理力の導き (アウトウォーズ)
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第1章 転生編
一つの国の終焉と、新たな伝説の始まり


まずはアルキード滅亡のくだりから。
どうぞよろしくお願いします。


 

その一報は、大陸中に激震を走らせた。

当初は誰しもが、大規模な火山噴火だと考えてたのだ。

しかし学のある人間はすぐさま、あり得無いことだということに思い至る。

けたたましい爆音とともに立ち昇った不気味な煙が見えるその方向に、活火山は無いはずなのだから。

当然、急速に情報が集められた。

危険を顧み無い冒険者達に依頼が出され、救援と称した偵察部隊が隣国より僅かな物資・食料とともに送り込まれ、最終的には高高度より俯瞰が可能な気球が放たれた。

 

そんな彼らが目を疑う惨状に言葉を失うばかりだった一方で、ことの影響を真っ先に受けたのは形式ばかりの国境警備にあたる兵士たちだった。

ただでさえ、隣国の中心方面に真昼間、突如として巨大な爆音と雲まで届くキノコ状の爆煙が上がり、その後に生じた地面の震えに怯えていたのだ。

そこに色をなして逃げ出してきた、国境周辺の住民達が雪崩れ込んで来た。

兵士達の詰所として設けられた主要街道沿いの関所はあっと言う間に処理能力を超え、道を外れて入国しようとする住民たちとの間ですったもんだの大混乱が生じる。

そんな混沌とする国境線をよそにようやく集まり始めた情報をもとに下された結論は、

一つだった。

 

魔王軍、再来‼︎

 

ことここに至って、誰の目から見ても明らかな超巨大爆発とそれがもたらした結果-ーアルキード王国の滅亡ーーについては、重要視されなかった。

本来、それ自体とんでもないことであるのだが、ことはそれだけでは済まされ無い。

勇者が首魁を破ったとされる魔王軍のもたらした戦火の爪痕に苛まれる各国には、その大災禍の記憶がつい先日のように残されていた。

次は我が身、とは誰もが想像することであった。

 

出入国の管理という機能は一夜も経ずに失われ、関所は前線基地へと様変わりした。

国境線を超えて流入して来る難民は見向きもされず、それを追撃して来ると予測される魔王軍の大軍勢に備えることが最優先とされた。

アルキードに隣接する各国は、先の戦禍からようやく再編がひと段落したばかりの軍を、係る国境線へ投入した。

一方で城壁を持たない大半の街・村の住民達は一気に難民と化し、国内で大移動が開始される。

そうした大量の移動を誘導・統制する機能を負うはずの軍は、最小限の人数しか割かずに冒険者ギルドへと実質丸投げした。

混乱の坩堝と化した最中に大事故・大事件が起きるのは先の戦役の教訓となっていたが、それに対応するための人員も物資も、手が回らないのが実情だった。

アルキードという国家、もといその国土の大半を一瞬にして消し飛ばす程の勢いを誇る魔王軍が、再度押し寄せてくるのだ。

どれだけ救えるかではなく、どこを生き残らせるか、に主眼を置いた作戦が立案され、即座に認可されていった。

 

当初の予測と異なり、魔王軍の初動が遅かったのが救いだったのだろうか。

不意打ちを受けたにもかかわらず、各国はなんとか地図上の想定通りに布陣を完了できた。

そして1日がすぎ、2日目の朝を迎えた。

遺書の執筆にひと段落した兵士たちが眠い目をこすりながら朝日を迎えられたことに喜ぶ中、将校達の間には不穏な空気が漂い始めていた。

ーー幾ら待っても、敵が来ないのだ。

これほど大規模な初撃を与えておいて、追い打ちが来ないのは純軍事的に見て不可解この上無い。

敏い一部の将校達が放った斥候もまた、敵勢力の情報ではなく、避難民たちからの要望を持ち帰るばかりである。

まさしく人類存亡の危機と思われた今回の騒動が、結局は単なる空騒ぎだったとして歴史に刻まれるまでには1ヶ月の時間を要し、その間将校達は部下の引き締めに頭をかかえることとなる。

彼らは半年後、此度の騒動の犠牲者の100%が避難誘導の無い地域で起きたことによるとの報告が文官から寄せられ、一層肩身の狭い思いをすることになるのだった。

 

もっともそれらは、少しばかり後の話である。

そんな人類の空前絶後の大慌てぶりを冷ややかに観察する、3つの目があった。

「いやあ〜、盛大な花火だったねえ、ピロロ?」

と、まるで道化師のような格好をした黒づくめの人物が、傍の一つ目に話しかけている。

「うんうん、人間ってばかだね。びっくりして移動するだけで、相当な数が死んじゃったみたいだよ?」

「フフフ。弱い生き物だねぇ。しかしさすがのボクでも、アルキードでの工作の結果が、各国の住民を屠殺することに繋がるとまでは予想できなかったなあ。」

惨憺たる各国の状況を視察しながらも冷徹な言葉を交わす彼らは、まさしく一連の事件の黒幕と言って良い存在だった。

彼らにアルキードでの政治工作を指示した更なる黒幕は、ここまでの波及効果を見込んでいたのかどうか。

それは本人のみが知るところではあるがいずれにせよ、この一連の騒動に注意が向けられているのは事実であった。

そのことにより、かつてはるかの昔に遠い彼方の銀河にて調停者としての役割を負わされた者の存在を、見落とすことになったのだった。

 

 

アルキード王国の国土の8割が灰燼と化し、隣接する国々が総力戦の体制を急ピッチで整え、それに泡を食った住民達が誘動もなく街道にひしめき、それを狙った犯罪者達が暗躍する、という負のサイクルは、3ヶ月に渡った。

そんな折、人里離れた村に、ひっそりと頼りなげに歩み寄る一人の少年がいた。

 

「おいお前!そこで止まれ!」

「何だ、難民か?こんな外れの村まで避難しに来やがったのか?」

 

村の入り口に差し掛かる場所には丁度、歩哨となる青年が二人いた。

見るからに自警団、という出で立ちの彼らは、大空走と呼ばれる一連の騒ぎにより悪化した治安を保つため、寝ずの番を張っていた。

そんな彼らにとって、真夜中に一人の見覚えの無い少年が訪問してくることは、晴天の霹靂となった。

気づけ酒の影響もあってか、一気に色めき立つのだった。

 

「言葉が……、通じるのか?」

 

来る時間と場所を間違えているとしか思え無いその少年は、煤けた印象を受ける割には、まるで王都で売られている絵本から抜け出して来たかのように整った顔立ちをしていた。

おまけに想像の斜め上を行くセリフをのたまうではないか。

幽霊か何かの類かとも思えるその浮世離れぶりは、青年達に無用の緊張と、無駄な想像を強いる結果となる。

 

「な、なあ。。どう考えても、この時間に子供が一人で避難してくる訳無いよなぁ?」

「ああ。ま、まずありえ無いだろ、普通。」

「じゃあ、こいつ……。」

「ひょ、ひょっとして魔王軍の改造人間だったりするのかな!?」

 

村の青年二人組は、少年一人を前にして泡を食って動揺し始めていた。

しかも勝手な思い込みから、である。

何を思ったのか、大した殺傷力もなさそうな長棒を震える手で握りしめ、ブルブルと震えるその様子が逆に危なっかしく、見る者の哀れを誘う。

少年はこういうときに冷静な側の誰もがやるように、ゆったりとした動作で両の手のひらを翳した。

しかしその動きを見た二人組は、色をなして怯え始めた。

 

「ああああ、あの構えはああああ!」

「きょ、きょきゅ大爆裂呪文!?そんなバカなあああ!」

 

何を怯えられているのか検討もつか無い少年は、さすがにため息をついた。

ハンズアップの動作すら相手を怯えさせてしまうのでは、最早冷静な対話などあり得無いように思えたからだ。

しかも二人組のうちの一人は、その僅かなため息にすら敏感に反応して悲鳴をあげ、昏倒する有様である。

 

「う、うわああああ!やられたああ!」

「オ、オニールぅぅ!!しっかりするんだ、傷は浅いぞ……って、み、脈が無いじゃないかぁ!?き、キサマ一体何をしやがったあ!」

 

上腕部で脈が測れたら、そっちの方が異常事態だろうに…。

検討違いの場所で脈を測ろうとして失敗している青年を目の前にしては、呆れ返るばかりである。

あまりの慌てぶりにこれ以上の動作はやぶ蛇になると感じた少年は、おとなしくそのままの姿勢をとり続けた。

もはやこれ以上の相手の反応には、心を動かされ無いようにと決めるのだった。

 

「オニールはなあ、来月、幼馴染のジェシカに、告白する予定だったんだぞ!そ、それをこんな非道いことしやがって‼︎ジェシカには何て言ったらいいんだぁ……」

 

最早自分からは視線を完全に外し、自分の世界に入りきっているその姿を見ながら、

少年にはこのごっこ遊びにも見える事態に警戒を抱き始めていた。

彼は経験として、敵軍勢力の中にごくごくたまに、こうしたコントのような意味不明なやり取りをする機械兵士がいることを知っていた。そうした彼らのやり取りは「よく見ると意外と面白い」とまことしとやかに囁かれていたのだが、あくまで噂の域を出ない。

が…。

今この目の前にいるのは、ひょっとしてその類なのでは?

という、自分でもよくわからない憶測が頭をかすめた時だった。

 

「この一発を我が友オニールに…そしてジェシカ、君に捧げる!僕たちの愛のために燃え上がれ!メラああああぁぁぁ!」

 

その、無駄に長ったらしい上に酷い友情の裏切りが含まれた口上に反して、その魔法はこの村の住民たちのレベルから見ても、何ともしょっぱい初級魔法だった。

スッカスカな魔力で見栄えだけ立派な炎をとり繕っているために、立ち木一本燃やせるかどうかすら怪しい一発である。

 

だが、人間の手から炎が放たれることなぞ想像すらしていなかった少年にとって、これはとんでもない事態だった。

彼の知る範囲において雷など通常あり得ないものを放出する輩は、破壊と裏切りを至上とする影の実力上位者に他ならないからだ。

 

ぶっ壊れた中古の機械兵士を相手にしているような気持ちは瞬時に吹き飛び、覚悟を決めるとともに右手を翳し、その炎を”受け止める”。

それは魔法を常識とするこの世界にしてすら、常識に反してなされた、まさしく奇跡といって良い現象だった。

だが、残念ながらこの場にそれを冷静に観察できる者はいない。

 

「何だ、大したこと無いな。それよりも…」

 

一瞬だけ気を張り、防御を実施した少年だったが……。

使い慣れた、魔法とはまた異なる理で作用する万能の力をまとい、受け止めて見た結果……。発声した言葉通りの感想しか浮かばなかった。ひょっとすると、素手で触れてみても大丈夫だったかもしれない、とすら思える。

 

だが、ここにはそれを見ていきり立つ青年がいた。

 

「な、なんだとおう!?こ、このオレの超必殺魔法がぁぁ!おのれ貴様、さては超・大魔王だなぁ!百億の人類の恨み、今こそ討ち果たしてくれる!受けてみよ!このランベルト・パーカーが誇る2万奥義の第9871秘剣、その名も『超ミラクルスーパーハイパー……って、痛い!何するの、やめて!」

「バカモン!こんな子供にメラとはいえ、魔法を向けるバカがあるかってんだい!……メラとはいえ。」

 

少年は、そして新たに現れた老婆から振り下ろされる杖に簡単にあしらわれる青年を見て、

最早この人間に見える存在の中身は、壊れた機械兵士なんじゃないかと本当に思い始めていた。

その疑惑は、老婆の次にとった行動により更に深まることになる。

 

「まったく……、ん?楽しそうに大騒ぎしてると思ったらこいつら、酒なんて飲んでやがる。ごめんな、坊や。今お仕置きしといてやるからな。……ヒャド!」

 

ーーあいつら、人間に偽装する能力でも身につけたか?

目の前のどう見てもヨボヨボの老婆が、何も持っていない手から吹雪を生み出し、

青年たちに浴びせかけるのを目撃した少年は、最早ついていけない、とばかりに口を開いた。

機械兵士でもなんでもいい、とにかく言葉は通じるのだ。

 

「はじめまして。私はアナキン・スカイウォーカー。夜分にお騒がせしてしまって申し訳ありません。どうか一晩の雨風を凌げる寝床を、お貸し頂けないでしょうか。」

 

その声は、かつての彼を知る者がいれば敵の偽装と断じて斬りかかるであろうくらいに丁寧で、そして穏やかなものだった。

 




スターウォーズの用語は、なるべく使わないように心がけました。
最初話くらいは、と思いまして。


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緩やかな時間の中で

時間が空いてしまい、申し訳ありません。
状況説明会です。



それは、この時期には例を見ない長雨だった。

シトシトと、3週間にも渡り降り続いた小雨は最後の仕上げとばかりに大雨となり、

大地に過剰な恵みを与えた。

降水地域では先月まで類を見ない水不足に悩まされていたのだが、その不足分を補って余りある水量は各所に弊害をもたらそうとしていた。

 

アナキン・スカイウォーカーが身を寄せたギルドメイン山脈の山間部に位置するディー村では、

早速影響が出始めていた。

 

「おおいアナキン、ちょっとこのポンプ見てくれないか!?水が溜まりすぎちゃったのかなぁ。ちゃんと水が出ないんだよ。」

「ああ、あのピストンにガタ来てたやつか……わかった!ちょっと待っててくれ!」

 

長閑な田舎の村で、アナキンはひっそりと暮らしていた。

もちろん、彼が生来持つその才覚・指導力は閑静な田舎町に激震を走らせるものだったが、彼は決してその場を動こうとはしなかった。

かつての彼を知る者がいれば拍子抜けしてしまうほどに、彼はその原始的な生活に溶け込み始めていたのだ。

 

「ジャックの奴がうるさいからちょっと黙らせて来ます。しばしお待ちを。」

 

彼は現在、あの晩に騒いでいた青年達を黙らせた老婆と共に、生活を送っていた。

その名をジャンヌといった。

彼女はこんな辺鄙な田舎にはまったく似つかわしくない程に、智恵と魔術の扱いに長けた人物だった。

 

 

魔法という未知の存在に出会ったアナキンは、身寄りがなく村の片隅でひっそりと暮らすジャンヌ老に感じるものがあり、この場に留まることを決意したのだった。

その素晴らしい力に魅入られるどころかそれを誇ることを自らに禁じ、誰にでも使えるレベルで日々の生活に取り入れさせる彼女の生き方は、アナキンにとって魔法という未知の存在以上に衝撃を与えた。

 

その余波を昨日のことのように反復しながら、現在は彼女の生活を支える傍らで魔法の教えを請い、それを村の生活環境の改善に役立てていった。

ちなみにこの井戸に設置された手押し式のポンプは、彼の発案により実装化され、メンテナンスも含めた運用ノウハウを手先の器用な村人達に伝授している段階であった。

 

だがそうした試みもこの長雨の中では一時中断せざるを得ない。

水位の高まりに反比例して活力を失う村の中で、老人と少年の住まいにおいては、世にも珍しい語らいが為されていた。

 

手短に村の井戸の修理を終えたアナキンは、雨音を背景にジャンヌ老と向き合った。

 

「して……。どこまで聞いたのだったかな?巨悪を打ち倒した、偉大なるスカイウォーカー卿よ。」

「やめて下さい、その呼び方……。私ではなく、私の息子にこそ相応しい称号なんですから。」

「ふん、満更でもないことが透けて見えるわ。精進が足りぬよ、小さなアナキン。奢ることはもっての他だが、恥じることもまた浅ましさの一部じゃと、何度言ったらわかるのだ。」

「全く……その通りです。ところで本当に、貴女はフォースを使えないのですよね?」

 

アナキンは現在、名目上は彼女の弟子ということで身を置かせてもらっている。

そしてつい前日、この雨の中やることも少なくなったために、ある決意と共にジャンヌ老に全てを打ち明け始めたのだった。

 

「フォース……だったか、魔法使いであるワシが言うのも何じゃが、奇跡みたいな力じゃな。しかしそんなもん使えずとも、今のお前の精神の揺れ具合は、見て取れるぞ。その皇帝とやらも、さぞかし操り易かっただろうて。」

「返す言葉もありませんが……これ以上は勘弁して下さい。昨日までに私からは粗方話し終えていますよ。今日はご自身のお考えを聞かせてくれる約束では無いですか。」

 

アナキンは、急所をズバズバ付いて来るこの老婆とのやりとりに心を抉られながらも、ある種の懐かしさを感じていた。

マスター・ヨーダ……、そのフォースの巨大さで誰も叶わぬうえに、周囲が憚る正論を微塵の躊躇いも無く口上に乗せられる偉大な指導者。そんな彼との会話が、アナキンは何よりも苦手だった。

今から思えばあれほどの存在が、よくも一端のジェダイであったアナキンと言葉を交わしてくれたものだ。自分はそれだけの功績を上げているのだからと、口煩い上司としてしか感じなかった存在が、今となっては時間を割いて精神的な指導をしてくれたのだとわかる。

 

しかし、わかったからと言っても忌々しさを感じずにいられるほど、アナキンは大成してはいなかった。

 

「やれやれ、こんな長雨の中で時間を急くとはの……。まあ良い。

最終的にはシスとやらも倒せた。片手を切り落とすなんて虐待を働いた息子に、情けをかけられて見送ってもらえた。これで心置きなく死ねる。と思ったら少年の姿でこの村の前にいた、と。そういうわけじゃったな。」

 

色々と言いたいことはあるし、憤りも覚えるが、その通りなのでアナキンには返す言葉がなかった。

それよりも、せっかく話を前に進めてくれたのでその流れに乗ることを優先すべきだろう。

 

「その通りです。私の師であるオビ・ワンもあのマスター・ヨーダも、フォースの渦の中に確かに感じたのです。しかし私だけが、その渦の中に帰ることができずに、この様なことに……。」

 

「はあ……、その神経のず図太さには感心するよ、小さなアナキン。お主は、確かな役割をその世界に望まれたのじゃろうに。それほどの存在が生み出された時点で、その世界がどれほどの対価や犠牲を払っておると思っているのじゃ。それが道を踏み外した挙句、結果良ければの精神で黄泉の国へ案内してくれとは、どんな寛容な神であっても許さんことじゃろうて。これしき、幼児ですらわかる理屈じゃ。なぜわからぬ。」

 

「……私達の世界では神などおりませんでしたので。」

 

「ならば、そのフォースなるものの根源たる原理・理屈において、お主はもう、その世界から弾き出されてしまったのじゃよ。こうして自我はおろか、記憶すら健全なままで転生できたこと、この世界の神に感謝するのじゃぞ。神がお主の存在をお許しにならなければ、おそらくお主は魂レベルでの存在すら消され、そのフォースとやらの渦なり海なりに、還されていたはずじゃ。」

 

そこでジャンヌ老は、一旦言葉を切った。

その後に放たれた一言は、雷鳴よりも鋭くアナキンを貫いた。

 

「まさかお主……それだけのことをしでかしておいて、自分だけは都合良く、新たな命として輪廻転生を迎えられるとでも思っておったんじゃあるまいな。」

 

アナキンは、一人の老婆の口から確信を持って語られた内容に、言葉を失っていた。

検証が必要な内容がほとんどであるが、何よりも今の一言は、まさしく真実であったからだ。

 

「やれやれ……言った側から内心がダダ漏れじゃぞ。まさかの図星とはな。ワシもお主も、まだまだお互いを知るには時間が足りんかったようじゃの。この大雨が始まってから始めた自分語りの端々に見せていた反省・罪悪感……それらの全てが、不平・不満に他ならなかったと証明されてしまったな、アナキン。」

 

「そんな……。私は確かに。」

 

「まあ、人間はどの世界でも都合の良い生き物だ。ワシを含めて……な。恥じることでは無い。いや、お主にはそんな暇が無いと言った方が正しいか。受け入れるのじゃよ、アナキン。お主が良い方向に向うとしているのは、ワシがよくわかっている。」

 

そんな折、雨音にまぎれて戸が叩かれた。

アナキンはハッとなり、常なら張り巡らせているはずのフォースの網が、途絶えてしまっていることに気がついた。

 

「……この大雨じゃ。何がしかの困難を抱えた者がいるのじゃろう。丁度良い、お主だけの力で解決してみせよ、アナキン。世界を救うだとか、大業は望まぬ。戦争で手柄をあげるなんて、邪道よ。まずはこの村の隣人から助けていくことを学ぶんじゃ。」

 

 




次話ではいよいよフォースを使います。


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緩やかな時間の中で〜少年と老婆のモンスター退治〜

これまで、ダイの大冒険の人物が誰も出て来ておらず、申し訳ありません。
でも、次話でのエピソードは作中登場人物では不可能な演出だと思いますので。
もう少しばかりお付き合い下さい。



 

「それはつまり…飛び道具を用いる害虫の群れがいる、と考えれば良いのですか?」

「…お主流に言うとそうなるかの。しかしベビーサタンの群れを害虫扱いとは、さすがじゃのう、スカイウォーカー将軍!」

 

いま、アナキン・スカイウォーカーは人生で初めておんぶというものをしていた。

背負っているのは他でもない、ジャンヌ老その人である。

幸いなことに彼女は12歳のアナキンでも十分に背負えるほどに身長が低く、その姿勢そのものに無理は無い。

 

しかしながら基本的には田舎に隠居している彼女を近隣の大きな町まで連れていくとなると、これは立派な重労働である。

そのため、フォースを全面的に活用しての行程となっている。

 

「う〜ん、風が気持ち良いのお。」

「手を放したら危ないですってば。しっかり掴まっていてください。」

 

徒歩から始まった道のりであったのだが…。

若いくせにもっとキリキリ歩けんのか、との叱責にイラッとしてフォース・スプリントで応えたところ、現在に至ってしまっている訳である。

フォース・スプリントとはこの世界の魔法でいえば…ピリオムに当たるのだろうか、フォースを用いて全身を強化して突っ走る、基礎的な疾走技術である。

 

乗り物酔いするのでは無いか、との心配から当初は遠慮してあげたというのに、今ではもっと飛ばせ、との命令を受ける有様である。

今や突撃騎馬の数倍もの速度に至っており、いつの間にやらちょっとした行軍記録に迫ろうかという次元の話になってしまっている。

 

「ふん、心配症なやつめ。しかし、フォースとは便利なものじゃのう。こんなことなら、去年のドナ村にも同行すべきじゃったな。」

「…仰せのままに、マスター。」

 

馬車扱いしやがる気、満々じゃないか!

と、ぼやきたくなるアナキンであったが、図らずも賛成できることであったので、頷いておいた。

ここ最近、ジャンヌ老の調子が思わしくないのだ。

病気を患っているとかいう訳ではないが、如何せんもういい歳である。

隠居を決め込んではいるが、それにしても最近は少しの外出も億劫になっているようだった。

今回の件で無理に同行を願った背景には、実はそういった事情が関係している。

 

要するに、これまでの恩に報いたいのである。

 

「お達しとあれば何処へでもお連れしますが…。今回は的確なアドバイスをお願いしますよ、マスター。なにせ私は…。」

「うむ。まさかモンスターを知らずにこれまで討伐し回っていたとは、盲点じゃったわい。不肖の弟子とは思っていたが、ここまで無知だとは思わなんだ。」

 

ことの次第はこうだ。

ここ2年でアナキンは凄腕の剣士という触れ込みで、周辺の村落に知れ渡るようになっていた。

ディー村の周辺は世間一般レベルでモンスターが出現するため、ジャンヌ老が、腕に覚えのあるアナキンにそういうものの討伐をこなすよう達したのがきっかけである。

今回はその中でも特に厄介そうな、アナキンとしても初めてとなる魔法を用いるモンスターを討伐する内容であったため、巧みに魔法を操るジャンヌ老にも同行を願ったという訳である。

その際に、今まで戦っていたモンスターのことを話半分に聞いていたアナキンは、魔法をぶっ放してくる奴らもいると聞いて、少しばかり背筋が寒くなったのだった。

 

「しっかしお主も気の利かない弟子じゃの。こんな便利な能力があるなら、ちゃんと申告せぬか。…ムッ、スピードが落ちておるぞ。しっかりせんか!」

 

「…。マスター、これはそもそも長距離を移動するスキルでは無いのです。戦場を瞬間的に駆け抜けるときに使う手段なのですよ。それをぶっ続けで使い続けているんですから、労いの言葉くらいですね…。」

 

「ハッ!戦場で使う能力が2時間で息切れとは、お笑い草じゃの!将軍様が聞いて呆れる。泣き言はいいから、キリキリ走らんかい!」

 

ーー言わせておけば!

猛スピードで大地を駆け抜ける小さな人影は、そんな気の抜けるやりとりをしながら街道をひた進むのであった。

 

 

 

馬車で3日はかかる道のりを、アナキンたちは3時間ほどで走破してしまっていた。

彼には知る由も無いことだが、これは息子であるルーク・スカイウォーカーがマスター・ヨーダの指導のもとに行っていた訓練と比しても遜色無い強度である。ーーそう、あの鬼のような沼地を、ヨーダを抱えて突っ走るという悪名名高きロスカントリーである。

 

街道とはいえ未舗装の道を、休憩すら無しに駆け抜けてきたのである。

おまけに途中からは、僅かな揺れにすら文句を言い始めたジャンヌ老をフォースで浮かながら、である。

当然、12歳になったばかりのアナキンは息が上がっていた。

依頼主であるエス村の長宅で差し出された杯を、彼は勢い良く飲み干した。

 

「見苦しい孫で申し訳ないのう。まずはもてなしに感謝するぞ。」

 

「いえ、そんな…。モンスターに荒らされなければ、自慢の果実酒をお出しできたのですが…。」

 

魔法使いとその孫という触れ込みで接するジャンヌ老に対して申し訳なさそうに振る舞うこの村長、実はしたたかだった。

この世界でモンスター被害自体はよくある話なのだが、ことに今回の相手はベビーサタンの群れである。

たまに放ってくる「冷たい息」が厄介な反面、小柄で知能が低いため単体では驚異では無いのだが、束になってかかってくるため非常に厄介なのだ。

本来、そこそこ名の売れた冒険者パーティーにすべき依頼である。

 

今は困ったふりをして依頼達成の暁には村の備蓄庫から果実酒を引き出すことで、報酬の話をうやむやにしようとしているのだった。

 

「なに、こ奴は未成年じゃし、ワシも酒は嗜まぬ。もとより特産品目当てで参った訳でも無し、早速取り掛かからせてもらうとしよう。なに、報酬の心配ならせんでも良いぞ、こ奴の修行じゃて、案内も不要じゃよ。ホレ、何と言っておったか。」

 

「サーチ・アンド・デストロイです、マスター。森林ゲリラの殲滅方法としては基礎中の…。」

 

「この通り、自分で探し出す気満々なんじゃ。やる気は十分じゃろうて。」

 

唖然としている村長をよそに、その名の通りの挨拶を済ませた弟子とその師は、そそくさと森林の中へと向かうのであった。

 

 

 

 

「次は右じゃ。…違う!その後ろの2匹じゃ‼︎」

 

「…。ちょっと黙ってて頂けませんか‼︎ 的くらい自分で探しますってば!」

 

アナキンの突撃思想は、世界が変わったからと言って変わるものでは無かった。

かかるベビーサタンの群れを見つけるや否や、そそくさと斬り込んで行って現状に至る。

 

自身の命とすら見立てるよう教えを受けたライトセーバーは現在その傍らに無く、一般的な鉄製の剣を振り回すその姿は、かつての彼を知るものからすると、ずいぶんぎこちないものに見えた。

いかにパワー重視のフォームⅤで戦っていたアナキンとはいえ、そもそも刃にあたる自重が無いライトセーバーの扱いに長じていたのであって、剣士としてそのまま通用するほど甘くは無い。

 

「ああ、また外した…!全く情けない…!」

 

残念そうにつぶやき、悪態を吐くのはジャンヌ老である。

アナキンは頭に血が昇っており、それどころでは無い。もはや悪態すら吐かなくなるザマである。

彼はこれまで、飛行するタイプのモンスターを複数相手にすることは無かったために、目にも留まらぬ初撃で勝負をつけてしまっていた。ことここに来て、不慣れな剣の扱いが顕在化したのである。

 

自身に扱い切れない大魔法を発動しよとうして失敗するベビーサタンと、その速度に目を奪われるも技量のぎの字も無く剣を振り回す弟子。

そんな長閑とも言える、どこか緊張感の無い戦いの場において、さすがにジャンヌ老は危機感を感じていた。

ちなみに何故か、ベビーサタンは彼女に目もくれずにアナキンに襲いかかり…、その大半が呪文を唱えようとして失敗している。

 

「冷たい息」を吐こうとしている個体、つまりは魔力を発動せずに攻撃姿勢をとるものをアナキンに教えて倒させているが、それにしても効率が悪い。

一体いつまで持つことやら…、と考えていると、ついに恐れていた事態が現実となった。

 

「冷たい息」がものの見事に弟子を直撃したのである。

 

 

 

アナキンはとっさにいつもの癖で剣で敵の攻撃を受けた。

ブラスターを弾き返すライトセーバーで攻防一体の戦法を身につけたジェダイとしては当然の反応なのだが、それは通常の剣では成し得ない道理だ。

 

その結果、剣で防いだ範囲外の吹雪が彼の全身を直撃し、鋭い痛みを伴って全身に極寒が走る。

この世界に至って初めて攻撃をその身に受けたアナキンは、反射的に剣をそのベビーサタンに投げつけた。

 

「やりやがったなこの野郎!」

 

我を忘れてフォースと共に投げ付けられたその、ごくごく一般的な長剣は、それまでの戦いの様相を激変させた。

ブラスターの射撃もかくやという速度で宙空を走り、ベビーサタンの体を串刺しにした剣の一投は、そのまま6本の木々を貫くと共に根すら掘り起こし、岩を叩き割ることでようやく停止した。

まるで何かが爆発したような惨状が一直線上に展開され、口うるさいジャンヌ老ですらその光景には言葉を失った。

 

一瞬にして静まり返った戦場の中で、アナキンはふつふつと湧き上がる敵意を、必死に抑えていた。

 

愛嬌のある姿形をしているベビーサタンを相手にどこか集中力を欠いていた彼であったが、まさかの一撃をもらって、年甲斐も無くムキになってしまったのだ。

この世では12歳だが、前世と合わせると年金暮らしを始めてもおかしくない年齢のアナキンである。

まさかこんな小動物ごときに、将軍職にまで就いた元・ジェダイナイトが本気になるわけにもいくまい。

 

 

そんなことを考えていた彼の眼の前で、その怒気に晒されていたベビーサタン達は、あろうことか互いに目配せをしていた。

キョロキョロと動く眼球が、その動揺を物語っている。

既に数体の仲間が倒されているのではあるが、ことここに至って彼等もようやく、命のやり取りをすることの恐怖に直面したということだろうか。

やがて彼等は一匹の目つきの鋭い仲間の合図と共に息を吸い込んだ。

 

「いかん!よけるのじゃ‼︎」

 

ジャンヌ老の声が響き渡ると同時に。

 

一斉に「凍える息」が放たれた。

 

まさしく息のあった同時攻撃を展開したその様は、相も変わらずどこか憎めないものであったが、その光景たるや壮絶なものがあった。

突如として展開された極寒の暴力は厚みを持ってアナキンに襲いかかり、扇状に展開された効果範囲内の全てを瞬く間に凍てつかせた。

ベビーサタンが群れでいること自体が珍しいのだが、その彼等が一斉に飽和攻撃をかけるなど、前代未聞である。

最早、百年に一度の奇跡とまで呼べるその威力は、マヒャド級にまで高められていた。

 

 

アナキンが弾かれたようにその右手をかざすと、そのブレス全体が、空中で押し留められた。

 

 

それは本来、この世界ではあり得ないことである。

耐える、避ける、弾く、又は跳ね返す。

それ以外に対処方法の存在し得ない攻撃をアナキンは空中で押しとどめ、そして。

 

怒りに燃えた一睨みと共に、ベビーサタンの群れに叩き返したのである。

 

「ビっ!?」

「ビビィ!」

「ビービー!」

 

こいつら鳴くんだな、との感想を抱いたのは傍観者たるジャンヌ老である。

言語を用いているかすら定かでないベビーサタンではあったが、こういう場合に上げる声の意味するところは、たとえ種が違ってもそうそう変わらないだろう。

 

混乱とも断末魔とも言えない鳴き声が響き渡った後に残されたのは、氷雪に打たれ血を流し凍りついた無残な屍の数々と、運良くその下に潰される形で救われたベビーサタンがたった一匹、という有様だった。

 

「なかなかシブトイのがいるじゃないか…。」

 

アナキンはその一匹を見とめるや否や凄まじい形相で睨みつけ、力を込めて右手を突き出した。

両者の間には明確な距離が開いていたが、これから何かしらの圧倒的な力がサタンパピーに作用することは誰の目から見ても明らかだった。

 

「さっさと逃げ出しておくべきだったな。」

 

「ビ‼︎…ビ……ピ……ィ………。」

 

ジャンヌ老の目にそれは、はじめサタンパピーが自身の頼りない翼で空に羽ばたいたように見えた。

アナキンから放たれる不可視の力から逃げようとしているのだと。

しかしサタンパピーはどこか違和感のある鳴き声を上げている。

それが段々小さくなると共に力が抜けたのか、手に持ったフォークのような三股の槍を取り落とすに至って、アナキンに”持ち上げられて”いるのだということに思い至った。

しかも、喉を締め上げられる形で。

 

「やめんか、バカモン。」

 

ジャンヌ老はルーラでアナキンの側まで移動すると、手に持っていた杖をその頭に叩きつけた。

しかも、割と本気で。

軽量な彼女とはいえ移動速度と合わせて荷重の乗ったその一撃は、かなりの威力である。

 

「ぐあ!」

 

アナキンは今生で最大の衝撃を頭に受けると、その場に倒れこんだ。

 

「なんてことするんです、マスター!」

 

「やれやれ、怒りに我を忘れるのには懲りたんじゃなかったのかい…。」

 

「これは啓蒙活動です!この無礼な害獣に、命の重さを思い知らせてやってるのですよ!断じて暴力などでは無い!」

 

「語るに落ちるとは、愚か者め。何もモンスターの命を取るなとは言わんがの、戦意を喪失した者に情けをかけてやるくらいの余裕は無いのかね、ジェダイとやらには…。」

 

アナキンはハッとなり、フォースを弱めていった。

 

「ビィ、ピィィ…。」

 

羽ばたくことすら忘れ、弱々しい声とともに地面に倒れ落ちるベビーサタンを、彼はなんとも言えない表情で見つめた。

一瞬見間違いかとすら思ったが、間違いなく涙すら浮かべているその生物には、最早哀れとしか表しようが無い。

 

防御と知恵のため、を掲げるジェダイの教えでは、たとえ命を脅かす敵とはいえ、戦意の無いものを最後の一兵まで殲滅するやり方はあり得ない。

本気になって攻撃することでダークサイドに捉われるほどアナキンは未熟ではなかったが、さりとて前世の大半を暗黒卿として終えた実績がある。

それは綻びとして、このような形で今世にも影響を及ぼしていた。

 

「…。その通りです、ジェダイは誇り高いんだ。下等生物にかけるくらいの情けは、持ち合わせていますよ。感謝するんだな、この薄汚い羽虫め。」

 

「気づいておらんじゃろうがお主、頭に血が昇ると尊大な態度になるぞ。まずは心から鎮めよ。」

 

「くっ…。」

 

 

 

 

 

 




ベビーサタンの鳴き声は、適当です。
しかし1話ごとの区切り方が、やっつけで申し訳ありません。
精進します。

次話こそ、少しずつ物語を進めていきます。


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緩やかな時間の終わり 前編

また少し、時間がたってしまいました。
よろしくお願いします。



この世界に来て、アナキン・スカイウォーカーが決めたこと。

それは、この小さな聡い老婆の生涯を看取ることであった。

彼女と共に慎ましやかな共同生活を送っているのは何よりも、その智恵と人生観を学ぼうとするためであるのだが。。。

 

 

あの日、長雨の中で自分の過去を語り始めたとき、彼はこの老婆の先が長くないことをフォースにより知らされていた。

 

 

近しい者の死が、かつての自分を歪めたのであれば。

この静かな山間の村でそれを追体験することで乗り越えられるのでは、という浅慮が働いた。

しかしそんな愚考では到底到達できないほどに、これまでの時間は有意義なものとなった。

それくらい、ジャンヌとしか名乗らなかったこの老婆は、素晴らしい指導を授けてくれた。

 

そして今日この日、出会って初めてとなる出来事があった。

 

彼女がアナキンに頼みごとをしたのだ。

ーーとびっきりの夜空を見たい。お願いだ。

そっけない一言に、アナキンは黙って頷いた。

それ以降のどこかぎこちない沈黙の時間は、彼女を背負い、山中に至るまで続いていた。

 

「マスター、これまで本当にありがとうございました。」

 

「何を殊勝な。本当は、半年くらいでワシを看取ってサッサと出て行くつもりだったのじゃろう?」

 

14歳になり精神的に大きく成長したアナキンは、かつての様に精神的な動揺を繰り返すことは無くなった。

しかしながらいつになっても、この老婆には心根を見透かされてしまい、その度に可も無く不可も無く驚かされたものだ。

そうしたことの繰り返しが、彼に教えるものがあるのも事実であった。

 

その指摘は、本来ありえないものなのだと。

 

「マスター、やはり貴女は…。」

 

「ふん、冥土の土産に教えておいてやる。我々の用いる魔法とそなたの使うフォース、根っこは同じようじゃよ。ワシは姑息だけが取り柄の木っ端な魔法使いであったが…、最後の最後にそのことに気づけただけでも、良しとすべきじゃろうて。」

 

ーーそんなことはありません。貴女は素晴らしい魔法使いだ。

アナキンはその言葉を、飲み込んだ。ここ数年、ジャンヌ老は自分を卑下するようになり、色をなしてそれを否定する彼との間で空虚な時間を重ねることが多かった。

彼は無理に反論しない智恵を身につけていた。

 

「いま、私もはっきりと感じます。フォースに目覚めたのですね。」

 

「ふむ…。魔法よりも汎用性が高く、そして攻撃面にやたら強い誘惑があるの。これがお主を迷わせたのか。」

 

ーーいきなりダークサイドに接触されるとは…。

精神的に成長したはずのアナキンでも、感情の起伏を抑えることはできない。

彼はショックに流されるまま思わず、これ程の時間を共にしながらも自分のことを殆ど語らなかった、ジャンヌ老の過去に思いを馳せた。

しかしその心の揺れは細波程度に抑えられており、ここに至るまでの彼の成長を物語っている。

 

アナキンはショックから立ち返ると、ひょっとすると自分を超えるかもしれない才能の発芽を目の前にしたことに意識を向けた。

 

「気をつけて下さい。フォースは、知恵と防御のためにあります。」

 

「見事な教えを説くじゃないか。魔法使いの弟子としてはひどいもんじゃったが、さすがにこの”力”の指導には熟練を感じるよ。」

 

言葉を交わす中で、アナキンの唇には自嘲の半月が浮かぶ。

師たる老婆が終末を目前にして新たな力に目覚めたというのにもかかわらず、弟子たる自分はこの年月の中で、どれほどのものを身に着けたというのだろうか。

前世においては才能が実体化したような存在であった自分は、この世界においては”メラ”すら発動することが出来なかったのだ。

 

このジャンヌという老人にできたことが、自分には出来ない。

だがこの無様な事実がアナキンにはどこか嬉しく、彼女の傍に居続けた一番の理由ともなっていた。

彼はこの世界に来て初めて、一から学ぶということの楽しみを知ったのだった。

慣れ親しんだフォースとは全く異なる魔法という系統を学ぶことにより、彼はフォースをより深く客観的に見つめなおすことができ、魔法の系統から得た解釈を付け加えることができた。

 

そうしたことが、彼の精神的な成長を助け、間接的にフォースの訓練ともなっていたのだ。

しかし、魔法を学んでいたのにその成果はゼロなのだ。

 

そのことがアナキンにはひたすらに、残念だった。

 

「…不肖の弟子であることを重ねてお詫びします、マスター。できることならば…、今こうしてフォースについて貴女と語り合っているように、貴女の魔法についても語り合いたかった…。」

 

ジャンヌ老はふと、ため息をつくように息を吐いた。

それは決して居心地の悪いものでは無い。

 

「…なに、お主の研鑽ぶりは良くわかっておる。まさかこんな形で弟子をとり、導きを終えることになるとわ思わなんだが…。ワシに子供がいれば、こんな感じだったのだろうかのぅ。ま、今となっては詮無いことか。」

 

アナキンは、不意に元来た道を指差したジャンヌ老に視線を誘導された。

そこには、一筋の黒煙が立ち昇っている。

そして彼の目の前で今、新たな煙が上がっていつた。

 

「ワシが与えられる最後の課題じゃ。今まで世話になった村を救ってみせよ。」

 

 

 

アナキンは、すぐさま駆け出した。

その動きのキレ、速さ、そしてそのフォースの充実度。

直接的には訓練していなかったのにも関わらず、今のアナキンはかつてジェダイとして活躍していた頃に勝るとも劣らない程にフォースに成熟していた。

 

だが、その心には大きな揺れがあった。

何故、いまこのタイミングでこんなことがあるのか。

 

ジャンヌ老は最早、1人では動くことが困難なまでに衰弱し、その生に終わりを迎えようとしている。

その最後をせめて二人きりで静かに受け止める、そうした神聖な儀式の最中だった筈だ。

 

よりによってそんな時に、なぜ。

何故、この静かな村をこれ程の悪意が襲っているのか。

 

彼の心境をそのまま映し出すかのように、慣れ親しんだ村は今、放たれた火によって赤々と闇夜に照らし出されていた。

 

「やめろおぉお‼︎」

 

聞き覚えのある男の叫び声が響き、その者の近くでフォースの輝きが消え去る。

アナキンはその現場に引き寄せられるようにして突き進み、そして決定的瞬間に立ち会うことになった。

 

「ジェシカ‼ そんな、 そんな‼︎ 嘘だ‼︎」

 

目の前で泣き叫ぶ男とは、ある意味ジャンヌ老以上に長い付き合いがあった。

この村に来て初めて口をきいた、あの夜間歩哨をしていたオニールだったからだ。

 

知らない仲じゃない。

狭いコミュニティの中で彼の大らかな性格に助けられ、打ち解けあった程の仲だ。

乗せやすく、それを何故か自慢げに自ら語るお調子者。

そんな普段の面影は、全く伺い知れない程の悲しみに彼は包まれていた。

 

アナキンは、そんな彼を今まで見たことがなかった。

 

「お願いだ‼ ジェシカ、目を」

 

開けてくれ、という言葉は声にはならなかった。

彼からはもう、言葉を紡ぐ力すら消え去ろうとしていた。

 

そんな悲劇の只中に、複数の粗末な身なりをした男達が、手にした凶器を鈍く光らせて迫る。

 

 

アナキンは左手を掲げると、無粋なそいつらをフォースで吹き飛ばし、地面に叩き付けた。

ことここに至って、一切の容赦は無用だった。

だが敢えてアナキンは刃物で斬りかかり、彼らの生身を引き裂くことはせずに留めた。

 

それは、最愛の人の鮮血にまみれるオニールに、無粋なものを浴びせかけたくないという、そのためだけに成された瞬間的な配慮だった。

 

「左右から挟め‼ 一気に刺せ!」

 

色を成して群がってくる新手どもを、新たに発動させたフォースの衝撃で弾き飛ばす。

魔法も使わずにただ武器を振りかざすだけの者など、今の彼の敵ではない。

燃え盛る村の一画で、アナキンの周囲だけは妙な静けさに包まれつつあった。

 

だがその胸中では、オニールの在り方こそが、あるべき姿なんじゃないか?という疑問が浮かんでは消えていった。

とてもではないが、穏やかでは居られない。

 

ジャンヌ老の臨終。

フォースの目覚め。

村を襲う危機。

そして新婚の友人の悲劇。

 

畳みかけるように襲い掛かるこれらの事態の中で、アナキンはなぜオニールが意気消沈しているのかがわからなかった。

彼がかつての世界で最も強くフォースを感じたのは、あの真っ赤な視界の中で目覚め、伴侶の死を知らされた瞬間であった。

不覚にも、そして決定的に、彼は怒りの感情に身を焼き焦がされたのを覚えている。

 

そんな自分に比して、今のオニールはどうだ。

 

彼は怒ることはおろか、一言も声を発していない。

ただただ、涙と血と鼻水でその顔をぐしゃぐしゃにして最愛の人の躯を抱きしめるばかりである。

――情けない。

――お前は先週、生涯をかけてその腕の中の人を守ると誓ったはずだ。

――それがそのザマは何だ。

――起て‼ 剣を取れ‼ 見ろ、仇はそこら中に転がっているぞ‼ ジェシカの無念を晴らせ‼

 

そう。

復讐そのものは、神聖な行為だ。

ジェダイの教えには無いが、こと個人の感情としてアナキンはそう思っている。

ただ、その衝動を抑えることの高尚さを理解し、そうあろうと努めているだけだ。

 

だが今のオニールは、ただただ悲嘆に暮れている。

情けない男だと見下す自分がいる一方で、その情けないはずの背中に一種の高潔さを見出す自分もいた。

ただひたすらに悲嘆にくれる姿は、怒りをぶつけるよりも人として正しいと感じるものがあるからなのだろうか。

 

…この感情は、一体何なのか。

 

アナキンに、その答えを出す時間はなかった。

もちろんこの間、ほんの数秒のことではあるのだが、事態は目まぐるしく変化し、動けば救えたはずの命が散っていっている。

 

「こいつに構うな、 お前らは他の家を襲撃しろ。こいつはオレが相手する。」

 

そんな中で無粋な声を上げるリーダーらしき男の煩わしさに苛立ち、アナキンは思わず左手を突き出すのだった。

 

 

―――――

 

 

名をとうの前に捨てたその男は、最低限の意思疎通のために黒蠅を名乗っていた。

一瞬にして滅ぼされた祖国での従軍の記憶も、遥か遠い彼方である。

今の彼は、しがない野盗に身をやつし、同じ様な境遇にある者達と略奪を繰り返し、刹那的な生を繋いでいた。

そんな彼等に大量の金貨が差し出されたのは、つい一ヶ月前のことだ。

 

「グッドイブニーングー。元気なお兄さん達。」

「キャハハ、こいつらきったなーい。それに臭いし。よく、こんなんで生きてられるねー。」

 

その2人組は、黒蠅の目の前に突如として現れた。

いきり立つ彼に近い仲間達も、彼等のあまりの異様ぶりに手がです、罵声をあびせかけるばかりである。

 

黒蠅はそんな彼等をいさめ、手を出さないよう手で合図を送った。

仮のアジトを構えたこの本営にいるのは、腐ってもかつて共に軍人として歩んだ経験がある者ばかりである。

軍隊経験のある少数の実力者達がまとめる、力による統制が敷かれた集団。

それが彼等が今日まで命を紡いできた、生き残りの秘訣だった。

 

「見張りの者達をどうした。」

「フフフ。意外と仲間思いなのかな?ま、それらしいのが2人くらい、このテントの前にいたね。」

 

道化師の様な格好をした男が何を思い出したのか、可笑しそうに嘲りの笑みを浮かべる。そしてこれだけの殺意に囲まれながらも悠々と横のチビと顔を向けあい、耳障りな嗤い声を上げた。

 

「キサマラぁ!」

「やめろ!全員その場を動くな!これは命令だ!」

 

黒蠅は、いきり立つ配下を諌めるのに大声を出さなければならなかった。

その脳裏では、かつての部下2人の笑顔が浮かび、そして永遠に消え去った。

 

彼等、少数の野盗幹部達は常に警戒を怠らなかった。

手がける案件の大きさに比例して増えていった手下達からの離反を常に想定し、たとえ陣中であっても交代で見張りについていた。

その仲間達が音も無く無力化され、こうして不審者を眼前に迎えている。こいつらの腕は、自分達の遥か上をいく。

 

黒蠅には、これ以上の幹部の犠牲は許容できなかった。

 

 

「して、何だ。この国の冒険者ギルドにでも討伐依頼を受けたのか?。。。とても、そうは見えんが。」

「おや?意外と冷静で、少しは考えるということができるのかな?」

 

黒づくめの道化師は、振り下ろしかけた大鎌を、取り出した時と同様に音もなくピタリと止めた。

この間合いでその刃が黒蠅達の身に及ぶとも思えなかったのだが…。

その鎌が振り下ろされればどんな事になっていか。

黒蠅は想像すらしたくなかった。

 

「でも惜しかっねー、依頼をするのはボク達だよ。」

 

周囲の目が黒の道化師に釘付けになっている間に、チビの方が何処からともなく重そうな小袋を取り出し、粗末な机の上に放った。

机の上に広げられた地図の上に落下したそれは、小気味良い音を立てる。それは彼等の耳に、福音とも呼べる快感を走らせた。

 

「ちょっと出張して、とある村を襲撃して欲しいんだ。」

「…。詳しく聞かせてくれ。」

 

黒蠅の頭から、本当の意味で見張りの2人のことが消し飛んだ。

彼等はとにかく、金に飢えているのだ。軍人の矜持を捨て去り物取りに身をやつした瞬間から、彼等には眼前の利益こそが全てだ。

たとえその持ち主が数年来の仲間を殺した外道であっても、奪い取る手段が無い以上は言うことを聞くしか無い。

そこには痛痒も何も、最早感じるものは無いのであった。

 

「どうにも解せないな。辺鄙な所にあるという点を除けば、丘の上にあった前の村の方が余程厄介だ。」

「冒険者でも逗留してるのか?その規模では、自警団すら組織されていないだろ。」

 

黒蠅達は、語られる情報をもとに、意見を述べあった。その机の上に置かれた小袋にちょくちょく視線が注がれるが、大半はその下に新たに広げられた羊皮紙に向けられている。

そこには、いま聞かされたばかりの情報が書き出され、簡易な見取り図すら描かれていた。

 

議論がひと段落するのを待って、黒道化師が口を開いた。

 

「で?ヤるの?」

「この中身が本物なら、何だってやるさ。中身を確かめて良いか?」

 

おざなりな返事が返されると共に、仲間の1人がその袋を開け、総額を瞬時に声にする。

黒蠅は幹部達がその想像を上回る内容に浮かされる中、どうしても確かめるべきことがあった。

 

「最後に教えて欲しい。この村を襲えば、これを手に入れられるんだな?」

「フフフ。臆病この上無いねえ。普通の村ごときに、もしかして怖じ気づいてるの?」

 

さすがに黒蠅も神経に触ったが、彼はそれを押して声を紡いだ。

 

「違う。万一に失敗して機嫌を損ねたら、アンタが直々にオレらを殺しに来るだろ。村の金品を奪い、若い男を殺し、女を攫う。そうすればアンタは満足なんだな?」

「ホウ。ちょっとは恐れを知っているようだね。けどやり方が温い。ボクは中途半端が大嫌いなんだ。どうせやるなら、子供も老人も皆殺しにしてよ、1人残らず、ね。奴隷にするとか、変な欲はかかないことだ。」

 

まるで酒を追加注文でもするようなその言い方に、黒蠅は震え上がった。

その言葉の残酷さにではなく、予想される未来に対してだ。

おそらくその村には、確実に厄介な…何者かが潜んでいる。

自分達は、そいつへの当て馬だ。

良くて相打ち、下手すれば自分達は全滅して、手傷を負わせられるかどうかの奴が、いるんだ。

そしてこいつは、全ての結果が出てからその場に現れて、その場の全員を皆殺しにするつもりだ、

 

わかってはいたが、こいつに目をつけられた時点で運命は決まっていたのだ。

 

「***。」

 

誰からともなく本名が呼ばれ、黒蠅は仲間たちと目配せをし合った。

その一瞬で、この場の全員が認識を共有したことが伝わる。

 

どうせ奪われる命なら。。。

 

 

「やれやれ、最後の最後で変なことを考えだしたね。しょうがない、ボクの古い友達からの伝言を伝えてあげるよ。あのセブランスが、その村にいるんだって。」

 

その言葉は、雷鳴のような効果をもたらした。

 

「あーあ、最後の最後で、また借りができてしまったよ…。」

 

―――――

 

 

 

アナキンは、耳に触ったその野盗目掛けて左手を突き出し、十数メートル先にいる相手の喉笛を締め上げた。

完全にダークサイド寄りなこの技術を彼はあまり好きではなかったが、それでもこうして感情が高ぶった際には使ってしまう。このままフォースを送り込み気道を締め続ければ、それで相手はこと切れてしまうだろう。

だが彼は、それを良しとしなかった。

 

「グハッ…、ハア…。」

 

醜い呼吸音を立て、喉元を抑えるそいつからフォースを解き放つ。

そしてアナキンは、二度は言わぬとばかりの声色で口を開いた。

 

「すぐにこの村から立ち去れ。」

 

彼には、この者たちの存在が許せなかった。その怒りに任せて彼らを引き裂き、または圧殺することは造作もない。

しかしそれ以上に、この清浄な地を泥臭い足で踏みつけられることには耐えられそうになかった。

 

「フ…ザ…けるな‼」

 

だが相手はそんなアナキンの葛藤を知らずしてか、焼け付く肺に鞭を打って彼めがけて走り出す。

――学ばないヤツだ。

アナキンはそんな感想を抱くとともに僅かに左手を掲げ、フォースで彼を吹き飛ばした。

 

弾け飛んだ体が地面に叩きつけられるよりも早く、左手にさらに力を込める。

 

その動作に応えるようにして、もはや球技スポーツの球体のように扱われる人体はアナキンの手元に引き寄せられ、再び空中で静止した。

そうしてアナキンは、その憎き男の喉元を再び締め上げると共に、更に地上高く持ち上げるのだった。

 

「クッ…、ハッ…、この…バ…ケモノ…。」

 

それは異様な光景だった。

赤く燃え上げる村の中で、一人の男が地上3メートルの中空にロープもなく持ち上げられ、首を抑えて悶えている。

その不可視の力により吹き飛ばされた者達、略奪の熱に浮かされていた者達…、この村に襲撃に来たものたちは皆一様に、異様な雰囲気を感じ取って村の一画に目を向け、息を呑んだ。

そして目に飛び込んだ悪魔的な所業に、思わず立ち尽くすのであった。

 

そんな彼らの耳に、更に雷鳴のような怒鳴り声が飛び込んできた。

 

「招かれざる者ども‼ すぐさまこの村から立ち去れ! 今、すぐにだ‼」

 

それは、果たして本当に人間の声だったのだろうか。

彼らの鼓膜に響いたその怒声は、幻聴をともなって彼らの意識を震わせた。

 

誰もがそのあまりの迫力に手にした凶器を取り落とし…、中にはそうではない者がいた。

 

「***を放せ‼ この悪魔め!」

 

怯えをありありと滲ませつつも張り上げられたその声に、アナキンは空中のその男を放り出し、地面に叩き付けた。

何も自由落下をさせてやったわけではない。

物理法則を完全に無視した速度で地面に加速させ、人体の破壊される音が響き渡るのもためらわずにその上からフォースでさらなる圧迫を加える。

 

「オルテガ、スラッシュ!呆けるな、動け‼」

 

「行け行け‼」

 

仲間意識のある盗賊たちが、なけなしの気迫をもって迫りくる。

その中には、剣を取り落としたまま素手で向かってくるものすらいる。

 

アナキンはそんな彼らの様子を見て取ると、すでに虫の息となったその男への圧迫をやめ、手元にフォースを引き寄せるのだった。

 

槍、剣、斧、ナイフ、拳。

原始的な暴力の形がそのままに彼の四方から襲いかかってくるのを、静かな瞳で睨み続けた。

死角となる背後からは、鋭い風切り音が迫る。

 

そして、両手を一閃させた。

 

その瞬間、アナキンを中心とした円心上に、衝撃波が迸った。

それは彼の怒りそのものが形となって解き放たれたかの様だった。

 

「グアアア‼」

「ッヒィィイイ‼」

 

その破壊の力をもろに受けた者達は成すすべもなく後方に吹き飛ばされ、そして死体のような有様で地面に横たわるのだった。

その身体に刻まれた傷はその衝撃の大きさに比して大したことはなかったが、彼らの顔色は押しなべて真っ青で、恐怖そのものを心の中に叩きつけられたような有様であった。

 

アナキンは最早この場に彼に立ち向かおうとする者、そしてその気概すらが無いことを確認すると、先に痛めつけ、地面に横たわった男のもとに歩み寄った。

何とか仰向けに身を御したその男は、肺に穴が開いてしまっているのだろう、息をするたびに嫌な音が漏れている。

 

「お前等は、一体何なんだ?何故、この村を襲った。」

 

アナキンは、何もそいつに更なる苦痛を与えるために近寄ったわけでは無かった。

ことこの村を襲った憎悪という感情、それを最も多く抱えているこの男に、情報を抱えたまま旅立たせることを良しとしなかったのだ。

 

「…セブ…ランス…、裏切者…。」

 

――さすがにダメージを与えすぎたか。

アナキンはそう判断し、ベルトにとりつけた小袋から薬草を取り出し、その男に放った。

助けるつもりなぞ微塵も無い仕草である。

 

「…くた…ばれ…。」

 

案の定、その男は自身の身を助けるその薬草に、手を出さなかった。

アナキンの危惧は、その瞬間をもって確信に変わった。

 

こいつらは、決して略奪だけが目的にこの村を襲ったわけでは無い。

それだけが目的ならば、ダークサイドがこれほどまでに強く共鳴することは無いのだ。

セブランス?

聞きなれない名前だが、この村の誰かのことだろう。

 

いや、それ以外にこの辺鄙な、さしたる名産品すらない村を襲う理由が無い。

そしてこの村は、たいした大きさではなく全員の姓名を覚えるのに苦労はない。

そう、ただ一人を除いては。

 

アナキンが暗い感情に包まれるとともに、場違いな声がその場に響き渡った。

 

「グッドイーブニング、不思議なボウヤ。」




話が暗く、申し訳ありません!
けれど、直接的な師もなくアナキンが原作以上の力をつけるには、
こうしたディープな経験が必要なのでは、と思うのです。

どうぞ今しばらく、お付き合い下さいませ。


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緩やかな時間の終わり 中編


どうぞよろしくお願いいたします。


「グッドイーブニング、不思議なボウヤ。」

 

人の神経を逆なでするためにあるような発声器官から飛び出したその言葉は、予想以上に癇に障るものだった。

そして…、その声と共に現れた黒い道化師が引き連れているその人物を見て、彼は奥歯を噛み砕きそうになる。

 

ジャンヌ老。

 

アナキン・スカイウォーカーはその瞬間、かろうじてダークサイドに転落するのを強大な意思の力で抑えつけている状態だった。

その上でなお、冷静に声を絞り出せたことは前世の彼の激情家ぶりからすると、奇跡に近いものがあった。

 

「彼女を離せ。」

 

「フフフ、なかなかいい度胸してるね、キミ。これでも内輪じゃあ、死神として恐れられているんだよ?」

 

死神、ときたか…。

アナキンはその台詞にひっかかるものを覚え、事態をよく観察する冷静さを取り戻すことができた。

 

まずジャンヌ老だか、特に外傷がある訳でも無く、フォースに乱れも無い。こんな状況ではあり得ないほど、平常心を保っている。

 

問題はこの、小綺麗な道化師ヤロウだ。

ただ者でないのは、一目瞭然。

前世ですら、ここまでオメデタイ仮面と衣装で固めた人間は、そうそういなかった。そして漏れ出る異様な雰囲気と、隙の無さ。

近いところで挙げるならばあの、娘婿を捉えた賞金稼ぎが一番近いだろうか。フォースをもってしても何を考えているかを全く掴ませず、油断ならないクソ野郎ということだ。

 

いや、違うな。

と、アナキンは所見に訂正を加える。

思考を探れないのではない。そのものが無いのだ。

機械兵士。

アナキンは、前世の大戦でうんざりするほど叩き切った、あの華奢なフレームを思い浮かべた。全く、違う世界に来てまで同種に相対することになるとは。随分と立派になったみたいで、何よりじゃないか。

 

「で、我が師を連れて一体何の用だ。」

「フフ、それはボクではなく、このご老人に聞くべきだろうねぇ。」

 

その言葉に促されるようにして、ジャンヌ老が一歩前へ進み出た。

アナキンは、まとわり付くような嫌悪感に襲われた。どうやらこのデスマスク野郎は、暫くの間、ジャンヌ老と会話をさせるつもりらしい。

体よくこちらを利用するつもりなのが見え見えだ。

 

この臭い立つ様な厭らしさには、覚えがあった。

 

「務めは果したようだの、アナキン。」

「勿論ですよ、マスター。ところでお隣の方は、まさかとは思いますがお知り合いなんてことは。。。」

「さすがに初対面じゃよ。しかし、そこに横たわる者達とは、並々ならぬ縁がある。ワシの負った業の一つじゃ。」

 

そう語る彼女の顔には、かつてそのファーストネームを尋ね、沈黙を保ったときと同様に深い影が落ちていた。

墓場まで持っていこうと思っていた物事の清算が、臨終の場にして迫ってきたことは想像に難くない。

 

アナキンは既に虫の息となり呻き声をあげる、盗賊達を見渡した。

モチロンその視界の端に自称死神様を捉えることは忘れずに、である。

 

「この者たちが何か?どう見ても小汚い盗っ人でしょう。人違いですよ。」

「...そう言うだろうと思ったよ、アナキン。お主は優しいな。どうか、何も聞かずにこの場を立ち去ってくれんか。お主とは綺麗な形で別れを告げたい。」

 

そうか。

この時になってようやく、アナキンは気付かされた。

彼が、過去と決別する為に身近な者との死別を理想的な形で迎えようとしたのと同じく、彼女も望ましい形で別れを告げる相手を、求めていたのだ。彼女自身の負った業が故に。

 

それがどれ程に罪深いものなのかは、想像に難くない。

何せこの盗賊たちが向けている憎悪は全て。。。

 

「では、今すぐこのピエロもどきも含めて片付けますよ。加えて救援を呼んで来ますから、少し待ってもらえませんか。こいつらに同情の余地なんざありませんどんな事情があれ、こんなこと許される訳が無い。」

 

アナキンの背後では、今も尚、オニールが物言わぬジェシカを抱きしめて声なき嗚咽を漏らしている。

そう、ジャンヌとこの盗っ人どもにどんな因縁があれ、こんなことが許されて良いはずが無い。

 

「そうじゃよ、アナキン。そうじゃろうて。ワシがこやつらと向き合い、この村に逃げ込むことさえ無ければ今の惨状も、お主の怒りも無かったハズなのだ。それは、どんな事情があろうと許されることでは無い。」

「…私の知ったことではないですよ。」

 

アナキンは昂ぶる感情を抑え切れず…それが嘗ての過ちと同じ道を示していると気づきつつも、否定することができなかった。

 

「落ち延びて罪を償うことの、何が悪いのです。貴女がこの村にどれ程尽くしたかは、納税記録からして明らかだ。それを、こいつらは踏みにじった。貴女に恨みがあるとしても、周りを巻き込む道理は無い。こいつらに、同情の余地は無い。」

 

「お主は正しいよ、アナキン。その道を突き進む強さもある。じゃからこそ、この先は手出し無用に願おう。どう転ぼうとも負け犬同士の沙汰じゃ。お主が背負う必要は無い。」

 

ジャンヌ老はボソリとそう告げると、アナキンがこれ以上無く痛めつけた盗賊のもとに屈み込み、回復呪文をかけ始めた。

その結果がもたらす事態は火を見るより明らかであるのだが、ジャンヌ老はアナキンが静止を求める前に言葉を紡いだ。

 

「少し、昔の話をしようか。お主がこの村に現れるよりも、少し前のことじゃ。」

 

ジャンヌ老――その名をセブランス、ジャンヌといった――は、亡きアルキード王国にて宮廷魔術師を務めていた。

永らく王家に仕え既に一線を退いてはいたが、王女ソアラの教育係としてその忠誠を果たしていた。

そんなある日のことだった。

若く聡明な王女が出奔し、消息を絶ったのだ。

ジャンヌをはじめとして急遽捜索隊が組まれ、やっとのことで掴んだ居場所とその事実に、彼女は怒り狂った。

 

彼女は常々、ソアラに言っていた。

王族たる者の役目について。

衆愚政治を克服する先鋒として起ったアルキード王家は、無私の賢人たれ、と。事あるごとに言い聞かせていた。

その重責から身体を壊したアルキード王の背中を指差し、あれが正しい王の道だと言い切った。民草の税でもたらされる最上級の生活は、何よりもその重大な仕事を成すためにもたらされている。あの男はその責務を果たせず、あろうことか病を患った。それは反省すべきことである。

しかしそれは同時に誇るべきことであり、決して自分可愛さに責務を投げ出さなかった証左である、と説いた。

父の後に続けと、ジャンヌは自信をもってソアラの背中を押したのだ。彼女には、王として凡人だった父には無い、温かなカリスマがある、と確信していたからだ。

 

だがそれはまだ、父の庇護のもとに育てられた温いものでしか無い。

それでは足りない。

彼女自身のちからで国政と向き合い、自分の決断によってこの国に住む民全ての命運を導いてこそ、彼女はその真価を発揮する。

その時こそ彼女の持つ輝きは、周囲を照らす灯火から国全体を照らす太陽となり、民に安寧をもたらすであろう。

だからこそ、あと5年。

ジャンヌはその生涯を終えるまでに心を鬼にし、ソアラを導くと決めていた。

それが、床に伏しがちになる王を支え切れなかった、自分の王家への最後の忠誠になるだろう、と思っていたのだ。

 

 

そんな、最高の王に導きたいとすら願った彼女が、何もかもを投げ捨てて男と駆け落ちした。

その時の、全てに裏切られたドス黒い怒りを、ジャンヌは未だに忘れない。

彼女は騎士たる息子達の静止すらその身ひとつで振りほどき、ソアラ王女の頬を叩いた。あらん限りの罵詈雑言を浴びせ、仕舞いには涙すらした。

そしてその隣に立つ、男を睨みつけた。

怒り狂い正常な判断力を無くした彼女には、その男が魔物にすら見えた。

 

底知れぬ力を感じさせる彼に、どこかで本能的な恐怖を覚えていたのかもしれない。

しかし失意のドン底に突き落とされた彼女には、恐れるものが無かった。そしてこう叫んだ。

 

お前には分かるまい、若僧。その身ひとつで万難を排し、ワシには想像もつかぬ事を成し遂げていま、一角の幸せを手に入れたお前には、決してわからないだろう。

彼女は、お前だけの光では無かったのだ!

この国全てを照らす、それだけの器量を持った太陽ともなるべき存在だった!だか、それが一時とはいえ民から目を逸らし、あろうことか自分の幸せのために走ってしまった。

 

この事実の重さが、わかるか。

いや、超常の力を持つキサマに、わからぬハズが無い。お前ほどの者がその力を、自分自身のために使って良い道理は無いだろう?

