ゼロの使い魔 並べられた数字の少年 (TomomonD)
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一召喚目 桃色の髪の主

偉大な作者の方々に追いつけるように、頑張っていきます!

では、どうぞ~。


透き通るような青空の中、桃色がかったブロンドの髪を揺らして少女が杖を振り下ろす。

直後、大きな爆発が起きる。

爆風に桃色の髪がなびく。

 

「………」

「……コホン。ミス・ヴァリエール、そろそろ次の授業が…」

「待ってください、ミスタ・コルベール! もう一度、もう一度だけ!」

「もうこれで十回目です。 ……とはいえ、使い魔召喚をしないわけにはいきませんので、次で召喚できなければ……」

「わかっています」

ヴァリエールと呼ばれた桃色の髪の少女はグッと杖を握る。

 

 

春の使い魔召喚。

トリステイン魔法学院の魔法学生が二年生に進級する際に行う儀式である。

この呼び出された使い魔によって、これから進む魔法の属性を決め、専門の課程へと進んでいく。

同時に、この召喚で呼び出された使い魔とは長き時を共に歩む。

この使い魔が強力であればあるほど、希少であればあるほど、メイジとしての格がつく。

メイジにとって使い魔とは、ステータスであると共に、生涯共に支えあうパートナーでもあるのだ。

 

 

先ほど大きな爆発を起こした桃色の髪の少女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

この使い魔召喚を十度失敗している。

使い魔召喚はメイジならそれほど難しくはないが、それを十度失敗するというのも珍しい。

 

ともかく、次の十一回目が最後のチャンスとなった。

深呼吸と共に焦る気持ちを落ち着かせていく。

そして、杖を振り上げる。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール…」

静かに呪文が唱えられていく。

 

そこまで唱えたとき、次に失敗したらという気持ちが強く心を揺さぶった。

失敗するわけにはいかないわ……。

そう、絶対に……。

そう強く念じる。

揺れた心は落ち着いていく。

しかし、そのせいで大事なことを忘れてしまった。

次の呪文が頭から抜け落ちてしまったのだ。

 

本来ならこの後には“五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ”と続くはずだった。

一度忘れてしまうと思い出せないもので、ルイズは困り果ててしまった。

とはいえ、ここで呪文を止めたら、それこそ失敗で終わらせられてしまう。

完全にパニックになってしまったルイズは、とうとう心の内に秘めた一言を呪文として吐き出した。

 

「十一回もやってるんだから、使い魔として何か、出てきなさい!!!」

 

振り下ろした杖から光が放たれる。

直後、そこにひときわ大きな爆発が起こる。

ああ、また……失敗……。

爆発の煙が風に吹かれてだんだんと晴れていく。

諦めかけた、その時……。

 

「……えっ?」

「あうぅ……、い、一体何が?」

晴れかけた爆発の煙の中には、黒い髪の少女…いや、少年が座り込んでいた。

いきなり爆発の中に現れたのか、驚いたように周りを見ている。

……使い魔?

この子が?

服に着いた土埃を叩きながら目の前の黒髪の少年は立ち上がった。

背丈は私と同じくらい、ショートカットの黒い髪。

少年とも少女ともつかない容姿。

 

「えと、こ、ここは?」

「あんた、誰?」

召喚が成功した喜びよりも、この人間が何者なのかが気になった。

もしかしたら、人間によく似た亜人なのかもしれない。

そんな淡い期待を込めて尋ねる。

「ぼ、僕は、一十百です。その……、ここは?」

一十百と名乗った目の前の存在はいきなり呼び出されたことに戸惑っているようだった。

 

他の事を聞こうとした時に、周りで見ていた人垣から声が聞こえてくる。

「ゼロのルイズが平民を呼び出したぞ!」

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」

そんな声が笑い声と共に聞こえてくる。

ルイズは強く杖を握る。

どうして……平民が、出てくるのよ!

そう心の中で強く叫んだ。

 

そんな事をルイズが思っている間、呼び出され一十百と名乗った少年は、今自分の置かれた状況を急いで整理していた。

この少年は今まで魔法という物に深くかかわってきた。

魔力こそないものの、知識は他の魔法使いと同等以上にあり、魔方陣にかけては天才的としか言えないほどの実力を持っている。

 

その一十百から見て、今自分の置かれている状況は……。

この魔方陣は、召喚のための物。

目の前にいる桃色の髪の人は、魔法使い。

それに、さっき聞こえてきた単語、『サモン・サーヴァント』……。

えと、つまり、従者召喚のための儀式。

それで、僕がここにいるってことは……、呼び出されちゃった!?

しっかりとそこまで理解できた。

 

 

「ミス・ヴァリエール」

黒いローブを着た中年の男性が目の前の少女に話しかける。

「しっかり召喚できたようですね」

「こ、これは、何かの間違いです! もう一度やらせてください!」

「そういうわけにはいかない。君も知っているだろうが春の召喚の儀式は神聖なものだ。好む好まざるにかかわらず、彼……いや彼女を使い魔にするしかない」

「そ、そんな……」

ルイズはがっくりと肩を落とす。

 

「さて、では儀式を続けなさい」

「……はい」

なにか諦めたように一度ため息を吐くと、ルイズは一十百の前に歩いて行った。

「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことされるなんて、普通は一生ないんだから」

「ほぇ?」

一十百の目の前でルイズは軽く杖を振り、呪文を唱える。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を持つペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

そして唱え終わったのか、ルイズは一十百にそっと唇を重ねた。

 

「……ふぅ、終わりました」

「どうやら『コントラクト・サーヴァント』は上手くいったようだね」

そう言って黒いローブを着た中年の男性は一十百を見た。

一十百の左手が淡く光っている。

そして、バチッという音と共に稲光が走る。

「あぅぅ……」

弾けるような痛みが一十百の左手を襲った。

ギュッと一十百が左手を握る。

 

少しするとその光も収まり、痛みも引いていった。

「どれ、見せてもらってもいいかい?」

「は、はい」

一十百は左手に刻まれたルーンを見せる。

「珍しいルーンだな」

「ほぇ?」

黒いローブを着た中年の男性は一度頷くと、周りの人垣に声をかける。

「さてと、じゃあ皆教室に戻るぞ」

杖を振り上げると、中年の男性の体がふわりと浮く。

そして、そのまま少し遠くに見える石造りの建物の方へと飛んで行った。

周りの人も同じように飛んでいく。

そして、広場にはルイズと一十百だけが残った。

 

 

二人きりになったのを確認すると、ルイズはキッと一十百をにらみつけた。

「あんた、なんなのよ!」

「ふぇえっ! えと、一十百です」

「それはわかったわ! どうして、あんたが召喚されるのよ」

「それを僕に言われても……」

一十百が少し困ったように微笑む。

「どうして平民が使い魔なのよ……。ドラゴンとか、グリフォンとか、マンティコアとか、せめてワシやフクロウでもよかったのに」

はぁ、と心底落ち込んだため息がルイズから漏れる。

 

しかし、その言葉を聞いて一十百の強い光が灯った。

そして、そっとルイズに語りかけた。

「なら……、ドラゴンよりも、グリフォンよりも有能な従者……じゃなくて、使い魔として、僕が事をこなせればいいんですよね」

「何言ってるのよ、あんた」

呆れた表情でルイズは一十百の事を見る。

 

そして、驚く。

今までの、ほわほわしたような雰囲気ではなく、鋭く凛とした雰囲気が一十百を包んでいた。

そして、そっと一十百が口を開く。

それほど大きな声は出していないはずだが、ルイズの耳にしっかり届く声だった。

 

「私、一十百はここに誓います。貴女が倒れそうなとき支え、心を病んだとき守り、共に道を歩むことを。従者として、貴女が納得でき、皆より一目置かれる存在になるまで、常に精進を重ね、いつしか、此度の召喚が誰よりも上手くいったものだと思えるようになるまで、私は貴女を、この誓いを守り続けましょう」

 

遠く澄んだ空よりもさらに澄んだ声で一十百はそう言った。

そして、片足を引き跪く。

 

その行為にルイズは呆気にとられた。

何でもない、ただの平民……じゃないの?

まるで、王宮騎士のような……。

そこまで考えハッと我に返る。

 

「コホン。あ、あんたの心意気はわかったわ。えっと、ヒトトモモ……だっけ? その言葉に偽りないように、しっかりと使い魔として働きなさい」

「はいっ」

一十百が立ち上がる。

いつしか鋭く凛とした雰囲気は消え、さっきまでのほわほわした雰囲気に戻っていた。

 

「えと、一十百と呼び辛かったら、適当に切って呼んでください」

「じゃ、トモモって呼ぶことにするわ。私の事は、ルイズさ……いえ、ルイズと呼んで」

「ふぇっ? よ、呼び捨てですか? 主なんですから、様とか殿とか、せめてさんとか…」

「いいのよ。トモモは私の使い魔なんだから、呼び捨てで構わないわ」

う~ん、と少し悩んで一十百は一度頷いた。

 

「そ、それじゃ、ルイズ。これから、よろしく」

そう言って一十百はそっと手を前に差し出した。

その手をルイズはギュッと握る。

 

多分、私が召喚したのは、ただの平民なんかじゃない。

きっと、この場にいた誰よりも、立派な使い魔を召喚した。

それを誰よりも早く気が付かないとね。

 

 

 

 

一十百が呼び出された世界とは全く別の場所。

そう、一十百の元の世界。

森の中にたたずむログ豪邸。

そこには、一十百の主が住んでいる。

一人は金色の長い髪の少女。

もう一人は、緑色の髪の人形。

その二人が、向かい合って座っている。

 

「オイ、御主人。気ガ付イテルカ?」

「フン、当り前だ。また、一十か。あれは、どうしてそういう事に巻き込まれるんだ」

「デ、ドウスルンダ?」

「放っておけ。そのうち戻ってくる。また、執事として、従者として一回り成長してな」

「ケケケ、下僕トカ言ッテテモ、チャント期待シテルジャネエカ」

金色の髪の少女は、注がれていた紅茶を飲む。

紅茶はまだ温かく、入れたばかりだ。

「まあ、いい。一十を呼び出した奴に任せるとするか。そいつの苦労が目に浮かぶぞ、クックック」

「苦労スルッテノハ、確カダカラナ」

そっと、紅茶のカップを置き、金色の少女は遠くを眺めた。

 

一十、私の従者なのだから、途中で投げ出すようなことはするな。

きっちりとやることはやってから帰ってこい。

そう呟くと、残りの紅茶をくっと飲み干した。




~今回の結果~

異世界に召喚された!:経験値30
新しい主に誓いを立てた:経験値20

合計 経験値50

「僕が次のレベルになるまで 50/100 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv1


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二召喚目 使い魔としての存在

ルイズに案内され、授業が終わるまでは部屋にいるように言われた一十百。

十二畳ほどの部屋に、アンティークと思われる、タンスやベッド、テーブルが置いてある。

他にもランプなどの小物もあるようだ。

 

「う~ん、ただ待つというわけにはいきませんよね」

そう言って一十百はポケットから箒を取り出す。

どう見ても普通のポケットなのだが、そのポケットから箒が出てきた。

箒と言っても、羽箒のような小型のものではなく、地面を掃くような大きなものである。

一体どうやって入っていたのかは分からないが、とにかく、その箒が取り出された。

他にも、布巾や埃落とし、バケツと、次々掃除用具が出した。

「よしっ! では、ルイズが帰ってくるまでに、お掃除しておきましょう!」

 

 

授業が終わり、ルイズは自分の部屋に戻る。

少しでも使い魔であるトモモの事を知ろうと思っていた。

ただの平民ではない、という事だけしかまだわかっていない。

これでは、主としてどうかと思う。

使い魔とはいえ、トモモの事をもう少しくらい詳しく知っておくべきだと、そう思った。

そんな事を考えながら自分の部屋の扉を開けた。

 

「………えっ?」

ついさっき見た自分の部屋とは全く違う部屋がそこにはあった。

 

古い木材を使ったテーブルは、木材とは思えない光沢があり、自分の顔が映る程、磨かれていた。

留め金が黒ずんできていたタンスは、新品同様、それ以上に立派なものになっていた。

留め金は本来の金色を取り戻し、それに合うように赤茶色の木で作られた引き出しは、テーブルと同じように磨かれている。

ベッドにはしわ一つなく、床もしっかり水拭きされており、埃一つ見当たらない。

ランプや他の小物も埃がしっかりと取られており、その本来の明るさを保っている。

もしも、ここに玉座のようなものがあれば、王宮の一室ではないかと勘違いするほどだ。

 

そして……。

「お帰りなさい、ルイズ」

微笑みながらペコリと一十百がお辞儀をした。

 

間違いなく、トモモの仕業よね……、コレ。

「ト、トモモ。この部屋って……」

「はい。ルイズが授業を受けている間にお掃除しておきました」

「そ、そう……」

掃除って……こういう事をいう物だったかしら?

違うわよね……。

 

なんて言えばいいのかと、ルイズは悩む。

別に、掃除をするなという事ではない。

むしろ、これだけの事をしてくれたのだから、お礼をしてもいいくらいだ。

けれど、これを掃除というトモモの神経がちょっと……。

 

そんな事を考えていると、一十百が少し心配そうな表情になって尋ねてきた。

「あの、何かご不満な点でもありました? 掃き残し、拭き残しの無いように丹念にやったつもりだったんですけど……」

「えっ? えっと、そういう事じゃないわ。むしろ、よくやってくれたわ」

「えへへ。そう言ってくれると、うれしいです」

ニコッと一十百が微笑みを浮かべた。

 

 

「それじゃ、一応使い魔としての仕事を説明するわ」

ゆっくりと椅子に腰かけてルイズが話し始める。

ルイズの前には紅茶が入れられている。

一十百が注いだものである。

気が付いたときには注がれていたようなものだった。

始めは驚いたが、この掃除をこの短時間でやってのけたんだからと、納得することにしたようだ。

 

「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」

ぴんと人差し指を建ててルイズがそう言った。

「それって、僕が見ている物をルイズが見たり、僕が聞いていることをルイズが聞いたりするってことですか?」

「ええ、そうよ。でも、ダメね。何も見えないもん」

軽く紅茶を飲んでふぅとため息を吐いた。

 

「次に、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。たとえば……秘薬とかね」

「秘薬……ですか」

「簡単に言うと魔法に必要な触媒の事よ。植物の根とか、鉱石とか…」

「魔力媒体に使うようなものですか? それなら、できます! でも、僕のいたところと同じようなものがあるかは、わからないですけど……」

ふ~ん、そう言う物の知識はあるのね。

やっぱり、ただの平民じゃないわね。

 

「そして、一番重要なのは……、使い魔は主人を守る存在である事! 使い魔としての能力で、主人を敵から守るのが一番の役目! でも……、トモモじゃ無理よね」

「あ、相手にもよりますけど……」

いや、それは確かに人間相手なら何とかできるかもしれないけど、ドラゴンやグリフォンとかじゃ、話にならないでしょ。

そんな事をルイズは考える。

 

トモモの姿を見ると、人間相手でも厳しい。

何せ、背丈は自分と変わらない程度。

体格がいい方ではなく、少女のような容姿。

これでは、ただの平民にも負けるだろう。

それで、敵から守れと言っても……。

「まあ、たぶん無理だと思うから、それは別にいいわ」

ふぅ、とため息を吐いた。

 

「だから、出来そうなことを頼むことにするわ。掃除、洗濯、その他雑用」

「任せてください≧▽≦/」

トモモが元気よく片手をあげる。

……何か、嫌な予感がするわね。

だ、大丈夫かしら?

