ミヤコワスレ ドロップ (霜降)
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-プロローグ-

初めましての方は初めまして。既にお知り合いの方はお待たせしました。
ひと先ずはプロローグを再掲載です。初見の方は混乱するかもしれませんが、主人公は今回の方々ではありません。主役は遅れてやってくる。


 

 

 

 

 

【原作:艦隊これくしょん】

 

 

 

 

 夜の闇が支配する大海原に騒がしい乾杯の音頭が上がる。品の無い明りに照らされたその白い小型クルーザーでは、若い大学生の男女が大声で騒いでいた。首から金のネックレスを下げた金髪ロングヘアーの男が、隣の座席に座っているクルーカットの男と仲良く肩を汲みながら缶チューハイを開ける。まるで何時間も前から飲み明かしているかの様に、場の空気だけで出来上がった様子で陽気に騒いでいた。

 このご時世、許可なく船を出す事は違法行為であり、何よりも非常に危険(・・・・・)だ。にも拘らず、寧ろ彼らはそれを承知で海原のど真ん中に居る。退屈に憑りつかれた彼らは、危険なスリルを求めていたのだ。

 

「ちぇっ、こんだけ騒いでるのに化け物の一匹出やしねーぜ」

「ちょっとやめてよ! 本当に出たらどうすんのよ」

「何だよビビっちまいやがってよぉ……大体、そんなんで海に出れるかよ」

「そうそう。下手すりゃ俺ら、一生大海原を見れずにに死ぬんだぜ? やってられっか!!」

「そりゃそうだけどさ」

「んなもん気にせずほら、食おうぜ!!」

 

 男二人の向かいの座席に座っていた同い年くらいの女性が不満の声を漏らす。髪を茶色に染め煽情的な露出の多い服装の彼女もまた男二人と同類の人間で、ここに来たのは紛れもなく自身の意思によるものだが、化け物を引き合いに出された事で怖気づいていた様子だ。

 

 ――海には化け物が居る。それは決して、老人が若者を戒めるために生み出したホラ話ではない。我々の住む世界ならともかく、少なくともこの物語の舞台においてソレらは確かに現実のものとして存在していた。

 そんな事すら知った事かと、享楽主義者の若者達は大皿に積まれたチーズ乗せクラッカーを二つほど掴んでは口へと運ぶ。本当の恐怖とは、目の前に現れない限り理解できないものとも知らずに。

 

 金髪ロングヘアーの男が海面に投げ棄てたチューハイ缶の周辺の波が、不自然なウネリを起こした。

 

「……ねぇ、何か変な臭いしない?」

「あん? 誰か屁でもこいた?」

「ちょっとやめてよ汚い! そうじゃなくて、何か海から異臭が」

「そういや確かに……何だこの、ガソリンに腐った魚を突っ込んだみたいな臭い」

 

 異臭に気付いた3人は食べかけていたクラッカーを皿の上に戻し、暗闇の海へと近づく。クルーザーが照らす明りすら容易く吸い込む闇は、それ自体が巨大な怪物の様に思えた。やがて、クルーカットの男が海面に半身を乗り出して深淵を覗こうとした時。

 

 海中から伸びてきたロープの様な物が、男をあっという間に海へと引きずり込んだ。慌てた残りの二人が男の名前を叫ぶ。そして……。

 

「ぶはっ! たっ、助け……!」

 

 男が海面に顔を出し、しかし直ぐに物凄い力で再び海中に引っ張られる。やがて少しの沈黙の後、男が履いていたと思われる靴の片方が、赤黒い液体に押し上げられるように浮かび上がってきた。

 

「きゃあああっ!!?」

 

 女が悲鳴を上げ、隣に居たロングヘア―の男は数秒狼狽えた後即座に操縦席へと向かい、クルーザーを急発進させる。遠心力により机の上の菓子や酒類が右へ左に零れ、女も立っていられなくなり床に必死でへばり付いていた。が、クルーザーは何かに突き上げられる形でエンジンが破損した後に急停止。突然の事態に必死で再始動を試みる男だったが、やがて彼にも謎のロープが絡みつく。操縦席にしがみつき必死で生に執着する男だったが、やがて海面が盛り上がり彼らを襲った化け物がその姿を現した。

 

 それは、中型の鯨程はある巨大な魚だった。その皮膚は肉や鱗と言った生物的なものではなく、強いて言えば軍艦の様な黒く強固な甲殻で構成されており、その隙間に灰色の――どこか人間に近い質感の皮膚が見え隠れする。前方部分の甲殻には恐らく眼と思われる器官が存在し、それは冷たい緑色に不気味な光を放っていた。

 やがて魚の化け物はロープ――器官としては舌だろうか――に力を籠め、男をついに引きずり込む。

 

「嫌だあああ!!」

 

 死への恐怖の言葉を最後に、男は怪魚の大口に引き込まれ咀嚼される。彼の唯一の幸福は、生きている内に望んでいた大海原を拝めた事だろう。その最後は見るに堪えず、血しぶきは床で震えていた女の下にまで届いた。女が再び絶叫を上げたのは言うまでもない。

 

 

 

 

【脚本:霜降】

 

 

 

 

 【深海棲艦(しんかいせいかん)】。この魚の化け物を含めた怪物達は人々からそう呼ばれた。今から五十年と少し前だっただろうか。それらは突然、大海原を我が物顔で航行する人類の前に姿を現した。起源や目的は一切不明、しかし一つだけ確実な事が分かっている。

 ――こいつ等は人間を襲う。人類への敵意か、或いは生物としての習性かは分からないが人を襲い、その血肉を喰らうのだ。やがて一定量人間を喰った個体は脱皮(・・)を行い、驚く事にヒトに酷似した姿へと成長する。そうなった個体は人間を喰わなくなるが今度はこの魚の化け物達の為に、まるで親が子に与えるかのように狩りを行う……つまり、人間を生け捕りにし始める。どこまで行っても相互理解不可能な怪物だった。

 

「い、嫌っ。助けて!!」

 

 立て続けに女を捕縛し、引きずり込もうとする怪魚。先の二人よりも非力な彼女は、抵抗も空しくクルーザーの床を滑り落ち、どんどん怪魚の口元へと運ばれていく。

 

 深海棲艦の襲撃により、人類は一年も経たず海から遠ざけられた。それだけに留まらず、連中には飛行可能な武装を持つ者や上陸が可能な者までいて、幾つかの島国は既に掌握されてしまったと言う噂もある。

 当然人類もただ黙っている訳ではなく、連中に果敢に戦いを挑む者も居た。だが深海棲艦の体には特殊なフィールドが張られているらしく、あらゆる攻撃を受けても傷一つ付かなかった。核を持ち込んだ国もあったが、人類が誇る最強の暴力ですら有効打を与えられなかったのだ。

 もはや人類に許された事は、大切な人と共に寄り添い、いる筈のないカミサマに祈りを捧げる事だけだった。

 

「嫌あああ!!」

 

 もはや如何する事も出来ず、迫りくる死に対し腹の底から絶望の声を上げる女。彼女の眼前にて、唾液まみれの怪魚の口が大きく開かれた。

 

 だが今まさに女を喰い殺そうとしていた化け物は、側面に強い爆炎を伴う衝撃を受け、拘束していた女を放り投げ大きく転倒した。

 

「……え?」

 

 突然の出来事にただ呆然とするしか無い女。一体何が起こったと言うのだろうと周囲を見渡す。やがて、視界の端に海面に立つ人影を確認する。

 人が、陸から遥か遠く離れた大海原のド真ん中で直立している。死を目前にして、昔話に語られる船幽霊でも見たのだろうか? いや違う。手に持った主砲から煙を立ち昇らせたその少女(・・)は、確かにそこに居た。

 

 人類の祈りがカミサマに届いたのだろうか。深海棲艦の出現から一年と少し経ったある日、一人の娘が現れた。その娘は人間と全く同じ姿をしていたが、自分の事を在りし日の海戦で海を掛けた軍艦の名で表現した。

 その娘は虚空から船の艤装を思わせる装甲を出現させそれを纏い、直立したまま海面に降り立つと言う不思議な力を人類に披露した。それから一年も経たない内に、次々と彼女と同様の性質を持った娘が現れた。

 

 彼女達は人類の前に立ち、彼らの為に深海棲艦へと立ち向かった。あらゆる攻撃に効果のなかった深海棲艦に明確なダメージを与える事の出来た彼女達は、人類の希望の象徴となるのに十分すぎる存在となっていく。やがて艦の艤装を纏い戦う娘達は、人類からこう呼ばれた。

 

「――【艦娘(かんむす)】……!」

 

 

 

 

【キャラクター参考資料:駆逐艦曙便り他】

 

 

 

 

「報告にあったクルーザーを発見。二十歳前後と思われる女性を一人保護したよ」

"一人? 違法に出航したのは三人だって話だ。他の二人はどうした"

「……残念だけど」

 

 全体的に黒で統一された学生服の様な衣装に身を包んだ、見た目が中学〜高校低学年位の艦娘が周囲の状況を見渡した後に、通信機越しの男の声に対して静かに語った。服と同じく黒い髪に反した、サファイア色の瞳が辛そうに伏せられる。

 その言葉を聴いた後、通信機からは軽い舌打ちが聴こえた気がした。

 

"……あんた。友人の事は気の毒だったけどな、これに懲りたら二度と面白半分で海に出るな"

 

 通信機越しの声が女に対しぶっきらぼうに告げる。怒りと憐みの入り混じった、重々しい声だった。その声を聴いた女は、恐怖や後悔、そして助かったと言う安堵からその場で泣き崩れる。その様子を黒髪の艦娘は、ただ黙って見つめていた。自業自得とは言え、このような悲惨な目に遭った犠牲者を憐れんでいるのだろうか。

 やがて、遠方より新たに近づいてくる三つの影。それを見計らい、先に居た黒髪の艦娘が口を開く。

 

「みんな、この人を頼めるかな」

 

 黒髪の艦娘は唯一の生存者である女を仲間の艦娘に任せ、怪魚へと向き直る。儚げな印象を与える蒼い瞳を戦士のソレへと変え、標的を鋭く見据えた。

 三人の艦娘も彼女への信頼からか、一人が女をおぶさり残りの二人がそれを護衛する陣形を組みながら海域を離脱。それを横目に見届けた後、黒髪の艦娘は主砲の艤装を持ち直し、今まさに体制を立て直したばかりの怪魚に向けて戦闘態勢をとった。

 

 

 

 

【制作:可香谷鎮守府】

 

 

 

 

 獲物を奪われた事で激昂する怪魚は口内より砲門を出現させ、弾丸を発射しようとする。だが艦娘はそれよりも早く両手に持った艤装より主砲を発射し、怪魚の右目に命中させた。想定外の反撃による驚きと痛みから悲鳴を上げる怪魚。艦娘は間髪入れず砲撃を連続で叩き込んだ。

 何発か砲撃を喰らう怪魚だが、やがて之字運動をしながら艦娘に迫り、噛みつこうとする。艦娘は2,3回バックジャンプを行いながら噛みつき攻撃を回避。5度目の噛みつきの後、回避とほぼ同時に怪魚の口の中に砲撃。怪魚の体は中破し、あちこちから煙が上がった。

 

 苦悶の唸り声を上げながら怪魚は、先ほど男達を捕食する際に使用したロープ状の舌を艦娘の左腕に伸ばし巻きつける。一瞬驚きの表情を見せた艦娘にしめたと思ったのか、怪魚は艦娘を引っ張ろうと力を込めた。にじりにじりと距離を縮められていく艦娘。片方の腕で踏ん張ろうとするも、パワーはあちらの方が上の様だった。

 身動きの取れなくなった艦娘に対し、射程範囲に入った怪魚は側面の艤装に禍々しい形をした魚雷を出現させ、艦娘に狙いを定める。

 

 だが艦娘は、片腕で持っていた二門の主砲型艤装を一度背中に戻した後に右手で怪魚の舌を掴み、力いっぱい引っ張り上げた。ブチィと言う嫌な音が鳴った後に小さな爆発を起こし引きちぎられる怪魚の舌。口から火花と重油をまき散らしながら大ダメージを受けた怪魚はその場でのたうち回った。

 

「残念だったね」

 

 満身創痍の怪魚に対して冷酷な一言を告げ、左腕に巻き付いていたロープを投げ棄てた艦娘は膝を少し屈める姿勢を取る。彼女の脚部に付いた艤装が斜め向けに変形し、そこから2本の魚雷が発射され一直線に怪魚へと向かっていく。成すすべもなくその直撃を喰らった怪魚は断末魔の叫びと共に大爆発を引き起こした。

 衝撃により海面が激しく波打ち、爆風により艦娘の頭上に海水が激しく降り注ぐ。まるで通り雨の様だ。

 

"お疲れさん、【時雨(しぐれ)】。他には連中の仲間は居そうか?"