ソアラとて、同じ事だ。

彼女の優しさは、決して刹那的な恋に身を焦がすために使われてはならなかった。どれだけ時間がかかろうと、常に正しく愛を育むべきだった。

だが、それすら許さぬ程にお前の存在は眩しいものだったのだろう。

ハッキリ言おう。

ソアラにとって、いやこの国にとって、オマエは悪魔だ。

 

 

そう言い残すと、ジャンヌは宮廷魔導師のマントを焼き捨て、その場を去った。

彼女にはもう、わからなくなっていたのだ。

あの男の何がソアラをそれ程までに引きつけ、ただの娘にしてしまったのか。彼女の気質は間違いなく高貴なもので、決して盲目的な恋に突き動かされる事は無いと思っていた。

だが、もう全ては終わってしまった。

私欲に走った王は、必ず同じことをする。国民か家族かの選択を迫られた時にどうするかを、ソアラは既に示してしまったのだ。そして必ず同じ決断を迫られる時が訪れる。

そんな未来を、ジャンヌは見るつもりは無かった。

ひょっとすると彼女のそうした確信を粉砕するくらいの輝きが、あの男にはあったのかもしれない。

しかし、彼女は疲れてしまったのだ。

 

 

その後、風の噂に聞いた。

その時のジャンヌの言葉をもってしてその男は人の皮を被った悪魔とされ、処刑されることになったと。

ジャンヌは甚だ嫌気がさし、人知れぬ山中に篭ることに決めた。

その時、国境沿いにまで彼女に追い縋った者たちがいた。

名を、ベルゼフ、ブラックと言った。黒蠅とかいう、とんでも無い徒名をつけられていたので記憶に残っている。

曰く、ソアラの捜索隊として同行していた兵士の1人であったらしい。

今は国境警備に回されているとのことだった。

当時の関係者を首都から遠ざける目的が、明け透けだ。

 

そんな彼の真剣な眼差しは、今でも覚えている。

貴女は正しかった、と彼は言った。あの男バランは、まさしく我々の及ばぬ所に位置する傑物であると。

初見でそれを看破してのけたジャンヌ老にだからこそ、今力を貸して欲しいと。今私達の祖国は、とてつも無い間違いを犯そうとしている。

確かに、ソアラ王女は彼のために道を誤った。

しかしそれすら寄り道と言えるほどの器が、バランにはある。彼は間違いなく逸材だ。決して失ってはなら無い人物なのだ。

だからお願いだ、どうかいま来た道を引き返し、誤ちを重ねようとするこの国に、冷静さを取り戻して欲しい。

 

その申し出を、ジャンヌ老は冷めた態度で聞いていた。

事もあろうに、宮廷魔導師のローブを焼き捨てた自分に縋ろうとする輩がいるとは思わなかったからだ。

ましてやその傑物とやらに掛けられている容疑の発端は、自分が言い放った一言である。

よりにもよってそんな自分を頼るとは、この国も遂にお終いだな、と。この時、彼女は嘗てなら、決して向けなかったであろう冷めた目を、憂国の士に向けていた。

そして自身の敗北感を思わず、口に出してしまった。

 

一端の兵隊さんじゃ無理だよ、と。

 

いま少し、心に余裕があったなら。

自分の感情的な一言を取りだたし、人様を本気で悪魔扱いする姦臣がいなければ。

その時のジャンヌ老とて、一介の兵士がここまで憂う祖国を、誇りに思うことが出来たのだろうか。そして共に踵を返し、逸れた歩みを正しに行けたのだろうか。

いやせめて、せめてまだ国として残るものがあってくれたなら。

 

「その後の経過は、お主も知るところじゃろうて。最早、ワシの祖国は無い。地図上からでは無く、本当の意味で消滅してしまったのじゃ…。ワシの家族も、王家も、誰一人として残ってはいない。あの時引き返していれば、少しは違う結果になったのかの?」

 

アナキンは、言葉を失っていた。

覚悟はしていたハズだったが、ジャンヌ老の口から語られるそれは、想像の遥か上を行った。

いや、何もジャンヌの身分が予想より高かったとか、そういう事では無い。

これ程までに正しくあろうとした女性がその一生をかけて貫き、夢破れて巡ったことの因果に、その重さに、アナキンは足元から崩れ落ちそうになっていたのだ。

――待て、待ってくれ。

貴女は何も悪く無いじゃないか。

自分の信念と相入れない相手と袂を分かつのは、当然では無いのか。相手に迎合する事の無い、いっそ高貴な行いですらある筈だ。

それが罪だと言うならば。

一体、何をもって人は高潔でいられるのか。

 

そんなアナキンの葛藤を他所に、ジャンヌ老の手元から光が消えた。

回復呪文の詠唱が終わったのだ。

 

「起きろ、曹長。」

 

ジャンヌ老のその呼びかけは、アナキンに初めて迎えたこの世界での朝を思い出させた。

だが既に瀕死の状態にあったその野盗は、瞼を開くことすら困難な有様である。

その喉が震え、何かを口に出そうとするが声にはならず、ヒューヒューとした嫌な音が漏れるのみである。

 

「起きろと言っている!ここまで来て、ワシに言うべきことすら無いのか、この阿呆が!起きてみせろ!」

 

雷鳴の様な怒声が響き渡った。

その一声には正しくフォースが込められており、ジャンヌ老がその残り僅かな生命力を絞り出して、あろう事か村を襲ったその盗賊に活力を与えていた。

そしてまさに、奇跡と言っていい現象が起きた。

 

「う…。」

 

その男、アルキード国境警備隊で小隊長を務めていたベルゼフは、最後の気力を振り絞って声をだした。

そして何たることか。その右手は握れる凶器が無いとわかるや否や、ジャンヌ老の首もとに手をかけたではないか。

 

「…裏切者…。最も肝心な時に祖国を見限った…、この、大罪人め…。」

 

「よせ!」

 

勢い良く声を飛ばしたのはアナキンでは無く、ジャンヌ老であった。枯れ枝の様な首を男の太い腕で締め上げられているのにもかかわらず、である。

その声色もさることながら、フォースもとても臨終の身とは思えないほどに膨れ上がっている。――そう、かのアナキン・スカイウォーカーが思わず身動きを封じられてしまうほどに、である。

彼は前世でも、これほどの奇跡を目の前にしたことは無かった。

 

「た、民から目を背けるなと吐いた口で、真っ先に王家を見限りやがって…。返せ!オレの、オレ達の信頼を、ある筈だった未来を…。オレ達の祖国を…返せ!」

 

「アナキン、抑えろ…。ここで…出しゃばることは禁ずる…。これでいい…、これで良いんだ…。」

 

――こんな馬鹿なことがあるか。

全く嚙み合っていない瀕死の野盗と老婆の声を耳にしながら、アナキンはそれでも動くことが出来なかった。

突如として平和な村に乗り込み、破壊と虐殺をまき散らしておいて、終いには憂国の士を気取る小物。

そんなとるに足らない存在に命の灯を消されようとしている、そしてそれを望んでいる恩師。

そして、この吐き気を催す茶番を仕掛けた最下級の下種。

 

さも可笑しそうにクスクスと嗤い声を上げているが、ことここに至っては嫌味にすら聞こえなかった。

 

「あ~。やっぱり、全てがうまくはまってくれるのは気持ちが良いねえ。いやぁ、人間の脆さは傑作だよ。」

 

そしてアナキンの目の前で今、一つの命が消えた。

高潔さを捨て、堕ち切ったその先でかつての気高さにすがろうとした惨めな男が、その生涯に幕を閉じたのだ。弱きを虐げることで命を繋いできたその後世には、相応しい死に方という他無い。

アナキンにとっては心底、どうでも良い話だ。

この、年老いた老人ひとり手掛けることの出来なかった惨めな野盗は、彼の溜飲こそ下げ、その精神になんの影響も与えなかった。

 

彼が気にしていることは、ただ一つだった。

 

「…この道化師の言うことは気にするな、アナキン…。王宮にはこの10倍は陰惨な人間が闊歩していた…。全てはワシの業が招いたことぞ。コヤツは関係ない。」

 

そう、遂にジャンヌ老はその命を終えようとしている。

さすがに限界が訪れたのだ。

 

「アナキン、最後に頼む。この、強大な力に弱き存在が意味を持たなくなる時代は、簡単に人を狂わせる。それまで信じていたものを疑い、自分を裏切り生きていくことになる。そんな人間を、一人でも多く救ってやって欲しい…。」

 

「…はい、マスター。」

 

アナキンはこれまで、目の前で繰り広げられる因果の終着点に圧倒されていた。

しかし決して、何もできなかった訳ではなかった。

そう、彼は必死に自分の心を押し殺し、周囲の流れに委ねることのみに集中していたのだ。

何故ならば。

ジャンヌ老がこの臨終の場で強大なフォースを発揮したことからもわかるように、アナキンにとっての悲劇が周囲にとってもそうなるとは限らない、ということに思い至ったからだ。

 

この事態は徹頭徹尾、ジャンヌ老とあの惨めな男との希薄な関わりが生んだものだ。お互いにとっては相手の顔すら最早、人生の暗部を象徴する記号でしかなかっただろう。破滅願望にも近い互いの魂の叫びが、道化師の誘導を通して引き合わされた結果であろう。

そしてそれは、双方にとって確かな救いとなったのだ。

 

アナキンの恩師が彼に望んだのは穏やかな別離であり、その人生のたった一つの大きな過ちへの懲罰では無かった。

それをもたらす者が、人生の最後に意図せず現れたのだ。

ならばその存在がいかに卑しく、唾棄すべきものであったとしても、アナキンに両者の邂逅を邪魔する権利は無かった。

 

アナキンは最早、私心を殺して両者の好きにさせるしかなかった。

だがそれももう、終わりを迎えようとしている。

 

「最後に、教えてください。私は…、貴女にとって救いとなれたのでしょうか。」

 

「何を下らぬことを。救いをもたらす者が救いそのものである道理はなかろう?お主に静かに見取ってもらえることが、この老婆には最高の幸せであったよ。…ではまたな、アナキン。」

 

それっきりだった。

この世界に生れ落ちてからはや4年の歳月が経ち、その間確かに毎日を共にしたジャンヌ老との別れは、格式も何もないそんな言葉で終わってしまった。

――こんな筈ではない。

そんなありきたりな悔恨すら、今のアナキンの胸中には無かった。

ただ着実に、その身を凍てつかせるような暗い感情が身を包むばかりである。

 

そうしてどれほどの時が経ったことか。

 

彼は今、まさしくその胸を切り裂かんばかりに荒れ狂う静かな冷たい怒りを、一瞬にして解き放った。

 




ああああ、なかなか前に進みません。
遅筆な上に展開もスローだとは…。

精進します。


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緩やかな時間の終わり 後編

ようやく序章にあたる部分が終了です!
やっと書きたい場面がかけた。。。
でもまだまだこれからです!

どうぞよろしくお願いします。


願わくば、次の瞬間に全てが終わっていて欲しい。

アナキンの心には、そんな願望にも近い後ろ向きな心が芽生えていた。

そして激情に任せて放ったフォースにも、それは間違いなく反映されている。

 

これ以上、闘争に身を晒したくは無かったのだ。

畳み掛けられる悲劇の連続を前に正気を保っていられるのも、最早限界だった。

これより先も感情を抑えてジェダイとして振舞うのは、無理があるんじゃないのか。怒りを単なる感情として解き放つ際、そんな危機感を脳裏が掠めた。

 

「…なかなかに、味な真似をしてくれるじゃぁないか」

 

しかし彼の負った業は、どこまでも非情だった。

目の前の道化師人形は、人間ならば四肢の骨をバラバラにされる程の衝撃を叩きつけてもなお、身を起こしたのだった。

そもそも単純にフォースを叩きつけるこのスキルは、前世でも機械人形相手には効果が薄かった。まして、こんな悪辣なプログラムを施された個体だ。どうせろくでもないチューンナップが為されているのであろう。

 

もっとも、躊躇いを乗せて放たれるフォースに、必殺の気概があるわけも無し。

片手をダラリと垂らしたつつも起き上がったキルバーンを睨みつけ、アナキンは顔を歪めた。

 

「キミのその超能力じゃあ、ボクを仕留めることは出来ないよ? そろそろ後悔の時間だ」

 

そう言うなり、その道化師は鎌を振り回し始めた。

するとどうだろう。

アナキンは急激な頭痛と脱力感に襲われ、激発を内に抱えた抱えたままその場に蹲ることになった。

 

「調子に乗り過ぎたんだよ、キミは」

 

アナキンはここに至って、一つの思いに囚われていた。

自分の手元に、苦難を切り裂いてきたあの武器がない事が、これ以上になく悔やまれた。

 

――この剣は、お前の命だ。

兄と慕い師と崇めたオビ・ワンに放たれた一言が、脳裏に木霊する。

そう、まさしくその通りである。

 

あの破邪の剣がない事が、これ程までに悔やまれる事はない。なぜならば。

――アレさえ有れば、ジェダイとして眼前の敵を打ち倒せるものを!

アナキンはこの世界に来て初めて襲われる無力感に、思わず声を漏らしていた。

 

「お許しを。。。」

 

その言葉は、これ以上なく相手を愉悦に浸らせるものだった。

死神と自称したその機械人形は、ゆっくりと歩を進めるとともに楽し気に言った。

 

「ふふふ、命乞いとは判っているじゃあないか」

 

だが、今のアナキンにそんな雑音は耳に入っていなかった。

今この瞬間にこの状況を打破する方法の罪深さに、その身を震わせているのだから。

 

それを見て取ったキルバーンは、一言付け加えるのを忘れない。

 

「せめて一瞬で、あの世に送ってあげるよ」

 

アナキンは超音波による激痛を思考から締め出し、今からやろうとしていることに集中した。

 

――この力を使うことは、前世ですら遂になかった。

半死半生で機械に生かされる身で実質使えなかったというのが、直接的な理由である。

 

しかしそれにも増して、どこかで心理的な理由から使うのを控えていた、と思いたい。

それ程までに、このフォースの使い方には禁忌感がある。

果たして”これ”を使ってしまってなお、自分はジェダイ足り得るのだろうか。

 

かのマスター・ヨーダなら、同様の状況でもあの強大なフォースのみで”ジェダイらしく”敵を打ち倒すことができるのだろう。

しかし今のアナキンには、その境地にまでは至っていなかった。

 

だから。

どうか、今だけは目を瞑って欲しい。

今、新たなる悪の跳梁を見逃さないために。

 

「オビ・ワン…、どうか、私に…、強さを!」

 

アナキンはそう叫ぶと、全身を襲う激痛をものともせずに立ち上がった。

彼はせめて、その痛みだけでも頭から締め出そうと意識を集中した。

至上に高められた怒りと言う名の罪深い感情を、必死で制御する。

全身を駆け巡る感情の昂ぶりを脳に伝えず。

全てを左の掌に集中させる。

 

そして、その力を持って目の前の悪を打ち倒すことを必死に願い、解き放った。

 

轟音と共に、電流が迸る‼

 

耳障りな甲高い放電音と共に青白い閃光が走り、一瞬で標的たるキルバーンに到達した。

それは直撃するや否や彼の全身に張り巡らされた魔力の操り糸を断ち切り、その運動エネルギーをもってして胴体を撃ち抜き、五肢を吹き飛ばした‼

 

アナキンは前世でこの、フォース・ライトニングを食らった経験から確信していた。

このシスの技術は、使い方によっては感電による電気的ダメージよりも、雷としての圧倒的な速度で相手を叩きのめすことに重点を置くことが出来る。…筈であると。

そして自爆なりなんなりの悪辣な罠を仕掛けていそうなこの相手には、まさしくその驚異的な速度と運動エネルギーをぶつけ、瞬時に無力化することが肝要であると踏んでいたのだ。

 

それは、主として拷問的な手段として用いるシスのそれとは違う、とせめてもの心理的な防壁を張ることが主眼だったが、この場においてそれは幸いしたようだ。

致命的なダメージを負ったキルバーンは、生首ひとつだけとなってすら、喋ってみせたのだから。

 

「馬鹿…な…。何だ…、この、異常な力は…」

 

アナキンは、それに答えなかった。

いや、答えることが出来なかった。

全く同じ感想を抱いていたからだ。

 

加えてダークサイドそのもである力を使ってしまった事実とそこから受ける更なる力への誘惑は、度し難いものがあったからだ。

――こんなに、こんなにあっけなくいくものなのか?

ドゥークー、あんたはこんなに便利で強大な力を使いながら、ライトサイドに拘ったオレすら倒すことが出来なかったのか?

堰を切ったように溢れ出す誘惑の言葉は、留まることが無かった。

 

そもそも、この力を封印して戦いに身を置くことは、果たして正しいことなのか?

前世の対戦でこのフォース・スキルが解禁されていれば、ジェダイはあんなに大きな犠牲を被ることは無かったんじゃないか?

マスター・ヨーダほどの存在がこの境地に達していなかったとは、到底思えない。

怒りすら正しく制御下に置くことこそ、正しいジェダイの姿なんじゃないか?

ヨーダは、怒りから遠ざかるように説きこのスキルを封殺することで、どれだけの損害を自陣にもたらしたんだ?

 

「…この…バケモノ…」

 

生首でなお喋り続けるその存在に雑言を浴びせられ、アナキンはハッとなった。

まだかすかに放電を続ける左手を見つめながら、彼はゆっくりと首を振る。

 

「違う。オレは…、ジェダイだ」

 

その言葉は、前世で彼の息子が高らかに宣言を上げた時とは対照的に、ひどく弱弱しいものだった。

禁じていた枷を自ら解き放ってしまった罪悪感と、かつてと同じ道を歩もうとしてしまっている自身に対する恐怖から、聞き取ることすら困難なほどに小さな名乗りである。

 

「……そうですよね、マスター・ジャンヌ?」

 

その残響が消えると共にダラリと下がった左手は、最後に緑色に輝きを放ち静かになった。

 

彼…アナキン・スカイウォーカーがこのときを振り返り、ジェダイとして新たな力に覚醒するのはもう少し先のこととなる。

 

 

 

 

ディー村を襲ったこの事件は結局、ありふれた野盗による襲撃として処理された。

複数の犯行を繰り返していた黒蠅にかけられた懸賞金を受けとったアナキンは、その全額を生き残りの村人達に分け与えようとした。

だが、ことの次第を知った彼らとの繋がりは、最早断ち切られていた。彼らは一言も声を発さずに背を向けると、彼の前から立ち去った。

 

オニールとも、遂に言葉を交わすことが出来なかった。

墓を建てる手伝いすら、許されなかったのだ。

アナキンにはかけるべき言葉も、できることも無かった。もちろんフォースを用いればそんな傷ついた心を幾何かは癒すことができただろうが、それを彼が望みもしないことは明らかだ。

なけなしのお金すら受け取ってもらえず、アナキンはそれを村人たちの多くが移り住むことになった近隣の町へと寄付した。

 

そして、一人で近隣の冒険者ギルドに身を寄せ、モンスターの討伐依頼をこなしていた。

この時にアナキンは剣士として一念発起しようとし…、そして違和感から遂に剣を捨てた。やはりライトセーバーと実体剣は、全く勝手が異なる。

今更中途半端な扱い方を覚えるくらいなら、フォースの扱いに習熟した方が建設的である。

そう言い訳し、ダークサイドとの決別を急ぐのだった。

 

そんな時であった。

遂に、運命もアナキンに光をもたらした。

 

「おい、アナキン。ジャンヌさんを尋ねてきた人がいるぜ」

 

ギルドマスターに掛けられた声に、彼は壁に貼り付けられた依頼一覧から目線を外した。

そうして彼の目に飛び込んできたのは、これまたオメデタイ髪型に眼鏡をかけた、不思議な成人男性の姿だった。

珍しい外見ではあるが、理知的な佇まいのその男を見て、アナキンは予感に打ち震えた。

 

「はじめまして、私はアバン・デ・ジニュアール3世と申します。キミがジャンヌさんの孫の?」

 

「ええ、アナキン・スカイウォーカーです」

 

正解だった。

アナキンは、アバンという男の理性的な目を見て、そう確信した。

 

近くで網を張っていれば、必ずジャンヌ老に縁のある者がここを訪れると思っていた。

可能性の一つは、あの道化師のサイドに属する者。そしてもう一つが、この男の様に…光に属する者である。

これは一つの賭けですらあったが、決して分の悪いものでは無いと踏んでいた。

そう、最後の最後まで高潔を貫き通したジャンヌ老の生前に縁のある者が、あんな者達だけな筈がないのだ。いや、そんなことはあって良い筈がなかった。

 

そんなアナキンの願いは、遂に受け入れられた。

それも最高の形で。

 

アナキンは、目の前に立つアバンという男を、ほれぼれとして見つめた。

深く探るまでもない。これほどまでに澄んだフォースの持ち主も、珍しいものである。さぞ曇りのない人生を送って来たのであろう。

そんな彼の姿が少し妬ましくもある、アナキンであった。

 

「ついて来て下さい。少し歩きますが、ご案内しますよ」

 

どこへ、とは告げずに彼はギルドの正面玄関へと向かうのだった。

静かな色の花束を持つアバンに、事情を説明するのも野暮だと判断したからだ。

 

 

 

 

ジャンヌの墓に至る道中、二人はかわす言葉を持たなかった。

これは普段あっけらかんとしたアバンにしては珍しいことであるのだが、それを知る由もないアナキンは、静かに墓参りを終えることが出来て満足だった。

二人の間に情報のやり取りが発生したのは、アバンが墓前に花を添え終えた後のことである。

 

「14歳にしては、随分としっかりしていますね。二人きりで暮らしていたはずのお祖母さんの死にもめげず、立派に弔われている」

 

「ありがとうございます。実際には数年前に養子にしてもらったので、私にとっては母の様な存在でした。もっと一緒に過ごしたかったところではあったのですが…」

 

改めて、お悔みを。

アバンはそう告げると、しばらく口を閉ざした。

両者の間に再び沈黙が下り、そして微かに重い空気が立ち込めるのであるが、アナキンにはそれが嫌では無かった。

 

「あなたが優しい少年で、本当に良かった。あなたに看取ってもらえたセブランスさんは、幸せだった。私はそう思いますよ」

 

「ありがとうございます。では私はその言葉への感謝として、この場では真実のみを話すと誓いましょう」

 

アナキンは目頭が熱くなりそうだったので、話を先に進めた。

今は、偲ぶことよりもこの出会いを一瞬たりとも無駄にしないことが重要であるのだから。

 

「随分と聡明な少年でもあるようだ。では私もあなたに倣い、核心だけを尋ねましょう。私には、ジャンヌさんがおられた村でこれ程の犠牲が出てしまったことが、どうしても腑に落ちないのですよ。加えて彼女に対して口を閉ざす関係者に、村の跡地とはかけ離れた場所に、まるで隠れるようにして建てられたこの墓標。―――いったい、あの夜あの村で、本当は何が起きたのですか?」

 

なるほど、とアナキンは感心した。

ことが起きてからそう時間が経っていないというのに、なかなかに情報を集めている。これだけのことから鋭い質問を発してくることからして、かなりの切れ者のようである。

 

「では、全てを話す前に私からも一つ質問をさせて下さい――我が師ジャンヌと貴方の関係について」

 

「良いでしょう。何より、彼女を師とするのであれば兄弟子としての立場もあります。あなたにはお伝えしなければならないでしょうね――、私が彼女から受け継いだ、凍れる時間の呪法について」

 

アナキンは、初めて聞く単語に首を傾げながらも、アバンの話に引き込まれていくのであった。

そうして語り合われ、次第に明らかになる過去、そして事実の連続に、二人は時が経つのも忘れ、そして改めて惜しい人を亡くしたことに思いを馳せた。

 

奇しくもそれは、アナキン・スカイウォーカーが二度目の人生において迎える15歳の誕生日の出来事であった。

 





フォース・ライトニングをEP6で初めて見た時の衝撃。
あの反則感は今でも忘れられません。
EP2以降、随分と弱体化した気がしないでも無いですが。。。

ちなみにアナキンが撃ったライトニングは、EP3でヨーダがかまされたのをイメージしています!


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第2章 ダイとの出会い編
示された道と、小さな純粋さとの出会い



途中まで書いてはじめから書き直していたら、こんなにも時間が経ってしまいました!
少し長くなってしまいましたが、どうぞよろしくお願いします。


アナキン・スカイウォーカーとアバン・デ・ジュニアール三世が行動を共にした時間は、史実上に持つその意味の大きさに反して、実に限られたものであった。

また互いの身の上についても、多くを語らなかった。

実際、アナキンはごくごく最近のことを語ることで己の自己紹介とし、自身の過去については一切を語らなかった。アバンもそれに対して特に探りを入れることはしなかった。

しかし両者はその僅かな時間の間で得難きを得、確実に一回り成長した後に別々の道を歩むことになる。

 

 

これはそんな結果を迎える、少しばかり前のことである。

驚きに目を見開いたアバンは、高らかに言い放った。

 

「わかりましたよ、アナキン君!私には君の歩むべき道が、今はっきりと見えました!」

 

「おお!」

 

アナキンがアバンと出会ってから、3日目のことである。

彼は先のキルバーン戦で見えた戦力強化の課題を既にアバンの教えで解決し、新たに刀殺法という極意を教授してもらっていた。

 

「弟子を取りなさい。」

 

新たな展開に目を輝かせたアナキンに告げられたのは、そんな一言だった。

――いやいや、持ち上げておいて、それはないだろう?

アナキンはジト目で師を睨みつけるが、彼は生徒の白い目には異様な耐性があるようだった。アナキンの知るところではないが、それは主に一人目の生徒との経験を通して得られた、不幸な副産物である。

 

「あと数週間もすればキミは闘気剣を完全にマスターすることでしょう。その未来から演繹して最早、私からキミに教えられることはありません!」

 

「いやいや、何を言っているのです。まだあの、ストラッシュという技を伝授して頂いていませんよ。」

 

アバンは肩をすくめた。

 

「時間の問題ですよ。それに、おそらく貴方は私ほどにはストラッシュを使いこなせないでしょうから。」

 

アナキンの表情に浮かんだクエッションマークを見て取ると、アバンはでは早速、とばかりに黒板を取り出した。しかし何を思ったかそれを放り投げると、アナキンに構えをとるように告げるのだった。

 

「簡単な話ですよ。キミは闘気の扱いに異様に長けていますが、あまりに精緻に操るが故に人間の感性や感覚を度外視しすぎている。それでは私のストラッシュは、真には究められません。…実際に、体験してみましょうか。」

 

アナキンはコクリと頷くと、刃にあたる部分を根本から叩き折った、柄だけの剣を握りしめた。いやそれは最早、剣とは呼べない何かである。

そしてその先にフォースを込めていき…、程よい長さの鋭い闘気の固まりを作り出した。

アバンからの教えで導き出した、疑似的なライトセーバーの完成である。

実体は闘気剣そのものであるが。

 

「全く恐ろしい才能ですねぇ。あの子も大概でしたが、あなたを見ていると更に自信を無くしますよ。さて、準備はよろしいようだ。ではまず…これを受け止めてみなさい!」

 

ホッ!

 

アバンは妙な掛け声と共に手元に闘気で見事な槍の形を模ると、それをアナキンに向けて投げつけた。

アナキンはそれを見事にアバンに向けて弾き返して見せる。

 

ギョッとするアバンであったが、彼のその後の対応も見事なものであった。

凄まじい速度で剣を抜くとアナキンを真似て、彼に対してそれを弾き返してみせたのだから。

それはアナキンのように直撃コースにこそ載っていなかったが、初見で出来るものでも無いのは確かであった。

 

「「いやいや、今のはちょっとおかしい‼」」

 

彼ら二人の訓練は、万事がこんな調子であった。

師は弟子のフォースの妙技に、そして弟子は師の異様な器用さに、突っ込まずにはいられなくなるのである。喧々囂々と言い合いを始めると、アバンはその天性で、アナキンはフォースで納得がいくまで終わらない。

 

こうして二人の天才はまたもや異常な速度でレベルアップを果たしていくことになるのであるが、やがて当初の目的を思い出すのであった。

 

「…、コホン。では、次に私はストラッシュを放ちます。重ねて言いますが、闘気は先ほどと同じ分しか込めません。君はいま、”だったら同じ威力な筈だ”と思っていますね?それが本当かどうか、確かめてみなさい。」

 

「お願いします。」

 

アナキンは再び闘気剣を作り出すと、眼前に構えた。

しかしふと思うところがあり、左手を引いて半身になると、右手のみで闘気剣を構えた。昨日から始めた、新たなライトセーバーのフォームの鍛錬もついでにこなしてしまおう、という訳である。

これは何でも吸収してみせるアバンへの対抗意識から生まれた、アナキンなりの向上心の現れだった。

 

アバンはその様子を見て取るとニヤリと笑い、自身の名のつけた必殺技を放った。

 

「アバン・ストラッシュ‼」

 

その闘気波がアナキンに襲いかかる速度は、昨日に比べて倍加していた。

フォースと闘気が限りなく近いことに着目してアナキンがアドバイスした結果が、この有様である。

この距離であれば、振りぬくとほぼ同時に着弾する。それは、下手な魔法や飛び道具以上に遠距離攻撃として脅威であった。

そして物理法則には従わないはずなのであるが、速度を増したそれは着弾の威力も累乗させていた。

 

ガキイン!

 

アナキンは、闘気波をすくい上げるような形で弾き飛ばそうとしたが、手元の闘気剣を剣把ごと吹き飛ばされた。

その手に残る痺れは、右手が暫く使用不能であろうことを告げている。

 

「フッフッフ、どうです?キミの知恵を取り入れて強化された私の必殺技は。なかなかのものでしょう?」

 

「何です、今の威力は‼?同じ闘気量なワケ無いじゃないですか!?」

 

予想以上の速度と威力が出てハイになっているアバンに対して、アナキンはムキになって叫び、つっかかった。

アバンは目の前の少年が精神年齢でいい歳の爺さんであることは知らないため、その子供らしい反応に大人げなくも溜飲を下げるのであった。

――闘気剣を見様見真似でマスターされた私の気持ちが、少しはわかりましたかね?

 

さりとて、これは訓練である。自慢大会ではない。

アバンは少し間を置いて、理屈を説くのであった。

 

「アナキン君、それが答えですよ。闘気は、”込め方”によって放たれる速度も、そして威力も異なってくるのです。私の刀殺法は、それなりの重量がある剣――キミの言葉で言えば実体剣――を振るうことを前提に闘気を込めます。

 

しかしキミのその闘法は、重さの無い剣を前提としています。発展の仕方が全く異なるのですから、辿りつく先も当然異なります。おそらくキミの使うストラッシュは、闘気量では私のそれを上回りながらも、半分の威力すら出ないでしょう。」

 

こうして、アナキンはアバンの弟子からは外されてしまった。

細かなノウハウの伝授を除けば、アナキンは闘気剣――疑似的なライトセーバーを得てフォーム2の体得を始め、アバンは必殺技を強化した。そんな非常に有意義な時間を過ごしたのであるが、両者は互いにこれ以上訓練の形で得るものは無いとの結論に至った。

 

 

 

 

さて、まあ小手先の技術に関してはそういった具合に落ち着いた。

しかしより根本的な問題はまた別にある。

 

「して、何故に弟子を取れと言われるのです。」

 

「ではまず、基本的なことからお答えしましょう…」

 

そう前置くと、アバンはその言葉の通りに当たり障りのないことを語った。

 

曰く、我々はこれから、想像だに出来ない巨悪に立ち向かおうとしている。

既にキルバーンという手が伸びていることからして、アナキンは集中的な攻位に晒されるであろう。それに手を携え、共に協力体制を築くべきだというのが一般論だ、と前置いた。

 

「しかし私はそれを、敢えて止めようと思います。貴方と私では持つ力が違い過ぎるため、相乗効果が強大な割には長続きしないんですよ、恐らく。見立てではこの3日で、私は1年分の修行に相当する結果を得られました。しかしこの先は?あと3日続けたところでトータルで2年分となる、とはとても思えない。我々の間で発揮される相乗効果は、非常に限定的なのです。」

 

それは、暗に2人がそれほどの域に達していることの証左でもあるのだか、アバンはあえてそれを口にはしなかった。

そんなことを言っても仕方がないのだから。

 

「成る程。常は別々に動いて敵に的を絞らせず、敵性の偵察能力に負担を強いる訳ですか。」

 

「イェース。ベリーベリーグッドですよ、アナキン君。強固な一枚岩よりも、柔軟な布地数枚が時に勝ることがあります。なら、同時に弱点もおわかりですね。」

 

「各個撃破されることでしょう?緊急時に相互を支援する仕組みを築けば問題ありませんが…」

 

言うは易しの典型でしょう、とアナキンは続けた。

これに対して、アバンは無言で一枚の羽根を取り出した。

何事かと訝しがるアナキンに、アバンはその使い方を説くのであった。少し、いやかなり自慢げに。

 

「何て物を作っているんですか、先生。」

 

アナキンの呆れ声が響き、その問答は終了した。

 

「結構。私の評価を上げていただけたようで、何よりです。そしてここからは少し、厳しいことを言わせて貰いますよ…」

 

――貴方はいつまで、学んでいるつもりなのですか?完璧な師の完璧な教えを身につければ、それで全てがうまくいくのですか?

 

まるで自身の心に滑り込んで来るかの様なその言葉に、アナキンにはぐうの音も出なかった。

まさかこんな、巨悪を前にした戦力増強論の場でそれを指摘されるとは思わなんだからだ。

 

「おや、黙ってしまいましたね。おわかりなのでしょう?とうに学ぶだけの時間は終わり、貴方もまた、教える側の人間となった事に。」

 

「私はそんな…高尚な人物ではありませんよ。」

 

「人は皆、何処かしら子供なまま大人になるのです。指導者とて、同じことですよ。学び足りない部分を残したまま、未熟な身の上をそのままに、それでも自分の中の確かなものを解くのです。…なかなかにしんどいものがありますよ。」

 

そう言うアバンは、1年前の話をしましょう、と自身の過去を語り始めた。

剣に天賦の才を持つ、1人の少年を指導したこと。

卒業、という独り立ちを祝う儀式のこと。

その只中に衝撃の事実を告げられ、動揺のあまりにあろうことかその弟子を打ってしまったこと。

 

あてもなく世を彷徨うこの身は、彼1人を探す贖罪の渦中にあると語り、アバンは燃え盛る様な目を彼に向けた。

 

「わかりますか、アナキン君。私達が今こうして、呑気に会話をしていられることの有り難みが。私達の現在は、まさしく私達の両親が…キミの場合はセブランス様が、親として、そして指導者として正しくあったからこその一つの奇跡なのです。これほどの大恩を一身に受けながら、その欠片すら彼に、ヒュンケルに渡せなかった私は、自分が許せ無い。」

 

アナキンはそう語る彼の姿に、気おされていた。

正直、これまでの訓練のときに感じた気迫などは、まさしく遊び心半分だったのであろうことが伺える。

ことここに至って、アナキンは目の前の男が、勇者である前に生来の指導者であることを思い知らされた。

 

堰を切ったようように喋り通したアバンは、そこで暫し黙り込むのだった。

 

「失礼、途中から随分と感傷的になってしまいましたね。しかしこれが隠す所の無い本音なのですよ。貴方には、その素晴らしい力を是非ともこの世界の後進達に伝えて欲しい。それが、貴方の魂を救うことにもなる筈だと信じているのです。」

 

言われていることは、至極当たり前の内容である。

前世でもマスターと呼称されるジェダイは、すべからく立派な指導者達であった。もちろん例外は存在したが、アナキン自身、素晴らしい指導者に恵まれたのだ。

それだけは、胸を張って言える。

 

しかし。

アバンの最後の一言は、どこかおかしかった。

そう、まるで過去の彼の失敗を知るかのような物言いである。

 

アナキンは目を伏せた。

 

「…そんなに顔に出ますかね。」

 

「年の功、というものですよ。それに、先ほど申し上げたヒュンケルも、今の貴方と同じような目つきをしていたのですよ。どこか申し訳なさそうな顔…とでも言うのでしょうか。」

 

――この人には、敵わないな。

アナキンはそう割り切ると、少しずつフォースのことを語り出した。

詳細は省いたが、その全容を聞いてアバンの顔がどこかしらホッとしたものになったのは、彼のみが知ることである。

 

「なるほど…、魔法と闘気の根本たる、フォースの存在ですか…。どうりで敵わないわけですね。しかし聞けば聞くほど興味深い。いっそ私を弟子にしてみませんか?…と、冗談はさておき、です。本論をどうぞ?」

 

「今まで話したのは、フォースのライトサイドに纏わる話です。そしてこれが…」

 

そうしてアナキンは今一度、手元の剣把にフォースを集中させ、闘気剣を作り出した。

それを天高く放り投げる。

 

そして。

 

勢いよく左手を突き出し、青白い燐光を迸らせた。

それは耳障りな音を伴いながら澄んだ空気を引き裂き、一瞬で闘気剣を包み込む。

更に次の瞬間には、剣把の存在そのものを消滅していた。

 

けたたましい轟音と共に。

 

「…これが、ダークサイドと呼ばれるフォースの力です。今でこそ、私はこの力を制御していられますが…、以前、逆に完全に呑まれて破壊の限りを尽くしたことがあります。私は…怖いのですよ。今でも…」

 

同じ過ちを繰り返すことが、この上なく恐ろしいのです。

アナキンは、両手を震わせながらそう告げた。

 

情けない話だ、と思わずにはいられない。

自分の力ひとつ御せない、ただの愚か者の話である。しかし、それでも打ち明けずにはいられなかった。

 

「アナキン君。残念ながらそれは、貴方にしか解決出来ない悩みなのだろう、そんな気がします。なので私が言えるのは、これだけです。どうかその恐れを克服し、勇気を持って前へ進んで欲しい。」

 

アバンの真剣な表情に対してアナキンは何とも陳腐な言葉だ、との感想を抱き、少し可笑しくなってしまった。

 

「どうか臆する事なく、自分の道を切り開いては頂けませんか。力に溺れた過去を持ち、失敗を繰り返さんとする貴方には、決して歩んではならない道が分かるはずだ。だからこそ、これから道を探る後進の先導者として相応しい。そう、思うのですよ。」

 

こんな通り一遍の言葉で片付けられるほど、ダークサイドは軽くない。

そう言い切ってしまうのは簡単だ。事実その通りなのだから。

しかしその時のアナキンは、これ以上なく温かな気分で前を向くことができたのであった。

 

 

 

 

 

それからのアナキンは、なるべく純粋なフォースを求めて各地を彷徨った。

 

ジェダイの弟子を育てるんだからフォースの強い者を、と北の地に走ったらとんでもなくワガママな小僧に出会ってしまった。

年齢にしてはそこそこの実力があるが、やたらと勇者に固執するばかりでフォースなんざ知るか、といった態度なのである。

辛抱強く教えを授けようとした挙句が、そんなのなくてもボクは強い!と言い出す始末であった。

結局、バカにしたフォースの偉大さを思い知らせてやってその場を後にした。

身の程を思い知らされた後すごく落ち込んでいたので、アバンに連絡をとり、後を任せることにする。

何と無く、自分のパダワン時代と似ているものを感じたのだ。

あれには、オビ・ワン並みに包容力のある指導が必要だと考えたのだ。

 

 

そして、現状に至る。

少し考えればわかる筈のことだった。

アバンは、ヒュンケルという弟子を未だに探し続け、その生涯をかけて導こうとしていた。

そんな彼の姿からわかることは、それだけの責任を負って指導をしなくてはならない…、というよりは、アナキン自身がそれほどの責任を負ってまで育てたい、と思える存在がどこかにいるということだ。

そうでなければ、あのアバンが適当なことを言うはずがない。

 

――もっとも、アバンは人の巡り合わせというべき観点からその道を説いたまでであって、そこまでの保証をしたわけでは無いのであるが。

…と、完全にアバンを買いかぶっているアナキンであるが、彼がそのことに気づくはずもない。

 

アナキンにとって、フォースの量だとか闘気の強さだとか魔法力の大きさだとかは、瑣末な問題に思えた。

強く、果てしなく高みを目指す弟子の存在は確かに、師としての心を刺激される。

しかし命を懸けてまで導きたいとは、とても思え無いのである。

 

そうしてふらふらと各地を彷徨い歩いていた時に、ふとジャンヌ老の言葉を思い出した。

――それまで信じていたものを疑い、自分を裏切り生きていくことになる。そんな人間を、一人でも多く救ってやって欲しい…。

 

うん、どうせなら一番心が弱い奴を弟子にしてやろうと閃き、そんな心の持ち主ははどんな存在かと想像を巡らせるのであった。

 

”それ”と出会ったのは、そんな時であった。

 

「何だお前?」

 

思わずアナキンは、そんな声を漏らしてしまった。

目の前には、フヨフヨとした一雫の水のような存在が浮いていた。

 

アナキンは審美眼など持た無いバリバリのエンジニア気質であったが、それでも彼はその存在を美しい、と思った。

水のようだ、とは思ったがよく見ると空の色そのもののようでもある。

何物にも染まってい無いその存在を凝視するうち、アナキンはふと、空の色は海の色の反射であることを思い出していた。

何て自由で、綺麗なものなのだろう。

 

「不思議だ……。お前は一言も発していないのに、邪悪な存在でないことが分かる。」

 

アナキンはフォースでその存在を探ろうとし、そして圧倒された。

何も探れないとかそういうのではなく、探ろうとしたアナキンの心そのものがそこにはあったのだから。

 

これはもう、アナキンには理解不能な次元の話であった。

――まだまだ私も未熟だ。

マスター・ジャンヌ、アバン先生、そしてこいつ…。この世界には、驚かされてばかりである。

せっかくだ、とアナキンは驚きを押し殺し、気持ちを入れ替えた。

 

「この世界で一番純粋な心を持つ者、その居場所を教えてくれないか。そして願わくば…」

 

アナキンはその存在に心からの願いを語り、そして気づくのであった。

いつの間にか自分やフォースの暗黒面のことばかり考えていたはずの視野が広がり、まだ見ぬ存在の安寧すら願っていることに。

それは彼にとっては、大きな悟りであった。

 

そして情けなくもアバンの前で弱音を吐いてしまった自分の過去を振り返り、想像以上に恥ずかしい思いをするのであった。

今の彼は、目の前の存在の様に晴れやかな気持ちに満たされていた。

そしてこんな風に前へ踏み出す勇気を与えてくれたアバンは、間違いなく勇者である、と改めて思い知るのであった。

そして…。

 

アナキンは、自分もそんな存在たり得たいと願うのであった。

 

 

 

無人島とされる孤島に一人のジェダイの騎士が降り立ち、この世で一番純粋な少年と出会うのは、それから数か月後のこととなった。

 

 

 





これは最早、ちょっと話がズレたというレベルの話ではなくなってしまっているのかもしれません。
はじめは闘気剣に才能を持つあのボッチャンをアナキンがしばき倒す、という面白ストーリーを考えていました。
ダイ大の主人公達は、原作こそが完成系であり、二次創作とはいえ歪めたくないな、いう思いがありましたので。

けれども、です。
せっかくアナキンの御大将に登場してもらっているのです。
どうせやるなら、原作とは違う、でも根本的な部分は同じパラレルのダイ大を目指そう、と思いこうなりました。

どうかご容赦いただければ、幸いです。
ご意見・ご感想等ありましたら、遠慮なくどうぞお願いします。



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デルムリン島にて

さて、いよいよダイと初対面を果たすことになります!

どうぞよろしくお願いします。


モンスターの島に住む、人間の子供。

フォースの深淵に近い存在から神託めいた啓示を受けたアナキンは、素直にその言葉を受け取った。

そして冒険心をくすぐられ意気込み新たに冒険者ギルドを訪ねたのであるが、意外にもすぐに手がかりを得られた。

 

デルムリン島。

 

その筋では有名な島で、つい最近もパプニカの王女が儀式を済ませた際、野生児のような子供がいることを確認したとのこと。

案外早く出会えそうだな、と気楽に構えたアナキンは、その島の到着間際にフォースの揺らぎを感じた。

 

一瞬、アバン先生が言っていた魔王の再来かと勘繰ったが、それにしては局所的な予感だ。

おそらくは、目的地であるデルムリン島に限定されたものである。

そこでは柔和なモンスターばかりが生息するというから、これは外から敵性勢力の襲来を受けていると判断して良いだろう。

 

実際、アナキンはちょくちょく嫌がらせのような襲撃を受けていた。

一人でいる時に限って、魔王がいなくなり大人しくなったはずのモンスター達がいきなり豹変し、襲い掛かってくるのである。

これはジワジワと、彼の精神を蝕んだ。

 

何せ彼のみに限られた話である。

初回の襲撃時には、すわアバンの言ってたことはこれかと危機を知らせに冒険者ギルドへひた走ったのにも関わらず、翌日には大笑いされてしまった。

二度目に同じことがあったときには、念のための報告が白眼視される始末である。

おかげでマスター・ジャンヌの指導のもとで築いた冒険者ギルドでの評判が、ガタ落ちとなってしまった。

 

三度目ともなるとさすがに、背後に潜む酷く陰険なヨボヨボ老人の姿をフォースで探り当て、さんざんに痛めつけてやった。

ジェダイの面目躍如、といったところである。

しかし今回も何となくあの醜悪老人が関わっている気がし、アナキンは嫌な気分に包まれた。

あの傷を受けてなお、今回も跳梁しているようであれば、もう人間では無いと判断して一刀両断してしまっても構わない気がする。

 

そう考えて気持ちを楽にしたアナキンは、目的地に到達するまでの間にもフォースに集中し、現地での揺らぎを注意深く探るのであった。

今度はより深く、人間らしい複雑な感情を求めて。

 

 

 

 

その存在は、初めて味わう仲間たちの傷に、衝撃を受けているようだった。

 

見たこともないモンスター達に仲間が襲われ、傷ついていく。必死で抗しようにも多勢に無勢、あっさりと囲まれては分断され、追い回される。

森の中を逃げ回った体は、擦り傷だらけの有様であろう。しかしどうやら不思議と肉体的な痛みは感じていないようだ。

ただ…張り裂けそうなくらいに胸を痛めているのが伝わって来る。

 

仲間たちは、お前は特別なのだからと言い聞、よく知る人物のもとへ向かえと説いたようだ。

お前たちと一緒に戦う、と叫び返したいがその気力が浮かんで来ない。

初めて肌で味わう仲間の痛みに、その真摯な迫力に、言い返す言葉を持たないようであった。

 

そんな幼い存在が頼るべき存在は、しぜんと限られるだろう。

帰巣本能と言い換えてもいいだろうか。

その足が向かう先は、良く知る人物のもとである。

 

しかし、そこにはよく知るシルエットに加えてもう一つ、見覚えのない老人の姿が佇んでいるようであった。

 

 

 

 

 

既に島に上陸を果たし対象との距離が縮まったアナキンには、その光景が目に浮かぶようであった。

――おまけにジジイ、だと?

 

思い出すだに腹立たしい姿が脳裏に浮かび、アナキンは脚に集中させたフォースをさらに高め、森の中を突き進んだ。

茂みを避けて木々の幹を蹴って進むその姿は、まるでも何も忍者そのもの、といった様相を呈している。

 

そしてついに視界が開け、探っていた感情の起点と目の前の光景が重なり合う!

 

「…、ニゲ…ろ…。」

 

鬼面道士と呼ばれる一頭身サイズの、本来は可愛らしい筈のモンスターが一人の少女に迫っていた。

その柔和なシルエットは今、望まぬ敵意を滾らせているせいなのか、涙に濡れている。

その証左に、苦し気に呟かれるセリフはその少女を思っての警告である。

 

――いや待て、少女だと?

アナキンはてっきり、絶海の孤島で逞しく生きているその子供は、少年だと思っていた。

しかしそんな一瞬の逡巡も、次の瞬間に響いたセリフに搔き消される。

 

「益も無いことはせず、大人しく殺し合えい。キヒヒヒヒ。在庫処分には丁度良いわい。」

 

一度聞けば忘れない、耳障りな、そして悪趣味なしわがれ声。

 

――やはりお前か!

 

最早隠すことなく怒りを露にしたアナキンであるが、前方で急激に膨れ上がった攻撃的なフォースを目の前にして、咄嗟にそれに割って入った。

これは良くない兆候だ。

まさか、無用の殺生を行わせるわけにもいかない。

 

 

 

 

「よせっ!」

 

少女の鼓膜を、ひと言の単語が揺らす。

ブオン、という耳障りな音がそれに続いた次の瞬間には、目の前に人影が立ち塞がっていた。

そうして視界が塞がれた直後、老人の左手が宙に舞う。

 

目にもとまらぬ早業、とはまさしくこのことであろう。

少女は極度に発達した動体視力を持っている筈だが、辛うじて見切れたかどうかの振り抜きであった。

 

「…よそ様を巻き込むなよ。」

 

しかし彼女の驚きはそれだけに留まらない。

突如として現れた金髪の少年は心底嫌気が差した様につぶやくと、光輝く剣を持つ反対の左手を突き出し、重々しい音を放ったのだ。

 

ドンッ、ドンッ、ドン‼

 

彼女の目は何も映すことが無かったが、それでも何か圧倒的な”力”が三度、指向性を持ってその老人に襲い掛かったのが分かった。

彼女にいま少し知識があれば、それが音速を超えた衝撃波であることに気が付いたであろう。

そしてそれがもたらす事態の凄まじさにも、想像がついたはずである。

 

「うわあああ!」

 

彼女は思わず、その光景の凄まじさに大声を上げた。

視界の端に叩きだされた小柄な人影を追うと、何と片手足と生き別れになり、上空へとすっ飛ばされているではないか。

口から鮮血を噴出している有様からして、決して自発的にそうしているわけでは無いことが伺える。

それはまさしく、目の前に現れた金髪少年の仕業であった。

 

しばし目の前の事態に唖然とした彼女であったが、すぐさまハッとなる。

 

「ね、ねえキミ。私の仲間がひどい目に合っているんだ、助けてよ!」

 

 

 

 

アナキンは、少女に促されるままその危機の場に向かおうとしたが、その前にやるべきだと判断し鬼面道士というモンスターの前に立った。

フォースによりその心の霧を払いのける。

茫然自失とした有様の彼の覚醒を見届けると、アナキンは少女に連れられるがままに海岸線を駆け巡った。

 

「あいつらだよ!」

 

成る程、指差された目の前では確かに、柔和な顔をしたモンスター達が、それとは比較にならないくらい凶悪な奴らと激戦を繰り広げていた。どうも五分五分の状況で普通なら判断に迷うところであるが…。

どちらが悪者かは問いただすまでもないだろう。

片方はそれほどまでに醜悪な存在だった。

 

アナキンはそれにしても、と違和感に首を傾げた。

ここに至る迄に彼に襲撃を仕掛けてきたモンスター達は、魔法を中心として戦闘を展開していた。しかしこの島を襲っている側の奴等は対照的に、やたらと巨大で醜悪で、物理攻撃に特化している。

 

しかし、いざ擬似ライトセーバーを片手に挑みかかると見掛け倒しであることがわかる。

一蹴。

気持ち良いくらいのやられっぷりである。力強く速い動きで触手を伸ばしてくるが、いかんせん力押しだ。再生力だけは高くキリが無いので、フォースで吹き飛ばし島から遠ざけることにする。

いくら見た目が醜悪とはいえ、操られている可能性も否めないからだ。

 

まあ、醜悪なのは…首魁があの有様だ。

わからないでも無い。

なんと言う名前だったか…。

まあ、あの老体と違って、妙な搦め手で向かって来ないだけでも、良しとすべきであろうか。

 

しかし、先ほどからこの少女から感じる違和感は一体何なのだろう?

助けてと言ったくせに、やたらと止めに入ろうとしてくる。

確かに見た目は人間なのだが、フォースがそうでは無いと告げている。

この感覚は一体…。

 

ズガアアン‼︎

 

アナキンのそんな思惑をよそに、突如として雷光が岬に突き刺さった。

その光景を遠方から眺める事しか出来なかった彼であるが、そこから感じ取れるフォースはつぶさに分析すらすることができた。

そしてそのパターンから、彼はそれがマスター・ジャンヌが伝説上の人物しか出来ないと明言した、雷を操る呪文であろうと当たりをつけた。

 

そしてハッとするのであった。

マスター・ジャンヌに教えを受けた彼は、魔法とは、自然法則を強く用いる中立的なフォースの運用だ、と理解していた筈である。

それならば、何故。

今この瞬間にあのの雷の呪文を見るまで、暗黒面ですら中立的に運用できる可能性に思い至らなかったのだ!

 

そう、何も紫電そのものが悪だ、暗黒面だという理屈はどこかズレているのである。

余りにも悲惨な目に遭わされた回数が多かった為に色眼鏡で見ることしか出来なくなっていたとに、この時初めてアナキンは思い至った。

そしてこんな事態の最中であるにもかかわらず、この雷の呪文をとなえた人物を目にしてみたい、と切に願うのであった。

何故ならそこには、あの悪名高きフォース・ライトニングと同等の力を、究めて中立的に使いこなしてみせた存在がいるのだから。

 

だが、そんな彼の感動をよそに、いよいよ事態は混迷としてきている。

アナキンは、少女を置き去りにしかけながらもそちらに向けて駆け出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

アナキンは仰天した。

 

「ゴメちゃん!ゴメちゃん!」

 

おそらくは名前であろう単語を繰り返し、呼びかけを続ける少年。

そしてグッタリとその腕に抱かれる、黄金の小さなモンスター。

そのモンスターから漏れ出るフォースは、この島へと導いてくれたあの雫のような存在と瓜二つである。

 

そして何よりもその少年の姿。

それは、彼の後ろから駆けて来る少女の姿と瓜二つなのである!

 

「な、何だおまえらは!あいつらの仲間なのか!?」

 

気配に聡いのであろうか。

アナキン達の存在に気づいたその少年は、視界の端に入っただけで警戒も露わに叫び出す。

 

「だとしたら、どうする?」

 

アナキンは興味本位に問いかけ返した。

 

「この島から出て行くんだ!これ以上みんなに酷いことをするなら、許さないぞ!」

 

――成る程。

アナキンは内心ほくそ笑むと、深く頷いた。

彼の中では、とっさに答えが出たのである。

 

この少年こそ、彼が遙かな海を渡り追い求めてきた存在に違いない。

 

今、彼が口にした警告と牽制こそ、アナキンが追い求めるジェダイの正しい姿である。

それに加えて、である。先ほどの雷は正確な因果こそ不明であるが、周囲の焼け焦げた醜悪なモンスター達を見るからに、この少年に属するものと判断できた。

そしてこれ程の力を有しながらもその力に溺れることなく、対話することが出来ている。

 

この幼年にして身に付けたその厳然たる姿勢は、十分な判断材料となった。

 

「え!? お、お前、何でオレと同じ…。一体お前ら、何なんだよ!」

 

ようやく注意深く観察することができたのだろうか。

ようやく一つの結論に辿り着いた今となってアナキンは、その少年と同じ疑問を、背後から追いついてきた存在に抱いていた。

 

何となく、答えは見えているのだが。

そしてその正体に思い至って、うっすらと背筋に冷や汗をかき始めた。

 

――どうやら、盛大な勘違いをしていたようである。

それも致命的なレベルで。

事前の情報収集で鬼面道士に育てられた人間の子供がいる、と聞いていたのでこの少女がそれかと思い込んでしまったのだが…。

 

察するに、彼女が助けてと言っていたのは襲撃側のあの醜悪モンスターどものことであったらしい。

どうりでムキになって止めようとして来る訳だ。

アナキンは襲撃側の少女を仲間だと思い込み、その存在を保護しようとまでしていた訳である。

 

――いや、おそらく洗脳か何か、悪質な処置をされていたに違いない。不可抗力だ。

しかし彼はそんな大失態を自分の中で揉み消すと、堂々とした声で言い放った。

 

「随分と引っ掻き回してくれる…。そろそろ出てきたらどうだ、ご老体!」

 

アナキンは少し声を張り上げ、少女と、その後ろの空間を睨みつけた。

すると…、薄っすらと濁っていた空気の中から、半身を血みどろにした醜悪老人が姿を現した。

 

「こ、このクソガキが…。この、妖魔司教ザボエラ様にこんな無礼を働きおってからに…。」

 

「ああ、そんな名前だったな…。しかし貴方も懲りない人だな。おまけに毎回回りくどいことをしてくれるときたもんだ。それで?この子は一体何なんだ!」

 

「ど、何処までも舐めおってからにぃーー‼︎何をボサッとしておる2号、行けい!」

 

会話が始まるや否や、ザボエラはその少女をけしかけた。

 

すると何ということだろう。

 

目の前で、つい先ほどまで少年と同じ姿かたちを模っていた造形が変化し、本来と思しき一回り小さな姿へと変貌を遂げると、アナキンへと襲い掛かってきたのだ!

両者は高速で交差し、そして再び相手へと向きなおる。

この間、アナキンは擬似ライトセーバーを発動させて踏み込んだだけで、殆ど動けていなかった。

 

「やるじゃないか。」

 

彼はニヤリと笑う。

この世界に転生して、初めてまともな斬撃を受けたからである。

 

疑似ライトセーバーを出す瞬間の効果音に拘ったアナキンは、フォースを操り空気を震わせることでその音を実現している。

やってみると意外と難しいために修練を重ねた彼ではあるが、それ故に疑似ライトセーバーの初動は本来のそれに比べて1秒近く遅れるのだ。今回はそれが結果に繋がった訳である。

つまりその少女の踏み込みの速度は、それ程までに驚異的なものであった。

 

そして再び、無駄口ひとつ叩くこと無く切り掛かってくる!

アナキンはその太刀筋を捌きながらふと、そう言えばこいつは何故これまで襲い掛かってこなかったのか、いやそもそもあの鬼面道士の前で何をしようとしていたのか、という疑問を浮かべた。

油断さえしなければ、そうした余計なことを考えられるくらいには地力の差があるのである。

 

アナキンは落ち着き払い、返す一閃で相手の剣そのものを断ち切り戦闘力を奪った。

しかし少女は全く臆すること無く、断ち切られた剣をもって立ち向かって来る。

 

「もうやめておけ。お前は邪悪には染まり切っていない。」

 

そんな言葉を投げかけながら、アナキンは相手の動作の隙をついて右肘の半ばを斬りつけた。

擬似ライトセーバーなので、その刃にあたる部分はフォースを高速で振動させ高熱を纏わせている。

よってその切り口から、鮮血が噴き出すことは無かった。

 

しかしその痛みたるや、相当なものである。

実際に体験したことのあるアナキンには、それはトラウマとなるくらいによくわかっていることだ。

 

しかし。

 

少女は、全く意に介せずといった具合で鋭い殺気を向けてくるのである。

おまけにその傷口は、常人には、というよりも人間にはありえない速度で修復していく。

――まさかコイツ…。

さすがに叩きのめす気にもなれず、アナキンは嫌な予感に苛まれながらも、すぐさま反撃できる態勢をキープし続けた。

 

その攻めあぐねている姿に溜飲を下げたのか、さも嬉しそうな声が響く。

 

「キヒヒヒ。そやつはタイプⅡ型妖魔…人間社会潜入型の半人半妖2号機じゃよ。どうじゃ、驚いたか?やりにくかろう?イヒヒヒ、そうじゃろそうじゃろう。何せこやつ、元は人間なんじゃからのう!キヒヒヒヒヒ!」

 

アナキンの予想の中でも最悪のものが、真実として語られた。

傍観者と化していた少年すら、この事態には色をなした。

 

「お、お前その子に一体何をしたんだよ‼」

 

「よせ‼ 聞くな!」

 

アナキンは咄嗟にその少年の耳の周囲を瞬間的にフォースで包み込み、一切の音声を遮断した。

こんな、身の毛のよだつ様な悪趣味な話を聞かせて、彼の精神を歪めるわけにはいかない。

 

しかし有頂天になったザボエラの口は、とどまることを知らなかった。

 

「キヒヒヒヒ!飢え死にしかけておったこ奴を捕まえて、ワシが作り出した妖魔と手術で融合させてやったのよ!1号機は痛みに耐えきれずに発狂したんでのう、こやつは痛覚を取り除いたうえで特殊加工し、栄えある半妖に仕立てあげてやったのよ‼ その時のこ奴の顔といったら無かったぞ!キイーッヒッヒッヒ!ワシが側にいてやらんと命令一つ聞けない愚図じゃがのう、ようやく役に立つときが来た訳じゃわい! 」

 

――この、ベラベラしゃべりやがって!

話の途中でさすがにその半妖はアナキンの隙に感づき、突進をかけてきた。

彼はフォースの操作で少年への音声を遮断し続けたまま、それに対処せねばならない。

 

さすがに今度ばかりは、分が悪かった。

ことここに至って、ライトセーバーの動作音の再現にフォースを使ってしまっているのが、悔やまれた。

いやいや、それだけではない。

切り口の再現にこだわったため、切断力を発揮する以上のフォースを刃の部分に使ってしまっている。

彼は無駄に積んだ訓練の弊害で、こうした諸々の余分なフォースを使わずには闘気剣を発動できないレベルにまで達してしまっていた。

とてつもなく器用なアバン先生に対抗して得た成果なのだが、よくよく考えなくったって意地になってまで再現する必要は無かったんだ。

 

アナキンは、アバン先生という心強い味方を得て少し浮かれていたことに、今更ながらに気づかされた。

そしてその教訓は、鋭い痛みを伴って左腕に刻み込まれた。

 

アナキンはライトセーバーのそれとは全く異なる実体剣の痛みに顔をしかめ、そしてその腕を出血を抑えるべく少女と距離をとった。

 

そんな彼女に、今度は少年がナイフを構えて飛びかかる。

 

「やめろぉ!」

 

おそらく、その少年にもアナキンが何がしから庇っていることが伝わったのだろう。

そんな、耳を塞れるというよくわからない行為に対しても、彼は好意を敏感に察したのだ。…ということまではアナキンには分からなかったが、とにかくこの事態を急速に収める必要が、彼にはあった。

 

あの少年の実力がいかほどのものかはわからないが、つまらない手傷を負わせる訳にはいかない。

せっかく辿りつけた弟子候補なのだ。

話をする前に大怪我を――しかもアナキン自身が持ち込んだに近い形で――負われては、たまったものでは無かった。

 

仕方が無い。

 

「少年、伏せろ!」

 

アナキンは結果的に足を引っ張ることになった疑似ライトセーバーを、鋭く宙に放った。

しかし決して投げ槍になったとかイラついたとかではなく、これはこれで立派なセイバースローというジェダイの技なのである。

 

それは見事な楕円曲線を描いて少年の背を回り込み、

そして剣を握る少女の両手首を断ち切り、

最後に醜悪老人の腹部を斬り裂き、

アナキンの手元に戻った。

 

「グアアアア!き、貴様ら顔は覚えたぞ!背中に気を付けろ!」

 

そんなセリフを吐きながら、ザボエラがその姿を掻き消す。

 

――どうせそのうち、呼んでもいないのにケロっとして姿を現すつもりだろ。

アナキンはそんな無様な老人に、定期的に敵性の情報をもたらしてくれる役割を期待していた。なので今回も致命傷だけ負わせて追い払うことに終始した。

通算二度目となるこのやり方も、そろそろ敵に発覚しそうなので今回限りで最後になりそうであるが…。

 

そんなことを思っていると水音が上がり、もう一つの問題もこの場から退場してくれたことを伝える。

念のために遠ざかるフォースを確認して、アナキンは闘気剣からフォースを解き放った。

シュウウゥン、とそれはライトセーバーの終動時と同じ音を立ててそれは収まった。

 

この少年との話がすんだら、いま一度鍛えなおす必要があるな、と心に決めるアナキンであった。

 

 

 

 




いかがだったでしょうか。
原作を読み返していたらイメージが固定化されてしまったため、
苦肉の策でこのような形となりました。

次話とセットでお読みいただければ幸いです。
どうぞご意見・ご感想のほど、よろしくお願いします。


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魔剣

魔王軍サイドの話です。

賛否両論あるかと思いますが、ご賞味いただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いします。


魔王軍本拠地の、謁見の間。

 

ここで今、一つの命がその終焉を迎えようとしていた。

 

「かの者の正体は掴めなかった、という結論で良いな?自身の手の内である新型妖魔の手の内を晒しておいて、この様であると。」

 

何とも重々しい声で語りかけるのは、異様な存在感を放つ老人であった。

問い詰められている対象もまた同じくらい年齢を経た人物であることに変わりは無いのだが、

その貴賤の差は見た目以上にその身が放つ気迫が物語っている。

 

「ハ…。しかしまだ二の手、三の手があります故、なにとぞご容赦を!」

 

「…もうよい。」

 

魔界の神を僭称するその老人は、名をバーンという。

彼はもとより、余程のことが無い限り目の前の老人の処遇に変更を加えるつもりは無かった。

これは元より、周囲への引き締めに主眼を置いたやり取りなのだから。

 

「多少は知恵の回る男かと恃んだが、どうということは無かったな。」

 

「ま、待って下され!この精強ぞろいの魔王軍とはいえ、ワシほど諜報戦に長けた存在もおりますまい。あの少年の正体は、必ずやこのザボエラめが…」

 

「その中途半端な気概がこの事態を招いたと、何故気づけなかったのだ?」

 

バーンはさも気だるげに、いや実際にそうであるのだからそれを少しオーバーに、過去形で語った。

 

ザボエラはその妖力と絶大な知識を見込まれ、バーンの腹心たる魔影参謀が招き入れた存在であった。

それが研究を重ねて、魔法力の高いモンスターで形成される妖魔士団を創設してみせた。

その後の着想にも目を見張るものがあり、特に人間に偽装させた新型妖魔には天賦の才を感じたものである。しかしどうにも手柄に逸るきらいがあるため、発破をかけて自重させようとしてみたのだが…そのメッセージが真摯に受け止められることはついに無かった。

 

「お前の頭脳と特殊な戦力によって成す策を、なぜ他の軍団長に献上しようとしなかった?元より現場での成功など期待していなかったのに、なぜそれに固執した?軍団長ではなく、なぜ参謀の地位を追い求めなかった?」

 

バーンは続けざまに問いかけ、そして締めくくった。

 

「…お主は老いたのだ、ザボエラよ。見えてしまった終末に怯え、長く構えることを憂い、最も苦手とする短期の奇策に腐心した。そんなお前は、もう必要無い。」

 

ザボエラは、悲鳴ひとつ上げることが出来なかった。

――あんまりだ、こんなのはヒドすぎる!

そう叫び散らしたい彼であったが、目の前の存在がそれを許すはずもない。

 

彼がまだ若いころ、それこそいま後ろに控えるザムザくらいの若さであった頃、ひたすらに練り上げた妖力が体内で膨張していく。

そうだ、ワシもかつてはこれ程の力を得たことがあったのだ。

どこか懐かしい気持ちでその過去を振り返るザボエラは最終的に、その妖力を暴走させられて爆散した。

 

「覚えておけ。ザボエラには3度の失敗まで許したが、これ以降はまかりならん。どんな失敗も許されるのは2度目までと心得よ。」

 

 

 

 

バーンはその実、ザボエラを通じてアバンやアナキンにこちらの動きが筒抜けになることを最も警戒していた。

その根拠は明らかである。

キルバーン程の存在を簡単に返り討ちにする者が、ザボエラごときに手こずるはずも無いのだから。

悪手を重ねた責任をとらせ、組織の流動化を図る必要があった。

 

バーンは、首を垂れ、俯きわななくザボエラの息子に語り掛けた。

 

「ザムザよ、何をしておる?」

 

「…。」

 

「ふむ、言葉すら出ぬか。ワシは、父の仇を討たなくて良いのか、と聞いておるのだが…。どうやらお主ら親子は、揃いも揃って臆病が取り柄のようだな。」

 

ザムザは言い返す言葉を持たなかった。

全身のちが沸騰しそうなまでにこそ滾っているが、どうしても足が前に出ないのだ。

 

「ふむ、揃いも揃って使い物にならんか。何処まで行っても、我が身が可愛いか。そうか…。」

 

「お待ち下さい。」

 

そう言って進み出たのは、全身をずぶ濡れにした一人の少女だった。

 

「彼の父たるザボエラは、餓死する我が身に半妖としての新たな生を授けてくれました。」

 

「ホウ、仇を討って恩を返すとでも言いたいのか?」

 

少女は躊躇いなく首を横に振った。

 

「恩は欠片も感じていません。しかし報恩の行為すら忘れては、私は真に心なき妖魔と成り下がるでしょう。これは私が人間であることの…証明だ!」

 

そう言うや否や跳びかかる速度は、さすがにアナキンの不意をついただけの事はある。

しかし悲しいかな、平時は隙だらけなことが多いかのジェダイの騎士とは異なり、目の前の存在は海千山千のそれである。

 

「…これでは使い物にはならん。」

 

そう言うとバーンは掌を翳し、最小限に絞った闘気の塊を放った。

たったそれだけである。

しかし少女の姿は呆気なくも半壊し、その場に崩れ落ちた。

人の形をしたものが言葉の通りに、"崩れ"落ちたのである。

 

「2番!」

 

ザムザは名もなきその存在に駆け寄り、ベホマを唱え始めた。それは彼ですら意図しない、反射的な行動であった。

 

「フム、お主ら親子は、悉く余の期待を裏切ってくれるな。この場で尚、その様な下らない行為に走るとは…、やはり、命が危険に晒されるまでは分からんのか?」

 

そう言うとバーンは物憂げに、魔法力を指先に集めた。

トグロをまくその超高温の結晶は、この地上の、いやこの世界の誰もが成し得ない奇跡そのものである。

おまけにそれとて、彼は居城の設備に気を使い、最小限に留めているのである。

 

「…詰めが甘いのでは?バーン様。」

 

その声に、バーンはほくそ笑んだ。

彼が求めていたのは、まさしくこうした闘争心であったのだから。

 

声の主は、ザムザに抱かれた首だけの姿になりながらも、かけられた回復魔法の助けを経て、全壊したその身体を再生し始めている。

 

「ほう、そこまで痛めつけられながらも敵意を失わぬか。良い。余への無礼はその気概に免じて、不問としよう。そして、期待に応えたことに褒美をとらせねばな。」

 

するとバーンは、本当につまらぬ者を見る目つきでザムザを一瞥した。

 

「そこな役立たずの親にかわって、妖魔師団をお主に与えよう。さて、今の一撃に耐え抜いたお主には、闘気に対する耐性が備わるであろう。…傷を癒し、それを実感するまで退がるがよい。」

 

さて…、とばかりにバーンはその指先を、ザムザに向けた。

 

「余は無駄な殺生は好まぬ。この愉悦の余韻が消え去る前に、何処へなりと消え失せるが良い。」

 

「…待って下さい。」

 

「あまり奢らないことだ、名もなき半人半妖よ。お主には褒美すらとらせた。これ以上余の手を煩わすことは禁ずる。」

 

それでも尚、口を開こうとするその存在に対して、バーンは躊躇うことなくメラを放った。

この一時の感情の起伏だけで、バーンは満足であったのだから、もうこの取るに足らない親子に纏わる沙汰には、付き合うつもりが無かった。

 

ザムザと、その半人半妖は、間も無く息絶えることであろう。

その筈だった。

 

「…畏れながら申し上げます。この男ザムザは、その父を凌ぐ研究の成果を私に施しました。どうか…妖魔司教の座は…彼に…」

 

いよいよ限界が来たのであろう。

その存在は、ついに唯の血と肉の塊と化した。

既に死に体とはいえ辛うじて五体を保っているザムザと異なり、最早これでは再生力もヘッタクレも無い。

だが臨終に際して発した言葉は、その高熱に僅かばかりとも耐えたことから鑑みるに事実であったようだ。

 

バーンは笑った。

声も無く。

 

なかなかの人材が育っていたでは無いか、と気分を良くしたのである。

最後の最後までつまらぬ茶番劇を見せられて興醒めであったが、なかなかに悪く無い気分である。

予想もしないところで巻いた種が育つという経験は、数千年に渡る人生を歩んできた彼には、皆無であった。

何しろ魔界では、そんな余裕などあろう筈も無く。

自身の力しか頼るところが無かったのだから。

 

と。

そこまで考えた時のことだった。

彼はふと、その存在が自身を半人半妖だと名乗ったことを思い出した、

 

「これが、人間の"力"…。人間の神の心境…か…」

 

彼が今、脳裏に浮かべているのは三神が作り上げたとされる奇跡の結晶、竜の騎士のことである。

既に自身の軍門に下った存在、とあまり重視してはいなかったが…。

 

奴の存在の決定的な弱点は、下手に人間の心を取り入れたことだと、バーンは分析していた。

竜と魔族の力、それだけで比類なき戦神というべき存在となる筈である。

そこに何故、人間の心などという余計な変数をわざわざ組み込んだのか。

 

この瞬間、バーンにはその長年の疑問の答えをはっきりと見えた。

――神ですら予想せぬ結果をもたらす、変動性。

人間の真の力とは正しく、その一点のみに集約される。

個人としては非常に小さな可能性であるが、この地上での繁栄ぶりを見るにその累積は驚異と評する他無い。

 

「やつらに出来て、余に出来ぬ理屈は無い、な。」

 

そう零したのを最後に、バーンは再び掌を宙に掲げた。

するとどうであろう。

 

最早、蘇生呪文ですら回帰不能なダメージを負っていたザムザの身体が、みるみるうちに修復されて行くでは無いか。

しかし奇跡はそれに留まらない。

 

既に完全に生命を失っていた筈の生命の"残滓までもが、灰に包まれたと思うや否や、完全な肉体を伴ってその場に現れたのである。

 

少女であった存在は見事な流線型を描き出す女性へと変貌を遂げ。

折れそうな程に細く、長い手足には底知れぬ深淵さを秘め。

腰まで届く銀髪は、その白い肌には僅かな光すら無用とばかりに光り輝き。

 

薄い眉と繊細な瞼に隠された鋭い銀眼が今、ゆっくりと見開かれるのであった。

 

ー美しい。

魔界のあらゆる美術品の鑑賞を済ませ、美に憂いてすらいたバーンは、自身の魔力が成した成果に対してただ一言、厳正な評価を下した。

元より圧倒的な肉体の強さを持つ魔族は、人間に比してそれに対する美的感覚が薄いものである。

しかしバーンはその生涯で初めて、肉体的な造形美というものに対してその価値を認めた。

 

折角なので彼はその手に杯を持つと、超魔力の空間に秘蔵していた五千年ものの魔界酒を手酌し、ゆっくりと鑑賞に浸るのであった。

 

そうして暫く、バーンは自身の力が生み出した芸術品について思いを馳せた。

しかしどう考えてもそれを生み出した自身の持つ魔力こそが至高である、との結論に至ってしまい、その愉悦は長くは続かなかった。

 

しかしその存在から放たれた一言は、バーンを大いに満足させるものであった。

 

「我が言葉を聞き届けて頂き、感謝します。貴方から頂いた魔力によって、私は闘気と併せて魔力の耐性をも得た事でしょう。」

 

復活した瞬間から闘いを口にする。

バーンはその事実に鷹揚に頷くと、ゆっくりと杯を傾けた。

そしてザムザに肩を貸し起き上がるのを手助けするその姿に、孫でも見るかの様な微笑みを浮かべるのであった。

 

「待て。余は今、この上なく気分が良い。褒美をとらせよう。何なりと望むものを申すが良い。」

 

「では、私に名を。人間としての私はザボエラの手により半妖となった時に死にました。そしてバーン様の手によりその身すら滅ぼされ、甦らされた私には最早自身の正体すら掴めません。せめてこの疑問の答えを頂きたい。」

 

バーンはその答えにも満足し、お気に入りのチェス盤から全ての駒をどけた。

しかし何かを思い残ったかその中から5騎のみを抜き出すと、手元に残した。

そして。

 

残りの駒をチェス盤ごと超魔力の炎に包み込んだ。

 

ピクリとも眉を動かさないその存在を見据え、バーンはゆっくりと語り始めた。

脳裏に思い浮かべるは、眼前の芸術品から連想される伝説上の存在そのものである。

 

「かつて魔界には、ヒュンケルという名の剣豪がいた。その者が振るった魔剣はまさに持ち主に相応しくあらゆるものを切り裂き、先代の冥竜王すら恐れた逸品であった。その名を魔剣イレーネという。」

 

その言葉を聞いた芸術品は、術者ゆずりの長い耳を僅かに、そう、ほんの僅かにピクリと震わせた。

 

「至高の剣そのものを思わせるお主には、この名こそが相応しい。この瞬間から、魔剣イレーネを名乗るが良い。そして…フム、やはりあ奴の様にはいかんな。」

 

バーンは心底面白く無い、という様に炎の中に手を突っ込み、そこから生み出したものを無造作にイレーネに放り投げた。

自身の生み出した超絶な火にその手が焼かれるも意に介していないことから、その不機嫌さの度合いがわかろうというものだ。

 

自身の作り上げた造形美に舌鼓を打った直後であるからこそ、他人の成したそれとの差を思い知らされるのは、魔界の神を称する身といえども我慢がならなかったのだ。

 

「余が手づから作り上げた剣だ。何とも面白く無い仕上がりではあるが…。その強度だけは保証しよう。それは、絶対に折れん。たとえこの余が全力を込めようとも、だ。」

 

身の丈程もあるそれを投げ渡されたイレーネは、思わずそれを取り落とすところであった。

その重量を支える膂力が無かったとか、そういう訳では無い。

つい先ほど炭化するまで徹底的に焼かれ、死をくぐり抜けてまで耐性を得たばかりであるというのに、その大剣は凄まじく熱かった。

 

握りこんだイレーネの掌は、じわじわと火傷を負い、煙を上げ始めている。

こんな物を使いこなせと言うのか。

彼女は暗に込められたそのメッセージの重さに、全身を戦慄させた。

 

「では、行くが良い、魔剣イレーネよ。…何を惚けておる?言っておくがもう、これ以上そなたに取らせる褒美は無いぞ。」

 

イレーネはまるで見当違いなその言葉に、唇を僅かに吊り上げた。

彼女に命を与えた主人は、よほどこの大剣の出来に不満があると見える。

なればこそ、使いこなす将来が楽しみでならないという者だ。

 

「重々承知の上です。それにこれ以上、欲をかいて折角得た命を早々に散らすつもりはありません。」

 

そう言い残すと、彼女はザムザをよっこらしょ、と担いで謁見の間の扉に向けて歩き出した。

しっかりしろよ軍団長殿、とか言いながら。

 

そしてふと、バーンは思い出した。

生粋たる魔族ですら復活直後はこの体たらくなのが普通である。

この事実からして如何に彼女が破格な存在かわかろうものである。

いや、更に思い起こすならば。

 

「ザムザよ、命令だ。イレーネに服を着せろ。思えばこやつは女ではないか。いつまでこの格好でうろつかせるつもりだ。」

 

「ぎ、御意…」

 

ザムザの受難は留まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

そうして人気の無くなった間で、バーンは誰にともなく言葉を投げかけた。

 

「羨ましいか?血と肉を持つあの者が。」

 

暫しその言葉は宙を漂っていたが、やがて漆黒の闇に受け止められた。

魔影参謀、ミスとバーンがどこからともなくその身を現したのである。

 

「はい…」

 

「何を申すか。お主には、この世の最高の肉体を預けているでは無いか。」

 

再び沈黙するその存在に対して、バーンはやれやれ、と呟く。

 

「そういきり立つな。確かにかの者には、過ぎたる力と武器を授けた。お前の長年の忠誠に報いるよりも先に、な。あの者に非は無く、これは余の失敗であろう。許せ。」

 

「勿体なきお言葉です。幸いこの場に耳目はごさいません、どうぞお納め下さい。」

 

ひょっもすると先ほどまでのバーンの浮かれぶりよりも、このミストバーンの見せた動揺のほうが稀有なものかもしれない。

その真偽の分かるものは、この世には存在しない訳ではあるが。

 

「肉体を持つ者が遂に克服できずに敗れ去るのが、老いだ。あの若く聡明であったザボエラまでもが、今日ああしてつまらぬ死に方をする。それ程までに老いとは恐ろしいものなのだ…それを生まれながらに解決しているお前の存在は、正直羨ましくもある。が…」

 

バーンは玉座から降り立つと、その身を起こした。

 

「臣下の忠誠に報いる順を忘れるとは、余も耄碌したものだ。今の言葉は取り消さぬよ。しかとその身に刻むが良い。お前には、私の謝罪を受け入れるだけの価値がある。」

 

再び黙り込みむミストバーン。

バーンはそんな彼に視線すら向けることなく、言葉を紡いだ。

 

「新参の魔剣に対して余は、望みうる最高のものを与えた。よってお前には、お前すら望みのつかない褒美をとらせよう、と思っている。…つまり、お前に肉体は与えんということだ。」

 

明言された言葉に、ミストバーンは足元から崩れ落ちそうになった。

彼とて生き物である。喜びもするし、落胆もする。

それが永きに渡って渇望したものであるならば、猶更である。

 

「お前の今の地位は、血肉で築きあげる強さに対する強い飢えと憧憬があるからこそのものであると、余は踏んでいる。よってその飢餓感を満たすことは、お前の成長を止めることに繋がる。だからこそ、先の結論に至るのだ。」

 

――ところで話は変わるが、霊体というものを知っておるか?