かなり不安は残るものの、使い魔に何もさせないというわけにもいかない。

何事も起こらないことを祈ってルイズは一度伸びをした。

 

 

「さてと、一通り説明したら眠くなったわ」

そう言ってルイズは軽くあくびをした。

「そろそろ、お休みになりますか?」

「そうね……。で、トモモは……、そこらへんで寝て」

ルイズが指差したのは何もない床。

しかし、一十百は不満そうな表情をせずに一度頷く。

 

「それじゃ、そこのタンスに着替えが入ってるから、取って着替えさせて」

「はいっ」

その瞬間、ルイズの目の前に一瞬何かが通り過ぎたような気がした。

「今……えっ?」

トモモの方を見ると今まで私が来ていた制服が持たれていた。

驚いて自分の服装を見ると、いつの間にか着替えてる……。

「ト、トモモがやったの?」

「はい。お休み前に時間をかけるわけにはいきませんからね」

「そ、そう。じゃ、それは洗っておいて」

「はい!」

パチンとルイズが指を鳴らすと、ランプの明かりが消える。

部屋に夜のとばりが訪れた。

月明かりがとても幻想的だ。

 

ルイズがベッドに入り、目を閉じる。

その時、トモモがどんなふうに眠るのか気になって、チラリの視線を動かす。

すると……。

「す~、す~……」

壁を背にして、立ったまま、しっかりと寝息を立てていた。

……器用ね。

何だか、使い魔がいるだけで疲れたわね。

そんな事を思いながらルイズも眠ることになった。

 

 

そして、月が沈み始め、地平線の向こうに太陽の影が見えてきた。

「……う~ん、はっ!」

壁に寄り掛かりながら眠っていた一十百が起きる。

一瞬、いつもの部屋と違うことに驚く。

そして、すぐに思い出す。

「あっ、そう言えば、使い魔として召喚されたんでした」

一度伸びをすると、一十百は昨日ルイズが着ていた制服を持って外へ出ていった。

 

朝早い……と言うよりも、まだ夜が明けていないため、外には誰もいない。

一十百の草を踏みしめて歩く音だけが聞こえる。

「洗い物をするところは……、あれかな?」

魔法学院の隅に湧き水が出ている水汲み場がある。

その水をそっと手ですくった。

朝早いのもあるが、湧き水はとても冷たい。

 

「あう~、冷たい! さて、それじゃ、洗濯を始めましょう!」

一十百のポケットから洗濯板が出てくる。

箒、布巾、埃落とし、バケツに続いて、洗濯板まで入っているポケット。

他の人が見たら、“どうやって入っているのか”と尋ねるよりも、“なんでそんなものを入れてるんだ”と先に尋ねられるだろう。

とにかく、その洗濯板を使って洗濯を始めた。

 

しかし……、何かが違う。

明らかに洗濯をしているときに出る音ではない音が聞こえてくる。

主に、ヒュン、という風を切るようなそんな音が、断続的に聞こえてくる。

洗濯と言っても、一日分、それもルイズひとり分の洗濯物の量だ。

いままでに洗濯をしてきたところでは、もっと量が多かった。

抱えるほどの洗濯物の籠が半分埋まる程であったり、ログハウスに住んでいる住人全員分であったりした。

 

つまり、たった一人分の洗濯をするくらい、どうってことないのである。

そして、水汲み場に着いてから十分たたずに洗濯は終わっていた。

ピッと水を切り、洗濯物を洗濯籠に入れる。

「あっ、そう言えば、顔を洗う水もここの物を使うんでした」

ゴソゴソと一十百がポケットの中に手を入れ、何かを探す。

そして、取り出したのは、木で作られた桶。

それに湧き水を汲み、片手に持ち部屋に戻っていった。

 

 

朝日の光が部屋に差し込む。

「そろそろ起こしますか……」

一十百はそっとルイズのベッドを叩く。

「ルイズ、起きてください。朝ですよ」

「むにゃ……朝? ……誰?」

「昨日、使い魔として召喚された一十百です」

「あ、そうだったわね……」

どうやら、ルイズは朝に弱いようで、まだ夢の中にいるような表情をしている。

 

「それじゃ、ルイズ。少し目を閉じていてください」

「?」

何をするのかわからなかったが、眠くてそれどころではない。

そう言う意味でも、ルイズはそのまま目を閉じた。

一十百はルイズが目を閉じたのを確認すると、木の桶からそっと水をすくい、ルイズの顔を洗う。

「んっ!!」

ルイズは一瞬冷たい水に驚くが、心地いい冷たさの水で目が覚める。

そして、ゆっくりとタオルでルイズの顔に残った水滴をふき取った。

 

「目が覚めました?」

「おかげでしっかりね。それじゃ、服」

そう言った瞬間、一十百の手には今まで自分の着ていた服が持たれていた。

……あれ?

なら、私が今着てるのって……。

ルイズは自分の服を見る。

いつの間にか制服に着替えていた。

「……さすが、トモモ」

驚きと呆れが混在して、その一言しか出てこなかった。

いえいえ、と一十百がニコッと微笑んだ。

 

「それじゃ、身だしなみを整えるので、少し立ってください」

「わかったわ。 ……って、今どうやって座ったまま着替えさせたのよ?」

「慣れれば簡単ですよ?」

完全に呆れた表情でルイズが立ち上がる。

一十百がポケットから茶色い小箱を取り出す。

中には櫛や脂取り紙や、毛玉取りのようなものが入っている。

その道具を手に持つ。

ヒュン、と風が吹き抜けた。

「はい、これで終わりました」

「えっ?」

鏡に映った自分を見る。

桃色の髪はしっかりと梳かされ、跳ねの一つもない。

制服も、無駄なしわ一つ、毛玉一つなく、煌々と首の下のメダリオンが輝いていた。

最後に一十百が灰色の手拭でルイズの靴を磨く。

 

「これで、準備ができました」

「授業に行くだけなんだから、ここまでしなくてもいいのに…」

そういうわけにもいきませんよ、と微笑みながら一十百が部屋の扉を開けた。




~今回の結果~

異世界に来てからの初めての掃除に成功:経験値10
使い魔の仕事を理解した:経験値15
異世界に来てからの初めての洗濯に成功:経験値10
ルイズが授業に行くための用意をした:経験値15

合計 経験値50
一十百はLvUP!

「僕が次のレベルになるまで 0/140 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv2


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三召喚目 使い魔たちとの交友

一十百が扉を開ける。

石造りの廊下を挟んで、似たような木でできたドアが三つ並んでいる。

 

そのうちの一つが開いて、燃えるような赤い髪の女性が現れた。

その姿を見て、ルイズが一瞬ムッとした表情をする。

 

鮮やかな赤色の髪、褐色の肌、そして、圧倒的なスタイル。

一般的な男性なら目を奪われただろう。

「おはよう、ルイズ」

にやっ、と笑って挨拶をする。

「おはよう、キュルケ」

あからさまに嫌そうに視線を逸らしルイズも挨拶をする。

 

この後、いつもなら皮肉の一つでも言われるのだが、何も言ってこない。

どうしたのかしら?

ルイズが視線を戻すと、キュルケの少し驚いたといった表情をしている。

「ル、ルイズ、貴女いつから朝に強くなったのよ?」

「はい?」

「いつもなら、寝癖とかがそのままだったり、服がしわしわだったりするのに……。今日は、ずいぶんと気合が入ってるじゃない」

 

確かにキュルケが言ったように、朝に弱いルイズは授業に行くのがギリギリになる事が多々あった。

寝癖が付いたまま授業を受けることも少なくなかったようだ。

 

しかし、昨日から朝に弱いルイズに、強力な助っ人ができた。

「まあ、私の使い魔が思ってた以上の存在だったのよ」

「あなたの使い魔って……、そこの平民よね?」

キュルケが一十百を指差す。

「そうよ。でも、ただの平民じゃないわ。まだ、私にもまだよくわからないけど、ただの平民じゃないのよ!」

「まともな使い魔が召喚できなかった負け惜しみにしか聞こえないわよ、ゼロのルイズ」

「うるさいわね」

 

 

ルイズとキュルケが話している間、一十百は別の存在と話していた。

それは、キュルケの後に続いて出てきた巨大なトカゲであった。

大きさは虎ほどもあり、真っ赤に染まった鱗を持っている。

尻尾は燃え盛る炎でできているようだ。

熱気が体から放たれているような存在だ。

一十百はこの火トカゲの種類を知っている。

主に火山帯に住んでいる、サラマンダーと呼ばれる種族だ。

ドラゴンほどではないが、炎を吐き、火を食らい、人間では太刀打ちできない生物の一つだ。

一十百が元いた世界では、既に希少な存在となりつつあった生物だ。

 

「おはよう、お隣さん」

「おはよう」

サラマンダーから低いうなり声が漏れる。

人間にはそれを理解できない者がほとんどだ。

しかし、一十百は違った。

しっかりとサラマンダーの言いたいことを理解し、ペコリと頭を下げた。

「うん? 珍しいな。俺たちの言葉がわかるのか?」

「はい。えと、僕はそちらにいるルイズの使い魔の一十百です。よろしく」

「ヒトトモモ、珍しい名前だな。ああ、俺はフレイムだ、よろしくな」

 

 

一十百とフレイムが話しているのを見て、キュルケが驚く。

「ねえ、ルイズ……。あなたの使い魔って、人間よね。なんか、フレイムと話せてるみたいなんだけど……」

「別に、今さらそのくらい出来ても驚かないわよ」

「ふ~ん、まあいいわ。それじゃ、お先に失礼」

キュルケは赤い髪をかきあげて、すたすたと廊下を歩いて行った。

 

「それじゃな。ヒトトモモ」

「はい」

後に続くように、フレイムがゆっくりと歩いていく。

 

 

キュルケが見えなくなると、グッと拳を握りしめ、ダンと一回地面を踏む。

「まったく、なによー! “私の使い魔は、サラマンダーよ”ってあからさまに自慢してるわ、う~……」

ルイズの握った拳が軽く震える。

「どうしました、ルイズ?」

「ああもう! トモモ、いい! あのキュルケには絶対に負けたくないの!」

「は、はい……」

「あの女が召喚したのはサラマンダー。たぶん火竜山脈のやつだわ。確かに使い魔としては、相当格の高いものだけど……、能力じゃ、たぶん負けないわ! そうよね!」

「ル、ルイズ、落ち着いて……」

どうやら、ルイズとキュルケの間には妙な因縁があるようで、何が何でも負けたくないようだ。

一体何があったのかは……、聞かないほうがいいよね、うん。

さわらぬ神に祟りなし、である。

 

しかし、一十百はルイズとキュルケの話で気になったことがあるので尋ねてみることにした。

「あの、ルイズ、ちょっといい?」

「何?」

「さっき話してた時に聞こえたんだけど、ゼロのルイズって……」

その瞬間、ルイズが一十百の事をキッと睨み付けた。

どうやら、聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。

「えと、その……。な、何でもないです」

「……ゼロって言うのはあだ名みたいなものよ」

「あだ名ですか……」

いったい何がゼロなのだろうかと一十百が考えるが、昨日召喚されたばかりでルイズの事は、まだほとんどわからない。

きっと使い魔として立派になった時に自然と分かるようになるだろうと、心の中で頷いた。

 

 

その後、ルイズが向かったのは、トリステイン魔法学院の本塔にあるアルヴィーズの食堂という食堂だ。

長いテーブルが三つ置かれており、一つのテーブルに百人は優に座れるだろう。

ルイズが向かったのは真ん中のテーブル。

他のテーブルを見てみると、紫色のマントを羽織った少し大人びたメイジが右のテーブルに座っている。

左のテーブルには、茶色のマントを羽織ったメイジ達が座っている。

どうやら、マントの色は学年別で決まっているようで、座る場所も学年別で決まっているようだ。

 

ルイズが座る場所を決めたようで、椅子の前まで歩く。

一十百はルイズの後ろについていき、ルイズが決めた席の椅子をそっと引いた。

ルイズはさも当たり前のようにそこに腰かけた。

さすが貴族と思えるような振る舞いだ。

 

「トモモ、わかってるとは思うけど、ここの席は貴族の席。本来、使い魔は外だけど、私の特別な計らいで、中に入れてもらえてるの」

「はい」

一十百はルイズの斜め後ろに立っている。

勝手に座る様な事はしない。

それを見て、ルイズは少し考える。

やっぱり、ただの平民じゃないわよね……。

なんだか、私のような貴族に仕えるのに慣れてるみたいだし。

そんな事を考えながら一十百の事をチラリとみる。

「どうかしました?」

「…な、何でもないわ」

ニコッと一十百が微笑んでこっちを見たので、慌てて前を向く。

 

 

マントを羽織った生徒たちがだいたい席に着くと祈りの言葉が唱和される。

「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」

ルイズも目を閉じてそれに加わっている。

 

そして、祈りの言葉が終わると食事が始まった。

祈りの言葉とは裏腹に、豪華な朝食がテーブルに置かれている。

大きな鳥のロースト、色とりどりのサラダやフルーツ。

鱒の形をしたパイや、ワインなど、ささやかな糧というには少し豪華すぎる朝食だ。

ルイズも黙々とその料理を食べる。

その時、手に置いてあったフォークがぶつかりテーブルから落ちてしまう。

急いで手を伸ばすも、届かずそのまま床に落ちると思われた。

しかし、フォークは途中で姿を消した。

「!?」

ルイズが驚く。

すると、そっと一十百が元の場所にフォークを置きなおした。

どうやら消えたように見えたのは、途中で一十百がキャッチしたためだったようだ。

「ありがと」

いえいえと一十百は微笑む。

 

 

食事が終わると、ルイズと一十百は教室に向かった。

階段状になった席が扇状に並び、一番下の段に教卓と黒板のようなものがある。

ルイズと一十百が教室に入ると先にいた生徒たちが一斉に振り向いた。

そしてくすくすと笑い始めた。

ルイズは教卓から少し遠い後ろの席に座る。

一十百はその後ろに立つ。

ルイズは一瞬、一十百の事を見る。

いくら平民…使い魔とはいえ、ずっと立ちっぱなしっていうのも疲れるわよね。

それなりに、風格もあるみたいだし……。

そこまで考え、ルイズはトモモの事を呼ぶ。

 

