Re:ゼロから始まる異世界vs一方通行 (量々)
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第一話 新たな力

 これは御坂美琴のクローン、レディオノイズ10030号を殺した後、帰りにコンビニに寄ったその直後のことだ。

 

「ッ!」

 

 一方通行は自身に何かされていることを、観測した。しかし、観測できているのに反射できず、あまつさえ何が起こっているかも理解できなかった。

 

 そして、なんの抵抗もできずに視界が切り替わる。

 

「クソがァァァァァァ!」

 

 切り替わった視界には、信じられないものが写っていた。

 まず真夜中だったというのに昼になっている。

 次に、場所がありえない

 

 人が大勢行き交う大通り。

 外観はヨーロッパのような街並み。

 そして地球では見られない地を走る馬位の大きさな爬虫類が跋扈している。

 

 一見すると日本どころか、地球ですらない光景である。

 

 そして、大声を上げた一方通行を周りの人が何事かと見ていた。

 

「ちょっと君、どうしたんだね?」

 

 騎士のような恰好をしたおっさんが、一方通行に声を掛けるが、本人はそれどころではなかった。

 

 先ほど観測した内容を解析するのに全力を出していたのだ。

 

 結果わかったことは一つ。

 

(サンプルが足りねェ)

 

 先ほどの観測情報が、既存のどんな法則とも一致しなかったのだ。

 しかしその結果、一方通行の身に空間移動が起きた以上そこに法則があるはずだと一方通行は考える。

 

「黙ってないで答えなさい!」

 

 無視する一方通行に対し、騎士が肩を引き寄せ――

 

「ぐッ!」

 

 ――ようとした手が弾かれた。

 

 強引に引き寄せようとした手に、反射膜が反応したのだ。

 

「貴様ッ!」

「あァ?」

 

 ようやく考えがまとまり、声のする方向に振り向くと、西洋風の剣を構えた騎士と相対した。

 右腕を庇っているようにも見える。

 

(さっきの反射かァ)

 

 事態の推移に気づいた一方通行は――

 

「……は?」

 

 ――姿を消したのだった。

 

 残ったのは剣を何もいないところに向けた騎士一人。

 

=======================

 

 一方通行が行ったのは目にもとまらぬ高速移動だ。

 自身に掛かる星の自転、もしくは公転エネルギーなどのバランスをベクトル操作で崩すことにより起こる高速移動。それは騎士にも捉えることができなかった。

 

 そしてやってきたのは薄暗い路地裏。

 先のやり取りからこの世界で使われている言葉が日本語であることは理解していた。しかし、だからと言って他が同じとは限らない。一切の一般常識がない一方通行は一般常識を手に入れる必要がある。

 

 その合間に不思議な力のサンプルが増えれば万々歳といったところだ。

 

「よお、兄ちゃん。

 少し俺らと……べふっ!」

 

 そして満を持して現れたチンピラ三人を出合頭にぶっ飛ばし、彼らの持ち物を漁った。

 

「なにしてやが……へぶっ!」

 

 大柄なデブ男はまだ立ち上がれたようで、殴りかかってきたのでもう一度吹っ飛ばす。何しろ、放っておくと反射膜でやりすぎる恐れがある。この国の警備体制を考えて、出血痕は残さないようにするつもりだった。

 ちなみにこいつらが絡んできた時点で、監視カメラの可能性は考えてない。

 

「質問に答えろ。

 そうすりゃ命までは取らねェで置いてやる」

「「「は、はい」」」

 

 どちらがチンピラか分かったものではなかった。

 

=======================

 

 粗方聞き終えたところで、一方通行はこの路地裏に入ってくる足音を聞いた。

 

 金髪の少女が、チラッと一方通行達を見るが、何も言うことなく脇を通り抜けていく。座り込んでるチンピラ三人とそれを見下ろす一方通行に何も思うところはなかったらしい。

 

 しかし、一方通行側は別だった。

 

「あァ?」

 

 能力を通した観測でなくとも、すぐにわかった。

 どう考えても少女の動きと速度が一致していない。

 つまり、異能が関わっている動きだ。

 

「おィ!」

「あ?

 アタシは忙しいんだ、また今度な!」

 

 その少女は動きを止めることなく壁を蹴って建物の上へと跳んでいく。

 明らかに人間離れしたその動きに、一方通行は――

 

「却下だァ」

「嘘だろッ!?」

 

 ――宙を移動して、隣を進んでいた。

 

 一方通行の背中には4本の旋風が発生している。

 

「その動き、どうなってやがンだァ?」

「……風の加護だよ。

 兄ちゃんこそ何しに来たんだ?」

「解析だな」

「は?」

 

 一方通行は少女の肩に手を置く。

 

「何しやがんだよっ!」

 

 少女の抗議を無視して一方通行は解析に入る。少女の体を補佐するように身体能力の底上げ、肉体の加速など様々な効果と、その力の出所を探っていく。

 

(あァ?

 どォーなってんだ)

 

 力の出所が見つからない。

 出力された結果から逆算するに、この少女の中で何らかの力が動いているはずなのに。

 

「そォか」

「……なんか知んねーけど、終わったならどいてくんね?」

 

 一方通行は理解した。

 その力、仮にαと名付けるとすると、そのαは元の世界にない物、もしくは一度も観測したことがない、全く新しいモノなのだと。

 

 あらゆるベクトルを操る能力。このあらゆる、というのは本人の認識に大きく左右される部分だ。なにしろ自分だけの現実、パーソナルリアリティからこそ能力は作られているのだから。

 

 よって、一方通行は自身の認識を分解する。

 既存のルールを破棄。

 可能と不可能を再設定。

 目の前にある条件から、異世界の現実に即したルールを再構築

 その結果――

 

「くかきけこかかきくけききこく」

「兄ちゃん頭大丈夫かっ!?」

「くきくかァァァ!」

 

 ―― 一方通行はαの認識に成功する。

 

「に、にいちゃん?」

「制御領域の拡大、こりゃァ今後も世話になりそォだなァ」

「兄ちゃん、アタシちょっと逃げてるからさあ、あんま大きな声出さないでくんね?」

 

 この世界にしかない力がαだけとは限らない。

 そもそも、今回認識できた力は二つ。

 αとβというべきモノだ。

 

 改めて定義すれば、この少女の中にある力がα、そしてそれを通して外部のどこかから引き出した力がβである。

 

(αと同種の力が、どォやらオレの中にもあるなァ)

 

 最初からあったのか、それともこの世界にきてできたのか。

 興味深くはあったがそこを棚上げして、一方通行は次の段階に進む。

 

 一方通行にαを扱う技量などない。

 しかし、それが自らの中で渦巻いている以上、能力で操作するのは容易かった。

 

 この少女の肉体強度、αの量、そこから算出される様々な強度を鑑みて、自身でも同じことをすれば同じように力が得られるのだと一方通行は推測した。

 

「なァ、その力は生まれつきか?」

「あ、ああ。

 そうだぞ」

 

 それを聞いて一方通行は決心した。

 少女から手を放し、実践に移る。

 

 αのベクトルを操作し、βへと手を伸ばし――

 

「ッ!?」

 

 ――あまりに非現実的な力の奔流をその身で受け止めた。

 

「は?

 に、にいちゃんッ!」

 

 

 一方通行は、爆散する。

 

 

=======================

 

 

「ちょっと君、どうしたんだね?」

「…………あァ?」

 

 一方通行は気づくと最初に会ったはずの騎士に話しかけられていた。

 場所は最初の大通り。 

 

「顔色が悪いが、大丈夫か?」

「わけわかンねェぞ……」

 

 一方通行は、時間が巻き戻っていることをすぐに受け入れられなかった。

 



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第二話 繰り返し

(ありえねェ。

 オレは死ンだはず)

 

 一方通行は思い出す。

 あの破滅的なまでの力を。

 

 核兵器とか、太陽とか、そんな力が比べ物にすらならないほどのエネルギー量。

 

 一方通行では力の総量を測ることすらできなかったが、それが最低でもこの銀河系を軽く滅ぼせるほどだということは理解できた。

 

(あンなもン、世界そのものじゃねェか)

 

 そんなものが一方通行に流れ込もうとしたのだ。

 受け止めるどころか、余波だけですべてが吹き飛んだ。

 

 その結果が肉体の爆散だ。

 

(恐らく、あのガキは向こう側から選ばれてンだなァ)

 

 αはあの少女にとってスイッチでしかなかったのだ。

 その後に起こる力の流れは、すべて向こう側から行われていたわけだ。それを一方通行は自分自身で行おうとした。その結果が制御不能な力の奔流だ。

 

「黙ってないで答えないか?

 それほど調子が悪いのか?」

 

 人が好さそうな騎士を無視して、一方通行はチンピラのもとに向かった。そこから少女に会い、問い詰めるために。

 

 時間が巻き戻ったことを棚に置いて。

 

=======================

 

「おィ!」

「あ?

 アタシは忙しいんだ、また今度な!」

 

 前回と同じようにチンピラを潰し、前回と同じように言葉を返す少女を見て、他人に記憶が残っていないことを確認していく。

 

「却下だァ」

「嘘だろッ!?」

 

 家々の屋根を跳んで行く少女に宙を浮きながら並走し、考えておいた問いを投げかけた。

 

「風の加護だなァ」

「あ、ああそうだけど、兄ちゃん何者だ?」

「オレは一方通行。

 ンで、風の加護ってのはどォこから引き出してる?」

「あ?

 そりゃ世界からじゃねえのか?」

「ッ!!」

「詳しいこと聞かれてもしらねーぞ。

 アタシスラム育ちだし」

 

 衝撃だった。

 

(まさか、本当に世界そのものとはなァ)

 

 真偽はさておき、今のところ筋は通っている。

 そして、あれが世界そのものだというなら。

 

「く、は」

「兄ちゃん?」

 

(アレさえ手中に収めれば、なれる!)

 

 絶対者。

 レベル6。

 

 本来の意味でのレベル6とは違うのだろう。しかし、それができたなら、レベル6を目指す必要はなくなる。

 学園都市の技術に、無限に等しいエネルギーを掛け合わせれば、一方通行の敵はいなくなる。

 

 最強などではない。

 

 誰も手を伸ばそうとすらしない、絶対者の地位が手に入る。

 

「アハハハハハッ!」

「兄ちゃん、アタシ追われてるからさ、静かにしてくんね?」

「あァ」

 

 そう返事をしながら、フェルトの首に手を当てる。

 

「へ?」

 

 ピリっと言う音とともに、フェルトの眼から光が消える。

 生体電気を弄って気を失わせたのだ。

 

 そのまま高速移動で姿を消し、路地裏の一角にフェルトを寝かせる。

 一方通行は試したかった。

 

 フェルトを使ってβを得られるかを。

 

 βをそのまま引き出せば一方通行は破裂する。ならばフェルトのαを操りβを引き出し、そのフェルトに向かってくるβをそのまま一方通行に移せば、一時的とはいえ加護を得られるのではないかという安直な実験。

 

 しかし、一方通行のシミュレートでは、向こう側が想定外な動きを見せない限り成功する見通しだった。学園都市最高の脳は情報さえあれば、完全なシミュレートを可能にする。

 

 もちろん、知らないことは分からないが。

 

「ま、コイツに悪影響はねェだろ」

 

 たぶんなァ、と心の中で続ける。

 

 そして、実践。

 

「は、はははははァ!」

 

 完全な成功。

 そしてここからが難関だ。

 一方通行は知りたかった。

 どうやって向こう側がフェルトと一方通行を区別しているのかを。

 

 こうして繋がった今なら、逆算するまでもなく、力の流れそのものを鮮明に観測できる。もちろん、何を基準に区別しているのかも分かる――

 

「あァ?」

 

 ――はずだった。

 

(どういこったァ、コレは?)

 

 基準にしているものは、確かに一方通行やフェルトの中を指していた。しかし、それが、基準となるものが見当たらない。そんなものはないのだ。観測できないのかとルールの再設定を見直すが、やはりできない。事前情報があってなお、疑似的で、間接的な観測すらできないのが、一方通行には不思議でならなかった。

 

(可能性があるとすればァ……)

 

 細かすぎて見落としている?

 よって一方通行はさらに繊細な力の流れに目を向ける。

 一方通行は可能性としてもう一つを考えてはいたが、それを無視した。他にまったく影響を与えない、スカラー量の存在。そんなものがあれば確かに一方通行には観測できない。方向もなく、何に影響を与えるでもない、無意味なエネルギー。

 

 しかし、その存在は矛盾している。

 

 何にも影響を与えないのであれば、そんなものは一切観測できず、向こう側が判断基準にすることもできないはず。

 

 結論から言えば、一方通行には観測できなかった。

 

(どォなってんだァ?)

