長月にダークソウル3を心行くまで堪能してもらう (ナガン)
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長月がダークソウル3の世界で心折れるまでのSS

サブタイトル見てね。
本文に救いは無いよ?
長月を本気で苛め抜くよ?
ガバガバ文だよ?


それでは、ご覧ください


  少女だ

 

"灰"が彼女を見た時の第一印象がそれだった。

 

ロスリックの高壁。ロスリック城を囲み外からの侵入を正に高壁の如く拒む様から呼ばれるようになった城壁。その物見台の一つにある篝火。祭祀場から転送してきた"灰"はたまたま"それ"を見つけた。

 

 

こんな亡者達しかいない場所にどうやってたどり着いたのか、体躯も10をようやく過ぎたかのような小ささで、しかし捨て子のようにがりがりに痩せ細っているわけでもない。外界からの情報をすべて遮断するように怯え、吹けば飛びそうな存在感はまさしく少女。

死んではいない。生きている。風に身を震わせているのがその証拠。

 

寂れたロスリック城を背景に背負い膝を抱えて丸くなる少女は、調和という文字を忘れたように浮いていた。

だがそのうちに秘められたソウルはそばにある、人が木になったような奇妙なオブジェとも違う不気味さを醸し出し、また消えかけてはいるが篝火とはまた違う温もりのような、言うなれば正の印象を持ち合わせているように"灰"は感じた。

 

そしてなにより少しくすんでいるが、その透き通るような「緑色」の髪は"灰"には見たことが全くなく、全くの未知の存在に興味を持った"灰"は声をかける。それはゆっくりと"灰"の方を向き、

 

 

 

 

絶望に濁った緑色の瞳に"灰"を収めた。

 

 

 

          ◆       ◆       ◆

 

 

 

 

ふと気が付いたら、暗闇の中で意識を失っていた。意識を失う直前の記憶はなく、いつものように駆逐寮に割り当てられた一室のベッドで眠りに落ちたのか、それとも何者かに無理やり昏倒させられたのか、まるで覚えていなかった。

 

 

 混乱の中、そこから這い出てようやく石棺の中に収められていたことが判明し、また自分が身に着けた覚えのない艤装を身に着けていることに気付いた。軽く点検してみたがどこも異常はなく、いつでも戦闘は可能だろう。

 

棺の周りには墓石が乱雑に重なっていた。後ろを見上げれば、城が荘厳な佇まい見せており、海の気配は全く感じない。どこか山岳地帯の内陸部であるように思ったが、どうもしっくりこない。絵画の世界が現実になったような、奇妙な感覚を覚えた。

 

「一体、何がどうなっている?」

 

深海棲艦の仕業? それにしては不可解すぎる。そもそもなぜここに私はいる?

 

誰が、いつ、どこで、どうやって、何をしたかが全く分からない。謎が謎を呼び、わからない事だらけの状況に答えなど出るはずもなく、一人自問自答して、結論はわからないことが分かったことだけ。

 

とにかく、まずは周辺状況の確認をしよう。何もかもがさっぱりだ。情報も、なにもかも不足している。何か手がかりを見つけなければ始まらん。

 

ひとまず方針を決定し、私は緩やかな下り坂を下って行く。幸い、足はしっかり地面を踏みしめ、違和感は感じない。身体的、精神的コンディションは万全に近かった。

 

その時の私はそのせいもあってか、少し混乱していただけで済んでいた。過去となった今はこう思う。もっと謎を恐怖するべきだったと。この世界にきてしまったという事実の深刻さを私はこれっぽっちも理解していないかった。

 

 

           ◆       ◆       ◆

 

 

12.7ミリ単装機銃

 

使用用途は対空であるが、可動域はとても広く、かなり汎用性がある。対PT小群などには牽制目的でよく用いられる。

 

艦娘の艤装の特徴として、「火器の威力は実物のものに準拠する」という性質がある。例えば、46センチ砲が見かけ上46センチに見えなくても、それに内包される威力は46センチ砲が着弾した時の威力と同じになる。

もちろんこれは12.7ミリ単装機銃にも言えることであり、

 

 

 

これを人間に向けて撃てばどうなるかは想像に難くない。

 

 

 

 

 

 

少し歩いた所に、ボロ切れを纏った人が壁に向かってたたずんでいた。とりあえず無人の場所に放り出されたわけではないと安堵したが、それはすぐに撤回されることだった。

 

そいつはゆっくりとこちらに振り返ったかと思えば、いきなり腕を振り上げ切りかかってきた。

驚愕に目を見開くが、私とて伊達に場数は踏んでない。単調な振り下ろしを冷静に回避する。機敏な動きとは裏腹にボロ切れから垣間見える四肢は死人のように白く、また皮と骨しかない程細い。

 

機銃を構えて制止を促すが、フードの中の眼光は、私への殺意を如実に示していた。

 

 

その風貌、あり方は、まさに亡者。

 

 

亡者が再び地面を蹴る。迎撃を選択。折れた剣を振りかぶる手を取り、そのまま力任せに投げる。体格はひ弱な少女でも艦娘の力は人間のそれをはるかに上回るので、人一人ぶん投げるのも造作もない。

投げつけられた亡者は地面を転がって行くが、すぐさま起き上がりこちらに向かって足を動かしてくる。

 

「止まれ! 止まれと言っている!」

 

一縷の望みをかけた私の必死の警告に、そいつは全く耳を貸さない。

 

その問答無用の殺意に私は困惑した。が、行動不能にしなければいつまでも襲い掛かってきて埒が明かないのもまた事実。

 

許せと口の中で呟いて、亡者の足を撃ち抜く。甲高い銃声が聞こえた後、足を吹き飛ばされた亡者はもんどりうって倒れ、それでもなお私に向かって這いずってくる。

 

その醜態を見せつけられてやっと、私は気づいた。こいつに理性などなく、ただ本能に従って私を襲っているのだと。

 

ずるずると迫る亡者の後ろから、よろりよろりと新たに複数の亡者が現れる。どの双眸も先ほどの亡者と同じ色をしていた。

 

 

 三叉路。左多数右一人。後ろは行き止まり。

 

 

右からくる亡者の足を打ち抜き、倒れる横を駆け抜ける。ここにいる全員に敵としてみなされているらしい状況に私は若干恐怖を感じ始めていた。とにかくここを離れ、亡者たちを撒くべく疾走する。

 

 

「そんな」

 

 

だが、その疾走もすぐに終わった。抜けた先は行き止まりで、切り立った崖が囲う袋小路。当たり前だが直角に近い崖を上る技術など艦娘は習得していない。

 

振り返れば、先ほどの亡者がわらわらと通路をふさいでいた。

 

 

逃げ道は、ない

 

 

 

「……許せ!」

 

私は不殺を諦めた。

 

 

 

 

「くそ。くそ、くそ!くそ!!」

 

数瞬後、今まででも一番の悪態を私はついた。毎分700発で発射される弾丸は期待通りに働き、亡者を瞬く間に文字通り肉片に変えた。動いているものは、私以外いない。だが、その光景に切り抜けた安堵どころか、降ってわいた不条理に苛立ちが募るのみ。

 

 

 これは正当防衛だ。どうしようもなかった。これ以外に方法は無かった。理性が無かった。ナイフを振りかぶってきた。明らかな攻撃の意志があった。警告を無視した。

 

 

 「仕方なかった!」

 

 

必死に理屈をこねてこねて平静を取り繕った。しかし、人型の深海棲艦を殺すのとは違う、言いようのない忌避感とい気持ち悪さが私を蝕んだ。

確かに亡者であり、理性もない。しかし、その血だまりはどうしようもなく赤々しく、人間のものだった。

 

 

 殺人とは、こんなにも気持ち悪いものなのか

 

 

「本当に、どうなっているんだ」

 

こみ上げる吐き気を押さえつけ、殺めた命に黙とうをささげる。殺人への後悔を状況の把握に努めることで覆い隠し、足早にその場を去る。

 

 

守るべき人間を手に掛けるという艦娘のあり方を真っ向から否定する所業は、私の心に重い傷跡をつけた。

 

 

 

 

 

二回目の殺人は一回目よりも抵抗がない、というのは誰の言葉なのだろう。

聞いた時の私は一笑に付した。普通の倫理観ならあり得ないだろうと、自分は関係ないと、心にも留めなかった。

 

だが今私は、二回どころではない数の殺人を犯している。

 

道中の至る所に亡者がいた。そしてその全てが私を視認すると襲い掛かってきた。

 

 

そして始まる一回目の焼き増し。

警告し、無視され、発砲する。一人が撃ち抜かれ倒れても、まるで見えていないかのように体を踏み越えあるいは這って、まるでゾンビの如く折れた剣、かけた槍、ボロボロの盾を持って突進してくる。その全てを蹂躙した。手が吹き飛び足がねじ曲がり鮮血が舞い、それでも尚、皆自分の命すら顧みず私を殺しに向かってくる。そんな狂気の光景を一つずつ丁寧につぶしていった。

 

マニュアルをこなすような殺人に忌避感が無くなりつつあるのに気付いて、思わず乾いた笑いが出た。

 

「何を、しているんだろうな……私は」

 

残弾を確認しつつ天を仰ぎ、己を嘲笑する。うっそうとした雲は空に居座り続け日光を遮ったまま晴れる気配はなく、その空の下の地平線には広大な山脈が続き、私の周囲の地獄のような光景とは対照的に幻想的な様相を呈している。少なくとも私の記憶にはないものだ。

 

「ここは一体……」

 

 どこだ?

 

 このまま進んで、私は無事に帰れるのか?

 

「もし帰れなかったら、とんだ殺人鬼だな。私は」

 

 あやめる必要性のない人々を殺めてしまった私に、人々を守る艦娘である資格はあるのだろうか?

 

 

混乱と陰鬱な感情を内包しつつ、眼前に見える塔に向かって足を動かす。

人を殺めた正当性を少しでも失わないために、なんとしてでも手がかりを見つけたかった。

 

 

 

石造りのアーチをくぐると、ボロボロの円形の広場に出た。

左手には巨大な枯れ木があり、根が広場の一部を囲むように張っている。そしてその周りには、多くの墓がこれまた乱雑に立てられていた。対して右手は切り立った崖になっており、その下は霧で見えない。落ちたらひとたまりもないだろう。

 

そして中央、水たまりの中に島のように盛り上がっている部分に〝それ”はあった。

 

左ひざを地につけ、跪く姿勢で鎮座している灰色の鎧。それなのに近づいてみれば、高さは私の身長を優に超えており直立すれば三メートルはあるのだろう。

右手の近くには灰色の斧槍。心臓部には剣が突き刺さっており、明らかに致命傷だと見てとれる。少なくとも、動く気配は感じられない。

そして、背後に回った時、それを見て思わず口を抑えた。

 

背中から、黒い触手なようなものがうぞうぞと這い回っている。どう贔屓目に見てもいい物とは思えない。

 

余りの生理的嫌悪にたまらず目を逸らし、逃げるように再び正面に回る。

改めてもう一度鎧を観察すると、鎧の足元に光る文字があるのに気付いた。

 

「剣……?抜け、ということか?」

 

メッセージに従うまま、物は試しと恐る恐る胸に刺さった剣に触れる。鎧に足をかけ、刺さった剣を思いきり引き抜く。

傷口からおびただしい血が吹き出し、それは私にも降りかかる。複にかかるのを嫌い数歩後ずさりした直後、鎧に生気が戻るのを感じた。

 

がくりと重力にひかれたのは一瞬で、すぐさま斧槍に右手をかけしっかりとした足取りで地面を踏みしめる。

 

その佇まいは、正しく武人。

 

なれど行動は狂人だった。

 

いきなり灰の鎧が左に回り込む。つられて私もそちらに向けば、それはすでには斧槍を振りかぶっていた。

 

誰もがわかる。これを食らったら死ぬと。

 

「ちぃ…!」

 

そいつの横薙ぎになりふり構わず身を投げ出し、水たまりにダイブする。

 

派手な水しぶきは無視し、警告なしに機銃を発砲。

 

甲高い金属音が数回響いたのち、鈍く生々しい音と共に灰の鎧の左腕が吹き飛んだ。

これにはたまらなかった様で、鎧はよろけ、傷口から黒いタールのようなものを吹き出しながら膝を付いた。

 

 

右腕も続けて吹き飛ばすという選択肢もあったが、矛をおさめてくれる可能性を捨てきれず、そのまま砲を沈黙させる。

 

