第1話:提督着任
人は皆考え方が違う。
それぞれが折り合いをつけながら人と関わっていく。
でも、そのバランスが崩れてしまったら、
あなたなら、どうしますか?
「え、もう着任されたの?」
榛名は大きな目をぱちぱちとさせながら訊ねた。
「ええ、私達が演習を行っている間に鎮守府に到着したみたい。」
いたって普通の事のように加賀が言う。
前の提督が定年退職し、新しい提督が着任する事が決まっていた。だが、新提督の着任が榛名が予想するより、早かった。
「どんな方なんでしょうね?」
「さあ。」
加賀は興味が無い様だった。
「でも噂によれば、結構優柔不断のようだけれど。」
「そうなのですか・・・でも新任ですし、後にはしっかりしていただけるのでは?」
「後にでは遅いでしょ。提督は私たちを指揮、作戦の際には決断出来て当たり前なんだから。」
「それは・・・そうなのですけれど。」
「前の提督が良かったわ。あの方はとてもしっかりしていたから。」
「そうでしたね・・。」
前の提督は作戦も効率よく立てられ、艦娘達の信頼も厚かった。
だが、その一方で艦娘の意見はあまり聞かず、作戦強行も度々あった。
それでいて反発が起こらなかったのはその作戦強行が後にへのアプローチへと繋がったり、
その結果、新たな領域を確保することになったりと、必ず成果が必ず出ていたからだ。
成果は出ていても、艦娘の意見をあまり聞かない提督を榛名は提督としては信頼していたが、人としてはそこまでだった。
だから、今回の新たな提督はどんな人なのだろうかとわくわくしていた。
「まあ、あくまで噂だから・・・艦隊指揮の際に確かめられるでしょう。」
そう言った加賀は鎮守府に設置されている温泉へと向かった。
「そうですね!」
優柔不断より、人柄はどうなのかな、と榛名はわくわくしながら加賀について行った。
*
「私はもう会ったのデース。」
金剛は優雅に紅茶を飲みながら言った。
「お姉さま、いつの間に!」
温泉から自分の部屋に帰ってきた榛名は声を上げた。
「どんな方ですか?・・・優柔不断なのですか?」。
「挨拶しただけだからわからないけどネ、そんなに気になるなら会いに行くのデース。」
「そうですね・・・。」
金剛は相変わらずに優雅に紅茶を飲む。
榛名は金剛の言う通り会いに行こうと思い、部屋を出た。
夕飯時なので、提督は食事されているかしら、食事中だったら失礼よね、、などと頭をぐるぐるさせながら執務室へ向かった。
執務室の前に到着した。各部屋に中に人がいるかどうかを示す、ランプがある。
そのランプは明々明々とついていた。
榛名はハラハラしながらドアをノックする。
「はい。」
若干焦っているような声が聞こえた。
「金剛型3番艦の榛名です。・・・ただいまよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」
明らかに焦っている声がするがどうぞと言われたのでとりあえず入る。
なぜ、こんなにもわくわくしているのかわからない。
だがなんとなく榛名は期待していた。
冷たさが無い人を。
ドアを開けると部屋はダンボールと書類であふれていて提督の姿は無い。
「て、提督・・・?」
どうしようかとあたふたしていると、
「あったー!」
ダンボールの山の後ろから束になった書類を抱きかかえて提督が表れた。
「・・・・。」
「おお、申し訳ない。」
榛名に気がついて書類の束を机に置くと、どこからか椅子を用意してくれた。
「そこに座っていいよ。」
「ありがとうございます。」
榛名は椅子に座る。
提督は机の近くにあった椅子を持ってきてから、お茶を入れ始めた。
「すみません!」
「いいんだよ、座ってて。」
お茶を入れた湯呑を榛名に渡し、提督自身も湯呑を持ちながら座った。
「えっと・・。」
榛名は会話に困る。
こうやって部屋にやってきたのはいいが、会話が無い。
提督はきれいな黒髪を持った優しそうな顔をしている。20代であろうかなり若い。
「始めまして、だな。今日着任した、野中蓮だ。よろしくお願いします。」
提督、野中蓮は立ち上がって榛名に頭を下げた。
「い、いえ!金剛型3番艦の榛名です!よろしくお願いします!」
榛名も立ち上がって頭を下げる。
二人が頭を下げるきまずい空間を提督の座ろうか、という声が終わらせる。
「・・・。」
「・・・。」
「挨拶をしようと思っていたんだけど、執務室が散らかっててな、また明日にでも改めて挨拶させてもらうよ。」
「ありがとうございます・・すみません、急におたずねしてしまって。」
「いいんだよ。こうやって1人と話せる時間は大事だしな。」
提督はそういってお茶を飲む。
前の提督は1人と話すことが大事、そんなことは言わなかった。
1人と話すより、作戦を考える。
もちろん、その方が提督としては正しいのだが、それと引き換えにどことなく冷たさを感じていた。
緊張している榛名は提督よりお茶を飲むペースが速い。
だが、
「前の提督からいろいろ聞いているけど、手際が悪くて
迷惑をかけるかもしれないけど、よろしく頼む。」
提督は頭を下げる。
「い、いえそんな!こちらこそよろしくお願いします!」
凄く低姿勢だと榛名は感じていた。
「そういや、前に金剛も来たな。」
「お姉さまも行ったとおっしゃってました。」
「あまり話出来なかったのが申し訳ない、もう少しするべきだったな。すまないがそう伝えてもらえるか?」
「はい。もちろん。」
榛名は提督に一人一人を大事にする姿勢が見えて、暖かみを感じていた。
「ここは結構過ごしやすい気候なんだな。」
「そうですね、皆快適に過ごしています。」
窓の外はすっかり暗くなっていたが心地よい風が窓から入ってきていた。
空には雲一つなく、月のみが暗闇に輝いている。
「榛名。」
「はい。」
「なにか改善してほしい事があったら言ってくれ。せめて出撃しないここにいる間はゆっくりしてほしいし、生活だけじゃなくて出撃に関してもより効率よくやっていって、消費を少なくしていきたいんだ。」
「わ、わかりました!」
榛名は驚いた。
前の提督とは人柄が真反対であったからだ。
なぜかここに来る前にわくわくしていたのか榛名はわかるような気がしていた。
前の提督の冷たさをこの提督なら、変えてくれると感じていた。
「みんなの意見を聞いて良くしていきたい、もちろん俺が決めなきゃいけないこともあるけど、
俺じゃ思いつかない効率よい作戦を考えられるかもしれない。
艦娘の負担を減らせるかもしれない。協力をよろしく頼む。」
提督は堅苦しくなく、むしろ艦娘のことをよく考えてくれている。
それに榛名はうれしくなった。
「は、榛名!全力でお手伝いします!」
「そうか、ありがとう。」
提督が本当にうれしそうな笑顔をしているのを見て榛名もつられて笑顔になった。
この提督は暖かい。
榛名はこれからの作戦や、生活に胸を膨らませていた。
だが、この提督との出会いが榛名の運命を大きく変えることとなるのであった。
つづく
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