ファンタシースターオンライン2 「Reborn」EPISODE 4(休止中) (超天元突破メガネ)
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0章 ずっとこの日を待っていた
SB0ー0「AGAIN」


SBと書きましたが、実際のストーリーボードと対応はしていません。



AP241:3/22 10:30

アークスシップ:メディカルセンター

 

目を開けると、私は狭い個室にいた。

個室、、、というより、1人用のポッドの類だろうか。薄暗く、一面、金属の壁に覆われ、一歩分の余裕も無い狭さ。

そして、、、妙に寒い。

「え、えーっと、、、」

ふと、そんな声が出た。混乱しているから仕方ない。

私が動けないまま狼狽えていると、突然、プシュっという小さい音がした。

そしてそのまま、私の目の前の壁が下がっていき、ポッドを光が満たしていく。

やがて壁が完全に下がり、外に出られるようになった。

「、、、?」

とりあえず、外へ出てみる。

そこは、自分が入っていたのと全く同じ、無数のポッドが並ぶ部屋。両側には窓があり、広い宇宙の景色を映している。

ふと窓を見ると、1人の少女が映りこんでいる。

銀髪を背中まで伸ばし、儀礼用の服装をもとにデザインされた、黒い「エーデルゼリン」を着た少女。

きょとんとした青い瞳は、右だけが幾何学模様を描き、胸元からは身体中に刻まれた黒い文様が見え、短い角が前髪から顔を出している。

それは映りこんだ少女、、、私が「デューマン」である証。

「さーん、、、アメリアスさーん!!」

そのまま外を眺めていると、不意に、聞きなれない声が私の名を呼んだ。

振り向くと、そこにいたのは、桜色のアークス職員用制服、「フロンティアリード」を着た、金髪の女性。見たところヒューマンだろうか。

「おはようございます。無事目覚められたようですね。お体に異常はありませんか?」

彼女は尋ねながら、ウインドウを開く。どうやら私のバイタルデータの様だ。

「なるほど、ダーカー因子も綺麗さっぱり消えてますね。」

「あの、、、貴女は、、、?」

私が控えめに尋ねると、

「あ、、、すいません!自己紹介がまだでしたね、、、私、アメリアスさんの専属オペレーターになりました、シエラです!」

「はあ、、、」

「あれ?もしかして、記憶が曖昧だったりします?医療部から、そうなるかもとは言われてるんですが、、、」

「いえいえ!そんなことは無いんですけど、、、」

私は必死に否定する。

事実、私の記憶に抜け落ちはない。ただ一つ、、、ここに入った時の記憶を除けば。

「そうですね、、、お話したいことが幾つか有るので、とりあえずついてきてください。」

そう言うと、女性、、、シエラさんは歩き出す。

私は、その態度にどこか既視感を覚えながら、彼女についていった。

 

AP241 3/22 11:00

アークスシップ:艦橋

 

私がシエラさんに連れられて来たのは、アークスシップの中枢とも言えるエリア、、、艦橋。

シエラさんは中央にある大型モニターの前に立ち、話し始める。

「なるほど、記憶の欠落は起こってない様ですね。では、『深遠なる闇』撃退作戦の事も覚えていますか?」

私は頷いた。あの時のことはよく覚えている。

かつて亜空間に封印された【深遠なる闇】が残した4体の「ダークファルス」の力が集まり、さらに「仮面」と呼称された、特異なダークファルスを依代に顕現しようとした「深遠なる闇」。

しかし、私達アークスとの戦いの後、最後には「仮面」の力で自分自身の時間を巻き戻され、その顕現は防がれた。

「現在、【深遠なる闇】をめぐる緒戦から、2年の時が経っています。」

「にね、、、っ!?!

に、2年!?

待て待て待て、落ち着け私、、、ここはシエラさんの話を聞いて、、、!

「驚かれるのももっともです。あの戦いの後、ダーカー因子の集中除去のために、アメリアスさんはコールドスリープに入ったんです、、、2年なんて一瞬だったと思います。」

ダーカー因子、、、私達アークスの敵、ダーカーの持つ、あらゆる物を侵食する、恐ろしい性質。

確かに、私はダーカー因子が異常蓄積していたので、何か策を講じるとは聞かされていたが、、、!

「あの、、、私、コールドスリープに入った時の記憶がさっぱり、、、」

「それなら、、、アメリアスさんが眠ってらした時に、こっそり運び込んだそうなので」

や、、、やられた!

私はとある「事情」で、常人よりも休息を必要とする身体になっている。

当然、寝てしまえばそう簡単には起きない。

「貴女が眠っている間も、【深遠なる闇】との戦いは続いていましたが、、、ご安心ください!アークスは健在、宇宙も健在です!」

艦橋を覆う大型の窓から見えるのは、変わり映えのない、宇宙の姿。

やや混乱は残るが、とりあえず私は、そのことには安堵した。

「そしてついに、貴女の復帰、、、これでもう、アークスは万全の態勢です!!」

するとシエラさんは、今までのテンションから一転、困った様に、

「でも、そう簡単にはいかないってのが、世の常なんですね、、、」

「と、、、言うと?」

「ダーカー因子の除去が終わったばかりの貴女を、すぐ起こす形になってしまったのは、理由がありまして、、、」

そう言うと、シエラさんは思い出した様に顔を上げた。

「あ、その前に、、、これを渡しておきますね!貴女の為の物語を紡ぎ出す物、、、その名も、ストーリーボードです!」

「ストーリーボード、、、?」

若干困惑しつつも、それを受け取る。

「マターボード」にも似ているが、こちらはただ空欄。

「まあ、いろいろあるんですが、いきなりお話してもなんですし、、、少し、シップを回ってみては?皆さん、貴女の復帰を待ってましたし!」

やや強引に話をまとめつつ、提案してくるシエラさん。

しかし、こちらとしても、2年がたったアークスの姿は気になるところだ。

「そうですね、、、ありがとうございます。えーっと、どこから出れば、、、」

「あ、真後ろがテレパイプになってます」

私が近づくと、すうっと壁が開き、テレパイプが現れる。

若干不安を抱きつつ、私はテレパイプにアクセスした。

 




キャラクター紹介1
「アメリアス」(オリジナル)(アークス)
age:18 high:158 class:バウンサー
weapon:リンドブルム(ジェットブーツ) costume:エーデルゼリン
今作における主人公(安藤)で、種族はデューマン。
EP3の戦いの後、寝ている間にこっそりポッドに運ばれ、いつの間にか2年も眠ってしまっていた。
性格は至極真面目(自称)で、やや正義感が強すぎることも。
クラスはバウンサーで、ジェットブーツ「リンドブルム」を使い、様々なテクニックを織り交ぜて戦う。
好きなものは昼寝。嫌いなものは曲がったことと「全知」。


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SB0ー1「惑星ループ」

投稿が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。


AP241:3/22 11:30

アークスシップ:ショップエリア

 

アークスシップ臨戦区域、アークス・ロビーの下層に位置する、ショップエリア。

店舗の集中するこのエリアは、普段から多くのアークスで賑わっている。

また1人、アークスが来たようだ。移動用テレパイプが開く。

しかしその時、、、その場にいたアークスの視線が、一斉にテレパイプに集まった。

「ふーん。あんまり変わってなくて、よかった、、、」

出てきたのは、長髪のデューマンの少女、、、アメリアス。

周りの視線に気づくことなく、てくてくショップエリアを歩き回る。

「あ、、、センパイ!?」

すると、短髪のデューマンの少女が、アメリアスに気づいた。

「イオ!久しぶり!!」

「久しぶり、、、元気そうで、安心したよ。」

「もう、、、大袈裟だよ」

イオはムッとした顔で、

「待つ側からしたら、長かったんだぞ。センパイがいない間も、いろいろあったし。」

「、、、そっか。私がいない間も、頑張ってくれてたんだもんね、、、」

改めて、目の前の後輩の顔を見る。

この2年で、彼女は大きく成長したようだ。

「イオ、、、なんだか、大人になったね」

アメリアスからすれば、本心からの言葉だったのだが。

「ちょっ、、、いきなり変なこと言うなよセンパイ!そもそもセンパイとおれ、同い年じゃないか、、、」

どう受け取ったのか、顔を赤らめるイオ。

「はあ、、、センパイ、全然変わらないな」

「まあね、、、そうだ聞いてよイオ!私寝てる間にこっそりポッドに放り込まれたんだよ!いくらなんでもあんまりじゃない!?」

「あ、あれ成功したんだ、、、」

「ん?」「ああなんでもない!それよりさ、センパイまだ本調子じゃないんだろ?一度、ナベリウスの探索にでも行かないか?」

イオが慌てる様子を不思議に思いながら、アメリアスは頷いた。

「うん、いいんじゃない?じゃあ準備するね」

「よし決まり!あ、センパイの倉庫ロックしてあるから、マイショップのパス入れて使って」

「はーい」

アメリアスはイオと別れ、ゲートエリアに向かった。

 

AP241:3/22 11:43

惑星ナベリウス上空:キャンプシップ

 

アークスの活動圏内にある、緑豊かな惑星、ナベリウス。

知的生命体の存在は見られず、多種多様な原生種が闊歩している。

「着いたね、センパイ」

ずっと窓を見ていた私は、イオの声に振り返る。

「うん。なんだか懐かしいよ、この景色」

出撃ゲートが開くのを確認して、ジェットブーツ、、、「リンドブルム」を装備する。

そしてイオと、シップ中央に立った。

「じゃあ、、、行くよ!」

「任せろっ!」

一気に駆け出し、プール状のテレパイプに向けて、思いっきりジャンプする。

テレパイプに飛び込むと、一瞬で、ナベリウスの地面に転移した。

「よーっし!全力で行くよ!」

今回は探索任務。一帯を巡回しつつ、最深部の対象を排除する。

森の中を進んでいくと、すぐに小型原生種「ウーダン」の群れと、有翼種「アギニス」が現れる。

「イオ!ウーダンお願い!」

イオがチャージする横で、後方に宙返り。

同時にジェットブーツが起動し、青い刃を展開する!

「グランヴェイヴ!」

アギニスに突撃し、連続蹴りを浴びせる。

アギニスが墜落すると同時に、イオの放った矢が、ウーダンを貫いた。

「それそれ!先行くよ!」

そのまま突進を連発し、一気に進む。

「ちょっセンパイ早い!」

蓄積フォトン切れで着地すると、そこは開けたエリアだった。

「さってと、、、あれ?」

目の前を見ると、1人の男性が、何かと戯れている。

「、、、ビューティフル。なんて美しいんだ、、、この文句のつけようのないフォルム。完璧以外の言葉が見つからない、毛並み、、、!」

アークスなのだろうが、、、こちらには、全く気付いていないようだ。

よく見ると、戯れているのは、 桃色の毛と長い角をもった、見たことの無い生き物。

「そして何よりも、僕の事を愛し、常に寄り添うこの従順な姿、、、エレガント!!」

「えーっと、何なさってるんですか、、、?」

私が声をかけると、

「おっと、そういえばさっきからいたけど、君は誰だっけ?いやはや失礼。僕はこの子達以外の事には、ほとんど興味が無いものでね」

、、、どうやら、こちらには気づいていたらしい。というか、今変なこと言わなかったか、、、?

私が混乱していると、不意に肩がつんつんと突かれた。

驚いて振り向くと、さっき置いてきてしまったイオの姿。

「まったく、置いてくこと無いだろ、、、それと、この人はピエトロさん。つい最近できたクラス『サモナー』の創設者だよ」

「サモナー、、、?」

アークスは、自身のフォトン傾向に合わせた戦闘スタイル、、、「クラス」を選択する。

熟練のアークスが、新しい「クラス」を設立することもあるのだ。

「そう!僕の名はピエトロ!そしてこの子が、僕の愛するカトリーヌさ!」

生き物、、、カトリーヌを撫でながら、自己紹介するピエトロさん。後ろからはわからなかったが、私と同じデューマンだ。

「ところで、見ない顔だけど、、、名前は?」

「ああはい、アメリアスといいます、、、」

「君はサモナーを知らないみたいだからね、ぜひ説明させてくれ、、、サモナーは、さっきイオ君が言ってくれた様に、ここ最近設立された、新たな選択肢さ」

するとカトリーヌがこちらにやってきて、ぴょんと飛び跳ねた。

「おっと!」

思わずキャッチすると、腕の中で丸くなる。

「最大の特徴は、この子達!僕等はこのタクトで、愛する子と共に戦地へ赴き、戦うんだ!」

そう言って、ピエトロさんが取り出したのは、細い棒の様な武器。

「皆はこの子達をペットと呼ぶが、、、僕にとっては愛しい子!何にも代え難い、愛すべき子達さ!」

当のカトリーヌは、腕の中で、ぷわっとあくびをする。

「どうだい?サモナー、やってみたくなっただろう??」

するとカトリーヌが、私の腕からびょっと飛び出し、

「ぎゃっ!」

真っ正面から、ピエトロさんに突進した。

「まったく、やんちゃさんめ、、、わかったわかった!じゃあ一緒に、カフェにでも行こうか!」

カトリーヌに蹴られつつ、ピエトロさんは笑って立ち上がる。

「それでは2人とも!良いサモナーライフを!」

そう言ってピエトロさんは、カトリーヌと一緒にキャンプシップの発着ポイントに向かう。

「、、、変な人。ペットは可愛いけど」

「結構はっきり言っちゃうんだね、センパイ、、、で、サモナーやってみたくなった?」

「うーん、、、保留かな」

私は答えて、また歩き出した。

 

AP241:3/22 12:08

惑星ナベリウス:森林エリア

 

探索任務というものは、往々にして長引く。

原生種を倒しつつ、アメリアス達はひたすら、奥へと向かって歩いていく。

「左手に隠した、願いは願いのままで、覚めない幻、見てた、、、」

「その歌好きだよな、センパイ。」

「うん、、、おおっとフォイエ!」

突然現れたガルフに、炎テクニックをぶつけると、ガルフは慌てて逃げていく。

「、、、あれ?」

「ガルフが逃げてった、、、ダーカーの影響を受けてなかったのかな?」

首をひねるイオ。すると、アメリアスが不意に頭を押さえた。

「、、、ちょっとやばいかな、、、」

「センパイ、、、!?」

イオは不安げにアメリアスを見て、気づく。

いつの間にか、周囲に赤い粒子が飛び交っている。

「まさか、、、!」

イオが呟いた、その瞬間。

地面から、黒い虫の様なエネミーが、大量に現れた!

「ダーカー!?しかもすごい数だ、、、!」

アメリアス達がいる水辺を覆い尽くす勢いで、ダーカーが湧いて出る。

「殲滅しか無い、、、やるよ、イオ!」

アメリアスが叫ぶと同時に、ジェットブーツが白く光りだす。

「チャージ、、、クリア!イル・グランツ!!」

数秒のチャージの後、ブーツから放たれた光条が、数体の「ダガン」を砕く。

するとリンドブルムの青い刃が、白く変化した。

「ジェットブーツギア、起動、、、モーメントゲイル!」

ジェットブーツの加速を利用した、左右への攻撃が、一気に群れを吹き飛ばし、

「バースサイクロンっ!」

そのまま回転攻撃に派生し、吹き飛ばした群れをまとめて巻き上げる!

「くそっ、小型は狙いづらい、、、!」

一方、バレットボウとは相性が悪い、小型エネミーとの近接戦に、イオは苦戦する。

「イオ!危ないっ!!」

「え!?」

ダガンの間から飛び出した浮遊系ダーカー、「ブリアーダ」が、イオに迫った、その刹那、

「ディストラクトウイング!」

突っ込んできた影が、ブリアーダを両断した。

「貴方は、、、!」

突っ込んできたのは、二本の剣、、、デュアルブレードを握り、桜色の戦闘衣を纏った、ニューマンの女性。

「大丈夫ですか、アメリアス様!!」

「、、、誰だっけ?」

「ど直球に忘れられてる!?カトリです、カトリ!」

「ああ思い出した!という事は、、、」

呟いたアメリアスの真横で、爆発が発生し、ダガンの一団が吹き飛ぶ。

「意外と、腕は落ちていない様だな」

その中心にいたのは、鋼色の装甲に包まれたキャスト。

「サガさん!」

「久しぶりだな、アメリアス。とりあえず、今はこの状況を突破するぞ」

「了解、、、!イオ!動ける!?」

「ああ!距離が取れればこっちの物だ!」

カトリが至近距離を抑え、イオはバレットボウで、一気にダーカーを撃ち抜いていく。

「「はああああああああっ!!」」

ジェットブーツを装備したサガとアメリアスが一気に突撃、範囲攻撃でダーカーを蹴散らした。

「殲滅成功、、、!」

「ありがとうございました。サガさん、カトリさん」

「アメリアス様、ご無沙汰しております!このカトリ、バウンサーを伝え、広め!ついに伝説となりましたわ!」

「、、、寄せられた苦情の数で、だがな。しかし、バウンサーもやっと、普遍的な広まりを見せてきた」

「そ、そうですか、、、」

相変わらずの2人を見て、アメリアスは苦笑する。

この2人は、二年前に新設されたクラス「バウンサー」の創設者。ちなみにジェットブーツとデュアルブレードは、バウンサー用の装備である。

なお見ての通り、アメリアスのクラスもバウンサー。

カトリの強引な勧誘を喰らい、ハンターから乗り換えたクチだ。

「とりあえず、お二人も探索任務の様ですね。ここは共闘といきませんか?」

「ああ、それで行こう。カトリも構わないな?」

「はい!無論です!!」

「2人がいるなら心強いな、センパイ」

こうして4人になったパーティーは、再び最深部へと進み始めた。

 

AP241:3/22 12:20

惑星ナベリウス:森林エリア

 

「さて、だいぶ奥まで来ましたね、、、」

深くなっていく森を、4人で歩く。

「そろそろ最深部のはずだ」

すると森を抜け、広いエリアに出た。

「到着、、、っ!大型原生種の反応ありっ!!」

イオが叫んだ直後、森の中から大型原生種「ロックベア」が現れる。

「こいつが討伐目標だ、どうする、アメリアス」

「イオは後方から頭部を狙撃。私たちは直接、弱点を狙いに行きます」

「了解、、、来るぞ、センパイ!」

こちらに気づき、腕を打ち鳴らすロックベア。私は冷静に、ブーツを起動する。

「ギアチャージ、、、フォイエっ!」

大きく飛び上がり、ロックベアの頭部に炎弾を叩き込む。同時に、ブーツの刃が紅くなった。

「さあ、行きますよ!」

「手早く済ませる、、、!」

サガさん、カトリさんが、ロックベアと距離を詰める。

「妥協はしないっ!エレメンタル・フューリースタンス!さらにラピッドブースト!」

ブーツの光が激しくなり、私の周りを光が渦巻く。

「はっ!」

繰り出す「グランヴェイヴ」は、ブーストにより、凄まじいスピードでロックベアに突き刺さる!

しかしロックベアは腕を振り上げ、大きく振り回す。

「おっと!」

私がバックターンで回避すると、ロックベアは体勢を崩し、転んだ。

「チャンス!喰らいなさい、ケストレルランページ!」

下にいたカトリさんが、自分の周囲にフォトンの刃を展開し、ロックベアの頭部に突き刺していく。

「それなら!ストライクガスト!」

私は空中で一回転すると急降下、ロックベアにかかと落としを叩き込む。

同時に赤いフォトンが伝播し、カトリさんとサガさんの攻撃力を底上げした。

するとロックベアが起き上がり、また暴れ出す。

「無駄だっての!」

私はまたグランヴェイヴで、ロックベアの頭部に肉薄し、蹴りを入れる。

これこそが、バウンサーの戦術。

バウンサーが得意とするのは、高機動戦闘。

空間を駆け回り、的確に相手に接近、属性変更のギアや、様々なスキルで弱点を突き、優位に立つ、、、!

「こっちも忘れるなよ!!」

後ろではイオが、全力の一撃の為、弓を引き絞る。

「ラスト、、、ネメシス!」

放たれる矢。しかしロックベアは起き上がり、着弾は腹になってしまった。

「あっ、、、」

「大丈夫です!機は逃しません、スターリングフォール!」

カトリさんが周囲にフォトン刃を展開し、一気に飛び上がる。

「もう一発!」

再びケストレルランページが繰り出され、フォトン刃が突き刺さる。

「決めるぞ、アメリアス!」

「はい!サガさん!!」

空中でギアをブーストさせ、エネルギーをブーツに収束させる!

「「ヴィントジーカー!!!」」

全力の蹴りが、ロックベアの巨躯を吹き飛ばした!

そのまま岩盤に激突し、ロックベアは動かなくなる。

「任務完了!」

「お疲れ様、センパイ!」

着地した私の元へ、イオが駆け寄る。

キャンプシップが終了を確認し、帰還用テレパイプを配置した。

「お二人も、ありがとうございました」

「ああ、、、そうだアメリアス、少しいいか?」

テレパイプに向かおうとした私を、サガさんが引き止める。

「?」

「話しておきたい事がある、、、最近、お前の活躍を見て、戦術の多様性を模索するアークスが増えている、、、いい兆候だ」

「私の、、、?」

「ああ。お前のおかげだ、、、何か困った事があったら言ってくれ。力を貸そう」

「、、、ありがとうございます」

サガさんにお礼を言ってから、またテレパイプに向かう。

すると私のデバイスが起動し、ストーリーボードを開いた。

「わっ、えちょっ、、、」

ストーリーボードを見ると、空欄だった場所に、先ほどの任務が書き込まれている。

「、、、なるほど。そういう事なんですね」

私はストーリーボードをしまい、今度こそテレパイプに入った。




キャラクター紹介2
「イオ」(NPC)(アークス)
age:18 high:144(推定) weapon エーデルイーオー(バレットボウ)
costume:エーデルゼリン
アメリアスの少し後にアークスになった、デューマンの少女。
アメリアスの事を「センパイ」と呼び、慕っている。
バレットボウを極めるまで使うと言っており、エーデルイーオーの開発には彼女の意見が取り入れられたとか。
あと、女の子扱いすると怒る。


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SB0ー2「捨て子のステラ」

少しずつ、オリジナルな要素も交えていきたいと思います。


AP241:3/22 13:00

アークスシップ:ゲートエリア

帰還の後、サガ達と別れ、アメリアスはゲートエリアで、倉庫の整理を行っていた。

「えーっと、これはこっちで、、、」

ブツブツ呟きながら作業していると、不意に後ろから、声がかかる。

「あ!先輩!」

「押忍、先生っ!お久しぶりです!」

アメリアスが振り向くと、そこにいたのはニューマンの少女と、ヒューマンの少年。

「ロッティ!ルベルト!久しぶり!」

アメリアスは笑顔で、2人に駆け寄る。

2人は2年前、2人がまだアークス研修生の時に知り合った仲だ。

「もしかして、、、研修終わった?」

「押忍!もう自分たちも、正規のアークスです!!」

「おお!おめでとさん!今はどこ行ってたの?」

「実地修了試験の前の哨戒任務です、、、そろそろ、試験も終わる頃だと思うんですけど、、、」

ちらちらとゲートを見るロッティ。

「あ、、、!あの子です、あの子!!」

「隠れましょう、なんとなく!」

倉庫裏のフェンスに、3人が隠れる。

「どれ、、、?」

「あの、、、あ、先輩そっくりの髪の子です」

ロッティが指した方向にいたのは、アメリアスと同じ銀髪の少女。

下にアンダーアーマーでも着込んでいるのか、ほとんど露出のないエーデルゼリンを纏い、右が緑、左が青の瞳で、きょろきょろ辺りを見回している。

「デューマン、らしいんですけど、、、角が無いんです、、、聞いたところじゃ、2年前まで意識不明で、5年近く眠り続けてたとか、、、」

「噂なので、真偽はわからないっすけど。そういえばあの子、何処と無く先生ににて、、、先生!?」

ルベルトが横を見ると、いつの間にかアメリアスが消えている。

「ステラーーーーーーーーーッ!!!!!」

アメリアスは一気に飛び出すと、少女に抱きついていた。

「せ、先生ーーーーーーーッ!?」

そのままゴロゴロともつれあい、テレポーターに転がっていく2人。

そのまま、ショップエリアの二階に転送される。

「ぎゃあああああああっ!!!」

近くに居合わせた黄色いキャストの足元で、2人は停止した。

「せ、先輩、、、!?」

追いついたロッティとルベルトの前で、2人ががばっと起き上がる。

「うえええええん!会いたかったああああ!」

少女に抱きついたまま、大泣きするアメリアス。

「おーよしよし。泣くな泣くな」

少女はそんなアメリアスを、ポンポンと撫でている。

「えーっと、知り合い、なんでしょうか、、、?」

ロッティが首を傾げていると、

「知り合い以上ですよ。お二人は。」

先ほどのテレポーターから、メディカルセンター職員、フィリアが歩いてきた。

「フィリアさん、、、?」

「彼女は、、、ステラさんは、アメリアスさんの妹さんです。」

「妹、、、!?」

フィリアは頷いて、

「はい。7年ほど前の事故で、意識を失っていたんですけど、アメリアスさんが入隊した頃に、目を覚ましていたんです。もっとも、研究部の医療施設から出られなかったので、ずっと会えてなかったんですけどね」

するとアメリアスが、ステラを連れて、顔を赤くして戻ってきた。

「す、すいません!取り乱してしまって、、、」

「姉ちゃんが大げさ過ぎるんだよ、、、ごめんね、フィリアさん」

「仕方ない事です、大丈夫ですよ。でも、ステラさんにはメディカルチェックを受けてもらいたいので、来て下さい」

「はーい。それじゃあ姉ちゃん、また後でー」

フィリアと一緒に、ゲートエリアに戻っていくステラ。

アメリアスはしばらくそれを見ていると、突然慌てて、

「ああそうだ、シエラさんが話があるって、、、ごめんね2人とも!」

「自分たちも報告があるので、失礼します!」

アメリアスは2人と別れ、再び艦橋に向かった。

 

AP241:3/22 13:25

アークスシップ:艦橋

 

私が艦橋に戻ると、シエラさんは仕事中だった。

無数のウインドウに目をやり、ひたすら操作している。

その姿を眺めていると、私に気づいたらしく、シエラさんが驚いて振り向いた。

「わわ!アメリアスさんいつの間に!?」

「えーっと、1分ほど前から、、、まあ、存在感が薄いとは、よく言われるんですが、、、」

「そ、そんなこと無いですって!、、、ところで、久々の任務はどうでしたか?」

「問題なかったです。まあちょっと、ブーストかけた時に制御が効かなかった、、、くらいですね」

シエラさんはふむふむ、と頷くと、

「何か気になることがあったら、なんでも相談して下さい、、、っと、そろそろ本題に入りましょう」

シエラさんの手の上に、小さなウインドウが現れる。

「アメリアスさんに頼みたい任務について、アークス新総司令からの大切なお願いです。」

そ、総司令、、、!?

ウインドウに広がる、「sound only 」の文字。そして、、、

「久しぶり、ウルクだよ。私のこと覚えてる?あれよあれよという間に、総司令にされちゃいました。」

「ちょい待てええええええええい!」

思わず叫んでしまった。シエラさんが慌てて音声データを停止する。

「え!?ウルクって、え!?」

ウルク、、、ルーサーの事件の後、アークスを変える為に頑張っていた、私の友人。

確かあの事件の後、アークスの管理、運営を行っていると聞いていたし、何度か見かけはしたが、、、

「いや〜、ここまでいいリアクションが貰えるとは。ウルクさんにも直接見てもらいたかったですね〜」

「期待してた!?まさかシエラさん、期待してました!?」

「そんなことは、、、でもとりあえず、今のアークスの体制から説明したほうがいいのかもしれませんね」

シエラさんが一度、ウインドウを切り替える。

「この2年で、アークスの組織体制は、抜本的に見直されました。現在は、総司令をウルクさん、司令補佐をテオドールさんが務め、、、」

樹形図型の表の、右端を指し示し、

「『六芒均衡』の皆さんには、各部署の司令をやってもらっています」

「、、、あれ?シャオ君は?」

「シャオは、私達シップ管理官を創ったのち、マザーシップで集中演算に入りました。」

するとシエラさんは、ウインドウを閉じて、

「えへへ、、、実は凄いんですよ、私!こう見えて、作られてまだ2年くらいなんですけど、心も体も最初から大人です!」

にこっと笑って、謎のポーズを決めるシエラさん。

「なお、人格形成はウルクさんを基にしたとか」

「あ、通りで、、、」

彼女に会ってからずっと抱いていた既視感の謎が、これで解けた。

「そして、これとは別に、『守護輝士』(ガーディアン)という肩書きが存在します。」

「『守護輝士』、、、?」

「はい。どの部署にも属さず、独自の判断による行動が許される、2名のアークス、、、貴女と、マトイさんです」

「私が、、、」

「そしてそしてこの私、アークスシップ管理官シエラは、『守護輝士』専属オペレーターも務めているんです!」

一通り説明が済んだようで、またイスに座るシエラさん。

「以上、説明終わりです。というわけで、任務説明の続きをどうぞ」

停止していた音声データが、再び再生される。

「本当は直接会いたかったんだけど、シャオに色々押し付けられて、忙しくてさ。

声だけになっちゃってごめん。きちんと会うのはまた今度ね」

「、、、」

「まあ、積もる話は置いといて、、、今日は、貴女に頼みたい事が有るの」

ウルクの話が、本題に入る。

「最近、、、正規のアークスとは思えない、出自不明のアークスが、ちらほら現れてるんだ。」

「出自不明、、、?」

「情報部に調べてもらってるんだけど、カスラがさ、ちゃんと報告してくれなくて、なーんか隠してる感じなんだよね。そこで、貴女にも別口で調査をしてもらいたいの」

「カスラさんか、、、」

思い浮かべるのは、1人のニューマンの男性、、、情報部司令、「六芒の三」カスラ。

正直な所、確かに胡散臭い人だ。

「怪しいアークスの目星はついてる。ちょっとの間、付きっ切りで監視してくれないかな。

起き抜けでこんなお願いして悪いけど、『守護輝士』である貴女が動くなら、カスラも何も言えないはずだから、、、よろしくお願い!」

その声を最後に、ウインドウが、静かに消えた。

「以上、総司令からの連絡でした、、、なるほど、そういう理由だったんですね、、、」

「ウルク、、、なんか元気なかったような、、、」

私が漏らすと、シエラさんも頷いて、

「ウルク総司令、シャオからの指令系統を引き継いで、とっても大変そうだったので、、、件の任務、私からも、お願いします。」

「勿論です。あんな胡散臭い人に任せてられません、、、それで、具体的には?」

「まずはこの後、総司令からの任務ということで、ターゲットを出撃させ、、、そこに、アメリアスさんが同行します。」

「任務の内容は?」

「ナベリウス遺跡エリアの、ダーカー鎮圧になります。出撃は14:15です。準備が出来たら、また艦橋に来てください。」

シエラさんの後ろの時刻表示をチラッと見る。あと30分弱だ。

「了解しました。すぐに準備します。では、、、また後で」

私はシエラさんに一度別れを告げ、テレポーターでゲートエリアに戻った。

倉庫で装備品の確認をした後、下に降り、メディカルセンターの前を通りかかる。

「あ、姉ちゃん!」

すると、私と同じ銀髪の少女、、、ステラが声をかけてきた。

「メディカルチェックは?」

「問題なかった。姉ちゃんは任務?」

「うん。総司令直々に、ね」

へ〜、と感心する妹の、緑色の瞳を見る。

「、、、本当に、よかった。またこうやって話せて、、、」

「私もだよ。姉ちゃん。」

するとステラは、こちらに右手を差し出した。

「、、、約束して。これから、一緒に居てくれるって」

「、、、当たり前でしょ。約束する。」

ぱん、とお互いの手を握る。

「おっと、そろそろ行かなきゃ。」

「頑張れ〜」

ステラに手を振って、近くの上下移動用カタパルトに乗ろうとした、その時、

「アメリアスさん!」

ゲートカウンターの方から、フィリアさんが走ってきた。

「フィリアさん?」

「間に合ってよかった、、、伝えておかないといけないことが、、、」

フィリアさんは不安げに、私を見る。

「アメリアスさんは今、コールドスリープによって、ダーカー因子が殆ど洗い流されています、、、なので」

「、、、そうですよね。注意します。」

「はい、、、くれぐれも、気をつけてください、、、では、これで」

「ありがとうございます、、、行ってきます!」

私はカタパルトに乗り、艦橋へと向かった。




キャラクター紹介3
「ステラ」(オリジナル)(アークス)
age:16 high:150 weapon デュアルブレード-NT(デュアルブレード)
costume:エーデルゼリン
アメリアスの実妹である、アークスになりたてのデューマンの少女。
姉とは対照的な、少々いい加減な性格。
姉がジェットブーツ使いなので、対抗してデュアルブレードを使っている。
デューマンにもかかわらず角がない。


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1章 目覚めの時〜GUARDIAN 'S AWAKENING 〜
SB1-1「イカサマライフゲイム」


また遅くなってしまいました。本当に申し訳ありません。


AP241:3/22 15:00

惑星ナベリウス:壊世区域・遺跡エリア

 

私が集合地点に来た時には、例のアークスはすでにそこで待っていた。

「いやいや、そんな事、、、例外的な、、、よ、うん!」

短い金髪の頭をゆらゆらさせて、ぶつぶつと何かを言っている、、、正直、怪しい。

とりあえず声をかけようと、私は走り寄る。

「あのー、、、?」

「何を恐れる必要が有るの!いつも通りやれば、、、ってうわあ!」

私の声に驚いて振り返ったのは、ヒューマンの少年だった。

「だ、誰よ貴女は!!?」

「え、えーっと、、、オラクル船団航行艦第8番艦『wyn」所属の、アメリアスと申します、、、」

おずおずと自己紹介する。うーん、初対面の人はどうも苦手だ、、、

「あ、所属艦までどうも、、、って、その名前、何処かで見た覚えが、、、」

すると、シエラから通信が入ったようで、その人はそっちに向いてしまった。

こちらにも通信が来るはずなのだが、、、少し、機器が不調のようだ。

向こうが通信してるうちに、同行者情報を見ておく、、、成る程、ヒツギさん、というらしい。

「ああうん、聞いたけど、、、」

通信しつつ、端末を操作するヒツギさん。

「って、2年前の『深遠なる闇』戦で大活躍したっていうアークスじゃないか!?どうしてあた、、、いや、僕と一緒に、、、!?」

「色々あって、復帰直後なんですよ。リハビリを兼ねた共同任務と考えてもらって、間違いありません」

と、ようやくシエラさんの声が聞こえてきた。

「ふ、ふうん、、、リハビリねえ、、、」

するとヒツギさんは、不意に後ろを向いて、、、急にしゃがみ込んだ。

「あ、あれ、、、?」

肩をぴくぴくと震わせているヒツギさん。

突然の事に、声も出せずに固まってしまう。

「あのう、、、ヒツギさん?」

シエラさんが声をかけると、ヒツギさんはびくっと立ち上がった。

「あ、あはは、えーっと、、、アメリアスさん、、、と言いましたね。ご一緒できて、とても心強いです。よろしくお願いします!」

びしっと立ち上がり、丁寧に礼をするヒツギさん。

「あ、はい、、、こちらこそ、よろしくお願いします、、、」

反射的に答えたものの、

(怪しい、、、)

単純な私は、ついつい、ヒツギさんに疑いの眼差しを向けてしまう。

(アメリアスさん!顔に出てますって!)

シエラさんのウィスパーで我に帰ると、ヒツギさんはすでに歩き出していた。

「さあ、行きましょう!任務、ささっと終わらせちゃいましょう!さあ、さあ!」

「あ、、、はい!」

てくてく歩いていくヒツギさんの様子は、やっぱり怪しい。

(すいません、こういうのどうも苦手で、、、)

(そんな気はしていましたが、、、気をつけてください)

なんとか疑念を顔に出さないようにしつつ、ヒツギさんについていく。

少し進むと、早速小型ダーカー「クラーダ」の群れが現れた。

「早速か!よーっし、、、」「らああっ!」

躊躇なくブーストをかけ、左右への蹴りでクラーダを吹き飛ばす。

「次!」「ちょっ早!?」

続けざまに現れる、「ダガン」「カルターゴ」といったダーカーも、テクニックによる光弾で怯ませ、蹴散らす。

、、、因みに、ジェットブーツは踵側に刃が集中しているが、これはブーツの攻撃が、殆ど踵を使う為だ。モーメントゲイルは言わずもがな、回し蹴りが攻撃の起点になることも多く、、、閑話休題。

まあ、こんな事を考えていられる程度には、簡単な任務である。

あっという間に全滅する、虫系ダーカー。

「それーっ!」「ま、待ってー!」

グランヴェイヴの突進で、一気に突き進む。

海洋系ダーカー、、、浮遊する魚どもも軽く吹っ飛ばし、続いて現れたのは小型有翼種。

「ヒツギさん!ダブリューネの処理を!」

「お、わ、わかった!」

ダブリューネは、自分の周囲に卵形爆弾を仕掛けてくる。

ジェットブーツではやや部が悪いので、ガンスラッシュ持ちのヒツギさんに、アウトレンジから狙ってもらい、こちらはヒツギさんが狙いづらい空中の敵を捉えに行く。

「そらそらそらあっ!!」

回転で空中の敵を一気に引き寄せ、絡め取るように蹴りを繰り出す、、、全く、便利な事この上ない。

すぐに有翼種も殲滅し、次へ向かう。

「だいぶ反応が減ってきましたね、、、ぱぱっと終わらせちゃいましょう!」

次に出てきたのは、、、大量の立方体。

玩具型ダーカー「パラタ・ピコーダ」「ピッタ・ワッダ」だ。

、、、まあ、比較的強力な玩具型でも、所詮雑魚なので、

「吹き飛べぇっ!!」

びっくり箱達は、その中身を見せる事もなく、吸い寄せられ、あっという間に退場となった。

「でも2発打たないと倒せないか、、、あれ?」

「うわあああああっ!!」

振り返ると、風船のようなダーカーに、ヒツギさんが捕まっている。

あ、「ボンタ・バクタ」いたんだ。

あの風船は、アークスに組み付き、自爆してくる。

「そうは行かないよ、、、っと!」

ヒツギさんの足元に滑り込み、全力で蹴り上げる。

「ストライクガストォ!!」

ボンタ・バクタをヒツギさんから引き剥がし、そのまま回転して浮き上がる。

「落ちろっ!」

そこから一気に踵に力を込め、自分もろとも地面に叩きつけた。

「アメリアスさん!後ろっ!!」

「えっ、、、!?」

振り向いた途端、もう一体のボンタ・バクタが、私を掴み上げた!

「このっ、、、せいっ!」

ならばと、私はブーツのギアを解除する。

するとテクニックで付与されたエネルギーが爆発となって排出され、ボンタ・バクタを振り払った。

「邪魔っ!」

すかさずイル・グランツを放ち、ボンタ・バクタを撃ち落とす。

「あ、危なかった〜、、、」

「凄い、、、あんな状況で、冷静にエレメンタルバーストが撃てるなんて、、、!」

「そんな事ないですよ、、、」

ててっと走り出す。すると後ろから、

「でも普通、あんな反応出来ないよね、、、まるで敵が来るのを読んでるみたい、、、」

「、、、!?」

小さく聞こえてきたヒツギさんの声に、一瞬固まってしまった。

「?どうかしましたか?」

「い、いえ!なんでも、、、」

すると目の前に、またダーカーの群れが現れた。

「おおっと、多いですね、、、」

「やる事は変わらない!行くよっ!!」

ブーツから溢れた光が、私の突進とともに軌跡を描く。

「せいっ!」

目の前にいた有翼種を屠る一撃は、先ほどよりも鋭く、重い。

シフタ・エアアタックブースト。フォトンによる攻撃力増強状態で、空中攻撃をさらに強化するスキル。

「そこっ!」

ヒツギさんはダガンの群れにガンスラッシュの弾倉を放り投げ、爆破させる。

「そっち、お願いします!」

「了解っ!」

近づく「ダーガッシュ」を光弾で牽制し、ブーツで端から薙ぎ払う。

ヒツギさんも、鮮やかなガンスラッシュ捌きで、ビッダ・ワッダを殲滅した。

「終わりっ!」

ヒツギさんと合流し、次のポイントへ向かう。

、、、今までよりも、格段に強力な反応を示している。

注意しながら進むと、4体の中型ダーカーが現れた。

「エル・アーダとキュクロナーダに、、、」

「ランズ・ヴァレーダ、、、ボッダ・ベアッダ!?」

奥でじっとしている、大きなぬいぐるみのようなダーカーを見て、思わず顔を引きつらせる。

ボッダ・ベアッダ、、、攻撃しない限りあちらからは動かないが、凄まじい攻撃力を隠し持った強敵だ。

「冷静に、一体づつ引き離しましょう!」

「はいっ!行きますよっ!!」

ヒツギさんはエル・アーダ、私はランズ・ヴァレーダの方へと向かう。

キュクロナーダは動きが遅いので、これで問題なく倒せる、、、はずだった。

「、、、!」

唐突に、強烈な目眩がした。

「まずいっ、、、!」

心臓が早鐘を鳴らし、血が全身を駆け巡る。

倒れそうになる体をどうにか踏ん張り、歯をくいしばる。

「っつ、、、うああっ、、、あああっ、、、!」

正面を見ると、かすれる視界の中、ヒツギさんがガンスラッシュを構えている。

そして、脳を蝕むような感覚が、私を襲った。

(敵、、、敵は、、、全部、殺す!)

脳裏にその言葉が浮かんだ時、私の理性は飛んだ。

 

AP241:3/22 15:17

惑星ナベリウス:壊世区域・遺跡エリア

 

「さっさと仕留めてやる!」

エル・アーダへ、ヒツギがガンスラッシュを向けた、その瞬間。

「うっ、、、ああああああああっ!!!」

突如、アメリアスがうずくまり、叫び声を上げた。

否、、、叫び声などという生易しいものではない。

それは例えるならば、、、獣の咆哮。

「な、何、、、!?」

「アメリアスさん!?ヒツギさん、直ぐにアメリアスさんから離れてください!!」

耳に突き刺さったシエラの声に、思わず飛び退くヒツギ。

するとゆっくりと、アメリアスが立ち上がる。

両の瞳は金色に染まり、無数の線が模様を描いていた。

「何々!?どうなってるのよ、これ!?」

「とにかく離れてっ!今のアメリアスさんには、貴女も敵に見えています!」

「ええっ!?」

ばっと身を返し、ヒツギはアメリアスからさらに距離を取る。

すると、エル・アーダが身を伏せ、突進の体制に入った。

「あ、、、アメリアス!」

思わず叫ぶヒツギ。しかしアメリアスは、距離を詰めるエル・アーダに向け、ジェットブーツの刃を向ける。

「、、、死ねっ!!」

瞬間、

アメリアスの蹴りが、突撃してきたエル・アーダを斬り裂いた。

「はあっ!!!」

続いて飛びかかってきたランズ・ヴァレーダも、凄まじい蹴りで返り討ちにする。

「何なの、あれ、、、!?」

拘束からの飯綱落としを繰り出すランズ・ヴァレーダに、正面から立ち向かうのは、非常に危険な手段だ。

先程までとは違う、自分の身を全く顧みない戦い方に、ヒツギは戦慄した。

そして、ランズ・ヴァレーダを粉砕したアメリアスの眼光は、キュクロナーダ、、、そして、ボンタ・ベアッダに向けられる。

「、、、!お前達も、、、敵、、、!」

「ちょっ、、、まさか」

ヒツギが近づく間も無く、アメリアスの姿が消える。

ブーツの限界まで加速したアメリアスの体は、キュクロナーダ諸共ボンタ・ベアッダに突き刺さった。

「らああああああっ!!!」

斜め上からの強烈な一撃に、2体の体は地面を大きく引き摺られ、止まる。

「、、、!」

キュクロナーダは沈黙したが、ボンタ・ベアッダが反応し、赤い背中を向ける。

あれは、交戦状態の合図、、、!

「はあああああっ!!」

全力で振られるアメリアスの足を、ボンタ・ベアッダは腕で受け止める。

「!?」

そのまま右手を振り上げ、アメリアスを殴り飛ばした。

「があ、、、っ!」

アメリアスは吹き飛び、そのまま動かなくなる。

「あ、アメリアス!?」

思わず駆け寄ったヒツギに、ボンタ・ベアッダが迫る。

「このっ、、、!」

ヒツギは身を翻し、ボンタ・ベアッダの背後に回った。

そう、圧倒的な格闘性能を持つ、ボンタ・ベアッダの最大の死角は、、、!

「後ろからなら、、、!」

青い背中を斬りつけ、振り向いたら素早く回りこむ。

ひたすら背後に立ち回り、斬撃と銃撃を浴びせ続け、ようやくボンタ・ベアッダも沈黙した。

「よっし、、、シエラさん、アメリアスさんは!?」

「気を失っているだけのようですが、、、近くにダーカーの反応も無いので、とにかく休ませましょう。」

「了解です」

シエラの声を聞きながら、ヒツギはうつ伏せに倒れているアメリアスを、そっと横向きに転がす。

「それにしても、さっきのは一体、、、?」

まるで特攻兵器の様な、躊躇いのない突撃。

いきなりうずくまったと思いきや、まるで暴走したかの様に暴れだした。

、、、とても、正気とは思えなかった。

「、、、っはあっ!!」

その時、アメリアスが急に跳ね起きた。

「あ、アメリアスさん!?大丈夫ですか!?」

「はあ、はあ、、、」

アメリアスは数回苦しげに息を吐くと、

「あぁぁぁぁぁ、、、」

と声を漏らしながら、ぐったりと倒れこんだ。

「えーっと、、、大丈夫ですか、、、?」

長座のままぺたんと体を倒しているアメリアスに、ヒツギはおずおずと声をかける。

「あ、、、はい、一応、、、」

アメリアスはそう答えたものの、やはり先程の攻撃が痛手だった様だ。

彼女の様子を見たシエラは、こっそりと通信を送る。

(探索の打ち切りを提案します、、、ここまで、ヒツギさんの様子は如何でしたか?)

(言動は少し妙でしたが、、、戦闘に特に違和感はありませんでした。)

(実地にいるアメリアスさんが言うなら、大丈夫だと思います、、、今日のところは、帰りませんか?ヒツギさんには、撤退指示が出たとでも伝えていただければ、、、)

アメリアスは無言で頷き、通信を切った。

「ヒツギさん、、、あれ?」

ふとヒツギを見ると、またしゃがみ込んでぴくぴくと震えている。

「あのぉ、、、ヒツギさん?」

「あ、、、は、はい!」

「?えっと、申し訳無いんですが、今、管理官から撤退指示が出まして、、、」

「そ、そうですか、、、」

そそくさと立ち上がるヒツギ。

アメリアスも、ため息をついて立ち上がる。

「うう、、、ちくしょぉ、、、」

思わぬ失態に、自己嫌悪に陥っていた、その時、

「、、、!周囲に不審なダーカー反応あり!」

シエラの逼迫した声が、2人の耳に突き刺さった。

「え!?ど、何処に、、、!?」

辺りを見回しても、怪しいものは無い。

「別に何も、、、うああっ!?」

すると、突然何かがぶつかり、ヒツギの体は派手に転がった。

目の前にあったのは、こちらをかばう様に体を丸めたアメリアスの姿。

「何よいきなり、、、!?」

ヒツギが怒鳴ろうとした瞬間、ヒツギがいた位置に、黒い光球が着弾する。

「あ、危なかった、、、ううっ!」

先程の傷が痛んだらしく。バランスを崩して横転するアメリアス。

「あ、アメリアスさん!?」

振り向いたヒツギは、そこにいた物を見て、顔を引きつらせた。

「な、、、何よ、あいつ、、、!?」

赤黒い影が渦巻き、人型になっている。

顔に当たる位置には、二つの不気味な閃光があった。

「ダーカー、、、に、似てるけど、、、」

「それよりも上です、、、こんな反応、確認された事もない、、、アメリアスさんの覚醒に合わせて現れたとでも、、、!?」

混乱する2人。するとアメリアスは、その影の方へと歩き出す。

「ここは私が、、、っつ!」

傷ついた左腕の痛みに、顔をしかめる。

「その体じゃ無理です!すぐに退却を!」

「ですけど、、、!」

その時、アメリアスの肩越しに放たれた弾丸が、影に命中した。

振り向くと、ヒツギが自身のガンスラッシュの銃口を、影へと向けている、、、!

「ヒツギさん!?」

「よくわからないけど、、、ここが踏ん張りどころなんでしょ!」

そのままアメリアスを飛び越え、ガンスラッシュを連射しながら、影へと走る。

「これで、、、とどめっ!!」

青い輝きを放った刃が、影を一刀の下に斬り裂いた。

「どうだ!私だってやればこれくらい、、」

「まだ反応は消えていません!、、、これは!?」

浮かれるヒツギを諌める声が、すぐに困惑に変わる。

「今度は何よ、、、って、え、、、!?」

ヒツギの周りに、ダーカーの物に似た、赤黒の粒子が渦巻いていく。

「なに、、、これ、、、!?体が、動かない、、、!」

抜け出そうともがくも、全く体が言うことを聞かない。

しかもだんだんと、視界が赤黒い光に染まっていく。

「どうなってんのよ、、、!誰か、助けて、、、!」

泣きそうな顔で叫んだヒツギに、、、すっと差し伸べられる、手。

「え、、、!?」

「大丈夫、、、!絶対に、助ける!」

その手の主、、、アメリアスの体から、青白い光が溢れ出す。

その光は、ヒツギの方へと伸び、優しくヒツギを包み込んでいく。

「これは、、、!ダーカー因子を、中和している、、、!?

そっか、、、これが、シャオが言っていた、、、この人の、力、、、!」

やがて、パンッと光が散り、赤黒い影が一瞬弾けた。

同時に、ヒツギの体が自由を取り戻す。

「う、動く、、、!今なら、ログアウトを、、、!」

ヒツギの手が傍に伸び、見慣れないウインドウを操作する。

そして、、、アメリアスの目の前で、突然、ヒツギの姿が消えた。

「わっ!、、、ととっ、ふわあっ!」

押し返す力が消え、体勢を崩したアメリアスは、こてんと転んでしまう。

「消えた、、、!?」

すぐに起き上がり、困惑した顔で周囲を見渡す。

「どういう事でしょうか、、、とりあえず、一度戻ってきて貰えますか?アメリアスさんの体も心配ですし、、、」

「、、、わかりました」

応答して、アイテムパックから小型テレパイプを展開する。

妙な胸騒ぎを消せないまま、アメリアスはキャンプシップへと転送された。

 




「イカサマライフゲイム」
雁首揃えたジョーカーが笑う。
ゲームという虚構は、ここに暴かれた。


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SB1-2「結ンデ開イテ羅刹ト骸」

少しずつ、更新ペースを上げていこうと思っています。


AP241:3/22 15:20

アークスシップ:ゲートエリア

 

「すいませんっ、通して下さい!」

数分前までカフェで休んでいたメディカルセンター職員、フィリアは、臨戦区域を駆け回っていた。

その理由は、、、センター職員用の端末に表示された、緊急ウインドウが示している。

「アメリアスさん、、、!」

それは、簡易的に表示された、アメリアスのバイタルデータ。

彼女が普段から着けている、チョーカーから送られて来たものだ。

「す、ステラさん!どいてくださいっ!」

「うわっ、、、!フィリアさん!?どうしたの!?」

非戦闘員らしからぬスピードで疾走するフィリアに、側にいたステラはぎょっとして跳びのく。

「アメリアスさんが大変なんです!」

「ね、姉ちゃんが!?」

慌ててついていくステラ。すぐに、メディカルセンターに到着する。

「とおっ!」

フィリアはメディカルセンターの受付に手をつき、ばっとカウンターを飛び越えた。

着地と同時にセンター内端末を立ち上げ、素早く操作する。

「前頭葉機能低下、、、頭頂葉、扁桃体活性化、、、これは、、、!」

「えちょ、どうなってるの!?」

不意に、混乱するステラの肩が、ととんと叩かれる。

後ろを見ると、手を伸ばしていたのはイオだった。

「イオさん、、、?」

「とりあえず落ち着け、、、尤も、落ち着いてもいられないけどな、、、」

見ればフィリアは、アメリアスのオペレーター、、、おそらくシエラだろう、、、と連絡を取っているようだ。

「はい、、、とにかく引き離して下さい、、、えっ!?」

いきなり驚いた声をあげ、視線をウインドウに向けている。

「はい、、、わかりました」

不安げな顔で、フィリアは通信を切った。

「フィリアさん、センパイは、、、」

「、、、変異遺伝子の作用による、暴走が確認されました。直後ダーカーの攻撃にあい、気絶したそうです。」

「そうか、、、よかった、と言っていいのかわからないけど、、、」

複雑な顔をするイオ。

「だから、姉ちゃんに何が起きたの!」

不安を抑えきれず、ステラはフィリアに詰め寄る。

「アメリアスさん、ステラさんには話してなかったんですね、、、わかりました」

フィリアは真剣な眼差しで、ステラに向き直った。

「アークスは、体内に蓄積されたダーカー因子の自浄作用を持っているのはご存知ですよね?」

頷くステラ。

「アメリアスさんは、その自浄作用が働かない状態が続くと、、、正確には、この自浄作用が、同時に症状を食い止めているんですが、、、強烈な戦闘衝動に襲われる身体なんです。」

「そんな、、、」

どうして、と言いかけ、ステラは気づいた。

訳を聞くまでもない。そんなこと、ステラには分かりきっていた。

否、、、ステラだからこそ、わかった。

「旧アークス研究部、、、『虚空機関(ヴォイド)』の行っていた、人体実験、、、」

「はい、、、『転生(ジェネレート)計画』による、デューマンへの強制変異が、原因です。」

 

一度部屋に戻ったステラは、ふと思いつき、アメリアスのルームにアクセスした。

「姉ちゃん、こういう所で不用心なんだよな、、、」

イオから、「アメリアスは大抵部屋を開けている」という事を聞いていたステラは、そっと部屋に入る。

コールドスリープ前に一通り片付けられた部屋には、家具は一つもない。おそらく、一度も部屋には来ていないのだろう。

ステラは部屋にあったビジフォンを立ち上げると、アーカイブにアクセスする。

「あった、、、」

ステラの目当ては、「転生計画」の記録。

ステラは治療中、とある人物から、アメリアスが個人的に「転生計画」の記録を保存しているのを聞いていた。

整然と表示されるレポート様式の記録を、上から眺めていく。

「転生計画、、、虚空機関が目標としていた、『限界を超えた個体の制御』の一環として計画された、人体実験、、、」

デューマンは、キャストと並んで特異な外見をもった種族だが、あちらと違ってあくまで先天的、、、デューマンは、生まれつきデューマンである。

4つの種族の中でも、より攻撃性に突出した種族であるデューマンを、人工的に作り出す。

それが、「転生」の意味だった。

「被験体はヒューマン、ニューマンから2名ずつ、、、ヒューマンってのは、私と姉ちゃんの事か、、、」

小難しい理論をすっ飛ばし、結果の項を見る。

「幸いにも、被験体に死亡者は無し、、、しかし、ニューマンの被験体は共にフォトンの操作能力を失い、さらに身体の一部に障害が残る、、、ヒューマンの被験体は、デューマンへの強制変異には成功したものの、、、」

ステラはふーっと、ため息をついた。

「一方は意識を喪失、もう一方は現在後遺症は見当たらず、経過を観察中、、、か」

画面から目を離し、歯嚙みする。

意識を喪失した方というのは、、、無論、ステラの事だ。

「ちくしょお、、、こっちはどんだけ苦労したと、、、ん?」

よく見ると、結果考察には続きがある。

「なお、どの個体にも共通して、もとの種族の外見特徴と、デューマンの外見特徴が混同した状態となった、、、ふ〜ん、私だけじゃ無かったんだ」

確かにアメリアスは、ツノも小さいし、瞳の色が左右で共通だ。

自分に至っては、ツノも無いし、片方の瞳は青と金が混ざったような緑色。

ステラは納得した顔で、エーデルゼリンの袖を捲る。

、、、その肌は、濃淡のある2つの肌色で、斑を描いていた。

 

AP241:3/22 15:40

惑星ナベリウス上空

 

「はぁ、、、」

キャンプシップの窓に寄りかかり、私は一人、ため息をついていた。

すでにシップは高度を上げ、窓からはナベリウスが遠ざかっていく。

「不可抗力ですよ。元気出してください、、、」

シエラさんの声も、全く耳に入らない。

、、、自分のせいで、迷惑をかけてしまった。

それこそ原生種のように暴れまわったさっきの戦闘を思い出し、うなだれる。

あの時、、、私は完全に、自我を失っていた。

目に映るもの全てが敵に見え、それを全滅させる事しか考えられなかった。

ヒツギさんはうまく立ち回ってくれていた様だが、目に入れば襲いかかっていただろう。

「、、、全く」

ふと、首につけた小さなチョーカーに手を伸ばす。

少し動かすと、留め具が外れた。

「あの時、割り切ったつもりだったんだけどなあ、、、」

チョーカーで隠れていた所は、そこだけヒューマンに近い、色味のある肌になっていた。

それは、私が普通のデューマンでは無い証。

「、、、まだ私は、過去に捕まったまま、、、」

すっかり小さくなったナベリウスの、美しい緑を眺め、呟く。

「貴方が見たら、笑うでしょうね、、、」

自嘲して、言葉を続けようとした、その時、

「あ、あれ、、、!?」

突然、私の周囲に、フォトンに似た光が集まり始めた。

いや、、、この光には、覚えがある、、、!

