オーバーロード 白い魔狼 (AOSABI)
しおりを挟む

1話

初投稿です。よろしくお願いします。


 かつての大人気ゲーム、ユグドラシルの最終日

 街では最後の時を楽しもうと人々で賑わっている。

 それを誰にも見られぬよう遠くから見ている一人の真っ白な人狼がいた。

 かつてはそこそこ名の知られた7人の人狼で構成された傭兵ギルド〈セブンウルブス〉のリーダーで名をフェンリルという。

 

 ユグドラシルは初めて夢中になったゲームだった。

 仲間たちとは色々な冒険をした。

 PKや色々なことで悔しい思いもした。

 強くなり傭兵ギルドを作って助っ人として色々な所で戦って感謝もされた。

 と言っても、もう仲間は全て引退してしまって残ったのは自分一人。

 だが目をつむるだけであの黄金の時を昨日の事のように思い出すことが出来る。

 だから寂しさが募ってくる。

 誰かに会いたい、最後の時を誰かと共に過ごしたい。

 フェンリルがコンソールを操作しインしているフレンドにメールを送る。

 

 

 ナザリック地下大墳墓・円卓の間

 

 豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った骸骨であるモモンガとうごめく黒いスライムのヘロヘロが話をしているとメールが一通、モモンガに届く

「どうしました?」

「メールが来たみたいです」

 メールの差出人はフレンドであるフェンリルだった。コンソールを操作しメールを開く

〈こんばんわ、近くにいるのでもし良かったらそちらに遊びに行っても良いですか?〉

「フェンリルさんからです。こっちに遊びに来たいみたいです」

「あぁ、久しぶりに会いたいですね」

「ですね~じゃあ、来てもらいましょう」

 メールに返信する。

〈こんばんわ、ぜひ遊びに来てください。お待ちしています〉

 

 ヘロヘロが会社の愚痴をモモンガに吐き出し終わったところに

「こんばんわー」

 白い体毛に覆われた大きな体に黄金の瞳に凶悪な狼の顔を持つ二足歩行をする人狼フェンリルが入ってきた。

「こんばんわー」

「こんばんわ」

 ヘロヘロとモモンガが挨拶を返す、と同時にモモンガが驚いた。

「うわ!フェンリルさんその恰好、どうしたんですか!?」

 フェンリルの2mを超える巨体に装備されているのは一つを除きいずれもゴッズ級やレジェンド級アイテムで構成され、そのいで立ちは遊びに来たというよりも戦いに来たという方が合っている。

「あぁ、最後だからと思ってフル装備で来たんですよ。アインズの皆さんの協力のおかげで作れたアイテムばっかりですからね」

 自慢の装備に身を包んだフェンリルが胸を張る

「今なら誰が攻めてきても対処できますよ」

「ははっそうですね」

 他愛もない会話にフェンリルは久しぶりに楽しい時を過ごす。

 しかし楽しい時間ほどすぐに過ぎていくものでヘロヘロが眠気に負けログアウトした。

 残された二人に訪れる寂しさ

「帰っちゃいましたね」

 フェンリルがつぶやいた。

「リアルが忙しいなら仕方ないですよ」

 モモンガは仕方ないと思いながらも心の中で最後まで一緒にいたかったという、無念があった。

「オレは最後まで居ますから」

 フェンリルの言葉にモモンガは救われた思いだった。

「そうだ。フェンリルさん玉座の間、まだ見たことなかったですよね?」

「そうですね。まだ見たことないです」

 何度も来たことのあるナザリックだが、いつもこの部屋で会っていた。

「じゃあ、行きましょう。最後の時はそこで過ごそうと思っていたので、そうだ私もフル装備して行こう」

 そう言うとモモンガは装備を変えスタッフオブアインズウールゴウンを持ち出し、フェンリルとNPCを連れ玉座の間へと向かった。

「うわースゴイですねー」

 フェンリルが驚きの声を上げる。まさに玉座の間というに相応しい豪華で荘厳な空間だった。

 その中を色々な所を見ながら歩く。

「やっぱりアインズ・ウール・ゴウンって凝り性の人多いですよね」

 この部屋に来るまでの道中でフェンリルは改めて思った。付従えているNPC一人一人をとっても設定やビジュアルが自分では作れない、いや考え付かない。

 フェンリルもギルドホームを持っているがナザリックと比べるのもおこがましい程の小さな山で、まして部屋の改造などもほとんどしなかった。

「ですね~、階層守護者ももっと凝っていますからね~」

 セバスなどのNPCを階段前で待機させ、モモンガとフェンリルが玉座の前に到着した。

 玉座の横に立つNPCをフェンリルがまじまじと見る。

「うわ、このNPCもメッチャ綺麗ですね。って設定長っ!」

 フェンリルがアルべドの設定文を見て驚く

「え?どんな設定だったかな?」

 モモンガが覚えているのは、守護者統括であり、ナザリック地下大墳墓の最上位NPCということぐらいだった。

 モモンガの想像以上の長文設定、それを斜め読みし最後の一文の所

『ちなみにビッチである』

 でフェンリルとモモンガの声が揃った。

「「えっ」」

 二人揃ってドン引きだ。

「ビッチって、これ・・・」

「・・・たぶん罵倒の方だと思います・・・」

「・・・ですよね・・・」

 なんとも言えない沈黙、それを破ったのはフェンリルの方だった。

「そ!そうだ!オレも作ったの見せますよ。NPC、実はナザリックの入り口で待機させてたんですぐに連れて来ますね!」

「あ、じゃあ、これ持って移動してください」

 そう言って出されたのは指輪だった。

「コレは?」

 リングオブアインズウールゴウン、特定箇所以外転移が不可能なナザリック内において、自由に転移できる指輪だ。

「ナザリック内で転移する為のアイテムです。この部屋には直接転移出来ないんで注意してください」

「ありがたくお借りします。では行ってきます!」

 そう言い残しフェンリルは転移する為に部屋を出て行った。

 モモンガは改めてアルベドを見た。

「タブラさん・・・ギャップ萌えだったっけ?・・・それにしても・・・」

 しばし考え、そして結論を出す。

 変更しよう。

 そうしてビッチの文言は消え、新たに入ったのは

『モモンガを愛している。』

 自分で入れておきながらモモンガは恥ずかしさで悶絶した。

 モモンガが悶絶している最中に、いつの間にかフェンリルが自作のNPCを連れ戻ってきた。

「いや~お待たせしました・・・って、どうしました?」

 大げさに驚くモモンガにフェンリルが首を傾げた。

「いえ!なんでもないです!あっ!その子がですか!?」

 大きな声を出すモモンガに少し驚いたがフェンリルが自作のNPCを紹介する。通称おともNPCと呼ばれる外にも連れていけるNPCだ。100レベルまで成長するがペナルティとしてアルベドなどの拠点NPCと比べて90レベルまでの能力しか持つことが出来ない。

「そうです。いや~作るのに一か月位掛かったんですよ。課金もしましたしね~」

 ネルと名付けられた見た目は長い銀髪のダークエルフ、紅い瞳に整った顔立ち、スラリと伸びた長い手足にグラマラスな身体を強調する胸元と背中が大きく開いたただの黒いドレスに見えるが実は高い防御を誇るレジェンド級アイテムの逸品である。一見すれば18禁に抵触するのではないかと思う、上品に言ってセクシー、下品に言えば痴女、運営仕事しろとでも言いたいところだ。

「フェンリルさんも凝ってるじゃないですか~」

「えぇ、自分の欲望100%ぶち込みましたからね。理想の嫁?みたいな感じです」

 フェンリルとモモンガが理想の嫁話に花が咲く

 ふと時間を見るとサービス終了まで3分を切っていた。

「もうすぐ終わっちゃいますね」

「そうですね・・・」

「モモンガさんのおかげで最後に良い思い出ができました」

「そんな、フェンリルさん、私もですよ」

 沈黙、どちらかともなく天井を見上げる二人に思い浮かぶのは輝かしい時間

 それが今失われる。

 なんと悔しく、不快なことか

 終了まで1分を切った。

 二人目を閉じ心の中でカウントダウンを始める。

 幻想の終わり、そして3・2・1、ブラックアウト・・・そのままログアウトするはずだった。

「「ん?」」

 二人が目を開くとそこはまだ玉座の間だった。

 フェンリルが隣を見ればモモンガがいる。モモンガもフェンリルを見るがお互い困惑している。

「まさかサーバーダウンが延期になった?」

 とモモンガ

「そんな連絡来てないですよね?」

 だがフェンリルもモモンガも、コンソールが浮かび上がらない、他の手段をと思い他の機能を呼び出すがどれも機能しない。

「どうかなさいましたか?モモンガさま?」

 初めて聞く綺麗な女性の声、それはNPCであるアルベドのものであった。

「マスター?どうしました?」

 甘く艶のあるその声は、こちらもNPCであるネルのものだった。

 モモンガもフェンリルも驚く

「失礼いたします」

 モモンガにアルベドが近づき、そしてモモンガの鼻腔を甘い香りがくすぐる。

 フェンリルは人狼という種族だからなのかモモンガよりも様々なにおいが鼻腔を襲っていた。

 モモンガとフェンリルに違和感が襲う。

「・・・・GMコールが利かないようだ」

 モモンガがアルベドの潤んだ瞳に吸い込まれ、ついNPCに相談してしまう。

 答えなど返ってくるはず等ないのに、だが

「・・・お許しを、無知な私ではモモンガ様の問いであられる、GMコールというものに関してお答えできません、この失態を払拭する機会をいただけるのであれば、これに勝る喜びはございません、何なりとご命令を」

 答えが返ってきた。つまり会話をしているのだ。

 ありえない。

 だが驚いているはずなのにモモンガの頭の中はクリアになっていく。

 そしてセバスを呼び、周辺地理を確認の命令を。プレアデスには九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に当たらせる。

「モモンガさん・・・ちょっといいですか?」

「フェンリルさん?」

 促されるようにアルベドとネルから離れる。

「モモンガさん、この状況どう思いますか?」

「・・・正直、困惑しています。においを感じるし、そしてNPCと会話している」

「これってユグドラシルⅡってわけじゃないですよね?だとするとこれ電子誘拐ってことになりますけど」

「いやさすがにそれは無いかと・・・」

「ですよね?だとすると・・・」

「って!フェンリルさん!?・・・口が動いてます・・・」

 口が動く?まさかそんなことはありえないと思い、フェンリルが自分の口に手を当てると呼吸をしている。自分の声を発すると、口が動いている。

「ま・・・さか・・・」

 フェンリルはそんなはずはないと思いながらネルの方を見ると、ネルは微笑みを返してくれた。表情が変わったのだ。自分の心臓が一つ高鳴った気がする。

「モモンガさん、オレの脈を診てもらってもいいですか?」

 そう言って左腕を差し出す。

「・・・はい」

 モモンガが左腕を触ると同時にフェンリルに軽い電気の様なものが走った。

「うわ!」

「あ!すいません、ネガティブタッチの解除忘れてました」

「大丈夫です。解除してもう一回お願いします」

 モモンガが解除の仕方に思案すると、唐突にその切り方を悟る。

 死の支配者として保有している能力の行使がまるで人が呼吸をするのと同じように自然に使用できる能力になっていた。

「触りますよ」

 触ったことなどないが犬を触るとこういう感じなのかな?などと思いながら脈を探す

「・・・どう・・・ですか?」

 ある。

 トクントクンと生物なら当然の鼓動がある。

「あります・・・脈が・・・」

 という事はフェンリルはデータなどではなく生物として目の前にいることになる。

「そんな・・・」

 いや、まだだ、まだ最後に調べていないことがある。

「・・・モモンガさん、童貞ですか?」

 突然の質問にモモンガの目が点になる。

「え?」

「ハッキリ言います。オレは童貞です」

「あ、はい、私もです」

 あっけにとられて答えてしまった。

「じゃあ、一緒に調べましょう。18禁に触れるような事は出来ないはずなので、オレはネルの胸に触ってみます。だからモモンガさんはアルベドの胸を触ってみてください」

 モモンガはドン引きだ。

「え、それはちょっと・・・」

「お願いしますよ!オレ一人は厳しいですよ!せめて一緒なら何となく行けそうな気がするんですよ!」

 フェンリルのこの必死さは童貞ゆえなのだろうか?とモモンガは思うが確かに18禁に抵触する行為をすれば何らかのアクションがある、そんな感じもする。

「・・・分かりました・・・一緒にやりましょう」

 フェンリルがモモンガの手を握る。

「ありがとうございます!モモンガさん!」

 フェンリルのフサフサとした長い尻尾がぶんぶんと音立てて振られる。

 そしてモモンガはアルベドの前に、フェンリルはネルの前に立つ。

 傍から見れば美女に襲い掛かろうとするモンスターの構図だ。

「「む、胸を触っても構わないな」」

「「え?」」

 空気が凍ったようだった。

 アルベドとネルは目をぱちくりしている。

 モモンガ達は悶絶したい気分だった。とくにフェンリルは自分の言い出したことであるからモモンガに申し訳ないとも思っている。

 だがこれは仕方がないことなんだと強く思うことで平静を装う。

「「構わにゃ・・・ないな」」

 二人揃ってダメだった。

 だがアルベドは花が咲いたような輝きを持って、微笑みかける。

「もちろんです、モモンガ様、どうぞお好きにしてください」

 アルベドがぐっと胸を張る、豊かな双胸がモモンガの前につき出された。

「では私も、マスターどうぞ」

 ネルが蠱惑的な笑みを浮かべて胸を張る。こちらもアルベドに負けず劣らずの豊かな胸をしている。

 モモンガとフェンリルはお互いを見てわずかに頷き、意を決し手を伸ばす。

 柔らかいものが形を変えるのが二人の手に伝わる。

「ふわぁ・・・あ・・・」

「ん・・・はぁ・・・」

 濡れたような声がアルベドとネルから漏れる中、モモンガとフェンリルは実験を終了させた。

 警告が出てくるはずの行為を行っているのにそれが出てこない。

 仮想現実が現実になった。

 受け入れ難い事ではあるが、こうなってしまっては受け入れるしかない。

 よくよく考えてみると、モモンガにとってはそう悪いことでは無いように思えてくる、家族も恋人もなく、ユグドラシル以外の趣味もなく、家と会社を往復する毎日・・・。

 等とモモンガが考えていると

「・・・モ・・ガ・・・ン・・・モモンガさん!」

 フェンリルの言葉で現実に戻される。

「はっ、何ですか?」

「いや、モモンガさん、胸揉みすぎっす」

 そう言われ自分の手がまだアルベドの胸を揉んでいることに気付いた。

「ア、アルベド、すまなかったな」

「ふわぁ・・・・」

 頬を完全に赤く染め、アルベドが体内の熱を感じさせるような、息を吐き出す。

「ここで私は初めてを迎えるのですね?」

「・・・え?」

 モモンガは言葉の意味を一瞬、理解できなかった。

「服はどういたしましょうか?」

「・・・?」

「自分で脱いだ方がよろしいでしょうか? それともモモンガ様が?、着たままですとあの・・・汚れて・・・いえ、モモンガ様がそれが良いと仰るのであれば、私に異論はありませんが」

 アルベドは完全に暴走していた。フェンリル達が目に入らぬほどに

「ちょっ、まっ! よ、よすのだアルベド」

「は? 畏まりました」

「今はそのような・・・いや、そういうことをしている時間はない」

「も、申し訳ありません! 何らかの緊急事態だというのに、己が欲望を優先させてしまい」

 飛び退くと、アルベドはひれ伏そうとする、それをモモンガは手で抑える。

「よい。諸悪の根源は私である、お前のすべてを許そう、アルベド。それよりは・・・お前に命じたいことがある」

 モモンガがアルベドに命令を下し、少し早足でアルベドは玉座の間を後にした。




最後までお読み頂き、本当にありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

「あれはつまらない冗談だったのに・・・こんなことになると知っていたら、あんなことはしなかった。俺は・・・・タブラさんの作ったNPCを汚してしまったのか・・・」

 

 アルベドが去った後、モモンガは落ち込んだように呻きを上げる。

 

「どうしたんですか?」

 

 顔を上げるとフェンリルが心配そうに見ていた。

 

「・・・実は・・・アルベドの設定を少し弄ってしまって・・・だから、あんな性格に・・・」

 

 きっと自分が『モモンガを愛している』なんて付け加えてしまったから、アルベドはあんな変な性格になってしまったんだと、モモンガは心の底から後悔の感情が押し寄せるが、その度に感情が抑制されてしまう。

 

「仕方ないですよ。まさかこんなことになるなんて誰も予想付かないんですから、今はそのどうにもならない問題よりも、これからどうするかですよ」

 

「これから?」

 

「そうですよ。モモンガさんはナザリックのことがあるじゃないですか」

 

 そうだ。今しなくてはならないことは山のようにある。

 身の安全の確保、NPCが味方であるのか、ナザリック内の設備、ゴーレム、アイテム、魔法・・・それらが機能するかの確認はモモンガ、ひいてはフェンリルの生存に関わる急務だ。

 それからの行動は早かった。

 まずはフェンリルとネルの安全の確保をしてからモモンガは分かれ、しなくてはいけないことを一つずつ行っていく。

 

「成功だ・・・」

 

 モモンガの確認の結果、設備とゴーレムに問題はなかった。そして今使用したリングオブアインズウールゴウンでの転移も問題なく行われた。

 その足で円形闘技場へと向かう、アルベドへと命令した時間までまだ余裕はある。

 

 

 

 9階層ロイヤルスイートの一室

 

 フェンリルとネルは何があるか分からないというモモンガとの話し合いの結果、ひとまず安全を確認したこの部屋へと隠れることにした。

 だがただ隠れるだけではなく、フェンリルにもやることはある。厳選に厳選を重ねたアイテムの入った無限の背負い袋からアイテムが取り出せるのか、自分のスキルが発動できるのか、などモモンガが戻ってくるまでやることはある。

 最悪の場合は自らの力でナザリックから脱出しなければならない。

 フェンリルはまず人ではなくなった自分の身体の確認から始めた。

 全身をほぐす様に準備運動、リアルの時に趣味として見ていた格闘技や武道の映像を思い出しながら型の動き、そして蹴りや突きなどの基本動作をして気づいたことがある。

 この身体になってまだ一時間ほどしか経っていないはずなのに、まるで生まれた時からそうであったかのように何もかもが自然に動く、尻尾や伸縮自在の爪、人間よりも遥かに優れた感覚の全てが思うがままだ。

 身体の確認を済ませたところでネルがずっと見ていることに気付く

「どうした?」

 

「見惚れていました」とネルが微笑む、それが似合う

 

「ネルは俺をどう思っている?」

 

「愛しております。マスターの全てを」何の迷いも淀みもなくネルが言う

 

「そ、そうか、ありがとう」愛の言葉と真っ直ぐ見つめるネルの濡れた瞳に気恥ずかしさがフェンリルを支配する。

 

 それを見て微笑むネル、フェンリルの理想の全てをつぎ込んだとはいえ、その妖艶さにもしやチャームでもかけられているのではと思ってしまう。

 ぶんぶんと頭を振り気持ちを切り替え、改めてスキルを試すことにする。部屋の中で影響の出ないスキルとなると

 

「・・・ふぅ、人化を試してみるか・・・」

 

 今装備しているアイテムはモンスター種専用の装備品、ユグドラシルなら解除されて所持アイテムとしてアイテムバックに戻されるが、ゲームが現実となった今はどう処理されるのかが分からない為、すべて自分の手で外し机の上に並べて置いていく

 装備品をすべて外し終え、さてどうやって発動するのかと少し考えると、頭の中にこうすればいいという答えが自然と出てきた。

 この当たり前に導き出される答えをやはり不思議だと思いながらも人化のスキルを発動させる。

 

「お?おぉ?」不思議な光が出たり、煙が出るという事は無かった。

 

 全身を覆っていた白い体毛は無くなり、手足を見るといつも見慣れた人間の身体になっている。大きな姿見の前に移動し見ると

 

「お~、これが・・・ってなんだこりゃぁぁぁぁ!!」フェンリルが自分の姿を見て絶叫した。

 

 

 

 

 守護者の忠誠の儀を終え、守護者やナザリック内のNPCが味方である事が分かり安堵するのと代わりに自身への評価が高すぎるという新しい頭痛の種を仕入れたモモンガがフェンリル達が隠れている部屋の前に転移する。

 ドアをノックする。だが中から返事がない、もう一度ノックするがやはり応答がない、まさかと思い慌ててドアを開けるとそこにフェンリルの姿がなかった。

 居るのは天蓋付きのベッドの上に・・・

 

「はぁはぁ、大丈夫です。マスターは何もしなくていいですから、私がマスターをめくるめく快楽の世界へ・・」

 

 異常に興奮しているネル、その下に14・5歳位の銀髪の少年、それも全裸だ。

 

「・・・え?」モモンガがぽかんとしていると銀髪の全裸少年が

 

「モモンガさん!助けて!」助けを求めている。

 

「え!?まさかフェンリルさん?」

 

「そうです!ほら!離れるんだ!」

 

「・・・はい・・・」しぶしぶ、本当に名残惜しそうにネルが離れる。

 

 フェンリルの貞操の危機は免れた。まさか格闘職を取得しているのに組み敷かれるとは思わなかった。

 全裸のままではまずいと思い、何か身を包むものは無いかと周囲を見ていると

 

「これを使ってください」それに気づいたモモンガがマントを手渡してくれた。

 

「いいんですか?何かのレアアイテムなんじゃ?」

 

「大丈夫です。たまたま持ってたレア度の低いアイテムなので、それに裸のままでは・・・」モモンガがちらりとネルの方に視線を移す。それに釣られる様にフェンリルも見ると静かに興奮しているネルがいる。

 

「・・・ありがとうございます」受け取ると立ち上がりマントで身を包む

 

「それでその姿はどうしたんですか?」

 

「実はスキルとかの確認をしていたんですけど、人化スキルを発動したらこうなってしまって」

 

「人化?どんなスキルなんですか?」

 

「簡単に言うと人間になるスキルです。発動中は自分の全ステータス30%ダウンしますが、ステータス上もヒューマンと表示されるのでなかなか見破られないって特徴があります」

 

 自らの全ステータスダウンと引き換えに人に化けるのか、微妙かなとモモンガは思った。

 

「もしかしたら30%ダウンで、身長も下がったんじゃないですか?」

 

 全ステータスという事で外見にも作用したのではとモモンガは推察する。フェンリルの元の身長が2m少し、それの30%ダウンということは今の身長は140~160の間といったところか

 その推察にフェンリルが頷く

 

「そうかもしれませんね。でもこの外見、オレに少しも似てないんですよね。そもそも日本人なのに何でヨーロッパ系の顔立ちなんですかねぇ?」

 

 フェンリルはそう言いながら鏡で自分の顔を見る。小さな頭、絹糸のようなサラサラの銀髪、長いまつ毛に深い海の様な青い瞳、元の自分とは比べ物にならない位に整った顔立ちは少女のようでもある。

 体つきも筋肉で構成されていたような荒々しくも引き締まった人狼の時に比べると、筋肉で引き締まっているとはいえ、だいぶ細くファッションモデルかのような身体になっている。

 

「さすがにそこまでは分からないですけど・・・それ元に戻れるんですか?」

 

 ゲームならコマンド一つで戻れたが、現実の今なら考えるだけで戻れるはずだ。

 

「大丈夫なはずです。いきますよ」

 

 強く戻れと念じると、人化の時とは違う身体にゾワリとした感覚が走る。

 銀の絹糸のようだった髪は逆立ち、見開かれた深い海を思わせた青い瞳は爛々と光る金色に変わる。体内で急速に創り返られていく骨格、同じ速度で膨れ上がる筋肉、耳まで裂ける口に並んでいた歯は牙に代わり、尻尾が生え、全身が白い体毛で覆われると、モモンガが知っているフェンリルの姿に戻った。

 

「おぉ~」モモンガはまるでホラー映画のワンシーンでも見てる気分だった。

 

「どうです。戻れたでしょ?」

 

「カッコいいですね~」

 

「やっぱり変身っていいですよね~」

 

 などと二人で盛り上がっているのをネルは心底残念そうに見ていた。フェンリルを愛しているが人化をしたときの愛らしさはそれ以上のモノがある。もう一度、人化をしてもらおう。今度は誰にも邪魔の入らないところでそう心の底で強く思うネルだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.5話 幕間

 フェンリルがネルを隣接したドレスルームでの待機をさせ、部屋には二人だけになった。

 

「モモンガさんどうだったんですか?無事に帰ってきたという事は味方だったようですね」

 

「それは良かったんですけど、守護者達の自分に対する評価が異常に高くって・・・」モモンガがため息をつく

 モモンガを表現するのに『いと高き」とか『至高の』とか、本人はいったい誰のことを言っているのだろうとすら思っていた。

 

「あ~それは苦労しそうですね。ご愁傷さまです」

 

 手を合わせて拝むフェンリル

 

「も~それよりも、まず報告ですね。スキルは使えたみたいですから問題ないですね。あと魔法も普通に使えました。あと色々ありますがそれは実際にやってもらうしかないんですけど」魔法を使う感覚などは実際にやってもらうしかない。

 

「それとナザリックの外の事なんですけど」

 

「沼地のはずですよね」

 

「いえ、どうやら草原のようです。何の変哲もない草原」

 

「草原?じゃあ本当に・・・」

 

「そうです。外は夜だったようなのでそこまで詳しくは調べてはいませんがどこかに転移したと考えるべきでしょうね」

 

「あとは、フェンリルさん達を紹介するタイミングですよね」

 

「モモンガさんの話を聞く限りだとNPCは絶対的な忠誠を誓っているはずですけど、ギルメンでもないオレにどうでるかですよね。下手すると敵認定されて殺されるなんてこともありえますからね」

 

「それは・・・」ないとは言えない。

 

「でも、ネルを見るとそうでもないのか?」今のところネルはモモンガに対して敵意などは向けていない。だがそれが他のNPC全てに言えるわけではない。

 

 モモンガとフェンリルが腕を組み「う~ん」と悩む。まだまだ分からないことが多すぎる。

 と、フェンリルの腹が鳴った。

 

「腹減るんすね・・・どーしよ」

 

 リアルだったら冷蔵庫に入っているものでも適当に食べるのだが

 

「フェンリルさん、飲食不要アイテム付けてないんですか?」

 

「あれ、結構なレアアイテムじゃないですか、それに今の装備構成だと装備スロット空いてないんですよね」

 

「あ~ガチ構成ですか、じゃあ仕方ないですよね~、私も泣く泣く外したアイテムとかもありますし」

 

「う~ん・・・あっそういえば・・・」何かを思い出したようにフェンリルがアイテムバックを漁る。

 

「あったあった」そこから出てきたのは、剥き出しの何も加工されていない大きな骨付き生肉の塊、特別な効果もないただのユグドラシルの食材アイテムの一つだ。

 

「スゲー何だこれ」フェンリルもモモンガも自分の頭よりも大きな生肉の塊など初めて見る。リアルだと料理として加工されたものを食べることしかしていなかった。

 

「うわ、何かシュールですね」

 

 ただ気になるのはアイテムバック内でどのように保存されていたかだ。見た目は新鮮そのものだが

 

「食べられるのか?見た目は大丈夫そうだし・・・においは・・・腐った感じもない。あとはこれをどう料理するかだけど・・・」

 

 モモンガを見てみるが首を横に振る

 

「料理スキルは持ってませんよ」

 

「ですよね。オレも料理スキルなんて持ってないし・・・いや、いっそこのまま食べてみるか・・・」

 

 人間の体なら問題だろうが、人狼となったこの身体ならおそらく問題はないはず、

 

「あ~~むっ」口を大きく開け生肉の塊にがぶりと噛り付く。

 

「どうですか?」表情は変わらないが心配そうな声をかける。

 

 口の中に広がる野性味溢れる獣と血の匂いに嫌な感じは無い、むしろこの匂いに唾液と食欲が出てくる。乱暴に食い千切り租借すると噛むごとにいっぱいに広がる肉と血の味は今まで食べてきた全てが霞むほどの美味さだ。咀嚼しミンチになった肉をごくりと飲み込む。

 

「美味いっすよ、これ」

 

「え~本当ですか?」何の処理も味付けもされていない生肉が美味いなどと聞いたことがない。モモンガの今の身体では食事を取ることなど出来ないが

 

「リアルだと合成食とか食べてたじゃないですか?」

 

「ええ」たしかにと頷く、コンビニ弁当をイメージして話すフェンリルだが、食事に興味の無かったモモンガは味の付いた液状食料を思い浮かべる。

 

「それとは比べ物にならない位、美味いっす。というより本物の肉って感じ、いやちゃんと食事をしているって感じですかね」うまく伝えられない自分の語彙の少なさが嫌になる。

 

「食べられるのなら良かったですね」

 

「ですね。とりあえずこれを食べ終わったら作戦会議といきましょう」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

 玉座の間

 

 玉座にはモモンガ、アルベドをはじめとする守護者達は階段の下で跪き、主の言葉を待っている。

 

「面を上げよ。皆、忙しいところに申し訳ないな」

 

 主の謝罪にデミウルゴスが答える。

 

「モモンガ様のご命令以上に重要なことなど他にございません。いったい御用というのはどのような事でございましょうか」

 

「用というのは、お前達に我が友を紹介しようと思ってな」

 

 アルベドが質問する。

 

「友?でございますか?至高の御方々以外の方でしょうか?」

 

「そうだ。幾度となく我がナザリックと共に戦ってくれた歴戦の勇者だ」

 

「歴戦ノ勇者トハ」

 

 コキュートスが歴戦の勇者という言葉に反応する。

 

「紹介しよう、我が友である。フェンリルとその従者であるネルだ」

 

 モモンガが右手を軽く上げると、玉座の後ろのカーテンに隠れていた人狼とその後ろにダークエルフが付き従いモモンガの斜め前に出てくる。

 

「高い所から失礼する初めまして守護者の方々、私がフェンリルでこっちが―――」

 

「ネルと申します。以後お見知りおきを」

 

 深く頭を下げ挨拶するネル

 

 フェンリルが守護者達へ語り掛ける。

 

「私は諸君らに、諸君らが敬愛するモモンガさんやそれぞれの生みの親であるメンバーの方々と同じ様な待遇を求めるわけではない、それは諸君らの敬愛を侮辱する行為であると私は思っているし、その事で諸君らの曇りない忠誠の心をわずかでも曇らせたくない、ゆえにただ私がモモンガさんの友であることだけは認めてほしい。だがそれをただ認めることを出来ない者もいるだろう、友として敬愛する主の傍にいるに値する者なのだろうかと、それを私の力を示すことでそれを認めてほしい、私はモモンガさんの様な知略を持てぬ戦での先駆けを旨とする不器用な男だ。このような方法で示すことしかできない事を謝罪する。だがその力をもってモモンガさんの友としての証明としたいと私は考える」

 

 言葉の裏を考える者、どう反応して良いか分からぬ者、実力をはかろうとする者、守護者の反応は様々だがとりあえず敵意は感じない。

 フェンリルがモモンガの方を振り向くと、骸骨の頭が頷いた。

 

「私はこれを是とする。そしてこの戦いを受けるに値する者としてコキュートス、私はお前が適役であると確信している。同じ武人であるお前こそがフェンリルさんの思いを曇りなく受けることが出来ると、どうだ?やってくれるか?」

 

 指名されたコキュートスは少々驚いたが強者と闘えるという思いが勝った。

 

「有リ難キオ言葉、ソノ大役謹ンデ御受ケイタシマス」

 

 指名を受け入れたことにモモンガとフェンリルは安堵する。

 

「そうか、受けてくれるか、では試合は明日行うとする。以上だ」

 

 

 

 玉座の間での紹介の少し前、フェンリルの自室

 

「計画って、それしかありませんか?」

 

 提案された計画に骸骨の表情は変わらないがモモンガは心配している。フェンリルは頭を掻き、自ら立てた計画とはいえ複雑な顔をする。

 普通に紹介しようという提案をモモンガはしたが、フェンリルが友と紹介される以上は実力を示さなければならないと言い計画を提案してきたのだ。

 

「いや、まぁ、それしかないかなって、守護者達の話を聞く限りだと忠誠度がメチャメチャ高いじゃないですか?」

 

「そうですよ」

 

 忠誠度が高すぎてアンデッドの身体には無いはずの胃がキリキリと痛むという、モモンガのある意味では最大の悩みの種の一つになっている。

 

「で、モモンガさんが認めろって言ったらきっと従いますよ。表向きは、でも心の中ではどう思っているか分からない、不満かもしれないし、この状況でいらない不和を呼ぶのは避けたいんです。なら自分の力で示すしかないかなと思いまして、で、その役目は武人という設定のあるコキュートスが適任だと思います。アルベドやデミウルゴスは策を弄するキャラだし、その点でいうならコキュートスこそが刃を交えてうんぬんという事で一番認めてくれるかなと、いずれにしてもすぐ信用はされるはずはないので、そこはまぁ気長にやっていくしかないんですけど、まずはコキュートスに認めてもらう事を勝ち取ることが一番です」