 

バーンはそう問いかけると、答えを待たずして語を繋いだ。

 

「魔界には無い、人間どもの言い伝えだ。無念を残した人間の魂が、常は実体を持たずにこの世を彷徨い、必要な時にのみ実体を伴ってこの世に干渉するそうだ。話半分に聞くだに最高の鎧だとは思わんか?余はこの霊体を、お前に授けたいと思っている」。

 

ミストバーンに表情があったなら、彼はその顔に困惑を浮かべていたことであろう。

それ程までに、バーンが言うことは不可解なものである。

 

「聞いたことの無い話であろう。当然だ、余がこの場で初めて口にしているのだからな。」

 

そう零すバーンは、この上も無く楽しそうに語った。

今さっき、かの魔剣を生み出したことによって閃いたのだと。

 

人間の神がその様な霊体から次の生を迎える人間の魂を生み出しているのならば、魔界の神たる自分にそれが出来ぬ筈が無い、と。

事実あの魔剣は、一度完全に死に絶えながらも記憶を引き継いだままに蘇ってみせた。

この秘術の肝心な点は、"灰"の活用法にあるというところまで掴めた、とバーンは締めくくった。

 

「あと少しの辛抱だ、我が忠臣よ。必ずや近い未来、余はこの秘術を完成に導いてみせる。余が真に神と肩を並べるその時、その力を振るう最初の存在をお前にすると約束しよう。」

 

高らかに宣言を終えると、バーンはミストバーンの反応すら一顧だにせず、再び玉座についた。

既にその目は閉じられ、深い瞑想に入っていることを告げている。

 

この姿を目の当たりにするのは、何百年ぶりのことか。

 

ミストバーンは主人の言葉が決して絵空事では無く、既にかの脳裏には原型が象られていることを目にし、感動に打ち震えるのであった。

 

 




以前、読者の方から頂いたご感想を拝読したのを機に、、
温めていたことを実行に移しました!
しっかし魔王軍の戦力増強くらい、
ザボエラを超有能化してフレイザードの懐刀とするとか、色々やりようがあるだろう!と思えるのですが…。申し訳ありません。
筆が、筆が進まなさすぎた…。
愛着の無いキャラを動かすのは、今の私には厳しい…

ということで、八木教広先生の「クレイモア」よりイレーネ先生にご出張頂きました。
ご存じ無い人は、ぜひご一読をお勧めしたい作品です!何もそこまで、と思われる方には、出典の明記とご理解下さい。

中途半端な着想しか得られなかったダイとの出会い(前話)と合わせることで、魔王軍の戦力増強の経緯を描いたつもりでございます。

ご意見等多々あるかと存じますが、どうぞよろしくお願いします。







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デルムリン島とフォース

ダイとの訓練の模様を描きました。
どうぞよろしくお願いします。


アナキンはダイの才能に舌を巻いていた。

彼の大地斬は日を追うごとにその力を増している。今もアナキンの目の前で岩を両断し、余すところの勢いで、あろうことかその名の通りに地面まで引き裂いてみせた。

最早これは、人間の力では無い。おそらくこの少年は、無意識にフォースで身体を強化している。

 

しかし…。

宙を漂う小石の群れを前にしては、その絶大な膂力も用を成さない。

もとい、目隠しをした状態で大技を放つなど、この訓練の意味を理解していない証拠である。

 

「そらそら、どうした?さっきから一発も当たってないぞ?」

 

アナキンはダイの振るう余波に巻こまれないよう、少し距離を置いて小石の群れ30個を操作している。

ダイの周囲をフヨフヨと舞い踊るそのうちの一つを、ダイの背中にぶつける。

それを2発、3発と続けていく。

 

「くそ…、海破斬!」

 

次にダイがカウンター気味に放ったのは、アバン流刀殺法で最速の技である。

これをそもそも驚異的な身体能力を持つ彼が、その無意識の強化と併せて放つと、それはまさに超速の神業となる。

 

今度は見事に、ちょっかいを出して来た小石を両断してみせた。

見事なものである。

 

「よっしゃあああ!」

 

「…あまり調子に乗るな。」

 

「よし、この調子で…アダダダダダ!」

 

少し気に障ったアナキンは、残る小石を次々にダイの手足、胴体に向けて放ち、命中させていった。

とどめとばかりに最後の一塊をダイの顎にクリーンヒットさせ、仕上げとする。なお、これは砂を一塊にして投げつけたものなので、見た目ほどの威力はない。

 

しかしダイの運動能力を刈り取るのには十分な効果を発揮した。

 

「クッソ!…ってあれ?」

 

「さっきの返し技は見事だったぞ。しかし…そこに食らうとそうなる。人体の弱点もよく覚えておくんだ。」

 

アナキンはダイに顎下に一撃をもらうと一時的に行動不能になってしまうことを教えると、小休止をとるように告げた。

そして、黙考に浸るのである。

 

ーーどうも、うまくない。

アナキン自身のフォースコントロールの修練も兼ねたこの訓練方法は、確かに効率が良い。ダイは見事に、一撃をもらった後の反撃方法を習得してみせた。

 

しかし本来、これは空裂斬の習得のためにジェダイ式の訓練方法を応用したものなのだ。

それにも関わらず、ダイの潜在能力が訓練の想定を上回る形で解決方法を与えてしまっている。

 

「どうにも上手くいきませんよ、アバン先生…。」

 

「それって、この刀殺法を編み出した人だったっけ?スゲーよなあ…どんな人なの?」

 

「”スゲー”、じゃなくて凄い、だ。言葉使いにも気をつけるように。…間違いなく天才の一種だよ。 刀殺法だけじゃなく、槍や斧といった武具にも精通している上、魔法すら使いこなしてみせる。」

 

「うわぁ…アナキンよりも凄いんじゃない?」

 

「ある意味な。さて、ダイよ。おまえは師の偉大さを改めて知る必要があると見える。…立て。」

 

「もうヤダよ、この練習。見えないし痛いし…って、うわああ!」

 

その日、ダイは地獄を見た。

飛来する小石を命中前に両断してみせるまで、夜を徹してその訓練が続けられたからだ。

ちなみにその妙義の秘訣が、小石の飛来する風切り音と、その方向から伝わる命中寸前の皮膚感覚である、と判明した後にアナキンは再び頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

デルムリン島でのダイへの指導は、二ヶ月目に突入していた。

先のような軽口を交わすくらいには、アナキンとダイの師弟は信頼関係を築き上げられている。

ダイの育ての親であるブラス老とも、良好な協力関係にある。

これは、地元住民を悉く惨殺して回った前世での経験に照らすと、アナキンの人間としての成長を物語っていた。

 

しかし。

アナキンは早くも指導者としての限界に直面していた。

確かにダイは、桁外れた身体能力の活用を覚え、戦力として大きく成長している。もう、いつぞやの妖魔人間では相手にならないだろう。

精神的にも…最近は生意気を言うようにはなったが、この年頃の少年としては充分に謙虚である。

 

けれども、ジェダイの騎士である筈のアナキンが、その弟子に肝心のフォースの成長を促せていないのである!

 

そしてその原因に関しても、アナキンは薄々と感づいていた…。

この島にあまねくモンスター達の存在があまりにも純粋で温かすぎるという、幸せで稀有な事実が、かえってフォースの成長を妨げているのである。

これはこの島に来てダイを指導するようになってアナキンが気付いた、新たな事実であった。

 

ダイは既にフォースの一部たる、魔法の感覚を意識的に操ることができている。

これはアナキンがこの島に来たときに見た雷の呪文の発現からして、明らかであった。

 

しかし直接に話をしてわかった事がある。

ダイの魔法の発現には常に、闘争と怒りが伴っていたのである。

これは非常に危険な兆候である。

そのため、魔法を通してフォースを鍛えることは一旦脇に置き、純粋に物理的な力の運用方法を教えることにした。

 

弟子の潜在的な能力の大きさに気づいていたアナキンは、これだけでダイはフォースを無意識に使いこなすだろうと踏んでいた。

理解と繊細さを求められる概念を基礎から教えるよりも、即物的なアバン流の技を実践形式で授けるほうが、ダイの性格に合うだろうという思いもあった。

これらの読みは正しく、これまでに絶大な成果を上げた。

ここまでは良い。

 

しかしいざ、フォースを意識的に操るーーアバン流刀殺法ではそれを空裂斬というーートレーニングを積ませようという現在に至って、アナキンは大きな困難に直面した。そしてそれは、ジェダイの理そのものにも繋がる、大きな壁であった。

 

フォースは遍く存在する。そしてその中でも純粋なフォースはまさしく稀有で、貴重な存在である。

この島にはダイやブラス老を筆頭に、そうした純粋なフォースに溢れていた。

しかしだからこそ、意識的にフォースを用いようとするときに不可欠な起爆剤ーー感情の上下動や膨張収縮ーーに乏しい環境なのであった。

この穏やかすぎる環境においては、”あらゆる感情を制御し、それを良い方向にのみ傾ける”というジェダイの教えは、無用の長物と化すことを示唆していた。

 

ある意味、ダイの現状はジェダイが修行の果てに目指す到達点そのものなのだ。

何も彼に限ったことではない。ブラス老やモンスター達も含めて、この島に生まれ死んでいく存在達は、その限りにおいてその精神はジェダイとして完成形にあるのだ。

よって、これ以上の成長が見込める筈も無い。

 

なんとも皮肉なものである。

ジェダイは感情のコントロールを学ぶことによって習熟し、大成する。しかし悪感情そのものに馴染みがない、そんな純粋すぎる存在にジェダイの教えを授けるためには、悪を教える必要がある。光の騎士たるジェダイが、悪を説かねばならないのである。

 

ジェダイが悪をこの島に持ち込むなど、許される行為ではない。

アナキンが今世を賭して目指そうとしているその存在は、この島には余計な異物に他なら無いのであった。

 

 

 

 

 

「ダイ、御師様は立派な賢者様じゃのう。我らのことをよく考えて下さっておるわ。」

 

ブラス老はその身体全体で、喜びを現してくれた。

一頭身であるため、綻ばせた笑みが身体全体を通して表現されるのである。この様子一つをとっても、いかにこの存在がダイを慈しんでいるかが分かるというものである。

 

「ジイちゃん、賢者様じゃなくてジェダイっていうんだよ。」

 

ダイも含めたアナキンら一行は今、デルムリン島の秘部とも呼べる一画にいた。

この島で定期的に洗礼儀式を行うパプニカ王家ですら与り知らぬ、巧妙に地形と一体化した洞窟の深部である。

 

ーー広い。それにかなりの瘴気だ。この島にこんなにダークサイドに溢れている場所があるとは…

窮屈な洞窟を抜けて辿りついた巨大な空間を前に、アナキンはそんな感想を抱いた。

そして次なるブラス老の言葉を聞いて、アナキンは改めてブラス老の偉大さを思い知ることになるのであった。

 

「ここです。この”祈りの間”において…ワシをはじめとする島の代表者達が定期的に集い、この島のモンスターの生来の凶暴性をこの場に封じているのです。」

 

ここに至る前、アナキンはダイの指導の今後について、ブラス老に相談を持ちかけた。

 

ダイへの個人指導を、孫同士の戯れを眺めるようにして許してくれたのがブラス老である。しかし、当初の約束通り魔法使いとしてーージェダイとしての指導をしようとする方法は、ダイを連れて島を出て、悪感情に触れ合うしか無いのである。

 

そしてこれは、表面的な指導場所の議論ではおさまら無い、ダイの人生そのものを左右する、重大なことである。アナキンはフォースの概略についても包み隠さずに話し、そしてこれがダイの人としての倫理に関わる問題であることを伝えた。

 

全てを聞き終えたとき、ブラスは妙に年齢相応な、疲れた表情を見せたものだ。

 

「さすがじゃ、スカイウォーカー殿。貴方にダイを預けたワシの目に、狂いは無かったようじゃ…。」

 

そして、この島の重大な秘密を打ち明けてくれた。

この島のモンスターは確かに純粋である。しかし、凶暴なモンスター生来の性質は、その一言で片付けられるほど生易しいものではない。

ダイには見せたことが無いが、その凶暴さを浄化するための儀式を行う場所がある。

そこで今も尚、彼をはじめとした島の有力者たちが平穏な心を願って祈りを捧げている…

 

いずれはダイをその場に連れていくつもりであった、とまで語ってくれた。

そして願わくばその時、魔法使いとして成長したダイが、その儀式をより高みに導き、自分たちを悲しい宿命から解き放ってくれることを期待しているのだとも打ち明けてくれた。

 

「貴方のいう通り、この島は少し優しすぎて、歪だったのかもしれませぬ…。赤子のダイが無事に育つよう、島のみんなで決めたことじゃったのだが、それがまさか、ダイの成長を押し留めていたとは…ワシはどこまで行っても、モンスターなのじゃのう…」

 

ーーそんなことがあるはずが無い。貴方は立派な”親”だ。種族の差など、その前では矮小な事実にすぎない。

アナキンは親として、モンスターと人間の間に立つ存在として、耐え難きを噛み締めているブラス老にそんな言葉をかけてあげたかった。

しかし、その言葉を奏上する肝心の資格を、彼は持たなかった。

 

師弟の間にあるならば、そうした言葉も吐けたであろう。

しかしこれは、人としての会話、それも親としての問題である。

 

「どうかスカイウォーカー殿。この島から、ダイを連れ出してあげて下さい。ここはあの子には、狭すぎた。子に儚い望みを託すようなモンスターがいる環境は、あの子の将来への負担でしか無いでしょう。」

 

その言葉を聞いたとき、アナキンは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

ーーアバン先生から、一体何を学んだのだ。

師としてなら理想を説いて良い、なんてつまらない道理を教わったのでは無い。

資格なんて言い訳だ。

目の前で失意に沈む存在に言葉をかける勇気すら無たずして、一体何を救おうというのか、

 

「貴方の願いのどこが邪だというのです。これだけ子を思い、その大成を願い、献身する姿勢が間違いだなんて、とんでもない誤りだ。しっかりして下さい!貴方はモンスターである以前に、あの子の親なのだから!!

 

アナキンは急激な恥ずかしさに襲われ、そして取り繕うようにして言葉を繋いだ。

 

「一緒に道を探させて下さい。私はもう少しで、貴方達親子の絆を絶ってしまうところでした。それに、そろそろダイも、親の苦労を知る年齢です。手伝いのひとつくらいは、すべきじゃないでしょうか。」

 

 

 

そうして至ったこの儀式の場は、まさしく暗黒面に触れる場として相応しい。

かつてそれに溺れ、復帰を遂げた現在のアナキンたわからこそわかる。この、思いやりに溢れながらも哀しい感情の渦は、ダイが生きとし生けるものが持つ暗い部分に触れるにはうってつけである。

 

「う、嘘だ!こんな、こんな醜い感情がじいちゃん達の中から出たなんて、オレは信じないぞ!」

 

ダイの悲痛な叫びがこだまする。

ブラスからこの場の説明を聞き終えた彼は、咄嗟に否定の叫びを上げた。

 

「受け止めろ、ダイ。これが事実の重みだ。これ程の抗いがたい感情から、おまえはこれまで守られて来たのだ。」

 

アナキンはダークサイドからダイの心を守るようにして、語りかけを続けた。

さすがに弟子を暗黒面の吹き溜まりに裸で晒すジェダイはいない。

そんな荒業を課せるのは、数多くの弟子を育て上げたあのマスターヨーダくらいのものだろう。

 

「ダイ、嫉妬や怒りが持つ闇の深さは、この比ではない。これは、幼いお前すら獲物として見てしまうことに絶望したブラス老たちの、深い悲しみだ。わかるか?」

 

「わかるわけないよ!あんな優しい島のみんなが本当はオレを食べてしまいたかったなんて、そんなバカな話があるわけがないじゃないか!」

 

「十分にわかっているじゃあないか。これはこの島全体とおまえ個人の間での問題だ。おまえが向き合う必要があるんだよ。仲間達がこの悲しい感情をここまで募らせ、大きくしてしまったのは、おまえのその身を思ってのことなのだから。」

 

ブラス老は鋭い目をして、アナキンとダイのやりとりを見つめている。

彼にもわかっているのであろう、アナキンが決して興味本位でその反応を見るためにダイをこの場に連れてきたのでは無い、ということを。

 

「オレに一体、どうしろって言うんだよ…。」

 

ダイは弱々しい声を上げた。

それは当然の反応だ。

それを教えるためにアナキンがここについてきているのだから。

 

「さっきも言っただろう?受け入れるんだ。…もちろん、そのための手助けはしよう。」

 

そうしてアナキンは掌にフォースを集中させると、それをダイに翳してみせた。

この場はフォースが強い。

暗黒面が圧倒する空間だからこそ、今アナキンが集めたフォースはダイやブラス老の目にもはっきりと見えるはずであった。

 

「よく見ておけ。これが魔法の深淵たる、フォースという存在だ。ダイ、おまえはこれからこの使い方を学ぶんだ。」

 

「とても暖かい光じゃのう。」

 

「本当だ。このへんの悪い空気とは違うね。」

 

ダイもブラス老も、その光景に圧倒されていた。

アナキンは、褒めると同時に訂正の言葉を入れた。

 

「よく見ているな、ダイ。私たち人間は、この光り輝くフォースだけを用いるようにしなくてはならない。…しかし本当はこの光もこの周りに漂う瘴気も、同じフォースであることに変わりはないんだ。唯一異なるのはその在り方だけだ、ということも覚えておいてくれ。」

 

そう言うとアナキンは、掌のフォースを少しずつ散らしていき、周囲の暗黒面を薄めるようなイメージで空中に四散させた。

するととんでも無い放電現象が巻き起こり、周囲に紫電を走らせた。続いて轟音が轟き、密閉空間で木霊して鼓膜を直撃する。

 

「 ひええええ!」

 

「…せめて、やる前に一言かけてくれんかのう。老人には応えるわい。」

 

アナキンは、そう零したブラス老に素直に謝罪した。

彼自身、ごくごく小さなものとはいえ暗黒面の吹き溜まりにライトサイドのフォースを叩き込むのは初めての経験だったから、予想が付かなかったのだ。

 

「…今のでこの場の暗黒面、つまりあの悲しみの渦のことだが…、それが半減した筈だ。というワケでダイ、おまえこれからこの周辺の暗黒面全てを吸収するんだ。」

 

「えええ?ヤダよ、おっかない。それにやり方も分からないよ。」

 

「さっき言っただろう?元々、おまえを思って吐き出された感情の渦なんだ。おまえに感じ取れない筈がない。」

 

そう告げると、アナキンはダイの頭に右手を乗せた。

 

「まずは目を閉じて、この島の仲間たちの顔を思い浮かべるんだ。…そうだ、いいぞ。後はフォースが導いてくれる。」

 

そう言いつつアナキンは、目でそっとブラス老に合図を送り、左の五指で広間の壁沿いを指し示した。

深く頷きかけることで、少し距離を置いてもらうように呼び掛ける。

 

結果的に上手くいく、というよくわからない自信はあるのだが、さりとて今さっきの事態もある。

何が起こるかは、とてもわかったものではなかった。

 

「…何か、とても嫌な感じがするよ。これ、本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ。…それでは、始めるぞ。」

 

アナキンは周囲の暗黒面をなるべくそっと、ダイの心へと誘導した。

あくまでイメージではあるが、彼の心の中に入り込むように呼び掛けるのである。

そしてその試みは、史上初のものでありながら上手く行き始めた。

 

ダイは強烈な悲しみと…そして強い捕食感情に思わず眉をひそめた。

しかしその背後にある、一人の赤子を守らんとする思いをうまく汲み取ったようである。

今のところは落ち着いている。

 

ことはアナキンの予想通りに推移していた。

そう、ここがデルムリン島に代々伝わる儀式なりなんなりの場所であるならば、とても手には負えない。

しかしこの場で行われた儀式の全ては、ダイのためを思って為されたものである。

そこに当の本人とアナキンが立ち会えば、この場のダークサイドを鎮めることも決して不可能では無い筈だった。

 

しかし、その全てが穏便にすむとも思っていない。

 

「ヤバイ…。これ…こんなの抑えろって…、無理だあぁぁあ!」

 

突如としてダイは金切声を上げると、その場に閃熱を振りまいた。

 

アナキンは咄嗟に飛びすさる。

 

この呪文は知っている。たしかアバン先生が使える呪文の中でもそれなりの、ベギラマとかいう閃熱呪文だ。

そして何より呪文を放ったということは…。

 

ダイの額に、見慣れぬ文様が浮き上がり、光を放っていた。

 

アナキンはついに、ダイがフォースを魔法という形で意識的に用いるきっかけのしっぽを掴み、ニヤリとした。

 

「ブラスさん、あれが以前言われていたもので間違いありませんか?」

 

「そうですじゃ。しかしスカイウォーカー殿、ダイは、ダイは大丈夫なんですか?あんなに辛そうにして…苦しそうじゃ。」

 

ーーやはり貴方は大物だ。

強力な呪文が乱射されているこの状況で、ブラス老の目はまるで赤子の夜泣きを見るそれである。

アナキンはその姿に、背中を押された。

 

「大丈夫です。私を信じてください。」

 

実際のところダイのこの反応は、想定内であった。

生まれて初めて感じるとてつもない悲しみと、猛々しい捕食本能の塊。そんなのを無垢な心に受け入れて、平静で済む訳が無いのである。

だからこの事態に、然程驚いてはいなかった。

 

ダイの秘めていた潜在能力ーーその紋章から発揮されるフォースーーも青天井で度し難いものがあるが、それすら想定の範囲内である。はっきり言って、アナキンはダイを純粋な人間とは思っていないのだから。超常の存在に生み出された何かだと思っていた。

よって、前世で伝説級とされた自分のフォースすら上回ることも、当然想定していた。

 

それに比べればこの程度の暴走は、高が知れているというものだ。

 

「どうした!?そんなもんか?…いや、おまえはまだ余力を残している。おまえを思うこの島の仲間達の思いが、そんな小さなものである訳がないだろう‼︎もっと堂々と受け入れて、吐き出してみせろ!」

 

アナキンは、ベギラマに加えて火炎呪文や真空呪文まで使い出して暴れ回るダイに向かって、挑発するように声をかけた。

ダイはそれに瞬時に応じて、呪文の指向先をアナキンに集中させた。

 

「クッソ…なんだよコレ!力が勝手に…!」

 

さすがに無防備で受けるのは危険だと判断したが…、折角の弟子の成長の機会である。

アナキンはフォースを集中した掌で受け止めることにした。

 

「どうだ、素晴らしい攻撃力だろう?よく覚えておくんだ、これが、負の感情を集め荒ぶるがままに扱うダークサイドの力だ。今後、二度と使わせるつもりはないからな…。今だけ、存分に酔いしれるといい。」

 

などと言ってしまうあたり、アナキン自身も少しダークサイドに影響されている証拠はあるのだが…。

 

「そんな無責任な…うぅ。うわあああああ・・・・‼︎」

 

ダイは呻き、遂には絶叫を上げながら魔法を放ってくる。

数瞬こそアナキンを標的と定めていたが、それすら覚束なくなったようだ。

火炎、熱線、氷、鎌鼬といった自然界を代表するエネルギーが狭い洞窟の中を駆け回る。

片手では捌ききれない魔法がアナキンの体を打ちのめし、段々と生傷を増やしていく。

 

さすがにこのままでは、背後に庇ったブラス老の身も危ういか。

それに、そろそろダイも力の暴走に慣れてきた頃であろう。

 

そう判断したアナキンは、仕上げにかかることにした。

 

「ダイ、私の声は届いているな?そのままでいいからよく聞くんだ。そろそろ疲れてきただろ、力の本流の奥底にある、暖かい感情を探るんだ!」

 

「…ムリ…だよそんなの…。…コロス!」

 

必死にその言葉に従おうとも遂に抗い切れなくなったダイは、傷をものともせずに歩み寄って来るアナキンに対して、一際巨大な火炎呪文を放ってきた。

それまでの抑えきれない力を発散するような無造作なものでは無く、隠しきれない殺意が乗っている。

ーーいよいよ力に呑まれ始めたな。

そう判断したアナキンは、その火球を巨大なフォースで叩き割ると、ダイの頭に再び手を乗せた。

 

「いい加減に、本質を見抜くんだ。悲しみや葛藤、捕食本能といった、表面にとらわれてはいけない。それでは逆に呑み込まれる。そうした感情の渦がここでこうして一塊になっている、その理由を考えろ。そして奥底を探すんだ。必ずそこに、答えがある。」

 

ーーここは、この場所にあつまった感情の根本は、おまえへの思いやりなのだから。

アナキンは最後までは言わなかった。

それがどんなものかは、彼自身にすら想像ができなかったからだ。

感情が高い密度で凝縮されたときに、フォースとしてどんな形をとるのか。

それは実際に触れてみなければわからない。

 

そして、此の場でその資格を持つのはダイだけである。

 

「ダイ!頑張れ、頑張るんじゃ‼︎悪い心に負けるな!」

 

ここで、ブラス老のエールが洞窟に響き渡った。

おそらく、というよりも確実に、彼はフォースの感覚を掴めてはいない筈である。

しかしその言葉はどんな洗脳のフォースを乗せた言葉よりもこの場の全員に活力を与えるものであった。

 

そしてダイは、急速に力の暴走を止め、その場に崩れ落ちた。

 

アナキンにとっては、それだけで十分であった。

ブラス老の声援があって、彼が道を違える道理が無い。

 

「お帰り、ダイ。」

 

――よくやったな。

アナキンは心からダイを称賛した。

 

暗黒面からの帰還。

アナキンの知るジェダイの歴史上、この帰還を果たして尚、同じ過ちを繰り返した存在は皆無である。

荒業となってしまった事に心の中で詫びながら、アナキンは晴れ晴れしい笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

「マスターはさ、結果オーライであれば全部済まされると思ってない?」

 

後日。

すっかり疲れのとれたダイを伴い、アナキンは海岸線を歩いていた。

 

「それは無いよ。けれども、どんな辛酸をなめようとも目標を果たさんとする意気込みは忘れるな。」

 

「そんな良い話でまとめないでよ。死ぬかと思ったんだからさ。」

 

ダイは洞窟でのこと以来、アナキンを呼び捨てにはせず、マスターと呼ぶようになっていた。

フォースもあれ以来完全に使いこなせるようになり、そろそろアナキンも教えることが無くなってきている。

 

これは別にダイがジェダイとして一人前になったとかそういう訳では無く、フォースの使い方そのものが根本的に異なる為である。

ダイのそれは魔法発現を除くとアバンが説いた闘気の運用に極似しており、身体強化に特化していた。アナキンから見ればフォースの浅い部分で理解がストップしてしまった挙句、そこで独自の進化を遂げてしまっているのである。

それはもう、矯正のしようが無いくらいに。

 

正直、アナキンはダイを弟子として認めたく無かった。

フォースの真骨頂はその理解の深さにある、を信条とする彼には、とてもでは無いがこの何事も力任せな未熟者をジェダイとして扱う気にはなれない。

実際、雷を使いこなせる様になった今でも、その実力は師の足元にも及んでいないのだから。

 

しかし、と思い留まる。

フォースは寛大だ。力任せだが何処か人の心を打つ在り方というのも、1つのジェダイの姿なのかもしれない。

そうした存在を、この世界では勇者と呼ぶのだそうだ。

 

ライトセーバーすら持たず。

フォースの基礎さえ覚束ない割に魔法を用い。

ダークサイドに通じるはずの紫電を清らかに使いこなす。

こんなチグハグなジェダイが居て良いものだろうか。

 

もはや訳がわからないレベルだが、この特別な存在の精神的支柱を固める一助になれたことだけは自負できる。

これから先、どんな悲劇に襲われようとも。

 

必ずやダイは、違える事無く自身の道を貫くであろう。

 

それだけは、確信が持てる。

 

そしてそれこそが、ジェダイに真に必要なものなのかもしれない。

 

「頃合い、か。」

 

アナキン・スカイウォーカーはそう呟くと、穿いてはいるもののついぞ抜くことが無くなった、冒険者時代の剣を鞘ごと取り外した。

本来はライトセーバーを授けるのが正解なのだろうが、生憎この世界では材料の目処すらたっていない。それに在ったところでどうせ、この未熟者には使いこなせまい。

こいつには、野蛮な実体剣くらいが丁度良い。

 

アナキンは暫し眼を閉じ、しばしその剣と過ごした懐かしい過去に思いを馳せた。

そして、ダイへと放る。

 

「受け取れ。」

 

「これって、マスターが大事にしてる剣じゃないか。マスターのマスター、ジャンヌさんとの思い出の剣なんでしょ?受け取れないよ。」

 

「だからこそ、だ。既に我々の道は分かたれている。これから先、おまえにしてやれることは少ない。正直このくらいが関の山だ。」

 

「でも…」

 

「私のフォースのありったけを込めておいた。おそらく現段階でおまえが全力で振るえる、数少ない剣だろう。どの道、私には使いこなせない長物だ。おまえに使われる方が、その剣も本望だろう。」

 

ダイは黙り込んでしまった。

閉じられた瞼に光るものを見たが、アナキンは視線を外さなかった。

 

「最後に約束してくれ。ジェダイはライトセーバーでしか敵を討たない。だからおまえも、それに倣って剣でしかとどめをさすな。将来的にその剣がおまえの力に耐えられなくなった時には、フォースで私を呼べ。必ず駆けつける。だから決して、フォースそのもの…おまえの場合は魔法やストラッシュだな、それを殺しの道具にはするな。わかったな?」

 

これは大切なことである。

ブラスターという長射程の飛び道具が戦いの主役になっても、ジェダイはライトセーバーを使い続けた。

その意味するところは大きい。

 

「もう…稽古はつけてくれないの?」

 

「言っただろう?これから先は、互いの道を行くべきなんだ。…なに、私の予感が正しければ近いうちに顔突き合わせることになるよ。それまで、せいぜい訓練を積むんだな。正直今のレベルでは、相手をする気にもなれん。」

 

アナキンはそう言い残すとダイの涙をぬぐい、深く首を垂れた。

 

「フォースが共にあらんことを、ダイ。」

 

「…フォースが共にあらんことを、マスター…」

 

こうして、この世界でたった二人きりのジェダイの師弟はしばしの別れを告げた。

 




ご拝読、どうもありがとうございました!

ご意見・ご感想お待ちしております。


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逃亡者


ポップの成長回です。

あの名台詞を言い放ちます…
というよりも言わせたかったのです。

どうぞよろしくお願いします。


ダイとアナキンが別れを告げあったその日、平和なデルムリン島に危急の事態を告げる使者が訪れた。

いや、使者というにはその者の衣服は擦り切れ、火傷を負った素肌が覗いており、無様なものである。何よりもその顔には、急を告げる者の焦りよりも強い、当事者であったことを物語る大きな恐怖と…そして後悔が浮かんでいる。

 

眼球が干上がるくらいに散々涙し目を充血させたその少年は、空から現れた。

 

彼は船の用意をしていたと思しき金髪の少年の側に着地すると、枯らした声で尋ねた。

 

「金の短髪に、剣把だけの見慣れぬ装備…間違いねぇ…。アンタ、名前は?」

 

その男は、少し顔を顰めた後に深く頷いた。

 

「アナキン・スカイウォーカーだ。さすがはアバン先生の弟子だな、そこまで動転していながら、私に名乗らせた判断は中々だ。…要件はわかっている。敵の名だけ教えてくれ。」

 

黒髪の少年は仰天した。

彼は恩師に迫る危機の救援を求めるべく、リリルーラという呪文を用いてこの人物のもとに駆けつけたのである。恩師が頼るよう告げた人物の予想以上の若さにも舌を巻いたが、それにも増して底知れぬ恐ろしさを感じさせた。

 

心の中を見透かされているようで、彼は生きた心地がしなかった。

 

「た、たしかバランとか言ってた…。祖国が竜の軍団に襲われたってんで先生は、」

 

「ヒュンケル、ではなくバランだな?わかった。後は任せておけ。それよりもおまえに大事な話がある。まずはおまえも名乗ったらどうだ。」

 

アナキンという少年は、彼の言を遮って声を被せてきた。

黒髪の少年はその目線の強さに耐え切れずに視線を外し、消え入るような声で告げる。

 

「ポップ…。魔法使いだ…」

 

「一人前を名乗るには少し早いんじゃないか?なぜ師の名を告げない。まぁ、無理もないか…お前、逃げ出してきただろ。」

 

ポップはその言葉に大きな衝撃を受け、足元から崩れ落ちそうになった。

この男は、心が読めるのか?

いや、そうとしか思えない。

 

「…援軍の要請は、殿よりも大切な生命線だ。その点は良くやったよ。どの道あのアバン先生が私を頼る事態では、誰が残ろうとも変わりばえしないだろう…」

 

だが、と告げた途端に口調が変わり、ポップはビクリと肩を震わせた。

 

「常からもう一踏ん張りしてみるだけの気概を見せていれば、それほど悔いることも無かったとは思わないか?おまえが今感じている負の感情は、日頃、自身の才を埋もれさせたことへの報いだよ。この際にしっかりと噛み締めておくんだ。」

 

ポップは冗談抜きで青くなった。

間違いなかった。

目の前の男は心が読めるだけでなく、過去すら見透かしてくる。

 

「お、おまえは一体…。」

 

「アナキンだ。アバン先生に倣って、弟子など育てている。…せっかくだ、うちのバカ弟子に会ってやってくれ。少し元気をなくしているから、いい刺激になるだろう。おまえほどの器用さは無いが、違うものを持っている奴だ。お互いに学ぶところも多いだろう。」

 

そうしてアナキンと名乗った少年は、ダイという直弟子の姿形を告げ、全てが終わった後の合流地点を尋ねてきた。

ーーアバン先生のことだから最初からおまえの逃亡まで見越して語った話がある筈だ、思い当たる場所は無いのかと。

 

ポップは、自身もまだ見ぬアバン先生の弟子がネイル村という住んでいる、ということを告げた。

 

どのくらいの実力を秘めている存在なのかと問いを重ねられたので、兄弟子であるノヴァから聞いたことを伝える。曰く、アバン先生のかつての仲間夫婦がもうけた一人娘である。高速で跳び回って魔法力を吸い取り、無尽蔵にそれを撃ちまくる。挙句には素手で城壁すら引き裂く、豪傑である。

 

「つまりは極めて凶暴なモンスターなんだな?しかも雌型の。それほどの者を娘と言い切るとは、さすがはアバン先生の元仲間といったところか…心強いな。よしポップ、できればうちのダイを連れてその集落に向かい、私かアバンが到着するまで身を潜めてくれ。」

 

アナキンはそうとだけ告げるとくれぐれも後を追って来るようなことはしないようにと念を押し、キメラの翼らしきアイテムを使って、ポップが辿ったばかりの軌道を逆向きにスッ飛んでいった。

 

「プハ…。何だったんだありゃ…」

 

ポップは自然と呼吸が浅くなっていたことに気付き、深く息を吸いこんでため息をついた。

とんでもない奴だった。

当然とばかりに心を読まれ、恥ずべき過去を探られた挙句…ポップ自身の魔力レベルすら探られた感がある。けれども、あの竜の軍団の長に立ち向かったアバン先生たちを救ってくれるのは、ああした規格外な存在こそが相応しいと言えるだろう。

 

ポップは不思議な気分だった。

 

さっきまで、自分の臆病さに嫌気がさして、それでも心の底に刻まれた恐怖感にすくみ上がり、そんな自分に苛立つ。そんな負の感情のスパイラルの只中にあったというのにも関わらず。

この島にいるとそんな嫌な自分すら受け入れてしまいそうな、そんな穏やかな心になれるのだ。そして気のせいか、ここにいると魔法力が澄み渡るような、そんな感覚さえするのである。

 

去り難い思いを覚えたポップは、つい数瞬前の自分が聞いたら怒り狂うような決断をしていた。

アナキンの言った通りに、この島でダイを探してみよう、と。

 

「しっかし、マァムってのはモンスターだったんだなあ…。思えばそう考えるのが普通だよな。てっきり、ナイスバディーを想像してたのに…残念だ。」

 

そんな呑気なことを呟きながら、彼は試しに島を一周してみることにした。

おそらくそうこうするうちにダイというアナキンの弟子の方が彼を見つけるだろう、と考えたのだ。島という閉塞的な社会では、余所者は否が応にも目立つのだから。

 

ズガン、ズガン、ズバババ!

 

しかしそんな期待をよそに、ポップはそれらしき人物を見つけてしまった。

そして眼前に展開される光景に圧倒されるのだった。

 

洋上で吹き荒れる雷の嵐に、時節断ち斬られる海面。

一筋の熱線のような、不可思議な光。

果てに彼の鼓膜を貫き、脳を振るわせたのは。

 

「アナキン・ストラーッシュ!」

 

の掛け声であった。

それは猛威を振るっていたこれまでの力の奔流そのものを断ち切る、凄まじいものだった。

 

ポップはその技を知っていた。

そして師の放つその威力も。

 

そして怒り狂った。

窮地にある師の名をその技から奪った挙句、事も無げにそれを大きく上回ってみせたその存在に対して。

その瞬間の彼の心に、恐れは無かった。

 

「バッキャロー!それはアバン先生の技だ!お前、いい度胸してるな!降りて来い!」

 

しかし所詮は匹夫の勇だったのか、ポップは自分の声の木霊を聞いて我にかえった。とんでも無いことをしでかしてしまった、とすぐさま後悔し始める。

ワナワナと身体を震わせ始めた彼だったが、どうにも相手の様子がおかしいことに気がつく。

 

「…そういやそうだったっけ。ゴメンゴメン。…って、キミ、誰?」

 

フワフワと素直に降りてくる黒髪短躯の少年を見て、ポップはそれが探していた人物だと思い至った。

 

「ポップって言うんだ。よろしくな、ダイ。」

 

こうして2人は、なんとも締まらない出会い方をしたのである。

 

 

 

 

 

 

「そっかぁ。お前の先生って凄いんだなぁ…」

 

「そうだよ、もう滅茶苦茶だよ。フォースの使い方が何だとか、チンプンカンプンなことばっか言って、わかんないって言う前に怒り出すんだもん。…考えが読めるから。あの後、一晩ぶっ続けで土石流を食らったこともあったなぁ…」

 

「うっわ…」

 

ポップはダイが語るアナキンとの修行風景に思いを馳せ、背筋を寒くした。

ーーよかった、オレの先生はアバン先生で、本当に良かった。

心の底からそんな感想を漏らすのであった。

 

「だからさ、そのアバンって人も大丈夫だよ。マスターなら、絶対何とかしてくれるって。」

 

「そうか…」

 

ポップは不思議な感覚に包まれながら、ダイの言葉を受け止めた。

不思議だ。このダイとは今日初めて会った筈なのに、まるで懐かしい友人同士が再会したかのように自分たちは打ち解け、言葉を交わしている。

 

そう、こんなことが言い出せてしまうくらいに。

 

「なあ、ダイ…。こんなことおまえに言うのも変なんだけどさ、オレ、先生達を置いて逃げて来ちゃったんだよ。」

 

「ええっ!?マスターに助けてって言いに来たんじゃないの!?」

 

「…そんなのついでだよ。オレ、本当に怖かったんだ。もう、頭ん中真っ白になっちゃってさ…先生や兄弟子のノヴァって言うやつのこと、全部忘れちまったんだよ。…本当に、どうかしてたんだ…」

 

その時のことを思い出すと、さすがに胸が痛んだ。

こうして独白を重ねることでいかに自分が卑怯なことをしていたかがよくわかり、それが尚ポップの胸を締め付ける。

 

「ひっどいなあ、ポップは。仲間置いて逃げ出しちゃうなんて。もうそんなことしちゃダメだよ?」

 

「くそ、呑気に言うなよ…。本当に怖かったんだ。すっごく悔しいし、二度と繰り返したくない。けど…もしまた同じようなことがあったら…オレ…」

 

その先は、さすがに言葉に詰まった。

威勢の良い啖呵を切ることは簡単だが、そんなことをする意味が無い。ポップはそんな自分が心底嫌になり、黙り込んだ。

 

「アッハッハ!難しく考え過ぎだって!大丈夫、ポップは二度と逃げ出さ無いよ。だって、次にそんなことしようとしたら、オレが足掴んでその場に取り押さえるから。」

 

「おまっ…人の苦悩を何だと思って…!…ああ、チックショウ!」

 

そう言うと、ポップは空に向かって拳を突き出し、そしてそのまま手を下ろした。

ーー本当にダイは不思議な存在だ。

何故か彼と話しているとウジウジしている自分が馬鹿らしくなって、さっさと前に進もうという気になる。

 

「…わかったよ。そん時はマジで頼むぞ。オレ、一回は必ず逃げ出す自信あるから。…けどそのかわり、おまえがピンチなときは替わりにオレが助けてやる。」

 

「うわ、なんだよそれ。ひっどいなあ…でも頼んだ!」

 

「うるさい、こればっかはどうしようもない!しかしおまえ、年いくつだ?少し生意気だぞ。」

 

そんなことを語る二人の間でいつしか時間は過ぎ去り、やがて夕日が西の水平線に近づいた。

 

「…結局、一日中ダラダラしちまったな。」

 

「うん。今からどこ行くにしても、絶対間に合わないね。」

 

ポップが呟き、ダイがそれに応える。

いよいよ言葉少なくなる二人であったが、不思議とその顔は満足そうである。

 

思えば二人にとって、お互いは初めてと言える同年代の友達であった。

ダイはこの島唯一の人間であった上、アナキンとは明確な師弟関係にあった。ポップにはノヴァという年の近い兄弟子がいたが、二言目には正義やら勇者やらを口にする彼は少し立派すぎて、引け目を感じてしまった。

 

「しっかし不思議な島だよな、ここ。モンスターたちはすっげえいい奴らばっかりだし…まあその象徴みたいなのがダイなんだけどさ。何か気持ちだけじゃなくて、魔法力まで澄んだものになるというか…わかんない?」

 

いま、ポップは別にダイと向き合って話しているわけではない。

浜辺に二人揃って寝っ転がって、朱色に染まり行く大空を見上げている状態である。

 

しかしそんな体たらくで言葉を交わしながらもお互いの浮かべている表情が何となくわかる、そのくらいまでに二人の親密度は増していた。

 

「オレはこの島しか知らないからかなあ。特に何も感じないよ。しっかしマスターみたいなこと言うんだね、ポップは。フォースが澄んでて素晴らしいって、しきりに言ってたよ。…ていうか、せっかくマスターのこと忘れてたのに思い出させないでよ。頭痛くなる。」

 

「やっぱいい度胸してるわ、おまえ…」

 

相槌を打ちながらも、ポップはフォースについて尋ねた。

どうせ理解できるとも思っていないが、与太話のついでに尋ねてみようと思ったのだ。

えー、と大袈裟に嫌がりながらも、さすがにアナキンの弟子たる自覚の欠片を持つダイは、つっかえつっかえ、師の教えを伝えた。

当のアナキン・スカイウォーカーがそれを聞いたら、フォース・チョークでダイの喉を潰しかねないほどに酷いものではあったが…。

幸いにも時間はたっぷりとあった。

 

「へえ…先生やオレの魔法と、ノヴァが使う闘気の根っこが一緒とはねぇ…。で、それを極めると人の考えが読めるようになるのか?」

 

「逆らしいよ。マスターは、人の感情とか気配がわかるようになってから、攻撃的なフォース…衝撃波を出したり、雷を撃てるようになったんだって。」

 

「はぁ…ダメだ、全然イメージがわかない。それにしてもお前の先生、ライデインまで使えるのな…。まあいいや、もういちいち驚くのも面倒だ。わかりそうなところから始めるかぁ…」

 

そんなことを言いながら、ポップは空に手をかざした。

 

「なに〜?ポップはマスターの言うことがわるの?じゃあさ、オレと弟子交代しようよ。」

 

「おま、フザけんなよ!誰がそんな自殺するような真似…。それにオレはアバン先生の弟子だ!」

 

「ホントに都合が良いなあ。なんだよ、ほっぽって逃げてきちゃったくせに…オレもアバン先生に教わりたい!」

 

「お前、それを言うのは反則だろ…って、自業自得か!くっそ〜〜!」

 

そう言いながら、ポップは宙に向けて魔法を放った。

掌から大量の火炎を吹き出したそれは一見すると、彼の得意とする火炎呪文に他ならない。

 

けれどカンの良い二人はすぐに気がついた。

 

「なに、今の…。ちょっと変だったよ?オレ、メラゾーマって初めて見るけどあんな感じなの?」

 

「今のはメラゾーマじゃない…ベギラマ…のつもりだった。」

 

思わず横を振り向いて目を合わせたダイとポップであるが、二人とも同じような顔をしていた。

まさしく呆っ気にとられる、というやつである。

 

「えええ?ベギラマって、こういうやつでしょ?」

 

仰天したダイは驚きをそのままに、闘気を発動させてると掌をポップと同じく天に向け…。ベギラマを放った。

魔法使いのポップから見ても、それは見事な閃熱呪文であった。

 

「はあああぁぁl!?おま、何だよその反則技みたいなの!つか、何でベギラマできんだよ!?」

 

「え?ポップできないの?ヨッシャ、勝った!…って、それよりさっきのあれ、何だったの?」

 

しばらく二人してギャーギャー騒ぎ合うのであった。

ようやく事態が掴めてきたのは、そろそろ星空にかわろうかという時間帯になってからである。

 

「つまり…おまえは素の状態じゃ魔法が使えなくて、闘気を全開にして魔法力を底上げしないと魔法を使えないわけか。いや、そりゃ何とも…無駄が多いなぁ。もう少し何とかならないもんなの?」

 

「だから、マスターと同じこと言うの本当にやめてよ。ていうか、もう本当にポップがマスターの弟子になればいいんだよ。」

 

「もうやめようぜ、それ。疲れたよ…。」

 

「…そうだね。」

 

ダイは自分が話を蒸し返したことを素直に謝ると、それでそれで?、と続きを促した。おまえ聞いてわかるのか?と言うポップの顔はしかし、満更でもない。

 

「じゃあ今度はオレの番だな。おまえのマスターが”魔法と闘気は一緒”的なことを言ってたので思いついたんだ。そういや閃熱呪文と火炎呪文って、なんか似てるな〜、って。だから、メラゾーマを撃つ感覚でダメもとのベギラマをやってみたんだ。そしたら…多分だけど、混ざった。」

 

ポップは不思議そうに己の掌を見つめながら、そう語った。

その様子を横目で見ていたダイは、少し感心した。頼りない奴に見えるけど、実は結構スゴイ奴なのかもしれない、と。

 

「ふうん…やっぱよくわかんないけど、何かマスターよりポップの方が説明がわかり易い気がする。」

 

「おまえそれ結局わかってないってことじゃん。いいか、よく見ておけよ。多分呪文のランクを落とせば成功する。それにさっきとは逆に、閃熱っぽい火炎をやってみる。オレ、火炎呪文の方が得意だし。」

 

「…よくわかんないけどがんばれポップー!」

 

けなされてるんだか励まされているんだかよくわからない声援を受け、ポップは”ギラっぽいメラ”を放ってみた。

 

その直前のことである。

ポップには不思議と、ダメで元々だ、とか後ろ向きな感情を持たなかった。

年下の弟のようなダイとの出会いが単純に嬉しく、そして彼に対してものを教えるという行為がアバン先生のようで、どこか誇らしかったのだ。

 

そんなポップの精神状態は、この島の澄んだフォースの影響を受け、極めて高い次元に位置していた。

 

するとどうだろうか。

 

閃熱呪文にしては細すぎる一筋の火炎が、宙を走ったではないか!

 

それはしかし、すぐに闇夜に吸い込まれるようにして消えていった。

所詮は最下級の呪文にすぎない、というところだろうか。

 

「…結構、地味なもんだな。」

 

「…でも、成功したね。」

 

ポップもダイも、第一声はそんな感じであった。

人間、あまりにもスゴイことを目にした時の反応は、意外と薄くなるものなのである。

 

すぐには実感が湧かなかったが、その衝撃はジワジワと二人の中で大きくなるのであった。

 

「…実は、今のって結構スゴかったりする?」

 

「…結構とかじゃなくて、実際スゴかったよ。マスターが見ても感心したと思う。」

 

しかし最後にダイが放った一言により1日をかけて植え込まれたアナキン・スカイウォーカーの鬼教師ぶりが二人の脳裏に去来し、頭をかかえるのであった。

 






何故か、ダイが女子っぽい…。
友人としてお互いの才能を認め合う描写をしたつもりが、読み返してみるとイチャイチャしているようにしか読めない…。
精進します。


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マアムさん


ダイとポップのその後の足取りと、アナキンのバランとの対峙を同時に書き始めたところ、前者の方が圧倒的に早く書き進められたので、こちらを先に投稿します。

肝心のマアム本人を登場させられませんでしたが…。

どうぞよろしくお願いします。


ダイとポップのネイル村への旅は、しごく順調であった。

現地への到着後もことはしばし順調に進み、マアムの母でありアバン先生の元仲間でもあるレイラさんに快く迎えられた。

しかし…肝心のマアムというアバン先生の高弟は、村の周囲を巡回中とのことで、会うことは出来なかった。

 

師のアバンに緊急時の頼りとされ。

兄弟子のノヴァを思い出だけで震え上がらせ。

アナキンにモンスターであることを看破された。

 

そんなお化けみたいな存在が、この村ではさも本当に人間の娘のであるかのように愛着ある存在として語られていた。

その事実にダイは相好を崩し、ポップは顔を顰めた。

 

「何でそんな顔するんだよ…仲良きことは良き事かな、って言うじゃんか。」

 

「あのな、そりゃこの村のみんなはマアムを見慣れているから愛着も抱くだろうよ。でも俺達はお互いがどんな姿形をしてるかすら知らない。これは結構、厄介な問題だ。本来は、面通しする迄は村で待たせてもらうべきだったんだよ。」

 

「ど~せサボりたいだけだろう?ダメだよ、これからお世話になるところなんだから。手伝いもせず呑気にしてる姿は見せられないよ。」

 

「バカ、そりゃ手伝いは面倒だからしたくないけどさ、そういう話じゃないぞ!もし今オレ達がマアムに突然出会って、悲鳴でも上げて怒らせてみろ。下手しなくても大怪我じゃないか。」

 

なるほど。

確かにネイル村の人たちはマアムが可愛らしい女の子と言い張るばかりで、本当のモンスターとしての様相はついぞ語ってくれなかった。この状況で遭遇を果たせば、まず間違いなく自分たちは驚き、それはマアムを傷つけてしまうことになるだろう。

 

ダイはそこまで考えていなかったなぁ、とまた一つ友人を見直したが、いっぽうでサボりたかったのは事実なのかと落胆した。

 

「まあでも、薪集めくらいはちゃんとやろうよ。…それに、レイラさんが言ってるとおりだと、そんなにヒドイ奴じゃないと思うけどなぁ。」

 

「わかったって、残念だけどおまえの言う通りだよ。…いや、あの人は包容力があり過ぎるから話半分くらいに聞いておこうや。」

 

二人は地面の枝葉を拾い集めながら、ついでにダイがパプニカのナイフで程よい大きさにスパスパ斬っていく。

先日の雨で少ししけっているのがあれば、ポップがそれらを集めて火炎呪文で乾かす。

結構いい具合に協力しながら、燃料の収集活動を進めていった。

 

「よし、とこれで結構集まったな。」

 

「そろそろ戻ろうか。」

 

その後、ダイとポップはネイル村にとって返し…。

見事に森で迷った。

 

「そんなに気落ちするなって。…そうだ、ポップはマアムさんのこと、どんな人だと思う?」

 

「…そりゃ、おまえの先生が言ってたじゃんか…って、ああ、あの場には居なかったか。だから恐ろしいモンスターだと何度も伝えて…」

 

「それはもういいよ。そうじゃなくてさ、デルムリン島のモンスターのみんなは、一人ひとり違っただろ?皆いい奴等なんだけど、それぞれに違う優しさがあるって言うかさ…とにかくそんな感じでさ。」

 

「なる程ね、プロフィール的なやつか。」

 

う~ん、と考えに集中し始めるポップを見て、ダイはひっそりとため息をついた。

ようやく、この浮き沈みの激しい友人の扱い方がわかってきたのである。

 

「城壁も壊す怪力で好戦的な性格…普通ならみんな怖がって近寄れない……。う~ん、きっと、敬遠されてることを自覚しながらも、必死に人間らしく振舞おうとしてるんじゃないか?生来は狂暴なんだけど、必死に優しさを身に着けようとしている…そんな不器用な姿が、みんなの心を打ったんだよ、多分。」

 

確かにそう考えると、レイラさんをはじめとする村のみんなが、絶対にモンスターだと言わなかった事実にも説明がつく。

 

「仲良くしたいね。」

 

「あまり高望みすると後悔するぜ、きっと。殺されないだけでも良しとしようや。」

 

ダイはポップ以外に初めて会うアバンの弟子に、少なからず希望を抱いていた。そんな友とは対照的に、ポップは悲観視しすぎているきらいがある。

 

ちょっと刺激的なスタイルの良い女の子を思い浮かべていた幻想が、冷めたジェダイの”どう聞いてもいても凶暴なモンスターだろ”という一言に粉砕されたのである。

彼には、思い出すだに腹立たしかった。

 

「大体なあ、ノヴァがはっきり話さないからこんなことになるんだぜ?始めから可愛い子じゃないって言ってくれればさぁ…」

 

「それ、もう10回以上聞いたよ…」

 

そんなやり取りをかわす彼らが”それ”の存在に先に気がついたのは、偶然の重なり合いにしても出来過ぎた話であった。

ちょうど、話す言葉を失い黙ったのが幸いしたのかもしれない。

そして、それは、そこに。

 

いた。

 

彼らが今まで、まさしく頭の中で思い浮かべていたような圧倒的な存在が、わずか数メートル先で鎮座し、深く目を閉じていた。

常ならば騒がしい悲鳴をあげていたであろうが、さすがに生命の危機に直結する事態とあってはそうも言っていられない。

 

「あ…あれが…マアムさん?」

 

「…た、多分な…。」

 

ダイですら、言葉をかわす前にさん付けを始める有様である。ポップに至っては泣き出しそうな顔で、鼻水を垂らしている。

それほどまでに目の前の存在は大きく、そして驚異的であった。

 

まさしく怪物!

もといこれはもう、怪獣である。

 

いや、その表現すら生ぬるいかもしれない。

その存在は、それらの頂点に立つ王者のような貫禄をまとっていた。

 

ゴツゴツとした素肌は何物の攻撃も寄せ付けず、半端な魔法では傷一つつけられないだろう。

人間の腰回りほどもある腕は城壁ごときは軽く粉砕しそうである。

 

ノヴァ伝いに聞いたアバン先生の弟子の特徴と、だいたい合致する。

あまり速く動けそうなイメージは無いが、この圧倒的威容を前にしては誤差の範疇であろう。

そしてそんな”マアム”の正体を看破してのけたジェダイの偉大さに、その弟子と親友は心の底から感謝するのであった。

あらかじめそうと知らされていなければ、絶対に悲鳴を上げていただろう。

 

ダイとポップは完全に言葉を失っていた。

 

そうしてどれほどの時が経ったであろうか。

 

さすがに二人も、この状況は頂けないと考えるに至った。

 

(ど、どうしよう…寝てるみたいだけど。)

 

(だ、ダイ?おまえ…モンスターと仲良くなるプロだろ?それにあのピンクの肌なんか、よく見ると可愛いらしいじゃないか。こ、声かけて来てくれよ。)

 

(無茶言うなって!)

 

普段の10分の1ほどのボリュームで話す彼らである。

しかしさすがに気配を察したのか、怪獣王の右眉がピクリと動いた。

 

(や、ヤバイよ!目、さましちゃうよ!ポップが変なこと言うから!)

 

(バカやろ!おまえの声がデカイんだ!…って、やばいやばいやばい、マジヤバイって!)

 

鬱陶しそうに右の目を開いた王者は、非常に鷹揚そうに口を開いた。

 

「オレに何か用か?小僧ども。」

 

「……こ、こんばんわ。良い夜ですね…。お休みのところ、すみませんでした~…」

 

真っ先に逃げを打ったのは、言わずもがなポップである。

しかし、そうは行くか、とばかりにダイがその手を掴む。

 

「早速逃げるのかよ!ってか、逃げる意味がないじゃないか!おまえの姉弟子だろ!?」

 

「し、知るかそんなの!オレはまだ死にたくない!」

 

「オレだって死にたくなんてないよ‼︎」

 

そんなやり取りを小声で、しかし必死になって唾をとばしながらやり合っていては、聞くなという方が無茶な話である。

怪獣王は不機嫌そうに瞼を見開くと、彼らをギロリと見据えた。

 

「小僧、いま何と言った!」

 

「は、ハイッ!とても可愛らしいご容貌であられます、と申し上げましたぁ!」

 

周囲の空気すら震わせる怒気を孕んだ声に、反射的に大声を上げたのはポップである。

 

ダイはその間、逆に闘気に当てられたことで感覚を研ぎ澄ませた。

何となく、自分たちは自ら破滅の道をひた歩んでいる気がする。

そう嗅ぎ取ったダイの第六感は、まさしく正鵠を得ていた。

 

「…貴様、死にたいのか?」

 

その言葉に、いやその言葉に込められた怒気に、ダイは背筋を寒くした。

おそらく、さっきからこの存在に対して、知らず識らずのうちに致命的な言葉を吐いてしまっているのだ。

怪獣王は見るからに、誇りすら傷つけられたような怒気、いや覇気を放っている。これはまずい。本格的にまずかった。

 

「ももも、申し訳ございません、マアム様!どどど、どうか、平に、平にぃぃぃ!」

 

ーーもうダメだこいつ!

脳の回路が切れたように地に伏せり始めたポップを見て、ダイは必死になって現状を打破する策を探った。

 

何か決定的なすれ違いがあるはずなのだ。

しかしそれが分からないこのままに現状が推移すれば、冗談抜きで勘違いで殺されかねない。それほどまでに目の前の存在は怒気をみなぎらせ、凄まじい殺意を放っている。

 

「ワシは獣王クロコダインだ!マアムなどという軟弱な響きを持つ名で呼ばれる謂れはないわあ!」

 

続けて放たれた獣王の絶叫で、ダイは確信を持った。

 

この堂々たる誇り高さ。

この神々しさ。

そしてこの、覇気。

 

間違いない、これはマスターが言っていたジェダイの目指す気高さに他ならない。目の前の存在は間違いなく光の側に属する人だ。この恐ろしい外見に惑わされてはいけない!

最早、この人がアバンという人の教えを受けた豪傑・マアムさんであることは疑いようが無い!

 

では何故、これほどまで激昂してしまっているのか。

――それは、名前が気に入ら無いからだ!

これは、デルムリン島で人間の言葉を解し無いモンスター達と数多く触れ合ってきたダイだからこそ、辿りつけた結論である。

 

実際、ダイの名付けが気に食わなくて不機嫌になるモンスター達は数少なくも、確かに存在したのである。

マスターも言っていた。名前は生命、そのものであると。

しかしご両親たる存在が愛情を込めて名付けたその名を、本人が受け入れられ無いとは何たる悲劇であろうか。

 

ダイはこの悲劇を目の前にして、いてもたってもいられなくなった。

このままではいけない。マアムさんにこれ以上、悲しい思いをさせていい筈が無い。

しかしこの場を収める方法が、まるで思い浮かば無い。

 

そんなダイを置き去りにして、まさかの行動を起こした者がいる。

ポップである。

 

「ヒイイイいい、お、お許しを〜〜〜‼︎…って、こうなりゃもうヤケクソだ‼︎ くらえ‼︎」

 

「待って下さい、マアムさん!このポップはアバンさんの弟子で、あなたの…って、何やってんだよこのバカ‼︎」

 

完全に頭の中から存在を忘れていたポップのとっさの動きに、ダイは反応すらでき無かった。

ポップはその掌から巨大なメラゾーマを放つと、たちまちその炎でマアムさんの姿を包み込んでしまった。

おそらく何かが切れてしまったポップは、臆病さとともに正気まで消し飛ばし、目の前の存在が仲間であるという事実すら見失う有様である。

 

「クタバレこの、クソ姉弟子いぃい!さんっざんにビビらせやがって!人間ナメんなぁ!」

 

デルムリン島でフォースの妙技に触れたポップの魔法は、来島前のそれとは歴然たる差がある。

頭に上った状態でとっさに放ったために、島でのような合成を行うことこそ出来てはいないが、その温度や威力は以前のそれの倍を下回るまい。超高温を放つその炎の色は、赤というよりもオレンジ色と化していた。

 

「やめろ、ポップ!」

 

真っ青になったダイは、ポップの魔法発動に一拍遅れて闘気を発動させた。額の紋章を輝かせ、全身に闘気をまとうと、マアムさんとポップの間に躊躇いなく飛び込んだ!

 

そしてこの時ばかりは本気で、ダイは友人の才を恨んだ。

自身の闘気コントロールは完璧に近いく、出会った当初の彼の魔法くらいはものともしない筈だった。

それにもかかわらず、成長したポップの放ったメラゾーマの炎はダイの闘気を突き破ってその身を焼き、凄まじい苦痛を彼にもたらした。

 

「ばっか、おまえ!何やってんだよ!」

 

さすがにその姿を目にして、ポップも魔法を止めた。正気に立ち返ったのであろう。

呆然とする彼が暴走を止めたのを見てどこかホッとしたダイは、恐る恐る背後を振り向いた。

どうか、最悪の事態にはいたっていないことを願って、である。

 

「どうやら遠慮はいらないようだな。」

 

しかし!

悠然たるセリフを伴って炎の中から現れたマアムさんの素肌には、傷一つついていなかった。

 

ことここに至っては、絶望のうめき声すら上げられない。

 

ダイは焦った。

おそらくはここまでに放たれたマアムさんにとっての許されざる言葉の数々が、その精神、その誇りを傷つけ、揺さぶり、結果として魂すら昂らせてここまでに肉体を強化しているのである。

 

自身も闘気を用いて肉体を強化するダイは、その有様が手に取るようにわかった。そしてマアムさんの哀しい怒りが、最早収束不能なまでに高まり、自分たちにとって致命的な結果をもたらすことであろうことが。

 

「この獣王クロコダインをここまでコケにしておいて、その身が残るとおもうなよ!」

 

そう言い放って彼が振るった斧の一振りは、周囲に残っていた炎の残滓をまとって、真空呪文としてダイとポップに襲い掛かった。

 

ダイは両手を眼前でクロスさせると、闘気を高めて防御の姿勢をとる。

――これは不味い、耐えきれるかどうか…いやそれより、ポップはこれを凌ぎ切れるのか?!

そんな心配を浮かべた時にポン、とその肩にその人物の手が乗せられた。

 

「ダイ、オレは決めたよ。」

 

――そうか、ついにその気になってくれたか!

 

「オレは全っ力で逃げるぞおぉぉぉ!」

 

「フザけんな‼ オレの信頼を返せ‼ 今すぐ!」

 

さすがのダイも、これにはプツンと来た。

そして先ほどの心配はどこへやら、とっさにポップの肩を掴んでグイっと前方に押し出した。

 

「ば、バカヤロー!こんなんじゃマジで死ぬぞオレえええ!」

 

「うっさい!何とかしてみせろ!」

 

「む、無茶いうなぁあ!ひぃい、もうダメだあぁあぁああ!」

 

次の瞬間、極度に高められたポップの恐怖心がそのままに、高密度の魔力を含んだ壁を形成した。

自身だけでなくダイも庇える位置で形成するあたり、耄碌していない証拠である。

 

兎にも角にも、その障壁はメラゾーマの炎と真空呪文を遮断し、彼等の身を守り切ったのである。

 

「や、ヤレバ出来るじゃないか、オレ…。ははは、フバーハできちゃったよ…。」

 

安心してヘナヘナと座り込む彼に対して、ダイは色をなして怒鳴りつけた。

呆れ果てると同時にうれしくもあったが彼にしては珍しく、本気で怒っていた。

 

「そうだよ!はじめからそうやるんだよ‼ 魔力任せのメラゾーマなんて撃つなよ‼おかげでこのザマだ!おまえわかってんのか!?」

 

頭に血が上って思ったことそのまま口にするダイてあったが…。

アナキンに鍛えられただけあって、なかなかに有用なことを言っていたりする。ポップは魔力任せに大呪文を放つよりも、天性のセンスでもってそれを収束させて打ち出したりすることで真価を発揮するのだが…。

それが成就するのはもう少し後の話となる。

 

「ほ、本気ですまんかった…。」

 

それに現実の問題として、そう謝るポップは魔力切れだった。

 

「なかなかに器用な真似をする小僧だが…ワシを侮辱した報いは受けてもらうぞ!」

 

「オレが相手だ、マァムさん!」

 

「その妙な名を口にするなと、言った筈だ!」

 

「それでも貴女の名は、マアムなんだ!ご両親から授かった名を、そんな風に扱うなんて悲しすぎますよ!」

 

「…もう殺す!」

 

「この分らず屋ぁ!」

 

ここに、壮絶な死闘が幕を開けた。

 

誇りを傷つけられたマアムさんが闘気すら発現させて猛威を振るい。

小さなジェダイの弟子も負けじと額の紋章を全開にして、全身を発光させる。

 

両者の激突は衝撃で木々を揺らし、大地を震わせ、そして轟音をまき散らした!

