勇者代理は現代兵器とともに (Bishop1911)
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第1章 勇者代理
1-1


氏名:伊達龍一
スキル:
・軍事知識 ・ーーー


人生はもっと長く続くものだと思っていた。

可愛い幼馴染と共に育ち、苦楽を乗り越えいつかは結ばれる。

そんな理想を描いていた事もあった。

 

 

「ーーいちっ、龍一ッ!起きてっ!起きてよ!!」

 

薄暗い視界の中で聞き覚えのある声が俺の名前を読んでいる。

 

瞼に明るい光が当てられる。

 

眩しい…

 

「お願い!目を開けて!」

 

「Please move away!

Increase voltage…Charge!」

 

ピピィーッ

 

「Clear!」

 

ーードシュッ

 

背中が反り返るほどの強い衝撃。

全身の筋肉が一気に縮むような感覚。

 

痛い…!苦しい!!

 

少しだけ明るさの戻った視界に映ったのは何かの液体で顔や服を真っ赤に汚した幼馴染のアキだった。

腹部に圧迫感を感じた俺は視線を下げると俺の腹を必死に押さえる救急隊員が視界に映る。

 

「ど…ぅ…した…アキ…?」

 

うまく喋れない。

 

「何!?何て言ったの!?」

 

「そ…ぇ、…どう…した…?」

 

なんとか振り絞った声はアキの耳に届いたらしく、ぼやけた視界の中でアキの表情に安堵の色をなんとか確認できたが、今度は手で顔を覆ってしまった。

今の視界ではよく分からないが、鳴咽を堪えているのはきっと顔を覆う手の内側は涙でくしゃくしゃになっているからだろう。

 

「あんたの血に決まってるじゃない…、

あんたの…あんたのおかげで私は無事よ…!」

 

血…?

 

「His heart rate has fallen!!Aki, please continue to tell him!」

 

でも、人生は残酷だった。

 

ーー数分前ーー

 

「あーあ…、せっかくグアムまで来たのになぁ…」

 

修学旅行で訪れたグアムのとあるショッピングモールで幼馴染みのアキとテーブルを挟んで座った俺は、今日何度目かもわからないため息を吐き出した。

 

「なに?あんたまだ言ってるの?」

 

「だってさ…修学旅行だぞ?アメリカだぞ?

できればラスベガスが良かったけど、贅沢言え無いから妥協してグアムだぞ?

島に射撃場は3カ所あって米軍基地もあるのに見ることすらできないんだぞ?」

 

「…それもう6回目。

あんたもいい加減別の楽しみを見つけなさいよ。」

 

楽しみと言っても、グアムと言ってミリオタが思いつくのは米軍基地やビーチ、射撃場と戦争史跡くらい。

クラスで軍事系のオタク仲間は幼馴染みのアキただ1人。

探さなくても見どころなんて山ほどあるこの島でも、俺が興味を持てる場所なんて指が10本もあれば足りる。

 

しかしそのほとんどが先生の『危ないから行っちゃいけませんリスト』に載っているとなれば、修学旅行自体乗り気になれないのも理解してほしい。

 

かく言うアキは日本の大型書店で購入した『白い死神と呼ばれた男』なる単行本を片手に日本でもどこにでもある某ファストフード店で買ったよくわからない飲み物を飲んでいる。

南国で北欧の英雄伝を読んでいるあたり、彼女も俺と心境は変わらないのかもしれない。

 

「じゃあアキは俺が他の男子みたいにビーチで水着の美女を見物したいって言ったらどうするんだよ?」

 

「へー…、私じゃご不満?」

 

「いえ、滅相も無い。」

 

「まったく…、男子ってなんでそんなにーー」

 

半ばお説教モードで俺への愚痴をこぼし始めたアキの話は、俺の視界に入った1つ下のフロアを歩く大男2人組のせいで開始早々右から左へダダ漏れだった。

 

「ーーだし、この前だって…て、聞いてる?」

 

大男2人はフロアの中央でボストンバッグを下ろすと、呼びかける警備員には目もくれずバッグの中をガチャガチャと探っている。

 

 

逃げろ

 

 

誰でも無い俺の本能がそう叫んでいた。

コレと言って根拠は無い…が、厨二病真っ盛りの中学時代に散々妄想した「もしテロリストが目の前に現れたら」で何度も予習した妄想が今目の前で現実となろうとしている気がした。

 

「…アキ、移動しよう。」

 

「突然何よ、話逸らさないでくれる?」

 

気の強い幼馴染みは相変わらずだが、今回ばかりは負けてられない。

俺はアキの手を掴んで椅子から立ち上がらせると、強引にショッピングモールの出口がある方へと足を向ける。

 

「いいから来い!」

 

「急にどうしたの?ちょっ、痛いって!」

 

アキが手を振り払おうとした時だった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

聞き覚えのある言語で叫ばれた神を讃える文句とともにショッピングモールのエントランスを閃光と爆音が包み込んだ。

 

爆風とその衝撃で壁に叩きつけられ、頭が割れそうな頭痛と耳鳴りの奥にかすかに破裂音が聞こえる。

 

パパパパン…パパパパパパパパン…

 

「銃声…?」

 

少しずつ耳鳴りが治るとその疑問は確信に変わる。

そこからは悲鳴と血と銃弾の飛び交う地獄の幕開けだった。

 

「な…、何が…?」

 

俺の隣に倒れていたアキはまだ状況が飲み込めていないのか、それとも現実を受け入れきれないのか。

どっちにしろこの場に留まるわけにはいかないだろう。

 

「早く逃げよう!」

 

逃げ惑う観光客の背中にバラクラバで顔を隠した男たちの凶弾が襲い掛かる。

警備室を飛び出してきた警備員が拳銃で応戦しているが火力も防御力も違う。

 

