断罪の姫と正義の剣 (Vaan)
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PROLOGUE

誹謗中傷はお控え願います。
よろしくお願いします。


────ああ、なんたる未知。なんたる既知。

幾千幾万、那由多の数まで幾度となく繰り返し、遂に私の望む女神の物語が紡ぎ出されようとしている。

 

しかし、手書きでこの脚本を書き記しているのだ。

稀には有らぬ方向に本筋が逸れてしまう場合もある。

どちらにしても、この脚本は私の愛しい女神を彩る脚本にすら満たず、無駄であることに違いはない。

 

故に、私の愛しい女神は出せまい。

別の相応しい小汚い女神が必要だろう。

まあ、こんな女を女神と呼ぶのも、本来なら烏滸がましいが……。

このまま捨て置くにも惜しいというものだ。

少々観てみたくなってしまったのでな。

 

つまりこの脚本を物語として成立させるかどうか、貴様に託すということだ。

 

安心したまえ。

配役は既に私が用意している。

貴様には勿体ない程の男がこの物語の主役。

その主役の相手役を任せるというのだ。

此ほどの優遇はないと思わないか。

無論、配役は味方だけとは限らないがね。

 

はてさて、残りは貴様自身の手でその男を見つけなければ、舞台にすら立てぬよ。

 

さあ、早く私を存分に愉悦に浸らせておくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───で、何で俺までこんな所に?」

 

「別に良いだろ?

行きも帰りも移動代は俺が払うんだし、ちょっとしたプチ旅行気分でも味わったらどうだ」

 

「いや、だから……俺は剣とか刀とか全く興味ないし、寧ろ苦手なんだけど………」

 

俺たちは普段は熊本県の北部に住んでいる。

今はこうして隣の県に遊びに来ているわけであるが、その内容というのが期間限定で開催されている刀剣の美術展を見に行くこと。

 

と言うのも、世界各地から美術館に集められた珍しい剣や刀、日本独自の武器である日本刀、その他武器までいろんな凶器が展示されているという。

 

確かに俺自身は割と好奇心旺盛で、珍しい物には目がない。

新商品もすぐ手に取ってしまう質だ。

 

しかしだ。

悲しいことに俺はそんな武器やらなんやらに興味はない。

他人の趣味にとやかく言うつもりはないが、俺はどちらかというとそんな危ない物が嫌いだ。

 

要するにこの友達に無理矢理連れて来らてしまっていた。

 

「やっぱり帰っていいか……?

こんな物騒な物見てると気分悪い……」

 

「まあまあ、もうちょっとだけ見て回ろうぜ。

大丈夫大丈夫。こういうのは見てる内に好きになっていくもんだ」

 

なんだかんだで悲しいことに博物館内を何周も回っている。

辛いのには変わりはないが、悔しいことに何となく慣れてはきていた。

 

そんな何回も見て回る中、ある通路が目に入る。

 

「あれ……こんな通路あったっけ?」

 

「あ?通路?通路って……あ、ホントだ。

こっちにも何か展示してあるかもしれないし、行ってみるか」

 

もう友達に付き合わされて何周もしているのに、何故気付かなかったのだろうか。

一瞬気味が悪いと感じたものの、結局その友達の判断で、通路を通ることにした。

 

通路は今までの観覧していた所よりも薄暗く、冷気が吹いているわけでもないのに寒気すら感じていた。

 

それでも先へと進む。

それはまるで何かに導かれるように、ひたすら無言で歩く。

 

そして、一本道は終わりを迎えた。

 

「なんだ…これ」

 

一言で言えば、不気味。恐怖すら感じる。

そんな雰囲気を醸し出す一本の剣が、通路の突き当たりにある台座に鎮座していた。

 

「『Épée de Justice』────つまり、『正義の剣』って意味だったかな?

何でこんなところに……」

 

友達は剣をじっと眺めながら言う。

 

「正義の剣?正義の味方が使ってたとかか?」

 

「強ち間違っちゃいないが、そんな大層なもんじゃない。これは『処刑人の剣』って物騒なもんだ。

正義の味方じゃなく、死刑執行人が悪人を断頭するために使ったやつ」

 

やはり気味が悪いとしか言いようがないだろう。

それに先程から変な冷や汗が止まらない。

何となくではあるが、一刻も早くこの場から去らなければならない気がした。

 

そうして謎の嫌悪感から逃れるため、この剣から一歩後退りしたその刹那。

 

 

 

 

 

────アナタ…なの……?

 

 

 

 

 

 

か細く小さいながらも、鈴の音のように程良く高い声だった。

 

「─────」

 

ふと聞こえた声に、思考は停止する。

 

何が何だか分からない。

幻聴かと考えた。

だが違う。

 

 

 

 

 

─────ワタシの…愛しい人…。

 

 

 

 

そこ弱々しい声は聞こえ続けていた。

しっかりと耳へと、脳へと聞こえ続けている。

 

それに、何故か幻聴じゃないと確信してしまうのだ。

理由は分からないけど、そう思ってしまう自分がいた。

 

「お、おい…どうした…?」

 

戸惑う様子を見て友達が心配するが、それに脇見も振らずに俺は声の主を探す。

恐らく、この声は女の子の声だろう。

その声主がどこかに隠れているんじゃないかと、そう思った。

が、その姿は周りを見渡しても、見つかることはない。

 

 

 

 

 

 

 

──────ワタシは………。

 

 

 

 

 

 

声はそれでも響き続ける。

まるで誘うかのように、彼女は俺に語りかける。

 

さらにこの時、聞こええる声と同時に身体に偏重を来していた。

頭がズキズキと痛み、動悸が激しい。

冷や汗と吐き気が止まらない。

 

分からない。何故だ。

何故この少女の声が聞こえているのだろう。

友達は様子からして明らかにこの声が聞こえていない。

自分だけに響き渡る不思議な声音。

 

一体どこから……。

 

 

 

 

 

 

──────ワタシは…ここ……。

 

 

 

 

 

「あ……」

 

そして、途端に自覚する。

 

探しても無駄だった。

見つかるはずがなかった。

声の正体。どこから聞こえているのかはっきりと分かった。

今正に目の前にある「処刑人の剣」から発せられていたことに。

 

「キミは…一体……」

 

俺は言葉をこの先から紡ぐことは出来なかった。

身体を襲う偏重に耐えきれず、思わず嘔吐しその場に倒れ込んでしまった。

 

そして辺りが暗くなる中、友達が心配する声と共に、剣があった台座に座って微笑んでいる「銀髪の少女」に気付いたが、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これこそが序章。

 

小汚い断罪の姫と、復讐に生きることになる男の喜劇。

果たして既知として駄作らしく終幕するのか、或いは未知として傑作らしく生まれ変わるのか。

それは彼女と彼次第ということだが……。

 

期待せず、鑑賞するとしよう。



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ChapterⅠ

ChapterⅠです。


────重い瞼を開けた。

広がっていたのはどこまでも続く水平線。

 

どうやら浜辺にいるらしい。

辺りを見渡すものの、黄昏に輝く浜辺にはどうやら独り。

波の音が永遠に物悲しく木霊している。

 

何故こんな所にいるかは分からない。

確かそう、ここに来る前は──────いや、忘れてしまった。

 

とてもこの風景が懐かしく、心地良く想えてくる。

余計な考えなど不要というように、海に洗い流されてしまう。

と言っても、この穏やかな風景始めて眺めたものだ。

俺が観ていたのは…………確か────

 

 

「───おやおや、迷い込んでしまったか?■■■・■■■■」

 

