竜鱗の遊び手 (金乃宮)
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プロローグ

この作品は、にじファンにて連載していたものの転載版です。
基本的に内容は変わっていません。




   ●

 

 

 私が今まで育った村が、炎に包まれていた。

 

 

   ●

 

 

 私のいる村は、かなりの田舎にあった。

 人口はせいぜい250程。村の全員が顔見知りだった。

 困ったときは助け合い、個人の祝い事でも村中で祝う、そんな場所だった。

 

 そんな温かい所だったから、18年前に森の中に捨てられていた赤ん坊である私の事も、きちんと育ててくれた。

 その特殊な生い立ち故か、村人全員から家族のように接されている。

 かく言う私も、村の皆の事を父や母、兄弟姉妹のように思っている。

 思い思われることをうれしく思い、私自身も彼らの為に動いた。

 田舎町で、大きな町の人からは不便だと言われもするが、そんなものは気にせず、みんなの笑顔を見ながら暮らしていった。

 そして、そんな暮らしが永遠に続くと、信じていた。

 

 

   ●

 

 

 私たちの村では適材適所で仕事をこなす。

 

 若く力自慢の男たちが力仕事を担当し、女たちは家事をこなす。

 子どもたちは良く学び、よく食べ、よく眠り、よく育つのが仕事で、体力の衰え始めた老人たちは親が忙しい間子どもたちの面倒を見ている。

 何せ村中が一つの家族のような村だから、人の家の子だからと言っても自分の孫のように感じているのか、とても楽しそうに遊んでいる。

 かつては私もその中で遊び、老人たちの豊富な知識を分け与えられ、様々なことを学んできた。

 森にある食べられる食材の事、狩りの事、人との接し方の事……。

 様々なことを教えられ、そして私もいつかは教える側になるのだと思っていた。

 

 

   ●

 

 

 そう、思っていた。

 

 

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 私は男で、体もしっかりしていたから当然力仕事組だった。

 その日はそういう若者十数人で森に木を切りに行った。

 私たちは村中の薪を確保するため、毎年決まった時期に一週間かけて何本もの木を切り、それをさらに細かく割って各家に配る。

 そうして皆で一丸となり、厳しい冬を乗り越えるのだ。

 それぞれができることをやり、できない者の事を支え、皆が互いを支え合って生きていく。

 そうやってこの村の人々は生きてきた。

 その時も一抱えほどの太さがある木を切り倒し、その前に切った二本の木と合わせて村に持ち帰るところだった。

 持って帰って村の広場で細かく割って薪置き場に置けばその日の仕事はおしまいだった。

 同じことをあと6回繰り返せば、その年の冬は村中の人が温かい家で過ごせるようになる。

 毎年の事を思い出し、そういう計算をして、必要最低限の量の木を切り、その木の枝をもともと木が生えていた場所の近くに刺し、自然に感謝をささげながら村に帰った。

 

 

   ●

 

 

 結果的に、その計算も、その仕事も、全部無駄になった。

 

 

   ●

 

 

 村に帰る道で、ふと妙な気持ちに襲われた。

 どうも、薪の使用量の計算が合わないような気がしてきたのだ。

 何度も計算して、いろいろな者に確かめてもらい、全員同じ結果が出たはずなのに。

 

 村で使う薪は、これの5倍くらいではないか?

 

 ……いや、4倍でも多すぎる。

 

 ……いや、もっと少なくても――。

 

 

   ●

 

 

 村の惨状を見たのは、薪の量を昨年の半分にしても良いと思い始めた時だった。

 

 

   ●

 

 

 村が見えてきて、最初に気が付いた異変は、炎だった。

 村の周りを取り囲むように炎の壁がそびえたっている。

 しかも、その炎は普通ではありえない色をしていた。

 そのことに驚きつつも、誰かが放った火なのだろうと考え、砂や水をかけたが全く消える様子がない。

 それでも中に入らないわけにはいかなかったので、全員で頭から水をかぶり、火の壁に飛び込んだ。

 

 

   ●

 

 

 壁の中は、地獄だった。

 

 多くの村人たちが逃げまどい、炎の壁に行く手を阻まれ、別の場所に逃げて、と言うのを繰り返していて、皆パニックになっていた。

 

 そしてその中心には化物がいた。

 

 輪郭だけは人間のようだが、人間は3メートル近い身長をしていないし、手も左右二本ずつ持ってはいない。

 それに何より、その化物には頭が二つ、しかも牛と馬の頭がついていた。

 

 その化物は二つの頭の視線をそれぞれ別の方向に向けると、『すうぅぅぅぅぅ……』と空気を吸い込んだ。

 するとその視線の先にいた村人数人の体がいきなり燃え始めた。

 村を囲む壁の炎と同じ色の炎で燃え上がった村人たちに向かって、化物はさらに空気を吸い込み続ける。

 すると、村人たちを燃やす炎が化物の口にすうっと吸い込まれていき、完全に炎を吸い込まれた村人の姿はフッと消えてしまった。

 化物の目的はその炎を吸い込むことなのか、吸っていた数人が完全に消えると、また他の村人たちを燃やし、炎を吸い取り始めた。

 

 不思議なのは、その光景を私と一緒に見ていたはずの男が、

 

「てめえ、何者だ!! ここで何してやがる!!」

 

 と叫びながら化物の方に斧を片手に突っ込んでいき、また炎となって吸い込まれていったことだ。

 また駆け出して行こうとする男に向かって、先ほどの二の舞になるぞ、と忠告したが『???』とよくわかっていないという顔をされた。

 どうも、炎となって吸われた者の事を忘れているようだ。

 

 そして、そのことに思い至ったとき、これまでの違和感も消えた。

 ここに来たとき、すでに半数の村人が消えていたとしたら、薪の量を間違えたのも納得がいく。

 消されて、忘れてしまったのだからその人の分の薪はいらなくなり、結果的に薪の量は少なくなる。

 他の者は違うようだが、私は目の前で消された人たちの事を覚えている。

 ならば私が見ていないところで消された他の者たちの事も思い出せるかと思ってやってみたが、名前とうっすらとした印象しか思い出せない。

 そして、この現象を今もなお起こし続けている化物に怒りがわいてきて、私は斧を持って化物に突っ込んで行った。

 

 

   ●

 

 

 だが、体格はおろか、手数まで倍ほど違う化物と私とでは最初から勝負になるはずもなく、今まで見ていた情報から吸われないようにちょこまかと動いて化物の苛立ちを買い、殴り飛ばされて近くにあった空家(今まで気のいい夫婦が住んでいたはずの家)の壁を突き破って動けなくなっただけだった。

 ものすごい力で吹き飛ばされ、家の壁を突き破るほどの衝撃を受けてもなお、私は気を失うことはなかった。

 だが、体の方はさすがに指一本動かせず、ただただ化物に村人が、家族が吸われていくのを黙ってみていることしかできなかった。

 

 私の事を子どものころから特にかわいがってくれた、セリオンばあさん。

 

 悪さをすると厳しくしかってくれ、それでも時々は優しかった、シュラおじさん。

 

 同い年で特に仲が良く、『貰い手がいなかったらお嫁さんになってあげる!』なんて言っていた、ロザリンド。

 

 生まれたばかりで、私が抱っこしてやるとどんなにむずがっていても泣きやみ笑ってくれた、アデル坊や。

 

 みんな、みんな、化物に吸われて、消えていってしまった。

 

 そして、全員吸い終わったのだろう化物が、食べ残しである私の方に歩いてきた。

 

 どうしようもない喪失感に、叫んだ。

 

 体に力は入らず、声も出ない。

 

 その状況でも、ただ、声なき叫びを、放ち続けた。

 

 

   ●

 

 

 憎かった、あの化物が。

 悔しかった、何もできない自分が。

 

 ――だから、求めた。

 

 ――力を。

 

 

   ●

 

 

 (力を、求めますか? ――以上)

 

 声が、聞こえた。

 

 (力を、求めますか? ――以上)

 

 力を欲するかと言う、抑揚の全くない女の声が。

 

 幻聴かと思った。

 危機的状況が故に自身で生み出した幻だ、と。

 

 だが、たとえ何も意味がなくとも、すがってみたいと思った。

 だから。

 

「……欲しい。欲しいとも」

 

 言葉を返した。求めるという言葉を。

 

 (そのためには、あなたのすべてが失われます。よろしいですか? ――以上)

 

 だから、返事が返ってきたことに少々驚いた。

 

 (あなたの全てを代償に、あなたは万能の可能性を手に入れます。欲しますか? ――以上)

 

 さらに訪ねてきた。少々しつこい幻聴だと思ったが、返した。

 

「……もとより、私のすべてはあの化物に奪われた。私はもう空っぽだ。だから、この理不尽を止める力を、私にくれ……! そのためならば、私のすべてを差し出そう!」

 

 私の力を求める叫びにまた、幻聴が返ってきた。

 

 (契約、成立しました。 ――以上)

 

 

   ●

 

 

 契約成立の声の直後、私の中の何かが、私を構成する大切な何かがすべて洗い流され、空っぽになった私の中に、何か大きなものが入り込んできた。

 その間、私はゆらゆら揺らめく天色(あまいろ)の炎に包まれていた。

 そして私の中に何かが完全に入ったとき、私を包んでいた炎も消えていて。

 

 目を開けると、体の痛みは気にならなくなり、力が湧いてくるのを感じた。

 同時に驚きを隠せない様子の化物が、それでも私に向かって右肩から生える二本の腕をたたきつけようとしているのが見えて、急いでその場を飛び退いた。

 すると、この家に飛び込んだ時と同じように飛び退いた方の壁を突き抜けて外に飛び出してしまった。

 

 しかも、大した痛みも感じない。

 私としては壁際まで飛び退くぐらいのつもりだったが、思いのほか力が強くなっていたようだ。

 

 そのことに驚いていると、先ほどの幻聴がまた聞こえてきた。

 

「自分の中にある力を自覚してください。さもなくば、また周囲を無駄に壊すことになります。――以上」

 

 さすがに幻聴だとは思えないほどはっきりと聞こえた声の出所を探るために周囲を見渡すと、視界の端に見慣れないモノがあった。

 

 それは、木を削り取って形を整えただけと言うような、木目のはっきり浮かんだ正立方体を三つ紐でつなげただけの簡素な首飾りだった。

 それを首にかけたまま掌に載せいろいろな角度から眺めていると、

 

「……私に興味を持つのも結構ですが、今は目の前の敵に集中すべきかと。――以上」

 

 と言う声が掌から聞こえた。

 

 正確には掌の上の立方体から聞こえたのだが、そんなことを気にするまもなく先ほどの家から化物が出てきて、こちらに向かって飛び掛かってきた。

 さすがに私を吹き飛ばしたあの一撃をまた喰らうのは嫌なので、真っ直ぐ突っ込んでくる化物にタイミングを合わせ、二本の右腕を振りかぶってこちらに突き刺そうとする化物の右側へ飛んだ。

 すると、体格差からちょうど殴りやすそうなところに化物の脇腹があったので、思い切り殴ってやると化物はいい勢いで吹き飛ばされていった。

 

 離れたところにある空家が破壊されるのを見ながら、私は今の一撃の威力を量る。

 見た目は全く変わっていないのにもかかわらず、ずいぶんと強くなっているようだ。

 

 そんなことを考えていると、また首飾りから声が聞こえてきた。

 

「自分の中に渦巻く力をイメージして、それを自由に操れるようになってください。そうしないと無駄に力を消費して、倒れてしまいます。――以上」

 

 そう言われてもよくわからないが、とりあえず言われた通りに体の中にある力を頭の中でイメージし、それを右手に向かって流れを変えるイメージを形作った。

 すると本当にゆっくりとだが、右腕に力がたまる感じがして、ある程度たまると腕全体に天色(あまいろ)の炎が纏わり付き始めた。

 

 本来ならば有り得ないそのことに驚いていると、また首飾りから声が聞こえた。

 

「前方にご注意ください。――以上」

 

 その声に前を向くと、壊れた家のがれきを押しのけた化物がこちらに向かって炎の塊を投げつけてきたところだった。

 あわててよけようとするも、力をすべて右腕に集めてしまっているおかげで大して飛び退けず、避けられはしたものの転んでしまった。

 転んだ姿勢のまま化物の方を見ると、体勢を崩したのをチャンスと見たのか十発ほどの炎の塊を投げつけてきていた。

 さすがにこの状態からよけることはできず、先ほどまで考えもしなかった防御を行った。

 何かしらの防具があればいいのにと思いながら、おそらく今一番強度が高いであろう右腕を前に出して身を守ろうとする。

 

 直後に炎の塊が着弾し、爆音が連続して響くが音以外の衝撃はなく、衝撃に備えて閉じていた目を開けると、そこには鉄色の壁があった。

 

「……?」

 

 何事かと思ってよく見ると、その壁は小さな鱗状のモノの集まりであり、板の向こう側から煙が上がっていることから、どうやらこの板が私を炎の塊から守ってくれたらしい。

 誰が出したのかわからないが、このままでは化物の姿が見えないので横にどかそうと思って壁のふちに手を伸ばすと、壁は手が触れる前に横にスライドしていった。

 

 壁の向こうでは化物がこちらをじっと見ている。どうやら警戒しているようだ。

 

「その鱗の名は、罪片(ざいへん)。私の体の一部が具現化したものです。――以上」

 

 と、いきなり首飾りから聞こえた声に、私は質問を返した。

 

「……と言うことは、これは君の力かね?」

「いいえ、確かにこれは私の一部ではありますが、あなたの意志なしでは現れることは有りません。これは私と、あなたの力です。――以上」

「……なるほど。つまりこれは、私の思うがままに出せて、私の思うとおりに動く盾なのだね?」

 

 確認のために尋ねた問いに、しかし感情のこもっていない平坦な声は否定を返してきた。

 

「いいえ、これは盾ではありません。これは私の鱗であり、役割はあなたが決めることです。――以上」

 

 その答えに、私は少々戸惑った。

 

「役割は私が決めること……? ――つまりこの鱗は、役割が決まっていない……?」

 

 その思考時間を隙と見たのか、化物が私に向かって突っ込んできた。

 私はそれを見ながら考える。

 

 「……いや、決まっていないわけではない……。つまりは……」

 

 そうしているうちに化物はあと三歩の位置まで来ている。

 それを確認した私は、

 

 

 鱗の板を化物の胴体に叩き込んだ。

 

 

 胴体に固い板による掌底を喰らった化物はまた少し吹き飛ばされ、広場の真ん中にあおむけになって倒れ込んだ。

 

「……つまりは、私が願った役割を果たす万能の鱗、と言う訳だね?」

「はい。罪片(ざいへん)はあなたの求めに応じ、あらゆる形状をとり、あらゆる役割を持ちます。――以上」

「あらゆる形状……。と言うことは……」

 

 ある可能性を思い付き、手元に戻した鱗の板に意識を集中すると、

 

「……やはり、か」

 

 板から鱗が一枚一枚離れ、板は浮遊する鱗の集まりに早変わりした。

 これを任意の形に組み替えることで、様々な場面に対応させる気なのだろう。

 そのうちの一枚を手に取ってみると、大きさは掌に乗る程度、先ほどの攻撃を防げたとは思えないほど薄く、しかしそのふちは刃のように鋭かった。

 

「ふむ、これだけ鋭ければ……」

 

 そう考え、何とか起き上がろうとしている化物の方に全ての鱗の鋭い側を向けて、

 

「こういうこともできるのかね?」

 

 一斉に突撃させた。

 

 

   ●

 

 

 全身を鱗に貫かれた化物は、今まで自身が放っていたのと同じ色の炎となり消えた。

 それを確認した後、私が出したという鱗も消し、炎の消えた村の中を見て回ることにした。

 だが、村の中には誰もおらず、それぞれの家にも何もなく、空家が並ぶだけの廃村になっていた。

 そのことを確かめた後、私は今まで私が住んでいた家に入って休むことにした。

 その家も空家になっていたが、とりあえず外観は無事だったためよしとする。

 

 なにも無くなった我が家の中で、私は座り込み、壁に寄りかかりながら胸元の首飾りに話しかけた。

 

「……さて、いろいろ聞きたいことは山のようにあるが、とりあえず片っ端から片付けていこうと思う。まずは、君は何者だ? 首飾りの妖精かね?」

 

 少々ふざけた言葉に、しかし首飾りは全く感情がこもらない声で答える。

 

「いいえ、私は首飾りの妖精ではありません。私は“紅世の王”、“(ごう)の焱竜《えんりゅう》”レヴィアタンと申します。そしてこの首飾りは、私が意思を表出させる神器『ノア』です。 ――以上」

「ふむ、なるほど。――さっぱりわからんね」

 

 あまりにも多くの情報が一度に出てきたため理解ができなくなってしまった。

 そのことも予測していたのか、レヴィアタンは淡々と続ける。

 

「簡単に理解できることではありません。これからじっくりと説明させていただきます。……ですが、それに先駆けて、私の方から質問がございます。――以上」

「……? 何かね?」

「あなたの名前をお聞かせください。――以上」

「……ああ、そうか。そういえばまだ名乗っていなかったね。私の名前は、ミコトだよ」

「……? それだけ、ですか? 普通は姓があると思うのですが。――以上」

「ああ、私の育ちは少々特別でね。この村の全ての人たちが家族だったんだ。だから私の姓はこの村のすべての姓を並べたモノになるのだが、さすがにそれでは多すぎる。全部で50程あるからね。――だから、私には特別に名乗る姓はない。私はただのミコトだ」

「そうですか。……ではミコト様、これから長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。――以上」

「ああ、よろしく頼むよ、レヴィ君」

 

 

 こうして、二人で一人、一人にして二人の遊び人がこの世界に誕生した。

 

 

   ●

 

 

 互いの自己紹介が済んだあと、私はレヴィ君から様々なことをきかされた。

 

 先ほどの化物、“紅世(ぐぜ)の徒《ともがら》”について。

 私という、フレイムヘイズという存在について。

 そして、“紅世(ぐぜ)”とこの世界を脅かす、『この世の歪み』と『大災厄』についても。

 

「……つまり君は自分の世界を守ろうと、自分勝手なことをする同胞たちに罰を与えるために“紅世(ぐぜ)(ともがら)”を憎む者たちと契約し力を与え戦わせる、ということかね?」

「概ねその通りです。――以上」

「つまり、私と同じ悲劇を経験した者は私以外にもたくさんいて、あの化物のような奴らがまだまだたくさんいて、私と同じ悲劇を経験する者もたくさん出てくると、そういう訳かね?」

「はい。今までも私たちの同胞は数多く渡ってきていますし、これからもそれは途切れることはないでしょう。――以上」

 

 それをきいて、私は大きく息を吐き、

 

「正直、あの化物と戦った後でなければ酒飲みの戯言と笑い飛ばしていても不思議ではない話だね」

「あの化物と言いますが、先ほどの“(ともがら)”は大したことのない部類の者です。 さらに強力な力を持つ、“紅世(ぐぜ)の王《おう》”もこちらに渡ってきているでしょう。あなたには、そういった者たちの相手もしてもらわなければなりません。――以上」

「……あれでも大したことないのか。ならば普通の人間では手も足も出ないということだね……」

 

 そう言いながら、かつての自分、人間だったころの自分の無謀な突撃を思い出し、苦笑する。

 

「……それで、あなたはこれからどうしますか?――以上」

「? どうする、とは?」

「これからあなたはどのように動きますか? 今までこちらの人間と契約し、すぐに契約を破棄されて戻ってきた同胞たちは何人もいます。訳の分からぬまま勢いで契約を結び、とりあえずの危機を乗り越えた後に詳しい事を聞かされて恐れをなしてしまったからだそうです。……あなたはどうしますか?――以上」

 

 その言葉に、私はうつむいて考える。

 確かに、これからもあのような化物と、さらにはもっと強い者たちと戦い続けなければならないというのは少々怖い。契約を破棄する者が出るのも頷ける。

 

「……契約を破棄した場合、私は人間に戻れるのかね?」

「――いいえ。一度フレイムヘイズになったものは、元に戻ることは有りません。契約を破棄した場合、あなたはこの世界から完全に消滅することになります。――以上」

「……そうか……」

 

 ある程度予想はできていたこととはいえ、それでもはっきり言われるときつい。

 私はもう人間ではないと、化物なのだと宣告されたのとおなじなのだから。

 

 ……もう、他の者たちと同じようなつまらなくも平凡な人生は送れないのか……。

 

 人間として友と笑いあうことも、人間として家庭を持つことも、自分の子どもを抱くことも、もう不可能な事なのだと、そうはっきりわかってしまった。

 

 では、自分はどうするのか。

 

 その事実を抱いて、それでも生きていくのか。

 それとも、それを投げ捨てて消滅を選ぶのか。

 

 ……せっかく助かった命だ、消えていくのはつまらないね……。

 

 ならば、生きていくにしてもどうやって生きていくか。

 

 正直言って、“紅世(ぐぜ)の徒《ともがら》”という存在に対しての憎しみというモノはあまりない。

 村の家族たちの仇はもうとってしまったし、同じような存在だというだけで他の“(ともがら)”を殺していくというのもやる気が出ない。

 かといって、目的が無ければ生きていくのは難しい。

 『目的を探す』こと自体を目的にする、ということも考えられるが、それもなんだか味気ない。

 

 ……さて、どうしたものか……。

 

 思考に詰まって、何ともなしに窓の外、雲一つない空を見る。

 そして、真っ青な空をながめ、ふと思う。

 

 ……そういえば、つい最近この色をどこかで見たな……。

 

 空以外でこのような色を見たことがあっただろうか?

 

 少し考え、そしてすぐに思い出した。

 

 ……炎の色か……!

 

 そう、契約の時と、化物との戦いのときに見た炎の色だ。

 それは契約した王、レヴィアタンの色であり、その契約者である私の色でもある。

 

 ……自分の色を忘れるとは、私も耄碌したのかねぇ……。

 

 若い体で時を止めた体を持ちながら、そんなことを考える自分に苦笑を覚える。

 

「…………? ――異常。――以上」

 

 いきなり笑い出した私を見てレヴィ君が何か言っているが、大したことではないと思うので無視する。

 

 そして一つ、目的になりそうなことを思いついた。

 

 私はぴんと立てた人差し指の先端に鱗を、『罪片』を呼び出す。

 

「レヴィ君。決めたよ、私のこれからの事を」

「……どうしますか。――以上」

 

 静かに語りだす私に、レヴィ君は同じく静かに返す。

 

「私はもう仇を討ち果たした。そして、同じ存在だからと言って“紅世(ぐぜ)(ともがら)”をすべて滅ぼそうなどとは考えられない」

「……それでは……。 ――以上」

 

 契約の破棄を恐れているのか、レヴィ君の声の調子が下がる。

 それを私は指の上に浮いた罪片をくるくる回しながら聞き、そして言葉を放つ。

 

「ただし、だからと言って契約破棄もしない。せっかく助かったのだからね」

「……!――以上」

 

 驚きにも『――以上』をつけることに少々のおかしさを感じながら、言葉を続ける。

 

「かといって、目的が何もないままふらふらと過ごすのは死んでいるのと何も変わらない。それでは意味がないし、つまらない」

 

 もはやなにも返してこないレヴィ君に、私は話し続ける。

 

「だから、私はずっと、何を目的にしようか考えていた」

 

 そう言いながら、指先で回転させていた罪片をさらに早く回し、その軸を手ごろな壁に向けて、罪片を飛ばす。

 そうすると、罪片は壁にぶつかり、がりがりと音を立てながら壁を削って、そしてすぐに穴をあけて壁の向こう側に飛んでいき、見えなくなった。

 

 だが、戻って来いと思うだけでそれは叶い、向こう側から壁を突き破って罪片が私の手元に返ってくる。

 その罪片に、私の中に渦巻く力、『存在の力』を籠めてみると、罪片は天色の炎を纏う。

 

「『存在の力』、そしてそれを使うことで在り得ぬ不思議を現出させるという『自在法』。……実に興味深い。これを突き詰めていくことはかなり楽しそうだ」

「……と、言うことは……。――以上」

「ああ、自在法の研究。当面はこれを目的とした旅に出る。もちろん、その途中で見つけた“紅世(ぐぜ)の徒《ともがら》”とは戦うが、それを第一の目的とはしない。途中で自在法に詳しい者がいたらフレイムヘイズ、“(ともがら)”問わず話を聞く。そして、新しい興味の対象ができたらそれに取り組む。要は楽しみながら遊び歩く、ということだ。……それでいいかね? レヴィ君?」

「……“(ともがら)”との戦いを拒否しないのであれば、それで十分です。――以上」

 

 少々の沈黙ののち、感情の伴わない声によってもたらされた答えに、私は安堵を覚えた。

 

「そうかね、感謝する。……ではとりあえず、しばらくはこの村に留まってできることの確認と行こう。それに、まだまだ聞きたいことは山ほどあるからね」

 

 そう宣言し、私はその通りに動き出す。

 すべてを失った場所で得た、無感情な友と共に……。

 

 

   ●



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第一話

   ●

 

 

 廃村に留まること早数日、私は『罪片』でできることを確かめ続けていた。

 

 そしてその結果、これは何でもできる鱗だということが再確認できた。

 薄くて鋭いため攻撃力は高いし、その薄さのわりに硬いため防御にも使える。

 さらに、出すときに大きさも設定できるようで、私の体が楽に隠れるほど大きなものから、砂粒ほどにしか見えないぐらい小さなものもできた。

 さすがに、大きいものだと消費する『存在の力』も多いようだが、逆に言えば細かいものならば大量に作っても大丈夫、ということになる。

 