「トモモ、ちょっと…」

「はい。なんですか?」

「立ちっぱなしだと、疲れない?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「そう? ならいいんだけど……」

疲れているなら隣の席に座れば、と言うつもりだったが、無駄な心配だったようだ。

一十百の声に疲れの色は見えない。

 

 

段々と生徒たちが教室に集まり始め、同時に使い魔が教室に集まり始めた。

カラスや蛇などの一般的に知られる動物もいるが、やはり普通では見られない珍しい使い魔がたくさんいる。

なぜかそんな使い魔たちばかりが一十百の元に近寄ってくる。

 

始めに来たのはキュルケのサラマンダー。

「あっ、フレイム」

「ヒトトモモ。退屈じゃないか? 俺はこの授業とか言う物の時は、寝ることにしてる」

「さすがに僕は寝るわけにいかないよ」

「そうか、人間ってのも大変だな」

そう言うとフレイムはキュルケの机の下にもぐり眠ってしまった。

 

次に来たのはふわふわと浮いている巨大な目玉。

バグベアーと呼ばれる、悪魔の一種のようなものだ。

「こんにちは?」

「……コンニチハ」

バグベアーには口という物がない。

目の動きが彼らの言葉であり、感情表現である。

故に、人間がバグベアーの言葉を理解するのはかなり難しい。

しかし、あっさりと一十百はその言葉を理解したようだ。

「どうしたの?」

「イヤ、ニンゲンハトモカク、他ノ奴ラガ、コワイ……」

「ほえ? 同じ使い魔だから、襲ってきたりはしないと思うよ」

「ソ、ソウナノカ? ヨシ」

何だか安心したようにふわふわと主の元に戻っていったようだ。

 

その後に来たのは上半身は青色の人間の少女、下半身は蛸のような生物。

スキュアと呼ばれる海の生物である。

「おはよう」

「おはよ~、陸は乾燥してるね~」

「だいじょうぶ? 外に噴水があったけど…」

「ん~、干からびることはないから、へ~き」

半分は人の姿をしているとはいえ、人間の言葉を話すわけではない。

キュルキュルと不思議な鳴き声を放つだけだ。

手だと思えるものを振って、主の方に向かっていたようだ。

 

こんな感じに、なぜか一十百の所に使い魔が集まってくる。

その光景をみて、ルイズは首をひねる。

どうして、他の使い魔がトモモの所に来るのかしら?

あれかしら、人間の使い魔が珍しいから?

なんか違う気がするわね。

それよりも……、なんで話が通じるのよ?

私にはわからないけど、たぶん通じてるわよね、あれ。

 

はぁ~、とルイズは疲れたように深いため息を吐いた。




~今回の結果~

使い魔たちとの交友を深めた:経験値20
ゼロのルイズと言う言葉を聞いた:経験値5

合計 経験値25

「僕が次のレベルになるまで 25/140 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv2


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四召喚目 ゼロの主の実力

がらりと教室の扉が開き、先生と思える人が入ってきた。

紫のローブに身を包み帽子をかぶっている、中年の優しそうな女性だ。

 

 

一通り教室を見回すと、満足そうに微笑んだ。

「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、さまざまな使い魔を見るのが楽しみなのですよ」

そんな風に教室を見回すと、一十百の姿が目に入った。

「おやおや。変わった使い魔を召喚しましたね。ミス・ヴァリエール」

少しとぼけた風にそう言うと、教室内がどっと笑いに包まれた。

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いていた平民を連れてくるなよ!」

ルイズはムッとした表情で立ち上がる。

「違うわ! きちんと召喚したわ! それに……」

 

そこで、すっと息を吸い込んで、よく響く声で笑っている人に叩きつけるように言った。

「その辺にトモモみたいのが歩いてたら、いろんな意味で大変なことになるじゃない」

「あぅ……、なんか、ひどい……」

 

笑っていた人たちもその一言を聞いて、一十百をまじまじと見た。

見た目は……少女のような容姿だ。

特になんてことはない平民に見える。

「なんだ、ただの平民じゃないか」

「ただの平民が、バグベアーだの、スキュアだの、サラマンダーだのと話ができると思うの?」

その一言で教室ざわつく。

 

今、ルイズが言った種類は、基本的に話せない。

たとえ使い魔として召喚されても話せるようにはならない。

主の言葉を使い魔が理解するのが簡単でも、使い魔の言葉を主が理解するのは難しい。

故に、意志疎通は一方通行になってしまいやすい。

それと話せるというだけで十分すぎるほどの能力だ。

 

しかし……、それを信じてもらえるかは別である。

「何を言ってるんだ、ゼロのルイズ。言葉を話さないバグベアーとどうやって話すんだよ?」

「嘘じゃないわ! さっき話してたもの!」

「それは話してるじゃなくて、急に連れてこられて精神的に辛かったから、現実逃避しているだけだろう」

誰かがそんなことを言う。

それを聞いて、教室の誰もが頷く。

 

その時、教室にパンパンと手を打つ音が響いた。

「はい、みなさん、授業を始めますよ」

シュヴルーズの声が教室に響いた。

 

 

コホンと一度、重々しい咳をすると、杖を振った。

すると教卓の上に小さな石が三つほどあらわれる。

「私の二つ名は『赤土』。赤土のシュヴルーズです。土系統の魔法を、これから一年皆さんに講義します。魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」

そう言われて、教卓の近い位置に座っていた金髪のぽっちゃり体型の青年が立ち上がった。

「はい。ミセス・シェヴルーズ。『火』、『水』、『風』、『土』の四系統です」

シュヴルーズは頷く。

「失われた系統である『虚無』を合わせて、全部で五つの系統があることは、皆さんも知ってのとおりです」

 

シュヴルーズの講義を一十百は集中して聞いていた。

元の主がいた世界にも魔法という物は存在していた。

また、他の世界に行ってしまった時にも、魔法使いに出会った。

なので、一十百は魔法についてはかなり詳しい部類に入る。

本人に魔力がないため、魔法を使うことはできないが、知識だけなら他の生徒に並ぶ程だ。

 

ここでは、エレメントの基礎の四系統が主な魔法みたいですね……。

ルイズはどの系統が得意なんでしょうか……。

一十百は講義を聞いているルイズを見る。

魔法を使っているところは実際見ていないが、自分を召喚したのだから魔法使いであることは確かだ。

そうなると、呼び出した使い魔である自分がどの系統に近いかで、主人であるルイズの系統も分かる。

 

たとえば、サラマンダーを呼び出したキュルケなら、間違いなく『火』の系統を得意とするのだろう。

そこまで考えて、一十百は自分の事を考えた。

僕って……、どの系統っぽいんだろう?

青い光が灯ってる、って前に言われたことがあるけど……、『光』なんて系統はないし……。

 

う~ん、と一十百が悩んでいると、講義を進めていたシュヴルーズが杖を振り上げて、教卓の石に向かって振り下ろすのが見えた。

すると、何の変哲もなかった石がキラリと光る金属に変わったように見えた。

その光景を見て、一十百は少し驚く。

あれって……、物質の構造を変える、錬金術かなぁ。

便利な魔法だけど、確か素になるものが結果の素材に近くないと、それほど上手くいかないはずじゃ……。

 

そんな事を考えていると、キュルケが身を乗り出してシェヴルーズに尋ねた。

「ゴ、ゴールドですか? ミセス・シュヴルーズ!」

「違います、ただの真鍮です。ゴールドを錬金できるのは『スクウェア』クラスのメイジだけです。私はただの……」

シュヴルーズはそこまで言うと、勿体つけるようにコホンと一度咳をした。

「『トライアングル』ですから……」

 

『スクウェア』に『トライアングル』と聞いたことのない単語が出てきた。

一十百は、その単語を聞いて考える。

『スクウェア』は正方形、『トライアングル』は三角形だから……、魔法の基礎を足せる数の事なのかな?

つまり、あの先生は三つまで魔法の基礎を足せる……ってことでいいのかなぁ。

確か、錬金術は、土の精霊であるノームの加護によって生み出された、富と繁栄を象徴する魔法。

えと、だから、『土』系統を三つ足して、今の錬金を使ったのかなぁ。

あれ、でも、確か構造変化には熱のエネルギーが必要だから、『火』の系統も使った方がより強力になるはず。

という事は、『土』系統二つと、『火』系統一つで、今の石を真鍮に変えた……はず。

 

何もわからないところから、ここまで推測で思いつく一十百。

この考えを他の貴族が聞いていたら、間違いなくただの平民である、という考えから外れるはずだ。

推測はいえ、一通り理解できた一十百は一度頷いた。

 

その時になって、ふと疑問が一つよぎる。

ルイズって……、いくつ系統が足せるのかなぁ?

一つ……、ううん、たぶん二つくらい足せるのかな?

まるでその疑問を聞き取ったかのように、シュヴルーズがルイズの名前を呼んだ。

「ミス・ヴァリエール。前に出て錬金をやってみてください」

「えっ、わ、私ですか?」

「そうです。この石を望む金属に変えてみてください」

 

指名されたのだが、ルイズは立ち上がらない。

少しうつむき、困ったようにもじもじするだけだ。

「ルイズ、呼ばれていますよ」

「わかってるわよ。わかってる……」

なにか、前に出ることを躊躇っているようだ。

注目されるのが苦手なのだろうか。

 

そんな事をしていると、キュルケが困ったような声で言った。

「先生。その……、やめておいた方がいいと思います」

「どうしてですか?」

「危険です」

キュルケはきっぱりとそう言った。

それに同意するように、教室の中にいる生徒がほぼ同時に頷いた。

 

「危険? 錬金はそれほど危険な魔法ではないですよ?」

「その、ルイズを教えるのは初めてですよね」

「そうですけれど、彼女が努力家である事は聞いています。さあ、ミス・ヴァリエール」

「ルイズ、やめて」

キュルケの顔色がさぁっと青くなる。

そこまで危険なのだろうか?

とはいえ、ここまで言われて、やめます、と言える貴族は少ない。

その例にもれず、ルイズもキッとした表情で立ち上がった。

「やります」

そう言って、教卓の前に立った。

 

 

「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を、強く心に思い浮かべるのです」

一度頷くとピッと手に持った杖を振り上げた。

かなり集中しているのが教室の後ろの一十百にもわかった。

心の中でルイズを強く応援する。

その時になって、教卓に近い生徒たちが椅子の下に隠れているのに気が付く。

なんで、椅子の下に?

あれじゃ、まるで、ルイズの位置からくる爆風とか衝撃を避けるために見える。

そういえば、僕が召喚された時も、爆煙が舞ってたような……。

そこまで考え付いた瞬間とほぼ同時にルイズは杖を振り下ろした。

そして、直後に机もろとも、石が大爆発を起こした。

 

その爆発に驚いた使い魔が暴れ出す。

キュルケのサラマンダーがいきなり起こされたことに腹を立て、天井に向けて炎を吐く。

驚いたマンティコアがガラスを突き破り外に逃げ出した。

スキュアが爆風から身を守るために机をひっくり返しつつ、両足を上げる。

犬や猫、カラスなどが暴れまわり、それを見た大蛇がカラスをぱくりと飲み込んだ。

一十百は教室の一番後ろにいたため、爆発の衝撃が来る前に伏せることができた。

そのため、無傷である。

 

「だからルイズにやらせるなって言ったのに!」

「もう、魔法使わせるなよ」

「俺のラッキーが蛇に食われた! ラッキーが!」

「机が上から降ってきたぞ! 重い、どかしてくれ!」

阿鼻叫喚の大騒ぎになっている。

 

爆煙の中心でルイズがゆっくりと起き上がる。

煤で顔が真っ黒になり、ブラウスはところどころ破れ、スカートが裂けてしまっている。

「ちょっと……、失敗したわね」

「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」

「成功確率なんてほとんどゼロじゃないか!」

 

一十百はグッと足元に力を入れる。

そして、強く床を蹴る。

教室の後ろから一瞬でルイズの元にたどり着いた。

そして、ほぼ入れ違うと同時に、一十百の手が素早く動く。

爆煙が晴れると、そこには朝と同じ姿をしたルイズがそこにいた。

 

破れていたブラウスはしわ一つなく、裂けていたスカートも元に戻っている。

煤だらけになったはず顔も汚れ一つない。

爆風でぐしゃぐしゃになったはずの髪もしっかりと梳かされていた。

爆煙で周りからはルイズの様子がほとんど見えなかったため、爆発の中、無傷だったように見えた。

しかし、その状態に驚くよりも、荒れ放題の教室の事で手一杯となってしまっているため、あまり驚かれなかったようだ。

 

 

その後、ルイズの横にいたシュヴルーズは気を失っていたが、二時間後に目が覚め、すぐに授業に復帰した。

しかし、その日は『錬金』の講義は行われなかった。

どうやら、トラウマになったようだ。

ルイズは罰として教室の片付けを命じられた……が。

 

「はい。これで終わりです」

あれだけの悲惨な状況になったはずの教室が、三十分足らずで完全に元に戻っていた。

崩れた机、へこんだ床、粉々になったガラス、穴の開いた壁……、その他もろもろ。

それが、三十分で元に戻っている。

確かに名のあるメイジが数人がかりでなら、終わるかもしれない時間だ。

 

しかし、それをやってのけたのは、たった一人の平民、一十百だった。

どうやって、教室を元に戻したのかは、ほとんどの生徒が理解できなかった。

それは一旦、別の教室を使って講義を行うことになっていたからである。

その間に、ルイズと使い魔である一十百が元の教室を掃除するという事になった。

 

一十百はルイズに一人で掃除をするので安心してほしいと言い、講義に出るように勧めた。

さすがにルイズもそれでは悪いと思ったのか、一緒にやると言ったのだが……。

「安心して講義に出てください。掃除はできても、講義はできませんから」

微笑みながら、そう言われてしまったので、ルイズは講義に出ることにした。

そして、三十分くらいして、一十百が講義をしている部屋に戻ってきたのだった。

誰もが、諦めたと思った。

しかし、一十百の一言でそれはあっさりと覆されたのであった。

「掃除、おわりました!」

 

この時より、ルイズの使い魔である一十百は、貴族であるメイジからも、主であるルイズからも、一目置かれる存在となったのだった。

 




~今回の結果~

この世界の魔法の基礎について理解した:経験値20
ルイズが暴発させた教室を元に戻した:経験値70

合計 経験値90

「僕が次のレベルになるまで 115/140 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv2


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五召喚目 青銅の造花

一十百が教室を掃除という名の修理をした日の午後。

一人の金髪の青年と、一人の黒髪の少年が、ヴェストリの広場で向かい合っている。

周りには見物をしようと人だかりができている。

 

「ちゃんと謝ってあげてください! それくらい出来なくてどうするんですか!」

「君に言われることではない。これは僕の問題だ」

「ああもう、分からず屋は嫌われますよ!」

その一言にカチンと来たのか、金髪の青年から笑みが消える。

そして、薔薇を模した杖を地面に向けて振り下ろした。

花びらが一枚舞い落ちると、地面が盛り上がり青銅の甲冑が現れた。

「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。君の相手は僕の青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」

「……はぁ。わかりました。負けたら、ちゃんと謝ってくださいね」

黒髪の少年、一十百は軽くため息を吐いた。

 

一十百と青銅のギーシュが決闘をすることになった原因は、少し前にさかのぼる。

 

 

 

無事に教室の掃除を終えた一十百はルイズと共に中庭で休憩をしていた。

 

「トモモ、あんた、本当に何者なのよ?」

「何者と言われましても……。僕は僕ですし……」

「じゃあ、せめて教室をどうやってもとに戻したのか教えなさい」

「普通に机を運んだり、ガラスを取り換えたり、床を掃き掃除したりしただけなんですけど……」

「それにしては速すぎるじゃない!」

「そ、そうでしょうか? う~ん……」

 

どうにかルイズに上手く説明する方法を考えていると、遠くにケーキのトレイを持ったメイド達が見えた。

どうやら、この中庭で休憩している貴族たちにケーキを配るようだ。

それを見て、一十百はポンと手を打った。

 

「あっ、ならルイズ、ちょっと見ていてください」

「見ていて……って、何をするの?」

「この中庭で休憩している貴族の皆さんにケーキを配ってきます」

そう言って一十百が立ち上がった。

そのまま、メイド達の方に向かっていく。

 

ケーキを配ってどうするつもりなのかしら?