気配は皆無だった。

だが、確かに俺の後ろから声がした。

最後の方は何故か聞き取ることが出来なかったが……。

振り向くと、黒いボロボロのマントを羽織った男が一人立っていた。

 

「アンタは……?」

 

この男の雰囲気は不気味だ。

違和感と言っていい、同じ人間とは思えない。そんな感覚。

見た目は陰険な痩せ型の男であるが、その瞳には俺に語り掛けているにも関わらず、俺の姿はまるで写っていない。

 

「名乗る名は多々ある。

が、此処では『カリオストロ』と名乗っておこう」

 

彼はそう名乗った。

「カリオストロ」という名前に少々の疑問を覚えたが、何か事情があるのだろう。

詳しいことは聞かなかった。

 

今はこの場でゆっくりとしていたい。

この男なんてどうでもいい。

そんな気分になっていたからだ。

 

「安息を求めるのか。

残念だが、お前にこの場は似合わんよ。

安らぎを求めるにはまだ早いというものだ」

 

「……どういうことだ?」

 

だが、それを彼は拒んだ。

抑揚はないが、どこか舞台染みたような口調で語る男。

口から出る台詞は、まるで俺に呪いでも掛けるかのように紡ぎ出された。

 

「例え、前世であろうが後世であろうが、必ずお前は復讐を一つ遂げなければならない。

それは最早使命だ。

恨み憎み続け完遂するまで、想いは留まることを知らない」

 

「ま、待ってくれ……復讐って……」

 

「それを乗り越えた時、お前に安息を約束しよう。

こう見えても、剣に封じたあの女と違いお前には少々期待をしている」

 

一方的なその語りは、ふと記憶にある出来事を思い出させた。

そう。俺はあの時────「彼女」を見て意識を失った。

思い返せば、目の前の男を見て感じている違和感と、「彼女」を見た時の感覚はどこか似ている。

 

今になって何故この事を思い出したのか。

直感的に彼の言う「女」と俺の思った「彼女」が同一人物だと思ったのだろうか。

俺自身にも理解できなかった。

 

「さて、元の世界へと帰る時間だ。

断罪の姫と正義の剣、両方を想い形取れ。

名の通り、罪を断ち、己の渇望する正義を生かせ。

そして唱えろ。

『─────■■、■■■■■■■■』と」

 

駄目だ。

言ってることが全く理解できない。

どういうことだ。

一体俺は何を見て、何を聞いてるんだ……。

 

そもそもこれは、本当に夢なのか。

妙に現実味がある。

 

「お前の最初の祝詞。

力を有意義に使い、復讐を成し遂げてみるがいい」

 

彼の最後の言葉。

その言葉が耳に聞こえたその刹那、黒マントの姿の後方、遠い砂浜の向こう側に金髪の少女を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────結局、あれは何だったんだろう……」

 

「さあな。夢占いなんてやってないし、俺に聞かれても分かんねえよ。

けど、これから良くないことでも起きるかもな」

 

あれから、気付けば病室で寝ていた。

美術展で気絶した俺は、即座に地元の病院へと運ばれ、それから一日中眠っていたらしい。

そして身体中を検査したのだが、結果は原因不明で、異常なしとの診断。

それから一日だけの入院を経て、今日退院したに至るわけである。

 

「そんなこと言うなよ……」

 

「んなこと言ったって、気失う前に『幽霊』なんてもん見たんだろ?

これが良くないと言わず何なんだよ」

 

目覚めた後、気絶する前の事、眠った後の夢の事、全てをこの友達に話した。

彼の「幽霊」というのは勿論、あの「銀髪の少女」のこと。

 

「ま、暫くはゆっくり休め。

とりあえず家までは送ってやるよ、『(アザミ)』」

 

退院した俺をこいつは待ってくれていた。

口は悪いし、変な趣味を持っているが、こういう優しい所は本当に良い所だ。

 

ちなみに「薊」というのは名前。

 

藤真(フジマ)薊」。それが俺自身の名前。

生活態度は可もなく不可もなく。

目立ったことは苦手。

友達関係もこの友達を除けば浅く広く。

運動、学力は得意ではないが悪くはない。

割とどこにでもいる奴だと俺は思っている。

 

「なんか…いろいろとごめんな。

龍雅(リュウガ)』には迷惑掛けっぱなしだ」

 

この友達の名前は「小湊(コミナト)龍雅」。

多分顔はそこそこカッコいい類。

学力は優秀。運動も得意。

先に言ったように口は悪いが、優しく面倒見が良く、人望もある。

刀とか剣が好きとか、その他諸々の変な趣味を除けば、完璧な男だろう。

 

 

俺達は熊本に住み、進学校に通う高校二年生として暮らしている。

来年には、大学に通うための受験で大忙しという生活を控え、今は冬を目の前にした秋。

 

刀や剣の美術展に行ったのは、学校の休日と祝日の休暇を利用して行っていた。

友達─────もとい、龍雅に連れられて隣の県まで出向いたのだが、まあそこで例の事が起きたわけである。

 

夢の事もそうだが、あの少女は誰だったのか。

やっぱり幻覚だったのか、龍雅の言う通り幽霊だったのか、それとも別の何かだったのか…。

今となっては全て謎のままだ。

 

「…別にどうってことはない。

病院に運ばれた時はひやひやしたが、何もないようで良かったぜ」

 

何にしろ、どうしよもなく今の俺が現実であることに違いないだろう。

不思議体験なんて、ある人はあるというものだ。

そんな体験を出来ただけ、不吉な予感として捉えるのではなく、ラッキーだったと、そう思うことにした。

 

「まあ、兎に角ありがとう。

明日から連休明けの学校だ。帰りにでも何か奢らせてくれ」

 

次の日からまた勉学に励む日々が始まる。

背負い込んで無駄にストレスを抱えるわけにはいかないわけだ。

考えたところでそもそもよく分からないというのもあるが、一刻も早く忘れることが吉だろう。

 

龍雅にお詫びに奢る約束をし、家へと辿り着いた俺は、それから何事もなく一日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────某所。美術展会場。

 

美術館は既に閉館し、館内は暗く、静けさを存分に感じさせた。

 

「────処刑人の剣は持ち主を見つけたようだな」

 

そんな静けさを切るように、足音と男の声が響き渡る。

男は何も展示されていない台座を目の前にし、さも残念そうにしていた。

 

「また探さなくてはならないか……。

全く面倒なことだ……」

 

勿論、突然起きた異変に対して、この美術館には警備員が数人配置されている。

毎日閉館時間になると、館内に異常がないか監視カメラで様子を確認したり、自分の足でそれを行ったりと、警備を熱心に行っていた。

 

だが、館内に侵入者が堂々と居る中、誰一人と警備員は駆けつけない。

 

「────ローラント様。

館内に居た者は、全員始末しておきました。

それと捜索を行いましたが、やはり既に剣は持ち去られているようです」

 

「そうか。ご苦労」

 

「ローラント」と呼ばれた男の後ろ。

明かりのない闇の中から、黒い軍服を着用した一人の少女が姿を現す。

見た目では分かり難いが、その服からは鮮血が次々と滴り落ちていた。

 

「では次の仕事だ。消えた剣を探してこい。

持ち主となった者のことも調べ尽くしてな」

 

「……心得ました」

 

少女は男に頭を下げ、彼女のものではない血溜まりを残し、再び姿を暗い闇に溶け込ませた。

 

 

「さて私も動くとしよう……。

それにしても一体どんな奴なのだろうな。剣の持ち主とやらは……」

 

そうして男もまた闇夜に姿を消す。

 

美術館の館内は、以前にも増した完全な静寂に包まれることになった。



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ChapterⅡ

chapterⅡです。
よろしくお願いします。


────あれから一週間が経った。

 