「シップ内からの強制転送、、、!?シエラさん!これはどういう、、、!」

「わ、私にも分かりません!転送先座標、、、観測不能!?」

テレポーターに乗った時と同じ、青い光が、私を包み込む。

「転送、来ますっ!」

一瞬、視界が光で染まり、、、

「、、、わあっ!!」

、、、私は、狭い室内に着地した。

「、、、此処は、、、!?」

周囲には家具と本棚。見慣れないものばかりだ。

「、、、!」

正面には、見たことも無いエネミーが突っ立っている。

青い人型に見えるが、四肢は不気味に肥大し、ナイフのようなものを握っている。

「何よ、こいつら、、、!」

不意に背後から、私の気持ちを代弁するような声が聞こえてきた。

「え、、、!?」

私が振り向くと、、、赤毛の少女が、金髪の少年をかばって震えていた。

 




「結ンデ開イテ羅刹ト骸」
開いた先に、骸が待つ。


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SB1-3「嗚呼、素晴らしきニャン生」

幾つかご意見を頂いたので、小説の書き方を少し変えてみました。
ご意見ありましたら、ぜひお願いします。


AD2028:3/22 16:00

 

「ぶはあっ!⋯はあっ⋯戻って、これた⋯!?」

強制ログアウトを試みたヒツギは、次の瞬間、自室のイスに飛び込んでいた。

 

「はあ〜⋯なんとかログアウト出来たみたいね⋯」

本棚が並び、隅にベッドを置いた一人部屋。

周囲を見回したヒツギは、ため息をつく。

「全く、なんだったのよあれは⋯!エーテルインフラのバグにしたって動けなくなるとか、タチ悪すぎでしょ⋯!」

自分の手を見つめ、心を落ち着かせる。

「落ち着け⋯落ち着けあたし⋯!あれは『PSO2』内での出来事!こっちに帰って来れば、もう問題ない⋯!」

 

目の前の机に置かれたパソコン。

そこには、「PHANTASY STAR ONLINE 2」のロゴが踊っていた。

 

「そう⋯ ここは地球。母なる青い地球⋯! 戦いも争いもない、平和な場所⋯!」

あえて芝居掛かった口調で呟き、窓の外の空を見る。

窓に薄く映り込んでいるのは、赤毛をポニーテールにまとめて、青いニットセーターを着た少女⋯ 紛れもない、自分の姿だ。

 

ヒツギはすっと立ち上がり、自分の部屋を見回す。

「そしてここはあたしの砦、あたしだけの部屋!情報化社会に必要不可欠なパソコンも⋯ 」

視界が一周して、ベッドへ。

「疲れきった体を癒してくれるベッド⋯ も⋯⋯ え」

速攻、ベッドから目を背ける。

 

ベッドの上に、なにか⋯ いた。

 

「そ、そう!ここは地球、母なる青い地球!そしてあたしの、あたしだけの部屋!だからあのベッドは、あたしの⋯ ! 」

同じ台詞を繰り返し、もう一度視線をベッドへ⋯ !

 

「⋯ 」

やっぱり、なにかいる。

「あ⋯ あぁ⋯ 」

ヒツギはしゃがみ込み、胸を押さえた。

「餅つけ⋯ いや、落ち着けヒツギ⋯ !先ずは目を閉じて深呼吸⋯ !すーっ、はーっ⋯ 」

何度も深呼吸する。

 

「あたしはヒツギ、八坂火継(やさか ひつぎ)!歳は16!今は西暦2028年、元号は⋯ 忘れた⋯ ともあれ、春から花の高校二年生っ!」

ガバッと立ち上がり、ひたすら自分に言い聞かせる。

「ここは地球、ここは東京、ここは学校、ここは寮!PSO2の中じゃない、間違いなく現実の世界!」

言い聞かせて、言い聞かせて、

「だからあれは夢!ベッドの上にいるのはマボロシ!想像の産物目の錯覚っ!私は疲れてるだけええっ!!」

渾身のシャウトの後、もう一度ベッドへ振り向いた!

 

そこには⋯ むくりと起き上がった、なぜか何も着ていない、見覚えのある少年の姿。

 

「だあっ、まだいるぅ⋯ それどころか起きてるぅ!」

混乱するヒツギの前で、少年はぼんやりと周りを見る。

 

「⋯ ここ、どこ⋯ ? 」

「しかも喋った!いやいや、まだ幻聴という線も⋯ 」

「ねえ⋯ ここどこ? 」

「こっち見た!話しかけられた! 夢でもマボロシでも無かったーっ!! 」

頭を抱えたヒツギは、次には慌てて目を手で覆う。

全裸の少年が、心配げに、のそのそとこちらへ寄ってきたからだ。

 

「ど⋯ どうしたの? 」

「動くな動いちゃダメ色々見える! というか今の状態で相当際どい! というかなんで裸なのよ! 服どうしたのよおっ!! 」

「⋯ はだか? 」

「だから動くなあっ! あぁぁもぉぉぉ! うぅ⋯ 」

混乱しきった頭を抱え、うずくまる。

 

「どこかいたいの⋯ ? だいじょうぶ⋯ ? 」

「⋯ ちょっと待ってて。現実逃避を止めて、受け入れる準備してるから⋯ 」

もう、自分を誤魔化すわけにはいかない。

ヒツギは心を落ち着けて、顔を上げた。

 

「⋯ よっし落ち着いてきたぞ火継⋯ さあ、聞かせてもらおうじゃないの! 貴方は何者! 名前は何っ! 」

ビシッと少年に告げるヒツギ。

少年は考えるように、ぽーっと天井を見上げて、

「⋯ ヒツギ」

「それあたしの名前でしょう! あんたの名前よ! な・ま・え!!」

すると少年は、戸惑った様子で、

 

「ヒツギ⋯ はちがうの?じゃあ⋯ わかんない」

そう、答えた。

 

「あーもうっ! あんたは一体なんなのよー! 」

ヒツギの混乱は増すばかり。それもそのはず、この少年は⋯

「よく見るとあんた、あたしのアバターそっくりだし!まるでPSO2の中から出てきたみたいじゃない⋯ ん!? 」

ちらっと、パソコンに視線を動かす。

「まさか、本当に出てきたなんてこと⋯ ないない、そんなことありえない! 」

 

そう、そんなわけない。そんな筈はない。だって。

 

「『マザー』はそんなこと言ってなかったし⋯ ! 」

ヒツギが呟いた、その時、

ドンドンと、乱暴にドアが叩かれた。

「う⋯ 騒ぎすぎたかな⋯ 寮長だよねこれ、たぶん⋯ 」

 

再び、乱暴なノックが重なる。

「はーいはい! すぐに出ますっ!! 」

ヒツギが慌ててドアに駆け寄ったのを見ていた少年は、はっとしてヒツギに這い寄った。

「駄目⋯ ! 危ない!! 」

 

瞬間。

 

一気に開け放たれたドアに、ヒツギは押し飛ばされた。

「あいたたた⋯! どうしたのよ急に⋯!」

頭を押さえ、顔を上げたヒツギは⋯ 凍りつく。

 

目の前にいたのは⋯ 青い、ヒトガタをした化物だった。

 

「は⋯!? なにこのバケモノ⋯!? 次から次へとなんだってのよ⋯ ! 」

反射的に立ち上がったものの、じりじりと後ずさる。

その時、泣きそうな顔のヒツギに、化物が手に握ったナイフを振り下ろした!

 

「危ないっ! 」

 

ヒツギの目の前に飛び出した少年が、その刃を背中に受け、倒れこむ。

ヒツギは倒れてきた少年を抱え、へたり込んだ。

 

「あ、あんた⋯ 私を庇って!? 」

化物が容赦なく、ヒツギに迫る。

「く⋯ 来るなっ⋯ ! 来るなあっ!! 」

無慈悲な刃が、ヒツギへと掲げられる。

「誰か⋯! 誰か、助けてえっ!! 」

涙を散らし、ヒツギは叫んだ。

そのヒツギに、ナイフが振り下ろされた⋯ その時!

 

「わあっ!」

 

一瞬光ったパソコンから、何者かが飛び出した!

「⋯ 此処は⋯ ?」

現れた銀髪の少女は、戸惑った顔で辺りを見渡す。

「あ、あんたは⋯ !? 」

ヒツギと化物との間に着地した「彼女」を、ヒツギは知っていた。

 

「あんたは確か⋯ アマリリス!? どうしてここに!? 」

「アメリアスですっ! ⋯ というか、貴女こそ一体⋯ !? 」

アメリアスはヒツギの姿に驚きつつも、ひとまず化物に顔を向ける。

「とりあえず⋯ 邪魔! 」

そして躊躇なく、その懐に突っ込んだ。

すかさず視線を化物の胸に合わせ、一気に地面を蹴る!

 

「はああああっ!! 」

まるでゲームに出てくるような綺麗なサマーソルトキックが、化物を吹っ飛ばした!

「正直、よくわからなすぎだけど⋯ 」

アメリアスはヒツギを見て、にっと笑う。

「ここは任せて、ヒツギさん! 」

起き上がった化物へ向き直り、すっと右手を上げる。

そして指を鳴らし、叫んだ。

 

「『守護輝士(ガーディアン)』、アメリアス! 私の疾走、止められるものなら止めてみなさい!! 」

 

瞬間、アメリアスの姿が消えた。

「えっ!? 」「こっちだよ! 」

がら空きになった化物の背中に、ジェットブーツの刃が突き刺さる。

その一撃で、化物は青い光になって霧散した。

 

「よっし!」

アメリアスは立ち上がり、ヒツギの方を確認する。

「う、うわあああああっ!! 」

「ヒツギさん!? 」

いつの間にか背後にいたもう一体が、ヒツギの方へ向かっている!

 

「させるかっての!! 」

周囲への影響が不安だが、考えてもいられない。

ジェットブーツ(リンドブルム)が、光とともにアメリアスを突撃させる!

「グランヴェイヴ!! 」

一瞬で化物に追いつき、(ヴェイヴ)の如き蹴りで消し飛ばす。

「ごめんね!大丈夫!?」

「え、ええ⋯ 」

 

駆け寄る少女に、頷きを返すヒツギ。

「よくわからないけど、ありが、と⋯ 」

礼を言おうと顔を上げたヒツギは、凍りついた。

アメリアスの後ろに伸びる廊下、その端から、さっきの化物が拳銃を構えている⋯!

 

「あ、あ⋯!」

拳銃から打ち出される光弾。何か叫ぼうにも、声が出ない。

光弾は、音もなくアメリアスへ迫る。

⋯ 駄目だ、当たる。

自分が知らせようが知らせまいが、当たる⋯ !

 

その時、ヒツギは確かに見た。

アメリアスの右目が、一瞬、金の輝きを放ったのを。

そして、青い光弾がアメリアスへと着弾する、まさに直前。

アメリアスは一気に体を投げ出し、ヒツギの上に覆い被さった。

 

「うわっ! 」

そのまま進んだ光弾は、ガラスにぶつかり消える。

「う、嘘⋯ !?」

「せーふ⋯ よっと」

すくっと立ち上がるアメリアスを、ヒツギは信じられないといった顔で見る。

 

あの光弾は、間違いなくアメリアスには見えていなかった。

音も殆どなかった上、自分の呆然とした顔を見たとはいえ、光弾が迫っていることには気づいていない様子だった。

 

(どういう、こと⋯?)

思案するヒツギをよそに、アメリアスは眼前の敵⋯ 光弾の射手を睨みつける。

「さてと、覚悟は出来てるんでしょうね⋯ 」

さっきまでのアメリアスとは一線を画す、背後のヒツギにも伝わる程の闘志。

 

(あ⋯ あの化物、終わったな⋯ )

なぜか、ヒツギはそんな事を考えていた。

「はああああああっ!! 」

一瞬でアメリアスを化物へ運んだジェットブーツが、凄まじいエネルギーを吹き出す。

 

解き放つのは、終幕の突風(ヴィント)

「ヴィント⋯ ジーカー!! 」

アメリアス渾身の蹴りが、化物を廊下の奥へと吹き飛ばす!

吹っ飛んだ化物は、奥でうろついていた別個体諸共、廊下端の壁に叩きつけられ、霧散した。

 

「これで全部、かな⋯ 」

廊下を滑るように一回りして、アメリアスはヒツギの部屋に戻る。

「あ、あのバケモノは⋯ !? 」

「大丈夫。全部倒したよ」

「よ、よかった⋯ 」

ヒツギは安堵の表情で、アメリアスを見る。

「よくわからないけど、助けてくれて、ありが⋯ と、う⋯ 」

ヒツギの意識は、そこですうっと途絶えた。

 

AD2028:3/22 16:30

 

「よいしょ、っと⋯ 」

少年と少女、2人の体を、ベッドに寝かせる。

すやすやと眠る2人を見た後、私は無線をつけてみた。

 

「シエラさん、聞こえますか?」

「アメリアスさん!?よかった、通信は問題ないです、さっきまでの戦闘も、一応モニター出来ていたので⋯ 」

「それはそれとして、2人の方は⋯ 」

「バイタル安定してます。心配しなくても大丈夫ですよ」

 

若干ノイズの混じった声が、2人の無事を知らせてくれる。

「それよりも、さっきの不可解なバケモノですね⋯ ダーカーとも違いますし、あれは一体⋯ 」

シエラさんも、まだ混乱しているようだ。

 

「リハビリがてらの簡単な任務かと思ったら、未知の座標に転送、そして戦闘⋯ 想像以上に大事になりそうですね⋯ 」

そんなシエラさんの声を聞いていたら、不意に一瞬、視界が眩んだ。

 

「わっ⋯ 」

慌てて、近くの机に手をつく。

はずみでそこにあった小さなデバイスが動き、机に置かれたディスプレイの画面が変わった。

「ん⋯ ? 」

ふと目に付いたのは、変化した画面の文字。

「あ、アメリアスさん!? 大丈夫ですか!? 」

シエラさんの声にも耳を貸さず、私は画面の中の文字を見つめる。

 

かなり形が違うが、これは、、、

「オラクルの文字に、似てる⋯ ? 」

念の為、探索用端末のカメラで一枚撮っておく。

「アメリアスさん! 」

「あっ、す、すいません! ちょっとふらっとして⋯ 」

「無理も無いです。大変な1日でしたからね⋯ とりあえず、帰ってきてもらえますか? 」

 

頷いて通信を切り、今日2回目のテレパイプを展開する。

「⋯ 」

こんこんと眠る2人が気になったが、今はここにはいられないと自分に言い聞かせて、テレパイプに入った。

 

AP241:3/22 20:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「つっかれたーっ!! 」

長かった1日(半日?)を終え、私はベッドにどさーっと倒れこんだ。

帰還早々フィリアさんに捕まり、メディカルチェックを受けさせられ、やっとこさ解放されて、今に至る。

必要性は重々承知なのだが⋯ やっぱり、検査というのはどうも嫌いだ。

 

「マスター⋯ お疲れ様⋯ 」

女性デューマン型のサポートパートナー、リオが、声をかけてくれる。

キャンプシップからメールを送った所、私が帰ってくる前に、最低限のルームグッズを置いといてくれたのだ。

 

「ほんとにありがとね〜リオ〜」

「⋯ 帰ってきたら絶対、どさーってしたいと思ったから⋯ 」

嬉しそうに、リオは短めの金髪を揺らす。

それを眺めていると、やはり眠気が差してきた。

出来ればもう、このまま眠ってしまいたかったのだが⋯ もう一つ、小さな仕事が残っているのを思い出した。

 

「さてと⋯ 」

うつ伏せに寝転んだまま布団を被り、目の前にウインドウを展開する。

映し出されたのは、さっき撮った一枚の画像。

そこに映った見たことも無い文字を、じーっと凝視する。

 

「これは⋯ P?うーん、変な形のもあるなぁ⋯ 」

分からない所は文脈から推察して、くるくると文字を回転させたり、裏返したり。

「L、わかんない、N、これは多分E⋯ 『ONLINE 』かな。最後のは⋯ 数字? 」

2時間ほど考えた末、一つの文が浮かび上がった。

 

「『PHANTASY STAR ONLINE 2』⋯? なんのことだろ⋯ ? 」

集中力には自信があるつもりだが、正直ここまで眠いと当てにならない。

「明日また考えよ⋯ おやすみ〜 」

アメリアスはウインドウを閉じて、ぽふっと顔を枕にうずめ、目を閉じた。




「嗚呼、素晴らしきニャン生」
現れた少年は、嘘みたいに純粋だった。


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SB1-4「チェチェ・チェック・ワンツー!」

前話までで1日(劇中時間)。
⋯頑張れ、安藤(アメリアス)


AD2028:3/22 17:00

 

「ん、ううん⋯ ?」

ヒツギは気付くと、ベッドの上で眠っていた。

「⋯ 」

ゆっくりと起き上がり、パソコンを見る。

すぐに先ほどの出来事が思い出されたが、パソコンも部屋も、何も変わってない。

 

「⋯ は、ははは、あははははっ!」

不思議と、笑いがこみ上げてきた。

「なんだなーんだ! やっぱバケモノも何もかも夢だったのねー!! よかったよかったよかったー!」

ベッドから立ち上がり、ゆっくりと後ろを振り向いて⋯

「んうん⋯ 」

「⋯ はー⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

いた

やっぱり、いた。

 

「あはははは、あはは⋯ はは⋯⋯ はぁ」

がっくりと、うなだれる。

「⋯ やっぱり、夢じゃなかった⋯ 」

すやすやとベッドで眠る少年の傍、ヒツギはただ、肩を落とす事しか出来なかった。

⋯ だから、気づけなかった。

机の上から、パソコンのマウスだけが、落っこちていたことに。

 

AP241:3/23 8:00

アークスシップ:艦橋

 

翌日。

朝からシエラさんに呼び出された私は、艦橋に来ていた。

「おはようございます、アメリアスさん。後遺症などは起きてたり⋯ 大丈夫ですか?」

「すいません、朝弱くて⋯ 体は大丈夫です」

すっきりしない頭で、返事を返す。

「そうでしたね⋯ 次からは、もうちょっと遅い時間にしましょう」

シエラさんは頷くと、本題に入った。

 

「改めまして、昨日転送された惑星について、現段階で分かっている情報です。結論から言うと、あそこはオラクルのあるこの宇宙とは違う次元⋯ いわば異世界にある星のようです。」

「異世界⋯ !?」

想像もしていなかった言葉が飛び出してきた。

 

「でもそんな所⋯ 」

「はい⋯ 簡単に行き来出来るはず無いのですが⋯ 詳細は調査中です」

私は、先日の戦闘で遭遇したヒツギさんの顔を思い浮かべた。

違う世界の、ヒトが住む星。

「そんな別次元宇宙にある、知的生命体の存在する場所⋯ かの星の名前は、「地球(ちきゅう)と言うそうです」

「地球⋯ 」

 

目を閉じて、その名前を反芻する。

「⋯ ところでアメリアスさん。昨日の戦闘の時、ヒツギさんと普通に会話出来てたの、覚えてますか?」

「ああ、そういえば⋯ 」

確かにそうだ。全く気にしていなかったが、別次元の星と同じ言語だなんてありえない。

つまり、

「どうやら地球の言語データは、情報部が既に入手済みだったみたいなんです」

 

⋯ ああ、やっぱり情報部(あいつら)か。

「それだけじゃなく、今回の件を報告した途端、地球のデータが、情報部からたっくさん登録されていきました⋯ どうやら、独自に調査していたようです⋯ 」

⋯ 軽く、目眩がした。

もともと私は隠し事が大っ嫌いなタチなので⋯ まあそれは個人的な事だが⋯ それにしたって新しい惑星との接触を隠していたなど、信じられない。

 

「情報部が胡散臭い⋯ ウルクの言う通りになったわけか⋯ 」

「はい⋯ もっとも、地球の座標データや転送先設定は、あんまりうまくいってなかったみたいですね」

おそらくそれで、あんな緊急転送のような形になったのだろう。

「これも何処まで本当かは怪しいですが⋯ 地球との接続が確立された以上、あまりどうこうも言ってられません」

「接続が確立?」

「ほら、先の任務中、闇に飲まれたヒツギさんを助けようとして、手を伸ばしたじゃ無いですか。あの時、アメリアスさんのフォトンがヒツギさんに流れ込んだのか、あちらの反応を捉えられるようになったんです」

「じゃあ、あの転送は⋯ 」

「それもあったと思いますが⋯ ヒツギさんの強い願いに、フォトンが応えてくれたのだと思います」

 

⋯ まあ、こっちはだいぶ混乱する事になったが、ヒツギさんを助けられたのだから、災い転じてなんとやら、と思う事にした。

「と言うわけで、これからは自由に地球へ向かえます。もっとも、調査段階なので隠密活動ですが」

「隠密活動って⋯ どうやって?」

私が尋ねると、シエラさんは頷いて、

「フォトンによる空間隔離や認識偽装を行いますので、フォトンを扱えない地球の人々にはバレ無いと思います⋯ 多分」

 

ふーっと息をつくシエラさん。

「これも情報部から提供された物なので、正直当てにならないんですよね⋯ 」

「はあ⋯ でも、戦闘の隠蔽なんて⋯ 」

「透刃マイの先天能力の汎用化と言ってますが⋯ 出どころも怪しいので、実際どうだか」

「透刃マイ⋯ か」

ぽつりと、そんな呟きが、私の口から漏れた。

「全く、あっちもこっちも変なことだらけ。これはますます、私達で調査しないとですね⋯ 聞いてます?」

「ふぇっ!? 」

おっと、ぼーっとしてしまっていた。

 

「それと、惑星ナベリウスに出現した、あのダークファルスのような反応ですが⋯ あれ以来、何処にも見つかっていません。調査は進めていますが⋯ 期待薄って感じです」

「そうですか⋯ 」

まあ、正直そっちはこちらも期待していなかったが。やっぱり、わからないことばかりだ。

 

「当面は、アメリアスさんとヒツギさんの繋がりを頼りに、向こうからキャッチできる断片情報を集めていきましょう」

「え⋯ ? そんな事が出来るんですか!?」

「はい! アークスの技術力を持ってすれば、断片情報を基に彼女の日常生活を再現するのも容易! さてさてアメリアスさん、どんなシーンが見たいですか?」

「へえ⋯ そんな事まで、」

 

っておいおい待て待て、それってつまり、

「それ⋯ 要は覗きでは?」

「いーえ! シャオに誓ってこれは情報収集です! 情報収集なので問題無いのですよ、情報収集なので!!」

⋯ 3回言われた。シャオ君は今泣いていいと思う。

 

「とにかく、相手は知的生命体⋯ それも未知の惑星です。情報収集は、目下最重要課題と言えます」

真剣に、こっちの目を見るシエラさん。

「プライベートを覗き見るようで少し心苦しいですが、可能な限り、見せてもらいましょう」

 

AP241:3/23 17:00

アークスシップ:ショップエリア

 

「⋯ という訳で、」

時間はだいぶ飛んで、夕方。

「どういう事なんでしょうか、ヨハネスさん?」

私はショップエリアの展望台で、一人の男性を問い詰めていた。

『とは言われましても⋯ 』

私の前に置かれたウインドウに、そんな文字が映る。

 

その奥で縮こまって座っているのは、私より少し年上の、細い眼鏡をかけた青年。

真っ白な髪に紅い瞳。整った顔立ちは幼げなことも相まって、女性の様にも見える。

 

彼の名はヨハネス。アークス情報部の職員で、私の知り合いだ。

「未知の知的生命との接触履歴⋯ なんで隠してたんですか?」

『だから自分は一介の職員で⋯ 過去の接触は、殆ど指令が独自に行っていたんです』

私の声はそっくりそのまま、ヨハネスさんの前に置かれたウインドウに映り、ヨハネスさんの返事は、私に文字として返される。

 

⋯ 彼は耳が聞こえない。と言うより、聴覚を使えない体らしい。

まあそんな事より、今は「地球」という星のことだ。

どうやらというか、やはりというか。地球への接触は、情報部指令⋯ カスラが殆ど独自で行っていたらしい。

だとしたら、ヨハネスさんが知らないのももっともだ。

これで⋯ 情報部内での状況ははっきりした事になる。

私はふーっとため息をつくと、ヨハネスさんに言った。

 

「⋯ じゃあヨハン。そちらで把握してる情報は?」

ヨハンは眼鏡を外すと、その紅い瞳で、じっとこちらを見る。

そう⋯ これが本題。

知り合いと言ったが、彼と私は実際には、腐れ縁の様なものだ。

彼は、3年前は諜報員としてカスラの下で活動しており、その頃からこうやって、情報をリークしてもらっていた。

 

今朝シエラさんと話した後、速攻連絡を取り、わかる限りのことを調べてもらったのだ。

ヨハンは情報部でも、アークス内のネットワークを管理する部署にいる。

本人曰く「大して意味のない部署」らしいが⋯ それを逆手にとって、こうしてまた情報を流してもらおうというわけだ。

 

『僕の方で把握した中で、有益なものは1つ⋯ 向こうの、此方への接触手段だ』

「⋯ ! そんな情報を!?」

『苦労したさ。どういう理屈かは不明だが⋯ 向こうはあるゲームを通じて、こっちに接触しているらしい。君が会ったヒツギという女の子も、それを使っていたんだと思うよ」

 

不意に、昨日の事を思い出す。

ヒツギさんの部屋⋯ 机の上のディスプレイに映し出されていた文字は⋯

「それ⋯ もしかして『PHANTASY STAR ONLINE 2』?」

『あれ⋯ どうしてそれを?』

ヒツギさんの部屋で見た事を、かいつまんで説明する。

『なるほど。やっぱり、それは確かみたいだね⋯ にしても、よく翻訳出来たもんだ』

「たまたま字が似ていただけ。正直、合ってるなんて思わなかったし⋯ ふぁあ」

 

不意に、欠伸が出た。

ぺたんとソファに寝そべり、上目遣いでヨハンを見る。

「ねむ⋯ とにかく、こっちはシエラさんが断片情報を解読するまで動かないから、そっちはそっちで知ってる情報、さっさとシエラさんに提示して」

『う⋯ わかった。出来ることはしよう』

ヨハンはちょっと顔を赤らめると、短く答えた。

 

「相変わらず、女の子には弱いんだねぇ⋯ 」

そんな動きを見て、苦笑する。

『君も相変わらず、眠り姫の様だけど』

「なんだとぉ!」

ガタッと立ち上がってしまい、慌てて座り直す。

『はは⋯ そう言えば、こうして会うのは2年ぶり、か⋯ 』

「こっちは寝てただけだけどね⋯ で、耳はどうなの?」

『どうもこうもない。完全に聴覚が死んでるんだ⋯ 最後に音を聞いてから⋯ もう7年か」

やるせない様子ながらも、ヨハンは淡々と語る。

 

「ヨハン⋯ 」

『おっと、湿っぽい話になっちゃったね、ごめん。』

すっと、ヨハンは立ち上がる。

『そろそろ戻らないと、怪しまれるかもしれない。何かあったらメールしてくれ。こちらでも出来ることはやっておく』

「了解。いつもありがとね」

『これ位しかしてあげられないからね⋯ あ、そうだ忘れてた』

思い出した様に、ヨハンはごそごそと、小さなケースを取り出した。

『君は忘れてただろうけど⋯ 誕生日おめでとう』

⋯ あっけに取られてしまった。

白黒模様(モノトーン)の立方体には、白く「241/2/27」⋯ 私の誕生日が刻まれている。

こっちはいつ話したかも覚えていないが⋯ 覚えてて、くれた様だ。

 

「ほんっと、すっかり忘れてた⋯ ありがと」

笑って、ケースを受け取る。

ケースをかぱっと開いて⋯ 固まった。

中に入っていたのは、メカニカルなデザインの小さな指輪。中央には、青みがかった中に褐色の模様が入った、独特な色合いの鉱物が入っている。

 

「よ、ヨハン⋯ !? な、なにこれ⋯ !?」

思いっきり動揺した声は、ちゃっかり文字になってヨハンへと伝えられていく。

『あー、スキルリングって言うんだけど⋯』

私の困惑を察してくれた様で、ヨハンはこの指輪について説明してくれた。

 

AP241:3/23 18:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

スキルリング。最近、アークスの活動圏内にある惑星から見つかった、特殊な鉱物を用いた、戦闘用の装備品。

名前通り、クラススキルに似通った効果を発揮する物らしく、

『これは、JB(ジェットブーツ)テックアーツSC(ショートチャージ)。ジェットブーツのフォトンアーツから、テクニックに繋げた時、チャージ時間が短くなるんだ。あ、左手にはめないと効果は無いよ』

と、ヨハンは言っていた。

 

「こういうの、ありがたいよねぇ⋯ 」

ころんとベッドに転がり、私は左手親指のリングを眺める。

あらぬ誤解をしかけ、だいぶテンパってしまったが、いいプレゼントをもらった。

「今日は結局、出撃しなかったからなぁ⋯ 明日からは頑張るぞい、っと⋯ 」

 

ベッドの上で意気込んでいると、不意に部屋のドアが開いた。

「うーい姉ちゃん、相変わらず鍵はかけないんだー」

「ステラ⋯ 何しに来たのよ」

「ちょっと様子を見に。成る程、アフィンさんの言う通り、眠り姫なんだねぇ⋯ 」

にやにやと笑うステラ。

「⋯ちょっと表出なさい」

「姉ちゃん、殺気! 殺気出てる!!」

ため息を吐いて、ベッドに座り直す。

するとステラもそそくさと、横にくっついてきた。

 

「なんかまた、大変な事になってるみたいだけど⋯ 大丈夫?」

「アークスになって2日目の新米が何言ってんの⋯ 今は自分の心配をしなさい」

「うー、だって⋯ 」

私の横でステラは俯いて、呟く。

「私、姉ちゃんのことずっと見てたけど⋯ 姉ちゃん、すぐ1人で無理するじゃん。せめて私は、姉ちゃんの⋯ 助けになりたくて」

「⋯ 確かに、否定は出来ないね⋯ 」

目を閉じて、アークスになってからのことを想起する。

 

⋯ 思い返せば、これまで随分と無茶をしてきたものだ。

「だけどもう、大丈夫。私、わかったから⋯ 決して、1人じゃ無いって」

隣に座った妹の頭を、ポンポンと叩く。

「私を助けたいんなら⋯ 追いついてみなさい、ステラ」

「追い越されない様に精進するんだね、姉ちゃん」

 

生意気にこちらを見る、翠の瞳。

しかし私は、その瞳に、確かに安堵を感じていた。

⋯ くるるる

「あっ⋯ 」

不意に、ステラのお腹が小さく鳴った。

「あっはは⋯ お腹すいちゃった」

「あー、そういえば私も⋯ 」

1日くったりしていても、やっぱりお腹はへるものだ。

「姉ちゃん、まだカフェには行って無いでしょ? フランカさんが待ってたよ」

「ああ、あの人の⋯ ! よし行こう、すぐ行こう!」

明日になれば、シエラさんの方も準備が整うだろう。

私は立ち上がって、ステラと一緒に部屋を出た。




「チェチェ・チェック・ワンツー!」
明るみになる、二つの世界。


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SB1-4.5「ECHO」

投稿が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
今回のような小数点ナンバーは、ストーリーに関係ないオリジナル回になります。

追記:12/3、タイトル改題


AP241:3/23 9:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

これは、空白の8時間。

アメリアスがシエラと、「地球」についての情報を整理した、その後。

「⋯ じゃあ夕方。よろしくね」

アメリアスは通信端末を閉じ、ため息をついた。

「ったく、2年ぶりだからってあんな驚かなくたって⋯ 」

ぶつぶつと呟きながら、ゲートエリアの上層へ登っていく。

 

「あれ⋯ アメリアス?」

そこへ声をかけたのは、極地探索用の戦闘服に身を包んだ、ニューマンの女性。

「ユクさん!お久しぶりでs」

「ユクリータ!!」

「すんませんしたーっ!!」

いきなり怒鳴られ、反射的に頭を下げた。

彼女の名はユクリータ。アメリアスの同期の姉であり、2年前、色々あってアークスに身を寄せた。

 

「うう⋯ すいません、ユクリータさん⋯ 」

「まったくあんたって子は⋯ まあ、元気そうで良かったけど」

ため息をついたユクリータは、ああそうだと呟いて、

「アフィンが探してたよ、あんたのこと。昨日、あいつほぼ一日中出張ってて、会えなかったって」

「あ⋯ ありがとうございます」

アメリアスはぺこりと頭を下げ⋯ 気づいた。

いつもはここで話が終わるのだが、ユクリータはまだ何か言いたげな顔だ。

ユクリータはしばらくアメリアスの顔を見ると、

「⋯ また何か面倒ごと?」

唐突に、そう言った。

 

「うっ⋯ えっと⋯ 」

「誤魔化しても無駄。あんた、考え事してると顔に出るのよ⋯ 」

ユクリータは呆れたように、目の前の少女を見る。

「何が起きてるかは⋯ まあおいおい聞かされるでしょうけど⋯ 困ってるんなら言いなさい。出来る事は⋯ するから」

「ユクリータさん⋯ 」

 

アメリアスはこくっと、頷いた。

「それじゃ、任務があるから」

さっきアメリアスが来た道を、ユクリータは降りていく。

「ありがとうございました、ユクさ」

「ユクリータ!」

「失礼しましたあっ!!」

また頭を下げたアメリアスの端末に、ちょうど着信が来た。

 

「ん? メールだ」

短い文言をささっと読み、アメリアスはふふっと微笑んだ。

「あー、そうだよね。すぐ行く」

独り言を呟きながら、アメリアスは近くのテレポーターに入った。

 

AP241:3/23 9:24

アークスシップ:ショップエリア

 

ショップエリアに転送された私は、たたっと階段を降りて、モニュメント広場へ向かった。

 

「おーい! アメリアスー!!」

不意に聞こえてくる、私を呼ぶ声。

その声の主は、ちらっとモニュメントの下を見るだけで、すぐにわかった。

広場のど真ん中にいるのは、白い服を着た、白髪の少女。

 

桜色の瞳でこちらを見上げ、手を振っている。

何より特徴的なのは⋯ 白い、流線型のデザインをした、浮遊型の車椅子に乗っていることだった。

「久しぶり! レイツェル!」

階段の上から少女の名を呼び、手すりに手を掛ける。

そのまま一気に手すりを越え、少女⋯ レイツェルの目の前に着地した。

 

「相変わらずアグレッシブだな、アメリアスは」

澄み切った独特の声で、レイツェルは笑う。

「レイツェルこそどうしたのよ、転勤?」

この、私より一つ年下の少女は、アークスシップ市街地エリアの、集中管理室に勤めている。

普段は市街地エリアの環境を整え、ダーカー襲来なんて時は、避難の司令塔になったりする場所だ。

 

「いやいや。ちょっとした報告会の様なものだ⋯ 全く、『地球』と言う星の事には驚かされたな」

「あー⋯ 」

誤魔化し半分に、頭をかく。

レイツェルはクスリと笑うと、

「どうせ君も、一枚噛んでるんだろう?」

「ま、まあね⋯ 『守護輝士(ガーディアン)』なんてものになっちゃったし⋯ 」

 

そういえば、地球の事はともかく、断片情報の件はどこまで伝わっているのだろうか。

「それはそうと、その席にヨハネスもいたぞ。相変わらず、こっちは見もしなかったけど」

「あー、あいついっつもそうなんだよね⋯ 」

じーっと自身の前の端末を見つめる青年の顔が浮かび、吹き出しそうになってしまう。

「ぷっ⋯ 会うのが楽しみだなぁ」

「そういえば⋯ ステラは何処だ? あいつ、昨日メールを送ってきたが⋯ 」

 

きょろきょろと、辺りを見回すレイツェル。

「ステラは出撃中。カトリさんにデュアルブレードの扱いを教えて貰うんだって」

「そうか⋯ 全員の顔を見たかったが⋯ 」

レイツェルはしゅんとして、顔を落とした。

「そうだよね⋯ 『全員』集まりたいね」

 

『全員』。

元ヒューマンの、私とステラ。

元ニューマンの、ヨハンとレイツェル。

そう⋯ この4人が、『転生(ジェネレート)計画』の、4人の被験体。

私は、レイツェルの足に目を落とした。

「やっぱり⋯ 歩けそうには、無いの?」

「治療法の模索は続いているが⋯ 私とヨハネスの障害に関しては、駄目そうだ」

 

『転生計画』によって残った傷は、決して小さく無い。

ヨハンは、聴力を失い。

レイツェルは、足の自由を失い。

ステラは、4年近く意識を失い。

もっとも後遺症が少なかった私も、先日の出撃の様な、暴走の危険性を孕んだ身体になった。

 

「⋯ 気を落とさないでくれ」

レイツェルの声に、ハッとして顔を上げる。

「私達にとって、君は誇りだ。君がこうしてアークスとして活躍している⋯ それだけで、十分なんだ」

「レイツェル⋯ 」

「私達だって、何も出来ない訳じゃ無い。ヨハネスなんか、アークス内部ネットワーク管制室⋯ だったか。そこで頑張っている」

 

レイツェルはじっと、こちらを見つめて、

「皆⋯ 生きている。だから君も⋯ 」

「⋯ みなまで言わなくて良いよ、レイツェル⋯ ありがとう」

 

3人の、仲間。

かけがえの無い、大切なひと。

私にとって、一番勇気をもらえる存在。

 

「頑張るよ。私の⋯ 私に、出来る事を」

レイツェルは満足げに、頷いた。

「よし⋯ それじゃ、私はこれで。そろそろ管理室に戻らないと」

レイツェルは立ち(?)去ろうとして⋯ ふと、振り向いた。

 

「そういえばアメリアス⋯ 君の方こそ、見つかったのか?」

「あ⋯ 完全に忘れてた⋯ 」

小さくため息をつくレイツェル。

「⋯ まあ、君の勝手だが⋯ この件は、きっちりケリをつけないと、駄目な気がするんだ⋯ だから」

「そうだね⋯ ありがとう、思い出させてくれて」

「ああ、それじゃあまた」

 

区画移動用テレポーターに向かうレイツェルと別れ、自室へと向かう。

「あ⋯ お帰り、マスター⋯ 」

声をかけたリオに手を振り返して、ビジフォンを開く。

プライベートフォルダにアクセスすると、

「あれ⋯ エクスプローラに検索履歴? 誰か使ったのかな⋯ 」

 

怪訝な顔になりつつも、フォルダを漁る。

「はあ⋯ 」

しばらく目を動かして、私はため息をついた。

「やっぱり、何も無いよな⋯ 」

旧「虚空機関(研究部)」の名簿や、その研究資料。

約半年をかけ、シャオ君やウルクやカスラにお願いして、こんな資料を私的に保管させてもらってまで。

私はずっと⋯ 自分の父親の正体を探っていた。

 

「転生計画」実行にあたり用意された4人の被験体は、無論全員が、研究用に調整された個体⋯ 言ってしまえば、デザインベイビーだ。その記録は、虚空機関のデータベースに、しっかり残されていた。

しかし何故か⋯ 私とステラの父親の記録だけ、すっぱりと抹消されていたのだ。

どうにかして思い出そうにも、被験体となった4人は、実験以前の記憶が大部分失われている⋯

 

「⋯ ああっ!やっぱ思い出せない⋯ !」

どさっと、すぐそばのベッドに倒れ込む。

私がアークスになったのが、3年前。

ステラが目を覚ましたのも、3年前。

実験が行われたのが、7年前。

私が生まれたのが、18年前⋯

 

「⋯ でも、諦めたくない」

正直、希望は薄いのはわかっている。

だけど、諦めたら後悔する。そんな気がしてたまらない。

 

「マスター⋯ ?」

「ん⋯ ああ、大丈夫だよ⋯ ふわぁ」

あくび一つして、ごろっとベッドの上で転がる。

「リオぉ、ステラ帰ってきたら起こして⋯ 」

「ん⋯ りょーかい」

独特のぼそぼそとした声を聞きながら、私は目を閉じた。

 

AP241:3/23 14:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

「あ⋯ お帰り、ステラ!」

スペースゲートの前で、アメリアスはカトリと共に帰ってきた妹を迎えた。

「如何でしたか、カトリさん?」

「はぁ、はぁ⋯ アメリアス様の妹様は、中々アグレッシブなお方で⋯ ふひぃ」

妙に息を切らして、カトリは答える。

 

「姉ちゃん姉ちゃん!凄いねナベリウス!木がいっぱいあって、池もあって!!」

「はいはい⋯ ステラはこの後、メディカルチェックでしょ」

興奮して話すステラをなだめるアメリアス。

「早く行ってきな。フィリアさん、あれで結構心配性だから⋯ きっと待ってるよ」

「ん。それじゃあカトリさん!ありがとうございました!!」

カトリと別れ、ステラはメディカルセンターに向った。

 

「⋯ 見た目の割には、快活なお方ですね」

「⋯ 精神年齢が低いんですよ。私似な分、なおさらそう見えるんでしょう」

感心するカトリに、そっけなく返すアメリアス。

カトリはそんなアメリアスを見て、ぽつりと、呟いた。

「⋯ 妹様、大切にしてあげて下さいね?」

「⋯ 当然です。今まで⋯ 何も、してあげられなかったから⋯ 」

 

振り向いて、アメリアスは歩き出す。

「あれ⋯ どちらへ?」

「復帰の手続き、ちゃんと終わってないものが、まだ残ってて⋯ 適当に済ませないと」

「そうですか⋯ では、また」

テレポーターに消えるアメリアスを見送り、カトリもその場を離れた。

 




「ECHO」
ずっと、勝ち抜いてきたものの。
この見えない敵は、どう戦えばいいものやら。


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SB1-5「夕景イエスタデイ」

やっと落ち着いて投稿できそうです。



A.D2028:3/23 8:00

地球:天星学院高校学生寮

 

「えーっと、もう一度確認するわね」

制服姿でイスに座ったヒツギは、ベッドに座っている目の前の少年に向かって、問いかけた。

 

「貴方は、自分の名前がわからない」

「うん」

「自分がどこから来たかもわからない」

「うん!」

「ついでに、自分が何者なのかもわからない」

「うん! うん!」

「記憶喪失を喜ぶなァっ!!」

 

思わず立ち上がり、叫んでしまった。

「⋯ ごめんない」

「全く⋯ 」

ヒツギは腕を組み、考え込む。

(うーん⋯ ただでさえいろんな事が起きて、、頭の中パンク寸前なのに、こんな得体の知れない子供を抱える事になるなんて⋯ )

 

思い出すのは、先日の一幕。

(あのバケモノのこともあるし、警察に突き出した方が良いのかも知れないけど⋯ あたしを庇ってくれた、その恩を受けたまま見捨てるなんて⋯ )

「ヒツギ⋯ ?」

「⋯ そんな不安そうな顔しないの。起きちゃった事は仕方ないし、何とかなるでしょ」

不安そうな顔をした少年を、ヒツギはそっと宥めた。

 

(それにこの子、『PSO2』のあたしのアバターにそっくり⋯ 状況から考えても、偶然なんてことありえない)

視線を移し、待機画面のPCを見つめる。

(だったら、私がその謎を究明する⋯ 『マザー・クラスタ』に所属する、あたしが⋯ !)

「それにしても、名前が無いのが不便ね。何かいいのが欲しいところだけど⋯ ねえ、何かこう呼ばれたいーっていうの、ある?」

 

少年に視線を戻し、尋ねるヒツギ。

「ない。ヒツギの好きなように呼んで?」

「好きなように、かぁ⋯ 」

自分のTシャツを着た少年の姿を眺めながら、考える。

「その容姿だと、日本神話的なのは合わなそうだしなぁ⋯ よし!」

「なに?」

「フォルセティ、ってのはどう!?」

少年は目をぱちくりさせて、

「やだ」

はっきりと首を振った。

 

「即答!? 好きなように呼べって言ったじゃない⋯ 全くしょうがないわね⋯ 」

ヒツギは思い浮かんだ名前を、ぽんぽんと上げていく。

「ヘルモース!」

「や」

「ヘイムダル!!」

「だめ」

「ロキ!!!」

「ありきたり」

「最後のはダメ出しじゃないっ!あーもうっ⋯ 今日は生徒会に顔出さなきゃなのに⋯ 」

 

ヒツギはうんうん唸った末、苦し紛れに、

「えーっと、えーっと⋯ ! じゃあ、アル!! 無いの反対!!」

すると少年は、うーんと考えた末、にぱっと笑った。

「アル。アル⋯ アル! それがいい! ぼくの名前、アルがいい!!」

嬉しそうに両手を振る少年。

 

「え、こんな安直なのがいいの⋯ !?それよりガウェインとかの方が⋯ 」

「アル、アル! ぼくはアル!!」

どうやら相当気に入ったようで、立ち上がってヒツギに詰め寄ってきた。

「なんかちょっと腑に落ちない⋯ まあ、気に入ったんなら良いけど⋯ 」

 

ちらっと、ヒツギは壁の時計に目をやる。

「って! 時間よ時間!! すぐに行かなきゃ⋯ アル! あたしちょっと出掛けてくるから、ここで大人しくしてる事!!」

決まったばかりの名前を呼び、ドアの前まで来た所で、ヒツギはハッとして振り向いた。

 

「もし寮長とかに見つかったら、『八坂火継の弟です』って言っときなさい!!」

「⋯ ? ぼくは、お姉ちゃんの弟です⋯ ?」

「まあ、意味は通るからいっか⋯ 」

ドアを開け、今度こそ廊下に出ようとしたところで、

「いってらっしゃ〜い」

 

そんな声が、後ろから聞こえてきた。

振り向けば、にこにこと手を振るアル。

「あ⋯ うん、行ってきます」

部屋を出た所で、ヒツギはふと思い出す。

「いってらっしゃいなんて言われたの、いつ振りだろう⋯ まいっか」

今はとにかく時間が無い。

ヒツギは、校舎へと急いだ。

 

A.D2028:3/23 14:00

地球:天星学院高校

 

「はぁ〜」

天星学院高校、生徒会室。

PCの前で、ヒツギはぐた〜っと突っ伏した。

「もう⋯ 駄目だよヒツギちゃん。次期生徒会長さんが、一般の生徒の前でため息ついたりしちゃ⋯ 」

そんなヒツギの肩を揺さぶったのは、ヒツギと同じ制服を着た、黒髪の少女。

 

「あたしは唯の生徒会役員です〜。まだ会長じゃないので、問題ありませ〜ん」

聞き飽きた声に、適当に返事を返す。

ヒツギはむくっと起き上がると、

「それに、あなただって一般の生徒じゃ無いでしょ? ねえ、次期副会長、鷲宮氷荊(コオリ)さん?」

 

視線に入った少女⋯ コオリに、言い返した。

「や、やめてよその呼び方〜。私だってただの生徒会役員だよ〜」

「ふ〜ん⋯ いっその事、コオリが生徒会長になれば良いじゃない」

「私、そういうの向いてないし⋯ ヒツギちゃんがなるでしょって、生徒会のみんなも言ってるよ?」

 

ヒツギはそれを聞いて、またぺたっと机に突っ伏す。

「生徒会のみんな、かぁ⋯ そうは言っても、全員『マザー・クラスタ』のメンバーだから、出来レースだよね⋯ 」

「も〜。ヒツギちゃんはそうやって、すぐスレた事言うんだから⋯ それに」

 

コオリはちょんちょんと、ヒツギの肩を小突いて、

「そもそも『マザー・クラスタ』自体、選ばれた人しか入れないんだから、良いんじゃない?出来レースでも」

「そっか⋯ はぁ⋯ 」

「ため息つく程、ヒツギちゃんが生徒会長になりたくないんなら、私がやってもいいけど⋯ 」

両手を合わせ、ぽうっと天を仰ぐコオリ。

「そんな時は、ヒツギちゃんに支えてもらいたいなぁ〜なんて⋯ 」

 

ヒツギは半分呆れ顔で、そんなコオリを見た。

「そう言うわけじゃないんだけど⋯ 」

またため息をついて、PCに目を移す。

「そう言えばヒツギちゃん、昨日『PSO2』で会えなかったね。ログインはしてたみたいだったけど、何してたの?」

 

ぽつりと呟かれた、そんな質問。

「⋯ !」

ぱっと、ヒツギは顔を上げる。

そして、PCに目を向けたまま、問いを返した。

「コオリ⋯ あたし達にとって、『PSO2』ってどういう物?」

「え? どういうものって⋯ 」

「あなたの知ってる範囲で、答えてみて」

「う、う〜ん⋯ 」

珍妙な質問に、コオリはしばし悩んでから、話し始めた。

 

「⋯『PHANTASY(P) STAR(S) ONLINE(O) 2(2)』とは、超高速通信『エーテル』の普及に伴って、爆発的に広まったオンラインゲームのことで⋯ 」

コオリはヒツギの脇で、彼女がさっきまで使っていたPCを指す。

 

「エーテル通信によって実現した、次世代クラウド型OS『esc-a(エスカ)』⋯ そのパソコンにも入ってるやつだけど⋯ それに標準インストールされてて、エーテル通信環境さえあれば、誰でもプレイ可能⋯ って感じ?」

 

説明はしたものの、釈然としない様子のコオリ。ヒツギは首を振って、再び問いかけた。

「そういう一般認識じゃなく、『あたしたち』にとっては?」

一見、不可解な問い。

しかしコオリは、すぐにその意味を理解した。

 

「⋯ なるほど、『マザー・クラスタ』にとってはって事だね。いつでも何処でも、誰とでも簡単に、エーテルインフラ上でプレイ出来る点では一緒だよ」

ヒツギの左の壁にかかった、小さな旗を見るコオリ。

 

旗は青地に白で、斜めに配置された二重円に、丸みのある五つの菱形が重なったような模様が刻まれていた。

「『マザー・クラスタ』の目的は、『esc-a』の保守⋯ バグを取り除くことだからね」

 

ヒツギは頷いて、引き継ぐように口を開いた。

「そう⋯ そのために、巨大SNS『マザー・クラスタ』は存在する⋯ マザーによってスカウトされた、千人を超えるメンバーが、日々エスカの保全を行っている⋯ と」

 

「そういうこと。で、エスカのソフトであるPSO2内にも、バグが散見されてるみたい。AIとは思えない挙動を取るNPCとか、おかしなところが多いから、私たち『マザー・クラスタ』の所属者が調査してるの」

 

ヒツギはため息をついて、視線をPCに戻す。

「⋯ まとめると、PSO2はゲーム、って認識よね。そこにバグが生じてるって⋯ 」

「うん。マザーはそう判断してる」

 

その説明は、きっと昨日までのヒツギなら、納得できただろう。

(だけど⋯ 本当にあれは、ゲームの中の挙動なの? あの人達はあくまで、ゲームの中の人なの? アルも、アメリアスも⋯ ?)

「あれ⋯ ヒツギちゃん、どうしたの⋯ わ、私、変な事言っちゃった!? ごめんねごめんね空気読めなくてごめんね!」

 

急に慌てだしたコオリに、ヒツギは短く問いかけた。

「⋯ コオリ」

立ち上がり、詰め寄るようにコオリを見る。

「は、はひっ!?」

「コオリが男苦手なのは知ってる⋯ それでも、会ってほしい人が居るんだけど⋯ いいかな」

 

コオリは困惑した様子で、

「お、男の人⋯ ? ヒツギちゃんのお兄さんじゃなくて⋯ ?」

「うん、兄さんじゃ無くて⋯ 」

「炎雅さんじゃない⋯ って、まさか、その男の人って⋯ !」

 

コオリの顔が青ざめる。

「まさかまさかそんなそんな!? 駄目だよヒツギちゃん! 不純異性交遊だよ!!」

「違うわ! 仮に彼氏がいた所で、どうしてあんたに会わせるのよ!」

「⋯ いるの?」

「いないわ! 言わせんな!!」

 

ツッコミを入れて、肩を落とすヒツギ。

「はぁ⋯ あのねコオリ。会って欲しいのは、兄さんでも彼氏でも無くて⋯ 」

「じ、じゃあ誰! 誰なの!?」

「誰って⋯ 」

 

反応に困ってしまう。

あの少年を、どう説明するべきか⋯

「あたしの⋯ 」

ヒツギは少し迷って、

「⋯ 弟?」

「⋯⋯⋯ はいぃ!?」

予想だにしなかった答えに、コオリは名前通り凍りついた。

 

 




「夕景イエスタデイ」
当たり前の日々は、昨日の夕日がさらっていった。


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SB1-6 「アスノヨゾラ哨戒班」

今更ですが、タグにR15を追加しました。


A.P241:3/24 8:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「起きろおおおおおおおおお!!!」

「⋯ ふああっ!?」

私の朝は、耳に突き刺さった怒号から始まった。

 

恐る恐る目を開けると、ベッドの上にステラが馬乗りになっている。

「⋯ ステラ、いくらなんでもそれは」

「だって姉ちゃん、こうでもしないと起きてくれないって、パティさんが言ってたんだもん」

 

⋯ 一瞬、某騒がしいニューマンに本気で殺意が湧いたが、慌ててそれを掻き消す。

「そうかもしれないけど⋯ ふあぁ」

あくび混じりに、目の前の妹の顔を見る。

「別に叩き起こす事ないんじゃない? 今日なんかあったっけ⋯ 」

 

そこで、私の声は切れた。

そうだ、今日は「ある」のだ。

「⋯ そっか、地球の探索を開始するんだった」

 

そう。今回の一件で、アークスとしても件の惑星⋯ 地球の調査を行う事となった。

「向こうにも、攻勢エネミーが確認された⋯ 今回の事と、絶対関係あるもん」

息巻くステラ。

 

事は、昨日に遡る。

地球という惑星の存在をシエラさんと話した後、こんな指令が下ったのだ。

「明日より、アークスとしての活動範囲に、惑星『地球』が加えられます。任務内容は、従来通りの惑星調査及び、地球にて散発している『幻創種』エネミーの駆逐です」

 

昨日、ヒツギさんと私を襲った、青い怪物。

それと類似した存在が、地球の『東京』と呼ばれるエリアに現れ、一般人に被害を加えているらしい。

エネルギー粒子のようなものが収束した、今までに無い組成を持ったそれらは、『幻創種』と名付けられ、アークスはその退治も行う事にした。

 

「あんなのが、街に現れたら⋯ 」

「間違いなく大混乱ね。地球の人々が、どこまで戦えるのかわからないけど⋯ 昨日の事件で、幻創種にフォトンによる攻撃が通る事⋯ もっと言えば、地球でフォトンが使える事は確実になった」

 

ステラを押しのけ、ベッドから出る。

「調査は確か、9:00からだよね。着替えたら私も行くから、ステラは先に準備してて」

ステラはん、と頷いて、ベッドから飛び降り、部屋を出て行った。

 

「⋯ さってと⋯ 」

一人残された私は、倉庫端末に触れる。

「ベッドから出ると寒いなぁ⋯ 服、何持ってたっけ⋯ 」

何せ今⋯ 私は大きめのドレスシャツ一枚なのだ。

エーデルゼリンでも良いのだが、ちゃんとした戦闘服の方がいい。

 

「これかな」

私の体が一瞬、光に包まれる。

光が収束すると、私の体は、黒い戦闘服に包まれていた。

「『マギアセイヴァー』⋯ やっぱこれだよ、これ」

 

軽く一回転すると、腰のマントがひらりとはためく。

「じゃあ行こっかな、地球!」

未知の惑星に想像を巡らせながら、私は部屋を飛び出した。

 

A.D2020:3/24 9:30

惑星地球:東京

 

アメリアスと、ヒツギ。

2人のつながりは、星の守り手(アークス)達を、新たな世界に導いた。

 

青い空を衝く、摩天楼とも呼ばれるビル群。

整然と整備され、街路樹が植えられた道路。

アメリアスとヒツギのつながりを辿り、地球で最初に座標を特定できた場所⋯ それがここ、東京だった。

 

「⋯ すっご」

アメリアスはただ、圧倒されていた。

街の雰囲気は、アークスシップの居住区にも似ていて⋯ だけど、どこか圧迫感がある。

今まで体験したことのない空気に、言葉を失っていると、不意に背中から肩を叩かれた。

 

「なにぼーっとしてんだよ、相棒!」

アメリアスが振り向くと、金髪のニューマンの青年が、アサルトライフルを担いで笑っている。

 

「アフィン! 久しぶり!」

「おう! 元気そうで良かった!」

彼はアメリアスの同期のアークスで、昨日彼女が会ったユクリータの弟だ。

 

「ごめんね、顔見せられなくて」

「いや、オレも昨日一昨日と、出撃が立て込んじまって⋯ ごめんな」

 

互いに謝っていると、

「2人ともーっ!行くよーっ!!」

いつの間にかいたステラが、ガンスラッシュを握った手を振っていた。

 

「うわっ、ステラいつの間に⋯ !?」

「全然気づかなかったな⋯ すぐ行く!」

2人がステラに合流すると、丁度オペレーターから通信が入った。

 

『皆さん、集まったみたいですね。地球のオペレートは、私シエラが務めさせていただきます』

「了解。よろしくお願いします、シエラさん」

『はい。現在、東京エリア南の、大型交通ステーションを中心に、幻創種の反応が確認されています』

周辺マップが、各自の端末に転送される。

 

『一応、2パーティでの任務となりますが、皆さんは先行して調査を開始してください』

かなりの範囲にわたる調査区域には、所々にサークルがかかっている。

『異常反応を示したエリアは、逐次マークされるので、そこへ向かって下さい。それと⋯ 』

 

不意に、アメリアスの横に小さなソケットが設置された。

そこからは、高密度のフォトンリングが展開されている。

 

『フォトンによる加速装置⋯ ダッシュパネルです。かなり広域の調査になるので、使って下さい』

「へえ⋯ いつの間にこんな物が⋯ 」

 

なんとなく、アメリアスがリングに手を伸ばした、その瞬間。

「!!!?」

ぐいっとパネルに引き込まれ、アメリアスの体は一気に加速した!