 

 敵をせん滅し、残心を維持していた艦娘・時雨に対し通信機越しの男の声が問う。すぐさま時雨は艤装に備わった電探を使い、周囲の敵正反応を探知する。結果は、反応無しだった。

 

「電探に感無し。あの一匹がはぐれ者だったみたいだ……それから、生存者の反応も無いよ」

"おし、じゃあそのまま戻ってこい……犠牲者の遺品の一つでもありそうなら、持って帰ってやりな"

「うん、分かったよ【提督(ていとく)】」

 

 そう言って時雨と呼ばれた艦娘は通信を終え、沈みつつあるクルーザーの周囲を暫く旋回した後に、静かにそこから立ち去っていく。かくして、悪夢の様な真夜中の戦いが終わり夜の海は再び静寂を取り戻した。もう何年も幾度となく繰り返されてきた光景。此度の戦いもまた、その一ページに過ぎない。

 これより始まる物語もまたその一つ、数奇な運命の末に艦娘を指揮する者――提督となった一人の若者と、ヒトに対し心を閉ざした艦娘。そして彼女の周りに集う、それぞれの問題を抱えた艦娘達が織りなす成長の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

【艦隊これくしょん二次創作 ミヤコワスレ ドロップ】




 大幅な変更点として旧版だとここで出てくるのは主力艦隊の艦娘達でしたが、たかだか駆逐級一匹に対して最高戦力がリンチするのはおかしくない?と言う疑問が浮かんだので、後に登場する時雨さんに先行登場してもらいました。
 また、深海棲艦の描写もインパクトを残すべく、結構ショッキングなものへと変更。怪物の怖さを表現するには一般人を襲わせればいいってそれいちry


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第一話【出逢―ビギニング―】
1-1(挿絵あり)


旧版だとここは提督視点から物語が始まっていたけれど、視点が曙寄りだったり提督寄りだったり一定しなかったので曙の視点に統一する事に。
結果、ほぼ一から作り直す感じになりました。


 コンテナ地帯の間を一直線に通る車道の先、陸地からせり出す形で作られた人工島がある。数十年前突如として出現した怪物・深海棲艦の侵攻に対し、人類は艦娘を用いた海域奪還作戦の指揮を執る防衛組織を設立。かつての大戦に存在した機関の名を取り【大本営(だいほんえい)】と名付けられた。横須賀に存在するこの人工島はその最前線である*1

 

 島後部に鎮座する、軍艦の艦橋を彷彿とさせる建物・軍令部本部を始め、島の中心部に位置する工廠エリアとそれに隣接する入居施設、艦娘達の学び舎に学生寮等の居住区がある他、島の先端には深海棲艦による被害で身寄りを亡くした子供達の孤児院がひっそりと建っている他に、大本営関係者向けに開放された緑豊かな公園が存在する。その全体像は本部の形状も相まって、遠巻きに見れば超巨大な戦艦のシルエットにも見える。

 

 そんな戦艦島の一角、桜の花弁が舞い散る艦娘の学校から少し離れた海沿いの演習場にて軽快な破壊音が響いていた。

 

「どんどん来なさいよ、蹴散らしてやるわ!」

 

 破壊された的が散らばった、演習場の水辺にて勝ち誇る一人の少女。見た目は中学生~高校生くらいのセーラー服を着た少女で髪の色は優雅さを感じさせる薄紫色、その長く流れるような髪を鈴とピンクの花びらを使った髪留めで右側にサイドテールを作っている。髪の毛と同じく美しい薄紫の瞳は、しかし苛烈さを感じさせる強い意志を宿しており彼女の攻撃的な性格を表していた。

 

 ――【綾波型(あやなみがた)駆逐艦(くちくかん)8番艦(はちばんかん) (あけぼの)】。それがこの少女の名であり、艤装を身に纏い海面に立つその姿は紛れもなく、人類の前に現れ共に深海棲艦と戦ってきたヒトならざる少女・艦娘だった。

 出現した自走式ブイに括り付けられた的を全て撃墜した曙は、得意気に不敵な笑みを見せながらブイを運搬する演習用マシンにおかわりを要求する。だがどうした事か。マシンは突然動作を停止した。故障かと思い怪訝な顔をする曙の背後の陸地で、乾いた拍手が上がる。

 

「お見事。自信過剰なのは頂けないけれど、腕は確かね」

 

 誰もいないと思っていた中での突然の快活な女性の声。ぎょっとしながら曙は声のする方を見やる。そこには、艶のある黒髪を肩まで伸ばした凛々しくも美しい女性が立っていた。どうやらマシンは彼女が止めたらしい。曙は警戒しつつも、演習を止められた事に対し不愉快さを顔に出しながら女性に近づいた。

 

「あんた誰よ。見たところ人間みたいだけれど、あたしは今演習中なの。邪魔しないでくれる?」

「あはは。ごめんごめん。でも、私は貴方に用があってここに来たのよ」

「用? あたしに?」

 

 より警戒心を露わにして曙が女性を見る。白のシャツに青のジーンズと言った平凡な出で立ちながら、その佇まいには妙な貫禄があった。彼女の余裕のある態度がそう見せるのだろうか? やがて彼女は、掛けている縁なし眼鏡をくいっと右手で触れながら答えた。

 

「――駆逐艦曙。貴方を、初期艦として迎えに来ました」

 

 女性のその言葉に、曙は何か思い当たる節があったのかため息を吐きながら警戒を解き陸地へと上がる。上陸と同時に艤装を解除し、服やスカートに付いた煤を払いながらウンザリした顔で女性を見た。初期艦……つまり、新任の提督と共にこれから艦隊運営を行っていく役に選ばれたと言う事。艦娘にとっては名誉な事の筈なのだが、どうも曙の場合そうでは無いらしい。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「また? 大本営にも物好きな奴がいるのね」

「そう言わないの。貴方の事を気に掛けている人も居るって事なんだから」

「ふん、あたしの何を知ってるって言うのよ」

 

 ぶっきらぼうに答える曙に対して、女性は劇の練習でもするかのようにワザとらしく取り出した資料を読み上げた。

 駆逐艦艦娘 曙。成績は優秀とは言えないが非常に負けず嫌いの努力家で、他の艦娘より多くの授業や演習を受ける事で並程度の成績を維持している。

 

「反面、対人関係には非常に難があり――」

「あーっもう! 分かった、分かったから! 行けばいいんでしょ!?」

 

 ウンザリだと言わんばかりに女性の呪詛詠唱を止めさせる曙。女性はやれやれと言った感じで言葉を止めた。観念したのか曙は、女性の前に立つと苛立ちを見せて髪を搔きむしりながら言葉を続ける。

 

「さっさと行くわよ、クソ提督(・・・・)

「初対面の相手にいきなりクソ呼ばわりかぁ。噂通りね。後それから、私は提督じゃないわよ」

「……は?」

 

 呆れたように笑う女性の言葉に曙は驚きの表情を見せる。ラフな格好と口調ではあるものの、妙な貫禄があり凛々しさを秘めた目の前の女性。てっきり彼女が、自分を迎えに来た提督だと思ったようだ。話の流れ的にも、そう考えるのが普通だろう。だがどうも状況が違うらしい。

 

「自己紹介がまだだったわね。私は【枕崎 美咲(まくらざき みさき)】。これから貴方が着任する鎮守府に雇われたお手伝いさんよ(・・・・・・・)

 

 

 

 

 大本営横須賀支部の正面ゲートを抜け、コンテナ通りを枕崎の運転する白いワンボックスカーが走っていた。助手席には曙が同伴している。

 基本的にこの通りの道路は、大本営関係者か運輸業の人間以外使うことの無い道路なのでほぼ貸し切り状態なのだが、車は必要以上にスピードを出すことなく時速60キロを維持していた。運転席の枕崎も、呑気に鼻歌を歌っている。対する曙は、口をへの字に曲げながら相も変わらず不機嫌そうにサイドテールを弄っていた。

 

「ほら、しかめっ面しない。そんなに人間の下で戦うのが嫌?」

「別に……って言うか、何で提督じゃなくてお手伝いが迎えに来るのよ。マジあり得ないから」

「申し出たのは私なのよ。今回の提督さん、まだ着任したばかりで準備とかに追われていてね。大変そうだから私が迎えに行くって言った訳」

 

 顔を前に見据えたまま、目だけを曙の方に向けて枕崎が言う。半年ほど前に職を失い途方に暮れていた彼女は、知り合いのつてでたまたま提督が着任したての鎮守府で掃除・炊事洗濯等の仕事を紹介してもらったらしい。曙としてはどうでもいい情報だった。

 ふと、曙の胸元から何かがひょこっと顔を出し、彼女の手のひらに飛び乗った。曙をそのままデフォルメしたようなその二頭身の謎生物*2の顎を、彼女は退屈そうに撫でてやっている。

 

「それにしても、養成学校への出戻りをするなんて一体何したの……ああいや、意地悪で言っているんじゃなくてね? 何とかならなかったのかなぁって」

「別にいいよそんなの……どうせ、誰もあたしの事なんて理解しないんだから」

 

 今代の駆逐艦曙がこの世界に建造*3されたのは、今から2年ほど前の事だった。この世に生を受けた彼女は、養成学校にて己の腕を磨いていた。この頃はまだ、曙も艦娘として活躍する事に希望を見出していたのだろう。だが日々を過ごしていく内に、どういう訳か彼女の成績は他の艦娘達と比べ差が目立つようになっていく。

 彼女は決して不真面目な艦娘では無かったし、むしろ差を縮めようと必死で努力した。だがそれでも周りとの差が縮まることはなかった。

 

 その後とある提督の指揮する鎮守府へと着任していったのだが、そこで提督との不和によりトラブルを引き起こしてしまい、それが原因で艦娘の養成学校へと送り返されてきたらしい。

 そうして迎えた2回目の着任。今度こそ上手く行くだろうか? 枕崎も大丈夫よと気休めのフォローを入れるが、正直なところこのまま行けば今回も駄目だろう。そんな彼女の心配をよそに、曙は妖精の頭を撫でながら不敵に微笑んだ。

 

「大体、あたしは新人が指揮する鎮守府なんかに興味は無いの。あたしが目指すのは、大本営の連合艦隊なんだから」

「連合艦隊?」

「部外者のあんたは知らないだろうけれど、大本営直轄の水上打撃部隊と空母機動部隊、輸送護衛部隊からなる栄光の艦隊よ。あたしはその、随伴駆逐艦になってやるんだから」

 

 連合艦隊に随伴する駆逐艦は、基本は養成学校や各鎮守府に配属されている駆逐艦娘の中から軍令部総長の命により選ばれ任務に同行するのだが、その中でも優秀な戦果を見せた艦娘は正式に主力艦隊の一員として迎えられる仕組みとなっている。曙に限らずそれは多くの駆逐艦娘にとっての憧れの立ち位置で、我こそはと日々己の練度を磨き訓練に励む者達もいる。

 

「へ、へーそうなんだ。お姉さん全然知らなかったなー……でも、曙にもちゃんと艦娘として頑張りたいって気持ちがあったのね。少し安心しちゃった」

「は? 別にそんな理由で頑張るつもりは無いわよ」

「え……なら、どうして連合艦隊を目指すの?」

「そんなの、決まってるじゃない」

 

 ――あたしの実力を、提督達に知らしめてやるのよ。窓の外に視線を向けたまま、曙はそう意気揚々と答えた。紫水晶の様な美しい瞳を、オレンジ色の暗い炎で濁らせながら。目の前の妖精はそんな彼女を、不安げな瞳で見つめていた。枕崎はそんな問題発言を聴くと、やれやれと言わんばかりに小さくため息を吐くのだった。

 

「なによ」

「別に。ただ貴方の求めているものは、多分そこには無いんじゃないかって思っただけ」

「なにそれ」

 

 意味分かんないと言いたげに再び不機嫌になり、車外に視線を戻す曙。枕崎はそれ以上何も言わず、沈黙が続くまま車は一般車両が行き交う大きな車両へと合流していった。

 

 

 

 

 公共道路を数時間ほど走った後、海沿いの小さな車道に入りそのまま進んでいくとその先には、偽洋風の建物がひっそりと建っていた。一見すると人里離れた民家に見えるこの建物こそ、提督が艦娘を指揮し深海棲艦と戦う最前線【鎮守府(ちんじゅふ)】だ。数時間にも渡るドライブの末、枕崎に連れられた曙は5度目の着任場所へとたどり着いたのだった。

 

 途中何度か美味しいカレー屋の前を横切り話題を出したり、可愛らしい服が展示されているのを運転しながら見たりしながら時間を潰したが、曙にはどの話題も不評だったようだ。唯一、曙の武勇伝的な話を聴かせて欲しいとの枕崎のリクエストには強く反応してくれたのが救いだろう。

 左側に海岸線を臨んだ木々の間を通る道を抜け最後の蛇行する坂を上りきり、漸く停車した車の助手席のドアが開き紫髪の少女は颯爽と降り立った。

 

「ん~~……全く、とんだ長旅だったわ」

 

 健康的な脇をセーラー服の隙間から見せながら大げさに背伸びをする曙。その頭上で妖精も同じポーズを取っている。長い髪と短めのスカートが、桜の花弁が混じる日中の潮風に揺れていて実に可憐で健康的だ。遅れて枕崎もゆっくりと運転席から降り立った。

 

「どう? のどかで良い場所でしょ」

「何もなくて、退屈な場所ね」

 

 枕崎の問いに、周囲を見渡しながら曙がヤレヤレのジェスチャーを行う。事実、海岸から続く坂を上った先にあるこの鎮守府の周りには民家すらなく、「のどか」でもあり「退屈」でもある。どちらの意見も正しい感想だった。さて、と言いながら曙が鎮守府へと向かい歩き出した。

 

「ちゃんと提督さんに挨拶しなさいよ。今は多分、入ってすぐ右の執務室で作業中だと思うわ」

「ふん! お手伝いに迎えを頼むなんて随分ナメた奴みたいだから、このあたしが焼き入れてやるわ!」

 

 ズカズカと鎮守府建物へと入っていく曙。サイドテールを揺らしながら、やや苛立ちを感じさせる足取りで執務室と書かれた扉の前まで一気に向かう。そうして、真新しい扉の前まで辿り着くと、容赦なくそれを蹴り上げた。バンと言う音と共に凄まじい勢いでドアが開け放たれる。

 

「特型駆逐艦、曙よ! 自分で挨拶に来ないとかいい度胸ねこのクソ提――」

 