 

一方的に吹き飛ばされるダイの身は木々を数本まとめてなぎ倒し、土を掘り返す。

その状態から全身の体重と闘気をまとった一撃を繰り出しに行っては、受け止め反撃を返すマアムさんの足元が大地を削り取る。

 

「も、森が切り開かれていく…つか、何でダイは剣を使わないんだよ…」

 

全てを出し尽くし木に寄りかかることでなんとか立位を保ったポップは、そんな怪獣大決戦のような激突の様相を見ながら、ボソリと呟いた。

 

彼には知る由もなかったがこの際、ダイは意図してアナキンから受け継いだ剣を使わなかったのではない。

ポップと同じく初めての実戦に舞い上がり、完全にその存在を忘れていたのである。拳で殴り合う勝ち目のない消耗戦を仕掛けているのは、単純にマアムさんの迫力にあてられているだけであった。

 

結果としてマアムさんを傷つけずに済んだのは良かったかもしれないが、結果としては絶望的である。

 

「が、頑丈すぎるよ…。こんなの反則だ…」

 

ダイが遂に闘気を切らし、へなへなと崩れ落ちたその時。

マアムさんの身にまとった鎧はところどころ消し飛ばされている状態であったが、その身に実質的なダメージは与えられていなかった。

 

 

 

 

結局、二人は魔力を回復したポップのルーラでその場から離脱した。

そこから更に森に迷って、ほうぼうの体でネイル村にたどり着いた彼らの姿はまさしく敗残兵のそれであった。

 

更にマアムという少女と出会った二人は、怪獣王がなんだと意味不明な供述をして騒ぎ立て、村中を騒動に巻き込むことになる。





今回の獣王クロコダイン戦ですが、完全な遭遇戦闘です。
散歩後の就寝中に女の子扱いされて騒ぎ立てられれば、さすがのクロコダインも怒りに我を忘れて新たな力を発揮する筈です!
実際、原作では彼の誇りをここまで傷つけることを堂々としでかす愚か者は居なかったはずですし。

やはりダイの大冒険の愛読者としてはクロコダインのおっさんには、このくらいのタフネスさを期待してしまいますよね!
あまりやり過ぎるとカイザーフェニックスをベアハッグで消し飛ばしてしまいそうですが、そこまではさすがにやらない予定です。

今回もいろいろと無理があるかもしれませんが…。

ご意見・ご感想をお待ちしております。



そして気づいたら、ユニークアクセスが何ともスゴイことに!
拙作をお読み頂きました皆様、どうもありがとうございます。

経験不足で行き当たりばったりな展開が多いですが、頑張って味のある話を作り上げていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願いします。


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第3章 カール王国編
竜の騎士 前編


時間が空いてしまい、申し訳ありませんでした!

 

戦闘描写は後編に続きます。

 

どうぞよろしくお願いします!

 

 

*****

 

 

 

ポップに言付けを負えるとすぐさまデルムリン島を起ったアナキンであるが、

実はそれほどの危機感にかられては居なかった。

出会う前のアバン先生ならいざ知らず。あのごく短期間でフォースの感覚を掴んでみせ、自身の決め技の威力を倍加するという偉業まで成し遂げたくらいだ。そこに生来併せ持ったあの器用さが加われば、そうそう負けはしないだろう。まして生命をとられるなどは。

 

と、思っていたのだが…。

どうやら、相当に耄碌していたようだ。

目的地から感じるフォースの強さは表面的には然程でないが、この距離まで近づいて初めてその深部の底知れなさを露呈した。

ーー傲慢にも盲いたか。

前世で宿敵がマスター・ヨーダに放ったとされる雑言はこの際、正鵠であろう。

忌々しいことこの上ない思いをしながらも、アナキンは残り少ない空中での時間を瞑想に費やすのであった。

 

 

 

「お久しぶりです、アバン先生。お困りのようで。」

 

「アナキン君…助かりますよ、さすがにダメかと思いました。」

 

「ゲッ、お前!」

アナキンは最後に放たれた不躾な言葉に、気を悪くした。

誰何の視線を向ければそこでは、何時ぞやの生意気小僧がボロボロになって横たわっている。師であるアバン以上に奮闘…できたかどうかはわからないが、重症度からすれば名誉の負傷と言えなくもない。

労いの言葉くらいはあっても良いかもしれない。

 

「おいお前、師の足をここまで引っ張っておいてその様は何だ。さっさと立て。」

「相変わらず容赦無いですね、君は。」

「アバン先生が寛容過ぎるんですよ…。で?ボサッと立ってないで、状況を説明しろ。」

 

「お、鬼かアンタは…。」

などと零しながらも、ノヴァは簡潔に現状を語った。

竜の軍団に急襲されたという知らせが入り、リンガイア王国軍の派遣前にルーラを使える者だけで駆けつけたのが半日前。

その時の状況は最悪だった。既に城壁は突破され、竜が雪崩れ込んでいた。市街地は踏み荒らされ、市民がみるみるうちに犠牲になっていった。

壮絶な混戦状況にあったが、かろうじて組織だった抵抗を試みているカールの精鋭騎士団と合流し、隊長のホルキンスとアバンが起点となって竜たちを討伐していった。

この時点までは、ポップもノヴァとともに氷雪呪文を駆使して大いに踏ん張りを見せたらしい。

そう、敵の軍団長が現れるまでは。

予想外の犠牲に憂いたのか、そいつは竜の全軍を引き上げるや否や単身で乗り込んできた。

そして、竜の軍団以上の被害を騎士団にもたらした。

ホルキンスをはじめとした騎士団の主戦力は、初撃の雷撃呪文で戦闘不能となり。

尚も戦意を鼓舞して斬りかかった隊員たちは、その悉くが剣の錆と化した。

アバンはかろうじて息のあった幹部達の治療を残りの騎士達に命じると、その男の前に立ち塞がった。

そして片膝をつく現在に至る、という訳である。

 

アナキンはノヴァの様子を観察しながら、ポップの行動は結果的には正解だったと評価した。ひとしお鍛え上げられと見える小僧がこのザマだ、ポップすら庇いながらではアバン先生は命を落としていたかもしれない。

 

 

 

 

 

アナキンは少し気にかかることがあったが、大体の事情は把握できたので良しとした。

さて、とばかりに問題の人物に向き直る。

 

片眼鏡っぽい装飾が目につく、妙に迫力のある男である。

 

「それで…お行儀よくこっちの会話が終わるまで待ってくれてありがとう、バランさん。」

 

アナキンは、ポップから聞いた敵将の名を確かめるべく、そう語りかけた。

恫喝も込めて、フォースで威圧するのも忘れない。

しかし微塵も動揺をみせないその堂々たる佇まいを見て、相手への評価を改める。

 

少なくともドゥークー並みの実力は秘めていると見ていい。

 

「せっかく救援として駆けつけたのだ。最後に別れを告げる時間くらいはもたせてやる。感謝して死んで行くんだな、名も知らぬ人間よ。」

 

第一声からしてこれである。

選民思想と尊大さは相当なものだ。おまけに人間という言葉に対する異様な憎悪を感じとれる。

 

「まるで自分は違うとでも言いたげだな。私には、さしたる違いは無いように見えるのだが…」

 

アナキンは挑発に乗る気はなかったが、それでもこうした物言いをしてくる輩には腹が立った。

しかし言葉を口に乗せながらふと、マスタージャンヌが終ぞ名を明かす事の無かった昔語りに出てきた王女ソアラの想い人を思い起こした。姿形を与えるとしたら、こんな感じなのかもしれない。

 

「おまえ如きには過ぎた話だ。語るのは無意味だよ。」

 

「そうか。」

 

ーー実力を示さなければダメか?

 

アナキンはできればこの男から、なるべく穏やかに多くの情報を引き出したかった。

ノヴァが語った情報によれば、この男も伝説級に稀有な雷撃呪文の使い手だ。

ジェダイたる自分が指導を施した弟子とこんな分かり易い共通点を持つなんて、偶然とは思えない。

 

そして非常に嫌な予感がするのだ。

きっと、この男に対して自分は容赦出来なくなる。

この予感が現実のものとなる前に…アナキンの理性が怒りの濁流に呑まれる前に、少しでも正確な情報が欲しかった。

 

「それでは、ひと思いにやってくれないか。これでも魔法を使う身だ、冥土の土産に相応しいのを頼むよ。」

 

これは完全なハッタリである。

魔法と同等のフォースは使うが、魔法そのものを使う気はさらさら無い。

おまけに死ぬつもりなど、自分で言ってても可笑しくなる。

 

「救援に駆けつけておきながら抗いすら見せぬとは、見下げ果てた男だな。ここまで大人しく敵の言葉に従うとは…正直興ざめだ。」

 

「おまえ、意外とお喋りなんだな。それとも皮肉を知らないのか?やれるもんならやってみろ、と言ってるんだよ。」

 

アナキンは両眼に凄みを込めて、目の前のバランという男を睨みつけた。

なぜかこいつには、無性に腹が立って仕方がない。大人しくしていられるのも、せいぜいあと数秒だろう。

 

それ以内に相手が動かなければ、口を割らせる行動に出てしまう自信がある。

 

だが、それは杞憂に終わった。

 

突如として轟音が天上に木霊し、咄嗟に掌を翳したアナキンの右手目掛けて雷撃が降り注いだのだ。

ーーダイとは違うと言う訳か。

アナキンは手にまとったフォースで完全にその雷撃を包み込みながら、弟子の呪文との威力の差に舌をまいた。

 

おまけにこれが全力ではなく、続け様にあと何発でも撃てるであろうことを、フォースが教えてくれる。

ここまで圧倒的だと、アバン先生があのザマなのも頷けた。

 

加えて…バランの額に浮かんだ紋様は、弟子との関連性を雄弁に物語っていた。

 

アナキンはダイの存在を、目の前の男に悟られてはならないと確信した。

 

「返すぞ。」

 

「何だと!?」

 

アナキンは言い放つと同時に、帯電し自身の身を焼き始めた雷撃呪文を、フォースで包み込んだまま相手に投げ返した。

何気なくやって見せてはいるが、これは事前にデルムリン島でダイの呪文を食らった経験の成せる技である。

 

どうやらバランは完全になめ切っていたようである。

呆れるくらい見事に返し技を喰らい、フォースの衝撃波と雷撃に包まれて粉塵の中に消えていった。

 

だが…。

 

ダイのおそらくは不完全な闘気ですら、ある程度の攻撃を弾いてみせた。それと同様のフォース…闘気…をより高い次元で発現するバランは…。

雷撃にフォースの衝撃波を上乗せて放ったにも関わらず、その身にさしたるダメージは無かった。

 

「恨めしい…」

 

アナキンはボソリと呟いた。

 

彼はいま、本来であれば心からの賞賛を送りたかった。

魔法や闘気という応用ばかりが進み、どこかで基礎が置き忘れ去られてしまったこの世界のフォースを。

ここまで使いこなす輩がいるとは思わなんだから。

 

この男はいま、これだけの攻撃を凌ぐ防御をなしてみせた。それも、弟子の不完全なアレとは違い、完全な制御下において。

”知恵と防御のため”とフォース活用について理想を掲げるジェダイにとって、これほど魅力的な存在はない。

しかし、しかしである。

 

アナキンにはこれから訪れる破局が、見えてしまったのだ。

 

この男とは、敵対する運命にあると。

この素晴らしい力をその通りには使うつもりが全く無いことを、瞬時に感じとってしまったのだ。

 

そして半ば諦めるようなつもりで、バランに問いかけた。

 

「今度こそ教えてくれ。その額の模様と闘気は、一体何なんだ?」

 

できれば、しらばっくれて欲しかった。

これほどの虐殺行為を働いておいて正々堂々とした名乗りなど、挙げては欲しく無かったのだ。

問答無用で斬りかかられることすら望んでいた。

 

「これは竜の騎士のみに伝わる竜闘気という技だ。」

 

「…バカな‼︎」

 

その言葉に強く反応したのは、アナキンではなくアバン先生であった。

肩すら震わせて動揺をしめす彼に、思わずその場の全員の視線が集中する。

 

「それは、カール王国に伝わる救国の騎士の名だ。子々孫々語り継がれた存在が…幼子の心を震わせてきたその気高さが、このような非道を行う筈が無い!」

 

「その先代の成したことは間違いだったのだ、勇者アバンよ。そして当代の竜の騎士である私には、その間違いを正す義務がある。」

 

まるで虫けらでも見るかのような目つきで周囲を睥睨するバランを見て、アナキンは遂にこの男に対して終始イラついていた理由を悟った。

この目には覚えがある。救い様の無い陰惨な悲しみをすり潰し、全てを憎悪に変えた男の目。

 

それは同族嫌悪に他ならなかったのだ。

 

次の瞬間、アナキンの脳裏を真っ赤な炎が包み込んだ。

それは現実のものでは無く一切の熱さを感じさせながったが、あまりにも見覚えのある光景だった。

今世になっていまだ悪夢となり毎夜彼を苛む、前世の溶岩の惑星での光景に他ならないからだ。

 

アナキンは呆然と突っ立ち、アバンとバランが交わす言葉を聞いていた。

 

「何てことだ…貴方は自分が何を言っているか、解っているのですか?竜の騎士は、悪を滅ぼし正義をもたらす神威の代行者である筈だ。それが…」

 

「人間のそうした綺麗事にはうんざりさせられる。貴様らは美言を宣うその口で、平気で裏切りを唆し、躊躇いもせずにそれを成す。魔物にすら劣る存在だ。」

 

「それは…貴方の限定的な経験と怒りが見せる、影の一部ではないのですか。貴方だってわかっているはずだ、人類全体が皆そうではないと。光を放つ可能性に満ちていると。」

 

「だからこそ救い難いのだ。その一方で貴様らはすべからく全員が悪に成り下がる可能性を秘めている。もはや滅ぼすしかない。だから私は、大魔王バーンに協力することにした。」

 

首魁の名が明らかになった瞬間だ、本来は喜ぶべきであろう。

しかしこの場にそんな冷静な感情を抱く者は、存在しなかった。

 

本来そうあるべき、前世での失敗の上に立つ存在は、この場に来て、あろうことか茫然としていた。

しかし無理もないだろう。

彼の頭の中では、前世での師の言葉と自分の醜い叫びが、頭蓋を割らんばかりに鳴り響いていたのだから。

 

ーーやめてくれ!

アナキンは脳裏に展開される光景が記憶の見せる過去とわかっていてなお、懇願せずには居られなかった。

取り消せない過去だからこそ、二度と繰り返したくは無いというのに。

 

アバンからは、既に新しい救いの道を示してもらった筈だ。

過去を乗り越え、着実に前に進んでいだはずなのに。

ーーなのに何故、あの日のオビ・ワンと同じことを言おうとするんだ!

 

次の瞬間に放たれた一言は、まさしくアナキンの脳天から足の裏までを刺し貫いた。

 

「大魔王バーン!?バランよ、目を醒ましなさい!その者こそがまさしく”悪”でしょう!」

 

「勇者アバン、私から見れば人間こそが悪なのだ。」

 

「そこまで堕ちたのか、貴方は‼︎」

 

目の前で展開される光景と飛び交う怒声が完全に前世での記憶と重なり、アナキンは強烈な頭痛に襲われた。

ーー動け!最早行動しかない!この先をバランに言わせてはならない!

だが何故か、アナキンはついに身体を動かすことが出来なかった。

 

そして遂に、決定的な言葉がバランの口から放たれてしまった。

 

「アバンよ、正義に猛るお前だからこそ、既に醜さの輪の一部であることを自覚すべきだ。バーンの下で軍団長を務める男に、ヒュンケルという者がいる。…奴のお前に対する憎しみは、群を抜いていたぞ。」

 

その直後ですら、アナキンは身体を硬直させていた。

 

かつてのオビ・ワンの傷ついた表情と、アバンのそれがあまりにも酷似していたからだ。そしてそのあまりの哀しみに満ちたフォースの強大さに、圧倒されていた。

ーーオレは、こんなにもあの人を傷つけたのか?

ーー師と敬い、兄とすら慕い、親友として背を預け合った彼に、こんな表情をさせてしまったのか!?

 

前世でのあまりの業の深さに、彼は二の足を踏んでしまったのだった。

 

ーー赦せない。

アナキンが真っ先に思い浮かべたのは、その言葉だった。

 

バランとは、出会い方さえ異なれば、時間をかけて良き友人にすらなれたのではないか。

自分なら彼を正道に連れ戻し、ルークの様に導いてあげることすら可能なのではないか。

そんな事を、心のどこかで思っていた。

 

しかし、アバンがこれ以上傷つけられるのを、黙って見ている訳にはいかなかった。

 

ーーこいつは、破滅願望の塊だ。

 

アナキンには確信があった。

バランの心境は、手に取るように分かった。

この男は決して、眼前のアバンの絶望を楽しんでいるわけではない。

かつての誰かと同じく、ひたすらに世に破滅をもたらすことを望んでいるに過ぎない。

 

こいつには、大義もクソも無いんだ。

おそらくあの日の自分と同じく、ただ一つの許しがたい怒りに焼かれるあまり良心を殺した。

 

「…赦せない。」

 

静かにそう零した瞬間、空気が震えた。

アナキンの言葉は振動となって大気中を走り回り、周囲の生きとし生けるもの全員をその場に釘付けにした。

 

「バラン…、お前の様な男は、存在してはいけない。無私の規範たるべき存在でありながら私憤に溺れ、あろうことか守るべき存在に刃を向けるなど…赦される筈がない。」

 

人を傷つける言葉は、全て自分に還る。

そのことをアナキンがこの瞬間以上に痛感するときも無いだろう。

 

だがそれ以上に、彼を怒りの感情が支配していた。

ひょっしなくても彼はダークサイドの影響を受け、彼の周囲の空気は青白い放電現象を始めた。

 

「お前は何様のつもりなんだ!持って生まれたその力を、当たり前だとでも思っているのか!?その力を授けた存在に対して、どの面下げて申し開くつもりだ!」

 

咄嗟に出た言葉がかつての師のそれと被ったことは、単なる偶然である。

しかしあまりにも前世を想起させる目の前の男に、幾千もの夜積み重ねた自問をぶつけてしまうのは必然だったとも言える。

 

そしてそれに呼応する形でバランが記憶を呼び覚ましたのは、最早当然の事か。

 

「…待て。聞いたようなことを言う…。まさか貴様、あの魔女の弟子か?」

 

 

ーああなる程、お前だったのか。

その瞬間、アナキンは唐突に理解した。

 

前世の自分とあまりにも似た道程に、今世での恩師の挫折。

これだけ揃ってしまえば、最早明らかだ。

 

やはりこの男と自分は衝突する運命にあったのだ。

 

「取り消せ。我が師セブランス・ジャンヌを、粗野な魔法使いと一緒に語ることは許さん。」

 

「…確かに、彼女からは特別な何かを感じた。妙な技を使うお前がその教えを受けたというのも頷ける。だが何故この場に姿を現さない。」

 

「フォースのもとに還った…死んだよ。お前のもたらした、悲劇の連鎖に呑まれてな…。けれど感違いするなよ、彼女は最後の瞬間まで気高くあり続けた。今も、昔も。これから先もだ。」

 

「それは残念なことだったな。しかしそれなら貴様もわかるだろうに、人の心に巣食う醜さを。何故許容している?それは恩師の死への冒涜では無いのか?」

 

この男は、何も学んでいない。

アナキンはそう断じた。

もとい、悲しみに目を背け憎しみに走る存在に、省みるという行為は生じない。

 

「おまえは全てを勘違いしているよ。まあ、その様では何も理解出来まい。最早言葉は不要だな。」

 

アナキンは諦めた様に言い放つと、勢いそのままに腰の剣把を抜き放ち、擬似ライトセーバーを起動した。

 

 

***

 

当初は、アバン先生にはカール王国への思いの丈を語ってもらうために場所を原作通りにしたのですが…。

 

 

 

 

 



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竜の騎士 後編

申し訳ありません、バランが全然本気出してくれなくて、
タイトル負けしています。
「ここまで大人しいバランが居るのか」という目で読んでくだされば、
幸いです。

どうぞよろしくお願いします。


膨れ上がった彼のフォースは闘気剣に異常なスパーク現象を起こし、ことここに至ってアナキンは我に帰った。

そうだ。これ程に許し難い存在を前にしてこそ。

おそらくジャンヌが救えと言い残した対象であるからこそ。

 

怒りに呑まれてはいけない。

 

――片腕斬り落とす!

 

アナキンの出した結論はそれだった。

もとい、人類全てを根絶やしにするようなことを言って憚らない大バカ野郎だ。

四肢欠損くらい覚悟して貰わねば、割に合わない。

 

そうと決めた彼の行動は速い。

 

アナキンは眼前の敵に対して、セイバースローを放った。

掌を離れた擬似ライトセーバーが嫌な音を立てながら楕円を描き、バランを背後から襲う。

これまでの間、僅かコンマ1秒にも満たない。

 

バランは明らかにその早業に隙をつかれた。

すでにアナキンに合わせて抜剣していたとはいえ、見たことも無い軌道で襲い来る擬似ライトセーバーに不意を襲われ、剣で弾く対応が常より数瞬遅れた。

 

その極僅かな隙の間に、アナキンはフォースを全開にしてバランの頭上に跳び上がり、弾かれた擬似ライトセーバーを手元に呼び寄せていた。

それを大上段に構え、全力でもって振り下ろす!

 

――獲った!

 

「アナキン‼︎」

 

勝利を確信した瞬間に響いたノヴァの声に、彼は逆に自身の命が危険にさらされていることを悟った。

 

上!

 

彼は瞬時に擬似ライトセーバーを掌の上で半回転させ、後方上部より襲い来る敵に向けて突き入れた。

次の瞬間には恐ろしく鋭利な敵の一撃が、彼の左頬を切り裂く。

 

そして続けざまに襲い来る必殺の第二撃目を、アナキンは擬似ライトセーバーで辛うじて受け止めることに成功した。

 

ズガンっっっ!

ズババババっっ!

 

凄まじい音を立てて衝突しあった両者は、そのまま叩きつけられるようにして地上に落下した。

舞い散る砂埃が、周囲を吹き曝す。

 

そうしてようやく対面することになった闖入者の顔を見て、アナキンは思わず驚きに目を見開いた。

――あの時の少女だ!

 

その名を魔剣イレーネと言うことは、彼の与り知らぬところである。

 

彼女はまさしく、この状況への無粋な横槍として相応しい存在だった。

今まで散々前世の因縁と向き合っていたのが馬鹿らしくなるくらいに異色な美しさを放っている。

 

アナキンは思わず次のようにこぼした。

 

「オマエは……随分とまた、ご立派になられたようで。ついでにそんな物騒なもの捨てて、どっか別な場所でモデルでもやっててくれよ。」

 

しかし、これはまたどうしたというのだ。

何らかの秘術で急激に成長を遂げた、ということはわかるのだが…。

 

それにしたってこの容貌は尋常じゃあない。アナキンは前世で妻の他にも結構な美女たちと面識があったが、それでも目の前の存在は群を抜いている。

この血みどろの戦場には何とも不釣り合いな…ひょっとして、戦乙女というやつか?

 

いや、とアナキンは唇を歪ませる。

そんな大層な存在じゃないことは、ダイに似せて化けた以前の姿を思い浮かべるだけでわかろうというものだ。

 

しかし精神的に春の過ぎた爺さんであるアナキンにとって驚きであったということは、他の人間にとっては抗いがたい魅力を放っているということでもある。

 

「や、やっべぇ……あんなやつ助けるんじゃなかった!今のは間違いです‼︎ あ、謝りますから、ぼ、僕と結婚して下さい!」

 

「…ノヴァ、落ち着きなさい。」

 

完全に目がハートになって正気を失ったノヴァを、アバンが窘めている。

――本当に使えない小僧だ。

アナキンは彼に対する評価をまた一段階下げた。本来なら敵に魂を売ったため処断の対象とすべきところだが、格下げに留めておいてやるとする。今回ばかりは特殊事情だろう。

こんな規格外が、二人も三人もいる筈がない。

 

そう、この前まで少女だった存在は、まるでたった一振りの業物の剣そのものの様に怪しい輝きを放つ存在と化していた。

 

「…チッ、しくじった。」

 

その、かつて人間の少女であった半人半妖…を超えた魔剣は、忌々しげに呟いた。

これ程までに容貌とは正反対な色気のない言動をとる者も、そうはいないだろう。

 

「助けられた、礼を言おう。」

 

イレーネは、そのバランの謝礼すら一顧だにしなかった。

この場に彼の腹心の部下がいなかったことは、ある意味幸いといえるだろう。主君に究めて高い忠誠を捧げる彼ならば、決して彼女のその態度を見過ごさなかったであろうから。

 

「貴殿を餌にして得た機会を逃したのだ、礼などとんでも無い。役割が逆なら、確実に仕留められたものが…反吐が出る。」

 

その言葉の内容に感心でもしたのだろうか。

バランは、真魔剛竜剣を鞘に納めた。

そして両腕を組むと、アナキンに一歩を踏み出したイレーネの背中を見つめた。

 

その視線に居心地の良さを感じたイレーネは、アナキンを睨みつけたまま振り返らずに、バランに話しかけた。

 

「”カールはもう堕ちた。この場は魔剣に任せて、貴殿は即座に獣王の下に向かって欲しい。”…我がボス妖魔司教ザムザと、魔軍司令ハドラー殿の連名での依頼だ。私はこれを伝えにここに来たのだ、無駄にしてくれるなよ。」

 

「あの男に救援など不要だろう。それ程の敵が現れたとも思えんしな…。それよりも、お前の実力を見てやる。私もそこな男と同意見でな、女が戦場に立つのは気に食わぬ。強さのない者ならば、二度とその剣を握れないようにしてやる。」

 

――おいおい、勝手に話を進めておいて随分な言い方をしてくれるじゃないか。

事態の推移を見守っていたアナキンは、そろそろ自分がこの場を支配すべき時だと感じた。

 

「言葉尻だけとって一括りにしてくれるなよ、大罪者。…まあいい。この女を倒したらお前の番だ。逃げ出さない度胸だけは褒めてやる。」

 

「残念ながらそれは無いな。」

 

イレーネはその言葉と共に一歩踏み出すと、慎重に何かを制御する様に一歩を踏み出した。

それと同時に周囲の地面に無数に亀裂が入る。

そしてその全てが、大剣で切り裂かれた様な鋭い痕を残している。

 

何が起こったか訝ったアナキンは、フォースの感覚を通して知った事実に愕然とする。

――この女、正気か!?

 

新手の魔法か何かと勘ぐった自分が呆れ返る程に、それは見知った力だった。

フォースの暗黒面。

眼前の美女はそれを、右腕にのみ集中させて完全に、それも意図的に暴走させていた。

 

これは無茶どころの騒ぎでは無い。

道理で肉眼では、何が起きているか分からない筈である。

彼女の右腕は人間の反応を超えた速度で荒れ狂い、周囲の空気そのもが敵だとばかりに全てを手当たり次第斬りつけている。完全に狂気の沙汰だった。

 

「ノヴァ、マヒャド!」

 

アナキンは立ってる者は親でも使えとばかりに、魔法を撃つよう命じた。

一時正気を失った彼も、流石にこの様を見ては正気に立ち返り、そしてアナキンの恐ろしさ思い出していた。

 

猛烈な吹雪が彼女の刃圏に入り…。

 

その全てが引き裂かれた。

 

最早確認するのも馬鹿馬鹿しい。

――こいつ、剣で魔法を斬りやがった!

 

アナキンは、ノヴァの氷雪魔法に露ほども期待していなかったが、その検証結果には素直に感心した。

こんなのと切り結ぶのはアホのやる事である。

 

「面白いじゃないか…。」

 

アナキンは、前世で戦った四刀流の機械将軍を思い出し、ニヤリと笑った。あれの数倍は手強い相手だろうが、フォースの成長を確かめるにはもってこいの相手である。

 

「調子に乗るなよ小娘!」

 

もはや外見的には完全に相手の方が年上なのだが、アナキンは怒声を上げて跳び掛かった!

 

そこからはもう、斬り合いと呼ぶにはおこがましい光景が展開された。

1秒間に4発、5発と斬り結んでいき。

10を超えた段階で、アナキンは数えるのを止めた。

彼は全神経とフォースを集中して、イレーネの繰り出す剣撃の全てを捌いていた。

 

――思った通りだ。

アナキンは極度に集中した中で、静かに確信に至った。

技術的にも狂気的にも遥か上に位置するが、戦法そのものはグリーヴァスのそれと変わらない。殆どが目くらましの斬撃で、本当に致命的な斬撃は、そう多く無い。

 

しかしそれを見定めて反撃を撃ち込むことは、全てを捌くのよりも困難である。

このままでは不利と判断したアナキンはその場を跳び退り、半身になって弓矢を引き絞る様に擬似ライトセーバーを構えた。

 

フォームIII、ソレス。

 

彼の前世での師が得意とした、防御に特化したライトセーバーの構えである。この構えをとる相手として、これ程相応しい存在もいまい。

 

今!

 

アナキンはそんな感傷とは別に、極度に研ぎ澄ませたフォースに導かれて擬似ライトセーバーを振るった。

はっきり言って、このレベルの斬り合いともなると肉眼は殆ど用を成さない。

高めたフォースを信じるのみである。

 

そしてそれは、アナキンの思い通りの結果をもたらした。

 

今迄は逸らすことが限界だった相手の剣撃を。

 

彼は見事に受け止め、連撃を止めて見せたのだ!

 

「まだまだ甘いよ。」

 

アナキンはそう呟くと、フォースの衝撃波を叩きつけた。音速の3倍で。

 

ズドン、と轟音が響き渡り、イレーネの華奢な肢体が弾け飛ぶ。

 

問答無用で斬り倒す程の邪悪さを感じなかったアナキンは、肋骨を二・三本叩き折るに留めようとしたのである。

 

しかし、イレーネはそれをものともせずに起き上がろうとしている。

 

再び左の掌を翳したアナキンは、追い打ちをかけようとしたその瞬間に懐かしい感覚に囚われた。

――それは、この世界に転生して初めて感じる死の予感だった。

 

彼は咄嗟に掌に集中させたフォースで、背後に迫った刀剣そのものを摑み込んだ!

 

それは正しく偶然の所業であり、バランが竜闘気をまとって斬撃を繰り出していたことが逆に幸いした。

膂力のみの一撃であれば、刃物の感触に慣れない彼の左手は、前世と同じ運命を辿ったかもしれないのだから。

 

結果的にフォースと竜闘気のぶつかり合いに終始した事で、アナキンは無傷でこの危機をやり過ごす事が出来た。

 

「借りは返したぞ。」

 

必殺の一撃が思いも寄らぬ方法で防がれたとは露ほどにも感じさせない口調で、バランは誰にともなく零した。

アナキンはしかめっ面で、イレーネは涼しげな顔でそれに応える。

 

前後を敵に挟まれたジェダイは、現状の厳しさを悟っていた。

バランはいまだ実力の底が知れず、ダークサイドを操るこの暴走女にはフォースの効き目が薄い。

 

現状を打破する直接手段は、確かに存在するも限られている…。

 

躊躇い、一歩を踏み出せないアナキンなのであった。

 

「バラン、剣を引きなさい。そこの貴女もです。」

 

その状況を打破する一声は、一番弟子の堕落にこれまで身動きを忘れていたアバンによってもたらされた。

 

――何を府抜けたことを!

と、その言葉に最も強く反発したのはあろうことかジェダイたろうとするアナキンその人である。

 

彼は先に情けをかけて暴走女を殺さなかったことを深く反省し、今こそ自身のフォースの全てを解き放って眼前の二名を倒し切るべきだと判断した。

アナキンは感情の迸りに任せて言い切る。

 

「その必要は無いですよ、アバン先生。こいつらは剣を手放すことになるのだから。」

 

こいつらは、間違いなく敵勢力の上位実力者だ。

この場で倒し切って大魔王とかいうフザケタ存在の選択肢に限定をかけてやることは、後々の財産になる筈である。

 

「アナキン君。キミこそ剣を納めなさい。」

 

凛と鳴る、とはまさにこのことだろうか。

アナキンはアバンのあまりにも澄んだその声に思わず、昂ぶったフォースを鎮めることになった。決して強制された訳ではなく、あくまで自然に、である。

 

アバンはその様子を見て満足そうにうなずくと、先ほどまでの動揺を感じさせない声で敵の男女に語り掛けた。

 

「バラン、その女性への配慮には、まだ捨て切れていない人間らしさが垣間見えますよ。彼女の言う通り、所定の成果は得た筈だ。ここにもう用は無いでしょう。」

 

「水を差さないでくれませんかね。この二人は、この事態を引き起こした罪を贖う必要がある。」

 

アナキンは不満も露に言葉を被せた。

この女は共犯として、そしてバランは主犯として裁く必要がある。

女の技を見切った以上は、精神的なショックから立ち直ったアバンが加わってくれれば、バランの未知数を考慮に入れても倒し切ることは可能だ。

なのにその機会を何故、容易く放棄しようとしているのか。

 

「アバンよ、愚にもつかない迷い言で場を取り繕うのは止したらどうだ。眼前の敵を放置することが貴様の正義なのか?」

 

――それ見たことか。

畳みかけてきたバランの言葉に表情を歪めながらも、アナキンは一体どっちの味方なのかとばかりにアバンを睨みつけた。

 

「その考えが貴方の選択を誤らせているのですよ、バラン。気に食わない者を倒すことでしか正しさを証せない、そんな哀しい道は外れてしまいなさい。そこの無口な女性が来た意味を考えたことは?」

 

呼びかけを挟んで、アバンは語を繋いだ。

 

「貴方はやり過ぎたのですよ、バラン。本来なら、この地に各国の救援が駆けつけるまで、時間をかけて攻めるべきだったのでは?それがこのザマはどうです。私やアナキン君といった、僅かな救援しか引き付けられずにカールは実質的に滅んでしまった。貴方は一級の働きを成しましたが、やり過ぎてその価値を下げてしまいましたね。これ以上の戦いは無意味ですよ。」

 

おいおい、とアナキンは度肝を抜かれた。

――この男、まさか言葉だけでこの場を収めるつもりなのか、と。

しかし続けて放たれた言葉に、アナキンは首を垂れることになった。

 

「私は、この場の同胞たちを救いたい。貴方たちの時間稼ぎに構っている暇は無いのです。」

 

アナキンは、今世で高めたフォースを運用することに囚われていた自分を恥じた。負傷に喘ぐこの国の民を忘れ、敵を打ち倒すことに腐心することはジェダイの道では無い。

その事を、ジェダイの教えすら受けたことの無い者に言われるまで気づかぬとは、何たる浅ましさか!

 

アバンのその言葉は、確かな変化をその場にもたらしていた。

それまでは眼前の戦闘のあまりの激しさに目を見開くばかりだったノヴァや騎士団の負傷兵達が、その身に鞭うって立ち上がって見せたのだから。

 

彼らを一蹴することは、あまりに容易いことだろう。

 

しかしアバンの言葉がもたらしたその事態は、竜の騎士に関心を抱かせた。

 

「よかろう。」

 

バランが頷きかけると、その女も大人しく首肯した。

 

「勇者アバン…なるほど面白い知恵を見せる。その功績に免じて、この場は引いてやるとしよう。」

 

――見逃してやっているのはこっちなんだけどな。

確かな勝算を抱くアナキンはそう言い返してやりたかったが、その浅はかさを噛みしめている以上は何も言えなかった。

だが…続けて放たれた言葉を聞いて、その確信が少しばかり揺らぐのであった。

 

「だが、この程度の事態に対応出来ないとは、貴様ら人類はやはり愚鈍だな。我が魔王軍ならば即座に対応してみせたものを…全くもって疎かな結束力だ。」

 

こいつは侮れないな、とアナキンは評価を改めた。

 

前世ではたった一人の敵を相手にさんざっぱら引っ搔き回された彼の陣営であったが、それでも最終的に勝利を収めることが出来たのは、彼らの陣営の結束あってのものだ。

単純に利益だけで結びついた個の群体を相手にした経験しか、アナキンは持たなかったのだが…。

もし敵陣が自分たちと同じように共通の繋がりをもって一塊になっていたと想像するのは、冷や汗ものである。

 

続けて放たれたバランの言葉に、アナキンの背筋を悪寒が走り抜けた。

 

「アナキンと言ったか、おまえとは妙な縁を感じるな。ひょっとしてディーノという者に心当たりは有るか。」

 

「さてね…。知ってたとしてそいつをどうする。」

 

「我が陣営に取り込む。」

 

とんでもない発言を残して、バランはイレーネを伴って瞬間移動呪文でその場を立ち去っていった。

 

間違いない。

アナキンは確信していた。

 

――あの男、フォースに目覚めつつある。

 

それも、竜闘気だとか新しい魔法だとかの即物的なものでは無く、より根源的な、アナキン達の世界での理解に近いものに開眼しつつある。

まるで聞いたことも無い名を出してくれたことは、せめてもの救いだったと言えよう。

あまりに拍子抜けしたものだから、動揺すら出来なかった。

 

――だが。

と、嫌な予感に包まれたアナキンは、弟子の側を離れた失敗を噛みしめるのであった。

 

 

 





今回はあくまで顔合わせがメインです。
バランとアナキンがお互いに「何だこいつ」と思ってくれれば良いのです。

死闘を演じるのは、竜魔人vsスターキラー級じゃないと盛り上がらないでしょう!

…まだまだ頑張ります。

ご意見・ご感想お待ちしております。


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竜の末裔の苦悩 前編


ハドラー…。
当初の構想では、絶対に光が当たることは無いと思っていたのですが…。

ちょっとした捏造の結果、なかなか味のあるキャラになれたのでは無いかと思います。

どうぞよろしくお願いします。


 

 

大魔王バーンが地上殲滅作戦にあたって命じた事は、ただ1つだった。

 

――バランを尖兵とせよ。

 

それだけである。

 

神々の遣いたる竜の騎士を人類根絶の一番槍とするという皮肉が込められているのだが、それを下知された各軍団長にとっては知ったことでは無い。

何よりもバランは、魔王軍に入る際の手土産として一国を滅ぼしている。これ以上美味しいところを持って行かれては、面白くないのが情というものである。

 

魔軍司令の座を明け渡されたハドラーは、その場の動揺を鎮めるべく咄嗟に大まかな構想を発表した。

最早この場を収めるには、バランを捨て駒にする様な扱いを見せつけるしか無かった。

最大戦力を抱えるカールにぶつけて、攻略期間内に駆けつける各国の援軍の相手をも引き受けさせる。そうして手薄になった主要5カ国に対して各軍団長が攻め入る。これで終いだろう。

 

彼我の戦力差はそれほど迄に隔絶している。

 

おまけに魔王であるハドラーには、地上にいるモンスター達を狂暴化させる異能が備わっている。

つまりは思い思いの場所でゲリラ戦を展開することが可能なのだ。

 

これでは負ける方が難しいだろう。

 

問題は一時的にせよ人類の総力を結集した大包囲を受ける事になるバランが首を縦にふるかなのだが、当の本人は顔色1つ変えずに首肯してみせた。

その場はお開きとなった。

 

だが、ハドラーにはそのままにしておくつもりは無かった。

冷めた目でいつも自分を見下してくるバランのことを快く思える筈もないが、それでも自軍の主戦力を成す重要な存在なのである。

そこで主君であるバーンの言葉をどこまで忠実に再現するか、バランに相談を持ち掛けた。

ハドラーからしてみれば、これほどの駒を使い捨てるなどあり得ない。

 

せめて自軍の部下だけでも応援に出してやろうと思ったのだが…。

 

一蹴されてしまった。

 

せめてもの護衛にと禁呪法で作り上げたフレイザードを手伝いに付けようとしたのだが、それなら竜騎衆で事足りると伝えられてしまう。

わからん奴だな、とハドラーはそれでも折れずに言葉を繋いだ。

 

「その竜騎衆とやらの大半をお前は斬り捨ててしまったと聞いたぞ。だから替わりになる存在をつけようと言っているのではないか。」

 

「私の背中を預けられそうな者を見出したのだ。粗野な実力で半端に判断し行動する空戦騎・海戦騎などは最早、居るだけ目障りな存在に成り下がった。ましてその程度の存在など、足手まとい以外の何になるというのだ。」

 

この言葉に猛ったフレイザードをなだめるのに、ハドラーは暫しの時間を要した。この際の手古摺りようからそれなりに育ってきたと思えるのだが、どうやらバランは心の底から足手まといと断じている様だ。

しかし、と言葉を重ねようとするも、バランに一睨みされてハドラーは出鼻を挫かれる。

 

「妙につっかかるな、ハドラー殿。全面攻勢の前の露払いを引き受けてやろうというのだ、何が不満だ?」

 

ハドラーは深くため息を付いた。

やれやれ、不徳の致すところここに極まれりである。以前の己を振り返るに、当然の反応を返されているに過ぎないのだから。

本心を打ち明けるつもりは全く無かったのだが、これ以上不毛なやり取りを重ねるべきでは無かった。

 

「少し昔話をしようか、バラン。」

 

「気でも違ったのか貴様。」

 

「まあ聞け。一人の魔族の少年の話だ。彼には幼心に崇めた存在が居てな、名を雷竜ボリクスと言った。昔話に聞いた雷を操る竜に…、無敵の血族で結成された5騎の親衛隊に、強く憧れたものだ。爆炎くらいは扱える身だ、ひょっとすると先祖はあの様な、天の力をも操る存在だったのではという思いを抱いて、精進を重ねたものだ。」

 

バランは興味なさげに聞いていた。

弱小な魔族にありがちな、よくあるその手の与太話に過ぎ無いからだ。

 

しかし。

続いてとったハドラーの所作は、彼をして刮目させた。

何と、傲岸不遜な魔族に過ぎ無いと断じていた筈のハドラーが、部下であるバランに向かって頭を下げたのだ!

 

「礼を言おう、竜の騎士バランよ。敗軍の将とまで名を貶められた我が心の祖霊の雪辱を果たしてくれたこと、言葉も無い。アバンにとどめを刺され、バーン様に甦らされてオレは思ったのだ。つまらない死に方をしたもんだと。魔界に単身乗り込み、その身1つを武器に仇敵を討つ闘いに身を投じた男の話を聞き、深く後悔した。何故、その英雄の闘いに駆けつけられなかったのかと…」

 

遠い目をして宙を睨むハドラーに対して、バランは何処まで行ってもバランだった。

 

「いち魔族如きがつけあがらない事だな、ハドラー殿。貴様程度の戦力では、無駄に屍を晒しただけだ。ヴェルザーとの闘いはそれ程までに苛烈で、しみったれた闘志など無価値だった。何よりも死をたかだか1回乗り越えた程度でその増長ぶりとは、笑わせてくれる。」

 

何よりも、とバランは畳み掛ける。

 

「流れる血に先祖の背中を仰ぎ見るばかりの男に、何事がなし得よう。子孫がそのザマでは、先祖も浮かばれまい。」

 

そうだな、とハドラーは呟いた。

その通りだ、と。

 

「オレがここまで殊勝でいられるのも、バーン様の恩あっての事だと思うと、全く歯がゆいよ。まさかこのオレが、祖霊の雪辱を晴らしてくれた恩人を死兵とする日が来るとは、思いもよらなかった。この葛藤すら見透かされているようで、そら恐ろしくなる。」

 

つまらぬ事を聞いたとばかりに竜の騎士は背を向け、その場からつかつかと歩き出した。

 

「不要は重々承知の上で敢えて言うぞ。武運を、竜の騎士。」

 

バランはその言葉にはついぞ答える事なく、歩み去るのだった。

だが、かつて魔界に乗り出した時とは異なり、その背は不思議と温かである。

 

そう言えば、とバランは魔界で聞いた話を思い出す。雷竜は誰よりもその臣下達を重んじ、その種を超えた結束力こそが彼等の真価であったと。

その意味では、かのハドラーの精神は確かに竜の末裔と言えるかもしれない。

 

魔王軍か。

バランは思いを馳せる。

今のハドラーならば、色物揃いのこの集団も、意外と上手くまとめるのかもしれない。

自身の軍団を力による鉄の序列でまとめ上げるバランには、思いも寄らない組織となるであろう。

そんな未来の姿を、少し見てみたいとすら思う。

 

だが、とバランは視線を鋭くした。

 

今の彼は何処まで行っても一人だった。

彼が永遠を誓った存在は、ハドラーがいみじくも語ったあの闘いで守り抜いた筈の存在達の手によって、命を絶たれてしまったのだ。

もう二度と、あの光に満ちた日々は帰って来ないのだ。

 

余計なことを考え過ぎた、とバランは身を引き締める。

初心を思い出せ。

自分はこの世に、闘いの為だけに一人で産まれ出でたのだ。

初めて戦った時も。

魔界に乗り出した時も。

宿敵を討ったあの時すらも。

 

竜の騎士は唯一人、如何なる時にも孤高であったのだ。

 

それこそ彼の祖先も、そして彼自身も。

 

 

 

 

 

 

ハドラーはそんなバランの背中を思い出しながら、頭を抱えていた。

 

何より予想外だったのは、バランが3日と経たずに、つまり各国からようやく援軍が出発した頃にはカールを堕としてしまったことだ。仮にも人類最大の戦力を持つ国を、こうも容易く壊滅させるとは。やる男だとは思っていたが、規格外にも程がある。

 

加えて救援に駆けつけたアバンとアナキンの想定外の強さ。

ザムザが放った悪魔の目から見た映像に、ハドラーは度肝を抜かれた。今の自分ではあの妙な少年はおろか、アバンにすら勝利は覚束ないだろう。バランの言う事は然もありなん、だった。

 

おまけに伏撃させる予定で各地に分散させていた軍団長達の一人、獣王クロコダインはまったくもって想定外の遭遇戦を繰り広げてしまう。

挙げ句の果てには、その相手は竜の紋章を発動させると来た。

 

「全く、竜の騎士は当代随一の唯一者では無かったのか。バランには認知してない子でもいると言うのか?それなら、陣営を分かち合っている現状も頷けるのだが…。」

 

「アルキードは地図上から、というよりも地表から消滅しましたから…最早真相は闇の中です。それと今の、本人の前では言わないで下さいよ。」

 

ハドラーは、父親に比べて随分とやり易くなった参謀たるザムザを交えて、今後の方針を話し合っていた。

 

「まぁ良い。何にせよ、これで我々は真に自由に動けるな。加えて懐刀であるあの魔剣を差し向けた判断は、見事だったぞ。…おまえの父も、これくらい惜しみなく手札を見せてくれればあの様な結果にはならなかっただろうものをな…。」

 

――すまん、今のは忘れてくれ。

そう零す上司をマジマジと見つめて、ザムザは内心溜息をついた。

父はおそらく父のままだったであろうに、アンタは変わりすぎだよ、と。

 

何にせよ、手札としていたはずの実験生物2号を大魔王直々に得体の知れないバトルマニアに変えられてしまった挙句、数年ぶりに復活した魔王の元に付けと言われた時の心痛は、既に過去のものとなっている。

ザムザは父親譲りの知識を遺憾なく発揮して、妖魔研究者ライフを謳歌していた。イレーネは意外にも妖魔司教として自分を立ててくれていたが、軍団指揮をハドラーに預けてしまっている以上、今のザムザは実質的に唯の魔族に過ぎない。

 

「ハドラー様の名前を出して初めて動いてくれる様な存在が懐刀とは、やめて下さい。もう妖魔師団だけでは無く、いっそあの者も直参としてお使い下さいよ。」

 

「部下のものを奪うほど堕ちてはおらんよ、さすがにな。ましてオレの意を汲んでダイを潰そうとしてくれる有能な者ならば、尚更だ。」

 

だから本当に、アンタは本当にあの魔王ハドラーなのか?

どうにも伝え聞く性格と違いがあり過ぎて、未だに慣れないザムザである。

これから伝える内容にも、少しばかり緊張してしまうのであった。

 

「いえ、私はダイでは無く、あのアナキンという者を潰すつもりでイレーネを遣わしました。無理だと判断したら、バラン殿だけでもロモスに向かう様には伝えましたが。」

 

「ほう?竜の騎士が人類の側に付いているのだぞ?まだ幼いとはいえ、お前はあの伝説の存在よりも、アバンと一緒にいた小僧の方が厄介だとでも言うのか。」

 

ハドラーの鋭い視線に、ザムザは一瞬たじろいだ。

 

「…はい。あの者は、どうにも後回しにしておけません。ここに、魔剣イレーネがまだ試作2号であった際に、我が父と共にあの者を追撃した記録があります。この最終報告は、デルムリン島でダイという名の唯の少年と、アナキンが遭遇した所で終わっています。この事からわかるのは…」

 

「あの小僧がダイを竜の騎士として目覚めさせた、という事か?」

 

「はい。おまけにあのアバンの実力…。正直、バラン様の猛攻に生き延びるとは誰もが想定しておりませんでした。大魔王様ともなると笑みを浮かべる程度の変化でしたでしょうが、私にはわかります。成人した人間が急激に力を増すことは、通常ありえません。

 

あの場で都合良く救援に駆けつけたことからして、あの二人は我々の知らぬ所で接点を持っていた筈です。これ以上あの二人をのさばらせておくことは、間違いなく下策です。」

 

ふむ、とハドラーは頷いた。

まどろっこしいことが嫌いな彼からしてみれば、こうした回りくどい分析をしてくれふザムザの様な存在は貴重である。

 

「一理あるな。確かに同じ竜の騎士であるダイは、バランにまかせておけば問題無いだろう。わかった、お前の言葉を信じよう。」

 

そしてハドラーは、不測の事態に備えて手元に残しておいた妖魔師団に、出撃の準備をするよう伝えた。

休む暇を与えず数で圧し包み、仕上げを彼自ら果たすことでアナキンとアバンを仕留めることにしたのだ。

――いや待て、それだけで足りるか?

 

ハドラーはイレーネの手も借りれるようにするため、ザムザに向き直った。

そこで想定外の言葉に表情を歪めることになる。

 

「待って下さい。それでは軍団の被害が大きすぎるでしょう。それに、次の手は打ってあります。それについてハドラー様の手をお借りしたく…」

 

そうして明かされた計画を聞いて、やはりこの男はザボエラの息子だとハドラーは評した。

全くもって、当事者達の意向など考えていないのだから。

名の挙がった者達が言う事を聞く保証など、どこにも無いのであった。

 

 

 

 




後編に続きます。


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竜の末裔の苦悩 後編


後編です。
どうぞよろしくお願いします。


 

 

ハドラーの眼前には、激戦の余波が生々しい爪痕を残していた。

豪華な大理石の床は無残に引き裂かれ、名工が手掛けたと思しき柱は崩れ、見事な壁画は跡形も無く削り取られている。

 

大魔王バーンの居城が、まるで敵襲でも受けたかの様な有様である。

 

そして何よりも問題なのは、この事態を引き起こした当事者達がすべからく、魔王軍関係者であるという事実である。

 

「これはどういう事だ!」

 

ハドラーがその場に立ち入り怒声を上げるよりも早く、完全武装した槍騎士が彼に怒鳴りかかってきた。

魔族の面影を色濃く残した、武器その物の様な青年である。

 

その身に纏う凄まじい覇気と底知れぬ殺気を一身に浴びて、ハドラーはバランが背中を任せられると評した存在に思い至った。

――しっかし殺気を抑えることを知らんのかコイツは…まぁ、師がアレでは推奨こそされ、そんなのは一番後回しか。

 

「まずは落ち着け、陸戦騎ラーハルトよ。鬼岩城の客人とはいえこの騒ぎは捨て置けぬぞ。」

 

「貴様、一体いつからバラン様の配下に対して命令できる程偉くなった!?」

 

――序列としてはバランより上に居るんだよ、オレは。

ハドラーは最早火の様になっているラーハルトを見て、その言葉を飲み込んだ。

 

「オレからも問いたい。いきなりこんな女の下に付け、と言われて納得できる筈も無い。」

 

表情を歪めるハドラーに、今度はこの場で唯一の人間の声がかかる。

その名も魔剣戦士ヒュンケル、伝説の名に違わぬ剣技と暗黒闘気、そして光の闘気すら使いこなす強者だ。

 

彼こそハドラーの直下にあたる軍団長である筈なのだが、そんな素振りは微塵も無い。

これまた鎧化した魔剣を身に纏って、この騒ぎの張本人である事を言外に告白している。

 

「ハドラー様、そして我がボス・ザムザよ、今暫しお待ち下さい。あと少しでこの者達に恭順の姿勢をとらせてみせましょう。」

 

そう言いながら、上司の眼前で暗黒闘気を暴走させるのは、恐らくこの事態の起爆剤となったと思われる魔剣イレーネである。

一人は竜騎将バランが、一人は魔影参謀ミストバーンが、それぞれ直々に鍛え上げた強者を前にして一歩も退かないその姿勢は、正しくアッパレである。

 

おまけにその身には傷一つついていない。

ラーハルトもヒュンケルも、かすり傷の様なものを負っている事とは対照的である。

 

尤も、真っ先に手を出したのがイレーネであるというだけの事ではあろうが。

 

「振り抜き特化の色物が増長しやがって…その首刎ね飛ばすぞ!」

 

「腕の一本くらいは覚悟してもらおうか…さすがに女とはいえ容赦できん。」

 

「だからさっきからやってみろと言ってるだろう?その割には一太刀も貰って居ないのだが。どうやるのか是非とも教えてくれないか。」

 

ハドラーはそうした三者の様子を前にして、思わず片手で顔を覆った。

ザムザの評価を下げる必要がある。コイツ、こんな女を直々に遣いに出しやがったのか?

 

――台本くらい手渡してやったらどうだったんだ、直接頼み込む事が完全に裏目に出ているではないか!

 

「ガッハッハッハ!」

 

一触即発の事態を前にして、何とも豪気な笑い声がその場に響き渡る。

こんな肝の座った事ができる男は、ハドラーの知る限り一人しか居ない。

 

獣王クロコダイン。

 

先の遭遇戦にて竜の騎士の幼な子を撃退した、魔王軍有数の武人である。

 

「中々に元気な奴等が集まっているでは無いか。それで…オレは妖魔師団の若いのにこの場に来るよう伝えられただけなのだが、これは穏やかじゃ無いな。」

 

獣王たる威厳は流石と言うべきなのだろうか。

三者三様に、何処かバツが悪そうな様子でクロコダインのレーザーの様な視線から目を外して行く。

 

ハドラーは本気で、自分の魔軍司令官としての立場に疑問を持ってしまった。

一瞬のことでは有るが。

 

彼の背後に控えるザムザは泡を吹く寸前といった程に青白くなって硬直しているので、仕方なくハドラー自身が話をする。

 

「まずはこの場に馳せ参じてくれた労を労おう。全面攻勢の直前に持ち場を離れ、よく集まってくれた。」

 

「御託は良い、さっさとオレの質問に答えたらどうだ。」

 

ラーハルトの横槍に、ハドラーは本気で殺意を覚えた。

ヒュンケルも度し難い程にプライドの高い奴だが、コイツはその上を行っている。

 

ある意味でイレーネは、こうするしか無かったのかも知れない。

ミストバーンに頭を下げる際には、一緒について行ってやろうかと思うハドラーであった。

 

「では、単刀直入に言おう。お前達4人で、アナキンという名の剣士を葬って貰いたい。そこな魔剣イレーネは奴との交戦経験があるため、その指揮下に入って首級をあげてくれ。」

 

「交戦経験…つまりはその場で倒しきれ無かったと言う事だろう?そんな負け犬のいう事が聞けるか。」

 

今度口を挟んで来たのは、ヒュンケルである。

正直なところ、ハドラーが一番苦手意識を持っているのはこの男である。事実を明かしていない以上、この男には引け目を感じざるを得ない。

 

ハドラーがそんな思いで逡巡したのをどう勘違いしたのか、ラーハルトに至ってはサッサと背を向け始める始末である。

 

「下らん。貴様自身の手で精々処理するが良い。」

 

流石にこの場を立ち去らせる訳には行かない。

ハドラーは出来ればしたく無かった言い方を、敢えて声に載せることにした。

 

「背を向けたくなったのか?何せあのバランですら手傷一つ負わせられ無かった相手だからな、気持ちはわからんでも無い。」

 

この言葉にはかなり語弊がある。

バランがその気になって掛からなかったことは一目瞭然であったが、さっきから一顧だにしないラーハルトの心をこちらに向けるには、こうするしかなかった。

 

そして…。

 

ある程度の備えをしていた筈のハドラーは、その胸を刺し貫かれてはじめて、何をされたか悟ることになる。

 

「言葉に気を付けるべきだったな、魔王。」

 

元よりあのイレーネと互角に渡り合っていた存在である。

ハドラーの手には少し余る相手だったのだ。

 

彼の目には、眼前のラーハルトの存在が掻き消えた様にしか見えなかった、

声をかけられて初めて、背後から攻撃を喰らったことに気づく体たらくである。

 

しかし。

 

「一つ学んでおけ、小僧。とどめの一撃の後が無防備だ、お前は。」

 

ハドラーは自身の左胸を貫いた槍を左手でむんずと掴むと、そのままに自身の胸元から引き抜いた!

そして右手の裏拳の勢いをそのままにヘルズクローを突き立てる。

 

相手の胸元に、コツンと。

 

「ハーフの身では知る由も無いだろうがな、純正の魔族は左右に心臓を持つ。片方差し出すくらいの気概があれば必殺のその一撃も…ご覧の通りだ。それ、返すぞ。」

 

毒気を抜かれたラーハルトに対して、槍をポイと放る。

憮然としてそれが受け取られるまでに、ハドラーの左胸の大穴は塞がり始めた。

 

彼の左手から放たれる魔法によって。

 

「貴様、その光はベホマ…。バカな!」

 

その光景に唖然としているのは何もラーハルトだけでは無かった。

自身に回復呪文を施す姿を見て驚愕の声を発したのは、ヒュンケルである。

 

それもそうだろう。

 

呪文を無効化する鎧で全身を固めて攻撃魔法は防げても、回復呪文をかけつつ天性の格闘能力で距離を詰められては堪らない。

陸戦騎と魔剣戦士の二人は、眼前のハドラーがアバンと闘う以前のそれとは全くの別物であることを、この瞬間に至って思い知った。

 

「さて、茶番は終いだ。もうこれ以上はゴネるなよ。流石に肝が冷える。」

 

ハドラーは無言になった二人を睨めつけながら回復呪文をかけ終わると、そう声をかけた。

 

こいつら2人はまだ青い。

文字通りに死線をくぐり抜けたハドラーには、ある程度の実力を見せれば彼等が大人しくなるだろうことが、透けて見えていた。もっとも、バランには所詮一回だとにべもなくて断じられてしまったが…。こいつらがある意味でチョロいのは織り込み済みだった。

 

よって、この後には今の事態にもまるで動じない男を説得する必要があった。

 

「任務はわかったが、それは本当に我々4人でかかる必要がある相手なのか?陸戦騎が速度と技で奇襲をかけ、魔剣の連撃で体勢を崩し、ヒュンケルが必殺の一撃で仕留めれば事足りると思うのは、オレだけか?」

 

その獣王クロコダインは、ハドラーが説明したいポイントにようやく到達してくれた。

ハドラーは満足げに頷く。

 

何せクロコダインが指摘した戦術と人員構成は、ザムザの立案そのままであるからだ。

当初はそこまでをザムザに説明させて、クロコダインのみをハドラーが説得する予定だったのだが…。

始めから自分で説明してしまい、部下の上枚をはねてしまった気がして落ち着かないハドラーであった。

 

「お前の言う通り、こいつら3人を相手にして生き残るのは、我々軍団長ですら不可能だろう。例外はいるがな…。だが、相手は魔法や闘気とも異なる不可視の妙な力を使う。これが想定を上回る強大なものであった時には、地力の強さで対抗できる存在、つまりは獣王が必要になるのだ。」

 

少数精鋭の奇襲で瞬殺するザムザ案を採用したハドラーではあるが、どうにも直線的過ぎる作戦に違和感を拭えなかった。よって、本来電撃作戦には向かないクロコダインを投入することによって、技と速度で引っかき回しつつ消耗を強いる作戦も取れる様にしたのである。

 

「成る程、まだ見ぬ力との対決か。腕が鳴る、引き受けよう。しかしハドラー殿は参加されないので?」

 

「そうだ、貴様こそ怖気づいているのでは無いか?」

 

こいつ、やはり刺し返してやるべきだったんじゃ無いか?

ハドラーはそんな事を思いながら、ついに本当に言いたく無かった言葉をラーハルトに放った。

 

「バランの言葉を伝えよう。"私はドラゴンの紋章を持つという敵を討ちに行く。有象無象に横槍を入れさせるな、陸戦騎。"…以上だ。」

 

「そうか、ディーノ様が遂に…!始めからそう言えば良いものを、回りくどい奴だな。」

 

ラーハルトの表情の変化は見ものだったが、ハドラーは予想通りの最後の言葉に顔を顰めた。

そう言うと思ったから言いたく無かったのだ。

 

何よりも、他人の威を借りないと配下ひとつ纏め上げられない存在に成り下がったようで、反吐が出る。

よって、ハドラーはその言葉を無視した。

 

「オレはアバンを相手取ることにする。あの2人が合流したままでは想定外が倍になる。この事についてはヒュンケル、個別に話すことがある。他の者は準備を整えてくれ。」

 

バランはそう言い渡してクロコダイン、ラーハルト、イレーネをその場から下がらせた。そして最後に扉を潜ろうとするザムザに、ミストバーンをこの場に呼ぶよう伝える。

 

これから成す事の結果によっては、ヒュンケルは使い物にならなくなり、自分も無事では済まないだろうからだ。

その際には、鬼岩城の番人たる魔影参謀に動いて貰わなくてはならなくなる。フレイザードでは、自分たちの穴は塞ぎ切れないであろう。

 

ラーハルトに一つ物を教えてやったことで、ハドラーは何処か吹っ切れていた。

よって、逡巡した上ではあるが、魔剣戦士の鬱屈した思いも断ち切ってやることにしたのだ。

 

いや、流石にこれはどう見ても利敵行為だ。

ミストバーンはそんな浅い理屈では誤魔化せまい。

 

「正直なところ、いい加減にお前とのやり取りにウンザリしてな。以前のオレなら惚れ込んだであろうその眼差しが、今のオレにはどうにも、憎しみに曇った愚鈍さの象徴にしか見えなくなってしまった。良い加減敵の姿くらい、看破してみせたらどうなんだ。」

 

おそらくあの男はもう、この場に居る筈である。

気配すら感じさせぬ強者の存在を何処と無く噛み締めて、ハドラーは自身を睨みつけてくる魔剣戦士に、これまで告げなかった真実を伝えるのだった。

 

 





おそらく、親衛騎団の出番は無くなってしまったと思います…。
シグマとかに愛着のある方、申し訳ありません。
でもその分、ハドラーには魔族の身体のままどんどん突き抜けて行ってもらいたいと思っています。

ご意見・ご感想お待ちしております。


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勇者の卵

更新が滞り、申し訳御座いません。
ハドラーの捏造設定に味をしめて、迷走を繰り返しておりました。当たり前のことですが、詰め込めば良いってものでは無いですよね。

二次創作も、奥が深い…!