起きてから、敵意以外の感情をぶつけられたことが無かった。だから、無意識で求めていたのであろう。敵意以外の感情を表してくれる存在を。だから私は攻撃に躊躇した。攻撃すれば、帰ってくるのは敵意だけだから。

 

私のそんな迷いをよそに、ぼこりと鎧の背中が盛り上がった。割れ目から飛び出しす黒い球体はまるで心臓のようにどくどくと波打っている。余りに非現実な光景に、思考が真っ白になる。

そしてそれも一瞬のことで、球体は鎧の上半身と共に瞬く間に黒に覆われていった。

 

 

人間が一瞬で異形に変化していく。そんな異常事態をまざまざと見せつけられてどうして呆けないことができようか。

 

そして目を見開く私は、いつの間にか左肩から生えていた爪の攻撃に気付けなかった。

 

しまった。という暇もなく、爪は地面をえぐりながらこちらに突き進み、私は弾き飛ばされる。

 

 

転がりつつも受け身をとって体勢を立て直し、顔を上げる。戦術的にその行動は正しいが、私は後悔した。

 

「ば、化け物……」

 

そこには灰の鎧は最早存在せず、巨大な漆黒の化け物の双眸が私をしっかりと捕らえていた。体長は10メートルに迫り、尋常ならざるモノであるのを示すかのように揺れる輪郭は縄のように黒い何か束ねられているように見え、しかし常に循環するように流動し、生理的嫌悪を逆撫でした。

 

 排除しなければ。こんなものあっていいはずがない

 

理由などない。本能が、魂がこいつの存在を許さず、それらに従う形でこいつを排除しようと12㎝単装砲を構える。使命にも似た殺害衝動。だが、かすかに残った理性が引き金を引かせてくれない。自分がもっとも慣れ親しんだ砲であるが故、その威力もまた然り。この距離での発砲は自身にも意見が及ぶ可能性があるぞ、と。

 

 

ふいに化け物が蛇のようなおどろおどろしい鳴き声を発した。

 

それだけで、かろうじて踏みとどまっていた私の理性は壊れてしまった。

こちらも危ないから不殺という消極的非殺生すらその声は薙ぎ払い、切り捨て、私の思考は排除一色に染まった。

 

「うああああああああああ!!!」

 

声にならない声に明確な殺意を乗せながら、引き金を引く。10m程度の距離では外しようもない。

 

 

死ね! 死ね!! 死ね!!!

 

 

 

焼けつくような爆風にも構わず、4、5発程度打った後だろうか、気付けば化け物は跡形もなくなっていた。鎧すらも原型も無く散らばり、只の破片と化し、地形もいくつかのくぼみができており、それらはいかに一方的な戦闘であったかを物語っていた。

 

 

何故か笑いたくなってほほを釣り上げるが、失敗した。

 

 

「あ……うぁ……」

 

笑いたかったのは、生きているという実感が欲しかったのだとすぐに気づいた。

だが助かった、という安堵は一切こみ上げてこず、代わりに到来したのは言いようのない感情の奔流。それは滂沱の涙となって体の外に溢れた。

 

 

殺人の罪悪感に泣いた。

慣れる自分が愚か過ぎて泣いた。

理不尽な暴力に泣いた。

化け物への恐怖で泣いた。

孤独感に泣いた。

司令官や姉妹に会えない事に泣いた。

 

 

一度決壊すればもう止まらない。今までため込んだ全てがここで溢れていた。

 

「皐月」

 

 姿は見えない

 

「文月」

 

 気配すらしない

 

「水無月ぃ」

 

 声が聞きたい

 

「みんな」

 

 姿を見たい

 

「司令官……」

 

 助けて

 

 

          ◆       ◆       ◆

 

 

 

灰の鎧がいた広場の先にある、私が目指していた祭祀場と呼ばれる場所。

結論から言うと、そこにはちゃんと理性ある人がいた。言葉をかければ、言葉が返ってくる。それだけなのに不覚にも感動してしまった。それだけ私が追い詰められていた証左でもあったのだが。

 

そこで、火守女という、目を布で覆った女性からある程度の情報を入手できた。

ここは、この世界は滅亡に瀕しているらしく、その滅亡を回避する為に、"灰"となった者たちは過去に行われたひつぎの儀式を再現する為に、王座を捨てた王のソウルとやらを取り戻す使命を帯び行動している。何の因果か、私もその"灰"とやらになってしまったらしい。他にも、広場に落ちていた螺旋の剣を中央の盆に刺して、転送とやらをすれば王の下に導いてくれるとか、そんなことも分かったがこれは置いておく。

漫画好きの望月から言わせてみれば異世界召喚系というものか。どうやらそれに私は巻き込まれてしまったらしい。そして世界を救ってくれと来た。望月なら……いや、こんな世界、だれもお断りだろうな。

 

 

私は質問した。艦娘について、深海棲艦について、日本、果ては地球を知っているか、というものまで。

火守女はこう答えた。否と。

 

祭祀場の侍女に問うた。

侍女は気色悪く嗤った。無意味であると。

 

鍛冶屋の大男に聞いた。

考えない方がいいと忠告された。

 

王座へ続く階段に座り込んでいる男に聞いた。

諦めろと、この呪縛からは逃れられないと、笑いながらたしなめられた。

 

どうやらここが異世界であるという事は間違いない。この世界についてもある程度は把握した。

だがどうして私がここに来たのかてんででわからなかった。というよりも、皆が皆、出自に全く無関心であり、逆にこだわることに疑問符を付けられる有り様だった。

 

『出自なんか<灰>になった時点で、いやここに流れ着いた時点で捨てた方がいい。騎士も、戦士も、魔術師も、狩人も、そこらの市民も、俺や、お前も、あいつらは火継ぎの儀式を再現できるなら誰だっていいのさ。そもそも、"灰"がもとの形に戻れると、本当に思っているのか?』

 

 

心折れた騎士ホークウッドは、嘲笑しながら私の願いを否定した。

 

 

その態度に顔が赤くなったがその男のにじみ出る悔恨に、そして忠告にもとれるその言葉に何も言えなくなってしまう。

 

「ここに来る前は何をしていた?」

「……殺戮さ」

 

そう答えたきり、ホークウッドは口を閉じた。

 

 

 

ホークウッドから離れた私はある疑問を火守女に投げかけた。

 

「私の名前は長月だ。今一度質問する。私は使命なんてどうでもいいし、果たす気すらない。それでも私に仕える気があるのか?」

「はい。"灰"の方。あなたがよろしければ、私をなんなりとお使いください」

 

よどみなく、火守目は清涼な声でこう答えた。それに私は黙ったまま踵を返した。そのまま盆の前まで歩を進める。

 

 

 ここにいる皆、私を"灰"としてしか見ていない

 

 

それが私の結論だった。だれも私を、艦娘の睦月型8番艦長月としては見ていない。ただ火継ぎの再現の為の道具としてしか認識していない。皆、私を<灰>と呼び、一度たりとも名前で呼ばない。それがなりよりの証左。

そしてホークウッドは別として、火守女たちもまた駒なのだろう。"灰"が使命を果たせるようにサポートする、感情ある道具(人間)。

 

 結局、ここでもまともなのは自分だけか

 

もはやこの祭祀場は私の安息の地ではなくなった。亡者たちの狂気が剣のような鋭い、排除の狂気とすれば、ここにあるのは絡みつくようなどろりとした液体の、利用の狂気。

 

 私は"灰"ではない。艦娘だ

 

理性ある人間でさえ狂っていたという事実は、先ほどの感動をとても強い言いようのない脱力感に変えた。心の中で艦娘であると自分に言い聞かせて抵抗するのが精一杯だった。言ったとしてもどうせ無視されるだけだろう。

 

 

 もう一秒たりともここにはいたくない。狂気に絡み取られる。帰りたい。なぜ私はこの世界に連れてこられた?

 なんでもいい。帰れるなら、なんだってしてやる。

 

鎮守府をとりまいている状況がどんなに恵まれているか、まさかこんな形で実感するとは思ってもみなかった。

不穏な焦燥感が私を包む。いつか自分もこうなってしまうと、火継ぎのための道具になってしまうと。

 

螺旋の剣を差し込むと根本から炎が伸び始め、すぐに剣全体を覆い尽くす。だが不思議と熱いと感じることはなく、ほのかな温もりが手を包む。一瞬ボッと爆発するように火の粉が飛び散り、目を開けた時にはすでに炎の勢いは収まっていて、篝火は誕生していた。手は剣から離さず、温もりを無視してそのまま念じる。

 

王の許へ、と

 

直後、視界が黄金色にかすみ始め、体もどんどん透けていく。やがて視界が黄金一色にそまり、

 

 

 

気付くと私は、ロスリックの高壁に転送されていた。

 

 

 

          ◆       ◆       ◆

 

 

私の目の前で揺れる炎。人骨が垣間見える灰から立ち上り、ゆらゆらと揺れるそれは時折吹く風をモノともせず、普通の炎と明らかに違うことを証明している。

そして、その異質な炎に拠り所のような温もりを感じているこの体にどうしようもなく苛立ちを隠せない。

 

「違う。私は艦娘だ。灰などでは断じてない!」

 

荒々しく立ち上がり、篝火のそばから周囲を見下ろせば、人と木が一体化したような不気味なオブジェ、それを前にして救いを求めているのかひたすら祈りをささげる者、絶望し壁に力なく体を預ける者、そして死体。誰一人まともである要素は見つからず、この世の地獄とも言ってよい光景に思わずめまいがした。

 

 こんな世界、あっていいはずがない

 

ここには何もない、鎮守府も、提督も、姉妹も。あるのは自分の体一つと艤装のみ。

 

「今からでもいい。夢なら覚めてくれ……」

 

強烈な孤独感と絶望に抗いながら、私はロスリック城へと歩を進める。火守女のいう通りならば、あそこに王がいるはずだから。

 

 

 

 

 

篝火を離れると、すぐさま亡者たちが私に狙いを定めてきた。私はそれらを淡々と処理していく。襲ってくるのだから仕方がない。

 

玉詰まりを起こさないよう、機銃は丁寧に扱う。応急修理や点検ぐらいはできるが、破損すればそれ以降の使用は絶望的だ。

 

一発一発撃つごとに、面白いように亡者達は死んでいく。だが、道中の亡者たちは大体は私に刃を向けた。暗所での不意打ちや投げナイフの投擲攻撃など、だんだんと行動も狡猾になってくる。艦娘の身体能力の前では単なる小細工に過ぎない。道中ドラゴンがいたときはさすがに驚いたが頭に単装を打ち込むとすぐに沈黙した。

おそらくこの世界では、私は無類の強さを誇っている。今後どのような脅威も一蹴できるという確信が生まれるのに時間はかからなかった。

だが、それでもなお亡者たちは私をしとめるべく行動している。少なくともここに私の味方は皆無だった。

 

まるで世界中が敵になったような錯覚に陥る。いや事実そうなのかもしれない。

鎮守府の面々が恋しい。半日もたってないのに、ずいぶん間が開いたような錯覚をするのは、それほどこの世界が異常であることを際立たせ、それに恐怖し、それはまたいきなりこの身に降りかかった理不尽、不条理への怒りに変わる。

 

自分がこの状況に慣れ始めているのもまずかった。狂気に慣れるということは、すなわち自分も狂気に染まっていることに他ならないからだ。

実際、先に進むごとに自分の中に何かがたまって行くのを肌で感じていた。

自分の体が前と違っている、変わっていることはこの世界に対する恐怖を加速させた。

 

 

 

 一体この世界にどれほどの価値があるのだろうか。皆が正気を失い、だらしなく徘徊し、わけのわからないオブジェに救いを求めて祈り、死も厭わなくなるこの世界に。それとも火継ぎの儀式が再現されればこの光景もなくなるのだろうか?

