可憐な少女と恋のレシピ (のこのこ大王)
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第1章 そして『ボク』は『ワタシ』になった

まずは、この作品に興味を持って頂きありがとうございます。
この作品はオリジナル作品となっております。

まだまだ書き物初心者の駄文ではありますが
よろしければ暇つぶし程度に読んで頂けると幸いです。


 

 

 

 

 気持ち良い快晴の空を眺めながら

 大きなため息を吐く。

 

「はぁ・・・」

 

 ふと廊下の窓に映った自分を見る。

 

 背中まである長い髪には編み込みとリボン。

 赤を基調とした大胆だが洗練されたデザインの服。

 スカートから伸びた足。

 

 そこに映っているのは、どこからどう見ても女の子。

 

 どうしてこうなった?と考えるのも

 もう何度目になるか解らない。

 

 事の始まりは、1通の手紙だった。

 

 

 

 

 

第1章 そして『ボク』は『ワタシ』になった

 

 

 

 

 

「よし、これでようやく終わり・・・かな」

 

 手書きのメモを取り出すと

 最後に残った『フランス』という文字を塗り潰す。

 

「1年なんてあっという間だったなぁ」

 

 これで全ての予定が終わったことを意味する。

 

「お、とととっ・・・」

 

 うっかり手に持っていたトロフィーを落としかけ

 慌てて持ち直す。

 

「流石に、もらった直後に壊すのも悪いからね」

 

 そう言いながら、紙袋をカバンから取り出すと

 トロフィーを無造作に入れる。

 

 その時、1通の手紙が地面に落ちる。

 

「ああ、そう言えばまだ見てなかったな」

 

 それは今朝、いきなり届いたもの。

 手紙を拾うと、上の方を手で破って中を見る。

 そこには1枚の紙と飛行機のチケット。

 そして手書きの地図が入っていた。

 

 紙にはシンプルに1つの言葉。

 

『大事な話があるから来い』

 

 それだけしか書いていなかった。

 

「・・・相変わらずだなぁ」

 

 そう思いながらチケットを見る。

 

「げっ・・・」

 

 それは、今日出発の日本行きの航空券だった。

 

「いくらなんでも、これはひどいな・・・」

 

 苦笑しながらも、スマホを取り出してアプリを起動し

 空港までの最短距離を表示する。

 

「はぁ・・・タクシー代は

 後で請求しますからね、伯母さん」

 

 そう言いながらタクシーを捕まえて空港へと急ぐ。

 

 

 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。

 

 

 それからほぼ1日ほどかけて日本へと戻り

 そこから手書きの地図を頼りに目的地に向かう。

 

「へぇ~。

 雰囲気あるなぁ~」

 

 タクシーから降りて、桜の並木道を進むと

 そこには立派な西洋風の歴史を感じる建物が建っていた。

 

「ああ、ようやく来たわね」

 

 突然声を掛けられ振り向くと

 そこには見知った顔。

 

「元気そうですね、伯母さん」

 

「まあ健康にはそれなりに自信があるからね」

 

 短めの髪に洗練されたデザインのスーツを着た

 目の前の女性は、母親の姉にあたる人。

 

 『斉藤(さいとう) 真理(まり)』さんだ。

 

「はいはい。

 じゃあ伯母さん。

 

 今回の件、どういうことか説明して貰いますよ」

 

「わかったわかった」

 

 そう言いながら何故かこちらに歩いてくると

 僕の髪を触り始める。

 

 長い髪をまとめていたゴムを外すと

 携帯用の櫛を取り出し、髪を整える。

 

「えっと・・・何してるの?」

 

「ちょ・・・動くな。

 スグに終わるから」

 

 元々、うちの母親とこの伯母は

 僕のことを何かあるたびに女装させたがる。

 

 子供の頃は、そのせいで苦労した。

 

 今、肩にかかるぐらいの長い髪も

 これ以上は切れないため、こうなっている。

 

「お前、ここ最近ちゃんと髪の手入れしてないな?

 

 ダメじゃないか。

 こういうのはしっかりやらないとスグ傷むのだからな」

 

「いや・・・僕が女の子なら気にもするけど、男だからね。

 ちょっとぐらい―――」

 

「そういう考えがダメだって言ってるんだよ」

 

 以前、勝手に短くして

 2人に思いっきり怒られたこともあった。

 

 それ以来、もう面倒になって髪に関しては

 ゴムでまとめるようになった。

 

 正直2人には悪いが下らない話だとは思う。

 

 一人で海外に行き、ようやくそれからも解放されたと思ったが

 やはりまだまだなようだ。

 

「よし・・・これでバッチリだ」

 

 満足そうに頷く伯母さん。

 

 髪を解いて真っ直ぐになった髪。

 僕自身気にしている小柄さもあって

 これじゃ遠くから見たら女の子に見えてしまうかもしれない。

 

 ・・・まあ、髪をまとめていても

 何故か女の子と間違われることが非常に多いけど・・・。

 

「で、どういうことなの?」

 

 何がバッチリなのかは知らないが

 こっちはヨーロッパから突然呼び戻されたのだ。

 

 さっさと事情を説明して貰いたい。

 

「まあまあ。

 こんな所で立ち話も何だし、とりあえず行くぞ」

 

 そう言ってさっさと建物の方へと進んでいく。

 

「ちょ・・・ちょっと待ってよ!」

 

 慌てて後を追いかける。

 

 建物の中は、外観と変わらないほど

 豪華さと歴史的な雰囲気を持つ内装だった。

 

 周囲をキョロキョロと見回しながらも

 見失わないように伯母さんの後ろをついていく。

 

 時折、学生服を来た女の子を見かける。

 

 ・・・そう言えば伯母さんは、何処かの学園で

 学園長をしていると聞いたことがあった。

 

 なるほど、ここは学園なのか。

 

 そんなことを考えているうちに学園長室に到着する。

 

「久しぶりね」

 

「あっ! 西崎さんっ!

 お久しぶりですっ!」

 

 僕は久しぶりに会った調理服姿の女性に頭を下げる。

 

 『西崎(にしざき) 良子(よしこ)』さん。

 僕が料理の道に進む切っ掛けをくれた人だ。

 

 懐かしいなと少し昔の記憶を思い出していると

 学園長室の椅子に座った伯母さんが声をかけてくる。

 

「さて、じゃあ話をするかな」

 

「そうそう。

 『大事な話』って何?」

 

「まず、ここの話からだ」

 

 そう言って下を指さす伯母さん。

 

 語られたのは、ここが歴史のある学園だということ。

 

 そして伯母さんが学園長で

 西崎さんが寮の管理人をしていること。

 

「へぇ、西崎さん。

 今は、ここで働いてたんですね」

 

「まあここまでは前振りみたいなものだ」

 

「そう、実はここからが問題なのよ」

 

 2人して深刻そうな顔をする。

 

「・・・問題って何?」

 

「それは私から説明するわ」

 

 そうして西崎さんが説明をしてくれる。

 

「昔の友達が、今度パリに店を出すの。

 で、その店を任せたいって連絡があって―――」

 

「わあ、すごい!

 おめでとうございます!」

 

 西崎さんは、いつか海外で腕を振るいたいと言っていた。

 

 その夢が実現するのだ。

 

 自然と自分のことのように嬉しい気持ちになる。

 

「ありがとう。

 ・・・でもこの話を受けるにあたって1つだけ問題があるのよ。

 

 私がここから居なくなったら

 寮の管理人が居なくなっちゃうわ」 

 

「それは・・・大変ですね」

 

「そこで、お前の出番という訳だ」

 

 待ってましたと言わんばかりに会話に入ってくる伯母さん。

 

「・・・嫌な予感しかしないんだけど」

 

「寮の管理人は、寮生に対して食事を作ることになる。

 

 この学園で出す食事は、一流であることが求められる。

 何しろ、料理人志望の舌の肥えた学生ばかりだからな。

 

 中途半端なものは出せない」

 

「他の生徒も居るのだけど、あの子達にも

 何か刺激が欲しいのよ」

 

「そして、楓。

 数々の大会で優勝してきたお前なら適任だろ?」

 

「適任・・・なのかなぁ?」

 

 僕、『二条(にじょう) 楓(かえで)』は

 研修生としてヨーロッパへ修行の旅に出た。

 

 そこで数々の大会などにも参加してそれなりの結果を出せている。

 ここ1年間は、国際料理委員会から紹介された

 イタリアにある3つ星レストランでコックとして働いたり

 フランスの有名スイーツ店でパティシエとして働くなど

 料理を問わず様々なことをやってきた。

 

「何もずっとやれって言ってる訳じゃない。

 お前が卒業するまでの間だけで構わない。

 

 それぐらいまでには、ちゃんとした代わりを探すさ」

 

「・・・ん?卒業?」

 

「お前、学校にまともに通ってなかっただろ」

 

 僕は、数々の大会で良い成績を残したこともあり

 学校には行かずに海外に出たという経緯がある。

 

 だから『学校で仲間と愉しく』なんてことは

 義務教育までしか経験していない。

 

「ついでだから、学園に生徒として通えば

 卒業資格も取れて便利だぞ」

 

「いやいや!

 管理人しながら学生とか無理だから!」

 

 いつも自由人だと思っていたが

 いつも以上にとんでもないことを言い出してきた伯母さんに

 思わず大きな声で反論してしまう。

 

「なんだ、嫌なのか?

 

 そうなると西崎が、ここを出ていけないじゃないか」

 

「そうなるのは・・・困るのよねぇ」

 

 何かしらを訴えかけるような瞳でこちらを見る西崎さん。

 

「寮の大半のことは、専門の業者がやってくれる。

 お前は、料理のことだけに集中すればいい。

 

 そっちだってサポートしてくれる学生が居るんだぞ。

 この手厚い体制の何が不満なんだ?」

 

 駄々こねてないで、さっさと引き受けろと

 言わんばかりの顔でこちらを見てくる伯母さん。

 

「ああっ、もうっ!

 やればいいんでしょ、やればっ!」

 

 西崎さんの夢を潰すのは申し訳ない。

 

 というか、僕が引き受けざる負えない状況を

 初めから用意していたことを考えると

 僕に拒否権なんて初めから無いのだろう。

 

「おお、そうか。

 引き受けてくれるか。

 

 いや~、よかったなぁ~」

 

「初めからそのつもりだった癖に・・・」

 

「人聞きの悪いこと言うな。

 

 あくまでお前の意思に任せた結果だろうに」

 

「・・・はいはい。

 昔から伯母さんは、そういう人でしたね」

 

 ため息を吐きながら、片手をひらひらと振り

 もうどうでもいいよと合図する。

 

「ごめんなさいね。

 何だか不意打ちみたいなことをして・・・」

 

「いえ、どうせ伯母さんが言い出したことでしょうから

 大丈夫ですよ、西崎さん。

 

 むしろこれも良い経験になるでしょうから

 修行の一環だと思って頑張ります」

 

「そう・・・そう言ってくれると助かるわ。

 ・・・と言う訳で、はいこれ」

 

 申し訳無さそうに

 西崎さんが服を渡してくる。

 

「それは、お前の学生服だ。

 

 ああ、もう編入の手続きは出来てるから

 明日からよろしくな」

 

 もう確定事項だというように言い放つ伯母さん。

 

「やっぱり最初から、そのつもりだったんじゃないか!」

 

「まあまあ、そう言うな。

 この件は、真奈(まな)の奴も了承済みだ」

 

 真奈というのは、母さんの名前だ。

 どうしてこの人たちは、いつも当事者である僕の意見を

 聞かずに勝手に話を進めるのだろうか。

 

「ん?」

 

 手にした学生服に違和感を感じて、その場で広げる。

 

「・・・えっと、伯母さん?」

 

「学園内ではこれから学園長と呼ぶように」

 

「そんなことより、これってスカートって奴だよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「何で『そんな当たり前のこと聞くんだ?』って顔するんだよ!

 

 僕が言いたいのは、どうして女子用の学生服なのかってこと!」

 

「だって・・・なぁ?」

 

 そう言いながら西崎さんの方を見る伯母さん。

 すると西崎さんが1枚のパンフレットを差し出してくる。

 

 それを受け取って中身を確認する。

 それは、今居る建物が映っている学園案内のもの。

 

「え~っと・・・『リシアンサス女学園』入学案な―――」

 

 そこには―――

 

「じょ・・・女学園だってぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!!」

 

 この時ほど、大きな声で叫んだことはないというほど

 衝撃的な内容だった。

 

 

 

 

 

第1章 そして『ボク』は『ワタシ』になった ~完~

 

 

 

 




とりあえず気分転換に新しい作品へ挑戦してみました。
更新は適当になりそうですが、まあ亀更新にならないようにはしたいです。

基本的には別作品が優先ではありますが
こっちもそれなりに進めていこうとは思ってます。

もしよろしければ暇つぶしのお供にどうぞ。


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第2章 いきなりのピンチ!?

 

 

 

「え、えっと・・・二条(にじょう) 楓(かえで)・・・です」

 

 教室中の視線に萎縮しながら自己紹介をする。

 

 結局、伯母さん達の説得に負け・・・というか

 ゴリ押しに、抵抗虚しく学園の二年生として編入することになった。

 

 どこを見ても女の子しかいない教室。

 教室内に漂う匂いもどこか独特だ。

 

「二条さんは、ヨーロッパから帰ってきた帰国子女です。

 解らないことも多いと思いますので、気にかけてあげてください」

 

「はいっ!」

 

 先生の言葉に、女の子達の元気の良い挨拶が返ってくる。

 

 当たり前なのだが、やはりどこを向いても女子しか居ない。

 いつ女装がバレないか、そればかりが気になる。

 

「また二条さんは、都合により退職される西崎さんの代わりとして

 『寮の管理人』もされる予定です。

 

 扱いは、教職員と同じという少し特殊な形となり

 学園内でも多少、皆さんと違う作業をされることもありますが

 皆さん、仲良くしてあげてくださいね」

 

 その言葉に今度は教室中が、ざわつく。

 そりゃ当然だよね。

 

 まあ僕自身としては、注目度があがるのであまり触れないで欲しいが

 そういう訳にもいかないだろう。

 

 更に少女達の視線が集まるのを感じて

 つい自分の身だしなみが気になる。

 

 一応、女装した際に伯母さんにチェックしてもらったが

 あの笑いを堪えながらの顔は、忘れることが出来ない。

 

 いつか絶対に仕返ししてやろうと思っているが

 今はそれどころじゃない。

 

 僕が少女達の視線におびえている間に、いつの間にか朝礼が終わる。

 そして教師が教室を出た瞬間だった。

 

「寮の管理人ってどういうことかしら?」

「ねえねえ、ヨーロッパには何年いらしたの?」

「学園長の親戚って聞いたんだけど、ホント?」

「やっぱり海外と日本の学校は、違ったりするの?」

 

 言い方が悪いが、まるでハイエナが餌に群がるように

 女の子達に取り囲まれ、質問攻めにされてしまう。

 

 しかも同時に話してくるから何を言っているのかさっぱり解らない。

 

 聖徳太子は、これを聞き分けたと言われているのだから

 すごいと素直に関心してしまう。

 

「え・・・っと・・・」

 

 呑気なことを考えていると更に女の子達の輪が狭まってくる。

 女装している身としては、命の危機を感じるほど。

 

 さながら猛獣の檻に迷い込んだウサギな心境だ。

 

「もう、みんな。

 二条さんが困ってるじゃない」

 

 少し大きな声が聞こえてきたかと思えば

 周囲に集まっていた女の子達が、少しだけ離れてくれる。

 

「ちょ~っとごめんね~」

 

 それでも未だ壁のように群がっている女の子達の中から

 1人の女の子が現れる。

 

「いや、もう凄い人気だねぇ」

 

 髪をシュシュでまとめてサイドアップにしている

 元気が良さそうな女の子は、そう言いながら取り囲んでいる

 女の子達に向き直る。

 

「順番、順番。

 じゃないと二条さん、怖がってるじゃないの」

 

 そう言われて気づいたのか、申し訳無さそうに離れてくれる女の子達。

 

「だ、大丈夫。

 ちょっと・・・ビックリしただけだから」

 

「えへへ、ごめんね。

 みんなも悪気があった訳じゃないんだよ?