今回はノヴァのお話です。


どうぞよろしくお願いします。



 

カール王国に、在りし日の面影は無かった。

街は焼かれ、家屋は崩壊し、そこかしこでうめき声と、助けを呼ぶ声がする。

アナキンとアバンはそうした声に応えて一日中駆けずり回った。いや、正確にはまる二日、夜を徹して救助作業の人足として最前線に立った。

ちなみにノヴァは重症の身を押してついて来ようとしたので、アナキンが気絶させることになった。その時に何も言わなかったアバンに、彼は違和感を覚える事になる。

 

三日目も終わりになろうかというとき、野宿しようとした勇者一行は、全身に巻かれた包帯に血を滲ませるホルキンスに懇願された。

 

「ならばせめて、騎士団の本営でお休み下さい。救護室のノヴァ様の隣に、寝所を用意します。」

 

ミイラ男と化した彼が松明を灯した廊下の角から現れたのは、なかなかにホラーな光景である。常ならば照明魔法が煌々と灯る、栄えある場なのであるが…。

 

この精鋭騎士団の本部はそれでも、カール王国の被った被害の中では随分とマシな建物であった。王国の権威の象徴たる王城などは、見るも無残に打ち崩されている。その瓦礫の全てを受け止め、女王とその側近の身を守り切った地下の副指令部のみが、この大国のなけなしの意地を見せていた。

 

大きな借りが出来たと考える騎士団長のホルキンスは当初、そこへ連れて行くと言ってきかなかった。アナキンもアバンも何を馬鹿なことを、と首を横に振った。要職に就く者の安否すら定かではない現在、客人にかまけている暇は無い筈である。

 

尚も食い下がろうとする彼に対して、アナキンは鬱陶し気に、右手を掲げた。

 

「自室に戻り、身体を休めろ。」

 

「…部屋に戻り、体を休めます。」

 

するとどうしたことか。

ホルキンスは途端に虚ろな目つきになり、アナキンとまるで同じセリフを吐いた。

その後は、戦火生々しい騎士団本営の廊下を力ない足取りで歩いていく。

 

アバンが呆れかえる中、アナキンはため息をつかんばかりに言葉を吐き出した。

 

「…カールの男は、退くことを知ら無いのですか。」

 

「…怪我人に対する仕打ちでは無いでしょう。貴方こそ加減を知ら無いのですか。」

 

二人は共に、大きくため息をついた。彼らも憔悴し切っているのだ。

この国に残された傷跡は大きい。目先の命を救う戦いにすら、終わりが見えていない。組織立って動けるようになるまでに、一体どれほどの時間がかかるのであろうか。

 

二人は共にこの三日間、心身を徹して命の救助にあたってきた。

非常時に備えて蓄えてきた力を惜しみなく出し切り、救いを求める人民のために使った。アナキンは、この世界の故郷の村でもこうした救助活動には必ず参加し、先陣を切っていたが、アバンの顔つきはそうした者達には無い影を浮かべていた。

 

あれは、後悔である。

 

人は痛みに敏感だ。特に他人のそれには。苦痛を訴えるうめき声や、ねじ曲がった腕を見るだけで、震えが来ることがある。けれどもそうしたショックを乗り越え、助けるという行為に徹し、その成果が表れたとき。その人の真価が問われる。結果に心を動かされるのか、どんなものを見ても次の作業へと踏み出せるのか。

経験というのが大きいことかもしれない。

 

その時のアバンは、当てはめるならば後者であった。

しかし、アナキンは決して見逃さなかった。彼は救助にあたる者としてでは無く、より大きな責任感に苛まれ、自身の中の葛藤を必死になって押し殺している事に。

 

然もありなん、であった。

これ程の知性と教養を身につけた男が、のほほんと放浪していられる程にこの世界の人材水準は高くない。いや、ジェダイ評議会ですらスカウトしたであろう逸材だ。世界なんて関係無い。この男が何か大きなものを捨てて私人に徹しているのは、分かりきった事である。

 

その時いきなり、子供はいるのかと聞かれ、アナキンは首を傾げた。

 

答えはイエスでもあり、ノーでもある。前者は前世を含めたとき、後者はそうしないときの話である。

 

そもそもこんな問いを受けるほどに、この世でのアナキンは歳を喰っていないのである。妙な事態である。

何よりも、今この時にしなくても良い質問であるからに、アバンがそんな事を言い出すのは不審でしか無かった。

 

「…何を言ってるんです。さっきから妙ですよ。」

 

ちなみにアナキンが言うさっきとはこの場合、時計の短針数周分である。

つまりは、アバンがカールの地に来てからの行動全体を指していた。アナキンは、冷静なアバンがバランほどの敵を前にして撤退の素振りをまるで見せなかったらしい事を訝っていた。弟子を抱えた状態では、リスクにしかならなかった筈だ。何よりそんな無茶なやり方を弟子達に示すことは、彼の本意では無い筈である。アナキンとの合流手段は事前に確保していたのだからいったん退いて、立て直しを図るべきだったのだ。

 

「いやなに、まるで息子さんでも気にかける様な顔をしていたので、聞いてみたまでです。いつの間にか貴方も、師の顔をする様になった。」

 

ああ、とアナキンは納得した。あのバカ弟子のことか。

それは当然のことだ。気にかけない訳には行かないのだから。

 

それにしても相も変わらずアバンは鋭い。息子を気にかけるも何も、前世でその我が子をダークサイドに引き摺り込もうとしたのがこの、アナキン・スカイウォーカーである。先の竜騎将バランがこれから、同じように人の道を外れたことを行おうとしている事すら、見通している節がある。

 

それに…アバンに指摘された後のアナキンの胸中は、なかなかに悪く無い気分であった。他人の事を思い測れる人間になれたと言われるのは、いくつになっても面映ゆい。

我が子ルークとあの荒削りなダイを一緒に語られたところが、少し癪に触ったが。

 

「お互いに気にかける人のことで頭が一杯で、集中を欠いていますね。我々は。」

 

――貴方のそれは、奥方か?随分と高貴な方と見受ける。

 

アナキンはアバンが脳裏にチラつかせている美しい女性をイメージとして明確に掴んでしまったが、そこまでしてしまったことを恥じた。別に誰を思い浮かべようが、人の勝手だ。結果としてアバン先生がこの地に踏みとどまり、多くの命が救われた事実には変わりがない。

 

恐らく、とアナキンはその女の顔は忘れ、事実関係にだけ着目した。

アバンは本来、この国の要人たるべき人物だ。祖国に対して誰もが抱く以上の責任感を、この男は抱いている。しかもあまり表沙汰にしたく無いような事らしい。どうにもアバンの粗さがしをしている様な気分になり、アナキンはこれ以上は礼儀に反する、と思った。

 

「残念ながら、私がこの地で出来る事はここまでです。私はダイの下に駆けつけます。あのバランという男は、私の弟子を自陣に取り込むつもりだ。絶対に阻止しなければなりません。」

 

アナキンはすでに、精神力と体力を使い果たした。暫くは回復に努めなければならない。不眠不休で行う繊細なフォースの行使は、ある意味で戦闘行為よりも負担が大きい。

 

残念ながら、ここから先はこの国の民自身の手で切り開いて貰わねばならない。

 

「この国を代表して謝意を申し上げます。これほどの尽力をして抱いて、本当にありがとうございます。」

 

アバンは素直に、素っ気なく頭を下げて礼を述べた。

しかし外交使節としての役割を負っていたジェダイのアナキンには、その所作一つ一つが長い年月の教育の賜物であると分かった。やはりこの男は、今のこの国には無くてはならない存在だ。

 

「ノヴァの身は私が引き受けます。先生の弟子を横取りする事になるが、どうか」

 

「許しを乞うのは、私の方です。」

 

アバンは深い目をして、アナキンの言葉を遮った。

 

「敵の首魁の名が明らかになったのに、今の私にはこの国のことしか考えられない。割り切るべきなのに、どうしてもそれができないのです……。どうかこの未熟な身の上を、許して欲しい。」

 

何をバカな事を。

アナキンは笑いそうになった。この男でも盲いる事があるのかと。

 

「アバン先生。貴方が大局の為にその胸中の女性を捨て去れば、必ずや自身を苛み、あのバランと同じ道を辿ることになるでしょう。今ここで、成すべき事を成して下さい。それがひいては、この地上の為の行いとなるのです。」

 

アバンはその笑みにつられ、遂にはここ数日で無くしていた表情を浮かべた。

 

「やはり、貴方は心を覗けるのですね。人心を惑わすだけでなく秘中も暴けるとは…。どうやら相当にお疲れな様だ。手の内を簡単に晒し過ぎですよ。」

 

「……男が信念を曲げる理由なんて、そうそう在る筈が無いですからね。」

 

二人は穏やかな、しかし底意地の悪い笑みを浮かべ合った。

 

アナキンは冷や汗を浮かべていたが。

 

かの女性はこのアバンにとって、相当に思う所がある様だ。彼は笑顔の下で、本気になって怒っていた。その怒りのフォースの凄まじさに、思わずアナキンの背筋が凍りつく程には。

 

アバン先生にフォースの導きを授けなかったのは、この時ばかりは正解だったと言えた。アナキンは危うく、軽く諌めるつもりでダークサイドの爆発に巻き込まれる所であった。今の状態なら、冗談抜きで命を落としたであろう。

 

当たり前の事である。アナキンとて、アバンがいきなりパドメの事にーー彼の前世での妻の名だーー言及し始めたら、困惑より先に殺意を覚える。もうこの話題には金輪際触れるのは止めよう、と固く心に誓うのであった。アナキンは破ってしまった不婚の掟を、この男は勇者として生涯全うしようとしているのだ。水を差すのは、野暮という以前に人としておかしいだろう。

 

「全てが終わったら、そのあたりもじっくり聞かせて下さい。私ばかりが秘密を明かすのは、フェアじゃありません。」

 

「どうやら私は、フォースの妙技を愚かにも晒し過ぎた様ですね。……その頃にはこの程度、容易くこなす様になっていますよ。」

 

アナキンは不遜にも、このアバンを弟子として受け入れたらどうなるのか、と想いを走らせた。それは初めて会った時に、アバン自身が冗談で口にした事である。あまりにも器が違いすぎて、当時は想像も出来なかったのだが……。

 

それは未だに、まるで形を成さなかった。全く以って恐ろしい男である。

こんな男を放置して立ち去るとは、バランも見る目が無かったな、とどこか気楽な気分にすらなる、アナキンであった。

 

「先生を導くなんて烏滸がましいので、忠告だけさせて下さい。この国の深淵の場についてなのですが……何を今更。こんなのは、私のバカ弟子すらすぐに気が付きますよ。」

 

アバンは最早、呆れかえっていた。

破邪の洞窟は竜の騎士の伝承とは違い、一部の者にしか伝わらないこの国の神秘である。それについて、今この国に来たばかりの外国人がしたり顔で何かを伝えようとしているのである。

 

おまけに、先程の妙技すら使えない彼の弟子ですら、破邪の洞窟の存在に気付くこと自体は容易いという。一体どれ程に規格外な未知を秘めた技だと言うのだ、そのフォースとやらは。

 

この時、アナキンですら気付かない事であったが、恐らくダークサイドだとか黒の核晶以上の恐ろしいものに火が灯った。それは誰もが抱く、向学心という名の感情に過ぎない。しかし、ある意味でそれはアバン自身がバランに語ってみせた、人類が皆等しく光るためその身に宿した、最大の武器であるとも言える。

 

その向学心の権化とも言えるアバンがフォースの探求に目覚めた事は、最早今のアナキンでは及びもつかない事態を引き起こす事になるのだが……。それはもう少し先の事になる。

 

「くれぐれも、その際奥には注意して下さい。道中の神秘の数々など、まるでとるに足らない。さすがの貴方も、呑まれる恐れがある。……真奥を覗く時には、相手もそうしていることをお忘れ無く。」

 

「…大魔王バーンよりも、恐ろしげな存在に聞こえますね。」

 

アナキンは、首を縦に振った。

 

「どんな者より恐ろしいですよ。如何な備えも用をなしません。一度くらい呑まれる事は、覚悟した方が良い。可能なら、一番大事なものを身につけて、臨んで下さい。それが帰還の道標となる筈です。」

 

 

 

 

ダイの下へは、アナキンが向かうことになった。ノヴァを連れて。

自称北の勇者は顔面蒼白になりながらも、口だけは負けていなかった。

 

「なんだよお前、ルーラ使えないのかよ。」

 

「つべこべ言うな、さっさと行くぞ。」

 

してやったりといった調子で声をかけてくるのだが、アナキンは取り合わなかった。

やろうと思えば、同じ速度で地を駆けることも不可能では無いのだが…正直負担が大きい。この世界の瞬間移動呪文だけは、疑似的に再現する方法を探りたい、と思っているのだがいまだ成功していない。

 

前世で身に着けたフォースの感覚は、意外と大きな弊害となっていた。

 

「何でアバン先生は来てくれないんだよ。」

 

「…単純なことだ、負傷が大きすぎるんだよ。誰かさんが足引っ張ったせいでな。」

 

アナキンは一言目を飲み込み、二言目を咄嗟に口にした。

もうあの女性のことには触れたくなかったのだ。アバン先生のことだ、いつ聞きつけて怒りを爆発させて来るとも知れない。正直な話が、懲りたのである。

しかしノヴァはこのアナキンの咄嗟の一言に予想以上に暗い顔を見せたので、さすがに言いすぎたと反省した。

 

「まあ、お前も良くやったよ。よく死なずに生き残った。まずはそのことを喜ぶんだな。アバン先生に、バラン相手の戦力として期待されたことは、二の次くらいに考えておけ。私からすれば、明らかに判断ミスなんだ。ましてや逃げたポップのことを責めようなんてするなよ。」

 

いま、二人はノヴァのルーラで移動中である。

この瞬間移動呪文はアナキンすら羨む程の効果を発するが、それでも文字通りに一瞬で目的に到達する訳ではない。

亜光速戦闘機であるジェダイ・スターファイター並みの速度で大気圏内を移動できる。これが実態である。移動中は魔力を放出し続けなくても良いとか、破格の性能であることは間違い無いのだが…。

 

とにかく移動中は、さしてやる事が無いのだ。

 

「アイツは許せ無いよ。師と兄弟子を放り出して逃げるなんて、おかしいじゃないか。」

 

「その通りだ。けれども私は、逃げ出すことが即ち悪だとは思ってないんだ。熱くなって無駄死にするくらいなら、冷静に逃げて然るべきなんだ。その意味じゃ、如何に祖国のためとはいえ、弟子にすら全滅の危機を招いたアバン先生よりも、援軍を求めたポップの方が価値が高いと思っている。」

 

「何だよその臆病者の理屈は!? じゃあ何か、お前は自分より強い敵が居て勝てないと思ったら、スタスタ逃げ出すのか?立派な言い訳して、守るべき人すら置いて自身の安寧を優先するのか!?」

 

ーーやはりコイツとはソリが合わ無い。

アナキンは深く思い知らされた。まあ初めからわかり切っていたからこそ、アバンの器の大きさに任せた訳ではあるが…。

 

ノヴァは、バランにあれだけズタボロにされながらも、ここまで正々堂々にこだわれる。アナキンは声にするつもりは全く無かったが、この点には尊敬の念すら抱いていた。ドゥークー伯爵ーー前世での敵対勢力の実力者ーーに完膚なきまで叩きのめされた後には、怒りに目が眩んだ挙句に首を撥ねるまでしでかしたどこぞの大バカは、本来なら深く頭を垂れるべきだ。

 

ここまで思い知らされた上で信念を曲げられ無いでいる者は、それほどまでに稀有だ。

しかしどうしてそこまで自分に信を置けるのか、まるで理解ができないのだ。

アナキンは本心を告げた。

 

「逃げられる状況なら、躊躇いすらせんよ。実際そうしたことは何度もある。」

 

あくまで前世での話だ。しかも偵察任務である。本質的には負けて無いどころか、敵に存在を悟らせずに情報だけ得るのは勝利である。

挙句にこの世界に来てからは、文字通りに不退を体現している。しかしこの事実をノヴァに告げるのは、筋違いに思えた。

 

「最低な野郎だな、お前。やっぱりアバン先生に師事して良かったよ。ボクは絶対に敵に背中は見せないし、逃げ出さない。臆病者として逃げるくらいなら、勇者として戦い、果ててやる。それが僕の命の使い方だ。」

 

ーーほら見たことか。

 

アナキンは究極のところ、ノヴァと同じ戦場に立ちたくないのだ。既にそうしてしまったが…、今後、ノヴァがより力をつけてジェダイ・ナイト級の実力を身につけたとしても、この思いは変わらないだろう。

 

コイツはなまじ自分の言ってることが正しいと確信しているため、平気で仲間にもそれを求める。そうして当然だと思っている。

ポップが逃げ出してしまったのも、よく分かる。窮屈な正義を押し付けられて、命を落としたくは無いのである。

 

ーーマズイな。

アバン先生に預けて少しはマシになるかと思っていたが、まるで矯正されていない。

むしろ助長され、当初よりも意固地になっているくらいだ。こんな存在を、仮にも弟子であるダイに近づけたくは無かった。

 

「ちょっと降りよう。」

 

アナキンはそう言うと、ノヴァの魔力をフォースで操作して強引にルーラを中断させた。こんな事は魔法だけの理屈で言えば、不可能に近い。

こういう事を平気でしてしまうから、ノヴァにしてみてもアナキンをまるで受け付け無いのだ。彼にしてみれば、目の上のタンコブも良いところだろう。

 

二人は海岸線に近い、森の中に着地した。地理的にはロモスの北部あたりであろうか。

既に陽は暮れようとしている。

 

そうしてアナキンはノヴァと向き合い、静かな声で語りかけた。

 

「なぁ、ノヴァよ。何故そう頑なに振る舞うんだ。私はお前が無謀な攻撃を仕掛けて死ぬよりは、泥水を啜ってでも生きて欲しい、そう言ってるだけだぞ。お前の父、バウスン将軍も同じことを言うんじゃ無いのか?」

 

「父上は弱い。だから腑抜けたことを言う。でもそれは仕方ない事なんだ。」

 

そう言った時のノヴァの顔は、一回り歳をとって見えた。

アナキンは驚いた。まさかこの誇り高い少年が、自身の父を侮辱する様な言葉を平気で吐くとは、まるで思えなかったからだ。

 

おそらくノヴァも、肚を割って話す必要があると思い始めたのであろう。続けて言い放つ言葉は、怒鳴るところは以前のそれであっても、載せる思いがまるで異なった。

 

「だけどボクは、お前は違うだろう!!ボクらが体の良い言い訳をして、無責任に逃げてしまったら、一体誰がボクの父上や兄上達を守ってくれるんだ!ましてや、優しさだけが取り柄の母上や姉上達はどうなる!大人しく死ねとでも!?ふざけるな!強いくせに逃げようとするなよ!言い訳しようとするな!!」

 

アナキンはようやく、この怒りっぽい少年の根幹に触れた気がした。

こいつはこの年にして恐ろしく責任感が強く、優しく、そして家族に関して敏感だ。

アナキンにはその感覚に覚えがあった。

 

ーー成る程、マスター。貴女の言う通りですね。

アナキンは亡きジャンヌ老の顔を思い浮かべ、深く頷いた。フォースなんて必要ない。人と人が分かり合うために、相手の心を覗く必要なんて無いんだ。

 

その為に、我等には言葉が、それを伝える口があるんだ。

 

「ノヴァ、過去に何があった。話せ。」

 

「うるさい、逃亡を是とする卑怯者にこれ以上話すことは無い!」

 

「良いから黙って言う事を聞け。お前こそ過去から逃げてるじゃないか。話してみろよ、何事にも正々堂々と向き合うんだろ?」

 

「…ボクが4歳の時の事だ。」

 

そこから先は、何処かで聞いた様な話だった。

異なる点は、彼にはれっきとした両親がおり、アナキンには母親しか居なかった事くらいだろうか。天賦の才を見込まれたノヴァは修行のため、さる高名な剣士夫婦のもとに里子に出されていたそうだ。それからの経緯は全く同じだ。どこの世界、どこの国にも食い詰めた野党というのは種の壁を越えて存在する。

その夫婦は最後の瞬間まで自分達に預けられた逸材、いや他ならぬ彼等の”息子”を守り抜いたという。彼等が説き、そして最後まで貫いてみせた道は高貴者の義務に他ならない。彼が撤退を良しとしない一番の理由は、この経験に根付くものだろう。

 

もっとも、その時の怒りにより闘気剣に目覚めた幼子は、瞬時に因果応報をその地にもたらすのだが。

アナキンには、ノヴァがその程度の天性を秘めているのは分かりきっていた。

こいつはこの地上の北半球で一番強いフォースを秘めていたからこそ、自分が真っ先に見つけたのだ。そのくらいの奇跡は起こして当然である。

 

「そうなると、何故バウスン将軍の元を再び離れた。オマエが自発的にリンガイアを離れ、家族を無防備に晒すとは思えない……いや待て。アバン先生だな?」

 

ノヴァは首肯した。

アバン先生は指導を授けるにあたってまず、少年とその家族に二つのことを約束させた。一つ目は、長距離移動の瞬間移動呪文を覚えること、そして二つ目は師であるアバンと共に諸国を見聞して回ること。

その二つは合わさって、知見を広げる巡業の名目を成している。幼くしてその才を見抜き、一度は里子に出したくらいのバウスン将軍だ。彼にしてみれば、これを呑まない筈が無い。しかし実際のところはノヴァに、一つ目で逃亡用の呪文を覚えさせ、二つ目で家族から遠ざけることを意味している。

 

アナキンは指導者としてのアバンの容赦の無さに、うすら寒いものを感じた。彼は知ってか知らずしてか、恐らくは無意識の内にノヴァのトラウマを見抜き、そこを見事に抉った。そして初の実戦の場ではまさしく自身が強大な敵に対して不退転の姿勢を見せつけた。

 

間違い無い。

アナキンは確信に至った。

アバンはこのノヴァを、自身の理想とする勇者に育て上げるつもりだ。

自身を超える武の才を持つ少年を、今度こそは一点の不足すら無く導こうとしている。その為に、アバンは自身ですら歩もうとはしない一直線の正道を示して見せた。

竜騎将バランという人智を超えた脅威に対してすら、一歩も引くこと無く、曇りの無い姿勢を見せつけたのである。

 

よくよく聞けば、ノヴァはアバンから直々に指導されたこれまでの間、ルーラ以外の技術を全く教わって居ないと言う。

マヒャドや闘気弾といった自前で身につけた技は一切用いることを許されず、空裂斬の基礎をひたすらに叩き込まれたと。

そして座学と瞑想に憂いて眠りこけそうになるたびに、カール王国に伝わる歴代の勇者達の生き様、哲学、そして戦い方をひたすら言い聞かせ、徹底的なイメージトレーニングを行なわされた。

 

アナキンはそれを聞いて思わず唇を吊り上げ、ノヴァを心底震え上がらせた。

大地斬や海破斬を真っ先に教えてみせたヒュンケルや自分への指導とは、まるで逆の方法である。最も理解が得難いものから着手させている。これはそう、力に対する理解こそを至上とするジェダイの訓練方法、そのものだ。

 

ーー成る程、アバン先生。貴方はまさしく傑物だ。よくぞあの甘ったれた小僧にこれだけの期間、飽きもさせずに基礎を積ませましたね。指導方法に限っては最早マスターヨーダ級だ、恐れ入りますよ。

 

そのアバンがノヴァを手放し、アナキンに預けた以上彼に求められていることはただ一つ、正しい力の使い方と理解の深耕。

ジェダイたるアナキンは、その道のスペシャリストである。

 

ふと、アナキンはアバンがカール王国に残った真意を探った。当初はあの女性のためだと信じて疑わなかったが、こうなってくると全く異なる真実が見え透いて来る。単純に、距離が近いから残ったのだ。

リンガイアに。

 

恐らくアバンは、ジェダイですら教育として触れるダークサイドに、一切ノヴァを近付けないつもりなのだ。その為に、過剰な反応をもたらす事になる家族達から、ひょっとしたら訪れるかもしれない彼等の悲劇から、身を呈して遠ざけようとしている。

 

ある意味、この世界で謳われる勇者とは、ジェダイ以上の無私の聖人だ。そんな化物に、こんなヒヨッコを仕立て上げようとしているのだ。

 

「ノヴァ、勇者に必要なものは何だ?」

 

「不偏不党の勇気に決まってるだろ。…何だよ、気味悪い顔しやがって。」

 

「その言葉、絶対に忘れるなよ。少なくともお前はこれから、今の言葉を心底後悔する事になる。」

 

「何だよ、イビリか!?大人気ないぞ!アバン先生に言いつけてやる‼︎」

 

「おまえ、本当に能天気だな。良いだろう、その元気があるならすぐにでもここから逃げ出して、アバン先生の元に帰ってみせるんだ。」

 

いきなり表情が変わったアナキンを見て、ノヴァは背筋が寒くなるのだった。

ジェダイと名乗るその男はいきなり腰の剣把に手をかけると、夢に出てくるあの妙な音を立てて闘気剣を作り出した。日が陰り始めた今となっては、その輝きが放つ燐光が疎ましい…って。

 

「何なんだよその色…。ありえないだろ、紅い闘気剣って…。」

 

ノヴァは呆れ返った。

紅色の闘気剣なんて、聞いたことも無い。アバン先生のそれですら、ノヴァの闘気剣と同じ色だった。というよりもつい先日、あの竜騎将との闘いにおいてすら、アナキンの闘気剣の色は紅くは無かった筈だ。

 

それに、凶々し過ぎるのだ。

まるで処刑人の色だ、とノヴァは思った。

 

「…気分の問題だ。どうやら容赦は不要らしい。」

 

ーーコイツ、オレのこと殺す気じゃ無いだろうな!

ノヴァは本気で警戒した。訓練中の事故とか言って、本気でやりかねないからだ。いや、今この場なら目撃者すらいないから、問答無用で斬り殺されかねない!

 

「悠長に構えてる場合じゃなくなったんだよ。一瞬で全部やるから、今、この瞬間に全て理解してくれ。」

 

ーーそれ見たことか。まぁた何か、訳わからん無茶難題を言い出しやがった。

ノヴァはため息をついた。しかし、どうにも前にイビられた時とは様相が異なる。

 

緊迫感が違い過ぎる。一体なにをやらかすつもりなのか。

 

身構えたノヴァに、思わぬ言葉がもたらされた。

それは本来、彼に喜びの表情を浮かべさせる筈の内容であった。しかし実際にノヴァが浮かべたそれは、引きつり顔である。

 

「そろそろ基礎固めにも、憂いて来た頃だろ?私が見せてやるよ。アバン流刀殺法。そのかわり全部、一瞬で覚えろよ。」

 

「む、無理言うなよ…」

 

ノヴァはアナキンの迫力に気圧されて、それ以上の言葉を失った。技の伝授は有難いが、一度っきりで全部覚えろだなんて無茶苦茶にも程がある。アバン先生も確かに厳しいが、こんなのはまるで指導とは言わない。

 

単なる死刑宣告だ。

脅しにすらなって無い。まるで条件を成していないのだから。

 

けれども目の前の鬼野郎は、全く容赦を見せなかった。

 

「今無理なら、一生かかっても無理だ。お前の力不足がアバン先生を殺す。師を2度も目の前で亡くしては、さすがに立ち直れないだろ。」

 

ノヴァはその言葉に、背筋を凍りつかせた。

 

「まさか…。」

 

アナキンは、ノヴァと話しているようでいてその実、全く別なことに神経を集中させていた。

彼は、自分達を包み込む様にして接近してくる四つの強力なフォースの気配を、ひしひしと感じていたのである。それに気づいたのと時を同じくして、アバンの下に迫る危機を予感したのだ。

 

「アバン先生の身が危うい。…オレではここからでは間に合わない。オマエがこの瞬間に全てを理解し一端の戦力を身につけられるかに、全部かかっている。無理ならアバン先生はあの人の力不足で息絶える。本来オマエが気にかけるべきでは無いだろうが、そうも言ってられないだろ…」

 

ノヴァが突然の予言に顔面蒼白になる中で、アナキンの白状な言葉は尚も続いた。

 

「大地斬、海破斬、空裂斬、ストラッシュ。全部一瞬でやる。両目を閉じていろ。目で追える速度で撃つつもりは無いからな、見るだけ無駄だ。…アバン先生のトレーニングを思い出せ。今のオマエなら、フォースで知覚できるはずた。」

 

ノヴァは事態の推移にまるでついて行けなかった。

まるっきり滅茶苦茶だ。アバン流を一瞬で極めろという様なものだ。まるで現実味が無い。おまけにフォースってあれだ、あの不可視の妙な闘気のことだろ?それでいきなり知覚しろだなんて、無茶振りにも程がある。

 

「無理だよ…。空裂斬ひとつ出来なかったのに…。そもそもフォースだなんて、…全く理解できないよ…。」

 

「お前のお得意の闘気、その根本を成す存在の事だよ。安心しら、お前には才能がある。絶対にできる。勇気を持ってくれ。」

 

アナキンは不思議な気分だった。おそらく前世の自分では、ここまでフォースを研ぎ澄ます事は出来なかったはずだ。

けれどもこの少年の前では、さも当たり前の様にそれが出来る。恐らくこの境地こそが、アバンが説いた人に何かを授けるという事の真の意味なのであろう。教えるんじゃない、教える事で、自分が教わるんだ。

 

アバン流刀殺法…当初は、剣の振り方一つに何故、大仰な技名をつけるのか、全く理解できなかった。一撃必殺のライトセーバーを振るい合うジェダイとシスの闘争では、その一振り一振りに名前を与え、慈しむ事は無かった。所詮はフォースの表面を撫でただけ、と侮ってしまった自分がおこがましい。

 

剣の振り方一つにここまで思いを込めるのが、この世界でのフォースの在り方なのだ。それに照らすと前世での自分達は、随分と無造作に濫用を繰り返していた事になる。アナキンはまたひとつ、学ばされた訳である。

 

ーーやるぞ!

 

アナキンは、ノヴァの心に直接そう呼びかけた。

 

ノヴァは大人しく目を閉じていて、正解であった。アナキンの放つアバン流は、見た目的には全く剣術の体を成してはいなかったからだ。

 

大地斬は単なる地割り、海破斬は切れ味が鋭すぎてむしろ空裂斬の様であったし、空裂斬に至ってはフォースの斬撃そのもので、剣など殆ど振るって無い。全てを兼ね備えた筈のストラッシュだけが唯一、あり得ない速度で空を走った。つまりは目で追えない。

これだけの一瞬四斬を、言葉通りに瞬時に行ったのだ。

 

あんまりな光景に、空いた口が塞がらなかったであろう。

 

けれどもその瞬間、ノヴァは確かに。

 

「…見えた。」

 

「当然だよ。私が体感時間を延ばしてやったんだから、そんなのは当たり前だ。それよりホラ、ぐずぐずするな。もう行けよ。ルーラで移動しながら、しっかり復習するんだ。お前のイメージトレーニングはアバン先生仕込みだ、自信持て。…うちのバカ弟子より、よっぽど才能あるよ。」

 

つべこべ言ってられない状況なので、アナキンはフォースのレベルでアバン流刀殺法を行ってみせ、それをノヴァと同調させた感覚の中で知覚させたのだ。アバン先生の言った通り、アナキンが表面的にアバン流を再現したのでは、格好だけのヘボ技に終わっていたからだ。

 

アナキンはリアリストだ。技をやるからには全て命中させるし、ダメージを与える。

 

ノヴァは嫌な予感に見舞われていた。相変わらず無茶なことばっか言われるし、散々な言い様だ。しかし妙にこちらを褒める言葉を挟む。

 

これではまるで…。

 

「言っておくが、私はこの後に、ダイのケツを蹴り上げに行く。その前に野暮用を済ます。それだけだよ。」

 

「何だか良くわかんないけど、死ぬなよな。」

 

「当たり前だろ。オマエとは、潜った修羅場の数が違うんだよ。……行け。」

 

アナキンは図らずも、バランがハドラーに言い放ったのと同じ様な事を言っていた。大きな違いは、バランは腹心の部下を手に入れているのに対して、アナキンはまるで不出来な弟子しかいない事くらいであろうか。おまけに、こんな切迫した状況下で導きを与えた見込みある奴は、当初の目的通りにダイの元へは向かわず、アバン先生の元へと向かおうとしている。おまけにそうして貰わねば、アナキンが困るのだ。

 

…全く、転生してまで何をやっているんだか。無駄に動き回るところなんかは、ジェダイ評議会の下で動いていた頃と何ら変わらない。何でこうも、回り道ばっかりしないと、いけないのか。

 

でも、悪くは無い。

悪くない気分だ。

 

アナキン・スカイウォーカーは笑った。

カールに向けて飛び立つ、勇者の卵を見送りながら。

 

 





結ばれてはいけない女王への想いをすり潰し、大義に邁進する男。アナキンは前世でのことを振り返りながら、本気でそんな風にアバン先生を見ています。

次話は、アナキン討伐隊の視点でアナキン・スカイウォーカーをお送りします。


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第4章 竜魔人編
ジェダイの本領


他者視点でいきなり本気出したアナキンを描くと、バーン様並みに恐ろしい!という様な描写をしてみたかったのです。

如何でしょうか。

どうぞよろしくお願いします。


妖魔司教ザムザは、薄ら寒いものを覚えながら亜空間ゲートを閉じた。

はぁとため息をつき、魔軍司令室へと報告へ向かう。いや、そこは一時的に主人が入れ替わった場所であり本来は、彼の心温まる研究室だった。

 

「確かにあの4人を、ロモスの指定区域へ送り届けました。」

 

彼の主君は無言で頷いた。

いや、これは意図的にでは無い。現在、ハドラーの身体は培養液で満たされたカプセルの中にあった。人工呼吸器を通しては、喋るのも一苦労な有様である。

 

「苦労をかけるな…」

 

だからそんな、死にそうな声で無理しないでくれよ!

ザムザは夢に出てきそうなハドラーの声に、耳を塞ぎたくなった。もちろんそんな事はできないが、とっとと主君の治療を終え、この研究室を再び彼の手中に取り戻す事を固く誓うのであった。

別段、嫌な人物では無いとはいえ。上司にいつまでも自室に留まられたのでは、片時も気が休まらない。

 

「しかし、何故あの様な、人気の無い場所に送り込んだのです?」

 

「好奇心は九つの魂すら殺す。二つ如きの心臓で、余計な詮索はせぬ事だ…」

 

そう、問題はこの怪人物だ。

魔影参謀・ミストバーン。彼は主君の不始末にご立腹で、よせば良いのに何故か培養カプセルの前でひたすらにハドラーを睨みつけているのだ。

先に済ませた指令は、この魔影参謀からの直々のお達しだった。つい先ほどまでハドラーはヒュンケルに第二の心臓を貫かれ、仮死状態にあったのだ。

そのため実質的に今、魔軍指令の座はこの怪人物のものとなっている。

 

「ハドラー…。そろそろ傷も癒える筈だ。準備が整い次第、その容器を打ち破れ。それを合図として、アバンの元へ出向こうではないか。私も同行する。」

 

そう言い残すと、彼はその場からフッと消えていなくなった。

それが暗黒闘気の秘術が成す技なのか、超スピードで動いて掻き消えた様に見えただけなのか。ザムザにはてんで及びもつか無い。しかし、彼はこれだけは言えた。

 

「ハドラー様…。魔影参謀殿は、果たして以前の彼と、同じ人物なのでしょうか。」

 

ザムザは答えが得られぬと分かりながらも、そう零さずにはいられなかった。

 

ーーあの方は、あそこまで多弁では無かった筈です…。一体どうしたというのです。人の研究装置を壊そうとするし…

 

 

 

 

 

 

 

イレーネは人並み外れた視力でルーラの光を捉えると、岩山から飛び降りた。

彼女の象徴たる常人の身丈程もある大剣は背中で抜き放たれる時を待ち、主人の目つきにも迷いが無い。

 

標高が500メートルに及ぼうかという地点からの自由落下の衝撃は、彼女の下半身の骨格をズブズブに崩し去る程であったが、彼女はそのグロテスクな惨状をものともせず回復し、立ち上がった。

 

「行くぞ。」

 

一時的に彼女の配下に収まった3人の武人たちは、無言で頷いた。

彼らの装備も既に万端である。夕日を反射して鈍く光る三者三様の得物が彼らの殺気と相まって、濃密な空気を周囲に垂れ流している。イレーネと併せてこの四人はおそらく、天地魔界でも類を見ない戦闘集団である。

 

”疾風”のラーハルト。無双の戦槍使いにして、桁外れな疾駆の体捌きにも恵まれた軍神の申し子。

 

”膂力”のクロコダイン。地上に並ぶ者無しと謳われる、頑健度と怪力を誇る獣王。魔王軍の中でも三指に入る戦闘経験を持つ猛者。

 

”必殺”のヒュンケル。勇者アバンから授かった光の技と、魔影参謀ミストバーン直伝の暗黒闘気を操る、屈指の剣士。

 

彼らをまとめ上げる”高速剣”のイレーネも、類を見ない超速の剣技の使い手である。彼女はいま、その芸術的な美しさを放つ鉄面皮の下で、一つの不安を抱えながら疾駆していた。

 

ーーこのままで上手く行くのか?

 

つい先刻まで、この4人は地上最強の戦闘集団であった。おそらく大魔王バーンにそのまま反旗を翻したとしても、いいセン行ったであろう。

大魔王の忠実なる配下であるイレーネ自身が、そう判断できる程の面子が揃っていた。

 

けれども、である。

 

出立前に魔軍指令が入れた横槍が、一抹の不安を彼女にもたらした。

ヒュンケルとハドラーを残して立ち去った後に再び4人が集うと、そこにはミストバーンに付き添われ、完全武装した魔剣戦士が剣と甲冑を返り血に染め上げていた。

 

その時の彼の暗黒闘気の凄まじさを、イレーネは未だに覚えている。

彼女の操るーーもとい、剣を振るう際に”適切に”暴走させているーー暗黒闘気とは若干異なるものの、ヒュンケルがその身から放ったそれは常軌を逸していた。もはや爆発寸前、というよりは爆発した直後の様な荒々しさがあった。

今でこそ冷静に行動してみせているが、自身も亜種の暗黒闘気の使い手たるイレーネにはわかる。

 

”必殺”のヒュンケルは、常の彼では無い。

彼女が頼りとした彼は、これ程までに力任せに闘気を溢れ出させる存在では無かった。

 

おそらく今の彼の攻撃力は、以前のそれを大きく上回っている。

こと攻勢面においては、この4人が破れ去ることはまずあり得ない。

 

けれども彼女が真に憂慮しているのは、敵の…ジェダイの騎士アナキン・スカイウォーカーの操る不可視の能力だ。

あれは油断出来ない。

 

「ゆめゆめ、足元を掬われるなよ。」

 

共に相対した経験を持つバラン殿も、こうした忠告をもたらした。

おそらく、それぞれの能力においてこの4人は、あの男を大きく上回っている。盤上の計算では、負ける筈が無い。

けれども、である。

 

イレーネは、嫌な予感を拭えなかった。攻撃力を大幅に上昇させたヒュンケルは、果たして彼女と手合わせした際の能力を発揮してくれるのだろうか。何か穴があるのでは無いか。

彼女自身が、大魔王バーンから与えられた急激な成長には散々苦労した経験を持つのである。

願わくばヒュンケルの精神状態が、以前のそれであってくれることを。

 

イレーネはこうした予感を振り払うように、一番頼りとしている存在に声をかけた。

 

「出遅れてくれるなよ、”疾風”の。」

 

ラーハルトの事である。戦闘スタイルからして、彼女と最も相性が良い。

さすがに移動速度では負けるが、共に速度に重点を置いた戦闘スタイルである。有無を言わさずに彼ら二人でとどめを刺してしまうのが、最も望ましい形である。

 

「オレは陸戦騎だ。妙な呼び名はやめろ。」

 

ーーよし、全くもって問題無い。

 

イレーネはさすがは竜騎将バラン殿だ、と彼の主人が持つ鑑識眼の高さに内心で拍手を送った。彼の腹心の部下は全くもって平常心であり、遺憾無く実力を発揮してくれるであろう。

 

「いざと言うときは頼んだぞ、”膂力”のクロコダイン。」

 

「承知しておる。何なりと呼ぶがいい。」

 

ーーこの任務が終わったら、是非ともその鳥と遊ばせて欲しいものだ。

 

イレーネは、彼程の重量をものともせずに運ぶガルーダという使い魔を羨ましげに見上げながら、獣王の健在ぶりを確かめた。彼の落ち着きぶりは群を抜いている。全く物怖じしていない、というよりも構えていない。

アナキン・スカイウォーカー程度の未知には、過去にも相対した事があるのかもしれない。

 

「”必殺”だったかな。どうだヒュンケル、腕が鳴るだろう?」

 

うっそうとした樹冠の直上を使い魔と共に往く獣王は、同輩に呼びかける余裕すら見せている。

 

「不運な野郎だ。このオレが、新たな力に目覚めたばかりのときに出しゃばるとは。」

 

ーー最後までその調子でいてくれ。

 

イレーネは少しばかりペースを緩め、ヒュンケルの目を直に見て最終確認を終えた。ちなみに銀髪銀眼の美女がじっと見つめると、モンスターですら顔を赤らめる程なのであるが、彼には微塵も変化が無い。彼女は自身の姿のそうした副作用すら利用しながら、各員の状況を確かめ終えた。

 

 

 

 

 

 

獣王クロコダインは、イレーネの合図にゆっくりと頷いた。

彼の歴戦の経験からしても、彼女はなかなかに優秀な分隊指揮官であると言えた。

 

彼女は各員の能力を、適切に把握していた。獣王クロコダインが人並み外れた嗅覚を持つことなど、彼自身ですら駆け出し時代の黒歴史と共に忘れてしまっていた事である。

 

イレーネは、クロコダインに確認を求めたのだ。基本的にアナキンの場所を特定するのら、ハンターたるイレーネの役割であった。彼女は以前、アナキンと直に刃を交えた際に、その匂いを記憶したという。

 

「まるで犬だな。」

 

というハーフの魔族の侮蔑をものともせずに、彼女はクロコダインに確認を求めた。この場に嗅ぎ慣れぬ匂いがしないか、それを確かめたのである。

 

彼女の用心深さは評価に値した。

クロコダインが久しぶりの感覚を研ぎ澄ませたところ、そこには二人分の人間の匂いがあった。

 

「真新しい出血の残り香…もう1人、ヒヨッコがいるぞ。」

 

クロコダインはイレーネに倣い、声を潜めて告げた。

どうやら所定目標の他にもう一人、同行者がいるようだった。

 

これは奇襲作戦である。

想定外の事態はなるべく排除すべきであった。

 

クロコダインは、自らそのヒヨッコの処分を引き受けた。彼としてはこの卑怯な戦法はできればとりたく無かったのだ。けれども時にこうした有無を言わさぬ電撃作戦が味方の被害を大きく減らすことを知る彼は、敢えて反意を示さなかった。

そのかわり、ヒヨッコの命くらいは彼自身の手に委ねてもらいたい、と思うのであった。結果的に首を跳ねることになってしまったとして、せめてそのアナキンという未知の力を秘めた男には用意してやれない、正々堂々の一騎打ちの末に果てさせてあげたいと思ったのだ。

 

こうして、魔王軍の中でも屈指の突撃速度を誇る三人が、アナキンの首を狙うことになった。

 

クロコダインに慢心は無かった。

頼もしい仲間と共に敵の四方を囲めながらも、油断とは無縁であった。

 

しかし、それにも関わらず。

 

彼らは先手をとられた。

 

「うおおおおお!」

 

クロコダインは突如として出現した大地の裂け目に飲み込まれ、思わず大声を上げた。

後手に回った挙句に怒声まで上げるとは彼らしからぬ失態であるが、そうとは限らなかった。彼の雄叫びには、仲間を鼓舞する効果がある。おまけに、ここまで地盤が緩い場所に、誘い込まれた可能性すらあるのだ。これしきの一撃で自身がくたばるとは到底思えなかったが、脅威度の修正を求める仲間への警告は、重要である。

 

もとい、仲間の怒声一つに狼狽える面子では無い。

 

ラーハルトなどはその最たるものだ。

 

彼は咄嗟にその場を飛び退り、敵の伏撃を難なくやり過ごした。彼にはこの技に、見覚えがあった。魔王軍の城で大暴れした際にヒュンケルが放ってみせた、海破斬という技だ。

だがそのヒュンケルとは段違いな速度に、ラーハルトは思わず笑みを浮かべた。

 

イレーネも、カール王国でバランの影を務めたときに見た、勇者アバンの必殺技に不意を突かれていた。高速剣を発動して即座に搔き消したが、これで作戦の第1段階は、失敗に終わったことになる。易々とは行かぬと思っていたが、伏撃されるとは想定の中でも最悪のパターンである。彼女は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。

 

ヒュンケルに至ってはまるで感情を表に出さなかったが、魔剣で受け止めた手を痺れさせた空裂斬の威力に、内心で敵意を剥き出しにしていた。弱小なアバン流の技に、今更未練は無い。しかし技術的に上を行かれたことが、彼のプライドに触ったのである。

 

彼等の頭上をルーラの光が通過したが、その事にかまけるヒュンケルでは無かった。

 

「4人で囲めば勝てるとでも?」

 

彼は、未だに顔も見ぬ敵が絞り出した声を、確かに聞いた。

想像以上に若く、そして自信に満ちている。この男…もとい少年の顔を歪ませる様を想像し、ヒュンケルの唇がつり上がった。

 

その直後のことである。

 

彼ら4人全員のもとに、同心円状に放たれた衝撃波が訪れたのである。

そして有無を言わさずに、その身体を吹き飛ばした!

 

その際にヒュンケルが負ったダメージは、想像の遥か上を行った。

先ほどの空裂斬などは、まるで比較にならない。破壊の力そのものが空気を震わせ、彼の五体を打ちのめしたのである。

甲冑に残された爪痕が、その攻撃力の凄まじさを物語っている。

 

しかしこれしきでくたばる程に、魔剣戦士は柔では無い。

 

ムクリと起き上がった彼は、轟音に警戒を強いられた。

 

ズドン!

 

音速の壁を突き破る際の、独特の重低音である。

それが周囲の空気を震わせて、彼の鼓膜を揺らしたのだ。ヒュンケルはその理を知らぬが、戦士の嗅覚で危険を嗅ぎ取った。仮に、今自分を襲った衝撃波が一点に集中され指向性を持たされた場合には、今の様な音を立てるのでは無いのかと。そう思った、次の瞬間のことである。

 

ズドドドド!

 

超音速の衝撃波が連続して一方向に、集中的に叩き込まれていた。最早空気を揺るがすだけでは飽き足りず、遂には大地すら揺がし。

それは凄まじい破壊をもたらした。

それを一身に受けている者の鎧を引き剥がし、皮膚を打ち、肉を穿った。その余波で木々が根こそぎ吹き飛ばされ、大地が抉られ。地面を震わせ、轟音が響き渡り。

更には千切れ飛んだ樹木の幹や土砂までもが、その者を打ち据えて行く。まるで大地の怒りである。。状況からして敵襲以外の何物でも無いのだが、眼前の光景は自然災害そのものであった。

 

遂には、その災害規模の打撃を一身に受けた者が決定的な声を絞り出した。

 

獣王クロコダインの叫び。

 

それも苦痛に耐えかねて上げた、絶叫である。誰もが予想だにしない事態であった。

 

ーーフザケやがって!

 

ヒュンケルはいきなりの仲間の犠牲にいきり立ち、先に負ったダメージの残滓を頭の中から追い出しては剣を構え、攻撃の姿勢を整えた。

最速の一撃で即座にケリをつけるつもりだった。

先の空裂斬には確かに驚かされたが、海破斬ならば彼にも可能で、そして暗黒闘気を纏わせたそれはアバン流を遥かに上回る速度と威力を発揮する。年季の違いを思い知らせてやるつもりであった。

 

「後方のお前…良い構えをしてるじゃないか。アバン先生仕込みの剣術だな…お前がヒュンケルか?」

 

うっすらと見えた背中に突撃をかけようとしたその直前に、ヒュンケルは冷や汗を浮かばせた。

 

ーーバカな!このガキ、背を向けたままだぞ?!

 

彼に走った衝撃は、それだけでは済まなかった。

 

「右手の殺気にも覚えがある…。バランに縁があるだろう。よくそこまで真似たものだ。」

 

間違いなくラーハルトのことだ。

気配に敏感だとかでは済まない程に、見事に言い当てている。とんでも無い事態であった。

 

「左のお前とは…。随分とよく会うな。そして見事に誘いに乗ってくれて、どうもありがとう。実力を隠していたのは、オマエがお熱なバラン殿だけじゃ無いんだよ。」

 

最後の部分だけは知ったことでは無いが、コイツは異常だ。これだけの木々に包まれて噴煙が舞う状況で、こちらの配置と人員を的確に把握している。待ち伏せされたとかそういう次元の話では無い。

ヒュンケルは脂汗を滲ませながら、剣把を握り直した。

 

「そして正面のお前…この中で一番経験豊富だろ。悪いが真っ先に片付けさせて貰ったぞ。」

 

ーーなかなかにアジな真似をしてくれるじゃないか、小僧。

 

獣王クロコダインが放つ筈の不敵なセリフは、ついに仲間達の耳に届くことは無かった。

彼等の脳が無意識のうちに作り出したそれは、幻聴と呼ばれるものである。

あの獣王が、負ったダメージに言葉も出ないのである。

 

ーー不味い。完全にペースを握られた。

イレーネはこれ以上アナキンを好きにさせる心算は毛頭無かったが、それでも敵の強大ぶりには、撤退すら考えさせられていた。

 

ヤル奴だとは思っていたが、これ程までとは想像だに出来なかった。

完全に想定外の事態である。

 

「許さん、殺す!」

 

この中で一番キレ易いラーハルトは疾駆し、針をも射抜く槍の妙技で敵のコメカミを貫かんとした。

それは達人の域にある者ですら、反応が困難な程の一撃である。

抜群の格闘センスを持つ魔軍司令ハドラーですら、眉すら動かせずに心臓を貫かれたのだ。

 

それほどの一撃が。

 

敵の身体に到達する前に、妙な音を立てる闘気剣に打ち払われた。

力任せに。

 

「その珍しい武具…鎧の魔槍とか、そういう名称で呼ばれてないか?」

 

不敵な声が響き渡ると同時に、あの轟音が再び轟いた。

クロコダインを沈めた、不可視の音速波である。

 

ラーハルトは衝撃で吹き飛ばされて顔を歪めながらも、放たれたその言葉に痛みを忘れた。

全く動けなかったヒュンケルも、度肝を抜かれている。

 

これはどう見ても、完全な異常事態である。想定外にも程があるだろう。

魔王軍の宝物庫に納められていた筈の鎧の魔剣と鎧の魔槍までもが、その秘を暴かれているのである。

 

一体全体、このガキは何者だというのだ。

 

「それほどの武器を持つ者としては、不足も甚だしいな。その名の由来にすら気づけん者では、私を打ち倒すことなど到底不可能だ。出直して来るがいい。」

 

その少年の声は、年老いた老人の様な声でそう語りかけてきた。

 

おそらくこの時点で、勝敗は決していた。

ラーハルトの妙技とヒュンケルの剣技は敵の言葉に勢いを削がれ、イレーネは初めて担った部隊長としての役割に、魔剣としての一分に徹し切れていない。このまま乱戦にもつれ込んだとして、言葉に踊らされ決定力を欠いた彼らでは、いい様にあしらわれるのが関の山であっただろう。

 

そう…。

 

ただ一人、ハドラーが頼りとした武人を除いては。

 

 




何でアナキンが鎧の魔剣を知ってるんだよ、という話ですが…。次話をお楽しみに!
実は、アナキンの本領発揮は次話冒頭です!


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接戦

アナキン視点での戦闘です。
なお、スカイウォーカーの家系がエンジニア気質であることは、SWの公式設定です。



どうぞよろしくお願い申し上げます。


 

 

 

 

アナキン・スカイウォーカーは、ノヴァにアバン流の刀殺法の技を授けると共に、ある事を決意していた。

ダークサイドの使用についてである。

 

これから刃を交えようとする相手は、一人一人が前世でのドゥークー伯爵に及ばずとも劣らない強者だ。こいつらを相手に正式なライトセーバーすら持たぬ今の身では正直なところ、荷が勝ち過ぎる。ライトセーバーは本来、その一振りが一振りが一撃必殺の秘剣である。込めるフォースの多寡によって威力が左右される様な生易しい闘気剣とは、本質的に異なる存在である。

 

まぁこれは、無いものねだりだが…。

 

おまけに彼には、明確な目標があった。ダイの元に駆けつけるのだ。この目標達成の為には、彼は手段を選ばないつもりであった。ダークサイドの利用も止むなしと判断したのである。

そしてこれから対峙する事になる強者達をフォースで捉え、その姿を脳裏に克明なイメージとして描き出した。

その瞬間に、彼は浅薄な自分の判断を諌めた。

 

ーーいやいや、フォースの強大さに囚われてはいけない。意外と見た目も大事だ。危うく、フォースの感知のみでダークサイドに頼るところだった。

 

アナキンは思わずニヤリとしてしまった。確かに彼等の持つフォースは強大であるが、それは潜在力とでも言うべきものであって、現実問題としては荒削りな者が多い。なにせこの強大なフォースの持ち主の4人のうち、実に半分もの者が未熟であると、外見からして知れたのである。それはもう、2人の装備からして明らかであった。

 

アナキンがこの事に気づけたのは、この世界に来てからというもの、相当に武器に飢えていたからである。原材料が発見出来ないためライトセーバーの製作は遂に叶わず、その失敗事例には枚挙にいとまがない。呆れ果てたジャンヌ老のアドバイスに従い、彼はせめてとばかりにこの世界の武具をよく観察し、そして生来のエンジニアとしての目を養ってきた。

 

残念ながら鍛治師としての才には恵まれなかったが…。幸いにも、製作者がどんな思いを込めてその武器を作り上げたかを慮れるくらいには、彼の目は肥えた。

 

そのアナキンからすれば、ラーハルトとヒュンケルの2人は、その武器本来の性能を引き出し切れていない。成る程確かに、その武具は一見すると、武器+鎧で一体を成す、何ともユニークな作品である。実際に彼等はそうして使用しているのだから、決して用法を違えている訳では無い。

 

しかしこの年月の中で培われた彼の目は、その鎧と武具が一体になった姿を脳裏にありありと描き出すのであった。彼の鑑識眼からすれば、別な形態が描けるのである。その武具を題材に脳内でパズルをやった様なものだ。

 

そして一つの結論をもたらした。

 

ーーこの使い方は、製作者の思いに反する。

 

彼等の武具は、一つの狂おしいまでの願いを抱いた武人の手により作り上げられた筈である。そしてその願いとは、使用者ーーおそらくはその武人自身ーーの高すぎる攻撃力から武具そのものを守るという発想である。敵の攻撃から使用者を守る、常識的な鎧としての機能などは、副次的なものに過ぎない筈だ。恐らくはその武具が使用者の実力を認めた時にこそ、製作者たる武人が定めた本来の姿を取る筈である。つまりは、武具自体が鎧を纏うのである。

 

ーー恐らくは鎧剣だとか鎧の槍だとか、暗示的な命名が成された筈だ。

 

アナキンがもしその製作者の立場にあり、この世界の理に倣って思いを込めて名付けを行うなら、そうする筈だ。そして皮肉を込めて、鞘とかの形状をとらせた初期状態をこそ、本来の姿に近いものとするだろう。そうして全身鎧の機能の方にだけ注目した未熟な使用者の目を欺き、彼等が真にその武具の力を必要とする瞬間まで、その身を守らせ、使用者の成熟を促すのだ。

 

この武具は、製作者が自身の理想とする武具の使い手を育てる為に仕組んだ、高度な教育プログラムそのものである。アナキンは図らずも、ここまでの洞察をフォースに殆ど頼る事無く、自身の持つ鑑識眼を主として成してみせた。それは、製作者たる魔族の名工ですら全く意識せずに成した奇跡の種を、見事に発芽させる事になるのであるが…。それはこの戦いの先の事となる。

 

ーー正確には、もっと禍々しい名を冠しているだろうな。

 

アナキンは、その武具から漏れ出る負のフォースを感じ取り、その様に結論した。これほどの武具ですら、おそらくは製作者にとっては物足らぬものなのであろう。その武具からは、未だ道の途上にある製作者が抱いた負の感情が、ありありと漏れ出ていた。実際に今、剣士がまとう全身鎧などは禍々しい姿になってしまっている。

 

ーーこれほどの防御力を与えながら、オレの技ひとつにすら耐えられないのか!

 

そんな製作者の怒声が、漏れ聞こえてくるようだ。恐らくは、その製作者は剣士なのだろうとアナキンは仮説を立てて、敵情分析を終えた。

 

 

つまりは全身鎧としての副次的な機能に甘んじている現状からして、この二人は未熟者なのだ。力の理解を至上とするジェダイにとって、その道の半ばにある者などは、如何に強大な力を持とうが恐るるに足らない。この時点でアナキンの警戒すべき対象は4人から半分になり、更にはその2人のうち1人である女剣士は、すでに技を看破した相手であると気づいた。

 

つまりはあの、重戦車の様なモンスター1匹を徹底的に叩いてしまえば、厄介ながらも攻略法の知れた暴走女1人と、何処かが未成熟なままの2人が残るという算段である。これによって、アナキンの心は羽根の様に軽くなった。

 

ーー何だ、意外と大した事無いな。

 

と。

 

そしてその思いは、実際に攻撃を仕掛けることによって、確信へと変わった。やはり正しい予断であったと。彼らを翻弄するのは、まるで容易い。自身の武力と武具に信を置いているために、フォースを込めた言葉を放つけるだけで、簡単に動揺してくれる。警戒しなければならぬ筈の女剣士ですら、なぜか二の足を踏んでいる。

 

ひょっとしてこのまま、アバン先生の様に言葉で敵を退けることすら可能なのでは無いか?!

 

しかし彼はすぐさまこの洞察を、後悔する事になるのであった。

 

彼の耳に、腹の底に響く重低音が轟いた。

 

「全員落ち着け…。自身の中で敵を大きくしてどうする!流言に惑わされては、敵の思うツボだぞ!各々の力を信じよ!」

 

まるで魔法である。

さも今、この場に駆けつけたと言わんばかりの檄が飛んだのだ。

フォースの音速波とテレキネシスで、身動き一つ取れぬ程に叩きのめした筈のデカブツモンスターが、である。

 

挙句にその声で、アナキンが散々に引っ掻き回した三人の戦士たちの迷いが晴れていくのだから、これで驚くなという方が無理だろう。

アナキンのように声にフォースを載せるような器用な真似をしているわけでは、決してない。単純に大声張り上げただけである。

だがその檄がもたらした効果は、一目瞭然だ。フォースでもたらした筈の混乱は、一掃されてしまった。

 

アナキンはバカバカしくなって、かぶりを振った。

 

この重戦車の防御力を、完全に見誤ったのだ。

奴こそは当初の予定通りに、フォース・ライトニングすら用いて徹底的に叩き、身動き一つとれぬ有様にしておくべきだったのだ。

 

もはや完全に後の祭であると、アナキンは悟った。

今の彼とて、ダークサイドを切迫した状況で使うのは非常に危険である。追い詰められた心境でフォース・ライトニングを使うなど、自ら暗黒面に転向する様なものだ。もうこの手は打て無い。

 

頼りとすべきは…自身の手で磨き上げた、剣技のみである。

擬似ライトセーバーを握りしめ、ジェダイの騎士は敵と向かい合った。

 

 

 

 

 

 

 

再度交錯したとき、アナキンは槍騎士への評価を改めた。

コイツは身動きそのものが単純に速い!バランの配下の中でも、おそらく高位の戦力だ。

 

アナキンは、フォースを通じて槍騎士がどこを攻撃してくるか手に取るように分かったが、それでも苦戦を強いられた。

彼が得意とするゴリ押しなライトセーバーの運用ーーフォームⅤ・シエンーーでは、反撃まで辿り着けないのだ。それでも、彼はこの男にはこのまま対処すべきだと判断した。

 

中途半端にフォームを変更して速度で対抗しようとするのは、下策中の下策だろう。

 

「名を名乗れ。バランの使い魔よ。」

 

アナキンは槍騎士の攻撃を力任せに振り払い、その槍そのものを断つ気迫で撃を交わした。

 

「我が名は陸戦騎ラーハルト!矮小な使い魔などを使役する男を、主君と仰いだ覚えは無いわ!」

 

ランサーのハーフ魔族は、そのプライドの高さに比例する強者であった。

槍の扱いが、それはもう尋常では無い。挙句にこの、ありえ無い疾駆力である。

 

アナキンは浅慮を恥じた。ここまでの才能が二つも合わさった結果、この武具の運用には強引に別解が与えられてしまっている。

製作者はひたすらに破壊力を追求するタイプの男だった様だから、全くもって戦闘スタイルが異なるのだ。まさかこんな速さと、点を穿つ正確さで用いられるとは、思いもしなかっただろう。

 

「先鋭すぎるのも考えものだな。」

 

アナキンはその男の一撃を喰らうことをものともせずに、フォースの音速波をカウンターとして叩き込んだ。ラーハルトの振るう細槍は超速と精密の権化と化していたが、なまじ狙いが正確過ぎるためポイントをズラして受ける事で、本来のダメージを半減出来てしまうのである。

この様に皮膚を裂かれ肉を刮ぎ取られる痛みくらいでは、前世で四肢を焼き潰された経験を持つアナキンは揺るがない。

 

アナキンはこの槍騎士には、今の様にフォースの音速波で対抗することにした。こいつは規格外にも、フォースを一切用いずにこの速度で動き回り、槍を振るう。この上にフォースの扱いを覚えた日にはまるで手がつけられなくなるが、現在はそこが攻め入るべきポイントとなる。

 

しかし、確かな一撃をもらってしまったことに変わりは無い。

その隙を、あの厄介な女剣士が見過ごす筈もなかった。

 

「死ね。」

 

暗黒面の暴走中に言葉を放つ余裕を、いつの間にか身につけたのか。

この場で唯一の女性は底冷えのする声でそう言い放ち、真上から襲い掛かってきた。

 

アナキンは即座に構えを防御主体のフォームⅢ・ソレスに切り替えて、その女の高速連撃を凌いだ。

剣同士の衝突の瞬間にフォースを強め、擬似ライトセーバーの斬れ味を倍加させて大剣の刀身を叩き切ろうとするものの、効果は無い。

 

ーーこの女の剣は、本物のライトセーバーですら一時的には弾いてみせるだろう。無骨だが、これはこれで業物だ。

 

アナキンはそんな印象を抱いた。

おまけに女剣士が攻防一体の技としているダークサイドの暴走が、以前よりも的確に御されている。つい数日前の戦いから、間違いなく成長していた。この場で仕留め切らなければ、より厄介な存在として立ち塞がって来るだろう。

 

「少しは慎め!」

 

アナキンは鍔迫り合いの状態に持ち込むと、手近な大樹をフォースで根こそぎ持ち上げて、女剣士に投げつけた。

これはフォース・テレキネシスという技で、身近なものを手軽な凶器に変える、非常に有効な技だ。それでもイレーネなら高速剣で撃ち落とすであろうが、今の様にその剣技を拮抗状態に持ち込んで仕舞えば、質量兵器として非常に高い効果が見込める。

ーーこの女剣士には、テレキネシスで対応しよう。

 

そう決めた瞬間のアナキンは、完全に無防備な姿をさらしていた。

両手で握る擬似ライトセーバーで女剣士の剣撃を封じ、フォースで大樹を操作したその背中は、ガラ空きであった。

 

「ブラッディー・スクライド!」

 

その背中目掛けて、魔剣戦士の必殺の一撃が放たれた。

魔剣の超速の突き技が、暗黒闘気の濁流となってアナキンを襲う。

 

防御できる状態ではない。彼は咄嗟に正中線をズラし、致命傷だけを避けた。衝撃の凄まじさは言うに及ばず。

彼の体はフォースの音速波を喰らったヒュンケルと同じくらいに、吹き飛ばされた。

 

ある意味で、それはこの世界にきて初めてまともに喰らう攻撃であった。

 

だが、実質的な傷の深さとしては、骨まで達しかけたラーハルトの一撃の方が厳しいくらいであった。これにはバランの一撃を防いだのと真逆な理屈が働いていた。暗黒闘気はフォースの暗黒面に限りなく近いので、その力への防御を知るアナキンには効果を軽減されてしまう。

 

魔剣戦士はその刃を、直接突き立てるべきだった。

距離的に難しかっだであろうが、そうしなかった最大の理由は、ヒュンケルがその強力な暗黒闘気に信を寄せているからだろう。アナキンにしてみれば、間違いも甚だしい。

 

「そんなので遊んでる暇があるなら、アバン先生に謝って来い!」

 

アナキンは相手の必殺の一撃をものともせずに立ち上がると、ライトセーバーを片手で持ち、半身を引いた。

ライトセーバー同士の闘いを想定したこの構えは、フォームⅡ・マカーシという。この構えには一つ、大きなアドバンテージがある。

片手が空くのだ。

 

それはとりも直さず、このような結果をもたらす。

 

アナキンは右手の擬似ライトセーバーで魔剣戦士の剣を打ち払い、フォースを集中させていた左手を相手の胴体にねじ込んだ。

フォースの衝撃波を、至近弾で叩きつけたのである。

 

ラーハルトの時は咄嗟のカウンターであったが、そもそも今回はタメが全く異なる。

魔剣戦士は、全身鎧の上半身部分を粉々にされ、アンダーウェアーのみの上衣となって吹き飛んで行った。

 

「…。」

 

これほどの業物に対して随分と勿体無いことをしてしまったが、これも戦の常だろう。文化的資産は戦火に呑まれるのである。おまけに使用者責任だ。

 

「手負い三人片付けた程度で惚けるとは、随分と生温い戦場で育ったようだな。」

 

アナキンにはこの、背後にそびえ立つ重戦車が、先の3人の様に畳み掛けて来るタイプでは無いとわかっていた。その事を確かめる為に、敢えて呆然としてみせたのだ。

 

ーー少し苦しすぎるか。

アナキンはその製作者に対してどうやって言い訳しようかと、余計な事すら考えていたのだから。彼はみじんも殺気を感じさせずに自身の背後をとったその男を、敬意をもって見つめた。

 

「私はアナキン・スカイウォーカー。ジェダイの騎士にして、勇者アバンの同盟者。」

 

「オレはクロコダイン、獣王を名乗り、自負している。魔王軍百獣魔団の軍団長だ。」

 

その威武堂々とした佇まいの、なんたる頼もしさか!

アナキンは咄嗟に、今世においても決して認めるつもりの無い、前世での娘のボーイフレンド…の、相棒を思い出していた。成る程、あの薄汚い密貿易者風情が、自身の手を煩わせる程に恐れを知らぬ振る舞いが出来たのは、こうした相棒が側に控えていたからなのだな、と理解するのであった。

 

思えばマスター・ヨーダも、あの男の相棒の同族には妙に親愛の情を抱いていた。これだけの存在感が背後に控えていてくれるのは、それだけで心強いものがある。短躯な彼には、居心地の良い存在であったのだろう。

 

「アンタはあの3人とは、毛色が違うな。私は不意打ちを卑怯とは思っていないぞ。何故にさっさと攻撃しなかった。」

 

「なに、つい先日、オレを妙な女の名で呼ぶバカな少年2人を相手にしてな…。つまらぬ闘いには、憂いておったのだ。お前程の男なら、この憂いを濯いでくれるだろう?!」

 

そう言うと、獣王クロコダインはその巨体をもって突進を掛けてきた。

今まで挑んできた三人とは異なり速度こそ無いが、一撃でアナキンを致死に至らしめる攻撃である。

 

アナキンはその場で擬似ライトセーバーの出力を最大にして、モンスターではなく武人を迎え撃つのであった。

彼に相対するためのフォームは、既に決めてある。

フォームⅣ・アタール。マスター・ヨーダが得意とした、高速で相手を掻き乱す戦法である。そう、先のラーハルトとの対峙にアナキンの脳裏をかすめたやり方だ。

 

アナキンは地を蹴ってクロコダインの頭上を飛び越すと、その背中に擬似ライトセーバーを突き立てた。

 

だが。まるで予想しない事が起きた。

 

既にボロボロになった鎧を突き破った擬似ライトセーバーは、その皮膚を裂き、筋肉を突き破ろうとした半ばで受け止められてしまったのである。

 

そのままクロコダインが体をひねると、その巨大な尻尾が彼を打ち据えた。

 

ーークソッタレが!

 

アナキンはこの時ほど、武器を恨んだことは無かった。

筋違いな八つ当たりであるが、その激痛たるや度し難いものがあった。前世においてすら、数えるほどのものであろう。ましてやそれが生物由来の衝撃だなどとは、まるで戯言だ。

 

さすがに吹き飛ばされる際に剣把を手放すような真似はしなかったが、かなり際どかった。

 

「やるじゃないか、若いの。」

 

獣王クロコダインは、まるでダメージを感じさせない、不敵な笑みを浮かべた。

彼とて、軽傷では済んでいない。先のダメージがそのまま残っている上に、背中から串刺しにされかけたのだ。立っていること自体がおかしい。けれども現実問題として、その戦意はまるで衰えていない。

 

「…アンタも大概だな。」

 

ーーコイツは鬼門だ。

アナキンは顔を歪めた。

 

流石のアナキンも、痛みを堪えきれなくなっていたのである。ラーハルトとヒュンケルからもらった一撃が、ここに来てどうにも耐え難くなってきている。超常の技を持つジェダイとはいえ、その身体は普通の人間とまるで変わらない。このまま畳みかけられれば、結果は言わずもがなである。

 

何よりこのまま痛みつけられると、ダークサイドに転向してしまいそうだ。

ヒュンケルから貰ったたダークサイドの奔流は、それほどまでに度し難い威力と衝撃を、ジェダイの騎士にもたらしていた。

 

「…この辺りで終いにしないか?」

 

「何をヤワな事を。お互いに、まだまだイケるでは無いか。」

 

アナキンは獣王の回答を待ち、擬似ライトセーバーに注いでいたフォースを常のレベルにまで落とし込んだ。いよいよ余裕が無くなって来たのである。

事態には流動的に対処しなければならない。最早、剣技での対抗は望み薄であった。

そしてひたすらに、フォースを高めることに集中した。

 

そこからは一方的な展開になった。

相手取った4人は流石だった。おそらく先の一合でこちらの癖を見抜いたのであろう。アナキンは、マカーシやアタールといった他のフォームで咄嗟に対処する余裕を、完全に奪われてしまった。

 

やはりこういう時にものを言うのは、嫌というほど親しんだ闘法を置いて他にない。アナキンは、相手の振るう武具を打ち払う事にのみ専心し、前世の師であるオビ・ワンのフォーム・ソレスの妙技を、見事に体現してみせた。

あの師は、並のジェダイ・マスターなら命を落とすような状況から何度も生還した。それを最も間近で見てきたアナキンはついにこの闘いを通して、その根本を掴んだのである。

 

「仕留めきれん…」

 

「…認めざるを得んな…」

 

ヒュンケルが呟き、ラーハルトがアナキンの評価を上げた。彼等も万全とは程遠い。はじめに喰らった音速波のダメージが、ここまで尾を引いているのである。特に、あまり闘気を用いないラーハルトには、その影響が大きく出ていた。

 

「このままでは埒が明かんぞ。」

 

「…各々、最速の技で同時に仕掛けてくれ。闘気を溜める時間は…私が用意する。」

 

クロコダインの問いに対して、イレーネは全員へ返した。

 

言わずもがな彼女の剣技は、集団戦には向かない。これまでは、暗黒闘気の暴走技である高速剣を、一振りに限って完全な制御下に置くことで急場を凌いできたのだが…。

事ここに至っては、本来の闘法に戻すつもりだった。

 

「お前じゃ力不足だよ。」

 

「そうか……詳しくお教え願おう。」

 

イレーネはアナキンの挑発を物ともせずに、当初からの涼しい顔のままに高速剣を発動させた。

足元の地表に亀裂が走り、空気が引き裂かれる。見間違いようがなかった。開戦当初から全く衰え知らずな威力である。

 

しかし、アナキンは見逃さなかった。

これは、先ほどまでのとは質的に一つ上だ。

体外に溢れ出していたダークサイドが、最早殆ど感じられ無い。その暴走を体内に閉じ込めることに、成功し始めているのだ。

 

「慎めと言った途端にコレか…。」

 

アナキンは自分の言葉が敵の成長を促してしまった事に落胆しながらも、一つの確信に至った。

やはりこの世界でのフォースは、在り方が少し異なるのだ。同じように超人的な身体能力を発揮しているように見えて、ジェダイのそれは実態としてはフォース・テレキネシスに近い。つまりは自身の体を、フォースを用いてマリオネットの様に操っているのである。ライトセーバーも同様である。

 

けれどもこの世界でのフォースの運用…闘気は、どうやら身体そのものを一時的に別物へ変えるようだ。究極的には、素手で鋼鉄を引き裂く様なことも可能であろう。どちらが上とも下とも言い難いが、一つだけはっきりした。

 

----闘気というフォースの運用方法は、遠距離には不向きだ。

 

そしてイレーネの連撃にひたすら耐え、待ちに待ったその瞬間。

 

アナキンは研ぎ澄ませたフォースを利用して、同時に4人の敵を捌くのであった!

 

海破斬を逸らしてクロコダインに向かわせ、獣王痛恨撃を同様にヒュンケルへ、イレーネとラーハルトの攻撃は軌道を操り、相撃たせたのである。いや、正確にはそうしようとして、見事に目論見を外した。

 

ガキィン、と金属同士のぶつかる鋭い音が響き渡った。

 

イレーネとラーハルトは、不可視の妨害を受けて仲間の身体へと向かった武器の軌道を力づくで捻じ曲げ、双方の武器が衝突する形を作り上げることで相打ちを避けた。

 

「邪魔するな女!」

 

「貴様こそ!」

 

ハーケンディストールと高速剣のぶつかり合いの衝撃は、それはもう凄まじいものであった。

お互いの勢いそのままに、てんでバラバラな方向へと弾け飛ぶ。

 

そこに、闘気技が直撃した。

 

ラーハルトは海波斬を、イレーネは獣王痛恨撃をモロに受けてしまい、それぞれ地面に倒れこんだ。

 

アナキンは残る二人に追撃しようとし…遂には両手を下ろした。

 

ヒュンケルとクロコダインは、仲間の元へと駆け寄っていた。

つい先ほどまで、彼らは勝ちの間近にいた。それが一瞬で形成を逆転され、その契機を自分たちの手でもたらしてしまったのである。彼らの動揺は、然るべきものであった。

 

中でもクロコダインのしでかした間違いは大きかった。彼は、従来通りに肉弾戦を仕掛けるべきだったのだ。

アナキンは、闘気技を飛び道具として用いられた場合には、真っ向から跳ね返すのは無理としても、今の様に軌道を反らすくらいは難なくやってみせる自信があったのだ。そして実際に成功した。

 

しかし実体武具の軌道操作まではやはり万全には行えず、それが図らずも、今のラーハルトとイレーネの結果をもたらした。せいぜいが掠る程度だろうから、この後の追い打ちで一気にトドメを刺そうと想定していた当初よりも、実際の効果は大きかった。

 

「…もう、ここまでにしないか。」

 

ここまで見事に相打ちしてくれるとは、まったくもって想定外である。何より単なる偶然だ。この上向かってくるなら容赦するつもりは無いが、ヒュンケルとクロコダインは背中を見せている。敵とはいえそんな2人を手にかけるなど、ジェダイのする事では無かった。

 

「おい、しっかりしろ!」

 

イレーネが胸に大穴開けた状態でムクリと起き上がり、ラーハルトに向けて叫んでいる。

その顔は、初めて見せる表情を浮かべていた。

焦りである。

彼女がバランから預かった大事な部下は、瀕死の状態である。もとより闘気技に馴染みの薄い彼は、アナキンの放ったフォースの音速波に加えてブラッディー・スクライドまで叩き込まれて、意識すら定かではなかった。

 

「…お前にその暗黒闘気とやらは、まるで向いてないよ。アバンが…何よりその剣が、泣いてるぞ。」

 

アナキン・スカイウォーカーは呆然と立ち尽くすヒュンケルに対してそう言い残すと、一人その場から立ち去った。

 

結果として、満身創痍である。

この状態でダイの下に駆けつけて、一体何が出来るのか。

 

彼は溜息を一つつき、フォース・スプリントを用いてダイのもとへと急いだ。

 

 

 

 




以上が、鎧の武器シリーズの私なりの解釈でございます。
如何だったでしょうか。

原作においてあの二振りは、バーン様への献上品とされました。しかしどんな思いで製作されたかまでは、深くは語られていないと記憶しています。
普通に考えれば、剣士であるロン・ベルクが魔法対策として自分用に作った逸品ということになるのですが…。

そもそもロン・ベルクは、自身の強大な技に絶えられない武具の脆さに憂いて、刀鍛冶への道を歩み出した筈です。
それがいくら献上品とはいえ、当初の目的を忘れて保身のための武具を製作するでしょうか。
鎧の魔槍はまだ良いのです、刀鍛冶としての腕を磨くために作ったと考えれば、まだ納得できます。
しかし剣ですよ、剣。いち鍛冶師となったロン・ベルクですが、自分の本業たる剣の製作において、初心を曲げるでしょうか。

自分の全身を覆わせるくらいなら、彼の性格的には剣に鎧を纏わせる方がしっくり来ませんでしょうか。

こんな思いで原作を読み返しておりましたら、ラーハルトが鎧化前の状態でハーケンディストールをやっているではありませんか。
その時ふと思ったのですが…そもそも彼に、鎧は必要だったのでしょうか?
ヒュンケルもミストバーンも、物理的には擦りもしませんでした。
真ミスト以降はさすがに旗色が悪くなりましたが…そもそも規格外すぎて、防御が用を成さない相手だったように思います。なにせラスボスですし。
鎧が無ければ一撃で挽肉にされてしまったのかもしれませんが…。

「防御?…ウスノロの言い訳だな。そんなのにリソースを割くくらいなら、全部オフェンスに回してくれ。」的な注文をして、ロン・ベルクをニヤリとさせるラーハルトが思い浮かび、上記のようになりました。






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ネイル村のマァム(前編)

時間軸を前にズラシて、本編開始前のマァムの少女時代を描いてみました。

彼女の「慈愛」というキーワードは、表現が難しいです…。
敵にすら慰みを与える原作のマァムは、ダイ達と会う前にもそれなりの経験をしたのではないかと思い、このような過去を想像してみました。

純粋さにあかせて行動する大器な村娘が、小さな世界に生きる人に居た堪れない思いをさせてしまうイメージです。

どうぞよろしくお願いします。


 

 

とある村に、アナキンと双璧を成す”荒らし”として冒険者ギルドで忌み嫌われ、妙な尊敬を集める少女がいた。

 

ネイル村のマァム。

この界隈では知られた名である。

 

何もその見た目の可愛らしさが知れ渡った訳では無い。そもそもからして、冒険者ですら無い。全ては彼女の精神がして成した事の、賜物である。

 

はじめは、近隣から来たお手伝いくらいの印象しか抱かせなかった。鮮やかな桃色の髪にゴーグルを引っさげ、風変わりな布の服に身を包んだ、元気な少女。その出で立ちに、強力な力を伺わせるものは何もなかった。

 

唯一つ、その腰には妙な物を穿いていた。

その見慣れぬ物もまた、脅威を抱かせるものでは無い。

その名を魔弾銃という。

 

これには、彼女の師の並々ならぬ愛情が込められていた。

実はこの少女、生来の優しさが災いして、返しのついたナイフだとか棘だらけのモーニングスターみたいな、明ら様に殺傷力を追求した凶器はてんで受け付け無いのである。

何せ、この魔弾銃が武器だと知っただけで泣き出したくらい、本質的に暴力と対極の存在だ。

 

その純粋さは、初めて顔を合わす人間にも十分に伝わった。

 

「ネイル村のマァムです!宜しくお願いします!」

 

ハツラツとした受け答え。優しげな表情。子供達に見せる笑顔。老人への慈しみ。

モンスターでお困りの際はお声掛け下さい!という挨拶の二の句は無かったことにされてしまったが、彼女はそれくらいに周囲の村の者達から愛された。

 

彼女の巡回はネイル村の警護のついでであるので、せいぜいが1月に1回くらいのものだ。おまけにモンスター被害など、そう頻繁には起こらない。モンスターに迷惑はしているのだが、排除する手間暇をかけるなら、みんな避けて通るのだ。彼女は定期的に周囲の村を巡っては異常が無いかを確かめに来たが、はじめの半年は全く成果が無かった。

それにもかかわらず、せっかく寄ったんだからと様々な雑用をこなすうちに、彼女は得難い信用を積み上げていった。

 

彼女が初めてその力を求められたのは、これまた実に彼女らしいものだった。

 

「すまんのう。こんな老い先短いワシのために…」

 

骨折の治療である。被傷者が若い労働力であれば、お金を出してでも回復魔法の使い手が呼ばれるのだが…。残念ながら等しくそれを成すだけの蓄えは、この界隈の村人達には無かった。

常なら泣く泣く回復を待つしかない。

 

それを全く縁もゆかりも無い少女が、全くのボランティアで治癒魔法を使い、癒してくれたのだ。

事が事なだけに、祭り上げる輩が出てもおかしくは無かった。それ程までに、回復魔法の使い手が辺境に留まる理由は薄いのである。せいぜい有償の冒険者がいるくらいだ。

 

「何言ってるんですか。あと10年は生きて、ひ孫を抱いてあげなくちゃ!」

 

彼女の少し勝気な性格は、変な恩義や妙な負い目を抱かせなかった。傷を癒された老婆とその家族は、それはもう曽孫の様に一日中甘やかしては、誠心誠意を込めた質素な食事を共にした。

マァムが報償として受けたのは、それくらいである。

 

そうした事が、各村で数度、繰り返された。

 

村医者は商売上がったりだなあ、と苦笑いを浮かべた。月1の頻度では影響は殆ど無いのだが、口さがない者は何処にでもいるものだ。マァムちゃんなら無償でやってくれるのに、と零す心無い者は総スカンを食らった。

 

そうしたある種の愚痴が風聞になると、マァムは青くなって一軒一軒の医者宅を訪れた。貴方がたの評判を貶めるつもりは無かった、申し訳ないと。誠心誠意を込めて頭を下げたのである。

医師たちは、その家族も含めて、これまた真っ青になった。

ーーおいおい勘弁してくれ、こんな子に頭下げさせたんじゃ、本物の悪徳医師になっちまうじゃないか。

性根を疑われた医師たちが妻や子供達から吊るし上げを食い、一時的な家庭内不和をもたらしてしまうあたり、マァムも幼かったのである。

 

マァムの実家で母親のレイラを交えて、話し合いの場が持たれた。

 

「いや、だからその、善意も過ぎると相手を恐縮させてしまうんだよ。私達が君に福祉事業の代行をお願いしたという事にしてくれると、こちらも助かるんだ。」

 

「わかりました…でも、コレは受け取れません。私は、対価が欲しくて困ってる人を助けた訳では無いんです!そんな物の為に教わった力を用いたと知ったら、アバン先生も悲しむわ…。」

 

ーーやめろ!お願いだからその、純粋な目でこっちを見ないでくれ!