ルイズの頭の上に疑問符が浮かぶ。

 

 

「あの~、すみません」

「はい、なんでしょうか?」

一十百が話しかけたのは黒髪をメイドカチューシャでまとめた素朴な感じの少女だ。

「ケーキを配るのをちょっと手伝ってもいいですか?」

「えっ? 貴族…の方ではないみたいですけど……。あなたは?」

「あっ、使い魔として召喚された一十百です。ちょっと、僕の主に説明するためにケーキを配りたいんですけど……」

「それは、構いませんけど……」

説明って、何を説明するのだろう?

黒髪のメイドも少し考えるように首をかしげた。

 

「それじゃ……、行きますねっ!」

次の瞬間、切り分けられていたケーキが次々と貴族たちのテーブルへと置かれていった。

それも、気が付いたら置かれているような、そんな状態だ。

ほぼ一瞬ですべての貴族のテーブルにケーキが配り終えられていた。

 

その光景を見て、貴族たちがざわつく。

何時の間に配られたのかもわからないが、しっかりと自分の前にケーキがおかれている。

更に、一緒に配られるはずだった、ワインまでしっかりと注がれている。

 

メイド達も何が起こったか分からない。

自分の配ろうとしていたケーキがなくなり、それが貴族のテーブルへとしっかりと運ばれているのだ。

メイドの仕事とはいえ、貴族にケーキを配ったりするのはとても緊張する。

もしも、粗相があった場合、下手をすれば命に係わる。

なので、いつの間にか配り終えられていたケーキをみて、少しほっとした様子だ。

 

「えっ? えっ? あれ?」

「それじゃ、僕はこれで……」

一十百は一礼するとルイズの方に戻っていった。

ルイズはいつの間にか配られていたケーキを見て、驚く。

そして、戻ってくるトモモを見て、もしかして……と思う。

 

「どうでしたか?」

「どうでした……って、やっぱりこれ、トモモがやったの!」

「はい」

「ど、どうやって!?」

「ケーキを普通に配っただけですよ?」

何でもないことのように、あっさりとそう答えた。

その時になってルイズは気が付く。

朝の着替えをさせたときも、爆発を起こして服がボロボロになった時も、ほぼ一瞬で着替えは終わっていた。

つまり……、それだけ速く動ける……のかしら?

あまり納得はできないが、納得するしかなかった。

 

「わかったわ。確かに、トモモはかなり速く動けるみたいね。でも……」

ルイズはトモモの両腕を見る。

服に隠れてわかりにくいが、自分とほとんど変わらないほどの華奢な腕だ。

これで、あの重い机を持ち運んだというのだろうか。

どれだけ速く動けても、重いものを持てば自然と遅くなるはずだ。

どうやって、机を持ち運んだのか聞こうとした時、トモモが遠くを見つめて、何かに気が付く。

「あっ、ちょっと失礼します」

「どうしたのよ?」

「ちょっと、落し物……でしょうか?」

そう言って、一十百は金髪の青年の座っているテーブルへ向かっていく。

 

そのテーブルには金髪の青年のほかに、数人のメイジが座っていた。

なにやら、恋人がどうとかの話をしているようだ。

一十百がそのテーブルへ向かったのは、その金髪の青年の座っている椅子の足元に紫色の小壜を見つけたからだった。

 

そっとその小壜を拾い上げ、持ち主であるはずの青年にそっと渡す。

「落としましたよ?」

金髪の青年は一度振り返り、一十百の持っている小壜を見ると、苦々しげな表情を浮かべた。

「それは、僕のじゃない。君は何を言っているのかね?」

しかし、話していた他のメイジがその小壜の出所に気が付いたようだ。

「君、それを見せてくれ」

「えっ、は、はい」

一十百がそっと小壜をテーブルの上に置く。

話し合っていたメイジ達の目がきらりと光った。

「おお? その鮮やかな紫色の小壜は、もしやモンモランシーの香水じゃないのか?」

何やら、女性の名前が出てきたようだ。

 

しかし、一十百は人の恋路をどうこう言う趣味はない。

落し物の事を伝えられれば良かっただけなのだ。

一十百は音もなくそのテーブルから離れていった。

そして、ルイズの所に戻った。

「何やってきたのよ?」

「いえ、ちょっと落とし物を拾ってあげただけです」

「そう……」

 

ルイズが先ほどの金髪の青年の方を見る。

すると、栗色の髪をした一年生から思いっきり平手打ちを食らっていた。

そのすぐあと、金髪の巻き毛の二年生がその金髪青年に向かって頭からワインをかけていた。

あれは、確か香水のモンモランシーだったかしら?

大方、ギーシュが二股をかけてたのがばれたのね。

やれやれ、とルイズがケーキを食べ始めた。

「えと、今のが修羅場……というやつですか。初めて見ました……」

「二股をかけたものの末路、ってところかしらね」

 

 

そんなことを話していると、平手打ちを食らい、ワインを頭からかけられた青年がこっちに向かってきた。

そして、一十百の前に立つと、髪をかきあげた。

「どうしてくれるんだい。君が軽率に小壜を拾い上げるから、二人のレディの名誉に傷がついたじゃないか」

「ふぇっ? その、お言葉ですけど、二股は駄目ですよ」

「二股ではないよ。薔薇はすべての女性に愛されるものだからね」

それを聞いて一十百は、その青年の胸に刺さっている造花の薔薇の杖を見た。

「……今のあなたは、その杖と薔薇と変わりませんよ。見かけだけの薔薇……、造花です」

その一言を聞いて、周りのメイジ達が拍手を送る。

どうやら、かなり上手いことを言ったようだ。

 

しかし、言われた本人は相当腹が立ったようで、フッと乾いた笑いをした。

そして、杖を引き抜いた。

「どうやら、貴族に対する礼を知らないようだな。いいだろう、君に礼儀を教えてやろう。ケーキを食べ終わったらヴェストリの広場まで来たまえ」

そう言って一十百の前から去っていった。

一緒に話していたメイジ達もわくわくした表情でついていった。

 

ルイズは面倒くさそうに、トモモを見る。

なんで、わざわざあんな一言を言ったのかしら。

はぁ~、まったく……。

「トモモ」

「はい。なんでしょうか?」

「謝っちゃいなさいよ」

「……う~ん、今回はそういうわけにはいきませんよ」

「なんでよ?」

「さっきの人のためでもありますし、さっきの二人のためでもあります」

すっと一十百は立ち上がった。

そして歩き出す。

 

「どこに行くのよ?」

「ヴェストリの広場へ」

「……道、逆よ」

「あぅ~、そ、そうですか? えへへ……」

まったくしょうがないわね……。

面倒な使い魔なんだから。

最悪、無理にでも頭を下げさせれば、何とかなるわよね。

そう思って、ルイズもケーキを食べきり、ヴェストリの広場へと向かうのだった。

 

 

ヴェストリの広場にはすでに大勢の生徒たちが集まっていた。

決闘をするというので、それを見に来たメイジでいっぱいになっていた。

一十百がその輪の中に入っていく。

「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか」

「逃げませんよ」

「それでは、始めるとしようか?」

金髪の青年が杖を構えた。

「あっ、そうでした。もし、負けたなら、ちゃんと謝ってあげてくださいね」

「謝る?」

「さっきの二人にですよ」

 

そして、冒頭に戻るわけだ。

 

 

 

ギーシュの操っているであろう青銅のゴーレムは、青銅で作られている割には速い動きで一十百に向かっていった。

そして、その右の拳を振り下ろした。

小柄な一十百の容姿では、その拳を受け止めることなどできずに、後ろに吹き飛ばされると誰もが思った。

 

しかし、それはあっさりと覆された。

振り下ろされた右の拳は、一十百の左手一本であっさりと止められてしまっていた。

「何っ!」

そして、そのまま一十百が左手を上げる。

右手をがっしりとつかまれた青銅のゴーレムの足が地面から離れる。

軽い金属である青銅のゴーレムとはいえ、一十百の容姿程度の力じゃ、持ち上げるどころか動かすことすらできないはずだ。

それを、片手であっさりと持ち上げた。

 

一十百はそのゴーレムを軽く上に放り投げる。

ふわりと、青銅のゴーレムが浮く。

そして、落ちてきたゴーレムの腹部目掛けて、アッパーを繰り出した。

しかし、ただのアッパーではない。

踏み込んだとき、周りの草がすべて外側になびく程、深い踏み込みのアッパーだ。

 

ゴウゥンと鐘が鳴ったような音が響く。

青銅のゴーレムは魔法学院の最も高い塔を越え、四十数メートル上に吹き飛んで行った。

見ていた誰もが唖然とその光景を見つめることしかできなかった。

物を持ち上げる魔法でも、それほど高くは飛ばすことはできない。

それを、いともたやすく行ったのだった。

 

 

少しして、グシャリと言う音と共に、青銅のゴーレムが地面に叩きつけられた。




~今回の結果~

中庭にいるメイジ達にケーキを配った:経験値10
青銅のゴーレムを一体撃破:経験値15

合計 経験値25
一十百はLvUP!

「僕が次のレベルになるまで 0/170 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv3


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六召喚目 ルーンの欠片

ヴェストリの広場にいた誰もが唖然となった。

 

ギーシュはグシャリと言う音で我に返ったようだ。

気が付けば、自分の作り出した青銅のゴーレムが銅塊同然になっている。

そして、今さっきの光景が目に浮かんだ。

もしも、あれを僕自身が受けていたら……。

杖を持つ手が震える。

目の前の銅塊が自分の姿と重なった。

 

「クッ!!」

ギーシュは急いで、杖を振り下ろす。

薔薇の造花が舞い、青銅のゴーレムが六体現れる。

そのゴーレムは一斉に一十百に襲い掛かる。

一気に揉みつぶすように、飛びかかったゴーレム。

そこに一瞬、青い閃光が真横に煌めいた。

その瞬間、すべてのゴーレムの上半身だけがなくなっていた。

ガシャと力なく、腰から下だけになったゴーレムが倒れていく。

その中心に何事もなかったかのように一十百が立っていた。

「ひ、ひぇ…」

ギーシュはストンと腰を落とした。

それに合わせるように、ガシャと空からゴーレムの上半身が降ってきた。

何が起こったのかは分からない。

ただ、自分の青銅のゴーレムが一瞬で破壊されたことだけだった。

 

ゆっくりと一十百が草を踏みしめ近づいてくる。

そして、ギーシュの目の前に立つ。

グッと握った拳がゆっくりと近づいてくる。

「ひっ!」

咄嗟にギーシュは目を閉じた。

自分も目の前のゴーレムのようになると、そんな恐怖に震える。

 

しかし、いつまでたっても、考えていたような痛みが襲ってこない。

恐る恐る目を開ける。

そこには、握った手を広げて、こちらに差し出している平民の姿が見えた。

「あの~、立てますか?」

「へ?」

「えと、腰を抜かしてしまったみたいだったので、手を貸そうかと思ったんですけど……」

きょとんとした表情で一十百が尋ねた。

コテンと首を横に倒して自分にそう聞いてくる姿は、今さっきまで、自分が作り上げた青銅のゴーレムを屠ってきた姿と似ても似つかなかった。

そう思うと、気が抜けたのか、ギーシュはそのまま後ろに大の字に倒れた。

「参った。完敗だよ」

 

 

一十百があっさりとギーシュを負かしたのを見て、周りで見ていた貴族たちから歓声が沸いた。

その歓声の中、一十百がルイズの元に戻る。

「ただ今、戻りました」

「トモモ……。あんたって、すごい使い魔だったのね」

「ふぇ? そうじゃないですよ」

「そうじゃない、って?」

「“すごい人の使い魔”ですよ、ルイズ」

ニコッと一十百が微笑んだ。

「っ!! 何言ってるのよ! さ、さあ、部屋に戻るわよ」

「あ、ルイズ、待ってください」

ルイズは早足で学院の中に向かっていった。

置いていかれないように、一十百も駆け足でルイズの後をついていった。

 

 

一十百とギーシュの決闘を見ていたのは、生徒たちだけではなかった。

本塔にある学院長室から、マジックアイテムの『遠見の鏡』を通して二つの影がその決闘を見ていた。

一人はルイズの使い魔召喚に立ち会った、コルベール。

もう一人は、この学院の学院長、オールド・オスマン。

一部始終を見終えると、二人は顔を見合わせた。

「オールド・オスマン」

「うむ」

「あの平民、勝ってしまいましたが……。それも、圧勝です」

「うむ」

「やはり、あのルーンは伝説の使い魔『ガンダールヴ』!」

「うむむ……」

オスマンは深く考え込む。

 

「ミスタ・コルベール。彼……いや、彼女か? とにかく、あの使い魔は本当にただの平民だったのかね?」

「はい。どこからどう見ても、ただの平民でした。念のため、召喚された時に『ディクテト・マジック』で確かめたのですが、正真正銘ただの平民でした」

「ふ~む……。では、呼び出した方に原因があるのじゃろう?」

「いえ、その、ミス・ヴァリエールはそこまで優秀ではないというか、むしろ無能というか……」

「……謎、じゃな」

「はい」

オスマンはふぅ、と大きなため息を一つ吐いた。

そして、コルベールの方を見る。

「この件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」

「は、はい! かしこまりました!」

 

 

部屋に戻ったルイズはトモモの事をしっかりと聞くことにした。

かなりの速さで動けることは、さっきのケーキを配ったことでわかった。

しかし、それだけでは青銅のゴーレムをあれほど高々と吹き飛ばすことはできない。

教室に新しい机を運んだ時もそうだ。

中庭では聞きそびれちゃったけど……、やっぱりトモモって……。

「ねえ、トモモ。もしかして……、かなり重いものとか持てる?」

「ほぇ? かなり重いもの? なにか、運んでほしいものでもあるの?」

「そういうわけじゃないわ。ただ、見た目によらず力があるのかも、と思っただけよ」

「う~ん、自分ではそんな風に思ったことはないですけど……」

そう言って、部屋にあるベッドの方を向く。

「でも、あれくらいなら、簡単に運べますよ」

「ええっ! ……ちょっと、持ち上げてみてくれる?」

「わかりました」

 

トモモはベッドの前に立つ。

そして、その下に両手を入れた。

「よっ」

ふわりとベッドが持ち上げられた。

一十百の小柄な体型からは考えられない光景だ。

「………」

「ルイズ?」

「……あ、ええと、下ろしていいわよ」

ストンとベッドが音もなく下ろされた。

何事もなかったかのようにトモモは振り返る。

……トモモって、本当に人間……よね。

ルイズはそんなことを考える。

 

考えてみれば、目の前にいるトモモは『サモン・サーヴァント』で呼び出された使い魔だ。

古い歴史の中で、人間を使い魔にしたという例を聞いたことがない。

もしかして……、人間によく似た亜人だった?