 

 ちょっと二条さんに興味があっただけで」

 

 少し押しが強そうだが、良い子だなと感心する。

 

「私、『神城(かみしろ) 凛(りん)』。

 よろしくね」

 

 そう言って手を伸ばしてくる彼女の手を握り返す。

 女の子らしいスベスベとした肌の感触に少し照れる。

 

「ぼ・・・私は、二条 楓。

 神城さん、よろしくね」

 

「別に凛でいいよ。

 私も楓って呼ぶから」

 

「ははは・・・・。

 ぼ・・・私、そういうの慣れてなくて。

 

 神城さんからでいいかな?」

 

 同年代の女の子の名前を呼ぶことに抵抗は無かったはずなのだが

 どうも同じ日本人という親近感が、逆に問題のようだ。

 

 海外に居た頃は、特に女性が多かったことと

 向こうは友達になれば、気軽に名前で呼び合ったりする文化だった

 こともあり、そう気にならなかったのだが・・・。

 

「呼びたくなったらいつでも名前で呼んでくれて構わないから。

 

 私の方も、二条さんって呼んだ方がいい?」

 

「呼び方は、何でも。

 神城さんに任せるよ」

 

「じゃあ、楓さんってことで」

 

 そう言いながら微笑む彼女に

 思わず照れてしまう。

 

「ちょっとお二人さん。

 良い雰囲気の所、申し訳ないのだけれど

 私も挨拶させて頂いてもよろしいかしら?」

 

 とても丁寧な口調で現れた女の子は

 長い髪に花柄の大き目な髪飾りが印象的だ。

 

「おっ、ゆっきー。

 ゆっきーも興味あるの?」

 

「私だけじゃなく、転校生なんだから全校生徒が興味あると思うわよ」

 

 凛の言葉に素っ気ない感じで答える少女。

 

「えっと、あの・・・」

 

「あら、ごめんなさい。

 私は『御堂(みどう) 雪絵(ゆきえ)』よ。

 よろしくお願いするわ」

 

 堂々とした態度で迷いが感じられない。

 男の僕より立派に見えて・・・いや、これ以上考えたら

 自分が落ち込むだけだ。

 

「相変わらずだねぇ、ゆっきー」

 

「何がよ」

 

「そういう素っ気ない態度が、だよ」

 

「別に普通じゃない」

 

 何気ない会話を続ける2人。

 それだけで仲が良いのが解る。

 

 そのやり取りから、ふと視線をそらすと

 窓の外には快晴の空が広がっていた。

 

「(・・・ホントに、大丈夫だろうか)」

 

 こうして少女達の輪に女装をして入り込んでいるという事実に

 軽い罪悪感を感じつつ、次の授業の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

第2章 いきなりのピンチ!?

 

 

 

 

 

 リシアンサス女学園

 

 日本が世界に目を向けてスグの時代。

 未だ男尊女卑が当たり前と言われた頃に

 『女性にも等しく教育を行うべきだ』と唱えた女性たちによって

 建てられたのが始まりとされる。

 

 学園の名前となっているリシアンサスとは

 別名を『ユーストマ』『トルコキキョウ』などと言うリンドウ科に属する花の名だ。

 

 様々な種類と色があり、それぞれ花言葉も違うが

 「希望」「優美」「清々しい美しさ」「永遠の愛」など、どれも素晴らしいものばかり。

 

 たくさんの種類・花言葉があるように、どのような道に進んでも

 乙女らしさを失わず、美しく咲き誇って欲しいという願いから

 この花の名を付けたらしい。

 

 開校当時から家庭科に力を入れており、その影響なのか

 現在では、料理人を育てる調理師学校となっている。

 

 元は、お嬢様学校であり徹底した情操教育が根強く残っているためか

 やや時代から取り残された感があるが、乱れた若者文化から娘を遠ざけたいと

 思っている保護者達からの支持もあり、今でもお金持ちのお嬢様が多く

 在籍している歴史と伝統ある学園となっている。

 

 手にしていたパンフレットを閉じると、ため息を1つ。

 

「(女学園で女装なんて、本当にバレずにやっていけるのかなぁ?)」

 

 何とか1日目を終え、寮に帰ってきた僕は

 ベットに身を投げ出しながら、ため息を吐く。

 

 僕は教職員扱いで、しかも寮の管理人という立場から

 一般生徒と違い最後の授業が免除され

 早く帰ることが出来るのは、正直有り難かった。

 

 何気なく見た時計で時間を確認すると

 ゆっくりと起き上がる。

 

「そろそろこっちの仕事もしないと・・・」

 

 そう言いながらクローゼットを開ける。

 

 伯母さんが用意した可愛らしい服の数々を見なかったことにして

 目当ての服を取り出す。

 

「・・・はぁ」

 

 何度見てもため息しか出ない。

 

 調理服と言えば、真っ白で無駄なデザインが無い

 シンプルだが動きやすいものが基本だ。

 

 しかし目の前の服は、短めのスカートに大量のフリル。

 上着にもリボンやフリルが付いている。

 

 そう、僕に用意された服は

 これ以上ないほど自己主張の激しいものだった。

 

「・・・もう、ダメかも」

 

 思わず心が折れそうになる。

 

 だが迫る時間に背中を押されるように

 仕方なくその服に袖を通す。

 

「最近の女の子は、こういうオシャレもするってことかなぁ?」

 

 年頃の女の子達なら、こういった部分にも気を遣うはず。

 だったら逆に普通の調理服では浮いてしまうのかも。

 

 などと考えながら縦長の鏡で自分の姿を確認する。

 

 鏡には、凄く可愛い女の子が映っているのだが

 それが自分だと思うと、何だか微妙な気分になってくる。

 

「・・・余計なことを考えちゃダメだな」

 

 自分にそう言い聞かせ、調理場へと向かう。

 

 

 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。

 

 

「やっぱり良いなぁ~」

 

 調理場に入ると、自然と笑みが浮かぶ。

 学校の家庭科室を思わせるほど大きな部屋の中に

 最新式の調理器具などが設置されている。

 

 一度、引継ぎも兼ねて西崎さんに寮の中を案内して貰って時にも

 訪れているが、何度見ても素晴らしいと思える。

 

 正直、海外の一流レストランに劣らぬ設備を揃えているなんて

 流石は、お嬢様学校だと言える。

 

 調理場の横には、大きなラウンジがあり

 そこで食事をするようになっている。

 

 食事のスタイルは、基本的にバイキングスタイル。

 好きなものを好きなだけ食べられるようになっていて

 さながらホテルの食事のようだ。

 

「さってと、準備を始めるかなぁ~」

 

 何を作るのかは、管理人に一任されている。

 冷蔵庫の中身や昨日に発注された食材データなどを見ながら

 どうしようかと考える。

 

「・・・あ、良いなぁ。

 これ高いんだよねぇ~」

 

 高級でなかなか自分では手が出せない材料を見つけ

 少し興奮気味に手に取る。

 

 こういうものも比較的自由に使えるのだから

 非常に良い環境だと言える。

 

 そうして悩みながら食材チェックをしている時だった。

 

「よっし、今日もやるぞ~」

 

「今日は何だろうね?」

 

 華やかな声がして、ふと入口を見ると

 調理服姿の少女が2人。

 

「こんにちは」

 

「え? あ、こ・・・こんにちは」

 

「ん? あ、はい。 こんにちはです」

 

 とりあえず挨拶をすると、こちらに気づいたようで

 驚きながらも挨拶を返してくれる。

 

「私、今日からお世話になる『二条 楓』っていいます。

 よろしくね」

 

「ああ~、そう言えば今日新しい寮母さんが来るって言ってましたねぇ」

 

「え? でも私達と同じぐらいに見えるよ、ちーちゃん?」

 

「あ、ホントだ。

 あれ? 寮母さん・・・ですよね?」

 

 ちーちゃんと呼ばれた子が、不思議そうな顔でこちらを見てくる。

 

「うん・・・一応、寮の管理人を任されてるけど

 学園の2年生として編入してるから、どちらかと言うと学生なのかも。

 

 でも、教職員扱いって言われてるから・・・微妙な所かな」

 

「学生なのに寮母さんもされるんですか!?」

 

 もう1人の少し大人しそうな印象の娘が

 驚きながら聞いてくる。

 

 個人的には『寮母』と呼ばれることの方に抵抗を感じてしまう。

 

「まあ・・・一応、ね」

 

「凄いですね、楓さま!」

 

「ホントだね、ちーちゃん!」

 

 2人は愉しそうに、はしゃいでいる。

 

 この学園では目上の先輩のことをさま付けで呼ぶ習慣があるらしい。

 個人的には『お姉さま』とかじゃないだけマシだと思っている。

 

「あ、自己紹介を忘れてました。

 

 私は1年生の『柏木(かしわぎ) 千歳(ちとせ)』って言います」

 

「わ、私は『橘(たちばな) 寧々(ねね)』です。

 ちーちゃんと同じ1年です。

 よろしくお願いします」 

 

 元気の良い千歳ちゃんは、低めのツインテールを揺らし

 その1歩後ろでは、肩に触れる程度の髪に手を当て

 毛先をいじっている寧々ちゃん。

 大き目のリボンも特徴的だ。

 

 2人と挨拶をしていると、調理服を来た生徒達が

 1人、また1人と入ってくる。

 

 伯母さんに聞いた話によると

 料理の授業で上位の成績になった人は

 寮の食事を作る側に回るらしい。

 

 そしてそれは名誉あることらしく

 定期的にある試験で成績を落とせば

 スグその役割を誰かに取られてしまう。

 

 つまりこの立場を長く維持している人ほど

 優れた料理人だという証であり、学生達の憧れとなるらしい。

 

 それに自分達のライバルとも言える他の生徒達に

 食事を提供するのだから『この程度か』なんて思われないためにも

 自然と力も入るだろう。

 

「うわぁ~、可愛い~!!」

 

 突然後ろから大きな声が上がり、驚きながら振り返ろうとする。

 しかしほんの少しの差で振り返る前に

 後ろから誰かに抱きつかれる。

 

「何この調理服。

 すっごい可愛いんだけど~♪」

 

「え!? あ・・・か、神城さん!?」

 

 抱きついてきたのは、一番初めに自己紹介をした

 神城 凛さんだった。

 

「あ、凛さまもそう思います?

 私もそう思ってたんですよ~」

 

「フリルとかいっぱい付いてて、可愛いですよね」

 

 千歳ちゃんと寧々ちゃんも、それぞれ感想を口にする。

 

「ああ、もうお持ち帰りしちゃっていい?

 いいよね?」

 

 そう言いながら興奮気味に身体を密着させてくる。

 

「あ・・・ダメ、です・・・」

 

 女の子の良い匂いだけでなく、2つの弾力のあるアレが

 背中に押し付けられ、その形を変化させる。

 押し付けられているものは、元の形に戻ろうと反発するため

 これでもかと自己主張をし始める。

 

 しかも抱きしめながら色んな場所を、そのスベスベな手で

 触ってくるため未知の感覚に戸惑ってしまう。

 

 これはマズイ。

 色々と、色んな意味で、色んな場所もマズイことになっている。

 

「や・・・ダ、メェ、だよ。

 こんな・・・ひゃぁ・・・」

 

「あらぁん、ちょっとして気持ち良くなっちゃったのかなぁ?

 じゃあ、ココはどうかなぁ?」

 

「ひぅっ!

 ・・・み、耳を噛んじゃ・・・はぅ!」

 

 耳たぶを甘噛みされ、思わず悶える。

 

「おお、す、すごい・・・」

 

「わわ・・・わわわ・・・!」

 

 後輩2人は止めるどころか、顔を真っ赤にしながら観戦モードだ。

 

「あぁ~、その顔を真っ赤にしながら耐える表情とか

 最高に可愛いわぁ~♪

 

 さて・・・じゃあそろそろ―――」

 

 そう言いながら彼女の手が触れられるとマズイ場所へ伸びる。

 

「そ、そこは・・・!」

 

 彼女の手を止めるべく手を掴もうとした瞬間。

 

 バンッ!

 

 と大きな音と共に神城さんが離れる。

 

「いった~ぃ!」

 

 頭を押さえて涙目になっている神城さん。

 

「もう、嫌がってる相手に何してるのよアナタは」

 

 その後ろには配膳トレーを持った御堂 雪絵さんの姿。

 

「み、御堂さん・・・ありがとう!」

 

 いきなりのピンチだったが、彼女のおかげで

 助かったと言える。

 

「―――ッ!」

 

 彼女の方を見ると、何故か顔を真っ赤にして

 視線を逸らす。

 

「(顔を真っ赤にしてうるうるとした涙目になりながら

  上目づかいでこっちを見る二条さん、可愛い過ぎる・・・!)」

 

 何やらブツブツと言いながら

 その後、あからさまな咳払いをしてから

 こちらに視線を戻す。

 

「え、え~っと。

 そう、凛。

 

 毎度毎度、そういうことは止めなさいと言ってるでしょう?」

 

 やはり何かに耐えきれなくなった感じで視線を神城さんに移す御堂さん。

 

「だって~、可愛かったんだも~ん」

 

「そ、それについては否定しないけど

 それとこれとは別問題でしょうに」

 

 よく見ると、周囲の女の子達は普通の・・・というべきか

 余計なデザインのないシンプルの白い調理服で統一されている。

 

 ・・・アレ? もしかしてこんなフリフリでコスプレ感のある

 少女趣味全開の調理服着てるのは僕だけ・・・なの?

