ミヤコワスレ ドロップ (霜降)
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プロローグ

【原作:艦隊これくしょん】

 

 

 

 

 雲一つ無い静寂の海原、辺りには海鳥すら飛ばず、その様子は穏やかと言うより、どこか不気味な静けさを持っていた。

やがてその静寂を切り裂くかのように、遠くの方から何かが全速力で疾走してくる。見ればそれは漁船で、どう言う訳か彼方此方に何かに撃たれたような穴が開いている。その甲板には、負傷した船員と思しき者たちが呻き声を上げていた。まだ息がある様だが、危険な状態だ。

 船長と思われる人物が必死の形相で舵を取るが、やがて無理が来たのか、漁船は突如として減速し出した。

 

「くそっ! いかれちまったか!?」

 

 忌々し気にそう呟く船長だったが、背後から聞こえる音に振り返り、顔が青ざめる。漁船の後方に見える黒く巨大な影。それが獣の咆哮の様な音を響かせ、物凄いスピードで此方に向かってくる。徐々に鮮明になるその姿は、魚の様な黒い怪物!!

 

「ひぃっ…!」

 

 

 

 

『――今より五十年ほど前、突如として世界各地に正体不明の怪物たちが出現した。それらは、明確に客船やタンカーを次々に襲撃し、更には迎撃に向かった各国の軍艦をも轟沈させていった』

 

 

 

 

【脚本:霜降】

 

 

 

 

「畜生! まさかこっちの海域にまで出現しやがるなんて……うわっ!?」

 

 怪物が口を開いたと思うと、その口からドンと言う大きな音が鳴り響き、黒い塊が漁船に向けて発射される。咄嗟の判断で舵を切る船長。船はギリギリの所で塊を回避し、塊が落下した場所には数十メートルもの水柱が上がった。

 

 

 

 

『やがて人類は、怪物たちの事を【深海棲艦(しんかいせいかん)】と呼ぶようになる。深海棲艦には、人類が保有するあらゆる兵器の効き目が無く、人類は一方的に制海権を奪われていったのだった』

 

 

 

 

【キャラクター参考資料:駆逐艦曙便り他】

 

 

 

 

 次々と塊を吐き出す魚の怪物。次々と巨大な水柱が上がり、漁船の姿が見えない。辛うじて直撃はしないものの、その砲撃は着々と漁船へと狙いが定められていく。

 やがて、怪物が何度目かの塊を吐き出した。

 

「う……うわあああ!!」

 

 思わず顔を覆う船長。万事休すか。やがて、轟音が辺りに鳴り響いた。

 

「……?」

 

 だがどうした事だろう。一向に爆炎が船長を襲う気配が無い。恐る恐る船長は眼を開けた。

 

「あ……あぁ……!」

 

 塊は、漁船に届く前に爆発していた。何者かによって撃ち落とされたのだ。一体誰が? 船長はそれが何者達の仕業なのか知っていた。

 船長が目を向けたその先――そこにはうら若き乙女達が、勇ましい眼差しを以て海面に立っていた。

 

 

 

 

『だが、絶望に暮れる人々の叫びに呼応するかのように、深海棲艦に立ち向かう者達が現れた』

 

 

 

 

【制作:可香谷鎮守府】

 

 

 

 

「ここは私達に任せて、早く逃げて下さい!」

 

 ショートヘアーの女性が叫ぶ。彼女は奇妙な装置を背中に付け、水上に直立していた。否、よく見れば足にも同様の装置が存在し、これにより浮いているのだ。

 

「そうしたいのはやまやまなんですが、エンジンがやられてしまったみたいです!」

 

「……! 仕方ありません。【足柄】と【羽黒】は漁船の護衛を。敵は私達で仕留めます!」

「んもう! 私だって戦いたいのに」

「足柄、悪いが今回は護衛に徹してくれ。それもまた戦いだ」

「分かってるわよ。私と羽黒の分まで頑張りなさいな、【妙高】、【那智】」

「言われるまでも無い」

「二人とも、気を付けて……」

「那智、来ますよ!」

「よし! 大本営主力艦隊第三部隊、これより戦闘態勢に入る!!」

 

 那智と呼ばれたサイドテールの女性が構えると同時に怪物が吼えた。彼女達に向けて砲撃を放つ。が、那智はそれを少し右に避けるだけで回避し、お返しとばかりに怪物へと主砲を放つ。初弾命中! 怪物は大爆発を起こして海底へと没していく。

 

「まだです!」

 

 妙高が叫ぶ。遠くの方から複数の影が接近、怪物は仲間を呼んでいたのだ。那智達は望むところと砲を構える。

 

 

 

 

『在りし日の艦の舟魂(ふなだま)が転生した【彼女たち】は艤装(ぎそう)と呼ばれる、かつての艦の武装をその身に纏い深海棲艦に立ち向かう』

 

 

 

 

 再び主砲を放つ那智。砲撃は外れたが、それでも怪物の真横に着弾し、水柱が上がった。続けて砲撃、今度は反対側に着弾!「夾叉(きょうさ)か、次は直撃させる!!」那智は慎重に狙いを定める。狙うは先程の連続砲撃の中間――。

 

「そこだッ!!」

 

 砲撃を行う那智。いよいよ砲弾は怪物へと命中し大爆発を起こした。

 

「……戦闘終了。これより、漁船を護衛しつつ帰還する」

「終わりましたね」

 

 那智が腕に付けられた通信端末に語り掛けると共に妙高が近づく。彼女の方でも、敵の増援を仕留めた所だった。

 

「ああ。今回は駆逐級のみだったから、【瑞鶴】と【翔鶴】の力を借りる必要は無かったな」

「私としては、不測の事態に備えて同行して欲しかったのだけれどもね」

「そう言うな。必要以上の戦力を投入していれば、それこそ本当の不測が起きた時にどうしようも無くなるんだ」

 

《全員、ご苦労だった》

 

「提督!」

 

 突如として端末から聞こえてきた、淡々とした声に妙高が緊張の声を上げる。那智の方はと言えば、特にかしこまる様子も無く変わらぬ声で答える。

 

「うむ、船員も無事、敵は駆逐級のみで構成された小規模の艦隊なので、すぐに片が付いた」

 

《了解。護衛終了後、速やかに帰還しろ》

 

「了解です、【提督】……もう、那智は緊張感が無さすぎよ」

「奴は別にかしこまったものを望んではいない。いつも通りでいいだろう」

「そうかしら……」

 

 

 

 

 どこかの一室、様々な機械が並ぶその部屋で、一人の男が前方の巨大モニターを眺めている。複数の画面には、那智や妙高の姿が映し出されており、先の会話を聴いていた男は小さく溜息を付いた。

 

 

 

 

『――彼女たちの名は【艦娘(かんむす)】。そして、艦娘を率いて深海棲艦に挑む者を、人々は【提督】と呼んだ』

 

 

 

 

「さて、では帰るとしよう」

「ええ、そうね」

 

 互いに頷き、那智と妙高は先に退避した足柄と羽黒の元へと向かって行った。後に残ったのは、再び静寂を取り戻した海と、青い青い空のみであった。

 

 

 

 

『これから始まるのは、数奇な運命の元に新しく提督となった者と、心を閉ざしてしまった艦娘を中心に展開される、成長の物語である』

 

 

 

 

【艦隊これくしょん二次創作 ミヤコワスレ ドロップ】

 

 

第一話【運命の出会い】

 

 

駆逐級深海棲艦

 

  イ級

  ロ級

 

  登場



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第一話【運命の出会い】
1-1


 潮の香りが辺りに漂う海沿いの漁村。そこを抜けた先の坂の上に、古い役場の様な建物があった。どこか偽洋風の雰囲気を持つその建物では、一人の少女が庭の手入れをしている。やがて顔を上げた少女は、目下に広がる海岸を見た。

 海岸の一角は何かの演習設備の様になっており、そこには一つの小さな影が見える。少女はその影を目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 演習場に響く砲撃音、続いて水上に浮かんだ的が音を立てて破裂する。次々と出現する的を、砲撃の主は順番に破壊していった。

 やがて、砲撃を行っていたその少女は、額を伝う汗を拭いながらふぅと小さく息を吐くと岸に上がり、休憩を取る為その場に座り込んだ。

 

「お見事」

 

 先程庭掃除をしていた少女がゆっくりと近づいてくる。演習中の少女よりも少し大人びた彼女は、少女の砲撃を称賛した。

 

「……フン」

「そこは素直に喜んでもいいのよ? それはそうと、もうじき提督が着任すると思うんだけど」

 

 素っ気ない態度の少女に対し、彼女は特に気にすることなく言う。その言葉を聴いた少女は、あからさまに嫌悪の感情を顔に出した。

 

「別に。そんなの関係無いわ」

「じゃあ、どうしてここに来たの?」

「…………」

「はい、悩むのは終わり。せめて最初の顔合わせくらいはちゃんとやらないと」

「……チッ、分かったわよ」

 

 やれやれとばかりに少女は立ち上がり、スカートの汚れを叩いてから演習場を後にする。そうして二人の少女は、偽洋風の建物へと戻っていった。

 

 

 

 

 桜の花びらが周囲を儚げに彩る春の海岸線を、一台の業務車が疾走している。あまり車の通らない道なのか、走行しているのは彼のもの一台だけで、桜並木と相まってどこか寂しさを感じさせる。通常の車よりも大きめのそれは、本来なら大勢の隊員を乗せるための車両だが、乗っているのは青年ただ一人……。

海軍由来の白い軍服に身を包み、短髪の黒髪で整えられた頭、そして引き締まった肉体からは、彼が厳格な場所で育ったであろう事を伺わせる。年の頃は20~24位だろうか? 真っ直ぐな眼差しからは、若者特有の正義感が感じられる。そんな青年だった。

 

「こうしていると、世界は平和に感じるんだけどな」

 

 雲一つない澄んだ世界がただ広がっている空を見て青年が呟く。彼の向かう場所は、人類が提督として艦娘と共に戦う拠点、【鎮守府(ちんじゅふ)】。つまりは車を走らせているこの青年も、士官学校を卒業し晴れて提督として着任した者の一人であった。

 改めて空を眺める青年、もとい提督。「ついに俺も提督に、なったんだな……」そう誰にでも無く呟いた。彼の脳裏に、様々な光景が過る。真っ赤な海に真っ赤な空、絶望の日々、それを支えてくれた愛すべき人々。そして、命を絶とうとした自分を救いあげた少女の姿――。

 

「『諦めるな』、か」

 

 遠い昔に、どこかで聴いた声を反芻しながら、提督は車を走らせた。

 

 

 

 

 大本営から車を走らせること二時間。早朝に家を出たにも関わらず、大本営での手続きに時間がかかり此方に着くころには昼を回っていた。

辺境を警備する鎮守府の多くは、適した場所に立っている使えそうな古い建物をそのまま使用することが多く、この鎮守府も、戦前に建てられたと思しき役場を少し改装して利用している。

のどかで自然が沢山……と言えば聞こえはいいが、つまるところ田舎だった。食料などの買い出しに行く事ですら、徒歩三十分程歩かなければならない。のどかと言っても、、限度があった。

 唖然とする提督だったが、だからと言ってここで引き返す訳にもいかない。中には大本営から既に派遣されている艦娘が、提督の着任を待っているのだ。提督は規則正しい動きで鎮守府の入り口まで歩みを進め、そして立ち止まった。

 

「本日付で、当鎮守府に配属となりました【可香谷 剛(かがや ごう)】であります!

人々の平和のため、艦娘と力を合わせ命を懸けて深海棲艦と戦う所存故、どうかよろしくお願いします!!」

 

 大きな声でハッキリと着任の挨拶を述べる。が、しばし待てども、返事は帰ってこなかった。

 

「話には聞いていたが……本当に誰もいないのか」

 

 そう言って提督は、がっくりと肩を落とした。ある程度大きな鎮守府には、提督と艦娘以外にもスタッフの人間はいるものだが、ここにいるのは提督一人だけのようだ。「こんな辺境の地に回す人間はいないと言う事か」そう呟き仕方なく扉を開け、中へと歩もうとする提督だったが……

 

「あなた、ここに配属された提督?」

 

 ふいに、背後から声が聞こえた。振り返ってみると、高校生か大学生くらいだろうか? 白いエプロンと、作業用っぽい帽子を付けた少女が立っていた。提督がここに着く前に、庭掃除をしていた少女だ。

 腰まで届く程の、艶のある黒いロングヘアーが印象的な少女で、赤いふちの眼鏡を掛けているが、埃に曇るその眼鏡の奥に見える瞳からは、凛としたものを感じさせた。

 

「あ、はい。そうですけど……あなたは」

「やっぱりそうね。私は【枕崎(まくらざき)】、ここの管理を任されている者よ」

「あ、あぁ……よろしくおねがいします」

 

 枕崎と名乗ったその少女は、住み込みでここで働いていると言う。成程、いかに人のいない鎮守府とはいえ、管理は必要なのか。取り敢えず、人が居た事に提督は安堵した。

 

「よろしく。そう言えば提督さん、もう艦娘には会ったの? って、入り口に突っ立っている所を見るにまだみたいね」

「はい。これから会おうと思っていた所です」

「……そっか」

「?」

 

 枕崎が妙に言葉を詰まらせ、提督は頭に?を浮かべる。彼女の声は、どこか気まずさの様なものを含んでいた。

 だがすぐに提督は頭を切り替える。こんな所で立ち話をしている場合ではない。手筈通りならば、この鎮守府の中では【漣(さざなみ)】という艦娘が自分を待っている。早く、派遣されているであろう艦娘との挨拶を済ませ、艦隊運営に移らなければならないのだ。

 

「艦娘は中で待機しているんですよね? 確か……さざなみと言う名前でしたか」

「えぇっと、その漣なんだけれど」

「?」

「ちょっと演習中の事故で来れなくなってね」

「……はい? 来れなく、なった?」

「ああ、安心して。既に代わりの子が来ているから、運営には支障は起きないわ」

「は、はあ」

 

 困惑する提督。本来来る予定であった艦娘が来れなくなった等、初耳だった。聞けば今朝、急に決まった事だそうだが、大本営は知らせてくれなかったのだろうかと彼は思った。

 

「代わりの艦娘が着任しているのであれば何の問題も無いですよ。会ってきますね」

「あぁ、うん。ただその子なんだけど……」

「? まだ何か問題があるのですか」

「問題と言うか、提督はちょっと吃驚するかも知れないかな……まぁ、取り合えず会ってみて」

「は、はぁ。分かりました」

 

 いやに遠慮がちな枕崎の言葉に疑問を持ちながらも、提督は鎮守府の内部に足を踏み入れた。

 

 

 

 

偽洋風建築の建物のドアを開け、入ってすぐ右にある【執務室】とプレートに刻まれた扉の前で、一旦提督は立ち止る。『演習中の事故で本来来る筈の艦娘が来れなくなり、代わりに問題のある艦娘がやって来た』枕崎のその言葉は、提督の心に一抹の不安を植え付けるのに十分だった。意を決してドアをノックする。

「入るぞ」そう一声かけながら、提督は取っ手を回し扉を開けた。

 

 

 

 

 部屋の中には白と紺を基調としたセーラー服の少女が一人、腕を胸元で組みながら斜め向きにこちらを睨みつけていた。歳の頃は中学生か高校生辺りだろうか? 見た目はごく普通の女の子と全く変わらないが、恐らくは彼女が艦娘なのだろう。

 儚さを感じさせる紫色の長い髪を右側でサイドテールに結んでおり、鈴の付いた花飾り――形状からして恐らくはミヤコワスレの花――でそれを纏めている。髪と同様儚い紫色の美しい色をした、ややつり気味の目つきからは気の強そうな印象を受ける……と言うより、明らかにこちらを敵意の眼で睨み付けていた。

 提督と頭一つ分くらいの身長差がある華奢な少女から放たれるその視線は酷く場違いで、彼女の可憐な容姿に反して非常に攻撃的なものだった。その威圧的な姿の艦娘を見て、ますます不安になる提督だったが、まずは歩み寄らなければと艦娘と握手をしようと歩み寄る。

 

「……えーっと、お前がパートナーの艦娘なんだよな? 今日からここの提督に着任となった可香谷だ、よろし――」

 

 

 

 

 パシッと乾いた音が部屋に響き、次いで掌に軽い痛みが走る。一瞬何が起きたか理解できなかった提督だが、すぐに目の前の艦娘が握手を求めた手を叩いたのだと理解した。

 

「気安く触んな、このクソ提督!」

「なっ、ク、クソ……?」

 

 耳を疑う。今、この艦娘は何と言ったのか。

 

「お……お前、それが初対面の相手に対する言葉か!?」

「はぁ? 何、こんなくらいで逆ギレするんだ。大した事無いわね」

「素行の事を注意しているんだ! 大本営で礼節を学ばなかったのか?」

「学んだわよ。だから何?」

「何ってお前……!」

 

 素っ気ない艦娘の態度に、提督の頭は混乱していた。

 艦娘は、人間――提督と共に深海棲艦と戦う存在で、これまで長きにわたり、各提督と共に戦ってきた者達である。故に、提督に対しては個人差はあれど友好的なものだと彼は思っていたのだ。

 だが今目の前にいる艦娘は、それらのイメージとは真逆のもので、まるで提督――と言うよりも、人間そのものを嫌悪するかの様な、そんな態度だった。

 提督の頭に、【不安】や【後悔】と言った言葉が列をなしていたが、何とか冷静に努めようと彼は努める事にした。

 

「……と、とにかく! 俺はここの提督、お前はここの艦娘として着任したんだ。艦隊運営にはちゃんと協力してくれ」

「言われなくてもやるわよ、クソ提督」

「クソは余計だ、えぇっと……」

 

 そこまで言いかけて提督は、少女の名が何なのかを聴いていない事に気付く。少なくとも彼女は、ここに本来着任する予定であった漣ではない。ではこの、睨みを利かせている艦娘の名は何と言うのか?

 そう考えていると、意外な事に口を先に開いたのは艦娘の方だった。

 

「……【曙(あけぼの)】。特型駆逐艦18番艦、綾波型8番艦の曙よ」

「え? あ、あぁ……曙だな、よろしく」

「何よその歯切れの悪いの」

「いやその、すまん……早速だが曙、部屋の整理や書類の作成があるから手伝ってくれるか」

「はぁ? 何であたしがそんな事」

「艦隊運営は言われなくてもやるんだろ?こう言うのも立派な運営だぞ」

「……わかったわよ。全く漣の奴、何でこのタイミングでケガなんかすんのよ。って言うか、あいつの事だから絶対ワザと……ブツブツ」

 

 曙と名乗った艦娘は大層不服な様子で、部屋の整理に取り掛かった。

 

 

 

 

 事前に届いていた段ボールの中から機材や書類が二人によって着々と運ばれていく。この鎮守府は、一応電気設備等は通せるようにはしているのだが内装は殆ど弄っておらず、作戦指示や報告を行うモニター等も、今提督たちがしている様に組み立て式となっている。レトロでいいととるか、安上がりととるかは提督達次第だった。

 

「大きい機材の設置はやるから、小さいもの頼めるか」

「指図しないで」

「全く、可愛げの欠片もないな……ん?」

 

 ふと提督は、足元の段ボールの中にある資料を発見する。それは、曙のプロフィールデータの書類だった。束になっているそれら幾つかの紙を拾い上げ読んでいく。

 

 

 

 

『曙

 

艦種  :特型駆逐艦

型   :綾波型8番艦

歴代  :四代目

担当教員:比叡

成績  :座学訓練共に優秀、但し性格に難あり。

注意点 :艦娘同士でのトラブルは今の所報告されていないが、人間に対して強い不信感を持つ。

     既に三件ほど、提督とのトラブルが報告され、大本営へと送還されている。余りにも酷い場合は処分も検討すべし

 

     ■■■■■■には、初■と■代目■■■■■■■■と■■■■■。■■■■■■■、第■■■隊■■■■■■配属■■■事を■■■■。』

 

 

 

 

「……随分と物騒だな。それに何だ最後の項目。殆ど塗り潰されていて何が書いてあるのか分からない」

「女の子に設置作業丸投げして読書なんて、随分といい御身分ねクソ提督」

「え? ……あっ!」

 

 資料を読み漁っている間に、曙は全ての機材の設置を完了していた。荷物の整頓そっちのけで読み物をしている提督に対し眉を吊り上げ、不満そうに睨み付ける

 

「その……すまん」

「本っ当最低ね……って、何読んでるの?」

「これか? これはお前の」

 

 提督が言い終わる前に曙は、提督の手から強引に資料を奪い取った。

 

「勝手に見んな、クソ提督!」

「見るなって言われても、これからお前と共に戦っていくんだ。お前の事もちゃんと知っておかないと駄目だろう?」

「知ってどうすんのよ……」

「どうするって」

「人間は皆そう。死ぬ気で頑張っても誰も評価なんかしない、酷い時には無かった事にさえする。あんただって、どうせそうなんでしょ!?」

 

 突然曙は激昂する。提督は何が起きたのか理解できなかった。何か、彼女の傷付く様な事をしたのだろうか? 曙の眼は非難に満ちていた。

 

「お、おい曙。別に俺は……」

「……気に入らないなら、外せば?」

 

 そう言って曙は、設置したモニターを起動する作業に移るためツカツカと部屋の壁まで歩いていく。提督は、突然の曙の豹変にどうしていいのか分からず立ち尽くすだけだった。

 【性格に難あり】、確かに難ありだ。だがその背景に、提督は曙の、強い孤独や拒絶の感情を見ていた。それに対し、今の提督はただ黙っている事しか出来なかった。



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1-2

「繋がったわよ、クソ提督」

「お? おう……」

 

 不機嫌そうな曙の言葉に我に返り、提督は慌ててモニターの前で曙の横に並ぶ。しばらくして、モニターの画面に電源が入り、画面に映像が映し出された。

 《お疲れ様です。モニターの設置が終わったのですね》と、事務的だが、どこか明るい声がモニターから聞こえてくる。画面に映し出された、ロングヘア―に白いヘアバンドを付けた少女。提督はその【艦娘】の事を知っている。士官学校時代に艦娘について習った時、教科書にその姿が写っていたのだ。

 軽巡洋艦娘【大淀(おおよど)】。高い戦闘力を誇るが、それ以上に艦隊指揮能力に秀でた艦娘である。その能力故に、実戦よりも任務の管理や各鎮守府への作戦指示の担当を任されている。工作艦の艦娘【明石(あかし)】と並び、提督達が最も多く関わる艦娘の一人だ。

 

「全部あたしがやりました」

《まぁ、そうなの? 提督、艦娘に仕事を丸投げとは感心しませんよ》

「その……すいません」

「本っ当、どうしようもないクソ提督ね!」

 

 大淀にまで責められ、返す言葉も無い提督だった。事実、資料を読み漁るのに没頭していたのだから自業自得である。

 隣の曙を見れば、自分が一人でやった事への自信からか、或いは提督が怒られているのが愉快なのか、胸を張って勢いづいていた……胸を張っている分、その胸が悲しいくらいに平坦なのが露になって居る事に曙は気付いていない。あまりそう言うものに関心が行かない提督でも、その平坦さは哀れに思えるのだった。

 

《曙、あまり提督を悪く言っちゃ駄目よ。まぁ、それはそれとして……提督、鎮守府への着任、おめでとうございます。大本営は、貴方の着任を心より歓迎いたします。私も、任務作戦の運営において、しっかりサポートさせて頂きますね》

 

恐らくは雛形ではあるが、心からの歓迎を込めて大淀が言う。だが、そんな言葉を払いのけ曙は「挨拶はいいから、出撃できる任務は無いんですか?」と続けた。

 

「こら曙! そう言う言い方は無いだろう」

「うっさいわね」

《ふふっ、曙はせっかちね。残念だけれど、出撃任務は用意されているものではないの。各地の警察機関の連絡や、監視用の艦載機が、深海棲艦を発見した場合に――》

 

 大淀が言い終わる前に、部屋の中にサイレンが響き渡る。提督も曙も、日頃からこのサイレンには訓練で聴きなれているつもりだったが唐突の、それも実戦で鳴り響いたそれには一瞬驚きを隠せなかった。

 二人がそうこうしている間にも、モニターの向こうの大淀が手元のパネルを叩き、詳細を確認した。

 

《――どうやら、出撃要請がかかったみたいですね。場所は、貴方達の鎮守府から見ての近海。艦載機が、敵駆逐級と思しき影を発見しました。直ちに出撃しこれの調査を、敵だと判明次第、交戦して下さい》

「ふん、そうこなくっちゃね。クソ提督はそこで、椅子にでも踏ん反り返って見ておきなさいよ。あんたの力なんか要らないんだから!」

 

 大淀の言葉を聴き我に返った曙は、不敵にそう叫んだ後にダッシュで部屋を飛び出していった。

 

「おい、どこ行くんだ!?」

「出撃に決まってるでしょ!」

 

 提督は慌てて曙の後を追うが、入口に出た時には、曙の姿は随分と先にあった。艦娘の身体能力は人間のそれを凌駕する。小柄な姿をした曙は、その瞬発力を用いて人間では在り得ない速度で鎮守府の正面を下った先にある、船橋へと向かって行った。

 既に小さくなっていくその姿を見て、提督は唖然とするしか無かった。

 

 

 

 

 走りながら曙が、右腕を横に掲げる。やがて艤装の主砲部分が、曙のかざした右腕に光となって現れ、曙はそれを力強く握る。続けて、両膝に魚雷を装填した艤装が、曙の膝にガッチリと固定され、続けて靴が光り艤装の靴へと変換される。

最後に曙の背中に、ひと際大きな艤装が出現し、バンドがしゅるりと伸びて彼女の体に固定された。

 

「曙、出撃よ。蹴散らしてやるわ!」

 

 そのまま船橋からジャンプ、海面に着水と同時に、水上スキーの如く海上を高速で進んで行った。

 

 

 

 

 暫く唖然と立ち竦んでいた提督だったが、我に返ったように急いで執務室に戻る。モニターの画面にはまだ通信が繋がっていたのか、大淀が映ったままになっていた。

 一連の出来事を見ていた大淀は、やや苦笑しながらも提督に微笑みかけた。

 

《上手くやれたみたいですね》

「あれが上手くいったように見えますか?」

《ええ、とっても》

「……そうですか」

 

 冗談なのか本気なのか分からない大淀の言葉に、提督はゲンナリするしか無く、ガックリと肩を落とした。

 

「……大淀さん」

《何です?》

「曙は、誰に対してもあんな感じなのですか?」

《…………》

 

 大淀は答えない、それが答えだった。一体何故? 何が曙に――あんな怒りの籠った眼差しを、初対面の提督にさえ向けるのか。提督はますます分からなかった。

 

「俺は一体、あいつにどうしてやれば――」

《提督は、曙の【史実】について、どこまでご存知ですか?》

「え? ……すみません。全く知らないです」

《……彼女は、いえ、【駆逐艦曙】は、かつてたった一艦で敵艦隊を主隊へと誘致する命令を受けた事があるんです。それは無謀な命令でしたが、弾も燃料も尽きかけた曙の乗員は死を覚悟し、誘致が無理でも刺し違えてでも相手を倒すつもりでいたそうです》

「そんな、事が」

《結論から言えば、寸での所で主隊が到着。曙は九死に一生を得たのです。ただ――》

「ただ?」

《――当時の軍の上層部は、曙のこの命を賭した死闘を『燃料切れの為に逃げ回っていた』とし、その戦果を闇に葬ったんです。彼女の活躍は、公の資料に載る事はありませんでした》

「!!」

 

 曙の持つ壮絶な史実を聴き、提督は驚きを隠せなかった。同時に、曙が先程言っていた言葉の意味も、提督は理解した。

 

『人間は皆そう。死ぬ気で頑張っても誰も評価なんかしない、酷い時には無かった事にさえする。あんただって、どうせそうなんでしょ!?』

 

「……あいつ」

《そう言った背景を持つからか、彼女は建造された時点で人間に対して強い不信感を持っていました。結果、彼女は先の提督達と上手く連携を取る事が出来なかった》

「じゃあ、複数の鎮守府を転々としたと言うのは」

《……一つだけ誤解を解いておきますと、先の提督達は決して艦娘に理不尽な命令や暴力を与える方々ではありませんでした。ただ彼らは、曙が持つその傷を理解出来なかったんです》

 

 人間への強い不信感を持つ曙。その心は既に、人間と……提督との連携を不可能にする所まで悪化してしまっていた。初対面の可香谷提督ですら、曙は握手を跳ね除けたのだ。そんな彼女を、自分の様な提督が向き合えるのだろうか?

 

《提督》

 

 見かねたのか、大淀が静かに口を開いた。

 

《――もし、あなたが望むのであれば、彼女を大本営に戻す事も可能です》

「え?」

《今回の曙の着任は、イレギュラーなものです。提督の意思次第では、正規の手順で改めて別の艦娘を派遣する事も出来ます……どうしますか?》

「…………」

 

 提督は考えた。自分には、曙の心を開く自信が無い。ならば、このまま大淀の言葉に甘え、曙には申し訳ないが、大本営に帰ってもらうと言うのも一つの選択肢なのではないか。半端な思いやりは、却って相手を傷つけるだけである。

 だが、本当にそれでいいのか。本当に、自分はそうしたいのか? 提督の脳裏に、これまでの人生が蘇る。かつて自分を絶望の淵から救い上げてくれた恩師、面倒を見てくれた艦娘、そして、手を掴み希望をくれた少女――。

 その時、突如モニターからピピピッとアラームの様な音が鳴り響く。

 

《……さて、お喋りはここまでの様ですね。提督、モニターを艦娘視点に変更して下さい。曙が現場へと到着したみたいです》

「分かりました……あの、大淀さん」

《はい?》

「……少し、考えさせてください」

《分かりました。ゆっくり考えて下さいね》

 

 大淀の言葉を聴き終えた後、提督はモニターの画面を艦娘視点へと変更する。画面は一面の大海原を映し出した。曙の艤装に内蔵されているカメラの映像だ。時々上下に揺れるのは、彼女の動きによるものだろう。

 

 

 

 

「曙、俺だ。今どこに居る?」

《ッ!? ……急に話しかけんな、クソ提督》

「驚かせたみたいだな、すまん。それで、深海棲艦は見つかったのか?」

《まだだけど……一々報告する必要ある?》

「あのな曙、俺は提督で、お前の指揮をする立場なんだ。ワンマンで行動するのは……」

《――話は後よ、クソ提督。お出ましみたい》

 

 曙の言う通り、モニターの前方から機械的な黒い魚の様な物体が近づいてくる。だが、それは決して魚などでは無い。人間を一呑み出来る程の体格を誇る巨大な金属めいた体に緑色に光る双眼を持つ怪物、人類を脅威に陥れる謎の存在、深海棲艦【駆逐イ級】である。

 「これが……深海棲艦」と提督が呟く。モニター越しとはいえ、鮮明な映像で初めて見る深海棲艦。提督は自然と震えていたが、それが初戦の恐怖なのか武者震いなのか、彼自身にも分からなかった。

 

 

 

 

 曙の存在を確認したイ級は、海面が震えるほどの咆哮を上げた。間髪いれず、イ級は彼女めがけて突進する。

 

「所詮獣型ね、いきなり突進だなんて!」

 

 猪突猛進に突っ込むイ級を、曙は闘牛士かくやの動きでひらりと回避。その姿勢から、イ級の横っ腹に砲撃を実行した。爆発音と共にイ級が悲鳴を上げる。が、致命傷には至らず直ぐに体制を立て直される。曙は、チッと舌打ちをするがすぐに切り替え、再びイ級と対峙。

 

「狙いが甘かった、けど次は絶対沈めてやるわ」

《曙、慢心は禁物だぞ。相手も同じ行動は学習される》

「うっさい! あたしに、指図すんな!」

《忠告しているんだ!》

 

 提督の言葉を無視して、曙は再び突進してくるイ級に砲を向ける。だがイ級は、中距離まで近づくと突如動きを止め口を大きく開いた。その口の中には主砲と思しきものが備わっており、それが連続で火を噴く。「やばっ……!」。曙は第二戦速でそれを避けようとするが最後の一撃が背中の艤装にヒットしてしまう。

 

「きゃあっ……こんのぉ!」

《だから言っただろ! 頼むから俺の言う事を聞いてくれ》

「さっきからうるさいのよ! こんな奴、あたしだけで…」

 

 そう言うとすぐさま体制を立て直し、主砲を構える。

 

「来なさいよ……次は沈める!」

 

 曙の挑発を理解したのか、イ級は咆哮を上げ、砲撃を開始。だが曙は、砲撃を右へ左へと冷静に回避していく。主砲による砲撃が効果薄いと判断したのか、イ級は口内に別の武装を展開した。駆逐艦が搭載する必殺の兵器、魚雷である。イ級の咆哮と共に、数発の魚雷が発射されて曙の元に向かって行く。しかし曙は、それを横に回避、間に合いそうにない一発を砲撃で破壊した。

 

「大したことないわね!」

 

 不敵に勝ち誇り、そのままイ級の懐に入り込む。自身の倍はあろう巨体を持ち上げ、そのままイ級を投げ飛ばした。海面に叩きつけられ、起き上がろうとするイ級だったが、曙はその隙を逃さない。「止めよ!」曙がそう言うと同時に膝に装填されていた魚雷が発射態勢になり、狙いを定める。狙うは、今まさに起き上がらんとする駆逐イ級。

 

「魚雷はこう撃つのよ、全弾持ってきなさい!」

 

 宣言通り、全武装の魚雷が発射される。それは吸い込まれるようにイ級に向かって行き、着弾。イ級は、断末魔の咆哮を上げた後に海中へと沈み、やがて大爆発を起こした。

 敵の撃沈に、思わず曙は「よしっ!」と叫びガッツポーズを取る。

そうして、背負っている艤装を外し、提督が見ているであろうカメラを見る。

 

「大勝利よ、あたしに十分感謝しなさいクソ提督! あんたの指示なんかなくったって、あたしはやれるんだから」

 

 

 

 

 まるで外国のホームビデオの様に、グラグラ揺れる画面をモニター越しに提督は呆れながら見つめる。提督に対して頑なであった曙が初めて彼に見せる笑み。それは自身の戦果を自画自賛する、空しい笑みだった。

 指揮官である提督の指示を無視したワンマンプレイは、当然褒められた事では無く、提督は曙のその身勝手な行動に一喝した。

 

「何が大勝利だ! 指示に従わずに勝手に行動して……艦隊の勝利は、1人で成し得るものじゃないんだぞ!」

《……何よそれ、あたしは勝ったんだから別にいいでしょ。あたしは、誰の力も借りなくったって強いんだから》

「そういう問題じゃない! お前の勝手な行動は、周囲を危険にさらす。自分だけで戦っていると思うな!」

《……ふん、あんたもそうやって、あたしの事を理解しようとしないのね》

 

 苛立たし気に曙が答える。恐らく、ここに来る以前の鎮守府でもこの様なやり取りが繰り返されていたのだろう。大抵の場合、提督達は彼女を見限って来た。

 現に、可香谷提督も先程の大淀とのやり取りから、自分には荷が重いのではと考え始めていた。だが、そんな提督の決断を何かが止めていた。彼は曙の言葉の奥に、何か引っかかるものを覚えていたのだ。

 

「いいか曙。俺は、お前の事を認めないとか、そう言う事を言ってるんじゃないんだ。ただお前の行動は危険を……」

《うっさい! あんたも他の奴らと一緒!!》

「話を履き違えるな! 曙、お前は……っ!?」

 

 曙に何かを言おうとした提督が息をのむ。カメラ映像の左端に、曙を狙う敵艦の姿が見えた。

 

「危ない!」

《え?きゃあっ!!》

 

 曙は振り向くが、完全に油断しきっていて、敵の不意打ちが直撃してしまう

 

 

 

 

 直撃を受けた曙の艤装は大破し、右足の艤装は完全に機能を停止。右側に傾く形で沈みかけてしまう。

 

「そんな……だって、今倒したのに」

《大丈夫か!? 曙!》

「へ……平気よ、このくらい……!!」

《無理をするな! 相手はさっきのとは別の奴だ、伏兵が潜んでいたんだ!!》

 

 提督の言うように、相手は先ほどのイ級では無い。姿はイ級とよく似ているが、イ級よりも頭部が鋭角になっており、より魚らしい姿をした深海棲艦……【駆逐ロ級】。遠方から曙の戦いを監視し、攻撃の隙を伺っていたのだ。

 弱り切った曙に狙いを付け、ロ級が咆哮を上げる。負傷した手負いである今の曙は完全な的だった。このままでは危ない!

 

「くそ、どうすれば……そう言えば!」

 

 何かを思い出したように提督は、机の上にある本を取る。そこから乱雑にページをめくり、あるページに目を向けた。

 それは艦娘の艤装の構造についてのページであり、その中に、艦娘の艤装には【煙幕】を展開する機構が備わって居る事が記されていた。提督が曙に叫ぶ。

 

《曙、何とか煙幕をまいて逃げ切れ。そのまま戦うのは無謀すぎる!》

「指図すんなって……言ってるでしょ……こう言う状況は……慣れっこ……なん、だから……こんな奴…今のあたしでも……やれる、わ……」

《曙、お前……》

 

 ロ級に向かって行く曙だが、艤装が片足をやられているため、アンバランスにしか進めない。ロ級がそれを見逃す道理などなく、フラフラの曙に容赦なく砲撃を加える。

 

「あぁっ!」

 

 直撃を受けて後ろに吹っ飛ぶ曙。ロ級はすかさず追撃として突進する。そして、曙が態勢を立て直す間も与えずに自身の口で呑み込む様にして口を大きく開いた。その口内の主砲は、曙を捉え無慈悲に鈍く光った。

 「ひっ…」曙がそれを視認し、小さな悲鳴を上げる。そこには先ほどまでの威勢は無かった。獲物に狙いを定めたロ級の主砲が発射の段階に入る。

 ――曙が、轟沈する。そんな最悪の光景が提督の脳裏に過る。確かに、提督は曙とは上手くやれていないかもしれない。だがそれでも、提督は彼女が沈む事を望んではいなかった。

 

《曙! 恐れるな、やられる前に撃てえぇっ!!》

 

 この状況を脱するには、攻めるしかない。力の限り提督が叫んだ。それにより、恐怖による硬直が一瞬解け、曙は主砲をロ級に向けた。

 

「っ……うわあああああっ!!」

 

 ロ級よりも早く発射される曙の主砲。結果、ロ級は自身の主砲の暴発も手伝い大ダメージを受ける。苦痛の叫びを上げてのた打ち回るロ級だが、撃沈までには至らず、大破の状態でフラフラと逃げていく。

 

《よ……よかった……》

 

 艤装内蔵の通信機から安堵の声が聞こえたが、曙は不服の表情を浮かべていた。

 

《曙、追撃はもういい。そんな状態で戦ったら間違いなく轟沈してしまう。だから、すぐに帰還を……》

「……嫌よ」

《お前……まだそんな意地を張っているのか! 自分の状態が分かっていないのか!?》

「平気……よ。あんな奴……あたしは……絶対に逃げない……絶対に……っ!!」

《曙……一体何がお前をそうさせるんだ》

「あんたには……分かんない……でしょう……ね……理不尽な命令に……命を懸けて戦っても、評価されないどころか……無かった事にされる辛さが……必死で護ったのに……理不尽な事まで、お前が悪いって……言われる苦しみが……!!」

《曙、お前……》

「あたしは、強いの……よ。だから……誰にも、何も言わせない……提督の力なんて、要らない……提督なんて、信じない……!!」

 

 それは、曙の本心だった。駆逐艦の記憶としての不信感や強くならなければと言う強迫概念は、彼女に孤高の強さを求めたのだ。

 本当は、曙はそんなに強くはない。それでも、彼女は強く在らなけらばならなかった。その不器用な強がりを、提督は見ていられなかった。

 

 

 

 

《……いい加減にしろ、この、大馬鹿野郎ーーーッ!!》

「ッ!?」

 

 無線越しでも響き渡る提督の怒声に気を削がれ、曙は竦みあがる。

 

《お前が辛いのは分かった……でもな、人の言う事を聞かずに一人で焦って、挙句に自分の命すら軽視して……そんな事を誇れると思ったら大間違いだ! いいからとっとと戻れえええッ!!》

「…………」

 

 曙は何も答えないが、そうこうしている内にロ級の姿は既に海の向こうに消えていた。それを理解しとうとう観念したか、曙は小さく「ちくしょう」とだけ呟いた後に方向転換し、帰路に就いた。

 後には静寂の海が、ただ空しく残るだけった。



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1-3

 茜色の光がさす船橋、空は既に夕暮……その空の下、ボロボロになりながら艦娘曙は帰還した。顔を上げた曙は、船橋の入り口に立つ提督の姿を発見する。すれ違いざまに提督と目があったが、すぐに曙は視線を逸らした。対する提督は何も言わないが、その場から離れようともしなかった。

 

「おかえり」

 

 立ち去ろうとする曙に、提督はそう優しく呟いた。その言葉を聴き、ピタリと止まる曙。暫くした後に、ギリと歯を喰いしばりながら声を絞り出した。

 

「……何よそれ……! あたしは、あんたの命令を散々無視して、無様にもボロボロになってんのよ。『おかえりなさい』って何よ、あたしの事、なめてんの? 『言わんこっちゃない』とか『ざまあみろ』とか、もっと他に言う事あんでしょ!?」

「お前は、本当にそう言ってもらいたいのか?」

「言いなさいよ! あたしはただの卑怯者で、何の戦果も挙げられない弱い艦だって! 言えよ!!」

 

 胸が張り裂けそうな勢いで曙が叫ぶ。その言葉は、彼女の内面そのものだった。彼女の心の苦しみが、そのまま言葉となっていたのだ。

 提督は、その言葉が終わるまで待ち続けた。

 

「……なあ、曙」

 

 曙の言葉が途切れたタイミングで、提督が切り出した。

 

「お前の事は、大淀さんから聴いた」

「…………」

「正直、俺なんかがお前の事を分かってやれるかどうかは分からないよ。でもな、それでも俺は、お前を放っておけないんだ」

「……何? あたしをこのまま帰したら沽券に関わるとかだったら大丈夫よ。寧ろ同情されるでしょ」

「別に同情とかは要らない。俺はただ、曙と一緒にこれから戦いたい。そう思ったんだ」

「あ、頭可笑しいんじゃないの? こんな口の悪い艦娘と一緒にだなんて、ドMなの?」

「はは、どうだろうな。って言うか、口が悪い事に自覚があったのか……」

 

 優しく語り掛ける提督……ひょっとしたら彼は、曙をかつての自分自身と照らし合わせていたのかもしれない。世の中全てに絶望し、誰にも心を開けなくなっていたあの日の自分。今の曙の様に、自暴自棄になった事もあった。だがそんな自分にも、見捨てずに手を差し伸べてくれた人達が居た。だから彼は今真っ当に生きているのだ。

 今度は自分が、誰かを護り、支え、手を差し伸べたい。可香谷 剛と言う人間が提督を志したのはそうした背景からだった。ここで曙を帰すのは、見捨てる様なものだ。ならば、提督の答えは決まっていた。

 

「さっきの戦いは、確かに褒められたものじゃない。けど、俺は曙が卑怯者だとか戦果を挙げていないなんて思ってない。さっきのイ級との戦いだって圧倒的だったし、ロ級だって、恐怖に屈せずに撃てたじゃないか。俺はそう言うの、凄いと思う」

「……嘘。どうせお世辞で言ってるんでしょ」

「信じれないならそれでもいい。お前が俺の事を、心の底から嫌いになったなら、その時は帰っていいからさ……今は、手を取ってくれないか」

 

 そう言って提督は、曙に手を差し伸べた。かつて様々な者がそうしてくれた様に。

 曙は困惑していた。目の前の男はどういうつもりなのか? 自分は、この人間を信じて良いのだろうか? 実際の所、曙は心の奥底では、人間に認めてもらいたかったのだ。しばらく動きの無かった曙だが、やがて上目遣いながらも恐る恐る提督の手を――。

 

 

 

 

 と、その時提督の持っていた通信端末が音を発する。つい反射的に提督は、いつもの癖でそれに即座に応対……結果、曙の勇気を出して伸ばした手は、空しく宙を切ってしまった。

 

「はい、こちら可香谷提督」

《大淀です。深海棲艦の撃退を此方でも確認しました。周辺の漁船等にも被害は無し……ご苦労様でした。》

「有難うございます。これからもこの調子で頑張ります」

《はい、お願いしますね》

 

 通信を切り、提督は端末を腰へと戻した。そうして、再び曙へと向き直る。

 

「スマン! 急に連絡が来たからさ……と言う訳で、改めて――」

 

 そこまで言いかけ、提督は曙の様子に気付く。曙はワナワナと肩を震わせながら、提督を睨みつけて居た。よく見れば、目じりに涙も溜まっている。

 

「こ……」

「こ?」

「このっ! クソ提督ッッ!!」

 

 提督の顔面に鈍い衝撃。曙の渾身の拳が、提督にクリティカルヒットした。そのまま後方へと吹っ飛ばされ、海へと落下する提督。

 

「ふんっ!!」

 

 完全に機嫌を損ねた曙は、提督を置き去りにしてズカズカと鎮守府の方へと帰っていった。その様子を、ただ茫然と見守る提督だった。

 やがて提督は、曙の怒りの理由が自分の空気を読まない行動にあった事に気付き「あー……」と言いながらバツが悪そうに頬を掻いた。船橋に這い上がり、申し訳程度に服の水を絞ると、提督は再び通信端末を大淀へと繋いだ。

 

「はい、こちら大本営……どうしたんですか? その頬の腫れ。それに服もずぶ濡れじゃないですか」

「あー、その……色々ありましてね。それよりも大淀さん、さっきの話なんですけど」

《……曙の事、ですか》

「はい」

 

一呼吸置く提督。既に答えは決まっていた。

 

「――俺は曙と共に戦いたい。俺なんかがあいつの心を理解できるかは分からないけど、それでも、このままあいつを見限る様な真似はしたくないんです」

「…………」

「それに……何て言うかアイツ、放っておけないんですよね。誰にも頼らずに一人強がって、自分で自分を苦しめている。そんなアイツを、見ていられないって思ったんです」

 

 しばしの沈黙、やがて。

 

《貴方ならそう言ってくれると信じていましたよ……彼女の事、宜しく頼みますね》

「……はい!」

 

 自分に出来るのかどうかは分からない。だが、もしも自分に彼女を救う力があるのなら――出来れば救ってやりたいと、そう思い提督は力強く返事を返した。

 

 

 

 

 これは、一人の提督と一人の艦娘の物語。二人の第一歩は、ここから始まるのだった。

 

 

 

 

 提督との通信を終え、大淀はうーんと背伸びをした。

 

「何とか、なりそうですね。後は明日、あの子達が向かうだけですが……」

 

 窓を眺めながら一人呟く。徐に昇りかけた月が、儚げに輝いていた。

 

「今度こそ、幸せになってね、曙」

 

 

 

 

 

 

                  次回予告

「……増えてる」

 

                          「以上が我ら、【第七駆逐隊】デス!」

 

「皆、お前の事を心配していたぞ」

 

               「あたしは一人の方が好きなの! いいから放っておいて!」

 

「戦闘開始ktkr!! みんな行っくヨー!」

 

 

 

 

 

       次回【七駆の初陣】




世界観設定

【艦娘】

艦魂転生型。外見は人間の少女と全く変わらず食事も普通に取る。
身体能力は人間よりも高く、自身の倍以上ある深海棲艦を投げ飛ばすことも可能。
艤装は任意で虚空より出現させる。出現の際は、電脳的なエフェクトが発生する。
艤装がどこから現れるのかは不明。

不死身ではないが不老の存在で、提督が生まれる前から存在している艦娘もいるらしい……




人物紹介

【提督】

本名は可香谷 剛(かがや ごう)。年齢20歳くらい。
士官学校を卒業の後、提督としてとある鎮守府へと着任した。
深海棲艦を倒すことに、密かな執着を抱いている様だが……?

学校での成績は主席エリートとは程遠く、平凡なものだったらしい


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第二話【七駆の初陣】
2-1


「一体何度艦隊を危機に晒せば気が済むのだ!」

 

 その日、曙は提督から、文字通り何度目かの叱責を受けていた。作戦行動中、勝手な行動をした事で僚艦を負傷させてしまったのだ。幸いにも轟沈する程の事では無かったとはいえ、見過ごせない事態だった。

 

「……すいません」

「すいませんと言えば済むとでも思っているのか! 何故勝手な行動をしたのか説明をしろ説明を!!」

「……あの場合は、あたしが前に出た方が確実に沈められると思ったから――」

「その結果が味方の負傷に加え、敵にも逃げられたのだぞ! 随分と自惚れが過ぎるな」

「それは」

「成績は優秀だったらしいが、所詮は自分の事ばかりだな。協調性が無いんじゃないのか!?」

「っ……!」

「残念だがお前は作戦から外させてもらうぞ。これ以上支障をきたす訳には……」

「……外せよ」

「何?」

「そんなに気に入らないなら、外せばいいじゃない! このクソ提督!!」

「何だと!? お前、それが上官に対する口の……おい待てこら!」

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「……ん」

 

 鎮守府に設けられた自室のベッドで、曙は眼を覚ます。カーテンの隙間から射す光が、今まで自分が夢の中に居た事を思い出させた。

 彼女にとって、厭な夢だった。

 

「……チッ」

 

 軽く舌打ちをした後、パジャマを脱いで着替えを済ませる。

 あの後、結局曙は大本営の学校へと送り返された。その後も何度か、複数の鎮守府を転々としながら同じことの繰り返しだった。曙は、提督――人間を信用出来なかった。

 何故そこまで信用できないのか、彼女自身にも分からなかった。駆逐艦であった頃に色々とあった事は知っている。だがそれだけならば、他の艦娘にも多かれ少なかれ、そう言った事はある筈だ。何故自分だけがそうなのか?