 

 一応一方通行はもう一つの可能性を探る実験に踏み切る。

 

 フェルトのαを使って、風の加護のオン、オフを繰り返す。

 その瞬間だけ、観測できない何かを観測するために向こう側が何かしている可能性を考えたからだ。しかし、それも徒労に終わる。そもそも、そんなことをしていれば、一度目に力の流れを把握した時にわかっていなければおかしい。

 

 ダメもとの実験はやはり成果を出さずに終わった。

 

「あァ!?」

 

 かに思えた。

 実際、向こう側が何かしているということは観測できなかった。

 しかし、前回の世界でフェルトの力を観測した時と比べて、出現したわずかな誤差に、規則性があるように感じたのだ。

 

 一方通行は人間であり、いくら緻密な計算を行っているとはいえ、能力に影響しないレベルの誤差は許容している。そもそもそんな誤差の原因を気にしていればキリがないのだ。

 一方通行が観測できるのは触れているモノとその周囲僅か数ミリ、反射膜が出せるほどの距離だ。外部の空気の動きで出るような僅かすぎる誤差を気にしたことはなかった。

 

 しかし、ここに来て一方通行は無理に観測範囲を広げだす。具体的には、自身は大気に触れているものと考え、大気を観測するのだ。但し大気の範囲をフェルトと自身の周囲に限定。あくまで誤差はフェルト本人に生ずる誤差だけを観測する。

 

 一方通行は自身の反射すら切って思考に、観測に没頭する。

 

 

 

 そのまま三十分が過ぎ、変化が起こった

 

「あァ…………コレが魂かァ」

 

 魂、そう呼べるようなモノを間接的に観測することに成功したのだ。正確にはもう一つ、力γも。

 そして、それらは一方通行が直接観測できない以上、本体はただのスカラー量なのだろう。外に極々僅かな影響を与えながら、本体そのものは外からの影響を受けない摩訶不思議な存在。誤差の集合体に法則を見つけ、間接的にだが一方通行は確かに観測できていた。

 

「さァて実験の時間だァ」

 

 今度は自身のαを操ってβを直接引き出す。

 但しその際に自身のパラメータに出るあらゆる誤差を意図的に制御し、その情報を向こう側に観測させる必要がある。それも、向こう側に気づかせないままに。偽装対象はフェルトの魂の動き。

 

 失敗の代償は死。

 

 命を懸けてやるようなことではない。

 そんな考え方もできる。

 しかし――

 

「オレをここに送り込ンだ奴はァ、よっぽど死なせたくないらしィなァ」

 

 ――復活するとわかっていれば別である。

 

 今回の誤差観測で、自身が何者かに観測されていることにようやく気が付いたのだ。

 この観測者が時間を巻き戻した張本人だとも。

 

「いいぜェ。

 何でもてめェの思い通りになると思ってンなら――」

 

 実験、開始。

 

「まずはてめェからぶち殺すッ!」

 

 

 フェルトと一方通行は爆散した。

 

 

=======================

 

 

「ちょっと君、どうしたんだね?」

 

 騎士のような恰好をしたおっさんはこれで三度目である。

 

(なるほどなァ。

 同じ魂が二人いれば、二人とも加護の使用に失敗するってかァ)

 

 一方通行はその場から高速移動で姿を消し、チンピラの場所へと向かった。 

 フェルトを待ち伏せするために。

 

=======================

 

「ちょっとどけどけどけ! そこの奴、ホントに邪魔!」

 

 路地裏の中央で、一方通行はフェルトを待ち受けていた。

 ボコったチンピラは隅にまとめてある。

 

 路地裏の端にいた前回までと違い、フェルトに邪魔だと罵られる。

 

 一方通行はさっと横に避けた。

 

「お、あんがとな兄ちゃん!」

 

 そういって横を通っていく瞬間――

 

「へ?」

 

 ――フェルトの胸を一方通行の腕が貫いていた。

 

 返り血が付くこともない。

 

 フェルトは一瞬にして命を終えた。

 

 そして、一方通行は高速移動ですぐさまその場を退避する。

 当然だ。フェルトが追われていることは今までの事から察するのは難しくない。殺された現場を見られるわけにはいかなかった。

 

「キャーッ!」

 

 裏路地から悲鳴が聞こえてきたが、それを確認することなく一方通行は遠くの路地裏に入る。

 

(三度目の正直ってかァ?)

 

 一方通行は魂の偽装を開始。

 自動反射と同じく、魂の偽装をオートに設定。

 

「く、は、ハハハはァァ! 

 今度こそォ、手に入れたァ!!」

 

 風の加護を自らの力のみで起動する。

 向こう側を、世界を騙し、その力の一端を自由にできる権利を得たのだ。

 

 もう、いらない。

 

 レベル6なんて必要ない。

 

 一方通行は直感していた。

 こうやって加護を集めていけば、いつかはたどり着くだろう。

 この世界に自身を呼び出したモノに。

 

 そして加護の全てを手にしたとき、一方通行はたどり着く。

 

 この世界の神に、絶対者に。

 

 そんな予感は――

 

「君、少し話をいいかな?」

 

 ――長くは続かなかった。

 

 死が、やってくる。



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第三話 ただの神

「あァ?」

 

 現れたのは赤い短髪に真っ白な制服(?)を着た美青年だ。

 剣を腰に差しているところから見て騎士なのだと一方通行は判断した。

 

「僕はラインハルト。

 先ほどエミリア様の悲鳴を聞いてね、徽章を盗んだ女の子の殺害現場を見てきたんだ」

「……だからァ?」

「あの場から高速で離れていく気配を感じて、話を聞きに来た」

「マジかよォ」

 

 ありえねェな、と心中で続けた。

 一方通行はあの場から亜音速で宙を駆け抜けたのだ。その気配を正確に辿り、この短時間でたどり着くなど尋常ではない。

 というか人間技ではない。

 

 既にこの周辺の地理を把握した一方通行はこの速度で逃げれば追われることはないだろうと高を括ってしまっていたのだ。

 もし、これが最初の死に戻り前ならもっと慎重に、血痕一つ残さないレベルで証拠隠滅を図っていただろう。

 

 幾多の死に戻りがいつの間にか一方通行から慎重さを奪っていた。

 

(あァ、こりゃ死体が一つ増えるなァ)

 

「それで、君は女の子を殺した犯人なのかな?」

 

 一方通行は返事として、亜音速で抜き手を放つ。

 能力を使用している故に加速に時間はかからない。文字通り最高速到達まで0秒。能力を使用していなければそのGで一方通行の方が軽く死んでいるだろう。

 そして、人間の限界反応速度から考えるに、地球人基準ではこれを防ぐのは不可能である。

 

 しかし、迫る抜き手に対してラインハルトは、いつの間にか抜いた剣で対応していた。

 

 抜き手と剣が衝突する。

 

 地面が陥没するが、ラインハルトは微動だにしなかった。

 一方通行の手も、傷一つついていない。

 

「ッチ! 

 化け物がァ」

「よく言われるよ」

 

 亜音速の衝撃を、ベクトル操作ですべて押し付けたというのにラインハルトは涼しげな顔をしている。

 

(仕方ねェ)

 

 わざわざ亜音速で抑えているのは、騒ぎを嫌ったからだ。だが、事ここに至ってもう手遅れだと一方通行は悟った。

 

「いいぜェ。

 本気で殺ってやんよォォ!」

「ふむ。

 僕としては話を聞きたいだけなんだけどね」

 

 一方通行の言う本気。

 それは星の公転や自転から最大限エネルギーを転用したものであり、まさに次元が違う。

 

 一応、ベクトル操作にも限界はある。

 しかし、その力は地球という惑星の自転を5%遅らせるほどのふざけた限界量であり、それを自身の速度に変えれば、その速度は光速の99%を越える。

 

 これはただ壁に衝突した余波で大国が一つ焦土になる程のものだ。

 個人に対して使うような武力ではなく、ここが異世界だからこそ出せる、一方通行初めての本気である。

 

 しかし――

 

「それはさすがに許容できないかな」

 

 ――目の前にいるのはラインハルトだ。

 

 一方通行は知る由もないが、この世界には魔法一発で世界を丸ごと焦土に変えると言われた怪物がいた。

 そして、それを相手に互角の戦いができる、それがラインハルトなのだ。

 

 次元が違うと言えば、それはラインハルトにこそふさわしい。

 

 一方通行が理解したのは、否。観測できたのは力βを介して自身の力が丸ごと消失し、反射すら許さず、剣が頭に迫ってきたことだ。

 

「すまないね。

 国を滅ぼす力を軽はずみに使うような人は、殺さざるを得ないんだ」

 

 ――王国所属の騎士として、ね。

 

 そんな風に続いた言葉まで一方通行は認識できなかった。

 ラインハルトと違い、ただの一般人である一方通行に、その場で死んで蘇る力は持ち合わせていなかった。

 

=======================

 

 

「ちょっと君、どうしたんだね?」

「クソがァァァァァァ!」

「お、おい!」

 

 一方通行は考える。

 勝機がないわけではないだろう、と。

 力βが関わっていた以上、ラインハルトは加護の力で自身の力を無力化したはずである。それに対して力の総量で挑むのは下策だ。世界そのものを相手にしては意味がない。むしろそれを発動する条件を満たさないように殺すのが得策である。

 

 加護である以上、そこに何らかの条件、絡繰りがあるはずだと一方通行は考える。

 今回はラインハルトに会わないようにする、という選択肢はなかった。

 自分より強いモノを許すつもりはないし、その強大な加護を見逃すという選択肢はない。

 

 小細工を使わなければならない、というのも一方通行の癪に障るが、使うに値するだけの加護だと割り切った。

 

(まァ、焦る理由はなィ)

 

 一方通行は無限コンテニューだとまでは思っていない。しかし、限りなくそれに近い状態なのだろうとは推測していた。なぜなら、先の魂観測時に発見したもの、それは一方通行に紐づく莫大な量の力γ。恐らくこれが死に戻りの原因だと判断していた。

 

 それが一切減っていないことを考えれば、元の量が加護と同じく減るようなものでないと感じていた。それでも無限でないと思っているのは、この力が与えられたものであればその者の気まぐれで外される可能性を考えているのだ。ただ、わざわざ異世界から呼んだほどなのだ。そうそう外されることはないだろうとも推測している。

 

(なら、いつかは勝てるだろォ)

 

 そう思った時、勝てないパターンが脳裏をよぎる。

 ラインハルトが無数の加護を持ち、既に一方通行が思い描く絶対者に到達していたパターンだ。

 

 そんなことあるはずがないと思いつつも、ラインハルトとの会話を選択肢に入れることにした。どの道ラインハルトは会話を望んでおり、そこから加護について引き出すのが手っ取り早いと考えていたからだ。

 

 一方通行は前回とまったく同じやり取りの後、ラインハルトと再会する。

 

=======================

 

 あの剣での攻撃は回避するべきだ。その結論に達するのは至極当然のことであった。同時に光速の99%という絶望的な速度を出してなお、ラインハルトが反応し、対応してみせたことから近接戦闘自体が悪手だと考える。

 

 よって、一方通行はラインハルトが来るであろうタインミングでベクトル操作による高速移動で上空へと舞い上がった。

 

「ふむ、僕は話を聞きたいだけなんだけどね」

 

 一方通行が戦闘態勢であることを理解してラインハルトも構える。

 同時に一歩通行は大気をベクトル操作の対象として認識した。

 

 剣で切られるのなら上空へ上がればいい。

 剣で受けられるのなら見えなくすればいい。

 

 一方通行は無言で大気を飛ばす。何かが飛んでくるのは気づかれるかもしれない。それでも、その大気の塊は避けられるほど小さくはない。その上速度は光速の99.9%を超える。加護を使わず受けられるものではない。攻撃を見て、認識して発動するタイプなら加護で受けることはできないはず。

 

(これでェ!)

 

『矢避けの加護』

 

「はァ?」

 

 その大気の砲撃は、物理法則を裏切り上空へと飛んでいく。

 同時にラインハルトは剣を振るった。

 

 一方通行は爆散した。

 

=======================

 三度、一方通行はラインハルトと再会する。

 

「ふむ、僕は話を聞きたいだけなんだけどね」

「……じゃあよォ、お前飛び道具を外すような加護を持ってんのかァ?」

「ああ、『矢避けの加護』のことだね」

「はァ」 

 

 ラインハルトが馬鹿正直に答えたことに、一方通行はため息をついた。

 

「それで、僕の話を」

「ふざけンじゃねェェェェ!」

 

 絡繰りが分かれば対処は簡単。

 風の大砲ではなく風の鞭を作り出す。と言っても、鞭はベクトル操作で動かすのだから当然予備動作はなく、速度は例によって亜光速である。

 

(矢避けの加護は通じねぞォ!

 話したことを後悔しやがれェ)

 

『初見の加護』

 

「はァ!?」

 

 にもかかわらず大気の鞭は前回の大砲と同じ結末を迎えた。

 しかし、そこで一方通行の思考は止まらない。

 この後すぐにラインハルトが振るう剣より、衝撃波が飛んでくるのだ。一方通行はそれを反射に任せた結果死亡している。その際、反射を突破する莫大な力βを感じたのは言うまでもない。

 

 衝撃波の直線状から高速で退避するのは容易だった、が当然のように物理法則を無視して衝撃波はついてくる。それも恐ろしい速度で。

 

『先制の加護』

 

 一方通行は爆散した。

 

=========================================

 

(これならァ!)

 

 一方通行はラインハルトに再び説明を受け、『初見の加護』により、認識せずとも初めての攻撃は当たらないことが判明。ついでに『先制の加護』で初撃が外れないことも理解した。

 つまり、先手必勝の風の鞭二連である。 

 

『初見の加護』

『再臨の加護』

 

「はァ!?」

 

 一方通行は爆散した。

 

 

=========================================

 

(これならどォする?)