 

 その説明にふむと頷くモモンガ、たしかに命令でいう事を聞かせるなんてブラック会社どころか恐怖政治もいいところだ。守護者の望む支配者を目指そうというモモンガの理想とは違う。

 

「たしかにそれならコキュートスが向いてますね」

 

 フェンリルは言わなかったが、守護者達はきっと自分が主であるモモンガに悪意を持って近づいてきたのか、または悪影響を及ぼさないかを調べてくるはずだ。主を思っての忠義の暴走は主の望まぬ事をする恐れだってある。

 

「それとですね―――」

 

 

 

 翌日、円形闘技場

 

 中央で対峙するフェンリルとコキュートス、観客席にはNPC達、貴賓席にはモモンガと守護者達が今か今かと開始の時を待っていた。

 

「これより我が友であるフェンリルと守護者代表であるコキュートスとの試合を行う!両者とも準備は良いか?」

 

 頷くフェンリル、その装備は大罪装備と名付けた白と金に彩られた手甲・胸当て・脚甲、腰には血に塗れた様な腰布を巻いている。いずれもゴッズ級アイテムの逸品だ。

 

 同じく頷くコキュートス、その手に握られているのはゴッズ級アイテムの大太刀、斬神皇刀のみ、だがこれは決してフェンリルを侮っているわけではない人狼の種族としてスピードに優れているからこそ、自身の持つ武器の中で最も早さと鋭利を持つ武器にしたのだ。

 

「まずは私の我がままに付き合ってもらうことに謝辞を言わせてもらう。ありがとうコキュートス」

 

「謝辞ナド不要デス、私モ歴戦ノ勇者ト聞キ、手合ワセヲ願イタカッタ」

 

「もはや言葉は不要か、その意気や良し」

 

「―――始めっ!!」モモンガが開始を告げた。

 

 張り詰める空気の中、睨み合う両者、どちらとも動かない。

 

『これが本当の闘いか』

 

 ゲームでは感じれない本物の闘いの空気、コキュートスから飛んでくる殺気とも言えるものが銃から放たれる弾丸のように身体に打ち付けてくる。常人なら気を失う程の空気だがそんな気はしない、それどころか心の奥底から湧き上がる闘争本能に笑みがこぼれるほど気分が高揚してくる。

 ナイフのような牙を剥き出しの凶悪な笑みは見るモノを凍てつかせる

 

『コレ程ノモノトハ』

 

 コキュートスも凶悪な笑みを浮かべるフェンリルの底知れぬ力をはかっている。

 先に動いたのはフェンリルだった。クラウチングスタートの姿勢を取り、ドッ!という音と共にフェンリルの居た場所がまるで爆発したように大きな土煙に覆われた。後に残ったのは大きく抉られた土

 

 ガギィィ

 

 金属のぶつかる音、コキュートスがフェンリルの右正拳を斬神皇刀で受け止める。

 

「これに反応して防御するとは、流石だ」

 

 などと言ってはみたがフェンリルに奇妙な違和感があった。『何だこれ?俺の動き速過ぎないか?』実戦だからなのか、それでも想定していた自分の動きが速過ぎる。

 

「何ノコレシキ、ムンッ!」

 

 斬神皇刀にはじかれる様に後ろに飛ぶフェンリル、着地したのは間合いギリギリ、まさにそこが死線、あと半歩でも動けばコキュートスの剣が目にも止まらぬ速さで飛んでくる。再度突撃するのではなくフェンリルが足を肩まで広げ腰を沈め、まるで銃の早打ちのような構えを取る

 

「いくぞ」

 

 フェンリルの両拳から何かが放たれた。

 

「クッ」

 

 飛んできた無数の何かをコキュートスが斬神皇刀で全てはじき返す。フェンリルの装備に飛び道具はない、ならば魔法かと疑うが発動までの時間が短すぎる。

 一番にそれに気づいたのはセバスだった。

 

「あれは・・・」

 

「何か気付いたのか?」

 

 主の問いにセバスが答える。

 

「はっ!あれはおそらく〈遠当て〉と思われます」

 

「〈遠当て〉?何かのスキルか?」

 

「私の修めているガイキマスターのスキルで気を砲弾のように放つものでございます」

 

 だが同じガイキマスターを取得しているのに速度が桁違いだ。セバスの〈遠当て〉をプロの投手が投げる剛速球とするならフェンリルのは銃弾だ。

 フェンリルのモノは相手へのけん制を目的としている為、グラップラーのスキル〈体術〉や他のスキル、装備によって威力を半分まで落とす代わりに溜めをほぼゼロまで短縮し極限まで速度を追及し散弾銃のように無数に放つコンボスキル〈ショットガンフィスト〉

 フェンリルの両手から放たれる〈遠当て〉の威力は決して脅威ではないが暴雨の如く襲うナザリック一の攻撃速度を持つコキュートスを圧倒する程の速度が恐ろしいまでの効果を発揮していた。

 コキュートスの技量を持ってすれば威力の低い攻撃などダメージを無視して攻撃できるのだが、攻撃をしようする僅かな動作に反応して威力が込められた攻撃が飛んできて阻害される。

 この緩急織り交ぜた攻撃に翻弄されていたがコキュートスの歩みは止まらずじりじりと間合いを詰めていく

 

『・・・スタンが取れないな』

 

 〈ショットガンフィスト〉に混ぜて状態異常・気絶を付与する〈スタンフィスト〉を何度か打っているが付与される気配がない。

 

『やっぱり、状態異常対策はしてるか・・・そうなると・・・』

 

 飛び下がり距離を取るフェンリル、コキュートスを睨み、拳を鳴らす。

 

「小手先の遊びでは児戯にもならぬか・・・今一度参る!」

 

 身を最大限まで低くして音速での突進、間合いに入った瞬間、斬神皇刀がフェンリルを一刀両断しようと振られるが、間一髪、背中の毛先を刈られるだけで何とか回避した。一瞬でも遅れていたら首が落ちていたところだ。

 

「コレヲカワストワ、流石ダ!」

 

『殺る気満々かよっ!』

 

 襲ってきた斬撃の速さと鋭さに毒づく、おかげで攻撃することもできなかった。

 互いの間合いの中で上下左右立体的に繰り出されるフェンリルの神速の突撃を迎え撃つコキュートスの神速の斬撃

 

 ガキン、ガキン

 

 と火花を散らしながら何度となく交わされる攻防、そしてフェイントによってコキュートスが大振りになった瞬間

 

『シマッタ!』

 

 フェンリルが消えた。〈転移〉の移動距離を犠牲にMPの消費と発動時間を抑えた移動距離僅か数mの超短距離の瞬間移動〈縮地〉を発動させ、瞬時にコキュートスの懐に移動したのだ。『コノ体勢ハマズイ!』胴ががら空きになっている。防御も間に合わない。攻撃をもらう覚悟を決め腹部に力を籠める。『貰った!』そこに破壊力に特化した〈マグナムフィスト〉を打ち込む。

 

「グハッ」

 

 腹部の甲殻装甲が大きくひび割れ深々と穿たれたフェンリルの右拳、だが〈マグナムフィスト〉の反動で動けなくなったところにすぐさま反撃が返ってくる。

 

「〈ピアーシング・アイシクル/穿つ氷弾〉」

 

「かはっ」

 

 無数の氷弾が無防備な身体に突き刺さりその激痛に顔を歪める。反動が解けた瞬間に下がり間合いの外に避難する。

 

『超いてぇー!!血がこんなに出てるよ!』

 

 死すら意識する無数の傷に体の半分を染めるほどの大量の出血、だが血はもう止まり傷が塞がり始め、それと同時に強烈なまでの痛みはもうなくなっていた。

 種族スキルの〈再生〉が発動している。ゲーム内ではHPの自動回復だったがこっちの世界では

 

『・・・グロい』

 

 それが感想だった。傷ついた箇所の肉が盛り上がり塞がっていく、まるでB級ホラー映画の特殊効果でも見ているかのようだった。

 そして気付いた事がある。それは今が満月の夜であるという事、〈再生〉は満月の夜にのみ発動するスキルでさらに人狼は全ステータスが30%upする。地下にある円形闘技場だが効果が発揮されていることに驚く

 違和感の正体はこれだったのかとフェンリルは納得した。

 

『何トイウ一撃ダ。甲殻装甲ヲ砕カレルトハ』割れた甲殻装甲の間から緑色の血が滲んでくる。

 

 コキュートスが血を流すほどの闘いはナザリックに連合ギルドによって侵入を許した時以来だ。

 

『心ガ踊ル、コレ程ノ強者ト闘ッテ死ンダトシテモ本望ダ』

 

 再び近距離戦闘を開始する。先程よりも苛烈な一進一退の攻防だがコキュートスとフェンリルの間に流れる空気が変わったように思えた。

 戦闘特有の冷たくも熱い刺すような空気が山の澄んだ空気のようなものに変わり、二人の攻防は徐々にまるで舞い踊るように美しい剣舞のようになっていく

 それをモモンガはほうと息を飲む。

 

『カッコいいな~何かゲームのPVみたいだ。それに・・・』

 

 楽しそうだ。コキュートスの表情は読めないがそれでも楽しそうに見える。武を修めている者同士何か通じるものがあるのだろうか、モモンガはマジックキャスターなので分からないが

 

 両者が距離を取り仕切り直そうとした瞬間、フェンリルの纏う空気が一変する。

 

『楽しい・・・なんて楽しいんだ・・・だから・・・殺してしまいたい・・・』

 

 気分が高揚すればする程、相手を壊してしまいたい破壊衝動と、この爪で引き裂いてしまいたいという欲望が疼く、疼きに反応するように目の前が赤く染まり視界が狭くなっていく

 まるで違う自分に意識を乗っ取られていくような感覚

 

 ・・・殺しても・・・いいよな・・・殺して・・・しまおう・・・

 

 まずい、これは

 

『モモンガさん!!』

 

 フェンリルとコキュートスの間にファイヤーボールが撃ち込まれる。爆発に巻き上がる土煙、両者が魔法を撃った者を見た。

 貴賓席で立ち上がっているナザリックの主にして死の王が黒い靄の様な絶望のオーラを放ちながら

 

「双方そこまでだ!」

 

 骸骨の眼に紅い炎が強く燃え上がっている。

 不測の事態に備えてフェンリルとの打ち合わせ通りに繋いでいた〈メッセージ〉のおかげでいち素早く行動出来た。何とかフェンリルの緊急事態に対処することが出来た。

 

『大丈夫ですか!?フェンリルさん!』

 

『・・・助かりました・・・あと少しで・・・〈滅獣化〉しそうになってました・・・』

 

 発動するはずのないスキルが発動しそうになったという事がモモンガとフェンリルのこの世界の謎を一層深めた

 

「これ以上はどちらかが死ぬまで闘うと判断した為止めさせてもらう。見事な戦いぶりであったコキュートスよ、刃を交えてどうであった?」

 

 モモンガがコキュートスへ問う。内心では認めてくれと祈りながら

 

「確カナ実力ヲ見マシタ。私ハモモンガ様ノ友デアル、フェンリル様ヲ信頼ニ値スル者デアルト認メマス」

 

 心の中でガッツポーズをする。計画が上手くいった。いやそれ以上だ。信頼するといってくれたのだ。

 

「そうか、我が友を認めてくれたか。守護者達よ、まだ信頼に値せずと思う者もいるだろう。私もフェンリルさんもそれを当然だと思っている信頼するというのは時間が掛かるものだ。だがそれを私は責める事はしない、命令ではなく守護者自身によって信頼して欲しいからだ。コキュートスは自ら刃を交える事で友であることを認めてくれた。諸君もそれぞれの方法でしていってほしい」

 

 恭しく受け止める守護者達

 

「ありがとうコキュートス、君に認められたことを誇りに思う」

 

「コチラコソ、貴方ト闘エタ事ニ感謝シマス」

 

 フェンリルとコキュートスが固く握手をする。作戦通りコキュートスの信頼を勝ち取ることが出来た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.5話 幕間

 モモンガ自室

 

 メイドや護衛を全て追い出し、フェンリルと二人だけになる。

 骸骨の表情に変わりはないが、守護者の前の支配者モードではなく気の抜けた鈴木悟モードでフェンリルに話し掛ける。

 

「お疲れ様です~」

 

「お疲れ様です。それにしてもコキュートスに信頼してもらってよかったですよ」

 

「そうですけど・・・もう~血塗れになった時には焦りましたよ~、メッセージで超痛いって叫ぶし」

 

「あれはヤバかったですね。スプラッター映画みたいに血がドバドバ出るし、そのせいで意識が飛びそうになりましたもん」

 

 はははと笑うフェンリルだがモモンガは本当に胆の冷える思いをした。スプラッターという言葉であることを思い出した

 

「ホラー映画とか好きじゃありませんでしたっけ?」

 

 昔、他のメンバーとホラー映画で盛り上がっているのを見ていた記憶がある。まぁ話をしているのが全員異形種なのでそれもホラー映画の1シーンとも言えなくもなかった。

 そしてこの現状、人狼と骸骨の組み合わせも十分ホラーである。

 

「見るのは好きですけど、スプラッター映画は違うんですよね~」

 

「違う?」

 

 スプラッター映画とは血まみれ映画・血しぶき映画と呼ばれるホラー映画の1ジャンルである。モモンガはホラー映画などを見ないので同じホラーというジャンルなのに何が違うのだろうかと不思議に思う。

 

「よく勘違いされるんですけど、静かな忍び寄る系のホラーが好きなんですよ。スプラッター映画とかの怖いって驚かせる系じゃないですか、急に出てくるとか、大きい音出すとか、まぁ多少は見ますけど、リアルな痛みの奴は苦手なんですよ」

 

「リアルな痛み?指を切るとか?」

 

 モモンガは何となく想像したものを言ってみた。 

 

「そうですそうです。そういうのを飛躍させて指を切り落とすとか、喉を切るとか想像しやすくないですか?映像とかで見ると目を背けたくなりません?」

 

「・・・なりますね」

 

「逆に言うとチェーンソーで切り裂くとか銃で撃たれるとか想像できない痛みは平気なんですけどね」

 

「あー何となく分かります」

 

 想像できない痛みなど

 

「痛いの苦手なんですよ。でもこの身体のせいですかね。痛みで意識飛びそうになったって言いましたけど、それはズタズタになったの見たからなんですよ。実際の痛みは思ったよりというか考えていたより大丈夫だったというか、なんて表現すればいいんですかね、痛みに対して耐性が出来てたんですよね」

 

 あの時は大量の出血で驚いたせいなのか痛みをあまり感じなかった。

 

「耐性?」

 

「指先をちょっと傷つけるのと身体をザックリ斬られるのじゃ痛みのレベルというよりダメージが違うはずですよね?」

 

 斬られる面積が違えばダメージも違ってくる。

 

「たぶんそうですね」

 

「そのダメージがつまり痛みが同じように感じたんですよね。ある一定値で無効化されるっていうような・・・」

 

「無効化・・・」

 

「感覚的なものなので説明は難しいんですけどね。それよりも〈滅狼化〉が発動しそうになったことですよ」

 

「それですよ。あれパッシブスキルでしたっけ?」

 

「アクティブスキルのはずです。でもユグドラシルの時に噂が流れたんですよね」

 

「噂?」

 

「えぇ特定条件で強制発動するって、でも出来たって人が現れなかったしその条件も分からないでデマだって事になってたんですけど・・・」

 

「満月の時にダメージを受ける・・・とか?」

 

「それも試したんですよ。満月の時に瀕死状態になるとか、色んな状態異常にかかるとか、色々試したんですけどね~、結局分からなくてオレも諦めたんですよ・・・」

 

 まだまだこの世界や身体には分からないことがあると思った二人だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

 フェンリル自室

 

 

「―――というわけなんですよ」

 

 モモンガはフェンリルにカルネ村での出来事を話した。

 ミラー・オブ・リモートビューイングの操作をしていてたまたま見つけた人間同士の殺戮に介入しその村を助けた事、その村で仕入れた情報、そしてリ・エスティーゼ王国という国の戦士長ガゼフ・ストロノーフとの出会い、法国の集団との戦い。

 

「大体は分かりました。でも今度は一緒に行きますからね」

 

 モモンガはフェンリルがスプラッターを苦手と言っていたのでナザリックで待機してもらっていたのだ。

 

「分かりました。今度は一緒に行きましょう」

 

 一緒に行くという約束を取り付け笑顔のフェンリルはモモンガの魔法によって再現されたカルネ村で見た地図を見る。まるで一昔前のRPGゲームのような地図だ

 

「大雑把な地図ですよね。とりあえず分かるのはこの世界がユグドラシルじゃないって事くらい」

 

 この地図を信じるならユグドラシルとは似ても似つかない世界だ。

 それよりもフェンリルが気になったのは

 

「それと気になるのはやっぱり魔法ですかね」

 

「えぇ、どれもユグドラシルでの魔法でした」頷くとモモンガは思い出す。どれも低位の魔法ばかりだったが確かにユグドラシルの魔法だった。

 

「という事は、やっぱりどこかに他のプレイヤーがこっちに来ている可能性があるってことですかね、それが何らかの形で影響を与えている。例えば口の動きが違うのに言葉の意味が分かるとか」

 

 モモンガが話したこっちの世界の人間が翻訳こんにゃくを食べている原因を他のプレイヤーが与えた影響の一つだと考えるとまだまだ他に影響したものは少なくはずだ。

 

「まだまだ情報不足で判断できませんけど、魔法がこれ程似ているというより一緒だという事で仮説を立ててみると、1に元々同じだった。2に我々以外のプレイヤーが何らかの形で影響を与えた。2の場合だと現在ではなく過去にいたということになるけどオレとしては2の説を押しますけどね」

 

 フェンリルの立てる仮説にモモンガは思考する。元々同じであればどこまでの魔法が同じなのだろうか、どこまで魔法をつかえるのだろうか、過去に影響を与えたプレイヤーがいたとなるといったいどこまでこの世界に影響を与えたのだろうか

 

「・・・どっちも説得力はありますね。1の場合だと魔法がどこまで一緒なのか気になるし、2の場合だと魔法がどこまで伝承されているか、いや魔法だけじゃなく文化も伝わっているかもしれないですね」

 

「文化か・・・じゃあ魔法道具とかも伝わってるかも・・・」

 

「いずれにしても調査するしかないですね」

 

 

 

 調査するのを決定し装備などの準備のため一度解散したフェンリルは複数の無限の背負い袋からいくつもの鎧や武具を広げて悩んでいた。

 モモンガと調査をすると決めたのは良いが、現状ほとんど分からないという事が分かっているだけで分からないに等しい。

 人間社会に紛れ込む為にはまずはこの見た目、人間に接触するのにモンスターの姿で会うのはいけない、ステータスダウンは痛いが見破る事がほぼ不可能な完璧に人に化ける人化スキルがここで生きてくる。

 だが人の姿になるのは良いが、この姿で戦闘に入った場合にどうするかだ。

 人の姿のままでは70レベル相当、さらに昼間になると40レベルまで一気に落ちてしまう、これを装備やアイテムでどう補助していくか頭を悩ませる。

 調査をするにしても地位がある方が調べ物はしやすい、その為地位をある程度確保しなくてはならないが、目立ちすぎて粗探しされるのも面倒だ。

 無用なトラブルを避けるための強すぎず弱過ぎずな装備が求められる。

 人間用の装備でゴッズ級は持っていないレジェンド級では自分はプレイヤーだと言っているようなもの、とすればレリック級が妥当な所だが

 

「まずは生き残ることを考えると防御力、それと状態異常対策・・・」

 

 防御も物理か魔法のどちらに強いモノが良いのか、並べたアイテムは性能などに関わらずいずれも思い入れのある品々ばかりだ。

 

「失礼します。マスター」

 

 ドアがノックされネルが入ってきた。

 

「ん?あぁすまない、ネルこっちに来てくれ」

 

「はい、それでお話とは?」

 

「人間社会の調査をする為に潜入するんだが、どれが良いと思う?」

 

 ふむと少し考えるネル、鎧とフェンリルを何度も見比べる

 

「そうですね・・・魔法防御はマントで補うとしてこの鎧がよろしいかと」

 

 ネルが選んだのは金の細工が施された美しい真紅の鎧、これには中位物理攻撃軽減に状態異常耐性などのスキルが付与されている。見た目最優先で友人の鍛冶屋に作ってもらったアダマンタイト製の全身鎧だ

 しかし大きな鎧だ。ユグドラシルだったら体形など気にせず装備できたがどれもが筋骨隆々なたくましい男が着て丁度良いものなのになっている。

 元の自分に比べるとずいぶんと貧弱に見える身体では似合いそうにもない、というよりまともに着られるのかも怪しい。

 真紅の手甲を持ちしげしげと見て見るが外見のサイズが二回りほど大きい、これでは着ることが出来ても満足に動くことも出来ない。

 だがまずは試しにと手甲を着けてみることにした。ナザリックにも鍛冶屋がある合わなければそこで直してもらわなければ

 

「ぶかぶかだなぁぁぁぁ!?」大きくぶかぶかだった手甲が淡い光を放つと自分の手や腕ののサイズに合わせて魔法のように自動的に収縮した。

 グッパッと手を開閉したり動きを確認すると阻害される感じは無い、それに重さを感じない。

 手甲を外すと元のサイズに戻った。つけ直すと手や腕のサイズに合わせて縮んだ。

 

「不思議だな・・・」

 

「では、すべて着てみましょう」

 

 鎧など着たことはないがネルに手伝ってもらいながら真紅の鎧を纏う。

 

「大変お似合いですよマスター」

 

 大きな姿見に映し出されたのはファンタジー小説や映画に出てくるような騎士の姿をした自分、あれほど大きく見えた鎧は自分の体格に合わせて小さくなり身体を動かしてみるがまったく動きが阻害されず、まるで身体の一部の様な感覚がある。

 

「動きには問題ない、でも派手じゃないか?もう少し大人しい―――」

 

 フェンリルの提案にネルが真っ向から反対する。

 

「何をおっしゃいます!マスターは地が良いのですから私からすればそれでも地味に思います。それにこの美しい顔立ちはいかなる美しい鎧ですら霞みます」

 

 ネルがフェンリルを後ろから抱きしめる。

 右側の首筋に顔をうずめるように近づける

 いつも見上げるばかりであったフェンリルが自分よりも小さく、恐ろしくも凛々しい狼の顔は凛々しさは変わらないが美しい少年の中に見える可愛らしさがネルを自らを作り出したマスターへ不敬ともいえる行動を取らせた。

 

「マスター、わたくしももちろん連れて行ってくれますよね?置いて行かないですよね?」

 

 ネルがフェンリルの耳元で囁く、

 吐息を桃色と例えたのは誰かは知らないがきっと今の吐息がそうなのだと思う。

 現実では嗅いだことのないような良い匂いが鼻腔をくすぐる。

 鏡で見る自分は己の理想の全てをつぎ込んだ美女に後ろから抱きしめられている。

 だがその柔らかいであろう肉体の感触は残念ながら鎧に阻まれ確かめることはできない。

 フェンリルはこのままでいたいという誘惑を絶ち、抱擁を解き振り返るとネルの目を真っ直ぐ見る。

 

「お前は俺のパートナーだ。地獄の果てまで共に来い。嫌だといっても来てもらうぞ」

 

 ネルの心がまるで灰色の世界が色とりどりの色彩を帯びていくかのようなかつてない充足感で満たされていく、

初めて自分が創造主であるフェンリルに必要とされた。地獄の果て終わりのその時まで共にいろと隣に居ることを許された。言葉にしてもらえた。

 

「もちろんです。この身が一片の灰になろうとも命果てるその時までお傍に・・・」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

長いです。
直す可能性があります。


 城塞都市エ・ランテル

 

 

 昼特有の活気に満ち満ちた広場に冒険者組合の斡旋所から二人組の冒険者が出てくる。

 頭一つ分低い方がキョロキョロと周りを見渡す姿は田舎からのお上りさんに見えるだが行動はお上りさんでも誰も嗤う者はいない、広場に居た者はその二人組に目を奪われ活気はなりを潜めた。

 二人組の一人は女性だった。切れ長の瞳は紫水晶のような光りを放ち、手入れの行き届いた腰まで伸びた白金の髪、褐色の肌は日差しを浴びて黒真珠のように艶と輝きを放っていた。

 何よりも目を引くのは妖艶な雰囲気を持つその美貌と身体、浮かべた微笑はサキュバスのように見た者を魅了し、美しい金の刺しゅうが施された深い紫色をしたチャイナドレスに似たドレスによって惜しみなく強調される男の理想を具現化したような身体の線、スリットから覗く長く伸びた生足に幾人もの男が生唾を飲み込むが、誰も声をかけることはしない何故なら右手に握られている長い木製の杖が彼女が依頼を頼みに来たのではなく、本人が冒険者でありマジックキャスターであることを物語っているからだ。

 もう一人は、風にさらさらと流れる輝く銀色の髪、長いまつ毛に透き通る湖を思わせるアイスブルーの瞳、白磁のように白い肌、その気高く高貴に満ちた整った顔立ちは女性が一目で釘付けになるのには十分で、隣の女性と比べ若く頭一つ分背が低いがまるでおとぎ話に聞いた王子様が目の前に現れたかのようだ。

 そして彼が纏う豪華絢爛な全身に施された金の細工が美しい真紅の全身鎧も美しく陽光を七色の光に変えて跳ね返す。夜の闇を切り取ったような漆黒のマントは一目で高級生地で出来ているのが分かる。

 両者ともに胸には冒険者の証である銅のプレートが下げられており真新しく輝いていた。

 

(さてと登録は終わったしこれからどうしよっかな~)

 

 銀髪の王子が周囲を見渡す。視線の先に入った女性達が「私を見ている」ときゃあきゃあ騒ぐとそれが合図になったのか再び広場は昼間の賑わいを取り戻し始めた。

 銀髪の王子が鼻歌交じりに先に歩き出す。目指す先にあるのは数多くの露店が並び、様々な食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐる。

 

(いい匂いだな~、まずは軽く腹ごしらえといくか、おっあれは)

 

 肉の焼ける匂いに誘われるがまま足を向ける。店先で焼かれるいくつもの串肉、肉から滴る脂が熱せられた炭に落ち良い匂いの煙を上げる。

 

「おじさん、これいくら?」

 

「あ~?ここに書い・・・て・・・」いつもは客引きに大きな声を出し肉を焼いていた店主は声をかけてきた冒険者らしからぬ二人組の高貴さと妖艶さに度肝を抜かれた。

 

「おじさん?お~い」呆けた顔をしている店主の顔の前で手をパタパタと振る

 

「ん?あぁ一本、1銅貨だよ」

 

「じゃあ二本くれ、はい2銅貨」

 

 ズシリと重い白い巾着袋から銅貨を二枚取り出し店主に渡すと串肉を二つ受け取る。

 露店を離れると一本の串肉をパートナーの女性に差し出す

 

「歩き食べは下品ですよ。ウォルフ」串肉を受け取らず注意する。

 

「いいじゃないかルネ、周りを見てみなよ美味しそうに食べてる。郷に入っては郷に従えというじゃないか」

 

 言い訳をするウォルフことフェンリル

 

「それでもです。品のない行為は慎んでください、それとお金の無駄遣いはいけませんよ」

 

 ルネと呼ばれたネルはやはり串肉を受け取らず注意する。フェンリルの所持していたユグドラシル金貨を10枚ほど潰しただの金塊として換金したため、お金にはまだまだ余裕はあるが浪費癖のある主のため換金したお金の大半とユグドラシル金貨の全てをネルが預かっている為、生活に影響が出るほどの事は出来ないが窘めなければ後先考えず湯水の如く使っていく。

 だが当の本人はどこ吹く風でまったく気にせず自分の分の串肉を一齧りする。口の中に広がる味付けされた肉の味、香辛料の香ばしい匂い、噛むごとに強くなるその味は合成ではない本物の肉の味だ。 

 

(焼いた肉の方が美味いな、いや味付けされてるからなのか?しっかしモモンガさんの言ってたことは本当だな)

 

 疑っていたわけではないが実際に体験すると驚きがある。

 モモンガ達と関係性を探られないため一日遅れでエ・ランテルに入ったフェンリルとネル、モモンガがモモンと偽名を使ったのに習い人の姿に化けたフェンリルはウォルフ、ネルはルネという冒険者になった。

 確かにこの世界の住人は翻訳こんにゃくを食べている。そしてどの文字も読めない。

 大気汚染が進んだ現実では黒く汚れた空はどこまでも青い、その素晴らしさにフェンリルは心が躍る。

 だが何よりも気分をうきうきさせるのはRPGゲームや映画のセットのような町並みや行きかう人だった。住居としての機能や性能は現実で住んでいたアパートの方が上だろうが見た目や雰囲気がやはり違う。

 行きかう人は誰も防毒マスクをしていないし、着ている服はどれも粗雑だがやはり映画やゲームで見るような衣装のようだ。そして顔は西洋系ばかりで東洋系の顔は見ない。

 それを横目に焼き串肉を頬張りながら歩く、こんな簡単な事でも元の現実世界では考えられなかった。

 本来であればどこかで先に潜入しているモモンガと会う予定であったが、モモンガとナーベラルが名指しの依頼を受けてしまったために午後の予定は全て潰れてしまった。

 

(宿屋を探すか)

 

 食べ歩きと街を散策しながら組合に紹介された目当ての宿屋を見つけ入る。

 店内は窓が閉められている為薄暗かったが暗視の能力を持つフェンリルには十分な明るさだった。室内は十分に広く、一階は酒場になっており奥にはカウンターその後ろには酒瓶の並んだ棚がある。何卓もある丸テーブルにはちらほらと男の客ばかりで入ってきたフェンリル達に値踏みするような視線が向けられる。

 そんな宿屋の光景にフェンリルは口角がわずかに上がった。

 モモンガはガッカリすると言っていたがフェンリルにとっては食べカスが落ち歩くたびに軋む床、奇妙な壁のシミ、この薄汚さもファンタジー世界を構成するエッセンスの一つとして見えていた。

 店の奥に目を向けると恰幅のいい中年の女店主が堂々とフェンリル達を観察していた。

 冒険者に酒や宿を提供する店主だけあって腕は太く険しい顔は用心棒のようだ。

 

「宿だね。何泊だい?」

 

「二人部屋を一泊で」フェンリルが答える。

 

「あぁ?二人部屋ぁ?銅プレートのペーペーが、死にたいのかい?」

 

 店主の言う「死にたいのか」という言葉には色々な意味が含まれている。

 新米冒険者が宿屋を使う時は相部屋で自分の顔を売るなどをして顔見知りになりチームとして冒険に出る。そうして自分に合ったチームに入るもしくは作っていく。それが出来なければ冒険に出ても魔物の餌になるか同業者の餌になるかそれとも失敗して死ぬだけだ。

 それを店主は言葉数少なく乱暴に教えてくれたのだ。

 

「そういうのはいいんだ。面倒なのは好きじゃないし何より足手まといはいらない」

 

 笑顔で冷たく言う。下手に仲間など作ってこちらの秘密を知られたくないそういう意味もある

 

「ふん、その鎧は見掛け倒しじゃないってわけかい。二人部屋は夕飯付きで8銅貨。前払いだよ」

 

 料金を支払うと女主人は酒場の隅にある階段を指す。

 フェンリルがネルを後ろに従え歩を進めると邪魔するように男が立ち塞がる。ネルよりも背が高く筋肉質の大柄な男だ。

 フェンリルが男を見上げる。嫌らしい笑みを浮かべた男、その男の仲間と思しき丸テーブルに座り酒を飲む三人の男たちも同様に嫌らしい笑みを浮かべている。

 店の女主人、その他の客、誰も止めようとする者はいない。

 

(もしかしてあれか?出る杭は打たれるとか新人いじめ的なやつか?)

