封じる動きには制限もかけられ、ある程度の自由がきく(通常なら口もきけないモノをあえて悲鳴や情報をを引き出させるために口だけ動かせるようにしたりなど)。

 攻撃的な能力というより、捕縛に重きが置かれているが、触れるだけで勝利条件も満たしうる能力。しかし、影を媒介にするという原則がある為、完全な暗闇等の影が出来ない状況下では効力を失う。逆を言えば、極薄い影でも存在すれば発動は出来る。

 

 

・急流響く嘆きの唄(ゲシュピート・ボン・デン・ライン・ウンディーナ)

 ランク :A+

 種別  :結界宝具

 レンジ :1~50

 最大捕捉:700

 

 キャスターの業である“誰にも追いつけない”という呪いを、別の角度から打開する為に発現した宝具。

 他の宝具と違い、この宝具に限り、他のスキル・宝具との併用はできない。全ての能力を失う代わりに発現する。

 元にした渇望は“追い付けないから引き摺り下ろす”というもの。足を引くのではなく、対象を自身と同じ領域に貶める能力。

 故に顕現した効果は“堕落と昇華”。

 同領域内にいる者をその効力の一切を無視してステータスを均一にする。

 宝具発動時、キャスターは巨大な複数の頭を持つ蛇の形をとる。

 

※全てのステータスを失う代わりに以下の能力を習得。

 ・自己再生 :A

 ・戦闘続行 :B

 ・無辜の怪物:B

 ・精神汚染 :EX

 ・地形適応(水辺):B+

 

(捕捉)

 キャスター自身は相手を貶める能力だと思っている。が、その渇望の本質、“追い付きたい”という側面から、自身も“隣に並び歩みたい”という願いが現れている。その為、相手を一方的に貶めるだけではなく、場合によっては自身を貶める事もある。双方に作用する能力。

 自身にも悪影響があるという可能性を内包しているため、結界自体の強度は非常に高く、キャスター自体を倒さず結界単体を破壊するのは高難易度。(結界を破壊する為に使用する能力・宝具も“均一化”の対象となり、本来ならキャスターを倒すうえで十分な威力であろうともランクが低下する為)

 対処法としては源泉であるキャスターを物理的な殴り合いで再生不可能になるまで殴り倒すか、威力ではなく、単純な神秘で能力を上回る必要がある。

 

 ※詳しい解釈、考察は長くなるのでここで区切ります。詳しくは、お手数ですが活動報告(2014年01月31日(金) 22:50)をご参照頂けると幸いです。

 

 

 

 

・クラス:バーサーカー

 真名 :三代目トバルカイン(死を喰らう者)

 性別 :???

    ※バーサーカーに関しては“トバルカイン”が魔名。

 

 属性 :混沌・狂

 筋力 :A+  魔力 :B

 耐久 :B-  幸運 :D

 敏捷 :A   宝具 :A+

 

 クラス別スキル

・狂化:A+

 “狂戦士”のクラスのみが持つ固有スキル。

 理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿し、身体能力を強化する。反面、理性や技術・思考能力・言語機能を失う。

 バーサーカーの場合、A+と本来なら全能力が上昇するが、宝具の能力により、耐久と幸運以外の上昇になる。

 理性は失われ、解き放たれれば本能、我欲に従いただ周囲を蹂躙する。また、魔力消費はランク相応に上昇しており、マスターの制御さえ不可能。

 

 固有スキル

・自己改造:EX

 標準装備である宝具の効果により、下した相手を取り込み、文字通り自己を組み換え強化していく異能。

 バーサーカーのそれは代を変わるごとにより強大になるため、その見た目も粘土を継ぎ足す人形のように巨大に、そして膂力も増していく。

 EXともなればその強化は概念を残し、既に中身も外見も別の怪物である。既に理性と呼べるものは皆無であり、あるのはただ周囲を巻き込み食らうという怨念に突き動かされる、文字通り化外。

 