 

 積み重なる死体と、ぶちまけられた鮮血。その上にまた黒い何かが屋上を汚す。亡者から変化した例の真黒な蛇の化け物を単装砲で木っ端みじんにしながら、化け物につぶされ死んだ亡者を見てそう思わずにはいられない。

 

 

「違う。帰る方法だけを考えろ」

 

思考がこの世界の行く末に流れかけたのを無理やり矯正する。少なくとも今のこの世界からは一刻も早く脱出したいのが本音なのは事実だ。余計なことを考えてはいけない。

 

「王がこの先にいるはず、それで火継ぎの儀式を終わらせれば、帰れるかもしれない」

 

そう自分に言い聞かせれば、少しだけ気分が楽になった。

 

入口の前の通路に、ロスリック城の騎士が徘徊しているのを視認する。当てもなくさまようその行動は亡者のそれ。

 

すぐに機銃の照準を胴体に合わせ、発砲。騎士は胸に大穴を開けて倒れた。すぐに駆け寄り頭を撃ち抜き、殺しきる。銃声を聞きつけた他の兵士を順番に落ち着いて狙い、殺していく。

 

 やはり銃声が敵を呼び寄せるのが問題だな。余計な弾の消費になっている

 

すぐに通路一帯の制圧完了し。場に静寂が訪れる。クリアしたことを確認し、私はロスリック城に踏み入れた。

 

 

 この世界は、狂っている

 

 

 

 

 

 使命を果たせば、きっと鎮守府に還れる。皆に会える。だから邪魔をする者は

 

 

 

          ◆       ◆       ◆

 

 

 

「お待ちしておりました。火のない"灰"よ」

 

 

「あなたにお伝えしなければならないことがあります」

 

 

「薪の王たちは、この城にはおりません。皆、帰って行ったのです」

 

 

「この城の麓に流れ着き、淀んだ、かつての故郷へと」

 

 

ロスリック城の入口のホールのような場所で私を迎え入れたのは、黒いローブで全身を覆った祭儀長だった。

 そして、祭儀長は語りだす。王の不在を。

 

まるであらかじめ決められていたかのような、台本を読むような口調で。

 

  ああ、なんだこいつもか。こいつもあれらと同じ感情ある道具(人間)か

 

 

「おい、嘘をつくな」

「残念ですがこれが真実なのです。どうか私の言うとおりに「黙れ!」」

「私が聞きたいのは一つだけだ。ここからどうやって城に入れるのかだ」

 

殺気を込めて悠長に座っている祭儀長の襟を掴みあげる。

 

「もう一度聞く。王はこの城のどこにいる?」

 

祭儀長は黙り込み、私の腕を振りほどこうとしている。なんてばからしい。人間が艦娘にかなうはずがないのに。

 

「喋らなければ、殺す」

 

彼女の首に手を回す。

 

「王は、この城に……い、ない……」

 

女は頑なに口を割らない。そのことに私の苛立ちは募り、自然と手に掛ける力は強くなっていく。

 

 ああ煩わしい。何故白状しない。どこまで愚かなんだこの女は!

 

「これを脅しだと思っているのか?! いいから答えろ!!」

「王は……この城に、いない」

「ッ!」

 

気道を完全に締め上げる。女の口から唾液が溢れるが、私はもはやそれすら気づかず、彼女を詰問していた。

 

 さあ吐け! 吐け!! 吐け!!!

 

「これが最後だ!! この城の入り方を教えろぉぉぉ!!」

 

 帰りたいんだ。私は皆の所に帰りたいんだ。睦月型の皆と一緒に過ごしたいんだ。一生遠征組でもいい。なんでもいいんだ。ただ皆の顔が見たい。見たいんだ。

 

 

 

 そのささやかな願いすら奪うと言うのならば……ならば!!

 

 

 

 

「お、う……はこ、の し ろ  に   い   な  」

 

 

 

パキンと、彼女の首が90度曲がった。

手を放すと彼女は椅子から転げ落ち、それっきり彼女は動かなくなった。

 

 全て彼女のせいだ。嘘をつき、私を王から遠ざけようと謀った。だから死んだ。

 

だけど何故か、無性に恐ろしくなった。

 

「私は帰る。皆の所に帰る。何としてでも……」

 

 だから、進まないと

 

私は何かに押されるように聖堂の探索を始めようと、祭儀長から目を離す。

視界の端に、椅子を背後に何かが立てかけてあるのを見つけた。祭儀長が座っている時には影になって見落としていたようだ。

 

そして手に取った瞬間、それがトリガーだったのか灰の鎧の時と同じメッセージが地面に浮かび上がる。

 

曰く、前を見ろ。

 

ご丁寧に青い幻影まで現れるそれが指し示していたのは、剣を突き立て、そこに首を添えて今まさに自害しようとしている騎士の像。だがその剣は不自然に空中にあった。

 

 水盆をそこにおけと、そういう仕掛けか 

 

不意に、風がうなじをくすぐった。次いで、鈍い金属音。振り返れば、今まさに扉がひとりでに閉まろうとしていた。

 

扉からの光は無くなり、灯りは上の窓からのみ。その窓の光も今、いつの間にか現れた黒の靄に遮られている。

 

そこから降り立ったのは三メートルは軽くあるであろう長身のヒト。全身にまとう鎧には踊り子のような装束が施されており、左手に持つ曲剣は灼熱の炎を纏っており、少し振るうだけで火の粉が飛び散る様はその熱量の大きさを如実に物語っていた。

 

直観的に悟った。これは祭儀長の罠で、こいつも私の邪魔をするのだと。

 

「どいつもこいつも……!」

 

こつんこつんと足音を響かせ優雅に歩くその姿は、剛健たるあの斧槍の英雄とはまた違う、技巧の妙手としての強者の余裕、絶対の自信を想起させる。

 

私はそれを嗤った。

 

 強者だろう。強いだろう。だが、私はそれらを軽くひねりつぶしたぞ?

 亡者も、ロスリックの騎士も、化け物も、斧槍の英雄でさえ、あっけなく私の前に沈んだぞ?

 

ゆらりゆらりと揺れる踊り子に単装砲の照準を合わせる。

 

 こいつも同じだ。有象無象と結局変わらない。

 

「死ね」

 

引き金を引いた。瞬間、狙ったかのように踊り子が視界から消した。

 

砲弾はそのまま直進し、内壁に直撃する。驚愕のまま単装砲を視界からどかすと、這うような姿勢の踊り子が一足で一気に接近していた。この距離では単装砲のリロードはおろか、機銃すら間に合わない。

そのままの勢いで踊り子は左肩を前に突き出し、状態を上げる。直後に逆袈裟の斬撃が来ると、直観的に左に跳んだ。

 

だが予想した内容は全く現実とは合致しなかった。予期した逆袈裟は飛んでこず、その時私の足は宙に浮いている。それだけの時間がありながら、まだ剣は振られていなかった。

 

人型であるが故、人間の動きに縛られるとそのはずだった。しかし実際、踊り子の腕の長さとしなやかさは想像の外の動きを可能にしていた。

 

死の予感が全身を駆け巡る。一刻も早く、踊り子の間合いから逃れなければ。

 

曲剣が赤い軌跡を残しながら、鞭のように迫る。逆袈裟ではなく、横の一閃。無我夢中で後ろに跳んだ。

 

 

チリチリと剣の炎が髪を焦がす。あまりの熱気に顔をしかめた。だがそれだけ。ギリギリ躱した!

 

勢いそのままに尻餅をつく。臀部から来る鈍い痛みを無視して右手を支えに急いで立ち上がる。

 

 

 なんだ? おかしい。何故私は倒れている? 右手、どうなっている?

 

 

体が命令と全く違う動きをする。それに混乱する私は自然と異変の元の右手を持ち上げる。

無かった。手首から先が無くなっていた。避けきれていなかった。見るまで気づかない程切り口は鮮やかで、炎によって焼け爛れていた。

 

 「あっあああ」

 

激しい焦燥感に視界を巡らせ、単装砲の行方を追いかける。

ぐしゃりと丁度、踊り子につぶされていた。砲身が曲がり、もう使い物にならない。危機感にも似た焦燥感が私の中で激しく燃え上がる。

 

 「この」

 

左手で機銃を構える。できなかった。そのままポロリと零れ落ちた。

 

左手も親指から中指まで切られていた。もう私に引き金を引くどころか銃火器を持つことすらできない。すなわち、踊り子を殺す手段が無くなった。

 

焦燥が絶望に、変わる。

 

 殺される。殺されてしまう!

 

「や、やめろ。来るな」

 

明確な死の確信から遠ざかろうと、とにかく距離を取ろうとした。だが足が震えて言うことを聞かない。涙で視界がゆがむ。バランスがとれなくてまともに動けない。コツンコツンと|死<<踊り子>>が迫る。音を聞くたびに気が狂いそうだ。

 

遂に踊り子が眼前まで肉薄した。頭を垂れるような前傾姿勢は今、私に覆いかぶさり得物を捕らえる檻のようで。

 

私はもう、彼女から逃げられない。

 

「死にたくない……」

 

願望か、はたまた懇願か。私は踊り子の顔面を視界いっぱいに入れる中、消え入るような声で私は口を動かした。

 

 

 

 

鎧越しの目が、嗤った。

 

 

 

「ひ」

 

それに恐怖を感じ顔を引きつらせるのと同時、彼女の右手が腰を乱暴につかみ、空中にさらわれる。骨盤を砕かんばかりの握力で振り回される私の目に、左手の曲剣が逆手に移る光景が反射した。

 

 

 

 まさか、まさかまさか!

 

 

 

腰の圧迫感が無くなる。空中に放り出された私は必死にもがく。死にたくないその一心で。それをあざけるかのように踊り子は曲剣を高らかに振り上げる。艦娘としての戦術眼が冷徹な死の事実を導き出した。

 

 

 

 ダメだ。避けられない。死ぬ

 

 

 

 こんなところで? どことも知れない場所で、誰にも気にかけてもらえずに、朽ちていく?

 

 

 「やめ」

 

無慈悲な落下が始まった。

 

曲剣はその歪な形故、本来刺突には向かないはずなのにあっさりと何の抵抗もなく艤装を貫いた。そのままの勢いで背骨を砕き、内臓を切り裂いた。

 

内臓から血がせりあがってくるのを感じた。その時間も無く蒸発した。剣に封入された膨大な熱量が内臓を焼き焦がし、血液さえも蒸発させ、内部で荒れ狂う。

突き刺した剣から立ち上る火柱は容赦なく私を嬲った。建造用バーナーのような何かを創造する優しい炎ではなく、何もかもを焼き尽くす暴力的な炎に制服は一瞬で着火し、タイツは解け、肌は爛れ、髪は艶を失い焦げた。

内と外からじっくりと業火にさらされた後、最期に踊り子が乱暴に剣を引き抜けばすでに炭化していた腰は割れ下半身と上半身は泣き別れた。

 

 

 

 

 

それでもまだ、私は生きていた。

 

 

 

 

 

下半身が無くなり、内臓がほぼ焼き尽くされ、皮膚どころか肺内部の至る所が焼け爛れても艦娘にとっては即死しない損傷だったのだろう。この時ばかりは艦娘の頑強性を恨んだ。

致命傷なのは変わらない。最早歩くことすらかなわず、手も炭化寸前の状態で這うことも難しい。触覚神経はとうに焼き切れ、熱さ冷たさはあべこべだが、全身から発せられる神経の焼ける痛みははっきりしていた。肺と喉の爛れは呼吸を阻害し、酸素の補給もままならなく、死んだ方がましな状態だった。

 

 

 艦娘とは斯くもしぶとい存在だったとは、なぁ。

 

 

あの串刺し攻撃を受けてなお本能的に腕でかばったのが功を奏し、五感の内視覚だけは何とか生き残っていた。

私は自分の一部のなれの果てを焦点の合わない目で無意識に追っていた。

 

腕にへばりついていた服が宙に還って行く。

 

 制服、新しいの必要だな。司令官にどやされる。

 

散らばった艤装の破片は融解し、素人目に見てもとても復元は不可能だった。

 

 艤装、明石と夕張が頭を抱えるだろうなあ。

 

炎に包まれ悪臭を放っていた下半身は半ば灰の山と化しつつあった。 

 

 全部、燃えていく。灰に還って行く。私の証が無価値になっていく。私も……

 

 

 イヤだ。そんなの認められない。

 

 

恐怖だ。死の恐怖ではない。元の世界とのつながりが無くなる事への恐怖を今更になって自覚してしまった。

 

 

 「あ゛ か゛ 」

 

 なにか、何か残っていないのか

 

 

狭まる視界の中、必死に証を探す。ふと、光物が気にかかった。窓からの光を反射するそれは太陽光を反射する三日月のように見えた。イヤ違う、本当に三日月の形をしている、あれは私の、睦月型姉妹の髪留め。私が睦月型であることの証!