 

「何か用ですか?先輩方」

 

 穏便に済まそうと笑顔で対応するフェンリル

 それを腑抜けだと勘違いする男

 

「なにちょっと見てたらよ。立派な装備のデカい口を叩く新人が挨拶も無しに俺達の前を通り過ぎちまいそうだからよ」

 

 座っていた男の仲間の一人が立ち上がる。

 ネルの身体を舐めるように見回し舌なめずりする。

 

「まぁこの良い身体したエルフを一晩貸してくれるだけでお前を俺たちのチームに入れてやるってとってもいい話をしてるだけだよ」男がネルの肩を掴もうと手を伸ばす。

 

 だがその手は触れることは出来なかった。

 嫌らしくも不用心に伸びてきた腕をフェンリルが左手で目にも止まらぬ速さで捕まえる

 

「この手は何だ?」フェンリル自身でも驚くほど低く冷たい声、

 

「は、はぁ!?てめぇふざけっぐぁぁぁあぁ!!」

 

 男の掴まれた腕がミチミチと音を立てて締め上げられていく、フェンリルの顔から笑みは消え無表情になる。

 

「この手は何だって聞いているんだろうが、答えてくれよ先輩」

 

 締め上げられた腕に悲鳴を上げ蹲る男、それを見るフェンリルの目は恐ろしい程に冷たく、絶対零度の視線に一瞥されただけで仲間の男達は声を上げることも出来ず体の芯から凍てつき動けずにいた。

 もう少し力を込められると握力のみで腕を骨ごと砕くだろう。

 フェンリルの異常なまでの怒りにこのままではまずいとネルが止めに入る

 

「ウォルフ!もういいです!私は大丈夫ですから!」

 

 ネルの声に我に返ったフェンリルが手を放す。

 開放された男の腕には手の形をした痣がくっきりと残っている。

 

「これに懲りたらちょっかい出す相手は選んだほうが良いですよ。先輩」

 

 それにブンブンと音が鳴るほど頷く男達、フェンリルは周りを見ることはせず部屋に急いだ。

 簡素な部屋のベッドにドサッと腰を落とすと巻き上がる埃、本来であれば嫌な要素であるがそれが気にならないほど気が昂っている。

 

「ごめん迷惑かけた。まさかあれ程頭に来るとは・・・」

 

 沈痛な表情で謝るフェンリル。ネルに何かされると思った時、マグマのように怒りが湧き出ててきた。

 自分でも信じられないほどの感情の起伏は初めてだった。

 もしかするとこれも種族特性の一つなのかもしれない、アンデッドであるモモンガは精神が昂ったり一定以上になると強制的に精神が抑制されると言っていた。

 人狼であるフェンリルには狼の部分が出たのかもしれない、狼は孤高であるというイメージがあるが、雌雄のつがいを中心とした2~15頭ほどの社会的な群れを形成する。自分の群れつまり仲間に危害が加えられそうになり怒りが湧いてきたのかもしれない。

 

(あとでモモンガさんに相談しとくか)

 

 気落ちしているフェンリルをネルが正面から包むように抱きしめる。

 

「私の為にあんなに怒ってくれるなんて嬉しかったですよマスター、だからそんなに落ち込まないでください」

 

「ありがとう、そう言ってくれて助かる」

 

 ネルから身体を離し立ち上がる。

 

「頭を冷やしに少し街をブラブラしてくる。ネルはどうする?」

 

「ここで待っています」うっすらと笑みを見せる。

 

「そうか、夕食までには戻ってくるから、それで夕食は良い物でも食べてさっきの事は忘れよう」

 

 フェンリルは再び外へ出ると喧騒は相変わらずで一人になるべく人のいない方いない方へと歩き気が付くと人気は無くなり全く分からない場所にいた。

 周りの景色はどこか古めかしいだがそれがフェンリルの冒険心をくすぐった。

 時を忘れ、さらに奥へ、奥へと、誘われるままに

 そして日は落ち夜が訪れる。

 冒険心の赴くままに来た結果、エ・ランテルの貧民街さらに廃棄された区画に迷い込んだ。

 周囲は廃墟と呼ぶにふさわしい朽ち果てた建物ばかりが並びもはや人の住む場所ではないことを物語っている。

 そんな場所でフェンリルの優秀な嗅覚は微かな血の臭いを捉えた。

 流れた血とその臭いの違いでおおよその人数を把握する。

 

(これは・・・3人、いや4人分か・・・足音は一つ、面倒事は簡便なんだけどなぁ)

 

 そう思っていると、血の匂いがする方からマントを羽織った女が走ってくる。

 すでに捉えていた足音通り一人だった。

 

「あれ~おかしいな~気配はなかったはずなんだけど、アンタ誰?」

 

 女が問いかけてくる。短いブロンドの髪に顔立ちはどこか猫科の肉食獣を思わせる。

 

「ただの通りすがりだよ」

 

 ぶっきらぼうに答える。

 

「ただの通りすがりね~」女が笑う、口が裂けたかのような笑いフェンリルはそれに嫌な予感が走る。

 

(こういう感じに笑う奴って・・・)

 

「んなわけないじゃ~ん、こんな誰も来るはずのない所に・・・ふ~んアンタ冒険者か~」

 

 女がフェンリルの胸に下げられた胴のプレートを見る。

 

「銅か・・・まぁいいわ、見られたんだしただで返すわけにはいかないんだし~」

 

 女が羽織っていたマントを外すと胸や腰などの最低限以下の鎧いわゆるビキニアーマーと呼ばれる鎧が露になる

 

(おいおい、痴女かよ)

 

 だがビキニアーマーには冒険者のプレートが数多く縫い付けられていた。それも駆け出しである銅や鉄だけでなく銀や金、果てにはミスリルやオリハルコンのプレートがいくつか混じっている。

 

(殺した奴のをハンティングトロフィーとして持ってるって事か、趣味悪っ)

 

「あれ?驚かないんだ?それとも分からないだけかな?」

 

 普通なら驚き絶望に染まるものを、特に顔色を変えないフェンリルに女はつまらないという顔をする。

 

「あー、大丈夫分かってるから」

 

(しまったな、驚いた方がよかったのか、でもあの痴女からは全然強い感じがしないんだよな~)

 

 フェンリルは人化のペナルティでレベル70程度までダウンしているが

 

「ふ~ん、まぁいいや、いいもの見せてア・ゲ・ル」

 

 そう言うと一瞬で間合いを詰め、女が右手にスティレットを握り、高速の突きを繰り出してきた。

 人化でのペナルティといくつかのスキルが発動していない為、スローとまでにはいかないがそれでも十分に目で追い、対処できる速度だった。

 三度繰り出された高速の突きの全てを見切り避ける。それを見た女が大きく後ろに飛び距離を取った。

 

「アンタ本当に新人?それとも運が良かったの?」

 

「あれ位なら普通に避けるだろ?」

 

 女の雰囲気が変わった。どうやらフェンリルは馬鹿にしたつもりはなかったのだがそのように聞こえてしまったようだ。

 

「あぁ!?この人外、英雄の領域まで足を踏み込んだこのクレマンティーヌ様を馬鹿にするとはテメェ、身体はばらばらに切り刻んで豚の餌にするだけじゃ許さねぇ、その綺麗な顔ぉぐちゃぐちゃにして晒してやるよぉ」

 

(なんで怒るんだよ!まったく、軽く相手してスタンフィストで気絶させたら逃げるか)

 

 そんなことを考えていると、クレマンティーヌが姿勢を変える。クラウチングスタートに近いが立ったままでの異様な姿勢から動いた。

 その疾走は超人的肉体を持つフェンリルも驚くものだった。

 瞬く間に間合いを詰め、その速度を利用した鋭いスティレットの一撃が無防備な顔目掛け加えられる。

 刹那の攻防だった。

 フェンリルが顔を逸らす事で避け、スティレットの刃を噛んで止めた。

 信じられない光景にクレマンティーヌは一瞬驚いたが、再び笑みを浮かべる。

 スティレットの柄を捻ると爆炎が起こった。常人いやモンスターですら頭を軽く吹き飛ばす威力に笑みはより歪む、しかしそれは驚愕に変わる。

 

「何で!?」

 

 クレマンティーヌは確かに見た。燃え盛る炎の中でフェンリルが睨み、そして噛んでいた世界最高の金属であるオリハルコンで出来たスティレットの刃を噛み砕いたのだ。

 あり得ないと驚愕するクレマンティーヌとは逆にフェンリルは冷静だった。スティレットの爆炎には驚いたが、今着ている火属性に高い耐性を持つ炎帝の鎧のおかげで無傷、そして歯を食いしばったらスティレットが砕けた。

 スタンフィストを右の脇腹に打ち込む。

 クレマンティーヌは何が起きたのか分からなかった。自分の身体に衝撃が来た。そう思った瞬間意識が刈り取られた。

 フェンリルは自分では軽く打ち込んだつもりだったが、クレマンティーヌは打たれた脇腹を破裂させ突風に遊ばれる木の葉のように十メートル先の長年の放置と風雨によって脆くなっていた壁に衝突、クレマンティーヌの上に瓦礫が覆いかぶさる。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 予想外の威力に驚きながら駆け寄り瓦礫の中からクレマンティーヌを掘り起こす。壁に打ち付けられた衝撃から意識は混濁し、左脇腹からは大量の出血、息は絶え絶え、即死は免れたがこのまま何もしなければあと数分で死に至るのは目に見えていた。 

 

「やばい、完全にやり過ぎた。こういうのってポーションとかで直せるのかな?」

 

 殺すつもりのない相手を殺してしまうのは目覚めが悪いという気持ちは不思議とあまり起こらないが弱い女を殺してしまうという方の気持ちが大きかった。

 フェンリルが中空に手を突っ込み自分のアイテムパックから血のように赤い液体の入った小瓶を取り出した。

 ユグドラシルのアイテムでハイポーションというポーションの上位アイテムだ、ゲーム内ではHPを完全回復させるありふれたアイテムだがこの世界で効くのかは分からない、だがこれしか手はない。

 小瓶を開けクレマンティーヌに無理矢理飲ませる。すると全身が淡い光を放ち傷が逆再生映像のように元に戻っていく、それを見て安堵する。どうやら処置は間違っていなかったようだ。

 光が収まり身体が元通りになると

 

「ん、あっ」

 

 クレマンティーヌの目が覚め、最初に目に入ったのは自分を半殺しにした相手だった。

 

「起きたか?」

 

 まだうまく動かない手で鎧を着ているのを確かめる。

 

「何もしてねぇよ!」

 

 助けたというのに心外だった。確かに力の加減を間違えて一撃で半殺しにしたのは悪かったが

 

「何で?意識ないなら犯すチャンスだったじゃん、だからポーションで直したんじゃないの?」

 

「馬鹿か?腹から血を流してる女を犯すわけねぇだろ、それにやり過ぎたと思ったんだよ」

 

 そして童貞だからだよ、とは言わなかった。

 

「ふ~ん、変な奴、こんな奴に負けちゃったんだ。私」

 

「変な奴って・・・」

 

「好きにすればいいじゃん、それが勝者の権利だし、何なら今から犯っとく?」

 

「するか馬鹿!つーかお前本当に強いのか?まさか自称とか言わないよな?人外とか英雄の領域とか言ってたし」

 

「そんなに疑問もたれる程度の強さだって事?ははっ、ねぇアタシがさぁどうやってこの強さ手に入れたと思う?」

 

 虚しい笑い。クレマンティーヌが見せた人間としての一面、悲しみだ。

 才能があった。人類を超える圧倒的強者としての才能、そしてこの才能を磨くのにどれほどのものを捨てた事か、いつから自分は壊れたのか、いつから人間を捨てたのか、クレマンティーヌの壊れた心に初めて虚しさが訪れた。

 

「お前力が欲しいか?」

 

「当たり前じゃん、なぁにアンタがくれるの?」

 

 クレマンティーヌは笑う。そんなことは不可能だと、人間の限界を超えた人外の英雄たる者がこれ以上強くなることなど出来ない。

 

「じゃあ、これを使ってみろ、ただし命の保証はしない。これを使って死ぬかもしれないし何も起きないかもしれない、全てはお前次第だ」

 

 フェンリルが差し出したのは八角形の小さな宝石、それはユグドラシルで風の結晶という1キャラにつき1度しか使えない恒常的に素早さを10アップさせるステータス向上アイテムだ。

 

「なにこれ?宝石でアタシの気を引こうっての?」

 

「言ったろう?すべてはお前次第だって」

 

「なんでアンタを殺そうとした奴にこんなことしてくれんの?」

 

「お前に興味が出た。殺すのは簡単だがお前がどこまで強くなるのか非常に興味が出たんだ」

 

 クレマンティーヌのいう事が本当ならこの女は人外それも英雄という領域に踏み込んだ希少な人間だという事になる。それを簡単に殺してしまうのは非常に惜しい。

 

「アンタ悪魔か何か?」

 

 クレマンティーヌは笑う、悪魔は相手の命を代償に願いを叶えるという。だがそんなもの存在しないことは知っている。自分でそんなことを口走ったのが可笑しかった。

 

「悪魔?そんなんじゃないさ、でもオレの正体を知りたいか?」

 

「なにそれ、脅しのつもり?言っとくけどアタシ、アンタの想像もつかないほど修羅場潜ってきてんだからね」

 

 そうだ。かつて法国に属していたころには様々な相手を殺してきた。同じ人外の領域に踏み込んだ者、モンスター、何度も死にそうにもなった。足を折られ。腕を潰され、何度も血反吐を吐いた。

 

「オレの正体を知ったらもう生きて返すことは出来ないぞ、それでも知りたいか?」

 

 フェンリルの雰囲気が変わる。

 

「なにそれ、脅してるつもり?もったいぶらずにさっさと言いなさいよ」

 

 どうせどこぞの貴族、もしくは自らの血脈を秘匿している王族、そう高を括る。

 

「いい度胸だ。ならば見せてやろう」

 

 そう言うと鎧を脱ぎ、一糸まとわぬ裸になる。

 

「エッチ、スケベー、やっぱり犯る気なんじゃ~ん」

 

 体をくねらせおどけて見せる

 

「阿呆が、こうしなきゃ鎧が壊れるかもしれないんだよ。本番はここからだ」

 

 フェンリルの目が大きく見開かれると、アイスブルーの瞳は金色の獣特有の瞳に変わる。そして人の姿からは想像もつかない人狼の姿へと変わり果てる。

 クレマンティーヌは初めて人外の化け物を美しいと思った。身体は雄々しく、純白の雪のような体毛は月の光に照らされ銀に輝く、圧倒的強者にのみ許された美しき存在にクレマンティーヌは目を奪われた。

 初めて他者を、自分以外の存在を美しいと思った

 

「・・・ビースト・・・マン?」

 

 クレマンティーヌは自分で言っておきながらそんな存在ではないことを分かっている。食欲と性欲そして暴力の粗暴な存在がこのような美しい獣であるわけがない。

 

「そんなちゃちなモンスターと一緒にするなよ」

 

「・・・神・・・様・・・」

 

 法国に居た時から神など信じた事は無いが、人をモンスターを超えたこの美しき獣が自分を神だと言うのなら信じよういやそう思わなければならない。

 だが美しき銀の神は否定した。

 

「オレは、いや、我は万物に滅びをもたらす白き獣なり」

 

 形持つ滅びの獣。殺すことに喜びを覚える性格破綻者であるクレマンティーヌは魅了された。

 今までの絶対的強者を誇っていた自分がいかに矮小な存在であったか。

 そしていつの間にか壊れてしまっていた心が満たされるような未知なる感覚がクレマンティーヌを包む。

 

「今一度問う、世界に絶望した女よ。己が全てを捧げ我が手を取るか、それとも安らかなる滅びを受け入れるか」

 

 迷うことなくクレマンティーヌはおずおずと手を伸ばす。眩しく輝く白い闇に、いつの頃にかいびつに歪んだ心で待っていた美しい純白の破壊の化身、世界を滅ぼす存在に

 

「捧げます。この身、魂の全てを貴方に捧げます」

 

 捧げた。全てを、常人なら発狂する破壊の神、滅びの獣、という存在に全てを捧げる。いつの間にか枯れ果てたはずの涙を流すクレマンティーヌはかつてない幸福感に満たされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.5話 幕間

 フェンリルが無事クレマンティーヌを仲間にしてから約1時間後、宿屋の2階その一室でそれは行われていた。

 

「それでどこから拾ってきたのでしょうか?この野良猫は?」

 

 この部屋に一つだけある粗末な作りの椅子に座り、腕を組む表情は柔らかく笑顔のルネだがその後ろには怒りの炎が燃えている。怒りの矛先であるフェンリルは部屋の真ん中で正座し冷や汗を掻きながら下を見ている。

 野良猫と呼ばれたクレマンティーヌはフェンリルのベッドに腰掛け不機嫌そうに見ている。

 

「それはーそのー何と言うか・・・ですね」

 

 言葉の歯切れ悪く答えに迷っている。人生で来ることのない無縁の事だと思っていた女での修羅場にフェンリルはどう対処して良いのかが分からなかった。

 

「別にマスターが約束を忘れて遅く帰ってきたこととか、野良猫を拾ってきた事とかを怒ってはいませんよ。ただ忘れた理由とか拾ってきた理由とかを説明して欲しいだけですから」 

 

(それを怒ってるっていうんじゃないのかよ)

 

 と心の中で思っても決して口には出すことが出来ない。原因は自分にあるのだから

 

「さっきから一言もおっしゃってくれませんけども、聞いていますか?」

 

「はい!聞いてます!」背筋を伸ばし返事をする。

 

「なら答えてください。私に解るように、納得できる理由を」

 

「あのですね・・・ちょっと街をブラブラしてたらですね・・・こう何と言うか、道に迷ってしまって、そこで会ったのがこのクレマンティーヌでして・・・」

 

 嘘は言っていない、ただ殺しにきたので戦ったというと心配をかけるので言わないだけだ。本当だよ。余計なことを言ってこれ以上怒られたくないとか思ってないよ。

 

「道に迷って・・・ふ~ん、まぁ一万歩譲って遅れたことは許しましょう。それで?どうして野良猫を拾ってきたのかしら?」

 

 一万歩は納得してないのと同じじゃないのかとは口が裂けても言えない、そしてクレマンティーヌを名前で呼び事無く拾ってきた野良猫扱いするところが怒りの最たる原因が分かる。

 

「いや、それはその~仲間にしたっていうか~」

 

 まさか正体をばらして従者にしたなど言えない。

 

「仲間?仲間にしたんですか?」仲間という言葉に反応する。

 

「野良猫ごときが何の役に立つと?まさか愛玩用ですか?」

 

 主人であるフェンリルにそうあれと創造された私がいるのに、まだ手を出さないのに愛玩用として女を連れてくるとは、嫉妬どころではない。

 ネルの話をずっと不機嫌に聞いていたクレマンティーヌが立ち上がる。

 

「あのさ~黙って聞いてれば何なの?つ~かっこの女なに?」

 

 ルネがギロリとクレマンティーヌを睨む。身体が泡になって消えてしまうかと錯覚するほどの殺意に意識はかろうじて持ったが膝から崩れ落ちる。滝のような汗が額を伝う。

 

「ふ~ん、度胸はあるようですね。ですが・・・」

 

 ネルが肩で息をするクレマンティーヌを見下ろす。それを荒い息を吐きながらも負けじとルネを睨む。

 

「テメー、殺してやる」

 

 明確な殺意をあらわにするがそれをぶつけられたネルは一切怯えるそぶりすら見せない

 

「この程度で膝をつくなど、とても役に立ちそうにもありませんが」

 

「ネルやめないか、大丈夫か?」一触即発の事態にフェンリルが割って入る。

 

 いつもなら身体が先に動くクレマンティーヌだがネルの挑発に鼻で笑った。

 

「役に立たない?はっ!ここでぐだぐだしてるお前より役に立つ情報持ってるっつーのっ、ねぇフェンちゃん一気にランクアップしたくない?」

 

 何か言おうとしたネルを口論になる前に先に止め話を促す。

 

「待った。それはどういうことだ?」

 

「それは、普通だったら昇格試験とか面倒くさいことやらなきゃ冒険者って上に行けないんだけど、特例で一気に昇格出来る事があるんだ~知りたい?」

 

「知りたい」

 

 そうそうに旨い話があるわけなどないが裏技の様なものがあるのならば話を聞きたい

 

「ど~しよっかな~」愉快そうに笑顔のクレマンティーヌ

 

「もったいぶらずに教えてくれ」

 

「も~そんな顔しないで~でもそんな顔してもか・わ・い・い・ぞ、それは上位クラス相当の依頼を達成すること簡単でしょ?」

 

 上位の依頼と言われても確かに達成する力はあると思うが受ける事の出来る依頼はクラスによって決められている為、最低位である銅では上位依頼を受ける事が出来ない。

 

「それを受けられないからコツコツやっていかなくちゃいけないんだろ。突発的にでも起きればいいんだけどそう都合よく起きるわけ―――」

 

「それが分かっているとすれば?」不敵な笑みを浮かべる

 

「―――なに?」

 

「だから~オリハルコン級の依頼が突発的に起きるのが分かってるんだってば」

 

「は?どんなのが?」

 

「あのね~、アタシがフェンちゃんに拾われる前に、まぁカジッちゃんとかはまだ仲間だって思ってるかもしれないけどズーラーノーンが~、あっアタシこの組織の幹部ね、それでこの街を死の旋風で死都にするって計画をアタシが手伝って明日やる予定だったんだけどアタシ、フェンちゃんの仲間になっちゃったから」

 

 さらりと重要な言葉が流れてきた気がする。

 

「手伝うってお前は何をする予定だったんだ?」

 

「ん~とね、ンフィーレア=バレアレをさらってこれを使わせる予定だったんだよね~」

 

 そう言って、叡者の額冠を出すと手でクルクルと回す。

 

「なんだそれ?」

 

「これはね~、スレイン法国の最秘宝の一つで~、着けた人間を~超高位の魔法を引き出すマジックアイテムへと変える素敵なアイテムだよ~、まぁそれを盗んだんだけどね~」

 

 クレマンティーヌは笑う。

 

「ちょっと待て、盗んだのか?それを?」

 

「そうだよ」

 

 それがどうしたの?とでも言う表情のクレマンティーヌにフェンリルが頭を抱える。まさか色んな爆弾を抱えている奴だとは、スレイン法国という国を裏切り、なおかつ最秘宝の一つを盗み、そしてズーラーノーンという組織の幹部、面倒事が両手で抱えるほどクレマンティーヌは持っている。

 

「ねぇ嫌いになっちゃった?」

 

 上目遣いにフェンリルを見るその目は潤んでいた。まだ女に免疫の付いていないフェンリルには威力は十分で怒る事など出来ずに許してしまう。

 

「はぁ、仲間にした以上は仕方がない。面倒事を一つずつ潰していくか、それとクレマンティーヌ」

 

 真剣に重みのある声で名前を呼ばれる。そしてその目にはあの美しい獣の目を思い起こす光が宿っていた。

 

「お前はオレに全てを捧げたな?」

 

「はい、この身、この魂の全てを」今度はうっとりとした表情を見せるクレマンティーヌ、だがその言葉に嘘偽りはない。

 

「ならば我はお前の全てを許し守ろう。だが裏切りは決して許さない、我への利益をもたらすズーラーノーンへの裏切りをもってお前の最後の裏切りとせよ。そして・・・」

 

 アイテムパックから取り出したのは小さな狼の横顔の形をしたイヤリング、これはユグドラシルでギルドを作った時に知り合いの鍛冶師に作ってもらい、かつての仲間にも送ったものだ。

 

「これをお前に送ろう。お前が我の仲間いや群れの一部であるその証だ。これがお前の元にある限り我の元にいる事を許そう」

 

「決して御身に後悔などさせません」

 

「良き返事だ。では今一度ズーラーノーンに戻り情報をさらに引き出してこい」

 

「承知いたしました」

 

 そう言い残しクレマンティーヌが部屋から出ていくとフェンリルは一仕事終えた気分になった。だが最大の仕事はまだ残っていた。

 

「身を捧げたとはどういうことですか?」

 

 古い機械仕掛けの人形のようなぎこちない動きでネルを見るとその目には涙が今にも零れ落ちそうなほど溜まっていた。

 

「そういう意味じゃないから!本当にそういう意味じゃないから!」

 

「ならどういう意味があるというのですか!」

 

 フェンリルがネルの誤解と機嫌を直すことが出来たのは夜明け前の事だった。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

 朝方、フェンリルがモモンガとメッセージのやり取りをする。クレマンティーヌの事とズーラーノーンが立てている計画の事だ。

 

『―――という計画が今あるそうです』

 

『それは使えそうですね』

 

 その情報が正確であるならば対処することが出来る。その計画のピースとなるンフィーレアはモモンガと行動しており、情報を流すクレマンティーヌはフェンリルが仲間にしている。ランクと名を上げるチャンスだ。

 

『どうしましょう?』

 

『そうですね。そのズーラーノーンとやらを監視して機会をうかがいつつ対処するのが良いと思います』

 

 モモンガの頭にデミウルゴスの事が浮かんだがこれくらいの事で頼るのも気が引けたので頭の隅に追いやった。

 

『ですね。情報収集しながらモモンガさんが帰ってくるの待ってます』

 

 

 

 冒険者モモンと一行がエ・ランテルに着いたのは満月が空に浮かぶ夜の事だった。

 ンフィーレアと漆黒の剣は荷を下ろす為に店で別れ、モモンガとナーベラルはハム助の登録をしに行く、その道中は街の住人達に見られるという羞恥プレイを味わうことになった。

 登録を済ませるとモモンガはナーベラルとハム助と一旦別れ、フェンリル達とエ・ランテルの廃棄区画で落ち合う。

 

 モモンガを迎えたのはフェンリルだけだった。

 

「お待たせしました。あれ?一人ですか?」

 

「お疲れ様です。ネルには周囲の警戒をしてもらっています。どうでした?冒険者としての初仕事は?」

 

「いや~何と言うか夢のない仕事でしたよ。でも良い経験にはなりましたね」

 

「そうなんですか?何かショックだな~でもまぁ仕方ないのかな?」

 

「それよりも例の件の方ですよ」

 

「おっと、そうでしたね。情報源のクレマンティーヌは今ズーラーノーンって組織の方に行っています。計画は深夜、ンフィーレアの事は誤魔化してもらいました。廃人になられるのは困るので。首謀者の名前はカジット、他に数名がいるという事です。とりあえず今わかっているのはこれくらいですね。あとはモモンガさんに探ってもらうしかないんですけど」

 

 フェンリルがモモンガに丸投げした。

 

「分かりました。ちょっと待ってくださいね」

 

 モモンガが漆黒の鎧を脱ぎ捨ていつもの姿に戻ると、十本の巻物を取り出すとそれを順番に展開させていく、魔法での情報収集を行うためのぷにっと萌えさん考案の『誰でも楽々PK術』による基本戦術である防御対策を行うと〈千里眼〉と〈水晶の画面〉を同時に発動させる。空間に浮かぶ画面には無数の人型が映し出される

 

「うーん見たところ強いモンスターは居ないみたいですね」

 

 見えるのはいずれも低位のアンデッドだが大群だ。 

 

「これだと他の冒険者に横取りされそうですね」

 

 一気にクラスアップを狙っているモモンガとフェンリルは他の冒険者に出来ないことを成し遂げなければならない、それだけに大規模なだけではなくその質も伴わなければならない。他の冒険者も出張ってくることを考えるとアンデットの大群だけでは心もとない

 

「どうしましょうか?」

 

「う~ん」

 

 困る二人、その時フェンリルに一つの考えが浮かぶ

 

「そうだ。モモンガさんの魔法で多少盛れませんか?」

 

「盛る?ってまさか、こちらでモンスターを用意するってことですか?」

 

「そうです。デスナイトとかを召喚してそれを俺達が倒すんです。いやこういうのはどうです?」

 

 フェンリルが提案したのは、墓所からスケルトンを大勢ととデスナイト2体を外に放ち、他の冒険者をそっちに釘付けにしタイミングを見てデスナイトをフェンリルとネルの二人で撃破、それまでにモモンガとナーベラルで墓所の中で首謀者を討伐するという計画だ。あくまで別のチームとして解決する。

 

「それでいきますか」

 

 

 

 

 最初にそれを見つけたのは墓所の衛兵たちだった。

 墓所に溢れかえるスケルトンの大軍、その前代未聞の異常事態に衛兵たちは抗ったがこの異常を伝えに走った衛兵一人を除き皆殺しにされた。

 門を破壊し蘇った死者の軍勢が生者の住む町に侵略を開始する。

 まるで地獄の釜の蓋が開いたかのように押し寄せるスケルトン、それを迎え撃つのは冒険者組合から緊急の依頼を受けた冒険者たち、死者の軍勢を押し返そうと躍起になる冒険者、数では圧倒的に不利ではあったが数多くの場数を踏んだ冒険者たちは協力して押し返していく

 だが冒険者たちの前にわずかに見えた希望は絶望によって粉々に打ち砕かれた。

 

 オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

 雄叫びと共にスケルトンを蹴散らしながら現れたのは2体のデスナイトだった。

 ここにいる冒険者の誰も見た事のない大きなアンデッドに

 

「なんだ、こいつらは」

 

「こんなモンスター見たことないぞ」

 

 その右手にはフランベルジュ、左手には巨大なタワーシールド、鎧を纏った死霊の騎士、冒険者たちにこれから絶望をもたらす災厄 

 

 オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

 おぞましい雄叫びに冒険者たちの背筋は凍り付いた。

 だがデスナイトはお構いなしに一番近くに居た男の冒険者を

 

「えっ?」

 

 フランベルジュで縦に真っ二つにした。

 それに他の冒険者は我を取り戻した。

 

「下がれ!魔法打てる奴は何でもいいから打て!絶対に接近するんじゃない!」

 

 数名のマジックキャスター《マジック・アロー》を放つ、幾つもの光球が2体のデスナイトに襲い掛かる。だがほとんどをタワーシールドで防がれたが幾つかがすり抜け本体に当たったが仰け反る事すらせずまるでダメージを感じている様子はなく、獲物を捕らえる肉食獣の如く獲物である冒険者を捕まえ殺していく。

 それはまさに無慈悲に吹き荒ぶ死の暴風のようだった。フランベルジュで斬りタワーシールドで殴り倒れた者は踏みつけ、同族であるはずのスケルトンごと時には建物、障害物を破壊し冒険者を確実に屠っていく、その光景は地獄だった。デスナイトの雄叫び、冒険者の悲鳴、阿鼻叫喚の地獄絵図

 

 それを建物の上から見ている二つの影、フェンリルとネルだ。ネルが使用した第9位階魔法《パーフェクト・アンノウアブル》によって誰にも気づかれる事無く、劇的な登場のタイミングを窺っているのだ。

 

「そろそろかな?」

 

「もうよろしいかと、これ以上は死人が出過ぎてしまいますし何よりデスナイトを倒す者が訪れないとは限りません」

 

 デスナイトを今ここにいる金や銀の冒険者では倒せないはずだが、この都市最高の冒険者であるミスリル級冒険者がどれほどの実力を持っているのか判らない為、到着する前に倒さなければならない。

 そう思っているとちょうど20人目の冒険者が殺されたところだった。

 

「そうだな、これ以上はランクアップにケチが付きそうだしな」

 

 フェンリルが腰に掛けた二つの剣を抜く

 

 パリッ、バリッ、バチチッ、

 

 二つの刃から雷光が走る。

 斬撃と共に雷属性の攻撃を与える事の出来るレリック級アイテムでその名をサンダーブレード〈双子〉、刃から走る雷光のエフェクトからフェンリルのお気に入りの武器の一つである。ただのビジュアルでのお気に入りなので武器としての性能はユグドラシルでは中の下といったところだがデスナイトなどの中級モンスターを相手にするにはレベル差を考えると十分な威力を持っている。

 

「それじゃ行くかな、とどめはお前に任せるからド派手な奴を頼むぞ」

 

「分かりました。派手なやつですね」

 

 ネルが《パーフェクト・アンノウアブル》を解くと、フェンリルが軽い足取りで空中へ躍り出る。

 

 

 

 

「はぁはぁ、何なんだこの化け物は」

 

 どれほどの魔法を撃ったのだろうか、どれほどの斬撃や打撃を加えたのだろうか、だがどれほどの攻撃を浴びてもこの化け物は決してひるまない、おぞましい声を上げ嬉々として人を殺していくあまりの恐ろしさに後方では逃げ出した者もいる。

 冒険者達をかつてない絶望が支配していた。危険なことや困難は冒険者には付き物だ。時にはその命をも簡単に落とす瞬間だってある、それは冒険者全てに言える事だ、だから周到に準備するし身に余る危険であるならば逃げる時もある、だが今目の前にいる死霊の騎士はそれを許さない。

 金や銀といった歴戦の冒険者が容易く屠られ、殺された者がスクワイア・ゾンビとして蘇りかつての仲間に牙を向ける。

 そんな絶望が満ちていたその時だった。

 

「オルァァァァァァァ!!」

 

 空から雄叫びを上がり、それにデスナイトいやこの場にいる全ての視線を釘付けになった。

 

 真紅の鎧を纏った男が雷光と共に降ってきた。

 

 落下と共にサンダーブレード〈双子〉がデスナイト目掛け振り下ろされる。

 

 ガキィィィィ!!

 

 だがデスナイトは容易くタワーシールドでフェンリルの攻撃を防ぐ、ユグドラシルであれば攻撃は防がれたのでダメージを与えることは出来ないのだが、

 

 グァァァァァ!

 

 一瞬の眩い光と空気を引き裂く轟音、デスナイトの身体を雷が貫いた。ユグドラシルでは起こりえない現象、金属で出来たタワーシールドを雷が走り抜け本体に雷属性のダメージを与えた。

 

(通電したのか!?)