・狂乱  :A

 宝具によって生きながら屍へと代えられる苦痛と怨念により得てしまった能力。感覚の大部分を失う代わりに、痛みに類する効果、負傷で行動が制限されない。

 また、“精神異常”と同等の能力を持ち、1ランク以下(この場合Bランク)の精神干渉系魔術を遮断し、同ランクの精神汚染を持たない者とは意思疎通が成立しない。

 

・才気煥発(武):D(B)

 生前において、戦の無い時代を生きながら卓越した武錬を持ち、練磨した事から得たスキル。

 Bランクならば、対峙した相手が格上の場合でも剣を交えるだけで自身の剣技を一段上の領域へ押し上げる事が可能だが、“狂化”の効力により、その能力は低下している。

 Dランクの為、戦闘時間に応じて対応力が増す程度。

 

(捕捉)

 戦を知らない世代ながら、僅かな期間で歴戦の幽鬼(黒円卓=この作品でいうセイバーなどの他の英霊)と互角に張り合えるだけの武を得るまで昇華するなど、その才覚は確か。

 また、口伝で伝えられ、ある程度の予測が立っていたとはいえ、初めて使用した能力(宝具)を不足の状態で十全に使いこなせていたということからも参照。

 

 

 

 宝具

・黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)

 ランク :A+

 種別  :対人宝具

 レンジ :―

 最大捕捉:1人

 

 “狂化”しているバーサーカーが唯一持つ武器にして宝具である黒塗りの大槍で、見た目は刃も柄も大きく長い大剣。

 本来なら“継承(呪い)”と“吸収”の能力を得るが、“狂化”によって“吸収”が正しく機能していない為、倒した相手を取り込んで強化するのみ。

 

(捕捉)

 ライダーが保有する“トバルカイン”と同様の個体。正確には、世代を持つ“トバルカイン”という英霊の一部。

 個にして複数の魂(同一ではなく、もとは別々の魂)を持つという特異な性質が、ほぼ同時期の召喚という異例の事態によって起った、所謂“召喚事故”の産物でありイレギュラー。

 ライダーの“トバルカイン”と性能は変わりないが、“狂化”により理性が失われていること、言語を失っていることで偽槍の能力を正しく扱えず、宝具の開放も行えない。

 その為、“大変強靭で、敵を倒せば倒すほど斬撃が強力になる槍”というのが現状。

 

 ↓

・クラス:バーサーカー(青褪めた死面装備)

 真名 :櫻井 戒

    =トバルカイン(死を喰らう者)

 属性 :中立・中庸

 筋力 :B   魔力 :C

 耐久 :B-  幸運 :D

 敏捷 :C   宝具 :A+

 

 クラス別スキル

・狂化:-

 ライダーの宝具である“青褪めた死面”を装着している事、マスターである雁夜との繋がりが一時的に途切れたことで“狂化”から解き放たれているため、このスキルは失われている。

 “狂化”から解き放たれた反面、ステータスは一部を除き軒並みランクが低下している。

 

 固有スキル

・心眼(真):C

 修行・鍛錬によって培った洞察力。

 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”。

 逆転の可能性が数%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

 

・直感  :C

 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力力。

 敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。

 

・才気煥発(武):B

 生前において、戦の無い時代を生きながら卓越した武錬を持ち、練磨した事から得たスキル。

 “狂化”を失った事で本来のランクを取り戻している。

 Bランクならば、対峙した相手が格上の場合でも剣を交えるだけで自身の剣技を一段上の領域へ押し上げる事が可能。

 

 

 

 宝具

・黒円卓の聖槍(ヴェヴェルスブルグ・ロンギヌス)

 ランク :A+

 種別  :対人宝具

 レンジ :1~10

 最大捕捉:1

 

 “狂化”が解けたことで偽槍本来の効力を十全に発揮できる状態。

 ライダーが脱落した事により、保有する“トバルカイン”の能力は“三代目”である彼が正しく継承し、“初代”、“二代目”の能力を使用できる。

 また、宝具解放が可能になった事により、自壊作用のある呪いも正常に機能する。

 