 

 一方通行は『再臨の加護』で二度目以降の攻撃も当たらないことを理解し、環境による変化でダメージを与える方針を取った。ただ、今回はだめもとだ。死に戻りに対する観念が薄れている証拠である。

 内容としては膨大な空気を一つの大気だと認識し、そのベクトルを操作することでラインハルトの周囲から酸素を減らし、二酸化炭素の割合を急激に上げるのだ。

 

『解毒の加護』

 

 一方通行は爆散した。

=========================================

 

(これはァ?)

 

 先ほどの空気の成分変化には『解毒の加護』で対応したとのことなので、今度は大気自体を完全に排除し、真空を作る方針に変えた。今度もさほど期待はしていない。亜光速の攻撃でダメなのだから望み薄、そう考えてしまっている所が一方通行の頭がファンタジーしていない証拠であり、それでも実行しているのは一方通行が天才である証なのかもしれない。

 

「ぐっ!」

「きたァァァ!」

『蒼天の加護』

 

 一方通行は爆散した。

 

=========================================

 

(こンでどうよォ?)

 

先ほど環境変化はわずかにダメージを与えられた。あの化け物にもダメージが入る、というのが一方通行のモチベーションを一気に上げていく。一方通行はラインハルトが到着する前に大気を操り、太陽を雲で隠す。ラインハルトが言っていることが正しければ、晴れの日に強くなる『蒼天の加護』はこれで効果を失い、曇りの日に強くなれる加護を持ってない以上、環境変化ダメージの軽減はできないはずだ。

 

「ぐはっ!」

「よっしィ!」

 

 さっきよりダメージが大きいことに歓喜する一方通行。

 しかし――

 

『曇天の加護』

 

「――はァ!?」

 

=========================================

 

 一方通行は心底驚いた。先ほどのあれはラインハルトが嘘をついた事でしかありえないと考えたからだ。今までの経験からラインハルトはとても人当たりがよく、お人よしに見えたから、嘘をつかれたことにとても衝撃が走った――のではない。

 一つだけ、あそこで自己強化できる加護を持っていられる可能性があるのだ。

 

「ふむ、話を聞かせてもらいたいだけなんだけど」

「てめェ、加護をいくつもってやがる」

「すまない、もう覚えていないんだ」

「…………まさかァ、加護は後天的にも手に入ンのか?」

「生まれつきの体質でね。

 望んだ加護がその場で与えられるんだ」

 

(神じゃねェか!)

 

 加護が世界そのものだとすればそれが好きなだけ手に入るラインハルトはまさしく神だった。しかも恐ろしいことにその宇宙規模の力を、ラインハルトは小さな大地の上で振るっている。ラインハルトの気まぐれ一つで世界が、人類史が終わることを、一方通行は正確に理解した。

 

「クソがァァァ!!」

 

 そんなことを思いつつも、既に曇りにはしてあった。

 今回で決めるつもりだったからだ。

 既に先ほどの死に戻りでラインハルトがどんな存在であろうと、ダメージが入ることは分かっているのだ。後出しで力を手に入れる間を与えず一撃で殺す。一方通行はそれだけを念頭に入れ、攻撃を、否環境変化を行う。

 

 世界に漂う重力子を重力として一纏めにベクトル操作する。対象の範囲は一方通行が認識できる限界まで。あらゆる星、そして地上から流れる重力子を変動させることで多くの犠牲が出るだろう。重力変動による余波は、建物の倒壊から人間が吹っ飛ぶなどの災害に等しい現象になるはずだ。それで起こる被害はこの国だけでは済まない。世界を滅ぼすとはいかないまでも、その爪痕は世界中に残るはずだ。これが成功してしまえば一方通行はどこに行っても増悪されることだろう。

 良心があればできるようなことではないともいえるが、そもそも絶対者を目指すべき理由と反している。完全に本末転倒だ。

 

 しかし、そこまでわかっていて、一方通行は断行する。そこには正当な目的も、悪の美学も、理屈すらありはしない。

 

 これはなりふり構わない、神へのやつあたりなのだ。

 

 

 そして、遂にラインハルトが爆散する。

 

 

「は、ははハハはハはァ!

 …………やっぱあいつも死ぬンだなァ」

 

 宇宙一つにすら匹敵する力をもった者を殺せてしまったことに、一方通行の絶対者像が揺らぎ――

 

『不死鳥の加護』

「えェ?」

 

 ―― 一方通行は爆散した。

 

=========================================

 

「死ねェ死ねェ死ねェ」

 

 ラインハルトが連続で爆散する。その場で蘇る『不死鳥の加護』は一度だけ蘇る加護だと聞いたからだ。

 

『不死鳥の加護』

『続・不死鳥の加護』

『続々・不死鳥の加護』

 

 一方通行は爆散した。

 

=========================================

 

「なァ、ラインハルトォ」

「なんだい?」

「お前は、オレ以外にも本気で殺しにかかってくる奴ァいるか?」

「確かに、僕はいい家柄だからね。 

 狙われることも少なくないさ」

「お前は周囲からどれくらい強いと思われてる?」

 

 ラインハルトは律儀に答え続ける

 既に曇りで強化は消え、一方通行は臨戦態勢だというのに。

 

「んー、それなりのものではあると思うよ」

「はぐらかすな、本当のことを教えてくれ」

 

 一方通行の本気を感じ取ったのか。

 ラインハルトは答えた。

 

「…………剣聖の中で最強だと噂されてはいるね」

「剣聖ってのはどれぐらい強ィ?」

「初代剣聖は地上最強の神龍ボルニカを下している。

 これで答えになるだろうか?」

「……あァ、十分だ」

 

 ラインハルトは爆散する。

 その直後、一方通行は復活前に肉片を散らし、一部を物理的に封印、一部を空へと飛ばした。

 

『不死鳥の加護』

「絶対者かァ……」

 

 そうしてあっけなく、一方通行は最後の挑戦を終えた。



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第四話 鬼が出るか蛇が出るか

「へ、へへへははァ」

「き、君大丈夫かね?」

 

 一方通行は壊れた。

 ラインハルトは絶対者だ。

 そして、それに挑むものはいる。

 故に一方通行の存在は、目的は矛盾を起こした。

 

(いや、そんなものはとっくに……)

 

 分かっていた。

 絶対者になっても変わらないと。

 最強であろうと、絶対者であろうと、自身の理想は訪れないと。

 

 それでも絶対者を目指し続けたのは、もうそれしかなかったからだ。

 

 縋るものが、明確に欲しかった。

 曖昧な答えはいらなかった。

 とても分かりやすく、他人が到達できないモノでなければいけなかった。

 

 しかしここには達成人が、ラインハルトがいる。

 

(なら、最後に――)

 

 だから、一方通行は決意した。

 

「――オレを壊した責任は、とってもらわなきゃなァ?」

 

 ラインハルトを永久に消滅させることを。

 

=======================

 

「おィ!」

「あ?

 アタシは忙しいんだ、また今度な!」

「却下だァ」

「嘘だろッ!?」

 

 家々の屋根を跳んで行く少女に宙を浮きながら並走し、すぐに生体電気を弄って気絶させた。

 

「……ぁ?」

 

 安全面など考慮していない。

 そのまま路地裏に連れ込み、一方通行はすぐさま空気を圧縮、プラズマの塊を作り出し、フェルトをその中に投げ込んだ。一瞬にしてそのほぼすべてが蒸発する。

 

「ン?」

 

 なにかが蒸発せずに落ちてくる。

 それは徽章だった。

 

(そうィや、ラインハルトがァ……)

 

 一方通行は幾度となく聞いたラインハルトの言を思い出す。

 

=======================

 

 

「僕はラインハルト。

 先ほどエミリア様の悲鳴を聞いてね、徽章を盗んだ女の子の殺害現場を見てきたんだ」

 

 

=======================

 

(なるほどォ、こりゃ好都合だなァ)

 

 その辺のチンピラを脅して金と情報を手に入れようと考えていたが、エミリア様と呼ばれる高貴そうな奴に恩を売ればそれ以上のものが手に入ると思い直す。

 

 それをポッケに仕舞い込み、風の加護を使えるように魂の偽装を完了し、すぐに高速移動で大通りに出た。神(ラインハルト)が人を殺したことを察知してくる可能性を考慮したからだ。

 

 エミリアを探すため、その辺を歩いている騎士を頼ろうとした、その時だった。

 

「誰か探しているのかな?

 僕でよければ力になるよ」

「……お前は?」

「僕はラインハルト。 

 この国で騎士をやっている」

 

 恐ろしいタイミングでラインハルトと再会した。

 

=======================

 

 一方通行はポーカフェイスに努めながら、騎士に話す予定の嘘話を話した。

 

 エミリア様と呼ばれる方から徽章が盗まれる場面を目撃し、盗人である金髪少女を追って無事徽章を取り返したはいいが、エミリア様はついて来れておらず、返そうにもエミリア様の居場所が分からないと。

 ラインハルトは終始何か納得するように聞いていた。

 恐らく何らかの心当たりがあるのだろうと一方通行は徽章を見せることとする。

 

「ンで、これがその徽章だなァ」

「ッ!!」

「あァ?」

 

 徽章を見せると同時に、ラインハルトはとても驚いてた。驚愕していた。一方通行が亜光速で動いてなお、一切の動揺を見せなかったラインハルトが、自身の肉体が爆散してなお、平然としていたラインハルトが……動揺していた。

 

「君、悪いが徽章をエミリア様に返したら、僕の家に、アストレア家まで同行してほしい。

 すまないが拒否は認められない」

「…………あァ」

「ありがとう。 

 助かるよ」

 

 何がラインハルトを刺激したのか、一方通行はわからなかった。

 一方通行は徽章に目を落とす。

 眩しく光っているその徽章を見て、何を原動力にしているのかだけ気になった。

 

=======================

 

「貧民街、ねェ」

 

 現在ラインハルトの提案で、一方通行は貧民街に向かっていた。

 当然、衛士や騎士を使ってエミリアを探すのだと考えていた一方通行は困惑する。

 

「ああ。

 今、エミリア様のために衛士を動かすわけにはいかないからね」

 

 向かう途中で、ラインハルトは今回の事件と徽章についての解説を始めた。

 

 曰く、ここルグニカ王国には現在王がいない。どころか王族がすべて病死。王族すらいない。早急に王を決めなければならない。しかし、建国時より王族が担ってきた神龍との盟約の更新ができない王族を打ち立てるわけにもいかなかった。

 

 そこで龍歴石と呼ばれる未来を予言する石が、予言を提示する。

 

 内容は一つ。

 

 5人の巫女候補を集めろ、である。

 

 巫女とは神龍との盟約が更新できる素養を持った女性のことを指す。

 

 この龍歴石の提示をこの中から王を出すのだと、ルグニカ王国を動かす賢人会は解釈した。 

 

 現在その5人を集めている最中だったという話だ。

 

「そこで現れたのが最後の候補者、一方通行だ」

「おィ、その話だとオレが女ってことになりゃしねェか?」

「違うのかい?」

「あんまふざけたこと抜かすなら殺すぞォ!」

 

 そのあとに自分も死ぬだろうが、と内心一方通行は続けた。

 

「うーん、君の髪って後天的に色が抜けたんだよね?」

「あァ?

 それがどうかしたのか?」

 

 一方通行の髪は白い。

 これは紫外線常時反射の弊害で後天的に色素が抜けたのだ。

 

「ルグニカ王族は赤い瞳と金色の髪の珍しい色をしている。

 そして、14年前に一人のご息女が誘拐された。

 君は名前を知らず、年齢が16だとか。

 つまり……」

「おィおィ!

 頭パーか! てめェは! 

 年齢からして微妙にあってねェし、オレの出身はこの国ですらねェ。

 ついでに脱色前の髪色は黒だ」

「仮にそうだとしても、君が巫女であることに変わりはない。

 アストレア家で保護し、王候補として王選に参加してもらう」

 

(だめだ、コイツ聞いちゃいねェ……)

 

 しかし、都合がいいことであるのは間違いない。

 王候補という立場なら加護を超える力を知る機会も増えるだろうし、ラインハルトの実力を正確に把握することもできるだろう。

 

「まァ、同行はする。

 後の話は徽章を届けてからだなァ」

「ありがとう。

 必ず君を女王にしてみせるよ!」

「……はァ」

 

 一方通行は去勢されないか心底心配になった。

 

=======================

 

 その後、日が暮れても一方通行達は貧民街にいた。

 結局盗品蔵の正確な位置がわからなかったのだ。

 

 一方通行一人なら脅すなりなんなりして聞き出すこともできただろう。

 

 しかし、ラインハルトがそんなことするはずもなく、かといって剣を持ち、白く立派な服を着るラインハルトに、貧民街の人間が盗品蔵の位置を教えるはずもない。

 

 一方通行は今日中に見つからなければエミリアが住んでいる屋敷に届けに行くという話を聞かされていた。

 

 よってもう諦めるか、と考えたその時だ。

 

「騒がしいなァ」

「向こうだね」

 

 耳では聞こえないほど小さな音を一方通行は感じ取っていた。解析するに、戦闘中のようだ。先導するラインハルトも迷いなくそこへ向かう。ラインハルトが人外な聴力を持っているか、加護で補っているかという事だろう。

 

 ラインハルトが跳ぶ。

 

 着地地点は一つの家屋。

 そこが盗品蔵である。

 

「そこまでだッ!」

 

 ラインハルトが屋根を突き破る直前、盗品蔵の中に声が響く。

 

 

 

 盗品蔵の中では、血だらけで倒れ伏すスキンヘッドで大柄なオッサンと、血を流していないまでも打撲でボロボロ銀髪の少女、エミリアが黒髪長身の女性、エルザに追い詰められていた。

 

 無力化した者達より、そこに降ってきた人間を警戒して手を止めたのはエルザとしては当然の判断だったのだろう。

 

「さあ、舞台の幕を引くとしようか!」

 

 

 

 そこから斬り合い始めたラインハルトとエルザを、一方通行は盗品蔵の屋根から冷めた目で見ていた。

 

(手加減、してやがんのかァ?)