 

 何やら収拾のつかない状況になりつつあった状態だが

 鐘の音が鳴ったことで事態が動く。

 

「あら、もうこんな時間」

「そろそろ準備しないとダメですわね」

 

 誰かが言った言葉に自然と皆の顔が調理師の顔になる。

 

 そう、時間が無いのだ。

 

 スグに定位置なのだろうか、皆が調理台の前に立つ。

 

「え、え~っと、初めまして。

 今日から寮の管理人を兼任することになった二条 楓です。

 

 まだまだ解らないこともあるから、みんなには迷惑をかけたり

 するかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

「はいっ!」

 

 元気の良い返事が返ってくる。

 自然と僕もやる気が出てくる。

 

「では、今日の夕食と調理担当だけど―――」

 

 その発表に、その場に居た全員が驚きの表情をした。

 

 

 

 

 

第2章 いきなりのピンチ!? ~完~

 

 

 

 

 



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第3章 乙女の天敵

 

 

 

 

「では、今日の夕食と調理担当だけど―――」

 

 そう言いながら全体を見渡す。

 

「担当として名前を呼ばれた方を中心に

 作業をして貰えれば大丈夫です」

 

 その言葉に静寂が訪れる。

 本来、寮母が中心となり料理を決定し

 学生達は、あくまでサポートに徹する。

 

 やはり基礎から徹底して学ぶべきだという考えなのか

 その中で、様々な経験をしていくというスタイルだったらしい。

 

 だがそれでは、やはり問題があると思う。

 海外でやってきた経験から言わせて貰うなら

 あり得ないほど日本的で非効率だ。

 

「メインを神城さん、御堂さんの2人を中心に。

 補佐で2人ほど手伝ってあげて。

 神城さんは、肉料理を。 御堂さんは魚料理でお願い。

 

 スープと小鉢類は、柏木さんと橘さんを中心で。

 こっちにも補佐に何人か入ってあげて。

 柏木さんが味の濃い目のスープを。

 橘さんは薄味のをお願い。

 

 

 デザートに関しては、有栖川(ありすがわ)さんにお願いしようかな。

 ・・・あとは、私もデザートに回ろう。

 

 有栖川さんは、何を作っても構わないから

 積極的にチャレンジしてね。

 

 残りの人は、調理補助や料理の配膳などを手分けして

 作業をお願いします」

 

 その今までのやり方をいきなり大きく変化させた。

 料理を丸ごと任されるなんて想像していなかった彼女達は

 驚きの表情を浮かべている。

 

 名前を呼んだ有栖川さんも、その長い髪を揺らしながら驚いている。

 大き目のリボンもそれにつられて揺れていた。

 

 彼女は1年生。

 いきなりの大役となれば驚くのも当然だろう。

 

「え、えっとね、楓さん。

 基本的に料理は、寮母さんが中心に―――」

 

「この件に関しては西崎さんや学園長に話をしてあってね。

 『私に一任するから好きにしていい』って返事を貰ってあるんだ。

 

 だから、この場をまず変えようと思った。

 言い方は悪いけど、今までのやり方だと結局『料理の授業の延長』でしかない。

 

 せっかくみんなに食べて貰える機会で

 しかも成績上位の選ばれた人で集まるのなら

 もっと前向きな挑戦であっていいはずなんだよね。

 

 ・・・もし、全て任されるのが無理だっていうのなら

 別の人に担当して貰うけど、どうかな?」

 

 神城さんの言葉を遮るようにこちらの考えを話す。

 少しキツイ言い方ではあるが、笑顔を崩さず冷静に。

 

 

 

 

 

第3章 乙女の天敵

 

 

 

 

 

「・・・私は、二条さんの意見に賛成よ。

 担当も魚のメインで構わないわ」

 

 隣でやり取りを見ていた御堂さんが、会話に割り込むようにそう言った。

 

「わ、私も別に出来ないなんて言った覚えはないわよ」

 

「あら、てっきり『私にはメインなんて大役、無理だわ』って

 言うのかと思っていたわ」

 

「私って、ゆっきーの中ではどういう扱いなのか

 ちょ~っとお話ししたい所なんだけど~?」

 

「あら?

 ハッキリ言っていいの?」

 

「・・・ゴメン、やっぱり言わないで」

 

 二人の漫才のようなやり取りに周囲から笑い声が起こる。

 

「ちょっとキツイ言い方だったけど、でも考えて欲しいんだ。

 

 社会に出た瞬間から、みんながライバルであり

 腕がある人だけが認められ、腕が無ければ誰も見向きもしない。

 

 とても残酷な競争原理が嫌でも襲い掛かってくる。

 そこで生き残っていくには、頑張って腕を磨くしかない。

 

 今、みんなが居るこの場所だって『成績上位者だけ』でしょ?

 みんなが手を繋いで仲良く平等に・・・というのが理想なのかもしれないけど

 残念ながら、世の中はそうじゃない。

 

 そしてそれがどういうことなのか。

 私が言いたいことは何なのか。

 

 一度、よく考えてみて欲しいんだ」

 

 海外に出て一番初めに感じたのは、まさにこれだ。

 日本よりも圧倒的に弱肉強食だということ。

 

 成功したければ、それに似合うだけの腕が無ければならない。

 

 日本なら『腕が無いなら頑張って磨け』だが

 向こうは『腕が無いなら違う道に行け』だ。

 

 伯母さんは、ここを一流の料理人を育てる場所だと言った。

 西崎さんは、ここを料理人のための学び舎だと言った。

 

 ならば僕がここですべきこと、そして求められていることは

 今まで得てきた技術や経験の全てをこの場で出し切ること。

 

 どうせ1年ほどしか居ない身だ。

 彼女達の今後に役立てるのであるなら、嫌われ役ぐらい引き受けよう。

 

「・・・わ、私、やります。

 やらせて下さい」

 

 突然声を上げたのは、有栖川さんだ。

 

「あ、私もやりま~す!」

「わ、私・・・も・・・」

 

 千歳ちゃんと寧々ちゃんも声をあげてくれる。

 

「よし、私もやるぞ」

「ここで実力を見せれば、次は私がメインかも!」

「あ、私は御堂さんのお手伝いがしたいです」

 

 そうなると自然と皆が声をだし始める。

 

「みんなもいきなりのことで戸惑うかもしれないけど

 これをみんなの成長する切っ掛けにしたいと思ってる。

 

 だから、一緒に頑張ろう!」

 

「はいっ!」

 

「じゃあ、初めて下さい」

 

 開始の合図と共に一斉に動き出す生徒達。

 

 何となく誰が何をやるのかを確認する。

 明確な指示が無くとも自主的に仕事を見つけれる視野の広さや

 選択肢の幅というのも大事だからだ。

 

「・・・もしよかったら、配膳の人手が足りないから

 手伝ってもらえるかな?」

 

 それでもやはり動けない娘も多い。

 そういう時は、こちらから声をかけて振り分ける。

 

 厨房の中をグルグルと歩きまわりながらそれぞれの様子を観察する。

 そして真っ先に調理を始めた御堂さんのグループが気になって

 様子を見るために近づく。

 

 そこでは港の市場さながらに、大量の鯛を捌く少女達の姿。

 

「大量の鯛に、小麦粉とオリーブオイル・・・レモンの汁・・・。

 あとは、ニンニクか。

 

 ・・・鯛のポワレで、レモンはソースに使うのかな?」

 

「あら、わかるの?」

 

 並べられた食材を見て呟いた言葉に

 御堂さんが反応する。

 

「シンプルだけど白身魚の旨味が出る良い料理だよね」

 

「ええ。

 それに今回は、それなりの量を作る訳だから

 手早く出来ることも選んだ理由かしら」

 

「・・・なるほど」

 

「・・・それに」

 

「それに?」

 

「カロリーもそこまで高くないから。

 手軽に食べられるでしょう?」

 

「う、うん・・・まあ、そうだね」

 

 女の子にとってカロリーは敵だということは

 知識として知っているが、高カロリーも使い方次第だと思う。

 

「あ、御堂さん。

 このニンニクは潰しちゃっていいかな?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 補佐をしていた娘が、ニンニクを包丁の腹で潰そうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

「ん? どうしたの?」

 

 その行為を止めたことに御堂さんは不思議そうにしている。

 

「このまま潰したら包丁にもまな板にも、ニンニクの臭いが付いちゃって

 洗い落とすのに手間がかかっちゃう。

 

 だから、こうするのが一番」

 

 そういって調理台の引き出しにあったラップを取り出し

 ニンニクを包む。

 

 そしてそのまま包丁を借りてニンニクを潰す。

 

「こうすれば、包丁にもまな板にも

 そして手で触らなくてもいいから手にも臭いが移らないでしょ?」

 

 口で説明しながら実際に作業してみせる。

 まあ、ただラップを使うだけなので口だけでもよかったが

 ついつい手を出してしまう。

 

「あ、本当だ!」

「わ、凄い!」

 

 周囲でその様子を見ていた補佐の娘達が

 驚いたような、それでいて感動したような

 何とも言えない表情をして、潰れたニンニクを見つめている。

 

「へぇ、確かに便利ね。

 どうしてそんなことも思いつかなかったのかって

 今更ながら自分でも疑問だわ」

 

「私もこれは他の人から教えて貰ったんだ。

 やっぱり調理に夢中だと、そういうことに気が回らないよね」

 

「確かにそうね」

 

 気づけば少し硬かった表情が笑顔になっている。

 こうして見ると御堂さんは、物凄くお嬢様な雰囲気を持っている。

 

 整った綺麗な顔をしているし、言葉遣いを含めて

 その雰囲気からも普通の人とは少し違う。

 

 海外の一流セレブと呼ばれる人達と出会ったことがあるが

 その人達に負けないオーラをまとっているようにさえ感じる。

 

 そんな彼女の調理を観察していると

 後ろの方で笑い声が聞こえてきた。

 

 何かあったのかと思い

 とりあえずその場所へと向かってみる。

 

「いや~、どれ使おうかなぁ~」

 

 笑い声の中心に着くとそこには

 冷蔵庫に入っている生肉を前に笑っている

 神城さんとその周囲に彼女の補佐をする少女達が居た。

 

「・・・何かあったの?」

 

「え? ああ、楓さん。

 

 みんなで一緒に何作ろっかって話してたの。

 お肉の種類も結構あるからね」

 

 個人的には、何故そんなに盛り上がる話題なのか

 理解出来ないが、まあ肉の種類を選ぶのは重要なことだ。

 

「そうだね、お肉の種類もあるけど

 部位によってカロリーなんかも大きく違うから」

 

「え? そうなの?」

 

「例えば、手前の豚バラ肉なら100gで380Kcal。

 その隣の豚ヒレなら100gで120Kcal。

 

 同じ100gでも260Kcalも違うでしょ?」

 

「うそ、そんなに違うの?」

「へえ、知らなかったわ」

「260Kcalってどれぐらいの量かしら?」

 

 周囲の娘達が、今の話で色々と話を膨らませている。

 まあ栄養士でもなければそこまで気にすることもないだろうが

 知っていて困るというものでもない。

 

「う~んと・・・ごはん1人分160gとしたら大体270Kcalぐらい

 だったはずだから、ごはん1杯分ぐらいって考えれば想像出来るかな?」

 

「え~!

 じゃあバラ肉200gとかなら2杯分じゃない!」

 

 神城さんの言葉に周囲からも驚きの声があがる。

 

「・・・やめた。

 豚バラだけは、絶対使わない」

 

 何故か真顔でそう言いだす神城さんに

 つい笑いを堪えきれずに笑ってしまう。

 

「ちょっと楓さん。

 笑いごとじゃないよ。

 

 カロリーは乙女の大敵なんだから!」

 

 だからってそこまで豚バラ肉を嫌わなくてもと思う。

 

 さっきの御堂さんといい

 女の子は本当にカロリーを気にしているんだなと再認識する。

 

 しかし豚バラ肉が、このまま悪者扱いされるのは忍びない。

 そもそも豚肉は、低カロリーな方なのだ。

 そのあたりで少しイメージを改善しておこう。

 

「でも豚肉にはビタミン類が多く入ってるから

 体や脳の疲労回復はもちろん、ビタミンが多いってことは

 それだけ肌の活性化を促すから美容にも良いんだ」

 

「・・・それ、ホント?」

 

「うん、ホントだよ。

 むしろ豚肉は上手く使えばダイエットの味方だからね」

 

「・・・カロリー高いのに?」

 

 疑う気持ちと同じぐらいの興味ありますって感じの視線を

 こちらにむけてくる。

 

 それは目の前の神城さんだけでなく、周囲の娘達も同じだ。

 

「例えばビタミンB1とB2は、糖質や脂質をエネルギーに変える働きがあるし

 ビタミン類が豊富ってことは、それだけお肌にも良いし

 それにカロリーが高いってことは

 それだけお腹で長持ちするってことでもあるんだ。

 

 お腹が減りにくければ間食が減るでしょ?

 それは結果的に食生活の改善にもなるからね。

 

 そしてカロリーだって調理次第でいくらでも減らせるから」

 

 そう言って冷蔵庫からこんにゃくとゴボウを取り出す。

 

「例えば、こんにゃくとゴボウを豚バラと一緒に甘辛煮とかに

 してみるのもアリだと思うんだ。

 

 砂糖や醤油にみりんとかに、辛みは生姜で。

 生姜なら肉や魚の食中毒予防にもなるし、温めて食べれば

 新陳代謝もあがって冷え性なんかにも良いからね。 

 

 ヘルシーなこんにゃくとゴボウが一緒なら

 お腹いっぱい食べても大丈夫でしょ?

 大量に作りやすいのも利点かな。

 

 炒めるときも豚バラが持ってる脂だけで十分足りるから

 油が節約出来てカロリー減少にもなるよね」

 

 一通り説明し終えると

 神城さんをはじめ、周囲の娘達が完全に固まっている。

 

 ・・・僕は何かやらかしてしまったのだろうか。

 

「・・・す」

 

「す?」

 

「すっご~いっ!

 

 楓さん、凄くカッコイイ!」

 

「え? かっこ・・・いい?」

 

 何故そんな評価になったのだろうか。

 そんなことを考えていると

 

「ええ、とても素晴らしいですわ」

「そんなことまで考えてお料理なんて作ってませんでした」

「まるでプロの栄養士の方みたい」

「楓さん、素敵っ!」

 

 一気に称賛の嵐となり、その迫力に押されて

 無意識に一歩後ろに下がってしまう。

 

「よ~し。

 じゃあ私達の今日の料理は

 『こんにゃくとゴボウの豚バラ甘辛煮』で決まりよ!」

 

 そう神城さんが宣言すると

 周囲の娘達が、材料を次々と運んでいく。

 

「ありがとう、楓さん。

 これで今日、寮の乙女たちはカロリーという現実から

 解放されて気軽に食事が出来るようになるわ!」

 

「そ、そう・・だね」

 

「じゃあみんな!

 カロリー撲滅と美容のために頑張るわよ!」

 

「おー!」

 

 一致団結した彼女達は、一斉に調理を開始する。

 

 僕が男だから理解出来ないだけなのか?