制服の上に何も纏っていない警備員に対してドラムマガジンをつけた自動小銃を乱射するテロリスト2人は、常夏の島には似合わない着膨れした体型で銃弾を物ともしない。

おそらく防弾ベストで身を固めているのだろう。

 

アキを引っ張る俺の脚は恐怖で何度ももつれそうになるが、今俺が握っている命はひとつじゃない。

恐怖で感情が支配されそうになるたびに俺はアキの方を振り返り、もうひとつの命を握っている現実を自覚し、自分を鼓舞し続けた。

 

何があってもアキだけは逃さなければならない。

 

それは幼馴染として以前に、男として譲れない決意に近いのかもしれない。

俺はアキの手を強引に引いて無人のファストフード店のカウンターに滑り込み、銃撃が止むのを待った。

 

「引き回して悪かった。腕…大丈夫か?」

 

アキは狭いカウンターの中で小さくコクリと頷くと、小刻みに震えながら俺の手をぎゅっと握りしめている。

 

「龍一、私たち…死ぬのかな…?」

 

ポツリとアキがそんな言葉を漏らした。

普段強気な彼女が絶対に漏らすはずのない感情を。

 

こんな時に俺まで弱気なことを言ったらダメだ。

俺だけでも平静を取り繕えばアキも少しマシになるはず…

 

「なに言ってんだ、こんなとこで死んでたまるか。

俺の人生はステキなお嫁さんと結婚して、ハッピーエンドを迎えるって決まってんだ。」

 

少しでもアキの恐怖を和らげてやろうと戯けた調子で喋った精一杯の軽口だったが、声は震えるし、よく考えたら死亡フラグだ。

それでもアキはクスリと笑い、

 

「私じゃ…ダメ…かな…?」

 

冗談っぽくそう返した。

 

今、何て言った?

 

「…は?」

 

アキの独り言のような呟きは俺の解釈では告白に等しいものだが、昔から好意をいだいても友だち以上に発展しないと諦めていただけに、その驚きは人一倍大きかった。

 

「だから…、ううん、こういう時だから死んでも後悔しないように全部言うわよ。

私…、あんたのことが好き。昔っから大好きだった…!

あんたはどうなのか知らないけど…私がそういう女だったってことは忘れないでよ。」

 

「俺も…好き…だ。」

 

頰がカアーっと紅くなるのを感じながらアキの方を見ると、アキも頰を真っ赤に染め上げて口をパクパクさせている。

 

「あ、あんたそれ嘘じゃないでしょうね!?

べ…別に死ぬかもしれないからって気を遣わなくてもいいのよ…?」

 

「嘘じゃない…!昔から好きだった。でも…なんか恥ずかしくて…」

 

バダダダダダダダッ

 

「きゃっ!?」

 

再び鳴り響いて銃声で今の状況を再認識した俺は深呼吸して思考をクリアにすると、カウンターから頭だけ出して周囲の様子を確認しながら次の行動をアキに説明した。

 

「そういえば俺、告白は夕日を背景にって決めてたんだ。

これ以上人生計画が狂う前に続きは外でやろう。」

 

「うん、私も賛成。」

 

いつもの調子をなんとか取り戻したアキの手を引いて壁や柱に隠れながら

テロリストに見つかることなく出口まで到着したが、あと少しというところで再び銃声が空気を震わせ、俺とアキの足を止めた。

咄嗟にアキの盾になる位置からアキを伏せさせた俺は、銃声が鳴り止んだのを合図にテロリストがこっちを向いてないことを確認してラストスパートをかけようと立ち上がる…が、走り出したところで足が絡まり、追いかけるようにモールの空気を震わせた銃声と同時にアキの上に覆い被さる形で倒れた。

 

「…ごめん、今…うッ!?」

 

すぐに立ち上がろうとした俺の脇腹に熱した鉄を当てたような痛みが突き抜け、続いてすうっと体から力が抜けていく。

ついに立ち上がる力を奪われ、その場に座り込んでしまった俺は何が起きたのかもわからずに痛む脇腹を触ってみると、ヌルヌルとした感触とともに血の臭いが鼻孔を抜けた。

 

「俺…撃たれ…」

 

盾を先頭に銃を構えながら駆け付ける特殊部隊とアキに引き摺られる。

 

「わかってる…!わかってるから死なないで…!

い、今外に連れて行くから!」

 

遠のく意識を繋ぎとめられなかった俺は、重くなる瞼をゆっくり閉じた。



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1-2

氏名:伊達龍一
スキル:
・軍事知識 ・ーーー


暗い…

 

水の中を沈んで行くような感覚…

 

ああ…、俺…死んだのか…

 

『ええ…!?ちょっ…タンマタンマ…!!違う違う違うソイツじゃ…!』

 

女の子の声…

 

歳はそう離れてないように聞こえる

 

『ああーーーーーーーーっ!!』

 

……ここ、どこ?

 

『ウッソでしょ!?なんで!もう意味わかんない!!』

 

意味がわからないのはこっちだ。

撃たれた記憶の次は女の子が近くで喚いている。

一瞬、病院かとも思いはしたが、これだけうるさい人間を摘み出さない病院は無いだろう。

 

水に沈む感覚はいつのまにか浮遊感に変わる。直後、背中を強い衝撃が襲った。

 

「…いっ…!」

 

体を起こすと、俺が落ちたのは薄暗い部屋の真ん中だった。

『薄暗い』というからには光源があり、テレビとしか思えないその光源を背景に1人の少女が振り返る。

だぼだぼのパーカーにツインテールの少女は、

 

「き、さ、まぁーーー!!」

 

そう言いながら俺の方へ歩み寄り、俺の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

 

「なんてことしてくれたの!」

 

「ちょ…ちょっと…!」

 

「あんたのせいで全部台無しよ!」

 

「だから待てって!」

 

訳もわからず揺さ振られるだけの俺はまだ力がうまく入らない筋肉でなんとか少女の腕を掴むと彼女の手を振り払った。

 

「ここどこだよ!ていうか君は?!」

 

「ここはアタシの領域!アタシはアタシ。それ以上でもそれ以下でも無い!」

 

『アタシの領域』こと『暗い空間』を見回すと、部屋の隅にはテレビがあり、それ以外は何も無い。

 

「なんだこの部屋…?引きこもりの方がもっと豊かな生活してるぞ。」

 

「あーもう!うっさい!死人のくせに!」

 

死人…?