 

「ぎゃあああああああああああ!!!」

殆ど吹っ飛んだ形のアメリアスは、そのまま近くのビルに激突する。

「相棒ーーーーーーーーーーーー!!?」

「ね、姉ちゃんーーーーーーーー!!?」

『だ、大丈夫ですか!!?』

 

アメリアスはずりずりと、地面に崩れ落ちる。

「め、滅茶苦茶痛い⋯ あれ?」

両手で頭を押さえながらなんとか立ち上がって⋯ 首をかしげた。

 

「ビルにキズ一つ付いてない⋯ 」

『く、空間隔離を行っているので、ふふっ、いくら暴れても大丈夫、ですっ』

「何笑ってんですか!」

『すいません、頭押さえてるアメリアスさんがそのっ、あのっ、ぷぷっ」

 

必死に笑いを堪える、シエラの声。

「も、もう行きますっ!! ほら、行くよアフィン! ステラ!!」

バッと、2人の方へ振り向くアメリアス。

 

「お、おう⋯ ぷっ」

「ね、姉ちゃんそれはっ、破壊力ぱないから」

2人も、笑っていた。

 

「あんた達までーーーーーっ!!!」

「姉ちゃんがキレたーー!」

「逃げろーっ!!」

 

アフィンとステラが、ダッシュパネルに突っ込み、駆け出す。

「⋯ ええいっ!」

アメリアスもダッシュパネルに突っ込み、追いかける。

 

『逃走中申し訳ありませんが、そちらに反応ありです!』

告げられる、開戦の合図。

「おおっと!」

本来の目的を思い出し、アメリアスは慌てて立ち止まった。

「来るぞ!」

青い光がブロック状に収束し、何かが落下してくる。

 

3人の前に現れたのは、ヒツギを襲った、あの青いバケモノだった。

「登録名、『ドスゾンビ』に『チャカゾンビ』⋯ 」

「よっしゃあ! 行くぜ相棒!」

「⋯ オーケー! 」

 

アフィンがアサルトライフルを構えると同時に、ジェットブーツを起動したアメリアスが飛び出す。

「はああああああっ!!」

「喰らええっ!!」

 

弾幕と連撃が、幻創種を葬っていく。

チャカゾンビの光弾も、アメリアスの熟練の技術には及ばず、ことごとくかわされる。

 

「次!」

設置されたダッシュパネルに入り、再び加速。

次に現れたのは、白い小動物と、小型の鳥。

「えーっと、『ラットファムト』と『クロウファムト』だって!」

「喋ってないで仕事しなさい!」

 

先制して風テクニックを浴びせながら、アメリアスはステラに叫ぶ。

「はいはい! 今行きますよっと!!」

 

ステラが前衛に走ると、ラットファムトが刃を展開して転がり出す。

「この命⋯ 燃やし尽くしても駆け抜ける!」

交差したデュアルブレードから、ステラの前にフォトンブレードが展開される!

 

「ディスパースシュライク!!」

それは、刹那の斬撃。

フォトンブレードが突き刺さり、ラットファムトは霧散する。

 

「よっし!」

「クロウファムトも落としたっ! 次⋯ !」

『待って下さい! まだ異常反応が消えていません!!』

 

3人の前に、先ほどよりも大きな光が集まる。

現れたのは、巨大な龍のようなエネミー。

「龍族⋯ !? でも、原生種にも似てる⋯ 」

『データ、照合しました! T-レックスと呼ばれる、今は生息しない古代生物です!!』

 

その尾を青く染めた古代の覇者が、異邦の戦士に襲いかかる。

「きゃああっ!」

巨軀から薙ぎ払われた尾が、アメリアスを吹き飛ばした。

 

『アメリアスさん!』

「大丈夫です、けどっ!」

どうやらリンドブルムが故障したらしく、不安定な展開状態のまま倒れている。

 

「お、起きれない⋯ !」

「姉ちゃん!?」

「ステラ! 危ないっ!!」

ステラに標的を変え、T-レックスが突進する!

 

「よくも⋯ 姉ちゃんをォォォ!!!」

その時、アフィンは確かに見た。

激昂したステラを中心に、フォトンが吹き荒れるのを。

 

「らああああああああっ!!!」

突進するT-レックス、しかしステラは、自らの腕で、その巨軀を、その(あぎと)を受け止めた!

 

「はぁ!?」

アフィンはあんぐりと口を開け、その光景に目を奪われる。

「ふッ!」

動きの止まったT-レックスの頭を蹴り、ステラは飛び上がる。

 

「イモータルターヴ!!」

フォトンブレードと共に、両の刃が叩きつけられた!

「これで決まりだっ!」

よろめくT-レックスの前で、ステラの剣が五芒星を描く。

「ジャスティスクロウっ!!」

その紋から、フォトンブレードが光線の様に打ち出される!

 

フォトンブレードが刺さった頭に、さらに光線をぶち当てられ、T-レックスは霧散した。

「倒した⋯ そうだ、姉ちゃんはっ!?」

慌てて振り向くステラ。

 

「ごめん! よくやった妹!」

予備のジェットブーツに換装したアメリアスが、急いで駆け寄ってくる。

「大丈夫か、相棒?」

「問題無い。次行こう!」

 

三たび、エネミー反応ポイントへ向かう3人。

すると突然、近くの自動車が、ひとりでに動き出した。

 

「なっ、、、!?」

『幻創種と同等の反応を確認! 追尾して破壊してください!!』

「⋯ 了解!!」

近くのダッシュパネルに飛び込み、加速する。

 

「アフィン! ステラ!! 散開して叩いて!」

「「応!!」」

暴走する自動車は4台。拡散して、一気に破壊する作戦だ。

 

「そうだ⋯ これなら!!」

暴走自動車に食らいついたアメリアスは、一気に姿勢を落とす。

「はああああああっ!!」

繰り出されたのは⋯ 凄まじいスライディング!

「いっちょ上がりっと!」

一撃で破壊された自動車をすり抜け、アメリアスは起き上がった。

 

「一つ落としたっ、そっちもお願い!!」

「わかった!」「任しといて!」

再びダッシュパネルに突っ込み、ノーマークの一台を狙う。

アフィン達もコツを掴んだようで、マップから暴走自動車の反応が消えていく。

 

「ラスト⋯ 一台!!」

アメリアスが最後の自動車を捉えた⋯ その時。

アメリアスの目の前で、自動車が爆散した!

「えええええええっ!!?」

反射的に身を丸め、突然の爆風を避ける。

 

「あれれ! どなたか巻き込んでしまったのでしょうか!? 申し訳ありませんねえ!」

聞こえてくる、エコーのかかった甲高い声。

 

「はぁ⋯ 『もう一方のパーティ』ってのは、貴女でしたか⋯ !」

アメリアスは起き上がると、声の方を睨みつけた。

 

そこに居たのは、アサルトライフルを持った、小柄なキャストの女性。

「あれま! アメリアスさんではないですかあ! こんにちは! はいこんにちはあ !」

「⋯ はい、お久しぶりです、リサさん」

こめかみがひくつくのを感じながら、アメリアスはリサを見る。

 

彼女は射撃職(レンジャー)のアークス⋯

なのだが、

「幻創種は撃ち応えがイマイチでしてねぇ、つい自動車を狙うのに夢中になってしまいまして!」

「あいっ変わらずトリガーハッピーですね貴女は!!」

 

アメリアスはついつい、語気を荒げてしまう。

こういう言動ばかりのリサとはいまいちそりが合わず、3年前の入隊当初から、ずっと彼女が苦手なままだ。

 

「あーもう、よりによってなんで貴女が⋯ !」

久々の相手に、アメリアスがぶつぶつ呟いていると、リサの後ろから3人のアークスが走ってきた。

 

「暴走自動車は全滅したかい⋯ おや、マイフレンドじゃないか!」

片方は、以前出会ったデューマンの青年、ピエトロ。後ろには「ワンダ」種ペットのカトリーヌも浮いている。

 

「リサさんっ!先に行かないで下さ⋯ あ、アメリアスさん!」

もう片方は、ランチャーを背負い、黄色い装甲を纏った、キャストの女性。

アメリアスの友人、フーリエだ。

 

「あんまり怒鳴るなよ、こっちまで聞こえてきたぞー、センパイ」

最後にやってきたのは、バレットボウを担いだイオだった。

 

「あ、イオにピエトロさんにフーリエさん⋯ 」

どうやら、リサとピエトロ、フーリエ、そしてイオが、もう片方のパーティらしい。

 

「こっち、終わったよー!」

「おっと、合流したみたいだな!」

そうこうしてるうちに、アフィンとステラも戻ってきた。

 

「これで全員ですかあ?」

「みたいですね⋯ 7人同時行動は厳しいから、また散開して⋯ 」

アメリアスが答えようとした、その時、

 

『皆さん、大変です! 隔離領域外に異常反応が出ています!!』

シエラの通信が、全員の耳に突き刺さった。

「急行します! 隔離領域の拡大を!」

『すぐに行います! 被害を最小限に食い止めて下さい!』

 

アメリアスを先頭に、ダッシュパネルから一斉に駆け出す。

「このスピードだと⋯ 30秒はかかる⋯ !」

歯噛みするアフィン。

しかし、スピードはこれが限界だ。

 

「うふふふふ、また一杯撃ち殺せますねえ!」

全くテンションの変わらないリサ。

「あーもうっ、誰かこの人どうにかしてっ!」

「あえて言いましょう⋯ 無理ですっ!」

 

時刻は、11時を半分ほど過ぎようとしていた。




「アスノヨゾラ哨戒班」
哨戒班、東京を往く。


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SB1-7「東京テディベア」

自分の遅筆っぷりにやきもきする今日この頃。


A.D2028:3/24 10:00

地球::天星学院高校学生寮

 

「いやあああああああああああああッ!!?何、何なの!?この可愛い生き物はああああああっ!!?」

 

ヒツギの部屋に、コオリの咆哮が響き渡る。

「⋯ あんた、男苦手じゃ」

ヒツギは完全に意表をつかれ、固まっていた。

 

昨日ヒツギが伝えた、「会って欲しい人」というのは⋯ 勿論、アルのこと。

それで今日、彼女を招いたのだが⋯ ヒツギのTシャツを着たアルを見た途端、コオリはデレデレになってしまった。

 

「やだやだやーだー!! かーわーいーいーっ!! 金髪っ! 碧眼っ!! そしてダボ袖着こなし⋯ 奇跡だよおっ!!!」

 

ずいずいっと、アルに駆け寄るコオリ。

「このひと⋯ 怖い! お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

アルは完全にビビって、ヒツギの背中に隠れていた。

 

「へひひ⋯ そんな邪険にしないでよぉ⋯ ほら、おねーさんといいコトしようよぉ⋯ 何も悪いことはしないからさぁ⋯ 」

「⋯ 落ち着け」

 

だんだんと邪悪オーラを増していくコオリの肩を押さえ、ずいっと目の前に戻す。

「コオリ⋯ あんた男苦手って言ってなかった?」

「男の娘は別腹だよ、別腹!」

「⋯ あんた、音じゃわからない所で凄いこと言ったろ、今」

 

ヒツギはさっきので少しずれたニットセーターを直して、ため息を吐いた。

「それでヒツギちゃん、この子、どこからお持ち帰りしてきたの?」

「おもっ!? ⋯ 笑わずに聞いてよ?」

コオリを椅子に座らせ、自分はアルと一緒にベッドに腰掛ける。

 

昨日の出来事⋯ 主に彼のことを簡単に話すと、コオリは目を丸くして、

「PSO2の中から!? うーん⋯ 」

「にわかには信じがたい話だけど⋯ 状況的にそうとしか思えないし⋯ 」

「⋯ 別に疑ってないよ。私、ヒツギちゃんを疑ったことあった?」

 

そうは答えつつも、コオリは少し考え込んだ。

「でも、それが本当となると⋯ 」

「⋯ 」

「私でも、こんな可愛い子を連れて来れちゃうのかな?」

「⋯ 私は真面目な話をしてるの」

「ち、ちょっとしたお茶目だよー」

 

ヒツギに諌められ、コオリはわたわたと手を振る。

「でも⋯ ヒツギちゃんがこの子を連れて来ちゃったんなら、何か原因があるってことでしょ? 昨日の行動を振り返れば、何か見つかるんじゃないかな?」

「とは言ってもなぁ⋯ 」

 

ヒツギは想起する。

昨日のことは全てが想定外で、どこが原因かなんて判断のつきようがない。

「アルくんは、何か覚えてないの?」

本棚を眺めていたアルに声をかけても、アルは小さく首を振った。

 

「じゃあ⋯ 他の当事者に話を聞ければ⋯ 」

「他の当事者⋯ 」

思い出すのは、昨日、アルと同時にこちらへ飛び込んできた少女。

(アメリアスの事まで、説明できる気がしない⋯ ! むしろ誰かあたしに説明して⋯ !)

 

「へ⋯ っくしっ!!」

 

突然のくしゃみに、ヒツギは慌てて振り向く。

アルがぐすぐすと、鼻をこすっていた。

「そういえば⋯ どうしてあんな服装なの? あれじゃまだちょっと寒いよ⋯ 」

「う⋯ アルが着れそうなのが、あれぐらいしか無くて⋯ 」

 

ヒツギとしても、こんな小さな男の子の服は持っている筈もない。

「ふむふむ⋯ 取り敢えず、やる事が見つかったね」

「⋯ そうね。アル! あんたの服、買いに行こっか!」

アルはこくっと、頷いた。

 

A.D2028:3/24 11:25

地球:東京

 

「うーんと、こっちこっち⋯ 」

3人はてくてくと、東京の街を進む。

とりあえずアルには適当な服を着せ、コオリの案内で店へと向かう。

 

「コーデに1時間弱も掛けてどうすんのよ⋯ 」

「もう、ヒツギちゃんはもっとオシャレするべきだよ」

他愛もない会話を交わしつつ、道を歩いていると、

 

「お姉ちゃん、あれ⋯ 」

アルがこそっと、交差点の向こうを指差した。

ヒツギもよく行くカフェがある通りに、人だかりができている。

「なんか、あったのかな⋯ 」

 

しばらく見ていると、人だかりは勝手に解散して、いつもの景色に戻った。

「⋯ フラッシュモブでもしてたのかな?」

「ふらっしゅもぶ?」

「発想が飛躍しすぎよ。ほら、行こ」

若干抜けた推理に呆れつつ、店へと急ぐ。

 

交差点を渡ったところで、ふと気づいた。

「あれ⋯ あの通り、いっつも人が多いんだけどな⋯ 」

人だかりが消えて、見えた通りには、通行人は殆どいなかった。

 

A.D2028:3/24 11:22

地球:東京

 

金曜日の、昼下がり。

時間が時間なので、大人の姿は少ないものの、春休みの学校が多いこともあり、街は若者で賑わっている。

 

交差点を行く人々。

歩道を駆ける少年。

カフェや買い物で、休暇を謳歌する学生たち。

 

そんな、いつも通りの日々の中。

幻創はついに、人々に牙を剥いた。

 

「お、おい!! なんだあれ!?」

道行く人々の中に、どよめきが広がる。

突如、青い光の障壁が広がったのだ。

 

交差点近くを覆う、光の壁。

そして、そこから無数の光球が漏れ出す。

光球から現れたのは⋯ 青い、不気味な体軀を持った化け物。

 

「キャーーーー!!」

「に、逃げるんだぁ!!」

 

道行く人々に、混乱広がる。

この状況下において、彼らが、気づける筈がなかった。

この化け物が、一般市民にとって幻想の中の存在⋯ 「ゾンビ」に似た姿をしていた事を。

 

「逃げましょう、先輩!!」

「う、うん!!」

学生服を着た黒髪の少年が、傍の少女の手を取る。

 

「⋯ !」

しかし、少年が交差点に飛び出した頃には、すでに周辺は化け物に取り囲まれていた。

 

「くそッ⋯ !!」

振るわれたナイフを辛うじてかわし、2人は包囲をすり抜ける。

だが、それを嘲笑うかの如く、2人の前にさらに化け物が降ってくる。

 

「な⋯っ!?」

絶望的な状況に、少年が覚悟を決めた、その時⋯ !

 

「させるかあああああああああっ!!!!」

現れた影が、手に取る剣で、化け物を斬り裂いた!

 

「!?」

少年が顔を上げると、そこに立っていたのは1人の少女。

おそらく自分と同い年か、やや年下に見える顔は、逆にそうは感じないほどの鋭さで、化け物を見ている。

 

「君は⋯ !?」

少年が言った、その瞬間。

「きゃっ!」

「うわっ!」

2人の⋯ その場全員の体が何かに弾かれ、交差点あたりへと飛ばされる。

同時にこつぜんと、周囲から化け物が消えた。

 

「え⋯ !!?」

「どうなってんだ⋯ !?」

戸惑う人々。

しかしすぐに、全員が立ち上がり、またいつも通りに歩き出す。

まるで⋯ 何事もなかったように。

 

「今のって⋯ 」

少女は信じられないといった顔で、さっきまでいた路地を見る。

「⋯⋯⋯ 」

少年は何も言わずに、歩き出した。

 

A.D2028:3/24 11:30

地球:東京

 

『隔離領域、展開完了!!』

先行したステラの横に、ほかのメンバーが到着する。

「ナイス切り込みです、ステラさん!」

「がっつり見られたけど⋯ 大丈夫なのか? シエラさん?」

喜ぶフーリエの横で、アフィンがシエラに尋ねる。

 

『認識偽装で、ステラさんを見た記憶も排除される筈です。問題ありません』

「便利な物ね⋯ 」

アメリアスは呟いて、一歩前に出る。

リンドブルムに変わって装着したのは⋯ 黒翼のジェットブーツ、「ズィレンハイト」。

 

「さあ⋯ 行きましょうか!!」

ゾンビ系幻創種の群れめがけ、7人のアークスが疾走する!

 

「ふふふっ! 踊って下さいねえ!?」

リサの容赦ない弾幕が、次々と幻創種を撃ち抜いていく。

(腕は確かなんだけどなぁ⋯ )

フーリエも負けじと、ランチャーをぶっ放す。

 

「派手に爆発しちゃってください!」

「フーリエさん! 物騒物騒!!」

動作の緩慢なゾンビ系幻創種は、簡単に隙をつける。

全滅まで、さほど時間はかからなかった。

 

『第2波、来ますっ!』

続いて現れたのは、上部に大きなローターを持ったヘリコプター。

さらに地上には、鋼鉄の戦車が具現する。

 

「き、履帯(キャタピラ)!?」

予想外のローテクに驚くフーリエ。

長砲身の防人が、号砲を撃ち放つ。

「ここは⋯ おれの距離だ!!」

 

そこで前に出たのは、イオ。

手に握るのは⋯ 紫煙の抜剣!

終桜(サクラ)閃鉄華(エンド)!!」

 

研ぎ澄まされた一閃が、砲弾を斬り裂いた!

「よし、上手くいった⋯ !」

ガッツポーズするイオの後ろから、アメリアスが飛び出す。

 

「ヘリお願い!!」「任せろっ!!」

アメリアスへ機銃を向けるヘリコプターを、アフィンとイオが狙う。

「「墜ちろっ!!」」

一斉発射に爆散するヘリコプターをすり抜け、アメリアスの足が戦車を捉えた。

 

「古臭いのよっ、色々と!!」

放たれた蹴りが、主砲をへし折る。

すると戦車上部が展開し、火炎放射器が現れた。

「嘘っ!?」

 

周囲を焼き尽くさんと、戦車が砲門を振り回す。

アメリアスはすぐに上空へ回避すると、

「舐めた真似⋯ してくれるじゃない!!」

その叫びに呼応して、ズィレンハイトが輝く。

 

「ストライク⋯ ガストっ!!」

高速回転の後に放たれる、踵落とし。

アメリアス渾身の一撃が、砲門を叩き潰した。

 

「よっし!」

爆発する戦車の横に、そのまま着地⋯ と言うより、着弾する。

同時に、反対側からラットファムトの群れが駆け出した。

 

「僕に任せてくれ! さあ踊れ、カトリーヌ!!」

ピエトロの振るタクトに合わせ、カトリーヌが疾走する。

「アクション! ワンダスライサー!!」

 

高速の2連撃が、ラットファムトを斬り裂く。

「まずいっ! 何匹か逃して⋯ 」

「イル・グランツ!!」

生き残った個体にも、アメリアスの放った光弾が突き刺さった。

 

「ありがとう、マイフレンド!」

「まだ来ますよ、ピエトロさん!!」

さらに、クロウファムトとT-レックスが具現する。

 

「数が多い⋯ !」

「射撃職、クロウファムトを!! ステラ、ピエトロさん! 」

「了解だ!!」「いっくよー!!」

 

7人が、一斉に動き出す。

「対象⋯ 捕捉! ホーミングエミッション!!」

「うふふふっ! 全部撃ち墜としてしまいましょうねえ!!」

アフィンの放った誘導弾と、リサの射撃が、次々とクロウファムトを撃破する。

 

「援護するぞ! 3人とも!!」

イオの展開したサークルから放たれる、凶矢の旋風(ミリオンストーム)

無数の矢の合間から、アメリアス達はT-レックスへと駆ける。

 

「ワンダショック! ショータイム!!」

カトリーヌの咆哮とともに、閃光がT-レックスを止めた。

「助かります、ピエトロさん!!」

ステラは飛び上がり、飛翔剣をT-レックスに向ける。

 

「刺されっ!」

打ち出されたフォトンブレードが、頭に突き刺さる。

「これは⋯ 痛いよ!!」

ステラとフォトンブレードが舞い踊り、T-レックスの頭部を叩く。

トドメに放出した雨のようなブレードが、串刺しになったT-レックスを沈黙させた。

 

「こっち、終わったよ!!」

「なら、こっちもさっさと仕留めようか!」

アメリアスのジェットブーツが、淡い光を散らす。

 

するとT-レックスが、大きくその首を振り上げ⋯

「なっ⋯ !?」

「なんですか、あれ!!?」

もともと首のあった高さに、その骨格だけが現れていた。

 

「これが、幻創種の力だってのか⋯ !?」

骨の顎は、その口に光を束ねていく。

「⋯ ! 退避っ!!」

そう叫ぶとともに、アメリアスもバッと体を投げ出す。

直後光線が、7人の立っていた位置を薙ぎ払った。

 

「なかなかやるじゃない⋯ !」

素早く立ち上がったアメリアスは、あるものに気づく。

「あれは⋯ ?」

正面から対峙していると、死角になっていた、体側面。

丸い紋章が、青白く光っている。

 

「よし⋯ !」

アメリアスは一気にブーストをかけ、T-レックスに肉薄、

「せいっ!!」

その紋章を蹴りつけると、T-レックスは一撃で吹っ飛んだ。

 

「やっぱり⋯ あれが弱点なんだ!」

見れば都合よく、最後の一匹がレーザーの準備に入っている。

「お願い、アフィン!!」「任せろ!!」

アフィンが撃った弾は、T-レックスの弱点を、赤くマークする。

 

「これで⋯ 終わり!!」

アメリアスがT-レックスの横に降り立つと、ジェットブーツが激しく輝く。

「エレメンタル・フルバースト! ヴィントジーカー!!」

凄まじい蹴りが、一撃で、巨軀を屠った。

 

『反応、殲滅! お見事です!!』

アメリアスの下に、6人が集合する。

「よっし⋯ シエラさん、次は」

イオが尋ねると、エリアマップに大型のマーキングが配置された。

 

『ステーション前に、強力な発生予兆があります。おそらく、大型級エネミーです⋯ !』

「いよいよあっちも種切れみたいだな⋯ 」

「⋯ 行きましょう、皆さん!!」

アメリアスを先頭に、7人がダッシュパネルに飛び込んだ。




「東京テディベア」
女物の似合う少年も、何も知らない無辜の市民も。
みんな、かわいいテディベア。


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SB1-8「有頂天ビバーチェ」

小説内の時間管理が、意外と難しいんです。


A.D2028:3/24 12:00

地球:東京

 

都市の一角。東京駅にほど近い、ビルの前。

「ふぁああああぁぁ⋯ ! たまらないよぉ⋯ !!」

コオリは、目の前の奇跡に酔いしれていた。

 

「想像通り⋯ いやいや、想像以上のクオリティだよ!」

コオリの前にいたのは、ハーフパンツとニットダッフルコートといういでたちに変わったアル。

 

「⋯ ?」

「アルくーん! こっち向いてこっち向いて! ほらほら、そこでクルッとターンして!!」

「⋯ お姉ちゃん⋯ これ窮屈。脱ぎたい」

ハイテンションなコオリに対し、アルは憮然とした目で、自分の体を見ている。

 

「だーめ。我慢しなさい」

そっけなく答えるヒツギ。

「⋯ 僕、なにか着るならお姉ちゃんみたいなのがいい」

そう言ってアルは、ヒツギの服装⋯ ピンクのパーカーを指差す。

 

「あんた男でしょ⋯ 」

「男のk」「コオリは黙れ」

どうしようもない友人に一喝して、ヒツギはアルを見た。

確かに、ちょっと大きめの白いコートは、アルによく似合っている。

 

「せっかく似合ってるんだから、大人しくそれ着ときなさい」

「⋯ わかった。お姉ちゃんが選んでくれたものだし」

観念したのか、納得したのか。

アルはそう言うと、にぱっと笑った。

 

「ああ、選んだのはあたしじゃなくてコオリよ。それにしてもコオリ、よくこんなコーディネート出来たわね」

ヒツギ自身、あまり服装に頓着しない方なのだが、コオリがここまでできるとは思っていなかった。

 

「いやいや、私も大したことはしてないよー」

そう言ってコオリが取り出したのは、エーテル通信用のデバイス。

「YMTコーポレーションの『トレンドクリエーション』ってアプリでね。身長とか予算とか入れたら、コーディネートを考えてくれるの」

「YMT⋯ って、今話題のアプリの会社?」

「うん。お店の場所も調べてくれたから、ささっと来れたし⋯ 」

 

と、そんな話をしていると、

「ねえねえお姉ちゃん! これなに!?」

興味津々といった様子で、アルがコオリのデバイスに食いついていた。

「あ、アル君も気になる!?」

嬉しそうに、アルに画面を見せるコオリ。

 

(さっき嫌われちゃったのも、これでプラマイゼロってとこね⋯ )

ヒツギがそんな事を考えていると、

「見て見て、お姉ちゃん!」

不意に、アルがデバイスの画面を見せてきた。

そこに映っていたのは、ヒツギと同じ服を着た、アルのCG。

 

「お姉ちゃんと同じ格好してる! 僕、こっちの方がいい!」

「⋯ コオリ」

「さっきお気に入りに登録したのをアル君に反映させたら、結構様になっちゃってさー」

しれっと答えるコオリ。

 

ヒツギはふーっと、ため息を吐いた。

「全く⋯ ん? そういえばこのアプリ⋯ 」

改めて画面を見ると、どこか見覚えがある。

「PSO2でキャラクリする時の画面に似てるわね」

「⋯ あ、そ、そうだねー」

 

青い背景に、左側に伸びる編集項目。

PSO2でも、キャラクタークリエイトでこんな画面になる。

「ほら、PSO2はエーテル通信確立の時からあるし、参考にしたのかな?」

「⋯ まあ、今じゃどんなデバイスでも、PSO2がインストールされてるし」

 

ヒツギはふと、辺りを見回す。

連絡を取るサラリーマン。

デバイスの画面を見る、同年代の学生。

ゲームをしながら、走っていく子供達。

 

(ほんと、エーテル通信がないと成り立たない世の中よね)

「⋯ お姉ちゃん、お腹すいた」

「⋯ 子供は無慈悲ね」

モノローグをへし折ったアルの声に、ヒツギは時間を確認する。

 

「そういえば、もうこんな時間か。丁度いいし、何か食べて行こっか」

「そうだねー。ちょっと待って、今お店調べるから⋯ 」

ささっとデバイスを操作するコオリ。

「お、ランチやってるお店、近くにあったよ」

「使いこなしてるわね⋯ じゃあ、行こっか」

 

コオリの案内で、交差点を渡っていく。

「やっぱりねー、食事にゲームにファッションに⋯ もっと青春を謳歌するべきだと思うんだよ!」

「今挙げたのって、本当に青春⋯ ?」

コオリの自説に呆れつつ、ヒツギは街を進んでいった。

 

A.D2028:3/24 12:00

地球:東京

 

東京の交通の中枢である、大型ステーション。

周囲と違って、ぽつりと古風な雰囲気を醸し出すそこに、7人のアークスが到着した。

 

「着いたっ!」

『皆さん、警戒を⋯ 来ますっ!!』

シエラの声と、ほぼ同時。

「!? なんだこの音⋯ !?」

「何かのサイレン⋯ ! 皆さん、あれ!!」

フーリエが指差した方向、虚空に浮かぶ線路から、何かが突っ込んでくる⋯ !

 

「あれは⋯ 鉄道!!?」

目の前に停車する、5両の鉄道群。

そして、7人の目の前でそれは⋯ 変形を開始した。

 

「おいおい、幾ら何でもそれは⋯ !」

左右2両の四角い車両は、大地を踏みしめる足に。

中央3両の特急車両は、先頭車両を、首のようにもたげ。

そして3つの首が、牙を剥きだす!

 

「登録種名⋯ 幻創種『トレイン・ギドラン』⋯ !」

現れた怪龍は、こちらへと大きく咆哮を上げる。

「でかい⋯ !」

「もう何でもありね⋯ ステラ?」

アメリアスはちらっと、ステラの顔を見て、気づいた。

 

「⋯ 」

小さく、震えている。

無理もない。彼女はアークスになって3日、まだ大型エネミーを相手取った事もない。

「何ビビってんの、ステラ」

とんと、強張った肩に手を置く。

 

「へ⋯ ?」

「そうですよお? こんなの、怖がることもないと思いますねえ」

「大丈夫です。7人もいるんですから、絶対倒せます」

「リサさん、フーリエさん⋯ 」

 

すっと、全員が動き出す。

ステラを中心に、アメリアスはじめ近接職が前、射撃職が後衛についた。

「さて⋯ 行こうぜ、相棒!」

「攻撃、開始します!」

 

再び咆哮を上げ、トレイン・ギドランが飛びかかる。

「おわあっ!」

思い掛けない機動力にピエトロがつんのめる横で、アメリアスとステラが右前足を狙う。

『解析、完了しました! 脚部及び、頭部のドアの位置に、組成の綻びが見られます! また、ミラージュによる行動妨害が有効です!』

 

シエラによって告げられる、弱点。

「了解、行くよステラ!!」

「オーケー!!」

ステラが一気に飛び込み、両の剣による斬撃を叩き込む。

「そらそらそらあっ!!」

アメリアスは足に肉薄すると、フォトンを収束させる。

「仕掛けるよ! 気圧干渉、大気圧縮!!」

ズィレンハイトが緑⋯ 「風」の色に輝く!

 

「ナ・ザン!!」

放たれた真空の衝撃波が突き刺さると、トレイン・ギドランが怯み、転倒した。

「ミラージュ入った!」

「弱点、確認したぞ!!」

先頭車両の根元に、他の幻創種と同じマークが現れる。

 

「吹き飛んで下さいっ!」

フーリエがランチャーを構え⋯ 気づいた。

「これ⋯ 隠されてる!!?」

弱点の光は、ドアに遮られている。

そのままフーリエが榴弾を当てると、数発でドアは吹き飛んだ。

 

「ちょっと手間かかるみたいだな⋯ よっと!」

起き上がったトレイン・ギドランの足に、アフィンの脆化弾(ウィークバレット)が命中する。

「奴の体勢を崩そう! 頼むカトリーヌ!!」

弱点となった部位へ、カトリーヌが駆ける。

 

「弱点以外は硬い系か⋯ リサさん!」

「はいはーい!」

イオとリサが首を補足しようと、正面に出る。

するとトレイン・ギドランの右の首が、銃弾のように突き出された!

 

「ぎゃああっ!」

「イオさん!? のわあっ!!」

イオがモロに吹っ飛び、緊急回避を試みたリサも撥ねられた。

 

「だ、大丈夫か!?」

「私が行く! アフィンは攻撃を!!」

2人の回復に向かうアメリアスの横で、アフィンは再びライフルを構える。

「あれは⋯ !」

突き出された右首。

そのドア越しに、燐光が漏れている。

「そういうことか!!」

アフィンのライフルが、その一点を向けて、弾丸を連射する。

 

それはドアの破壊には至らなかったものの、確実に足よりは効いている。

アフィンは自分の仮説を確信に変え、叫んだ。

「皆! こいつあれだ! ターン制エネミーだ!!」

 

エネミーの中には、攻撃力が高い反面、攻撃後の隙が大きい物がいる。

こういった敵を俗に、手番(ターン)制と呼ぶアークスもいる。

そして往々にして、そういったエネミーは相手取り易い!

「それなら、戦術は決まったも同然だな!」

「はい! 相手が止まった時に、ドアを狙って下さい!!」

 

中央の首が削岩機に転じ、正面にいたアメリアスへ振り下ろされる。

「ふっ、遅いよ!」

しかしアメリアスは、そのことごとくをかわしていく。

そして最後に振り下ろされた首が、アスファルトの地面に突き刺さった。

 

「おおっと、チャンス!」

アメリアスは一気にブーストし、ドア越しに弱点を蹴り抜く。

ドアを壊されたトレイン・ギドランは、咆哮とともに尾を振り上げる。

 

「後ろ、来るよ!!」

背後を取っていたステラとフーリエ向けて、地面に尾が叩きつけられた。

「危なっ!」

「援護します、ステラさんはドアを!!」

「ありがとうございます!」

 

衝撃波をかい潜り、ステラの剣が躍る。

尾部の弱点も砕かれたトレイン・ギドランが、頭部に青い光を纏った。

「き、キレたか!?」

「うふふふふ! 面白くなって来ましたねえ!!」

 

激昂したトレイン・ギドランが暴れ、、左の首を叩きつける。

奇怪な形状に変化したそれは、正面方向の物を吸い寄せ出した。

「わ、わっ、わわっ!!?」

イオが足を取られ、どんどん首に引き寄せられていく。

 

「こんのっ⋯ 」

イオは覚悟を決めると、首に激突する、まさにそのタイミングで、

「せいっ!!」

一気に飛び出し、首裏へと回り込んだ。

 

「おれだって、これ位!」

すかさずバレットボウを乱射し、左の首も弱点をさらけ出す。

『トレイン・ギドラン体力低下、行けます!!』

シエラが叫ぶと同時に、トレイン・ギドランの脚が爆発し、その巨軀が倒れこんだ。

 

「ようやく、倒れてくれたな!!」

戻って来たカトリーヌを撫で、ピエトロが爆発した前足を見る。

地道に攻撃し続けたのが、ここへ来て、チャンスをもたらしたのだ。

 

「「「叩けええええええええっ!!!」」」

露わになった弱点へと、全力の猛攻が始まる!

「リサさん、アフィンさん!!」

「「了解!!」」

アサルトライフルを持ち、3人のレンジャーがしゃがみ込む。

 

「対象捕捉⋯ !」

「座標収束⋯ 完了!!」

トレイン・ギドランの下に、3つの光輪が展開される。

それはレンジャーに許された、射撃の極地!

「サテライトカノン! 行けえええっ!!」

光輪へ向け、上空から3つの巨大な光線が降り注いだ!!

 

『トレイン・ギドランの体力、あとわずかです! やっちゃってください!!』

「よし⋯ 行け、ステラ!」

「う、うん!!」

姉の声に後押しされ、ステラは駆け出す!

 

「やあああっ!!」

瀕死のトレイン・ギドラン、その首の光へ、フォトンブレードが突き刺さり、

「終わらせる!!」

交差した2本の剣が、ステラと共に迫る!

 

「ディストラクト⋯ ウイング!!!」

 

刹那。

首に刻まれた斬撃から、青い光が漏れ出す。

そこから一気に、トレイン・ギドランの巨軀は、光になって消え去った。

『討伐⋯ 完了です! 幻創種の反応、終息しました!!』

「っしゃああああああっ!!!」

「姉ちゃん、それ女の子が言うセリフじゃないから!!」

 

喜ぶ姉を宥め、ステラはふーっと息をつく。

「無事、終わりましたね⋯ 」

「結構データも集まったんじゃないか?」

長かった任務の終了に、皆が胸をなでおろしている。

 

「ステラもお疲れ様。よく頑張ったね」

アメリアスがとんとんと、ステラの頭を撫でると、

「うん⋯ んあっ」

不意にふらっと、ステラがよろめいた。

「わっ⋯ ステラ!?」

「だ、大丈夫⋯ ごめん」

腕に掴まったステラの体を、アメリアスはそっと支える。

 

やはり、少し無理をしていたのだろう。

「あらあら、お疲れですかあ?」

「仕方ないよ。うん、カトリーヌもお疲れ様」

仲間たちが、2人の元に集まる。

『帰還準備、完了しました。隔離も解除するので、至急帰還をお願いします』

 

シエラの声が、皆に全行程の終了を伝えた。

「了解。じゃあ、帰りましょうか」

「お疲れ様、相棒!」

「今度また同行願うよ。マイフレンドとシスター!」

「ありがとうございましたー!!」

アークス達は語らいながら、帰還の途についた。

 




「有頂天ビバーチェ」
ちょっと変わった同級生と、トリガーハッピーは有頂天。


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SB1-9 「サイバーサンダーサイダー」

あけましておめでとうございます。
そういえば、PSO2プレイヤーズサイトのキャラ紹介が、EP4仕様になってましたね。


A.D2028:3/24 13:30

地球:東京

 

「おいしい、これ!! とっても美味しいよ、ほねえひゃん(お姉ちゃん)!!」

オムライスをがっつきながら、アルは嬉しそうに言った。

 

「はいはい、食べながら喋らない。ほら、口周りこぼれてるじゃない」

隣に座ったヒツギは、アルの口周りを拭こうと、ナプキンを持った手を伸ばす。

 

「こら、動かないで、拭くから⋯ 」

「⋯ ひ、ヒツギちゃん! 私もこぼれちゃった⋯ 口周り!」

「⋯ あっそ、はいこれ」

ぐいっと迫ったコオリには、ぽいっとナプキンを渡した。

 

「むぅ⋯ 」

「⋯ それにしたって、店の予約と注文まで、デバイスで済むなんて⋯ 便利な世の中になったものよね」

テーブルにポンと置かれたデバイスを、感心しきった様子で眺めるヒツギ。

 

「ヒツギちゃん、持ってないんだっけ。便利だよー。ゲーム以外にも色々できるし、私はもう手放せない」

「あたしはまあ、部屋で1人でパソコンいじるのが好きだから⋯ そういうのよりも、本とか買って読みたい」

「そうはいってもこのご時世、こういうのないと不便なこともあるよー? 便利なアプリいっぱいあるし」

 

テラス席に差す日光を手で遮りながら、コオリはデバイスをつつく。

「特にこの『YMTコーポレーション』のアプリ、(かゆ)いところに手が届いてて、とっても使いやすいんだよね」

「ああ、さっきのコーディネートの?」

「そうそう。しかもここの社長さん、天星学園高校の卒業生らしいよ」

 

YMTコーポレーション。主にエーテル通信用デバイスのアプリを手がけている会社だ。

こういったことに(うと)いヒツギでも、名前くらいは知っている。

しかしそこの社長が、自分達の先輩だとは思ってもいなかった。

 

「そうなんだ⋯ にしてもコオリ、やけに詳しいのね」

「⋯ ヒツギちゃんが疎すぎるの。最近話題になってるんだよ、本当に」

するとコオリは、不意に向かいのビルを見た。

 

「あっ⋯ ! ほら、噂をすれば今! ワイドショーに出てるよ、その社長さん!」

「えっ⋯ ! ほんと!?」

ビルの外壁にある大型モニターに目を凝らす。

昼のワイドショーは、「時代の寵児」と銘打って、インタビューの様子を報じていた。

 

『今、大・大・大注目のYMTコーポレーション! その社屋にお邪魔させてもらっています! しかもしかも! 今や時代の寵児とも言われる、亜贄萩斗(ハギト)社長直々に、案内してもらってるいんですよ!!』

 

映っているのは、黒いジャケットを着て、サングラスをかけた、金髪の若い男。

字面だけだと誤解されかねないが、その姿にはしっかりと風格がある。

 

『社長、今日はよろしくお願いします!』

『⋯ こちらこそ、よろしく』

『社名、社長のお名前とかではないのですね。どうしてYMTコーポレーションと?』

『そうだね。どういう意味だと思う?』

『何かの⋯ 略称でしょうか? Year、とか、Multi、とか?』

『残念。答えは、Y()M()T()、だよ』

 

「「「⋯⋯⋯ ??」」」

首をかしげる3人。リポーターも不思議がって、

 

『ヤマト⋯ ですか?』

『ヤマト⋯ とは、心意気の事を指してもいい⋯ 私が日本人であることも、理由の一つ。

そして何より⋯ かの有名な戦艦大和をリスペクトしての名称⋯ それ故の、YMTさ』

『戦艦、大和⋯ ですか⋯ そ、そういえば、入り口にも模型が飾ってありましたよね! あれも?』

『残念。あれは大和ではなく、姉妹艦の武蔵だよ。就役1942年の、二番艦さ』

 

(なんか、話飛んでない⋯ ?)

(まあまあヒツギちゃん、それだけ思い入れがあるんだよ⋯ 多分)

 

『え⋯ そうなんですか?』

『まあ、区別がつかないのも無理はないね。この二隻は同型艦だし⋯ 話の流れからすれば、勘違いするのも仕方ないだろう』

『は、はぁ⋯ 』

『戦艦大和は、私の魂と言っていい存在だからね。ここではなく⋯ 自宅の最も映える場所に飾ってあるんだ⋯ どちらも見に来るかい?』

『ああいえ、流石にそこまでは⋯ 』

 

(粘るなぁ〜)

(あのリポーターさん、できる⋯ !)

 

『あぁ、見てくれ。そこに飾ってある模型は、2000年代に正式採用された10(ヒトマル)式戦車! これもまた美しい⋯ そうは思わないかい?』

『あ、あの〜』

『昨今は型式や種類、年代の統一に強いこだわりを持つ人も多いと聞く。だけど私は⋯ 』

 

もはやリポーターも意に介さず、モニターの中の青年はノリノリで喋っている。

「これは⋯ 」

「この人は⋯ 」

 

『旧大戦の兵器も、新大戦の兵器も等しく愛することで、歴史の変遷を⋯ 』

「⋯ オタクだ」

「⋯ オタクだね」

「⋯ おたくって、何?」

 

頷きあう2人に、アルは不思議がって尋ねた。

「コオリみたいな人の事よ」

「説明がざっくり過ぎるよヒツギちゃん!」

がばっと立ち上がるコオリ。

そそくさと腰を下ろすと、すかさず訂正を試みる。

 

「アルくん、オタクっていうのは、趣味に夢中になっちゃう人の事だからね?」

「ふーん。じゃあ、コオリはなにに夢中なの?」

「うあぁ、訂正出来てない⋯ 」

コオリは唸って、テーブルに突っ伏した。

 

A.D241:3/24

地球:天星学院高校学生寮

 

「んーっ⋯ はぁぁぁぁ⋯ ! 久しぶりにいっぱい歩いて疲れた〜!」

寮に戻るなり、コオリはヒツギのベッドに飛び込んだ。

「⋯ だったら自分の部屋で寝なさいよ」

「ヒツギちゃんは〜、一日付き合ってくれた友人を、もっと労ってもいいと思いま〜す。ねえアルくん? ほら、このベッドふかふかだよ〜」

 

アルを誘うように、転がっていると、

「しってる。ぼくもそこで寝てたもん」

「なん、だと⋯ !?」

コオリは慌てて跳ね起きた。

 

「ひ、ヒツギちゃん! それってどういう⋯ !?」

「変な想像しない! 気づいたらアルがいたの!!」

「⋯ ! じゃあ、このベッドには2人の汗が⋯ !」

「⋯ 率直に気持ち悪いから止めて」

 

腕組みしていたヒツギは、ふと気づいた。

「そういえば、結構汗かいたわね⋯ 」

「今日、暑かったもんねー」

今日は朝から晴天で、気温も高かった。

そこを一日中歩き回ったのだから、それは汗もかくことだ。

 

「うーん、時間も丁度いい感じだし、先にお風呂に⋯ ん?」

「アルくんも汗かいただろうし⋯ あれ?」

2人とも、言葉が途切れる。

そういえば、ここは女子寮だ。

つまり、

「「アル(くん)のお風呂、どうしよう⋯ 」」

 

数分後。

「ねえ、本当にコレで良かったの?」

タオルを巻いた姿で、誰もいない浴場にやって来たコオリは、隣に同じ格好で立っているヒツギに問いかけた。

 

「いいの。ほら、こっち来る!」

「お、お姉ちゃんー! この目のやつ取ってよー!」

彼女が引っ張って来たのは⋯ タオルを腰に巻いて、さらにギチギチに目隠しされたアル。

 

「絶対駄目! 取ったらブン殴るわよ⋯ !」

「そんなガッチガチに目隠ししなくても⋯ 私は別に、見られても気にしないけどなー」

「うるっさい! ほら、体洗うから、こっち来なさい!」

アルの手を引き、椅子に座らせる。

 

「じゃあ、さっさと洗っちゃいます、かっ!」

ヒツギの手が、アルの頭を少々乱暴に洗っていく。

「わぷっ⋯ お姉ちゃん、苦しいー!」

「少しの辛抱よ、我慢しなさいっ!!」

シャワーのお湯に、苦しげにもがくアル。すると、

「ひゃっ!!?」

「? なに、この柔らかいの??」

滅茶苦茶に振り回されたアルの手が、コオリの胸にのびていた。

 

「あっ⋯ ちょっ、アルくんったら⋯ 」

どこか満更でもないような顔で、コオリはアルを振りほどこうとする。

「こら、離しなさいよアル! コオリもちゃんと抵抗しろ!!」

「こんな所で、はずかしい⋯ でも、アルくんが触りたいって言うのなら⋯ !」

 

ヒツギはおもむろにシャワーの温度を上げると、アルにかからないようにコオリに向けた。

「熱ッ!? あっ、熱ァッ!?」

「ばっっっかじゃないの!?」

「⋯ お姉ちゃん、まだ?」

 

再び、適当にのばされる手。

「わっ!?」

絶妙な高低差により、その手がヒツギの胸に触れる。

「ど、どこ触ってんのよ!?」

「みえないからわかんないよー⋯ でも、こっちの方が小さい⋯ ?」

「ーーーーー!!!」

 

躊躇なく、ヒツギは最高温度のシャワーを振り回した。

「みゃああああああっ!!」

「お姉ちゃん! あつっ、あづっ!!」

「⋯ か、体洗うのお終い! さっさと風呂つかって、さっさと出るわよ!!」

 

シャワーを止め、浴槽へ向かう。もちろん、シャワーは適温に戻しておいた。

「はあ〜、疲れた体に染み渡る〜。最近、すごい肩凝ってさ⋯ 」

「⋯ そりゃあ、そんだけ大きなもの抱えてりゃ、肩も凝るでしょうねっ!」

 

体を伸ばし、くつろぐコオリに対して、不機嫌にそっぽを向くヒツギ。

「⋯ 大きくても別に良いことないよ? 無遠慮にじろじろ見られるだけだし⋯ 」

「はあ⋯ 持つ者に、持たざる者の苦悩はわからないのよ⋯ ぶぶぶ⋯ 」

コオリの返答に、ヒツギはさらに不機嫌な様子で、浴槽に沈み込んだ。

 

「持つとか持たないとか、なんの話?」

「⋯ あんたには関係ないわよ」

すると、アルの顔を見ていたコオリが、

「そうだ⋯ 春休み明けてから、アルくんのお風呂どうするの? 人がいない時間見計らってたら、多分、お風呂入れなくなっちゃうよ?」

「う⋯ それは⋯ 」

 

ヒツギは言葉を詰まらせた。

そう、春休みの今、寮に残っているのはごく一部。

新学期になれば、寮の人は一気に増える。

「あ〜あ、アルくんが女の子だったら、こんな心配なかったのにね〜」

アルの頭を、ちょんちょんとつつくコオリ。

 

「ぼくが女の子だったら、お姉ちゃん困らなくてすむの? ⋯ じゃあぼく、女の子になる!!」

「なろうと思ってなれるものじゃない!!」

「⋯ ! アルくん、女の子にはなれなくても、限りなくそれに近づく事なら⋯ !」

「コオリは黙れぇっ!!!」

 

3人が騒いでいると、

「あれ? こんな早い時間から誰か入ってるんだ、めずらしー」

「ちぇー、一番風呂もーらいって思ってたのにー」

脱衣所から、女子生徒の声が聞こえて来た。

 

「し、しまった⋯ ! 春休みの部活動勢がもう帰って来たっていうの!? こ、コオリ! 時間稼いで来て!!」

立ち上がり、すぐにコオリに指示を出す。

「時間稼ぎって⋯ どうやって!?」

「ちょっと待ってもらうだけで良いから! その間にアル隠すから!!」

 

「う、うん!!」

慌てて浴槽から上がり、入り口へ向かうコオリ。

「えーと、どうしよう⋯ こんのぉ!!」「わあっ!!?」

ヒツギもアルを担ぎ上げると、浴槽を飛び出した。

 

A.D2028:3/25 0:00

 

「は〜あ⋯ 」

ベッドの上で、ヒツギは小さくため息をついた。

「買い物行って、お風呂入っただけなのに、今日はどっと疲れた⋯ 」

 

呟いてから、ベッドの下に視線を移す。

予備を出して即席で作った布団には、アルが入っていた。

「大丈夫、アル? 枕もちゃんとあるわよね?」

「あ、うん⋯ お姉ちゃん⋯ 」

「それじゃあ、明かり消すわよー」

 

アルがいるのをもう一度確認して、明かりを消す。

「はあ⋯ 夢の中くらい、ゆっくりのんびり⋯ くかぁ⋯ 」

重いまぶたを閉じ、寝息を立て始めて、しばらくした頃。

 

「ひゃあっ!?」

右腕を握られ、ヒツギは慌てて明かりをつけた。

「アル⋯ !? どうしたの、あんたの布団はそっちよ!?」

アルの顔を見て、気づく。

「⋯ アル、震えてるの⋯ ?」

「ごめんなさい⋯ でも、暗いのが怖くて⋯ 」

 

アルは怯えきった顔で、ヒツギを見ている。

「何処かに連れてかれちゃうみたいで⋯ 吸い込まれていくみたいで⋯ 」

「アル⋯ ?」

「なんだか、お姉ちゃんと会う前のぼくに戻ってしまいそうで⋯ お姉ちゃんと離れるの、が、こわく、てっ⋯ !」

 

今にも泣きそうなアルの頭に、ヒツギの手が乗った。

「お姉ちゃん⋯ ?」

「⋯ 大丈夫。おいで、アル」

「え⋯ いいの?」

ヒツギは笑って、頷いた。

 

「あたしはお姉ちゃんだからね。怖がりな弟を放っては置けないでしょ⋯ いよっと!!」

アルの肩を抱き上げ、ベッドへ持ち上げる。

「重っ⋯ 大丈夫?」

「うん。ありがとう、お姉ちゃん⋯ 」

 

アルはそう言うと、再び寝息を立て始めた。

「ほらほら、ちゃんと布団かけなさいっての⋯ 」

すやすやと眠る姿に、自然に顔が綻ぶ。

「⋯ まったく」

ヒツギはアルの頭を撫でると、また明かりを消した。

 




「サイバーサンダーサイダー」
サイバーに潜む、黒い光。


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SB1-10「Children『Re』Code」

一章はここまでになります。


AP241:3/25 10:00

アークスシップ:艦橋

 

「⋯ 部分的なものですが、以上が、ヒツギさんの昨日の動向となります」

デスクチェアを振り向かせ、シエラは背後のアメリアスに告げた。

中央の大型ウインドウには、ベッドに入ったヒツギの姿が映っている。

 

昨晩、シエラの手によって、アメリアスと会った翌日から昨夜までの断片情報が解析され、閲覧できるようになった。

その頃にはアメリアスは寝ていたため、こうして今日、改めて確認に来たと言うわけだ。

 

「なるほど⋯ まあ、言いたい事は色々ありますが⋯ 」

スツールに座っていたアメリアスは、ひょいっと立ち上がって、

「ヒツギさん、変わったお友達を持ってるようで⋯ 」

「あー、あのコオリさんという方ですか⋯ 」

 

シエラは苦笑すると、ぱぱっとウインドウを切り替える。

「今回手に入った大きな情報は3つ⋯ 『エーテル』という通信技術がある事、『マザー・クラスタ』という組織の存在、そして⋯ 」

「こっちの世界を、ゲームの世界だと思い込んでいる⋯ うーん⋯ 」

 

少々苛ついた様子で、髪をかきむしるアメリアス。

「あ⋯ すいません、やっぱり時間が早かったですかね⋯ 」

「⋯ いや別に、眠くて苛立ってた訳では⋯ そうだ、あのアル君という子は?」

「今のところは、どちらの世界の人間なのか⋯ データが少なすぎて、不明です。直に会えば、わかるかもしれませんが⋯ 」

「さすがにそうはいきませんよね⋯ そうだ、シエラさん的には、この映像、どう思いましたか?」

 

アメリアスが切り返すと、シエラは少し考えて、

「⋯ 歪な、感じがします」

そう、答えた。

「いびつ⋯ ?」

「はい。向こうの情報通信技術は、間違いなくこちらに比類するレベル⋯ ですが、製造技術⋯ ハードが明らかに追いついていません」

アメリアスは、見て来た内容を思い返す。

考えても見れば、あの程度の処理能力のデバイスなら、オラクルだったら腕時計サイズにもならない。

 

「不自然というか⋯ 異常進化と言えます⋯ 何らかの、作為すら感じますね⋯ 」

そう言って、シエラは肩を落とす。

「⋯ 兎にも角にも情報不足です。流石に覗き見程度では、限界がありますね⋯ 情報部も動いてくれませんし⋯ 」

「⋯ あのメガネ、一回蹴り飛ばして来ましょうか?」

「色々と冗談で済まなくなるのでやめといて下さい」

 

シエラは丁寧に制止すると、ウインドウに向き直った。

「ともかく、こちらで集められる情報はここまで、と言わざるを得ません。得られた断片情報は順次解析しているので、またお呼びしますね」

「⋯ わかりました。じゃあ、私はこれで」

 

シエラに礼を言って、アメリアスが歩き出すと、

「はぁ⋯ いいなぁ⋯ 」

そんな独り言が、シエラの口から聞こえて来た。

「? シエラさん?」

「はいっ!? ⋯ き、聞いてました?」

 

縮こまって、ゆっくりと振り返るシエラ。

「はい⋯ なんか、『いいなぁ⋯ 』って。なにかあったんですか?」

「そういう訳では⋯ ただ⋯ 」

モゴモゴと、シエラは答える。

 

「ちょっぴり、ヒツギさんが、羨ましくて⋯ 」

「⋯ 羨ましい?」

「私⋯ 基本的にずっとここにいるので、実はアメリアスさんが来るまで、誰かと話したこともなくて⋯ 正直、寂しかったんです」

「⋯ 」

 

アメリアスは、黙り込んでしまった。

シエラは管理演算専用に、オラクルの管理者であるシャオに創られた存在⋯ だとしても、人格のベースがあのウルクなのだ。

ずっとここに独りというのは、寂しかった事だろう。

 

「でも、最近は貴女が来てくれるおかげで、とても楽しくて⋯ あのー、アメリアスさん? 」

「あっ⋯ すいません、また考え込んじゃって⋯ 」

こちらを覗き込むシエラに、アメリアスははっとして、作り笑いを浮かべた。

 

「そうですね⋯ じゃあ」

アメリアスはそう言うと、シエラの側に歩み寄った。

「もう少し、付き合ってもらえますか? 聞きたいこともあるので⋯ 」

突然の、そんな申し出。

「⋯ あ、はい! 是非!!」

シエラは笑顔で、頷いた。

 

AP241:3/25 11:30

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

ガールズトーク(?)にも花が咲き、 私が艦橋から戻った時には、昼前になっていた。

「ただいまー⋯ あれ?」

「お帰り。お邪魔してるぞ、アメリアス」

入って左、掲示板が取り付けられた壁の側には、車椅子の少女⋯ レイツェルの姿。

 

「あれ? レイ入れたの?」

「ああ、リオに顔見せたら開けてくれた」

レイツェルはそう言って、つつっとこちらに寄って来る。

「そういえば、2年前そんな車椅子だったっけ?」

「いや、君が寝てから使ってるものだ⋯ 前の車椅子、使い過ぎて所々逝ってしまってな⋯ 」

「そうなんだ⋯ あ、ここじゃあれだから、こっち来て?」

 

レイツェルを連れ、隣の小部屋⋯ 私の寝室に移動する。

「お帰り⋯ マスター⋯」

「ん。ありがとね、レイ入れてくれて」

リオに声を掛けつつ、ドアの方を振り向く。

「あれ⋯ レイ?」

ドアは開いてるのに、入ってこない。

「す、すまない、引っかかった⋯ 」

⋯ どうやら車椅子が、閉まりかけたドアに引っかかった様だ。

 

「⋯ 手、かざしてみ」

「わ、わかった⋯ 」

自動ドアを開け直し、そそくさと入って来るレイツェル。

「まったく。段差を気にしなくていいのはありがたいが、大きいのも困りものだな」

「まあ、おいおい改良されるでしょ。あ、その辺にいて?」

声をかけて、私はベッドに座った。

「じゃあ、今日わざわざレイに来てもらった理由なんだけど⋯ 」

 

そう言って、再生用ディスプレイを用意する。

「これ見て。さっき連絡した時に言った、映像化した断片情報」

少し小さい画面に、数時間前に艦橋で見たものと全く同じ映像が映される。

「⋯ わざわざ服にカメラ仕込んで、隠し撮ったのか⋯ ?」

「だって、データくださいなんて言えないじゃん⋯ 調査用だから、画質はそれなりだと思う」

 

それから30分程、ヒツギさんの昨日の動向を、2人で眺めた。

「⋯ 以上、かな」

再生を止め、レイツェルの方を見る。

「成る程⋯ これは⋯ 」

しばらく目を閉じていたレイツェルは、はっと顔を上げ、言った。

 

「⋯ おそらく彼女は今日、仕掛けてくる」

「また、こっちに来るって事?」

レイツェルは頷いて、言葉を続ける。

「彼女は、椅子に座っている時に、必ず何かを弄っている⋯ 正確には、手元に何かある時に」

「それが?」

 

こちらに目を向けるレイツェル。

「現状に不満を持っているという事だ⋯ 貧乏ゆすりと同じだな。まあ、私は出来ないが。それと⋯ 」

レイツェルは小さく笑顔を見せて、

「彼女はきっと、取り敢えず行動するタイプだ。大方、向こうでログインしたくてうずうずしているだろうさ」

「脳筋ってこと?」

「それは君だ」

「なんだとぉ!!」

 

意地悪な笑みを浮かべたレイツェルは、ディスプレイに目を戻した。

「ここからは、君の領分だ⋯ そうだな、ネットワーク管理室に協力を仰いだらどうだ? 臨戦区域の監視、あそこでしているんだろう?」

「確かに⋯ ヨハン脅せば、いけるか⋯ ?」

「⋯ なぜとりあえず荒っぽい方面から行こうとするんだ、君は」

 

そう言って、つつっと出口に向かうレイツェル。

「あれ、もう帰んの?」

「要件はこれで済んだのだろう? あいにく、私も微妙に忙しい身でな」

ため息をつくレイツェル。

市街地エリアの管理というのも、なかなか大変な仕事の様だ。

 

「そっか⋯ 頑張ってね、レイツェル」

「無論だ。私は私の最善を尽くす⋯ 君がそうしてきた様に」

「ありがと。それじゃ!」

出口前のレイツェルに、笑顔で手を振る。

手を振り返して、レイツェルが部屋から出て行⋯

「あっ⋯」

閉まりかけた自動ドアに、つっかかってしまった。

 

A.D2028:3/25 12:30

地球:天星学院高校

 

「はぁぁぁぁ⋯ アルくん可愛いよぉ⋯ ! とってもとってもめんこいよぉ⋯ !!」

生徒会室のパソコンの前で、コオリはにへらと笑っていた。

「またこの前服買った時の写真見てるの? コオリ⋯ そういう趣味だったのね⋯ 」

反対側でパソコンを操作していたヒツギは、呆れた口調で尋ねる。

 

「ちがうよちがうよ、可愛いもの見れば、誰だってこうなるんだよ!」

じーっと、ヒツギを見つめるコオリ。

「そういうヒツギちゃんだって、そんな可愛いアルくんと、寝食を共にしてるんでしょ⋯ いいないいなぁ!」

コオリの視線が、羨望の眼差しに変わる。

「なんかないのー? 襲ったり⋯ 襲われたりとかぁ⋯ !」

「⋯ あんたの本性を垣間見れただけで、アルが来てくれた意味があった気がするわ」

 

呆れを通り越して、信じたくないといった程のヒツギ。

「でもヒツギちゃん、アルくんを親族って事にして、同居を誤魔化すなんて⋯ 出来るの?」

天星学院高校の寮は、親族の宿泊が認められている。

ヒツギはアルを自身の弟という事にして、春休みの間誤魔化すつもりだ。

 

「まあ、姉弟に見るには無理があるかもしれないけど⋯ 最悪生徒会⋯ マザー・クラスタの権限で、煙に巻けると思う」

「ふふっ⋯ マザー様様だね⋯ 」

無茶な様だが、実現性は高いと、コオリは納得した。

 

「あぁ⋯ ほんとに可愛い⋯ ! PSO2の中にいたヒツギちゃんが、私に会いに出てきてくれた感じ⋯ !!」

「あんた⋯ 今すっごく際どい発言してる事に気づいてる⋯ ? まあ、いいけどさ」

ヒツギはパソコンに向き直った。

「ほらコオリ。写真愛でるのは後回しにして、PSO2について調べてよね」

 

ヒツギのパソコンの画面に出ているのは、PSO2のプレイヤーズサイトや、様々な関連するホームページ。

「もちろん、ちゃんとやってるよー。でも、ヒツギちゃんが集めていた情報と同じじゃないかなぁ⋯ 」

コオリの方も、芳しくない様だ。

 

「はい、メールにして送ったよ」

コオリから送られてきたメールを、パソコンと照らし合わせつつ読んでいく。

「2016年⋯ 12年前に発見された、媒介を必要とせずに、一切の遅延なく情報伝達ができる素子、『エーテル』⋯ これを用いたエーテルインフラは、世界中の情報通信に革命を起こした⋯ そして」

「次世代クラウド型OS『esc-a』が作成され、各国の協力のもと、各地に『エスカ・タワー』が建設⋯ 世界中にエーテル通信が広がり、情報技術環境が、横並びになった⋯ 」

 

コオリはデバイスを見ながら、立ち上がる。

「『esc-a』には、エーテルの導入や普及に伴うソフトがインストールされていて、『PSO2』も、その1つ⋯ ここまでが、表向きの話」

ヒツギは頷いて、口を開いた。

「でも、エーテル技術は発展途上⋯ 『esc-a』の中にもバグが潜んでいると、マザーは言った⋯ だから、私達の様な選ばれた人々⋯

『マザー・クラスタ』の所属者が、エーテルインフラに⋯ PSO2に『潜入』し、その調査を行っている⋯」

「⋯ これが、裏の話⋯ マザー・クラスタ以外には、秘密のお話だね」

 

ヒツギはぐったりと、うなだれた。

「だめだぁ⋯ 普通のことしか書いてない⋯ 私みたいな体験をした人いないの?」

むくっと起き上がり、キーボードを叩く。

「NPCが出てきた様に思えた⋯ って、去年のファンフェスの話か⋯ これは、この前のPSO2 プレイヤーの失踪事件⋯ うーん、これも違う⋯ 」

 

朝からずっと漁っているが、やはりめぼしい情報は見つからない。

と、その時、

「あ⋯ そうだ! いっちばん簡単な方法があるよ! 全部まとめて解決する方法が!」

突然閃いた様に、コオリが叫んだ。

 

「え⋯ !?」

「マザーに直接聞けば良いんだよ! マザーはなんでも知ってるもん!」

そう言って、デバイスに指を走らせるコオリ。

 

⋯ 確かに、それが一番良い方法だろう。

「待ってね、すぐ連絡してみるから⋯ 」

⋯ しかし

 

「⋯ ! 待って、コオリ!!」

気づけば、ヒツギはコオリを引き止めていた。

「⋯ ? ヒツギちゃん? なんで止めるの?」

「⋯ 」

理由。

理由は⋯ 無かった。

殆ど本能的に、ヒツギはコオリを引き止めていた。

 

「マザーに聞けば、きっと解決するよ? それに『esc-a』の調査はマザーから依頼されたものだし、報告は必要だと思うけど⋯ 」

「分かってる⋯ けどごめん、もう少し待って」

俯いて、答えるヒツギ。

 

理由はわからない。

しかし⋯ 嫌な予感が収まらない。

「ほ、報告は、きちんとしたいの⋯ アルのことも、PSO2の事も⋯ 自分でちゃんと調べて、報告したい」

とっさに出た言い訳。

直感だけで、取り繕う。

「春休み明けには、きちんと報告するから⋯ それまで、待って?」

 

コオリは少し、ヒツギの顔を見ると、

「⋯ うん。わかった。ヒツギちゃんがそう言うんなら、それが合ってるはずだから」

そう、笑顔で答えた。

「⋯ もちろん」

短く答えて、椅子に座りなおす。

「うわあ忘れてた、生徒会の仕事もしなきゃ⋯ !」

 

戸棚へ歩くコオリの後ろで⋯ ヒツギは、体を抱えてうずくまった。

(次世代クラウド型OS『esc-a』に、標準インストールされたゲーム『PSO2』。そこに存在する人々は、AIとは思えないほど精緻な動きをする⋯ )

「ヒツギちゃん?」

「あ、大丈夫、なんでもないよ」

 

コオリに声をかけられ、慌てて姿勢を直す。

(その詳細を調べるために、私達マザー・クラスタが、エーテルに入って調査をする⋯ それは、バグかもしれないから⋯ 『esc-a』を脅かすかもしれないから⋯ )

 

ヒツギは辺りを見回した。

パソコンをいじるコオリの姿。

壁に貼られた、「マザー・クラスタ」のエンブレム。

そして外には、天に伸びるエスカ・タワー。

 

(マザーが、そう言っていたから⋯ )

 

ヒツギは思い出した。

PSO2 で、自分を捕らえようとした黒い影。

それを助けてくれた、あの少女。

そして⋯ PSO2から現れた少年、アル。

「自分で進まないと、何も見えない⋯ 何も知り得ない⋯ 何も解らない」

ならば、為すべきことは1つ。

「⋯ もう一度、行ってみるしかない、か」

 

 

I believed it until now.