居た堪れなくなった村医者達は、後はよろしくとレイラに目で告げ、その場を去った。一包みのお金を残して。

その袋の重みにマアムは、途方にくれてしまった。彼女の母レイラは苦笑いを浮かべて、半泣きになってしまった娘と語りあった。

 

「マァム、貴女の善意は素晴らしいものよ?でも、何事も一方通行は良くないわ。お医者様達がお礼をしてくれたんだから、それはちゃんと受け取らないと。

 

「でも、教わった力は人のために使うものでしょう?アバン先生は、その行いの中で慈愛を育め、と仰ったわ。こんな、商人の真似事なんて…。

 

マァムは悲しかったのだ。何で、ただ一言ありがとうとだけ告げて終わりにしてくれないのか。去り際の医師達は、悲しそうな顔をしていた。自分は確かに怪我した人を助けて、その場ではみんな笑顔になってくれたのに、何故こんなことになってしまうのか。

 

「そのお金は、お医者様達が貴女の善意に応えて用意した物よ。決して、貴女の行いを貶めるための賄賂では無いの。貴女はそれだけの事を成したのだから、悲しまずに微笑まなきゃ。貴女も、お礼を言った相手が悲しそうにしてたら、哀しくなってしまうでしょう?施しを授けるだけじゃなくて、相手からのお礼の受け方も勉強しないとね。

 

「でも、お金は人の心を狂わせるのでしょう?王都には、目の色を変えた商人が沢山いると聞くもの。私はそんな存在にはなりたく無い…。

 

「人も力も、根本から悪い存在は無いと教えたでしょう。お金も同じ。愛し方を知らないだけなのよ。……実際に見ないとわからないかしら?」

 

レイラはその日のうちに、マァムにその全額を、ネイル村の村長に届けさせた。しっかりと金額を明記させて、これはマァムのお金ではあったがその瞬間から、周囲の村も含めたこの地区共用の財産とさせる書面を作ってもらった。このうえで、薬を購入し配布する事にしか使わないという文章を付け加えさせた。

 

要は、医師達が拠出したお金を、薬購入と配布の為の基金としたのである。

 

マァムが周囲の村を回る際にはこの基金から必要な金額だけが引き出され、訪問先の村医師から薬が買われた。それがマァム自身によって別の村の住人達に手渡される。村単体ではそこまで需要が無いものであっても、複数集まると一定の量を成す。

当初は余り物を購入していたマァムも、そのうち各村でのニーズを把握し始めて、適切な薬を各村に適量配分することに成功し始めた。

 

こうして、マァムのボランティア活動を軸とした共助の輪が出来上がり、それはそれは喜ばれた。村医師達は、積極的にこの基金への寄付を行った。周囲の村々で自分の薬が喜ばれる上に、翌月には一周回った基金の担い手が、同額以上の薬を買い上げてくれるのだ。村長同士の寄り合いでも話題になり、さすがはレイラさんの娘だという事で老人達の眉尻を下げさせ、基金への拠出が上増しされた。

 

この頃にはマァムも心身ともに一回り成長していた。布の服は一回り小さくなり、少女から女性への目覚めを周囲に惜しげもなく見せつける事になった。しかしそうした思春期に入り複雑な思いを抱く筈の年頃になっても、本人は全く頓着することなく、相も変わらず周囲と分け隔てなく接した。

それがまた老人達の好評を買った。

 

「ちょっと待て、若い娘に護衛もつけずにそんな事させてるのか?!」

 

そうした非難がネイル村の村長にもたらされるのは、時間の問題だった。それはそうである。村々はお互いにそれなりの距離がある上、道中は無頼漢だけでなく、モンスターすら出没する魔の森に近いのだ。

 

「モンスターくらいなら、この魔弾銃でイチコロですよ!心配は無用です!」

 

見慣れぬ武器を誇らしげに抱えるマァムに、疑わしげな視線が向けられた。ただしネイル村の村民は、その限りではない。彼女の生地では周知の事実であり、せっかくだから近隣の村にもその恩恵を与えてあげなさい、ということで始まった彼女のボランティア巡業なのであるから、当然である。

 

じゃあその威力を見せてくれ、という要望は周囲の村の少年・青年達から出された。

彼らはある意味で、村医師以上にいたたまれない立場に置かれていた。結構物騒な巡業をさも当たり前のようにこなすマァムは、その苦労をまるで感じさせ無かったのだ。え?誰も手伝って無いの?という段になり、お前ら何やってんだよ、という非難はしぜんと、マァムの同年代の男の子たちに向けられた。

 

「ですから始めに言いましたよね!私はもともとこれが本職なんです!」

 

そんな職など冒険者以外に聞いたことも無いのだが。ともかくマァムは、実際に彼らの前でモンスターたちを討伐してみせた。

それからようやく、マァムやネイル村の皆が当初願った通りに、ことが進んだ。

 

彼女は定期的に村々での薬巡業をこなしながら、行く先々でモンスターたちをやっつけた。

何も無駄な殺生をする訳ではなく、怖くて遠回りせざるを得ない場所にいるモンスターを追い払うといったことが殆どである。

これが、結構な評判になった。

 

交通の円滑化は、ある意味で重要な事業そのものである。

彼女の評判は鰻登りに上がり、全く関係のないルートを辿って、冒険者ギルドにもたらされることになった。

 

そう、一時は、というより現在もアナキン・スカイウォーカーがその名を名簿に記したことを忘れてそのままにしている、国を超えた網を持つ組織である。

アナキンは結構な有名を馳せていたので、この時点で知り合っていればその後の不幸は訪れ無かったのだが…。

それはもう、どうしようもないことである。

 

「”荒らし”のアナキンの真似事を、今度は本当に無償でやるバカが現れやがった。」

 

厄介ごとを引き受けて糊口をしのぐのが、彼ら冒険者である。

この点アナキンも、生活費相当の報酬を確かに受け取っていた。周囲の冒険者達では討伐不可能なほどの上級モンスターを小遣い程度の金額でケロリと受けてしまうところから、相場と実力の二重の意味で”荒らし”なのである。余裕のある実力者達からはやっかみ半分、賞賛半分といった具合で受け入れられたが…。

 

どんぐりの背比べをしている食い詰め者達は、そうそう殊勝ではいられない。

彼らの肩身は、否が応にも狭くなった。殆どタダで大物を討ち取ってくれる冒険者がいるのに、この程度のモンスターに何でこんな金額を払わないといけないのか、と言われては当然いい気はしない。

 

しかしアナキンはまだ、冒険者登録をしていたので、ギルドが仕事を割り振るとかで対応が可能だった。

この点、マァムは完全なボランティアである。これは彼ら低級冒険者からしてみれば、悪夢以外の何物でも無い。

そもそも、冒険者ギルドに来る依頼そのものが減るのだ。

 

「マァムっていう、結構可愛い女の子なんだってさ。若いのによくやるよなぁ…。」

 

「遠方じゃアナキンとかいう凄腕の若造に、仕事全部取られたらしいからな。こりゃオレ達も危ういな!」

 

グハハハハ、と豪気な笑い声をあげていられる冒険者達は、自身がそれなりの実力を持ち、マァムには少し荷が重いモンスターを討伐できる実力を持ち合わせていた。差別化が自然となされているので、万が一顔を合わせたとしても仲良く談笑できる余裕があるだろう。

 

駆け出し冒険者だった頃のアナキンに比べれば、実際にマァムの成した事は可愛いものであった。何しろ遠慮というものをまるで知らない頃のアナキンである。モンスターの下級も上級も関係なしに、手当たり次第に破格の報償で狩って回ったのだ。青くも荒ぶる心がもたらした結果は、ギルドの秩序を短期的に破壊し尽くした。

 

半月も経たぬうちに、その地区の冒険者達全員が職にあぶれたのである。細々とした地元密着型の商店街で、グローバルサプライチェーンを持った多国籍企業が価格破壊競争を展した様なものだから、結果は悲惨なものだった。

 

これはいかん、と話し合いの場が持たれようとした。しかし貨幣価値を知らぬ少年はイチャモンをつけられたと勘違いし、その場の全員を袋叩きにしてしまうのである。後日、ようやく自分のやった事に思い至ったのか大人しく頭を下げに来た時には、それはそれは騒がしい復讐劇が巻き起こった。腕力ではどうしようも無いので、酒で勝負だという次元を超えた解決手段が取られたのである。

 

こうして、2週間+まる2日間、その地区の主戦力たる冒険者達全員が動けなくなるという事態を経て、彼らはようやく打ち解けたのであった。これ以降、アナキンは冒険者ギルドの用心棒的な位置に収まった。「こんなのは国の騎士団に頼めよ」という様な困難過ぎる依頼や、犠牲が出そうな上級モンスターの討伐パーティーに助っ人として参加する、という調整がなされたのである。

 

この点でマァムが共助の精神で成した無償事業は、自衛力のある集落ならば依頼はして来ないかな、というレベルの低い仕事である。それが一地域から消えたくらいのものである。それなりの冒険者にしてみれば単価が低いが数だけはある、つまりは有象無象の仕事がちょっと減るだけで、影響は無い。

 

つまりは、薬の輪巡業が始まる前に村医者が受けた影響の様なものだ。問題は、閉鎖的なコミュニティがモグリの村医者を排斥する自浄作用を持つのに対して、冒険者ギルドでは食いっぱくれる質の低い冒険者がそのまま放置されるという点であろう。

 

「…聞いたか、今の?」

「ああ。」

 

マァムの素性を聞いた低質な冒険者達は、色めき立った。

よくよく情報を集めると、妙な遠距離武器を使うという。

ならば接近して組み伏せてしまえば、後は生意気な女の子が残るだけというだけである。

しかも結構な上物らしい。

 

こうして、マァムの元には態度も口も悪い、ギルドでも白眼視される様な冒険者集団が訪れた。

彼らの思っていた以上にマァムは可愛らしく、そして甘ちゃんだった。身に迫った危機にすら、その得物を抜こうともしなかったのである。

 

「なにすんのよ!キャアっ!」

 

と、男達を狂喜させる黄色い悲鳴をあげた。

そして、見るだけで涎を垂らしてしまう程に見事に取り乱してみせた。

 

無知な少女に、手痛い教訓がもたらされた。

彼女はどうしてこんな事になってしまったのかと悔し涙に暮れ、嗚咽を漏らしながら身体に残る嫌な感触を水で清めた。

そしてこうひした被害に遭った女性の例に漏れず、周囲にその苦境を語ろうとしなかった。

 

 

 

 

 

 

その日の晩、悉く男として再起不能に陥ったならず者集団が直近のギルド施設に担ぎ込まれた。

目論見は見事に裏切られ、彼らの誰一人としてマァムに3秒以上は触れられなかった。彼女は接近してからが、真に厄介な存在であった。

 

タックルは悉く膝で合わされ。

よしんば背後からその豊満な肉体を抑えつけたとしても、容赦ない肘打ちに見舞われ。

万が一組み伏せるのに成功したとして、ありえ無い膂力と未知の体術で関節を破壊される。

 

不思議なことに、その間にもキャーキャーと悲鳴を上げ、挙句には悔し涙すら浮かべるのである。

 

何しろマァム本人が、よくよく意識してやっている訳では無いのである。

それはもう無意識に刷り込まれた、父親ロカの遺伝子だとしか言え無いであろう。

彼女は接近戦における、天性のスペシャリストであった。

 

世間知らずの田舎娘に"教育"を施すと目の色変えた下卑た男達は、文字通りに全滅させられるまで、自分達が何を相手にしているのか全く気づけなかった。眼前の仲間達の被害も何かの間違いだ、くらいにしか思わなかった。彼らの目は、少女の健康的な肢体と初々しい反応に釘付けにされていた。

 

バカなことしやがって、これに懲りて足洗えよという具合にしか受け止めなかったギルド支部であったが、次の日にはそのツケを払うことになった。

 

「私の娘がお世話になった様で。」

 

かの勇者アバンと冒険を共にした、元僧侶のレイラが現れたのだ。怒りに顔を歪めて。

マァムはその勝気な性格が災いして、一切何も語りはしなかった。しかし青い顔して布団に潜り込んだ娘の異常に気付かぬ母はいない。たった一晩で尻尾を掴み、この地に訪れたのである。

 

「やはりあの子には、この村は狭すぎましたか…。」

 

事情を聞いたレイラは、そう溢して去って行った。

 

彼女はそのままの勢いでネイル村の村長の家に乗り込み、マァムには薬の輪巡業を辞めさせることを伝えた。その役目はネイル村の若者に替わらせると。その際の迫力に、逆らえる者はいなかった。

 

レイラは悩んでいた。娘の器は、最早この界隈では収まらぬ程に大きな物になり始めていた。決して絶大な魔力や飛び抜けた戦闘力を持つ訳では無いが、その優しさがもたらす成果がレイラの力の及ぶ範囲から逸脱し始めたのだ。

 

マァムが男の子であったなら、彼女は迷いなく旅に出させたであろう。けれどもマァムは、大事な一人娘なのである。自分の目の届く限り、女の子としての幸せを教えてあげたかった。

 

まさかその前に、こんな悲劇に見舞われるとは思わなかったのだ。マァムの天然っぷりも大概なものだが、それは間違いなくレイラからの遺伝であった。彼女の場合には、明らさまに逞しい筋骨隆々の伴侶候補が若くから側にいてくれたから、こうしたバカな事が起きなかったのである。

 

「そう…。あの人達、私のせいで職を失ったのね……。私、どうしたら良いの?折角お医者さん達と二人三脚で仲良くやっていけると思ったのに…まさかモンスターをやっつけて、困る人が居たなんて…。お母さん、私は何を間違えたのの?」

 

娘の身に大事無く、その心も飢えたモンスターに噛まれた程度にしか揺れ無かったのは、不幸中の幸いであった。この事でマァムが女として身体に傷を受け、その心にトラウマが刻まれようものなら、レイラは発狂してしまったであろう。

 

何しろ、夫と娘と静かに暮らしたいという自分の願望が、すべての元凶になっているという事実に、彼女は苛まれた。

 

「違うのよ、マァム。貴女は何も悪く無いの。貴女の助けを必要としている人は、この村にもよそにも、沢山いるの。貴女は相応しい場所にいないだけなのよ。…ごめんなさい。」

 

娘は母が何故謝るのか分からず、そしてレイラは娘の今後を思い、深く嘆息するのであった。そして娘の放った言葉に、彼女の悩みはより深みへと到達するのである。

 

「じゃあさ、その無職の人達を雇ってあげられないかしら?私のかわりに、薬の巡業をやって貰うのよ。お医者様達と相談して、お給料も基金から出せる様になれば、その人達も困らずに済むでしょう?」

 

レイラは二重の意味で驚かされた。マァムの発想は、失業者を慈善事業に就かせるスキームとして、どこぞの国の宰相にでも売りつけたい程の物である。やはり間違い無い、より大きな世界にこの子は必要とされている。

挙句には、何をされかけたのか、分かってなさ過ぎる。女としての魅力を開花させ始めているのにも関わらず、その自覚が全く無いのだ。その側には、レイラを守ってくれたロカの様な存在すらいない。

 

――このままではこの子は、ダメになってしまう。

広い世界へ羽ばたつだけの器を持ちながら、女性としてあまりに無防備で、それを守ってくれる存在が居ない。これではとっちに転んだところで、マァムの才器は埋もれてしまう。

 

レイラは大きな危機感に苛まれながら、再びアバンに助けを求めようと思った。

 

――あの人はあの人で、とっとと収まるべき器に収まるべきなのだから……。

ことここに至っては、アバンを餌にして娘をカール王国に差し出すのはどうだろうかとすら、彼女は思い始めていた。マァムがこれまでに成した事といま言い出した事は、より大きな規模で実行しても無理無く回る筈である。いや、波及効果とスケールメリットが見込まれるから、国家主導で基金を拠出しても税収でペイする。宰相級の頭脳を持つアバンをセットで差出せば、王国としても諸手を挙げて受け入れてくれるだろう。

 

 

ジェダイと大魔導士の卵達が揃って訪れたのは、こんな状況にあるネイル村であった。

 

 

 

 





当初は魔弾銃+武神流=グラマトン・クレリックなマァムで行こうと思っていましたが……どうにもトリガーハッピーなマァムにしかなりませんでしたので、さすがにボツにしました。
マァムの原型すらありません。

ようやく最終戦までのプロットが完成しました。
今から思うと、クロコダインをマァムと取り違えるネタは、悪ふざけが過ぎました…。
原作でのクロコダイン戦でのポップの動きは完成度が高すぎますので、いっそギャグ展開にしてしまおうと思ったのですが…。
大まかな流れが出来上がりましたので、今後はこうした悪ふざけはなくなります!

次話でようやく、ポップとダイが正真正銘のマァムと出会いますが、その時にも少々クロコダインのことを引きずってしまいます。
どうぞご寛恕下さいませ。



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ネイル村のマァム(後編)


後編になります。

魔弾銃を接射するマァムが描きたかっただけです…。

どうぞよろしくお願いします。


 

ダイとポップは半泣きになってネイル村に辿り着いた。

もう全身ボロボロで、昼間の元気など微塵も無い。今、クロコダインと名乗ったマァムさんに出くわしたら、抵抗すら出来ずに散るだろう。

 

けれどもう、今更どこぞとも知れぬ人里を求めて彷徨い歩ける程に、2人は体力が残っていなかった。その焦燥ぶりは、ポップよりもダイの方が酷い。何せあの、獣王クロコダインとガチンコ鉄拳バトルを繰り広げたのである。おまけに獣王は、その人生の中で最高の侮辱を受けるという中で怒りに魂を震わせていた。

 

後にダイは竜の騎士として大成する訳であるが、ホロ酔いのクロコダインに「どれ、余興として、またアレやるか」と言われるだけで顔を青くしたという。つまり今のダイは、ポップに背負われる程に消耗し切っていた。

 

「あらあら。凄い音がしたから心配してたけど、やっぱり貴方達だったの。」

 

聞き覚えのある声に迎えられたポップは、涙腺を崩壊させた。

 

「レ、レイラざん…。うう、ごめんなさい、お、オレ達マァムざんにじ、失礼なごどしちゃって…」

 

「おかしな事言うのね。まあ、今はそれよりもダイ君が…おネムな訳ね。ゆっくりお休みなさい?」

 

地獄に仏、とはまさにこの事だろう。

ポップは神に感謝した。もとい、祈る対象の名すら知らぬ彼であったが、この時ばかりは得体の知れない何かに対して感謝した。

 

そして、遂に力尽きてダイを背負ったまま地面に倒れ伏した。

 

後には、レイラとその娘が困惑気な顔のまま残された。

 

「マァム、貴女この子達と何かあったの?」

 

母に尋ねられた娘は、首をかしげるばかりであった。

 

 

 

 

翌朝目覚めたアバンとアナキンの弟子達は、昨夜の憔悴ぶりは何だったのかという勢いで喚き始めた。

 

「いいいいや、やっぱりオレは怖い!この村を出る!放せダイ!」

 

「ダメだよ!先ずはマァムさんに謝ってからだ!」

 

「おおおオマエ、今更ワビ入れて済むと思ってんのか!?あの目見ただろ?!アレは完全に、怒り狂った獣の目だ!次こそ殺されるぞ!いいいいや、喰われる!生きたまま喰われるんだ!」

 

ダイはその言葉に、顔面蒼白になった。想像してしまったのだろう。

 

「でも、こんなんじゃデルムリン島に帰れないよ!ポップこそ、あの姿を見ただろ?!モンスターの王だよ!無礼を働いて謝りもせずに帰って来たなんて、言えないよ!それに、一緒に頭下げようって、昨晩約束したろ?!」

 

「クッソー!言うな言うな!聞きたく無い!」

 

ポップとダイは、恩人たるレイラさんの家で大舌戦を繰り広げていた。

 

レイラは呆れ返っていた。この泣き言を言って憚らない子が、偉大なるアバンの弟子なのかと。

 

何よりも、言っていることの意味がわからない。

自分の娘に食人の憂き目に合わされると、本気になって怯えているのだ。明らさまな勘違いだと分かるが、お腹を痛めて産んだ愛娘を、ここまで本気で魔獣扱いされると良い気分にはなれない。

 

アバンに便りを出そうかと考えていた所に訪れてくれた弟子だから、少なからず期待したのだけれど…。レイラはしぼんでいく感情に、眉をひそめた。

 

「オレのバッカやろー!」

 

ひと思いに叫ぶと、ポップはレイラをひたと見据えた。

――そうだよ、ダイ。お前だけは、裏切らないと、決めたんだよ。

 

泣きはらした赤い目で、鼻水すら垂れ流しているが、悪くは無い目つきである。勘違いはそのままに、しかし先程までの泣き言よりはよっぽどマシである。

 

その切り替えの速さに、レイラはある人を思い出していた。

 

――私達の恩人にも、鋭く心を切り替える人が居ましたね、アバン。

 

レイラはその瞬間、懐古の念に襲われていた。

 

「レイラさん……。お騒がせしてすみません。オレ達、レイラさんの娘さんに、とんでも無いことしちゃったんです。この通り、謝ります。オレ……怖くて、メラゾーマ撃っちゃったんです……。」

 

ポップは、ダイとの約束通りに率先して頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい!オレも、怖くて殴っちゃいました……その、マァムさんが本当はいい人だと分かってたんですけど……。」

 

ダイもポップの変わり身の早さと潔さに呆れかえりながら、頭を下げた。

 

何とも微笑ましい光景である。

一体何を勘違いしたのか知らないが、もしそんな目に合っていたらただ事では済まないはずである。

レイラはマァムの身体には傷一つ無いことを知っていたので、娘を獣扱いされたことは水に流そうかとまで思った。

まあ、仮にもそんな目に合わされていたら、レイラは次の瞬間にも二人を絞め殺してしまったであろう。

 

「貴方達が謝る必要は無いのよ?だってホラ、マァムはこの通り無事だし…。れっきとした人間で、少し乱暴だけど、私の可愛い娘なんだもの。」

 

「ちょっと、やめてよお母さん!こんなヤツらの前で…。」

 

娘は、母に手放しで褒められて顔を赤らめた。

両肩に置かれた手を振り払わないところなどは、満更でも無いのであろう。

 

しかしその光景は、ダイとポップの目にはまるで違う意味を持った。

 

「モ、モシャス(変身呪文)まで使えたのか…」

 

「やっぱり根に持ってる…そりゃそうだ……」

 

ポップの呟きを聞いたダイは、未だ怒り心頭な獣王マァムさんが人間の娘に化けているとしか思わず、諦めの言葉を呟いた。

二人は顔を見合わせ、青白い顔色をして頷き合った。

 

「も、もう良いんだ、マァムさん…。オレ達、本当に反省してるんです。マァムさんが人間の心を持ったモンスターだって、ちゃんとわかってます。

 

「ポップの言う通りです。それにオレ、モンスターだらけの島で育ったんですよ!だから、少し驚いてしまいましたけど……マァムさんの本当の姿を見ても、もう怖がったりしません!」

 

まるっきりの虚勢である。

完全に目が泳いでいる。

 

しかしそれでも、二人にしてみればこの痛々しい家族ごっこを見せつけられるのは、過失を責め立てられるよりも辛かった。特にダイなどは、深い責任を感じていた。

 

彼は、誇り高い獣王マァムさんの心に傷をつけ、その姿を否定しまったことを、本気で後悔していた。もし彼の故郷のデルムリン島でそんなことをする輩がいたら絶対に許せないことを、彼自身がしてしまった、と本気で思い込んでいた。

 

「ねぇ、アンタ達さっきから、私の本当の姿が何だとか言うけど…。どんな感じなの、それ。」

 

ダイとポップは、今こそ自分達の誠意が試されていると知った。

ここで真実を告げないバカはいない。その姿に心底惚れ込んでいるんだと、お世辞でもなんでもいい、とにかく持ち上げるのだ。

 

二人はよどみの無い声で、ハッキリと答えた。

 

「巨大なリザードマン!鋼鉄の岩肌!鋭い牙!全てを引き裂く爪!」

 

「デカい口!ダイの胴回りはある二の腕!大樹の様な両脚!全身筋肉!」

 

レイラはため息をついた。

 

「好きになさい、マァム"さん"。」

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりこうなったか…。ゴメンよ、ポップ。巻き込んじゃって。」

 

「気にすんなよ。お前となら、悪かねぇ。」

 

ダイとポップはポロポロになって、村の広場に転がっていた。

あの後さんざっぱらぶん殴られ、蹴倒され、このザマであった。

 

その際に振るわれた馬鹿力に、二人はいよいよ覚悟を決めていた。この膂力は人間に出せるものでは無い。ツケを払うの時が訪れたのだ。

 

「もう、運命に任せようぜ。煮るなり焼くなり、好きにしろい!」

 

「でも、やっぱり生きたまま喰われたくは無いよ…」

 

「まだ言うの!アンタ達は!

 

ダイとポップ…いやとくにポップは何故か、重点的にストンピングを食らった。マァムは本能的に、先の低級冒険者達と同じ目で見られている事に嫌悪感を感じていたのである。

 

「グエェ…畜生、これが因果応報ってヤツか……。そうだよな、アンタに真っ先に喰ってかかったのは、オレだったもんな…」

 

「お、オイ、もう止めてくれ!やり過ぎだろ!やるならオレからにしろよ!」

 

マァムはほとほと呆れ果てていた。こんなどうしようも無いガキが、アバン先生の弟子なのかと。

 

ダイとポップは何を勘違いしてるのか、未だに自分達の世界に浸って現実を見ようともしない。妙なヒロイズムに打たれているのか、三文芝居の様なことを未だに続けている。

 

いい加減シバキ倒すのにも憂いた頃である。

 

「わかったわかった…。私をモンスター扱いしないなら、もう許してあげるから。ちゃんと約束してよ。」

 

「今更そんなバカ言えるか!」

 

「気が済むまでやってくれて構いませんよ。そのかわり、オレ達は絶対にマァムさんが人間だなんて認めません。」

 

このやり取りも何度目だろうか。

マァムはこんな事に使うべきでは無いと思っていたが、いよいよ秘中のアレを使おうと思った。

 

「本当に、私の気が済むまでやって良いのね?」

 

「おう!オトコに二言はねぇ!」

 

「それ、全然信用できないよ…」

 

話にならない。マァムはもういいや、と思い。

魔弾銃を取り出した。

 

ハテナマークを浮かべる二人に見せつける様に弾丸を込め、空中に向けて一発。

容赦なくぶちかます。

 

「ギ、ギラだ…。何だ、それ、武器……?」

 

「さすがは魔法使いクン。御察しの通り、これはアバン先生から頂いた武器よ。今みたいにね、弾丸に込めた魔法を撃てるの。」

 

ポップは顔面蒼白になった。

 

「なかなかに頭が回る様ね。そうよ。今の程度なら死にはしないでしょうけど、こうしてノヴァにマヒャドを込めて貰った弾丸を詰めれば…」

 

そうして、マァムはゆっくりと魔弾銃の弾丸を詰め替えた。まるで死刑宣告でもするかの様に…。

 

「や、ヤメロばか!本当に死ぬぞ!」

 

「えっ、アバンって人は、……ノヴァってポップの兄弟子だろ?何だよ、一体何なんだ?」

 

ダイはついていけてない様である。

 

「だからコレ、マヒャドを撃ち出す、アバン先生の武器なんだよ!コイツはそれを、俺たちに向けてぶっ放すつもりなんだ!」

 

「えっ?それ、俺たちを殺すって事だろ?でも全然殺気なんて…」

 

マァムは舌打ちし、ダイのコメカミに魔弾銃の銃口を押し当てた。

 

「どう?冷たいでしょ。この銃はね、込められた魔法の種類によって、温度が変わるのよ。これで貴方も、少しは理解できたかしら?」

 

「バ、馬鹿野郎!そんなにくっつけて魔法ぶっ放すアホがいるか!その武器だって、無事じゃ済まないぞ!」

 

マァムはポップの反応に気を良くした。

 

「説明の手間を省いてくれてありがとう。この武器の唯一の難点は、脅しに使いづらいってとこなのよ。この村の悪ガキども、まるで怖がってくれないのよね。そう、今のこの子みたいに。」

 

実はこの事に一番救われているのは他ならぬマァムである。

彼女は未だに、凶々しい凶器が使えない。唯一使える父の遺産たるハンマースピアも、ひたすらハンマーとして打撃に用いるのが関の山である。

 

けれども物は言い様である。先の魔弾銃の温度云々なんかは、まるでデタラメだ。更に言えば今この魔弾銃に込められている弾丸は、ホイミである。マヒャドを込めた弾丸を詰めた様にみせかけて、村の悪ガキを脅かすのは、彼女の常套手段なのである。

 

そうしてマァムがニタァと底意地の悪い笑みを浮かべると、ポップはより一層、顔を青くした。

 

「そ、そうか…魔力を吸い取るって、この事だっのか…」

 

などと、最早どうでもいい事に思考を巡らす有様である。

 

「く、くそっ!じゃあオレ、この距離でマヒャドを喰らうのか?!」

 

「そうよ。バイバイ。」

 

マァムはそう言い放つと、躊躇い無く引き金を引いた。

 

ズドンッという重い銃声がして、ダイの頭が揺れる。これは単純に、音にビックリしただけである。

 

ポップは顔面蒼白になって立ち上がった。

 

「ダイ〜〜〜‼︎」

 

その反応に気を良くしたマァムは、再び弾丸を詰め替えた。ちゃんと準備は済ませてあるので、この二発目にも同じ魔法が込められている。

 

「チックしょう…。待ってろよ…。お前だけに寂しい思いはさせねー!オレもすぐ後を追ってやる!」

 

「まぁ、すぐに目覚めると思うから突っ込まないけど…。私としても本懐ね。ここまで良い反応してくれて、どうもありがとう。」

 

「なに訳ワカンねーこと言ってんだよ!何なんだよ、コレは!何でこんな、生殺しみたいなことしやがる!獣王の誇りはどうした!?いっそ噛み砕いてみせろよ!」

 

ポップは本気で、ダイがトドメを刺されたと思い込んでいた。

もしこれが村の悪ガキだったらマァムも流石にやり過ぎたと思うのだが、ここに来てまで言いたい放題言ってくる奴が相手では別である。

彼女に容赦は無かった。

 

「なら、どうするの?謝罪を撤回して、私を攻撃する?私はそれでも良いわよ、別に。貴方がダイ君との約束を反故にするだけだから。」

 

常のポップなら、ダイとの約束は既に果たしたとでも吠えたのだろうが、最早完全に頭に血が上り、色々と見失っていた。

実はポップは、あの獣王とこの女の子が別物では無いか、と思い始めてはいたのである。ぶん殴られる時に視界の端で揺れるソレが妙にリアルで、彼の審美眼は血走っていた。

 

しかし彼は今、マァムの小芝居に完全に騙されている。

本気でダイがヤラれたと思い、逡巡と後悔と疑念が頭の中でグルグル回って、訳が分からなくなっていた。

 

遂に彼がとった手段は、人間か獣王かの疑問に一気に答えを与え、どっちに転んでもダイの後を追える、冴えたやり方だった。

 

少なくとも、彼の中では。

 

「こうするんだよ!」

 

ポップはなけなしの力を振り絞り、マァムに飛び掛った!

 

狙いはただ一つである。

 

「オラ!一思いにやれよ!さっきから物騒なモン揺らしやがって!妙なトコだけリアルに化けんじゃねーよ!どーせコレだって作りも…の…じゃ無い?」

 

マァムの胸元に飛び込んだポップは、痛みを感じる暇もなく意識を刈り取られた。

それはそうだろう。

 

マァムは本能的に、訓練された兵士もかくやという程の滑らかな動きで、対処してみせたのだ。彼女は意識してやってはいない。あの時、身の危険を感じた時と同じく、肉体が反応するがままに任せたのである。

 

抱きつかれた密接状態で。

相手の股間に右膝を叩き込み。

身をかがめ、無防備に曝け出された相手の後頭部に対して。

格闘教本の様な鋭い肘打ちを見舞ったのである。

 

それも獣王と見紛われる程の馬鹿力で。

先に同じ様な経験をしたマァムに、容赦の概念は無かった。

 

前世での老成したアナキン・スカイウォーカー、つまりはダース・ヴェイダーがその場にいたら、間違いなく配下に加えた筈である。あの悪名高き直属部隊、"ヴェイダーの拳'と呼ばれた暴力機関に、特別待遇で迎えさせるであろう程の格闘センスであった。

 

ポップは昨夜、神へと感謝したが、本質的にはこの瞬間のマァムの手加減にこそ、伏して謝意を述べなければならなかった。何せマァムが生来の性質として、怒りに駆られながらも相手を気遣う存在でなければ、この瞬間彼は間違いなくこの世を去っていたのだから。

 

後に大魔王バーンすら驚愕させる迄に成長する大魔導士はこの瞬間、確かに慈愛の女神に救われたのである。

 

そんな事実は露と知らず。

 

全ての誤解が解けた後、アンタは単なる痴漢ねとマァムに言い放たれたポップは、勢いよく言い放った。

 

「うっせえ、ブス!テメーに色目使っただなんて、オレの一生の恥だ!金輪際あり得ねー!テメーに近づく男には、悉く忠告してやる!『この女、全身凶器です』ってな!」

 

その言葉を聞いたレイラは、いいものを見つけたとばかりに微笑むのであった。

 

 

 

 

 





次話でいよいよ、バランと対面します。
間延びさせて、申し訳ございません。

次話は、明日の21時にアップします。もう少し手直しします。


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竜の騎士の親子 前編


ようやく、バランが本領発揮です。ようやくダイ大らしくなってきた…でしょうか。

どうぞ宜しくお願いします。



 

 

 

ダイは心に直接呼びかけられたような気がして、ふと目を覚ました。

 

「マスター…‼︎」

 

思わず師に呼びかけた彼の額では、紋章が淡く輝いていた。

彼の本能が、身に迫る危機に戦闘態勢をとらせたのである。それに何よりも、直接的に心に語りかけられることで、ダイは危機感を募らせていた。

彼にはアナキンの声が、いつも通りの自信に満ち溢れている一方で、焦りを潜めていると気付いたのだ。

 

しかも伝えられたメッセージがまた、尋常ではなかった。

 

――竜の騎士と名乗る魔王軍の男が、そちらに向かっている。お前の動揺を誘って身内を騙るだろうが、気狂いの妄言に過ぎん。だが実力は確かだ、逃げろ。

 

 

 

 

 

 

 

ポップが親友を見咎めたのは、単なる偶然であった。

彼には考えるべき事があった。それはつまりは、これからの事である。マァムと何とか合流し、当初の目的は達成した。友人の師の言葉に従うなら、この場に留まるべきであろう。

 

しかし、彼にはどうにも嫌な予感がしたのだ。

 

何しろ、当初マァムだと思っていたあの怪獣王と、紛いなりにも事を構えてしまったのである。ここは既に安全ではなくなりつつある。そして更に悩ましい事には、ここを仮に立ち去ったとして、この地に残された人々の安全は保証されない。

 

「…まぁ、明日にでも相談するか。」

 

ひとしきり悩んだ後にそんな風に結論すると、彼は今まさにコソコソとレイラさんの家の戸を開いたダイと鉢合わせた。

ちなみにポップがウンウン唸っていたのは、ネイル村の広場である。どうしても寝付けずに、真夜中に起き出して来ていたのだ。

 

「ポップ!何やってんだよ、こんな遅くに。」

 

「お前こそこれから何するつもりだ?マァムに夜這いかけるなら、方向が逆だぞ。」

 

「?すぐまた難しいこと言うんだから…」

 

「…すまん、忘れてくれ。」

 

ポップはがっくりと項垂れた。ダイの歳の頃にはひとしきりそういう知識を身につけていた自分とは、まるで異なる反応である。この手の話題でからかおうとするのはもう止そう、と思うのであった。

 

「それより、一体何するつもりなんだよ。そんな物騒なモンまでしっかり握りしめるたぁ、穏やかじゃないな。」

 

ポップは何よりも、ダイの雰囲気に驚いていた。

その表情は、危機感に彩られている。こうして話していられるのが不思議なくらいに、緊迫感を漂わせているのだ。

 

その手に握りしめているのは、師に授けられたのだと自慢気に話していた剣である。ネイル村に至るまでに毎夜考え抜いて、名をつけていた。師の家名をとって付けたその名を…天空の剣といった。

 

そこまでしておいて、クロコダインとの対決の時には存在すら忘れてしまっていたのだから、動揺とは恐ろしいものである。

 

「ポップ、オレ…わかるんだ。とてつもなく厄介な奴が、オレを狙って近付いて来てるって。この場にいたら、皆を巻き込む事になる。…マスターが教えてくれたんだ。」

 

――コレがその、フォースとかいう力か。確かに便利な魔法だぜ。

 

ポップは頷いた。ダイはこう見えて、兄弟子のノヴァ並みに恐れを知らない。そんな彼が怯えているのだ。その予感がたとえから騒ぎに終わったとしても、自分はこの友人について行くべきだ。…少々、と言うよりも、かなり気がひけるが。

 

…元より、既にしでかしたこと以上のから騒ぎなど起こしようもない。どっしり構えていられるのは、いいものである。

 

「水臭い奴だな。1人で行くこたないじゃないか。せめて一言くらい、あってもいいだろう?

 

「綺麗事じゃ済まないんだ。ポップ…出来ればオマエも逃げてくれないか。コイツは次元が違う。しかも何となくわかるんだよ、こいつはオレだけを狙ってるって。一緒にさえいなければ、被害は無い筈なんだ。」

 

――そこまでヤバイ奴なのかよ!?

ポップは背筋が寒くなり、一歩後退った。彼は恐ろしかったのだ。ダイを怯えさせるその存在よりも、その言葉に素直に逃げ出そうとした自分が、である。

ポップは、自身に言い聞かせる様に言葉を紡いだ。

 

「バカ野郎…。まだ会ってからそうも経たないけどさ、そう言われてハイさよならじゃ、あんまりだろ?それに、約束はどうなる?お前はオレのこと、引っつかんでも逃げ出させなかった。おかげで凄い技も出来るようになった。今度はオレがお前を守ってやるよ。

 

「…いざとなって逃げ出されるのは精神的にクルから、逃げるなら本当に今のうちだよ?」

 

ダイがあまりにも見事に見透かすものだから、ポップは呆れ返るあまりに気が楽になってしまった。

 

「はいはい、天然だからって、何言っても許されると思うなよな。」

 

そしてポップは少し時間をもらい、レイラさんの部屋へと向かった。

その胸中に忍ばせたものを片手に。

 

「…夜這いっていうのをやるの?マァムじゃないの?こんな事してる場合じゃないんだよ?」

 

「…頼むからもう、それは忘れてくれよ。ケジメだよ、ケジメ。」

 

ポップはそう言いながら、レイラさんの部屋の扉の下に手紙をハサミ込んだ。ポップは小声で説明した。事情はどうあれ村に迷惑をかけたのだから、このまま立ち去るのはよくないと。

 

「なる程…。何て書いたの?」

 

「”ご迷惑おかけしました、ごめんなさい。ありがとうさようなら”ってだけだよ…って?!」

 

ポップは仰天した。

後頭部に冷たい金属を突き付けられているのがわかったからだ。よくよくその感触を探れば筒のような形状、つまりは大口径の銃口を象っていることがわかる。

こんなバカな事をするのは、あの暴力女に他ならない。

 

「お母さんの部屋の前で何やってんの?魔法使いクン。」

 

「…ホント、何なんだよオマエは…。」

 

ポップは呆れ返った。マァムの装備を見て、である。

彼女はトレードマークの魔弾銃の他にも、大きな背囊を背負っていた。まるでこれからどごぞへと赴く様な出で立ちである。

 

「お母さんと相談して決めたのよ。貴方達について行くって。正確には、私が貴方達をこの村から連れ出すんだけどね。」

 

この村では、ようやく善意の輪が巡り始めたばかりである。他所者の持ち込む厄災に汚されたくは無いのだと、マァムは言った。そしてその厄介者に情けをかけ、迷える道を共に歩むことが、アバンの弟子たる自分の役目であると。

 

――どうしてこうも、ノヴァみたいな奴に縁があるんだ。

 

ポップは明確な使命感を持つマァムの事が、正直苦手だった。可愛らしい外見には惹かれてならないのだが、何よりも息苦しい。この子にひたと見据えられると、自分の矮小さがさらけ出されるようで、居た堪れなくなるのだ。

 

そう、まるであの兄弟子の様に。

 

けれども、である。戦力としてどうかという話は、私情とは切り離して考えるべきものである。

 

「それなら話は早い。アンタが来てくれるなら、心強いよ。スグにこの村を出よう。」

 

 

 

 

 

村から離れ、ロモスの北を目指す。

鬱蒼とした森林を突き抜け街道を駆ける3人は、ダイの師であるアナキンとの距離を縮めるべく、ひた走っていた。

 

道中で、ポップはダイと出会う前後の経緯を、マァムに話した。本当はここら辺まで含めてレイラさんと話をしたかったのだが…。ダイの焦燥ぶりを見て、その道は捨てさった。そんな悠長な事は許されない。

 

ダイの顔色は、時間を追うにつれ蒼白になっていった。

 

「ダイ…もうここらで身を潜めましょう?貴方の様子、どう見ても普通じゃないわ。」

 

「マァム…出会ったばかりなんだ、巻き込むのは悪いよ。今からでも遅くない、ネイル村に戻ってくれないか。」

 

ダイは震えそうになる衝動を必死でこらえながら、マァムに告げた。意外な事にポップは喜んで同行を求めたが、ダイには手放しでは喜べなかった。

今言った通りである。初対面に近い間柄なのだ。

 

ポップとの口約束程の縁も無い。…もっとも、友人がその事に拘ってくれているからこそ、ダイはこうして仮初めの平静さを保っていられる訳である。掌を返されようものなら、闘気を全開にしてアナキンの元にスッ飛んで行ってしまうところである。

 

…もとい、こうして闘気を隠していても敵には看破される気がしてならなかったが。

 

「ダイ…こいつはコイツの事情で、オレ達と一緒に居てくれるんだ。感謝こそすれ、気遣いはよそうぜ。」

 

「その通りよダイ、私の事は気にしないで。何よりこのままま一晩中駆けずり回ってたんじゃ、イザッて時に何も出来ないわ。…それにアンタも、意外と見てるとこ見てるのね。」

 

「…お節介女に褒められても、嬉しかねーよ。」

 

ダイの心配を他所に、ポップとマァムは啀み合いすら始めそうな剣幕である。

 

――違うよ。2人ともまるで分かってない。

 

ポップもマァムも、厄介な魔王軍の重鎮に狙われているという自覚は有る様だが、ダイからしてみれば過小評価も甚だしかった。特にポップなんかは酷い。なまじ獣王との遭遇戦の際に新呪文など身に付けてしまったものだから、妙に自信をつけてしまっている。

いや、恐怖心を押し殺すために、意図的にハイになっている素振りすらある。

 

センスの無さにお墨付きを貰ったとはいえ、仮にもあのアナキンからフォースの導きを受けたダイには、分かってしまうのだ。

これから自分達が直面する事になる敵の、強大さが。

 

「このまま走り続けるのが、一番だよ。マスターと合流すること以外に、オレ達に出来ることは無い。」

 

ダイは青白い顔をしながらもキッパリとそう告げて、2人の視線の衝突に終止符をうった。

 

ポップの声は、掠れた。

どこまで見つめても絶望の光しか浮かべない目の前の友人の目に、気圧されていた。

 

「それは言い過ぎじゃないか?獣王の時とは違って、ちゃんとその剣を使うんだろ。オマエはアバン先生より強いストラッシュを使えるし、オレにはフバーハがある、おまけにマァムは遠距離からの回復までしてくれるんだ。そこまで怯える必要は無いだろ?」

 

――結構見所あるかも、コイツ。

 

マァムは少し、ほんの少しだがポップを見直した。フバーハというのはかなりの高等呪文だ。常ならハッタリと断じる所だが、この後に及んで大見得を切るということは、それなりに使いこなすのだろう。それに彼女は、チンケな男の吐く嘘が、直感的にわかる様になっていた。あの、低級冒険者達との出会いのせいで。

 

その事に加えて、ポップの言う通り、なるほど今のメンバーは確かに攻防のバランスが取れている。話半分に信じたとして、両親とアバン先生のパーティーにすらいい勝負できるかもしれない。

 

だが。

 

「…一時的には、堪えられるかもしれない。もし危ういと感じたら、本当に逃げてくれ。他人の心配してる余裕は無いよ…オマエにならもう、わかるだろ、ポップ。」

 

ダイが絶望的な声でそう告げると、ポップの手から杖が滑り落ちた。

彼は迫り来るルーラの光を見つめ、棒立ちになっていた。

 

その顔は、ダイ以上に蒼白である。

彼が咄嗟にルーラで逃げ出さなかったのは、何も勇気を振り絞ったとかそういう訳では無い。単純に、迫り来る膨大な魔力に圧倒されていたのである。

 

「何でお前がここに来るんだよ、バラン…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

マァムはフォースの事など知らない。

闘気や魔法の根本をなす概念など教わったことも無く、ポップの様にその妙技を又聞きした事すら無かった。

しかしそれでも。

 

いかに目の前に降り立った男が異常な存在かは、自身の震えが教えてくれた。

それはマァムにとっては、初めての経験だった。暴力的な男に対する嫌悪感だとか、自身の身体に走った生理的な不浄感だとかとは、程遠い感覚である。

 

生物としての本能が告げる、単純な恐怖感。

それが四肢の動きを妨げ、微動だに出来ない。

 

いや、それは何も彼女だけの事では無く、共に歩み始めた少年2人も同様であった。まして、フォースの道を知るダイと、カール王国にてその恐ろしさを思い知らされたポップの狼狽えぶりは、その比では無かった。彼等は、呼吸にすら困難を伴う程に、身動ぎ一つしなかった。

 

「そこを退いてくれないかしら?私達はこの先に用があるの。」

 

マァムは、いつぞや行ったモンスター退治の際と、まるで同じセリフを吐いていた。そうする事くらいしか、咄嗟には出来なかったのである。

 

「人間の小娘風情が、一端の口を聞くとは笑わせる。」

 

その男はせせら嗤うと、一歩踏み出した。

そして、たったそれだけの事で。

 

マァムの身体は一歩後じさった。全く意図せずに。それはもう、本能的な恐怖心に包み込まれていると言って間違い無いだろう。

 

「私こそ用がある…お前にな。」

 

その男は静かにそう告げ、ダイの目の前で立ち止まった。

 

ダイは、完全に気圧されていた。相手の実力は遠方からも嫌というほど思い知らされていたが、実際に相対するのとではまるで異なる。

それでも、彼は心までは屈せずに口を開いた。

 

「オマエは一体、何なんだ。オレになんの用だ。」

 

「我が名は竜騎将バラン、魔王軍超竜軍団の長だ。お前とは深き縁がある故、配下に迎えに来た。」

 

ダイは、生唾を飲み込んだ。

この男は、アナキンがフォースで伝えた通りのことを仄めかしてきた。

まるで悪夢のようだ。自分の身内らしき人物が、魔王軍に加担しているとハッキリ告げてきたのだから。

 

言葉すら返せないダイを見て、ポップが舌戦の口火を切った。

 

「…以前は世話になったな、バランさんよ。」

 

「誰かと思えば、尻尾を巻いた小僧では無いか。…お前があのスカイウォーカーという少年を呼んだのなら、それだけは好判断だったとほめてやろう。今回もとっとと失せるが良い。」

 

ポップは、バランが最後に少しだけ込めた脅しに、心の底から震え上がった。

どうしようも無いことが、嫌と言うほどわかるのだ。バランのいう事はまさしく然りで、今この場に踏みとどまることは全く意味を成さない。ダイにもさんざん推奨された、アナキンの下に助けを求めに走ることを、さっさと実行すべきなのだ。

 

しかし、バランの言葉は無情にも、ポップのその希望すら打ち砕いた。

 

「…もっともあの少年ももう、生きてはおるまいがな。私の部下も含めた4人の実力者が、無力化に動いている。あの獣王もそのうちの一人だ。さすがに凌ぎ切れんだろう。」

 

その瞬間、ポップの目の前は冗談抜きで真っ暗になった。

人間、あまりの心理的衝撃を受けると、誇張抜きでそうなるものである。ポップにしてみればあの獣王と同格の者を思い浮かべること自体が難しい上に、そんなのを4人も相手に対処する術など思いつきもしなかった。

 

そんな中で、唯一希望を失わなかったのはダイである。

 

――いや、マスターは確かに生きている。少し疲れてるみたいだけど、確かにこっちに向かうフォースを感じる。

 

彼はそして、このことをポップに伝えるようとして、思い留まった。

この中で、リリルーラを使えるのはポップだけだ。今の状態で増援の知らせに走ろうものなら、目の前のバランが確実に撃ち落とすであろう。こいつはそのくらい、平然とやる。それだけの苛烈さを秘めている。

 

タイミングは、慎重に見計らう必要があった。

 

「貴方はダイを迎えに来たというけど…ダイにその気は無さそうよ?機会を改めたら?」

 

ポップとダイが黙りこくる中で、対話の姿勢を忘れていないのはマァムだけであった。

 

――何呑気なこと言ってんだ、こいつが口で終わる訳無いだろう!はなっから実力行使を決めてるんだよ!

 

ポップなどは、軽い怒りすら込めてマァムを睨みつける有様である。

だがそのことによって、彼は少しばかりか冷静になるのであった。

 

「私とダイは、竜の騎士という希少な同族同士だ…。永らく離れていたが、こうしてようやく再開できたのだ。連れ戻そうとするのは、当然のことだろう?」

 

「…そうは思えないわ。」

 

その異様さを目の前にしながらバランを否定してみせるマァムの胆の太さは、天晴なものである。

ある意味で、ノヴァの不退の決意に通じるものがあるかもしれない。

 

実際に、彼女はバランに睨みつけられても、微動だにしなかった。

 

「貴様いま何と言った?」

 

「貴方の目からは、身内への慈しみがまるで感じられないのよ。モノ扱いしようとしているのが、透けて見えるわ。」

 

――あの悪質な冒険者たちと、同じ目つきよ。

 

さすがにそこまで言う勇気はマァムには無かったが、それでも彼女は一歩も引かなかった。

この男のやろうとしていることは、あの男達とまるで一緒だ。

その強引さがどんな不快な思いをさせるかを全くもって分からずに、自分の欲望だけを突き通そうとしている。

 

「ダイも、自分の意見くらいはハッキリ言ってあげなさいよ。こんな人に遠慮する必要は無いわ。」

 

こうして水を向けるところなんかは、見事なものである。

ダイはその言葉にようやく、アナキンすら認めた純粋なフォースをその身に、滾らせ始めた。

 

「マァムの言う通りだよ。ついて行くなんて冗談じゃない。アンタは…暗黒面に呑まれ過ぎている。アンタが魔王軍にいる時点で、オレ達に共通するもの何て無い。単なる敵同士だ。」

 

バランは怒りに目を滾らせ、その視線だけで見るものを殺しかねない勢いで言葉を紡いだ。

 

「あの少年と似たようなことを言うな…。まさかお前…。」

 

「そうだ、あのアナキンが、オレのマスターだ!」

 

ダイはそう言い放つと、ゆっくりと背中に負ぶった剣を引き抜いた。

師とその苗字から頂いた、天空の剣である。

 

ダイはその剣の持つ温かみに心の平静を取り戻し、そして額の紋章を爛々と輝かせた。この時の彼に、獣王との戦いの中で見せた遠慮や躊躇などは、微塵も無かった。その強大なフォースの揺らめきは既にアナキンのそれと同等であり、大地を震わせた。

 

「バカな…!」

 

その光景には、バランすらたじろぐ程であった。

竜の騎士としての成長を知る彼にとっては、ダイの紋章の力を初めて目にした時のアナキン以上の驚きがあった。通常、この年でここまで竜の紋章の力を操ることは出来ないのである。

 

それが可能だという事は、取りも直さずあの妙な力を持つスカイウォーカーがダイに同等の力を授けたという事である。

 

バランは瞬時に、戦闘態勢をとった。

つまりは彼も、紋章の力を発揮したのである。

 

「同じ紋章の輝き…?!」

 

マァムは仮にもバランが真実を語っていたことに、驚かされた。そして、こんな珍しい力を持つ者同士が、近い関係に無い筈がないことにも、すぐさま思い至った。

 

「ダイ、ちょっと待って!」

 

「オレと同じ力なら、一点に集中すれば撃ち抜ける!わかってるな、ポップ!」

 

「おう!今度は間違わねえぜ!」

 

しかし、マァムの静止はまるで用を成さなかった。

ダイは眼前の敵に集中していたし、ポップはポップで、敵の迫力に呑まれずに魔力を高めることに必死であった。

 

二人揃って、つい先ほどまでの動揺は微塵も無い。

ダイは完全に頭を戦闘モードに切り替えており、その彼の声が心に染み入ったポップは、生来の臆病な気質を友人との約束が包み込んでいた。

結果的にこの時の二人は、歴戦の兵もかくやという程の連携ぶりを見せた。

 

ダイは竜闘気をその剣先に、ポップは魔力をその指先に集中して、それぞれ最大の効果を発する技を同時に放ったのである。

 

「ストラッシュ!」

 

「メラゾーマ!」

 

ダイは持ちうる中で一番の威力を持つアバン流奥義を剣先の一点から撃ち、ポップは一番得意とする最大の呪文を、指先に魔力を絞り込んで撃った。

 

出力が上がったそれぞれの技は、まっすぐな直線を描いてそれぞれバランの身体に向かった!

 

どちらにも、並々ならぬ威力が込められている。

ダイには確信があったのだ。先のクロコダインとの戦闘において、自分の特殊なフォースは、攻防の両面において十二分な高まりを与えてくれた。その一方で、要所要所では、バカにならないダメージを負ってしまった。

つまりは、防ぎぎきれるダメージには限界があるのだ。

 

その時の経験が彼にもたらした知識が、今の戦法である。

 

如何に異様な佇まいのバランとはいえ、これでは…。

 

確かな手ごたえを感じて見つめるその先では、竜闘気を展開したバランが平然と立っていた。

 

「バカな!あり得ない!」

 

ポップが悲鳴を上げた。

今のメラゾーマは、デルムリン島でつかんだ感触を忠実に再現して、高い密度で放った。

高位の賢者が使うフバーハですら、貫通してみせる自信があったのだ。

 

それなのに…。

 

バランには、まるで効いていない。

 

ポップとて、竜闘気に関してはダイと同じくらいの分析を成していた。

それがこの様な結果に終わるとは、つまり…。

 

闘気の容量がダイとはそもそもからして異なり、見事に防がれた。

攻撃自体が、見切られていた。

 

のどちらかである。

 

いずれにせよ、実力的に隔絶した差があるということなのだ。

 

「…その年にしてよくぞそこまで竜闘気を扱ったと褒めてやりたい処だが…。相手が悪かったな。」

 

絶望が、彼等の心を包み込んだ。

 





やはりバランの登場シーンには、このくらいの絶望感が無いとダメですよね。
以前描いた時は、向かった先にひょっこり居る感じでしたので、拍子抜けもいいところです。

まだまだバランのターンが続きます。…というよりも、彼はずっとこんな感じですね。


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竜の騎士の親子 中編


いよいよバランが本領発揮します。


どうぞよろしくお願いします。


 

 

ダイもポップも、あまりの事に棒立ちとなっていた。

今の攻撃は、間違いなく自分たちが今できる最高の攻撃であった。それが全くもって、効果を及ぼさなかったのだ。

 

しかも、ポップには何がどうしてこうなったのか、まるでわからなかった。

 

「ダイ、見えたか?!防がれたのか、躱されたのか、どっちだ!」

 

「…オレのストラッシュが弾かれて、ポップのメラゾーマと衝突した。」

 

――ハッ?

 

ポップには、ダイが何を言っているか分からなかった。

しかし彼がよくよくバランを観察すると、攻撃前までは何も持っていなかった右手には剣が握られていた。その刀身からは確かに、強力な技を受けたような煙が、微かに上がっている。

 

つまりは、避けたり防いだりする以前に、その身に届きすらしなかったという事になる。

 

続けて放たれたバランの言葉に、ポップは震え上がった。

 

「…どうやら今のが精一杯だったようだな。そんな見え透いた攻撃では、この私には傷一つつけられんぞ。」

 

――つまりは、やり方さえ間違えなければ攻撃は通じるわけだ。

 

ダイはバランの言葉を、迷わずにその様に解釈した。強引な曲解であることは、百も承知である。

しかしアナキンによってもたらされた訓練によりダイは、眼前の敵への対処に集中し切っていた。

分からないことに悩む暇はないのである。常に動き、考え続けなくてはならない。

 

「はああああああ!」

 

ダイは雄たけびを上げると、両拳を握りしめて自身の中に眠る闘気を引き出した。

温存が出来る相手ではない。

今のストラッシュ以上の攻撃を、直ちに行う必要があるのだ。ポップにこれ以上の攻撃は無理だ。ならば彼自身がやらねば、相手の思うがままにされてしまう。

 

――ライデイン!

 

ダイは掌をかざすと、電撃呪文を放った。この呪文は、師から褒められた非常に稀有な記憶となって、彼の心の中にあった。

それだけに一切、慢心しなかった。

 

「マァム、伏せろ!」

 

ポップは、ダイの攻撃が想像を絶するものになると予感して仲間の下へと向かった。

もとい、悠長に駆け寄っている余裕もない。

 

リリルーラでタックルをかますようにして、その場に押し倒したのだ。

 

その次の瞬間、ライデインが連続して、バランの直上から降り注いだ。

 

雷撃は、常人には反応すら許さぬ速さで宙を駆る。ダイはストラッシュの速度ですら見切られてしまったことから、自身の中で持つ最速の攻撃手段をとったのだ。それも一撃では済まさず、4発、5発と、立て続けに叩きこむ。

 

そして。

 

即座に追撃に移った。

 

敵は依然、健在である。

 

バランはダイのストラッシュを弾き返した時と同様に、全ての雷撃をその剣で受け止めていた。しかし、今度はすぐさま弾き返すには至らず、そのための”溜め”を必要としている。

 

やはり思った通りである。いかな上位者とはいえ、凌げる攻撃には限界があるのだ。

 

「大地斬!」

 

ダイは、まず相手の足元を崩すことにした。

これは、訓練の最中にアナキンがよくやってきた、かなり頭に来る戦法だ。地面をたたき割り、それまでの予備動作を強引に崩し去るのである。

 

「なにぃ?!」

 

――それ見たことか。

 

バランから動揺するような声が上がり、ダイは上手くいったと思い込んだ。

そして、勝負をかけるのは今だと、即座に地を蹴った。

 

――海破斬!

 

天空の剣を握りしめて、直接攻撃の手段としてその速度を活かし、相手を断ち切る。

もちろん、背後からである。

 

ダイに躊躇いは無かった。やらなければこっちがやられるのである。

 

「所詮は子供だな…。猿芝居に引っかかりおって。」

 

バランの対応は、完全に予想の上を行った。

何と、剣をその場に突き立てたのである。

 

----マズイ!

 

と思った時には、既に遅かった。

 

雷撃が地を走り、ダイの身体を撃ち据えていた。彼には知る由も無い事であったが、逆流雷という自然法則を魔力的に応用した攻撃であった。

ダイは予測すべきだったのだ。自分と同質の力を持つ相手なのだから、同じく雷撃呪文にも熟達している事を。

 

アースされた分かなり威力が下がったとはいえ、それでも完全な不意打ちであった。ダイは雷撃の衝撃に吹き飛ばされ、闘気で防ぎきれなかったダメージにより、身動きを封じられた。

 

「ダイ!」

 

「どいて!」

 

ポップの悲鳴が上がり、マァムの檄が飛んだ。ズドン、と特徴的な銃声が響く。彼女はポップに組み敷かれた状態から、魔弾銃を撃ったのだ。

 

そして次の瞬間には、ダイの身体を回復魔法の光が包み込んだ。

 

「もう1発…。」

 

マァムは手を緩めなかった。彼女のダイに注ぐ目は、完全に獲物を狙うそれである。実態としては真逆の事を行ないながらも、彼女もまた戦っているのだ。戦場に身を置くことを、意識していた。

 

素早く魔弾銃の弾丸を交換しながら狙いを付け、トリガーを引く。その時には既に、彼女の左手は空になった弾丸に回復魔法を装填し始めていた。

 

「成る程…。そいつは厄介だな。」

 

ポップは、バランの呟きにいち早く反応した。

彼は読んでいたのだ。敵がこのまま、回復手段を放置はしないだろう事を。

 

そして今まさしく自身がされた攻撃と、同じ手段を用いて対抗して来るであろう事も。この男には、それだけの余裕があるのだ。

 

ライデインだ。

 

しかも、ダイのを上回る威力で放って来る。

 

ポップは全魔力を注ぎ込み、半球型の防御呪文における天頂部分を特に強化して、魔力の障壁を形成した。先の獣王戦で身につけた、自慢の技である。

 

そしてその読み通りに、彼はバランの雷撃呪文を受け止めた。

 

一瞬だけ。

 

「嘘だろ?!」

 

バランのライデインはフバーハの直上から降り注ぐと、一瞬の拮抗状態の後に、全方位からフバーハを押し包んだのである。ポップが天上からの直撃に備えた盲点を、それは見事に突いた。

 

ポップとマァムはそのとてつもないダメージに悲鳴を上げ、その場に撃ち据えられた。

 

----経験値が、違いすぎる!

 

ポップは、闘気とか魔力の大きさ以上に、小手先の技術ではどうしようも無い差を思い知らされていた。この男は、たとえ同じ威力で呪文を使ったとしても、自分達には想像もつかない方法でそれを用いてくる。

 

しかも、器用だから出来るとかいう次元ではなくて、実際の交戦経験に基づいてそれをやって来る。彼には知る由も無い事であったが、バランはアナキンにこの呪文を弾き返された経験から、今の様な撃ち方をしたのである。

 

ポップは、そしてダイも、同じ様に現状を把握した。

 

勝てる訳が無い、と。

 

「…これで、煩い外野も沈黙したな。まだ諦めがつかんか?」

 

バランはこれまでの戦闘で、擦り傷一つ負ってはいなかった。いや、そもそも彼にとっては、戦闘ですらあったのかが疑わしい。実質的に.現在のバランはカール王国侵攻時とは別物である。

今の彼は魔王軍に入った目的のうち一つを、この瞬間に果たそうとしているのだから。

 

アナキンに言わせれば、フォースの量は同じでも、その充実度がまるで異なる、といったところか。

 

だが、ダイは諦めなかった。

この身は未だ、万全だ。マァムの回復呪文は、故郷でのブラスじぃちゃんのそれより、効き目が良い。仲間が作り出してくれたこの状態を、無駄にする訳にはいかないのだ。

 

それに…。

 

「これしきで惚けてたら、マスターに殺されちゃうからね。」

 

軽口を叩きながらも、ダイは必死で頭を巡らせていた。このままでは、いやもう既に、自分達は詰んでいる。現状を打破する手段は、無いのだ。

 

ポップがあそこまでのダメージを負わされては、最早リリルーラでアナキンに合流して貰う手段すら、奪われてしまっている。

 

自分が、何とかするしか無いのだ。

 

持ちうる技も、呪文も。恐らく全てが通用しない。しかしそれでも、この状況をどうにかしなければ、自分は相手の思い通りにされる。洗脳でもして、ネイル村のみんなを殺させようとでもするのだろう。そんな事は、真っ平ご免だった。

 

----オレの中の不思議な力…マスターすら驚愕させた、紋章の力よ。お願いだ、まだ何か眠っている力があるなら、今この瞬間に教えてくれ!オレの技では、どうしようも無いんだ!思いも寄らぬ手段で、防がれてしまう!

 

そうして彼は、一瞬のうちに自己のフォースとの対話を行った。

 

「良い目をするな…。これ程まで力の差を見せつけられて、まだ諦めていない。同じ竜の騎士として、誇らしく思うぞ。だからこそ、お前が人間如きに肩入れし、その程度の力に満足している事に我慢がならん。私なら、お前の師以上にお前を導くことができるものを。」

 

思わぬ言葉に、ダイは自己との対話を中断してしまう程に、面食らった。それは彼にとって、許し難い言葉であった。

 

「ふざけんな!オレの先生は、アナキン・スカイウォーカーだ!お前なんてメじゃない!」

 

「ならばこの状況をどう言い訳する。中途半端な指導で弟子を放り出し、お前はこのザマだ。…もとい、人間如きに我々竜の騎士の器が測れよう筈も無い。共に来るんだ、私がお前の修行を完成させてやる。」

 

「黙れ〜〜〜!」

 

ダイは、それ以上の言葉を聞きたく無かった。そして止むに止まれず、現状で出来る限りの手段をとった。

 

ストラッシュを放ったのである。

 

ダイにはもう、一撃に賭ける手段しか残されていなかった。自己との対話の結果は、絶望的であった。恐らく自身の内に眠る力は、目の前のこの男にも等しく宿っている。

 

己の潜在力を全て発揮したとしても、どうしようも無いのだ。もう、ヤケクソになるしか無かった。

 

「…それしか無いだろうな。」

 

バランは既に破った技を繰り出された事に、失望した様だ。彼とて今の会話で、ダイの心変わりが促せるとは思っていないのであろう。単純に、アナキンがヒュンケルやラーハルト達にした様に、心理的に揺さぶって行動を読みやすくしたに過ぎない。

 

先に破られた時と同じ闘気が込められたバランの剣を見て、ダイの目が強い光を放った。

 

----そこだ!

 

小細工が通用しないことは、ましてや破れかぶれの一撃が通用しない事は、ダイにも分かりきっていた。だからこそ動揺の奥底に、目論見を隠したのである。

 

「コレが、マスターから学んだやり方だ!」

 

ダイは叫び、音速の壁を突き破って突進をかけた。

 

狙いはただ一つ。

 

闘気波たるストラッシュの命中する、まさにその場所。

バランの持つ剣、そのものである。

 

そこに向けて、ストラッシュの着弾と同時に、ダイは地斬を叩き込んだ。

 

----ストラッシュ・クロス。

 

後にこの技の発展型は、ダイ自身によりそう命名される。この時の彼は、ストラッシュに闘気波タイプと剣技タイプがある事は知ら無かった。よって、将来発揮される威力の半分も出せてはいない。

 

しかし、それでも。

 

バランの不意を突くことには成功した。如何に歴代の記憶を引き継ぐ竜の騎士とて、未知の技には不意を突かれざるを得ないのだ。

 

バランは大きくよろめき、剣同士の衝突に押し負けた。そして…。

一撃目のストラッシュが竜闘気の防御を突き破り、バランの額に傷を刻み込んだ。

 

----やった!