 

「もっとわかるように説明してくれよ…」

 

 

頭を抱える俺にそれから数分間ブーブーと罵倒するだけ罵倒してため息をついた少女は、仕方ないと言いながらどこからか取り出した分厚いファイルを片手に口を開いた。

 

「まったく…、どこから話そうかしら。まあアタシのことからで良いわね。

アタシはただの管理者。アタシしかいないから名前も必要無い。

アタシはアンタたちの世界では“神”って言われてる存在。」

 

「ちょっと待て…」

 

理解が追い付かないどころのレベルじゃない。

死んだのは確定で間違い無いだろう。

アキと脱出した後、保護された辺りまでの記憶は覚えてる。

 

だが、こいつが…神…?

 

「なによ。」

 

じーざす

 

「失礼なこと考えてるわね…。でも良いわ。

アタシだってアンタたちが思ってるほど凄いことしてる訳じゃ無いし。」

 

「何かしてるようにも見えないけど…。」

 

「へえー、仮にも神と呼ばれる存在をニート呼ばわりしようっての?

良い根性してるじゃない!」

 

神は手のひらに炎のように揺らめく青い球体を生み出す。

 

「うわっ!?ちょっと…!」

 

反射的にバックステップで間合いを取ると、神は炎のような球体を消した。

今までの人生で一度もできたことのない挙動に我ながら驚くがそれは置いておく。

 

「アタシは管理者なの。別にアンタたちだけ見てるだけじゃ無いわ。」

 

「”アンタたちだけ“…?」

 

他にも…?他の国ということか…?

 

「違うわよ!アンタたちとは別の世界も見てるの。」

 

俺の思考を読み取ったのか、俺が疑問を口に出すより先に答え、話を続ける。

 

「そして他の世界で役立ちそうな人材が死ぬタイミングと場所を調べて、

魂を拾ったら別の世界に送る。そして全てのバランスを保つのがアタシの役目。」

 

そこまで言って彼女は腕に抱えるファイルを俺に手渡した。

促されるままにファイルを開くと、中に挟まれているのは歴史の教科書に載っている偉人たちの写真ばかりだ。

 

「これは?」

 

「はぁ…、アンタ馬鹿なの?察しなさいよ!

こいつらは私が別の世界から拾ってきた魂。まぁ…役に立たないやつも居たけど。」

 

彼女がページをめくると、そのページには歴史上で独裁者や暴君と呼ばれた人物が数多く載っていた。

 

「…か、神だって間違えるのよ。」

 

俺の視線を受け流すように神はそっぽを向いた。

 

「じゃあ俺は…」

 

「違うわよ。」

 

ピシャリと言い放った神はファイルを取り上げてどこかへ消し去った。

 

「アタシが欲しかったのはアンタの隣に居た女!」

 

でも…、と繋げた神はビシッと俺を指差し、

 

「アンタが!」

 

ベシっと手刀を俺の頭に。

 

「アキを助けたせいで!」

 

バシっとスネにローキック。

 

「どれだけ計画が狂ったか!」

 

ボフっと鳩尾に拳を打ち込んだ。

 

「うごふっ!?」

 

神さま怒りの3コンボをモロに喰らってうずくまる俺を見下ろしながら、

神は何か結論に達したようにひとり頷いた。

 

「…こうなったら、アンタを送り込むしかないわ…!」

 

「え…?」

 

「世界は微妙なバランスで成り立ってるの。アンタみたいな一見役に立たない魂でも100回使い回せば世界の調和に必要なピースになるかもしれない。だからここで魂を余らせとくわけにはいかないのよ。」

 

いまいち自分が置かれている状況を飲み込めていない俺をキッと睨んだ神は突然、ふわりと宙に浮いたかと思うと俺の方に右手を伸ばす。

 

「転生させると子どもだから、とりあえず12歳で基礎能力が上がるようにして…」

 

「いや、その…!」

 

「魔王軍相手に戦った前の転生者は『俺の世界の兵器と銃があれば良い』って言ってたし…」

 

「へっ…!?」

 

「でも前の転生者は5歳で戦車を召喚しちゃったから殺されたのよねぇ…。まあそれも12歳にもなれば分別着くでしょ。」

 

「いや、だから…!」

 

「あとは自分で勉強しなさい。」

 

次の瞬間には俺の足元に紫色の魔法陣が現れ、神がブツブツと何か単語を呟く度にその魔法陣は複雑な模様のものへと姿を変える。

 

「ま、待ってくれ…!!」

 

「アンタは次の勇者が見つかるまでの繋ぎ。

これは運命に逆らった罰だからね。

あー、別に勇者を気取る必要はないけど、アンタを送る世界は私に反抗的な愚か者ばっかりなの。だから気をつけて。」

 

「俺は…!」

 

必死に懇願する俺の声が届いたか届かなかったかはわからないが、俺の最後の記憶はグルグルと廻る景色と徐々に暗くなっていく視界だった。



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1-3

氏名:伊達龍一
スキル:
・軍事知識 ・召喚能力(ロック)
・身体能力向上(ロック)


…温かい

 

これは…人の体温…?

 

そして何かケモノ臭い…?