 そんな疑問が出てくる。

 

 僕自身は小柄なことも気にして、よく食べるだが

 残念ながら食べても食べても体型に変化が無い。

 どうやら人より代謝が良いらしいのだ。

 

 そんなことを思い出していると

 今、自分が疑われない程度に女装が似合っているという

 現実に気づいてしまい、モチベーションが大幅に下がってしまう。

 

「(ダメだ・・・やっぱり余計なことを考えちゃダメだ)」

 

 結局僕は、彼女達の理解出来ない気迫から逃げるように

 次は千歳ちゃんや寧々ちゃんの様子を見に行くことにした。

 

 

 

 

 

 

第3章 乙女の天敵 ~完~

 

 

 

 

 



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第4章 初めての夕食

 

 

 

 

 少女達が忙しなく動き回る中を

 ぶつからないように避けながら、調理場の中を移動する。

 

 人数が多いと感じるが、その分だけ厨房も広いので

 結構問題無く動けるのは嬉しい。

 

 そうしてまず千歳ちゃんの所までやってきた。

 

 こちらでも、魚を捌いている少女達の姿。

 御堂さんの所で出た鯛のアラを更に処理しているみたいだ。

 

「あれ、どうされたんですか楓さま?」

 

 トマトの水煮を用意していた千歳ちゃんが

 こちらに気づいて声をかけてくる。

 

「うん、ちょっとみんなの作業を見てみたくなってね。

 何作ってるのかな~と」

 

「えっへっへ。

 なんだと思います~?」

 

 悪役を演じているかのような

 オーバーなリアクションをする千歳。

 

「う~ん・・・そうだなぁ~・・・」

 

 そう言いながら材料を確認をする。

 

「鯛のアラ、にんにく、ニンジン、玉ねぎ、トマトの水煮で

 千歳ちゃんが持ってるのは・・・サフランかぁ」

 

「サフランって結構良い値段しますよね~」

 

「そうだね。

 ちょっと良いのだと1g1000円とか超えちゃうからね」

 

「そういやこのサフランっていくらなんだろ?

 いつもあるから当然のように使ってますけど」

 

「う~んと・・・」

 

 彼女から小瓶を受け取ってラベルやサフランの色を確認する。

 

「スペイン・ラマンチャで、この色。

 それに品質系のマークも全部揃ってるとなると

 ・・・1g2500円ぐらいかなぁ」

 

「お、おぅ・・・思ったより良いお値段・・・」

 

「良い材料を使える環境は、大事だからね。

 気にせず思い切って使うのが一番かな」

 

 そう言いながら残りの材料を確認していると

 

「あれ、これって・・・」

 

 調理台の隅に置いてあった調味料らしきものを手にする。

 蓋を開けると、乾燥したハーブが詰まっていた。

 

「このタイムの香りは・・・もしかして

 エルブ・ド・プロヴァンス?

 

 ってことは材料からみて『スープ・ド・ポワソン』を作るのかな?」

 

「おおーっ!

 さすが楓さまっ!」

 

 軽く驚きながら拍手をする千歳。

 

 エルブ・ド・プロヴァンスは、その名の通り

 フランスのプロヴァンス地方では一般的なミックスハーブだ。

 調合によって差はあるものの、タイムの香りが際立つものが多い。

 

 基本的には肉や魚の臭い消しや、香り付けに使われるもので

 ハーブ単品よりも扱いやすい部分も多く、初心者にもオススメ出来るものだ。

 

 そしてスープ・ド・ポワソンは

 南フランスの定番ともいえる魚介のアラのスープのこと。

 具材が無いスープだが、魚介の旨みがギュッと詰まった非常に濃厚なスープで

 初めて食べたときは、とても驚いたことを覚えている。

 

「うん、まあ。

 フランスに行った時に食べたことがあってね」

 

「へ~、そうだったんですか。

 良いなぁ、フランス。

 

 行ってみたいなぁ」

 

「・・・何やら楽しそうなお話しをされてますね」

 

 2人でフランスに思いを馳せていると

 いつの間にかこちらに来ていた寧々ちゃんが会話に入ってくる。

 

「フランスは良いよねって話をね」

 

「そうそうっ!

 スープ・ド・ポワソンもご存じだったんだよ」

 

「ちーちゃん、前にフランス料理屋さんで食べて以来

 ずっとそれお気に入りだもんね」

 

「ああ、わかるわかる。

 ぼ・・・私も初めて食べた時は、凄く驚いたから」

 

「わ、ホントですかっ!

 私もなんですっ!

 

 あのチーズをのせて浸したクルトンと一緒に食べた時

 こんなのあるんだっ!って思わず叫んじゃいそうでしたから」

 

「見た目がシンプルな分、より味のインパクトが際立つからね」

 

「それでちーちゃん。

 今日も作ることにしたの?」

 

「濃厚なスープと言われて、まず初めに思い浮かぶのってこれだもの」

 

「だろうと思った。

 そのスープは時間かかるだろうし

 私の方でサラダとかも用意しちゃうからね」

 

「あっ!?

 サラダと小鉢忘れてたっ!」

 

「雪絵さまの所からお魚を貰ってるのが見えた時から

 こうなるんじゃないかと思ってた。

 

 だからそっち系は、全部こっちで用意してる」

 

「おお、さすがっ!

 愛してるっ!」

 

「きゃっ!?

 ちょっと、いきなり抱き着いたら危ないよ~」

 

 そう言いながらも笑いながらじゃれ合っている2人。

 

「・・・2人は、付き合い長いの?」

 

「あれ? 言ってませんでしたっけ?

 私達、小学生の頃からずっと一緒なんですよ」

 

「へぇ~、そうなんだ」

 

「ねぇ、千歳さん。

 もう材料を入れてもいいかしら?」

 

 2人の話を聞いていると作業していた娘が

 千歳ちゃんに指示を仰ぐために声を出す。

 

「ああ、今行きますっ!

 

 ・・・それでは楓さま、失礼しますっ!

 今度またフランスの話、聞かせて下さいねっ!」

 

 まるで嵐のような慌ただしさで

 作業に戻っていく千歳だった。

 

 

 

 

 

第4章 初めての夕食

 

 

 

 

 

「・・・申し訳ありません、楓さま。

 ちーちゃん、いつもあんな感じなので・・・」

 

「別に何も気にしてないよ。

 元気があっていい娘だよね」

 

「そう言って貰えると嬉しいです」

 

「そういえば、サイド類を全部引き受けてたけど

 作業の方は大丈夫?」

 

「はい、問題ありません。

 スープもサラダも一品ものも、特に手間がかかるものを

 作ってませんから」

 

「みせてもらっていい?」

 

「はい、楓さまならいつでも歓迎です」

 

 愉しそうに笑う彼女に案内され

 彼女達の作業場所に到着する。

 

 既にほとんどのものが完成していた。

 

「ポテトサラダにトマトの胡麻和え。

 卵焼きにキュウリと塩昆布の和え物。

 ・・・へぇ、スティック状にした大根をハムで巻いて爪楊枝で

 刺してあるのは、手軽に食べれそうでいいね」

 

 そこには目移りしそうなほど一品ものが揃っていた。

 

「手伝って頂いた皆さんに、一品料理を1人1つ作って貰っちゃいました。

 そうしたら、結構色んなものが出ちゃって」

 

「なるほどね、だからこんなにあるのか」

 

「・・・減らした方がいいですか?」

 

「いやいや、とんでもない。

 せっかくだから全部出そう」

 

「ありがとうございます・・・よかったぁ~」

 

 胸に手を当てて大きなため息を吐く寧々ちゃん。

 

「自由にやれって言ったのは、私だからね。

 基本的には何も言わないよ。

 

 ところで、寧々ちゃんは何を作ったの?」

 

「私は、これです」

 

 そう言って目の前に出てきたのは

 鶏ガラスープの匂いがする海苔の入ったスープ。

 

「あ、これ紫菜湯(ズーツァイタン)?」

 

「ご存じなんですか?」

 

「うん、手軽に作れて夜食なんかにも良いよね」

 

「そうなんですよ。

 ちょっとした時に便利ですよね」

 

 紫菜湯とは中国の海苔のスープのこと。

 非常に薄味だが、塩分なども控えめで

 何より手軽に作れるため、ちょっとした際に便利なスープといえる。

 

「皆さん意外と濃い料理ばかりを作られてるみたいなので

 少し味付けの薄いものにしてみました。

 

 といっても、普通の紫菜湯より結構味は濃く作ったんですけど」

 

「元々の紫菜湯は、かなりの薄味だからね。

 少しぐらい濃く作っても大丈夫だと思うよ」

 

「ですよね。

 本来のままだと、濃い味の料理の後に

 口にしても、ただのお湯みたいになっちゃいますし」

 

 先ほどの千歳ちゃんのフォローといい

 全体のバランスを考えて料理や味付けを変更する発想といい

 彼女は、こちらの予想以上の実力を持っているようだ。

 

「・・・うん、全体的にも問題ないみたいだね。

 あとは、その後の料理の出方次第かな」

 

「はい、そうですね。

 その辺りを含めて先輩方と相談してみます」

 

「うん、わかった。

 じゃあ、私もそろそろ作業をしてくるよ」

 

「楓さまのお料理。

 愉しみにしてますね」

 

「はははっ」

 

 笑顔で返事をしながら寧々ちゃんと別れる。

 

 そしてデザートを作るために確保していた場所に移動する。

 そこでは既に作業をする少女達の姿。

 

 その中心となっているのが『有栖川 透子(ありすがわ とうこ)』ちゃんだ。

 1年生で背中までの長い髪と、それをまとめる大き目のリボンが特徴的な少女。

 本当に人形を思わせるほど整った容姿で、美少女だと言える。

 

 実は彼女を含め、全員の成績を事前に調べておいた。

 彼女の場合、お菓子作りが他の成績よりかなり高かったため

 たぶんそうなのだろうと今回、お菓子作りを任せてみた訳で。

 

 近づくとオーブンからマカロン生地の焼ける良い匂いがしてくる。

 彼女達が作っているのは、泡立てたメレンゲに砂糖とアーモンドパウダーなどを

 混ぜて焼き上げた柔らかな2枚の生地に

 クリームやジャムなどをはさんだパリ風マカロンだ。

 

 日本でマカロンと言われれば大抵こちらが出てくる。

 

 そんなマカロンを全員が分担して量産しているみたいだ。

 彼女達の作業を横目で見学しつつ、自分の作業を開始する。

 

 僕は、特に手伝って貰える人を確保していない。

 まあ彼女達に手伝ってというよりは

 僕がどの程度の人間なのか、実力で示した方が早い。

 

 実際、作業を開始しようとした瞬間から

 何処からともなく周囲の視線を感じる。

 

「さってと、何を作ろうかな~」

 

 そう言いながら食糧庫を見渡す。

 様々な種類の材料がストックされ、見ているだけでも飽きない。

 

「お、これって」

 

 目についたのは、クーベルチュールチョコレート。

 少し前にヨーロッパで見かけたときに買おうか悩んだ挙句

 買わずに終わってしまったものと同じものだった。

 

 クーベルチュールは、日本だと製菓用のチョコレートを

 そう呼ぶことが多いが、厳密に言えばそうではない。

 

 ちゃんとしたものは、国際規格でしっかり成分が決まっており

 油脂分が多いのでテンパリングなどをしやすく、カカオの風味も強い。

 

 最大の特徴は、一般のチョコとは違うその口どけにあるだろう。

 

「きっと何かの縁かも」

 

 クーベルチュールを手にすると

 これを使って何を作ろうかと考えてしまう。

 

「良いチョコは、やっぱりその味を愉しんで貰いたいよね。

 ・・・よし、決めた」

 

 手にしたチョコの隣にあった

 成分割合の違うもう1つのクーベルチュールも

 一緒に取り出し調理台まで運ぶ。

 

「さあ、最高のチョコブラウニーにするぞ」

 

 手早く必要な材料を揃えて料理を開始する。

 

 ブラウニーは、アメリカ生まれの平たく正方形に焼いた

 濃厚なチョコレートケーキである。

 

 作り方も簡単で、何よりアレンジがしやすく

 多種多様なレシピが存在することでも知られている。

 

「~~♪ ~~~♪」

 

 鼻歌を口ずさみながら作業を進める。

 

 2種類のクーベルチュールを粗く刻みながら

 材料を準備する段階で温めておいたオーブンにクルミを入れる。

 

 小麦粉をふるいながら、他の材料の計量をする。

 それが終わったらオーブンシートに切れ込みを入れつつ

 色付いたクルミを取り出し、オーブンを再び170度ぐらいに温める。

 

「そうだ、せっかくだし色々な種類を作ろうかな~♪」

 

 

 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。

 

 

 そんな楓の様子を遠巻きに見ていた一部の少女達は

 ただ驚きの表情で、その作業を見つめる。

 

「・・・作業ペースが速すぎて、何をしてるのかわからない」

「何アレ。 作業手順に迷いがないよね」

「あんなに愉しそうにしながら、一切手が止まってませんわ」

 

 彼女達の様子に気づいた凛が、様子を見に来る。

 

「作ってるのは、ブラウニーかな?

 それにしても良い手際だにゃ~」

 

「そうね、きっともう頭の中では完成までの手順が

 見えているのでしょうね」

 

「おっと、ゆっきーか。

 いきなり背後からは、ビックリするじゃない」

 

「いつもアナタが他の娘にやってることと

 何が違うのかしら?」

 

「相変わらず、ゆっきーの愛が身に染みるよ・・・」

 

「愛情を入れたつもりはないのだけれど?」

 

「おふぅ・・・今日は、いつもより数倍厳しい・・・」

 

 2人は、仲良さげに会話を続けるが

 その視線は、楓の動きに集中していた。

 

 それから少し時間が経った頃。

 

「・・・うん、これで良いかな」

 

 どうせならと様々な種類を作っていたら

 いつの間にか時間が迫っていた。

 

「もうそろそろ料理を並べようっ!」

 

 そう指示を出して、少女達に料理を運ばせる。

 ラウンジに作った料理を並べるスペースにどんどんと料理が並ぶ。

 

「じゃあ、これを渡すね」

 

 僕は、小さなカードを料理を作ったメンバーに配っていく。

 

「メッセージカードだよ。

 これに、自分の料理のアピールポイントだったり

 オススメの食べ方だったり、何でも良いから書いてみて。

 

 それを料理の横に付けるから」

 

 この料理は、誰が作ったのかを記載し

 その横に本人のコメントを載せる。

 

 そうして必然と料理を選ぶ側に『選ばせる』ことで

 競争社会を作っていこうと考えた。

 

 まあ、単純に僕がこういうのが好きだというのもあるけれど。

 

「さあ、時間だねっ!」

 

 準備が丁度終わったタイミングでバイキングスペースを解放すると

 お腹を空かせた少女達が一斉に列を作り

 その華やかさでラウンジの空気が変わる。

 

「まあ、誰の料理が解るようになってるわ!」

「あ、雪絵さまの料理、すっごくオシャレ!」

「今日は、寮母さんだけが作った訳じゃないのね」

「メッセージカード、面白い! 『カロリー撲滅!』だって」

 

 様々な声が聞こえてくるが、概ね良好そうだ。

 

 用意していた料理が次々と無くなっていく。

 この学園は全寮制だ。

 自立した精神を育てる・・・というのが建前で

 一人暮らしの気軽さと面倒さを学ばせるためだと伯母さんが言ってたっけ。

 全寮制ともなると、もちろん全生徒が食事をする訳で。

 

「神城さんと御堂さんは、それぞれ20人分追加!