Is the world full of lies?

 

To be continue...




「チルドレンレコード」
「子供達」の作戦が、始まる。


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2章 幻創の現実〜ILLUSION DIMENSION〜
SB2-1「ローリンガール」


みかんが美味しい季節ですね(他に言うことが見当たらなかった)
※今回みかんは出て来ません


A.D2028:3/25 19:00

地球:天星学院高校学生寮

 

「よし⋯ 」

ヒツギは、パソコンの前に座っていた。

目の前のパソコンには、PSO2のログイン画面。すでにパスワードも打ち込まれ、認証を行うだけの状態だ。

 

「行って、見るか⋯ !」

ちらっと、背後を振り返る。

布団の上で、すやすやとアルが眠っている。

(アル⋯ )

ヒツギは視線を戻し、エンターキーを叩く。

同時に青い光⋯ 可視化したエーテルが、ヒツギの体を包み込んだ。

 

AP241:5/25 19:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

目を開けると、ヒツギの視界には、アークスシップの光景が広がっていた。

「よっし、ちゃんと入れた⋯ !」

自分の体を確認する。

赤毛をポニーテールに纏め、青いニットセーターを着た、自分の姿。

 

「体にも問題はないわね⋯ ん?」

再び、自分の体を確認する。

赤毛をポニーテールに纏め、青いニットセーターを着た、自分の姿。

 

「あれ⋯ ?」

三度、自分の体を確認する。

赤毛をポニーテールに纏め、青いニットセーターを着た、自分の⋯

 

「あれ⋯ あれぇ!!? これ、あたしの格好まんまじゃん! しかも裸足!!」

そう、PSO2でのアバターでなく、部屋にいた自分の姿そのものなのだ。

「さ、最初に作ったアバター体は!? アルそっくりのあたしは!!?」

 

考えて、行き着く先は、

「まさか⋯ あっちの体は、アルに持ってかれちゃったの⋯ !? だからって、どうしてあたしの姿で入れちゃうの⋯ !?」

考えれば考えるほど、混乱は募るばかり。

 

「あれ⋯ ヒツギちゃん?」

そんな時、聞き慣れた声が聞こえた。

ヒツギが振り向くと、そこには紫の戦闘服「エクエスティオー」を着た、青髪の少女が立っていた。

 

AP241:5/25 18:30

アークスシップ:ゲートエリア

 

「はぁ⋯ 」

ぽつんと、ため息が漏れる。

ゲートエリアの端っこの方、目立たない場所に、私は立っていた。

『⋯ やっぱり、私から連絡を入れて、艦橋で落ち合った方が良かったんじゃ⋯ 』

心配そうに通信を入れるシエラさん。

 

⋯ 思えば、忙しい半日だった。

レイと別れた後即行艦橋に向かい、シエラさんと緊急会議。

断片情報を、確認と同時に映像化し、お昼のヒツギさんの行動から、今夜また来る事を確認。

すかさずヨハンに通信を繋いで、ヒツギさんを発見次第艦橋に連絡するよう、情報部監視係への協力を取りつけた。

 

⋯ ここまでやる事も無いと思ったが、例の出自不明のアークスは、突然シップから消える事が報告されている。

それこそ、数日前のナベリウスでの、ヒツギさんの様に。

 

「あ〜あ」

何と無く、呟いていた。

「マトイがいれば、もっと面白いんだろうな〜」

脳裏に浮かぶのは、白髪の少女のとぼけた顔。

私の友人であり、もう1人の守護輝士(ガーディアン)である、「最強のアークス」とも称される少女。

私と同時に、ダーカー因子集中除去の為のコールドスリープに入ったはずなのだが⋯ 何故か、まだ起きていない。

 

「ワケありだから、しょうがないのかなぁ⋯ 」

おっと、物思いにふけっている場合ではない。

気を引き締め、その時を待つ。

「⋯ 」

静かに、時間が過ぎて行く。

(それにしても⋯ )

今朝、シエラさんはこう言っていた。

「やっぱり、変なんです⋯ 」

彼女が言うには、「別の世界に来ている」ということに、ヒツギが気づいていないのが、そもそもおかしいらしい。

 

「彼女達の『ログイン』のデータは、通常の通信とは一線を画しています⋯ インフラの中に潜入しているなんてレベルでは無いことは、一目瞭然です⋯ 」

そう、シエラさんはぼやいていた。

 

(確かに、データとか抜きで気づいてもいいと思うけど⋯ )

だが事実、彼女たちは騙されている。

「⋯ やっぱり、あれなのかな⋯ 」

断片情報の中に度々現れた、「マザー」と言う言葉。

彼女達「マザー・クラスタ」にとって、その存在はとても大きいのだろう。

 

「それにしても、母親(マザー)、か⋯ 」

ため息に近い呟きが漏れる。

この言葉を聞くたびに、ちくりと、胸が痛んだ。

それは⋯ デザインベイビーである私に、家族と言う意味での母親はいないからだろう。

 

「⋯ お」

またうっかり、そんなことを考えていると、調査用端末から、ヨハンのチャットが来た。

『⋯ そうまでして、直接会いたいのかい? あの、ヒツギという人に?』

ヨハンのメッセージは、文面だけでも呆れが読み取れる。

 

『僕がネットワーク管理室長じゃなきゃ、こんな作戦まず無理だったよ⋯ 』

ヨハンにしては珍しく、愚痴っぽい内容だった。

多分、ここまでこぎつけるのに苦労したのだろう。

『はいはい、感謝してる感謝してる』

『⋯ まあ、力になれてよかった』

すぐに、会話が途切れる。

 

だけど私は、ちゃんと彼女に⋯ ヒツギさんに会いたかったのだ。

何故なら⋯

 

『⋯ っ! 通信来ました! ゲートエリアに、対象のIDを確認したそうです!』

シエラさんの声が、通信機に響く。

「⋯ こちらでも、視認しました」

ゲートエリアに突然現れた、赤毛の少女。

間違いない。あの時のヒツギさんだ。

 

「⋯ 行きます」

ゆっくりと、カウンターの方へ歩いて行く。

ヒツギさんは困惑しているのか、そわそわと周りを眺めている。

しかし⋯ なにか引っかかる様な⋯

『! アメリアスさん、止まって!!』

不意に突き刺さったシエラさんの声に、私は慌てて足を止める。

ヒツギさんが、見慣れない少女に話しかけられていた。

 

AP241:5/25 19:08

アークスシップ:ゲートエリア

 

「コオリ⋯ !」

目の前に現れた少女は、コオリのアバターだった。

服装と髪色、ちらほらと相違点はあるものの、雰囲気はコオリそのものだ。

 

「どうしたの? 新しいアバター? 現実そっくりの衣装なんて、珍しいね〜 」

いつも通りのテンションで、話しかけてくるコオリ。

「え、ええっと⋯ あの⋯ これは⋯ 」

口ごもるヒツギ。

 

 

一方その頃。

「だ、誰ですかあの子⋯ !」

アメリアスは、完全にタイミングを失っていた。

『名前は⋯ コオリさん、となってるね⋯ フレンドか何かかな?』

『他人事みたいに言うなぁ! あーもう、どーすれば⋯ !』

 

コオリという名前には、アメリアスにはがっつり心当たりがある。

確か、ヒツギの友人だ。

「これじゃあ近寄れない⋯ !」

アメリアスが歯噛みしていると、

「おお、君は確かコオリ君! どうだ、技能評価項目は進んでいるか?」

 

ふらっと現れた色黒のヒューマンが、コオリに話しかけた。

「オーザさんナイス!!」

先達が引き起こした幸運により、コオリの注意が逸れる。

その隙に、アメリアスは一気に、ヒツギの元へと飛び出す!

 

「ヒツギさんっ!」

伸ばした手は、しっかりと、

「⋯ うえっ!!?」

ヒツギの手を、掴んでいた。

 

 

「⋯ うえっ!!?」

突然右手を掴まれ、ヒツギはとっさに振り向いた。

右手を掴んでいたのは、見覚えのあるデューマンの少女。

「あんたは⋯ アメリアス⋯ !」

「ごめんね、いきなり⋯ どうしても、ちゃんと顔を見たくて⋯ 」

 

アメリアスはちらっと、コオリの方を見る。

オーザが、うまく注意を引いてくれている。

「⋯ ちょっと、来てくれないかな」

「⋯ わかった。こっちも聞きたい事があるの」

 

アメリアスの目を見て、ヒツギは頷いた。

コオリに悟られないよう、アメリアスはヒツギを浮かせる勢いで飛び出す。

「こっち⋯ !」

そのまま艦橋へ向かうカタパルトを踏み、飛び上がる。

 

「うわっ⋯ んむっ」

声を上げかけたヒツギの口を押さえ、ちらっと下を見て⋯ 気づいた。

オーザの傍ら、ニューマンの女性が、こちらを見ている。

(マールーさん⋯ まさか察して⋯ )

 

アメリアスは少し笑って、上階に着地した。

「よし⋯ 走って!」

「うん!」

艦橋直通のテレポーターに突っ込み、生体認証を開始する。

アメリアスのアクセス権を承認し、テレポーターが起動する。

直後2人の体は、フォトンの光に包まれた。




「ローリンガール」
少女は回る。現実と虚構の狭間で。


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SB2-2「R.O.C.K.E.T」

アメリアス→わかりやすい人


AP241:3/25 19:12

アークスシップ:艦橋

 

アメリアスに連れられ、ヒツギは艦橋に来た。

「うわぁ⋯ !」

一見、アニメやゲームでイメージする艦橋(ブリッジ)の様だが、コンソールの様なものは、中央にポツリとあるだけ。

そこには、1人の女性が待っていた。

 

「あ⋯ 貴女は確か⋯ 」

「アークスシップ管理官、シエラです。お変わりない様で、良かったです」

かなり控えめにチューンされているが、キャスト特有のエコーがかかった声で、シエラが笑う。

 

「あの、えっと⋯ 」

混乱はしていたが、ヒツギは1つだけ気になっていた。

「来たこと⋯ 驚かないのね。まるで⋯ 来るのがわかってるみたいだった。」

 

びくっと、アメリアスの肩が動く。

「?」

「そ、それよりも! 本当にお身体大丈夫なんですか!? また幻創種に襲われていないかとか、とっても心配だったんですよ!?」

動揺を悟られないよう、切り返すシエラ。

 

『危ない危ない⋯ シエラさんナイス』

『アメリアスさんがわかりやすい人なのは知ってるので⋯ 』

片手間に、ヨハネスに返事をしていると、

 

「⋯ 心配、してたの? あたしを?」

きょとんとした目で、ヒツギがそう尋ねた。

「まあ、この間の任務の時は助けてもらったしね⋯ あ!」

アメリアスはそう言うと、思い出したように声を上げた。

 

「あの時は、本っ当にごめん!! 散々暴れた挙句、勝手に倒れたりして⋯ !!」

「いやあのっ、あの時はあたしも助けてもらったし⋯ 」

わたわたとヒツギが答えると、アメリアスはそーっと頭を上げて、

「ありがとう⋯ でも、本当に元気でよかった⋯ 」

ホッとした様子のアメリアス。

 

「そうですね⋯ あ、そうだヒツギさん、何か訊きたい事があるんですよね?」

するとシエラが、ヒツギにそう尋ねた。

「不肖シエラ、わたしに答えられる事なら、何でも答えますよ!」

「あー、うん、その⋯ 」

ヒツギは小さく息を吐いて、質問を投げかけようとする。

 

「それじゃあ遠慮なく⋯ 貴方達は、バグなの⋯ って、そうじゃなくて、ええっと⋯ 」

腕を組んで、考えこむ。

「貴方達は人間⋯ ってそりゃそうか⋯ どこに住んでるの⋯ ってそりゃここよね⋯ 」

いまいち質問がまとまらない。

「うーん⋯ あーいや、違う⋯ あーもう、なんて訊いたらいいの⋯ 」

 

1人で悶々と思案するヒツギ。

「ん〜! 訊きたい事が多すぎる! あたしは何を求めてるんだ〜!!」

「いやこっちに聞かれても⋯ 」

「えっと⋯ ヒツギさんと一緒にいる、アル君という子のことでしょうか⋯ ?」

「あ、とりあえずそれ!!」

 

シエラが助け舟を出すと、ヒツギは頷いて、

「⋯ あれ? 何でアルの名前知ってるの?」

「あ⋯ 」

(シエラさん⋯ )

アメリアスはしらっと目をそらした。

「まあいいわ⋯ あの子は⋯ アルは何者なの? こっち側の人間なの?」

「すみません⋯ それに関しては、不明です⋯ 情報が不足していて、こちらでは判断つきかねます⋯ 」

「そんな⋯ !」

 

アルという少年が、本当は何者なのか。

彼がどちら側の存在なのか。

人間なのかーーーーーそうでないのか。

ここなら答えが見つかると、心のどこかで期待していた。

 

「そん、な⋯ 」

告げられた不明という答えに、ヒツギが動揺していると、

「⋯ ヒツギさん」

「アメリアス⋯ ?」

「ヒツギさんは⋯ どう思っているの?」

アメリアスが、そう尋ねた。

 

「どうって⋯ 」

「質問を変えようかな。ヒツギさんは⋯ 何であって欲しいの?」

「あたしが、アルが何であって欲しいか⋯ ?」

一見、不可解とも言える問い。

 

(アルは⋯ バグのはずなんだ。ここにある⋯ 不可解な状況全てが、バグのはずなんだ。

だって、マザーがそう言っていたから⋯ そのはず、なのに⋯ )

 

その時、ヒツギは気づいた。

ずっと、自分で封じていた答えに。

(⋯ マザーの言っていることが、本当に正しいの⋯ ?)

 

『ヒツギさんは、何であって欲しいの?』

この問いは、答えを求めたのではない。

ただ、ヒツギに考えて欲しかったのだ。

絶対にあり得ない⋯ そう思い込んでいた、気づかざる方向の答えを。

 

「⋯ ごめん、アメリアス。あたし、かなり混乱してるみたい⋯ 頭の中、ぐっちゃぐちゃ」

苦笑して、とりあえずの答えを告げる。

「ちょっと整理する時間が欲しいから⋯ 今日はもう、帰るね」

アメリアスは、納得したように頷いた。

「うん⋯ また来てね、ヒツギさん」

「こちらはいつでもいいので、気軽に尋ねてください」

 

ヒツギは頷くと、メインメニューを展開する。

2人の目の前で、ヒツギは光に包まれ、姿を消した。

 

AP241:3/25 20:00

アークスシップ:艦橋

 

「⋯ 本当に消えちゃいました」

唖然とした様子で、シエラさんが呟く。

「流石ですね、アメリアスさん。さりげなくヒントを与えちゃうなんて」

「⋯ いえいえ、彼女が今するべき事を示したまでです⋯ ふわぁ」

不意に、あくびが出た。

時刻を見ると、思いの外経っている。

「ん⋯ 今日はもういいですか?」

「あ⋯ はい、お疲れ様でした」

『お疲れ様ー』

 

艦橋を出て、私はゲートエリアに戻って来た。

「つっかれたー⋯ でも、ちゃんと話ができて良かった⋯ 」

マイルームに戻ろうと、歩き出して、

「あ⋯ ! あのっ!!」

不意に声をかけられ、慌てて振り向いた。

 

「すいません、フレンドを探してるんですけど⋯ 」

(こ、この人⋯ !?)

そこにいたのは、まさかのコオリさん。

「ヒツギっていうアークスなんですけど⋯ 」

(やっぱり〜!!)

 

ヒツギさんといえば、さっきログアウト? してしまったばかりだ。

「ど⋯ どんな格好の方?」

「あ⋯ えっと⋯ 赤毛のポニーテールで、青いニットのセーターを着てます」

ど、どう答えるべきだろうか⋯

 

「えーっと⋯ ごめん、ちょっとわかんないな⋯ 」

たどたどしく答えると、コオリさんはそうですよね、と肩を落とした。

「ありがとうございます。では⋯ 」

しょんぼりと歩いていくコオリさんを見送って、改めてマイルームに戻ってくる。

 

「お帰り⋯ マスター⋯ 」

「ただいま。例のやつ、集まった?」

サポートパートナーのリオに尋ねると、リオはこくっと頷いて、物資保存用のケースを取り出した。

 

「カフェの依頼のやつ⋯ 集まった」

「集まった!? ありがと〜!!」

カフェのフランカさんからの依頼を、リオに手伝ってもらっていたのだが⋯ 予想以上に、リオは頑張ってくれたようだ。

 

「眠⋯ 今何時?」

「8時過ぎ⋯⋯⋯ 寝るには早い」

「⋯ ですよねー」

リオには筒抜けだったようだ⋯

 

「うーん、特にすることもないしな〜 」

ベッドに座り、適当に部屋を見渡す。

手慰みに、棚からラッピーのぬいぐるみを取って撫で回していると、メールの着信音が鳴った。

 

「?」

差出人は、「アークス戦闘部」⋯ と言われても、2年間寝ていた身としては、なんの内容か検討もつかない。

「どれどれ⋯ 」

メールを開くと、こう綴られていた。

 

『subject:

第一次東京調査に参加したアークスへ

 

調査報告書の提出期限が、本日23:59まで

となっております。

未提出のアークスは、速やかに提出をお願

いします』

 

「しまったー! すっかり忘れてたー!!」

そういえば昨日の調査は、探索情報だけでなく、出現した幻創種の特徴、戦闘や環境についての所見をまとめて各自で報告することになっていた。

要は「レポート」というやつだ。

 

「だーもうっ! なんでアークス個人でこういうのさせるんだかー!!」

「攻撃方法とか⋯ 戦闘におけるエネミーの情報は⋯ 直接戦った人が、一番よくわかるから⋯ 」

「むぅ⋯ 」

確かにリオの言う通りだったりする。

 

「あと⋯ 3時間半くらい!? もう⋯ ぱぱっと書いてやる!」

ワープロを立ち上げ、作業を開始する。

「えーっと、任務中は晴れてたし⋯ そうだ、ダッシュパネル危ないって書いとかなきゃ⋯ 」

適当に仕上げるつもり⋯ だったのだが。

 

「うーん、弱点情報くらいは纏めとこうかな⋯ 」

だんだん、密度が濃くなっていく。

 

⋯ 結局、凝り性な守護輝士(ガーディアン)のレポートだけ、妙に内容が細かくなってしまったのは、また別のお話である。

 




「R.O.C.K.E.T」
飛び立ったのは、何?


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SB2-2.3「えれくとりっく・えんじぇぅ」

次のイベントの日付は「3/27」⋯
というわけでこうなった。


AP241:3/26 8:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「ん、んんぅ⋯ 」

アラームの音で目を覚ますと、私はベッドの上で座っていた。

「あ⋯ 寝落ちしちゃったか⋯ 」

昨夜、滑り込みでレポートを送信した後、そのまま眠ってしまったようだ。

 

「すぴぃ⋯ 」

私の横では、リオがぐーすか眠っている。

とりあえず着替えようと立ち上がった所で、通信が入った。

「朝から誰⋯ ?」

若干訝しみつつ、通信に出る。

 

「はい、アメリアス⋯ 」

「あ、アリス!? 久しぶりー!! 私の声、覚えてるー!?」

聞こえてきたのは、明るい少女の声。

「⋯ どちら様でしたっけ?」

「うわヒドッ!? この声を忘れちゃったのー!? ⋯ しくしく」

 

全く変わらないテンションの声が、わざとらしく鼻をすする。

「⋯ 冗談だよ。何年寝てたとしても、その声だけは忘れない」

アークスでただ1人、私を愛称で呼ぶ人間がいる。

「⋯ 久しぶり、クーナ」

 

AP241:3/26 8:30

アークスシップ:フランカ'sカフェ

 

話の流れで朝食を奢ってもらえることになり、私はカフェへやってきた。

「あ、いたいた⋯ あれ? 何その服!」

「オフの⋯ っていうか、今は仕事着なのかな」

服装はラフな私服だが、クーナは変わらず明るい褐色の髪をツインテールにして、相変わらずの笑顔で答える。

 

「ここ座って。あ、何頼む? 私はスープでいいかな⋯ 」

「うーん⋯ 肉野菜炒めかな」

「え⋯ 朝から食べるね⋯ 」

料理を頼んでから、互いに近況を報告する。

 

彼女はアークス内で人気のアイドルで、2年経っても、その人気は全く変わっていないそうだ。

「しかも新体制で、情報部配属になってさ〜 しかも次席! 」

「あ、それ聞いた⋯ ! カスラさんの下とか、大変じゃない?」

「そうそう、あいつ相変わらずの陰険メガネでさ〜 !!」

 

曰く、次席というのも「事務処理と承認処理くらいしかない、退屈な仕事」だそうで、

本業(アイドル)の方も頑張りたいのに⋯ 」と、クーナはマグカップ片手に愚痴を漏らした。

 

「で、調子はどう? そっちも結構忙しそうだけど」

「逆逆、今までが暇すぎたの⋯ 何もない時は」

「あっはは⋯ なんだかんだ、3年前は息つく暇もなかったもんね〜」

2人で、騒がしかった1年を思い出す。

 

「マトイが見つかって、『巨軀(エルダー)』が復活して⋯ 」

「ハドレッドの事もあったし⋯ 絶対令(アビス)の時は、本当に助けられたよ」

「アリスとマトイだけで戦ったんだもんね⋯ それから、ハルコタンが見つかって⋯ 」

「マガツに『双子(ダブル)』、壊世区域⋯ 」

「⋯ そして、マトイ救出作戦。あれ、今でも伝説なんだよ?」

「⋯ あの時は、ただ必死だったな⋯ 」

 

今から、ちょうど2年ほど前。

ダーカー因子の過剰蓄積と、ダークファルス『双子』の企みにより、マトイは危うく「深遠なる闇」になりかけた⋯ というか、一度なった。

 

完全な顕現の前に、マトイを殺さなければいけないという状況だったにもかかわらず⋯ 私はアークスの全戦力を投入させ、在ろう事かマトイを助け出してしまったのだ。

 

「だってあれはほら、『あの人』の力もあった訳だし? 我ながら、どうしてあんな無茶が出来たんだって、今でも不思議なくらい」

「⋯ そうだアリス、ずっと聞きたかったんだけどさ⋯ 」

不意にクーナが、そんなことを言ってきた。

 

「⋯ そこまでアリスを動かすのは、何?」

「私を動かすもの⋯ ?」

「そう。絶望的な状況でも、限りなく不可能に近い事でも、貴女は前に進んで⋯ いつの間にか、私達もそれに続いてる。だからさ⋯ 起点である貴女を動かす、何かがあるわけでしょ?」

「そっか⋯ 考えた事もなかったよ⋯ 」

 

天井を見上げ、ぼんやりと考える。

此処(オラクル)が、好きだから⋯ かな」

「好きだから⋯ どういうこと?」

「ここは、私にとって大切な居場所だから。守りたいんだよ⋯ それが出来るうちは」

 

ここには、大切なものがたくさんある。

大切な場所がある。

そして⋯ 大切な人がいる。

「私、いつ駄目になるかわかんないから」

「アリス⋯ 」

 

実の所⋯ 「転生(ジェネレート)計画」によってデューマンの肉体になった私は、肉体の安定が保証できない。

私は一応の成功体だから、そこまで心配する必要はないのだが⋯ それでも、何が起きるか分からない。

 

「⋯ まったく、あのルーサーが、なんでこんなずさんな実験に踏み切ったんだか⋯ 」

「ああ、それなんだけどさ」

クーナはそういうと、小さなウインドウを開いた。

「旧アークス研究部⋯ 『虚空機関(ヴォイド)』に残されてたデータが、いくつか復元できたの。プロテクトが堅いから、閲覧は出来てないけど⋯ 破れれば、何か見つかるかもしれない」

 

クーナが見せた一覧には、3つほどのフォルダが映っている。

「おお⋯ 期待しちゃっていいのかな?」

「情報部、舐めないでね。ヨハネスさんも頑張ってるみたいだし」

「ふふっ⋯ あとでちょっと応援しとこっかな」

 

私は言いながら、立ち上がる。

「そろそろ行かなきゃ。ご飯、ありがとね」

「いつの間に完食している⋯ だと⋯ !?」

話を聞きながらさりげなく食べていた料理の皿は、綺麗に空になっている。

 

「ん、任務?」

「ちょっと頼まれごとがあってねー」

クーナを残し、ゲートエリアへのテレポーターへ向かう。

「そっか、頑張れー!」

「そっちこそー!」

互いに手を振って、私はカフェを去った。

 

AP241:3/26 9:30

アークスシップ:ゲートエリア

 

「うぃーあーしゃうてぃそねばーあーろーんきーみーのーいのりはー♪」

微妙に間違った歌詞で上機嫌に口ずさみながら、アメリアスはゲートエリアにやってきた。

「さーてと、準備準備⋯ 」

倉庫端末を立ち上げ、アイテムを整理していると、メールが来た。

『from:イオ

subject:ごめん遅れた! すぐ行く!!』

 

「私も今来たとこなんだけど⋯ まいっか」

準備を終え、カウンター前で後輩を待つ。

今日はとあるアークスからの戦闘データ収集依頼(クライアントオーダー)と並行して、イオの依頼を片付ける予定だ。

 

「おーいセンパーイ!」

「あ、イオ! おはよー!」

ちょうどよく、バレットボウを担いだイオが到着した。

「ごめんセンパイ、遅くなった⋯ 」

「いやいや、私もさっきまで朝ごはん食べてたから、大丈夫」

 

アメリアスは答えて、不意に髪を触る。

「そういえば、寝癖とかついてないよね!?」

「朝直せよ⋯ ちなみにまったくついてないぞ」

イオが指摘した、その時。

 

『全アークスに緊急連絡!! アークス船団に、侵食された旧マザーシップ【xion】の反応が接近中!!』

アラートと共に、ゲートエリアの照明が暗くなった。

 

「シオンってことは⋯ ダークファルス『敗者(ルーサー)』か!!」

イオはゲートエリアのディスプレイに映し出された、赤く染まったマザーシップを見る。

「センパイ⋯ !」

「わかってる⋯!」

アメリアスも、ディスプレイを睨みつけていた。

「上等よ⋯ かかって来なさい、ルーサー!」

 

⋯ 戦いが、始まる。




「えれくとりっく・えんじぇう」
おっと、ここに天使がいたではないか。


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SB2-2.6「六兆年と一夜物語」

みんな大好き(?)アークスのおもちゃ。
今年になって二代目が登場しましたが、初代はどう思っているのでしょうね。


AP241:3/26 11:23

侵食マザーシップ【xion】

 

「はああああああっ!!」

繰り出された蹴撃が、なんとも言えない見た目をした、大型ダーカーに突き刺さる。

『アポス・ドリオス、沈黙しました!』

オペレーターの声が、対象の撃破を知らせた。

 

狡猾なる黒翼の尖兵⋯ 「アポス・ドリオス」

ダークファルス『敗者(ルーサー)』の門番とも言えるダーカーであり、旧マザーシップ内に大量に発生し、『敗者』への道を阻むと共に、その座標を撹乱させる。

現在、旧マザーシップ内に散らばったアークスが、その数を減らしているところだ。

 

「これでここは5体目か⋯ 」

消えていくアポス・ドリオスの亡骸を背に、私はため息を吐いた。

ダークファルス(親玉)直属というだけあり⋯ こいつ、大量にいるくせに、結構強い。

『か、撹乱座標はかなり減少しています。もう少しで、アポス・ドリオスのジャミングを突破可能です!』

「なるほど⋯ ありがとう、メリッタさん」

 

オペレーターとの短い通信の後、次の個体の出現を待つ、周囲のアークスを見る。

「2年前の襲撃はもっと苦戦したけど⋯ みんな、強くなってるんだね⋯ 」

ダークファルスによる襲撃は不定期に発生しており、私がいない間も、やはり何度かあったらしい。

さすがに繰り返すと慣れるのか、仲間の動きは私よりスムーズだった。

「⋯ 私の方が、足引っ張っちゃったかも」

「キャリアなら1年ちょっとのくせに、何言ってんのさ!」

 

不意に、誰かが私の肩を叩いた。

振り返ると、私と同じ「マギアセイヴァー」を着た、ニューマンの女性が立っている。

「あ、エコーさん。お久しぶりです」

エコーさんは私の先輩のアークス。復帰以来会ってなかったが、いつも明るくて、元気なところは、全く変わっていないようだ。

「久しぶり。どう、コンディションは?」

「問題ありません。思いっきり蹴っ飛ばすだけです」

「⋯ ま、アメリアスなら大丈夫か」

 

そう言って、エコーさんは頷いた。

「ゼノさんは別のエリアですか?」

「そう。あいつ一応六芒だから、今回の作戦指揮にもなってるでしょ? 多分、もっときついところにいると思う⋯ 」

心配気に答えるエコーさん。

 

六芒⋯ 「六芒均衡(ろくぼうきんこう)」というのは、アークスの用いる武器の原典(プロトタイプ)、「創世器」を操ることのできる者を指す。

 

六芒の一、現教導部司令、レギアス。

六芒の二、現総務部司令、マリア。

六芒の三、現情報部司令、カスラ。

六芒の四、現教導部次席、ゼノ。

六芒の五、現戦闘部次席、クラリスクレイス。

六芒の六、現戦闘部司令、ヒューイ。

この6人が、今の六芒均衡だ。

 

ちなみに奇数番は「三英雄」と呼ばれ、代々この名前を受け継ぐ襲名制。

偶数番(イーブンナンバー)」は⋯ 奇数番との「均衡」を保つ存在。

 

「まあ、ゼノなら大丈夫だと思うけど」

「そうですね⋯ よっし、少し奥行きましょうか」

駆け出そうとした、ちょうどその時。

『ダークファルス『敗者』の座標、特定に成功しました! 通知があったアークスは指定ポイントへ急行、残ったアークスは、アポス・ドリオスの殲滅を続けてください!!』

連絡と同時に、私の端末に突入ポイントが通知された。

 

「おっと⋯ すいません、行かないと⋯ 」

「あーあ、私は殲滅か⋯ 行ってらっしゃい」

「はい! あいつに目にもの見せてきます!」

小さく手を振って、私は突入ポイントへ走った。

 

旧マザーシップの中枢に繋がる、広場。

真っ先に敵性存在の排除を行なったため、ここにはアポス・ドリオスの姿はない。

黄色く光る扉が阻むそこに、私含め12人のアークスが集まっている。

見れば、先日助けていただいたオーザさんとニューマンのマールーさん、端っこにはアフィンの姿も見える。

「おっと⋯ 真打の登場だな」

少し遅れて来た私を、美麗なガンスラッシュを握った、ヒューマンの男性が迎えた。

 

「すいませんゼノさん、遅れてしまって⋯ 」

私が謝ると、男性⋯ ゼノさんは笑い飛ばして、

「はは、気にすんな。どうなんだ、調子は?」

「ばっちしです。いつでも行けます」

「よっし。みんな、準備はいいか!!」

周囲のアークスが、突入体勢を整える。

 

「こちらゼノ! こっちは行けるぞ!!」

『了解した! これより、ダークファルス・ルーサー撃退作戦、最終フェイズを開始する!!』

統括オペレーターの声とともに、私は歩き出した。

11人が道を開け、各々の武器を構える。

 

旧マザーシップ【xion】。

その中央には、海だけの、小さな惑星が格納されている。

シオンと呼ばれたその星は、過去から現在までの、あらゆる事象を演算する「知識」を備えていた。

そしてシオンは、自らが生んだ罪を清算するため、私達アークスを⋯ 星の守り手を生み出したのだ。

 

だが、ここにシオンはいない。

 

ある男の野望を止めるため、「彼女」は⋯ 否、「彼女たち」は、消滅を選んだ。

男の名は、ルーサー。

「全知」のダークファルス⋯ ダークファルス・ルーサーと化した、最後のフォトナー。

すなわち、シオンに知識を授かった、始まりの人間。その最後の存在。

 

「⋯⋯⋯ 」

私はそっと、黄色い扉に触れる。

シオンに与えられた力によって、ダーカーの力で模倣された最後の扉が、青く変わっていく。

「中和⋯ 完了! 行けます!!」

「よし! 全員、突入!!!」

12人のアークスが、一斉に扉の向こうへ飛び込んだ。

 

AP241:3/26 11:30

侵食マザーシップ【xion】:中枢

 

『貴様ハ⋯ 貴様ラハ⋯ !僕が⋯ 僕がこの手でェェェェェッ!!!!』

有るべきものの無くなった中枢に降り立つ、一対の翼。

フォルム自体はヒトガタといったところだが、脚部は見当たらず、中枢を浮遊している。

顔は完全に鳥類のそれだが、それよりも目につくのは、時計の様に丸くなった腹部。

有翼系ダーカーの特徴を有しながらも、その頭部には冠を戴き、豪奢なマントのようなものを背負ったその姿は⋯ 物語の、飾り立てた王のようだ。

 

「ルーサー⋯ っ!」

今目の前にいるダークファルスは、『深遠なる闇』によって複製された存在⋯ 3年前、シオンを奪おうとした、あの男ではない。

しかし私は、その翼に、その声に、怒りを抱かずにはいられなかった。

 

「貴方だけは⋯ 許さない!!」

ジェットブーツが、光を示す白に輝く。

先陣を切り、私は『敗者』の懐へ飛び込む。

「アメリアスに続けぇ!!」

アークスが一斉に拡散し、攻撃を開始する。

 

『アークス風情がァ!!』

『敗者』が上に向けた(クチバシ)から、大量の追尾弾が放たれる。

「左腕! 脆化成功した!」

「ありがとアフィン! 行けえええっ!!」

アフィンの声を背に、弾幕を掻い潜り、左腕へテクニックの鎌鼬を撃ち放つ。

「よっし、もたもたするなよ!!」

風のテクニックが吹き荒れ、弱点と化した左腕へ、攻撃が集中する。

だが『敗者』も、胴体に差した二振りの大剣を、装飾のついた長い腕で抜き放つ。

 

『フッ!!』

「「おわあああっ!!?」」

『敗者』が繰り出した大剣の斬撃が、数人のアークスを吹き飛ばす。

「舐めるなっ!!」

斬撃の死角から飛び出し、放った蹴りが、腕の装飾を叩き壊した。

「今だ!」

声をあげるゼノさん。

『敗者』の上腕が、コアと同じ赤に染まる。

 

「グランヴェイヴっ!!」

「からの⋯ 撃ち抜く!!」

バックターンした私の背後から、アフィンの銃撃が飛ぶ。

『見苦シい!!』

「⋯ 光よ!」

「畳み掛けるぞ!!」

マールーさんとオーザさんが、飛んで来る短剣を払い、上腕を攻める。

 

突き刺さる、光弾と光刃。

『未知ノ事象だと!?』

腕甲の再生を阻害された『敗者』の巨軀が、中枢からわずかに沈み込む。

そしてマントからずれた首元には⋯ 赤いコアが光っている!

「そこだあああっ!!!」

 

一気に肉薄し、ジェットブーツギアを解き放つ!

「ヴィントジーカー!」

渾身の蹴りが、『敗者』のコアを穿つ。

「ぶちかませ、サテライトカノン!!」

さらにアフィンの爆撃が、コアに降りかかる!

『余リ煩わせルナ、面倒だ!』

しかし、その程度では『敗者』は沈まない。

『壊れタ玩具(おもちゃ)に用ハ無い!』

『敗者』の姿が消える。

同時に、周囲が赤く染まっていく。

 

『『敗者』、加速しています!!』

瞬間。

上空に転移した『敗者』が、大剣を地面に突き刺した!

「うあっ!」

直撃こそしなかったものの、私は大きく吹き飛ばされる。

『敗者』は即座にテレポートし、連続で突き刺しを繰り出している。

「あーもうっ! いちいち痛いのよ!!」

起き上がり、回復薬を引っ張り出して⋯

 

「⋯ !」

全ての思考が停止した。

高速で転移した『敗者』が、私の真上で、剣を振り上げている!

「危ないっ!!」

一瞬体が浮き、私の体はすぐ横に投げ出された。

飛び出したオーザさんが、私を掴んで大剣をしのいだのだ。

「すいません!」

「こいつに油断は出来ない!」

 

その言葉を裏付けるように、高速の斬撃が繰り出される。

ダークファルス・ルーサーの権能⋯ 時間操作。

自身の時間を弄り、加減速による攻撃を繰り出してくる。

「おおっと!」

「大丈夫か、相棒!!」

慌ててかわす私の横で、アフィンが右腕にウィークバレットを撃ち込む。

 

『解ハ無駄に収束シテいるぞ!!』

振り下ろされる、二本の大剣。

全員が横合いへ回避する中、ゼノさんはギリギリの位置を駆け抜ける。

「負けるかよ! うおおおおおっ!!!」

遠距離職の援護を背に、がら空きの右腕へ突撃する。

 

『アークス風情ガ!!』

「クソっ⋯ !」

「させるかっての!」

放たれる光弾向けて、私は大きく飛び上がった。

そしてそのまま⋯ 体で光弾を受け止める!

「い⋯ 今ですっ!!」

生まれる隙。一気に、右腕に攻撃が集中する。

 

「痛った⋯ 」

「任せろ!!」

地面に落ちていく私の脇で、ゼノさんがガンスラッシュをかざす。

「響け戒剣⋯ ナナキ!!」

紫紺のガンスラッシュが、白く光り輝く。

これこそが創世器⋯ 六芒の四が継ぐ、戒剣ナナキ!!

 

「クライゼンシュラークっ!!」

叩き込まれる斬撃と銃撃。

「全段命中! へへっ!!」

再び沈み込む『敗者』。首元へ、全員が突っ込む。

「⋯ 大丈夫?」

「は、はい⋯ 」

マールーさんに回復してもらい、私も前線に出る。

 

「両腕壊した! 腹頼む!!」

「了解です! 行けえっ!!」

起き上がった『敗者』の腹部、時計の様な部位へ向かう。

「ザンバースっ!!」

飛来する十数本の短剣を突破し、大気の刃とともに腹を蹴りつけた。

 

『さて、片付ケノ時間だな!』

その声とともに、『敗者』の姿が消え、周囲が青く染まる。

『ダークファルス・ルーサー、減速しました!!』

再び現れる『敗者』。

『見え透イタ回答だな!!』

赤い円盤が飛来し、ゆっくりと戦場を這う。

 

減速状態の攻撃は、動作は遅いものの、喰らった時のダメージが凄まじい。

「ぎゃっ!!」

「大丈夫ですか!?」

円盤に引っかかり、吹き飛ばされたアークスに駆け寄り、回復テクニックをかける。

「回避に集中しろ! 喰らうと痛いぞ!!」

本体の斬撃をかわしたアフィンが、『敗者』の腹を捉えた。

「当たれぇっ!!」

突き刺さった弾丸から、ミラージュを付与されたフォトンが飛び散る!

 

『式ニゴミが!?』

ミラージュにより『敗者』の行動が阻害され⋯ がぱっと。

腹の時計のフタが外れ、中が剥き出しになった。

「「よっしゃあああああああ!!」」

そう、ここがダークファルス・ルーサーの、最大の弱点!

 

「ウィーク頼む!」

「壊すのは任せますよ!!」

「了解、突撃しますっ!!!」

弱点を遮るフタを完全に剥がすため、畳み掛ける。

「割れろ割れろ割れろ割れろおおおっ!!」

ウィークバレットの貼られた腹部中央へ、全力の蹴りを浴びせる。

 

しかし破壊には至らず、『敗者』は体勢を立て直し、遠く離れた位置へ転移した。

『深遠と崩壊ノ先に、全知ヘト至る道ガ有るうぅぅっ!!』

響くのは、怨嗟と執念に満ちた咆哮。

「マズイっ⋯ やばいのが来るぞ!!」

ゼノさんが叫ぶのと、ほぼ同時。

4本の大剣が飛来し、戦場を覆う様に配置された。

 

「これって⋯ !」

思い出す。

これこそが、ダークファルス・ルーサーが権能の、極致⋯!

『我ガ名はルーサー、全知そのものだ!!』

回転する4本の剣が、赤い光を放ち、

「⋯⋯⋯ !!」

 

世界が、時を止めた。




「六兆年と一夜物語」
一夜の夢が、悔恨を抉る。


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SB2-2.9「アウターサイエンス」

私事ですが、マトイがイルメギドをくれました。
青い龍族の皆さんを蹂躙するのが楽しみです。


AP241:3/26 11:40

旧マザーシップ【xion】:中枢

 

「⋯⋯⋯ っ!」

世界が、色を失う。

ダークファルス・ルーサーの権能により、ここにいるアークス全員の時間が停止した。

私は体が停止し、脳だけが機能する「金縛り」に近い状態で踏みとどまったが、残りは思考すらも出来ていないだろう。

 

⋯ 大剣が舞う。

光輪が広がり、赤い矢が装填されて行く。

あと10秒もすれば⋯ さっきまでとは比較にならないレベルの矢の雨が、戦場を蹂躙する。

 

最早、考えてもいられない⋯ !

(させる⋯ かっての!!!)

声にならない叫び。

それと同時に、私の周りが青白く輝く。

「はああああああああああああっ!!!」

光が収束し、弾ける。

「⋯ っと!!」

私の体は、弾かれるように落下した。

 

「よっし!」

すべき事は一つ。

着地し、浮遊する大剣に狙いを定める。

「吹き⋯ 飛べえっ!!」

限界ギリギリまでブーストをかけ、剣の中央を蹴り抜く!

「⋯ うわっ!!」

ほぼ同時に、周囲のアークスが、時間停止から解放され⋯

 

「「うわあああああああっ!?」」

「「きゃあああああああっ!?」」

破壊されなかった3本の剣から、赤矢の雨が降り注いだ!!

「クソッ⋯ !」

私が破壊した場所以外、戦場のおよそ4分の3を襲った、絨毯爆撃。

私と、すぐ側にいたアークス以外は、軒並み戦闘不能に陥っている。

「動ける人は蘇生を! 法撃職、支援をお願いします!!」

叫んで、私も駆け出す。

 

⋯ 忘れていた。

相手は、ダーカーを統べる者の一人、ダークファルス・ルーサー。

その依代は、かつてアークスの全てを陥れ、支配した男。

 

「⋯ だとしても!!」

私は、守りたい。

大切なものを、

大切な場所を、

大切な、人を⋯ !!

 

「負けられ⋯ 無いんだッ!!!」

ジェットブーツが、私の周りのフォトンが、輝きを放つ。

「禁じ手⋯ 使わせてもらおうかな!!」

再接近した『敗者』へ向け、飛び出す。

その間にも、ブーツの輝きは強まっていく。

 

『アークス風情ガ!』

「当たるかっての!!」

無数の弾幕を凌ぎ、ブーツの高度限界を越えて、飛翔する。

「そこだあっ!!」

ジェットブーツが嫌な音を立てた気がするが、とりあえず気にしない!

飛び上がった位置、マント中央の(くちばし)に、ブーツを突き刺す!

「エレメンタル・オーバーロード!!」

一瞬の閃光ののち、ブーツのエネルギーが暴発した!

 

『未知ノ事象ダト!?』

嘴をへし折られ、沈み込む『敗者』。

「⋯ っと!!」

ブーツから弾き出され、身一つで着地する。

「ブーツ暴発って、無茶苦茶過ぎんだろ相棒!」

「突破口くらいにはなったでしょ! ほら、アフィンも働いた!!」

「わーったよ! こっちも負けてらんないからなぁ!!」

 

戦線復帰したアークスから、再びミラージュによる攻撃を開始する。

「ザンバ張るぞ!」

「了解、突撃する!」

テクターの張った風刃の中で、キャストのガンナーが踊る。

『見苦シイ!!』

起き上がった『敗者』の攻撃は、苛烈さを増していく。

それでも⋯ アークス(私たち)は止まらない!

 

「アフィン、上!」

「上!? ⋯ あーそういう事か!」

アフィンはちらっと上を見た後、『敗者』のマントについた装飾を撃ち抜く。

私も駆け出そうとして、

「あ、ブーツ装備してない!!」

「馬鹿! とっとと下がれ!!」

「仕方ないわね⋯ マントはこっちで片付けるわ!」

私が後方へ走る中、遠距離職の一斉砲火が放たれる。

他のバウンサーの突撃もあり、『敗者』のマントの、宝石状の装飾が破壊されていく。

 

「マント壊しました!」

「コア狙うか!?」

「いや、とりあえず時計だ!!」

ゼノさんが素早く指示を出す。

『さて、片付ケノ時間ダナ!!』

『ダークファルス・ルーサー、減速!』

減速した『敗者』の巨軀が、ゆっくりと上空を這いだす。

狙ってるのは⋯ 私!?

「うわぁあぁあぁ!! こっち来るなこっち来るなぁ!!」

 

急いで駆け出すものの⋯ ブーツが無いせいで、ギリギリ間に合わない!!

『壊レタ玩具に用ハ無い!!」

構えられた剣が、真っ直ぐに落下する!

「だぁーーーもうっ!!ディストラクトウイング!!」

とっさにデュアルブレードを装備し、フォトンアーツで飛び出す。

本来突き刺しと同時に衝撃波が出るが、マントに宝石が無い今、確か弱体化しているはず⋯ !

 

「おーい、マント一個割れてないぞ!!」

ゼノさんの、声が聞こえた。

「え? きゃあああああっ!!」

直後背後から衝撃波を喰らい、私は大きく吹き飛ばされた。

「相棒ぉぉぉ!!?」

「⋯ 痛っ!」

上空で一瞬気を失ったらしく、気づけば地面に落ちている。

 

「いったた⋯ 」

起き上がりながら、回復薬を引っ張り出す。

「うおおおおおおおおおおっ!!!」

一息ついていた私のすぐ横を、オーザさんが駆け抜け、

「ライドスラッシャァァァ!!!」

ソードに飛び乗り、『敗者』へと突っ込んだ!!

 

「貴方パルチザン使いだった筈では!?」

「ハンターならば、一度は使いたいフォトンアーツだろう!!」

パルチザンに持ち替えたオーザさんを、赤いフォトンが包み込む。

「⋯ 行って!」

「応! スライドシェイカー!!」

マールーさんの支援を受け、オーザさんが槍を振り回す。

『余り煩わせルナ、面倒だ!!』

 

声と共に、周囲が再び赤く染まる。

『加速、来ます!』

「⋯ タイミングが悪かったよ、『敗者』ッ!」

装備し直したシュヴァイアティーガー(予備のブーツ)が、風を纏う。

「圧縮式起動! 吹き飛べ、イル・ザン!!」

『敗者』の腹へと飛ぶ、暴風の号砲。

『解は無駄二収束しているぞ!』

「無駄よ!!」

暴風は『敗者』の剣をすり抜け、腹に突き刺さる!

『し⋯ 式ニゴミが!?』

 

開いた時計へ、近接職が殺到する!

「アフィン! ウィーク⋯ 」

駆け出しながら、とっさにアフィンの方へ振り向く。

「⋯ きゅう」

なんとアフィンは、床に倒れていた。

 

「ちょっ⋯ !」

おそらくさっきの突きを喰らったのだろうが⋯ 止まっている場合ではない。

「だーーーーーもうっ!!!」

フタの開いた時計へ、がむしゃらにブーツを振り回す。

ウィークバレット無しでもダメージは通るが、ここで壊し切れるかは危うい⋯ !

「これでも⋯ !!」

私がヴィントジーカーの動作に入った、その時、

 

「喰らっとけ!!」

その声とともに、『敗者』の腹に、赤いマーキングが貼られた。

「えっ⋯ !?」

そのまま、ヴィントジーカーが突き刺さり、時計のフタが吹き飛ぶ。

「よっしゃあ! 加速リセット!!」

 

背後でガッツポーズしているのは⋯ ライフルを担いだゼノさんだった。

「⋯ そういえば、ゼノさんって⋯ !!」

「ガンスラッシュばっか振り回してるわけじゃないぜ!! 」

とか言いつつも、直ぐにナナキに持ち変えるゼノさん。

「弱点は見えた、終わらせるぞ!!」

「⋯ はい!」

 

⋯ ともかく、確かに形勢は逆転した。

後は、一気呵成に攻めるのみ!!

『今コソ、全知を掴ム時!!』

「なっ⋯ !?」

再び、『敗者』が後方へ退避していく。

「不味い、もう一発来るぞ!!」

「だけどあんなのどうすれば⋯ !」

 

混乱に陥る中、私は『敗者』のいた場所で、静かに立ち尽くす。

(あの光⋯ あれなら!!)

『我が名ハルーサー⋯ 』

「総員!! 私と同時に回避っ!!!」

「「えっ!!!?」」

『全知そのものだ!!』

飛来する大剣。そして、

「今ッ!!!」

大剣が光った瞬間、私は地面を蹴った。

 

「⋯⋯⋯ !!」

思わず瞑った目を開く。

彩度の消えた世界に、私は立っていた。

「どう、なってるの⋯ !?」

隣には、普段見せないような驚いた顔をしたマールーさんが立っている。

「あの剣を破壊します! 急いでっ!!」

私は叫んで、近くに浮遊する大剣向け飛び出した。

「⋯ わかった!!」

大剣を蹴り砕く私の背で、マールーさんは光弾を連射する。

 

⋯ 否、 マールーさんだけじゃない。

他にも数人のアークスが、時間停止を免れ、大剣を攻撃している。

法撃職が多いのは、ジェットブーツの回避システムが「ミラージュエスケープ」だからだろう。

 

剣から発生していた赤い光⋯ おそらくあれが、この時間停止の正体。

あれが着弾する瞬間に回避したことで、時間停止を免れたのだ。

「ラストっ!!」

エリア北端に残った大剣へ、疾走する。

大剣の背面には、すでに矢が装填されている⋯ !