 

 雷に打たれ白煙を上げるデスナイトが地面に片膝をついた。

 冒険者たちにそれは信じられない光景だった。だが奇跡の光景はまだ続いていた。

 

「まだまだぁ!!」

 

 まだ片膝をついているデスナイトに職業クラス〈ソードマスター〉を習得しているフェンリルがサンダーブレード〈双子〉での怒涛の連撃が襲う。斬るたびに雷光が走り、デスナイトはなすすべなく斬撃と雷の属性攻撃の嵐により瞬く間に体力を撃破寸前までにするもデスナイトの能力である1回だけHP1で耐えた。しかしフェンリルの攻撃で麻痺が付与されたため直ぐに動けないでいる。するとフェンリルはすぐに2体目のデスナイトに狙いを定め、雷の様に速く懐に潜り込む。

 

 それは周囲の冒険者には真紅の稲妻が走った様に見えた。それが後にフェンリルことウォルフの二つ名〈真紅の稲妻〉の由来となった。

 

 2体目のデスナイトが嵐のような斬撃によって雷に包まれると瞬く間にHPを削られ能力によってHP1で耐えたその瞬間にフェンリルは後ろに大きく飛び距離を取る。

 

「ルネ!」

 

「滅びなさい」

 

 偽名で呼ばれたネルが百万人に一人レベルの才能持ちが放つ事の出来る第5位階魔法である《ドラゴン・ライトニング》をとどめの一撃として放つ、周囲を昼間の様に明るくする程の光と建物が震える程の轟音を残し2体のデスナイトそして周囲にいたスケルトンは塵となって消えた。

 この魔法によりネルは〈雷光姫〉の二つ名を得ることになった。

 

「馬鹿な・・・」

 

 冒険者の一人がつぶやく、それがここにいる生き残った冒険者全ての思っていた事だった。

 悪夢の様に金や銀の冒険者が束になってもまるで刈られる草木の様に何もできず蹂躙される一方だったのに、芸術品の様に美しい真紅の鎧を纏った男と見たこともない凄まじい魔法を放ったエルフの女、まるで夢やおとぎ話の様に二人の美男美女があの悪魔の様な死霊の騎士を倒したのだ。

 そしてこの後さらに驚かされたのは二人が冒険者として駆け出しの銅である事だった。

 

 見事にデスナイト2体を倒すことに成功したフェンリルは

 

(決まったな、登場も倒し方も最高だ)と内心で自分のことを褒める。

 

「お見事です、ウォルフ」

 

 ネルが建物の上から降りてきた。

 

「いやいや、ルネのトドメの魔法も良かったよ。これで一気にランクアップもするだろう、だが・・・」

 

 迫りくる残存しているスケルトンの大軍を見ると一つため息をつく

 

「はぁ、もうちょっと頑張りますか、そうだMPに余裕はあるだろうけど一応《ドラゴン・ライトニング》が切り札ってことにして、あとは《マジックアロー》とか低位の魔法で他の冒険者をサポしてくれ」

 

「分かりました。サポートに回ります」

 

「それじゃよろしく!」

 

 フェンリルがスケルトンの大軍へ雷光の尾を引きながら走り出し、ネルが杖を構え魔法を唱える。

 その姿を見ていた冒険者は昔話に聞いた英雄譚を思い出したという。

 

「・・・づ・・・け・・・彼らに続け!」

 

「そうだ!彼らに続け!」

 

 声を上げ、フェンリルの後ろ姿に英雄の幻を重ねる。

 それに鼓舞された冒険者は武器を構え走り出した。その中にモモンと依頼を行った〈漆黒の剣〉もいたのは偶然の事だった。

 後に彼らはこう言っている「二人の英雄の誕生に出会えたことは生涯一の幸運だった」と

 フェンリル一行と冒険者達がスケルトンの軍勢を一掃し終えたのは朝日が差してきた頃だった。一掃するのは簡単な事だったがモモンガに少し時間が欲しいと言われたので時間を伸ばした結果だ。

 墓所に踏み込むとそこには静けさを取り戻した墓地と首謀者であるズーラーノーンを討伐したモモンとナーベそしてハム助だった。

 その場に見えないクレマンティーヌは当初の打ち合わせ通りズーラーノーンに在籍していた自らの痕跡を全て消し現在はとある場所に身を隠している。

 

 ズーラーノーンによって起きたこの事件を解決に導いた冒険者、モモンとナーベそしてウォルフとルネは見事にミスリル級へと昇格を遂げることが出来た。

 

 だが喜ぶフェンリルとモモンガの元にアルベドから一つの凶報が告げられたのはすぐの事だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

 シャルティアの離反、モモンガにとって最優先の事柄だが、モモンガそしてフェンリルはナザリックではなく冒険者組合の一室に居た。

 冒険者組合に緊急の要件として呼ばれた為だ。

 部屋にはモモンガ達2人の他に、冒険者組合の組合長アインザック、そしてミスリル級冒険者の『クラルグラ』のイグヴァルジ、『天狼』のベロテ、『虹』のモックナックの4人の男、いずれも緊急の要件で招集された者たちだ。

 これから話し合いが開始されるという時にイグヴァルジがモモンガとフェンリルに絡んできた。

 

「アインザック組合長、私はモモンもウォルフという名も聞いたことが無いのですが、いったいどういう偉業を成し遂げたのだろうか?」

 

 言葉の端々に敵意を含む言い方だがアインザックはそれに気付いていないような明るさで答えた。

 

「モモン君は森の賢王を服従させ、昨晩の墓地の事件を解決、そしてウォルフ君も大量のアンデッドを掃討し事件の解決に大いに貢献してくれた」

 

「その一件だけでか?たった一つの事件を解決しただけで?他の冒険者が不満に思うぞ?」

 

「だがモモン君はたった二人で2体のスケリトルドラゴンを退治し首謀者一味を討伐、そしてウォルフ君も二人で見たこともない凶悪なアンデッドを2体その後、他の冒険者達の先頭に立ち千体以上のアンデッドの軍団を倒している。そしてウォルフ君のパートナーであるルネ君は第5位魔法の使い手だ――」

 

 アンデッドはモンスターの部類でも弱い部類に入るモンスターである。リッチ等例外もいるが大抵はスケルトンなどの弱いモンスターを指す。スケルトンは新米冒険者でも2・3体なら対処可能なモンスターではあるが、それを千体になると話は変わってくる。

 30体程度で並みの武器は壊れ、集中力も体力は無くなり、不意の一撃で傷ついたが最後そこに群がる様に押し寄せ殺されてしまう。

 それを千体も倒すという事は、特別な武器を持ち、常人ではない人外の領域に踏み込んでいるという事だ。

 それにパートナーは第5位階の魔法を使うという、それが本当ならもはやアダマンタイト級の実力者だ。

 そしてスケリトルドラゴンを2人それも2体倒し首謀者一味を討伐したとなるとこちらも相当な実力者ということになる。

 イグヴァルジはそんな英雄譚の一説の様な話を信じられなかった。

 

「馬鹿な!そんな事出来るわけがない!」

 

 立ち上がり強く否定するイグヴァルジにフェンリルが不機嫌に声を上げた。

 

「あのさぁ、うるさいんだよ。俺もこっちの人も緊急だっつーから眠いの我慢して来てんだよ。これ以上話が先に進まないんなら、お前出て行けよ」

 

「貴様っ!――」

 

 フェンリルの挑発にイグヴァルジが顔を真っ赤にさせて睨んだ瞬間、目の前に弱く雷を走らせる刃の切っ先が突きつけられていた。

 

「な・・・」

 

 フェンリルが剣を抜きイグヴァルジに突き付けるまでの動きはモモンガ以外には見えなかった。ゆえにこの場にいる誰もが驚愕していた。

 

「黙って席に着くか、出て行くか、どっちか選びなよ先輩」

 

 突き刺すような視線と冷たい言葉にイグヴァルジは背中に冷や汗を掻きながら大人しく席に着くことを選んだ。

 

「さぁ話を進めようか」

 

「そうだな、では―――」

 

 アインザックが話した緊急の要件とは突如現れた吸血鬼の事だった。その吸血鬼とはもちろんシャルティアの事だ。

 そのことが分かるとモモンガは、その吸血鬼は自分が追っている非常に強力な吸血鬼の1体であり名前はホニョペニョコであり、詳細は極秘裏の任務であるため伝えられない、そしてこの事は国対国の話にはしたくなくその場合は自分はこの地を去りホニョペニョコはこの国の冒険者に任せる。

 アインザックはモモンガを睨んだが何の痛快も感じず、これだけは何物にも邪魔をさせないと、微かな怒気をはらみ告げる。

 

「偵察は我々で行う、もしその場に吸血鬼がいたら滅ぼそう」

 

 とそう断言する。そこには己に対する自信と、決意があり、空気が揺らいだのではないかという圧力に息を飲む。では他のチームを、と言われたがその言葉を遮り拒絶する。足手まといはいらないと傲慢不遜な態度だが、その場にいたフェンリルを除く男達はそれが決して傲慢や自惚れ、驕りから来たものではなく、そう言い切れるだけの力を有しており常人の域を超えた英雄と呼ばれる男であると感じた。

 アインザックが問いかける

 

「報酬は?」

 

「その吸血鬼を滅ぼした場合、最低でもオリハルコンを約束して欲しい。もう一体の吸血鬼を探索するのに一々力を証明するのも面倒だからな」

 

 なるほど、と部屋に居る者は納得する。

 するとモモンガの隣に座っていたフェンリルが笑った。

 

「クハハッ、良いなそれ、なら俺も付いて行こう。同じ依頼をするんだから俺もオリハルコンになれるんだろう?組合長殿?」

 

 アインザックはその提案に渋い顔をする。

 モモンは良い、オリハルコンになるという理由も分かる。だがウォルフには疑問に思うことがある、力はあると思う、先程見た目にも止まらぬ神速の抜刀に千体以上のアンデッドの軍勢を倒したのだから、だからと言ってこの依頼を完了したとして容易くオリハルコンを与えて良いものか

 

「構わないが、ついて来たら確実に死ぬぞ?全滅かどうかは知らんがな」

 

「良いね、ゾクゾクするよそういうの。で?オリハルコンになれるの?組合長殿」

 

 モモンが確実に死ぬと断言する依頼をこなすのであればとアインザックは渋々だが自分を納得させ首を縦に振る

 

「良いだろう、ただしモモン君の報告によって精査する。それによって君をオリハルコンにするかどうかを決めさせてもらう。これが条件だ」

 

「その条件で良いよ。それじゃよろしくモモンさん」

 

「えぇよろしくお願いしますウォルフさん」

 

 握手を交わすとイグヴァルジが立ち上がった。

 

「俺達も付いて行く!大体その吸血鬼が本当に強いのかも不明ではないか!第一お前の強さを信頼できない!」

 

 モモンガは軽く肩を竦めると

 

「警告はした。それでも良いなら付いて来い」

 

「も、もちろんだ!」

 

 イグヴァルジを見て若干余裕を取り戻したアインザックがモモンガに問いかける

 

「自信があるのはいいが、その根拠となるものは何かね?勿論君の強さは理解しているつもりだ。だが吸血鬼の強さを考えると、私達も君に任せて良いか不安があるんだ。・・・もし君が負けてしまった場合の対処ももある」

 

「切り札はここにある」

 

 懐の内から水晶を取り出す

 

「それは?」

 

「第8位階の魔法が込められている魔封じの水晶だ」

 

「なんと!?それは本当か!!」

 

「鑑定しても良いが、今は時間が惜しい。吸血鬼は日光下であった場合ペナルティで行動が遅くなる」

 

「そうだな、では何卒頼む」

 

「了解しました。これから出来る限り急ぎで出る」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

 森の大きく開けた場所、そこに真紅の鎧を纏いうつむいたまま微動だにしないシャルティアを胡坐をかいて座る白い人狼が一定の距離を保ち警戒しながら注視している。

 すると人間には聞き取る事の出来ない距離の断末魔の悲鳴が耳に届いた。

 

(あ、死んだか、しかしユグドラシルでもこんな状態は見たことないな)

 

 届いた悲鳴はイグヴァルジのものであったが特に気にすることもなく再び意識をシャルティアへと向ける。

 アンデッドであるシャルティアは精神作用を無効化する。ならば精神支配など受けるわけがない。それはフェンリルも知っていること、ならばやはりモモンガの言っていた通り我々の未だ知りえないこの世界の何かによるものなのだろうか、だがそれほどまでに高度な魔法もしくは技術ならば情報収集を行っている他の守護者の誰かの耳にしているはずだが、その欠片も入っていないのはどういうことなのだろうか。

 そんなことを考えているとアルベドに先導されモモンガが来た。

 

「お疲れ様です。何か動きは?」

 

「何もありません、ずっとあのままです」

 

 たしかに〈水晶の画面〉に映った姿格好と何も変わっていない、その姿勢すら少しも動いた形跡が見受けられない。

 

「シャルティア」

 

 モモンガの問い掛けにシャルティアは何の機微も見せない。モモンガにその名を呼ばれただけで嬉しさを示すほどに忠誠心に溢れていたナザリックのNPCにあり得ない行動にモモンガはしげしげとシャルティアを眺める。

 無視したのではない。その見開かれた真紅の瞳は空虚なもので、意識がそこに宿っているようには思えなかった。

 アルベドがそんなシャルティアに憤怒の炎を上げる

 

「シャルティア!言い訳の言葉すら無く、さらにアインズ様に対しての無礼―――」

 

「静まれ!動くな!シャルティアに近づくことは許さん!」

 

 一歩踏み出しかけたアルベドを乱暴な口調で制止する。普段であれば滅多に取らない行動であるが、この瞬間だけは自制が利かなかった。

 それほどまでにシャルティアの現状に衝撃を受けていた。

 

「まさか・・・そんな・・・信じられん・・・」

 

「どうしました?」

 

「確定です。シャルティアは今精神支配を受けている」

 

「アンデッドが精神支配?ふむ・・・色々疑問はありますが、何の行動もしないのはおかしくありませんか?」

 

 フェンリルの問いにモモンガは腕を組み、シャルティアを鋭く睨む。

 

「確かに何故という疑問はありますが、おそらく何者かによって精神支配を受け、そして命令を受ける前に何かが起こった。この場合相打ちになったと考えて、そして命令が空白の状態で置かれた」

 

 モモンガの推理にアルベドとフェンリルが頷く。

 

「となると不用意には近づけないですね」

 

 接近したり、攻撃をすれば防衛行動を取る可能性がある。悪属性に偏っているシャルティアがとると考えられる行動は攻撃だ。

 

「アインズ様、ここで時間をかけるのはシャルティアを精神支配した何者かが生きていた場合、長居は危険かと」

 

「全くだな」

 

 どうやって精神支配を受けたかは謎であるが、ここに居続けるのはモモンガも危険であるため

 

「これで手っ取り早く無効化するとしよう」

 

 モモンガが指を動かす。そこにはまっている指輪を見てフェンリルが驚きの声を上げた。

 

「それは!まさか!?」

 

 モモンガが勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

「そうです。超位魔法〈星に願いを〉をリスク無しに、三度まで行うことが出来る。超々希少アイテム、流れ星の指輪です!」

 

 課金ガチャのアイテムの中でも、その出現率の低さに運営が意図的に絞っているんじゃないかという炎上騒ぎにまでになったアイテムだ。

 フェンリルも金額はあえて言わないが、中々につぎ込んだが結局出なかったアイテムだ。

 

「おぉ、実物初めて見たー!!」

 

 〈星に願いを〉は自分の経験値を消費して使う超位魔法である。そして消費した経験値によって魔法の効果が選択肢としてランダムに出て来るシステムになっている。

 モモンガが狙う願いは対象の全効果の打ち消しだ。それ以外にもいくつかあるが直接的な効果としてそれを狙う。

 

「指輪よ!IWISH!」

 

 だが、この時、モモンガもフェンリルもシャルティアはこの世界のまだ見ぬ魔法や技術のせいで精神支配を受けていると思っていた。だがユグドラシルにもたった一つあったのだ。超位魔法を超える力が

 

「シャルティアに掛けられた全ての効果を打ち消せ!」

 

 ただの魔法とは違う。強力な超位魔法の発動にモモンガは勝利を確信して叫んだ。

 だが超位魔法は発動しなかった。いや発動はしたのだがそれよりも巨大な何かに願いは打ち消されたのだ。

 

「なん・・・だと・・・」

 

 主人の動揺に不安げにアルベドが声を掛ける。

 

「どうかなさいましたか、アインズ様?」

 

 ユグドラシルを長く遊んだ経験と攻略サイトで得た情報、そしてこの世界に来てから得た様々な情報を結び付け、〈星に願いを〉を使用した時に流れ込んできた情報と使用感。結論が出た瞬間

 フェンリルも同様の結論を出していた。

 

「モモンガさん!」

 

「撤収だ!アルベド!フェンリルさん!早く!」

 

 転移の魔法を発動させ、ナザリックのすぐそばまで戻ってきたが、余裕なく命じる。

 

「アルベド!追尾して転移してくる者に警戒せよ!」

 

「はっ!」

 

 武器を構えアルベドがモモンガの傍に立つ、モモンガとフェンリルも変化する状況に対応できるように身構える。

 そのまま時間が過ぎ、モモンガが緊張を解くとフェンリルとアルベドも戦闘状態から平常状態へと戻る。

 

「クソが!」

 

 緊張感が落ち着くと、モモンガに湧き上がったのは憤怒だった。抑え込まれる怒気だがその度に新たに湧き上がってくる。

 

「クソ!クソ!クソ!」

 

 モモンガが地面を蹴り上げるたびに大量の土が掘り出される。

 主人の今まで見た事のない憤怒にアルベドが恐る恐る声を掛ける。

 

「あ、アインズ様、どうかお怒りを御静めください・・・」

 

 アルベドの声にモモンガの冷静さが急速に戻る。

 

「すまない、今の失態は忘れてくれ」

 

 絶対の主人らしからぬ行動を取った事を謝罪する。

 

「とんでもございません。私のお願いを聞いていただきありがとうございます!ご命令通り全てを忘れさせていただきます。ですが、いったい何がアインズ様のご不快に思わせたのでしょうか?お伺いできれば二度と―――」

 

「お前のせいではない、アルベド。指輪は発動したが、その願いが聞き届かれなかったと知ったからだ」

 

 黙したまま聞き入るアルベド、そこに割って入るのはフェンリルだった。

 

「モモンガさん、あれは・・・」

 

「超位魔法で敵わない力は一つです」

 

 モモンガと同様の答えを導き出したフェンリルは忌々し気に吐き出す

 

「となると、やはりワールドアイテムですか・・・」

 

 ワールドアイテム、ユグドラシルに存在した二百のアイテム、他のアイテムを超越した世界一つと同等の力を持つバランスブレイカー、それであるならばアンデッドの精神支配など容易いことだ。

 

「そうです」

 

 それを失念していた。こちらがギルド拠点ごと転移したなら他の誰かが同じく転移したとしてもおかしくはない。そしてその誰かがワールドアイテムを所有していてもおかしくはない、自分が持っているのだから、そうあって当然だ。

 そして思い出したのは外に出ている他の守護者達の事だった。

 

「アルベド、外に出ている守護者をすぐにナザリックに戻せ。帰還したら精神支配を受けていないか調べる必要がある。すぐに玉座の間に戻るぞ、それが済み次第、宝物庫に向かう」 

 

 

 

 

 モモンガがシャルティアとの対決の準備を済ませ、戦いの場へと赴こうとしたときフェンリルが自分も共に行くと言い出した。

 その申し出に首を横に振る。

 

「これは私がやります」

 

 フェンリルの力を借りればシャルティアを圧倒し何もさせぬまま倒すことが出来るだろう。

 断る事は非合理的だと自分でも思う。勝つための手段、それも必勝という重要なピースを自分で手放すなど普段ならばあり得ないことだ。

 だが、シャルティアを殺す。これは他の誰にもさせる事が出来ない、自分だけが、ギルド長である自分にしかできない仕事だ。

 それにフェンリルにこれを手伝わせてしまえば守護者達に無用な恨みを買わせてしまうかもしれない。

 

「そうですか、モモンガさんならそう言うと思ってました」

 

「え?」

 

 断っておきながらモモンガはフェンリルがあっさりと引き下がった事に不思議に思った。

 

「まぁ断られると思っていました。モモンガさん責任感強いですから、俺にシャルティアを倒す手伝いをさせる事で他の守護者に恨みを抱かせるような事はさせないだろうなって。それにアインズ・ウール・ゴウンのギルド長としてこれは他の誰にもさせる気はないでしょ?」

 

 見透かされていたのかとモモンガは頭を掻いた。

 

「そうですね。変だと思われるでしょうけど、私は守護者達の事を子供のように思っています。そしてその子供たちが殺し合うのを見たくないんです」

 

「そんな事はありませんよ、誰でも大切なものはあります。守りたいんですよね。アインズ・ウール・ゴウンの全てを、だからギルド長としての仕事をしようとしている」

 

「そうです。アインズ・ウール・ゴウンは私の全てです。だからこれだけは私がしないといけない」

 

「分かりました。でも付いて行きますよ。モモンガさんの邪魔をさせない為に周囲の警戒くらいはさせてくださいよ」

 

「危険です!シャルティアを精神支配した相手はワールドアイテムを持っているんですよ!」

 

 どこにその相手もしくはその仲間が潜んでいるか分からない、だがフェンリルは特に恐れる態度を出さない。

 

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。俺ワールドアイテムの効果受けないんですよ。まぁそのおかげでワールドアイテム装備できないんですけどね」

 

 ハハッとまるでその日の天気でも言うように軽く言い放った言葉に、モモンガは驚いた。

 

「え!?何でですか!?」

 

「俺の種族忘れてませんか?」

 

「人狼ですよね?」

 

「それも一つですけど、俺の種族〈世界を喰らう魔狼〉ですよ。隠し特性でワールドアイテムの効果を受けない、また所持できないってのがあるんですよ」

 

 今、思い出した。そうだフェンリルはユグドラシルで世界の敵とされている種族であった。

 

「そうでしたね」

 

「ゲーム内でもなれる人が限られる、というよりなる人が少ないレア種族ですからね。それにその情報が出たら更になる人が少なくなってしまって、そのお陰でなれたっていうのもあるんですけどね」

 

 〈世界を喰らう魔狼〉という種族はユグドラシルでは各ワールドで一名のみがなることが出来る非常に珍しい種族である。公式に世界の敵という設定である為非常に強力で凶悪なスキルやステータスを秘めている。

 ある条件と幾つかの特殊なクエストでのみ稀にドロップするアイテムを大量に必要とする為、そのアイテム収集で挫折する者が多く、さらに初めてなった者がその隠し特性の情報を流した為、実際になったことがある者はフェンリルを入れて30人にも満たないレア種族である。

 そして何よりも目指す者が少ない理由は、死んだ場合、種族を剝奪されその座が空席になり再度なるには再び大量のアイテム集めが必要となる。その苦行と維持し続ける困難からなろうとする者が少なかったのである。

 

「だから行きますよ。モモンガさん、せめてそれ位はさせてください」

 

「分かりました。では周囲の警戒お願いします」

 

 モモンガの言葉にフェンリルが胸を叩く

 

「任せてください。誰にも邪魔はさせませんよ」

 

「それじゃ行きますか」

 

 モモンガとシャルティアの戦いは熾烈を極めたものであった。

 戦いの場となった大地が乾いた砂漠となるほどに。

 シャルティアは打ち取られモモンガの第一目的は果たされた。

 だが懸念されたワールドアイテムを使用した者、もしくはその仲間は現れる事は無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

祝お気に入り200件越え、拙い文章ではありますが頑張っていきます


 シャルティアが復活し、モモンガがアダマント級冒険者へフェンリルはアダマンタイトになることは出来なかったが共に討伐した功績からオリハルコン級冒険者となってから約2週間が経った。

 ナザリックのモモンガ自室でフェンリルと机を挟んで話をしていた。

 他愛もない話であったがフェンリルの放った言葉にモモンガが驚きの声を上げ、腰掛けていた革張りの椅子から立ち上がった。

 

「どうしてですか!?な、何か、不満でも」

 

 突然仲間が居なくなるかもしれないという事態にモモンガのトラウマが触発される。物理的に失われている脳に何かしてしまったんだろうかと色々な事が駆け巡る。骸骨の表情は変わらないがもしこれが人の顔であれば青くなっていると言われてしまう事だろう。

 モモンガの慌てようになだめる様に話を続ける。

 

「落ち着いてください、不満とかそういうのではないですから」

 

「ならなぜですか!?」

 

 不満ではないのならば、なぜ急にナザリックを出て行くなどと言い出したのか、モモンガには分からなかった。

 

「いや、単純に冒険をしたいなぁと思いまして」

 

 ヘヘッと子供の様に笑う、それに吐けないため息を吐きモモンガが脱力する。

 

「もう、驚かせないでくださいよ。急に出て行くっていうから」

 

「いや~言葉足らずで申し訳ない」

 

 頭を掻いて謝罪を口にするその姿を見て、モモンガは椅子にドカッと深く腰を下ろした。言葉が足りないなどというレベルではない。

 

「でも冒険ならもうしてるじゃないですか、冒険者になってますし」

 

 モモンガの言う通りこの2週間の間、幾つかの依頼を受けてこなしたが、いずれもフェンリルを満足させるものではなかった。

 

「そうなんですけどね~、今のままあの都市に居てもつまらないというか」

 

「つまらない・・・ですか?」

 

「何と言えばいいんですかね~、ん~、冒険者モモンと活動拠点が重なっているっていうのも危険だと思うんですよね」

 

「危険?」

 

「ほぼ同時期に現れ、同じように昇進、まぁ俺はオリハルコンですけど、これを奇跡と見ている人もいれば―――」

 

「知り合い、もしくは仲間であると思う人がいる」

 

「そうです。そう見るのも不思議じゃありません。今のところ協力して吸血鬼を倒した程度で接点を持たないようにしていますが、もしシャルティアにワールドアイテムを使った本人もしくはその仲間さらにはそいつ等が属しているかもしれない組織や国の目や耳に入った場合、現状のままというのは不味いと思うんですよね」

 

 フェンリルの意見にモモンガが、ふむ、と頷く

 確かに、見る者、話に聞いた者がどう予測するかは分からない、だが聡いものが見聞きした場合、仲間もしくは何かしらの繋がりがあると考えるだろう。そうなると早めに手を打つべきだ。

 

「分かりました。そういう理由なら仕方ありませんね。でもだったら私が―――」

 

「いやいや、ほら!モモンは吸血鬼を追って来たっていう設定があるじゃないですか!それなら俺のウォルフは特に設定無いですし!ね!」

 

 その慌てようにモモンガが疑惑の目を向ける。

 

「本当に?」

 

 モモンガのプレッシャーに膝から崩れ落ち感ねんしたように本音を吐き出す。

 

「くっ、モモンガさんっ!オレ、冒険したいです!」

 

 それが本音か、良くも悪くもフェンリルは正直である。だが確かにフェンリルの言う危険もそのとおりだ。これからはなるべくモモンとウォルフは別々に行動した方が良いだろう。

 

「まったく、仕方ないですね。分かりました。良いですよ、でもどう言って行く気なんですか?」

 

「あぁそれなら、武者修行ってことで行こうかと思うんですよね。見た目が若いのでそれでいけるかと」

 

 確かにウォルフの姿は10代半ばか後半と言った所だ。武者修行という事なら不思議な事は無いだろう。

 

「それなら不自然ではないですね。でいつ頃にするんですか?」

 

「ナザリックの鍛冶師に頼んでる鎧が出来るのが明日なので・・・諸々の準備を考えて3日後くらいですかね」

 

「場所は?」

 

「そうですね・・・名前の響きで・・・帝国!」

 

 案の定アインザックに帝国に行くと言ったら必死で引き留められた。しかしモモンを見ていたら更なる修業が必要だと押し切った。だが都市長まで出て来るとは思わなかった。

 

 

 それから3日後のエ・ランテルで2番目に大きな宿屋の一室、そこでフェンリル達が荷の最終確認をしていた。

 クレマンティーヌの話ではここから帝国までおよそ5日はかかるであろう道程だ準備は入念にしなければいけない。

 

「えっと、大きい荷物はもう積んであるんだっけ?」

 

 真紅の鎧を纏った銀髪の青年の問いに長身の妖艶なダークエルフが答える。

 

「えぇ必要なものは昨日のうちに用意して、もう積んであります」

 

「そうか―――」

 

「ねぇ~もう準備できたぁ?」

 

 ノックすることもなく入ってきたのは気だるげなクレマンティーヌだ。その姿を見るなりネルの目が鋭く光る

 

「あなたがなぜここに?表の馬車を見張る様に言われていたはずでしょう」

 

「見張りってさぁ、あの馬がいるんなら必要なくない?」

 

 クレマンティーヌの言うあの馬とは、この宿屋の前につながれているフェンリルの馬の事だ。

 名を黒帝号といい、フェンリルがユグドラシルで育てていた移動用のペットにしてレベル40程度の速度に優れた魔獣で速度向上系のアイテムを装備させることでさらに速度が速くなっている。八本足の馬スレイプニールに酷似しているが姿が似ているだけでこの世界のスレイプニールより二回りは巨大だ。普段は召喚用の指輪に封じられているが、帝国までの足として召喚したのだ。

 宿屋の柱に細いロープで大人しく繋がれ、その後ろには旅に必要な荷物の積んである大人六人は乗れるであろう幌馬車が付いている。だが道行く人からは理不尽な暴力が形を成したようなその姿に遠巻きに見ているだけだった。

 フェンリルが部屋の窓から下を覗いてみると誰一人、黒帝号の近くによるどころか誰もいない。

 これではこの宿屋の営業妨害もいい所だ。

 

「確かにクレマンティーヌの言うとおりだな、誰も近づこうともしない。ところでその鎧はどうだ?」

 

「最高だよ。まるで鎧が身体の一部みたいで重さもまるで感じない、さすがフェンちゃんの用意した魔法武具って感じ」

 

 クレマンティーヌが今身に着けているオレンジ色の鎧は、フェンリルが材料を出しナザリックの工房で作らせたものだ。ミスリルを中心に一部にアダマンタイトを使用することで以前のビキニアーマーのような鎧よりも肌の露出が激減している分、鎧としての耐久性と防御力が上がっている。さらに筋力向上、素早さ向上、低位の毒・麻痺の抵抗、などの能力も付与されたことで以前よりも力が強くなり、より素早く動くことが出来るようになった。どの能力もユグドラシルでは初心者向けの構成だがこの世界では十分にその威力を発揮してくれるものばかりだ。

 改めてフェンリルがクレマンティーヌを見る。露出は確かに減っている。前の鎧としての意味がまるでないビキニアーマーよりは鎧の意味を成している。

 胸だってちゃんとプレートで守られている。

 だが腹や内腿が丸出しだ。その白く柔らかそうな肌をしている腹と内腿に目がいく、男なら当然だよね

 

「なに?どうかした?」

 

 腹と内腿を見ていたなどと言えるわけもなく、さりげなく目を外す。

 

「いや、何でもない。そうだ。忘れてないだろうな?」

 

「忘れる?・・・あぁ、ここを出たらってやつ?」

 

「そうだ。この部屋を出たらお前はもうクレマンティーヌじゃなくなるからな、ちゃんと名乗る名前と設定覚えてるよな?」

 

「大丈夫、大丈夫、名前はエルネスタ、フェンちゃんのお義姉ちゃんでしょ?」

 

「フェンちゃん言うな、ウォルフの姉だ」

 

「お義姉ちゃんでしょ?」

 

 俺の言う姉となんだかニュアンスが違うようだが大丈夫だろう。などと思っていると

 

「マスター・・・」

 

「どうした?ネル・・・さん」

 

 振り向くと頬を膨らませむくれた顔のネル、この顔はまずい

 

「私の時の偽名よりちゃんとしていませんか・・・」

 

 確かにネルの偽名はただ単純に逆さまにしただけのルネだ。ちゃんとしていないと言われればそうかもしれない

 

「いや、いやいやいや、ほらネルは誰も知られていないでしょ、クレマンティーヌはバレると色々面倒だし、だから全く違う名前にしないといけないし、クレマンティーヌとエルネスタなんて何も共通点無いでしょ、ね!」

 

 必死に言い訳を考える。自ら作り出したNPCとはいえ今生きている全てを作り出したわけではない、ネルとエ・ランテルで数週間暮らして分かったことがある。

 それは意外と嫉妬深いという事、いや他の女性もそうなのかもしれない、アルベドという例もあるがリアルで女性との接点があまりなかったフェンリルには色々と分からないことが多い。

 とある日、冒険者組合の受付嬢に良い依頼を回してもらおうと思い、精一杯褒めていたらそれをネルにナンパしていたと2日ほど不機嫌だった。

 また違う日には、クレマンティーヌに忠誠の印として不意打ちで唇を奪われた際には、ネルの雷が落ちる前にクレマンティーヌはさっさと逃げ出し、自分だけ一晩中正座をさせられ雷をいくつも落とされた。おかげで許してもらう条件に毎日最低1回キスすることで許してもらえた。キスの箇所を指定されずに済んだのはネルのミスで、頬にするたび最初は嬉しそうだったのに段々と不満気になっていったのは目をつぶろう。

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだよ!それにネルって名前は俺が付けたものだ。それを余り弄りたくなかったんだよ」

 

 我ながら上手くない言い訳だがいけるだろうか

 

「そうですよ・・ね・・・そうですよね!私にはマスターから頂いた名前がありますよね!」

 

 いけた!