 サイドも結構減ってるから、寧々ちゃんの所も追加の準備をしておいて。

 スグに作る分を指示するから!

 

 千歳ちゃんの所は、スープを温め直すから準備を始めて!

 

 有栖川さんの所は、今からもう30人分は作り始めておいて。

 後半、一気に来るはずだから!」

 

 全体に指示を出しつつ、バイキングエリアに行って直接減りを確認する。

 全体的な傾向や、見た目が悪くなってしまっているもの。

 あとは冷めてしまったものが無いかも確認する。

 

 大勢の少女達が動き回る場所をぶつからないように動く。

 クルリと踊るように動きながら、常に笑顔で余裕さが感じられるように。

 それでいて手早く確実に。

 

 少し大げさな動きになっているが、これは海外で知り合った

 とある料理人の影響を受けたからだ。

 

 その人曰く

 『コックもウエイターも店長だって関係ない。

  お客さまの前に出たのなら誰もがエンターテイナーであるべきさ』

 

 この言葉に出会い、僕の料理に対する考え方は変わったといえるだろう。

 

 

「ねえ、あの子ダレ?

「新しい寮母さんらしいわよ?」

「えっ!? 私達と変わらないじゃないの!」

「何でも2年生で、寮母兼任らしいわ」

「フリフリの調理服、すっごく似合ってて可愛い!」

「名前! 名前何ていうのかしら?」

「凛とした表情であんなに堂々と指示を出すなんて、カッコイイ!」

「仕事が出来る女の子って感じよね~」

「あ、ヤバイ!ナニコレ! あの子のブラウニー超美味しすぎるんだけど!」

「何だか舞踏会を見ているみたいに優雅ね」

「ああ、お持ち帰りしたいわ~」

 

 

 何だか自分に注目が集まっているみたいだが

 そんなことは気にしていられない。

 

 何度か実際のお店でも仕切りをやらせて貰ったことがあるが

 ここまで忙しいのは久しぶりだ。

 

 ここでもし失敗すれば、後々に響いてしまうこともあるので

 失敗出来ないプレッシャーが凄い。

 

 それでも―――

 

「うん、愉しい♪」

 

 自然と笑顔になる。

 

 サイド系の減りと、追加分の量をメモにまとめると厨房へと戻る。

 その時ふと、こちらを見ている数人の女の子達と視線が合う。

 

 どうやら見た感じ、上級生のようだ。

 厨房への扉の前でラウンジの方へと向き直ると

 まるでお嬢様に仕える執事のように、少し大げさだが優雅な動きで

 彼女達に一礼する。

 

 すると黄色い歓声が様々な方向から聞こえてきて少し恥ずかしかったが

 あくまで表情を崩さず笑顔のまま厨房へと戻る。

 

 これもイタリアで出会ったリカルドという料理人が

 『女性に対して敬意を払うのは当然さ』といって女性客に

 よくやっていたことだ。

 僕は遠慮すると断っていたのだが、押しの強さに負けて

 その仕草を教え込まれてしまったことがある。

 

 久しぶりにやるので、上手くいったか不安だが

 まあたぶん大丈夫だろう。

 それに彼と違って別に彼女達を口説こうと思ってる訳でもないし。

 

 そう何故か自分に言い訳しながら、厨房の中に入っていく楓。

 

 

 その頃、ラウンジでは楓の話題一色だった。

 

「ねえ、今の見た!?」

「かっこよかったよね!」

「私は、すっごく可愛く見えたわ!」

 

 先ほどからの一連の動きに対して

 少女達は、興奮気味に語り合う。

 

「・・・綾子(あやこ)さまは、どう思われます?」

 

 そう聞かれた少女は、少し笑った後で

 

「そうね、私もあの子にすごく興味が出た所なの」

 

 と言いつつブラウニーをひとくち。

 

「2種類のクーベルチュールを使って味に深みを出し

 アレンジしやすいブラウニーの特徴を上手く使ってたくさんの種類を作り

 そして、何より食べやすいひと口サイズにしているのも好感が持てるわ」

 

 彼女のいうように、先ほどからブラウニーのコーナーでは

 少女達の戦いが行われていた。

 

「ああ、種類が多すぎて迷っちゃう!」

「美味しいからついつい食べ過ぎちゃうのよね~」

「ひと口サイズって所が、また憎らしい・・・」

「今日は全体的にカロリー控えめらしいか・・・全種類いっちゃえ!」

 

 後々の後悔よりも、目の前の『幸せ』に負ける乙女たち。

 

「ホント、明日が愉しみね♪」

 

 綾子と呼ばれた少女は、そう言いながら

 またブラウニーを1つ口に入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

第4章 初めての夕食 ~完~

 

 

 

 

 




まずは、ここまで読んで頂きありがとうございます。

もう片方の制作が予想外に難航しているので
気分転換にこちらを更新致しました。

なかなか小説内の時間が進まなくて申し訳ないです・・・。
あと今回は、一応料理に強い楓ちゃんアピールのために
いろいろと料理や材料の話が中心となりました。
説明文が多くてごめんなさい。

最後にチラっと出ましたが
まだ登場人物は増える予定です。

ちなみにこの4章を友人に先に見せたところ
『某メーカーのゲームを思い出す』と言われてしまい
やはり私ではオリジナルを生み出せないのかと凹んでます。。。
まあオリジナル作品制作としては1年生なので、勉強のつもりで頑張ります。


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第5章 厳しい評価

 

 

 

 

 夜のラウンジは、夕食の時間も終わって人が少なくなる。

 しかし厨房だけは、未だ賑わっていた。

 

「このスープ、チーズ付きのクルトンと相性最高だわ」

「鯛のポワレも、良い味してる」

「甘辛煮の方も、ゴボウとこんにゃくに味が染みてて美味しいわよ」

 

 夕食の時間が終わり、料理をしていたメンバーは

 残り物を温め直したり、足りない分を追加で作って

 遅めの夕食を取っていた。

 

「う~ん、このアーモンドの入ったブラウニー美味しい!」

「いやいや、このハチミツも甘くていいよ~」

「マカロン食べれて幸せだわ~」

 

 それぞれ興味のある料理を食べている。

 料理人は、食べて学ぶことも多い。

 だからこそ料理の腕が高い人間が調理担当となるのは

 ある意味では当然の流れな訳で。

 

 愉しみながらの夕食が、そろそろ終わりに差し掛かった頃。

 

 楓は、厨房の中央に立つ。

 その行動に自然と注目が集まる。

 

「え~っと、皆さん。

 まずは、お疲れ様でした。

 

 初めてだったけど、予想外に忙しくて驚いちゃった」

 

 苦笑しながらの言葉に、笑いが起こる。

 

「一応、最後に総評って言うと大げさだけど

 反省会をしようと思います」

 

 今後はその言葉に厨房内が、ざわつく。

 そんなことをするとは思っていなかった少女達にとっては

 まさに不意打ちに等しいからだ。

 

 

 

 

 

第5章 厳しい評価

 

 

 

 

 

「まずは、メイン。

 神城 凛さんのグループが作った

 『豚肉・こんにゃく・ごぼうを使った甘辛煮』の評価から。

 

 味付けに関しては

 上手く調味料で全体をまとめたと思う。

 これに関しては神城さんの腕を素直に褒めたい。

 

 でもこの味付けでも誤魔化せなかった点がある。

 

 それは『材料の下処理』の部分。

 

 豚バラは余分の脂をしっかり処理出来てないから

 脂が強めに出てしまっている。

 

 ごぼうに関しても『ささがき』の厚みがバラバラだから

 全体的に火の通りも、ばらついているし

 水洗いをする際も、しっかりと洗い過ぎていて

 せっかくの風味を飛ばしちゃってるよね。

 そうした料理前の下処理が悪かったから

 どうしても味に影響が出ちゃったって所かな。

 サイズを安定させるのならピーラーを使っても良かったかもね。

 

 見た目に関しても

 これはかなり大雑把に大皿に盛りつけていたから

 ここは大きな改善が必要な箇所だね。

 

 1人分づつを小皿に分けたり、盛り付けも大皿の中で

 何かテーマを決めて飾りつけ出来ていたら良かったかも。

 

 最後に神城さんがちゃんと周囲に指示出来ていたかだけど

 これに関しては、一見して出来ていたように見える。

 

 だけど、明確な指示を出さずにかなり自己判断に任せていた。

 それ自体が悪い訳じゃないけど、その結果が下処理の甘さだったり

 人数の多さを上手く使えなかったことに繋がってしまっている。

 そう考えると、もう少し具体的に指示してあげて欲しかったかな」

 

 優しい声ではあるものの、事実を遠慮なく淡々と話す楓に

 少女達は、驚きと戸惑いの表情で固まってしまっている。

 

「では、次。

 

 御堂 雪絵さんの所の『鯛のポワレ』。

 

 料理の選択に関しては、問題無いと思う。

 挑戦という意味合いでは残念だったけど、安定を取るのも一つの選択だからね。

 

 味の方だけど

 レモンバターが少し濃すぎたかな。

 レモンとバターが微妙に喧嘩しちゃって、素材の味を少し邪魔してる感じになってる。

 多分、バターにエキストラ・バージンオリーブオイルが入ってるものを使用しちゃったのかな?

 

 調理する際に使うオイルもオリーブオイルだったみたいだから相性自体が悪い訳ではないけども

 おかげでオリーブオイルの味が強く出過ぎちゃってるんだよね。

 その味の濃さが今回、ポワレ全体の味の邪魔になってしまっている。

 

 鯛の皮目に関しても、もう少し強く焼いた方がパリっとしてて良かったかな。

 割合で言うなら、皮目8割、身は2割ぐらいで焼くのが丁度良いんだよね。

 

 あと御堂さんの近くに居た子達は、凄く頑張って動いていたけど

 少し離れた場所に居た子達は、何をしていいのか解らずに

 困ってたのが、ちょっと残念だね。

 

 神城さんの方もそうだけど

 何をして良いのか解らず、あまり仕事が出来なかった子が居たことを

 知って欲しいんだ。

 

 それを知れば次からは、そういう子達が出ないように出来るでしょ?

 もう少しだけ全体を見渡せる余裕が出ると良いかもね」

 

「えっ!?

 そんな子居たのっ!?」

 

 思わずという感じで声を出す神城さん。

 

「うん。

 あとで確認してみると良いかも。

 

 みんなもしっかり事実を伝えてあげてね。

 これは2人が、成長する良い切っ掛けになると思うから」

 

 神城さんは、さっそく周囲の子達に話を聞いている。

 御堂さんも同じく、手伝ってくれた子達に話を聞いて回りだす。

 

「次はサイドの評価。

 まずは、柏木 千歳ちゃんの所。

 

 味に関しては、ほとんど問題無し。

 本場のスープ・ド・ポワソンに負けないぐらい美味しかったよ。

 何か言うとすれば、付け合わせをクルトンとチーズ以外に用意出来ると

 もっと良かったかな。

 

 見た目に関しては、鍋の周囲に付け合わせを飾り付けるようにして

 配置していたのは良かったけど、やっぱりもう少し数と種類があった方が

 良かったかなって思う。

 本場を意識するならルイユがあると良かったかも」

 

 周囲への指示に関してだけど

 ・・・あまり言いたくないけど、自分のこと以外は

 ほとんど任せっきりだったでしょ?

 流石に、アレはダメだと思うんだ。

 

 でも問題点が明確に出てる訳だから、次から気を付ければ問題ないと思うよ」

 

 初めの方の高評価に喜んでいた千歳だったが、後半になると恥ずかしそうに俯く。

 自分でも解っていることなので、余計に恥ずかしいのだろう。

 

「次は、橘 寧々ちゃんの所の評価。

 

 料理の選択、特にスープに関しては

 周囲の料理に合わせて味付けを変更する配慮、そして千歳ちゃんのフォローを含めて

 非常に良く動けていたと思う。

 

 味も周囲に合わせて変更したこともあって普通の紫菜湯(ズーツァイタン)とは違ったけど

 これはこれで良いと思えるほど、しっかりと出来ていた。

 

 補佐も先輩が居る中で、全員にしっかりと仕事を振れていたし

 何より全員が、しっかり料理に関われていたのも大きい。

 

 ただ残念なのが、見た目だね。

 普通に鍋や小鉢を置いただけだったから、評価のしようがない。

 

 だけど総合的に見るなら、今日一番良かったのは寧々ちゃんの所だと思う」

 

 遠くの方で黄色い歓声があがったかと思うと『やったね』などと

 喜ぶ声が聞こえてくる。

 

 恐らく寧々ちゃんを手伝っていた子達だろう。

 

 ふと緩みそうになる気を引き締める。

 まだまだ言わなければならないことは多いからだ。

 

 一度、深呼吸をしてから再度話を進める。

 

「では、最後のデザート。

 有栖川 透子ちゃんの所だね。

 

 マカロンを選んだのは良い選択だったよ。

 みんなに仕事を分担させてしっかり全員で動けていたのも

 凄く良かったと思う。

 

 だけど味に関しては、少し残念な箇所ある」

 

 そう言って楓は、彼女達が使ったアーモンドパウダーを出す。

 

「多分、風味を出そうと思ったのかな?と思うけど

 皮なしと皮付きの混合パウダーを使ったのが問題かな」

 

 そう言って残り物のマカロンを手に取る。

 

「ほら、これ。

 少しだけ黒い何かが何か所か見えるでしょ?

 

 アーモンドの皮が、こうして見た目に出ちゃうから

 見た目に影響を与えてしまう。

 あと味も濃く出やすいから、通常の分量でやっちゃうと

 どうしても今日のみたいに味を主張しやすくなってしまう。

 

 生クリームも、少し泡立て過ぎてて重くなってしまっている。

 

 パリ風マカロンは、生地とクリームを同時に食べるものだから

 この2つをセットにしての味を意識しないとダメな料理なんだ。

 

 だからそれぞれが味を主張するのではなく、2つで1つの味を

 出すようにしなければならない。

 

 今回に関して言えば、分担作業だったから

 生地とクリームは、それぞれ別の人が作ったんでしょ?