 

 「み゛ん゛な゛」

 

霞がかった視界が一気にクリアになる。両腕に力は戻る。爛れた両腕は、今はちょうどいい滑り止めとして機能し、軽くなった体重は移動を可能にしていた。

 

何故とか、疑問はどうでもよかった。腕や腹が床に引きずられ、ボロボロと崩れても構わなかった。あれは私の命より大事なもの。睦月型としての誇り。私の唯一のよりどころ。 

 

 だから頼む。私の体、もう少しだけ、あと少しだけ、どうか。

 

 

 

 

 ああ、待ってくれ 動いてくれ。 後四五回這えば届くんだ。なんで視界が勝手に揺れる? 髪留めが見えないじゃないか。 頼む動いてくれ。くそ、目も見えなくなってきたじゃないか。どうして、なんで

 

 

 

  み     ん         な

 

 

          ◆       ◆       ◆

 

 

「長月」

 

 その言葉で、意識が覚醒した。

 

周りに視線を巡らせればそこは見慣れた執務室。間取りも装飾品も、窓から見える景色もどこも記憶の通り。

 

 私は確か……、どうなっている?

 

ついさっきまでの凄惨な状況からの急激な場面転換に頭が付いて行けない。

 

「長月」

 

 司令官の声が鼓膜を震わせる。反射的に気を付けの体勢を取り、司令官の方を向く。混乱のさなかにいる私を司令官の眼光が射抜く。その意思は虚偽を許さぬ、追及の色。おふざけをたしなめるそれではなく、厳粛に事を進める断罪の態度。

 

 

悪寒が全身を駆け巡った。

 

 

「なぜ殺した」

 

問われたのは、殺人の動機。一際心臓が高鳴った。沈黙は許されない雰囲気に、私は震える声で口を開く。

 

「し、司令官? 何を言っている。私が殺人などと「とぼけるな」」

「お前は30名あまりの人間を艤装を用いて殺害している。それは紛れもない事実だ」

「ち、違う! あれは向こうが襲ってきたからで、仕方なかったんだ!」

「仕方なかった、か。では証人を呼ぼう」 

 

何? と声を上げる暇もなく、その女性は音もなく現れた。司令官はその異様な現れ方を気にする様子もなく話を進める。

 

「では証言を」

「はい。私は祭壇の間にて、灰を待っておりました。………」

 

 何故?! 何故こいつが!?

 

 しわがれた声に全身を古びた黒いローブで覆う女性はまごう事なき祭儀長だった。彼女はよどみなく、淡々とその時の状況を述懐していく。

 

 私は悪くない。彼女の死は彼女自身が引き起こしたこと。私は悪くない。

 なのにこの焦燥感はどうしてこんなに激しい?

 

「私が王はここにはいないと答えると、彼女はいきなり私の言葉を嘘だと断じ、掴みかかってきたのです」

「あれは! お前が嘘をついたから!」

「私は真実を訴えようと同じ答えを言い続けました」

「お前だって、水盆を隠していた!」

「ですが彼女は全く取り合ってくれず、しまいには私の首を「黙れ黙れ黙れえええええ!!!!」」

 

 いつの間にか持っていた機銃を忌々しい祭儀長に向ける。

 

早く殺さなければ、知られてしまう。司令官に。早く早く早く!

 

「また殺すのか? 身勝手に」

 

その司令官の一言に完全に凍りついた。今まで言葉にできなかった焦燥感を私は正確に理解した。そして何をしようとしたのかを理解し、そしてその罪をやっと理解した。

 

「確かに、仕方がなかった時もあったかもしれない。だが、殺さなくても済んだ時もあったはずだ。殺さなくてもいい人を殺した。自ら進んで殺人を犯した。違うかね?」

「ち、がう。違う……、私は……」

 

落胆と、失望。司令官の目の色は断罪からそれにとってかわっていた。頭から血の気が引く。体が寒い。次に語られる言葉が息も出来ないぐらい怖い。

 

「お姉ちゃん。残念にゃしい」

 

響いた声にバッ、と左を向けば、睦月が、如月が、姉妹たちがいた。その全てが司令官と同じ顔をしていた。

 

「あなたそんなことをする子だと、思ってもみなかった」

「弥生は……悲しい、です」

「うーちゃんも同じ気持ちだぴょん……」

 

「違う!! 私は殺したいなんて」

 

「僕、君のこと勘違いしてたよ」

「長月の行動、何もわからないよ……」

「あたし、もう信じられないよぉ」

 

「待って、待ってくれ……」

 

「もう共には行けないのだな……」

「長月。あなたとはもう……」

「流石にあたしもこればっかりは、ねぇ」

 

「どうして、どうして分かってくれない……」

 

姉妹からの失望の言葉に私は必死に反論した。だが姉妹たちの態度は微動だにせず、私の言葉に全く取り合ってくれなかった。姉妹にさえも見限られた、そんな失望感と無力感は気付かぬうちに頬を涙で濡らし、立つ力さえ私から奪い力なく膝をつく。

 

「どうして、どうして……どうして」

 

 あの世界で、あれだけ頑張ったのも、殺したのも、全部、全部……!

 

「お前にここにいる資格はない」

 

ぞわりと床が波打った。直後、床から生えてきた数多の手に両手足を掴まれる。干からび、皮と骨だけになったその手には見覚えがあった。我武者羅に拘束を解こうと力を込めるが、何故か全く振りほどける気配はない。

 

「何で、この……!」

 

司令官と姉さんたちは私の窮状を無視し、踵を返す。話は終わったと言わんばかりの行動に、私は力の限り叫んだ。

 

「待ってくれ司令官! 私は! 私は皆の下に帰りたかっただけだ!! いつもと同じように皆と一緒に笑って、勉学に励んで、任務につきたかった。ただそれだけの為に何でもしただけだ!!!」

 

床から手の主の亡者が姿を現し、私の体を押さえつけようと覆いかぶさってくる。それでも私は叫び続ける。

 

「どうしてわかってくれない! あの世界で私がどれだけ辛かったか、分かろうともしてくれないのか!?」

「それでも、お前が人を殺していい理由にはならないし、ここに殺人犯の居場所はない」

 

ずぷり、と足が床に沈んだ。最早亡者の拘束からは逃れようもない程に雁字搦めにされ、なすがまま沈んでいく。

床の遥か下に灯りが見えた。地獄のような世界で唯一の安息を感じてしまった、篝火の灯り。

 

強烈な悪寒がした。沈む先あの世界だと、直観的にわかってしまった。

 

「い、いやだ。あそこに戻るのは嫌だぁああああ!」

 

執務室はいつの間にか無くなり、司令官の姿はもう見当たらなかった。恥も外聞もなく、背を向ける姉さん達に最期のあらん限りの力で助けを叫ぶ。

 

「誰か助けて! 姉妹を、私を見捨てないでくれぇえええええ!!」

 

ゆっくりと、姉さん達がこっちを向いた。

 

 

 "あなたはもう、姉妹じゃない"  

 

 

トプン

 

 

 

          ◆       ◆       ◆

 

 

どこからか聞こえる悲鳴で、私は飛び起きた。体中が冷や汗にまみれ、過呼吸になりそうなほど荒い息、そして先ほどまでの悲鳴が自分自身から発せられていたものだと気付いた。

 

パチパチと篝火の心地よい音が耳に届く。周りを見渡して、思考がまとまらずも、ここがロスリックの高壁だとわかった。

 

 恐ろしい、とても恐ろしい夢を見た気がする。気分が悪い

 

 

両手で上半身を支えているのに何故か違和感を感じた。訳も分からぬまま、確認の為両手を持ち上げる。

 

手首から先がない黒焦げの右手と、指が半分無くなり、残りも炭化して崩れている左手。そんな手がごく普通に視界に入ってきた。

余りにグロテスクな光景に発狂し、手足をばたつかせて後ずさる。その最中にも、フラッシュバックは止まらない。

今までの行い全てが、さっきまで見ていた夢が私の脳の中の奔流となって押し寄せた。

 

湧き上がる吐き気に逆らえず、腹の中のものを全てぶちまけた。

 

「私は、なんてことを」

 

 襲われたのは仕方がない。やらなければやられていた。百歩譲ってそこはいい。だが、祭儀長だけはどう取り繕っても、私から喜々として殺していた。

この世界の残酷さに、閉塞感に絶望して、頼れるのは自分だけだと、自分だけはまともだと思い込んで、無意識の全能感に自分が正義だとおごり高ぶっていた。

 

 最低だ、反吐が出る。

 

 

「私は、艦娘として失格だ……!」

 

 

 司令官の言うとおり、私に鎮守府に居る資格は無い。それどころか、艦娘としたの矜持も忘れ睦月型としての誇りも失ってしまった。それだけの過ちを犯してしまった。

好き勝手に殺戮をもたらす。その行為は深海棲艦の所業とドいう違いがあるのだろうか。

締め付けるような罪悪感に涙が溢れる。自分を抱きしめ、殺めた命にひたすら懺悔した。

 

 

果たしてその懺悔は罪滅ぼしか、ただの自己満足か。ただ言えるのは、驕りのツケは今ここにこうして散乱している艤装が払ってくれていた。踊り子によって破壊された艤装は、その全てが破片として散乱しており、この世界での復元は不可能と断言できた。つまり、今の私は力が強いだけの丸腰の少女。

これまで敵対者を無双できていたのも、アウトレンジから掃討できる重火器があってこそ。剣の扱いも体術の心得も無い私に、亡者ならまだしも、英雄相手に張り合えるわけがない。そもそも今の心境では相手を傷つけることすら抵抗を覚えてしまう。

これでは、王の巡礼どころか、帰還の手がかりをさがす事さえ困難だった。不可能の三文字が、只でさえボロボロに歪んだ心の柱に罅をいれる。

全て失った。艤装も、単装砲も、機銃も、服も、何もかも。

 

 ここで朽ちるのが、私の罪なのだろうな

 

全能感の象徴である艤装が完膚なきまでに破壊され、己の罪を自覚した私に、帰還という目標に向かう活力も意気込みも無くなっていた。最早諦観に似た面持ちで、その罪を受け入れる。その果てが亡者であろうとも構わない

 

 

 

   筈だった。

 

 

「…………無理だ」

 

 

罪を償うべきだ。この世界で生きるしかない。私は鎮守府に帰るべきではない。

そう自分に言い聞かせて諦めようと心を殺しても、そのたびに姉妹の顔が脳裏にチラつき心を閉ざすことができない。

 

 

「会いたい、会いたい会いたい会いたい!!」

 

声に出してしまえば、もう止まらない。思いの丈を声に載せて空に、周りに大声で放つ。

 

 顔を見たい! 声を聞きたい! 話をしたい! 軽蔑されても、侮辱されてもいい。ただ会いたい!

 

声につられて感情もまた涙となって溢れ出た。取り返しのつかないことをしたのはわかっている。だけど私は……!

 

 

唐突に右わき腹に鋭い痛みが走る。突然、なんの前触れもなく

 

矢だ。矢が背中から刺さっていた。振り返ると、崩れた塀の合間から、下手人であるクロスボウを持った亡者兵士が緩慢な動作で装填作業を行っていた。

 

「この……!」

 

再び兵士が矢を射出する。弦の巻き取りが甘いのかそこまでの速度ではない。痛みを無視して軽く身を反らして躱し、一気に肉薄し掴みかかる。

クロスボウを挟み私と亡者の力比べが始まる。体格では劣るが、力の面では私に分がある。徐々に兵士を後ろに押しやり、そのまま下に突き落とそうとさらに力を込めた。

正に兵士が足を踏み外したその瞬間、兵士はいきなり私の腕をつかむ。咄嗟のことで振り払う時間もなく私も一緒に落下してしまった。

運のいいことに兵士がクッションになったおかげで、特に怪我もなく落下を切り抜けられた。一方で兵士もすぐに私の下で暴れはじめる。側に合った煉瓦を手に取り、止めを刺すべく振り上げた。

 

 

 また殺すのか? 身勝手に

 

 

心臓が、跳ねる。体が硬直し、息が詰まる。

 

 

 また、私は……!