 一気に機嫌が良くなり満面の笑顔のネル、だが今度はクレマンティーヌの機嫌が急降下している。

 

「何か、私蚊帳の外じゃない?ねぇウォルフ、お義姉ちゃんの機嫌も良くしてぇ」

 

 後ろから覆いかぶさり耳元で囁くような猫なで声で甘えてくる。もう付き合っていられないと少々乱暴に振り解く

 

「もう!出発するぞ!」

 

 ドスドスと怒っているとアピールするようにワザと大股に足音を立てて部屋を出て行く。

 

「ちぇ、また奪おうと思ったのに」

 

「マスターの機嫌が悪くなったのはあなたのせいですよ」

 

「はぁ?アンタが面倒なせいでしょ、自分の機嫌直すためにキスしてもらうなんて、愛されてない証拠じゃないのぉ?しかもほっぺたに」

 

 ほっぺたというワードを強調して挑発するクレマンティーヌに、ネルの目が変わった。

 今この女は何と言った。造物主であるフェンリルにそうあれかしと創造された私を愛されていないだと、心の中に嵐が訪れる。何もかもを薙ぎ倒し吹き飛ばす嵐が

 

「殺すぞ、メス猫がぁ!」

 

「やって見せろよ。黒豚ぁ!」

 

 二人ともその美しい顔を殺意に歪ませ、膨れ上がった殺意が弾け飛び、今まさに殺し合いが始まろうとしたその時、絶対零度の氷柱のような殺意が背中を貫く、それが無理矢理に二人を冷静にさせる。二人の背中から貫いた殺意は部屋自体の温度も急速に下げていくような錯覚さえ覚える。

 

「二人とも、何をしているんだ?俺がいつまでも何もかもを許すと思っているのか?そうだとするなら俺は悲しいな」

 

 部屋の出入り口に先程、出て行ったはずのフェンリルが静かな怒りを灯らせた目で二人を見ていた。

 ネルとクレマンティーヌは震えた。絶対である主に殺意を向けられていることもそうだが何よりも、忠誠を誓った主を悲しませてしまっている。この事実が二人を現実に引き戻した。

 

「も、申し訳ありません・・・」

 

「ご、ごめん」

 

 謝罪の言葉を口にし俯く二人だが、これで許されるとは思っていない、思えない。たとえここで捨てられようとも仕方がない。泣いてすがる事は許されないだろう。

 罪人が首を刎ねられるのを待つような沈痛な面持ちの二人に、しまったと思った。だがここで簡単に許してしまっては元の木阿弥だろう、ならここは条件付きで許すのが良いのだろうか、こういう時に主として立派に上に立つモモンガがすごいと心の底から尊敬する。

 本当に、この雰囲気を作ったのは自分だが怒り慣れていないから胃が痛い、これがモモンガさんの言っていた胃の痛みか、本当に尊敬します。

 沈黙が続く中、まずいよなぁ、とか、これからどうしようとか、ぐるぐると考えていると意を決し、自らを落ち着かせるために

一つ息を吐き、態度を和らげる。

 

「はぁ、今回だけだ。もう無理に仲良くしろとは言わないが、二度と俺の前で醜く争うな。分かったら顔を上げて出発するぞ」

 

「「はい」」

 

 二人の下がった気分はそう簡単に上がるわけもなく、フェンリル達は気まずいまま帝国へと出発することになった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

 その日の天気は雲一つない快晴だった。

 バハルス帝国、帝都アーウィンタール

 この帝都に入るための門、その横には2階建ての建物がある。

 検問所、ここは皇帝ジルクニフの大改革によって、国の歴史上最大の発展を遂げていく中、日々多くの物資や人材が流入に目を光らせている。

 

「なぁ、あれなんだ?」

 

 検閲所の2階で寛いでいた兵士の一人が何かに気付き、隣で同じく寛いでいた同僚に話し掛けた。

 

「あぁ?どれだよ」

 

「ほら、あれだよあれ」

 

 窓から示された先を見るとこちらに向かって進む幌馬車が一台、それ以外は特に異常はない。わざわざ話し掛けて来るからなんだと思えば

 

「ただの馬車だろ」

 

「良く見て見ろって、幌馬車に比べて馬が大きくないか?」

 

 もう一度よく目を凝らして見て見ると、確かに普通の馬より遥かに大きい、それに足の数が多い

 

「まさかスレイプニール?おい今日、貴族が来る予定あったか?」

 

「いや、そんな報告聞いていないぞ。それに貴族が来るなら護衛が付いてくるだろう」

 

 もっと言うなら幌馬車などではなくもっと作りのしっかりした馬車で来るだろう。スレイプニールという馬に似た魔獣は非常に高価なもので並みの金持ちでは手を出す事すら出来ない。そんな魔獣が引いているのが高級な馬車ではなくただの幌馬車というアンバランスさが異様だ。

 

「ではあれは何だ?」

 

 そんな疑問など関係なしにスレイプニールの幌馬車は検問所の前へと到着する。

 検問所の近くに居た一般の人々はその走ってくる姿を見るなり到着する前に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。すると外に居た兵士はもちろん、検問所内に居た兵士たちも混ざり総勢十名でスレイプニールを取り囲む。

 巨大な大人四人が手を繋いで一周する胴体は引き締まり、足の一本一本の太さは巨体を支えるには十二分でその足から繰り出される蹴りは今ここにいる兵士など一撃で死を招くだろう。全身を包む艶のある漆黒の毛並み、成人男性の胴回りより太い首に生えた風になびく鬣は王者の風格すら覚え、兵士たちを遥か頭上から見下ろすその黒真珠のように輝く眼には兵士たちに囲まれてなお怯えは見えず自らが強者であるという自信が見える。これがスレイプニールの王だと言われれば百人が百人「そうだ」と言うだろう。

 その異様なまでの風貌は周囲の者を圧倒していた。

 兵士たちはスレイプニールを見たことが無いわけではない、皇帝の乗る超高級馬車を牽引しているのを何度か見たことがある。だがこれほどまでに巨大なものは見た事が無い。

 スレイプニールがフンッとひと際強く鼻息を吐き出すと兵士たちが一斉に武器に手を掛けた。いつ暴れだしても対処できるように臨戦態勢を取る。

 だが兵士達の誰もがこの魔獣と戦った所で勝てるとは思っていなかった。戦いが始まる前特有のピリピリした空気が漂う、それを察知したスレイプニールがグルルッと低くうねり声をあげる。

 それを壊したのはスレイプニールの巨体の後ろに隠れていた少年の声だった。

 

「どうどうどう」

 

 いや隠れていたのではない皆、スレイプニールに目を奪われ見えていなかったのだ。

 御車台から降りてきたのは見事な真紅の鎧を着た銀髪の少年、少々興奮しているスレイプニールを落ち着かせるように優しく少年の頭上にある脇腹を撫でる。

 敬愛する主人に撫でられたことによりスレイプニールは落ち着き、それを見ていた兵士の一人が少年に尋ねる。

 

「こ、これは君の馬かね・・・」

 

 すると馬と呼ばれたことに反応したのか、その兵士を睨み不機嫌そうに鼻息を吐き出した。

 

「ひっ!」

 

 うかつな言葉を吐いた兵士は短い悲鳴を上げる。それを見ていた周りの兵士は驚いた。この魔獣は人の言葉を理解したのだ。なおかつ人の顔を判断し自らを馬と呼んだ無礼者を睨んだ。それほどまでに高い知能を有しているという事だ。

 

「どうどう、そうですよ。スレイプニールの黒帝号です」

 

 黒帝号と呼ばれたスレイプニールは機嫌を直したのか所長を睨むのをやめ主人に撫でられるのを堪能する。その姿は大人しい馬と何ら大差はない

 

「それで君は一体何者だ?」

 

 何者だと尋ねられた少年が答える。

 

「ウォルフ、ウォルフガング=ロイエンタール、冒険者をしています」

 

 ウォルフと名乗ったフェンリルがにこやかに笑う。少年らしい無垢な笑顔に兵士は男色の気は無いのに目を奪われた。本人は冒険者と言ったが、傷一つ付いていない美しい顔立ちは演劇で二枚目俳優が演じる貴族そのものだ。

そうであればその見事な鎧を着ているのにもうなずける。

 

「そうか、では色々聞きたい事もあるのでこちらに来てもらってもよいだろうか」

 

 相手に警戒を与えないようなるべく柔らかい声で言う。もしかしたら上ずっていたのかもしれない、しかしフェンリルは快く返事をする。

 

「えぇ、良いですよ。ルネ!姉さん!一緒に来てくれ!」

 

 呼ばれて幌馬車から降りてきたのは二人、一人は妖艶な雰囲気を纏わせたダークエルフのルネと呼ばれたネル、もう一人は金髪の可愛らしい笑顔を浮かべたクレマンティーヌ、いずれも兵士たちの目を奪うには十分な魅力を持っていた。

 

 「ねぇ~まだ入れないのぉ~私疲れちったぁ~」

 

 するとフェンリルの所まで来ると笑顔を浮かべていたクレマンティーヌが後ろから覆いかぶさるように抱き着き、耳元で

 

「・・・面倒だからぁ、みんな殺してあげよっか」

 

 と物騒なことを囁く、その顔は兵士たちからは見えないが先程までの笑顔よりも良い笑顔をしていた。他者の命を何とも思っていない邪悪で無邪気な子供の様な笑顔だ。

 そのトラブルしか生まない提案に呆れるフェンリルよりも早くクレマンティーヌを引き剝がしたのはネルだった。

 

「早く離れなさい!」

 

 一瞬、むっとしたクレマンティーヌだがフェンリルの前で喧嘩をするわけにはいかない、少ない我慢を行使して苛立ちを抑え、わざとらしく手を上げてみせる。

 

「はいはい、離れましたぁ。これでいいでしょ~」

 

「なっ!くぅううう!」

 

 その態度にネルは眉をひそめたが歯を食いしばり苛立ちを抑える。

 それは何も知らない兵士達にはただの痴話げんかの様に見えた。いや実際はそうだがフェンリルはため息を吐くと二人の頭を軽く小突いた。

 

「「いたっ」」

 

「行くぞ、さっさと手続きを終わらせて宿屋で休もう。・・・そうだ。質問は俺が答えるから余計な事を言わないように」

 

 無用なトラブルを起こさないように二人に特にクレマンティーヌに釘を刺す。

 

「は~い」

 

 クレマンティーヌのすねた様な気の抜けた返事に本当に大丈夫なのか一抹の不安が残るが検問所横の建物へと向かう。中に入るといくつか並べられた椅子があり、そこへ座るように指示された。その間に外では幌馬車の中を恐る恐る調べている。

 

「では名前と出発した場所を」

 

「ウォルフガング=ロイエンタール、エ・ランテルから来ました。こっちが仲間のルネでこっちが姉のエルネスタ=ロイエンタールです。これが紹介状」

 

 一つの丸められた羊皮紙を差し出す。それを開くとエ・ランテルの冒険者組合から発行されたものであり、組合長であるアインザックのサインに偽造防止の印も押されている。

 内容は特筆すべき点もない本当にただの紹介状、帝国の冒険者組合に宛てたものだ。

 

「ふむ確かに本物だ。でここに来た目的は?」

 

 確かにこれは本物だ。それに冒険者が拠点を変えるのはそう珍しくはない、だが目の前の三人からは冒険者特有のギラギラしような危険な雰囲気を感じない。礼儀正しく物腰の柔らかい者がいないわけではないが大抵そういう者は出自のしっかりした教育を受けた者が多い、それ故に実は何か訳ありの、それこそどこかの大貴族の隠し子というトラブルの元になるのではないだろうか、と兵士は怪しんだ。

 

「修行です」

 

 冒険者が修行とは、ますます怪しい

 

「そうか、ではプレートを見せてくれ」

 

 修行中と聞いて、せいぜい鉄が良い所だろうそう高をくくっていたが、鎧の中にしまわれていた物を取り出し差し出されたのは

 

「これは・・・オリハルコン!まさか!」

 

 裏を見ると二つ名の真紅の稲妻とウォルフガング=ロイエンタールの名が記されている。

 兵士の受け取った手が震える。実力社会である冒険者においてこれを偽造など出来るはずがない。

 

「し失礼しました」

 

 兵士の疑惑の目は強者への尊敬の眼差しとなり、態度もそれに準じたものになった。恭しく返されるプレートを受け取りと首にぶら下げる。

 

「まだ残っている手続きは?」

 

「いえ!もう行っていただいて構いません!」

 

「え?本当に?」

 

 立ち上がり直立不動で敬礼する。本来ならこんなことは一冒険者にするべきではないが、強者への尊敬がそうさせた。

 

「はい!」

 

「そうですか、では・・・あっどこか良い宿屋を知らない?三番目位に」

 

 

 

 

「ん~なかなか良い部屋じゃない~」

 

 鎧を脱ぎ、大きく柔らかなベッドを一人で堪能するクレマンティーヌが評したように兵士に紹介された宿屋は確かに良い宿屋だった。

 

「そうでしょうか?」

 

 ナザリックの部屋を知るルネは別の評価を下した。

 同じ部屋という注文で用意されたのは三人で過ごすには十分な広さを持つ部屋に文句はない、置かれている調度品も一流とまでいかないが良い物だと思う。だがベッドが一つというのには不満がある。大人三人寝るには十分な大きさだが、おそらく宿屋の主人が気を利かせてくれたのだろうが、それはいらなかった。

 フェンリルが椅子に座り目の前のテーブルの上には持っている路銀の全てが種類分けされている。

 

「えっと、金貨で54枚、銀貨が73、銅貨94・・・」

 

 まだこの世界の貨幣というものに慣れないフェンリルは頭の中で一度日本円に換算しなければ正しい価値がつかめない。

 モモンガさんが言うには全ておよそだが1銅貨が1000円、1銀貨で1万円、1金貨で10万円、ここにはない白金貨が1枚100万円、つまりここには622万4千円あるという事だ。

 三人で普通に1年暮らすには十分な大金だが、オリハルコン級冒険者として暮らすには心許ない金額になってしまう。モモンガさんが宿屋にかかる金は無駄だと言っていた事が骨身に染みてくる。

 位の高い冒険者になればなるほどそれなりの生活をしなければならない、そうすることで他の冒険者の憧れとなりそうなりたいと思わせる。もしトップとなる者がみすぼらしい生活をしていればそうなりたいと思う者など現れるわけもなく冒険者組合としても困った事態になるわけだ。

 より高難度の依頼を受けるためにモモンガと協力してオリハルコンになったのにまさか生活水準まで上げる必要が出て来るとはとんだ落とし穴だった。

 その為、今の手持ちでどれくらいそれなりの生活は維持し続けられるか計算してみる。

 この宿屋が朝と夕食が付いて一泊一人5銀貨、これで一日15銀貨の消費、と銀貨の山から消費される分を一枚ずつ右手で取り、左手に移していく。

 飲食不要のモモンガよりさらに面倒なのがこちらは飲食が必要なので余計に金が掛かってしまう。

 店によるがオリハルコン級冒険者となれば、やはりそれなりの店に行かなければならないのだろう。なるべく食事はこの宿屋で取るとして昼食代を以前食べた時の事を参考にして二人で一日1銀貨としてみよう、だがここで問題が出てきた。それはフェンリルの身体はひどく燃費が悪いという事だ。人化でパワーダウンしてる分、食事量は落ちるがそれでも一食平均10㎏は平気で食べる。

 昼食で前に二人の5倍は食べたので軽く5銀貨、いやそもそもこの宿屋の食事で事足りるのだろうか、そうするともっと食費が掛かる下手をすると20銀貨は飛んでいく。

 となると一日36銀貨、雑費として1枚追加して左手には37枚の銀貨が小さな山を作っている。

 これを日本円に換算すると37万、37万円?

 

『37万!?ざる計算だとしても高すぎるだろ!』

 

 そんな生活していては1か月も持たない。そして今まで自分がどれほどセレブ生活をしていたのかが分かり、ここでの生活の仕方を考えなければならないとフェンリルは頭を抱えた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

「ところで聞きましたか?」

 

 皇帝執務室で行われていた帝国の行く先を決める熱い討論の休憩中にニンブルが閑話休題として隣に投げかけた。

 

「何をだ?」

 

 投げかけられた人物の名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、バハルス帝国皇帝にして鮮血帝と呼ばれる若き皇帝だ。

 

「今、巷である話題が上がっていまして」

 

「ほう、どんな話だ」

 

「何でもつい三日前にエ・ランテルからとある冒険者がこの帝都に入ったそうで」

 

「冒険者?何も珍しいことではないだろう」

 

 普段から人の出入りが激しい帝都だ。冒険者が一日に百人入ったところでなにも驚かない。

 

「その冒険者は巨大なスレイプニールと美女二人を連れていたそうで」

 

 いかにも民の好きそうなまるで演劇の話だ。

 

「ほう、スレイプニールと美女二人とはさぞかし羽振りの良い者なのだろうな」

 

 並の貴族では到底手に届かぬほどの魔獣を連れているとは、よほど腕の立つ者か大貴族の息子だ。だがわざわざニンブルがその程度の話をここでするとは思えない。

 

「それだけではありません。この冒険者が問題なのです」

 

「問題?どうせ粗雑な者で美女と野獣だとでも言うのか?」

 

 ニンブルは首を横に振る

 

「いえ、美しい銀髪をした年端も行かぬ少年で、芸術品の様な真紅の鎧を纏っているとか」

 

「なんだそれは、新しい演劇の話であったか?」

 

「いえ、私も信じられませんでしたがどうやら事実のようです」

 

 にやりとジルクニフが笑う。わざわざ話すという事はある程度調べているようだ。

 

「名は何という」

 

「ウォルフガング=ロイエンタール、年は18と若いですがオリハルコン級冒険者のようです」

 

「ほうオリハルコンか、その男見て見たいな。」

 

 帝国は、ジルクニフは、常に人材を欲している。わずか18でオリハルコン級冒険者となる程の実力者であるならば帝国最強の四騎士に並ぶ程の逸材、いやそれ以上になる可能性を持っているならばこの手に欲しい。

 

 

 

 

 帝国に来てから四日、到着の翌日には組合に挨拶がてら依頼を探してみたが目ぼしいものは無く、オリハルコン級冒険者にふさわしい依頼は今は無いという返事をもらった。

 その旺盛な食事ぶりに二人に「見ているだけで胸やけがしてくる」と断られ、一人でフェンリルが百舌鳥亭で二度目の夕食を食べていると、急に店が混み始め一人の男が入ってきた事で周囲の気配が変わった事に気付いた。

 

「ここ、よろしいですか?」

 

 原因の男がにこやかに話し掛けてきた。

 

「どうぞ、連れもいなくて寂しく食べていたので」

 

「そうですか、私も一人で来たのでちょうど良かった。料理が来るまで話をしませんか?」

 

 にこやかに微笑みを浮かべる男の服装を見れば平民が着る物と変わりは無いが、わずかに見えるアクセサリーからはわずかながら魔力を感じる。

 非常に緊張した面持ちで店員が男から注文を取ると奥へと下がっていく、店員が緊張するのも仕方が無いことだろう何しろこの帝国の皇帝ジルクニフなのだから 

 

「それにしてもすごい量を食べますね」

 

 フェンリルの前には半分ほどまで食べられた山盛りの料理、それが面白いぐらいにフェンリルの胃袋へ収まっていく

 

「体が資本だからね。いざという時に腹が減って動けないじゃ話にもならない」

 

 いくらなんでも食べ過ぎだろうとジルクニフは思った。

 

「という事は、お仕事は冒険者ですか?」

 

「そうだよ。まぁ飯屋に鎧を着ている奴なんか冒険者位しかいないでしょ?」

 

 この店で武器を腰にしている者は幾人か居るが、鎧を着ている者はフェンリルだけだ。

 

「たしかに、それにしても見事な鎧ですな、さぞかし名のある名品と見た」

 

「身に着けた者に力を与えあらゆる災厄から守ると言い伝えられている先祖伝来の鎧さ」

 

 もちろん嘘だ。先祖伝来という程の歴史も当然あるわけない。

 だがジルクニフはほう、と頷いた。長い歴史を誇る帝国でもこれほど見事なまでの鎧など見たことが無い。やはりただの冒険者などではない。さぞかし名のある名家の出身であると予想を立てる。

 

「ところで、さっきからこっちをうかがっているのはアンタの仲間かい?」

 

 まるで今日の天気でも言うようにさらりと言われた言葉にジルクニフは驚いた。表情には出さないがなぜ分かってしまったのかと、

 

「う~ん、店内に3・・・いや4人、店の外に8人ってところか」

 

「何をおっしゃっているのか分かりませんが」

 

 数も合っている。なぜ分かったのか素直に聞きたいところだがそんな事聞けるわけもない。店内にいるのはいずれも客に変装した帝国きっての変装の名人ばかりで、見事に客に溶け込んでいる。

 

「そうか?じゃあ試してみるか」

 

「なにを―――」

 

 目にも止まらぬ動きだった。テーブルの上に置かれていたナイフが消え、ナイフの背がジルクニフの左の首筋に当てられている。周りの客が気付くよりも早く反応した者がフェンリルの言った数と同じ4人いた。

 それを見たフェンリルは満足した顔でナイフを他の客が気付く前にまたも目にも止まらぬ速さで元置いてあった場所に置くと立ち上がり

 

「何を目的に近づいたのかは知らないが、今度からはもっと上手くやるべきだな」

 

 そう言い残し店員に勘定を払うと店を出て行った。

 後に残ったジルクニフはフェンリルの姿が見えなくなると、どっと額から汗が流れ出た。

 帝国の権力争いから幾度も死にそうになったことはあったが今のは死んだと思った。

 何もかもあの男の手のひらだったという事か、だが幸いなことに自分の身分までは分からなかったようだ。考え込んだままピクリとも動かないジルクニフを心配した護衛の4人が傍にやってきた。

 

「お前達、今の動きは見えたか?」

 

 4人が互いの顔を見たが誰も見えた者はおらず、首を横に振った。

 

「いえ、あまりにも速過ぎて―――」

 

「そうか、あの男はお前達いや店の外で隠れていた者全てが分かっていたぞ」

 

「まさか、そんな」

 

 4人は信じられないと言った顔をした。

 

「城へ戻るぞ、あの男に着けた尾行もすぐに戻させろ。不興を買うわけにはいかん。城に戻ったら執務室にニンブルを来させろ」

 

 

 慌ただしくジルクニフが城へ戻ってから約30分後

 

「失礼します陛下」

 

 ニンブルがドアをノックし応答を待たずに部屋に入る。中ではジルクニフが考え事をしていた。

 

「来たかニンブル、早速だがたしか近隣の村にモンスター被害を訴えていた所があったな?」

 

 帝都から北へ人間の足で3日程の距離にあるコルヘ村に大規模なモンスター被害が出た。 

 

「はい、討伐軍の編成が終わったところで明日には出発しますが」

 

「そこにウォルフガング=ロイエンタールをねじ込め」

 

「なぜと聞いても?」

 

 大規模と言っても十分に軍で対処できる案件だ。そこに冒険者を組み込むと兵の士気にもかかわってくる問題だ

 

「先刻会いに行ったのだ。想像以上の男だったよ。なんとこちらが客に紛れ込ませていた兵、全てが見通されていた。あの男の実力が見たい、お前も同行して見極めてこい」

 

 この程度で四騎士の一角を担うニンブルが出ることはないが皇帝であるジルクニフに命令されたのでは行かないわけにはいかない。

 

「分かりました。では、いかほどで依頼を出しますか?」

 

「そうだな、私財から金貨で百枚出そう。これならオリハルコン級の依頼に見合うだろう」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

 沈む夕日に赤く染められた大地を帝国の騎兵隊が駆けていた。

 軍馬の群れは何かに追い立てられるようにいつもよりも速く走っている。

 背には乗り慣れているはずの兵士が振り落とされないようにしがみついていた。

 この異様な状態は帝都を昼前に出発して少ししてからだった。いつものように整然と行進していると後ろからついてきた黒帝号が唸り声を上げたと同時に騎兵の命令を無視して軍馬が急に走り出した。そこからネルが軍馬に速度向上などの強化魔法を掛け休みなく走らせ続けた結果、丸一日かかる日程を半日以下で済みそうだ。

 後ろから追い立てて来るもの、黒帝号は軍馬を威嚇しながら走る。

 もっと速く走れ、足が折れようと、心臓が裂けようと、もっともっともっと、もっと速く走れ、我が主を戦の場へと赴かせる為に、そう黒帝号が張り切り走っている後ろで当の主人は悩んでいた。

 

(やっぱり、怪しいよなぁ)

 

 今朝、突然舞い込んできた名指しの依頼、依頼主の身元ははっきりしているし依頼内容もモンスター討伐、場所も帝国の領土内で他国と争っている場所ではない、報酬も申し分ないどころかおいしい。

 だが昨晩の事が引っかかる。誰か知らないがこっちに探りを入れてきた者が接触してきた翌日に指名の依頼、タイミングが良すぎる気がする。

 しかし依頼主が依頼を出しても良い人物なのか内偵してきたとも思える。

 時折、本人は分からないようにしているのだろうが、何かをうかがうように依頼主である帝国四騎士の一人ニンブルが見てくるのも気になる。

 

(モモンガさんに相談してみるか?でも今さら聞くのもなぁ)

 

と一人悩んでいると

 

「ウォルフ殿、村が見えてきました」

 

 ニンブルに声を掛けられ、前を向くと目的地の村があった。

 

 

 

 

 

 夜の帳に包まれた村は痛々しい襲撃の跡を残しているだけだった。

 先遣隊によって検分は済んでおり、食い散らかされた残飯のように残っていた人の残骸は死霊を発生させないように一か所に集められ燃やされた。

 命からがら帝都に知らせた村人には残念だが痕跡を見る限り他の村人は絶望的だろう。

 明かりのない家の中を、光りを発する魔法石のランプを借りてフェンリル達が見て回る。

 

「どう思う?」

 

 村を見て回っての問いにクレマンティーヌは血が飛び散った壁を興味なさげに見ながら

 

「特に珍しいことじゃないからねぇ、ご愁傷様って感じ?」

 

 ネルは一考すると

 

「そうですね、一匹のモンスターなどではなく複数のモンスターと言った所でしょうか」

 

 襲撃でメチャクチャになっている部屋をとある探偵の様に隅々までフェンリルは見るが襲ったモンスターなど予想がつかない。

 ユグドラシルで数えきれないほどの冒険とモンスター退治をこなしたが、襲撃の痕跡を調べるなんてしたことが無い、いやそこまで再現されていなかった。

 一通り見て回ったところでフェンリルはまるで分らなかった。

 

(分かる訳ないじゃん。こういう頭使う系の事苦手なんだよなぁ、爪痕とか見ても大きいとか小さいとか位しか分かんないし、何かホラーゲームやってる気分)

 

「ネル、モンスター探知系魔法で村の周囲に結界を張ってくれ」

 

「分かりました」

 

 ネルが結界を張り終え、家を出たところでフェンリルが足を止める

 

(あっ、手を合わせておくか、南無南無)

 

 いくつもこういった場面を見てきたニンブルは慣れるものではないと思っていると、凄惨な現場に手を合わせているウォルフが目に入った。

 

「何をしているのですか?」

 

「ん?祈っているのさ、死んでしまえば皆仏って俺の国では言うからな」

 

 見た事のない祈りの仕方だが、死者に祈りを捧げる姿にニンブルは好感を持った。

 

「優しいのですね」

 

「そうか?普通の事だろ」

 

 そう言いながらもフェンリルは不思議に思っていた。本来の獣の姿の時には特に大した感情も湧かなかったのに今は同情している。モモンガも言っていたように心が身体に引っ張られているのだろうか

 

「ウォルフ、来ました。オーガ3、ゴブリン30」

 

 ネルが結界に引っかかったモンスターの襲来を短く告げる。それに頷くフェンリル

 

「お仕事しましょうかね。エルネスタはゴブリンをルネは周囲の警戒を、何かあったら連絡してくれ」

 

「分かりました」

 

「ひっさしぶりの狩りだぁ」

 

 嬉しそうに腰のスティレットを抜く。

 透き通る翡翠色の刀身に金の装飾が施されたユグドラシル製の新しい刃、この世界の未だ見ぬ技術で作られたかつてのスティレットはフェンリルを通してナザリックに贈られた為、フェンリルが作らせた鎧と共にモモンガから贈られたものだ。

 モモンガからしてみれば未知の技術をユグドラシルでかつてドロップした自身では使う事の無いレリックアイテムで手に入る良い取引だった。

 クレマンティーヌにとっては特別製ではあったが献上するすることでより強い、それこそ伝説級の剣が手に入るならば安い取引だ。

 獲物はゴブリン30匹と少々物足りないが、存分に力を振るって良い相手だ。

 顔が裂けたように笑うクレマンティーヌ

 

「言っとくが普通に倒せよ」

 

「大丈夫、大丈夫、普通に殺すから、ふ・つ・う・にぃ」

 

 可愛らしい笑顔がフェンリルに向けられる。それが心配なんだと頭が痛くなってくる。

 

「はぁ、まったく、ニンブルさん先に行きます」

 

「いったいどこへ」

 

「依頼された通りモンスターの討伐に。それでは、遅れるなよエルネスタ」

 

「まっ」

 

 ニンブルが呼び止めるよりも早く、フェンリル達は襲い来るモンスターの元へ走り去ってしまった。残ったネルはニンブルを無視してより襲撃を感知しやすい場所へと移動し、残されたニンブルが警戒に当たっていた兵によってネルの言っていた襲撃の知らせを聞いたのはそれから少ししてからだった。

 

 

 

 

 

 月明りの照らす大地でゴブリンたちは怯えていた。

 人間の女一人に。

 現れたのは突然だった。前に襲った人間の村に新しいエサが来た。だからオーガ達に気付かれる前に仲間を集め襲撃しようとしていた時だ。

 それは現れた。女だ。綺麗な女、白い肌をした旨そうな女、人間を食うなら女が良いそれも若い女、男は硬く筋張っているのが多い、子供は柔らかく美味いが食べる部分が少ない、だが若い女は子供より少し固いが美味く食べる部分が多い。手を食おうか足を食おうかそう考えるとゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべる、だがゴブリンたちの願いは叶う事は無かった。

 最初は3匹だった。捕まえるために襲い掛かった仲間の頭が空を飛んで地面に落ちた。

 次は女の姿が消え、女の笑い声が聞こえる中、いくつもの仲間の悲鳴が上がった。

 それからは何が起きたのかは分からなかった。

 

「あっはははは、良いよこれ、最高だぁ」

 

 クレマンティーヌは上機嫌だった。

 新たな武器の切れ味は本人の超人的技術と相まって骨すら豆腐のように切り裂き、ゴブリンの半数は斬った翡翠の刃は欠ける事無く朱色の血に塗れていた。

 そしてフェンリルに禁止されて以来の命のやり取りに興奮が隠せないでいた。

 幽鬼の様にクレマンティーヌの身体が揺らめいた。その動きは軽やかでまるで鎧など着ていないかのように速い、次々と上がるゴブリンの悲鳴と血しぶき、草木のように簡単に刈られていく命にクレマンティーヌの顔は笑顔になっていく。

 

「ほらほらほらぁ、死ねぇ、アッハハハハハッ」

 

 簡単には殺さない、1匹1匹丁寧に剣の切れ味を確かめる様に切り刻む。

 手、肘、肩、足首、膝、性器、腹、目、最後に首を切り落とす。

 数が減っていくごとに丁寧に、丁寧に、痛みを苦しみを与える。

 残酷なまでに簡単に殺されていく仲間の姿に本能から湧き上がってくる死の恐怖に動けなくなっていた1匹だけが残った。

 

「ん?あぁアンタで最後かぁ、でも飽きちゃったから逃げていいよ」

 

 左手で、野良犬を追い払うようにしっしっ、と手を振る。

 気まぐれか何かなのだろうが、それで命が拾えるのはありがたいとゴブリンが逃げ出した。心の中にあるのは復讐心、この屈辱を晴らしてやる。

 

「ほらほらもっと死ぬ気で逃げなきゃ、もっともっと逃げて」

 

 クレマンティーヌの足なら簡単に追いつくことが出来るが、あえて追いかけずスティレットに込めれらた魔法を試すことにした。

 逃げる。逃げる。必死で逃げる。あと少しで隠れる場所の多い森に逃げ込める。そう希望が見えてきた時、死神が笑いながら切っ先をゴブリンに向ける。

 その必死の様を見て死神が嗤った。耳まで裂けた様な凶悪な笑み。

 

「ザンゲイル・ウィンドブレイド!」

 

 翡翠の刃が緑に輝くと魔法が発動し、真空の刃が一直線に飛んでいった。

 逃げられた。そう思った瞬間、真空の刃はゴブリンを胴体から切り裂き、上半身だけが森へと飛んでいった。

 クレマンティーヌの新たな武器の名はザンゲイル、日に5回まで込められた真空の刃を飛ばす風属性の中位魔法ウィンドブレイドが使える魔法武器だ。

 

