崇められても退屈 (フリードg)
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プロローグ

 

 此処は千年の歴史を誇る帝都。

 

 

 その繁栄の歴史は異国と比べて……、いや、比べる事も烏滸がましい程のものであり、様々な人種の者達が帝都へ求めていく華々しい歴史。

 

 だが、人も永遠に生きられない様に、何れは朽ち果てていく。そしてそれは、国も例外ではない。

 

 千年栄えた帝都も、決して例外ではない。

 

 腐敗の元凶、それは人の形をした魑魅魍魎共が、我が物顔で跋扈し、千年の歴史を誇る帝都を内側から腐らせていっている故にだ。

 

 全てを持っている強者が、弱者を嬲り、蹂躙していく国。――それが現在の帝都。

 

 圧制と恐怖政治を続けるが故に、民衆の意志として 立ち上がったのが、帝国に対する反乱軍――、そして 闇より悪を裁く暗殺者。

 

 

 だが、そんな腐敗し、生き地獄と化した帝都にも、僅かではあるが心の安寧の日はあった。

 

 

 

 帝都では誰しもが一日に何度か取る行動がある。それは人々を苦しめ、国を腐らせる為政者たち、必死に毎日を働く者達。虐げられ続けた弱者たちと例外は無い。……誰しもが気が向けば、帝都の()を眺めているのだ。

 

 来る日も来る日も、空だけは欠かさずに見上げていた。

 

 それは、意味なくしているのではない。

 帝都に長年語り継がれる言い伝え――。

 

 

【白と黒の鳥の伝説】

 

 

 それが、空に現れていないか確認しているのだ。 

 

 

――その鳥の半分は、天使…… 半分は悪魔。

 

 

 そして、その鳥が帝都の空に現れたのなら――、何もできない(・・・・・・)

 

 帝都と同じく、千年続いたとされる言い伝え。いや、或いはそれ以前からも続いていたのかもしれない。

 

 

――白は、天使。黒は悪魔。

 

 

 異なる2つは反転を続ける。……生きとし生ける者達は全て平等。どんな悪人であっても どれほどの善人であっても、等しく平等。

 

 

 その鳥が、全ての裁決を下す。

 

 下す相手が、悪人だろうが、善人だろうが、関係ない。

 

 

 

 

 そして、その審判からは逃れる事は出来ない。

 

 

 

 

 だからこそ、人々は、天の眼に見つからない様に、その日は 1日穏やかに暮らす。それが帝国の幾年月、色褪せる事の無い暗黙のルールだった。罰が当たる、と言う幼稚染みた代物ではなく、絶対的で不変なもの。

 

 

 ……そして、それはどれ程の強者であれ、為政者であれ、決して例外はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□□ 帝国 □□ 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ……………。今日は、その日(・・・)ですか。今日は本当に食が進まなくて進まなくて、悲しい限りですよ」

 

 そこには非常に大柄な男が1人、妙に哀愁を漂わせていつつ、開口一番。

 何を言い出すのやら、と思えば自分自身の頭部よりも二回りは大きいであろう肉塊にかぶりついていた。客観的に、食が進んでない様には見えないのだが……、本人が言うのだから、とりあえず良いだろう。

 

「食が進まん、と言うわりには、何時も以上に食ってると思うが? 甘い物ばかりで糖尿病になるなよ、と言うのは今更か」

 

 その隣には大柄な男とは対照的な女性。

 透き通る様な白い肌、蒼く長い髪を僅かに靡かせながら、呆れんばかりにため息を吐いていた。

 

「失礼な。これでも健康そのものです。と言うか、前にも言った様な気がしますよ」

 

 最終的にお互いにため息を吐き合っている様だった。

 

「それにしても、やはり 良い気はしませんな。じっとしてれば良いだけなんですが、楽しい事が出来ない、と言うのは」

「それも仕方のない事だ。だが所詮は数日程。黙ってみてれば良いだけの事だろう。休息の時間とでも思えば良い」

「……貴女でも、そう言いますか。この現状は」

 

 ちらり、と視線を向けた。この相手の腕っぷしは半端ではない。帝国最強とも呼ばれている武力の持ち主だからだ。……その上、どS。

 

「ふむ。戦が、闘争、殺戮。全て心躍る私だ。善行、悪行、全くの自覚は無いのだが、それも関係ない様なのでな。それに生憎 危険種でも人間でも、……生物でもないモノには興味は向かん様だ」

「数少ない報告ででは、一応、人の形をしたナニカ(・・・)が降りてくる、と言う話もあるんですがね?」

「うむ。それは私も知っている。……と、言うより見た事もあるし、相対した事もある」

「なっ!」

 

 それを訊いて、思わず取り乱す様に立ち上がる。

 

 天災、厄災の化身とまで帝都では、称されている者で、云わば絶対に回避しなければならない災害そのものだ。……無論、それは悪事をしている、と言う自覚や意識を持つ者に限られている為、一般人の間では それ程まで危惧はされていない。

 正義の味方、と言う訳じゃない事は判っているから、大々的に頼る様な真似もしていない。……云わば、《国民の休日》程度の認識だけだった。

 

 寧ろ、政管たちは自分達も歯が立たない、様な情報は極力流れないように気は使っているのだ。

 

 それに何より……《鳥》が空に飛んでいない日に、酷い目にあう事が多々あった為、表立って行動をしたりする者こそ皆無だった。

 

「詳しく、訊かせ願いますかな?」

「うむ。そうだな。よくよく考えてみれば、誰にも話したことが無かった様だ」

 

 一息つくと、彼女は語り始めた。

 

 

 

 厄災、災厄、災害、天災、禍害……etc

 

 

 

 様々な比喩が並べられる帝国のトップが頭を抱える癌とも言える現象。

 

 その一旦が語られるかもしれない、と 頬張っていた手を止め、やや前のめりになる。

  

 

「あまり期待はするな。会ったと言っても、ほんの少しの間だけだ。だが、その少しではっきりと判った事がある。……一言で言えば、そうだな……。アレは、不死者(ノスフェラトゥ)だ」

 

 

 彼女から語られるのは誰もが知らなかった事実。

 国の全てを掌握し、己の欲望を思うままに満たし続けている大臣でさえ、知らない事実。

 

 

 

 

 

 これは、天より下界を見下ろすモノが この広がる現世を巡り巡る物語。

 

 

 

 

 

 色々と畏怖されている存在なんだけど実は――――

 

 

 



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第1話 空腹だから降りる!

 

「ふぁぁぁぁぁぁ………」

 

 

 

 大きく、大きく欠伸をするのは、1人の少年。

 何度も何度も手を口許に当てては、大あくびを繰り返す。

 

「………暇」

 

 開口一番。出てきた言葉はたった一言『暇』。

 

 一体何時からそこにいるのだろうか?

 それは本人にも判っていなかったりする。

 

 それよりも……もっとおかしい事を、説明しよう。

 

 実は、少年の足下には何もないのだ。

 その下には、広がる白い何か(・・)。その白い何かは 時折、少年の傍も高速で飛来してくる。が、ぶつかったりする様な事は一切なく、ただただすり抜けていく様だ。

 

 正体を説明すると………、それはただの《雲》。

 つまり、この少年、空を飛んでいる……、いや、空に浮いているのだ。

 

 その高度は 空に浮かぶ雲をも掴める程の高い位置であり、強風が吹き荒れ、()であれば、立ち入る事の出来ない領域。

 

「んん……むにゃむにゃ……。……ん?」

 

 軈て、一面雲の海だったのだが、何度も吹き荒ぶ強風により、散らされ晴れてきた。

 

「ここ……、帝国の……北あたり、かな。大分流されてた。腹も減ってきたし……、むー……むにゃ……んんっっ!」

 

 暇な上に、眠そうにしていた少年(多分)は ぱちんっ!! と両頬を引っ叩く。どうやら、眠気を強引に吹っ飛ばした様だ。行動を開始する様子。

 

 そして、何やら上を見上げた後。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 そう一言呟いた後、一歩、前へ足を出した。

 すると、先ほどまで宙に浮いていたと言うのに、まるで急に足場が消失したかの様に、落下を始める。

 

 それでも慌てた様子は一切なく、ただただ両手を広げて風を受け、高速で落下。

 

「似た匂い……。多分、そうだ。結構久しぶり」

 

 ぎゅんぎゅん、と速度を速め、軈ては地面までの距離が殆どなくなった。

 

 場所は人気のない路地。人前で落下すれば、大分賑やか? になってしまうのを彼は、学習した事もあり、知っているから、今度はしっかり落下点を狙っていた。地面との距離が0になる直前に、くるっと一回転をして、両足で着地。

 

 何をどーやったのか、完全に落下の速度も殺して、辺りに衝撃波の1つも出さずに着地する事が出来ていた。  

 

「確か……、ここはタイゲンって町だったっけ?」

 

 町の名を思い出しつつ、路地から顔を出すと、随分と賑わっている事が判った。

 町のあちこちに、張り紙が張り付けてあり、それが理由である事も直ぐに。

 

 

 

 

 

「さぁさぁ、これから一番の目玉のショーが始まるよーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 大きな声が響くと同時に、元々沢山いたのにも関わらず、更に人集まりができてきた。

 簡易ステージが設けられており、人は沢山いるものの、一望する事は出来る。

 

 

「あぁ、お集りの皆さん! 本日のサバティーニ一座の目玉でもあり、期待の新人による、アクロバティックなバランス芸をお楽しみください! そして、頑張ってもらうのは、こちら、アカメちゃんとツクシちゃん!!」

 

 紹介された2人は、笑顔で周囲に手を振りながら自己紹介。

 

 

「こんにちは、アカメです!」

「よ、宜しくお願いします。ツクシです!」

 

 

 細身の長い黒い髪の少女アカメ、そして、幼いながらも起伏に富んだ身体付き、やや短く薄い茶色の髪の少女ツクシ。

 

 2人は、自己紹介を終えると同時に、芸を始めた。

 

 少女が無数の短刀を、ジャグリングし、更に短刀増えて、増えて、その数が増すごとに歓声を呼び込む。

 そして、もう1人の少女が、大きな大きな壺を頭の上に乗せ、絶妙なバランスを維持したまま、Y字バランスを取り、またまた歓声が生まれる。

 

 2人ともが美少女だと言っていい容姿だと言う事も拍車をかけている事だろう。

 だが、少年が注目していたのは、その芸の技ではない。その2人の容姿、……以前見た事があった。

 

「………んー。あ、そっか。あの時(・・・)の子達? かな。でもなんで こんなトコに? ってか、なんで旅芸人?」

 

 周囲が賑わい続けているのに、まるで対照的に冷ややかな視線を送っているのは、先ほどの少年。

 どうやら、アカメやツクシの2人を見た事がある様で、不思議がっている様子だった。特にその職に。

 

「まぁ、別に良っか。それより……あ、いた」

 

 彼はステージではなく、その横の方に視線を向けた。そこには、一座の簡易控室になっている様で、何人かが目に入った。因みにその中に、いる人物に様があったのだ。

 

 すいすい、と人混みの中を縫って、時間は少しばかりかかったものの、抜け出す事ができ、その場所へと到着。

 

「久しぶり。アム」

「え……? あっ、君はっ!」

 

 突然話しかけられて、それに一応、部外者立ち入り禁止にしていた場所だったから、少し驚いた様だが、誰なのか判った様で、直ぐに笑顔になった。

 

「わっ、見に来てくれたの?? 嬉しいなぁ!」

「ん。偶然だよ。ほら、アムがやってる一座のチラシ、見たからね。大盛況みたいじゃん」

「まぁね~。なんたって、新人の加入が大きいかな? ほら、今 頑張ってくれてる2人! あの子達が入ってきてくれたおかげで、大分儲かってるんだ。この1ヶ月はほんとっ! 偶然でも嬉しいよ。なんたって、命の恩人なんだし!」

 

 ぎゅっ、と少年を抱きしめるアム。

 

 彼女は一座団員の1人で、名はアムーリャ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅芸人であるが為、様々な問題や悶着があったり、と文字通り命が危ない様な事も多数あった。

 そんな中でも、最も危険だったのが、次の町へと向かう途中、一座が危険種(エビルバード)の群に遭遇してしまった事だ。

 

 危険種とは、1匹現れただけでも大騒ぎする獰猛で凶悪な生物。超小型から超大型まで幅広く存在し、危険度事に階級が違う。エビルバードは《特級》に分類される危険種で、その上には、《超級》しか存在しない。つまり、上から2番目の危険生物だから、そんなのが群で現れた! ともなれば、最早災害だ。

 

 精々単体での遭遇の経験しかない一座のメンバー達は、勿論そんなのに遭遇した事などある筈も無く、全員が等しく死を意識した様だった。

 

 そんな修羅の場に、ひとりの少年が降りてきたのだ。

 

 降りてきた――、と言うのは比喩ではなく、見たまんま。上には、ただただ空が広がるだけだと言うのに、周りには岩山等の高所は無いと言うのに、エビルバード達の上にひょい、と飛び乗って、そこからは早かった。

 

 まるで姿大人と子供。大人が子供をあやすかの様に、姿かたちを見ればアンバランスなんだけど、色々やってるうちに、エビルバード達は逃げていった。

 

 何よりも驚きなのが、村1つを容易に滅ぼす大食漢として恐れられているエビルバード。無限の食欲を持つとされていて、食欲は生存欲よりも上位に位置しており、死ぬまで攻撃性は失われる事は無い。

 

 ……にも関わらず、少しばかりの攻防らしきものはあったんだけど、あれよあれよという内に、エビルバードの群は、脇目も振らず、逃げていったのだ。

 

 当然、この世のモノとは思えない光景を目の当たりにした一座のメンバー達は、暫く誰も言葉を発する事が出来ず、思考も完全に停止していた。

 

 

 そんな静寂な間に響いたのは、”くぅ~……”と言う音。

 

 

 とりあえず、正気は取り戻し、一体何の音? と意識しだした所で、目の前の少年が開口一番。

 

『腹、……減った』

 

 との事だった。

 どさっ、と腰を下ろし、腹部を抑える姿。空腹なのだと言う事は一目瞭然。……でも、その姿は、あの危険種を追い払った剛の者とはとは程遠く、比較的一番傍にいたアムーリャが持っていた携帯食の干し肉を恐る恐る渡した所……。

 

『っ!!!』

 

 眼を輝かせて、ひょいっ! と受け取りそのまま、ばくっ と一口。

 何処か愛らしさも併せ持つ少年の仕草の1つ1つに、ずきゅんっ! と心を打たれ、危険も去った事の安堵感も一気にアムーリャは、ふにゃりと笑う。

 その笑顔は伝染し、瞬く間に周囲が笑顔になったのだ。

 

『どうもありがとう』

 

 その後は、飲料水を一気飲みして、一息ついた所でお礼の言葉。

 正直な所、特級危険種(エビルバード)の群を追い払ってくれた事の方がそれこそ天地の差がありそうな恩なのだけれど――、と苦笑いをする面々。

 

 訊くところによると、あくまで此処に来たのは偶然で、空腹だったから、降りてきた(・・・・・)らしい。

 

 降りてきた、と言うのはまさに見た通りなんだけど、当然ながら納得した者は皆無であり、その後は、少しばかり一緒に行動。

 

 一座のメンバー達ともそれなりに打ち解けた所で、いつの間にか少年は姿を消していたのだ。タイミングで言えば、座長であるサバティーニは、彼の腕っぷしを見て ある事(・・・)に勧誘をしようとした時だ。

 

 

『――辞めておいた方がいいよ?』

 

 

 その言葉だけを残して、音も無く姿を消したのは――。

 



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第2話 危険を伝える!

 

 

「ビックリしたんだよ? あの時急にいなくなっちゃうんだから」

「ん。一応言ったつもりだったんだけど……」

「ほんとに、『帰る』の一言だけじゃんっ。あっという間にいなくなってたから、仕様が無いって。あー良かった良かった。また、会いたかったんだよーっ」

「むぎゅっ、あ、アム。苦しい……っ」

 

 アムーリャにぎゅ~ぎゅ~と抱きしめられて、段々息苦しくなってしまった様子。豊満なアムーリャの胸は、十分に少年の口許を塞いでいて、空気の供給を絶ってしまっていた。

 それに気づいたアムーリャは、慌てて離した。

 

「あはは。ゴメンゴメン。逃げちゃわない様に、って思っちゃって。ほんと、以前はビックリしたんだからねー?」

 

 ニコニコと笑っているアムーリャを見て、少年は 表情を少し険しくさせていた。

 

「アム」

「ん? どうしたの??」

 

 その険しい表情を見て、アム―リャは笑顔だった表情を少しだけ引き締め直した。

 この少年は、自分達の一座の正体を知っている。そして、更に言えば とんでもない力を秘めている。

 つまり、ただの少年じゃない、と言う事は知っているから、何か直感した様だ。

 

「危険が迫ってる。アムに」

「え……?」

 

 だけど、その言葉はあまりに直球すぎて、思わず呆けてしまった。

 そして、よくよく考えてみれば、この少年は 思った事を素直にストレートに伝えていた事があったから、直球だったとしても不思議じゃない、と言う事も改めて思い返していた。

 そんなアムーリャを見た少年は続ける。

 

「厳密には少し違うかな。アムだけじゃなくて、一座全員に」

「そ、それって どういう……」

「それだけ。アムには、んーん。皆には色々と世話になったから。伝えときたくて。気を付けてね?」

 

 少年は、そういうと、手を挙げた。

 そして、瞬きを1つアムーリャがした瞬間、目の前の少年は姿を消していた。

 

「っっ!! ど、何処? あ、あれ??」

 

 また、同じだった。

 気付いたら目の前から姿を消している。

 まるで、瞬間移動をしたのか、或いは透明にでもなったのか……、判らないが、ただ 言いようのない不安感だけが漂っていた。

 

「(危険――。もしかしたら、この後行く場所の―――)」

 

 心当たりがない訳ではない。

 自分達の一座は、単なる旅芸人の一座ではないから。ある繋がりを持つ一座だから。

 

 

――もしかしたら、秘密が漏れている? ()が、ひょっとしたら。

 

 

 アムーリャの中に、疑惑が沸き起こるが、即座に否定をした。

 

「(ううん。私達を助けてくれたんだから。それに、今だって伝えに来てくれた。混乱を誘う為だとしても、面倒すぎる方法だし。……もし、そう(・・)なら、そもそもあの時に助ける必要なんて、無い筈。………無いって、絶対。だから、きっと……シラナミ山の)」

 

 もう1つの候補が、これから通る道はシラナミ山がそれなりに近い。

 そこには、悪名高い盗賊が縄張りにしており、人々が多大なる被害を被っているのだ。老若男女関係なく、蹂躙していく盗賊。……危険、と言われればこれ以上ない。

 

「皆に――相談しておかないと」

 

 アムーリャは、一先ず自分の胸の中に留めておく訳にはいかない為、相談を決意。

 舞台は、アカメとツクシの2人のアクロバティック・バランス芸が最終。直ぐにでも集める事が出来るから。

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 そして、皆が集まった所で、アムーリャは話を切り出した。

 

「――と言う事があって」

「……本当か。彼がそういうなら、注意をしておこう。……移動も速い方が良いだろう。……それにしても」

 

 座長のザパティーニは、はぁ、とため息をした。

 一座の幹部たちが、この場に集っている。この場の全員が同じ気持ちだった。

 

「彼がウチに加入してくれたら、どれ程心強いものか………」

 

 目の前の光景が現実とは思えず、更に救ってくれた事実もあって、ほれ込んだのだ。

 アムーリャはそれを見て、苦笑い。

 

「私も頼み込みたいですよ。でも、するっと逃げちゃって……」

 

 そういうと、ゆっくりと目を瞑って頷くのは、黒髪の男のコウガ。そして、その隣にいるスキンヘッドのダンカンは軽く笑みを漏らした。

 

「アムーリャから逃げられたら、仕方がないな。だが、希望が全くない、と言う訳ではないだろう。……わざわざ警告をしに来たんだからな」

「だな。……今後の事を考えてもだ。コウガの言う様に、会う事が出来たら、留める方向に検討をした方が良いだろう。勿論、あまり、しつこくない程度に」

 

 それは、当然、と言わんばかりに大きくうなずくのは、金髪をツインテールに纏めているナタリア。

 

「どーだかねぇ。アムーリャってば、情熱的に引き留めるんだから。胸の中で死ねるなんて、本望――って考え持ってんの、童貞だけだからね?」

「ちょ、ちょっと。ナタリアっ! 私はそんなつもりじゃありませんっ!」

 

 危険が迫っている、と言われているのに 自然と笑みが生まれているのは、彼らがそれなりに修羅場をくぐってきているから、と言う理由がある。

 

 だが、それでも いつ死期が訪れてもおかしくない事も重々に理解しているつもりだ。

 以前の特級危険種(エビルバード)然り……、そして これから戦う相手にも。だから、笑みは直ぐに無くなった。

 

「他の座員達に休息を取らせた後、なるべく直ぐに移動をした方が良いだろう。少なくとも、シラナミ山からは今日の明るいうちにもっと離れた方が良い」

 

 盗賊達は、朝昼夜を問わない。だが、それでも被害が集中しているのは、夜。夜の闇に乗じて、襲ってくる事が多いのだ。だからこそ、太陽が昇っている間に、離れてしまいたい、と言うのが本音だ。そして、身体を鍛えている座員だからこそ、体力面では、問題ない事も好都合だ。

 

「ん。了解。アカメちゃんとツクシちゃんにはしっかりと休んでもらって、事情を話すわ。……そろそろ、アカメちゃん、空腹で倒れかねないし」

 

 あはは、と笑うアムーリャ。

 

「だよねぇ。あの身体の何処に、あれだけの食料が入るのか判んないわ。でも、今日は おかわり解禁にしてあげて、それを条件に急いでもらおう!」

「そりゃ良いな」

 

 その談笑を最後に、話は終わったのだった。

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 テントの外では、アカメとツクシが道具の整理をしていた。

 道具の整理をしつつ、今日合った事を、話す。……重要な事だから。

 

「ツクシ、さっきの興行中に連絡が来ていたぞ」

「わっ! はじめての接触だね! それでmお父さんは、なんだって?」

「『明日あたり、標的はエサに食らいつく可能性有り』だそうだ。……後、『空の状態も問題ない』とも」

「そ、そっか。……いよいよなんだね。緊張してきた……。でも、いっつも思うけど、お空の天使様(・・・)も酷いよねー。私達、正義なのに」

「それも仕方ない。天使は正悪を判断する知能は無く、結果だけを見て行動を移す。……そこには、理念も意志も信念も何もない。……云わば獣も同然だ。とお父さんが言っていただろう?」

「うー、融通訊いてくれたって良いのに~~」

 

 ぶすっ、と剥れるツクシだったが、アカメは軽く笑った。

 

「でも、問題は無いだろう。毎日の様に、()にいる訳じゃない。いたとしても、数日程度。……何よりも優先される事項だから、休息期間とでも考えれば、気も楽になる」

「ん~、それもそうだね」

「だろう? ああ、色々と考えてたら、腹が減ってきた……」

 

 アカメは、ひとしきり笑った後に、盛大に腹の虫を啼かせて、険しい表情をしていた。

 

「ふふ。アカメちゃんはいつもそんな感じだよ! っとと、ほら、アカメちゃん」

 

 アカメの腹の虫が合図になったのだろうか、アムーリャが顔を出して、笑顔で手招きをした。

 

「はーい、お待ちかねのご飯の時間だよ。2人とも」

「ほんとか! アムーリャ!!」

「ほんとだよー。そして、驚いて! アカメちゃん! 本日はおかわり解禁だからっ!!」

「~~~~!!」

 

 言葉にならない程の歓喜。アカメは満面の笑みで、アムーリャに抱き着いた。

 

「よしよし、って、餌付けされちゃってるよ。アカメちゃん」

「ご飯が何よりも大事だ。問題ない!」

「ふふ。ツクシちゃんもほら。あなたたちには、いつもお世話になってるからね? 今日だって2人のおかげで大盛況だったからっ!」

「い、いえいえ。私達の方がお世話になってますよぅ 拾ってくださったんですからっ!」

 

 ツクシは慌てて、お礼を言い返す。

 アカメはアカメで、ご飯を頭に思い浮かべているのだろう、心ここにあらずの状態だ。

 

「ふふ。ほんとに良いの。あー、アカメちゃん、ツクシちゃん。変わりと言っちゃなんだけど……、今日の出発時間、大分速めるけど、良いかな? 身体は大丈夫?」

 

 申し訳なさそうにアムーリャは言うが、アカメは全く問題ない、と言う表情。

 

「肉さえ食べれば、力が出る!!」

「私も問題ありませんよ。でも、どうしたんですか? 確か、先日言っていたスケジュールと違うと思うんですが」

「それがね……」

 

 アムーリャは、表情を険しくさせて、伝えた。

 密告があった、と言う名目で、話すのは例の盗賊たちの事だ。

 

「こ、怖い話でよく出てくるシラナミ山の盗賊たちが……」

「うん。北の異民族も混じってて、ほんとに好き勝手やってる連中でね……。最近活動範囲が広がった、っていう情報もあって、念のために早く離れよう、って事になったの。だから、早くご飯食べちゃって、アカメちゃんの言う通り、力をつけて さっさと離れましょ?」

「了解した!!!」

 

 アカメは気合十分に、炊事場用テントへと駆け込んだ。

 ツクシは少々苦笑いをしつつも、その表情は強張っている。不安なのだろう、と察したアムーリャは、ツクシの頭を軽く撫でた。

 

「大丈夫だからね。皆だって、ついてるし。……それに、助けてくれるかもしれないよ?」

「助け?」

「うんっ。《空の王子様》に」

「え、空、王子……? 天使……じゃなくて?」

「あはは。いろいろと伝わってるみたいだね。私達が住んでた所は、空の王子様、ってよく言ってたかな? 色々と助けてくれた話もあって、女の子たちの間で言い出して、それがず~~っと昔から定着してた、らしくてね」

 

 ぱちんっ、とウインクをした。だが、直ぐに苦笑いをする。

 

「生憎~、今は空を飛んでないから、無理かもだけど、もしもの時、そのタイミングかもしれないじゃん?」

「そ、そうですね。そうだと嬉しいです」

 

 ツクシは、アムーリャの様に考えていないが頷いていた。

 

 件の存在が空を泳いでいない事は、調査済みだから、そして 何よりも統計を入念にとった周期的にも、現れる可能性は非常に低い事も判っている。だから、有りえない。……もしも 万が一 あれとすれば、非常に面倒な事になってしまう。

 だからこそのツクシの表情だった。

 

「ほら、いこ。ツクシちゃん」

「はい」

 

 アムーリャは ツクシの手を引いて、アカメに続いて向かっていった。

 

――大丈夫、今度も乗り越えられる。

 

 彼女の頭にあるのは、自分自身に言い聞かせているのは、その言葉。時代はまさに混沌であり、弱肉強食と言っても良い。……己を、大切なまもるには、力が必要だと言う事も判る。

 

 そして、これから 目指す相手は――より強大な力を携えている化物。それこそ、エビルバードが可愛く思える程に。

 

 目的を、約束を達成する為に、こんなところで躓く訳にはいかない。

 

「(アカメちゃんやツクシちゃんたちも、しっかりと守ってあげないといけないしね)」

 

 まだ幼さが残る新人の少女2人を思うアムーリャ。

 

 

 

 

 

 だが――、現実は 甘くは無く、この世は残酷である。

 

 

 

 

 それを強く思い知る事になるのは、この時は知る由も無かった。

 

 

 



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第3話 撃たれたから、死ぬ! ……あれ?