「どおおおりゃあああああああっ!!!」

私のブーツが突き刺さるのと、同時、

「「おおっと!!」」

時間停止が終わり、止まっていたアークスが動き出した。

 

「お、おいアメリアス!? どうなったんだ!?」

ゼノさんが、慌てて私に駆け寄って来る。

「すいません、ステップ回避の皆さんはタイミングが合わなかったみたいで⋯ 」

「いや、だからどういう⋯ っ!?」

問いかけるゼノさんの足元に、飛来した短剣が突き刺さった。

 

「⋯ 喋ってる場合でも無いか」

「⋯ とりあえず、終わらせましょう!!」

急場は凌いだ。

後は今度こそ、こいつを倒すのみ!!

「行きます!!」

ジェットブーツの輝きと共に、露わになった腹部コアへ躍り出る!!

 

「こういうのはどうだ! はああああっ!!」

オーザさんがコアへ向け、槍を突き刺す。

するとその位置に、赤いマーキングが現れる。

「ヴォルグラプターだッ!!」

その位置へ向け、オーザさんの槍が振るわれる!

「フィニッシュ!!」

槍を引き抜くと同時に、マーキング弾が炸裂した。

 

「⋯ 今よ!!」

不意に、後ろからまばゆい光が射した。

『敗者』が怯んだ隙をつき、全法撃職がテクニックをチャージしている!

「「発射(ファイア)!!」」

風の一斉砲火が、『敗者』にぶち当たる!!

 

『ダークファルス・ルーサー残存体力、後僅か!!』

『底ハ⋯ 知れている!!』

その声と共に、『敗者』が沈み、首から上を出す状態になった。

「潜行!?」

『僕ノ思うがままに、解ヲ求めん!!』

伸ばされた右腕から、黒球が打ち出される。

 

「足掻きやがる⋯ !」

「大丈夫⋯ 終わらせる!!」

後退した『敗者』へと、突撃する!

「こいつで最後だ! アメリアスを援護しろ!!」

ゼノさんの声と共に、無数の銃撃、法撃が飛ぶ!

 

『全知は僕ダ!! 僕の導キダシタ解に、間違イハ無い!!!』

最後の抵抗といわんばかりに、叩きつけられる左腕。

そこから、衝撃波が四方八方に飛ぶ!

「甘いんだよ、『敗者』ッ!!」

ジェットブーツが光り、私の体は舞い上がる!

「これで⋯ 終わりだあああああっ!!」

狙うは腹⋯ 否、首元のコア!

「ヴィント⋯ ジーカー!!!!」

 

突き刺さる、ジェットブーツの切っ先。

その一撃で、『敗者』の巨軀が、ズブズブと沈み込んでいく。

『馬鹿な⋯ 何処ニ、何処に間違イガ有った⋯ !』

「⋯ 教えてあげるよ、偽りの覇者」

私は振り向き、歩き出す。

 

「シオンの最後の希望⋯ 私たちを敵に回したのが、あんたの最大の、誤算だった」

呟いた私の後ろで、『敗者』は爆散した。

 




「アウターサイエンス」
その権能は、科学の外。


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SB2-3「十六夜シーイング」

諸事情により、次回の投稿はかなり遅くなります。
目星がつけば活動報告に載せようと思っています。
2/12:活動報告にも載せましたが、来週次話を投稿します。


A.P241 3/26 21:30

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「はぁ⋯ 」

ぽつんと、ため息が漏れた。

無事『ダークファルス・ルーサー』を討伐したはいいものの、リンドブルムを壊して⋯ というか完全に爆発四散させてしまった件で、アイテムラボのドゥドゥさんに怒られてしまった。

 

「何が『素晴らしく反省が無いな君は』ですかぁ⋯ 爆発四散は流石に初めてですよぉ⋯ 」

「壊しただけなら⋯ 十数回⋯ 」

「うえぇ、言わないでよ、リオぉ⋯ 」

小さな同室者にも指摘されてしまい、ぐたぁっとベッドに突っ伏す。

 

散々言われていることだが、私はマトイ程では無いにしても、フォトン使役の出力が相当高い。

今まで使ってきたワイヤードランスやジェットブーツも、大概一度は壊してしまっている。

 

⋯ まあそれよりも、武器を荒く使いすぎなのだとは思うが。

「テンション上がると、ついつい思い切っちゃって⋯ 」

「徒手空拳じゃ⋯ 戦えないから⋯ 武器は大事」

「⋯ 何も言えない」

ころんと、ベッドの中で丸くなる。

「そろそろ寝るね。おやすみ⋯ 」

明かりを消して、目を閉じて、

 

(そういえば⋯ )

すっかり、忘れてしまっていた。

(ヒツギさん、元気かな⋯ )

 

A.D2028:3/26 22:00

地球:天星学院高校学生寮

 

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

ヒツギはじっと、パソコンを見つめていた。

「お姉ちゃん? なんでまっ黒なの見てるの?」

「⋯ 気にしないで」

ハーフパンツとTシャツ姿のアルにそっけなく答え、突っ伏した状態で顔だけ上げる作業に戻る。

 

今日は生徒会へ顔を出さず、彼女はずっとアルの側にいた。

読み飽きた本を読んだり、パソコンをいじったりしたものの、ヒツギの心が晴れることは無かった。

「結局、どうすれば良いんだか⋯ 」

むくっと起き上がり、ため息をつく。

 

「ふあぁ⋯ 」

「ん、アル、眠いの?」

時計を見ると、午後10時を過ぎている。

「明日は学校行かないとだし⋯ かなり早いけど、寝ちゃおうかな」

デスクを離れ、ベッドに座る。

「ほらアル、寝るなら着替えなさい」

「はーい」

 

着替え終わったアルと、ベッドに入る。

「おやすみー」

「おやすみ、アル」

明かりを消して、目を閉じて、

 

(アメリアス、何してるんだろ⋯ って、何考えてんだ私は⋯ )

小さく首を振って、ヒツギはもそっと布団を引き上げた。

 

A.D2028:3/27 12:00

地球:天星学院高校

 

「ふ〜、今日の作業も終わりっと〜」

パソコンの前で、コオリはぐっと背伸びした。

「入学式前になると、生徒会の仕事も増えてきて大変だね、ヒツギちゃん」

「⋯ 」

 

「しかも私たちは寮生だから、重めの仕事どんどん任されて、もうてんてこ舞い⋯ 」

「⋯⋯ 」

 

「でもでも、こうやってヒツギちゃんと二人きりになれるから、そんなに悪くもない、かなぁ⋯ 」

「⋯⋯⋯ 」

 

「⋯ なんてねなんてね! 何言っちゃってるんだろ私! ね、ヒツギちゃん!」

「⋯⋯⋯⋯ 」

 

「⋯⋯ あれー ?」

返事がない。

ちらっとヒツギを見ると、憮然とした顔でパソコンを見つめている。

「ヒツギちゃん⋯ ?」

声をかけても、返事をする様子はない。

 

(PSO2は、ゲーム。マザーが、確かにそう言っていた)

周りを一切見ずに、ヒツギは考え込んでいた。

(だとしたら⋯ あたしが会ってきたのは、みんなまやかしなの?)

 

「ヒツギちゃーん?」

(全部まやかしだって言うのなら、アルはなんなの? こっちに来ているアルは何? 私を慕ってくれる、あの子はなんなの?)

生まれた疑念は、易々とは消えない。

 

「ヒーツーギーちゃーん?」

(ううん、それだけじゃない。あたしを心配してくれていたシエラさんも、アメリアスも⋯ )

思い出す、自分を助けてくれた少女の姿。

困惑と混乱で、正直顔はちゃんと覚えられていないものの、彼女の問いかけは、確かに心に残っていた。

 

『ヒツギさんは、彼が何であってほしいの?』

(いくらなんでも⋯ そんなことって有るの⋯ ?)

 

「もう! ヒツギちゃんってば!!!」

「うわァっ!! あ⋯ コオリ? どうしたの?」

慌てて振り向くと、コオリが心配そうにこっちを見ていた。

「どうしたのはこっちの台詞だよ⋯ 何度声かけても返事しないし、仕事も全然終わってないし⋯ 」

「⋯ ごめん」

 

⋯ 完全に、上の空になっていた。

「どうしたのヒツギちゃん? 最近、様子が変だよ? 何と言うか⋯ ヒツギちゃんらしくないよ⋯ 」

「らしくない⋯ か。そんなにらしくないかな、今のあたし」

「うん、うんうん!! 全然ヒツギちゃんっぽくない! ヒツギちゃんの皮を被った偽物みたいだよ!」

「⋯ そこまで言う?」

 

勢いよく頷いたコオリは、すくっと立ち上がる。

「私の知ってるヒツギちゃんは、そんなうじうじ悩んだりする人じゃないもん! 即断即決スパーンって動く人!」

 

ああ⋯ そうだ。

ヒツギは、思い出した。

 

「みんなを有無を言わさず引っ張って、結果示してどうだ見たことかー! って言ってのけて、周囲一同を唖然とさせちゃう人だよ!」

 

自分のことをよく知ってる人が、こんなに近くにいたじゃないか。

 

「⋯ それ、この間の部活動予算会議のこと?」

「ううん、新入生歓迎企画会議のこと!」

 

そうだった。

迷いなく突っ走って、誰よりも先に行って、みんなを引っ張っていく。

それが、八坂火継という少女のあり方だった。

 

「あっはは⋯ どっちでもいいけど⋯ それじゃああたし、唯の独裁者じゃん」

それにしたってかなり誇張されてる事を突っ込んでも、

「⋯ いいの。ヒツギちゃんは独裁者でもいいの。私はそうじゃないって理解してるし⋯ 私の側に、居てくれるから⋯ 」

本心からの声で、コオリは言う。

「コオリ⋯ 」

 

コオリはヒツギの手を取ると、

「だから、ヒツギちゃんは悩まないで。私、悩んでるヒツギちゃんなんて見たくない。今までみたいに⋯ もっともっと、振り回して欲しいな!」

満面の笑顔で、そう言った。

 

「⋯ ありがと、コオリ」

ヒツギはそっと、コオリの手に自分の手を重ねる。

「確かに、コオリの言う通りよ。考え込んで家に閉じこもってるなんて⋯ 全然、あたしらしくないよね!」

コオリの手をぎゅっと握り、ヒツギはすくっと立ち上がった。

 

「わわっ!?」

「よーっし! そうと決まれば気分転換! コオリ、明日出かけよう! アルも連れてぱーっと!」

「う⋯ うん!」

コオリは頷いて⋯ 気づいた。

 

「⋯ でもヒツギちゃん、コレ終わらせないと」

コオリが指差したのは、手付かずの作業が残った、ヒツギの使っているパソコン。

「⋯ っああ!? 考え事しててすっかり忘れてた!!」

ヒツギは慌てて、イスに座りなおした。

 

A.P241:3/27 15:00

惑星リリーパ:砂漠

 

砂塵の舞う、砂の惑星、リリーパ。

 

「ステラ! そっちに二本!」

「わかってる!!」

広い砂漠に、鋼色のジェットブーツと、青いデュアルブレードが舞う。

それを操るのは、二人の少女。

中心に蠢くのは、大顎を打ち鳴らし、周囲に数本の触手を生やした、中型のダーカー。

 

ステラとアメリアスの姉妹が追い詰めているのは、地中潜行を得意とする虫系ダーカー「グワナーダ」。

「これでも⋯ 喰らえっての!!」

ステラの斬撃が、地上に出た細い触手「グワナーダ・ビット」のコアを切り裂く。

「ラストっ!!」

アメリアスがビットのコアを砕くと、面食らったグワナーダがひっくり返った。

 

「うわ、これ狙えば良いんだよね!?」

「そういうこと! はああああああっ!!」

露わになった巨大なコアめがけ、ヴィントジーカーが放たれる。

「わ、私も!!」

ステラの周囲に、フォトンブレードが現れる。

「ケストレルランページ!!」

無数の乱舞がコアを切り刻み、グワナーダは沈黙した。

 

「よっし!」

「終わったね。うん、なかなかいい動きなんじゃない?」

駆け寄ってきたステラの頭を、ぽんぽんと撫でるアメリアス。

「むぅ⋯ それやめてよ。フィリアさんから聞いたけど、私が寝てる間もしょっちゅう撫でてたんでしょ?」

「だってさ⋯ ステラの頭の位置があまりにもちょうどよくて⋯ 」

 

確かにアメリアスは、ジェットブーツで浮遊している分、若干高い位置になっている。

「もう18なんだから、妹離れしないと」

「だが断る」

「即答!?」

アメリアスは着地すると、ふーっとため息をついた。

 

「だってステラ、まだまだ危なっかしいんだもん。一人前になるまでは、私が面倒見なきゃ」

「はあ⋯ 」

複雑な顔をするステラ。

ちょうど帰還準備が整ったようで、テレパイプが設置される。

 

「よし、帰ろっか」

「んー」

キャンプシップに移り、帰還の途につく。

アークスシップの港、スペースゲートが近づいてきたところで、ステラが不意に口を開いた。

 

「⋯ よし」

「? どうしたの、ステラ?」

ステラはアメリアスに向き合い、その顔を見据え、

「私、もっと頑張る。姉ちゃんに、絶対に追いついてやる!」

アメリアスは、呆気にとられてしまった。

「⋯ ほんっと、昔とは別人ね」

 

かすかに記憶に残る昔のステラは、もっと自分にべったりで、控えめな性格だった。

何年も言葉を交わせなかった妹は、思っていた以上に逞しくなっていた。

「まあ、それはあんたの努力次第だけど」

キャンプシップが、スペースゲートに停泊する。

 

アメリアスは出口の前で、ちらっと背後を見て、

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ ついてこれるの?」

「⋯⋯⋯ え?」

 

ステラが何か言う前に、アメリアスは出口に消える。

「⋯ あったり前じゃん!」

ステラは笑って、走り出した。




「十六夜シーイング」
見上げる空。二つの空。


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SB2-4「時代改正ドミナント」

投稿再開早々遅刻⋯ 本当に申し訳ありません。


A.D2028:3/28 11:00

地球:東京

 

「それにしても、だいぶ暖かくなったわよね〜」

「西の方じゃ、もう桜も咲き始めてるらしいしね〜」

「⋯ ねえ、これいつまで待つの?」

ヒツギとコオリ、そしてアルは、学生寮近くのバス停に立っていた。

 

「⋯ ごめんねアル、もっと早くに出るつもりだったんだけど、生徒会の仕事が終わらなくて⋯ 」

「ううん。それよりも、これいつまで待つの?」

「もうちょっとだよ、アル君」

退屈そうなアルをなだめながら、コオリはヒツギの方を見る。

 

「そういえば、今日どこ行くの?」

「とりあえず、ちょっと離れたとこの書店。欲しい本があってさ」

「⋯ そういうの好きだよね〜⋯ 」

相変わらずなヒツギに、苦笑するコオリ。

 

程なくして、バスが到着する。

「うわぁ⋯ ! 僕ここ!」

「あ、やっぱりアルは窓側がいい?」

「じゃあ、私こっち座るね」

後ろの方の座席に並んで座ったところで、バスが走り出した。

 

「凄い⋯ ! 動いてる⋯ !」

嬉しそうに窓を見るアル。

⋯ まるで、初めてバスに乗るようなはしゃぎっぷり。

「⋯⋯⋯ 」

ヒツギは複雑な顔で、それを眺めていた。

 

「ヒツギちゃん?」

「⋯ ああごめっ⋯ 」

反対側に座ったコオリに声をかけられ、慌てて振り向く。

「⋯ ん?」

 

その時。

ちらっと、見覚えのあるものが視界に入った。

「あの制服⋯ 」

空いたバスの前方の席。白い制服を着た、短い金髪の少女が、ポツンと座っている。

 

「コオリ、あれってさ⋯ 」

「あ、清雅学園(せいががくえん)の生徒さんだね」

清雅学園。

ヒツギ達の通う天星学院高校の姉妹校で、生徒会同士の交流も深い。

 

「清雅学園前ってこの先のはずだけど⋯ 生徒会の仕事で来てたのかな?」

コオリの推理を裏付ける様に、清雅学園前のアナウンスで、停車ランプが点った。

「⋯ そうっぽいわね。お疲れ様でーす」

 

校舎の側でバスが止まり、少女が席から立ち上がる。

前の席は向かい合う形。左側の席に座っていた少女の、青い右目が目に入る。

(あれ⋯ ?)

少女は運賃を支払って、滑る様にバスから降りて行く。

 

その何気ない姿に、ヒツギは何処か違和感を覚えていた。

「⋯⋯ ?」

ドアが閉まり、バスが再び走り出す。

「お姉ちゃん、お腹すいた」

「はぁ⋯ ? あそうだ」

 

ヒツギはポケットを漁ると、小さな包み紙をアルに渡した。

「昨日先輩からもらった飴だけど、これでも食べときなさい」

「わーい!」

嬉々として包装を破り、緑色の飴を口に放り込むアル。

 

「⋯⋯ !」

気づいた。

バスを降りていったさっきの少女の、左目。

翡翠(ひすい)の様な、緑色だった。

「⋯ いやいやいや、オッドアイなんてそうそういないって⋯ !」

向こうの生徒会メンバーなら、なんだかんだ言ってほぼ全員顔は知っている。

しかし、オッドアイの生徒など居なかったはず。

 

「まあ、見間違い、ってこともあるし⋯ 」

ぶんぶんと、小さく首を振る。

そもそも、天星学院高校に行っていたとも限らない。前提からして適当な推測だ。

「全く、疑心暗鬼になりすぎよ、ヒツギ⋯ 」

不可思議なことの連続で、戸惑っていたのだろう。

 

自分に言い聞かせ、外の景色でも見ようと、窓側を向いて、

「〜〜〜〜〜!!!」

「あ、アルぅぅぅっ!!?」

「アルくぅぅぅぅん!!?」

ほぼ同時に、アルが飴を喉に詰まらせた。

 

A.D2028 3/28 13:00

地球:東京

 

「はぁ⋯ なんかいきなり疲れた⋯ 」

テラス席のテーブルに、くったりと伏せるヒツギ。

「ごめんなさい⋯ 」

横には、アルが全く同じポーズで伏せている。

なんとかアルを救出した後、ヒツギの買い物も済み、3人は書店近くのレストランに来ていた。

 

「まあ、ヒツギちゃんの対応が早かったおかげで、なんとも無くて済んだし、いいんじゃない?」

「⋯ 昔あたしが詰まらせた時、兄さんにやられたのを覚えててよかったわ」

ヒツギは言いながら、ごそごそと袋⋯ 先ほど書店で購入した本を引っ張り出す。

 

「結構探してたみたいだけど⋯ 何買ったの?」

「んーっとね、来年必要かなって思って⋯ 」

ヒツギが袋から出したのは、「esc-a」の表計算ソフトの参考書だった。

 

「そっか⋯ 生徒会の仕事も忙しくなるだろうからね⋯ 」

「実物見て選びたかったから、ちょっと遠出して、大きな書店に行きたかったの」

パラパラっとページをめくり、ヒツギはうんうんと頷く。

 

「そうそう、こういうのを求めてたのよ」

「別にソフトの使い方くらい、ネットで調べればいいと思うけど⋯ 」

「こういうのは信頼できる資料を探すのがいいのよ。あ、料理来た」

テーブルの上に、3人分の料理が置かれる。

 

「わーい! いただきまーす!」

「いただきまーす!」

「全くこの2人は⋯ いただきます」

はしゃぐ2人に呆れつつ、ヒツギも料理に手をつける。

 

「⋯⋯⋯ 」

気晴らしも兼ねた外出。少しくらい、羽を伸ばせればと思っていた。

(でも⋯ )

それでも、アルに対する疑念は尽きない。

 

(アルもあたし達と同じ様に食べてる⋯ この間だって、おやつにあげたドーナツやら何やら、ばくばく食べてた⋯ )

 

アルは⋯ この少年は、変わらない。

自分たちと⋯ 何も、変わらない。

 

(あたし達と⋯ 人間と同じ様に、食事はするし⋯ 笑うし、驚くし⋯ )

そう。本当に彼は、ただの少年だ。

 

(⋯ アルだけの話じゃない。やっぱり、あの世界は⋯ )

 

今までずっと、虚構と信じ込んでいた存在。

考えれば考えるほど、ヒツギは思わずにはいられなかった。

 

⋯ やっぱり、騙されているのは、あたしの方なの?

 

「ヒツギちゃん? 料理全然減ってないよ?」

不意にコオリに声をかけられ、ヒツギは慌てて我に帰った。

 

「うあっ⋯ ああごめん、ぼーっとしちゃった⋯ 」

ヒツギが考え込んでいる間に、2人は食べ終わりかけている。

 

「それにしてもさ〜、アル君似合ってるね〜、その服〜」

「そう? ちょっと窮屈だけど、あったかいよ」

「また買いに行きたいね〜。えっへへ、今度は⋯ 」

「はいストップ。邪な妄想はそこまで」

にやけるコオリを諌めて、ヒツギは残った料理を片付けた。

 

「ふー、食べた食べた〜。お腹いっぱい、大満足だよ〜」

「⋯ あたしはちょっと食べすぎちゃったかな。お茶でも飲んでのんびりしましょ。っと、店員さんは⋯ 」

ヒツギが店の方を向いた、その時。

 

「飲み物でしたらどうぞ。僕からのプレゼントだよ」

不意に、四つのグラスが乗ったトレイが、テーブルに置かれた。

「え⋯ ?」

ヒツギ達のテーブルの横に、黒いスーツを着て、サングラスを掛けた青年が立っている。

「あ、貴方は⋯ ?」

「ああ、お気になさらず。むしろ感謝したいのは私の方だ」

 

青年は3人を見て、

「美しいお嬢さん達とお茶をする⋯ それはとてもインスピレーションを刺激する。いやいやまったく、私も君たちも幸運だ」

 

(⋯ なんか変なのが来たけど、誰? コオリ、あんたの知り合い?)

(ち、違うよ⋯ こんな変態さん知らないよ⋯ )

顔を見合わせ、小声でやり取りしていると、

 

「⋯ おやおやお嬢さん達、ひそひそ話かい? 駄目だよ、声が漏れてしまっているぞ?」

言いながら、青年が余った席に座っている。

 

「「「⋯⋯⋯ 」」」

呆気にとられる3人。

すると青年は、白いタブレット型のデバイスを取り出した。

「そんな君達にオススメなのが、弊社開発のアプリ、『トラトラ!』だ」

 

タブレットには、「esc-a」の文字が映っている。

「これは自信作でね、文章を打ち込まなくても、アプリを起動し、思うだけで言葉が相手に伝わる。テレパス気分になれるアプリなのさ」

 

「は、はぁ⋯ 」

「他人に聞かれたくない内緒話にうってつけ。そして⋯ 内緒話といえば高校生、高校生といえば、花の女子高生」

少々強引な連想を並べ、青年はずいっと3人に寄る。

 

「本リリース前に君達に使ってもらって、使い勝手を聞いて見たいのだが⋯ どうだろうか?」

(あ、そゆこと⋯ )

要は、配信前のアプリをモニターして欲しいということのようだ。

 

青年はタブレットをもう2台取り出すと、ヒツギとコオリの前に置いた。

(ふーん⋯ )

ヒツギとコオリは、恐る恐るタブレットに触れ、

 

『⋯ 何このキモい人。モニター目的でもキモい⋯ 』

『あー、聞こえる聞こえる! 確かに、ちょっと変な人だよね⋯ 』

音は聞こえないが、互いの声は直接響くように聞こえてくる。

 

『どっかで見たような気もするけど⋯ コオリ、本当にあんたの知り合いじゃないの?』

『わ、私に押し付けないでよ⋯ 確かにどこかで見たような気もするけど、知らない人だよ⋯ 』

 

ヒツギはちらっと、青年を見る。

金と黒のグラデーションに染められた、整った髪。

視線こそスモークのかかったサングラスでよくわからないが、どこかで見たような気もするし、声も聞き覚えがあった。

 

『⋯ 生き別れの兄妹だったりしない?』

『こんな気持ち悪い家族はいないよ!』

『⋯ まあ、仮に兄妹で行動が似ているとしても、ここまで露骨に気持ち悪く迫って来たりはしないよね、ごめんごめん!』

『⋯ ヒツギちゃん⋯⋯ こんな気持ち悪い人と私の行動に、似ている部分を見出してたんだね⋯ 』

と、冗談交じりに会話を続けていると、

 

「⋯⋯ ! き、君達っ! そうやって裏でこそこそ他人を卑下したりするのは良くないことなんだぞ!?」

突然ガバッと、青年が憤慨した様子で立ち上がった。

 

ヒツギが青年のタブレットに目を移すと、自分たちの前にあるものとは違う画面が見える。

「あれ⋯ なによ、思いっきり傍受されてるじゃん! 全然駄目じゃないのこのアプリ⋯ !」

「開発者なんだから当然だろ⋯ ! モニターだと言っただろモニターだと!」

 

怒り心頭の様子で、青年はタブレットを回収する。

「まったく最近の女子高生は遠慮が無くておっかないな⋯ 」

ぶつくさと呟く青年。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ だがそれがいい」

 

青年はヒツギの方を向くと、サングラスの下から、小さくウインクした。

「コオリー、警察呼んでー。ヘンタイがいるー! って叫んでー」

「躊躇ないね君!?」

「ヘンタイがいるーーーーーーーっ!!!」

「そっちの君も少しは躊躇えよ!!?」

 

青年は咳払いすると、冷静に2人を見る。

「まったく⋯ どちらにせよ来ないと思うよ。ここら一帯のエーテル通信は遮断させてもらってるから」

「え⋯ !?」

ヒツギは慌てて周りを見渡した。

確かに⋯ 側のビルに設置されたモニターが消えている!

 

「これでも私、結構有名人でね。騒ぎになって人が集まったら迷惑だから、外出中は周囲に通信制限を掛けさせてもらっている。申し訳ないね」

「は、犯罪者ってことですか⋯ !? 未成年に対するあれこれの罪状とか⋯ !?」

急に怯え出すコオリ。

 

「ちーがーうーよ! ああ、ほらこれ、名刺」

そう言って、青年は小さな名刺をテーブルに置いた。

「YMTコーポレーション代表取締役社長、亜贄(あにえ)萩斗(はぎと)? って、なんかどっかで聞いた名前ね⋯ 」

「あ⋯ ! この間アル君の服を買う時に使ったアプリ! あれを作った会社さんだよ!」

 

2人は顔を見合わせた。

あの時映っていたワイドショー。

画面の奥で、目の前の青年が、インタビューに答えていた。

 

「そう! エーテル通信時代の最先端を走るYMTコーポレーションの若き社長にして⋯ 時代の寵児! それがこの私、亜贄萩斗さ!!」

青年⋯ ハギトは立ち上がると、満足そうに腕を組む。

 

ヒツギはあぁ、と頷いて、

「思い出した思い出した、あのミリオタの人か。そんな時代の寵児さんが、あたし達フツーの女子高生に何のご用ですか?」

「フツーの女子高生、ねぇ⋯ 」

皮肉交じりに言うヒツギに、ハギトはなぜか含みのある声で呟く。

 

「⋯ 何か不満でも?」

「いいや、何でもないよ。美しい2人のお嬢さん、ご協力ありがとう⋯ また会える日を、楽しみにしているよ」

そう言うと、ハギトは伝票を持って、店内へと歩いて言った。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ 」

何も言えずに、店内を見つめるヒツギ。

「⋯ なんかあの人、いやな感じ」

すると不意に、ずっと黙っていたアルが呟いた。

「そうだねアル君、変な人だったねー」

 

アルはヒツギを見て、

「まるでコオリみたい」

「あ、そうね」

「アル君辛辣っ!? ヒツギちゃんもあっさり同意しないでよ〜!」

 

言って、コオリはふうっと息をつく。

「それにしても⋯ あの人、本当に何だったんだろう」

「さあ⋯ あたしにもさっぱり。あ、でも1つだけ言えることがあるわ」

 

ヒツギは深刻な顔で、2人を見つめ、

「⋯ あたし達のお茶代、浮いた!」

「ぷっ⋯ ヒツギちゃん〜!」

2人揃って、笑った。




「時代改正ドミナント」
時代の寵児が握るもの。それは今を握るもの。


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SB2-5「パラジクロロベンゼン」

さて、頑張って更新していきましょう。


A.P241:3/29 10:00

惑星リリーパ:地下坑道

 

「ふぅ⋯ 今日は機甲種が多いなぁ⋯ 」

私は1人、リリーパの地下坑道にいた。

イオやアフィンは別の任務に行っているし、どういうわけかステラは昨日から姿が見えないので、定期的なデータ収集依頼(デイリーオーダー)も兼ねて、1人探索に来ている。

 

「ステラの奴、何やってんだろ⋯ 」

連絡がつかず、クエストカウンターで問い合わせたら、情報部からの依頼で数日いないということだった。

「だりゃあっ! ⋯ 何だかなぁ⋯ 」

近くにいたスパルザイルを吹っ飛ばし、薄暗い地下坑道の真ん中で、ため息をつく。

 

別に情報部を悪く言うつもりは無いのだけれど⋯ それにしたって頭があの陰険メガネ(カスラ)だ。

「そおいっ!! ⋯ 何事も無きゃいいけど」

ウロチョロしていたクラーダを粉砕しても、不安は消えなかった。

 

「さっさと探索終わらせちゃお⋯ こんなメンタルじゃ、いつもみたいに動けないだろうし⋯ 」

時折現れる機甲種やダーカーを倒しながら、奥地に設置されたベースキャンプへ向かう。

 

途中でギルナスに捕まったリリーパ族を助けながら、道のりの中ほどを越えた頃。

『B-2エリア、交戦中のアークスの反応があります』

不意に、オペレーターからの通信が聞こえて来た。

 

「劣勢ですか?」

『周囲に多数の機甲種を確認。救援を推奨します』

「了解しました!」

運がいい。包囲状態だと、座標特定さえ出来ないことが多い。

 

私は急いで、通信にあった座標へ走る。

「いた⋯ !」

そこでは、1人のニューマンの少年が、3体のギルナスに囲まれていた。

少年はデュアルブレードで応戦しているが、慣れていないのか、明らかに筋が悪い。

 

「援護します!!」

叫んで、一気に突進する。

「⋯ !?」

少年が驚いて振り向くと同時に、ジェットブーツがギルナスの接合コアに突き刺さった。

 

「コアの破壊をお願いします!」

「は、はい!」

倒れたギルナスが、上半身、下半身、接合コアに分離する。

コアの完全破壊を少年に任せ、私は少年と反対側に飛び出した。

 

「磁界干渉・強制誘引⋯ ! ゾンディール!!」

特殊な電磁場が、残りのギルナスを私へ引き寄せる。

「はああああああっ!!」

私はその中央で、自身を帯電させる!

 

「ナ・ゾンデ!!」

ゾンディールの中に電撃が迸り、ギルナスが一斉に爆発した。

「そっちは!?」

一瞬、少年に目を移す、

「は、はい!」

少年は一体目のギルナス・コアを仕留めたようで、離れたところで立っている。

 

私はすぐにギルナスに目を戻して、

「せいやぁぁっ!!!」

ギルナス・コアが飛び回る前に、速攻で追いつき、モーメントゲイルで撃ち落とした。

 

「よっし、全滅!!」

着地して、少年へ向き直る。

背格好からして、私より少し年下だろうか。

黒髪の少年は、不安げに黒い瞳を揺らしていた。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい⋯ ありがとうございます」

見れば少年が背負っているのは、大型飛翔剣「アデレード」。

敵が強力なこの辺りには、やや力不足の装備だった。

 

「あ、えっと⋯ 」

⋯ 言葉が出てこない。

緊急時はともかく、初対面の人の前では、ついつい黙ってしまう⋯

「わ、私、アメリアスっていいます⋯ 貴方は?」

「⋯ アイク、です。すいません、探索を邪魔するような事を⋯ 」

「いえいえ、助けられてよかった⋯ あそうだ」

 

ふと思いつき、オペレーターに繋げる。

「ブリギッタさん、今このエリアを探索しているパーティーは幾つですか?」

「アメリアスさん含め2つ⋯ アメリアスさんと、アイクさんのソロパーティーのみです」

「わかりました。ありがとうございます」

通信を切って、アイクさんに向き直る。

 

「2人で、探索を続けませんか? 1人じゃちょっぴり不安で⋯ 」

「あ⋯ 俺でよろしければ⋯ 」

アイクさんは、遠慮がちながらも頷いてくれた。

 

「じゃあ決まりですね、行きましょう!」

「は、はい!!」

強さとか関係なく、仲間がいてくれるのはとてもありがたい。

アイクさんと一緒に、私は再び、奥へと進んでいった。

 

A.D2028:3/29 10:00

地球:天星学院高校学生寮

 

「じゃあアル、行ってくるわね」

「いってらっしゃ〜い」

 

アルを残し、ヒツギは部屋を出た。

「今日も今日とて生徒会の雑務〜っと⋯ しっかし、入学式前って本当に忙しいのね⋯ 」

廊下を歩きながら、1人ごちる。

やはりこういう忙しさは、やってみなければわからないものだ。

 

「昨日はPSO2も出来なかったし、今日こそログインしよ⋯ 」

突き当たりを曲がろうとした、その時。

「なんだ、まだあんなので遊んでんのか、ヒツギ」

 

廊下の向こうから、男性の声が聞こえてきた。

「げ⋯ この声は⋯ 」

立ち止まるヒツギ。

現れたのは、ヒツギと同じ髪色の少年だった。

 

「エンガ⋯ 兄さん⋯ 」

「心底嫌そうな顔をしてくれて兄さんは嬉しいぞー、妹よ」

「こ、こんな所で何してんのよ! ここ女子寮! 男子禁制!!」

「アーホ、親族なら面会ぐらいは問題無いっての」

 

挙動不審な妹に、エンガはさも愉快そうな顔を見せる。

「ぐっ⋯ じゃああたしに何の用よ」

「別にお前に用はねーよ。用があるのはお前の部屋だ」

ヒツギの問いに、エンガはあっさりとそう答えた。

 

「え!? あ、あたしの部屋って⋯ !?」

「事務室に許可は取ってる。後は本人の同意だけだ」

「そうじゃなくて! べ、別に何も変わった所は無いわよ⋯ !?」

 

まずい。

例えエンガにだろうと、アルの存在がバレる訳には行かない。

「八坂家の家長としては、出来の悪い妹が清く正しく健やかに過ごしているか不安でなー」

 

エンガはそう言って、背の低い妹を見下ろす。

「⋯ つっても、たいして成長していないのは見りゃわかるが」

「う、うっさい! 余計なお世話よ⋯ って! 子供みたいに頭撫でるな!!」

 

ヒツギは怒って、エンガの手を振り払った。

「ほう⋯ じゃあ話を戻すか⋯ ヒツギ、お前の部屋には()()()何も無いんだろうな?」

「なっ⋯ だから、なんでそんな事⋯ 」

「質問してるのはこっち。本当に何も無いんだな?」

 

ヒツギの言葉を遮って、エンガは繰り返す。

「⋯⋯⋯ 」

エンガの目は本気だ。絶対に、妹の成長がどうのなどという理由ではない。

 

「当たり⋯ 前でしょ」

(どういうこと⋯ !? まさか、外にいる時にバレたとか⋯ )

辛うじて言い返す。

「そうか、ならいい」

するとエンガは急に態度を変え、来た道を戻りだした。

 

「ちょっと⋯ 兄さん! あたしの質問に答えてよ! なんでそんな事⋯ !」

「⋯ そういや聞いたぜ、ヒツギ。お前、次期生徒会長とかいって持て(はや)されてるらしいな」

振り返り、エンガがヒツギを見る。

⋯ どこか、軽蔑したような目で。

 

「優秀なのはいい事だ。力があるのもいい事だろう⋯ だからって何でもかんでも首突っ込んでると、ろくな事にならねぇぞ」

それだけ言って、エンガはまた歩き出す。

「ど、どういう意味よ!?」

「お前の質問に答えただけだ。後はそのちっこい頭で考えてみろ、次期生徒会長ー」

 

そのまま、エンガは行ってしまった。

「⋯ 何よ」

残されたヒツギは、1人呟く。

「優秀で、生徒会長になって、力を振るって⋯ そして、マザーの力になる」

近くの窓から、青空を眺める。

「それの何が悪いってのよ⋯ バカ兄貴」

天を衝くエスカ・タワーは、今日も変わらずそびえ立っていた。

 

A.P241:3/29 10:17

惑星リリーパ:地下坑道

 

「到着、っと⋯ 」

地下坑道の最深部へ向かうためのテレポーターが設置された、ベースキャンプ。

ここから転送される超巨大格納庫に、この地下坑道の主がいる。

 

私は振り向いて、アイク君に尋ねた。

「どう、行けそう?」

「は、はい。問題ないです」

少し緊張しつつも、アイク君は答える。

ちなみに彼、ロッティやルベルトと同じ、イオの後輩に当たる世代のアークスらしい。

 

「じゃあ、支援テクかけたら起動して」

「はい!!」

2人でテレポーターに乗り、私はテクニックをチャージする。

「シフタ、デバンド、お願いっ!!」

「転送します!」

2色のフォトンが輝くと同時に、テレポーターが起動した。

 

A.P241:3/29 10:18

惑星リリーパ:地下坑道

 

地下坑道深部、超巨大格納庫。

なぜ設けられたのかわからない、本当に広大なスペースに、それは鎮座していた。

 

「ビッグヴァーダー⋯ !」

地上戦艦の如き巨軀に、無数の砲門を備えた、超巨大機甲種「ビッグヴァーダー」。

まだこちらを捕捉していない様だが、おそらくすぐに起動するだろう。

 

私はアイク君の方を向いて、

「まずは一気に前進して、主砲をやり過ごしたら左右に散開。私は右に行くね」

「⋯ はい!!」

アイク君が頷いた、その時。

 

ビッグヴァーダーが、動いた。

「⋯ っ!」

格納された火器が展開され、背面のミサイルポッドに留まっていた鳥が飛び去って行く。

そして⋯ 正面のカバーが開き、四門の主砲が展開された。

 

「突撃っ!!」

叫んで、全速力で走り出す。

同時に青いレーザーが、私達の横を掠めていく。

⋯ この1発目は威嚇射撃。直進すれば当たることは無い。

 

私はアイク君へと叫ぶ。

「2発目の前に横へ逃げて!」

そう、恐ろしいのは、薙ぎ払いの2発目。

中途半端な回避だと狙い撃ちされるから、グランヴェイヴで横合いへ⋯ !

 

「⋯ っ!?」

飛び出そうとした、その瞬間。

「きゃあっ!」

爆風が、私の体を吹き飛ばした。

 

「何で⋯ っ!」

私が起き上がると同時に、2発目が放たれる⋯ !

「嘘でし⋯ !!」

視界が光に埋め尽くされる。

私の叫びは、薙ぎ払われたレーザーに掻き消えた。




「パラジクロロベンゼン」
円環が動き出す。邪魔な虫を払うために。


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SB2-6「アンチクロロベンゼン」

1日遅れました。申し訳ありません。
自分でも思ってた以上に不定期更新になってしまっています。
生暖かい目で待っていただけると幸いです。


A.P241:3/29 10:20

惑星リリーパ:地下坑道

 

「⋯⋯⋯ あ」

視界が戻る。

「⋯⋯ ぎゃっ!」

戻った瞬間、アメリアスは地面に叩きつけられていた。

 

「いったた⋯ 」

頭をさすりながら起き上がる。

少し離れた所で、ビッグヴァーダーの青いレーザーが光っている。

「かわせた⋯ ?」

どうやら、何かに押された事で回避できたようだ。

 

心当たりは、先ほど自身の体勢を崩した爆風。

否、それにしては、ビッグヴァーダーの攻撃範囲外まで吹っ飛んでいる⋯

「マスター、意外と重たい⋯⋯ 」

戸惑っていたアメリアスの耳に、ぼそっとした声が聞こえてきた。

 

「え⋯ ?」

顔を上げると、小さなサポートパートナー⋯ リオが立っている

「り⋯ リオ!!?」

「大丈夫、マスター⋯⋯ ?」

小さく首をかしげるリオ。

着弾の直前、現れたリオが、アメリアスをつかんで放り投げた様だ。

 

「どうしてここに⋯ あ!」

思い出す。

探索前に、ここに発生するエネミーの部品を収集する依頼を受け、リオに手伝いをお願いしていた。

 

「でもなんでこんなとこまで⋯ ?」

「ん⋯ それは後で⋯⋯⋯ 」

リオは振り返り、自身の得物⋯ デュアルブレード「ニレンオロチ」を握りしめる。

気づけば、ビッグヴァーダーはこちらへ回頭していた。

 

ともあれ、今すべき事は一つ。

「⋯ わかった。じゃあ行こっか、リオ!」

「⋯ 極めて了解!!」

展開する主砲。

今度こそ敵対する存在を撃滅せんと、ビッグヴァーダーが動き出す。

 

放たれるのは必殺の光条、しかし、その僅かな一瞬で、

「「⋯⋯⋯ っ!!」」

2人は地を蹴り、横合いへと飛び出す。

地を焼くレーザーを凌ぎ、次に合間見えるのは艦体側面。三門の大型機銃と、ロケット砲。

 

その1発1発が、矮躯を砕くには十分すぎる一撃を持っている。

「順番に片付けるよ!」

接近し、ジェットブーツをブーストさせる。

放つのは、突風(ガスト)の一撃。

「ストライクガスト!!」

瞬間的なブーストの乗ったブーツが、機銃を蹴り上げる。

 

数回転の蹴撃は、機銃を容易く砕いた。

「次⋯ !」

「! マスター!」

ロケット砲に狙いを定めたアメリアスに、リオの声が突き刺さる。

ビッグヴァーダー後部、艦橋に備わった多連装ミサイルポッドから、誘導ミサイルが発射される。

その数⋯ 72発。

 

「「うわあああああああああっ!!!」」

ただの絨毯爆撃ではない。その全てが、2人を狙って降り注ぐ⋯ !

「こんのぉぉぉぉ!!!」

アメリアスはロケット砲を蹴り、デッキへ飛び上がった。

 

アメリアスへと飛ぶ数門のミサイルは、風のように駆け抜ける彼女の後方へ、虚しく着弾する。

ミサイルポッドのサイドがせり出し、ミサイルを再装填する。

アメリアスは多段火炎放射器を駆け上がり、ミサイルポッドに迫った。

 

「モーメントゲイルっ!」

なおも迫るミサイルをかわしながら、高速の蹴撃を繰り返す。

機動性を武器に、回避と攻撃を両立させた、アメリアスの立ち回り。

 

かつてバウンサー創設者であるカトリは、ジェットブーツを「足を振り回して戦うはしたない武器」と評していた。

しかし、アメリアスはそれに意を唱える。

 

ゼロレンジに肉薄し、相手を翻弄しながら攻撃を叩き込む、近接格闘武器。

その中でも「避け」に特化したジェットブーツのスタイルを、アメリアスは至高と信じていた。

 

「⋯ っ!」

左側ミサイルポッドの完全停止と同時に、ミサイルをかわし一度地面へ着地。

すると反対側から、連続して爆風が上がる。

リオの手により、ロケット砲と機銃が瞬時に破壊されているのだ。

爆風から飛び出し、リオはそのままビッグヴァーダーの正面に移る。

 

再び展開される、四連装主砲。

しかしリオは、青く光る砲門へと突進する。

そして、レーザーが解き放たれる、まさに直前。

「ケストレルランページ⋯⋯⋯ !!」

無数のフォトンブレードが、二門の主砲を同時に叩き斬った。

 

⋯ 無論、主砲だってみすみす破壊されるような柔な作りでは無い。むしろ耐久性で言えば、ロケット砲以上だろう。

それが、フォトンアーツ1発で破壊されたのだ。

(⋯ 相変わらず強烈だね、リオ)

アメリアスは左舷のミサイルポッドに飛び移りながら、自身のサポートパートナーの猛攻に感嘆していた。

 

リオの操るデュアルブレード「ニレンオロチ」。

とある刀匠によって生み出されたこの刀剣は、バウンサーの得意とする「属性特攻」、「弱点特攻」の内、「弱点特攻」に特化している。

 

即ち。

ビッグヴァーダーのような破壊部位の多い相手は、リオにとっては格好の鴨なのだ。

さらに言えば、それだけでは無い。

リオの周囲には、攻撃に会わせ、風の刃が舞っている。

 

リオのサブクラスは、近接法撃職「テクター」。

彼女の風に特化した技能は、支援テクニック「ザンバース」と共に、リオの刃をさらに鋭くする。

恐らく今⋯ 彼女の攻撃力は、完全にアメリアスを凌駕している!

 

「なら⋯ 私もっ!!」

アメリアスの纏う黒翼(ズィレンハイト)が、蒼雷を帯びる。

ジェットブーツの持つ属性制御を最大限に発揮した「属性特攻」。

相性的な攻撃力ではリオには及ばないものの、機甲の王を少しづつ追い詰めていく。

 

ミサイルポッドを全て破壊し、アメリアスはデッキに着地した。

そしてリオもデッキ下の火器を壊しきり、デッキへ飛び上がる。

そして⋯ 外堀を潰されたビッグヴァーダーは、本丸を起動させた。

 

「来る⋯ !」

クレーンに吊られた艦橋が、折り畳まれたマニピュレーターを展開する。

ミサイルランチャー、2連装機銃、そして大型レーザー砲を備えた、クレーンドロイド。

それが艦橋の正体であり、この巨大戦艦を制御する核だ。

 

ドロイドは容赦無く、マニピュレーターを振り回す。

「リオ! わかってるよね!!」「うん!」

2人は跳躍し、マニピュレーターの上へ⋯ 着地。

それを踏み台にして、ドロイドの肩へと飛び上がる。

 

2人の狙いは、肩部ミサイルランチャー。

先程から度々厄介な爆撃をさりげなく繰り返しており、アメリアスを一度ミサイルポッドから引き離したのも、実際はこちらのミサイル。

ドロイド上部は死角になりやすく、ビッグヴァーダー戦において盲点になりがちな武装だ。

 

「砕けろっての!」

しかし、ここに気付けるか否かが、ビッグヴァーダー撃破に大きく関わってくる。

銃火器である以上、機銃とレーザー砲の軌道は直線。

実の所、ビッグヴァーダーの武装のうち、広範囲を自由に狙えるのはミサイル類のみなのだ。

 

自然、ここを破壊してしまえば、上部ドロイドの攻撃は大幅に回避し易くなる。

「よっし壊した!」

最も厄介な攻撃を封じ、アメリアスは会心の笑みで着地する。

飛んできた機銃を容易く回避し、マニピュレーターの接合部へと駆け出した⋯ その時。

 

「マスター!!!」

リオが悲鳴をあげる。

何事かとアメリアスが振り向いた瞬間、そこへミサイルが着弾した。

「きゃあああああっ!!!」

大きく吹き飛ばされ、デッキから叩き落される。

 

なぜ、破壊したはずのミサイルポッドが動いているのか。

アメリアスが辛うじて目を開けると、ミサイルポッドの横を浮遊する黄色い物体が目に入る。

「あれって⋯ !」

ビッグヴァーダー搭載、応急修理用ビット「ギルナッチ・コア」。

ギルナッチ(オリジナル)よろしく、ビッグヴァーダーの停止した武装を再生させている。

 

その小さな存在の忘却は、完全にアメリアスの迂闊だった。

「ギルナッチ・コアが出てる!壊して!」

「了解⋯⋯⋯ !」

 

主の命を受け、リオはその手の剣の名の通り飛翔する。

アメリアスはすぐに自身に治癒テクニックをかけ、再びデッキへと飛び上がった。

「こいつ⋯ ! 絶対後悔させてやる!」

⋯ 機甲種に「後悔」の概念があるかは、ともかく。

ドロイドの前へ躍り出たアメリアスに向けて、胸部主砲が展開される。

 

しかしそれこそが、アメリアスの狙いだった。

「そこだあああああああああっ!!!」

レーザー発射までの時間で、アメリアスは主砲の真上へ滑り込む。

そこにあるのは、ビッグヴァーダーのメインコア。

そう。この機甲の王は、最大の攻撃の瞬間、同時に最大の弱点を晒すのだ。

 

「ヴィント⋯ ジーカー!!」

ジェットブーツ最大の攻撃が、コアへ突き刺さる。

ドロイドは怯み、アメリアスから後退し、機銃を乱射する。

それを回避したところで、リオが隣に着地した。

「破壊、終わった⋯⋯⋯ !」

「ありがと! こっちも終わらせるよ!!」

 

ヴィントジーカーの一撃が響き、ビッグヴァーダーの動きは鈍い。

ドロイドがマニピュレーターを振り回すが、2人はそれを回避、関節接合部に肉薄する。

「グランヴェイヴ!!」

「ディスパースシュライク!!」

接合部のユニットが、少しづつ破壊されていく。

 

するとドロイドは大きく回頭し、デッキ奥に横向きになった状態で、主砲を展開した。

「来るよ!!」

主砲が巨大なレーザーを発射し、そのままドロイドが手前側へと迫って来る。

デッキ上を薙ぎ払うレーザー。これこそが、ビッグヴァーダーの最後の切り札。

 

リオはすかさず、フォトンアーツで上空へ退避する。

しかしアメリアスは、その場を動くことなく、ドロイドを見据える。

「マスター⋯⋯⋯ !」

リオは叫びかけて、思い出した。

自分のマスターは、こと身かわしに関しては、他の追随を許さないということを。

 

「⋯ はっ!!」

アメリアスは小さく飛び上がり、レーザーをギリギリで回避。そのまま展開されたコアへ突進する。

「どおおおおおおりゃああああああ!!!」

大技の直後で動けないドロイドへ、怒涛の連撃が放たれていく。

「リオ!!」

「うん⋯ !」

 

最早勝負は決した。

アメリアスのジェットブーツが蒼雷を解き放ち、リオのデュアルブレードが煌めく。

「ヴィント⋯ジーカァァァ!!!」

「ディストラクト・ウイング!!」

叩き込まれた最後の一撃は、ビッグヴァーダーのコアを打ち砕いた。

 

「やった⋯⋯ うわ」

アメリアスはすぐにリオをひっ掴み、デッキから飛び降りる。

直後走るアメリアスの後ろで、ビッグヴァーダーの巨軀が大爆発を起こした。

 

「はい、最後まで油断しないこと」

「⋯⋯⋯ 経験者の目」

「⋯⋯⋯ 言ったなコラ」

生意気な従者の頭を、アメリアスはわしわしと乱暴に撫でる。

とはいえ、無事目的は果たした。

後は帰還して、報告するだけ。

 

アメリアスはテレパイプへ歩くついでに、横のリオに問いかける。

「⋯ 結局、あんたなんでこんなとこに来てたの?」

「⋯ 怪しいアークスと一緒に、マスターが歩いてたから⋯ 」

 

アメリアスはぱたっと、足を止めた。

「マスターが誰かと一緒にいる⋯ って思ったけど、そのアークス、検索にかからなくて⋯ マスター?」

「⋯ アイク君は?」

 

震える声で呟く。冷や汗が止まらない。

リオに助けてもらってから、戦闘中、あの少年の姿を一切見ていない。

そして⋯ 「出自不明のアークスは、忽然と姿を消す」。

しっかり把握していたはずの異常事態が、まさに今ここで発生した。

 

『アメリアスさん、聞こえますか?』

不意に、オペレーターからの通信が入った。

「は、はい⋯ 」

『処理に時間がかかってしまったのですが⋯ ハイ・キャスト、シエラの要請により、先ほど貴女を襲った爆発を解析しました』

 

シエラの要請という、爆発の解析。

向こうは、何か勘付いたのだろうか。

「えっと⋯⋯⋯ え?」

送られたデータは、アメリアスに追い打ちをかけるものだった。

 

『フォイエ系テクニック⋯ 恐らくはイル・フォイエによる爆発の余波⋯ そう、断定しました』

 

フォトンによる攻撃は、アークスには通じない。

しかし、テクニックによる事象制御の余波⋯ 物理法則となって発生するものに関しては、当然その限りではない。

 

さらに言えば、イル・フォイエは爆発の威力は大きいが、弱点でもないビッグヴァーダーの開幕で使うことなど考え難い。

そして⋯ アイクはビッグヴァーダーに邂逅した直後、姿を消した。

つまり、告げられた真実が意味するものは。

 

「そんな、馬鹿なこと⋯ 」

アメリアスは思わず、しゃがみこんだ。

恐怖が全身を覆い、立っていられなかった。

考えられるはずもなかった。

自分と同じアークスが、わざと回避を妨害し、レーザーの軌道上に自分を釘付けにした、など。

 

A.D2028:3/29 10:20

地球:天星学院高校

 

「全くバカ兄貴め⋯ !」

ヒツギは早足で、生徒会室へ向かっていた。

エンガに絡まれたせいで、完全に遅刻。恐らくコオリも待っているだろう。

「コオリごめーん! ちょっと兄さんに捕まって遅くなっちゃったー!」

 

いつも通り、ヒツギはドアを開ける。

しかし、聞こえてきた返答は、コオリではなく。

「おや⋯ 丁度良いところに」

生徒会室の反対側からこちらを見る、サングラスの青年のものだった。

 

「⋯ !? あんたは⋯ ! 昨日の変態社長!」

「酷い覚え方してるな君!」

意外にもその認識がこたえたのか、青年⋯ ハギトは驚いてこちらを見る。

しかし、驚いているのはヒツギも同じ。

なぜ先日の変態社長⋯ もといハギトが、この天星学園高校の生徒会室にいるのか。

 

しかしその疑問は、すぐに立ち消える事になった。

「ひ⋯ ヒツギぢゃあ〜ん!」

唐突にヒツギの元へと、少女が駆け寄る。

ヒツギは気づいていなかったが、近くの椅子に座っていたコオリだった。

 

「こ、コオリ⋯ !?」

「よかった、よかった⋯ !!」

なんの躊躇もなく、ヒツギへと抱きつくコオリ。

「よかった⋯ ヒツギちゃん! 来てくれてよかった⋯ ! 私、信じてたよ!!」

安堵しきった声音で、コオリは泣きながらまくし立てる。

 

「こ、コオリ⋯ !? 大げさじゃない⋯ ?」

状況が飲み込めないまま、ヒツギは友人を宥める。

確かに普段いつも自分の側にいるコオリだが、ここまで大げさなリアクションを見せた事など無い。

 

「はっ⋯ まさか!!」

ただでさえコオリは男嫌い。そして、今自分達以外にここにいる人間。

ヒツギはハギトを睨みつけた。

「何もしてない、私は何もしていないよ」

 

余裕ぶった表情で告げるハギト。

「そうだな⋯ 私はここの卒業生。ついでに言えば、五年前の生徒会長だ」

「生徒会長⋯ ってことは、マザー・クラスタの事も⋯ !?」

「ここの生徒会メンバーは、例外なくマザー・クラスタに所属する⋯ 私だってそうだったさ」

 

ハギトはため息を吐いた。

「全く⋯ 近くに寄ったついでに先輩風でも吹かせて見ようかな、と思っただけなんだが⋯ まさかここまで踏んだり蹴ったりとはね」

それだけ言うと、ハギトは入り口へ歩いていく。

 

当惑するヒツギをよそに、ハギトは入り口の引き戸を開け、

「昨日のアプリの高校生モニターの事とか話したかったけど⋯ また今度にするよ。それじゃあね、八坂火継さん」

そう言い残し、生徒会室を出て行った。

 

「⋯ ほらコオリ。あの変態出てったから、もう大丈夫だよ」

残されたヒツギは、優しくコオリの肩を叩く。

しかしコオリは⋯ なんの反応も示さない。

 

「⋯ コオリ? 本当に大丈夫?」

やはりあの変態、何かしていったのでは無いか。

いくら変わったところのあるコオリでも、不自然なほどの怯えようだ。

と、ヒツギが流石に心配になった時。

 

コオリが不意に手を下ろし、後ろを向いた。

「⋯ ヒツギちゃん。マザー・クラスタに⋯ マザーに誘われた時のこと、覚えてる?」

背中越しに問いかけるコオリ。

「私は今でも忘れないよ。絶対に⋯ 忘れる事はない」

 

問いかけは、やがて独白へ変わる。

「私は友達もいなくて、ひとりぼっちだった⋯ そんな時、マザーが導いてくれた⋯ マザー・クラスタに」

コオリは振り向いて、ヒツギを見た。

「そして、ヒツギちゃんに会えた。マザーが、会わせてくれた」

 

ヒツギをじっと見つめる、コオリの桜色の瞳。

「マザーの言う通りにしていたから⋯ マザーのおかげでヒツギちゃんに⋯ 初めての友達に会えて、それで、それで⋯ !」

「コオリ⋯ 」

言葉が、口から出てこない。

何か、目の前のコオリが、自分では無い何かを見ているようで⋯

 

「ヒツギちゃん、どこにも行かないでね⋯ ! ヒツギちゃんの居場所はここだよ⋯ !」

懇願するコオリ。

「マザーの言う通りにしていれば絶対に大丈夫、みんな幸せになれるから⋯ ! だから⋯ どこにも、行っちゃやだからね」

 

その、震えた声を聞いた瞬間。

「⋯⋯⋯ !?」

ぞくり、と。

今まで感じたことの無いような強烈な悪寒が、ヒツギの背中を撫でた。

 

(今の、は⋯ !?)