 自分でも分からないその不信感は彼女を余計に苛立たせた。今回の配属も、当の曙は嫌気がさしていたのだ。

 

「何でこんな事になったのよ」

 

 天井を見上げながら悪態をつく。元々、幾度も問題を起こした彼女は鎮守府への配属はされない筈だった。今回の配属には、仕組んだ者が居るのだ。彼女の事を最後まで見捨てなかった少女達――そんなお節介焼きの姿を忌々し気に浮かべながら、曙は自室を後にした。

 そのお節介焼き達と、すぐに再開するとはつゆ知らずに。

 

 

 

 

第二話【七駆の初陣】

 

軽巡級深海棲艦 

   ホ級

 

駆逐級深海棲艦

 ロ級ハ級ニ級

 

   登場

 

 

 

 

「うん? 曙か、おはよう」

 

 執務室へと向かおうとした曙は、浴室から出てきた提督と鉢合わせとなった。

 

「げ」

「……朝から随分とご挨拶だな」

「……ふん、そう言うクソ提督こそ、朝からシャワーとか良いご身分ね」

「はは……ちょっと汗かいちゃってな」

「ふぅん。別に昨日はそんな暑くなかった筈だけど? 怖い夢でも見たんじゃないの」

「……そうだな、うん。怖い夢だった」

 

 やや自嘲気味に提督が言う。その顔は心なしか、やつれている様に見えた。

 

「立ち話も何だし、執務室に入ろうか」

「あたしに命令しないで」

「命令って……まあいいや、入るぞ」

 

 曙の悪態を軽く流し、提督は執務室の扉を開ける。今日もまた一日、艦隊運営が始まるのだ。

 

 

 

 

「お早うございます、ご主人様」

 

 

 

 

 ばたん。と、提督は開けたドアを閉めた。現在、曙は提督の真横に居る。扉の向こうではない。そもそも、今扉の先からは【ご主人様】と聞こえた。曙と言う艦娘がそんな事を死んでも言わないであろう事は昨日のやりとりで身に染みて分かっている。むしろ彼女ならば、そんな事を言うくらいならば喜んで舌を噛むだろう。

 

「ちょっとちょっと、閉めるとか酷すぎね!? 顔出して下さいよ~」

 

 混乱する提督であったが、中からの声に押され改めて扉を開ける。

 執務室の中には、一人の艦娘が居た。曙と同じセーラー服の様な衣装に身を纏い、ピンク色の髪を短めのツインテールで結んだ、ムスッとした顔の曙とは対照的などこか悪戯っぽい笑みを零した少女だった。

 そして更に、部屋にはもう二人――計三人の艦娘と思しき少女が立ち並んでおり……。

 

「増えてる」

 

 提督は、至極真っ当な言葉を発した。ズッコケるピンク髪の少女。

 

「いきなりグ○ムリンか何か扱い!?」

「あ、あぁ……すまん。突然の事で頭が混乱しててな。取り合えず、お前は誰だ?」

 

 冷静に努めながら昨日の出来事を思い出す。本来、この鎮守府には【さざなみ】と言う艦娘が来るはずだったのだが諸事情で来れなくなった。その代わりに曙がやってきたと言う訳だ。詰る所、目の前のこの艦娘が……

 

「ふふん、よくぞ聞いて下さいましたご主人様。私は綾波型駆逐艦の――」

「【漣】!! あんた何で此処に居んのよ!? 他の二人まで連れて、一体どういうつもりなの!?」

「どーどーぼの、まずは漣達の自己紹介をデスね」

「うっさい! 大体、元々あんたが此処の初期艦になる筈だったでしょうが。こんな手の込んだ事までして、どう言うつもりよ!?」

 

 ガーっと勢いよく噛みつこうとする曙を、漣と呼ばれた少女はやんわりと躱す。提督はただただその光景に混乱するしか無かった。

 

「曙ちゃん、漣の事は気持ちは分かるけれど、今は提督に状況を説明しないと」

 

 後ろに居た艦娘の一人が落ち着いた声で二人を制する。それで少し冷静になったのか、曙はフンと鼻を鳴らしながら一先ず引き下がった。

 

「ぼーろちゃんサンクス……改めましてご主人様♪ 私は綾波型駆逐艦【漣(さざなみ)】。こう書いて、さざなみと読みます」

 

 漣と名乗った少女が、自身の名を宙に指で書きなぞる。彼女の肩に乗っかっている漫画の兎の様な妙ちくりんな生命体が短い指で同様の動作を行ったが、難解な漢字をジェスチャーで表すには限界があった。

 

「すまん、さんずい辺くらいしか分からん」

「むぅー、それはあなたが字を知らないだけヨ……後ろの二人デスが、こっちの肩にカニっぽいのを乗せてる絆創膏ガールが【朧(おぼろ)】ちゃんで、こっちのおっぱいが【潮(うしお)】ちゃん。共に綾波型駆逐艦デス」

「人をカニが本体みたいに言わない」

「漣ちゃん、潮の紹介だけひどいですっ!?」

「ぼの……曙はもうご存じですよネ? 以上が我ら、【第七駆逐隊】デス!」

「聴いて下さい!?」

「どーどーうっしー。今はそれは置いておいて、はいポーズ!」

 

 朧と潮と呼ばれた艦娘が漣に抗議するが、漣は全く聞いていない。くるりとその場で回転した後に大げさに両手を広げながらポーズを取った。何となく、彼女の背後に昭和映画じみたタイトルロゴで【第七駆逐隊】と見えた気がした。

 

「あ、あぁ……」

 

 曙とはまた違ったベクトルで個性的な艦娘が増えた事で、提督は頭を抱えた。

 

「全く……改めまして、綾波型駆逐艦、朧です。誰にも負けません! ……たぶん。あっ、この蟹は妖精の一種みたいなものと思っていただければ」

 

 礼儀正しく、黄色に近いショートヘア―の艦娘、朧とその肩に乗っかっている蟹(?)がお辞儀をする。頬に張られた絆創膏と、少女にしては引き締まった四肢が、彼女の努力家な性分を垣間見せていた。

 

「え……えぇっと、同じく特型駆逐艦……綾波型の潮です……あのぅ、もう下がってもよろしいでしょうか……」

 

 朧に続き、黒いロングヘア―の艦娘、潮が挨拶をする。朧とは対照的に、全体的にふわりとした柔らかい印象の少女だ。そして、漣が指摘した通り……外見年齢不相応な豊満なモノを持っていた。

 そう言う事に対して初心な提督は、目のやり場に非常に困る。「あ、あぁ……下がっていい、下がっていいぞ」とぎこちなく答えるも却ってそれが不自然さを招き、曙がすかさず噛みついた。

 

「すけべ」

「な、何でそうなるんだよ」

「とぼけんなクソ提督。今潮の胸ガン見してた」

「あ、曙ちゃん。提督にそう言う事を言うのは……」

「いいのよ。コイツは、人の握手より仕事を取る様な奴だし」

「いや、その……昨日はすまない」

「ふんっ!」

 

 曙が此方に鼻を鳴らして悪態をつく……残念ながら、昨日の事はまだ許してくれていない様だった。

 そして、その様を見て朧は糸目で呆れ漣はクスクスと笑っていた。

 

「で? 何であんた達が此処にいんのよ。わざわざあたしを秘書官に仕立て上げて」

「そりゃあ勿論、ぼのと一緒に居るため?」

「答えになってない!」

「あ、あの、曙ちゃん……漣ちゃんも朧ちゃんも、曙ちゃんがどんどん孤立していくのが心配で……勿論、私もです!」

「はあ? 何よそれ、余計な事してほしくないわ」

「おい曙! そんな言い方無いだろう」

「クソ提督は黙って」

「……はい」

「まあまあ。あっ、ちなみにご主人様。漣達がここに居るのは、大淀さんには許可を取ってますから大丈夫ですヨ?」

 

 提督に対して漣がそう述べた。本来、着任したての鎮守府に艦娘が一気に配属されるなどイレギュラーも良い所だが、大本営所属で重要なポジションに居る大淀に許可を取っているのであれば問題は無いのだろう。どう言った経緯でそうなったのかは不明だが、提督は深く考えない事にした。

 

「あー……と、取り敢えず、後の話は朝食を食べながらでもやるか。皆、食堂に集まってくれ」

 

 事態の収拾を図るべく、提督がそう言って執務室から移動する。それに続き、艦娘達も――曙も渋々ながら――執務室を後にした。



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2-2

 食堂に全員が集合すると、既に長方形の白い机には、朝食が配置されていた。枕崎が作ったと思しき味噌汁と白ご飯が湯気と共に美味しそうな香りを漂わせている。「私、普段料理とかあまりしないから、こんな簡単なものしか出来なかったけれど……」と、申し訳なさそうに枕崎が提督に謝罪するが、提督はとんでもないとそれを否定。漣も横から「これが本当のメシウマ! うますぎる!」と、謎のシャウトを唱える。

 

「このお味噌汁、凄い美味しいです! 枕崎さん、料理の才能ありますよ。本当、一流ホテルの専属料理人にでもなれるんじゃないですか?」

「……ホテルの専属、か……ふふっ。良い響きね、そういうの」

 

 提督の評価を気に入ったのか、枕崎が嬉しそうに笑う。その様子を見て、皆もまた笑顔になった……只一人、曙を省いて。

 

「…………」

 

 曙は、不機嫌そうな顔で箸を進めている。一言も喋らずただ黙々と食事をしている為、かなりスピードが速かった。枕崎の「お口に合わなかった?」との問いに、辛うじて「……おいしいです」とだけ答える。

 

「な、なぁ曙。折角皆集まって食事しているんだからさ、何か喋って……」

「ごちそうさま」

 

 提督が言い終わる前に、曙は両手を合わせて席を立ち、食堂を後にした。

 

「おい曙! ……行ってしまった」

 

 閉められた扉の先を見つめる提督。他の皆も、心配そうに曙が出て行った先を見つめる。「……曙は、転生した時からああなのか?」と、提督が第七駆逐隊の面々に問う。

それに対し、朧が「学校で会った時には、既にああでした」と答えた。

 

「朧も何とかしようとしたのですが、皆と一緒に居ようと言ったら逃げられちゃって……やっぱり、昔一緒に行動できてなかったから、信頼されてないのかな」

「大丈夫だよボーロちゃん、漣も逃げられちゃったしそれは関係ない」

「わ、私も……」

 

 3人が同じ様な結果を言い合う、惨敗だったようだ。

 

「皆そこまで、あいつの事を思っていたんだな」

「はい、大切な仲間ですから」

「……仲間、か」

 

 潮達の言葉を聞きながら、提督は昨日の出来事を思い出す。人を、そして自分自身を信じられなくなり自暴自棄になった曙。彼女の心の傷は非常に根深いらしく、例え姉妹艦の手が差し伸べられてもそれが癒えることは無かった。

 だがそれでも、提督は曙を放ってはおけなかった。彼女達の【仲間】と言う言葉を聞けば、尚更だった。

 

「……ごちそうさま! ちょっと曙の様子を見てくるよ」

「いってらっしゃいませ、ご主人様! しっかり彼女のハートをゲットしてきて下さいネ」

「そう言うのじゃねえよ……枕崎さん、食器片づけておきますね」

「えぇ。有難う」

 

 提督が立ち上がり、曙の分と合わせて食器を流しに持っていく。途中漣が、貢物を渡せば好感度が~とか言っていたが、気にせず食堂を後にした。

 

 

 

 

 鎮守府の外に出て、提督はグラウンドを見渡した。が、曙の姿はどこにも見当たらない。「ここじゃないのか」と更に周囲を見渡す。すると海岸の方、船橋のすぐ横にある演習スペースの方に、小さな人影が見えた。「あそこか……」。そう言って提督は、演習場まで降りて行った。

 

 

 

 

演習場に砲撃音が響く。出現する標的ブイを、曙は次々と撃ち落としていった。

 

「見事なもんだな」

「っ! ……何よ、クソ提督。見世物じゃないの、あっち行っててよ」

「皆、お前の事を心配していたぞ」

「はぁ? あたしが心配される様な事がある訳無いじゃない」

「……本気でそれを言っているなら、俺はお前を怒るぞ」

「な、何よそれ」

「…………」

「う……わ、分かってるわよ。あいつらが、あたしの事を見てるのは」

「分かってるなら、皆と一緒に居ればいいじゃないか」

「あたしは一人の方が好きなの! いいから放っておいて!」

 

 提督の説得も空しく、曙は心を開かない。七駆の皆の想いを無駄にはしたくない、何より曙の心を開いてやりたいと願っていたがそれを行うには、まだまだ時間が必要だった。

 

 

 

 

海上に浮かぶ一隻の船。そこでは数人の若者が昼間から音楽を鳴らして騒いでいた。

 

「いやっほーう!」

「あはははっ」

 

 深海棲艦が跋扈する海に、許可なく船を出すのは違法行為であり、何よりも非常に危険だ。にも拘らず、寧ろ彼らはそれを承知で海原のど真ん中に居る。

 退屈に憑りつかれた彼らは、危険なスリルを求めていたのだ。

 

「ちぇっ、こんだけ騒いでるのに化け物の一匹でやしねーぜ」

「ちょっとやめてよ! 本当に出たらどうすんのよ」

「何だよびびっちまいやがってよ……大体、そんなのにビビって海に出れるかよ」

「下手すりゃ俺ら、一生海に出れずに死ぬんだぜ? そんなんやってられっか!!」

「そりゃそうだけどさ……ねぇ、何か変な臭いしない?」

「あん? ……そう言えば、何だこのガソリンみたいな臭い」

「腐った魚みてーな臭いまでしやがる」

「ね、ねえあれ!!」

 

 若者の一人が海面を指差す。その先の海面がせり上がり、水中から黒い鉄の塊が現れた。巨大な魚の様な鉄の塊……彼方此方が負傷したソレは、先の戦いで曙が手傷を負わせた深海棲艦、駆逐ロ級!

 それだけではない、次々と周囲の海面がせり上がり、複数の巨影が若者達の船を取り囲むように現れた。

 

「か……怪物だあああ!!」

「うわあああ……」

 

 船員達の叫びは、何もない海上へとかき消されていった……。

 

 

 

 

 突如、提督のコンパクトケース型の通信機がアラームを放つ。提督が通信機の蓋を開いた後《ご主人様、お仕事ですヨ》と、電子機器特有のエコー交じりな漣の声が聞こえてきた。

 

「漣か、どうなってる?」

《ここの近海にて、民間人の乗った船が深海棲艦に襲われているとの事デス。直ちに出撃しこれを撃墜、可能な限り民間人を救出して下さいとの事デス》

「分かった、一先ず司令室に戻る。曙、お前も来い」

「何言ってんのよ。ここは船橋なんだから、このまま出撃すればいいじゃない。漣、先行ってるわよ」

「あ、おい曙!」

 

 提督の静止も聞かず、曙はそのまま出撃してしまった。

 

「……全くあいつは」

《まぁ、ぼのの意見も一理あるとは思いますけどネ。漣達もすぐ向かいますんで、ご主人様は戻った戻った》

「……分かった、すぐ戻るよ」

 

 

 

 

 鎮守府の入口に戻る提督、そこで漣達と合流する。

 

「おかえりなさいませ、ご主人様♪」

「ああただいま、そして行ってらっしゃい」

「うわテンション低っ」

「秘書艦が言う事を聞いてくれないんでな」

「ありゃ、失敗しちゃいましたかぁ……選択肢間違えましタ?」

「多分な……曙は先に行った、お前たちも合流してくれ」

「ほいさっさー。ボーロちゃん、ウッシー、やるよー」

「は、はい!」「了解!」

 

 そう言うと3人は船橋に向かい走っていく。そして、走りながらそれぞれが手を虚空にかざすと、3人の周囲に電脳的なエフェクトが展開する。

 まず足に魚雷発射管が展開され、接合する。続いて背中に艤装が出現。朧の蟹と漣の兎型妖精が互いに頷き合い、ぴょんと飛び跳ねて背中艤装の内部に収納される。

最後に、主砲の艤装が出現し、まず漣がそれをキャッチし、『てへぺろ☆』とでも言わんばかりのあざとい表情をする。

 続いて朧がキャッチ、きりっとした表情をして船橋から二人でジャンプする。

 

「綾波型駆逐艦、朧、行きます!」「駆逐艦漣、出るっ!」

 

 それに遅れて、ピンク色に兎(?)の顔が描かれた可愛らしい主砲の艤装が出現。持ち主である潮がそれをキャッチ……しようとするが失敗、落としそうになって慌ててキャッチしなおした。

 

「潮、参ります……ふ、二人とも待ってください~」

 

 そう言いながら慌てて着水、出撃した。

 

「……皆、気をつけろよ」

 

 3人の出撃を見送った提督は、執務室へと急いで駆けていった。

 

 

 

 

 海原を進んだ先、曙はそこで立ち止まっていた。ふいに、無線から提督の声が聞こえてくる。

 

《曙、聞こえるか? ……ちゃんと待っていたんだな、偉いぞ》

「……馬鹿にしてんの? クソ提督」

《純粋に褒めているんだ。昨日からすれば、大きな進歩だからな》

「……ふん」

《漣達もすぐに出発した。もうすぐ合流できると思うが……》

 

 提督の言葉通り、向こうの方から三つ分の影が近づいてくる。

 

「ぼーの、おっまたせー」

「待っててくれたのね、有難う」

「お待たせして、ごめんなさい……」

「別に待ってないし、いいわよ」

 

《全員揃ったな……改めて、艦隊出撃だ!》

 

提督の号令の下、4人は海原を進み始めた。



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2-3

「おぉっと、敵さんのお出ましですヨ」

 

 しばらく進んだ所で、漣が口を開く。彼女達の前方数十メートル、幾つかの敵影が見えてくる。その数、4隻。その中に、砲撃によるものと思われる深い傷を口内に負った巨魚が居るのを、曙が発見した。「あいつは……!」と呟く曙。その脳裏に、先日の苦い敗北の記憶が蘇る。

 

《感情に流されて、スタンドプレーに走るなよ》

 

 曙のその様子から察したのか、無線越しに提督の声が聞こえてきた。それを聞いた曙は、バツが悪そうに「……分かってるわよ」と呟く。

 

《よし……皆、詳細は分かるか?》

「はい、附近に民間船の残骸らしきものを発見。生存者は今の所不明です。敵情は、駆逐級がロ級、ハ級、ニ級の3隻、内ロ級は負傷しています。それからあれは――厄介ですね、軽巡級が一隻います。敵は、水雷戦隊です」

 

 朧の言う様に、ロ級の付近に単眼の2隻の深海棲艦、ニ級とハ級が居る。更にその背後、怪物の口の様な艤装から人間の上半身だけが這い出た様な気味の悪い深海棲艦が居た。軽巡級の深海棲艦、【軽巡ホ級】である。そして水雷戦隊とは、軽巡洋艦を旗艦とし、複数の駆逐艦からなる部隊の事である。ロ級や、先の戦闘で仕留めたイ級も、この水雷戦隊の一団だったのだろう。

 

 ロ級がこちらに気づき、怨恨の籠った唸り声を上げる。それに呼応するかのように後ろに居たホ級が咆哮を上げた。それを合図に、駆逐級達が一斉に曙達に向かって襲い掛かる。

 

「おいでやがりですヨー。ご主人様、漣達に何なりとご命令を」

 

《よし……総員、単縦陣を取れ! まずは前方のハ級に攻撃を集中。一気に畳みかけろ!!》

「戦闘開始ktkr!! みんな行っくヨー!」

「何であんたが仕切ってんのよ……別にいいけど」

「漣、お喋りは中断……来るよ!」

 

 ハ級が咆哮し、大きな単眼をギョロリと動かす。やがて、その焦点が漣に定められて、口から砲弾が放たれた。だが漣はそれを既に予測しており、「おおっと」と言いながら大げさなポーズで余裕の回避を決めた。

 

「真っ先に漣を狙うとは、お目が高い。でも、リスクは高く付くヨ? ……ていっ!」

 

 すかさず漣は、ハ級に砲撃を開始。見事に命中し、中破レベルのダメージを与えた。

 苦悶の鳴き声を漏らすハ級に、漣は「中破ウマー。続けてもう一ぱーつ!」と更なる追撃を試みようとする。が――

 

「漣、左っ!」突如朧が叫び、反射的に漣は動作をキャンセルし後方に下がる。

次の瞬間、先ほどまで漣が居た場所に巨大な水柱が上がった。

 

「あっぶーい! ボーロちゃん、あざーっス……」

「あまり調子に乗らない」

 

 漣をたしなめつつ、朧は先ほどの砲撃を行った敵を見る。視線の先、砲撃の主であるホ級が悔しそうに唸り声を上げ、やがて傍らにいるロ級に何やら指示を送る。それを受けたロ級が、漣達から遠ざかる様に移動を始めた。

 

「ロ級が逃げていく!」

「どーどー、ぼーの……ご主人様、どうします?」

《ロ級の動向が気になるが、今はハ級を倒すことが先決……。曙と潮は、ホ級の援護射撃を警戒、漣と朧は引き続き、ハ級を攻撃してくれ》

 

「わ、分かった!」「了解しました!」

「了解です!」「りょーかい☆」

 

 全員、同時に返事をして戦闘態勢に入った。まず漣が最大戦速でハ級に接近する。ハ級は狙いを定めて漣を撃ち落とそうとするが、高速で動く漣に当てる事が出来ず懐への侵入を許してしまう。

「そこなのね!」そう言って脚の艤装の推進エンジンを斜め下に向ける事で、漣の体が海上へと跳躍する。その勢いでハ級に向かって、体当たりを喰らわせる。ハ級はそのまま、後方へと吹っ飛ばされた。

 追撃を行おうとする漣に向けて、ホ級が再び砲身を向ける。が、その照準は、横からの攻撃より大きく外れた。

 

「させないわよ」

「出来れば、離脱して下さい!」

 

ホ級の意識が、曙と潮に向けられた隙を、漣が拾う。

 

「今! 行くよボーロちゃん」

「任せて!」

 

 漣と朧が、ハ級に砲撃を一気に畳み掛ける。集中砲火を喰らい、ハ級がたまらず悲鳴を上げた。

 

「漣、任せた!」

「トドメはおまかせ!」

 

 漣が両足の魚雷をセットし「もってけドロボー!」と言う叫びと共に魚雷を発射する。魚雷は全弾命中し、ハ級は大爆発を起こした後に、船尾から沈んでいった。

 

 

 

 

《よし!》と艦娘達の通信端末から提督の嬉しそうな声が響き渡る。声から察して恐らく、ガッツポーズでもやっているだろう。

 

《まずは一隻だな。曙と潮は引き続きホ級の牽制、漣と朧はニ級を同様に攻撃しろ》

「わかりました」

「りょーかい♪」

 

 次の狙いを、ハ級と同じく単眼の深海棲艦、ニ級に定める一同。ニ級はこの一連の戦闘の中全く動かず、ただ眼をギョロギョロさせながら不気味に沈黙を守っている。そんな中「……漣達ばっかり成果を上げているわ」と、戦果に不満なのか、曙が愚痴をこぼした。

 

「あ、曙ちゃん。そんな言い方しないで……」

《そうだぞ曙。お前達がホ級を引き付けてくれたからこそ、ハ級を倒せたんだ。牽制だって、重要な役目だ。お前達も、よく頑張っている》

 

 提督の言葉を聞き、曙は小さく「……ふん」とだけ答えた。言葉はキツイが、満更でも無いと言ったところらしい。

 

《……よし、第二波攻撃開始だ!》

「ほいさっさー、ちょっと本気で行くよー!」

「漣、あんまりふざけない」

「分かってるっテ」

 

 そう言いながらも漣は、不規則な動きでニ級の下へと向かっていく。だがどうした事か、ここまで攻められているにも関わらずニ級は一向に動こうとせず下顎を覆い隠す程の大きな口を閉じたまま、相変わらず単眼をギョロギョロと動かしているだけだ。

 

「あれれ、来ないの? ……じゃあ遠慮なく行くヨ!」

 

 漣が砲を構え、ニ級を狙う。それを見ていたホ級も、同じタイミングで漣に狙いを付けた。すかさず曙が「同じことよ、させないわ!」と、ホ級の砲撃を妨害しようとする。

 

「これでも喰ら……きゃぁっ!?」

 

 突如として、あらぬ方向からの攻撃で曙は転倒した。その場に居た全員が、「え?」と曙の方を見やる。提督も《何だ、何が起きた!?》と慌てて叫んだ。

 

「あ……あそこです!」

 

 潮がそう叫びその方向を見ると、そこに居たのは先程撤退したと思われたロ級だった。ロ級は逃げたのではなく、身を隠して反撃の機会を伺っていたのだ。

 

《潮、曙は無事か?》

「はい。小破ダメージを受けてしまいましたが、大丈夫みたいです。ね、曙ちゃん……曙ちゃん?」

「…………」

 

 曙の様子がおかしい。何かを堪える様に下を向いている。

 やがてその顔を上げ、ロ級をキッと睨み付けた。

 

「っ……こんのおおおっ!!」

 

 最大戦速でロ級に突っ込んでいく曙……彼女は完全に、頭に血が上り冷静さを失っていた。

 

「あっ……曙ちゃん!?」

《何をやっている曙! 馬鹿な真似はよせ!!》

「うっさい!」

 

 潮と提督の声も空しく、曙は単独でロ級を追いかける。ロ級は、まるで曙を引き付ける様にゆっくりと移動を始めた。結果、曙は漣達の隊列から大きく外れ、陣形が乱れてしまう。

 

 

 

 

「曙!?」

「ありゃりゃ、何かヤバくない?これ……」

 

 朧と漣もその異変に気付く。そしてその前方――それまで沈黙を守っていた駆逐級のニ級が突如咆哮を上げ、上顎を90度近くまで開く。そうして、そこから主砲が付き出し、ドンと言う音の後に火を噴いた。漣の周囲に水柱が連続して発生する。

 

「はにゃーっ!?」

「漣、大丈夫!?」

「ちょっとヤバいかも……萎え~」

 

 水柱が晴れると、中破レベルのダメージを負った漣の姿が露わになった。「この……!」と、朧がニ級に反撃を試みる。が、ニ級は口を閉じて、その砲撃をまるで予測していたかの様に全弾を回避していく。

 

「嘘……!」

 

 驚く朧に対し、ニ級が再び口を開いて攻撃する。すんでの所で朧はこれを回避しようとするが、最後の一発を被弾してしまう。

 

《漣、朧、無事か!?》

 

「朧は平気……小破程度、です。けど漣が、中破規模のダメージを負っています」

「めんぼくないです……でっ、でも、まだやれますヨ!」

 

 ダメージを負いながらも強がってみせる二人。朧も、平気とはいってはいるが艤装からは煙が出ており、額からは赤い血が流れ落ちている。

 

 

 

 

《分かった。だがあまり無理はするな……潮、曙の方は?》

「今、追いかけています……」

 

 潮の視線の先、息を切らしながら曙はロ級と対峙していた。ロ級は、負傷しながらも海面で静止し、まるで曙に挑発するかの様に咆哮を上げた。それを見て曙は、ギリ……と歯を喰いしばり、砲をかまえる。

 

「曙ちゃん、駄目です!」

「潮!? 邪魔しないで」

「今の曙ちゃんは、冷静さを失っています。そんな状態で向かって行くのは危険です!」

「そんな事ない!」

 

 潮を振りほどき、再び曙は砲を構える。潮の言う通り、曙は冷静ではなかった。

 

「今度こそ、仕留めてやるんだから!」

 

 曙は、ロ級の砲撃を躱しながら最大戦速でその懐へと向かって行く。やがてロ級に密着し、真下から砲を構えた。

 

「取ったわ、これで終わり――」

「曙ちゃん、危ない!」

「――え? きゃぁっ!」

 

 潮の言葉が意味する事を理解するより前に、曙の体に激痛が走った。「なっ……何!?」と、周囲を見渡す曙の視界に、軽巡ホ級の姿が映る。ロ級に執着するあまり、ホ級の接近を許してしまっていたのだ。「嘘……そんな……」と狼狽える曙。

 そしてそんな彼女を、目の前のロ級が見逃すはずはなかった。大きく開いた口の中に見える主砲が、曙に照準を合わせる。

 

「曙ちゃん!」

 

 とっさに潮が飛び出し、曙を突き飛ばす。結果、ロ級の砲撃は、曙ではなく潮に直撃した。

 

「あぁっ!!」

 

 砲撃をまともに喰らった潮は、大きなダメージを受けてしまった。艤装はボロボロになり、肩や額から血が流れ落ちていく。

 

「うし、お……潮!?」

 

 潮に駆け寄る曙。そんな二人をロ級が容赦なく狙い打とうとする。が……「この……いい加減沈めぇ!」と、怒り任せに曙が右足の魚雷を放つ。全て命中したロ級は爆発炎上し、今度こそ断末魔の叫びを上げて沈んでいった。

 

「……曙ちゃんは無事、ですね……よかった」

「そんな……あたしの、せいで……」

「大丈夫、まだ、航行できます。潮……まだ戦えます」

 

 強がってみせる潮だが、ダメージは大破レベルにまで達している。

 彼女達のダメージの基準は、【小破】【中破】【大破】の三種類で表される。潮の今の状態は大破……先日の曙の様に非常に危険な状態だ。後一撃でも喰らえば、彼女は轟沈――即ち、死ぬ事となるだろう。

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 モニター越しに様子を見ていた提督は、そう吐き捨てた。怒りの理由はこちらを壊滅させた敵でも、勝手な行動により隊列を混乱させた曙でもない。この事態を見抜けなかった自分自身に対してである。

 

「あのホ級……見抜いていたっていうのか? 曙の、ロ級に対する執着を。だからロ級を一度撤退させて、全員の注意をハ級に向けさせたのか……油断した曙に、奇襲で屈辱を味わわさせるために。

 それに、あのニ級も……いきなり動き出したんじゃない。あいつは、最初から皆を【観察】していたんだ。朧と漣の動きをじっくり見て、二人が曙と潮に気を取られた隙を狙ったんだ……!」

 

 歯を喰いしばり、悔しさを露わにする提督。彼は、敵の水雷戦隊を完全に見くびっていた。人型では無い獣型である敵を、少し知能の高いサメ程度に考えていたのだ。

 だが実際は、敵水雷戦隊は高度な戦術と優れた観察眼を併せ持っており提督の艦隊は一瞬で半壊してしまった。提督は、慢心しきっていた自分自身を恥じた。

 

「このままでは、潮が轟沈してしまう。漣も非常に危険な状態だ、どうする……?」

 

 提督の脳裏に、今朝の彼女達の姿が思い起こされる。まだ出会って一日も経ってはいないが、かけがえのない仲間達。曙にとって、大切な僚艦。それが今、失われようとして――

 

「……そんなこと、させない」

 

 このまま散り散りになっていてもやられるだけ……提督は、一か八かの賭けに出た。



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2-4

《曙、潮、漣、朧。全員一か所に集まれ。曙は潮を、朧は漣を護衛しながら、敵の砲撃を警戒しつつだ。やれるか?》

 

「う、うん……」

「何とかやってみます」

 

 曙と朧がほぼ同時に返事をし、それぞれが僚艦を庇いながら中間地点を目指す。だが、それを敵が見逃すはずもなく、ホ級とニ級がそれぞれに砲を向けた。

 

《来るぞ! 曙はホ級を牽制しつつ、朧は回避に集中しながら合流しろ!》

 

「了解!」

 

 双方放たれる砲撃。曙は潮を庇いながらそれを避け、ホ級に反撃する。

砲撃はホ級に被弾、ホ級がよろめき微かな隙が出来た。「潮、ちょっと揺れるけど我慢して!」曙はその隙を逃さず、最大戦速で一気に合流地点へと進撃した。朧の方は、ニ級の正確な砲撃を避けるので精一杯で、中々前に進めない。

 

「チッ……!」

「朧、そこに居て! あたしの方から合流する!」

「ごめん、お願い!」

 

 曙がホ級を振り切り、一気に朧と漣の元へと向かう。やがて四人の艦娘は、一か所に集まる事が出来た。

 

《よし! よくやったぞ皆。潮、漣、大丈夫か?》

「漣はまだ中破、反撃は可能ですヨ!」

「潮、ちょっと頭がフラフラします……で、でも、平気です!」

《いや、潮はダメージ状況が酷い。防御に専念しろ》

「うぅ……ごめんなさい」

《いいんだ、轟沈してしまう方が問題だからな……総員、陣形変更! 【複縦陣】へと移行しろ!》

 

 提督の言葉を受け、四人は一斉に「了解!」と答える。そして、攻撃重視の単縦陣から回避能力が高い複縦陣へと陣形を変えた。そうしている間にも、ホ級が迫り、ニ級が新たに観察眼を動かそうとする。

 

《敵に体制を立て直させるな、総員、ニ級を集中砲撃!》

 

 提督の合図と共に、潮を省く三人がニ級に砲撃する。動きを読もうとしていたニ級は、突然の砲撃に対応出来ずに全て被弾。

 このニ級は、他の深海棲艦と協力して初めて正確な砲撃を分析、可能にする艦だったが

ホ級は遠方、僚艦の駆逐艦は全滅していた現状において、その戦術は意味を成さない。そのままニ級は、大爆発を起こした。

 

「残り一隻!」

 

 敵の撃沈を確認し、朧が歓声を上げる。残す敵は、軽巡ホ級一隻。僚艦を全て沈められたホ級が怨恨の叫びを上げ、スピードを上げながら向かってくる。今までの司令塔としての動きではなく、相手を沈める覚悟の動きだ。

 

《敵も最後の攻撃に移っている。皆、もう少しだ。油断するなよ!》

 

 提督の激励を聴き、三人がホ級に主砲を発射する。

しかしホ級は速度を全く落とさず、激しいカーブを駆使しながらそれらを全て避けていく。

 

「だーもう! 一発くらい当たってヨ!?」

「流石は敵の旗艦……でも、負けませんから!」

 

 徐々にこちらに接近してくるホ級が主砲を構える。狙いは、大破状態でボロボロの潮だ。本来のホ級ならば、何らかのフェイントを織り交ぜて潮を狙っただろう。だが、今のホ級には敵への強い闘争心しか無い。皮肉にも、先ほど曙を陥れた状態に、今度はホ級自身が陥っているのだ。

 そしてそれが、ホ級に決定的な隙を与えた。砲を構える瞬間――ほんの僅かにホ級の速度が落ちたのを、潮を庇い前へと進み出た曙は逃がさなかった。

 

「させるか!」

 

曙がホ級に主砲を発射。結果、ホ級に砲撃が命中。「今!」と朧がそれに続き、曙と漣と共に主砲を連射する。連続砲撃を受け、背後によろめくホ級。《皆今だ!》と通信端末から提督の声が聞こえ、それに答える様に三人は残った魚雷をセット。「行っけぇー!」と言う曙の叫びと共に、全ての魚雷をホ級に発射した。

 魚雷は、全弾命中し、ホ級は断末魔の叫びを上げ大爆発。その後に海底へと没していった。

 

 

 

 

《やったあ!》

 

 モニター越しに、漣の嬉しそうな声が聞こえる。勝利を確認した提督は、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「一時は危なかったが、誰一人轟沈することなく勝利できた……皆よくがんばったな」

 

《えへっ! 言動はふざけてる漣デスが、ちょっと本気は、まぁ凄いでしょ? 初陣にしてほぼ逝きかけましたが、結果オーライって奴でぇ……》

《漣》

 

大破している潮と、それを支える曙に視線を向けながら、朧が漣を窘めた。

 

《あー……ゴメンナサイ》

《…………》

《ん?どしたの、ぼの》

《……何でもない》

《あ、あの……潮の事を気にしてるなら、大丈夫ですよ。皆、無事だったんですから……いいんです》

《敵の心理作戦が一枚上手だった、だから気にしない》

《ホ級に隙を作ったのもぼのなんだし、オーライオーラーイ》

 

 漣のフォローに、曙はバツが悪そうながらも納得した様だった。と……

 

《おーい! 助けてくれー!!》

《おっ?》

 

 声のする方角を見る一同。深海棲艦によって沈められた船の残骸の中から、若者たちが顔を出す。彼らは、船の破壊に巻き込まれ、結果的に追撃を受ける事なく無事生き延びていたのだ。

 その様子を見て、提督は彼らの身勝手に呆れながらも無事を安堵するのだった。

 

「……ゴホン。彼らを救出し、すぐに四人共帰って来るように」

《ホイサッサー》《了解。第七駆逐隊、これより帰還します》

 

画面の向こうの四人が帰路に就くのを見届けた後、提督も彼女たちを迎えるべく司令室を後にした。

 

 

 

 

 夕刻時。潮と漣の傷も【入渠】により癒え、全員が食事の席に集まっていた。

【入渠】と言うのは、艦娘の治癒に効果がある特殊な液体を入れた浴槽で入浴し怪我が酷い場合は、その後に数時間安静にする一連の動作の事である。主に【お風呂】や【お休み】または【修理】と称される。

 艦娘の体は人間のそれよりは頑丈にできており、全身に流血を伴うようなケガも入渠を行う事で数時間~半日程度で治る。特に、まだ錬度も低い駆逐艦娘である彼女達なら、よほどの重傷でも二、三時間あれば完治できるのだ。

 

「カレーktkr!ウマー」

 

 漣が夕食のカレーを一口食べて叫び、スプーンを何かの変身アイテムの様に片手で宙に掲げた。

 

「漣、やめなよ行儀悪い」

「あれ? 大根の方がよかった? ぼーろちゃんってばマニアックにるわにえっ!!?」

「やめなさい」

「……ふぁい」

「あー……まぁ、何だ。漣も言ったが、このカレー本当美味いな! 曙もそう思うだろ?」

「えっ!? ……う、うんそうね。美味しい」

「お、ちゃんと言えるようになったじゃないか」

「ふふっ、有難う」

「何はともあれ、皆今日はお疲れ様! 曙以外は初めての実戦だったが、よく頑張った」

「採点は百点デスね!」

「思いっきりやられてたじゃない」

「でも、何だかんだで勝利出来ました。ねっ、曙ちゃん」

「あ、あたしは……」

「敵の挑発に乗ったのは頂けないが、その後はしっかり潮を守っていたじゃないか。最後のホ級にカウンターを与えたのも、見事だったぞ?」

「…………」

「曙……」

「ごちそうさま」

 

 そう言って曙は席を立ち、食堂から出て行ってしまった。一同はそれをただ見送るしかできない。一度提督が後を追おうとするが、枕崎がそれを制止した。今の彼女には、一人で居る時間が必要だ。

 

 

 

 

 自室に戻った曙は、ベッドに倒れるようにうつ伏せになる。「何なのよもう……!」そう呟き顔を埋めた。

 曙は、激しい自己嫌悪に陥っていた。あれでけ忠告されていたのにロ級に固執してしまった事、そのせいで潮を危険に晒したこと、そして何より……そんな潮や仲間に『ごめんなさい』の一言すら言えなかった自分自身に対して。『……曙ちゃんは無事、ですね……よかった』潮の言葉が曙の脳裏に響き渡る。

 まただ、またやってしまった。それも今度は、自分にとって大切な相手に対して。何度も過ちを繰り返してしまう自身に、彼女は苛立ちを覚えていた。

 彼女が前へと進むためには、もう少し時間が必要だったのだ。

 

 

 

 

              次回予告

 

「お前には、航空母艦【翔鶴】【瑞鶴】らと共に、輸送船の護衛任務にあたってもらう」

 

      「あの子に二人の護衛をやらせる事が何を意味するのか、分かっているの?」

 

「まるであの時と、同じじゃない……」

 

                   「失敗したならまた挑戦すればいいんです」

 

「あたしが苦しんでる横で無傷でいる様な奴が、分かった様な事言うんじゃないわよっ!!    ……あっ」

 

               「どうして……こんな事になってしまったんでしょう」

 

 

 

 

 

 

                           

             次回【泥だらけの少女達】




世界観設定

【鎮守府】

横須賀に存在する大本営を中心として、各地に複数の鎮守府が存在する。
施設は大抵、現在使用されていない古い建物を再利用したものが使われることとなる。

建造や開発を行う所謂【工廠】は大本営にしか存在しせず、各提督が個人で艦娘を増やしたりは出来ない。
艦娘の配属や装備の入手は、大本営から一定の評価を得られなければならず、始めのうちは秘書艦との二人三脚で任務をこなして行く事となる。
着任間もない提督が入れてもらえる艦娘は駆逐艦か軽巡洋艦。
戦艦や航空母艦も不可能ではないが、血の滲む努力が必要だろう。

劇中で漣達が勝手にやって来たのは、当然違反。
彼女は本来初期艦であった立場を利用して、先に曙を代理として送り続けて自分が着任。
そのどさくさに紛れて潮と朧も連れてきたのだった。




人物紹介

【枕崎 美咲(まくらざき みさき)】

提督が来る前から鎮守府を管理していた少女。
見た目は大学生くらいで、黒く艶のある美しいロングヘア―が特徴的。
提督は彼女が、民間人から雇われたと思っていた様だが、本人曰くれっきとしたスタッフらしい。

基本、鎮守府での家事や買い出しは彼女が行ってくれる。
漣達を鎮守府から車で連れてきたのも彼女。


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第三話【泥だらけの少女達】
3-1


 チクタクと、古時計の音だけが鳴り響くある日の鎮守府の夜。皆が寝静まり、殆どの部屋の電気が消されている中、ただ一つ執務室の明かりだけが灯っていた。

部屋の中には二つの影、提督と潮だ。潮が何かを提督に訴えかけているが、その声は聞き取れない。だが、その表情や動きからそれが深刻な内容である事を伺わせた。

やがて、それを聞いていた提督が深くため息を付いてから立ち上がり、何かを呟く。それを聞き届けた潮は、申し訳なさそうに二度ほどお辞儀をしてから司令室を後にした。提督もまた、潮が部屋を出たのを確認した後司令室を消灯し、自室へと向かって行った。

閉まった扉の音が古時計のチクタク音をかき消し、周囲は静寂に包まれた。

 

 

 

 

 提督が鎮守府に着任してから、三つほど月日が過ぎようとしている。最初は負け戦も幾つかあった第七駆逐隊も、練度を上げていく内に勝率も上がり完全勝利する場面も多くなってきた。そんな頑張りもあってか、提督の鎮守府には新たに二人の艦娘が配属されたのだった。

 

「司令官、また襟が曲がっているわよ。全くだらしないったら!」

「あ、あぁ。すまないな、霞」

「ちょっとじっとしてなさい……ほら、あとは鏡で調整しなさいな」

 

 提督の服装を注意しているこの少女が、新たに加わった艦娘の一人、朝潮型十番艦【霞(かすみ)】である。銀色の髪を片側に短くサイドテールにまとめ、サスペンダー付きのプリーツスカートに身を包んだどこか幼さを感じさせる小柄な艦娘だ。

 だが、その外見とは裏腹に言動は規律を重視し、非常に厳しい。

言っている内容は正論ばかりなのだが、その辛辣な物言いは例え相手が提督であろうと容赦をしない。曙とはまた違ったベクトルで、気の強い艦娘だった。

 

「曙、あんたも髪の毛ボサボサじゃない! 朝から揃いも揃ってだらしがない!!」

「わ、分かってるわよぅ……ウザいなぁ」

「何か言ったかしら? 言いたい事があるならハッキリと、目を見て言いなさいな」

「っ……ウザいって言ってるのよ、このクソ駆逐艦!」

「なっ!? 言ったわね、このクズ!」

「何度でも言ってやるわよ、クソ駆逐艦!」

「このクズ!」

「クソ駆逐艦!」

「クズ!」

「クソ駆逐艦!」

「クズ!」

「二人ともいい加減やめないか」

「「痛っ!?」」

 

 言い合いを続ける二人の頭に、軽いチョップが浴びせられる。純白の雪の様に白い肌と、白に近い水色のロングヘアーの少女が二人の間に入るように立っていた。

 背丈は霞と同様かそれ以上に小柄で、涼しげなジト目と前述した髪や肌から全体的に儚げな印象を与える少女。彼女がもう一人の新たな仲間、暁型二番艦【響(ひびき)】だ。

 

「朝から喧嘩はするものじゃない、司令官も困っているだろう?」

「はは……有難うな、響」

「нет проблем(もんだいないよ)。この位、どうと言う事は無いさ」

 

 提督の感謝の言葉に、無表情ながらサムズアップで返す響。その幼げな外見に反して、やや大人びたクールな返事を返した。時々言葉に、異国の言葉が混ざる事があるが、これは駆逐艦だった時代に戦後の賠償艦として某国に引き渡された影響で、時々言葉にその国の言語が現れるのだ。

 

「……むぅ」

 

 響の指摘にバツが悪そうにする霞。対して曙は、ふんっと言ってそっぽを向いていた。

 ……提督の艦隊に新たに着任したこの二人は、決して適当に選ばれた訳ではない。

彼女達は駆逐艦だった頃、ほんの僅かながら第七駆逐隊に在籍していた事のある艦娘なのだ。尤もそれは栄誉ある転身などではなく、敗戦濃厚な戦争末期に生き残っていた駆逐艦の、寄せ集めの艦隊と言えるものであった。

 新たに艦娘を迎え入れられるとなった提督は、第七駆逐隊に縁のある彼女らの配属を希望した。だが正直、二人にとってはあまり良い記憶は無いであろうこのメンバー構成に後ろめたさもあったのだ。

 

幸いなことに、彼女達は特に気にはしていない様子で、すぐに打ち解けていった。特に、僅かながらとはいえ共に在った潮とは気が合うようで、よくお喋りをしていた。その後もトラブルは起きず――霞は曙としょっちゅう喧嘩をしていたが――今日に至ると言う訳だった。

 

「そう言えば、潮達はどこに行ったんだ?」

 

 提督のその問いに、曙が「……先に皆食堂に言ってる」とぶっきら棒に答えた。

 

「そうか、じゃあ俺たちも行くか。ちょっと今日は、食事の後に大事な話がある」

「大事な話?」

「ああ」

 

そう言って提督は三人を連れて食堂へ、そのまま朝食を食べに向かった。

 

 

 

 

第三話【泥だらけの少女達】

 

軽巡級深海棲艦

 

  ト級 他

 

  登場

 

 

 

 

「はあああああっ!!!?」

 

 朝食の終わった鎮守府内に、曙の叫び声が木霊した。外までその衝撃波が伝わっているのか、木々が揺れ葉が何枚も舞い落ち、止まっていた鳥が「ピィ!?」と叫んで遠くに飛んでいく。立てかけてあった自転車――恐らく、近距離外出用の――が、カタンと音を立てて転倒した。 

 

「いきなり大声を出すな! びっくりするだろう」

「出したくもなるわよ、このクソ提督! あんた今なんて言ったの!?」

「だから、お前と潮の二人には、大本営直轄の【主力艦隊】との合同作戦に参加してもらうと」

「何で!? あたし達まだ着任して数か月しか経ってないのよ? 主力艦隊からお呼びがかかるなんて……」

 

 曙の驚きは尤もだった。主力艦隊とは、各鎮守府を束ねる総本部である大本営が擁する最高位にして最強の艦娘部隊の事である。そんな艦隊との共同作戦を着任数ヶ月目の鎮守府が、ましてや駆逐艦娘が行うというのだ。漣や朧、響もその話にざわついていた。

 

「まぁ落ち着け」

 

捲し立てる曙を宥め、提督が言葉を続けた。話はこうだ。現在大本営では、遠方攻略のための前線基地をとある場所にて建設中で、その場所へと資材を輸送船により運搬する事となった。今回の作戦はその輸送船の護衛で、本来なら主力艦隊所属の駆逐艦娘が作戦に加わる筈だったのだが、直前で彼女達は別の作戦に向かわなければならなくなってしまった。そこで、急遽各鎮守府より代理の駆逐艦娘を募集する事となったのである。

 

「つまり、主力艦隊駆逐艦の代理って事? だからって、あたしが行く必要無いじゃない。戦果なら朧や霞の方が上げてるし!」

「いや、今回はお前と潮に是非とも参加してほしいんだ」

「何で――」

「お前には、航空母艦【翔鶴】【瑞鶴】らと共に、輸送船の護衛任務にあたってもらう」

「――っ」

 

 航空母艦【翔鶴】【瑞鶴】。その名を聞いた途端、曙の表情が険しくなる。それは絶望とも不安とも取れる、そんな表情だった。

 そんな曙の様子を、隣で潮が不安げに見つめていた。

 

「曙。俺は今回の作戦、お前にとっては【チャンス】だと思うんだ。だから――」

「……嫌」

「なあ曙。それじゃあお前は前に進めない」

「チャンスとか言って、あたしの醜態を見たいだけなんでしょ!?」

「何でそうなるんだ。俺はただ――」

「っ……このクソ提督!!」

「おい、曙!」

 

 ありったけの嫌悪を込めてそう言い放ち、曙は司令室から飛び出してしまった。

 

「曙ちゃん! ……提督。潮、曙ちゃんを見てきます」

「……すまない潮、頼んだ」

 

 潮が提督に一礼して曙の後を追う。それを見届け、提督はふう、とため息をついた後に残りのメンバーへと向き直った。

 

「曙と潮に関しては以上だ。残りの皆はいつも通り、三十分後から訓練の後近海の警備に当たる。解散!」

 

 提督の合図と共に、一同は各自散り散りとなる。そんな中、霞が「司令官、ちょっといいかしら」と提督を呼び止めた。

 

「……どうした?」

「さっき曙に言ったこと、一応確認させてもらうわ。航空母艦翔鶴と瑞鶴。あの子にその二人の護衛をやらせる事がどういう事なのか、分かっているの?」

 

 ややきつめの口調で霞が問う。その言葉には心なしか、僅かな非難が混じっている様だった。提督はその言葉に対し「ああ。分かっている」と、努めて冷静に答えた。

 

「……そう。ならこれ以上は言わないわ。でも、何かあった時はしっかり責任を取りなさいな」

 

 そう言うと霞はクルリと後ろを向き、自室の方へと去って行った。

 

 

 

 

 枕崎の運転する車で合流地点へと向かう途中、曙は古い記憶を思い出していた。古い、彼女がまだ駆逐艦曙としての姿であった時の、ある海戦での記憶。彼女は今隣に居る潮と、二羽の【鶴】を護衛する任務を帯びていた。交戦が始まり敵機が次々と来襲する中、潮と一羽の鶴は近くで発生したスコールに身を隠して難を逃れた。だが曙ともう一羽の鶴は――。

 

「……ちゃん、曙ちゃん」

 

 隣の座席に座っていた潮の声で現実世界に曙は舞い戻ってくる。疲れている訳ではなかったが、どうやらぼうっとしていた様だ。朝の一件の後、潮に説得され結局任務を引き受けた曙だったがその心は穏やかではなかった。これから会いに行く艦娘――古い記憶にある、二羽の鶴が転生した二人の艦娘の事を思うに、記憶が蘇ってきたのだ。彼女としては、あまり思い出したく無い記憶が。心配そうに覗き込んでくる相方に「大丈夫だから」とだけ一声かける。

 

「昔の事でも思い出してた?」

 

 ふいに、枕崎が曙にそう問いかける。図星を付かれたのか、曙は「えっ」と小さな声を上げて驚いた。

 

「やっぱりね。私、色んな子を見てきたから何となく分かるのよ。過去の記憶、それも嫌な事を思い出している艦娘は皆【そんな顔】をする」

 

 枕崎に心の中を見透かされたようで、曙はバツが悪そうに横を向いた。

 

「……駆逐艦曙。あなたが昔、瑞鶴と翔鶴の二人と何があったのかは聞いているわ。提督も、それは承知している。あなたにとって、それは辛い記憶だと思う。けれど、それは乗り越えないといけないものよ。でないと……あなたはこの先もずっと、その心の影に苦しみながら生きる事になる」

「……別に、あたしは苦しんでなんか」

「本当にそう? あなたが周りと距離を置き、近づく相手に噛みつくのは、本当にそれは無関係?」

「それは……」

 

 曙が、枕崎の言葉に声を詰まらせる。彼女自身、何か思う所があるのか「そうです」と即答できないでいたのだ。それを察してか、枕崎は更に言葉を続けた。

 

「提督はチャンスって言ってたけれど、私も同感ね。瑞鶴、翔鶴は共に大本営鎮守府が誇る主力艦隊。本来なら新米鎮守府の艦娘が近づく事なんて出来ない相手よ。こうやって機会が巡ってきたのも、何か意味があることだって私は思うな」

「曙ちゃん、大丈夫です。潮もついていますから……」

「…………」

「……さて、お姉さんのお喋りはここまでね。着いたわよ二人とも」

 

 枕崎が車を右折させ、軍港の様な場所へと入って行く。やがて行く手に、巨大な貨物船が見えてきた。駐車スペースまで進んだ後、車は停車。曙と潮の二人は、後部座席から外に出る。

 

「じゃあね二人とも」

「はい、枕崎さん。ここまでお見送り、有難うございました」

「どういたしまして! 曙も、頑張ってきなさい」

「…………」

「ほーら、返事は?」

「……はい」

「……まあ、次第点だけど、いいわ。それじゃ、頑張ってきなさい」

 

 そう告げて枕崎は、車を走らせて彼女達の元から去っていった。後に残された曙と潮は、しばらく呆然と立ち尽くす。

 

「曙ちゃん」

「……何?」

「今回は、【あの時】とは違います」

「そうかな」

「はい。ですから今ならきっと、翔鶴さんとも――」

「え?」

「あっ! な、何でありません。

それよりほら、あそこに見えるのが今回護衛対象の貨物船です。行きましょう!」

「ちょ、ちょっと潮!? 行くから、引っ張らないで!」

 

 無理矢理話を終わらせて、潮は強引に曙の手を引っ張りながら貨物船へと向かって行った。



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3-2

 貨物船の近くまでやって来て、二人は改めてその船を見据えた。真新しい船体の殆どに錆や傷が無く、年季の入った船特有の貫録を感じさせない。恐らくこの船は、今回の作戦のために新しく新造されたものなのだろう。

 

「曙ちゃん、曙ちゃん! 見て下さいこの子、ピカピカですよ」

「今回の作戦用に新造されたんじゃないの」

「ふふっ、随分若い子ですよね」

「潮……あんた婆臭い」

「ひ、酷いです! そんな事言わないで下さいよう」

「はあ……随分テンション高いわねあんた」

「それはもう! 曙ちゃんと二人での作戦ですから。主力艦隊との共同作戦でもありますし」

「共同作戦ね……深海棲艦が制海権を奪ってる今、何でわざわざ船を出すのかな。こんなのあいつ等からすれば格好の的じゃない」

「それは……基地を造るって言っていたから、建築資材を一杯積んでいるんですよきっと。さすがに大きな部品とかは、艦娘だけじゃ運べませんから」

「それは分かってるけどさ、危険を冒してまで基地を造る必要あるのかな」

「うーん……主力艦隊の皆さんのやっている事は、難しいです」

「あたし達が知る由も無いか」

「それも行ってみれば、もしかしたら分かるかも知れませんよ? 早く行きましょう」

 

 二人でそんな話をしながら船の搭乗口まで辿り着くと、紺色の作業着を着た一人の青年が二人に気付き、迎える様に近づいてきた。黒い短髪で、年齢は提督より少し上の20代後半に思える。体格は提督と比べれば流石に見劣りする……否、それを差し引いてもひょろりとした感じの青年だ。にへらとした眼差しも相まって良く言えば優し気な、悪く言えば頼りない印象の男だった。

 