 分担作業だと、そういうこともあるってことを覚えておいた方がいいかもね。

 

 次に作る時は、そのことも考えて

 まず作業する人達が『どういうマカロンを作るのか』ってことを

 話し合っておくと良いと思うよ」

 

 透子ちゃんは、自分の手元にあったマカロンをジッと見つめている。

 彼女にとっては厳しい評価になったかもしれないが

 彼女の成長のためには、これを乗り越えて貰わなければいけない。

 

「じゃあ次に手伝いをしていた人の話をしよう。

 

 まずは―――」

 

 こうして1人1人の作業や行動に関しての

 良かった点と悪かった点をあげていく。

 

 良い評価だった人、厳しめの評価だった人。

 それぞれが様々な表情でこちらの話を聞いている。

 時には反論もあったりしたが、それにも丁寧に答えていく。

 

 

 そして気づけばかなりの時間が過ぎていた。

 

「・・・以上。

 これで私の話は終わり。

 

 他に何か質問とかあれば聞くけど、何かある?」

 

 誰も手を上げたり声を発することなく

 ただ静寂だけが答えとばかりに返ってくる。

 

「これでお終い。

 じゃあ、あとはみんなで掃除して帰ろうか」

 

「はい」

 

 少し元気の無い声で、全員が返事を返してくれる。

 

 そうして掃除を終わらせた時には

 夜もかなり遅い時間となっていた。

 

 スグに更衣室で着替えた少女達は、そのままお風呂へと直行する。

 少し重い雰囲気も、皆でお風呂に入っていれば

 自然と和らいでいく。

 

「お? 難しい顔してどうしたのかな?

 せっかくの美人顔にシワが出来ちゃうぞ?」

 

 雪絵の顔を見た凛が、そう言って後ろから抱きつく。

 

「・・・だからって、どうしていつも抱きつくのよ」

 

「私なりの愛情表現じゃない♪」

 

「その愛情、そこにでも捨てておいてもらえるかしら?」

 

 そう言って彼女は、お風呂場の排水溝を指す。

 

「・・・ホント、今日は一段とご機嫌斜めじゃない?」

 

「・・・あれだけやられて、アナタは悔しくないの?」

 

「う~ん。

 ・・・でもまあ大半は事実だからにゃ~」

 

 実際、手伝ってくれた子達に話を聞くと

 一部ではあるものの、何を手伝うべきか

 迷っていたという声があった。

 

 言われてみてから残っていた料理を見てみたが

 甘辛煮は、確かにごぼうの形がバラバラで味の付き方に差があった。

 ポワレも言われてから意識して食べ直すと

 確かに鯛の味よりもオリーブオイルの味の方が前に出ていた。

 

 本当に指摘された通りだったので、何も言えなかったのだ。

 

「そうだとしてもよ。

 同じ歳の子に、あれだけの差を見せつけられて

 何も思わないのかってこと」

 

「あのブラウニー、ヤバかったよねぇ~・・・。

 思わず全種類を2週してしまった」

 

「アナタの体重計の数値が

 どうなろうと知ったことではないわ」

 

「今それを言わないで!」

 

 2人のやりとりに周囲から笑い声が聞こえてくる。

 

「まあ、それはさておき

 一人で何もかもしながら、全体をあれだけ見れていた。

 正直私は、悔しいの一言しか出てこないわ。

 

 指摘された部分も、的確だったから

 言い返せなかったのも含めて、余計に・・・ね」

 

 そんな話にいつの間にかお風呂場に居た少女達が参加してくる。

 

「でも、雪絵さんの言うことも解りますわ」

 

「そうです。

 ちょっと料理が出来るからって、あの言い方はあんまりです」

 

「でも、1人であれだけ大量のブラウニー作りながら全員の作業を

 チェック出来るのって十分凄いと思うけど」

 

 どんどんと参加する人数が増えていき

 勝手に色んな場所で話を進める少女達。

 

「でもでも、やっぱりもう少し言い方ってものが―――」

「まだ1回目なのに、それだけで話を進めるのも―――」

「いやいや、あれだけ厳しい評価をしなくても―――」

「でもそれじゃ―――」

「いやだから―――」

 

 いつの間にか、お風呂場では

 楓の今日の態度や意見に関しての話一色となっていた。

 

 好意的な意見もあるものの、否定的な意見が多い。

 やはりいきなり出てきた人間に大きい顔をされたので

 あまり良い気分ではないというのが主な理由だ。

 

「はいはい、みんなそこまで。

 このままお風呂場で言い合っても結論なんて出ないわ。

 

 彼女のことは、嫌でもこれから見ていくことになるのだから

 とりあえず様子見ってことにしましょう」

 

 収拾のつかない状態になっていた話を

 雪絵が強引にまとめる。

 

「まあ、雪絵さんがそう言われるのなら・・・」

「そうですわ。 まだ1回目ですものね」

 

 その言葉にようやく落ち着きを取り戻し始める娘達。

 

 一方そんな話をされていると知らない楓は

 自分の部屋でシャワーを浴びていた。

 

「教職員扱いでよかったなぁ~」

 

 寮の中にある教職員の部屋には

 一般生徒の部屋とは違い、小さいながらも

 お風呂やトイレなどが付いている。

 

 もしこれが無かったら、僕は女湯に入らなければならない訳で。

 

 そう考えると命の危険を感じるが

 そうならずに済んだので、良かったと心から感謝している。

 

「やっぱり今日のは、やり過ぎたかなぁ」

 

 ふと帰り際の少女達の顔を思い出す。

 

 皆、疲れてはいただろうが

 それ以上に、こちらに対しての不信感のようなものが

 見え隠れしていたように感じる。

 

「でも、彼女達の成長を考えれば仕方がないよね」

 

 自分から悪者になると決めたはずなのにと

 早々に決意が揺らぎそうになる自分を笑ってしまう。

 

「・・・そう言えば、明日は違うメンバーだったよね」

 

 ふと料理を手伝う子達の表を思い出す。

 

 実は、今日居た子が全員ではないのだ。

 シフト表のようなものがあり

 グルグルと人を入れ替えるようになっている。

 

「確か明日は、上級生が多かったんだよなぁ」

 

 今日は1年と2年生が中心で3年生は、ほとんどいなかった。

 だが明日は、その分上級生だらけとなる。

 

「上級生達に厳しい評価を突きつけた時、どうなるだろう」

 

 予想以上に反発されたりしたらどうしよう?

 などと考えながら、お風呂から出て着替えると

 そのままベットに身を投げる。

 

「それにしても・・・疲れる」

 

 女装というものがこれだけ神経を使うのかと

 ため息を吐く。

 

 疲れていたこともあり、そのままゆっくりと眠る楓だった。

 

 

 

 

 

第5章 厳しい評価 ~完~

 

 

 

 




まずは、ここまで読んで頂きありがとうございます。

何だか作品内の時間進行が遅いなと思ったら
他の作品は平均10,000字超えに対し
この作品は5,000~7,000ぐらいなので
そりゃ進まないよねとか思いました。

とりあえずまったり更新していきますので
暇つぶしのお供になれば幸いです。


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第6章 学園一の有名人

 

 

 人の賑わう大きなロビーで

 2人の女性が言葉を交わす。

 

「では、行ってきます」

 

 大きなキャリーケースを持っているのは、西崎 良子。

 楓に料理人としての道を歩むきっかけを作った料理人。

 

「悪いな西崎。

 色々面倒事を押し付けて」

 

 申し訳無さそうに言うのは、斎藤 真理。

 楓の伯母にして、伝統ある女学園の学園長。

 

 2人の上では電光掲示板が、次のフライト時間を忙しなく表示している。

 

 そう、ここは空港。

 

 真理が、これから旅立つ良子を見送りに来ているのだ。

 

「面倒事なんて・・・。

 私としてもチャンスですから」

 

「・・・そうだったな」

 

 笑顔で愉しそうに答える良子の顔を見て

 苦笑しながら、そう答える真理。

 

「・・・まあ、楓君には申し訳無いとは思いますけど」

 

「あれはあれで、良い経験になると思っている。

 ・・・それにまだアイツにこの世界は早すぎる」

 

「そうですね。

 彼には、彼自身の意思で歩んで欲しいですからね」

 

「それに将来の日本料理界を・・・いや世界の料理界全体を担う天才を

 あのクソジジイどもの金儲けに利用させる訳にはいかんからな」

 

 本音を隠さない言葉に、思わず良子は笑ってしまう。

 そう、目の前の彼女はそういう人だったと思いながら。

 

「・・・では、向こうに到着して落ち着いたら連絡します」

 

「わかった。

 まあ、その件以外に関しては何をどうしても構わない。

 

 ・・・思いっきり挑戦してこい」

 

「ありがとうございます!」

 

 真理に向かって一礼すると、荷物を持って搭乗ゲートに向かって歩き出す。

 

 

 ・・・・・。

 ・・・。

 

 

 そして数十分後。

 

 空へと飛び立つ飛行機を、空港の屋上から見送る真理。

 

「・・・さて、私は私の仕事をするかな」

 

 大きく伸びをしてから

 彼女は、屋上を後にするのだった。

 

 

 

 

 

第6章 学園一の有名人

 

 

 

 

 

「またお願いします」

 

 学園に出入りしている運搬業者が挨拶をして帰っていく。

 

「ホントは、これも何とかしたいんだけど・・・」

 

 目の前には大量の惣菜パン。

 

 本当ならば、こういったものもこちらで用意したいのだが

 流石に学生が朝食や昼食を用意してられないため

 朝食は、地元の業者からパンなどを仕入れて配布し

 昼食は、学園側にある食堂に専門の料理人が来て用意してくれる。

 

 このやって来る料理人達は

 世界的に有名な料理店の格付け本で

 ☆1つを獲得しているレストランの人達らしい。

 

 この有名な格付け本では☆3つまでの三段階となっており

 ☆1つに満たない店は一切紹介しないという徹底ぶり。

 

 逆にこの本に認められ掲載されることは

 とても名誉なことであり、料理人達の目標の1つとなっている。

 

 学園生としても、一流のプロが提供する食事を食べられるのだから

 調理学校の生徒じゃなくとも羨ましい環境だろう。

 

「とりあえず用意するかな」

 

 昨日、様々な料理が並んでいたラウンジに

 大量の惣菜パンが並ぶ。

 一応、このパンを作っているのも有名なパン屋らしい。

 

「・・・流石、伯母さんというべきか、やっぱり伯母さんと言うべきか」

 

 あの人ならどんな無茶も押し通してしまいそうだなと

 くだらない事を考えながら、朝の準備を終える。

 

「さあ、今日も一日頑張るかな」

 

 自身に気合を入れて

 少しづつ起きてきた生徒達に挨拶をしていく。

 

 

 ・・・・・・・。

 ・・・・・。

 ・・・。

 

 

 今日は、午前中ずっと教科書と睨めっこ。

 

 食品関連の法律や衛生に関する知識から栄養学に食品関連の知識に

 調理理論など、主に調理師免許取得に関しての話から

 変わった所では、お店を出店する場合の基本的な経営学などもあり

 なかなか興味深い内容で、真面目に授業を受けることが出来た。

 

 そしてお昼休みになると

 皆が一斉に食堂に顔を出す。

 

 寮では調理などに集中しているため気にもしていないが

 こうして年頃の女の子達が大勢集まっているのを見ると

 何だか入ってはいけない場所に入ってしまったような微妙な気分になる。

 

「・・・いやいや、そもそも入っちゃダメなことに変わりはない訳で」

 

 ほんの一瞬だが自分が女装をして紛れ込んでいる異物であることを忘れそうになってしまった。

 

「女性的な思考になって・・・いやいや、そういうことは考えちゃダメだ」

 

 何だか考えれば考えるほど墓穴を掘ってしまう。

 

「―――何がダメなのかしら?」

 

「ひゃぃ!?」

 

「きゃっ!」

 

 突然後ろから声をかけられ驚くと

 僕のリアクションに、声をかけた方からも可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。

 

「あ、ああ・・御堂さんか。

 ごめんね、ちょっと考え事してて」

 

「え、ええ。

 私の声のかけ方が悪かったかもしれないけれど

 少し、驚いてしまったわ」

 

「いやいや、私が驚いて声あげちゃったから」

 

「いいえ、私の方こそ

 驚かせちゃってごめんなさい。

 

 ・・・ところで、何を考えていたのかしら?

 何かがダメだと聞こえたのだけれど」

 

「えっ!・・・ああっと、その

 ・・・そう、席が結構埋まってるからダメかな~・・・なんて」

 

 咄嗟に目の前の光景から、そんな苦しい言い訳をする。

 もっと良い言い訳の1つでも浮かべばよかったのだけど・・・。

 

「なら今日は天気も良いし

 外でというのは、どうかしら?」

 

「外?」

 

「ええ、まずは外で食べられるものを買いましょうか」

 

 そう言うと彼女は慣れた感じで少女達の中を進んでいく。

 僕は、離されないようにそれを追いかける。

 

 ・・・・・。

 ・・・。

 

「へぇ、こんな場所あったんだ」

 

「今日みたいな日は、他の娘達も

 こうして外で食べることも多いわね」

 

「そうそう、外で食べるのも愉しいよね!」

 

 とてもよく晴れた天気の中

 3人で中庭のベンチに座る。

 

 中庭は、綺麗な庭園になっており

 ちょっとした観光名所のようにも見えるほどだ。

 

「・・・ところで気になったのだけど」

 

「ん?

 何かな、ゆっきー?」

 

「何でアナタまで居るのよ」

 

「だって、2人して外に行くから・・・ねぇ?」

 

 いつの間にかついてきた神城さんは

 さも当然というような感じで隣に座っていた。

 

「・・・まあ、そうよね。

 アナタは、そういう人よね」

 

「さすが、ゆっきー。

 私のことを理解してくれてるんだね」

 

「今のは、諦めの気持ちが含まれているのだけれど?」

 

「相変わらずゆっきーが、私にき~び~し~ぃ~」

 

「へっ?

 ちょっと、きゃっ!」

 

 不満そうな声を出しつつも

 御堂さんに抱きつく神城さん。

 

 呆れた顔でため息を吐く御堂さんだったが

 そこまで嫌そうにしていない。

 喧嘩するほど仲が良いという言葉があるけど

 これが彼女達にとっては日常のことなのだろう。

 

 ふと周囲を見ていると

 少女達が集まっている場所があり

 そこでは、とても綺麗な上級生っぽい人を中心に

 みんなで昼食を愉しんでいた。

 

「・・・おっと。

 我らが寮母さまは、あちらが気になると。

 

 ふむふむ、なかなか目の付け所が良いですなぁ」

 

「何を芝居がかった演技をしてるのかと思えば・・・。

 あれは、綾子さまね」

 

「綾子さま?」

 

「あの中心に居る方。

 あの方が、九条(くじょう) 綾子(あやこ)さまよ。

 間違いなくこの学園で一番の有名人ね。

 

 まあ、有名ということでは彼女の家もそうなのだけど」

 

「日本のホテル業界最大手である九条グループのご令嬢で

 しかも本人は、去年の全日本学生料理大会の優勝者。

 

 まさに『彼女のことを知らないなんて』って所かしら」

 

 2人が彼女のことについて話してくれる。

 

 ちなみに学生料理大会は

 料理界の甲子園のようなもの。

 

 ここで良い成績を出せば有名店などから

 お誘いが来ることも多く、調理師を目指す学生達なら

 誰でも出場を狙う大会になっている。

 

 まあ既に調理師免許を持ち

 海外での実績もある僕なんかが参加しちゃいけないものだけど。

 

「綾子さま、お綺麗だよねぇ」

 

「見た目もそうだけど、料理の腕も素晴らしいわ。

 在学中に綾子さまに追い付けると良いのだけれど・・・」

 

 2人の話をなるほどと感心しながら聞く。

 

 彼女に関しての資料、あったかな~と考えつつも

 先ほど購入した玉子サンドを一口。

 

「あ、これ美味しい」

 

 流石は有名店なんて感心しながら

 その味を堪能した。

 

 そして午後から調理実習となっているのだが

 寮母としての仕事があるため、午前中だけで寮へと戻る。

 

 すると大量の食材などが既に運ばれてきており

 ちょっとした山のようになっている。

 

「あ~・・・これ全部1人で運ぶのか~」

 

 やる気が無くなりそうになるが、慌てて気を引き締める。

 

「よし、さっさとやってしまおう!」

 

 

 そして全ての食材を整理し終えた頃には

 すっかり夕方になっていた。

 部屋に戻って急いで着替える。

 

「・・・普通の調理服じゃダメなのかなぁ」

 

 鏡を見ながら、そう呟く。

 どうして1人だけこれなのかと。

 

 後で伯母さんに文句でも言いに行こうかと考えながら

 調理場に入ると、さっそく今日の準備に取り掛かる。

 

「今日は、上級生が多い日だからなぁ・・・」

 

 思い出すのは、中庭で見たあの光景。

 

 今日は彼女、九条 綾子が手伝いに来る日だ。

 

「学生チャンピオンか。

 ・・・うん、愉しみだなぁ」

 

 どんな料理を作ってくれるのか?