 

 エルザは人外じみた速度で建物内を跳び回ってはいる。何も知らない者が見れば、ラインハルトを称賛するのだろう。高速ですれ違いざまに斬りつけるエルザに対し、ラインハルトは一歩も動かず、余裕をもって迎撃し続けているのだから。

 しかし、一太刀で殺され続けてきた一方通行からすれば、本気で戦っているようには見えなかった。

 

(それよりィ……)

 

 一方通行が気になってのはエミリアのやっていることだった。エミリアはスキンヘッドのおっさん、ロムの傷に手を翳し、そこから光を発していた。

 

(回復の加護かァ?)

 

 今すぐ降り立って力の流れを知りたくなったが、ここで混乱を起こすのは得策じゃないと判断する。

 

「終わったわッ! 

 騎士様!」

 

(ン?)

 

 エミリアが叫ぶと、ラインハルトが剣を構えなおす。

 剣といっても、一方通行との闘い(?)で使われた腰にさしてあるモノではなく、盗品蔵に落ちていた、なまくらだ。腰に刺してある剣は抜くべきときしか抜けないようになっているらしい。つまり、一方通行はその剣を使うに値する相手だったということだ。

 

「何を見せてくれるの?」

「アストレア家の剣戟を」

 

 そのなまくらに、何かが集まっていく。

 空気が変わったのが一方通行にも分かった。

 正確には空気中に含まれるαがラインハルトの持つなまくらに集まっていくのだ。

 

「腸狩り、エルザ・グランヒルテ」

 

 唐突に黒髪長身の女が二本の刀剣を構えて名乗りを上げる。

 

「剣聖の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」

 

 当然のようにラインハルトが名乗り返す。

 一方通行は知る由もないが、これは由緒正しい決闘の作法である。

 

 そして、光り輝くなまくらが、目を開けていられないレベルで光を放ち……今振り下ろされた。

 

 

 

 

「ハッ、ご苦労なこったァ」

 

 一方通行は消し飛んだ盗品蔵の半分と、その直線状の家屋を見て呆れた。

 あんなことをせずとも、亜光速の一撃に反応したのだから、初撃で真っ二つにできただろうに。それとも腰の剣が抜けなければ身体能力が落ちるのかと邪推する。

 

(いやァ、ないな)

 

 少なくとも、一方通行の眼には手加減しているようにしか見えなかった。しかし、何も知らない相手なら真面目に戦い、切り札を使って勝利したようにも見えるだろう。ラインハルトの気遣いか、他に理由があったのか。聞くことが増えたな、と思考しつつ、自身も盗品蔵に降り立つ。

 

「わわっ!

 ……あなたは?」

 

 竜巻を背に宙を舞い降りる一方通行に警戒の眼差しを向けた。

 

「彼はエミリア様の徽章を盗人から取り返した一方通行です。

 偶然徽章が盗まれる所を目撃し、あなたを探していたようで」

「ご、ごめんなさい!

 そうとは知らず私……」

「このタイミングで降りて来たら誰だって警戒するわなァ」

「それでも、ごめんなさい。

 それと、ありがとう。 

 その徽章はとーっても大切な物なの」

「だろォな」

「あ、聞いてるんだ。

 じゃあ話は早いわね!

 何かお礼がしたいんだけど……私にできることならなんでもするから!」

「…………んじゃァ、貸し一つな」

 

 既に当初の目的である生活基盤や情報源は手に入っている。一方通行としては万一の時にエミリア様とやらから力を借りられれば、と考えたのだが。

 エミリアはそうは受け取らなかった。

 

「え?

 でも私屋敷に缶詰だから……それに!

 私は立場上一般人にタダで助けられるわけにはいかないの!

 私のためにもぜっーたい恩を返すんだから!」

 

 一方通行はとてもめんどくさそうな顔でエミリアを見る。

 それを察したラインハルトが口を出す。

 

「エミリア様。 

 今の一方通行様にとって、エミリア様に貸しを作るのは大きな意味があるのです」

「え?」

「一方通行様は決して恩を受け取らない、と言っているのではありません。

 理由は数日もすればわかるかと」

 

 一方通行はコイツも何か勘違いしてやがる、という目でラインハルトを見ていた。

 エミリアは一方通行とラインハルトを何度か目で見ると、ため息をついた。

 

「…………よくわからないけど、それが大事なことだっていうのなら納得するわ。

 でも、ぜーったい返させなさいよッ!

 これは私のためなんだからねッ!?」

「あァ」

 

 一方通行はエミリアが恐ろしい程のお人よしに見えた。

 立場は高そうで、言葉通りの意味にも受け取れるだろうに、エミリアの態度からその心情が透けて見えたのだ。

 

「では、一方通行様。

 約束ど……ッ!

 エミリア様!」

 

 瓦礫から突如現れた黒服の女、エルザがエミリアに突っ込む。

 手に持った刀剣を、躊躇なく振り下ろし――

 

「しっかり死ンどけ、化け物がァ!」

 

 ――間に割り込んだ一方通行にぶっ飛ばされた。

 

 正確に言うなら刀剣をその体で反射し、素人丸出しのパンチで顔をぶん殴ったのだ。

 しかし、その速度はエルザをして反応を許さず、頭は確実に潰れていた。

 

「すまない、まさかあれで生きているとは」

 

 ラインハルトが見誤ったのも無理はない。

 未だエルザが生きていることを考えれば、仕方がないのだ。

 

「逃げたかァ」

 

 一方通行は先ほどぶっ飛ばした方向を見る。

 頭がつぶれているはずのエルザは、捨て台詞の一つも吐かずに撤退していた。

 

 そもそも一度目のラインハルトの攻撃で確かにエルザは致命傷を負っているのだ。

 当然、一方通行が頭を潰した時も即死しているはずである。

 

 それでも生きている、否。

 蘇っているエルザがおかしいのだ。

 

(たくッ、この世界の生物は死なねェとかいわねェよなァ?)

 

「あのひと、人間じゃなかったんだ」

「人間じゃなきゃなンだってンだァ?」

「恐らく、かなりの不死性を持った亜人。

 吸血鬼あたりだろうね」

 

 ラインハルトが答えを返す。

 

「……はァ。

 ここにまともな人間はいねェのかァ」

「あなたがそれを言うのって、なんだかすごーく理不尽だと思う」

 

 エルザの刀剣を、マナも加護も使わず皮膚で弾いた一方通行を、ハーフエルフのエミリアはジトっとした目で見つめていた。

 



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第五話 魔法

 一方通行は広々とした訓練場に立っていた。

 ここは国ではなく、アストレア家が代々所有するかなり頑丈な訓練場である。

 

「本当に、全力でやってよろしいのですな?」 

 

 そう言ったのは一方通行に相対する集団の隊長だ。

 

「はい。

 本人もそう望んでおりますので」

 

 返答したのはラインハルト。 

 ついでにこの場を整えるのに奔走したのもラインハルトである。

 

(どうしてこうなったァ?)

 

 どころかこのありえない事態に一方通行を放り込んだのもラインハルトなのだった。

 

=======================

 

 一方通行はアストレア家に保護された後、ラインハルトと決め事を交わした。それは一方通行が王選に参加し、勝ち抜く努力を真面目に行う代わりに、空いた時間で叶えられる限りの願いをラインハルトが叶えるというものだ。

 

 厳密な取り決めをしなかったのはラインハルトヘの信用が少しと、最終的に放り出すと決めていたからである。

 

 それからというもの、一方通行の生活は王選に出るための勉学で染まった。一方通行が要求した力α、β、γの詳細情報については資料の用意に数日かかるとのことだ。

 理由としては、アストレア家が力α、もといマナやオドを魔法として使用することができない欠陥があるということ。次に力β、もとい加護の力は名前もついていないし、そもそも加護を保有している人自体が1万人に1人という低すぎる割合なのでろくな研究もされていないこと。王都の人口が20万人であることを考えれば当然と言えば当然である。力γに至ってはそんな力は聞いたことがないと言われる始末。よって、それっぽい力の資料を片っ端から集めさせるとラインハルトは約束した。

 

 その結果が――

 

「ぜってェ空いた時間じゃ終わンねェぞ?」

 

 ――部屋一つが埋まるほどの資料の山である。

 

「今日一日、王選について忘れてもらって構わない」

「――――」

「そう悲観する必要はないだろう?

 君の講師から聞いたけど、文字の読み書きは数時間でマスターしたそうじゃないか。その記憶力があれば、一日でこのすべてを記憶することも不可能じゃない」 

 

 不可能ではない。

 

 一方通行にとって、この程度の情報量を消化するには一日あれば十分すぎる。

 しかし、物理的な問題でこの量の紙媒体を読み切るには睡眠時間を大幅に削るしかないのも事実だった。せめて電子媒体であったなら話は違ったのだが。

 

「…………あァ、そうだなァ」

 

 それでも一方通行は納得した。

 次の日から講義は同じ時間から始まると聞かされても、仕方ないと割り切った。王になる教育というのが生半可なものではないというのは予想していたし、それに見合うだけの情報を用意してくれたのなら一日くらい徹夜したところでそう気にするほどの事ではない。

 なにより、この数日で一方通行はわかってきた。

 

「?」

 

 ラインハルトが天然であることを。

 

 ラインハルトは無言で睨む一方通行を心底不思議そうに見返していた。

 

 

 しかし、だ。

 スケジュールの都合上、事情を知っていた講師に次の日同情された辺りから一方通行にストレスがたまり始めた。寝不足でありながら、化け物じみた頭の回転速度は衰えず、その結果際限なく上がっていく講義の難度と講義速度。最近では講師の数を増やして複数人同時に講義を始めだし、もはや限界がどこにあるのか講師陣が内心わくわくし始め、それに感づき始めた一方通行がそろそろブチ切れるかといったところで――

 

「一方通行様。

 以前言っていた魔法解析の機会を御用意いたしました」

 

 ――そんな知らせを受けて、訓練場に向かった先に待ち構えていたのが、あの光景である。

 

=======================

 

 仮にも王候補兼巫女候補に王都有数の近衛騎士&宮廷魔術師部隊との本気の模擬戦をさせようとするラインハルト。

 

 あの時間は失われた故、一方通行の力を言葉の上でしか知らないはずである。

 加えて一方通行の知識が正しければ、使われる魔法の威力は、一撃でもまともに食らえば致命傷になりかねないことが予想される。にも関わらず、この場を作ったラインハルトの正気を疑いかけた一方通行に、ラインハルトが近づいて来た。

 

「一方通行様、くれぐれも殺しはなしでお願いします」

 

 王選候補になると決められてから日常となった様付けで、ラインハルトは当然のように殺しの禁止を言いつけた。

 

「正気かてめェ?」

「はて。

 これは一方通行様にとっても有益なものかと思いますが」

 

 またもやズレた発言をするラインハルトに一方通行は色々諦めた。

 何より、ラインハルトの眼を見ればわかる。一方通行が死ぬことなど、微塵も考慮していない。如何な事情でか、一方通行の力を完全に信用しきっていた。

 

「……あァ、そうだな。

 その通りだァ」

「分かってくれて何よりです」

 

「では、双方準備はよろしいですか?」

 

 審判が声を掛けたときには、ラインハルトは既に観客席にいた。

 無駄に高度な瞬間移動に一方通行が呆れた目を向けるが、他の誰も驚いていないことに気が付く。

 

(そういやァ、ラインハルトは近衛騎士だったか)

 

 この光景は、審判も含めて見慣れているに違いなかった。

 

「あァ」

「はい」

 

「いざ尋常に…………始めッ!」

 

 かくして最精鋭の王都部隊と異世界の超能力者、一方通行の模擬戦は始まりを告げた。

 

=======================

 

「「「ウル・ゴーア」」」

 

 初手は宮廷魔術師の魔術からだった。

 火の玉が無数に降り注ぐ。

 当たれば人を殺すには一つで十分過ぎるそれが、30m離れた一方通行に殺到した。

 

「(無詠唱でウル・ゴーア、かァ)」

 

 一方通行は読み漁った知識を思い起こす。 

 火の魔法はゴーア、エル・ゴーア、ウル・ゴーア、アル・ゴーアの順で強くなっていく。強ければ強いほど詠唱に時間が掛かるし、威力や規模を保持しながら詠唱を破棄するのも難しくなる。実物を見たのは初めてであるが、一方通行には目の前の魔法が書物に書かれた物より劣化している様には見えなかった。

 