「ようこそ貨物船【小用丸】へ! 私は【中町】。お二人の案内を任されています。貴方たちが代理で派遣された駆逐艦の艦娘ですね?」

「はい、特型駆逐艦潮及び曙、可香谷提督の鎮守府より参りました」

「曙ちゃんと潮ちゃんですね、宜しく。主力艦隊の方々は、既に中で待機しています。私についてきて下さい」

「はい、宜しくお願いします」

 

 中町と名乗った船員に案内される形で、二人は貨物船の内部へと入って行った。

 

 

 

 

「いやー、いきなり上から『船に乗れ』って言われた時はどうしようと思いましたが、艦娘さんを護衛に付けてくれるとなると安心ですよ!」

 

 中町に先導されながら、貨物船小用丸の内部を進む曙と潮。船の中は結構声が響くもので、中町の身の上話が薄暗い船内にこだましていた。

 

「はい、私達で必ずお守りします。ね、曙ちゃん」

「…………」

「ふふ、頼もしいですね。それに、主力艦隊のお二人もいる訳ですから、安心して航海が出来ます。妻と娘を残して、人生を終える訳にはいきませんからね」

「娘さんがいるのですか?」

「はい、この子です」

 

 中町がポケットから携帯を出す。その画面には幼い女の子の写真が表示されていた。

 

「わぁ、可愛い娘さんです。ね、曙ちゃん」

「…………」

「あはは、有難うございます。こんな冴えない男には、勿体ない娘ですよ」

「そんな事無いですよ、中町さんも素敵です。ね、曙ちゃん」

「…………」

「もう! ちゃんと聞いて――」

「潮」

「えっ?」

「あたし、今そんな気分じゃ無いから」

「……ごめんなさい」

 

 ピシ、と周囲の空気が張り詰める感じがした。潮の相槌を曙が冷たく制止したのだ。それにより、潮の勢いも完全に無くなってしまう。

 今の曙には、そんな潮の言葉は全く耳に入って居なかった。今の曙には、目の前の会話よりも気がかりな事があるのだ。

 

「さあ、着きましたよ。この部屋です」

 

 中町はそう言って、目の前の扉を開け部屋へと入っていった。部屋の中には、彼の同僚と思しき船員たちが集まっている。

 そしてその中に、曙の悩みの種でもある二人の艦娘の姿もあった。濃い栗毛色の髪をツインテールでまとめた艦娘と、白に近い銀髪のロングヘアーに赤い鉢巻を髪の上から巻いた艦娘。共に曙達より大人びた、女子高生か女子大生くらいの容姿で、弓道着の様な服を着ている。

 彼女達が、かの大戦で第五航空戦隊として名をはせた航空母艦、その転生した艦娘【翔鶴】と【瑞鶴】である。彼女達二人――特に翔鶴は、曙にとって浅からぬ因縁を持っている艦娘だったのだ。

 

 

 

 

 彼の戦争で勃発した海戦にて、駆逐艦曙は僚艦潮と共に第五航空戦隊の護衛に付いていた。曙が担当していたのは、翔鶴型一番艦の翔鶴……彼女にとってはまさに晴れ舞台であっただろう。

 だが、結果は惨敗。守るべき空母翔鶴は、轟沈と見紛う程に大破炎上。彼女の航空隊も大半が全滅し、作戦そのものの続行すら不可能と言う事態を招いてしまった。

 悪い事態は更に続いた。翔鶴大破の責任は、何もかもが曙に押し付けられたのである。敵に見つかった事も、航空戦力が減少した事も、翔鶴が大破した事も。それどころか、別の場所の空母が沈んだ事や、作戦続行不可になった事、剰え天候が悪化した事すら――その総てを『オマエガワルイ』と、軍の上層部は彼女に言ったのだ。そして、この出来事は曙の心に深く大きな影を残す事となった。

 

 

 

 

「お二人とも、お久しぶりです」

 

 先に声かけたのは潮だった。戸惑う曙をリードする様に、二人の前に歩み出る。それに対し、先ずは瑞鶴が歩み寄った。

 

「久しぶりね、潮。艦娘としては『初めまして』って言うのかな」

「久しぶりでいいですよ。こうして作戦を共に出来て、潮は嬉しいです」

「そっか……とにかく、宜しくね。それに曙も――」

 

 瑞鶴が、曙の方へと視線を向けた。曙は、チラリと二人を見た後に伏し目がちに視線をそらす。二人を直視できない。合わせる顔が無いから、何より、あの日を思い出すから。「曙ちゃん」と、そんな曙を察してなのか言葉に詰まる瑞鶴の横から翔鶴が曙の元へと歩み寄り、その手を彼女へと差し伸べる。が……

 

「っ!」

 

 その手が翔鶴の手を握り返す事は無かった。パン。と、翔鶴の手は曙によって払いのけられたのだ。曙が何を思ってそうしたのかは分からない。確かな事は、それは【拒絶】であったと言う事である。悲しみとも怒りとも取れる表情で、曙は翔鶴を睨み返していた。

 

「翔鶴姉!? 曙、あんた何すんのよ!!」

「瑞鶴、いいのよ」

「でも! 翔鶴姉……」

「……御免なさいね、曙ちゃん」

 

 翔鶴は少し寂しそうな顔でそう答えた。曙は、そんな翔鶴の顔を見ようともせず、ただ俯いていた。そんな様子を、潮は残念そうに見た後に瑞鶴と翔鶴にぺこりと頭を下げたのだった。騒ぎに気付いたのか、船員達が「何事か」「仲間割れか?」「大丈夫なのか」とざわつき始める。翔鶴は冷静に、それらを「大丈夫です」と落ち着かせた。

 

 

 

 

気まずい空気が続く中、頃合いを見計らい翔鶴がコホンと咳ばらいをし、全員に注目を促した。

 

「貨物船小用丸クルーの皆さん、本作戦への参加、感謝いたします。これより、作戦概要を説明いたします……私たちは出撃の傍ら、これまで世界各国と連携し、深海棲艦の出現位置や艦隊の規模を調査してきました。その結果、敵の強力な艦隊は【太平洋】を中心に展開されている事、更にその艦隊群の出現位置を地図上に示した結果――」

 

 翔鶴がホワイトボードに張られた太平洋の地図に予め記された点を線で結んでいく。やがてそれは歪な四角形を形成し、その中心には小さな島々があった。

 

「ここ、【ハワイ諸島】の近辺が、最も強力な艦隊が点在しているという結果が出ました。以上の事から、恐らくはここが深海棲艦の【巣】の様な場所になっていると思われます」

 

 翔鶴の説明に船員たちが騒めいた。所々で「ハワイが?」「島の人々は無事なのか?」「敵の本拠地なら恐らくは……」と、不穏な会話が聞こえてくる。翔鶴は構わず、凛とした声で話を続けた。

 

「我々は、ここを最終攻撃目標と定め、太平洋方面への侵攻作戦を進めていこうと思っています。しかし、広大な太平洋を日本から直接攻め入っても、途中で燃料切れを起こしたり、敵艦隊に全滅させられる危険が大きいでしょう。そこで――」

 

 再び翔鶴がホワイトボードの地図にペンを走らせる。そのペン先は、ハワイ諸島から西側の、小さな島へと向けられた。

 

「先の第二部隊による制圧が完了したピーコック島の北方15km当たりの地点にあるこの無人島【シンナ島】を進行の際の中継拠点とし、ここに大規模な基地を建設する計画が立案されました。本作戦は、この無人島への建築資材の運搬を行うと言うものです。道中、恐らく深海棲艦の襲撃に遭うことが予測されます。危険な航海になるでしょう。ですが、私たち艦娘が必ず皆さんをお守りします。共に勝利への第一歩を進みましょう!」

 

 翔鶴の勇ましい説明に、先程まで不安を見せていた船員たちは一致団結し、彼女の言葉に「おーっ!」と腕を上げて答えていた。彼らの多くは、自ら志願してこの作戦に参加した者たちである。危険は承知なのだ。

 

 

 

 

 小用丸が波間をかき分けながら雄大に太平洋を進んでいく。作戦説明の後、船員たちはそれぞれが散り散りになっていた。ある者は何やら海図を見たり、ある者は仲間と談笑したり……そんな中、曙は潮とも離れて狭い船内を当てもなく歩き回っていた。初っ端から五抗戦の二人と険悪なムードを作り上げ騒ぎを起こした手前、皆と一緒に居るのが気まずくなったのだった。

 ふと、前方の壁に見知った人間がもたれ掛かっているのを発見する。曙がここに来た時に船内を案内してくれた人間に――中町もこちらに気付き、曙に声をかけた。

 

「おや、曙ちゃんじゃないですか。潮ちゃんはどうしたんです?」

「……五抗戦の艦娘の所に居ます」

「そうですか。色々と語る事もあるのでしょうね」

「まぁ、その……あの、さっきは騒ぎを起こして、すいませんでした」

 

 付け加える様に曙は、先程の行為を謝罪した。いかに人間嫌いな彼女でも、謝罪すべき事はしたい、それはまた話が別だった。

 それを聴き、中町は「あぁ」と何の事かと思い出し、優しく曙に語り掛ける。

 

「さっきの事ですか? 私は全く気にしていませんよ。確かに、少し驚きましたけれどね……私は、船の歴史の事はあまり詳しくはありません。だから曙ちゃんが、翔鶴さん達と何があったのかは分かりませんが……曙ちゃんは、彼女たちの事をどう思っているのですか?」

「え?」

 

 中町に指摘され、曙は考える。自分は、翔鶴と瑞鶴の事をどう思っているのか? 嫌いなのか? 違う、そんな事はない。ならば再会できた事が嬉しかった……?

 

「……分からないんです。ただ……あの人達を見ると、嫌な事を思い出してしまうって言うか」

 

 そう、曙は今現在表現できる精一杯の答えを出した。

 

「なら、きっと大丈夫ですよ」

「大丈夫……?」

「曙ちゃんは少なくとも、翔鶴さんや瑞鶴さんが嫌いな訳じゃない。別の要因が再開の喜びを邪魔している。なら、いつかその要因が取り除かれた時……自分の気持ちに素直になれる様になると、私は思います」

「いつか……そんな時が来るのかな」

「来ますよ、きっと」

 

 優しい声で中町がそう答えた。曙も恐らく、心の奥底ではそれを望んでいるのだろう。あの海戦で味わった苦しみを乗り越え、いつかまた翔鶴達と共に戦い――今度こそ護り抜くと言う事を。中町の言葉を聴き、彼女の心の陰りが、少し和らいだ気がした。

 と、中町が徐にポケットから携帯を取り出し、電源を入れた。

 

「……そうだ。曙ちゃんも家の娘の写真、見て貰えませんか?」

「え? いや、あたしは」

「少し見るだけで構いませんから」

 

 中町が携帯の画面を曙に見せる。珠の様に可愛らしい、小さな女の子の姿がそこにあった。頑なな曙も、思わず目を輝かせた。

 

「……可愛い子だと、思います」

「どうも有難う……今週末は娘の5歳の誕生日なんですよ。ですから、今回の仕事が終わったらパーティーをやりたいんです。プレゼントも渡して……だから、この作戦は必ず成功させて無事に帰るつもりです。家で待っている家族の為に」

「中町さん……」

 

 中町の決意の言葉を聴いた曙は、己を恥じた。彼は……恐らくはこの船に乗っている船員達は、自分達艦娘を信じている、期待しているのだ。それを自分は、個人的な感情により不安な空気を作ってしまった。

 曙は人間に対し嫌悪感を抱いているが、それは彼女と対峙した人間達が、彼女を受け入れなかったからでもある。自分を信じてくれている人間を切り捨てる程、曙はドライにはならなかった。

 

「曙ちゃん。貴方達の力で、私達を護って下さいね」

「……はい!」

 

 この作戦は、必ず成功させよう。曙はそう心に決めた。彼と、彼の帰りを待っている家族の為に。

 

 

 

 

 太平洋を進む小用丸、その前方に大型の物体――否、怪物が近づいてくる。

中途半端に人の様な姿をしたその怪物は、小用丸を発見すると大きな咆哮を上げ、それに反応して無数の艦影が姿を現した。



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3-3

 船内に突如警報が鳴り響く。緊急事態を告げる合図だ。事態を把握したのか、曙と中町が顔を見合わす。

 

「……どうやら、敵襲の様ですね。曙ちゃん、頼みましたよ」

「……はい!」

 

 中町にこくりと頷き、曙は甲板側へと通路を走っていった。

 

 

 

 

 甲板では、瑞鶴と翔鶴が通信端末に向けて何かを話している。恐らくは、彼女たちの提督に対して敵艦隊見ゆの報告及び開戦の申請を行っているのだろう。潮も、彼女たちの横でそれを聞いていた。通信が終わるとほぼ同時に、曙が甲板に到着した。

 

「来たわね、曙。敵はもう目視できるわよ」

 

 瑞鶴がそう言いながら船の前方を指さす。敵は水雷戦隊の様で、駆逐級が複数存在している。さらにその奥、大柄な獣の体躯に人間の腕が生えたような不気味な怪物が鎮座していた。

 

「あれは……」

「あっ、曙ちゃん、今調べます。えぇっと……あれ、どこに」

 

 曙の声に対し、潮は通信端末を操作し始める。やがてパネルに【アーカイブドキュメント】と表示され、深海棲艦の一覧が映し出された。それを指でボタンを押しながら該当する深海棲艦を探すが、中々見つからない。

 

「――【軽巡ト級】。上位の軽巡級深海棲艦よ」

「あっ……はい。そうです、ト級です」

 

 データ検索に戸惑っている潮の言葉に、瑞鶴が素早くフォローを入れる。同時に、そのままト級の周囲を見渡し、駆逐級達を観察した。「瑞鶴、あの駆逐級達、【後期型】みたいね」と、瑞鶴の様子から察したのか、翔鶴が言葉を続けた。

 

「うん、でも苦戦する相手でもないね、翔鶴姉」

「油断は禁物。全力で行くわよ」

「了解!」

 

 二、三会話を交わした二人は臨戦態勢に入ろうとする。と、翔鶴がぎこちなく固まっていた曙の方に向直り、真剣な面持ちで語り掛けた。

 

「曙ちゃん」

「っ! ……はい」

「敵は出来るだけ、私と瑞鶴で引き受けます。貴方達二人は撃ち漏らした相手を迎撃し、小用丸を守ってほしいの……やれるわね?」

「…………」

 

 翔鶴の問いかけに、曙は一瞬硬直する。自分を頼りにしている翔鶴の言葉が嬉しくない訳ではない。過去の苦い経験がフラッシュバックしているのだ。

 そのまま黙り込もうとする曙だったが、先の中町の言葉を思い出す。そうだ、こんな事ではいけない。

 

「……やれます!」

「いい返事ね。それでは、任せました」

 

 曙の強い返事を聞き、翔鶴は満足げにほほ笑んだのち、瑞鶴と共に甲板の前方へと歩いて行く。やがて、船の先端まで来ると右手を天へと掲げる。

すると電脳的なエフェクトと共に平たく細長い艤装が出現。空母の飛行甲板の様なそれは回転しながら二人の肩へと収まるとその腕に固定される。

続けて腕、足に出現した艤装が装着され、背中に筒の様なものが出現。その中には矢尻の形が艦載機になっている特殊な矢が装填されていた。筒から紐が伸び、彼女達の体に固定される。

最後に、二人の目の前に弓が出現。それを力強く握りしめた。

 

「五航戦、翔鶴出撃します!」

「五航戦、瑞鶴出撃よ!」

 

 名乗りと同時に宙へと跳躍、そのまま小用丸前方の海面へと着水する。その様はまるで、雪原に降り立つ二羽の鶴の様で、曙と潮は唯々見惚れていた。

 

「第一次攻撃隊、発艦始め!」

 

 瑞鶴の合図と共に二人が矢を引き絞り、放つ。空へと放たれた矢は炎に包まれ、やがて炎は分裂し、攻撃機、爆撃機へと姿を変えて空を舞う。やがてそれらは、小用丸へと進軍せんとする深海棲艦の群れへと向かって行く。まずは白いマフラーをしたショートヘアーに帽子を被った妖精の駆る攻撃機【天山】がイ級の群れに突っ込み航空雷撃をお見舞いする。雷撃は命中し、一発で複数のイ級達が撃沈された。

 

「~~♪」

 

 天山妖精はそれを見て満足したのか、どこからかラーメンの入った鉢を取り出し、そのまま啜り始める。が、敵はイ級だけではない。余裕をかましている天山妖精を下からハ級が狙う。何とハ級は、海面から上空の天山目掛けて大ジャンプ。天山妖精がそれに気づいた時には、その牙が天山を呑み込まんとする。口からラーメンを溢しながら急上昇を試みる天山、だが間に合わない。

 

「!!」

 

 あわやと思われたその時、ハ級の体が突如爆発し、そのまま海面に落下する。何事かと天山妖精が周囲を見渡すと、前方に艦載機。天山妖精と同じ帽子を被り、軍配を手にしたポニーテールの妖精の駆る爆撃機【彗星】である。空中で交差する天山と彗星。すれ違いざまに二人(?)は敬礼のポーズで挨拶を交わした。

 

「……!」

 

 二機の艦載機が交差した奥から、別の天山が飛んでくる。前方に居るのは、駆逐ニ級。ニ級は天山を確認すると、咆哮を上げた後に尾ひれを海面に突き立て、そこから機銃を展開する。天山に向かい発射される機銃。だが天山はそれを華麗に旋回しながら回避する。旋回する天山を追う様に機銃が火を噴くが、当たらない。機銃を全て避け切った天山は、悔しげに咆哮を上げるニ級へと急降下。そのまま雷撃をお見舞いし、ニ級を撃沈した。

 

「Σd(・<)」

 

 撃沈の様子を見届けて立ち去る天山に交差する様に、今度は彗星が現れる。そのまま彗星は、駆逐級が集まっている地点へと急降下していく。暫くのちにあがる爆発。

 

 

 

 

「……すごい」

 

 艦載機たちによって次々と数を減らしていく様子を、曙は感嘆の思いで見ていた。

 

「見たか!これが五航戦の力よ……ほら、あんた達の方にも少し行ったわよ」

「え?」

 

 瑞鶴の言う通り、二隻の駆逐級が曙達の方へと迫っていた。

 

「あんた達でも倒せると思うから、やってみなさいよ」

「曙ちゃん、潮ちゃん、撃ち漏らした相手は頼むわね」

「わ……分かりました!」

「はい。潮、参ります!」

 

 迫る駆逐級……イ級とロ級の後期型がそれぞれ潮と曙に迫る。

 

「潮、あんたはイ級をお願い。ロ級はあたしが!」

「はい!」

 

 合図と共に曙はロ級へと向かって行く水平移動しながら砲を構え、ロ級へと発射。側面に全弾命中しロ級が悲鳴を上げる。

 

「よし!」

 

 着弾を確認した曙はそのまま追撃を行おうとするが――

「っと!」と、先々の戦いから学んだか深追いはせずに立ち止まる。案の定ロ級が咆哮し、砲撃の体制を取る。砲撃開始、だがどういうわけか、ロ級の放った砲は静止した曙ではなく、その前方に着弾した。巨大な水柱を前に曙は敵の意図が理解できない。

「何? 一体どこを狙って――」そう曙が言おうとした矢先、水柱が収まった目の前にはロ級の顔があった。曙はそこで漸く、敵の行動の意味を理解した。

 

「目くらまし!?」

 

 ロ級の巨大な口が曙を覆い隠し、そのままかみ砕く。

 だが曙はそれを、両手と片足を使ってギリギリ耐えた。ぐぐぐ……と、必死でロ級の噛みつきを阻止しようとする曙だが、ロ級の力は強い。

 

「こんの……!」

「曙ちゃん!?今助けに……きゃあっ!?」

 

 潮が加勢に入ろうとするが、イ級がそれを許さない。砲撃を連続で当て、潮はそれの対処で精いっぱいの状態となってしまう。絶体絶命!

 だが次の瞬間、ロ級は横からの衝撃により大きく体をよろめかせた。すぐに曙は脱出し、後方へバックジャンプをした後に砲撃、ロ級は撃沈された。「今のは……」曙があたりを見渡す。ロ級への攻撃を終えた彗星妖精が、去り際にサムズアップをした。「油断大敵よ!」彗星を発艦させた瑞鶴が遠くから叫ぶ。

 

「あ……」

「瑞鶴さん、有難うございます」

 

 イ級を撃沈し終わった潮が瑞鶴に礼を言った。

 

「うんうん、潮はいい子ね! あんたも少しは見習いなさいよ」

「……その、あ、あり……」

 

 曙は、頑張って瑞鶴にありがとうを言おうとした。だが言えなかった。在りし日の黒い記憶が、彼女達二人に心を開く事を拒絶しているのだ。

 そんな空気の中、ふいにト級が咆哮を上げる。耳を劈くほどの大咆哮は、遥か遠方まで轟くほどの音量だ。「な……何!?」と瑞鶴が耳を塞ぐ横で、翔鶴は何かを察知したのか、目を閉じて意識を集中させる。

 

 

 

 

 彼女たちのいる場所から離れた海域、第一次発艦で出撃していた偵察機【彩雲】に乗る妖精と翔鶴の視覚が共有される。彩雲の前方、ト級の咆哮を聞きつけ、こちらに向かわんとする駆逐級や軽巡級達の姿があった。

 

「瑞鶴、東の方角10kmの地点に増援部隊よ」

「翔鶴姉……分かった!」

 

 翔鶴の言葉から状況を理解した瑞鶴は、背中の筒から矢を数本取り出し、第二次攻撃へと移った。

 

「アウトレンジで、決めたいよね!」

 

 瑞鶴の掛け声と共に発射され、矢は途中で彗星の姿へと変化する。そのまま翔鶴が発見した増援部隊の元まで一気に向かい、上空から爆撃を開始した。後を追う様に到着した翔鶴の天山部隊が、それに連携して攻撃を行う。増援の深海棲艦達は、瞬く間に全滅した。

 

 

 

 

 彩雲妖精の瞳越しにその様子を確認し終えた翔鶴は、目を開けた。

 

「……敵増援部隊全滅を確認。上出来ね」

「よしっ!」

 

 翔鶴の言葉にガッツポーズを取る瑞鶴。敵艦も残すは、旗艦である軽巡ト級のみとなった。随伴艦も、頼みの増援部隊も全滅され口惜し気な唸り声をト級があげる。

 

「残すはあんただけよ、観念……」

「あの……待って!」

「? 何よ、曙」

「その……あいつはあたしに……あたしと潮に、やらせて下さい!」

 

 戦闘を行っていく内に、当時の共に戦った感覚が蘇って来たのか、或いは、提督の言葉を借りるなら【チャンス】を掴みたかったのか、曙は、精いっぱいの勇気を持って意見具申した。瑞鶴と翔鶴は、その決意の言葉を聞いて満足したのか、曙に微笑みかけた。

 

「……いいわ、思いっきりやっちゃいなさい」

「後方から私と瑞鶴で援護するわ。一緒に勝利を掴みましょう」

「……はい! 潮、準備いい?行くわよ」

「潮は初めから、いつでも準備が出来ていましたよ」

 

 漸く曙が自信を取り戻しつつあるのを見て、潮は嬉しかった。彼女はこのために、曙をここまで連れてきたのだから。

 

 

 

 

「――両舷、前進、最大戦速!」

 

 曙の合図と共に、彼女と潮はト級に向けて駆け出す。ト級も自分に向かってくる相手を認識したのか、受けて立つと言わんばかりに咆哮し、砲撃を開始した。砲撃による水柱をジグザグに移動しながら避ける曙と潮。回避運動を行いながらト級に砲撃する。が、移動しながらの砲撃はト級に中々当たらず、両者は目と鼻の距離にまで肉薄した。

 

「こうなれば接近戦よ!」

 

ト級が巨大な腕を、相手を引き裂く様に振り下ろす。曙は背を低くしてそれを回避、カウンターで至近距離からの砲撃をお見舞いする。砲撃命中。「続きます!」と、怯んだト級にすかさず潮が追撃を行おうとする。が、突如としてト級の体が激しく光りだす。あまりの眩しさに思わず目を塞ぐ潮。

 

「きゃあっ!?」

「な……何の光!?」

 

 薄っすらと目を開ける曙。光の正体が、ト級の装備していた【探照灯】である事に気づいた時には既に遅くト級は剛腕で潮の体を締め上げていた。

 

「あぐ……!」

「潮! この……潮を離せ!!」

 

 至近距離からト級を攻撃する曙。だが、ト級は一度掴んだ潮をそう簡単に離そうとしない。潮の体が徐々に締め上げられていき、潮が苦悶の声を上げる。

 が、間もなくして爆発音と共に潮はト級の腕より解放された。ト級の腕から煙が上がり、何事かと曙が周囲を見やると、遠ざかっていく天山の姿が。

 

「翔鶴さん!」

「援護するって言ったでしょう?」

「……有難うございます。潮、まだ行ける?」

「けほっ……ま、まだ航行できます!」

「よし……一気にやるわよ」

「はい!」

 

 ト級が態勢を立て直す前に、曙と潮は二人がかりでト級の巨体を腹部から持ち上げる。そして、そのまま後ろ側に投げ飛ばした。数メートルほど先へと投げられ、海面に衝突するト級。曙と潮が頷き合い、ト級に向けて膝を折り曲げる。すると魚雷発射管が下を向き、魚雷が全弾発射される。

 

「止めよ! 行っけぇーっ!!」

 

 起き上がろうとするト級に向けて、曙と潮が放った魚雷が向かっていき、命中。ト級は断末魔の方向を上げ、大爆発の末に撃沈していった。

 

 

 

 

「やったあ!」

 

 ト級を最後に、敵艦隊が全滅したのを確認して曙が小さくガッツポーズを取る。天山や彗星達も、それぞれ瑞鶴翔鶴の元へと戻っていった。

 ……在りし日の海戦にて翔鶴を守り切れなかった事は、彼女が艦娘となった際にその心を構成する上で暗い影を落とす事となる。心を持った事により、曙は彼女を直視できなくなってしまったのだ。その翔鶴と、あの時共に在った潮や瑞鶴と一緒に戦い、そして勝利した。その事は彼女の心に、大きな自信となって響いたのだった。

 「曙ちゃん」と、翔鶴が曙に近づき、手を差し伸べながら微笑みかける。

 

「貴方達が頑張ってくれたお陰で、小用丸も無傷で戦闘を終える事が出来ました……先程の戦い、見事だったわ」

 

 翔鶴の言葉通り、小用丸は依然悠々と進んでいる。見れば、クルーたちが船の上から曙達に向けて手を振っているのが見えた。勝利を実感しながら、曙は翔鶴の方へと向き直る。自分は翔鶴の手を握り返してもいいのだろうかと言う不安が、彼女の手を止めていた。

 ふと周りに目をやると、潮がその様子を見て微笑みかけている。潮もまた、曙が前へと進むことを望んでいるのだ。その微笑みに後押しされて、曙は翔鶴の手を掴もうと自らの手を伸ばした。曙の閉ざされた心が、漸く癒される。

 

 

 

 

――筈だった。



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3-4

「……何か、来る!?」

 

 最初に異変を察知したのは翔鶴だった。遥か上空、雲の切れ目から彼女達に目掛けて、殺気を放ち向かってくる気配があった。「全艦最大戦速で後退!」翔鶴の声にその場にいた全員が反射的に周囲に散開する。翔鶴はすぐさま弓を上空に構え、迎撃態勢を取った。だが敵の動きは彼女の予想を超えて速く、あっという間に距離を詰められる。

 

「嘘……間に合わない!?」

 

 上空の敵が、機銃を掃射する。迎撃態勢を取っていた翔鶴は咄嗟に躱す事が出来ずに攻撃は直撃。「きゃあああっ!!」と翔鶴の悲鳴が辺りに木霊した。

 

「――え?」

 

 その光景を見て、曙は唖然とする。あまりにも一瞬の出来事だった。一瞬にして翔鶴は、大破状態にまで追い込まれたのだ。

 

「しょ……翔鶴さん!!」

「翔鶴姉! くそ、一体何が……」

 

 突然の事に驚きながらも、瑞鶴は翔鶴を狙った敵を上空に見やる。瑞鶴が見た敵影……それは、深海棲艦の空母が操る艦載機の様だった。だがその姿は、見慣れた虫の様なものではなく、単眼と口の付いた白い球体とでも表現すべき物体である。彼女たちにとって、未知の艦載機だった。

 

「そんな……さっきの偵察では、空母はいなかった筈」

「……! 曙、翔鶴姉を守って!」

「翔鶴さん……しっかりして、翔鶴さん!!」

 

 大破し、膝を付く翔鶴に曙が駆け寄る。翔鶴の痛々しい姿を見た曙は、半ばパニックに陥っていた。今目の前にあるその光景は、まるで――

 

「まるであの時と、同じじゃない……」

 

 曙の脳裏に、かつての海戦の光景がノイズ交じりに乱れて映る。だが曙は、頭をぶんぶんと振りながら、強引にそのイメージを霧散させ、キッと上空を睨みつけた。敵の新型艦載機は、容赦なく翔鶴に止めをささんと迫りつつあった。

 

「……させない。絶対に、させないから!」

 

 向かってくる艦載機に曙が砲を放つ。が、曙の装備は主砲……高速で飛び回る艦載機を相手にするには分が悪い。そうこうしている間にも、艦載機達は甲高い叫び声を上げながら次々と飛来する。「次から次へと……こっちくんな!」曙は翔鶴を後ろに庇いながら必至で応戦するも、艦載機には全く当たらない。

 

「曙! 待ってて、今援護する」

 

 瑞鶴はすぐさま艦載機を発艦させて敵艦載機へと向かって行く。だが、瑞鶴の彗星部隊をもってしても敵艦載機は補足できず、次々と撃墜されていった。

 

「そんな……!」

 

 ギリ、と歯を喰いしばる瑞鶴。そのすぐ横で、潮も「えい、えいっ」と砲撃を行っているが、やはりこれも当たらない。敵艦載機達は、そんな二人には目もくれず、傷ついた翔鶴の方へと飛来する。

 

「う……あ、曙ちゃん……」

「翔鶴さん! 大丈夫だから……今度こそ、あたしが守るから!!」

 

 水面に落ちた動物に群がるピラニアの様に、敵艦載機は傷ついた翔鶴に次々襲い掛かる。曙はそれを、撃墜できないならばと自らの体を張って攻撃から翔鶴を守ろうとする。それでも敵の攻撃は止まらない。まるで曙の決死の護衛を嘲笑うかのようにより激しくなっていく。彼女は、徐々に冷静さ失いつつあった。

 

「……くんなって」

 

 怨嗟の籠った声で曙が俯き気味に呟く。そして――

 

「言ってんだろこのやろーーッ!!」

 

半狂乱になりながら曙が叫ぶ。それはもはや声ではなく、悲鳴だった。「ああああああぁぁぁぁっ」と言葉にならない絶叫を上げながら曙が砲撃を我武者羅に打ちまくる。攻撃は当たらない。が、その絶叫が届いたのか、敵艦載機達が狼狽えたかのように空中で静止した。

 

「……! 潮、今の内よ」

「はっ、はい!」

 

 隙をついて、瑞鶴と潮は翔鶴、曙二人の元へと最大戦速で接近する。「あっち行けこの!」と言いながら艦載機を発艦させる瑞鶴。流石に至近距離での発艦だったからか敵艦載機を僅かながら追い払うことが出来た。

 

「曙、大丈夫!?」

「当たれっ! 当たりなさいよぉ!!」

「曙、しっかりして! 私よ、瑞鶴よ!」

「うわああああああっ!!」

「……こんの、目ぇ覚ませ!」

 

 パシン。と、曙の頬を瑞鶴は叩いた。そのおかげで、曙は「あ……」と一言漏らし、漸く正気を取り戻す事が出来た。

 

「もう大丈夫だから……翔鶴姉をありがとう。よく頑張ったわ」

 

 優しく曙を窘め、瑞鶴は潮に向き直った。

 

「潮、曙をお願い……翔鶴姉、大丈夫?」

「え、えぇ。私は大丈夫――瑞鶴、敵が小用丸の方に!」

「え? ……不味い、船から離れすぎた!」

 

 瑞鶴の言う通り、敵艦隊に気を取られすぎて彼女たちは、小用丸から大きく離れてしまっていた。丸腰になった小用丸に、彼女達の元を離れた敵艦載機の群れが、次の獲物だと言わんばかりに容赦なく襲い掛かる。船の甲板に出ていたクルー達は、大慌てで船内に逃げ込もうとするが、何人かは逃げ遅れてしまっているようだった。

 

「曙ちゃん、潮ちゃん。今すぐ小用丸の方に戻り、敵を迎撃して!」

「わ、分かりました! 曙ちゃん、行きますよ」

「う、うん。分かった……」

 

 翔鶴の指示により、潮に連れられて曙は小用丸の方へと最大戦速で向かっていく。

 

「瑞鶴、あなたも私の事はいいから行って!」

「な、何言ってるのよ。翔鶴姉を一人置いていけない!」

「旗艦命令よ、行きなさい!」

「…………」

 

 翔鶴の言葉に、瑞鶴は数秒考えた後、翔鶴の肩を担ぎ、立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと瑞鶴、何をする気!?」

「ごめん翔鶴姉、その命令は聞けない。もしここで翔鶴姉を置いていったら、私は自分自身とこの艦隊の両方を許せなくなるかもしれない。そんな風になるのは恐ろしいから……!」

「瑞鶴……」

「大丈夫。翔鶴姉を抱えながらでも……矢は放てる!」

 

 そう言うと瑞鶴は、翔鶴を抱えながらも器用に弓に矢をセットし、そのまま小用丸の方角へと解き放った。彗星隊が、勢いよく飛翔していった。

 

 

 

 

 「えいっ、えいっ」と敵艦載機を撃ち落とそうとする潮だったが、主砲の砲撃では艦載機にかすりもせずに翻弄される。曙も応戦しようとするが、先程のトラウマから完全に回復しきっておらず、主砲を掴む腕が小さく震えて狙いを定めるのも苦労していた。

瑞鶴の放った彗星隊も到着し応戦を試みているが、相手の艦載機は素早い動きでこれを翻弄していた。

 そうこうしている内に、小用丸から次々と火の手が上がっていく。

 

「ああ! 小用丸が……」

 

 成すすべなく蹂躙されていく小用丸。それでも彼女たちは迎撃をやめない、やめる訳にはいかなかった。

 ふと、曙の視線が、小用丸の船体下部の海面へと移される。そこで彼女は、在り得ない光景を見た。

 

「――中町、さん……?」

 

 船体付近の海面、一人の人間が溺れそうになりながら船の破片につかまりながら浮かんでいた。その人間は、曙がよく知っている者、つい先ほど、船の中で会話をしていた人間だった。「中町さん!」と曙が叫び、中町も二人の存在に気づく。

そうして、助けを求めるために曙達に手を振ったその時、上空から敵艦載機が中町の姿を発見した。敵艦載機は中町めがけて急降下し、機銃の銃口を中町目がけて突き出した。曙はそれを見て、最悪の事態を想像する。

 

『今週末は娘の5歳の誕生日なんですよ。ですから、今回の仕事が終わったらパーティーをやりたいんです。プレゼントも渡して』

 

 中町の言葉が回想される中、容赦なく迫る銃口。

 

「駄目ぇーーっ!!」

 

 曙は最大戦速で中町の元まで急接近すると彼を抱え上げ、一気にその場から離脱した。間一髪、中町は機銃掃射を免れたのだ。が、銃弾は僅かに曙の左足に命中してしまう。

 

「っ痛ぅ……!」

「あ……曙ちゃん?」

「中町さん……無事でよかった」

「私は大丈夫です。ですが、曙ちゃんの足が!」

「あ、あたしは艦娘だから、このくらい平気です……」

「し、しかし……はっ!?」

 

 中町が上空を見やる。曙もその方向に視線を向けると、先程の敵艦載機が再び急降下を開始していた。仕留めそこなった獲物を、今度こそ息の根を止めんと再び銃口を向けていた。中町を抱えたままの曙は、すぐに対応する事は出来ない。

 

「曙ちゃん!」

 

 潮がそれに気づき、悲鳴にも近い声を張り上げた。しかし敵は、そんな叫びが無意味と言わんばかりに曙と中町へと向かっていく。そんな敵の容赦なき蹂躙に、潮の中で怒りにも近い闘志が沸き起こった。

 

「……仲間を傷付けるのは駄目です!!」

 

 絶叫と共に主砲を発射する潮。仲間を護ろうとする強い意志が成せた業か、砲撃は見事に敵艦載機に命中。敵は断末魔の叫びを上げながら海上に墜落の後に爆発した。

 

「あ、当たった……曙ちゃん、中町さん、大丈夫ですか!?」

「え、ええ……私は見ての通りですが、曙ちゃんが足を……」

「大丈夫です……あたしは……大丈夫……」

 

 心ここにあらずと言った様子で曙がそう答える。やがて彼女は、炎に包まれた小用丸を見上げ、「小用丸が……燃えていく……」と、一言ポツリと呟いたきり何も答えなくなった。小用丸が炎に包まれていく中、それを見て満足したのか、或いは潮の予想外の反撃に狼狽したのか、敵艦載機たちは次々と上空へと引き上げていった。

 

 

 

 

 貨物船小用丸の護送任務は、失敗に終わったのだ。

 

 

 

 

攻撃地点から数キロ程進んだ後、霧が立ち込める海が見える。撤退した敵艦載機達は、その海目がけて次々と降下していく。やがて深い霧の中に、ぼんやりと人の姿の様な影が浮かび上がった。影は、頭に巨大な怪物の様なものを載せており、それが大きく口を開くと艦載機達がその中へと吸い込まれるように格納されていく。

 全ての艦載機を格納し終えると、影は霧の中に溶ける様に消えていった。



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3-5

 時刻は既に夕刻を回ろうとしており、美しい夕焼けが海と陸の境目を照らしている。貨物船小用丸は、船員達の必死のダメージコントロールのお陰で何とか鎮火の後持ち直し、命からがら元の軍港へと戻ってきたのだ。小用丸の外には、襲撃でケガを負った船員達が座り込んで居る。

 そんな中潮は、船員一人ひとり声をかけて謝罪に回っていた。潮に怒りの声をぶつける者、それを窘める者、落ち込んで声も出ない者と様々な反応があったが、中には敵を追っ払ってくれた事に感謝する者も幾らかは存在した。

 ふと、潮は遠方に目を向けた。軍港内に小さな山が見え、夕焼けの赤い光に照らされ美しい様相を呈していた。そして、その小山の入り口に見慣れた影を発見する。

 

「曙ちゃん」

 

 潮は一通り謝罪を終えて僚艦の元へと駆けて行く。先の任務失敗以降、曙の様子はどこかおかしかった。まるで魂が抜けたかのような危うさがあった。故に、潮は心配だったのだ。

 

「…………」

「あの……作戦、残念。でした」

「…………」

「あぅ……でっ、でも! 失敗したならまた挑戦すればいいんです。『帰ろう、帰ればまた来られるから』と言う言葉だってあります!」

「…………」

「そ、その……今回は曙ちゃんも頑張りました! 皆さんも無事に帰ってこれましたし――」

「――無事に、戻ってきた?」

「……え?」

「あんた、船員の人たち見てきたんでしょ? あれのどこが【無事】なのよ。第一――」

 

 潮に曙が向き直る。

 

「あたしは、ちっとも無事じゃない!!」

「あ、曙ちゃん……?」

 

「残念だとか、随分簡単に言ってくれるじゃない。あんたにあたしの何が分かるって言うの!? 分かんないでしょうね。あんたはなーんにも酷い目に合ってないんだから、分る筈がない。思えばあの時もそうだったわ。あたしと翔鶴さんがボロボロになってる時に、あんたと瑞鶴さんは要領よくスコールに隠れたのよね。おかげであんたは何一つお咎めが無かった。何一つね! 流石は幸運艦様!! あんたはいっつもそう! あたしが貧乏くじ引いてる横で美味しい目ばかり見てた! そんなあんたに、あたしの痛みが判る筈がない!! あたしだって、今回の作戦に少しは希望は持ってた。最初は嫌だったけど、皆が背中を押してくれて、やり直せるんじゃないかって思った。それがこのザマよ。結局何も変える事なんか出来なかった。結果は同じだった!! あんたに分かる? 目の前に現れた希望が、手を出した瞬間に砕け散った時の気分が、絶望が! また挑戦すればいいとか、向かうことが出来るとか、よくものうのうと言えるわよね。あたしが苦しんでる横で無傷でいる様な奴が、分かった様な事言うんじゃないわよっ!!

……あっ」

 

 

 

 

 

 曙は、我を忘れて潮に感情の全てをぶつけていた。行き場のない怒りを、自分自身でも抑える事が出来なかったのだ。潮が自分の事を気にかけていてくれていることは、彼女は知っていた。だがそんな潮の言葉も、今の彼女には残酷な言葉にしか映らなかった。

 或いは、ひょっとしたら実際に心のどこかで曙は潮にそういう思いを抱いていたのかもしれない。だがそれ以上に、そんな事を潮には言いたくはなかった。こんな自分を見捨てずに気遣ってくれる親友を傷つけたくはなかった。だからこそ――

 

「うし、お……」

 

 ――潮が、眼から大粒の涙を流している事に気づいた時には、全てが遅すぎたのだ。今、曙の心に渦巻いている感情は如何なるものか? 悲しみ? 衝撃? 後悔? 絶望?

 例えそれが何であったとしても……目の前の少女の涙は変わることが無いのである。

 

「その……ごめん……本当にごめんっ!!」

 

 その場に留まることが出来ずに、曙は反転して山の方に駆けていった。逃げ出す事しか、今の彼女には出来なかったのだ。

 

「曙ちゃん、待って……あ、れ……?」

 

 潮は曙を追おうとするが、その足が前に動くことは無かった。がくり。と膝をつき、その場に座り込んでしまう潮。やがて彼女は、自分が泣いている事に気づいた。

 

「何、これ……私、どうし、て……私、は……うぅ……うぁあああ……!」

 

 座り込んだまま、潮はわんわんと大泣きしてしまう。今までずっと我慢してきたものが爆発したかのように、彼女は只ひたすら泣き続けた。

 彼女は、曙に立ち直ってほしかった。少しでも閉ざされた曙の心を、自分が何とかしてあげたかった。だからこそ、勇気を出して彼女は曙の背中を押したかったのだ。だが結果は、最悪のものとなってしまった。その現実は、彼女自身にも大きく叩きつけられたのだ。

 

 ふと、軍港の方から瑞鶴の姿が見える。翔鶴の手当てや、作戦結果の報告等後始末を終えてひと段落したのだろうか、ぶらぶらと軍港内を歩いていた。やがて、彼女は潮の姿に気付き近づいてくる。

 

「潮じゃない。そんな所で何を――あんた、一体どうしたのよ」

 

 

 

 

「落ち着いた?」と、瑞鶴は胸の中で泣いている潮に優しく問いかける。先程まで大泣きしていた潮も、瑞鶴に宥められたことで大分落ち着きを取り戻していた。

 

「はい……あの、有難うございます」

「いいのよ。……しかし、曙も酷いわね! 潮がこんなになるまで追い詰めるなんて」

「あ、あの。曙ちゃんをあまり悪く言わないで下さい」

「潮がそう言うんならいいけどさ……あいつ、珊瑚海海戦の事でそこまで苦しんでたのね」

「……潮は、ずっと曙ちゃんに対して負い目を感じていました。曙ちゃんが艦娘として転生した時にあの性格になったのは、勿論それだけが原因では無いのかもしれません。けれど、それでも潮は、何とかしてあげたかったんです。ずっと傍で曙ちゃんを見てきたから。なのに、どうして……こんな事になってしまったんでしょう」

「潮……」

「……結果的に潮がやった事は、曙ちゃんを余計に追い詰める事になってしまった。結局、潮はただ自分が楽になりたかっただけ。単なる自己満足に過ぎなかったのかもしれません」

 

 夕日が物悲しく大地を照らす中、潮は寂しげに答えた。その顔には、半ば諦めの様なものも見て取れた。瑞鶴は、そんな潮を見ていられなかった。

 

「そんな事無い!」

「え……?」

「潮が曙を何とかしたいって気持ちは本物じゃない。自己満足なんかじゃないわ」

「瑞鶴さん……」

「実際、あの忌々しい艦載機が出てくるまでは上手くいってたじゃない!

あんたは自分のためじゃなくて、曙のために動き回った。そこにもっと自信を持ちなさいよ!」

「で、でも……」

「よし、そうと決まれば行動あるのみ! 潮、行くわよ」

「え? 行くってどこへ……」

「決まってるじゃない、曙の所へよ。あんたの気持ちを伝えるの。ほら!」

「え……ええぇ!? ちょ、ちょっと待って下さい~」

 

 半ば強引に潮の手を引いて、瑞鶴は曙が走っていった山の方へと歩き出した。

 

 

 

 

 時間を少し遡る事数分前――

 

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 曙は、小山の舗装された坂道を走っていた。出来るだけ早く、潮の元から遠ざかりたかった。親友の心を深く傷つけた自分自身を、その元から離したかったのだ。

 

「はぁっ……はぁっ……あぐっ!?」

 

 突然、曙は前のめりに転倒した。何事かと足を見れば、包帯から血がじわりと滲み出ている。その場凌ぎの応急手当をしただけの足で、無理やり山を駆け上がった事で、傷口がパックリと開いたのだ。無理もない。開いた傷口と、転んだ時に擦りむいた膝の痛みに耐えながら、曙は立ち上がる。

 

「何なのよもうっ……!!」

 

 もはや動かすこともままならなくなった片足を引きずりながら、曙は再び歩き出す。坂が終われば小山の頂上、ベンチやモニュメントが立ち並ぶ広場に出た。山頂からは海が一望でき、夕日に照らされた海は悲し気ながらもとても美しかった。

 それは、まるで彼女が最後を迎えた地の夕焼けを彷彿とさせる哀愁を纏っていた。

 

「…………」

 

 夕焼けの海に心を落ち着かせ、曙はその場に座り込んだ。今の彼女は、独りになりたかった。いっそこのまま、夕焼けの海に溶けて消えてしまいたいとすら思っていた。それほどまでに、彼女は自身の言葉を酷く後悔していた。

「本当、冗談じゃないわ。……最低よね、あたし」と、誰にでもなく曙は呟いた。

 

 

 

 

 「ここに居たのか」

 

不意に、曙の背後から聞きなれた声がした。提督だ。曙と潮を迎えに来たのだろうか。恐らく、彼は作戦の成否についてや損害について等に関して、既に聞かされているだろう。だが提督は、それに関して開口一番に曙を咎めたりはしなかった。振り向かず黙り込む曙に対し、提督はよっこいしょと曙の横に腰を下ろした。

いつもの曙なら「横座んな!」と噛みつきもしただろうが、今はとてもそんな気にはなれない。嫌な顔をしつつそれ以上曙はなにもせず、結果的に二人そろって海を見る形となる。

 

「船員の人から、お前をこっちの方で見たって聞いたんでな。多分山頂だと思った」

「わざわざどうも。あたしのせいで、偉い人たちにさぞ怒られたんでしょうね」

「……まだ怒られていないが、これからそうなるだろうな」

「…………悪かったわね」

「構わないさ。こういう時に責任を取るのも、俺の役目だからな」

「……ふん」

「足、大丈夫か?」

「このくらい、平気よ」

「そうか」

「…………」

「…………」

 

 しばらく二人は、夕日の海を眺めていた。周囲には殆ど音が無く、風で木々が擦れる音と遠く波の音だけが微かに聞こえ、それがより一層哀愁を感じさせていた。

 「潮は一緒じゃないんだな」と、最初に沈黙を破ったのは提督の方だった。

提督は、潮が居ない現状と曙の態度から何があったのかは大凡分かっていたが、直接聞きたかったのだ。曙の顔が、やや強張ったものとなる。黙っているわけにもいかなかったのか、曙も渋々口を開いた。

 

「……酷い事言って、泣かせた」

「…………」

「最低でしょ? あたし」

「何を言ったのかも知らないのに、最低だなんて言えないな」

「……分かった様な事言わないでって、そう言ってしまった」

「……そうか」

「うん」

「…………」

「…………」

「……あたしね」

「うん?」

「潮があたしの事を気にかけている事、知ってたんだ。あたしがこんなんだから、負い目を感じてることも。艦娘として再会してからずっと、あいつはあたしを心配してくれてた。」

 

 曙の口が自然と開き、淡々と潮への想いを語り始める。それはまるで、赦しを請う罪人の様に思えた。前を向いたまま語り始める曙の顔を、提督は真剣に見つめていた。

 

「昔の話。あたしが、まだ駆逐艦曙だった頃の話……あたし、轟沈しかけた事があるの。大破炎上航行不能、おまけにいつ魚雷に誘爆するかも分からない状況だったかな……普通、ここまでなったらお終いよね。

けど、潮はそんなあたしに手を差し伸べてくれた。自分も爆発に巻き込まれるかもしれない危険を顧みずに、あたしを抱きかかえる様にして火を消してくれた。『死ねば諸共』って言うのかな。お陰であたしは、その時生き延びる事が出来たの。結局、その後すぐに生涯を終えちゃったけどね……。

潮って言うのは、そう言う奴なのよ。優しくて仲間思いで、いざって時は勇敢で……あたしにとって、恩人であり親友。なのにあたしは――」

 

 そこまで言って、曙は言葉に詰まってしまう。その先を言う事を躊躇い、口が開こうとしない。だが、言わなければならなかった。自らの贖罪の為にも、曙はその先を言葉にしなければならない。意を決して歯を食いしばり、曙は言葉を続けた。

 

「――あたしは、あいつのそんな気持ちを、優しさを踏みにじった。行き場の無い怒りがあったからだとか、怒りを受け止めてほしかったとか、そんな綺麗事じゃない……あたしは、潮に嫉妬してた。

今回も、あの時の海戦も、一切無傷で上層部からのお咎めも無かった潮に。あたしが全ての責任を負わされている横で、何も追及されなかった潮を、心のどこかで憎んでた。そんな風に、親友の事を考えてしまってた!!」

 

 顔を上げ、曙は漸く提督の方へと向き直る。赦されたかったのか、自身の醜さを蔑まれたかったのか。悲壮な顔で、曙は提督を見つめる。

 やがて、提督に思いの丈を打ち明けた曙は、再び前を向き、蹲った。

 

「……それが艦娘、曙よ。最低よね……本っ当に、最低……!!」

 

 自身に対して、曙は怨嗟の声を上げた。周囲には相変わらず風と波の音しか聞こえず、ただ静寂が包んでいる。

 やがて、長い長い沈黙の後に「……それでいいんだよ」と、提督が言葉を発した。その言葉に、曙は「え?」と声を上げる。

 

「お前は、潮の想いを踏みにじった事を後悔しているんだろ? 自分のそんな所が許せなかったんだろ? そう思えているんだったら、お前は大丈夫だよ。次に潮と会った時は、二度と潮を傷つけないと思う事が出来る……違うか?」

「それは……」

「……実はな、今回の作戦の参加、言い出しっぺは潮なんだ」

「え……?」

「数日前の事だ。あいつが、夜中に司令室に来て言ったんだ。『曙ちゃんと翔鶴さんを会わせてあげて下さい』って、今回の作戦概要を俺に見せながらな。正直、面食らったよ。普段の潮からは想像を出来ないほどに強気で……真剣だった。だから俺も、何とかしてやりたいと思ったんだ」

 

 提督の話を聞き、曙は愕然とした。今回の作戦は、全て潮が自分のために用意してくれていたのだ。思い返せば、潮が妙に積極的だったのも、そのためだったのだと曙は思い知らされていた。

 

「……嘘。潮がそんな」

「嘘じゃない。だからあいつのお前への想いは、そんな程度では絶対に消えたりしないよ。次に会った時に一言『ごめんなさい』って言えばいいんだ」

「でも……やっぱありあたしは、潮に合わせる顔が無いわよ。あたしは、皆の元を去りたい」

「またそんな事を……去ってどうするつもりだ」

「大本営に戻って……あぁ、多分あたし問題多いから、解体処分されるかな。そうなりたい、なんて言ったら、クソ提督はどうせ怒るんでしょ?」

「俺は怒るし、多分潮はお前の後を追うと思うぞ」

「もう……じゃあ、どうすればいいのよ……!」

 

 八方塞になり、曙は再び膝を抱えて蹲った。潮の為にも、前を向いて歩かなければならない。だが今の曙には、潮の気持ちを全く理解していなかったショックの方が大きかったのだ。

 

 

 

 

 提督と曙のいる場所から少し離れた茂みの奥。こっそりと曙の後を追ってきた潮と瑞鶴は、二人の会話を黙って聞いていた。特に潮は、曙の告白に驚きとショックを受けているようだった。

 