 また、消費する『存在の力』は生成する『罪片』の大きさに大体比例するようだ。

 操作についてはなかなかに難しく、一つにまとめて動かすのならばいくらでもできるのだが、個別に動かすのはまだまだ五つ(五組)くらいがやっとだった。

 その代り、体に鎧として纏うこともできるようで、服の下にでも纏っておけばいざという時に役に立ちそうだ。

 鎧とする場合は考えて動かさなくても体に合わせて動かせるから、かなり楽になる。

 存在の力を消費するのは出すときのみで、出し続けている分には何ら消費されないらしい。

 しかも、『罪片』を消すとほんの少しばかりだが還元され、戻ってくるようだ。

 

 以上が、この数日で判明したことだ。

 

 逆に言えば、それ以外の事はわからない、ということになる。

 何せ、参考にできるモノが全くない。

 レヴィ君は『思った通りの事ができる』と言っていたが、それはつまり想像力の限界ができることの限界になる、ということだからだ。

 

 ……ここらで一つ、同業者(フレイムヘイズ)実験台(ともがら)でも出てこないかねぇ……。

 

 そんなことを考えていたからだろうか、唐突にナニカ妙な感じを覚えた。

 

 私はその時行っていた『罪片』の鎧化の操作を中断し、胸元のレヴィ君に尋ねる。

 

「レヴィ君、何かねこの感じは? あちらの方に何かを感じるのだが……?」

 

 私が向いた方向にあるのは、“違和感”だった。

 人間の中に、一匹だけ狼が混ざっているような、そんな違和感。

 気のせいかとも思ったが、そうではなかったようで……。

 

「はい、これは“徒”かフレイムヘイズの気配です。今はまだどちらかわかりませんが、おそらくはフレイムヘイズでしょう。――以上」

「ほう、その根拠は何かね?」

「はい、今この場所は多くの人々が喰われたことにより、大きな歪みが発生しています。歪みのある場所には“徒”がいるというのはフレイムヘイズたちの中では共通認識ですので、この地にいると思われた“徒”を討滅しに来るのは自然な成り行きであると思われます。――以上」

 

 ……なるほど、一理あるね……。

 

「それに、あちらもここにいる私たちの気配を感じていると思われます。下手をすれば先制攻撃を仕掛けられる場合もあるかと。――以上」

「なるほど、ならばどうするべきかね?」

「はい、まずはともあれ顔を出して自らをフレイムヘイズだと明らかにすべきかと。その後、相手が“徒”ならば交戦、あるいは逃走を行い、フレイムヘイズならばできる限り友好的に接し、情報の共有を行うべきでしょう。何分私もこちらに渡るのは初めてですし、貴方もこちら側の事情をもっと知りたいでしょうし。――以上」

「ふむ、それがよさそうだね。――ところで、来訪者が“徒”だった場合はともかくとして、フレイムヘイズに対してどのように接すれば友好的と見てもらえるのかね?」

「フレイムヘイズも元は人間ですし、普通の人間と同じように接して大丈夫だと思いますが……。……そうですね。例えば、自分が無抵抗であると両手を広げてアピールしたり、相手に向けて笑顔を見せたり、などはいかかでしょうか? ――以上」

 

「うむ、良い考えだ。私はいつも『笑顔が素敵だ』と言われていたからね。その程度ならば造作もないことだよ」

 

 方針が決まったところで、紅世の気配はもうすぐそこまで来ていた。

 なので自分の存在を認めさせるため、存在の力を高め、家から外に出る。

 

 すると遠くから人影らしき物が空を飛んでくるのが見えた。

 その人影は、麻の服にズボンをはいた男の物で、こちらの出した気配に気が付いてまっすぐ向かってくる。

 

 私は十分に互いの姿が視認できるようになるまで待ち、それから両手を広げて相手を迎え入れるようにしながら全力の笑顔を浮かべ、言った。

 

「やあこんにちは、フレイムヘイズの御仁。歓迎するよ」

「“徒”かぁ!! 死ねぇ!!!」

 

 相手からの挨拶返しは数十本のナイフだった。

 

 

   ●

 

 

「いやあすまん、見た目がアレだったからつい“徒”だと思っちまってなぁ」

 

 しばらく後、やっとのことで誤解を解いた私たちは、激突の余波でつぶされていなかった空家の中で向かい合って座り、話していた。

 

 ちなみに彼が言うには、『世界の歪みを感じ、そこに存在の力を感じたため向かうと、いきなりその力が膨らんだ。自分の存在に気が付いて臨戦態勢を取ったのだろうと思い、こちらも相応の準備をして向かうと両手両足が鱗に包まれた男が出てきた(よく考えたら先ほどまで『罪片』の鎧化の実験をしていて解除し忘れていた。うっかりしていたね)。しかもそいつは人をあざけるような好戦的な笑みを浮かべ(私としては精いっぱいの笑顔だったのだが……)、いきなり戦いを始めそうなセリフを言ってきたので、やられる前にやろうと攻撃をした』ということらしい。

 

 何ともひどい誤解があったものだ。

 

「俺は『千刃(せんじん)(かな)で手』ニコル・グレンダール。こいつは俺と契約した王、“剣創(けんそう)()”ガドレエルだ」

「よろしく」

 

 フレイムヘイズの男、ニコルから少々乱暴な口調で、その右手にはめられている質素な作りの腕輪から静かな男の声で、それぞれ挨拶が聞こえる。

 

「で、あんたは?」

「私はミコト。こちらは私の契約した王、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンだ」

「よろしくお願いします。――以上」

 

 私の自己紹介を聞いて、ニコルは眉を顰めた。何か妙なことを言っただろうか……?

 

「……なあミコト、あんたの称号は何だい?」

「……? 称号? そんなものはないが……?」

 

 その答えに、ニコルは何やら考え込んでいる。

 

「失礼ながら申し上げます。私はつい先日この方と初めての契約を果たしました。そして、契約をしてからフレイムヘイズに出会ったのは貴方様が初めてです。ですから、まだ私の契約者が名乗るべき称号は存在しないのです。――以上」

 

 レヴィ君の説明になにがしかを理解したのか、『ああなるほど』と言ってニコルは思考をやめた。

 

「レヴィ君、称号とは何かね?」

「称号というのは、フレイムヘイズが持つ固有の呼び名の事です。普通は使う能力などから決められます。また、決めるのはその姿を見た誰かであることがほとんどで、数は少ないですが自分自身という場合もあります。また、契約した王が同じ場合は同じ称号を引き継ぎます。――以上」

「さっき俺が言った『千刃《せんじん》の奏《かな》で手』ってのが俺の称号だ。普通紅世の関係者に名乗るときは契約した王の真名・契約した王の通称・フレイムヘイズの称号・自分の名前って感じで続けて言うのが慣例だ。少々長いがな」

「……なるほど」

 

 つまり、そのフレイムヘイズ特有の二つ名、と言う訳だね。

 

「まあ、お前の称号がなんになるかわからねえが、そのうちいつの間にかついてるもんさ。俺の時も出会って戦った“徒”から聞いたのが最初だからな」

 

 だったら私にもいつかつくのだろう。できればまともなものがついてほしいが。

 そんなことを話していると、ニコルは何かに思い至ったらしく、尋ねてきた。

 

「……ところで、あんたらはつい先日契約したって言ってたな。ってことは、この村はもしかしてあんたの……」

 

 それを聞いて、彼の言いたいことが理解できた。

 

 このあたりには人が喰われたことによる大きな歪みがあり、そこにはなりたてのフレイムヘイズがいた。

 それだけの判断材料があれば、その結論に達するのは容易だろう。

 

「ああ、ここは私が育った村だ。私以外は皆食われてしまったがね」

「……そうか、すまなかったな。知らなかったとはいえ、お前の故郷を荒らしちまった……」

 

 確かに、誤解が原因で彼と私は少しの間戦うことになった(正確には私の防戦一方だった)が、その時の戦闘の余波で村の一角が吹き飛んでしまった。

 ニコルはそのことを謝っているのだろう。……だが、

 

「別に気にしてはいないよ。もとより私が好きだったのはこの場所ではなく、この場所にいる私の家族たちだ。その彼らがいなくなった今、ここは単なる廃村でしかない。……思い出は全て私の中にある」

「……そうかい」

 

 呟くようにそう言うと、ニコルはしばしの間目をつぶり、

 

「……じゃあ、なんであんたはここに留まってるんだ? ここにはもう用はないんじゃないのか?」

 

 と、少々意地の悪い質問をしてきた。

 

 だが、先ほどの答えは本心からの物で、この問いの答えもきちんとある。

 

「なに、私は今自在法の研究に取り組んでいてね。そのための拠点としてここを利用しているだけだよ。ここなら普通の人間は寄り付かないからね」

 

 そう答えると、ニコルは納得したように頷き、

 

「研究ねえ……。そんなことを言ってると嫌な奴が出てきそうだな……。まあいい。それで、お前の自在法はさっき見せた鱗だろう? 俺相手に防戦できたんだから、もう立派なもんだと思うんだが、まだ駄目なのか?」

「まあ、この鱗、『罪片』単体に関してはもう十分だと思うのだが、これからどのように派生させていくか、という段階で行き詰っていてね。正直、そろそろ他の自在法を見てみたいと思っていたところだ」

「へえ、じゃあ俺は良いところに来たってわけか。……んで、何か得る物は有ったかい?」

 

「とりあえず、飛行の自在式とナイフ生成の自在式を見れたことはかなり幸運だった。一応私の『罪片』生成と似たような式だったが、その比較で他の物も作れるようになるかもしれないからね。それに、飛行に関しては今まで考えられなかったアイデアだ。ぜひ自由自在にできるようになりたいね」

 

 その言葉を聞いたニコルは、ずいぶんとおかしな顔をしていた。何かあったのだろうか?

 

「……あんた、自在式が見えるのか?」

「? 集中すれば見えるが、普通は見えない物なのかね?」

「普通に見えたら対策立て放題じゃねえか! 対象に直接式を撃ちこむようなことをしない限り自在式は目視できるようにはならねえ! それが普通なんだ!!」

 

 どうやら普通は見えないものらしい。私の場合は集中するとそのモノの中や周りに浮かんで見えるのだが。

 

「……なんで見えるんだよ……?」

「さあ、なぜだろうね? 私にもわからないよ」

 

 2人して頭をひねっていると、そこに声が響いた。

 

「“(ごう)焱竜(えんりゅう)”、あなたの力ではないか?」

 

 それは、ニコルの腕輪から響く、ガドレエルの静かな声だった。

 

「フレイムヘイズが訓練も無しにできることは、大体が契約した王の『本質』に関わることであることが多い。ならば、その本質を知ることができれば、あなたができることも増えていくだろう」

 

 どうやら彼は無口なのでは無く、必要なこと以外言わないだけのようだ。

 

「……なるほどな、確かにその通りだ。あんた、今のうちにあんたの契約した王の本質を聞いておきな。それに沿っていろいろ考えていけば、あんたのできることもどんどん増えていくはずだ」

「……と、言うことらしいが、レヴィ君、教えてくれるかね?」

 

 しかし、いつもならば私の質問にならばはっきり正確に答えてくれるはずのレヴィ君が、今回は黙ったままだった。

 

「………………。――以上」

「無言にもしっかり『――以上』とつける君の几帳面さには恐れ入るが、どうしたのかね? なにか言いたくない事情でもあるのかね?」

「いえ、そんなことは有りませんが……。――以上」

「ならば、教えてくれないかね? 私の今後に関わることでもあるのだからね」

 

 そう頼み込むと、彼女はついに根負けしたのか、ゆっくりと答えた。

 

 

 

「私の、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンの本質は、

 

 

 ――嫉妬です。――以上」

 

 

   ●

 

 

「私の本質は、他者の持つ能力を見て羨み、それを欲し、しかし自分の非才故に良い結果が出せず、また更に羨みを強くする……、その繰り返しにより生まれる嫉妬です。他者の才を憎み、羨み、己の非才を悔やみ、嘆く。常に罪深き炎で己を含めた万物を焼き焦がす。……それが私、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンの本質です。――以上」

 

 

   ●

 

 

 私の言葉に、私の半身たるミコト様を含む二人にして三人の沈黙が生まれます。

 当然でしょう。私の本質が、ミコト様の力の源たる私の本質が、そんな醜いものだと知られてしまったのですから。

 

 自分自身、この本質の事をあまり良くは思っていません。

 というより、私には生来良い感情という物がありませんでした。

 

 生まれた瞬間から、私の中にあったのは嫉妬の心のみでした。

 それ以降に得られたのは、周囲からの拒絶と、私が唯一持っていた嫉妬の感情より派生した、負の感情のみ……。

 

 他者の持ち物に嫉妬し、強欲の感情を得て。

 

 他者の境遇に嫉妬し、怒りの感情を得て。

 

 他者に嫉妬する自分に、嫌気の感情を得て。

 

 少しでも自分の嫉妬を抑えるために、虚栄の感情を得て。

 

 

 ――そうしていくうちに、私の心は暗い感情で埋め尽くされて行きました。

 

 

 何度も良い感情を得ようとはしました。

 ですが、いくら良い感情に触れても、それを理解することはできませんでした。

 私には、彼らがなぜそんなあんなふうに考え、行動できるのかが、全くわからなかったのです。

 

 それでも、いろいろな同胞たちと付き合い、様々なことをしました。

 その結果は、彼らの私に対する呆れと異質なものを忌避する感情を浴びせかけられただけでしたが……。

 

 そして、私の中には負の感情のみが、積み上げられて、罪上がっていきます。

 

 いつしかその思考錯誤にも嫌気がさし、自分の中の嫌なものを封じ込め、見ないようになりました。

 それは、自分の中にある唯一の感情を、封じることと同義です。

 

 

 ――そうして私は、感情をすべて押し殺していくことになりました。

 

 

 

   ●

 

 

 思考の渦から覚めてみると、ミコト様は難しい顔をして何かを考えていました。

 

「……失望、しましたか……? ――以上」

 

 違っていてほしいと願う反面、当然の事だとも思い続けています。

 誰も、自分の能力の起源が嫉妬(こんなモノ)だとは思わないでしょうし。

 当の私でさえ好きになれないモノを、いったい誰が受け入れられるでしょうか?

 

「信じられないでしょうが、これが私の本質です。嫉妬とそれから派生した負の感情しか持たない私は、こちらの世界ならばもしかしたら、という思いでこちらに渡ってきました。……ですが、フレイムヘイズの本分ではないそんな個人的なことに貴方を巻き込むわけにはいきません。御嫌ならばすぐにでも契約を解除しますが、いかがいたしますか?――以上」

 

 考え続けるミコト様に問いかけ、しばらくの沈黙の後、ミコト様はこちらを見て、言いました。

 

 

 

「――ああ、すまない。考え事をしていてね、聞いていなかった。もう一度お願いできるかね?」

 

 

 

 ……えぇーーー……。

 

 その瞬間私の中に広がったのは、驚愕とも懐疑とも違う、新しい感情でした。

 正の感情ではないのでしょうが、こんな感情も持てたのですね。驚きです。

 

「いえ、その……、私には嫉妬とそこから派生した負の感情しかないという話をして、そんなのは御嫌でしょうから契約を破棄いたしましょうか、という流れだったのですが……。私の話を完全に無視していったい何をお考えで? ――以上」

 

 ミコト様はそれを聞いて、納得したように頷くと、

 

「ああ、そういう話だったのか。いやね、君の本質である『嫉妬』をどのようにすれば『自在式が見える』能力にできるのか、というのを考えていてね。結局思いつかなかったのだが、君にはわかるかね?」

「……おそらく、嫉妬するためには相手の才能がわからなければなりませんから、私の嫉妬の前段階である『対象の才能を見て』、という性質の発現だと思いますが……。――以上」

 

 そう私が言うと、ミコト様は『ポン』と手を叩いて、

 

「なるほど、そう言う解釈か。確かに嫉妬するにしても相手が有能であるとわからなければ比較できないからね。いやあ、やっと疑問が解けてすっきりしたね。ありがとう、レヴィ君」

「――え? ――以上」

 

 この局面で礼を言われるとは思っていなかったので、私はしばし呆然としてしまいます。

 本来の予定では罵りの言葉がいくつも飛んでくるはずだったのですが、予想外の事すぎて何も考えられません。

 

 私がそんなふうに混乱している間も、ミコト様はさらに何か考え込んでいて、

 

「そう言えば、『他者の持つ能力を見て羨み、それを欲し、しかし自分の非才故に良い結果が出せず』と言っていたが、それはつまり、様々なことに挑戦し、しかし途中で限界を感じた、ということでいいのかね?」

「……はい、その通りです。――以上」

 

 ……ああ、やはり貴方はこんな私を疎ましく思っているのですね。こんな、何の才能もない私を……。

 

 そして、今度こそ罵倒の言葉を覚悟した私に、ミコト様が言ったのは、

 

 

「――それはつまり、様々なことに挑戦するだけの最低限の資質は有る、ということだね?」

 

 

 という言葉でした。

 

 

   ●

 

 

 先ほどから続く私の質問に、レヴィ君は困惑しているようだ。

 

 ……はて、私は何か変なことをきいたかね……?

 

 そう考えつつも、とりあえずは疑問の解決を優先させる。

 

「どうなのかね? 私の推測は、間違っているかね?」

 

 胸元に下がる木製の立方体の連なり、神器『ノア』にそう語りかけるが、彼女は何も返してこない。

 それでも気長に待っていると、十数秒後、つぶやくように言葉が返ってきた。

 

「……おそらく、正しいと思われます。私の契約者である貴方は、すべての技術に対する才能を持つでしょう。――以上」

 

 その答えに、私は歓喜した。

 

「やはりそうか! それならば――」

「――ですが、それは最低限の物です。全くない方よりもある、という程度で、その技術を完成させるには長い年月がかかり、しかも完成させられるかもわからない不安定な資質です。そんな不確かなものは無いも同然、……いえ、ないほうがまだマシなものです。下手な呪いよりもたちが悪い、最悪の――」

「――レヴィ君」

 

 どんどん自分を追い込んで行くように――いや、実際に追い込んでいるのだろう――自分の欠点を挙げていくレヴィ君の暴走を止める。

 

「嫉妬というのが君の本質だというのはよくわかった。それが私の、フレイムヘイズとしての能力の根源であるということも良くわかったし、それを君が忌避しているということも良くわかったつもりだ」

「――ならば! ――以上!」

 

 興奮すると『――以上!』ともなるのか、とどうでもいいことを考えながら、私は意地っ張りな彼女へ諭すように言う。

 

「――だが、その事と私がこの力を忌む事とは全くの別物だ」

 

 息をのむように黙り込んだ彼女に、『いいかね?』と私は続け、

 

「君がこの力の事をどう思おうと、私は私の判断を下す。それは君と同じ判断かもしれないし、全く逆かもしれない。――だから、私のすべき判断を、君がするのはやめてくれないか?」

 

 見かたによっては拒絶にも聞こえる言葉を、私は口にした。そして続けて言う。

 

 

「そして、君がどう思おうと、私はこの力を素晴らしい物だと思う」

 

 

「――え……?」

 

 もはや『――以上』をつける余裕もないようで、彼女はただ呆然と私の話を聞いている。

 

「数日前、君との契約を果たした後に、私はこれからの事をこう言ったね? 『新しい興味の対象ができたらそれに取り組む。要は楽しみながら遊び歩く、ということだ』、と」

「……はい。 ――以上」

 

 なんとか自分を取り戻し始めたのか、かすかながらも反応が来た。

 そのことに楽しさを感じながら、私は優しく語りかけていく。

 

「私のフレイムヘイズとしての生き方は、とにかくいろいろなことを体験し、習得して楽しむことだ。そしてそれは、寿命ある人の身では決してなしえぬことであり、才能に偏りのあるフレイムヘイズでも行えない生き方だ」

 

 そして、

 

「そして、その生き方にとって、まんべんなくすべての才を持つことができる君の本質は、最高の贈り物となるのだよ。不老のフレイムヘイズならば、才能がなくとも努力で何とかできるモノも多いだろうしね」

 

「……それでは……。――以上」

 

 すがりつくような弱々しい声に、私は少々おかしみを感じながら答える。

 

「――ああ、私は君との契約を破棄しないし、後悔もしていない。……もとより君に救われた命でもあるし、簡単には捨てられんよ。それに――」

「――それに、なんですか? ――以上」

「私は君の嫉妬の力で君と出会い、“徒”と戦うための力を得て、そしてこの先の生き方も支持してもらえている。私は、この力に出会えて幸運だと思う。……だから、君がその嫉妬を嫌っているのは構わない。だが、君の嫉妬のおかげで救われ、君の嫉妬に感謝している者がここに一人はいると、そう覚えておいてほしい」

「……わかり、ました……。 ――以上」

 

 先ほどから、彼女の反応に感情が感じられない。

 先ほどまでは、己の本質を嫌い、忌避する嫌悪感が如実に表れていたのだが、あるときを境にその手の感情が一切なくなった。

 これは――

 

「どうかしたのかね、レヴィ君?」

「……いえ、どう反応すれば良いのかわからないもので……。――以上」

 

 ……ふむ、やはりそうか。 ならば――。

 

「レヴィ君。君は今、感情を動かしているかね?」

「……いえ、私の中の感情は、一切動いていません。 ――以上」

 

「そうかね。先ほど君は、『私には嫉妬とそこから派生した負の感情しかない』と言っていたね。つまり君は今、負の感情を得ていない、ということになる」

 

 だから、

 

「その感情を動かしていないのならば、それは君がそんなものを動かさなくとも良い状態にある、すなわち喜んでいるということだ」

「――っ! ――以上」

 

 先ほどから驚き続けているね。こういう反応もなかなか面白い物だ。

 

「君は『正の感情を持っていない』と言った。だが、負の感情が動いていないということは、正の感情が動いているということでもある。それを君は感じ取ることができていないというだけで、君の中にもきちんと正の感情は有る。だから、これから君は負の感情を動かさないことに腐心したまえ。そうすれば君はいつか、望んだものを手に入れることができるかもしれないよ?」

「……はい。……ありがとうございます、ミコト様。――以上」

 

 全く感謝の感情が見えない礼の言葉だったが、彼女にとっては最上級の感謝だったのだろうし、私にはそれが何となく伝わってきたように感じた。

 

「なに、気にすることはない。これから長い間一緒にいることになるのだ。この程度の事などいくらでもあるだろうしね」

 

 『だから』、と私は続ける。

 

「だから、私と一緒にこの世界で遊びまわろう。いろいろなことに手を出して、手が届かなくとも、成し遂げられなくとも、無様を晒そうとも、それらをすべて笑い飛ばしながら、私は歩いて行く。君はそれを最も近くで見て、ともに体験していくのだ。そしていつの日か、数少ない成功を共に喜び、笑って行けるようになって行こう。……どうかね? 我が友、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタン君?」

 

 彼女はしばらく何も言ってこなかった。どうやら、何を返せばいいのかわからなかったようだ。

 だがその沈黙も、すぐに彼女自身で打ち破ってきた。

 

「……はい。それはきっと、とても楽しいことになると、そう予測できます。――以上」

 

 その言葉は、今の彼女ではただの言葉でしかないのだろう。

 だが、いつか本当にその言葉の意味を実感できるようになりたいと、そう言う思いは強く感じられた。

 

「そうかね。ならばお互い腹を割って話したことだし、改めてよろしく頼むよ、レヴィ君」

「はい、よろしくお願いします、ミコト様。 ――以上」

 

 こうして、新たな思いの基、私たちの新しい宣言がなされた。

 

 

   ●

 

 

 その同時刻、一人にして二人のすぐ近くで、

 

「……なあ、俺たち、ここにいちゃまずかったんじゃねえか……?」

「しかし、出ていく機会もなかっただろう? あきらめろ」

 

 そんなことを言う、別の一人にして二人がいたとかいなかったとか。

 

 

   ●



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第二話

   ●

 

 

 出会ってから数日経ったある日、同業(フレイムヘイズ)に促され、私は彼女の、“業の焱竜”レヴィアタンの本質を知った。

 

 それから少しの間はたあいないことを話していたのだが、ふと彼女以外の人物の事を思い出し、自分の胸元にかかる首飾りから視線を逸らし前に向けてみると、なぜだか少し前よりもやつれたような気がするニコルが座っていた。

 

「おや、どうかしたのかねニコル? ずいぶんと調子が悪そうだが……?」 

「元凶のお前にだけは言われたくねえよ……」

「……??」

 

 心配になって尋ねると訳の分からない答えが返ってきた。長年の戦いがたたってついにおかしくなってしまったのだろうか?

 

「……ニコル、あまり無理をしてはいけないよ? 私で良ければいつでも相談に乗ろう。だから、自分をしっかり持つんだ……!」

「心配してくれてありがとよ!! そう思うんだったら少しは自重ってもんをしてくれや!!」

 

 彼の体の事を気に掛けたらなぜか怒られてしまった。何故だろうか?

 私はただ、レヴィ君と友好を深めていただけなのに……。

 

「――ちくしょう、もう少しで砂糖吐くかと思ったぜ……」

 

 それ以降もニコルは何やらぶつぶつとつぶやいていた。

 

 『何だよあれは、女っ気のない俺に対する嫌味か?』とか、『無表情の男と無感情な首飾りって組み合わせもおかしいだろ……』等と意味の解らないことを小さくこぼしているニコルの周りには、何やら黒い靄が幻視できた。何かの自在法だろうか?

