二人の淫らな女王 (ですてに)
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圧倒的な質量を持つ女王たち

「しつこいですわよ、椿姫」

 

「あら、悪魔も堕天使の世界も重婚は認められているのでしょう? だったら、私が久脩(ひさなが)くんと連れ添ってもいいはずでしょう」

 

「そもそも、ヒサくんは人間です。ヒサくんの隣は私が既に埋めていますので、他を当たって下さいな?」

 

 これは、堕天使の幹部を父に持ち、四神が一柱である朱雀を司る姫島家の巫女を母に持つ、姫島朱乃を中心とするお話。この世界の正史では幼い頃に彼女は母を喪い、紆余曲折の果てに悪魔へと転生するのだが、今、一人の女性と口喧嘩をしているこの世界線はイレギュラーの存在の介入があったため、彼女は堕天使と人のハーフのままである。

 

 この世界は普通に天使や堕天使、悪魔といった超常的な力を持った種族が普通に存在する世界であり、実は聖書の神が既に失われており、代わりにということなのだろうか、神の力の一部を体現する神器や、神をも超える力を持つと言われる神滅具が存在しているという。

 力を持つものは厄介事をより引き付けやすいのがこの世界であり、母を喪わずに済んだものの厄介事からはなかなか逃げられないのである。

 

「諦めるつもりはありませんよ? 会長と同じく、彼が私の恩人であることには何も変わりはないのですから」

 

「それならば、ヒサくんと共に貴女に自由な身を確保するために奔走した私にも感謝して、恩人の幸せのために身を引いてはいかがですか……?」

 

「久脩くんは私のアプローチを否定していませんわ。束縛が過ぎる朱乃と常に一緒にいては、息が詰まってしまいますもの。内縁の関係でもいいからと彼に迫るのはあまりに重た過ぎるのではありませんか?」

 

「なっ、その話は誰から……!」

 

「いつもの総督さまですわ、お酌をして差し上げた際に色々と教えて下さいましたから」

 

「おじ様……あとで消し炭にして差し上げますわ」

 

 朱乃が目下、自身の強力なライバル──肉感的な肢体という点も含めて──と、火花を散らしている頃、その対象である彼、安倍久脩は自分が通う生徒会の業務を手伝っていた。理由はそう難しくない。朱乃と火花を散らす真羅椿姫は朱乃と同じく、一つ年上の生徒会副会長であり、彼女の友人である彼が尻拭いをしていただけのことである。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

「?……壁に向かって何を言ってるんだよ、ヒサ」

 

「いや、確かに椿姫とは付き合いも長いし、眼鏡美人だし、朱乃と同じ綺麗な黒髪だから見てるだけで凄く目が幸せになるけどもさ」

 

「お、おう。いきなり惚気か?」

 

「ちげーよ、元士郎。俺が言いたいのはそこじゃない。その親しい椿姫とはいえ、なんで俺が副会長の仕事を代行するのが当たり前になってるってことが言いたいんだ!」

 

「え、すげー今更じゃないか。二人の間で情報共有もしっかりしてるから、実質副会長二人体制だし。むしろ、二大お姉様の一人と副会長を侍らすお前が責任を取るのは当然まである」

 

「ホウレンソウは当然だろ組織人として……って、侍らしてねーよ! 第一、二人とも彼女でもないんだぞ!」

 

「はいはい、事実婚乙。会長がいいって言ってるだし、お前の仕事ぶりを考えたら、普通に影の副会長とか言われてるぜ、お前。クラスでも聞いてみろよ」

 

「なん、だと……」

 

 事実はもっとひどく、正式に生徒会名簿には副会長代行という役職で既に彼は名前が載っているのだが、それは知らぬが花である。

 

「しっかし、なんで手ぇ出さないんだよ。まさかお前、ネタになってる木場と出来てるんじゃ……」

 

「ふざけんな。そもそもズリネタを完全管理されて、毎晩泣いてる俺に謝れ」

 

「え、やっぱり事実婚じゃん」

 

 年頃の旺盛な性欲があるとはいえ、ネタに自分を使ってもいいと言われて、素直に使える度胸はなかなかないものである。彼が生徒会の業務を手伝う理由には、その辺りから来る原因もあり──。

 

「出たな、安倍っ! 俺達と変わらない変態嗜好でありながら、お姉様美女二人を侍らす男の敵めっ!」

 

「そっちこそ出たな、変態三人組。今日もお宝は没収させてもらったのに、まだ懲りないのか」

 

 今日のお宝はロリコン向けのDVDに黒髪ばいんばいん娘のイチャコラ本であった。DVDは生徒会として没収して焼却炉にくべられており、イチャコラ本は久し振りの夜のお供として個人的に没収していた。

 

「貴様がほんとはおっぱいやお尻大好きであることは分かっている! 大人しく同志になれぇ!」

 

「え、やだって。お前らみたいにどこでもリビドーを解き放てるほど人間辞めてないし」

 

 同志と主張する彼らと同じ嗜好であることは否定しない久脩である。朱乃と長い付き合いでありながら、椿姫のアプローチをきっぱり否定できずに来ているのはつまりそういうことであった。

 

「お前ら顔は整ってんだし、変態行動を自重するだけで絶対変わってくるってのに……」

 

「愛らしい幼女への愛! 叫ばずにはいられないっ!」

 

「ぶれないなぁ、元浜。まぁ、いいや。とりあえず、廊下の端で静かに一時間ぐらい『正座』しとけ」

 

 久脩が言葉を発し、胸元にかけている四葉のクローバーに似たペンダントに触れた途端、ペンダントは淡く光を発した。ただ、その光を彼らは認識できずに、口を硬く閉じて正座しなければならない強迫観念に駆られて、廊下の端に揃って正座の体勢を取ってしまう。

 

「お前達の煩悩がこの程度でなくなるとは思えないが、少しは懺悔の心持ちを持つこった。俺も人のことは強く言えるもんじゃないが、やっぱり不快な思いはさせたくないもんな……」

 

「相変わらず、なんつーか不思議な神器だな、それ。相手に反省する考えを強制できる力っての?」

 

「まぁ、あいつらの記憶でも、俺に真剣に言われたら、振り返るにはいい機会だったからってあくまで自立的にやったことになるみたいだしな……強く自省を促す力だと思っているよ」

 

 実際はそんな生易しい力ではないことを、久脩自身は良く知っている。神滅具【究極の羯磨(テロス・カルマ)】……本当の正体を知るのは、彼以外には朱乃達家族と堕天使の総督、そして椿姫のみである。周りには仮名称『懺悔の羯磨』、相手の行いを一定時間自省させる程度の能力──そういう認識になっている。

 朱乃の母親である朱璃と朱乃が姫島家の裏切り者として、父親の不在時を狙われ襲撃された時に、齢一桁の少年に過ぎなかった彼が、バラキエルが異変に気づき増援に来るまで耐え凌げたのはその神滅具の力を不完全ながら行使し続けたからだ。

 

『貴方が死んだら──! ヒサくんが死んだら意味なんてない! 私だって貴方を追って死んでやるんだから!』

 

 今振り返れば、同じ一桁の女の子とは思えない強い感情をぶつけられたものだった。創造物の世界が元になっていようと、朱乃が目の前の現実として泣き、笑い、そして自分への感情をぶつけているのだと、抱きついてきた彼女の温もりを感じながら、久脩は転生者だった自分が初めて世界の一部になれた気がしたことをよく覚えている。

 

 『ハイスクールD×Dの世界で、幼少期の朱乃と朱乃の家族を守り切れる力を下さい』──転生時の条件をなかなか粋な形で叶えてくれたものだと彼は思う。大好きなキャラクターだった、自分の前世での理想のタイプだった彼女が、影のない笑顔で微笑んでくれる毎日が何より嬉しいと。

 

 ただ、依存傾向の強い彼女は元来、世界の主人公たるイッセーに対してではなく、久脩自身にその情念を一心に向けてしまっていた。また、特殊な仕事についている彼の両親は元々不在がちであって、その事情を知った朱璃や朱乃から家族ぐるみの付き合いになるのは予定調和でもあり、姫島家に彼の着替えが一式、常に揃っているぐらいには、姫島家にお世話になっていたのである。

 

「自分より強い相手には効かない力さ、だから鍛錬は欠かせないわけだな。っと、支取会長。見回りから戻りました」

 

「戻りましたっ、会長!」

 

「お疲れ様です、安倍くん、匙。安倍くんはそろそろ上がって頂いて大丈夫ですよ」

 

 お疲れ様ー、と他の生徒会メンバーから声がかかり、姫島先輩が待ってるよーと茶化す声もかかる。はいはい、と受け流し、久脩は早々を生徒会室を退出するのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「なんか、クラスメイトと馬鹿話やグラビアの話もしてるんだけど、結局、安倍くんは姫島先輩なんだなーって思っちゃうよね」

 

「そうそう、おっぱいだお尻だってあの変態三人と言っていても、結局姫島先輩のことでしょ、って思っちゃう」

 

「口では軽薄な発言をしたとしても、態度や行動が結局分かりやすいからな、久脩は。だから、元士郎もそう敵意を剥き出しにしないしな」

 

「いや、だって、アイツものすごく分かりやすいでしょ。姫島先輩を常に優先っていうか。副会長もかなり頑張ってますけどそれでも割って入れるかどうかで、姫島先輩を押し退けられないだろうなっていうか」

 

「よく見てるじゃないか、元士郎」

 

「手は止めないようにね、皆。……ただ、安倍くんは確かに姫島さんのことが優先だもの。椿姫も悪魔勢力に彼を繋ぎ止める意味でも頑張ってもらいたいけれど。リアスのやり方はちょっと強引に過ぎるところもあるから」

 

 駒王町の管理者悪魔であるリアス・グレモリー。そのため、他神話勢力の関係者である朱乃やその関係者である久脩には早くから接触している。現在の悪魔勢力の大幹部でもある彼女の兄からは、堕天使勢力と懇意である姫島家とは相互不可侵の契約を結んでいる旨は早くから伝えられており、敵対するわけではなく、何とか自分の眷属に取り込めないか、熱心にアプローチをかけていた。

 

「二人ともオカルト研究部に籍は置いていますけれど、それほど活動熱心ではないですからね。バラキエル殿が不在時のお母様を守るのが最優先だから、と」

 

 建前だけではなく本音も交じっているので、リアスもそこまで強引にやれないのが実情だと支取生徒会長もとい、ソーナ・シトリーは考えている。自分も駒王学園の管理を任される悪魔であり、自身の眷属で右腕である椿姫を通じて、久脩との関係は良好なものを築いている。

 

『私がもし転生悪魔になるとするならば、それはヒサくんが転生悪魔になるのを決めた時です』

 

 彼は人間である以上、堕天使とのハーフである朱乃との寿命差は絶対的なものがある。一度、ソーナが仮定の話で問いかけた際に、朱乃が返した答えがそれであった。

 リアスは朱乃を気に入っているが、朱乃を悪魔化させるのは久脩を納得させる必要があるが……実はリアスと久脩があまり噛み合わないところがある。

 

「あれですよね、『朱乃はアンタの所有物じゃねえぞ……!』って安倍先輩がグレモリー先輩に啖呵を切った事件! あの一件もあって、やっぱり安倍先輩は姫島先輩の旦那様なんだって言われてますからね~」

 

「そうね、留流子。あの後、自分に堂々と啖呵を切って、大事な幼馴染を守るのはちっぽけな男の意地だって言い切った彼を、グレモリー先輩は彼を気に入ってしまったんだけど、二人ともまとめて自分のモノになれって言い方が気に食わないって話でしょ。元ちゃんもこの話は聞いてるんじゃないの?」

 

「……アイツは安い挑発に乗って、姫島先輩に迷惑かけてしまってるのが情けねえって言ってたなあ。なんで、これで付き合ってないとか言うんだろ、アイツ」

 

 そもそも副会長就任時に、内々で久脩へのアプローチを優先してよいとソーナが認めており、また久脩の性格上、代行する以上仕事はしっかりこなす読みもあったため、運営には全く影響は出ていない。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「お帰りなさい、あなた」

 

 自宅へ帰るよりも姫島家に帰る回数が多い久脩だが、自宅へ帰る日であっても先に朱乃が帰っていて、こうして玄関先でお出迎えする風景は変わりがない。そして、玄関先で交わすやり取りも。

 

「朱乃がそこまでやることはないんだぞ、毎日さ」

 

「うふふ、私がやりたくてやっていることだもの。私はずっとこうしてこれからもヒサくんにお帰りって言うんだから」

 

 久脩がブレザーを脱ぐのを手伝いそのまま預かり、ハンガーに掛けていく朱乃は幸せそうな笑顔のままだ。朱乃の中では十年近く前に彼に自分や家族の命を救われ、力を振るった反動で彼が生死の境を彷徨い続けた一週間をずっと看病して過ごす中で、自分のこれからの生き方を定め、確固たるものへとしてしまっていた。

 

「あなた、晩御飯にしますか? それともお風呂? それとも、私?」

 

「えいっ」

 

「あうっ」

 

「恋人にもなっていない男にそんなこと言うんじゃない。俺ぐらいの年だとこの場で襲い掛かってもおかしくないんだぞ?」

 

「襲って欲しいもの。ヒサくんならいつでも待ってるんだから」

 

 真剣に自分の女にしてくれと言い切る朱乃に久脩は首を振り、お風呂にする旨を伝えた。少し膨れ顔の朱乃もその決定に異を訴えるわけではなく、そのまま浴室へと向かう。

 

「いやいや、なんで当然のように入ってくるかな」

 

「背中を流すのは妻の役割よ?」

 

「いや、妻じゃねーし。というか、うわぁ、さっさと脱ぐなよ!」

 

 黒に白地の刺繍模様が彩られたブラジャーに包まれた見事なたわわ二つが堂々と晒されている。目を逸らすように横にやれば、今度は淡い緑に花の模様があしらわれている、朱乃の大きさに迫るやはり見事なたわわがそこには……。

 

「椿姫さん!? アンタまで何してるんだ! というか早く服を着ろぉ!」

 

「帰れって言いましたよね、椿姫?」

 

「あら、そんなこと仰いましたか? それに朱乃のおじ様にも激励して頂いてますから。二人のどちらでもいいから、早く久脩くんを男にしてやれと……」

 

 久脩はキャットファイトを始める二人を尻目にさっさと浴室へ入り、鍵を閉めたのだった。




いやぁ、濡れ場ばかり書いているともたないの。
はい、ごめんなさい。逃避行動です。


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強化済の女王たち

ただし、一人は女王(予定)。


「あらあら、うふふ。どうして鍵を閉めるのかしら」

 

「真羅は異形を身に宿し操る一族ですが、司る霊獣は白虎……金属を示します。起源に立ち返れば、鍵の一つや二つこうして開けることは造作もありませんね」

 

「いやその理屈はおかしい」

 

 この台詞は本日二回目だと現実逃避する久脩である。この引くことを知らない女性二人はバスタオルだけでしか自分の身体を隠していない。いけいけどんどん、つまりイケドン。イケメンを壁ドンするのか、だが彼女達は美少女から美女へと羽ばたこうとする二人だ。食べられる側と思いきや、捕食者であった。恐ろしい世界である。大人しく彼はもげればいいのだ、きっと。

 

「三人分、タオルは用意しておくわね~。ごゆっくり~」

 

 朱璃は娘の味方であり、女性の味方である。あまりに関係性の進まない状況にいっそ椿姫を巻き込んででも進展があればいいのだと判断を下していた。

 なお、朱璃はグリゴリの技術は世界一ぃぃぃ、ということで近々、堕天使化を済ませる手はずを整えていた。バラキエルは今後も朱璃の支配を受ける夜を何千年過ごすと決まったわけだが、彼は喜びに震えていたらしい。筋金入りである。

 

「朱璃さぁん、そんな支援はいらなかったぁ!」

 

「さあさあ、身体が冷えてしまいますから。ヒサくん、早く背中を流しましょう」

 

「そろそろタオルを取りますよ。大人しく背中を見せるか、それともしっかり見て頂けますか?」

 

 くるりんっ、と無駄のない迅速な動きで二人に背を向ける久脩。朱乃と椿姫は顔を見合わせ笑みを一つこぼしてから、石鹸を泡立てて、まず自分の身体へと塗り込んでいく。

 ここで逃げる選択肢もあるのに、二人が本気で落ち込むのを分かっている彼がそれを選ばないことを知っているし、だからこそ二人は諦めるつもりはない。

 

「うふふ、柔らかいだけじゃなくて、ちゃんと堅くなってる部分があるの、分かる?」

 

 うっかりタイルの反射や視界の片隅に鏡が入って見えてしまうことがないようにと目を固く閉じているのだ、触覚や聴覚が鋭敏になっているため、言われなくても分かっていた。

 

「我慢しなくてもいいんですよ……? 身体はとても素直な反応なのに、どうしてそこまで頑なに耐える必要がありますか……?」

 

 自分でもここまで誘惑されておいて、どうして我慢しているのだろうと思うが、二人の誘惑を撥ね退け続けてもう四年ぐらいになる。

 自分は人間だ。彼女達は堕天使のハーフであったり転生悪魔である。一線を超えてしまえば、結局、彼女達を置いていくことになる。朱乃を守りきり、彼女の笑顔を失わないように命を張った自分が、彼女や椿姫に深い悲しみを覚えさせるのは真っ平だった。

 

 ──たとえ、思春期の身体が意思とは裏腹に暴走して、欲望を解き放ったとしても。

 

「ふて寝してしまいましたね」

 

「ヒサくんの羞恥心に染まった顔、うふふ、愛らしかったですわ……」

 

「やり過ぎは嫌われる元ですよ、朱乃」

 

 ドSな一面を隠すつもりがない朱乃は恍惚とした表情を浮かべるが、椿姫の一言で我に戻る。ただ、似たようなことは過去に何回もあり、彼が彼女達を拒絶することはなかったため、そこに強い悲壮感はない。彼が寝息を立てる中、縁側に出た二人は涼を取りながら、やはり彼のことを話題にしていた。

 

「年頃の男の子があそこまで身体が正直な反応をするのに、なぜ心が耐えられるのでしょうか。女と違って、行為に及んだからといっても子供を宿すわけでもなく、相手の女の子は受け入れると言い切っているのに」

 

「先に逝くのが分かっているから、先に老いて死ぬのが分かっているから……深く悲しませるぐらいなら、手を出さない。突然姿を消しても、私達が深く悲しむのも分かるから、私達が諦めるのを辛抱強く待っているのよ」

 

 朱乃には久脩の本心はお見通しだった。ゆえに朱乃は折れないし挫けない。

 自分の命を、家族を、皆の笑顔を、久脩は命をかけて守ってくれた。その後も何かしら理由を付けては父の不在時には必ず近くにいてくれる。

 心身を守り続けてくれた自分だけの英雄。椿姫も同じようなことを思っているが知ったことではない。彼のために全てを懸けるのは朱乃の中で当然だったし、彼を幸せにするのは自分の生きる道だと定めている。

 

「うふふ、ヒサくんがいない世界に意味なんてないのに。ヒサくんが私にとっての世界の中心なんだから」

 

 自分が重たい女であるなどとっくに自覚している。彼のためなら家族以外どうなろうが知ったことではないと思う辺り、歪んでもいるんだろう。でも、彼は自分を否定しないし、変わらず傍にいてくれる。

 

「以前の私なら、朱乃は歪んでいますというところなんですが……私も相当、拗らせてしまっているようです。彼がいない世界など、意味はありませんよね」

 