「曙ちゃん、そこまで追い詰めていたなんて」

「……それで、どうするの? 潮」

「え? どうするとは」

「行くんでしょ? ここは多分、面と向かって語り合う場面よ」

「で、でも……」

「いいからほら、さっさと行きなさいって!」

「え? ……きゃっ!」

 

 瑞鶴にトン、と背中を押され潮は茂みから開けた場所へと出る。ガサガサと大げさなくらいの音が、木々や波の音だけが支配していた空間に木霊する。突然の物音に何事かと提督と曙は音の方を見、結果的に、潮は曙の目の前に姿を現す形となってしまった。

 

 

 

 

「う……潮ぉ!?」と曙は、突如現れた僚艦の姿を見てハトが豆鉄砲を食らった様な声を上げた。「あ、曙ちゃん。これは、えと、その、あうぅ……」と、わたわたしながら潮は背後の茂みに視線を向ける。が、助けを求めようとした瑞鶴の姿は既にそこには無い。

 

「い、いつからいたの……?」

「えっと、その……曙ちゃんが提督とお話を始めた時から、です……」

「そ、そう、なんだ……」

「…………」

「…………」

 

 言葉が続かない。先の出来事により、二人は上手く会話をする事すらままならない。言いたい事はたくさんあるのに、それを言うべきタイミングを見失ってしまう。永遠かと思われるほどの、長い長い沈黙が場を支配していた。

 

「……そう言えばやり残した仕事を思い出したから、俺は先に失礼するよ。二人はゆっくり――本音で語り合いでもしながら帰ってこい」

 

 それまで黙っていた提督が、空気を読んで二人の元を離れだす。慌てて曙が「ちょ、ちょっとクソ提督!?」と追おうとするが、提督は曙にウインクで相槌を打ってそそくさとその場を立ち去った。潮と二人きりで取り残された曙は、しばし呆然としていた。が、やはり先程の気まずさが消えないのか、すぐさま潮に背を向けて立ち去ろうとする。

 

「待って、曙ちゃん!」

「……何、何か用?」

「あの……さっきは、ごめんなさい」

「何であんたが謝んのよ? あたしが悪いの。全部、あたしが悪いのよ」

「そっ、それは違います! さっきのは潮の言葉が……」

「何でそうまでしてあたしに構うの!? あたしなんか放っておけばいいじゃない!」

「曙ちゃん……」

「あんただって本当は、ウンザリしてるんでしょ? あたしみたいな面倒臭い僚艦の子守をし続けて、正直嫌なんでしょ?」

「う、潮はそんな……」

「ハッキリ言いなさいよ! あたしなんか、さっさと轟沈してくれたら――」

「…………いい加減に」

「え?」

 

 

 

 

「いい加減にしてくださいっ!!」

 

 

 

 

「っ!?」

 

 曙の言葉を、突如潮が大声を出して遮った。心臓に直接叩きつけられるかと錯覚するほどの感情的な、怒りに満ちた声。潮は、眼にうっすらと涙を溜めていた。

 

「曙ちゃんはいっつもそうです! 自分が悪いとかいなくなればいいとか、自分の事を傷つけてばっかり! 潮は、曙ちゃんとずっと一緒でした。だから、曙ちゃんが頑張っていたのも知ってます。上層部の人達に酷い事言われたのも。だから曙ちゃんを何とかしてあげたかった。手を差し伸べてあげたかった! 今回の作戦参加だって、潮が提督にお願いしたんです。曙ちゃんが立ち直れる又とないチャンスだって思ったから……だけど曙ちゃんはよくなるどころか、もっと悪くなった! 分かった様な事を言うなって言いましたよね。曙ちゃんこそ分かりますか!? 潮が、どれほど曙ちゃんのそんな姿に負い目を感じていたか! 苦しんでいたのか!!」

 

 先程の曙と同等かそれ以上の勢いで、潮は全てを吐き出していた。普段の潮からは決して考えられない程の激情だった。

 

「その……ごめん」

「今更遅いです! 曙ちゃんの馬鹿! 薄情者! 人でなし!」

「なっ……ちょっと、何もそこまで言わなくってもいいじゃない!」

「これでも言い足りないくらいです! 曙ちゃんは、大馬鹿野郎です!!」

「んなっ……!? 言ったわね! このクソ駆逐艦!」

「曙ちゃんの阿呆!」

「潮の臆病者!」

「意地っ張り! 本当は寂しがり屋のくせに!!」

「馬鹿、畜生、間抜け!」

「馬鹿、馬鹿、阿呆!」

「フカーッ!!」

「ウゥーーッ!!」

「…………」

「…………」

 

 二人だけの空間で、激しい口論が続いた。曙も潮も、遠慮や後ろめたさなんてものを全て放り投げ本当の気持ちをお互いにぶつけ合った。艦娘として転生した時から、或いはもっと以前から生じていた、二人の間の深い溝を埋めるかのように……。

 

 

 

 

 口論が続く二人の様子を、離れた場所から瑞鶴はハラハラしながら見守っていた。ふと、背後から足音が近づいてくる。振り返ってみれば、提督だった。潮のタイミングのいい登場から、協力者の存在を察知し、帰るふりをしてこっそりとやってきたのだ。

 提督は、瑞鶴に軽く挨拶のジェスチャーを行った後、彼女と一緒になって二人の行く末を見守る事にした。

 

 

 

 

 十数分にも及ぶ激戦の末、終局の時は突如として訪れる。潮が、曙にもたれ掛かる様に抱き着いたのだ。「曙ちゃんの馬鹿っ……」そう言って潮は曙の肩に沈み込む。その声はとても穏やかで、曙はやれやれと言った感じに潮を優しく抱き寄せた。

 

「本当……冗談じゃないわ。あんたがここまで馬鹿だったなんて」

「また馬鹿って言った! もう許しません」

「あぁもう、今のは悪かったって。許してよ」

「嫌です。そんな簡単に許してやりません」

「はは、まいったわね」

「曙ちゃんがモヤモヤしたものを全部乗り越えて、前に進めたら許してあげます」

「えぇ? それ、凄く難しいわよ」

「それでもやって下さい。でないと許しませんからっ」

「ははは……」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうな声色の潮に苦笑しながら、曙は潮を抱きしめる。波と風の音だけが支配する夕闇の山の頂にて、二人はしばらくそうしていた。

 

「……そろそろ帰ろっか」

「……そうですね」

「うん、それじゃ……っ痛たた」

「曙ちゃんその足……酷い出血じゃないですか!」

「こんなの、ただのかすり傷……」

「駄目です! 潮がおぶってあげますから」

「えぇ!? い、いいわよ。恥ずかしいし」

「だーめーでーす」

「ちょ、ちょっと潮!? ……し、仕方ないわね。でっ、でも、下山するまでだから。クソ提督が居たら、すぐやめるからね!」

「ふふ、分かりましたよ」

「あっ! その含みは絶対分かってない。やめなかったら本気で怒るからね!?」

「分かりましたよ。ふふふ」

 

 

 

 

 笑いながら帰っていく二人を木陰から一部始終見ていた瑞鶴と提督は、ホッと胸を撫で下した。

 

「一先ずは一件落着、だな」

「うん……そうみたい」

「潮の事、フォローしてくれたんだな。有難う」

「このくらい、大した事じゃないです。それに……むしろ、あなたには謝らなくてはいけない」

 

 瑞鶴が提督に謝罪する。自分たちの索敵不足により、作戦が失敗に終わってしまった事。そして――

 

「大本営は、恐らく責任の大部分を貴方達に押し付けると思う」

「……だろうな」

「……ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。こうなった以上、俺が責任を取る」

「出来るだけ、あたしと翔鶴姉で総監には――」

「それは駄目だ。あんた達の立場も危うくなるし、そうなったら曙と潮も悲しむ」

「でも……」

「大丈夫だよ。きっと、大丈夫」

 

 瑞鶴の提案を提督は制した。もしここで彼女たちが何らかの処罰を受けるとなれば、曙にとって更なる心の傷となって残るだろう。相手に頼りたくないとか迷惑をかけたくないとかそういうものもあるが、提督は何よりもソレを避けたかったのだ。

 ふと、瑞鶴の通信端末が音を発する。

 

「はい、こちら瑞鶴」

”瑞鶴、どこにいるの? ……提督が、迎えに来てくれたわ”

「翔鶴姉? さっきまで潮と一緒に居た」

”……そう”

「すぐ戻るね」

”もう大丈夫なの?”

「うん。何とかなった、かな」

”分かったわ。駐車場で待ってるわね”

「すぐ行くから」

 

 通信を終えた瑞鶴が提督に向直り、お辞儀をした後に走り出した……と思いきや、一度立ち止まり提督へと再び向き直った。

 

「最後に一つだけ……翔鶴姉、ずっと曙の事気にかけてた。『元はと言えば、自分があの海戦で不甲斐なかったから曙ちゃんはああなってしまった』って。今回の共同任務で、自分が何とかしてあげるんだって、凄く張り切ってた……それだけ、伝えておきます」

「……分かった。あいつらにも言っておくよ」

「はい……それじゃ」

 

 

 

 そう言って、今度こそ瑞鶴は山を下りて行った。それを最後まで見届けた提督もまた、歩き出す。ふと、一度だけ提督は立ち止まり海の方を振り向いた。

 

「大丈夫だよ……きっと、大丈夫」

 

 来るべき事柄を予見し、そう言って提督は再び歩き出す。先程まで美しい輝きを見せていた夕日は、夜の闇と混ざりおどろおどろしい赤黒へと変化しつつあった。まるで、この後に彼らに降りかかる災難を暗示しているかの様に……。

 

 

 

 

 

               次回予告

 

 

 

「どうして曙ちゃんだけが……」

 

   「私達は道具。人間にとって有益かどうかで判断する。それが連中のやり方よ」

 

「今の艦娘(われわれ)の立場は、あの時とは違う」

 

                 「必要無いのだ、貴様の様な役立たずは!」

 

「いい加減にしろよ、あんた……!」

 

              次回【大本営の悪意】




世界観設定

【主力艦隊】

大本営鎮守府が要する最強の艦娘達の集団。
最前線での戦闘や主要な作戦は彼女たちによって行われる。
主力艦隊には二部隊が存在し、今回登場した瑞鶴と翔鶴が所属するのは第二部隊で、彼女達五抗戦や第五戦隊の艦娘、更に綾波型駆逐艦二隻で構成されている。
奇しくも、曙と縁のある艦娘である那智も、この第二部隊所属である。




人物紹介

【中町】

シンナ島への物資揚陸作戦のために貨物船【小用丸】に乗り込んでいた船員。妻と子がいる。
翔鶴との再会に戸惑う曙を励まし、勇気づけた。
小用丸襲撃の際に、船から落ちそうになった仲間を助けようとして自身が落下。
敵艦載機の機銃掃射に遭いそうになるが、曙の決死の救助により九死に一生を得る。
名前の由来は小用丸共々、江田島のフェリー乗り場【小用港】、【中町港】から。


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第四話【大本営の悪意】
4-1


 静寂に包まれた海面に巨大な水柱が発生する。

遅れて鳴り響く轟音! その方角に居るは、手練れの駆逐イ級。対峙するのは霞である。傷だらけのイ級は、咆哮と共に霞に突撃する。が、何を思ったのか霞はその場から動かない。あわや衝突となりそうになるその瞬間、霞は足の艤装の推進力を利用し斜めにジャンプする。そのまま宙を舞いイ級の背中に着地、馬乗りになり、そこに連続で砲撃を行う。イ級は爆発。それと同時に霞は離脱し、海面に着水した。

 

 その霞の背後では、潮とロ級が交戦中。潮が砲撃を放つが、ロ級はそれをイルカの如く海面にジャンプして回避する。予想外の敵の動きに一瞬唖然とする潮だったが、すぐに状況を判断。前屈みにダッシュしてロ級の下を潜り抜ける。世界がスローモーションに感じる一瞬の後潮は、ロ級を通過すると同時に反転し、着水寸前のロ級へと砲撃!ロ級は空中で爆散した。

 

 そのさらに後方で、響がハ級と交戦している。響はジグザグに之の字運動をしながらハ級の砲撃を回避。更に、迫りくる白い雷跡を大きく横に動くことで避け、その体制からハ級に砲撃。弾はハ級に直撃し、撃沈せしめた。

 

「 Хорошо(良し)」

 

 ハ級の撃沈を確認し、歓喜の声を上げる響。が、次の瞬間、響の腕に何かが絡みついた。ロープだ。船のロープの様なものが、まるで生物の舌の様に響の右腕を捉えていた。突然の事に驚愕する響がロープの先を確認する。その先に居たのはニ級。口の中から、まさに舌の如くロープを伸ばしていたのだ。「Дерьмо(くそっ)!」と腕を引きずられまいと応戦する響だったが、ニ級はジリジリとロープを巻き上げていく。

 

「ああもう!」

 

 霞がそれに気づき、砲撃を行う。狙うは、響を拘束しているロープ。砲弾は見事ロープを断裂し、響は解放されニ級は反動で後ろに仰け反った。それを響は逃さず、ニ級に向けてすかさず砲撃。体制を立て直す間もなく、ニ級は撃沈した。

 

 

 

 

 敵の艦隊群を撃破した三人は、無事を確認すべく集まってくる。この日、演習訓練に残った朧と漣を省いた三人は、鎮守府近海の警備を行っていた。そのさ中、駆逐級を中心とした深海棲艦の群れに遭遇。これと交戦したのだった。

 

「霞、助かったよ。Спасибо(ありがとう)」

「全く、敵を一隻倒しただけで気を抜きすぎよ。気をつけなさいな」

「ああ、次は気を付けるよ」

 

 

 

 窘める霞に対し、響は軽く会釈した。辛辣な物言いの霞だが、その奥底には仲間を心配する優しさがある。響にはその本質が分かっているのだ。

 ふと、響は潮の声がさっきから聞こえない事に気づく。見ると、潮は空を見上げながらぼーっとしていて心ここにあらずと言った状態だった。

 

「潮」

「ひゃっ……響ちゃん、どうしました?」

「いや、さっきからぼーっとしているなと思って」

「あ……その、ごめんなさい」

「……曙の事かい?」

「……はい」

 

 響の問いに、潮は不安げな笑みを作りながら答えた。先の作戦失敗の件について、後日即座に大本営から出頭命令が下った。恐らくは、今回の一件における責任の追及なのだろう。

 だが、出頭命令が来たのは提督と、何故か曙のみであり、潮が呼ばれる事は無かったのだ。「どうして曙ちゃんだけが……」と潮が呟く。前回の曙の想いを聴いた矢先、また自分のみが咎められなかった事に対し、彼女は自責の念を感じていたのだ。

 

「簡単な事よ」

「え?」

 

 不意に、潮と響の会話を聞いていた霞が近づいてきた。

 

「あんたと瑞鶴は無傷、でも曙と翔鶴はボロボロだったんでしょ? なら、大本営が誰を罰するかは明白じゃない」

「そんな……みんな頑張ったんですよ。潮と瑞鶴さんは、運がよかっただけです」

「連中はそんな【努力賞】なんて見ない。私達は道具。人間にとって有益かどうかで判断する。それが連中のやり方よ。そして、曙はその連中の命令を遂行できなかった。それが全て」

 

 霞は潮に対し、ズバッとそう言い放つ。個人の感情など一切入る余地のない、ただ事実のみを伝える冷たい言葉だった。潮とて、それは理解していた。しているつもりだった。だが、やはり納得のいくものではなかったのだ。これでは、先の海戦と同じではないか。霞の言葉に、潮は僅かにも不満を覚えた。

 「素直じゃないね、霞は」ふと、場の空気を察したのか響が霞に対して言った。

 

「……何がよ」

「冷たい事を言うけれど、本当は霞も心配なんだろう?」

「別に。あんなクズの事、心配するわけないじゃない」

「そうかい? その割には、今朝から不自然なくらいイライラしているね」

「は……はあ!? 別にこれは……きょ、今日はそういう日(・・・・・)なのよ。そういう日(・・・・・)!!」

 

 霞のその言葉を聴いた響は、どう言う訳か帽子を深々と被り霞から目を逸らした。

その顔は、熟れたリンゴの様に紅潮している。

 

「……霞。その言い方は、その……変な誤解を招くと思う」

「? とっ、とにかく! あたしはあんな奴の事は気にしてないんだから」

 

 ふん、と鼻をならしながら霞はそっぽを向くが、その一連の行動と響のフォローのお陰で、その真意は潮にしっかりと伝わった様だ。そんな霞に対し、潮は優しく微笑んだ。

 

「霞ちゃん……」

「う、だから私は……はぁ、もういいわよ」

「はい。響ちゃんも、有難うございます」

「気にする事は無い。ただ、潮は少し思い詰め過ぎだ。今朝の漣を見習うと良い」

 

 

 

 

『大丈夫だってうっしー。大本営様もきっと、大瀑布(だいばくふ)の如き広い心で許してくれるっテ! あ、ばくふと言うても江戸幕府(えどばくふ)の事では無いゾ?』

 

 

 

 

「みんな、白けていましたけどね……」

「…………」

「あいつはちょっと空気読めなさすぎなのよ。場を和ませようとした努力は認めるけど」

「……こほん。とにかく、あまり思い詰めない事だ。潮自身も辛いだろうし……曙も、そんな潮を知ったら、ショックだろうね」

「あんたは、あいつの帰りを待っていてやればいいのよ」

 

 響と霞のお陰で、潮の心は幾分か軽くなった。あの戦争で僅かながらの間同じ七駆に配属されていた二人。共に行動することは無かったとは言え、同じ時を生きた僚艦の言葉は潮の心を解してくれたのだった。

 

「響ちゃん、霞ちゃん……有難うございます」

「もう! だから私は……ってこれさっきもやったじゃない! ああもう調子狂うわ! あそこに見える島で少し休憩しましょう」

「ん、いいね」

「行きましょう」

 

 霞の合図と共に、三人は小さな島へと向かっていく。途中、潮は立ち止まって空を見上げた。そして、この場に居ない親友を想うのだった。

 

「曙ちゃん……無事に帰ってきて下さいね」

 

 

 

 

第四話【大本営の悪意】

 

 

 

 

 潮が曙の身を案じているその頃、曙は提督と共に大本営鎮守府へと向かっていた。提督の運転する業務車の中、真っ直ぐ前を見据えたままの姿勢で何も話そうとしない。これから作戦失敗の責任追及を受けに向かうのだ。穏やかな気分になれないのは無理もないのかもしれない。

 

「大丈夫か? ……大丈夫な訳、無いよな」

「……はあ? 見くびらないでくれる?」

「そう……か」

「………」

「………」

 

 曙を気遣い、何とか場を和ませようとした提督だったが、中々会話が続かない。本来大人数の乗車を想定された業務車は、二人乗りには無駄に広く、その広さが場の気まずさに拍車を掛けていた。

 気まずい空気のまま、車は街中を進む。鎮守府近辺の海岸線の自然風景が見えなくなりどの位経っただろうか?外の風景は近代的な建造物が左右に立ち並んだ大きな国道へと変わっていた。

 

「伏せてろ」

 

 突然、提督が声を発した。車の前方、何やら大勢の人間が集まり声を上げている。デモ集団らしく彼らは口々に――『艦娘を追放しろ!』と叫んでいた。

 

「気にしなくていいじゃん。何なら、出て行ってあげようか?」

「やめろ。暴れたらそれこそ連中の思う壺だ」

「……ちっ」

 

 渋々曙は、デモ集団を横切る直前に前屈みに伏せた。長いサイドテールが重力によりだらんと垂れ、色白なうなじが露になるが二人とも気にしない。今はそう言う気分になる様な状況ではないのだ。

 

「鎮守府は艦娘を追放しろぉ!!」

「追放しろぉ!」

「得体の知れない者達に人類の未来を託すなぁ!!」

「託すなぁ!」

 

 攻撃的な言葉を一人の男が叫び、それに合わせて周囲の人々が復唱する……彼らは、艦娘を『何れ人類に仇をなす危険な存在』として排斥しようと考える者達。大本営に近いこの場所で、定期的にデモ集会を開いているのだ。

 

 深海棲艦との戦いが人知れぬ海へと移って以来、人々の中には艦娘に護られている事実を忘れる者が出始めていた。そんな彼らが至った考えは、『戦いが終わった後、艦娘達は今度は人類に牙を向き、取って代わろうとするのではないか』と言ったものであった。

 かつては、深海棲艦の攻撃は艦載機の空襲により内陸部にまで及んでいた。歴代の提督や艦娘達の活躍により、深海棲艦の魔手が届く事は無くなったが、それは同時に心無い者を生む結果となってしまったのだ。

 

 「もういいぞ」と、提督の合図と共に曙が顔を上げる。特に思想が過激な者の場合、艦娘の姿を見るや否や襲撃してくる場合もあるので、この付近を通る場合は艦娘は姿を隠す事が暗黙の了解となっていた。仮に襲撃があった場合、艦娘が負ける事は無いのだが、重要なのはそうなった場合『艦娘が人間に牙を剥いた』と捉えられるという事。そうなれば、その艦娘は危険な存在として処分されてしまう。姿を隠すのは、それを防ぐ事である。

 少し前の曙なら、こんな事はやる必要はないと思っていただろう。だが今の彼女は、潮を始めとした仲間の存在を知っている。自分勝手に処罰される訳にはいかないのだ。

 

 「すまないな」と、提督が突然曙に言った。曙は頭に?を浮かべ、訳が分からないと言いたげな顔をした。

 

「いきなり何」

「ああ言う連中が居るって事。お前達が、命懸けで頑張ってるってのにさ。何て言うか、やるせないよ」

「……別にいいんじゃないの。考え方なんて、人それぞれだし」

「俺は嫌だ」

「……あっそ」

 

 僅かな会話を挟みながら、提督は車を走らせる。既にデモ集会は遥か後方に遠ざかっていた。

 

 人々は、必ずしも艦娘に対して友好的な感情を持っている訳ではない。これから二人が会いに行く人物もまた、残念ながらそんな一人であった。



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4-2

 大通りを左折した先、検問所の様なものが姿を現す。手続きを二、三通り終えた後に提督の車は再び発進。軍事施設を思わせる開けた道路を進んでいくと間もないうちに、前方に鉄筋で出来た一本の黒く無骨な橋が現れる。

黒い鉄の橋を渡り、海上を進む提督の車。やがてその先に、明らかに自然のものではない【島】が見えてきた。ともすれば、巨大な戦艦か空母の様にも見えるそれこそ、主力艦隊や未配属の艦娘達が暮らす場にして深海棲艦との戦いの拠点……【大本営鎮守府】である。

 深海棲艦の脅威から人々を護る希望の砦……しかしそれは、人類から見た話だ。橋を挟んでまるで艦娘達を陸地から遠ざけているかの様なその姿は、どこか牢獄の様な印象を――少なくとも提督は――感じられた。

 

「ここに来るのも久しぶりだな……出来れば、こんな形で戻って来たくは無かったが」

「…………」

 

 ウンザリしながら二人を乗せた車は、人工島の中へと入っていく。内部は、さながら地下駐車場の様になっていた。尤も、陸地から地続きになっているこの場所を地下と表現するのは違和感があるのだが、この鎮守府全体から見れば、ここは紛れもなく地下なのである。

 駐車スペースに車を停車させ、提督と曙は鉄の大地に降り立った。このまま、前方奥にある直通エレベーターに乗れば目的の場所に一気に向かう事が出来るのだが、提督はそこへは向かわずにすぐ横にある別のエレベーターへと向かった。

 

「ちょっとクソ提督、本部はあっちよ」

「まだ時間が早いから大丈夫だよ。ちょっと挨拶をしに行きたい人がいてな」

 

 そう言いながら提督はエレベーターに乗り込む。

曙は、頭に? を浮かべていたが、エレベーターが閉まりそうになったので慌てて乗り込んだ。曙が乗ったのを確認した後、提督が【1】と描かれたボタンを押すと、エレベーターは上へと昇っていった。

 

 

 

 

 上昇し終わったエレベーターのドアが開き、二人は外に出る。そこには、ちょっとした【街並み】が広がっていた。学校の様な建物やそこに隣接する寮の様な場。和風な食堂の様な場所に木々の茂る公園まである。それは、ここが人工的に作られた鉄の塊の上であると言う事を忘れる程の空間となっていた。

 中で羽織ったのか、二人とも大本営支給の雨具を着こんでいた。いつ雨が降ってもおかしくない曇り空だったためだろう。

 エレベーターから降りた提督は、迷いなく学校の様な建物――実際それは、艦娘達の教育学校であった――の方へと歩いて行く。

 

「今くらいの時間なら休憩中だと思うんだが……あ、居た」

 

 目的の相手を見つけた提督は、その【艦娘】の元へと駆けて行く。

 

「お久しぶりです、【比叡(ひえい)】さん」

 

 比叡と呼ばれたショートヘアーで巫女服、と言うより神職の人の衣装を少しアレンジした様な服を着た艦娘は、突然の提督の言葉に「?」を浮かべている。自分に急に声をかけてきた人間に、心当たりが無い様だった。

 

「ほら、俺です。南波さんの家でお世話になってる……」

「……もしかして、剛くんですか?」

「はい、そうです」

「……ヒ、ヒエー! あの小さかった剛くん!? 随分大きくなりましたねぇ!!」

「相変わらず変わった悲鳴ですね……この度、無事に提督として着任し、現在艦娘達と共に戦っています!」

 

 ビシッと比叡に対し、提督は敬礼を行う。比叡はそんな提督をマジマジと見つめていた。

 

「あの時の子供がこんなに立派になって、まさか本当に提督になっちゃうなんて……私も何だか感動しちゃいます。そう言えば、今日はどう言った用件でここに来たんですか?」

「あー……その、ちょっと野暮用でこっちに来たんです。それで、着任の際に比叡さんに挨拶に行けなかったのを思い出して」

「そうですか。そんなの、わざわざいいのに……所で、後ろに居るのはもしかして……」

 

 比叡が提督の背後に目を配る。背後からついて来ていた曙は、比叡の姿を確認してからずっとバツが悪そうにしていた。

 

「久しぶりですね、曙ちゃん。元気にしていましたか?」

「……久しぶり、です」

「ん? なんだ曙。お前もしかして、比叡さんの生徒だったのか」

「あんたには関係ないでしょ。って言うか、何であんたが比叡先生と知り合いなのよ?」

「……まあちょっと、な。まだ俺が小さい頃、危ない所を助けてもらった事があるんだよ」

「なっ、何よそれ」

「こら曙ちゃん、剛くんにそんな言い方はないでしょう? ちゃんと迷惑をかけずにやっているんでしょうね」

「う……か、かけてなんかいませんよ。ちゃんとやってます」

「まあしっかりやってくれてますよ。ちょっと俺の事をクソ提督とか呼んで痛ァッ!!?」

 

 提督が曙の評価を述べようとした瞬間、彼の右足に激痛が走る。

曙が、思いっきり提督の足を踏んだのだ。

 

「やってますから!!」

「……曙ちゃん? いい子にしないと駄目だって、先生言いましたよね?」

 

 引きつった笑顔の曙を見て比叡は何かを察し、優しく微笑む。が、その目は笑っていない。得体のしれない威圧感を放っていた。危機を察知した曙は、「ヒッ」と小さく悲鳴を上げ思わず提督の背後に隠れる。日ごろの彼女からは想像できないそのしおらしい姿を見た比叡は可笑しかったのか、思わず含み笑いをした。

 

「……ふふっ、その様子だと、剛くんの事を信頼しているみたいですね」

「なっ……! ふ、ふん!!」

 

 比叡の言葉が気に障ったのか、曙はそのままどこかへと行ってしまう。

 

「お、おい曙! 何処に行くんだよ」

「クソ提督には関係ないでしょ! ゆっくり先生とお喋りしてればいいじゃない!!」

「いや、何をそんなに怒って……行ってしまった」

「相変わらず元気ですね、曙ちゃんは。少し、丸くなった気もしますし」

「ま、まぁ……ちょっと口は悪いですが、当初に比べれば随分マシになりましたよ」

「ふふふ、それはよかった。剛くんもそうやって信頼されるくらい立派になって、私は嬉しいです」

「はは、有難うございます」

「本当、剛くんは立派になりました……もう、あれから二十年になるんですね。あの時、私たちがもっと早く到着していれば……」

「――――」

 

 比叡の言葉に、提督が突然無言になる。

二十年前、彼は地獄の業火の中に居た。

燃え盛る炎、闇より響き渡る獣の咆哮、そして弾け飛んだ二人の――。

 

「っ!!」

「あっ……剛くん!」

 

 突然提督は、胸を押さえて苦しみだす。そのまま蹲って過呼吸に陥ってしまった。比叡は慌てて提督の背中を擦り落ち着かせようとする。

 暫くすると、漸く提督は平静を取り戻してきた。比叡は一先ず安心し、提督の肩を抱えて立たせた。

 

「……ごめんなさい。この話はするべきではありませんでしたね」

「い、いえ……大丈夫ですから、比叡さんも気を使わないで下さい」

「でも」

「……勿論、今でもあの時の事は忘れられません。でも、あの時比叡さん達が来てくれたから今の俺が居るんです。だからそう、気に病まないで下さい」

「……そう、ですか。有難うございます」

 

 提督の言葉に、申し訳なさそうに比叡は言った。と、「せんせーい!」と遠方で比叡を呼ぶ声がする。見ると帽子を被った黒髪で小柄な、どこか響と似た雰囲気の艦娘が手を振って比叡を呼んでいた。

 

「はーい!今行きます……ちょっと生徒の子に呼ばれたので、行ってきますね」

「あ、はい。では俺も、そろそろ本部の方に行きます」

「分かりました。曙ちゃんにも宜しく言っておいてください」

 

 そう言って比叡は、彼女を呼んだ艦娘の方へと走っていった。その様子を見届けた提督は、曙が駆けていった方向に目を向ける。「あいつ、どこまで行ったんだ……」そう言いながら、彼女が消えていった公園の方角へとゆっくり歩みを進めた。

 

 

 

 

 少し遡る事数分前、曙はぶつぶつと言いながら周囲を木々で覆われた公園内を歩いていた。

 

 

「何なのよもう! クソ提督といい先生と言い、みんなしてあたしの事笑い者にして!!」

 

 提督達の会話を馬鹿にされたと解釈した曙は、不機嫌なままに木々の生い茂る公園内をズンズンと進んで行く。

 

「本当、冗談じゃ……うん?」

 

 ふと、曙は何かに気付き思考を止めた。彼女の前方、木漏れ日が射す道の中央に一人の女性が立っていた。「あれは……!」曙は咄嗟に木陰に身を隠す。

 大柄な体格でさらしを巻いただけの胸の前で腕を組んだ、褐色肌の女性……曙は、その女性の事を知っていた。否、この場所で過ごした艦娘ならば彼女を知らない者はいない。この国が誇る最強の舟、【大和型】。そしてその化身にして大本営鎮守府が誇る最強の艦娘――戦艦【武蔵(むさし)】がそこに居た。

 彼女は本来、一介の艦娘が会えるような者ではない。事実、曙も実際に近くで見るのは初めてだった。そんな彼女が、どう言う訳かこの公園内に一人佇んでいたのだ。

 

「大本営直属の艦娘が、こんな所で一体何を……」

 

 隠れながら曙は武蔵の様子を伺う。武蔵は、何やら物思いに耽りながら公園の中を進んで行く。

 提督と別れてここまで来た手前、暇を持て余す形となった曙は、武蔵の行く先に好奇心を覚えたのだ。

 

 

 

 

「…………」

 

 武蔵に気付かれない様に、曙は後を追う。足音を殺しながらゆっくりと歩みを進め武蔵の後を付けるものの、武蔵の足取りは思いの他早く、どんどん先へと進んで行く。

 

「あ、あれ……?」

 

 とうとう曙は、武蔵の姿を見失ってしまった。だが妙である。この公園は確かに木々が生い茂っているが、道自体は割と真っ直ぐだ。見失うなどと言う事がある筈が無い。

 あるとすればそれは――。

 

「……気付かれてた?」

 

 そう結論付けようとしたその時、曙は背後からの殺気を感じ取った。恐ろしく強大な威圧感……曙は振り向くより早く、拳を背後の何者かへと突き上げた。

 が……背後に居た殺気の主――武蔵は、その曙の放った拳を片腕で握り潰す様に受け止め、そのまま力を込めた。

 

「成程、中々良い反射神経をしているな。だが……」

 

 武蔵が掴んだ腕に力を入れ、右へと捻じ曲げていく。それは、今まで曙が経験した事のない凄まじい力だった。これまで、演習で比叡と組合をしたり実戦で深海棲艦と接近戦を行った事はあったが、目の前の艦娘の力はそれらを遥かに凌駕している。

まるで巨大な【怪物】――その様なモノと対峙しているかのような錯覚すら覚えた。

 

「な……何なのよこの馬鹿力!?」

「どうした? もう終わりか……そらっ」

「きゃっ!?」

 

  急に武蔵が腕を押し返したため、後ろに大きくのけ反る曙。武蔵は、そんな曙に対して余裕の挑発ポーズを取った。

 

「おいで。遊んでやろう」

「この……!」

 

 なし崩し的に武蔵と戦う事となった曙は、武蔵を睨み付け再び殴りかかるが武蔵はこれを軽くバックステップや左右に動く事で難なく回避。それならばと攻撃パターンにキックを混ぜてみたが、レインコートを着ているため足が思う様に上がらない。

 

「蹴りはやり難いんじゃないか? ふふっ」

「うっさい!」

 

 曙は、来ていたレインコートを脱ぎ捨てそれを武蔵に向けて投げつける。一瞬武蔵の視界がそれにより遮られた。「む」と眉間に皺を寄せる武蔵。やがて、レインコートの下から曙が回し蹴りを武蔵の顔面に叩きつけた。

蹴りが入った事に「やった!?」と一瞬手ごたえを感じた曙だが、しかし武蔵は微動だにしていない。顔面にに炸裂した曙の脚を、何食わぬ顔で片手で掴み取る。

 

「嘘!?」

「ふむ。目晦ましからの奇襲攻撃とは考えたな。技のキレもいい。しかし――」

 

 一度言葉を止めて、目を閉じる武蔵。

再び目を開けると、意地悪気な笑みを作りながら言い放った。

 

「――スカートを履いてやるものではないな。丸 見 え(・ ・ ・)だぞ?」

「へっ? な、なななな……!!」

 

 言葉の意味することに気づいた曙の顔が見る見るうち真っ赤になる。武蔵はその動揺を逃さず「隙あり!」と言って掴んだ曙の脚を彼女の体ごと捻り上げる。曙は宙で二度ほど回転した後、地面に背中から「ぎゃふん!」と言って激突した。

「はっはっは! 大丈夫か?」と、勝ち誇った武蔵が笑いながら曙に近づいた。

 

「うぅ……何なのよもう!」

「すまんすまん。何やら私を付けてくる奴が居たから、少しからかってやろうと思ったのだ。許してくれ。それにしても、使う機会が滅多に無いからと大抵の者が怠っている体術をここまで鍛えているとはな。偉いぞ」

 

 曙に武蔵が手を差し伸べる。力強く、それでいて女性らしい繊細さも併せ持った手だった。

 

「お前、どこの艦娘だ?」

「……曙。現在はク……可香谷提督の下に配属されてます」

「可香谷……? ああ、ではお前が今回、出頭命令のあった艦娘か。時間までまだ少しある所を見るに、大方時間を潰していたと言う所か」

「まぁ……そんな所です」

 

 武蔵の差し伸べた手を握り、立ち上がった曙は周囲を見渡す。

先程までは気付かなかったが、四方を木々で囲まれたこの場所には【音】が一切無かった。まるで時が止まったかと錯覚する程の静寂がそこにはあった。

「静かだろう?」曙の思惑を感じ取って、武蔵が言った。急に心を見透かされ「え、あ、はい」と曙は拍子抜けな返事をしてしまう。先程までの威勢は、完全に抜けていた。

 

「ここはな、私達にとっての安らぎの場所なんだ。心の、と言うより魂のな」

「魂の、安らぎ……」

 

 武蔵の言葉を繰り返すが、曙はその意味を理解しかねていた。だからこそ、聴いてみたのだ。

 

「武蔵さんは、どうしてここに?」

「ん?私か。私はな……」

 

 そこまで口に出してから、武蔵は何やら思案するように顎に手を当てる。

やがて、ふむと頷くと再びこちらに向直った。

 

「……そうだな、これも何かの縁だ。曙よ、時間があるならば少しこの武蔵に付き合ってはくれんか」

 

 

 

 

 武蔵に先導され木々の茂る道を進んでいく。

歩いている間武蔵は一言も喋らず、地面を踏み歩く音だけが響く中、曙は段々と不安に駆られていた。何処へ行くつもりだろう、クソ提督は先生との話をもう終えているだろうか、こんな所で寄り道していていていいのだろうか……様々な心配事が脳裏を過っては消えていった。

 

 やがて、周囲がそれまでの景色から一変し、開けた場所に出る。明らかに人工的な手入れが施された広場の中央奥に、斜めになった巨大な鎖が巻き付いた錨のモニュメントが、荘厳な気配を纏いながら佇んでおり、その左右には複数の墓碑と思われる岩の建造物が並んでいた。

 

 武蔵は広場の入口で一旦立ち止まった後に、錨のモニュメントの前まで歩みを進める。曙もそれに倣い前へと進んだ。「ここはな、戦いで散っていった者達の鎮魂の場所だ」曙が横に並んだ事を確認し、それまで黙っていた武蔵が静かに口を開いた。

 

「鎮魂の、場所?」

「そう。五十年前から始まった奴らとの戦い、それに殉じた者達の、な……尤も、艦娘の亡骸は大抵海の底へと沈む。ここにそれらが眠っている訳ではないのだがな。まあ、気持ちの整理と言う奴か」

 

 そう言いながら、武蔵は静かに祈りを捧げた。やがて祈り終えると顔を上げ、そのままの姿勢で曙に語り掛ける。

それは、今日まで続く深海棲艦との戦いの、その始まりの出来事だった。

 

「初めて人類の前に姿を現した艦娘は、日本が誇る大戦艦大和型。その一番艦にして――私の姉【大和(やまと)】だった。

人知れず只一人深海棲艦との戦いに身を投じていた大和はある日、深手を負いながら交戦していた所を人類に発見、捕縛された。突如として現れた彼女に、深海棲艦同様未知の存在として皆怖がったそうだ」

 

 回想シーン。傷付いた原初の艦娘・大和が拘束され大勢の人々に囲まれている。誰もが皆、恐怖や疑心の現れた表情で彼女を睨み、一触即発の状態だった。そんな中、群衆の中から一人の人間が彼女の下へと駆け寄る。

 

「射殺命令すら出ようとしたその時、一人の男がそれを制止。大和の前に立ち、彼女に手を差し伸べた。それが人と艦娘との最初の出会いだと言う。

大和にその手を差し伸べた人間【尾坂 淳(おさか じゅん)】は提督の役職を与えられ、大和の監視と言う名目で彼女と共に最前線に駆り出される事となる」

 

 尾坂の指示の元、大和は次々と深海棲艦を撃ち滅ぼしていく。日本近海の地図から、深海棲艦の勢力がどんどんと削られていった。

 ところ変わり、どこかの室内で大和が人間たちと協力して何か儀式の様なものを執り行っている。やがて彼女の前方に淡い光が現れ、それは徐々に人の形を取っていきやがて艦娘となった。

 

「やがて大和の協力の元、新たに舟魂を招来し艦娘へと転生させる技術【建造】が発明され多くの仲間が増えた。

人間側にも尾坂に賛同協力する者が数名現れ、彼らは組織の上層部に交渉し、独立した部署として提督や艦娘達の組織を立ち上げた……現在の大本営の原型だな。一組織となった大本営は艦娘を指揮し、大本営初代総監となった尾坂達の指揮の下次々と日本近海の海域から深海棲艦を一掃した。だが……」

 

 そこまで話して、武蔵は足元の墓碑に目を向ける。釣られて下を見た曙はハッとする。

そこには、大和の名が掘られていたのだ。

 

「快進撃は長くは続かなかった。

大和達の前に、ある深海棲艦が現れた。その名は【南方棲戦姫(なんぽうせいせんき)】。

奴の出現により、それまでの勢いは失われ制圧完了した海域もどんどん奪還されてしまった」

 

 暗い海の上、炎に照らされた、大和とどことなく似た容姿の白い深海棲艦が堂々と立っている。

 

「大和や尾坂と南方棲戦姫との戦いは何年も続いた。その中で大和も多くの僚艦を失う事になる。そして尾坂も戦いのさ中、病によって志半ばでこの世を去った。長年のパートナーすら失い、それでも戦い続けた大和は――」

 

 

 

 

『こんな所で、大和は、沈みません!』

『ワタシハ…モウ…ヤラレハシナイ!』

 

 

 

 

「――南方棲戦姫と共に、艦娘大和は散った。

私は別の作戦に出ていて、その最後にすら立ちあえなかったが、轟沈だと聞いている。

この墓碑は、大和及び彼女と共に戦った軽巡矢矧以下駆逐艦娘達のものなんだ」

 

 武蔵の話を聞き、曙は僅かながらショックを受けていた。大和の存在は噂には聞いていたが、直接その姿を見た事は無かった。それがまさか、既に殉職していたとは思わなかったのだ。

 

「武蔵さん……」

「そんな顔をするな。奴のお陰で、南方棲戦姫は倒されたのだ。私は奴を誇りに思うよ。それにな、戦いで散っていった艦娘の多くは再び転生している。勿論、生き返った訳では無いのだがな……そう言えばお前の所にも一人居たな」

「えっ?」

「霞だよ。あいつの先代は強かったんだぞ」

「えぇっ!?」

 

 驚く曙の脳内イメージで霞が腕を組んでいる。イメージの霞は、こちらを見た後にふんっ! とそっぽを向いた。

 

「うおっ、随分大げさだな」

「いえ、霞がそんな凄い奴だったと思ったので。確かに、あいつの戦闘技術はあたし達の中でも頭一つ抜けてるとは思ったけれど……」

「凄いとは言うが、再転生した艦娘は舟魂が同じではあるが全くの別物だぞ。その霞が凄いのは、単に本人の努力だろうよ」

「……そう、ですか」

「ん? どうした」

「それでも、やっぱり霞は凄いですよ。ミスとかしないし、敵を撃ち逃がしたりしない。きっと、舟魂そのものが凄いんですね。それに比べて、あたしは……」

 

 曙は顔を俯ける。霞の前世での活躍や今世での優秀っぷりを見て、彼女は自分と照らし合わせて自己嫌悪に陥っていたのだ。大事な作戦を失敗し、敵を撃ち逃し、翔鶴を守り切れなかった自分自身を……。

そんな曙に対し、武蔵はその前にしゃがみ込んだ。曙を覆い隠すほどだった大きな体が、彼女と同じ目線に合わせられた。

 

「……曙よ。我ら艦娘、その根源である在りし日の戦舟達は、個々の差こそあれど皆歴戦の勇者だ。それはお前の根源である、駆逐艦曙も同じ……舟魂で優劣を競うものではない」

「…………」

「今貴様が比較に挙げた、私が知る霞もかつては作戦を破綻させたり守るべき者を守れない事だってあった。だがそれでも奴は、今のお前の様な弱音を吐いたりしなかった……だから強かったのだ。恐らく今の霞も、そこは同じだろうよ」

「あいつが、そんな……」

 

 武蔵の言葉を、曙は困惑しながら聞いていた。霞も昔は弱さを持っていた。ならば自分も、これから強くなれるのだろうか? この後の出頭で下される処分の先に、自分は進むことが出来るのか?

「何、お前なら大丈夫だ。先程の戦いや威勢を見ればそう思うぞ、私が保証しよう」曙の想いを察してか、武蔵はニッと笑いそう言った。

 

「武蔵さん……有難うございます。ちょっと、弱気になっていました」

「うむ、それでいい……長話に付き合わせてしまって悪かったな」

「いえ、色々と勉強になりました」

 

 二人して立ち上がり、慰霊碑の前から去ろうとする。が、曙はその場で立ち止まった。どうしても、武蔵に聞いておきたい事があったのだ。

 

「……あの!」

「ん? どうした」

「……どうしてあたしに、大和さんの話を?」

 

 いち艦娘である曙に対し、そこまで語り掛けてくれた事を疑問に思う曙。武蔵は「ふむ、どうして、か。そうだな……」と少し思案した後に口を開く。

 

「聞いて欲しかったのかもしれないな。一人でも多く、あいつが戦い抜いた証を]

「証……」

「……ふふ、なんてな。単なる気まぐれさ……さて、お喋りは終わりだ。私はそろそろ本部に戻る。お前も、提督と合流次第すぐに出頭するように」

「あ……はっ、はい!」

「うむ。良い返事だ……曙よ、これは忠告として言っておいてやる。かつて尾坂が総監だった頃、艦娘達は奴の計らいで人間と同等の権利が与えられていた。だが今の艦娘(われわれ)の立場は、あの時とは違う。現総監は、艦娘に対して非常に辛辣な男だ……振る舞いには気をつけろ」

 

 その時の武蔵の態度には、先ほどまでの笑っていた様子は無かった。一切の慈悲も無い、非情さが現れていた。

曙は、そんな武蔵に只一言「……はい」としか言えなかった。

 

 

 

 

 武蔵が墓地を後にした暫く後に曙も歩き出す。と、向こうから聞きなれた声がした。

 

「おーい曙、こっちに居るのか?」

 

 提督の姿を確認した曙は、ゆっくりと彼の元へと歩き出した。

 

「こんな所に居たのか。急に一人で歩いて行ったから驚いたんだぞ。一体何だったんだよ」

「あれは、あんたが先生に変な事言うからでしょ。全く、余計な事言わないでよ。先生、普段は優しいけど怒ると夜叉の如く恐ろしいんだから……」

「夜叉ってお前……何か怒られる様な事でもしたんだろ」

「し、してないわよぅ……ちょっと朝潮型の子と喧嘩して、教室で発砲しただけ痛ッ!!?」

 

 曙の頭に鈍い痛み。提督が、曙に拳骨を喰らわせていた。

 

「そりゃ怒るわっ! 朝潮型と言うと、霞か?」

「いたた……霞とは学校で会った事無いわ。違う子よ……何も殴らなくてもいいじゃない」

「そんな無茶苦茶な事する奴には、拳骨の一発くらいお見舞いしてやるよ全く……そろそろ本部に向かわないと拙いな、行こうか」

 

 提督の後ろに続き、曙は歩き出した。

ふと、雨がぽつぽつと降り出す。レインコートを脱ぎ棄てていた事を思い出した曙は、慌ててそれを着た。

着込み終えたと同時に曙は墓地の方角を見やる。

静かに佇む艦娘達の慰霊の石碑。先ほどの武蔵の言葉が意味深だったからだろうか?