 

 そんなこんなで膝を抱えてぶつぶつ言っているニコルを首をかしげながら観察していると、

 

「――! ニコル、これは……!?」

 

 あるものを感じて、立ち上がった。

 

「ああ、こっち側のやつらだな。“徒”かフレイムヘイズか確定はできないが、この感じはもしかして……」

 

 ニコルも、先ほどまでの雰囲気をまるで感じさせないしゃんとした動きで立ち上がる。

 私とニコルが同時に感じたのは、先ほどニコルが近付いてきたときに覚えたのと同じ『違和感』だった。

 だが、ニコルの時と比べて少々不安定な揺らぎのようなものも感じる。

 器に入った水が少しずつ漏れていくように、『違和感』のかけらをうっすらとまき散らしているような、そんな気配だ。

 なんとなくでしかわからない不確かなものだが、その点だけはフレイムヘイズ(わたしたち)とは決定的に異なる。これは――、

 

「「――“徒”か!!」」

 

 

   ●

 

 

 私たちは急いで外に出て違和感のある方に向き直ると、臨戦態勢を取る。

 

 私は体中を『罪片』で包みながら、ナイフを何本も出しているニコルに尋ねる。

 

「……どうしてここに“徒”が現れるのかね? ここはつい先日襲われて全滅した村だ。しかもフレイムヘイズの気配が二つもある。歪みを感じ取れるのならば、人間もおらず、さらにはフレイムヘイズがいるとわかっているここにわざわざ“徒”が来るとは思えないのだが……?」

 

 ニコルは私の方に視線を向けず、出現させたナイフを体の各所に仕込みながら(日常的に仕込んである物は、先ほどの私との無駄な争いで消耗してしまっていた)、答える。

 

「しるか。もともとこの世界で気ままに動くのが“徒”ってもんだ。ある程度の統計と傾向は取れても、それに当てはまらない例外なんかいくらでも出てくる」

 

 言いながらナイフを仕込み終えたニコルは、おそらく“徒”であろうものが来る方を見ながら続ける。

 

「だがまあ、確かに妙だな。お前の言うとおり、こんな場所に来る意味はまるでない。だとすると、考えられる可能性は、この“徒”は気配察知の能力を持たず、偶々こちらに来ているってものと、この場所にはそれだけ大切な何かがある、ってのが考え付くが、それよりももっとありえそうな可能性がある」

 

 私も臨戦態勢を整え終え、ニコルと同じ方向を見ながら問いかける。

 

「……それは、どんな可能性かね?」

 

 そう問いながら横目でニコルの方を見ると、ニコルは口の端をゆがめてにやりと笑いながら、楽しそうに言う。

 

「……決まってる。場所が目的じゃねえんなら、狙いはそこにいる奴だ。おそらく今から来る“徒”は、――フレイムヘイズ狩りが目的なんだろうさ」

 

 

   ●

 

 

「昔からよくいるのさ、こういうやつらは。同胞を殺す『討滅の道具(フレイムヘイズ)』を逆に狩ってやろう、ってやつらがな」

 

 だんだんと近付いて来る気配から注意を逸らさないようにしながら、私は先達《ニコル》の話を聞く。

 

「そいつらがフレイムヘイズを狩る目的はいろいろだが、『復讐のため』ってのと、『自分に箔をつけるため』ってのが大体の理由だ。復讐の方は、まあフレイムヘイズ(俺たち)が言うのもなんだが、まともな方だ。自分の友が殺されたっていうんなら、そうするのにも納得がいく。フレイムヘイズだってほとんどのやつが『復讐者』だからな」

 

 『復讐者』と言った瞬間のニコルの顔は、悲しそうな、面白そうな、イライラしているような、何とも言えない物だった。

 

 だがその表情をすぐに消し、ニコルは話を再開する。

 

「それと、もう一つの自分に箔をつける、って方だが、こいつもまあわかりやすいほうだ。強さにバラつきがあるとはいえ、自分たちを追い回す『狩人』を逆に殺したとなれば、仲間から尊敬もされるし、フレイムヘイズ(てき)からは恐れられる。そう言うのにあこがれる奴らも結構な数いるのさ」

 

 おどけた調子で言っているが、ニコルの顔は真剣だ。

 

「そう言う奴らってのは厄介だ。なにせそうしようと思うだけの自信と実力があるからな。場合によっちゃあ、“紅世の王”と呼ばれるための点数稼ぎにフレイムヘイズ狩りをする奴らもいる。その場合は王クラスの実力者との戦いになるぞ」

 

 なるほど、確かにそれならばここに来たりる理由にも納得がいく。

 

「……だがまあ、これからここに来る奴には大して恐れる必要はない」

「? どういう事かね? フレイムヘイズ狩りには王クラスが絡むといったのは君だろう。私はまだ普通の徒としか戦ったことがないが、それでも王という存在が強力なものであることは知っている。そう言う奴らに関してはいくら警戒してもし足りないほどだと思うが?」

 

 納得できない私に、ニコルは苦笑しながら答える。

 

「まあ、そう思っておいた方が生存確率は上がるんだけどな。そう考えない理由としては、――ミコト、お前の存在が挙げられる」

「……? 私が……?」

 

 そう言いながら私を指さし、いきなりの事に驚いた私の顔を見て笑いながら、ニコルは続ける。

 

「お前が契約した瞬間、ここに新しいフレイムヘイズが誕生したってことはかなり遠くにいる奴にでも察知できたはずだ。だが、その直後に近くにいた“徒”の気配が消えたことから、そいつは契約したてでもそこそこの強さであると認識され、契約したてで一番弱いときに襲われることはなかった。そして、さっき俺たちがやった戦いもかなり派手だったから、こっちも同じくかなり遠くにまで『ここで大きな戦闘があった』って事は伝わったはずだ。それがわかってからここに来たってことは、『戦い合って弱っているフレイムヘイズ二人ならば倒せる』って考えだからだろうな。つまり、これから来るのはそんなことを考える程度の強さの奴だってことさ」

 

 『だからまあ、気楽に行こうや』と締めくくり、私たちは前を向いた。

 その視線の先には、つい今しがた現れた“徒”が空中に浮かんでいた。

 

 

   ●

 

 

 その“徒”は、普通の人間と鷲が混ざったような姿をしていた。

 男の人間の体をベースに、首を鷲に、足先を鉤爪に変えて、背中には大きな茶色い翼を一対生やしていた。

 だがその翼は一切動いていないにもかかわらず、この“徒”は空中に浮かんで停止している。おそらくこの翼は別の目的に使われるのだろう。

 

 その“徒”は私たちを文字通り見下しながら、その嘴を開き、叫ぶ。

 

「ふはははは! 覚悟しろ討滅の道具共! ここで俺に会ったが運のつきだ! おとなしく俺の栄光のための礎となれ!」

 

 ……どうやら、ニコルの推測は正しかったようだね……。

 

 礎というからには、私たちの首を取って誰かに自慢する気なのだろう。

 

 ……とにかく、“徒”の目的が私たちであることははっきりした。あとはこの“徒”の実力についてだが――

 

「冥途の土産に教えといてやる! よく聞け!」

 

 悠長に宣言を続ける“徒”を見ながら、右手と両足に存在の力を溜め、

 

「これからてめえらを倒すこの俺の名は――」

 

 ……とりえず一撃決めてみればわかる……!

 

 そのアイデアを実行するために一気に飛び掛かり、

 

「その名も高きともがはぁ!!?」

 

 とりあえずの一撃を叩き込んだ。

 

 

   ●

 

 

 私は両足と右手に静かに力を溜め、ただでさえ隙だらけな“徒”の、さらに大きな隙が生まれた瞬間に飛び掛かっていった。

 思い切り跳び上がり、地面に引っ張られて勢いが落ちる前に空を思い切り蹴って加速する。

 それを何度か繰り返しながら“徒”の懐を目指し続け、

 

「――油断大敵!!」

 

 そう叫びながら近付き放った私の一撃は、“徒”の顎のあたり(正確には嘴の下あたり)にアッパー気味に突き刺さり、“徒”をさらに上空に吹き飛ばした。

 

「ぐはぁ!!?」

 

 などと間抜けな声を上げてきりもみ飛行していく“徒”を尻目に、私はさらに空中を蹴って宙返りを決めながら、元居た場所、つまりはニコルの隣に着地した。

 

 そのまま手をかざして、殴られた勢いを保ったまま落ちていく“徒”が森の中に消えていくのを見送ってから、

 

「……ふむ。ニコル、全て君の予想通りだったね。素晴らしい、と称賛の言葉を贈らせてもらうよ」

 

 そう言いながらニコルを見ると、彼は私の方を見ながらものすごく微妙な顔をしていた。

 

「………………おいおい……」

 

 ……なにかおかしいことをしたのだろうか?

 

 自分はまだまだ素人なのだから、何か間違いを犯しているのかもしれないと、そう思い聞いてみることにした。

 

「ニコル、私は何か間違ったことをしてしまったかね? 話しているときのあの者があまりにも無防備に見えたので、実力を測る意味も込めてとりあえず一撃決めてみようと思ったのだが、もっと違うやり方があったのかね?」

 

 そう尋ねるとニコルはしばしの停止の後、頭をかいて、

 

「――とりあえず、相手が話すことをきいてみるのも悪いもんじゃないぞ。その“徒”が企んでいる計画の情報の断片がそこに隠れている可能性もあるからな。……まあ、さっさと倒しちまうに越したことはないから、お前のやったことも間違っちゃいねえんだがな……」

 

 『形式美ってもんがなぁ……』等とつぶやいてから、ニコルはふと何かを思いついたように私の方を見て、

 

「ところでお前、さっきどうやって空中で宙返りしたんだ? まさか、さっき見たばかりの飛行の自在法をもう身に着けたのか?」

 

 と問うてきた。

 

 まあ確かに、はたから見れば何もない空間を蹴っていたようにも見えるだろうし、そのように考えるのも無理はないが……、

 

「残念ながらそれは違う。私はまだ飛行の自在法は使えない。……見ていたまえ」

 

 そう言いながら、私は先ほどニコルから見取った飛行の自在法を使ってみる。

 すると、私の体が不意に浮かび上がるが、

 

「……それだけか?」

「ああ、これが今の私の精一杯だ」

 

 ニコルが呆れたように言うのも無理はなかった。

 

 なにせ、今私は確かに浮いてはいるが、それは精々30センチほどであり、普通の人間が少し跳んだ方が高く跳べているという程度なのだから。

 少しの間そのまま浮いていたが、存在の力の無駄使いにしかならないので自在法の使用をやめ、私は大地に降り立つ。

 そして、私はニコルに向かって苦笑を浮かべながら、

 

「初見で再現できるのはこの程度のようだね。判断材料が少ないからこれがどの程度の難易度の自在法なのかわからないが、見てすぐに理解して使えはした。それ以上に使いこなすには、相当な時間がかかりそうだがね」

 

 私の話を聞き、ニコルは一瞬訳が分からないといった顔をしたが、すぐに先ほどの話を思い出したのか納得したような顔をして、言った。

 

「……なるほどな。それが“業の焱竜”レヴィアタンの本質故の器用さと不器用さか。ある意味便利だが、なかなか厄介じゃないか」

「厄介ではないさ。ゆっくり確実に、間違いなく進んで行けるのだから。それに、完成させたときの満足感もかなりの物になるだろうしね」

 

 私の言葉に、ニコルはしばし無言になるが、

 

「……まあ、お前さんがそう言うなら俺からは何も言えねえか……。じゃあ、さっきのはどうやったんだ? 飛行の自在法を使ってないんなら、足場のない空中で跳べるわけないじゃないか。存在の力だってほとんど感じなかったぜ?」

 

 と、話を元に戻してきた。

 少々急な話題転換に対しては私からは何もいう事はないので、彼の質問にだけ答える。

 

「別に大したことはしていないさ。空中に足場がないなら作ればいいというだけだよ。――こんなふうにね」

 

 そう言いながら、私は右足を上げ段差に足をのせるようにすると、そのまま右足に力を籠めて体を持ち上げる、すると――、

 

「……浮いてる……」

 

 私の体は、先ほど飛行の自在法を使ったときのように宙に浮かんでいた。

 

「正確に言えば、『浮いている』のではなく『立っている』のだがね」

 

 そう言いながら、私はさらに空中を上っていく。

 そのさまは、はたから見れば見えない階段を上っているようにも見えただろう。

 少しの間それを続け、私の立つ位置がニコルの頭上に至ったとき、ニコルはようやく今起きている現象を理解したようで、

 

「……さっきの鱗を、足場にしてるのか……!」

「正解だ、ニコル」

 

 そう、私が今やっていることは至極簡単なことだ。

 『罪片』を足場にしてそこに立っている。ただそれだけだ。

 空中に足を出し、その足裏に『罪片』を出現・固定させ、そこに足を乗せる。

 出した『罪片』は足が離れた瞬間に消し、存在の力に還元させる。

 それを空中で素早く、連続して行えば先ほどのように空中を跳んだように見える、ということだ。

 そのように説明を終え、ニコルが理解したのを確認すると『罪片』を消し、地上に降り立った。

 

「……随分と器用なことするじゃねえか……。『ある程度の難易度』を超えてるぜ。しかもさっきの動きを見るに、身体強化の自在法も使ってるよな?」

「なに、私がフレイムヘイズになってから今まで、ずっと『罪片』の操作に重点を置いて訓練をしてきたからね。思い描いた場所に出したり、それを即座に消したりすることはできるようになった。それに、身体強化といっても存在の力を体にめぐらせているだけだからね。君やあの“徒”が使っているのを見て多少の修正はしたが、まだまだこれからだよ。……ともあれ、簡単な技術同士ならば組み合わせることも可能だとわかっただけでもかなりの進歩だ。君やあの“徒”には感謝しないといけないね。――ああそれと、レヴィ君」

 

 ニコルと話している最中に、私はレヴィ君に行っておかなければならないことがあったことを思い出した。

 

「……? なんでしょうか? ――以上」

「確か、『罪片』は君の体の一部の具現化したものだと言っていたね? 戦いに関わることとはいえ、君の体の一部を踏んでしまった。……すまないね」

 

 私のその言葉に、ニコルとレヴィ君からあっけにとられたような気配を感じた。

 そんな中、感情の動きが薄いレヴィ君は復帰するのが早く、いつも通りの無感情な声を返してきてくれた。

 

「いえ、あなたの役に立っているのならば、私は何も感じません。――以上」

 

 何も感じない。つまりは、彼女の感情が動いていないということだ。

 

「そうかね? ならばよかった」

 

 この戦法を思いついたとき、一番の懸念はそれだったからね。――っと、

 その時、私たち二人は同時に同じ方向を見た。

 

「……おいミコト、気を引き締めな。さっきの一撃程度で討滅したとは思ってねえだろうな?」

「無論だ。先ほどの物は小手調べのような物だからね」

 

 ニコルと話しながらも気を抜いていなかった私は、先程の“徒”がまた動き出したのを感じ取った。

 同じものはニコルも感じとっていたようで、私に注意を促して来る。

 

「……なあ、お前は相手の自在式が見えるんだろう? あいつはこの後どんな手を使ってくると思う?」

 

 ニコルがそう尋ねてくるが、あいにく私の答えはひとつしかない。

 

「すまないが、その質問には答えられない。なにせ私には自在法の知識がないからね。それではいくら式が見えても何の式だかわからないのだよ」

「――ちっ、それもそうか……」

 

 そう、私が今知っている自在法は飛行と肉体強化、『罪片』とナイフの出現、さらには物体操作の初歩のみだ。

 それらに類するものならまだしも、それ以外の自在法は見えたところでわからない。

 文字を知らぬ子どもに文章を読ませようとしたところで無理なのと同じことだ。

 

「……まあいい、もともとそういう事前情報はないのが当たり前なんだ。お前はとりあえず、相手が自在法を使う瞬間を見逃さないようにしろ。そして、見たことがある式を発動させようとしたら知らせてくれ。それだけでもかなりの助けになるからな」

「ふむ、わかった」

 

 打ち合わせが終わり、私たちがもう一度臨戦態勢を取るのと同時に、翼を伴った影が森から飛び出してきて、私たちの頭上に現れた。

 その表情はよくわからないが(なんたって鳥の頭だからね。顔色なんぞ判断つかんよ)、息は荒く、肩を震わせていることからかなり怒っていることがわかる。

 

「――貴様ぁ!! よくもこの“呑翼《どんよく》”ガルダ様をおちょくってくれたなぁ!! 絶対に許さん! 楽に死ねると思うなよぉ!!」

 

 そう叫ぶと、ガルダとかいう“徒”は空中で胸を張るように体を逸らし、さらに翼を背中に対して垂直になるように目いっぱい立たせると、

 

「――っ! 来るぞ!」

「わかってるよ!」

「――ッバハーーー!!」

 

 嘴から息を吐くのと同時に炎弾を十数発吐き出し、同時に翼の羽ばたきによる突風に炎を混ぜた灼熱の嵐を放ってきた。

 

 

   ●

 

 

 広範囲に広がる柿色の炎の嵐を避けるため、私とニコルは今まで立っていた場所から思い切り跳び上がった。

 その結果、私たちの足元を柿色の炎が通り過ぎていくのを眺めることになったのだが、

 

「――気ぃ付けろ! 来るぞ!!」

 

 ニコルが放ったその叫びに、私は“徒”がいたあたりに目を向ける。だが、

 

 ……いない……?

 

 このあたり一帯を焼き尽くさんばかりの攻撃を放った“徒”の姿はどこにもなく、私があたりを見渡していると――、

 

「馬鹿野郎! 上だ!!」

 

 その声に上を向くと、足を大きく振り上げているガルダの姿が見えて――

 

「お返しだ! 油断大敵!!」

 

 次の瞬間、私は強烈な衝撃と共に大地に向かって吹き飛ばされた。

 

 

   ●

 

 

 大地にぶつかるまでのわずかな時間の中で、私は何とか落下速度を落としていた。

 やり方は、鎧としている『罪片』を操作し、ゆっくりと上昇する方向に力をかけていけばいい。

 そうすれば落下速度は緩和され、地面にたたきつかられる時の衝撃も少なくなる。

 ただ、一瞬という短い時間で急激に減速させると体がバラバラになってしまうためにゆっくりとしか減速はできず、激突の衝撃を完全に殺すことはできなかった。

 

 その結果として、今私は大地の上に転がっている。

 

「大丈夫か、ミコト!?」

 

 そんな私の下へニコルが駆けつけてきてくれた。 

 彼は私とガルダの間に立つとナイフを構えて上空のガルダを牽制する。

 そのまま牽制をつづけながら、ニコルは私を見ずに話しかけてくる。

 

「……動けるか?」

「……ああ、何とか、ね」

 

 そう言いながら私は立ち上がり、体の隅々の様子を最低限の動きで確かめていく。

 もっとも、ガルダの蹴りはとっさに『罪片』を纏った腕で防いだし、落下の衝撃も最低限に抑えた。よってダメージもほとんどなく、戦いに支障はなさそうだ。

 

「……やはり、翼があるだけあって空中では素早いね。さて、どうしたものか……」

 

 見た感じ、ガルダの速度はニコルのそれよりも速くて小回りもきくようだ。

 私の空中跳躍も、瞬間速度はともかく小回りという点では敵いそうにない。

 

「……ニコル、君は遠距離戦と近距離戦、どちらが得意かね?」

「……両方ともいけるが、どっちかっていえば遠距離だな。それがどうした?」

 

 ニコルは私の突然の質問に困惑しながらも答えた。

 だから私も、その質問に答える。

 

「ならば、私が前に出て奴に接近戦を挑む。君は遠距離から奴を攪乱して、隙があったら仕留めてくれ。私も隙ができ次第そこをつく」

「――即席の共同戦線か!? そんなもん成り立つ訳ねえだろうが!! 俺のナイフの軌道にてめえが割り込んだら、それだけでお前は死ぬぞ!?」

「君の攻撃は先ほど見させてもらった。ゆえにパターンはある程度予想がつく。それに、『罪片』による私の防御の固さは一度戦った君からのお墨付きも得ている。君は自分の予測を信じていればいい。さらに先ほども見せた通り、私には空中跳躍をも可能にする技がある。空中での小回りもきき、さらには耐久性もある私にこそ、前衛の役は向いているだろう。……まあ、私が遠距離戦を苦手としている、というのも理由の一つではあるがね」

「だが、それでも――!」

「――それに」

 

 私の無謀な案に対し反対しようとするニコルの言葉を遮り、私は言葉を続ける。

 

「それに、私は君の事を信じている。私たちはともに全力で戦い、手の内を晒しあった。そのうえで君の力を認め、私の援護を頼んでいる。……君は、私の先達として、私の期待に応えられるだけの実力も、私の無茶に対応できるだけの能力も持ち合わせていると読んだが、……その予測は確かかね?」

 

 私の言葉に、ニコルは一瞬沈黙し、その後かすかに笑ったような気配を見せてから、言う。

 

「……当然だ。後輩の尻拭いぐらい、できねえようなちっちぇえ男じゃねえぜ、俺は」

 

 その声はどことなく楽しそうなものであり、歴戦の戦士のみが持ち得る自信に満ち溢れた物だった。

 

 ニコルの声を聞きながら、私はニコルの横に並び立つ。

 

「……そうか。ならば、私の背中は頼んだよ?」

 

 そう言いながら覗き込んだニコルの横顔は、予想通りの強気な笑顔だった。

 

「任せとけ。ただ、あまりにも足手まといのようならさっさと切り捨てるからな。覚悟しておけよ? ……それと、これも持って行け」

 

 そう言いながらニコルが差し出してきたのは、一本のナイフだった。

 

「……これは?」

 

 私のその問いにニコルは言葉を紡ぐことはなく、それでも意図ははっきりと伝わってきた。

 

『通信用の自在法を仕込んだナイフだ。これを身に着け、心で伝えたいことを思えば、俺とおまえは意思の疎通ができる。無論、奴にはわからないようにな』

 

 いきなり聞こえてきたニコルの声は彼ののどから発せられたものではなく(現にニコルの口は全く動いていなかった)、しかしそれでもはっきりと聞こえてきた。

 改めてニコルの渡してきたナイフをよく見てみると、他のナイフにはない自在式が見えた。恐らくこれが『通信用の自在式』なのだろう。

 とりあえず私はそのナイフを懐におさめ、効果のほどを確かめてみる。

 

『……こんな感じかね?』

 

 言葉になっていないその問いは、しかしニコルにはっきりと伝わったらしい。

 

『そうだ、それでいい。……それじゃあ行くぞ。いつまでも余裕ぶってぷかぷか浮かんでやがるあの鳥野郎に一泡吹かせてやろうぜ……!』

『ああ、行こう……!』

 

 再びの戦端は、こうして開始された。

 

 

   ●

 








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第三話

   ●

 

 

 戦端は再開したものの、それから少しの間は両者とも互いの動きを警戒して、不用意に動き出すことはなかった。

 そして、しばしの間続いていたにらみ合いを崩したのは私たちの方だった。

 私がガルダに向かって再び勢いよく飛び出すのと同時に、ニコルがナイフを全部で10本投擲したのを感じる。

 そのナイフ群は私の後を追うように突き進み、私の跳躍に合わせて向きを変える。

 

 これは私が何かをしているわけではなく、ニコルの自在法『奏刃(そうじん)』の能力の一端である。

 

 ニコルの戦闘スタイルは、何本ものナイフを自在に操る万能タイプだ。

 遠距離の敵に対してはナイフを投げつけ、近距離の敵に対しては自らナイフを手に取りそれを振るって戦う。

 しかも空中にあるナイフは自由自在に操作が可能であり、しかもそれぞれに自在法が込められている。

 込められている自在法は、防御用の硬化の自在法、移動用の加速の自在法、攻撃用の爆破の自在法の三種類を基本として、時と場合によっていろいろ付け足しているらしい。 その例が先ほど渡された通信用のナイフだ。

 ニコルはそれらの自在法の込められたナイフを指揮して敵の予想外の場所に攻撃するのが得意らしい。

 例えば、近距離でナイフを振るって戦っていると見せかけて敵の背後に回したナイフを操作して攻撃したり、ゆっくりとしたスピードで投げたナイフを急に加速させて油断を付いたり、等々。

 

 ちなみに、今挙げたものはすべて私が喰らって体験済みである。まあ、私の場合は『罪片』による防御が間に合って何とか回避できたが、かなりギリギリだった。

 

 そんな変幻自在の攻撃方法を持つニコルとは対照的に、私ができることは単純だ。

 

 

 『罪片』の鎧に身を包み防御は全て鎧に任せ、稚拙な身体強化を体に施して空中を跳んで移動し、相手の懐に潜り込んで全力の一撃を決める。

 

 

 たったそれだけしかできないひよっこ。それが私だ。

 

 一応遠距離戦用の技として『罪片』を飛ばすという物もあるが、一枚一枚では攻撃力は低く、数が多いと操作がうまくいかなくなるという問題だらけの技だ。

 だから、今はこの技を当てにすることはできない。

 

 それ故に、今回は遠距離をこなせるニコルがいてくれて、正直かなり助かっている。

 ニコルがいなければ、今回の作戦は実行不可能だっただろう。

 なにせこの作戦は『各自が臨機応変に対処する』という緩い基盤の下に成り立つものであり、これを成功させるためには様々な状況に対応できる経験豊かな人物がいなければならないからだ。

 

 そう、私は自身が発案したこの作戦がいかに稚拙で隙が多い物であるか、良くわかっている。

 それでもなお、この作戦を私が推すのは、ただ単に『楽しそう』だからだ。

 私が『人外(フレイムヘイズ)』になって化物と戦うということを許容してまでこの世界に生きていたかった理由も、それだ。

 

 

 『楽しむ事』

 

 

 それが私の唯一の行動理念であり、存在理由でもある。

 そして、戦いは私にとって楽しみの塊のようなものだ。

 敵の練りに練った戦法を一番間近で見る事が出来る事で好奇心を満たし、自身が考えた戦法を試すことで探究心を満たす。

 戦いの中の命を賭けたかけひきの中にこそ、私の求めるモノがある。

 

 それに気が付いたのはフレイムヘイズになって二日後、『罪片』の研究中の事だった。

 

 『罪片』はレヴィ君の、いわば私の半身の一部でもあるだけあってかなりの速度で扱いが上達していった。

 その中でふと思ってしまったのだ。

 『……ああ、これを使ってみたい』、と。

 

 契約した当初は『戦いは最小限に』という考えだったのだが、そんな考えは簡単に砕け散ってしまった。

 それ以来、私の中には戦いに対する渇望があふれていた。

 だから今回の戦いが迫っていたとき、私は胸の高鳴りを抑えるのが大変だった。

 

 ……こんな時に自分の無表情な顔が役に立つとは思っていなかったが……。

 

 ともかく、今は戦いに集中するとしよう。そうでなければせっかく命を賭けて遊んで(・・・)くれている彼らに失礼だ。

 いまするべきは、ひと時たりとも彼らから集中を外さないことと、出し惜しみは一切しないという事。ただそれだけ。

 それだけに注意していれば、私はとても楽しく遊べるのだから。

 

 ……そろそろ笑いを抑えきれなくなりそうだ……!