 

「いやぁ、本当にびっくりだよっ!」

「確かに。運動神経が良いだけじゃなくって、すごく強かったんだね」

 

 

 陽気な声が、夜の町に響いていた。

 一座の全員が無事に次の興行の町へと到着していたのだ。

 

「“むしゃ、もきゅ……” 正直言って、山奥で狩っていた危険種の方がよっぽど手ごわい」

「だよね。動きも断然素早いし、神出鬼没だし。あんなに綺麗に当てられないと思う」

 

 いつもの様に、肉をむしゃむしゃ、と食べているアカメと、そんなアカメを見て、にこやかに話すツクシ。……2人を見て、苦笑いするのはナタリアとアムーリャ。まだ幼い子供の会話とは思えないから。

 

 だけど、このご時世。戦える子供は数知れない事も知っている。そうしなければ生きられなく、自然の中で鍛えられ、生きる術を学んだのだろう事も理解できた。だからこそ、心の底から思うのだ。

 

「……野生児ってすごいわね」

「右に同じ……」

 

 そして、何よりも 苦笑いをしつつも感謝してもしきれなかったのもあった。

 いつも自分にも他人にも厳しく、寡黙であるコウガが、珍しく表情を和らげた。

 

「ありがとうな。お前たちが奮戦してくれたから、こうして全員が無事だったんだ。……本当にありがとう」

「………仲間なら当然だ」

「そうですよ」

 

 アカメは別に気にする様子も無く、ただただ黙々と肉を平らげ続け、ツクシは 両手を振ってそう言っていた。

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 そう――忠告は、的中したのだ。()が言っていたのは、この事(・・・)なのだ、と一座の誰もが、そう思った。

 

 それは、つい数時間前の出来事。

 

 次の町へと急ぐ一行は、馬車を走らせていた際に、件の盗賊団に襲われたのだ。

 

 先ずは、馬を殺られて退路を絶たれた。積荷、商売道具の全てを投げ捨てて逃げたとしても、相手も馬を携えている為、逃げ切る事はまず出来ない。

 そして、数的にも圧倒的に不利。多勢に無勢だと言っていい程だ。その上極めつけは相手の性質。残虐無比で悪名名高い盗賊。老若男女関係ない、と言う話は間違いなく。

 

『男は皆殺し、女は足の腱を切って捕獲』

 

 と言っていた。

 

 もう、戦って勝つしか生きる道は無い、と腹をくくるのは早かった。

 以前に、この状況よりも遥かに絶望的な危険種の群を目の当たりにした事から、そこまでパニックにならなかった様だった。

 

 だが、驚くのはここからだ。

 

 新人の内の1人であるアカメが徐に、盗賊のリーダーであろう男の方へと歩み寄ると。

 

『お前たちは、噂通り、皆にそう言う事をやっているのか?』

 

 と平然と訊いていた。

 仲間が止めようとするが、構わずに。

 

『決まっている』

 

 と、下衆びた笑みを浮かべて、己の欲望に忠実な獣の顔になって舌なめずり。性欲処理にでもさせようと考えていたのだろう。アカメの事を見ながら

 

『皆の便所になるん』

 

 と、言っていたのだが……、最後まで言い切る事は出来なかった。

 何故なら、その喉笛を素早く、正確に、何よりも一切の躊躇いもなくアカメが斬り割いていたからだ。

 

『ならば、葬る』

 

 盗賊団のボスの鮮血が舞い散る。そんな場をまさか見る事になるとは思っていなかったメンバー達は、一瞬だけ唖然としたものの、血の気が多い性質もあって、直ぐに反撃をしようとするが……。

 

『ようしっ、全弾命中っ!』 

 

 ツクシの放った弾丸が、盗賊達の頭部に命中し その命を穿った。

 

 2人が先駆けとなり、その後の決着は早かった。

 

 リーダーを失い、更には想像をはるかに超える戦闘能力を持つ2人。

 統制が保てなくなるのも時間の問題で、瞬く間に殲滅する事が出来たのだ。

 

 

 

 □ □ □ □

 

 

 

 

 アカメとツクシ。

 

 2人の力量を見て、……何よりも、以前 大物に断られた経緯があった事も後押しした様だ。

 

「よし! 決まった!! アカメ達にも協力(・・)してもらおう!!」

 

 座長の一言である。

 前回と違うのは、アカメやツクシが一座に加入している、と言う点だ。彼は 全くの無縁であり、本当に偶然通りかかっただけであり、腕に惚れ込んでの突然の勧誘だったから仕方が無かった、とも言える。

 だが、アカメ本人の口からも、《仲間》と言うセリフが出ているから、勧誘は出来る、とも判断が出来た様だ。

 

 だけど、易々と首を縦に振れないのは、コウガ。

 

「それは……、前回の事もあるし、子供だから、と言うつもりは無いが、まだ早いんじゃないか?」

「……ああ。確かにそうは思うが、後々でいいだろうさ。たが、2人には正体(・・)をきちんと話しておきたいんだ。あの時は、手順をすっ飛ばしてしまったからな」

 

 座長が告白したのは、この旅芸人の一座、で通っているサバティーニ一座には、裏の顔がある。

 

 

――国を変える為に動いている存在。

 

 

 平たく言えば、国の反乱軍に通じている、と言う事だ。

 

「その腕を見込んで頼む。いずれ、ワシ達に力を貸してくれないか?」

 

 力ある者のスカウトも、仕事の内の1つで、各地を回っている理由は資金源の確保もあり、更には情報収集をしているのだ。

 

これまでの経緯を簡潔に説明しつつ、理解をしてもらおうとコウガ達が説明をするのだが……、こんな話を突然した所で、理解出来るとは到底思えなかった。

 

 だから、アムーリャは 混乱している、と思ってツクシに声をかけた。

 

「ごめんね、急に何のことか判らないとおもうけど、少しずつ 説明はするから。ゆっくりと考えてね」

 

 ツクシの頭を撫でながら、そういうアムーリャ。

 2人が加入してくれれば、心強く、幸先だって良いと思える。彼が言っていた『危険』をも打ち砕いてくれたのだから猶更だ。更に言えば、この勢いのままに また、彼と出会う事が出来れば……、うまくいくかもしれない。歳は、きっとアカメとツクシ、2人と近しいと思うから、話も会うかもしれない。……ひょっとしたら、もっともっと親交も……あるかもしれない。

 

「(んー、でも、あげたくは無いかな~? あの子の事、好きだしっ♪)」

 

 アムーリャは、能天気にもそう考えていた。

 圧倒的な力を見せた後に、空腹で顔を顰めて……、更には歳相応であろう綻んだ笑顔。ここまでの、ギャップは未だかつてお目にかかった事が無かったから。

 

「アムーリャさん」

 

 そんな時。ツクシから返事があった。いつもと変わらない、のんびりとした口調。……だけど、一瞬、ほんの一瞬 寒気を感じた。

 

 

 そして、寒気を感じた時はもう既に遅かった。

 

 

 突然、轟音が響いたかと思えば、目の前が赤く染まった。

 

 何が起きたのか、判らない。ただ、一瞬で思考を赤黒く塗りつぶされ、次には 凍てつく冷気を感じた。深い深い冷気。それがいったい何なのか。

 

……それは、黄泉から吹き込むあの世の風だと理解したのは、自分が倒れたのだ、と自覚する事が出来たから。

 

 

「答えはもう出ていますよ」

 

 

 轟音の正体は、ツクシの発砲音。

 アカメが盗賊を斬った時、或いは、ツクシが盗賊を打ち抜いた時と同様に全くの、一切の躊躇もそこには無い。

 

 アムーリャが撃たれても、誰もが動く事が出来なかった。

 だけど、音を立てながら、倒れ伏した時に、漸くナタリアが動く。

 

 混乱は隠す事が出来ないが、それでも 撃たれた事実は変わらない。だから、ツクシを止めようと、武器を構えたのだが、武器を持った腕が――、無くなってしまっていた。

 

 

「裏が取れてしまった。……用心深く隠していた様だが、訊いたからには、標的《ザバティーニ一座》………全員、葬る」

 

 

 次に聞こえてきたのは、アカメの声、そして 舞い散り降りかかるナタリアの鮮血だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――ああ、私、頭を撃たれたんだ。

 

 

 

 

 

 頭を撃ち抜かれたアムーリャは、何故か 考える事が出来ていた。

 自分自身が何処を撃たれたのかも、何故かは判らないが、完全に理解する事が出来ていたのだ。頭を撃たれれば、普通は死ぬ。誰もが知っている常識だ。

 

 だが、頭を撃たれれば、……その本人の精神はどうなるのか、それを完全に知っている者は、現世には誰もいない。それは、当然だ。《死んだことがある者》などが要る訳が無いから。

 

 だけど、意識はまだ、この場に留まっている。死にたくない、と言う想いが強いから、この場にまだ存在する事が、肉体が死んでも、精神だけでも留まる事が出来ているのだろうか。時間の流れる速度と、体感時間に大幅にズレがある。

 死の間際に見る走馬燈ではない……、死んだ後に、考えるんだから。

 

 

――すごく、どうでもいい事、考えてる。……みんなが、仲間たちが、殺されていってる、って言うのに。

 

 

 眼も見えないし、耳も聞こえないと言うのに、感じる事は出来ていた。

 阿鼻叫喚……、場は地獄絵図、とも言っていい。アカメやツクシの本当(・・)の仲間たちが、全員を皆殺しにしている。

 

 長く苦楽を共にし、共に、国を変えよう、と同じ志を持って集った仲間達が……、無慈悲にも斬られ、殴られ、撃たれ、嬲られ……蹂躙される。

 軈て、誰もが喋らなくなった。……皆、死んだのだと言う事が理解出来た。

 

 

――私は、いつ死ぬ? いや、もう死んでる? 

 

 

 誰も、何も答えてくれない。

 だけど、間違いなく言えるのは、今の自分を意識する事が出来ている、と言うこの不可思議。……いや、これも地獄だって言っていい。死ねば、何もかも無くなる、と思っていた。志も、記憶も、全部。

 

 だけど、全く消えない。

 

――……わからない。いつまで、こんな、こんな、……いき、地獄を感じないといけない……の? 死んだんなら、はやく……ぜんぶ、絶ってよ。わたしの何もかもを、ぜんぶ、けしてよ……、こんなの、あんまりだよ……。

 

 仲間達が死んだ悲しみ、帝国への憎しみ。あらゆる負の感情が入り乱れている。幸いなのは、痛みを感じない、と言う所だろうか。いや、それもある意味では地獄だった。

 五感ではなく、云わば第六感。

 それ以外に何も感じられないから、終わりがなく、永遠に続く、とさえ思えてしまうから。

 

 

『危険が迫ってる。アムに』

 

 

 そんな時不意に……声が聞こえた気がした。

 

 

『厳密には少し違うかな。アムだけじゃなくて、一座全員に』

 

 

 その声を聴いたのは、もう、ずっと昔の事、だと感じてしまう。

 

 

『気を付けてね?』

 

 

 身に迫る危険は、盗賊達ではなく、この事を指していた。

 それを理解した時

 

 

 

――ゴメン、ね。せっかく おしえてくれたのに、なんにもできなかった。わたし、たちが、よわかったから。そう、ぜんぶ、そのせいで。

 

 

 

 そう、世界は残酷。弱者は強者に淘汰される。され続ける。

 

 それが、自然の摂理だとも言える。生態系の頂点。強者が糧とし続ける。未来永劫、続く事だろう。

 

 だが、1つだけ――例外がある。この現世の理を超越する様な例外。

 

 

 

――――!!

 

 

 

 アムーリャは、何か(・・)を見た気がした。

 

 いや、眼で見た訳じゃない。……感じて、その何かの形を理解する事が出来た。心に映写する事が出来た。……いや、させられた、と言うのが正しいかもしれない。

 

 

 

 それは、とても、とても 大きな一羽の鳥。 

 

 

 



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第4話 返したから還る!

 

 

 

 

 その鳥――半身は白く、半身は黒い。

 

 

 帝国に、いや この世界に長年に渡って言い伝えられ続けた伝説の鳥。

 

 《神鳥》の話。

 

 その言い伝えは 辺境によって、異なる部分は出てくるものの、大筋では同じである。

 言い伝えられている相反するとも言っていいその色が意味するのは、色の数2つ。

 

 

 《慈愛》の白と《断罪》の黒。故に天使と悪魔とされていた。

 

 

 帝国では、遭遇、そして何よりも断罪、その機会が他に比べて圧倒的に多い為、何処よりも根強く伝わっていた。

 ただ その鳥には 慈愛も断罪も善も悪も何もない。ただ 無害には無害、有害には有害でもって、空より降りかかってくる。感情無く審判を下す。そう、恐れられていた面もある。

 

 

 即ち――厄災である。

 

 

 そうとしか伝わっていない場所もあり。勿論、それは事実な面もあったりする。時代によって、異なる部分を見せるが、大体は変わらない。

 

 

 だが、帝国では、弱者を糧にし続ける為政者が多い故に、脚色して人々に伝えなければならなかった、と言う裏の事情も勿論あった。

 

 それは、己の身に降りかかってくる可能性のある厄災なのだから、一般市民が、神鳥を利用し、妙な企てを起こさない様に、時間をかけて、浸透させていたのだ。

 

 だが、天をも味方につけようと、或いはその力を得ようと、帝国自体が何度も試みた事ではあるが、歴史上では一度も成功例が無い。

 

 そんな代物を、一般人が得る等とは到底有りえない。出来るとするなら、因果律を覆す様な真似が出来る神しか無いだろうとされているが、帝国に対する唯一絶対の懸念に対しては、念には念の入れようだった。

 

 

 神鳥伝説は、情報操作によって 誰もが知っていて……、それでいて本質は誰もが知らない代物、である。

 

 

 

 それは、帝国であっても例外ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

――こ、これ……は?

 

 目の前に現れたのは一羽の鳥。(厳密には、目の前、じゃないと思えるが…)

 ゆっくりと、それでいて大きく翅を羽ばたかせながら、近づいてくる。人間など、丸のみにしてしまう程の大きさの怪鳥だった。

 

 だけど……、不思議と恐怖の類は無かった。

 

 さっきまで、自分が殺された事、仲間達が殺された事、帝国への憎しみ、………死ねない永遠の恐怖。それらの感情が渦巻き、恐怖していて冷え切っていた筈の心がまるで洗い流されていく様だった。

 

 大きな鳥は、その姿に見合う大きな翅を広げ、軈て白い輝きを放つ。

 

 眼も眩む光は、暗黒の世界を一瞬で白く染めた。

 

 

 

「っっ!!」

 

 白く染まった瞬間……、突然 眼を開く事が出来た。まるで、身体の動かし方を忘れてて急に思い出せたかの様な、自由の効かなかった身体が突然言う事を訊いてくれたかの様な、そんな感覚。

 

「こ、これは……?」

 

 眼を開き広がる光景。アムーリャ自身が覚悟していた地獄絵図は、そこには無かった。

 あの暗黒の広がる世界で、感じられた現世は、仲間達の鮮血が、四肢が、贓物が、……全てが切り刻まれ、血の海と化していた筈だったが、まるで嘘の様だ。

 

 仲間達は……、確かに倒れているものの、誰一人として 血を流している者はいない。斬られた後も、まるで無い。ただ、生きているかどうかは、一見では判らないだけだった。

 

 そんな光景に唖然としている時だ。

 

 

『――丁度、30分くらい、だね』

 

 

 突然、背後から声が聞こえた。

 その声に反応して、身体に電流が走る。思わず飛び上がってしまう反動を抑えつつ、ゆっくりと振り返った。一度、殺されると言う体感をしたアムーリャだが、……恐怖を感じなかった。……その声が、誰のものなのか……、それがよく判ったから。

 

「おはよう。アム。うん。良い夢は見られなかったみたい、だね。いつもの顔が崩れてるよ。悪夢には、敵わない、って事かな」

 

 あの少年が、立っていたんだ。

 再会したあの時と、まるで変わらない笑顔で。

 

「っ……、っっ……」

 

 言葉にならなかった。

 少年の背後に、光の扉が開く。後光が後ろから差し込む。そんな光景を見た気がした。

 

「ちゃんと気を付けて、って言ったでしょ? ……詳しく説明しなかったのは、悪いと思うけど。ちょっと色々とあったから」

 

 苦笑いをしている少年を見て、漸くアムーリャは声を出す事が出来る。

 

「きみ、は…… い、いや、あなたは……、いったい……?」

 

 目の前の少年は、間違いなくあの(・・)少年だ。それは間違いない。自分自身の事を『アム』と呼ぶ事もそうだし、『気を付けて』と言った事もそう。あの場には2人しかいなかったんだから。

 

「混乱、してるみたいだね。うん。当然だと思う。全部は出来ないけど、今の、アムの……、皆の事だけは説明するよ」

 

 正体について、答える様な事は無く、説明をした。 

 何故、生きているのかを。

 

巻き戻した(・・・・・)。君達の時間を。だから生きてるんだよ。色々と制限があるから、あまり長くは戻らないし、さっきの子達が残ってると、色々と面倒だから、少し待つ事になったけど。遅くなってごめんね?」

「い、いや……その……」

「ん? やっぱり、判らないかな。説明するの、苦手なんだ」

「そ、そうじゃなくって……、おどろきの連続、だったから……。でも」

 

 アムーリャは、自分自身の身体を見た。

 手を開き……そして 握りしめる。2~3度繰り返し、その後は撃たれた(恐らく)であろう頭、額を触った。

 

 そこには、傷口などある筈も無く。手に血も付かなかった。

 

「助けてくれたのは、いったいなんで……? それに、君は本当に何者……? っ……」

 

 アムーリャは1つの可能性を見出した。

 その圧倒的な技量、超常現象。それらを可能にする存在。

 

「帝具………」

 

 思わず口にしたのは《帝具》。

 

 それは、今から約千年前。 

 大帝国を築いた始皇帝が国の全ての叡智を結集させて製造したと言う無数の兵器。

 

 今までは、文献でしか知る事が無かった伝説級の装備。

 

 そして その能力は、まだまだ未知数なものが多く、時間や空間をも操る帝具があっても不思議じゃないのだ。だからこそ、目の前の少年がしてきた数々の超人的な力も、その帝具を用いてのモノであれば、と 納得できる。

 

 だけど、返答は違った。

 

「帝具? ……んーと。それとは違うよ。天然の力」

「え………?」

 

 そうとだけ言うと、少年は踵を返した。

 

「でも、これで恩は返す事が出来た。これからは、気を付けてよ。もう、あの子達はこの周辺にはいないみたいだけど、アム達が生きてるの、バレたらまた、さっきの子達が来るかもしれないから、十分に注意してね。何度も助けれないから。今回もたまたま、だからね」

「ま、まって……」

 

 手を伸ばすが、少年を掴む事は出来なかった。

 

「恩、って。いったい……? 私、あなたには 何もしてあげれてない。守って貰ってばかりなのに……」

 

 歩いていく少年の背中を見ながら、つぶやくアムーリャ。

 その言葉を訊いて、少年は振り返る事こそ、無かったが、立ち止まって一言。

 

「ごはんだよ」

「え?」

 

 返答は貰ったものの、何を言っているのか判らないのも当然だろう。だけど、直ぐに理解する。

 

「ほら、初めて会った時、恵んでもらったから。アムに。……一飯の恩は忘れない。そう、決めてるからね。……勿論、アム自身の事も好きだから、と言う事もあるよ」

「っ」

 

 アムーリャは、思わず絶句した。好きだから、と言う言葉も多少あるが、それよりも、少年が言っている、『ごはんを恵んでもらった』と言う言葉だ。

 それは、初めて会った時に、おなかを空かせていた彼にあげた保存食の干し肉。たったそれだけの事に、ここまでの事をしてくれた事に、驚きを隠せられない。

 

「美味しかったんだ。ありがとね?」

「そ、それだけで、こんなに……?」

「うん。でも、これでおあいこだから、あまり求めちゃダメだよ? 僕みたい(・・・・)にするとは限らないから」

 

 そしてその後、だった。

 振り返った少年は、軽く手を振り微笑むと、ゆっくりと宙に浮く。地面から足が離れ、瞬く間に上昇していく。それを見たアムーリャは、今更ではあるものの、大事な事を訊き忘れていた事に気付く。

 

「ま、まってっ! き、君の名前……、訊いてなかった!」

 

 そう、彼と一番話したのは、一座ではアムーリャ。

 だけど、そんな彼女でも、彼の名前を訊いてないのだ。一緒に行動をした時間が短かったから、と言う理由も勿論あると思うけれど、エビルバードの群を退散させる、と言うあまりに圧倒される光景を見せられたから、なのかもしれない。

 

 

 

『ん……、僕の名はね』

 

 

 

 もう小さくなっていると言うのに、彼の声だけは、届いた。……心に直接響いたのかもしれない。

 

 

 

『シロ。じゃあね。アム』

 

 

 

 それが最後の言葉だった。

 《シロ》と名乗る少年の姿は完全に見えなくなり、それと同時に、仲間達も目を覚まし始めた。

 

 まるで、止まっていた時が動き出したかの様に――。

 

「み、みんな……っ」

 

 生きている事を見たアムーリャは眼に涙を溜める。

 

 仲間達の誰もが自分自身は死んだ筈、と恐怖していたのだが、涙ながらに飛び込み、抱き着くアムーリャを見て、どうやったかは分からないが、自分達が助かった、と言う事実は判ってきた。

 

 

 その後は、アムーリャから状況を説明される。

 

 簡単には納得出来なかったが、白昼夢を見ていたにしては、あまりにリアルすぎるし、何より全員が共有している事、そして、生きている事が何よりの証拠である、と納得する事が出来た様だ。

 

「シロ。そう名乗ったのか……。アムーリャ」

「うん」

 

 コウガは、アムーリャに再度確認を取ると、ゆっくりと頷いて、そして呟いた。

 

「もしかしたら、彼はシロ……白。白と黒の神鳥の半身、……その化身、なのかもしれない」

「「「え……?」」」

 

 コウガの言葉に皆が注目した。

 

「あれの言い伝えは、場所によって様々だ。天使だったり、神だったり、様々な形容がある。……オレ自身が何年か帝国に潜ってた時に訊いた話にも、バラつきがあった。……だが、田舎の町では、こう言われていたのを思い出してな」

 

 コウガは、空を仰ぎながら答えた。

 

「恩は決して忘れず、報いる童の伝説。その町では、その日、一日を穏やか暮らすだけではなく、神として崇めて、供え物をし続けているそうだ。老人たちは、口を揃えて言うそうだ。『過剰に接するのは良くない。程々を一番好む』とな」

 

 コウガの言葉を訊いて、ザバティーニは察した。

 

「引き込もうとした時、嫌そうな表情をしていたが……。求められ続けるのは嫌だった、と言う事なのか……?」

「そうかもしれない。腐った帝国を根本から正したい、と言う想いは、確かに大事だ。……だが、それはあくまで人間側(・・・)の都合だ。……彼には関係が無かった」

「それでも」

 

 アムーリャは、助けてくれた少年を、シロを思い描き、呟いた。

 

「彼は、とても優しかった。だから、私達の事だって助けてくれた。だから忘れちゃいけない。……シロの事」

「当然、だな。掛け値なし、いや釣りがくる程の恩人だから」

 

 アムーリャの言葉に皆が頷いた。

 

 頼り続ける訳にもいかない事は判る。そんなの事が出来るのなら、今の帝国が腐りきる様な事は無かっただろうし、何よりも帝国が黙ってみている筈がないと思うから。

 

 あれだけの力を、得ようとしない訳が無いから。

 

 

 

「さて、これからの事だが」

 

 ぱんっ、と手を叩いて、皆の顔を見るザバティーニ。

 

「俺たちは一度死んだ身、もう怖い物ない、……と、言いたいが、それは無理だ。めちゃ怖かったし、コウガ達が殺られた時は、脇目も振らず逃げ出してしまったよ。……二度も味わうなんて御免だ。だが……」

 

 ザバティーニは全員の顔を見た。 

 

 確かに殺された。自分自身も最後は逃げた事もそうだ。痛い目をみれば、動物は学習し、回避しようとするのが常。……だが、帝国に逆らう意味を改めて知った今でも。

 

「抜けたい、と思う者は止めん。相手の強さも想定の遥か上だったしな。……もう、ワシ自身が偉そうに言える立場じゃないが、それでも、付いてきたいと思うなら…… 」

 

 にやっ、と笑い続けた。

 

 

「これから南を目指そうと思うが、どうだ?」

 

 

 その言葉に異議を唱える者はいなかった。

 

 此処から南には――反乱軍……、いや、革命軍が拠点としているアジトがある。 

 

 帝国の情報を中から得続けてきた一座だったが、今回の一件で完全に消滅した(と間違いなく思われている)。だから、同じスタンスでは 非常に危険だし、敵戦力との差を垣間見た為、無駄死にする可能性が非常に高い。

 

 なら、意味のある行動を取ろうと思ったのだ。生きて、更に力をつける為に。

 

 

――シロ、君。ありがとう。君にもらった命、大事に使うから。……好きって言ってくれて、……ありがとう。私も、大好きだよ。

 

 

 アムーリャは、空を仰いで、高くに手を伸ばし、心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 そこは、人が、いや 生物では到達する事が出来ない領域。

 青と白に挟まれた世界。

 

『相変わらずだ。お前は、ヒト(・・)を好き過ぎる』

 

 そんな世界で、話し声?が聞こえてくる。

 

『うん。好きだよ。でも、云われた通りじゃん? 干渉しすぎて無いし。今回だって、ほんとにたまたまだったし。……って、自分では思ってるつもり。貰ったから、ちゃんと返した。それだけ』

『はぁ。記憶(・・)継いでると言うのに、判らん訳ないだろ? 基本、何するも自由だが、関わりすぎると、色々とめんどくさいぞ。過剰にいくと直ぐに飽きるし、何より退屈になる。……お前の時間(・・)も少なくなるぞ? そもそも、飯なんぞ、食う必要だって無いだろ。妙な事覚えちまって』

 

 軈て、一面の白が晴れ渡り、鮮やかな緑が、大地が見え始めた。

 どうやら、遥か上空にいる様だ。――大きな翅を羽ばたかせながら。

 

『それに関しては、少ない方が良いかもしれないね。逆に長過ぎるからこそ、退屈しちゃう、って思うんだ。ご飯だって、美味しいよ? 満たされるのだって、好き。自由なんだから、良いじゃん』

『はぁ。まぁ 一理はあるな。ん?』

 

 大きく羽ばたかせた翅に陰りが見え始めた。

 

『……時間(・・)だ』 

『判った』

 

 それは、太陽が沈み、夜が来る様に…… 黒く、闇色に染まっていく。

 

 暗黒と化した、ナニカは 羽ばたかせるのを止めて、地上へと降りていくのだった。

 

 

 

 



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第5話 山道は疲れる……

 

 それは、とある場所での出来事。

 

 

 3人組が山道を歩いていた。

 

 

 歩けど歩けど、続くのは山道……、時折 木々があったりするけど、殆ど不毛の大地。何時になったら目的地へと辿りつくのか判らない。寧ろ、目的地はまだ定まって無い状態だった。小柄でターバンを頭に巻き付け、表情の殆どが見えない者、声色からそれなりに年配の老婆だろう。その老婆の後ろに2人の少女がいる。

 

 その2人の内の1人、全体的に遅れ気味の少女は、げんなりと表情を落としていた。

 

 その容姿の特徴は、やや薄く腰まである長い赤毛、山道を歩くには、少々華奢ではないか? と思える程線が細い。

 

「バン族の要人の暗殺はもう済んだから、次行くよ」

「えー、次ってまだ 指令は来てないじゃないですかー。ちょっとくらいゆっくりしても、罰は当たりませんよー?」

「つべこべ言わず、さっさと来な。町に帰る道中に、伝書鳩は来る筈さね。……新人のアンタを更に使って、飛ばせたって良いんだよ。その方が大分短縮になるからねぇ」

 

 その言葉が、ぐさっ! と少女の華奢な身体を貫いた。

 

 それも仕方ない。つい先ほどまで、それこそ馬車馬の如く、動かされまくり、様々な場所の偵察やら、監視やらをやらされ続けたから。

 これ以上、同じ様な事をやらされては、体力が完全にすっからかんになってしまっても不思議ではなく、体力が切れたら、気力を、と言われかねない。……その点を考えれば、『歩いていく』と言うのは、それなりに気を使ってくれた? と思える。

 

 彼女が持っているとある道具を使えば、文字通り飛ぶ事は出来る。……が、非常に疲れるのは目に見えているので、全力で拒否をしたい所だ。

 

「それは、勘弁願いたいです……教官。私、昨日から飛びっぱなしで……。翅って、思いのほか、変なとこの筋肉使うみたいで……、きょうかぁん……、このままじゃ、胸筋がついちゃう……。女子力低下は、乙女にとってあるまじきです」

「その方が良いんじゃないかい? さして、ふくよかさがある訳でもなし。筋トレでもして、引き締まった方がプラスになる、ってもんさ」

「ちょっ! へ、平均くらいはありますよっ! 平均くらいっっ!!」

「タエコを見て、同じ事が言えるのかねぇ? 女として」

「ふぐっ……」

 

 またまた、ぐさりっ、と言葉の刃を突き立てられてしまった。

 《タエコ》と言うのは、共に行動をしている3人の最後の1人。黒髪をポニーテールで結って、一部、色合いの違う髪の束が触覚の様に前髪よりも前に飛び出ている少女。

 

 ……同性の自分から見ても、確実にプロポーション負けちゃってるから、思わず自分自身の胸元を見下ろしてしまう。

   

 突然自分の話題にされたタエコだったが、さして気にする様子も無く(興味ないと思われる) ただ悠々と、目の前の老婆に付いて行くだけだった。

 

「兎も角、さっさと行くよ。休憩なら ここを超えたらだ」

「……ここって、この山道を?」

「それ以外あるかい?」

「な、何km程歩けば?」

「ん~、まだ耄碌してないつもりだよ。大体42km、ってとこかね」

「………」

 

 見事な目測である。山道のアップダウンを考えれば、多少増減はするだろうが……、それでも完璧。

 

 まだ、殆ど歩き始めて間もない、と言うのにも関わらず、早速足が棒になりそう……、と頭で思ってしまうと、益々足が遅くなる。

 

「トロトロするんじゃないよ、チェルシー。なんなら本当に飛ぶかい? 飛んだらさっさと終わるから、ワシら背負って飛んでみるってのも試してみたいねぇ」

「歩かせて頂きます」

 

 大きく、両手を交差させて、× の字を作り、せっせと追いつく少女。

 その苦労人女子の名はチェルシー。

 

「ぅぅ~、殺し屋も楽じゃない……」

「当然。オールベルグの鍛錬はこんなもんじゃないよ」

「……知ってるつもりですぅ………」

 

 がっくりと、項垂れてしまう少女は、今日も足を棒にして頑張る他無かった。

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 と、言う訳で、ウン時間掛けて山登りを開始。

 昇れど昇れど、進めど進めど……40㎞と言う距離はなかなかに遠く、険しく……つまり、さっぱり終わりが見えない、と言う事。

 

 もうこの際、伝書鳩の1つや2つでも飛んできてくれやしないか? と時折空を見るチェルシーだった。

 

「まぁ、次の任務の検討はついてる」

「ぅへ……。へ?」

 

 道中では、殺し屋としての心得だとか、色んな説教を受けてしまっていたが、何やら気になる話題が聞こえた為、疲れていたチェルシーも、耳を傾ける事が出来ていた。

 

「少し前、『反乱軍の収入源である国外との交易ルートを調査中。直に判明』って偽情報を帝国側に流してるからね。調査中が、判明になったら……。馬鹿でも判るだろ?」

「交易ルートの運び屋になりすまして迎撃する……と言う訳ですね。次の相手は帝国の部隊かぁ。最近、少数精鋭のやばめな部隊が出来上がりつつある、って聞いてるし、大変そう……」

 

 身を粉にして働き続けなければならない現状は、やっぱりげんなりしてしまう、と言うものだ。

 

「もっともっと体力つけな。それも、生き残る為に必要さ。チェルシー、お前の変身は恐ろしく、応用力も高い。だけど、肝心な所でモノをいうのは、やっぱり体力だからね。肝に銘じときな」

「はぁ~い。……でも、もうそろそろ マジで足が棒……」

 

 説教は小言を訊きつつの、歩き続け。ちょっとした拷問も良い所だ。だから、精神的にも体力的にも……、毎ターン、HP,MPゲージをガリガリ削られて歩く様なモノだから、とうとうチェルシーは悲鳴を上げていた様だ。

 

「……おんぶする」

「やったーーっ! タエコさん、愛してるっ♪」

 

 かと思えば、見かねてくれたタエコが、背負おうと申し出て、光の速さで元気を取り戻すチェルシー。……演技力もなかなかに鍛えられている様だ。本気出したら、もっと行けそう。

 

「全く、甘やかすんじゃないよ。と、言いたいけどそろそろ休息にするよ。……1通来た様だ」

「……みたいだね」

「わーーいっ♪」

 

 遠い空から、1羽の鳥がやってくる。その手には巻物が握られており、通信手段の1つとして活用されている伝書鳩だ。

 

「30分休憩にする。色々とこっちから伝える事もあるからね。適当に休んで良いよ」

「んー、この辺に水辺でもあれば良いんだけどぉ……」

 

 きょろきょろ、と辺りを見渡すが、生憎今の視点では限界がある。

 

「きょーかん。ちょっと、探してきます。出来たら水浴びもしたいです!」

「はぁ、あまり遠くに行くんじゃないよ。……ま、この辺には 集落の類も無ければ、周囲に気配も無い。大丈夫だとは思うが、おっ死なない様に」

 

 物騒な事言ってるけど、それがスタンダードである事をチェルシーは知っているし、久しぶりの休憩でテンションが上がってるから、動じない様子。

 更に、汗臭さを段々感じられる様になってきたから、この辺りに水辺、湖があったら、と言う期待感もあってか、色々とテンションが上がってる様だ。……さっきまでの何だったの? と訊きたいが、馬耳東風だろう。

 

「んじゃ、ちょっと行ってきます」

「付いて行こうか?」

「大丈夫ですよー、タエコさん。良い場所があったら、また戻ってきて、教えますから。一緒に水浴びでもしましょーよ。山の中だけど、ちょこちょこ森だって見えてきたし、ひょっとしたら……、って期待も出来るでしょ?」

「ん。……ありがとう」

 

 チェルシーは、ぶんぶん、と手を振ってそう伝える。

 

 因みに、ちょっとした策士。一緒に行って、もしも見つけたら、これまた一緒に水浴びして、帰って来て……つまり、最短コースになってしまう。だけど、自分ひとりで周囲の散策の名目で、行ってきて、見つけて 先ずは自分が入り、その後にタエコに伝えて入ったりすると……、ひょっとしたら、休憩の時間が増えるかもしれない! 