そう思ってルイズは自分の知っている人間似の亜人を考える。

 

まず一番初めに思い付いたのは、尖った耳と強力な先住魔法の使い手として有名なエルフ。

しかし、トモモの耳は尖っていない。

それに、エルフならギーシュとの決闘の時、先住魔法を使っただろう。

そう考えるとエルフではない。

 

次にルイズが思いついたのは、人間を餌とする夜の人狩人、吸血鬼。

人間と見分けがつかず、血を啜るその一瞬前まで牙を隠すことができる。

もしや、と一瞬思ったが、ギーシュとの決闘は真昼から行われていたことを思い出した。

いくら正体を隠すためとはいえ、苦手と言われている日光の中、ずっと外にいようとは思うまい。

それに、もし吸血鬼なら、いくら使い魔とはいえ、私は昨日のうちに血を啜られていたはずだ。

 

あと考えられるのは、人とは少し違うが、力が強く巨大なトロール鬼くらいなものだ。

人間の五倍はあるトロール鬼だが、もし小さい個体がいたなら、と考えた。

しかし、トロール鬼は人の言葉を話せるほど知性が高くない。

トモモは使い魔のルーンが刻まれる前から人間の言葉を話していた。

つまり、トロール鬼でもない……。

 

結局、ルイズはトモモに尋ねることにした。

「ねぇ、トモモ。あんたって、人間よね?」

「ふぇっ!?」

「いや、別に人間じゃなくてもいいんだけど……。ちょっと、気になっただけ」

「に、人間ですよ! 前に人外って、よく言われたことがありましたけど、正真正銘、人間です」

トモモは慌てたように手を振りながら、そう言った。

前に人外って言われてたことあったのね……。

ルイズはそんなことを思う。

同時にトモモの反応を見て、人間であることを確信した。

少なくとも本人は自分の事を人間だと思ってるみたいね。

まあ、別に亜人だったからって、何かするつもりじゃなかったけど……。

 

ふっ、と息を吐きルイズは椅子に腰かけた。

その時、チラリとトモモの左手に刻まれたルーンが見える。

そのルーンをみて、ルイズの表情が驚きのものになった。

「ちょっ、ちょっと! トモモ、左手!」

「ほぇっ?」

「ルーンが……」

トモモも何事かと思って、自分の左手を見る。

手の甲に刻まれたはずのルーンが、始めの一文字だけになっている。

 

「あれっ? 前はもっと長かったような……」

「ど、どうして使い魔のルーンが消えかけてるのよ!」

がしっとルイズがトモモの左手をつかんだ。

確かに自分が刻んだはずのルーンがほとんど残っていない。

「本当に消えかけてる……」

「えと、どうしましょう?」

このままだと、せっかく呼び出せた使い魔との契約が切れてしまう。

それも、トモモ程の実力の使い魔となると、二度と呼び出せない可能性がある。

「学院長とかなら、何かわかるかもしれないわ! 行くわよ!」

「は、はい!」

 

 

二人が飛び出すように部屋を出ていく。

本塔への渡り廊下を駆け抜け、階段を二段飛ばしで駆け上がる。

そして、学院長室の前までたどり着いた。

 

「はぁはぁ、こ、ここが学院長室よ」

「大丈夫ですか? 一度休んでからでも……」

「そういうわけにはいかないの!」

ルイズは息が上がったままノックをする。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。お話したいことがあってきました!」

カチャリと扉が開く。

中には、オールド・オスマンとコルベールがいた。

 

「うむ。どうしたのじゃ、ミス・ヴァリエール?」

「トモモの……、使い魔のルーンについて、聞きたいことが!」

「お、落ち着きたまえ。ミス・ヴァリエール。おお、使い魔君も一緒か」

コルベールが一十百の事を見て、少し驚いた表情をする。

「し、失礼しま~す。えと……、ルイズ」

一十百が確認するように、ルイズの名を呼ぶ。

ルイズは一度頷く。

わかった、と一十百は左手の甲を、二人に見えるように向けた。

一文字だけになってしまった使い魔のルーンを見て、二人の表情が変わる。

コルベールは明らかに、オスマンは眉をひそめる程度だ。

 

一十百はその二人の表情を見て、何かに気が付く。

特にオスマンの表情の違和感に気が付いた。

もしかして……、何か重要なことをしってる?

でも、あれは言うに言えないような感じだなぁ。

よ~し……。

 

「ルイズ、ちょっといい?」

「なに? 今は一刻も早くルーンを……」

「そのことなんだけど、杖、忘れてきてるよ?」

「えっ? あっ、本当だわ! ちょっと、取ってくるわね!」

慌てていたのか、ルイズはトモモに頼まず一人で部屋に戻っていった。

それを確認するように、一十百がそっと学院長室の扉を閉めた。

 

 

「えと、それじゃ、このルーンの事を教えてください」

「そ、それは、ミス・ヴァリエールが戻ってきてからでも……」

コルベールが少し慌てたように、そう言った。

一十百が軽く首を横に振り、自分の服の袖に手を入れる。

すると、一十百の袖から一本の棒が取り出された。

それは今さっきルイズが部屋に取りに戻ったはずの杖だった。

「それは、ミス・ヴァリエールの!」

「はい。ちょっとの間、ルイズに退出してもらうために、そっと僕が預かっておきました」

「し、しかし、なぜ……?」

一十百の瞳が一瞬だけ青く光る。

そして、学院長の方を向く。

 

「学院長さん。このルーンについて知ってることを教えてください」

 




~今回の結果~

青銅のゴーレムを六体撃破:経験値90
使い魔のルーンの異変に気が付く:経験値10

合計 経験値100

「僕が次のレベルになるまで 100/170 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv3


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七召喚目 ガンダールヴの証

オスマン学院長はじっと一十百の目を見る。

その瞳には揺るがない意志と、召喚主であるルイズを心配する優しさが見え隠れしているように見えた。

同時に、真実を見抜くような、鋭い光が見えたような気がした。

嘘は通じそうにないのぅ……。

 

「わかった。ただし、このことは他言無用じゃ。もちろん、おぬしの主である、ミス・ヴァリエールにもじゃ」

「……わかりました」

「オールド・オスマン! よろしいのですか!?」

「隠したところで、この者ならすぐに真実までたどり着くじゃろう。少なくとも、私にはそう見える」

 

そう言われてコルベールは一十百の事を見る。

小柄な姿、どことなく幼げな顔。

オールド・オスマンが言っているような存在には到底見えない。

しかし、学院長であるオスマンが決めたのだから、口答えすることはできない。

 

 

「その使い魔のルーン。ただの使い魔のルーンではなく、とある使い魔に刻まれたルーンなのだ」

「とある使い魔?」

「うむ。伝説の使い魔『ガンダールヴ』と言う存在に刻まれたルーンじゃ」

一十百は左手のルーンを見る。

「『ガンダールヴ』は主人が呪文を詠唱している間の無防備になってしまう間を守るための存在だと言われている。ありとあらゆる『武器』使いこなし、その強さは千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持っていたそうじゃ」

「それは……すごいですね」

一十百は自分に刻まれたルーンをそっと右手でなぞる。

なにか秘密がありそうだったけど、そんなに強い力を持っていた物だったんだ……。

 

「それで、何故、ルーンが消えてしまったんでしょうか?」

「それはわからぬ。正直に言うと、『ガンダールヴ』については不明な点が多いんじゃ。私たちが知っている事も、今話した内容がほとんどなんじゃ」

「そ、そうだったんですか」

一十百が困ったように俯く。

ルーンの事を聞けば、何かしら対策出来ると思っていたのだが、たったこれだけの情報では対策の取りようもない。

 

「困りました。せめて、ルイズを安心させてあげたかったんですけど……」

「う~む、それならば、私が一芝居うつとしよう」

「ほぇ?」

「なに、簡単なことじゃ。そのルーンは“本来そういう形だった”という事にすればいいのじゃ」

オスマンは髭をいじりながらそう言う。

確かにそれならルイズは安心するが……。

一十百は首を横に振った。

「せっかくの申し出なんですけど、ごめんなさい。やっぱり、そういう事は他人に頼ってはいけないと思うんです。使い魔として主を支えるつもりなら、このくらいの事、自分で何とかしないとダメな気がするんです」

「ふぅむ、なるほど」

 

この使い魔の少年、思っていたよりも強い意志を持っておるな。

平民とはいえ、彼の意志を曲げさせるわけにもいかんな。

「あいわかった。ならばお主がミス・ヴァリエールを納得させればよい。ただし、『ガンダールヴ』である事だけは内密にな」

「はいっ! それじゃ、僕はルイズの所に戻ります」

一十百は一礼すると、学院長室から退出して行った。

 

オスマンはその後ろ姿を見送ると、ふぅとため息を吐き深く椅子に腰かけた。

「よろしかったのでしょうか?」

「あの者なら問題ないじゃろう。下手な貴族より、よっぽど真っ直ぐな意志を持っておったからのぅ」

「は、はぁ……」

コルベールは、よくわからないと言ったように相槌を打った。

 

 

一十百が部屋に戻ってみると、ルイズが杖を一心不乱に探していた。

「ない、ない……。あ、トモモ」

「えと、階段の隅に落ちてました」

そう言って杖を渡す。

「それ! それよ! それじゃ、学院長室まで戻るわよ」

「そのことなんですけど……」

トモモは紅茶の入ったカップをそっとテーブルの上に置く。

「座って話をしましょう」

「え? わかったわ」

 

トモモが話した内容はこうだった。

この使い魔としてのルーンは平民のトモモには大きすぎる力だった。

そのため、私が刻んだルーンはトモモの身体に合うように短くなったらしい。

「それ……本当なの?」

「難しいです。使い魔のルーンが消えてしまう事は、今まで一度もなかったらしいので……」

「そう」

使い魔のルーンが完全に消えてしまうわけではないとわかって安心したのか、ルイズの表情が柔らかいものになった。

 

「それで……、そのルーンはどんな力があるって言ってた?」

「えっ! それは……」

トモモはそこで考える。

言ってはいけないと言ったのは『ガンダールヴ』の事だ。

つまり、このルーンがもたらすであろう恩恵の事は言ってもいいはず。

そう解釈し、トモモは答える。

「何でも、武器を使いこなせるようになるそうです」

「武器?」

 

ルイズはこの前のギーシュとの決闘を思い出す。

たしかあのときは……素手だったような。

……という事は、あの力はトモモの素の力!?

それで、さらに武器を持たせたら……。

 

ルイズは想像をする。

巨大な怪物を相手にトモモが大剣を振りかざし、使い魔として自分を守っている。

それを遠巻きに見ている人が羨ましそうにため息を吐く。

そして口々に言うのだ、さすがミス・ヴァリエールが召喚した使い魔だと。

そう、私はゼロのルイズなんかじゃない。

これだけ立派な使い魔を召喚したと、胸を張って言う。

その光景が目に浮かぶ。

 

「……そうね。武器、買いに行きましょう」

「えっ? えと、必要ですか?」

「必要よ! 使い魔として私を守るときに、せめて剣の一本でもないと格好がつかないでしょ」

「そうなんでしょうか? う~ん……」

よくわからないが、貴族としての価値観があるのだろう。

そう思ったトモモは一度頷く。

「わかりました」

「それじゃ、明後日買いに行くわよ」

「はい」

 

 

そして、買い物に行く日になった。

朝早くから馬の用意をし、ルイズがそれに跨った。

 

「さあ、トモモも乗って」

「いえいえ、走っていきますから大丈夫ですよ」

「走って……って、町までどれくらいあると思ってるのよ」

「えっ、そんなに遠いんですか」

きょとんとトモモが尋ねた。

「馬で三時間ってところね」

「あ、なら平気です。走っていけますよ」

平然とそう言ってのけた自分の使い魔を見て、ルイズは少しムッとする。

そこまで言うなら、面白いじゃない……。

「わかったわ。なら、ちゃんとついてきなさいよ! 途中で乗せてなんて言わせないから」

「はい、もちろんです」

ルイズは手綱を大きく撓らせた。

馬は一鳴きすると、疾走を開始した。

それに並ぶようにトモモも走り出す。

 

三十分くらいして、ルイズは横を見る。

トモモは別に疲れたような表情も浮かべず、並走している。

「どうしました、ルイズ? 疲れたなら、休憩しますか?」

「な、何でもないわよ」

どうして息が上がってないのよ?

まあ、そのうち音を上げるわね、と気にせずに馬を走らせた。

 

さらにそこから一時間。

町まで半分くらいは走ったはずだ。

いつもより少し飛ばしているから、もう少し来てるかしら?

そろそろ、息が上がってきたころ、そう思って横を見ると……。

何やら錆びたような剣を持って並走しているトモモがいた。

な、何あの剣……、って、それよりもなんであっさりと横を走ってるのよ!