 

 必死で抑え込んでいるのだが、どうしても口の端が吊り上ってしまうのが止められない。

 ならばいっそ、すべてを解き放ってしまおうか、とも考える。

 

 ……ああ、それはとても楽しそうだね……!

 

 そうとわかれば我慢など必要ない。

 

「……ハハ……」

 

 口の端を吊り上げ、声を上げて笑おう。

 

「ハハハ……」

 

 体中から喜悦を解き放とう。

 

「ハハハ……、フハハハハハハハハハハハハハハハハ……!!」

 

 さあ、私と共に遊ぼうか、“呑翼《どんよく》”ガルダ……!!

 

 

   ●

 

 

 何やら二人でこそこそと話し合い、そしてそのうちの一人が自分に向かって再び突っ込んでくるのを、ガルダは見ていた。

 

 ……今度は先ほどのようにはいかんぞ……!

 

 最初の名乗りの時は卑怯な手段により不意を撃たれて一発をもらってしまったが、それはきちんとやり返せたので良しとする。

 

 ともあれ、二人のフレイムヘイズの内、体に鱗をまとった方がもう一人の放った何本かのナイフを引き連れてこちらに来るのを何とかしないといけない。

 

 ……あれはまずい。なんとなくそう感じる。というかあいつはなんで笑っているんだ?

 

 何とか、とはいっても先ほどの鱗人間のような卑怯な手は使わない。そんなことをすれば、俺がフレイムヘイズを倒せたのは実力ではなく運のおかげだった、と言われかねない。

 

 自分の名を残すためにここにいるのに、それでは意味がない。

 だから自分は、正々堂々と真正面からフレイムヘイズ二人を倒す。それが最低限であり、同時に最高の結果を呼ぶのだ。

 

 だから、正面から来る男を正面から吹き飛ばすために背中の翼を大きく振りかぶり、風を起こそうとしたところで、

 

「――今だ!!」

 

 鱗の男の叫びと共に、その背後からナイフが男を追い抜いて飛び掛かってきた。

 

 男の上下左右とななめ四方を合わせた八方から一本ずつ飛んでくるナイフは、鳥のように軌道を変えながら自分に向かって突き進んでくる。

 しかもそのタイミングは微妙にずらされており、一本を回避するのに神経を使えばその瞬間に他の七本が自分を貫くであろうことは明白だ。

 

 ……それぞれに対処していては間に合わない……。ならば……!

 

「――ッバハーーー!!」

 

 瞬時の判断の基、俺は背中の翼を思い切り前に振り、溜め込んだ力のすべてに炎を合わせて前方に叩き込んだ。

 その柿色の嵐にはナイフはおろか一緒に飛んでくる鱗の男(フレイムヘイズ)もまとめて消し飛ばすだけの力と火力が込められている。

 

 それゆえに、小さな八つの影と大きな一つの影は炎に呑みこまれると一瞬で見えなくなってしまい、炎がすべて散ったとき、その空間にはなにも存在していなかった。

 

 ……よし、まずは一人……!

 

 鱗の男の死を確認した後、俺はもう一人のナイフ使いの方を見た。

 

 ……さて、どんな顔をしているかな……?

 

 普通ならば仲間を殺されて悲しんでいるか、憤っているかのどちらかだろうが、もしかしたらその事実を受け入れられずに呆然としているのかもしれない。

 

 ……いずれにしても、見る価値はある。

 

 そう思い地上のナイフ男に目を向けてみると、その表情は想像とはまるで違い、

 

 ……笑っている……?

 

 そのことを不思議に思った瞬間――

 

「――っがは……!!」

 

 背中に衝撃が走り、俺はそのまま地面向かって吹き飛ばされた。

 

 俺が地に落ちるそのさなかに振り向いて目にしたものは、右手に鱗をまとった男の姿だった。

 

 

   ●

 

 

 ミコトの一撃を受けながらも地面に激突せず、何とか空中に踏みとどまったガルダを確認して、ニコルは舌打ちを一つする。

 

 ……惜しいな……。

 

 実際、ミコトの案はかなりうまくいっていた。

 

 今自分たちが行ったのは囮を使った不意打ち。わりとよくとられる戦法だ。

 普通と違う点があるとすれば、囮も攻撃手も同じ奴が行う、という点か。

 

 俺のナイフとミコトの影を囮にして、ガルダに隙を作って攻撃する。

 そのために俺のナイフの硬化は発動させていなかったし、ミコトにも一芝居うってもらった。

 

 ……まあ、芝居つってもたいしたもんじゃなく、ただ単に鱗の鎧をとばしただけなんだけどな。

 

 ミコトはガルダに向かって突撃する際、全身を覆っていた鱗の鎧の後ろの部分だけを解除していた。

 そのうえで普通ならば対処しきれない程の攻撃を放ち、最初に見せた広範囲攻撃である炎の嵐を起こさせるように仕向けた。

 あの技はガルダの顔の前から発生し広範囲に猛スピードで広がるという特性上、ガルダ自身の視界を遮ってしまうという欠点があるのではないかという仮説を立てた。

 実際にその仮説は正しかったようで、炎の嵐が発生した瞬間に鎧から脱出し、己の前方に鎧のみを飛ばし、ガルダの頭上へ大きく跳ぶという離れ業をやってのけたミコトの存在にも、ガルダは気付かなかった。

 結果、ガルダは炎の嵐の中で消滅した(正確にはミコト自身が消した)鎧をミコト本人だと認識し、勝ち誇って油断してミコトの不意打ちを食らったと、そう言う訳だ。

 

 正直言って、俺は最初『こんな作戦成功するのか?』と半信半疑だったが、ミコトの分析にはかなりの信憑性と説得力があったし、何よりその作戦が失敗してもその次につなげられるようにうまく作戦を組み立てていたので乗ってみることにした。

 

 そして、今現在戦況はミコトの思い通りに動いている。

 

 ……最初に『こんな作戦は可能か?』とめちゃくちゃな作戦を出されたときには冷や汗をかいたがな……。

 

 その作戦の悪い点を片っ端から説明してやった後、ミコトは少しの沈黙の後に先ほどの作戦を組み立ててしまった。

 どうやら、俺の経験をてっとり早く自分の物にするために、自分でも無茶苦茶だと思う策を出したらしい。

 俺はまんまとそれにつられて今までの失敗談から学んだことを手短にながらもこいつに伝えてしまっていたようだ。

 ミコトは俺から聞いた話を、もともと自分の中にあった作戦を修正して完璧なものにするために利用しやがった。

 

 ……ホント、末恐ろしい奴だな……。

 

 技術の習得に時間がかかるという欠点は有っても、それを上回るだけの発想力を持っている。

 フィジカル面の不足は有っても、それを自分の楽しみに変えてしまうというメンタルの強さで補ってしまっている。

 

 ……つーより、あいつは何もかもを楽しんでるよな……。

 

 先ほどの突撃の際、通信用のナイフを介して伝わってきたのは、強烈な喜の感情だった。

 

 どうやらあいつは、戦いという物が楽しくて仕方がないらしい。

 正確に言えば、あいつが楽しんでいるのは戦いの中の駆け引き、とでもいう物だ。

 あいつの感覚だと、戦いという物はそれぞれの最高の戦術を披露する場であり、それらを互いに称賛しあい、そしてより素晴らしい物を作り上げた方が勝ち残り、そしてそれを糧に更なる作品を作り上げていく、そう言う芸術の場らしいのだ。

 

 ……正直に言って、フレイムヘイズとしてはかなりの変わり種だな。

 

 フレイムヘイズという物は、その成り立ち故にどうしても戦いという物に『悲壮』が付きまとう。

 不条理の権化ともいえる“徒”を憎み、自身が得た喪失感を嘆き、復讐のために憤怒の叫びをあげて生まれてくるフレイムヘイズのほぼすべては、そうしたマイナスの感情を持ち、“徒”の討滅を使命として戦う者たちだ。

 長く生きた者の中には極まれに、そのマイナスの感情を鈍化させ、さらに昇華させてしまう者もいるが、その場合は感情が摩耗してしまっただけであり、『何も感じなくなった』という状態に陥ってしまっただけである。

 

 また、フレイムヘイズの中には戦闘狂と呼ばれる者の類はいるが、それは単に“徒”を殺すという行為を楽しんでいることが多く、純粋に戦いを楽しんでいる奴はほとんどいないし、その笑い方も狂気に満ちている。

 彼らが楽しんでいるのはあくまで『殺す』という結果であり、その過程は怒りや憎しみに満ちた悲壮の時間であるからだ。

 

 だから、ミコトのように最初からプラスの感情を振りかざして戦うというのは、フレイムヘイズから見れば異端にしかうつらないのだ。

 実際にそれを見ている俺自身、あいつの感情を理解することはできない。

 おそらく、あいつの事を理解できるフレイムヘイズは誰一人としていないだろう。

 

 ……いや、一人だけいたっけか。あんな風に楽しそうに笑って戦う女が……。

 

 その時俺の頭に浮かんだのは、炎を纏って“徒”を薙ぎ払い、そしてまた次の戦場へかけていく、紅蓮に輝く女の姿だった。

 あの女ならばもしかしたら、ミコトの思考を理解できるのかもしれない。

 

 ……って、今はそんなことはどうでもいいんだよ。

 

 今考えるべきは、目の前にいる“徒”の事だ。

 

 今現在のあいつの状況は、疲弊していて楽に勝てるはずのフレイムヘイズ二人、しかも片方はなりたての新人であるにもかかわらずにその新人から二度も直接攻撃を喰らっている。しかもその攻撃も一発は不意打ちで、もう一発は自分が放った攻撃を利用されての一撃だ。

 さらに、一撃を入れられてからは体勢を立て直すまで一切追撃をされていない。明らかに軽んじられ、コケにされていると感じるはずだ。

 

 ……さて、この次の展開はどうなるかな……?

 

 そんなことを思いながらガルダの方に意識を向けると、体勢を立て直したガルダはゆっくりと空に昇っていくところだった。

 そのゆっくりした移動の後、最初の高さに辿り着いたガルダはしばしうつむいて震えていたが、

 

「…………るさん…………」

 

 と、何やらぶつぶつとつぶやき始めた。

 

 そのことに首をかしげているミコトを見ながら、俺は『予想通りになった』とほくそ笑む。

 

 ……全く自分の思い通りにならず、しかも散々コケにされた小物の次にとる行動といえば……、

 

 

「……許さん……! 貴様等、まともな死に方ができると思うなよぉぉおおぉぉ!!」

 

 

 ……まあ、逆上だよな……。

 

 一応ここまで作戦通りに進んでいる。

 というか、うまく進みすぎている感さえある。

 

 少々の不安を覚えていると、ミコトの意思が聞こえてきた。

 

『二コル。一応君の予想通りの展開になっているが、作戦に変更はないかね?』

『ああ、作戦はこのまま続行する。あいつは今逆上して冷静な判断ができない状況だ。おそらく攻撃も単調になるから避けやすいし、隙も見つけやすくなる。大きな隙を見つけたら全力の攻撃を叩き込むから、それまではあいつの相手をしてやってくれ。俺も援護はするが、接近戦担当のお前のほうが忙しくなるはずだ。気をつけていけよ』

『了解した。引き続き頼むよ』

 

『わかっている。……それと、まずないとは思うが、あいつの逆上が演技である可能性もある。注意しておくことに越したことはないぞ』

『……肝に銘じておこう』

 

 簡単に対策を話し合った後通信を切り、俺は空中にいるガルダに目を向ける。

 その視線の先では、今にも襲いかかろうと血走った目をガルダが同じく空中にいるミコトに向けていた。

 二人の間に漂う殺気はどんどん膨れ上がり、そしてついに爆発する。

 

「――死ねぇぇぇえええ!!」

「断る。まだ私にはやりたいことが山のようにあるからね――!!」

 

 そんな掛け合いと共に、両者の距離が一気にゼロに近付いた。

 

 

   ●

 

 

 ……少々、きついね……。

 

 今、私は空中でガルダの攻撃をさばき続けている。

 

 ガルダの攻撃手段は主に無手の近接格闘であり、時折距離を取って猛スピードでかすめるように突撃して私の体をえぐり取ろうとしてくる。

 その攻撃に対し私は、手や足による薙ぎ払いは体を逸らして避け、拳による突きは側面に力をかけることで逸らし、突撃は紙一重になるようにかわしている。

 その途中で隙を見つければ攻撃を加えてもいるが、もともと大した攻撃力を持たない私の攻撃では大したダメージは期待できない。

 それ以前に、私の方こそ隙を出さないように必死にならなければならない。

 なぜならば、今私は空中で戦っているからだ。

 私は少し前にニコルと会うまで空中で戦うという発想は一切持っていなかったし、今行っている『罪片』による空中歩行術もつい先ほど考えた付け焼刃も良い所という技法だ。

 当然、自由自在に扱えるほど習熟しているはずもない。

 なので、本来ならば無意識のうちに使えていなければならないような『移動』という行動でさえも、私の場合は、『次はどこに足を置くか』などといちいち考えて行う必要があるのだ。

 それについて考えすぎると隙が生まれ、私はあっという間にガルダによって八つ裂きにされてしまうだろう。

 

 今現在そうなっていないのは、単にガルダが冷静さを失っている状態であるからだ。

 

 拳や蹴りの軌道はまっすぐだし、狙ってくるのも顔か胴体のみ、さらにタイミングも単調であるから、素人同然の私でもどのような攻撃がくるのかが読み放題だ。

 

 ……それだけ有利な状況でも、私とこいつは拮抗している……。

 

 つまり、あと少しでもガルダが理性を取り戻した場合、この状況は崩れ去ってしまうということだ。

 

 そうならないように、私は少しでも隙を見つければそこに攻撃を叩き込んでいる。

 それによりさらに逆上したガルダの攻撃は、どんどん大振りになって行く。

 

 そして――、

 

「――がはっ!!」

 

 いい加減に私の防御を抜こうと、大威力の攻撃を放つためにことさら大振りになった突きのわきを通り、私はガルダの懐に潜り込むと、全力の拳を胴体に叩き込んだ。

 

 さすがにそれには耐えきれなかったのか、ガルダは三度弾き飛ばされる。

 その最大の隙を見逃す私たちではない。

 

『――今だ! 撃て!!』

『わかってるよ!!』

 

 先ほどとは違い声に出さない合図をニコルに放つと同時に、私の背後から何かが飛び出していく。

 

 それは、二振りのナイフだった。

 

 ニコルの自在法により自由に空を駆け回る銀色の刃は、腹を抱えて丸まっているような姿勢で空中に留まっているガルダに向かって突き進み――

 

 

 突き刺さる直前にガルダの両手によってとらえられた。

 

 

 そのことに驚愕を隠せない私とニコルをにらみながら、ガルダは両手のナイフ同士を叩きつけてへし折ってから投げ捨てた。

 

「……なめやがって……。この俺が、こんなモノに引っかかるとでも思っていたのか……? 最初にそっちのやつが投げたナイフは10本。そっちの奴と一緒に飛び込んできて焼き尽くされたのが8本。残りの2本はずっと俺から見てこの男の向こう側に張り付いて俺の隙を狙っていたんだろう? 俺が我を忘れて大きな隙を見せれば必ず撃ってくると思っていた……」

 

 ゆっくりと私に近付いて来るガルダの目は、先ほどまでとは違い静かな物だった。

 だが、その静かなはずの目のさらに奥には、とてつもない炎が見えたような気がした。

 

「さあ、どうした? もう打つ手はないのか? いくらでも卑怯な手を使っていいぞ? 俺はそれを全て、悉く、完膚なきまでに叩き潰して、打ち砕いて、はねのけてやる……! ――さあ、かかってこい、フレイムヘイズ!! そして打つ手がなくなったら、俺に殺されろぉぉぉおおおーー!!」

 

 そう叫びながら、ガルダは私に向かって拳を振るってくる。

 

 とっさに受け流したが、先ほどまでとはまるで重みが違い、かなりやりづらくなっていた。

 

「――ミコト!? っくそ――!!」

 

 防戦一方になってしまった私を援護しようと新しいナイフを取り出して投げようとするニコルだったが――、

 

「――やめておけ。そんなものはもう俺には通用しない。先ほど俺が飛んでくるナイフを受け止めたのを見ただろう? あの近距離からの攻撃ですら受け止めた俺に、遠距離からの投擲が通用すると思うか? むしろ俺に武器を与えるだけだと思うぞ。……まあ、あれ以上の速度で自由自在に操作できるのなら、話は別だがなぁ――!」

 

 というガルダの言葉に、悔しそうに顔をゆがめる。

 

 ちなみに、今の言葉の最中にも私への攻撃は全く緩んでいない。

 それどころか、だんだん密度が増していっている程だ。

 当然私に攻撃の機械などあるはずもなく、ガルダの攻撃を喰らわないようにするのが精いっぱいだ。

 だが、それもだんだん苦しくなってきていて、先ほどから細かい攻撃を少しずつもらってしまうようになってきていた。

 そんな中、私は今にも飛び込んできそうな様子のニコルに意思を伝える。

 

『こっちに来るな、ニコル。君にはやってもらいたいことがある』

『……何だ? 話ができるほど余裕なのか?』

『そんなわけがないだろう? 今でもいつ死んでしまうかとドキドキしているさ。そんなことより、私が合図したらナイフを二本ほど奴に向かって飛ばしてほしい。これから行う攻撃には、少しばかり距離が必要でね。近接格闘の最中では使えそうにないんだ』

『……あいつの言うとおり、一切意味をなさないと思うぞ? それに、下手すればお前も……』

『それでもかまわない。やってくれ。……安心したまえ。自分の身ぐらい守って見せるさ』

『……ああもう、わかったよ! その代り、絶対決めろよ?』

『わかっているさ。それに、最後のシメは君に任せるつもりだしね』

『……は? そりゃあ一体どういう……』

『――話はあとだ。やってくれ、ニコル!!』

『――クソッ!!』

 

 私の言葉に、ニコルは両手にナイフを出し、それを私たちの方へ投げた。

 それが苦し紛れに見えたのか、ガルダはその光景を見て鼻で笑い、

 

「――今更そんなものが通用するとおもっているのか?」

 

 と言いながら、飛んでくるナイフの内、先行している物の柄を掴み取ると、それで二本目を弾き飛ばした。

 

 ……今だ――!!

 

 ガルダがナイフに気を向けた一瞬のすきをついて、私は後ろに跳び退きながら懐に手を入れる。

 それを見たガルダは楽しそうに目を弧にして、私の方へ進もうと体を前に倒した。

 

 ……頼む、うまくいってくれ……!!

 

 そう念じながら仕込んでおいた自在法を発動させるのと同時に、

 

 

「――っがぁ!?」

 

 

 ガルダの背後で爆発が起きた。

 

 

   ●

 

 

 ……何だ!? ナイフはもう一本も飛んでないはずだ! なのに何故……!?

 

 何が何だかわからないながらも、俺は顔だけを後ろに向け、急いで背後を確認する。だが――、

 

 ……なにも、ない……?

 

 気のせいかとも思ったが、確かに背中に軽いながらも衝撃を感じたし、大きな音もした。

 

 ……まるで、何かが爆発したような……。

 

 そんな予想を立てるが、そんな攻撃ができる者はこの中にはいない。

 ならば新手のフレイムヘイズかとも思うが、この場にいるフレイムヘイズは二人だけで、それ以外の気配は感じない。

 

 混乱の極みに陥りながらも、視線を前に戻そうとしたところで、今度は前から『とすっ』という音が軽い衝撃と共に響いてきた。

 

 何かと思って前を見るが、目の前にいたフレイムヘイズは少し離れたところでこちらに向かって手を伸ばしているだけだった。

 その手が、まるで何かを投げた後のような形であることに気が付き、そして視界の端に違和感を覚えたため下を向いてみる。

 

 すると、自分の胸に見慣れないモノがついていた。

 それは細長い棒のようなものであり、つい先ほどまでよく見ていたような気がし始めていた。

 

 俺が呆然としているのを確認した目の前のフレイムヘイズは素早く俺から離れて行きながら、もう一人に向かって叫ぶ。

 

「今だ、やれ!!」

「応さ!!」

 

 地上の男が叫んだ瞬間、俺の胸から生えているモノの中の存在の力が膨らんでいくのを感じた。

 

 ……ああそうか、これは……ナイフか……。

 

 それに気づいた瞬間、俺は爆発に呑まれて――

 

 

   ●

 

 

 私は地面に向かって落ちながら、ガルダがナイフの爆発に呑まれて砕け散り、柿色の炎となって消えていくのを見届けた。

 そうして地上に降り立つとニコルのそばまで行き、何も言わずに地面に座り込んだ。

 

「……なんだ? そんなに疲れたか?」

 

 軽い口調で聞いてくるニコルに、私は何とか返事をする。

 

「……ああ、それは疲れるさ。何せ、かなり危ない橋を渡ったからね」

 

 私が先ほど行ったのは、戦闘の最中に思いついたことだった。

 それは、ニコルのナイフに込められた自在法をまねて、爆発する『罪片』を作ってみたということだ。

 その『罪片』を、二回目に殴ったときにガルダの背中に張り付けておいたのだ。

 正直言って使うとは思っていなかった。何せ一度も試したことがない自在法をぶっつけ本番で扱えるとは思っていなかったからだ。

 それでも何かの役に立つかもしれないと貼り付けておき、先ほどの危機の際にガルダの気を逸らすのに使えないかと試してみたところ、見事にもくろみは当たった。

 そのおかげで、私はニコルのナイフをガルダに突き刺すことができたのだ。

 

 ……爆発の威力も大したことはなかった。これでは本当にこけおどしにしか使えんね……。

 

 そんなふうに考えていると、またニコルが話しかけてきた。

 

「しかし、良くもまああんな考えを即座に考え付いたもんだなぁ……」

「なに、アレを倒せるだけの攻撃を与えるためにはどうすればいいかと考え、思いついたのさ」

 

 そう、ガルダを倒せるような強力な攻撃は、現状ではニコルのナイフによる爆発のみだった。

 だが、普通に投げただけではすべて避けられてしまうし、私の不意打ちで気を逸らしていられるのもせいぜいが数瞬程度だ。

 そんな短い時間では、ガルダにナイフを到達させることはできない。

 

 そこで私が使ったのは、懐に入っていた通信用のナイフだ。

 これはいつもニコルが使っているナイフに一工夫加えた物であり、つまりはニコルが使う他のナイフと同様に加速も硬化も爆発も使える、ということだ。

 そしてそのナイフをガルダの胸に刺し、ニコルに爆発させてもらって、やっとこの戦いに終止符を打つことができた、と言う訳だ。

 

「……普通、通信用だと言って渡されたナイフを攻撃に使うなんて発想は出てこないぜ……?」

 

 そうかもしれない。

 だが、勝つための可能性を少しでも上げようとしていったら、この結論に達したのだ。

 

「……戦いに関しては素人当然で、思い込みや先入観がなかったのが勝因かねぇ……」

 

 そんなふうに、ニコルはつぶやいた。

 

 

   ●

 

 

 そんなこんなで戦闘も終わり、私たちはそれぞれの道へ進んで行くことにした。

 ニコルは討滅の旅に、私は自在法の研究の旅に。

 互いの目的が違う以上共に進んで行くことはできないが、生きていればまたいずれ会えるだろう。

 ニコルとの別れの挨拶の前に、私は今一度、少々ボロボロになった私の故郷を見渡す。

 感じるモノが無いわけでもなかったが、それでも私の表情は変わらず、ここから出ていくという決心も鈍らなかった。

 そんな私を見ていたニコルは、ふと何かを思いついたように手を叩くと、

 

「……おい、ミコト。旅立ちの祝いに、お前に贈り物をくれてやる」

 

 と言ってきた。

 

 いきなりの事に首をかしげることしかできない私に、ニコルは続ける。

 

「……って言っても、大したもんじゃない。お前を見ていて思いついただけだからな。お前、戦ってる最中はものすごい笑顔だったな?」

 

 確かに、そうなっているだろうという自覚はあったが、それがどうかしたのだろうか……?