 突然の音に驚き動きを止めた部屋の中の男を見た瞬間、曙は固まったように動けなくなった。

*1
本部があるのは呉だが、現在は戦況及び軍令部総長の意向によりこちらに本拠地を置いている。

*2
以後、この生物群を【妖精】と呼称する

*3
読んで字の如く組み立てると言う意味ではなく、工廠の最深部に存在すると言われている【艦内神社】にて妖精により艦の魂が召喚され、艦娘として受肉する一連の動作の通称




プロローグ共々大幅な展開変更はここまで。
以降は既存のストーリーを修正する形でアップしていきます。

真新しい展開はあまり無いかも知れないけれど、キャラの台詞は大幅に増えていく予定なのでその辺を見て頂けると嬉しい(嬉しい)


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1-2

基本的な流れはリメイク前と変わらず、物語性や情景描写を大幅に追加してみました。ボリューム増えましたでしょうか。


 窓から差す光に照らされた、シワ一つ無いまっさらな第二種軍装を身に纏った二十歳前後と思われる青年。体格はともかく、軍人としては些か頼りなさそうなその優男は、突然吹き飛んだドアと後から現れた少女を前に何事かと目を見開いている。

 対するドアを蹴破った張本人の曙は、放心状態であるかのように手の力を抜き青年を見つめていた。まるで、何かを思い出すかのように。

 

「……ハッ!? お前、何をするんだ! 扉が壊れてしまったじゃないか」

 

 やっとの思いで先に口を開いた青年から出たのは、そんなどこかズレた発言だった。

 

「へ? あ、うん……じゃなくて! お手伝いさんに迎えをさせる様な奴には言われたくないわ、このクソ提督!」

「なっ! 初対面の相手にその言い方はなんだ!」

「はぁ? その程度で逆ギレするんだ、大した事無いわね」

「礼儀の問題を言っている!」

 

 顔合わせ早々に睨みを効かせながら喧嘩を始めた曙と青年――お気付きだとは思うが、彼が提督である――の二人。先が思いやられる光景である。

 その傍らでは、吹き飛んだドアを曙妖精が小さい体で必死に持ち上げようとしている。それに気付いたのか、枕崎がそっとドアを受け取り壁へと立て掛けた。枕崎に90度のお辞儀をしながら煙と共に消える妖精。主人と違い、素直で礼儀正しい子だ。

 

「はいはい、喧嘩はそこまでにして。これから貴方達二人は、共に戦う仲間なんだから」

 

 ぱんぱんと手を叩きながら枕崎が二人の間に割って入る。提督も突然のことで取り乱していたのか、ハッとしてから襟を正した。やがて提督は、コホンと咳払いを一つした後、未だ腕を組みムスッとしているサイドテールの艦娘へと向き直る。

 

「その、いきなりすまなかった。俺は可香谷剛(かがや ごう)、この鎮守府を指揮する提督を任されている。改めて、宜しく頼む」

 

 純白の軍装で覆われた腕を力強く差し出し、握手を求める可香谷提督。尚も腕を組みぷいと顔を反らしていた曙だったが、枕崎の説得に渋々腕を出し、お互いに握手した。可香谷提督の力強い握手に戸惑いを含んだ苦い顔をしながらも、一先ず曙はこの鎮守府での最初の一歩を踏み出したのだった。

 

「……曙。綾波型八番艦の曙よ」

「――あけ、ぼの?」

「何よ」

「いや……」

「……もう良いでしょ? あたし、自主錬の途中で連れてこられたの」

「あ……あぁ、そうだったのか、それはすまないことをしたな。まだ手続きに時間がかかるから、暫くは自由にしていてくれ」

 

 可香谷提督の不可思議な反応に僅かな疑問を抱きながらも、曙は不機嫌そうにサイドテールを翻しながら向きを変え、執務室から退出するのだった。

 

 

 

 

 鎮守府から少し離れた海岸沿いの演習場に曙は居た。大本営でのものと同様に、移動式ブイに括りつけられた的が彼女の前に立ち並ぶ。設置が完了し、演習初めのブザーが鳴ると同時に曙は次々と的を撃ち抜いていく。だが成果とは裏腹に、その顔には不快感が滲み出ていた。

 

『おい! 誰が入渠して良いっつった』

『皆ボロボロなのよ!? せめて休ませてあげてよ……』

『俺の顔に泥塗っておいて何舐めた事言っているんだ?まずは始末書だろ始末書!!』

 

「…………」

 

 リズムよく砲撃を行い、的確に標的を撃ち抜いていく曙。だがその心は晴れずにいる。やがて苛立ちから砲撃のリズムも疎らになっていき、最初は的確に当てていた的にもミスが目立つようになってきた。

 

『プッ、ギャハハ! 何だお前その髪の毛。チリチリじゃねえか!』

『あはは……』

『ちょっと提督! 頑張って戦った相手を笑うとかふざけてんの!?』

『あ? 別に笑おうが関係ないだろ』

『あんたねぇ! 大体、原因はあんたの判断ミスでしょうが!』

『何だと? この俺の指示が間違っていたとでも言うのか? お前らが要領悪いだけだろ! 上官にケチつけてんじゃねえぞテメェ!!』

 

「…………!」

 

 脳裏に木霊する誰かと自分の言い争う声。嫌な記憶を思い出し、曙は苛立ちを募らせていく。次第にミスが目立つようになり、砲撃のリズムも疎らになってきた。

 もはや狙いすます等という事をせず、出鱈目に砲撃を続け的を破壊していく曙。そこには見境などなく、足場であるブイすら次々と破壊されていく。

 

『あーあー! 煩え奴だな!

どうせなら、お前が沈めば━━』

 

「あああぁ”っ!!!!」

 

 残っていた弾薬を湧き上がる情動に乗せ一気に撃ちまくる。全てが終わった後の演習場は、空襲にでも遭ったのかと思うような大惨事となっていた。苛立ちを放出し肩で息をしていた曙は、一呼吸した後に陸地へと上がろうと後ろを向く。

 

「や、やぁ……」

 

 いつから居たのか、背後には可香谷提督が立っていた。目の前の惨状に引いているのか、その顔には困惑が見える。バツの悪い曙は軽く舌打ちしながら上陸し、艤装を解除した後に可香谷提督を睨みつけた。

 

「何よ」

「手続きが終わったから呼びに向かおうと思ってな……その、何か荒れているな」

「また鎮守府に配属されるかと思うと、苛々もするわ」

 

吐き捨てる様に曙は答えた。多くの艦娘にとって栄誉である鎮守府への配属も、彼女にとっては嫌な記憶の場でしかない。今回のこの冴えない提督の鎮守府だって、きっと直ぐに居心地が悪くなるのだろう。そう曙は思った。

 

 

「迎えの件はすまなかった。つい枕崎さんの厚意に甘え……いや、そんなものは言い訳だな」

「……ふん」

「ここに配属されるまでに何があったのかは、資料で大体読んだ。その、大変だったと思う」

「何? 安い同情とかマジでウザいんですけど」

「同情をするつもりはない。ただ、俺は曙とこれから上手くやっていきたいと思っている」

「みんなそう言うのよね。で、結局それは上っ面だけ。どうせ自分達の事ばっかり――」

「俺は! ……お前達艦娘の、力になりたいんだ」

 

 曙の言葉を遮るように提督が大声を上げる。数秒間の静寂が、演習場を支配した。

 ヒトと艦娘。力関係はともかく上下関係的な意味では、艦娘の立場はヒトのそれよりも下である。艦娘は人類の剣であり盾である。それが一般的な認識であったし、だからこそ曙はそう生きる事をこれまでの経験から嫌悪していたのだ。

 

 だが、この提督は下の立場である艦娘に『力になりたい』と、そう真っ直ぐな瞳で言った。少なくとも曙は、そんなことを面と向かって言う人間を知らなかった。彼のその言葉に如何なる意志や決意があるのか、それは分からない。

 少なくともその言葉を聴いた事で、曙は心の奥底で何かが震えた気がしていた。

 

「なら、余計なことは言わないでよね。あんたはただ、安全な場所でふんぞり返ってれば良いんだから」

 

 だからだろうか。そっぽを向きサイドテールを弄りながら曙は自然とそう答えた。一先ずはそれで妥協しよう。そう思えたのだ。

 曙妖精に恐る恐る頬を突かれながら、提督はそんな彼女の不器用な言葉にただ苦笑するしかなかった。

 暫しの沈黙の後、可香谷提督が口を開く。

 

 

 

 

「……なあ、曙」

「何よ。余計なことは言わないでって言ったでしょ?」

「余計なことってお前な……その。お前は、本当に最近建造された(・・・・・・・)ばかりなんだよな」

「……は?」

 

 突然訳の分からない事を聴いてくる可香谷提督。艦娘の勤続年数(とし)をいきなり聴いてくるとは、新手のナンパか何かだろうか? 素でドン引きする曙だったが、可香谷提督の表情はそんな軽薄なものではなく、どこか悲壮感を漂わせる程に真剣でとても冗談を言っているようには見えなかった。波の音と微風が二人の間を流れていく。

 

「資料に書いてあったんじゃないの? 一年とちょっと。それが何?」

「……そうか、そうだよな。そんな筈は無いか」

「?」

「変なこと聴いて悪かったな。このことは忘れてくれ」

 

 ますます意味の分からない事を言う提督に、妖精とシンクロした動きで首を傾げる曙だが、提督はそれ以上を語ろうとしなかった。

 

「……さ、演習は一旦休憩して戻って来てくれ。曙とこれからの艦隊運営について話をした――」

 

 その時、可香谷提督の言葉を遮るように辺りに不快なアラート音が鳴り響く。深海棲艦出現の合図であるその警報を聴いた可香谷提督は、すぐさま鎮守府への方に向き直った。

 

「すまない曙! 急で悪いが出撃だ。一旦執務室で状況を」

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ。先行くから、無線で情報教えなさいよ」

「え? あっ、おいちょっと!」

 

 提督の言葉を聴くことなく、スカートとサイドテールを翻し船橋へと駆けていく曙。唖然とする可香谷提督だったが、すぐに気を取り直し鎮守府の方向へと駆けていった。

 

「安全な場所でふんぞり返ってなさいよ。あたしの実力、見せつけてやるんだから!」

 

 暗いオレンジ色の炎を灯した瞳で不敵に笑いながら、曙は立ち止まらずに右手を横へと突き出した。するとその手の平に光が集まり、人間サイズの主砲が出現し曙はそれを力強く握りしめる。

 それとほぼ同時に背中に駆逐艦の船体を彷彿とさせる艤装が現れ紐で曙に固定され、次いで膝に魚雷発射管、足に鋼鉄のブーツが装着され、艦娘曙は艤装の装着を完了した。

 

 艤装の装着を終えたと同時に船橋に到着し、そのまま海面へと着水した曙は、勢いよくエンジンをふかせながら最大船速で大海原へと進んでいく。

 曙にとってこの鎮守府での最初の任務は、慌ただしく幕を開けたのだった。




もうすぐ艦これアニメ二期始まりますね。どこかの駄作者が『アニメ終わるまでに本作完結させたろ!!』とか世迷言を言っていた気がしますが、だめみたいですね……。


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1-3

いつ海、もといアニメ二期のいつかあの海でが始まりましたね。予想以上の面白さやキャラ描写の細かさに霜降さんもニッコリ、妖精さん可愛いし小鬼は怖い。

このテンション上げ上げ状態が続くうちに本作も出来るだけ数を稼ぎたい所です。


 執務室へと駆け込んだ提督は、壁に設置された大型モニターに目を向けた。モニターは大本営の指令室と繋がっており、深海棲艦の出現が確認された際、そこから各鎮守府へと指令が下されるのだ。そのモニターに映るのは、黒く艶やかなロングヘア―の少女。テンプレートなセーラー服を着こなした彼女は、上品に椅子に座りながら机に手を置き提督の到着を待っていた。

 

「【大淀(おおよど)】さん、状況は!?」

"そちらの鎮守府近海にて、深海棲艦出現の報せがありました。救難信号を送って来た漁船の報告から推察して、敵は駆逐級が一隻。ただし未確定な情報も有る為、油断は禁物です"

「未確定の情報?」

"乗組員達の話す駆逐級の特徴が一致しません。混乱しているだけののかそれとも"

「とにかく、こちらから艦娘を向かわせます。漁船は航行は可能でしょうか?」

"最後の通信の時点では、まだエンジンが破損した様子はありませんでした。今から救難信号の座標を転送しますので、手遅れになる前に直ちに向かって下さい"

 

 大淀と呼ばれた少女――任務娘と通称される彼女もまた、軽巡洋艦の艦娘である――との通信が終わり、すぐさま画面は大海原を映し出す。安定せずに揺れる様子からして、高速移動している何かの内蔵カメラの様だ。それは、出撃した曙の艤装に付いた記録端末の映像だった。

 

「曙、今からお前の通信端末に要救助者の座標を送る。すぐにそこへと向かってくれ」

"そこに行って深海棲艦をぶっ飛ばせばいいんでしょ? 余裕よ"

「取り違えるな。作戦目的はあくまで要救助者の救助だ!」

"チッ……了解!"