曙にはその墓碑に、艦娘達の自由や権利までも一緒に埋められている様な錯覚を覚えていた。



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4-3

 公園や学校のある場所から、人工島のほぼ反対側に存在する大本営鎮守府本部の建物へと二人は向かっていく。途中雨が降り出したため、二人ともフードを深々と被ってしまいその素顔は見えないが、少なくとも明るいものではない事は明らかだ。

 入り口で雨具を脱いで自動ドアを潜り抜けると、そこは五階までが吹き抜けの円形になったエントランスだった。だだっ広いエントランスやそこから見える二階から五階の廊下では職員と思われる人々が忙しなく行きかっている。殆どは二十代以上の男女だったが、上階の廊下の所々に十代ほどの少女の姿も確認できる。恐らく彼女達は艦娘なのだろう。皆が皆、新たにエントランスに現れた提督と艦娘の姿をチラリと確認するも、すぐに自分の仕事へと戻っていく。この様な光景は珍しくはないのだ。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 提督は受付まで歩いていき、二、三手続きをすます。受付の女性がどこかへ電話をかけ、それを終えると「どうぞ」と提督にジェスチャーを行い、それを確認して提督は戻って来た。

 

「行こうか」

 

 改めて曙を連れてエントランスホールを抜け、エレベーターホールへと進む。途中で、パラボナアンテナと一対のマシンハンドが付いた三角形の大型掃除ロボットが前進して来たので脇へと避ける。

やがて奥にあるエレベーターホールまで到着。幾つか並んでいるエレベーターの一つが一階に来ていたので、そのままボタンを押して乗り込む提督と曙。向かうは、建物の最上階――総監室である。

 

「不安か?」

「……はあ? いきなり何」

「顔が落ち込んでいるぞ」

「別に……ただ、ひょっとしたら解体処分とか下されるかもって考えてただけよ」

「流石にそれは無いよ。余程の事をしない限り、解体なんかされない」

「……例えば?」

「ん、そうだな……人間に危害を加えるとか?」

「なんだ。なら、いつもやってるじゃない」

「はは、違いない」

 

曙の顔から陰りが消える。提督と冗談を交わしたことで、緊張が解れたようだ。 

その後途中乗ってくる者もおらず、エレベーターは二人を目的地まで一気に運び込んだ。エレベーターが開き、ホールを出た先の窓もない白い壁に挟まれた狭い廊下を歩いて行く。やがて曲がり角を曲がった先、【総監室】と書かれた扉の前で、二人は立ち止まった。

 

「――可香谷 剛提督、及び配下の駆逐艦艦娘曙、共に参上致しました」

 

扉の前で敬礼を行い要件を述べる。すぐに「入れ」と厳粛な声が聞こえ、それに応えるかのように提督はドアノブを回した。

 

 

 

 

 部屋の中は薄暗かった。奥の壁一面に設置された視聴覚スクリーンの様な一枚窓にはカーテンが掛けられているため、折角の光も殆どが遮られてしまっている。ましてや、外は雨による曇り空。しかし室内灯を点けるには中途半端な暗さの為、結果として僅かな光源のみが室内に送り込まれそれが重苦しい空気を演出していた。

 その部屋の奥……薄暗い光に照らされながら、武蔵を横に従えた初老の男性が一人、椅子に座りこちらを物凄い形相で睨みつけていた。体格は提督よりもずっと大柄で、服の上からでも分かる隆起した筋肉と太く捻じれ曲がった白髪交じりの眉毛が、彼が叩き上げの軍人肌で決して温厚的な人間でない事を物語る。彼こそが大本営鎮守府最高責任者にして、提督や艦娘達にとっての頂点に立つ存在――【埋田 悟(うめだ さとる)】総監である。

 

「……!」

 

 凄まじい威圧感を放つ総監を見て、曙は息を呑んだ。恐ろしい人物だと噂には聞いていたが、実際に対面してみるとその噂が嘘ではないと言う事を思い知らされる。彼の、艦娘の命を顧みない命令により遂行された作戦で、沈んだ艦娘も居ると言う話も聞く。真意は不明だが、この男ならやりかねないと言うオーラを総監は纏っていた。総監の横に居る武蔵は、ただ黙って目を閉じ腕を組んでいる。助けを乞う事は出来そうになかった。

 

「大丈夫」

 

 そんな曙の不安を察したのか、提督が小声で曙に囁く。いつもなら鬱陶しがる曙も、この時ばかりは提督の声に安心を覚えていた。

 

「とんだ大失態をしてくれたな」

 

暫くした後に、厳しい口調で総監が言う。

 

「今回の計画は日本の、ひいては人類の希望となる作戦の第一歩だった。それを貴様の艦娘が全て台無しにしてくれた……何か言う事はあるか」

「いえ、部下の失態は提督である私の責任です。返す言葉もありません……申し訳、ありませんでした」

「ふん、詫びる口は一人前の様だな。そもそも、主力艦隊の方で故障が起きなければ貴様らの様な辺境の提督を頼る事にならずに済んだのだ。揃いも揃って役立たず共が!」

「申し訳ありません」

 

 総監の言葉に唯々頭を下げる提督を見て、曙は不快感を露わにした。今回の作戦、提督は彼女と潮を送り出しただけで作戦の指揮を執っていた訳では無い。何故ここまでの追及を受けるのか? その姿は、彼女にある記憶を思い出させた。

 「処分下すならさっさとあたしに下せよ」と、彼女は聞こえないくらいの小声で毒づいた。だがその願いは、直ぐに叶えられる事となる――彼女が予期せぬ形で。

 

「貴様には、鎮守府内での一週間の謹慎を命じる上、所持しているソイツ以外の戦力を一部没収する!」

 

 総監のその言葉に、提督は拳を握り締め何かを堪えながらも「わかりました」と答えた。彼はその処分を受け入れたが、その横で曙は思わずエッと声を上げる。彼女は、てっきり処罰は自分自身に対してのものだとばかり思っていた。だが下されたソレは、提督と自分以外に対してのもの……決して納得の行くものではなかった。

 

「待って下さい! ミスをしたのはあたしです。処罰ならあたしに」

「貴様は黙っていろ!!」

「っ!?」

「部下のミスは上官である提督の責任だ。作戦に投入する艦娘の振り分けも出来ぬ無能な提督の所持する艦娘は最小限で良い!」

 

「ーー!」

 

「まずは貴様と共に作戦に加わり、瑞鶴を無傷で守り抜いた艦娘……確か潮と言ったか。奴は少しは優秀なようだ。この様な無能の下よりも、有効に艦娘を運用する鎮守府へと転属させる」

 

 総監のその言葉を聞いて、曙は愕然とした。潮が転属。総監は、【有効に艦娘を運用する】と言ったが、その言葉に艦娘の心身への配慮があるとは思えなかった。曙の脳裏に、最悪の結末が過る。

 

「あたしが行きます! だから潮には何もしないで」

 

 曙は総監へと抗議するも、彼は怪訝な顔をして曙を睨み付けた。

 

「おかしな事を言うな。有能な提督の元に転属される事は、貴様らにとっての栄誉の筈だ。何故そんな事を言う? そもそも、貴様の様な結果を出せない艦娘が栄転など出来ると思っているのか!」

「それは」

「それともなんだ貴様。僚艦の栄転がそんなに妬ましいのか?」

「なっ……!」

 

 絶句。潮を庇おうとした曙の言葉も、総監には卑しい思惑としてしか感じられなかった。ズキリと、曙の心の奥底で何かが軋みを立てる。

 潮への妬み――確かに、曙自身そう言うものを持っていた。それは紛れもない事実だった。だが今は違う。潮は親友だ。夕焼けの軍港の丘で誓ったのだ。もう二度と、嫉妬や憎しみの想いで彼女を感じたくなかった。だからそんな風にあたしと潮を見比べるなと、曙の心は避けんだ。

 提督が目で「堪えろ」と曙を制止するが、もはや曙は止まらなかった。

 

「……じゃない」

「何?」

「そんなんじゃない!! このクソ総監!!」

 

 薄暗い室内に響き渡る声に一瞬全員が静まり返る。自身を覆いつくそうとした邪気を振り払うような勢いで曙が叫んだ。潮への想いを汚された事への怒りだった。だがこの行為は結果的に、総監の逆鱗に触れる事となる。しばしの沈黙。やがて――

 

「貴様……今何と言った!? クソだと! 人間に対して何と言う言葉遣いだ!!」

 

総監は机から立ち上がり、ずかずかと曙の前まで歩み寄る。見るに見かねた提督が、拙い状況を察知して二人の間に入り「総監、落ち着いて下さい!」と言うが、総監は「どけっ!」と言いながら提督を弾き飛ばす。結果提督は、椅子の上に雪崩れる様に倒れ込んでしまった。それに見向きもせずに総監は、曙の胸倉を掴み上げる。

 

「一体どう言う教育を受けている! 貴様の様な艦娘は即刻処分した方がよさそうだな!!」

 

 物凄い気迫で怒鳴りつけ、そのまま後ろへと曙を突き飛ばす。「きゃっ」と小さく声を上げ倒れ込んだ曙に対し、怒りの収まらない総監は更に言葉を続けた。

 

「翔鶴は未だ入渠が完了せず、主力艦隊の運営に穴が開いていると聞く。貴様がしっかり護衛していれば、こんな事にはならなかったのだ!」

「それは…っ!」

「反論があるのか? 貴様が身代わりとなり沈んでいれば、翔鶴が行動不能になる事もなかったのだ。違うか!」

 

 総監に言われた言葉に、曙は反論できないでいた。彼女自身、翔鶴を守り切れなかった事に対しかなりの負い目を感じていたのだ。そう、まるであの時の様に……。

 

「報告では敵艦載機の追撃に遭ったらしいが、一戦を終えて油断していたのではないのか。恥を知れ!!」

「油断なんてしてない! ……してません。あたしは」

「ならば何故気付かなかった! それが油断していた何よりもの証拠ではないのか」

「っ……!」

 

 ズキリ。再び曙の心が軋んだ。今度はもっと奥深く、彼女の古い記憶が。総監の気迫に気おされたのも手伝い、曙は完全に弱腰になってしまっていた。

 だが曙が、これほどの追及を受ける謂れは無い。敵の奇襲は、翔鶴ですら予期出来なかったのだ。索敵能力を持たない駆逐艦である曙に、どうしろと言うのか。

 

「そもそも、瑞鶴と翔鶴で破損の度合いが違い過ぎる。貴様……まさか逃げていたのではあるまいな!?」

「ちが、あたし、逃げてなんか……」

 

 ズキリズキリ。軋みがどんどん大きくなる。それは、曙にとっては呪いの言葉だった。彼女が駆逐艦曙だった頃、死力を尽くし敵と刺し違える覚悟で挑んだにも拘わらず真面な評価をされなかった戦い。『油断故の恥辱』『会敵しても劣勢の為逃げ出した』『弾薬を一切消耗していない』。かつて彼女に降りかかった理不尽な言霊が、姿を変えて再び曙の心を抉り取る。

 総監の言葉が、口が、顔が、姿が、かつて自分に乗艦し戦った人々に呪詛を唱えた者達と重なり、幻影となって曙を攻め立てた。

 

「やめ……て」

 

両手で頭を抱えて蹲り、力なく言葉を発する曙だが、弱々しく発せられた言葉が総監に届く筈も無い。

 

「泣き落としで済まさされるとでも思っているのか? 浅はかな艦娘め! 貴様に価値などない! 必要ないのだ、貴様の様な役立たずは!」

 

 トドメとばかりに、総監は曙へと指を突き付ける。潮への想いも、戦った事の証明も、彼の前では意味をなさない。彼は、一方的に曙を役立たずと言い捨てたのだ。

 この短時間の間に、彼女の心は砕かれ、壊され、犯され、握り潰され、踏みにじられた。もはや彼女に反論する力は無く、呼吸も錯乱により大きく乱れ、眼の両端には涙が溜まっていた。彼女の心は、もはや崩壊寸前だった。

 

 

 

 

「ま……待って下さい、総監」

 

 倒れていた提督が起き上がり、曙に詰め寄る総監の元へとよろよろと歩み寄る。

 

「私は、曙が作戦を放棄して逃げたとは思えません!」

「何だと?」

「わ……私が軍港に彼女を迎えに行った時、彼女は全身傷だらけで――左足に大きな負傷がありました。海に落ちた小用丸の乗組員が敵艦載機の機銃掃射に襲われそうになった際、身を挺して乗組員を庇った際に出来たもので、この事はともに作戦に当たっていた僚艦潮や、他ならぬ救助された乗組員の証言から証明済みです!」

 

総監と曙の間に割って入った提督は彼女を庇うように立ち塞がり、総監に捲し立てる。総監はそんな提督を睨むように顔を近づけた。

 

「貴様……何が言いたい?」

「総監は、報告とは申されますが詳細を確認されたのでしょうか。艦娘の艤装には、戦況を中継するカメラが取り付けられています。主力艦隊艦娘である翔鶴のそれが映した記録を見ればハッキリする筈です……曙は、私が指揮する艦娘です。謂れの無い辱めを受ける事は、上官として聞捨てる訳にはいきません!」

 

 強い意志を込めて提督が言い放ち、総監を睨み付けた。提督が総監にこの様な態度を取る事は決して許される事ではない。だがそれでも、総監に追い立てられ弱々しく怯える曙の姿を見た時、提督は言い様の無い怒りを覚えた。それが何かは分からない。ただ提督は、曙の心を踏みにじる総監を許せなかった。

 だが案の定、総監はそんな提督に怒りを露わにし首根っこを掴み取った。

 

「自分の立場が分かっとらん様だな貴様……艦娘は、提督が扱う【兵器】だ! 兵器に辱めも何もあるか!!」

「兵器……!?」

「そうだ、こいつ等は人の皮を被った兵器だ。人間らしく振舞っているが全て造り物だ! そんな奴らに、人間と同様の扱いをするんじゃあない!!」

 

 未だ立ち上がれない曙を指さし総監が言い放つ。艦娘は兵器ーー彼女達の成り立ちを考えればある意味それは正しい表現なのかもしれない。だが、総監はそれにかこつけ彼女達の人格すら否定したのだ。

 提督は、これまでの戦いで曙達の感情を見てきた。涙を見てきた。いくら総監の言葉でも到底許せるものではない。彼の心に、抑えようのない怒りがこみ上げる。

 

「いい加減にしろよ、あんた……!」

「……何?」

「艦娘は、確かに元は兵器かもしれない。だが曙の……彼女達の心は造り物なんかじゃない! 命を懸けた戦場で恐怖する事だってあるし、敵に勝利して喜んだりもする。時として親友に傷つけられて悲しむ事や、傷つけて後悔する事だってある。そして……心を抉られる様な事を言われれば、絶望したりだってするんだ!」

「だから一体何だと言うのだ!」

「だから、曙は役立たずの兵器なんかじゃない。悩み苦しみながらも挫けぬ強さを持った……俺の大切な【仲間】だ!!」

 

総監を前に提督が吠える。上官への反抗だとか、そんなものは関係なかった。提督はただ、曙を守りたかった。

 

「何を言い出すかと思えば……揃いも揃って、自分の立場が分かっておらんのか!」

「分かっていないのはあんたの方だ! 艦娘達を束ねる組織のトップに立っている者が、彼女達の事を何も分かっていない。あんたは、総監として相応しく無い! 総監失格だ!!」

「ッ……貴様ぁ!!」

 

 激しい問答の末、怒りが頂点に達した総監は、提督の叫びすら跳ね除け彼を殴り飛ばす。提督はそのまま背後の本棚に倒れ込み、ぶつかった拍子で彼の頭上には分厚い本が幾つもドサドサと音を立てて雪崩れ込んだ。

 「クソ提督!!」曙が悲痛な叫びを上げる中、総監はなおも提督に詰め寄らんとする。

 

「口の聞き方も分からん奴め! 貴様は謹慎など生ぬるい。提督の地位を剥奪する! だがその前に、その考えを私自らが正してくれる。立て!!」

 

 尚も提督に鉄拳制裁を与える為、彼を立ち上がらせようとする埋田総監。が……。

 

「……!!」

「貴様、何の真似だ」

 

 曙が提督の前に立ち、総監から庇う様に両手を広げる。無意識だった。そこにはいつも持っている羞恥や嫌悪感は無く、これ以上提督が傷つけられる事を見たくないと言う、悲壮な想いからの反射的な行動だった。

 目に涙を溜めながらも、その目は先程までの弱々しいものではない。明確な強い意志をもって総監を睨み付けていた。が、総監も怯まない。

 

「そこをどけぇっ!!」

 

暴力的な衝撃を纏いながら、総監の剛腕が曙に迫る。対する曙も怯まない。引くもんかと、両足に力を込める。

 だがその拳が、彼女に届くことは無かった。

 

「な……武蔵、貴様」

「やめておけ。駆逐艦とはいえ、艦娘の力は人間のそれを遥かに凌駕する。いかに貴様の様な鍛えた人間でも、無事では済まんぞ」

「馬鹿な。艦娘が本気で人間に危害を加えると――」

「【一年前】の事例を忘れたか? 例外は存在する。こいつは、自分がどうなってもお前から提督を守るだろうよ。目がそう言っている」

「ぐっ……」

 

 武蔵の言った通り、曙はそこから一歩も動くことは無かった。それは、敵を刺し違えてでも倒さんとする覚悟にも似ていた。例え自身が処分される事となっても、彼女が引くことは無いだろう。

 

「……もういい。行け」

 

暫しの沈黙の後に、総監は提督にそう促した。武蔵にも目で今の内だと促され、提督は立ち上がりお辞儀をした後、曙を連れてその場を後にする。

バタンと扉が閉まる音だけが、薄暗い総監室に響いた。



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4-4

 部屋を出てから、曙は終始無言だった。今こうしてエレベーターに提督と二人きりになっていても下を向いたまま全く動こうとしない。生気の籠っていないその姿は、見る人が見ればエレベーターの怪異に見えるかもしれない。それ程までに、今の曙は危うかった。

 「曙」提督が声をかけるも、やはり反応が無い。それでも提督は言葉を続けた。

 

「さっきは、ありがとうな。あー、その……総監にあんな態度を取るのはお互いよくないけどさ。普段悪態ばかりついているお前が庇ってくれるとは思わなかったよ」

「…………」

「そ、そうだ。帰りに甘味処寄ろうな。間宮アイス買ってやるから」

「…………」

 

 何とか会話を繋げようとする提督だが、曙は何も話さない。そうこうしている間に、無情にもエレベーターは一階へと到着した。ドアが開くと同時に曙は早足でエレベーターから抜け出しスタスタと提督より前を歩き出した。

 

「お、おい曙! 待てって」

 

 曙は先程までの沈黙が嘘の様に足早にエントランスを横切る。外はいつの間にか土砂降りとなっていたが、構わず曙は外に出ようとする。慌てて提督は走り出し、曙のレインコートを掴んで彼女の元へと駆け寄った。

 

「ちょっと待て曙! そのままだとずぶ濡れになるぞ。ほらこれを着て――」

 

 パシン、と鈍い音が響く。かつて曙と初めて出会った時の様な、しかしそれ以上の拒絶の心をもって曙が提督の手を叩く。曙の雨具が宙を舞い、びしゃりと音を立てて地に落ち、瞬く間にびしょ濡れになった。

 

「……ふざけんじゃないわよ。あたしを庇ってヒーローにでもなったつもりなの? こっちは気分最悪よ! あたしのせいで翔鶴さんが大怪我して、あたしのせいで潮にまで責任の手が回って、あたしのせいで、あんたが……っ! これ以上そう言うの増やすなマジで! めーわくなのよ!! あたしのせいで!! これ以上誰かが傷つくのはあッ!!」

 

 金切り声に近い叫びを曙が上げる。わあわあと泣きながら抑えていたものが、涙や鼻水と共に無様に流れ落ちる。土砂降りの雨が、彼女の顔からそれらを随時洗い流していった。

 彼女の心は限界だった。皮肉にも、提督の差し伸べた手がそれを決壊させてしまったのだ。それを理解した提督は……

 

「……ごめんな」

 

 そう一言、悲しげに微笑みながら呟く事しか出来なかった。

 

 

 

 

「騒がしいな」

 

 気まずい静寂を破ったのはそんな声だった。ハッとして提督は声のした方を見やる。そこに居たのは一人の仏頂面の男……年の頃は三十くらいだが、それにしては不釣り合いな凄みを感じさせる。服装から察するに彼も提督の様だが、胸元には多くの勲章が付けられていた。

 

「しっ、司令長官!!」

 

 慌てて提督はその男に規則正しく敬礼を行った。【司令長官】。つまるところ彼は、提督達にとっての直属の上官である。そして、主力艦隊の提督――つまり、此度の作戦の指揮者でもあった。

 その傍ら、翔鶴も一緒に居た。翔鶴はまだ傷が癒えていないのか、頭と右腕に包帯が巻かれていて松葉杖をついた、痛々しい姿だった。その姿は、今の曙には見るに堪えれるものでは無い。

 

「出頭命令のあった提督と艦娘か」

「はい! 可香谷 剛及び艦娘の曙であります! ……この度は、大変申し訳ありませんでした」

「それについて少し話そう……そちらの艦娘、中に入れ。雨に打たれながらの会話は、行儀がいいとは言えないな」

 

 司令長官は曙の方を見てそう言った。一通り泣いて落ち着いたのか、曙は少し抵抗しつつも渋々建物に戻った。

 さて、と一呼吸おいて語りだそうとする司令長官だったが……

 

「お前達、見世物ではない。さっさと持ち場に戻る様に」

 

 エントランスの周囲や上の階から騒ぎを見ていた野次馬たちに諭し、仕事に戻らせる。

 改めて、司令長官は提督と曙に向き直った。

 

「……今回の作戦の失敗により、様々な部署や人間に悪影響が及んだ。小用丸は修理しなければならないし、それに伴いシンナ泊地への輸送作戦も先延ばしになった。その為に、今後の日程を大きく狂わされた者達も居るだろうし、彼らの士気を取り戻す事も重要になってくるだろう。それ程、作戦の失敗とは責任が重いものだ」

 

 淡々と表情一つ変えずに司令長官は曙へと言い放った。総監の様な威圧感は無いが、有無を言わさぬプレッシャーが、言葉一つ一つにあった。

 曙はその言葉にただ「……はい」としか答えることが出来ず、同時にまだこんな目に合うのかと内心絶望していた。が……

 

「しかし、だ」

 

 司令長官は相変わらず表情は変えない。だが声のトーンほんの少し和らげて言った。

 

「作戦の指揮を執ったのは私だ。直接の責任を負うのは私であるべきだと考えている。無論、参加したお前達にも責任感は持ってもらわないと困るが……少なくとも、お前一人が背負い込むものではない」

 

 返って来たのは意外な言葉だった。司令長官は続けて、懐のポケットから一枚の紙きれを出す。「おそらくは、お前宛だろう」そう言って曙に手渡した。

 手に取り、曙は紙切れを開く。そこに書かれている内容を見て、一瞬ひどく驚いた様子を見せた後、愛おし気に紙切れを抱きしめた。

 

「海に落ちた乗組員を救助したそうだな。その手紙が、お前の行動による結果であり、護り抜いたものだ……それを忘れるな」

 

 抑揚のない声で司令長官が言うが、曙にはその言葉は救済の言葉として聞こえた。彼女は小さく「……はい」と、先程とは異なり感謝を込めて言った。

と、翔鶴が杖をつきながらよろよろと曙に歩み寄り、片方の手で持っていた、白一色の中に露先部分が鶴の羽の様に黒く彩られた傘を差し出す。

 

「レインコート、濡れてしまったでしょう? これあげるわ」

「え、でも……」

「いいのよ。私はこれから工廠に戻るから」

 

 傷だらけの姿で翔鶴は曙にそう微笑んだ。最初はそんな姿を直視できないでいた曙も、差し伸べられた手が素直に嬉しかった。

 

「曙ちゃん、今回の作戦は残念だったかもしれない。でも、あなたがいなければ犠牲者が出ていたのも事実……あなたの働きは、決して無駄では無いわ。だから、ここで終わらせる様な事はしないで」

「翔鶴、さん……」

「もし、また一緒に戦う時が来たら……その時こそ、上手くやりましょう? 約束」

 

 その言葉を聞いた曙は弱々しく、しかし確かな意思を持った眼差しで頷き、傘を受け取った。翔鶴はそれを見てにこりと微笑んで立ち上がり、そのまま司令長官の元へと戻った。

 

「以上だ」

 

事が済んだことを確認した司令長官はそう言って提督達に背を向け歩き出す。提督と曙はその背中が見えなくなるまで敬礼を行うのだった。

 

 

 

 

 鎮守府に帰る頃には日も暮れていた。車を降りて先に、曙が玄関まで歩いていって扉を開ける。

 

「……ただいま」

「曙ちゃん!」

 

 曙の姿を見るや、潮が曙の元まで駆け寄り抱き着いた。よほど心配だった様だ。騒ぎを聞きつけ、他の艦娘達も集まって来た。

 

「大丈夫でしたか曙ちゃん!? ちょっと服が濡れてるじゃないですか!!」

「あぁうん、ちょっと大雨に遭っちゃって。あたしは大丈夫だけど、クソ提督が……」

 

 曙がそう言い終わる前に提督が続けて玄関から顔を出す。「や、やあ。ただいま」と言ってみるが、皆提督の顔を見て目が点になっていた。

彼の顔ーー左目は、総監に殴られたせいで青い痣が出来ていた。

 

「どうしたんだ皆……あ、顔のこれか? ちょっと仮眠室で休ませてもらってさ。その時にベッドから落ちて……俺ってドジだよな。はは……」

 

 その場凌ぎの厳しい冗談で笑い飛ばそうとする提督だったが、誰一人として笑いで済ませてくれる者はいない。ある者は不安げな顔をし、またある者はバレバレの嘘に呆れていた。

 

「……ご主人様、ジョークが下手デスネ。大方、総監にでも殴られたりしたんでショ?」

「う……」

 

 漣にピンポイントで図星を付かれる。いつもふざけている彼女だが、こういう時は吃驚する程勘がいい。実はいつもの態度は演技なんじゃないのかと提督は思った。

心配する皆の視線を感じた提督は「その……色々あってな」と言って取り敢えず胡麻化す事にした。

 

「……まぁ、無事にお説教が終わったみたいで良かったデス」

 

 砕けた言い方で漣は提督に明るく返したが、提督の心は晴れやかでは無かった。これから彼女達には、辛い事を伝えなければならない。

 

「皆聞いてくれ。皆に、伝えなければならない事がある……その……」

 

 言葉が出ない。出来れば、こんな事伝えたくは無かった。潮は元より、他の皆も、自分が解任させられる事でまたバラバラになるだろう。ひょっとしたら、酷い提督の元へ転属となるかもしれない。曙を庇っての行動が、最悪の事態を引き起こしてしまった。

皆、なにも言わず言葉の続きを待つ。もしかしたら、ある程度は何を言われるのか予測しているのかもしれない。それほどまでに静かだった。

言葉が詰まる。だが、伝えなければならない。提督は意を決して口を開こうとした。

 

「転属の件なら大丈夫よ」

 

司令室から顔をヒョッコリと出した枕崎の言葉に、提督の言葉は遮られた。

 

「枕崎さん? って、どうしてその話を」

「さっき大淀から連絡があってね。その話は無しになったみたい。あなたの解任処分も帳消し! うちが受ける処罰は、提督の謹慎だけでーす」

 

 最後の方は少しおどけて枕崎が言った。その突然の言葉に提督は安堵したが、それ以上に困惑があった。あの総監が処分を取り下げた。一体どんな風の吹き回しか、或いはいかなる奇跡が起きたのか?

 だが彼女の口から語られた真相は、何てことの無いものだった。

 

「色んな人や艦娘が取り合ってくれたみたい。まず武蔵が総監を丸め込んで、その後に瑞鶴と翔鶴が戦闘時の映像を持って直談判。極めつけは――中町さん、だっけ? その人が他の乗組員を引き連れて総監に抗議をしたらしいのよ。ここまで証拠や証言を突き付けられたら、流石の総監もあなた達の働きを認めざるを得なかったみたいね」

 

 よかったと楽し気に枕崎が語る。これは奇跡などではない、全ては、曙の行動により返ってきた結果なのだ。彼女の行動、働きに答えてくれる者達が居たのだ。

 

「ちょっとー枕崎さん、全然話が見えてこないんだけど! 漣にも教えてよー」

「ふふっ、大した事じゃないからいいのよ」

「気になるー! 教えて教えざばんぎっ!?」

「しつこいよ漣」

「うぅ……ボーロちゃん痛いよぅ」

 

 駄々をこねる漣の頭に朧の拳骨が炸裂する。この光景も久しぶりだなと提督は苦笑した。いつもの日常が戻って来たのだ。

ふと、隣に居る曙の姿を見る。彼女は未だ困惑が抜けきらず不安な顔をしていた。「曙」気持ちを和らげようと提督のかけた言葉に曙はビクリと全身を震わせ驚き提督を見る。

 

「なっ、何よクソ提督」

「総監はああ言っていたけどさ、お前は決して役立たずなんかじゃない。今回の事だって、お前が命を懸けて中町さんを助けたから、彼がそれに答えてくれたんだ。人の命を救える奴が、役立たずなもんか。だからその……これからも、その意気込みで頑張ってくれ」

 

 提督の言葉を受け、曙の胸中はどんなものだったのだろうか。しばらく黙り込んだ後、

 

「……ふん、あたしを誰だと思ってんのよ。明日からでも頑張ってやるわよ」

 

 そう、今出来る精いっぱいの強がりで答えた。

 

 

「あー! 今日は色々あって疲れたわ。シャワー浴びて寝る!」

「待ちなさい曙」

「う……な、何よ」

「寝るのは勝手だけど、皆に何か言う事があるんじゃないかしら?」

 

 きつめの口調で霞が呼び止める。いつもの曙なら喧嘩腰に反論する所だが、今の彼女にはその答えが分かっていた。

 

「……皆、色々心配かけてごめん。それと、心配してくれて有難う」

「あんたね。謝罪と感謝をする時は相手の方を向いて……はあ。まあ、分かっているのなら、今回はそれでいいわ」

 

 背を向けながらぎこちなく答えた曙に対し霞は、そう一言だけ答えたのだった。

 

「皆、曙の事心配していたんだな」

「そうそう。特にかすみんなんてずっとイライラしててぐりんしょっくす!?」

 

 言い終わる前に漣の頭部に拳骨が炸裂する。今回の相手は霞で、朧に比べて容赦なかった。

 

「痛いー! かすみん、ちょっとは手加減してヨぉ」

「変なこと言うからよ! ふん」

 

 ぷいっとそっぽを向く霞に対し「やっぱり、素直じゃない」と響が呆れ、一同は笑い出す。

 そうして、長く辛かった一日は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 入浴を終え、紫色の生地にウサギが疎らにプリントされたパジャマ姿で曙が自室へと入ってくる。布団に入り込み、眠る段階に入った所で、彼女は大本営での提督の事を思い出していた。壊れそうだった自分を助けてくれた提督。あの時自分は、どんな気持ちだったのか?

そんな事を考えつつ曙は、司令長官から貰った紙切れを机の上から拾い上げる。

 

「こんな小さい子でも、ちゃんとお礼言えるのにね」

 

そう自嘲気味に呟きながら、紙切れを見つめ、再び机に置く。

 

「クソ提督、今日は、あ、ありがと」

 

 顔を赤くしながらも曙は、その場にいない提督に対してそう呟き、夢の中へと落ちていった。

机の上に広げて置かれた紙切れ――【中町の幼い娘からの手紙】。そこには、拙い大きな字でこう書かれていた。

 

 

 

 

『おふねの おねいちゃん おとおさんを たすけてくれて ありがとお』

 

 

 

 

                 次回予告

 

「提督、しっかりして下サイ!」

 

                       「おとーさん! おかーさん!!」

 

「それは決して終わらぬ、あやつの悪夢なのだ」

 

                          「漣は、サイテーな奴デス」

 

「もうあんたを悲しませたりはしない!!」

 

                         「サヨウナラ、ぼの……」

                  

 

                             次回【赤い空の記憶】




世界観設定

【大本営鎮守府】

 横須賀に存在する、全ての鎮守府の総本山である施設。
陸地より橋を渡った先に存在する巨大な人工島で、大本営本部を始め、艦娘用の学校や居住区、森林公園や甘味処等も存在する。
 艦娘にとっては、この島内部だけで生活や座学・訓練等全てが賄える様になっているが、それは見方を変えれば、彼女達を島に隔離しているという事となる。
 基本人間が勤務している場所は大本営本部の建物内部のみで、各自住み込みで働いている。内部構造が、工廠や研究・開発エリアから主力艦隊の居住区及び司令室の存在する地下エリア、エントランスを中心とした売店や食事処のある一階、職員の居住区や各部署の存在する上階、総監室や会議室の存在する最上階と言う風になっている。
 所在地が横須賀なのは、かつての横須賀鎮守府にあやかって……と言う訳ではなく、どうも艦娘の建造と何か関係があるらしい……?

【主力艦隊】

 提督の指揮する艦隊の中でも最強の艦隊にして大本営直轄の主力の艦娘達で構成されるエリート部隊。司令長官の指揮の下、制海権奪還及び深海棲艦撃滅の為の主要任務を日々遂行している。
 主力艦隊は複数の部隊で構成され、今回の作戦で曙、潮と行動を共にした翔鶴、瑞鶴は、【第二部隊】所属。他の第二部隊所属の艦娘には、妙高型の重巡洋艦や綾波型の駆逐艦が居る。




人物紹介

【埋田 悟】

 現在の総監。提督や艦娘達にとって最上位の存在だが、彼は艦娘の事を、感情まがいのものを持った兵器・道具としてしか考えておらず、彼が直接各鎮守府に伝える命令には、艦娘の命を軽視した危険なものが多い。これは彼の上述の思想故に「沈んでもまた建造される」と言う考えで居るためであり、実際に轟沈した艦娘も少なくはない。
 その様な所業故、艦娘達にとっては天敵の様な人物だが、性根の腐った悪人と言う訳ではなく、あくまでその行動原理は【人類の平和を取り戻す事】である。
 名前の由来は阪急梅田駅+サトル少年。

【司令長官】

 主力艦隊を率いる人物にして、提督達にとっての直属の上司。本名不明。常に抑揚のない且つ静かで厳しい口調で話す仏頂面の男性で、年の頃三十代辺りの謎の多い人物だが、司令長官と言う大役を任されているだけあり、年齢不相応の貫録を持つ。
 基本は埋田総監同様、厳しい物言いをするものの、彼の場合はその言葉の中にも、自身の非を認めたり、艦娘や提督を励ます様なものが見え隠れする。そう言った所からか、総監と異なり、彼の性格を知っている艦娘――特に直属の部下である主力艦隊の艦娘達からの人望は厚い。

【尾坂 淳】

 前総監にして、大本営鎮守府の創設者。提督達の基盤を作った人物。
最初に現れた艦娘・大和に手を差し伸べ、人類と艦娘が力を合わせる切っ掛けを作った。
 紆余曲折を経て、当時海上自衛隊の傘下に過ぎなかった大本営を独立した組織に纏め上げ、大和を始めとする艦娘と共に数十年にも渡る戦いの末、日本近海の大部分を奪還したが、数年前に病に倒れ、大和に後の事を託してこの世を去った。
 名前の由来はJR大阪駅+万城目 淳。


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第五話【赤い空の記憶】
5-1


(※)注意!今回は劇中で、グロテスクな情景描写が出てきます。そう言ったものが苦手な方は閲覧を控え、回れ右をお勧めします。


 それはあまりにも突然の出来事だった。魚雷により致命傷を負ったその駆逐艦は、例えその時に恐怖や絶望と言う感情を持っていたとしても、それを感じる間もないであろう位にあっという間に水底へと沈んで行く。事態に気づいた僚艦と思しき駆逐艦が慌てて駆け寄るが、もはやどうにもならない。沈みゆく駆逐艦は、僚艦が波に揺られ軋む音が、まるで自分の死を目の当たりにして少女が泣きじゃくっている様に映る。

 

「……! ……!!」

 

 否、実際に沈みゆく駆逐艦には、僚艦の姿が少女に見えていた。泣きながら手を差し伸べる僚艦だったが、駆逐艦は容赦なく残酷に暗い海の闇へと吸い込まれていく。僚艦の少女の顔に、悲しみや後悔、そしてこんな事をした敵に対しての憎しみが広がってゆく。

 

「……!!」

 

 やめて。■のせいでそんな表情をしないで。必死に語る駆逐艦だがその叫びが少女に届く事は無い。やがて少女は、海面に浮かぶ駆逐艦の乗員に筏を投げ『少し待て』『頑張れ』と励ますと、安全確保の為姿の見えぬ敵の影を求めて駆け出して行った。

 そんな少女に、決して届かぬ手を伸ばした所で、その駆逐艦の意識は深く暗い闇へと霧散していった。そんな、毎晩見る悪夢だった。

 

 

 

 

 パチリと目を開け、漣の意識は現実世界へと舞い戻ってくる。いつも見るあの時の光景は、今朝は随分と鮮明だった様な気がした。

時刻は0400――まだ起床には早い時間だったが、二度寝をする様な気分になれなかった漣はそのまま起床する事にした。服を着替えてそっと廊下を出る。

 一階に降りた漣は、ふと浴場の方から人の気配がする事に気づいた。こんな時間に一体誰が?と疑問に思うと同時に、浴場からシャワーを浴びていたと思しき提督が出てきて鉢合わせとなった。

 

「ん? 漣か。まだ起床時間には早いぞ」

「ご主人様も、早起き過ぎじゃないデスか?」

「まあその……ちょっと、な」

 

 沈んだ声で提督が答える。先程まで眠っていただろうに、酷く疲れているようだった。そもそも、こんな朝早くにシャワーを浴びているのは、汗でもかいたのだろうか?

 何となく漣は、もしかすると提督は自分と同じ様に、悪夢にうなされているのではと推察する。

 

「なーんか朝から元気ないデスね。酷い夢でも見ました?」

「まぁ、そんな所かな」

「それは災難でしたネ……仕方ない。折角早起きしたんだし、漣が朝のお仕事手伝いますヨ」

「いいよ。まだ日も昇ってないし、もう少し寝ていろ」

「いえいえ。漣もちょっと、寝苦しくなったって言いマスか……まぁ、遠慮せずに使ってやって下サイ」

「ん、そうか……じゃあ書類の整理を頼むかな」

「ほいっさっさー。ちゃっちゃと片づけますヨん」

 

 

 

 

 漣の助けがあったのもあってか、朝一番の書類整理等は三十分もかからず終了した。

起きたばかりだと言うのに手際よく仕事をこなす彼女の動きに、提督はただ感心するばかりだった。

 

「お前ってやっぱり凄いんだな」

「むっ。やっぱりってどう言う意味デスかぁ」

「い、いやすまん。ただ、漣はいつもその……不真面目そうな態度を取っていたからさ。こう言う雑務とかをこなすのが違和感があってな」

「ああ成程、そう言う事デスか。確かにいつもふざけていると思われがちですが、まぁちょっと本気は、凄いでしょ?」

「ちょっとどころじゃないよ」

「まったまたぁ……まぁそれに、ふざけてた方が周りも楽しくなると思いますからネ」

 

 言葉の最後の方を言い終わる漣の顔。その表情に、一瞬だけ何か陰りの様なものが見えた気がした。

「漣……?」提督は思わず、彼女にそう問いただすが……。

 

「……さっ、お仕事も終わったし、皆が起きてくるまでテレビでも見て寛いでおきまショ!」

「え? あ、あぁ……」

 

 何かから逃げる様に、漣は無理やり話題を切り替え、提督の背中を押して食堂まで移動した。この鎮守府にも一応、大本営から支給されたテレビが食堂に設置されており、基本外に出る事の出来ない提督にとっての数少ない情報収集の場及び娯楽となっている。どうも漣は、それにかこつけて面白そうな番組でも見ようとしている様だった。

 

 

 

 

「さてさてー、気になる番組は?っと」

 

 ピッとテレビの電源を点ける漣。

 

”次のニュースです。各地で猛暑の続く中、海水浴場では水難事故への注意が……”

「ニュースデスね」

 

 ピッとチャンネルを変える漣。

 

”夢の高速鉄道【新幹線】、いよいよ来年運航開始を……”

「ニュースデスね」

 

 ピッとチャンネルを変える漣。

 

”漁船の原因不明の海難事故が相次いでおり、海上自衛隊では事故と深海棲艦による襲撃の両面から……”

「ニュースデスね」

 

 ピッとチャンネルを変える漣。

 

”アメリカが所持する艦娘二隻を欧州連合軍への援護へと向かわせる事について、ジャック・ハガード提督は……”

「…………」

 

 リモコンのボタンを押せども押せども、やっているのはニュースばかり。漣は困りましタと両手で参ったのポーズを取る。

 

「むぅ……ニュースしかやってません」

「まだテレビは深夜番組の時間だからな。仕方ないよ」

「いえいえ、まだ漣は諦めませんヨ。それなら……これでどうデスか!!」

 

 そう言うと漣は、リモコン上部にある【入力切替】のボタンを3回ほど押してテレビを衛星放送に切り替える。

 

「成程。衛星放送の専門チャンネルなら、時間帯に関係なく何かしらやっているな」

「ふふん。でしょ? 漣、ちょっと賢いデショ? さてさて、じゃあ何見ましょうかね」

 

 ピッピッとチャンネルを変えていく漣だったがやがて、一つのチャンネルの所で手が止まる。どうやら、ホラー映画の専門チャンネルの様だった。丁度凶器を持った殺人鬼が美女を追い詰めているシーンが映し出される。

 

「お、何か面白そうデスゾご主人様!」

「うっ。ホラー映画か……」

「あれ? あまり乗り気ではない」

「あ、あぁ……漣、何か別のチャンネルにしないか? 俺こう言うのはちょっとな……」

「あれれ、もしかしてご主人様。怖いの駄目なタイプですか?」

「い、いや。そう言う訳ではないんだが……」

「おーおーおー。意外と可愛い所あるんデスねぇ。大丈夫! 漣が付いていますから、見ましょうヨぉ」

 

 提督の反応が気に入ったのか、漣はそのままホラー映画の視聴を継続する事にした。

 ――もしこの時、提督の様子に気付く事が出来ていれば、彼女のこの後の運命は変わったのかもしれない。

 

「ほらほら、丁度盛り上がるシーンデスヨ?」

 

 ついに追い詰められる画面の中の美女に対し、容赦なく殺人鬼の凶器が振り下ろされる。絶叫と共に飛び散る血しぶき、そして肉片。美女の肉体は、まるで本当に抉れていくかのように千切れ飛んでいく。

最新の造形技術により表現されたそれらは、あたかも本当に人体から飛び散った様な錯覚すら覚える。ブチブチと音を立てて飛び散った肉片や血しぶきは、壁や殺人鬼の顔、そして美女の体にまで付着していく……映画の話とは言え、その様子はあまりにもグロテスクだった。

 

「う、うわぁ……こう言うタイプの映画でしたか。もっと精神的に来る奴かと思ってたんデスけどね……ご主人様、大丈夫ですか?」

 

 流石に心配になって漣が声をかける。怖いのが駄目と言っていたから、きっと嫌な気分になっているに違いない。ちゃんと謝ろうと漣は思った。

 だが、いくら待っても提督から返事は帰ってこない。

 

「ご主人様?」

「…………」

 

 妙だった。提督はテレビの方角を向いたまま動かない。顔は強張り、眼の瞳孔は細まって、口や指先が小刻みに震えていた。「?」と思いつつ漣は、提督の顔の前で手をヒラヒラさせるが、やはり反応はない。提督は心ここに在らずと言った感じだった。それは比喩ではない。提督の意識はまるで、こことは違う時間空間に存在しているかの様な……漣は何か、妙な胸騒ぎを覚えた。

 

「ね、ねぇご主人様。本当大丈――」

 

 漣がそう言おうとした瞬間、突如提督は前のめりにその姿勢のまま倒れ、全身を激しく痙攣させた。

 

「はっ……はっ……はっ……!!」

「えちょ、ご主人様大丈夫ですか!? 悪い冗談はよして……提督?」

「…………!!」

 

 提督の痙攣は止まらない。それどころか、更に震えは大きいものとなっていった。目は白目を剥き、口からは泡を吐き、過呼吸はより激しくなる。提督は、何か得体のしれない状況に陥っていた。

 

「提督、しっかりして下サイ!」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」

「あと、えと、取り合えず提督の部屋へ!」

 

 漣は提督を肩に抱えて食堂から提督の部屋に移動して、彼を布団の上に横向けに寝かせる。気道を確保しつつ体をさする事で、少しづつ提督の動きが落ち着いてきた。

 一体彼はどうしてしまったのか? ホラー映画の殺人シーンを見た瞬間、提督は激しい発作に襲われた。映し出されたスプラッター映像、彼はその奥に何を見たのか。

 

「提督、お水……」

 

 漣が組んできたコップを強引に奪い取り一気に飲み干す。その後大きく息を吐いて、提督は落ち着きを取り戻した。取り戻したのだが……その表情は、未だ何かに恐怖していた。

 

「えと、あの……提督。その、ごめんなさ――」

「出ていけ」

「え?」

「出て行ってくれ!!」

「っ!」

 

 突然の怒鳴り声に漣は、びくりと肩を震わせる。普段の温厚な提督からは想像もつかない、怒りの籠った声だった。

 そんな提督を前に、漣はどうしていいのか分からなくなり、ただ悲しみや後悔の感情に苛まれるしかなかった。

「……ごめんなさい」そう言って静かに提督の部屋を後にする漣。しんと静まり返った部屋の中、提督は布団を被りながら、自身の体を抱きしめて震えていた。

 

 

 

 

第四話【赤い空の記憶】

 

軽巡級深海棲艦

 

ヘ級

 

???

 

登場

 

 

 

 

 時刻は0700。食堂には朝食の為、艦娘達が集まっていた。尤も、霞は昨晩の出撃の際に響を庇って大破、母港までの帰還が困難なため、最寄りの鎮守府のお世話になっていて現在ここには居ない。響も彼女の付き添いで居ない。今この場に居るのはその二人、そして提督以外のメンバーであった。

 ただでさえ人数が減っている上、提督が部屋から出てこない、漣の様子が明らかにおかしい……食堂内は、どんよりとした雰囲気に包まれていた。

「……で、一体何があったのよ」長い沈黙の後に口を開いたのは曙だった。

 

「…………」

「漣、今日一番早起きだったし、何か知ってるんでしょ? って言うか、明らかに今日のあんたおかしいし」

「…………」

「もう、何とか言いなさいよ! これじゃ話進まないじゃん」

「あ、曙ちゃん。あまり漣ちゃんを急かさない方が……」

「そんな事言ったって、漣は何か事情を知っているみたいだし……ねえ、そうでしょ?」

「…………」

「クソ提督と、何かあったの? 大方、あんたの事だからまたふざけた事言って――」

「……誰のせいでふざけた事言ってると思ってんッスか」

「……え?」

 

 漣が漸く口を開くが、その声は怒りに満ちていた。その違和感に曙が気付いた次の瞬間、漣はバン! と机を叩き勢いよく椅子から立ち上がった。

 

「毎晩毎晩人の夢の中出てきて目の前で泣き喚いて、それで他人事っスか! えぇ!? こっちの気も知らないで……偉そうな事言うんじゃネーヨ!!」

 

 怒りの言葉を曙に叩きつけ、漣はそのまま走り出し、涙を後ろにまき散らしながら食堂から出て行ってしまった。後に残された一同、特に曙は何が起きたのか理解できず、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「……漣?」



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5-2

 勢い良く部屋を出て行った漣を、曙はただ茫然と見送る事しか出来なかった。シンと静まり返った食堂内に、チクタクと時計の秒針が円を描く音だけが鳴り響く。

 

「漣、一体どうしたって言うのよ」

 

 何故、漣は急に激昂したのか? 確かに前兆はあった。朝の彼女は、何かに対し塞ぎ込んでいた。だが一体、何に対して?

 訳の分からない状況に、曙は不安と、そして罪悪感に駆られていた。ついこの間、潮を言葉で傷つけたばかりではないか。また自分は、誰かを傷つけるのか。

 

「あ、曙ちゃん。漣ちゃんだって、きっと何か訳が……」

 

 曙の表情から察したのか、潮がすかさずフォローを入れるが、今の曙にはその慰めは寧ろ残酷だった。いつもは気の利いた言葉で場を和ませる枕崎も、原因が全く分からない状況なので困り果てていた。気まずい沈黙だけが、その場を支配していた。

 

 

 

 

「さっきの漣の言葉は、本心じゃないと思う」

 

 不意に聞こえる声。朧だった。普段あまりこう言う話題に入って来ない意外な少女の声に、全員がその方向を向く。朧は、そんな視線に一瞬戸惑いながらも言葉を続けた。

 

「漣が何で今あんな状態なのかは知らない。でも、曙に対して言った事には心当たりがある」

「何か知ってるの? 知ってるなら教えて!」

 

 食い入る曙を制しながら、朧はしばらく思案する。言い出してはみたものの、これは漣のプライバシーに関わる事だ。彼女の断りも無しに言っていいものなのか考えた。

 だが、今の曙にはちゃんと話しておかないと、曙は余計に気を病んでしまう。それは漣も望んでいないであろう事も理解していた。

 朧は、決心して口を開いた。

 

「……漣ね、毎晩最後の時の事を夢に見ているのよ」

「最後の、時……?」

 

 朧の言葉を聞き、曙はハッとする。艦娘が戦舟だった頃の記憶を夢に見る事は珍しい事では無い。現に曙も、先の五航戦の二人との共同作戦の際に忌まわしい記憶を見た事があるのだ。それ自体は驚く事では無い。

 重要なのは、漣が見ているのが【最後の時】の光景である事だった。駆逐艦漣が轟沈した時、その場にはもう一隻僚艦が居たのだ。曙が忘れるはずがない、その僚艦こそ――。

 

「漣が見ている悪夢は、曙ちゃんに関する事なのよ」

 

 

 

 

 駆逐艦漣の最後、それはとある船団の護衛任務中、突然の出来事だった。度重なる空襲から、空を警戒していた曙と漣に向かい、突如敵の【潜水艦】から魚雷が発射されたのだ。魚雷は漣に三本命中し、漣はあっと言う間に轟沈してしまった。

 曙は、すぐに助けに行きたかったが、周囲に潜水艦が潜んでいた為迂闊に動くことが出来ず、止む負えずに筏を投げて、少しでも乗組員を救おうとしたのだ。

 そのお陰で、漣の乗組員は比較的多く助かる事となったが、この出来事は曙にとって、大きな傷の一つとなったのだった。

 

 

 

 

「最初は、ただ単に駆逐艦だった頃の光景だったらしいの。でも艦娘としての曙ちゃんに出会って、心を閉ざしたあなたを見てからは、夢の中の駆逐艦曙が、あなたと被って見えるようになった……漣はそう言ってたわ」

「漣ちゃんが、そんな夢を見ていたなんて」

「あいつは、曙ちゃんが心を閉ざしている事に少なからず責任を感じてるんだと思う」

「そんな……じゃあ、あたしは……」

 

 朧から語られた漣の悪夢。それにより、曙は全てを理解した。朝の漣の様子、そんな彼女が急に激昂したその理由を。結局のところ、自分は潮だけでなく漣まで傷つけてしまっていたのだと、曙は激しく自己嫌悪に陥った。

 朧は、そんな曙を見かねたのか、大丈夫と曙の両肩に手を置いた。

 

「心配しないで。さっきも言ったけど、漣は本心であんな事を言ったんじゃないよ。色々何かが重なっただけで、本当は曙ちゃんの事は大好きなんだから」

「で、でも……」

「あいつがいつもふざけているのはね、あなたに笑っていて欲しいって言うのもあるんだよ……勿論、大部分は本人が楽しいからだけどね」

「…………」

「朧に任せて。艦娘になってからなら、あいつとの付き合いは皆より長いから」

 

 そう言って朧は立ち上がり、部屋の外へと向かっていく。曙は一度朧に付いて行こうとするも、枕崎がそれを優しく止める。一同は、一先ず朧に任せる事にした。

 

 

 

 

 鎮守府から少し離れた林の先、海が見渡せる崖の上に開けた場所があり、どこからか拾われてきたであろうガラクタや置物が不規則に並べられている。

 古代の武人を象った石像、木彫りの恵比寿様の像、粘土細工にラジオ部品や玩具の腕が付けられた謎生物の像、どうやって持ってきたのか横倒しにされた土管には、白いハンペンか餃子の様なキャラクターが描かれている。

 ――ここは、漣のお気に入りの秘密基地。彼女は、土管の上で三角座りをしながら蹲っていた。

 

「…………」

 

 無気力に海を眺める漣。彼女は自分の行いを強く後悔していた。提督があんな事になったのは明らかに自分が原因だ。あの時、もっと提督の様子に注意していればこんな事にはならなかった。自分の独りよがりな行動が招いた結果なのだと責めた。

 曙の事だってそうだ。何も知らない曙に、感情任せに怒鳴ってしまったのだ。夢の中でも現実でも、漣は曙に笑顔で居てほしかった。なのに自分は、その曙に酷い事をした。「ぼのちゃんは、何にも悪くないのにね」そう呟き、彼女は心の中で自分を責め続けた。

 と、ガサガサと漣の背後で誰かが歩いてくる音がする。漣は、ハッとして顔を上げ、振り向こうとした。

 

「ぼの――ぺじねらっ!?」

「やっぱりここに居た」

「うぅ……何だ、ぼーろちゃんか。今漣は冗談をかませる気分じゃ……」

「でも、やっぱり漣はふざけてた方が漣らしいよ」

「何っすかそれ……」

 

 朧は土管に乗り上げ、チョップによる痛みで額を抑える漣の横に腰を下ろして座り込む。そうして、二人して暫くの間、無言で海を眺めていた。

 

「皆、心配していたよ」

「…………」

「……曙ちゃんの事は、悪いけど話させてもらった。あのままじゃ話が先に進まなかったからね」

「そっ……か。ぼのは何て?」

「流石にショック受けてた。潮と色々あってあまり経ってないからね」

「やっぱりそうなるよネ。だから言わないでって言ったのに」

「今回はしょうがないよ」

「デスよねー……本当、漣はしょうがない奴です」

「…………」

「漣は、ぼのに笑っていてほしかった。夢の中みたいに、あんな後ろ向きな姿を見たくなかった。なのに、漣はそれを自分自身で台無しにしてしまった」

「…………」

「本当、漣は――」

「朧と漣が、艦娘になって初めて会った時の事覚えてる?」

 

 しばらく黙って漣の言葉を聞いていた朧が、突然それを遮った。えっと朧の方を見る漣。朧は、漣の方を向かず前面に広がる青空を、昔を懐かしむ様に眺めていた。

 漣は、その様子に言葉を返していいものかと一瞬悩んだが、朧がそれ以降言葉を続けないので、会話を続ける事にした。

 

「……初めて会った時の事?」

「朧、あの大戦の時は七駆の皆と一緒に行動する事って殆どなかったでしょ?