 

 

影が私を押し倒す。犬だ。がりがりに痩せ細った亡者の犬版ともいうべき生物が私に覆いかぶさっていた。

 

「やめっ! この!」

 

亡者犬は私にかみつこうと大口を開く。どす黒く乾いた牙は血に汚れ、故に殺傷力の高さを証明している。私は咄嗟に私は犬の顔を掴んで阻止する。犬は抵抗して顔を引っ込めようと足に力を籠めたり腕を引っかいたりするが所詮は犬で、兵士よりもかける力は余裕がある。そのまま腹を蹴り飛ばそうと右足を犬の下に潜り込ませた。

 

「ぎっ?!」

 

左足を嚙まれた。視線をずらすともう一匹、犬が私のふくらはぎににかみついていた。

 

そいつは食欲に応じるまま、肉を引きちぎろうと首を激しく揺り動かす。体重は少女のそれである私の体はその動きに簡単に振り回されてしまう。

捕まえている犬をくぐる形で引きずられ、背中に刺さった矢がそのたびに体内をえぐる。その痛みにたまらず犬の後続が緩んでしまった。 

 

 

犬の顔はするりと腕をかき分ける。

 

 

 

一直線に向かう牙の矛先は、喉。

 

 

 

 

石畳の上に鮮血が吹き荒れた。

 

 

 

 

息ができない。声が、でない。

 

 

「あ゛  ご  」

 

 

出血元を押さえても、心臓が鼓動するたびに噴水のように吹き出る鮮血。手が、顔が赤黒く染まって行く。

犬たちは追い打ちとばかりに、思い思いの部位の肉を食いちぎる。ふくらはぎ、太もも、わき腹、二の腕、頭さえも嚙みつかれ、頭皮が捲られおびただしい血が髪を濡らす。

それでも、死なない。死ねない。

すでに腹は割かれ、犬共は喜々としてはらわたを鼻で漁り、外に引きずり出して咀嚼している。それでも意識ははっきりしていた。全身から発せられる狂ったような痛みも、内臓を物色される気持ち悪さも、血液で溺れる窒息感も、流れでる血液の喪失感も、全部感じ続けていた。

 

 

 痛い

 

 

 

 

 気持ち悪い

 

 

 

 

 苦しい

 

 

 

 

 寒い

 

 

 

 

 

 もういやだ

 

 

 

 もう耐えきれない

 

 

 

 

 

 誰か早く

 

 

 

 

 

 殺してくれ

 

 

 

視界にハルバードの刃先が入ってきた。

 

私の頬は吊り上り、喜んで首を差し出した。

 

 

 

 この世界は、地獄だ

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

「…………」

 

 

気が付いたら、私は再び篝火の前にたたずんでいた。

そのまま塀の隅に行き、静かに腰を下ろし両足を曲げて顔に膝をつける。

 

 もう、このままでいい

 

"灰"の使命とか、この世界から脱出したいとか、鎮守府に帰りたいとか、姉妹に会いたいとか、今の私にはそんなのどうだってもよかった。

 

 死にたくない。殺されたくない

 

踊り子の時も、さっきも苦しみに苦しみ抜いて死んだ。どんなに致命傷でも心臓が、脳が止まらない限り私の意識はあり続ける。全てが嬲り殺しとなってしまう。

 

 "死"が怖い。恐ろしい。もう味わいたくない

 

 故に、廃れることにした。誰にも気づかれず、ひたすらじっとここで縮こまり、亡者になるのを待つ。そうすればもう"死"に怯えることも無くなるだろう。

 

今や"死"の恐怖は私の全てを凌駕し、支配していた。"死"を遠ざけられるならば、亡者になることだって厭わないぐらいに。

 

乾いた風が髪型を崩した。

 

 そういえば髪留めだけは、無事だったなぁ。もしかしたらまだ……

 

 

 

踊り子戦の最後の記憶の、暗い中光り輝く三日月の輝き。

 

「すまない、みんな」

 

 

 

その記憶に

 

 

 

「すまない」

 私はもう、睦月型ではない

 

 

 

 

蓋をした。

 

 

 

 

 

こうして、私の心はそこで折れた

 

 




……私を殺しにきたのか?

 殺しに来た >そうではない

なら、放っておいてくれ

私は何もしたくないんだ







……もの好きなやつだな

お前、"灰"だろう? 

こんなところでうつつを抜かしてないで、さっさと使命とやらを果たしてくればいいだろう

もうどっかにいけ! 私に話しかけるな!


……ハァ

そんなに私と話したいなら、私が無くした三日月の髪留めをもってくるんだな

そうすればいくらでもお前の話し相手になってやるさ

さあさっさともってこい!それまではお前とは一切口を聞かないからな!

























三日月の髪留めを渡しますか?

  >はい   いいえ



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長月が立ち直るまで

よし、これで不死街に行けるようになったぞ!

捕捉ですが、"灰"=プレイヤーです。でプレイヤーの人物像を指定しないように気を配ったので、書き方が結構特殊で読みにくいかもしれません。

まあ蛇足的立ち位置だし、いいよね?(思考放棄)

9/25日 加筆しました。


 どのくらい経ったのだろう

 

一日か、一週間か、一か月か、それ以上か。どうやら"灰"となった時点で、身体の成長は完全に止められたらしく、いつまでも痩せこけることはなかった。

自分の記憶も、感情も死の恐怖によって塗りつぶされ、鎮守府や姉妹たちの記憶がおぼろげにかすみ始めており、それが本当に自分の過去に起きたことなのか、実感が持てなくなっていた。

 

自分の勝手な妄想だったのかもしれない。私は元々この世界の住人で、記憶は現実逃避に見ていたただの夢だったのかもしれない。

 

 

 

これまでの行い全てが、虚構。

 

 

 

そうだったのだ。きっと、そう

 

 

 

 

 ああ、全てが億劫だ。

 

 

 

 

そんな時だった。手が差し伸べられたのは。

 

 

 

 

だけど私はそれを振り払った。

 

 何もしたくなかったから、無視した。

 

 気に掛けられるのがうっとうしかったから、邪険に突き放した。

 

 それでもしつこかったから、無理難題を吹っかけた。

 

 

 それで終わった。手は諦めて去った。

 

 そのはずなのに

 

 

三日月の髪留めが優しく眼前に差し出されたのが、私はしばらく信じられなかった。

震える手でそれを手中に収めれば、見覚えのある光沢が私を歓迎してくれた。

 

確信する。これは紛れもなく私の物だと。最期のよりどころだと。

 

気付けば泣いていた。子供のように泣きじゃくっていた。妄想ではなかった。嘘ではなかった。二度と無くすまいと胸にしっかり抱きかかえ、手の感触からその存在を存分に感じ取った。許された気がした。私はまだ睦月型であっていいと、そう言われている気がした。

 

髪留めの存在を実感した私の思考は自然と、これを持ち帰ってくれた存在への感謝に溢れた。

 

涙でぐしゃぐしゃの顔を上げれば、穏やかな安堵の笑顔が私を見ている。その顔に私は去来した疑問を投げかける。

 

「どうして? どうやってこれを……」

 

ただ無くしたと言っただけ。三日月の髪留めと言っただけであり、色も、大きさも、材質も何も言わなかったはずなのに。何故これだと分かったのか? それが不思議でたまらなかった。

 

そう問えば、"灰"は苦笑しながら答えた。なんとなくだと。踊り子を倒した時に拾って、これじゃないかと思っただけだと。

 

 つまりなんだ? こいつは、ただの勘で、正解を当てて見せたのか?

 

「……呆れたものだ。もし違っていたら、私はお前を殴っていた」

 

 これは手厳しいと苦笑する"灰"に、私もつられて笑った。自己防衛の為の狂笑ではなく、相手に感謝を伝えるための、穏やかな微笑み。

 

再び差しだされた手を、今度はしっかりと掴むことができた。

 

「……ありがとう。礼を言う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、私は"灰"の気まずげな態度から自分が何も身に着けてないことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

         ◆      ◆      ◆

 

 

 

 

とりあえず胸と下半身を覆えるだけのものを"灰"からもらった私は、様々なことを話し、教えてもらった。

 

私を助けた理由、出自、過去、この世界について、"灰"は色んなことを話してくれて、私もそれに負けじとこれまでのこと、自分のことを包み隠さず話した。流石に異世界出身であることには懐疑的だったが、そこは仕方がないと割り切って話した。

 

会話の中、私は"灰"にソウルの業なるものについて伝授してもらった。

 

原理は全く分からなかったが、物質をソウルという非物質状態に変換する技術であり、実践されたときにはそのあり得ない光景に驚きっぱなしだった。"灰"だけではなくこの世界の常識であると言われたときには声も出なかった。そして自分も実践してすんなり出来た時は真顔だった。 

 

 

 世界が変われば常識も変わるのは当たり前だが、これはさすがに違い過ぎないだろうか。

 

 

加えて、エスト瓶の存在。

 

"灰"ご用達の回復アイテムで、死んでなければどんな傷でも内封された火が使用者をたちまち癒してくれる代物。

 

これらを知っていれば、おそらく犬に食い殺されることは無かっただろうと、自らのずさんな情報収集能力を本気で嘆いた。

 

 

 

話を戻す

 

 

 

話が一段落したところで、沈黙が訪れる。会話の種が尽きれば当然のことだ。

 

だがその沈黙に、私は恐怖を感じた。

"灰"との会話は嬉しくて、楽しくて、有意義で、だからこそこの関係を終わらせたくない。そう思った。

 

 別れたくない。一人になれば、また折れてしまう

 

その一心で、私は同行を申し出た。私を救ってくれた恩に報いたい。そういう建前で。

 

しかし、私の申し出は受け入れられることはなかった。それは無理だ、と。

 

合わせられた瞳の色に、私は自分の浅ましい本心を見透かされたと感じ、力なく目を逸らす。

 

ソウルの業も何も知らないこの私がどれほどの役に立つのか。私がやろうとしていることはただの自己保身。"灰"の足を引っ張るだけ。

当たり前の事実を、自分の愚かさを突き付けられて、私は消えいるような声で口を動かした。

 

「すまない。忘れてくれ」

 

"灰"は私の消沈ぶりに一つ息を吐き、しばらくしてあやす様に語りだした。

 

曰く、世界の滅亡が近いから、時間や空間にもその影響が出ていて淀んでおり、位相のずれが起きている。死んだり、篝火の転送をすると位相がずれてしまう。一緒に行動したとしても、特別なつながりが無ければすぐに離れ離れになってしまう、と。

 

異世界から来たというのを公言している私が言うのもなんだが、控えめに言って意味が分からなかった。

 

突然語られた荒唐無稽な話にひたすら首をかしげていると、"灰"もまた首を捻り、妙案とばかりに切り口を変えた。

 

私は祭祀場前の灰の鎧を倒した。君はどうか? 

 

「……その鎧の武器は?」

 

右手に斧槍、途中から怪物に変わって爪の攻撃

 

私の思考を正確に汲んだ"灰"のその文言に一切の嘘は感じられなかったし、あの無残な広場の跡地から灰の鎧が怪物に変化したと推測するのは不可能だ。

それ故に先ほどの"灰"の言葉は正しいことが証明され、あり得ない、と私は呟いた。そして、その先の意味を私は恐れおののいた。

 

 つまり、この出会いは一期一会で別れてしまえば、もう会えないのか?

 

思考をそのまま疑問として"灰"にぶつけた。願わくば仮説が間違っているようにと、否定してくれる未来を願って。

 

位相が合えば、また会える。

 

 位相が合わなければ、もう会えない

 

"灰"の言葉は希望を込めた否定。だけど私には絶望が含まれた肯定に聞こえた。

 

「そんな! せっかく……せっかく出会えたのに……!」

 

 また一人になってしまうのか!?

 

永遠の別離に危機感を覚えた、"灰"の腕に縋り付く。一人の時の孤独感を思い出せば、最早自重などできなかった。

 

「行かないでくれ。ずっとここにいてくれ。一人にしないでくれ」

 

"灰"は困った顔をして、しかし断言した。行かなければならない、と。

 

何故、と八つ当たりの怒りを込めた語調で問いを投げつける。だけど"灰"はひるまない。

 

 

 

結局、"灰"は理由を言わなかった。

 

 

どうあっても、"灰"は行ってしまう。そう悟った。

 

泣いた。泣きながら、力なく"灰"を叩いた。どうしようもないと分かっていても、やめられなかった。

 

そんな私に、"灰"は無言で何かを握らせた。涙をぬぐい手に取れば、白いろう石だと分かった。

 

 

このろう石で書かれた名前は時間の淀みを越える。名前に触れると、そのサイン主を霊体として呼び出し、共に行動できるようになる。私も常々霊体を召喚して、旅の助けにしている。これを君に譲ろう。

 

 

白いサインろう石をまじまじと見つめる私の腕に、"灰"は取り出したロングソードを被せた。

 

 

これも君に貸し出そう。もし君が立ち直って、まためぐり合う機会があったなら、その時に返してくれ。

 

 

 

それが"灰"の最後の言葉だった。

 

 

 

静寂が、私を包む。篝火がパチパチと立てる音だけが鼓膜を震わせている。

 

 また一人になってしまったな……

 

ロングソードには沢山の傷があった。切り傷、こすり傷、血痕、泥、煤。色んな傷が歴史を物語るみたいについていた。かねてからの"灰"の愛用の物だと容易に想像がつく。

 

 こんなものを託して、あいつは何がしたいんだ

 

私は一人になったら簡単に気が狂う程心が流されやすくて、殺されれば折れるほどもろくて、前に進むのも諦めた役立たずだ。

 

「その私に……」

 

 なぜそこまでの信頼を置けるのだ?