「トモモ、その……疲れない?」

「ふぇ? いえ、大丈夫ですよ」

「そ、そう……」

 

自分の予測が外れだしたことを、ひしひしとルイズが感じ始めていると、トモモが横から声をかけた。

「ルイズは、優しいですね」

「ええっ! い、いきなり何!?」

「使い魔の心配をしてくれるなんて、優しいじゃないですか。普通の方なら、そういう事ってあまり気にしないじゃないですか」

にっこり微笑んで、そう言った。

その屈託のない微笑みを見て、ルイズは自分がしようとしたことを少し恥じた。

ダメね、こんなじゃ……。

トモモが馬に乗らなかったのは、私に窮屈な思いをさせないためだったのかもしれないわ。

それなのに、私は……。

馬に乗りながら、そっとため息を吐いた。

 

そして……。

「あっ、町が見えてきましたね!」

「そうね」

結局、トモモは約二時間半、馬と並走をし、トリステイン城下町まで駆け抜けた。

息も上がらず、汗もかかず……。

「本当に走りきるなんてね」

「これくらいの距離と速さなら問題ないですよ」

 

 

ルイズは門の所に馬を預け、城下町を歩いていく。

白い石造りの町は、たくさんの人が行き来していた。

籠の中に入った果物や野菜を売っている商人たち。

なにかの魔法を使うための物なのか、一風変わったようなものが置いてある店。

「色々なものが売っていますね」

「この大通りには貴族のために使われるものと、平民のためのものが置いてあるからね。売ってる物の種類はかなりあるわよ」

 

トモモは少しだけ驚く。

道幅は五メートルあるくらいだ。

大通りというには、少しばかり道幅が狭いような気がする。

「こっちよ」

「あ、はい」

ルイズとトモモは裏路地に入る。

大通りとは違い、人の通りはかなり減った。

しかし、裏路地のためゴミが至る所に転がり、悪臭を放っている。

「あまり、長居はしたくないところですね……」

「ええ。確か、ピエモンの秘薬屋の近くだから、この辺りのはずなんだけど」

ルイズがきょろきょろと辺りを見回す。

 

そして、銅色の看板を見つける。

「あ、あった。こっちよ」

トモモもルイズを見失わないように、しっかりと後ろについていった。




~今回の結果~

ガンダールヴについての情報:経験値45
馬との並走(魔法学院~城下町):経験値25

合計 経験値70
一十百はLvUP!

「僕が次のレベルになるまで 0/170 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv4


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八召喚目 錆びついた最高の名剣

ルイズとトモモは羽扉を開き、店の中に入っていく。

店の中は薄暗く、ランプの明かりが揺らめいている。

壁には剣や槍、甲冑などが並べられている。

 

店の奥に店主と思われる五十前後のおやじが、入ってきた二人を胡散臭そうに見つめた。

そして、ルイズの紐タイ留めの五芒星に気が付く。

「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうな商売をしてまさあ。お上に目をつけられるようなことなんか、これっぽっちもありませんや」

「客よ」

 

ルイズが店主と何か話している間、トモモは周りの剣や槍を横目で見ていく。

……質が、あんまりよくない。

トモモが一番初めに抱いた感想はそれだった。

武器に特別詳しいわけではないのだが、今まで色々な金属を見てきた。

主の屋敷にある自分の部屋に置いてある刀や剣と比べると、どうしても見劣りしてしまう。

店に置いてある剣は、微妙に剣先が刃こぼれしていたり、厚さが一定でなかったりとあまりいい印象がない。

また、鉄と何かの金属を混ぜたような合金を使っているようだが、その混ぜ方が均一に混ぜっていないのか、ムラができてしまっているようだ。

 

そんなことを考えていると、ルイズと店主の話が終わったようで、店主が店の奥から一本の細剣を持ってきた。

ハンドガードのついた、細身のレイピアだ。

細やかな飾りと、煌びやかな装飾が目を引く。

 

「昨今は宮廷の貴族の方々の中で、下僕に剣を持たせるのが流行っていましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」

「なかなかいいわね」

ルイズはレイピアを手に取る。

トモモの背丈から考えると、このくらいが丁度いいのかもしれないわね。

ちょっと、私が思っていたのとは違うけど……。

「ねえ、トモモ。これにしない?」

「……えと、もう少し大きめの物にしませんか? ちょっと、華奢な感じがします」

そう言われて、ルイズは思い出す。

トモモの力の強さは、こんな剣で活かされるものじゃないわね。

それに、主である私を守るときにこんな細い剣じゃ物足りないものね。

 

ルイズはコホンと一度咳払いをして、レイピアを店主に渡す。

「もっと大きめのがいいわ」

「お言葉ですが、剣と人には相性ってものがございます。若奥さまの使い魔とやらにはこの程度が無難かと」

「もっと大きめのがいいと言ったのよ」

「へえ」

店主は一度頭を下げると店の奥に戻っていく。

その時にしっかりと“この素人が!”と呟いている。

 

ルイズには聞こえてないようだが、トモモの耳にはしっかりと聞こえていた。

う~ん、僕ってやっぱり小さく見られてるよね……。

もっと重くて大きめの剣でも楽に扱えるのに、グスン。

 

 

少しして、店主が持ってきたのは一メイル半はあろうかという大剣だった。

どうやら両手持ちのようで柄が横に幅広く、なかなか立派な拵えだ。

所々に宝石がちりばめられ、鏡のように光る刀身がそれなりの業物であることを示しているようだった。

 

「店一番の業物でさあ」

「そうそう、これくらいじゃないとね」

ルイズは満足そうに頷く。

「それで、おいくら?」

「何せこれを鍛えたのは、かの有名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿。魔法がかかっているから鉄でも一刀両断でさあ。おやすかあ、ありませんぜ」

「私は貴族よ」

それなりの高値が付くことは予想していたルイズは胸を張ってそう言った。

店主は淡々と値段を告げる。

「エキュー金貨で二千。新金貨なら三千」

ルイズの表情が固まった。

 

「ルイズ、それってどれくらいの価値になります?」

「立派な家と、森つきの庭が買えるくらいよ」

「た、高い……」

「名剣は城に匹敵しますぜ。屋敷で済んだらやすいもんでさあ」

 

トモモは、少し考える。

確かに店主の言っていることは間違いではない。

それほど名剣という物は価値がある。

ただ……、あの剣にそれほどの価値があるのかなぁ。

「ちょっと、手に取ってみてもいいですか?」

「じっくりとみておくんな」

トモモはじっと剣を見る。

水平に持ち刃の部分を見たり、そっと指ではじいてみたり、腕を伸ばして構えてみたり……。

そして、ゆっくりと店主にその剣を返した。

 

「ルイズ、あの剣は……ちょっとやめておきましょう」

「どうして? そりゃ、確かに高くて手が出ないけど……」

「その、値段に釣り合ったほど、というわけではなさそうなので……」

その発言を聞いて店主は少しムッとした表情になる。

何もわからないような小娘に、店一番の業物をあっさりと突き返されたのだ。

「言っちゃ悪いが、この剣に匹敵する剣はそうはないですぜ。何が気に入らなかったんで?」

トモモは店主の方に向き直る。

そして、ふぅと一度ため息をついてから、ゆっくりと話し始める。

 

「まず一つですけど、剣にそれほど装飾品はいりませんよ。切ってこそ、薙ぎ払ってこその大剣です。その宝石のせいで価値が上がってしまっているなら、それは剣としてではなく、飾り物としての価値です。僕が必要としているのは、あくまでも剣であって、装飾品ではないですから」

ルイズはその一言に感心した。

確かに、必要なのは実用性よね。

私が使うわけじゃないんだし、それほど装飾品はなくてもよかったわね。

 

「次に、使われている合金なんですけど……。たぶん、鉄と鋼の合金に、粗金を張り付けたようなものです。魔法で切れ味を上げたとしても、防いだ時にすぐに折れてしまいます。大剣は両手で扱うんですから、攻守両面で使えないと意味がないんです」

「むぅ……」

店主は目の前の少女が剣に対する素人ではないことに気が付く。

自分の目論見が崩れていくのが分かる。

 

「そして最後、これがとても重要なんですけど……。剣の骨ともいえる芯の部分が歪んでいるんです。この芯が歪んでいたり、途切れてしまっていたり、太さが均一でなかったりすると、剣としての質は大きく落ちてしまいます。たぶんですけど、この剣だと正面からの強い打撃で折れてしまいます」

トモモはふぅと一度息を吸い込み、そして真っ直ぐな目で店主を見た。

「もし、僕がその剣を買い取るとするならば……、そうですね……。宝石の価値を入れても、エキュー金貨で四百、新金貨で六百、といったところです」

「なあっ、それはいくらなんでも、安すぎってもんだ」

「ええ、ですから、やめておくと言ったんです」

「うぐ……」

 

ルイズはただ唖然とトモモの話を聞いていた。

私には全然わからないけど、トモモがあれ程自信を持って言うんだから、間違いないわね。

危うく、なまくらを掴まされるところだったわね。

ルイズはうんうんと頷いた。

 

その時、店の飾り棚の所から声が響いた。

「ただの素人の小娘かと思ったが、なかなか見どころがありそうじゃねえか」

「ふぇっ! だ、だれ?」

驚いてトモモが周りを見回す。

店主が面倒臭そうに頭を抱えた。

「こっちだ」

トモモが声のする方に歩いていくと、乱雑に積み上げられた剣の中の一つが声を発している。

「剣がしゃべってる!」

「それって……インテリジェンスソード?」

ルイズは困惑したような声を上げた。

 

物自体に意志を持たせた存在。

インテリジェンスアイテムと呼ばれるもの。

数も少ないため、あまりお目にかかることは少ない代物である。

 

「そいつはデルフリンガーとか言うたいそうな名前を持っているんですけど、口は悪いわ、お客様にケンカを売るわでこちらも困り果ててまして」

トモモはその言葉を聞きながら目の前のデルフリンガーというインテリジェンスソードを見る。

これって……。

そして、何かを決心したように一度軽く頷くと、店主の方に向きなおった。

 

「さすがに何も買わずに帰るのは少し気が引けていたところでしたので……。厄介ばらいを兼ねて、新金貨九十でこれを売ってくれませんか?」

「えっ、そんなの買うの? もっと別のにしない?」

「いえいえ、これでいいんです。錆びてますし、あまり人気もなさそうなので、店としても引き取ってくれた方がいいのでは?」

コテンとトモモが首を軽く倒す。

「ああ、それなら九十で結構でさあ。厄介払いも兼ねてますし」

「ありがとうございます。ルイズ、その、お願いします」

ルイズは怪訝そうな表情をしたが、仕方ないように新金貨九十でその剣を買い取った。

 

 

トモモはルイズの手を引いて足早に城下町の入り口まで戻ってきた。

「ト、トモモ。どうしたのよ、そんなに急いで」

「あっ、いえ。急いでいた訳ではないんですけど、なるべくあの武器屋からは離れたくて」

「そんなに気に入らなかったの、あの店?」

「いえいえ。そういうわけじゃないんですよ。ただ……」

「ただ?」

ルイズは疑問に思って聞き返す。

 

「この、デルフリンガーを新金貨九十で買えたので、店主の気が変わる前になるべく離れたかったんです」

「そのボロ剣を新金貨九十で買えた?」

「おい、ボロ剣はひでえな。貴族の娘っこ」

「ボロ剣はボロ剣でしょ」

まあまあ、とトモモが二人を止める。

 

「このデルフリンガーは、新金貨九十じゃ到底買うことができないほどの名剣ですよ」

「えっ! この、ボ・ロ・剣が?」

「だから、ボロ剣じゃねえよ!」

「えと、ですね。まず、使われている金属なんですけど、芯の部分はたぶん、ダマスカス鋼かそれに酷似したほど強靭で固い金属が使われていると思います。刀身は……オリハルコーンと精霊銀の合金です」

「ダマスカス? オリハルコーン? 精霊銀? なにそれ…」

「あれっ、ここでは有名じゃないんでしょうか? えと、ダマスカス鋼は重く、固く、錆びない金属で、鉄なんかとじゃ比べ物にならないほど強靭な金属です。オリハルコーンは魔法を跳ね返す金属です。精霊銀は繋ぎの金属としても、そのままの金属としても使える希少金属の一つです。ミスリル銀を精霊銀という事もありますけど、それとは全く別物の、希少金属ですね」

「そ、そんな金属があるの!? 聞いたこともないわよ」

「でも、こうして、目の前にありますから」

 

「それで……、どれくらいするの?」

トモモはデルフリンガーを構え、目を閉じた。

そして、重さをはかるように、少し振ってみる。

「そうですね……。もし、デルフリンガーを全部金属として扱うなら……、新金貨九千…いえ一万から一万五千といったところでしょうか」

「高っ!!」

恐ろしいほどの金額飛び出したルイズは思わず叫ぶ。

それを、たった新金貨九十で買ったの……?

す、すごすぎるじゃない!

 

「今のは金属としての価値です。これを剣として鍛えたなら……その数倍くらいはしますよ。しっかりとした芯、均一に混ざった合金、釣り合いのとれた刀身。間違いなく、名剣です」

「ほぅ、いってくれるねぇ」

デルフリンガーが嬉しそうにカシャカシャと柄を鳴らす。

「でも、錆びてるわよ?」

「この錆なんですけど……、まるで剣の刀身の上に浮いてるように錆が付いてるんです。これくらいなら、簡単に落とせます」

 

トモモは右手でデルフリンガーを握る。

そして、大きく薙ぎ払った。

ぶわっと強い風が舞った。

 




~今回の結果~

店の品定めに成功:経験値25
名剣デルフリンガーを手に入れた:経験値60

合計 経験値85

「僕が次のレベルになるまで 85/170 です!」

現在の称号:不思議な使い魔 Lv4


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九召喚目 失敗続きの主の苦悩

トモモは学院に戻ると、デルフリンガーの錆び落としを始めた。

錆び落としは魔法学院の噴水の近くでやることにしたようだ。

部屋の中でやると、金属粉が舞ってしまうため、外でやることになった。

それが珍しいのか、外にいる使い魔たちがわらわらとトモモの周りによってきた。

 

「なにをやってるんだ?」

始めに話しかけてきたのはキュルケの使い魔のフレイムだ。

「あっ、フレイム。ルイズに買ってもらった剣の錆び落としをしているんだよ」

「随分、ボロい剣に見えるが、使えるのか?」

「ボロいわけじゃないよ。ちょっと錆びてるだけ。錆びさえ落ちれば、立派な名剣だよ」

「そうなのか?」

そう言ってトモモが錆を落としていく。

 

次に話しかけてきたのは噴水で水浴びをしていたスキュアだ。

スキュアというのは種族名だが、彼女の主がそう呼び続けているので、そのまま名前になったらしい。

聞いた話では、その主は水系統のドットらしい。

「や~、トモモ。なにやってんの?」

「この剣の錆びを落としてるんだ」

「へ~、おもしろい?」

「う~ん、面白くはないけど、立派な剣の状態に戻したいからね」

スキュアは段々と光沢が戻っていく刀身に魅かれたのか、面白そうに横から見ていることにしたようだ。

 

次に来たのは二足歩行をし、黒のマントつきタキシードにシルクハット、さらにモノクルにおしゃれな杖まで持った黒猫だった。

魔法使いの使い魔として有名なケットシーの一種。

 

名前はダスター。

人の言葉を話すことができ、自分の事をダスター伯爵と名乗っているようだ。

ダスターは貴族であるギーシュと負かしたトモモの実力を認め、使い魔として尊敬する存在だと本人の口から言っている。

トモモも博識であるダスターの事をよく思っており、愛称を込めて伯爵と呼んでいる。

 