 

 ぶっきら棒に答えながら、曙は示されたポイントへと向かっていった。

 

 

 

 

 雲ひとつない晴天の大海原。昼下がりの静けさを切り裂くかのように一隻の漁船が猛スピードで疾走していた。法定速度を軽く振り切りながら駆けていくその様子は、明らかに普通ではない。まるで何かから逃げているかの様だった。

 

「クソっ、何で深海棲艦(あいつら)が出るんだよ! この海域は安全じゃなかったのか!?」

「あぁくそ、もう追いついてきやがる! おい、もっとスピード出ねぇのか!」

「やってる、これが限界だ!!」

 

 血相を変えながら船を操縦する複数の男達。その十数メートル後ろの水面には、黒く巨大な鉄の怪魚が咆哮を上げながら漁船を追い回していた。どうやら漁業の最中に深海棲艦が現れ、襲われたらしい。

 船員の一人が言うように、この海域は人類が奪還済みのエリアであり艦娘達による定期的な哨戒も行われている、本来は安全な海域の筈だった。だが、絶対の安全など存在しないのか、不幸にも彼らはこの人喰いの怪魚に遭遇してしまったのだった。

 

 怪魚、もとい駆逐イ級は漁船を射程範囲内に収めると再び咆哮を上げ、舌状のロープを船員の一人に絡ませる。悲鳴を上げながら引っ張られる船員を仲間の船員が必死に引き留めようとするが、イ級の馬力に人間が叶うはずもなくだんだんとイ級の口へと引きずり込まれていった。

 

「頑張れぇ! 手ぇ離すんじゃねえぞ!!」

「ぐっ……あぁ……もう駄目だ」

 

 やがて絡め取られた男は船から投げ出され、一気にイ級の下へと引きずり込まれる。万事休す。

 

「うわああぁ!!」

 

 だが男がイ級に喰われる寸前、横からの砲撃によりイ級の舌が千切れ飛ぶ。勢いで投げ飛ばされる男を、駆けつけた艦娘――曙が片腕でキャッチした。

 

「か、艦娘……」

「さっさと逃げなさい、邪魔よ!」

「へっ? うわああぁ!」

 

 男が状況を理解する間もなく、曙は彼を漁船の方へと投げ飛ばす。船内に叩きつけられ悶絶しながらも生還した仲間を他の船員達が支え、漁船は海域から一目散に離脱して行った。

 

"要救助者に対して何てことをするんだ!"

「助けてやったのよ。むしろ感謝して欲しいわ」

"お前な……!"

"提督さん、お説教は後。今は眼の前の敵をやっつけないと"

"っ……曙、無茶はするなよ"

「ふん、あたしを舐めんな!」

 

 不敵な笑みを見せながら、曙はイ級を見据える。舌を千切られ、獲物を奪われた鋼鉄の怪魚は怒りの咆哮を上げ武装を展開。曙へと突撃した。イ級は進撃しながら口内の主砲を連続で放つが、曙はそれをアイススケートのダンスさながらの動きで躱していく。まるで水上を踊るような豪快な動きだが、それは戦場においては少々大袈裟に見えた。

 

 唸り声を上げるイ級をよそに余裕と不敵さの混ざった表情を見せた曙が、速度を上げてイ級の側面へと回り込み、隙だらけの横っ腹に向けて砲撃を与えた。煙を上げ、悶絶するイ級。その隙に曙はイ級へと肉薄、ラムアタックもといショルダータックルを喰らわせそのまま二撃三撃と打撃や回し蹴りを叩き込んでいった。

 

 

 

 

「おぉ、やるじゃないか曙!」

「確かに技術はある。けれど――」

「えっ?」

「あの子、自分の力を誇示しながら戦っている……様に見えるわ」

 

 感嘆の声を上げる可香谷提督の横で、枕崎が怪訝な顔をした。

 

 

 

 

「弱過ぎよ」

 

 ボロボロになったイ級の姿を見て、曙は相手を見下すような表情で右手をクイクイしながらイ級を挑発した。

 駆逐イ級は深海棲艦の中でも比較的弱いグループで、それなりに練度を積んだ艦娘なら余裕で勝てる程度の相手だ。だが曙はそんなイ級を相手に、さも強者の様に振る舞っている。

 枕崎が見た通り、彼女は完全に付け上がっていた。今の曙は大海にいながら、それを知らぬ蛙だったのだ。そしてその思い上がりは、大きな慢心を生む事となる。

 

 満身創痍のイ級は、最後の悪足掻きと云わんばかりに側面に魚雷発射管を展開。火花の上がる体で咆哮を上げたと同時に全ての魚雷を発射した。

 

「ふん!」

 

 だが健在な曙にそれが当たるはずもなく、余裕の動作で魚雷を回避、そのまま魚雷は彼女の左右を通り過ぎて行った。イ級の決死の攻撃は、失敗に終わったのだ。

 

「魚雷はこうやって撃つのよ、喰らえ!」

 

 勝利を確信した曙は動きを止め、両膝を曲げながら艤装の魚雷発射管を海面へと向けた。計六本、必殺の魚雷が管から放たれ獰猛な速度で瀕死のイ級へと向う。

 やがて、魚雷は着弾と同時に炸裂。イ級は断末魔の叫びを上げた後にゆっくりと海中に没し、やがて水柱を上げて爆散した。

 

 

 

 

"大勝利よ! あたしにじゅーぶん感謝しなさい、このクソ提督!"

 

 背負っていた艤装を前に持ち、内蔵されたカメラに向けて語りかける曙。鎮守府のモニター越しに見るその様子は、まるで下手くそなホームビデオを彷彿とさせる。

 

「……確かにお前の実力は本物だ。正直、頼もしいと思う。だが、要救助者をぞんざいに扱った事は許されない!」

 

 

 

 

「――何よ、ちゃんと助けてやったんだからいいじゃない」

"そういう問題じゃあない! 俺達の戦いは、力無き人々を護る為の戦いだ。自分の実力を見世物にする為とは違う!"

「……っ! 何よ。結局あんたも、他の提督と同じなんじゃない!」

 

 可香谷提督に図星を付かれ、眉間に皺を寄せながら苛立ちを募らせる曙。提督の言っていることは正しい。それは誰が見ても明らかだったが、曙はそれを受け容れられなかった。

 彼女からすれば、それは自分への裏切りに映ったのだ。

 

「やる事やってんのよ!? どう戦おうとあたしの勝手でしょ、このクソ提督!」

"お前また……曙、俺はな――"

"っ! 曙危ない!!"

「――えっ?」

 

 通信機越しに突然聴こえる枕崎の焦りを含んだ声。予想外の人物の声に、曙は一瞬キョトンとしその場に棒立ちしてしまう。その判断の遅れが、彼女の窮地を招いた。

 曙が危険を感じるのと、三本の魚雷が炸裂するのは同時だった。

 

「きゃあああっ!!」

"曙! 大丈夫か!?"

「ぐ……うぅ……あたしを舐めんな! 一体どこのどいつよ!」

 

 ぷすぷすと艤装が黒い煙を上げ、負傷した左腕を庇いながら魚雷の主を探す曙。はたして、彼女から少し離れた右斜め方向の海面にそれ(・・)は居た。

 

 姿は駆逐イ級に酷似しているが、頭部の形状がやや角張っておりその口元はまるで嘲笑っているかのように吊り上がっている。

 深海棲艦達の名称は、艦種の後に【いろは唄】で区別されている。眼の前の敵は、イ級とは別種の深海棲艦【駆逐ロ級】であった。「報告が食い違う訳だ、奴ら二体居たのか!」執務室の可香谷提督が無線越しに唸った。

 

"曙、今付近の鎮守府に救援を要請した。要救助者は既に離脱済みだ、お前も撤退するんだ"

「はぁ!? 何勝手な事してんのよこのクソ提督! 他所の鎮守府なんかに手柄を横取りされてたまるか!」

"まだそんな事を言っているのか!? 自分の艤装をよく見てみろ、そんな大破した状態で戦えばお前は……"

 

 艦娘の艤装は彼女達にとっての生命線で、その損傷具合は小破、中破、大破の三段階に分けられる。曙のそれはまさに大破で、非常に危険な状態だ。もし、この状態で無理な戦闘・進軍を続ければ――その先に待つものは、轟沈()である。

 

「うっさい……あたしは、やれるんだから……!」

 

 だがそんな状態にも関わらず、曙は血に染まった左眼を半開きにし、もう片方の眼でロ級を睨み付ける。彼女をそうまでさせるのは、意地かプライドか。

 可香谷提督の静止を振り切り、気合い一発曙は艤装から煙を上げながらロ級へと突撃した。だがロ級は曙の砲撃を之字運動*1をしながら軽々躱し、逆に反撃の主砲を曙へと向ける。砲弾は曙の少し前に着弾し水柱が発生。衝撃による波の大きなうねりから、曙は思わず転倒してしまう。

 

「ぷはっ……こんの!」

 

 体勢を立て直し主砲を構えようとした曙だが、その主砲にロ級が伸ばしたロープが直撃。鞭の様に飛んできたロープにより、主砲は曙の手から弾かれ数メートル先の海面へと落下した。

 

「あっ!? そ、それなら」

 

 すかさず魚雷発射管を展開する曙だが、よく見れば魚雷が見当たらない。先のイ級相手に、魚雷は全て撃ち放った事を曙はその時ようやく気付いたのだ。

 

「しまっ――」

 

 一瞬、発射管に目がいった隙をつかれロ級に接近を許してしまう。回避する間もなく大口を開いたロ級を前に、曙は咄嗟の判断で右腕を顔の前に突き出した。結果、ロ級の大顎は曙の華奢な腕を強靭な力で挟み込む。「いっ、痛い! 離せこの!!」必死に腕を振り解こうとしてもびくともしない。それどころか、ロ級の牙はぐぐ、と音を立てながらより深く曙の細腕に食い込んで行く。

 

 

 

 

「曙、そのままでは腕を食い千切られるぞ! ロ級を攻撃して振り解くんだ!」

"分かってるわよ! 主砲が飛んでっちゃったの!!"

「何だって!? な、なら魚雷で」

"それもさっきので使い切っちゃった!!"

「そんな……!」

 

 

 

 

 可香谷提督の必死の指示も虚しく、ロ級の牙はなおも曙の腕へと食い込んでいく。彼女の腕からは紅い鮮血が噴き出し、どくどくと滴り落ちた海面の色を変えていく。腕を締め付ける音が、ミシミシと嫌なものへと変わっていった。

 

「ひっ――」

 

 それまで虚勢を張っていた曙が、小さく情けのない声を上げる。顔からは血の気が引き、眼には怯えが表れていた。

 ここに来て、曙は漸く死の可能性を理解しそして恐怖したのだった。眼の前の現実に耐えきれず、たまらず目を瞑る曙。

 

 だがどうしたことか。あれだけ噛み千切る気満々でいた腕から突如ロ級が口を離す。恐る恐る目を開け、曙はロ級の方をゆっくりと見た。ロ級は、まるで何かを訝しむかの様に顔――というより身体全体――を傾げている。一体何が起こったと言うのか。

 

 

「曙! 諦めるな!!」

 

 

 執務室の可香谷提督が叫ぶ。通信機越しにその言霊は、恐怖により放心状態だった曙の心を現実へと呼び戻すのに十分な力を宿していた。

 最大速力でロ級から離れ、装備妖精達により引っ張られ辛うじて沈まずに海面に浮かんでいた主砲を勢いよく拾い上げた曙は、我武者羅に勢い任せの砲撃を放った。

 

「あああ"ぁっ!!」

 

 砲撃はロ級の魚雷発射管に命中。誘爆によりロ級は、左眼が吹き飛ぶ大ダメージを負った。予想外のダメージにより、苦悶の唸り声を上げるロ級。やがてロ級は、水飛沫を上げながら水中へと潜っていく。

 

「っつ……! 逃げんなこら!」

 

 逃げようとするロ級に止めをさそうと砲を構える曙たが、ここに来て大破のダメージが来たのかその場で膝から崩れ落ちてしまう。

 

"曙、ロ級は既に海域を離脱した。直に近隣の鎮守府から救援が来る、お前はそのまま安静にしているんだ"

「うっ……さい……助けなんか、いらないのよ……!」

"戦いはもう終わったんだ、意地を張るな!"

「まだ、やれる……あたしは――」

 

 

 

 

「……いい加減にしろよ、この大馬鹿野郎ーーっ!!」

 

 

 

 

 可香谷提督は、腹の底から声を張り上げた。それまでとは違う鬼気迫る声、しかしそれは決してヒステリーによるものではなく、曙を案じての言葉だった。

 

"もっと自分の身を大事にしろ、死んでしまったら何も残らないだろうが! いいから大人しく、じっとしてろーーっ!!"