 恋敵であり、価値観を共有する戦友でもある椿姫。負けるつもりはないが、悪態を吐きながらも強引に退けることもない。まず、どちらかが彼を陥落させてしまわないと──いっそ同時でもやむを得ないが、その先を争うことすら出来ないと二人は痛感しているのだ。

 ゆえに、攻める時は二人同時であることが多い。圧倒的質量を持って、彼の防御網を突破するために。それは場所を問わないため、学校でその攻撃に抗い続ける彼は同性愛者なのだとか、既に不能なのだとか色々言われているが、彼に変な虫をつけないことも目的であるため、あえて二人はその広がる噂をそのままにしている。

 

「なんでおっぱい差し出されてるのに揉まないんだよぉーっ! 安倍ぇ、お前やっぱりホモかよぉ!」

 

 とある性龍帝、もとい赤龍帝の叫びに対しては毎回おしおきの雷鳴が轟き、さらに最近では突然現れた鉄球が顔面にぶつけられることもあるらしい。誰と誰は言わないが、守られるだけを良しとせず、日々鍛えている結果が出ていると言えよう。

 

「貴女とヒサくんのことを語り合うのは、悪くない時間だとは思っているわ」

 

「奇遇ですね、私もです。ただ、最後に彼の隣を確保するのは私ですが」

 

「ふむ……お嬢様方、少し失礼するよ。こちらから濃厚な神器と同類の匂いがしたものでね」

 

 頭部にシルクハットを被り、紺色のコートを着用した屈強な風貌をした男が突然、縁側から見渡せる境内に入り込んでいた。

 

「神社は本来日本の神話勢力により、悪魔や堕天使が入れないはずだが……どうやらココは事情が違うようだな」

 

「あら、堕天使さん。何か御用ですの?」

 

「この街がグレモリー家の次期後継者が統括する街と知ってのことでしょうか」

 

 朱乃と椿姫は突然の来訪者に慌てることなく、また相手の正体をすぐに看破していた。彼女達の後ろには、愛しい者が休息の一時を過ごしているのだ。この程度の些事、二人で片付けられなくてどうするのか……と。

 

「ふむ、我はドーナシーク。この場限りの縁であろうが、一応名乗っておこう。神器持ちは我らの組織にとって危険そのものだからな。そちらの……なるほど、混ざり物の娘のようだが共々、排除させてもらう」

 

 一対の漆黒の翼が広がり、ドーナシークは手のひらに生み出した光の槍を構え、間髪置かずに椿姫の心臓目掛けて投擲する。その間、朱乃も椿姫も反応できずに一歩も動けないように彼には見えていた。

 

「──『追憶の鏡』」

 

 ──が、たった一言を椿姫は呟けば良かった。彼女達の前に現れた鏡。破壊された時にその衝撃を倍化して相手へ返すカウンター系の神器だ。ほどなく鏡は割れ、光槍はドーナシークの腸へと突き刺さる。

 

「あら、衝撃だけ倍にして返すのではなかったの?」

 

「それでは、神器をただ使っているだけではないですか。やはりそのまま自分の攻撃で苦しんで頂くのが一番かと思って、色々進化を試みたのですわ。朱乃の雷を放ってみなさいな、意外なものが見れます」

 

「……娘どもぉ! 貴様ら、混ざり物や下級悪魔ごときがこの俺を見下すなど──!」

 

 深い傷を負い激高する堕天使へ、朱乃は指を一つ指し示し、告げる。

 

「見下すなどと。敵は躊躇いなく駆除する、それだけですわ。……雷火よ」

 

 放たれた雷は炎を纏っていた。椿姫が神器を進化させていたように、朱乃は父の雷、母の炎を合わせ放つ域へと到達していたのだ──。

 

「あら、なるほど。反射の際に、金属の特性を付与したのですね」

 

 雷火は刺さったままの光槍へと吸い込まれ、外から雷と内から炎に焼かれ……最後の言葉も残せぬまま、突然の侵入者は灰になって風に攫われていく。

 

「そちらこそ、いつの間に姫島の炎を雷光に合わせるようになったのですか。まったく油断なりませんね」

 

「守られるだけではなくて、隣で共に戦える女でいたいとは思わなくて?」

 

「同意します。さて、今の音で久脩くんが目を覚まさないといいのですが……」

 

「妙な気配に目は覚めたよ。しかし、本当に強くなったね、二人は」

 

 二人の後ろには久脩の静かな笑みがあった。そんな彼を振り返る二人もまた笑顔であった。

 

「心をいつも包んでくれているんだから、身体ぐらい自衛しませんと」

 

「足手まといになるつもりはありませんから」

 

「いや、足手まといは俺のような気がするんだが……」

 

 悪魔の契約活動のための時間が迫り、久脩は朱乃と共に椿姫をシトリー眷属の住まう家へと送り届ける。送る途中で、堕天使を自称する黒紫色のボディコンスーツを着用した痴女に遭遇してしまったが、今度は久脩の神滅具の力により、強制的に見せたがりの変態であることを懺悔されられ、それでもなお神滅具の強制力で正座の姿勢を止められない中、グレモリーの魔法陣が現れたことで彼女の明暗は尽きたのだという。

 

「お手柄ね、久脩。私の管理地域に朱乃やその関係者以外の堕天使が入りこむなど……この件はアザゼルに突きつけるとするわ。彼女の身柄はこちらで預かる。ご苦労だったわね」

 

「アンタのためにやったわけじゃねーよ、グレモリー先輩。というか、自称じゃなかったんだな。自分の地域の管理ぐらいしっかりしてくれ。朱乃や椿姫達に危険が及んだらどうするんだ」

 

「ブレないわね、相変わらず。朱乃や椿姫達が無事なら他はどうでもいいわけでしょ」

 

「当然だろ」

 

「いやそこで胸を張るのはどうなのよ、もう。まぁいいわ。小猫、その簀巻きにした堕天使を運んでくれる?」

 

「はい部長。あ、安倍先輩。この前はご馳走様でした」

 

「ああ、ソーナ会長お菓子作り改善計画で出たあの大量のお菓子な。いや、こちらこそどう処理するかで困ってたんだ、また頼むかもしれん」

 

「はい、いつでも呼んで下さい」

 

 なにそれ聞いてないわよ! と叫ぶグレモリーの王はスルーして、椿姫から会長への報告も必要と早々に場を退散する三人であった。

 

「久脩と朱乃、二人ともいつか私の眷属にしてやるんだからっ!」

 

 駒王学園の二大お嬢様の片割れの遠吠えを背に、久脩達は支取邸への歩みを進める。椿姫単独であれば魔法陣で転移という方法も取れたが、こうやって夜の散歩を兼ねるのは三人にとって習慣でもあった。

 

「懺悔の強要だけで通じて良かったわぁ、俺より明らかに上位者だったら動きを鈍らせる程度の効果しかないもんなぁ」

 

「『究極の羯磨』……久脩くんの神滅具はなんというか、応用が利きすぎますものね」

 

 待機形態では四つ葉のクローバーのペンダントだが、起動させれば十字金剛とも言われるような三鈷杵を十字に組み合わせた形が正式なものである。

 そもそも羯磨という言葉自体が複数の定義を持っており、代表的なものが受戒・懺悔の作法、もう一つが行為・業・所作という何かを為す動きそのものを差す場合が多い。

 

 表向きは懺悔をせざるを得ないように心の均衡を著しく揺さぶり、敵対者の無効化を図る補助系神器となっているが……。

 

 羯磨の定義を知った転生者の彼が自重しなかった結果、各々が抱える業を一気に増幅させ、幻覚で個々が抱える原初の罪の形を見せて精神崩壊させたり、場面ごとに最も適した究極の行為を願うことで超常的な攻撃力や制圧力、防御結界を生み出したり……その分、生死の境をさ迷うような生命力や精神力の著しい負担を強いられるものだった。

 羯磨という言葉自体が仏教から来るものであるのに、聖書の神が生み出したという時点で矛盾に満ちる神滅具。持ち主の想像力によって、『聖母の微笑』に類似する効果を生むことすら出来る。

 

「わりと何でもアリだけど、対価は生命力や精神力だからよくよく考えて使えよーだもんな……。いや、よく生きてるよな、うん」

 

 結局、体力や精神力を鍛えないとそもそも神滅具を使いこなせないとなるため、生命の危険も関わるとなれば、鍛錬を欠かすわけにはいかなかった。所有者の成長に合わせて、神滅具の力も高まるという点では、まさしく神器である。

 

「私の時は『真羅椿姫は既に久脩くんに救出されている』という定義でしたよね。会長が考案し、朱乃が陽動するという救出計画がいい意味でご破算になったという……」

 

「丸一日の意識不明で済んだからな、うん。行為じゃなくて行為の結果を願うのは応用の範疇で負担も思った以上だったって奴だな。あれは久し振りに死ぬかと思った」

 

 自分の救出に命を掛けたとなれば、年頃の少女の心が惹かれないわけがあるだろうか。姫島の異端の娘だけでなく、魔に魅入られた真羅の娘を奪った神器持ちということで、五大宗家の襲撃をたびたび受けることになったのに、朱乃や椿姫が笑えるならそれが一番だと言い切った少年を。

 

「カッコつけ過ぎなの、ヒサくんは」

 

「意地張りたいのが男の子なの」

 

「だから、無茶する前に私や朱乃で障害を排除すると決めたんです、全く……」

 

 両腕に絡んでくる美女二名を邪険にも出来ず、到着した先で生徒会の皆に冷やかされたのは、当然とも言えるが予定調和である。




神滅具の定義は適当よー。
応用利くけど、願いによっては命を削るよー注意だーぐらいでおk。


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女王候補は女王(仮)をするようです

「え、嫌です」

 

「そこを何とか! このままじゃレーティングゲームの勝ち目がないのよ!」

 

「それはリアスのお家事情でしょう? 私を巻き込まないでちょうだいな。私は今日の晩の献立を考えるので忙しいから。最近、野菜が多めでお肉やお魚が少なめだったし……」

 

「お願いよぉ、あげのぉ!」

 

「ああもう、涙も鼻水も拭きなさいな。美人さんが台無しよ?」

 

 駒王町に侵入していた堕天使の一件が片付き、癒しの能力を持つ神器を宿すシスターがグレモリー眷属に加わってしばらく経った頃、朱乃はそのグレモリー眷属の王を宥める羽目に陥っていた。

 

「だったら、仮でもいいから女王やってくれる?」

 

「え、嫌です」

 

 以下、エンドレス。見かねた椿姫と上司であるソーナ・シトリーの懇願を経て、久脩共々臨時加入してもいいという話にはなったのだが……。

 なお、対価として、久脩達が自由に使える最新トレーニングルームや対人訓練が可能な場所の提供があった。ソーナやその眷属達も共通利用するのが条件ではあったのだが、その分充実した設備や広さが確保されている。所有名義は久脩とソーナの連名だが、メンテナンスはソーナ側は受け持つという契約条項もある。

 

「というか、相手側にその話通してないだろ?」

 

「大丈夫よ! 強力な助っ人を呼ぶのも自由にしろって言われてるわ!」

 

「それでも話は通せって、グレモリー先輩。そもそも勝ったら婚約破談にするからって話で戦うことになったんだろ。負けたら即結婚って人生ならぬ悪魔生かかってるんだし。後で難癖つけられたら、結局後を引くぜ?」

 

 そして再度、顔通しということになり、そこでリアスの婚約者というライザー・フェニックスとその眷属に面会した朱乃や久脩、なぜか同行したソーナの女王、椿姫なのだが……。

 

「んー? 人間に爆乳堕天使のハーフ、それにそっちの眼鏡でそそる大きな胸を持ってる女は、ソーナ・シトリーの女王じゃなかったか? まあ、非公式だから別に構わんが……まとめて俺の女にしてやってもいいんだぜ?」

 

「ほら、久脩くん。やっぱりハーレムを形成しているライザー様から見ても、私や朱乃は魅力的な女のようですよ」

 

「ヒサくんが我慢できず手を出しても責められることなんてないの……ね?」

 

 久脩の両腕にこれでもかと柔らく弾力のある自分の武器を押し付ける二人であるが、ここは顔合わせの場である。リアスは頬をひきつらせているし、立会者のリアスの義姉グレイフィアは内心頭を抱え、ライザーの女王ユーベルーナは何やら対抗心なのかライザーにべったりくっついていた。

 

「……人間。俺の誘いをダシにしてお前を誘惑する女どもにもイラっとしたが、そこまでやられて揉み返しもしないなんて、ひょっとしてお前不能なのか? ここまで女からアプローチしているのに手を出さないなんて逆に侮辱しているようなもんだぜ」

 

「ははは……似たようなことは良く言われます。貴方はすごい。ちゃんと皆さんを満たしている。貴方の眷属さんは皆、暗い顔をしている方がいません」

 

「ほぅ……見る目はあるみたいだな。まあハーレムを築く以上、自分の女は満足させられなければ男としての価値がない。お前は臆病者だということだ」

 

 朱乃や椿姫の空気が変わりかけるが、久脩は苦笑いを浮かべたまま。彼女達二人を抱いて開き直る度胸もなく、ライザーの指摘通りだと考えていた。

 

「……ふんっ」

 

「羯磨よ……!」

 

 突如ライザーの手から放たれる大火球。それは久脩達三人を確実に飲み込める大きさであったが、間を置かずに久脩の手から同等の威力の冷気が放たれ、蒸気となって霧散させられていく。息を荒くした彼の手には十字金剛がしっかりと握られている。

 彼の大火球を打ち消せる行為の実現を願った結果だが、ライザーも本気の一撃ではなかったのだろう。体力と魔力の消費は全力の短距離ダッシュを繰り返した後のような疲労で済んだようだった。

 

「その割には『覚悟』はあるみたいじゃないか。迷わず前に出たよな、お前」

 

「ライザー様っ!」

 

「余興ですよ、グレイフィア様。このライザー・フェニックス……追加の助っ人の件、了承しようと思います。レイヴェル、ああ一時的に眷属にしている俺の妹だ──会食の用意を頼む。ただ、最後にそちらの三名は夕食に付き合ってもらおうか」

 

 断ったら助っ人の件は無かったことにしようという空気を漂わすライザーに対して、ぐぬぬと言いながらリアスは撤退。三人も已む無しと夕食の席に出たのだが……。

 

「だからな、俺はユーベルーナをはじめとする眷属が第一なんだよ! 親父が酒の勢いでリアスとの婚約話をまとめて、こっちが家格が下だから撤回も出来ねぇし……そりゃリアスはいい女だぜ?! 外見は言うまでもなく美少女だし、あの素直に感情を現す表裏のなさは性悪女が多い貴族出の女の中では好感度が高い! ただな、俺にとってはどうしても眷属の次なんだよ! ただ、純血悪魔が恐ろしく減ってるのは事実で、下手すりゃ御家断絶ってのも俺ら悪魔にとっては現実なんだ……上層部の爺さん達からも発破を掛けられてい……」

 

 酔っ払ったら本音が出るわ出るわ。神器の力が及ぶかなと試してみた久脩も悪いが、ライザーが普段吐けない本音がぽんぽん飛び出す始末になってしまった。夕食後の部屋飲みで良かったと胸を撫で下ろす久脩たちと付き添っていたユーベルーナである。

 

「ありがとうございます、安倍さん。貴方のお陰でライザー様が溜めていた鬱憤を吐き出せたようです。久し振りに満足げな顔でお眠りになっていますから」

 

 膝枕をしながら眠りの中にあるライザーの髪を撫で、彼の女王は慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。対して、久脩の両膝にもやはり眠りの中にある朱乃と椿姫の姿がある。

 

「グレモリー先輩に建前上、本音を出すわけにもいかないライザーさんの立場もよく分かりましたから。好きな女性と堂々と連れ添うこともままならないなんて……やってられないって気持ちになるのも仕方ないっていうか」

 

「どんな形であれ、私は愛するライザー様とこの命尽きるまで共に歩むだけですわ。他の仲間達も同じことを思っているでしょうけど。きっと、姫島さんも真羅さんも同じように考えているでしょう」

 

 冥界では十五の齢を数えれば一人前の扱いとなる。今、久脩達がいるのは冥界のフェニックス家。転生前以来の酔いが回った感覚に、久脩はライザーと同じく本音をこぼす。

 

「俺も、朱乃や椿姫と一緒にいたいです。だけど、俺は人間なんです。長い時を生きる二人を絶対に置いていってしまう。かといって、悪魔や堕天使になる踏ん切りも勇気もない、ライザーさんの言うように臆病者なんだ、俺は……」

 

「その思いだけでも伝えてみるといいかもしれませんね。彼女達が待ち続けると決めるのか、踏ん切りをつける方向へ進むのか、後押ししてあげてはいかがでしょう。また、彼女達と一線を超えるのと、一生を共にするのは必ずしもイコールではない……分かっていらっしゃいますよね?」

 

「それは、男の傲慢じゃないですか……」

 

「その傲慢さを願う時もあるのですよ、待つ側としては。自分の想いをどこまでも貫くと覚悟するか、あるいは断ち切る決意をするのに、一夜の思い出がどうしても必要な時もありますから。なんにせよ、まだ人の寿命で言っても貴方は若い。あと五年ぐらいはじっくり考える時間がありますよ」

 

 思わぬ形でアドバイスを受け、椿姫がまさかの騎士枠で臨時参戦となりつつも、『手加減はなく本気で叩き潰しに行く』と久脩達を認めたライザーとユーベルーナから、改めてレーティングゲームまで十日の猶予を取ることになっていた。

 

「試合は十日後だ。リアス達にとっちゃ少し猶予が延びた形だが、覚悟が定まってない鍛練をいくら続けても俺達には届かない。お前らはある種の覚悟が出来ているようだが、もう少し覚悟を決めてもらおうか」

 

 翌朝、わざわざ見送りに来たライザーはそう口火を切った。

 

「俺が勝てばレイヴェルを母に引き取ってもらって、お前を俺の僧侶にするのも面白い。リアスの小間使いとしてな。その代わり結婚自体はリアスの大学卒業まで待つと言えば、過保護なリアスの家族は必ず乗ってくる。人間一人を生贄に娘の自由時間が少しでも増えるならと……お前としては不愉快極まりないだろうがな」

 

「脅しですか」

 

「傲慢さが悪魔の美徳の一つだ。転生悪魔となって俺のハーレムを日常的に目にしていれば、お前も決心が固まるだろう? 俺に強引に本音を吐き出させたお前だ、これぐらいの意趣返しはせんとな」

 

 彼の言葉に朱乃と椿姫は目の色を変える。むしろわざと負けるまでアリではないのかと。

 

「お二人とも、そんな都合のいい話ではありませんよ。ライザー様の眷属である転生悪魔、しかも唯一の男性となればライザー様の側近候補と周りは見ます」

 

「資金力に優れるフェニックス家に繋ぎを作るには格好の標的といったところか、くくく……」

 

「潰して差し上げますわ」

 

「再起不能になってもお許しくださいね」

 

 熱い手のひら返しに久脩は昨晩から数えてもう何度目かの苦笑いを浮かべた後、瞳を閉じて一つ大きな息を吐き、再びその目を見開いた。その瞳に灯る意思を確認しライザーは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「消化試合と思っていた一戦が死力を尽くすべきものへと変わるのだ。小狡い知恵の回る人間やその仲間のお陰でな。どうやって俺の不死性を超えてくるのか楽しみにしているぞ?」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「勝つ以外ありません。勝たないと俺はグレモリー先輩の尻拭いを千年単位でやらされる羽目になる」

 

「いくら何でも言葉が過ぎるわよ、久脩……!」

 

「じゃあ朱乃や椿姫を連れて高飛びしますよ、それもいざとなれば選択肢に入ってますから」

 