 そんな未知との出会いにも似たワクワク感で

 彼女達が来るまでの間

 食材などの準備をする楓だった。

 

 

 

 

 

第6章 学園一の有名人 ~完~

 

 

 

 

 

 

 




皆様、お久しぶりです。

日々の忙しさなど様々なことや
他作品などもあり、更新が大幅に遅れてしまいました。
とりあえず的な更新になってしまいましたが
止まってるよりかは良いかなと思い、投稿となりました。
定期的なペースに戻せるようにはしたいです。


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第7章 予想外の提案

 

 

 

 

 

 学園の授業も終わる頃。

 僕は厨房で忙しなく動き回っていた。

 

 もちろん、寮母としての仕事である。

 

「ふぅ、あとはこれを入れるだけっと」

 

 僕は、種類ごとに分類した食材を

 テンポよく倉庫に入れていく。

 

 料理人とは、何も料理をするだけではない。

 こうした地道な食材運びなどもあり

 結構な重労働なのだ。

 

 特にお菓子作りの職人なんて

 見た目の華やかさからは、想像も出来ないほど力仕事である。

 

「これで全部かな」

 

 ため息を吐きながら数を再度確認する。

 

 女性ばかりの場所で性別を偽る毎日に

 正直、苦労することも多い。

 

 しかし、こうして一人で何も気にせず作業している時は

 その苦労からも解放され、気楽にやれるようになってきた。

 

 女子寮に馴染むことに慣れることが良いことなのか悪いことなのか

 あまり考えたくない話だが―――

 

 

 

 

 

第7章 予想外の提案

 

 

 

 

 

「だ~れだっ♪」

 

「わっ! えっ、なにっ!?」

 

 考え事をしながら作業をしていると

 誰かによって突然後ろから

 手で目を覆い隠され、身体を密着される。

 

 女の子のスベスベとした手の感触に

 密着した身体からは、良い匂いが漂ってくる。

 それに何より背中の方で自己主張する柔らかな膨らみのおかげで

 何もかも冷静に考える暇など無い。

 

「わ・た・し・は、誰でしょう?」

 

 耳元でささやくように聞こえてくる言葉は

 とても色っぽく聞こえた。

 

「み、耳元で・・ひゃうっ!

 はなし、かけない、でぇ・・・!」

 

 誰かは解らないが、女の子に密着され

 柔らかな膨らみを押し付けられて

 耳元で色っぽく囁かれれば

 嫌でも男として興奮してしまう。

 

 それはそれで色々とマズイ。

 

 とりあえずこの状況から脱出することが先決だ。

 

「あんっ♪ 動かないでっ♪」

 

 拘束から逃れようとすると

 更に後ろから強く抱きしめられる。

 

 とりあえず誰なのか解りませんが

 そんなに愉しそうに抱きつかないで下さい。

 スカートなので下側が反応してしまうとアウトなんです。

 

 だが強く抱きしめるために

 目を覆っていた手が離れている。

 そこで何とか後ろを振り返ると―――

 

「えっ!?

 く、九条 綾子・・・さまっ!?」

 

 危うく年上につける敬称の「さま」を忘れそうになりながらも

 慌ててつけることに成功した自分を褒めてやりたい。

 

 ・・・いや、そこじゃない。

 問題は、そこじゃないんだ。

 

「あら? 私のこと、知ってるの?」

 

 こうして直接会話するのは初めてだというのにも関わらず

 何故僕は、彼女に抱きしめられているのだろうかということ。

 女性同士は、スキンシップが多いというのは

 この学園に入って嫌というほど理解していることであり

 僕にとっては毎回正体がバレないかとヒヤヒヤするものであるのだが

 少なくとも初対面でここまで積極的に来られたことはない。

 

 ・・・いや、神城さんという例があったか。

 でも、彼女はむしろ例外の―――

 

「お~い。

 何を考えてるのかなぁ~?」

 

「ひゃぅ!」

 

 まるで子供に対して言うような子供っぽい声で

 僕の頬っぺたを指で突っつく綾子さま。

 

「ど、どうして綾子さまが、ここに?」

 

「一度、楓ちゃんとお話ししてみたかったから」

 

「何もこんな時間でなくても」

 

「ほら、よく思い立ったらって言うじゃない?」

 

 そう言われても思い立ったらでわざわざ授業が終わってから

 スグに厨房まで走ってきたかのような時間に来る必要は無いと思うんだが。

 

 まだ自由時間ですよ?

 

 あと、ずっと定期的に指で頬をツンツンするのを止めて下さい。

 

 神城さんの時も、それはそれで危なかったが

 今回は、それ以上に危ないかもしれない。

 

 可愛いよりも綺麗・美人という言葉の方が似合う美少女に

 抱きしめられているというだけで、僕の男としての理性など

 色々なものが、そろそろ我慢の限界を迎えようとしている。

 

「そ・れ・よ・り・もっ。

 楓ちゃんは、私のこと知ってたのね」

 

「は、はい。

 この前、中庭で皆さんとお話しされているのを見かけた時に

 一緒に居た神城さんと御堂さんが色々と教えてくれました」

 

「あら?そうなの?

 それなら声をかけてくれれば良かったのに」

 

「皆さん、とても愉しそうにされていたので」

 

「楓ちゃんなら、いつでも歓迎よ?」

 

「お、覚えておきます」

 

 何とか話を終わらせてこの状況を脱出したかった。

 だからだったのだろうか。

 

「絶対よ? お姉さんとの約束よ?」

 

 不意打ちのように耳元で今までとは全く違う

 色っぽい大人の女性のような声で囁かれ

 思わず飛び上がりそうになるほど、ドキッとしてしまった。

 

 そんなことを知ってか知らずか

 彼女は、何事も無かったかのように

 スッと抱きしめるのを止めて僕から離れる。

 

 そしておそらく真っ赤になっているであろう僕の顔を見て

 満足そうに笑う。

 

 どうしたらいいのかと困っていたら

 助け舟が来たようで、別の生徒達が厨房に入ってくる。

 

「綾子さま、ごきげんよう」

「綾子さま、こんにちは」

 

「ええ、ごきげんよう」

 

 入ってくる娘達は、次々と彼女に挨拶をしていく。

 

「あら、もうそんな時間なのね。

 それじゃあ、私も着替えてくるから

 また後でね、楓ちゃん」

 

 そういうと彼女は、厨房から出て行った。

 

 気分的には嵐がようやく過ぎ去った気分である。

 だが気を抜いている場合ではない。

 むしろここからが本番なのだから。

 

 そして色々と準備をしていると

 スグに時間となり、全員が厨房に集まる。

 

 やはり女性ばかり集まっている場所で

 その全員から注目されるのは、未だに少し緊張する。

 

「えっと、みなさん初めまして。

 もうご存知の方も居るとは思いますが

 私は、二条 楓といいます。

 

 寮母として今回、色々と指示などをさせて頂きますので

 よろしくお願いします」

 

「はい!」

 

 元気の良い声が返ってきて自然と気合が入る。

 

「では、今回から

 皆さんには、調理を担当して―――」

 

「はいは~い」

 

 これから調理担当の発表しようとした時

 何だか気の抜けるような柔らかな声が響いてきた。

 

「話を邪魔しちゃってごめんなさい。

 少し良いかしら?」

 

 声の主は、やはりというか九条 綾子だった。

 

「どうしました?」

 

「今回、私は

 楓ちゃんのお手伝いがしたいな~」

 

「ん、っと・・・え?」

 

 予想外の一言に思わず彼女が何を言っているのか解らず

 混乱してしまう。

 

「だ~か~ら~。

 私は、楓ちゃんの調理補助がいいな~って」

 

「ええっ!?」

 

「あら、ダメ?」

 

「い、いや。

 綾子さまには、メインの料理を―――」

 

「何だかそういう雰囲気だったから、先に声をかけたのよ。

 ねえ? ダメかしら?」

 

 そんな上目遣いで瞳をうるうるとさせながら見つめないで下さい。

 思わずそのお願いを聞いちゃいそうになります。

 

 彼女の予想外の一言によって

 周囲からもざわめきが起きていた。

 

 

 

 

 

第7章 予想外の提案 ~完~

 

 

 

 

 




まずは、ここまで読んで頂きありがとうございます。

しばらく時間が取れない期間が続き
投稿が大幅に遅れている状態になっています。

大変申し訳ありません。

これ以上遅れるのもどうかと思い
現行で完成している部分だけを先行投稿させて頂きました。
そのためかなり文字数が少なくなってしまっております。

とりあえず早急に続きを書きたいと思います。


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第8章 楓のレシピ

 

 

 

 

 

 厨房は、騒然としていた。

 

 誰もが綾子の提案に驚いている。

 

 自分の力を見せつけることが出来る場で

 『九条 綾子』が料理のメインである『主役を拒否』したのだ。

 

「ねぇ、ダメかしら?」

 

 再度、聞いてくる綾子を見て楓は悩む。

 ここで拒否するのは、簡単なことだ。

 

 だが彼女の気持ちも解る。

 自分だって『彼女の料理が見たい』と思ったのだから

 相手が同じことを思ったとしても何の不思議もない。

 

 ―――だったら答えは決まっている。

 

「・・・わかりました。

 では、調理を手伝って下さい」

 

 聞き入れると思っていなかったのか

 少し驚いた表情を一瞬見せるも

 

「ありがとう」

 

 とスグに笑顔で返事をする綾子。

 

 お互いにあっさりとしたやり取りに

 自然と周囲のざわつきも収まっていく。

 

 

 

 

 

第8章 楓のレシピ

 

 

 

 

 

 全ての役割分担を決め、各自が調理を開始する。

 

 今回、僕はお願いするはずだった

 メインの肉料理を担当することになった。

 

 食材を確認しながら何を作るか決め

 材料を出していくのだが

 ・・・どうしてこうなった。

 

「二条さん、次は何を出せばいいの?」

「これは、ここでいいのよね?」

「量は、これで間違いないかしら?」

 

「・・・えっと」

 

 確保した調理スペースには

 綾子以外にもたくさんの上級生の姿。

 

 10人以上居るんじゃないかという数に

 正直多すぎると言いたいのだが

 ある程度自由にしていいと言ってしまっただけに

 やっぱりダメですとは言いにくい。

 

「さて、材料は揃ったみたいよ。

 次は、何をするのかしら?」

 

 綾子の言葉に何とか意識を切り替える。

 

「(僕は、みんなの教師なんだ)」

 

 深呼吸をして落ち着くと

 この人数をどう活かすかを考える。

 もちろん全員が作業に加わることが前提だ。

 

「(僕がメインで彼女らを補佐として下作業から・・・

 

  いや、それだと・・・

  でも、その場合・・・)」

 

 色々な形を模索するが、あと一歩何かが足りない気がする。

 

 どうしようか悩んでいると、ふと視線の先で

 愉しそうに魚を洗う少女達の姿。

 

「・・・あ、そうか」

 

 気づけば単純なことだったと自分を笑いたくなる。

 ある意味、綾子さまへの意趣返しにもなるが

 そこはお互い様ということにしてもらおう。

 

 上級生達の方を向いて、僕は堂々と宣言する。

 

「今回は、みんなで全てを一から作ってみましょうか」

 

 その言葉に綾子を含めた上級生達は、首を傾げる。

 

 その様子に思わず笑ってしまいそうになるが

 それを堪えて話を進める。

 

「せっかくこれだけの人数が居ますから

 全員で最初から最後まで一緒に作っていきましょう」

 

「・・・えっと、つまり作業分担しないってことかしら?」

 

「はい、そういうことです、綾子さま」

 

「あら、何だか面白そうね」

 

 綾子は、これから楓が何をするのかということに

 興味深々の様子で見ている。

 

「では、これから私が説明していきますね」

 

 厨房の隅に置いてあったホワイトボードを持ってくると

 まず作るものを書き込む。

 

「・・・簡単本格派ハンバーグ?」

 

「はい、今回はハンバーグを作ろうと思います」

 

 ハンバーグという言葉に他の調理を手伝っている少女達からも

 嬉しそうな声が聞こえてくる。

 やっぱり人気あるよね、ハンバーグ。

 

「ではまず、お肉からいきましょう。

 せっかくなのでひき肉も国産の高級ブランド肉を使って

 プロにも負けない味を目指します。

 

 と言う訳で、まずこれだけのお肉をブレンドします」

 

 そう言って楓は、数種類の肉を混ぜ始める。

 

「あら、結構な種類を使うのね」

 

「味に深みが出て、美味しいですよ」

 

「それは愉しみね」

 

「さあ、みなさんもやってみて下さい。

 

 あと、分量などは細かくチェックしますので

 キッチリ計ってから使用するようにして下さい」

 

 そう促して全員に肉をこねさせる。

 まさか全員で本当に最初から最後までやると思っていなかった

 上級生達だが、調理が始まると皆真剣に取り組みだす。

 

「あ、このあたりが混ざりにくいので

 もう少し全体を混ぜる感じの方がいいですね。

 

 ・・・あまり力を入れすぎてもダメなので

 もう少し力を抜いて・・・そうです。

 

 混ぜる時は、手早く混ぜて下さい。

 脂が溶けてしまうので。

 

 あっと、それだと中までしっかり混ざりきらないので―――」

 

 楓は、積極的に全員の作業を見て回りながら

 作業のコツや、出来ていない箇所の指摘をしていく。

 

 次に、このクレピーヌを使います。

 

 そう言って僕は、網状の脂肪を取り出す。

 

「ああ、網脂(あみあぶら)ね?」

 

「さすが綾子さま。

 ご存じでしたか」

 

「ええ、それに包んで焼くのね?」

 