「…………」

"提督さん……"

"……すまない、少し取り乱した"

 

 無線越しに詫びを入れる提督。曙はしばらく放心状態となっていたが、ハッとして周囲を見渡す。既に波は穏やかで、ロ級の姿はどこにも無かった。遠くの水平線から、救援にかけつけた艦娘と思われる陰が見え始める。曙は無事に帰還することが出来るだろう。戦いは、終わったのだ。

 

 だが、曙の心は決して穏やかでは無かった。戦いに破れ、可香谷提督に自身の非を指摘された事で、彼女のプライドはズタズタだった。肩には、顔を上げながら曙妖精がわんわん泣きながら涙を流している。

 

「……ちっくしょお」

 

 曙は、静寂に包まれた晴天の海でそう呟く事しか出来なかった。

 

 

*1
艦船が回避のため之を描くようにジグザグに移動する一連の動きの事




リメイク前の曙は何と言うか、ツンからデレへのメリハリが無かったんですよ。すぐデレるて言うか、挫折もあまり無かったんですよね。

だから、今回は最初はボロボロになってもらう事にしました。曙は犠牲になったのだ。文章のメリハリ、その犠牲にな。


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1-4

凄く良いペースで投稿出来ている。このモチベが続く内に、出来るだけ出していきたいね。

と言う訳で第一話ラスト。〆の部分なので短めです。


 夕焼けの鎮守府。茜色に染まった空が海をオレンジ色に照らす中で、艦娘曙は海岸へと降り立った。迎えに来ていた提督と枕崎が、彼女を支えながらここまで航行してくれた艦娘に感謝を述べて見送り、後に残ったのは気まずい空気だけとなっていた。

 

「…………」

 

 曙は何も語らない。ただ下を向いたまま、両の手で握り拳を作るだけだ。肩に乗る曙妖精はあいも変わらず泣きじゃくっている。

 

「おかえり、曙」

 

 労いの言葉をかける可香谷提督だったが、今の曙にはその言葉さえも屈辱に感じる。それが切っ掛けとなり、曙は勢いよく怒りや悔しさの滲み出る顔を上げた。

 

「『おかえり』? 言うに事欠いて出た言葉が『おかえり』!? もっと言いたい事あるんなら言いなさいよ! 自分勝手に戦って、無様に敵に逃げられたあたしを嗤えよ!!」

「曙、俺はな」

「うっさい! ……どうせ、あたしは……」

 

 そこまで口にして、曙は再び黙り込んだ。夕焼けが映すその顔は、強気な言葉とは裏腹に酷く沈んで見える。泣き止んだ曙妖精が、逃げるように彼女の胸元に潜り込み姿を消した。

 暫しの静寂の後に、曙が落ち着くのを待って黙り込んでいた可香谷提督が、咳払い一つの後に口を開いた。

 

「そうだな。確かに、今回のお前は自分勝手だった。要救助者を蔑ろにし、自身の力を誇示するためだけに深海棲艦に挑んだ。これは恥ずべき事だと俺は思う」

 

「……っ!」

 

 可香谷提督の言葉を聴き、曙が両拳に力を込める。分かっていた事とはいえ、いざ口にされると辛いものだった。

 だが提督は『しかし、だ』と口調を柔らかくしながら言葉を続ける。

 

「駆逐イ級の餌食になりそうだった船員を助けたのもまた事実だ……先程、その船員のご家族から連絡があった。命を救ってくれた事に感謝しますとの事だ」

「……!?」

「お前がこれまでの経験から、意固地になるのもわからないこともない。けどな、そんな事をしなくても、お前は立派に艦娘としてやっている……俺はそう思う」

 

 可香谷提督の言葉を、曙は理解できなかった。彼女の知る提督と言う存在は、艦娘を道具として扱い個人への評価――ましてや、行動を褒め称える様な評価をするもの等いないと思っていたし、それが当たり前だと思っていた。

 ならば、今目の前にいるこの提督は、一体何だと言うのか? 彼女の胸元から曙妖精が恐る恐る顔を出し、可香谷提督をじっと見つめている。

 

「俺は、艦娘の力になりたいと思っているし、お前達の力を貸して欲しいと願っている……俺と一緒に、戦ってくれないか」

 

 顔を上げた曙に、可香谷提督が決意の籠もった笑顔で曙に握手を求める。夕焼けで赤々とした空に照らされた二人は、精巧な影絵の様だ。

 曙は手をゆっくりと開き、恐る恐る可香谷提督の手を取ろうとするが……。

 

「ッ!!」

「お、おい曙!?」

 

 彼女はその手を握ることなく、混乱した顔のまま目を閉じてその場から走り去った。足元に残った曙妖精が、可香谷提督に精一杯のお辞儀をした後ぽんっと姿を消す。

 後には、呆然と立ち尽くす提督と、その横で満足気な笑みを浮かべる枕崎の二人だけが残された。

 

「中々上手くいかないものですね……」

「そう? 私には順調な滑り出しの様に思えたけれど」

「そ、そうでしょうか」

 

 枕崎の言葉に可香谷提督は苦笑する。一体何の辺が順調と言うのだろうか。まだまだ未熟な提督には、それを理解することが出来なかった。

 

「でも、よかったな。提督さんが曙を受け入れてくれて」

「えっ?」

「資料見たでしょ? あの子、これまで人に恵まれなくて他人不信になって、自分から嫌われちゃう様に振る舞ってしまってるから、提督さんも駄目なのかなあ……って」

「ま、まぁ最初は驚きましたが」

「でも、貴方は受け入れてくれた。一体どうして、艦娘にそこまで向き合おうとするのかしら?」

「どうして、ですか」

 

 悪戯っぽい笑みを作り、枕崎が可香谷提督へと問いかける。可香谷提督は、何か思案する様に少しの間斜め下を向き、やがて決意の籠もった目で顔を上げた。

 

「昔の話です」

「昔の?」

「……俺は、幼い頃にある艦娘に救われた事があります。全てを失い、未来に絶望していたあの頃の俺に、その艦娘は手を差し伸べてくれました」

 

『諦めるな!』

 

「結局、その艦娘とは暫くして会えなくなりましたが、その時があったから俺は生きているんだって……だから俺、決めたんです。今度は自分が、艦娘達を助けたいって」

 

 途中から捲し立てる様に勢い良く、可香谷提督は自身の想いを語る。枕崎はそれを聴き、うんうんと頷いた。

 

「提督さんの決意、私は凄く良いと思うな。これからも彼女を、彼女達を助けてあげて」

「……はい!」

 

 

 

 

 夕焼けに照らされ波が銀色に光る海岸。走り疲れ、息を切らす曙が居た。彼女の頭は未だ混乱し、膝に両手を当ててその場に立ち止まる。

 

「何なのよ! 何なのよもう!!」

 

 今までの常識を覆す提督に曙は、どう接していいか分からなかった。しばらく過呼吸を繰り返し落ち着きを取り戻すと、曙はゆっくりと顔を上げて空を仰いだ。

 

「――この、クソ提督」

 

 声を振り絞り、やっと出た言葉がそれだった。

 

 

 

 

「襲撃による死傷者は無し。敵の状態はイ級撃沈、ロ級大破撃退。引き続き逃走したロ級の捜索を行われたし……こんな所でしょうか」

 

 大本営のオペレータールーム。薄暗く小さなその部屋で、任務娘大淀は今回の出撃に関しての戦闘詳報を纏め上げていた。パソコンに全ての記述を入力し終わった彼女は、それまでの堅苦しい雰囲気を解いて椅子に座ったまま大きく背伸びをした。

 

「初任務お疲れ様です、駆逐艦曙。でも、貴方のその場所での物語はまだ始まったばかり……今度こそ、上手く行くといいですね」

 

 曙の配属と転属を毎度担当してきた大淀にとっても、曙の動向には感慨深いものがあったらしく、【可香谷剛提督 鎮守府】と書かれたページの情報画面を開きながら、安心したかのように微笑んだ。

 

「それに、止まっていた時間が動き出すのは、きっと貴方だけじゃない」

 

 そう言いながら大淀は、ページを下へとスクロールしていく。【配属予定】と書かれたその一覧には、3人の艦娘の姿。その艦娘達の写真を見ながら、大淀は彼女達へと想いを馳せる。

 

 

 

 

「ふっ、はっ」

 

 夕日に照らされながら、その少女は鍛錬を積んでいた。砲撃、雷撃は勿論の事、座学に体術の訓練も怠る事もなく、全身を眩い汗に濡らしながら一日中己を鍛えている。

 やがて少女は動きを止め、大本営本部の建物を真っ直ぐ見つめた。

 

「絶対に、主力艦隊の専属駆逐艦になってみせる。そして、あの人達と……!」

 

 

 

 

「ごめんなさい、結局力になれなくて」

 

 別の場所には影法師が2つ。離れ離れになる事により別れを惜しんでいた。その表情は、寂しさや哀しさとも違う――どこか歯痒さ、悔しさを含んだものだ。

 

「こっちのことは気にしなくても大丈夫だから! それより、新しい鎮守府では大人しくしなさいよ」

「んもう、私の事を何だと思ってるんデスか……行ってくるよ」

 

 背の小さな艦娘に励まされ、何とか笑顔を見せるもう一人の艦娘。グッと小さくガッツポーズをして見せて、決意を新たにした。

 

 

 

 

 日も沈み、夕闇が空を支配しようとする頃、多くの艦娘同様その少女も寮への帰路に着いていた。不意に吹く風に髪とスカートの裾を抑えながら、彼女は上を向く。

 これまで幾度となくその背中を追いかけ、今またそのチャンスが巡ってきた少女の元へ。同じ空の下にいるであろうその少女の名を、彼女は嬉しそうに呟くのだった。

 

「また会えるね、曙ちゃん」

 

 

 

 

 to be continued...次回【初陣―カルテット―】




ここもリメイク前からあまり展開は変えず、色々な要素を継ぎ足す感じにしてみました。何だかんだで3000字は超えたので、個人的には満足です。


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第二話【初陣―カルテット―】
2-1


ごめんなさいごめんなさいごめry
ポケモンやっていて遅くなりました。いつ海放映中に2話は終わらせたいなぁ。


「あれ……あたし、何でこんな所に」

 

 気が付けば曙は、海沿いの公園に居た。少し離れた場所には、聳え立つ大本営本部のシルエットが見える。どうやらここは、大本営鎮守府内にある公園エリアの様だ。だが周辺の景色は靄がかかり、どこかふわふわとした雰囲気を纏っていた。

 ふと前方を見れば小学生低学年くらいの男の子が、何をするでもなく俯きながらベンチに座っている。曙は何故か、自分はこの男の子に会いに来たのだと言う確信を抱いていた。

 

「『やっぱり、ここに居た』」

 

 不意に聴こえる誰かの声。それがどうやら自分自身が発したものであると気付くのに、曙は少しの時間を要した。その声は確かに曙の声ではあるのだが、彼女にはその自覚が無かったのだ。まるで自分の声を、別の誰かが発しているような――。

 

「『ほーら。そんな辛気臭い顔してると、何やっても楽しくないわよ』」

 

 男の子の隣に腰掛けながら、曙は話を続ける。男の子は、あいも変わらず目を伏せているが、かと言って曙を拒絶したりもしない。一体この男の子は何者なのだろうか? そんな疑問とは裏腹に、曙は両手を広げながら笑顔を作る。

 

「『はい! スマイル、スマイル』」

 

 2つ分の笑顔の言霊を放ち、男の子へと与える曙。それまで俯いていた男の子が、恐る恐るこちらへと顔を向ける。曙は何故か、その様子を見ることをとても嬉しいと感じていた。

 やがて、男の子の表情に少しずつ笑顔が生まれようとしたその時――。

 

 周囲の景色が、一変した。

 

「な、『っ!』何!?」

 

 何処からともなく大量の水が押し寄せ、辺りは一瞬にして大海原へと変わる。空は真っ赤に染まり、周辺には深海棲艦のものと思しき残骸が火を上げている、まさに地獄の様な光景だった。

 

「何よここ……一体何がどうなってんの!?」

 

 突然の事態に狼狽える曙だが、不意に背後から悍ましい殺気を感じた。反射的に武器を構えながら、勢い良く振り向くとそこには、

 

 

 

 

『■■■■■!!』

 

 

 

 

「――っは!!」

 

 カーテンの隙間に日差しが差し込むベッドから、曙は飛び起きた。周りを見渡せば、そこは見知らぬ部屋……もとい、一週間前から配属された鎮守府の自室だった。

 

「……何なのよ、もう」

 

 いやに現実味のあった悪夢から目覚めた曙は、全身に冷や汗をかきながらその日の朝を迎える。

 

 この日が、更なる運命が動き出す一日となる事を彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 パジャマを脱いでお馴染みの制服を着用し、髪をサイドテールに整えて朝自宅を済ませた曙は、自室から出て一階の廊下へと向う。まだ静まり返った朝の廊下を抜け、執務室の前まで来て扉を開けると、部屋には既にエプロンを着た枕崎が窓の埃を叩いている最中だった。

 曙の姿に気付くと、枕崎は手を止め彼女の方へと向き直る。

 

「あらおはよう。まだ起床には早いわよ、怖い夢でも見た?」

「え? いや、その……」

 

 図星を突かれた事でシドロモドロになりながら、曙は壁にかかった丸い時計の針を見た。時刻は早朝5時30分(マルゴーサンマル)。確かに、いつもの起床時間より少し早い。周囲を見渡してみても、可香谷提督の姿も見えない。まだ執務開始時間では無いのだから当然なのだが、曙は自分よりも先に提督が居ないことに不満を覚えた。

 

「部下がちゃんと起きてるのに、良い身分ね!」

「そう言わないの。提督さん、昨日は書類の整理とか貴方の戦闘詳報の作成とかで夜遅くまで起きていたんだから」

「ふん、まあいいわ」

 

 ペンを持ち、我武者羅に書類と格闘する可香谷提督の姿を思い出しながら枕崎が曙を嗜める。だが曙はそんな苦労を知らずに、部屋の奥にある大型モニターのパネルを操作し始めた。

 

「って、曙? 何をしているの」

「クソ提督がまだおネムなら丁度良い、これ使わせて貰うわよ」

 

 入力を受け付けた大画面に電源が入り、中央には『通信中...』の文字が映し出されている。どうやら、どこかとテレビ通話を繋げているらしい。突然の奇行に一瞬ギョッとする枕崎だったが、問題児である曙にも話が出来る相手が居たのかと思い安心するのだった。

 だが、画面が進んだ次の瞬間、その安心は凍り付く事になる。

 

「ちょっとちょっと! 貴方一体何処と繋げているの?」

「何処って、ちゃんと表示が出てるでしょ? 【大本営鎮守府連合艦隊 司令室3番】あんた目が見えないの?」

「そういう事じゃ無くて、大本営の連合艦隊って、一番偉い所なんでしょ? 勝手に回線を繋げたら駄目じゃない」

「ふふん、連合艦隊にはあたしの話を聴いてくれる艦娘(ひと)がいるのよ。凄いでしょ」

 