学校に登校し、授業を受け、昼御飯を食べて、友達と喋って、また授業を受けて、終わって下校して……─────その毎日毎日の繰り返し。

 

当たり前の日常だ。

まあ、不満があるでもなく、楽しくないわけでもない。

勉強や運動は好きではないし、授業も居眠りすることが多いが、それなりに生活は充実している。

 

今日も朝早くに、この町にある学校にちゃんと登校する。

 

俺が住む、この町の名は「天橋(あまばし)市」。

熊本県にある町で、人口は約6万人。戦後に完成された田舎町で、都会の建物と比べれば、住宅街や田圃ばかりである。

その割に遊園地や展望台、大きなゲームセンターなど娯楽も万全であり、そこそこ住みやすい町の部類だろう。

 

しかし、この町はともかくとして、周りの町では何故か連続殺人が起きてたりと、少々厄介事があったりする。

 

オカルト的な噂もあり、割と物騒ではあるので、精々住まずに遊びに出入りする程度が丁度良いかもしれない。

 

 

「───よう。今日も眠そうだな」

 

ふと、声を掛けてきたのは小湊龍雅。俺の親友。

 

二人とも別ではあるが、学校近くのアパートを一人暮らしで借りていて、登校時間が被ると偶に鉢合わせすることがある。

 

「おう、早いな今日。

いつもぎりぎりまで寝てるのに」

 

「薊より不真面目だからな、俺は」

 

「よく言うよ…」

 

俺達は互いに両親はいなく、既に他界している。

俺は元々諏訪原というところに住んでいたのだが、10年前にそこで両親は交通事故で死んでしまった。

それからというもの、親戚の家から家へと転々と盥回し。

いろいろあって今に至るわけだ。

 

龍雅のことに関しては正直よく知らない。

彼の両親が既に亡くなっていることは知っているが、詳しくは聞いていない。

元々聞く気はないし、俺自身のことも話していない。

龍雅が言いたい時に言い、聞きたい時に聞けばいいだろうと思う。

 

 

「それじゃあ、俺こっちだから」

 

いつもの通学路を二人で歩き、俺達の通う「蕗之ヶ丘(ふきのがおか)高等学校」へと到着する。

 

「ああ、またな」

 

靴箱にて靴を履き替え、各々の教室へと向かった。

 

残念ながら龍雅とは別のクラス。

学校内で合うのは、稀に移動教室なんかで鉢合わせぐらいとなる。

それ以外だったら、昼御飯の時に屋上で一緒に食べてるぐらいだろうか。

 

「……そういや薊。疲れた顔してっけど、お前ちゃんと寝てる?」

 

「あ…ああ、ちょっと寝付けなくて……」

 

実は最近、疲れが溜まる一方で全く取れていない。

いつも通りの生活を送っているはずだが、体の調子が一日中悪く、ストレスが溜まっているのか、ちょっとしたことでイライラしてしまう。

 

「ふーん…。ま、なんかあった時は俺に言えよ」

 

顔に出ている程に疲れていたとなると、今後どうにかする必要がある。

心配されるというのはどうも苦手だし、特に龍雅に心配は掛けたくない。

 

「ありがとう。でも大丈夫だから、心配しないでいい」

 

手を軽く振った俺は、足早に自分の教室へと向かった。

 

何故こんなことになっているのか。

理由はいくら考えても分からなかった。

特別何かをやっている訳でもなく、何かにストレスを感じている訳でもない。

病院に行って相談とかもしてみたものの原因は分からず。

精神安定剤みたいな薬を処方されたり、カウンセリングに適当なことを言われたり、散々だった。

身体の異変の元凶を知ることが出来れば対処もできるはずだが………。

 

思い当たることと言えば、やはりあの時の──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────朝のHRにて。

 

「ほら席に着けー。始めるぞー」

 

先生の声により、クラスの皆が一斉に自分の席へと着き始める。

椅子と床が擦れる音が、暫く辺り一面に鳴り響く。

その音がある程度静まった所で、先生がよく通る声で皆にあることを伝えた。

 

「実は今日皆に紹介しなきゃならなくてな。うちに転入生だ」

 

先生の言葉に教室中が再びざわつく。

確かに皆のリアクションも理解できた。

 

この中途半端な時期に転入生というのはまず珍しい。

そもそも、この学校に転校してくる生徒自体余りないことではある。

まあ、珍しいだけではなく、半分くらいはどんな人なんだろうという期待の騒がしさだろうが…。

 

「それじゃあ、入ってきてくれ」

 

先生の合図から教室の前の扉がスライドし、学校指定の制服を着た少女が姿を現した。

 

「初めまして」

 

少女は前に立つと、そう言ってニコッと笑いお辞儀をする。

 

まあ、なんて言えばいいのだろうか。

とても綺麗で可愛い女の子だ。

第一印象はそんな感じ。

 

一色(イッシキ)(アオイ)です。これからよろしくお願いします」

 

髪は黒髪でストレートに背の辺りまで伸び艶やかで、顔も小顔で肌も白い。

身長は女性の平均身長ぐらいだろうか。

スカートから見える足はとても長く細く、程良く締まっている。

体つきも日本人とは思えないようなプロポーションで、彼女を見たクラス中がさらにざわついた。

実際、俺自身も好みこそあるだろうが、この地域でここまで美しい女性を見たことがない。

 

「それじゃあ一色は窓側の一番後ろに着いてくれ……藤真の隣だな」

 

実は何となくは分かっていた。

俺の隣には過去にはなかった、一つ空席の机と椅子があった。

その時点で転校生が来るのかもという予想と、俺の隣へと指定されるだろうとは思っていたのだ。

 

先生から言われ一色葵という少女は俺の隣の席へとやってくる。

 

「えっと…藤真君って先生が言ってたよね」

 

椅子に座った彼女は隣の俺へと声を掛けてきた。

 

「これから席が隣同士、よろしくね」

 

「あ、ああ…よろしく」

 

クラス中に見せたような笑顔を俺へと向けた。

この美しい微笑みを見せつけられ、実際悪い気はしないものだ。

どこかこそばゆく感じるものがある。

 

が、何故だろう。

彼女はを見ていると、必要以上に既視感を覚える気がした。

 

 

────時は経ち、昼休み。

俺はいつものように、屋上で待っている龍雅の元へと向かおうと思っていた。

 

しかし、今日はそれを引き留める者が現れることとなった。

 

「藤真君。ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

今日転校してきたばかりの女子生徒、一色葵。

その彼女だった。

 

「昼休みと放課後を通して、学校中を見回ろうと思ってて……。

だから良かったら、藤真君に学内を案内してほしいんだけど……駄目かな?」

 

転校生からのお誘い。

正直、何故俺なんだろうと思わざるをえなかった。

彼女は休み時間ごとにいろんな人間に囲まれ、質問攻めにされていた。

その中で気の合う同級生もいたかもしれない。

 

なのにだ。

彼女は昼休みに入ったと同時に、彼女の周りに集まってきた人混みを掻き分け、俺の元へとやって来てこの台詞。

 

クラス中から浴びせられるいろんな念を含んだ視線が、俺へと突き刺さる。

 

「べ、別にいいけど……」

 

断る選択肢もあったわけだが、俺の性格上の問題もありどうも断り辛い。

それに一刻も早く、皆の注目の的から離れたかった。

先程からひそひそと、俺達のことを勘繰るような言葉が聞こえてきていた。

 

「ありがとう。それじゃあ早速行こ」

 

まあ、少し遅れることにはなるが、この転校生も誘って後で龍雅の所へ行くことにしよう。

あいつも可愛い女の子が見たいだろうし、恐らく彼女も断らないはずだ。

 

そうして、俺は一色葵を連れて学校を案内することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───あー?転校生の案内?