力が抜け、だらりと腕が下がる。

「あ、う、うん⋯ 」

ヒツギには、その声を絞り出すのが精一杯だった。

 




「アンチクロロベンゼン」
「彼ら」は反発する。
「彼ら」は立ち向かう。


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SB2-7「イドラのサーカス」

前話が余りにもグダグダだったことに、今更気が付きました。



A.P241:3/30 11:00

アークスシップ:フランカ'sカフェ

 

「⋯ 流石に杞憂じゃないのか?」

ティーカップ片手に、レイは眉をひそめて言った。

 

ゲートエリアでぽけっとしていた私を、レイが呼び止めたのが30分前。

それから相談に乗ってもらおうとカフェに来て、昨日の話をした所、この返答である。

 

「でもでも、マグの撮影してた映像にはたしかにイル・フォイエの火球が映ってたんだよ?」

『マググッジョブだね。あ、君のマグが撃っちゃったって可能性は?』

隣に座ったヨハンが尋ねる。ちなみに、私とレイが来た時にもう彼がいた(なんか書き仕事をしていた)ので、2人で相席させてもらっている。

 

「それは絶対ない。マグは上級テクニックは使えないし、私のはグランツ撃つようになってるから」

「リオがテクニックを使わない以上、君を襲ったイル・フォイエはまずそのアイクという少年が放ったもので間違いない、か⋯ 」

レイがため息をつく。

 

混戦になれば、確かに誤射も発生する。

しかし何度も言うようだが、ビッグヴァーダーの最初のレーザーは直進回避するのが定石だ。

あのタイミングでイル・フォイエを撃ち、その座標指定をミスするなどまず無いと思うが⋯

 

『まあ、そっちは考えていてもラチがあかない。今問題にするべきは、アイク君の事だと思うけど』

「⋯ それもそうだな。アメリアス、彼は本当に消えたのか?」

私は頷いた。

 

あの時、シエラさんは解析と同時に、アイク君の信号が無いか確認したらしい。

結果、アイク君は私のいた探索エリアにはおらず、「wiyn」(8番シップ)にもいなかったそうだ。

短時間でシップ中を総ざらいできるあたり、流石は管理演算用ハイ・キャストといったところだが⋯ アイク君が突然姿を消したのは、これでほぼ確実になった。

 

『突然の消失⋯ 彼は例の出自不明のアークスの1人と見て間違いないか⋯ 』

「⋯ だとしたら、一つ推理ができるな」

レイは人差し指を立てて、話し始める。

「アメリアスから聞いた所では、地球という異世界の人間が、ゲームを通してこちらに干渉を試みている⋯ というわけだが」

 

果たしてレイの推理は、私の思考の隙を見事につくものだった。

「向こうにも、ゲームの中ではない⋯ と知る者がいるとすれば」

『なるほど⋯ 何らかの理由で、こちらに妨害を掛けてくることもありうるってことか』

 

あまりにも真っ当で、それでいて考えてもいなかった事だった。

そう言われてみればそうだ。ヒツギさんのように、向こうの人間が「ゲームの中に潜り込んでいる」と勘違いしているのは、理由があった。

 

⋯ 「マザー」と呼ばれる存在。

それが何かは判断できないが、ヒツギさんの言動からして、マザーは真実を知っていて、それでいてヒツギさんや「マザー・クラスタ」の人々に隠している事も考えられる。

 

それは逆に、マザーが真実を伝えた者もいるかも知れない⋯ という事。

『さらに言えば、今回の件は真実を知る人間にとってことさら都合が悪いよね。だっttt』

「こちらに⋯ オラクル側に、地球という星と、そこからの干渉がバレてしまった」

 

ヨハンのタイプを遮って、声が出た。

こちらで地球の事情を把握しているのは、アークスの中でもかなり限られている。

今こうやって話している2人にも、私が話していない情報は少なくない。

向こうは多くの人間が「PSO2」を利用している以上、こちら以上に情報隠蔽に努めていることだろう。

 

そんな中、こちらと関わりをもつ人間が現れてしまった⋯ ということは。

「⋯ 待て。仮に今回、アメリアスが狙われたと考えたら⋯ 」

『向こうの人間⋯ ヒツギ君も、もしかしたら⋯ 』

繋がりに気づいた何者かが、ヒツギさんを⋯ あるいは彼女と一緒にいるアル君を襲撃する。

⋯ 可能性は、否定できなかった。

 

 

「⋯ 向こうに何かあったら、一応こっちも分かるけど⋯ 」

『⋯ まだ、地球との距離は遠い。転移環境が安定する時間も含めると、片道40分以上掛かる⋯ 』

「⋯ 無事を祈るしか、無いのか⋯ 」

 

3人同時にため息をついた、その時。

『姉ちゃん姉ちゃん!!』

通信端末の緊急回線から、最近聞いていなかった声が聞こえてきた。

⋯ 音信不通になっていた、生意気な妹の声が。

「す⋯ ステラ!!? あんた今まで何やって⋯ !!」

「話は後! ヒツギさんが来た!!」

「はぁ!?」

 

思いがけない通達に、思わず立ち上がる。

『すぐ来てくれって、シエラさ⋯ 』

「わかった2分待って!!」

言い終わる前に連絡を切り、2人に向き直る。

 

「ごめんね、ちょっと行かなきゃ⋯ 」

「ああ、この話はまた今度⋯ ヨハン?」

『109、108、107⋯ 」

「「数えなくていいから!!!」」

挨拶も適当に、私はカフェを飛び出した。

 

A.D2028:3/30 12:00

地球:天星学院高校学生寮

 

ヒツギは、パソコンの前に立っていた。

ディスプレイには「PSO2」のログイン画面が映され、クリック一つでゲームが始まる。

 

ただ⋯ 一つだけ、いつもと違う点があるとすれば。

ヒツギの横には、金髪の少年が、ヒツギと手を繋いで立っていた。

(5年前⋯ 両親を亡くしたあたしに、優しく声をかけてくれた⋯ それが、マザーとの出会いだった)

 

ヒツギは目を閉じ、想起する。

エーテル越しに聞こえた、マザーの声。

直に会うことは無くても、その声は優しく、暖かく⋯ いつだって正しかった。

 

(だからこそあたしは、マザー・クラスタに入った。マザーの声を聞き、マザーのために動く、そのための組織に)

 

そっと、マウスに手を伸ばす。

左クリックと同時に、エーテルの燐光が、周囲を覆う。

(でも⋯ !)

傍の少年の⋯ アルの手を、強く握る。

瞬間、青い閃光が、辺りを照らした。

 

A.P241:3/30 11:31

アークスシップ:ゲートエリア

 

「⋯ もう目を開けて大丈夫よ、アル」

聞こえてきたヒツギの声に、アルはゆっくりと瞼を開く。

そこには、見たことのない景色が広がっていた。

 

「うわぁ⋯⋯⋯ ! 本当に、べつの世界に来ちゃった⋯⋯ !!」

アルは嬉しそうに、くるくると辺りを見回す。

ヒツギはそれを、ただじっと見つめていた。

 

アルがゲームから引き込まれたのなら、その逆もまた可能ではないか。

そう思って手を繋いでいたのだが、それだけで、本当に連れて来てしまった。

(だけど、アルはアルのまま⋯⋯⋯)

言うまでもなく、彼は本来、自身が使っていたアバター体の筈。

しかしこうして、自分と離れて、嬉しそうに歩き回っている。

 

ヒツギの予想が、確信に変わる。

現実と同じ姿で、現実と同じ服装で。

自分たちは明らかに、「生身でこちらへ来て」いる。

マザーがゲームと言った、この世界に。

 

「⋯ シエラさん」

前回の邂逅で受け取っていた、簡易型の通信機⋯ オラクル版PHSの様なものに囁く。

「はいはーい! 呼ばれて飛び出てシエラですよー⋯ って、ヒツギさん、真面目な感じですね」

 

シエラは元気よく返事をして、すぐにヒツギの意思に気づく。

「アメリアスも、いるよね? アルの事を調べて欲しいの。艦橋、行ける?」

「⋯ はい。ヒツギさんのバイタルデータで認証できるようになっています⋯ お待ちしています」

 

通信が途切れる。

「行くよ、アル」

アルの手を取り、歩き出す。

アルは不安げに、ヒツギに問いかける。

「お姉ちゃん⋯ どこ行くの?」

 

今まで、迷いはなかった。

マザーが正しいから、そのために動く⋯ それだけでいい、はずだった。

だが、その前提は揺らごうとしている。

 

傍の少年を見る。

⋯ それでも、一つだけ信じるもの。

1週間前のあの日、ヒツギは決めたのだ。

自分は、彼の味方でいたいと。

自分を助けてくれた少年の、力になりたいと。

 

自分にとって、今すべき事。

ヒツギは顔を上げ、告げた。

「何が正しいか⋯ 見に行くの」

 

 

 

 

 

歩く2人の背後。

テレポーターの陰から、少女はじっと、その背を見つめていた。

 




「イドラのサーカス」
きっと、観客は気づかない。
自らが、「理想」を守る刃たることに。


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SB2-8「Goodbye world!」

風邪引きずって執筆もPSO2も滞り気味な今日この頃。
みなさん、どうか風邪にはお気をつけを。


A.P241:3/30 11:35

アークスシップ:艦橋

 

シエラの言葉通り、テレポーターは問題なく起動し、ヒツギとアルを艦橋まで送り届けた。

しかし⋯ 艦橋には、シエラ1人。

 

「あれ、アメリアスは?」

「今こちらへ向かってます。2分以内に来ると言っていたのですが⋯ 」

シエラが近くのウインドウを見たのと、ほぼ同時に、艦橋テレポーターから1人の少女が飛び込んで来た。

 

「すいません、到着しましたっ!!」

「あ、3秒遅刻ですよ、アメリアスさん」

「うわ間に合わなかったか⋯⋯⋯ !」

落ち込むアメリアス。

どうやら本当に急いでいたようで、長い銀髪をだいぶ乱して、息を切らせている。

 

アメリアスは横のヒツギに気づくと、

「あ、ヒツギさん久しぶり。何か変わった所とかは⋯ 無いみたいだね」

「ああ、う、うん⋯ 」

開口1発そんな事を尋ねられ、ヒツギは戸惑いながらも頷いた。

 

「そっか、よかった⋯ 」

アメリアスは安堵の表情を浮かべながら、そそくさとシエラの横へ移動する。

そしてアメリアスは、正面からヒツギを見て、気づいた。

 

「⋯ 意外と、落ち着いてるね」

「そう言ってもらえると、気を張ってる甲斐があるかも」

ヒツギは苦笑を返した。

実際のところ、ヒツギは不安と緊張で、心ここに在らずといった状態だった。

 

今まで信じてきたこと。

それが何もかも、ここで覆るかもしれない。

それを承知の上で、ヒツギはそれでも、こうして再びオラクルへ来たのだ。

 

「⋯ あたし、何も知らないのは嫌なの。何も知らないまま、失っていくのは、もう、絶対に嫌だから⋯ 」

「⋯⋯ ヒツギさん?」

「あ、ご、ごめん突然⋯ そうだ、アメリアスにはまだ紹介してなかったわね! ほら、この子がアル!」

ぽんと手を叩き、アルを引っ張るヒツギ。

 

アメリアスとしては、何度か断片情報から彼のことも伺っていたのだが、ヒツギはそれを知る由も無い。

(そういやこの間はバレかけたもんなぁ⋯ )

前回の会話をヒツギが思い出さない事を祈りつつ、アメリアスはしゃがみこみ、アルに視線を合わせる。

 

「君がアル君? はじめまして。私の事、ヒツギさんから聞いてるかな」

「うーん、うん。アメリアスお姉ちゃんだよね。お姉ちゃんがぶつぶつ言ってた」

少し考えてから、こくっと頷くアル。

「こ、こらアル、そういう事言わないで⋯ あれ?」

ヒツギはそんな2人を見て、首を傾げた。

 

妙にキラキラしたオーラを漂わせながら、アメリアスが頰に手を当て、脇を向いて震えている。

「お姉ちゃんって呼ばれた⋯ 何このいい子⋯⋯ !」

「あ、アメリアス⋯⋯⋯ ?」

 

困惑するヒツギの横で、シエラはあー、と納得する。

「アメリアスさん、妹さんがいるんですよ。アル君とは正反対な感じですけどね」

「⋯⋯⋯ あー、察したわ。大丈夫よアメリアス。この子もそんなに出来がいいわけじゃ無いから」

 

ヒツギは言って、ぺしぺしとアルの頭を叩く。

アメリアスはその視線に気づいたらしく、顔を赤らめながら立ち上がった。

「ご、ごめんつい⋯ 」

「⋯ 苦労してんのね。お疲れ様」

 

すっかり意気投合しているらしい2人へ、シエラが声をかける。

「お二人ともー、本題に入らせていただいていいですかー?」

シエラの方を向き、頷く2人。

空気が纏まったのを見て、シエラは切り出す。

 

彼女が告げたのは、シップの演算機能を使ったアルの解析だった。

彼はPSO2から⋯ オラクルの世界から引きずり出された存在。

しかし、地球の人間がアークスとして活動している(プレイしている)体は、突然消失することなどから、明らかにオラクルの人間とは相違する。

その謎を解くことも含めての提案であった。

 

「それでは、こちらの演算機能で、アル君のダイレクトスキャンをさせて頂きます⋯ 本当に良いんですね、ヒツギさん?」

「うん。この子のためにも⋯⋯ あたしは知りたい。本当の事を」

ヒツギの意思を受け、シエラはアルへと向き直る。

 

「ではアル君、手を出してもらえますか? おねーさんと握手、しましょう」

すっと、アルへと伸ばされる、シエラの手。

アルはおずおずと、自分の手を重ねる。

シエラは瞑目し、解析を開始した。

 

「⋯⋯⋯ 体組織への直接接触を確認。ダイレクトスキャンを開始⋯⋯⋯ っ!!?」

⋯ 瞬間。

強烈な閃光が、辺りを覆う。

そして⋯⋯⋯ 2人の姿は、艦橋から消えていた。

 

「ひ⋯ ヒツギさん!? シエラさん、これは⋯⋯ !?」

「わ、わかりません⋯ ! 私とアル君の接触をトリガーに、何かによって2人が引き戻されました⋯⋯⋯ !!」

シエラは動揺しながらも、状況を説明し、コンソールへ駆け戻る。

 

「何かにリンクを切られた⋯ 私達との接触を恐れたの⋯⋯⋯ !?」

コンソールに表示されるエラーを追いながら、呟くシエラ。

アメリアスは、先ほど話していた事を思い出した。

 

地球側の手による、強行策。

それによって引き起こされた遮断という可能性が、頭をよぎる。

「し、シエラさん⋯ !」

すぐにでも地球に。

アメリアスが言いかけた、その時。

 

『シエラ、聞こえるか!!』

聞きなれない女性の声が、艦橋に響いた。

突然の通信。シエラはチャンネルを確認し、はっとする。

相手はアークス情報部、映っていたのは、ニューマンの少女だった。

 

「アイカさん!?」

『地球の天星学園高校周辺に、エーテルの異常分布反応が出始めている! 幻創種発生の予兆だ!』

アメリアスの知らない少女は、ヒツギの近くに起こっている異常を告げる。

 

「な⋯ どういう偶然ですか!」

『偶然ではない。おそらくこの具現は、人為的なものだ⋯ !』

「そんな⋯ !」

アメリアスは瞠目した。

ダーカーとも遜色ないようなエネミーが、人為的に発生しようとしている。

おそらくは⋯ ヒツギを始末するために。

 

仮に今から地球へ向かうとしても、転移の作業で間違いなく時間を取られる。

「じゃあ、どうすればいいってのよ⋯⋯ !」

アメリアスは俯き、肩を震わせる。

 

無力感が心を苛む。

少女を助けに行くには、オラクルはあまりにも遠すぎた。

 

「⋯⋯⋯ 行きましょう、アメリアスさん」

シエラの、声。

「⋯⋯⋯⋯⋯ え?」

顔を上げると、シエラは目の前に立っていた。

決して希望を失っていない⋯ かつて、自分が守り続けた顔で。

 

「時間を取られるのは、あくまで次元移動⋯ 地球の宇宙からであれば、十分間に合います」

「な、何を言って⋯⋯⋯ !」

戸惑うアメリアスを見て、シエラは困ったように笑う。

 

「全く、頭がお固いですよ、アメリアスさん。前線基地(ベースキャンプ)を用意するだけです⋯ 全長70kmの」

「⋯⋯⋯ は!?」

そこまで言われて、アメリアスはようやく気づいた。

彼女の言葉の意味。これから行われる、究極の反則技に。

 

シエラは固まるアメリアスをよそに、自分のシートへ戻る。

そしてシエラの周囲に、大量のウインドウが現れて行く。

『やるんだな、シエラ?』

「これが一番手っ取り早いです。大丈夫、成功率に関しては、シャオのお墨付きです!」

 

ウインドウが消える。

シエラは小さく深呼吸して、中央コンソールへ向き直る。

「全演算完了⋯⋯⋯ 転移、開始っ!」

 

シエラが叫んだ瞬間、アークスシップが小さく揺れた。

「うわっ⋯⋯⋯ 」

大型宇宙航空艦であるアークスシップが揺れることなど、滅多にない。

アメリアスはくらっとよろめいた後、顔を上げた。

 

「な⋯⋯⋯ !!!」

絶句する。

艦橋の大きな窓に映っているのは、青い惑星。

ヒツギたちの住む星⋯ 地球だった。

 

「座標追跡完了。アークスシップ転移成功⋯ !」

シエラはアメリアスには目もくれず、ウインドウに向き合っている。

全くついていけずに、呆然と立つアメリアス。

 

アークスシップは全長70km。キャンプシップなどという小舟とは比較にならない大きさのはずだ。

しかし、これが答え。

アークスシップから向かうのに時間がかかるのであれば、アークスシップが地球側へと転移してしまえばいい。

 

まるで地球側への意趣返しのような作戦だが、それがこうして突破口を作り出した。

「⋯⋯⋯ 」

アメリアスはゆっくりと、拳を握る。

ならば、自分のすべきことは一つ⋯

 

『姉ちゃん姉ちゃん!!』

「⋯⋯⋯ ステラ、いきなり何?」

『い、意外とドライな反応⋯ 』

突然の妹からの通信を、アメリアスは冷静に返す。

 

『先に謝っとく。こんな時まで引っ張ってごめん。私も昨日まで地球にいて、連絡も上手くいかなくて⋯ 』

「⋯ え? あんた今なんて⋯⋯⋯ 」

さらっと暴かれた事実に、アメリアスは目を丸くする。

情報部の依頼で⋯ 地球へ?

 

『こういう時の為に、情報部がちょっとした準備をしてたの。私は、その仕上げを頼まれてた。』

「⋯ そんな事まで隠してたか。それで、準備⋯ ってのは?」

アメリアスの耳に、ステラの声が囁く。

 

アメリアスは一瞬硬直し、満足そうに、目を閉じた。

「⋯ なるほど。じゃあ、頼らせてもらおうかな」

「そうだね。じゃあまた⋯ 地球で」

通信を切り、アメリアスはシエラの方を見る。

シエラはちょうど作業を終え、アメリアスの方へ振り向く。

 

「ヒツギさんの位置、捕捉しました。後はアメリアスさん⋯ お願いします!」

「はい! 任せといてください!!」

アメリアスは振り返り、テレポーターへと駆け出した。




「Goodbye world!」
さようなら、世界。


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SB2-9「メーデー!」

サブタイトルが嫌な予感しかしない件。


A.D2028:3/30 12:20

地球:天星学院高校学生寮

 

「「⋯⋯⋯ っわあっ!!!」」

オラクルから引き戻された2人は、気づけばまた、部屋のパソコンの前に立っていた。

「⋯ ここ、あたしの部屋!? 戻ってきちゃったの!?」

 

戸惑うヒツギの耳に、パソコンのアラートが突き刺さる。

ヒツギがパソコンに駆け寄ると、見たことのないエラー画面が出ていた。

 

「エーテルインフラからの強制切断!? エラーコード『OLYMPIA』って、何よそれ⋯ !」

ヒツギはとっさに、机に置かれた携帯電話を掴み取る。

しかし、表示は圏外。

エーテルインフラに対応した携帯電話は、その接続を遮断されていた。

 

「こっちもダメ⋯ ってことは、この辺りのエーテルインフラが切断されてる⋯ !? でもなんで⋯ !」

ヒツギは頭を押さえた。

エーテルインフラの接続不良などあるはずも無い。

エーテルは、「一切の媒介を必要とせず、高速通信を実現する」粒子なのだから。

 

「何が起きてるってのよ⋯ !」

顔を上げ、振り向こうとした、その刹那。

 

「お⋯ お姉ちゃんっ!!」

アルの叫び声が聞こえ、ヒツギの視界の端が青白く輝いた。

「⋯⋯⋯ っ!!?」

ヒツギが飛び退くと、光の中から何かが現れる。

 

青く染まり、四肢が不気味に歪んだヒトガタ。

1週間前、ヒツギを襲った異形だった。

「こいつ、この間の⋯⋯⋯ !! 逃げるわよアル!」

ヒツギは咄嗟にアルの手を引き、部屋を飛び出す。

 

つんのめりながらも廊下に飛び出したヒツギは、瞠目した。

廊下に閃光が満ち、次々と同じ異形の化け物が生み出されて行く。

「なっ⋯⋯⋯ っ!!!」

立ち止まりかけたヒツギの目に、不安そうなアルの顔が映る。

 

止まってなどいられなかった。

ヒツギはその手をしっかりと掴み、異形の群れを潜り抜け、廊下を駆け抜ける。

そしてこの状況の中、ヒツギは感じていた。

(何⋯ !? いつもより動ける⋯ どうなってるの!?)

 

理由はわからない。

しかし、振り下ろされる異形のナイフが、敵の挙動が、見える。

相手の行動の回避。まず身体能力がついていけない筈の反射に、身体がついてくる。

「⋯ こっち!」

混乱するまま、化け物の群れを抜け、曲がり角を越えた、その時。

 

「⋯ こっちだよ、ヒツギちゃん」

廊下の端。

黒髪の少女が、立っていた。

「コオリ⋯ ! よかった、無事で!!」

考えてみれば、彼女は今日は寮にいたはず。

友人が襲われていなかったことに、ヒツギは安堵する。

 

「さっきエーテルインフラが切られて⋯ ! そうだ、コオリにも、あの化け物見えてるのよね!?」

「⋯ ヒツギちゃん、話は後⋯ 外に出よう」

コオリはヒツギの手を掴み、駆け出す。

 

(駄目だ、状況が理解出来ない⋯ !)

必死に思考を続けようとしても、混乱と恐怖がヒツギを襲う。

今だって、アルとコオリの手の触感で、辛うじて意識を繋いでいるようなものだ。

 

「⋯ 大丈夫」

「⋯ コオリ?」

「大丈夫だよ、ヒツギちゃん⋯ 何も心配いらない⋯ 心配いらないから⋯ 」

奇妙な程に無感情に、コオリは繰り返す。

 

コオリに引っ張られるまま走った末に、3人は寮を抜けた。

「こっち⋯ !」

コオリはそのまま、校舎の陸上トラックの方へと走り出す。

「ねえ、本当にこっちは安全なの⋯ !?」

「大丈夫、私を信じて⋯ 任せて」

一切振り向かずに、真っ直ぐに進むコオリ。

 

ここへ来て、ヒツギは冷静さを少し取り戻していた。

何かがおかしい。追いやられていた違和感が、ようやく頭をもたげる。

「⋯ ちょっと、コオリ!」

コオリの手を振り払い、ヒツギは立ち止まる。

突然手に取る物の消えたコオリは、つまづきかけて立ち止まった。

 

「⋯ ヒツギちゃん、聞こえてないんだね」

震えた声が、誰もいないトラックへ沈む。

コオリはゆっくりと振り返り、ヒツギを見る。

「マザーが全部教えてくれてるのに、どうして⋯⋯⋯ ヒツギちゃんには、聞こえてないの!!」

 

少女の慟哭に呼応したかのように、周囲に光球が瞬いた。

「⋯⋯⋯ だから言っただろう?」

再び現れる異形。

そしてトラックに、青年の声が響く。

「彼女は裏切り者で、マザーから見放されてしまったんだよ、ってさ」

プレハブ小屋の上から朗々と語るのは、黒いジャケット姿の、金髪の青年だった。

 

「亜贄萩斗⋯ !」

驚愕するヒツギの前へと、ハギトは飛び降りる。

「⋯ 改めて自己紹介しよう、お嬢さん」

立ち上がった青年の痩躯が、金色の光に包まれる。

 

ハギトの前へと浮かび上がる、金色の「esc-a(エスカ)」の紋章。

その瞬間、ハギトの黒いジャケットとスラックスは、白い正装に変わっていた。

「僕はハギト⋯ マザー・クラスタ『金の使徒』、亜贄萩斗さ!」

 

高らかに告げるハギト。

「使徒⋯ !? 何を言って⋯ !」

サングラスが消え、露わになったその双眸を、ヒツギは睨みつける。

マザー・クラスタは、「esc-a」の保守を行う為、マザーに選ばれた人々のはず。

使徒などという存在を、ヒツギは知らない。

 

「『esc-a』の管理を行うのが、マザー・クラスタ⋯ だが、今やエーテルインフラは全世界の通信を担っている。この意味がわからないほど、君も愚かではないだろう?」

さも愉快そうに、ハギトはヒツギを見る。

「そのエーテルを発見し、技術を伝え、世界中に普及させたのがマザー・クラスタ⋯ そのメンバーには、大企業や政府の要人も含まれている。君たちは末端、というわけさ」

 

ヒツギは言葉を失っていた。

末端、と見下されたからではない。マザー・クラスタの真実に愕然としていたのでもない。

彼の言う通りだった。エーテルインフラは、全世界を覆う。

それを整備するマザー・クラスタが、たかだかSNS程度の繋がりであって良いもののはずがない。

彼の語った真実とまでは行かずとも、全く違和感を感じず、マザーの言葉を信じ込んでいた自分自身に、ヒツギは愕然としていた。

 

「僕の会社がここまで発展したのは⋯ まあ僕の経営手腕に依るところが大きいが⋯ それでも、幾らかの便宜は測ってもらったかな」

絶句する少女に、ハギトは満足そうに言葉を重ねる。

 

「マザー・クラスタの力があれば、なんでも出来る。学校一つの掌握なんて朝飯前。世界だってあっという間に、意のままさ」

「何よ、それ⋯⋯⋯ それじゃあマザー・クラスタが、世界を支配してるって事じゃない⋯ !!」

 

ようやく思考が追いつき、ヒツギは辛うじて言い返す。

「⋯ 違うよ、ヒツギちゃん」

「コオリ⋯ !?」

それを遮ったのは、他でもない、彼女の友人だった。

 

「マザー・クラスタは、支配しているんじゃないの。世界を裏から支えてるの。マザーが、そう言ってたから、そう教えてくれたから⋯ 」

淡々と繰り返すコオリ。

 

彼女はまだ、その言葉を信じている。

たった今、マザーの偽りが露呈したというのに。

「⋯ ! あんたまさか、この化け物だけじゃなく、コオリまで操って⋯ !」

 

直情的に叫んだヒツギに、ハギトはやれやれと首を振る。

「⋯ 勘違いしないで欲しいな。確かにこいつらは私が使役している。だが別に、私はコオリちゃんまでは操ってないよ」

「そんな戯れ言⋯ !」

「彼女は彼女の意思で動いている。マザーから連絡を受けて、君を助けるために、ここまで連れてきたんだからね」

 

ハギトは悠々と語り、コオリを見る。

「お願い、ヒツギちゃん⋯ 何も言わずにアル君を渡して!」

今にも泣きそうな声で、コオリが懇願する。

「そうすれば、マザーはヒツギちゃんを許してくれるって言ってたから⋯ マザーは絶対に、約束を守ってくれるから⋯ !」

 

「え⋯⋯⋯ ?」

ヒツギがコオリの言葉を理解するのに、数瞬を要した。

今の今まで、ヒツギはこの状況を、詮索をした末端の人間の粛清、ないし始末だと思っていた。

しかし、今のコオリの発言。

マザーは、自分が邪魔なのでは無く、傍の少年を必要としている。

 

だとしてもヒツギには、その真意が読めない。

「ま、マザーがアルを求めてる⋯ !? 一体どういう⋯ !」

ヒツギは思わず、コオリに問いを返そうとする。

しかしコオリは、ヒツギが言い切る前に、その問いを。

 

「そんなの⋯ そんなのどうだっていいのッ!!!」

その問いを、一蹴した。

 

「お願い⋯ お願いヒツギちゃん⋯ ! アル君を渡して、いつもの日常に戻ろう⋯ !!」

こちらへ手を伸ばすコオリ。

ヒツギはちらりと、傍を見た。

自分の横で怯える、小さな少年を。

 

ヒツギは目を閉じ、足を踏み出す。

そして右腕でアルを庇い、コオリを見た。

これが答えだと、知らしめるように。

 

「ヒツギちゃん⋯⋯⋯ !?」

「⋯⋯⋯ 何やってんだろうね、あたし。合理主義者のつもりだったんだけどな⋯ 」

自嘲するヒツギ。

彼女にとっても、この決断に自分の利は一つも見出せなかった。

 

それでも、理由はあった。

あの日⋯⋯⋯ 全てが始まった日。

突如現れた異形の徒から、アルは見ず知らずの自分を助けてくれた。

それはごく小さな、忘れてしまいそうな恩かもしれない。

それでもヒツギにとっては、それだけで十分だった。

 

ヒツギは顔を上げ、敢然と目の前の「敵」を見る。

「だけど⋯ そう簡単にアルを見捨てるほど、あたしも大人じゃないみたいね」

「⋯ 下がってなよコオリちゃん。ここからは私の役目だ」

その決意を嘲笑うように、ハギトは意気揚々とコオリの前に出た。

 

「そんな⋯ ! ヒツギちゃんは騙されてるだけなの! 話せばきっと⋯ !!」

「黙っていたまえ!!」

なおも縋り付くコオリを、ハギトは突き放す。

女子高生が受け身など取れるはずもなく、コオリは派手に倒れると、そのまま動かなくなった。

 

「コオリ⋯ !!」

「学生のお遊戯は終わりだ! ここからはビジネス⋯ 私とマザーの契約に従ったビジネスなんだよ、お嬢さん!!」

ハギトは高圧的に告げると、左腕を虚空へかざす。

「スムーズな仕事こそ、私の信条。効率よく簡単に⋯ そう、アプリをいじるようにね!」

 

ハギトの左手に、翠玉(エメラルド)の燐光が灯る。

そして一瞬で、それは緑の光を放つタブレットになっていた。

「光り輝くタブレット⋯ !?」

「へぇ⋯ これが見えるんだねぇ⋯ 大したエーテル適性だ」

エーテル適正⋯ 聞きなれない単語を呟きながら、ハギトは左手のタブレットを見せつける。

 

「これはエメラルド・タブレット。幻創の召喚、強化、統制諸々の指揮を行う、私の『具現武装』さ⋯ こんな風にね!!」

タブレットの光が強まる。

 

その瞬間、ハギトの背後に数個の光球が現れた。

「ヘリコプターに、戦車⋯ !!?」

光球から現れた鋼鉄の塊達に、ヒツギは息を飲む。

その現れ方は、今までのゾンビのような化け物と、全く同じだった。

 

「なんでこいつら、何処からともなく⋯ !」

「おいおい⋯ ここまで見せられてまだ、エーテルは通信だけに使うもの、とでも思っていたのかい?」

呆れたように、両腕を広げるハギト。

 

「エーテルの本質は、空想の具現! エーテルを掌握すれば、このように自分の軍隊を創り出す事も、容易なんだよ」

ゾンビのような異形の歩兵。

戦争の為の鋼鉄群。

亜贄萩斗にとって、自身が具現したそれらは、まさに自分の命令に従う「軍隊」だった。

 

輝くエメラルド・タブレットとともに、ハギトは現れた戦車へ飛び乗る。

「さあ⋯ 私の部下よ! 私の手足となり⋯ 無駄なく効率よく、仕事を完遂しろ!!」

指揮を執るようにかざされる、エメラルド・タブレット。

創造主の命を受け、ずっと傍観していた異形の群れが、ヒツギへと走り出す。

 

ヒツギを囲む敵。すでに逃げ場など無い。

(ここで、終わりなの⋯ ?)

為すすべなく、ヒツギは立ち尽くす。

無手の少女へと、化け物は容赦無く、ナイフを振り上げる。

 

無意識に後ずさる足。

後退した体が、背後に隠れるアルへとぶつかる。

(⋯⋯⋯⋯⋯ !!)

小さな体に触れる手。確かな熱が、ヒツギに伝わる。

 

忘れかけていた。

アルを守るという、誓いを。

そう、ここで諦めるわけにはいかない。

失うだけの結末など、認めない。

 

「違う、あたしは⋯⋯⋯ 」

 

ヒツギの体が、青く輝く。

収束するエーテルが、ヒツギの「意志」を形に変える。

 

「あたしは⋯ 守ってみせるんだ!!!」

 

瞬間。

横薙ぎに振るわれた何かが、寸前に迫った異形達を一気に斬り裂いた。

 

「何ぃっ⋯ !!?」

「これは⋯⋯⋯ !?」

 

ヒツギは茫然と、両手に握られた物を見る。

左手に握られた物。黒い(こしらえ)の刀の鞘。

右手に握られた物。豪奢な飾りのついた日本刀。

 

「具現武装⋯ !? この土壇場で覚醒したというのか⋯⋯⋯ !!?」

驚愕するハギトの声は、ヒツギには届かない。

 

ヒツギは自らの握る剣を見つめ、確信する。

本来日本刀には、装飾の類などない。

僅かに反り返った美しい刀身、黒漆の拵などの特徴はあるものの、この刀は日本刀として、この世界に存在するものではない。

 

何故なら、ヒツギはこの刀剣の名を知っている。

古の神話に語られる神剣。奪還と救世の証たる、十束剣とも呼ばれるそれは⋯

 

「成る程⋯ わざわざ私が呼ばれる訳だ」

ハギトの声が耳に入り、ヒツギは我に帰る。

「⋯ うっ!!」

瞬間、ヒツギは急に立っていられなくなり、膝をついた。

「はぁ⋯ はぁ⋯⋯ !」

極限下での緊張のせいか、はたまたこの刀が原因か、短時間で異常に消耗している。

 

「しかしこの程度のイレギュラーなど織り込み済み⋯ それに具現直後ではもう立てまい」

ハギトは余裕を取り戻し、膝をつく少女を見下ろす。

被害といっても、数体のゾンビ型が倒されただけ。まだ主力は幾らでも残っている。

「今度こそ終わりだよ、お嬢さんッ!!」

 

だが、こんな危機にこそ。

繋がった希望は、宙から舞い降りる。

 

『させるかってのおおおおおおお!!!!』

響き渡る、咆哮にも似た叫び声。

ヒツギが上空を見上げる間も無く、トラックに凄まじい衝撃が走る。

 

「つわっ⋯ !!」

アルを衝撃から庇い、ヒツギはごろっと横転する。

しかし反射的に体が動き、体勢を立て直した。

 

ヒツギは顔を上げる。

「あ⋯⋯⋯ !!」

上空を飛ぶキャンプシップ。

そこから飛び降りてきた少女が、ゆっくりと立ち上がる。

「⋯ 遅れちゃってごめん、ヒツギさん」

 

腰まで伸びた銀髪、黒いバトルドレスの脚を覆う、コバルトブルーの魔装脚。

「アメリアス!!!」

舞い降りた戦士は、ヒツギへ振り向き、小さく頷いた。

 




「メーデー!」
その知らせが、その願いが、その力を呼び出した。


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SB2-10 「ブラックロック★シューター」

原作乖離開始(いまさら)

3/15お詫び
ヒツギの通う学校名に凄まじい誤字を確認。
明日、全話修正します。


A.D2028:3/30 13:00

地球:天星学院高校

 

「あ⋯ アメリアス!!」

立ち上がった私の耳に、ヒツギさんの声が聞こえる。

振り向けば、ヒツギさんの後ろで庇われるように、アル君の姿も見える。

 

アークスシップが転移したとはいえ、地球まで30分弱を要した。

その間どうヒツギさんが持ち堪えていられるかが不安だったが、その答えはヒツギさんが今、握っている。

 

抜剣(カタナ)のような刀剣。青く光る細長い刀身と鞘は、オラクルに伝わる伝説の抜剣「オロチアギト」を彷彿とさせる。

何故彼女がこんな物を握っているのかはわからないが、今はそれよりも⋯

 

「のわああああああああっ!!!」

⋯ 雰囲気をぶち壊すように、キャンプシップから何かが落ちてくる。

「っつう⋯ なんであんな高さからテレポートさせるの!!」

膝をさすりながら抗議するそれは、飛翔剣(デュアルブレード)を背負ったステラだった。

 

「これ以上高度落としたら墜とされかねないでしょうが。ほら立つ」

ステラを立たせ、視線を少し離れた地面に移す。

⋯ 不味い。

何があったのかわからないが、コオリさんが倒れている。

 

(⋯ ステラ、あの社長の気引いて。その隙にコオリさん助けるから)

(りょーかい。あそこにいられても邪魔だしね)

視線だけでやり取りし、ステラが戦車の上の男を見上げる。

 

「話が違うぞマザー⋯ オラクルの増援はまず間に合わないんじゃ無かったのか⋯ !」

動揺を隠し切れずに、ブツブツと呟いているハギト。

「⋯ ずいぶんみっともないですね、社長さん。この程度のイレギュラー、考えもしていなかったんですか?」

そこへステラは容赦なく、馬鹿にしきった顔で言い放った。

 

⋯ 不思議だ。

生意気なだけなのに、ステラが言うと妙に腹がたつ。

「⋯ 何だと? 別にこの程度、想定していなかったわけじゃ無い。それに君こそ、そんな貧相な刀で戦えるとは思えないがなぁ?」

 

ハギトはステラが背負う飛翔剣⋯ 錆びついた二本のカタナを鼻で笑う。

⋯ 食い付いた。

ハギトがステラへ目を移した隙に、一気にコオリさんの下へ飛び出す。

 

私に気づいたようで、クスッと意地悪く笑うステラ。

⋯ うーん。我が妹ながら、なんなのだこの生意気さは。

「⋯⋯⋯ まぁ、私の仕事はこれで大体終わりですし」

 

ステラは言って、とんと地面を蹴った。

「何⋯ !?」

後退するステラ。私は素早くコオリさんを抱き上げる。

「ステラ、パス!!」

そしてステラがいた場所へ駆け出すと同時に、コオリさんをステラへと放り投げた。

 

「⋯ っと! 案外重いっ!」

ステラは転びかけながら、ヒツギさんのそばへとコオリさんを運ぶ。

私はステラの前に立ち、ハギトの軍隊と対峙する。

 

「たかだか少女1人にこの数か⋯ 」

「数なんて幾らでも用意できる。さて、無駄話はここまでだ」

よし。どうやら向こうは、コオリさんをサルベージした意図に気づいていない。

「随分時間を取られてしまったが⋯ 手早く蹂躙するとしよう」

 

余裕たっぷりに告げるハギト。

確かに、ここには数十体の幻創種がひしめいている。

この数なら、押し切られるかもしれない。

 

だけど、彼は知らない。

この場にいるのは、決して私達だけではない事を⋯⋯⋯⋯⋯ !!

 

「全軍、突撃⋯ !」

「撃てええええええええええっ!!!!」

 

ハギトの号令を遮り、少女の咆哮が轟いた。

「⋯⋯⋯ !」

閃光が視界を覆う。

幻創種の群れを、赤黒の光線が舐る。

 

「うわっ⋯ !」

トラックが輝き、ロックオンマーカーが展開される。

私が慌てて退避した直後、爆撃が地面を焼いた。

「わあああ⋯ 」

ヒツギさんの声が、轟音に掻き消される。

 

光が消える。

閃光に灼かれたトラックには、一体の幻創種も残されていなかった。

 

「わ、私の軍隊が一瞬で⋯ !?」

戦車からも引きずり降ろされ、ハギトは驚愕に満ちた顔であたりを見回す。

「何処から⋯ っ!!」

ハギトは右側を向いて、瞠目した。

 

離れた校舎の上に立つ、10人近い人影。

まるで統一性のない衣装に身を包みながらも、揃いも揃ってロッドやライフル、ランチャーといった遠距離武器を握っている。

言うまでもなく、彼らによるサテライトカノンやフォメルギオン⋯ 高威力遠距離攻撃の弾幕が、先ほどの攻撃の正体だ。

 

「アークス、だと⋯ !?」

そう、彼らは正真正銘の星の守り手達(アークス)

ステラの語った準備とは、すなわち彼らの招集に他ならない。

何故なら彼らは⋯⋯⋯

 

『聞こえますか!? ステラさん、ヒツギさん!!』

不意に、私とステラに通信が入る。

映ったのは、校舎屋上を背にした、ヒューマンの少女。爆撃部隊の中央にライフルを握って立っているのが、こちらからも見える。

 

「あ、貴女は⋯⋯⋯ !?」

その顔を見て、ヒツギさんが瞠目する。

「清雅学園高校の⋯ 泉澄生徒会長!?」

『そーゆーこと! 久しぶりね、ヒツギさん!』

画面の奥で、少女は笑ってみせた。

 

『はいはい! 僕もいますよー!!』

そこに割り込むように、青い戦闘服を纏った少年が映り込む。

『こら橘君! 邪魔!』

『良いじゃないですかリナ先輩!』

「イツキさんまで⋯ ! でもどうして!?」

驚き続けるヒツギさん。やはり、彼女は彼らを知っているようだ。

 

清雅学園高校、前生徒会長、泉澄リナ。

現生徒会長、橘イツキ。

そして、集まった2人のフレンド達。

彼らは地球の協力者⋯ ヒツギさんと同じく、オラクルの真実を知って、協力してくれている。

 

私だって、このことを聞いたのはキャンプシップの中だ。

要はステラは彼らにコンタクトを取るために、ここ数日シップを空けていたらしい。

 

『少し割り込むぞ⋯ 見えるか、アメリアス』

不意に横から、先ほどシップの通信に映っていた少女⋯ アイカさんが顔を見せる。

 

『言っただろう? 彼らは信頼に値すると』

「⋯ 残念ながら私の負けです」

アイカさんの声に、私は小さく頷いた。

⋯ 昨日の件もあり、信頼して良いものかとも思ったが、この見事な十字砲火を見る限り、その心配は無用の様だ。

「⋯ さてと。助っ人も来てくれた事だしね」

腰に手を当て、目の前の「敵」を見据える。

 

「くっ⋯ ! 貴様らぁ!!!」

再び現れる、幻創種の軍隊。

ハギトは宙返りすると、空中に作られた力場へ飛び乗る。

 

『細かい事は後ね⋯ ここを切り抜けるわよ!!』

『そうですね!!みんな、行くぞ!!!』

次々と、屋上から飛び降りてくる協力者達。

 

「それじゃあ私も⋯ !!」

私が飛び出しかけた、その時。

「ちょ、あれ!!?」

突如イツキさん達の体が、微かに光り始めた。

 

「お、おい!? 動けねぇぞ!!?」

「これは⋯ どうなっていますの!?」

いいや⋯ 正確には、イツキさんとリナさん以外の人達が、軒並み搔き消える様に薄くなっている!

 

「周囲エーテルの減少⋯ 具現武装と幻創種か⋯ ! シエラ!!」

『は、はい!』

「アバターを退避させる! こちらのオペレートを引き続き頼む!!」

ひとしきり怒鳴ったアイカさんが、こちらへと振り向く。

 

「アメリアス、後は頼んだ!!」

「⋯ 任せてっ!!」

転送されていくアイカさん達。

「ヒツギさん、アル君とコオリさんを⋯ 」

 

私が振り返ると、ヒツギさんは立ち上がっていた。

「ううん、私も戦う⋯ 戦わせて!」

恐れの無い、真っ直ぐな瞳。

「⋯ アル君! コオリさんをお願い!!」

「う、うん!」

 

断る必要はない。

だったらもう、アル君にも力になってもらおう!

『こっち、いつでも行けます!』

「了解です! ステラ! 思いっきり暴れなさい!!」

「よっしゃあ! さあ、派手に行くよっ!!」

 

二本の剣を躍らせ、ステラが幻創種の中央へ飛び込む。

ジェットブーツ(ズィレンハイト)の黒翼を煌かせ、私もそれに続いた。

 

A.D2028:3/30 13:13

地球:天星学園高校

 

「はああああああっ!!」

ステラの放ったフォトンブレードが、ゾンビの群れを吹き飛ばす。

 

「リナ先輩、お願いします!」

イツキの攻撃によって、群れに穴が開き、

「任せて! シフトピリオド!」

その穴を中心にリナの弾丸が舞い、幻創種を駆逐する。

 

(押せてる、けど⋯ !)

自身もラットファムトへブーツを突き刺しながら、アメリアスは確信した。

 

「⋯ っ!」

蹴撃の隙間を縫って来たドスゾンビを、辛うじて叩き潰す。

今ここにいる幻創種⋯ ハギトの軍隊は、明らかに通常の幻創種より強い。

てっきりタブレットの能力を使役のみと思い込んでいたアメリアスは、それならヒツギを守りつつ戦えると判断し、許可を出したのだ。

 

(また思い込んで失敗してる〜 !)

しかし、昔から治らないクセに今更後悔したって始まらない。

「ヒツギさん! こいつら強⋯ 」

ヒツギの方へ振り向いたアメリアスが見たのは、

 

「そこだぁっ!!」

一撃でゾンビを両断する、ヒツギのカタナだった。

(な、何あのカタナ⋯ !)

アメリアスは素直に驚嘆した。

先ほど「オロチアギト」の様なカタナと形容したが、下手をすれば本当に同レベルの威力を出している。

 

「さっきから⋯ もしかして、これが助けてくれてるの⋯ !?」

ヒツギもまた、その手に握った刀の力に気づいていた。

体が動く。まるでPSO2でカタナを使っているときの様に、扱い方がわかる。

 

「そうだ!」

新たに具現したロードローラーへ体を向け、しっかりと刀を握る。

⋯ エーテルの輝き。

心に描いた通りに、ヒツギの闘志が青い光に変わる。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ はっ!!」

そして、短い発声の瞬間。

数メートルの距離を一気に詰め、ロードローラーを斬り裂いた。

「たああああっ!!」

横倒しになったロードローラーにとどめを刺し、再び一瞬で、クロウファムトへ肉薄する。

 

「あれって⋯ カタナコンバット!?」

クロウファムトを屠り、颯爽と横をすり抜けるヒツギに、ステラは驚嘆の眼差しを投げた。

抜剣使い(ブレイバー)が誇る居合術「カタナコンバット」。

彼女はそれを、その挙動を、エーテルを使って「具現」する。

 

「せいっ!」

都合4体目の幻創種を斬り、ヒツギはゾンビの横隊の前で停止する。

「コンバットフィニッシュ!!」

薙ぎ払われる蒼閃。

終局の斬撃は、恐怖の具現を消し去った。

 

「随分あがいてくれる⋯ !!」

上空から投げつけられる、ハギトの憤怒の声。

振りかざされるタブレットが、新たな幻創種を具現する。

 

「幾らでも出せばいいわ! 根こそぎブチ抜いてあげる!」

しかし無数の弾丸は、それら恐怖の具現を穿ち、

「先輩なんか怖いですって!」

その刃は、悲愴の具現を斬り崩す。

 

「よし、これなら⋯ !」

ロードローラーを砕いたアメリアスが、次のターゲットへ駆け出す。

「⋯⋯⋯ っ!?」

⋯⋯⋯ 瞬間。

左腕が痛み、アメリアスは思わず立ち止まった。

 

(まさか昨日の!?)

先日、地下坑道で吹き飛ばされた時。

強く打った左腕が、軽い打ち身になっていた。

 

「姉ちゃん⋯ !」

ステラは立ち止まったアメリアスを見て、

「⋯⋯⋯ !」

最悪のタイミングでアメリアスの横に具現する、幻創の戦車を見た。

 

その砲口はミサイルポッドに転じ、アメリアスへ向けられている。

「姉ちゃん!」

ステラはなりふり構わず、アメリアスの下へ駆け出す。

 

幻創種を蹴り、ステラの手が伸びる。

「⋯⋯⋯ !」

アメリアスがそれに気づいた、まさにその時。

「⋯⋯⋯ うわあああああっ!!!」

戦車の砲撃が、2人を襲った。




「ブラックロック★シューター」
あるはずもないあの時の希望が、光になって現れたんだ。


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SB2-11「ヤンキーガール・ハーティーガール」

もうちょっと頑張らないと⋯


A.D2028:3/30 13:30

地球:天星学院高校

 

「な⋯⋯⋯ !?」

イツキは、放たれたミサイルに絶句した。

「嘘⋯⋯⋯ !」

リナは、立ち昇る爆炎に瞠目した。

「なんで⋯⋯⋯ !!?」

そしてヒツギは、その傍に立つ影に驚愕した。

 

「痛ぅ⋯ ったくステラ! 突然突っ込んで来ないでよ!!」

エーテルになって消えていく、炎の像のすぐ横。

放り出されたステラの横で、アメリアスが立ち上がっていた。

 

「⋯ って、大丈夫?」

「⋯ ロックベアのパンチくらい痛かった」

よろよろと起き上がるステラ。

「ごめんごめん。ステラを身代わりにするわけにもいかなかったしさ」

アメリアスはそう言って、ステラに回復薬を手渡す。

 

⋯ 砲撃の瞬間。

反応し切れないとみたステラがアメリアスへと突っ込んだ時、逆にアメリアスはステラの腕をひっ掴み、放り投げた力で自身も飛び退いた。

 

すなわち、ステラがアメリアスを助けたのでは無く、

「今の砲撃を、(かわし)た⋯⋯⋯ !?」

驚愕は隠せない。

しかし、ヒツギには一つ、心当たりがあった。

 

初めて彼女と会った日⋯ 彼女は背後からの光弾を、紙一重で回避していた。

死角からの攻撃の回避という点では、今起こったのはそれと全く同じ現象⋯ !

 

「⋯ まあ、見えれば躱せるもんね」

自身を狙った戦車を睨みつけるアメリアス。

その瞳は、金色に輝いていた。

 

「な⋯⋯⋯ 」

「姉ちゃん⋯⋯⋯ ?」

呆気にとられるステラ達。

目の前で起きた異常に、目の前に立つ異様に、幻創種さえも立ち止まる。

 

「⋯ ! 撃て、そいつを撃ち抜けェ!!」

我に帰った様に、ハギトが叫ぶ。

一斉に動き出す幻創種。

この瞬間、彼らの敵は、目の前に立つ銀髪金眼の少女になった。

 

しかしアメリアスは退く素振りも見せず、幻創種の囲む中を立ち尽くす。

「あ⋯ アメリアス!」

ヒツギは思わず叫んでいた。

あの時の暴走が、理性なき特攻が、頭をよぎる。

 

『⋯ 大丈夫ですよ、ヒツギさん!』

「シエラさん!?」

不意に聞こえてきたのは、シエラの声。

『今のアメリアスさんには⋯ 全て見えています!』

「見えてるって⋯⋯⋯ !」

ヒツギが聞き返した、その瞬間。

 

『ーーーーー!!!』

空気が震える。

ゾンビの拳銃、ヘリの機銃、戦車の砲撃⋯ その全てが、立て続けにアメリアスを襲った。

 

「⋯⋯⋯ っ!」

時間が止まる。

アメリアスの拡張した視野が、彼女に思考を強制する。

(見せてやる⋯ 私の力を!)

 

常人はまず回避出来ない、多段砲火を、

(光弾全周囲榴弾一発、機銃二方向全弾捕捉!)

その全てを見切り、僅かな死角を捕まえ、

(回避パターン構築⋯ 今!)

一瞬のうちに飛翔し、完璧に躱し切る。

 

「うおわぁ!?」

驚きのあまり変な声が出たヒツギの前で、地を蹴ったアメリアスの姿が消える。

「こっちの⋯ 番だ!」

一瞬で飛び出したアメリアスが、すれ違いざまに次々と幻創種を斬り裂いて行く。

 

「なんなの、あれ⋯ !?」

『⋯ 常人の上下視野は130度、立体視野はおよそ120度、左右視野は180度程です』

 

360度、飛び交う攻撃は全て、アメリアスの体を逸れていく。

 

『ですが今のアメリアスさんには、上下左右⋯ 後方さえ、全て完璧に捉えられています』

 

光弾を躱し、機銃をいなし、榴弾すらも吹き飛ばす。

その様はまさに旋刃。刃と化した風そのもの。

 

『そして全ての視覚情報を処理しきる思考⋯ それが、彼女の最強たる所以です!!』

 

風が、舞い上がる。

「はああああああっ!!」

ヘリ型幻創種の間で、光翼が踊る。

それは⋯ 巨大な光刃を纏った、アメリアスの握る飛翔剣。

 

悔悟せよ幻創の軍隊。

全てを賭けた必殺は、魔装脚のみの(わざ)に有らず。

 

「ケストレルランページ⋯ 零式ッ!!!」

降り注ぐ光子の剣。

鋼鉄の雷鳥が、地へと叩き墜とされる。

 

「ば、馬鹿な⋯ !」

瞠目するハギト。

時間にして僅か数十秒、たった1人の少女によって、軍勢は壊滅した。

 

「えー! 姉ちゃんデュアルも使うのー!? てか何そのフォトンアーツ!!」

妹の不満気な声を無視し、残った(ハギト)を見る。

 

「チッ⋯ ! やはりリリーパでしっかり始末しておけば⋯ 」

口走るハギト。

「⋯ ! 今、なんて⋯ !」

「黙れ! こうなったら遠慮は要らない⋯ 確実に潰す!」

聞き返すアメリアスを遮り、また幻創種が具現する。

 

現れたのは、黒く染まったヘリ型幻創種と、追加装甲が取り付けられた戦車。

「さあ見せてやれ!『アーマード15式』!」

「上等⋯ !」

 

駆け出そうとしたアメリアスの前で、戦車の追加装甲の一部が爆発した。

「ほらほら、私達を忘れないの!」

「おお! これ爆発反応装甲ですよリナ先輩!」

「知らないわよ!」

左右に散開し、二機のヘリに相対するリナとイツキ。

 

「姉ちゃんばっかに出番渡してたまるかー!」

「あたしだってやれるわ、アメリアス!」

ステラとヒツギも、アメリアスを置いて戦車へ突撃する。

「もう、あの2人は⋯ 」

アメリアスがふうっと息をつくと、その瞳は澄んだ青色に戻った。

 

「⋯ ま、おとなしく出番は譲らないけど!」

戦車の砲塔に狙いを定め、飛翔する。

「のわあっ!」

躍る視界の隅で、ステラが装甲の爆発に吹き飛ばされる。

 

「やっぱり⋯ !」

爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)。本来衝撃を分散させるための対爆発だが、近くの人間を負傷させるだけの衝撃はある。

 

「だったら、ここだ!」

アメリアスが着地したのは、砲塔の上。

「ストライクガスト!」

回頭する主砲に張り付き、次々と蹴撃を叩き込む。

 

「アメリアスさんっ!」

「え!? うわっ!」

不意に突進してきたヘリを、戦車から飛び降りて回避。

「ありがとうイツキさん!」

イツキは小さく頷き、停止したヘリへガンスラッシュを向ける。

 

「エイミングショット!!」

撃ち抜かれるテールローター。バランスを失ったヘリは、ふらふらと墜落し、

「あとは私がっ!! バレットスコール!」

リナが放った銃弾の豪雨に、たちまち沈黙する。

 

「そして⋯ !」

リナは飛び上がり、もう一機のヘリを水平に捉え、

「オラァッ!!」

機体側面に体当たりし、叩き落とした。

 

「トドメは僕が!」

蒼穹に、流星が舞う。

「ほあああああああああああっ!!!」

ヘリを両断し、イツキは戦車の方へ振り返る。

 

「そっちどうですか!?」

「ちまちま叩いてるけど⋯ !」

爆発した装甲を避け、アメリアスがイツキの横に着地する。

「あの装甲めんどくさい!」

ヒツギも反対側に着地し⋯ はっとして顔を上げた。

 

「妹さん!?」

ステラが1人、火炎放射器を展開した戦車の前に立っている。

「 見せてあげる! デュアルブレードのやり方をね!」

剣を振り上げたステラの周囲を、フォトンブレードが巡る。

 

「スターリングフォールッ!」

そして放たれる火炎の前で、ステラは飛んだ。

爆炎をかすめ、少女の体は空を切る。

「ディスパースシュライク!!」

飛び散る光刃が装甲を穿つ。

爆裂する装甲は、上空に浮くステラには届かなかった。

 

「終わりだあっ!!」

火炎放射器へと、両の剣が突き刺さる。

火器が爆散し、戦車の体勢が崩れる。

 

「お願いします、ヒツギさん!!」

「うんっ!!」

さらけ出された弱点。

ヒツギは刀を握り、裂くべき位置を見据える。

 

幻創の⋯ 空想の具現。

心に抱く空想(ユメ)は、フォトンが紡ぐ、無尽の業。

「⋯ はあっ!!」

刹那に相手との間合いを詰め、

「せいっ!!」

その光円を抉り抜き、

「たああああっ!!」

一文字に斬り裂き、締めへと繋げる!

 

春花春蘭(シュンカシュンラン)!!!」

フィニッシュの斬り上げは、鋼鉄の巨軀を吹き飛ばし、光に変えた。

 

「よっし!」

歓声を上げたヒツギの前に、さっとアメリアスが滑り込む。

「待って⋯ これで終わってくれるとも思えない」

「⋯ !」

その意味を悟ったヒツギは、空に立つ男の、右手を見やる。

 

亜贄萩斗の操る、エメラルド・タブレット。

エーテルから幻創種を生み出すということは⋯ 彼の軍隊は、無尽蔵に等しいということに他ならない。

⋯ いくら倒そうが、ハギトは絶対的優勢なのだ。

 

2人の側に、イツキ達も集まる。

「⋯⋯⋯ 」

「⋯⋯⋯ 」

短い沈黙。

自身を睨む少女を前に、ハギトは、

 

「⋯ やめだ。これ以上の戦闘継続に意味は無い」

呆れたように言って、足場から飛び降りた。

 

「な⋯ !?」

「何よ、ここまでやっといて逃げる気!?」

「その通りだよお嬢さん! 私がやっているのはビジネスだ。損益分岐点を割る前に、時にはすっぱりと手を引く勇気も必要なのさ!」

 

ハギトは清々しいほどにすっぱりと言い切り、ヒツギ達を指差す。

「だが⋯ 君達のデータは覚えた。今度はマザーもビジネスも関係なく、潰してあげよう⋯ アークス、清雅学園、そして⋯ 八坂火継!」

 

虚空へと投げられるタブレット。

その一瞬の輝きとともに、ハギトの姿は消えた。

 

「ハギっ⋯ !」

ヒツギがハギトの場所に駆け寄ろうとした、その時、

「お、お姉ちゃん!」

 

突然聞こえたアルの声に、ヒツギははっとして振り向いた。

「アル!?」

アルを引く、手。

いつの間にか目を覚ましたコオリが、アルを強引に引っ張っている!