 

でもそれは不快に感じるどころかむしろ心地よい…

 

『ごめんなさい、ルーク…。』

 

優しい響きの声だ。

 

でもルークって誰だ?

 

誰に謝っている?

 

『私を許して…。』

 

グラっと体が傾き、少しの浮遊感を感じた。

 

ーードサッ

 

重たい瞼をゆっくり開けてみると、傾いた視界に女性の顔が映った。

赤子を見るような優しい目で俺を見つめる女性の耳には犬のような耳があった。

 

「あぁ、ルーク…本当に…ごめん…なさい…」

 

少しずつ失われていく温もりを感じながら俺は理解した。

この俺はこの女性に抱かれていること。そしてこの女性は…死にかけている。

 

誰か…!誰でも良い!この人を…!!

 

しかしどれだけ声を出そうとしても、俺の口は言葉を発しなかった。

 

耳をつんざくような赤子の鳴き声を聞きながら、俺はいつのまにか疲れ果てて意識を失った。

 

 

 

 

『こいつは?』

 

また女性の声だ。でもさっきの人とは違う。

いや、真逆だ。この声は冷たい。

 

『今朝、教会の前で亡くなっていた女性に抱きかかえられていました。』

 

さっきまで俺を抱きしめていた女性の事だろうか?

結局助からなかったのか…

 

『で、なぜ私のところに?』

 

『えっと…。あなたと同じ犬族だから…?』

 

犬族…?確か俺を抱きしめていた女性には言われてみれば犬っぽい耳があったが…

 

『なぜ疑問形で返す…。

はぁ…メアリー、まず第一に私は黒狼族だ。

第二に私は孤児院を始めた覚えは無い。

孤児を育てるのはお前たちの“カミサマ”が教会に与えた神聖な仕事だろう。

そのために私も領主と教会に税を納めている。』

 

こくろーぞく…?教会?

あの神は俺に一体何をしたんだ…??

 

『でも…』

 

『待て。聞きたく無い。子音がDで始まる言葉はくだらん言い訳だけだ。』

 

『教会はこの前の戦争で流れてきた孤児でいっぱいなんです。』

 

戦争があるのか…。

 

俺の脳裏に死ぬ前の記憶がよぎる。あれはテロであって戦争では無い。

でも、同じようなことが起きているなら、今すぐにではなくても、戦いが待ち受けているかもしれない。

 

『それがなぜ私のところに来る理由になる?』

 

この女性はなんとしても孤児の引き取りを拒みたいようだ。

事情もあるのだろうが、この女性の冷たい声はあまり良い印象を受けない。

もし俺が会話に上がっている孤児ならこっちから願い下げだ。

 

『……。』

 

『……。』

 

しばし沈黙が流れる。

 

『あー…わかったわかった!そんな顔をするなメアリー。』

 

どうやらこの冷徹な女にも人の心があるようだ。

 

『ありがとうございます!』

 

『ただし、条件が1つある。』

 

『なんでしょう?』

 

『こいつが成人するまでの間、税を免除しろ。』

 

…は?

 

『うっ…それは…』

 

『ダメならこいつは引き取れない。

そっちが奴隷商にでも売り飛ばすんだな。』

 

前言を撤回する必要がある。

 

こいつ…、子どもをネタに教会を脅しやがった…。

 

『…わかりました。神父に掛け合ってみます。』



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1-4

氏名:ルーク
スキル:
・軍事知識 ・ーーー ・召喚能力(ロック)
・基礎能力向上(ロック)


それから数年が経った。

 

「おい、ルーク。仕事に行ってくるから留守を頼むぞ。」

 

玄関でライフルを肩に提げて俺にそう言ったのは数年前に教会から犬族の孤児を引き取った黒狼族の女だ。

つまり、あの時の孤児とは俺のことで、俺は犬族という犬の耳と尻尾を持つ人型種族としてこの世界に転生していた。

 

いや、させられていた。

 

管理者が言うには次の勇者候補が見つかるまでの繋ぎが俺の役目らしい。

 

そして今の俺が居るのはゲルマニア帝国南部の国境地帯に位置するアルコ村だ。

国境地帯と言うだけあって南の方角には東西に渡って雪を被った山脈がそびえ立ち、それらを構成する山々の間を縫うように整備された道路がこの村を通って北の街へと繋がっている。

 

村の北側の丘にはドワーフ族領主の城がある。

飾り気の無い城壁には修復されてないいくつかの弾痕が残っており、

この村が戦乱と無縁では無い事を静かに物語っていた。

 

そして俺が今生きるこの世界だが、前世の地球にとてもよく似ている。

植物や動物は地球のそれと遜色無い。だが明らかに大きな違いもあった。

それが魔法と亜人だ。魔法の存在は異世界に転生されたことがわかった時点で覚悟はしていたが、驚いたのは科学も同様に発展していたことだった。

地球に比べるとレベルは低いが、それでも19世紀後半から20世紀初頭くらいだと思う。

しかし魔法と科学を組み合わせる技術が生まれているらしく、場合によっては前世の地球を超える可能性もある。

武器もある程度まで発展しており、小銃はボルトアクション方式、拳銃は回転式拳銃が主流だ。

と言っても、普及しているとは言いがたく、村を守る衛兵はライフルを構えながらも腰には剣を下げていて、

たまに見かける詰所の奥にはホコリを被った槍や盾が並んでいる。

 

そして亜人についてだが、まさに俺自身のことだ。

ヒトの体に動物の特徴を持つ獣人種族。

他にもエルフ種族やドワーフ種族、巨人種族にオーガも居ると聞く。

 

それはさておき、この体についてだが、特に不便は感じない。

そのため神に対して不満があるかと聞かれれば特に不満は無いが、俺を免税のための盾にした女に育てられるというのは不思議な気分だ。

 