 大本営との思わぬ繋がりを持つ曙に、やや引き気味な驚きを顔に出す枕崎。やがてその表情は呆れへと変わり、小さくため息を吐いた。

 

「全く、偉い人に見つかったらカミナリ落とされるわよ?」

「バレなきゃいいのよ、バレなきゃ」

 

 得意気にモニターを眺め、反応を待つ曙。やがて画面が切り替わり、椅子に座っている一人の艦娘の姿が映し出された。紫を基調とした制服と黒のタイトスカートに身を包んだ、黒く艶のある髪をサイドテールで結んでいるその艦娘は、軍人然りとした凛々しい佇まいで通信に応じた。

 

「こちら連合艦隊・水上打撃部隊の……何だ、お前か曙。この回線は使うなと言っただろう?」

「ごめんなさい【那智(なち)】さん。新しい鎮守府への配属が決まったので、どうしても報告したかったんです」

「む。そう言えばこの間からだったか」

 

 那智と呼ばれたその艦娘は、凛々しい口調とは裏腹に穏やかに曙に問う。対する曙も、これまでの彼女からは想像出来ない程に楽し気にそれに応えた。胸元から飛び出た曙妖精が曙の頭上に飛び乗り、嬉しそうにぴょんぴょんジャンプしている。

 そんな曙の様子を、まるで飼い主にだけ尻尾を振る犬の様と、モニターを眺めながら枕崎は可笑しく思うのだった。と、画面の向こうの那智がそんな枕崎に気付く。

 

「所で、そちらの娘さんは一体誰なんだ? 提督以外に鎮守府にスタッフが居るなど聴いては居ないが」

「え? あぁ、此処のお手伝いさんみたいです。何か前の仕事をクビ? になって途方に暮れていた所に紹介されたみたいな……」

「どうも、お手伝いさんです♪」

 

 大げさにウインクする枕崎を見て少し驚いた後に何かを思案する那智であったが、すぐに曙へと視線を戻し小さくため息を吐いた。

 

「曙。先にも言ったように、この回線は緊急時にのみ使用が許されるものだ。この様な形で使用するのは、あまり褒められた事では無いぞ」

「那智さんまでそんな事……バレなきゃ大丈夫ですよ」

「曙、世の中には『壁に耳あり障子に目あり』と言う言葉があってだな、どこで誰が見聞きしているのか分からないものだ。この回線を談話目的で利用している事が、周り回って軍令部の人間の耳に届くかもしれない」

「えぇ、そんな大げさな」

「だが可能性が全く無い訳でもない。以後は個人的な用事での使用は控える様に」

「……はい。何よ、那智さんまで……

 

 小さく悪態を吐きながらも、曙は那智の言うとおりにしたらしい。それほどまでに、彼女は那智に懐いているのだろう。対称的に曙妖精は、目に見えてしょんぼりしている。

 「それはそうと、だ」那智がそう言って話題を切り替えた。

 

「今度の提督とは上手くやっていけそうか」

 

 再び穏やかな口調で那智が問う。曙のこれまでの経歴は彼女の耳にも入っているのか、やはり心配なのだろう。枕崎も気になるのか、窓を拭きながら目線だけ曙の方に向けて聞き耳を立てていた。

 

「それが聴いて下さいよ! 折角の初陣をアイツのせいで台無しにされたんですよ!」

「う、うむ」

「あたしはまだやれたのにアイツが戻れって言って、その隙に逃げられたんです」

「曙、貴方まだその事根に持っているの?」

「だって、逃したロ級はまだ見つかってないんでしょ? 何かモヤモヤするじゃない。他にも……」

 

 勢いの乗った曙は、可香谷提督への愚痴を次々と発する。その内容は、1割は確かに提督の落ち度によるものもあったが、残りの9割は完全な逆恨みや難癖によるものだった。

 那智は暫くそれを苦笑しながら聴いていたが、ふと何かに気付き咳払いを一つ行う。

 

「曙」

「あとそれから……えっ?」

「壁に耳あり障子に目あり、だ」

 

 突然放たれた言葉の意味が分からず困惑する曙に対し、那智が無言のまま顎で彼女の後ろを指した。何かを察した曙は、錆び付いたブリキのおもちゃの様な動きでギ、ギ、ギと後ろを向く。

 

「や、やあ。おはよう」

 

 既に制服に着替え、自分に対する悪口を大音量で聴かされ苦笑する可香谷提督がそこに居た。

 

「げ」

「朝から開口一番の言葉がそれか……貴方は確か、大本営連合艦隊の艦娘だな。曙が迷惑をかけた様ですまない」

「貴様がその鎮守府の提督か。曙の事は個人的に面倒を見ていてな。好きでやっている事だから、どうか気にしないで頂きたい」

 

 自身への謝罪を制止した那智は、可香谷提督の姿を見つめる。軍人としては些か覇気に欠けるが、粗暴であったり余裕の無い雰囲気を持たない男の姿は、少しの頼りなさはあるものの安心できるものであった。

 

「ソイツは気難しくて迷惑をかけるかもしれないが、本質は真面目な艦娘なんだ。どうか面倒を見てやってくれ」

 

 可香谷提督に対し、那智が穏やかに言った。まるで嫁入り前の娘を見送る母親の様だなと枕崎が苦笑する中、提督は特に気にせず真面目に『分かった』と頷いた。対する曙は、気難しいと言われた事が不服なのか、頬を膨らませムスッとしている。

 

「ともかく曙、今度こそは上手くやるんだぞ。私が見る限り、その提督ならきっとお前の事を分かってくれる」

「そ、そうでしょうか」

「ああ、きっと大丈夫だ……提督も宜しく頼む。では、私はそろそろ行くぞ」

「ああ、わざわざすまかった」

 

 軽い会話を終えた後に通信が切れ、モニターの画面は元の待機中の状態に戻る。可香谷提督は軽く一呼吸置くと、曙へと向き直った。

 

「朝早く起きて何をやっているのかと思えば、大本営に通信を繋げるなんて」

 

 責める訳でも恫喝する訳でも無く、しかし呆れた声で可香谷提督が言う。曙はバツが悪いのか、気不味い表情で目線を横へと逸した。曙妖精が頭の上で、恐る恐る上目遣いをしながら提督を見上げている。

 

「でも安心したぞ、曙にも話し相手がちゃんと居たなんてな。彼女とは長い付き合いなのか?」

「別に、あんたには関係無いでしょ……半年ほど前に、一人で演習をしてる時に声をかけてくれたの。それから、あたしの事を認めてくれて、話し相手になってくれた」

 

 曙の応えに、可香谷提督は『そうか』と満足気に頷いた。彼女の事を心配していた手前、理解者が居たと言う事実は嬉しいものだったのだ。

 それにしても、一体那智は何故そこまで曙に構うのだろう。確かに彼女――重巡洋艦那智と駆逐艦曙は、かの大戦の際に志摩艦隊の一員として、旗艦と随伴艦の関係だった。*1その縁で面倒を見ているのだろうか? それにしては、些か過保護過ぎる気もする。

 疑問の尽きない可香谷提督だったが、これ以上の詮索は無粋だと思い、そこで考えるのを止めた。

 

「あーあ! 朝から調子狂っちゃうわ。枕崎さん、朝御飯にしようよ」

 

 気分を変えるつもりで曙が言う。どの道、そろそろ朝食の用意をしなければならない時間だ。曙も丁度腹の虫が鳴く頃合いなのだろう。だが枕崎から返ってきた言葉は、彼女の想定外のものだった。

 

 

 

 

「今日はもう少し待って。新しい艦娘達がもうじき到着する筈だから」

 

「…………えっ?」

*1
人間に例えると、隊長と部下の関係である。




500字ほど足りないですが、キリが良いので今回はここまで。次回から一気に登場人物が増えます。
……リメイク前はこの下り、数行で終わっていたんだよなぁ。


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2-2(挿絵あり)

祝!アニメに7駆勢ぞろい!!(台詞付き)


今回から登場人物がどっと増えます。
扱うのが難しいけれど、その分物語に深みを持たすことも出来る。
今回はそんな彼女達の、日常シーンを頑張ってみました。


「は!? 何よそれ聴いてない!」

 

数秒間のフリーズの後、予想だにしていなかった枕崎の言葉に曙は焦りの言葉を放つ。彼女にとって青天の霹靂であるそれは、日常となりつつあった鎮守府でのローテーションを崩すのに充分であった。

 尤も、この日新しい艦娘が着任する事は数日前から告知されていた事なのだが。

 

「曙が提督さんの言葉を右から左に聴き流していたからでしょう?」

 

 これまで、歯を磨きながらだったりドライヤーで髪を乾かしながらだったりしながら、曙はその事に対して空返事を決め込んでいたのだ。

 

「そっ、それは……って言うか、何時来るのよ!」

「6時過ぎには大本営の車で送迎されて来るとは聴いている」

「もうすぐじゃない!」

 

 両手をバタバタさせながら右往左往する曙妖精を頭に乗せ、わーわーと叫ぶ曙。そうこうしている間に、外から車のエンジン音が近づいてくるのが聴こえた。『噂をすれば来たか』と言いながら可香谷提督はイソイソと玄関へと向かっていく。

 運転手に対しご苦労さまです等の会話が2,3続いた後、複数の少女の声と共に可香谷提督の足音が戻って来た。

 

「へぇ、初めて来たけど良い(トコ)じゃないの」

「何で初っ端から上から目線なのよ」

「あはは……あの、提督。曙ちゃんは」

「ああ、既に中で待機している。案内するよ」

 

「――っ!」

 

 最後に聴こえた少女の声を耳にしたと同時に、曙の表情は不快さを伴う険しいものとなった。

 

 

 

 

「それじゃあ、三人とも自己紹介をしてくれ」

 

 司令室にて。提督と枕崎、そして曙と向かい合う形で三人の艦娘が横一列に並んでいる。

 まず先に、一番向かって左端の黄色いショートヘアーの艦娘が名乗り出す。他の艦娘同様、曙と同年代と思われる背丈のその少女は、見た目通りに溌溂と答えた。

 

「綾波型駆逐艦7番艦、朧です。生まれは佐世保海軍工廠、在りし日の海戦では南方進行作戦などに参加しました。寒いキスカ島は少し苦手ですが、任務とあれば平気です。朧、誰にも負けません!」

 

 右頬に絆創膏が貼られている朧は真っすぐな瞳でそう自己紹介をした。他の艦娘と比べても引き締まった四肢とすらりとした出で立ちは、弛まぬ努力の跡を物語っている。見た目通りの真面目な艦娘なのだろう。

 朧が自己紹介を終え一歩後ろに下がるのと同じタイミングで、今度はその隣に居た桃色の髪を小さなツインテールで纏めた艦娘が、ぴょこんと小さくジャンプして前へと出た。

 

「特型駆逐艦ナンバー19! 綾波型で言うと9番艦の漣だよ。さんずい辺に連と書いて漣。生まれは舞鶴海軍工廠。戦歴は……南雲機動部隊が真珠湾でボコボコやってる時、ミッドウェー島を砲撃したりしたよ。凄くないです? ご主人様(・・・・)

 

 にゅふふと言った笑みを浮かべながら悪戯っぽく微笑む漣。先の朧とは対照的に、どこかふざけた印象を受ける艦娘だった。左右の艦娘は苦笑したり白けた目を向けたり、奇抜な呼び方をされた可香谷提督もまた、乾いた笑いで苦笑するしか無い。

 漣が後ろへと下がり最後の一人へとバトンタッチをすると、黒い艶のあるロングヘア―のその艦娘は、恐る恐る前へと出た。

 

「えっと……綾波型10番艦の潮、です。生まれは浦賀船舶。戦歴は、そのぅ……第七駆逐隊や志摩艦隊の一員として、珊瑚海海戦やレイテ沖海戦などの激戦を潜り抜け、横須賀で役目を終えるまで戦い抜きました……あ、あのぅ。もう下がってもよろしいでしょうか」

 

 曙含む他の三人と同じ様な背丈ながら、彼女らよりも豊満な胸と全体的に柔らかい雰囲気を持った潮は、おずおずしながらそう答えた。非常に自信の無さげな彼女だが、語った戦歴はこの中では一番凄いものである。自分の素質に気付いていないタイプの子なのだろうか。

 

「朧、漣、潮。お前達三人は本日より、俺の指揮下に入る……この鎮守府を預かる提督として、お前達を歓迎するよ」

 

 三人の前に立ち、敬礼をしながら可香谷提督は笑顔でそう答えた。それに合わせ、三人もまた敬礼を返す。

 

「ほら、曙も……彼女達は、お前にとっても縁の深い第七駆逐隊に所属していた艦の艦娘だ。お前ともきっと――」

「ふん……もう顔合わせは終わったでしょ? あたし朝練やってくる。枕崎さん、ご飯できたら呼びに来てよ」

 

 可香谷提督が言い終わる前に、曙はそっぽを向いてその場から立ち去ってしまう。止めようとする提督だったが、それより先に曙は扉を力強く閉めた。一体どうしたと言うのか。

 と、新しい艦娘の内、気弱な艦娘――潮が曙の後を追う様に走り出す。

 

「あっ、曙ちゃん!」

「お、おい潮!? ……曙と言い、一体何だって言うんだ」

 

 可香谷提督を始めとした一同は、呆然とそれを見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

「曙ちゃん、待って下さい!」

 

 廊下をスタスタと足早に歩きながら、玄関に向かう曙を潮は追い掛ける。短い距離であるにも関わらず、彼女はゼーゼーと息を切らしていたが、それは虚弱体質と言うわけではない。