だから、艦娘になってからも、皆とはあまり馴染めなかった。皆と思い出を共有できない事が、コンプレックスになってた」

「……懐かしいなぁ。あの頃のぼーろちゃん、漣の事避けてたからね。その割にしょっちゅうチラ見してたけど」

「あ、やっぱりバレてたんだ」

「バレるヨ。ぼーろちゃんは何て言うか、真面目すぎるの。然り気無い動きとかが下手くそだから、すぐ分かる」

「そうかなあ」

「そうだよ」

「……まあいいよ。とにかく、あの時だって漣は、朧の事を気にかけてくれたよね」

 

 

 

 

 養成学校時代。朧が、食堂内で他の艦娘にちょっかいをかけている漣に気付き、話しかけようと手をあげる。だが、自信がないのかすぐに手を下ろしてしまった。寂しげに反転し、その場から朧は立ち去る。

 漣がその後ろ姿に気付き、艦娘にゴメンの仕草を行った後に朧の後を追った。

 

「ちょっとそこな艦娘さん!」

 

 食堂から離れた廊下で、朧に追い付いた漣が声をかける。朧は、驚きと不安から少し後ずさった。

 

「な、何……?」

「あなたは綾波型の娘デスよね。もしかして、朧の艦娘デスか?」

「……そうだけど」

「やっぱり! この間からよく見かけるからそうじないかと思ったんデスよー」

「そ、そうなんだ」

「朧ちゃん、いつも遠くから漣の事見てましたよね? 見てるだけなんて面白くないデスよ。一緒にきたきた」

「えぇ、ちょ、ちょっと」

 

 

 

 

「今だから正直に言うけどさ、朧、あの時の事嬉しかったんだよ? 朧の事も、第七駆逐隊の一員として受け入れてくれて」

「…………」

「漣はさ、そのくらい相手の事を考えれる艦娘なんだよ。しょうがない奴なんかじゃない、朧が保証する。だからさ……そんな一人で塞ぎ込むんじゃないわよ」

「ぼーろちゃん……」

「戻ろ。曙もショック受けてたし、漣が声かけてあげないと」

「……そうだね。ぼのちゃんには悪い事しちゃいましたし、ちゃんと謝らないと」

 

 そう言って漣は土管から降りて、鎮守府への道を進みだす。朧も、それを確認して一緒に歩き出した。

 ふと、漣は途中で足を止め、朧が数歩進んだあたりで声をかけた。

 

「ぼーろちゃん、あの!」

「ん?」

「……有難う、デス」

「……どういたしまして」

 

 

 

 

 鎮守府へと戻って来た二人を曙達が迎えた。曙は、真っ先に漣の元へと駆け寄っていく。

 

「漣! その……さっきは、ごめん。漣の気も知らずに、あたし酷い事言って」

「いいよもう。あれは、漣が悪いんだから」

「でも!」

「あーもう、またぼのちゃんのでもが始まった! もう忘れて下サイー」

 

 尚も謝ろうとする曙に対し、漣はお茶らけて返した。まだ気持ちが整理できた訳では無かったが、曙がまた悲しむのは嫌だったので、無理矢理にでもふざけたのだ。

 

「ほら曙。漣もこう言ってるんだし、お言葉に甘えておきなさい。

……でも漣、一体何があったの? 事の発端は、提督が朝から引きこもってる事と関係があるんでしょう?」

 

 曙をフォローしつつ、枕崎が漣に問いかける。そう、事態はまだ収まってはいないのだ。枕崎としても、ぶり返すのは正直心苦しかったが、このままにしておく訳にもいかない。

 漣もそれを理解しているのか、彼女の真意に応える事にした。

 

「はい。提督がああなっているのは、漣のせいデス……皆まで巻き込んで、ごめんなサイ」

「あ、謝らないでよ。クソ提督の事は、皆で解決すべきなんだから」

「曙ちゃんの言う通りです。漣ちゃん、言いにくいとは思うのですが教えて下さい。一体、提督と何があったのですか?」

「はい。今朝の事なのですが――」

 

 漣が朝の事を語りだそうとしたその時、鎮守府の方に近づいてくる車の音が聞こえてきた。一同が道路の方を見ると、一台の乗用車が向かってきているのが見える。

 やがて乗用車は鎮守府の駐車場に止まり、中から一人の男性が下りてきた。穏やかな表情に白い髭を生やした老齢の男性、だがその体は、そんな優し気な風貌に反して非常にガタイがいい。

 老人が、鎮守府の入口まで歩み寄り、彼女達に言葉を投げかける。

 

「失礼、君たちはここに配属されている艦娘だね? 提督に会いたいのだが、彼は今どこに居るのかな」



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5-3

(※)注意!今回も引き続き劇中で、グロテスクな情景描写が出てきます。そう言ったものが苦手な方は閲覧を控え、回れ右をお勧めします。


 突然の来訪者たる謎の老人の問いかけに、その場に居た艦娘達は言葉に詰まってしまう。今、提督は人前はおろか、自分達の前に姿を現す事すら困難な状態なのだが、それをどう説明すればいいものか。

 「むう……」突然、老人がそう言葉を発し、何かを思案し始めた。やがて、合点したように手をポンと叩く老人。

 

「失礼。名乗るのが遅れた様だね……私の名は【南波(なんば)】。ここの提督の――そうだな、保護者とでも言うべきか。今日はそれで、久しぶりに剛の奴の顔を見に来たのだが……」

 

 艦娘達の困惑を、自己紹介をし忘れたためと捉えた南波老人は、改めて自身の名を明かす。事務的な事であれば秘書官の曙か枕崎で事足りたのだが、彼が用があるのは他ならぬ提督自身である。艦娘達はますます困り果てた。

 

「すみません。ク、ごほん……提督は、今ちょっと人前に出られない状態なんです」

 

 漸く曙が、そう話を切り出した。それを聴いた南波は、ふむと顎に手を当てて何かを思案し始める。やがて、南波は彼女達の前に歩み寄った。

 

「何やらただ事ではない様だね。良ければこの老いぼれに、何があったのか話してくれないかな。何、これでも剛の事は良く知っている。力になれるかも知れないよ」

 

 

 

 

 漣達の話を聴きながら、南波老人は深刻な顔をしながら顎に手を当てて何かを思案していた。

 

「……成程。事情は大体理解したよ。確かに漣くんは、少々拙い事をしてしまったかもしれないね」

「っ……!」

「ああ、気にしては駄目だよ。君は何も知らないのだ。そこで君が責任を負うのは、些か理不尽と言うものだ」

 

 気負う漣をフォローする南波だったが、やはり漣は納得できないでいた。自分が原因で、提督がおかしくなってしまったのだ。出来る筈も無かった。先の朧とのやり取りで落ち着きを取り戻してきていた彼女の心は、今再び曇り始めていた。

 

「さ、漣ちゃん。あまり抱え込まないで。これは私達皆で解決しないと駄目な事だから……」

「…………」

「あう……あっあの、南波さんは、提督の今の状態に心当たりがあるのですよね?」

 

 たまりかねた潮は、南波に助け舟を求めた。この現状を打破できるのは、恐らく彼だけである。

 

「ふむ、大凡の見当はついておる。剛の現在の状態は、あやつの過去の出来事に起因しておるのだ」

「……では教えて下さい。提督に、一体何があったのですか?」

 

 潮のその問いかけに、南波は顔を曇らせた。どうもこれはデリケートな問題で、そう簡単に言っていいものなのかと自問自答しているのだ。艦娘達の顔を見やる。皆が皆、不安を隠せずにいる。南波は、意を決して口を開いた。

 

「……そうだな、君たちは剛の艦娘だ。この様な状況になった以上、知る権利がある」

 

 南波の言葉に、皆が注目する。

 

 

 

 

「剛の奴はね、幼い頃に、両親を目の前で深海棲艦に殺されておるのだ」

 

 その場にいた全員に戦慄が走る。提督が、両親を殺されている。そのような事、今まで提督は一言も彼女達に話さなかった。話したくなかったのかもしれない。いずれにしても、彼女達には衝撃的な内容だった。「それは決して終わらぬ、あやつの悪夢なのだ」と、南波は言葉を続けた。

 

 

 

 

「――今から20年ほど前。艦娘達の活躍で、日本近海の深海棲艦は一掃され、制海権は奪還されたも同然の状態だった。今思い返せば、それは一時的なものだったのだが……いずれにせよ、平和になった以上人々が再び海に踏み入ろうとするのは当然の摂理で、遊覧船ビジネスを開始する企業が幾つか現れた……剛の一家が乗船した遊覧船【マウンテンガリバー号】もまた、そんなビジネスの一つだった」

 

 海原を進むマウンテンガリバー号。その船上の甲板にて、楽し気に海を眺める家族が居る。

 小さな男の子は、父と母に連れられながら眼を輝かし、大海原を見つめていた。

 

「特に、幼かった剛にとっては、初めて見る海はさぞ美しく映っただろう。【その時】が訪れるまでは――」

 

 炎に包まれる船内に一人取り残される剛少年。崩れ往く船の中、炎の音と人々の凄惨な悲鳴が次々と上がり、剛少年はただただ恐怖で泣きじゃくるしかなかった。

「おとーさん! おかーさん!!」悲痛な叫びも、それ以上に恐怖や絶望の叫びや崩落する音によってかき消されていく。

 

「剛!!」

「!! おとーさん! おかーさん!」

「ああ、よかった!」

「もう大丈夫だ! 父さんと母さんが付いているからな!!」

「うん……」

 

 父親の胸にしがみつき、一先ず安心する剛少年。その時、どこからともなく【音】が鳴り響いた。その音は、闇に染まった海の方から聞こえてくるようで、まるで獣の咆哮の様な――。

 

「おとーさん、あれ……なに?」

 

 そして剛少年は見た。炎に照らされた海の向こう、口を大きくこちらに向けた、人の様な【白い化け物】の姿を。化け物の口から、ドンと言う鈍い音が響く。続けて近づいてくる風切り音。

 

「剛、危ない!!」

 

 咄嗟に父親に突き飛ばされ、後方の壁にぶつかる剛少年。その直後、すさまじい轟音と共に、ビチャリと、何かが剛少年の顔にこびりついた。

 

「――え?」

 

 手でそれをぬぐう剛少年。附着したのは、赤い液体や肉の欠片。

 

「あ……あ……」

 

 幼いながらも、剛少年は理解してしまった。それは先程まで、自分の父と母だったモノ――。

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」

 

 

 

 

「――SOSを受けた艦娘達が現場に到着した頃には、深海棲艦も姿を消し、何一つ残らなかった……ただ一人の生存者である、剛を省いては。発見された当初、瓦礫の中に放心状態で埋もれていたと聞く。恐らく、それが運よく深海棲艦の眼を逃れる結果となったのだろう……それが、あやつにかつて起こった出来事の顛末だ」

 

 南波の話を聴き終わり、その場にいた全員がショックを隠し切れなかった。それ程までに、提督に隠されていた過去は、凄惨なものだったのだ。漣はますます顔を青ざめ、潮に至っては耐えきれずに泣いてしまい、曙がそれを慰める。朧と枕崎は、ただ黙って何も言えないでいた。

 

「……すまない、やはり話すべきではなかったかもしれないね」

「……いいえ、話を聴けてよかったデス。やっぱり、朝のテレビが原因だったんデスね」

「うむ。恐らくその映画には、血や肉片を連想させる映像が含まれていたのだろう? 剛の奴はね、そう言った経緯からそれらを見ると、当時の事がフラッシュバックし発作を起こしてしまうのだ」

「漣は、何てことを」

 

 青ざめた漣が何度目かのその言葉を投げかける。それ程までに、漣は後悔していた。

 

「先ほども言ったが、君は何も知らなかったのだ。だから気に病むことはない。今までも、ちょっとした切っ掛けでこうなった事はあるのだ。暫く経てば、またいつもの剛に戻ってくれるよ。駄目なのは、君の方がずっとそれを引きずる事だ……分かったね」

「……ハイ」

 

 南波の言葉に、漣は一先ず落ち着きを取り戻す。彼の言葉には不思議と安らぎがあり、漣も安心することが出来た。何となく、この南波と言う老人は艦娘にとって理解者なのだろうと、その場の全員が感じていた。

 

「うむ……私が今日ここに来たのも何かの縁だ。剛が回復するまで、君たちの面倒を見させてはくれないかね」

「え?」

 

 突然の南波の提案。ここまでの経緯から、彼が信頼に値する人間であることは彼女達も分かっているが、果たして世話になっていいものだろうか?

 

「何、私も大本営とは無関係な人間ではなくてね。君たちの運営方法は少しばかり心得ている。剛の様には行かないとは思うが、代理くらいには力になれる」

「そんな……いいんデスか?」

「構わんよ。剛は私にとって、実の息子の様な存在だ。私も力になりたいのだ」

「……有難うございます」

 

 いつものふざけた態度ではなく礼儀正しい動作で漣はお辞儀する。彼女達は、南波の厚意に甘える事にした。

 

「うむ。それにしても、剛の奴は立派に提督業をやっておるのだな」

「ハイ。ごしゅ……提督はいい人デス。艦隊指揮はまだちょっと心もとない所もあるけれど、漣達の事を可愛がってくれるし、酷い事を言われたら庇ってくれたりします。ね、ぼーの」

「……え?」

 

 漣からの急なフリに、それまで聴きに専念していた曙は困惑した。

 

「えっ、な、何?」

「もう、提督が素敵な人だなって話!」

「は、はあ? 何であんなクソ提督むぐぐ!?」

 

 横に居た朧が慌てて曙の口を塞ぐが、南波にはばっちりと「クソ提督」の四文字が聞こえていたようだ。目を丸くしている。

 

「クソ……」

「……アチャー」

「あ、いや、その、これは……」

 

 気まずい空気が部屋中に流れる。やがて……

 

 

 

 

「……わははははっこれは愉快! あやつめ、艦娘からそう呼ばれておるのか」

「えっ、えっ?」

「よいよい。その様な呼称で呼ぶのであれば、それほど信頼されていると言う事なのだろう。漣くんも、先程何か言いかけた様だしね?」

「あー……いや、漣は……はい、【ご主人様】と呼ばせて頂いてマス」

「ぶははははっ!! ご主人様と来たか! 全く、剛の奴も面白い艦娘を集めたものだなあ」

 

 余程ツボに入ったらしく、大笑いする南波。一同はポカンと口を開けたままだ。

 

「くくく……これは失礼。それでいいのだよ。一部では艦娘を兵器とし、非人道的な扱いをしようと言う流れもある。だからこそ、対等に君たちと向き合う姿勢と言うのは大事な事なのだ。君たちの言葉から、それがちゃんと伝わって来た……剛の奴は、しっかりと提督をやっている様だね」

 

 南波のその言葉に、一同は安心する。場の空気が一気に和らいだ様だった。

 

「漸くみんな、普段の空気に戻った様だね。それでいい。五人とも、普段通りの姿勢で剛の奴を迎えてやっておくれ」

「……ま、まあ。別にクソ提督の事は心配じゃないけど、皆がそうするならあたしも……ん、【五人】?」

 

 曙が違和感に気付く。今現在、鎮守府には霞と響は居ない。残っている艦娘は、曙、潮、漣、朧の【四人】である。

 しばらく考えた後、四人が一斉に枕崎の方を見る。

 

「……え!? あ、やだなあ。私は艦娘じゃないですよ! ここで働かせてもらっている、人間です」

「おや? そうだったのか、これは失礼した。馴染み過ぎていて、てっきり君も艦娘かと思ってしまったよ」

 

 ドッと笑いが起きる。先程までの暗い雰囲気が、嘘の様に消え去った。やはりこの南波と言う老人は不思議な人だ。艦娘達はそう思ったのだった。

 

「……さて、一先ずは剛の奴に声だけ掛けておく事にするかな。あやつは自室かな?」

「はい、ご主人様ならそこに」

「うむ、有難う」

 

 漣に礼を言って、南波が鎮守府の中に入っていく。

 

 

 

 

 その時、司令室のモニターから緊急事態を告げるサイレンが響き渡った。南波を始め、一同は反射的に司令室へと駆けこむ。

 

”可香谷提督、緊急事態で……南波さん!? 何故あなたがそこに”

「久しいな大淀。ちょっと剛の様子を見に来たのだ……少々剛の奴が、拙い事になっていたのだがね」

”……成程、大体察しました。ですが困りましたね……今緊急のSOSが入って、可香谷提督の鎮守府からが現場に一番近いのです”

「心配はいらん。私が代わりに指揮を取る……皆もそれで、構わないかね?」

 

 改めて確認する南波。艦娘達は全員、首を縦に振った。

 

「と言う訳だ、大淀。構わんね」

”……はい。貴方なら問題は無いでしょう。お願いします”

「うむ……それで、状況は?」

”はい、そこから近い海域で、漁船が深海棲艦の襲撃を受けています。生存者は不明、急いでください!”

「分かった、直ちに出撃する……みんな聞いたね。急ぎたまえ!」

 

 南波の言葉に、四人の艦娘は「はい!」と答えて、司令室を飛び出す。

 

 

 

 

 入り口まで出た所で、霞と響の二人と鉢合わせた。傷を癒し、漸く帰って来た所の様だ。

 

「今戻ったわ」

「皆、私のせいで迷惑をかけた。Прошу прощен――(すまな――)」

「ちょうどいい所に! 緊急事態よ、補給したらすぐに来て!!」

「え、えっ?」

「ちょっと、一体何なのよ! 状況を……」

「後で話す!」

「あ、ちょっと、待ちなさいったらー!」

 

 

 

 

 海のど真ん中、今にも沈みかかっている漁船の頂上で漁師二人が恐怖のあまり抱き合っている。そしてその視線の先……怪物の頭から人の上半身が生えた様な、異形の深海棲艦【軽巡ヘ級】が咆哮を上げ、襲い掛からんとしていた。



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5-4

「MG号事件ね」

 

現場へと向かう中、霞がそう呟いた。

 

「霞ちゃん、知っているのですか?」

「……私も聴いた事があるだけよ。今から数十年ほど前にあった、遊覧船MG(マウンテンガリバー)号をたった一体の深海棲艦が襲撃し、大規模な人的被害を出した未解決事件」

「私もそれは聴いた事がある。襲撃を行った深海棲艦は発見されず、生存者は唯一人の少年のみだったらしいね」

 

 霞の言葉に響が付け加える。海上を移動しながら、二人は事態の大凡の顛末を曙達から聴かされていたのだ。

 

「まさかその生存者の少年が、司令官だったなんて驚きね」

「Я согласен(同感だ)。私達は司令官の事を、何も知らない」

 

響の言葉に皆が黙り込んだ。思えば、提督は彼女達に自身の事を何一つ語ってはいない。上官と部下としての関係であれば、それはあるべき姿なのかもしれない。だが、提督がその様な関係であろうとしなかった事は皆分かっていた。

 

「……何か、やり切れない」

「曙?」

「あたし達が、クソ提督がそんな目に遭った時にその場に居なかったのは仕方が無いと思う。でも……うぅん、だからこそ、あたし達の手の届かない所で、惨劇に見舞われ、不幸な運命を辿る人が居る。それがやり切れないなって」

 

 暗い表情で曙はそう答える。自覚してはいなかったが、提督の現状に一番歯痒さを覚えていたのは彼女だった。自分の為に体を張り、自分を認めてくれた提督を、自分は何もしてあげられない。それが我慢できない程悔しかったのだ。提督の過去は表沙汰にしていいものでは無い事は分かっている。それでも――。

 

《それで良いのだよ、曙君》

 

 そんな沈んだ空気を破ったのは、通信機越しの南波の声だった。

 

「南波さん?」

《君たち艦娘は、決して完全無欠のヒーローではない。どんなに頑張ろうと、救えない命もあれば、届かない想いもある。大切なのは、最後まで諦めない事だ。君の、君達の想いはきっと剛の奴に届く筈だ》

「…………」

 

 南波のその言葉を受け、曙は改めて考える。自分は今、提督の力になりたいのだろうか。最後まで諦めなければ、彼を救う事が出来るのか。その願いは、提督と出会うもっと前から抱いていた様な気がしていた。

 

 

 

 

 ふと、曙の脳裏に突如見知らぬ光景が浮かび上がる。ノイズだらけのぼやけた視界、微かに見える地面に並べられたかつてヒトだったモノ。そしてその中央に佇む、おぼろげな影。

 

 

 

 

(……今のは?)

 

フラッシュバックにも似たその光景はすぐに霧散し、彼女がその全容を知る事は出来なかった。

 

「南波さんの言う通りだよ、ぼの」

「漣?」

「漣達が今すべき事は、救えなかった事を後悔する事じゃない。救えるかもしれない命を救いに行くこと! それが結果的に、ご主人様の為に戦う事にだってなるんだから」

「……そっか、そうよね。何かごめん」

「良いてことヨー……そう、ご主人様の為に、頑張らないとね」

「え?」

「……何でもない。それよりほら、行くヨ!」

 

 会話を強引に終わらせて漣は速度を上げ、先陣切って現場へと向かって行く漣。彼女の先程の言葉に一瞬見えた陰りに、曙は一抹の不安を感じた。その不安により、先程見えた謎のヴィジョンの事は直ぐに忘れたのだった。

 

 

 

 

 襲撃現場に着いた一同が目にしたのは、無残にも破壊された漁船の姿だった。船底から真っ二つに割れた船体はVの字に折れ曲がり、前面と後面が共に上を向く形で既に沈みかかっている。

 

「そんな、遅かった……!?」

《――生存者は見当たるかね》

「見た所、確認できません。周囲を探してみます」

《まだ深海棲艦が周囲に居るかも知れない。気を付けるんだよ》

「了解」

 

 南波との通信を終えた潮と朧が先行し、周囲を捜索する。「誰かいますかー?」と声をかけるが、周囲は静けさに包まれていた。やはり、船員達はもう……?

 

「…………」

 

 物陰や周囲を警戒しつつ、一定の距離を保ちながら艦娘達は漁船の残骸の間を動き回る。不気味なほどの静けさを伴うその空間は、宛ら海上の廃墟の様だ。

 沈みゆく船の前甲板部分を潮が通り過ぎようとした時、残骸と残骸の間を何かが高速で横切る。瞬時に警戒態勢になる一同だが、敵の姿を捉える事が出来ない。

 姿を見失う潮を、死角から敵の砲撃が狙う!!

 

「潮! 危ない!!」

「え……ひゃっ!?」

 

 突然の曙の声に瞬時にその場をから高速で移動する潮。直後に彼女の居た場所に水柱が上がった。周囲を見渡す潮は、左後方に異形の影を見た。

 小型のボートに歯が生えた様な物体から人型の上半身が生え、その上半身は艤装と一体化した右腕、ぼろ布の纏った胴体、顔全体を覆った肉食獣の骨を髣髴とさせる仮面と言った出で立ちのその怪物は、狙いを外した悔しさからか、体を大きく広げて雄たけびを上げた。

 

「あの深海棲艦は……」

「【ヘ級】。軽巡級の深海棲艦ね。でも……」

 

 霞は周囲に漂う船の残骸を見渡す。彼女は目の前の敵に、妙な違和感を感じていた。

 

「霞、来るよ!」

 

 雄たけびを終えたヘ級はすぐさま之字運動を行いながら素早い動きでこちらに近づく。接近戦に持ち込もうとする相手に霞は一旦思考を止め、迎撃態勢に入った。

 左腕を振りかぶり飛び掛かるヘ級を、霞は脚部艤装のジェット噴射で軽く背後に飛ぶことで回避。お返しとばかりにカウンターの主砲を放つが、ヘ級は至近距離でありながらそれを横へと回避した。

 

「チッ、これを躱すなんて……!」

 

間髪入れずにヘ級は狙いを近くに居た響へと変え、砲撃を放つ。響は一瞬驚くも、すぐさま右方向へと最大戦速で回避。彼女の銀色の髪が少し焼き切れるも、ぎりぎりで被弾だけは免れる。

 

「響、大丈夫!?」

「問題ない……Душа женщины(女の命(・・・))は傷付いたが」

「冗談が言えるなら大丈夫そうね!」

 

 冗句を交わしながら響はヘ級へ砲を向け、一旦その足元に砲撃を行いヘ級の動きを鈍らせてから本命の一撃を放った。だがヘ級はそれすらも高速移動で回避、しかし僅かながら顔を覆うマスクに火傷跡が残って居る。ダメージこそ与えられなかったが、響は借りは返す事が出来た様だ。その跡を見たヘ級は無傷ながらも唸り声を上げて威嚇をした。

 

「二人とも中々やりますネ!」

「感心している場合じゃ無い……こっち来るよ!」

 

 向かってくるヘ級を迎え撃つべく、朧と漣は構えた。

 

 

 

 

 艦娘達の戦いを枕崎と南波はモニター越しから見守っていた。

 

「敵はしぶといけれど、あの子達なら大丈夫よね」

「うんむ。しかし……」

「どうかしたの? 南波さん」

「…………」

 

 顎に手を当て、南波は思案する。先程霞がヘ級に対して抱いていた妙な違和感、南波もまた、その違和感を感じていた。

 

「何か、あの子達に心配な事でも?」

「いや、彼女達には然程問題は無い。漣君の精神状態だけがやや気がかりではあるが……私が懸念しているのはそこでは無いのだ」

「と言うと?」

「枕崎君。戦闘とは無縁の君にこんな事を尋ねるのはおかしいかも知れないが……君から見て、あの【敵】はどう思う」

「へっ、敵? ……うーん、そうねぇ……素人目に見て感じるのは――敵はヘ級一体だけ(・・・・)なの?」

「そこだ。あの船の損害に対して、敵が少なすぎる(・・・・・)。他の仲間は撤退したのか?では、あ奴は何故残って居る? それに……」

 

 

 南波は今もなお沈みゆく船を注意深く凝視する。船底からの破損により真っ二つに割れ、V字に割れた船体。

 

「あの船……破損状況から見て恐らくは魚雷による轟沈だと思うが、多方面から破壊されておる。明らかに単体での襲撃によるものではない。寧ろこの魚雷の数は――!」

 

 そこまで思案した南波は、モニターを見て表情を険しくさせる。ヘ級と交戦中の、漣の死角となっている方角より、水中を進む白い線が見えた。南波は叫ぶ。

 

 

 

 

「ハッ! さっきから逃げ回ってばかりだネ。そろそろ止めをさすよ!」

 

 回避に専念するヘ級の動きを読み、漣は狙いを定め必殺の主砲を構えた。

 

「やっちまうのね!」

《漣くん、六時の方向より魚雷だ!!》

「へっ?」

 

 南波の言葉を理解し動き出す前に、漣の右側から鈍い衝撃が走り、直後に巨大な水中が上がった。

 

「はにゃーっ!?」

「漣ー!!」

「だ、大丈夫。ちょっと中破しただけ……それより、どこから!?」

 

 慌ててヘ級の方を見る漣だったが、ヘ級は明らかに違う位置で霞と響の二人と交戦している。

 では、今の雷撃は一体どこから――?

 

《気を付けろ皆、()だ!!》

 

 南波の言葉に漣達が下……つまり、水面を見やる。「あそこです!」潮が指差した先、その水面に幽鬼の如く三つの影が姿を現した。

 

 

 

 

「南波さん、あれって……!」

「うむ……」

 

 モニタ越しに様子を伺っていた枕崎が叫ぶ。南波の表情が、険しいものとなった。

 

「潜水級深海棲艦の、【群狼戦術】だ」

 

 群狼戦術。それは、かつて某国が執った複数の潜水艦による連携戦術であり、南波が指摘したように、水面に現れた影は不気味な舟幽霊を髣髴とさせる深海棲艦……【潜水ソ級】、【潜水ヨ級】、【潜水カ級】の三体だった。

 

 

 

 

「潜水艦……!」

 

 敵の正体を理解した瞬間、漣の身体を急に震えが走る。それは、恐怖から来る震え。かつて自身に止めを刺せたモノの具現を目の前にしての事だった。

 

「漣、大丈夫?」

「だ……大丈夫です! 漣は強い子、恐怖なんて打ち勝ってやるヨ!」

「あんた潜水艦駄目でしょ。ここはヘ級に集中して」

「駄目! そんな逃げ腰じゃ、ご主人様に合わせる顔が無い!」

「漣、あんた……」

「ご主人様……提督に酷い事しちゃった分は、ちゃんと取り返すヨ!」

 

 そう言って漣は潜水級達に狙いを定める。彼女は恐怖と焦燥感から、傍から見ても冷静さを欠いていた。三体の潜水級は、そんな様を嘲笑うかのようにゆっくりと水面下へと姿を消した。「逃げんなこの!」潜水級達が消えた辺りへと最大船速で向かって行く。

 

「漣! あいつ何ムキになってんのよ」

「……曙ちゃん、お願いがある。漣の事、頼める?」

「えっ?」

「曙ちゃんが潜水艦苦手なのも、その理由も知ってる。その上でお願い。今の漣を止められるのは、多分曙ちゃんだけだから」

 

 真剣な眼差しで朧が言う。曙は潜水艦が苦手だ。だが彼女自信は、潜水艦にやられたと言う史実を持たない。その原因は、目の前で僚艦漣を沈められたと言う悔しさから来るものだった。それは即ち、今の漣の暴走の起因でもある。

 その暴走を止められるのは、朧の言う通り曙にしかできない事だった。曙は暫く考えた後に、力強く頷いた。

 

「朧……分かった。やってみる!」

「出来るだけ朧も援護するね……南波さん、それで構いませんか?」

《うむ、漣君の事は君の判断に任せよう。彼女を頼んだよ》

「了解です」

《朧君は二人と協力して潜水級の相手を、霞君と響君は連携してヘ級の撃破へ向かってくれ》

 

「Я понимаю(了解)」

「分かったわ」

 

 漣の後を追う曙、朧はそれを見守りつつ、眼下に潜む脅威を警戒する。残った潮、霞、響の三名は、目の前のヘ級へと向かい合った。

 

 

 

 

「皆、無事で居るのだぞ」

 

 司令室の南波は、モニターを見つめながらそう呟く。そして、今もなお閉まっている提督の部屋へと通じる扉を見た。

 

「剛……早く立ち直れ。お前の艦娘達はこんなに頑張っておるのだぞ」



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5-5

 先に動いたのはヘ級だった。雄たけびを上げると同時に、その上体を支えていた艤装部分の口がガパァと大きく開き中から砲口が出現、それが勢いよく火を噴いた。それに合わせ更にヘ級は右腕の砲を構え、合わせて砲撃を行う。大ぶりの下部艤装の砲撃の次弾発射の合間に速射性に優れる腕の小型の砲撃を織り交ぜての、隙の無い連続砲撃だ。

 一か所に固まっていた霞、響、潮は驚きながらも飛んできた砲撃を回避、水柱が上がる中をジグザグに突き進む。止むことの無い砲撃の雨の中、肩や脇に僅かに砲弾を掠りつつもヘ級へと砲を放つ。さしものヘ級も三方向からの砲撃には対処出来ず、ダメージを負う。

 

「やりました!」

「油断しちゃ駄目よ潮」

 

 霞の言う通りヘ級はよろめきながらも新たな動きを取る。何を思ったか、急にそれまでの苛烈な攻撃を突然止め、下部艤装に備えられた探照灯をバシ、バシと強く明滅させた。

 

「あいつ一体何を……」

「何かされてからだとマズい、動きの止まっている今の内に仕留めよう」

 

 響が砲を構え放つ。だがヘ級は即座に動き出し、砲撃を回避しそのまま移動を始める。

 

「逃げる気かい? Не убегай(逃がさないよ)」

 

 すかさずヘ級を響が追い、残りの二人も後に続いた。ヘ級は響の砲撃を躱しながらもなおも逃走を図る。

 

「鬼ごっこは終わりだ、これで仕留める」

 

 響は立ち止まりヘ級へと照準を合わせた。

 

「……はっ!? 響ちゃん危ない!」

「え? うぁっ!」

 

 突如響は側面から鈍い衝撃に襲われる。それが潜水カ級からの雷撃だと気付くのに数秒を要した。

 

「しまった、潜水艦。相手に踊らされ――」

 

 驚く響に対し、ヘ級の下部艤装から砲撃が放たれる。間に合わない!

 

「ああもう!」

 

 霞が最大船速で響の腕を取り、その場から緊急離脱。間一髪轟沈は免れ、後には巨大な水柱が上がった。

 

「すまない、霞」

「油断するんじゃ無いわよ……まあ私も失念していたけど」

「響ちゃん、大丈夫ですか?」

「問題ない……と言いたい所だが、すまない。小破してしまったようだ」

 

 響の艤装から煙が上がっている。先程のヘ級の動きは、水面下の潜水級への指揮の合図だったのだ。

 

《大丈夫かい? 響君》

「戦闘に支障はない。だが気を付けるよ」

《うむ……あの軽巡はどうやら、自身の武装に加え潜水級を指揮する能力を持っている様だ。奴らは朧君達に任せようと思ったが、悠長な事は言っていられない。君達も注意したまえ》

「了解。相手は宛ら、獣使い(・・・)と言う所か」

「上等じゃない、やってやるわよ!」

 

 血気に盛る響と霞。その横で潮は、少し離れた所に居る僚艦達の方向を見た。潜水級はどこに潜んでいるのか分からない。カ級は恐らくこちらの近くに居るのだろう。残りの二体は――。

 

「漣ちゃん、無事でいて下さい」

 

 

 

 

 潜水級を探す中、漣は今朝の事を思い出していた。突然パニックになった提督の姿と声……。

 

『出て行ってくれ!!』

 

 自分は、提督の心の奥にある傷に触れてしまった。南波さんはああは言っていたがそれは許される事では無い。漣は激しい自己嫌悪に苛まれていた。それが彼女を焦らせていた。

 そしてそれは、彼女のもっと深層の記憶をも呼び起こす。彼女がいつも見る、悪夢の記憶。あの時だってそうだ。自分が沈む事で、あの子を悲しませた。自分はいつだって――。

 

「漣ー!!」

「……え?」

 

 ふと聞こえる、件の娘の声。かつて駆逐艦漣の最後を看取った艦の化身たる少女の声に漣は我に返る。

 

「ぼの……何で来たの!?」

「漣が勝手な行動取るからじゃない! あんた、潜水艦は駄目でしょ!? 何考えてんのよ!」

「止めないでぼの。ご主人様がああなったのは漣のせいだから……ご主人様が元気になるまで頑張らないと駄目なんだ!」

「あんたまだそんな事……南波さんもああ言ってたじゃない! 一人で抱え込むんじゃないわよ!」

 

 漣の元へと近づこうとする曙。が、その時曙の目の前を潜水級の魚雷が横切った。あと少し速度を出していたら直撃していたであろう攻撃。放たれた方向を見れば、怪物の顔の様な搭乗式の艤装に身を包んだ深海棲艦・潜水ヨ級がこちらを狙っていた。

 

「この……今大事な話してんのよ、邪魔すんな!」

 

 水面に顔を出したヨ級に砲撃を行う曙だが、ヨ級は素早く艤装の歯を閉じ、内部に閉じこもる。堅牢な彼女の艤装は曙の砲撃にびくともせず、そのまま水面下へと潜っていった。

 

「チッ……漣、あたし達が駆逐艦だった頃、あんたは潜水艦に沈められてる。あたし達艦娘は、前世でその最後の原因となったモノに対して轟沈しやすくなるって比叡先生も言ったたじゃん。危ないって」

「あんなの確証が無い迷信でショ!?」

「そうかも知れないけど、何かが起こってからだと遅いじゃない!」

「起きもしていない事にビビるなんて、ただの臆病者じゃん! それに、漣は乗り越えなきゃいけないの! ご主人様の為にも……ぼのの為(・・・・)にも!!」

「漣、あんたは……」

 

 その一言を聴き、曙は声を詰まらせた。少し離れた所から見守っていた朧もたまらず駆け付けようとするが、背後からの雷撃がそれを邪魔する。見れば砲台付きの兜の様な艤装を付けた深海棲艦・深海ソ級が朧を狙っていた。朧は舌打ちしつつも、二人の元にソ級を行かせないために対峙する。

 そんな中、暗い笑みを浮かべ漣は笑う。

 

「漣は、ずっと後悔してた。漣を救えなかった事で自責の念に駆られてるぼのを見て。そりゃ勿論、ぼのが今みたいになってるのはそれだけが原因じゃ無いのは分かってるヨ? でも原因の一つだって事も分かってる」

「それは……っ」

「ずっと嫌だった。だからぼのを笑顔にしたかった。でも……漣はぼのを笑顔にするどころか、ご主人様まで傷つけた……漣は、そんな自分が許せない!」

 

 忌々し気にそう叫ぶ漣。と、彼女に向かってゆく雷跡が現れる。「甘い!」そう言うと漣は放たれた魚雷を体を捻り宙へと跳ぶ事で回避し、振り向きざまに魚雷を放ったヨ級に向かい砲撃する。攻撃は命中! ヨ級は艤装の中から煙を出してよろめく……が、撃沈にまでは至らない。

 

「このまま徹底的に――ぎゃっ!?」

 

 追撃を行おうとした漣が爆炎と共に吹き飛ぶ。一体何が起きたのか? 少し離れた場所で軽巡へ級の援護を行っていた潜水カ級が、密かに漣を狙っていたのだ。

 

「漣ちゃん!?」

「しまった、ヘ級に気を取られ過ぎ……うわっ!」

「響ちゃん危ない!」

 

 漣の様子に気を取られた響は、ヘ級からの砲撃を受けかけるが潮がそれを前に出て庇う。結果として響は被弾を免れたが潮が中破してしまった。

 

「潮!? すまない……」

「潮は大丈夫です。それより、漣ちゃんが……」

 

 潮達の居る場所より離れた所で2,3回水面をバウンドしながら転がる漣。艤装のお陰で沈むことは無いが、水面に体を強く打ち付けられた。

 

「漣!」

 

 曙が慌てて漣を抱き起す。傷は酷いが、幸い意識はまだある様だった。

 

「漣、大丈夫!?」

「へ、平気だっテ……こんなの……こんなんじゃ……ぼのにも、ご主人様にも、合わせる顔が――」

「…………」

 

 酷い傷を負いながらも、なおも漣は戦おうとする。そんな姿を、曙はもはや見てはいられなかった。

 ぱしっ、と乾いた音が戦場に響く。曙の手が、漣の頬をぶっていた。

 

「……いい加減にしなさいよあんた。そんな事して、あたしが笑顔になるとか本気で思ってんの!? 今のあたしがこうなのはあんたが不甲斐ないから? 違う! 漣は何も悪くない!!」

「ぼの……?」

「不甲斐ないのは寧ろあたしの方。あたしがあんたの気持ちも理解せずに、心を開かないから! あたしも、漣の顔を見たら昔を思い出して合わせる顔が無かった。本当は守れなくてごめんって言いたかった。でも、そんな事言える勇気はあたしには無かったから! あんたの事避けるしか無かった!!」

 

 漣に想いをぶつける曙にヨ級が放った魚雷が放たれるが、曙は邪魔だと言わんばかりにそれを撃墜。再び漣へと向き直る。

 

「漣が背負い込む事なんて無いの!! あたし、頑張って笑えるようになるから、努力するから! クソ提督(あいつ)だってきっと考えは同じ。誰も漣の事恨んでなんか無いから!! だから、無理なんかすんな!!」

 

 そう言いながら、曙は泣いていた。それは怒りか悲しみか、涙を流しながら漣の肩を掴み、叫ぶ。それにまるで呼応するかの様に、空から大粒の雨が降り出した。

 周囲の艦娘達は、その様を濡れながらただ見守るしかなかった。

 

「ぼの……ごめん、ごめんなさい!! うあぁ……」

 

 その言葉に、漣はわんわんと泣き出した。それはこれまでの後悔や悪夢をも洗い流していく様な気がした。

 

「何であんたが謝んのよ。そこはあたしが謝る所でしょ……」

「だって……だってぇ……!」

「泣くのは後。今はこいつ等を何とかしないと」

 

 漣を庇う様に前に立ち、姿の見えない水面下の敵へと曙は砲を向ける。敵は未だ健在、今もなお曙達を狙っているのだ。

 

「来なさいよ……今度(・・)は絶対、護り切る!!」

 

 

 

 

 艦娘達の悲痛な姿を見ていた南波は、モニターに背を向け、提督が籠っている扉の方へと叫んだ。

 

「剛、何をしている。お前の艦娘が、大変な事になっているんだぞ。漣君は、お前の言葉を待っている。皆は、お前が起き上がる事を信じている。それなのにお前は何をしているのだ。剛、分からんのか!!」

 

 扉の内側、蹲っている提督の耳に南波の声が響き渡った。

 

 

 

 

 ヨ級から三度魚雷が放たれる。曙は砲を構え破壊を試みるが、漣を庇いながらで上手く行かない。何とか漣の身体を引き寄せて魚雷を回避を試みる。結果、ギリギリで魚雷の回避には成功した。

 

「よし! このまま態勢を立て直して――」

 

 そう思った曙の視界に、別の雷跡が目に入った。最初の一撃はフェイク、本命の二撃目が二人を狙う!

 

「そんな!?」

 

 何とか撃破を試みる曙。ギリギリで直撃こそ免れるが、破壊による爆風が二人を襲った。

 

「きゃああっ!!」

「曙ちゃん! 漣!!」

 

 その声を聴き急いで駆け付けようとする朧だが、その集中が途切れる瞬間をソ級の魚雷が襲う。

 

「きゃあっ!」

「ぼーろちゃん!?」

「朧!」

 

 ソ級の魚雷の直撃を喰らい朧は大ダメージを追う。幸い中破でギリギリ留まったものの、危険な状態である。

 そんな漣と曙、そして朧を追い込む様に、ヨ級とソ級はジリジリと獲物を追い込む狼の如く三人と距離を詰める。やがて三人は、残りの潮、霞、響の元へと意図せず、潜水級達によりデッドゾーンへと集められて行く。

 

「曙ちゃん! 大丈夫ですか!?」

「あたしはまだ大丈夫。でも漣と朧が……潮、あんたもボロボロじゃない」

「Дерьмо(くそっ)! マズいな、追い込まれている」

「あたし達、完全にあいつに踊らされたって言うの……!?」

 

 忌々し気に霞が睨みつけるは潜水級達を率いる軽巡ヘ級。艦娘達の様子に、まるで勝ち誇り嗤う様に肩を揺らす仕草を行う。優越感を堪能し終えたのか、ヘ級は再び下部艤装の探照灯を発光させ、潜水級達に指示を送る。水面下の魔物達から、一斉に魚雷が放たれる。

 

(ここまでなの……?)

 

 思わず目を閉じる曙。自分はまた護れないのかと、後悔の念が脳裏を過る。

 

 

 

 

《皆、諦めるな!!》

 

 

 

 

 不意に聴こえるその声。彼女達が待ち焦がれていた指揮官の声が、通信端末から一斉に聴こえた。反射的に曙達は、その場から散開。結果として彼女達を狙った魚雷はそのまま交差し、カ級とソ級はそれぞれの魚雷を喰らう事になり、そのまま大爆発を起こした!



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5-6

「ごしゅ……提督! 良かった……!」

《漣……その、すまなかった。そして、よく耐えてくれた!》

「遅いのよこのクソ提督! 帰ったら全員で文句言ってやるんだから、覚悟しなさいよ!!」

 

 

 

 

「あ、あぁ。分かった、後でちゃんと聴くよ。取り合えず今は――」

《分かってるわよ……ほら、漣》

《……提督。改めて、漣達にご命令を》

「よし……一人は残った潜水級の駆逐、残りは連携して軽巡級を撃滅せよ! 誰一人欠けず……帰ってこい!!」

《了解!!》

 

 復活した提督の言葉は、不思議と艦娘達に勇気を与え逆転の切り口を作った。南波はその様子を見て満足げに頷く。

 

「そうだ。指揮をするだけならばこの老いぼれにも出来る。だが、彼女達に勇気を与える事が出来るのは、剛よ、彼女達の提督であるお前だけなのだからな。その事を忘れるな」

「南波さん……すいません、ご迷惑をおかけしました」

「よい。寧ろ良いタイミングで来訪する事が出来てホッとしておるよ」

「はは……面目ない」

「うんむ……では、後の指揮は任せたぞ」

「はい!」

 

 

 

 

 ソ級とカ級を倒された事により狼狽える軽巡ヘ級。潜水ヨ級も突然の事態に、パニックになり海面へと顔を出す。

 

「ぼの、あそこ!」

「馬鹿ね、これでも喰らえ!!」

 

 曙は近くに浮いていた、漁船の木製の破片を掴み、ヨ級へと放り投げる。想定外のものが飛んできたヨ級は対処が一瞬遅れ、破片の直撃を喰らい怯んだ。その隙を曙は逃さない。

 

「終わりよ!」

 

 艤装の中に潜り込もうとするヨ級に曙は砲撃、砲弾はヨ級ごと艤装の中へと突っ込み、そのまま大爆発を起こした。

 

《よくやった曙! 残すはヘ級だけだ!!》

「言われるまでも無いわよ」

 

 改めてヘ級へと向き直る曙。ヘ級は多勢に無勢をもろともせず、一気に逆転された事への怒りから激しく咆哮する。

 

「来るなら来なさい!」

 

 曙のその挑発に乗ったヘ級はじぐさずに突進。彼女達の砲撃を躱しながら向かってくる。だが、さしものヘ級も6人の集中砲火には手も足も出ずやがて一撃また一撃と攻撃が当たりよろめき始める。

 

「漣、トドメはあんた!」

「ガッテンテン! 徹底的にやっちまうのね!!」

 

 漣の主砲が火を噴く。やがてそれはヘ級の腹部へと激突、そのままヘ級の胴を貫き、上半身を吹き飛ばした。

下部の艤装のみのなったヘ級は、グウウゥ……と低く唸り、やがて動かなくなり沈静化した。

 

「ぃやったあああっ!!」

 

 皆して勝利を喜び合う。提督と艦娘の絆による逆転勝利だ!

 

 

 

 

《皆……本当によく頑張ったな!》

「当然よ! でも……」

 

 曙は暗い表情で、今も沈みつつある漁船を見る。ここに来た時、既に生存者は存在していなかった。

「守れなかった」そう曙は呟き、周りの皆もまた気分が沈むのだった。

 

「……待って、今何か聴こえなかった?」

「え?」

「ほら、また。微かだけど声が……」

 

〝……おーい〝

 

「本当だ! 漣、どこだか分かる?」

「ハイ、多分あっちの側の船体から……」

 

 真っ先に声に気付いた漣は、声のする方へと向かう。そして、船体の剥がれそうな部分を持ち上げ、中を開けた。

 

「……! ご主人様、船員の人達無事デス!!」

 

 漣が船体を剥がした中からは、漁船の乗員が次々と姿を現した。深海棲艦の襲撃により一旦海へと投げ出された彼らは、水中から船体の内部へと侵入。隠れる事で追撃を免れていたのだった。「良かった、本当に」と潮が感嘆の声を漏らした。

 

《これで一件落着だな。船員の人達を救出し、速やかに帰還せよ!》

「リョーカイですです。さてさて皆さん、脱出しやすくするんで、ちょーっと下がっててくだサイ」

 

 いつもの調子に戻った漣は、船員を下がらせて更に船体のフタになっている部分を剥がそうとした。

 

 

 

 

 沈黙したと思われた軽巡ヘ級の下部艤装が、再び動き出す。最後の力を振り絞り、漣に向けて口を開き、油断しきっている彼女に砲撃をお見舞いした。

 

 

 

 

「――えっ?」

 

 

 

 

 それはあまりにも突然の出来事だった。ヘ級の砲撃を避ける事も叶わず、漣は直撃を喰らい、そのまま海面へと沈んで行く。「さ……」突然の事に曙は唖然とするも、直ぐに状況を理解し漣の元へと駆け付ける。

 

「漣ーーっ!!」

 

 駆ける曙を尻目に、攻撃を命中させたヘ級はしてやったりと咆哮を上げる。

 

「この――!」

 

 怒りに燃える朧の一撃により、ヘ級は今度こそ海中へと沈み、大爆発を起こした。

 

 

 

 

 体が沈んでゆく中、漸く漣は自分の身に起きた事を理解していた。散り行く中、最後の思考を行う。

 

 

(……そっか、漣、やられちゃったのね)

 

(あーあ……折角ぼのやご主人様に許してもらったのになあ)

 

(でも……もうどうしようもないよね)

 

(サヨウナラ、ぼの……)

 

 

 

 

 だが、沈む漣の身体が暗闇に霧散する事は無かった。済んでの所で、曙がその手を握り、引き揚げたのだ。漣の身体を、曙が揺らす。

 

「言ったでしょ!? 今度は護り切るって! またあの時みたいに沈むなんて許さないから! 最後の最後で油断し過ぎなのよあんた、馬鹿じゃ無いの!? 聴いてんのか、このクソ駆逐艦……眼ぇ明けなさいよ……死なないでよぉ……漣いいぃ!!」

 

 既にぐったりとした漣の身体を、曙が必死に揺らす。だが、漣が目を開ける事は無かった。耐えられぬ程の絶望が、その場を支配した。

 

 

 

 

「そんな……こんな事って」

 

 その絶望は、司令室に居た提督にも伝わった。提督は自身を激しく責めた。自分があんな事を言うから、罰が当たったのだと。「すまない、すまない」と提督は何度もつぶやいていた。

 

「南波さん……駄目なの? 漣は……もうどうする事も出来ないの!?」

 

 枕崎の悲痛な言葉に、南波は顎に手を当て、険しい顔で思案し、やがて口を開く。

 

「……艦娘の本体は艤装。その艤装があそこまで損傷しているとなると、小さな鎮守府の設備ではどうしようもない」

「そんな……!」

 

 南波の言葉は、残酷な現実を突きつける。提督や枕崎、モニター越しに聴いていた艦娘達が、絶望から言葉を失った。

 だが、南波は諦めてはいなかった。その先の突破口を模索し、口を開く。

 

「……小さな鎮守府では、な」

「……え?」

 

 南波は顔を上げ、曙達に命令を送る。

 

「曙君、今から指定する座標の港まで漣君を連れていけ、そこで我々と合流しよう」

《南波さん、一体何を――?》

「漣君を、大本営に連れて行く。あそこの設備ならあるいは――」

「!! 南波さん、漣は助かるんですか!?」

「分からん、だが試す価値はある。剛、今すぐに車を出せ!!」

「わ、分かりました!!」

 

 

 

 

「曙、あの人の言葉は理解したわね。あんたは漣を連れて最大船速で港まで向かいなさい。朧、あんたもまだ動けそうだし、二人の護衛として同行。私達は船員を無事に送り届けてから直ぐに向かう……全員異論は無いわね?」

 

 冷静な口調で霞が周囲を纏め上げる。こういう時、しっかりとした彼女の性格が頼もしいと全員が感じていた。やがて、それぞれが今できる全力を果たす為に動き出す。

 

「漣、絶対に死なせないから!!」



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5-7

 数日後

 

 提督達は留守を枕崎と霞に任せて総出で大本営の工廠エリアに来ていた。あの後、工廠の人達の懸命の処置により漣は奇跡的に一命を取り留めた。提督は工廠の整備長と思しき人物から一発パンチをお見舞いされ、今後は気を付けなと釘をさされた。提督はその言葉を、強く肝に銘じるのだった。

 

「この部屋だな……」

 

 提督達は、番号のふられた病室の扉をノックした後、開く。

 

「あっ、お久しぶりですご主人様!」

 

 漣はそこに居た。いつものツインテールを解き、セミロングのピンク色の髪に病院服を着た、口を開かなければ彼女だと分からない姿で。しかしいつも通りお茶らけて漣は言う。いつもの日常が戻って来たのだ。

 提督は、漣の前までつかつかと歩いて行き――土下座をした。

 

「えちょ、何やってんスカご主人様!?」

「すまなかったッ!! 俺があんな事を言ったから、罰が当たったんだ……許してくれ!」

「いやいやいやいや!? あれは完全に漣の油断ですヨ!? ご主人様に謝って貰った後だから無関係デスよ!?つか、マジで顔上げて下さい、オモテをあげい!!?」

 

 突然の提督の土下座に慌てて止めようとする漣。提督は至って真剣なのだが、傍から見れば実にシュールな光景である。後ろに居た曙達はただただ苦笑するしかなかった。

 

「でも本当に良かったです。工廠の人達には感謝しないと」

「クソ提督にもキッツイお仕置きをやってもらったしね!」

「あれ、結局整備長さんにグーパン貰ったんデスかご主人様? んもー。死にかけたのは関係ないって言っておいたのに」

 

 やれやれと肩を落とす漣を見て、曙達はクスクスと笑う。と、部屋の中に新たに南波が顔を出した。

 

「どうやら元気そうだね」

「あ、南波さん! この通りピンピンしてマスよ?」

「はは、何よりだ……剛、お前もいい加減顔を上げなさい」

「しかし……」

「誠意は分かるが、相手の厚意を無碍にするのは頂けないぞ」

「……はい」

「ほらほらご主人様、もう良いですっテ」

「う、その……本当にすまん」

 

 なおも申し訳なく振舞う提督に対し、南波はそのまま会話に切り出す。

 

「今回の事で分かったと思うが、提督と艦娘は強い絆で結ばれている。時として想いがすれ違う事もある。だが、それを乗り越え最後まで彼女達を信じてやる事が……提督であるお前の役目だ。分かったな」

「……はい!」

「うんむ、良い返事だ……さて、私はここいらで失礼するとしよう」

「え~折角来たのに、もう帰っちゃうんデスか?」

「はは、私はここの【元】関係者でね。あまりうろつくのは宜しくないのだよ」

「そっか、それは残念デス……」

「そう言ってくれるだけで嬉しいよ……では剛、またな」

「はい、南波さんもお元気で!」

 

 一礼し、南波は病室を去っていった。暫くして、漣もよっと、と言いながらベッドから降り立つ。

 と、そこに朧が近づく。

 

「漣」

「ん? どったのぼーろちゃん」

「……無事で、本当に良かった」

「……ハイ、お陰様で!」

 

 ニッと笑う漣と朧。そこにはシンプルながらも、強い絆があった。

 

「さてさて、じゃあ帰りましょうか」

「そうだな。俺たちの鎮守府へ!」

「はい――あーっと、その前に、ビッキー」

 

 ケンケンパーの様な妙な動きで、漣は響の元へと向かう。響は、「ビッキー」と言う呼び方に一瞬自分の事だと分からずキョトンとするが、やがて漣の方を怪訝な顔で向いた。

 

「……ん? 私かい?」

「うんうん。折角だし、ツッキー……【暁】達に会っていかない? 配属されてからずっと会ってないんでショ?」

「うん、そうだけど……いや、いい」

「へ? どうして」

「どうしてもさ。それより、今晩は私がボルシチをご馳走するよ」

「ボルシチ? 何ですかそれ」

「某国で愛されている料理さ。ここ最近、私は皆に庇ってもらってばかりだからね。礼をさせてほしい」

「そんな、お礼だなんて……でも、響ちゃんの料理は食べてみたいです」

「ふふ、楽しみにしていてくれ……さあ、そうと決まれば帰ろう、司令官」

「あ、あぁ……」

「えちょ、待」

 

 半ば強引に響に背中を押され、提督達は帰っていった。再び深海棲艦と戦う拠点、鎮守府へと――。

 

 

 

 

 大本営内に存在する公園にて、南波老人は物思いに耽っていた。何かを愛おし気に見る様な瞳で、一人天を仰ぐ。

 

「……よ。お前が願った人と艦娘の絆は、確かに芽吹いておる。安心するのだぞ」

「これはこれは、意外な方と出会いましたな」

 

 ふいに聞こえた声に南波は我に返り、その方向を見る。屈強な体躯をした険しい顔の男性……総監の埋田がそこに立っていた。

 

「……お前か」

「困りますな。今の貴方は部外者だ、大本営内をウロウロされては部下に示しがつきません」

「はは、それはすまないね。直に失礼するとしよう」

「いえ、この公園は一般人の方にも開放されていますので問題はありません……私が言っているのは、大本営の工廠等を私用で使われては困ると言う事です」

「うむ、何分急を要したのでな。今回ばかりは、この老いぼれの顔に免じて許してくれ」

「……いかにあなたでも、次はありませんぞ」

 

 そう言うと埋田は、険しい表情を崩さずに南波に背を向け歩き出す。そして、忌々し気に呟いた。

 

 

 

 

「奴と言い大和と言い……何故モノの分際で居なくなった後も人に影響を与えるか……!」

 

 

 

 

                 次回予告

 

「今のあたしには、上手くやれる自信がない」

 

                       「嬢ちゃん、一度最上に会ってみるか」

 

「ボクの事は気軽に【もがみん】で良いよぉ」

 

            「何て言うのかな、少し僕と似ている気がするんだ、君は」

 

「あたしも、連れてって下さい!!」

 

                         「待て、早まんな曙!!」

                  

 

                             次回【再会の海】




人物紹介

【南波 一平】

 柔らかで紳士的な物腰と雰囲気を持つ老齢の男性。幼少の頃、両親を亡くした可香谷提督を救助に当たった比叡達からの紹介で引き取り育てた。提督にとっての父親の様な人物で南波もまた提督を実の子供の様に愛情をもって育てた。
 大本営に何らかの関りを持っている人物らしく、大淀や工廠の人間は勿論、総監である埋田ですら彼には頭が上がらない様ではあるが、理由は現時点では不明。
 名前の由来はJR難波駅+ウルトラQの戸川一平より。

事件

【MG号事件】

 今から二十年ほど前に起こった事件。深海棲艦の勢力が拡大していた時期に、旅行会社が企画した遊覧船【マウンテンガリバー号】のクルーズ中に起こった事件。正体不明の深海棲艦一隻により、MG号は無残に破壊され、乗客乗員は幼い可香谷提督を省き死亡。遺体の状況から、船を破壊した後に逃げ回っていた乗客乗員をピンポイントで虐殺したと考えられる悍ましい事件だった。
 件の深海棲艦は、艦娘達が到着した時には既に姿を消しており、未だに解決していない。
 提督はこの事件のトラウマにより、大きな傷と後遺症を残す事になる。その恐怖の傷跡は、未だに消えていない。


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第六話【再開の海】
6-1


「いつやるの? 今っショ!!」

 

 その日は、そんな漣の一言から始まった。たじろき後ずさる曙を前に、漣が唸り声を上げる。

まるで主砲でも放ったかのような轟音で、外の木に止まっていた鳥が飛び立ち、自転車がガシャンと音を立て転倒した。

 

 

 

 

 事の発端は今から一週間前。先の戦いで瀕死の重傷を負った漣も無事退院し、鎮守府へと帰還した。曙は真っ先に漣の元へと駆け寄り、色々な出来事が立て続いた為言いそびれた、知らず知らずの内に心配をかけていた事を詫びた。元より漣は曙の事を恨んでは居なかったのだが、少し思う所があったため、ここで一つイジワルをする事にしたのだ。

 その内容は、「許す代わりにもっと前向きになる事」。それは漣だけでなく、曙に関わる全ての者達の願いでもあった。そして他ならぬ曙自身もそうありたいと願っていた事もあり、彼女はその条件をあっさりと飲んだ。

 

「ちゃ、ちゃんと動いてるわよ、うん、ちゃんと」

「はい! じゃあボノさん、具体的に何をしたのかを10文字以上で説明して下サイ!!」

 

 そして時は流れ現在。かれこれ一週間が過ぎようとしていたが、曙は一向に進展していなかった。前向きに生きようと思いはしたものの、いざ試みようとすれば、どうすればいいのかが見えてこないのだ。具体性の無い目的に、力など在りはしない。

 

「そ、それは……」

「はい後五秒! ごぉ、よん? あさん、にぃ、いち――」

「待って待って! そんな直ぐに無理だって! そ、そう。明日! 明日からちゃんとやるから……」

「シャラーーップ!! それは絶対やらない子のする言い訳第一位だヨ!? 明日っていつ! 今サ!!」

 

 こんな感じで、朝から漣に詰め寄られているのだった。

 

「漣ちゃん、まるで曙ちゃんの保護者です」

「口うるさいオカンね」

「В этом доме уже есть мамы.」

「響、その言葉分からないと思って。通じてるわよ」

「別に私は、霞の事を言っていない」

「クッ……! ん”ん。とにかく、漣の意見も一理あるわね。やるって宣言しといて、だらしないったら!!」

「う……うっさい! 潮、あんたはあたしの味方よね!?」

「ふ、ふぇっ!?」

 

 追い詰められた曙は、親友である潮に助け舟を求める。いきなりのフリに驚きつつも、潮は暫く考えた後に口をゆっくり開いた。

 

「……潮は何時でも、曙ちゃんの味方です」

「ホッ……」

「だからこそ、間違った事をしているのなら正す事が親友の務めですっ!!」

「裏切者ーーッ!!?」

 

 親友の思わぬ言葉に、曙はまさしく四面楚歌となる。にじりにじりと壁まで追い詰められ、ついには背中が壁とくっついた。

 

「うぅ……!」

「さぁ、もう逃げられないよボノ。大人しく観念しろい」

 

窮鼠猫を噛むと言う言葉がある。追い詰められた鼠が、妖怪へと転じて猫に反撃すると言うものだが、逃げ腰の鼠が勝機を見出だせるほど世の中甘くはない。

二人の間で「うにゃあお」「ちぅ」と、獣の声が聞こえた気がした。

 

「ううぅ~~!!」

 

 

 

 

「……で、逃げるように俺に着いて来たと」

「そっ、そんなんじゃ無いわよぅ。クソ提督、この間色々と大変だったでしょ!? だからちょっとは労ってやるべきかと思って……」

「今の今までそんな素振りは感じなかったけどな」

 

 長いサイドテールを弄りながら、拗ねた口調で曙が言う。現在、曙は提督と一緒に車に乗って大本営に向かっていた。

結局あの後、曙は隙を付いて司令室から脱出。たまたま出かけようとしていた提督を捕まえて、そのまま車に同行したのだった。追いかけて来た漣の「待てヤこらあああ!!」と言う声が未だ曙の脳裏には木霊していた。

 

「せっかく大本営に着いて来るんだし、また翔鶴に会いに行ってみるか?」

「…………」

 

 提督の提案に暫く押し黙る曙。彼女はこの鎮守府に来てから随分と前向きにはなった。潮との確執や漣への負い目に関しては、ここ数カ月で共に向き合って来た結果、より強い絆を築くことが出来ただろう。

 だが、翔鶴との一件は……。

 

「今のあたしには、上手くやれる自信がない」

 

 大本営に呼び出されたあの日、翔鶴は曙に、また一緒に戦おうと言ってくれた。確執と言う意味では、彼女の事はもう大丈夫かもしれない。だが、いざ実際に戦う時が来たら?