 

ダイはこの絶望的な戦いが始まってから初となる確かな手応えに、心を揺さぶられた。

そしてその瞬間を、ポップとマァムも見逃さなかった。

 

「ダイ、メラゾーマが行ったぞ!」

 

ポップはなけなしの魔力を使い、バランに追い撃ちをかけていた。もはや出力を高めるだけの余裕は無かった。オーソドックスな火炎呪文である。

 

「力を抜いて。」

 

全力の一撃を見舞い即座には動けないダイを、マァムが背中から抱き止めた。

そのまま飛び退る。

 

そして大火炎の直撃が、バランを包み込んだ。

 

「今の内だ!逃げるぞ!」

 

ポップはこれで仕留めきれたと判断するほど、楽観視してはいなかった。この後に及んでは、撤退こそが唯一残された手段である。バランが立て直す前に、すぐさま行う必要がある。

 

しかしバランの反撃は、直後に行われた。

 

「…バカな…」

 

ポップは多角形を模る闘気の奔流に背中を射抜かれ、地に這わされた。それは紋章閃という、竜の騎士の秘儀の一つである。バランにそれを使わせただけでも、彼の判断力は大したものである。

 

しかしその代償に、ポップは全ての体力と気力を、奪い去られてしまった。

 

「マァム、頼む!」

 

ダイは、戦慄きながらも仲間の名を呼び、彼女に行動を促した。

 

あまりのことに彼女は、魔弾銃を取り落としてしまっていた。しかしダイの声にハッとなり、すぐさま自らの手でポップに回復呪文をかけ始めた。その顔は蒼白である。

 

無理のない事だった。彼女は見てしまったのだ。

 

バランは、微塵も揺るがなかった。

確かな一撃を与えた筈なのに、ものともしていない。

 

ダイ達ですら少々の痛みには耐えられるのに、彼がそう出来ない無い筈もない。

 

「…見事な一撃だった。」

 

賞賛の言葉とともに、彼を覆っていた火炎がゆらりとたなびくと、それは凄まじい闘気の奔流に押されて弾け飛んだ。

 

その大爆発とも呼べるべき激震を走らせた男の身に、さしたる傷跡は無い。

 

ただ一筋の血が、額から高い鼻筋を通って、地面に滴っている。

 

それだけである。

 

ダイ、ポップ、マァムの3人は、絶望感に打ちのめされながら爆風に飲み込まれ、地面に叩きつけられた。

その衝撃の凄まじさは彼らから、手足の動きを完全に奪い去ってしまった。彼らはようやく一つ、バランについて知ったのである。

 

今のでようやく、実力を晒したのだ。それも、闘気を全開にしただけで、コレである。

この上で攻撃などされようものなら、一体どうなるのか。まるで想像がつかない。何せこちらは、ポップの身と引き換えに手の内を一つ曝け出させたに過ぎ無いのだ。

 

----余りにも次元が、違いすぎる。

 

わかりきってはいた事だが、ここまで差があるとは、まるで悪夢である。

 

「恐れ入ったぞ。少々低く見過ぎていた。」

 

しかし、この事態に一番驚いているのは、他ならぬバランであった。まさかダイがここまでの戦闘センスを秘めているとは、思わなかったのである。

 

そして…。この姿のままで目標を達成するのは、難しい判断した。

 

このまま畳み掛けることは、造作も無い。いかに回復呪文がかけられているとはいえ、ダイの闘気は尽きかけている。そもそもの攻撃手段にも事欠く。今の技だけは警戒せねばならないが、それだけに注意を払えば良い現状など、彼にしてみれば最早勝負にならない。

 

しかし。

 

----コイツの心には、師への信頼が、未だに残っている。人間ごときの残滓が竜の騎士の心にこびりつくとは、我慢がならない。その浅はかな信頼を消し去り、心を完全にへし折るには、まだまだ足りぬと見える。

 

バランは心を決めた。

 

「私も浅はかだな。なまじ同じ姿をしているから、同列で語られてしまうのだ…。ならば、こうするまでよ。」

 

そう呟くとバランは、人の姿を捨てた。

 

顔面を伝う血の色が紫に変色すると、見る見るうちに傷口が塞がっていく。骨格が変化し、身体そのものがより攻撃的なフォルムへと作り変えられて行くのである。挙句には、背中に禍々しい翼まで現出する有様だ。

 

それはもう、人間とは呼べない姿であった。

 

「これぞ真の竜の騎士、竜魔人と呼ばれる姿だ。…この姿をとった私の前では、オマエが師から授かった技などは児戯に過ぎない。…さあ、私と共に来い、それがお前の為だ。」

 

ダイは、恐怖心のあまりに吐きそうであった。

実際に口が、塞がってしまう。

 

それ程までに、目の前の相手は恐ろしかった。これまでも間違いなく隔絶した存在であったのに、そのはるか上を行かれたのである。自分と同質の力を秘めていると想定したのが、そもそもの間違いだったのだ。これはもう、完全な別物である。

 

かろうじて絞り出せたのは、単純な疑問であった。

 

「…そんなになってまで、何がしたいんだ。」

 

「私の目的は一つだ。人類を滅ぼす。」

 

ダイは直感的に、その言葉が本音では無いと感じた。

理論的矛盾だとかそういう問題ではない。こんな姿をとる者が、このような言葉を吐くこと自体に、激しい嫌悪を感じたのだ。

 

ダイの心は完全に折れかかっていたが、この言葉にだけは絶対に屈してはいけないとわかった。

 

「その身を変えてまでする事かよ…失望させないでくれ。アンタは、力に呑まれてる。正気じゃない。」

 

ダイの脳裏に浮かぶのは、デルムリン島における唯一の、忌まわしい記憶である。

あの奥地には、島のみんなの祈りが封印されていた。島でただ一人の人間であるダイを守る為だけに、モンスターとしての生来の攻撃性と捕食本能を、必死で抑えようとしてくれたのだ。そしてその本性への恐れ、悲しみを、溜め込んでしまっていたのである。

 

皆が自分のために捨て去ろうとしたものを敢えて取り込むなんて、この男はどれだけ歪んでいるのか。どんな高尚な目的のためにその身を獣にやつしたのかと思えば、身も心もモンスターに成り下がっただけではないか。

 

「怒り、憎しみ、攻撃性…アンタの背後には、フォースのダークサイドしか見えない!そんなのがあんたの…竜の騎士の正体なのかよ!笑わせるな!」

 

「オマエの師も、中々に良いことを言う。その通りだ。生温い感情など、我ら竜の騎士には不要だ!やがてお前にもわかる時が来る、この姿に覚醒する瞬間が訪れるだろう…。」

 

ダイは本能的に、バランの言うことが真実だとわかってしまった。しかし、そんな事は受け入れられない。とてもではないが、こんなのが自分の本当の姿だとは思いたくないのだ。

 

ダイの心は、悲鳴を上げていた。

そんな悲しい事があって堪るかと。

 

「やめろ!マスターは…アナキンは、それでもオレの力を素晴らしいと言ってくれたんだ!自分の身を守る闘気は、いずれは自分も身につけたいと。邪心なく雷を操れるのは、オレの心が純粋だからだって…。こんなオレでも、平和の守護者たるジェダイの一員として、認めてくれたんだ…。」

 

「成る程な…。実に人間らしい、言葉の上手い奴だな。だが…気づいているのか、あの男の抱える闇の深さに。そもそもお前は、師のことを理解しているのか?」

 

思わぬ事を言われ、ダイは面食らった。頭が真っ白になってしまう程に、それはショックな言葉であった。

これ程容易く精神的に揺さぶられるなど、ジェダイとしてはあってはならない事である。

 

しかし、ダイもまた1人の少年である事には変わりが無かった。

彼は、バランの話術に引きずり込まれた。

 

「アナキンはジェダイの騎士で、オレのマスターだ。それが全てだ。」

 

ダイの声に、寸前までの力はなくなっていた。

 

「奴自身もそう名乗っていたな…。しかし、その名字については思いを巡らせなかった様だな。奴を討ちに行った4人の中には、スカイウォーカーという名字を調べた者がいる…そんな名の王侯貴族は、この世界には存在しないそうだ。ましてやあれ程の力を秘める男だ、一体どんな生まれなのだろうな?」

 

「オレには関係無い!マスターは、知識と力に精通した立派な人物だ。オレにとっては、アバンって人よりも偉大な先生なんだ!そう思っている。…オレにはそれだけで、充分だ!」

 

「いいや、十分では無いぞ。よく聞け。」

 

ダイは、初めて会った時にアナキンからされた事を思い出していた。あの時彼は、ザボエラという魔王軍の幹部が放つ言葉の悍ましさから、自分を守ってくれた。

けれども今、彼の耳を塞ぐあの温かなフォースは、ダイの周りには無い。

彼は、一人きりであった。

 

「お前は無知だ。そもそも自分の…竜の騎士の事についてすら、素直に知ろうともしない。我々は、魔族・竜族・人族の神々がその力を結集して築き上げた、神威の代行者だ。彼らの恩寵に預かりながら卑しくも魂を堕落させた人間達を、我々の代で討ち滅ぼす義務があるのだ!

 

これは私のカンだが…。スカイウォーカーというあの男もまた、我々と同じく、神に選ばれし者の筈だ。そしてあの、人を食った目の下には、他言できぬ過去を隠している。お前にも、隠したことがある筈だぞ。…私とお前の関係について、真実を語らなかった筈だ。

 

この時間、この場所で我々が邂逅を果たしたのは、どう見ても偶然では無い。あの男の指示に他ならない筈だ。さあ言え、あの男は何と言ってお前を、この荒野に導いたのだ!」

 

「竜の騎士がこっちに向かっているから逃げろと…。アンタは、オレの動揺を誘うために、身内を騙ると。」

 

「違うな。私こそが、お前の父親だ。」

 

ダイはこの瞬間のことを、生涯忘れないだろう。

言葉は力、そのものだ。

 

それに込められた思いが、時として勇気を与えるように。その反対に、受け入れがたい言葉はそれだけで、暴力となる。人の心に、深い傷を刻み込むのだ。

 

----やはり、こうなってしまうのか。

 

ダイはもう、この事には薄々気がついていた。

単刀直入なアナキンが、あの時に限っては妙に歯切れが悪かった。その事から、何となく嫌な予感はしていたのだ。

 

けれども、予感するのと現実として突きつけられるのとでは、まるで異なる。

 

諦めにも似た境地が訪れると思っていたのに…、こんなのはあまりにも酷すぎて、諦める気にもなれなかった。

 

「やめてくれよ…。オレは、落ちこぼれもいいとこだけど…仮にもジェダイなんだ。そんな強い憎悪を撒き散らしておいて、気づかないとでも思ったのか?アンタはダークサイドの奴隷だ!何が魂の堕落だよ、自分こそ憎しみに囚われて、竜の騎士の役割を忘れてるじゃないか!

 

竜の騎士がそんなに立派なら、何で魔王軍なんかに加担してるんだ。神様から貰った力を持って、一つの勢力に肩入れしたらダメじゃないか。やるなら一人でやれよ!オマエみたいな奴がオレの父さんだなんて、何かの間違いだ!いっそ縁を切ってくれ!オレは、デルムリン島で爺ちゃんに育てられた、人間のダイだ!竜の騎士なんかじゃない!」

 

その言葉は、ダイの願望に他ならなかった。

ジェダイの教えを受けた後にようやく出会えた父親が、まさかその精神に逆行するような男だったなんて、悪夢でしかない。

夢なら今すぐ、覚めて欲しかった。

 

けれども、それを許すほどに、眼前の存在は甘くはない。

もとい、彼の胸中に宿る人間の浅ましさへの怒りが、これしきの言葉で払拭される筈も無かった。

 

「どうやら、予想以上に悪質な思想に汚されているようだな。…間に合って良かった。今ならまだ、取り返しがつく。」

 

そう言うと、バランは額の紋章を爛々と輝かせ始めた。

ダイには嫌な予感がした。今までの力にあかせた攻撃などまるで及び持つかないような事が、自分の身に起ころうとしている、と。

 

その時、ダイの頭にこれまでの思い出が、走馬灯の様に駆け巡った。

 

鬼面同士に抱き抱えられる自分、笑顔で微笑むじぃちゃん。デルムリン島のみんな、不思議な友達のゴメちゃん。厳しくも優しかったアナキン、そして臆病だけど初めての友達の、ポップ。そして、出会って間もないマァム。

そして…。

都会的な、一人の少女。

確か、どこぞの国の偉い人だった。けれどもそんな素振りは全然なくて、ひたすらに天真爛漫で。難しいことも優しく教えてくれて…。

初めてこの紋章の力を出せたのも、あの子と出会った時だった。

 

その事に思い至り、ダイの顔から表情が抜け落ちた。

 

今、自分が何をされているのかに思い至ったのである。

 

「やめろ〜〜〜〜!」

 

ダイは心の底から叫んだ。

ダメだ、あの子の思い出だけは、絶対に無くしたくない!

恐ろしいアナキンなぞ、思い出なんかなくったってすぐにでも思い知らされる。いっそ消し去ってくれることには、感謝したいくらいだ。

 

けれど、あの子のことだけは、忘れる訳にはいかない。たしかどこぞの王女だとか言ってたはずた。きっとこの世界のどこかで、助けを必要としている。自分がジェダイとして一人前になれたら、助けに行こうと思っていたんだ。

 

それが、こんな形で奪われてしまうなんて…。

 

「ポップ…リリルーラだ…。お願いだ、マスターを…呼んで来てくれ。コイツはもう…どうしようもない。」

 

ダイは、既に手遅れになのがわかってはいたが、それでも助けを求めずにはいられなかった。

自分の中で、大事な記憶が消されていくのがわかる。

 

こんな事は、あのアナキンですら不可能だろう。

自身の額で光り輝く紋章が、恨めしくて仕方が無い。

この超絶の事態は、バランとの望みもしない絆が成す、呪われた所業だ。

 

せめて、額ではなく別の場所に発現してくれたら、まだ何とかなっただろうものを…。

 

ポップは呆然としていた。突如として苦しみ出した友人の額から紋章の輝きが薄れていく光景を、彼は何もできずに眺めていた。そして、自らにかけられた言葉の持つ意味に気付いて、絶叫するのであった。

 

「バカ言うなよ!この後に及んで…死んだってごめんだぜ!誰がお前を見捨てて…」

 

「マスターなら…アナキンなら、絶対何とかしてくれるんだ!だから頼む…もう、これ以上耐えるのは、無理だ…!」

 

「そんなの絶対にできない!やめろよ!オレを卑怯者にしないでくれ!」

 

ポップは必死で叫んだ。

心の叫びに抗う様に。

 

彼は今、本気で逃げ出したかったのだ。勘弁して欲しかったのだ。

どだい無理な話だった。少しくらい魔法が使えるからって調子に乗ったのが、そもそもの間違いだったのだ。

自分は名字すら持たない、ランカークス村のポップなんだ。こんな、目の前で確かに起こっていることに想像すら及ばない事態に巻き込まれるなんて、真っ平御免だった。

多少ぶん殴られようとも素直に頭を下げ、あの退屈だが穏やかな故郷に帰れば、まだ見ぬ未来がある筈なんだ。こんな所で終わりたくは無いんだ。

 

こんな事を考えてしまう自分が恨めしく、そして本当に逃げ出してしまいたかったのだ。

 

「頼む!オマエにしかできないんだよ!」

 

ダイの叫びに、ポップは涙した。

彼にはダイが、何を言っているのかわからなかったのだ。本気であの金髪の少年を呼びに行けと言っているのか。それとも…既に望みはなく、単純に自身をその言葉で逃がそうとしてくれているだけなのか。

 

恐らくは、両方だ。

 

この状況が既にどうしようも無いことは、誰の目にも明らかなのだ。どれだけ未知のパワーを秘めていようが、時間だけは止められないだろう。仮にバランを止められるだけの力を持つ者がココに来ようとも、もう、間に合いようが無い。つまりは助けを求めるということは…。

 

「約束したろポップ!お願いだ!オレを…助けてくれ!」

 

ダイのその一言に、遂に彼は動いた。

 

そうだ。恐怖心に負けて、卑怯者に成り下がることなんて…。まるで容易い。何度だってやり直しがきく。

 

でも、今この瞬間に、もしもダイを失ってしまったら…。

 

「くそったれがー!」

 

ポップは叫び、そして拳を突き出すと、呪文を放った。

効果が無いと知りつつも、そうせずにはいられなかった。単純に移動を図ったのでは、撃ち落とされることがわかり気っているからだ。いかに未知の技を使用しているとはいえ、相手はバランだ。そのくらいの余裕は残しているだろう。

 

だが…。

 

リリルーラを唱える必要は、無かった。

すぐ側に、助けを求めた人物が近づいているとわかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

それは、あの独特の低音を響かせて宙を走った。

 

楕円を描く、セイバースローである。

 

さすがのバランでも、ダイへの精神鑑賞を中断せざるを得なかった。

ポップの呪文と同じように今の自分にとっては脅威となる攻撃ではないが、それにしても彼の脳裏を一つの事実が過ぎった。

 

「…破れたか、ラーハルト…」

 

ここまで苛烈な道に走るバランとて、信頼する相手がいない訳ではない。

その対象が無残に散ったということを、現実は物語っていた。

 

そして何よりも、この男もカールで出会った時とはまるで異なる雰囲気を漂わせている。

あの時の彼は、どこか飄々としていた。実力は頭抜けていたがその全ては発揮せず、あくまでこちらの手管を探ることに集中していた。本気ではあるがまだまだ底を伺わせない、そんな余裕があった。

 

だが。

 

今の彼に、以前の面影はまるで無い。

殺意の塊と化していた。

溢れ出んばかりの怒りを宿らせた瞳は、青色から禍々しい黄土色に変わっている。

 

バランはその瞬間、かつて相対した冥竜王ヴェルザー並みの邪悪さを感じ取った。

自身がその身を竜魔人に変えたように目の前のこの男も、人間性の蓋を開けたのだ。

 

そしてその結果…まるで異なる存在と化していた。

 

その事を象徴する様にあの、見慣れぬ剣が…。

 

紅い凶星の輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ次話で、このシリーズを始めた目的である、竜魔人バラン vs ダークアナキン戦です!

当初はダイが言ってたようなことをアナキンが言い募って、ブチ切れたバランが竜魔人化する予定だったのですが…。
弟子にセリフをとられてしまいました。


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竜の騎士の親子 後編


地の文が長くなりましたが…。

どうぞよろしくお願いします。


 

 

 

――助かった!

 

安堵のあまりにそう呟きかけたポップは、言葉を飲み込んだ。

アナキン・スカイウォーカーと顔を合わせるのは、これが二度目である。しかしとてもでは無いが、以前見た人物と同じ人間とは思えなかった。

 

ポップには、あの不思議に大人びた少年が、今では疲れ切った老人の様に見えた。

繰り返す事に憂いた処刑人の、成れの果ての様である。

 

「…愚か者め。」

 

アナキンは、冷静さを残した声で、そう告げた。別に相手の反応など、求めてはいない。

耳を傾けられる状態で無いことは、一目瞭然である。

 

「表面的な力に溺れ、ダークサイドの侵入を許すとは…傲慢にも程がある。」

 

アナキンは軽蔑し切った目で、目の前の愚者を見つめた。

 

ダイの事だ。

 

彼には許し難い事だった。まるでなってないと思っていたが、ここまでバカだとは思わなかった。こんな未熟者を一時でも信頼してしまった自分は、まさしく道化である。

 

もはやアナキンは、ダイを直には見てはいない。額に輝いていたフォースが失われ、右手に集中し始めていることから、大体の経緯を悟ったのである。精神的な洗脳…その一歩手前くらいのことをされたのであろう。

 

ここまで見事にハマるジェダイは、もはやそう名乗るに値しない。

 

しかしそれ以上に許し難い者が、目の前には存在していた。

 

「そんな姿をとらなければ、ガキ一人の相手も出来ないのか。」

 

アナキンの眼前には、ダークサイドに溺れ、漆黒の仮面を纏ったシスの暗黒卿が、在りし日の姿のままに佇んでいた。

そう…。前世での過ちの象徴、ダース・ヴェイダーである。

 

----住む世界を変えてまで、こんな事を繰り返すのか、お前は。

 

アナキンは、心の中でそう呼びかけた。

 

「戯言はそれまでにしてもらおうか…。お互いに、相手のことをとやかく言える姿では無い筈だぞ、スカイウォーカー…今のお前は、あまりにも邪悪だ。」

 

バランの声が響き、アナキンはその幻影から解き放たれた。

しかし眼前の事実は、何も変わらない。

 

少しばかり姿形が変わり、力を増した程度で…やろうとした事は、全く同じである。

 

後世を、悪へと導く。

スラム街でのならず者達と全く同じ事が、成されようとしていたのだ。

 

いや、彼らにはそうする事でしか明日を生きられないのだから、その罪はまだ軽い方だろう。しかしアバンとの会話では、この男も自身と同じくらいに稀有な生まれだと伺えた。それが本来の…。

 

アナキンは、それ以上思いを巡らせるのをやめた。もはや意味を成さないからだ。

 

「バカのやる事は、時間と場所を問わないな。竜の騎士というのも、タカが知れる。」

 

アナキンはもう、心を決めていた。

バランにだけは、容赦しないと。持ちうる限りの手段を全て用いて、打ち倒すと決めたのである。そう、全てである。

 

当然、フォースの暗黒面も含まれる。

 

彼には確信があった。今なら、ジェダイとして暗黒面すら正気を保ったままに使いこなせると。その思い込みが如何に多くのジェダイをシスに転向させてしまったかを、重々承知の上で。この様に判断していた。

 

「妙な力をつけた程度で思い上がるなよ、人間風情が。確かにお前から感じる闘気は、以前とは比べものにならん程に凶々しい。…しかし竜魔人と化した私には、その程度の力などは等しく無意味だ。」

 

「…なるほど。確かにお前は、自力でフォースに目覚めつつある様だな。このバカ弟子では、手に余る訳だ…」

 

アナキンは、密かに慄いていた。

 

――これは、洗脳とはまた別だ。

 

ダイのフォースを探ったアナキンは、弟子のフォースが以前と僅かに異なることに気がついたのだ。ダークサイドに染め上げられているとかそういう問題ではなく、質的に別物となっている部分がある。まるで、記憶の一部でも奪われたかの様に、別人のフォースとなってしまっていた。

 

全く未知の理であった。

 

そしてそれ故に…許し難い。

 

「…それで、その弱小な身で今更どうしようと言うのだ。我が子との再会に水を差すというなら、容赦はせんぞ。」

 

――やはり、息子とわかっていて手をかけたのだな…。どこまで同じ道を歩もうとするのか。

 

アナキンはようやく、目の前のバランを、バランとして見つめた。

爛々と光るその額の紋章が、鬱陶しくて仕方がない。成る程、この妙な紋章を媒介とすれば、このような真似も可能かもしれない。フォースのみでこんな事を成した訳ではないと思い至り、アナキンは胸を撫で下ろした。

 

その秘術が完全には行われなかった事が、せめてもの救いであった。

すんでの所で間に合った、という訳だ。

 

「…言い残すことがあるなら、ダイに伝えておくぞ。」

 

「その貧弱な力で出来る事があるなら、やってみせるが良い。」

 

バランの不敵なセリフが響く中、その場を離れるようにアナキンに合図されたポップは、ホッと胸を撫でおろしていた。

たしかにアナキンの姿は異様だが、敵味方がわからなくなる程に耄碌している訳では無いようである。

 

彼はマァムとダイの身体を抱き起こし、その場から離れた。ダイはまるで、眠っているかのように目を閉じ、グッタリとしている。魔法使いのポップには少し、困難を伴う作業であった。

 

そうして彼らとの距離が開くと、アナキンはバランを嘲笑った。

 

「傲慢にも盲いたな、竜の友人よ。」

 

そう呟くと、彼は練り上げたフォースを、一気に解き放った。

音速波ではない。より過激な攻撃性を秘めたこの技は、シスの秘術である。

 

――フォース・ライトニング。

 

それを彼は、前世で息子のルークがシディアスにされた時と同じように、両手から解き放ったのである。

片手で放っただけでキルバーンの身体を粉砕したものを、それ以上のフォースを込めて。

 

その際の異様な発光と電撃音は、夢に出てきそうな程に毒々しいものであった。

 

ズガガガガガ!

 

青白い閃光が禍々しい折れ線を描いて、空気を焼いていた。

 

その電撃線の本数が、これまた尋常では無い。その一本一本はバランのライデインの半分以下の威力だが、量で補って余りある。それが、横薙ぎの豪雨の様に打ち寄せているのである。

 

その光景の凄惨さには、顔色を変えざるを得無い。

 

――水平の雷撃?!しかも発動迄の時差が無い!

 

さすがの竜魔人バランも、これには対処出来ず、まともに直撃を受けた。

いかに竜闘気で防御しているとはいえ、これほどの量の電撃を嵐の様に叩き込まれては、身動きの取り様が無いのである。

せめて真魔剛竜剣を引き抜いていれば捌けたであろうが、その間を全く与えぬ、見事な不意打ちであった。

 

そして…さらに恐ろしい事態が彼の身を襲った。

 

「これが、フォースのパワーだ!思い知れ!」

 

怒声を張り上げたアナキンが、続け様にその技を叩き込んで来たのである。

こうも連続して電撃を使用されるのは、まるで想定外である。それも、威力が全く衰え無い。いやむしろ、一発打たれるごとに、重さを増してくる。

 

アナキンからすれば、当然のことであった。

 

――たかだか始めの1、2発を防いだくらいで止められる技なら、苦労はない。効果が堆積するのが、この技の真の恐ろしさだ。

 

「防御し切れる技だとでも思ったのか?ダークサイドの表面を舐めた程度で、つけ上がるな、若造!」

 

この技は、アナキン自身が前世で散々に苦しまされた技である。

――直撃雷を防ぐ?

その程度は、前世でも実力のあるジェダイなら、だいたいこなした。けれどもその後が、真に厄介なのだ。

ライトニングの照射時間はせいぜい長くて2、3秒だが、この側撃雷は倍以上の時間継続する。

そこに2発目以降が襲いかかると、歯止めがかからなくなる。

 

それを今、アナキンは本気になって相手を沈め切るつもりで行っていた。こう思ってしまうのは大いに反省すべきだが、やはりダークサイドの力は強力だ。フォースが無限に湧き出てくる様な感覚がある。

必要とあらば一日中、ライトニングを撃ち続けられそうだった。この感覚こそがダークサイドの初歩的な誘惑なのだが…アナキンはその事を、嫌と言う程に認識していた。

 

故に、それが自覚出来ている今のうちに、有無を言わさず勝負をかけたのである。

 

「竜の騎士の力を舐めるなぁ!人間がぁ!」

 

ついには竜闘気の防御すら貫かれ、バランはその身を焼かれ始めた。雄叫びをあげたのである。

アナキンは悔し紛れの悲鳴と断じたが、その判断は誤りであった。耐え難い激痛に襲われて、いよいよバランの闘争本能に火がついたのである。

 

――ギガデイン!

 

常人なら意識を保つことすら困難なフォース・ライトニングを一身に浴びせられながら、バランは立ち上がった。そして上位の雷撃呪文を唱えたのである。

 

それは、ライトニングの連撃にすら負けぬ轟音を立てて、天から降り注いだ。

 

アナキンの頭上に向けて。

 

彼は攻撃を即座に中断し、その場から飛びのいた。

フォース・スプリントを用いて、一瞬で10メートル以上を移動する。

 

「この私が、配下の者より遅いとでも思ったのか!」

 

しかし、陸戦騎ラーハルトもかくやというアナキンの疾駆に、バランは何なりと追いつき、剣での一撃を見舞った。

先の戦闘では闘気を纏わせたが故にアナキンに素手で受け止められてしまったため、今回は闘気の一切を纏わせていない。

 

言うならば単なる振り抜きである。

 

しかし、それを打ち払おうとしたアナキンの擬似ライトセーバーは…。

 

闘気で模ったその刀身を、粉々に打ち砕かれてしまった!

 

「チィっ…離れろ!」

 

アナキンは咄嗟に、音速波を放った。竜闘気をまとった身体ごと、バランを吹き飛ばすためである。闘気を突き破る程に出力を高めることは、咄嗟には無理であった。

ダメージは殆ど与えられない。

 

しかし今の彼には、何よりも距離が必要であった。

 

アナキンは今の一瞬で、痛感させられたのだ。もはやこの男に、接近戦では絶対にかなわないと。

下手をすれば、素手の一撃で同じことをされてしまうだろう。天地がひっくり返っても勝ち目が無い。

 

「お前は…近づけてはダメだな。」

 

砕かれた刀身部分を再構築すると、バランの背後から襲う軌道でセイバースローを放つ。

フォース・ライトニングを連続で放つ。

反撃しようと動かれたら、即座に音速波で吹き飛ばし、距離を保つ。

 

アナキンの戦術眼は流石のものであった。纏わりつく様に空中から襲いかかるセイバースローと正面からのライトニングの波状攻撃に、バランは反撃の機会を奪われた。おまけに時折放たれる音速波が、攻撃に緩急をつけてタイミングを読ませない。

 

一方的に嬲り殺すことが可能な展開に持ち込んだ筈だった。

 

しかし…。

 

バランの剣技とパワーは、アナキンの予想の上を行った。

 

「ギガデイン!」

 

――無駄な足掻きを。

 

アナキンは直上から来るであろう攻撃を避けるべく、先ほどと同じ様にフォースを使った回避行動をとった。先と同じ轍を踏まぬ様に、倍以上の距離を開ける。

 

しかし、バランは意外にもそれを、自身に向けて放ったのだ。

 

自爆を疑うほど、呑気なアナキンではない。

彼はそれを、連続ライトニングへの対抗策と読んだ。

電撃を雷撃で撃墜することで、防御するのだろうと。

 

「いや、まさか…」

 

そこまで予測を立てたアナキンの脳裏に、非常に嫌な予感が走った。

 

本物のライトセーバーは、シスの放つフォース・ライトニングを受け止める性能があった。彼の師のオビ・ワン・ケノービに至っては、ドゥークー伯爵のライトニングを吸収したかの様に見せたくらいだ。

 

バランの振るう剣は相当な業物だ。ひょっとしたらライトセーバーと同じことが出来るかもしれない。

 

そして…。

 

今のバランであれば、自身に向けて雷を落とし、それを剣に纏わせて攻撃に転じることくらいは、容易いだろう。

 

いや、「かもしれない」とか「だろう」レベルの話ではない。

現実であった。

 

それはギガブレイクという、竜の騎士バランの必殺技に他ならない。

 

バランは超大な電荷を受け止めた剣を右手で振りかざしたまま、左手を添え、そのままに突っ込んできた!

 

躱しようの無い速度で。

 

――マズイ!

 

アナキンは、死の予感に包まれた。

この攻撃には最早、対処のしようが無い。どれだけフォースを込めようが、擬似ライトセーバーが対抗できる技ではない。

 

シスの秘術であるフォース・ライトニングすら、最早対抗できまい。対処どころか、原理的に相手の攻撃力を高めてしまう。何せバランは、より高威力の雷撃であるギガでインを、そのまま斬撃として用いようとしているのだから。

 

「…アバン先生、技を借ります。」

 

アナキンはジェダイとシスの技を以ってしても対処し切れない事に愕然としながらも、セイバースローを放って、バランの足元の地面に突き立てた。

遠距離型の大地斬である。

 

バランの足止めを狙ったのだ。

 

「こんな小技で、ギガブレイクを止められるとでも?」

 

しかし、バランは生易しい相手では無い。ダイに同じ事をされた以上、体勢を崩しもしなかった。刀身に溜め込んだエネルギーを逃してしまうような幸運は、訪れようが無かった。

即座に追撃に移れる状態である。

 

けれども…。

竜の騎士たるバランとて、敵が武器を放置することまでは予測できなかった。彼はその瞬間確かに、擬似ライトセーバーの挙動に気を取られ、敵からの注意を逸らした。

 

アナキンはフォース・スプリントを再び用いて、なけなしの距離を開けることだけには成功した。しかし全く安心出来ない。バランの物騒な技のパワーは未だ健在であり、いつでも死を撒き散らせる状態だ。

 

そして、再度の突撃をかけられる前にアナキンは、再び電撃を放った。

 

「…愚かな。この技の本質がわからぬのか?」

 

バランは予想通りにその電撃を、その剣で受け止めた。フォース・ライトニングはいとも容易く、バランのその技に呑まれ、威力を上げるだけの結果に終わった。

 

アナキンの唇が歪む。

 

思った通りである。バランはこの化物の姿をとるようになって、傲慢さが増し、隙が多くなっている。

常の彼ならば、こんな見え透いたことをするアナキンに、違和感を感じた筈だ。

 

ならば…一気に畳み掛けさせてもらうまでである。

 

「その剣、ブチ折るぞ!」

 

アナキンはこの時、前世で妻の死を知らされた瞬間並みに、ダークサイドへ深く踏み込んだ。

もう、精神への影響は度外視していた。

可能な限りの手段でフォースを集め、ライトニングとして両手から放つ。それをひたすら、愚直に繰り返す。

 

彼は、竜の騎士バランの剣技を逆手に取ることにしたのだ。このギガブレイクという技は、持ちうるすべての技術を用いても防ぎようが無い。吸収できる容量以上の電撃を叩き込み、相手の技の暴発を誘うくらいしか、対抗手段が思い浮かばなかった。

 

ライトセーバーの得意フォームがシエンであることからして、基本的にアナキンはゴリ押しを好む。前世に比べてかなり器用な真似をする様になったが…その基本スタンスが、ことここに至っては遺憾なく発揮されていた。

 

最早、アナキンには欠片程の余裕も無かった。

 

「自滅しろぉ!」

 

「ぐおおおおお!」

 

今のアナキンに、バランと共にこの世界を支配するだとかの考えが浮かばなかったのは、そんな暇が無かっただけの話である。彼はその瞬間、全く意図せずに、自身の生存のためだけにダークサイドの領域に佇んでいた。

 

そこには、死への恐怖も、痛みへの恐れも、バランへの怒りすら無かった。

 

純粋に、フォースの操作に集中していたのである。

 

「あわわわわ、ヤッバイ!」

 

この命がけの腕相撲に、ポップは真っ青になった。

これはもう、どっちに転ぼうが周囲の被害は避けられない。

仮に万全の状態でフバーハを使ったとしても、しのぎ切れる余波では無いだろう。

 

最早、人間同士の戦いでは無い。

 

彼からすれば、アナキンも人外である。

 

「ポップ…オレの後ろに…」

 

その時、彼が待ちに待った声が響いた。

今までついぞ目を開けようとしなかったダイが、フォースの奔流に当てられて意識を取り戻したのである。

 

「今から防御する。確か…、防御呪文ができたよな。それで援護してくれ。」

 

「ダイ、オマエまさか記憶…」

 

「所々、抜け落ちてる程度だよ。…それより、やるよ。」

 

そう言うと、ダイは右手の紋章を輝かせた。

ダイにはもう、全てがわかり始めていた。バランは否応がなく、自分の父親なのだろう。そしておそらく…母親の方は特別な力は持たない人間だった筈だ。実際に自分の持つ紋章の力はおそらく、あの男の半分くらいである。

 

けれどもこのように、自身の片手にのみ紋章自体を移してしまえれば…。

 

部分的には、バランの攻防の力を上回れる筈である。

 

そしてついに、その瞬間が訪れた。

 

 

 

 

 

「クソッタレ…。」

 

アナキンの身体は、ボロ雑巾の様に宙を舞った。

たったの一撃で、勝敗は決してしまったのだ。しかも散々警戒したあの技では無く、単なる拳の一打で。

 

アナキンは、バランの性格からして絶対に今の技…ギガブレイクで、トドメを刺してくると踏んでいた。

この男は自身の肉体とその剣に、絶対の信頼を寄せていた。前世でジェダイがライトセーバーに寄せるものと、同等以上のものを、確かに抱いていた。

 

実際にバランは、ライトニングの連撃全てを、その剣で受け止めて見せたのだ。この時点から、アナキンは読みを外していた。最終的には自身のダークサイドのパワーが上回り、その剣ごと押し包めると、そう思っていたのである。

 

おまけに、バランはその剣を、アナキンの視線を誘導する為だけに使ってしまった。つまりは、無造作に地面に放り投げたのである。

 

「何を驚く。得物を捨てる闘法は、貴様もやったではないか。…まさかこの私が、剣や魔法を頼りにしている様に見えたのか?」

 

直後に繰り出されたバランの右ストレートは、アナキンのフォースで防護した左腕をへし折り、その身を吹き飛ばした!

 

その瞬間、アナキン・スカイウォーカーは自分の未熟さを痛感させられた。表面的な闘気の強大さや剣技に惑わされたのは、彼の方であった。この敵の真の恐ろしさは、この闘争のあり方に他ならない。この男は、勝利の為なら全てを武器に変えられる。しかも…その全てが実体験に基づいている。

 

バカ弟子とは違うのだ。ダイとて、どう見ても別人のフォースが宿る紋章を同じ様にその身に宿しているが、所詮はボンボンだ。その力の殆どは、過去の別人が獲得した経験なり、バランから直接に授かった器に基づいている。しかしバランは、前世でのアナキンに勝るとも劣らない闘争を、実際にその身で経ているのだ。

 

これほどの事実を見誤った時点で、ジェダイとしては失格であった。

 

だが、ここで終わりを迎えるほど、アナキンとて柔では無い。

 

先の悪態をつきながらも、空中で身を捩り、フォースの音速波を叩き込んだのである。通常の3倍の出力を込めて。

 

結果的に、双方相撃つ形となった。

 

両者は等しく吹き飛びあったが、手傷を負ったのは、片方だけである。アナキンには、抗いようの無い激痛が押し寄せていた。それに、手足の反応が鈍くなり始めている。

 

ダークサイドの力で強引に動かしてきた全身が、遂に悲鳴を上げ始めたのだ。あの四人から負わされた手傷が、ここに来て彼から行動の自由を奪おうとしていた。

 

アナキンはもう、これ以上の継戦は無理だと判断した。ジェダイとして暗黒面の力を使役出来るのは、ここまでが限度である。

 

しかし。

 

――負ける訳にはいかない。

 

アナキンは、退く訳にはいかなかった。前世ではフォースにバランスをもたらすとまで言われた者が、同じ…いや、それ以上の悲劇を見過ごす訳にはいかなかった。

 

これ以上のダークサイドへの踏み込みは、おそらくシスへの転向をもたらすが、それすら選択肢に入れ始めていた。バランがその経験の全てを武器と出来るならば、アナキンにとってはシスの道すら武器となる。

 

何よりも、出来損ないとはいえ直弟子を敵の手に渡すのは、耐え難いことだった。

 

高弟たるドゥークーをシディアスに横取りされ、表情ひとつ変え無かったマスター・ヨーダは、いっそ化物だ。寛容だとかでは済まされない、ある意味ではシス以上の怪物である。あの境地には、自分にはどうあっても辿り着けそうにない。

いっそ同じ過ちを繰り返す方がマシである。

 

それに…ダイには、それだけの輝きがある。いずれルーク並のジェダイとして大成し、シスに堕ちた自分を再び光の道へと呼び戻してくれるだろう。

 

アナキンはこうした思考を瞬時に行っていたが、その瞬間は、文字通りに無防備であった。

 

その間に、バランは次なる攻撃の準備を整えていた。重ね合わせた両手が竜の顎の様にゆっくりと口を開けて、絶大な呪文を放とうとしていた。

 

「私にこの技を使用させたのは、個体としてはお前が二体目だ。…人間風情と侮蔑した言葉は、撤回しよう。」

 

アナキンはその瞬間に、寸前までの思考を捨て去った。

 

――無理だ。

 

たとえこの瞬間に、ダークサイドを全開にして全てのフォースをそれに同調させたとしても…。再びダース・ヴェイダーへの道を歩んだとしても、これ程の強大なフォースは身につけられまい。

 

何よりこの男の放とうとしている技は、信じがたいことにフォースのライトサイドの輝きを放っている。

その身を化物に変える程にダークサイドに染まり切りながらも、こんな芸当を成しているのだ。暗黒面にひた走ればすぐさま身につけられるような浅い技で無いことは、一目瞭然である。そしてその理由は…その過去において、フォースのライトサイドのみを完全に覚醒させてこの大技を使用した経験があるからに他ならない。

 

この男がいま呟いた言葉と合わせると、とんでもない事実が浮かび上がる。

 

――この男はこの技で、巨悪を討ったのだ。

 

アナキンは、根本からしてバランを見誤っていたのである。

 

シスに成り下がったジェダイ…悪に染まった光の騎士…前世でのアナキン・スカイウォーカー…その程度の存在と同等に見たのが、そもそもの間違いであった。

 

バランはおそらくもう、自身が天命として授かった宿敵を、討ち果たしている。

 

宿敵一人打ち倒すのに一生かかった挙句に、息子の手すら煩わせた、どこぞの世界の騎士は、天命の担い手としては三流以下だろう。これに対してバランはまず、仕事の速さが違う。終わり良ければの精神でその過程の紆余曲折を有耶無耶にした結果論騎士サマとは、そもそもの格が違うのである。

 

言うならば、正道をひた走ってシディアスを打ち倒し、ジェダイとして完成されたアナキン・スカイウォーカーが、妻たるパドメの死に対する怒りだけで、暗黒面を爆発させた様なものだ。

同じ様にシスへの転向を果たしたはいえ、その質は段違いだ。途中で道を誤ったとか、敵に屈したとか、そんな後ろ暗い思いが一切無いのだ。ましてや敵という明確な目標すら無い。自身に対して全く非を感じずに、理不尽な運命そのものに対する怒りだけを爆発させるのが、どれほど上位の行いかは想像すら出来無い。

 

その結果がどれ程までに恐ろしく、手の施し様の無い存在となるかは、今のバランの姿が如実に物語っている。彼にどんな事情があるかは知らない。恐らく妻に関する事だろうが、単なる予想だ。しかし、竜の騎士としての天分を全うした後に、何らかの堪え難い経験を経て怒りを爆発させた事は事実だ。

 

臨終の際に、天命を全う出来た事に心のどこかで安堵してしまったアナキンとは、怒り・悲しみの深さがまるで異なるのだ。おそらくバランは、天命そのものに対する怒りを抱いている。

 

アバン先生に対しては人間を滅ぼすと語っていたが、それすら表面的な怒りの発露に過ぎないであろう。

この男の怒りの矛先は、憎しみの対象でしかなくなった人間を守らせた、天命そのものに向けられている筈だ。神と呼ばれる者への憎しみと言ってもいい。

 

「思えばこの技を地上で撃つのは、2度目の事となる…。その魂に刻むが良い、お前の師、セブランス・ジャンヌが仕えたアルキード王国を滅ぼした技…竜の騎士ですらこの竜魔人の姿でしか放てない呪文…」

 

――その名を、ドルオーラという。

 

その言葉がバランの口から漏れ出ただけで、アナキンは抗いようの無い死の予感に包まれた。…いや、それならばこの戦いが始まってからは幾度か感じた。

 

いまこの瞬間に彼を包むのは、諦観に近かった。

 

恐らくこの男にとっては、先のギガブレイクや、今やろうとしてるドルオーラ、果てはこの竜魔人という姿すら、力の発露の一端に過ぎないであろう。ライトセーバーのスキルやフォースの大きさが、ジェダイの本質を意味しないのと一緒である。確かに強烈な印象を与えるが、表面に浮き出た泡の様なものに過ぎず、深淵を垣間見た事にはならない。仮にこの技や竜魔人を強引に打ち破ったとしても、その斜め上が、必ず存在する。バラン自身すら気づいてない事だろうが、それほど迄に、竜の騎士の底は深い。

 

――フォースの深淵には程遠いが、この身とて同じ事である。

 

その直後、アナキンは最後の抵抗として自身の身体をフォースで包み込んだ。所詮は気休めだ。間違いなく諸共、吹き飛ばされる事になるだろう。

 

しかし、最後の瞬間まで、抵抗を捨てるわけにはいかないのだ。

たとえ敵が、及びもつかない存在であったとしても、ジェダイならば最後まで屈してはならない。

 

そう…彼の師たる、オビ・ワン・ケノービの様に。

その死すら、武器としなければならない。

 

あの出来損ないに全てを託すことになるかと思うと…とてつもなく癪であるが。

 

――いや、待て。オビ・ワンが直接指導した頃のルークは、ジェダイの技などロクに身につけていなかった。だとしたらダイも、それなりに見込みがあるのか?

 

だったら、この身を精神体と化して、ダイへの指導を続ける事にも、大きな意味がある筈だ。いや、最早それしか無いだろう。フォースの渦に帰り、オビ・ワンやマスター・ヨーダの知識を分けて貰い、ダイの修行を完成させるのだ。

 

「マスター、遅いよ!でもオレも遅くなったから、おあいこだね!」

 

そうしてフォースとの一体化を果たそうとしたところに、バカ弟子の呑気な声が飛び込んできた。その腕には、いつぞや譲り渡した剣が、確かに握られている。

 

そして忌々しい事に、爛々とあの目障りな紋章を拳に輝かせていた。

 

「バカめ…せっかくいい所だったのに。」

 

「素直じゃないなぁ。あのビリビリ、お願いします。」

 

ダイは、アナキンの成そうとしていた偉業の痕跡にはまるで気づくことなく、負け惜しみの一種として聞き流してしまった。

 

――もう好きにしろ。

 

アナキンは、ヤケクソになってフォース・ライトニングをその剣に撃ち込んでみせた。この状況で弟子がやろうとする事くらいは、透けて見えるのだ。

 

今のダイでも御しやすい様に、なるべく直線的なライトニングにする事も忘れない。

 

――ライデイン!

 

ダイはライトニングの電撃を天空の剣で受け止めると、躊躇いもせずに連続ライデインを闘気を纏わせたその刀身に直撃させた。そうして築き上げられた威容を目にして、アナキンはバカバカしくなって溜息をついた。

 

コレは正しく、ギガブレイクそのものではないかと。こんな目にあってまで参戦した意味が、急速に薄れてしまった。コイツ一人でも何とかなったんじゃないか、と思えるからだ。

 

その直後、彼等の身体をフォースの奔流が走り抜けた。

 

――来る!

 

一国を丸ごと消滅させた極大呪文が、彼等の身に遅い掛かったのである。

 

「ライトニング・ストラッーーシュ‼︎」

 

――全くもって屈辱だ。

 

ダイのテキトーな命名に、アナキンは裸足で逃げ出したくなった。不本意極まりない事である。この身がこんな恥晒しな技に救われようとしているとは、ジェダイの名折れである

 

しかし最早この状況では、この弟子の一撃に頼るしかない。

 

アナキンは防御に回していたフォースを全て、攻撃に回した。

かつてのオビ・ワン並に頼もしいこのヒヨッコが隣に居てくれる今ならば、シスの秘儀ですらフォースのライトサイドで実現できる気がしたのである。

 

そうして、今ある全てのフォースを結集させて、電撃を放った。

それは、いつぞやキルバーンに放った電撃の残滓と、同じ色の発光を伴った。

 

そうして、ドルオーラの閃光とジェダイの師弟の合成技が、真正面からぶつかり合った。結果は大惨事である。

 

その場の全てが吹き飛び、ロモスの海岸線までの地形が変革された。詳細は省くが、この大爆発によりこの世界が球体を模る事が証明されてしまった。でなければ、これしきの被害でおさまる筈が無いからだ。

 

 

そして…最後の最後で、師弟揃って何ともジェダイらしいミスをやらかした。

さあもう好きにして下さいと言わんばかりの、あの油断っぷりを晒したのである。

 

アナキンは、もっと良く考えるべきだったのだ。何故、圧倒的優位にあるバランがこれ程の溜めを必要とする技を放ったのかを。

そして、寸前に学んだ教訓を深く省みるべきだったのだ。あの男は、目的の為なら全てを手段に変えるのだから。

 

竜闘気砲呪文ですら、アナキンとダイのフォースを出し尽くす為のエサに過ぎなかった。

 

最早、身動きすら取れぬ程に消耗し切ったジェダイの師弟は、いとも容易く分断された。

 

 

ダイの記憶を、完全に消し去られて。

 

 






如何でしたでしょうか。
バランとの対決は、これにて一旦終了でございます。

これからは、他のキャラクター達を動かしてまいります。


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第5章 暗黒の逆襲編
再起



いよいよ魔王軍陣営が反撃を開始します。
章タイトルは、ノリです。魔王軍が中心の章だというだけです。
まずは、ヒュンケルからです。





 

 

ロモスの海岸線に程近い、激戦地の跡。

そこには4人の敗残兵達が、言葉もなく別々のことを行っていた。一人は思考すら持てずに意識の底に沈み、一人はその者に薬草を嚥下させ、もう一人はこれからの事を考えて立ち尽くしていた。

 

最後の一人、ヒュンケルは膿んでいた。

 

直近の失態と敗北も度し難かったが、改めてこの一連のキッカケがありありと胸に去来し、彼は存在意義を見失いかけていた。

父の仇と定めたアバンが全くの見当違いだと、仇自らに告げられたのだ。挙句には自身の盲目さをあげつらわれ、冷静でいられるはずも無かった。

 

絶望にあかせて振るった剣は、凄まじい切れ味を発揮した。

確かな手応えを感じた。

真の仇の心臓は、間違いなく粉砕されただろう。

 

しかし、全くもって高揚とは無縁であった。この時点で彼は、魔王軍入りを果たした当初の目標を、強引に達成させられてしまったのである。後は怒りに任せてハドラーの身を粉々にするなり、何なりすれば良かった。ミストバーンも止めやしなかっただろう。

 

しかしそんな気には、一切なれなかった。

 

人生を賭けた復讐が、仇自身の手により取り上げられてしまったのだ。おまけにソイツは、とってつけた様な復讐をすら、復讐たらしめなかった。あの男はヒュンケルに討たれるという行為を通して、父バルトスに対して謝罪してしまったのだ。それこそ、その身を挺して。

 

暗黒闘気の使い手として新たな次元に立ったヒュンケルだからこそ、わかる事があった。自分は間違いなくあの瞬間、全ての元凶たる魔王の心臓そのものを貫き、完全に殺し切ったのである。

 

九死に一生を得たかもしれないが、ハドラーの魔王としての生はあの瞬間に、間違いなく終わりを迎えた。再び立ち上がったとして、以前の様にモンスター達を配下として従える事は不可能だろう。そんな余力を発揮出来る筈が無い。2つ目の心臓が動く事は、金輪際あり得ないのだから。

 

魔軍指令としての立場も追われることだろう。ハドラーがバランの様な底知れぬ実力者を差し置いてその地位に収まっていたのは、魔王としてのゲリラ戦展開能力があったからだ。それを失った今では、腕が立つ一介の軍団長が関の山だろう。

そんな抜け殻の様な奴を再び打ち倒した所で、この不快感は拭いようが無い。

 

間違いなくあの瞬間に、父の仇は潰えたのだ。

父バルトスが仕え、あろうことかその献身に対して裏切りで報いた魔王の命は、魔剣戦士ヒュンケルが討ち取ったのである。

 

しかし彼の心は、空虚だった。

 

もはや、何の感慨も湧いて来なかった。かつて仇として憎み、師として仰ぎ、今やその始まりの一切が間違いだったと気付かされたアバンに対する感情は、まるで形を成さなかった。あまりにも多くの思いが胸に押し寄せ、自分が何を感じているのかすら、定かでは無くなってしまったのである。

 

いっそこれがキルバーンとかいう軍団長殺しの陰惨な仕業であることすら、願ってしまう。

さすれば再び、怒りにこの身を焼くことが出来たであろう。

 

全てがどうでも良くなる、その直前のことであった。

 

闇の闘法の師が、彼の前に姿を現したのだ。

 

「アナキン・スカイウォーカーを殺せ。」

 

その声を、ヒュンケルは決して忘れない。親しんだ覚えはまるで無いが、彼の知るミストバーンの喋り方では無かった。あのヤロウは、こんなにハッキリ喋らない。

何よりも、より深い闇に到達した老人の様な声だった。それが彼の心に、直接語りかけて来たのだ。

 

ヒュンケルには、その言葉に抗う術を持たなかった。

 

元より生きる意味を無くしたばかりだ。明確な目標を指し示す言葉は、砂に染み入る水の様に彼の奥底に浸透した。

 

その言葉の持つ響きの、何たる甘美な事か。

 

敵意が、殺意が、まるで湯水の様に湧いてくる。寸前までの逡巡が、空虚さが、まるで嘘の様である。この負の充実があれば、何だってできる。この感情の滾りを全て暗黒闘気と化す事が出来れば、勝てぬ相手はいない。

 

ヒュンケルは全能感に包まれようとした。

 

しかしその暗黒闘気への信頼は、一人の小生意気なガキよって完全に打ち砕かれた。

 

ソイツは異質だった。

まず一つ確かなのは、あの男は騎士を名乗りながらも剣士では無い。魔法使いの様な秘術を使うが、それとも異なった。未知の力を秘めた何者かとしか表現のしようが無い。しかも、あの絶対の自信はその力そのものにすら頼らない、何かに基づいている。

 

その男には、ヒュンケルが確かに掴んだはずの攻撃的な暗黒闘気は、全く通用しなかった。闘気量が足りないとかそういう次元とも思い難い。全て読み切られており、力を発揮する前に妨害を受けてしまった。

 

おまけに一対一では負ける筈が無かったのに、四人掛かりで逆に手玉に取られた。サシの勝負を4回繰り返した方が、まだ追い詰めることが出来た筈だ。そんな考えが頭を掠める。

 

思い返せば、必殺の一撃を繰り返し叩き込もうとしたのが、そもそもの誤りであった。四人がかりで各自が絶好のタイミングで一撃を見舞える状況が、かえって勝機を遠ざけたのだ。あの男は、攻めるように見せかけて徹頭徹尾、自身の身を守ることに集中していたのだから。

 

今なら分かる。

 

アイツは目を見開きながら、オレ達を直には見ていなかった。

 

アバン流で言うところの”空”の体系、心眼とでも言うべきもので常にこちらの殺気を伺っていたのだ。こちらの闘争心が高まれば高まるほど、行動が読まれやすくなる理屈だ。何故、この事に敗れ去るまで気付けなかったのか。この事にもっと早く気づいていれば、あの男を倒し切れた筈なのに。

 

…いや、本当にそれだけか?

ヒュンケルの心の中に残るあの老人の声が、再考を促して来る。

 

あの男の一撃は、どれも致命傷とは程遠かった。攻撃力自体は然程のものではない。

アイツの戦い方は、回避と防御が起点となっていた。その上でこちらにカウンターを叩き込むことに主眼を置いていた。技術の高さにあかせてそうしたのでは無く、有効なダメージを与えるには、そうせざるを得なかったのだ。

 

つまりは、より圧倒的な力で畳み掛ければ、現状においても打ち倒すことが出来た筈なのだ。

1つとして真正面から弾き返された技が無いという事実が、その可能性を充分に示唆していた。今回は単純に、付け焼き刃なチームワークの粗が露呈したに過ぎない。

磨き上げた技にこそ信を置く自分達…イレーネ、ラーハルトを含めての事だ…だからこそ、研ぎ澄ました闘気の行き先を読まれたのだ。あの男を打ち倒すには、より圧倒的な力を手に入れるしかない。

 

おそらく竜騎将バランが秘めている様な圧倒的な力をもってすれば、あの猪口才な技術を発揮されても叩き潰すことが可能な筈である。

 

そしてヒュンケルには、その道がはっきりと見えていた。

 

「何処へ行くつもりだ。」

 

イレーネに問われ、ヒュンケルは殺意に取り憑かれた目を向けた。

 

「当初の役割通り、パプニカを滅ぼす。あの男を倒すために、今できることを成す。」

 

とはいえヒュンケルが負った傷も、バカにならない。訝しげな視線を向けてくる彼女の目の前で、獣王クロコダインが語りかけてきた。

 

「オレもその話に乗せてくれないか。このままではバーン殿に合わせる顔がない…そもそも、配下に示しがつかんしな。…お前にとっては同族相手の、厳しい戦いになる筈だ。オレが先陣を切ろう。」

 

手負いとは言え、この男が同行を申し出るとはどういうことなのか。

ヒュンケルには別な腹積りがあるので、断りを口にした。

 

「いや、オレ1人で充分だ。何よりも、これ以上味方の背中を撃ちたくない。」

 

「だからこそ、だ。戦闘中の不慮とはいえ、オレ達二人は反逆罪に問われたっておかしくないぞ。何せ4人がかりで…」

 

その先を口にされる前に、ヒュンケルは遮った。

 

「言うな。まだだ…まだオレは、諦めていない。こんな…こんなのが"ヒュンケル"である筈が無いんだ。この名の頂きに届かぬまま、こんな所で終わりたくは無い!」

 

「…。」

 

クロコダインは鷹揚に目をつぶった。彼は、この人間の剣士が秘めた腹案に直感的に気づいたのである。

恐らく覇道を突き進むことになると分かり、いつもの悪い癖が発揮されようとしていた。クロコダインは、敵の新米小僧…ノヴァのことである…の身すら案じる程の度量の持ち主である。今のヒュンケルの様な青い若さを目の前にするとどうしても、構いたくなってしまうのである。

 

彼の率いる百獣魔団はその名に恥じぬ勇猛果敢な獣たちが集う軍団であったが、軍団長の器に惹かれた他の軍団からの溢れモンスター達がチラホラと存在していた。

ヒュンケルは、その様な強者達をどこか彷彿とさせる血走った目で、頼みごとを口にした。

 

「…クロコダイン、頼みがある。全部、オレにやらせてくれ。オレは不死騎団を用いるつもりは無い。あの国の人間、オレ自身の手で残らず切り殺す。オマエには…背後を任せたい。」

 

やはり、その道を選ぶか。

クロコダインにも覚えがある事であった。

 

「任されよう。」

 

クロコダインはゆっくりと頷いた。

ーーオレとて同じことを成した。先達として、共に歩もうではないか。

 

「…だが、約束してくれ。命を奪うのは、武器を手に向かってきた者だけにするんだ。オレも獣王と名乗るまでは、色々やった。同族を殺すなとか、綺麗事を言う資格は無い。けれども、その一線だけは超えないでくれないか。」

 

ヒュンケルはかぶりを振った。

 

「暗黒闘気の根源は、憎悪に他ならない。虐殺の禁忌は、この道の一里塚だ。…オレにはわかる、この暗黒闘気を極めればあの男、いや、ミストバーンすら打ち倒せると!」

 

クロコダインは、久しく忘れていた感情に直面させられていた。それは、彼とて幼い頃に抱いた自分の腕前に対する絶大な自信と、狭視眼である。

こうした思いを、獣王クロコダインは否定しない。歴戦の結果として自身が失いかけている、若さと青さが成せる尊い感情なのだ。

しかしその結果として積み上がる自己嫌悪に後進を浸らせたく無いと思うのは、思い上がりなのだろうか。剣士としての大器を備えるこの男に対して、あらぬ妬みでも感じているのか?それとも単に、老いた証拠なのだろうか?

 

しかし、この男が自身で口にしたことくらいには、責任を持ってもらいたいのである。

 

「その結果、"ヒュンケル"への道を閉ざす事になってもか?」

 

クロコダインの言葉は、静かにヒュンケルの心を打った。何を軟弱なことをと切り捨てるには、あまりにも深く響いたのだ。

 

「…オレには難しい事はわからん。せいぜいが、あの男には力を超えた何かを感じたくらいだ。…オマエにそこまで言わせるんだ、暗黒闘気は確かに、あの境地へ至る近道なんだろう…。だが、父から授かった名にそこまでこだわれるオマエだからこそ、辿り着く先を見たいと思ったんだ。…その事を、忘れないでくれ。」

 

「全く…どこまでも勝手な奴らだな。軍団長が二人そろって皮算用か。聞くに堪えんよ。」

 

それまで一貫して会話から距離を置いていたイレーネが、ついに堪らなくなったと言った具合に口を挟んできた。

彼女は、ラーハルトに薬草を嚥下させる事に掛かりきりだったのだが、マウストゥーマウスのやり方に気づいてからは大人しくしていた。気づいてやってみれば、何とも安上がりな方法だった。

 

その頃には、フヨフヨと近寄ってきた悪魔の目が、身振り手振りでザムザが救援の準備を整えている事を告げて来た。もう間もなく、父親譲りだと言うあのよく分からぬ空間弄りの技術で姿を現すだろう。イレーネの最大の心配事は、とりあえずは解決を見たのだった。

 

「パプニカなぞ、若年の三賢者頼りの弱小国家だぞ。後は、似たようなレベルの王女が居るくらいだ。滅ぼすもクソもない。サッサとやる事やって、無駄な事に時間は費やさないでくれ。何よりもりオマエ、コイツに謝りもしないのか。」

 

イレーネはそう言って、ラーハルトの頭をペシリと叩いた。

その無様な姿から、ヒュンケルは目を逸らした。

 

彼が感じるのは、負い目である。

 

共に戦う中で、陸戦騎の技量は嫌と言うほど思い知らされた。その槍の扱い、体捌き、そして何よりの神速。まるで桁違いの実力であった。天賦の才と一言で括ったとして、自身とのあまりの差には、不平等を感じざるを得なかった。そうした妬みが、結果としてこの事態を招いてしまったのかもしれない。

 

この様に事態が転ぶ事が無ければ、ブラッディースクライドを叩き込む事など絶対に不可能だったのだから。そのことだけが否応なく胸中に反芻し、自身の無力さへの罪悪感となっているのだ。

 

イレーネが言うような意味での負い目などは、全く感じてはいなかった。

 

「脆弱な国に、脆弱な人材、そんな奴らに身を委ねるしか無い弱者の群れ。そんな奴らを殺して、一体何を得るつもりなんだ。」

 

「禁忌を設ける事で、高尚さを保ったつもりか…甘いんじゃないか?ハッキリ言おうか。オレは下げる頭など持たん。こうなった事に学びこそすれ、振り返る気など欠片も無い。」

 

ヒュンケルはにべもなく言い捨てた。

元より彼とて人間だ。言われた言葉の意味はわかるし、人並みの感情もある。しかし、それ以上の思いが彼を突き動かすのだ。

 

まだまだ終わりたく無いと。

 

こんな道半ばで高潔ぶるつもりなど、毛頭無かった。耳障りの良い言葉で鼓膜を慰撫する事に、一体なんの意味がある。

言葉の響きに遠慮して歩みを止めるなど、あってはならない。事を成す前に賢ぶって試しすらしないなど、彼の生来の気性が許しはしなかった。彼にとって何よりも許し難いのが、中途半端である事だ。

 

魔王軍なんぞに身を置いた時点で、既に人として取り返しの付かない地点に来ているのだ。

ならばいっそこの先へ、ひたすらに突き進む。その結果、人間性を捨て去っても構わない。

 

より高みへ。

 

この身の半端具合をそぎ落とすためならば、登り詰める行為で墜ちたとしても構わない。

極みへと至れるならば、それが深さであっても厭わない。

 

他者の理解など、求めるにまるで値し無い。そんなのに縋るのは、甘えである。他者に依存しなければ保て無い価値観など、捨ててしまえば良い。自分の成した結果に共感を求めるくらいなら、初めから底辺で傷を舐め合っているがいい。

 

相互理解の上に成り立つ行為であるなら、会話そのものが妥協である。

 

そう考えるに至り、彼の脳裏に浮かぶのは闇の闘法の師たるミストバーンの姿であった。

 

――この1点だけは、あんたを尊敬する。

 

あの男は、ヒュンケルに暗黒闘気の手ほどきをしながらに何も語らなかった。教えるという行為にすら、教え子の理解を求めなかったのだ。どれ程の孤独に浸かり、自身の価値観のみを頼りとしてきたのであろうか。一体何が、あの男の口を閉じさせたのだろう。凄惨な悲劇か、目を覆いたくなる惨劇か、それとも自身への畏れか。

 

いや、そんな生易しいものでは無いだろう。ミストバーンは、悟ったのだ。

 

言葉の軽さに。

 

ほとほと嫌気がさし、遂にはそれを語る卑しい口を閉ざした。

 

思えばこのイレーネですら、いとも容易くご高説を宣う。

彼女の生み出された過程を知る者からすれば…つまりはザボエラの狂気をまざまざと見せつけられた魔王軍の関係者からすれば、いっそコレは喜劇ですらある。歪み捻じ曲がり、直視を憚られるが。

 

この女は、自身がどれほど悍ましい存在かを、まるで分かっていない。

外見こそ傾国の美女然としているが、その身に宿したものの原型を知る者にしてみればとても人としては見れない。アレが仮にも人間の臓器として収まり、二本の足で歩き、言葉を喋ってくるとは、タチの悪い冗談でしかなかった。彼女の姉とも言うべき実験体達、中でもその後期の47人の少女達の末路は、魔王軍では未だに禁句扱いだ。あまりにも酷い腐臭に実験室の清掃を買って出た時、ヒュンケルを除く不死騎団の面子は揃いも揃って胃の中身を逆流させた。その際に狂気の到達点をマザマザと見せつけられたヒュンケルからしてみれば、どの部分が情けを語るのか、イレーネの脳味噌を掻っ捌きたいくらいである。

 

オマケにこの女の剣技たるや、ラーハルト以上に度し難い。バーンから授かった力だか何だか知らないが、ろくな鍛錬を経ずに自在に力を振るう。

 

要するにこの女は、嬢ちゃんなのだ。凄惨な過程を経てはいるが、叩き上げの戦士であるヒュンケルやクロコダイン、おそらくはラーハルトからしてみても、戦士と名乗るにまるで値しない。さすがは冗談みたいな魔力を誇る大魔王が作り出した”戦士”である。物理的鍛錬など不要だと言わんばかりに暗黒闘気にあかせて自身の肉体を操り、痛みすら感じないと来ている。自身の肉体との対話を経ずして、どの口が戦士を名乗るのか。

こんな存在が語る言葉に、それこそどれ程の価値がある。

 

ヒュンケルはそうして、自身の師が噛みしめたかもしれない言葉の無力さに、人知れずため息をつくのであった。

 

もはや語ることなど無い。

 

思えば彼の師も、最近では多くを語るようになった。

あれほどに沈黙を是とした男が、以前であれば静観したであろう事態に首を突っ込み、ペラペラと余計な事を平然と口にする。

つまりは衣の中身が以前とは別物になった…いや、なりつつあると考えていいだろう。

別物という程までに完全に支配されているというならば、それはそれで妙な話である。喋る時と喋らない時の切り替えが極端なのだ。今はまだ、相互に身体の支配権を争っている段階であろう。

 

そしてその原因は、未だにこの胸の中に巣くうあの老人の声と見て間違いない。

 

――取り込まれてくれるなよ、ミストバーン。全てを静観しオレを躍らせてくれたオマエには、直々にトドメを刺す。

 

ヒュンケルは決意を新たにし、パプニカへの旅路を行くのであった。

 

 

 





原作では竜の騎士以上に頑丈さが目立ったヒュンケルでしたが…。
おそらく三条先生も、天地魔闘を一人で全部食らった挙句に仁王立ちしてるヒュンケルが脳裏に浮かび、早期退場を願ったのでは無いでしょうか。
そっち方向ではなく、「要は剣だけで敵を確実に倒せばいいから必要ない」という方面で成長していく姿を描いていきたいと思っています。


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氷像


ノヴァが戦闘します。

どうぞよろしくお願いします。


 

 

アナキンがヒュンケル達と剣を交える、少し前の事である。

 

「世話をかけたな。」

 

ーー危うくヒュンケルが使い物にならなくなる所であったが…。どうやら首一本繋がったようだ。

 

ハドラーは激昂したヒュンケルから受けた傷からようやく回復を果たし、ミストバーンにそう語りかけた。結果としてヒュンケルはより大きな暗黒闘気に目覚め、戦力として成長した。ハドラー自身もラーハルトに受けた傷をベホマで回復してしていた為、大魔王バーンの手を煩わせる事も無く戦線復帰を果たせる。スタンドプレーとしては上々の結果だろう。

 

ミストバーンは批判の言葉を飲み込んだようだが、それでも突き刺す様な視線は引っ込めない。それはそうであろう。

 

ハドラーは思わず、どうでも良い事を口走った。

 

「このザマで子孫を騙られたのでは、雷竜も浮かばれまい。少しは控えるとしよう。」

 

「…待て…それはどういう事だ…」

 

まさか反応されるとは思わなかったハドラーは、見事に面喰らった。

 

「なに、世迷い事よ。全く根拠のない話だ。忘れてくれ。」

 

「あの竜の死は確認済みだ…眷属も含めて生き残りは皆無…貴様が子孫である可能性など無い…」

 

本当に容赦の無い奴だな。

しかしミストバーンが雷竜を直に見知っていたとは、驚きである。ハドラーは興味を惹かれ、疑問を口にした。

 

「ボリクスとは、面識があったのか?」

 

「…魔軍司令の座は、元々はあのドラゴンの為に用意されたものだ…バーン様が直々に下拵えをなさり、お声をかけに向かわれた…」

 

ハドラー自身は鬼岩城で復活させられ、カーテン越しにしか相対した事が無い。それを考えると、自らあの御大が足を運ぶとは、なるほどなかなかの事態である。ミストバーンがそんな存在を忘れないのも、無理は無い。

 

「…その先は、聞かぬ方が賢いのだろうな。」

 

「…その通り、お前には資格がない…しかし敢えて話しておこう…」

 

そうしてミストバーンは、長々と昔話を始めた。この事はハドラーを、二重の意味で驚かせた。

まずは話の内容そのものが驚きであった。

 

大魔王バーンが雷竜ボリクスの元に赴けたのは、冥竜ヴェルザーとの戦いに敗れた後の事であった。それまでは、ボリクスの眷属達が一介の魔族であるバーンを近づけなかったそうだ。ついに果たせた対面が屍体で迎えられるとは、何とも皮肉なものである。

そしてものは試しにという事で蘇生呪文を試みたが、神の加護を受けていないバーンは成功しなかった。

 

しかしタダでは転ばない。

 

バーンの魔力はボリクスを骨と皮のみの状態で蘇生させ、ゾンビとして復活させた。その哀れな姿に、バーンは思わず恥じ入ったそうだ。

名誉の死を迎え、眠りについた誇り高い存在を生者の理屈で呼び戻すなどあってはならなかったと。バーンは、魂を振り絞って最大の魔力を注ぎ込み、亡き竜の魂をあの世へと導いた。

そう、この時に模られたのがカイザーフェニックスである。優美な形状と圧倒的火力に目が行きがちな技だが、その本質は魂そのものを焼きつくすところにあるそうだ。

 