普通なら、子どもをこういう事に使う大人はろくなヤツが居ない。

だが彼女は違った。

アマンダという名前のこの女は俺に服を与え、勉強を教え、食事を与えた。

 

走らせ、食わせ、本を読ませる彼女の教育方針はスパルタと呼ぶに等しかったが、決してできない事を強要はしない。

『できるはずだ、頑張れ』なんて精神論も使わない。

 

それ故に辛いこともあったが、9才になる頃には前世の高校生だった俺よりしっかり者に育った。

 

「それと、これ」

 

差し出した俺の小さな手にアマンダの手から夕飯代とは別に銀貨が3枚落とされた。

 

「あんまり多くはないが、何か欲しいものでも買いな。」

 

「ああ。ありがとう。」

 

ありがたく頂いたこの銀貨は1枚で果物を3つほど買える。

 

「ったく…、生意気な口ききやがって。」

 

俺の髪をくしゃくしゃと撫でるアマンダだったが、

彼女の不器用な優しさを俺はしっかりと感じ取り、頷いた。

 

「なーに尻尾振ってんだよ。それじゃあ行ってくるぞ。」

 

仕事に行ったアマンダを見送った俺は、俺の感情をありのままに表現する尻尾を見た。

今日も元気にブンブン左右に揺れている。

この体で不便なことは特に無いと言ったが…1つあった。

感情がバレバレなところだ。

 

 

さて、アマンダが仕事に行っている間に俺がやるべき事は、

掃除と洗濯、夕飯の買い出しと、自分の食いぶちを稼ぐこと。

午前中に家の掃除と洗濯を終えた俺は、村外れの丘にある教会に向かった。

 

「あら、ルークくん。こんにちは。」

 

教会の入り口で俺に挨拶したのは、赤子だった俺をアマンダに預けたシスターだ。

 

「こんにちは、シスター・メアリー。」

 

俺がぺこりとお辞儀して挨拶したのは命の恩人とも言えるシスターだ。

彼女はヒト族で、前世の俺と同じ人間の姿をしている。

 

「今日もお手伝いにきました。」

 

「いつもありがとね。」

 

そう言ってシスターは俺にパンと銀貨2枚を俺に渡した。

 

「じゃあ今日は裏庭の草むしりをお願いできる?」

 

「はい、シスター。」

 

何をしているのか、と聞かれれば恩返しと答えるのもありだろうが、

もっと深い意味で答えるなら、食いぶち稼ぎだ。

 

他の人から見れば育児放棄も甚だしいが、実際のところはシスターから俺に支払われる謝礼はアマンダの財布から出ていた。

彼女なりの教育方針らしいが、前世の知識を持っている俺からすれば、常識外れ過ぎて面白い。

 

前払いで貰ったパンを食べ、銀貨をポケットに仕舞った俺は早速、裏庭で草むしりを始めた。

 

裏庭と通路で繋がる中庭では孤児として育てられたヒト族の子どもたちが木刀を振り、人形を殴っていた。

 

 

今はもう見慣れたが、宗教団体が子どもに武芸を教えている光景を初めて見た以前の俺は、驚きを隠せずアマンダにこのことを尋ねた。

アマンダは俺の予想に反し、『あれは孤児となってしまった子どもたちが独り立ちしても生きていく為に必要なことだ。』と答えた。

 

アマンダに育てられる中で俺はすっかり忘れていたが、この世界は危険でいっぱいなのだ。

そんな事を思い出しながら、裏庭の草むしりを終える頃には日が傾き始める。

 

教会の手伝いを終えた俺はそのまま市場に行き、夕飯の材料を買う。

市場ではパン2個とチーズ、野菜とドライフルーツを適当に買った。

犬は本来、玉ねぎや干しぶどうを食べてはいけないと記憶していたが、アマンダ曰く、犬や狼の特徴を持つ俺たち獣人は同時にヒトの特徴も持っているため、あまり影響は無いんだとか。

 

買い物の途中で市場のおばちゃんたちに頭を撫でられ、りんごをオマケで貰った俺は、その一人一人にお礼を言いながら家に向かう。

 

これで俺の1日は終わり。

あとは1時間後に帰宅するアマンダが夕飯を作るのを待つだけだ。

 

「ただいまー。おいルーク、生きてるか?」

 

開口一番生存確認とは恐れ入るが、物心ついた頃からこうなのでさすがにもう慣れた。

 

「生きてるよ、アマンダ。市場のおばちゃんにりんご貰ったよ。」

 

返事に加えて今日あった事を報告。

 

「お礼ちゃんと言ったか?」

 

「言ったよ。」

 

「じゃあ夕飯作るから何かしてな。」



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1-5

何かしてろ、と言われてもこの村にある娯楽といえば、川遊びに野遊び、たまに来る吟遊詩人くらいで、今日はもう日が落ちた今は家で本を読むくらいしかない。

 

だがアマンダの家の本棚は違う世界から転生してきた俺からしてみれば宝の山だった。

ジャンルは戦記や伝記、魔法に関する本や魔物の図鑑など、この世界で生きていくのに必要なことばかりだった。

都市伝説や超常現象として扱われている出来事を扱った本に関してはツッコミどころが満載だったが、それも含めて俺は同世代の子どもに比べてかなりの博学だろう。

 

中でも特に読み込んだのは魔法の入門書だ。

自分の能力を知る方法や属性という概念についての他に、日常生活で使える便利な魔法や魔石の使い方とそれを応用した魔導具の解説など、入門書と呼ぶにはいささか分厚い本だったが、読み終えてみれば、なるほど分かりやすい。

 

この世界に存在する魔法の属性は無、火、水、氷、風、土、雷、光、闇の9種類で、

これを極めたり組み合わせたりする事でさらに可能性は広がるんだとか。

代表的なものとして氷属性の魔法が使えなくても、水属性魔法と無属性魔法の組み合わせで氷塊を生み出すことができるそうだ。

 