 

大切なものだったのだろう。形見だったのかもしれない。相棒とも呼べるものだったのかもしれない。それをこんなにもあっさりと託して。

 

「あいつは、大馬鹿者だ」

 

名前すら言ってない相手に戸惑い無く手助けをするなんて。

 

 

 そして私も大馬鹿者だ

 

返す相手の名前すら聞いてないのだから。

 

 

「どこの誰かは知らぬが、受けた恩をもらったままふさぎ込むなど、長月の名が廃る」

 

死に怯えるだろう。

無様にのたうちまわるだろう。

殺しを躊躇するだろう。

 

だが、髪留めを見つけてくれた恩も、この剣のも、前を向かせてくれた恩を、返してない。あの建前は別に嘘ではない。まぎれもなく本心の一つだ。

そしてあいつの心が折れないように、支えていきたい。守りたい。あいつの心折れた姿を見るのは死より怖い。

 

 

 だから私は立ち上がる。

 

 

握ったままだった髪留めを髪につけようとして、やめた。

 

 ここから先はわがままだ。これ以上、睦月型の名を地に落としたくない

 これからする行為は須らく艦娘として、決して褒められたものではない。それどころか深海棲艦と同じところまで堕ちる可能性すらあるだろう。

 

そこまで思って、祭祀場で皆が出自を語らなかった理由がわかった。そして今度は彼女達とはもう一回ちゃんと向き合って話し合おうと誓う。

 

 

 

「皆のことは絶対忘れない。いつも私の中にある」

 

 だから、今だけは睦月型を、艦娘をやめるのを許してくれ。

 

 

ソウル化した髪留めが確かにあるのを胸に感じて、私は再び前を向いた。

 

 

 

「"長月"、出る」

 

 

 

 

 

      □      □      □

 

 

 遂に、遂にここまで来た

 

 

最初の日の炉、その頂きに向けて"灰"は一歩一歩足を動かしていた。

 

流れ着いた故郷の王たちの下に行く道中で数々の強いソウルを持つ者たちを殺し、それを糧に自身を強化しまた殺しを繰り返し、全ての王を殺して、ソウルを王座に戻した。

死んだ。本当に数え切れない程殺された。そのたびに心が折れそうになった。だけど私はここにいて、火継ぎの儀式を再現した。

多くの"灰"と協力し、殺しあった。志を同じとするものと喜びを分かち合い。敵対するものを口悪く罵り、憤った。自分が霊体となって協力に行ったこともあった。

しかし、その"灰"達のサインは旅が進むにつれて徐々に減り、またよばれる頻度も減っていき、遂にサインは無くなった。

それでも私は進み続けた。"灰"達の無念を無にしないために。

 

頂きが見えた。剣があちこちに刺さる中で、篝火と同じような、いやそれよりも弱弱しい火を見つめて座っている何者か。

 

 

 あれが、王の化身。

 

 

あれを倒せば、全てが終わる。

 

 

得物を抜き放つ。最期の試練へと挑むにあたって、今一度気持ちをリセットする。ただただ倒すと、気持ちを固める。

 

 

 

 

 

サインが、浮かび上がった。

 

一瞬、見間違いかと思った。だが違った。確かにサインがある。自分以外にここにたどり着いた者がいるのだ。

 

その名前を見て、そしてぼんやりと見える主を見て"灰″は思わず大声で笑ってしまった。あの日、あれだけ話していたのに、愚かにも交換し忘れたソレをまさかこんなところで知れるとは。

 

 

 

  「いい名前だ」

 

 

 

サインに、触れた

 




長月提督なら、自分の愛用武器上げるのは当たり前だよなぁ?(lv61)


鎮守府に戻った長月が、罪に苦悩する姿をかくのもまたいいんじゃないかなと思いました。
そして睦月型総出でメンタルケアとか、あ^~たまらねぇぜ。


そういえばふと思ったんですけど高速修復材の中身ってエスt


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長月亡者化ルート

次の話が不死街とは言ってない。
バッドエンドについての感想があったので、自分でも考えてみました。

文章量が思ったより少なかったから長月関連のイベント概略とアイテム文書いてみました。

が、フロム脳が足りない……!

後この話の"灰"はプレイヤーキャラとしては書いてません。

9/27 異界の少女シリーズのフレーバーテキスト修正


 どのくらい経ったのだろう

 

一日か、一週間か、一か月か、それ以上か。どうやら"灰"となった時点で、身体の成長は完全に止められたらしく、いつまでも痩せこけることはなかった。

自分の記憶も、感情も死の恐怖によって塗りつぶされ、鎮守府や姉妹たちの記憶がおぼろげにかすみ始めており、それが本当に自分の過去に起きたことなのか、実感が持てなくなっていた。

 

自分の勝手な妄想だったのかもしれない。私は元々この世界の住人で、記憶は現実逃避に見ていたただの夢だったのかもしれない。

 

 

 

これまでの行い全てが、虚構。

 

 

 

そうだったのだ。きっと、そう

 

 

 

 

 ああ、全てが億劫だ。

 

 

 

やがて何も感じなくなって、感覚なんてとうに消え去った。

 

 

記憶が燃えていくように劣化していく。それでも私はかまわなかった。

 

 どうせ、いらない

 

 どうせ私は

 

 

 

 

 

 それでも、心に残り続けるモノがあった。

 

 

 

 

       ×       ×       ×

 

"灰"はその景色を見て困惑した。

 

灰の審判者、グンダがひざまずいていた広場。それが見るも無残に穴ぼこだらけになっていたからだ。

 

埋もれていた石畳さえもが綺麗に破壊され、円形のクレーターが四つほど出来上がっている。どういう経緯でこうなったのかが"灰"には皆目見当もつかなかった。

 

辺りを調べていると、不意に"灰"は強いソウルをこの先に感じ取った。それに惹かれるようにそのまま足を進める。このソウルの持ち主がおそらく元凶だろうという安易な推測でだが。

向かう先にあるのは、『灰』のある意味始まりの地でもある、灰の墓所。

 

襲い掛かる亡者どもを軽く一蹴し、ソウルの気配をたどって行く。今まで感じてきたどのソウルとも違うそれは本当にわかりやすい目印となっていて、見失うことはなかった。

やがてたどり着いたのは、最初に目を覚ました石棺。そこに、緑髪の幼い少女の背中が見えた。

 

見間違いかと思った。しかし、確かにソウルの気配は少女からしていた。

 

 

 こんな小さな少女が……?

 

 

"灰"の足音に気付いのか、少女は勢いよくこちらに振り返る。

 

「くそ、くそ、くそ! どいつもこいつも邪魔ばかり!!」

 

"灰"の存在に気付いた瞬間、激しい悪態をついたかと思えば、煩わしさを込めた敵意を瞳に携えて少女は"灰"に殴りかかる。

 

 

 

素手で。

 

 

 

よたよたとおぼつかない足でこちらに駆け寄り、幼い拳での武術の欠片もないテレホンパンチ。

武器を持たずに突進してくるその姿に軽く混乱したが、それでも盾越しに伝わる少女の攻撃の衝撃は中々のものであった。

 

「さっさと、消えろ! 私の邪魔をするなぁ!」

 

少女はただひたすらに目の前に現れる盾を殴り続ける。盾崩しなどのからめ手を使う気配もなく、ただ近づいてきて拳を振るうことしかしない。殺意はあるのに、行動が伴っていない。

 

 

 亡者というのは、やはり支離滅裂だ。

 

 

"灰"は軽くため息をついて、何も考えずに『灰』の本能に従う。

少女の中にある『火』、そしてソウルを奪う為に、その凶刃を彼女に向けた。

 

拳に合わせた無造作な盾払い。それだけで少女の胸元は簡単にさらけ出され、無感動に、容赦なく心臓にロングソードが突き刺さる。

 

呆然とした少女の口から、鮮血が零れ落ちる。

 

「なんで……」

 

許せ、と形だけの謝罪とともに乱雑に"灰"は剣を引き抜いた。

 

だが少女は倒れなかった。胸を押さえて苦しみつつも、しっかりと両足で立ったままだ。

 

「どうして……? 私は、あそこに帰りたいだけなのに、どうして邪魔をする?」

 

鮮血をまき散らしながら、再び少女は"灰"に殴り掛かる。

 

そこでようやく、彼女はただ追い払いたいだけなのだと"灰"は気づいた。

 

何故と繰り返し呟きく少女のパンチ姿は不気味さよりも痛々しさを想起させる。流石に無感動でいられなかった"灰"の眉が吊り上り、躊躇いと疑問が胸中に湧き起こる。

 

 

少女は突如全てを失った。平穏とは言い難かった。しかし賑やかで楽しげな日常から一転し、狂気と絶望が渦巻くこの世界に放り出された。世界の全てが彼女の障害となって襲い掛かった。何もかも失って、何もかもが嫌になって、全てを投げ出して、それでも望郷の念は捨てきれなかった。だからこそ、自分が来た道をまた戻って、ここで立ち往生していた。

 

何故なら『始まり』より前には何もないから。

 

 

しかしそれは"灰"の知るところではない。

そして、少女にそれを語る理性はもうない。

 

とっくの昔にハッピーエンドの期限は過ぎていた。

 

"灰"は何もわからない。その痛々しい意志しかわからないからこそ、賽を投げてしまった"灰"は早急に少女を殺すことを決意する。

 

亡者状態から回復する手段はなく、世界に縛られ続ける亡者への救いはこれしかないのだから。

 

最早少女の拳は"灰"に何の恐怖も与えない。その一閃は突き出した腕ごと両断する勢いで深く胴を切り裂き、少女はそのまま力なく仰向けに倒れていく。

 

 

 

 まだ。生きているのか……!

 

 

 

初めて"灰"は感情を顔に出した。少女の尋常ならざる生命力に驚愕した。これ程の傷ならば、どんな亡者も即死のはずなのだ。それなのに、まだ確かに少女の胸が上下している。

 

「いたい、いたいよぉ……みんな……だれか……」

 

だがその生命力も無用の長物どころか、逆に少女を苦しめている。ただいたずらに死を待つ時間を増やしている。

 

顔を歪める"灰"の前で、少女は残った腕と足で、僅かに残った生命を削りながら石棺の方に這う。

 

 

 一体そこに、何があるというのか。

 

石棺の中は何も無い。空っぽ。それなのに少女は懸命に這い続ける。

 

「嘘じゃない……本当なんだ……」

 

 みんなとは誰だ。嘘とはどういうことだ。

 

 何を一途にそこまで求めるのだ?

 

そんな胸中を全て封じ込めて、"灰"は静かに剣先を彼女の首筋に当てた。これが最善だと信じて、振り上げる。

 

 

 

   あ……しれいかん きてくれt

 

 

 

 

 

 

 

地を殴った。

 

拳を叩き付けた。

 

殴り続けた。

 

だが地面(せかい)は何も言わなかった。雄たけびを上げて、気付けば涙が溢れていた。

 

少女は灰になった。正真正銘、これで死んだ。灰の上に漂うソウルがそれを証明している。

 

だがそれがホントに救いになるのか

 

シレイカン。私にそれはわからない。だが少女は最後に私にそれを重ねた。そして彼女は(しれいかん)に殺された。

 

 

 もう忘れられない。脳裏にこびりついた。

 

 

 

 

 安堵から驚愕と絶望に変わる、彼女の顔が!

 

 

 

最期まで彼女に、救いは無かった。

 

あんまりだ。何もかもを彼女は壊された。一切合財の容赦なく、不条理に、不合理に。

 

 こんな少女にまで、世界は自分の都合を押し付けるのか!

 

 

"灰"の中である激情が荒れ狂う。

それは、怒り。いたいけな少女に無理難題を押し付けた世界、火継ぎのシステムへの怒り。

 

 

 火継ぎの儀式の度に、こんな悲劇が毎回行われるのは間違っている。

 

 あっていいはずがない

 

 

 

 私は絶対に認めない

 

 

 

この後、火の時代は終わりを告げた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

異界の守護者イベント概略

 

 1.踊り子と戦闘状態に入った段階で篝火"ロスリックの高壁"付近にいるので会話。

 2.数回話しかけると、そのまま黙り込む。※時間経過でいなくなるので注意!