 

 と言うチェルシーの少々浅ましい考えだ。

 

 教官、と呼んでる老婆に、あっという間にバレてしまいそうな気がするから、早速行動を開始。取り出したとある道具を使用し、瞬く間に物質質量を全く無視した形態に変身。

 翅を羽ばたかせながら、チェルシーはまるで、籠の中から脱出し、自由になった鳥の様に、大空へと羽ばたいていくのだった。

 



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第6話 驚いたので隠れる!

 

 

――やっぱり、空からであれば探しやすいし、調べやすいなぁ。

 

 

 チェルシーは しんどい思いをしつつも、改めてそう思っていた。

 空を飛んだ為、山道も、もう少しで終わる事も確認出来て、よりテンションが上がる気持ちだった。

 

「鳥は……、疲れるけど、まぁ よしとしようかな。目当てのモノ、見つかったしっ♪」

 

 チェルシーが変身している姿は、メガフクロウと呼ばれる人程の大きさの鳥。元々この辺りにも生息している為、擬態としては十分過ぎるだろう。一応、警戒をして選んだ事と、この種が最近になって、少しだが慣れてきた事もあって、チェルシーはこれを選んだのだ。

 

 

 そして、目当てのモノ――、そう 丁度良いサイズの湖だ。

 

 

 透き通る程、綺麗な湖で 上空から見てみても、そこには大型の生物は存在していないし、見えているのは、小魚が数匹。底まで見える程の綺麗さだった事も、喜ばしい事だ。水浴びに最適だと言えるから。水棲生物も、出来ればいない方が有りがたいので、いるのが無害な魚だけで良かった。

 

「よっ……っと」

 

 翅を畳み、滑空して 手頃な岩に着地すると、変装を解除。

 

「ふぅ。うふふ……、こーいうの、待ってたのよね……。最近、野宿が多くて多くて……。まぁ、欲を言えば、終わった後に温泉が一番なんだけど、この際贅沢言わないわ」

 

 綺麗な湖は、自分の身体を洗い流すには最適だ。

 更に言えば、何にでも(・・・・)変装をする事が出来る、と言うのは当然ながら衣類も変える事が出来る。何ともまぁ便利なモノ。だから、さっさと着替えを完了。

 

「んー、誰もいないとは言え、流石に全裸になるのは、ちょっぴり不安だからね。(タエコさんは、思わないと思うけど)」

 

 と言う訳で、水着に着替えたチェルシー。

 空からも確認したし周りには誰もいないけれど、万が一が有りえる。……その辺りの羞恥心はしっかりと持ち合わせている様だ。

 

 ゆっくりと、足から湖の中に入っていく。

 

「……ひゃー、冷たくて気持ち良い~。ほんと、生き返る~……」

 

 足をゆっくりつけて、温度が低めの湖の水の冷気が頭にまで昇ってくる。……山道で汗を掻き、更に空を飛んで、色々と疲れた身体には最高のモノだ。

 そして、今度は、水を手に掬って、身体に掛けて慣れさせると、軈ては全身を浸からせる。

 

「う、ぁぁぁ~~~」

 

 思わず悶えてしまいそうなチェルシー。

 

 久しぶりに味わう至福の時、と思っているのだろう。……この後は温泉であったまり、そしてあったかい布団の中に入る……、そんなコンボだったら、一体どーなってしまうのか? とチェルシー自身も思ってしまっていた。

 

 だけど、そんな事よりも、時間は有限。それも休憩時間ともなれば、更に短い。今の至福を堪能する事に集中させていた。

 

「(あんまり遅いと、教官(ババァ)に説教ロングコースされそうだし……、あ、でも あとちょっとだけなら……)」

 

 後ちょっと、後ちょっと、と誰に対して言っているのか判らないけど、チェルシーは延長を所望している様子だ。後で、己の身に色々と降りかかってくるだけなので、別に問題ではないよ、と言いたい。

 

 だが、そうも言えない事態が起こる。

 

 突然、湖に何かが落ちた様で、“ぼちゃんっ!!” と言う音が聞こえてきたのだ。

 チェルシーは、仰向けになって、耳まで水の中に浸かっていたから、更に大きく聞こえてきた様だ。

 

「っ!」

 

 今は静寂な世界だった、小鳥の囀りさえ聞こえなかったのに、突然音がした為、チェルシーは 咄嗟に忍ばせていた道具を使用し、水面から飛び上がり、翅を羽ばたかせた。空へ逃げるのではなく、まずは湖から出て、そして瞬時に、周囲に生えている木々に紛れる様に化けた。

 

 この湖の上は空しかない。

 

 別に大きな木の枝があったりする訳じゃないから、空から何かが落ちてきた、としか考えられない。

 もしも、空に危険種の類がいたりするのであれば、今空へと飛びあがるのは得策ではない。だから、まずは地上から様子を見る事にしたのだ。そして 逃げる事を第一に考えた。

 

「(人が気持ちよく泳いでたのに……邪魔するのは誰よ……! って、怒って出てったりしないけどね……、ぜーったい……)」

 

 相手が何なのか、そもそも相手そのものがいるのかどうか、それすら全く判らない状況ではあるが、それでも用心するに徹するチェルシー。……極端に言えば、変に深入りせず、寧ろ臆病を心がける事で、生き残る可能性を更に上げていたりしている。

 いや、それが、生き延びる為に必要である感性、だと言えるだろう。

 何故なら、この世の中は甘くない。……生き延びる者は、強者か臆病者であり、生半可な力を持つ無鉄砲者、言うなら、勇者は死ぬのだ。それが現実である。殺し屋として生きる事を決めたチェルシーは、長く見てきた事であり、今までの自分自身経験から導き出していた。

 

 湖を、そして その上を凝視するチェルシー。暫くは何も起こらず、心配は杞憂か? と思い始めたその時だった。

 

「(っ!?)」

 

 擬態をしていると言うのに、思わず声を上げてしまいそうになる。

 だが、寸前で何とか呑み込む事が出来た。

 

 空から――、何もない上空から、何か(・・)が、降りてきたのだ。

 

 何か(・・)……、そう、どういっていいのか、直ぐには出てこなかった。敢えて言うなら、黒い何か(・・・・)

 

 黒い霧の様な、靄の様な、影がゆっくりと上から降りてきたのだ。……自分自身の頭の中に備え付けてある辞典の中に、あんな生物? は存在しない。全種知ってる訳ではないし、博識である訳でもないが、それでも知る限り、危険種でも あんなのは見た事は無い。一瞬、今所属しているチームの頭領が従えているモノ、に見えなくも無かったのだが、全くの別物である事は判った。

 

 見れば見る程、判らない。……闇だったから。まだ明るい時間帯だと言うのに、その場所だけ、夜が現れた? と思える程に暗い。

 

「(何……? アレ……?? でも、何かヤバイ。……間違いなくヤバイ。ヤバイって信号が出てる)」

 

 未知との遭遇は、この仕事をしていて、別段珍しい事ではないが、これまでの経験から育まれた感性が、チェルシーの中で警告音を盛大に鳴らしていた。

 

――動いてはダメ。逃げようとしてもダメ。

 

 変身していても、まるで 意味を成さない。何故か、そう思えてしまうのだ。一刻も早く、離れたいのに、離れる事が出来ない。木に変身したから、まるで根が地中に延びてしまった、と思える程、足が縫い付けられてしまった様に動けなかった。

 

「(こんななら、タエコさんと一緒に……っ。で、でも ダメ。私じゃないと、こんな隠れ方出来ないから)」

 

 身体が身震いしてしまう。見れば見る程、身体が震えてしまう。恐怖から、と思っていたチェルシーだったが、何か判らない。恐怖以外にも、何かがある。自覚は無いけど、何かを感じていた。

 

 軈て、その闇の塊は、湖の上に立つ様に浮かぶと……ゆっくり、ゆっくりと 闇が薄くなっていく。そして、闇の中心部が一瞬光ったかと思えば、次の瞬間 闇が周囲に吹っ飛んだ。

 

「(!!)」

 

 そこに現れたのは、男だった。……目算ではあるが 大柄の男、と言う訳ではない。自分よりは大きい。タエコより少し大きいくらいだろうか。黒い髪が一陣の風で靡く。……闇色の髪。そして 黒いコートを羽織っていて、そのコートも風で棚引いていた。

 

『んー……んん?』

 

 男は、周囲をキョロキョロと見渡していた。

 まるで、何かを探しているかの様に。

 

「(……まさか、私っっ?? 私探してるのっっ!?)」

 

 

――私、何か、悪い事しましたか!? 

 

 と、思ったチェルシーだが、現れた相手に、直接確認できる様な度量は間違いなくありません。

 とりあえず、裸じゃなくて良かった、と一瞬だけ思ったけど それどころじゃない。

 

 突然空から何かが降りてきて、その何かは闇? を纏ってて、それが晴れたかと思えば人間(多分)が出てきて……、何から何まで 妖しすぎる。

 

「(帝具使い……、そう考えるしかない、かな? 只者じゃないって事は間違いなさそうだし……。……もうっ、益々動けないじゃない! ああ、なんだってこんな事に……)」

 

 チェルシーは 木に化けたのは正解なのか、不正解なのか、判らなくなってしまっていた。

  

 

 ここからが、ちょっとしたチェルシーの災難だったりするのである。

 

 

 



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第7話 隠れても見つかってる!?

 突然現れた正体不明の男は、一体何を探しているのだろうか、それが判らない。

 

 正体も目的も何も判らない以上、下手に動けないし、動いてはいけない。様子を見て隙を伺うのがセオリーだと言える。だが、そんなごく一般的な兵法ではなく、ただ単純に動く事が出来ないのは、あの姿を見たからだ、と言える。

 それなりの修羅場を潜り抜けてきたチェルシーには、危機感知能力もそれなりに向上している。……その警告が過去に例を見ない程に自分自身に警笛を鳴らしているのだ。

 

「(……ぁぁ、心臓に悪い)」

 

 木に変身している為、姿を隠せている訳じゃない。相手から完全に見えている位置であり、この状態であれば、本当の意味で隠れる事は出来ない。そんな事をすれば、危険種の木獣の様に、《動く木》が誕生してしまうから。一発でバレてしまうから。

 だから、変身した以上は 見たくなくても、じっと我慢しなければならないのだ。……相手がいなくなるまで。

 

 

『…………』

 

 

 だけど、その希望的観測は……成就される事はなかった。

 湖の水面に立ち、波紋を広げながら歩いてくる男は、自分のいる方角へと歩いてきているから。チェルシーが自身に付与しているのは、完璧な変身であり、錬度もそれなりについてきていて、自信があった。……だけど、それを嘲笑うかの様に 一歩、一歩近づいてくるにつれて、神経をごっそりと削られてしまう。

 

 軈て、その男が、歩いて湖から出て、地に足を付けた辺りで、男の声が聞こえてきた。

 

「ふーん。折角だったのに、またメンドクサイ。ま、別にこんなのも珍しくもない、か。ちょっとばかり運動だな。これは」

 

 一体何を言っているのかはわからないが、それでも 1つだけ判った事がある。

 現れてから、今に至るたった数十秒間の間で男の異常性。

 

 

□ 空から降りてきた。

□ 闇? を纏っていた。

□ 水面に立って歩いてきてる。

□ 尋常じゃない気配(オーラ)が感じられる(チェルシー談)

 

 

 細かい所を上げ出したらキリが無い程だが、それだけ感じられた事と、もう1つの事実。

 その男の容姿である。

 

 上記の連想から、どんな化物が現れるのか、と内心更に冷や冷やモノだったのだが、以外にも、その素顔は非常に整っていた。眼の形や眉、顔の輪郭などが全て整っているのだ。いわば黄金比とでも言うべき、だろうか。その上 やや、幼さもあって、更に引き立てている。

 俗にいうイケメン。だけど纏う雰囲気は化物。非常にアンバランス。

 

「(こんな出会いじゃなかったら、声かけても良いんだけど、ね……)」

 

 チェルシーは、冷や汗をかきながらも、まだ 自分を保つ為に、冗談めいた事を考えていた。……人の顔を被った悪魔など、何度も見てきているから、優れた容姿だけで惹かれる様な事はしないけど、軽口の1つくらい思わなければ、自我を保つのがしんどかった様だ。

 

 そして、何かを呟いていた男がゆっくりと近づいてきた。

 

 その方向は間違いなく、自分が化けている場所付近。……まだ10m以上は離れているから、確実には言えないが、不安感が更に倍増される思いだった。

 

「(……私の変身を、見破ってるの!? これも帝具なのに??)」

 

 チェルシーが変身に使用している道具は帝具。

 

 その名も、変身自在《ガイアファンデーション》

 

 どんなものにも変身できる化粧品型の帝具であり、それは種族や生物、物質と問わない。完全な隠密型の帝具であり、直接戦闘には向いていないが、その分幅が広がる。

 

 なのだが、初見で見破られた事など一度も無い。……そんなに帝具は甘い物ではない。だと言うのに、紛れも無く、目の前の男は近づいてきているのだ。

 今更ではあるが、完全に逃げる事は、もう不可能。

 

 そして、その男の顔がにやり、と笑ったのが判った。

 

「動くなよー? 動いたらどうなるか、知らんぜ。手間ぁかけさせるな」

 

 そう言われて、確信してしまう。自分に動くな、と言っている事が。……そして、動かなくとも、動いても、結末が変わらない事も。

 

 今まではこんな経験は無かったが、ここまで来れば、ただ黙って従うよりも、一か八か、仕掛けるしかないだろう。だけど、身体が言う事を訊いてくれなかった。

 

 

「(……もうちょっと、生きたかったんだけど、ね)」

 

 

 生きたいと思いつつも、きっと、楽には死ねない。……チェルシーは、そう思い描いていた。

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 殺し屋になった以上、……数えきれない程、殺してきている以上、殺してきた相手の性質など関係なく、何れは報いを受ける日が来る事など、覚悟してきていたチェルシー。恐怖を感じていたのだが、それも軈て霧散してきていた。……死にかけた事は何度かあるが、絶対的な死を間近に感じた事は無い。だからこそ、それを前にして、感じたこの感覚は、走馬燈なのだろう。これまでの経緯。殺し屋になった切欠、その過去の記憶が頭の中に流れてきていた。人生の最後の終焉を知らせる最後の劇場。

 

 特にこれといって考えてなかった、出来がそれなりに良かった為、出世する事ができ、地元の役所に勤め、ただ玉の輿を狙っていたんだけど、上層部の腐敗具合を目の当たりにして、考えが完全に変わったんだ。

 

 そして、今使ってる帝具との出会い―――役所の太守を殺した。その男は、人を人とも思わず、男女問わずに裸に引き剥くと、外に放ち……そして、逃げた人で狩りを楽しむ畜生だった。

 

 それは、初めて、人を殺した瞬間でもあった。

 

 一度、汚した手なのなら、と暗殺部隊へと志願する事にして、現在のオールベルグと言う組織に所属をしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(報いを受ける、それは判ってた。いつか、自分自身にもくるんだって……)」

 

 

 どんな悪人であれ、やっている事は殺し――。

 

 帝都で、いや、この世では 善人であろうが、悪人であろうが、人が人を殺せば、天より裁きが訪れる。迷信ではなく、確固たる事実がある。

 ()で見ている者にとっては、関係無いと言う事だ。

 

 それを、きっと報いだと受け取る者も少なくないだろう。

 

 チェルシーは、この時身体中の力が抜ける感覚があった。……帝具の変装も解こうか、と思ったその瞬間だ。

 

 

“ギャオアアアアッ!”

 

 

 と言う叫び声が、突然聞こえてきたのは。

 あまりの突然の出来事に、悲鳴を上げなかったのは、奇跡だと言える。

 

 

「はぁ、動くなっつったのに。……って、話が通じる様な相手じゃねぇか。そりゃそうだ。話せる程賢くないし、そもそも喋れねぇし」

 

 苦笑いをしている眼前の男。そして、思わず変装したまま、動き自体は最小限に抑えつつ、周囲を見たチェルシー。

 

 どうやら、この周辺にある木は、自分と同じ擬態だった様だ。

 

 二級危険種の《木獣》。

 

 木に擬態し、近づく獲物を捕食する危険種で、その性質も食欲旺盛、二級と危険度は少々低いがそれでも人を好み、獰猛だ。ここまでの接近に気付かなかったのは、目の前の男のせいだろうか、もう自分の周囲一面に取り囲む様に現れていた。

 

 そして、しびれを切らせたのだろうか、木獣の一匹が己の枝、根を伸ばし、男を攻撃していた。

 

 

「(……これ、ひょっとして、逃げるチャンス……?)」

 

 チェルシーは死を覚悟していた中であったが、千載一遇の好機を見た。

 無数の木獣は、逃亡する上では丁度良い隠れ蓑だ。勿論、自分自身が木獣に襲われる危険性もあるが、正体不明の化物を相手にするよりは、何倍も、何十倍もマシだと言えるだろう。

 

 だが、その試みも無駄に終わる。

 

 

『失せろ。喰っちまうぞ?』

 

 

 何気ない一言は、周囲の空気を震わせた。

 その殺気で、周囲が一変する。

 

――殺気は、振動となり、周囲数10m程轟き、大気を揺らし、木獣の身体をもなぎ倒したのだ。

 

 いや、なぎ倒す と言うよりは、木獣たちがあまりの殺気に本能的に怖れを感じたのだろう。我先に、脇目も振らず逃げようとした為、他の木獣達に引っかかって倒れた様だ。それが連鎖的に広がっていくと言う有りえない光景が広がっている。

 

「っ……!!」

 

 チェルシーは、またまた唖然とした。自分自身に向けられた

 危険種を威圧だけで、撃退する話など聞いた事も無かった。そもそも、知能が低い危険種には怖れなど存在するのか疑問だった。

 痛めつけられて、なら 判らなくも無いが、何もせず、威圧だけで退かせる事が本当に出来るのか? いや、こうもはっきりと見せられたら、信じるしかない。

 

 そして 1つの危機は去ったが、本命が、大本命が残っている。

 

「ふぅ。最初っからこうしてりゃ良かった。んでもま、これで、これが良いか……」

 

 男は、にやっ、と笑って いつの間にか自分の前に立っていた。

 チェルシーにとっての最大の危機が眼前に、もう目の前に迫っている、のだが……何故だろうか、死の予感は薄れていた。

 

「良かったなぁ。命あって。アレだけの木のお化けに囲まれて、生きた心地しなかっただろうに」

「(……正直、アンタを目の前にしてる方が生きた心地しないよ!)」

 

 まだ木の擬態を解いた訳でもないのに、普通に話しかけられて、普通に接されて、正直混乱していた。男は、両手の人差し指を自分に向けて。つんっ、と一突き。

 

「ひゃんっ!!!」

 

 チェルシーは思わず淡い声を上げていた。

 男の指先は、木の擬態を解いていないと言うのに、正確に……、非常に正確に、チェルシーの二つの膨らみの頂きにヒット。

 

 あまりの出来事に、更に動転してしまっていた。

 

「ほれ、んな変装解いた解いた。折角の可愛い顔が見られんのは、辛いわ」

「~~~っっ」

 

 ぼひゅんっ……、と淡い煙を出しながら、チェルシーの変装は解けた。

 その手は胸元を多い、そして頬を赤く染めている。

 

 

 これが、チェルシーと男の奇妙な出会いであり――、ちょっとした災難の始まりでもあったりするのである。

 

 



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第8話 可愛いし、気に入ったから触る!

 

 

 

 

「はっはは! そんなカッカすんなよ。オレ一応、命の恩人だったりするんだぜ?」

「って!! アンタが急に降りてきたから、私が驚いて逃げられなかっただけでしょっ! 恩着せがましい! 寧ろ、アンタのせいで絡まれたのよ!」

 

 いつの間にか、すっかり打ち解けてる2人。

 男の方は、当初のイメージとは全く違い、気さくで、陽気。良く笑う男だった。……更に言えば、手癖が悪い。先ほどから、何度かチェルシーにセクハラをかましてるから。

 

 すっかりと毒気抜かれたチェルシーだが、会って間もない男に身体を許す程、軽い女ではないつもりだ。

 

 そして、その後は早々に話を進めた。

 

「……で、アンタは、いったい何者? 何でここに……、私に様でもあってきたの? …………私を殺すつもりできたんじゃないの?」

「ん? なんで俺が殺すんだ? お前……えと、名前はなんていうんだ?」

「………」

 

 チェルシーは警戒心はまだまだあった様で、簡単には口に出さない様子だ。

 

「ふ~ん。まぁ、追々でいいけどな。さっきの質問だけど、全部一気に答えんのめんどいから、とりあえず1つ。オレ、上から見てたら、お前が湖で泳いでんの見つけてな? 可愛いし、こりゃもう、一度会って色々として……とと、お話してみたかっただけなんです。はい」

「嘘くさっっ!! って、色々って何っ!? まだ、何かしようっていうの!??」

 

 ばっ! と胸元をガードするチェルシー。可愛い、と言われて 赤く成る程、初心ではないが、それでも易々と身体を触られる訳にはいかない様だ。

 

 男は、ふんふん、と頷きながら。

 

「まだまだ、暗殺者にはなれそうにないなぁ? 暗殺者になるにゃ、まだ女を捨てきれてない様だ。おっぱいちょっと突っつかれたり、揉まれたり、顔でぱふっ! と埋めてみたり、と、それくらいされたくらいで、可愛い乙女な悲鳴あげてちゃ、まだまだ落第点だな? 修行が足らん!」

「っ。よ、よけいなお世話よ! それでも堂々とセクハラなんかする!?」

「まぁまぁ。手ほどきなら、オレが色々と教えてやるから」

「いーや! 大きなお世話よ!!」

 

 子供の様な口喧嘩。

 いや、どちらかと言えば、男がチェルシーをからかって遊んでるだけ、と言う風に見て取れる。好きな子にはいじめてみたい、と言う心理?と同じ感じだ。

 

「はぁ、はぁ……、もう そろそろ戻んないといけないから、用が無いんだったら、私行くわね?」

 

 何度も何度も叫んで叫んで……、息切れを起こしてしまったチェルシー。

 男は、光る様な笑顔でニコリと笑うと。

 

「おう! 俺も行く」

「………はぁ!?」

 

 まさかの答えにチェルシー呆然である。だけど気にせず、男は続けた。

 

「ひっさしぶりに面白そうなコ見つけたし、も、ちょっと 一緒にいたいんだよな。良いだろ?」

「嫌よ!」

「えー、なんか無茶嫌われてるし。そんな悪い事、オレした?」

「もう忘却の彼方!? 女の敵の癖に、何をいまさら言ってんの!?」

「えー、あんなん、スキンシップの範囲内じゃん。それに、あの木のお化け追い払ってあげたんだし、もちょっと好意的な目で見てくれても良いって思うんだが。ほれ、『タスケテクレテ、アリガトー』的な? 別に棒読みでもかまんぜ?」

「アレを、スキンシップの範囲内?? 私、娼婦じゃないんだから、全然アウトよ! 棒読みでおっけー、って言った時点で、棒読みすら言いたくないわよ!」

 

 ぷりぷり、と怒ったチェルシーの唇に、男は人差し指を当てた。

 

「っ!?」

「ちょい 一時ストップ」

 

 また、何かセクハラをされるのか? とチェルシーは警戒をしたんだけど……、次の瞬間。

 

「よっ、と」

 

 男は、足を上げて、チェルシーの直ぐ横の地面を踏みつけた。

 

 “ずんっ!”と言う衝撃音と、まるで地震でも起きたかの様な振動が周囲に伝わり……、次には地面にヒビが入ってる。それだけでも十分に驚きなのだが、本当に驚くのはこの後だ。

 

 ……後方数m先の地面が盛り上がって、“ずがんっ!”と言う轟音と共に、何かが出てきたのだ。 出てきた――、と言うより、噴火したかの様に、吹き飛んできたのだ。

 

「おー、モグラが釣れたな。なんか、下にいるとは思ったけど、思ったよりも大物だ」

「っっ!?!?」

 

 男の陽気な声、そして チェルシーも直ぐに振り返った。

 土中から、地上へと叩きだされて、仰向けで気絶?(多分) しているのは《土竜(どりゅう)》。

 先ほどの、木獣よりも遥かに危険度の高い、一級危険種である。たったのひとふみで、獰猛な土竜を地上に叩きだすとは、一体どんなトリックを!? とチェルシーが目を丸めていた時。

 

「おー、怖かったか? よしよーし。も、大丈夫、安心しろ。オレがついてるからな?」

「っっ!!!」

 

 ……いつの間にか、男に背中から抱きしめられた。がっつりと、あたってる(・・・・・)。あからさまに 手で揉んだり~ とかはしてない様だけど、イヤラシイ感覚は気のせいではない。そして、この程度で終わるとは到底思えない。

 

 

 その数秒後、予想通り……、いや 予想以上の事をされてしまったチェルシーは「ぎゃー」と言う悲鳴を上げて、またまた、周囲に木霊するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ………」

 

 げっそりとしてるチェルシー。

 

 何度も怒って怒って、でも 全く応えなくって、ビンタの1つや2つ、かましても良いと思って攻撃するんだけど、避けられては触られ、当てれた!? と思えば後ろから抱かれ、蹴りを股間に入れようとすれば、パンツ見られ。←現在ココ  

 

「純白か。うんうん、チェルシーによく似合う。可愛いぜ?」

「うっさいっ!! 名前教えたんだから、いい加減セクハラ止めて!」

「えー? 楽しんでたじゃん? ……ってか、カンじてた? 若しくはそれ以上に……イ「感じてないっっ!! そっから先言うな!」ははは、りょーかい」

 

 反撃しても、男の思うつぼだ、と思うんだけど……、何故だか無視する事が出来ない。と言うより、無視し続けたら、貞操の危機も有りえる。まっとうな生き方は、殺し屋になった以上出来ないとは思ってたが、その辺は やっぱり女の子だから仕方ない。女を完全に捨てれる程、経験を積みに尽くした訳ではないから。

 

 兎も角、追い払うのも無理、逃げるのも無理、と言う事で、チェルシーは仕方なく、仲間達の待つ場所へと戻る事にした。

 

 ……未知数の力量を持つ相手だけど、自分が所属してるオールベルグも異常性と言えば、決して負けてないと思えるから、活路をそこに見出したのである。

 

「それにしてもこんな山道に来て、水浴びとは、色々と大変だな、チェルシー」

「……殺し屋になって、色々と仕事してりゃ、これくらい当然」

 

 何処まで知られているのか判らないが、相手は、自分自身が暗殺者、殺し屋である事はバレてる。何で知っているのか? と訊こうと思ったが、見返りを求められるのが厄介だったから、一先ず口を噤んだ。色香で釣って、その隙に……とは 思ったが、この相手は『殺せない』と判るから、手が出せなかった。

 

「ま、そのおかげでチェルシーと出会えたから、オレとしては幸運だ」

「はぁ、どこまで本気なのやら」

「いーや、オレ 結構本気だぜ? でもなけりゃ、態々降りてこないって、あの木の連中がいるのも判ってたし。群ン中に飛び込むみたいなもんだからよ」

「アンタ程の力があったら、片手間じゃん……。それに、アンタのせいで襲われた様なものよ」

 

 チェルシーは、ため息を1つしてそういう。

 最初の木獣に襲われた時は、確かにチェルシーは気付けなかった。……だが、それは眼前の男に全神経を集中させていたから。木獣は何度か相対した事があるし、肉体派ではないから、楽勝っ! とは 言えないが、回避する事に関しては、楽っ! なのだ。彼女が使う帝具は、逃げ足に関しては、それなりに使えるから。

 

「ん? ああ、成る程。あの辺の木の連中、結構気配絶ちが上手いから、チェルシーは気付かなかったんだな?」

「え?」

「アイツら、最初っからチェルシーを狙ってたんだぞ? チェルシーがあの周辺に来たはじめっから。ほれ、水浴びする時、上だけ脱いで、そっから変身してたけど、服引っ掛けてた場所が変わってたの気付かなかったのか?」

「は……? え、いや、それどころじゃなかったし……」

 

 チェルシーは、言われて、記憶の引き出しをそっと開けた。

 

 覗かれてた事は、この際置いておこう。

 

 服着てても帝具を使用すれば、なんにでも化ける事が出来る。……だけど、裸になるのに抵抗があった。下着だけと言うのも少々嫌だった。だから、帝具を使って化けた。この帝具は、化粧品型故に、水との相性は悪いけど、少しの時間なら大丈夫だった。

 

 と言う訳で、帝具を使って化けた――んだけど、その前 服を脱いで 何処に置いただろう? 