 

「……とても楽しそうに、さながら遊びのように戦うお前に、竜鱗を纏って戦場を楽しむお前に、俺は『竜鱗の遊び手』という名を贈る。……気に入ったのならそれを称号にしな。これが俺からのはなむけだ」

 

 ……『竜鱗の遊び手』、私の称号か……。

 

 確かにいつまでも称号がないのも不便だったし、いずれ勝手に付くとは言っても誰だか知らない者に付けられるのに抵抗がなかったとはいえない。

 その点、ニコルとはともに戦った友といえる存在だし、何よりその称号は、

 

「私という存在にぴったりの称号だ。ありがとう、ニコル。すばらしい贈り物だ」

「そうかい。ならよかったよ」

 

 私の礼に二コルは顔を背け、照れくさそうにそう答えた。

 

「……さて、名残惜しいがそろそろ俺は行くぜ。お前との遊び、なかなか楽しかったよ。また今度混ぜてくれ」

「ああ、ぜひとも」

 

 そういい交わし、二コルは私から離れていく。

 そして、少しはなれたところで立ち止まり、背中を向けたまま、言う。

 

「……ああそうだ。しばしの別れの前に先輩から後輩への授業の締めとして、別れの挨拶の言葉を教えておいてやる」

「……挨拶?」

 

 『そうだ』といいながら、二コルは首だけを振り向かせ、肩越しにこちらを見ながら、

 

「『因果の交差路でまた会おう』。これが、紅世に関わるものたちの別れの挨拶だ。元は“徒”たちから広まったものらしいが、なかなかしゃれてるし、フレイムヘイズ同士でも使うことが多い。覚えておけ」

 

 その言葉に、私は頷きながら、

 

「なるほど、面白い挨拶だ。ぜひ使わせてもらおう。――いろいろ世話になったね、ニコル。君のくれた名に恥じぬよう、精一杯この世界を楽しむとするよ」

「ああ、ぜひそうしてくれ。――っつっても、お前がつまらなそうにしてるところなんか想像できないけどな。そこらにあるもん全部に楽しさを見つけちまうだろうし」

「ははは、そうかもしれないね。――それでは、今度こそお別れだ。因果の交差路で、また会おう、『千刃(せんじん)(かな)で手』ニコル・グレンダール、“剣創(けんそう)()”ガドレエル」

「ああ、また会おう、『竜鱗の遊び手』ミコト、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタン」

 

 そういい残し、ニコルは空に飛び上がって、そのまま見えなくなってしまった。

 

 ……さて、それでは――

 

「私たちも行こうか、レヴィ君?」

「はい、参りましょうミコト様。――以上」

 

 そう言葉を交し合うと、私たちはニコルの飛んでいった方角とは逆のほうに進んでいく。

 

 この先に何が待っているのかと、胸を弾ませながら。

 

 

   ●

 

 

 ――さあ、何して遊ぼうか?

 

 

   ●

 



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外伝・カムシンの受難

   ●

 

 

 ……ああ、今日は星がきれいですね……。

 

 数千年も生きてきて、このような星空など見飽きてきた私ですが、それでもなぜか、今日の星空はとても美しく感じます。

 今ほど、『見る者の気持ち一つで物の見え方が変わる』という言葉の意味を思い知ったことはないと思います。

 赤、青、白と、様々な色を放ち、揺らめきながらその存在を示し続ける、どこか儚ささえ感じる星々の描く伝説たち。

 その儚さを補い合うように白い輝きの大河を成す、細かな星々の集い。

 北の空には不動の星が人々の指針となるべく中央に腰を据え、そこから少し離れたところには、良く見なければ一つに見えてしまうような、まるで『絶対に離れたくはない』と言い張るように、寄り添い支え合うかのようにも見える光がある。

 それらの星々が、絶対に癒えることのない私の体の傷跡に優しくしみこみ、痛みを洗い流してくれるような心地さえします。

 そして同時に、そんな幻覚を感じてしまうほどに自分の神経が摩耗しているのだという実感も覚えます。

 

 ……さて、そろそろ現実逃避はやめましょうか……。

 

 そんなことをしても問題は解決しない。

 だから、私は今まであえて視界に入れないようにしていた大きな問題を真正面から見据えることにする。

 

 ……ああ、私は何の因果でこんな目にあっているのでしょうか……?

 

 そう思考するも、私の中に明確な答えは現れない。

 

「……ああ、教えてくれませんか? “不抜(ふばつ)尖嶺(せんれい)”ベヘモット」

「ふむ、答えてやりたいのはやまやまじゃが、残念ながら儂にも答えは出せんよ、カムシン・ネブハーウ」

 

 でしょうね。これに答えを出せる者がいたら、私はその者をこれから先ずっと尊敬し続けるでしょう。

 そんなことを考えながら、私は目の前を――正確には私の足元を見る。

 そこには、うずくまるようにひれ伏し、頭を地につける男がいた。

 

 

   ●

 

 

 その姿勢自体は私にとって特に珍しい物ではない。

 私自身も元は一国の王子であった身であり、それ故に父王や私自身に対してこの姿勢をする者は少なくなかった。

 だから、私の前に現れたこの男が、

 

『私は、“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトと言う。いきなりですまないが、君達の自在法を見せてはくれないかね? “不抜の尖嶺”ベヘモット殿、『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ殿』

 

 と言いだした事には多少の驚きを得たが、それを断った後に例の姿勢を取ったことには驚きはなかった。

 いくら懇願されたとて、私の自在法は派手な物ばかりであり、相手もいないのに無駄に使うようなものではない。

 派手でないと言えば調律も私の自在法と言えるが、それも対象となる地域に至っていない以上、使う意味はない。

 

 そう言ってうずくまる彼を説得しようとしたが、彼は一向に動き出そうとしなかった。

 『無理なものは無理だ』、『帰ってくれ』、『そんなことをして何の意味があるんだ?』――

 などなど、私が放った様々な拒絶の言葉にも、彼は一向に動く気配はなかった。

 

 ……もうこの男を相手にするのは止そう……。

 

 そう考え、私はその男を放置し、先を急ぐことにした。

 

 ……そこからが、私の苦難の始まりでした……。

 

 なんとその男は、私の後をずっと付け回してきた。

 しかも、ただ歩いてついてくるというのならばまだしも、その男はずっと同じ姿勢を保ったままついて来る。

 

 ……ええ、何を言っているのかわからないと思います。実際私もこの目で見ていなければ戯言だと一笑にふしていたでしょう。

 

 私がその男のもとを去ろうと思い立ち、そしてそれを行動に移してからすぐ、正確には数歩歩いた後にふと振り向いてみた時の驚愕は、当分忘れることができないだろう。

 

 ……本来ならば私の歩いた分だけ離れていなければいけないはずの男の姿が、いまだに私の足元にあったのですから……。

 

 最初は『私が立ち去るのと同時に起き上がって追いかけ、私が振り向こうとする直前に再び元の姿勢に戻ったのだ』と考えたが、『ならば見ていれば動かないのだ』と判断し、足元の男を見据えながら後ずさりしてみて、その考えは打ち砕かれてしまった。

 

 

 その男は、私が下がるのに合わせてひれ伏した姿勢のまま(・・・・・・・・・・)滑るように移動してきたのだ。

 

 

 考えてもみてほしい。

 一人の人間が、うずくまり地に伏したまま前後左右に音もなく滑走して動くという光景を……。

 想像したくもないだろう。

 私が実際に見たその様は、やはりとても不気味であり、一般人ならあまりの恐怖に悲鳴を上げていてもおかしくない。

 私自身はさすがに悲鳴は上げることはなかったが、それでも嫌な汗が背中にあふれ、その場から急いで離れることにした。

 フレイムヘイズとしての身体能力をフルに使い、地を駆け、森の木から木へ跳び移り、空を舞い、川を越え、かなり本気でその男を引き離しにかかる。

 だがその男もまたフレイムヘイズであり、地を滑り、森の不安定ででこぼこした大地を滑り、私の真下につくように滑り、あまつさえ水の上を滑ってまで私に付きまとってきた。

 誰もいない荒野でも、猛吹雪の雪原でも、多くの人々がいる大きな町でも、私が休息場所とした洞窟の中でも――。

 どこであっても、彼は不眠不休の飲まず食わずで私に向かってその姿勢をし続けた。

 

 ……フレイムヘイズの耐久力は、こんなところで発揮するものでは無いでしょうに……。

 

 途中からは私も諦め、彼が何をしようが無視することにしたが、町を歩くたびに彼と一緒に私まで奇異の目で見られ、ついには『ひれ伏す男を従えて歩く少年』という新しい伝説じみた噂が立つようになり、私の我慢も限界に近づいてきた。

 

 ……正直言って、何度彼の望みどおりに『ラーの礫』を彼に向かって叩きつけてやろうかと思った事か……。

 

 そのたびにベヘモットに説得されて思い留まったが、この先もそれが続けられるとは思わないし、何よりベヘモットの説得も最近では力がなくなってきている。

 私自身もこんな形で同胞を害するのは不毛なことだと理解はしているため、何とか耐えられているが……。

 

 ……このままいけば、いつベヘモットの『説得』が『許可』に変わるかわかりませんね……。

 

 ともあれ、何とかしなければという思いは強く、私は調査を進め、ついに一体の“徒”の情報を得た。

 それは、奇妙な男に憑りつかれてから、実に二週間後の事だった。

 

 

   ●

 

 

「ああ、いい加減に頭を上げてください、『竜鱗の遊び手』」

 

 一応そうはいってみるが、そんな言葉でこの男が動かないのはこれまでの経験でわかっている。

 

「ふむ、お主も彼に何とか言ってやってくれんかね? “業の焱竜”」

 

 ベヘモットも彼と契約した“王”にそう問いかけるが、そちらの答えも相変わらず、

 

「言っても無駄でしょう。ミコト様は、『楽しむ』という目的のためには手段を選ばず、何もかもを犠牲にするお方です。今更、私程度の言葉でこれまでの行いを覆したようなことは、これまで数十年ともにいる私でも見たことが有りません。――以上」

 

 という物だった。

 その頑固な二人組に、ため息をつきながら私たちは朗報(私たちにとっては労報)を告げる。

 

「ああ、この先で“徒”の一団が潜伏しているという情報が入りました。なので、私たちはこれからその一団との戦闘に入ります」

「ふむ、一切の遠慮解釈なしで荒事を行うからの、巻き込まれても良いのならば自由に見ていくが良いじゃろうて」

 

 私たちのその言葉を聞いた直後、目の前の男は立ち上がり、今度は腰を折って頭を下げた。

 

「心遣い感謝する、“不抜の尖嶺”ベヘモット殿、『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ殿」

 

 その礼を終え、男は体中にこびりついた泥やほこりを叩いて落としながら一人ごちている。

 

「しかし、さすがは極東の島国に代々伝わる最終奥義であり、どんな陳情でも通してしまうという伝説を持つ秘技・『DOGEZA』だけのことはある。このような異国の地の、大物のフレイムヘイズにまで有効だとは……。『DOGEZA』、恐るべし……」

 

 ……ああ、今度その島国に行ったとき、うっかり(・・・・)その国を破壊してしまわない自信が全く湧きませんね……。

 

 この男に余計な知識を与えたその国の住民に呪詛を送りながら、私は情報のあった地点に向けて歩みを始めた。

 

 ……ああ、せいぜい彼らで苛立ちを解消するとしましょうか……。

 

 “徒”の殲滅が決定した、その瞬間だった。

 

 

   ●

 

 

 “徒”達の巣になっていたのは、崖の岩肌にいくつも並ぶ洞窟だった。

 その洞窟群とカムシン達の間には、数十体の“徒”達が道をふさぐ様に空に、大地に並んでいる。

 カムシンはそれを確認すると、手ごろな岩に対し、その身に背負った身の丈の倍ほどもある鉄棒型の宝具『メケスト』を叩きつけて砕き、その破片(とはいっても彼の頭ほどの大きさはある)に褐色の炎を纏わせる。

 そして、それを褐色の炎でメケストにつなぎ、鎖のついた鉄球のように勢いをつけて振り、いくつもの穴を開けている岩肌に向かってぶち込んだ。

 勢いよく飛んでいく岩塊は途中で炎の鎖から解放され、その全質量を破壊力に変え、突き進む。

 途中で何体かの“徒”を巻き込んで崖の中頃に着弾した岩塊は、その直後に爆発を起こし、崖崩れを誘発する。

 瞬く間に隠れ家をつぶされた“徒”の一団は怒り狂い、その状況を引き起こしたカムシンに向かって炎弾を一斉に放つ。

 

 だが、カムシンはそれらの炎の雨の中を『メケスト』を振り回して炎弾をはじきながら進み、瓦礫の山(・・・・)となった崖の頂上に立ち、『メケスト』を振り上げながら、つぶやく。

 

「儀装」

「カデシュの血印、配置」

 

 カムシンに続くベヘモットの言葉を受け、二人の足元のがれきに褐色の自在式がいくつも刻み付けられる。

 

「起動」

 

 そう言ったとき、今度はカムシン自身が心臓の形をした炎、『カデシュの心室』に包まれる。

 

「自在式、カデシュの血脈を形成」

 

 ベヘモットのその言葉と同時に、自在式から幾本もの褐色のロープが伸び、それらが何本も縒り合され、

 

「展開」

 

 そして、心室に接続される。さらにそのロープが瓦礫を引き寄せ、瓦礫がカムシンをさらに覆って行き、

 

「自在式、カデシュの血脈に同調」

 

 ベヘモットのその声に引かれ、全ての瓦礫がカムシンのもとに集い――

 

 

 数瞬後、そこに立っていたのは、体の各所から褐色の炎を吹き出す岩の巨人だった。

 

 

   ●

 

 

 この日の『壊し屋』の仕事は、通常の5割増しで激しかったという。

 

 

   ●

 

 

 “徒”の殲滅を終えたカムシン達は、遠くでそれを見ていたミコト達(一応彼らの仕事として、逃げ出そうとする“徒”の討伐と言う役目が与えられてはいたが、全く出番はなかった)の元へ向かっていた。

 

 ……これでやっと、二週間も続いた責苦から解放される……。 

 

 少しして二人のもとに辿り着いたカムシンは、地面に鉄色の破片を何枚も突き刺し、何やらぶつぶつ言っているミコトの姿を見た。

 しばらくそれを黙ってみていると、地面に刺した破片から天色のロープがミコトの手の中の破片に伸び、ミコトがそれを持ち上げると同時に破片の刺さった地面が盛り上がった。

 そして、瞬く間に土くれは一抱えほどもある人型となり、ミコトの周りをゆっくりと歩き出した。

 

「(……ああ、ベヘモット、これは……)」

「(ふむ、稚拙ながらも儂らの儀装を模した物じゃな……)」

 

 この短時間で小規模ながらも自身の自在法を再現されたことに少々の驚きを得ながらも、それを表情には出さないようにしながら、カムシン達はミコト達の前に出る。

 

 ミコト達もカムシン達に気付き、足元の人形をその場に直立させて、

 

「おや、お疲れ様だカムシン殿、ベヘモット殿。何やらすっきりした表情をしているが、何かあったのかね?」

「ああ、ええ、やっとあなた達から解放されると思うと嬉しくなりもするでしょう」

「ふむ、ところで、それは……?」

 

 ベヘモットの疑問の声にしばし首をかしげるミコトだが、不意に手を叩くと、

 

「ああ、この土人形の事かね? お察しの通り、これは君たちの儀装を私なりに改造して作りあげた物だ。私が今回君達と接触したのは、物体の操作の自在法を見るためだったからね。さすがに大質量を自在に操るのはまだまだ経験不足だが、これで私たちの戦術の幅がかなり広がった。感謝する。この礼をしたいのだが、何かないだろうか……?」

「……もう勘弁してください。用が済んだのならばとっとと私たちの前から消え、二度と厄介ごとを持ち込まないようにしていただければそれで結構です」

 

 自分の顔はおそらくかなり嫌そうに歪んでいるのだろうなと考えながら、カムシンはミコトに背を向け、その場から立ち去ろうとする。

 

 ……もうこの場所に用はない。次の目的地まで、少し休みながら行くとしましょうか……。

 

 そんなことを考えていると、ミコトから声がかかる。それは――

 

 

「ああすまない、実はもう一つ頼みがあるのだが――ッグハ!?」

 

 

 途中で聞くのをやめ、思い切り振りかぶった『メケスト』で彼を空高く打ち上げてしまった私は、悪くないでしょう。

 

 

   ●

 



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外伝・剛腕の持ち手

   ●

 

 

 とある町のとある路地裏で、命の危機に瀕している存在があった。

 

 

   ●

 

 

「お嬢ちゃん、お兄さんたちと一緒に楽しいところに行かないかい? へへへ……」

「お菓子もおもちゃもいっぱいあるからね。さあ、おいで……? げへへ……」

 

 下心丸出しで男たち二人が話しかけているのは、小さな女の子だった。

 見た目からして年は5、6才程の、外で走り回っているよりは室内で遊んでいるのが似合いそうな金髪の女の子だ。

 来ている服がそれなりに良い物であり、さらにはおそらくは金であると思われる輝きを放つ耳飾りを右耳にだけつけていることから、彼女を見た者はほぼ全員が、名家の娘という印象を受けるだろう。

 そんな女の子が一人で裏路地を歩いているのを見かけた男たちも全く同じ印象を抱き、『さらえば一儲けできるのではないか』と考え、大した計画も無しに声をかけたのがこの男たちだ。

 

「ほら、怖くないからね? ちょっとお兄さんたちと遊ぼう?」

 

 物心つく前の子どもに対してそこまでの配慮をしても仕方ないと考えているのか、明らかに嘘の言葉だと判断できる言葉を放つ男たち。

 そんな男たちに迫られている少女はうつむきながら立ちつくし、先ほどから全く動いていない。

 それ故に男たちは怯えている少女(・・・・・・・)をなだめるための言葉を紡いでいたのだが、先ほどからその効果が全く現れない事にいら立ちを隠せなくなり、少女の肩に手を伸ばし――

 

「……ああもうめんどくせえ!! 良いから黙って俺たちと一緒に――」

 

 ――その手が少女の肩に触れる前に、背後から伸びてきた腕が彼の手首をつかんだ。

 

「……あ゛?」

 

 手首を掴まれ、自身の行動を邪魔された男が苛立ち交じりに振り返ると、

 

「……ふう、危ない所だった。危機一髪だね」

 

 己の手を掴み、額の汗をぬぐっている優男が立っていた。

 

 

   ●

 

 

 いきなり手を掴まれた俺は、自分を留めている人物が線の細い優男であることを確かめほくそ笑む。

 

 ……っへ、こんな奴、一発殴ってやればすぐ逃げ出すだろ。

 

 その思いを実現させるため、まずは優男の手を振りほどこうとするが、

 

「――っ、てめえ、放せ!!」

 

 いくら力を込めて振ろうとも優男の手は離れることはなく、むしろさらに締め付けの圧を上げていく。

 その痛みに耐えかねて凄んでみるも、優男は意に介すことなく一人ごちる。

 

「人探しをしてみれば、こんな厄介事に巻き込まれるとは……。まったく、ついてないね……」

 

 その様子は、まるで俺の事が全く見えていないようで、

 

「――畜生、放しやがれ……!!」

 

 そう叫びながら俺は足を上げ、その踵で優男の足を踏みつけようとするが、

 

「……あまり暴れないでくれないか? ちょうどいい加減という物はかなり難しいんだ」

 

 優男がそう呟くように言った瞬間、俺の世界は回転した。

 俺が足を踏みつけるより早く優男が俺を背後に向かって投げ飛ばしたのだと理解したのは、逆さまの世界の中、地面に接する背中の痛みを感じながらの事だった。

 腕一本で俺を振り上げ地面に叩きつけた優男は、俺の手を掴みながら半身で俺を見下ろしていた。

 その鋭い眼は、実につまらなそうに俺を映していて――

 

「……くそっ!!」

 

 その様子を見ていた俺の相棒は、悔しそうな声を上げながらガキに向かって走り出した。

 

 ……よし、そのままガキを捕まえれば……!

 

 おそらくこの優男はガキの付き人かなんかだ。

 だとすれば、このガキの安全だけは何をおいても守ろうとするだろう。

 だったら、ガキを取り抑えて『動くな』と言えばそれに従うだろう。

 それからは、何もできない木偶人形をひたすら叩きのめせる。

 そう考え、男の動きを止めようと俺を掴んでいる手を掴み返そうとした瞬間――

 

 

 ――男の姿が消え、相棒が左側の壁に叩きつけられた。

 

 

「――っなに!?」

 

 その事実に驚きながらも、俺は相棒がついさっきまでいた場所に信じられないモノがあるのを見つけた。

 

 あの優男だ。

 

 片足を相棒に向かって突き付けていた優男は、足を下ろしてゆっくりとガキに近寄っていく。

 それを俺は黙ってみていることしかできない。

 事が起こる前と後の状況を比較してみれば、その間にどんなことが繰り広げられたのかは想像できる。

 おそらくこの優男は、俺から手を放し、相棒のもとに駆け寄り、薙ぎ払うように蹴り飛ばしたのだろう。

 だが、その速度と力が異常だった。

 

 ……蹴った、のか? あの距離を一瞬で詰めて、人間一人が吹き飛ぶような力で?

 

 そんな結果は、普通の人間が起こしていいものではない。

 そんなことができるとしたら、そいつは人間じゃなくて――

 

「――化物……」

 

 その言葉が俺の頭の中に染み込むのと同時に、俺の中に恐怖が生まれた。

 おそらく、いま俺が生きて、恐怖を覚えていられるのは、あの優男の気紛れだ。

 あいつが本気を出していたら、俺たちは一瞬で、何かを感じる間もなく殺されていただろう。

 そしてその気紛れは、『やっぱり殺そう』というモノに変わるかもしれない。

 変化の条件も、その時間も、俺たち人間には予想できない。できるわけがない。

 なぜなら、俺たちは人間で、あいつは化物なのだから――。

 

 そう考えていると、優男はガキと何かを話し終え、俺の方へ揃って歩いてきた。

 俺は、なるべく男を刺激しないように仰向けのまま体を固まらせる。

 歩いてくる二人の内、ガキの方は俺に見向きもせずに通り過ぎていったが、優男の方はふと立ち止まり、俺の方を見て、言った。

 

「君は先ほど、私の事を『化物』と言ったね?」

 

 殺される。

 俺は化物の怒りを買い、無残に死んでいくのだと、そう思った。

 

 黙り込む俺に、優男は語りかけてくる。

 

「君たちは命拾いした」

 

 ……なんだ? 助けてくれるのか?