 一方通行は恐怖を与えるように口元を歪め、ゆっくりと歩き出す。

 

 次の瞬間起こった現象に、見物する騎士、魔術師達が目を見開く。

 彼らには一方通行が何かをしたようには見えなかった。マナを使った様子もなく、それでも火の玉は不自然に軌道が逸れ、虹色の光をまき散らしながら消滅したのだ。常識的に考えてそんな現象を起こせる力に、彼らは一つしか心当たりがなかった。

 

「探るぞ、放て」

 

 隊長を務める仏頂面の男は、一切の動揺なく次の指示を出す。

 

「ウル・ゴーア」「フーラ」「ヒューマ」「ドーナ」「ウル・ヒューマ」

 

 不可視の風、地面から生える氷と土、先ほどと同じ、火の玉が一方通行に周囲から襲い掛かる。

 

 隊長は不自然に逸れる様子から一方通行の力を回避系の加護だと考えた。

 故に加護を突破するパターンの魔法を打たせたのだ。

 

 二度目のウル・ゴーアは『初見の加護』対策、地面から生える氷と土の柱は『矢避けの加護』対策、不可視の風は可視、もしくは意識が必要なタイプの何かである可能性を考慮してある。

 一万人に一人、通常一つしか持たないはずの加護を突破するには十分な戦法である。

 

「ふむ」

 

 だから、そのすべてが通じなかったのは相手が悪かっただけなのだ。

 

 不可視の風が、氷と土の柱が、火の玉が、すべて逸れて虹色の光と共に消滅する光景を見て、彼らは――

 

「切り替える。 

 魔術師は援護しろ」

 

 ――それでも何の躊躇もなく次の行動に移っていた。

 

「クハッ!」

 

 練度の高さに一方通行が破顔する。

 

 そこにマナで体を強化する十余りの騎士達が、人間にあるまじき速度で迫った。

 

 最初の三人が見事な連携で一方通行に切り込む。 

 一人は正面、一人は右腕、一人は左腕。

 続く4人がその隙を縫うように構えている。

 

「ッ!」

 

 三人の剣が触れる瞬間、その軌道を巻き戻すように剣が勢いそのままに戻っていく。

 切り込んだ騎士の表情が歪んだ。

 

 一方通行が常時纏っている反射膜が正常に働いた結果である。

 自身の全力と等速で逆方向に剣が跳ね返ったのだ。一方通行のベクトル操作に加速度というモノはない。騎士の腕が砕けるのは必然だった。

 

「いいねェ!」

 

 腕に掛かった負荷で骨折しつつも剣は手放さず、一瞬表情を歪めただけでその場から跳躍した騎士を見て、一方通行は喜色の笑みを見せる。

 チンピラはもちろん、学園都市の暗部らではこうはいかない。

 

 これは練度の差だけではない。

 覚悟の差だ。

 

 自身を捨て駒として文字通り腕をくれてやれる精神性は見事と賛辞を贈るほかなかった。

 

 だからと言ってそれが実るとは限らないが。

 

 続く4人は目玉や髪、死角からの一撃やタイミングをずらす変則的な一撃も繰り出すがそのことごとくが弾かれ、最初の3人と同じ結果を辿った。

 

「放て」

「「「アル・ゴーア」」」

 

「コイツはァ……」

 

 一方通行は仰ぎ見る。

 直径20m以上にもなる火の玉、小さな太陽の一撃を。

 

 先の騎士達は全力で退避している。

 近づきはしたものの攻撃に参加しなかった騎士も含めて、だ。

 

 アレはそれだけの一撃、切り札なのだろうと推測できた。

 大きさとは裏腹に圧倒的な速度で向かうソレに一方通行は思う。

 好都合だと。

 

 この実践の目的は魔法の解析にある。

 最初に撃たれた魔法の法則はすでに解析が済んでいた。

 

 故にあとは実験するだけ。

 

「そりゃァ、ちょっとばかし不用意だったなァ!?」

 

 オートな反射膜の設定ではなく、解析結果からマニュアルで火球のベクトル操作を行うと、ソレは寸分違わず方向を変えた。

 

 最大の一撃を反射される。

 そんな絶望的なはずの場面で、隊長は相変わらずの仏頂面で一言告げた。

 

「やれ」

「ウル・ヒューマ」

 

 一方通行は目を見開く。

 反射された直後の特大アル・ゴーアの中心に、氷の柱が突き刺さる。

 

 瞬間、一方通行の視界は白く染まった。

 

=======================

 

 アル・ゴーアとは、一定以上の何かに衝突した際大爆発を起こす火球の魔法。

 アル・ゴーアの性質そのものを変えられない限り、起爆する方法は敵に当てるだけに留まらない。速度の速い対象に当てるためには他の魔法で起爆するのは常套手段である。

 

 もし最初のように受け流された場合、虹色の光と共に消える前にウル・ヒューマで起爆する腹積もりだったのだ。それが反射されたことで若干段取りが狂ったものの、隊長も魔術師も迅速かつ完璧に対処して見せた。

 

 これは近衛騎士の剣が反射される様を見ていたことも大きい。

 

 一方通行の力の正体に、彼らは順調に近づきつつあった――

 

「んでェ、次はどうすんだァ?」

 

 ――が、それでも勝敗は動かない。

 

「…………」

 

 爆炎の中から無傷で現れた一方通行。

 そこでようやく騎士達の間に動揺が走る。

 

 魔法、物理、爆熱、爆風。

 これまでのすべてが一方通行になんらダメージを与えていないことを確認し、それでも隊長は無表情で命令を下した。

 

「足止めだ」

「ウル・ドーナ!」「アル・ゴーア!」

 

 一方通行の足元が急上昇する。

 土を操るウル・ドーナで一方通行の周囲が地面ごと高く上昇していく。一方通行はバランスを崩しつつ、見上げた先には先よりもかなり小規模のアル・ゴーア。

 一方通行の立っている土の柱、そのちょうど足場をアル・ゴーアが打ち抜いた。

 

 足場が爆散し、落ちる一方通行を見て隊長は確信する。

 

「ダメージにならなければ干渉はできる、か」

 

 隊長は隊員に聞こえるように推測を呟いた。

 その直後、落ちる一方通行の背中から二対の旋風が生えていく。

 無色故わかりにくいが、竜巻の翼である。そのまま一方通行は地面に落ちる直前に方向転換、そのまま騎士達に正面から突撃を敢行する。

 

「いいねェ!

 しっかり俺の敵やってんじゃねェかァ!」

 

 初めて魔法で干渉されて一方通行は凶悪な笑みを浮かべた。

 

「落とすぞ!

 本体には当てるな!」

「フーラ」「エル・フーラ」「ウル・フーラ」「ヒューマ」「ゴーア」

 

 各々が空飛ぶ魔術師を打ち落とす用の魔術を一方通行の背中に向かって撃ち放つ。

 竜巻の翼に風が、氷が、爆炎が直撃し、竜巻を散らしていく。

 

「ご苦労なこったァ」

 

 一方通行の翼が引きちぎられる。それでも一方通行は止まらない。あの翼は本体の繊細な動きを可能とするが、そも自身のベクトルを制御したほうが速度は断然上なのだ。

 

「直前で壁を造れ!」

「「「エル・ドーナ!」」」

 

 一方通行の前に土壁が現れる。

 

「――――」

 

 壁の向こうで隊長が指示を出すのが分かるが一方通行には聞こえていない。

 解析すればわかるがそこまでするつもりはなかった。

 

 勢いの乗った素人パンチ一発で数メートルの土壁が盛大に吹き飛ぶ。

 

 最近の鬱憤を晴らすように放ったそのパンチの直後、無防備になった一方通行に騎士達が強化した体で飛び掛かってくるのが見える。

 

 その手には盾も武器も握っていない。

 

 そして――

 

「あァッ!?」

 

 ――彼らは一方通行に取り付くことに成功した。

 

「(コイツらァ!)」

 

 反射膜に異常はない。

 

 隊長は先程盛り上がった地面が反射されなかったことからいくつか仮説を立てた。

 

 一つはせり上がる土壁が破壊されなかったことから、それ単体で無害なものなら一方通行に影響を与えることができるということ。

 一つは一方通行が容易くバランスを崩したことから、素の身体能力は見た目通り大したことがないかもしれないということ。

 最後に、ラインハルトが持つ加護の知識から明確な害意のない、ただ体重をかけるだけの攻撃と定義できないようなものならダメージを与えられるのではないかということ。

 

 それらの推測から騎士達は割れ物に触るようにゆっくりと、一方通行に一切衝撃を与えずその体に組み付いたのだ。

 

 そして次に体重を掛ける。

 

 甲冑を含め、80㎏は優に超える重量だ。3人も絡めば240㎏越えで、当然一方通行の体が支えられる重量ではない、が――

 

「んなことで越えられる程、安かねェンだよォ。

 この三下がァ!」

 

 ―― 一方通行に掛かった体重が一定値を超えた瞬間、3人がぶっ飛ぶ。

 

 絡みついていたせいか、何度も体を反射させながら、体中に打撲を刻み、吹っ飛んだ3人が立ち上がることはなかった。

 

「いくぞッ!」

 

 隊長の掛け声と同時に残った騎士達が突っ込んでくる。魔術師達も残った魔力を絞るように構える。

 

「はッ!

 結局最後は玉砕ですかァ!?」

 

 そう言いつつも、一方通行は最後まで期待していた。

 なぜなら隊長の表情は自棄になった人間のそれではない。

  

 何かを狙っている。

 

 それが分かっていて一方通行は突っ込む。

 

 すべての策を正面から踏みつぶすために。

 

 一人目、正面から斬りかかってきた騎士を反射しつつ、蹴り飛ばす。どうやら剣を一方通行に添えてから引き斬るつもりだったらしいが、触れた後からも反射膜は機能する。先の体重を掛けるモノと芸が変わってないと一方通行は見下す。

 

 二人目、三人目以降はさらに芸がなかった。

 

 最初のようにただただ斬りかかってくるだけ。

 

 しかし、むしろ一方通行の笑みは深まった。

 

「(何か狙ってやがンなァ)」

 

 そして、最後の一人。

 

 隊長は明らかに破れかぶれの一撃を繰り出す。 

 

 そして、一方通行は――

 

「てめェに演技は向いてねェなァ」

 

 ――その意図を理解した。

 

 隊長の繰り出す一太刀は、一方通行の反射膜で……左に逸れる。

 直後、一方通行の亜音速の手刀で鎧が拉げた。

 

 隊長は反応すらできずに訓練場の壁に叩き付けられる。

 

「そこまでッ!

 勝者、一方通行!」

 

=======================

 

「…………」

 

 観客席には、異様な雰囲気が漂っていた。

 たった一人の人間に、王国最高戦力たる近衛騎士と魔術師がいとも容易く蹂躙されたのだ。

 

 近衛騎士の判断も、魔術師達の技量も落ち度はなかったと断言できる。それほど見事な対応だった。だからこそ一方通行の理不尽さが際立つ。

 

 それでも、ここに至って彼らが恐怖を抱くことはなかった。

 

 脅威ではあると感じつつも、それが恐怖へと変わらないのは一重にラインハルトの存在あってこそだ。王国最高戦力が敗れた、といってもその中にラインハルトはいなかった。近衛騎士が王国最高戦力たりえるのもラインハルトがいるからなのだ。

 

「訓練場を均し終え次第、ラインハルト殿と一方通行殿の試合を始めます」

 

 故に、この宣言に彼らが熱狂したのも無理からぬ話である。

 

=======================

 

「オイ、聞いてねェぞ」

「うん?

 僕の加護の力を解析するために用意したんだけど、必要なかったかい?」

 

 一方通行の視点ではもうラインハルトの力の解析はお腹いっぱいである。

 戦るなら何か勝算がたってからだ。

 

「今はいらねェ」

「ふむ。

 しかし、もう予定を組んでしまっているからね。

 これも王選のためだから、我慢してほしい」

「はァ!?