 

「(―――そう、木の枝に引っ掛けて……、急いで逃げた時に 帝具しか回収できなかったけど……、たしか……)」

 

 手を伸ばせば届く範囲の枝に引っ掛けた筈なんだけど、そう 服は見当たらなかった。その後、男が来て、木獣達を追い払ってくれて……、見つかったんだ。

 

「あの辺の連中、何故だかは良く知らんが、騙すの(擬態)が更に得意みたいなんだよ。まぁー、更に特化しねぇと、餌に有りつけなかったから、進化した、そんなとこだと思うな。だから、あのまま、呑気に水浴びしてたら、ばくっ、とイかれてたかもしれないぜ?」

「さ、流石に気付くわよ。そこまで行ったら!」

「ん~、その上 知能も通常のヤツと比べたら、の範囲だが 結構上がってる。だから、無防備な所に集まってきたんだろうぜ。人間が使う道具、《武器》つう、危険性を学習したからこそ、無防備を待ったんだろうぜ? そこで、水にぷかぷか浮いてる時にチェルシー。見た通り、文字通り、無防備。あの長い根やら枝やらで、捕まえられたら、流石にきついんじゃね? 帝具(それ)使えなかったら」

「う……」

 

 確かにごもっともだ、と口を噤んだ。

 戦うにしろ、逃げるにしろ、帝具が無ければ、並の人間と大して変わらないのだから。

 

「ま、チェルシーの貞操はぜーーったいに奪わせたくなかったんだな、これが。と言う訳で、助けてあげたから、オレと仲良くしてくれ。もっと」

「こ、これ以上ナニをするつもり……っ!?」

「……そんなにビビんなくてもええやん。ちょっとしたジョークだし」

 

 自分が危険種の群に襲われてたかもしれなかった事実が、チェルシーの肝を冷やしたのだろう。男の通常通りの軽口にも過剰に反応してしまい、やや意気消沈してしまうのは男の方。

 どうやら、セクハラは連発するものの、ほんとに気に入られたのは間違いなさそうだ、とこの時思った。

 ……決して嬉しい訳ではないけど。

 

 そんな時だ。

 

「チェルシー、見つけた」

「……え?」

 

 前方から声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声……その主がタエコだと言う事は直ぐに判り――。

 

「♪♪♪」

 

 そして次には、何やら、寒気の様なモノがしたチェルシーだった。

 

 



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第9話 久しぶりだから、触りたくもなる!

 

 

 この展開は、チェルシーにとっては、良かったのか、悪かったのか……。

 正直なところ、判らないのが実情だった。

 

 タエコと合流できたことは非常に好ましい。彼女の実力は、一緒に行動し、作戦を共にし、サポートにも何度か回ってきたからこそよく判っているつもりだ。何よりも、暗殺結社である《オールベルグ》の暗殺者。並大抵の実力じゃないことも、そこからわかる。

 

 だけど……、眼前にいる男もまた、並ではない。

 

 いや、『並ではない』どころではない。

 危険種の群を一掃したこともそうだけれど、この男には、それ以上に何か(・・)を持っている、と チェルシー自身にも、ひしひしと伝わったりしているのだ。

 

 正直に言えば、ついさっきまで セクハラされまくったから、頭から離れてしまいそうだったけれど、もともとの登場の仕方を考えれば、この男も有り得ない実力者だということもよくわかる。……何も言ってはいないが、チェルシー自身と同じ、帝具使いである可能性も否定できなかった。

 

「(う……、ど、どうしようかな。タエコさんに 正直に話して、何とかしてもらうのが良いか……、それよりも、てきとーにはぐらかして、荒波立てないほうが良いか……)」

 

 チェルシーが思考の渦の中に身を投じていた時。時間にして、数秒程度だというのに、 男の行動は、もっともっと早かった。

 

「お~~♪」

 

 陽気な声と共に、チェルシーの肩に手を触れつつ 前へと出ていく。そのままタエコの方へと行こうとしたんだけど、ぐいっ、と肩を掴んで前に出て……“もにゅっ……!”っとひとモミ。しれっと、チェルシーの胸を触るのも忘れてなかったりして。

 

「な、なにするのよっっ!」

 

 カウンター・パンチ! を食らわせようとしたんだけど、やっぱり体をとらえられずに空を切ってしまった。

 男は、ゆっくりとタエコのほうへと向かっていく。

 

 もう、チェルシーは迷わず即決。

 

「た、タエコさんっ! そいつ、変質者! 痴漢、犯罪者! 女の敵だから、気を付けてっっ!! なんなら斬っちゃって!!」

 

 咄嗟に叫ぶチェルシー。

 当然ながら、男にもそれは聞こえていて……。

 

「犯罪者って……、チェルシーだって、暗殺者のくせに、棚に上げてくれるじゃん? それに! 良い女、可愛い女の子がいたら、欲情しない方が失礼だ! というわけだから、逆に触らない方が失礼だ! チェルシー、ナイス(ばでぃ)っ♪」

「堂々と、清々しいまでに宣言してくれたわね!? いい迷惑よ!」

 

 がーーっと、怒るチェルシーと、指をびしっ! と突きつける男。

 

 妙な展開である事は、客観的にみても明らかだった。普通なら、チェルシーのピンチに駆けつけてきた、という事で、それとなく助けようとするだろう。だけど、普通(・・)なら、である。……タエコ自身が感じているのは、また別だったから。

 

 なぜなら――。

 

「っとと、今はそれよりだ。チェルシー。この問答は後。ちゃんと納得させてやるから安心しろ。サービスしちゃうぜ!」

「納得なんてする訳ないでしょっ! そんなサービス、いらないわよっ!」

 

 チェルシーの怒声をバックに、男は改めてタエコのほうを向くと。

 

 

「おーい、タエっち、タエっち! うわー、すっごいひっさしぶりだなぁ!」

 

 

 にこやかな笑顔と共に、手を挙げて 再びタエコのほうへと歩き出したのだ。

 フレンドリー。その言葉がよくあてはまる、といえるだろう。

 タエコ自身も、手を軽く上げて答えている様子。

 

「………へ?」

 

 思わずポカーン……、とするチェルシー。

 まさかのまさかな展開、タエコとは顔見知りの様だ。

 

 タエコは生まれた時からずっとオールベルグで育てられてきた身だから、この男とオールベルグにはつながりがあるのだろうか、 とチェルシーは思った。

 

「(これは良いのやら悪いのやら………、あ、でも 教官(ババァ)がいてくれたら、大丈夫かも? 年の功ってやつで)」

 

 淡い期待をするチェルシ-。

 色々と実害があった事で、もう正直うんざり気味だから、分散してくれれば助かる、とも思っていた様だ。

 

 やがて、男とタエコの距離が近づいて行ったその時。

 

 またまた、予想外の展開が待ち構えていた。

 

 鞘に納めていた剣の柄を、一瞬の内に握り、そして素早く、目にも止まらぬ速さで懐に急接近したタエコ。

 そして、その勢いのまま……。

 

 

「飛天」

 

 

 それは、オールベルグ流剣術の1つ、抜刀術。

 

 鞘走りで剣速をさらに加速させ、一瞬の内に両断する最速の剣技。左切り上げで男の体は2つに分断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 タエコの一撃は、間違いなく男の体をとらえ、その一刀の元に、両断された。目に焼き付いてしまった程、鮮やかに、……最速で。

 

 

「っっ……!!」

 

 あまりの突然の事に、チェルシーも思わず絶句してしまう。体が真っ二つに斬られるようなシーン自体は見たことないわけでもない、どころか この職業をしていると、対して珍しくもないのだ。

 

 だけど、あれ程の気を発していた男がああもあっさりと斬られてしまった事実に やはり驚きを隠せられなかった。

 

 それともう一つ………。

 

「(あ……、私 アイツに助けられたのって、事実……だったんだよね……)」

 

 そう、先ほどの危険種の群と遭遇した時、あの男が追い払ってくれてなかったら、正直逃げ切れたかどうか判らない。

 

 男の言葉のすべてを信じる訳ではないが、もしも本当だというのなら、最初から危険種たちはチェルシーを狙っていて、それを助けてくれたんだから、ある意味では命の恩人である事実は間違いではないだろう。

 

 そう思ってしまったからこそ、チェルシーは さっきまで、必死に助けられた事実を否定していたというのに……、斬られた所を見てしまえば、複雑な感情が彼女の心の内に湧き上がってきた。

 

「(………女の敵、だったんだけど……私。命を、ほんとうに、命を助けてくれたのなら……、あれくらいは……あれくらいしたって…………、そ、それに………)」

 

 何度も、セクハラをされた。セクハラ自体は、不快感抜群だけど、時折言葉の中にあった『可愛い』や『良い女』『綺麗』という褒め言葉。軽口だと思っていたけれど……、それでも、今は……。

 

 チェルシーは、ぐっ、と目を閉じた。

 

 考えをやめて、気持ちを切り替える様に、努力した。

 

 人の死は何度だって見てきている。悪党ならなんとも思わないが、善人が、顔見知りが、世話になった人が死んでしまった、殺されてしまった時にも、心を抉った。でも、それでも、自分の行動に支障がないように、必死に切り替えた。

 今回も同じ事だ。……いや、まだ軽いとだって言える。

 

 だからこそ、僅かにだが芽生えかけてしまった感情の芽を摘んでいったその時だ。

 

『おー、なかなか良いな!? 腕を上げたな、タエっち』

 

「……ええっ!?」

 

 先ほど、斬られたシーンを間違いなく見たはずなのに……、血が噴き出すシーンも、見えたハズなのに、あの男のあきれ果てるほどの陽気な声が響いてきたんだ。

 

「っ……、やはり、貴方には届かないか。わたしの剣術も、まだまだ未熟……」

「まぁまぁ、タエっち。すげー、上達してるぜ? 前より剣のスピードが0.5秒ほど上がってる。現状の段階でさらに腕を上げるなんて、大したもんだ。お兄さん、驚いちゃったよ」

 

 タエコの頭をぽんぽん、と叩く男と、剣を鞘に戻しているタエコ。

 いったい何がどーなっているのか? とチェルシーは首を傾げていたその時。

 

「いやぁ、育ちも育ったっていうのに、あーんなに早くなっちゃって、重くないのか? そーんな立派になっちゃって。うんうん、肩もこりそーだと思うけど? だいじょーぶ?? ん? んん??」

「んっ……!」

 

 両手で、タエコの両胸を“もにゅっ”……っと。

 触る所じゃなく、掴む、鷲掴み、両手で鷲掴み。大事なことなので、2度言いました。タエコは、一瞬だけ体を震わせたけれど、反撃するような素振りはなく……。そのまま2度、3度と止める気配はない。

 チェルシーよりもさらに豊満なタエコの2つの膨らみが形を変えるのを、4度見たところで。

 

 

「こ、この…………!!!」

 

 め~~いいっぱい振りかぶって――———。

 

 

 

「へんたーーーーーいっっ!!」

 

 

 

 ぎゅんっ! と拳大ほどの石が、男の頭にジャストミート。チェルシーの華奢な体から、どこにそんな力があるのか? と思える様な剛速球を眉間にすこんっ! と受けた男は、あおむけに倒れてしまったのだった。

 

 

 



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第10話 変に目覚めてしまわないか心配する!

 

 

 

 

 見事な剛球を額に受けてしまって、仰向けで倒れている男。

 

 そして、実を言うと、今の結果は、チェルシーにとっても、ちょっとばかり意外な展開でもあった。

 

 何せ、先ほどあの男は、タエコの一撃、それも最速だと言っていい抜刀術を難なく躱してのけたというのに、非力だと自覚している自分の投石。……たかだか、そんなものが、急所であるといっていい眉間に直撃してしまったのだから。

 

 まぁ 正直ギャグっぽいからそれ程までには驚かないし、何より……。

 

「おおっ、中々良い球投げるな? 良いモン持ってるぞ。エースになれるな、チェルシー! うんうん、身体がやっぱり資本! やっぱりチェルシー、NICEBODY♪」

 

 右手挙げてサムズアップしてるから。

 そう言われても、全く嬉しくないし、更にイヤラシイ。

 チェルシーは、何個目になるのか判らないけれど、口の中で転ばしている飴ちゃんをがりっ! と噛み砕きながら。

 

「うっさいっっ!! こんのアホぉ!!」

 

 と盛大に罵声を浴びせるのだった。

 

 通じているとは到底思えないけど、言わずにはいられなかった様子である。

 大きく息を罵声と共に吐いてしまった為、チェルシーは咽てしまっていた。

 

「チェルシー、大丈夫?」

「はぁ、はぁ……、ん。大丈夫。タエコさんは? 大丈夫??」

「問題ない。胸を触られたくらいだし。身体に支障はない」

「う、う~ん……、タエコさんが……そういうなら………」

 

 本当に何ともない様子のタエコ。……触る、というより、揉まれる、なんだけど、行為の最中は兎も角、今は ほんとに表情も全く出てない。

 

 女の子としての恥じらいは無いのだろうか……? いやいや、あの男が言うように、その様なものを持っていては、暗殺者としては欠点だといえるだろう。だけど、どこか納得のいかないチェルシー。

 

 そんな中であっても、男は健在であり、現在進行形、ノンストップだ。

 

「おーい、バカを言うなよ? チェルシー。オレが傷つけたりする訳ないだろ。綺麗な身体なんだ優しくするさ。なんたって、タエっちもチェルシーも大好きなんだからな? あいらぶゆ~!」

 

 ひょいっと起き上がっては、歯の浮くようなセリフをさらっと言ってのける。

 

 完全に女の敵だと思えるんだけど、ここでまた興奮してしまえば思うつぼだ、と思ったチェルシー。

 

 漸く、学習をしてきた様子だ。学習能力の高さも、暗殺に必要だ。

 

 

「……も、変態に何言っても無駄ってわかったから。というより、タエコさん。こいつと知り合いだったんだ」

「ん。以前、鍛えてもらった事があったんだ。大分世話になった。それに、私だけじゃない」

「そーそー。あの頃のタエっちも可愛かったなぁ。今は綺麗になった、ってとこかな? うんうん、しばらく見ない間になぁ」

「っっ!」

 

 ぱしっ、と叩くのは、タエコのお尻である。こんな場面でもさりげなくセクハラを忘れてない。ここまで来れば大したものなんだけど、看破は出来ない様子で、また チェルシーは投石開始。今度は無言で。

 

 頭にしっかりと命中したけど、くるりとチェルシーのほうを向いて、今度は真面目? 顔になった。

 

「それはそうと、チェルシー。オレの事を変態っていうのはやめてくれよ」

「何でよ。ほんとの事じゃない」

 

 これが報いだ、と言えばせめてもの抵抗、ささやかな抵抗だ。相手が不快に思っているのであれば、絶対止めない、と思ってたチェルシーだったが……。

 

「違う。そーじゃないんだ。変態はなんか嫌だから、せめて『えっちぃ~』くらいにが一番良いt“ぱかんっ!”いてっ!」

 

 またまた 訳の分からない事を言い出したので、もう一度、無言で投石をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、更にその後。

 

「なぁ、タエっち」

「? 何ですか?」

 

 何はともあれ、セクハラ連発も息をひそめだした様子(多分)。

 

「チェルシーとタエっちが一緒にいるって事は、チェルシーもタエっちのいる……、えと、なんてったっけ? オ、なんとかって会社」

「オールベルグです」

「そ、それ。それん中に入ってんの?」

 

 男の質問に、タエコはゆっくりと頷いた。

 

 暗殺者である事は判っていた様子だったが、何処かに所属しているかどうかはわかってなかった様だ。……別にだからと言って不都合でもある訳もないし、言ってなくたって問題ないだろ、とチェルシーは思いつつ、気を静めていた。

 そんな時に目が合って。

 

「………そうか。ううーん。それはそれは……。チェルシーの事が心配になってきた……」

「はぁ?」

 

 今度は、いったい何を言っているのか判らなかった。

 セクハラ行動は兎も角、確かに 危険種から助けてくれた事は事実だが、いったい何が心配だというのだろうか。

 

「暗殺稼業の危険度を言ってんの? でも、今更じゃん。盛大にダメ出ししてくれた癖に、何を言ってるのよ、あんた」

 

 手を腰に当てて、そういうチェルシー。

 だけど、男は首を横に振る。

 

「いやいや、違うって。そーじゃない。傷つくのは嫌だけど、自分で決めたんなら否定する気はないって、ダメ出ししてもな。…………そうじゃなくて、あの会社はちょっとアレで」

「は?」

 

 男は、そう言うと、人差し指の第二関節を折り、口元に当てながらつぶやいた。

 

「……チェルシーも、変な方向に目覚めたりしたら嫌だなー。今はちゃんとノーマルだと思うし。ギルルやドラ子の2人は……まぁ、最初っからもったいない気がしてたんだけど、もう、仕様がないしなぁ、手遅れだし、一線超えちゃってるし。う~ん、好いた惚れたは自由なんだけど、やっぱり、お兄さんとしては複雑な気持ちだというか、健全じゃないというか。……間違ってるの、そっち! って言った時、ぜ~んぜん相手にしてくれなくなって、寂しかったというか~。うぅん、妹に無視される、毛嫌いされる兄ってこんな気分なんだろーなー」

 

 うう~~ん、と唸りながら何かぶつぶつとつぶやいてる。

 

「?? さっきから何言ってるの? ……ついに、おかしくなっちゃった? 元から変だけど。……変態だけど」

「だーかーら、チェルシー変態禁止! えっちぃ~にしろっ!」

「絶対嫌っ!!」

 

 この相手が喜ぶような事は決してしないと、改めて心に誓うチェルシーだった。

 

「それにチェルシー……っと、チェルちん(・・)はさ? 可愛いんだから。メラルーと一緒になっちゃお兄さん敵わんのです」

「っっ!!!」

「お? 嬉しかった? ついにくらっと来た??」

「違う! 誰がチェルちんよ!!」

 

 今度は、腹に向かって右ストレート。また、躱されるか? と思ったんだけど、今回は充てる事が出来た様だ。

 

「えー、いいじゃん。ほら、言ってなかったけど タエっち、タエコを呼んだ時もそうだけど、オレ、大体話す相手には、あだなで呼ぶんだよ」

「呼び捨てのほうが100倍マシ! 女の子に、ち……、っ それはないでしょ! 言わせないで!」

「あー……、まぁ、確かにそうかな。お? そーいや、ちょっと照れてるチェルシー、可~愛い! もっと見せてみ?」

「うっさい!」

「まぁまぁ、んー……、なら、チェル子?」

「却下!」

 

 早速学習した事をもう忘れそうになってるチェルシーとそれをも計算に入れているであろう男の話、押し問答は、その後も暫く続いた。

 

 楽しそう? に言い合ってる2人を見て、タエコは思う。

 

「……(チェルシー。身体能力は、並って言ってたけど、凄く高いと思う……、あのひとに、一撃でも入れれるだけでも、達人以上の使い手……)」

 

 そう、少々ずれた考えをしていた。

 致死性のある攻撃ならまだしも、こ~んな、日常ラブコメ攻撃。当たったほうがご愛敬である、というのを、本能的に判ってるだけの事なのだ。

 いや、むしろふれあい、とでも思ってるかもしれない。

 

そうこうしている内に……。

 

「はぁ、遅くなってると思って見に来てみれば。大体事態は判ったよ」

「あっ……」

「随分とまぁ、……レアなケースに遭遇したもんだねぇ。久しく見なかった顔だよ」

 

 少々遅れてこの場に参上したのは、ババラ。

 

 歳はかなり言ってるものの、ババラも女は女だ。怒ってるところや、攻撃してるところの顔は、ちと怖いが、普段のその容姿から、推察するに、若いころは(本人も自分で言ってるけど)きっと可愛かっただろう。

 

 

 

 

 

 と言う訳で、ババラも乱入した様だが、彼の反応は……如何に??

 

 

 

 



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第11話 いつの間にか、消えてる!?

 

「ん?」

 

 新たに表れた来訪者、ババラのその存在に気付き振り返る男。

 

「あ」

 

 その容姿を確認し、とりあえずチェルシーから目を離すと、ババラ近づいて行った。

 

「よぉ、ひっさしぶりだな。ババァラ!」

「……わざとかい?」

 

 軽くため息を吐きながらそう言うババラ。

 ババラの事をババァ、と呼ぶ(見た目もあるから)者は幾らでもこれまでにいたんだけど、大抵は『ババァじゃない、ババラ』と否定をする。それもとびっきりの殺気を含ませながら。

 だというのに、この相手には 別に何もしなかった。本当に。ただ、ダメ出しをしただけだ。

 それが、教官(ババラ)らしくない、と思うのはチェルシー。

 

「(やっぱ、それだけ別格って事。タエコさんも、完全に上に見てる相手だし。……かなり心強い相手かもしれない(変態じゃなかったら)、って事でもあるか)」

 

 2人の様子を見て、チェルシーはそう考えていた。

 

「はっはは、わりぃわりぃ。ちょっとした茶目っ気じゃん?」

「あんたがそんな風にしても、可愛くないさね」

「まぁまぁ、そんな風に言いなさんなって。バーバラ!」

「……はぁ」

 

 相も変わらない能天気な男を見て、もう一度ため息。

 どこかで聞いた事のある様な名前とわざと間違えているから。そして、ムキになったら負けだと強く思ってるのは、チェルシーだけど、彼女の様に強く反応する者はこの場にはいなかった。

 

「タエコ、チェルシー。……仕事だよ」

「!! 判った」

「はぁ、りょーかい」

 

 ババラの出した一枚の紙きれ。それが指令書である事は即座に理解できた。さぁ、仕事モードに突入、と言いたい所だが、眼前の男をどうするのかが問題だ。暗殺をしにいこう! と言うのに、こんな能天気な男と一緒にいて良いものなのだろうか。と言う事。

 

「おっ? 仕事か。面白そうだ」

「(ほーら来た)」

 

 自分についてくる、と言った時とまるで変わらない顔でそう言う。

 それを聞いたババラは、振り返り。

 

「手ぇ貸しな、とは言わないよ。どうせ、傍観だろうしねぇ」

「モチ。判ってんじゃん?」

「付き合いは短いけど、あんたは濃すぎる。十分すぎるってもんさ」

 

 ぶんぶん、と首を横に振る。

 

「ま、ワシが若くて、より美しかった頃、出会ってれば、ちょちょいと骨抜きにしてやれたんだけど」

「そりゃー、そうだ。ま、だけど今は無理だから。ちょいストライクゾーン、超えてるし。せめて、10~15年ほど若かったらなぁ」

「そういう割には随分と広いストライクゾーンじゃな」

 

 軽口を言い合いながら歩いて行ってる2人。

 ババラの口に乗っかる男は初めて見た、とチェルシーは目を丸くさせていた。

 さらにタエコにぼそっと聞く。

 

「あの2人も……、結構付き合い長い? 短いって言ってたけど、それなりに?」

「……そうだね。初めて出会った頃は、殺し合いまでしたらしいけど」

「そりゃそうよね。……私に、それなりに直接的な力があったら、殺ってる可能性、あるもん。十全に」

 

 渋い顔をさせながら、ぴこぴこ、と新たに口に含ませた飴を転がした。

 

「まぁ……、祖母(ババラ)は殺し合いをしたつもりだったんだけど……、遊ばれた、って言ってた。そう言う点では、殺し合いをした、とは言えない」

「……………はぁ(つまり、規格外と言う事。オールベルグのご意見番兼教育係のババァを手玉に取るくらい)」

 

 判ってたつもりだけど、改めて思う。タエコの実力は勿論、ババラの実力もよく知っているのだから。あの男の未知数さをより感じた。……んだけど、振り返っては、ぱちんっ、とウインクされて、そんな威圧感や脅威感は、あっさり吹き飛んでしまう。白けながらチェルシーは、そっぽむき、タエコはぺこり、と頭を下げていた。

 

「んー、だけど、早めに会ってて、それで バーバにもし、手ぇ出してたら、ダニーが黙っちゃいないだろ? オレは女の子をからかうのは、好きだったりするが、男はちょっとなぁ? お爺ちゃん怒らすのは、お兄さん、ちょっと抵抗あるんだわ」

「まぁ、アイツがそうそうに感情を表に出すとは思えんがね」

「まーたまた。ダニーの気持ちに気付いてる癖に、そのうえで無視しちゃって。殺し屋だったら、Sじゃないとやってけないとは思うけど、かぁわいそうだと思わないのか? 魔法使いになっちゃうかもしれないぜ? 後数年で」

「そりゃ見てみたいもんさ。戦力が上がるかもしれないね」

「仕事に打ち込む女ってのは、こんな感じなんだな。『私と仕事、どっちが大事なのよー』って」

「……そろそろ止めな。キモイ」

「(ババァの口から『キモイ』って………)」

 

 その後もいろんなやり取りをした後に、タエコが本題を切り込んでくれた。

 

「それで、今回の一件はさっき言ってた?」

「そうさね。「反乱軍の収入減である国外との交易ルート」の話。それが完全に、「突き止めた」って情報が浸透した。今頃は帝国側にもちゃんと流れてるハズさ。……密偵連中からの裏も取れた」

「じゃあ、その交易ルートの運び屋に成りすまして、迎撃、って事で」

「ん、それしかないと思う」

 

 仕事モードの女3人、そして傍にいる男は1人。

 ふんふん、と聞いていたんだけど、何処となく暇そうだ

 

「まぁ、タエっちとバーバラは、大丈夫だと思うけど、チェルシーは、心配だな。ポカミスするんじゃないぞ?」

 

 頭をぽんぽん、と撫でてきた。

 今までのセクハラに比べたら、全然マシな部類に入るのだが、子供扱いされた気分。つまり、これも最悪だ。

 

「って、触るな! 子供扱いしないでくれる!? これでも、しっかり独り立ち出来てるんだからね!」

「おー、その勢いだ。周囲にはしっかりと気を向けろよー? 今回の、きっと大仕事になるぜー」

「うっさい!」

 

 言い合っている2人。(一方的に、チェルシーが罵ってる)それを見たババラがポツリと一言。

 

「ナイス、だ。チェルシー……」

「ん?」

 

 タエコも聞いていたが、言っている意味が判らず、ただただ首を傾げていた。

 ババラも言ったことに関して、それ以上何も言わず、ただただ、先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 山を越え、川を越え――、到着したのは、指示があった場所。

 指定された場所には、その印として、布が木の枝に括りつけられていた。

 

「ぜー、はぁー、ぜぇー……はぁー……」

 

 肩で息をするチェルシー。

 それを隣で。

 

「だーから、『おんぶするぞ♪』 って言ったのに。無理しちゃってまぁ。大丈夫かチェルシー。 足腰震えてんじゃん。生まれたての小鹿って感じ」

「う、うっさい……、アンタ、絶対触ろうとする癖に……、私は、……そんな安くない!」 

 

 よくよく考えてみたら、チェルシーにとっては休憩時間など無かった。

 殆ど働きづめであり、休息の時間だった、と思えば、妙な男に出くわし、更には、危険種に襲われ、更には色々と心労が重なって………。

 

 そんな状態で、山を越え、川を越え、としていたら 体力面で難のあるチェルシーがどうなってしまうのかは、見るも明らかだ。

 そして、そんな弱った草食獣を狙う肉食獣……。幸いな事に実力行使じゃなかったのが良かったけれど、隙を見せてはならぬ! と言う事で、チェルシーは己の身体にしっかりと鞭を打って、ひたすら歩き続けたのだ。弱音を吐かず。……タエコに頼んでもよかったけれど、無防備になる背後で何されるかわからないから、それも駄目だった。

 

「今後の訓練では、同じように同行してもらおうかねぇ? チェルシー」

「絶対嫌ですっっ」

 

 と、言い合っていた数秒後。

 

「おいおい……」

 

 背後の木陰より、複数の男たちが出てきたのは。

 出てきた瞬間に、いや 近づいてきた気配を感じた時にはもう、口は兎も角、殆ど臨戦態勢、隙なく待っていたタエコとババラ。

 チェルシーも、漸く 落ち着けた様で、振り返った。

 

「この女達と組むのか?」

「本当に凄腕なのかよ」

 

 現れたのは、特徴的な装束に身を包んでいた男達。いや、中には女もいるが、少数だ。

 

「(ん? 女達?? あれ……? アイツは?)」

 

 チェルシーは、周囲をきょろきょろ、と見回すが、あの男はいつの間にか姿をくらませていた。……本当に、いつの間にか。全く気付かなかった。

 そんな動揺を感じたのか、ババラは チェルシーの脇に肘を打ち込む。

 うぐっ、と息が詰まってしまったが、それに構わず ババラとタエコは一歩、前に近づいた。

 

「おーおー、可愛い女の子もいるじゃん。つまり、2人の女の子は寝技タイプってとこか?」

「かもしれねぇですねぇ。なら、試してみてぇなぁ」

 

 ひひひひ、と気持ち悪く笑う男達。

 脇腹を抑えつつ、チェルシーは 苦笑い。

 

「(なんつー、典型的なやられ台詞。……大物見た後だったから、尚更判るってか?)」

 

 いなくなってしまった男の事を考えつつ、チェルシーはそう思った。

 強さの格が違うから、仕方がないといえばそうだ。

 

「けけけ。胸もよーく育ってんじゃん。見せてみ……っ」

 

 そこまで言った所で、突然 僅かではあるが、地面に亀裂が入る。

 伸びる亀裂は、男の足を引っかけて。

 

「ぐべっ!」

 

 転がした。

 タエコもババラも表情は変わらない。

 

「……あ」

 

 チェルシーは、何が起こったのか、大体察した。

 頭の中に、『チェルシーとタエっちの貞操はオレが守る!!』とか、聞こえてきたから。……聞こえたくなかったけど。多分、あの男が何かしたのだろう。

 土竜を一踏みでたたき出したほどの男なのだから、これくらいは朝飯前だろう。

 だけど判らないのは、なぜ この場にいないのか? と言う事だ。むかついたのから、威圧感、殺気の1つや2つを飛ばしてやれば、それで終わりな気がするのだが。

 

 そう思ってたチェルシーだったが、直ぐに考えるのはやめた。

 ばつが悪そうな連中だったが、話かけてきたからだ。

 

「それはそうと、ババアは何でここにいるんだ? 炊事係か?」

 

 ぶっ倒れた男を無造作に引っ張り上げて、後ろへと追いやると、精一杯悪い顔をさせながら、威厳をちょっとでも出しながらそう言っていた。小者感満載なのだが……、それなりのチームっぽいから、プライドはある様だ。

 

 ババラは、別にツッコミを入れようとせず、ただ、淡々と返す。

 

「ババアじゃないよ。……ババラ、って名前さ」

 

 2度目の訂正ですね? と言おうかな、と迷ったが、男達のほうが早かった。

 

「ま、まて……、ババラって、あの……ババラ・オールベルグ?」

「暗殺結社の……?」

 