「バッカだなぁ、逃がすわけないじゃん。アンタらは皆殺しって言われたんだからさぁ、って聞いてる奴いないかぁ」

 

 けらけらと笑うその姿は狂人そのものだった。

 その後、凄惨な現場を見た兵士は吐き、恐れおののき、兵士たちの間でエルネスタの名は異常者と恐怖の代名詞となった。

 

 

 

 

 

 暗闇に雷光が三つ横に走った。その跡に残ったのはオーガの死体が3つ、いずれも雷に打たれたように黒焦げになっている。

 

「やっぱり、弱いよなぁ」

 

 ため息をつき、肩を落とす。この世界でいくつかのモンスターと戦ったがいずれもフェンリルを満足させるものは現れていない。

 今や黒焦げのこの世界のオーガも初めて戦ったが今までのモンスターよりもいくつか耐久力はあったが動きに速さが無く、試しに一撃、頭に喰らってみたがレベル差からなのか体感的に一桁のダメージを受けた程度に感じた。その為に一方的に攻撃して終わってしまった。

 剣を納め、とぼとぼと村へ戻っていた所にニンブルが兵士たちを連れてやって来た。

 

「ウォルフ殿!ご無事でオーガ達はどこに」

 

「あぁ、もう退治しましたよ。あ、首持ってくるの忘れた」

 

「まさか、お前達確認をして来い」

 

 オーガ3匹をいくらオリハルコンといえど一人では早過ぎる。

 決して疑うわけではないが確認せねばならない。

 命令された兵士数名が確認をしに走る。戻ってきたその手には額に生えた2本の角が特徴の黒焦げになったオーガの首が3つ下げられていた。

 ニンブルは驚愕した。この冒険者達は異常だ。

 モンスターの接近を誰よりも早く察知したダークエルフのルネ

 銅級冒険者でありながら30匹ものゴブリンをわずかな時間でばらばらに殺戮したエルネスタ

 3匹のオーガをこちらも短時間で黒焦げにしたリーダーのウォルフ

 強過ぎる。異常なほどに。

 彼らの見た目に騙されてはいけないとニンブルは自分に言い聞かせる。

 言葉を間違えてはいけない、間違えて彼らの不興を買うような真似は帝国の不利益になる。それだけはしてはならない。

 

「お強いのですね。ウォルフ殿のチームは」

 

「これくらい出来なきゃ、オリハルコンになれないでしょ?」

 

 ニンブルは耳を疑った。

 オーガは大きな体と強靭なパワーと防御力を誇るモンスターだ。その強さは1匹討伐するのに訓練された兵士が20人は必要だ。それも犠牲が半数出る事を覚悟でだ。

 それをこれくらい、オーガ3匹をこれくらいと言った。

 普通の冒険者ならもっと自慢げに自分の強さを誇る様に言ってくる、それをさも当然のことのように言うフェンリルの底知れない強さに恐ろしいと思った。

 

「う、ウォルフ殿はなぜ冒険者になられたのですか?これ程お強いのであれば士官など容易いのでは?」

 

「士官?士官ねぇ、考えた事もなかった。俺はこの世界を色々見て回りたいし、より強い者と戦ってみたい。だから冒険者になったし誰かの下に就く気もない、今のところはね」

 

 フェンリルの嘘偽りのない心、何者にも縛られる事無く自由に世界を旅を冒険をしたい。それよりもニンブルは士官をする気は今のところない、という言葉にジルクニフに報告することが出来たと考えた。もっと何かを引き出さねば些細な事でも良い

 

「自由ですか、では、何か欲しいものはありませんか?」

 

 欲しいものと聞かれ考える。

 

(欲しいものか、武器も防具もあるし・・・あっ宿代が馬鹿にならないから賃貸の部屋とか良いなぁ)

 

「家かなぁ」

 

 ぽつりと出た言葉にニンブルが食いつく。

 

「家ですか?帝都の宿ではご不満が?」

 

「いや宿ばかりだと金が掛かるからね。それに自分の部屋っていう落ち着く場所が欲しいかな。あっ、ニンブルさん有名人なんでしょ、良い物件知らない?3人で暮らすから広さは適度に部屋は一人一部屋欲しいので最低3つ、あと場所はなるべくなら治安が良さそうな所かな、そんな感じの物件ないかな?せめて相場だけでも知りたいんだけど?」

 

「申し訳ありません。今心当たりが無いのですが帝都に戻ったら私の伝手を伝って何か良い物件がないか調べてみましょう」

 

「本当に!?いやぁありがとう。組合にも聞いてみるけどさ、物件探すなら住んでる人にも聞いてみないとね。借りが出来ちゃうかもな」

 

 あははと笑うフェンリルに笑顔でニンブルは頷きながら良い情報を聞いたと心の中でにやりとした。

 そして借りを作るためにもジルクニフに報告し怪しまれない程度に良い物を紹介しなければ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 依頼完了から2日後の昼、戻ってから物件探しをしていたフェンリルはニンブルが皇帝ジルクニフと繋がっているなどと考えもせず紹介したい物件があると呼ばれネルとクレマンティーヌを連れ喜んで出て行った。

 ニンブルに紹介された物件は、帝都で貴族が住む区画にある屋敷の様な外観をしている綺麗で真っ白な壁が特徴の3階建てのフラットマンションだった。

 中を見て見ればワンフロアに一部屋で4人が暮らせる広さを持った部屋が四つ、望んでいた一人一部屋、3人で暮らすには広すぎるくらいだ。外壁や中が痛んだ様子もないそれどころか組合に紹介された物よりも全てにおいて数段以上に良い物件だった。

 3人とも気に入ったのだがただ気になるのは隣人というよりも誰も住んでいないことだ。

 その理由を聞くとニンブルはにこやかに答えた。この建物自体を賃貸するのだという。

 この建物は地方に領地を持つ貴族が会議などが行われている間、帝都で過ごすための家、町屋敷だったが持ち主が没落し借金の方として売りに出されたのをニンブルの親戚が買い、使っていなかったのをその縁で紹介したのだという。

 もちろんニンブルにそんな親戚はいない。

 だが元貴族の持ち物だったというのは本当だ、いや正確に言うならジルクニフが鮮血帝と呼ばれる切っ掛けになった改革の際に粛清された貴族の町屋敷を没収した物だ。それを市民に貸し出そうとしていたのを取りやめフェンリルに貸し出そうとしているのだ。

 くれてやってもジルクニフには良かったが譲渡する理由も無くそんなことが出来るはずもなく、あまり欲を出して近づきすぎれば怪しまれてしまう。

 そんな裏側などを知らないフェンリルにはたしかに良い物件だった。1年後に家主が使うという期限付きの条件で家賃も金貨10枚でかなり安い。

 そんな普通なら考えられない好条件にようやくフェンリルはこれは不味い事態なのではないかと考えた。

 よくよく考えれば帝国四騎士とわざわざ呼ばれるくらいなのだから皇帝と繋がりどころか面識を持っていて不思議ではないというよりあって当然だ。

 という事はあの名指しの依頼は何か裏があった。ここでフェンリルは不味いと思った。

 ニンブルに一度考えさせてくれと言い答えを保留し別れるとフェンリルは急いで宿に戻りモモンガにメッセージを送った。

 

 

 

 

 ナザリック9階層

 

 モモンガがコキュートスにリザードマンの村へ襲撃を命令し、執務室で書類仕事をしていると

 

〈モモンガさん、今大丈夫ですか?〉

 

「ん?」

 

 メッセージの声はフェンリルだ。久しぶりに聞いた友の声に手が止まる。

 

〈どうしました?〉

 

 滞りなく進んでいた仕事の手が突然止まったのを見て隣に居たアルベドが何かあったのだろうかと不安げに声を掛けた。

 

「アインズ様どうかいたしましたか?」

 

「フェンリルさんからメッセージが入った。少し集中する」

 

 静かに頷くと一歩下がる。そして表情には出さず心の中で呪詛を吐く。

 

(なぜナザリックを出て行った者がアインズ様に連絡を取る事が許される。友であるというだけで真の名を呼ぶことを許されているだけでも憎いというのに・・・)

 

 外へ漏れ出さぬよう憎しみの炎を静かに燃やすアルベドに気付かずモモンガは久しぶりの友との会話を楽しむ

 

〈―――なんてことがありまして〉

 

〈はははっ、それは大変ですね〉

 

〈そうなんですよ。ちょっとあの二人仲悪いんですよね・・・で、あの、実はですね。ちょっと相談がありまして・・・〉

 

 声のトーンが一段下がる。

 それに何かあったのかとモモンガは心配になった。

 

〈どうしました?私でいいなら相談に乗りますよ〉

 

〈実はちょっとまずいことになりまして〉

 

〈まずいこと?〉

 

〈帝国の皇帝に興味をもたれちゃったっぽい〉

 

 可愛く言われた爆弾にモモンガは一瞬理解できなかったが、無いはずの脳に言葉が滲みると絶叫に近い声を上げて立ち上がった。

 

「えぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 聞き慣れない主人の絶叫にアルベドは目を見開いて驚いた。

 

「ア、アインズ様?」

 

 驚きが沈静化され冷静になると咳払いをする

 

「すまない、今のは忘れてくれ」

 

「わ、分かりました」

 

〈ぽいっじゃないですよ!まさか正体がばれたんじゃ〉

 

 フェンリルの正体がばれたとなるとナザリックとの繋がりもどこからか漏れているかもしれない。そうなってしまったら

 

〈まだ正体はばれてない・・・はず・・・です。どういう経緯で興味を持たれたのかは分からないですけど、今かなり良い物件を紹介されていまして〉

 

〈物件?家買うんですか?〉

 

〈いや、宿代が馬鹿にならないのでどこかに良い賃貸でもないか、とニンブルって人に軽く言ってみたら貴族が持っていた3階建てのマンションみたいなの紹介されて〉

 

〈マンション?それなら別に―――〉

 

 冒険者としてそれなりの地位にあるならそれ位なら許容範囲ではないのだろうか、それがなぜ帝国皇帝につながるのだろうか

 

〈いやそれがワンフロアじゃなくて、その建物丸々何ですよ。しかも家賃が金貨10枚のかなりの好条件〉

 

〈え!?マンション全てですか!?それは怪しいですね。でもそれが皇帝につながるというのは飛躍し過ぎじゃ〉

 

〈それが、さっき言った紹介してきた人が帝国四騎士の一人なんですよ〉

 

〈帝国四騎士?いかにも凄そうな名前じゃないですか!絶対皇帝と繋がってますよ!〉

 

〈ですよね~、ごめんなさい〉

 

 なぜ皇帝が活動していなかったフェンリルに興味を持ったのかは謎だが、このまま何も手を打たずに飛びつくのは危険だろう。

 

〈もう!こっちで話をしてみますから待ってて下さい〉

 

〈すいません。お願いします〉

 

 ふぅと一息つくとアルベドに命令を下す。

 

「アルベドよ、デミウルゴスをここに呼べ」

 

 

 

 

 

「―――という訳なのだが、デミウルゴスよ。お前ならどう対処する?」

 

 ふむとモモンガから聞いた話を整理し、少し考える

 

「そのまま受けてよろしいかと」

 

 怒られると思っていたモモンガは意外な言葉に聞き返した。

 

「なぜそう思う?」

 

「皇帝がフェンリル様に興味を持ったのは、おそらくその見目麗しい容姿とかけ離れた強さかと、皇帝が耳にするほどですので帝都ではすでに噂なっているはずです」

 

 確かにフェンリルのウォルフとしての容姿はエ・ランテルで強さよりもすぐに有名になった。帝国に行くとの話が広がった時には多くの女性が泣いていたのを覚えている。

 

「アインズ様、失礼をご承知でお聞きしたいことがごさいます」

 

「良い、フェンリルさんのことであろう?」

 

「はい、フェンリル様とはいったい何者なのでしょうか?アインズ様のご友人であり歴戦の勇者であることはお聞きしました。ですが未だ何かを御隠しになっていられるのかと、例えば人狼でありながら常に獣人形態で居続けられることなど」

 

 沈黙、それはデミウルゴスにとってとても長く感じた。

 主人の友人を疑うなど激高されても仕方がないことと考えているからだ。だがそれでも聞かずにはいられなかった。フェンリルの無謀な行動はナザリックひいては主人の不利益につながるからだ。

 だがこれはデミウルゴスだけでなくアルベドも聞きたかったことだ。

 少しの沈黙ののちモモンガが口を開く

 

「さすがはデミウルゴスだ。もはや隠し続ける事は出来まい。だがまずデミウルゴスの間違いを正さねばならん、今のフェンリルさんは人狼だ。もっと正確に言えば狼型の獣人ベースの人狼だ。彼は少し特殊な種族の重ね方をしてな」

 

 ユグドラシルではモンスター種は種族レベルを上げてより上位の種族へとなっていく、基本種をスケルトンから始めたのであれば次はスケルトンソルジャーやスケルトンメイジなどより上位種となっていく、この種族は通常より上位種へと昇っていくだけだがある特定の組み合わせによって同種族でありながら異なるスキルを発揮することがある。それは変異種と呼ばれそれがフェンリルだ。

 人狼は本来、獣化スキルを持っている。これはルプスレギナの様に通常は人の姿をしているが夜にこのスキルを発動することで狼の姿となりステータスアップする。

 これがフェンリルの場合は獣化スキルが人化スキルに変化し、狼型獣人から完全な人に変化しステータスダウンする。

 

「というようにフェンリルさんは少し変わった人狼なのだ。そしてここからが本題だ。アルベド、デミウルゴス、ワールドエネミーを知っているな?」

 

「「はい」」

 

 頷く二人だが、実際にはモモンガ達の話を伝え聞いた程度だ。世界の敵、ユグドラシルで最強の敵

 

「フェンリルさんはワールドで唯一人になる事の出来るワールドエネミー、世界を喰らう魔狼だ」

 

「なっ」

 

「なんとっ」

 

 二人は絶句する。世界の敵、すなわち主の敵、そう認識した瞬間に敵意が膨れ上がった。

 

「待て待て!落ち着け!話はまだ終わっておらん!」

 

「「申し訳ありません」」

 

 2人は深々と頭を下げる。

 

「お前たちの全てを許そう。不穏な言葉を使ってしまった私に責任がある」

 

 モモンガは内心で大量の冷や汗を掻いていた。

 

(えぇ~、種族名言っただけでこれなの~、これじゃあユグドラシルの説明文のまんま言ったらフェンリルさん殺されちゃうよ)

 

 なるべくソフトに誤魔化しながら説明しようと考え黙っているのを、アルベドとデミウルゴスは主人の不興を買ったと思った。

 

「・・・話を続けよう。世界の敵と言ったがそうではない、彼は世界の終末にその真の力を目覚めさせ終わりを告げる狼なのだ。そういう意味での滅びゆく世界の敵という訳だ」

 

 もちろんそんな事などあるわけがない。昔、設定魔であるタブラから聞いたユグドラシルの元ネタになった神話などを必死で思い出しながら継ぎ接ぎした出鱈目な話だ。

 

「そう、彼は人間世界に終末をもたらす巨大な狼だ。人間共が驕り高ぶり世界の支配者を語った時、真の姿を現すのだ。人間が築いた全てを破壊し喰らいつくす終末の魔狼、それがフェンリルだ」

 

 出鱈目な話故所々矛盾しているかもしれないが大げさに演技しながら話したが信じてくれるだろうかと、モモンガは無いはずの心臓がバクバクと早く動いている気がしていた。

 二人は静かに聞いていた。そしてモモンガの話が終わっても何も言わない。

 その姿にモモンガは嘘を見破られ親に呆れられている子供の心境だった。

 

(やっぱり信じないよな、こんな大嘘信じる方がどうかしてる)

 

 デミウルゴスを見ると小さく震えている。それにモモンガはやはり怒られると思った。

 だがその口から出たのは怒りではなかった。

 

「・・・なん・・・と・・・なんと素晴らしい!」

 

「・・・ぇ?」

 

 デミウルゴスは怒りで震えていたのではなく感激に震えていたのだ。

 

「フェンリル様が人間世界に終わりを告げ、新たなる世界の支配者としてアインズ様が立たれるのですね」

 

(信じたー!・・・でもフェンリルさんになんて言おう。えらいことになっちゃった)

 

 まるで舞台俳優の様に大げさに喜びを表現するデミウルゴスと対照的にアルベドは静かに喜んでいたが、その内心ではフェンリルへの嫉妬が渦巻いていた。

 

(アインズ様の隣に、終わりと始まりの対を成す存在など・・・)

 

 デミウルゴスが何かに気付いたように動きを止めた。

 

「―――そうか、全ては予定調和なのですね」

 

「ん?」

 

 予定調和?何がだろう?モモンガの頭には?が無数に浮かぶ

 

「今、ナザリックのもとを離れ帝国に行っているのも世界をいつ滅ぼすかどうか見ているのですね。そうであれば全てに納得がいきます。帝国も愚かですね、全てはアインズ様とフェンリル様の手のひらの上で転がされているとも知らず近づいてくるとは愚の骨頂と言わずして何と申しましょう。私が申し上げるべきことなどありません、全てはアインズ様とフェンリル様のご計画の通りに進んでおられるのかと」

 

(違う違う、あの人ただ遊びに行ってるだけだから)

 

 デミウルゴスの中で急上昇するフェンリルの株価に、モモンガは心の中でツッコミを入れる。

 悪魔の中でどんどん間違ったフェンリル像が出来上がっていくがモモンガは訂正出来ず

 

「そうか、やはりデミウルゴスには見透かされていたか」

 

 と相槌を打つしかできなかった。

 

「見透かすなどとはとんでもございません。アインズ様にフェンリル様のお話を聞くまでは気付く事すら出来ませんでした」

 

 これ以上話をしていては化けの皮がはがされると考えたモモンガは話を打ち切る。

 

「では、話は以上だ。下がってよい。私はこれからフェンリルさんと連絡を取る」

 

「分かりました。それでは失礼いたします」

 

 

 

 モモンガが連絡を取ると、フェンリルは良い家を借りれるとたいそう喜んだ。

 その喜びようにモモンガは言えなかった。フェンリルに色々な捏造設定が付いたことを。

 このモモンガが付けた捏造設定はたまたま守護者達の話を立ち聞きしたルプスレギナによってさらに歪められ、終末をもたらす白き魔狼としてプレイアデスやメイドたちに広まっていくことになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

 新居が決まって数日、フェンリル達は新居に置く家具や必要なものを前日に買い終え、今日は何か掘り出し物が無いかと昼間の帝都北市場に来ていた。

 露店に並ぶアイテムを見て回る。

 見た事のない何に使うか分からない色々な道具を楽しそうに見るフェンリルだが、それとは反対にネルとクレマンティーヌの顔はつまらなそうだった。気に入ったものがあれば買って良いと言われているがどれもが冒険者やワーカーが使った中古品ばかりで気に入るものが無い。

 プラプラと見ながら歩いていると一件の露店の所で足が止まる。

 立派な天幕に並んだ商品はさっきまで見ていた冒険者が使うようなアイテムではなく、生活に使われるようなアイテムが並んでいた。その中にはフェンリルにとって見知った品物がいくつかあった。

 フェンリルがその一つ、自分より少し大きい長方形の白い箱の扉を開けてみると中は棚になっており、そこから冷気が漏れてきた。

 

「・・・冷蔵庫だ」

 

 他の商品を見て見れば、扇風機、ライトスタンド、など多少形は違うが現実世界の物とそん色ない物が並んでいた。

 驚いているフェンリルに

 

「冷蔵庫買うの?」

 

 クレマンティーヌが声を掛けた。

 

「知っているのか?冷蔵庫」

 

「ん?、まぁ珍しいっちゃ珍しいけど、そんなに驚くようなものでもないでしょ?ずっと昔に口だけの賢者が発明してから貴族とかなら普通に持ってるよ」

 

「口だけの賢者?」

 

「ずっと昔にミノタウロスでそういう奴がいたんだって、色んなアイテム考えたんだけどそれを作る能力もなんでそうなるのか、説明できなかったんだって、だから口だけの賢者」

 

「へー」

 

 店を後にし再び歩き始める。

 それは偶然なのだろうか、元いた世界とほぼ同じ外見に同じ機能の物、こちらのは魔法の力で再現されているという差異があるが、こうも似る物だろうか、その口だけの賢者をユグドラシルプレイヤーだと考えれば腑に落ちる。

 だとすれば自分たちよりも前に来たプレイヤーはいた。どれほどいたのかは分からないがクレマンティーヌでも知っている口だけの賢者のように伝承に残るような者もいたという事は世界各地にその伝承伝説は残っているはずだ。

 

「ん?」

 

 普段なら無意識に気付き対処するのだが深く考え込んでいたフェンリルは避けることが出来ず何かとぶつかってしまった。

 目の前には尻もちをついた少女がいる、どうやらこの少女とぶつかってしまったようだ。

 

「すまない、考え事をしていて気づかなかった」

 

「いえ、私がぶつかったのですから謝るのはこちらです」

 

 少女は立ち上がると頭を下げた。

 フェンリルは観察するように少女を見る。手には長い鉄の棒、ゆったりとしたローブに厚手の服、一目でマジックキャスターと分かる格好

 

「君はマジックキャスターなのか?」

 

 突然、自分の職業を言い当てられた少女アルシェは警戒しながらフェンリルを観察する。見た事もない真紅の全身鎧、腰に下げられている二つの剣は装飾からかなりの業物だろう、だが冒険者であれば下げられている胸のプレートがないことから貴族の息子と判断する。

 

「それが何か?」

 

 元々感情を表に出すことが苦手なので表情は変わらない自分の見た目から舐められたと思い不機嫌に答える。苦労を知らなそうな綺麗な顔立ちにアルシェの目は鋭く嫌悪を帯びていく。

 それに気付いたフェンリルは素直に謝罪する。

 

「あぁすまない、別に君がマジックキャスターだからどうこう言うつもりはないんだ。本当にすまない。許してくれ」

 

 頭を下げ謝罪するフェンリルの姿に周りがざわついた。アルシェと同じようにフェンリルをその姿から貴族の息子と判断していたのだ。

 それにアルシェは慌てた。鼻持ちならない貴族の息子と思ったフェンリルがこうも簡単に頭を下げるとは

 

「許しますから、頭を上げてください」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

 頭を上げるフェンリル、だがその後ろに居たルネとクレマンティーヌはその行動に不満だった。

 自ら神と崇める者が軽々しく頭を下げるとは、それもとるに足らない人間の小娘に許しがたい行動だ。

 それを察知したのかアルシェはフェンリルの後ろで鋭い眼光で見下す様に見ている二人を見る。

 いや正しくは見れなかった。危険な香りのする薄い笑みを浮かべたクレマンティーヌを見た瞬間、自分の身体が泡になって消えてしまうかと思った。向けられた殺意が目に見えない何百もの剣となって身体を貫く幻覚すら見えた。

 一般人であれば軽く気を失う程に恐ろしい殺意だが幾つもの死線を潜り抜けたアルシェには耐えることが出来たしかし、ネルを認識した瞬間、自らの異能、魔力系マジックキャスターの力量を見破る看破の魔眼によってトドメを刺されることになった。

 

「うぐっ!」

 

 ネルの人を遥かに超えた魔力に耐えられずアルシェが膝から崩れ落ちる。身体から一気に汗が噴き出て息も荒く絶え絶えだ。

 

「え~ちょっと大丈夫~お嬢ちゃん」

 

「脆弱な」

 

「大丈夫か!?二人ともやめろ」

 

 周りの人間には何が起こったのか解らなかった。ただアルシェが突然具合が悪くなっただけにしか見えなかった

 

「・・・だいじょ・・・うぶっ」

 

 吐き気が止まらない。身体に力が入らない。

 

「大丈夫じゃないだろう。宿屋に送って行こう」

 

 普段なら断るところだがこの場を、ネルから一刻も早く離れたかった。

 

「・・・家・・・ではなく、歌う林檎亭・・・に・・・」

 

「分かった。歌う林檎亭だな、二人は先に帰っててくれ、俺はこの子送っていくから」

 

「分かりました」

 

「は~い」

 

 二人は嫌々ながらもそれに頷いた。

 

 

 

 

 

 歌う林檎亭、普段からワーカーのたまり場の一つになっているこの酒場も他の酒場と変わりなく、昼間から酒を煽っている者たちが多くいた。

 それを横目に見ていたフェンリルは、こういうのはどこも変わらないのだと思った。丸いテーブルの反対側にはいくらか顔色の良くなったアルシェが水の入ったグラスを見つめている。

 

「気分は落ち着いたか?」

 

「えぇ、だいぶ良くなったわ」

 

「オレの仲間がすまなかった」

 

「いえ、ここまで具合が悪くなったのは私の体質のせいだから気にしないで」

 

「体質?それはタレントというやつか?これは聞いてはいけない事か?」

 

 情報が命というのは冒険者でもユグドラシルでも変わらない、特にそれが自分の生命線の一つとなっているならなおさらだ。

 

「べつにいい、私はマジックキャスターの力量を見破ることが出来るの」

 

「見破る?もしかしてそれでルネを見たから?」

 

「そう、そのルネっていう人が初めて見る位すごいマジックキャスターだったから」

 

 マジックキャスターの力量を見破るという所にフェンリルは疑問を感じた。力量という事はユグドラシルでのMP、この世界でいう魔法の力、魔力の総量が分かるという事なのだろうか?それはマジックキャスターだけなのだろうか?格闘職中心に習得しているフェンリルでもLv100となればLv60のマジックキャスター位にはなる。昼間で人化でLv40までステータスダウンしているとはいえLv24分のMPはある。

 

「そのタレント能力は本当にマジックキャスターだけなのか?俺からはそういう力を感じないのか?」

 

 アルシェは何を言われたのか理解できなかった。見た目から戦士系であるフェンリルから魔法の力を感じるはずがない。

 

「いいえ、貴方からは魔法の力は感じない」

 

「そうなのか」

 

 フェンリルは一つの仮説を立てる。MPを所持しているのに魔法の力を感じずマジックキャスターからは感じる、つまりアルシェの能力は魔法職を納めている者のみの魔法の力を見破ることが出来るという事になる。

 これは面白い人間を見つけたと初めて見るタレント能力に興味がわいたフェンリルはさらに色々な事をアルシェに聞いていると

 

「うちの仲間に何か用?」

 

 ハーフエルフの女が話し掛けてきた

 

「イミーナ」

 

 名前を呼ばれアルシェを見ると顔色が悪いことに気が付いた。

 

「ちょっと、アルシェどうしたの!?」

 

 イミーナが睨む、おそらくフェンリルが何か顔色が悪くなるようなことをしたのだろうと思ったのだろう。当たらずとも遠からずだが

 

「どうやらお知り合いの方が来たようですので、俺はこれで失礼します。色々お聞きしたいこともあるのでお話はまた今度にいたしましょう。それでは」

 

 席を立ち店を出て行こうと歩き出す。

 

「ちょっと!まっ―――」

 

「違うの!待ってイミーナ!」

 

 出て行こうとするフェンリルに食って掛かるイミーナを制止するアルシェ

 

「あの人は気分の悪くなった私をここまで連れてきてくれたの」

 

 それを後ろに聞きながらフェンリルは店を出て行く。

 モモンガにアルシェという面白いタレント持ちの興味深く良い話が出来たと思いながら

 

 

 

 

 宿屋への帰路の途中でフェンリルはニンブルとばったり会ってしまった。

 

「げ」

 

「これはウォルフ殿、丁度良い所でお会いできました」

 

「丁度良い所?何の御用で?」

 

 色々と裏で糸を引いている人物だけにフェンリルは不信感は隠さない、しかしニンブルはそれを意に介さず表情を崩さず話を進める。

 

「明後日の食事会に是非とも出席をして欲しいのです」

 

「何で?俺堅苦しい食事嫌いなんだけど」

 

「食事会と言っても堅苦しいものではなくウォルフ殿のチームを入れても8人程度の小さなものです。実は今回中々手に入らない珍しい食材が手に入りまして、それを私の仲間たちで楽しむという食事会なのですが、そこで是非ともウォルフ殿が体験した冒険の話をお聞きしたいのです」

 

「話と言ってもなぁ」

 

 渋るフェンリルにニンブルがトドメの一言を放つ

 

「ウォルフ殿の舌を満足させる食事をお出ししますので」

 

 満足させる食事、すなわち美味い食事、それにフェンリルの目が輝いた。

 

「美味い食事?」

 

「えぇ帝都の中でも特に腕の良い料理人に作らせますので、そこはご心配なくそれに―――」

 

「参加します。是非とも参加させてください。冒険の話でいいならいくらでもしましょう」

 

 あまりの変わり様にニンブルは少し引いた

 

「そ、そうですか、それは良かった。では明後日に迎えを行かせますので」

 

「分かった。待ってるよ。それじゃ」

 

「えぇそれでは」

 

 ニンブルと別れるとモモンガへの面白い話を忘れて明後日の食事会の事を考え足取り軽く宿屋へと帰っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

 モモンガから借りた魔法衣装の礼服に身を包んだフェンリルを送り出すネルとクレマンティーヌ

 ニンブルが開いた食事会にフェンリル側で参加したのは一人だった。

 ルネは帝国がエルフを奴隷と暗黙する国であることから何らかのトラブルの要因となるかもしれないと食事会への参加を断った。

 クレマンティーヌは面倒臭いと拒否した。

 以上の理由からフェンリルは一人で行くことになったのだがこれは結果的に正解であった。

 馬車がニンブルの邸宅につき通された部屋にはニンブル側の客は揃っていた。

 縦に長い漆黒のテーブルの上座に主人であるニンブル、そこからニンブルを通して裏で暗躍していたであろうジルクニフ、その隣に第五位階魔法を使えるというネルを見に来た帝国の主席宮廷魔法使いであり、帝国魔法省最高責任者であるフールーダそして帝国四騎士のバジウッドにレイナースと並んでいる。

 

(そうだよねー、そう美味い話がある訳ないよなー)

 

 出て来る料理は非常に旨いものであったが楽しいものかと言われればそうではなかった。食事をしながらフェンリルは圧迫面接でも受けている気分だった。

 特にジルクニフは分からないようにしているのだろうが前にあった時と同じようにこちらを値踏みするように時折視線が鋭くなる。

 食事も終わりユグドラシルでした時の話を軽く混ぜながらかつてした冒険の話をしているとフェンリルの鼻にこの世界に来て嗅いだことのある不快な臭いが漂って来た。その臭いはレイナースから漂ってくる。

 

「なぁ、レイナースさんだっけ?」

 

「なにか?」

 

「あんた、状態異常受けてる?」

 

 フェンリルが感じた不快な臭いとは状態異常の臭い、ユグドラシルではアイコンで表示されたがこの世界に来てからはフェンリルは臭いとして感じるようになった。ただそれが毒なのか呪いなのか詳細は分からない同じ不快な臭いとして感じる。

 

「は?」

 

 状態異常の言葉にフェンリル以外の人間たちの空気が凍った。

 レイナースは顔の右半分が膿を分泌する歪んだものになる呪いを受けている。そのせいで人生を狂わされた。そしてそれを指摘されることを何よりも嫌う、指摘してきた相手を殺したくなるほどに

 それを知っているフェンリル以外の人間は不味いことになったと対処をしなければウォルフを殺す前に、だがそれよりも早くレイナースの殺意がふくれ爆発しそうになった時

 

「状態異常が何なのか分からなきゃ、対処できないだろ?」

 

 一瞬理解できなかった。だが言葉の意味が分かった時レイナースの破裂しそうな殺意は急速に萎んでいった。

 

「は?・・・対処?・・・治せるの?」

 

「ん?だから状態異常が何なのか分からないと対処できないだろ?まぁ治せるかどうかは知らないけど、そっちに行っても?」

 

 レイナースは頷いた。何度も希望を絶望に替えられただが希望にすがらずにはいられない。それに話を聞いた限りでは様々な冒険を経験してきた身だ。もしかしたら何か自分の知らない未知の解呪方法や薬を持っているのかもしれない。

 フェンリルがレイナースの元へ行き呪いを受けた顔を見る。それを特に興味深く見るのは魔法の深淵を見たいフールーダと治されては困るジルクニフだ。

 特にジルクニフはレイナースの呪いを解くすべを見つける条件で四騎士の一角を担わせている。ゆえにレイナース個人には皇帝への忠誠心は無い、利害の一致だけでの関係だ。もしここで本当に治されてしまえばレイナースは簡単に四騎士を降りてしまうだろう。そうなると帝国の威信に関わる事になる。

 

(こんなの初めて見る)

 

 ユグドラシルでの呪いの効果は受けるダメージの増加とHP回復アイテムの使用不可だったが、今見ているような姿を変質させるものは見たことが無い、これにユグドラシルのアイテムが効くのだろうか、モモンガの話ではポーションや角笛などのアイテムは問題なく使えたようだが

 

「どうでしょうか?治りますか?」

 

 助けを求め、すがるようなレイナースの目に、フェンリルは息を一つ吐くとジャケットの内ポケットから一つの小瓶を取り出した。

 ネルに何か毒を盛られた時様にと念のために持たされた菱形の小瓶には緻密な細工が施され中には薄い紫色の液体が入っている。ユグドラシルのアイテムで全ての状態異常を回復する万能霊薬だ。万能霊薬と名はついているがユグドラシルでは極ありふれたアイテムの一つに過ぎない。

 

「これはあらゆる異常を正常に戻すとされる薬だ。これを使えば治るかもしれない」

 

 レイナースの望んだ希望が目の前に出された。

 呪いを解く方法を探していたレイナースは探れば探る程、自身が受けている呪いが強力で解呪が難しいことを嫌と思い知らされた。ゆえにこの呪いを解呪することが出来るほどのアイテムがどれほど希少なのかも分かる。

 だがレイナース以上に興味を示したのはフールーダだ。

 

「それを見せてくれないだろうか?あなたの言う通りのものであれば大変興味深い」

 

「えぇ良いですよ。マジックキャスターなら鑑定の魔法が使えるはずだ」

 

 フールーダへと手渡す。鑑定の魔法を使いアイテムを調べると確かにフェンリルのいう通りの効果があることが分かった。

 

「これは凄い!まさか伝説とされるアイテムをこの目で見ることが出来るとは!」

 

 フールーダはそれに興奮した。あらゆる状態異常を回復する魔法アイテムなど見たことが無い。呪いと一口に言っても効果は千差万別だ。レイナースの様に体の一部を変質させるものから対象者を徐々に弱らせ命を奪うものなどいくつもの種類がある。解呪を行う者はその呪いを調べ、それに適した解呪を行わなければならない、もし下手に手を出そうものなら呪いは進行し最悪、受けた者が死に至る。それを種類も選ばず解呪するなど古い伝承に神人が持っていたとされるあらゆる病を癒すとされるアイテムと酷似したものいやそのものを今この手に持っている。

 フールーダの異常なまでの興奮にジルクニフが内心で舌打ちする。フールーダのお墨付きを得たとなればレイナースは何をしてでも霊薬を得ようとする。

 それはジルクニフの恐れる四騎士の脱退に繋がる。何とかそれは阻止しなければ

 フェンリルはフールーダの異常事態とアイテムの評価に驚いていた。

 

(え、ステータス回復のアイテムって普通じゃないの?)