「おや、誰かと思えば、トモモ殿ではないか」

「こんにちは、伯爵」

「うむ。何やら不可思議なことをやっているようだが、何をやっているのか是非、お教えいただけるかな?」

「この剣の錆を落としてるんです。せっかく立派な剣なので、錆びつかせてるのがもったいなくて」

「なるほど。『名剣一つ、城壁を穿つ』と言うが、トモモ殿がそこまでするのだから、やはりそれもまた……」

「はい! 立派な名剣ですよ」

「ふむ。とても興味深い。見学させてもらうとしよう」

ダスターはマントを翻し、噴水の縁に腰かけた。

 

こんな感じに次々と使い魔たちが集まってくる。

トモモはどの使い魔とも話すことができる様で、種族を隔てることなく友好的な関係を築いているようだ。

 

 

「あれ? もう落ちた」

トモモが思っていたより、あっさりとデルフリンガーの錆びは落ちた。

山吹色の刀身が日の光を受けて輝く。

その光を見て、使い魔たちは歓声を上げる。

歓声と言っても、鳴き声であったり、目の色が少し変わったりするだけなのだが。

「やっぱり、立派な剣でした。貨幣価値はまだしっかりと理解できていないですけど、間違いなくいい買い物をしたはずです」

「そう言われると、買われた俺もうれしいね」

カシャカシャと鍔の部分が上下に動く。

 

「ふむ。なかなか興味深いものだった。錆びたものは朽ちていくのみかと思っていたのだが……。なに、少し手を加えれば、また蘇るのだな。なるほど」

ダスターは何やら納得したように頷くと、学院の中に戻っていった。

主の部屋に戻るのだろう。

「見てて面白かったよ。やっぱり、トモモといると飽きないね~」

スキュアも満足したのか、噴水の中に横たわるように伸びをして、そのまま眠ってしまった。

「さてと、それじゃ、部屋に戻ろうかな」

トモモは駆け足で主であるルイズの部屋に向かっていった。

 

 

トモモが部屋に戻ると、ルイズは暇そうに椅子に座っていた。

「もう、錆び落とし、終わったの?」

「はい。この通りばっちりです」

そう言ってトモモはデルフリンガーを鞘から抜いた。

山吹色の刀身が輝いている。

「へ~、ちゃんと落ちてるじゃない。てっきり、中まで錆びてるのかと思ったわ」

「いえいえ。刀身の上に乗っかるように錆が付いていたんで、刀身自体はほとんど錆びてないんですよ」

「そう言えば、そんなこと言ってたわね」

ルイズは椅子に腰かけたまま、ため息を吐いた。

 

買い物も終わって、暇になってしまったのだ。

魔法の練習をしようにも、部屋の中でやれば大惨事になることは経験済みだ。

だからと言って、座学をする気にもならない。

散歩に行くのも気分転換としてはいいのだが、それすらやる気にならないのだ。

 

やることもなく、本を手に取る。

授業で使う参考書といったところだ。

その本を見て、トモモがハッとした表情になる。

「どうしたの?」

「いえ、その、今気が付いたんですけど……。僕って、ここの文字が読めないんだなぁ、と思いまして」

「……読めないの?」

「はい。初めて見る文字ですから」

「ふ~ん……」

何でもできるような使い魔だと思っていたけど、意外なことができないのね。

まあ考えてみれば、ただの平民じゃないとしても、平民には変わらないし、文字を習わなかったのかもしれないわね。

 

「わかったわ。トモモ、こっちに来なさい」

「なんでしょうか?」

「あなたに文字を教えてあげる。読めたりしないと色々と不便でしょ」

「えっ、でも、手間をかけさせてしまうかもしれませんよ?」

「いいのよ。やることもなくて暇だったから。それに、使い魔が文字を読めないなんて、私からしてみたらそっちの方が嫌よ」

そう言って、ルイズは立てかけてある本を一つとり、トモモに見えるようにテーブルの上に開いた。

 

 

五分後……。

トモモはその本をあっさりと読破してしまった。

確かに、始めは全く読めていなかったわ。

本当に文字を習ったことがなかったみたいだったわね。

でも、途中で何かコツをつかんだのか、そこからは一気に読めるようになってたわ。

「……それでも、五分で読破って、早すぎるわよね」

「どうかしましたか、ルイズ?」

「何でもないわ」

今、トモモに読ませてるのは、魔法の触媒に使う秘薬の一覧表のようなもの。

気が向いたら、探してきてもらうつもりだけど……、出来るかしら。

 

「はい。ありがとう、ルイズ。これもしっかり読めるようになったよ」

「えっ、もう読み終わったの! 相変わらず、トモモはすごいわね」

「そんなことはないですよ。それに……」

ニコッと微笑み、指を一本立てる。

「もし、僕がすごい使い魔なら、それは、ルイズ自身が立派なメイジであるという事ですよ」

「そ、それは、そうなんだけど……」

「もっと、ルイズは自分に自信を持ってください」

何だか、本当にいい使い魔を召喚したわね。

 

「それで……、ルイズはどの系統が得意なんですか?」

「え゛……」

「先ほど見た秘薬の一覧表も、使う系統別に書かれていましたし。秘薬を集めるときルイズの得意な系統を知っていた方が効率がいいと思いまして」

……悪気がないのは分かる。

自分の為に、秘薬を集めようとしてくれているのだ。

 

「え、ええ。得意な系統ね…」

「はい。その、確かに土系統の『錬金』は失敗していましたけど、それ以外の得意な魔法……いえ、系統があるはずですから」

「………」

「ルイズ?」

「………わよ」

「?」

「ないわよ! 得意な系統なんてっ!」

「ふええっ!! い、いきなりどうしたんですか!?」

ルイズは手に持っていた本をトモモに投げつける。

投げつけられた本をキャッチして、トモモは心配そうにルイズを見つめた。

 

「何を唱えても、失敗ばかり……。得意な魔法なんて……」

「ルイズ……」

トモモがそっとルイズの前に紅茶を出した。

いつものほんのり甘い香りとは違う、ツンとしたハーブのような香りのする紅茶のようだ。

「これは?」

「特製のハーブティーです。落ち着きますよ」

「……ありがとう」

「いえいえ。落ち着いてから、いろいろ話しましょうか」

「……うん」

 

 

ルイズがハーブティーを飲みきって、一息ついた。

さっきまでの険しい表情も、随分と緩やかになった。

「十分落着けたわ、ありがとう」

「使い魔として、主の支えになるのは当たり前のことです」

ニコッとトモモが微笑む。

 

「それで、ルイズ……。今まで魔法が失敗ばかりというのは、本当ですか?」

「ええ。一つたりとも、まともに発動できなかったわ」

「……僕もその失敗のうち、ですか?」

「えっ?」

 

その言葉を聞いて、ルイズはトモモの方を向いた。

どことなく、寂しげな微笑を浮かべている。

……ああ、そうだったわ。

私にもあったじゃない。

失敗してない魔法……。

「トモモ。あなたのおかげで思い出せたわ。私はゼロじゃない。ちゃんと成功してる。立派な使い魔を召喚できたもの」

「えへへ、ありがとう、ルイズ」

 

「でも、『サモン・サーヴァント』は系統魔法じゃないわ。コモン・マジックといって、どの系統のメイジも使うことができる初歩的な魔法よ」

「う~ん……。コモン・マジックは他に何かありますか?」

トモモが少し考えながらルイズに尋ねる。

「簡単なのだと、杖に明かりを灯す『ライト』、扉に鍵をかける『ロック』、それを外す『アンロック』……。他にもいくつかあるわ」

「えと、試しに『ライト』を唱えてもらっていいですか?」

「……失敗すると思うから、ちょっと離れてて」

「えっ、で、でも…」

「いいから」

仕方なくトモモは部屋の隅に移動する。

 

ちゃんと移動したのを確認すると、ルイズが杖を振り上げルーンを唱える。

一瞬、杖の先に強い光が灯ったように見えたが……。

次の瞬間、そこから大爆発が起こる。

爆煙が部屋に充満する。

「けほっ、けほっ……。ル、ルイズ、大丈夫ですか!?」

窓を開け、トモモがルイズに駆け寄る。

「大丈夫じゃないけど、まあ、無事ではあるから問題はないわよ」

顔についた煤を払って、何事もなかったかのように、そう言った。

着ていた服もボロボロになって、大丈夫には見えないのだが、慣れているのか何ともないように振る舞った。

 

「えと、ルイズ。ちょっと気になったことがあるので、服を着替えましたら、聞いてください」

 




~今回の結果~

デルフリンガーの錆び落としに成功:経験値20
異世界の文字を理解:経験値65

合計 経験値85
一十百はLvUP!
一十百はランクUP!

「僕が次のレベルになるまで 0/150 です!」

現在の称号:優秀な使い魔 Lv1

会得称号:不思議な使い魔 LvMAX


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十召喚目 懐かしい気配と青色の主従

ボロボロになった服を着替えて、ルイズはゆっくりと椅子に座った。

 

「それで、気になったことって何?」

「はい。ルイズの使った『ライト』の事なんですけど……。ちゃんと成功しているように見えたんです」

「……どこが?」

少し前まで爆煙が充満し、机が倒れ、椅子が吹き飛んだ状態になった魔法のどこが成功したと言うのだろうか。

一般的な貴族が見れば、間違いなく失敗だと言うだろう。

 

「確かに、その、爆発はしました。けれど、その前に確かに強い光が杖に灯っていました」

「爆発する前に起こる光じゃないの?」

「いえ、それとは明らかに違う光でした。一度、教室で爆発を見ているので間違いないです」

 

トモモはそこまで話すと、じっとルイズの事を見た。

その瞳に淡く青い光が宿る。

その淡く青い光にルイズは驚くも、見入ってしまう。

吸い込まれそうな光……、きれい……。

 

「ルイズ?」

「えっ、あっ……、な、何?」

「やっぱりルイズには不思議な力があるんですよ。その力のせいで、魔法が上書きされてしまうみたいな感じですね」

「そう……なのかしら? 自分じゃわからないわ」

軽くルイズが首を横に振った。

ニコッと、トモモが微笑む。

「きっと、いつか自分でもわかるときが来ると思いますよ」

 

 

「それで、ルイズ……」

「なに?」

「せっかくですから、秘薬の材料でもとってきましょうか?」

トモモが秘薬の本を片手にそう言う。

 

掃除に洗濯は朝のうちに終わらせてある。

デルフリンガーの錆び落としも終わり、やることがなくなってしまったというのも確かだ。

ならば、使い魔に秘薬の材料を探させに行かせるのも悪くはない。

「確かに集めてきてくれるならうれしいけど……。今の私に得意な系統はないわよ?」

「はい。ですから、ポーションの材料になるものを中心に集めてきます」

 

ポーションとは水系統の秘薬の総称。

触媒の良し悪しがそのまま生かされる秘薬の一つでもあり、同時に高値でも取引されやすいものでもある。

また、あまり魔法に頼らずとも秘薬として精製しやすい。

つまり、今のルイズでも作ることのできる秘薬の一つだ。

「まあ、それなら……」

ルイズもなるほどと、一度頷いた。

 

「それで、どのあたりまで行くつもり? トモモの事だから、迷うってことはないと思うけど、一応聞いておくわ」

「そうですね……」

トモモがパラパラとページをめくっていく。

そして、ぱたんと本を閉じた。

「だいたい、ここからずっと南に行ったところにある、ガリアという国のあたりまで」

「ガリア!! なんで他国まで行くつもりなのよ!!」

「ガリア地方には火竜山脈という大きな山脈があるんです。そのため、そこに色々と秘薬に必要な触媒が群生しているらしいです。たぶん、二日ほどお暇をいただければ戻ってこれますよ」

国境を越えて、なおかつその南端の方にある火竜山脈まで行って……二日?

普通の人間にはとてもできることじゃないけど、トモモにはできるの?

 

国境を越えるのは簡単だろう。

しかし、火竜山脈には文字通り火竜が住みつきとても危険なところである。

さらに、ガリアの国面積は広大であり、そのため亜人たちが多いと言われている。

そのことを考えると、止めるべきなのだが……。

そっとルイズがトモモの事を見る。

何も恐れてはいない、ただ秘薬の材料を集めて帰ってくる、そんな雰囲気が纏われているような気がした。

 

散歩気分で行くつもりなのかしらね。

ただの使い魔なら止めただろう。

けれど、トモモを見て安心したルイズは、ふっと息を一つ吐いて頷いた。

「わかったわ。まあ、二日くらい。いえ面倒事とかに巻き込まれることを考えて四日くらいで戻ってくること。いいわね?」

「はい」

トモモは大きく頷くと、デルフリンガーを持って部屋から飛び出していった。

 

 

トモモは平原を駆け抜けていく。

南に、ずっと南を目指して駆け抜ける。

そこらの馬程度じゃ話にならない速度だ。

 

「相棒、そんなに飛ばして大丈夫か?」

「えっ?」

「いや、バテないかと思ってな」

「それほど速く走ってないから、問題ないよ。このペースでなら、あと二日くらいは大丈夫かな」

軽くトモモがそう言う。

カシャと驚いたように鍔の部分が鳴る。

「今度の相棒はすごいな。いや、ほんとに」

 

ガリア地方に入ってみると、小さな村が至る所に点在していた。

目的の火竜山脈はまだまだ南。

更にトモモは駆け抜けていく。

 

その時、一瞬懐かしい気配を感じた。

トモモが足を止める。

「どうした、相棒」

「いま……確かに」

辺りを見回す。

周りは平原と、森しかない。

森の方向から白い煙が上がっているのが見える。

どうやら村があるようだ。

あっちから、かな……。

 

トモモが走る向き真南から南東へと変える。

「火竜山脈ってのは真南じゃなかったのか?」

「そうなんですけど、今、懐かしい感じがしたんで」

「懐かしいって、相棒はこのあたりの出身だったのか?」

「いえいえ、そう言うのじゃなくて……」

一十と呼んでくれた主、運命を導いた赤い館の当主、そして、七色の宝石の羽の友達……。

彼女たちと似たような気配を感じたのだ。

この世界にも、いるのかなぁ……。

 

 

トモモがたどり着いたのは少し寂れたような村。

日も落ち始めて空が夕焼け色に染まるころだ。

そこで気が付く、誰も外に出ていない。

いくら暗くなってきたとはいえ、誰も外にいないと言うのも不思議な光景だ。

水を汲んだり、ただ外で遊んだり、畑仕事のためであったり……。

何かしらの理由で外に人がいるのは当たり前のはず。

しかし、まったく人がいないのである。

 

「おかしいですね……。誰も外に出ていません」

「そうか? たまにはそういう事もあるんじゃないのか」

「そうかもしれないんですけど……。それにしては、どこか、鋭い雰囲気がします」

周りの家からは、どこか他者を退けるような、そんな雰囲気が漂っている。

仕方がないので、トモモはゆっくり村の中を歩くことにした。

 

すると、段々畑が続く道の先に一軒の家が建っている。

他の家より少し大きい。

「村長さんがいるんでしょうか?」

トモモがその家の前まで行き扉を叩く。

「すみませ~ん」

 