 てめェ、解析だとかいってなかったかァ!?」

「じゃあ僕は控室で刃引きした剣を選んでくるよ」

「話を聞けェ!」

 

 このあと滅茶苦茶ボコられた。

 



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第六話 王選開始

 一方通行は若干憂鬱な気分で王城への道を馬車で揺られていた。

 

「だりィ」

「一方通行様の都合上、やる気がないのは仕方ないとしても、真面目にやっていただかなければ困ります」

「分かってるつうの」

 

 王選。

 それは巫女候補に選ばれた5人の候補の中から王を選定する儀式。

 その5人が一同に会し、公式に開催される日が今日なのだ。

 当然前々から言いつけられていたし、本人にやる気がないのだから一方通行はラインハルトの指示通り動くだけである。

 

 王城に着くなり、手筈通り一方通行は待機場所へ、ラインハルトは謁見の間に向かった。

 

=======================

 

 一方通行が開かれた扉を潜ると、そこには壮観な光景が広がっていた。

 それは現代では見られないであろうファンタジー極まりない光景だ。

 

 謁見の間最奥にある空白の玉座。

 それを囲む名のある上級貴族の集まり、国を運営する賢人会のご老人方。

 そして騎士甲冑を着た数百に及ぶ近衛騎士達と高位の文官達。

 

 最後に、玉座の前に集まる四人が聞かされていた王候補達だ。

 

 彼ら、あるいは彼女らがすべてぽかんとした表情で呆気にとられて自身を見つめているのを一方通行は晴れやかな気分で見返していた。

 

(あァ、この間抜け面を見に来たと思えば元も取れるってもンかねェ)

 

 唖然としないはずがない。

 なにせ誰もが最後の巫女候補が出てくると期待し、そこで出てきたのが男だったのだから。

 

「自身が王として仰ぐ御方、名を一方通行様と申します」

 

 ラインハルトが玉座の前で最後の王候補の名を告げた。

 

 それからの議論を、一方通行は内心眠気を我慢しながら聞いていく。

 

 まず、文官の一人が巫女候補であるからといって無条件に王候補にできるはずがないと言い出す。今更と言えば今更、当然と言えば当然の主張だ。上層部を人間が占め、階級社会である親竜王国ルグニカに、カララギ人であるアナスタシア・ホージンやハーフエルフであるエミリア、今や浮浪児扱いの一方通行(国籍はルグニカ扱い)を王候補にしようというのは正気の所業ではない。

 

 それでも、表面上まともな王候補が一人、プリシラ・バーリエルの言葉で話は進む。簡潔に言えば、どうせ相応しくないものは王選の中で排除される。故に早く王選を始めろということだ。

 

 結局上層部は、王候補を推奨した近衛騎士の面目と、この状況を示唆した竜歴石、それにプリシラの言葉、最後に王候補筆頭たるクルシュの存在を内心で考慮し、王選候補から王を決める賢人会の開催へと移ったのだった。

 

 そこで話し合われるのはどうやって王を決めるのか、だ。

 

 竜歴石に書かれていなかった以上、極端に言えばここで武を競い合わせ王を決めても構わないわけである。もちろん、結果が分かり切ったこの方法が採用される事もない。戦うまでもなくラインハルトの一人勝ちである。その認識はこの場すべての共通認識であるため、話は真っ当なところ、所信表明へと落ち着いた。

 

=======================

 

(哀れだなァ……)

 

 所信証明を聞いて、一方通行は同情していた。

 上位の貴族達の集まり、賢人会にだ。

 王によって一番影響を受けるのは実際に国を運営している賢人会である。

 

 故に賢人会からすればこの王選は出来レースであることが望ましかった。

 自国の者同士でのこの政治的争いは下手すれば国が割れかねないものである。よしんば速やかに終わったところで国が多少なりとも疲弊するのは間違いない。

 

 そんな状況で、大本命クルシュが「竜の盟約を忘れてもらう」と言い出した。

  

 そもそもが竜の盟約を保つために巫女候補から王を選ぶ、という話にも関わらず、この発言である。いくら言っていることが立派でも、理想的でも、王たる器があっても、この状況でクルシュを王にするのでは本末転倒だった。それでもクルシュを支持する者が絶えないのはクルシュの器故か。

 

 賢人会としてはたまったものではないが。

 

 そしてクルシュを本命とすれば対抗と言えるプリシラ・バーリエルも「この世界、妾の都合のいいことしか起こらない」と言いだす辺り、正気とは思えなかった。少なくともまともな人間でないことは確かだろう。

 

(頭がおかしくなきゃァ、巫女候補になれないってかァ?)

 

 笑えねェなァ、おィと一方通行は心の中で続ける。

 そんなこんなで本命、対抗本人達が率先して支持者を篩にかける中、大商人たるアナスタシアの方針は幾分か、まともなものだった。十年近く金に困り、なお悪化を続けるルグニカ王国の財政をなんとかする。それがアナスタシアの出した方針だ。最下級の出とか、他国の人間だとか、その根底にあるものが国を自分の物にしたいだとか越えるハードルが少し多すぎるが、金で国を買い取るようなこのやり口なら、大穴としては成立しうるだろう。それでも、アナスタシアに賭けるのは博打が過ぎる話なのは間違いない。本命対抗が支持者を落としても堅実な方法では支持者は増えまい。

 

 ただ、最も支持者が増える余地がないのはハーフエルフたるエミリアだろう。推薦するは近衛騎士ではなく宮廷魔術師筆頭のロズワール辺境伯。亜人及び亜人愛好家辺りからは支持されるだろうが、それ以外の支持者は絶望的と言ってもいい。賢人会を脅し、公平であることを要求するなど手段も本人も推薦人も無茶苦茶なのはともかく、最低限の王の器を示したとして、その後どうやって王になるつもりなのか、一方通行にも、真っ当な手段では見当がつかなかった。

 

(考えられとるすりゃァ――)

 

 ――候補者の皆殺し、かァ?

 

 皆殺しは極端だとしても、何らかの手段で候補者のほうを落とす腹積もりにしか見えない。特に後援者のロズワール伯が。

 

(まァ、好都合かァ)

 

 一方通行は王になる気はない。故に本命を落とされたらある意味困るが、自身に仕掛けてくれるのであれば望むところである。ファンタジーな殺し方から何か学べれば万々歳だった。ついでに本命、対抗辺りを監視し、暗殺(?)から救い出し、ファンタジーを学べば恩も売れて一石三鳥である。

 

 そして、最後の候補者一方通行の出番が来た。

 

「それでは一方通行様。よろしくお願いします――騎士、ラインハルト・ヴァン・アストレア! ここに!」

 

 現在の進行役を務めている近衛騎士団団長、マーコスが最後の候補者の名前を呼ぶ。

 

「あァ」

「はっ!」

 

 一方通行の乱暴な返事に、ピクリと眉を動かすのはリッケルトだ。これまでのやり取りを含め、矢面に立って発言している文官の一人である。キツイ言葉が目立つが、クルシュが有象無象とは違うと評価しているようにまともな感性を持った文官だ。それ故に一人残らず型破りな王候補へ一貫して非難する立場を取っていた。

 

「では、名前や徽章に触れた経緯などお話し願えますかな?」

 

 そう口に出したのはマイクロトフ・マクマホンだ。

 賢人会代表を務め、この所信表明でも主な対応はマイクロトフが行っている。

 

「あァ。

 オレの名は一方通行。

 察しの通り、本名じゃァねェ」

「ほぉ、偽名で王選に登録しているとは。

 何か特別な理由でもあるのですかな?」

「俺も覚えてねェってだけの話だ」

 

 そのふざけた返答にリッケトルがキレた。

 

「ふざけているのかッ!

 自身の名前を忘れるなど、記憶喪失だとでもいうつもりかッ!?」

 

 文官を代表したその言葉に、周りも頷いていた。

 それに対し、一方通行は淡々と話し始める。

 

「いいや。

 ただ、おれァ幼いころから今の今迄能力名でしか呼ばれてこなかった。

 その結果だなァ」

「能力名?」

 

 一方通行は簡潔に説明する。

 神の知識を手に入れるためにとある実験が行われていて、自身はその被検体なのだと。

 その副産物として手に入る力が能力と呼ばれ、その能力名が一方通行であり、今はその能力名を名乗っていると。

 

「随分胡散臭い話だな」

 

 リッケトルの言葉に、ラインハルトが口を挟む。

 

「横から失礼します。

 その能力についてはつい先日検証を終えています」

「む……」

「マーコス団長以下近衛騎士10名、及び宮廷魔術師20名を、模擬戦にて一方通行は単身で撃破しています」

 

 息を呑むような沈黙の後、一斉にざわつき始めた。

 

「バカな……」「加護、か?」「戦力としては素晴らしいが……」「むしろ騎士に取り立てた方が」「あんなチンピラが騎士になどなれるものか」「だとすれば剣鬼の再来だな」

 

 勝手なことを呟く彼らの頭に浮かぶのは、幼いころのテレシア・ヴァン・アストレア。かつて、加護の重さに耐えられず、引きこもりだったテレシアは線が細く、肌が白く、髪はぼさぼさの酷い状態にあった。それでもなお、剣聖の加護を持ったテレシアは恐ろしく強かった。騎士を一太刀で倒せる程に。

  

 そんな当時のテレシアの姿や実績が、今の一方通行に被る。

 

「加護や魔法でないことは……」

「はい。

 加護でないのは私が確認しております」

 

 ラインハルトは『審判の加護』で他者の加護を確認することができるのだ。

 魔法かどうかはマナの動きで容易に分かる。

 悔しそうなリッケトルを横目に、マイクロトフが話を進める。

 

「なるほど。

 名前の方は分かりました。

 して、徽章に触れた経緯は?」 

 

 男にしか見えない一方通行がどんな経緯で徽章に触れたのか?

 それは皆が気になっている部分でもある。

 衣装が男物だが女なのだろう、と思っている者も多かった。

 

 実際、今のところラインハルトは明言していないし、だれもそこに言及していない。

 

 一方通行が女であるのなら、男なのか、と聞くのはとても不敬な発言に当たる。仮にも王候補であるのだ。 

 

 その質問にはラインハルトが続けて答えた。

 

「住む場所のない者は、未だ徽章による判別が済んでいません。

 中でも男の恰好をしているものならなおさら」

 

 その発言にやはり一方通行は女なのかと、納得するような表情が散見された。

 

「なるほど、ラインハルトなら加護で男女の区別がつく。

 これなら今迄見つからなかったのも、うなづける話ですな」

 

 一方通行は何も言わない。

 ラインハルトも嘘はついていない。 

 ただ、勘違いされるような発言をしただけだ。

 

「ふん。

 それで、住む場所すらない浮浪児が、力さえあれば王になれるとでも思ったか?」

「一方通行様は力だけではありません。

 現在の王の仕事をそのまま継げるだけの才能を持ち合わせております」

 

 リッケルトの挑発染みた発言に、ラインハルトが小気味よく返す。

 

「なに?」

「前王の教育係からのお墨付きです」

「…………」

 

 そこで黙り込んだのは一方通行の優秀さ故、ではない。

 

 そもそも前王に難しい仕事など、ない。

 

 ルグニカ王国に置いて、極論を言えば王は何もしなくていい。

 王がおらずとも問題なく運営されている今の国を見てわかるように、元々この国の運営は賢人会が取り仕切っている。王はできるだけ仕事をしないでほしい。それが紛れもない賢人会の多数派意見だ。

 

 何か危機が起これば龍が解決してくれる。

 普段の国の運営は選ばれたエリート達、賢人会が行う。

 王族に求められるのは龍の巫女としての能力のみ。

 

 男である王に求められるものなど、いつかの王のように愚行で財政を傾けたりしないことだけだ。

 

 それでも、前王の教育係から認められたというのは、浮浪児扱いされている一方通行には必要な評価だった。

 

 ラインハルトは言葉を続ける。

 

「そして、一方通行様には能力を得るために必要な技術をすべて提供する準備があります」

「ふぅむ、能力とは技術さえあればだれでも得られるモノなのですかな?」

「いやァ、手に入る確率は4割だなァ」

 

 マイクロトフの質問に一方通行が答える。

 嘘はついていないが、事実でもない。

 

「おぉ!それは素晴らしい」「だが、一方通行様はこの国のものだろう?」「なら、王にならずとも技術提供は強制すればよいのでは?」

 

「あァ?

 王になれねェのに技術を提供するなんざありえねェな」

 

 王になる気がない一方通行はそれを感じさせないほど自然に啖呵を切る。

 

「それが、次代の王の命令であってもですか?」

「あァ、オレはこの国に拘ってないしなァ」

「なるほど」

 

 今迄この国に保護されてなかった浮浪児、しかも実験体となればルグニカ王国に対する愛国心など期待するだけ無駄。そう納得した彼らだが、実際には少し違う。そもそも一方通行はこの国の人間ではない。

 

 だが、一方通行達はやはり嘘を言っていない。

 

 そこでマイクロトフが意地悪な笑みを浮かべて問いかける。

 

「しかし、それでは一方通行様が王になったとしてもルグニカ王国をまともに運営してくださるか疑問ですなぁ」

「それについては私が保証しましょう」

 

 まるで打ち合わせていたかのようにラインハルトが口を挟む。

 続けてラインハルトは告げる。

 

「代々剣聖を輩出してきたアストレア家が、そして剣聖たる私、ラインハルト・ヴァン・アストレアがここに宣言します。

 一方通行様が王になった暁には賢人会の意向を第一とした上で、公約として掲げる技術の提供をしていただくと!」

 

 この宣言には皆もざわつかずにはいられなかった。

 

 今まで王国に、剣聖達が捧げてきた功績はあまりにも大きい。

 この宣言を信じないわけにはいかないだろう。

 

 そして、候補者の中で唯一賢人会を尊重、どころか第一とすると言う。

 財政問題も提供される技術内容によっては何とかなってしまうかもしれない。

 

 表面上だけの話をするなら、一方通行は浮浪児たる最低階級の者が王になるために必要なハードルも全て越えているように思われた。

  

 他の候補者を考慮すれば、ある意味一番まともな候補者にすら見える。

 

 あくまで他の候補者がおかしすぎるだけとも言えるし、一方通行達が王国を詐欺に掛けているとも言える。

 

 それでも、この場に集まる皆に、一方通行が王になってもおかしくない、と思わせることには成功していた。

 

 この宣言を最後に、一方通行の所信表明は終わり王選の開始が宣言される。

 

 一方通行が男であるという問題を誰にも悟られず、王選は始まった。

 

 そしてラインハルトの企みも、一方通行は知らない。

 