「そうです。

 肉の旨味を逃がさないためにです」

 

 網脂とは

 牛や豚などの内臓の周りについている網状の脂で

 脂肪の少ない肉を焼く時にこれで包んでおけば

 パサつかず、脂が丁度いい感じに旨味になってくれる。

 

 ちなみに網脂を仏語でクレピーヌという。

 

 意外と貴重なもので、あまり店頭に出るようなものではないが

 かといって、そこまで手に入らない訳でもない。

 

 網脂でハンバーグを丁寧に包む。

 せっかくなのでホワイトボードに包み方を書いて

 それを見て全員同じ包み方にしてもらう。

 

「みなさん、ちゃんと出来ましたね。

 

 では、次はハンバーグを焼きながら

 ソースもついでに作っていきましょう」

 

 元気の良い返事を聞きながらフライパンにハンバーグを入れる。

 肉の焼ける良い匂いが漂ってきて周囲からの視線も集まる。

 

「ではハンバーグに注意しながらソースの準備をします。

 今回は、あっさりとしたいので和風でいこうと思ってます」

 

 そう言って手前にあったキノコを取り出す。

 

「まずはキノコを取り出して―――」

 

 ソースの作り方を説明しながらホワイトボードに

 調味料の分量を細かく記載する。

 

「その分量なら大さじ1杯ぐらいですかね?」

 

 何気なく上級生の1人が、調味料の数字を見て確認してくる。

 

「普段なら小さじ・大さじとか、お好みで~なんて言うけども

 今回は、全体の味を合わせたいので調味料までしっかり合わせます」

 

 調理が進むにつれ、楓の言葉にため息交じりに返事をする上級生も目立ってくる。

 

 何故なら最初の肉の分量から小数点第二位までの単位で数値が合わないと

 やり直しを要求し続けているからだ。 

 その姿に上級生の一部から不満が出始めていたのだが

 楓は、その辺りに気づかないのか一切妥協を許さなかった。

 

 しかしそんな中でも

 何やら愉しそうな声が聞こえてくる。

 

「き~のこ♪ し~め~じ♪ え~のき♪」

 

 慣れた手つきで調味料を入れながら調理しているのは、綾子だ。

 彼女の愉しそうに調理する姿を見た上級生達は

 それに癒される形で、何とか不満を口にせず我慢していた。

 

「そして最後に水気を切った大根おろしを乗せて・・・完成!」

 

 全員が、こんがり焼けたハンバーグにキノコたっぷりのソースをかけた後

 ハンバーグの上に大根おろしを乗せて和風ハンバーグを完成させる。

 

 完成した瞬間、作業していた上級生達から安堵の声が聞こえてくる。

 だが、これで終わりではない。

 

「さあ、そろそろ時間なので料理を出していきましょうか」

 

 楓の掛け声で料理が並べられていく。

 

 今日は

 鯛のカルパッチョ

 コンソメスープ

 わかめスープ

 野菜を中心とした一品小皿の数々に

 デザートは、焼きプリンとチーズケーキ。

 

 そして我らが和風ハンバーグとなっている。

 

 食事の時間になると一斉に生徒達が入ってくる。

 お嬢様が多いからなのか、ちゃんと一列になって

 並んで入ってくるのだが、何とも言えない熱気も感じる。

 

「あ、あった! 綾子さまの料理よ!」

「今日は和風ハンバーグなのね」

「まずはこれでしょ」

 

 予想外だったのは、綾子さまが作ったというだけで

 料理が飛ぶように無くなっていくことだ。

 

 人気者だと聞いてはいたが、まさか名前だけで料理が選ばれるとは。

 まあこういう側面も世の中では経験することだけど

 それにしても・・・ね。

 

 自分でこういう環境にしようとしていたにも関わらず

 いざこうなると何とも言えない気分でもある。

 

「うそっ! これ凄く美味しい!」

「流石は、綾子さま!」

「一流レストランの味にも負けてないわ!」

 

 ハンバーグを食べる少女達からは

 好意的な意見ばかりが聞こえてくる。

 

 そして何を選ぼうか迷っていた娘達も

 その様子を見てハンバーグに手を出す。

 

 こうなると忙しいのはハンバーグ担当の人間達だ。

 

「ハンバーグあと50個追加!」

「あー! それはしっかり分量を量って下さいね!」

「お肉のこね方が雑になってますから、しっかり混ざるようにお願いします!」

「ハンバーグが焦げそうになってますよ!」

 

 ただでさえ忙しいのに

 更に楓の厳しい指摘が追い打ちをかける。

 

 そんな中でも綾子は、文句1つ言わずに

 ハンバーグを作り続けるのだから、他の誰も

 文句を言えなかったというのもあるだろう。

 

 調理場が戦場と化している頃

 ラウンジでは、少女達が愉しそうに食事をしていた。

 そんな中でも、ひと際華やかな集団。

 

「う~ん、さっすが綾子さま。

 このハンバーグ美味しいぃ!」

 

「・・・食事の時ぐらい静かに出来ないのかしら?」

 

「ゆっきーは、相変わらず厳しいねぇ。

 もっとこう美味しさを表現してもいいんだよ?」

 

「どうしていちいち大げさに表現しなければならないの?」

 

「たまには、疑わずに試してみようよ~」

 

「はいはい、じゃあ3秒ぐらいだけ付き合ってあげるわ。

 1、2、3、はい終わり」

 

「短いよっ!」

 

 凛のハイテンションに対して雪絵は、冷静に返答する。

 

 その様子に笑っているのは、同じ席に着いていた

 千歳・寧々・透子の1年生トリオだ。 

 

「でも本当に、このハンバーグ美味しいですよね。

 流石、学生チャンピオンって感じがします」

 

「こうも実力の差を見せつけられると

 何だか悔しさも感じませんね」

 

 千歳と透子が凛と同じく

 ハンバーグを食べながら綾子を褒める。

 

「・・・これ、ホントに綾子さまのハンバーグなのかなぁ」

 

 しかし寧々だけは、首を傾げながら食べていた。

 

「どうしてそう思うの?」

 

 寧々の言葉に透子が反応する。

 

「そうね。

 私もそう思う理由が知りたいわ」

 

「い、いえ!

 わ、私の勘違いってこともありますし!」

 

 雪絵からも聞かれ、驚いて萎縮してしまう寧々。

 

「にゃはは~、寧々ちゃんは真面目だにゃ~。

 別に何を言っても誰も怒らないよ?」

 

 そんな寧々に、凛が優しく声をかける。

 

「アナタもたまには、良い事言うのね」

 

「ゆっきー、ひどい!」

 

 2人のやり取りに、自然と笑みが広がる。

 緊張が解けたのか、ゆっくりと寧々が語り出す。

 

「確かに綾子さまって凄くお料理が上手ですけど

 このハンバーグは、ちょっと飛び抜け過ぎてる気がするんですよ。

 いつもの綾子さまらしくない・・・と言えばいいのか」

 

「確かにね。

 いつもの綾子さまよりも

 味・・・特にソースの味付けが、全然違うものね」

 

 寧々の言葉に雪絵が合わせるように話し出す。

 

「あ、そうなんですよ。

 いつもは、もう少し甘口だったような気がするんです」

 

「言われて見れば確かにそうね」

 

「でもこれ、綾子さまの名前書いてあるんでしょ?」

 

 凛が、そう言いながらハンバーグが置いてある方に視線を向ける。

 

 今回も料理の横にはメッセージカードが置いてあり

 調理者の名前やメッセージが書かれてある。

 

「確かに綾子さまの名前も書いてあった。

 でもアナタは肝心な人を1人、忘れてないかしら?」

 

「・・・あー」

 

 雪絵の指摘で、ようやく彼女が何を言いたいかに気づく凛。

 

「・・・これも楓さんのせいと?」

 

「それ以外、無いわね。

 そうして考えてみると意外と納得出来る答えだわ」

 

 2人のやり取りに1年生達も雪絵が何を言いたいかに気づく。

 

「でも、もしそれが本当なら

 楓さまは、綾子さま以上ってことになりますよね?」

 

「・・・流石に学生チャンピオンの綾子さま以上ってことは無いんじゃない?」

 

「でも、料理の評価は完璧だった。

 そう考えれば、あり得ないことじゃないと思います」

 

 1年生トリオは、3人ともがそれぞれに意見を言う。

 あくまで予想であり想像のためか、ハッキリとしたことが言えず

 疑問や不確定要素が多い内容となってしまう。

 

「ま~、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?

 

 明日、本人にでも聞けばいいだけの話よん」

 

 真面目な空気を掻き消すような

 緩やかな緊張感のない声に、全員の視線が凛に向く。

 

「あ~、プリンが美味しいわ~。

 

 ・・・って何?」

 

 視線が集まっていることに気づいた凛は

 プリンを食べていた手を止める。

 

「・・・アナタってそういう人だったわよね」

 

 雪絵の一言で、1年生3人が笑い出し

 和らいだ空気で食事の時間が終わる。

 

 

 食事の時間が終わり、ようやく調理を終えた調理場の生徒達は

 少し遅めの夕食をとっていた。

 

 ここでもやはり『九条 綾子のハンバーグ』が大人気であり

 皆が口々に褒め称える。

 

 だが、ハンバーグ製作に関わっていた生徒達は

 綾子と楓を除いて全員がグッタリとしていて

 何とか食事が出来ているような状態だった。

 

 その後、楓による1人1人への総評も

 ハンバーグに関わった生徒達は、反論する気力すら無く

 ただ聞いているだけだった。

 

 そして掃除も終わり、解放された生徒達が

 一斉に大浴場へと向かう。

 

 身体を綺麗にし、お風呂に浸かってリラックスすれば

 口を開くぐらいの体力が戻ってくる。

 

「それにしても、あんなに厳しく調味料を決める理由とかあったんですかね?」

 

 ハンバーグを担当していた生徒の1人が

 綾子にそんな疑問を投げかける。

 

「あら、どういう意味かしら?」

 

「まあ材料の量に関しては、全体の味が変化するかもしれないので

 多少は、理解出来るんですよ。

 

 でも調味料の小さじ以下の分量の差ぐらいで

 あそこまで神経質にならなくてもいいって思うんです」

 

「そうそう!

 私も、そう思った!」

 

「忙しいのにあんなに細かい指摘ばかりされて

 私もう、叫びそうだったわ」

 

 一人が愚痴をこぼすとダムが決壊して流れ出た濁流のように

 皆が一斉に愚痴を言い始める。

 

「そもそもあの総評って何よ」

 

「上から目線なのがねぇ」

 

 皆がどんどんと愚痴を言い出した時だった。

 

 パン、パン、と手を叩く音が聞こえ

 その発生源である綾子に視線が集まる。

 

「みんなが言いたいことも解るわ。

 

 でも考えてみて欲しいの。

 あの娘の言った言葉で何か間違ったことってあるかしら?

 

 ―――きっと無いと思うの。

 

 何故なら、あれだけの料理が上手いし

 全体もしっかりと見れてる。

 

 それに今回のこのハンバーグなんて

 とっても素敵な贈り物じゃない?」

 

「・・・贈り物ですか?」

 

「あら?

 みんな言ってたじゃない。

 

 『ハンバーグが、とても美味しい』って。

 

 みんな私が作ったハンバーグだって褒めてくれるけど

 これは、楓ちゃんが教えてくれたレシピなの。

 

 ほら、ホワイトボードに書いてたのをみんな見てたでしょ?」

 

「・・・そう言えば書いてましたね」

 

「みんな、こんなに美味しいハンバーグを作ったことあるかしら?」

 

「・・・」

 

 誰もが綾子の言葉に黙る。

 

「今日のは、みんなで作ったものだから

 私以外の人が作ったのもたくさんあったはずよ。

 でも誰もが美味しいって言っていたわよね。

 

 つまり楓ちゃんのレシピ通りに作れば

 誰でもあの味が再現可能だってことよ」

 

「え・・・じゃあ、あの細かい分量って」

 

「ええ、気づいたみたいね」

 

 まるで先生が生徒に『良くできました』と褒めるような笑顔で

 綾子は全員を見渡す。

 

「微差、僅差といったものが

 調味料1つや2つ程度なら問題ないかもしれない。

 

 でもそれが全体で起これば話は別。

 細かな差でも集まれば、大きな違いになってしまうわ。

 

 楓ちゃんは、それを解っていたからこそ

 あんなにも細かく指導したの。

 

 あの美味しいハンバーグの味を出すためにね」

 

 その言葉で、真実が見えたのか

 愚痴をこぼしていた生徒達が俯く。

 

 ほんの少しの加減で味が変化するなんて当たり前のこと。

 それを軽視し、いつの間にか料理に対して怠慢になってしまっていたのだ。

 

 何より一流のシェフを目指している子が大半の生徒達である。

 それが自分達の料理の質を下げていたことに気づき

 そんな初歩的なことさえ忘れていた自分を恥じていた。

 

「私達は、楓ちゃんに感謝しなければならないと思うわ。

 初心を思い出させてくれたことに。

 

 そして、こんなにも素敵な料理のレシピを教えてくれたことに」

 

 誰もが綾子の言葉をかみしめていた時だった。

 

「―――あっ!!」

 

 一人の少女が突然、大きな声をあげる。

 

「ちょっ、何? どうしたの?」

 

 その隣に居た少女が驚きながら声をかける。

 

「あのハンバーグのレシピって覚えてる!?」

 

「えっ!?

 ・・・え~、どうだったかなぁ」

 

「あのレシピ通りに作れば、いつでもあの味が再現出来るのよ!

 一流シェフの料理って言っても通用するようなおいしさを

 自分のものに出来るのよっ!?」

 

 必死になって叫ぶ少女の言葉を聞いて

 周囲からも『あっ』っと声が出る。

 

 あれだけ美味しい料理のレシピを手に入れるチャンスに

 何故メモを取っていなかったのだろうという声だ。

 

「心配しなくても大丈夫よ。

 私がメモしてあるから、後で写させてあげるわ」

 

「あ、ありがとうございます、綾子さま!」

 

 慌てていた少女は、綾子に頭を下げて感謝する。

 

「あの、私もいいでしょうか?」

「あ、私もいいですか!」

「私も! 私も!」

 

 誰が言ったか、1人が自分もと言い出した瞬間

 大浴場に居た少女達が全員綾子に詰め寄る。

 

「そんなに必死にならなくても大丈夫よ。

 全員に写させてあげるから、落ち着いて」

 

 苦笑しながら、少女達をなだめる綾子の姿を見て

 自分達が、はしたないことをしていることに気づいたのか

 顔を赤くして離れる少女達。

 

 そんな少女達を見ながら綾子は、考えていた。

 

「(私も三ツ星評価のレストランに何度も行ったことがあるけど

  あれだけ簡単な調理で、そんな超一流レストランに負けない味の料理を

  作れることといい、そんな貴重なレシピを惜しげも無く教えてくれることといい

  楓ちゃんって、一体何者なのかしら?)」

 

 

 

 

 

第8章 楓のレシピ ~完~

 

 

 

 

 

 




更新が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ありません。


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