 

 生存ルート

 

 3.踊り子を倒すと三日月の髪留め入手。倒した後ならば祭儀長の椅子の所に落ちている。

 4.髪留めを渡し、会話すると武器を譲渡できる。※篝火のアイテムボックス内の武器は渡せないので注意。

 

 ロードを挟むといなくなる。

 

 6.最初の火の炉のボス霧前にサイン。

 7.召喚すると、ジェスチャー「敬礼」を入手

 8.生存状態でクリアすると、譲渡した武器が最大強化の状態で手に入る。侍女から異界の守護者シリーズを買えるようになる。(※武器のテキスト分が若干変化している)

 

 亡者ルート

 

 3.時間経過でロスリックの高壁からいなくなり、灰の墓所のゲーム開始地点に移動 ※グンダの場所の地形が変化していれば確定

 4.近づくと襲われる。 ※素手だが、当たると100ダメ程度で結構痛い

 5.HPを1まで削ると、石棺に向かって這い始める。これ以降ダメージが入らない。

 6.近づいて"止めを刺す"または、ロードを挟むと死んでいる。

 7.遺体から「異界の守護者のソウル」を入手。侍女から異界の守護者シリーズを買えるようになる

 

 

各種アイテム

 

三日月の髪留め

 何の変哲もない光沢が美しい三日月の髪留め。

 

 それは月の名を冠した姉妹の絆そのものであり、

 持ち主の最後の拠り所でもある。

 

異界の守護者のソウル

 力を帯びた、異形のソウルの一つ

 

 使用することで大量のソウルを得るほか

 錬成によりその力を取り出すこともできる

 

 守護者は異界の人々の希望によって生まれたが

 それ故に狂気に耐えられなかった。

 

異界の守護者のセーラー服

 異界の守護者が身に着けていた服装。 

 月の名を冠する守護者の制服であるという

 

 月の名を冠する少女たちは、非力ながらも任務に尽力した。

 数多くの武勲は彼女にとって十分な誇りである。

 

異界の守護者のスカート 

 異界の守護者が身に着けていた服装。 

 月の名を冠する守護者の制服であるという

 

 月の名を冠する少女たちは、非力ながらも任務に尽力した。

 数多くの武勲は彼女にとって十分な誇りである。

 

12cm単装砲

 異界の守護者たる少女の武装

 それの再現である。

 

 砲とは高威力の弾丸を高速度で発射するものであるが、

 その機構の複雑さ故に、壊れやすい

 

 戦技は「砲撃」

 ソウルを弾丸として発射する。

 着弾するとその場に爆風を生み出す。

 その反動故、移動は不可能である。

 

 

12.7ミリ機銃

 異界の守護者たる少女の武装

 それの再現である。

 

 銃とは高速の弾丸を連続で発射するものであるが、

 その機構の複雑さ故に、壊れやすい

 

 戦技は「銃撃」

 ソウルを弾丸として連射する。

 その反動故、移動は不可能である。

 




こんなもん入れたら発禁確定やで


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長月が不死街で灰になる話

長月とけっこんしますた(10/6)

あ、小説は後回しになりました。

レベリング中に他の睦月型がダクソ3に迷い込んだらどうなるのかを軽く考えてみて、

望月:祭祀場まで行けるでも、面倒臭いとか言って火守女にひざまくらしてもらってのんびり待つ。
三日月:多分長月みたいに祭儀長を殺したりしない。そのまま不死街方面に。ソウルの業とかも祭祀場で知るかも。でもファランの城塞あたりでつまりそう。
菊月:長月と同じになる可能性大。だけど、視野狭窄に陥る可能性はこちらの方が低いかも?
文月:言葉が通じる相手には、砲は向けないはず。故に不死街へGO、しかしそこで動けなくなる(意味深)
皐月:踊り子に殺される。でも祭儀長は殺さずに無理やり登ろうとして踊り子起動のながれ。祭儀長はとばっちりで死ぬ
卯月:ロスリックの高壁の地獄を見て、自棄になってうずくまる。
弥生:怒る
如月:アニメ三話あたりで死ぬ。
睦月:デモシュジンコウサンガ! (オーボーエテーイテー♪)


総括:映画見なきゃ



敵側が自軍より数が多い時、もっともやってはいけないことの一つは包囲されることである。

包囲殲滅という言葉からわかるとおり、殲滅に向いたこの陣形での受け身側はどの方向を向いても敵、敵、敵。そして全方位からの攻撃を対処しきれる可能性は、ほぼあり得ない。突破の手段はどれもリスクが高く、損害なしで切り抜けるにはよほどの練度と強運が最低条件。故に、それに繋がる行動は禁止されている。

 

長月がこの世界に来たばっかりの時、亡者たちに袋小路に追い込まれた時の場合は、囲まれたと言っても敵は一方向にのみ固まり、蹂躙できる火力があったから、幸運にも無傷で切り抜けることができた。

 

周りが全て敵で、蹂躙できる得物が無い場合など、長月は想像もしたくないだろう。

 

しかし彼女は今まさに上記の状況に追い込まれていた。

 

 

油断はなかった。だが原因は彼女にあった。

 

 

一旦祭祀場に戻り装備を整えた長月は、故郷に帰った王達を追って不死街まで来ていた。

 

しかしその亡者だらけの道中で彼女は亡者たちを極僅かしか殺してこなかったのだ。

 

火器は引き金を引けば後は銃弾が相手の命を絶ってくれる。一瞬でもいいから殺す覚悟を決めれば、後は殺したという事実を銃弾が勝手にもってきてくれる。

だが剣は違う。剣が当たっても勝手に相手は死なない。そこから自分で力を込めて、肉を引き裂かなければならない。自分で意志を込めて殺す事実を作り上げなければならない。

 

殺したくない。何故自分が。まだ死んでない。まだ間に合う。剣を止めろ。そんな甘さ、心の迷いに打ち勝たなくてはならない。

 

それに加えて、見られているのだ。頭の中で司令官が、睦月型達が私の帰るべき場所にいる皆が侮蔑の視線でこちらずっと見続けて、艦娘の魂とも言える部分が体を脱力させる。

その感触は長月にとってたまらなく艦娘として冒涜的で、気持ち悪くて、手を無意識に擦ってしまうほどこびりついていた。

 

彼の後ろ姿に惹かれて、それでトラウマに無理やり蓋をしただけなのだ。それらはいまだに長月の心を深く傷つけていて、こんなふうに簡単に顔を出す。

そして周り全てが敵という孤独感はやはりいかんともしがたく、彼女の精神を余計に疲弊させていた。

 

 

ロスリックの高壁はそれでもなんとかなった。艤装がまだあった時に覚えた地理をフルに活用することで、問題が表面化することも無く、敵をやり過ごせた。

 

 

だがそれも不死街に来てから様相が変わり始める。

 

不死街の住人の武器は、裾や四又鋤などの一般的な農具でその刃すらさびてボロボロになっている。そこ以外もボロボロの木材で、ロングソードでも簡単に切り落とせた。だから高壁の亡者よりも御しやすいと長月は最初は思っていた。

 

不死街は、ありとあらゆる呪いが集まる場所だ。当然、住人達はそれらの対処をせざるを得なかった。

そして回数を重ねるうち、呪いに打ち勝つためその手法は洗練され効率化されていき、住民たちの結束も固くなって行く。そしてその結束は、呪いを排除する意味を失ってしまってなお健在だった。

 

不死街の恐怖は単純な武力ではなく、住民間の連携にあった。

 

点では無く、線。単体ではなく、複数。

 

住人一人が大声をあげこっちに切りかかれば、その声に気付いた他の住人が加勢に入る。そしてそれらに手間取っていれば、住人がまたやってきて……。それの繰り返す内、いつの間にか長月は広場で囲まれていた。

 

対多人数相手の戦い方のノウハウがなく、土地勘もなかったことによって生まれた最悪の状況。それが今だった。

囲まれ、逃げ場が無くなった長月をいたぶるように、亡者たちは農具を突き出してくる。その様子は余興を楽しむかのようで、その侮りと侮辱に歯をきしませるほど腹が立ち、殺意が沸く。

 

しかしその殺意に反応してフラッシュバックが始まり、ここまで追い込まれてなお長月は一歩を踏み出せない。

 

その葛藤をあざ笑うようにようにどこかから女のしわがれた嘲笑が聞こえた。

 

 

 

「殺す……殺しかない……」

 

 最早亡者を殺して包囲網を突破するしか後が無くなった。だから

 

「今だけは、消えろ……消えてくれ!!」

 

 

司令官の、姉妹たちの凍てつく瞳を殺意で塗りつぶそうと、長月は自分の視界も黒で塗りつぶす。

 

 

 

 

それは正しく、阿呆がやる事。

 

 

 

視界から情報をシャットアウトした彼女に頭上からの攻撃は防ぎようがなく、黒い何かをもろに受けてしまう。

それは一瞬で形を変え彼女にまとわりつく。亡者たちの声色が喝采を上げるそれに変わった。

 

 

 

それが凄惨な私刑の始まりの合図。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 虫だ。虫が、体を這いずりまわって食い荒らしている。生きたまま、食われている!!

 

 

余りの激痛に彼女は剣を取り落とす。膝を折り、嫌悪感と痛みに必死に耐えようと腹を押さえてうずくまる。

虫は止まらない、体のあちこちからまるで風船のように血が噴出した。必死に虫を振り払おうと手で叩き落したり転がったりしても、腕さえも中に喰い入られた。だが虫は内部には侵入せず肉の浅い部分をひたすら食いちぎる。

 

 

正しく拷問。命はとらず、狂いそうな痛みだけを与えるその時間は、しかし、唐突に終わった。

 

「……ぁ…?」

 

体内にいた虫も這い回っていた虫も、皆一斉にいなくなった。まるで魔法のように、いきなり。しかし一方で今まで塞がれていた穴から再びおびただしい血が流れおち、長月を中心に血だまりを広げていく。

 

 

 傷を……塞がないと……

 

 

エスト瓶を右手に取り出す。上手く力が入らない。飲めそうにない。そのまま体に掛けようとした。血走った亡者がとり囲んでいるのに。

 

 

「ぎっ!?」

 

 

次の瞬間、彼女の右ひじがに鋤が突き刺さった。それがきっかけとなって、農民たちが思い思いに長月をリンチし始めた。

 

「が…ギ、あぐ、ひぎ」

 

砥いだ農具で切り傷、刺し傷を増やし、あるいは虫の傷をほじくり返し、蹴りで各所の骨にひびを入れ、汚れた足で傷に泥をねじ込み、顔を地面にめり込ませる。そのたびに長月は短い悲鳴をあげ、その声でまた行為はエスカレートしていった。

 

彼女の抵抗も思考も、圧倒的な暴力にたやすく飲まれていく。

 

 

約20人の暴行の限りを一身に受けた長月の四肢はもう本人の言うことを聞かない。うつ伏せの彼女の外見のひどさと血の池の組み合わせは一見すれば死んでいると判断されてもおかしくなかった。

 

長月の前に農民たちが長い木柱と縄を運んでくる。一人の農民がおもむろに彼女の緑髪を掴み持ち上げると、彼女の顔が苦痛にゆがむ。彼女の細い息とうめき声を満足そうに眺めたのち、そのまま木柱の前に引きずる。長月も抵抗するそぶりを見せるが、体が言うことを聞かない状態ではなんら邪魔にもならない。

 

彼らは縄を使いボロボロの彼女の腕をを乱暴に縛りあげる。その手つきは手馴れていて数多くの経験があるように見える。おそらくこの街での"灰"の扱いはマニュアル化されているらしい。その手順がよどみがなく、農民たちはすでに次の手順に進んでいた。

 

ある農民が懐から取り出したのは木釘。その先端で長月の頬をつくと、彼女は憎々しげに睨み付ける。それをさらりと受け流し、農民達は先端を長月の手首の交差したところにあてがい、槌を振りかぶった。

 

 

―――結局私は、弱いままなのか

 

 

長月はまた一つ悲鳴を上げた。木釘は両手首の骨の間を完全に貫通し、彼女の両手が痛みにせわしなく痙攣する。

 

ふがいなかった。悔しかった。自分がこの暴力を跳ねのけられないことを。自分の弱さがこの事態を招いたことを。

そしてこれからされるであろうことを阻止できなくなってしまったことを。

 