「そうね、やるからには勝ちましょう。私も全力を尽くすわ……これまでも、これからも期待しているわよ、久脩」

 

 どこか調子のいいリアスだが、美少女というのは得だ。それすら茶目っ気で許されるところがある。久脩も彼女に言ってもどうせ直りはしないという諦観がある。

 

「五秒前と言ってることが全然違うんですが。まあ、やるからには勝ちにいきましょう」

 

 ライザーは久脩を認めた上で、全力で潰すと宣言していた。その意気に答えたいと思う程度には、久脩も男の意地というものを持っている。

 会長や椿姫の提案に乗りはしたが、ライザーやユーベルーナの助言で、朱乃や椿姫の思いにどう向き合うのか、自分の中で切っ掛けが出来たと感じていた。そんな彼らを幻滅させない程度には、結果を出さなければならないと承知していた。

 

「うふふ、聖水に十字架、光力もたっぷり込めてぶつけて差し上げましょうか」

 

「『追憶の鏡』や兵藤くんの力で倍加してぶつけるだけで、見るも耐えないことになりそうですね……朱乃は手に持っても特に問題ないわけですから」

 

「彼の人となりも知りましたけど、ヒサくんを馬鹿にしたことにはしっかりお灸を据えませんとね……うふふふふ」

 

 久脩の若妻(自称)二人はどう料理するか方法を楽しそうに話し合っている。手段を問わず、勝利の結果だけを手繰り寄せるために。正々堂々? なにそれ美味しいの。不意打ち、強襲、ブラフ万歳を地で行く二人である。

 

「久脩、ちゃんと手綱握ってなさいよぉ……」

 

「無理ですって。それに、王をやるってことはちゃんと朱乃達を制御しないといけないんですよ。グレモリー先輩、カリスマの見せ所です」

 

「カリスマかっこ笑いですね分かります」

 

「小猫、貴女は誰の味方なの!」

 

「餌付けされてしまっては抗えないです。部長、ごめんなさい。もぐもぐ」

 

 見事な棒読みだが、小猫は朱乃や椿姫の容赦なさに逆らっては命が危ういと猫叉の本能に従っただけだ。決して王を裏切る意図はない。あと、朱乃や椿姫の作る料理やお菓子は美味しいのだから仕方のないことだった。仕方がないってたらない……にゃあ。

 

「地の文に干渉するなんてすごいなー憧れちゃうなー」

 

「それほどでもない……にゃあ」

 

「久脩、小猫、いい加減にしてちょうだい!」

 

「木場、なんか勝負になりそうな気がしてきたぜ……」

 

「奇遇だね、イッセーくん。あの助っ人女性二人を生かし切れれば勝ち手が見えている気すらするよ……」

 

「全然気負いのない皆さんが頼もしいです! 私も皆さんを一生懸命癒しますね!」

 

 初のレーティングゲームを間近にしながらも、オカルト研究部は平常運転であった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「というわけで、もしもだよ? もしライザーくんが勝ったら魔王権限であの子はソーナちゃんの眷属にしちゃおうかな☆」

 

「しかし、それではリーアたんが愚痴の捌け口やサンドバッグを失ってしまうじゃないか!」

 

「ぶっちゃけるね、サーゼクスちゃん☆ でも、そんなことをさせるなら、本気で私もヤるよ? アザゼルちゃんが目を掛けていて、ソーナちゃんが気兼ねなく話せる友人で、椿姫ちゃんが惚れてる男の子だもんね~☆」

 

 どこぞの冥界の帝都でそんなシスコン魔王の二柱が一触即発の状態に陥っていることなど、人間界で合宿を再開したオカルト研究部や、助っ人三人組が知るわけもなかったのである。




チャラくても、眷属の女達には本気なライザー君。
その中で一番の寵愛を受けているのが、ユーベルーナさんというところです。

ハーレムを築けている以上、眷属全員から本気の愛情を向けられて、
かつライザーも堂々と受け止めているほうが不幸せな女は出ないよなという単純な考えです。


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女王二人を従えるならやはり王でなければ

「流石に戦い慣れしているわね……」

 

 駒王学園を模したレーティングゲームのフィールドで、体育館を利用し、相手の兵士や戦車をまとめて仕留めたまでは良かったが、その直後の隙をつかれ、小猫が脱落。

 中継映像の向こうでは今回限りのグレモリー眷属側の女王を担当する朱乃が、ライザー側のユーベルーナと相対していた。

 

「えっと、会長。それはどちらの話です?」

 

「両方よ。ライザー側も、姫島さんも」

 

 ソーナ達も女王の椿姫が助っ人参戦していることで観戦を許されており、その映像を真剣に見つめながら、自分達も近々参加することになるゲームを見据えていた。

 

「サクリファイスというわけではないけれど、体育館を崩壊させることを兵士数名と戦車一名をまとめて倒した直後の油断を、ユーベルーナは的確に突いた。姫島さんはすぐに防御結界を張って爆風を防いだけれど、塔城さんは倒れ、兵藤くんも大きなダメージを追って、本陣への一時退却を強いられている」

 

「新しく加入したアルジェントさんが回復を担えるのは大きいですね」

 

「姫島先輩も容赦ねえな……光力全開の雷光で、あの相手女王があっという間にボロボロになってやがる……」

 

 画面の向こう側、朱乃の表情は感情を押し殺すような、能面に近いものとなっていた。

 

「回復アイテム、お持ちなのでしょう。お飲みになって頂いて構いませんよ」

 

「ふ、ふふふ、流石は雷光のバラキエル殿の血を引く貴女。悪魔の天敵ともいえる能力をお持ちですね……」

 

「ヒサくんに言われていたのに、自分の不甲斐なさに腹が立って仕方ないのです。上手くいったと思った後こそ、気を引き締めろ……それなのに、貴女の狙い通り、あの子を撃破されてしまった」

 

「雪蘭達の無念、晴らさないわけにはいきませんので」

 

 ガラス瓶の液体を飲み干し、ユーベルーナはもう一度顔を上げる。目の前のグレモリー側の女王をこの場に出来るだけ長く足止めすることがすなわち勝利へと繋がると知っているから。

 

「この心の苦さ、糧としてみせますわ。ユーベルーナさん、貴女をここで落とし、ライザーさんと相対するヒサくんの懸念を確実に削る」

 

 纏う雷光に炎が渦巻く。フェニックスと同一視されることもある朱雀の炎を目にして、ユーベルーナは一層の覚悟を固めた。

 

「木場くん、うまく罠に嵌めて兵士を撃破できたようですね」

 

「イッセーくんの回復に時間がかかるだろうし、こちらに有利な状況に少しでも持ち込まないとね。ライザー、ユーベルーナはあの二人だけで僕ら全員を相手取れる実力者だ。早めに数の有利を確保しないと……ん、校庭で仁王立ちしているのは相手の騎士?」

 

「私はライザー様の騎士、カーラマイン! シュリヤー、マリオン、ビュレントをトラップを使って撃破したようだが、騎士道にあるまじき行い! 近くにいるのだろう、グレモリーの騎士! 聞こえているだろう! お前達は臆病者の卑怯者か!」

 

 相手の堂々たる挑発に、祐斗は顔を歪め、椿姫は何を言っているんだと呆れ顔といった対照的な反応を示す。『はぁ』と椿姫はため息を一つ吐き、祐斗に出るように勧めた。

 

「私は臆病者の卑怯者でも勝てるならそれで構いません。あくまで臨時の騎士待遇ですし。ただ、貴方は違うのですね、木場くん」

 

「ああ、あそこまで言われて黙ってはいられないよ……後を頼んでいいかな」

 

「彼女との戦いはお任せしますよ。その周りに身を潜めている残りの騎士や兵士達を相手するとしましょう」

 

 騎士扱いで参戦している椿姫は女王としての力を封じられながらも、神器や真羅の力を使い、遠距離からの攻撃や、地面に埋め込んでいた武器を使って死角からの奇襲を仕掛け続けるのだった。

 

「……椿姫、金属生成と操作を完全にモノにしていたのね。木場君と違って魔剣の要素は持たせられないけど、投剣や投槍を神器で反射させて威力を倍加した状態で放っている」

 

「あちこちに生成した武器を埋めてあるみたいだし、ある程度任意の場所に直接生成出来てますよね。対多数の戦いを想定した戦い方……」

 

「純粋な攻撃力では、やはりパワータイプに劣るとあの子は分かっています。だからこそ、自分の利点を知り、伸ばすことに懸命になっている。自慢の女王です、本当に……」

 

 グレモリー眷属が優勢気味に試合を進める中、ライザーは動く。炎だけでなく風を司る彼は、戦域全体に伝わる声を発し、リアスを挑発。あっさり王同士の対決へと持ち込むことに成功していた。

 

「阿呆か、グレモリー先輩。自分じゃライザーさんを倒す一撃を放てないって言ってた癖に。眷属にばかり戦わせるのが情愛のグレモリーのやり方かって挑発されてホイホイ乗るだなんて……」

 

 幸か不幸かイッセーの回復のため、戦闘エリアからはアーシアは離れた場所にいる。回復役の即時リタイアは防げているが、そもそも王が敗れればその瞬間敗北が確定する。

 

「リアス様の性格を良く知っていますから、お兄様は」

 

 イザベラという顔の半分を仮面で覆った女性を護衛に、レイヴェルは久脩と対峙しながら会話をする余裕があった。自分から戦うつもりはなく、仕掛けられればイザベラが盾になる。その隙にフェニックスの劫火で焼き尽くせばいいのだから。

 

「修正力、なのかね。となれば、やっぱり動かないと駄目、か。……レイヴェルさん。俺が死に掛けたら、ライザーさん達が涙を使ってでも回復してくれるって話、あれ信じていていいんですかね。仮に俺がライザーさんを酷い目に合わせたとしても」

 

「兄は誇り高きフェニックスの男ですわ。いざとなれば、私が代行するようにも言われております」

 

「そっか。じゃあ、せいぜい足掻くとするかな……朱乃や椿姫が頑張ってるわけだし、王って柄じゃないけど俺も意地は見せないと」

 

 先日、ライザーの火球を打ち消したのは、自分が魔術の素養があるからという話で煙に巻いていた。ただ、彼と本気で戦うとなれば、『究極の羯磨』の力を使うしかない。

 

「貴方が何かしら隠れた力を持っていると、兄やユーベルーナは確信すらしていました。その力をしっかりと見せて頂きますわよ?」

 

「ああ。さて、キャスリングをこちらから発動して──」

 

「待ってくれよ、久脩っ!」

 

「……兵藤」

 

 アーシアをお姫様抱っこしながら、こちらに駆け寄ってくるイッセーは全快に戻っているように見える。対して、アーシアはやや疲れが見えていた。それだけ癒しの力を行使したのだろう。

 

「ったく、一緒に合宿組んだ仲なんだから、イッセーって呼べって言ってんだろ。お前、ライザーんところに乗り込むつもりだろ! 俺も行くぜ!」

 

「ということなんですが。それでも見逃して頂けますか、レイヴェルさん」

 

「兄は負けませんわ。と言いますが、まとめてキャスリングなさるつもり?」

 

「……力を使うべき時だと覚悟は決めています、詳しいことは明かせませんけどね。アルジェントさんは入れ替わりでこちらに来るグレモリー先輩を頼む。多分、勝負にケチをつけたとか激しく怒ると思うけど、男二人がどうしてもカッコつけさせて欲しいって言ってたとでも伝えておいて」

 

「おう、部長の勝利は俺達がつかんでくるってな! 女の子の笑顔は男が守るもんだ!」

 

 羯磨金剛をその手に魔法陣を発動させる久脩。レイヴェルはその瞳に覚悟が宿っているのを分かっていたが、なぜ人間の身で死地へと赴くのにどうして澄み切った瞳をしているのか、それが最後まで分からなかった──。

 

「……だまだよ、ライザー! ってあら?」

 

「部長さん、じっとして下さい。傷を癒しますから……」

 

 傷の治療を受けながら、レイヴェルから戦車側からの強制キャスリングを発動させられたことを聞いたリアスは、久脩達の予想通り戦いを中断させられたことに怒りを顕わにした。

 

「あの子達、勝手なことを──!」

 

「意地を張ってきます、と。男としてリアス様の笑顔を守りたいと格好つけたいのだ……そう言っていましたわ。私には良く分からない感情ですけれど」

 

「待ちましょう、部長さん。イッセーさん達はきっと勝ってくれます」

 

「……駄目よ」

 

「部長さん?」

 

 治療を遮り、リアスは立ち上がる。悪魔の羽を広げ、アーシアの手を取りながら。

 

「イッセーやあの久脩が戦っているのに、王である私が休んでいるわけにはいかないわ。祐斗も朱乃も椿姫もまだ交戦中のはずよ」

 

「させませんわよ? 私はこの戦いを傍観するつもりでしたが、兄の戦いをこれ以上邪魔するのならリアス様にここで脱落して頂きます。……イザベラ、ここでグレモリー眷属の王を叩きますよ。身動きの取れない程度までは、ダメージを負って頂きます。まずはあの僧侶から撃破するとしましょう」

 

「くっ……。アーシア、下がりなさい!」

 

 ついにフェニックスの劫火がもう一つ、戦場に舞う。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「なっ!? なんであっちでもすげー火柱があがってんだよ!」

 

「……リアスが、レイヴェルを怒らせたということだ。傍観者の立場を止めさせる位にな」

 

 本格的な戦闘に入る前に、ライザーはあえて情報を与えていた。表情は既に落胆の色を隠そうともしていない。

 

「せっかく戦車のお前がキャスリングをしても、これではな……」

 

「いや、時間稼ぎの甲斐はあったさ」

 

『ライザー・フェニックス様の「僧侶」「騎士」二名、「兵士」二名、リタイア』

 

 久脩の一言の直後に流れるアナウンス。祐斗と椿姫が勝ったという知らせであった。イッセーは思わずガッツポーズを決めて、久脩は羯磨金剛を突き出しながら、ライザーへと啖呵を切る。

 

「グレモリー先輩の方は、木場や椿姫がフォローしてくれる。さぁライザーさん。脆弱な人間の命をかけた底力、受けてもらうよ。『イッセー』、覚悟を決めろよ。俺が生命を削るんだ、俺より長く生きるお前はなんてことはないだろう──!」

 

「おおっ! 籠手よ、俺の左腕を持っていく代わりに、アイツをぶっ飛ばせる力を寄こしやがれぇぇぇぇぇぇ!」

 

「く、くはははは! 俺の不死身を超えられるのなら、やってみせろ!」

 

「言われなくても、やってやらぁ──!」

 

『Welsh Dragon Over Booster!!!!』

 

 赤い全身鎧をまとったイッセーはライザーへと殴りかかり、反撃の炎に晒されながらも、フェニックスに苦悶の声を上げさせることに成功する……!

 

「ぐ、うっ!? この、痛みはっ!? 再生が、遅い!?」

 

「龍の手になれば、悪魔だろうと十字架だって持てるからなぁ! たっぷり聖水はまぶしてあるぜっ! コイツもくれてやるっ!」

 

『Transfer!!』

 

「ぐぁあああああ!? 貴様ぁ!」

 

「聖水への譲渡だ! いくら不死鳥でもこれは効くだろうがよぉ!」

 

 苦しげな声、身体が溶けて煙が上がる。確かにライザーは激痛の中にあった。だが、彼は伊達に実戦経験を数多く積んできたわけではない。焼け爛れていた身体の部分を強引に引き千切り、それをそのままイッセーの鎧が崩れていた箇所へと叩きつける!

 

「い、てぇぇえええええええ!!!!!」

 

「鎧が崩れたところは悪魔の身体だ! てめえだってタダじゃすまねえだろうがぁ! 俺はフェニックスだ! 眷属達の王なんだよ! 俺が倒れたら、サクリファイスの戦術を笑顔で飲み込んでくれたアイツ等に合わす顔がねえんだ! ぽっと出の手前等に負けられないんだよ!」

 

 激痛に途切れたイッセーのラッシュ。僅かな隙間がライザーとの間に空いた途端、走ったのは雷──!

 

「ぐぉぉぉぉおぉ! これは光力だと!? 久脩ぁ!」

 

「朱乃の親父さんの力を行為として現実にした! どうだよ! 全身勝手に裂傷だらけで、正直視界も半分血で染まってるけどさぁ、対価を払えばこれぐらいのことは出来るんだよっ! どの道、アンタを倒すぐらいの力となれば、生死を賭けないと今の俺じゃ到底届かないからなぁ!」

 

 久脩の身体を包み、羯磨を通じて放たれ続ける雷光。それは朱乃の父、バラキエルが放つ雷と寸分変わらぬもの。ただし、加速度的に久脩の生命力と精神力が磨耗していく。少しずつ、少しずつ、放たれる雷は縮小し始めていた。

 

「イッセぇぇぇぇぇぇぇ! 砕けよ! 後何秒持つかわかんねぇぞ!」

 

「ライザぁああああ!!!!」

 

「俺は純血悪魔のフェニックスだっ! 毒すらこの炎で全て燃やし尽くしてやるっ!!!!!!」

 

 劫火がイッセーを、久脩を飲み込む中、打撃音と雷はその後数秒間、鳴り響き……。

 

『リアス・グレモリー様の「兵士」「戦車」リタイア』

 

 ──戦場に、アナウンスが響いていく。

 

『ライザー・フェニックス様、リタイア』

 

『リアス・グレモリー様、リタイア』

 

 王が同時に討ち取られるという結果で、戦いは幕を下ろすのだった。




そろそろ完結ですかね。


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イチャコラの見本を見せつけられてしまいました

あと二、三話で終了ですかね。

コカビエル戦を書くかどうかってとこですが、
書いてもダイジェスト版になりそうです。


 「はい、あーん」

 

「久脩くん、痒いところはありませんか?」

 

 ゲームの結果として、ダブルノックダウンになった両陣営。そのため、即時結婚の話は立ち消えたが、婚約の問題は変わらず残ったまま。ただ、両陣営の王が本来ならば快癒に長期間かかるような大怪我を負う事態となり、正式にグレモリー側からフェニックス側へ婚約解消を申し入れる結末となった。性格の不一致が明らかで、かつ自重するつもりが双方にない以上、夫婦喧嘩のたびに領土が焼け野原になるのを避ける判断もあったとかなかったとか。

 結果としてリアスの願いどおりとはなったが、グレモリー家の名声に大きなマイナスになったことは変わりなく、酒の勢いに飲まれた当主ジオティクスや婚約を破棄させたリアスは『亜麻髪の絶滅淑女』の怒りをその身で痛感することになったという。なお、リアスは久脩と同じく、未だ療養中の身である。

 

「ちょ、椿姫さん、だ、大丈夫ですから! それ以上はマズイ!」

 

 多数の裂傷ばかりでなく、内部の神経系統が著しい損傷を負っており、ゲーム終了直後の彼は自分の身体を自分の意思で動かすことが不可能となっていた。朱乃や椿姫がマウストゥマウスで強引にフェニックスの涙を嚥下させ、全身不随になる状態は回避したものの、人間の回復力の限界もあり、フェニックス側から用意された駒王町近くの病院で療養中である。もちろんフェニックス家の経営する病院で、久脩は特別病室を貸し与えられていた。

 回復途上である彼は回避行動も取れないため、汗を拭うタオルを持つ椿姫の手が本人の意思を無視して充血して膨張する身体の一部分近くまで迫っても、言葉以外に制止する術を持たないのだ。

 

「ふふ、うまくまだ身体を動かせませんでしょう? 大丈夫です、昂ぶりもちゃんと鎮めますから……」

 