 そう、オールベルグ、と言う名は、その道では非常に有名なのだ。暗殺結社の中では、群を抜き、その存在感を遺憾なく闇世界で轟かせている故に。

 

 

「うむ。オールベルグのご意見番じゃぞ。誰か殺して証明してやろうか?」

 

 

 小柄な老人、老婆だった筈なのに、その背後に見える黒い闇の炎。触れようものなら、即座に灰にするかの様な、炎を纏っている。男達にはそう見えた。

 

「い、いや、悪かった。この殺気だけで十分だ……。悪かった。まさか、実物を見るとは思ってなかったから」

 

 恐らくはリーダー格だろう。

 その男を筆頭に、全体的に、萎縮してしまった様だ。人数では圧倒的に勝っているのに、攻める事が出来ないのは、一瞬で戦闘力の差を知ったからだろう。

 

「そうそう。……そこのタエコは、我がオールベルグが赤ん坊のころから育てた暗殺者じゃ。……下手に刺激しない方が良いぞい」

 

 さして男達に興味なさそうに、ただ佇んでいるタエコ。

 それだけだというのに、男達には、先ほどまで子猫ちゃん、程度にしか見えてなかったというのに、強大な猛獣に変わった、と実感していた。殺気を出した訳でも、向けられた訳でもないというのに。

 

「はい! 私はそこのババアに弟子として鍛えられているチェルシーですっ!」

 

 小者っぷりが面白おかしかったのだろうか、チェルシーも本来の性格であるちょっとしたいたずらっ娘が表に出てしまっていて、意気揚々と声をかけていた。

 

 だけど、あまり看破できない言葉があったので。

 

「今、ババアって言わなかったかい?」

「えー、言ってませ~~ん♪」

「ふむ。訓練メニューを変えようかねぇ。正式にオファーを出しとくよ」

「っっ!! す、すいませんっっ!!」

 

 こんな陽気なやり取りがあっても、男達には余裕の1つも生まれない。

 チェルシーは、傍から見れば、何も感じないおとなしい女の子、だというのに。

 

「(……何も感じない、とは、やっぱり言えないが、それでも、そこが……、何も感じないと思ってしまう(・・・・・・)事が、逆に恐ろしい……)」

 

 暗殺者は、本来は知られてはならない。直接的な戦闘力も確かに必要だが、基本的に、暗殺者は必殺が基本。暗殺から戦闘へと持ち込まれた時点で、マイナス点だ。だから、自分自身の殺意は、最後の最後まで隠すのが熟練者である、と言う事は判っているから。

 つまり、チェルシーの事を、本来の彼女を知ったその時が……死ぬ時だ、と思えたのだ。

 

 ……さっきまでのチェルシーを見て、知れば……一気に霧散すると思うけど、それはご愛敬だろう。

 

「ああ、俺たちは……」

「その恰好から見るに、傭兵部隊の天狗党だろ」

 

 ご意見番、教育係、博識であるババラは、男達の正体は直ぐに判っていた様だ。そのことにはさして驚きを見せない男たちは、これ以上説明は不要、と言う事でそれ以上は言わず。

 

「……オレ達だけじゃなく、伝説のオールベルグにまで依頼を出すとは……、今回の敵は、それほどまでにやばいのか」

 

 そうとだけ、言っていた。

 確かに、その点に関しては、ババラも同様に感じていた。天狗党の小者っぷりは目の当たりにしたのだが、働く時はしっかりと働くのは知ってる。

 ……そうでなけりゃ、この世界では生き残れないから。

 

「気を引き締めていかないといけないねぇ……」

 

 ババラは、そう呟き、タエコとチェルシーの方を見た。

 うなずき合う2人。それを見て、軽く首を振って移動を開始する。天狗党たちに案内をさせる為に。

 

「それにしても、アイツ……、どこ行ったんだろ。まさか、ビビっちゃった、とか?」

「違う」

 

 チェルシーはやや不満気にそう言って、タエコは否定した。

 

「あのひとは、過剰には干渉しない。公には姿を現さないんだ。危なくなっても私たちの力で何とかしろ、と言う事だろう」

「……ただの気まぐれ、って気がするんだけど」

 

 嘘っぽい、とチェルシーは、渋い顔をし。

 

「アイツに気に入られたチェルシーなら、助けてくれるかもしれないねぇ。処女でも捧げてやんな」

「い・や ですっ!! 師匠命令でも、それは!!」

 

 大きく手で×をして、チェルシーは叫んだ。

 

 

「(……ここまで気に入られたのは、チェルシーとタエコの2人だけ、なんだよ。あの強大な力を懐柔できる可能性を秘めてるのは、ね)」

 

 

 ぎゃーぎゃー言ってるチェルシーを見て、そう思うのはババラ。

 過去に出会った事はある。……勿論敵としてだ。オールベルグの本拠地に、のこのこと現れたあの時の事は――今でも忘れる事はない。

 

 飄々とした様子で、我が物顔で 不法侵入。オールベルグの頭領も舌を巻いた程の実力。オールベルグ総出でも敵わないと悟るだけの力量を、感じたらしい。……ババラ自身もその内の1人である。タエコに関しては、特別講師、程度に認識させたから、そこまでの脅威は感じてないのだ。

 そして、今回の様に、神出鬼没。正体不明の異常者。その正体のすべてが不明だ。諜報班総出で調べても、何一つ判らず、出会えた事もない。

 

 

 強く求めてはいない。だが、万が一にでも、もし、こちら側についたとすれば……、これ以上ない成果だろう。

 

 

「(メラ様は良い気はしないと思うが――)」

 

 

 それは、現頭領の名。

 ちょっと色んな事情があり、そこがたった1つの悩みの種、であった。

 

 

 

 

 




=この小説ができた経緯=


① アカメが斬る(零も)、を知る。

② 気に入ったキャラが何人か出来る。

③ いっぱい死ぬ。(ダークファンタジーとは知ってたけど)

④ 助けたらいいじゃん? 好きなキャラだけでも。


以上


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第12話 空から偵察する!

 

 

 

 天狗党と合流を果たしたオールベルグの暗殺者達。

 格の差を見せつけた後は、特にトラブルもなく、任務を全うするだけ。

 

 場所は、帝国・北東部(国境付近)の白狼河。

 

 国境付近であり、非常に大きく、穏やかな河。国外との交易も容易に行える事から、通常の特産品も流通されている。……勿論、その波に紛れて、活動をしていると言う情報があっても、何ら不思議ではない。

 

 その地理的条件を逆手に取り、偽の情報を流す所までは成功した。

 

 河の畔で、今まさに牙を研いでいる猛者たちが息をひそめて待っているからだ……。

 

 そう、暗闇の中 静かに息をひそめ……速やかに始末する為に………。

 

 ……って、あれ??

 

 

 

「ってな訳で! 今度こそ、コル姉を超える時っ!」

「よーし、来なさい! ポニィ」

 

 シリアスな説明が入っていたが、完全に雰囲気は真逆である。

 この場にいる者たち全員が、猛者たちである事に嘘偽りはない、が……、その容姿、今の行動……それらを見てみれば、一目瞭然! 可愛らしく、中には美しさも併せ持つ美少女たちが遊んでいる様に見える。(勿論、男子もいるが)

 そして、一応 行っているのは 訓練の一環で男女分かれての体術勝負だ。

 

 一目散にとびかかった少女だったが、あっさりと手を取られ、そのまま手首を極められて投げられる。

 

「ぶへっ!」

「まだ甘いっ」

 

 一矢報いる事も出来ず、投げられてしまい、一本! と勝負は決した。因みに、決勝戦である。

 

「はい、コルネリアの勝ちー! さっすが!」

「女子体術勝負は、コル姉の優勝だね」

 

 一足先に、訓練を終えていた男子組が観戦をしていて、称賛を送る。

 そして、勝つつもりでいた少女は、頭を掻きながら少々悔しそうに呟く。

 

「くぅ~~……、打撃ありの勝負ならなぁ……」

 

 負けてしまった少女の名は《ポニィ》。ポニィが得意なのは、拳・脚ありの打撃戦であり、小難しい体術は苦手なのだ。

 シンプル・イズ・ベストが信条なのである。

 

「ってな訳で、今度は――」

 

 称賛を送っていた男の内の一人が良い勢いで立ち上がると、ゆっくりと構え。

 

「じゃあ、コルネリア! 男子優勝のこのオレといざ勝負を!!」

 

 目を血走らせながら突進していった。

 顔に幾重の傷跡があり、筋骨隆々、ワイルドな姿だと言える男なのだが……、その表情には邪な感情がはっきりと見えてとれる。なんだか手つきもイヤラシイ。

 

 どこかの誰か(・・・・・・)の様に、明らかに狙っている。

 

 両手をワキワキ、と動かしながら突進していって――、その邪な気配を正確にキャッチした女子体術勝負 優勝者の《コルネリア》は、きゅっ……と拳を握りしめると、そのまま 体術勝負だ、と銘打っているのに カウンターパンチを食らわせていた。

 

 因みに、襲い掛かった大柄の男の名は《ガイ》。

 体格では圧倒的に不利であるが、鍛えている身である事と、突進の勢いを利用してのパンチは、なかなかに強力で、たまらずダウン!

 

 反則技だから、当然クレームを入れるが、隠そうともしてない下心もあって、無駄に終わって、そのまま 女子軍団 vs 男子軍団で、水の掛け合い、つまり完全な遊びモードに入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 無邪気な少女たちと、ちょっぴりエッチな男達の仄々としていた空気も――、やがては消え失せる。

 それは、朝に太陽が昇り、夜になれば必ず沈むと同じ様に。

 

 

 

 そう――仕事の時間がやってきたのだ。

 

 

 

 全員の表情が冷たく……暗く沈み、音も無く移動を開始した。 

 

 全員が移動をして、いなくなったその時、闇が辺りを支配したその空高くに、一瞬だけ影が映った。影は輪郭がはっきりしてゆき、形を成した。

 

「……うぅん。あの子らもナイスバディっ♪ ぶっ飛ばされた奴の気持ちわかるなぁ~♪ うんうん。まだまだ発展途上っていうのもグッドっ! ……切り替えもなかなか上手いなぁ。結構できるみたいだ」

 

 こちらは、ま~~ったく隠そうともしてない本能のままの感想をポツリと一言、である。

 漆黒をマントを纏っているかの様に、その身体は見えず、ただただ声だけが辺りに響いていた。

 そして、声の種類は、1つではない

 

『……ったく、お前もか。本当にお前らは人を好き過ぎる。……性格は実に対照的だと言えるがな。お前ら、自分達が何者であるか、その本質を間違えてないか?』

 

 あきれ果てた様な声が響く。闇夜の中、淡々と会話が続いていた。

 

「そうか? オレは思いっきり楽しんでるだけですが、何か問題ある?」

『何か問題ある? じゃないって。知っての通り、この契約(・・)は、100年ぶりに沈黙する。周期が来た、と言う事だ。これ以上現代の人と関わり過ぎてると、後々が面倒なんだぞ? 忘れた訳じゃないだろ』

「忘れる訳ないじゃん。判ってると思うけど、オレだって継いでるんだし。ぜーんぶ知ってる。……お前さんが退屈しきった事実、人間との関わりを最小限にする理由も全部。……そもそも、何でそうなったかも含めて」

 

 首をぶんぶん、と振って更に一言。

 

「オレにとったら、楽しむ事が一番。退屈になるような事はするつもりないし。……それに、そもそも、以前の事だって調子に乗って 力を誇示した、し過ぎた(・・・・)せいでもあるでしょうが。そりゃ、あんだけの事やったら、人の見る目だって変わるって。やーりーすーぎーだ」

『……まぁ、確かに間違いではないが、いや、大言耳が痛いな。だが一応 お前もある意味じゃ一緒、同じなんだぞ』

「判ってるよ。だからこそ、今はただただ 楽しんでる。……面倒な事は、裁く(ヤル)のは 任せた! 結構久しぶりにあった娘もいるし――、新たに気に入った娘もいるしっ! 只今手が離せられません! 楽しんでますから。これからも色々ありそうで!」

『はいはい……。とは言っても時間もあまりない。それまでは好きにしろ』

「あいよ」

 

 と言う訳で、話は終わりだ。

 月明りに照らされていた大きな影が姿が消えたのだった。

 

 残ったのは、影のみ。

 その影はゆっくりと形を変え 暗黒の鳥となり、翅を広げて飛び去るのだった。

 

 

 

 

□ □ □ □

 

 

 

 

 

 

 夜。

 白狼河を渡る船が無数に闇に紛れて運航をしていた。

 

 勿論、それが餌である。……反乱軍に通じている。国外との交易ルートが存在する、と言う情報を裏付ける為の行動だ。天狗党のメンバーは、それぞれの班に分かれて、船に乗り込んでいる。

 襲撃が来るであろう、ポイントにある程度予想を着けて。

 

「……ふむ。襲撃にはもってこいのポイントだね」

「うん」

 

 タエコとババラは、最後尾。

 天狗党のメンバーを先頭において、後方から様子を探っていたのだ。

 

 そして、何よりこちら側には偵察のエキスパートのチェルシーがいる。……その力を見られない様にする為、最後尾にいた、と言う理由もあった。

 

「チェルシー。行きな」

「OK!」

 

 呼ばれたチェルシーは、素早く帝具を使用し、大きな鳥に化け……空高くへと羽ばたかせるのだった。

 

 

「(よーし……、敵を丸裸にしてやるもんねー……)」

 

 チェルシーは、少々ではあるがいつもよりも気合が入っていた。

 理由は勿論、あの男に色々と言われたからだ。

 

『チェルシーは心配』『ポカミスするなよ』

 

 と癇に障る事を言われているから。恐らくは何処かでしれっとみているかもしれないから、寧ろ見せつけてやる思いなのだ。完璧な仕事を。

 

「(ふんっ! ……っとと、兎も角冷静に、冷静に。一先ず、空から見た感じ、異常は……ん?)」

 

 空高く上がり、船の前方を注視したその時、不自然な一隻の船を発見した。

 勿論、先頭の天狗党のメンバー達も気付いている様で、警戒をしていたのだが……。

 

「(!!)」

 

 船をつけた瞬間だ。……一瞬だった。船の中に隠れていた男が、先頭の船に乗っていた天狗党の2人を斬り割いた。抵抗する事も出来ず、全身を斬り刻まれ……、絶命した。

 

「続け、雑魚ども」

 

 男の合図だろう。

 しびれを切らせたのだろうか、無数の人影が現れ、瞬く間の内に、周囲の船に襲い掛かった。

 

 

「(……いや、やられ台詞を残した人たちとはいえ、ああもあっさり……)」

 

 チェルシーの背中には冷たいものが伝う。

 今までも色んな人間を見てきた事もあり、相手の力量も、少しであれば感じ、計る事が出来る。小者感満載な天狗党のメンバーも筋肉のつき方や、オールベルグの名を知った後、一瞬で切り替えた事、携えた武器等の情報だけでも、間違いなく弱くはない。

 

 弱く無いのに――文字通り、一蹴されてしまっていた。

 

 

 この奇襲は、最後尾のタエコとババラも当然判っていた。

 

「……先頭、それに中央への奇襲。位置取りを誤ったか」

 

 タエコが剣を構えて、突入しようとした時。

 

「ちょい待ちな」

 

 ぱぁんっ、と何かを叩く音が響く。

 ババラが、タエコのお尻にパシッと一撃を入れたのだ。……さっきの男のセクハラではなく、割と痛い一撃だった。

 

「っ!?」

 

 溜まらず、タエコはお尻を抑える。

 中々のシーンで、喜んでいそうな気がするが、とりあえず今はスルー。

 

「逆さ。ワシらは最後尾で逆に良かったのさ。ほら見な。天狗党のやつらがすごい勢いでやられているよッ!」

 

 河に流れてくるのは、ババラの言うように、天狗党のメンバー。……無残にも殺された天狗党の死体だった。

 

「地の利が無い。ここは敵が来る前に退く。飛び込むよ!」

「……了解した」

 

 迷わず、タエコとババラは水中へと飛び込み、場を離脱した。

 

「(後はチェルシー。お前の仕事だよ。……危険な相手とは思うが。……まぁ、心配はしてないがね)」

 

 頭上を見上げるババラ。

 夜ゆえに、チェルシーの姿は確認出来なかったけれど、チェルシーは大丈夫だ、と安心していた。

 

 

 もしも――チェルシーがドジを起こして、鉢合わせをしたとしても。

 

 

 ここに現れたあの男が。チェルシーをそれなりに気に入ったであろう、あの男がむざむざ殺されるのを見ているとは思えないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、タエコとババラが離脱したその数分後の事。

 

 

 天狗党を全滅させた男たちが、残りの船に残敵がいないかを調べていた。

 

「……あれ? 誰もいない……?」

「……無人だったとは思えない。河に飛び込んだか」

「じゃあ、水中にいるアカメの仕事だね」

「…………」

 

 周囲を確認する男……、この集団のまとめ役である《ナハシュ》。そして同行しているのは、《グリーン》

 

 ナハシュの優れた感覚は、何かを感じ取っていた。

 確かに敵は見えない。水中にもぐっているのであれば、間違いなく船の上にいる自分達の事を見ている訳がない。だというのに、何かを感じていた。

 

「(……この感覚は、だれかに見られているのか? ……む)」

 

 そんな時だ。

 羽音が空から聞こえてきたのは。

 

「(あれは、メガフクロウか。……この周辺にいる生物と記憶しているが、神経質で人を嫌がるはず)」

 

 近づいてくる一羽の鳥に不信感を抱いた。

 優れた指揮者であり、優れた頭脳の持ち主でもあるナハシュは、あの鳥に何かある、と瞬時に察すると。

 

「(おい、雑魚)」

「ん? どうしたのチーフ」

「(声を小さくしろ)」

 

 小声で、グリーンに話しかけた。

 

 メガフクロウに何かを感じたナハシュ。

 それは、正解だった。

 

「(もうちょっと。……さっさと背けちゃったから、アイツの顔を確認できてない)」

 

 メガフクロウは、チェルシーが化けている鳥だからだ。

 この場に生息する鳥だという事はしっかりと調べていたチェルシーだったが、その性質……、神経質で人間を強く警戒する事は把握しきれていなかったのだ。

 

「(しっかりと見て覚えて、人相書を広めたら、仕留めれる確率も上がる……。もうちょっと――)」

 

 警戒をしながら、徐々に高度を下げるチェルシー。

 

 

 チェルシーは、この時いくつかのミスを犯していた。

 

 

 1つ目に、完璧な仕事にこだわってしまった事。

 

 あの男に色々と言われたから、と言う理由が一番だが、それでも 自分自身の感覚を、感性を乱してしまったのは チェルシー自身の責任である。

 

 そして、2つ目。

 

 これが最も最悪なミス。

 

 

「今だ。雑魚」

 

 眼下の男の――、ナハシュとグリーンの力量を見誤ってしまった、と言う事。

 

 



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第13話 全員で攻める!

 

 

――本当に、不注意だった。注意力に欠けていて、……散漫だった。

 

 

 普段だったら 間違いなく深追いせずに、即座に逃げる事を選んでいた筈なのに、更に接近してしまった。本当に、不用意に近づきすぎた。……チェルシーは、自分の見栄を、優先してしまった。それは、殺し屋としてあるまじき行為だ。

 

 そして、これがその代償、なのだろう。

 

「っっっぁぐっ!」

 

 一瞬だが、永遠にさえ感じる事が出来る時の矛盾を感じたチェルシー。痛みが脳に伝達する間の刹那の時ではあるが、その間に長く後悔をしていた。……軈て、焼ける様な痛みが、右肩に感じる。

 右肩だけでなく、脇腹にも同じ強い痛みが襲ってきた。

 

「(肩……、腹……、とび道具……、武器……、不味い…… 致命傷)」

  

 ぐるぐると、脳が回転を速めるが、最早手遅れと言っていいだろう。

 鳥が翼をもがれてしまえば、どうなってしまうのかは明らかであり、飛べなくなってしまったら、何が待っているのかも、明らかだ。

 

 そして、強烈なダメージを受ければ、帝具(ガイアファンデーション)の擬態も完全に解けてしまう。

 

 姿を晒し、且つ下にいる化け物たちの元へと落下してしまえば、待つのは死だけだ。

 

 

「動物虐待は趣味じゃないんだけどなぁ、チーフ」

 

 見事、一瞬の隙をついて、攻撃を当てる事が出来たのはグリーン。それは、本当に一瞬だった。チェルシーの散漫さもあったかもしれないが、それなりに離れている上空。そこにいる(チェルシ-)に攻撃を当てる事が出来たのは、グリーンの持つ武器にあった。

 

 それは《臣具》と呼ばれる武器の1つ《サイドワインダー》。

 

 扱いづらさはあるが、持ち主の意のままに動く鞭状の武器である。先端には鋭利な刃を備え付けてあり、鞭の回転速度と音速を超える武器捌きで、直撃させたのだ。

 

 等のグリーンはと言うと、チーフのナハシュの指示が動物虐待、としかとらえて無かった様で、少しばかり嫌な表情をしていたのだが、それを一括する。

 

「黙ってみてみろ、雑魚」

 

 上空を睨み付けるナハシュ。

 

「え?」

 

 それにつられて、グリーンも空を見上げた。

 

 

 

――あぁ、私……ほんとバカだ。

 

 2人の会話は、嫌と言う程、聞こえていた。

 どうやったのかは、正直判らないが、変装を看破されてしまった、と言う事は理解できた。つい最近、自分の変装を見破られたばかりだというのに、同じ轍を踏んでしまった事に、チェルシーは 心底自分自身に呆れてしまっていた。

 

 だけど、もうどうする事も出来ない。

 

 鳥の翅の部分は、自分の肩。……そして、もう一か所は腹部。そこを貫かれてしまったのだから。

 

 今日だけで、二度も死の覚悟をするとは思ってもみなかったが、今回は本当にダメだと、チェルシーは、諦めていたその時だった。

 

『だーから、言っただろ? ポカミスするなよーって』

 

 あの声が――、あの、陽気な声がまた 頭の中に響いてきたのだ。

 

 

 

 

 ナハシュ、そして グリーンが上空を見上げた時だ。

 メガフクロウがいた場所。その空域を覆うかの様に、黒い靄が生まれていた。

 

「あ、あれ? ちゃんと当てたのに、あの鳥はどこ行ったの?」

「…………」

 

 グリーンは困惑し、ナハシュは、自身の剣を握りしめた。

 

 この時のナハシュの脳裏に浮かんだのは『パンドラの箱を開けた』だった。

 

 不信感を持ったまでは良かった。だが、予想が完全に外れてしまった。

 

――あのメガフクロウは、敵側の伝達役を担っているのではないか?

 

 程度にしか考慮していなく、落とせば 敵側の情報を得る事が出来るだろう、と考えてグリーンに指示を出したのだ。……だが、現れたのは 黒い靄であり、それも 広がっていっているのだ。

 日も落ち、暗闇が辺りを支配する時間帯だというのに、夜の闇よりも暗い何かが、現れたのだ。

 

『……余に、手を出したのは、うぬらか?』

 

 その靄、暗黒がゆっくりと左右に広がっていき、軈て 形を成していく。

 それは、人の形。……闇を纏った何かが生まれてきた。

 

『いい度胸だな……、人が、余に手を出すとは。……余はただ無害な小鳥を演じ、ただ見ていただけなのだがな』

 

 黒い何かは、口元に手を当てて、くくっ、と笑みを見せていた。

 

「……ちーふ? アレ、なに??」

「……構えろ、雑魚。今までの相手とは違う」

 

 ナハシュは、剣を素早く構えた。

 グリーンも慌ててナハシュに続いて構えた。

 

「……何者だ?」

 

 空にいる何かは、ナハシュの問に答える様にゆっくりと降りてきて、水面に立った。

 

『闇』

 

 そう答えた瞬間、翼の様なモノが、何かから生えた。

 圧倒的な威圧感を携えながら。

 

 「おい、ナハシュ! 一体なんだってんだ、アイツぁ!」

 

 残党狩りを終えたメンバーが次々と戻ってきて、同じ船に飛び乗った。

 

 ガイ、ポニィ、ツクシ、コルネリア、アカメ、グリーン、ナハシュ。

 

 幼き日より、帝国の暗殺者として、鍛え上げられ、帝具には劣るものの、強力な兵器である臣具を操る強者たちである。

 

「雑魚共。油断するな。……アレは、異常だ」

 

 一筋の汗の滴が、ナハシュの頬に伝っていた。

 この暗殺グループのチーフ。まとめ役であるナハシュの実力は、この場の誰もが知っている。自分達のNo.1だという事も、含めて。そんな男が見た事もない程表情を強張らせている。

 

「(チーフが、相手を《雑魚》って言わないの、初めてかもしれない……)」

「(気味が悪いよぉ……)」

 

 ナハシュの隣に来ていたアカメは、いつもと違う様子を見て、警戒心をさらに上げ、相手の不気味さを見た目ですぐにわかったツクシは、ただただ 怖がっていた。

 

「(……これまでの相手とは、桁が違う様ね……)」

「アイツ、いったい何なのよ……。なんか気持ち悪い」

 

 警戒心を上げているのは、アカメだけでない。No.3のコルネリアも同じだった。そして、いつも勝気なポニィ、どんな相手でも正面突破を繰り返してきたのだが、今回ばかりは、安易に動く事が出来なかった。

 

 これまでに見た事もない相手と戦う事は決して珍しくないが、それでも、今までで、最強の相手と比較しても、全く話にならない、と言うのが第一の印象。

 

 危険度を肌で感じた面々は、夫々の武器を構えた。

 

 手甲、鞭、布、剣、鎧、銃、刀。7人其々が、決まった武器ではなく、異なる武器を所持しており、それらは全て臣具。強力な兵器だ。数で勝り、武器の強さもあり、普通であれば圧倒的に有利だ、と言えるだろう。……だが、今回の相手は普通じゃない。

 

 相手の強さを理解できるのも、強さの内である事を、ナハシュは知っている。そして、肌で感じたのだ。その相手の異質とも言っていい力を。

 

 

 武器を構えたメンバーをゆっくりと見渡した後、闇はまた笑った。

 

『くくく……。面白い。余興も面白いかもしれん。……余が直々にぬしらに稽古をつけてやろう。……そうだな。これは褒美だ。余の正体を看破した童への』

 

 翅をさらに大きく広げた瞬間。

 

『うりゃあああ!!』

『うおおおおっ!!』

 

 闇を纏った何かと、ナハシュ率いる暗殺部隊が激突したのだった。

 

 

 



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第14話 助けられたけど、怒る(照)!

 

 

 

 

 

 

 

―――ここは……何処、なんだろう?