 篝火の側にいくつも刺さっていた、磔の遺体。あれが私の未来の姿。それをもう止めることができない。

 

それでも心はおりたくなくて、せめてもの抵抗として悲鳴は絶対に上げないと彼女は固く誓う。

 

腕の輪の中に木柱が通される。所定の位置には木釘に合った穴があけられていた。

乱暴に打ち付けられる槌は、故意かはしらないが釘から外れ長月を強かに打ち付ける。彼女は腕が完全に固定され、次は両足。同じように重ねられ釘を打ちつけられる。だが彼女は口を嚙み切ってでも、悲鳴を押し殺した。

 

最後に再度胴体、足、手、そして首に縄を回し柱を立て、張り付け作業の全行程が完了するまで、ずっと。

 

 

          ◆          ◆          ◆

 

磔というのは古今東西誰でも知っている処刑方法である。が、磔にされた人間がどのように死ぬのかは意外と知らない人が多いのではないだろうか? かくいう私も、最近まで磔の刑は餓死させる処刑法だと勘違いしていた。 

ギリシア・ローマ時代のを例に取って簡単に言うと、人間にとって磔にされた状態というのは極めて具合の悪い体勢であり、その体勢を長時間維持し続けると心肺が異常を起こし死に至る。決して餓死などではなく、辛い苦痛があるのだ。

そしてこの不死街の磔もやり方は違うが、苦痛を与えるというコンセプトは共通している。

 

 

 

 首が、締まる

 

 苦しい。痛い。痛い。締まる。苦しい。痛い……

 

 

手首と足首からの断続的な痛みから逃れようと体が自然と重力に従ってずり落ちる。しかし固定されている首の縄に気道が締め付けられ、呼吸困難に追い込まれる。酸素濃度が下がった肉体は生命の危機を感じ本能的に釘に全体重を乗せて手足を伸ばし、それがまた痛みを生む。そして息ができるようになれば、痛みを逃れようとして……。

 

その命を削るポールダンスを、長月は三メートルほどの空中で何回もやらされていた。

 

住人達は、その姿をいくばくか無感情に眺めた後、このくらいは日常茶飯事だと言わんばかりに誰からとなくいつもの持ち場に戻って行った。

 

しかしながら、広場にはまだ10人今日の農民たちと伝道師が大樹の前で燃え盛るナニカをひたすら見つめている。最早彼らたちの眼中に長月はいない。

 

死のうと思えばいつだって死ねる。舌を噛み切ってでも、力をぬいてでも死ぬことはできた。だが死を意識すると途端に、狂犬に生きながらに喰われたトラウマが、髪留めを前にして届かなかったトラウマが脳裏をよぎり、結局は舌は嚙めず、四肢に力を込めてしまう。

 

 

人を殺すのを嫌がるばかりか、自分の命すら満足に絶てない。そんな心の弱い行動の結果が、このみじめな延命行動。笑いすら出ない。

 

 あの人のように、私はなれないのか……?

 

再び体が下がり始める。もう、体力も限界に近かった。視界が、頭がボーっとする。

 

 やっぱり、私には……

 

死が近づき、トラウマがフラッシュバックする。

 

 

 また、届かない。

 

 

(かみどめ)に届かず、力尽きてしまう。

 

 

 

 

  ……それは、ダメだ。

 

 

 

無意識の内に、彼女は体を持ち上げていた。そして荒れた呼吸を整えつつ、顔を上げる。

 

長月の場所からは広場が一望出来た。教導師から住人達の位置まで全てを見渡せた。しかしそれは彼女の求める者ではない。

 

 

―――あった

 

 

亡者たちから離れて、ぽつんとそこにあるそれ。幸運にも一番近いのは彼女であった。

 

(けん)に届かないのは、許されないのだ。

 

 救ってくれた。励ましてくれた。道を示してくれた。そこに届かないのは絶対に許されない!

 

 

 あの時誓ったんだ。艦娘であることも、睦月型であることも止めて、それでも立ち上がったのは

 

 

 "灰"(あのひと)に追いつくため

 

 

駆逐艦の全力を支えきる、上質な縄と木材が、このさびれた村のどこにあるだろうか。

 

手首の釘は真っ先に折れそのまま縄も、乱暴に引きちぎる。首の縄もちぎった所で足に力をいれ自由にする。その時点で支えが無くなり落ち始めるが、それまでには体の自由は完全に取り戻していた。

 

着地と同時に頭上にエスト瓶を体に降りかける。軽く橙の炎が身を包み、次の瞬間には傷はほぼ全快していた。

この時点でようやく亡者たちが事態に気付くが、長月はそれには目もくれずにロングソードの下に疾駆していた。

 

亡者たちにその疾走を阻止するのはもう不可能で遮るものは何もない。

 

しかし極度の精神疲労による幻覚か、これからすることにトラウマが反応して、長月の前を塞ぐように姉妹たちがあの底冷えする表情でこちらを見つめていた。

 

 

 自分でも、私は不器用な性格だと長月は自嘲する。

 

睦月姉さんや卯月姉さんみたいに姉妹を引っ張ることも、

如月姉さんみたいに大人びた対応をすることも出来ないし、

弥生姉さんみたいに人の機微に聡くもない。 

皐月姉さんや水無月姉さんみたいに快活で皆を元気にさせることも、

文月姉さんみたいに天真爛漫でもないし、 

菊月みたいに本心を言える勇気もない。

三日月みたいに礼儀正しくもない。

望月みたいに自分を貫くこともできなかった。

 

 あの時、艦娘であることをやめた筈だった。でも無意識に捨てきれていなかった。すがっていた。

 

 皆の下に帰りたい気持ちは今もある。帰りたくないなんて、大嘘だ。

 

 でも、私を繋ぎ止めてくれたあの手を忘れることもできるわけがない。

 

 

 

 

 だから、すがらせてくれないだろうか。一度途切れても、またつながってくれた姉妹の絆に。都合のいいことだと言うのはわかっている。それでも、二兎を追う、私の我儘を許してくれないだろうか。

 

燃える。一歩踏み出すごとに、『長月』が燃えていく。体が崩れていくような、途方もない喪失感。それでも、"長月"は走った。止まらなかった。

 

未練はある。でも信じた。

 

 

そして彼女(もえのこり)は剣を取る。

 

 

雰囲気が、変わった。いや、無くなったと言うべきか。かすかに残っていた温もりのような正の印象、人ならざる気配が完全に消えた。

 

『灰』は燃え尽きた不死者。無価値故に、『火』を求める。それがどんなに小さくても

 

 

亡者が鋸を振りかぶりながら彼女に突進する。訳の分からない奇声とともに迫るその姿は、十分狂気を感じさせるに値するが、それだけである。

 

 

もっと言えば、隙だらけ

 

 

「殺すぞ。皆」

 

確認ではない。宣言だ。

 

 

 それでも誰もいなかった。

 

 

その姿に対しての迷いなき剣線は正確に鋸を持つ手を切り飛ばし、返す刀で放たれた刺突は完璧に急所を捉えた。亡者は背中から派手に血しぶきをまき散らす。それは正しく、致命の一撃。

 

帝国海軍所属という肩書も、艦娘としての在り方も燃え尽きた。故に冒涜感は消え去り、気持ち悪さは"長月"の恨みつらみに掻き消えた。

 

長月はすぐさま剣を抜き、崩れ落ちている亡者を思いきり蹴飛ばす。およそ少女の力とは到底思えない力で蹴られた亡者の勢いは後方にいた亡者数人をボーリングピンのように巻き込み、さらに吹き飛ばす。

 

道が開ける。長月は一直線にそこに飛び込んだ。元から狙いはこの先にいる教導師ただ一人。

 

狙う理由は二つ。この集団のリーダーであること。そして全身を食い荒らしたあの虫共は、前触れもなく消えた。それこそ魔術みたいに。その魔術を使えそうなのは、こいつだけ。

 

駆逐艦の馬力を反映した脚力の動きに、住人達は長月を捉えることはできず、教導師も動きがない。ゆっくりと、長月を目で追うだけ。

 

狙うは頭。彼女に鎧の隙間から急所を指すと言う技量はないからこそ、むき出しの急所を狙う。

 

 

自分だけの時間の中、長月は剣を逆手に教導師に跳び掛かった。

 

 

――oh,child……come to me

 

 

次の瞬間、教導師は両手を広げ、炎に包まれた。炎の中に見えるのは、踊り子と全く同じ狂笑。

 

長月の瞳に真っ赤な業火が反射する。

 

 もう跳んだ後。ダメだ、避けられない。

 

踊り子のトラウマが、万人に等しく与えられる死のトラウマが、甦る。内と外からじっくりと焼かれ、やがて何も感じなくなっていったあの感覚が全身を駆け巡る。

 

「ひっ」

 

絶望が、顔をもたげた

 

教導師は飛び込んでくる彼女を優しく抱き留める。母が子をあやす様に柔らかく、しかし絶対落とさないようにがっちりと。だが燃え上がる炎は反対に苛烈に、無慈悲に包みあげる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

あの時と同じように、服が、鎧が、皮膚が、髪が、

 

 

燃えていく。焦げていく。爛れていく。炭化していく。

 

 

舐めるような炎に、逃げ場はない。

 

 

燃えて  燃えて  燃えて  燃えて

 

 

 

 それでも 

 

 

 刺した

 

 

 

口から出るのは断末魔ではない。

 

 

今までの自分を打ち破る、克己の咆哮。

 

 

ロングソードが教導師の首に深く飲み込まれていく。

 

 ひるむな、恐れるな。突撃しろ

 

 

 今までだって、そうしてきただろう!

 

 

体の至る所で水ぶくれができ、破裂して、長い緑髪もあらかた燃え落ちた。全身から危険信号が発せられる。

 

それらを無視してさらに押し込む。

 

 

「甘く、見られたものだな!」

 

 

肉を断つ

 

 

神経を断つ

 

 

骨を断つ

 

 

事の深刻さにようやく気付いた教導師が狂ったように暴れはじめる。しかし長月の腕力には、到底かなわない。

 

 

ついに、刀身が首を貫通した。

 

 

「この長月を殺したければ、この三倍は持って来い!!」

 

 

力任せの一閃。切り口は明らかに素人。しかし必殺の意志を込められた一撃に、教導師の首は高く舞い上がる。

 

リーダーの凄惨な死亡を目の当たりにして、動揺する亡者たち。長月はそれに目もくれず、エストを流し込む。

今だに自分の体が燃えているのも、全く気にしていない。気にする必要がないのだ。体内に入ったエストの効力はそれだけすさまじかった。

 

やけど、水ぶくれを瞬時に治し、焼けた緑髪を時間を巻き戻すかのように修復していく。

 

ようやく、彼女は息を吐いた。

 

『火』を求めることだけを考えそれ以外は些事とする。たとえそれが自身のことであっても、命であっても、差し違えたとしても、あらゆる手を使ってでも『火』が手に入ればそれでいい。より多くの、誰よりも多くの『火』を求めて火継ぎを完遂する。

 

それが『灰』として、正しく求められた在り方なのだろう。

 

 

完全に機を逸した亡者の集団は破れかぶれに長月の無防備な背中に突進する。完全に統制を失った烏合の衆は本能に従って、彼女を狙う。

 

 

 だがそれは私の目指しているものとは違う。

 

 あの人はそんな存在じゃない。あの人はこの世界に生きる人々を救おうとしているんだ。

 

冷静に、冷徹に長月は渾身の右ストレートを先頭の亡者にぶち込む。振り返りの体の動きも合わさった強烈なパンチの結果は、さっきの焼き増しのように他の亡者たちを巻き込んで吹き飛ばす

 

「どけぇ!」

 

吹き飛ばされ、地面に這いつくばる、またはそれを見た亡者たちは思い出す。何故呪いを持つ者たちを処理しなければならなかったのかを。

圧倒的な力の差、それを見せつけた長月の一喝と纏う気迫に反抗するものは誰もいない。

そのまま無傷で、彼女は広場を後にした。

 

足らなかったのは殺気か、それとも相手側の銃火器への理解か。しかしながら、艦娘をやめたら艦娘でやらなければならないことができたのは、皮肉以外の何物でもないだろう。

 

 そうだ、皮肉だ。

 

 

「皮肉と感じて、何が悪い」

 

"長月"はそういう心の持ち主なのだ。

 

 

 




一行でまとまると、
長月のトラウマ克服回(磔もあるよ!)


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