「椿姫、オイタはそこまでよ。気持ち良さがあるとしても、思うように私達を組み敷けないのは逆にヒサくんのストレスになるわ。そういう身体の毒抜きを手伝うのは就寝中になさいな」

 

「……そうね、先走り過ぎたわ。晩まで待てばいいことだものね」

 

 そういえば、入院してから晩は絶対に目が覚めないことに久脩は気づく。眠りに落ちれば朝まで熟睡だし、二人が添い寝していても同じくだ。自宅や姫島邸で眠る際は二人の吐息や香りで目が冴えて、煩悩を振り払うために街中を走り回ることだってあるのに。

 

「朱乃、椿姫さん。あのぉ、晩に何かあるんですか?」

 

「うふふ、今のヒサくんは心身を癒すことを考えて下さいな。私達はそのお手伝いを少しでもできればと考えているだけですから」

 

 微笑む朱乃の瞳には光はなく、深遠の闇が広がっていた。久脩は決断する。今の自分が触れるべきではない。まず、対価を払った自分の身体を元に戻すことだと。朱乃の差し出すスプーンを雛鳥のように啄ばみながら、彼はそう考えるのだった。

 

「久脩ぁ、体調はどうだよ!」

 

「お邪魔するよ、安倍くん」

 

「し、失礼します……」

 

「します」

 

「おう、塔城さん。挨拶は大事だ。古事記にもそう書いてあるだろ?」

 

「ドーモ、アベさん。トージョー=コネコです」

 

「これは丁寧にどうも。アベ=ヒサナガです」

 

 グレモリー眷属の一行がお見舞いに訪れる中、小猫の振りに答えて、某アメコミ交じりの挨拶を交わす久脩。二人ともどこか満足気な顔となり、周りは困惑する者、苦笑いする者、それぞれの反応を見せていた。

 

「塔城さんはこういう振りが通じるから、楽しいわ、ほんと」

 

「あらあら、私も覚えたほうがいいかしら?」

 

「いや、朱乃や椿姫にやられると逆に申し訳なさが先に来るからマジ勘弁。気安い後輩だからこそ出来る、ネタのやり取りというか」

 

「はい、姫島先輩や真羅先輩は安倍先輩の隣でそうやって微笑んでいるのが一番です。イッセー先輩もこういうの知ってるはずなんですけど、反応が遅れるんですよね」

 

「芸人失格だよな、ほんと」

 

「ええ、皆を笑わせる芸人役も出来ないなんて、やっぱり変態にしかなれないんです」

 

「ちょっと待てぇ! なんで俺が悪いことになってるんだよぉ!」

 

 複数の笑い声が上がり、オチにされたイッセーが抗議の声を上げる。彼等の日常が、戻りつつあった。

 

「戻ってきた、って感覚だな。後はイッセー、お前達の方はグレモリー先輩が戻ればバッチリだな」

 

「おう、通信で話す限りは元気そうなんだけどな。腫れ上がった頬とか痛々しい姿を見られたくないから、もう少し待ってくれって」

 

 戦いが終わり、久脩はイッセーと呼び方を変えていた。共闘とした者同士、通じるところがあったのだ。なお、リアスの顔が腫れ上がった理由については、問いかけた途端に彼女の眷属達が一斉に目そらししたので、久脩がグレモリー家のヒエラルキーを思い出し、あっ(察し)となっていた。

 

「と、ところでイッセー、左腕は魔術か何かで、普通に見せてるのか?」

 

「おっ、そうだな! えっと、ああ、本当は籠手が出っ放しだ。ただ、流石にいつも見えてるとまずいってことで、部長のお兄さん達が見た目を誤魔化せるブレスレットをくれた」

 

 露骨な話題転換に棒読みで答える二人のやり取りだが、誰も突っ込まないことで会話はスムーズなものへと戻っていく。

 

「魔王様、太っ腹だな」

 

「よく相打ちに持ち込んだって礼を言われたよ。本当はお前にも直接御礼を言いたいみたいだけど、お前の体の状態がやばかったからな。治療優先で、んで魔王様達は超多忙だからな……」

 

「別に魔王様達に礼を言われるためにやったんじゃないさ。俺は俺で、ライザーさん達に覚悟を見せるために戦った。それだけだ」

 

「だけど、お前の寿命は縮まった。そんな簡単な話じゃねえだろうが……」

 

 久脩から見ても、イッセーは変態だけどいい奴だと思えた。変態なのが惜しいが友情に篤い男なのだ。変態なのが残念だが。

 

「なんかすげぇ蔑まれた気がする……」

 

「気のせいだ。ただ、ありがとうな。覚悟ってのは、人の身を辞める覚悟も含まれてる。朱乃や椿姫をこの先もずっと守っていく覚悟……俺もさ、ずっと朱乃や椿姫を放したくない。結局、その想いから目を逸らしていただけなんだ」

 

「……久脩」

 

「俺は守れりゃいい。二人はそれぞれいつかお似合いの男を見つける。それを見届けりゃいいってな。ただ、やっぱり苦しくてな。フェニックス戦は俺にとってもいい機会だったんだ」

 

「そっか、じゃあ……俺が部長と結婚する時にゃ絶対呼ぶからな! 早く上級悪魔になって、部長にハーレムのクイーンになってもらう!」

 

「でかく出たな。ま、頑張れよ」

 

「ちくしょー、勝者の余裕がムカつくぜ……」

 

 軽く拳を打ち合わせるにも、木場が久脩の腕を支えて、その上で傷に響かないように気遣った上でのこと。男同士のやり取りを小猫やアーシアは微笑ましい目で見守る。なお、突然の覚悟の独白を受けた朱乃と椿姫は、二人で異常に慌てて取り乱していた。

 

「なんか、羨ましいですよね。男の子同士しか分からないって感じで」

 

「ふふ、でもイッセーさんも、安倍さん達も、本当に嬉しそうです」

 

「姫島先輩と真羅副会長のこの慌て方も物凄くレアですよ。撮っておいて後で安倍先輩に売りつけます」

 

 朱乃と椿姫が我に返った後、アーシアの『聖母の微笑』による自己回復力の促進を受けながら、改めて久脩はこの後の自分が歩もうとする道を口にしていた。

 

「人から長命種に変わる、それは決めた。遅くても大学卒業するぐらいまでには、かな。ただ、俺の力が弱いのも分かっているし、このペースで対価を払っていたらもっと早くしないとマズイって感覚もある」

 

「昏睡状態が今回は三日間でしたが……フェニックス家のお医者様の見立てでは、昏睡状態が続いた日数分、寿命も削られていると思っておくべきだと」

 

「ヒサくんの寿命は既に十年以上、縮んでいると思っておくべきですわね……」

 

「戦いから遠ざかれば焦る必要もないって話だが……朱乃や椿姫を守る以上は、そうはいかないだろうしな」

 

 面会時間が終わった後の就寝前にライザーとユーベルーナが顔を出すことがある。朱乃や椿姫は泊り込みなので、たいてい同席しているわけだが、ライザーからも警告をされていた。堕天使幹部の一人娘、シトリー家次期当主の女王、そして長らく行方不明となっていた神滅具『究極の羯磨』の所有者が狙われないわけがないと。

 

「じゃあ、じゃあさ! 部長の眷属になるのか!?」

 

「それも選択肢の一つなんだろうが、グレモリー先輩が調子に乗るのが見えてるから、選ぶとしてもギリギリまで言わねえ。……先輩や友人としては情が深い情熱的な人だなで済むけど、王として仰ぐには戦いは正々堂々の先輩と勝てば官軍の俺じゃ明らかに反りが合わないって、正直」

 

「確かにお前は臆病者と言われても、そのまま流してたって部長は怒ってたっけ……」

 

「俺はまだ人間だし、戦いなんて相手を油断させてなんぼと思うからな。武道の試合なら別だけどさ」

 

 これは俺の考え方だからと、久脩は一旦話を打ち切るが、グレモリー眷属は朱乃や椿姫の戦いについての考え方が久脩の思考と同じだと気付く。恋する女達は思考パターンまでも同一化とするのかと内心戦慄したが、それは置いておくとしよう。

 久脩の言葉にニコニコ笑って微笑んでいるのだ、触らぬ女神達をあえてけしかける必要などどこにもない。命は大事に。心は一つとなっていた。

 

「実は支取会長経由でレヴィアタン様や、堕天使の総督アザゼル殿が既に動いてくれている。今のまま行けば、悪魔や堕天使に転生する可能性が高い」

 

「大物の名前が出てきたね……」

 

「アザゼル殿とは朱乃の家で何度も飯を一緒に食べたり、ゲームに興じたりしてるしな。レヴィアタン様は椿姫や支取会長の延長線で頻繁に顔を合わせてる」

 

 仕事も投げ出してきたりするため、仕事のフォローをさせられたり、勢力外秘扱いの書面も何度か見てしまっている。あまりの軽さに頭を抱えていたところ、同じ悩みを持つシェムハザ副総督やソーナとの直通連絡先を預かる羽目になったが、彼等からは居場所の特定がやり易くなったと感謝されていた。なお、互いにいい胃薬が見つかれば送り合ったりもしている。そんな裏事情は総督や魔王の名誉のため、久脩が口にすることはないが。

 

「魔王様とか、ほんとに軽過ぎないか……?」

 

「責務から解き放たれたい時もあるってことだろうけど、解き放たれてる時間の方が長い時もあるからな。まぁ、今はその話は置いておこう。これ以上知れば、遠慮なく巻き込むぞ?」

 

「俺は何も聞いてないぞ、久脩!」

 

「イッセー、利口な奴は俺も嫌いじゃないぜ」

 

 久脩に見えた影にイッセーは全力で危機回避を行う。そんな感じで『近々人外になるからこれからも仲良くはやろうぜ、ただし眷属化は勘弁な!』という久脩の意向をグレモリー眷属は主へと正しく伝えて、リアスは美少女がやってはいけない歯軋りをするのだが、知る術などないのである。

 

「なるほどな、じゃあ本気で僧侶の枠を空けておこうか? お前ならそう時間がかからずに上級悪魔になれるだろうし、そうしたらその二人も自分の眷属に出来るじゃないか」

 

「ライザーの眷属になって、毎日お前の眷属と幸せそうにしてる様子を見せられるなんて冗談じゃない」

 

「お前もその二人を連れてくればいいじゃないか。部屋はいくらでも余ってるし、ソーナ・シトリーの眷属の仕事があるのなら、移動用の魔法陣を邸内に設置しておけばいい。許可した者だけが通れるようにしておけばいいのだしな」

 

 就寝前に回復状態の確認をとライザーが隠密に訪ねてきたため、ユーベルーナに促され見舞い客用のソファーの上で体勢を変えるライザーと、朱乃と椿姫に抱えられて姿勢を変える久脩。二人は膝枕と耳掃除をされながらのやり取りである。既に互いを名前で呼ぶことを許す程度には気安くなっていた。

 

「ふふ、ライザー様。綺麗になりましたわ」

 

「こちらも終わったわ、ヒサくん。ほら、ふーっ」

 

「うひゃっ」

 

 悪戯っ気を出した朱乃が膝に頭を乗せている久脩の耳に息を吹き込む。その行為に変な声を出してしまう久脩を見て、ライザーは思わず笑いを漏らす。

 

「お前はどうにも、従えているという感じではないな。その二人に従えられているというのが似合っている」

 

「ハーレムの王だと堂々としてられるお前も理解できねーよ」

 

「ふふ、ライザー様にはライザー様の良さが、久脩さんには久脩さんの魅力がありますわ。私はライザー様のあり方に惹かれ、朱乃さんや椿姫さんは久脩さんの生き方に引き付けられた。ですから、貴方は貴方のやり方でお二人を幸せにしてあげてくださいな。そうすれば、お二人はどんどん綺麗になり、女として強く輝けます」

 

 愛されていると自認し、その愛に見合う女であろうと自分を磨き続けるユーベルーナ。そう遠くない未来に、朱乃や椿姫が元々の美貌にさらに磨きをかけ、羨望を集める女性へと成長するだろうと楽しみにすらしている節がある。

 

「そうだな、ユーベルーナ。一昨日よりも昨日、昨日よりも今日のお前がより美しい。さすがこの俺を魅了し続ける女王だ」

 

「ええ、ライザー様の女王ですもの、私は。私がより美しくなることで、王たるライザー様も輝きを増していかれるのですから」

 

 二人だけの世界をすぐに構築するライザーたちに、久脩は圧倒されてしまうのだった。敵わないな、と。ただ、傍の朱乃と椿姫には二人の激情に火をくべるのと同じ行為であって……。

 

「私、もっと綺麗になってヒサくんをずっと魅了し続けるから、絶対離しちゃ嫌よ?」

 

 朱乃がそう呟き、彼の一方の手を自分の頬に当てれば。

 

「この身体は久脩くんのものですから、貴方の自由にいつでも辱めて、穢してくれていいんですからね? 貴方の欲望を受け止めることで、私はもっと輝きますから……」

 

 椿姫はさらに踏み込み、空いた彼の手を自分の乳房へと食い込ませていく。発情した雌の一面を隠さない瞳が久脩を射抜いていた。

 

「ふふ、心は繋がったのだから、早く身体も繋がればより調和が取れて、あの子達の輝きが増しますわ」

 

「気に入ったんだな、ユーベルーナ。お前がここまで嗾けるとは意外だったぞ」

 

「どんな風に激しく愛してもらっているか、そんな深い話を出来る眷属以外の友人が欲しかったんですの。年も近いですしね」

 

「……そ、そうか」

 

 身体が復調次第、久脩はまた著しく生命力を失うかもしれないとライザーは予感する。フェニックスの涙を用意して、いつでも届けられる状態にしておこう。そう頭の中に書き留めるのだった──。



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混沌と悦楽は加速する

「黄色い太陽だぁ……」

 

 まさか自分がリアルにこの言葉を吐くなどとは。よくぞ、よくぞ生きて朝を迎えたと自分を誉めてやりたいと彼は思う。

 

 ……そんな生きる喜びを噛み締めながら、久脩は縁側で上半身を朝の光に晒していた。頬が痩け、肌がかさかさに乾いた感覚はあるが、とにもかくにも彼は生き延びたのだ。

 襖一枚を隔てた向こう側には、嗅ぐだけで劣情を刺激されそうな激しい情事の残り香漂う和室で、肌艶が異様なまでに輝く二人の女性が寝息を立てている。

 

「ま、まさか朝焼けまでぶっ通しとは思わなかった……」

 

 互いに初めての夜だ。やり方の拙さで長引くことはあれど、彼女達にどれだけの量を吐き出す羽目になったのか。否、搾り取られたのか。女は尋常ならぬ痛みに動くことすらままならないこともあるとライザーからは聞いていたが、真っ赤な嘘だと彼は確信していた。

 実は彼女達に苦痛を出来るだけ感じて欲しくないという久脩の無意識の願いを受け、羯磨が所有者の意向をこっそり叶えていたせいだとは彼は気づいていない。なお、女性二人は神器の力のお陰だと勘付いていたが、奥ゆかしさも大切だと考えるために口にすることは無かった。奥ゆかしさの定義とは何だったのか。

 

「今日も病欠だな、うん」

 

 彼は今日から学校復帰のはずが腰回りに幾重にも重りをかけられたような疲労感があり、境内から階段を降りるのすら億劫に過ぎると感じていた。自分の神器のある種の万能さに助けられ、絶倫状態になって昨晩は切り抜けたものの、その分、後から来る疲労が洒落にならないことになっている。

 

 赤と白が混じり合い、理性を打ち消す効能のある液体が二つの壺の中でかき混ぜられ続ける中で、あの二人はずっと恍惚とした笑顔を浮かべていた記憶がある。女は魔性というか、あれでは魔物ではないかと思うが、二人は既に魔の住人であったことや自分もその枠に加わる準備をしていることを思い出し、自分の考えの浅はかさに笑えてしまう久脩である。

 

 究極の羯磨が鈍く光り、その度に記憶が濃厚な香りと熱に塗り潰され混濁していき、羯磨がまた光ったと認識する。そんな繰り返しだったように思うが、記憶がどうにもあやふやだ。彼女達の愛の囁きと熱量と質量、そして、幸せだと嬉し涙を流していた表情がしきりに脳裏に焼きついている。

 

「ありがとな、お前がいなかったら確実にお陀仏だったよ」

 

 相棒の待機状態にある神滅具を撫でるようにして、久脩は呟く。と次の瞬間、両肩にもたれ掛かる感覚と昨晩に何度も脳に刻まれた甘い香りが鼻をくすぐる。

 

「もう少し寝ないとしんどいぞ?」

 

「だって、ヒサくんの温もりがなくなってたんですもの。目も冴えますわ」

 

「ねえ、一緒に寝直しましょう、久脩くん」

 

 いかに姫島家の敷地内とはいえ、二人の一糸まとわぬ姿を晒したいとは思わない。提案通り、再び和室へと戻り、二人の抱き枕状態になって瞳を閉じる。

 四つの暖かな膨らみに挟まれるのには、やっと慣れてきた。それでも反応する時はしてしまうのが若さだ。仕方のないことだと、そう彼は割り切るように心掛けていた。

 

「おやすみなさい、あなた」

 

「おやすみなさい、旦那様」

 

 朱乃の『あなた』呼びに対抗して、椿姫が妙な呼び方をしてるな……と思いつつ、緊張状態から脱した彼の身体はすぐに眠りへと落ちていく。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「え? 朱乃も椿姫も休み? やっと私が復帰できたというのに……」

 

「安倍くんが昨日退院したとは聞いているのですが、まだ看病が必要な状況なのかもしれません」

 

 久し振りに登校したものの、話をしたいと思った二人は不在。おまけにソーナの女王まで欠席と聞き、リアスは肩透かしを食らったような気分だった。

 

「椿姫からは明日には揃って登校出来るとのことですから、念のためというところなのでしょうね」

 

 真実は全く違うところにあるのだが、知らぬが花。大人の階段登るので休むと言うわけもなく、ソーナの推測も妥当な所に落ち着いている。

 

「ソーナ、これでいいわけ? 女王が側にいない状況ってある意味異常よ?」

 

「公的な場には必ず一緒ですし、私と椿姫は王と女王という立場だけれど、実際は親友のような関係だもの。私は椿姫を信じているし、あの子の幸せを願っているわ」

 

 リアスにはリアスの考えがあるように、ソーナにはソーナの考えがある。確かに椿姫はソーナの傍にいる時間が減っているが、彼女を介すことでまだまだ秘めた力の謎に包まれた神滅具を持つ、久脩の近しい友人という立場を得られていることをソーナは大きなメリットと捉えていた。

 共有の鍛練場所を持つことで、彼の力の一端がさらに見える機会もあるだろうし、戦いに対して覚悟を持っているあの三人との鍛錬は、自分や眷属達を成長させてくれるはずだと。

 

「でも……。あら? 珍しい、グレイフィアからメール?」

 

「私もお姉様からメールですわ。珍しい、いつも電話連絡が多いのに……え?」

 

 くしくも二人へ送られたメールはほぼ同じ内容のもの。まず、文面を読んで騒ぎ立てることの無いように厳重な注意から始まり、その後、今晩、姫島神社にてセラフォルーとアジュカの現職の魔王二名と、堕天使の総督アザゼルが緊急の会合を開く旨と、駒王町の管理者に対するリアスに対してのその通知と立会いの命令だった。

 

「なんてこと……!」

 

「私にも可能な限り、立ち会うようにとの命があるわ。リアス、今日は早退しましょう。眷属を集めて知らせねばなりませんし、姫島さんや椿姫に少しでも情報を聞き出さないと……!」

 

「……ソーナ、遅かったみたいよ。もう一通やって来た追伸のメール、読みなさいな」

 