しばらくすると、扉が開き、青い長い髪の女性が現れた。

長い杖と、五芒星の紐タイ留めがその女性は貴族であることを示していた。

しかし、トモモはその女性の瞳と青色の髪に見覚えがあった。

魔法学院で知り合った、一匹の竜。

人の言葉を話す由緒正しき竜『韻竜』。

何でもとても優秀なメイジのお姉さまに召喚された、と言っていた。

確か名前は……。

「イルククゥ、だっけ?」

「きゅいっ!? えっ、何で私の名前を……って、あああっ!!」

イルククゥも思い出したのか、ビシッと指を突き付けて叫んだ。

「トモモっ! 桃色おこりんぼさんの使い魔のトモモ! どうしてここに?」

「秘薬の材料を取りに来たんだけど、その途中でちょっとね。イルククゥはどうしてここに?」

「え、そ、それは、いえないのね」

困ったように視線をずらす。

 

トモモは少し考えて、そっと呟いた。

「ああ、なるほど。お姉さまのお手伝いか~」

「きゅぃい!! な、なんで、知ってるの!?」

「うん? 知らなかったよ」

「えっ? ……だ、だまされたー! きゅいー!!」

ポカポカと持っていた杖でトモモを叩く。

 

そんなことをしていると、屋敷の奥から一人の少女が出てきた。

空を映したような水色の髪、トモモより少し小柄な体格。

マントこそ羽織っていないものの、その身にまとった雰囲気は間違いなく高貴な存在であるとトモモにはわかった。

つまり……、彼女がイルククゥの主さんかぁ。

 

「何やってるの?」

「トモモが来たのね!」

「トモモ?」

水色の髪の少女がトモモの方を見る。

そして、一瞬ハッとした表情になる。

「どうしてここに?」

「秘薬の材料を集める途中で、少し気になることがあって」

「そう……」

何か納得したのか、無表情に戻る。

 

「タバサお姉さま、トモモにも手伝ってもら……」

イルククゥがそこまで言おうとすると、ギュゥとタバサと呼ばれた少女が背中をつねった。

「いたい、いたい」

「これは、他言無用」

キョトンとした表情のトモモに向かって、タバサはそう言った。

何か事情があるのだろう。

そう思ったトモモは一度頷く。

そして、思い出したようにトモモは尋ねた。

 

「えと、その聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「……すこしなら、構わない」

「このあたりに、吸血鬼っていう存在がいない?」

「「!!」」

タバサとイルククゥの表情が驚きの物に変わる。

「どうしてそのことを」

「やっぱり。懐かしい雰囲気がしたから、もしかしてと思って」

懐かしいと言う部分は気になったが、タバサの中に一筋の光が駆け抜けた。

もしかして、目の前にいる存在なら……。

 

タバサがじっとトモモの事を見る。

「えと、何?」

「あなたは、吸血鬼と人間を判別することができる?」

「わかりますよ。吸血鬼と人間じゃ、明らかに違いますから」

「牙を見なくても?」

「もちろんです。雰囲気が全然違いますから」

そこまで話を聞いて、タバサは一度頷いた。

そして一言、静かに告げた。

 

「……手を貸して」

 




~今回の結果~

ルイズの未知なる力の片鱗を見る:経験値10
秘薬探しのため二つの国を跨ぐ:経験値25
吸血鬼の気配を感じ取った:経験値5
イルククゥの主、タバサに出会う:経験値5

合計 経験値45

「僕が次のレベルになるまで 45/150 です!」

現在の称号:優秀な使い魔 Lv1

会得称号:不思議な使い魔 LvMAX


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十一召喚目 幼い吸血鬼

トモモが村の中心にある広場へと移動する。

既に日は地平線の向こうに隠れようとしている。

 

「どう?」

「向こう……からですね」

トモモが指差した方向をタバサが見る。

それは、意外な方向だった。

「村長の屋敷?」

タバサが怪訝な表情を浮かべる。

「あれ? でも、あっち側から、懐かしい感じがするんだけどなぁ」

指差したトモモ自身もよくわかっていないのか、不思議そうな表情をした。

「……とにかく行ってみる」

 

 

トモモとタバサがあまりにも早く戻ってきたので、イルククゥが驚いて外に出てきた。

「随分と早かったのね」

「う~ん、ちょっとね……」

そう言ってトモモが村長の屋敷に入る。

二階の客間には襲われるかもしれない村の女性たちをかくまっている。

そのため、もし吸血鬼がこの屋敷にいるとなると大惨事になりかねない。

 

「おや、騎士様のお連れの方でしょうか?」

この村の村長だろうか、年老いている割にがっしりとした体格の老人が話しかけてきた。

広場での打ち合わせで、騎士の手伝いをする存在という事なっているトモモは頷く。

「ガリア花壇騎士、シルフィード殿の手伝いをするトモモという者です。此度は、相手が吸血鬼という妖魔。御一人では不慮の事故が起こるとも限りません。故に、守り手としてこちらに参りました」

そう言って、トモモはチャッと音をならし、礼をする。

立派な騎士の礼であり、村長も疑うことなく頷いた。

周りで見ていたタバサとイルククゥも、驚いたように息をのんだ。

 

「それで、吸血鬼の事なのですが」

そこで一度、ふぅと一息ついてトモモが話し始める。

「この館の近くにいることは確かです」

「な、なんですと!」

村長が驚きの声を上げる。

トモモが軽く右手を挙げ、それを静止させる。

「安心してください。すでに手は打ってあります」

「おお、それは心強い」

スタスタとトモモはイルククゥとタバサの前に行く。

 

「村のはずれにある家から不吉な気配が漂ってきている。もしや、この屋敷の近くにいるのは吸血鬼が操る存在、屍人鬼かもしれない。屍人鬼ならば私でも対処することができる。ならば騎士殿には、吸血鬼がいる可能性が高い、村はずれの家に行ってもらいたのだが……よろしいか?」

イルククゥがタバサを見る。

タバサは少し考えたようだが、一度頷いた。

「わかったのね」

「そこの従者も騎士殿と一緒に向かってほしい。いざという時は二人いたほうがいい」

「わかった」

トモモがイルククゥにそっと手を差し出す。

「御武運を」

「安心しているといいのね」

イルククゥがその手を握る。

そして、そのまま二人は屋敷の外に出ていった。

 

 

「お姉さま。トモモがこれを」

「?」

外に出たタバサにイルククゥが一枚の紙を渡した。

どうやら、握手の時にそっと渡したようだ。

しかし、いつの間に書いていたのだろう。

そんなことを思いながらタバサが紙を開く。

 

そこには次のように書かれていた。

『村はずれのあばら家から少し変わった気配がしました。たぶんですが、屍人鬼だと思います。先にそちらを退治、もしくは行動不能にしてください』

それを見て、タバサは驚く。

吸血鬼の気配だけでなく、屍人鬼の気配まで察知できるのかと。

一体……何者?

一度、タバサは振り返る。

 

「お姉さま、どうするの?」

「……彼女なりの考えがある。私たちは村はずれの家に向かう」

「彼女?」

「トモモ」

「えっ、トモモは男だったと思うけど……」

「!!」

 

 

そんなやり取りが外で行われている頃、トモモは自分の勘……、つまりは懐かしい気配をたどって移動する。

てっきり二階の客間に紛れ込んでいると思っていたのだが、その勘が導いたのは全く別の部屋だった。

 

「相棒、ここか? 二階じゃないのか?」

「うん。たぶんここだと思う……」

コンコンと扉を叩く。

「だれ?」

幼げな少女の声が聞こえてきた。

「騎士殿に手伝いを頼まれた者です」

「騎士さまに?」

カチャリと扉が開く。

 

そこには十歳くらいだろうか、金色の髪の少女が立っていた。

トモモはその少女を見て微笑む。

「こんばんは」

「こ、こんばんは」

「僕はトモモです。よろしく」

「エルザです」

ペコリとお辞儀をする。

「騎士殿から、君がさみしくないように少しお話をしてあげて、と言われたので。お邪魔していいかな?」

「うん!」

お話してもらえるのが嬉しいのか、エルザは大きく扉を開いた。

 

 

月明かりが差し込む中、トモモはベッドに横になったエルザの隣の椅子に腰かけた。

そっと、扉を閉める。

「それで、どんなお話をしてくれるの?」

「そうだね……」

ふっ、と一度笑みを浮かべると、デルフリンガーを壁に立てかけた。

 

「じゃあ、ちょっと不思議なお話をしてあげる」

ベッドに入ったエルザは、キラキラした瞳でトモモの事を見る。

「小さな村で起きた本当のお話だよ」

「小さな村?」

「そう。平原と森に囲まれた村に、そっと暮らしている吸血鬼さんのお話」

吸血鬼という単語を恐れたのか、エルザは布団をかぶって震えだしてしまった。

しかし、そんなことを気にせずトモモは話をし始めた。

 

「その吸血鬼さんは、人を欺くのがうまくて、どんな立派な騎士も歯が立たなかった。でも、ある時、変わった来客が訪れた。その来客は剣を背負って、真っ直ぐに吸血鬼のもとに向かった。そして、月明かりの元、不思議な話をしている……」

その瞬間、エルザの震えがピタリと止まった。

そして、布団から顔を出す。

「それって……」

「来客の名前はトモモ。吸血鬼さんの名前はエルザ」

軽くトモモが微笑む。

「本当に起こった出来事だよ」

 

エルザの瞳に物騒な光が宿る。

そして、きらりと光る牙がその口から見える。

「その話、最後はどうなるか教えて?」

「どうなるかな。屍人鬼は騎士さまが止めてる。後は、エルザと呼ばれた吸血鬼さん次第かな?」

「………」

エルザがじっとトモモの事を見る。

そして、ニヤリと笑った。

 

「お兄ちゃん、甘かったわね。眠りを導く風よっ!」

ふわっと、トモモの周りの空気が生暖かいものに変わる。

普通の人間なら一瞬で眠ってしまう、『眠り』の先住魔法だ。

「あれ……、急に眠く……」

「相棒! 寝るな! 寝たら終わりだぞ!!」

デルフリンガーの声も届かずトモモは椅子に寄り掛かるように眠ってしまった。

小さな寝息が漏れる。

エルザは笑みを大きくした。

「まさか、一日もかからず、私にたどり着くとは思えなかった。でも、惜しかったね」

そう言いながら、エルザがトモモに近づく。

そして、少し驚いた表情をする。

「初めはお姉ちゃんかと思ったけど、やっぱりお兄ちゃんみたいだね。でも、とっても美味しそう」

ゆっくりとエルザの牙がトモモの首筋に近づく。

 

しかし、その牙が触れるか触れないかの瞬間、エルザの動きが止まった。

「……お兄ちゃん。起きてる、でしょ?」

「……すぅすぅ」

「………」

「……あれ? 結構うまく寝たふりをしたつもりだったんだけどなぁ~」

ぱちっとトモモが目を開けた。

エルザはそのまま姿勢でゆっくり話しかける。

「どうして、抵抗しないの?」

「別に吸血されるのには慣れてるから。たぶん、何ともないと思うよ」

「慣れてる? まあいいよ。抵抗しないなら、一滴残らず吸い尽くしてあげる」

エルザの牙がトモモの首に突き立てられる。

そして、ゆっくりとその血を啜っていく。

 

エルザはトモモの血を口にして驚く。

ここまで透明感を持つ血は口にしたことがなかった。

まるで、乾いた体に自然と染み渡るような、とても飲みやすい血だ。

味こそほとんどしないが、血としての純度が高く、吸血鬼の為にある様な血ともいえるようなものだ。

「すごい……。こんな血があるなんて……」

一度で飲みきってしまうのがもったいなく思える。

でも、私がここでお兄ちゃんを殺さないと、私が殺されちゃうからなぁ……。

 

そんなことを考えながら血を啜っていると、パリポリと何か音がする。

エルザが横目で見ると、トモモが何かを食べている。

よく見えないが、黒い丸薬のようなものだ。

「……お兄ちゃん。それ、何?」

「これ? 増血剤」

「ぞ、ぞうけつざい?」

「血を増やす丸薬かな。普通のと違ってすぐに効果があるんだよ。水と一緒に飲むのが効果的なんだ」

そう言ってトモモは銀製の水筒のようなものをポケットから取り出し、飲む。

「お、面白いね。でも、そんなものじゃ、干からびちゃうよ?」

「それは、やってみないとわからないよ?」

 

 

そして……二十分くらいがたった。

「ま、まいりました……。もう飲めない……」

口とお腹を押さえてエルザがベッドに倒れこんだ。

「エルザちゃん。大丈夫?」

「も、もう無理」

「相棒……。かなりの量を飲まれてたみたいだけど、どれくらいだ?」

「う~ん、二十五人分くらい?」

デルフリンガーは唖然とするしかなかった。

 

 

それからしばらくして、部屋にタバサとイルククゥが入ってきた。

「あ、お帰りさない」

トモモは何事もなかったかのように、微笑む。

「……その子が、吸血鬼?」

タバサが冷たい瞳でエルザを見下ろす。

血を飲みすぎたエルザは動くことができない。

諦めたように目を閉じる。

 

「それが……、僕の勘違いでした」

「えっ?」

トモモが申し訳なさそうに眉を下げる。

その言葉を聞いてエルザから驚きの少しだが声が漏れた。

 

「たぶん僕がイルククゥに渡した手紙の所に行っても、屍人鬼はいなかったのでは?」

「……いなかった」

「大柄の男の人と、お婆さんが寝てるだけだったのね」

あの時、エルザは屍人鬼を目覚めさせてはいない。

目覚めさせなければただの人間と区別はつかないのだ。

故に、タバサとイルククゥの二人には見分けがつかなかったのだった。

「僕の勘では、二階の誰か……だと思ったんですけど、それも違うみたいでした。念のため、明日、二階の人たちを外の日の当たるところに連れて行ってください」

「……そう」

静かにタバサは頷いた。

 

「それで、ここで何をしていたのね?」

「エルザちゃん……でしたか。吸血鬼が恐ろしくて眠れないようだったので、少し昔話をしていたところですよ」

そう言ってトモモはエルザの頭を軽く撫でた。

「とにかく、明日、もう一度調べてみましょう」

「わかった」

一度頷いて、タバサとイルククゥは部屋から出ていった。

トモモは、ほっと息を吐く。

 

 

「ねえ……。なんで、私をかばったの? 私を助けても何の得もないことくらい、お兄ちゃんなら分かるでしょ?」

エルザが本当に不思議そうに尋ねる。

トモモはちょっと考えるように、目を閉じ顎の下に手を当てる。

そして、軽く手を合わせ、目を開いた。

 

「なんとなく、かな?」

「な……なんとなく!?」

 




~今回の結果~

吸血鬼の居場所を特定する:経験値15
吸血鬼退治の作戦を練る:経験値20
吸血鬼エルザに会う:経験値5
エルザをかばう:経験値10

合計 経験値50

「僕が次のレベルになるまで 95/150 です!」

現在の称号:優秀な使い魔 Lv1

会得称号:不思議な使い魔 LvMAX


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