(捕捉)

 ライダーの保有するトバルカインと同様の宝具。

 ライダー消失次に“青褪めた仮面”を纏っていた事。

 仮面自体が所有者が消失しても魔力が供給できれば完全でなくとも残留する事。

 バーサーカー=櫻井 戒が正統な偽槍の継承者であったこと。

 以上の三点から、作中の彼はライダー消失に伴い失っていた二代目までの能力を習得している。その為、本名は櫻井 戒という男性だが、“三代”という歴を重ねたトバルカインでもある。

 

 

※偽槍の能力。

 

其之壱

 此久佐須良比失比氏罪登云布罪波在良自

(かくさすらいうしないて つみというつみはあらじ)

 ランク :B

 種別  :対軍宝具

 レンジ :1~40

 最大捕捉:―

 

 ※詳細はライダーの項目、宝具(同名)参照。

 

 

其之弐

 乃神夜良比爾夜良比賜也

(かむやらひに やりたまひき)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :2~10

 最大捕捉:30人

 

 ※詳細はライダーの項目、宝具(同名)参照。

 

 

其之参

 許許太久禍穢速佐須良比給千座置座

(ここだくのわざわいめして はやさすらいたまえ ちくさのおきくら)

 ランク :B

 種別  :対人宝具

 レンジ :0

 最大捕捉:1人

 

 初代、二代目が周囲に影響を及ぼす能力を発現したのに対し、この宝具は自己を変生させる能力。

 元となった渇望は“大切な人たちが美しくあるよう、全ての穢れを己が引き受ける”という自己犠牲。発現した能力は“自身を毒の塊へと変える”こと。

 自身を触れる者すべてを腐らせる毒へと変生させる攻防一体の能力であり、櫻井 戒という人間の形をした毒その物に変じる事から、セイバーの“雷化”と同様に透過して物理攻撃を防ぐ事が可能。

 変化する形状は歴代と異なり大剣の状態のまま。

 

 ・スキル“腐毒の鎧:A”を習得。

 

(捕捉)

 初代の能力、“一定範囲内にいる対象を腐らせる”ものと似ているが、自身を変化させる事から、より凶悪度を増している。

 三代にわたる能力の中で、ある意味一番質の悪い能力だが、元となった願いは自己犠牲と大切な者、他者の救済を願う祈りという皮肉を持つ。

 全サーヴァント(本作)の渇望、願いの本質は自己を高める、或いはこうありたいという願いが込められるが、その多くは自身を中心に置くもの。その本来中核を担う己を『僕は屑だ』と唾棄するという、彼の願いは本質から異なる。

 

 

・蒼褪めた死面

 ランク :C

 種別  :対人宝具

 レンジ :0

 最大捕捉:1人

 

 本来はライダーが持つ宝具の一つ。

 作中の決戦前、ライダーが雁夜に譲渡し、バーサーカーに装備された物。

 本来の持ち主であるライダーが消失した場合は、通常同時に消滅する。が、事前に譲渡が行われていた事。理性を取り戻したバーサーカーが偽槍の効果を逆手にとり、擬似的な自身の宝具として魔力を供給し続けたことによって効果を持続させている。

 

(捕捉)

 雁夜、マスターとの結びつきが強い状態では“狂化”による膨大な魔力消費を軽減させる程度。

 戦闘中、雁夜が搾取ともいうべきバーサーカーの魔力供給に追い付けず意識が薄れたことで“狂化”が薄まり、自我を取り戻す。同時に初代、2代目トバルカインの魂を得たことで一時的に本来の姿を取り戻した彼だが、即時偽槍の能力を開放。“青褪めた仮面”の効力を魔力消費の削減と、呪いの進行速度を減速させることに使用している。

 

 

 






 …………なげえよ!!