「夕食会を兼ねているので、安倍くんと姫島さんと椿姫はそちらの準備に回ってもらっ──!?」

 

「うん、驚くわよね。私も驚き過ぎて声が出なかっただけだから」

 

 珍しく狼狽するソーナの口元をそっと手で押さえ、リアスは冷や汗が流れるのを感じていた。兄が同席しないということは、おそらくセラフォルー主導の会合とは推測が出来る。ただ、そこにアジュカ・ベルゼブブという魔王が同行する時点で、四大魔王公認の正式な会合だ。

 

「正式な会合なのに、食事会ってどういうことなんでしょう……」

 

「ソーナ、考えたって無駄よ。こういう時は堂々と出席すればいいんだから。さ、行くわよ」

 

 そして眷属を引き連れて、少しでも早くと姫島神社の境内へと続く階段を登る一行だが、妙な寒気を感じてふと階段の終わりを見上げる。そこには舞う天使の羽。六対十二枚の翼を持つ一組の男性と女性の姿をした「熾天使」の姿が確かに存在していた。

 

「やべえ、あのおっぱいこそが万物たる乳の頂点……! 俺には分かってしまったっ!」

 

 あまりにいつも通りの性龍帝に皆の強張りは解け、最小最短の動きで小猫が反射的に彼の鳩尾に掌底を見舞う。『ドゴゥっっっっ!』などと、出てはいけない轟音と共に悪は倒れていった。

 

「あら、うふふ、面白い方のようですね」

 

 ウェーブのかかったブロンドで、おっとり風でスタイル抜群の天界一の美女がくすりと笑みをこぼすのを見ながら遠くなる意識の中で、イッセーはやりきった満足感と美女の微笑みに本当に昇天しかけるのだった。

 

「んで、なんで俺がアルジェントさんと一緒にお前の治療してるかなー。確かに俺もさ、アルジェントさんと似たようなことは出来るけどさ」

 

「いや、なんかすまん。いづづづづづ……」

 

「イッセーさん、まだ動いちゃ駄目ですよ」

 

「初対面の美女に対しておっぱいを叫ぶお前は本当にどうしようもない変態だし、塔城さんの一撃はお前を滅するための最高の一撃だった。最後の最後で手加減をしたようだが、残念でならないよ」

 

「てんめぇ! しょうがないだろ、この世のものとは思えない、天使の翼を広げたおっとり系美女のおっぱ……あれ? 天使?」

 

「おせーよ、阿呆。というか、俺も戸惑ってるんだがな。この前のレヴィアタン様やアザゼル殿が動いてくれてるって話、覚えてるか。その結果が今日の会合だとよ」

 

「え?」

 

 理解不能だ、といった顔のイッセーに同じく困惑顔の久脩。アーシアに至っては熾天使と対面すること自体が夢を見ているような話だ。

 

「昼飯を食べてる頃に、急な連絡があってな。朱璃さんや出張先から強引に連れられてきたお袋、朱乃に椿姫が並んで楽しそうに夕飯の支度をしてるよ、今。バラキエルさんと親父は既に縁側でちびちびやり始めてるし」

 

「あれ、そういえばお前の両親って特殊な仕事で殆ど家にいないんだったか……?」

 

「一言で言えば、裏家業の人間だよ。だから、三大勢力やらそういうのも知ってる側だ」

 

 アザゼルと一緒に帰ってきたバラキエルには、黙って一発殴られた後、強く頭を撫でられた。娘を任せた、という言葉と共に。朱璃はこれからは堂々と私の息子だと言えるわねと微笑まれた。

 なお、椿姫もこれからは娘扱いなのだそうだ。息子の久脩のもう一人の妻になるから、私の娘でもあるという無茶振りだ。朱璃が一度言い出したからにはもう変えることはないし、久脩の母は二人の母親がいると思えばいいとあっけらかんとしたものだった。

 

「俺は今日の会合の目的を聞いたが、各勢力の幹部がはっちゃけたとしか思えない。俺にとっての大きなメリットになるのは確かなんだが、レヴィアタン様の茶目っ気が感染したに違いない……」

 

「え? 重要な会合で、部長が街の管理者だからって緊張してたんだけど……おい、久脩。瞳から光消えてんぞ」

 

「……朱乃や椿姫が作ってくれる晩飯楽しみだなぁ。うん、ご飯にだけ集中しようそうしよう」

 

「久脩ァ! ひ、姫島先輩ーっ! 真羅先輩ーっ! 衛生兵ーっ! メディィィィィッック!」

 

 衛生兵ではないが、回復担当は目の前にいるというのに、突然光と表情を失った友人にイッセーは大慌てである。基本いい奴なのだ、変態だが。

 

「あらあら、どうしました?」

 

「大変、魂が抜けかけてますね」

 

「むはーっ! 学園の美女二人の割烹着! これはもう神器扱いに違いない!」

 

 そして変態の行動指針はぶれない。友人よりも目の前の美女達を脳裏に焼き付けることが優先であった。だが、朱乃や椿姫の行動指針もぶれることはなく……。

 

「ヒサくん、貴方の朱乃が来ましたからもう大丈夫。怖いものなんてありませんわ……」

 

 むにゅん。

 

「久脩くん、大丈夫。貴方を悩ます者は私達が近づけさせません。外法でも何でもあらゆる手段を使って排除しますから……」

 

 むにゅむにゅん。

 

「あう……お二人、躊躇い無く、その胸で挟んで、頭を、押し付けるみたいに……」

 

 呂律の回らないアーシアの説明だが、賢明な紳士にはこれ以上の説明は不要だろう。人前であろうが、名実ともに彼のモノとなったと自認する二人は、癒しの象徴で癒しを与えるのは当然のことだと思っている。脳髄レベルまで刻まれた温かさと柔らかさと匂いに、久脩が正気に戻るのはそう時間はかからない。ただし、彼の両腕はがっちりとロックされたままだ。

 

「さ、参りましょう。下味をつけ終わったので、念のため味見をして頂きたいですから」

 

「今日の体調を考えて若干薄めにしていますが、貴方の好みの味付けが一番かと思いますので」

 

 牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛。それをイッセーもアーシアも幻視したという。頭にはあのもの悲しげな旋律が流れていた。

 

「なぁ、アーシア」

 

「なんでしょう、イッセーさん」

 

「俺、ハーレム王が目標だって言ったし、それは変わらないんだけどさ。傍にいて欲しい女の子は慎重に選ぼうって思った。久脩はたった二人なのに、なんかうん、捕食される側だなって、こう見せられるとさ」

 

「とっても、大変そうですよね……」

 

「俺、アーシアみたいな優しい子を選ぶようにするよ」

 

「え? 私は選んでもらえ……あっ」

 

「え?」

 

「あう……」

 

 ひょんなことがきっかけで、本来の流れよりも互いを意識するのが早まりそうな二人であった。王様涙目である。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「これが『和食』……! これは見ているだけでも心が温かくなりますね……」

 

「懐石などとは違い、和の髄を極めたようなものではありませんが。どうぞ召し上がれ?」

 

「ありがとうございます、ミセス朱璃。貴女の思いが、この一品一品に込められているように感じます」

 

「ガブリエル様、私だけではありませんの。久脩くんのお母様、それに朱乃や椿姫──私の娘達が少しでも口に合うように願いながら、作らせて頂いたものですわ」

 

「おう、朱璃! 今日も最高だわ! ポン酒に本当に合うよな、おぅ!」

 

「アザゼルちゃん、食事の後の話が本番だからね? 飲み過ぎたら、こっちで勝手に説明しちゃうよ? バラキエルちゃんは久脩くんのお父様と一緒に先にダウンしちゃったし☆」

 

「ふむ、この味付けはどこか、心を落ち着かせる……どこだ、特殊な効果をもたらす数式はどこに隠されている?」

 

「アジュカちゃんも数式数式って! 心を込めて作ってくれたんだから、ホッとするんでしょ?」

 

「セラフォルー、そんな簡単なものではないよ。天使、堕天使、悪魔……異なる種族が同じように感じる、憧憬にも似た不思議な温かさ。これを方程式で解き明かさなくてどうするというのだ……!」

 

「……あれ? アジュカちゃん、ひょっとして」

 

「セラフォルー、俺が水と原酒をすり替えておいたのさ! ガハハ! 飲みやすいのに、がつんとくるところがある日本酒はアジュカも慣れていないだろうからなぁ!」

 

 リアスはもう帰りたかった。本来は給仕役のグレイフィアが立会い役として、着物姿で近くに一緒に食事をしてくれていなかったら、本気で逃げ出していたかもしれない。何でも朱璃に強く勧められ、気づけば着替えされられていたとか。最強の女王を簡単に手のひらで転がす朱乃の母親に、リアスは戦慄を覚えていた。

 

「おいし……」

 

 義姉の頬には既にほんのりと赤みが差している。この混沌を招いている堕天使総督絶対塵にするウーマンになると心に決めながら、リアスはグレイフィアと共に目の前の料理に舌鼓を打つことに集中する。

 そもそも、朱乃に椿姫は久脩の左右に隙間無く寄り添い、交互に料理を食べさせ合うという堂々たるイチャイチャ振りを見せつけているのだ。ここは公の席に等しいのよと叫びたい気分に駆られるが、グレイフィアが何かを思い返すように微笑ましい目で見たままだし、イッセーからは久脩の瞳を見てくださいと言われ、色々察してしまっていた。

 

「誰得なのよ、この混沌……あ、この煮っ転がし、すごい好きな味付けかも」

 

 今は食事を楽しもう。セラフォルーが、グレイフィアはすごくお酒弱いのにと呟いたことなどもう聞こえない振りをする。こうしてただの親戚の集まりのノリと化した、ある種無礼講な時間はあっという間に過ぎていくのだった。




次回はちょっとだけ真面目な話じゃないかな、きっと。
ただ、首脳陣は暴走するけど(確定


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超越した存在になりました

まあ、ご都合主義ですが、短編の世界観なのでご容赦くださいませ。


「うーしっ、みんな素面かー? 大事な説明をするから耳かっぽじってぇ、よぉく聞けよー?」

 

「おい、おっさんアンタが明らかに酒臭いだろうがいい加減にしろ」

 

「てめぇ……お前のためにいろいろ駈けずり回ったっていうのによ!」

 

「そのヒサくんに数々の尻拭いをさせ続けてきたのはどこの駄目総督ですか、おじ様?」

 

「そうねぇ……この子の胃を虐めてくれたのも、総督の不用意な行動の数々ですものねぇ……?」

 

「ちょ、ちょっと待て朱璃に朱乃。ウェイトウェイト。その手に持っている鞭や鉄棒は何に使うつも……な、なあ! ま、まっ……アァー!」

 

 哀れ、サディストの気がある母娘にロックオンされたどこかの総督をさておいて、こんなこともあろうかとといった様子で、酔いの覚めた魔王ベルゼブブは夕食後のお茶やデザートに舌鼓を打ちつつ、説明を代行し始める。なお、酔った人達は久脩の神滅具の力で、その酔いを既に酔い潰れている彼の父親二人へ『譲渡』していた。

 本来、赤龍帝がいずれ目覚めるはずの能力の転用のため、それほど久脩の負担もなかったようだ。そのイッセー本人は感心した様子で眺めていた。転生者の知識を利用した先取りだが、自分が使えるようになる可能性を欠片も考えていないらしい。

 

 見せられないよ!……な状態になる予定の総督は、なぜか防音対策が取られている別の部屋に連れられていった。南無。

 

「ということで説明を代行する。質問については話の区切りごとにこちらから時間を設けるので、途中で口は挟むなよ。この甘味でも口にしておけ。では、まず話の発端は……」

 

 今回のカオスな会合の始まりは、久脩が朱乃や椿姫と同じ長命種になる決意をアザゼルや椿姫の関連で繋がりが深いセラフォルーヘ報告したことから始まったという。

 長命種になるのに手っ取り早いのが既に技術が確立していた悪魔の駒だが、『究極の羯磨』を手にした神滅具所有者というのが問題になった。天界でも異端の神滅具、帝釈天の得物の形状をした代物の波動が人間界で感知されたと大騒ぎになり、躍起になって探していたらしい。

 

「一回目は約十年前のこの神社、二回目はこれも数年前になりますが、五大宗家の一つである真羅邸。三回目は先日の冥界ですね」

 

 久脩の所在については推定がついたものの、悪魔の管理下にある街で堕天使の庇護を受ける人間となればなかなか接触出来なかった、というのが調査担当のガブリエルから補足説明される。

 

「セラフォルー様に内々に打診していたところ、ある協力をすることで会わせて頂けるということになったものですから」

 

「その結果がこれだよー☆ デザインは久脩ちゃんの羯磨の待機状態をモチーフにしました☆ アジュカちゃんとアザゼルちゃんが自重を捨てて、いろいろやらかした結果、とんでもないモノが出来ちゃったの☆」

 

 白地の羽、黒地の羽、蝙蝠の羽が透明の水晶を包み込むようなデザイン。その水晶も何やら神秘的でありながら禍々しい力も感じられる曰くつきの代物のようだ。

 

「悪魔だけでなく、天使と堕天使……三勢力の力を持って転生出来る逸品だ。一点モノだ、勿論。この三つの力を均等を図りつつ、一つに合わせるというのは……もがもが」

 

「アジュカちゃんの説明は長くなるからカット! つまり久脩くんがこの水晶によって長命種になるかわりに、まぁ一種のプロトタイプになってもらおうってわけだね☆ あと神滅具持ちの彼が三勢力の影響下にいますよって」

 

「なお、この一件は他言は禁ずる。理由は言わなくても分かるな。彼自体が特異点のような存在になるからだ。彼や彼に非常に近しい者以外が誰かに漏らそうとすれば、相応の報いを受けることになるだろう」

 

「天界側としてはこの件について何か問題が発生した場合、不干渉を貫いて良いということを条件にしている。まぁ、アザゼルとベルゼブブ殿が張り切り過ぎた結果だからね」

 

 色々各勢力の幹部が各々の立場から説明をするが、まとめてしまえば久脩が朱乃や椿姫と同じ時を生きられる代わりに、彼女たちに関連する神話体系に縛られるということであった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「安倍くん……いや、今更ですが、本当に良かったのですか」

 

「まぁ、選択肢など無いですよ、会長。朱乃は堕天使、椿姫は悪魔陣営と切っても切り離せない。この水晶を受け入れたことで三大勢力のためだけに働くのが生き甲斐……みたいな洗脳の追加効果があったら洒落にならないけど、その辺りは総督がしっかり監視してくれたみたいですし」

 

 水晶を体内に埋め込む頃には、ずだ袋状態の堕天使を含めた朱乃達も戻ってきており、純白の天使の羽、濡羽色の堕天使の羽、漆黒の悪魔の翼を同時に広げた姿を御披露目して自然に拍手が沸いたものだった。

 また、彼が急な変質を起こした様子もないことに、朱乃や椿姫は密かに安堵の息をついていた。椿姫が悪魔の駒を受け入れた際に自分への違和感を感じたからだ。転生したとはいえ、ソーナにしっかり『仕える』ために、自分の直接の恩人である久脩を軽視する感覚が生まれていたのだ。

 違和感を違和感と正しく認識できるうちに、久脩や朱乃に訴えて、それを受けた久脩が椿姫の違和感が無くなるように羯磨に願ったところ、『仕えなければ』という気持ちがスッと薄れてしまったのだという。新たな後ろ楯になってくれたソーナへの感謝はそのままだし、自分に出来ることはしてあげたいとは思うが、久脩や朱乃との交遊を第一にした上のことだと。

 この頃には既に椿姫も彼への明確な恋心を自覚しており、それをかき消されていく感覚に心が危険信号を全力で発したのが、後の椿姫の自己分析だ。ただ、その時点ではとにかく悪魔の駒を受け入れることで、心も王に仕える従者としての感覚に染められていく副作用があると三人は結論づける。

 

 このことは三人以外には朱乃の両親、そしてアザゼルのみ知る秘匿事項となった。普段はソーナの住居に暮らす椿姫だが、姫島神社をもう一つの生活拠点にするのはその辺りの事情を鑑みたバラキエルや朱璃が誘導した結果であった。裏事情を知らないソーナも、女王の駒を与える際に久脩達との交流を続けることを認可した上のことであり、また椿姫の恋を応援する意図もあったため、一般的な眷属の女王らしからぬ行動を取ることに苦言を表する外野の声に、王としての指示であるからと取り合わなかったのである。

 なお、椿姫や久脩との信頼関係が出来上がった後、ソーナ自身はこの事実を聞かされた。ソーナは自分の内に秘めることを二人に誓約し、その対価に久脩の手により自分の所有下にある駒から一種の洗脳機能を除去してもらっている。

 そのため、ソーナの眷属は自由で柔軟な思考を持ちながら、個性的な忠誠の在り方を示しているなどと言われるように後々なっていくのだが、純粋に王としてのソーナの厳しくも優しく凛とした振る舞いに対して、其々の眷属が納得した上で付き添っているためでおり、転生悪魔らしからぬ眷属の集まりになるのは当然だった。

 

「あと、ガブリエルさんの魂の変質を払う祝福を受けてから体内に取り込んだことで、こっそり頭や心に作用する機能があっても強制遮断されるみたいで。一瞬、緑髪の魔王様の微笑みが強張りましたから、総督でも気づかないような、何かを仕込んでいたんでしょうね」

 

 アジュカはもちろん開発者しか分からないギミックを思い切り仕込んでいた。彼から特殊な信号を水晶へ送信することで、彼が『自分に敵対的行動を取れない』誓約を強制的に発動するように。別枠で水晶の重要な術式構成部分の一部には探れば分かる程度に、悪魔の駒と同じ仕掛けを潜ませ、それをアザゼルに対する囮としたのだ。

 表面上、三勢力はこうして会合を非公式に持つことはあっても、天界は悪魔や堕天使陣営を信用などしていない。ミカエルの意を受け、かつガブリエルの個人的な望みもあり、彼女は久脩に全力の祝福を施した結果、アジュカの企みは砕かれたのである。

 

 なお、アジュカの本音は『究極の褐魔』を自分の手元で研究したいという点にある。自分に敵対行動さえ取れないようにすれば、丈夫な悪魔や堕天使のような身体になった上で死なない程度に解体実験も試せるという身勝手な研究者としての欲があった。

 ソーナを通じて友誼を結んでいるセラフォルー。今回のライザーの件を含め、リアスのフォローをしてくれている久脩へ個人的な感謝を持っているサーゼクス。同じマッドな技術者の一面がありつつも、可愛がっている姪のような存在の伴侶を奪うつもりなどないアザゼル。その三名と違い、アジュカは感情面で久脩を実験体と見るための躊躇いが無かったのだ。

 

「……ガブリエル様は、どうしてヒサくんに祝福を授けてくれたのかしら?」

 

「久脩くんの持つ神滅具が関係しているのでしょうけど……」

 

「簡単に堕天しないように、とは言ってたけどね。ただ、あの水晶にもそういう保護機能は入れてあるって、総督も言っていたけど」

 

 本来は少し先の歴史でミカエルが天使と悪魔が子作りしても堕天しないという特殊な部屋を開発させるのだが、それを先取りして、水晶にその部屋と同じ力を練り込んだものになる。この辺りの技術協力はアザゼルが行っており、朱乃という姪っ子のためにあくせく動く総督をミカエルも弄って遊びながらも、その想いに対して協力を惜しまなかった裏話があるが、誰かに語られることは総督が酒にもう一度飲まれない限りはないだろう。

 

『貴方が堕天使の血を引く彼女や、悪魔に転生した彼女といずれ子を為すこともあるでしょう。その子供達が和平の象徴になっていってくれることを、私は勝手ながら祈っております──』