お前そんなことしてたのか」

 

ある程度ではあるが学校中を案内した俺は、残った時間で彼女を誘い昼食を摂ることにした。

少し空気が肌寒い、殺風景な屋上へと辿り着くと、そこには設置されているベンチで一人、購買で買ったパンとジュースを貪る龍雅の姿があった。

 

待たされたと少々怒っている龍雅を宥め、転校生を彼に紹介することにした。

 

「まあ悪かったよ。

とりあえず一緒に連れてきたから、いいか?」

 

「ここまで来ておいて、駄目だとか言う訳にはいかないだろ。

いいから呼べよ。昼休み終っちまうぞ」

 

「ありがとう。おーい、一色さん」

 

俺の声に反応し、階段から屋上に出ることができる扉の陰から一色が姿を現した。

 

「お、美人」

 

こいつは可愛い子を見ると、大体こんな反応をする。

俺も可愛い子は好きではあるし無理もないが……。

ぶっちゃけ、この一色さんは割と好みである。

 

「初めまして、一色です。

あなたが藤真君の友達の……」

 

「小湊だ。よろしく…………ん?」

 

挨拶を交わす二人であったが、不意に龍雅が妙な反応を見せた。

 

「…?私の顔に何か付いてますか?」

 

「……いや、何でもない」

 

何でもない、とパンを頬張るのを再開し、龍雅はそっぽを向き態度で示す。

だが、彼の行動は、俺にとっては違和感極まりない。

 

普段の彼ならば、可愛い女の子が目の前にいると、質問攻めを開始するのだ。

毎回それをひっぺがすのが大変であるが、今回はそれがない。

 

彼の趣味に合わなかったのだろうか。

喜んでもらえると思ったが……。

 

「…あ、ごめん。お昼食べる前に、ちょっとトイレに行ってくるね」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

彼の態度はとりあえず気にせず、御飯を食べようとした時、ふと彼女は思い出したかのようにそう言うと、場を去っていった。

 

そして、彼女が見えなくなって暫く。

 

「…おい、薊。

あの女とは、あんまり関わらない方が良いかもしれねえ」

 

彼はそう言った。

理由は解らないが、龍雅の顔から察するに本気で言っていることは分かった。

 

「は…?どうしたんだよ急に……。

可愛い子を目の前にしてらしくないと思ったら……」

 

「あの女、ただの腹黒じゃねえ。

やたらと上から人間観察してやがった。

それに…そもそもあいつ、人間か?」

 

「おいおい……。冗談よせよ…。

間違いなく良い女の子だと俺は思うけど……」

 

急に何を言い出すかと思えば、厨二病を発症し過ぎて手遅れなのかと思ったが、彼の顔は至って真剣。

とても冗談を言っているようには見受けられない。

 

「薊が言うなら確かに良い奴なんだろう。

そのお前の目利きを疑うわけじゃない。

でも何か裏の顔があって、変なこと考えてやがるのは覚えとけ」

まあ多分だがなと、再び龍雅はパンを食べ始めた。

 

龍雅がこんなことを言うこと自体珍しくはあるが、ただ何か企んでるかもしれないという理由で、彼が忠告するのもまた珍しい。

殺されるとかそんな大事になるわけでもないだろうし、腹黒いぐらいで騒ぎ立てることでもない。

 

俺は龍雅の言葉を頭の片隅に置き、この場は聞き流すことにしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「…………勘のいい人」

 

そんな彼らを一色葵は階段の踊り場。丁度死角になるところで見ていた。

 

彼女は壁にもたれかかると天を仰ぐ。

 

「藤真君、か……」

 

その表情はどことなく悲愴漂う表情だった。



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ChapterⅢ

chapterⅢです。
よろしくお願いします。


「───自分から頼んでおいてなんだけど、藤真君。

本当に放課後も良かったの?私の我儘なのに……」

 

「別に気にしなくていいよ。

一回頼まれたからには、最後までやらなきゃ気が済まないだけだし」

 

昼休みから放課後に飛ぶ。

俺は一色さんを連れて昼同様に、学校内の案内をしていた。

龍雅からは妙なことを言われたが、無下にするわけにもいかず、放課後も彼女の頼みに乗ったのだった。

 

「………ありがとう」

 

彼女は少し照れくさそうにお礼を言った。

まあ、こういう姿を見れただけでもありがたく、俺としては得をしている。

どこからどう見ても年相応の可愛い女の子であるし、龍雅の勘も多分何かの間違いだろう。

寧ろ腹黒いなんてとんでもないくらいだ。

「さて……もう粗方見終わったかな。

最後に何か聞きたいことある?可能な範囲でなら答えるけど」

 

やることは終えたわけだが、心残りや見逃している所があったらと思い、彼女にそんなことを投げ掛けてみた。

幸い俺は部活はやってなく、用事も特にないので、時間は有り余っている。

頼られたからには役に立ちたい。

 

「あ、それなら屋上をもう一回見たいんだけど……」

 

「屋上?またどうして?」

 

「その…ちょっとみたいものがあって……多分見れば分かると思う」

 

屋上で見たいもの。

あの殺風景な屋上に何かあったのだろうか。

思い出せないがとりあえず、彼女の要望通り屋上に向かうことにした。

 

 

 

「───なるほど…。観たいものってこれのことか」

 

「そう。お昼に此処へ来たとき、綺麗な眺め観れるかなと思ったんだよね」

 

彼女の言う通り、目の前には綺麗な景色が広がっていた。

空の奥に輝くのは夕日。

その鮮やかなオレンジ色の夕日に照されている町の様子。

なんとも幻想的で神秘的。

 

この学校に通いながら、まさかこんな景色が観れるとは知らなかった。

肌寒くなった屋上には、俺達二人だけ。

耳には穏やかな風の音だけが聴こえ、一層その景色を美しく魅せている気がした。

 

さらに言えば、美しいものは町の様子だけではない。

 

「…ん?どうしたの?」

 

「あ、いや……なんでもない…」

 

夕日の輝きを浴びている彼女もまた、一段と美しかった。

想わず惚れてしまいそうなくらい、目に、脳に、焼き付いていく。

其ほどまでに彼女の光景も素晴らしく、栄えるものがある。

 

 

「……ねえ、藤真君」

 

「どうした?」

 

「貴方は、私を『良い人』だと思ってるの?」

 

夕日から延びる光を纏った彼女は、ふとそんなことを聞いてきた。

 

「もし、そうだとしたら……その考えは止めた方が良い」

 

彼女の表情は景色を眺め、喜ぶ顔ではなく、ただひたすらに悲しそうな顔。

 

「あ……もしかして昼の時の?