 いや、書いてて私は楽しいんですけどね。
 内容でキャスターの宝具に本作品で考えたものがありますが、詳細や、作者の解釈は長くなるので今回は省いております。ご興味があれば活動報告を(2014年01月31日(金))ご参照くださると助かりますデス。


 さぁ――――というわけで、残るトリはあのお方と、あのオカタだ(



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アサシン・アーチャー(イレギュラー)

 やはりこの二人並べるべきじゃない気がして――もう遅いか(


 

 

サーヴァント設定 三回目

 

※アーチャー(イレギュラー)の項目でスキル等の説明が二種類ありますが、初めのものがある程度原作を知っている方用で、後半の(詳細)とつけているものが解説を入れたものになっております。

 

 

・クラス:アサシン

 真名 :ロート・シュピーネ(赤蜘蛛)

    ※本来の名を捨てているため、魔名のみ。

 性別 :男性

 属性 :中立・悪

 筋力 :D   魔力 :D

 耐久 :D   幸運 :D

 敏捷 :C   宝具 :C

 クラス別スキル

・気配遮断:B

 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

 完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。

 生前の長期にわたる諜報活動より。超人集団の集まりの中でも凡夫ゆえの影の薄さによる弊害、もとい恩恵。

 

 固有スキル

・諜者の妙:B

 潜入、破壊、隠蔽に始まり、間諜に類する技能を一通り一定水準以上に収めていることを示す。

 Bランクならば気配遮断を解いている状態でも相手からの感知を著しく困難にする。また、本来であれば攻撃態勢に移るとランクが落ちる気配遮断の効力を、一度だけ低下させることなく持続させるまさに妙技である。しかし、彼の場合業ともいうべき我欲によって本来の効力を活かしきれていない。

 

・医術(外科):C

 致命傷以外の傷を治癒する能力。即死でなければ一命は取り留められる。

 生前幾度となく繰り返した人体実験(非合法)により、人体に関しては造詣が深く、その知識量、技術においてはBランク以上。しかし、あまりに外法である為、ランク自体は低い。

 

・心眼(偽):C+

 第六感による危険回避。

 彼の根源的矮小、もとい、慎重さから自身におよぶ危険を高確率で察知する能力。

 彼のそれは本人の精神状態によって振れ幅がある。精神的優位に立っている場合であればあるほど効力を発揮し、一度落ちるととことん落ちる。

 

・魔名、魔業(虚栄の獲得者):EX

 人は誰しも捨てられないものがある。

 それは財産であったり、矜持であったり、恋人友人といった人とを繋げる絆あるいは情であったりと。

 彼の魔業はその一部、“我欲”を指し、その先に危険があり、破滅が待ち受けているとわかっていても、己のプライドを捨てきれないというある種俗物的な面を指したもの。自身がその性質を理解していようと無意識下で破滅へと足を運んでしまう。

 補足すると、彼自身は決して頭が悪いわけではない。基本的には優秀であり、思慮深く、物事を多角的に考えられる人間である。しかし、身の丈以上のものを望めば破滅というのは道理である。如何に彼が人として優秀であろうとも、魔人には遠く及ばない。まさに鵜の真似をする烏である。もっとも、見上げたそれが魔人という枠におさまるのかは甚だ疑問ではある。

 

 

 宝具

・辺獄舎の絞殺縄(ワルシャワ・ゲットー)

 ランク :C

 種別  :対人宝具

 レンジ :2~20

 最大捕捉:30人

 

 身体(手)から細く鋭利なワイヤー状の物を伸ばして操る宝具。

 蜘蛛の様に自在に操り張り巡らし、獲物を捕える事が可能。また、その見た目とは裏腹に非常に丈夫であり、人を拘束したまま釣り上げることも、引締める勢いで切断する事も可能。

 

(補足)

 かつて幾多の捕虜を絞殺した縄が素体となった宝具。

 犠牲となった者達の体毛が埋め込まれている。本人は使い勝手の良さからか指先から伸ばして操るが、宝具の性質上、部位を問わず所有者の体から大量の糸を伸ばすことが可能。また、伸ばした糸は足場として利用できる他、ワイヤーを巻き上げる要領で3次元的な移動を可能とするなど、汎用性“は”高い。