 

 

 

 

『……くんなって』

『言ってんだろこのやろーーッ!!』

『当たれっ! 当たりなさいよぉ!!』

『うわああああああっ!!』

 

 

 

 

 またあの時みたいに、不意を突かれて護り切れないのでは無いか――それを考える度に、曙は強い不安を感じてしまう。故に彼女は、その目標から目を背けていたのだ。

 

「やっぱり、難しいか」

 

 運転をしながら、提督はう~んと唸る。曙が前へと進むための最もの近道、それは彼女の心の陰りとなった遠因である艦娘達と向かい合い、過去の因果を乗り越える事だ。現に曙は、同じく可香谷提督の元へと配属となった潮、漣との問題も彼女達の協力の下乗り越えて来た。

 翔鶴との事も、ある程度は前進こそしていて悪くは無いかも知れないが、当の曙があの時の一件から立ち直れていない以上無理強いは危険だと提督は考えた。

 ならば、彼女と同じ主力艦隊に所属している重巡洋艦娘の【那智(なち)】はどうだろう? 少し提督は考えたが、同じ部隊である以上、必然的に翔鶴とも関わる事になるだろう、やはり今は早急だと考えるのをやめた。となれば、後残って居る選択肢は――。

 

「おっと、もう着いたか」

 

 大本営の正面ゲートに差し掛かり、提督は一旦問題を保留とする。彼と曙を乗せた車は人工島へと進んで行った。

 

 

 

 

「それじゃあ、俺は少し時間がかかるから、公園とかで散歩でもして待っていてくれ」

 

 地上階に出た提督は、流石に車の中で待たせるのも気が引けたのか、曙にそう言って別れを告げる。曙はその後姿を黙って見送ると、久しぶりに見る大本営を見渡した。嘗ては彼女は、何度かの転属の後にここから今の鎮守府へと配属されたのだ……辛い事もあったとは言え彼女にとって良い風の流れが来ている。提督が何度も言っていた様に、今はチャンスなのかも知れないと少なからず感じていた。

 自信が無いとは言ったが、せめて翔鶴の顔を見るくらいは頑張ってやってみようと曙は大本営へと向かおうとした。と……

 

「あっ、雨だ」

 

 曇った上空から冷たいものが降り注ぐ。最初はぽつぽつだったソレは、瞬く間にざぁざぁと大雨に変わった。

 

「わっ、わっ」

 

 こんな時に限って翔鶴から貰った傘を持ってきていなかった。逃げる様に車に飛び乗ったのだから無理はない。慌ててエレベーターホールまで引き返した曙だったが、暫くはそこでじっとしているしかなかった。

 

 

 

 

「中々止まないわね」

 

 雨が降り注ぐ空を見上げながら曙が呟く。今まさに自分から前に進もうと思った矢先に降ってきた雨に忌々しさを感じていた。まるで、自分の前進を快く思わず阻んでいるかの様である。

 ……思えば、この雨は阻んでいたのではなく巡り合わせてくれていた(・・・・・・・・・・・)のだと後に曙は思う事となるのだが。

 

 不意に、向こうの方から誰かが走って来るのが見えて来た。よく見ればそれは少女の様で、雨具が無いのか、雨を両手で防ぎながら慌てて此方へと向かってくる。やがて少女は、曙の隣まで来ると手で髪に付いた水滴を下へと落とした後に、荒い息を整え「ふぅ」と一息ついてから先客であった曙の方へと顔を向けた。

 

「急に降って来たね」

 

 どこか儚げにも思える表情で曙に問いかける少女。髪を含め黒一色で統一された衣装と、それに反した明るめのサファイアの様な綺麗な瞳を持った少女だった。見た目は曙と変わらない年齢の少女の様だが、前述した儚さの中にどこか達観した様な、大人びた印象を受ける……この場所に制服らしきものを着た少女となれば、恐らくは彼女も――。

 

「あ、うん……あんたも、艦娘?」

「僕は【時雨(しぐれ)】。白露型二番艦の、駆逐艦艦娘だよ」

「あんたも駆逐艦なのね。あたしは曙、綾波型よ」

「曙? ……そう、君が」

「え? あたしの事、知ってるの?」

 

 そう問いかけてから、曙はしまったと内心呟いた。艦娘曙は有名な問題児だ。噂になって居ても不思議ではない。きっと時雨も、そこから当たりを付けたのだろう。だが彼女から帰って来た答えは違っていた。

 

「うん。僕の配属先の鎮守府に、君の事を話していた艦娘が居てね」

「あたしの事? 誰だろう」

「えっとね、それは」

 

 時雨が言葉を続けようとした時、大本営本部の方から黒い傘をさしてゆっくりと歩いてくる人影が見えた。今度は男性の様で、それに気付いた時雨が手を上げて意思表示をした。

 

「提督」

 

 その声に気付いた人影――時雨の提督は、少し歩みを速めながら此方へと向かって来た。

 

「おー、悪ぃ。ちと昔のダチと再会してな、話し込んじまった」

「全く、お陰で僕はびしょ濡れだよ?」

「いーじゃねぇか、ほら言うだろ? 水も滴る良い女って。女子は濡れ透けな方が魅力的なんだよ」

「残念だったね。僕の服は黒いから透けないよ」

「別にお前さんの体になんか興味ねぇよ……って、ん? そっちの嬢ちゃんは?」

 

 漸く曙の姿に気付いた時雨の提督が、彼女を怪訝な表情で見つめる。顔立ちが整った垂れ目の青年だが、黒髪はボサボサで顔にはわずかに無精ひげが生え、襟元のボタンを開けた随分とラフな格好をしている。先程からの言動と言い、生真面目を絵に描いたような可香谷提督とはまるで正反対の人物だった。

 

「提督、この子が曙だって」

「あん? ……ほ~ぉこいつがね」

「な、何よぉ……」

 

 こちらを凝視する三白眼の提督に対し、警戒の色を見せる曙。それを察してか、時雨が彼の耳を引っ張った。

 

「いだだだ!?」

「提督、曙が怖がってるじゃないか……ごめんね曙。家の提督、こう言うの分かってないから」

「人の事言えんのかお前はいでで!!」

「は、はぁ……」

 

 慣れないテンションの二人に、曙はたじろいだ。この数分で、どっと疲労が押し寄せた気がした。

 と、そんな雰囲気に終わりを告げるかのように、新たな人影が近づいてくる。

 

「おーい、カイ! 待ってくれよ」

「てて……ん? あぁ悪ぃなゴウ。連れが早く帰って来て欲しそうだったからよ」

「別に僕はそんな風に思っていないよ?」

「お前ね、こういう時はせめて照れ隠しみたいにくらい言えよ」

「そっか、一緒に来ていた艦娘が居たんだな……って、曙?」

「へ? クソ提督?」

「すまん! ちょっと昔の友達に会っていて遅くなった」

「あん? 何だゴウ、お前この子の提督だったん?」

「え?」

「うん?」

 

 数奇な出会いを果たした提督と艦娘達。曙はまだ知る由もない。この出会いが、彼女にとっての新たな一歩の大きな切っ掛けになると言う事を……。

 

 

 

 

第六話【再開の海】

 

重巡級深海棲艦

 

  リ級

 

  登場

 

 

 

 

「自己紹介が遅れたな。俺の名は【北濱 快人(きたはま かいと)】。気軽にカイって呼んでくれていいぜ」

 

 予想外の出会いを果たした四人は、大本営鎮守府内にある料亭【間宮(まみや)】で少し早い昼ご飯を食べていた。元々店と同じ名を関する艦娘が運営する艦娘専用の甘味処だった場所を、提督も同伴で食事が出来るように改良された店内は、和を基調とした落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 時雨の提督こと北濱は、旧友である可香谷提督との再開や曙との出会いから一緒に食事をしようと言って今に至るのだった。四人で机を囲み、本日の日替わりランチであるシーフードカレーを食べながら会話に花を咲かせる。

 

「は、はぁ……北濱提督はその、ク……家の提督とは知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、ゴウとは所謂幼馴染って奴でな、ガキの頃はよく一緒に遊んだもんだ。昔、親が居ない事で上級生から苛められてたのを助けたのが切っ掛けだったか――」

 

 

 

 

北濱の回想、公園で一人の男の子が複数の上級生に囲まれて苛められている。「やーい、親無し剛」「父ちゃんも母ちゃんも居ないから、家でも独りぼっちなんだろ」「遊んでやるから金よこせよお」四方から罵られ、泣きじゃくりながら蹲る剛少年。そこへ別の子供ーー幼き日の北濱が駆け寄ってくる。

 

「おい、やめろ!」

「何だよ、お前には関係無いだろ」

「俺たちはこいつと遊んでやってるんだ、邪魔すんなよー」

 

北濱少年を無視し苛めを再開しようとする上級生達。だが北濱はそんな一人を突き飛ばす。

 

「やめろ!」

「やったなこいつ!」

「やっちまえ!」

 

集団で北濱少年に襲い掛かる上級生達。だが北濱少年は、数の不利を物ともせず上級生達を叩き伏せていく。殴られても何度となく立ち上がり噛みついてくる北濱少年に、上級生達はたまらず逃げ出した。

残された剛少年に北濱少年が近付いていく。

 

「うっ、ううっ……」

「泣くな!」

「…………?」

 

傷だらけアザだらけになった顔で、北濱少年は剛少年に語りかけた。その声に、剛少年は顔をあげる。

 

「泣いたって何も始まらない。前を向け!」

「……うん」

 

そう言って手を差し伸べる北濱少年。まるで、一緒に歩いてやると言わんばかりに差し出されたその手を、剛少年は強く握り返した。

 

 

 

 

「そっから二人で【剛介(ごうかい)コンビ】とか名乗って、イタズラから路地裏探検まで色々やったな。小学校卒業と同時に、お前は南波のじーさんと引っ越しちまったが……」

「本当あれ以来だな。 まさかカイも、俺の一年先輩として艦隊運営をしていたなんて」

「おいおい、先輩は無いだろ。俺とお前の中なんだからさ」

「はは……」

 

 あくの強い男同士の絡みに中々入り込めない曙はタジタジになる。それを見透かしたのか、時雨が曙の傍に寄って来た。

 

「なんかごめんね。家の提督があんな感じで」

「へ!? う、うぅん。ちょっとワルっぽい感じはあるけど……悪い人じゃないと思うし」

「そうかい? ならいいけど……そう言えば、さっき話が途中だったね」

「え?」

「ほら、さっき雨宿りしてた時の事さ。僕が君の事を知っていたって言う話」

「あ、あぁ……そう言えばそんな事言ってたっけ。あたしの事を知ってる艦娘が居るって」

「うん。君の事はよく聞かされていたよ……航空巡洋艦の艦娘【最上(もがみ)】さ」

「最上さん!!?」

 

 ガタッと曙は勢いよく立ち上がる。突然の事に、シンと静まり返る店内を見て、「すいません……」と小声で言いながら曙は着席した。

 

「ご、ごめんね? まさかそんな驚くとは思っていなかったから」

「い、いやいや! あたしこそごめん……でもまさか、最上さんがそんな所に居るなんて」

 

 

 

 

 重巡洋艦最上。最上型重巡洋艦の一番艦であり――曙がその最後を介錯した艦でもある。かの海戦時、曙は最上の護衛に付く事となった。

 だがその間にも空襲により最上は大破炎上、もはや航行不能となった最上は曙の手で雷撃処分された。本来、護り抜く筈だった艦を自らの手で止めを刺す……その出来事は、曙にとって忘れられない悪夢となっていたのだ。

 

 

 

 

「曙」

「え……?」

 

 可香谷提督の声で、曙は我に返る。気付かない内に、物思いに耽っていたのだった。

 

「大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ……大丈夫」

「何だ? 最上の奴と何かあったのか?」

「カイ、そう言う訳じゃなくてだな……」

 

 大凡の事を察した提督は、曙の現状について北濱に語り始める。ここまでやってきた事、これからどう動くか悩んでいる事を。

 

「……なるほどなぁ」

「…………」

 

 曙は黙り込む。大丈夫とは言ったものの、因縁のある艦娘が思いのほか近くにいた事に戸惑っている様だった。そんな曙を見て、北濱は暫く腕を組んで考え事をしていたが、やがてゆっくりと口を開く。

 

「嬢ちゃん、一度最上に会ってみるか」

「…………え?」

 

 北濱の突然の提案に驚く曙。時雨や可香谷提督も、彼の発言は予想外だったらしく目を丸くしている。

 

「悪い話じゃ無いと思うんだ。ゴウの話を聴く限り、嬢ちゃんは逃げてる様に思える……キツイ事言うかも知れんがな、そんなんじゃ何時まで経っても前に進むなんざ出来っこないぞ」

「提督、いくら何でもそんな言い方」

「黙ってろ。コイツは曙の問題だ……こうやって俺らが出会ったのも、何かの運命なんじゃねぇのか。お前さんさえその気なら、最上の奴はこっちで都合付けるが、どうする? お前さんは、どうしたい」

 

 睨むように曙を見据える北濱。先程までのだらしのない雰囲気とは一変して、有無を言わさぬ厳しさを孕んでいた。可香谷提督も心配そうに曙を見るが、北濱の言っている事も理解できるので声を掛けれずに居た。

 曙は考える。正直、最上に会うのは怖い。合わせる顔が無い。だが、この機会を逃せば、ひょっとしたら二度と最上とは話せなくなるかもしれない。

 

「あたし、は……」

 

 皆が見守る中、意を決して曙は顔を上げた。

 

「あたしは、最上さんに謝りたい。それで、あたしへの恨み言を全部言って欲しい」

「ん? 最上が、お前に?」

「……あの海であたしは、最上さんを護れなかった。それどころか、最後のトドメまでさした。最上さんだって、最後の瞬間まで戦いたかった筈です。それをあたしが――きっと、最上さんはあたしの事を恨んでる。だから全部聴きたいんです、思ってる事を」

「…………」

「あたしを、最上さんの所へ連れて行って下さい」



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6-2

「いや~。やっとぼのもその気になってくれましたか、漣感激!」

「漣、何だかお母さんみたいね」

「全く、大げさなんだから!」

「……お母さんなら既にいたね」

「ちょっと朧、どう言う意味よ!?」

 

 我らが鎮守府。一人帰還した提督から事の顛末を聴いた艦娘達が各々その事で盛り上がっている。

 ……結局、曙は北濱の提案に乗り彼の鎮守府へとお邪魔する事となったのであった。彼女の成長を見守っていた艦娘達、特に漣はその事がとても嬉しかったのだ。だが、浮かない顔をした艦娘が一人……。

 

「…………」

「曙の事が心配なのかい? 潮」

「ふえっ!? ……はい、その。潮も、曙ちゃんが最上さんに会えるのは凄く嬉しいです」

 

 突然の響の問いに驚きながらも潮は答える。勿論、彼女だって曙の事は嬉しい。ただ……。

 

「もしまた、翔鶴さんの時みたいな事が起きるんじゃないかって考えてしまって……駄目ですよね。潮が曙ちゃんを信じてあげないといけないのに」

 

 潮は、曙の傍で先の失敗を見ていて、少し慎重になっていたのだ。天を仰ぎ、ここには居ない僚艦に潮は想いを馳せる。

 

「曙ちゃん……頑張ってきて下さいね」

 

 

 

 

 海沿いの道路を走る一台の車。北濱提督の運転するその車内に曙は居た。慣れ親しんだ可香谷提督の車では無いからか、後部座席にて緊張した様子で座っていた。

両足を前で揃えてその膝に手を乗せ、脇をピタリと締めて、まるで借りて来た猫だ。

 

「緊張してる?」

 

曙の隣の座席に座っている時雨が、曙の手に自分の手を重ねて話しかける。いつもは前座席の北濱の隣に座る彼女だが、あまりにガチガチになっていた曙を見かねて席を移動したのだ。

 

「え? あ……うん、ありがと」

「このくらい、お安いご用さ……さっきはごめんね。提督があんな言い方して」

「おい、俺だけ悪者扱いか」

 

運転中の北濱が後部座席の時雨に反論するが、時雨の「提督以外誰が悪者だって言うの?」と言う返しにむぅと唸り沈黙した。曙はそんな二人の様子を見て、ただ苦笑するしかなかった。

 

「その……なんだ、さっきはちとキツい言い方だったかもしれん、すまん」

「別にそんなの気にしてませんよ。あたし、そんな柔な艦娘じゃないですし」

「ハッ、言うじゃねえか。剛の奴、中々肝の据わった相棒を持ったな」

「あ、相方ぁ!? 別にあたしはあいつとはそういうつもりじゃ……」

「ん? でもお前は剛の秘書艦なんだろ。だったら相棒みたいなもんだろ」

「そうなのかい? 僕は秘書艦だけど別に提督とそんなつもりは無いけれど」

「あぁ!? お前それ酷くね? 二人で鎮守府をここまで大きくした仲だろ」

「ふふ、冗談だよ」

「お前な~」

「はは……」

 

 突如始まった漫才に苦笑いしながら、曙は北濱の言葉を心の中で繰り返す。【相棒】。確かに可香谷提督とは、これまで出会ってきた提督の中では上手くやれていると思う。寧ろ、ここまで背中を押してくれた相手は今までいなかった。

 それに――。

 

 

『艦娘は、確かに元は兵器かもしれない。だが曙の……彼女達の心は造り物なんかじゃない! 命を懸けた戦場で恐怖する事だってあるし、敵に勝利して喜んだりもする。時として親友に傷つけられて悲しむ事や、傷つけて後悔する事だってある。そして……心を抉られる様な事を言われれば、絶望したりだってするんだ!』

 

『だから、曙は役立たずの兵器なんかじゃない。悩み苦しみながらも挫けぬ強さを持った……俺の大切な【仲間】だ!!』

 

 

 自分の為に、あんなに怒ってくれる人間なんて今まで居なかった。

 

「…………」

 

 自分が可香谷提督の相棒たるかは分からない。だが少なくとも、嫌な相手ではないと感じていた。

 

「曙」

「っ!? は、はい!」

 

 北濱の声でハッと我に返る曙。長い間一人で昔を思い返していたようだ。

 

「剛の友人としてのお願いだけどな……あいつ、結構脆い所があるからよ。いざって時には傍に居てやってくれよな」

「……あいつには色々と借りもあります。あたしに出来る事なら、力になってやりますよ、仕方ないから」

「ハッ。おし、いい返事だ……さて、そろそろ着くぜ。俺の鎮守府へようこそ」

 

北濱がそう言うと、車はカーブを曲がり海沿いから山道へと入っていく。いつの間にか目的地まで辿り着いていたようだ。山間にそれらしい建物が徐々に見えて来た。

 

 

 

 

「ヒェー……」

 

 学校時代の恩師の口癖を思わず呟き、目が点になった曙はその建物を見上げていた。

 彼女の所属する鎮守府がそうであるように、基本的に各鎮守府は古い建造物を再利用してそのまま使っている。今の鎮守府を含め、曙がこれまで転々としてきた場所でもそれが普通だった。予算削減の一環らしいがそんな事は今はいい。

 曙の目の前に聳え立つソレは、真新しい威容を放つーーそれこそ周囲の自然の地形が異質に思える程にーー現代的な新築建造物。同じ鎮守府とは思えなかった。

 

「ここ、ちんじゅふなんですよね……?」

「やっぱり、驚くよね?」

「うん」

「ま、俺らの頑張りの賜物ですがね!」

 

 ドヤ顔で豪語する北濱だが、それでも曙は信じられないでいた。頑張りだけでこんな立派な建物を貰えるんだろうか。もしそれが可能なら、一体どれ程の重労働を――。

 

「ま、まさかあんた、時雨達に滅茶苦茶な指示出して……!」

「あぁ? おいおい、俺が、んな事する様なガラ悪い顔に……あ、見えるな、うん。とにかく、そんな事してないから安心しろ」

「そうだよ曙。もし提督がそんな事してたら、真っ先に僕が撃ってる」

「え、えぇ……」

「……ま、合意も無しにスパルタンな事はしてねぇから安心しろ。それよか、ほら行くぞ。最上に会いに行くんだろ」

 

 二人のやり取りにやや引き気味の曙を北濱が急かし、3人は鎮守府内へと入っていく。

 真新しい外観に反し、鎮守府にはスタッフと言った人間は誰も居なかった。北濱曰く、本来は各分野にスタッフを配備してもらえる筈だったが、彼らの食い扶持まで面倒見切れる自信が無いからと言う理由で辞退したとの事。

 そんな無人の廊下を歩いていると、前方にある部屋の扉から一人の少女が顔を出した。

 

「あ、司令官に時雨。帰ったのね」

「ん、今帰った。ところで最上の奴はいるか?」

「え? ああ、最上なら丁度午前の訓練から帰っ……て……」

 

 茶色い髪のお団子ツインテール少女の声が途切れ途切れになり動作が固まる。その表情は信じられないものでも見たかの様に、曙の事を凝視していた。

 

「は!? 曙!!? 何であんたが此処に来てんのよ!?」

「げっ、【満潮(みちしお)】!? あたしはちょっと最上さんに……って、あんたには関係ないでしょ!? あんたこそ、何でこの鎮守府にいんのよ!」

「私は此処の正規の艦娘なの。余所者は帰ってもらえるかしら、しっしっ」

「なんですって!?」

「お、何だお前ら知り合いか?」

「「こんな奴知らないわ!!」」

 

 寸分違わぬ阿吽の呼吸で曙と満潮が叫ぶ。往来の朋友の如くコンビネーションだ。

 

「息の合った返答ありがとよ。お前らの昔話にも興味あるがこのままじゃ話が先に進まん。満潮、悪いが最上の奴呼んで来てくれ。曙が来たって言ったら分かると思う」

「はあ? 何で私が……分かったわよ、仕方ないわね。曙、そこでちょっと待ってなさい」

 

 やや不機嫌気味に踵を返し、満潮が部屋の中へと戻って行った。予想外の人物に会った事に驚いた曙だったが、今の彼女には、いよいよ最上と対面すると言う思いの方が強くそれどころでは無かった。高まる鼓動を抑えながら曙は静かに深呼吸する。

 

「ふぅ……」

 

 最上の顔はここに来るまでに写真を見せて貰っていたが、艦娘として会った事はこれまで無かったのでどんな人物か想像がつかない曙。一体どんな艦娘なのだろうか? 重巡洋艦の艦娘だから、厳しい相手かもしれない。自分の事を一目見るだけで軽蔑するかもしれない。

 

(でも逃げないわ。何を言われても、絶対受け止める)

 

 不安を抑えながら、曙は腹をくくった。と、部屋の方からドドドと誰かが物凄い勢いで駆け寄って来る足音が聞こえた。いよいよ緊張がピークに達した曙は、扉が開くと同時に叫んだ。

 

「あの、最上さん! あたし駆逐艦のあけぼ「曙ーーッ!!」おふぅっ!?」

 

 言葉を言い終わる前に、部屋から飛び出してきた何者かは曙に向かってダイブし、そのまま抱き着いてくる。曙は突然の出来事に、思考が追いつかずにいた。

 

「本当に曙だ! まさか君から会いに来てくれるなんて思わなかったよー!? ボクの事分かるよね? ボクが最上だよ! って言うかボクの事は気軽に【もがみん】で良いよぉ!」

「え? え??」

 

 カクカクと曙の両肩を掴みながら激しく揺らすやたら勢いのある艦娘。勇壮さや威厳とは無縁のどこか子供っぽく、漣に負けず劣らずハイテンションな少女。黒いショートヘアーに半ズボンと言う出で立ちは、写真で見たよりもボーイッシュ……と言うより場合によってはやんちゃな少年と間違えそうな雰囲気を纏っている。本人が先程から何度もそう言っている様に、彼女が航空巡洋艦の艦娘にして、曙が会いに来た艦娘の最上だった。それが紛れもない事実である。

 

「おい最上! ちったぁ落ち着け。曙の奴放心してるじゃねぇか」

「え? あ、ごめんごめん! 驚かせちゃったかな……曙?」

「……え???」

 

 

 

 

「あはは……何か驚かせちゃってごめんね? 改めまして、ボクが最上型重巡洋艦の艦娘・最上です」

 

 北濱鎮守府の司令室にて、最上は再度曙に挨拶をする。曙は、ぎこちないながらも差し出された手に握手を返した。

 

「ク……可香谷提督の鎮守府から来ました綾波型駆逐艦・曙です。今日一日よろしくお願いします……えーっと」

 

 最上の周囲を一通り見渡す曙。先に会っている時雨とある程度知った間柄の満潮はともかく、司令室内には他にも複数の艦娘が居た。皆曙の知らない艦娘ばかりで、どう話しかけるか彼女は戸惑ってしまう。

 

「そういや他の奴らの自己紹介がまだだったな。お前ら順番にしてやれ」

 

 北濱が気を利かせて周囲の艦娘に促す。それに応える様に、巫女服の様な衣装の女性が曙に微笑んだ。

 

「戦艦【扶桑(ふそう)】。この鎮守府の家事全般を任されているわ。何か分からない事があれば何でも聴いてね」

「姉さま、その紹介じゃまるで姉さまが只のお手伝いさんみたいじゃないですか……同じく扶桑型戦艦の二番艦、姉さまの妹の【山城(やましろ)】よ。日課訓練の教官をしている他、出撃の際には旗艦を任されているわ」

 

 駆逐艦娘である曙よりも背が高く、艶のある美しい黒髪を揺らしながら応える二人。

 長髪で大人しい印象の、ともすれば儚げにも見える姉の扶桑と、短髪で活発と言う程では無いものの、どこか覇気を感じる妹の山城。同じ型の艦娘でも、全く異なる印象を受ける。

 

「駆逐艦、【朝雲(あさぐも)】よ。よろしく!」

「同じく【山雲(やまぐも)】~。趣味は家庭菜園よ~」

 

 少し雰囲気が異なるが、満潮と同じグレーの吊りスカートを着用している事から彼女と(ついでに言えば霞とも)同じ朝潮型の艦娘と思しき二人が、扶桑姉妹に続き挨拶を行った。

 

「改めまして、白露型駆逐艦時雨。この鎮守府の秘書官を任されているよ。よろしくね」

 

 朝雲山雲に続き、時雨が礼儀正しく挨拶を終えた。残すは満潮のみだが……。

 

「ふん」

「こら満潮、客人に挨拶くらいしやがれ」

「別にいいじゃない。コイツとは腐れ縁なの。挨拶なんて不要よ」

「腐れ縁か何か知らんが、挨拶くらいちゃんとしろ阿呆」

「痛っ!? 叩かなくたっていいじゃない……朝潮型満潮、終わり! これでいいでしょ?」

 

 不機嫌気味に自己紹介を吐き捨て、満潮はプイっと顔を逸らした。

 

「相変わらず仲悪いのねあんた達」

「あん? 朝雲、お前もこいつ等の事知ってたのか?」

「直接話したことは無いけど、大本営の学校じゃ問題児同士で有名だったのよ。教室違うのにしょっちゅう喧嘩して」

「あ~山雲もそれ知ってる~。演習以外で砲撃しちゃいけないのに、廊下で撃ち合ったのよね~」

「……マジかお前ら」

 

 問題児二人の武勇伝(?)に、チョイ悪な北濱も若干引き気味になる。当の二人は、気まずそうに目線を下に逸らしていた。

 

「い、いやあれは曙が突っかかって来て」

「はぁ!? 先に喧嘩売って来たのはあんたでしょ?」

「いいやあんたよ!」

「何ですって!?」

「あーこらこら、お前らやめろ!」

 

 取っ組み合いになる二人を北濱が間に入って止める。引き離された二人は、同時に「ふん!」と言いながらそっぽを向いた。

 

「あー……何だ。こんな奴らだが仲良くしてやってくれ」

「こんな奴だなんて酷いね提督! ねぇそれよりさ、もう挨拶はいいでしょ? ボク早く曙と色々話したい事があるんだよ」

「挨拶はもう良いが、お前は駄目だ。これから訓練の時間だろうが」

「えぇっ!? お客さん来てるんだよ? こんな時くらいいいじゃないか~」

「駄目です。訓練をサボる事は許しません」

「そんな~」

 

 山城に首根っこを掴まれた最上が情けない声を上げる。その様子を、曙はただ苦笑しながら見守るしか出来なかった。

 

「そんな訳で曙。申し訳ないけれど、暫く最上は預からせてもらうわね」

「あ、いえお構いなく」

「ちょっと曙!? そこは何かフォローしてよ!」

「い、いやぁ寧ろあたしの為に皆に気を使ってもらうのが悪いって言うか……」

「そう言う所は別に気にしなくてもいいわよ……何なら、貴方も午後からの訓練に参加する?」

「えっ?」

 

 突然の山城の提案に曙は困惑する。日頃の曙の過ごし方は、可香谷提督の方針からそこまで詰めて訓練は行っていない。午前中に自習に近い形で各自訓練を行った後近海のパトロール等を行い、何事も無ければ後は自由時間としていた。

 だがここでは、午後からも訓練を続けるらしい。寧ろそれが本来の鎮守府の在り方なのだが、今までそうしてこなかった曙にとっては未知の世界だった。

 尤も、だからと言ってそれに尻込みする程軟な曙ではなく、寧ろ最上と同じ訓練が出来る事、本格的な訓練を経験できることからやる気に火が付いていた。

 

「どうするかしら?」

「……もし迷惑でないのなら、ご一緒させて下さい!」

「ふふ、良い返事ね……但し、参加する以上は貴方は客人ではなく、対等の立場で扱うわよ、いい?」

「もちろん!」

「よろしい。じゃあ私達に着いてきなさい」

 

 山城を先頭に、北濱鎮守府の艦娘達が訓練場へと移動、曙もそれに続き午後の訓練へと向かって行った。



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6-3

「そこ! 歩かずに駆け足!!」

「はっ、はいぃ……」

 

 北濱鎮守府裏手の山道。曙は鬼教官と化した山城の指導の下、他の艦娘と共に駆け足で未だ止まぬ雨の中急斜面の山を駆け上がっていた……艤装を展開しながら(・・・・・・・・・)

 艦娘の艤装はかなりの重量があるものの、普段であれば足パーツの推進力によりそれを感じさせない機動力が出せる。だがそれは水上での話だ。艤装を背負いながら自らの脚力で移動、ましてや急斜面を登るなど、いかに人間以上のパワーを持つ艦娘でも容易ではない。

 特に、日頃これほどの訓練をしていない曙にとっては、今までにない苦行から肉体が悲鳴を上げていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「大丈夫曙? ここら辺でギブアップする?」

「だ、大丈夫です……すぐ追いつきますから……」

「最上! 手を抜くな、全力で走りなさい!」

「は、はーい! じゃあ曙、ちゃんと着いてきてね~」

 

 へらへらーと笑いながら最上は前列へと戻っていく。曙よりも重い重巡洋艦の艤装を背負いながら何故あんなにも余裕なんだろう? と曙は疑問に思った。だがそれよりも凄いのは扶桑と山城だった。

 扶桑型の艤装は、戦艦の艤装の中でもとにかく巨大な主砲が特徴的で、それは両肩を覆うほどの大きさがあった。当然、その大きさに比例して重量も凄まじいハズだ。だが二人はそれを軽々と背負い、特に山城は他の艦娘に走りながら大声で(・・・・・)檄を飛ばしていた。

 

 

 

 

「朝雲、山雲! 一枚撃ち漏らしよ。やり直し!」

「そ、そんなー!」

「あらあら~。朝雲姉、また最初からねー」

「い、一枚ミスしただけでやり直しなんですか……?」

「戦場では一つの撃ち漏らしが命取りになる事もあるわ。だからこそこれは、完璧にこなさないと駄目……曙、一ミス。やり直し!」

「あぁっ、そんなー!」

 

 ところ変わって鎮守府近くの演習場。移動する的を撃ち抜くというシンプルな射撃訓練――但し、的の動きは高速な上に参加者が同じ場所で砲撃を行い、更には自分が担当する色が付けられた的を一つでも撃ち漏らすと初めからと言う高難易度なものが行われていた。

 

「こ、こんなに入り乱れてたら狙いが付けられないわ!」

「激しい戦場では大混戦大乱戦は当り前よ。文句を言ったからやり直し!」

「り、理不尽よそれー!?」

 

 

 

 

「はい縦、横、縦、横!!」

 

 鎮守府前のグラウンド。曙達は足元に艤装の足パーツではなく、ボールを足の裏に乗せて立っていた。その状態で山城の掛け声に合わせて、ローラースケートのパフォーマンスの様に足でポーズを取っていく。

 

「こ、こんなのが何の意味があるの!?」

「艤装を背負ったまま不安定な足場でバランスを取れば、それが水上でのバランスに繋がるわ。さっきの動き回るよりは楽でしょ?」

「た、確かに楽だけど……って、きゃぁっ!?」

「曙転倒。やり直し!」

「ひいぃ……」

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……も、もう、駄目……!」

 

 時刻は夕方。全ての訓練を終えた曙は、グラウンドの地面に大の字になって倒れ伏していた。

 

「意外と喰い付きましたね。途中でバテると思っていたのに」

「ば、バテる事前提だったんですか……!?」

「言い換えれば、山城は全く手を抜いていなかったと言う事よ。それに着いてこれた事は、素直に偉いと思うわ」

「いやマジで山城の訓練メニューは鬼の特訓だって有名なんだぞ? 少しは誇っても罰は当たらん」

「はは……」

 

 扶桑と北濱にもフォローされ苦笑いが出る曙だったが、不思議と辛い気持ちは無かった。むしろ自分達が今までどれだけぬるま湯に浸かっていたかを思い知らされ、気が引き締められた思いさえあった……取りあえずは、こんな訓練は暫く御免だと言う思いの方が強かったのだが。

 だがそんな曙の安堵の心は、山城の次の一言で見事に撃沈してしまう。

 

「それじゃあ、十五分休憩にしましょう。その後はいよいよ演習よ」

「はい!? 訓練終わりじゃ無いんですか!?」

「何を言っているのかしら? 体を鍛えるだけじゃ強くはなれないでしょう。訓練の後は、二組に分かれての戦闘演習よ」

「ひえぇ」

「大丈夫だよ曙! ちゃんと僕がフォローするから」

「え!? いや最上さんそれは……」

「どうしたの? 僕と一緒に戦うのは嫌?」

「あ、いえ! そんな事無いです。無いですけど……」

 

 最上の問いに曙は言葉を詰まらせた。彼女と出会ってからずっと感じていた違和感。最上は自分の事を恨んでいる。ずっとそう思っていたのに、今目の前にいる彼女はそんな素振りを全く見せない。一体どういう事なのだろう?

 

「とにかく、組み分けは休憩後にしましょう。解散!」

 

 山城の号令で、その場は一先ず解散となった。

 

 

 

 

 休憩が終わり、一同は演習用の弾と魚雷を装填しながら、鎮守府から見える位置にある海上に集まっていた。雨は未だ止まずシトシトと水面に降り注いでいる。

 肝心の組み分けだが、相手側が山城、扶桑、時雨の三人。曙の組であるこちら側は最上、満潮、朝雲、山雲、そして曙の五人と言う組み合わせとなった。一見するとこちら側が人数分有利に見えるが、相手は戦艦二人に北濱鎮守府の最古参にして最も高練度の時雨だ。これでも勝てるかどうか怪しい配分なんだと言う。

 

「戦艦二人が相手なんて……勝てる気がしないわ」

「大丈夫だよ曙! 戦艦は高い火力が出せるけど小回りが利かない。君達駆逐艦の機動力で翻弄すればあんなのろい(・・・)お古の戦艦なんて……」

「最上、聞こえてるわよ」

「えへへ、何の事かな~?」

「おのれ。私だけならともかく、私達姉妹(扶桑型)まで愚弄するとは許しません!」

「ちょ、ちょっと最上さん! そんな事言ったら」

「大丈夫大丈夫。当たらなければいいんだって……問題は時雨の方だけどね」

 

 そう言って最上は時雨の方を見る。艤装の最終点検を終えた時雨は、こちら側を真っ直ぐ見据えていた。

 曙はそんな二人を交互に見て疑問に思う。彼女の知っている時雨は、雨の中儚げな気配を纏った穏やかな少女だ。そんな彼女が、戦艦二人よりも警戒する程の脅威なのだろうか?

 

「あぁそっか、あんた知らないのね」

「時雨はね~。普段は大人しそうだけど、戦いになると性格が変わるのよ~」

 

 曙の疑問に朝雲と山雲が答えるが、それでも曙は信じられなかった。

 

「おーしお前ら、定位置に着いたな。じゃあ……演習始――」

「テェーーッ!!」

「わぁーっ!?」

 

 通信端末越しから聴こえた北濱の号令とほぼ同時に轟く着弾音。不意打ちに近い山城の砲撃で先手を打たれ最上達は慌てふためき、出だしから陣形が大きく乱れた。

 

「ちょ、ちょっと山城!? 今のは反則じゃないかな!」

「ちゃんと提督の合図は確認したわよ。そもそも、実戦では誰もよーいドンなんて言わないでしょうが」

「そうかも知れないけどさぁ、明らかにさっきの事で怒ってるよね!?」

「なら、不用意に相手を挑発した貴方のミスね」

 

 扶桑と時雨に苦笑されながらも、山城はムスッとした顔で言い放ちながら二発目三発目を次々と放つ。対して最上は、仲間からの非難の視線を浴びていた。

 

「ちょっと最上、どうすんのよあれ!?」

「おこっちゃった事は仕方ないからさ、取り合えずわわっ! ……取りあえず単縦陣で射程内に入るよ!」

 

 最上の合図で何とか体勢を立て直した一同は、山城の砲撃を躱しつつ彼女達に近づいて行く。やがて、互いの顔が見えるくらいの距離まで接近した。

 

「さっきも言ったけど、戦艦は動きが鈍いから接近戦に持ち込んだ方が有利だよ。このまま懐まで肉薄する! 僕に続いてねー!」

「は、はい!」

 

 最上が先陣を切り、他の三人がそれに続く。曙もそれに遅れる事数秒後に続いた。それを確認した山城は砲撃を止め、扶桑と時雨の後ろへと引き下がった。

 

「来ますよ姉様、時雨! 姉様は最上を集中して仕留めて下さい、えぇもう完膚なきまでに! 時雨は駆逐艦を各自撃破。順番は任せるわ!」

「ふふ、あまり熱くなるつもりはないけれど……任されたわ」

「了解、じゃあ行くね」

 

 まず時雨が前へと進み、此方に向かって来ている駆逐艦娘達を見据えると之字運動をしながら近づいて行った。曙達はそれを迎え撃つべく、高速で進んで行く。

 

「あたし達の相手は時雨だけ?」

「あいつのペースに乗せられたら駄目よ、攻撃される前に一気に畳みかける!」

「え? あ、ちょ、ちょっと!」

 

 曙が怪訝に思っている間に満潮は時雨に襲い掛かった。朝雲、山雲もそれに続く。

 

 

 

 

 扶桑も時雨が動いたとほぼ同時に手を最上の方へと優雅に翳す。すると背中の主砲が鈍い音を響かせながら最上の姿を捉えた。

 

「あ、あはは。扶桑は山城みたいに怒ったりしないよね?」

「ふふ、そうね……私は山城程武闘派ではないつもりだから、怒ったりしないわ」

「ほっ」

「でも私は扶桑型の一番艦……その誇りはちゃんと持っているつもりよ?」

 

 上品な笑みを浮かべる扶桑だが、その主砲は獰猛な肉食恐竜が如く最上を捉え、今まさに咆哮せんとしていた。

 

「やっぱ怒ってるよね!? ……で、でも僕だって最上型重巡洋艦の艦娘! 扶桑達を皆の元には行かせないよ!」

 

そう言うと最上は、肩から鞄の様に下げた艤装を掲げる。それは、船の飛行甲板の様な形をしており、表面にはフロートの付いた複数の妖精サイズの艦載機が張り付いていた。

 

「瑞雲さん! 水上爆撃機の力、お借りするね!!」

 

 最上がそう叫ぶと、艤装に張り付いていた艦載機に虫取り網を持ったピンクのツインテール妖精が乗り込み、次々と発艦していく。やがて瑞雲と呼ばれた艦載機は、雨が降りしきる曇り空を覆いつくした。

 

「制空権は頂くよ!」

「あら……これはマズイわね」

「姉様、ここは私にお任せを。瑞雲、全機発艦!」

 

 後方から聞こえる声。それまで演習場全体を見渡していた山城が最上に対抗して瑞雲を発艦。両者の艦載機は空中でぶつかり合い、拮抗状態となった。

 

「ああもう、折角制空権取ったのにい」

「今です姉様!」

「山城、有難うね……主砲、副砲、撃てぇーーっ!!」

「わわーーっ!」

 

 扶桑の号令と共に巨獣が吼える! 先程の山城同様、但し先程より至近距離で砲弾の雨が最上を襲った。最上は慌てふためくがそれでもパニックになっている様子は無く、砲弾を難なく躱していた。お茶らけているように見えて、彼女もこの鎮守府の艦娘なのだ。

 

「こうなりゃ自棄だよ! 突撃ぃーーっ!!」

 

 

 

 

 同じ頃時雨の方は、満潮朝雲山雲三人からの連携攻撃を受けていた。一人に対して三人が苛烈の攻撃を仕掛けるその光景は異様ではあったが、三人は手を緩めようとはしない。むしろ冷静に対処しているのは時雨の方で、満潮達は一瞬でも隙を与えまいと汗をかきながら必死になっている様だった。

 

「……!」

 

 時雨は砲撃を踊る様に躱し、肉弾戦は腕で防御しながらも蹴りなどを交えてカウンターを喰らわせていく。曙はその状況に着いていけず、しばしポカンとしていた。

 

「曙、魚雷!」

「へっ?」

 

 満潮の声で曙はハッとして、自分に迫る雷跡を躱す。この中で自分に魚雷を発射する相手は時雨しか居なかったが、三人と交戦している間に魚雷を撃つ余裕があったのかと戦慄した。

 

「あんたも参加してんならきゃっ……そんな所で突っ立てなくて戦いなさいよ!」

「っ! い、言われなくても分かってるわよ!!」

 

 満潮の言葉にムッとして、漸く曙は前進し三人の交戦に加わる。満潮の拳を肘で受け止めつつ背後から迫る朝雲の鳩尾に蹴りのカウンターを与え、山雲の放った砲弾を上半身を横倒しにして躱す時雨だったが、魚雷で仕留める筈だった曙が砲を構えたのを見て顔を歪ませる。

 

「貰ったわ!」

「そこよ!」

「……甘いよ!」

 

 丁度時雨と対角線上に並んだ曙と満潮が、ほぼ同じタイミングで主砲を発射する。が、時雨はそれをしゃがみ込む事で回避。結果二人の砲弾は素通りし、お互いを狙い撃つ形となった。

 

「きゃっ!?」「危なっ!?」

「ちょっとあんた、どこ狙ってるのよ!」

「そっちこそ!!」

「二人ともこんな所まで喧嘩止めなさいよ!?」

「はいは~い。満潮姉も、曙ちゃんも、真面目にね~」

 

 既に離れた所に移動して時雨と格闘している朝雲が盛大にツッコミを入れる。山雲も、のんびりした口調とは裏腹に時雨の格闘と砲撃、魚雷による不意打ちを混ぜた連撃を難なく躱していた。

 

「くっ……曙、時雨は押されてるみたいだから、今だけは合わせるわよ」

「ふん、分かってるわよ!」

 

 そう言って戦列へと復帰する二人。根本的な所では似た者同士なのか、こう言う場面では妙に息が合っている。

 

「時雨。ちょっと大勢でズルい気もするけど、勝たせてもらうわ!」

 

 満潮と同時に砲を構える曙。既に朝雲と山雲のコンビネーションの対応に追われていた時雨は、横から自分を狙わんとする二つの主砲に気付くも対応しきれず、表情に焦りを見せた。

 

「くっ、流石にこれは……うわっ!?」

 

 曙達に集中していた時雨は、突如としてあらぬ方向からの砲撃を喰らいよろめいた。即座に背後へと跳んで四人から距離をとると砲撃のあった方向を見る。

 そこにいたのは最上だった。扶桑の砲撃を躱す傍ら、時雨の注意が曙達に完全に向いた隙を見計らい、見事一撃を当てたのだった。「ごめんなさい時雨」と、彼女と対峙していた扶桑が通信端末越しに謝罪した。

 

「みんな見事な連携だったよ! それにしても、僕にしてやられるなんて【佐世保の時雨】も大したことないなあ」

 

 あははと愉快に笑う最上に曙達は調子がいいんだからと苦笑する。ふと、時雨の方がやけの静かな事に気付いた曙は彼女の方に目を向ける。見ると、時雨は動きを止めその場に立ち尽くし下を向いている。その姿に何か言いようの無い不安を感じた曙は、時雨に声をかけた。

 

「えーっと……時雨?」

「――ごめんね、曙。少しだけ、本気出すよ(・・・・・)

 

 顔を上げ、そう申し訳なさそうに苦笑し呟くと、時雨は何を思ったのか手にしていた主砲を背中に仕舞いその場で棒立ちになる。やがて両手をクロスしながら額の前までゆっくりと上げ、そして――

 

「――改二(かいに)ッ!!」

 

 そう叫び腕を斜めに振り下ろした時雨の姿が一瞬光ったかと思うと、次の瞬間には彼女の姿が大きく変わる。黒一色だった制服にはいくつかの装飾が加わり、髪の毛の上部左右がまるで犬の耳を思わせる形に跳ね、かんざしの様な髪飾りが表れていた。

 艤装にも変化が見られ、背負い式になっていた主砲は腰に付いたマシンハンドの様なパーツに連結され、左右に分かれる形で展開される。

 まるで魔法の様な、超常的な変身を時雨は行ったのだ。降りしきる雨がそれに呼応するかのように、一層激しさを増した。

 

「な、何あれ!?」

「あんたそんな事も知らないの?」

「はぁ!? な、何よ!」

「あれは【改二】って言って、一部の艦娘が使える更なる戦闘形態よ。時雨の奴、マジ(・・)になってるわ……」

 

 

 

 

「…………」

 

 満潮の顔が青ざめる中、変身の余韻を完全に終えた時雨は静かに彼女達を見据えた。まるで獲物を静かに狙う、狩人の様に。そしてある一点に狙いを定め、ゆっくりと足を動かす。

 

「――え?」

 

 その後は一瞬だった。時雨は急に速度を上げて旋回し、駆逐艦の群れの一人……山雲の側面に肉薄しそして――。

 

「残念だったね」

 