 

「コオリあんたっ⋯ !」

ヒツギの中で、コオリに向けたことのない感情が沸き起こる。

とにかく彼女を止めなければと、足を踏み出しかけたのと、ほぼ同時に、

 

「⋯ 何やってんのかな」

「!? ⋯ づっ!!?」

 

アメリアスがコオリの前に立ち塞がり、間髪入れずにその膝がコオリに突き刺さった。

「うっ⋯ かはっ⋯ !」

「落ち着きなさい。かなり手は抜いておいたから」

 

倒れそうになるコオリを受け止め、座らせる。

「お姉ちゃん!」

アルはヒツギに駆け寄り、パーカーの裾に抱きつく。

「アメリア、ス⋯ ?」

ヒツギは茫然と、その光景を眺めていた。

 

アメリアスの目。

見た事が無いほど冷たく、冷酷な瞳が、コオリを見下ろしている。

「うっ⋯ ヒツギちゃん⋯ 嘘だよね⋯ 」

コオリは縋るような目で、ヒツギを見上げた。

 

「わたしたちを裏切ったなんて、嘘だよね⋯ !」

「コオリ、私は⋯ 」

「だったら⋯ だったらなんで、マザーの言うことに逆らうの!!」

腹部強打で痛む身体を押さえ、コオリは慟哭を重ねる。

 

「戻ってきてよヒツギちゃん! ここに来て、私の手を握ってよ⋯ !!」

目をそらす、イツキとリナ。

「アル君⋯ 」

「アークスのお姉ちゃん⋯ 」

ステラもそっと、アルの肩に手を乗せる。

 

「⋯ どうするの、ヒツギさん」

その、中で。

アメリアスはヒツギに振り向き、言い放つ。

ヒツギは唇を噛み締め、コオリの前に立った。

 

「ごめん、コオリ⋯ あたしはもう、戻れない」

涙を堪え、親友に告げる。

「何が正しくて、何が間違ってるのか、確かめたいの⋯ だから」

「ヒツギちゃん⋯ !」

「だからあたしは⋯ アメリアスと行く」

 

思わず、コオリに背を向ける。

⋯ 溢れそうになる涙を、見られたくなかったから。

 

『⋯ 帰還できます』

「了解です⋯ 行くよ、ステラ」

シエラの声を受け取り、アメリアスはステラの手を引き、歩き出す。

「コオリ⋯ 本当に、ごめん」

ヒツギも、それに続く。

 

「待って⋯ ヒツギちゃん⋯ ヒツギちゃん!!」

コオリが手を伸ばした、その目の前で。

親友は、異邦の戦士達と共に消えた。

 

All I need is you.

All I trust is you.

Nevertheless...you were...




「ヤンキーボーイ・ヤンキーガール」
友情よりも、日常よりも。
何より疑わない、明日を願った。

※アメリアスの能力について。
普段PSO2をプレイしている私達は、三人称視点でキャラクターを見ています。
しかし、キャラクターからしてみれば一人称視点。その視界には、大幅な開きがあります。(fpsとtpsも、視界の違いは一目瞭然ですよね)
また、安藤はキャリア1年未満でありながら、ep1〜3と、新人とは思えない活躍をしています。
その「主人公補正」の理由付けと言う意味も込め、彼女にはこの能力を与えました。
異能ネタは嫌いな人もいらっしゃるかと思います。ですが一応理由があると言うことで、「私は一向に構わん」という方は、楽しんでいただけたらと思います。

長文失礼しました。


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2.5章 加速する世界〜POTENTIAL・ABILITY〜
SB2.5-1「メカクシコード」


GH440オッソリアはかわいい(真理)


A.D2028:3/30 13:55

 

「ヒツギちゃん⋯ ヒツギちゃん⋯ !

どうして⋯ どうしてっ⋯ !!」

コオリはただ、泣いていた。

「ずっと一緒にいるって、約束したのに⋯ !」

 

わからない。

なぜ、こんな目に会うのか。

なぜ、彼女は離れていったのか。

 

信じていたのに。必要としていたのに。

 

「どうして⋯ どうして⋯ !!」

涙が、止まらない。

当たり前を失う悲しみは、少女には大きすぎた。

 

「⋯ 鷲宮氷荊。君が泣く理由は何だ」

「⋯ え?」

 

それは、透き通るような女の声だった。

「奪われた事を嘆くのならば、失った事を悲しむのならば⋯ 硬く手を握り、強く意思を持て」

 

その声を、コオリは聞いた事が無い。

しかし、その声を、コオリは識っていた。

 

「君の願いを⋯ 私は識っている」

「ヒツギ⋯ ちゃん⋯ 」

 

コオリは、顔を上げた。

 

A.D2028:3/30

 

東京の一角。摩天楼に埋もれるように建つビルの上。

「⋯ くそッ!! くそッくそッくそッくそッ!!!」

ハギトが1人、地団駄を踏んでいた。

 

「何なんだ! 何なんだアレは!! 聞いてないぞあんなのがいるなんて⋯ !!!」

やり場の無い怒りは、幾ら吼えても治らない。

 

アークスの援護が間に合うのなら、まだわかる。

ターゲット⋯ 八坂火継のエーテル適性も、想定内ではあった。

しかし、あの清雅学園の連中は何だ。

何故どこにでもいるような高校生風情が、具現武装を扱えている⋯ !

 

「この私が、完全に出し抜かれた⋯ ! この亜贄萩斗が、選ばれた人間である私が⋯ !!」

このままでは、マザーへの面目が立たない。

何より、自身の沽券に関わる。

 

狼狽していたハギトは、ふと視界に入った、一本の尖塔に気がついた。

「⋯⋯⋯ 」

エスカタワー。

世界各地に設置されたエーテルインフラの中継基地であり、東京で暮らしていれば飽きるほどには見ている建物。

 

「⋯ まだだ。まだ負けた訳じゃ無い。私の軍隊は⋯ 不滅だ」

虚空へ右手をかざす。

「なぁ、そうだろう⋯ エメラルド・タブレット!」

現れたタブレットを、ハギトは空中へ放り投げた。

 

「あれで足りないのなら⋯ 」

空中を浮遊するタブレット。

「もっと強い物を、もっと凄い物を生み出すまでだ!!」

⋯ 瞬間。

タブレットが強い光を放ち、凄まじい勢いで周囲のエーテルを取り込み始めた。

 

エメラルド・タブレットは、要するに幻創種を統率する力を持った、エーテルの集合体。

その素材たるエーテルの量によっては、無尽蔵に強力な幻創を具現する事も可能⋯ !

 

「さぁ⋯ 吸え、エーテルを吸え!! エメラルド・タブレット!!」

それを見上げるハギトの表情は、創作に喜ぶ子供か、はたまた兵器に喜ぶ悪夢の科学者か。

 

「お前は私の創り出した最高傑作だ⋯ お前の力は、この程度では無い⋯ ! お前の具現に⋯⋯⋯ 限界は無い!!!」

 

不意に、青い光があたりを覆った。

「⋯ っつ!!」

ハギトは思わず顔を覆い、その隙間からタブレットを見る。

 

タブレットのあった位置に、浮いていたのは、

『⋯⋯⋯ 』

緑の軍服を纏い、一回り小さくなった、自分と同じ姿だった。

 

「⋯ は」

これこそが、彼にとっての至高。

「⋯ はは、」

彼の望んだ具現の果て、彼の愛した兵器の完成形⋯ !

 

「は⋯ はははははははは!!!」

高笑いを上げるハギトの後ろで、姿を変えたエメラルド・タブレットは、エーテルの光になって消えていった。

 

A.P241:3/30 13:20

アークスシップ臨戦区域:情報部

 

(ん)

情報部の一角にある、小さめの事務室。

デスクワークに勤しんでいたヨハネスは、通信用端末がチカチカと光るのに気づいた。

 

(ああ、アイカさんからか⋯ )

応答すると、たちまち文字が並んで行く。

『アメリアスから連絡が入った。作戦は成功した様だ』

『そうですか⋯ 良かった⋯ 』

ヨハネスは安堵して、椅子にもたれかかった。

 

『こちらも忙しくなる。そちらもしっかり頼む』

『了解です。それでは』

あっという間に切れる通信。

(相変わらず素っ気ないな⋯ )

アイカの通信は本当に最低限だったが、何かあればアメリアスが自分で連絡を寄越すだろう。

 

などと考えていると、突然何者かにフードを掴まれ、ばふっと被せられた。

「うぶぁっ!?」

慌てて振り向くと、ニューマンの青年が笑っていた。

 

『何やってんだよタキ⋯ 』

「ーーー! ーー!」

『だから聞こえないって』

そう返すと、青年はいそいそと端末を開く。

 

『室長ー、飯行きませんかー?』

『おっと、いつの間に昼過ぎか⋯ 』

デスクを纏め、立ち上がる。

 

普段から、仕事をしていると時間を忘れる事が多いが、先程の緊急転移の後からは、その影響が無いか確認するので急に忙しくなり、時計などまるで見ていなかった。

 

(確かにお腹すいたな⋯ )

2人で事務室を出ると、タキは廊下の中程で足を止めた。

『うわぁ⋯ あれが地球っすか⋯ 』

小さな窓の外。

青い惑星が、その美しい姿を見せている。

 

『アークスシップごと異次元に転移するとか、なかなか無茶やってくれますよねぇ⋯ 』

『それなー。前々から準備はしていたとはいえ、何も連絡せずに突然転移するのはどうかと思うけど』

 

ヨハネスは少々不満気な顔をして、

『⋯ おかげで臨戦区域ネットワーク管理室(うち)は回線チェックでてんてこまいだし』

『普段ヒマな部署っすからねぇ⋯ まあ、何処にも影響が出てなくて良かったじゃないですか』

 

すると、タキは不意にニヤリと笑った。

『⋯ 彼女さんも、無事で良かったっすね』

『ちょっ!? アメリアスは別にそんなんじゃ⋯ 』

狼狽えるヨハネスを、タキは心底愉快そうに見る。

 

『今更何言ってんすかー。あいつが起きた途端、顔見に行くなんて言って出てったの、覚えてるっすよー』

『それはアメリアスに急に呼ばれたから⋯ 』

『その割には、満更でもない顔してたっすけどねー』

『なんでそこまで⋯ ってああ!』

 

盛大にボロを出したヨハネスは、はあっ、とため息をついた。

『⋯ あのなぁ、僕にとってあいつは、妹みたいなもんなんだ。心配するくらい当然だろ?』

『ふーん⋯ 』

 

頭の後ろで手を組んで、ちらっとヨハネスを見下ろすタキ。

するとヨハネスは、思わせぶりに笑って、

『ははーん⋯ さては、まだアレの事根に持ってるな?』

『あ、アレ!? ⋯ そんな事ないっす! 2年前のことなんか忘れたっす!』

 

今度はタキが狼狽える番だった。

『さーって、お腹すいたなーっと』

ヨハネスは満足して、先を行く。

『あっ! 逃げんなこの女型室長ー!』

タキは慌てて、その後を追った。

 

A.P241:3/30 14:00

アークスシップ:ドミトリーエリア

 

(⋯⋯⋯ 今更だけど、どうなるんだろ、あたし)

アークスシップの一角。

隊員の自室が集まるエリアを、ヒツギとアルは歩いていた。

 

キャンプシップが無事アークスシップに到着したのが、30分ほど前。

そして数分待たされた後⋯ とりあえず、空いている部屋で休んでいてほしいと、アメリアスに告げられた。

 

(まあ、それは良いんだけどさ⋯ )

きっと、シエラ達も混乱しているのだろう。

ヒツギもアルも、一息つきたいのが本音でもあった。

しかし⋯⋯

 

「⋯⋯⋯ 」

「あ、あの⋯ 」

目の前を行く、「案内役」に声をかける。

黒を基調にしたロングワンピースを着た、金髪の少女。

目を引くのはその身長で、1mもない。

そう⋯ アメリアスが案内役として寄越したのは、自分のサポートパートナーだった。

 

「あ、あの⋯ 」

「⋯ あ、はい、はいはい」

声を掛けると、短めの髪を揺らし、くるっと振り向く。

(やだ、意外と可愛い⋯ じゃなくて)

「あっと⋯ サポートパートナー、よね? 名前は?」

「⋯⋯⋯ リオ」

 

ぽつっと答え、リオはまた歩き出す。

(⋯ ダメか。そんなぶっきらぼうな子にも見えないけど⋯ )

やはり、人(確かサポートパートナーはロボットだが)は見た目に似合わないということか。

ヒツギがまた歩き出そうとした、その時。

 

「怪我とか⋯ 無い⋯ ?」

不意にリオが、ちらっとこちらを向いた。

「え⋯ ? あ、うん。なんかアークスみたいに、エーテルの保護があったみたいで⋯ 」

「そっか⋯ よかった⋯ 」

顔を綻ばせるリオ。

 

「⋯ 適当⋯ だよね。マスター⋯ 」

「適当?」

「口下手なの、知ってるのに⋯ 案内役⋯ 任せてさ」

「ああ⋯ 」

 

ヒツギは理解した。

要はこの子は、人と会話するのが苦手のようだ。

「ボクが、無理だって言っても⋯ 『大丈夫だよ!』とか、言うし⋯ 」

「ぼ、ボクっ娘!?」

「無責任だし⋯ 適当だし⋯ 地雷タップダンサーだし⋯ 」

「意外と毒舌! てか最後の何⋯ ?」

 

⋯ それに、意外と個性的な子の様だ。

「それにしても⋯ 」

リオの顔を、まじまじと見る。

アルに似た雰囲気の、ボーイッシュな顔立ち。またコオリが変なテンションになりそうな⋯

 

「⋯ コオリ」

置いてきた友人を、思い出した。

彼女はあの時、何を思っていたのだろうか。

「⋯⋯⋯ っ」

ヒツギは立ち止まった。

自分が、恐ろしい間違いを犯してしまった気がして⋯

 

「大丈夫」

「リオ⋯⋯⋯ ?」

不意にリオが、ぽんぽんとお腹の辺りを撫でた。

「⋯ 届かない」

「そりゃそうでしょ⋯ 」

頭を撫でたかったらしい。

 

リオはそれならと、ヒツギの手を取り、

「マスターが、いる」

そう言って、にこっと笑った。

 

「⋯ 信頼してんのね。アメリアスのこと」

「うんっ⋯⋯⋯ 」

嬉しそうに頷くと、リオはアルの前に立つ。

「君も、信じてるよね」

「⋯ うん!」

元気よく頷くアル。

 

リオはぐいっと背伸びして、アルの頭をわしっと撫でると、足早に歩き出した。

「あ、待って待って」

ヒツギもアルの手を取り、ついていく。

 

いくつかの部屋を通り過ぎると、リオがぱたと足を止めた。

「ここ⋯ 」

リオがロックを少し弄ると、ドアが開く。

 

「「おお⋯⋯⋯ !!」」

中は本当に、PSO2でのミニルームそのものだった。

初期配置では何もない部屋だが、すでにベッドも置かれている。

 

「へぇ⋯ 」

ヒツギが感服していると、不意に通信端末が鳴った。

『ヒツギさん、聞こえますかー?』

「あ、シエラ。何?」

 

通信端末越しのシエラの声は、少し申し訳なさそうな雰囲気を醸し出している。

『えっと⋯ とりあえず、明日の朝に艦橋に集まることになったんですが、それで⋯ 』

「それで⋯ ?」

『はい⋯ 混乱を防ぎたいので、今日1日、なるべく部屋から出ないで頂けないでしょうか⋯ 』

 

ヒツギは少し考えて、

「⋯ 確かにそうよね。アルにも言っとくわ」

『助かります。それでは⋯ 』

通信が終わる。

 

「じゃあ⋯ ボクも、これで⋯ 」

「あ、ちょっと待って」

立ち去ろうとするリオを、ヒツギは引き止めた。

 

「⋯ リオは、この後忙しかったりするの?」

「⋯ ? 特に何も、無いけど⋯ 」

「それじゃあ⋯ しばらく、一緒にいてくれるかな。ちょっとまだ混乱してて、2人だけだと心配で⋯ 」

 

リオは呆気にとられたが、はあ、と呟くと、

「⋯ わかった。ボクでいいのなら」

そう答えて、小さく頷いた。

 

「ありがとう。よかったねアル、リオも居てくれるって」

「わぁ⋯ ! ありがとう、リオ!」

アルは笑って、リオの手を握る。

 

「リオリオ! このベッドふかふか!」

「⋯ 違う。もっとこうずさーっと⋯ 」

早速ベッドに飛び込む2人。

「もう、結局似た者同士じゃない⋯ 」

ヒツギはそれを眺めながら、苦笑する。

 

やはりアルも、ヒツギ1人では心細かった様だ。

「⋯ まだまだね、あたし」

もっと、頼れる存在にならなければ。

ヒツギは、そう心に誓った。




仲間たちは動き出す。
だって希望の消えた世界は、ちょっとも飛べないじゃないか。


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SB2.5-2「夜咄ディセイブ」

イベントを見返して思うのです。
シエラかわいい。


A.P241:3/31 10:00

アークスシップ:艦橋

 

「⋯⋯⋯ 」

艦橋に繋がるテレポーター。

艦橋の大型ゲートの前で、ヒツギは立ち尽くしていた。

「あれ、お姉ちゃん、どうしたの?」

首を傾げるアル。

 

「⋯ ち、ちょっと待って。心の準備がもうちょっと⋯ 」

心を落ち着かせようと、深呼吸を繰り返す。

「すーっ、はー⋯⋯⋯ よしっ」

足を踏み出すと、大型ゲートが静かに開き⋯

 

(⋯ なぬっ!?)

ヒツギの頬を、ピリピリとした空気が叩いた。

 

「⋯⋯⋯ 」

コンソールの右側には、シエラとアメリアス。

「⋯⋯⋯ 」

左側には、昨日の戦闘の前、何人かのアークスを連れていなくなった少女。

そして、(誰? あのなんか偉そうな人⋯ )

シエラとは違う制服を着た、長身の男性が立っている。

 

それにしても異質なのは、この空気。

(ま、まさか⋯⋯⋯ )

ヒツギの中にあったとある疑念が、強まっていく。

 

「え、えっと⋯ 揃いも揃って険しい顔してるのは、やっぱりあたしが来たから⋯ ?」

作り笑いも、すぐに引きつる。

「あ、あたし⋯ やっぱり捕虜的な感じになるの?」

言いながら、ヒツギは視界が遠のいていくのを感じた。

 

「お姉ちゃん、ほりょってなに?」

意識を繋ぎとめてくれたアルの肩を、がしっと押さえる。

「心配しなくても大丈夫よアル。あたしに任せて⋯ そういう辱めを受けるであろうことも分かってて来たわけだし⋯ 覚悟は出来てるから⋯ !」

しかしその言葉は、アルに向けてのものではなかった。

 

(⋯ ああでも何されちゃうんだろう少なくとも身体は調べられちゃうよね!? くまなく調べられたりしちゃうんだよねぇ!!?)

微妙に偏った知識が、なおさら不安を増長する。

 

(うう⋯ 恥ずかしい事とか無いよねぇ!? あんなことやそんなことされちゃって⋯ あ〜う〜あ〜!!)

ピクピクと震え出す体。

 

(やっぱ駄目だった!? 簡単にこっちの人のこと信じちゃ駄目だった!?)

恐怖と後悔で、頭が爆発しそうになった、その時。

 

「もしもーし、ヒツギさーん? 妄想するのは勝手ですが、何か勘違いをなさっているのでは無いかとー」

どこか呆れたような、シエラの声が聞こえて来た。

 

「⋯ はえ?」

思わず変な声が出る。

「それに、お二人は大事なお客様です。歓迎こそすれ、捕虜扱いなんてとんでもない」

「は、はぁ⋯ 」

 

思わぬ返答に呆気にとられていると、端にいたアメリアスが口を開いた。

「大丈夫だよヒツギさん。この空気作ったのはそこの陰険⋯ あ」

アメリアスは言いかけて、反対側の少女に目を移す。

 

「まだ、この人のこと紹介してなかったね。彼女はアイカさん。昨日の戦闘で援軍を連れて来てくれたアークスだよ」

少女は頷いて、ヒツギの前に歩いてくる。

「紹介に預かった、情報部所属、アイカだ⋯ そうか、君も地球の人なんだな。イツキやリナと、同じ感じがする」

 

すっと手を伸ばすアイカ。ヒツギはぎこちなく、その手を握った。

「イツキ、リナって⋯ 昨日戦ってくれた、清雅学園の?」

「ああ、少し前まで、調査のため地球にいた」

 

寝耳に水の話とは、まさにこのことだった。

「ち⋯ 地球に!?」

「しばらく清雅学園にも通っていたからな。地球の常識は、身につけているぞ」

小さく笑顔を見せるアイカ。

 

「⋯ アイカ。一応清雅学園は機密事項なのだから、無闇に開示するのは慎んでください」

それを遮るように、隣の男が口を挟んだ。

 

「別に必要な事かと思いますが?それより、何故今になって情報部がこちらへ? カスラ司令?」

「⋯ 全く、貴女は相変わらず当たりがきついですね⋯ 」

何故かムッとして言い返すアメリアスを、カスラと呼ばれた男は軽くあしらう。

 

「そう邪険にしないでくださいよ。その理由の説明も兼ねて、こちらへ情報共有に伺ったんですから」

カスラはサイバーグラスの奥から、黒い瞳をヒツギに向ける。

 

「まず、ヒツギさん⋯ 貴女がここに招かれているということ」

「あ、あたし?」

するとカスラは、やれやれと首を振って、

「⋯ 甘いんですよ、総司令は。見捨てるべきものを見捨てられない、助けなくて良いものも、助けてしまう⋯ もっともそれが、彼女のいいところなのでしょうが」

 

「⋯ お姉ちゃん、どういうこと?」

「⋯ 大丈夫よアル。あたしにもさっぱりわかんないから」

当惑する2人の前で、シエラが不機嫌そうに口を開く。

「⋯ ウルク総司令に伝えると、見捨てるべきものまで助けようとするから、調査が終わるまで待っていた、と?」

「さすがはシャオの後継、理解が早くて助かりますよ」

 

カスラは答えると、ちらりと背後に目をやる。

大きなフロントウインドウには、青い惑星が映っている。

「まあ総司令が絡んでいようがいまいが、結末は変わらなかったでしょうがね」

「あ、そっか⋯ 」

 

不意に、アメリアスが相槌をうった。

「⋯ 今回の援護射撃、もしかしてアイカさんが?」

「ああ、作戦立案は私だ⋯ 地球の人々を、切り捨てたくなかった」

肯定するアイカ。

 

「⋯ とまあこのように、私の部下も総司令と同じ判断をしましたので、もう隠しておく必要もないと思った次第です」

カスラはそう続けると、困ったようにアメリアスに目を移す。

 

「それに余り暗躍まがいの事を続けて、彼女に目をつけられたら敵いませんから」

「⋯ そりゃどうも」

ヒツギがちらっとアメリアスの顔を見ると、凄まじく渋い顔をしていた。

⋯ 手遅れじゃないでしょうか?

 

「今後、こちらの情報は全て共有します。地球の環境や地理、そして⋯ 」

『⋯ 地球にいる、協力者の方々、ですね?』

 

突如響いた声。

大型ゲートが開き、1人の青年が入ってくる。

「待っていましたよ。直接会うのは久し振りですね、ヨハン」

『お久しぶりです、カスラ司令』

キャストに似た合成音声とともに、ヨハネスがヒツギの横に立った。

 

「ヨハン⋯ ! 珍しいね、機械音声(それ)使うなんて」

『こうも人が多いと、さすがに筆談じゃ限界がありますからね。それに⋯ 』

ヨハネスは答えると、シエラの方を向く。

 

『音声変換、問題ないです。凄いですね⋯ 環境全ての音声を、瞬時に文字化出来るなんて』

「えへへ⋯ 私の演算能力をちょーっと割けば、これくらいどうってことありませんよ」

照れ笑いを浮かべるシエラ。

どうやらこの中に限り、ヨハネスは健常者と同様に会話できるようだ。

 

『初めまして、ヒツギさん。自分はヨハネス、情報部所属です』

「あ、ど、どうも⋯ 」

アークス、と言わなかったことに引っかかったが、ヒツギはぎこちなく会釈した。

 

「でも、なんでヨハンが?」

アメリアスが尋ねると、ヨハンは肩をすくめて、

『小間使いですよ。こちらの問題に優先的にかかれる人ってことで、元々カスラ司令と一緒に動いてた自分に白羽の矢が立ったみたいです』

「彼の部署は基本、暇ですから。ヨハン、例の方々について報告を」

 

ヨハンは頷いて、その場で話し始めた。

『先日共闘してくれた、イツキさん、リナさんのお二人ですが⋯ 数日オラクルに滞在するそうです。ヒツギさんにも会いたがっていましたよ』

「会長さん達が⋯ 」

 

ヒツギが呟くと、シエラがあっ、と声を上げる。

「そういえば、あのお二人とヒツギさん、お知り合いなんでしたっけ」

「清雅学園と天星学院高校は姉妹校で⋯ 一応、生徒会の仕事でね」

殆ど事務的な付き合いだったけど、と苦笑する。

 

「とまあ、こちらからの説明はそんなところです。あとの情報は纏めてお送りしますので、シエラ、貴女の方から説明をお願いします。行きますよ、アイカ」

すると唐突にカスラが話を纏め、アイカに声をかけた。

 

「あ、ちょっとちょっとー!」

シエラの声を背に、2人は艦橋を出て行く。

『⋯ 置いてかれました』

取り残されたヨハネスは、ぽつりと呟いた。

 

「⋯ ったくもう! 言うだけ言って帰っちゃうなんて、情報部は勝手なんですから⋯ 」

ぶつぶつと悪態をつきながら、コンソールへ向かうシエラ。

「んしょ⋯ えーっと、情報部からのメールがっと⋯ 」

ワークチェアに座り、少しコンソールを操作した途端、

 

「わ、わわわわぁ!?」

突然、大量のウインドウが映し出された。

「すごいいっぱいぶわっときた!? なにこれこんなに溜め込んでたんですか情報部!? せ、整理が追いつかないですよー!!」

情報部が送り付けた大量の未整理データを、シエラは目を回して整理していく。

 

「情報隠すんならその間の管理くらいしっかりしてくださいよー! そうだヨハネスさん! 整理手伝ってください!!」

『はいぃ!!?』

「元々そっちの不行き届きです! ほらほら、操作権限渡しますから!!」

ヨハネスもそこへ駆け寄り、ばたばたとウインドウを叩き始める。

 

「大変だなぁ⋯ 」

そんな簡単に権限あげていいのかなー、と思いながら、アメリアスがその光景を眺めていると、

「そうだアメリアスさん! ヒツギさんとアル君に、アークスシップの案内してあげてください! その間に終わらせますので!!」

「あ⋯ はい!」

 

アメリアスはわたわたと頷き、2人の方を向く。

「と言うわけで、ちょっとした見学だね。ついてきて?」

「「はーい」」

大わらわのヨハネスとシエラを残し、3人はテレポーターへと歩いていく。

 

「頑張ってねヨハンー」

「う、うん! ありがと!!」

去り際にアメリアスが声をかけると、ヨハネスはウインドウを見たまま、小さく手を振った。

 

A.P241:3/31 10:30

 

「⋯ 司令」

情報部まで戻る道の、エレベーター。

後ろをついてきていた部下に声をかけられ、カスラは振り向いた。

 

「あの程度の内容であれば、私1人で事足りましたが⋯ 」

「まあ、報告だけならそうでしょうね」

神妙な顔で尋ねるアイカに、肯定を返す。

「ですが、私は見ておきたかったんですよ⋯ あの人の顔を」

「随分と殺気立っていたように見えましたが⋯ 過去に彼女と何か?」

 

更に気になっていたことを尋ねると、カスラはため息を漏らした。

「はぁ⋯ 彼女はああいう人なんですよ。反りが合わない人に、妙に敵愾心を向ける⋯ 根は至って真面目なんですが」

⋯ とりあえず何かあったんだなということは、アイカでも理解できた。

 

「おっと、変な話をしてしまいました」

カスラは珍しく微笑を浮かべ、アイカを見る。

「さあ、これから忙しくなります。貴女にも十分働いてもらいますよ、アイカ」

「⋯ 無論です、司令。地球は⋯ 私の第二の故郷ですから」

窓に映る青い惑星を見つめ、アイカは頷いた。

 




「問題ないぜ」なんて言って、君は変わらない。
胡散臭い咄も、心強い所も。


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SB2.5-3 「如月アテンション」

今回から、es(スマホ版)のキャラも出張。
少し設定を変えております。


A.P241:3/31 10:30

アークスシップ:ゲートエリア

 

「⋯ とは言ってもさ」

艦橋と繋がっているテレポーターから出たところで、アメリアスはヒツギに困った顔を向けた。

 

「案内も何も、ヒツギさんだってずっとここには来てた訳だし⋯ 今更ね」

ため息混じりに言うと、ヒツギはそうでもないわよ、と苦笑する。

「今は貴女が側にいるのが、一番安心する。シエラもそういう意味で、案内を頼んだんじゃない?」

「⋯ そうかもね」

 

答えて、アメリアスは歩き出す。

特に行くあてもないのだが、取り敢えずショップエリアへでも向かおうと、ヒツギに言いかけた時⋯

 

「⋯ ! おーい貴様! 貴様だ貴様ーー!!」

甲高い少女の大声が、アメリアスの耳をついた。

「⋯ お」

不意に立ち止まるアメリアス。ヒツギはその視線の先、階段脇に設置された端末類の方をを見やる。

 

「こうして艦内をぶらついているということは、そろそろ落ち着いて来たのかー?」

先程の声の主、そして今もマイペースにアメリアスに話しかけているのは、背の低い赤毛の少女。

左腕にガントレットのついた、朱色の戦闘服を纏い、頭には何故か耳のようなパーツがついたカチューシャをつけている。

 

ヒツギは一応PSO2という形でこの世界に来てはいたが、こんな戦闘服もNPCも知らなかった。

「かく言う私も、出撃要請諸々がようやく落ち着いて来てなー。久々の休暇という奴だ。奇遇だな、ふふっ」

とてとてと駆け寄り、にっと笑う少女に、アメリアスはやれやれ、といった顔で手を上げる。

 

「⋯ こっちにも喋らせてよクーちゃん」

「クーちゃん言うな! ()()()()()()()()!!」

ムキーっと怒る少女の発言は、ヒツギの目を剥かせた。

「え⋯ !? 今、クラリスクレイスって⋯ !?」

「む? 誰だ貴様は⋯ まあいい、その通り、私が『六芒均衡の五』にして『三英雄』の1人、三代目クラリスクレイスだ!!」

 

そう。

むふーっと満足気に答えるこの少女が、今代の三英雄が1人、クラリスクレイス。

無論その存在自体は知っていたが、ヒツギはその姿を見た事は無かった。

 

(なんで、こんな偉そうなちみっこが⋯ ?)

率直すぎる感想を抱いたヒツギを見て、クラリスクレイスはニヤリと笑う。

「⋯ ふん、貴様今、私を偉そうなちみっこと言ったろ」

「えっ!? い、いや、そんな事⋯ 」

考えていたことをそのまま看破され、ヒツギは思わずたじろいだ。

 

「フォトンの感じでバレバレだ。だがいいぞ、もっと思えちみっこ! 私は戦闘部次席、実際に偉いのだからなっ!」

どうやら単純な性格のようで、少女はむしろ嬉しそうにしている。

「ちみっ⋯ 人が気にしてる事を⋯ ! ってか、あんたの方がちびっ子じゃない!!」

 

ついムキになって言い返したヒツギに、クラリスクレイスは何を今更、といった目を向けた。

「そうデザインされたからな、仕方がない。生まれた時からこの身長だろうしな」

「え⋯ ?」

「サラのやつがもう少し大きければ、私だってもっと大きかっただろうに、まったく⋯ 」

 

ヒツギの動揺を、クラリスクレイスが気に留める様子はない。

「ちょっと待って! デザインって⋯ !?」

「ん? どうもこうも、要はクローンってやつだが?」

制止して問いかけると、クラリスクレイスは呆気なく答える。

「クローンって⋯ そんな、漫画じゃあるまいし⋯ 」

 

事実は小説よりも奇なりとは、こういう事だろうか。

するとヒツギの複雑な視線に気づいたのか、クラリスクレイスは少し不機嫌な顔になった。

 

「なんだかよくわからんが⋯ 私の境遇に同情しているのなら、それは余計なお世話という奴だぞ?」

そう言って、クラリスクレイスはヒツギを見上げる。

諭すような微笑。少女にはあまり似合わない顔だった。

 

「私はもう受け入れているし、みんなだって受け入れてくれた。だから私はここに居る。これでこの話はおしまいだ」

そしてクラリスクレイスは、少し気恥ずかしそうに後ろ手を組むと、

「だが、私の事を思って言ってくれた事には感謝する。ありがと!」

見た目相応な、屈託のない笑顔で言った。

 

「ふ〜ん⋯ そんな事言って、クーちゃん昔はいっつもめそめそしてたくせに⋯ 」

「む、昔のことは昔のことだ!! それといい加減クーちゃんやめろ!!」

不意に後ろのアメリアスに茶化され、またわーわーと怒り出すクラリスクレイス。

あ、やっぱ見た目通りだわ、と、ヒツギは少し安堵した。

 

「⋯ ときにちみっこと横の子供、まだ名前を聞いてないぞ」

「ちみっ⋯ あたしはヒツギ。で、こっちはアル」

案の定生意気な態度にややうんざりしながらも、ヒツギはアルの頭をつついて答える。

 

「ヒツギに、アルか。よろしくな、2人とも」

頷いたクラリスクレイスは、急に慌てだした。

「⋯ ってああ! サラとの待ち合わせに遅れてしまう⋯ ! ま、またなっ!!」

「はーい、頑張ってねクーちゃーん」

「だからクーちゃん言うなって!!」

 

辟易した声を残し、階段を駆け下りていくクラリスクレイス。

「⋯ あのお姉ちゃん、クーちゃんっていうのいやがってたよ?」

「大丈夫だよアル君。口じゃああ言ってるけど、人前じゃ恥ずかしいだけだから」

じーっとこちらを見上げるアルに、アメリアスはしれっと答えた。

 

「じゃあ、下降りてショップエリアにでも⋯ 」

アメリアスが言いかけるのと同時に、汎用通信の着信が入る。

「あ、ちょっとごめん⋯ 」

アメリアスは2人から少し離れて、通話を始めた。

 

「はいもしもしー」

通信相手の声を聞いた途端、アメリアスの顔がぱあっと明るくなる。

そのまま嬉しそうに数回頷いた後、じゃあ後で、と言って通信を切った。

 

「あー⋯ ごめん2人とも、ちょっと野暮用が出来ちゃったから、先にショップエリアに行っててくれる?」

「あ、うん。じゃあ先に行ってよっか、アル」

用事が終わったら連絡すると言い残し、アメリアスは足早に階段を降りていく。

思い返せば、あそこまで嬉しそうなアメリアスを見たのも初めてかもしれない。

何があったのだろうと思いつつ、ヒツギはアルの手を引き、ショップエリアに向かった。

 

A.P241:3/30 10:50

アークスシップ:ショップエリア

 

ショップエリア上層、ゲートエリアのテレポーターから繋がる空中回廊。

 

「あれ? ヒツギさん、何してるんですか?」

呼び止められたヒツギが振り向くと、アメリアスの妹が歩いてくるところだった。

エーデルゼリンを着て、デュアルブレードを担いでいるのはいつも通りなのだが、傍らには、青い装甲を纏ったキャストの少年を連れている。

その小ささからして、少年の正体はすぐに察しがついた。

 

「あ、妹さん。そっちの子はサポパ?」

「はい⋯ えっと、名前言ってませんでしたっけ、すいません」

少女は申し訳無さそうに言うと、

「アークスシップ8番艦、戦闘部所属、ステラです。姉がお世話になってます」

 

気づけば、ヒツギは言葉を失っていた。

丁寧な態度が、昨日の戦闘中の彼女とはまるで別人の様に見えたからだ。

「⋯ ヒツギさん?」

「あ、ごめん⋯ ちょっとびっくりしちゃって⋯ 」

ヒツギが驚いているのに気づかない様で、ステラは不思議そうにヒツギを見ている。

 

「⋯ ご安心を。マスターは緊張してるだけなので」

⋯ と、

ステラの横に立っていたサポートパートナーが、口を開いた。

「ち、ちょっとフェオ! 」

「フェオ君っていうの? この子」

 

ヒツギが尋ねると、少年は丁寧に一礼して、

「ステラのサポートパートナー、フェオです。マスターは見ず知らずの人間には丁寧になる癖があるので、お気遣いなく」

「だから言うなってばかぁ!!」

 

ぎゃーぎゃーと叱るステラを、フェオはきょとんとした目で見ている。

何処か機械的な、青い瞳。人間味を感じさせない雰囲気に、ヒツギは何故か違和感を感じた。

 

「すごい⋯ かっこいい⋯ !」

そんな中、フェオを見て目を輝かせる少年が一名。

「かっこいい⋯ 私がですか?」

「うん! ごつい!」

「それは褒め言葉なのでしょうか⋯ 」

俗に「箱」と呼ばれる、ロボらしい雰囲気の装甲を、アルは気に入った様だ。

尤も、本人は逆に戸惑ってしまっているが。

 

ヒツギは2人の会話を見て、ふと呟いた。

「なんか、リオちゃんとは全然違うのね」

「リオ? ああ、姉のサポパですか」

ステラはフェオの銀髪の頭を撫でて、

「彼は稼働しはじめたばかりなので、まだ個性が薄いんです。まあ、リオはまた事情が違うそうですが」

「個性が⋯ 薄い」

 

ヒツギはその言葉を反芻する。

サポートパートナーは、アークスをサポートする人型ロボット。

その性格も、いくつかのプリセットを変更するもの。ゲームとしての認識はそうだった。

 

「⋯ サポートパートナーは、学習します」

エコーのかかった声を響かせるのは、フェオ。

「マスターと、その周りの人々の言動、思考を感じ取り、学習する⋯ そうして、人間の様な個性を得るのです」

「リオは、正直どうしてこうなった感はありますけどね⋯ まあ、彼女はベテランですし、姉の事もよく知っているので」

 

ヒツギはふと、昨日のリオを思い出す。

あの後結局、翌朝任務の手伝いに向かうまで、リオは一緒に居てくれた。

アルと楽しげに話す姿は、本当に普通の女の子だった。

 

「⋯ あ、すいません! この後探索任務なので、そろそろ⋯ 」

「うん、いい話聞かせてもらっちゃった。ありがと」

心からの謝辞に、ステラはぱあっと笑う。

「それじゃあこれで。行くよフェオ!」

「了解」

ゲートエリアに繋がるテレポーターに、2人の姿が消える。

 

「フェオ、かっこよかった⋯ !」

「⋯ ハコも愛されてるわね」

上機嫌なアルに呆れつつも、ヒツギはぼんやりと、フェオの顔を思い出していた。

「まあ確かに、イケメンだった⋯ かな」

 

A.P241:3/30 10:50

アークスシップ:ゲートエリア

 

私がゲートエリアカウンターに行くと、そこに彼女はいた。

「あ、お久しぶりです!!」

「久しぶり。でもジェネがなんでwyn(こっち)に?」

「チームの任務が一息ついて⋯ こちらへの増援ということで、出向の指令が」

 

金のツインテールを揺らし、ジェネはにこりと笑って答える。

彼女はアークスシップ9番艦「hagal(ハガル)」の特命部隊に所属していたアークスで、コールドスリープに入る前、私も一度ウィンを離れ、そちらに所属していた。

 

しかしあのチームは、2年前の外部研究所爆破事件の後、一度解散したはず⋯

それを尋ねると、ジェネは再結成する事になった、と答えた。

「先の事件が、まだ裏があるとかで⋯ アメリアスさんがこっちで頑張ってる間に、私たちも向こうで頑張ってますから!」

「へぇ⋯ 頼もしくなったね⋯ あれ?」

 

息巻くジェネに感心していると、ふと疑問が湧いた。

「⋯ ジェネ、あんたさっき、つい先程ウィンに到着しました。って言わなかった?」

「? そうですけど⋯ 」

待て、何かがおかしい。

 

私は思わず、スペースゲートの見える窓へ振り向く。

キャンプシップの停泊する先に見えるのは、地球。転移してきたのだから当然だ。

 

「ねえ、どうやってこっち来た?」

「い、いつも通りですが⋯ 」

⋯ ああ、なるほど。もう行き来も効くということか。

 

「びっくりしたんじゃない? 別の宇宙に来るなんて」

「はい⋯ こちらの状況を聞いたときは、本当にびっくりしました」

苦笑したジェネは、ああそうだと、小さなメモリを取り出した。

 

「これを艦橋に届けて、ついでに報告もくれと言われたんですが⋯ アクセスできないんです」

困り顔になるジェネ。

色々人通りが多くて忘れがちだが、上部艦橋はアークスシップの核。許可が無ければ立ち入れない。

「⋯ 転移直後のシップ移動で、混乱しちゃったのかもね。そういう事ならついてくよ」

 

艦橋へ案内するくらいなら、数分で終わる。ヒツギさんも心配はいらないだろう。

「ありがとうございます、アメリアスさん!」

「いいのいいの。どうせすぐだし」

 

2人並んで、艦橋の方へ歩き出す。

「それより⋯ その格好はどういう意図が?」

「ふふふ、これにはちゃんと意味があるんです⋯ 多分!」

「ふーん⋯ 」

水着もかくやな胸元を指摘されても、何故か自慢気に語るジェネを横目に、ロビーを見回す。

 

慌ただしく仕事をこなす、クエストカウンターの管理官。

いろんな武器を引っさげて、今日もまた多様な惑星へと赴く、8番艦のアークスたち。

 

⋯ 何故だろう。

2年前の事だって、私にとっては先週の事の筈なのに。

こんな景色だって、毎日当たり前に見ていたのに。

⋯ なんだかとても、懐かしく思えた。

 




キャラクター紹介6
「クラリスクレイス」(PSO2)(アークス)
age:18 high:– class:フォース
weapon:創世器「灰錫クラリッサII」
costume:ウィオラフロウ
六芒均衡が五、三英雄の1人、三代目クラリスクレイス。
フォースとして最高峰の火力を持つものの、戦闘スタイルは爆発による力技に偏重している。
その正体はとあるアークスのクローン。虚空機関によって生み出され、模造品である創世器越しにルーサーに操られていた。
現在は戦闘部次席を勤め、その生い立ちのことも自分なりに納得している様だ。

「ジェネ」(PSO2es)(アークス)
age:– high:158 class:ファイター
weapon:フォシルトリクス(ダブルセイバー)
costume:ステラティアーズ
アークスシップ9番艦「ハガル」にある特命部隊「ダーカーバスターズ」所属のアークス。
このチームは元々試験的に設立された特殊部隊であり、現守護輝士アメリアスも、一時期シップ間出向という形で所属していた。
2年前のとある事件の後、チームは一度解散となったが、不審なダーカーの存在を受け、再結成。調査を開始している。


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SB2.5-4「空想フォレスト」

ふう⋯ 最近忙しくて、いまいち投稿が不安定です。すいません。


A.P241:3/30 11:10

アークスシップ:ショップエリア

 

子供というのは往々にして、高いところが好きなものだ。

「お姉ちゃん! あそこ行ってみよう!!」

アルはショップエリアの空中回廊が気に入ったらしく、はしゃぎながら最上部へと走り出す。

 

「す、ストップアル!! この高さで落ちたらやばいから!!」

ヒツギは慌ててアルの手を掴んだ。地上からかなりの高さがある最上部は、万が一落下でもしたら命の保証も出来ない。

「はーい。でもお姉ちゃん、すっごくいい眺め!!」

当の本人は、まるで気にせずはしゃいでいるが。

 

「ったくもう⋯ ん?」

ため息をついたヒツギは、最上部の人影に気づいた。

薄緑色のサンバイザーを被った、ツインテールの少女が立っている。アメリアスと同年代だろうか。

 

(アークス、だよね⋯ 声かけられでもしたらまずいかな⋯ )

アメリアスが席を外している今、こちら側の人間と接触するのは得策ではない。

「アル、ちょっと降り⋯ 」

⋯ というヒツギの思考は、その少女の顔に気づいた瞬間たち消えた。

 

「あ⋯ ああ! 歌姫クーナ!?」

「うえぇっ!? だ、誰!!?」

突如聞こえた大声に、少女⋯ クーナは驚いて振り向いた。

「⋯⋯⋯⋯⋯ 」

(や、やっちゃったー!?)

顔を真っ赤にした少女が、変な姿勢で突っ立っている。

 

クーナはしばらく、その顔を見つめると、

「⋯⋯⋯ な」

「え?」

「なんだー! 私のファンの人かー! いやーまさかもうバレちゃうとはー!」

弾けるように、上機嫌に笑い出した。

 

「あ、は、はい⋯ すいません、大声出しちゃって⋯ 」

「いやいや、別に良いって! 一応お忍びで来てるとはいえ、こんな所通るアークスもいないから!」

ヒツギがおずおずと謝ると、クーナはにこやかに答える。

その笑顔に、幾分ヒツギも冷静になった。

 

「あの⋯ いつもライブで曲聴いてます! とっても⋯ 好きです!」

「⋯ ありがと! そう言ってもらえると、いっつもアイドルやってて良かったって思えるよ!」

 

楽しそうに会話する2人。

「⋯ ねえ、あいどる、ってどういう人?」

不意に、アルがヒツギの袖を引き、そんな事を尋ねた。

「あ、アイドルの仕事? うーん⋯ 」

ヒツギは不覚にも考えてしまった。いざ訊かれると答えられない質問だ。

 

「⋯ アイドルはね、みんなを元気にするのが、一番の仕事だよ」

そこで答えを示したのは、クーナだった。

「みんなは一緒だよ、1人じゃないって伝えるの⋯ この身、この声、この心で。アークスのみんなが、淋しくないように」

 

ヒツギは思い出した。

2年前の「ダークファルス・『巨軀(エルダー)』」復活以降、アークスが様々な動乱に陥る中、彼女はシップを巡り、精力的に活動を続けて来た。

ゲームの設定と思い込んでいても、彼女の歌を好きになり、元気をもらっていた自分がいた。

それはきっと、彼女が望んでいた事で⋯

 

「さびしく⋯ ないように?」

「そう。1人だと出来ることはたかが知れてるけど、みんなが一緒にいれば、なんとかなるものだからさ」

ライブでは見せない、穏やかな笑顔でクーナは言う。

 

「⋯ もっとも、どっかの守護輝士(ガーディアン)さんみたいに、何でもかんでも1人でやっちゃうような人もいるから、いっつもフォローが大変なのよねぇ⋯ 」

「守護輝士って⋯ 」

ヒツギが言いかけた、その時。

 

「あ、噂をすれば⋯ もしもしアリスー?」

通信が入ったらしく、クーナはそちらに喋り始めた。

『ごめんクーナ、ハガルの特命部隊からの報告、そっちで受け取って欲しいんだけど⋯ 』

「はあ? それ司令の仕事でしょ?」

 

端末から漏れ出る声は、近くのヒツギたちにも届く。

「ねえ、クーナさんの話してる相手って⋯ 」

「アメリアスお姉ちゃん、だよね⋯ 」

 

『カスラ司令に連絡つかなくて⋯ お願いします! クーナ次席!』

「⋯ 了解。すぐ部に戻るから、次席宛で送っといて」

少し言葉を交わした後、クーナは2人の方を向いた。

 

「ごめんねー、急用ができちゃった。ライブの準備もあるんだけどな⋯ 」

「あ、いえ⋯ ありがとうございました」

「今度のライブも見に来てね! それじゃ!」

ヒツギたちとすれ違う形で、クーナはテレポーターの方へ走っていく。

 

「ラッキーだったわね、アル」

「うん!」

嬉しそうに答えるアル。

ヒツギとしても、こちら側でクーナに会えたのは僥倖だった。

 

「連絡はない⋯ ってことは、アメリアスはまだ終わらないみたいね⋯ 」

さて、これからどうするか。

ヒツギはアルに尋ねかけて⋯ 階下を見て凍りついた。

 

「⋯ アル、降りるわよ、今すぐ」

「え、え? お姉ちゃん?」

アルの手を引き、足早にスロープを降りるヒツギ。

困惑したアルは、ヒツギが見ている方向を注視する。

 

「⋯⋯⋯ ?」

ヒツギの視線の先には、ちょうど最上部へと登ってくる、数人のアークスの姿があった。

 

A.P241:3/31 11:40

アークスシップ:ショップエリア

 

「あっれー⋯ 」

きょろきょろと、ショップエリアを見渡す。

私がショップエリアに戻ってくると、ヒツギさんとアル君の姿はなかった。

「用事終わったー」と連絡したら、「ぁぃ」とやたら小さな声で返事が来たのだが⋯ 十分ほど探しても、見つからない。

 

「ヒッツーギさーん⋯ あ」

ステージ側への階段を降りたところで、足を止める。

「⋯ あ」

壁の裏に隠れて、ヒツギさんがアル君とうずくまっていた。

 

「どうしたの?」

「⋯ あそこ」

小さく壁から広場を伺い、指を指すヒツギさん。

見れば、ショップの前で数人のアークスが話している。

 

「あの人達がどうかした?」

「あれ、うちの生徒会のアバターなの。まぁつまり⋯ マザー・クラスタのメンバーってこと」

私ははっとした。

ヒツギさんは今、マザー・クラスタに追われている状況であって、それが何らかの形で、生徒会といった下部のメンバーにも伝わっている可能性は高い。

 

「お⋯ いなくなったわね」

生徒会の人達が消えるのを確認して、ヒツギさんが立ち上がる。

「挨拶しなくてよかったの?」

「あんたを思ってのスニーキングよ⋯ !」

首をひねるアル君をよそに、ヒツギさんはため息をついた。

「そういえば⋯ あたしの扱い、学校じゃどうなってるんだろう? 自業自得とはいえ、退学とかになってないよね⋯ 」

 

心配そうに呟くヒツギさん。

そういえば彼女は、丸一日寮を開けてしまっているわけで⋯

「あれ、何やってんだセンパイ?」

⋯ と。

ステージ側から、デューマンの少女が声をかけてきた。

 

「あ、イオだ。どっか行ってたの?」

VR訓練(エクストリーム)。また戦闘データ集めてくれってさー⋯ って、あれ、そっちの子は?」

疲れた様子のイオは、ヒツギを見て首をかしげる。

 

「は、はじめまして⋯ あたし、ヒツギっていいます。こっちはアル⋯ えっと⋯ ?」

「イオ。呼び捨てでいいよ。ヒツギ達は、何でセンパイと一緒に?」

「あ、えっと⋯ ちょっとこの人にお世話になってて⋯ 」

 

たどたどしく答えるヒツギさん。

イオはヒツギさんと私を交互に見ると、うんうんと頷いて、

「なるほど。またセンパイの面倒ごと関連か」

「面倒ごとって⋯ まるで否定できないけど⋯ 」

 

落ち込むヒツギさんに、イオは気にする事じゃないよ、と苦笑する。

「センパイはもともと、面倒ごとを抱え込む人だからさ⋯ 全く、責任感が強すぎるのもどうかと思うぞ、センパイ」

「むう⋯ そんな事ないよ」

 

言い返すと、イオは小さくため息をついた。

「⋯ センパイはそういう人だもんな。もっとおれ達を頼ってくれよって言ってるのに、結局1人で何とかしようとしちゃうんだもんな」

「⋯ ? 1人でやっちゃ、ダメなの?」

 

アル君が問いかけると、イオは少し考えてから、

「別にそれが悪いんじゃない。無理しないでほしいってことさ。後は⋯ もっと信頼してほしい、かな」

「別に信頼してないわけじゃないよ。最近なんか、イオにいいとこ持ってかれっぱなしだし⋯ 」

「ふふん⋯ ミリオンストームの本気を侮るなよ、センパイ」

 

上機嫌になるイオ。

ヒツギさんの方で何もないうちに、何度か一緒に任務に行ったのだが⋯ 少し、差をつけられた気がする。

「だってレンジが違いすぎるもん。後ろからどんどんイオが撃ちまくるから⋯ 」

「ジェットブーツは極近接戦闘だからな⋯ っと、それは置いといて」

 

⋯ 置いとかれた。

「1人で無理してるといつかつまずくからな。仲間を蔑ろにするなよ、センパイ」

「⋯ はーい」

⋯ なんか怒られた。

「まあ、これだけ言ってもセンパイのスタンスは変わんないからな。こっちがフォローしてやんないと⋯ ま、これは慣れだな」

⋯ やめて、追い打ちかけないでぇ⋯

 

私が完全にしょぼくれていると、

「⋯ アメリアスって、案外強引だったりするの?」

ヒツギさんが、イオにそんな事を尋ねた。

 

「強引も強引。決めた事は絶対に曲げない。曲がった事嫌いだかんな⋯ あそうだ、2年前のマトイさん救出の顛末とか、聞く?」

「あぁ⋯ 聞きたい聞きたい!」

えっ、そこ頷きますかヒツギさん!?