最近は孤児院の子どもたちも魔法の勉強を始め出し、俺が教会の手伝いをしている傍で手に火の玉を浮かべたりしながら一喜一憂している。

たまに魔法の勉強で成績の良い子どもが掃除をする俺を影で笑っているが、俺は何も草むしりをするためだけに教会に行っているわけではない。

 

実技の練習をする子どもはやたら声を張るし、練習場の中庭は俺が草むしりをする裏庭から丸見えだ。

門前の小僧とはまさしく俺のこと。

前も言ったがそれなりに練習はしてきた。

わざわざ教わらなくてもいくつかの魔法は俺はすでに使える。

 

「ルーク、今日は何属性だ?」

 

キッチンで野菜を切る音を響かせながらチラチラとこちらの様子を伺うアマンダは、調理に集中しているように見えて耳はしっかり俺の方を向いている。

 

「今日は火属性。」

 

「そうか。どんな感じだ?」

 

アマンダに見えるように手の平を見せた俺は、火属性魔法の基本詠唱を始める。

 

「炎よ来たれ…」

 

詠唱と同時に体内の血液を手の平に集める事をイメージし、続けて一瞬だけ火花をイメージした。

 

すると、ボッという音を立てて手の平にテニスボールくらいの火の玉が生まれた。

 

しかし数秒が経つと手の平にジリジリと焼かれるような感覚が出始め、

 

「あっつッ!?」

 

たまらず魔力の供給止めた。

 

「ハッハッハッ」

 

少しでも手を冷まそうと手に息を吹きかける俺の姿を見ながら、アマンダは料理の手を止めて大笑いしている。

 

「ん“〜〜〜…」

 

こっちは一生懸命やってるのに笑われるのは良い気分はしない。

 

「じゃあアマンダがやって見せてよ。」

 

「良いぞ。炎よ来たれ。」

 

ポッと可愛い音を立ててアマンダの手に小さな火球が生まれた。

ドヤ顔で火の玉を掲げる割にサイズはピンポン球程度だ。

 

「……ショボい」

 

「るっせー!火属性は苦手なんだよ…!」

 

赤面するアマンダから本に視線を戻し、どうして手の平が熱くなるのかを調べる。

 

「その…、なんだ…。大事なのは安定して魔力を送り続ける事だ。

いきなり高みを目指して上手く行くやつなんてそうそういない。

ゆっくりでいい。」

 

「わかった。アマンダサイズから頑張る。」

 

「あ”あ“!?お前もう一回言ってみろ!」

 

 

 

今日の夕食には大嫌いなカボチャが出た。



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1-6

そんな毎日を送ること数年。

12歳を目前にした俺は立派な主夫になっていた。

…とか口に出すとアマンダに怒られそうなので言わないが、彼女のお陰で俺は心身ともにかなり成長した。そして勉学も怠りはしない。

 

「よし、ルーク。何でもいい。本を持って来い。」

 

「この前読んだ本で最後だよ。もう読んでない本は無い。」

 

「あ…、そうだったな。」

 

見かけによらずかなりの読書家であるアマンダの書斎には厚さは様々だが、ざっと数えて800冊近い本があった。

それですら全て読破してしまうくらいには俺も勉強した。

前世の俺が見たら何と言うか。

 

しかし、印刷技術があるとは言え、この世界でも本はまあまあな値段だ。

それを800冊も持っているとなると、ハンターの仕事はそんなに儲かるのか疑問に思う。

 

「なら今日はもう寝ていいぞ。」

 

「ああ。」

 

本を読む時間が省かれた分、いつもより2時間ほど早くベッドに入った俺は、なかなか寝付けず、リビングで食器がぶつかるような音を奏でながらたまに漏れるアマンダのため息を聞きながら考え事をしていた。

 

神はアキの代わりに俺を転生させると言ったが、何をすれば良いかまでは言わなかった。

今のところアマンダは俺がどんな将来を描いてもそれなりに生きていけるように育ててくれているが、俺が見当違いな方へ進んでしまっては意味が無い。

時計を見ると、結局いつも通りの寝る時間だ。

 

「はぁ…。」

 

ーーガチャ…

 

俺のため息と間をおかずに俺の部屋のドアが開いた。

 

「眠れないか…?」

 

ドアから部屋を覗いたのはアマンダだ。

 

「あ、ああ…。何かわかんないけど…。」

 

「ふん…。私もだ。」

 

アマンダは足音も立てずに俺のベッドに近づく。

月明かりに照らされたアマンダのシルエットに俺は思わず息を呑む。

これまで意識したこともなかったのだが、アマンダは身内であることを鑑みても美人だ。

 

東洋人を思わせる真っ黒で艶のある髪や、モデルのようなくびれに適度に筋肉のついた太もも…

 

俺は思わず視線を逸らした。

 

「かわいいヤツめ…。添い寝してやろうか?」

 

「え…、アマンダ…?自分のベッドが…」

 

「うるさい」

 

やたらグイグイと押してくるアマンダは俺に有無を言わさずベッドに潜り込んだ。

俺の背後に温かい感触が密着し、スルリと俺の肩にアマンダの腕が絡みついた。

 

「…なあ、ルーク。何か教えて欲しいことはあるか?」

 

温かい感触とアマンダの温もりで心拍数が跳ね上がる…。

 

「…特に、何も。」

 

というか…、今はそれどころじゃない。

とりあえず離れて欲しいんだが、どうにかはぐらかせばベッドから出て行ってくれるか…?