あ、あれはその……龍雅も悪気があるわけじゃ────」

 

勿論俺は昼間のことを思い出す。

彼女が突然こんな話をし始めたのはきっと俺達の話を聞いていたからだろうと、そう思ったからだ。

しかし、彼女の口からは予想外な一言が発せられた。

 

「────私、人殺しなの」

 

美しく照らされた彼女の口から出た言葉。

それはこの黄昏の景色に似つかわしくない、不釣り合いな言葉だった。

 

「……は?何を言って……」

 

急に言われたことで頭が追い付いていない。

そもそも訳が分からない。

何故彼女が人殺しなんて羅列を出したのか。

 

「そのままの意味。

人を殺したことがあるの。何人もね」

 

冗談かと思った。

けれど、彼女の表情はさらに重く悲愴に塗りつぶされていく。

とても嘘なんて思うことができないぐらいに。

 

「小湊君の予想通り。

私は腹黒くて、人殺しという裏の顔も持ってて、それに……」

 

彼女は静かに距離を詰める。

足音を立て、ゆっくりと静かに。

その距離は身体一つ分しか存在せず、彼女の落ち着いた吐息、彼女の甘い心地いい香り、彼女の吸い込まれそうな黒い大きな瞳。

彼女を最も近くで感じることができた。

 

だが、その意識は薄れる。

 

「人間を辞めてるの」

 

「─────!!? 」

 

彼女の吐き捨てるような言葉をを聞いたその瞬間、景色が反転した。

一色は俺の足を横に足払いをし、

気付いた時には、身体を床に打ち付けられていた。

 

「……身体、満足に動かせないでしょ?」

 

彼女は倒れている俺の上に馬乗りになり、軽く俺の身体に手を添える。

俺は自分の身に起きた出来事に混乱しながらも、起き上がろうとするが─────起き上がらない。

 

びくともしないのだ。

彼女の女の子らしい細腕一本だけで、俺の身体は床に抑えつけられていた。

 

「これは……一体どうなって……」

 

「見ての通り、私の腕だけで藤真君の身体を抑えているだけ。

まあ、私自身はただ触ってるだけなんだけどね」

 

確かに彼女の腕や様子は、全くと言っていいほどに力を入れている動作は見受けられない。

ただ俺の上に乗って、胸板の辺りに手で触れているだけ。

端から見ても、俺がジタバタしているのがわざとらしく思えるだけだろう。

 

「何でこんなことを…!」

 

「理由は簡単。

私が普通の人間じゃないって理解してもらうこと、それと藤真君もまた『同じ』だということね」

 

「…え?」

 

「分からない?私もあなたも、既に『魔人』へと堕ちているということ」

 

なんともぶっ飛んだ話だ。

混乱し過ぎて、異性が覆い被さっていることに胸の高鳴りも感じない。

普段ならこんな電波な事は、無視しておくのが手っ取り早い。

聞かぬが吉だ。

 

でも、彼女の訳の分からない発言を、疑うことができない自分が何故かいる。

それどころか詳しく聞かなければならないと思えた。

 

「俺も…人間じゃないって言いたいのか…?」

 

「それは勿論。だってこの程度で痛みなんて無いでしょ?」

 

一色から言われて気付く。

俺の身体はコンクリートでできた床にミシミシとめり込んでいた。

なのにだ。まるで感覚が麻痺したように痛みというものは皆無に等しい。

 

有り得ない事実が目の前で起こっていた。

 

「───藤真君、よく聞いて」

 

彼女の真剣な眼差しが、俺を見つめる。

 

「私がこの学校に来て、この屋上で二人きりな理由は、最初からあなたを導くため。

そして藤真君に、人を殺してほしくないからよ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────同日同時刻。

 

「はぁ…あのお人好しが……」

 

とある部屋の中で、一つのモニターを確認する男がいた。

写し出されているのは今現在の蕗之ヶ丘高等学校の屋上。

 

「割と本気で言ったんだけどなあ。

ま、困った奴を放っておけないのはいつものことか…。

それが軽いことでも、重いことでもな」

 

その屋上には二人の男女がいるのが見える。

 

藤真薊、それに一色葵。

片方は親友で、片方はまだよく知らない転校生。

端から見れば、男が女に押し倒され、如何わしいことを想像してもおかしくはない。

が、勿論のように彼はそうは思わない。

 

「やっぱり転校生も『同類』か……」

 

上体を、座っている回転椅子の背もたれに預け、その場をぐるぐると回る。

「狙いは何なのかは知らないが、邪魔されても面倒だ……」

 

彼は思う。

何故こうなったのか。

何故こうしているのか。

 

後悔はしていない。

この(ゲットー)から逃れられるならば、友と呼べる存在を巻き込むことも厭わない。

 

だからこそ────

 

「薊を導くのは俺だ。俺があいつを引き上げる」

 

思惑と共に、彼はゆっくりと立ち上がった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────さらに時は経ち、深夜11:00p.m.辺り。

 

今日の早朝の後を追うように、電灯に照らされた薄暗い通学路を歩いていた。

 

理由は他でもない。

今日に蕗之ヶ丘高校に転校生としてやって来た、一色葵に言われてだ。

 

『────今日の深夜十二時、またこの屋上に来て。詳しい話はその時に……待ってるから』

 

とまあ、デートのお誘いをされたわけである。

 

どちらかと言えば嬉しくなく、心踊らないデートなわけであるが、内容が内容だ。

行かなければならないと思った。

 

 

学校に到着し、運動場に行くと、そこには既に一色が待っていた。

相変わらず美しい容姿をしているが、前と違うのは着ている服。

学校の制服ではなく、黒い軍服のようなもの。

 

確かそう。龍雅に見せてもらったことがある。

ナチスドイツの軍服だったか。

何故か一色はそんな物を着ていた。

 

「おい、一色さん」

 

俺は遠くから一色に手を振った。

しかし、距離としては余り離れていないところからだったのだが、彼女は俺に気づいていないのか、振り向きもしない。

 

ずっとある一定の方向を睨み付けていた。

 

「……?一色さ───」

 

もう一度彼女の名前を呼ぼうとした時だった。

 

 

「───ほう……その男が、正義の剣との契約者か」

 

暗闇から聞こえた、男の鈍重な声。

その声を聞いた瞬間、背筋に電流が流れたかのようにビリビリと悪寒が走る。

それに加え、肌を通して分かるような威圧感もあった。

 

「全くもって、これは驚いた。

これもまたカールの差し金か?

相も変わらず嫌らしい男だ」

 

夕方とはうって代わり、太陽ではなく、月に照らし出された運動場。

その天然の灯りの中に、物陰から現れた一人の男が写し出されていた。

 

「『初めて』ではない……『久し振り』だな。

まさかお前とまた、会えるとは」

 

俺は「久し振り」と言ったこの男を見たことがなかった。

確かな記憶ががなく初めましてではあることに違いないはず。

 

なのに────

 

この男を見た時、俺は既視感という異変を心の中に感じていた。



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ChapterⅣ

chapter4です。
話はあんまり進みません。


────その男の最初の印象は、既視感。

 

初めましてであるはずなのに、どうしてか、どこかで見たことがあるという感覚に襲われる。

 

「まさか覚えていないのか?

私だ。『ローラント』だ」

 

この男は「ローラント」と名乗ったが、聞き覚えはない。

 

背丈は高く、見るからにして日本人ではない。

歳は恐らく40か50ぐらい。

高圧的な態度が少々目に余る。

服装は一色とは違いがあるが、間違いなくあれもナチスドイツの制服だろう。

それに黒いローブを羽織っている。

 

やはり俺はこの男を知らない。

少なくとも俺の周りに、こんな社会的に危ない制服を着ているやつはいなかったはずだ。

 

「どうやら忘れているようだな……。

まあいい。カールがどんな奇術を使っていようが、利用させてもらう道以外手はないだろう」

 

それに予想が当たっているならば、恐らくこいつも一色が言っていた、「魔人」だ。

まだその辺の事情は詳しく聞いていないが、人間を捨てているという言葉は強ち間違いではないのかもしれない。

圧力というのが尋常じゃない。

 

其ほどにこのローラントという男の立ち姿に、人間とは思えない雰囲気と違和感を感じてしまう。

 

「しかし、今日は剣の持ち主の顔を見に来ただけのこと。

仕事は形成位階へと達した時だ。

それまでは一色、お前の手で頼んだぞ」

 

「承知しました」

 