 糸は非常に鋭利かつ頑健であり絡めた物を易々と切断するが、本来の用途は名前の通り絞殺。

 

 

 

・クラス:レギオン(イレギュラー。クラス並列の為、便宜上はアーチャーとする)

 真名 :ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ

    =メフィストフェレス(愛すべからざる光)

 属性 :混沌・善

 筋力 :B   魔力 :A

 耐久 :EX  幸運 :A

 敏捷 :B   宝具 :EX

 

 クラス別スキル

・対魔力 :A

 その身はまさしく黄金律の体現。

 その体は如何なる害意も跳ね除けるだろう。

 

・騎乗  :B

 死人を統べる魔城の主。

 総軍を率いた彼は種を問わない、垣根もない。

 ありとあらゆるモノ魅了し喰らい、黄金の獣は進軍する。

 

・単独行動:EX

 其はレギオン。

 あらゆる者も、あらゆる鎖、あらゆる全てをもってしても繋ぎ止めることが出来ない。

 

・狂化  :EX

『メメント・モリ(死を思え)』

 他者の死に様は皆美しく愛おしい。

 私は総てを愛している。ゆえに総てを破壊(こわ)そう。

 未だ見ぬ未知へと見えるその時まで。

 

 固有スキル

・カリスマ:EX

 子が縄を持つ。女が短剣を握り、男が銃を持つ。

 老婆が燃えあがる火の前に立ち、畜生は眼下に突き立つ瓦礫を見下ろす。

 墓の王の一声にて皆が皆身を投げた。

 契約はここに。

 焼べられた魂は地獄の城(グラズヘイム)へ、髑髏の軍勢は膨れ上がる。

 

・既知感 :EX

 彼はいつの頃からか“餓え”ていた。

 これは何か、どこかで見たことがある知っている。

 これはいつだったかか味わったことがある。

 

・墓の王 :A

 彼は全。個にして総てを担う者。

 幾百万を喰らい飲み干した男。

 彼の者は狂い泣き叫ぶ墓の主。

 

・魔名、魔業(愛すべからざる光):EX

 曰く、

 だれが見ても笑いにしか見えない。

 同時に誰がどう見ても笑っているようには見えない異形の微笑み。

 願いを叶える代償に魂を奪う悪魔。

 アレは戦を体現し、死人を率い、魂を喰らう人食い(マンイーター)だ。

 

 

 

 クラス別スキル(詳細)

・対魔力 :A

 魔術に対する抵抗力を示す。事実上、現代の魔術師がアーチャーに傷を負わせることは不可能。

 幾百万の魂を内包したその強度はまさに規格外の一言。加えて肉体そのものに施された術によって、もともと備わっていた抵抗力が加護というより呪い的な強度をほこるにいたる。

 ただしこの抵抗力はアーチャー本人が意図して纏っているモノではなく、無意識に放っていることから出力等の調整は不可能。その為、自身が有するスキル、宝具以外の外的補助、加護、治癒等を受け付けない。

 

・騎乗  :B

 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

 数多の魂を内包し、その経験、記憶を記憶する事で類稀な騎乗の能力を経ている。野獣ランクなら問題ないが、彼本人の願望とは神に弓引く行為であるために、聖獣以上のランクを有するものとは相性が悪い。反面、魔獣ランクものとの相性は例外的に良い。

 

・単独行動:EX

 マスター不在でも行動できる能力。

 水銀の介入(汚染)により、大聖杯自体に直結している為、マスターの供給というものは基本的に必要はない。憑代の一部はアーチャーのものであったため、パス自体は存在する。

 なお、現世に顕現する為に器となる小聖杯を解しているため、これを失った場合像の維持が困難になる。

 