 

「…ったく…。こっち見ろ。」

 

半ば力任せに引き寄せたアマンダの吐息はアルコールの臭いが大半を占めていた。

 

「あ…、アマンダ…!酔ってるな…?!」

 

アマンダが酒を飲むことは知っていたが、ここまで酔っているのは初めてだ。

 

「ん〜?良いじゃねーか、付き合えよ〜!」

 

「や、やめろ!放せ…!」

 

物理的にではなく倫理的に身の危険を感じた俺は必死でアマンダの腕を解こうとするが、時すでに遅し。

アマンダがベッドに入ってきた時点で異変に気付くべきだった。

 

「放すかよ。絶対に放すか…!」

 

しかし、酔っているだけと言い切るのは…

 

「お前は私が育てたんだ…。…だから…、」

 

ちょっと違う気がする。

普段は絶対に弱音を吐かないアマンダがここまで甘えてくるのだから何かあったことだけは断定できる。

 

「……考えとく。」

 

「ん…?」

 

アマンダの腕がわずかに緩む。

 

「明日までに、教えて欲しいことを考えとく。」

 

「…あぁ」

 

少し緩んだアマンダに反撃するように今度は俺がアマンダを抱き寄せた。

泣き上戸にでもなったのか、嗚咽を漏らしながら声をあげて泣くアマンダが寝付いたのはそれから数時間が過ぎた後だった。



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1-7

氏名:ルーク
スキル:
・軍事知識 ・ーーー ・召喚能力(ロック)
・基礎能力向上(ロック)


そして翌朝、結局アマンダと同じベッドで寝ることになった俺は、泣き続けるアマンダを寝かせるのに手こずったせいであまり眠れなかったのだが、もう10年近く続けて体に刻み込まれた早起きのリズムは、1回の夜更かしで崩れるほど浅くは無かった。

目をこすりながらカーテンを開けると、朝日で顔を照らされた下着姿のアマンダは毛布を頭まで被る。

 

この様子だとアマンダが起きるのは昼頃になるだろう。

このまま彼女を置いて教会の手伝いに行くのは少し不安だが…。

まぁ、置き手紙を置いておけば大丈夫だろう。

 

無造作に脱ぎ捨てられたアマンダのシャツとズボンを畳んで枕元に置いた俺は、その上に置き手紙を添えて家を出た。

 

 

ーー数時間後ーー

 

 

太陽が南に動き、1日で最も高い位置に辿り着く頃。

小さな丘の上に佇む木造の家で、

 

「うわあああああああああああああああああああああああっ!?」

 

家の周囲に立ち並ぶ木から小動物が滑り落ち、鳥が一斉に飛び立つほどの大音量で悲鳴が上がった。

声の主は家主のアマンダ。

 

彼女の手には教会から引き取った孤児のルークが書き置いた手紙が握られている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アマンダへ

 

昨日の夜はすごかったぞ。俺はまだ子どもなんだ。

酒はほどほどにな。

俺はいつも通り教会の手伝いに行ってくる。

 

ルークより

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ただの酔っ払いに宛てた置き手紙として見るなら申し訳なさのあまり赤面する事はあっても何らおかしくない文面なのだが、彼女の場合は状況証拠的に文句なしのアウト判定。

 

何せ彼女が目覚めたのはルークの部屋のベッドで、乱れたシーツに下着姿の自分。

枕元に綺麗に畳んで置かれた服の上には上記の置き手紙。

 

良くも悪くも大人の世界を渡り歩いてきたアマンダが至った結論は、『夜の営み』のひとつしか無かった。

 

そういえばさっきから頭が痛いし気分も悪い。吐き気までしてきた。

この症状は二日酔いなのかそれとも…。

 

そこまで思考が及んだ所で彼女はトイレに駆け込み胃の中のものを吐き出した。

 

「どどど、どっど、どうしよう…!?こういう時は医者か?教会か?いやでもルークは教会に居るんだ…!医者は昨日来たから1週間は来ない!」

 

同じ頃、自分の手紙が巻き起こした大混乱を知らないルークは中庭で魔法を教えるシスターの声を盗み聞きしながら今日も草むしりに勤しんでいた。

 

 

その日の夜。

アマンダは家にメアリーを呼び出し、朝の出来事を話して簡単な診察を受けた後、夜は営んでいない確証を得て安堵のため息を吐いた。

 

「く…ぷふふふ…!!」

 

「な…なんだよ…!」

 

「いいえ、なーにもー」

 

笑いを堪えるメアリーと顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏すアマンダは、まだ冷めない笑いと羞恥の余韻をそのままに、ランタンの灯りだけを灯してルークの話を始めた。

 

「それはそうと、ルークくんはもう12歳ですね。そろそろ独り立ちさせる時期でしょう?」

 

「わかってる。だがな…」

 

まだ顔が赤いアマンダは唇を噛みながら、自分の感情を上手く表現できずに口どもる。

 

「情でも湧きましたか?」

 

「な!?バカ!誰がそんな…!」

 

口では否定しても、いざ言葉にされると図星としか言いようが無かったアマンダは、半分拗ねるような勢いで腕を組んでそっぽを向く。

 

「なんだ、面白いか?勝手に笑ってろ。」

 

てっきりからかわれるとばかり思っていたアマンダだったが、

 

「いいえ。むしろ私は嬉しいですよ。」

 

メアリーの表情はむしろ心の底から喜んでいるようだった。

 

「どういうことだ?」

 

「ルークくんが来てからもう12年も経ちます…。

12年前のあなたは戦いばかりで私は不安だったんですよ。

アマンダは今日は帰ってくるのかしら?それとも明日?もしかして死んだんじゃ…?ってね。

そんなあなたがルークくんを育てるうちに村の人と交流するようになって、傭兵を辞めて狩人になった。素晴らしい成長です。」

 

頰をわずかに赤らめるメアリーの目は恋する乙女のようだ。

その視線が意味するところをアマンダも理解する。

 