 

「こ、このお爺ちゃんのお墨付きを得たわけだけど・・・」

 

 フェンリルは何となくだが、アイテムを渡すのは不味いことなのだと周りの雰囲気を察した。

 

「なぁ、お爺ちゃんこれってどれくらい価値がある?・・・お爺ちゃん?お爺ちゃん!!」

 

 穴が開きそうなほどアイテムを見ているお爺ちゃん呼ばわりされていることにも興奮のあまり気付かないフールーダはこれの価値を考えた。

 

「そうだのう、あらゆる病を癒す伝説の霊薬とすれば・・・金貨で5000枚いやそれ以上じゃな、どうじゃその二倍を出すからこれを譲ってくれんか?」

 

 せいぜい金貨10枚にでもなれば良いかと思って出したアイテムが帝国魔法省最高責任者に伝説の霊薬とされ、まだいくつもストックのあるなんてことのないアイテム一つに金貨1万枚、大変魅力ある提案だ。そして霊薬を出した事を後悔した。

 

「駄目だ。先に交渉しているのはレイナースさんだ。こっちが終わってないのにそっちと交渉は出来ない、だからさっきの話は聞かなかったことにするよ。でどうする?」

 

 名残惜しそうになかなか返さないフールーダから奪うように霊薬を取り返す。

 レイナースの希望は潰えていなかった。フールーダのお墨付きを得た伝説の霊薬だ、これを逃せばいつになるか分からない解呪方法をまた探さなければならない。それは嫌だ。

 だが何を出すかだ。フールーダの提案を聞かなかったことにはしてくれたが金貨1万枚の提案を超えるものを出さなければならない。

 

(何がある、私には何が出せる)

 

 金は解呪方法探しで使ってしまってかき集めたところで金貨500にも届かない、霊薬に並ぶアイテムも所有していない、ならば何がある、自分には何がある。そう考えた時、フェンリルが何をしている人間なのか思い出した。

 冒険者をやっている。ならば力のある仲間が欲しいはずだ。レイナースには帝国四騎士の一人という申し分ない名がある。それに実力ならば冒険者のオリハルコン級に相当する上、四騎士の中で最も攻撃力がある。

 これが自分に出せる最大のものだ。

 

「私を貴方のチームに入れて、腕には自信がある。そして金貨で1万枚分になるまで私の取り分の半分を貴方に収める」

 

 ジルクニフの恐れていた事態になった。

 冒険者ならレイナースの申し出を断る理由など無い、実力もそうだが見た目の美貌も相当なものだそれだけでも男なら断らない。これで四騎士の一角は崩れ、帝国の暴力としての力が大きく削がれてしまう。

 これだけは阻止しなければならない、いっそのこと霊薬を床に叩きつけて壊してやりたい気分だ、したが最後怒り狂ったレイナースに殺されてしまうだろうが

 だがジルクニフが策を考え付く前にレイナースの提案はフェンリルに拒絶されてしまった。

 

「いや、それは出来ないよ」

 

「な、なぜ!?」

 

 レイナース、いやフェンリル以外の全員が理解できなかった。冒険者としてレイナース程の実力を持つ者を仲間に出来る事は戦力の増強としてみるなら最高の条件だ。

 

「仲間ならすでに二人いるから」

 

「そんな・・・そうだ!私の身体も自由にしていい!」

 

「そんなことしたら!俺が二人に殺される!」

 

 もちろんフェンリルが殺される事など今のところ無いが絶対じゃ無い、嫉妬というものは男でも女でも恐ろしいもしもこの条件を飲んで仲間にしたことが知られたら嫉妬に狂った二人がレイナースを殺してしまうかもしれない。

 レイナースの万策が尽きた。もう何も出せるものが無い。希望がこの手から滑り落ちたそう思った時レイナースの目から呪いを受けた時に枯れ果てたはずの涙が零れた。

 それを見たフェンリルが一つ息を吐いた。

 

「分かったよ。さっきの条件は聞かなかった事にするからこれはレイナースさん、貴方に渡すよ」

 

 フェンリルにはこの世界に来て出来た弱点がある。正確には言うなら人の姿をしている時に出来た弱点だが、それは女の涙だ。なぜか罪悪感が胸に重く圧し掛かってくる。

 

「どうして?私は貴方の満足するものを差し出していない」

 

「俺が勝手にアンタを治すと言ってしまったから、それにまだ効果が出るとは限らない。後はそうだな、女が涙を流してるんだ。なら男はそれを止めるべきだ」

 

 格好つけてはいるが今吐いた臭い言葉は昔見た映画か何かの受け売りの言葉だ。臭すぎて現実の世界なら笑い飛ばされるところだ、現にフェンリルは全員に背を向け顔が赤くなっているのを隠している。

 

(臭すぎるだろ俺!なんだよ今のセリフ!ヤバい恥ずかしい、恥ずかしすぎる。帰りたい、いやもう帰る)

 

 心の中でもだえ苦しむフェンリル、しかしレイナースの心には響いていた。

 四騎士としての立場から表向きには敬意を払われているが裏では顔に受けた呪いから怪物扱いされている。そんな自分が女性として扱われるのは久しぶりだ。

 鼓動が速くなる。

 身体が熱くなる。

 これは恋だと感じるレイナースが前にフェンリルが帰ると言い出した。

 

「帰るよ。食事は美味しかった。見送りとかはいいから、それじゃ」

 

 矢継ぎ早に言うと引き留める間もなく部屋を出て行った。

 

「・・・ウォルフ様・・・」

 

 恋する乙女になったレイナースが愛する男の名を呟く、今まで見た事のなかった姿にニンブルとバジウッドは戸惑い、フールーダはレイナースの手にある万能霊薬にしか興味は無く、ジルクニフは恋煩いとなったレイナースを利用できないかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.5話

 フェンリルを送り出してから1時間ほど経ったころ、ネルは夕食を食べ終え部屋に戻るとそこには果実酒を飲むクレマンティーヌがいた。

 それを見たネルはフェンリルの前では見せない心底嫌そうな顔をした。フェンリルが仲間として迎え入れてから数か月経ったが未だにネルはクレマンティーヌが嫌いだ。

 敬愛する主に気安く抱き着くのが嫌いだ。

 フェンちゃんなど気安く呼ぶのが嫌いだ。

 ネルがクレマンティーヌを嫌いな理由を上げればきりがないほどに嫌いだ。

 そしてそれはクレマンティーヌも同じことだった。

 

「アンタさぁ、酒が不味くなるからその顔やめてくんない」

 

「あなたに良い顔をする理由がありませんから」

 

「はぁ、まぁいいや、丁度いい機会だからちょっとこっちきて」

 

「なぜ?あなたの近くに?」

 

「私だってさぁ、好きで言ってんじゃないの、フェンちゃんの為なの!」

 

 フェンリルの為と言われればネルは従うしかない、フェンリルに関して意味の無い嘘を吐くクレマンティーヌではない事を知っているからだ。渋々ではあるが体面の椅子に座る。

 

「それでマスターの為とは何でしょうか?」

 

「アンタ私の事嫌いでしょ、私もアンタの事嫌いだし」

 

「当然です」 

 

「でもさ、それじゃダメじゃない?」

 

「ダメ?なにがですか?」

 

 クレマンティーヌはネルの察しの悪さに頭痛がしてくる思いだった。フェンリルに仲良くしろと言われているのに当事者同士が一切歩み寄りを見せないのだ。相手の事など一切考えないクレマンティーヌだが仲の悪さを理由にフェンリルに捨てられるのだけはご免被る。

 

「だから!仲良くしろって言われてるのに仲が悪いこと!このままだといずれ捨てられるよ」

 

「捨てられる?まさかそんな事あり得ません」

 

「一度聞いてみたかったんだけどさ、アンタのその自信はどっからくるわけ?」

 

 なぜネルはフェンリルに捨てられることを恐れないのか不思議だった。いやそもそも捨てられるなど考えていないのかもしれない。

 

「自信?そんなものマスター、フェンリル様にそうあれと生まれた私に今さらというものです」

 

 クレマンティーヌは頭痛がしてくる。やはりネルは絶対に自分は捨てられないと思っている。何とも危険な考えだ。神と崇めるフェンリルとて心を持ち生きている限り心変わりが絶対に起きないという保証はないというのに。

 

「アンタさぁ、本気でそれ思っているなら絶対捨てられる。今は良くてもあと何年かすれば絶対に捨てられる。私としては良いんだけどさ、アンタの巻き添えを喰らうのは絶対に嫌!」

 

「あなたがそうでも、私が捨てられるなどそんな事あり得ません」

 

 話を聞いても自分の意見を曲げないネルにクレマンティーヌは腹が立った。

 

「私らがいがみ合っている間に他の女が近寄ってきたらどうすんのさ!フェンちゃんはモテるからね!この前のマジックキャスターも絶対に惚れて来るよ。もしかしたら私らがいがみ合ってる内に女を作って、その女に夢中になって捨てられるかもしれない。アンタそれで良いの?私ら以外にフェンちゃんの傍に女が居て良いの?どうなの?私は絶対に嫌だからね!」

 

 そんなものネルも絶対に許せない、クレマンティーヌが嫌いなのは変わらないがこれ以上フェンリルの寵愛を受ける敵を増やすわけにはいかない。

 

「分かりました。あなたといがみ合い続けるのはやめましょう。ですが勘違いしないでください、あなたを嫌いな事に変わりはありませんから」

 

「安心して、私もアンタが嫌いなのは変わらないから」

 

 二人はグラスを合わせる、休戦の誓いだ。

 それからフェンリルに対してのとある作戦を立てながら何本目かの果実酒を開けた頃、フェンリルが帰ってきた。

 

「ただいまー」

 

 フェンリルが部屋に入ると酒の匂いが押し寄せてきた。

 

「うっ」

 

「おかえり~」フェンリルにグラスを掲げ迎えるクレマンティーヌ、その顔は紅くなっている。

 

「おかえりなさい」ネルはいつもと変わらず迎えてくれたがその手にはなみなみと酒の入ったグラスが

 

 テーブルの上と下には幾つもの酒瓶が並び、そのどれもが空になった物ばかりだ。どうやらこの前購入した酒をほとんど飲んでしまったようだ。

 

「あれ~、なんかフェンちゃん暗くない?なに晩餐会の食事美味しくなかった?」

 

「食事は美味かったよ・・・そこでさ」

 

 フェンリルは全てを話した。レイナースという呪いを受けた女性に万能霊薬を上げた事、そして対価を受け取り忘れた事、その万能霊薬がこの世界では伝説的アイテムとして興味を持たれたこと。

 モモンガが聞いたら後者の問題を気にするだろうが二人は違った。レイナースの事が気になった。

 

「フェンちゃんは何でその女にアイテム上げようと思ったの?」

 

「何でって、変な臭いが気になったからで―――」

 

「本当にそれだけ?」

 

 クレマンティーヌが酒臭い顔をフェンリルに近づけた。

 

「それだけって―――」

 

「その女が綺麗だったからとかではなく?」

 

 今度はネルが迫ってきた。

 

「いや、そんな下心は無いよ・・・綺麗だったけど・・・いやでも―――」

 

「「そこに座りなさい」」

 

 眼の座った二人が指したのは床だ。

 これ以上女を近づけさせない誓いを立てて数時間も経たないうちに女の気配を作ってきたフェンリルに二人は初めてのタッグを組んだ。

 その迫力にフェンリルは何も言わず素直に床に正座した。

 この日の説教は二人に酒が入っていたこともあり深夜には終わったが精神的ダメージは今までで一番だった。

 

 

 

 

 

 ニンブル邸

 

 フェンリルが去った後、レイナースはジルクニフ達に背を向け、小瓶に入った万能霊薬の中身を飲み干す。

 味はいかにも薬という苦みを感じた。今のところ身体に異変は無い、すると呪いを受けた顔右半分が熱くなり青く幻想的な淡い光に包まれた。

 顔の熱と淡い光が消えると持っていた手鏡を恐る恐る覗き見ると、醜くおぞましい歪んだ呪いが消えていた。鏡に映る自分の顔、どれ程この時を待ったのかわからない

 

「呪いが・・・解けた・・・」

 

 いとも簡単に消えた事が信じられないと念入りに顔を見るが最初からそんなものなど無かったかのように滲み一つない。本当に消えたのだと確信すると自然と両目から涙が零れた。

 ジルクニフがニンブルとバジウッドに目配せするとフールーダが動き出す前に抑え、ニンブルが何やら耳打ちすると大人しく部屋の外へと出て行った。

 

「良かったなレイナース呪いが解けて、だがどうする?ウォルフ殿にお前は何を返すのだ?」

 

 そうレイナースは返さなければならない、待ち望んでいた時をくれた恩を、だが仲間になる事は断られた。金もフールーダが提示した金額など持っていない。

 

「そこでだ。金なら私がお前に貸そう、お前は帝国四騎士として変わらず働き支払う給金から返してくれればいい、お前の今までの働きから利子などは取らぬとしよう」

 

「ありがとうございます。陛下」

 

 これでジルクニフはレイナースへ新しい恩を売る事が出来た。しかしまだ完全ではない、貸した金をレイナースはウォルフへと支払うだろう、だが帝国四騎士として帝国に残るとは限らない、借金を踏み倒してどこかへと逃げる可能性が全く無いとは言い切れないとジルクニフは考えているからだ。

 だから新しい楔を打たなければならない。

 

「だが、それでウォルフ殿は満足するのだろうか?」

 

「満足?」

 

「そうだ。伝説とまでされる霊薬を何の見返りも保証もなくお前に渡すような優しい人間に、金だけを払ってそれでお前は良いのか?それでお前の心は伝わるのか?」

 

 ジルクニフの言う通りだ。金だけを支払って終わりにしてしまうそれは嫌だ、自分の心に生まれた恋いや愛をウォルフに伝えなければ、仲間に女が二人いるというだから言葉だけではなく行動で伝えなければ

 

「陛下のおっしゃる通り、きっとあのお方を金だけでは満足させられないでしょう。私の気持ちを伝えるには金以上の何かをあの方へ差し上げなければ」

 

 ジルクニフは心でほくそ笑む。これでレイナースはウォルフが帝国にいる限りどこへも行かぬであろう、そしてレイナースを利用してウォルフを帝国へ根付かせる。

 二人を結婚させるのもいい、そうしてレイナースを帝国貴族として復帰させウォルフに爵位をくれてやろう、仲間にダークエルフと義姉がいるという事だが何の問題もない貴族に妾を持つ者は多いし、義姉には良い縁談を紹介すれば良い、さらに強い父母から生まれる子は将来帝国の役に立つことだろう。

 その為に幾つもの策を弄さねばとジルクニフは頭脳を働かせる。

 これによりフェンリルの悩みが多くなっていくことになる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

 帝国の夜空には満月が浮かんでいたがフェンリルがいるカッツェ平野はアンデッド反応を持つ薄い霧に覆われている為に朧月の様に見えた。

 この地は赤茶けたさまから血染めの大地などと呼称され、また有名なアンデッドの多発地帯である為、昼間でも軍や冒険者による討伐以外では好き好んで近づこうとする者は無く、ましてアンデッドの行動が活性化する深夜となれば死にたがりかズーラーノーンを代表とする怪しげな者以外は現れる事は無い。

 ゆえにフェンリルは偽装を解き本来の姿へと戻っていた。

 真っ白な毛並みに覆われた筋骨隆々な巨躯に装備されている腕甲や脚甲、胸当ては黄金に輝き、物理無効などを代表するダメージ無効系は付与されていないが伝説級アイテムとして十分な性能を持つ装備品で身を固めている。

 人の姿を取っている時は僅かな窮屈感があったが本来の狼獣人になっているフェンリルはその窮屈さから解放された大きく体を伸ばした。

 冒険者として人の姿を取るようになってから数か月ぶりに戻った身体からはパキパキと関節から音が聞こえた。

 固くなった筋肉をほぐす様にストレッチを入念に行うと

 

「良し!少し暴れてくる。ネルはどうする?」

 

 フェンリルの傍に控えていたネルに声を掛けた。

 

「私も久しぶりに全力を出してみようかと思います」

 

 とにこやかに答えた。

 

「そうか、〈四魔狼(エレメンタルウルブス)召喚〉」

 

 世界を喰らう魔狼(フェンリル)のスキルを発動させると大型の狼が四匹現れた。大きさはどれも成人男性と同じぐらいだがそれぞれの属性を現す様に体色など違う箇所が見られた。

 紅く燃える盛る体毛を持つ火炎魔狼(フレイムウルフ)

 身に纏う風と翡翠色の体毛を持つ暴風魔狼(ゲイルウルフ)

 真っ白な氷の彫刻のような氷晶魔狼(フロストウルフ)

 渇き荒れた大地を思わせる荒地魔狼(アースウルフ)

 いずれもユグドラシルではLv40程度のモンスターだ。

 

「ネルに預ける。何かあった場合コイツらがお前を守り、俺が来るまでの時間を稼いでくれるはずだ」

 

 フェンリルが四魔狼(エレメンタルウルブス)に頭の中でネルを守れと命令する。主人に命を受けネルの元へゆっくりと歩み寄る。

 傍に来た氷晶魔狼(フロストウルフ)の身体をネルが撫でるとひやりと冷たい感触が手のひらから伝わってくる。

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃ行ってくる」

 

 そう言い残しフェンリルは自分が暴れても害の出ない場所へ行くためネルの元を離れた。その姿はまるで吹き抜ける突風のようだった。

 日が昇るまで約3時間といったところだろう、存分に暴れるには十分な時間だ。

 

「いってらっしゃいませ・・・さて一足先にこちらは始めさせていただくとしましょう」

 

 深々と下げられた頭を上げるとネルの目が怪しく光る。その視線の先にはスケルトンなどのアンデッドの群れが迫って来ていた。

 

「可哀そうなどと思う事などありませんが、お前達には私の憂さ晴らしに付き合ってもらいましょう」

 

 ネルは苛立っていた。この世界に来て、敬愛する主人と話をすることが出来たのは良かったがまさか(クレマンティーヌ)が主人の周りを飛び回るとはしかも一匹増える可能性があるとは思わなかった。

 何よりもそうあれと生み出されてなお未だ寵愛を受けられない事がネルの不満であった。

 

「〈炎の雨(ヒートレイン)〉」

 

 強く握られた杖の切っ先をアンデッドの群れに向ける。杖の先に小さな火がが出現した。火は燃え盛り炎となり渦巻き球状となり周囲に熱を放つ極小の太陽となった。

 

「踊れ」

 

 魔法がアンデッドの群れの上空に放たれると火球が破裂した。

 光が周囲を昼間の様に照らし出すとアンデッドの群れに火の雨が降り注ぐ、もがき苦しむさまは舞踏者が燃えるドレスを纏い踊り狂うようでその舞踏会は常人であれば目を背けるような地獄の景色そのものだった。

 主催者である紅い炎に照らされたネルはまるで観劇を楽しむ観客の様に狂気染みた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫かな?」

 

 この世界に来て初めて全力で走ったのでどれ位距離が離れたのか分からないが十分な距離を取れたと思う。

 すると後方から光が走りそれから爆音が轟いた。それがネルの魔法によって起こしたものだとフェンリルは分かった。

 こちらも始めるかとアイテムボックスから丸い陶器で出来たアイテムを一つ取り出す。死霊香、ユグドラシルで使用するとアンデッド系モンスターを大量にPOPする、経験値稼ぎやクラスの特定条件をクリアするために使うアイテムだ。

 死霊香を握り潰すと中から紫色の煙が立ち昇り周囲に溶け込んだ。するとどこからともなく怨嗟に満ちた声が響いてくる、それも一つや二つではない恐ろしいことに慣れているはずの軍人や冒険者でも聞けばその恐ろしさに震え上がるだろう大量の声だ。

 四方八方360度見渡す限り、大小様々なアンデッド系モンスターが大地から吐き出され津波のように押し寄せてきた。

 歴戦の冒険者や軍隊でも死を覚悟するだろう、しかしフェンリルは笑った。耳まで裂けた口を歪ませ鋭く尖ったナイフの様な牙を剝き出しにして笑ったのだ。

 心が躍る。これだ。Lv差はこちらにあるだが戦力差では圧倒的な分の悪さ、この絶望的な状況、久しく忘れていた身がすくむような思い、高揚する。

 心の赴くまま暴れたい、だがフェンリルは頭を振るい自分を諫める。

 

「ダメだダメだ」

 

 そうフェンリルはここに自らのモンスターとしての性質を真に理解し自戒する為にきた。

 帝国に来て以来、失態を何度か犯した。皇帝に目をつけられた件ではモモンガにも迷惑を掛け、さらに自分ではなんてことの無いアイテムだと思ったものがこの世界では伝説級アイテムとされ、それを上げてしまった。

 この世界に来て、元の世界にはなかった自由を目の前に自分は浮かれていた。

 自分の迂闊な行動が友に迷惑を掛けた。自分の望む自由は己が欲望のままに行動するという無責任な自由ではない、己が心を誰にも縛られない心の自由であったはず、昔見たマンガの水の心の話を思い出す。

 状況に合わせていかなる姿にも変わる”水”

 あらゆる物を映し、あらゆる物を呑み込む

 されど常にその本質は変わる事はない

 それが水

 怒りからも憎しみからも解き放たれた

 ”心の自由”

 人間からモンスターになってからどうも行動が雑になってしまっている。人間の時とは比べ物にならないほどの力、反射神経、耐久力、五感、それらが相まって、この世界での絶対的強者としての立場、モンスターの身体に心が引っ張られ自分を見失っていた。自分に言い聞かせていた水の心を忘れるほどに

 現状、味方であるアインズ・ウール・ゴウンを除けば敵はいない。だがそれはあくまでも今は確認していないというだけでいつ遭遇するか分からない、それに備えてこの身体での戦い方をもう一度見直す必要がある

 息を深く吸い、吐き出す。

 昂る戦意を静め、敵を冷静に見極める。

 敵の数は甚大、いずれもアンデッド系モンスター、強敵となる者はいない。力に任せるのではなく人間であった時に学んでいた武道や格闘技を思い出し丁寧に確実に倒す。

 跳躍し空へ躍り出ると鷹が地上にいる獲物に襲い掛かるようにアンデッドの群れの中に突っ込んだ。

 息を吐くだけで当たる距離、目をつむって闇雲に手足を出すだけで当たる程、四方八方を敵に囲まれている。

 正面のスケルトンの頭部に狙いを定め拳を突き出す。その動きに無駄は無くまた力もかつてのように込められすぎていない、倒すのに必要な分だけが込められ、スケルトンの頭蓋骨だけが砕けた。

 そして薙ぎ払うような蹴り、巻き込まれた数体が粉々に砕け散った。

 水の心を取り戻したフェンリルはモンスターの強力無比な力の手綱を握り飼い慣らし、ユグドラシルで最速とされている人狼らしい高速で無駄のない動きから突き出される拳と蹴り、基本に忠実に丁寧に一体また一体と確実に倒していく。

 背後からスケルトンソルジャーの錆びた剣がフェンリルの背中に襲い掛かる。

 

「破っ!」

 

 それをまるで見えていたかのように身体を捻ってかわすと裏拳でスケルトンソルジャーの頭蓋を砕く。

 あとはその繰り返しだった。

 静かな水面のような心に敵を映し出し、絶え間なく襲い掛かる剣や槍を掴めぬ水の様にするりとかわし、敵を川に浮かぶ木の葉の様に飲み込んでいく、朝日が昇る頃には動くものはフェンリルの周りにはなく、赤茶色の平坦な大地はアンデッド系モンスターの死体で埋め尽くされ、真白な身体は傷一つなかった。

 

「ふ~」

 

 深く息を吐き出す。何百何千の敵を打倒してなお呼吸に乱れはなかった。

 その顔は憑き物が落ちた様な晴れやかなものでここに来た時とはまるで違うものになっていた。その時、気配を消しフェンリルの緊張が緩むその瞬間を狙った二つの凶刃が背後から襲って来た。

 襲撃者には気が緩んだように見えていたが、フェンリルは武道の残心(くつろいでいながらも注意を払っている状態)でいた為、殺さずに取り押さえる事に成功した。

 

「誰だ?」

 

 取り押さえられている二人は答えない。いや、この状態に理解が追い付いていなかった。

 一瞬の事だった。襲撃者は気を窺い絶好の機会に奇襲、強力なモンスターといえど対処は不可能なはずの襲撃に成功したと思った瞬間、地面に叩きつけられ取り押さえられている。殺されるのではなくだ。

 二人の両腕は後ろ手にフェンリルが手で掴みそのまま背中に重しとして抑えられ身動きは完全に取ることが出来ない。だが睨むことは出来る。

 同じ顔立ちからフェンリルは双子の女と判断する。

 

「くっ」

 

「動くな、もがけばもがくほど苦しくなるぞ、もう一度聞く、お前たちは誰だ」

 

 なおも二人は答えない。

 

(口が固いか、当然だな、おそらくこの二人はプロってやつだな)

 

 そう考えたが二人が答えないのはフェンリルが人間の言葉を話しているからだ。いや人を食料としか見ていない獣人が殺すことなくコンタクトを取ろうとしている。この事が二人をさらに混乱させていた。

 フェンリルの耳がピクリと動いた。

 

「・・・二人・・・いや三人か、こっちに近づいてくる三人はお前たちの仲間か?」

 

 人間を超えた聴覚がこちらに走ってくる足音を捉えた。

 二人は答えない。だが誰が来ているのかは分かっている、仲間が助けに来た。

 距離にして50mと言った所だろうかフェンリルの目が薄い霧の向こうに三つの人影を確認した。

 影がさらに近づき半分の距離になり仲間の現状を見えるところまで来ると二つの影が武器を構えた。

 

「待て!何かしようとすれば二人を殺す。そのまま大人しくこちらに来い」

 

 一瞬戸惑ったように足を止めたが人影が互いの顔を視認するまでの距離になった。

 一人は煌びやかな装備に身を包んだ金髪の女

 二人目は筋肉の塊の女らしき人間

 三人目は仮面を付けた小柄な人間・・・いや人間とは違う臭いこれはシャルティアに近い臭いから吸血鬼か

 近くに気配を感じない為これで全員なのだろう、全員の装備を見ると野盗などといった輩ではない冒険者、それもかなり上位の冒険者なのだろうがプレートが見えない為にクラスまでは分からない。

 金髪の女が喋りだした。

 

「あなたはどうやら人の言葉を理解しているようですね、仲間を開放してくれませんか?そうすればこの場は―――」

 

「その前に聞きたいことがある」

 

「は?」

 

「お前達はなぜここにいる?」

 

「おいおい、モンスターが問答かよ」

 

 筋肉女が嗤った。その嗤いにフェンリルは顔を歪めた。その瞬間全員の毛穴という毛穴から汗が噴き出てきた。フェンリルのわずかに漏れた殺気に死を直感したのだ。

 

「そうか、話す気はないと残念だ」

 

 双子を抑えている手に力が入る、締めつけられる腕に双子が苦悶の表情を浮かべる。

 それに慌てて金髪が声を上げる。

 

「待って!待って!仲間の非礼をお詫びいたします!申し訳ありません!私達はアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇、私はラキュース、彼女はガガーランで仮面の娘はイビルアイ、そしてあなたに押さえられているのはティアとティナ、私達が来たのは依頼を受けたからです!」

 

 ラキュースの謝罪を受けフェンリルが締める力を緩めると双子の苦悶の表情は解かれた。フェンリルはラキュース達をよく観察する。初めて見るアダマンタイト級冒険者という事で警戒するがイビルアイ以外はいや誰一人として脅威となるような力を感じない。

 そのモンスターらしからぬ心の奥底まで見抜くような視線にラキュース達はこのモンスターが知者であると判断する。

 ラキュースはフェンリルを見れば見るほど不思議なモンスターだと感じる。獣人を何度か見た事はあるがいずれも気性が荒く粗暴で人間を食料としか見ていないおよそ会話というものが成り立たないモンスターであったが目の前にいるフェンリルのような獣人を見たことが無い。今まで見た獣人よりも二回りは大きく堂々たる体躯、一切の汚れの無い真っ白な体毛は神々しく、金に輝く瞳は知に溢れている、身に着けた黄金の装備品は芸術的な細工まで施されている。

 

「我が名はフェンリル。地をゆらすものにして神々に災いもたらす悪名高き狼だ。ではその依頼は我を狙ったものか?」

 

 フェンリルの口上は大嘘だ。以前ナザリックの図書館にあった北欧神話から引用したものでカッコいいと思いいつか使おうと覚えていたのだ。

 ラキュース達は当然その様なモンスターや魔神は聞いたことが無い、が世界は広く自分たちが知らないだけで伝説の魔神をも超える悪神であるのかもしれない、もしそうであるならばこの場は穏便に自分たちの非礼を詫び、情報を生きて持ち帰らなければならない

 

「いいえ、我々の受けた依頼はカッツェ平野での増えすぎたアンデッド系モンスターの討伐であってあなたを狙ったものではありません」

 

 フェンリルの機嫌を損なわぬようラキュースは貴族や王族と話すような態度で答えた。いやそれ以上の緊張感を持っている。ただそこに居るだけなのに激流の様な圧力を感じ背中は冷や汗で濡れている。

 

「ではなぜ我に手を出した?お前たちは人間の中では相当な強さを持つ者であると思うのだが、我とお前たちの差を測れないのか?」

 

 強者は相手と自分の実力差を見ただけで測ることが出来ると言うが、フェンリルにはラキュース達と戦うとしても今ペナルティで30%のステータスダウンしているが少々面倒であっても負ける事は無いと思っている。ゆえにシャルティアの一件から自分を殺す武器をラキュース達の誰かが持っているのではないかと疑う。

 

「・・・それは」

 

 機嫌を損なわぬ為に何と答えればよいのか、ラキュースは俯き何か言いづらそうにしている。

 

「そうか、だから奇襲を仕掛けてきたのか」

 

 恐らく戦力の比は出来ているのだ。ラキュース達も苦戦を強いたとしても勝つことが出来ると見たのだろう、だから少しでも勝率を上げる為に奇襲を仕掛けてきたのかとフェンリルが気付いた時、大口を開けて笑いだした。

 

「ククックッハハハハ!そうか、それはすまないことをしたな、捕まえてしまった。あぁすまない、失礼だったな、この二人は解放しよう」

 

 二人を開放すると、ティアとティナは警戒しながらラキュースの元へ行く

 

「ごめんボス、下手を打った」

 

「貴方たちが無事でよかったわ」

 

 ラキュースが二人を抱きしめ無事を喜ぶ、しかしそれもつかの間の出来事

 

「さてと、それではやろうか」

 

 死の宣告が発せられた。

 

「え?」

 

 やる?何を?ラキュースの頭には疑問符が浮かんだ。フェンリルの言ったことが分からなかった。いや分かりたくなかった。

 

「お前たちは人間で冒険者だろう、モンスターである俺を退治しなければならない。その為にここに来たのだから、だが俺もここで死ぬわけにはいかない、ならばお前たちを殺さなければいけないだろ?」

 

 当然の事だった。ラキュース達は冒険者としてモンスター討伐の依頼を受けてこの地に来た。そして目の前にいるフェンリルはモンスター、討伐の対象であるしかし戦う事は絶対の死を招く、ラキュースはこれを全力で阻止しなければならない。生き残る為に

 

「お待ちください、我々にはもう貴方と争うなどという気はございません」 

 

「争う気はない?なればなぜ我を襲った。貴様らは我に奇襲を掛ける事で勝てるとみていたのだろう?我が人間如きの奇襲に後れを取るとでも思っていたのであろう?」

 

 まるでフェンリルの身体が何倍にも膨れ上がっていくかのような錯覚がラキュース達を襲った。その姿はまさにおとぎ話や昔話で聞いた魔神や魔王そのものだった。

 絶望、この心の奥底から湧き上がる絶対的な死への恐怖を名付けるのであればそれがふさわしいだろう。冒険者として様々な危険を味わい潜り抜けてきた、だがそれが安全であったと思えるほどの絶望が目の前で口を開けている。

 生き残る?