・狂化  :EX

 彼が求める願望。矜持とするただ一つに対する狂信の度合いを示す。

 普通に言葉が交わせることから一見理性があるようにも見えるが、その根底が壊滅的なまでに狂っている為、アーチャーへの意思疎通は事実上不可能。

 全てを愛し、他者の壊れる刹那に美々しさを感じるアーチャーの感性は議論の余地もなく逸脱しているだろう。その為、彼の美意識は誰にも理解できないし、誰に理解してもらおうとも思っていない。ただただ思うが儘、万人を破壊(あい)するだけ。

 

 固有スキル(詳細)

・墓の王 :-

 彼が保有する宝具の恩恵。また死人の軍勢を率いるという彼の心象風景の表れでもある。

 幾百万もの魂を喰らい、比類なき強度と経験を経た彼はその情報を己のものとして引出し、十二分に行使する事が出来る。また、この能力は宝具の発動を問わず、彼の内、魂に溶けた情報の影響であるため、状況に合わせてどれをと選び思考する必要はなく、無意識下で最適な情報を選択する。その為、本質的には指揮官であるアーチャーが、歴戦の英雄をも一蹴する剣戟を可能とさせている。

 

・カリスマ:EX

 本質的に備わっていたカリスマが、水銀との邂逅によって開花された軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。

 団体戦闘に置いて自軍の能力を向上させるモノであるが、アーチャーのそれはもはや呪いといって相違ない。常人なら一目で畏怖を覚え、首を差し出せと言われれば何の疑問もなく喜んで命を絶つというほど。

 抵抗力の低い、あるいは気概もない者なら、英霊といえども例外ではなく、彼の一声で押しつぶされる様な重圧を受ける。能力というより最早無差別に放たれる攻撃の類。

 

・既知感 :EX

 ありとあらゆる物事に対するある種の達観性。EXはその境地とも言えるべきランクであるが、“悟り”とはまた別のもの。

 所謂デジャヴ。直面する結果だけではなく、その過程でさえも発生する既知感は、その結果すらも植えつける。また、それはこうなるだろうという経験等の累積による錯覚ではなく、実際に起こりえる未来予知レベルの感覚。

 能力的に見るのなら“直感”等に類する良スキルのように思えるが、この感覚に常時陥っている彼は基本的に物事に対する感動、期待感を奪われている状態にある。

『万象全てに悦も不快すら抱けないのなら、それは死人と同じ』

 その為、彼は“既知感”からの解脱を強く望み、“未知”を、自身の全力をぶつけ合える強敵との耐える事のない闘争を求めることになる。彼の行動原理となったモノの一つ。

 

・魔名、魔業(愛すべからざる光):EX

 近づこうものなら災いを、乞い願うのなら相応の対価(魂)をという、その名に違わぬアーチャーの本質を言い表した魔名。

 さわらぬ仏に祟りなしと、仏とソレを比べるのははばかられるが、どちらも畏敬するということでは変わらないだろう。恐れ敬うという行為の本質は、即ち頼むから暴れてくれるなという恐怖の現れにある。

 実際、戦時において敗北を認められないものたちの目には、“敗北”の無い終わることのない戦場というものは救いに映ったのかもしれない。だが、真に終わらない、尽きることのない戦場ということは即ち、“敗北”もなければ“勝利”もないという矛盾を孕んでいるということに他ならず、その事に気づかぬまま戦奴として狂えた彼等は幸せだったのか、あるいはその指揮者たるラインハルトがそれほどまでに魅せる魔の者だったということだろうか。

 本人に確たる呪いを与えたのは名ではなくとある影法師との邂逅だったが、周囲に厄災と戦火を振り撒くという意味ではこれもまた紛うことなき呪いの類いだろう、

 

 

 宝具

・黄金聖餐杯(ハイリヒ・エオロー)

 ランク :EX

 種別  :対人宝具

 レンジ :0

 最大捕捉:1人

 

 アーチャーが持つ魂の強度、彼が得て喰らったその総数。そしてその肉体に何重にも施された術によって、対物理、対魔術、対神秘、おおよそ攻撃という攻撃に対して異常な耐久力を得ている。