 

 深い深い闇の深淵の中で、チェルシーは、何かを感じていた。あの陽気な声が聞こえてきた、と思ったのだが……、今は何も聞こえない。

 今、自分が何処にいるのか、一体どうなっているのか、それさえも判らない。

 だが、殺し屋として生きている以上、……自分の手を血で染めた以上、いつか、報いを受けるのだという事も判っていた。……その、つもりだった。

 

 でも、当然だけど――死ぬのは初めてだ。ここから、何処へいくのかも判らない。

 ありきたりな話では、自分が過去に殺してきた者達が、黄泉への案内人となり、自分を苦しめながら、連れていく。死後の世界は、様々な諸説があるが、誰一人として知る者はいない。……現世には、死んでいる者はいないのだから、当然だろう。

 

――殺し屋には、闇の中がふさわしい、かな……? でも、何? なんだか……力強く、抱かれてる気が……。

 

 そう、見えない闇の中だというのに、殆ど感覚がつかめないというのに、触覚だけは伝わっていた。暖かくて、何処か安心できる。

 

 ふっ、と身体から更に力が抜けた次の瞬間だった。

 目の前に一筋の光が現れ――、闇が払われたのだ。

 

「………?」

 

 チェルシーは、突然の光に、目を閉じてしまったが、ゆっくりと開いた。まだ、ぼやけている視界。少々息苦しさも感じるが、まだ大丈夫だった。……そして、目の前に何かがあるのは判るが、それが何なのか、判らない。……それでも徐々に鮮明になっていき……輪郭が……。

 

「ん……っ」

「…………!!!」

 

 目の前に、いるのは……、顔だった。そう、目の前。……眼前。零距離。

 そして、今――自分がどうなっているのかが、ゆっくりと――確実に、理解する事が出来てきた。

 

 息苦しいのは……、口を閉じてしまっているから。……開く事が出来ないから。

 何故なら……、自分の口は……。

 

「んっ………、ふぅ……」

 

 ちゅぷん……、と 艶やかな音を奏でながら、眼前の顔は、ゆっくりと離れていった。

 そして、更にチェルシーの感覚が鋭敏になる。元に急速に戻っていってる。

 

「あ……、な………なな………」

 

 後は1秒もかからないうちに、チェルシーは完全に身体の感覚を取り戻す事が出来ていた。

 

 今、何がどうなっていたのか……、何をされていたのか。……目の前にいるのが誰なのか、全部、全て。

 

「お、目を覚ましたな? 大丈夫か? チェルっち」

 

 陽気な声、そして にこやかな顔が、眼前にある。

 

 

 そう――、自分はこの目の前の男に―――――、自分の唇を―――――――――――。

 

 

 

「なななななな////  な、なにすんのよーーーーーっっっっ!!」

「ぶっ!」

 

 かぁっ! と一気に顔が紅潮し、その赤くなる勢いと同じくらいの速度で、頭突きを打ちかました。初めて、攻撃する事が出来て、妙な達成感も覚えなくもないが、今はそれどころではない。

 

「あ、あああ、あんた!! わ、わた、わたしのっっ」

「あたたた……、ほれ、チェルっち、元気になったのは結構な事だが、ちょっと落ち着いて。暴れると落ちるぞ?」

「落ち着いていられないわよ!! わ、わたしのファースト…… えっ?」

 

 羞恥から激高していたチェルシーだったが、ここで漸く今の自分がいったいどういう立場に立たされているのかを理解できた。

 今、自分がいるのは上空。帝具(ガイアファンデーション)を使っていない。つまり、ただの人間の状態。そんな状態で、この空にいれる訳は無い。

 

 つまり―――。

 

「そっ、そゆこと。チェルっちは、今お空の上。でも、大丈夫。オレがしーっかり、抱きかかえてやってるからな。安心しろ。別に下心なんてないんだぜ~♪」

「わ、わたしには帝具があるんだから! そんな事しなくてもいいじゃないっ!! って、説得力無いわよ! 手っ、むねっ、むねっ、触るな、揉むなっ!!!」

 

 お姫様抱っこの要領で、抱えられているから上半身に回されている手で、悪戯をされている事に十分気付けた。

 

「おおっと、これは失礼っ! 動けない所にするのは 面白味半減だな~。 ……でもな、チェルっち。帝具(それ)使う事が出来るコンディションじゃないだろ? 体調が万全じゃないと、コントロールが効かなくなるんだぜ? 帝具ってやつは。どれだけ慣れててもな?」

「そ、それはそうだけど……、って! そんな事より!! どどど、どう云う了見よっっ! セクハラしただけじゃ、飽き足らず。わ、私の ふぁ、ふぁーすと、きす/// ……奪うなんてっ!」

 

 殺し屋に身をやつした以上、まっとうな生き方は出来ない。と、判っていても、やっぱり乙女な部分がチェルシーにはある。だからこその猛抗議だった。

 

 そんなチェルシーの、柔らかい唇に人差し指を当て、言った。

 

「いや、これはほんと。マジで悪いと思ったんだがな? チェルシー。チェルシーの受けた傷、結構深手で、内1つは、肺にまで達していた。だから、ちゃんと治すのに時間がかかる上に、ああでもしないと、身体ん中の負傷は治せないんだ」

「え……? 傷??」

 

 チェルシーは、何時になく真面目な顔になった事に驚いたのと、本当に一体何を言っている? と思ったが、ここでまた1つ思い出す事が出来た。

 自分がいったいどうなってしまっていたのかを。……そう、追跡をしていて、見つかってしまった挙句、撃ち落されてしまったという事実を。

 

「いやぁ、あの坊やたち、大したもんだ。チェルシーとあんまり歳変わらないって感じなのになぁ。それに……あの子ら(・・・・)も、な」

 

 じ、っと眼下を見下ろした。そこでは、まだ戦塵が立ち上っている。

 

「わ、私――、そっか。ケガ、したんだ」

 

 チェルシーは、傷の痛みも、何処を貫かれたのかも、全て思い出した。

 改めて、自分の傷を確認する為に、視線を向けた。……治療をしてくれた、と言う事なのだろう。服にこそ、穴が開いているものの、身体そのものには傷は全くなかった。痛みも、今は全く感じられなかった。

 

 あんな傷があっさりと治る訳がない。……でも、間違いなく彼が治してくれた事も理解できた。

 

「ケガの一言じゃすまないくらいの傷を負ってたな? だから、ポカミスするなよー、って忠告したのに」

「……悪かったわよ。それに、その……」

 

 チェルシーは、顔を背ける。

 

「ん? どーした、チェルっち」

 

 背けた側に、にこっ、と笑いながら顔を向けて、視線を合わせた。……からかっている事は判る。それでも、チェルシーは今回ばかりは。

 

「あり、ありがと……」

 

 今回は完全に命の恩人だから、しっかりと礼を言った。

 

「ははは‼ とーぜんだろ? オレ、チェルっちの事、気に入ってるんだから。それに、チューもした仲だし、更にとーぜんっ! つ~まり~、チェルっちはオレの~っ♪ ごちそーさんでした~~☆」

「わ、わたしは同意した覚えは無いっっ! それに、さっきのキ……、っ じ、じんこーこきゅーみたいなもんでしょっ!」

「まぁ、それは 否定はしないけどね。しっかりと、チェルシーを攻略してやるからな? かーくごしとけよー」

 

 男はそういうと、腕を少し強め、チェルシーを強く抱いた。

 移動をする為に。

 

「も、もう……///」

 

チェルシーは、それ以上は何も言えず……ただただ、身を任せるしか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 そして、暫く飛んでいて、疑問に思った事があった。

 

「それで、あの凄腕集団はどうしたの? ……ひょっとして、全部片付けちゃった?」

 

 そう、それだった。

 自分が撃ち落されて、彼が助けてくれたのなら……、間違いなく鉢合わせをしている筈だから。

 

「ん? 馬ー鹿。そんなもったいない事しないって。あの子らは これから(・・・・)なんだ。若い芽を摘むつもりは毛頭ない。……茶々は入れてもな?」

「んんっ! もうっ! 呼吸をする様に、セクハラするな!」

「ははは! っと、真面目に答えとくと、あいつらは、今稽古してる最中」

「は? 稽古??」

 

 チェルシー、何度目かの混乱である。言ってる意味がよく判らないから仕方ない。

 

「ほれ、見てみ」

 

 男が人差し指と親指で、○の形を作り、チェルシーに見せた。

 一体何がしたいの? と思ったチェルシーだったが、軈て吸い込まれるかの様に、その○の中を覗き込む。……すると、驚く事に、まるで望遠鏡でも覗き込んでいるかの様に、しっかりと見えたのだ。……それも、ピンポイントで、音声付き。

 

 

『ははは。なかなかやるではないか。久しぶりの戯れ、余も満足しておる』

『この、化けモンが!!』

 

 あの集団の中でも一番の大男。何やら全身に防具? の様なものを身に着けていて、顔は見えないが、大きな拳に更に何か大きな岩? 石? の様なものを纏わせて殴りつけていた。

 

 が、その拳もどこ吹く風。全く届いていなかった。

 

『おい、雑魚。冷静になれ。……あの男……、実体がない、と言うのか』

『ほう……、何故そう思う?』

 

 恐らくリーダー格の男。金髪のつり目の男が疑問視し、それに興味を持ったのか、あの黒い何かが、面白そうに聞いていた。

 

『オレの攻撃。殆ど躱されたが全てではない。……間違いなくとらえた筈だ。だというのに、まるで手ごたえが無かった。……水や霧、無を相手にしている様だった』

 

 剣の刃を確認しながら、そう呟く。

 

『私も同じだ……。剣が全く届かなかった。身体を捕らえた筈なのに』

 

 もう一人の女の子。こちらはもうちょっとで、素顔が確認出来そう……って所でフェードアウトした。

 

「ちょ、ちょっと。もうちょっと見せてよ」

「はい、だーめ。ネタバレはここまで。バーバラやタエっちの会社にチェルシーが入ってる以上、あの子らとぶつかるだろ? 楽しみはとっとけって」

「楽しくなんかないわよ! あんな凶暴な連中を相手にするなんて!」

「そこは、腕の見せ所だろ? 暗殺者、殺し屋って、必殺が通常。正面からの戦闘以外にもやり方は色々あるし。何? チェルっち。正面衝突するつもりだったのか? ぶっ刺されたのに??」

 

 ぷぷぷ、と含み笑いをするのを見ると、非常にイラッと来る。

 

 そして、ババラが言っていた言葉もこの時同時に思い出していた。

 『傍観』と言う言葉。……安易な情報は渡してくれない、と言う事だろう。

 

「(かといって……、わ、わたしの身体を売るような真似なんて、絶対やだし……、くっそ……、ぜ、ぜったい目にもの言わせてやるんだからっ……!)」

 

 それ以上は、チェルシーは何もせず、ただただ我慢して運ばれるだけだった。

 ……時折セクハラしてくるのだけは抵抗して。

 

 

 

 



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第15話 死ぬのなら頂く!



あらすじとは関係ない方向性に向かってると思ってる今日この頃。


 

 

「と、言う訳で、無茶&無理しちゃった、チェルっち。無事に届けに来たよぉバーバラ。タエっち」

「やれやれ……、アンタの取柄は、臆病すぎるってトコにあったのに、何してんだい」

「うぅ……、返す言葉もありません……」

 

 ババラやタエコが身を潜めていた場所は、古びた小屋。有事の際は、この小屋に逃げ込む手筈になっていて、それもしれっと 彼は聞いていたから、そのままチェルシーを抱えて連れて返ってきた。

 因みに、連れて帰ってきてくれる間は、文句の雨霰だったチェルシー(内容はほぼセクハラに対するもの)だが、ババラに痛烈な一言をいわれてしまって、ぐうの音も出ない様子だった。

 

「チェルシー! 無事でよかった……」

 

 タエコは、チェルシーの傍へと駆け寄った。

 けがのない事を確認した後、彼の方を見る。

 

「本当に感謝します」

「なんのなんの。言っただろ? チェルっちとタエっちの2人は、お気に入りなんだぜー♪」 

 

 よしよし、タエコの頭を撫でる。

 珍しく、頭を撫でるまでに留まっている様子だった。

 

「それに、2人は媚びてこないからなっ~。簡単に落ちない所も、燃える! うんうん とっても良い所だ!」

「だーれが、アンタなんかに媚びるかっっ!! ちょ、ちょっと助けたからって、ちょーしに乗らないで!」

「おっ? 照れてるか? チェルっち」

「照れるか!?」

 

 楽しそうに?言い合いをしている2人を見てババラは、再び軽くため息。

 

――これまで、オールベルグの頭領にも、血の滲む、断腸の思いで了解を出して、この強大な戦力である彼を懐柔する為に、タエコに似た少女や、美麗な娘たちを使い、尽させた事がある。

 因みに、タエコ自身の性質は彼には完全に把握されている為、掌を返す様な対応をさせれば、心証が悪くなるだろう、と言う事で彼女は任務に入れなかった。

 

 当初こそ、オールベルグの誰もが、彼は強さを除けばただの好色家だと判断していたのだが……、続けていく内にそれは誤りである、と言う事を直ぐに理解する事になった。

 何度も何度も尽そうとしては、失敗し続けてきた。それどころか、飽きた、と言わんばかりに だんだん姿を見せなくなった。

 どういう訳か、心を腹の底まで読めるとでも言うのか、仕込んだ女達は全て失敗。気にかけてくれる様に残ったのは、タエコを含む、僅か数人と言う状態になった。

 

 諦める切っ掛けになったのは、心底つまらなさそうな顔。何の興味もない、と言わんばかりの乾いた顔を見た時だった。

 

「それで、チェルシー。ちゃんと手掛かりは得たんだろうねぇ? 何もありませんでした、出来ませんでした。なんて言った日には、コイツにマンツーマン訓練コースを受けるてもらうよ」

「っっ、ちゃ、ちゃんと見ました!! 見ましたって!!」

「えー、それ ぜーんぜん、罰になってないじゃん。そんなにビビんなくってもチェルっちー オレ、優しく教えてやるぜ??」

「うっさい!」

 

 と、言う訳で色々とあったが、ちゃんと何人かは覚えていたチェルシーが、人相を必死に紙に書いていた。

 さらさらさら~、と書いたのは2人分。

 

「なんだい。子供じゃないか」

「……私より、少し小さいぐらいだ」

 

 2人に見せて、その素顔から大体の年齢を察した。

 まだまだ、大人になり切れていない幼さが残る子供だという事も。

 

「他のヤツは? たった2人ってこたぁないだろう?」

「はははは。チェルっちは、勇敢にも突っ込んでいってさ? バーバラ。敢え無く返り討ちにされちゃってー」

「私が説明するから黙ってて!」

 

 チェルシーは、両手で男を追いやると、 ちゃんと説明をした。

 

「打ち止めです。……ちょっと、目が曇ってたと言わざるを得ませんが、そっちの眼鏡をかけてない方。直前まで殺気を消してて……、今更ながら思い出してますけど、威圧感も半端なかったです。幸いにも、顔はバレてないですけどー……、もう近づきたくないって感じです。帝具使ったとしても」

「……もうちょっと早くにその感覚を出しとくべきだったね。まぁ、命あっただけでもマシってもんさ。それに、相手の顔が判ったのも同じだ」

 

 次にババラは、タエコを見た。

 人相は、確かに子供……だが、天狗党の連中を軽く一掃されてしまった事実は変わりない。子供である事も考慮したら、非常に危険な相手だという事は間違いない。

 

「(だが、若いモン同士だったら、ウチのタエコに勝てるヤツはいないさね……)」

 

 絶対的な自信がそこにはあった。

 幼いころから育ててきた逸材なのだから。

 

「……次はこっちから仕掛ける番だね」

 

 タエコも、自分と近しい歳の刺客が相手である事を聞き、静かだが……氷の様な冷徹さと炎の様な闘志を胸に秘めていた。

 

 こんなシリアスな場面なのだが。

 

「まぁ、まぁ、楽にいこーぜ? タエっち。それにチェルっちも」

 

 がくっ、と腰が抜けるかの様な発言が飛ぶ。

 

「はぁ……、あ、私密偵さん達に、この顔が町にいないか、周囲を調べてきてもらいます」

「ん? 1人でだいじょーぶ? また、ついてい「来なくていい」はいはい」

 

 速攻の拒否に、両手を上げていた。その仕草を見て、チェルシーは思う。……今回は何だか、早々に引き下がった気がした、と。だが、それ以上は気にせず、町の方へと向かっていくのだった。

 

「あ、チェルシー。私は着いていく。少し、心配だから」

「た、タエコさん……、ありがとうっ! 大好きだよーー!」

「ぶーぶー、せーっかくオレ、助けてあげたのになぁ」

 

 タエコと2人で、チェルシーは町の方へ。

 文句言ってた彼に対して、チェルシーは悪戯っ子な顔をして、舌をべーっ、と出していた。

 

「ふむふむ。可愛いからOKかなぁ」

 

 なお、彼にとってはその素顔も可愛いので、OKとした。

 

「ババラ」

「……あん?」

 

 所が一転。突然、名前を呼ばれて……、それも普通通りに読んで、少々驚いたが、ババラはそれを表情に出さずに、振り返る。

 

「タエっちは、確かに強くなったけど、今回の相手は、なかなかやる子達だ。久しぶりに、ワクワクしたくらいだからな」

「……成る程。アンタ チェルシーを助ける為に応戦した、って事か。いや、遊んだ、と言った方が正しいかい? ……で? ただ忠告をくれただけじゃないんだろう?」

「勿論。チェルっちもそうだけど、タエっちは元祖。知っての通り、オレのお気に入りでもあるんだなぁ。タエっちが死ぬ様な事になったら、攫ってくけど、文句ないよな? メラルーもOK出してるし」

「……(タエコが負けるかもしれない、と言う事か? ……それ程の使い手が……)タエコを失うのは痛手だが、それでも、育ててきた情ってもんはある。死ぬくらいならマシかもしれないねぇ。他の誰でもないアンタが連れてくならね」

 

 手を振って答えるババラ。 

 殺し屋が情を持つというのは、御法度だ。情と言うものに、流されて死んでいった者達は数知れないのだから。それを踏まえてでも、ババラは一笑した。

 

「ふん、何処に連れてくか知らないが、嫁に貰ってくれるって事かぃ?」

「おっ、タエっちが嫁さんかぁー、悪くないかな? だけど、オレ、どっちかっていうと一夫多妻が心情だしなぁ、タエっちってば、ちょっぴり一途っぽいとこ、あるしー、どうしよっかなぁ。困っちゃうなぁ~♪」

「後ろから刺されない事だね。鬼の住処が何処なのかわからないが、メラ様が了承している以上、儂は構わないよ。だが、泣かせたりしたら、承知しないよ。………ああ、後はタエコの子供が生まれたら、オールベルグで引き取りたいね。良い使い手になりそうだ」

「おばあちゃんと言うより、お母さんだな。バーバラは」

 

 暫く笑いあった後、いつの間にか煙の様に男は姿を見せなくなった。 

 ババラでも見る事も、追う事も出来なく、そしてもう気配を察知する事が出来なかった。

 

「ヤツぁ、ほんと一体なんなんだい……」

 

 以前オールベルグの隠れ家にて、一戦交えた間柄。

 戦える者を総動員しての戦いだったが、完全に子供扱いをされてしまった。……オールベルグのトップ、頭領をもだ。

 

「パンドラの箱、と言わざるを得ないだろうねぇ。…………………いや、或いは」

 

 ババラは、ゆっくりと空を見上げた。

 雲が流れており、間に顔を出す太陽の光。……その光の中に大きな影はいないかどうかを、目で追った。

 

 それは言い伝え、伝説の話。

 

 長らく戦ってきたババラも、勿論その伝説は知っている。影が出ている時に――悪行を働いた者。そう、と判断された者が、目の前で突然、光が降り注いできて消し炭にされたのも見た事があった。

 

「(……アイツが、アレ(・・)だっていう可能性だってあるだろう。だが、アレ(・・)に人格があった? ……考えても答えが出る訳じゃない、な。……忠告は聞いておいた方が良いだろうねぇ)」

 

 ババラはそう呟くと座ったままの体勢で、暫く目を閉じ 休息に努めるのだった。

 






結論:タエコとチェルシーは可愛い


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第16話 昔話をする!

 

 

 

 

「……タエコさん」

「ん? どうかしたか、チェルシー」

 

 それは、オールベルグ直属で雇っている密偵達に人相を伝え終えた後の事。

 何やら深いため息を何度かしていたから、タエコは少なからず気になっていた様だ。

 

「ほんっと、アイツって何なのかな。 今回だって、訳わからないままだったし……、その、攻撃されて 負傷した……違う、重症を負った時。私、死ぬって思った。……だけど、アイツが笑いながら引っ張り上げてくれた。……アイツは、何でもできるの?」

「……チェルシーが言いたい気持ちは私にも判る。あのひとが、一体()なのか。自問自答、してたから」

 

 長い歴史を持つオールベルグ。その歴史の中でも極めて大きな事件。

 それが つい数年前の《オールベルグ本部襲撃事件》

 

 

 その時、タエコもいた。……その力を目の当たりにしたのだ。

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あなた、一体何なの?』

 

 

 まさに白昼堂々だった。

 

 オールベルグは、闇の世界では誰もが知ってる程の暗殺結社。その圧倒的な実力は誰もが畏怖し、闇より狙われれば生き残る事は出来ないとまで言われている集団。帝国もオールベルグに関しては 最も警戒している。だが闇の中で蠢く暗殺者を視界に捕らえる事は出来ない。密偵を潜り込ませても、瞬く間に殲滅されて手掛かりさえも残らない。

 

 残るのは――狙われた相手の無残な死体だけだった。

 そう、相手の死体だけなのだ。……その筈なんだけど……。今回だけは違った。

 

 音も無く突如現れた侵入者の男は、瞬く間にオールベルグのメンバーたちを圧倒していた。誰もが暗殺者として高度に訓練されてきた兵士達だった。……なのにも関わらず、まるで子供扱いだった。

 

『はぁ…… っとにもー! ちょっと話するくらい良いじゃん良いじゃん! なーんで ここの皆してそんな邪見すんの? って、あれ? お前さんがここのボスかな? ……ちょっと何とかしてくれない? オレそんな悪い奴じゃないからさ!』

 

 男がたっていた。

 一目見て異常だと分かった。

 その男は漆黒を纏っていたのだから。それだけでも十分警戒するに値する。そして その佇まいは今まで出会った強者。暗殺者を含めた手練れ、己の戦いの歴史の全てと照らし合わせても比較にならない程の何かを感じた。陽気な表情で近づいてくる。隙だらけに見えるその歩法。……見た事も聞いた事も無いモノだった。

 

 今 相対しているのはメラルド・オールベルグ。現オールベルグの頭領にして 最強の暗殺者。

 その秘密は彼女が持つ《蟲》に秘密があった。 

 

 その蟲の名は《蠢くもの》

 

 オールベルグ頭領に代々受け継がれる昆虫型の危険種の群の総称。

 虫たちは様々な特性を持ち 術者の意のままに動かす事も出来る。影より忍び込み 肉体を斬り割き、穿ち、そして食い荒らすもの、毒を放ち動けなくするもの、身体そのものが爆発するもの。様々な種類がいて その全てが危険種。……無限に思える蟲が瞬く間にターゲットの命を食む。

 

 その筈だった。例外はいない筈だった。

 

『攻撃が……全て通じない。とでもいうのかしら』

 

 幾度となく繰り出された攻撃。当たっていない訳はない。倒れている仲間達の攻撃も間違いなく当たっている。なのに――まるで効果は無いのだ。自分自身が操る蠢くものさえも例外じゃなかった。

 

『あー、うー……。虫はあんまし好きじゃないんだよねぇ……。君はとっても素敵なのに なんか 非常にアンバランスだよなー。虫より花の方がぜってー似合う』

『虫唾が走るわね』

『おっ? 虫を使うだけにか? 中々面白い事言うなっ? 余計に気に入った! ってか、可愛いくて強い子は結構大歓迎だぞ』

 

 陽気に両手を広げながら近づいてくる男。

 それを見て 左右から飛びかかるのは先ほどあしらわれた2人組。

 

『この……っ! メラ様に――』

『近付くな!! ケダモンが!!』

 

 1人の娘は拳を、もう1人はチャクラムを使用し連携して攻め立てる。

 ギルベルダとカサンドラ。

 左右から迫る2人をちらりと見た男は そのまま両手で2人の攻撃を受け止めた。

 

 渾身の一撃をあっさり止められ、特級危険種の固い鱗をも容易に斬り割く刃を素手で止めた。

 

 何度も何度も攻撃を躱され続けた。漸く当たった。当たればそれで終わると思っていた2人だったから驚愕の表情をする。驚き目を見開いていた。

 

 

『蠢くもの―――』

 

 

 だが、2人の攻撃のおかげで生まれた唯一の隙を逃さず、メラルドが蟲を使って再び攻撃を始める。

 今度は全力の攻撃。全ての蟲を使った物量で押し潰す攻撃。

 まるで闇が蠢いているかの様に、暗黒となった蟲の群あっという間に男を覆い尽していった。

 

『骨も残さないで――』

 

 メラルドの命令のままに、命を食む蟲の攻撃。

 

 

 だが――、それも届かなかった。

 

 

 

『いやほんと。熱烈な歓迎ありがたいんだけどー。……オレ、そんな酷い事したかな? 元々は、あの剣習ってるお嬢ちゃん。タエコ……だったかな? その子が可愛らしかったから、声かけただけなんだけど。……なーんか 一緒にいた おっかない婆ちゃんに怒られながら攻撃されて、その上 おばあちゃんと一緒になってお爺ちゃんにも攻撃されて。今度は可愛らしいお嬢ちゃんのタエコちゃん? には斬られて、結構オレってば傷心気味なんだよ』

 

 

 声が聞こえてきた。

 それも、3人の後ろから聞こえてきたのだ。

 

 

 聞こえた瞬間、3人共々死を予感したのは言うまでもない。それ程容易く――男は3人の死線を横切ったのだ。

 

 

『………………これは勝ち目がないわね』

 

 

 メラルドは両手を上げた。

 

 確実に殺せる間合いに入ってきたのにも関わらず、命を穿つどころか攻撃もしない。……ただ話しかけてきた。甘いだけの男かもしれない。……だけど 圧倒的な実力差があるからこそできる芸当だという事くらいは理解できる。

 

 つまり――目の前の男は、いつでも殺す事が出来るという事だ。

 

 それを認めたからこそ、メラルドは両の手を上げたのだ。

 

 そして 彼女が負けを認める所をみるのは初めての事だった。そして メラルド自身も初めての事だった。戦いは勝ち負けではなく生き残る事こそが全てだ。負けを認めても死ななければまだ取返しはつく。

 だが、メラルドは完全に降伏をしている様にも見えた。

 

 だからこそ、激震が走った。

 

『メラ様っ! 私達は命を懸けてメラ様をお守りします! だから、最後まであきらめないでください!』

『私もだ! こんな優男に、メラ様を奪われてたまるか!!』

 

 ギルとドラの2人が激昂する。

 メラルドが男に殺されてしまうのを連想したからだろう。

 

『だから なーんでそうなるんだっての! オレはただ遊んでたら 此処見つけて 入っただけじゃん!! ……あー、確かに 不法侵入かもしんないけど、そんな邪見しないでよー。可愛い子ちゃんたちに邪見にされちゃったら辛くて仕方ないんだ。これが』

『黙れ! 寒気がする様な事を言うな! 私らは メラ様一筋なんだ! あんたなんかに一ミリも靡いたりするか! 気色悪い!』

『………へ? メラさまって、あの虫を使う君らのボスの事?? ……ええ??? 女の子同士なのに!?』

『女の子は女の子に恋をするのが正しい姿なのです……。あなたが付け入る隙なんて微塵もありません』

 

 今の今まで 殺されるのでは? とも思える様な展開だった。なのに 殺伐としていた空気が弛緩していくのがよく判るというものだった。

 そして 男が混乱しているのがよく判った。

 

『ぅぇー? なんでー。そんな可愛いのに、勿体ないなぁ……』

『やかましい! いきなり不法侵入してきたヤツに口説かれる様なヤツはここにはいないよ! さっさと出ていけ!』

『……うぐっ。痛いトコついたな……っ』

 

 ぐぐぐ、と何処か悔しそうに男は唸っていた。

 先程までは圧倒的だった。たった1人でオールベルグを潰せる。潰されるとも思えた。

 

 だというのに、今は何だかその男が押されている。……それが何処か滑稽に見えた。

 

 ずっと警戒をしていた。負けを認め 反撃する気も削がれ、命を奪われる覚悟も決めていたメラルドだったのだが、いつの間にか、仄かに笑みを浮かべていた。

 

『……男に ここまでの興味を持つのは初めての事だわ』

 

 異常な力を持つ男を前に、そう呟いていたのだ。

 その言葉に一番驚いたのは、メラルドの前に立っていたギルとドラの2人組。首が一回転するのではないか? と思える速度でぐるりとメラルドの方へと視線を向けた。

 

『!!!! め、メラ様っっ!?』

『ま、まさか……メラ様が……、私達を導いてくれたメラ様が……あ、誤った道に……? 道を外れようというのですか……?』

 

 驚きの表情をしているギルと涙目になってしまってるドラ。

 そんな2人の頭をそっと撫でつつ、ゆっくりと前に歩み寄るメラルド。

 

『勘違いしないで。興味を持つのと好意を持つのは違うわ。……私は女の子が大好き。それは変わらない』 

『おお、奇遇だな。オレも女の子は大好きだ。良い目をした子は尚更! ここにゃ沢山そんな子がいて、ドキドキの真っ最中なのよ』

『そう? でもそれは当然ね。……私の大切な子たちですもの』

 

 メラルドは何処か誇らしげな表情をしていた。

 そして、ドラもギルもその言葉に感涙する勢いだった。

 

『それで、改めて聞くわ。……あなたは、一体何? 私達を狙う輩…… 帝国の回し者じゃないの?』

『っとと、そりゃそっか。オレ自己紹介もしてなかったな』

 

 メラルドの質問に 手をぽんっ と合わせてニカリと笑う男は高らかに応えた。

 

『オレの名は《クロ》だ。可愛い子 綺麗な子 良い目をした子は大好きだ! ってな訳で君らも好きだぜー! 仲良くしてくれ』

『誰がするか!! 寄るな触るな近寄るな!! さっきのセクハラはわざとだったんだな!! このクソ野郎!』

『えー、不可抗力じゃーん。すっごい攻撃ではっやい攻撃だったから 慌てて防御したら、当たっちゃった! てへっ☆』

 

 舌をペロリ、と出す男……クロだが。その表情に 仕草に真っ先に切り替えすのはギル。

 

『……可愛くありません。気持ち悪いです』

『ひでっ!!』

 

 まさに会心の一言で撃沈してしまった。

 

『ふふ。……ご生憎様。この子達はちゃんと真実の愛に目覚めているんですもの。付け入る隙は無いわ』

『うぐぐ……。うー、ぜってー 口説いてやる!!』

『絶対無理!』

『嫌です』

 

 と、その後は ババラやタエコ、そして ダニエルも交えて更に一戦行った様だが、やはり単純な戦いでは全く勝負にならない結果になって 暫くは子供の様な口喧嘩で上回るしか無かったドラ達だった。

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 そして場面は元に戻る。

 

「そして、あの人は暫くオールベルグの当時の本部に暫くいたんだ。そこで私も剣術の手ほどきを受けた」

「…………。オールベルグの本隊って言われてる人達のど真ん中に入って、遣りたい放題したって事ですか……? タエコさん」

「ん。そうだね。あの人は色んな意味で真っ直ぐだった。興味がある事には 真っ直ぐな眼をして見つめていたんだ」

「タエコさん! 絶対よからぬ目で見てますって! あまり隙を見せない方が良いですよ! ……ってか、アイツの名前《クロ》って言うんだ……」

 

 よく考えたら名前を訊いてなかったな、とチェルシーは今更だが 思い返していた。

 だけど、あまり深くは考えなかった。

 

「(まぁ、色んな意味で黒い奴だから。そのまんまって感じかしらね……)」

「チェルシー」

「あ、うん!? どうしたんですか? タエコさん」

「いや、前。危ない」

「って きゃあっ!」

 

 タエコが声をかけてくれなかったら、前方不注意。小岩に足を取られて転びそうになっていた。……が 何とか回避。

 

「チェルシーもあの人の事を考えてると思うけど…… あまり深入りをしない事を薦める。本当に底が見えない人だから。色々と見失ってしまうよ」

「っっ! 大丈夫です!! 深入りなんか、するつもりないです!!」

 

 今までも色々とあった。……あり過ぎたチェルシー。

 タエコにそう宣言しつつ、自分自身にもそう言い聞かせるのだった。

 

 

 

 

 



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第17話 温泉は混浴が良い!