 

「えっと、お久しぶりです。曙ちゃ――」

「何しに来たのよ」

 

 潮の言葉を言わせまいと曙が足を止めて言い放つ。潮に背を向けたまま腕を組むその表情には、確かな拒絶の意思が込められていた。

 

「あ、あぅ……潮は、曙ちゃんに会いたくて……」

「あたしは、会いたくなかった。特にあんたとは」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 僅か2、3メートルしか無い二人の距離は、しかし見えない壁となり二人を隔てていた。

 一体、この二人に何があったと言うのか。

 

「ここに配属されるのは勝手だけど、あたしに関わらないで」

 

 そう言って曙は再び歩き出し、玄関口から外へと出ていく。潮はそれを、立ち尽くしながら見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 暗く深い海の底、そこに横たわる一つの影があった。先の戦いで負傷した深海棲艦、駆逐ロ級だ。

 傷を癒やしていたロ級は、眼をオレンジ色に妖しく光らせながら咆哮する。と、周囲の暗闇にポツポツと光る眼が、複数浮かび上がった。

 

 

 

 

 海岸沿いの演習場にて、曙は何時もの様に砲撃訓練を行っていた。演習中は常に不機嫌な曙だが、今日もそれは変わらない。

 その原因は、先程再開を果たした姉妹艦によるものだった。

 

 

 

 

『ここ、空いてる?』

『ふぇっ!? あ、はい。どうぞ……』

 

 二人の出会いは艦娘養成学校の食堂にて、そんな何気ないやり取りから始まった。食堂の端、艦娘達が各々グループを作って固まっている机から少し離れた、いかにも御一人様専用といった位置にある机でボッチ飯を決め込んでいた潮の向かいの椅子に、曙は断りを入れた上でゆっくりと座る。しばらく潮を無言で見つめる曙。視線に気付いた潮は、恐る恐る曙に対し口を開いた。

 

『あ、あのぅ……何か、私に御用でしょうか』

『あんた』

『は、はひっ!?』

『見た所、綾波型の艦娘よね? あたしもなのよ』

『は、はぁ』

『あたし、第七駆逐隊・曙の艦娘よ』

『え……そ、そうなんですか!? 私……潮は、第七駆逐隊の潮、です』

『やっぱり! あんたは駆逐艦潮の艦娘ね。あたし達、あの大戦では一緒に行動することも多かったし、仲良くなれると思うのよ。ね、あたし達友達にならない?』

『あっ……はい! 潮で良ければ、喜んで!』

 

 突然話しかけてきた相手が、自分の記憶にある艦の魂を宿す少女だと分かると、安心したのか潮も警戒心を解いて話し出す。船としての記憶から親近感の湧いた二人はすぐに意気投合し、やがては親友となっていった。

 以来、何をやるにも曙と潮は共に行動するようになった。

 

『ちょっと潮! あんたこのままじゃ、対空戦の試験落ちちゃうわよ』

『うぅ……やっぱり潮には無理なんです。曙ちゃん、潮に構わず課題をクリアして下さい』

『何言ってんの! 一緒にクリアするって約束したじゃない』

『で、でもこのままでは二人共落第です』

『いい? 潮。あんたは自分に自信が無いだけ。本当は凄い奴なのよ』

『そ、そんな事』

『そんな事ある! あんた偶に、物凄く正確に的を撃ち落とす時あるじゃない。あんたには秘められた力があるわ。だから頑張ろう?』

 

 気弱で自信が持てない潮にとって、曙は自分の手を引っ張ってくれる、夜の終わりを照らす明け方の太陽の様な少女だった。そんな彼女に潮も心を開き、少しずつ自分に自信が持てるようになっていった。

 

『やりました曙ちゃん! 潮、試験合格しました!』

『やるじゃない潮! ね、あたしの言った通りだったでしょ?』

『はい。潮がここまでこれたのも、曙ちゃんのおかげです。本当に、本当にありがとう』

 

 夕陽に照らされる養成学校の廊下にて曙と手を取り合い、潮は感謝を込めた心からの言葉を述べた。妖精たちも曙の頭上で抱き合いながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 この頃の二人は、本当に仲の良い艦娘だった。

 

 

 

 

「チッ」

 

 誰にでもなく舌打ちをする曙。今の彼女は、どういう訳か潮に対し激しい嫌悪の感情を抱いていた。その姿に、かつての仲の良かった二人の面影は何処にもない。

 

「演習場は、ストレス発散の場じゃあ無いんだぞ」

 

 感情任せの砲撃に対する後ろからの声。振り返れば可香谷提督がそこに居た。水面に立つ曙に対し、呆れつつも窘めるように言う。

 

「何よ、あたしの訓練に文句あるの?」

「また初日のように、演習場を半壊されても困るからな。結構高かったんだぞ、修理代」

「……まぁ、あれは正直やりすぎたと思う、わ」

「お、素直に謝れるじゃないか……潮とは、何かあったのか」

 

 ほんの少し空気が和らいだのを見計らい、可香谷提督は話題を潮との関係に切り替える。曙が彼女に対し何か複雑な感情を抱いていることは、提督から見ても明らかだ。曙や艦娘達の力になりたいと願う彼にとって、捨て置けないものだった。

 

「別に。アイツのことなんか」

「少なくとも、知っている仲なんだな」

「っ……! 何で構うの!? ウザいなあ!」

 

 カマをかける可香谷提督に対し苛立ちを顕にする曙。これでもまだ、会話が成立しているだけこれまでの提督達よりはマトモな関係を気付けてはいるのだが、まだまだ先が思いやられるばかりである。

 曙の肩に乗る曙妖精も、彼女の首後ろに隠れながら恐る恐るこちらをチラ見していた。と、鎮守府の方から枕崎の元気な声が聴こえてくる。

 

「朝御飯、出来たわよー!」

「……食事にしようか。美味しいものを食べて、気持ちをリフレッシュするといい」

 

 仕方無しに会話を諦めた可香谷提督は、曙を連れて皆が待つ鎮守府の食堂へと戻る事とするのだった。

 

 

 

 

 玄関口から真っすぐ伸びる廊下を進み、突き当りにある扉の先に鎮守府の食堂はあった。洋風の室内を大きな窓から射し込む朝日が、室内に早朝特有の落ち着いた空気を演出している。

 

 部屋の中央、赤い絨毯を下に敷いた長机を囲むように提督達は食卓についた。可香谷提督を中央として、左から曙、潮、向かい合う形で漣、朧が座り、最後に枕崎が座る事で一周回る形となっている。「いただきます」全員が食事に手を合わし、朝食の時間が始まった。

 

「う ま す ぎ る !!」

 

 突然、目玉焼きを一口食べた漣が立ち上がり叫んだ。余程美味しかったのか、気合の入ったシャウトだ。彼女の右肩、デフォルメされた漫画のようなピンクウサギの姿の謎生物が感動の涙を流す。その背中では、漣型の妖精が良い仕事してますねえと言わんばかりにうんうんと頷いていた。

 

「うるさい」

 

 大声に一瞬驚いた朧が、すかさず漣に強烈なチョップを頭にキメた。良いツッコミだ。漣の方も思わず「オスタップ*1!」と叫び、頭を抱える。当然の仕打ちであった。

 

「もう、漣ってば大袈裟ね。ただの目玉焼きよ?」

「なんとおっしゃるウサギさん! 目玉焼きを制する者は全てを制するんですゾ。この絶妙な塩胡椒の味加減、熟し方、思わずお城から手足が出たり車椅子で階段を駆け上がったりしたくなるっつうーーっ、感じっスよお〜〜!」

「だからうるさい」

「オスタップ!」

「ふふ、有り難う。そこまで言ってくれるなら、頑張った甲斐があったかな」

 

 漣の情熱的なコメントにご機嫌の枕崎。当の漣は二度目のチョップに頭を抱え涙目になっていた。その横で朧は黙々と目玉焼きの他、ソーセージとほうれん草をバランスよく上品に食べていく。口には出さないものの、やや口元を綻ばせながら食べ続ける表情を見るに、やはり彼女も美味しいと感じているのだろう。

 

 そんな漣の様子を、彼女の妖精がウサギ妖精と共に呆れた表情で眺めている。対して朧の妖精は、デフォルメされた蟹の様な生物と共に食器やカップを触ったりして忙しなく動いていた。主人と違い、非常に好奇心旺盛な様子だ。

 見兼ねた朧が朧妖精と蟹妖精を纏めて摘み上げ、自身の膝に座らせる。2体の妖精はむうとしながらも、素直にそれに従った。

 

「ははは、漣は賑やかな奴だな。でも、食事中はもう少し静かに食べないと駄目だぞ。朧を見てみろ、行儀が良いだろう?」

「有り難うございます、提督」

「むぅ……ゴメンナサイ」

「まったく……ほら。そんなに美味しかったのなら、朧の目玉焼き半分あげる」

「マ ヂ デ!? 最高ッスよぼーろちゃん! 一万年と二千年前から愛してオスタップ!?」

「誰がぼーろちゃんよ」

 

 朧から三度のツッコミチョップを喰らい悶絶する漣。正反対の二人だが、大真面目ではあるが何だかんだ言って面倒見が良い朧と、ふざけはするが謝罪は出来たりと根は真面目な漣とは案外良い仲間になりそうだな、そう思う可香谷提督だった。

 一方で――。

 

「…………」

「…………」

 

 あうあうしている潮の隣で、曙は目を閉じながら黙々と箸を進めていた。決して枕崎の朝食を味わっている訳では無い。潮からの会話を受け付けない為の、意思表示だった。

 

「あ、あの。曙ちゃん」

「…………」

「ま、枕崎さんの朝御飯、とっても美味しいですよね」

「…………」

「う、潮も、目玉焼きあげます」

「…………」

「うぅ……」

 

 あの手この手で曙と会話しようとする潮だが、曙は彼女の存在を完全に視界から遠ざけている。それでも何とか話をしようとする潮も、やがて目に涙を浮かばせ始めた。

 

「なあ曙、お前達に何があったのか分からないが、流石に相槌くらい打つものだぞ」

 

 見兼ねた可香谷提督が助言するも、曙はそれも聴こうとせず頑なだった。

 

「曙、いい加減にしなよ。朝の空気が重くなってる。あんた、感じ悪いよ」

「あんたには関係無いでしょ」

「…………!」

 

 曙のその言葉に、流石の朧も頭にきたのか彼女を睨みつける。その非難の眼には、得も言われぬ凄みがあり、彼女の妖精2体でさえ抱き合いながら震え上がる。

 頑なに心を閉ざす曙も、思わずたじろいだ。

 

「う……わ、分かったわよ! ほら潮! 目玉焼きもらうから! これでいいんでしょ!?」

 

 渋々と潮からの目玉焼きを半分に切って自分の皿に移す曙。それを見た潮の表情は、パァァと一気に明るいものとなった。それを見て可香谷提督も安堵の表情を浮かべる。

 

「有り難うな、朧。曙、俺は出来ればお前の事も助けてやりたい。今すぐは難しいかもしれないが、気が向いたら俺にも思っていることを話してくれよ」

「提督さんに話し辛いなら、私もいつでも相談に乗るからね」

 

 可香谷提督と枕崎の言葉に、曙は下を向いて食事を再開する。特に噛み付いてくる事もなく、拒絶とも違う表情を見るに、取り敢えずは受け入れた様であった。お皿の横で、曙妖精が大袈裟な動きで何度も頭を下げていた。

 

 

 

 

 そんなこんなで、新たな仲間を迎えた鎮守府の朝は賑やかに過ぎて行った。その後漣が場の空気を戻そうと再びふざけ出し、朧からツッコミを貰うのはまた別の話である。

 

 

 

*1
ウォッシュダブ。海軍で使用されていた水桶で、主に甲板の掃除等に使われていた




ここまでぼのちゃんには間違いを犯させてもらっているけれど……通しで読んでみると、普通に嫌な奴になってるよね。
キャラクターの成長を描くには最初に間違った行動をさせよとは言うけれど、この辺の匙加減が本当に難しい。一応彼女、本作の主人公兼メインヒロインですぞ。


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2-3

いつ海、終わってしまいましたね。名作とは言えずとも、雰囲気は凄く良いしぼのちゃん出たし各キャラが満遍なく登場し意外な一面が見れたりぼのちゃん出たしBGMは評価されたりぼのちゃん出たしで良いアニメでした。

ところで、アニメ終了までに2話を完成させると豪語していた奴がどこかにいましたね。(すっとぼけ)


 早朝の海原。そこに浮かぶ一隻の漁船があった。今や海は危険な場所となってしまったが、漁業を生業とする者達にとってそれは死活問題であり、彼らは艦娘によりある程度の安全が確保された海域でのみ船を出すことが出来た。

 この日は珍しく大量で、漁師達は満面の笑みを見せながら帰還している所のようであった。

 

「いやぁ、今日は気味が悪いくらいの大漁だな! 安全海域の魚は数が少なくなってきたって言うのに、一体どうしちまったんだろう」

「クジラか何かに追い立てられたんじゃあないか」

「ははは、ならそのクジラには感謝しねえとな!」

 

 まるで酒にでも酔ったかのような陽気さで語り合う漁師二人。と、その後ろでもう一人の漁師がおもむろに釣竿を取り出し、船の側面に設置し始めた。

 

「あん? おめぇ何やってんだ」

「へへ、こんなに上手くいく日は滅多にねえ。竿一つでも垂らして、一匹でも多く捕って帰ろうと思ってな」

「かーっ、ガメつい野郎だ! 欲張るとバチが当たるぜ」

「ちぇっ、そんな事あるもんかい」

 