 

 俺が一瞬安堵したのを感じたのか、優男は静かに告げる。

 

「もし君たちの手が彼女の服にかすりでもしていたら、君たちは死んでいただろう。なぜなら――

 

 

 

 

 

 彼女も、私と同じ『化物』だ」

 

 優男がその言葉を放った瞬間、裏路地の曲がり角に立って男を待っていたガキの方から、ものすごい威圧を感じた。

 すべてを押しつぶし、踏み砕くような密度の濃い重圧に、俺の意識は遠のいていった。

 

 

   ●

 

 

 裏路地での厄介事を何とか片付け、私たちは表通りを並んで歩く。

 その姿は歳の離れた兄弟が仲良く散歩をしているような、実にほほえましい物に見えるだろう。

 少なくとも、表向きは。

 

「……すまない、そろそろその威圧をやめてもらっても良いかね? 普通の人間なら一瞬で気絶させられるほどの密度だし、さすがの私も気が遠くなりそうだ」

 

 冷や汗を流しながらそう言うと、彼女はにっこりと笑いながら言う。

 

「心配しなくても、きちんと貴方にだけ(・・)集中して放ってますから大丈夫ですよぅ。出会ったばかりのレディの事を『化物』だなんて紹介するお馬鹿さんにはちょうどいいお仕置きだと思いますけどねぇ。……というか、いくら私だって人間相手に本気を出すような真似はしませんよぅ」

「あの裏路地では、哀れな男が一人犠牲になっていたようだが?」

「あれは貴方がいきなり失礼なことを言うから威圧の加減を間違えただけですよぅ。本来なら、無関係な人たちには絶対にもらしませんよぅ」

 

 拗ねたようにそう言う彼女の話し方は、見た目の年齢通りの舌足らずな物であったが、

 

「その話し方、私たちの前ではしなくてもいいのではないかね? 普通の話し方もできるのだろう?」

「……まあ、確かにそれも可能ではあるけど。やっぱりこういうのは癖にしとかないとどこでボロが出るかわかったもんじゃないからね。結構使えるのよ? あの話し方。情報収集なんかで人に話を聞くときなんか、おじいちゃんとかお姉さんとかにああいうふうに話しかけると警戒を一発で解いてもらえるし、ね」

 

 いきなり『少女』ではなく『女性』の話し方になった彼女に少々面食らったが、なるほど道理は通っている。

 きちんと考えがあっての事なのだと感心していると、彼女はその様子を見てくすりと笑い、

 

「……だから、貴方も少しの間は我慢してくださいねぇ?」

 

 と、最初の話し方に戻した。

 

 

   ●

 

 

 私たちは、近くにあった酒場に入り、その隅の席に着いた。

 まだ日が高いこともあり、落ち着いて話をするためにはちょうどいい場所だったからだ。

 

「さて、遅ればせながらも自己紹介と行こうか。私は“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトという。よろしくたのむよ」

「お初にお目にかかります。――以上」

 

 一人から響く二人分の私たちの挨拶に、彼女はにこりと笑い、

 

「よろしくですぅ。私は、“天支の柱(てんし ちゅう)”アトラスのフレイムヘイズ、『剛腕の持ち手』マリア・フラスベルですぅ」

「ははは。よろしく頼むよ、ご両人」

 

 と、彼女も二人分の挨拶を返す。

 彼女の声とは別に朗らかな男の声であいさつをしてきたのは、彼女の右耳に下がる黄金の林檎をかたどった耳飾り型の神器“ヘスペリデス”に意思を表す、“天支の柱”アトラスの声だ。

 

「ははは。それで、突然尋ねてきたのはどういう訳だいご両人。まさか、マリアの歳不相応な話し方を注意しに来たわけでもないだろう? ――ってアイタ!!」

 

 “ヘスペリデス”の林檎を軽く指ではじき、相棒に制裁を加えたマリアはにっこり笑いながら、

 

「アトラスさん、女の子に歳の話題は禁物ですよぉ? ……それでぇ、今日はどんなご用件ですかぁ?」

 

 と聞いてきた。

 それに対し、私は懐から一通の手紙を取り出してマリアにわたす。

 

「『永遠の禁じ手』からの書状だ。私の事が書いてある。まずはこれを読んでほしい」

 

 いまだに禁じ手の称号を口に出すときは緊張する。

 なんとなく、呼んだら後ろから現れそうな気がするからだ。

 

「へえ、お姉さんからのお手紙ですかぁ。どれどれ……」

 

 そう言いながら、マリアは手紙を読み始めた。

 

 ……それにしても、『お姉さん』、か……。

 

 その呼び方にはものすごく違和感を覚える。

 確かに『オネエさん』ではあるのだが……。

 

 そんなことを考えていると、マリアは書状を読みえたようで、私にそれを差し出しながら、

 

「なるほどぉ。要するに、自分の戦術の参考にしたいから戦いを見物させてほしいと、そういう事ですねぇ? 私は別にかまいませんよぅ。自分の身は自分で守れるのならば、近くに誰がいても気にしませんしねぇ」

「ははは。まあ、禁じ手からの書状は本物のようだしね。禁じ手が信用しているのなら妙なフレイムヘイズではないだろうし、僕たちの戦い方を悪用もしないだろう。僕からも反対はない。好きにするといいよ」

「……感謝する」

 

 いろいろな者と交友を結んでおいてよかったとこれほど実感したことはない。

 正直言って、禁じ手との交友がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 ……尻を守りながらではあったが、親しくしておいて損はなかったね……。

 

 マリアとのこの出会いも、もともとは『誰か強力な討ち手がいたら紹介してほしい』と、別れる間際の禁じ手に頼んだ事による。

 快く引き受けてくれた禁じ手は、少し悩んだ後、『文字通り強力な子なら一人知ってるわ♡ 彼女ならあなたも満足できると思うわよ♡』と言って書状をしたため、見た目の特徴を教えてくれた。

 それからは旅の途中で出会った討ち手たちと情報を交換し(もちろん、彼らにも知り合いのフレイムヘイズへの紹介は依頼している)、目撃情報をいくつも集め、追跡していって、つい先ほどやっと見つけたのだ。

 結局、禁じ手と別れてから二年の月日が流れてしまったが、実入りも多かったため特に不満はなかった。

 

 ……さて、今回はどんな自在法が見られるのかね……。

 

 そう考えながら、私は目の前のカップをあおった。

 

 

   ●

 

 

 自己紹介も済んだところで、私たちは“徒”についての情報交換に入る。

 普段ならば、それぞれが聞いた噂などとりとめのない話をするだけなのだが、今回はそうではない。

 私と彼女がこの町で出会ったのは偶然ではなく、ここで歪みが見つかったからだ。

 町の者達に話を聞いたところ、一月ほど前から町のはずれあたりに『土でできた人間』が現れるようになったらしい。

 その土人間は近くに誰もいない場所に現れ、少しの時間そこで佇んでからどこかに行ってしまうそうだ。

 ちなみに、それを近くで見た者や追いかけて行った者は何故か誰もいない(・・・・・・・・)という。

 

「おそらくだが、その土人形に近付いた者は、皆食われてしまったのだろうね。存在ごと食われてしまったが故に、誰も被害にあっていないということになり、その土人形を調べた者がいたという事実もなかったことになったと、そういう事だろう」

「私の見解も同様ですねぇ。ですが、存在の力の残り香から考えて、その土人形は“燐子”だとおもいますよぅ。たぶん、“燐子”たちに人食いをさせて、“徒”自身はどこかに隠れているんでしょうねぇ」

「ははは。どれくらいの数を作ってるのか知らないが、このあたり一帯に広がる歪みの分布から考えて、この村の南東あたりが中心のようだね。行ってみる価値はあるだろうさ」

 

 そう、私もそう思う。

 だが、その情報だけでは探す範囲は膨大過ぎる。

 なので、もう一つの情報を出すことにした。

 

「……この村には物資の補給のために年に一回立ち寄る旅団があったらしい」

「ですが、その旅団は数年前に団長が死んで以来、来なくなってしまったそうです。――以上」

 

 いきなりの話題に、マリアたちは困惑した表情を見せる。

 

「……何か妙なところでも? 後継ぎがいなかっただけじゃないんですかぁ?」

「……その旅団の構成員はたったの数人であり、その全員が一年前までに病気や老衰で亡くなっているそうだ」

「それに、その旅団が運んでる物資は、この辺境の町ではかなり重要な物らしく、それがないとこの時期この町はかなり大変なことになるらしい、とのことです。 ――以上」

「にもかかわらず、この町の人間はきちんと過ごせている。しかも、数年前から旅団が来ていないのに、その対策も取られていない。つまり、その旅団はきちんと世代交代はされており、今までも定期的にこの町に来ていたが、つい最近この町に寄った後に“徒”食われていなかったことになった、と。そう推測が立つ」

 

 そこまで話すと、マリアは表情を真剣なものに変える。

 

「……なるほどぉ。その旅団の人たちが喰われて存在がなくなってしまっても、その前に死んでしまった人たちまではいなかったことにはならない、ということですねぇ?」

「ああ、聞いた話によると、この町に出る土人形は大して早くは動けないらしい。大人が走れば簡単に逃げられてしまうそうだ。つまり、そこそこ機動力のある旅団ならば、土人形にやられはしないだろうね。そして、今回の“徒”の特性上、特定の場所からは動いていないと考えられる」

「ははは。と言うことは、その旅団の行路をたどっていけば、今回の目的に辿り着けるかもしれないわけだね?」

「そういう事になるね」

 

 話が早いのはかなり助かる。

 それから私たちは旅団の行路を確認し、どこが怪しいかと言う予測を立てた後、出発した。

 

 

   ●

 

 

 結論から言って、私たちの考えは正しかった。

 旅団の行路をたどっていく途中で、運よく土人形を発見し、そのあとをつけていくことにした。

 どうやらその土人形は、“燐子”として最低限の機能しかつけられていないらしく、私たちがつけているということに全く気付かず、主のもとに進んで行った。

 そうしてからしばらくして、土人形は大きな砂山の前で止まり、そしてすぐにその山に溶け込んで行った。

 

 ……と言うより、土の体を砕いて砂山に混ざった、と言うべきかね。

 

 おそらくここが目的地なのだろうが、周囲は荒野ばかりで何もない。

 

「……どうするかね、『剛腕の持ち手』?」

 

 私は対応に困り、傍らの先達(これでも私より数百年長く生きているらしい)に尋ねた。

 

「そうですねえ……。とりあえず、この怪しげな砂山を壊してみましょうかねぇ。もしこれが何かの罠であっても、下手に触れるよりは壊した方が安全ですしねぇ」

「なるほど、ではやってみようか」

 

 安直ではあるが堅実でもあるためその案に従い、高さが私の身の丈の3倍はありそうな砂山に向かって、炎弾を数発叩き込んだ。

 数度の爆音が響き、砂の山は崩れ去る。

 だが、その山を崩した直接の原因は炎弾ではなく、

 

「……ほぇ~、おっきいですねぇ……」

「……ああ、大きいね……」

「ははは。少々度が過ぎているけどね……」

「これは、少々まずいかもしれませんね。――以上」

 

 砂山の中から現れた、巨人のせいだった。

 

 

   ●

 

 

「きさまらぁ、よくもおれをおこしてくれたなぁ……!」

 

 砂山を崩して現れた、――いや、正確には砂を纏ってうずくまっていただけだが――巨人は、体長が私の10倍ほどあった。

 さすがの私も、これほど巨大な“徒”は見たことがない。

 

「せっかくきもちよくねていた、この“山条(さんじょう)(せき)”スィアチさまをおこしておいて、ただですむとはおもってないだろうなぁ……!?」

 

 その“徒”は立ち上がって私たちを見下ろすと拳を振り上げ、地面に向かって叩きつけようと――

 

「っと、考えている場合ではない!!」

 

 一瞬早く我に返った私は、すぐにその場から飛び退いた。

 だが、マリアはずっとその場に残ったままであり――

 

「しねぇーー!!」

 

 スィアチの拳が、マリアのいた場所に叩き込まれた。

 その音は、案外軽い物だった。

 

 

   ●

 

 

「ははは。どうだいマリア、彼の強さは?」

「うぅ~ん、そうですねぇ。大きさの割に思ったほど強くはありませんねぇ。あんまりいい物食べてないんじゃないですかねぇ?」

「ははは。その良い物を食べさせないようにするのが、僕達フレイムヘイズの仕事だろう? だったら、良い事じゃないか」

「あぁ~、そうでしたそうでした! だったら仕方ないですねぇ。それじゃあとりあえず、この人をやっつけちゃいましょうかぁ?」

「ははは。そうだね、さっさと終わらせて、何かおいしい物でも食べに行こうか?」

「えぇ~、そうしましょうそうしましょう。でもぉ、このあたりの名産は大概食べちゃいましたからねぇ。もう目新しい物は残ってませんよぅ?」

「ははは。それじゃあ、あの中東の国に行ってみる、ってのはどうだい?もう数十年行ってないから、新しい物ができてるかもしれないよ?」

「そうですねぇ。それじゃあ、行ってみましょうかねぇ……」

 

 

   ●

 

 

 私の前方では、ありえない事が起きていた。

 スィアチの拳が地面に接することなく、何の気なしに上げたとしか思えないマリアの右手のひらで気楽に受け止められているのだ。

 

「――なぁにぃ~!? こぉのぉ~!!」

 

 スィアチの方もこれは予想外だったようで、マリアに受け止められた拳にさらに力を込めている。

 だが、それでもマリアの余裕そうな顔色は一向に変わりそうにない。

 

 と、不意にマリアは私の方を向いて、言う。

 

「遊び手さぁん、なんで私を置いて下がってるんですかぁ? か弱いレディを置いて逃げるなんて、殿方として失格ですよぉ……?」

「……いや、君の事は禁じ手から『強力なフレイムヘイズだ』と聞いていてね。絶対に大丈夫だと判断したんだよ」

 

 なんたって、この少女は、

 

「フレイムヘイズの中でも数少ない、宝具などの武器を一切使わず、身体強化を施した自身の肉体の身を武器にする、文字通り『強力』なフレイムヘイズ。それが、『剛腕の持ち手』マリア・フラスベルだ、とね」

 

 私のその言葉に、彼女はクスリと笑い、

 

「だったら、安心して私のそばに立っていればよかったんじゃないんですかぁ?」

「そんなことをしたら、どうなっていたと思うかね? 今君が彼の拳を受け止めているのは、私の胸のあたりの高さだよ? 私がそのままそこに立っていれば、私の胸から上は潰れていただろうさ」

「……あぁ~、なるほどぉ。それは盲点でしたぁ」

 

 こんな状況にあっても、あくまで余裕を崩さないのは、さすがと言うべきなのだろうか。

 

「ああそれとぉ、私が武器を使わないフレイムヘイズだ、と言うのは正確ではありませんねぇ」

「……? どういう事かね? 実は何か使えるのかね?」

「いえいえ、そういう事ではなく……」

 

 そう言いながら、彼女は頬をかきながら照れくさそうに、

 

「私は少々力持ちですので、普通の宝具なんて、使っているうちに壊れちゃうんですよねぇ。だから正確に言うと、『使わない』のではなく『使えない』んですよねぇ」

 

 ……いや、少々って……。

 

 あはは、と笑いながら言う彼女に少々呆れていると、

 

「――っきさまらぁ、ちょうしにのるのもたいがいにしろよぉ……!!」

 

 と、いい加減にしびれを切らしたのか、スィアチは全体重をマリアが抱えている拳に集めるが、

 

「――おおっとぉ、急に動かないでくださいよぅ。危ないじゃないですかぁ」

 

 と、彼女はあくまで軽い調子で、

 

 

 

 

 

 巨人を持ち上げてしまった。

 

 

   ●

 

 

 右手一本でスィアチの巨体を持ち上げたマリアは、その小さな手からは想像もできないような握力でスィアチの拳をホールドして、そのまま振り返るような自然な動きで、地面に叩きつけた。

 

「――がぁ……!!?」

 

 当然大地は大いに揺れ、普通ならば立ってもいられないほどの振動が私を襲う。

 急いでその場から飛び上がり、空中に『罪片』による足場を作っていなければ、私は無様に大地に膝をつけていただろう。

 だがここで、私は奇妙なことに気が付いた。

 

 ……地面が、砕けていない……?

 

 普通、あれだけの質量がぶつかれば、ひび割れの一つもできていない方がおかしいのだ。

 それなのに、私の下に広がる大地には一切の変化がない。

 

 ……これは、いったい……?

 

 その疑問は、地面をよく見てみれば明らかになった。

 マリアを中心に、このあたり一帯に自在法がかけられていたのだ。

 そして、その効果は――

 

「……硬化の、自在法、か?」

「正解ですよぅ」

 

 と、私のつぶやきに軽い調子で返してきたのは、マリアだった。

 彼女は地面にうつぶせになって倒れているスィアチをもう一度振り上げて反対側に叩きつけながら、

 

「『戦士たるもの、常に自分が有利になる戦場に身を置くべし』、と言う訳ではありませんがぁ、私が思いっきり暴れると、その場所は滅茶苦茶になってしまいますからねぇ。それに加えて、私の戦いにはしっかりした足場も必要なんですよぉ。私の力を支えきれないで崩れてしまう足場では、意味がありませんからねぇ」

 

 それに、

 

「知ってますかぁ? 簡単に砕けてしまうような所に叩きつけるのと、固い所に叩きつけるのとでは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――後者の方が痛いんですよぉ……?」

 

 ものすごくいい笑顔でそんなことを言われた場合、私はどのように返すべきなのだろうか……。

 

 

   ●

 

 

 結局、哀れな巨人は散々地面に叩きつけられた上に、全力の拳を何発も食らって消えていきましたとさ。

 

 

 ――合掌。

 

 

   ●

 



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外伝・紅蓮との出会い

   ●

 

 

 これは、私がまだまだ愚かだった、そんなときの物語。

 

 

   ●

 

 

 それはちょうど、私が人間をやめて200年程経った頃の話だ。

 その頃の私は己が未熟をろくに自覚せず、様々な自在法を覚え、扱えるようになってきたところであり、ありていに言えば調子に乗っていた。

 そこで私は無謀にも、その当時欧州で猛威を振るっていた“徒”の集団である[幻想王国]に対しての単独調査を、誰かに頼まれた訳でも無く個人的な好奇心で行うことにした。

 

 [幻想王国]とは、とある目的を掲げる一人の“王”を首長とし、それに協力する数人の“王”たちで構成された小規模な組織だ。

 小規模とはいえ構成員は全員“王”であり、曲者ぞろいの厄介な組織である。

 それに加え、首長である『最強の魔本』が持つ能力は、『“燐子”の即時・大量作成』であったから、配下の確保には何ら支障はなかった。

 その組織の目的は、首長である赤い本の姿をした“王”の体を、その存在にふさわしい人型の肉体に構成し直す方法を見つけることと、自分たちが楽しく暮らせる世界、『幻想王国』を創ることだった。

 とはいえ、一つ目の目的に真面目に対して取り組んでいるのは、首長の魔本とそれに最も近い幹部であった『美貌の背徳者』のみであり、それ以外のメンバーの目的は必ずしも一致していなかった。

 

 参謀の『白い予言者』は首長が慌てふためきあがく姿を近くで眺めるために。

 守りの要であった『老獪な暗黒竜』は、なんとなく。

 戦闘部隊を率いる『狂気の剣士』は、意中の『美貌の背徳者』を狙って。

 遊撃部隊の長であった『無謀な雷小僧』は、人型になって強くなった首長と戦うために。

 協力者であった『気弱な邪神』は、親交のあった首長を補助しようとの善意から。

 そして、協力してやると言い放って勝手に組織に居座った『姑息な獅子面(ししづら)』は、『幻想王国』の完成後、それを乗っ取るために。

 そんなバラバラな組織であったから、私一人でも調査ぐらいは何とかなるだろうと、そんなふうにうぬぼれていた。

 

 

   ●

 

 

 その結果が、幹部の一人に発見・追跡されるという状態を生み出した。

 

 

   ●

 

 

 ……くそっ!! まだ追ってくるのか!? いい加減しつこいぞ!!

 

 私は木々の生い茂る森の中を駆けながら、そう毒づいた。

 私の後方からは、木々をなぎ倒す音が響いてくる。

 よく注意して聞いていれば、だんだん私と音源との距離が近付いて来るのがわかる。

 

 ……いっそ、ここで迎え撃つか……?

 

 そんな思考も浮かぶが、それは無謀だと先ほどまでの戦闘で思い知っているので即座に破棄する。

 今私を追ってきているのは[幻想王国]の構成員の中でも一番弱い『姑息な獅子面(ししづら)』であったが、仮にも“王”と呼ばれるだけあってそこらの“徒”とは比べ物にならないくらい強い。

 特に、耐久力に関して言えば、並みの“王”では比較にならない程だ。

 現に、先ほどまでに私が応戦してできた傷など、全く気にせず追いかけてきている。。

 それほどまでに、あの男のタフネスはすさまじいのだ。

 

 ……私の攻撃はもう効かない。ならばどうする……?

 

 私が収集してきた自在法は数多くあれど、強力なものほど使いこなすのに時間がかかり、さらに習熟度に難があるモノなどは今なお満足に効果を表さない。

 当然、この場で使用しても無駄に力を使うだけだ。大した効果は期待できず、むしろ不利になるだけだろう。

 

 ……とはいっても、逃げることも容易ではない、か……。

 

 確かにアレの機動力は大したことはない。攻撃そのものも、良く見ていれば避けるのはたやすい。……だが、

 

『……ええい、まだるっこしい……! 面倒だ。吾輩の情熱にて、炙り出してくれようぞ……!!』

 

 ……まずい!! 『アレ』が来る……!!

 

 そう思った瞬間、生い茂る木々の隙間から暑苦しいほど真っ赤な炎が垣間見え、そして――

 

『くらえ、吾輩の情熱を!! 『メンズパッション』!!』

 

 雄叫びの直後、森が私ごと吹き飛ばされた。

 

 

   ●

 

 

「ふははははは……。やっと見つけたぞ。全く、手間をかけさせおってからに」

 

 薙ぎ払われ、ところどころ焦げている木々を押しのけて私の元に歩み寄ってくるのは、筋骨隆々な獅子頭の男だった。

 彼は豪奢なマントを羽織り、右手に大きな木槌を持って地面に倒れて動けない私の傍らに立つと、

 

「何やらこそこそと吾輩の(・・・)組織を嗅ぎまわっていたようだな。そんな姑息な貴様も、いよいよ年貢の納め時だ」

 

 ……姑息と言う言葉だけは、この男から言われたくはないね。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、私は獅子面が両手で木槌を振り上げる様を眺めている。

 無念がないわけではない。まだまだやりたいことが山ほどある。

 恐怖がないわけではない。死ぬような痛みを味わうのは誰だって嫌だ。

 後悔がないわけではない。どうしてこんなことになってしまったのかと、今も恨みがましく考えている。

 

「だが、褒めて遣わそう。なんといっても、[幻想王国]内でも最強であるこの吾輩をここまで手こずらせたのだからな。その強さに免じて、吾輩至高の宝具、『ミリオンダラー』にて打ち砕いてやろう」

 

 ……体が、少しでも動いてくれれば……!!

 

 そう思って力を込めてみるが、全く動かない。先ほどの衝撃が体の芯まで響いているようだ。

 いくら残念が残っていても、これではどうしようもない。

 ならばいっそ潔く果ててやろうと、そう思った。

 

「(……レヴィ君、すまない。もう無理そうだ。今まで、私の遊びに付き合ってくれて、感謝する)」

「(いけませんミコト様!! 意識を強く持ってください!! 何とかしてこの状況を切り抜けてください!! ――以上!!)」

 

 そう発破をかけられるが、この状況はどう考えても絶体絶命だ。

 ここから生き残れるとしたら、よほど悪運が強くなければならないだろう。

 

「――さあ、祈りは済んだか? では、死ねぇぇい!!」

 

 せめて死の直前の光景ぐらいは目に焼き付けようと、私は迫りくる木槌を見据えていた。

 どんどん私との距離を狭めていく木槌が、私を押しつぶそうとした瞬間――

 

 

 

 ――いきなり紅蓮の線が木槌にぶち当たり、獅子面から武器を奪って吹き飛ばした。

 

 

 

「――なにぃ!? ……誰だ!? 姿を見せぇい!!」

 

 いきなりの事に数瞬我を忘れながらも、すぐさま未知の敵を警戒する様は、やはり腐っても“王”、と言ったところか。

 そんな思考のさなか、紅線の飛んできた方から草木を踏みしめる足音が響いてくる。

 

「――全く、せっかく気持ちいい森林浴の最中だったのに、なんでいきなり森を吹き飛ばしちゃうかなぁ?」

「だから言ったであろう。この近くに徒の集団がいるはずだから気を付けろ、と」

 

 うず高く折り重なる木々をはねのけ、現れたのは――

 

「……それはそうだけど――ああ、見つけた。運がいいわね、まだ生きてるなんて」

 

 ――紅蓮に輝く、美しい女だった。

 

 

   ●

 

 

「本来こういうのは柄じゃないんだけど……。今回は場合が場合だし、助けてあげる」

 

 そう言いながら紅蓮の彼女は手に持つ大弓を消すと、その手に表した紅蓮の炎から大剣を創り出し、黒いマントを風に遊ばせながら、高らかに宣言する。

 

 

「“天壌の劫火”アラストールのフレイムヘイズ、『炎髪灼眼の討ち手』マティルダ・サントメール。推して行くわ」

 

 

「……炎髪、……灼眼……!」

 

 文字通りの姿で私の前に立つ彼女は、その言葉が正しければ欧州で当代最強とうたわれる討ち手だ。

 そしてその姿を目にしたものは、誰であろうとそれが真実だと確信するだろう。

 見る者すべてにそう思わせてしまうだけのモノを、彼女は自然体で持ち合わせていた。

 

 ……これは、倒れているのはダメだ……!