「では、お前が成長しているのを楽しみにしている。

それまでは一旦さらばだ」

 

そう言って、地面を踏む足音を立てて、即座にローラントは去っていった。

 

「本当に顔を見に来ただけなのかよ……」

 

一体誰だったのかは結局分からなかったが、印象として嫌な感じと言えばいいだろうか。

彼とは出来れば関わりたくない方と思ってしまった。

口振りでは今後も会う機会があるということだろうが、注意しておくべき存在だ。

 

しかし、妙に一色が畏まっていたが、仲間ということになるのか。

 

「仲間じゃない」

 

いろいろ考えていると、一色が心を見透かしたように言葉を発する。

 

「あいつとは……利害が一致してるだけだから……。

そこは勘違いしないで」

 

表情が明らかに曇っていた。

先程の男と何があったのかは知らない。

けれど、こうやって俺へと接近したのも、複雑な事情があるのかもしれない。

 

「あ、ああ……分かった」

 

俺はとりあえず頷くことにした。

 

「……それじゃあ、早速始めるね」

 

彼女は気を取り直し、俺へと向き合う。

表情の憂いは既に見られず、いつもの彼女に戻っていた。

 

「ごめん一色さん。始めるって何を?

まずいろいろと説明してくれないと……」

 

俺は彼女に言葉を返す。

実際何を行うかなんて知らないし、未だに現状何が起きて、どうして夜中の学校に呼び出されたか理解していないのである。

だから俺は戸惑うしかない。

 

「あなたの位階を上げる訓練、かな?」

 

「位階…?」

 

「兎に角、まずその力について説明しなきゃね」

 

そうして彼女は俺の要望通り、知っていることを説明してくれた。

 

 

まず俺の中にはあの「正義の剣」があるのだという。

────「聖遺物」、と呼ばれる物。

聖遺物と言えば、聖人の遺品や遺骸のことだろう。

が、ここでの物はその聖遺物ではない。

人の思念が集まり、絶大な力を得た物を指しているという。

種類は様々で、想念も信仰心、怨念などなど違いがあれど力が宿れば聖遺物になる。

 

そして、その聖遺物を操る力。名を「エイヴィヒカイト」。

呪われたアイテムを使用するための術であり、一色も先程のローラントとかいう男も使用できるのだという。

ある人物から与えられないと使えないらしいが、俺も何故か使用できる状況にあるらしい。

 

しかしこの術法はただでは使えない。

聖遺物の力を行使するには、燃料を補給しなければならない。

それは人の魂。

魂を燃料とすることで、それを求める聖遺物は維持され、力を増す。

さらに自分自身は霊的装甲を纏い、身体能力、防御能力と共に上昇する仕組み。

 

要は発動のために、この術を施された者は魂を求めるが故、慢性的な殺人衝動に駆られるようになるわけである。

 

 

「───なるほど……。

それのせいで最近何か調子がおかしかったのか」

 

「普通殺人衝動があるはずなんだけどね。

藤真君の場合、何か別の理由があるのか、はたまた単純に鈍感なのか」

 

「せめて気が長いって言って……」

 

最近イライラしていたのは、正しくこれのせい。

いつの間にか得ていたモノで、いつの間にか狂気に取り込まれていた。

 

「普通なら今でも衝動で苦しいはず…。

でも、その兆候がそのイライラだけだとしたら、やっぱり正義の剣、それと藤真君は特別な存在なのかも……。

これから大変なのかもしれないけど……」

 

この力には位階というものがあり、これを上げることが出来れば、少しは殺人衝動とやらがコントロールできるという。

 

それが一色の狙いらしい。

 

「俺は人なんて殺したくない。

もしその衝動を抑えることができるなら、俺の方こそ是非教えてほしい」

 

勿論、殺人なんて進んでやりたいとかは思わない。

考えたこともない。

俺が俺として保てるならば是非ともそうしたいと思う。

 

「それは勿論。

私みたいになってほしくない。

藤真君に人殺しなんてしてほしくない。

だから……私は協力する」

 

彼女は力ない笑顔を浮かべる。

 

「一色さん……」

 

彼女は自らを人殺しだと言った。

でも、それは多分望んだ行為ではないだろう。

殺人衝動という狂気に飲まれた結果に違いない。

これほど他人を心配し、優しい心を持った彼女ならば、本来人の命を奪うことはまずあり得ない人間だと俺は思った。

 

 

 

「───おいおい。笑えねぇな」

 

想い考えていたその刹那。

どこからか聞こえてきた男の声。

 

だが、この声はローラントの声ではなく若い男のモノ。

俺はこの声に聞き覚えがあった。

 

「よう、薊。

お人好しも良いが、無条件で信じ過ぎだろ、お前」

 

俺達の目の前に表れた姿。

それは紛れもなく、小湊龍雅の姿であった。

 

 

「龍雅…何でここに…」

 

「あ?何でってそりゃ────『永劫破壊(エイヴィヒカイト)』の使い方を教えに来たに決まってんだろ?」



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ChapterⅤ

すみません。とても遅くなってしまいました。
ChapterⅤになります。


「───小湊龍雅。

ふむ…忘れていた。この地には、あの男がいたか」

 

「……お知り合いですか?」

 

「ああ、お前たちが私の下に就く前に、一悶着あったのだよ。

別に大したことではないが、その一件で彼に恨まれていてね」

 

見た目中年の男と、年齢20代ぐらいの女がそこにはいた。

 

彼らから醸し出される雰囲気というものは、暗く、鈍重で、普通の人間ならば思わず死が連想されるだろう。

 

「だが、奴は何を考えているのか………どうせ私を殺そうとしているのだろうが」

 

それは無理もなく、彼らは人ならざる者。

人間の魂は糧でしかない。

 

「……まあいい。

彼もまた『断罪の姫』の降臨を促そうというのなら、今は泳がせておく他ない。

利用させてもらうとしよう」

 

だが、ローラントと薊に名乗ったこの男は、同一存在ですら下に見る。

薊や一色、龍雅であっても道具として見ていた。

 

「ローラント様。その件についてですが、私に良い考えがあります」

 

そんなローラントに、彼へ従う女が一人、彼へと一つ提案する。

 

「…ほう。ならば言ってみろ。

本当に良い考えであるのならば、実行しようではないか」

 

ローラントの言葉にその女は、口元を異常に吊り上げ、不適な笑みを歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───痛かった………」

 

「別にいいだろ?

上手くいったんだし、これが一番手っ取り早かったんだ。

それにもう治ってんだろ」

 

「そんなこと言ってもさ!