「なんだ?お前そんな風に私を見てたのか?」

 

女同士で関係を持つことが宗教上の理由で禁忌とされている以上、シスターも首を縦には振らないが、声に出さずとも答えを理解したアマンダは呆れ顔で応じる。

 

「それはそうと、うちの子どもたちも独り立ちを始めました。」

 

「…ああ、そうだな。」

 

「いつまでもあの子を縛っててもあの子のためにはなりませんよ。」

 

「わかっている…!わかってはいるが…」

 

「まだ時間はあります。あの子のためにもしっかり考えてあげてください。」

 

椅子から立ち上がったシスターは、目尻に浮かぶ涙をなんとか堪えようと必死になっているアマンダを背後から優しく包み込むように抱き着き、耳元で囁いた。

 

「今日はもう遅いので泊めさせて頂きますね。あなたの部屋で待ってます。」



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1-8

氏名:ルーク
スキル:
・軍事知識 ・ーーー ・召喚能力(ロック)
・基礎能力向上(ロック)


翌日も朝早くに目を覚ました俺は、自室を出てリビングに入った所でいつもと違う事に気付いた。

リビングの中央に陣取るテーブルの上にはマグカップが2つとロウソクが燃え尽きたランタン。

ろうが溶けた匂いや紅茶の匂いに混じって記憶にあるヒトの匂いがする。

教会でいつもパンとお手伝いの代金をくれる時に嗅いだことのある匂い。

 

「くんくん…この匂いは…、メアリー…?」

 

どうやら夜、俺が寝た後にメアリーが来てアマンダと何か話していたようだ。

そしてメアリーの匂いはアマンダの部屋へと続いている。

 

ニンジャよろしく差し足抜き足忍び足でアマンダの部屋のドアに近付いた俺は、静かにドアを開ける。

 

部屋の隅に置かれた小さなベッドの毛布は不自然に膨らみ、

その隙間からはふくらはぎの筋肉が発達しているアマンダの脚と真っ白で華奢なもう1人の女性の脚が見える。

 

俺はそっとドアを閉じた。

 

「ん……?」

 

見なかった事にしておいたほうがみんなハッピーになれる事は間違いないが、

匂いからしてベッドに居るのはアマンダとシスターだ。

 

何があったか考えたくは無いが、仮にも教会の人間であるメアリーが同性同士で関係を持つのは良いのだろうか?

 

前世のキリスト教では異端とされていたのだが…

 

「うーん…」

 

腕を組んで考え込む俺の背後でアマンダの部屋のドアが開き、下着しか身に纏っていないアマンダが現れた。

 

「あぁ…、ルークか。今日は教会に行かなくていいぞ。」

 

「わかった。」

 

動揺しない風を装って答えた俺はアマンダから視線を外す。

 

やはり肉体年齢に精神年齢が影響されるのか、これまで意識してこなかったアマンダの裸体も12歳という思春期真っ盛りの俺の目には危険なものに映る。

 

寝ぼけているのか、おぼつかない足取りでそのまま井戸のある裏庭に消えたアマンダを見送った俺は、メアリーの分も含めた3人分の朝食を作り始める。

作っている間にバスルームから戻ってきたアマンダは焼き上がったベーコンを摘み食いしてテーブルについた。

 

「ルーク」

 

「何?」

 

フライパンから手を離さずに上体だけ回して振り向く。

 

「今日は村のどこかで遊んでこい。」

 

「良いのか?」

 

「ああ。こんな日があっても良いだろ?」

 

 

朝食を作り終えた俺は自分の分を食べ終えるとすぐに出かける準備をした。

 

といっても、前世の俺の年齢を足すと今の俺は20歳近い。

特に子どもらしい遊びをしたいとも思わなかった俺は、魔法の本を片手に村の外を目指した。

 

無論、やる事は魔法の練習だ。

一般的に獣人は身体能力に優れる反面、魔法の制御は難しいと言われている。

孤児院や学校で魔法を学ぶ多種族の子に負けても仕方ない事だが、ここは前世の日本と違って命がかかってくる。

あって欲しくは無いが、魔法の技術が劣るせいで怪我をさせられたり、最悪死ぬような事は絶対に避けたい。

 

村を出る前にアマンダにもらった銀貨を使って昼食用のパンと果物を買うために市場に入った俺の鼻は早くも美味しそうな匂いを嗅ぎつける。

 

パンや果物はもちろんだが、魔物の肉の串焼きや魔物の肉をパン生地で包んだ肉まんのような料理など、いろんな誘惑が俺の足取りを右へ左へ寄り道させ、

 

「あら、ルークちゃん!いらっしゃい!今日もお遣いかい?」

「よおルークの坊主じゃねえか!久しいな!これ持ってけ!」

 

お金は減っていないのにいつのまにか俺の両手には山のように食べ物が積め込まれた紙袋が載っていた。

申し訳なさからお金を払おうとしたが断られるため、とりあえず全部受け取った俺は、これ以上ただで食べ物を貰うことが無いように路地に入った。

 

 

村と言っても国境に近いためそれなりの規模があるアルコ村は飲食店や宿屋が立ち並んでおり、その通用口が並ぶ路地裏は日が当たらずジメジメとした空気が立ち込める。

そこは市場とは打って変わって生ゴミの臭いが鼻をついた。

 

嗅覚の良さが災いしてあまりの不快感に足を速めた俺だったが、

商店の裏を通る時に鼻が錆びた鉄の臭い…いや、血の臭いを嗅ぎつけた。

 

この世界に転生してから動物の血の臭いしか嗅いだ事の無い俺でも、

前世の自分が死ぬ時に嗅いだ血の臭いは鮮明に覚えている。

 

俺は足音を消して血の臭いがした細道を敢えて素通りし、商店の通用口の影に身を隠す。



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