 各々の思惑が絡み合い、誰もが自身の勝利を疑わない。

 

 それでも勝者は一人。

 

 期限は3年。

 

 神龍ボルカニカの前で、王は、すべては決まる。



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第七話 大罪司教

「一方通行様」

「あァ?」

「見つかりましてございます」

「ッ!!」

 

 あれから一方通行は王選候補者としての義務に明け暮れていた。有力者達との会議、挨拶の繰り返し、合間の移動時間には次の会議と有力者達の趣味嗜好などについての勉強、打ち合わせの毎日。

 ほぼ休み無しに働き続けていた。

 

 その報告が上がったのは僅かな休息時間にだ。

 

「これがその詳細となります」

 

 一方通行は執事から受け取ったその報告書を見て、つぶやく。

 

「間に合わねェ、ってことはねェか」

 

 見つけだした奴らと接触できるその時間は、有力者との挨拶が終わってすぐの時間だ。

 

「こりゃァ、俺が一人で行きゃいいのかァ?」

 

 距離的に馬車では間に合わない。1分で数十キロの距離を移動できる者など世界を見渡しても極僅かだろう。

 

「いえ、ラインハルト様とお二人で、です」

「あァ……」

 

 当然、ラインハルトもその僅かに入る。

 

「一方通行様」

「あァ?」

「どうか、ご無事で」

 

 執事は王都で行われた模擬戦を知っている。一方通行が単身で王都を滅ぼせるような怪物だと知っている。ラインハルトの力も承知の上だ。それでも、執事は警告せずにはいられなかった。執事は知っていたから。先代剣聖でさえ、奴らの一派に殺されたということを。今代の剣聖が、例え先代と比べ物にならないほど強かったとしても、今回の相手は2人。そして、奴らの異質な力は、ラインハルトが最強だと確信していても万が一を想像させられる。

 一方通行が取り返しのつかない事にならないとは限らないのだ。

 

「はッ! いらねェ心配だなァ」

 

 この世界には一方通行に干渉できる力がある。見つけた者はその力を持つ者だ。一方通行がその力を求める以上、邂逅は必然で、避けられるものではない。下手をすれば殺されることもあるだろう。ラインハルトに散々殺られたように。

 だが、その力が齎すのは死だけでない。

 この世界に一方通行を無理やり引き込んだその力は一方通行の死を決して許さない。そして、一方通行はその力を利用し、使い倒すことを厭わない。

 

 いつまで続くか定かではない力を命綱にする。その危うさを、一方通行自身も当然理解している。その程度のリスクでは自身が止まらないことも。ラインハルトの存在が一方通行の理念を終わらせたその時から、決まっていたことだ。

 

=======================

 

 貴族の館から、一方通行とラインハルトが出てくる。その先に馬車はなかった。今から行く先は馬車では間に合わないからだ。

 

「先行しろォ」

「任された」

 

 ラインハルトは軽く膝を曲げると、一瞬にして空高く跳び上がる。貴族の館は街中にある。音速を超えるなら当然高度を取る必要があった。そして、薄い雲に足を掛ける。ラインハルトは当然のように雲を蹴ると、冗談のような速度で飛び出した。

 

『雲の加護』

 

 一方通行もソレに追従する。

 

(馬鹿げた飛び方してンなァ)

 

 一方通行が見る限り、ラインハルトは雲を足場とする加護以外を使っていないように見える。一定以上の騎士が自然に使っている、マナによる身体強化は働いているが、それだけだ。身体能力一つで雲から雲へと音速を超えて跳んでいる。

 

『伝心の加護』

 

「(二人いますね)」

「……見えねーよ」

 

 一方通行は頭に直接響く声に返答した。現在一方通行達は超音速飛行中である。物理法則に従うなら、こちらの言葉は聞こえないはずだが――

 

「(茶髪と白髪がいます)」

 

 ――当然のように返答が帰って来る。

 

「ンじゃ、白髪が俺だなァ」

「(はい、私が茶髪の相手をしましょう)」

 

 ラインハルトが物理法則に従わないのも慣れたものだ。

 

「殺すなよォ?」

「(心得ております)」

 

 今回の目的は力を奪うこと。最低限の解析が済む前に殺されては困る。

 

(アレかァ)

 

 一方通行にも見えた。2人の人影、バラバラになった竜車と倒れた人々、そして王都方面へ離れていく白いクジラの頭。

 

(捕鯨の帰り……なわけねェよなァ)

 

 そう判断したのは倒れた人の中に王候補クルシュ・カルステンの姿があったからだ。わざわざクルシュ本人が白いクジラの頭を運ぶ理由。それには一つ心当たりがあった。

 三大魔獣の一匹、白鯨だ。アストレア家からの情報では暴食の大罪司教だとも、元先代剣聖を殺した存在でもあるとも聞かされていた。本当にあの頭がソレなら苦々しくも思うが、今は別のターゲットがいる。

 一方通行はそのターゲットに正面から突っ込んだ。

 

「ん?」

「ッ!」

 

 超音速での突進。掠れば肉体が消し飛ぶだろうが、一方通行は直撃しないように、かつ余波で人が死ぬことも無いよう計算して地面に突っ込んだ。茶髪と白髪を引き離すための一撃だ。地が抉れ、爆風が巻き起こり、土砂と共に倒れた人々が宙へ舞い上がる。

 目論見通り一番近かった白髪と茶髪も大きくぶっ飛び、片方をラインハルトが追っていった。

 そして、白髪は――

 

「あのさ、温厚な僕でもこれは怒るよ? 争いが嫌いで、平穏を愛する僕でも、いきなり吹っ飛ばされるとか殺されても文句を言えない所業だよね? 権利侵害以前に人間として……ッ!?」

 

 ――際限なく空に落ちて行く。

 

 一方通行はふっ飛ばした白髪の背に触れ、白髪に掛かる自転、公転の重力バランスを崩したのだ。一方通行が高速移動する際の理屈と同じである。ついでに一方通行は白髪に触れ続けることで魂の解析を始めた。

 

「あァ?

 眠ィことォ言ってンじゃねェぞ、この三下がァ。

 状況分かってンのかァ?」

「わかってないわかってない分かってないのはそっちだよ! 僕はその気になればいつだって君たちを殺せる。君が存在していられるのは僕の慈悲のおかげだって理解してほしいね。あいつらを助けに来たんだろ? 人間として最低の行為をしても、僕をどかしたかったんだろ? なら分からせてやるよ。僕に逆らったって無意味なんだってことをさぁ!」

 

 一方通行は不意に解析結果の変化を感じる。突然ぶち切れた白髪が空中で見を捻りだし、右手を振るったのはその瞬間だった。

 

「へぇ、躱すんだ。お手ては真っ赤みたいだけど」

 

 一見、苦し紛れの一撃を大きく躱してみせた一方通行。それでも背中に手を当てていた一方通行の掌は、皮膚が削れ、真っ赤に染め上がっていた。大して血が飛び散らなかったのは出ていないのは血流操作をしているからである。しかし一方通行は凶悪な笑みを浮かべて笑っていた。

 

「ギャハハ!

 権能ってのはァ、想像以上に無茶苦茶しやがる!」

 

 それは触れただけでその箇所を消滅させてみせた力に向けた言葉――――ではない。ついでに腕を振るった先に発生した消滅効果を伴う衝撃波(?)も関係ない。一方通行が注目したのはその異常な肉体だ。背に触れて直接観測したその体は、隅々に至るまでなんの生存反応も返されなかった。

 

(息もしてねェ、血も、電気信号すら流さずに動いてやがる。挙句心臓が停止し、僅かな温度変化すら起こらねェ)

 

 まさしく無茶苦茶だ。死亡判定で言えば2つを満たしてる。そんな奴が放つ攻撃も、また物理法則に反していた。しかし、物理法則から外れきったソレを、全く反射できないとは言わない。一度は躱したが、そこにベクトルがあり、法則があるのなら反射膜の再設定で対応できる。直前で消滅効果が追加されなければ反射できていたはずだ。

 

(意味がねェ、かァ)

 

「どんな手品かしらないが、自分の攻撃で傷つくわけが無いだろう!?」

 

 無茶苦茶に腕を振り始めた白髪の消滅波、とでも言うべき遠距離攻撃を一方通行は無事反射してみせた。しかし、一方通行の半ば予想通り、それは白髪の肉体を傷つけるには至らなかった。白髪の肉体は外部から見れば動いてはいるが内部を見れば完全に停止している。これでダメージが入らないなら、確実に殺せる手は思い当たらなかった。

 

 だから――

 

(ここまで、だなァ)

 

 ―― 一方通行はラインハルトに交代を要求することに決める。

 

 打つ手が無いわけじゃない。触れたところを消滅させる状態を維持していたら、地面に着地できず、何の抵抗もなく地面を潜り続けることになるのは必死。ならば消滅を解除する瞬間、重力操作で宇宙までふっ飛ばせばいい。今まで見た力しかないのなら、この地に戻ってくることもないだろう。但し、いつ死ぬかわからないから論外だが。白髪を殺す手がかかりもある。白髪の無敵は条件付きだと一方通行は見ていた。白髪を無敵たらしめる条件は、今なら少し時間を掛ければ解明できる類のものだとも。

 しかし、今はその時間が惜しい。なぜなら既に最低限の目的、魂の観測を達していたからだ。一方通行が白髪を観測した時間は数十秒。魂の観測は数秒で終わらせている。残った時間でしたのは白髪に流れる力の観測だ。加護でもなければマナでもない。にも関わらず一方通行が操作できないほどの莫大な力。観測できたのは力の流れ、つまり流入先と流出先だけだ。しかし、力の流出先が白髪の無敵状態に関係していることは推測できた。もう一人の大罪司教がいなければすぐにでも向かっただろう。けれど優先すべきは魂の解析。白髪に執着し、それを違えるつもりはなかった。そして力の流入先、その根源は観測できない、というより理解できなかった。否、一方通行には理解できないということだけが理解できていた。

 

(神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの、かァ)

 

 その時、一方通行の頭に浮かんだのは学園都市の創造理由にして、存在理由。それはレベル6、人を神へ到達させること…………ではない。人に理解できないモノを、人ならざる存在になることで理解することである。神になることなど、所詮手段でしかない。

 

 つまり、この力の先に待っているのは――――

 

 待っているモノは――――

 

=======================

 

 茶髪の男は最初の不意打ちで宙を舞い、天地が入れ替わる視点の中、鮮やかに着地してみせた。さすがに白髪のように服の乱れさえないとは行かないが、少なくとも混乱の一つもない。自身の前に立つ赤髪の騎士、ラインハルトをしっかり見据えていた。

 

「不意打ちなんて、礼儀がなってない騎士様だなァ?」

「すまないね。被害者を遠ざけるためにも、反対するわけには行かなかったんだ」

「あァ、もう一人の方か。 

 んじゃ、名乗ってやるよ。

 魔女教大罪司教、『暴食』担当のライ・バテンカイトス」

 

 その茶髪の男、バテンカイトスは礼儀正しく名前を名乗った。対してラインハルトの超直感はこの名乗り自体が罠だと判断を下す。

 しかし――

 

「ルグニカ王国近衛騎士団所属、『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」

 

 ――躊躇なく名乗りを返した。

 

 嫌な笑みを浮かべてバテンカイトスが走り出す。

 

「んじゃァ、イタダキマス!」

 

 二本の短剣を構え、剣聖に単身で挑む。

 

 一見無謀極まりない行いだが、バテンカイトスは勝機があると考えていた。ラインハルトが知る由もないが、バテンカイトスはその権能で狩った相手の技量や経験、記憶を手に入れることができる。中には剣聖クラスの英雄もいないではない。ついでに先代、先々代剣聖の全力戦闘を見たものもいるのだ。もちろん、衆目の中で行われた剣聖テレシア・ヴァン・アストレアと剣鬼ヴィルヘルムの戦いもその一つ。バテンカイトスは剣聖の限界もその剣技もよく知っている。剣聖は只人でも限界まで剣技を鍛えることで下す事ができる存在であることも。事実、ヴィルヘルムは下している。

 

 バテンカイトスの場合は努力ではないが数多の技術を手に入れ、それらを使った戦技は先代剣聖やヴィルヘルムに劣るものではなかった。

 つまり、今のバテンカイトスは技量で先代剣聖クラス、知識や経験は未だ若い現剣聖を超えているのだ。ついでにラインハルトは無手である。これでは剣聖の加護は十全に機能しない。

 ここまでお膳立てされていれば、むしろ負けるほうがおかしいと考えるのも無理はなかった。

 

 だがら――

 

「早いね、それに素晴らしい技量だ」

 

 ――おかしいのはラインハルトだ。

  

「はァ!?」

 

 ラインハルトの手刀は二本の短剣と搗ち合い、なんの抵抗もなく短剣を切り裂いた。バテンカイトスは驚きつつも流れるように短剣を手放し、両手で掌打を打ち出す。短剣を切り裂いたラインハルトの両手は泳いでいる。これから始まるのは拳王が奥義の再現、喰らえば肉体の強度にかかわらず内蔵にダメージが入る。耐えられるようなものではない。

 

「それは不味そうだ」

「馬鹿なァ!」

 

 しかし、続いてバテンカイトスは信じられない光景を目にする。ラインハルトは持ち上げた片膝で腹部への掌打を受け流したのだ。仮にも拳王の一撃、そんな片手間に流せるような技ではない。曲芸と言うには次元が違いすぎる。続けて体ごと流れたバテンカイトスの横腹に、ラインハルトは両手を当てた。

 

「こうかな?」

「ッ!?」

 

 体が十メートル単位でぶっ飛んだ。

 

「ふむ、散らしたのかな? さすが本家の技術だね」

 

 ラインハルトが使ったのは先の奥義の模倣。但し、バテンカイトスは無理矢理後方に跳びつつ、拳王の技術で威力を散らした。ソレがなければその場で体が折れ、ダメージは内蔵に集中していたはずである。

 ラインハルトは逃さないために着地地点に跳んでいく。

 蹂躙劇はまだ始まったばかりだ。

 

 

 



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第八話 新たな力

第七話、第八話の連続投稿です。


「交代?