もうすぐで俺の手が無くなるところだったんだぞ!」

 

時は進み、俺は龍雅からエイヴィヒカイトの使い方を学び終わった。

今は次の日の昼。場所は学校の屋上。

 

それまでの経緯をざっくり話すとすれば、俺は当たり前のように龍雅が現れたことに驚く。

そして、彼もまた俺や一色のように、聖遺物の使徒であることを知り、さらに驚いた。

まあ、「教えてやる」と言われた以上、龍雅が無関係ではないということは予想できるが、今の現状が非日常的なのだ。

驚愕しかしない状況であるので、仕方ないと思ってほしい。

 

ちなみにエイヴィヒカイトを使用するための訓練は、それはそれは辛い方法だった。

言えば、一色が持ってた拳銃で押さえつけた俺の手を、数秒毎に撃つという単純なもの。

単純と言っても、普通の人間ならショック死してもおかしくはないだろうし、いくら俺が人外になっていても、失敗すれば手がなくなっていたのは間違いない。

 

「小湊君、こんな無理なことをしなくても流石に良かったんじゃない…?」

 

「何も考えてなかった癖に、俺に指図するんじゃねえ。

てか、俺はお前のことは信頼してねえし、さらっと輪の中に入ってんじゃねえよ」

 

横にいた一色が口を挟む。

まあ何故彼女がここにいるかというと、大した理由はない。

これまでの経緯のように、彼女は嫌々ローラントに従っているらしく、日常生活まで彼に指図される筋合いはない。

一応害はないということで、龍雅を宥めて彼女を側に置いている。

 

「……龍雅、落ち着け。

一色さんもどうやら事情があるみたいだし……それにローラントとか言ってた、あの男の情報もくれたじゃないか」

 

まあ昼食を一緒に食べているわけであるが、他の奴らというか、例えば同じクラスの女子と一緒に食べればいい気がする。実際誘いはあった。

しかし、敢えて彼女はそれを総て断り、俺達の元へとやってきたのだった。

 

「信頼してるわけじゃねえんだ。こちとらな」

 

俺は別に一緒にいるのは構わないのだが、龍雅は彼女が気に食わないらしく、一色を目の敵にするように接していた。

 

「それに、お前はどうやってこいつを活動位階に引き上げようとしていた?」

 

「それは……」

 

言葉を濁し、目を逸らす一色に対し、龍雅は呆れたと言わんばかりに溜息を吐く。

 

「まあいい……。悪いがこの後用事あるから、先行くわ」

 

ゆっくりと重い腰を上げた龍雅。

 

「……ああ、そうなのか。それじゃあまた後で」

 

背を向けた彼は俺の言葉に、ひらひらと右手を振って反応し、この場を去っていった。

 

「───龍雅は……一体どこを視てるんだろうな……」

 

「え……?」

 

「俺は今まで、あいつの親友としてやってきたのに……全く分からないや……」

 

「…………」

 

なし崩し的に出来事に巻き込まれて、率直に嫌な気分ではある。

けれど、もしかしてこのままこの出来事を進んでいけば………彼が何を想って、何を望んでいるのか、これから理解できるのかもしれない。

 

何となく、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───放課後。

 

「あ、薊。ちょっと良いか」

 

帰ろうと思っていた時のこと。

 

「龍雅?見てないけど……どうかした?」

 

龍雅と同じクラスの笠原匙が声を掛けてきた。

俺とも交流はあるものの、特に龍雅と仲が良く、その繋がりで仲良くなった男友達の一人。

 

「そっか……見てないならいいんだけどさ……。

薊はもう帰り?」

 

「そうだけど……何かあった?」

 

「ああ、あいつ昼休みから姿を見ないんだ。

もしかして薊なら分かるんじゃないかと思ってさ」

 

「龍雅が?

午後の授業もまさか出てないのか?」

 

匙はこくりと頷いた。

 

龍雅が授業をサボるなんて初めてだ。

口は悪いが少なくとも優等生で、授業だって黙々とこなすし、俺の知る限りでは皆勤賞だった。

昼休みの様子を見る限りでは、体調を崩した様子ではなかった。

 

それが何故……。

 

「……まあ、もし見掛けたらで良いから、俺に連絡を一つくれって言っておいてくれない?」

 

「分かった。……見掛けたら伝えとくよ」

 

「サンキュー。じゃ、頼むわ───」

 

 

───匙が去っていった後、俺は思案する。

嫌な予感がしているわけじゃないが、探した方が良いかもしれない。

ここ最近の不思議体験のせいもあるが、何となく不安な気持ちなのだ。

 

だから探す。

匙から言われたからではなく、そんな単純な理由。

 

「……一応、一色さんにも連絡しとくか」

 

そして、一色へと事情を説明した後、俺は龍雅を探し始めることにした。

 

 

 

───今思えば、ここまで総て上手くいき過ぎていた。

龍雅との出会いも、葵との出会いも何もかも……。

 

「彼女」の魂を秘め、俺はここから戦いの中に、その身を投じることになる。




次からは戦闘に行きたいところです。
頑張って書いていきたいですね……。


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ChapterⅥ

お待たせしました。
chapterⅥになります。


───時は昼休みに戻る。

 

「───すまない。待たせた」

 

学校の体育館裏。

ここは普段から余り人も来ず、体育館の影により日当たりが悪く、日中でも薄暗い。

 

「───いいえ、構いませんよ。

友達との会話はとても微笑ましいことです。

中々に見物でしたし」

 

そこにはぽつんと一人の男が立っていた。

完全に薄暗い空間に溶け込んでいて、目立つことはない。

 

「……冗談よしてくれ。

アンタには世話になりっぱなしだが、言って良いこと悪いことはある」

 

「おやおや、これは失礼。

情報はしっかりと持ってきましたから、それでご勘弁願いたいものですねぇ」

 

蜘蛛───と言えばいいだろうか。

人の形をしておきながら、何故かその節足動物を思い起こさせる。

手足がひょろ長く、陰湿な面持ち。

一部の人間が見れば不快に思うだろう。

 

「はぁ……それで?

何で今日は顔を見せに?」

 

「それは勿論。貴方に話があってきたのですよ」

 

「話?」

 

言葉使いは丁寧であるものの、ねっとりとした怪しい口調もまた、この男が不快になる要因だろう。

しかし、龍雅はそんなこと気にしていない。

 

「『一色葵』についてですよ。知っているでしょう?」

 

「……一色の?調べていたのか」

 

「ええ。ローラントを探っていた最中に私もあの御嬢さんのことを知ったのですがね。

興味がありましたので……それで私からお聞きしたいのですが率直に。

貴方は一色葵のこと、どう見てますか?」

 

蜘蛛のような男は、問いを龍雅に投げ掛ける。

 

「どう思う、か………考えることなら多々ある」

 

龍雅は不思議に思いながらも考え、それに答える。

 

「……まず、ローラントに対して敵対心を示しているのは本当だろう。俺たちへ味方して、薊のことを気にしているのも本心からだ。嘘はない。

それからすると彼女自身、純粋な敵として考えにくいわけだが、ローラントが裏切りに気付いていないわけがない。

一色に一件を任せていたとしても、何か意図があるんだろう」

 

「良い観察眼ですねぇ。ここは流石と言うべきでしょう」

 

「からかうな……それと、だ」

 

龍雅には一色のことで一つ、疑問に思っていることがあった。

 

「一色は……どこにでも居そうな普通の女だ。

だからこそおかしい。

何故狂ってもいない普通の人間が聖遺物を扱えているのか。

聞いたところ創造位階ではなく、形成位階止まりではあるらしいが、彼女には『何かが』ある」

 

「ふむ……」

 

聖遺物を扱うというのはとても難しいこと。

その性質上、まず常識的な人間には不可能に近いと言ってもいい。

要は使用者にはどこか頭がおかしいの部分があるものだが、一色葵はあまりにも「普通の人間」過ぎるのだ。

 

「彼女については私も疑問があります。

ので、少々身の回りのことを調べておきましたよ」

 

「仕事が早いな……」

 

この男の諜報としての才能は正に一流であり、元々はローラントの情報を龍雅は依頼し、事前に調べてもらっていた。

 

「フフフ……光栄です。

まあ、そうですねぇ……一言で簡潔に言うならば、一色家というのはどうやら小湊家と『同類』だ、ということでしょう」

 

「同類…?どういうことだ」

 

「そのままの意味ですよ。

『小湊』、『一色』、それに『櫻井』です」

 

男が言った「同類」という言葉。

そして、三つの「名字」。

彼にとって、それだけで説明は十分だった。

 

「……まさか───」

 

その時だった。

 

 

「───龍…」

 

 

背に感じた気配。そして女の声。

 

「───!?」

 