 事実上、宝具であっても彼に傷をつけることは出来ない。

 

(捕捉)

 アーチャー(ヴァレリア)の場合と同じく、その器は“纏って”いる状態な為常時発動の宝具。

 決定的なダメージを与えるには、所有者の魂の総量以上の神秘、密度を持った攻撃をぶつけない限り有効打が入らない。

 宝具となった器(肉体)が本人のものであるため、亀裂が生じることはない。正攻法以外に対抗する術は原則なく、正に完全無欠の鎧である。

 

 

・聖約 運命の神槍(ロンギヌスランゼ・テスタメント)

 ランク :A+

 種別  :対人宝具

 レンジ :―

 最大捕捉:1人

 

 宝具としてのランクもさることながら、その扱いの難易度な高さも一線をがす、掛け値なしの宝槍。使用には持ち主を槍が選定するという代物。

 “駆けよ 黄金化する白鳥騎士”と同じく、投擲武器としても使用できるが、威力は別もの。

 

(補足)

 宝具としてのランクは比べるまでもなく最高ランクであり、その“浄化”の力はただの一振りで万物をかき消す。発現から纏う極光も同様の効力があり、常人は見ただけでも精神を焼かれるレベル。

 “聖槍”を一時的に投擲武器として使用するのではなく、本来の所有者として発現から常時使用できる。無論投擲も可能であり、本来の所有者であるアーチャーが投擲したのなら、まずもってして半端な防御は命取りとなる。また、この聖槍に貫かれた場合、ラインハルトが欲し認めた場合に限り、対象へ聖痕(※1)を刻むことができる。

 

 

・至高天・黄金冠す第五宇宙(不完全)

(グラズヘイム・グランカムビ・フュンフト・ヴェルトール)

 ランク :EX

 種別  :結界宝具

 レンジ :1~99

 最大捕捉:1000人(正確には測定不能)

 

 種別的には“結界宝具”に類するが、現実、事象への侵食力と強制力が共に異常に高い。

 彼が望む“全力に応える舞台”を作り上げるため、その源泉に描かれた城(グラズヘイム)を作りだし相手を城の内部に飲み込む。

 城(グラズヘイム)とは彼が生前喰らった魂、その髑髏で形作られている。アーチャーはこの魂達を城の形成以外に兵士として使用可能である。他、銃等の武器、戦車等の兵器として形成することが可能。

 

(補足)

 顕現する世界は彼の願望の一つ、“万象全てを愛している”と言う“破壊の慕情”を示すための舞台を作り上げる。即ち、“死者蘇生”による“絶えることの戦場”の形成。そのため、宝具が完全に展開されていた場合、領域内で死亡した命は彼の城に取り込まれ、終わらない戦に駆り立てられる戦奴とされてしまう。また、取り込まれた魂たちはアーチャーと直結している為、その総数=そのままアーチャーの自力にプラスされていく。そのまた逆も然りであり、髑髏の兵士たちの自力もアーチャーの軍団として自力が一定域より上に底上げされている。

 現実への干渉力はすさまじく、作中の全力を制限された状態であっても街一つは容易く飲み込む。仮に、彼が万全であるのなら、その効果範囲は一国をすら飲み込むだろう。

 

 

・???????・????

 ランク :EX

 種別  :対???宝具

 レンジ :規格外

 最大捕捉:測定不能

 

 本作未登場の第四の宝具にして秘奥。

 その様はまさに地獄の具現であり、万に一つ実現したのなら、天地万物は灰塵と化すだろう(誇張無し)。

 

 






 やっちゃった(満足気
 どもです。お時間いっぱい頂きましたが、何とか登場させたサーヴァントの設定を上げられましたです。いろいろと遊んだような文章(設定)ですが、おおむね原作を再現できているかと。個人的にはかなり削っているんですけどね。いや、このイレギュラーさん見たら分って頂けると思いますけど、そら他のキャラAランク以上とかポンポン出せませんよ(震え
 ……さ、さって、続編頑張りますですよ!! それでは!


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