この話を聞いたときに何よりも驚いたのが、こんな重要な情報をペラペラ…いや、正確にはボソボソと喋るミストバーンそのものに対してである。まあ、こんなのを知ったところで同じことが出来る筈も無いので、実害は皆無だろうが…。それにしても重要な情報が含まれているのは事実である。以前の彼からは考えられ無いことであった。

 

そもそもからして、屍体とはいえ最高位の竜の肉体を骨の欠片一つ残さずに蒸発させるなど、魂を消し去られるより恐ろしい事である。おまけにその際の威力が強すぎたため、仕方なくそれ以降は片手でカイザーフェニックスを撃つようになったそうだ。そうして幾周りかコンパクトな姿となり視認しやすくなったため、有名になっただの何だの…。両手で撃つメラゾーマはもはやメラゾーマじゃ無いだろう、という常識的な事を言う気分にはなれなかった。

 

「貴重な話を聞かせて貰った。礼を言う。」

 

ハドラーはミストバーンに対して、まずは正直な感想を告げた。

彼にはわかったのだ。これは魔影参謀なりの、ハドラーに対する気遣いである事を。ボリクスに対する幼い憧れを笑わずに、知り得る限りの情報を聞かせて貰えたことは、それだけで喜ばしい事であった。

 

しかし、何故にこんな話をしたというのか。

 

その事を問おうとした時、ハドラーはふと気付かされた。

そもそもコイツは、一体いくつになるんだと。若々しさや生命力とは程遠い存在な分、全く気にしなかったが…魔族として見ても相当なジイさんな筈だ。

 

「歳か?」

 

とはさすがに言い出せず、ハドラーは大人しくアバンのもとへ向かうのであった。

魔影参謀に伴われて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナキンによりアバン流の極意を強引に授けられたノヴァは、必死になって瞑想を繰り返していた。

果たしてアバン先生は無事なのか、また師を失うことになるのではないか、そうした余計な事は、一切考えなかった。彼は、勇者からの教えを忠実に守っていた。学べる限りを学べ、そう言われてカール王国を旅立ったのである。

 

とんぼ返りする事になるとは思わなかったが、移動時間すら学びのために費やさねば、師の期待を裏切ることになるのである。

 

今は耐え、ひたすらに自身の牙を研がなくてはならない時である。

 

ノヴァの目的地たるカールの地では、大きな闘気のぶつかり合いが感じられた…。

 

 

 

 

 

 

勇者アバンにとって幸いだったのは、破邪の洞窟が敵に露見する前に交戦に入れたことだった。

単身そこへと向かう途中で、接敵したのである。お引き取り願いたいことであるが、洞窟を目前にする前に相見えたことは、僥倖といえた。

それ以外の要素はすべからく、逆境を構成している。

 

「最後に戦ったのが地底魔城だから…およそ15年ぶりか。随分と差がついたものだな、アバン。」

 

魔軍司令ハドラーの言葉は、返答すらもたらされずに、虚しく響いた。

アバン・デ・ジュニアール3世は、地に伏せていた。

 

無理も無いことであった。

以前に相対した魔王とはまるで異なる男が、そこには佇んでいた。

 

「以前は魔物の軍団を連れていた貴方が…今はそこの彼と二人きりですか…。お互いに色々とあった様ですね。」

 

穏やかにそう告げるアバンの必殺技は、全く通用しなかった。

以前の魔力とはまるで比較にならないイオナズンに押し切られ、アバンの全身からは煙が立ち上っている。

 

彼が負った傷は、それだけに留まらない。大地斬はヘルズクロー、海破斬はメラゾーマでそれぞれ破られて、凄惨な結果がその身に刻み込まれていた。

 

「先に言った通りだ。今のオレは、大魔王バーン様の下で動く一軍人に過ぎん。挙句にはこの通り、任務の達成を疑問視されて、監視役まで付けられる始末だ。…笑いたければ笑え、これでは使い魔以下だ。」

 

自身を卑下する彼の表情に、後ろ暗さは皆無である。

 

――その通りですね、笑い出したいくらいですよ。

 

人格そのものが変わってしまった嘗ての魔王の姿に、アバンは頬の筋肉を緩めた。それは嘲りとは程遠い、親愛にも似た表情である。一体何があって、貴方は復活を遂げたのか。そしてそんな顔をするようになるまでに、どんな道を辿ったのか。

 

アバンとしては、ゆっくりお茶でもしながら話し合いたい気分であった。理想としては、崇めるフローラ様に同席してもらってもいいくらいだ。女王として、これ程の精神性を備えた魔族と会っておく事は、何物にも代えがたい経験になるだろう。

 

「確かに、お笑い種ですね。」

 

アバンは膝に力をいれながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「魔王ハドラーが、復活して目の前にいる…。以前よりも強大な力を身につけ、より邪悪な大魔王バーンの配下に成り下がっている…。貴方はまさしく、私が倒さねばならない相手です。しかし…今この場に限っては、全くその必要性を感じ無い。」

 

「何を腑抜けたことを。」

 

ここに至って、ようやくアバンの目には、在りし日のハドラーの面影が浮かんで見えた。

あの頃に通じるものがある、激しい闘争本能…。しかしそれすら、見る影もなくなっていた。以前は、自分と同等クラスの者にしかそうした表情は浮かべなかった筈だ。それが現在はどうか。

 

ここまで格下の相手を前にして尚、蘭々と滾らせているではないか。

 

「以前の貴方は、自分とそれ以上の者に対してしか、敵意を示さなかった…。それ以下の者には、まるで関心を示さずに部下に殺させていた。それが今やどうですか。これほど実力で下回る私に対して…貴方は敵意を剥き出しにしている。その真根には、思わぬ力を発揮するかもしれない私への期待がありますね。信頼と言ってもいい。敵を信頼することを覚えた魔王は…。もはや魔王とは呼べません。」

 

負け惜しみではないがアバンは、命を賭ける気にまではなれなかったのだ。

ハドラーはいきなり姿を現わすや否や、かつての敗北を濯ぐべく再戦を申し込んできた。

 

しかも、軍団を率いてではなく、魔軍司令ハドラーとして一対一で決着をつけたいと。

 

もちろんそんなバカな話が組織として許される筈も無いので、物言わぬ影法師を伴っていたが。

その男にしたって、いくらでも突ける隙をここまで放置する有様だ。

 

これは一体、どういうことなのか。とんだ茶番である。

 

「貴様…、理屈をゴネて全力を出さんつもりか?!オレを倒したストラッシュの一撃は、こんなものではなかった筈だぞ?!さっさと本気を出せ!」

 

「15年前の貴方は…確かに命を投げ打ってでも倒すべき相手でした。今、あの時の様にモンスターの軍団を引き連れてこの場にいるのならば、私は再びこの身を武器にかえて、貴方を討とうとするでしょう…しかし!」

 

アバンは毅然として言い放った。

 

「今の貴方は、魔族のハドラーだと言った!だから私も、一人の人間のアバンとして向き合いました!そしてもう、勝負の行方は見えた筈です!慢心の無い貴方には、無刀陣すら看破されてしまった!…ここまで言われても、まだ納得できませんか?決着も何も、もう既についているのですよ。完敗です。貴方の勝ちですよ。」

 

こんなにも堂々と敗北を宣言できるのは、世の中広しとはいえ、この男くらいなものであろう。実際にバランに敗北したアナキンなどは、言葉も持てぬ有様であった。

 

そしてハドラーからしてみれば、侮辱にもほどがある言葉であった。こんなバカな宣言があるかと。

 

「貴様、まだまだ痛めつけねば実力を見せぬと言うのか!」

 

「…そんな脅しをかけてくる時点で、貴方とこれ以上ことを構える気が失せましたよ。…以前の貴方なら、言葉より先に手が出た筈です。もう、わかっている筈だ。貴方は雪辱を果たしたのです。」

 

ハドラーは、興味が失せた様な目でアバンを見つめ、やがて拳の鉤爪を収めた。

蘇ってまで打ち倒したかった筈のアバンは、ここには居なかったのだから。

 

「ハドラー、貴様…」

 

すると、影法師がようやく口を開いた。ハドラーは彼に対して、有無を言わさぬ口調で言い放つ。

 

「アバンは既に重症だ。後は煮るなり焼くなり、好きにするがいい。そのためについて来たのだろう?…バーン様には、オレから申し開こう。結果も覚悟の上だ。」

 

さてさて、とばかりにアバンは剣を構えた。

一難去ってまた一難、とはまさにこれである。口先で丸め込んだつもりは毛頭ないが、この影法師はハドラーほど高尚な相手ではないだろう。そしてハドラーの彼に対する態度を見るに、この男…?もかなりの腕の持ち主だ。

 

アバンは隙を見て逃げ出すつもりであった。この男達が二人揃って目の前にいる以上、勝ち目はない。もとい別々に相対したところで、勝ち目は薄い…というより皆無なのだから。

 

その男の右手が、どういう理屈か鋭い刃を模った。

鋭い音を立て。

 

アバンの目線がそこに集中する。

 

よって、左手の動作に対する警戒が薄れた。

 

その次の瞬間。

 

突如として、空からノヴァが降ってきた。

その手に、アバンが使用を禁じた闘気剣を眩いばかりに光らせて。

 

「ノーザン・グランブレード!」

 

彼は、本気であった。

 

全力で、影法師の男の左肩から先を断ち切るつもりで、技を振るっていた。

 

その威力を見れば、アナキン・スカイウォーカーに彼の身を預けたアバンが如何な慧眼の持ち主か、わかろうというものである。

 

影法師…ミストバーンの左手の4指を使ったブレードは、一瞬で叩き折られてしまった。直前までビュートデストリンガーを放とうとしていた小指は、反応が間に合わなかったのだ。

しかしすんでのところで差し込んだ右のブレードで、なんとか事なきを得ていた。

 

「何者だ貴様。」

 

この後に及んでまで口を開こうとしないミストバーンに変わり、ハドラーが誰何した。

 

「ノヴァ…アバン先生の弟子だ!」

 

消沈していたハドラーの顔に、血の気が巡った。

つまらん横槍だったら即座に消し飛ばすつもりであったが、これは面白い事になった。

 

「フハハハハハハ、お互い変われば変わるものだな、アバン!貴様、このような隠し球を持っていたのか!」

 

「おやめなさい!」

 

大声を上げるハドラーに、色を成したアバンが剣の切っ先を向けた。

 

「事情が変わりました。要求通り、命を賭してお相手しましょう。」

 

「いいや、悪いがその申し出は却下だ。この小僧をオレに相手させたく無いようだが、どの道変わらんぞ。この男に刃を向けておいて、命があろう筈もない。ならばこのオレの手で叩きのめし、嫌が応にも貴様の全力を引き出してみせるぞ!」

 

アバンは、急展開を迎えたまさかの事態に、必死で頭を働かせた。

まさかアナキンに同行させたノヴァがこの場に戻ってきてしまうとは、予想外の事であった。この子の頑固さは、折り紙付きだ。絶対にこの場から逃げ出すようなことはしないだろう。

 

かくなる上は、彼も覚悟を決める必要がある。

 

しかし、師の心弟子知らず、とはよく言ったものである。

 

「…ボクの相手はオマエだよ、この雨合羽ヤロウ。」

 

ノヴァが、聞いた事も無い様な殺気を滲ませた声でミストバーンに言い放った。

 

「…面白い…。私の殺気に反応したのは、マグレでは無い様だ。悪くない反応だ…」

 

この言葉に一番驚いたのは、ハドラーその人である。

 

----今、こいつは何と言った?

 

面白いだと?そんなのは、あの生意気小僧ヒュンケルを見つけた時以来の言葉ではないか。おいおいまさか…。出立する前に言っていた素体が、この小僧に務まるとでも言うのか。

 

「ミストバーン、その小僧の相手をするつもりか?」

 

ハドラーは確認した。顔に暗い影を浮かべながら。

 

「…存分に。身の程を思い知らせてくれよう…」

 

その言葉を聞き、アバンも悟るのであった。まだ、ハドラーが相手してくれた方が命までは取られなかったであろうことを。

 

全ては後の祭りであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ノヴァは、ミストバーンと呼ばれた雨合羽人間を、ギラリと睨みつけた。

彼は、この男がしようとしたことを上空からしっかりと見ていたのだ。

 

「オマエ、先生に何をしようとした?」

 

返事はない。どうやら、敵に対して語る言葉を持たぬらしい。

 

「答えられなくても聞くぞ。なぜ、敵意の無い先生に、刃を向けた!この卑怯者!」

 

…まだまだ青い…

 

ミストバーンは砕かれずに残った自身の左小指を高速で引き伸ばし、ノヴァの右目瞼に向かわせた。

これが、アバンに対してやろうとした事だ。

 

思い上がった子供をあやすには、少し過ぎた技だったかもしれない。

 

けれども、ミストバーンの期待は良いように裏切られた。

 

「舐めるなぁ!」

 

ノヴァは闘気剣を一閃すると、研ぎ澄まされた一撃でビュートでストリンガーを打ち払った。

ヒュンケルに比べれば荒削りも良いところだが、なかなかの剣速である。

 

…やはりそれなりのものを秘めていたか…

 

「…どれ。足掻いてみせろ…」

 

ミストバーンは、ローブの下で嗤った。

 

彼はまず、右手からビュートデストリンガーを放った。人差し指を用いて、倍の速度で撃ち込む。

 

ノヴァはこれに対しても、何とか対応してみせた。

再び闘気剣で、直に切り裂いたのだ。

 

だが、間隙を与えずに襲い来る鉤爪の嵐に、彼は防戦一方に追い込まれた。

怒涛の攻撃の前に、ノヴァは防いでいる感覚すら失っていった。

 

----防げてない。そうさせられてるだけだ!

 

敵の思い通りに剣を振らされ、技を強いられ、傷を負わされる。

 

雨合羽は、その場から一歩も動いていない。

これに対してノヴァは、足運びにすら限定をかけられていた。手足の動きから闘気の発動に至るまでの全てを読まれ…いや最早、その全てを操られていた。

 

ノヴァには、この男の何もかもが謎だった。唯一窺い知れたのが、ローブの下に細い鎖状の硬体を忍ばせている事くらいだ。それをまるで伸縮自在な指の様に扱い、攻撃してくる。

 

その硬体鎖の長さと量が、これまた尋常じゃあない。剣で切り裂こうが絡ませようがものともせずに、次から次へと引きずり出しては無造作にけしかけてくる。ノヴァが叩き切った鎖状物体の分量だけでも、相当なものだ。

 

どれだけの重量をその衣の下に穿いているというのか。自身の身を守る鎧として巻きつけてでもいるのだろうが、重装備も良い所である。怪しげな魔法使いそのものといった格好をしている癖に、全くそれっぽく無い。戦士ですら、これ程ガチガチには固め無いだろう。

 

「成る程…基礎的な身体能力は、ヒュンケルにまるで及ばないな。」

 

明らさまに値踏みしている様を見せつけられ、ノヴァはキレた。

 

ーー機を伺っていれば、いい気になりやがって!

 

「大地斬!」

 

ノヴァは覚えたての技を、その時初めて使用した。練習も何も、イメトレしかして無いのだ。下手すれば不発に終わる可能性すらあったが、ノヴァは躊躇わなかった。そんな暇は元より無いのである。

 

カール王国を出発する前にアナキンに聞いた所によると、アバン流では最初期の訓練技に位置するそうだ。実戦でもかなり使えるから、真っ先に教わるのだとか。

実際にアナキンのやり方を見た限りでは、技としての難度は高くない。

 

攻撃が命中する瞬間に闘気を爆発させるだけだ。しかし…アナキンは闘気…というよりは、フォースと言うものが薄い所を狙って放っていた。あの男が最小限の力で地面すら割り裂いた秘訣は、そこにある筈だ。地面にも闘気があるなんてことは、あの瞬間に知ったばかりである。そんな高度なことが、今の自分に出来るのか?

 

――いいや、一見しただけとはいえ、初歩技を使えずにまごつく不名誉を晒すくらいならば、いっそ散ってやる!

 

そうして放たれたノヴァの大地斬は、ビュートデストリンガーの片腕分、つまりは5発全てを一撃で吹き飛ばした。

 

「…流石はアバンが庇おうとした弟子だ…闘気の扱いは、天性のものがある…」

 

そこからは、さらに一方的な展開となった。もはや嬲り殺しである。

この雨合羽人間は、一体どれほどの謎を秘めているというのか。ビュートデストリンガーの速度は更に上を行き、倍加していた。

 

最早、闘気剣の剣技だけでは捌き切ることは不可能であった。

 

「くっそ、海破斬!」

 

ノヴァは、逡巡の暇すら与えられずにアバン流最速の剣技を使用させられた。この技は先の大地斬とは違い、実質的にも闘気弾と剣術の複合技だ。自力で編み出した技の完成版を提示して貰っておいて、出来ない筈が無かった。

 

だが、それを用いてすら次々に傷を負わされた。

右手、左手、右足、左足…その気になればいつでも必殺の一撃をもたらせるのに関わらず、全身に隈なく傷跡を刻まれる。

そう、それは先ほどのアバンの様に。

 

ノヴァの身動きは、とうとう精彩を欠き始めるに至った。

 

…そろそろ終いにするか…

 

ミストバーンが右手を翳すと、暗黒闘気の細い糸がノヴァの全身に絡みついた。

いよいよ魔影参謀ミストバーンが、その肩書きに相応しい秘術の一端を晒し始めたのである。闘魔傀儡掌という技だ。

物理攻撃への対処で手一杯になっていたノヴァは、成す術もなく身動きを封じられた。

 

ーーコイツ、相当に陰険な野郎だな!

 

今迄の鎖状の何かの攻撃といい、相手の身動きを封じる技に長け過ぎている。

ノヴァは絡みついた暗黒闘気の糸の頑丈さに、相手の秘めたる実力以上の何かを感じ取っていた。じわじわと手傷を負わせてくるやり方といい、まるでこちらの肉体に恨みでもあるかの様な戦い方である。

 

そして、対抗手段ならば一つしかない。

 

「空裂斬!」

 

これこそが、まさしくぶっつけ本番の技であった。

つい先日まで成功しなかった技なのだ。イメージトレーニングでは完璧だった大地斬や空裂斬とは異なり、全くもって強気に出れない。

ギリギリまで追い詰められたこの精神の高まりをもって、放つしか無かった。

 

そしてそれは、何とか技としての形を成し、見事に闘魔傀儡掌の糸を断ち切った。

 

「…素晴らしい…」

 

ノヴァが土壇場で見せた闘気の輝きに、ミストバーンはローブの下で微笑みを浮かべた。

もとい、この男に表情などあろう筈も無かったが、もし唇があればそれはそれは満足げな笑みを浮かべていただろう。

 

ノヴァはもう既に、卒倒寸前の体である。

今この矮小な身体を支配しようとすれば、いとも簡単にそれを成すことが出来る。

ヒュンケルの肉体のスペアとしては不足も良いところだが、この個体の闘気の素養には目を見張るものがある。暗黒闘気に染め上げた上で支配すれば、暗黒闘気を極めることに役立つであろう。

 

…是非とも手に入れたい…

 

初めて欲望を剥き出しにした闇の闘法の達人は、これ以上の手傷を負わせずに相手を封じる方法を探した。

傀儡掌が破られてしまったのは嬉しい誤算であったが、これ以上の暗黒闘気技では素体の命が危うくなる。

 

暫しの逡巡の後に、それは思いもよらぬ方法でもたらされた。

 

「マヒャド!」

 

ノヴァが最上級の吹雪呪文を放ったのだ。

 

これはミストバーンにとっては、まさしく奇貨であった。

常人ならばその威力に全身の動きを封じられるところであるが、暗黒闘気を極めた者にとってはこの程度の魔力では足止めにもならない。

それどころか…。

 

半端な力は、自らの身を焼くことになる。

 

ミストバーンはノヴァのマヒャドを丸ごと、自らの衣の中に招き入れた。そして暗黒闘気で包み込むと自身の魔力を注ぎ込み、威力を増幅して打ち返すのであった。

 

まさかこんな返し技をされるとは思っていなかったノヴァに、これを防ぐ手段は無かった。

 

「嘘…だろ…?」

 

一瞬の逡巡が命取りとなり、彼は一瞬にして氷像と化してしまった。

小指一つ、全く動かせない。

 

最上級の氷雪呪文ではあるが、ノヴァの魔力ではここまで見事に敵を封じ込める込めることはできない。

それなりの闘気を込めれば、内側から打ち破ることはできた。

しかし、今回ばかりは事情が異なった。

暗黒闘気とより上位の魔力を上乗せされ、最早別物と化した技を喰らい、ノヴァは身動きはおろか意識までその氷の中に閉じ込められようとしていた。

 

そうして次第に、彼の意識は暗闇へと引きずり込まれていき…。

 

後に残されたのは、見込んだ素体を手に入れ満足げな様子のミストバーンであった。

手を伸ばし、暗黒闘気の秘術で鬼岩城へと転送しようとする。

 

そこへ。

 

闘気の奔流が襲いかかった。

 

不意をつかれたミストバーンは、その技を大きく回避する事しか出来なかった。いや、命の輝きをそのまま削り取ったようなその一撃は、最早彼の秘術をもってしても弾き返す事は至難だ。

それ程までに、絶大な闘気流であった。

 

この場で彼に向かってそんな事をしてくる人物は、一人しかいない。

 

勇者アバン、その人である。

 

 

 

 

 

 

 





ノヴァ君、ゴメン。今回のキミは、完全な前座なんだ。

だからロモス→カールの大移動ルーラ+必殺技で、衣の下の右腕に傷を負わすとか、話の流れ的に出来ないんだよ。それやっちゃうと脱ぎ始めちゃう人に殺されちゃうから、魔法力が枯渇寸前だったという事にしてくれ…。

それにこの後、将来的に相手する事になる奴がとんでもない事になるから、見なくて正解だったと思う。


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進化


おかしい…。
どうにも、満足行く仕上がりになりませんでした。色々詰め込み過ぎてしまったのかもしれません…。

どうぞよろしくお願いします。


アバンは満身創痍である。

再度拳を交えるまでもなく、勝敗は決している様に見えた。

待ちに待った瞬間が訪れたハドラーとて、現状をそのように分析している。

 

アバンは15年前とは、見違える程に力を増していた。そして自身はより大きな成長を遂げた。それが結論であった。

 

しかしハドラーには、この男がまだまだ未知の力を秘めている確信があった。恐らくは、アバン自身がまだ訓練中なのであろうが…。

 

思えば16年前に凍れる時間の秘法を使われたときにも、そのような状況だった。あの時、一目でも発展途上の刀殺法の技を見ていれば、その1年後の決着は覆った筈である。

 

その様な過ちを再び犯す気には、全くなれなかった。そしてその為には、なんとしてでもこの男の全力を引き出す必要があった。

 

その契機は、思わぬ所から舞い込んだ。

奴自身の弟子の奇襲として。

 

「さて…このままにらみ合いを続けても、弟子の助けにはならんぞ。おおかた命を賭すとホザきながら、向こうがひと段落した所でルーラでも打とうとしているのだろう?そうはさせんぞ。」

 

「やれやれ…手の内を晒しすぎた相手というのは、やりにくいものですね。」

 

ため息混じりに零したアバンの言葉に、ハドラーはニヤリとした。

 

「まだまだ隠しているのだろう?最後の引き出しがある筈だ…だからその余裕がある。」

 

「買いかぶり過ぎですよ。それよりこのまま、向こうが落ち着くまでお話しする訳にはいかないのですか?」

 

ハドラーは、まだまだこの男を見抜けていなかったことに気づいた。

アバンは冗談抜きでそうしようとしている。おそらくこのまま畳み掛けたところで、ギリギリのところで耐え、この状態を保とうとする筈だ。下手すれば薬草をネダリ始め兼ねない。

 

敵から向けられる期待を、存分に使いこなすつもりなのだ。

それで時間が稼げるなら、安いものだとでも思っているのだろう。

 

ならば、その余裕を打ち砕く迄である。

 

「オレも好きにさせて貰うぞ。」

 

そう言って、ハドラーはアバンに背を向けた。

今、アバンが一番恐れていることをしたのである。

 

ハドラーの目は、ノヴァに注がれている。

全方位から襲い来るビュートデストリンガーを何とか凌いでいるが、このまま押し切られるのも時間の問題であろう。

 

ましてや、ハドラーがそこへ介入すればどうなるか。

 

「お待ちなさい!」

 

事は、ハドラーの目論見通りに運んだ。

背を向けた敵を放置するほど、アバンは甘い男ではない。ましてや交戦中の弟子の不意を打とうとしたのだ。これで反応してこない方がおかしい。

 

しかし。

 

「オレを舐めているのか?」

 

ハドラーは、闘気を込めたヘルズクローを裏拳で一閃すると、アバンの放ったストラッシュを打ち消してしまった。

 

「そこまで弱った体で…なけなしの闘気で…既に見せた技で…このオレが討てるとでも思ったのか!」

 

彼は怒りにかられて、アバンの体に鉤爪を突き立てようと躍りかかった。

かくなる上は、腕の一本くらいは貰うつもりである。

 

しかし。

 

アバンの身体は、まるでラーハルトの疾駆の様にハドラーの視界から掻き消えたのである。

 

ならば、とばかりにハドラーは反応する。

 

突進の勢いをそのままに、アバンの残像でも捉えるようにして、超低空のタックルをかけたのである。

視覚の外から襲い来る相手に対してただ一つ言えるのは、目の前にはいないという事である。

 

そうして、アバンの攻撃も空を斬った。

 

ハドラーは飛び込み前転の要領で崩れた体勢を整えると、振り返って相対した宿敵に対して獰猛な笑みを浮かべた。

 

「そうだ…。せめてこのくらいの事はしてくれなければ、蘇った甲斐が無いというものだ!」

 

ハドラーには、どうしていきなりアバンの速度が増したのかは全く分からなかった。

これほどの動きができるなら、なぜ最初からそうしなかったのか。恐らく時間制限のある技なのだろうから、ここまで追いつめられる前に成せばよかったものを。

 

しかし彼はもう、闘争本能の塊と化していた。

 

「オレを楽しませろ、アバン!」

 

ハドラーは全速を出しても追いつけ無いのにもかかわらず、再び突進をかけた。

単純に考えれば、距離を保ってイオラを連射するなりすれば良いのだ。しかしそんな良策をとれるほど、ハドラーは殊勝ではいられなかった。勝ちたいのではない、圧倒したいのだ。

 

力でも、闘気でも、魔力でも、そして速さでも。

 

全てにおいてアバンを上回らなければ、気が済まなかった。

 

どれ一つ、負けたままにはしておけない。

彼はこの戦いで、失った誇りを全て取り戻すつもりだった。

 

クロコダインは力で、バランは闘気で、ザボエラは魔力で、ヒュンケルは速度で、ハドラーを上回っていた。軍団長を統べる地位につきながら、ハドラーは実力的には彼等の誰1人として及ばなかった。その事に憂い、自らの可能性を押し殺してしまっていた自分自身の過去を、彼はこの闘いで完全に払拭するつもりだった。

 

この上なお、アバンにどれ1つとして負ける訳にはいかなかったのである。

 

だが、それはアバンの思う壺であった。

 

「ようやく、一太刀浴びせる事が出来ましたね…」

 

ついに、彼はハドラーの身に大地斬を叩き込む事に成功した。

それはヘルズクローを叩き折り、間違いなく敵の左腕から戦闘力を奪っていた。。

 

アバンは一息入れながら、ようやく勝ちの目がこちらに向き始めた事を実感していた。

 

しかし。

 

「流石は勇者と名乗るだけの事はある。だが…オレとて単純に力ばかりを増した訳では無いぞ。」

 

ハドラーはそう告げると、ベホマでその傷を回復してしまった。アバンのこれまでの奮戦は、これで全て振り出しに戻る。

 

アバンは冗談抜きで、この場から逃げ出したくなった。ノヴァの戦況次第では、間違いなくそうしたであろう。

 

実のところアパンの手の内としては、今の闘法はかなり上等のものであった。アナキンとの会話でフォースの概念に触れ、より繊細な闘気のコントロールを覚えたばかりだったのだ。短時間だが速度を底上げすることには成功したのだが…。

 

その成果が、いとも簡単に覆されてしまった。

 

まさかあのハドラーが上位の攻撃呪文でなく、回復呪文を身につけてくるとは思わなかった。やはりこの男は以前とは精神構造そのものが異なる。刹那的な野望に駆られていた以前では、回復の概念すら持てたか怪しい。

 

こうなった以上は、何度繰り返そうが同じ結果に終わるであろう。

 

それどころか。

 

「なるほど、こういうカラクリだったのか。武器以外に闘気を纏うとは、流石に目のつけどころが違う…」

 

ハドラーは、その身に闘気を張り巡らした。

 

アバンがあれほど苦労して身に着けた技術を、この戦いの中で見事に盗んでみせたのだ。

剣士であるアバンに比べて、格闘家であるハドラーがこの技に長けるのは当然のことなのかもしれない。

 

アナキン・スカイウォーカーが天才と称したアバンを上回る才能が、ここに芽吹きつつあった。

ハドラーは無謀な戦い方で自身の命を敢えて危険に晒すことで、急速にその実力を高めたのである。

当初の目論見通りに、魔力と闘気と力に加えて、速度でもアバンを上回ろうとしている。

 

もはやこれ以上の戦闘行為は、彼の成長を促すだけである。

 

かくなる上は…。

 

アバンは、地面に剣を突き立てた。

この技は、ハドラーにも覚えがある筈だ。ならば、今直ぐに仕掛けて来る事は無いであろう。

 

何よりも、アバンには絶望から立ち直る時間が必要であった。

 

「成る程、確かにそれならば…わかっていても、避けられぬな…」

 

ハドラーは忌々しげに告げた。

 

「だが…今のオマエが、このオレの全力の一撃に耐える事ができるのか?その技は、今程に追い詰められてはタイミングを逃すことがあるのでは無いか?」

 

アバンはこの戦いが始まってから、初めて笑みを浮かべた。

ハドラーの分析があまりに的確で、思わずそうせずには居られなかったのである。

そして何よりも…。

この時初めて、自分の目論見が相手を上回った事を知ったのだ。

 

「同じ技を用いるのには、もう懲りましたよ。」

 

そうしてアバンは、剣の鍔の部分に闘気を込めた。

刃と交わり、十字を描くその部分に集中させる。

 

そして、持ち得る限りの全ての闘気を瞬間的に解き放つのであった。

 

かつてヒュンケルにその理を説いた技とは異なり、これは捨身技である。アバンは最早、確実な死が訪れる自爆呪文よりはマシという意識でそれを行った。

 

その結果、絶大な闘気流が剣を叩き折って放たれた。

 

そう、ミストバーンが見た閃光はこの光である。別に意図して彼の方向に放たれた訳では無いのである。運悪く事が運ぼうものなら、この一撃がノヴァを捉える事があったかもしれない。

 

アバンはハドラーに対して命をかけると言ったが、この技を使った事によりその言葉の正しさが証明された。アバンとて、2度と同じ事はしたくも無いし、出来ないであろう。

 

しかし…。

 

ハドラーは、生きていた。

 

アバンが生命を危険に晒してまで放った特大の闘気流をもってしても、この男を仕留め切る事は出来なかった。

 

無傷でこそないが、いまこの瞬間にも回復呪文の光がその傷を癒していく。

 

「どうした、それで終いか?」

 

ハドラーは口から鮮血を流しながらも不敵に笑った。

彼とて、さすがに軽傷では済んではいない。しかし、闘気の大きさはより強い輝きを放ち始めている。

 

「この程度の攻撃で、我が命奪えるとは思うな!」

 

――攻撃だ。

 

アバンは咄嗟に思った。最早一刻の猶予も無い。受けに回ったら、その瞬間に命を落とす。

 

しかし最早、剣折れ闘気尽きた。最後の最後で放つ手段が、通用しなかったのだ。今更何が出来る。

この男にメガンテが通用しない事は、格闘能力の差からして明らかである。

 

今の自分には、何も残されてはいない。

 

そう考えた時の事である。アバンは目を見開いた。

 

――いいや、まだこの命がある。

 

闘気などでは無い。より根源的な生命としての力そのものを、振り絞る必要がある。まさしく自身の命が脅かされたこの瞬間だからこそ出来る事がある筈だ。

 

そうして目を閉じたアバンの右腕には、一振りの剣が握られていた。

 

それはノヴァが扱う闘気剣とも、アナキンがそれに変な改造を施した擬似ライトセーバーとも違う、生命の剣であった。

 

「…撃って来い。」

 

ハドラーは回復の半ばでそれを止め、仁王立ちしていた。

そこから先は、怒鳴り声の応酬となった。

 

「それがオマエの辿りついた答えなら、この身で受け切ってやる!さぁ来い、オレが紛い物では無いと、キサマ自身の命で証明してみせろ!」

 

「これが…私にできる最高の一撃だ!このまま砕け散れぇ!」

 

裂帛の怒声とともに放たれたのは、先程の闘気流にも勝るとも劣らない、極大の閃光。

勇者アバンが己の命を賭して放つ必殺技。

 

生命のストラッシュである。

 

アバンはその瞬間、最早勇者でも何でも無い、1人の戦士であった。高尚ぶった言葉など吐かず、ただ1人その身を武器に変えて眼前の敵を討ち果たそうとする。

 

そしてこれこそが、ハドラーが待ちに待った姿であった。

 

「「うおおおおお!」」

 

絶叫が重なり合う中、ハドラーは歓喜していた。

ついにアバンに理性を忘れさせ、その存在の全てを闘争に傾け、獣の様な怒鳴り声を上げさせた事に、彼の全身は打ち震えた。

 

この男はもはや、勇者でも何でもない。ハドラーを殺そうとしてくる、正真正銘のただの敵であった。それ以上でも以下でもない。

 

この瞬間に、魔王は勇者の魂を打ち倒したのであった。

 

そして、全ての決着がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミストバーンは、困惑に包まれていた。

彼の目の前でハドラーは、アバンが文字通りに命を賭して放った一撃に膝をついていた。

その身に負ったダメージは、死に至る程のものではない。何故そのままの体勢で、敗北を喫した様な姿を晒しているのか。

 

何も今に始まった事ではない。

途中から観戦し始めたミストバーンの目からすれば、ハドラーは敗北へ向けてひた走った様にしか見えなかった。

せっかく身につけた回復呪文を半ばで打ち切り、避けれる攻撃を真正面から受け止めるなど、フザケているとしか思えない。

一体、何がしたいのか。

 

今やアバンは力なく立ち尽くし、ハドラーはその身を抉られ膝をつきながらも不屈の闘志を保っている。

何故、この後に及んでトドメの一撃を刺そうとしないのか。

 

挙句の果てにハドラーが言い放った言葉に、彼は我が耳を疑った。

 

「オレの…負けだ…」

 

誰がどう見ても、真逆の状況である。

 

しかしハドラーは、理解してしまったのである。

今の一撃が、自身には決して繰り出せないものであると。

 

彼には全てを投げ打って高みへと上り詰める覚悟があった。

しかしせっかく拾った命を犠牲にしてまで成したいとまでは思えなかったのである。そんな事は、本末転倒である。こう思ってしまう限り、今のアバンの様な事は決して成しえないであろう。

 

そしてそれが己の限界なのだと、気づかされてしまったのである。

 

彼はアバンに負けたのではない。

自身に巣くう保身という名の本能に、敗北を喫したのである。

 

「…オマエのその力は…一体何なんだ…」

 

もはやアバンは立位を保つのがやっとである。

その声はとぎれとぎれも良いところであるが…弱さとは無縁の響きを持っていた。

 

「貴方にはわからないでしょう…ハドラー。貴方は間違いなく天性の戦士だ。しかし貴方が闘争の果てに求めているものは、私からすれば取るに足らない…いつでも捨てされる物に過ぎないのですよ…。」

 

誇り?そんなもの、一体何になるのです。

 

アバンの言葉に、ハドラーは激高した。

それは、彼にとっては断じて許せぬ言葉である。

 

「男の生き方に、誇り以外の価値など無い!何故だ!何故、誇りすら投げ打つ卑屈なお前に、これ程の力が出せる!」

 

「貴方には…守るべき者が居ないからですよ、ハドラー。」

 

「…何を言っている。」

 

「私には、あの子達が…ノヴァやポップ、そしてマァム…、ヒュンケルがいる。あの子達を立派に導くまで…そして彼等の未来を守るため…私はこんな所で負ける訳には行かないのです!この、思いが…他者への思いがある限り…私は戦える…どんなに絶望的な状況でも、決して諦める事は無い!」

 

ハドラーは気おされた。

何故、これほどの圧力をアバンから感じるのかが、まるで理解出来ない。しかし、それは確かな力となって、今のアバンを支えているのだ。

 

アバンの怒声は、まだなお続いた。

 

「貴方にはわかるまい…。私がどれ程の辛酸を舐めてこの場に立っているか。かつての貴方の実力に憂い、必死でその差を埋めようとした私の努力が、どれだけ惨めなものだったか、わかる筈も無い!

 

私は貴方と出会って以来、自身の誇りのために戦ったことなど一度も無いぞ!そんなものはとうの昔にあなたに、徹底的に粉砕されたのです!」

 

「…だったら何だと言うのだ…貴様は一体、何のために戦っている!」

 

「愛弟子たち…彼らを取り巻く人々、まだ見ぬ人々…そうした者達を守りたいと思う心…、これを、私たちは勇気と呼んでいる。私の肩書を忘れましたか?私は…その先鋭たる、勇者なのですよ。」

 

アバンの声はわずかに、しかし確かにハドラーの心を揺るがした。

ハッタリなどでは、あり得なかった。

 

「成る程…。その力は…人間特有の感情に由来するという訳か。どうりで理解できない訳だ…」

 

「まだお分かりになれないか。貴方とは、闘いの先に見ているものが異なるのです。私は貴方に勝とうとして勝った事など、一度も無い。必死で負けぬよう食らいついただけです。貴方の様に勝算がある闘いしか経験していない者には、この気持ちは分かろう筈も無いのか…。

 

勇者の闘いに、勝算など無い!逃げ去った者すら守りたいという、無私の闘争があるだけだ!守る者を持たぬ貴方など、どれ程強かろうが全く怖く無い!」

 

ハドラーは、唐突に敗北を悟った。

ーー成る程。道理で貴様は、この後に及んでも心が折れぬ訳だ。

 

その口から参ったと言わせられなかったオレは、やはり貴様に敗れていたのか。

 

オレは…弱いままだったんだな。技と体を磨き上げたが、心を鍛えて来なかった…。

 

ハドラーは思った。

やはりミストバーンの言う通りだったと。

 

あれは、純粋な夢でしか無かったのだ。

 

大魔王バーンの魔力により蘇ったとき、確かに輪廻の中で祖霊を、雷竜ボリクスを見たと思った。この血を敗北の色で絶やしてくれるなと、激励すら頂けたと思っていた。

 

確かに仰ぎ見た筈だった…。

 

それがこの様は何だ!

 

捨てた筈の慢心が重傷を負わせ、あろうことか同じ相手に二度も敗北を感じるとは。

本物の竜の騎士を前にして、よくも恥知らずに雷竜の末裔を名乗れたものだ!

 

ハドラーは脳裏の存在に、高々に呼びかけた。

 

「雷竜ボリクスよ、身の程知らずにも貴方を祖先とまで崇めたオレは、正真正銘の道化者だ‼︎ 貴方の末裔を騙り、その名を無駄に貶めただけでは飽き足らず、ここまで無様な敗北を晒して、本当にすまない!どうか、許して欲しい…」

 

敗北の辛酸に狂気の一歩手前まで追い詰められていたが、不思議と悔しくは無かった。

ハドラーは知らずのうちに、涙すらしていた。

それは、哀しさだった。

 

不思議と悔しさは湧いて来なかった。

最早彼は、悟ってしまったのだ。

自身が夢にまで見て、必死にここまで追い求めた雷竜は、本当に単なる幻想だったのだと。

この身は本当に、どうしようもないほどに一介の魔族に過ぎない。

必死で否定してきた、まさしく有象無象の存在であったと。

 

こんな気持ちだったのか。

かつてオレが殺してきた、魔界や人間界の住人どもは。

 

こんなにも真っ白で、哀れさ一色に染まった気持ちを抱きながら消えていったというのか。

2・3回種を変えて生まれ変わった程度では覆しようが無いほどの彼我の差に絶望しながら、声も無く果てていったのか。

この世に存在したという痕跡を、欠片も遺すこと無く逝って…

 

「すまなかったな、アバン。魔王だとか、魔軍司令だとか、まして雷竜の末裔だなどと、自身を大きく見せようとするあまりに本来の姿を忘れ、偽りの名乗りを上げてしまっていた。オレはハドラー、ただのハドラーだ。…それ以上の存在には、終ぞなれ無かった。」

 

彼はそう言うと、双拳のヘルズクローを収め、魔法力すら極小にまで収めた。

そして不思議と自然に、頭を垂れていた。

 

「自分より弱い者を求めて地上に躍り出てしまったのが、そもそもの間違いだった。魔界では取るに足ら無い存在だという事実に目を背けたいがばかりに、傍迷惑な憂さ晴らしをしたものだ…。二度も手間をかけてさせて済まないが、どうかまたお前の手で送り届けてくれ無いか。今度こそ、オレは間違いなくあの者達に頭を下げに行かねばなら無い。」

 

アバンは動揺を隠しながらも、歩むべき道を悟った好敵手の願いに真っ向から向き合った。

これは非常に辛い作業であるが、その前にどうしても確認しなければなら無いことがある。

 

「…ハドラー、残念ながらそれは不可能です。貴方が手をかけた者達は、私達人間に伝わる教えが正しければ、 天国という魂を慰撫する空間に招かれている筈です。そして貴方はまさしくその対極に位置する、地獄という魂の汚れを削ぎ落とされる空間に行くことになる。…それでも宜しいのですね?」

 

「そうか…最早、贖罪の機会すら己の手で摘んでしまっていたか。仕方あるまい、やってくれ。」

 

迷いの無い澄んだ瞳で見返すハドラーに対して、アバンは無表情で頷き返した。

おそらくここまで極限に力を抑えた彼は、アバンストラッシュで十分であろう。しかし…。

 

仮にも因縁のある相手が新たな道を踏み出そうとする門出の儀式なのだ。

こちらも全身全霊をかけて臨まないことには、礼を逸するにも程があろう。

 

アバンは生命の剣を発動すると、ストラッシュの構えをとった。

この状態で繰り出される技は、まさしくつい先ほどのグランドストラッシュ。アバンの生命そのものを削って放つ一撃に他ならない。

 

「…余計な世話だろうがな、遺言として受け取ってくれ。その技はあまり使うなよ、寿命を縮めすぎる。その一撃で救える生命よりも、お前の声や教えが救う生命の方が多い筈だ。 」

 

「確かに受け取りましょう。私こそ、今の貴方だからこそ贈りたい言葉がある…生命を数えるな‼︎」

 

ーー難しいことを言う。

それが、魔王ハドラーの今世での最後の思念になった。

 

グランドストラッシュは先ほどの威力と何ら遜色無い破壊を周囲にもたらした。

ハドラーが身に纏った防具はことごとく粉砕され、空気中の塵と化した。

 

葬送の 儀とばかりに光り輝いたその軌道は、眩いきらめきをもって周囲を白一色に包み込む。

 

そして…。

 

ハドラーはその身を地面に横たえ、天を見上げていた。

もう、身体を起こす気力すら湧いて来ない。

これが、本当の死か。

 

そう思い、彼はゆっくりと目を閉じ…以前のそれとはまるで異なる静寂に身を委ねた。

 

そして暫しの時が経った。

 

ーーどういう事だ?

訳がわからず、彼は驚愕していた。

 

今の一撃は間違いなく、アバンが生命を削って放った至高の一撃だった。

それを喰らって尚、意識をここまで保てるほどに分に力は残って居なかった筈だ。

 

最後と定めた先の瞬間、ハドラーはおそらく魔族として初めて、敗北者達に目を向けた存在となっていた。

そしてその事により、確かに彼は自身の力でその殻を破るに至った。

 

彼は知らなかったのだ。

生物は、進化を遂げるということを。

 

環境の変化に自身の形態すら変え、弱肉強食の連鎖すら及ばぬ解法を見出してみせると。

 

そしてハドラーは、たったの1代においてそれを成した。

 

最早回復魔法を使う必要すらなく、つい先ほど負ったダメージが回復されていく。

さすがにアバンの生命を賭した必殺技は未だに生々しく痛むが、それを上回る生命力が彼の胎の底から溢れ出していた。

 

「バカな…。」

 

アバンは戦慄き、そして後悔した。

最早つい先ほどまでのハドラーとは、完全に別格な生物が誕生してしまった。

魔族の肉体をすら上回る再生能力を持ち、全く未知な力を秘めた傑物。

 

アバンはその怪物を、自らの闘いが呼び起こしてしまったことを悟った。

 

恐らくこの者は、今の自分ではどうしようもない。

おとなしく尻尾を巻き、対抗策を錬るまではひたすら雌伏すべき程の相手だ。

アバンには全くためらわずに、それが出来た。

 

「弟子に正道を説きながら、それはできませんよね?」

 

…以前の彼ならば。

最早、アバンとて以前のアバンでは無かった。

 

彼には弟子がいた。この時代を打ち破り、必ずや荒みきった人心に再び希望と気高かさをもたらすべく、今この瞬間にも成長を続けているであろう、輝かしい愛弟子が。

 

既に技術的には、教えることが無くなっている。

それほどの逸材だ。

 

いやそれ以前に、家族を大事にする優しい心の持ち主だ。

そんな輝かしい存在に一層の光を放たせるべく、彼は心を決めていた。

 

”勇者”を育て上げるのだと。

自分では辿り着けなかった伝説の存在。

そのものに、彼を…ノヴァを、育て上げてみせるのだと。

 

ーーノヴァ、聞こえていますか。貴方の存在が、私にここまでの勇気をくれました。貴方は私の、自慢の勇者です。どうか私の後を継ぎ、"勇者"を完成させて下さい。

 

ジェダイ?竜の騎士?そんなもの達に、負けないで下さいよ。完成度が何ですか。私達の先達達は、確かにこれまでの間、この世界を守り抜いて来たのです。彼らの様な特別な力など持たぬ、ただの人間の身でありながら。どうかこの事に…誇りを持って欲しい!

 

アバンはクルリと背を向け、ミストバーンへとひた走った。ビュートデストリンガーを放ってくるが、それも最早気にせずに突っ込んだ。どうせ捨て去る命だ、この上、どんな傷も厭うものか!

 

「やらせん!」

 

その時、復活したハドラーが、彼とミストバーンの間に、目にも留まらぬ速さで割り込んだ。

アバンの特攻は、失敗したかの様に見えた。

 

「かかりましたね…今の貴方なら、この人を庇う。そう思っていました。」

 

アバンが狙ったのは、あくまでもハドラーである。

そして一対一なら天地がひっくり返っても無理な事が、この状況であれば可能な筈であった。

 

それは現在のハドラーだからこそ成立する、危険な賭けであった。

 

「…さあ、今こそ約束を果たしますよ、ハドラー。これが私の、最後の一撃だ…」

 

 

 

 

 

 

ノヴァは、アバンのフォースが消え去る瞬間に、意識を取り戻した。

師の呼びかけに応えるには、それ程の時間と、新たな力への覚醒を必要とした。

 

ーー先生。ごめんなさい。

 

ノヴァは、無力な自分を恥じ、詫びた。

 

彼は、またもや師を失ったのである。

みすみす、目の前で。

 

視界の外の出来事であったが、彼にはアバンの声が、確かに届いていた。それはもう、眼前で会話をした様に、ハッキリと。

 

それは、視界すら伴っていた。

だからノヴァはこの瞬間に、意識を取り戻す事が出来たのだ。

 

師が寸前に放った闘気流を、忠実に再現する事によって。

 

元より彼は、自力で闘気に目覚めるだけの才があった。その契機がかつての師を失った瞬間に訪れた事は、此度の事と合わせて、彼には皮肉でしか無い。

 

しけし、だからこそ最早耐え切れなかった。

 

「チクショウ…何でだ、何故こうなる…。何でみんな、同じことするんだ。先生、どうして…」

 

逃げてくれなかったんだ。

 

その言葉を、ノヴァは必死で飲み込んでいた。それだけは言う訳にはいかない。この言葉だけは、決して言い捨ててはなら無い。

 

けれども、けれどもだ。

 

勇者だって、1人の人間だ。伝承には、省かれた部分が付き物だ。彼らだって一度や二度くらい、尻尾を巻いた事がある筈だ。何で、どうして、自分を見捨ててくれなかったのか。

 

そんな事がグルグルと、彼の心に渦巻いていた。

 

そしてやがて日が陰り…闇夜が訪れようとしていた。

 

その時の事であった。

 

「見つけましたよ…」

 

耳馴れぬ声が響き、ノヴァは思わず後退った。

 

「…凶星の残り香を放つ、新星の勇者様…どうか私をお導き下さい。私は…黒の星の、生まれ変わりを探しています。太陽を駆る女性から、彼に伝言を頼まれました。」

 

そこには、黒髪の少女がぽつねんと佇んでいた。

 

 

 



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成長

竜の騎士バランはダイの記憶を完全に消し去ると、その場を後にした。

 

「その子の記憶を取り戻させたければ、竜の騎士の所縁の地を訪れよ。」

 

ダイを残して立ち去ったのは、おそらく絶望を植え付けるためだと、アナキンは分析していた。

知己の者に知らない人扱いされるのは、実際に経験してみるとかなりクルものがあった。

 

こちらの動揺を誘い、放り出させようとでもするつもりなのであろうか。

 

実際に、ポップの負った心の傷などは酷いものであった。

アナキンも心技体の全てにおいて敗北を喫したことに蒼白となっていたが、ついに見兼ねて彼を遣いに出した。

 

世話になるネイル村で大騒ぎされても事なので、強力な援軍を呼びに行ってもらったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

アナキン・スカイウォーカーは一人、前世において師と二人がかりで挑んで敗れたドゥークー伯爵のことを思い出していた。

あの時も、気が狂いそうなほどの怒りに囚われた。ライトセーバーの腕でも、フォースの強大さでも、完膚無きまで打ち負かされたのである。

 

新たな生を得てまでこんな思いをする事になるとは思わなかったが…。

 

「まぁ、あんな化物相手では仕方のないことだろうな。」

 

「お兄ちゃん、何言ってるの?」

 

「いやいや、気にするな。オマエの親父さんにビックリしてしてしまったんだよ。お化けみたいに凄い人だった。」

 

「ふうん…」

 

見事なまでに精神的に逆行したダイをあやすアナキンの心は、晴れ晴れとしていた。

 

良くも悪くも、攻撃力云々で後ろ髪を引かれていた暗黒面への誘惑が、解消されたのである。

もはやバランは、ダークサイドの攻撃性ですら及ぶのか危ぶまれる次元に位置している。本気でシスに転向してその道の訓練を積んでなんとか、といったところか。アレは最早、ホラ話だと思っていた古代シスのレベルにある。辿り着けるかどうかすら怪しいものである。仮にそうなれたとしてその結果、あれ以上の化物に変貌される可能性が…いや、恐らくはそうなる。もはや、同じフィールドで勝負を挑むのは、アホらしくてやってられない。

 

ジェダイなら、別な道を探すべきである。

 

何よりも、あの傑物にはこっちの道へ戻って貰わねばならない。

あのドルオーラとかいう大技で打ち倒した巨悪の事を、詳しく語って貰わねばならぬ。まだ見ぬ大魔王バーン並みに厄介な相手だったのであろう、頭を取っだからと言ってその軍団が瓦解するとは限らないでは無いか。残党が跳梁している可能性は無いのか?主要幹部は全員討ったのか?シスの様に強力な弟子を育てていたりはしないのか?

そういった諸々を確かめなければならないのである。

男は黙ってを地で行くにも、限度があるだろう。

 

力押しでねじ伏せるのでは無く、かつてルークが父たるアナキンにしてくれた様に、彼自身の心でダークサイドから足を洗って貰わねば、ジェダイとしては失格であろう。

 

そもそも、フォースとは、ジェダイとは。

 

「知恵と防御のためか…やれやれ、敵の正体すら見抜けなかった半端者には、道は遠いな。」

 

アナキンは、呑気にもダイの頭を撫でながらそう呟くのであった。ちなみにその右頬は、見事に腫れ上がっている。

改めてとマァムと自己紹介し合った際に、一悶着あったのである。

 

それはさておき、アナキンはバランについて、完全に思い違いをしていた。あの男は、既にどこぞの王家に迎えられるくらいの功績を打ち立てている。コソ

 

「何呑気なこと言ってんだよ!」

 

バァン、と扉が跳ね除けられ、肩で息をするポップが現れた。

 

ーーおいおい、人様の家なのだから、もっと大事に扱わないと。

 

アナキンは、蝶番が外れかかった扉を見ながら、ため息をついた。昨晩のポップの取り乱し具合は、それはもう酷いものであった。少しは気分が晴れるだろうと思い、デルムリン島に行かせたのだが…昨晩のままである。

 

「お前が言う援軍って、コレか?コイツが、万軍に匹敵する神秘の結晶だとぉ?!オチョクルのも大概にしろよ!」

 

そう言ってポップが遥か彼方のダイの故郷から連れてきたのは、彼の両腕に抱きかかえられた、フォースの結晶体である。

見た目的には、ゴールデンメタルスライムというレアモンスターらしい。アナキンにとっては、フォースの輝きが強すぎてよく見えないくらいなのだが…。

ダイやポップにとっては、羽根つきの黄金スライムに見えるらしい。

 

「ピピー!ピ、ピ!」(失礼な!いきなり呼び出して、何なのこの扱い!)

 

「申し訳ない…。聞く耳持たない状態だったんでな、とりあえずブラスさんに手紙だけ渡すように頼んだんだ。」

 

「ピピ!ピーピー?ピ!」(そんな無責任な!ポップったら、ここまで来るまでずっと不機嫌だったんだよ?ボクの身にもなってよ!)

 

「そうだったのか…。おいおい、ポップ。R2に不快な思いさせるなよ。」

 

「ピピー!」(何その変な名前!)

 

アナキンは、前世でのアストロメックドロイドとのやりとりを思い出しながら、心が洗われる様な感覚を覚えた。かつての相棒の電子音みたいな鳴き声だから、そのまま呼んでしまうくらいである。

それを見たポップのボルテージは、上がるばかりだ。デタラメな一人芝居するなだの何だの騒いでゴメちゃんに事情を説明した後に、ようやく本論に入った。

 

「だから何で、ゴメがこの状況で役に立つんだよ?」

 

「…オマエはもう少しセンスがある様に見えたんだが…コイツの凄さを見破れないようでは、二流止まりだぞ。…まあいい。ダイの記憶を戻す手伝いをしてもらうんだ。」

 

「ピ、ピピィ…」(そんな事、ボクには出来ないよ…)

 

経緯を知らされたゴメは、力無く涙を流していた。ダイに他人扱いされた事が、よっぽどこたえたのだろう。その姿を見ては、さすがにR2とは呼べなくなってしまう。

 

「ああ、おまえは何もする必要ないよ。ただ少し…、おとなしくしててくれ。ちょっと熱くなるかもしれないが、我慢してくれよ?」

 

「ピピィ…(痛いのはヤダよぅ…)」

 

「大丈夫だって。」

 

「アナタの大丈夫は人様の大火傷な気がするから、気をつけてよ。」

 

「もっと言ったれ、マァム!」

 

アナキンはそうした野次には反応せず、ゆっくりと目を閉じた。

 

さぁ、反撃開始だ。

バランは、致命的なミスをやらかした。ジェダイの目の前で秘術を用いるなど、技を盗めと言ってる様なものである。ダイを大人しく連れ去ってから煮るなり焼くなりすればよかったものを、わざわざこちらに見せつける様に行うなど、傲慢にも程がある。

 

周囲に緑色の光が立ち込め、ポップもマァムも、思わず息を飲んだ。

 

そして…。

 

「うわぁ…何かスゴイ光ったね、今。」

 

ダイの様子に、まるで変化は無かった。

 

ーー失敗…か?

 

絶望感に包まれたポップが目をやると、そこにはニヤけ顏のアナキン・スカイウォーカーが妙にハイな表情を浮かべていた。

 

バッチリ目があって別なことを閃きやがったと悟ったポップは、昨日からカウントして最大の怒りに襲われた。

 

「おっ前!昨日から何なんだよ!さっさとやる事やれよ!」

 

「いや、これ以上無い機会だと思ったんだ。コイツの心は今や、精神逆行の影響で極めて純粋な状態にある。つまり…ジェダイとして仕込む上で、この上なく望ましい状態にあるんだ。この際だ、私がこのまま基礎から育て上げたい。記憶のある状態では、最早不可能な事だったからな…これはひょっとすると、とんでもなく化けるぞ。」

 

アナキンの脳裏に浮かんだのは、長期的なプランである。

ダイをこのまま3歳児くらいとして扱い、5・6年かけてジェダイの基礎的なトレーニングを積ませるのである。ジェダイの弟子、パダワンとしての正道を歩ませるのだ。出会った頃のダイも、アナキン自身も、そして彼の息子たるルーク・スカイウォーカーなどはその極地なのだが…、彼らは皆、ジェダイとしての訓練を受けるには歳をとり過ぎてから修行を積んだのである。

おまけに出会った頃のダイは、魔法や紋章といった、妙なフォースの使い方を覚えてしまっていた。

 

しかし今のダイはどうだ?!

 

疑いようも無く、ジェダイとしての教えを授ける相手として相応しいではないか。

妙な紋章だとか竜の騎士なんて、後からどうとでもなる。これほどのフォースの純粋さを保ったままダイが正しく育てば、間違いなく新たなジェダイの道を開くことになるだろう!

 

アナキンの想像力は、ルークとレイアにしてあげられなかった子育てに対する思いとともに、異常なほどに逞しくなっていた。

子育て?どこの家庭でもやってることじゃないか。ダークサイドすら制御下に置いたジェダイとして歩み始めている自分にとっては、さしたる問題にはならんだろう。

 

ーーそうだ、今の私ならば可能な筈だ!

 

そんな確かな感触を抱いた時の事だった。

 

「アナキン…小さな子の面倒見た事はあるの?育てるって簡単に言うけど、想像以上に大変なの知らないでしょ?大人しく元に戻しなさいよ。」

 

「却下だ、却下!さっさとダイを元に戻せ!」

 

軽くトリップしていたアナキンは、現実を突きつけるマァムと、必死の叫びを上げるポップの言葉により正気に戻された。

怒りにあかせるポップはともかく、マァムの言葉は間違いなく正論だ。アナキンは父親として見れば、単身出奔に育児放棄に長子虐待と、この上ないダメ親父である。世が世なら、ジェダイはおろか一般の官憲に引っ立てられるレベルである。

 

しっかし、原始的なコミュニティでは年頃の娘はひとしきりの育児経験を積むと聞いたことがあるが、このマァムとかいう少女はまさしくその典型であろう。子に過大な期待を寄せるバカ親にも似たアナキンの心理を、見事に看破してみせたのだから。

 

「…まあ、ブラスさんから我が子を奪う様なことは出来んな。なに、少し思考実験を重ねただけだ。安心しろ。ゴメの記憶の中にいるダイは、間違いなく復活する。」

 

やれやれ、といった具合にアナキンは首を振ると、ようやく当初の予定通りにフォースを集中し始めた…。

 

 

 

 

 

ポップの見立てでは、ダイの記憶はデルムリン島を出る頃まで逆行していた。

 

「あれ?ここ…デルムリン島じゃないぞ?!ゴメちゃん、ここどこ?!」

 

「ピピー!」

 

そんなやりとりの後、これまでの経緯を語られたダイは再び混乱して、眠りについていた。

それも仕方の無いことだろう。

 

ダイは、自分の父親が魔王軍の軍団長となっていたことに、相当なショックを受けていた。竜魔人という化け物の様な姿に変貌したことや、その強さが全力を出したアナキン・スカイウォーカーを上回っていたことは、その衝撃の前では些事に過ぎないようであった。

 

アナキンがこのまま育てようとか言い始めた時には誘拐現場を目撃した様な気分になったが、今となってはそれもありだったのかと思ってしまうくらいである。

 

「ままならねぇもんだよな、ゴメ。」

 

「ピピィ〜」

 

「…ワリィ、やっぱり何言ってるかわかんねぇ…」

 

ポップは、寝静まったダイを部屋に残して静かに立ち去ると、扉を閉めてそんなやり取りをゴメちゃんと交わしていた。

今の彼は、感情の高ぶりこそナリを潜めていたが、自身の非力さに対してはより大きな憤りを感じていた。

 

アナキンは、確かに全力を出してバランを食い止めてくれた。最終的には力負けしていたが、あそこまでの手傷を負わせることが出来たからバランはダイをこちらの手元に残したのだ、とポップは分析していた。ジェダイの騎士は別な見解をしている様だが、ポップにはそうは思えなかった。あの上でダイを連れ去ろうとして予想外の力を発揮されたら、折角収めた勝利が水の泡だ。そう判断したバランが、退いたのだ。ある意味で撃退に成功したと言っていい。

 

アナキン・スカイウォーカーが、である。

 

しかしその際にポップ自身がしていた事と言えば、虫ケラの様に地面を舐めていただけだ。

こんなザマで厚かましくも友人面することなど出来ず、ポップの顔に差した影は濃さを増すばかりであった。

 

「でさ…今回はどうだったんだよ?」

 

暫く言葉も無く立ち尽くしていたポップに、部屋の中から僅かな声が呼びかけてきた。

思わずギョッとなった彼に、ダイの声は何かを悟った様な静かなトーンで呼びかけてきた。

 

「あれ、気のせいかな…いや、確かにそこにいるだろ。水くさいなぁ、ど〜せ変なこと気にかけてるんだろ?別に何も言わなくてもいいから、聞くだけ聞いてよ。」

 

ポップは、天真爛漫な筈のダイの声に、以前では考えられない程の落ち着きがある事に気付かされた。

恐らく、記憶は失っても肉体があの激戦を覚えているのだ。そしてそれは、間違いなくダイの心の器を広げている。その事に思い至り、ポップはより一層惨めな気持ちになるのであった。

 

「さすがにマスターみたいに心の中までは分かんないけど、何となくわかるんだ。ポップは今回、オレとの約束守ってくれたろ。だったらそれ以上気にしないでさ、また一緒に魔王軍やっつけようぜ!オレ、ちょっとここで休ませて貰うから、その間に新魔法の一つでも頼むよ。」

 

ーー簡単に言うなよ、お前とは違うんだ。

 

ポップはそんな事を思った。

ダイは間違いなく戦いのエリートだ。竜の騎士たるバランの力を受け継ぎ、ジェダイの騎士たるアナキンの教えを受けている。そんな凄い存在が友人なのは、正直重くてしょうがない。初めて信頼を向けてくれた時は、それはそれは誇らしい気分だった。

 

けれど…バランに向き合って、初めて死を覚悟させられた。

ヒヤリハット的な意味での死なら、獣王クロコダインと相対した時にも思い知らされた。しかし…バランはそんな生易しい相手ではなかった。

あれはもっと、根源的な暴力そのものを象っていた。

 

その前では、竦み上がってしまって何も出来なかった。少々上級の呪文が使えるようになった程度では、もはやどうしようも無いだろう。

仮に極大呪文が使えるようになったとしても、真正面から撃ち込んだのでは意味を成さないだろう。

 

既存の魔法には無い、根本的に異なる使い方でもしない限りは…。

 

そこまで考えて、ポップは宙を睨んだ。

 

「ダイ…待ってろよ。大魔法使いへの道は、こっからだ!」

 

余計なことを考えてる場合じゃないのだ。

利用できるものは、何だって利用しないと!

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、魔法使えるだろ。」

 

ポップは、アナキンを問い詰めようとした。しかし彼の目論見は見事に外される。

 

「無理だ。私のフォースの運用概念は、既に固まって揺るがない。理解は出来るが、実際にやってみせるのは不可能だよ。」

 

この間、たったの2秒ほどである。

しかしこれしきで引き下がるほど、ポップは殊勝ではいられない。

 

「だったら、その理解とやらで何かスゴイ魔法を教えてくれよ。」

 

盛大なため息を吐かれたが、ポップは我慢してそれを受け流した。コイツとは、別に相性は悪くない気がするのだが、今の自分は冷静ではない。教えを請うためには、平身低頭は第一歩であろう。

 

「そのスゴイ事をやってみてダイの親父に撃ち負けた訳なんだが…。オマエ、現実が分かってるのか?」

 

「現状維持でその余裕はオカシイだろ。もう何か次の手を見つけてるんだろ?!だったらせめて、それを教えてくれよ!」

 

アナキンは少し首を傾げた後に、ダイよりは見所あるじゃないか、と零した。

どこまでも失礼な奴である。

 

「そこまで言うなら、別に出し惜しみするモンでもない。…ソレ、喰らえ。」

 

そう言うと、アナキンはポップに対して右手をかざした。

昨日その掌から迸る電撃の威力をまざまざと見せつけられたポップは、本能的に椅子から転げ落ちた。

 

「バッカやろ!いきなり脅かしやがって…って、イダダダダダ!」

 

ポップは、身体の内側を走り抜ける電撃の激痛に襲われて、その場でのたうち回った。

ちなみにここはマァムの実家の、屋内である。

 

二人はもちろん、鬼の様な表情を浮かべたマァムによってその場から叩き出された。

 

「まぁ、つまりはそう言う事だ。」

 

昨日と同じく右頬を大きく腫らしたアナキンは、説明が面倒くさくなったのか投げやりな様子でそう告げた。

ポップはジェダイでもテレパシストでも何でもないので、こんな説明でわかる筈がない。

 

「だっから、さっきのは一体何だったんだよ!味方を攻撃するバカがあるか!」

 

「…新たな魔法の運用を探りたいと言うから、わかりやすくしてやったんじゃないか。実際に食らってみるのが一番だろ?」

 

呆れ返った声でアナキンはそう告げると、今のは単なる戯れに過ぎない事を説明した。そもそも攻撃なら、ポップが生きてる訳が無いだろうと言って。

 

「今のは、バランに撃ったフォース・ライトニングとは、似て非なるものだよ。単純に電荷を操作しただけだ、おまえの身体の内部のな。静電気レベルでこれほどの威力が出る。おまけに私は、ダークサイドを一切用いていない。」

 

「だからその、ダークサイドって何なんだよ。」

 

「……その区別すらつかずに、魔法を使っていたのか?…さすがはダイのお友達だ。無知な者同士で、気が合うのだろうな。」

 

----このヤロウ、人が下手に出てればツケ上がりやがって…!

 

ポップは、アナキンにギラでも食らわせてやりたいくらいだった。

素知らぬ顔をするアナキンは、闘気も魔法も、フォースの利用方法が異なるだけだと説明した。

 

「闘気の方がダークサイドに近い、と解釈している。闘気を発現させたダイは、普段より荒っぽくなるだろう?自身の生まれ持った肉体を、戦闘のためとはいえ変質させるんだ…。精神にも当然、影響が出る。その極値がバランの竜魔人だ。あそこまで人間から遠のくとは、思いもよらなかったがな。」

 

あれなんかは、ダークサイドを極めたシスそのものだよ。

そうとは言い切れず、アナキンは言葉を飲み込んだ。

 

「その点、この魔法とは素晴らしい。何せ、極めて中立的に対象に変化を及ぼすんだ。だから本質的には…、魔法は”撃つ”必要すら無いと思う。燃やしたいならば、直接燃やせば良い。いちいちこっちで起こした炎を相手に届けるなんて、面倒だとは思わないか?もっとも…、かなり難易度が高いから実戦向きでは無いが…。パッと思いついたのはこのやり方だ。」

 

フォース・テレキネシスを戦闘中のドゥークー伯爵やダース・シディアスにかける様なものである。

そりゃ理論的には可能であろうが、成功した者はいない。

それ程に現実離れした事を語っているのだ。

 

「あの竜魔人が相手だ、痛覚の耐性も相当だろう。けれども完全な不意を突くことになる。我々が実戦でこの技術を使いこなせれば…」

 

「おおっ!」

 

「敵の注意をそらす事が可能だ。」

 

ポップはズッコケた。

そこまで高めた技術をもってして、効果がその程度とは。期待はずれも甚だしい。

 

「全然ダメじゃ無いか!」

 

「…先程の激痛を思い出してもみろ。相手の身体の内側へと直接作用させるんだ、最早、魔法ならではの中立的な作用とは程遠い。これは、相当に危険な技だ。覚えがあるんじゃないか?禁じられた魔法の術とか、そういう類のものだよ。あくまで最終手段、それも小技程度に考えておかないと、力に呑まれるぞ。」

 

最後の一言に、ポップは背筋が寒くなった。

思えば相当に、残酷な技だ。魔王を倒すそうとする勇者が、返しのついた剣に毒を塗りたくって挑む様なものである。最早どちらが悪者か、わかったものでは無い。

 

「禁呪法…。」

 

ポップの呟いた言葉に、アナキンは顔をしかめた。

やはりどこの世界の人間も、考えることは一緒なのかと。これほど素晴らしい魔法という概念を持つ世界においても、やはり道を違える者はいるのだと、思い知らされたのだ。

 

「アンタ…さっき、パッと思いついたと言ってたよな…。禁呪法は、そんな簡単に閃けるもんじゃない筈だぜ。ましてやスグに出来るなんて…、まさか実際に使った事があるのか?」

 

「…ようやく、畏れを抱いたか。いいぞ、その調子で、常に警戒しろ。力には、代償が付き物だ。強大な力を求めるならば、常にそのことを自覚しなければならない…。まあ、そうやって警戒しすぎると逆に呑まれる。ここらへんの加減は、じっくりと教えてやろう…それに、私が扱う”禁呪法”は、昨日散々見ただろ?」

 

----コレのことだ。

 

そう言って、アナキンはフォース・ライトニングを再び使用した。

凄まじい電撃音を轟かせ、青々とした電撃が迸る。

 

それは天に向かって、空中をひた走った。まるで、自然法則そのものに半逆するかの様に。

 

それが四散する光景を見つめながら、ポップはぽつりと零した。

 

「…アンタ一体、何者なんだ。」

 

「…自分で名乗るのも痴がましいが…平和の守護者…ジェダイだ…。今も、これから先もだ。」

 

ポップはアナキンと目を合わせて、ゆっくりと頷いた。

それは、初めてポップがアナキンの上位に立った瞬間だった。

 

アナキンは、過去のことには触れてくれるなと、目で訴えてきたのである。

いずれは気づかれる時が来るとしても、今はまだ、シスに身をやつした過去を語りたくは無いのだ。

 

そうした思いを感じ取り、ポップは確かに頷いた。

 

「…わかった。重要なのはこれからの未来だ。そしてこの技術は、おそらくそれを切り開くのに役立つ…たとえ禁呪法に近いと言えども、だ。」

 

「…やはりおまえは、見込みがあるよ。だからこそ、その言葉をゆめ忘れてくれるな。」

 

アナキンはどこかしら疲れた様な表情を浮かべ、ポップに笑いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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