龍雅と話していた男は振り返り驚いた素振りを見せるも、龍雅が振り返らない。

 

「────」

 

直ぐに彼は認識する。

 

その声を聞いた瞬間、彼の脳に衝撃が走った。

それはまるで電流が直接加えられるようにビリビリと、過去の記憶を瞬時にフラッシュバックさせる。

 

そう。彼はこの声を既に知っている。

「……クソ……っ」

 

誰にも聞こえないぐらいの声で、龍雅は歯を噛み締めた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────時は今に再び戻る。

 

俺は行方を眩ました龍雅を探していた。

学内を捜索したところ、姿を確認することは出来ず、学外を走り回っていた。

 

「───藤真君!」

 

「一色さん……龍雅は見つかった?」

 

「いえ……ごめんなさい……」

 

一色にも協力を頼み、同じく探し回ってもらっていたのだが、どうやら手掛かりすら無しのようだ。

彼女が探して見つからないとなると、俺も無理なのは当たり前だろう。

諦めるわけではないが、そう推論せざるを得ない。

 

「……根拠はない。

だけど、胸騒ぎがする……龍雅のことだから無事ではいると思うけど……」

 

「…………」

 

俺の言葉を聞いた一色が顔を曇らせる。

 

「……もしかしたら、私以外の人間が動いてるのかも……」

 

そう思い詰めた表情で口にした。

私以外、というのはどういうことなのかと問いただすと、それに答えてくれた。

「ローラントの部下は……私を含めて四人いるの」

 

「四人…?つまり敵はローラントだけじゃないということか?」

 

「そう……この天橋市に到着しているのは私ともう一人。そのもう一人が動いたのかもしれない。

ローラントは確かに私に任せるって言ったけど、他を動かさない保障はないし……」

 

つまりはその「もう一人」のローラントの仲間が、龍雅に何かしたのではないかというのが、一色が予想したことだった。

 

可能性としては有り得なくはない。

だとしたら昼から今までずっと戦い続けてるのだろうか。

もしかして殺られ────いや、最悪なことを考えるのは止めよう。

龍雅がそんな簡単に殺られるわけがない。

だが、それにしても……。

 

「何でそんな重要なことを先に話さなかった……」

 

「ご、ごめんなさい……。

と、とにかく探さなきゃ……残りの二人が合流してしまったら、小湊君でも……」

 

仮の話であっても、本当にそうだとしたら状況は最悪であることに違いはない。

 

何故かは分からないが、胸騒ぎも次第に大きくなっている。

これも聖遺物の影響とやらなのだろうか。

───いや、そんなことを今は考えている暇はない。

この胸騒ぎが「正しい」なら、龍雅はどこかで戦っているはずだ。

 

そう考えていたタイミング。

 

 

「───ん?あ、ごめん……携帯が」

 

いろいろと思考している時、俺のズボンのポケットに入っている携帯電話の着信音が鳴り始めた。

 

内心は鳴った音に驚きながらも、携帯を取り出し、ディスプレイに表示されている名前を確認する。

 

「……笠原?」

 

電話をしてきたのは、友達の一人である笠原匙からであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────天橋市の郊外にある森林地帯。

 

「───………ッ!」

 

龍雅は一人、その場で戦っていた。

辺りは既に暗くなってきていて、視界も悪い。

そんな中で拳を奮い、応戦していた。

 

「…………」

 

目の前には、突如として姿を現した少女。

見た目は可愛いらしい面持ちではあるが、その顔の表情には抑揚がなく、まるで機械のようであった。

 

不意を食らったものの、この少女一人であるならば、龍雅自身の実力で振りほどくことはできた。

実力としては間違いなく、彼の方が上。

 

しかし────

 

 

「───全く……まさかアナタとその男が知り合いとはね。

中々にツいてるわ……」

 

敵は一人ではなかった。

もう一人、不適に口を吊り上げる女が一人。

 

「お陰様で反撃が少ないし………もしかして、知り合いだったかしら? 」

 

「……お前には関係ねえだろうが……」

 

女二人はまるで対象的な印象。

一人は黙々と表情の変化も無しに龍雅を攻撃し、後一人は嬉々として弄ぶように攻撃する。

とは言っても、コンビネーションは抜群で、隙は全くない。

口数の少ない方が恐らく動きを合わせている、そう龍雅はそう読んだ。

 

「……ま、いいわ。

仲間を一人殺されれば、あの子も怒りやらで形成位階に上がれるでしょうし、早く殺しましょう。

上手くあの男も撤退したようでしょうし」

 

「………わざと逃がしたってのか?」

 

「それは勿論。

今の私達で黒円卓を敵に回すのは不味いからね。

必死こいて守ってる貴方は滑稽そのものだったわ……アハハ」

 

ケタケタと馬鹿にするように嘲笑う女。

心底腹は立つが、龍雅は怒りを何とか抑える。

 

昼に取引をしていた男は、ある都合により、この街から撤退させた。

理由を言うならば、バレたくない奴らがいる。それぐらいの理由。

だが、それも折り込み済みだったとすると、彼女らの狙いは龍雅だということになる。

 

「俺を狙って……どうするつもりだ」

 

「言ってるじゃない。

貴方を殺して、あの子を形成位階へと引き上げる…ってね」

 

女は話を続ける。

 

「私は人間が成長するのを一番促すのは、感情を奮い立たせることが一番だと思うの。

その中でも怒りの感情は格別……だとしたら貴方を殺して、あの子を怒らせることこそが当然の近道でしょ?」

 

「…………」

 

怒り。

身に覚えのある言葉だった。

 

彼は確かにそうであった。

自身に宿る力は、怒り、そして憎悪で伸びた力。

過去に関わる話ではあるが、その力を扱っているに過ぎない。

 

「くだらない」

 

龍雅は怒り混じりに女の持論を一蹴した。

 

「……何ですって?」

 

「くだらないって言ったんだよ。

聞こえなかったのか?阿婆擦れ女」

 

怒りによる行動やその結果では、ろくなことにならない。

後悔することばかりだ。

 

「そもそもそんな大博打に付き合うつもりはない。

それに………俺はまだ、死ぬわけにはいかない……」

 

彼は拳を前へと突き上げる。

煽る女ではなく、その横の黙する少女に対して。

 

彼は自分の心に問う。

 

───決意はある。

覚悟もある。

罪も背負った。

ならば後は行動をするのみだ、と。

 

「…へぇ。

なら少しは抗ったらどうかしら?

力を出し惜しみしてる場合じゃないでしょ?」

 

「そうだな……出し惜しみはもうしねえ…」

 

敵の挑発に乗る形で、彼は想いを形に変えた。

 

 

 

 

形成(Yetzirah)───」

 

 

 

 

 

───過去はそう拭い去れない。

現に今の今までそればかり考えてきた。

 

あるのは後悔。そして、怒り。

 

龍雅の想いとともにそれは顕現するに至る。

 

刀身が美しい、一振りの日本刀。

これこそが龍雅の聖遺物。

 

 

「───さて、ここからが本番だ。

悪いが、付き合ってくれよ……俺のこれから行う『復讐』を……」

 

自虐とも取れる言葉だった。

怒りを否定しながら、心に「復讐」という矛盾を胸に、龍雅は刀を構える。

そして想う。

 

(薊と……お前への罪滅ぼしは必ずする。

この舞台を終わらせてからな……)

 

その剣先に、くだらないと言った怒りを込めて───

 

 

「────」

 

その様子を目の前で見ていた少女。

先程まで無表情だったのが嘘だったかのように悲痛な面持ちで、静かに見つめていた。




ちょっと急展開ですが……
なんとか最後までもっていきたいですね。


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