 

 別れ際、久脩にそんな言葉を言い残し天界へ戻っていったガブリエル。この十年、接触は出来なかったもののずっと見守っていたことを告げられ、今後も見守っていると言い残していた。

 

『貴方は人の身を捨て、人あらざる者……そして、世界に唯一の個となる、三種族の特性を宿す者になりました。だからこそ、自分の本質を決して見失わぬよう。どうしても振り払えぬ深い迷いが生まれれば、祈りなさい。告知を司る天使として、貴方の夢へと現れましょう──』

 

 天界一の美女である彼女だが、久脩に去り際に見せた微笑みは安心感と居心地の良さを与えてくれる『母親』を感じさせる表情だった。口にはすることは無かったが、不遜ながら母親のような感情で自分を見守り今後も見守ってくれると感じた久脩は、偉大な母親的存在が増えたむず痒さと、朱乃と椿姫を守り続けようと改めて自身に誓ったのだ。

 

「さてと、ヒサくん。転生記念に、今晩も……ね? 一緒にまずはお風呂に入りましょう」

 

「ええ、背中をお流しします。久脩くん、私達に今宵も寵愛を頂けますか?」

 

 ともあれ、久脩が長命種となったことで、二人は自重を投げ捨てる。ソーナがいるのに関わらず、露骨なアプローチを仕掛けていく。

 

「椿姫! ちょっと待ちなさいな」

 

「なんでしょう、会長?」

 

「その……悪魔は出来にくい身体とはいえ、ね? 学生であるわけだし、その」

 

「大丈夫です、ちゃんと二人ともピルを服用してますから」

 

「え?」「え?」

 

 久脩とソーナから揃って何ともしまらない声が漏れるが、仕方のないことであろう。久脩については万が一の覚悟も固めていたし、ソーナも学生の立場である椿姫の将来を憂いたわけなのだが。

 

「久脩くんに無用の心配をかけるつもりはありませんので、中学生の終わり頃から服用しています。いつ、そういうことになっても大丈夫なようにと」

 

「あ、あら、そう、そうだったのね」

 

「月一で定期的に朱璃さんと一緒に三人で出かけていたのはそういうことか……定例のショッピングデーと聞いていたから」

 

「もちろん買い物も楽しんでいるもの。ただ、そこに通院が加わってるだけよ、ヒサくん」

 

「内緒にする必要もなくなりましたし、次回からはご一緒に。食事も一緒に楽しみたいですし、購入する服も選んで欲しいわ」

 

 ソーナはそっと席を立ち、『ご愁傷様』と言わんばかりに瞳を閉じ、顔を伏せ、静かに退出していくのだった。本来はこれから契約の営業時間である椿姫だが、ちゃんと契約績は合間合間の時間で活動し、数字を残しているので、ソーナも今お邪魔虫になる必要はない。

 

「会長、明日は必ず」

 

「ええ、宜しくね」

 

 言葉はそれだけで十分。供物は今日も女性二人に捧げられた──。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「あ、そうだ。朱璃よ、あの件をまた久脩に伝えておいて欲しいんだが。バラキエルも知ってるが、今日は潰れてるからな」

 

 全身傷だらけ髪はちりちりパーマのアザゼルが、拠点へ戻る前に朱乃の母親・朱璃に言付けた内容。それは朱乃と椿姫二人にとっての福音めいた内容で──。

 

「悪魔の駒の応用でしたね。互いの魔力や光力を登録したアクセサリーを身につけておくことで、互いの居場所への転移であるとか、魔力や光力を介しての直接通信が出来る……」

 

「あと、久脩の近くで戦う時に能力向上って効果も盛り込めそうだ。この辺りはプロモーションの逆パターンみたいなもんだな。チェスの駒にするつもりもねえし、アイツが三勢力と繋がりのある独立勢力に等しくなる以上、朱乃や椿姫が事実上の『女王』みたいに付き添えるようにしていた方が便利だし、普段からそんな感じだろ」

 

「ふふ、二人は喜ぶでしょうね」

 

「来週には仕上げて持ってくる。まー、しばらくは久脩に精のつくものをしっかり食わせてやるこった」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 言われるまでもないわよ、と笑う朱璃にアザゼルは苦笑いで転移していくのだった。




次回か、次々回で終わらせます。

あとはずっと基本イチャコラですからねぇ。


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星詠みの力はすごい。白龍皇はもっとすごい。女王二人は言うに及ばずだ

「かつて俺がまだ天使だった頃、俺は星と星座の運行を司っていた。堕天使に堕ちて長い時を生きたが、星詠みの力は失ってはいない」

 

「それで、俺の今の状態に行き着いたというわけですか……」

 

「『究極の羯磨』の所持者、安倍久脩。元を辿れば、五大宗家の一つ『童門』家の祖──陰陽師・安倍清明の血脈を受け継ぎし者。何の因果か、この世の理の外にあったはずの神滅具を宿し……堕天使との力だけでなく、忌まわしき天使や悪魔の力をも己が内に取り込んだ。……見えた時には、俺の力が変質したかと疑ったものだ」

 

 久脩の少年期に幾度かアザゼルに命じられて幾度か稽古をつけたことがあったゆえに、コカビエルはアザゼルやシェムハザ達が伏せていた事実に行き着いた。

 

「皮肉なものだ。お前の存在が神の不在を明確に示している。本来は、天使と悪魔や堕天使の力を同時に宿せるわけがないのだから」

 

 バラキエルの家族を守り抜いて、死にかけていた人間。羯磨の力を使う度に昏睡しかけていたひ弱な者が、神滅具の力を使いこなし、こちらへ攻撃を届かせるようになっていく。無論、攻撃を受けてもダメージになるかは別の話だったが。

 アザゼルが飼っているあのハーフ悪魔とも違い、本当の弱者だった人間が多少は見られる域まで腕を上げたのを、コカビエルは記憶の隅にしっかり留めていた。

 

「ふん……神の不在を既に知っていたか。相変わらず可愛げの無い奴だ。俺はお前が通う学園で戦争への狼煙を上げる。ミカエルの奴が送り込んできた奴等は準備運動にもならなかったが、サーゼクスやセラフォルーの妹達を血祭りにあげれば、あいつ等も出てくるだろう」

 

「ぶっちゃけた話、はい、そうですかって言ってしまいたいんですけど。コカビエルさんは、この街ごと潰すつもりでしょう?」

 

「その通りだ。この街を灰塵と化し、戦争再開の合図としよう」

 

「それは流石に困るんですよね。別の街でやってくれたのなら、俺は見て見ぬ振りをしたでしょうけど。強者との戦いだけじゃ、やっぱり駄目なんですか」

 

「俺の元で勝利を信じ、死んでいった連中に、魔王共やミカエル達がのうのうと今後も生き続けていくから我慢してくれと、そんな戯言を墓前で報告しろとでも言うのか、小僧。お前とてバラキエルの娘を目の前で奪われたとして、その相手を一生許せるとでも?」

 

「……そうですね。許せるわけが無い……」

 

「俺の元に付くにせよ、イレギュラーの存在となったとはいえまだまだ弱々しい力で俺に抗うにせよ、駒王学園で待つ。少しは俺を楽しませてみせろ」

 

 イリナ達をあっさり撃退し、リアス達に戦争の再開を宣言したコカビエル。そのついでと言わんばかりに、彼は姫島神社の久脩の元へ立ち寄り、変質した彼の正体を看破していることを告げた上で、同じように戦争の再開を通告したのだ。

 

「何時間頂けますか? 大事な人とか避難させるんで」

 

「お前、自分の関係者だけ連れて逃げるつもりだろうが。させんぞ? 一時間だ。それ以上遅れれば、この街どころか日本列島をまるごと灰塵に化してやる」

 

 それほど接する時間が多くはなかったものの、コカビエルは久脩の性格を──搦め手万歳、罠や謀略ガンガン行こうぜ、戦う前に勝ち確定が最高!──そんな、真正面からのやり合いに意義を感じないことを分かっていた。

 

「この神社周辺は今組まれている結界の強度次第で残るかもしれんが、周辺が完全に海になっても意味はなかろう? 大人しく腹を括るんだな」

 

 かくして、星詠みの堕天使コカビエルと雌雄を決する戦いに順調に巻き込まれる久脩であったが、転生して十数年が経過したとはいえ、起こり得る出来事の未だ大よその流れは覚えていた。幼少期に記憶として残したノートは今でもたまに読み返す。朱乃とかに盗み見られたこともあったが、幼少期のぐちゃぐちゃな文字なので、自分以外まともに読めないのがかえって功を奏していた。

 

 つまり、手は打っていたのである。

 

「そうか。ならば俺の出番だな。この街の周辺には、守るべきラーメン屋が多数ある。ソウルフードを失わせるわけにはいかないな」

 

『ヴァーリぃぃぃいぃぃ! 違うだろう! そうじゃないだろう!』

 

「何を言っているアルビオン、魂の食事はとてもとても大切なものだろう。それにこの二週間あまり、俺との手合わせを何度もこなし、数々の名店へと連れていってくれた久脩に報いなければいけない」

 

『おのれ小僧! 貴様のせいで闘争が生きがいのヴァーリが変わってしまったではないか!』

 

 仕方がないことだったのだ。白龍皇をこちらに長時間滞在させるのには総督の許可も勿論のこと、彼の興味を引き続けることが重要だった。そのために、彼との命がけの手合わせをこなし、毎晩違うラーメン屋に連れ回すという、彼の心を満たし続ける日々を過ごしてきたのだ。

 

 ただ、黄色い太陽を見るよりも、この二週間のほうが生きた心地がしたのは何故だろうか。久脩はつとめて考えないようにしている。

 

「ヴァーリの本質は変わってないよ。ただ、ちょっとソウルフードを今まで以上に大事にしているだけで」

 

『目を逸らしている奴の言うことかぁあああああああああ!!!!』

 

 伸び盛りで元々、麺類好きな要素を持っていたヴァーリに、醤油、塩、味噌、とんこつ……果ては家系と呼ばれる豚骨醤油ラーメン。久脩はヴァーリを麺の虜へと変え、かつ自作のスープを取って、二人で改良に勤しんだ。

 カロリー摂取量がとんでもないことになったため、『半減』の力を使ったり、走り込みの量を倍にしたのも今では笑い話だ。なお、アルビオンは日々追い詰められていったのだが。

 

 ……こんな締まらないやり取りの感にも、コカビエルの前にヴァーリは進み出て、白龍皇の鎧をまとう。

 

「白龍皇! 貴様が既に派遣されていたとは……!」

 

「お仕置きの時間だ、コカビエル。この二週間、久脩は一度も昏睡しなかった。ふふふ、確かにまだまだ俺やお前には及ばないが、加速的な早さで強くなってきている。さて、お前はどの程度持ってくれるのかな?」

 

「あ、ごめんヴァーリ。やるなら駒王学園でやってくれ。今、転移で飛ばすから。今、スープのベースを煮込んでるからさ」

 

「!……む、それはまずいな。よし、すぐに飛ばしてくれ」

 

『ヴァーリィィィィィイィィ、ぐぉぉぉぉぉん!』

 

 アルビオンの犠牲により、本来の流れよりも被害を抑えられた状態で聖剣争奪に関わる騒動は解決を見るのだった。なお、校舎の損壊もシトリー眷属だけでなく、久脩や朱乃も転移後にそのまま結界維持を担ったため、休校になる事態を避けられている。

 

「では、任務も終わったことだし、グリゴリに戻るとしよう。しかし、学園からの戻り際、美猴の誘いは魅力的だった。君がいなければ、恐らく乗っていただろうな」

 

「おっそろしいことを言わないでくれよ。まぁ……思い止まってくれたことを後悔させないように、頑張るけどさ。強くなることも、あとレシピの改良も」

 

「君は……変わった奴だよな。ま、美猴の奴は君にも興味があるようだから、今後も付きまとってくるだろうが」

 

 言葉にしなくても、面倒臭いと表情がハッキリ物語る。学園から神社へ戻る途中に『禍の団』への誘いを受けたのだ、ヴァーリともども。

 

「俺は朱乃や椿姫を守るために強くなりたいんであって、強者との闘いに興味があるわけじゃないよ。ヴァーリはものすごく強いよ、君に追い縋るだけで俺は精一杯だし、実際強くなれてる実感もある。あと、闘いばかりやってたら、新しい店の発掘も出来ないし、スープの改良もままならないじゃないか」

 

「違いない。それに君の一杯はなんというかホッとする味だ。失うわけには行かないからな。美猴の奴が余りしつこいようなら、そのスープを飲ませてやれ。きっと大人しくなる」

 

『違う、違うぞヴァーリぃぃぃぃい!』

 

「アルビオン、お前は少し落ち着きを覚えるべきだ。俺は確かに闘い好きだが、心静かに過ごす時間も必要だと知っている。あのスープを啜っていると、俺は無心になれる……」

 

『小僧! 小僧のせいだぁああ! 赤龍帝はおっぱいおっぱいと叫んでいるし、ぐぉぉぉぉん!』

 

「なんか、すまん、アルビオン」

 

 ヴァーリの禍の団入りを防ぐことにも成功してしまっていた久脩だったが、アルビオンは深い悲しみの中にある。尊い犠牲を払い、本来の道筋と外れた流れを歩みつつあるこの世界である。

 

「ヴァーリくん。これ、お酒のアテだけど『飲み過ぎないようにね』という言葉と一緒に総督にお持ちしてくれる? お使いに使って申し訳ないけど」

 

「ああ。確かに預かった。この二週間、世話になった」

 

「また、いらっしゃいな。ふふ、息子が二人に増えたみたいで、私も楽しかったわ。いってらっしゃい、ヴァーリくん」

 

「新しい店をまた探しておくよ。俺も、この二週間楽しかった。ヴァーリ、『必ず』また行こうな」

 

「!──ああ、また」

 

 ヴァーリの瞳が、揺れた。ただ、その揺らぎは決して悪い方向への揺れではないと久脩は思った。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「分かってはいましたけど、この二週間すごく寂しかったし、欲求不満だったのよ。ヒサくん」

 

「男二人で楽しそうにやっていましたけど、時折、命に関わりそうな所で羯磨の力を使いかけたりしましたよね? その度にどれだけ私や朱乃が心配しているか、久脩くんは本当に分かってくれていますか?」

 

 薄手の肌襦袢を着ただけの二人は肌の色合いまで──そう、胸部の濃い色合いの部分までしっかりと──確認できる状況だが、気にする様子も見られない。見せてんのよ当ててんのよのノリであるし、それで久脩の理性を削り、獣に戻せたら二人の思惑通りなのである。

 恋をする年頃の女の子。裏腹に既に成熟した身体。悪魔や堕天使としての人の枠を外れた体力。この条件が揃った状態で、自分が気持ち良くなることよりも、パートナーが悦楽を得ることに精神的満足感を強く得る性質の相手に心行くまで愛される悦びを知ってしまえば……盛りのついた猫状態になってしまっていた。なお、決して搭や城や白や黒は関係の無い例えである。関係は無いと言ったら無い。

 

「聖剣が奪われたって話を聞いてから、確実な手立てを打ちたかったんだよ。でも、そのせいで二人に辛い思いをさせたんだな。……ごめん」

 

 圧倒的な質量や弾力を押し当てられたままでも、日常会話が継続できる程度には彼の心は鍛えられていた。ただ、完全に気にしていない様子ではなく、首筋や頬にほんのりと赤みが差しており、その反応に朱乃と椿姫は可愛さすら感じていた。

 興奮を隠して平静を装っているものの、自分達の色仕掛けに反応していることを隠しきれていない。押し倒してしまいたい程に内心は高揚してしまうが、愛する男が真剣に話しているのである。しっかり聞いて、その想いを受け止めるのが恋人の役割であると承知していた。ただ、胸にしな垂れかかるぐらいは許されると、勝手に妥協してしまっていたが。

 

「ヒサくんに考えがあることは感じていました。でも、私の身体も心もヒサくんにもっと触れて欲しい、愛して欲しいって想いが止められなくて……我侭な女で、私こそごめんなさい」

 

「頂いたこの指輪のお陰で、確かに久脩くんといつでも話が出来ますし、すぐに隣に跳ぶことが出来るようになって──余計に我慢しなきゃいけない時間が長く思えて……嫌な女ですよね、白龍皇の彼に嫉妬するなんて」

 

 久脩の胸に顔を埋め匂いを嗅ぐだけで、二人は心の落ち着きと身体のざわめきを感じる。帰るべき場所に帰ってきた安堵と愛されたいという身体の欲求が同時に沸き出すから。左手に嵌めた彼の女王の証──小型化された彼の水晶周りの意匠と同じデザイン──を見れば、彼の女(モノ)だとその度に思い起こし、同時に隣へいないことへの違和感、喪失感を感じてしまう。

 依存だと分かっている。自立できない恋人の典型的な状態だと。それでも彼は命の恩人で、幼い頃からの自分にとっての英雄で、一番近しい男の子だった。自分達が描く未来図でも、彼の傍にいるのが当然で、彼の傍にいる自分は幸せそうに微笑んでいるのがすぐに想像できてしまう。

 

 ただ、一人だとあまりに重過ぎて、彼を壊してしまうんじゃないか。そんな懸念もずっと拭えずにあった朱乃や椿姫は互いを表向き排除しようとしながらも、結局こういう形に落ち着いたのだ。

 二人で互いの寂しさを訴え合えば、多少は我慢ができる。理不尽であってもずっと傍に居て欲しい、一時も離れたくない気持ちが止まらないと一緒に涙することもある。彼の好きなところを語り合えば時があっという間に過ぎていく。今晩はどんな風に愛してもらおうかと顔を寄せ合いながらの内緒話をして、リアスやソーナに怪訝な顔をされるのも大切な日常の中のひとこまだった。

 

「そんなことないさ。二人が俺のことを強く好きでいてくれているって実感できるから、思い切ったことだって出来たんだ。本当は二人が戦わなくてもいいぐらいに、強くなりたい。でも、今は二人に守ってもらってばかりでさ。ヴァーリは日々ちゃんと強くなってると分かれば、将来の強者を育てるのも悪くないとか言って、しっかり稽古をつけてくれるし、コカビエルさんを確実に止めるにはヴァーリに近くにいてもらうのが一番確実だったから」

 

 強者との戦いという意味では圧倒的に物足りなかっただろうが、ラーメン道という点で先達だった久脩にヴァーリは敬意を払ったのだ。また、姫島家の滞在時、朱璃がヴァーリを息子のように接していたことに、彼自身がどこか心の安堵を覚えていたことも、長期の滞在についても彼が受け入れていたことに繋がっている。

 アザゼルを父、鳶雄を兄、ラヴィニアを姉のように密かに思うヴァーリであるが、朱璃の存在は自分が共に暮らすことが叶わなくなった『母』の存在を思わせるものだった。駒王町に暮らす朱璃であるが、アザゼルを介して彼とは幾度か逢っているため、この辺りも元来の道筋と変わった影響の一つと言える。

 

「朱璃さんは俺の意図に勘付きながら、ヴァーリを俺と同じように息子と思って接していた。叶わないよ。やっぱり俺のもう一人の自慢の母親だ、朱璃さんは」

 

 朱乃や椿姫をしっかり守れる恋人であることに加えて、朱璃が誇れる息子であろう。ヴァーリが幻滅しないぐらいに強くなってみせよう。そんな目標を増やすことに、自分自身悪くないと思える、静かな高揚がある。

 

「ヒサくんは十分に私を守ってくれているわ。貴方の恋人でいられることが私の一番の幸せだもの」

 

「私の心をずっと守り続けてくれているじゃないですか、久脩くんは。貴方の背中に寄り掛かるだけじゃなくて、私だって貴方を守りたいの」

 

「二人にそう言ってもらえるのが、一番だよ。まぁ、無事終わったんだ。朱乃。椿姫。今は、二人に溺れてもいいよな?」

 

 自分達に心を預け、寄り掛かってくれることに強い歓喜を覚えながら、二人は久脩の愛撫に溺れていく。一つの大きな出来事が終わったという安堵感から、三人は何度も繋がり合い、少し休息しては互いへの想いを語り合って、まだ繋がり──薄っすらと外が明るくなる頃に、やっと寄り添って眠りについたのだった。




あと一話でひとまずおしまい。(多分


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駒王会談~時の流れは分かたれた

終わらなかったー!?