 

 

 ……と言う訳で今は休憩タイムだ。

 

  

「ふぁぁ~ ここって良い旅館って評判の場所じゃん? おー バーバラっ! 良いトコにしたな? グッチョイス♪」

  

 1人でテンションが上がってる男。

 暫くは行動の拠点とする街の一番の旅館に泊まる……と言う事になって 宿泊場所を決定し 到着した途端に合流した様だ。

 

「いつもいつもアンタは心臓に悪いね。老人を労わろうとは思わんのかい?」

「まーたまた。そーんなタマじゃないだろ? バーバラは」

「ワシャ タマなんざ ついとらん」

「それくらいしってるって、言葉の綾ってもんを知らんのかいっ? って言う、ツッコミは置いといて……」

 

 男はくるっ と振り向いて ババラの後ろについてきている2人と目があった。

 勿論 チェルシーとタエコだ。チェルシーは目が合った途端に視線を逸らせ、タエコはぺこりっ とお辞儀をしていた。実に対照的な2人だが、構う事なく男は2人の背後にするっ と移動。

 

「わっ!」

「そーんな、酷い対応しなくても良いじゃん、チェルっち! ほーら、ここって海産物が美味いんだぜ? 美味しいモン喰って、一緒に騒ごう♪」

 

 チェルシーに頬刷りする勢いで接近するが、チェルシーは 『お断りです!』と言わんばかりに、右掌で押しやる。

 

「何が『騒ごう!』よっ!! 遊びに来てる訳じゃないのよ!」

「ここってさぁ、温泉も気持ちいいって評判だぜ? なんでも肩こりとか腰痛にも訊いて、お肌つるっつるで~♪」

「人の話訊け!! そして、次いでみたいに胸揉もうとするな!!」

 

 如何なる時もチェルシーへのセクハラを止めない男は するっ と滑らか鮮やかな手捌きでチェルシーの膨らみに手を忍ばせたのだが、何と阻止されてしまった。

 

「おー、やるじゃん! チェルっち。どーよ、バーバラ。オレが鍛え上げたチェルっちの動き。こんだけ動ければ不意打ちとか喰らっても、多分対処できるぜ?」

「うっさい!! こんなんただのセクハラよ! 何『鍛えてやったゼ』 みたいな顔して言ってんのよ!」

 

 チェルシーが盛大にブーイングをしているのだが、実の所はと言うと、ババラも少しばかり驚いている。男の動きは色んな意味で神出鬼没。行動の後の先など取れる筈もなく、例えタエコであったとしても、妨げる事が出来ない。(ババラにはセクハラしないから、出来るかどうかわからない) 

 だが、チェルシーはそんな動きを呼んでいたのか、意図も容易く防いでしまったのだ。

 

「正式に教育係として雇おうかねぇ」

「止めてください!!」

 

 チェルシーは、大きく手を交差させて✖を作る。

 その間に。

 

「タエっち。行こうぜー。また 剣術見てやるからよ」

「はい。宜しくお願いします」

 

 タエコは従順そのもの。

 今 腰に手を回したりしているのだが、拒否したりはせず 身を任せたままだった。が、当然チェルシーは許しません。

 

「コラァァ! タエコさんの純血は私が守る! 手ぇ出すな!!」

 

 と 男の腕を取り上げてガード。

 

「おっ? チェルシーってばヤキモチ?? ぜーったいそーだろ? だいじょーぶだいじょーぶ。オレ2人とも愛せる! 愛してるぜぇ~♪」

「誰がよ! 迷惑っ!!」

「と言う訳で、今日は一緒に風呂にでも入ろうぜ? 裸の付き合いだって大切だ」

「絶ッッッ対ッ 嫌ッッ!!」

「ほっほ~ じゃ チェルっち。オレから逃げてみろよ~? 本気を出したオレはヤバイぜ? 『手が2本あるみたい~!』って巷じゃ女の子達の間で有名でさぁ^」

「手は普通2本よ!!!」

   

 口喧嘩をしながら(一方的にチェルシーが怒ってるだけ)2人は宿の中へと入っていく。

 

「バランスが大切、ってことさね。タエコ」

「……うん」

 

 2人を見つつ タエコに助言をし続けるババラ。

 

「極端に崇めて、懐柔しようもんなら あの男の興味は速攻で失せる。そもそも、オールベルグの本隊は色事には向かんから大丈夫とは思うが、無理に取り込もうとはしない事。覚えときな」

「判ってる。……あの人がそばにいるだけで、こっちにとってはプラスの面が大きい。標的が女だったら邪魔される可能性があるけど、それ以上に得られる物が大きい」

「そうさね。……オールベルグの名よりも あの男を優先する場面もある事も忘れない事。メラ様もその辺は了承済みさ。(頭領が代々受け継ぐ『蠢くもの』も軽く一蹴する相手だ。その気になったら、オールベルグを崩壊させることなんざ、容易いだろう……。まぁ しないと思うが)」

 

 組織を潰される危険性は0ではない、と判っているが、それでも全く心配はしていない様子なババラ。何故なら。

 

「(オールベルグの戦士の殆どが女。……メラ様の趣向のおかげとも言えるね)」

 

 女を相手にする時 命までは取らない。そういう印象を今までに何度も受けている。

 

「さて、ワシらも行こうか」

「うん」

 

 ババラとタエコも旅館の中へと入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 旅館内でも色々とあったチェルシーは、頭を突っ伏している。旅館の部屋に備え付けられているテーブルと対面している様だ。

 

「チェルシー大丈夫?」

「……大丈夫、じゃないかも……」

 

 タエコの声かけにも反応が薄い。

 

「あの人は そこまで酷く体力を消耗させる様な事はしないと思うのだけど……」

「………違うのー」

 

 チェルシーは、ゆっくりと頭を上げるとタエコの顔を見て また がくっ と頭を下げた。

 

「ど、怒鳴りすぎて 頭痛くなって……、おまけに声が枯れ気味で………」

 

 一悶着どころじゃないやり取りがあって、大声を出して罵倒し続けたチェルシー。

 普通に叫び続けるのにも体力は使うし、度が過ぎれば こういう風になる、と身をもって知った瞬間でもあった。

 

「さらっと流すのが、プロってもんさチェルシー。さっさとあの男にあげ(・・)ちまいな」

「……何を? とかは聞きません。嫌です」

 

 教育係のババラに真っ向から反対するのは結構凄い事だ。のらりくらりと躱すのがチェルシーだったが、生憎今は余裕が無くなってしまっている様子。

 

「これが続けばチェルシーはとんでもなく鍛えられるかもしれんな。過程はさておき」

「いやですー……、体力もちませぇん~……」

「泣き言いう暇あったら鍛えな。本気で考えてるんだからね。それ程までにアイツの力は魅力的過ぎる」

 

 からかう様子ではなく、真剣味のあるババラの言葉に、チェルシーもそれとなく真剣になりつつあった、が。中々頭だけは持ち上がらない。

 

「確かに、出鱈目なヤツですけどー…… あんなの、コントロールできる筈ないじゃないですかぁ……。ほら色気で計算ずくで~ ってしたら駄目なんでしょー? 直ぐ見抜かれる~とか。どーしよーも無いじゃないですかぁー」

 

 ぐでぇ とやる気皆無なチェルシー。いや やる気無いじゃなく 体力無いだった。

 

「そこはチェルシー。お前の出番さね。その本気で抵抗してる感じがアイツを興奮させんだろう? 使わない手はないね」

「感じじゃないです! 本気の本気! マジと書いて本気! 嫌です!」

 

 腕を起用に上げて✖を作るチェルシー。その表情までは見えないが、何だかんだと言っても 最初と比べてそれなりには柔らかくなってる。チェルシーの事を助けた辺りから、少しだが変化がある、と言う事くらい見抜いてるババラ。

 

「素材だけを見れば 良い男だと思うがね? ねぇ タエコ」

 

 話題を変えてタエコに容姿について同意を求めた。

 タエコは、少し考えた後。 

 

「ん……。整った顔立ちはしてる……と思う」

 

 顔を思い浮かべてそう返答。

 鍛えて貰った事が多々あって 至近距離で何度も見ている。そして 街で歩いている無数の男性の顔も思い浮かべて……、そう判断した様だ。

 

「タエコは色事(そっち)方面は鍛えてないからね。でもそこまで感じ取れるんなら それもあの男の影響 と言った所か。乳や尻を何度も揉まれた甲斐があったと言うべきか」

「……………」

 

 ふむ、と大真面目に言うババラ。チェルシーはもうツッコまなかった。

 

「所で、あの男は何処に行ったんだい?」

「んえー……、女の子漁りに行く~ とか言ってた様な気がしますよー。なんでも 匂うとか何とかって」

「そんなこったろうと思った。ほれ 今の内に温泉にでも入ってきたらどうだい? チェルシー、アンタ臭うよ」

「っっ!!」

 

 色々と運動? をし続けた。

 あの男がいるから肌を見せる様な真似出来る訳もなく、逃げ続けて風呂(混浴)拒否続けた。長い長い時間がたったかの様に感じたが実際に時間は経っているのだ。髪や肌はべたべた。確かに女の子が発して言い匂いではない。

 

「お、おんせん~……!! アイツいないし……、い、今の内に……」 

 

 よろよろ~ と立ち上がったチェルシーは、至福の時を求めて温泉へとGO.

 

「まー、気を付けるんだねぇ。いつどこで狙ってるか判ったもんじゃないよ」

 

 チェルシーがいなくなったと殆ど同時にそう呟くババラ。

 

 この後、お約束。『ぎゃーー!』と言うチェルシーの叫び声が旅館内に響き渡る……様なお約束な展開には実はならなかったのだった。

 

 

 何故なら――、男は また別の桃源郷へと行っているから。

 

 

 

 

 

 

 場所は郊外。

 少し街から離れた森の中には評判の天然温泉が数点存在している。勿論 外だから色々なリスクは有ったりする。……当然、命に関わる様な事だってありうる。それは 危険種の生息域だから。覗かれたりするリスクなんて、それに比べたら随分と可愛いものだと言えるだろう。

 

 そして、今夜もお客さんが数人 天然温泉に足を踏み入れていた。

 

 ぴっちぴちの肌。引き締まった身体。起伏の富んだ身体。まだまだ幼さが残る少女たちが、露天風呂を満喫しているのだ。

 それも女のみだから危険では? と思うのだが、恐れるなかれ 彼女達は超がつく野生児。一級の危険種でも逆に狩って喰ってしまう程の剛の者達なのだ。

 

 勿論、言うまでも無いが アカメやツクシ、ポニー コルネリアである。

 

「……はぁ ここらへんは温泉が湧く、とは聞いていたが、良いな」

「だよねー。ほれツクシ。きっと肩こりに効くよ?」

「べ、別にこってないよ! ポニィちゃん!」

 

 楽しそうな会話が聞こえてくる。世の男どもにとっての桃源郷はここ。巨○ 貧○ 美○ と色とりどり様々……と言うのは置いときます。

 

 アカメは温泉の湯を顔にぱしゃん! と掻けると皆に言った。

 

「……反省はしなければならないな。……私達が完全に遊ばれた上に、情けをかけられた。あの男は一体何者だったんだ?」

 

 アカメは河での戦いの事を言っていた。

 あの戦いでは、異常な敵を前にして、誰もが一番の危機を感じていたのだが、結果は誰も負傷者を出す事なく、終わった。……でも それは納得のいく結果ではなかった。

 よくよく考えてみれば、黒衣を纏った男は、攻撃らしい攻撃を一切してこなかったのだ。受けばかり。受け流して同士討ち等はあったが、それでも追撃をみせる様な事はなかった。

 

「あんなの初めてだったよね……。パパに訊いてみたけど、正体は不明だって言ってたし……」

「う~、アイツとは二度と会いたくないわ。チーフの剣とか普通に当たってるのに まーーーったくこたえないし。あたしのキックも直撃した筈なんだけどなぁー」

 

 ポニィは、シッ! と脚を上げて蹴りを放った。

 全裸だと言う事を忘れてないでしょうか? 見事なY字開脚になってます。秘境が露わになってます。

 

「コラっ! お風呂の中で暴れないの。はしたない」

「別に良いじゃん。男どもが来てる訳でもなさそうだし」

 

 ポニィは脚を元に戻して、コルネリアにそういう。

 ここまで覗きに来る男は、知る中では1人しかいない。ガイと言う名の性欲魔人。

 こんなハダカでいたらいつみられてもおかしく無いけれど、そこはしっかりとガードをしてくれる様にチーフたちに頼んでいるから大丈夫だと言う安心があった。

 

「気配は確かにないけど、それでも 止める」

「はーいコル姉ぇ」

 

 コルネリアに怒られて、とりあえず返事をするポニィ。

 姉と呼ばれるだけあって、色々と無視しそうなポニィでもちゃんと聞いている様子だった。

 

「うーん…… 話、戻すけど もし、アイツがまた来たらどーすれば良いかなぁ。カエルうちにしてやる! って、普通の敵なら思うんだけどー ちょっとアレはなぁー」

「それを言うなら返り討ちだよ? ポニィちゃん」

 

 冷静にツクシからのツッコミが冴えわたる。

 結構深刻な悩みだと思うのだけど、ツクシのツッコミやポニィの天然で 場の空気は和んだ。

 

「え~~い! こっちは真剣に考えてんのにー! そんなの、どっちだっていいジャロっ!」

 

 とりゃあ! とツクシに抱き着くポニィ。

 

「あわわっ ごめんごめんっ!」

「おおー、天然の大きな大きなクッションをお持ちでー 動きづらいんじゃないのー」

「きゃー も、揉まないでーー」

 

 チーム一の大きさを誇るツクシの胸を鷲掴みにして揉みしだくポニィ。

 楽しそうなスキンシップを見ていたアカメは、自分も疼いた様で。

 

「私も混ざる!」

 

 と言って ポニィとツクシに向かってダイブ!

 

「きゃんっ!」

「ほれほれ~」

「あははは!」

 

「こらこら。暴れないのーって」

 

 3人は楽しそうに遊んでいて、それを見ながら注意しつつも微笑むコルネリア。

 そして、もう1人がコルネリアの横で風呂を満喫。

 頭にはタオルを乗せて温泉に来てます雰囲気もばっちり出していて、コルネリアと一緒に遊んでいる3人を見ていた。

 

「いやぁ、それにしても絶景かな絶景かな。成長が著しいなぁ。まだまだ皆成長すると思うぜ? 歳の割に見事なもんだ。あの子のおっぱいなんか すっごいなぁ。そう思わね?」

 

 コルネリアに話しかける。 

 

「うーん、ツクシの事でしょ? まー 見慣れてるけど、やっぱり凄いわよね。……ちょっとうらやましいかも」

「ん?? だいじょーぶだって、コルネリアだって良い形してるぜ! ほら、美乳ってヤツ? いやぁ 膨らみの先っぽも良い色してるし、眼福ですなぁ はい」

「ちょっと、胸の話ばかり! おっさんみたいなこ……と…………?」

 

 ここで漸く違和感に気付く事が出来た。

 本当に自然に会話に入り込んでいる。何故だろうか、ドストレートに色々と口に出していると言うのに、声色を訊いたら明らかに仲間内の誰の物でもないと言うのに、直ぐにいは気付く事が出来なかった。

 

 

「「「!!!」」」

 

 

 遅れながら3人も はっ! と視線を向けた。

 コルネリアがいる方に向かって――。

 

「いやぁー 良い湯だな~ はははんっ♪ いっ、い 湯だ~な、あぱぱんっ! ゆっげに、か~すんだ、大きな2つのふく~らみ♪ さわりごこっちは? はははんっ♪ きっと良ーいだろっ!? るるるんっ!」

 

 呑気に歌までうたってる侵入者。

 あまりの事に数秒ばかり放心していて、一番早くに動く事が出来たのは。

 

「誰だ貴様は!」

 

 びゅんっっ! と前蹴りを放ったアカメだった。

 湯につかっているが、それでも持ち前の脚力を活かして 放つ強力な攻撃はなかなかの速度で侵入者の顔面に叩きこまれた。

 

「ぶげっっ!」

 

 歌に夢中だったからかアカメの蹴りを、まともに受けた男はそのまま沈んでいったのだった。

 



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第18話 温泉での乱闘は女の子とするに限る!

 

 

 温泉の中に蹴落とした突然の侵入者、或いは変質者は 起き上がってくる気配は無かった。

 

 アカメの蹴りで完全に仕留める事が出来た、殺せた……とまでは思えないが 文句ない手ごたえだった為、意識を刈り取られたかもしれないと 考えている。

 それでも あらゆる可能性を想定しつつ 間合いには入りすぎない様に全員が距離を取っていた。

 

 いや違った。これ以上近付く事が出来ないと言うのが正解だった。それは相手が変質者だからだ、と言った理由ではない。

 

 ……得体のしれない相手だったから。思い返せば返す程、異常な相手だと言う事がこの短い間でよく判ったから。

 

 女性陣の全員が この温泉に入っていた。

 厳しい訓練も受け続け、暗殺者の集団の中でもトップクラス。即ちキルランクの上位に位置しているから 強くなったと言う自覚だってある。常に頭の何処かでは緊張を残していて、対処できる様に備えてきたつもりだった。

 

 あの川での一件から 追う側から追われる側を意識した時から、全員が備えてきた事だった。

 

 だが、この相手は違った。如何に陽気に遊んでいたとは言え、全裸だったとはいえ 有事の際にはしっかり動ける様に備えてきた。機動性、瞬発力等の身体能力においてはトップだと言っていいポニィさえ 直ぐに動く事が出来ず、冷静沈着にチームを纏めてきたコルネリアもコンマ数秒レベルではあるが、何が起こったのか判らなかった。アカメだけが攻撃に転じる事が出来たのは 皆よりも僅かにだが距離があった為以外にない。

 

 それでも、こんな傍まで接近された事は今までない。……今の今まで侵入してきた気配さえしなかったなんて、今までに無かった。

 

 

 此処は温泉だ。入ろうと衣服を脱げば衣擦れの音が、湯の中に入れば飛沫がたって その音が必ず出る。

 

 なのに、あの男が話しかけてきて、何度か話をし、更には陽気に歌をうたってから 漸く気付く事が出来たのだ。 完全に出し抜かれた。これでもしも――相手が命を奪いに来る暗殺者であったとしたら? と考えただけで背中に冷たいものが走る。脚に感じる温泉の温度を忘れてしまう程に。

 

「……アカメちゃん。武器、持ってきてる?」

「……ここには無い。服を脱いだ場所に」

 

 ツクシがアカメに武器の有無を確認するが……やはり持ってきていない様だった。傍にある事はあるが、現状からでは、気が遠くなるほどの距離においてある。つまりは全員が丸腰の状態。常に最悪の状態を想定しなかった落ち度だと言っていい。

 

 だが、今は反省をするよりどうやって乗り切るかだ。

 

 アカメを初めとする全員が 武器のある脱衣スペースに目を一瞬だけやると、その次に間合いを図りつつ 水面から目を逸らさずに見ていた。

 

 ぶくぶくぶく~ と泡が湧き出てきているから、まだあの下にいるのだろうが、決して油断は出来ない。

 

「……できればこのまま沈んでて欲しいんだけどね。そうもいかないかな」

 

 コルネリアは ハダカを完璧に見られた事に少なからず動揺をしていたが、今はちゃんと引き締めている様だ。女としての羞恥心の全てを捨てられた……と言う訳ではないが、仕事モードに入れば そんな事を気にする様な愚行は起こさない。

 両腕で咄嗟に胸を隠していたのだが、それは止めて構えつつ 全員を後ろに下がらす様に手で指示をしたその時だ。

 

「いやぁ……、随分と酷い事するじゃん! オレが何したんだよー。あー 顔いてっ」

「「「「!!!」」」」

 

 有り得ない。

 そう言える光景を目の当たりにしていた。自分達は一番最初に脱衣スペース、つまり臣具を置いてある場所に目をやったが それはほんの一瞬だけであり、その後は一瞬たりとも目を離さなかった。

 

 ずっと濁った水面を見ていたと言うのに、あの男は……直ぐ後ろにいたのだ。丁度岩場に座っていた。

 

「だけどまぁ 良い蹴りだったぜー! えっと、キミはアカメ……だったっけ? アカメっちっ! NICEキックっ♪ でも ちょーっとばっかはしたないんじゃないかなぁ? 女の子が裸で足技は色々と問題あるだろ~~♪ まぁオレには 眼福眼福って感じだけどね~♪ 皆ナイスバディだぜー!」

「っっ!!」

 

 アカメはその言葉を訊いて 思わず顔を赤らめた。でも それは一瞬だ。アカメだけに限らず、全員が。

 

「へぇ……」

 

 それを感じ取った様で 男は 笑っていた顔が一転していた。

 

「(チェルっちもしっかりしねぇとなぁ。この子らの方が上手だぜ? ま、この子らもチェルっちも発展途上。これからだけどな)」

 

 よっこらしょっ、と言いながら彼は岩場から移動。それはアカメたちの脱衣スペースの方だった。

 

「っ! 皆ッ!!」

 

 武器を奪われでもすればもう完全い勝機は無い。

 それだけは何としても回避しなければならないと、全員が駆け出し、湯から出たその時だ。ばさっ と其々の顔に何かが掛かり、視界が完全にふさがれてしまった。

 

「くっ……!! ……あっ これは……?」

 

 アカメは素早くそれを手に取って視界をクリアにしたが、投げられたのは何なのかの方に意識が向いた。

 

「ほら。服着なって。湯冷めするぜ?」

「………」

 

 目の前の男が投げたのは全員の衣類だった。そして 衣類だけじゃなく……。

 

「どういう事……?」

 

 其々の武器 臣具だった。

 

「どういう事~ も何もこれってキミらのだろ? え、ひょっとして裸族だったりすんのか??? そりゃ失礼っ」

「そんな訳ないよっっ!!」

 

 顔をまた赤くさせたツクシは 声を上げつつ、衣服は後にして銃を構えた。

 其々が臣具を装備し、完全な臨戦態勢を取った。

 

「はははっ。良い具合に育ってるなぁー 色んな意味でよ? でもま、今日はそう言うのやる気ないんだ。ちょっと遊びに来た程度だからさ? それにそんな殺気向けられる程、酷い事した? オレは優しいんだぜ?」

「……そんなもの信じられると思うか? お前、一体何者だ」

 

 アカメは剣を向けながらそう聞く。

 

「あれ? 前に会った事あるし 話した事もあるんだけど……。覚えてないの?」

「知らないよ! アンタみたいな変態!!」

「変態は酷いなぁ……。せめて えっちぃ~☆ って言ってほしい。てか、言ってくれ! 特にそっちの巨乳ちゃんと美乳ちゃんに行ってほしいっ!」

 

 ツクシとコルネリア。2人の方を見てそう言った男。それに強く反応したのがポニィだった。

 

「ぺったんこで悪かったな!!!」

「いやいや、そんな悲観するなって。そっちはそっちで良いぞ!?」

「うっさいわっっ!!」

 

 ぐっ とサムズアップされながら言われてもなんら嬉しくないポニィは思わず飛びかかろうとしたが、コルネリアに泊められた。

 

「……私達はアナタと会った事も無ければ話した事もない。……何者?」

 

 冷静にそう聞く。

 陽気を装った問答でこちらの油断を誘おうと言うのか、或いは何かを狙っているのか、それは判らなかった。でも、判る事はある。この男は間違いなく強い。……これまでに出会った誰よりも強い。隙だらけに見えて全く近づく事が出来ず、間合いが見て判る距離の倍、10倍はあるかの様に遠かった。

 

「んん? あれ?? ……あ、そっか。そう言えばそうだった! わりぃわりぃ。そりゃ判らんわな?」

 

 何かを思い出した男は、ただただ笑ってそう言っていた。

 その意図が判らないコルネリアは訝しむ様子で見ていたのだが……次に男が取った行動で全てが判明する。

 

「オレだよオレ。……ほーれ これでどーだ!?」

 

 男が手をかざすと同時に、周囲の闇がまるで蟲の様に這い回ってきた。それらが男の姿を覆い隠し、軈て漆黒のマントを纏った怪人へと変貌を遂げたのだ。

 

 その姿――見た事がある。

 

「お前は!!」

 

 アカメは もう動き出していた。

 そう、この男の正体は あの河川で戦った得体のしれない男だった。全ての攻撃を無にする。当たっている筈なのに当たっていない。……斬っても斬れない。撃っても当たらない。全ての攻撃を無力化しているかの様な相手。

 

 この場にいない男達を含む、全員で攻撃したのに全て通じなかった男。

 

 だが、それでもアカメは突っ込んだ。

 万全の状態でも完全にあしらわれた相手だ。もしも、あの時殺すつもりだったとしたら、この場の誰もが生きていなかっただろうと思える。そんな相手がまた現れた。……それも、最も信頼する男性陣。ランクトップの2人もいない状態。

 

『……このままでは 確実に殺られる! でも 仲間たちは殺らさせない! 私が時間を稼ぐ!』

 

 アカメの行動の意図は全員に伝わった。だから、それに応えようと全員が其々の責務を全うしようと行動したその時だ。

 

「っとと、こーら! いきなり人に剣を振るっちゃ駄目だろ?」

 

 男はアカメの渾身の速度、力を使って放った剣撃を二本の指先で防いだ。人差し指と中指で挟み込んで止めた剣は まるでビクともしない。

 

「ぐっ……!!!」

 

 力を込め、振り払おうとした時。

 

「こらこらこら まずは 話を訊きなさいってば」

 

 アカメの頭に軽い衝撃を受けた。どうやら、小突かれた様だった。

 その後は皆の方を見た。真剣な顔つきで。

 

「……実は キミらに大事な話があるんです!」

「「「「………」」」」

 

 

 真剣な顔だったのに、次の瞬間には霧散。良い笑顔でばっちり決まっていて、更にはウインクしながら高らかに宣言。

 

 

「オレはキミらの敵じゃありませーんっ! 仲良くしようぜー!」

「「「「そんなの信じられるか!!!」」」」 

 

 

 

 

 

 

 勿論、誰も信じる者などいなかった。

 

 その後は アカメを筆頭に飛びかかるのだが 悉く躱された。コルネリアが攻撃した時に限っては胸を盛大に揉まれた。1つ攻撃したら2回はやられ、遠くから援護射撃をするツクシには 2発撃ったら6回は揉まれた。

 激高して飛びかかるポニィには 足を掴んで足の裏を思いっきりこちょばす。失禁しそうになるまで。

 アカメに何とか救われたポニィは暫く戦線離脱。セクハラ三昧を受けたほかの2人も悶死しかけた。そんなアカメには。

 

 

『クール系肉食女子も、好きだぜ? それにうんうん。すげぇ綺麗な黒い髪に、綺麗な目だ。大好きだ~♪』

 

 

 急接近されて、ムチュ~~☆ とその唇を奪った。

 

 

 

 

 そして 暫く戦った?後。その場に立ってる者は1人だけだった。

 

 

 

 



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第19話 また昔話をする!

 

 

 まさに死屍累々……。ここに揃った女の子達の殆どが地に付していた。

 時々身体を震わせながら

 

『も、勘弁して……』

『揉まないでぇ……』

『せ、セクハラ反対……』

 

 と聞こえてくる。

 だが勿論、彼は追撃なんかしていない。やっぱり活きの良い相手とだから楽しいと思っているのだろうから。チェルシーとか何度も抵抗するから更に面白がる。そして チェルシーがその意図に気付いて相手にしない仕草をしても、ただで触らせるのは嫌だから 先手をすればやっぱり抵抗する。つまり、チェルシーが彼にとってのお気に入りだと言う事は当然。

 強い女の子に惹かれるのだから。そう、彼の目の前でまだ しっかりと自分の足で立ってる彼女なんか尚更。

 

「やるな!? アカメっち! オレの厳しい攻撃をここまで耐えきるとはさっすが~♪」

 

 チューされたり、触られたり、と散々な目にあってた内の1人であるアカメ。乙女な心は持ち合わせておらず、帝国の為に人を殺す事以外は脳内では常に喰う事しかない《色気より食い気》な彼女だったから 最低限度の効果しかなかった様子である。

 その辺りはポニィもそうなのだが、彼女はくすぐり地獄を受けちゃってるので仕方ない。

 

「ぐっ……、こ、この出鱈目男……っ」

 

 でも、やっぱり立っている事が精いっぱいであり、攻撃に転じられる程気力も無かった。

 斬っても斬れない、倒せない相手。そんなのをいつまでも相手にし続ける。まず先に心が折れてしまうのが常だ。……つまり、彼に色んな意味で対応するオールベルグはやっぱり別格。いや ほんと色んな意味で。

 

「それにしても……うん。アカメって名前もそうだけど……」

 

 彼はアカメの顔をまじまじと見つめながらつぶやいた。

 

「な、なんだ……こ、このっ……! なっ……!」

 

 剣を構えて受けて立つ構えのアカメだったが、相手が姿が霧の様に霧散した。漆黒を纏っていた筈なのに、今度は湯煙に交じって姿が消えてしまったのだ。湯煙の中に漆黒。つまり 白の中に黒は圧倒的に目立つ筈なのに、見失ってしまう。

 

「ちょい失敬」

「うわっ!」

 

「アカメちゃんっ!!」

「「アカメ!!」」

 

 背後を取られた。挙句首にもすっぽりと腕が入る。 

 絞め落される、否首を折られてもおかしくない体勢だった。

 

「すんすん……」

「こ、こら!! 嗅ぐな変態……っ!」

「変態は酷いって。えっちぃ~にしてってば! それに 他の皆も落ち着いてって。さっきから攻撃してくるのそっちだけだし、オレ 手ぇ出してないだろ? そんな事するつもり毛頭ないってば」

 

 アカメの頭を、黒く長い髪に顔を埋める。明らかにアカメの匂いを嗅いでいる変態の構図だ。ここから『えっち~』とはならないだろう。客観的に見ても変態だから。

 

「うーん…… やっぱ アカメっちとクロメっちは似てる。ってか姉妹かな? 顔立ちもそっくりだし。うん、違うのは髪の長さと服装くらい?」

「なっっ! クロメ、だと!!」

 

 アカメの身体に力が戻ってきた気がした。接しているだけで その身体が一気に熱くなるのも。それと同時に アカメは振り払い剣を振るう。その剣閃は男の頬を掠らせた。今の今までは 斬った手応えがあっても身体に傷が入っていないと言う異常な状態だったのだが、今ははっきりと判る。

 

「いててっ ひっどいなぁー」

 

 男の頬から血が一筋流れているのだ。

 因みに、誰もが知る由も無いが 彼が血を流す、と言うのは殆どなく アカメの快挙である。

 

「でも、太刀筋は見事! うんうん。タエっちと同等? いや それ以上かも……? やるなぁ、アカメっち」

 

 アカメに一撃を入れられたと言うのに彼はサバサバしている。

 そして、次に目を疑ったのは……。

 

「な………!!」

 

 アカメが扱う武器は 臣具《桐一文字》。それは斬った傷口が治癒不能になる刀の武器。妖刀 村雨には及ばないものの現時点では限りなく近い刀、と名高い一刀だ。血が流れれば何れは消耗する。小さな傷でも決して無駄にはならない。そこから反撃の意図を と探っていたのに。

 

「ふぃ~~ いててて。うん。これで良し!」

 

 手を当てて ゆっくりとスライドさせたらそこには 傷はもう無かった。

 血も完全に止まっていた。

 

 

 

「あ、アカメちゃんの剣は……」

 

 ツクシもそれに気付いたようだ。アカメと一番仲の良い彼女はアカメの武器もよく知っている。傷が治らず血が止まらず倒れた魔獣の事も知っているから、当たって傷が出来た時喜んだんだから。

 

 でも、実際は。

 