 悪態をつきながら取り付けられた竿を眺める漁師。とは言え、高速で進む船から垂らした釣り糸に魚が食いつくほど世の中甘くはない。彼らもそんな事は誰よりも分かっており、これはあくまで暇つぶしのつもりであった。

 

「うおっ!?」

 

 ガコンと言う音と共に、突如として激しく揺れる船体。何事かと思い一同が周囲を見渡す。見れば、今しがた漁師の一人が設置した釣り竿が、物凄い力で海中に引っ張られているではないか。

 

「な、なんだぁ!? 本当にクジラでもかかったか」

「馬鹿言え、釣り餌に喰い付くクジラが居るもんかい!」

「じゃ、じゃあこいつは一体……」

 

 未知の状況に漁師達の中に不安が広がる。釣り糸はまるで、巨大な岩に引っ掛かったかのようにピンと張っている。だがここは水深の深い海のど真ん中、岩などあるはずがない。ならばこれは――。

 

 張り詰めていた釣り糸が、竿ごと(・・・)船体から引き千切られ海中へと引込まれる。同時に揺れから開放される漁船。

 

「…………」

 

 沈黙したまま、恐る恐る辺りを見渡す漁師一同。やがて船の前方の海が激しく泡立ち盛り上がる。そして、水中からは鋼鉄の怪魚が姿を表した。

 先の戦いでの傷が再生しきっていないグロテスクな姿のロ級は、全身が姿を見せると同時に咆哮。それに呼応するかのように、漁船の四方から2つの怪魚が姿を表した。

 

 孤立した海に、漁師達の絶叫が響き渡る。

 

 

 

 

 食事中の可香谷鎮守府に警報が鳴り響く。深海棲艦出現の合図だ。「総員、司令室に集合!」瞬時に状況を理解した可香谷提督が号令をかける。その掛け声と共に艦娘達は立ち上がり、後片付けを枕崎に託し一斉に食堂から駆けていった。

 

「っとと」

 

 ……と思えば漣がバック走で戻ってきて、朧から貰った目玉焼きをペロリと口に頬張り今度こそ走り去っていく。枕崎はその光景に苦笑しつつも、笑顔で行ってらっしゃいと見送るのだった。

 

 

 

 

 司令室へと入った一同は、画面越しに待機していた大淀と向かい合う。既に彼女達は、戦う者の顔になっていた……漣は口をモキュモキュさせていたが。

 

「大淀さん、状況は?」

「港へ帰還中の漁船から、複数の深海棲艦による襲撃をうけていると救難信号を受信しました。座標をそちらにおくります」

「また安全海域での襲撃か、くそっ!」

 

 拳を握り締め可香谷提督が唸る。護るべき人々にここは安全だと公表しておきながら、立て続けにそれを裏切る形となってしまった事による無力感から来る怒りであった。

 「それから」淡々とした口調で大淀が続ける。

 

「付近を巡回中だった偵察機妖精によると、敵勢力の中に左眼を大きく損傷したロ級が居る様です」

「!! それって……」

「恐らく、一週間前に貴方が交戦したロ級と同一個体だと思われます」

 

 大淀のその言葉に、曙の中で先の記憶が蘇る。

 

 

『曙! 諦めるな!!』

『あああ"ぁっ!!』

 

 

 戦いの記憶を思い出した彼女の目には炎が宿り、自然とその手には握り拳を作っていた。仕留め損ねた挙げ句、消息不明となっていた敵が漸く姿を表したのだ、無理もない。やがてその両拳を胸の前でパシんと叩き、闘志を顕にする。

 

「クソ提督、ロ級はあたしに任せなさいよ。今度こそ沈めてやるわ!!」

 

 やる気満々に宣言する曙。だが提督から帰ってきた言葉は、彼女の予想を裏切るものだった。

 

「いや。曙は要救助者の確認及び、その確保に回ってくれ。敵艦隊の殲滅は潮達に任せる」

「は!? 何でよ!」

「これまでの戦いを見て、お前は戦闘中に冷静さを見失う傾向がある。ましてや、相手はあのロ級だ。頭に血が上り、チームワークを乱しかねない」

「っ……!」

「それに、お前は要救助者を軽視する節がある。その戒めも含めて、今回お前には救助を任せたい……頼めるか?」

 

 可香谷提督の言葉に、曙はただ黙り込むしかない。提督の指摘を誰よりも分かっていたのは、他ならぬ曙自身だったからだ。それでも唸る曙だったが、頬をつんつんして訴えかける曙妖精に諭され、渋々と後ろへ引き下がった。

 

「チッ……分かったわよ」

「ほらほら、ぼのちゃんも今回は漣達に出番を譲って。パソコンの前の皆も、新キャラの活躍が見たいでしょ?」

 

 どこに向かって話しかけているのと言う朧のツッコミを余所に漣が茶化す。やはり彼女は掴み所のない艦娘である。

 改めて、可香谷提督が艦娘達へと向き直り、号令の声を上げた。

 

「艦隊、抜錨!!」

 

 可香谷提督の言葉に従い、艦娘達が駆ける。廊下に出て、その小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、頼んだぞと頷く可香谷提督であった。

 

 

 

 

 浜辺へと向う坂を駆けながら、四人の艦娘は同時に虚空へと手を伸ばした。その先に電子的なエフェクトと共に出現した主砲部分の艤装を、四人とも力強くキャッチする……つもりが、潮だけキャッチしきれず落っことしそうになり主砲を慌てて両腕で抱え込んだ。

 潮が体制を立て直した所で、改めて彼女達の背中に本体部分の艤装が出現。ゴム紐が斜めに伸びてきて、身体にしっかりと固定される。続けて太腿に魚雷発射管の艤装、脚には靴が変化した船底部分の艤装が装着され、最後に*1凛とした表情が映し出され艤装展開は完了した。

 

 艤装の展開と同時に四人はジャンプして着水。救助者の待つ海原へと、アイススケートの様な動きで疾走していった。

 

 

 

 

 海上にて。襲撃されている漁船は辛うじて無事だった。船の周囲を、まるで獲物を定めるサメの如くぐるぐると旋回する3体の深海棲艦。ロ級の他、新たに呼び寄せられた2体の姿が確認できる。

 共に単眼で、魚雷めいた楕円形の姿をした【駆逐ハ級】と鮟鱇の様な平べったい姿をした【駆逐二級】は、じりじりと船へと近付いていく。

 

 船内では漁師達が、入り口の鍵を締めて籠城しながら恐怖に震え身を寄せ合っていた。やがてロ級の咆哮に続き海中に潜ったハ級が船底目掛けて突撃。漁船は大きく揺れ、その衝撃で扉が破損。漁師の中で最も若い一人が外へと放り出される。顔を上げれば、口を大きく開けたロ級の姿。若い漁師が恐怖の叫びを上げた。

 

「やらせはしません!」

 

 惨劇が起きようとする海に、可憐な声が響く。直後に爆発が起き、横に数メートル吹っ飛ばされるロ級。数秒ポカンとした若い漁師が我に返って顔を上げると、彼方の方より近付く少女達の姿があった。可香谷鎮守府の艦娘達だ。

 

「鉄の艤装に燃料乗せて、鳴らせ希望のモールス信号! 第7駆逐隊四人組、定刻通りにただいま到着♪」

 

 突然の襲撃に狼狽えるハ級と二級に砲を向け牽制する漣と潮。その合間に朧がゆっくりと、船上で腰を抜かしている漁師の元へと向かっていく。

 

「大丈夫ですか?」

 

 朧が無事を確認すると、若い漁師が首を何度も縦に振り、船内の様子を伺っていた残りの漁師達も同様に頷いた。

 

「提督、報告にあった船員を発見。全員無事です」

"良かった……! 曙は漁船の先導及び護衛に、朧、漣、潮は敵艦隊を頼む"

 

 可香谷提督の言葉に、それぞれが「了解!」「わ、分かりました!」「徹底的にやっちまうのね!」と返事を返し、駆逐級達へと向かって行く。深海棲艦側も、態勢を立て直したロ級が怒りの咆哮をあげたのに続いてハ級と二級が艦娘達へとぶつかりあった。

 

"曙、今のうちに漁師さん達を"

「…………」

"曙"

「チッ……了解!」

 

 交戦する潮達を羨まし気に見つめていた曙だったが、可香谷提督に急かされて渋々と海域を離脱。彼女のハンドサインを合図に、漁船もその後へと続くのだった。

 

 

 

 

 ハ級が放った砲撃を、朧が真っ直ぐに見据えながら右に大きく動き回避。先程まで立っていた場所に自身の背丈の倍はある水柱が発生した。だが朧はそれに臆することもなく、反撃と言わんばかりに砲撃を口を開いたままのハ級に放つ。砲弾は見事命中し、ハ級は苦悶の唸り声をあげた。

 

「負けませんから!」

 

 怯んだハ級の隙を逃さずに朧は速度を上げて接近。一撃、二撃とハ級へと打撃を叩き込む。一連のその動きには全くと言っていい程に無駄がなく、真っ直ぐな彼女の意志が見て取れた。

 

"ハ級が手も足も出ていない、やるな朧!"

「提督、朧を褒めてくれるの? 有難う。でも、朧はまだこんなものじゃないから!」

 

 提督へ感謝を述べつつも、朧はそこで止まらない。彼女には、目指すべきものがあるのだ。

 

 

 

 

 二級の連続砲撃を、スケートのショーの様な動きで次々と漣は回避していく。中々優雅な動きではあるが、戦闘中にすべき動きではない。何ならトリプルアクセルまで決め始め、着地失敗でよろめいたりまでしている。

 真面目にやれと言いたい可香谷提督だったが、それでいて敵の攻撃はしっかりと避けているのだから始末が悪い。宛ら、大道芸でも見ている気分だ。やがて回避を続けていた漣が、反撃の砲撃を放つ。見事二級の頭部に命中した。

 

「見たか!漣の超ファインプレー……はにゃーっ!?」

 

 立ち止まり余裕を見せた漣を衝撃が襲う。迂闊にも二級の砲撃を食らったのだ。「大丈夫か!? 漣!」啞然としていた可香谷提督も我に返り叫んだ。漣は服の一部を焦がし、涙目になっていた。

 

「うう。ピンチだぁ、デンジャラスだぁ。ご主人様ぁ、漣ちんスーパーピンチっ……なんてね♪」

 

 漣が急に余裕のウインクを見せたと同時に、二級を水柱と爆炎が襲う。砲撃に包まれた際に、漣は魚雷を二本放っていたのだ。よくみれば、受けているダメージも服だけで、艤装には傷ひとつない。計算された被弾であった。

 

 

 

 

「な、なぁ。俺達、無事に帰れるんだよな?」

「俺に聴くなよ……艦娘の姉ちゃんも、何か無愛想だし」

 

 朧達が深海棲艦と戦っている一方、漁師達が不安に襲われている前方で曙はそんな事を気にもかけず、通信端末から聴こえてくる声に耳を傾けていた。僚艦達の活躍が聴こえる度に、その顔には不満が募っていく。

 

「何であたしがこんな事。あたしだって……!」

 

 通信端末が拾わない程度の小さな声を、曙はぽそりと零した。肩に乗った曙妖精がちゃんと先導しろと彼女の頬をぺしぺし叩くが、曙は向きを変えずうっとおしいと言わんばかりに手の甲で妖精をはたき、曙妖精は払われた後に煙となってフェードアウトした。

 

 

 

 

 朧、漣の連撃により満身創痍のハ級と二級は、最後の悪足掻きと言わんばかりに咆哮の後突撃した。朧と漣はお互いに、力強く顔を見合わせる。

 

「やるよ、漣」

「ほいさっさ〜派手にいくよ! 3番から4番、発射!」

 

 頷き合った両者は同時に膝を屈ませ、魚雷発射管が下を向き発射体制となった。そうして2本ずつ、計4本の魚雷が放たれる。

 魚雷は、2体の深海棲艦に吸い寄せられる様に命中! 2体は大爆発を起こし沈んでいった。

 

「……よし」

 

 敵の撃沈を確認した朧が警戒態勢を解く。終始真面目な彼女とは対照的に、朧妖精は肩の上でぴょんぴょん跳ねながら大喜びしていた。

 

「ほらほらぼーろちゃん、堅いよ? 肩の妖精さんを見習って、あぁ^~艤装がぴょんぴょんするんじゃぁ^~くらいやらないと」

「何なのそれ……と言うか、漣こそ妖精を見習いなよ」

「あーだめだめ、こいつは堅すぎます」

 

 漣が指差す彼女の妖精は、おちゃらけた彼女とは反対に、ウサギ妖精の横で力強く頷いている。何というか、それぞれ性格が正反対な妖精達である。

 

 

 

 

 朧と漣の戦いを司令室で見守っていた可香谷提督は、二人の奮戦ぶりに驚きと称賛の声を上げていた。

 

「朧も漣もやるな。二人共戦い方は全く違うが、殆ど被弾せずに深海棲艦を倒せたじゃないか」

「……いえ、これは」

「うん? どうかしましたか、枕崎さん」

「提督さん、潮が」

「えっ?」

 

 枕崎の言葉に、可香谷提督はモニターの左下の画面を見る。そこでは潮が、駆逐ロ級に苦戦している姿が映し出されていた。

*1
漣のみカメラ目線でてへペロのポーズ




アニメの出撃シーン。妖精さんを使っての巨大に魅せる演出とか、艦娘の艦としての側面を前面に出していたのは良かったですね。ただ、多くの人の指摘通りもっさりし過ぎと言うか、人型の存在が棒立ちのまま移動していくのに違和感はあったな〜とは思う。
個人的には、1期の出撃シーンくらいが丁度良いかなと思いました。


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