 

 

 ――もったいない。

 

 

 私の心の中に渦巻く感情は、もはやそれだけだった。

 たとえようもない高揚感と、真の英雄たる者の戦いをこの目で、この肌で感じることができるという期待に、私は胸を大きく膨らませていた。

 そんな、戦いにはおおよそ向かないような感情だけを支えに、私は起き上がると彼女の横に立ち並ぶ。

 

「……あら、大丈夫なの? 戦いが終わるまで、私の後ろで休んでてもいいのよ?」

「そんなつまらぬことなどできるわけがない。かの名高き『魔神の契約者』と同じ戦場に立てるのだ。これほど楽しい(・・・)戦いを、伏して見過ごすことなど、できるわけがない」

 

 その言葉を聞いて彼女は一瞬驚いたように動きを止めると、すぐにうれしそうに笑いだした。

 

「ふふふ……、あはははは……!」

「……? どうかしたのかね? 何かおかしい事でも?」

 

 彼女は笑顔でその美麗な顔をゆがめながら、首を横に振る。

 

「ふふ……、違うわ。そうじゃない……。ねえ貴方、戦うことが好きなの?」

「そうではない。戦いにおいて、己の存在を示すことが好きなのだ。敵と拳を交え、戦術をすり合わせ、己のできることを見せつけることに対して、私は大いなる喜びを得られる」

 

 そう、

 

 

「私は、その瞬間にこそ『幸せ』を感じるよ」

 

 

 不意に、横から感じる炎の勢いが上がった。

 

「……へえ、面白い事言うのね……」

 

 もはや炎塊と言ったほうが良いような勢いの炎を巻き上げながら、紅蓮の長髪を右手で軽く払う。

 舞い散る火の粉に混じり、同色の糸が行く筋も空に舞い踊り、前へと進む彼女の後に追いすがる。

 その様は、間近で見ている私でさえも、この光景が良くできた絵画であると錯覚させるほどであった。

 

「貴方、名前は?」

 

 一瞬その問いが自分に向けられたものだとは思わず固まってしまったが、気を取り直して答える。

 

「……ミコト。私は“(ごう)焱竜(えんりゅう)”レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトという」

「……ああ、どこかで聞いたことがあると思ったら、ここ百年ぐらい世界各地をふらふらしてる有名な遊び人じゃないの。貴方、知る人ぞ知る変人で通ってるけど、それでいいの?」

 

「なに、言いたい者には言わせておくさ。私が私であるために、他人の評価なぞなんの意味もない。それに、そんなことを気にしている余裕なんてないのでね」

 

 何せ私は――

 

 

 

「――私は今、遊ぶことで忙しい」

 

 

 

「……ふうん……」

 

 前を向く視線を少し横に傾ければ、振り返って不思議そうにこちらを見る紅蓮の彼女がいた。

 

「……ま、貴方がそれでいいというのなら、私にそれを否定する権限はないわね。それに――」

 

 と、前を向いた彼女に視線の先には、先の一撃で吹き飛ばされた大きな木槌を拾い上げ、こそこそ逃げようとしている獅子面がいた。

 

「――それに、貴方の戦いに対する考え方には、共感できるところもあるし、……ね!」

 

 逃走の意思に気付かれたと悟った獅子面は、こそこそするのをやめて一目散に逃げ出した。

 紅蓮の彼女はそれを見るや、炎でできた大剣を身の丈以上もある矛槍(ハルベルト)に作り替え、それを掴むと投擲の姿勢を取り――

 

「――っだあ!」

 

 放った。

 

 紅蓮の矛槍は空を裂き、獅子面の無駄に広い背中へと真っ直ぐに突き進み、

 

「……む? ……ぬおぉ!? バ、バカな――」

 

 そのまま獅子面は貫かれ、あっけなく真っ赤な火の粉と化した。

 

 

   ●

 

 

「――よし! 大当たり!!」

 

 まぶしいほどの――実際炎を纏った彼女はとてもまぶしいのだが――笑顔と共に喜びの声を上げた彼女は、次の瞬間すまなそうな顔になると、

 

「っと、そう言えば、貴方が楽しむ余裕がなかったわね」

 

「……いや、貴方の戦いを見れただけでも十分だ。しかし、よくもまああの体力馬鹿を一撃で……」

 

 私の攻撃をほぼすべてその身で受け、しかし平然としていた獅子面だったのだが、彼女の攻撃はその肉体をいとも簡単に貫いてしまった。

 その攻撃力に対しては、もはや称賛よりも呆れが先に立つ。

 

 ……そう言えば、あの馬鹿力の女傑は元気にしているだろうか……。

 

 そんなことを考えながら、私は先ほどまで獅子面がいた場所まで歩んで行く。

 暑苦しいほど真っ赤な火の粉の残滓は完全に消え去り、そこに残っているのは彼女の放った矛槍と、

 

「……宝具『ミリオンダラー』、だったか……?」

 

 獅子面の残したその木槌は、持ち主がいなくなってもそのままそこにあり続けていた。

 それを拾い上げて様々な角度から眺めていると、特に何もする事も無くて暇なのか、紅蓮の彼女も私のそばに歩み寄ってきた。

 

「それって、あの“徒”が使ってた武器でしょう? どんな効果があるの?」

「……大したものではないな。硬化と重量増加、それと軽度の自己修復、と言ったところだ。しかも、その簡単な効果に対して馬鹿のように『存在の力』を消費する……。普通に使っていれば割に合わぬことこの上ない、宝具ともいえない宝具だな、これは」

 

 『ふうん……』とつぶやいた彼女は、もはやそれに対する興味を完全に失ってしまったようで、今度は私に目を向けてきた。

 

「……それで、貴方は一体なんなの? その宝具の効果を最初から知ってた、って訳でもなさそうだし……。明らかに、今見て知った、って感じだったわよね?」

 

 先ほどまで“徒”を睨み付けていた灼熱の瞳が、今度は私をジトッと見つめてくる。

 

 ……まあ、特に隠すようなことでもないし、話してしまっても問題はないか……。

 

 そう考え、手に持つ木槌を倉庫の入り口(見た目は『罪片』で作り上げた円環だが、その中は広く、様々な物を入れて保存しておける空間が広がっている)に放り込みながら、彼女のその問いに答える。

 

「私の数少ない特技の一つでね、自在法の構成を実際に視覚化して見る事が出来るんだ。無論、自在式に対する知識がなければ『ただ見えるだけ』なのだが……」

「……いろいろな自在法を見て知識を集めていけば、その式がどんな効果を持つのかわかる、ってことね。そうか、それで貴方は色々なフレイムヘイズと関わりを……」

「ああ、だから私は自分の未熟を払うため、様々な討ち手たちに会い、その知識と経験を集めている。……中には少々強引な手段で知識の教授を頼み込む場合もあるから、半ば厄介者扱いされてしまっているがね……」

 

 ああ、今でも鮮明に思い出すことができる……、私の頼みを聞き、最後に皆が浮かべる諦めたような憔悴した顔を。

 そして、自在法を見せてやると言って“徒”に飛び掛かって行ったときの、とても獰猛で、楽しそうな顔を。

 何やら心の内をまき散らすように戦うフレイムヘイズと、その姿に若干怯えながら立ち向かい、しかしむなしく討滅されていく“徒”たちの表情を。

 そして、戦いが終わった後の、とてもすっきりとした、満足げな顔を……。

 

 ……そんなに、私の頼み方はきつい物だったろうか……?

 

 ただ行く先々に現れて、誠心誠意お願いしているだけなのだが……。

 たったそれだけのことを長い時で数か月、一日も休まず隙あらば行っただけで、なぜ皆はああも私を嫌うのだろうか……?

 不思議だ。実に不思議だ……。

 

「……それで、貴方は今どんなことができるのかしら? 何かやって見せなさいよ」

 

 そう言って私の事を見る彼女の視線を受けても、特段嫌な感じはしなかった。

 ただ、普段はその視線を向けるばかりであったため、少々面食らいはしたが……。

 

「まあ、別にかまわないが。……そうだね……」

 

 あたりを見渡すまでも無く、すぐ足元にあったそれ――彼女が作り出した矛槍を手に取った。

 拾い上げたそれをじっと見て、それから炎を纏わせた手でさっと撫でる。

 一瞬だけ天色(あまいろ)の炎を灯したそれは、しかしすぐに元に戻る。

 見た目はどこも変わっていないように見えるそれを、私は彼女に差し出した。

 

「……軽く力を込めて、振ってみると良い」

 

 そう言われた彼女は、首をかしげながらも己の得物を受け取り、近くに立っている手ごろな太さの樹に向かって振るい、横一線に両断した。

 無音で切り裂かれ、轟音を上げて倒れる樹を見て、そしてすぐに驚きを隠せない様子で私の方を見て、

 

「――なにこれ! 軽く『存在の力』を込めただけなのに、すごく強化されてる!!」

「……それが、本来の貴方の力だ。私はただ、その矛槍を強化する際にどこにも回されない余分な力を、無駄なく強化に回るようにしただけだ。時間があれば、貴方もいずれ同じことをできるようになっていただろう」

「……ふうん。貴方は、その時間を省略してくれたわけだ……」

 

 彼女は何事かを考えているようで、矛槍を右腋に手挟んでうなっている。

 そしてしばらくして何かを思いついたらしく、手をポンとたたくと。

 

「――よし、『加速屋』にしよう!」

 

 いきなり叫び、私の事をビシッと指さして、

 

「今日から貴方は『加速屋』と名乗りなさい! 私もそうやって広めてあげるから!!」

 

 とのたまった。

 正直、意味が解らない。

 

「……いったい、どういう意味かね? いきなりすぎて訳が分からないよ……」

「だから、貴方の異名よ、異名! カムシン爺さんの『壊し屋』とか、“壊刃”の『殺し屋』みたいな!!」

「こら、少し落ち着けマティルダ。この者も困っている」

 

 暴走気味に私に詰め寄ってまくしたてる彼女を嗜めたのは、彼女の左手の中指に輝く黒い宝石を意匠された指輪から響く、重苦しい男の声だった。

 

「それに、あまり顔を近づけてやるな。あまりいい作法とは言えんぞ」

「あら、嫉妬してくれるの? アラストール。だったらもっと素直に行ってくれたらいいのに……」

「何を馬鹿な……」

 

 左手の指輪と話しているときの彼女は、戦いの時とは違う、うれしそうな、恥ずかしげな、それでいて誇らしげな表情を見せていた。

 しばらくそんな調子で言葉を交わしていた一人にして二人だったが、何かの拍子で私の事を思い出したようで、彼女は申し訳なさそうに私の方を向いた。

 

「……ごめんなさいね、すっかり話し込んじゃって……。ええと……、何の話だったかしら……?」

「『加速屋』とかいう異名の話だ。なんで私がいきなり異名をつけられなければならないのかね?」

 

 『ああ、その話か』と彼女は手を叩き、そして淡々と話し始めた。

 

「『加速屋』ってのは、文字通りその人の能力を加速的に伸ばす者、って意味よ。強化するんじゃなくて、まだまだ伸びしろがあるってことに気が付かせるの。せっかくそんなおもしろ――じゃない、貴重な能力を持ってるんだったら、それを活かせるように大々的に広めた方がいいでしょう? それに貴方の能力、新人の育成とかにすごく使えるじゃない」

 

 そう言いながら、彼女は先ほどの矛槍を掲げた。

 

「現に、私はすごく助かったわ。何百年と戦ってきて能力はこれ以上あがらないと思ってたのに、強くなる可能性を与えてくれた。私がさらに輝けるって、教えてくれた。幸せな私を、さらに幸せにしてくれた……」

 

 そして、その矛槍を一振りすると、消さずにマントの中に仕舞い込み、

 

「そんな貴方に、私にはできないことができる貴方に、私は感謝と尊敬の意を込めて、『加速屋』の名を贈るわ。……それに――」

「――それに?」

「……個人的にも私、貴方を気に入ってるもの」

 

 一瞬告白のようにも受け取れる言葉だったが、その言葉を放った彼女の様子からしてそれはありえない事だと悟った。

 ならばなぜかと思い、尋ねると、

 

「だって貴方、私と同じだもの」

「『同じ』とは、どこがかね?」

「さっき貴方、言ってたでしょう? 『戦う事に幸せを感じる』って、そんなようなこと。……それ、私も同じなのよ。私も戦いの最中に感じるのは、『幸せ』って気持ちだけ。だから、こんなふうに戦いに明け暮れる毎日にも満足してるし、フレイムヘイズになったことも後悔してない。――むしろ、なれてよかったって思ってる。でもね、こんなふうに考えてる人、他に誰もいないのよ。それなら、少しだけ私と似ている貴方とは、おいしいお酒が飲めそうだなって、そう思うのよ」

 

 だから――

 

 

 

 

「私と一緒に遊びましょう、『加速屋』さん?」

 

 

 

 

 私は『竜鱗の遊び手』として、その誘いを断ることは、できなかった。

 

 

   ●

 

 

 私と彼女の最初の遊びの相手は、無論の事[幻想王国]の者達であり、その遊びの結果は――まあ、言わなくてもわかるだろう。

 ただ、私と一緒に戦って(あそんで)いる彼女の顔は、私でさえもほれぼれするほど美しい物だったと、その事だけは告げておこうと思う。

 

 これ以降、彼女とは出会うたびにその近くの戦場(あそびば)を駆け回った。

 それは本当に楽しい物で、普通の遊びの例にもれず、その時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 何度遊ぼうともいっこうに衰えぬ――いや、むしろ増しているようにも感じる彼女の輝きを見るのが私の楽しみの一つとなるのに、そう長い時間はかからなかった。

 

 

 そしてそれは、その遊びの時間は、彼女が最高に輝いていたあの瞬間まで、ずっと続いたのだった。

 

 

   ●



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第四話

   ●

 

 

「突然ですまないが、私も此度の戦に参加させてはもらえないだろうか、『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュ殿、“払の雷剣”タケミカズチ殿」

 

 突然、本当に突然そんな言葉が聞こえてきたのは、私が先のオストローデの戦い――惨敗、と言い換えても良いですけど――から今までの戦闘の記録をまとめ上げ、見直しをしているときでした。

 いきなりの事に驚きながらも声が聞こえた背後を振り返って見てみると、風通しを良くするために開いていた窓のへりに、一人の男が座っていました。

 スーツをピシリと着こなしたその男は、私がマティルダから噂を聞いてから何度も参戦を呼び掛け、そして同じ数だけ断ってきた、遊び人。

 

「……いい加減、周りに合わせて行動するということを覚えてはいただけませんか? 『竜鱗の遊び手』ミコト殿」

「それができていれば、遊び人だの変人だのと言われてはいないさ」

 

 これまでとは掌を返したような態度の変化を皮肉る私の発言にもさらりと返すあたり、面の皮の厚さはさすがであることが再確認できた。

 

「して、いったいどういう心境の変化ですかな。我々の再三の催促にも全くなびかなかったというのに、なぜ今になって参戦を?」

「私からも説明を要求しますよミコト殿。大した理由ではなかった場合、これまで貴方にしたためた書簡の紙代とインク代を請求させていただきます」

「……大した意味はないさ。単なる気まぐれだよ」

 

 掌に紫電を走らせながら、八割がた本気の冗談と共にそう問いかけるも、目の前の遊び人は仕方ないと言う風に肩をすくませるて嘯く程度。

 さらに本気の殺意を込めて睨み付けること数秒、ごまかせないと理解したのかミコト殿は大きなため息を一つ吐くと、手元に銀色の鱗――『罪片』を数十枚展開し、環状に並ぶように操作すると、できた輪の中に手を入れる。

 おそらく収納の自在法が込められているのであろうその輪の中に差し入れられた彼の腕は、その先端が消えているが、当の本人は何でもないようにごそごそとなにかを探している。

 しばらくして目的のものを見つけたのか、ずるりと輪の中から手を引き出すと、そこから一緒に四角く薄い板が現れた。

 私たちに見やすいように突きつけられたそれは、端的に言って、

 

「――白紙の入った額、ですかな?」

 

 そう、それはどう見てもそう表さざるを得ない代物だった。

 品位を失わない程度に金があしらわれた年代物の額の中には、何の穢れもない白のみが切り取られている。

 それはまるで、額の中にもともとおさめられていた絵のみが掻き消えてしまったようで――

 

「……まさか、それはオストローデの?」

「――! なるほど、かの『都喰らい』の影響、というわけか」

「まあ、そういうことだ」

 

 そう、その額にはおそらく最初は素晴らしい絵がおさめられていたのでしょう。

 しかし、その絵がオストローデの風景をおさめたものだったのか、はたまた絵師がオストローデ在住だったのかは定かではありませんが、存在ごと喰われてしまった影響で、『初めからなかったこと』にされてしまったのでしょう。

 これもまた、[とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)]からの被害、ということですか。

 

「これと同じ現象が、私のコレクションのうち37点で起こっている。間接的なものとはいえ、これは私に対する攻撃とみなす。故に、奴らを効率よく叩き潰すために君たちを利用しようと思って参上した次第だ。……君たちにも利がある参戦であると思うが、いかがか?」

 

 なんとも傲慢かつ常人にはなかなか理解できない言い草だが、まあ確かに自分たちに利があることだけは正しい。

 ただでさえ先の戦いでフレイムヘイズの絶対数は減っている。

 それを補うために急造のフレイムヘイズまで用意しているが、それでも戦力の不足は否めない。

 だからこそ、数百年も世にとどまるこの遊び人を逃すわけにはいかないのが実情ではある。

 だが、

 

「もう少し早く参戦してくだされば、貴方のコレクションが損なわれることもなかったのでは?」

 

 と、感情的になりすぎない程度には文句を言いたくもなる、というものだ。

 それに対してミコトはフンと鼻で笑い、

 

「遊び人に対して勤勉になれとはずいぶんとまた無茶を言うね。なに、これもまた遊びのうちだ。その時の気分で動いたほうがモチベーションも上がるし効率もいい。気が進まないまま参戦していたところで大した働きはできなかっただろうし、下手をすれば寝返っていた可能性もある。明確な理由がないままの私を抱え込むことほど不利はないと理解したまえ」

「……本当に、腹が立つほど自己分析がしっかりとしていますね、ミコト殿」

「ここまで行くと逆にすがすがしいものだけど、そんなことを本気で言い放つから貴方のことを『人を食わない“徒”だ』と揶揄するものが出てくるのだ、ということは――わかっているのでしょうな……」

 

 簡単に御することは不可能だとの評判通りの言動に、一人にして二人の『震威の結い手』すらもあきれ果ててそういうしかないが、それすらも受け流すのが目の前の遊び人なのだろう。

 

「世界は私の玩具箱だ。私以外は何人たりとも荒らすことは許さんよ。まあ、少なくともこの戦いが終わるまでは私はここの所属で上司は君たちだ。私のことをせいぜい有効活用するといい。――して、参戦の許可はいただけるのかね?」

 

 その問いに対して、私の首が縦に動いたのは、はたして首肯の意味だったのか、それともただ単に力が抜けただけなのか、よくはわかりませんでした。

 

 

   ●

 

 

 さて、では早速この戦いへ貢献するとしようか。

 いくら遊び人とはいえ、働かなければできる遊びも限られてしまうからね。

 まあ、めんどくさいだけの書類仕事などを任されていれば逃げ出しただろうが、さすがに『震威の結い手』も私にそのようなものを押し付けるほど馬鹿ではなかったらしい。

 それどころか、しっかりとエサを仕込んでくるとは、私のことをよくわかってくれている証拠だろう。

 

「さて、まずはオストローデ跡へ向かうとするかね」

「飛んでいけば大した距離ではないと判断します。敵襲等がなければすぐに到着するはずです。――以上」

 

 レヴィ君の発言に頷き、私は飛行の自在法を展開する。

 最初と比べてかなりの速さが出るようになったそれは、さまざまなフレイムヘイズや“徒”各人で個性のある飛行の自在法を数多く見て、組み合わせや改造を施して私専用のものにしたからだ。

 

 ……ほんの少し浮くことしかできなかった頃が懐かしいね。

 

 それもこれも、私ごときに惜しみなく自在法を見せてくれた数多くのフレイムヘイズたちのおかげだ。

 そのうちの何名かが、今回私が向かっているオストローデにも派遣されている。

 彼らの任務は、消えてしまったオストローデの調律作業だ。

 都市一つが消えてしまった影響によるゆがみは大きく、今後のためにも早急な調律作業が必要になる。

 しかし、トーチが大量にいる町一つ程度の調律ならばともかく、たった一人で一つの都市を調律しきるには手間がかかる。

 実際、戦後の処理を優先せざるを得なかったとはいえ、十年近くオストローデの調律は未完成のままだった。

 なので人海戦術として一気に十数名の調律師が派遣されたわけだが、ここでさらに問題が出てきてしまう。

 それは、

 

「自在法が個性的過ぎて調律の際に互いの邪魔をしてしまう、とはね。なんともまあ、個性が強いというのは大変なことだ。私のように日々つつましく生きている者には到底理解できん」

「………………そうですね。――以上」

 

 レヴィ君の反応がいつも以上に平坦な気がするが、まあ大したことではないだろう。

 ともあれ、数多くの自在式を見て、改良を重ねてきた『加速屋』たる私にされた依頼の一つ目は、調律師たちの自在法を仲立ちして効率よく調律を行うための補助だ。

 一人一人が自己流で自分に合った調律方法を編み出しているので、それを一つにまとめ上げて全員に合った調律方法を編み出し、調律師をすぐさま戦闘可能な状態にすること。

 要は調律師も戦力として早く戻したいとのご用命だ。加速屋としての本分だろう。

 さらには多種多様な調律の自在式をこの目で、しかも同時に見て比較すらできるという素晴らしい仕事だ。

 ぜひとも成功させて新たな自在法を生み出す糧とせねば。

 

 ……と、見えてきたね。

 

 完全な更地どころか隕石でも落ちたようにごっそりと半球状にえぐり取られている旧オストローデが見えてきた。

 同時にその周囲に集まっている人影も確認。ついでに周囲に敵影なし。

 全員『震威の結い手』から預かったリストに載っている調律師であることを遠目で確認して、うっかり敵であると勘違いされないように大きな声をあげて降下していく。

 

「おーい、お勤めご苦労だ調律師の諸君。私の到着だ、盛大に出迎えたまえ!」

 

 声をかけた瞬間、褐色の炎を帯びた大きな岩塊をはじめとした数発の攻撃に出迎えられた。

 

 

   ●

 

 

「おい、いまあの遊び手の声を聞いた気がしたからうっかり雑魚散らし用の自在法ぶつけちまったけどどうしよう? もっと強いの追加でぶち込んどくか?」

「馬鹿野郎、なんで最初っから最強ので出迎えねえんだよ。あいつ、あっという間にこっちの自在法解析しちまうんだから、解析する時間与えるなって対応出回ってただろうに」

「ふむ、やはり他の討ち手との交流は大切じゃのう。その対応を聞いておいたおかげで全力の『ラーの礫』を叩き込めた」

「ああ、しかし、やはりうまく避けられたようです。やはり初手から儀装を展開しておくべきでしたね」

「ふむ、次回への教訓じゃのう……」

「……あのぅ、あの人、『震威の結い手』さまからの報告にあった『竜鱗の遊び手』さんですよね? 味方を迎撃しちゃまずいのでは?」

「え? あんたあいつと初めて会うの? あいつはふっとあらわれる災害と同じ扱いだから、全身全霊で撃っていいんだ。次からはためらいなく打てるようになるはずだから、とりあえず今回は我慢強く耐えろよ? あいつどうせ俺たちの自在法が目当てなんだから、撃ったところで喜ぶだけだしな」

「はぁ、そうなんですか……?」

「――チッ、やっぱりあいつ生きてやがったか。いい収穫があったとでも言いそうなすげえ笑顔でこっちに近寄ってくるぜ?」

「まあ、さすがにもうここまで来られたら打つ手はねえ。今回はあいつも仕事のために来たんだ。次はないが、まあ今回は役に立ってもらおうぜ。……ものすごく疲れるが」

「そうだな。うまく使えば俺たちの能力上がるしな。……ものすげえ疲れるけど」

「……ああ、とりあえず、この者たちとは一度飲みにでも行ったほうがよさそうな気がしてきました」

「ふむ、そうじゃな。共通の話題もあるようじゃし、次の作戦会議もかねて、場を設けて悪いことはなかろうて」

「ああ、では、仕事といきましょうか。……疲れるのは覚悟の上ですが」

 

 

   ●

 

 

 今日の収穫:調律の自在法各種  強めの攻撃用の自在法各種  調律のための汎用型自在式

 

 

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第五話

   ●

 

 

 調律師の補助を終えて本部に戻った私に与えられた次の任務は、今回の戦いのために急増された新米フレイムヘイズたちの教導だった。

 またとんでもない仕事ではあったが、まあとりあえず適当に自在法を撃たせて様子を見ようと思って指定された場所に行ったところ、挨拶をするまでもなく南瓜やら爪やら骨やら炎やら呪いやらが次々と飛んできて手間が省ける結果となった。

 何でも契約した王からの指示に従って撃ったらしい。

 

 ……なかなか気が利いていたね。

 

 ともあれ、その自在法たちを解析して改良のためのアドバイスをしたり、前の代の討ち手がどのような戦い方をしていたのかを話して参考にさせたりなどしてそれなりに戦える力を身に着けさせた。

 とりあえずこれで生存率は上がっただろうが、まあ九垓天秤にぶつからないように祈っておこう。

 今後の課題などもしっかりと突きつけておいたので、あとは本人の努力次第であり、私が与えられるきっかけはもう十分に与えたため、もうできることはない。

 その新兵の中に何人も知り合いの王がいたことに関しては、まあ何も思わないでおくことにする。

 いちいちそんなことで参っていては、フレイムヘイズなどやっていられないからね。

 

 そんなこんなで新兵の訓練に片が付いたところで、続々と集まっていた他の討ち手たちと激しめの交流を交わしたり、懐かしい紅蓮に再開しある″徒″の説得の手伝いを頼まれたりしているうちに、時は流れ、ついに大きな戦いが始まった。

 

 

   ●

 

 

「――ふふ、本当に、誰も彼もが燃えているわ」

「まるで踊りのようだが、そこに優雅さの欠片もないのは減点だね。少々指導が必要だ」

「マティルダ、遊び手、少々遊戯が過ぎるぞ」

「過剰な慢心は危険です。少々の慢心で済むようご注意ください。――以上」

「……本当に、貴方がいると場がしまらないでありますな」

「緊張感皆無」

 

 ここは朗らかな良い陽気の草原だ。

 その場に集っているのは、凛々しい戦装束の女と、可憐なドレス姿の女、そしてスーツを着こなす男の三人だけ。

 空中に投影された戦場の風景を見ながら語る声は、なぜか6人分あるが、いまさらその程度のことを気にするものはここにいない。

 なぜなら彼らは既知の中であり、1名を除き全くそうは見えないが、これから戦場へと向かう戦士たちだ。

 3人が3人とも思い思いの言葉を放ちながら、しかし一片の油断もなく立っている。

 そして、空中に浮かぶ映像に上空をうごめく黒い雲のようなものが映り始めたのを確認すると、3人のうちの1人であるスーツ姿の男が一歩前に歩を進めた。

 男はそのまま歩きながら、首だけで振り返り背後の2人にして4人に声をかける。

 

「では、私は一足先に遊んでくるとしよう。せいぜいあのやかましい卵を泣きわめかせてやるとも」

「皆様、ご武運をお祈り申し上げます。――以上」

 

 男と女、二人分の声を発したその男は、女二人に見送られながら歩き続ける。

 背後からの「お気をつけて」と「たのしんできなさいな!」という声を聴きながら、男はこの平和な草原の外――炎が躍る戦場へと飛び出した。

 

 

   ●

 

 

 男が出た先は、戦場の端だった。

 フレイムヘイズも"徒"も姿はほとんどなく、見えるのははるか遠く、暗雲のごとく集まった蠅に空がおおわれた山とそのふもとの光景だ。

 

「……さて、行くか」

「はい、参りましょう。――以上」

 

 男の担う役割は一つ。

 『戦場での制空権を確保すること』だ。

 これの役割が与えられた背景には、表と裏、二つの理由が存在する。

 一つは文字通り、戦場の上空に広く存在する"凶界卵"ジャリの自在法である『五月蝿る風』をかき乱すことで、制空権を確保し新米フレイムヘイズたちでも空中戦を行えるようにすること。

 これにより士気が上がるのはもちろんのこと、この戦いで取れる戦略もかなり多くなるので、フレイムヘイズ側を有利にするためには積極的に行ったほうがいい作戦だ。

 

 ――と思わせて敵方をだましつつ、最大の戦力が控える『天道宮』が要塞へと近づいているという事実が発覚するのを少しでも遅らせるというのが、裏でありかつ本命の理由になる。

 この戦いの鍵を握るといっても過言ではない強力な討ち手二人をいかに無傷で、いかに中心部近くへ誘導するかはこの男の働き次第となる。

 ゆえに男は二人の討ち手に先んじて戦場の端へと降り立ち、これからなるべく派手に『五月蝿る風』を構成する蝿たちを焼き尽くしていくことになる。

 

「……まったく、彼女のためにならないのならば、絶対に引き受けない類の汚れ仕事だね、これは」

「しかし、引き受けてしまった以上はこなさねばなりません。がんばりましょう。――以上」

「そうだね。まあ、せいぜい遊びまわるとしよう」

 

 そうつぶやき、男――『竜鱗の遊び手』ミコトと契約した王である"業の焱竜"レヴィアタンは、戦場へとまっすぐ飛んでいく。

 

 

   ●

 

 

 戦いの開始はできうる限り華々しく、というのが私――『竜鱗の遊び手』のポリシーだ。

 しかも今回の役目は、言ってしまえば陽動。

 なればこそ、大きく、派手に、きらびやかに戦いを開始しなければならない。

 相手が蝿の集団というのはいささか映えないが、まあ眼下には数多くの討ち手と"徒"がいる。

 観客に困らないとなれば、もはや私の心を押しとどめる意味はない。

 さあ、いざ開演の時だ! まずはフレイムヘイズらしく名乗りから行ってみよう!!