 砲撃音と同時に山雲は吹っ飛ばされ、凄まじい勢いで海面を転がっていった。

 

「山雲!?」

「うぅ~……ごめんなさい朝雲姉、油断しちゃったわ~」

「よそ見している暇は無いんじゃないかな」

「っ!」

 

 すぐ目の前で聞こえた時雨の声にハッとする朝雲は、とっさに背後にバックステップする。ついさっきまで彼女のいた場所に時雨の回し蹴りが空を切る。間髪入れずに時雨は手に持った砲を朝雲に放つ。朝雲は之字運動でそれを回避するが、時雨は更に腰のアームと連動した大型主砲を連続で放ち徐々に朝雲の距離を詰める。

 やがて、時雨の砲撃が僅かに止んだ。

 

「もらった!」

 

 その隙を逃さずすぐに朝雲は態勢を立て直し時雨へと主砲を向ける。が――。

 

「甘いよ」

「え?」

 

 朝雲が状況を理解する間もなく、彼女の足元に到達した時雨の魚雷がさく裂。朝雲は海面を二、三度バウンドしながら止まった。

 

「ちょちょ、ちょっと何よあの動き!?」

「だから言ったでしょ! あいつにペースを握らせたらマズイって」

 

 物の数秒で二人をダウンさせた時雨は、次にとうとう曙へと狙いを定める。態勢を低くし、曙の懐まで肉薄する時雨。「ひっ」と思わず小さい叫びを上げる曙が見た彼女の姿は、初めて会った時の儚げな少女のそれとは大きく変わっていた。降りしきる雨の中、冷たく蒼い眼を持つ漆黒の猟犬が目の前にいた。

 

「この……っ!」

 

 喉元に喰いつかんとする猟犬を前に、逃げ腰になればやられる。そう直感した曙は後ろへ跳ぶと同時に時雨へ向けて主砲を放った。半ばカウンターを喰らうようになった時雨は咄嗟に顔を防御するも直撃を喰らいやや後ろによろめく。

 その隙に曙は時雨と距離を取るべく後ろへと最大船速で移動した。

 

 曙のその判断は間違っていなかっただろう。間違っていたとすればそれは、後ろをよく見ていなかった(・・・・・・・・・・・・)事だ。

 

「ちょっ、こっち来ないでよ!」

「えっ……きゃぁっ!?」

 

 後ろを振り向けば慌てて自分を避けようとする満潮。咄嗟に速度を落とす曙だったが遅かった。横へ避けようとした満潮の艤装と曙の艤装が勢いよく衝突。満潮の方の艤装から黒い煙が上がり、二人は揉み合う形海面を転がって行く。

 

「この、離れなさいよ!」

「あんたこそ離れろよ!」

 

 起き上がりながら互いを押しのけ合おうとする二人。だがそうすればそうするほど混乱故に余計にその体はこんがらがっていく。

 

「ちゃんと前見て動きなさいよ!」

「はぁ!? あんたこそちゃんと避けなさいよ!」

「何ですって!?」

「何よ!!」

「二人とも」

「「ちょっと黙ってて!! ……え?」」

 

 仲良く声の方を見る二人。勝利を確信した時雨が、呆れながらこちらを見ていた。その前方には無数の雷跡。もはや避ける事は不可能な距離だった。

 

「「……あー」」

 

 海面に、巨大な水柱が上がった。

 

 

 

 

「うそーん……」

 

 ものの数秒で壊滅した自分のチームの状況を見ながら、最上はポカーンとする。彼女自身、度重なる交戦によりあちこちボロボロになっていた。

 

「形勢逆転ね」

「ぐぐ、こうなったらせめて僕だけでも勝たせてもらうよ。扶桑、覚悟!」

 

 背水の陣となった最上は、決死の覚悟で扶桑めがけて突撃する。扶桑はそれを砲撃により迎え撃つが、最上は左右に動きそれを回避。一気に扶桑まで間合いを詰めた。

 

「いっけぇーっ!」

 

 そうして、射程距離に入り扶桑へと一撃を――。

 

「わぁーっ!?」

 

 ……当てようした所で、側面から主砲の直撃を受けた。砲撃の方向を見れば山城。既に上空の制空合戦は彼女の瑞雲部隊が勝ち取り、攻撃に移ってきたのだ。「これで終わりよ、最上」そう言って扶桑と並んで砲口を最上へと向ける。

 万事休す。もはや最上に勝ち目はなかった。

 

「ちっくしょぉ、なんでこうなるんだよー」

「不用意に相手を挑発したあなたが悪い。恨むならその軽口を恨む事ね」

 

 

 

 

 演習場に響き渡る轟音の後、北濱の「そこまで!」と言う声と共に、曙を交えた合同演習は終わりを告げた。



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6ー4

 夕刻。訓練から連なる演習を終えた曙は、北濱鎮守府の食事におよばれされていた。食卓に並んだそれは扶桑お手製の夕飯で、コロッケ一つとレタスが二枚、更にはご飯とお味噌汁と言う大変家庭的なものだった。レタスは裏手に作られた菜園で採れたもので、山雲が趣味で作っているのだと言う。

 皆美味しそうに食事をしていたが、そんな中不機嫌な少女が一人……。

 

「全く、皆して一斉に僕に襲い掛かるんだもの、あんなのズルいよ」

「う……で、でもああでもしないとあんた止められないでしょ!?」

「だからってあんな寄ってたかっては酷い、君達には失望したよ」

 

 ぷいと頬を膨らませながらコロッケを頬張る時雨。彼女としても、演習で改二の力を使うのは不本意だったのだろう。そうせざるを得ない程追い詰められた事に大層ご立腹だった。そんな姿に、集中攻撃の指示を出した満潮は流石にバツが悪そうな顔をしていた。

 

「あぁもう分かったわよ! 私のコロッケあげるから、ほら!」

「いらない」

「あ、じゃあそれボクに頂戴!」

「…………」

 

 時雨が無言で満潮から渡されたコロッケを最上の皿へと移す。だが最上はそれを口に入れようとはせず、悪戯っぽい笑みをこぼした後に何を思ったかそれを更に隣に座っていた山城の皿に乗せた。

 

「伝言ゲームならぬ伝言コロッケ~! と言うわけで山城パsふぎゃっ!?」

「食べ物で遊ばない」

「打つ事無いじゃないかぁ」

「馬鹿な事やるからよ全く」

「……山城、私にはくれないの?」

え”!? ね、姉様、仰って戴ければ私のをあげますのに……」

「ちょっと待ってボク殴られ損!?」

 

 最上の体を張ったギャグによって食卓に笑みが零れる。が、時雨はやはり不機嫌なままだ。

 

「…………」

「あ、あのさ時雨。さっきの演習では、あたしもその、ごめん」

「えっ? あ、いや、曙は皆に合わせてただけだし、別にいいよ? うん」

「うぅん、あたしも途中からムキになってたのは事実だし……」

「う、それは……はぁ、もういいよ」

 

 曙の一声でとうとう観念する時雨。客人である曙にまで謝られると、流石の彼女でも折れざるを得なかった。

 

「はは……でも、本当に時雨凄かった。あの改二って言う奴? 艦娘の力には、あんなのもあるのね」

「うん。僕も最初は驚いたけれど……一部の艦娘は、特定の条件を満たすと改二としての力を引き出せるみたい」

「特定の条件?」

「僕もよく分かっていないんだけれど……扶桑と山城は、そう言うのは詳しくないかい?」

「私たち? うーん……」

 

 時雨の問いかけに対し、扶桑は口元に指をあてながら何やら考え込む。やがて言葉が纏まったのか、時雨と曙の方へと向き直り微笑みかけた。

 

「そうね。艦娘が改二の力に目覚める条件は、大きく分けて三つ(・・)あるの。一つは時期的なもの。その時が来るか来ないかと言う要因……こればかりはどうしようもないわ。それこそ、神のみぞ知ると言う事ね。

 二つ目は練度。例えその時が来たとしても、それを引き出せる実力が無ければ駄目と言うわけ」

「時期に練度……条件が厳しいんですね」

「因みに、この中では時雨以外だと満潮が条件だけなら満たしているのよ」

「は!? 満潮が!?」

「ふん、あんたとは出来が違うのよ」

「な、何ですって!?」

 

 得意気にフンスと鼻を鳴らす満潮。往年の腐れ縁である曙に対し優位に立てたことが嬉しいのか、無い胸を張った。だが扶桑はそんな彼女に眉を潜める。

 

「満潮、時期が来ているかどうかに出来なんて関係ないわ。むしろ貴方は、早く練度を上げてその力を腐らせない事」

「何よ。別に私は腐らせてなんか――」

「……あんまり分からずやな事を言うと、榛名に言いつけるわよ?」

「ピッ!?」

 

 にこやかに言う扶桑に対し満潮が小さな悲鳴を上げる。【榛名(はるな)】とは、曙の学校時代の教師であった比叡の姉妹艦の戦艦娘で、満潮達朝潮型等を担当していた艦娘である。普段は優しい先生なのだが、怒ると地獄の業火の如く苛烈になる事で他の教師共々、駆逐艦達からは恐れられていた。

 現に満潮は、曙と教室でひと悶着起こした時に、彼女と比叡から二人仲良くこっぴどく叱られているのでその怖さは身に染みていたらしく、「う……わかってるわよ」とだけ呟き大人しくなった。

 

「話が逸れたわね。最後の三つ目……実はこれが、改二になれない艦娘の大多数を占めている条件なんだけれど――」

 

 そこで一旦扶桑は一呼吸置く。一度静まり返る室内、食い気味に話を聞いていた曙は思わずゴクリと息をのむ。やがて再び扶桑が口を開いた。

 

「三つ目の条件、それは改二の力を引き出すための強い【意思】を持つ事。曖昧な気持ちでしか艦娘として戦えなかったり、仮に強い意思を持っていたとしても心に何か【迷い】があれば、それが改二の力を阻害する……たかが精神的な問題と思うかもしれないけれど、これが中々侮れないのよ」

「意思に……迷い」

「曙。もし貴方に改二の兆候が表れた時は、迷いを乗り越え本当に強くなりたいと言う明確な意思を持ちなさい」

「…………」

 

 優し気にしかし諭す様に語られた扶桑の言葉を、曙はただ黙って聴くことしかできなかった。今の曙には、迷いが多すぎる。そもそも彼女がここに来た理由も、その迷いによるものな訳で……。

 

「あの、最上さん」

「うん? 何だい曙。僕に質問? いいよ、何でも聞いてよ!」

 

 無邪気に詰め寄る最上にたじろぎながらも曙は覚悟を決める。訓練やら演習やらですっかりタイミングを逃していたが、ここに来た目的を果たさねばならない。最上をはじめ皆の視線が注目する中、曙は最上へと切り出した。

 

「あたし、最上さんに謝りにここに来ました。あの海で最上さんを護れなかった事、それどころかトドメをさした事……きっと、あの時の最上さんは凄く未練だったと思います。ごめんなさい!」

「え……?」

「最上さん、あたしの事恨んでますよね。恨み言とか全部聴きます、何でも行って下さい!」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってよ曙! 何でそんな事になってんのさ?」

「はい。それは勿論こんな事に……はい?」

 

 最上の言葉に、曙の言葉が止まった。

 

「ボクが曙の事を恨んでるだって? とんでもないよ! あの時の事は、寧ろ君に感謝しているんだよ!?」

「感謝って……そんなの嘘です! あたしは最上さんを沈めた、最上さんだって、まだ戦いたかった筈です!」

「そ、そりゃあ負けっぱなしなんて悔しかったよ? でもあの時はもうボクは駄目だって分かってたし、寧ろ最後を看取ってくれたのが味方だったから安心してたんだ。それに――」

「そんな……そんなの信じられません!」

「あっ、ちょっと曙!」

 

 最上が言葉を言い終わる前に曙は立ち上がり、逃げる様に食堂から走り去る。最上はそんな曙を、茫然と見送る事しか出来なかった。

 

「あー……話を聞いた時点でそんな気はしてたが、やっぱ勘違いしてるなあいつ」

「提督、ボクどうしよう。曙を傷つけちゃったかな」

「んな事はねぇよ。あれはただ、心の整理がついてないだけだ……時雨、ちょっと頼めるか」

「うん、分かった。僕に任せて」

 

 北濱の指示を聴き、そう来ることが分かっていたように時雨はすっと立ち、曙が出て行った方角へと歩いて行った。

 

「待って時雨! それならボクも」

「いや、お前は待っとけ」

「何でさ提督!」

「こう言うのは当事者が行けば余計にややこしくなるんだよ。それに、ああ言うのは時雨の方が向いてる」

 

 

 

 

「何やってんだろ、あたし」

 

 鎮守府の屋上。シトシトと雨が降る中、最上の元から逃げ出してきた曙は、踊り場から外に出て雨宿りをしながら真っ黒な夜の海を眺めていた。最上に由来する迷いを振り切るために此処に来た。間宮にてその決意も済ませた筈だった。

 

「なのにこんなの、聴いてないわ」

 

 かの大戦にてトドメをさした事に対する恨み言を全部聴くつもりだった。それで謝って、気持ちを伝えたらさっさと帰るつもりだった。

 だがいざ会ってみると、最上は自身を恨んでいるどころか感謝していると言う。あり得ない、何かの間違いだ。曙は最上と言う艦娘の事が分からなくなり、たまらず逃げ出したのだ。

 

「此処に居たんだね」

 

 不意に、背後の階段から透き通る様な声がした。振り向く曙、踊り場には時雨が立っていた。

 

「時雨」

「最上が心配していたよ。戻ろ?」

「……ごめん、今更最上さんの下には戻れない」

「君は、それでいいの?」

「もういい。明日になったらクソ提督に迎えに来てもらうから」

「……そっか」

 

 それっきり曙はその場から動かなかった。再び体を海の方へと向けて沈黙してしまう。時雨はそれ以上何も言わず、曙の隣に並ぶと彼女と同じ様に壁にもたれながら暗黒の海を眺め始めた。

 初めて彼女達二人があった時の様な雨が降りしきる中、しばしの沈黙。風の音だけが、二人の艦娘の周りに囁いていた。やがて、時雨が顔を空に向けながら語りだす。

 

「――少し、昔話を聴いてくれるかい?」

「え? う、うん」

「……あの戦いで、僕たち【西村艦隊】は持てる力の全てを出して戦った。即席で編成された部隊で、決して駆逐隊や歴戦の朋友の様な強い絆があったとは言えないけれど、皆同じ志を胸に最後まで戦い抜いたんだ」

「…………」

「だけど、ただ一隻帰還した僕を待っていたのは、大本営により戦果を誇張され歪められた発表だった。信じられるかい? 燃え上がる山城の姿を、撃沈した敵艦隊として発表されたんだよ? そんな記憶があったからかな、僕は人間の事をあまり信頼していないんだ……君と同じさ」

 

 影を湛えた表情で苦笑いをする時雨。その話を聴いた曙は、彼女の中に自分自身を見た。かつて戦果を揉み消され、理不尽な責任追及まで与えた人間を憎みさえしたかつての自分を。

 

「時雨、あんた……」

「何て言うのかな、少し僕と似ている気がするんだ、君は。人間はおろか、同じ艦娘にすら心を開けずにいる。君の場合、負の要因が強いから僕よりも苦労しているかもしれない」

「…………」

「でも、歩んできた道が同じである以上、手助けは出来ると思うんだ」

 

 そう言いながら時雨は曙に向けて微笑みかける。事実、曙は今自分がどうすれば良いのか分からなくなっていた。彼女なら、その答えを教えてくれるのだろうか?

 

「時雨なら……こういう時どうするの?」

「……僕は、艦娘としての生は【誰かが与えてくれた再挑戦のチャンス】だって考えてる」

「チャンス?」

「例えば僕は、西村艦隊の活躍を捏造された事が悔しかった……昔はその気持ちにも気付けず、ひたすら他者に不信を抱いていただけだったけどね」

「うん」

「でも僕は今の提督に出会って、自分が何をしたいのかを知った。そして提督は、かつての仲間を揃える事でその為の舞台を用意してくれた。勿論、これはまだ現在進行形。これからも僕たちは再挑戦を続けていく」

「…………」

「曙、君もそうなんじゃないかな。君の提督と出会った事で、君の中でも時間が動き出したんだろう?」

 

 曙は可香谷鎮守府に来てからのこれまでの戦いを思い出していた。初めての出撃、七駆メンバーとの共闘、翔鶴や瑞鶴との共同作戦から続いた潮との大喧嘩、漣を護る為の戦い――。

 

「……そうね。癪だけど、あいつと出会ってから色々と変わった、と思う」

「なら、今回も君は止まっちゃ駄目だ。でないと、君はきっとこの先ずっと後悔する事になる……曙、止まない雨なんて無いんだよ。雨は、いつか止むさ」

 

 時雨の言葉で曙は完全に吹っ切れる。もはや彼女の心に、迷いは無かった。

 

「有難う時雨。あたし、もう一度最上さんとちゃんと話してみる」

 

「どういたしまして。じゃあ、戻ろうか」

 

 そう言って時雨は屋内へと戻って行き、曙もその後に続き、屋上を後にする。

 戻って最上さんに謝ろう。そしてさっき彼女が言いそびれたことをじっくり聴こう。それで全て上手くいく、自分はまた前に進めるだろう。

 北濱提督や時雨、そして可香谷提督にも少しだけ感謝しながら、曙は食堂に向かおうとした。

 

 

 

 

 突然、鎮守府全体に響きあたる音が鳴り響いた。一瞬何事かと躊躇う曙だが、その【警報】を間違える筈がない。時雨の方も警報が聴こえると同時に階段をダッシュで駆け下りていった。

 

「あっ、時雨。あたしも行く!」

 

 曙も慌てて時雨の後に続いた。



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6ー5

 司令室へと駆け付ける曙。「僕はこのまま発着場に向かうね」と言い直行した時雨と別れ、彼女一人の帰還となった。

 

「北濱さん!」

「曙か。すまんな慌ただしくなって」

「そんなの気にしないで下さい。それより、何があったんですか?」

「ああ――」

 

 北濱が壁に設置されたモニターを操作する。すると画面いっぱいに海図が表示され、その一点に×印が現れた。

 

「さっき大淀さんから連絡があってな。このポイントから貨物船のものと思われる救難信号があったらしい。深海棲艦の襲撃にあっている様な内容だったから直ぐに救助に向かって欲しいっつー事だ」

 

 北濱は話を終えると画面をこの鎮守府の発着場のカメラに切り替える。既に時雨も到着し、出発位置についていつでも出撃可能な状態だ。

 

「お前ら準備は出来たな? さっき聴いた通り、急ぎの任務だ。すぐに出てくれ!」

 

 

 

 

 北濱の号令と共に発着場の巨大なゲートが鈍い音を立てながら上昇し、艦娘達が太陽光に照らされる。前を見据えた彼女達は、扶桑から順に艤装を展開し、足場から滑り降りる様に着水し、速力を上げた。

 

「戦艦扶桑、出撃いたします」

「扶桑型戦艦山城、出撃します!」

「最上、出撃するよ!」

「駆逐艦時雨、出撃するね」

「駆逐艦朝雲、抜錨します。任せておいて」

「駆逐艦山雲、抜錨しま~す」

 

 次々と出撃していく北濱鎮守府の艦娘達。残すは満潮の番となる。手を宙に翳し艤装を展開した満潮は、仲間に続く様に発着場から飛び立とうとする。だが突如、彼女の艤装から火花が走り――。

 

「満潮、出る……きゃあっ!?」

 

 突如として彼女の背後で小さな爆発が起こる。出撃しようとした満潮の、背中に背負った本体部分にあたる艤装から黒煙が上がっていた。

 

「な……何よこれ!? 朝点検した時は何とも無かったのに!」

 

 

 

 

「どうした! 何があった」

"分からない。出撃しようとしたら急に艤装が爆発して……"

「あぁ? 何だって今」

"こっちが聴きたいわよ!!"

 

 訳のわからない状況に苛立ちを顕にした満潮の叫びが無線機越しに響く。一体何が起きたと言うのか? ふと曙は、昼の演習での光景を思い出した。

 

「……まさかあの時!?」

 

 時雨の攻撃を避けようとした曙が満潮と激突する。その瞬間、互いの本体部分の艤装がぶつかり合い満潮側から火花が弾ける。恐らくはこの時、彼女の艤装に何らかの損傷が起きたのだ。

 

"ふ、ふん! ちょっと火が出たくらい何よ。このまま出撃するわ"

「いいや満潮、悪いがお前は留守番だ。出撃を許可する訳にはいかん」

"は!? このくらい平気よ、私も行く!"

「駄ァ目だ! 艤装のエンジンが爆発してんだぞ。そんな状況で合流して何になる」

"でも……!"

「キツイ事言うようだがな、演習に行ってるんじゃねぇんだ。分かったらさっさと入渠して来い」

"…………!"

「満潮!」

"……分かった"

「……他の奴らは急いで現場に急行」

 

 北濱の一喝に漸く満潮は動き出し、トボトボと発着場を後にする。その表情は不安に満ちていた。出撃出来ない事が悔しいのは分かるが、それだけにしては何か様子がおかしい。まるで、悪夢を見ているかのような、そんな顔を満潮はしていた。そんな様子を、曙はモニター越しに怪訝な表情で見つめる。

 

「……アイツの事なら気にすんな。ちょっと昔の苦い記憶があってな」

「苦い、記憶?」

「アイツがまだ艦だった頃、長期間の入渠を余儀なくされた事があって、その間に姉妹艦が次々と沈んでいった事があったらしい。護るどころか手を伸ばす事すら出来なかった絶望からか、満潮は一人だけ取り残される事を極端に嫌がるんだよ……寧ろ怖がるっつった方がいいかも知れねぇな」

 

 北濱から語られた満潮の姿は、曙が知らない、見た事の無い姿だった。護れない辛さと悔しさは曙も知っていた。だが満潮は、護ると言う選択肢すら与えられないまま大切な仲間をあの海戦で失っているのだ。

 その恐怖と絶望を他ならぬ自分自身の手で呼び起こしてしまった事に、曙は深く自己嫌悪した。

 

「満潮……」

 

 モニター越しに、満潮が失意のまま発着場を後にするのが見える。曙にとって、満潮と言う艦娘は会う度に喧嘩になるいけ好かない少女ではあったが、同時に何処か通じるものも感じていた。もしかしたら、それ故に同族嫌悪していたのかもしれない。彼女の背負っているものを知った今、尚更そう思うのだった。

 

「……!」

 

 このままではいけない、曙は意を決して口を開いた。

 

「あの、北濱さん」

「ん? どうした」

「あたしを……満潮の代わりに出撃させて下さい!」

「お前が? いや、でもな」

「元はと言えば、満潮の艤装が壊れたのはあたしの責任です。だから、アイツの代わりにあたしが出ます!」

「……気持ちは有り難いが、お前さんは剛から預かった大事な客人だ。危ない目に合わすわけには――」

「クソ提督がこの場に居たら!! ……きっと、あたしを向かわせると思います」

 

 北濱の言葉を遮り、勢い任せに曙は叫んだ。彼女なりのプライドも多少はあったのかも知れないがそれ以上に、曙は自分のせいで誰かが傷付くのを酷く嫌ったが故の行動だった。

 その気迫に一瞬驚く北濱だったが、直ぐに曙の心中を酌みニヤリと笑った。

 

「――ハッ。剛の奴、とんだじゃじゃ馬を引き当てたな。おし分かった。剛には俺が事後承諾を取っとくから、ここはお前さんの厚意に甘えさせてもらうぜ……満潮の代わりに、アイツら護ってやってくれな」

「はい、ありがとうございます!」

 

 それだけ言うと曙は、勢いよく扉を出て司令室を後にした。

 

「『クソ提督がこの場に居たら』ね。ヘッ、嬢ちゃん達のお陰もあるんだろうが、お前も立派になったんだな、剛……しかし」

 

 親友の成長を喜んだ北濱だが、直ぐにその顔は真剣なものになりモニターの×印を睨みつけた。

 

「この辺りは深海棲艦の出現がここ数年確認されていない、安全圏の筈。何で今になって」

 

 そう呟く北濱提督は、今回の襲撃に対し何か不穏なものを感じていた。

 

 

 

 

 発着場に向けて駆ける曙。その途中、失意のまま入渠ドッグへと向かう満潮とすれ違いになる。通り過ぎようとする曙だったが、減速し立ち止まり、未だ歩みを止めない満潮に向直った。

 

「あの! ……ごめん。あたしのせいで」

「…………」

「……こんな事してもあんたは納得しないと思うけど、あたしが、あんたの代わりになるから……それだけ」

 

 満潮は一度立ち止まるが、振り向かずに曙の言葉を聴く。曙は話し終わると、再び駆け出しその場を後にしようとするが――。

 

「待って!」

 

 ふいに満潮が叫び、曙は再び足を止める。満潮は先程と同じく振り向こうとしないが、やがて絞り出すように声を発した。

 

「――私の入渠中に、艦隊全滅とかやめてよね」

「……うん」

「いい? 一人でも轟沈させたら、あんたの事一生許さないから!!」

「……分かってる」

「……お願い」

 

 そう言うと満潮は歩き出し、曙はその後姿を見届けると再び駆け出す。やがて発着場に辿り着いた彼女は、開け放たれたままのゲートから勢いよく飛び出した。

 

「曙、出撃します!!」

 

 

 

 

 山城達より十分程遅れて出撃した曙は、最大船速で海上を駆けたお陰ですんなりと山城達に合流する事が出来た。既に通信越しに北濱から事情を知らされていた彼女達は、特に混乱も無く曙を受け入れる。

 結果的に最上と共に出撃が叶った曙であったが、当然彼女はこんな形での共闘等望んでおらず二人の間には気まずい空気が流れていた。

 「何かごめんね曙」客人である彼女を任務に参加させてしまった事を申し訳なく思ったのか最上がそう告げるが、曙は笑顔で首を横に振る。

 

「気にしないで下さい。あたしが望んで参加したんですから。こんな形になってしまったとは言え、今度は絶対、最上さんの事を護ります」

「う、うーん……食事の席でも言ったけど、ボクはあの時の事を恨んでなんかいないんだけどなぁ」

 

 時雨の後押しもあり、もう曙は最上と向き合う事を恐れてはいない。

 最上はそんな曙の決意を嬉しく思ったが、しかし一つだけ引っかかる事があった。彼女はあの戦いで、何一つ護れていないと言った。だが、それは大きな誤解だったのだ。

 

「あのね曙――」

「二人ともお喋りはそこまで。見えて来たわよ」

 

 何かを言おうとした最上だったが、目的地に到着したらしく山城が声を上げる。有耶無耶なままこの話は一旦終わり、一同は前を見た。暗闇の海の上、炎の赤に照らされる鉄の塊があった。

 

「火があんなに……鎮火してないって事は、襲われてまだあんまり経ってない。助けに行かないと!!」

「待ちなさい曙! 単独行動は……」

 

 山城の制止も聴かず、曙は一直線に燃える貨物船へと突き進んでいった。「もう!」と山城が頭を抱える。

 

"剛からは問題児だって聴いてたが成程、周りが見えないタイプか"

「感心している場合じゃありませんよ。私達も後を追います」

"そうしてくれ。時雨と朝雲、山雲は先に曙に追いついて上手い事嬢ちゃんを落ち着かせる。残りは出来るだけ最大船速で船に向かえ"

「うん、了解するね」

 

そうして一同は、未だ炎の止まぬ貨物船に接近していった。

 

 

 

 

 現場へと到着した一向は、破損した個所から船内へと侵入し薄暗い廊下へと足を踏み入れる。

 

「何よ、これ」

 

 船内を見渡し曙は唖然として呟く。果たして、そこはまさに異界だった。最早原型を留めていない船体からは未だに消えぬ炎が燻り、人の気配は全く感じられない。壁や床には赤黒いものが生々しくこびり付き、まるでSFもののパニック映画のワンシーンの様な凄惨な光景だ。

 これまで幾度となく深海棲艦に襲撃された船を見て来た曙も、これ程の地獄の様な光景を見るのは初めてだった。

 

"ひでぇなおい……朝雲、生存者の反応は?"

「……残念ながら」

 

 生態探知モードに切り替えられた朝雲の電探は、無情にも自分達以外の生きている者の反応を示さない。目を瞑りながら首を横に振る朝雲を見て曙が「そんな」と小さく呟く。要救助者の生存は絶望的だった。

 

"……時雨と朝雲、山雲は外に出て周囲を警戒。扶桑、山城、最上は船内を調べて、何か分かり次第報告しろ。曙は――"

「提督、曙はボクと一緒に行動でいいかな」

 

 北濱の言葉を遮り、最上が呑気な声を上げる。恐らくは曙を心配しての事なのだろうと察しつつも、この惨状の中で良く言うと北濱は呆れるが……。

 

"あのなお前、この状況で私情出すとか……とは言え外の警戒は三人いれば十分だし、何かあった時の連携はお前ら相性よさそうだしな。まぁ良いだろう。嬢ちゃんもそれでいいか?"

「あ、はい。特に問題は」

 

 肝が据わっているのか単に空気が読めないだけなのか今一つ読み辛い最上に免じて、北濱は彼女の提案を飲むことにした。

 

 

 

 

「…………」

 

 先陣を山城が進み、そこに並ぶように扶桑が、更に後ろをを残りの二人が崩落した船内を往く。やがてとある部屋の前で山城が立ち止まり、内部を覗き込む。瞬間、彼女の表情が険しくなった。

 

「山城さん? 急に止まって、一体何が」

「来てはなりません!!」

「っ!?」

 

 様子を見ようと近づいた曙を山城が一喝し制止させる。突然の声に曙はビクッとすくみ上り立ち止まった。「……見ない方が良いわ」と言う扶桑の言葉から、曙はその先に広がる光景を理解した。

 

"部屋の中はどうなってる?"

「内部は食堂の様ですね。酷い有様ですが……大半の乗組員は、ここで襲撃を受けたみたいです」

"食堂でか? 内部までボロボロになるくらい砲撃されてる時に、呑気に晩飯でも食ってたって言うのか"

「流石に考えられませんね。逃げ惑った末に、此処に入って命を落としたと考えるのが自然かと。ですが……」

"何か気になる事でもあるのか"

「どうも妙なのです。食堂の内部は跡形も無く破壊されているのに対し、すぐ外の廊下は比較的元の状態を保っている。他の場所もそうですが、海上から砲撃されたのならもっと無差別に破壊されている筈。ですがこの船内の破壊はピンポイントで――まるでここから直接砲撃を行ったかのような」

"あぁ? つまりなんだ、奴さんがわざわざ船に乗り込んできて、船員を追い詰めて殺したって言うのか?"

「私の知る限り、普通の(・・・)深海棲艦はその様な事をしません。ですが――」

 

 

 

 

 山城が北濱と通信している間、曙は最上と共に食堂の外で待機をしながら、周囲を警戒していた。この惨状は明らかに異常だ。何か、とんでもない化け物がこの悪夢の中に潜んでいるのではないか。そんな錯覚を、曙は抱いていた。

 不意に曙は、食堂から少し離れた壁面に開いた大きな穴が目に入った。大型の主砲による砲撃が炸裂した事で出来たであろう事以外は、なんの変哲も無い破壊跡。

 曙は、何故かその破壊跡に言い知れぬものを感じた。

 

(……? 何だろう、この感じ)

 

 恐る恐る曙は破壊跡の一つ、巨大な衝撃により広く抉れた壁に近づける。やがてその手が壁に触れた瞬間――。

 

 

『■■■■!!』

 

 

「ッ!? あぐ……ッ!!」

 

 激しいノイズと共に、曙の脳裏に見た事が無い映像がフラシュバックする。紅い紅い世界に自分の首を締め上げる白く悍しい怪物。やがて怪物により曙は、宙へと投げ飛ばされそして――。

 

「嫌ああぁ!!」

 

 そこから先の光景を視る事を拒否した脳が視界を遮断する。脳裏に浮かんだヴィジョンは消えたが全身に走る寒気は未だに収まらず、曙はその場に蹲った。たった一瞬の映像、見た事も無い筈のソレに曙は明確な恐怖と死の気配を感じた。

 異変に気付いた最上が曙の元へと駆け付け、背中を擦りながら呼びかける。

 

「曙! どうしちゃったのさ。一体何したの!?」

「はぁっ……はぁっ……すいません。そこの壁に触れた瞬間に、頭の中に変な映像が見えて、その後急に、気持ち悪くなって……」

「壁? 触れただけかい?」

 

 コクリと曙が頷く。恐る恐る、曙が指差した箇所に触れる最上。だが、これと言って何も起きず、曙にだけ起きた不可解な出来事に最上は「何もないよ?」と首をかしげる。

 そして、その様子を食堂から戻った扶桑と山城は険しい顔でその様子を見つめていた。

 

「姉様、この子は……」

「……えぇ」

 

 やがて落ち着いたのか、曙はよろめきながらゆっくりと立ち上がった。

 

「もう大丈夫なの?」

「はい、心配かけました。調査の続きを――」

「いいえ、曙。あなたは先に外に出ていなさい」

「は!? いや、もう大丈夫ですから。足手纏いには……」

「これは旗艦命令です。早く外に出なさい」

「っ! ……分かりました」

 

 

 渋々曙は山城に従い、元来た道を戻って行く。最上はそんな山城に非難の眼を向けた。

 

「ちょ、ちょっと山城! 何もあんな言い方しなくても……」

「…………」

「山城?」

 

 山城は振り向かないまま、ただ原型を留めていない、破壊されつくした壁をなぞりながら何かを思案していた。まばらではあるものの、そのすべてが大型艦の主砲による破壊跡。奇妙なのは、それ以外の種類の破壊跡(・・・・・・・・・・・)が全く存在しない事だった。機銃跡も、魚雷跡も。それらが全て、船の内側に形成されている。やがて、何かを確信したのか山城はその口を開いた。

 

「……私の予想が正しければ、この船を沈めたのは相当ヤバイ奴よ。そして、曙のさっきの反応……多分あの子は、ソイツと何らかの形で関わっている」

 

 最上が驚きの声を上げる。扶桑は薄々感づいていたのか、目を閉じ何かを思案していた。

 

「ちょっと待ってよ! 曙はまだ正式に配属されて一年も経っていないって話だよ? それがどうして……」

 

 山城のその言葉に、最上はただ困惑する事しか出来なかった。

 

 

 

 

「何よぅ! ちょっと気分が悪くなっただけじゃない」

「あはは……きっと山城にも思う所があったんだと思うし、機嫌を直して欲しいかな」

 

 そんな事はつゆ知らず、山城の命令に不服を覚えた曙は、貨物船の外側にて口を尖らせて不満の声を漏らしていた。周囲の警戒を朝雲と山雲に任せ、怒りを鎮めようと時雨が苦笑しながら彼女の愚痴を聴く。

 

「でももう大丈夫なのかい? 通信で聴いた話だと、急に苦しみだしたって」

「うん、もう大丈夫……でも何だったんだろ、あれ」

「曙は、よくこういう事があるの?」

「うん。実は――」

 

 曙は時雨に先程起こった事やこれまでの事を話した。提督が大変な事になった時も、南波老人の言葉を聴いた際に今回同様、頭に見たことも無い映像が浮かんできた。

 だが、曙にはそんな場面に出くわした覚えはない。さっきの映像だってそうだった。

 

「本当、冗談じゃ無いわ。一体何なのよもう!」

「……先代の記憶」

「え?」

「昔聴いた事があるんだ。艦娘の中にはごく稀に、艦娘としての先代が見た映像を断片的に記憶として持っている子が居るって。曙ももしかしたら、そう言うのじゃ無いのかな」

 

 時雨の言葉に、曙は以前大本営内の公園で武蔵と話した事を思い出す。この世界に現れた最初の【艦娘曙】が自分だとは限らない。自分達よりも以前から、歴代の艦娘達は戦って来た。その中にはもしかしたら、【先代の艦娘曙】が居たかもしれない。

 ならば時折曙の脳裏に映る光景は、その先代の記憶なのだろうか?

 

「…………」

 

 曙は海を見る。短期間の内にこれ程の破壊を齎したのは、一体いかなる深海棲艦か。先代の曙が居たとするなら、彼女は何を見たのか。

 

 

 

 

「なーんにもいないわね」

「ねー」

 

 曙と時雨の居る場所から少し離れた海域にて、朝雲と山雲は周囲の警戒に当たっていた。暗闇の海を炎が赤々と照らす以外は至って静かな海……逆にその静けさが、今はただ不気味だった。

 

「これなら、満潮姉が心配する程でもなかったかしらー」

「……まぁ。アイツの場合、安全だから心配の必要が無いって言うのとは違うんだけどね」

「朝雲姉は朝潮姉や荒潮姉と、あの作戦(・・・・)で一緒に居たんだっけー」

「ええ。思い出したくも無いけど、ね」

 

 忌々し気に吐き捨てる朝雲。彼女は満潮のトラウマの一端である、僚艦の最後を見届けている。それ故、満潮の心の傷に対してある程度の理解と負い目を感じていた。

 

「満潮、大人しくしてるかしら」

「大丈夫よー。曙ちゃんが代わりに頑張ってくれるからー」

「その曙もちょっとダウン気味みたいじゃない……あぁ、別にそれが不満とか言うんじゃないからね?」

 

 失言だったと感じたのか、朝雲が慌てて訂正する。その話題はそこで終わり、再び周囲は静寂が支配した。しばらくして「それにしても」ふいに朝雲がそう呟いた。

 

「これだけ派手に暴れまわっておいて、深海棲艦の影すら見えないのはおかしいわよ」

「一体どんな奴がやったのかしらー」

「……もしかしたら、私達の手には負えないようなヤバイ奴かも知れないわね」

「朝雲姉にしては弱気ねー」

「べっ、別に怖がってる訳じゃないのよ!? ただ、今回の襲撃事件は奇妙な点が多すぎるって言うか――」

 

 その時、二人の電探に動きが。遥か前方の方角に、複数の深海棲艦のものと思われる反応が現れた。

 

「……朝雲姉ー」

「えぇ!」

 

 表情を引き締めた二人は、急いで山城や時雨達に通信を入れた。

 

 

 

 

 一同が居る貨物船から数km離れた海上。そこを進む黒い影があった。その殆どははよく見る駆逐級、そして残りの三体の深海棲艦は――人間や艦娘達と変わらぬ、人の形を成していた。



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6ー6

 船内の調査を追えて貨物船から外に出ようとしていた山城達の通信端末に、突如呼出音が鳴り響く。

 

"敵艦隊発見! 駆逐級が九隻に、人型が三体!!"

 

 通信端末越しに響き渡る朝雲の焦りを含んだ声。その通信は、鎮守府にて指揮を取る北濱の元にも届いた。

 

「連合艦隊か……人型の詳細は分かるか?」

"二体はリ級! 残りの一体は……嘘でしょ!?"

「どうした」

"敵旗艦はネ級! 【重巡ネ級】よ!!"

「ネ級だと? 見間違いじゃねぇのか!」

"もう目視できる、間違い無いわ!"

"提督、朝雲の言っている事は本当ですよ。でもどうしてこんな所に……"

 

 貨物船の中から出て来た扶桑が付け加える。先に北濱の言った通り、この海域は本来安全とされていた場所だ。そんな場所でこれほどの惨状が起きている時点で異常事態だったが、そこに更に強力な深海棲艦が現れた事で一同は混乱していた。

 

 

 

 

「あ……あのさ」

「? どうしたの曙」

「その……ネ級って、何?」

えっ!?……えぇっと、ネ級って言うのは――重巡リ級は分かるよね? それよりも更に強力な、上級の人型深海棲艦だよ。鬼級や姫級ほどでは無いとは言え、油断できない相手さ」

 

 曙の勉強不足な発言に一瞬驚く時雨だったが、すぐに冷静になると通信端末のドキュメントアーカイブを開いて説明する。曙としては恥ずかしい限りだった。尤も、彼女はこれまで人型の深海棲艦を見る事自体が無かったのだ。上位のそれをよく知らないのも無理はない。

 

「あれが、人型の深海棲艦」

 

 徐々に肉眼で確認できる距離に近づいてくる敵艦隊。初めて生の人型を目の当たりにする曙は、その異様さに気味の悪いものを覚えていた。

 顔の片方を仮面の様なもので覆われた深海棲艦・ネ級は瞼をやや伏せている様な表情を作っていて、かろうじて感情の様なものが見え隠れしている。

 

 だがその左右に付き従うショートヘアの人型深海棲艦――曙も資料として見た事のあるリ級には、感情と言うものがまるで感じられない……と言うよりも、表情筋が全く動いていなかった(・・・・・・・・・・・・・・)

 その様はまるで、ヒトに成りすました怪物が、精巧な人の貌を模した仮面をつけている様に思えた。

 

"何故ネ級がこんな所にいるのかは分からんが、野放しにする訳にはいかん。危険を冒す事は許さんが、一匹も逃がすな"

 

 北濱のその言葉とほぼ同じくしてネ級がこちら側に気付く。忌々しげに目を細めたネ級は腕を前に翳し、配下の深海棲艦達に号令を送る。二体のリ級はネ級を護る様に前に立ち、残りの九体の駆逐級達は訓練された猛獣の如く、こちらに向かい襲い掛かって来た。

 

「来るわよ皆! 重巡級は私と姉さま、最上で何とかします。時雨達は駆逐級を各個撃破!」

「了解したよ……それにしても提督。危険を冒さず敵を殲滅しろだなんて、簡単に無茶ぶりしてくれるね?」

"お前らなら難なく出来ると踏んで言ってるんだがな"

「誉め言葉として受け取っておく……よっ!」

 

 北濱に軽口を叩いた時雨が先陣を切り、戦いの火蓋が切って落とされた。遅れて朝雲と山雲、更には曙も敵艦隊へと向かって突撃する。

 

 

 

 

「改二!」

 

 敵の砲撃を躱しながら時雨が両手をクロスし、水柱の中を抜けた時には改二の姿へと変わっていた。イ級は砲撃を混ぜた雷撃を繰り出すが、時雨は之字運動を高速で行いそれを難なく躱す。変幻自在に移動速度を変え、時には急なバックステップを混ぜたりもしながら、徐々にイ級との距離を縮めながら肉薄していく。

 だが距離が近くなるにつれ、イ級側の命中率も少しずつ上がっていき……。

 

「っ!」

 

 時雨がマズい表情を取るのと、イ級が時雨に照準を合わせるのはほぼ同時だった。放たれる砲撃! 砲撃は時雨の居た位置に着弾し、爆炎を上げた。

 勝利を確信したイ級は咆哮を上げるが、すぐに何かがおかしい事に気付く。爆発した地点には、時雨の艤装の破片どころかオイルすら浮かんでいない。まるでそこには最初から何も居なかったかのように。

 

「――仕留めたと思ったかい? 残念だったね」

 

 イ級がその位置を探る間もなく背後から聴こえる声。イ級が弾けた爆炎の先には、蒼い目をした漆黒の猟犬が立っていた。

 間髪入れずに、数匹の駆逐級が時雨に襲い掛かる。時雨は軽く舌打ちし、次の標的へと意識を向けた。

 

 

 場面が代わり朝雲と山雲。それぞれが交差する様に、朝雲がハ級、山雲がニ級を相手取る。朝雲へとハ級が突撃するが、朝雲はそれを両手で受け止めながら、右目にキックを二、三発繰り出し、その勢いのまま怯んだハ級の顔面に連続パンチを叩きこんだ。

 その奥で、ニ級が口を開きながら山雲に向かい突進する。だが山雲はその突進を避けようとはせず、激突する寸前で相手の力を利用し、横へと受け流した。目標を見誤りそのまま前につんのめるニ級のしっぽを掴み、両の腕に力を込めた山雲は、普段の彼女とは思えない豪快なジャイアントスイングでニ級を振り回し始める。

 

「山雲、行くわよ!」

「はーい、朝雲姉~」

 

 お互いがタイミングを合わせる様に、朝雲がグロッキー状態のハ級を持ち上げて投げ飛ばし、山雲もそれに合わせる様にハ級の落下地点へと向けてぶん回していたニ級を放り投げ、二体の深海棲艦は互いに衝突し悶絶する。

 その二体に向けて、山雲が膝を屈めながら魚雷を発射。その背後に朝雲が立ち、遅れる事数秒後に彼女の頭上で主砲を放つ。時間差で放たれた魚雷と砲撃は、丁度いいタイミングでハ級とニ級に同時にヒットし、二体は大爆発を起こした。

 

 

「凄い……」

 

 立て続けに敵を撃破した時雨や朝雲山雲を見て、曙は一人呟く。皆、自分達可香谷提督の鎮守府のメンバーに比べても、明らかに高度な戦闘技術を有しており、ただ圧倒されるだけだった。「あ、あたしだって負けてないんだから!」と我に返り周囲を見回す曙。すぐ近くには、今まさに自身に襲い掛かろうとしている深海棲艦――駆逐ロ級の姿があった。

 

「また? いい加減、あんたの顔も見飽きたのよ!」

 

 もはや腐れ縁の域に達しようとしている敵に対し、曙は向かって行く。

 

 

 

 

 時雨達が駆逐級深海棲艦を相手取った事で、ネ級達と山城達の間を遮るものは無くなり、両陣営はにじりにじりとゆっくりと動きながらお互いの距離を取っていた。やがて、静寂を破り山城達の方が先に動く。

 

「行くわよ山城」

「はい姉様! 最上、制空権は任せるわ」

「任されるよ! 瑞雲さん、激しい奴頼みます!」

 

 後方に下がった最上は、飛行甲板型の艤装に妖精の乗った小型瑞雲をセット。それらを飛翔させ彼女達の視界とリンクし始めた。

 航空巡洋艦である最上は、勿論砲雷撃戦による戦闘も可能なのだが、北濱鎮守府の艦娘には空母が居ない関係上、同じく水上爆撃機を運用できる扶桑型の2人に比べれば火力に劣る彼女が、制空権確保を一手に担う事にしている。それにより、扶桑と山城は砲撃に集中出来、艦隊全体の火力に貢献しているのだ。

 幸い、今回は敵艦隊に制空権を争える艦が居なかったお陰で確保は容易だった。

 

「制空権確保! いつでも行けるよ」

「上出来よ、最上……主砲、副砲、撃ちます。発射ぁ!」

 

 号令と共に扶桑が巨大な艤装を駆動させ砲撃を行う。砲弾はネ級を狙い放物線を描きながら飛んでいき――しかしリ級の一体(以降リ級α)が前に出て、腕に付いた艤装の一部を使ってそれを防御する。爆炎が晴れ、反撃を試みようとするリ級αだったが……。

 

「はあああっ!!」

 

 煙が晴れたと同時にリ級αの目の前に突っ込んで来る山城。扶桑の砲撃は囮であり、彼女は何れかのリ級が砲撃を防御する事、その際爆炎により一瞬視界が遮られる事を読んでおり、本命である山城が砲撃に遅れてリ級αへと白兵戦を仕掛けたのだ。戦艦娘の馬力を体術として用い、重い一撃をリ級αに喰らわせる! たまらずリ級αは後ろへと仰け反った。

 

「このまま押し切らせてもらいます!」

 

 仰け反った反動を利用して回避を試みるリ級αだが、山城はそれを逃さない。リ級αの肩と腕を掴み背後へと背負い投げをする。リ級αは海面に全身を打ち付けのたうち回った。

 

「トドメです!」

 

 山城が復帰のままならないリ級αに主砲の一撃を放とうとする――だがその瞬間、山城は背後から何者かに羽交い締めにされた。

 

「ぐっ、離せこの!?」

 

 山城の自由を奪うもう一体のリ級(以降リ級β)。その間にもリ級αは体制を立て直し、お返しと言わんばかりに山城を何度も殴りつける。表情一つ変えずに行われるその光景は非常に気味が悪い。

 

「山城!!」

「扶桑、ボクに任せて!」

 

 後方で瑞雲の編隊を操作していた最上が、その内の何機かを山城の自由を奪うリ級βの背後へと向かわせる。そしてその背中に爆撃を叩き込んだ。突然のダメージに堪らず力を弱めるリ級β。

 山城はその隙に、肘打ちをリ級βに喰らわせた後に回し蹴りでそのまま後方へと吹き飛ばした。その隙をリ級αが狙う!

 

「山城、私も援護するわ」

 

 発射準備を完了した扶桑がリ級αに主砲の一撃を叩き込む。戦艦の砲撃をもろに喰らい、大破するリ級α。

 

「これで決めます!」

 

 山城が甲板状の艤装から観測機に乗った妖精を射出。観測機妖精の眼とリンクした山城は、立ち上がるもフラフラになっているリ級αを捉える。そして、装甲が脆くなっている箇所を見つけ照準を合わせ、眼を見開いた。

 

「発射!!」

 

 弾着観測により確実にリ級αに向けられた主砲副砲の連撃は見事命中。リ級αは大爆発の下撃沈していった。

 

 

「よし! これで残りは――」

「待って山城! 南方に敵艦反応数隻……増援だよ!」

 

 最上のその言葉に何かを察した山城は、後方に離脱していた敵旗艦のネ級を見る。そこではネ級が、艤装から電探のような物を伸ばしている。恐らくは、付近の深海棲艦を呼び寄せているのだ。

 

「まだ駆逐級は全滅していない、この状況で増援などさせません!」

 

 山城がそう言いながらネ級を砲撃。だがネ級は、わずかに横に動く事でそれを回避した。着弾地点に巨大な水柱が上がる。

 増援を呼ぶことを中断されたネ級は忌々し気に拳を握りしめ、山城へと襲い掛かった。右手左手と交互に攻撃を繰り出すもそれを山城に受け止められる。それでもネ級は止まらず、両手を封じた事でがら空きになった山城の脇腹へ向けて蹴りを放った。いかに強靭な肉体を持つ戦艦娘でも、艤装に覆われていない生身の部分を攻撃されれば無事では済まない。が――。

 

「それで私が怯むとでも? 潜って来た修羅場が違います!」

 

 驚くネ級の隙を突き、山城はネ級の腕を掴み投げ飛ばした。追撃と言わんばかりに主砲を放つ山城。ネ級はそれを両肘をクロスさせて防ごうとするが相殺しきれずに数回に渡り海上をバウンドする。

 やがてネ級は、何かにぶつかり動きが止まる。それは、時雨達の誰かが仕留めた駆逐級の残骸だった。退路を断たれたネ級、万事休す。

 

「今です姉様! 全砲門、一斉射!!」

「ボクの瑞雲さん達も行くよ~!」

 

 扶桑と山城の砲撃に最上の瑞雲隊の機銃掃射が合わさり、駆逐級の亡骸もろともネ級に襲い掛かる! もはやネ級は回避する間も無く、着弾地点に大爆発を伴いその姿が見えなくなった。

 

「やったぁ!」

 

 勝利を確信した最上が叫ぶ。後には空高く炎が立ち上り、敵艦隊旗艦を仕留めた安堵感から山城もふぅと溜息を付いた。

 

(…………?)

 

 だが爆炎が晴れるにつれ、山城は奇妙な違和感を覚えた。海面には無数の残骸が漂うが、それらは全て駆逐級のものだ。その中に、ネ級のものと思われる艤装の破片が一つも見当たらない。跡形も無く吹き飛んだのか、或いは全て海底に沈んだのか? それとも――。

 

(あの状態から砲撃を回避する事は不可能だった。やはり仕留めた? いやしかし……)

「ふ~、間一髪だったね。増援を呼ばれる前に倒せて良かったよ」

 

 上空の瑞雲隊を着艦し終えた最上が、気の緩んだ声を発しながらゆっくりと山城に近づいてくる。今だ戦闘が続いている中、気を抜くお調子者に呆れながら山城は最上の方を向く。

 

「最上、まだ戦いは終わっていないのよ? 気を引き締めなさい」

「でも旗艦はボク達で倒したじゃないか。後は雑兵だけだし、曙達なら余裕で終わらせてくれるよ」

「最上? 戦闘での油断は一番やってはいけない事よ。貴方の実力は評価するけれど、他の艦娘に示しの付かないような態度は頂けないわ」

「もう! 扶桑までそんな事言ってぇ……分かったからそんなに二人して睨まないでよ」

「全く……馬鹿な事言ってないで、さっさと残存勢力を叩きに――」

 

 

 そう言いかけた時、山城は周囲に違和感を覚えた。深海棲艦の残骸の周辺に立ち込める煙……初めは爆散した駆逐級から発せられたものかと思っていたがそれにしては煙の濃度が濃すぎる。広がった煙は、周囲の視界を遮るほどにまで海上を覆いつくし――。

 

(まさか!)

 

 警戒する山城。この煙が、使用者が姿を隠す為の【煙幕】だと気付いた時には全てが遅すぎた。

 

 

「避けなさい、最上!!」

「――えっ?」

 

 

 

 

 大海原に、大きな爆発音が響き渡った。



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