あと一話は明日か明後日に投稿します。それで仕舞いです。


「はい、ヒサくん。珈琲、熱いから気を付けてね?」

 

「うん、ありがとう朱乃。流石にこの時間になると眠気がね……」

 

「体力的なものよりも、今までの生活習慣に引っ張られるもの。私もちょっと濃い目に紅茶を淹れたわ」

 

 三大勢力による会談。三大って他の神話勢力に対して、堂々と言って大丈夫なのかと久脩は心で思ったりするが、それよりも夜中の丑三つ時ということもあって眠気が先に来る。ソーナ生徒会長の口添えが明日が休みでなければどうにもならなかっただろう。

 

「だから、あの件は……」

 

「しかし、それはお前らの対応も……」

 

「そもそも、私の提案に頷いてくれていれば……☆」

 

「それはねぇな」

 

「ありえませんね」 

 

「すまない、私もそれはちょっと無いと思う」

 

「まさかの味方も含めた総スカン!?」

 

 話し合いにかこつけてセラフォルーを弄って遊んでいる各勢力の幹部連中に、久脩は本気で帰りたくなっていた。そもそも、総督やセラフォルーから同席するように依頼され場の隅で静かにしていたのだが、話し合いにならないのなら、この場にいる意味も無いだろう。

 

「まだしばらくかかりますから、少し横になっても大丈夫てすよ」

 

 声をかけてきたのは、申し訳なさそうに苦笑いを見せたガブリエルだ。護衛はいいのだろうかと疑問に思う久脩に対し、ヴァーリまでこちらへと近づいてくる。

 

「形式めいたものも必要らしい。それぞれが各勢力の最大戦力でもあるのにな」

 

 なお、椿姫はソーナ眷属として参加しているため、久脩の付き添いである朱乃に眼光鋭い視線を飛ばしているのだが、朱乃も分かっていて椿姫の目線に気づかぬ振りで流していた。

 

「事が進めば起こすさ。俺や天界最強の女性天使がついている。安心して休むといい」

 

 ガブリエルもヴァーリの言葉に頷いたことで、朱乃の行動も素早い。長椅子に向かって久脩の手を引き、そのまま彼の頭を自分の腿の上に引き込んでしまう。

 あっという間に膝枕の姿勢の出来上がりであり、朱乃は満足そうに微笑んでいる。

 

「駄目だっ、て……」

 

「ガブリエル様もヴァーリくんも大丈夫と言ってくれているもの。私もこうして傍にいるから、少しでも休んでくださいな……ね?」

 

 身体に馴染んだ彼女の匂いが緊張をほぐし、心が安らいでいくのにつれて、久脩の瞼は自然に重くなり……さほどの時間をかけず、寝息を立て始めた。

 

「三種族の力をよくここまで馴染ませたものだが、身体の疲労が出やすくなっているな。気が昂っているとなかなか分からないが、一緒にラーメンを食べに行った後はいつも眠たそうにしていたよ」

 

「この前の帰る時にに教えてもらって助かったわ。昼休みに仮眠の時間を取るようにしてるもの。私か椿姫が必ず傍につくようにして」

 

「彼の存在が認知されるにつれ、どうしても狙われやすくなりますから。鍛練により、力が強まることで身体に適応させる時間も必要ですし……和平が正式に成立したらすぐにでも、こちらから正式に護衛をつけようと考えています」

 

「アザゼルも悪魔陣営に話を通して、あの神社の周辺の家を買い取っている。君の父親も常に家に張り付いてるわけにもいかない身だ。だから俺が当面の間派遣されることになった。それに天界側も拠点の用意はしているようだな」

 

 禍の団に久脩が勧誘された事実を天使も堕天使も重視していた。彼の性格的に自分から加入することはないと分かっていても、朱乃や椿姫、朱璃達を狙われたとしたら──。

 彼の周辺も朱璃が無事、堕天使への転生を済ませたことで非戦闘員はいないとはいえ、襲撃を跳ね返すための戦力や対策は急務だった。

 

「あら、それはお母様が喜びそう。明日から夕食も一人分増やしておかないと」

 

「いや、それは……」

 

「そうしないとカップ麺ばかりでしょう、ヴァーリくんは。しっかり伝えないと私がお母様に叱られますわ、うふふ」

 

 そう言われれば、ばつが悪そうにヴァーリはよろしく頼むと答えるしかない。ラヴィニア同様、自分を家族として扱う女性にヴァーリは強く出ようと思えなかった。

 ただ、この朱乃もどこか姉のような振る舞いを見せることがある。彼に対して久脩に対するのとは異なる気安さがあるのだ。椿姫についても同じことが言えた。

 ふと椿姫に目を向ければ、それに気づいた彼女もこっそりと頷きを返してくる。耳を立てていたのだろう、朱乃の言葉に同意を示したのだ。

 

「全く、変な女達だ。俺は白龍皇だというのに」

 

「ええ、ヴァーリくんの強さが飛び抜けているのはちゃんと分かっているわ。その分、日常生活に問題があるからお母様も私達もヒサくんもフォローするだけのことだもの」

 

 そこに恐れはない。強さに対する敬意はあっても、関わりを止める理由になることもなく。朱乃や椿姫からすれば、久脩のヴァーリに対する態度を傍で見てきているので、間接的な友人関係としても彼を無碍にするなど考えられなかった。

 

「ハッキリと言う。俺が怒りを示したらどうするつもりだ」

 

「ヴァーリくんは弱い者には興味が無いでしょう? ヒサくんの足手まといにならないように努力は続けるけれど、貴方と闘える領域まで行けるかはまた別の話だわ」

 

「朱乃さんや椿姫さんは強さばかり磨いているわけにもいきませんものね、ふふふ」

 

「ええ、ガブリエル様。身につけることはたくさんありますもの。自衛の力もその中の一つなのですし」

 

 強さ以外に身につけるべきこと。ヴァーリはそんなものはあるのかと思うゆえに、想像もつかない。ただ、天界最強の女性天使──天界全体でも三本の指に入るガブリエルだが、隔絶した強さの領域にある彼女も朱乃の言わんことを理解している様子を見て、余計に彼は首を捻るしかなかった。

 

「この寝顔のように、ヒサくんが心や身体を安心して休められる居場所であるために、私はやれることを何でもやるつもりですから」

 

 ただ、朱乃や恐らくは椿姫も、自分と違う種類の『強さ』を持っているのかもしれない。ヴァーリはそんな感覚を抱くのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 神の不在を認識し互いの勢力の存続のため、和平を結ぶ。久脩はその象徴的な存在として、各勢力の幹部クラスに持ち上げられることになる。なお、その頃には朱乃が僅かに膝を揺らすことで、久脩は目を覚まし身を起こして話し合いの席に戻っていた。ヴァーリやガブリエルも同様に各々の護衛担当の後ろへとついている。

 

「赤龍帝はおっぱいやハーレムのため、白龍皇は強い奴と闘うため。あとはお前を好敵手に育てるんだっけか」

 

「その分彼の安全に繋がり、俺は熱い闘いが望めるようになっていく。久脩は可能性の固まりだ。そして、彼は闘いそのものは否定していない」

 

「ヴァーリの言うように脅威は排除しないといけませんから。俺は守るべきものをこれからも守っていくだけです。第一に朱乃や椿姫。それから、その家族や生徒会を中心とした学校の仲間達。自分の生活の場ぐらいはしっかり守り抜きたいし、その為の力だと思ってます」

 

 欲がないと感心する者、面白味がないと揶揄する者。そんな中、急にこの室内に転移してくる者達がいた。

 

「小猫、ギャスパー!?」

 

「久脩先輩、助かりました。この貴方の所に転移できるペンダントのお陰でギャーくんと一緒に逃げることが出来ました」

 

「きゃぁっ!? 人が、人がいっぱいいるぅぅうぅぅぅ!?」

 

 男の娘の悲鳴はさておき、久脩は小猫に相談し、リアスには御守りを持たせると説明し、例のアクセサリーを──ただし、ブレスレット形式のものを持たせていた。それが功をそうした形である。指輪方式なのは朱乃と椿姫で十分であろう。いろんな意味で。

 なお、一部時間停止の影響を受けた者もいるが、その能力者が恐怖のあまりに意識を失ったため、即座に停止は解除されるというオチまでついている。

 

「万が一の御守りだったんだけど、役に立っちゃったね。……無事で良かった」

 

「これ、お返ししますね。侵入者は禍の団の『魔法使い』と名乗っていました。この学校を覆う結界内に直接転移してきているようです」

 

「助かったわ、久脩。使い勝手の増したキャスリングみたいなものなのね」

 

「あと、このアクセサリー、羯磨の力で登録する魔力や光力の初期化が効くので再利用可能です。グレモリー先輩、時代はエコです」

 

「あら、素敵ね。ちなみにこの制服も魔力である程度修復可能なのよ?」

 

 そんな隠し機能は知らなかったため、きょとんとした顔になってしまう久脩。リアスも驚き顔が見れたことでどこか満足気だ。

 

「さあ、学園への侵入者を排除するとしましょうか」

 

「おいおい、空も見ろよ。時間停止を前提にしていた襲撃だったからか、一気に物量戦に切り替えてきたぞ」

 

 アザゼルの指摘に空を見上げれば上空に展開される無数の魔法陣。襲撃者である魔法使い達が一気に転移してきていた。

 

「学園内はグレモリー家やシトリー家の学園の生徒に任せておけばいい。久脩、実戦訓練と行こう」

 

「ああ、壊されて直すことになるのも腹が立つ。覚めない悪夢でも見てもらうとしよう」

 

 久脩がヴァーリの声に答え、校庭が一望できる窓際へと進む。躊躇なく広げる三対の翼と羽。ミカエル、サーゼクス、アザゼルが翼や羽の大きさが増していることに気づき、異なる三種の力をよく自分のものにしてくれていると安堵しながら、自分達もやるべきことをしようと動き始める。

 

「グレイフィア、あの転移術式の解析は進んでいるかい?」

 

「ガブリエル様と同時に進めていますので、そこまで掛からぬかと」

 

「頼むよ。リアス、ソーナくん、君達は旧校舎に入り込んだ賊の対処を」

 

「はい!」

 

 走り出すリアス、ソーナと眷属達。椿姫が一度久脩に振り返り、彼を心配そうに見つめるが、ソーナがすぐに椿姫を久脩の方向へと押し出す。

 

「何をしているの、椿姫。旧校舎はリアスや私、眷属達がいれば十分。敵の数を考えなさい。貴方しか出来ない役目を果たしなさい」

 

「!……ありがとうございます、会長」

 

「塔城さん! 念のためもう一度持っていけ! まずいと思ったら、すぐにそのブレスレットに向かって叫んでくれ」

 

 久脩が投げ飛ばしたブレスレットを再度受け取り、小猫は一度深く頷いてみせる。旧校舎にリアスの戦車の駒が残された状態ということもある。差し迫った事態となれば、増援を送り込むことも可能であった。連絡手段を確保したリアス達は迷い無く走り出す。

 

「さて、ヴァーリ。弱者をいたぶる趣味は無いだろう。俺が術式を組む間、その鎧で威圧でもしておいてくれ。朱乃、椿姫。俺は術式を練り上げる間、ほぼ無防備になる。二人には奴等の気を引きつつ、俺の護衛を任せたい」

 

「もちろんよ。せいぜい派手にやりつつ、ヒサくんの傍を離れないから」

 

「五分でも十分でも、追憶の鏡で全部、攻撃を跳ね返し続けてみせます」

 

「頼りになる女王たちじゃないか。俺は様子見で──む?」

 

 突如、部屋に広がる魔法陣。そこから現れたカテレア・レヴィアタンから、宣戦布告が告げられた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「さて、俺達三人でこちらは何とかしてみせないとな。ヴァーリの奴、旧魔王を相手しながらこっちの様子を確認する余裕があるようだし」

 

 ヴァーリが本来の流れと違い、こちら側にいてくれているというのは大きい。改めて久脩はそう思いつつ、同時に彼を落胆させるような真似はするまいと気を入れ直す。

 

「受戒、懺悔の作法。それが羯磨の言葉そのものに込められた意味の一つだ。もう一つの主たる意味に、行為、業や所作があるけれど意味が広過ぎるために、その名を冠するこの神滅具で様々な応用が利く反面、術者には負担がかかりやすいし、願う効果が出るかどうかについても賭けの要素が出てくる」

 

 久脩はあえて分かりきったことを口にすることで、自分自身が神滅具に願う事象をより具体的なものとして伝えようと試みていた。赤龍帝の籠手や白龍皇の光翼と違い『魂』が封じられているわけではなくとも、この十数年共にしてきた神滅具に意思めいたものがあると。

 

「雷火よっ! ヒサくんの障害を砕き、燃やし尽くしてしまえっ!」

 

「『追憶の鏡』よ! 久脩くんに魔術の一つたりとも届かせないで! 魔力が必要なら、いくらでも持っていけばいいっ!」

 

 朱乃の両手から次々に雷鳴が轟き、炎の花が咲き、椿姫により久脩達の眼前に何重にも張られた鏡が迫り来る攻撃魔術の嵐を弾き続ける。十分間耐えてみせると誓った椿姫だが、次から次へと割られていく鏡を新たに展開し続ける必要に迫られ、百を超える魔術の暴雨に魔力が瞬く間に失われていくのを自覚する。朱乃も攻撃の苛烈さを増し、学園周辺に展開していた各勢力の護衛役の部隊が懸命に戦うも、少しでも数を減らしても、次から次へと転移してくる魔術師達の数は尽きる気配がない。

 襲撃者の指揮官がどう考えているかは別として、末端の魔術師達はこの一戦に賭けていた。倒れようとも一撃を加え、軋んだところに後続の魔術師がさらに攻撃を加えていく。

 

 人の世界は人が統べるべきものだ──シンプルでかつ強い思いが、彼等に撤退を許さない。

 

「神は確かに不在なのだろう。だが、『黄昏の聖槍』や俺の持つ『究極の羯磨』にその意思の一端は残されている。魔術師達よ、己が持つ業を省みる時だ。原初の罪に向き合い、掲げる正義を自分自身に問いかけよ。羯磨よ──!」

 

 ゆえに、久脩は羯磨の力を使い、魔術師達の心を折る。人である以上抱える業や罪がある。その意識を強く喚起させ、精神を自分自身で追い込ませ、そのまま戦意を砕く。この神滅具が想定する元来の使い方の一つで、久脩はその効果範囲に対して、魔力を注ぎこむだけで事足りたのだ。久脩の前方に羯磨が放った光が広がっていった後、それで決着はついていた。

 

「う、うわぁあ、許して、許してくれ! 俺はそんなつもりはなか──あああああああああっ!」

 

「私は、私は! ただ、人の世界を守りたか、い、いやぁあああああああ!」

 

 戦場であったはずの場所が、懺悔を叫び超常的な何かに許しをひたすらに請う。そんな悲鳴や呻きが上がるだけの場と化していた。転移はまだ続いているものの、蜘蛛の巣に飛び込む餌と変わらず、次から次へと頭を抱えて蹲り、何かにただただ許しを求める声が増えるばかり。

 

「ア、アハハハハっ! 私は姉さんさえいればいいんだ! そうだ、あの男から奪ってしまえばいい! なんでこんなことすら考え付かなかったのか!」

 

 例外としては、この場で釣れてはいけない銀髪の男性悪魔まで姿を見せていたりする。なお、羯磨の効果に中途半端に抗えたからなのか、抱える業を強引に意識させられ自責の念に沈むのではなく、突き抜けてしまっていた。

 

「サーゼクスゥゥゥウウ! 姉さんを返せぇぇぇぇぇ!」

 

「ほいっとな。正気を失った状態じゃ、いくらルキフグスと言えどもこんなもんだ」

 

 なお、羯磨の効果で防御全捨て状態だったため、手の空いていたアザゼルにあっさり落とされたりしていたが。

 

「ありがとう、朱乃、椿姫。転移も品切れみたいだ。……さて、美猴。この数をちゃんと連れて帰ってくれよ」

 

 膝をつき、堕天使の翼や鏡を展開しておくこともままならないほど、二人は疲労していた。反射型神器の多重展開などという無茶を押し通した椿姫の消耗が特に激しい。久脩は椿姫をそっと抱き上げ、寄り掛かりながら立ち上がることは出来た朱乃を支える。二人分の重みをなんなく支え、逞しさを増した男の姿に改めて惚れ直す朱乃と椿姫であった。

 

「無茶言うな! 俺っちは褐色ねーちゃんを連れて帰るだけで精一杯だぜ!?」

 

「あぐ……私は、こんな幻術になど……」

 

 ヴァーリに終始押された状態のカテレアもまさかのユーグリットの暴走で撤退を選ぶ羽目になっていた。張り合いの無い相手と感じたヴァーリが久脩の神滅具の影響範囲にカテレアを突き飛ばしたことで、彼女も継戦能力を失っていたのだ。今も増大した自らの業に潰されぬよう必死に抗っている辺り、旧魔王の血筋を引く者であるということだろう。ユーグリットは影響範囲に長く居過ぎたことと、姉の気配を感じてしまったのが不幸と言えた。

 

「ユーグリット、貴方には聞かなければならないことが山ほどあります」

 

「ああ! ああ! 姉さん! 貴女と共に過ごせるのなら、いくらでも私を詰り、責め、痛めつけてくれ!」

 

 拘束されたユーグリットは吹っ切れてしまったあまりに、喜びに打ち震えていたが。なお、サーゼクスは彼を激昂させないよう視界からはずれた位置に立ち、久脩の近くへやってきていた。

 

「投降することも私としては勧めたいのだがね。対集団戦では彼の力が脅威であることも思い知っただろう」

 

「久脩の眷属扱いなら、考えなくもねーけどな。ただ、そうなるとしても『今』じゃない」

 

 サーゼクスの問いかけも軽くいなし、美猴はもう一度久脩を見る。彼を見る瞳はどこか満足そうなものだ。

 

「いい目だぜ、ヒサっち。単純な強さとは違うのかもしれないけど、お前はまだまだ強くなるだろうしな。楽しみだぜ。逢わせたい奴もいるしな、また来るさ」

 

「出来れば戦闘なしで頼むよ。それならラーメン屋巡りも一緒に行けるさ」

 

「む、むむむ! なんて魅力的なお誘いだよ、ちくしょう、俺もそっち側行くか! 行っちゃうぞ!?」

 

「ぐぇっ!?」

 

 じたばたする猿の妖怪から、女性が出しちゃいけない類の声を出しながら地面に落とされてしまう旧魔王。服も戦闘であちらこちら破れたままであまりに忍びないと、セラフォルーがそっと自分の持ってきていたマントをかけた。現在進行形でまだ半分悪夢に魘された状態の彼女は、怨敵であるセラフォルーを拒絶することも出来ず、そのまま魔王少女が描いた魔法陣で二人ともどこかへと転移してしまった。