 

「皆よ、聞け! 我は"業の焱竜"レヴィアタンのフレイムヘイズ、『竜鱗の遊び手』ミコトである! 今より我が華麗かつ強大な絶技の数々を披露する故、しかと見るがいい!!」

 

 

   ●

 

 

 ド派手かつ無意味な光と爆発音とともにいつの間にか戦場に現れた遊び人に対し、その場にいた討ち手と徒たちは一瞬戦いを忘れて呆けてしまう。

 いくらなんでもあんな登場の仕方をするフレイムヘイズがいるなんて考えたくもないが、実際に目の前にいるのだから救いがないことこの上ない。

 そして、なぜかどこからともなく勇壮な音楽まで流れ始めた戦場の時を動かしたのは、両手を広げて何かを歓迎しているような笑顔を浮かべる最悪の遊び人の発した言葉だった。

 

「おやおや、私のあまりの素晴らしさに声も出ないようだね。――サインをくれてやることはできんが、拍手や声援、プレゼントの類ならば絶賛受付中である。遠慮なく私に捧げたまえ!」

 

 その言葉に、その場にいた"徒"はもちろんのこと、なぜかフレイムヘイズまでもが炎を構え、合図したわけでもないのに一斉に炎弾を遊び人にプレゼントした。

 遊び人を中心とした爆炎が響くのと同時に、先ほどまであったことを忘れてしまいたい討ち手や"徒"たちの戦いが開始され、少し遅れてスーツの裾を若干焦がした遊び人も上空で蝿退治に没頭するのだった。

 

 

   ●

 

 

 ミコトの戦いは熾烈を極めるものだった。

 "凶界卵"ジャリの自在法『五月蝿る風』は強大な自在法だが、それはどちらかというと索敵などにおいて有能な自在法であり、戦いそのものにはあまり向かないものである。

 なにせ、蝿一匹当たりの威力があまり高くないため、ある程度の防御能力を持つものならば、たとえ直撃しても何の損傷もなくやり過ごせるほどだからだ。

 なので、よほどの新米か、あるいは攻撃にのみ特化した戦法しか持たないようなフレイムヘイズでもない限り、上空の蝿は何の脅威にもならないということになる。

 

 では、ミコトの場合はどうなるのか。

 『竜鱗の遊び手』ミコトの特徴は、なんといっても手数の多さだ。

 何でもできる可能性を秘めたフレイムヘイズであるため、これまで収集してきた自在法をあるものはそのまま、あるものはいくつか組み合わせてという風に、その場に合った戦法をその場で組み立てて戦うというある意味トリッキーな戦法をとることがほとんどだ。

 その性質を踏まえたうえでの今回のミコトの主な戦法は、自分の体を守りつつ周囲に対して広範囲攻撃を繰り返していくというものとなる。

 しかし、攻撃に関しては多少強化されているとはいえ蝿を焼き払うだけの威力でいいのだが、いかんせん数が多く、存在の力の消費もばかにならない。

 おまけに防御に関しても、広範囲に広がる蝿がいつどこに攻撃してくるかもわからないので、常時体全体を守っていないといけない。

 挙句、いくら上達したとはいえミコトは自在法などの行使に時間がかかる。

 これは、もともとは別のフレイムヘイズや徒が用いていた自在法を他人であるミコトが用いているという不慣れさもあるが、何より『一定レベル以上は上達できない』というレヴィアタンの性質によるものが大きい。

 攻撃や防御一つ一つのロスはごくごく小さいものだが、これが何百何千と積み重なってしまうとゆがみも大きくなってしまう。

 本来、ミコトの一番得意な戦い方は『多彩な戦法で相手をかく乱しつつ、素早く弱点を看破して一気に攻め立てる』という短期決戦である。

 なので、時間を稼げば稼ぐほど味方が有利になるという今回の作戦は、ミコトの性質には全く合ってないということになる。

 その結果、現在のミコトの状況はというと、

 

「――くっ!?」

 

 全身を『罪片』の鎧で覆い、それ以外の『罪片』を周囲にばらまき、自在に動かしてぶつけて蠅を削り、余裕があれば広範囲へ天色の炎をばらまくことで蝿の大群を焼き付くしているが、時折その隙間を縫って蝿の小集団が体にぶつかりダメージを与えてくる。

 この状況が先ほどから何度も繰り返し行われている。

 無論、ダメージのほとんどは防御の自在式を込めた『罪片』で防げているが、偶然同じ場所に何度も当たってしまうとその防御も破られ、内側に傷を負ってしまう。

 それが何度も繰り返された結果、左腕は肩から先がほぼすべて、両足は膝から下が、右の二の腕の大部分が蝿に削り取られてしまった。

 失ってしまった部分は『罪片』で義手や義足を作ることで見た目だけは五体満足の状況にしているが、その中身は空洞であり、自分の腕と比べても操作性能は落ちてしまっている。

 部位の欠損程度、フレイムヘイズにとっては回復可能なものであるが、さすがに戦いの最中には治せないため、簡単な応急処置だけして放置するしかない。

 

 唯一の救いは、目標の達成が確認されたこと。

 比較的安全に要塞へと届けたかった『天道宮』は、少し前に戦場の中心近くへと進み、墜落したようだ。

 これを成功と言っていいのかは微妙だが、どのみち蝿の中を突っ切っていったのだから、あの大斥候を完全にごまかすことはできていない以上、遅かれ早かれそうなっていたはずである。

 その後に現れた大きな牛型の自在法――十中八九、宰相の"大擁炉"モレクの『ラビリントス』だろう――には肝を冷やしたが、それが消えたのを確認してからは特に大きなことは起きていない。

 故に、もうすでに自分の役割は終了しているのだが、

 

「ふむ、まずいね。逃げられん」

 

 索敵の邪魔をしていたということを"凶界卵"ジャリが察したのか、単に情勢が変わったのかはわからないが、ミコトに対する蝿の攻撃が激化していた。

 これまでは散発的だったものが、息つく間もないほどに連続した突撃を何度も何度も行ってきているのだ。

 見れば、この空域の蝿は地上に見向きもせずにミコトのもとへ集まっている。

 一回の突撃につき一つの塊を構成する蝿の三割ほどは削っているが、その塊がいくつもある上に蝿の総量からすれば削った量も微々たるものであり、さらには一回の突撃を捌くごとにミコトの力も削られていく。

 特に存在の力の減りは顕著であり、そろそろ体を覆う防御の『罪片』以外は出せなくなりそうだ。

 

 ……念のために作っておいた『罪片』のストックもとっくに切れた、か。

 

 いざというときに作る手間を省き、さらに分解すれば微量ながらも存在の力へと還元できる『罪片』を少しずつ作ってためておこうと思い立ったのが50年ほど前のことであり、それ以降ずっと暇を見つけては行ってきたのだが実際に使用してみればあっという間になくなってしまう程度のものでしかなかった。

 やはり、少しずつではなく限界ぎりぎりまで作っておくべきだったかと反省するが、しかし今となっては遅すぎる後悔だ。

 ともあれ、この戦場からどうやって無事に抜け出そうかと考えていたミコトだが、その思考は結果的に無駄なものとなった。

 

 

 ――突如、蝿たちが敵の本拠地たるブロッケン要塞へと集まり始めたからだ。

 

 

 ……なにが、起きた?

 

 もう十数分も同じことを繰り返されていればフレイムヘイズ1人を確実に打ち滅ぼせたであろう好機を理解していない大斥候ではないだろう。

 ということは、戦場に散らばる蝿を急いで戻さなければ対応できない何かが起こったことにほかならず、敵方に起きたトラブルならばこちらにとって喜ばしいことのはずだ。

 だが、

 

 ……この胸騒ぎは、まさか……。

 

 出立前に紅蓮の女が話していた可能性を思い出す。

 不愛想な戦姫が眉を顰め、私が鼻で笑った『最後の手段』の内容が、頭に浮かぶ。

 それを行ってしまえば、敵もろとも自らを焼き尽くしてしまうという、文字通りの最後の手段。

 この女がそんなものに頼ることなどありえないだろうと一笑に付した、神威召喚の儀式。

 

 ……そんなこと、あるわけが――

 

 だが、その思考も、ブロッケン要塞を取り囲んでいた蝿の集団が掻き消え、直後に紅蓮の巨人が現れたことによりかき消されてしまった。

 

「――馬鹿者が!」

 

 そう吐き捨て、ミコトは残り少ない存在の力を振り絞り、ノロノロとブロッケン要塞での戦いへと近づいていく。

 紅蓮の巨人に対するように現れた青の巨人との壮絶な戦いが繰り広げられている。

 だがそれも、紅蓮の猛攻に青が撃ち負ける形で幕を閉じ、結局ミコトがたどり着いた時には、すべてが終わっていた。

 

 

   ●

 

 

「――ここにいたか、『万条の仕手』」

 

 そう声をかけつつ私が降り立った先にはぼろぼろのドレスをまとった女が立っている。

 あるべきはずの片腕がなくなっているという状態ではあるが、しっかりと生きているようだ。

 すぐそばに立っている白骨も気になるが、それを含めて状況を説明してもらうとしよう。

 

「――『竜鱗の遊び手』、でありますか。無事――とはいいがたい有様でありますな」

「生存安堵」

 

 降り立った私に向け、常以上の鉄面皮で再会を喜ぶ『万条の仕手』だが、その挨拶に丁寧に応じている暇はない。

 それよりもまず聞くべきことは、今の状況だ。

 

「――話してもらおうか。ここでいったいなにがあった」

 

 

   ●

 

 

「……なるほど」

 

 『万条の仕手』が話した内容は、途中経過や一部のアクシデントを除き、おおよそ予想通りのものだった。

 もしかしたらそうなるかもしれないと、悲壮感を一切にじませずにあの女が語った予想の通りの内容である。

 それを現実にしないように、周りはもちろん本人も努力はしたのだろうが、結果は現状の通りである。

 私のすぐ近くで佇んでいる白骨に対しては、言いたいことが山のようにできたが、今後のことを考えれば、まあ今は手を出さないほうがいいだろうことも理解した。

 

「――が、まだ足りないな」

 

 しかし、理解したのは彼女が敵の首魁――『棺の織手』のもとへと向かうまでのことのみだ。

 もうひとつ、私の求めるものを持つのは、やはりあちらの方だったようだ。

 

「情報提供、感謝する。それでは、私はこれで失礼するよ、『万条の仕手』」

 

 故に、簡潔に事態を説明してくれた『万条の仕手』に一言礼を述べると、要塞のすぐ近くに落ちている『天道宮』へと向かうことにする。

 幸い、『天道宮』の周囲に存在する『秘匿の聖室(クリュプタ)』はまだ完全に直っていないため、『天道宮』がどこにあるかは容易にわかる。

 いまだに回復しきっていない体に鞭を打ち、すぐさま飛び立とうとするが――

 

「待つのであります、『竜鱗の遊び手』。今度はこちらの話も聞いてほしいのであります」

「等価交換」

 

 と、二つの声に呼び止められてしまった。

 まあ、確かに話を聞かせてもらった対価を一切払っていないのは間違いがないので、同じ時間までならば構わない。

 

「――いいだろう、手身近に話したまえ」

 

 そう言って再び足を――正確には中身が空っぽの竜鱗の鎧の足を地面にもう一度おろす。

 そうして振り向いた先にいる『万条の仕手』に目を向けると、彼女も私に目を合わせ、単刀直入に言い放った。

 

「マティルダより、次代の『炎髪灼眼の討ち手』を育ててほしいと頼まれたのであります。その探索と教導を、貴方にも頼みたいのであります」

「ふむ、断らせてもらおう。そんなことに手間をかけるほど、私の時間は余っていないのでね」

 

 私の即答に対して、ぽかんと珍しく気の抜けた表情を見せる戦姫に対し、もう話は済んだと判断して再び立ち去ろうとするが、それを見て我に返ったのか、少しだけ声を荒げる。

 

「ま、待つのであります遊び手! あなたがこの戦で見せた教導技術は、とても他の者では真似できないものでありました。その技術を用いれば、次代の炎髪灼眼はより素晴らしいフレイムヘイズへとなることでありましょう。そのために協力をすることに、何の不満があるのでありますか!!」

「不満しかないとも、『万条の仕手』。君は根本的に私の性格を勘違いしている。私は私の興味によってしか動かない。故にこそ、遊び手の称号をいただいているのだからね」

「そ、それはそうでありますが、教導の際も、その前の調律の補助の際も、自在法目当てでの参加であると、ゾフィー・サバリッシュから聞いているであります。今回の育成においても、次代の炎髪灼眼がどのような自在法を用い、どのように育つのかという楽しみがあることは明白なはず。なぜこの件に関しては拒絶するのでありますか!?」

 

 

 断られることをまったく想定していなかったのか、普段の彼女からは考えられないほどの勢いでまくしたてられた言葉を黙って受け止めた私は、少々の悲しさを覚えながら、静かに返答する。

 

「……そう、私は他の者がどのように育つのかが楽しみなのだよ。決して、育つ方向を一から決めつけたいわけではない。フレイムヘイズたちの教導とて、戦時で緊急を要するということもあったが、ある程度育っている者達であるとのことで引き受けたのだ」

 

 紅蓮の彼女ほどではないにしても、それなりの期間を共にしてきた戦姫に誤解されていたという事実に打ちひしがれながら、私は懇切丁寧な説明を心がける。

 

「それに引き換え、先ほど君が言った『炎髪灼眼の討ち手』の育成とやらは、ほぼ一からのものになるだろう。私の楽しみは、本人の試行錯誤によって生まれる輝きを見ることと、ほんの少しの手助けでその輝きをさらに大きくすることだ。最初から私の手を入れてしまうことは避けたいのでね、この件は断らせていただく」

 

 私が他者に望むのは、『予想外』だ。

 ある程度の研鑽を積み、その時点で出せるものをすべて出し尽くした結果出来上がる、本人以外のすべてが驚くようなものにこそ、私は心惹かれるのだ。

 さらに、その輝きに対してほんの少し手を加え、さらなる輝きを生み出す一助となれたとき、私の喜びは最高潮に達する。

 他者の模倣しかできない私が、新しいものを作り出すきっかけとなるその瞬間が、私の幸せなのだ。

 

 しかし、一から討ち手として育てるとなれば、本人の素質に驚くことはできても、研鑽から最後の手段を考えるところまで、すべてに私自身が手を出さなければいけないということになる。

 本人の発想の飛躍に驚くことはあっても、たいていの場合は想定の範囲を超えられずに終わることだろう。

 そんな退屈なものは、私が求める幸せではない。

 

「――というわけだ。その役目は君たちでどうにかしたまえ」

 

 そう言い捨て、私は今度こそ『万条の仕手』に背を向け、飛び立つために足を曲げたその瞬間、絞り出すような声が聞こえてきた。

 

「……これは、マティルダの望みなのであります。それを、聞かないのでありますか?」

「――これまでの付き合いもある。この一度限りは聞き流そう。だが、その言葉、二度目に口にしたときには、貴様とて私の敵だ。こころしたまえ」

 

 おそらく私の怒りを買うとわかったうえで、それでも協力を得るために絞り出したのであろうその言葉に、私はまた引き止められる。

 しかし今度は振り返らぬまま、彼女の顔を見ずに言葉をつづける。

 

「彼女はもういない。残した言葉はあれど、新たな言葉はもう紡がれることはない。死者の意思を利用するのは生者の特権とはいえ、いいようにつかわれることを彼女は好まないだろう。違うかね?」

「……そのとおり、でありましょうな」

 

 そもそも、私自身が抱く望みは『世界を遊びつくすこと』だ。

 それを理解したからこそ、彼女は私との共闘を「遊び」と呼び、偶然出会った際にはよく誘ってくれたのだ。

 そんな彼女が、私を縛るような望みを持つなど、ありえない話であろう。

 

「……」

 

 と、『万条の仕手』の近くでじっとしていた白骨が、不意に私へと意識を向け、弱々しいながらも敵意らしきものまで放ってきたのを感じ取った。

 その敵意の中には、かすかないらだちも混ざっているようだった。

 話によれば、これはかつて何度か遊んだことのある、”虹の翼”のなれの果てだという。

 あの頃のあの男の彼女に対する熱の入れようを思い返すに、苛立ちの原因は「彼女からの頼みを断りやがって何様だコラ」といったところだろうか。

 

「相変わらず彼女のことに関してのみすぐ熱くなるね、君は。そんなににらまれたところで、私が心変わりすることなどないと、わかりきっていると思うのだが?」

「……!」

 

 さらにいらだちが増したようだが、さすがに今の状態で襲い掛かっても勝ち目がないと理解しているのだろう、それ以上動く気配はない。

 

 ……まあ、自分の消滅よりも、消滅によって彼女の頼みがかなえられなくなる、という点を重視しているのは間違いないだろうが。

 

 とはいえ、いくらにらまれようとも、次代の育成に一からかかわる気はない。

 

「そもそも、その頼みは貴様らにのみ託されたものだ。私に向けたものではない。私が貴様らを手伝えば、それは貴様らに託された彼女の願いを私が奪うことにもなりかねないのだが、それでもいいのかね?」

 

 と、あきれたように私がそう告げると、白骨はしばし動きを止め、そして納得したのかいらだちを消す。

 その様子を隣で見ていた『万条の仕手』も、これ以上の説得は無意味どころか逆効果だと悟ったのか、静かに目を伏せ、

 

「……が、次代の炎髪灼眼がどのような討ち手になるのかには興味がある」

 

 という私の言葉を聞いて再び顔を上げた。

 

「一から育てるのは気に食わないが、ある程度育ったものにちょっかいを出すのは私の趣味だ。頃合いを見て私のもとに連れてくれば、それなりの対応をするという約束ぐらいならば、してやってもいい」

「……最初からそう言ってくれれば、話がだいぶ早く進んでいたのであります」

「時間浪費」

「これまでも何度か言ったと思うが、私の性格をよく考えてからの言動をおすすめしよう。双方の時間を節約する大事なポイントだ」

 

 恨みがましく言葉を絞り出す2人に対し、私は肩を竦め、そしてもう一度問いかける。

 

「私がいじっても壊れないぐらいに育った段階での『最後の調整役』でいいのであれば、協力しよう。私からできる最大限の譲歩はここまでだ。それ以上を求めるのであれば、この話はなかったことにしてもらおう。いかがかね?」

「それだけで、十分なのであります」

「配慮感謝」

 

 優雅さの中にあえて疲労を隠さないまま、『万条の仕手』は礼とともに感謝の言葉を口にする。

 それを確認し、私は今度こそ『本命』のもとへと飛び立った。

 

 

   ●

 

 

 崩れはて、原型がかろうじて残っているかどうかという状況の、もはや廃墟と言って過言ではない『天道宮』の中枢部。

 そこに設置された水盤状の宝具『カイナ』の中で、私はここに来るはずの者を待つ。

 常にふざけた様子しか見せず、時折真面目な雰囲気を出したとしても周囲を小馬鹿にしたような行動しかしない道化者ではあったが、自分の欲望には忠実な男だ。

 だからこそ、知りたいと思う情報を持っている者がはっきりとしているこの状況下で、その者の居場所に来ないという可能性は皆無であろう。

 

 ……というか、来てもらわねば困る。

 

 なにせ、彼女から預かったものは、ずっと持ち続けるのが難しいものだ。

 すぐさま壊れるものではないが、かといって風化しないというものでもない。

 さらにはずっと持ち続けていたいものでもないので、とっとと渡してすっきりしたいのだ。

 本来ならばあの男のもとに行って渡してしまいたいものなのだが、私がこの場所(ほうぐ)から動けない以上、来てもらうしかない。

 

 ……とはいえ、待つ必要はほとんどないだろう。

 

 その証拠に、だんだんとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 半ば崩壊した通路を歩いてくるからだろう、細かい砂や石を踏みしめる音を伴って、金属質な足音がだんだん大きくなってくる。

 そして、その音が最大になった瞬間、一人の男が現れた。

 

「――その姿で会うのは初めてだが、まあ知らぬ中でもない。先程ぶり、と言っておこうか、”天壌の劫火”アラストール」

「この数百年変わらなかったその性格がこの数瞬で治るなどとかけらも思っていなかったが、いい加減もう少し真面目になったらどうだ、『竜鱗の遊び手』ミコトよ」

 

 

   ●

 

 

 数時間前、戦に飛び込む際に別れた時と同じ表情を浮かべているミコトだが、その実満身創痍もいいところであることが読み取れた。

 そもそも内に秘める存在の力事態が希薄である上に、銀色の鱗である『罪片』でおおわれた両手両足は中身が空っぽだ。

 そんな状態でも見た目からはそうと悟られないよう立ち振る舞うのは、さすがというか見栄っ張りというべきか、少々判断に困る。

 

「わかりきってはいるが、一応聞いておこう。ミコトよ、貴様はなぜここに来た?」

「無論、彼女から君に預けられたものを受け取りに、だ」

 

 やはり、思った通りではあったが、しかし少々不愉快でもある。

 彼女――我が契約者、マティルダからミコト宛に預けられたのは、形ある物ではなく、伝言だ。

 我が身を顕現させる儀式を行う直前に共にいた『万条の仕手』には直接伝えられたが、その時に離れた場所にいたミコトには伝えられるはずもなく、『後で会いに来ると思うから、伝えておいて』という言葉とともに告げられた伝言。

 

 事前に託されているかもわからないものを、あると信じてうたがわずに訪れたミコト。

 託すと伝えてもいないのに、来ることを確信していたマティルダ。

 

 気の合う友人ではあったが、それを差し引いても互いを理解しすぎているように思え、その事実を簡単には受け止められない。

 とはいえ、マティルダから受けた頼みでもあるので、しっかりと伝えてやることにしよう。

 

「では、マティルダからの伝言を伝えよう」

 

『先に行っている。そっちで遊び飽きたら、こっちでまた遊びましょう』

 

 たったこれだけの、重要な情報など何も含まれていない別れの挨拶を、ミコトは全身で受け止める。

 そして聞き終え、力ないながらも楽しそうに口の端をゆがめ、『そうか』とだけつぶやくと、

 

「了解した。伝えてくれて礼を言うよ、”天壌の劫火”」

 

 と、安心したように言った。

 その表情は、伝言を受け取る前に比べて、どことなく安心を得たようにも見える。

 それを見て、マティルダが伝言をいうときに添えた、『何も伝えないと、寂しくて拗ねてしまうだろうから』という苦笑交じりの言葉に信憑性が出てきてしまい、ますます不愉快になってくる。

 と、そんなことを考えているうちに、ミコトはくるりと我に背を向け、部屋の外に向けて歩き出した。

 

「伝えてくれた礼というわけではないが、次代の炎髪灼眼の育成の仕上げを手伝うことになった。万条の仕手にも伝えたが、ある程度のところまで仕込んだら私のところに連れてきたまえ」

 

 離れながらそう告げるミコトの背に、私はふときいてみたくなった疑問を投げかけた。

 

「ミコトよ。聞きたいのはそれだけか? マティルダの最期を聞きたくはならないのか?」

 

 人間の間ではやるような物語の中では、大抵そのようなことを聞きたがるものだ、ということを旅の中で聞いたので尋ねてみたのだが、

 

「最高に幸せそうに燃え上がったのだろう? そんなわかりきったことなど、聞くだけ時間の無駄というものだ」

 

 当のミコトは歩みを緩めることもなく、肩をすくめつつ、どことなく嬉しそうに笑いながら告げられた言葉に対して何も反論できず、我の中にある不愉快がまた少し大きくなっただけだった。

 

 

   ●



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