 戦いを阻止する?

 どうやって?

 ラキュースは目の前の絶望から逃れられないことを知った。

 だが同じく絶望しながらもラキュース達とは違った反応を見せたのはイビルアイ、仮面の下で驚愕という表情を浮かべていた。

 

(まさか、そんなバカな、これは・・・)

 

 戦わずとも解る。二百年前に仲間になった十三英雄のリーダーにも感じた底知れない強さをフェンリルにも感じる。魔神を超える存在をイビルアイは幾つか知っているがこの獣人は

 

「・・・ぷれいやー・・・なのか・・・」

 

 呟いてしまった。イビルアイは言葉を発してしまった。発せられたその言葉をフェンリルの耳は逃さなかった。

 

(・・・ぷれ・・い・・や・・・ぷれい・・・や・・・ぷれいやー・・・プレイヤー!?)

 

 もしかしたらこの世界にはプレイヤーという言葉がすでにあるのかもしれない、そしてその言葉はフェンリルの知っている意味とは違うのかもしれない、だが見過ごせないだから確かめなければならない。

 

「何と言った?お前は今確かにプレイヤーと言ったな、それは俺の知っているプレイヤーか?」

 

 言葉の意味を確かめるまで逃がすわけにはいかない。フェンリルがイビルアイを睨む。

 

(ネル!すぐに来い!誰一人逃すな!)

 

 メッセージで呼ばれたネルと四魔狼(エレメンタルウルブス)がフェンリルの元へ転移してくる。突如現れたネル達に気を取られたイビルアイは逃げるタイミングを逃した。

 四魔狼(エレメンタルウルブス)はフェンリルの四人を逃すなという命令を正しく理解し、ラキュース達を逃れる事の出来ないよう唸り声を上げけん制する、これで下手な動きは出来なくなった。

 

「良くやったネル」

 

「ありがとうございます」

 

 ネルはにこやかに返事を返すがその視線がラキュース達から外れる事は無かった。

 

「このまま動きを封じて置け、俺はこの仮面と話がある」

 

 フェンリルがゆっくりとイビルアイの前に陣取る。

 

「さて、これからするいくつかの質問に正直に答えるのであればお前の仲間は助けよう。分かるな?お前の返答次第で仲間もお前の命も助かるのだ。だがもし嘘をつくようであれば俺の仲間が一人ずつ骨も残らず消す、チャンスは四回だ」

 

 フェンリルにそんな能力は持っていないがイビルアイは頷いて答える。それをフェンリルは理解したと判断する。

 

「ではまず一つ目だ。プレイヤーという言葉の意味を知っているか?」

 

 イビルアイは頷く。

 

「それはどういったものだ?」

 

「ぷ、ぷれいやーは世界を救った英雄の事だ」

 

 嘘はついていない、確かにぷれいやーは世界の危機を救った存在だ。

 英雄という事にフェンリルは悩む、自分の思うプレイヤーとイビルアイの言うプレイヤーは違うのではないかと

 

「ではプレイヤーという名前の英雄という事か?」

 

「違う、ぷれいやーという存在だ。見た目は様々だったがいずれも英雄というのにふさわしい力を持っていた」

 

 いずれもという事は複数人いた事になる。

 

「プレイヤーは今もどこかにいるのか?」

 

「分からない、私の知っているぷれいやーはずっと昔に、二百年も前に死んでしまった」

 

 二百年前という言葉にフェンリルは頭をハンマーで殴られたかのように衝撃を受けた。フェンリルとモモンガ達がこの世界に来たのはユグドラシルのサービス終了がきっかけでそれは数か月前のことだ。

 なぜ同じ時代に飛ばされていないのか悩み唸っているとフェンリルの目にふとイビルアイが震えていることに気付いた。

 

「俺が怖いか?」

 

 何を言っているんだとイビルアイは思った。恐ろしいなどという生易しいものではない、逃れられない死が目に見える形で具現化したような存在に狂わないだけで精一杯なのに、自分が怖いかなどという返事に困る質問にどう答えて良いのか必死で考える。

 すんなりと答えの出てこないイビルアイを見てフェンリルは分かった。この世界の者にとって自分が目の前に現れただけで恐怖する存在となっている事を認識した。

 

「そうか、無駄な事を聞いたな。では他にお前の知っているプレイヤーもしくはそれらしきもの強大な力を持つ存在は他にいるもしくはいたか?」

 

「し、知らない。が、ぷれいやーかどうかは分からないが六大神や八欲王というのがいた」

 

 六大神も八欲王もこの世界では有名な伝説上の存在でおとぎ話の一つとして語られることが多い。

 

「ろくたいしん?はちよくおう?」

 

「スレイン法国が信奉する600年前に現れた神の事だ。彼らは滅びの危機に瀕していた人間種族を救済したんだ。八欲王は500年前に現れ瞬く間に国を滅ぼし世界を支配したが、欲深く互いの物を欲して争い、最後には皆死んでしまったという。あとは知らない」

 

 法国という言葉は聞き覚えがある。確かクレマンティーヌが元々居た国だったはず、その六大神の事はクレマンティーヌに詳しく聞くとしよう。

 

「そうか、お前を信用しよう。よく正直に話してくれた質問は以上だ。約束通りお前達の命を助けよう。それと俺達とお前達は会わなかった。いいな会わなかった」

 

 フェンリルに気圧され、頷くイビルアイ

 

「もしお前たち以外の誰かから俺達の事が耳に入ったら、どうなるかわかるな?」

 

 殺される。確実にどこに逃げようと殺される。そうイビルアイは理解した。だが仮にイビルアイ達の口から洩れたところですぐに察知することは出来ない。そういう危険性もあるがフェンリルはイビルアイ達を殺すのではなく貴重な情報源として生かすことにした。

 

(今のところ聞きたい情報もとれた、少なくとも二百年前にはプレイヤーがいた。それも英雄と呼ばれるような奴が)

 

 フェンリルは考察する。英雄と呼ばれるような存在であるならば何らかの形で情報、伝説や歴史として痕跡が残っているはず。そこで前にクレマンティーヌから聞いた口先だけの賢者の話を思い出した。

 その賢者はミノタウロスの姿をしていたと言うが口先だけの賢者と呼ばれるようになった所以を思えば、この世界に元の世界の技術を持ち込もうとしたプレイヤーだと考えることが出来る。冷蔵庫などの外見や機能を知っていてもそれを再現する技術や知識を持っていなかったのだろう。

 

(帰ったらクレマンティーヌにもっと話を聞くとしよう)

 

 フェンリルから盛大に腹の音が鳴った。

 

「腹が減ったな」

 

 鳴った腹をさするその姿が人間であれば緊張感を削がれるところであるが、鳴ったのは人間を喰らう獣人、ラキュース達はさらに緊張感が走る。

 

「はぁ、腹が減ったから帰るとするか、ネル」

 

「はいっ!」

 

 フェンリルの元へ駆け寄る

 

「我がもとへ還れ四魔狼(エレメンタルウルブス)

 

 その言葉でラキュース達を威嚇していた元素狼(エレメンタルウルブス)が光の粒となり消えた。

 

「〈転移門(ゲート)〉」

 

 ネルによって目の前の空間が捻じ曲げられぽっかりと穴を開かれた。

 

「では、さようなら蒼き薔薇、約束が守られることを祈っている。俺は無用な争いを好まない、お前たちが黙っているなら俺は静かにしていよう」

 

 わざと名前を間違えて言い残しフェンリルとネルは虚空の彼方へと消えた。

 その場に残された蒼の薔薇一行は一連の出来事を夢、それも悪夢であったと思いたかった。

 自らを地をゆらすものにして神々に災いもたらす悪名高き狼と名乗る獣人の姿をした規格外の化け物、この事を国に伝えなければとラキュースは使命に駆られた。

 しかしそこで冷静な自分が問うてくる。

 国へ伝えてどうする?

 信じるのか?

 あの荒唐無稽な化け物の事を?

 仮に信じたとしてもどうするのだ?

 軍を使って追い立てるのか?

 あの化け物を?

 蒼の薔薇を遥かに凌駕する化け物を?

 言えない。あんな化け物が存在しているなど伝えることが出来ない。

 フェンリルの静寂を破れば

 死ぬぞ、大量に兵士が

 滅びるぞ、国が

 そんな事はさせられない。

 こうしてラキュースは口を噤むことを決断し、蒼の薔薇は生涯この悪夢の出来事を話す事は無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

 朝、クレマンティーヌが目覚めリビングへ行くとフェンリルが居た。

 

「珍しいじゃん、フェンちゃんがもう起きてるなんて」

 

 いつもならフェンリルがあくびしながら眠そうにリビングにくるのをクレマンティーヌとネルが迎えるのだが、今朝はしっかりと起きている。

 

「たまにはこんなこともあるさ、それよりもクレマンティーヌに聞きたいことがある」

 

「なぁに?もしかして3サイズの事?や~ん朝から元気ぃ~」

 

 身体をくねらせるクレマンティーヌ

 

「ちょっと真面目な話だよ。お前、法国に居たんだったよな?」

 

 法国という言葉にクレマンティーヌは不快感を現した。自分の過去を話すのは好きじゃない

 

「何、その話ならしたくないんだけど」

 

「そう機嫌を悪くしないでくれ、俺はお前が過去に何をしていようが関係ないと言っただろう。俺が聞きたいのは六大神と八欲王の話さ」

 

「六大神と八欲王?何で今さらそんなの子供でも知ってる事じゃん」

 

 子供でも知っている事なのかとフェンリルは驚く

 

「俺が聞きたいのはそんな誰でも知っているような話じゃないんだ。お前はプレイヤーって知っているか?」

 

「どこでそれを聞いたの?」

 

 驚いた。何しろ国を挙げて信奉する六大神の正体に関わる事なのだから、その存在は法国でも一部の者しか知らない極秘事項、秘密を洩らそうものなら本人とそれを聞いた者を皆殺しにするだろう。

 

「その感じ、知っているんだな?」

 

「先に答えて、どうしてプレイヤーのことを知っているの?」

 

「俺がそのプレイヤーだと言ったら?」

 

「まさか・・・」

 

 言葉を失った。幼い頃から耳にたこができるほど聞かされた六大神の話、自分がフェンリルに感じた神としての存在は間違いではなかった。

 

「はは何それ、本物の神様じゃん」

 

「そんなどこにいるかもわからない神様とか言われたくないんだけどな、それよりも六大神とかの話を聞きたいんだけど」

 

「私も真面目に話聞いたりしてたわけじゃないからそんなに詳しくはないけど―――」

 

 クレマンティーヌの講義が始まった。

 600年前、人類は他種族との生存競争に敗れ絶滅の危機に瀕していた。その時現れた六人のプレイヤーとNPCによって人類は救済され、現スレイン法国の基礎を創り上げた。これによりプレイヤーは後に六大神と呼ばれNPCは従属神と呼ばれることになる。

 それから100年が経った頃、新たに八人のプレイヤーがこの世界に現れると彼らは瞬く間に国を滅ぼし世界を支配した。その抗争によって優れた種族は力を落とし人類が滅びを免れる一因ともなった。

 六大神は現れてから100年の内に多くが隠れ最後に残った一人は八人のプレイヤーによって殺され、六大神亡き後彼らの従属神は多くが堕落し、魔神と呼ばれ世に災いをもたらす存在となった。

 八人のプレイヤーは欲深く互いの物を欲して争った挙句、最後には皆死んでしまったという。この欲深さから彼らは八欲王と呼ばれることになった。

 また八欲王によって今の魔法が広まったという。

 

「―――っと六大神と八欲王の話はこんなところかな」

 

「なぁ、子孫は残さなかったのか?神とまで呼ばれる強力な力を持つ存在であるならば子孫を残そうとするもんだと思うんだけど?」

 

「あぁ、神人のことね」

 

「しんじん?」

 

「神の力を覚醒させた人ってこと」

 

 面白くなさそうにクレマンティーヌは話始めた。スレイン法国は六大神の血を引き力を覚醒させた者を神人と呼び貴重な戦力または次代に血を残す者として隠匿されている。現存しているのは三名でいずれも六大神が残した遺産を装備しているという。

 

「それは誰か知っているか?」

 

「クソッタレを二人ほどね」

 

 クレマンティーヌの心底嫌そうな顔を見て、フェンリルはそれほど嫌いなのかと深く聞くのはやめておいた。

 

「もういい?」

 

「OK、分かった。この話は以上だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、フェンリルはモモンガの元へ一人で訪れていた。蒼の薔薇とクレマンティーヌから聞いたプレイヤーの話を直接する為だ。

 モモンガの執務室にはいつもなら護衛の為エイトエッジアサシンが何体か控えているのだがフェンリルがモモンガと二人きりで話がしたいと言った為、緊急の要件以外は何者も通すなとの命令を受け今は部屋の外で見張りをしている。

 

「―――という事です」

 

 フェンリルが話した六大神と八欲王の話をモモンガは頭の中で整理する。

 六大神をプレイヤーとすれば従属神はNPCやシモベにあたるのであろう、とすれば彼らは自分と同じくギルドホームごと移動してきたと考えられる。とすればスレイン法国がギルドホームそのものもしくは近くにある。

 神の遺産を持つというのであればおそらくはシャルティアにワールドアイテムを使用した者もスレイン法国の者である可能性が高い、そう考えた瞬間モモンガに怒りが湧いたがすぐに鎮静化されてしまう。

 

「ふー厄介な相手ですね。スレイン法国は」

 

「ですです。きっといろいろ情報を持っていると思うんで、モモンガさん怒りは抑えてくださいね」

 

「分かっています。ですがシャルティアへのつけはいずれ必ず払ってもらいます」

 

 再び沸き上がった怒りを沈める。

 

「そう言ってもらって良かったです。もしスレイン法国に攻め込む!なんて事になったらどうしようかと」

 

 もしそうなればこの世界に終末が訪れる事になるのではとフェンリルは心配していた。

 

「そうしたいのはやまやまですけどね、相手はワールドアイテムを持っているかもしれないとすれば、うかつには手が出せませんよ」

 

 フェンリルが言ったように本当は今すぐナザリック全軍を上げてスレイン法国を攻め滅ぼしてやりたいところだ。

 

「ところでなんで俺がモモンガさんだけに話したと思います?」

 

 確かに守護者達にも共有すべき話ではある。だがうかつに話せばシャルティアの一件で守護者達の憎悪は燃え上がりスレイン法国を攻め滅ぼす手段を考えるだろうだが、モモンガが命令しなければ実行する者はいないはず、特にデメリットらしいものが見当たらない。

 

「なんでって・・・なんで?」

 

「それはですね・・・神人の事があるからですよ」

 

「神人?別に・・・あっ」

 

 プレイヤーの血を引く者がいると分かれば行動に動く者が出てくるかもしれない主に二人、特に片方は頭が良い分、神人の話をしなくても気づく可能性が大きい。

 

「アルベドは喜ぶでしょうね~」

 

 ニヤニヤと笑うフェンリル

 

「いやいや、フェンリルさんもですよね!」

 

 抗議する。立場は同じ、いやまだこちらはアルベドやシャルティアに知られていないだけまだましだと

 

「俺は・・・その・・・そうなんですよねぇ、二人とも知ってるんでこれからどうなんのかなぁ、だからモモンガさんだけに話したんですよ、感謝してください」

 

「あ、それはどうも」

 

「でも、まぁ、今すぐそういうのが起きるとは思いませんけど、いづれは覚悟決めたほうがいいのかなぁ、どう思います?」

 

「知りませんよ」

 

 ピシャリと助けの手を絶つモモンガ

 

「冷たい!モモンガさん冷たい!・・・ふふっ」

 

「「あっははははは」」

 

 フェンリルとモモンガが笑い合う

 

「はぁ、でどうするんですか?ナザリックでもスレイン法国の情報を集めますけど」

 

 どうするのか尋ねられ少し考える

 

「俺はちょっと手を引きます。さすがに国相手じゃ下手なことできませんから、それに帝国は法国から距離が離れていますからね、今は帝国で大人しくしてますよ。藪をつついて蛇どころか竜が顔出したら大変ですからね」

 

 その竜をひっ捕まえて殴り殺しそうだ。とモモンガは思ったが口にしなかった言ったらきっと、その手があったかと考えを変えてしまいそうだから、しばらく大人しくしているというのならそれがいい

 

「それが良いですよ」

 

「そういえば、ちょっと話変わりますけど、タレントってあるじゃないですか、あれって神人とかとは違うんですかね?」

 

「違うとは?」

 

「いえね、ユグドラシルのスキルをこっちの世界のタレントに似たものもしくは同一だとして、タレントを持った人間はプレイヤーやNPCの血を引いていて、オリジナルが持っていたスキルをランダムに発生させた存在だとすると、その本質は同じではないのかなと思ったんですよ」

 

「確かに、その疑いはあるかもしれませんね」

 

「あと、タレントの発生って完全なランダムなんですかね?どっちかの親が持っていたらそのタレントは子に受け継がれないんですかね?もし受け継がれる可能性があるなら母親と父親がタレント同士ならどちらが引き継がれるのか」

 

「それなら同質のタレントを持つ者同士の子はそのタレントが強化されるのかということも気になりますね」

 

 堰をきった様に出て来る異形2匹の疑問は尽きない、後にこの疑問から家畜の品種改良とも悪魔の所業ともいえるタレント保有者の掛け合わせがデミウルゴス主導の元行われることになる。

 




 もっと早く書けるようになりたい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

 モモンガに会ってから数日後、フェンリルがリビングで宣言する。

 

「―――と、まぁそういうわけで、しばらくは帝国でゆっくり冒険者家業をしていこうと思う。何か聞きたいことはないか?」

 

 テーブルを挟んで聞いていたネルとクレマンティーヌは特に質問することもなくうなずくだけだった。話があると呼ばれ聞かされたのは帝国で冒険者をするという、というよりも今さら何を言っているのだろかと不思議だった。

 

「あのさぁ、何で今さら?」

 

「ん?あぁ、いや特に何という訳でもないんだが、まぁ決意表明?みたいなものかな」

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

「それだけさ、それよりもだ。この中で料理が出来る奴はいるか?ちなみに俺は無理だ」

 

 元の世界で料理を一度もしたことが無く、この世界に来て何度か自分で挑戦してみたのだがただ材料を不味いものに変えるだけで料理のセンスは壊滅的だ。なにしろ肉を焼くと言う簡単だと思っていたことも出来ず黒焦げにするというありさまだ。

 

「私にはその様なスキルはありません」

 

 ネルは魔法職を中心に調合師や錬金術師などで構成した為、アイテムの調合や作成は出来ても料理に関するスキルを持っていない為、こちらも無理だ。

 頼みの綱であるクレマンティーヌは

 

「材料バラバラにするなら得意」

 

 無理だった。

 自分だけなら生肉を食べたところで腹を下すわけもないのだが、せっかく元の世界でも食べる機会の無かった合成食ではない本物の料理を食いたい。今のところ外食で済ませているが一番金のかかる食費を抑えるためには自分たちで作るほかないのだが悲しいことにこの中に料理を作れるものは誰もいなかった。

 

「どうするかな~」

 

 メイドという存在が頭の中に浮かぶが、どうやって雇うのかが分からないし何より信用できない他人を身近に置くのは正体がバレるという危険がある。

 一番信頼がおけるのはモモンガのナザリックだがメイドを借りるのも悪い気がすると言うのも掃除だけなら週2程度で済むが食事だけはそうはいかない、となるとやはり自力でどうにかしないといけないわけだが

 

「それなら奴隷でも買えば?」

 

「奴隷?」

 

「そそ、帝国には奴隷市場もあるんだし、そこで料理とか掃除の得意なやつ買えばいいんじゃない?」

 

 奴隷かと考える。主人の意思一つで生死を支配され、闘技場で戦う剣奴や主人の夜の相手をする性奴などのどうも悪いイメージばかりが湧いてくるが、そういう者の方が扱いやすいのかもしれない。

 

「よし!行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 フェンリルがネルとクレマンティーヌを連れて奴隷市場を歩く。

 想像よりも綺麗な場所だとまず思った。

 日の差さない澱んだ空気の溜まった薄汚い場所だとばかり思っていたが、扱う商品が違うだけで普通の市場と何ら変わりがなく、商品である奴隷は自分のプロフィールを書いた羊皮紙を広げていたり自分の売りをアピールしている。

 貴族であれば御用商人の口利きや案内を頼むものだがそういった伝手の無いフェンリルは一番大きそうな店に入る。普通であれば飛び入りの客に店の主人が自ら接客することはないが商人の耳は早い、フェンリルを一目見るなり皇帝が最近妙に肩入れしている冒険者ウォルフであると見破ったのだ。

 フェンリルは店主に欲しい奴隷の条件、料理や掃除などの家事が得意な者という注文を付けると店主は申し訳なさそうな顔をした。理由は今いる奴隷はいずれも力自慢の者ばかりで家事全般が得意な者がいないという事だった。

 そしてここでフェンリルは一つの誤算があった。想像していたような主人によって生殺与奪可能な奴隷は過去のもので、現在は生きるも死ぬも主人の意思次第といった扱いは許されておらず、あくまで期間契約の労働者に過ぎない、最低限の権利は帝国法によって守られている。しかしごく一部の例外が存在するそれは帝国臣民ではない他国から流れてきた人間や法国から流れてくるエルフや捕えられてくる亜人種などである。

 

「―――ですが、お客様は非常に運が良い。本来であれば飛び入りのお客様にはお出しすることのないものですが、皇帝陛下の覚えも明るいウォルフ様であれば特別にお出しいたしたいものがございます。こちらへどうぞ」

 

 そう店主に案内されたのは店の奥で布が被された大きな四角い檻の様なもの、店主が布を取ると中には女のエルフが一人、檻の柵に病人の様にもたれかかっていた。白く透き通った肌に金色の長い髪、これぞエルフと言った姿をしているが最大の特徴である長い耳はいずれも中ほどで切られている。

 

「つい先日スレイン法国の奴隷商人から仕入れたエルフです。まだ他の方には声を掛けていません。非常に高価なものではございますがいかがでしょうか?」

 

 いかがでしょう、と言われても返事に困る。そもそも良い奴隷かどうかの判断も良く分からない、せいぜい見た感じで容姿が良いのか、元気が良いのか、健康なのか、とかぐらいなものだ。

 項垂れているので横顔しか見えないがエルフは皆そうなのかこのエルフも美形だ。

 しかし目に光が無いというよりも澱んでいる。よほど酷い事をされてきたのだろうか生気も感じない、辛うじて生きてはいるが心が死んでいる。こんな状態の者が使えるのか疑問だ。

 店主によればスレイン法国から流れてくるエルフはこのような状態が多く、それでも簡単な命令や夜の相手はしてくれるらしい。

 だがそれは都合がいいかもしれない、最初の目的からはズレるが一から育てる事が出来ると考えれば、他の奴隷を雇うよりも良いかもしれない、なにせ帝国臣民ではないお陰で帝国の法には縛られることのない奴隷が手に入る

 

「いくらするんだ?」

 

 店主は笑顔で答える。

 

「金貨で八百枚でございます」

 

 頭の中で日本円に換算する癖があるため少しの間いくらか理解できなかったが約八千万円だと分かった瞬間、目が飛び出るかと思った。

 手持ちの金をほぼ全て出せば足りない事は無いが今後の生活が非常に貧しいものになる、というよりも成り立たなくなる。だがエルフは滅多に手に入る事が無い希少品、多少の無理をしてでも手に入れておくべきか

 そう悩んでいると、エルフがうつろな目をフェンリルに向ける。その表情は生気の消え失せた死体にも似たものであった。

 見捨てるべきだ。このエルフの境遇に悲哀する事など無い、全ては弱い自分たちのせいだ。他者にすがらねば生きていけぬ弱者などに見向きするな良い奴隷なら他にもいる。わざわざ荷物を背負う必要などない

 と、心の中で絶対的強者であるモンスターが囁く。

 しかし一方でまだ残っている人間の心が叫ぶ

 助けるべきだ。哀れな女をこれから訪れるであろう地獄に落ちる前に手を差し伸べ救う、その力がお前にはある。力ある者が弱者を救って何が悪い。

 せめぎ合う二つの心に迷い、ネルとクレマンティーヌの顔を見る。二人とも檻の中のエルフを見る目は冷たくまるで路傍の石でも見ているかのようにそこには何の感情もない。

 フェンリルの視線に気づいたネルがどうしたのか尋ねる

 

「どうかなさいましたか?」

 

「違いはあるが同族が奴隷として売られているからな、今さらだが精神的に悪いんじゃないかと思ったんだ」

 

エルフの奴隷ということで一応同族(エルフとダークエルフの違いはあるが)であるネルの方を気にしたのだが

 

「御心配には及びません、これと私は全く違うものですから」

 

 同じ、いや同族と考える事すらネルには唾棄すべき考えだ。

 創造主(フェンリル)に意思を持ってそうあれかしと創りだされた私と、有象無象の一つであるエルフ(これ)に何の興味が湧くのだろうか

 

「そうか」

 

 本当に何とも思っていないようだ。

 

「なに?それ買うの?」

 

 クレマンティーヌはまるで小さな子供がくだらない玩具を買うのか尋ねる様に聞いてくる。

 

「それを迷っているんだよ」

 

「お買いになるのか迷うのはよろしいのですが、ご予算の方はよろしいのですか?」

 

「あのさぁ~、最初の条件忘れてない? 家事出来る奴が欲しくて来たんでしょ?そいつら料理できるの?木の実とか虫とか出されても困るんだけど?」

 

 二人の指摘はもっともだ。予算は遥かにオーバー、このエルフが家事を出来るのかもわからない。普通なら諦めて違う奴隷を探すのだが、帝国では滅多にいない希少なエルフの奴隷というのがコレクター心をくすぐるのかどうにも諦めきれないでいる。

 これはもう当事者であるエルフに聞くしかないか

 店主を少しの間ここから引き離せとネルに目配せをする。

 

「店主殿、これ以外の奴隷も見せていただきたいのですがご案内いただけますか?」

 

「はい喜んで、どのようなものをお求めで?」

 

「そうですね、力自慢のものを」

 

「それならばこちらに」

 

 店主がネルを他の奴隷がいる場所へと案内する。ここを離れたことを確認するとフェンリルがエルフに話し掛けた。

 

「ひどい目に遭って来たんだな」

 

 柵の間からエルフの顔に触れようとした瞬間、身体がビクリと怯える様に硬直し顔にははっきりと恐怖が浮かんでいた。

 フェンリルが察するにはそれだけで十分だった。触れようとした手を引っ込め強く握りしめた。

 

「人が憎いか?自分を奴隷に落とした法国が憎いか?」

 

 答えは返ってこない、言葉の意味を理解していないのかとも思ったのだが自分を買うかもしれない相手に不穏な言葉は吐けないのだと理解した。

 

「お前は何が出来る?よく考えて言え、ここは天国と地獄の狭間だ。お前がここを抜け出して俺の元へ来るか、それとも他の人間に買われるか、だ。あぁそうだ、店主の話では見た目の美しさからエルフを買うようなものは性玩具として買うものが多いそうだ。俺は違うが」

 

「・・・あなたを悦ばせる事が」

 

「そんなことは望んでいない、俺の話を聞いていただろう?それとも変態野郎に買われるのが望みなのか?それなら俺は手を引くが、だがもう一度聞いておこう、料理や掃除なんか家事全般は出来るのか?」

 

「したことがありません」

 

「そうか、ならばいらないな。残念だお前の復讐を手伝っても良いかと考えたのだがな」

 

 復讐、諦めていたもの、もしこの男の言葉が本当であるならば料理や掃除の出来るものを望んでいる、法国の者たちに捕らえられ奴隷として身を落とした私にはこれ以上の希望は無い、この男を逃してはならない

 

「待って・・・いえお待ちください。私を買ってくれるのなら貴方の望むことを、今すぐには無理でも必ず料理でも掃除でも覚えます!この命に代えても必ず、必ず貴方を落胆させません!ですからどうかお願いいたします。私を買ってください」

 

 エルフの澱んだ目に光が僅かだが戻ってきたのをフェンリルは見逃さなかった。奴隷と言えど自分の意思を持たないものを買う気はない。

 

「軽々しく命を張るもんじゃない、その言葉の重みをよく考えて―――」

 

「今、私にはこの命と、あなたへの忠誠を捧げる事しかできません。少し時間は掛かります、ですが必ず必ず貴方が満足するものをお出しいたします!ですからどうかどうか」

 

「いいだろう、お前の忠誠を受け取り俺はお前を買う事にする。だが身を引き受けるには数日いる。大人しく待てるか?」

 

「貴方が来るのを心待ちにしています。御主人様」

 

「良い子だ。では数日後に会おう」

 

 店主に十日以内に支払う事を約束し、その前金として金貨百枚を置いて店を出る。

 

「よろしかったのですか?」

 

 先を歩くフェンリルにネルが聞く

 

「何が」

 

「あの奴隷の事です。前金として支払った分を差し引いても残り金貨で七百枚、私達の手持ちでは半分も支払えませんよ」

 

 フェンリルの財布とチームとしての財産を管理しているネルの懐には全財産が金貨258枚分があるのみでとても残りの金額を払えるとは思えない。

 

「大丈夫大丈夫、何とかなるって、それに当てはあるから」

 

 ネルの心配を軽く大丈夫と返事を返す。

 

「それならよろしいのですが」

 

 フェンリルがその足を向けたのはニンブル邸、魔法アイテムに異常なまでに興味を示したフールーダにつなぎを付けてもらうために、フェンリルはエルフを買う金を魔法アイテムを売る事で作ろうと考えたのだ。

 だがそこへ向かう途中、金髪の女に声を掛けられた。

 

「ウォルフ様、御覚えでしょうか?レイナースです。先日はありがとうございました」

 

「あぁ、レイナースさん。呪いは解けたようですね」

 

「ウォルフ様に頂いた貴重な霊薬のおかげでこのように」

 

 右半分を覆っていた金髪をめくり上げると、長く患っていた顔の右半分を醜く覆っていた呪いはきれいさっぱり消えていた。代わりにレイナースの頬は朱に染まっていた

 

「それは良かった。もし効き目が無いようだったら違う方法を探さなくてはいけなくなると思っていたので」

 

 一言もそうは言っていないのだが脳内で自分の為に違う方法を探してくれるというものに変換し、レイナースは天にも昇る気持ちだった。

 だが言葉だけでは満足できない、ここで出会った機会をさらに良いものに変えなくては

 

「ところでウォルフ様はこれからどこへ?もしお暇でしたらお食事でも―――」

 

「すみません。ちょっと要り様で、フールーダさんとつなぎを付けてもらう為に、ニンブルさんの屋敷に行こうかとしているところで」

 

「それでしたら私にお任せください。私も帝国四騎士の一人、明日にでもお会いできるようにいたします」

 

「本当ですか!いやーそれはありがたい」

 

 渡りに船とはこの事か、あまり特定の人間ばかりに頼るというのも後々面倒になりそうな気もする。

 

「いえ、この程度の事で霊薬を頂いた恩を御返し出来てはおりませんから、もしそのようなご用件がございましたらいつでも私にお申し付けください。少しずつでもご恩をお返ししていきたいのですがご迷惑でしょうか?」

 

 そうだった。霊薬を渡しまだ代金というか対価を貰っていなかった。エルフを買う代金をフールーダではなくレイナースから貰っても良いが、自分に恩を感じているのならばいずれ何かに利用できるのかもしれない、ならばここは金で事を済ますのではなく長く利用させてもらおう。

 

「いえ、こちらが迷惑を掛けるかもしれませんがよろしくお願いします」

 

 差し出された手をレイナースは頬を赤らめ握手する。フェンリルから向けられた笑顔の裏が恐ろしい獣だとは知らずに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。