 

「俺の眷属扱いなら俺の預かりに出来ますか、サーゼクス様」

 

「多少の根回しは必要だろうけど、大丈夫だと思うよ? 君が三勢力の友好の証として、宣伝をガンガン打っていくしね。大衆向けのエピソードとしてもちょうどいいんじゃないかな」

 

 無理は聞いてやるから、お前も厄介事を背負い込め。そういうことである。

 

「堕天使、悪魔、彼が加わるとして妖怪。多種族が君の元で共生する。象徴として分かりやすくていい。今回の襲撃の首謀者の確保に影から協力していたとか、いくらでも理由はつけられる」

 

「げっ、もう連れていっちまったのかよ」

 

「珍しく、セラフォルーが気遣って静かに動いていたからね。同じ女性として思うところがあったんじゃないかな」

 

「帰る必要なくなったんじゃない、美猴」

 

「わぁーった! 分かったぜ! この美猴、現・孫悟空! 久脩の眷属扱いになってやらぁ!」

 

「あ、実際に転生堕天使とか、悪魔になるわけじゃないから、そこは安心してていいよ」

 

「しばらくは監視をつけるがね。えっと、堕天使側からはヴァーリくん。悪魔側はリアスやソーナ君達だな」

 

「天界からは駒王町に縁のある者を派遣する準備を進めておりますが、もう少し時間がかかりますのでその間は私が務めます。当代の孫悟空よ、悪行はもう出来ないと知りなさい」

 

 まさかのガブリエル、短期間とはいえ駒王町赴任宣言であった。思わず、サーゼクスも久脩達もミカエルを見てしまうが、ただ彼は首を横に振るばかり。勢力のバランスもへったくれもない。

 

「なんかカオスな状況だなぁ。でも、退屈はしなさそうだな! 宜しくな、ヒサっち! じゃあ、早速深夜に開いている店に……ぐぇっ」

 

「彼の女王たちが疲労困憊であるのに、彼が行くわけが無いでしょう。ちょうどいい機会です、善行について説いて差し上げるとしましょう。行きますよ、孫悟空」

 

「か、勘弁してくれーっ!?」

 

 こうして会談と襲撃の夜は更けて、また朝がやってくる。なお、この学園にもう一人侵入者が紛れていて、翌日から姫島神社に黒猫の姿で住み着くわけだが、それはまた別の話である。



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これまでも、これからも

完結です。


「クロ~? ご飯できたわよ~?」

 

「にゃ!」

 

「いつまでお前、その擬態を……いや、何でもねえよ」

 

 目で射殺すぐらいの殺気を放てる猫などいるのかと美猴は思うが、主である久脩はこの件について特に指摘もしなかった。ただの黒猫でないことに気がついているだろうに、詳しく問いかけてこない主に美猴の信頼度はこっそり上がっていたのだが、久脩にすれば正体は小猫の姉と推測できるだけの話だった。美猴の反応も分かりやすい分、その正体については確信に近いものを持っていた。

 

 久脩が姫島家に住み着いた野良の黒猫として朱乃や椿姫に関わらせている以上、ヴァーリやガブリエルも正体に感づいていても、彼を尊重し同じように扱っている。このような経緯から『久脩はただの迷い猫でないと分かっていながら、あえて一匹の猫として可愛がっている。三種族の力を宿してから力に飲まれることもなく、むしろ心の余裕に繋がり懐の深さが増している』と勝手に評価が上がっていた。

 そして、当然ただの黒猫ではない、そのクロからも別の理由で一目置かれている現状だ。ただ、久脩は原作知識をひけらかすわけには行かなかっただけで、実は内心どこでその情報を手に入れたか問い詰められるかと戦々恐々だったりするわけだが。

 

「今日は酢豚にしてみたわ。美猴くん、どう?」

 

「椿姫のねーさん、いやこれ美味いわ。ご飯が進む! ヒサっちぃ、いい嫁さんもらったよな」

 

「正式には婚約者だけどな。ただまぁ、そのつもりだからそれでもいいのか」

 

「正式な届出は社会人になってからですから。ただ、将来的な私達の拠点が駒王町なのか、冥界なのか、それも絞れていませんし、それにとって届出先も変わりますし……」

 

「椿姫は駒王町を拠点とすると、会長の仕事場に転移通勤になるのか。うーん、俺がどこで就職するかだなぁ……」

 

 そんな話を出来るのも、平和があってこそだ。なお、カテレアは悪夢を振り切ったものの、未だ悪魔勢力の首都に拘禁されている。セラフォルーが日参しその度に毒を吐かれているが、会話を否定したりはしないようだ。ユーグリットは清々しい毎日を謳歌しているらしい。一般的にはどうだとは言わないが。幸せの形はいろいろだということであろう。

 既に結婚するのは確定事項だとか、とっくに事実婚状態ということには最早誰も突っ込みはしない。

 

「お魚じゃなくてごめんね。クロ、明日はアジの塩焼きやフライにするから」

 

「にゃー!」

 

「ふふ、気にするなと言ってくれているの? ありがとう」

 

 朱乃がちゃぶ台の近くのクロ専用食事場所に夕食を置いて、席へと戻ってくる。朱璃はお椀を差し出したヴァーリにニコニコしながらお替りを装い、そろそろ滞在期間が過ぎているはずのガブリエルが台所から出来上がったばかりの揚げ物を運んできていた。

 

「安倍先輩。姫島先輩の家が混沌とし過ぎています」

 

「ああ、そうか塔城さんはまだ二回目ぐらいだっけ。イッセーやグレモリー先輩の時は普通に馴染んでいるし幸せそうに飯食って帰っていくぞ。アルジェントさんの当番の時もどちらかがやってきて、ちゃっかり食べていってる」

 

「何してるんですか、部長にイッセー先輩……」

 

「日本かぶれだからな、グレモリー先輩。ちゃぶ台を囲んで飯を食うっていうのが嬉しくて仕方ないらしい。和の味付けを覚えるんだって来る度に作るところから参加してる。イッセーは美女や美少女の作るご飯だからと拝みながら食べてる」

 

 当番制の見張りと名目ではあるが、完全に役割をうっちゃっている自由な先輩達に小猫は頭を抱えた。部屋の隅に美味しそうにご飯を頬張っている黒猫はどう見ても気配が忘れるわけもない姉のもので。

 既に美猴から裏事情は密かに説明を受けており、今も指名手配中のはぐれ悪魔である以上、基本擬態しているというのも分かる。だが、完全にこれでは飼い猫状態ではないか。

 

「塔城さん、焦るなよ。俺の立ち位置をしばらくは利用しておこう、それぐらいの気持ちでいればいい。何でもすぐにハッキリさせるのがいいことばかりじゃない」

 

「!……安倍先輩」

 

「今は食事を楽しもう。朱乃、塩から揚げも美味しくていいね。こっちの青椒肉絲はガブリエルさんですか、これもご飯に合うなぁ」

 

 黒歌の一件は俺に預けてくれ、そう受け取った小猫は静かに頷き、料理に舌鼓を打つ。あとは見張り日の回数を増やしてもらうことも心に決める。美味しい食事の前後に白龍皇、最強の女性天使と鍛錬まで出来るというこの環境、眷属内での力不足を感じている小猫にとっては貴重な機会だった。

 姉も何かを語りはしないが、こちらを見つめる瞳は黒猫の姿でも優しいものだと感じられた。美猴から聞かされた姉が主殺しをした本当の理由も知り、自分が守られていたことや姉は仙術をしっかり制御できていたことも分かった今、焦りを覚える必要は無いと自分に言い聞かせる。

 

「安倍先輩。……信じていますから」

 

「ん。俺だけじゃ頼りなくても、朱乃や椿姫もいる。何とかするさ」

 

 リアスとはまた違う立場だけれど、慕っている先輩が何とかしてみせると言い切る力強さを感じて、小猫は自然に笑みを浮かべることが出来た。クロが内心狂喜乱舞するぐらいには、何とも愛らしい笑顔だった。

 そう、こうして見張り番を交代でするようになってから、リアスへの敬慕は変わらなくても、いつしか盲目的に『彼女のために命をかけて強くならなくてはならない』という強迫観念めいたものが無くなっていることに気づいていた。

 久脩が姉との再会を踏まえて、彼が神滅具の力で自分にとって良い効果を齎してくれたのだと、感覚的に察している小猫は久脩を慕う部分がある自分を素直に認めることが出来るぐらいには、今では自分の心に余裕が生まれている。

 

「数百年ぶりに台所に立ったものの、ここ何日かで勘も戻ってきたようです。朱璃さんの助言も的確で助かりましたわ」

 

「ふふ、ママ友達と一緒に料理をする感覚でこちらも楽しいです」

 

 ガブリエルは朱乃や椿姫にとって良い刺激となっている。寝食を共にすることで、淑女とはかくあるべきと体現したような普段からの発言や振る舞いなど参考になる点も多く、またお茶目な一面も持っているため、長年連れ添うとなれば完璧過ぎても駄目なのだと二人は学んでいる。

 

 傍から見れば、テレビ番組に特集が組まれそうな『大家族』姫島家状態だ。なお、安倍家でも可である。姫島家は神社の境内の中にあるため、部屋数は多い。多少、寝泊りする人数が増えてもへっちゃらであった。朱璃が元々大きな家の出身であるため、来客に慣れている点も大きい。来客用の寝具は常時、数セット揃えてあるのだ。

 まず、家長であるバラキエルと朱璃夫婦の部屋。次に久脩達三人の個室が来るはずなのだが、朱乃と椿姫の強い意向により『共同』の大部屋一つが与えられていた。バラキエルが頑張ってせめて別々の部屋にしようとした時期もあったが、娘二人(義理含)に道端のゴミを見るような目で見られて興奮してしまって有耶無耶になって以来、この形が続いている。朱璃が認めている以上、この配置が変わる事はないだろう。

 新たに久脩の指揮下となった美猴の個室や、ヴァーリやガブリエルが神社近くの拠点に戻らず、そのまま休んでいく場合もあるが、それぞれ寝泊まりする客室をカウントしたとしてもまだ余力がある。

 

「明日は久脩くんの家の日よね? あの人も帰ってこれる日だけど、ガブリエルさんはこちらでいいのかしら」

 

「こちらはヴァーリくんがついてくれますから、私は美猴と共に久脩さんの護衛に回ります。その前に夕食の材料は取りに寄らせて頂きますね」

 

 また、安倍家の維持管理や清掃のため、週一は必ず安倍家で過ごすようにしている久脩たち三人だが、その場合は美猴やヴァーリ、ガブリエルが分かれて護衛役をこなす。久脩の両親は相変わらず不在気味で、たまに帰ってきてもバラキエルや朱璃との酒盛りで結局、姫島邸で寝泊りするパターンが多かった。

 

「ところでガブリエル、天界の業務は大丈夫なのか? 俺はもともとアザゼルの子飼いみたいな立場だったから影響は小さいものだが……」

 

「昼間に転移で戻ってしっかりこなしていますし、部下の者達も柔な鍛え方はしておりませんから、こちらも問題はありませんよ。夕食の買い出しを朱璃さんにお任せなのが申し訳ないですけれど……」

 

 兼業主婦みたいな発言にヴァーリも微妙な顔になるが、ガブリエルが今の二重生活にやりがいや充実感を覚えている以上、とやかく言うことでもないと判断する。本来の天界側担当者が既に駒王学園に転校生としてやってきていることも聞いているが、赤龍帝の家へと転がり込んでグレモリーの後継者達と寵愛を競い合っているというのだから、天界も人材不足なのかと内心考えてはしまっていた。

 

「ヴァーリ、今日の走り込みは食事が終わって胃が落ち着いたらすぐに行こうか。どうも雲の動きが怪しいから、早めに済ませたほうがいいかもしれない」

 

「ああ、確かに麺が水分を含みやすい日だったからな。確かに一雨来てもおかしくはない」

 

『ヴァーリが、ヴァーリの麺狂いが止まらなくなっているぅぅぅ……』

 

「強さを求めることに変わりは無いぞ、アルビオン。ただ、極端に急ぐことを止めただけだ。久脩の成長は爆発的なものではないが、確実に強くなっていくのが分かる。なにせ、神滅具の力でアルビオンの半減を無効化出来るのだから、弱いわけが無い」

 

「無効化による体力や魔力の消費も鍛錬をサボらないから、確実に軽くなっていってるしなぁ。ヒサっちはストイックだよなぁ、うんうん」

 

「それでも殴り合いになったらすぐに沈められるんだけど。全ての距離を得意にしてるとか、ヴァーリはほんと白龍皇」

 

「私達三人でかかっても、普通にいなされますからね……鎧を砕けるぐらいに早くなりたいものです」

 

『バラキエルの娘の雷火に、転生悪魔娘の金属へ干渉する力を合わせられると、こちらも亀裂を入れられてしまうからな。娘達も強くはなっているさ』

 

「それでもガブリエルには押し切れないからな、俺も。まだまだ強くならなければいけないさ」

 

『そうだヴァーリ。貪欲に強さを求めなければな!』

 

「ああ、麺のコシの強さのように、粘り強く切れない心も持たなければ」

 

『ヴァーリぃぃぃぃいぃ!?』

 

 泣いたり喜んだり感情の起伏が激しくなる一方のアルビオン。久脩の羯磨の力で精神の鎮静化のお世話になってる辺り、マッチポンプの要素すら出てきている白い龍であった。それでも、赤いのに比べれば随分とマシな精神状態であることを彼は知らない。近い将来、おっぱい怖いと震えるドライグを見て、彼は自分の環境に安堵すら覚えるのである。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「ねえ、ヒサくん。クロちゃんと塔城さんの悪魔の駒に干渉したのね」

 

「久脩くんの誤魔化しは私達には通用しませんよ。ずっと一緒にいるからこそ分かる癖がありますしね。あと、クロちゃんと塔城さんの変化が分かりやすいです」

 

「お見通しか。ああ、あの遅効性の洗脳効果は消し去ったよ。クロは話をした上で、塔城さんは訓練時の気絶時にさくっとやらせてもらった。総督の推測だけどさ、何かしら強い感情に囚われている間はそれほど考え方の変化が進まないものの、何かしら懸念事項が解決したりして心が開放された時に、実際は別要因で解決したとしても『これも私の王のお陰だ、ずっとお仕えしなければ。やはり悪魔に転生して正解だった』みたいに反動で一気に洗脳が進んじゃう可能性が高いって」

 

 ようは悪魔への転生なのだから、悪魔らしい考え方に自然になっていくように……ということだ。イッセーがリアス優先主義の考え方に変わり、アーシアが情欲に身を任せることを悪いことだと感じにくくなっているように。通常は徐々に性格が変質していくのだが、もともと本能に忠実な一面があるため、イッセーは分かりやす過ぎる事例だった。

 その場合、悪魔を憎むクロと、主を慕い自分を捧げていく小猫とは考え方の違いが致命的なものになりかねない。姉妹が完全に別離することを憂慮し、久脩は己のエゴで彼女の駒にも干渉した。

 

「クロは今は自分を利用した元主への憎しみが未だ根深くあったから、そこまで急ぎはしなかったんだけど、話をしたらすぐに納得してくれたしね。猫がしっかり頷く姿というのもシュールだったけど」

 

「ああ、ヒサくんの言う猫又の姿には戻らなかったのね」

 

「いろいろ考えてるんだろうね。まぁ、ヴァーリやカブリエルさんがいる間はその方が賢明だと思う。危なかったのは塔城さんだね。長年の懸念が解決したから、ちょいと急ぐ必要があった。クロの妹だし、歪んでいくと分かっていてそのままにするのは忍びないしね」

 

 アーシアは自らの判断で転生しているし、イッセーに至っては悪魔生を謳歌しているのでとやかく言うことではない。祐斗とは普通の友人関係なので、事情にそこまで突っ込むつもりも最初から無い。

 小猫の場合、現段階で洗脳効果を解いてもリアスとの信頼関係は既に出来上がっているし、彼女の眷属の中でもイッセー以上に仲がいいのが小猫だから、こちらに不利益を被るような行動をする性格でないことも分かっている。餌付けの効果は偉大であった。

 

「クロちゃんはいずれ美猴くんと同じように、私達の中で戦車か僧侶的な役割を果たしてもらうつもりですか?」

 

「……俺達のためだけに動いてくれる仲間が、必要だと思ってる。実はヴァーリにも増やせと勧められた。俺の戦い方的にも仲間と組んだ方がよりいい動きが出来るって。ただ、クロがこれからどうして行くのかは彼女の判断だよ。敵対さえしなければ十分だと思ってる」

 

 久脩はクロに恩を売った形だ。ただ、長年一人で追われる生活の中でも生き抜いてきた彼女だから、義理や恩で釣れるとは思っていなかった。ただ、彼女が消極的でもいいから、緩やかな協力関係になれればいいと願っている。

 

「塔城さん自身にもヒサくんが言っていたことだけれど、私や椿姫がいつもついているわ。焦らないでね」

 

「私達の安全を確保しようとして頂くのはありがたいことですが、それで久脩くんが負担を抱え込んではいけませんから」

 

 二人に両肩に頭を預けられ、両腕は一本ずつ彼女達の両腕に抱えられている状態で座っているが、その温かさや重みが心地良さと安心感を与えてくれる。まもなく、夏がやってくる。纏うものがなくても、寄り添っていれば十分な暖は取れる。朱乃や椿姫に至っては情交の後の熱がまだお腹の奥で燻っているから、意識のどこかで久脩をさらに誘っている部分が残っていた。

 

「うん、二人とずっと長く一緒にいたいからね。強くなることも、身の回りの警護を強めることも、急ぎ過ぎずにやるさ」

 

 やがて話題は夏休みへと移る。朱乃達にとっては高校生活最後の夏なのだが、例年の恒例行事というものがシトリー眷属の椿姫にはあった。

 

「ソーナ会長から夏休みにシトリー家に帰省する際に、久脩くんと朱乃を正式に招待したいと。正規のルートでシトリー領入りしておけば、私だけでなくお二人も転移での行き来が許可されますし、この機会に足回りを整えませんかと仰っていました」

 

「ライザーやユーベルーナさんからも遊びにおいでって連絡受けてたよな。まぁ、フェニックス領以外に転移先が選べるのはありかもしれないけど……」

 

「シトリー領に椿姫がいる際に何か起こった時、すぐに跳べるのは必要じゃないかしら。フェニックス領経由だとやはり時間がかかり過ぎるもの」

 

 冥界のグリゴリ本部も訪ねようとか、いろいろ夏のイベントも目白押しのようである。ただ変わらないのは、三人はこれからも仲睦まじく、近しい関係性を持ち続けていくということだった。




「二人とも、本当に良かったわ。とても幸せなのが見ていてよく分かるもの」

「ありがとう、ユーベルーナ。毎晩たっぷり愛してもらっているわ、うふふ」

「自分で驚くぐらい肌の状態もずっと良くて。女って愛されることで、身体が整えられていくって本当なんだって実感してるの」

「そうそう、手入れさえしっかりしていれば、メイクの時間も短くて済むし──」

「……盛り上がってるな」

「うん、ものすごい恥ずかしい話までし始めた。どう愛してくれるかってそんな話題で盛り上がられても、なんというか、逃げたい」

「テラスで飲もう。部屋から完全に出たら怒られるからな。見える位置で会話に入らない位置へ避難する……これだ」

「俺まだ未成年扱いだからね?」

「冥界なら成人だ。付き合え」

「分かったよ。ところでライザー、次のレーティングゲームって──」

 ライザーが引きこもっていないので、若手同士のレーティングゲームに参加してくる。顔合わせにも出るパターン。


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