「や、やっぱ 化けモンだよ……、コル姉、どうする……? チーフやお父さんのトコに……」

「簡単に行かせてくれるのなら、ね。……私達じゃどうしても……」

「んじゃあ ここはセクハラ我慢して突っ切る!? アタシとしてはやり返したい気満々! だけど、あれには勝てないし、空回りするくらいならそっちの方が……」

 

 胸触られたり、股間を触られたり、チューされたり……女の子にとっては最悪だが 死ぬ様なら別だ。

 ポニィにしては よく考えた。頭、初めて使った! と褒めてあげたい気分だったが、首を横に振るのはコルネリア。

 

「確かに、死ぬようなことはしてきてないけど、そこは相手の気分次第でどうとでもなるんだよ。……あいつは女ったらしだから 今楽しんでるだけのようだけど…… チーフやパパは男。……あの時みたいなモードに入られたら 今度こそ殺られる可能性の方が……」

「うっ…… あ、あれも半端無かったし、んじゃあ……どうすれば」

 

 コルネリアが言っているのは、河川上で戦った時の男についてだ。漆黒のマントを纏い素顔も見せず、感じる威圧感と圧倒的な実力、そして その口調もぜんぜん違った。楽しんでる、と言った点においては同じかもしれないが、それでも 殺す事を躊躇する様な様子だとは思えない。

 

 色々と考えているからこそ 今 最適な解が判らなかった。どうすればベストなのかが。

 

 

 

「……答えろ。なぜ、クロメを知ってる? クロメに何かしたのか!?」

 

 剣を構え、これまで以上の殺気を見せるアカメ。

 びりびりっ、と感じる殺気は クロメの為に、クロメの為ならば どんな事でも出来るし、どこまでも強くなれる、とそのまま体現しているかの様だった。

 

「愛されてるなぁ、クロメっちは! 良いよ、良いよ。そーいうの嫌いじゃないし、ってか好きだし! 皆皆大好きだぜ?」

「質問に、答えろぉぉ!!」

「おっとと」

 

 クロメの事なら暴走するアカメ。それをしっかり認識した後。

 

「ほいっと 没収~」

「あっ……!」

 

 武器が手に有れば 話しもしにくい。と言うか話を訊いてくれないだろ、と言う事で没収した。

 

「落ち着いてって。知ってる事話してやっから。後、クロメっちは元気だぜ? それだけ教え解くからよ」

 

 飄々としている男だが、全く信用していないアカメは強く睨み付けた。

 

 

「くっ…… それは、本当だろうな……? 嘘だったら 私はどんな事をしてでも、……例え敵わなくても、お前を、……殺す!!」

 

 

 それは 必ずどんな事をしてでも殺すと言うすさまじい殺気だった。

 でも、それでも 男の表情は崩れない。ただただ笑っていた。

 

 

「心地良いね。それだけオレを想ってくれるんだからよ? ま、殺意だけど その点は目ェ瞑るって事で ホレホレ。皆集まって~ 聴きたいだろ? 確か、お前さん達は なんちゃらランクの上位クラス。あの長髪の渋めなコズキのおっちゃんのチームだったよな?」

 

 男の言葉に 皆が目を見張る。

 自分達の()の名が出てきたのだから。

 

「顔見知り~とまでは行かないかもだけど、結構前に会ってんだー。メズちゃんに色々と手解きをしてやった時とかにも会ってるし♪」

「……嫌な顔に、嫌な手つき……。さいてー」

 

 コルネリアは、嫌悪感を感じつつも 前に出てきた。

 

「よしよし。もー よーやくゆっくり話が出来るなぁ。桃源郷を見つけた~♪って思って心も身体もリフレッシュするつもりだったのに、まさか稽古するハメになるなんてなぁ?」

「全部お前のせいだろ!! いきなり覗きに来て好き放題しまくって! 普通は刺されるぞ!!」

 

 ポニィの盛大なツッコミも冴えわたるが、男は全然堪えた様子はない。

 

 アカメはまだやや興奮してる様だが。

 

「アカメちゃん。落ち着いて。……だって、私達が大丈夫だもん。えと クロメちゃん、かな? きっと大丈夫だよ」

「あ、ああ。すまない ツクシ……」

 

 しっかりとツクシがそばについててくれてるから大丈夫だった。

 

 

「んじゃあ、話そう! クロメっち達との運命的な出会いを……。うーん 自分で言っといてなんだけど、どーだろ? 運命的~とは違うかも?」

「知らんわ!! 話すなら早く話せ!」

「わーったわーった。ほらほら、もっと笑顔だって ポニィちゃん。ほれほれ~」

「わきゃきゃきゃ!! く、くすぐりは、はんたっ、やめ、やめっっ」

 

 話しが進まなそうだったから、コルネリアは持ってた桶で盛大にお湯をぶっかけた。

 

「(さっきまで本当に死に直面する程の修羅場だったのに……。なんなんだろ、この状況……)」

 

 ため息を吐きながら、改めて座って話を訊く事にしたのだった。

 

 因みに 別に逃げてもよさそうな感じだったが アカメが梃でも動かなさそうだと言う事、そして アカメの妹については以前から気になっていたから、と言う理由があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、あれは帝都近郊にある草原。直ぐ傍には村があって 少しばかり休憩してまた 飛んだ時に 彼女達を見たのだ。

 

『やっぱ ()の方が良いよな。()でゆらゆらしてたってつまんないし。どっちで退屈するにしても 下の方がなんぼかマシだ。それに…… そろそろ期限(・・)迫ってるし……ん?』

 

 そこでは争いが始まっていた。

 ルボラ病がどうとかと、騒いでいた事もあって結構殺伐としていた雰囲気の村だったが、それに拍車をかける様に始まっていたんだ。

 

『でも、面白そうかもな! うーん、村から出てきてる男たちはむっさいから 置いといても、あの子達は可愛いなー』

 

 基準はそこである。

 

 無類な人間の女好きな男 クロ。

 

 宙に浮いていた身体をゆっくりと下降させた。そして徐々に 速度を上げた。

 何故なら 危なかったから。

 

『あの子、油断してる。……危ないな、斬られる』

 

 そう、一際幼さが残る長い金髪の少女。身体の四肢が斬れ、血飛沫が舞散るこの修羅場でも笑顔を見せれると言うのは 凄いと思うが 如何に訓練を受けたとは言え 身体の方はどう見てもただの人間だ。あの刃を受けたら、ただじゃすまないだろう。

 

 

『うん! 笑顔が可愛い! 死なすの、絶対だめだ!』

 

 

 と言う訳で、全く関係ないのだが参戦? をする事になったのだった。

 

 

 

 

 



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第20話 気に入った子は助ける!

 

 

 戦いはまさに一瞬だったと言えるだろう。

 帝国側の暗殺者は5名、同じく村から飛び出してくる様に出てきた標的が8名。

 

 数では劣るものの、帝国側の闇の暗殺部隊。その任務を確実に遂行する為に血の滲む様な命を削る様な訓練と身体を強化する薬を服用し続けてきた。

 

 その為、その身に宿した力は一般人を遥かに凌駕している。それに加えて外見はただにの子供だ。その外見に油断し 飛び出してきた標的の3名が一瞬で死んだ。

 

 このまま、暗殺者側の圧勝だと言える戦いだったのだが。

 

「いけるいけるよ~~! 私達、全員生き延びられる――――!」

 

 標的側にも曲者、強敵と呼べる者はいたのだ。

 斬られ、死んだであろうと思っていた者はまだ生きていた。敵を殺して完全に油断している少女レムスの背後へと迫り。

 

「え…………」

 

 背中を刻まれた。続けざまに2つの凶刃がレムスを襲った。

 薬の影響なのか、痛みこそはそこまで感じてない様だったが、斬られたと言う事実は実感できていた。

 

「き、斬られ……ちゃった……」

 

 重くなる瞼に抗う事が出来ず、眼を完全に閉じ そのまま地に伏した。まだ完全に殺した、と確証が得られなかったのだろうか、男達はもう一度倒れた少女に刃を突き立てようとしたが。

 

「レムっ!!」

 

 割って入ったもう1人の少女クロメにそれは阻まれた。一瞬の内に相手の喉笛を斬り割き、絶命させていた。

 

 そして 強敵は1人ではない。まだまだいる。

 

「(あと1人です……!)」

 

 1人、また1人と殺してきた勢いのままに、攻撃を仕掛けようとした。

 相手の力量を正確に見極めようとせずに。

 

「ガキ共が! 動きはもう見切ってんだよ!!」

 

 向けられた刃は容易に弾かれた。読まれた軌道、そして元々のパワーの差もあった為か。

 

「攻撃がお行儀良すぎてワンパターン、それに軽すぎなんだよ! 死ねェッ!!」

「っっ!!」

 

 剣で防御をしようとしたのだが、その剣諸共唐竹割りをされ、身体は真っ二つに割かれた。

 

「ウーミン!!」

「馬鹿やろうっ!!」

 

 仲間がまた1人殺られた。それに一番動揺を見せていたのは班のリーダー ナタラ。

 だが、その動揺はこの戦場において最も最悪だっていい愚行だ。その隙を狙ってナタラに攻撃をしようとしている男を阻んだのが ギン。

 

「ボサっとするなボンクラ! お前もああなりたいのか!!」

「っ……! わ、わるい!」

 

 全ては戦い終えてから。仲間を弔うのも、悲しむのも。

 

「ウーミンを殺ったな! お前も真っ二つだ!!」

「返り討ちにしてやる!!」

 

 クロメがウーミンを殺した男に飛び込んだ。

 それを待っていたかの様に、強靭な斧を振り下ろすが 最小限の動きで躱される。残像が見える程の速度で。一撃目も、二撃目も。

 

「!? (こ、このガキ……! オレの、攻撃……を………)」

 

 返しの攻撃で首が飛んだ。

 首が取れても数秒は意識がある。男は首を斬られた実感もあった。

 

「(もう、見切り……やがった……………)」

 

 

 

 そして 全ての戦いがを告げた。

 敵側全て全滅させ、……帝国側の暗殺者は2人死んだ。

 

 

 

 

 

 

『う~……。かっちょよく助けて『きゃー素敵~~』って感じになる予定だったんだが……』

 

 死なすの駄目っ! と思いながら行ったのにも関わらず 結果として死なせてしまった。それは 正直相手側と味方側の力量を……。

 

『見誤っていた!! くっそーーー!!』

 

 と言う訳でクロは全速前進。まだ地上にまでは200m程あるから、身の内の闇を解放する。

 背に負うは 今の夜の闇にも負けない暗黒。その闇を周囲に撒き散らしながら接近していった。

 

 

「ウーミン……、レムス……」

 

 仲間の死。

 今まで苦楽を共にしてきた仲間達の死。如何に人間の死を見続けてきた暗殺者であっても 仲間の死だけは慣れるものじゃない。涙は留めなく流れ続ける。 

 だから、だろうか 今までの攻撃も奇襲も全て読む事が出来たのに。

 

「っ! クロメ!!」

 

 頭上から迫る闇に、気付かなかった。

 

 一番先に気付いたのがナタラ。

 それはただの偶然にして幸運だ。皆より少し離れた位置にいた為視界に捉える事が出来たから。気配を感じた、とかそんな事は一切ない。虚無をその闇に感じたから。

 

 ナタラの声に反応して、クロメは2人の亡骸から距離を取った。

 闇は2人の身体を完全に覆い隠した。

 

 

「ふーむ……。オレはアイツ(・・・)みたいに、あんなに戻す(・・)のは得意じゃないけど、数十秒前くらいなら、何とかいけるか」

 

 完全に死んだ少女には 別の術を。

 

「ぁ……ぅ…………」

「ほっ、こっちは生きてたな。よっこいせっと」

 

 レムスの小さな身体を抱き起こした。

 

「あ、あなた……だれ?」

「ん? せーぎの味方! って、違うか……。キミみたいな美少女はほっておけないナイスガイさ」

「ないす、がいって……、じ、じぶんで いう? それに わたし、死なないよ。だって、だって、死なないでって みんなに いったの……わたし、だもん……。しんで、みんなにめいわくや、かなしいおもい、させたくない」

 

 明らかに致命傷だと言うのに、ここまで喋れる所を見ると、見えてくるものがある。

 

「ふーむ……、無理に強化してるってトコ、か。今も昔もエゲツナイ事するのいるんだなぁー…… それ身体壊すだけだってのに」

「えっ……?」

「いやいや 何でもねぇよ? ほれ、目閉じて」

「い、いま眠っちゃったら…… ほんと、しんじゃいそうだから……」

「だーいじょーぶ! 信じて目瞑れって! あ、いや 別にそのままで良いか。んじゃあ、失礼してー」

「え……? ふむっ……!?」

 

 クロはレムスの唇を唇を塞いだ。

 

「(き、きすっ……!? わたし、きすされてるーー!?!? そ、それもいきなり、はじめてなのにっ!?)」

 

 当然混乱する。いや、だが 死にかけてるのに そこまで混乱できるものなのだろうか。

 

「(きゃっ な、なになに? なんだか……え……? きもち、いい? なんだか…… ここち、いい……?)」

 

 だんだん身体が軽くなっていくのを感じる。

 

「んっ ほい! とりあえず これで大丈夫」

 

 ちゅぷんっ と艶やかな音と共に、唇を離した。

 レムスは知る由もないだろう。……その身体の傷が急速に完治して言ってるという事に。

 

「そっちの子は……… うん。とりあえず 範囲は超狭いし、成功したな」

 

 身体が縦に割れていたのにも関わらず、何も無かったかの様に繋がっていた。意識まではまだ戻ってなかった様だけど。

 

 

『レムス!! ウーミンっっ!!』

 

 外から声が聞こえてきた。

 

「っとと、仲間の皆さんか。……んー、でもこの子らそっちにやって大丈夫なんか? タエっちとかみたいな逸材ならまだしも……」

 

 この倒れてる2人の力量をしっかりと見た。確かに薬で大分強化出来ている様だけど、本当にそれだけだ。折角助けたのに、次も助けられるかどうかは判らない。何より、綺麗な笑顔のこの少女は……どうにか欲しかったり? 

 

「うし、決めた!」

 

 と、言う訳で 覆っていた闇はそのままで、仲間たちがまつ外へと出た。

 

「っ! 何者っ!!」

「…………」

 

 その姿は同じく闇を纏って。それっぽいオーラを出して。

 帝国の暗殺者からしたら、まるで死神か何かに見えるだろう。身体から噴出されている闇のオーラの演出? が更に際立たせている。

 

「あの娘らは……余が頂いた」

「なんだと! ウーミンとレムスを返せ!! 誰がお前なんかに渡すか!!」

「クロメ!」

 

 クロメが飛びかかって斬りつけるが。

 

「落ち着け娘」

「なっ……!」

 

 剣が身体を通り過ぎた。何の手応えもない。透き通る様に通り過ぎてしまったのだ。

 その上、剣先を握られた。つまり、向こう側は触れてこちら側は触る事が出来ない。

 

「あの娘の命はもう尽きている。……判っているであろう?」

「くっ……、なら どうするって言うんだ! 2人を、2人の身体を弄ぼうと言うのか!」

「ふむ。そう言う趣味は我にはない」

「なら、返せ! 2人は私達の大切な仲間だ! ……私達が、弔うんだ!」

 

 剣を力任せに引っ張り戻そうとするが。

 

「話を最後まで訊くんだ娘よ。……この少女らは死ぬには無垢過ぎる」

 

 そう言い残すと剣を離し宙に浮いた。

 

「ウーミン! レムス!!」

「主はクロメ、というのだな……よし名を覚えた。また 会おう」

「待てぇっ!!」

 

 剣を振るい続けるが、全てが届かなかった。

 2人を包んでいたままの闇と共に、夜の彼方へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、場面は元に戻る。アカメ達の元へと。

 

「と言う感じで 『また会おうぜ!』って感じで爽やかに別れたんだよー。うーん、クロメっちも可愛かったし また会いたいなぁ……」

「クロメは何よりも、誰よりも可愛い。それは否定しない。……が!」

 

 アカメは、邪な顔をしているクロの顔面に蹴りを1つ。

 

「いてっ!!」

「クロメには二度と近づけさせん!!」

「親父かよ、アカメっちー……。それに クロメっちだけじゃないぜ? アカメっちも可愛いって! 負けてない負けてない! アカメっちも可愛い!」

「む……」

 

 それを訊いてアカメは少し顔を顰めた。

 

「わっ、駄目だよ、アカメちゃん! そんな人の甘言にのっちゃっ!」

「そう言うタイプって女の子だったら誰でも良いのよ」

 

 散々な声が周囲から響くがとりあえず気にした様子はない。

 

「違うぞ、コルネ……っち! コルネっち! オレは可愛い子が好きだ! 誰でもって訳じゃないぜ!? 流石におばちゃんにとかはなぁ……? チューするのはさぁ」

「そんなん訊いてない! って、~っちって呼ぶな!」

「良いじゃん良いじゃん。気に入った子にはそう呼ぶんだーオレ」

「うっさい! それに何なのよアンタ! 変身したら人格とかも変わるって言うの!? 変に口調変えて!」

「んん? ああ、そりゃ そん時の気分だ! 大した意味はねぇよー」

「ほんっと胡散臭いヤツ!!」

 

 

 色々と言い合っているコルネリアとクロ。そんな中で安心感を何処か覚えたのはポニィとツクシだ。2人はまだ ~っち と呼ばれてないから。

 

「んー? 2人の事も好きなんだぜ? ほれほれ~!」

「わきゃっ!!」

「わーーっ も、揉まないでーーっ!」

 

 でも、安心出来たのは一瞬だけ。その後も全員が思いっきりイタズラをされ続けるのだった。

 

 

 

 勿論最後は爽やかにお別れになった。

 

 

 

「んじゃあ またねー! 皆! 楽しかったよー」

「「「二度と来るな!!」」」

「来ないでーーっ!!」

 

 

 



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第21話 村に降りる!

何だかメチャクチャ遅れちゃってすみません……
それに メチャてきとーな出来になってる気がします……。設定を活かしきれてないと言うか、文才が、と言うかって感じです……。




 

 

「ん~♪ ほんっとみんなみんな可愛かったなぁー! いやいや眼福眼福! 程よい感触♪ 最高っ」

 

 ふわふわと空を漂いながら 思い返しているのだろう。少々だらしのない顔をしていた。

 それも数秒間のみ。

 

「んー、この辺って確か……」

 

 クロは 宙を移動しながら その地形を目にして、この場所の大体の位置を把握した。

 

「っよし。久しぶりに戻る(・・)かな? 結構 傍に来た事だし? 南に100…… やー200ってトコか」

 

 背伸びを1つすると 身体に力を入れて再び飛翔を開始。

 

 鳥達を追い抜き、宙を支配している危険種も追い抜き、更には雲の上まで上昇し風を斬り、空気の壁を突破する。現代の科学、文明では到底なしえないその速度は、殆どワープと言っても良いかもしれない。

 

「とと、危ない危ない行き過ぎるトコだった」

 

 とりあえず行き過ぎる事なくものの数秒で目的地へと到着。

 

 そこは 山々、森々に囲まれた秘境。

 自然に囲まれた未開の地…… と言って良い風景だと思えるのだが、その一部にはぽっかりと大きな円が出来ており、明らかに人工的な建物も見える。

 簡単に言えば ちょっと大きめの村だ。

 

 クロは ささっと地上へと降りて、その村のど真ん中。広場へと着地した。

 その広場では、ちょっとした出し物をしている様で、人がそれなりにいた。……突然 空から人が降ってきたら驚くだろう。『親方! 空から男の子がっ!』と言った感じで。

  

 でも生憎、この村では驚く様な者は誰一人としていなかった。 

 

「よーっす! お久~」

 

 手をパタパタと振ってニカリと笑うクロ。それを笑って出迎えるのは 長身の黒髪の女性。

 

「おやおや。ほんっと普通に登場は出来ないのかい? 貴方はさ?」

「へっへ~ この方が格好良いだろ? この方が! ってか 結構ひっさしぶりだなぁ。マーサ! あ、また飯食わしてくれ~!」

「はいよっ。あーでも ちょいとお待ち。ウーミンとレムスが捕ってきてくれた上質の肉が今さばけたばっかなのよ」

「おおおっ! そりゃ期待できる! マーサの焼肉定食は絶品だしなぁー! 肉汁絶品っ♪」

「……ふふっ」

 

 マーサは何かを思い出した様に穏やかに笑った後、早速取り掛かった。

 

「作る間、皆に顔見せておやりよ。貴方が戻ってきたって知ったら みーんな喜ぶわよ」

「おっ? やっぱ オレってモテモテ??」

「そりゃもうっ。私も 後5年若かったら 狙っちゃってるわよ?」

「いやいや~ マーサならいつでもバッチコーイだぜー?」

「あらあら。こんなオバサン捕まえて~」

 

 あははは、と陽気に笑っている間に、また人が集ってきた。

 

「やれやれ。ほんっとお主は老若問わず……じゃな?」

「ほんとですねー! でも、私はマーサよりは若いから、アタックしたらもっともっと可愛がってもらえるかなぁ??」

「それを言ったら私はもっとですよ~? クロお兄さんは 私の初めての人なんですしっ♪」

「レムス……。何度言ったら判るの? アレ(・・)は治療行為だって言ってるでしょ?」

「な~に? ウーミンってば ヤキモチやいてるでしょー??」

「ち、違うわよっ!」

 

 大いに賑わってくれて、クロも更に笑う。

 

「あーーっはっはっは。皆マジで順応早過ぎじゃね? ほんっとメチャ馴染んでんじゃん。まだ 一カ月? 二カ月くらいなのによぉ」

 

 

 因みに少しばかり説明すると、ここにいるメンバーは 少々訳アリなのだ。

 レムスやウーミンは、クロがアカメ達に語っていた様に 過去に助けた少女たち。そして、その他も似た様な者なのである。

 

「そりゃあ 最初は戸惑ったと言うか、混乱したけどね……。結果として見てみれば、私は何か生き返ってるし…… それだけじゃなくて家族まで助けてもらってるし……。おまけに殆ど自由の身も同然だし。楽しんじゃわないと損って言うか。皆仲良く平和最高っ って言うか」

「儂も似た様なもんじゃな。あの乳が大きな娘……じゃなく 可愛らしいお嬢ちゃんに見事に頭撃たれてー じゃ。んで 気付いたら お主が儂をここに招待。……混乱せん方がおかしかろう? そのどでかいのがあったからこその順応性じゃ」

 

 マーサと、傍らにいる老紳士ミアン。とある村にて 殺されそうになってた所、通りかかったクロが気まぐれに救った。……勿論、気まぐれなのは 老紳士ミアンの方で、マーサともう1人。

 

「私も私も。突然 デッカイ土竜に頭を潰されちゃったもんね……。アレって絶対死んでるんでしょうし。 ……それで生き返った仲間で言えば私達3人が筆頭! と言う訳で、ウーミンは下っ端だよー」

「んなっ! レムスの方がっ!」

「私は死ぬ一歩手前だったから違うのー」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ村の人達。

 毎日がこう騒がしいらしく いつもクロが降り立ったら大体こんな感じだそうだ。

 

「うんうん。こういう雰囲気好きだぜー? やーっぱ もっかいしてみて良かったわっ! 前んときなんかちょっとアレだったしなぁー」

「前ってなんじゃ? ここ以外にも似た様な場所があるのかの?」

「あー、そんな感じそんな感じ。訊いてくれよ~前回なんかさぁ オレが調子に乗っちゃったせいってのもあるんだけどな……。ちょっとした道楽、趣味で ひと拾ってたら いつの間にか大人数になっちゃってさ? ヤレ『かみさま~』だの、『ほとけさま~』だの。オレの崇拝者? が大量に出来上がっちゃったんですよ、はい。貢物合戦、処女捧げ合戦。あそこまで行っちゃったら、流石のオレもひいちゃうんです。可愛い子もいたんだけどなぁー。ちょ~~っと眼が変わっちゃって」 

「………なんか速攻で目に浮かぶの、その光景」

 

 以前もこんな風に『趣味でヒーローやってます』ってどっかで聞いたキャッチフレーズ宜しくなボランティアをしてて 出来上がった町や村があった。

 

 色々と引き継がれている記憶(・・)があるから、狂信的な崇拝者の行く末をよく判ってるクロは 早々に脱出して戻らなかったとか。

 

「クロお兄さん……。それでみんなほっといたの? ちょっと酷いって思うよー。それ」

「レムっちは、知らないだけなんだよー。あ~んなに色々と奉仕プレイの連続されたら、飽きる~ と言うか 退屈する~ と言うか。村人みーんな どっか人間味が無くなっちゃった気がしてさぁ? それにオレ 一度興味無くなったら とことんだからな~。あー でも勘違いしないでよ? ちゃーんと今でいう帝国に送り返したから。あっはっは! いきなり雇用とか増えて、帝国がメチャ混乱したよな、確か! 困惑混乱、アレはアレでおもろかったなぁ!」

「………」

 

 マーサはそれを訊いて、記憶を辿った。

 帝国の歴史はそれなりに知っている。親族が革命軍の内定者……と言う事で、様々な事を調べた。だが、近年でそう言う事態が帝国に起きた、と言う事例はない。そもそも、雇用が増えた所で 使える者・使えない者に早々に別けられて、薬漬けにされたり、暗殺者にされたりとするだけで、帝国はそこまで困らないのだ。……そう、今の(・・)帝国なら。

 

「さーって。皆の顔見れたし! そーれーに、……堪能もしたっ!」

「きゃうっ!」

「ひゃあ~っ!」

 

 後ろからがばっ と レムスとウーミンに抱き着くクロ。スリスリ~ と頬を摺り寄せると、くすぐったそうに笑うレムスとウーミン。

 

「レムっちにウーミンっ! これからも頼むぜ~? 皆で仲良くな? この辺、結構やんちゃな動物も多いからさっ!」

「はーいっ!」

「お、恩に報います! 頑張ります!!」

 

 堪能できたのは、ある意味2人の方かもしれない、と言うのは気のせいじゃないだろう。

 

「それはそうと、一級危険種をやんちゃとは……」

「まぁまぁ。問題ないだろ? 結構、連れてきた子達 それなりに選んだつもりだしさー?」

「まぁ 歳は取りたくないのぉ~ って感じじゃが。何とかな」

 

 それだけ聞いたクロは、ふわりと空に浮かび上がった。

 

 

 この場に集った皆を見てにやっ と笑う。

 

「因みにさー。最初言った事、忘れてねーよな? 別にここに留まらなくたって良いんだぜってヤツ。皆の故郷ってヤツに戻ったってなーんちゃ問題じゃないってヤツ」

 

 間違えないでほしいのは、クロはこの場に皆を縛り付けた訳ではない。

 山奥の秘境……未開の地とは言え、この場所には相応の使い手が多数いるし、何より、ヤバイ危険種自体もそこまで多くは無い。しっかりと対処できるレベルなのだ。

 

「最初はそれ思ったケドさ! ここもとーっても良い場所だし、第二の故郷なんですー。私にとって! ……殺される前、故郷に帰れるっ! ってすっごく嬉しくて それが叶わなくて絶望して…、色々あり過ぎたからさ。気がとても休まるここにいるんです! それに、クロさんは こうも言いましたよ? 『何時までもいてくれて良いぜー。たまにチューしに戻った時 誰もいなかったら 沈むけど……』って」

「そりゃ 沈むジャン……。こんだけ可愛い子いたのに いなくなったら……。ま、女の子だけじゃないけどさ~」

 

「クロお兄さんに救われた命。大切に使いますよー! もっちろん クロお兄さんに嫌われたくないので、言っていた様な事にならないよう頑張ります~!」

「レムスと同じ気持ちです。クロ様」

 

「……焼肉定食くらいなら何時でも作ってあげるわ。貴方にも疲れたり、お腹がすいたりしたら、戻ってくるおススメの場所の1つがここにあっても良いでしょ?」

「野郎の1人代表で言おう。しーっかりこの娘らは守るわい。ま、前回みたいなのにならない様に努力……じゃな。二度目は無いってのが相場じゃ」

 

 

 それを訊いたクロは 更に上昇を始めた。

 

 

 

「はっはは。そりゃ色んな意味で安心だ。んじゃ またなー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロが見えなくなった後。

 

 マーサ達は自然と呟いていた。

 

「あの人がきっと黒の神鳥。……神鳥伝説の内の1つ。神様なんでしょうね」

「うむ。じゃが 伝説では白が無邪気な天使、黒が断罪の悪魔って伝わってたんじゃが…… ありゃどっちかって言うと無邪気の方じゃないかのぉ」

「伝説なんて言い伝え1つで変わったり、反対になったりしますよ。地方によって変わるらしいですし。それに、断罪は 上空を大きな影が、空を割る様な影が通った時に起こる。それは間違いありません。その日は帝国でさえも穏やかですから。悲鳴の1つも無い平和な一日になりますから。 後……あの人がいる時は、いつも快晴。きっと人里に下りた姿……なんでしょうね」

「……一度死んでみるもんじゃ。儂らは運が良い」

「ふふ。そうですね」

 

 いつまでもクロに手を振る少女たちを見て。

 

 荒んでいる帝国もこんな風になれば良い……と心から想った。

 そして 彼の力ならそれも容易であろう事も、いつもながら思う。 それ程までに巨大な力。……そして その力に目が眩み 人々は独占しようと突き進もうとしたのだろう。それが彼の言っていた事に繋がる。

 

 

「帝国を蝕んでいるのは 人が生み出した病原菌。……なのに、丸投げするなんて 罰が当たりますよね。それは」

 

 

 崇めて、崇めて 崇拝して、奉って……、その時の人の顔は こんな晴れやかに笑ってはいないだろう。……笑っていたとしても、絶対醜いと思われる。そして次第に興味が薄れ、0になる。

 

 その時、きっと彼は―― クロは何処となく寂しい表情をしているんだろうな、と思ってしまうのだ。

 

「今の儂らに出来る事は少ないかもしれん。……じゃが、いずれは何か自分達の力で行動をする。それだけを心に刻むのみじゃ」

「そうですね……。って あっ!」

「どうしたんじゃ?」

 

 回想シーンっぽくなってたんだけど、大事な事を思い出したマーサ。

 

 

「………焼肉定食、食べずに行っちゃったわ」

「………あー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああーーーっっ 飯っっ!! 焼肉っっ!? 戻る!」

『ちょっと待ってよ。そろそろ交代』

「ええええっ!! オレ喰ってないのに!?」

『自業自得だし』

「へぶん……っ」

 

 

 

 



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