 …………なるほど、了解した」

 

『伝心の加護』で一方通行から事情を聞くと、ラインハルトはバテンカイトスの元から跳び立った。

 

「はァ、はァ……ふざけんなよ」

 

 バテンカイトスは未だ息があった。もちろん、ラインハルトが殺さないように、できれば意識も失わないようにした事と、権能により耐久力を誤魔化し尽くしているからである。バテンカイトスの誤算は剣聖級の英雄であるはずの拳王すらラインハルトの前では赤子扱いだったことだ。バテンカイトスは知る由もないが、ラインハルトの技量は先代剣聖を一刀で切り伏せる程に極まっている。それは年を重ねに重ね、技量だけなら未だ全盛期の怪物、剣鬼に諦観の念を抱かせるほどだ。

 技術がある程度拮抗していれば知識や経験、駆け引きで覆せる事もあるだろう。元よりそのための駆け引き。しかし、それが幼子と大人程に離れていれば是非もない。

 

 そんな、益体もない思考を続けていると、空から誰かが降ってきた。

 

「あァ、お前がバテンカイトスだなァ?」 

「……あァ?

 お前はァ?」

「一方通行。

 もっかい聞くけどよォ、お前がバテンカイトスでいいんだなァ?」

 

 バテンカイトスは息を整えつつ、一方通行を見る。明らかに偽名。これでは権能の一撃必殺は使えない。ラインハルトから情報が行ったか。それに白髪――『強欲』担当のレグルス・コルニアスを相手にして負傷が掌に僅かの怪物。このコンディションでは不味い、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。

 

 立ち姿を見れば分かる。一方通行には武の心得がない。加えてレグルスの攻撃をまともに受けていないところを見れば速度に優れているだけだと結論付けられた。加護か何かで速度を上げているだけならいくらでも対処の仕様はあるのだ。元よりバテンカイトスの真骨頂は多数の人間の知識、技術を蓄積しているところにある。更にラインハルトがいなくなったことでマナが使える。魔術が使えるのだ。知識と駆け引きも加えれば負ける要素はない。

 

「あァ、俺が魔女教大罪司教、『暴食』担当のライ・バテンカイ……ああアアァァァ!」

 

 別に油断していたわけではない。最初の不意打ちでレグルスとバテンカイトスをふっ飛ばしたのがラインハルトでないことを知っているのだ。一方通行の不意打ちを警戒するのは当然である。名乗りながらも魔術を待機させ、拳王の構えを取り、一方通行の攻撃の起こりを捉える事に集中していた。ついでにバテンカイトスの中にいる暴食の多重人格、もとい多重存在が多方向の警戒までする始末。

 

 それでも、加速する過程もなく、移動する起こりもなく、外部に余計な影響を一切出さず、亜光速で背後を取られればバテンカイトスにできることはなかった。

 

 一瞬にして電気信号を滅茶苦茶にされ、全身の筋肉はぶっ壊れたように稼働し、肉体を使用する権能も起動できなかった。

 一方通行は悠々と魂を解析し、力の流れを解析し――

 

「ァァァァ…………ぁ」

 

 ――頭を潰した。

 

「あァ?」

 

 同時に一方通行は感じる、観測する。目の前の男から、何かがこぼれ落ちるのを。それは、一方通行の中に着地し、根付く。ふと、理解が広がった。詳しい理論も、なぜ自身の中に入ったのかも知りはしない。だが、これが何なのか、どうすれば使えるのか不思議な確信があった。

 

 今日、一方通行は新たな力を手に入れた。

 

「ぎゃは、ァハハハハハははは!」

 

 権能が、加護と同じく魂の偽装で手に入るとは限らない。そんな心配は要らなかったのだ。資格があれば、ただ殺すだけで手に入る。一方通行は歓喜した。最初に白髪、レグルスの力を解析した際に気づいていた。この力が一方通行に与えられた死に戻りと同種の力だと。唯一、今の時代に存在しない大罪司教、『傲慢』の権能だと推測が立った。但し、一方通行にとって『傲慢』の権能は他の、レグルスやバテンカイトスの権能とは大きな違いがあった。それは、生きている時に起動できるかどうかだ。生きている時に使えるなら、力の流れが解析できる。力の流入先、その根源に届かずとも、中継地点とそこから繋がる全ての権能には届く。これで神出鬼没の大罪司教がいつでも刈り取れるようになった…………だけではない。

 権能は加護を上回る。『強欲』の権能は無敵、『傲慢』の力は際限のないやり直し、『暴食』の権能は記憶や意識の奪取。ラインハルトを倒すため、誂えたように揃えられた力。

 

 それを前に一方通行は――――

 

=======================

 

「ここかァ」

 

 一方通行は林に隠れた洞窟を見下ろした。50を超える程に細分化された力がここに流れている。間違いなく『強欲』の権能に関わるモノがここにあるのだ。大罪司教本人はラインハルトが引き続き相手をしている。魔女教徒らしき黒尽くめの被り物をした者達はいるが、大罪司教の邪魔は入らない。

 

「ンじゃ、殺るかァ」

 

 洞窟を見張っていた魔女教徒2人の首が跳ぶ。一方通行が手刀で払ったのだが、当然反応できない。洞窟の中から2人を見張っていた1人も、それを正しく認識した時には首が飛んでいた。虐殺が始まる。

 

 ・

 ・ 

 ・

 

「あァ?」

 

 更にいくらかの魔女教徒を葬り、木の扉を開いた先の出来事だ。

 また黒尽くめの狂人共が出て来ると思っていただけに、一方通行は呆けてしまった。そこにいたのは見麗しい女性達だ。見麗しい、と分かるのは黒の全身を覆う被り物をしてないからである。大罪司教は顔まで覆っていたりしないが、それでもローブとして身にまとっていた。だが、彼女たちは着飾ってすらいる。そう考えればこの者たちは捕らえられた民間人だと考えるのが妥当だ。

 

 しかし、一方通行はそう考えなかった。

 

 なぜなら、一方通行には分かっていたからだ。

 

 『強欲』の権能から流出した力の先が、彼女達に繋がっていることを。

 

「何の御用でしょうか?」

 

 長い金髪の女性が、無表情で問いかける。少なくとも一方通行を敵視していたり、恐怖や畏怖の対象としては見ていないようだった。返り血一つついていないとは言え、明らかに魔女教徒じゃないとその服装からも分かるはずなのに。まさか人相からお仲間扱いされているわけではないだろうなと、一瞬湧き上がった思考をねじ伏せ、単刀直入に告げた。

 

「お前らが白髪――レグルスの権能を支えてるってことでェ、いいんだよなァ?」

「…………私達はレグルスの妻であり、それ以外のことは存じ上げません」

「そォか」

 

 一方通行は外から観察するだけでも嘘をついてるかとか、隠し事をしているかなどが高精度で判断できる。これは能力というより、学園都市でも最高の演算能力の賜物だ。結果を言えば、彼女らが嘘をついているようには見えなかった。それに、彼女らの無表情に、一方通行は既視感を覚える。

 

(あァ……)

 

 幼いころから何度も見てきた眼だった。特力研究所、虚数研究所、叡智研究所。治外法権の学園都市で行われる非人道的研究所の中でも底の底。死ぬことを前提とした実験さえ珍しくないその場所で見た眼だ。何もかもを諦めた孤児たちの眼だ。そして、一方通行に殺されに来た実験体、クローンの眼だ。

 

(俺ァ…………)

 

 助けようとは思わなかった。思えなかった。力はあっても、自身の願い一つ叶えられない一方通行が、お節介を焼くなんてありえなかった。思うところがなかったとまでは言わない。そう気に止めることではなかった、それだけだ。

 だから――

 

「ぇ」

 

 ―― 一方通行躊躇わなかった。

 

 権能の力はその詳細を解析できない。分かるのは力の流れだけだ。この者らを助けるために、力を得られない可能性や死に戻りを使用するリスクを負うなどありえなかった。ふと、ラインハルトに負けを認めたときの想いが蘇る。自身の選択が間違いだったことが思い知らされ、ラインハルトを殺し尽くすと決意したあの瞬間、何もかもを諦めていたら、先の選択は訪れなかった。

 

「はッ!」

 

 白髪の妻達を殺しながら思う。同じ間違いを犯し続けたその先で、先の選択肢が現れたのはお嘲笑い草だと。何の皮肉だと。悪党だろうが、間違ってようが、元の願いを諦めてさえ、ただ進み続けただけの狂者が手にできるものなのか。

 

「ちげェよなァ」

 

 今度はそこを間違わない。もう思い違わない。誰かが、そう願ったからだ。だからこそラインハルトはそう在るのかもしれない。だから、ああ在る存在が一方通行が描く原初の願いを叶えているのかもしれない。もし、一方通行がこの先生き残れたのなら、今の選択肢の先に行けたのなら――

 

「……俺もいい感じに狂ってンなァ」

 

 ――悪党でも、何かが掴めるのかもしれない。

 

 50を超える美女達が地に沈む地獄絵図の中で、一方通行は自嘲した。己ができるのは、いつだって進み続けるだけだと。その先に待つのが更なる地獄でも、目的が、手段が、過程が、全てが間違っていたのだとしても、止まることだけはありえない。

 

=======================

 

「了解した」

「独り言かな? どうにもならない現状に頭が逝っちゃった? それも仕方ないよね。剣聖なんて大層な肩書を持ってれば、真の強者に対抗できるだなんて勘違いしちゃってたんだよねぇ!」

 

 ラインハルトは白髪――レグルスの足止めをしていた。そして今、一方通行から合図が来たのだ。権能攻略の合図が。

 

「耳が痛いよ。結局、僕一人じゃ倒せなかったんだからね」

「はぁ? 時間を稼いだだけで僕を倒せるとか、仲間と一緒ならなんとかなりますってかぁ!? できるわけ無いだろ! これまでにも、君みたいに挑んできた連中は大勢いたんだよ! だけど全員、僕には手が届かなかった。もう分かるだろ? 身の丈に合わないものを欲すればそうなる。当然の摂理なんだよ!!」

 

 レグルスの語りを、ラインハルトは無言で聞き流す。最初からラインハルトの余裕は変わらない。レグルスにはラインハルトも一方通行も殺せない。権能にはカラクリがある。この時点で勝負は最初から詰んでいたのだろう。

 

「来たね。

 後は任せたよ」

「あァ」

「はぁ?」

 

 一方通行がやってきてもレグルスは呆けるだけだ。何を今更と見下す。一方通行が大気を観測し、消滅効果を伴ってないことを確認して――

 

「?」

 

 ――股を下から裂くように蹴り上げた

 

「…………呆気ねェなァ」

 

 一方通行の一撃は、権能で防がれることすらなくレグルスの体を引き裂いた。

 

「多分、レグルスは権能が切れてたことにも気づいてなかったんじゃないかな」

「はッ!

 そこまで驕ってンのかァ」

 

 普通、遠くに権能の鍵を置いておいて、目の前の相手がその場を離れれば疑って当然だ。見つかるはずがないと思ったのか、考えて戦うなんてしたことがなかったのか。一方通行は少し思考を巡らせた。よくよく考えればレグルスの体が真に停止していたなら実際の年齢は肉体年齢を超えている。その被害の記録、容姿が変わらない事と合わせて考えれば、親から子へ継いでいたのではなく400年程生きていたなんて仮定も現実的なものになる。だとすれば、それだけ長い戦歴を持ちながら、戦闘力も、思考力も、一切成長してこなかったのではないか? 一方通行に見せた苦し紛れにしか見えない、無茶苦茶な手振りも無敵だからこそ400年前と同じ攻撃で、勝つために思考を巡らすなんてありえなかったのではないか?

 

(はッ!

 笑えねェ話だなァ)

 

 一方通行が考えて戦ったのなど、ラインハルトとの戦闘以前は、この世界に来る前にはなかったことだ。学園都市の研究、教育の一貫で思考力や知識こそ、初めて力を手に入れたあの日とは比べ物にならない。が、戦闘はいつも一方的。ただ虐殺するだけの自分は、戦闘面での成長など皆無だった。

 

(あァ、だからかァ?)

 

 ここに来るまでに行われた一万回以上の戦闘実験を思い出す。研究者曰く、最後は一方通行でも苦労するほど強くなると。あの日止まった戦闘面を成長させることで自身は本当にレベル6になれたのかもしれない。

 

 そんな今更にすぎる仮定が、一方通行の中に浮かんだ。

 

 



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