 

慌てる私をよそに、イオは意気揚々と語り出す。

「女の子1人助けるために、アークスのほぼ全戦力投入させて、ナベリウスで大立ち回り⋯ 」

「ち、ちょっとイオ⋯ !」

「おまけに『深遠なる闇』が復活しそうになったら、それを身を呈して⋯ 」

「それ以上はいけないっ! てか別に後半は私じゃ⋯ !」

 

イオを止めようとして、ヒツギさんが食い入るようにイオを見てるのが目に入った。

「⋯ うえぇ! イオがいじめるー!」

「あ言い忘れてた。意外とすぐ折れる」

さらに追撃をかますイオ。

「ぷっ⋯ 強引な割に弱いとこあるのね」

「わーん! ヒツギさんもウケないでよー!」

⋯ もうなんか、涙が出てきた。




おれの距離だ!(某ガンダムマイスターは無関係)


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SB2.5-5「人造エネミー」

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A.P241:3/31 12:00

アークスシップ:艦橋

 

「ふぅ⋯ あれ、もう戻られたんですか?」

整理作業の合間に一息ついていたシエラは、

艦橋に戻ってきた2人に気づいた。

「アメリアスが急に探索任務に駆り出されたらしくて⋯ あたし達だけでうろつくのもまずいかなって」

「そうですか⋯ こちらも丁度、作業が一区切り着いたところなので」

 

シートにもたれかかり、うーんっと伸びをするシエラ。

ヒツギがそれを眺めていると、不意に横のアルが口を開いた。

「ねぇ⋯ あの人は、大丈夫なの?」

「あの人?」

 

アルが指差した方向を見る。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ 」

ずっと作業を手伝っていたヨハネスが、コンソールに体を預けて燃え尽きていた。

 

「⋯⋯⋯ あ」

ヨハネスは2人に気づくと、のそのそと起き上がる。

『⋯ お帰りなさい。 アメリアスは任務ですか?』

「あ⋯ はい」

突然チャットに送られた文章に戸惑いながら、ヒツギは頷いた。

 

『彼女、ああ見えて忙しいんです。任務同行に呼ばれる事も多いらしいですよ』

「無理をしていなければ良いんですが⋯ 」

不安そうに呟くシエラ。

それを見たヨハネスは、『心配ご無用』と綴る。

『どうせ彼女の場合、一晩寝れば元気になりますから。そういう奴なんですよ』

「そういうものなんですかね⋯ 」

 

言うと、シエラはヒツギとアルに向き直った。

「アメリアスさんが居ないとなると⋯ そうですね⋯ 前回聞きそびれた事がありましたら、なんでもお答えしますよ」

 

ヒツギは、前回こちらを訪れた時のことを思い出した。

「そうね⋯ 前は混乱してて、訊きたかったことも訊けなかったし⋯ 」

目を閉じて、数秒思案する。

とりあえず、自分の認識の正誤を確かめようと判断した。

 

「まず⋯ アークスの歴史を教えてくれない?」

「そんな事をですか⋯ ? わかりました」

シエラは始めは呆気にとられたが、頷くといくつかのウインドウを展開する。

 

「うわっ⋯ 本当に何から何まで⋯ 開示していいもんなの、これ?」

「昔は隠していたこともありましたが、今は基本的にフルオープンですので」

ヒツギはウインドウを斜め読みしながら、自分が集めてきた情報と符合させていく。

 

⋯ 認識に齟齬はない。

やはり自分がPSO2として認知していたのは、この世界だった。

「ねえ、シエラ。このシオンって人の事なんだけど⋯ 」

不意にアルが、ヒツギがすっ飛ばして読んでいたうちの1ページを指差した。

 

「お、アル君お目が高い! シオンの記載に目をつけましたか」

「えっと⋯ この人は、何だったの?」

シエラは少し考えて、

「少し概念的な話となってしまいますが⋯ シオンは、この宇宙の観測者と呼ばれていました。宇宙の歴史を記録する、図書館みたいなものです」

 

シエラの側に、小さなウインドウが現れる。

そこに映っているのは、海に覆われた小さな星。

「宇宙が出来た時からの全ての記憶を持つ全知存在⋯ 『アカシックレコード』ですね」

「何でも⋯ 知ってたってこと?」

 

シエラは頷きを重ねる。

「何でも知ってたと思いますよ。ただ、本当に知ってただけですけど⋯ それに、彼女は感情の把握を苦手としていたので、フォトナーとの交流を求めていたんです」

「フォトナー⋯ オラクルを作ったっていう、旧人類ね」

 

フォトナーという単語には、ヒツギも知識があった。

曰く、シオンによってフォトンを使役する術を授かった、旧き人々。

彼らは発展と繁栄の果てに、全知存在の模倣を目指すに至り、そして⋯

 

「⋯ 最終的に、『深遠なる闇』を生み出してしまった」

「はい。彼らが最後に生み出したのは、人の暗黒面⋯ 負の感情だけを識ってしまった、歪んだ『全知存在』でした」

言葉を締めると、シエラの表情は感心に変わった。

 

「よくご存知ですね⋯ でも、どうしてこんな情報を?」

「それが⋯ マザーがあたしに、『フォトナーの所在』の調査を頼んでたの。アークスの歴史じゃなくて、根本的な成り立ちを」

「どういう意図があったかは判断しかねますが⋯ どちらにせよ、フォトナーはもう居ませんからね⋯ 」

 

2人が考え込んでいると、

「えーっと、シオンはすごい人で、フォトナーは悪い人の集まりで⋯ 両方とも、もういないってこと?」

「そうですね⋯ かなりざっくりですが、だいたい、アル君の認識で正しいと思います」

 

アルの問いに答えると、シエラはなぜかニコニコと笑い出した。

「そして私は、そのシオンの子供であるシャオの子供! つまり、シオンの孫と言えます!」

「シオンの⋯ 孫? じゃあシエラって、もしかしてすごい人⋯ ?」

「へっへーん! もしかしなくても凄いんですよー! もっと尊敬してもいいんですよー!」

 

得意満面のシエラの肩を、ヨハネスがつんつんとつつく。

『では、こっちはそんな凄い人に任せて、自分はそろそろ本業に戻りますね』

 

面食らったのはシエラである。

「え、ちょっとヨハネスさん?」

「あ、アメリアスも時間かかるだろうし、あたしたちも部屋に戻るわね、行こっか、アル」

ヒツギとアルも、ヨハネスについて艦橋を出ていく。

 

「そういえば、ヨハネスは男なの? 女なの?」

「ちょっとアル⋯ !」

『気にしないでいいですよ、よく聞かれるので』

 

「むぅ⋯ わかりましたよっ、ぷんぷん!」

シエラは1人、コンソールに向き直った。

 

A.P241:3/31 12:15

惑星ウォパル:海岸

 

青い空に、白い雲。

綺麗な海岸に、闊歩する海王種。

 

「いやいや、本当に助かるっす」

「それはどうも。あ、アクルプス来てますよ」

「おわあっ!?」

私は情報部のアークス、タキさんと一緒に、惑星ウォパルの海岸に来ていた。

 

「おっと、また補助切れてるっすよ」

タキさんが短杖を振ると、シフタとデバンド⋯ 補助テクニックが発生する。

補助テクニックを使ったことのあるアークスなら、その光がただのシフタとは明らかに違うことに気づくだろう。

 

彼のクラスはテクター。

補助テクニックをばら撒きながら、法撃爆発を帯びた短杖でブン殴る「近接法撃職」だ。

テクターの操る補助テクニックは、通常のものよりも大幅に強化され、効果時間も長い。

 

「どうせ3分乗るんすから、しっかり延長しといてくださいよー」

「了解です。おおっとダーカー発見!」

現れた有翼系ダーカーにお馴染みの突進蹴り(グランヴェイヴ)を浴びせ、派生でデバンドを撒きながら着地する。

こうして定期的にテクニックを重ねれば、強力な補助を維持できるというわけだ。

 

「でもたまに短くなりますよね?」

「補助テクニックは数段に分けてかかるっす。すぐに効果範囲から外れると、そのぶん効果も短くなるんすよ⋯ ってか、気づいてなかったんすか?」

会話しつつもきちんと敵性存在を駆除しながら、海岸を進んでいると、

 

「⋯ ですから! 新しいクラスを作るときは、きちんと他のクラスの提唱者にも許可を得ないとダメなんですー!」

聞き覚えのある憤慨した声が、巨岩の裏から聞こえてきた。

 

「い、今のは⋯ 」

嫌な予感しかしないが、とりあえず巨岩の裏へ回り込んでみる。

果たして、そこにいたのは、

「そんな可愛らしい子で釣って、バウンサーの立場を危うくするクラスなんて⋯ ! アークスが許しても、このカトリが許しません!」

カトリーヌを連れたピエトロさんと、それを叱るカトリさんだった。

 

「ふむ⋯ そう言われても困ったな⋯ 既にサモナーはアークスに認可されたクラスだから、今更取り消すのも無理な話だよ?」

ピエトロさんは至極真っ当な返答を返すと、

「それにもう、この子が僕を離さない! そうだよな、カトリーヌ!」

カトリーヌの返事は、差し出された右手への噛みつきだった。

 

「いたたたた!痛い、痛いってばカトリーヌ!」

「はうっ⋯ ! な、なんて可愛らしい⋯ !」

「⋯ これ、なんの茶番っすかね?」

「⋯ 言ったら負けです」

 

私達が生暖かい目を向けていると、

「ん⋯ ? ああ、お前か。あれはカトリが勝手に文句をつけているだけだから、気にしないでくれ」

私達がいた側から、サガさんが歩いてきた。

 

「お、サガさんじゃ無いっすか〜 」

「その声はタキ⋯ また一人で無茶をして、助けてもらったところか?」

「あれ、お二人知り合いだったんですか?」

私が尋ねると、タキさんが「一応任務で」と答えた。

 

「それにしてもサモナーか⋯ 私は中々面白い発想だと思ったな」

「敵からのヘイトを取ることなく、高威力の攻撃を繰り出せる⋯ レンジャーの射程からソード振り回してるみたいなもんすからね⋯ 」

「しかも敵が襲うのは、周りを飛び回るソード⋯ 近接格闘が中心のバウンサーとは、ある意味真逆ですよね」

 

⋯ む、こうして考えると強いなサモナー。

「ついでに言えば、クラス設立のタイミングも素晴らしい」

「⋯ と言うのは?」

「もしカトリがバウンサーの試験運用担当に選ばれる前だったら、面倒なことになっていたからな」

 

面倒なこと?

私は少し考えて、気づいた。

そうだ、カトリさんといえば⋯

 

「⋯ 怠け癖」

「⋯ ああ。自分が戦わない=楽を出来ると考え、サモナーに飛びついていただろうさ」

ふーっという、サガさんのため息が聞こえてきた。

 

「⋯ 要は、サモナーになって楽したいけど⋯ 」

「バウンサーからすっぱり足を洗うのも口惜しいから、ああやって言いがかりをつけている⋯ 」

「⋯ そんなところだろうな」

 

⋯ もうなんと言うか、ピエトロさんが気の毒になるレベルの話だ。

「ちょっと! サガさんからも何か無いんですか!? バウンサーの沽券に関わることですのよ!!?」

と、

サガさんに気づいたらしいカトリさんが、こちらにも何か言ってきた。

 

「だってだってこれ、サモナーって最初からサボる構えのクラスじゃ無いですか!ずるいです!!」

「⋯ 一方的な言いがかりを吹聴するな」

「うぐっ⋯ あ、アメリアス様からも何か言ってあげてください!」

 

え、ここで私に振る!?

「おや、マイフレンドじゃないか! 見てくれ、カトリーヌは今日も絶好調さ!」

「マイフレンド!? アメリアス様! 私というものが有りながら、サモナーに降るとはどういう事ですかぁっ!!」

 

駄目だこれ、互いにマイペース過ぎる。

私がどうしたものかと考えていると、

「⋯⋯⋯ カトリ」

「はい?」

サガさんが不意に、カトリさんの前まで進み、

「⋯ 特訓の時間だ」

戦闘服の襟足を掴んで、ずりずりと引っ張りだした。

 

「えっ、あのっ、ちょっと私の話はまだぁぁ⋯ 」

あっという間に、海岸線に消えていく2人。

「あっはは、騒がしい人だったねカトリーヌ⋯ あたっ!」

こっちはこっちで、カトリーヌに脛を蹴られている。

 

「⋯ 行きましょうか、タキさん」

「そうっすね。さっさと探索済ませるっす」

「あ、また会おうねマイフレンド! ったた、だから脛を蹴るなって!」

ヒツギさんのこともあるし、あんまりゆっくりもしていられない。

カトリーヌと戯れるピエトロさんに別れを告げ、私は海岸を進んでいった。




キャラクター紹介7
「タキ」(オリジナル)(アークス)
age:20 high:172 class:テクター
weapon:エイトライオービット(ウォンド)
costume:フラグメントクラウン
アークス情報部:臨戦区域ネットワーク管制室(通称内線)所属のアークス。
ノリの軽いテクターだが、その支援能力は非常に高く、フォトンリング搭載武器の試験運用担当として、エイトライオービットを使っている。
反面攻撃はやや不得意な所があり、単独任務は苦手とのこと。


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SB2.5-6「心情レイン」

⋯ アイカの出番をもうちょっと増やして欲しかった。(EP4完結)


A.P241:3/31 15:00

アークスシップ:艦橋

 

再び情報整理に追われていたシエラは、艦橋ゲートが開いたことに気づき、振り向いた。

「あ、アメリアスさん⋯ お疲れ様です」

「はい⋯ 思いの外長引いちゃいました⋯ 」

歩いて来た少女は、力無く答える。

 

海岸探索任務の最中、突如ダークファルス・ルーサーの人型体「ファルス・アンゲル」が現れ、その場にいたアークスによる撃退戦が行われた。

さらにその影響でダーカーも活性化してしまい、予定より大幅に長引いてしまったのだ。

 

「あれ、ヒツギさんとアル君は⋯ ?」

「お二人でしたら、部屋に戻られましたよ⋯ あそうだ、アメリアスさんにお伝えしたいことが⋯ 」

シエラが言いかけた時。

またゲートが開き、小さなラッピーを連れたアイカが歩いて来た。

 

「あ、アイカさん」

「ああ⋯ 貴女も来ていたのか。丁度良かった」

スタスタとブリッジを歩くアイカに、アメリアスは小さく首をかしげた。

情報部がらみの事なのだろうが、その担当はヨハネスだとばかり思っていたからだ。

 

「もうシエラには伝えたが⋯ 司令の命令で、しばらくウィンに滞在することになった」

「なんでも、情報部からの情報提供を迅速かつ間違いなく行えるようにと、司令からの連絡にはありましたが⋯ 」

急に口を濁すシエラ。

「その裏の思惑を明かすなら、監視だな」

アイカはそれを見て、さらりと答えた。

 

「⋯ 成る程、ヨハンでは監視役ににならないと⋯ 」

ため息をつくアメリアスに、アイカは首を振る。

「少し違うな。既に地球の人々と交流経験がある方が良いだろうという判断だ」

 

アイカは俯いた。

「情報部はまだ、地球の人々を疑っている⋯ こちら側に潜入して来ているのは事実だからな」

それがいつ頃からだったのかはわからない。

だが、事が起こる前から、地球の人間がオラクルに忍び込んでいたことは事実。

今アークスに協力している、リナやイツキさえも、スパイであるという疑惑は、拭いきれないものだった。

 

「⋯ 自分たちで情報隠しといて、他人のアラは探しまくる⋯ 全く持って情報部らしいです」

ふてぶてしく呟くシエラ。

彼女からしてみれば、地球に関する情報を隠蔽されていたのが、よほど癪に触ったようだ。

 

「⋯ 私だって進言はした。異文化との交流は、信頼と理解の上に成り立つものだと⋯ 」

アイカは語る。

自分は地球の人々を信じたいということ。

そのために、ここに居るということ。

 

「⋯ わかりました。シエラさん、彼女だって自分の意思を信じて、ここに来たんです」

アメリアスは頷いて、シエラを見る。

「むぅ⋯ わかりましたよぉ」

シエラはしぶしぶ、承諾を示した。

 

「監視といっても大層な事はない。殆どここに居るだけのようなものだ⋯ だが」

「だが?」

「アメリアス⋯ 貴女にいくつか、依頼をする事になると思う⋯ 余り無茶な依頼はないと思う⋯ 多分」

「なんか三点リーダー増えてますよー」

 

急に口ごもり気味になったアイカに、シエラが苦笑いを浮かべる。

「⋯ ふぁあ」

⋯ と。

不意にアメリアスが、小さく欠伸をした。

 

「なんか疲れました⋯ 一眠りして来ます」

「「は⋯⋯⋯ ?」」

呆気にとられる2人を置いて、アメリアスはてくてくと艦橋を後にする。

 

後に残されたアイカは、同じく横へ立つシエラへ問いかける。

「⋯ 彼女はいつもあんな感じなのか?」

「私には何とも⋯ ですが、アメリアスさんの面白いアダ名は聞きました」

 

シエラは人差し指を立てると、

「⋯ 『八番艦の眠り姫』」

「⋯ 誰が言い出したんだ、それ⋯ ?」

 

A.P241:3/31 15:30

アークスシップ:ドミトリーエリア

 

部屋へ戻る前に、私はヒツギさんの部屋に立ち寄った。

「ヒツギさーん、ただいまー」

ドアの前で声をかけると、すっとドアが開き、何故かアル君が顔を出した。

 

「あれ、ヒツギさんは?」

「んーと⋯ さっき寝ちゃった」

困り顔で答えるアル君。

少し部屋を覗き込むと、確かに奥のベッドには、ヒツギさんが転がっている。

 

⋯ きっと、疲れていたのだろう。

元気に振舞ってはいたが、昨日までの事でだいぶ弱っていたはずだ。

「⋯ ごめん。また後で来るね」

「あ、うん⋯ またね」

私が立ち去ろうとした、その時、

 

「ん⋯ ? あ、アメリアス⋯ 」

むくっと、ヒツギさんが起き上がった。

「あ、ご、ごめんっ! 起こしちゃった!?」

「⋯ ってかあたし、寝てた⋯ 」

ベッドの上で目をこするヒツギさんは、きょとんとした様子。何かしていて寝落ちしたようだ。

 

「あ、任務終わったのね」

「うん、思いがけず時間掛かっちゃったけど」

ちょいちょい、と手招きされたので、そそっと部屋に入る。

「⋯ あの、さ」

ヒツギさんは、躊躇いがちに切り出した。

 

「大体わかる。昨日のアレでしょ?」

「⋯ うん」

私が先手を取ると、ヒツギさんは小さく頷く。

昨日私が見せた能力⋯ 少し、驚かせてしまったかもしれない。

 

私はベッドの側に行き、ヒツギさんの隣に座った。

「言ってなかったね、私の出自のこと」

「出自?」

「そう⋯ これ見て」

言って、ネックバンドを外す。

 

晒された首筋の肌に、ヒツギさんはやはり目を丸くした。

「ヒツギさん、オラクルのこと色々調べてたんでしょ? 『虚空機関(ヴォイド)』って名前、出てこなかった?」

おずおずと頷くのを見て、続ける。

 

「まあ、キナ臭い実験ばかりしてたところなんだけど⋯ その中に、『転生(ジェネレート)計画』ってのがあったの」

そうして私は、ヒツギさんに大体のことを語った。

「転生計画」のこと。

その4人の被験体の末路のこと。

そして⋯ 私に発露した能力のこと。

 

⋯ アークスの使役するテクニック⋯ フォトンによる事象制御は、「マジック」と呼ばれる先天的能力、すなわち超能力の類を起源としている。

私の能力は、例えるなら私専用のテクニックであり、テクニックとマジックの中間のようなもの⋯ と、元「虚空機関」出身のとあるアークスは推察していた。

 

「じゃあ、ヨハネスさんとステラも⋯ 」

「それがねー、ヨハンとレ⋯ もう1人の子は、完全にフォトンの操作能力を失ってて⋯ ステラはなんかあるかもしれないけど、使ってるのは見たことないかな」

まあ、知ってても教えてくれなそうだけど、と私は付け加えた。

 

「⋯⋯⋯ 」

沈黙するヒツギさん。

⋯ 無理もない。午前中に会ったクラリスクレイスだって、私だって、アークスの歪んだ側面が生み出した存在なのだ。

そんな事とは無縁の世界で生きて来たヒツギさんにとって、こんなものをまざまざと見せられては、ショックも大きかったと思う。

 

「⋯ アメリアスは、さ」

不意に、ヒツギさんはそう言った。

「何?」

「その⋯ 強い、よね。自分の境遇を気にせずに、気丈でいられて⋯ 」

 

ヒツギさんは俯いて、語り出す。

「⋯ あたしね、小さい頃、両親を事故で亡くしてるの。兄さんだけが唯一の肉親で⋯ 今でも時々、思い出して辛くなる」

「ヒツギさん⋯ 」

「だから⋯ もう、手離すだけは嫌なの。失うだけなのは、絶対に嫌⋯ !」

 

ああ、そうか。

私はそっと、ヒツギさんの右手に手を乗せた。

「顔上げて、ヒツギさん」

ヒツギさんは顔を上げ、目を見開く。

「⋯ お姉ちゃん」

その手に乗せていたのは、アル君の小さな手だった。

 

「わかるよね、この熱が。貴女が昨日、確かに助け出した命が」

そう。

彼女の意思は、あの時確かに、彼女に力を与えた。

一振りの、カタナとなって。

 

「私だって、怖くなる時もあるよ。だけど⋯ だからこそ、前に進む。暗いってわかってる後ろ向くより、明るいかもしれない前を見ていたい。ヒツギさんだってそうでしょ?」

「⋯ そうね。あたしだって、そのつもりで生きてきた」

 

私がヒツギさんの手を取ると、ヒツギさんがしっかりと握り返す。

「さっきイオにも言われてたけど、あんまり1人で突っ走らないでよね?」

「ヒツギさんこそ、私が居るって忘れないでよ?」

ぱんっ、と手を払う。

⋯ うん。

これできっと、大丈夫。

 

するとヒツギさんは、アル君の頭をわしっと掴んで、

「ま、ここに凄いアークスも居るんだし、あんたは大船に乗ったつもりでいなさい!」

「うんっ!」

「もう、ハードル上げないでよ!」

 

アル君、そんな嬉しそうに頷かれたら、お姉ちゃんプレッシャー感じちゃいます。

私は小さくため息をついて、ふと思い出した。

「あ、そうだそうだ。アル君に渡したいものが有るんだった」

 

ごそごそと、マギアセイヴァーのポケットを漁る。

「この間ナベリウスの森に行った時、たまたま掘り出したの。で、ショップエリアで磨いてもらった」

アル君に手渡したのは、緑色の綺麗な石。

 

「うわぁ⋯ ! きれい⋯ !!」

「これ⋯ 森林エメラルド?」

「うん。スキルリングとかにも使えるんだけど⋯ お近づきの印に、的な?」

正直、使い所がよくわからなかっただけなのだが。

とはいえ、アル君が喜んでくれてよかった。

 

「ありがとう、アメリアスお姉ちゃん!」

「へへん、これからもよろしくね⋯ 」

私も嬉しくなって、上機嫌に言った、その時、

 

「ん⋯⋯⋯ っ」

一瞬、視界が危うくなった。

「アメリアス⋯ !?」

「⋯ ごめん、ちょっと眠いや⋯ もともと部屋で寝ようと思ってたんだった⋯ 」

ぶるっと首を振って、立ち上がる。

 

「じゃあヒツギさん、アル君、また明日」

「うん、ゆっくり休んで」

「またねー」

 

部屋を出て、廊下を歩いていく。

シエラさんがいい位置の空き部屋を確保してくれたので、ヒツギさんたちの部屋と私の部屋に、そこまでの距離はない。

「はあぁ⋯⋯⋯ 」

眠い頭をどうにか持ち上げ、廊下を進む。

 

「⋯ んぁ」

少しすぼまった視界の隅に、見慣れないアークスが映る。

もっとも、シップ間移動もある現状、顔も知らないアークスなど飽きるほどいるわけだが。

 

特に何も考えず、ヒューマンの青年とすれ違った。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ 」

その、数瞬後。

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ !?」

凄まじい悪寒が、私の体を襲った。

 

「⋯ づぇっ!?」

慌てて振り向き、さらに辺りを見回す。

⋯ 廊下に特に異常はない。今日も掃除が行き届いている。

「⋯ 気のせいか」

どっかのドアから、風でも吹き込んだのだろう。

私は気をとりなおして、自室のベッドへと急いだ。




キャラクター紹介8
「アイカ」(PSO2)(アークス)
age:17 high:- class:サモナー
weapon:タクト(pet:ラッピー種)
costume:ドレッシアオース

情報部所属のアークス。
半年前まで、「鈴来アイカ」という名前で、地球の潜入調査を行なっていた。
法撃三職(フォース・テクター・バウンサー)全てに高いスキルを持ち、現在はサモナーとして活動している。


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EXTREME OPERATION『解き放たれし鋼鉄の威信』
phase:1 「Rock on.」


と言うわけで、緊急クエストも挟んでみようと思います。
大和は一度書いてはいるのですが、ちょっと今の実力でどのようになるかなと。


AD2028:4/1 10:00

地球:日本近海

 

大海原の中央。

蒼穹の空を飛んでいたカモメの群が、不意にてんでバラバラに飛び去っていく。

 

⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ !!!

穏やかな海(pacific ocean)が揺れる。

漣立つ海に現れる、巨大な光球。

一地域が枯渇する程の膨大なエーテルが寄り集まり、具現を開始した。

 

始めに現れたのは、「esc-a」のシンボルマークが据えられた艦首。

続けて、無数の砲門を備えた甲板、そそり立つ艦橋が形を成す。

 

それは、日本人であれば一度は見聞きしたことのあるもの。

嘗てこの海を血に染めた、鋼鉄の兵器たち⋯ その、一つの終着点。

2028年の太平洋に具現したのは、黒鋼の巨大戦艦だった。

 

 

「⋯ そろそろ、連絡が来ると思っていたよ」

亜贄萩斗は、携帯に挑発的な声を投げた。

『亜贄萩斗、度が過ぎるぞ。ここまで巨大な幻創種の生成⋯ 隠蔽しきれなくなる』

怒気を含んだ、低い男の声。

しかしハギトは、全く余裕を崩す事なく答える。

 

「⋯ ははっ、文句であれば、私ではなくエメラルド・タブレットに言ってほしいな」

『何?』

 

ハギトは顔を上げた。

水平線の彼方に見える、黒鋼の巨躯。

その艦橋に、小さな翠緑の輝きが灯る。

 

艦橋の頂上で、指示を出す様に浮遊するそれは、ハギトと同じ姿に変異したエメラルド・タブレットだった。

「あれはもう、私の手から離れたのさ。誰の制御も必要としない⋯ まさに、兵器として完璧な存在に至った」

『⋯ 』

 

通話が途切れる。

「⋯ 悔しかった事だろう。祖国の切り札として生み出されながら、まともな活躍も出来ずに、衰退のまま沈んでいったのは⋯ 」

遥か彼方の影へ、ハギトは語りかける。

 

全長263m、最大排水量7万t。

80年前、新大戦最大の存在であったはずのそれは、その本当の力を見せられないまま、海の底へ沈められた。

だからこそ⋯ その活躍が、その栄華が、人々の「幻想」となったのも、なんの不思議もなかったのだ。

 

「さあ始めよう、私と、エメラルド・タブレットと共に、本当の戦争を⋯ !!」

そして今、幻想は形を成し、幻創となった。

「その鋼鉄の威信を取り戻す、戦争を⋯ ! そうだろう、『大和』!!」

高らかに叫ぶハギト。

その言葉に同意するかの如く、戦艦は動き出す。

嘗て人々が描いた希望の夢は、今や鋼鉄の災禍となって、その艦首を日本へ向けていた。

 

A.P241:4/1 10:00

アークスシップ:ショップエリア

 

(あれ、アル君?)

ふらりと事務室に現れた少年に、仕事中だったヨハネスは首を傾げた。

「ーーー、ーー」

『⋯ ごめん、これに話して貰えるかな』

何かを訴えるアルに、ヨハネスは会話用の端末を手渡す。

ちなみに普段から使っているこの端末、ヨハネスが自分で作ったものだったりする。

 

「えっと⋯ 昨日アリスお姉ちゃんから貰ったこれを落としちゃって、追いかけてたら、迷っちゃって⋯ 」

アルが見せたのは、緑色の石。

『アリス⋯ ? ああ、アメリアスの事か⋯ 』

何故クーナしか使わない筈の愛称を、アルが知っているのか気になったが、ヨハネスは取り敢えず、アメリアスに連絡を取った。

 

(流石にまだ寝てるとか言わないよな⋯ あとでヒツギさんにも連絡先聞いとこう⋯ )

さしものアメリアスも起きていた様で、程なく『ヒツギさんに伝えるね』と返信が来た。

 

『よし、大丈夫だよアル君。アメリアスかヒツギさんが、迎えに来ると思うから』

「うん⋯ ごめんなさい」

『いいっていいって。でも、今度からは気をつけてね?』

ヨハネスは笑って、顔を上げる。

大した広さもない事務室。十数台のデスクもガランと空いて⋯

 

(⋯ なんで誰一人居ねえんだよ!!)

はあ、とため息をつく。

ここの職員は、ヨハネスを除き全員が、惑星探索などにも向かうエージェント(戦闘員)

任務で誰かが居ないなどと言うことはザラなのだが、最近は地球の調査が始まった事もあり、常に閑古鳥が鳴いている。

 

(別に忙しいワケでもないけど⋯ つまんないなぁ⋯ )

さーっと椅子を引き、天井を仰ぐ。

 

フォトンを扱えない自分は、戦えない。

当然の事だと思っていても、こうして実際にそれを思い知らされると、どうしても悔しくなった。

 

(ん⋯ 来た)

ドアが開き、赤毛の少女が飛び込んでくる。

上手く声は拾えないが、謝っている様子のヒツギに適当に相槌をうち、アルを預ける。

「⋯ っりがとうございました⋯ 」

『今度から気をつけてくださいねー』

アルを連れて出て行くヒツギを見送り、デスクに置いたカップを手に取る。

 

アラートが鳴り響き、部屋の照明が緊急時のものになったのは、ちょうどその時だった。

 

A.P241:4/1 10:10

アークスシップ:ゲートエリア

 

「うん、じゃあお願い⋯ ふぁあ」

通信を切ると、小さく欠伸が漏れた。

「ヨハンのやつ、ヒツギさんの連絡先知らなかったのか⋯ 情報部なのに」

まあ、彼はそういう仕事をしているわけでもないので、別に良いのだろう。

 

そんな事を考えながら、私がゲートエリアを歩いていると、

「あ、アメリアス。こんにちはー」

不意に、ヒューマンの少女に声をかけられた。

 

「ああ、リナさん⋯ おはようございます」

「おはようって、もう10時よ⋯ もしかして、さっきまで寝てたとか?」

「い、いえいえそんな事は無いですよ!!」

わたわたと手を振って否定する。

流石に私だって、こんな時間まで寝てる事は⋯ 時々、あった、かも。

 

「そういえば、ヒツギさんは?」

「アル君が迷子になっちゃって⋯ 今引き取りに行ってます」

「迷子って⋯ 」

苦笑するリナさん。

 

「アル君で思い出したけど、貴女も大変よね⋯ まさかマザー・クラスタが、こんな形で動き出すなんて⋯ 」

「えっと⋯ リナさんは生徒会長だったんですよね?」

「ええ。でも清雅の生徒会は、別にマザー・クラスタと関係は無かったから⋯ でも、話を聞いたときは驚いたわ」

 

リナさんはふーっと、ため息をついた。

「半年前までは、違和感すら持ってなかった。PSO2はゲームだって認識に、何の疑問も湧かなかったわ⋯ 」

「こちらも、まさか異世界から人間が来ているなんて思いませんでした⋯ 」

リナさんに同意して、先日の事を思い出す。

 

何より謎なのは、エーテルという物質。

革命的な通信技術やら異世界への転移やら、挙句の果てに幻想の具現までしてしまう⋯ あれは一体何なのだろうか。

 

双方わからない事だらけだが⋯ 私としては一つ、どうしても彼女に聞いておきたい事があった。

「あの⋯ ずっと気になってるんですけど、その半年前の事というのは⋯ ?」

 

私が尋ねると、リナさんは何故か驚いたような顔でこちらを見た。

「え⋯ 知らないの!?」

「ええっと、実は私、その時眠っていたもので⋯ 」

コールドスリープの真っ最中だった事を告げると、リナさんは納得したようで、

 

「そ、そう。なら仕方ないわね⋯ まあ、話すと長くなっちゃうんだけど⋯ 」

リナさんが話し出した、その時だった。

 

『アークス各員へ緊急連絡!惑星地球にて超巨大反応を確認!映像を中継します!!』

緊急警報が鳴り響き、照明が切り替わった。

「警報⋯ !!?」

二人で、近くのモニターへ駆け寄る。

 

「な⋯ 何ですか、あれ⋯ !!?」

「あれって⋯ !!」

現れた巨鉄に息を飲む私の横で、リナさんは何かに気づいたように口を抑えた。

「リナさん、あれに心当たりが⋯ ?」

「え、ええ、私もちゃんとは知らないんだけど⋯ 」

 

そう答える、リナさんの顔は険しい。

「戦艦、大和⋯ エーテルは、あんな物まで形にするの⋯ !?」

「戦艦⋯ ?」

私が聞き返すのと、ほぼ同時に、

「アメリアスさん! リナさん! 聞こえますか!?」

艦橋からの通信が、二人同時に入ってきた。

 

「シエラさん!?」

「あれに関してです、一度艦橋へ⋯ !」

「⋯ 了解です。行きましょう、リナさん!」

一応通信は開いたまま、私達は艦橋に急いだ。

 

A.P241:4/1 10:23

アークスシップ:艦橋

 

アメリアスとリナが艦橋に駆けつけると、すでにイツキとアイカの姿があった。

「アメリアスさん!」

「シエラさん、あいつは⋯ !?」

ウインドウに映る黒鉄の軍艦に動揺を隠しきれぬまま、アメリアスは問いかける。

 

「はい、『戦艦大和』⋯ 日本で80年ほど前に建造された、超弩級戦艦です」

シエラは答えると、もう一つウインドウを展開する。

そこに映った大和の軌道予測は、その進路が日本に向けられていることを示していた。

 

「⋯ マジかよ⋯ !」

瞠目するイツキ。

戦艦大和といえば、ミリタリーに興味がない日本人でも、名前くらいは知っている程の知名度がある。

彼にもかじった程度の知識はあった。あれが史実通りの大きさであれば、全長はおよそ250mを超える。

 

「全く、とんでもないものを具現してくれたわね⋯ !」

「マザー・クラスタの『金の使徒』⋯ 奴の仕業に、間違いは無いだろうな」

ウインドウを睨みつけるリナに、アイカも嘆息で同意する。

 

「あのサイズが相手では、周辺海域の空間隔離も難しいです⋯ 認識偽装の上、日本へ接近する前に叩く必要があります」

シエラがさっと手を払うと、その場全員の側へ小さなウインドウが走る。

Arks(A.).Interception(I.).Silhouette(S)12機を一編隊とし、二編隊、24機による撃退戦を行います」

 

「24機⋯ 」

アメリアスは感心の声を漏らした。

過去、A.I.Sは連携の円滑化、通信の安定化等の観点から、基本的に12機を同時稼働上限としていた。

「新しいネットワークを構築して、同時運用を実現しました。まあ、まだ試験的なものですが」

 

答えるシエラの顔は、若干の余裕を見せている。

A.I.Sは、生身のアークスを大幅に超える能力をもつ、アークスの切り札とも言えるものだ。

ダーカーとの戦闘では、多用によるリスクも伴うが、幻創種相手であれば、それを案ずること無く運用できる。

 

さらに今回は、24機の大部隊⋯ 相手の武装は分からずとも、勝算は十分にあるとシエラは見ていた。

「詳細は揚陸艇で通達します。準備が整い次第、スペースゲートへ移動を!」

「「「「了解!!」」」」

4人が艦橋を出ようとした、その時だった。

 

『⋯ シエラ!! あたしはシップで待機しててくださいってどういう事よ!!!』

「わ、わわ⋯ ! ヒツギさん!?」

突如緊急用の回線から、ヒツギの声が割り込んだ。

ウインドウに映る顔は、かなり憤慨している。

 

「ですから、地球の方を大規模戦闘に参加させる訳にもいかないと⋯ !」

『だったら清雅学園のお二人はどうなのよ!? あたしだって戦えるわ!!』

『お、お姉ちゃん⋯ 』

横合いから、アルの困惑した声も聞こえてくる。

 

「ですが、先日の交戦中、ヒツギさんのバイタルデータはかなり不安定でした⋯ フォトン適性の低いアークスの様なものです⋯ 今回だって、万が一の事があれば⋯ !」

『⋯ っ、でも⋯ 』

なおも食い下がるヒツギ。

しかし彼女も、あの時の異常な消耗には気づいていた。

 

⋯ もし、戦闘中に動けなくでもなったら。

「⋯⋯⋯ アル⋯ 」

ちらりと背後のアルを見て、歯噛みする。

彼を守るということを考えれば、大人しくしておいた方が良いということは明白だ。

それでも、ヒツギには理由が有ったのだ。

この戦いに加わりたい、理由が⋯

 

「⋯ ヒツギさん」

そこで口を開いたのは、アメリアスだった。

『アメリアス⋯ 』

「アル君の為にも⋯ ここは、降りて貰えないかな」

ヒツギの気持ちを全て悟った上で、それでも、ここは諦めてほしい。

そんな瞳で、アメリアスはヒツギを見ていた。

 

『⋯ ごめんなさい。少し⋯ 粋がってたみたいね』

「ううん、不安だったんだよね。でも大丈夫、私達に任せて!」

『⋯ うん』

 

通信が終わる。

一度目を閉じ、アメリアスはイツキ達に向き直る。

「⋯ 行きましょう、皆さん!!」

閃光の如き黄金色の双眸で、「守護輝士(ガーディアン)」は告げる。

それに無言で頷き、星の護り手(アークス)達は走り出した。

 

『緊急作戦発令! 地球にて発生した超巨大反応に対し、撃退作戦を開始します!!』




え?AIS24機なんて無いだろって?
まあまあ慌てずに。


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phase:2 「海色」

なお緊急のサブタイトルは、それぞれ独自のルールで当てていきます。


AD2028:4/1 11:00

惑星地球上空:第1揚陸艇

 

「見えた⋯ !」

揚陸艇のディスプレイに、大海を往く軍艦の姿が映る。

その予想を遥かに上回る威容に、アメリアスは思わず身じろぎした。

 

ビッグヴァーダーの2倍以上の巨躯に、ハリネズミのように配置された、大小様々な砲塔。

特に甲板の一際大きな連装砲など、この揚陸艇さえ容易く撃ち落とせるのではないか。

 

「うー⋯ やっぱり君頼りだよ⋯ 」

アメリアスは呟いて、自身の左側を見上げる。

今彼女がいる場所⋯ 揚陸艇内部の格納庫には、出撃を待つA.I.Sが整然と並んでいる。

 

「なにしょんぼりしてんだよ、センパイ」

⋯ と、

キャンプシップから転移してきたイオが、アメリアスの隣に立った。

「別にしょんぼりなんて⋯ ただ、少し不安なだけで⋯ 」

「センパイは相変わらずだな。あんな古臭い船の一隻や二隻、余裕だろ?」

ビビることも無いよと、イオは笑う。

アメリアスも笑顔を返したが、不安は拭えなかった。

 

⋯ 昨日は、よく眠れなかった。

昨晩からこっち、奇妙な悪寒が続いている。

今朝メディカルセンターに足を運んだが、特に体に異常はないと返された。

(⋯ まあ、いつも通りやればいいか)

 

くよくよしていても何もない。

自分に言い聞かせ、アメリアスは顔を上げる。

目に入るのは、次々と転移してくるアークス達。

イツキとリナ、タキの姿も見える。

『揚陸艇への転移完了。作戦を通達します』

中央ウインドウでは、シエラによる作戦通達が始まっていた。

 

AD2028:4/1 11:05

惑星地球上空:第2揚陸艇

 

アメリアスが乗った揚陸艇の横に、もう一隻の揚陸艇が到着する。

「なんで私がなんで私がなんで私が⋯ !」

その隅っこで、ステラはうずくまっていた。

今回の撃退作戦、戦闘に携わるのは、A.I.Sを駆る24人。

そしてその中に、ステラが選ばれたのだ。

⋯ アークスになって1週間のステラが。

 

「めそめそしていても始まらないぞ、アメリアス妹ー」

そんなステラの隣にやって来たのは、黒紫のロッドを背負ったクラリスクレイス。

「ステラですっ!! だって、別に私以外に幾らでも強い人居るじゃないですか⋯ !」

「確かにそれももっともだが⋯ 」

「⋯ 今回に限っては、その理屈は適用されない」

 

そのクラリスクレイスのさらに後ろから、アイカもラッピーと共に歩いて来た。

「今回のA.I.S部隊は、A.I.S適性と、幻創種との交戦経験に重きが置かれている。特に君の操縦能力は、相当なものだと聞いているぞ?」

「そ、それは⋯ 」

口を濁すステラ。

 

研修時のA.I.S搭乗訓練で、確かにステラは非常に優秀な成績を収めていた。

幻創種との交戦経験といえば⋯ 思い返せば、殆ど地球にしか出撃していない気もする。

「でも、実戦は初めてですよ⋯ ?」

「それでも君は幸運な方だ。初めてA.I.Sを実戦で動かすことになるのは、殆どの場合防衛戦だからな」

「ほんっとにあれはきつい。A.I.Sでも、ちょっと気を抜くと袋叩きだからなあ」

クラリスクレイスも、うんうんと頷く。

 

ステラはちらっと、背後のA.I.Sを見た。

「⋯ わかりました。頑張ります」

「そう緊張することも無い⋯ 姉がいないのが不安か?」

「そんな事ないですよ!」

アイカに茶化され、ステラはぶんぶんと首を振る。

 

そうだ、(アメリアス)に負けてなどいられない。自分だってアークスなのだ。

『⋯⋯⋯ ついて来れるの?』

(ふん⋯ ! 姉ちゃんの方こそ、ついて来いっての!)

立ち上がる。

『揚陸艇への転移完了。作戦を通達します』

その胸にちっぽけな勇気を抱いて、少女は戦士達の中へ歩いていった。

 

AD2028:4/1 11:05

 

二つの揚陸艇は、同時に動き出した。

『撃退目標は現在、日本近海を約27ノットで北上しています。移動する超巨大物体に対し、隔離領域を展開するのは難しいです』

高度を増す揚陸艇の、フロントカタパルトが展開される。

『そこで、改良型A.I.Sで新型凍結弾を輸送し⋯ 目標を、周囲の海ごと凍結させます』

吹き込む風の中、アメリアスとクラリスクレイスが、中央の端末に駆け寄る。

 

『その後、目標を一気に撃破してください。ですが⋯ 相手の武装状況からして、かなりの反撃が予想されます。⋯ お気をつけて』

『了解。第一揚陸艇、出撃シークエンスを開始します!!』

『同じく第二揚陸艇、シークエンスを開始する!!』

 

端末が起動し、A.I.Sのロックが外される。

『出撃シークエンスに移行。各員は速やかに搭乗を』

次々とA.I.Sに乗り込む、24人のアークス。

彼らの能力を媒介とし、A.I.Sにフォトンの光が灯る。

『全員の搭乗を確認。揚陸艇は離脱の準備を。作戦開始まで、5、4⋯ 』

⋯ そして、

『3、2、1⋯ 作戦開始!!』

24機のA.I.Sは、異世界の大空へ飛び出した。

 

AD2028:4/1 11:06

地球:日本近海

 

大海原を往く大和。その砲身が、動いた。

無数の機銃と、甲板にそびえる主砲⋯ 新大戦最強と謳われた46cm三連装砲と同じ形をしたソレが、上空から舞い降りる敵へ相対する。

 

「気付かれた! タキさんを中心に散開!」

アメリアスの駆る黒のA.I.Sを先頭に、24機が一斉に散らばっていく。

否、その中央。

散開する僚機を縫うように、一機の白いA.I.Sが突撃をかける。

その右腕には、ミサイル型の冷凍弾が装着されていた。

 

「弾幕が厚い⋯ !単騎突撃は無理っす!」

作戦の要たる冷凍弾を預けられたタキが、悲鳴を上げる。

「私がタキにつくッ! 前に出るなよ!!」

クラリスクレイスの紅いA.I.Sが、タキを守るため前に出る。

「機銃の威力は低い! 主砲にだけ注意しろ! 」

 

戦艦大和に搭載されていた機銃は威力が低く、敵に脅威を与える役回りが大きかったとされる。

一般に抱かれるイメージ、そして創造主たるハギトの知識を土台に具現化したこの幻創種は、皮肉にもそれが原因で、弱点を晒していた。

 

『⋯ ! 総員警戒を! 大和周辺にエーテルの異常蓄積!!』

⋯ しかし、エーテルは主の幻想、空想を形どるもの。

それを知らしめたのは、大和の周辺に現れた、小さな光球だった。

 

「あれは⋯ !!?」

鋼の翼が空を切る。

大和を守るように現れたのは、嘗ての日本が誇った、もう一つの「最強」。

「零式艦上戦闘機⋯ ! こんなものまで⋯ !!」

イツキは戦闘機の射撃をかわし、ソリッドバルカンを撃ち放つ。

しかし極限まで速さを追求された翼は、イツキの射撃を易々とかわしていく。

 

戦場は、一瞬で混沌に侵された。

大和からの砲撃、そして戦闘機による遊撃に、A.I.Sの動きは統制を欠いていく。

「あれが、『零戦(ゼロファイター)⋯ 」

空を疾走(はし)る零戦に翻弄され、アイカの注意が一瞬逸れる。

 

そしてそれが、彼女の運命を分けた。

「なんて機動力だ⋯ っぐああっ!!?」

主砲の直撃を喰らい、アイカのA.I.Sが墜落する。

「鈴来さんっ!!? そんな、一撃で⋯ !」

瞠目するリナを、大和の艦砲が襲う。

「⋯ っ!!」

「させるかああああああああ!!!」

しかし必殺の榴弾は、飛び込んできたイツキによって斬り伏せられる。

 

「イツキ君!」

「大丈夫です!やって見せましょう、リナ先輩!!」

大和へ接近する僚機とともに、イツキとリナも必死に応戦する。

 

諦めない。

アークスの骨子とも言える信念が、戦況を確実に押し返していく。

A.I.Sは少しづつ戦線を上げ、タキの機体をポイントへ送り届ける。

「タキっ!! そっちに何機か行った!!」

「させないっ! 突っ込め、タキッ!!!」

加速するタキの横で、クラリスクレイスのA.I.Sが切り札を放つ。

 

「吹き飛べえええええっ!!」

フォトンブラスター⋯ アークス最強の携行兵器が、猛追する零戦をまとめて消し飛ばす。

「ポイント到着! こいつで⋯ っ!!」

そしてついに、タキのA.I.Sが、海面へ向けて冷凍弾を構え⋯

 

「⋯ っああ!!」

瞬間、周囲の僚機諸共、タキの機体が吹き飛んだ。

はずみで冷凍弾が発射装置ごと外れ、海へと落下していく。

「今のは⋯ !!?」

イツキは大和の主砲を見て、目を剥いた。

 

主砲から立ち昇る、黄色の砲煙。

「あれって⋯ 確か『三式弾』⋯ !!」

強力な対空兵装の、高精度着弾。

80年前は示されることのなかったその真価が、幻創の手でここに現れていた。

 

「⋯ っ! ミサイルが!!」

イツキはすぐに急旋回し、落下する凍結弾へ急行する。

「不味いっ⋯ !!」

アメリアスのA.I.Sも猛追するが、零戦の射撃に阻まれ、近づけない。

このままでは、作戦の全てが破綻する⋯ !

 

「させるかああああああああああっ!!!」

閃光が、煌めいた。

「ステラっ!!?」

間違いない。凄まじいスピードで飛翔する、あの黒いA.I.Sは⋯ !

「こんのおおおおおおおっ!!!」

 

ステラに気づいた零戦が、真正面から機銃を乱射する。

しかしステラのA.I.Sは、すんでのところで冷凍弾を掴み取る。

「行けえええええええええええっ!!!」

ステラの手で放たれ、海面へ落ちていく凍結弾。

 

そしてそれとほぼ同時に、ステラの機体と零戦が衝突、爆発した。

「ステラ⋯ !!」

思わずステラの方を向いたアメリアスへ、再び三式弾が放たれる。

「チッ⋯ !!」

アメリアスは舌打ちすると、A.I.Sの脱出装置を起動させた。

 

AD2028:4/1 11:30

 

海面に、巨大な氷柱が立ち上がる。

炸裂した凍結弾が、太平洋を氷に変えていく。

そして大和の周辺が凍りつき、大和は完全に足止めされた。

 

「⋯ っとと!!」

脱出したアメリアスの身体は、一瞬で白い地面へ転移する。

「うわ、本当に凍ってる⋯ !!」

そこは、大和諸共凍結した海の上。

同じく脱出したアークスも、次々と氷上に降り立つ。

大和を中心に、数人のパーティーが取り囲むような陣形だ。

 

「ステラ!タキさんっ!!」

「アメリアスさん! 良かった、危ないところでした⋯ !」

「こっちは大丈夫だよ姉ちゃん! 多分すぐにみんな降りて来る!!」

二人と合流したアメリアスは、すぐに大和の方へと振り向く。

 

空を飛ぶ敵対存在がいなくなり、こちらへ砲口を向ける大和。

そして大和までの間の氷上に、無数の光球が具現する。

「姉ちゃん、あれ⋯ !!」

「幻創種⋯ ! でも、如何して⋯ !?」

 

瞠目したアメリアスの耳に、シエラの声が聞こえて来た。

『⋯ 大和の艦橋上部に、超高密度のエーテルの反応があります。酷似しているのは⋯ 先日の、ハギトが操っていた具現武装です』

「⋯ ! そっか、エメラルド・タブレットが⋯ !!」

 

おそらく、幻創戦艦大和⋯ この超巨大な幻創種を構成する核として、エメラルド・タブレットが使われている。

そしてエメラルド・タブレットは、その状態でも本来の機能を維持し、幻創種を統率しているのだろう。

 

「⋯ だったら、全部潰すまで」

「ふふっ、珍しく気が合ったな、アメリアス」

ジェットブーツを纏うアメリアスの傍に、ロッドを握ったクラリスクレイスが立つ。

「あ、クーちゃんも無事で良かった」

「クーちゃん言うな! ほら、さっさと終わらせるぞ!!」

 

アメリアスは頷いて、目を閉じる。

「⋯ 守護輝士(ガーディアン)、アメリアス! 行きますっ!!」

「六芒均衡が五、クラリスクレイス!! 行くぞ!!」

金色の軌跡を描いて、アメリアスが飛び出す。

そして彼女を先頭に、クラリスクレイスと、大和を囲った他のアークスが走り出す。

 

今を描く光の戦士と、過去を掲げる鋼鉄の威信。

その戦いは、氷上に幕を開けた。

 




イツキ君に兵器関係の説明役してもらう形になっちゃいましたが⋯
イツキ君も高校生男子ですし、まあ多少はね?


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phase:3 「high free spirit 」

5/21
後半部分を加筆しました。


AD2028:4/1 11:30

地球:日本近海

 

凍りついた大海に、戦靴の音が響く。

『現在、代わりのA.I.Sを準備しています! 各員は、大和の戦力を削いでください!!』

「あーあ、結局こうなっちゃうんすね⋯ !」

「爆破して突破する! 簡単なことだ!」

A.I.Sが撃墜された時のために用意された、緊急プラン。

 

「ステラ! ちゃんとついて来なさい!」

「う、うん!!」

凍結した海洋を突破し、停止した大和を直接攻撃する。

 

戦場を埋め尽くし始める幻創種。

24の刃は、それに真正面から激突した。

 

戦闘補助(ステータスバファー)! 後は頼むっす!!」

「じゃ、1番槍は貰いますよ!!」

輝きが、一陣の風に変わる。

タキのテクニックに照らされたアメリアスが、幻創種の群れへ突撃する。

『ーーー!!』

飛び込んで来た少女に気づいた瞬間、ゾンビの身体は斬り裂かれ、光に消える。

 

「まだまだ⋯ うおっと!」

次の集団に狙いを定めたアメリアスの隣を、爆炎が掠めた。

「おお、危ないぞアメリアスー!」

「遠慮ないなクーちゃん! あと幻創種は風ね、風! それと地面が融けてる件について!!」

「関係ない! 全部爆破すればいいんだ!」

 

次々と、巨大な火球が飛来する。

本来幻創種の弱点は大気制御系なのだが、クラリスクレイスのテクニックは問答無用で幻創種を飲み込んでいく。

 

「ひえー。やっぱ三英雄は凄いね姉ちゃん」

「俺は殴る方が得意っすけど⋯ フォースはテクニック強烈っすからね⋯ 」

アメリアスの隣に、追いついた二人が着地する。

「こっちの戦力が分散してるぶん、ああいうのが一人いるのはむしろありがたいです。ステラ!」

「う、うん!」

「私たちは足止め! クーちゃんの隙を埋めるよ!!」

 

姉妹が前衛へ飛び出し、法撃職の二人は後衛から幻創種を狙い撃つ。

「これでも喰らえっ!」

「進路クリア! 急ごう!!」

ゾンビの群れを突破したところで、シエラの通信が突き刺さった。

 

『大和の砲塔より熱反応! 砲撃が来ます!』

「は、はい!!?」

思わず聞き返したアメリアスの『視界』を、赤熱した落体が掠める。

反射的に身を翻すと、アメリアスがいた場所に榴弾が落下した。

 

「マジで⋯ !?」「危ないっす!!」

青ざめ、動きを止めたステラをかばい、爆風をかわすタキ。

そしてその間にも、幻創種は迫ってくる。

「これじゃあ近寄れない⋯ !」

『⋯ 予測演算開始! 砲撃推定位置をマークします!!』

 

タキの呟きに、シエラの声が重なった。

直後エリアマップに、砲撃予測が表示される。

「これは⋯ !」

「凄い⋯ ありがとう、シエラさん!」

『この程度なんて事ありません! 頑張ってください!!』

 

シエラの支援を受け、アメリアス達は氷原を駆ける。

「喰らえ新技! ヘブンリーカイト!!」

ロードローラーを斬り伏せ、ステラはアメリアスに追いすがる。

「こら姉ちゃん! 勝手に行くなっての!」

「おっとごめん! これで勘弁して⋯ っと!」

 

先を行くアメリアスが振り返り、風の弾丸を撃ち出す。

ステラはため息をつくと、フォトンブレードを撒き散らして飛翔する。

吸い寄せられた幻創種は、ディスパースシュライクで斬り裂かれた。

 

「良いぞ姉妹! 私もここらで一発⋯ !!」

クラリスクレイスの振るう紫黒の創世器が、再び爆炎を纏い、

「⋯ っ! クーちゃんっ!!」

全く同時に、アメリアスの悲鳴が響いた。

「なっ⋯ ぐあっ!!」

吹き飛ばされたクラリスクレイスは、受け身を取ろうとして倒れこむ。

 

「し、視界が⋯ !」

『大和の砲撃が変質! 視野混乱を誘発する特殊弾です!!』

立ち上がれないクラリスクレイスに、タキが駆け寄る。

「アンティっ!!」

かざされるウォンド。本来対象の異常を回復する補助テクニックは、クラリスクレイスの傷を癒し、周囲フォトンの吸収補助さえ開始する。

 

立ち上がったクラリスクレイスは、ロッドを放り投げ、両腕を振り上げた。

「二重属性複合開始⋯ 全部まとめて吹き飛ばす!!」

業火と闇黒、二つのエネルギーが混ざり合い、臨界に達する。

それは法撃の極致。熟練の法撃使いのみに許された、獄炎の具現。

『前衛、射線確保を!!』

「獄炎波動子装填⋯ ! 焼き尽くせ!フォメルギオン!!!」

 

ステラとアメリアスが左右へ跳んだ直後、熱線が幻創種を呑み込んだ。

「ははは!! どんなものd⋯ 」

「砲撃来てるっすから!!」

高笑いするクラリスクレイスの襟を掴み、タキが大急ぎで爆風をやり過ごす。

 

アメリアスはそれを呆れた目で一瞥すると、また駆け出そうとして、

『⋯ 前方にエーテルの異常反応!!気をつけてください!!』

「! 姉ちゃんあれ!!」

 

ステラの声に、思わず立ち止まる。

幻創種のいなくなった道に集う、緑色の輝き。

4人の目の前で、それは形を成した。

『⋯ ようこそ! 我が牙城へ!!』

「貴方はっ⋯ 金の使徒⋯ !?」

現れたハギトの姿に、アメリアスは瞠目する。

 

『反応は具現武装と酷似⋯ エメラルド・タブレットの変異体と思われます!!』

ハギト⋯ エメラルド・タブレットの周囲に、T-レックスとスネークヘリが具現する。

「お、多いっ⋯ ! クラリスクレイス次席、もう一発⋯ 」

「そんなにぼこじゃか撃てるもんじゃない!」

 

苦い顔で答えたクラリスクレイスは、直後身を翻して機銃を回避する。

「立ち位置を崩さないで!! っステラ後ろ!!」

「えっ⋯ !!?」

振り返ったステラは、顔を引きつらせた。

 

ステラを覆う影。

巨獣の顎門が、ステラへ開かれる⋯ !

 

「させるかよ!!!」

「はああああああっ!!」

 

瞬間。

T-レックスが仰け反り、舞い降りた刃に断ち切られた。

「ふぅ⋯ 危ないところでした!!」

「ジェネ!!」

九番艦(ハガル)の増援⋯ ! 助かったっす!!」

 

現れた援軍に、アメリアスは安堵の声を上げる。

そして、

「だいじょうぶか!?」

「え、えっと⋯ 貴方は?」

尻餅をついたステラの隣には、小さな少年が飛び回っていた。

 

「おれはモア! あぶない所だったな!」

「モア⋯ さん? でも、なんで浮いて⋯ 」

元気よく自己紹介をされたものの、ステラは訳が分からず少年を見る。

 

「⋯ 大丈夫。彼はウェポノイドよ」

「え⋯ ?」

凛とした声。

いつの間にかステラの隣に、黒髪のニューマンの少女が立っていた。

「新型戦術媒体、『チップ』の技術を応用して、武器に肉体と人格を与えた自立型兵装。まだハガルでの試験運用の段階だから、貴女が知らないのも無理はないわ」

 

少女はそう言うと、ロッドを片手に飛び出していく。

「アネットはやっぱりぶっきらぼうだな⋯ お前もむりするなよな!」

モアもステラに笑いかけると、アネットの方へ飛んで行った。

 

「ステラ、行ける!?」

スネークヘリを沈め、ステラへ駆け寄るアメリアス。

「う、うん! でもあの緑いのが⋯ !」

「大丈夫、あいつは⋯ !」

ステラの手を引き、正面を見やる。

 

「⋯ タイマンは苦手っすけどね」

白いベストをフォトンの光で照らし、エメラルド・タブレットと相対するのは、タキ。

「全く、また悪趣味な武器を⋯ お前の相手は、俺っすよ」

背負ったフォトンリングが収束し、タキの右手に一本のウォンドを造り出す。

 

『沈めっ!!』

具現されたミサイルが、タキへと爆進する。

「沈むのは⋯ テメェだ!!」

タキは叫ぶと、その手のウォンドを投げつけた。

 

⋯ テクターの真価、ウォンドによる近接戦闘能力。

それを支える法撃爆発が、ミサイルを吹き飛ばす。

『何っ⋯ !?』

爆風が、2人の間を白く染める。

 

「そこだ⋯ っ!!」

タキはそれを逃さない。

爆風から伸びた右腕が、エメラルド・タブレットを無理矢理掴み上げる。

『ぐっ!!?』

「二重属性複合開始⋯ さて、消えて貰おうか!!」

タキの両手が、白く輝く。

 

⋯ 8番艦には、奇妙なテクターがいた。

格闘は苦手と言っておきながら、近接戦闘力を追求する、変わりもののニューマン。

しかしその探求は、本人も知らないうちに、実力という名の証左となっていった。

 

故に、彼の実力を知る者は、彼をこう称える。

「切り刻め⋯ バーランツィオン!!」

杖闘士(レガリエーター)』と。

 

『ぐああああああっ!!!』

氷の刃に串刺しにされたエメラルド・タブレットは、そのまま光になって消える。

『具現武装、撤退した模様です!』

「よっし! じゃあどんどん⋯ うおっ!?」

突如飛来した砲弾に、モアは慌てて上空へ逃げ出す。

 

『大和の砲撃が激化しています! ダッシュパネルを設置するので、一気に接近してください!!』

「了解です! 行きましょう、皆さん!!」

ダッシュパネルに飛び込んだアークスは、激しい砲撃の中を駆け抜けていく。

 

(⋯ !あれは⋯ !!)

その最中。

少し離れた所で、砲撃ではない、フォトンの爆風が起こった。

言うまでもない。イツキやイオ⋯ ここで戦っている、他の仲間たちのものだ。

 

「⋯ まあ、これだけいればね、っと!」

段差を華麗に飛び越え、射入位置に近いエリアへ飛び込む。

「よっ⋯ と!!」

具現したスネークヘリの横腹を蹴りつけ、

「援護するよ!」「!」

着地したアメリアスの横をかすめ、鎌鼬がスネークヘリを斬り裂いた。

 

「エコーさんっ!!」

近くの氷塊の上から、ロッドを握ったエコーが手を振る。

アメリアスがそれに応じて腕を上げると、すぐ近くで爆音が響く。

「いよっと! 俺もいるぜ!!」

大型のランチャーに乗ったゼノが、周りの幻創種を吹き飛ばして着地した。

 

「何人かこっちに合流に来てる! 俺らもさっさと道を開くぞ!」

「了解です!!」

幻創種を蹴散らし、9人は大和へ接近する。

 

すると、大和甲板の巨砲が動いた。

『大和の主砲に高エネルギー反応! 来ます!!』

三連装砲塔に、光が満ちる。

氷上のアークスに向けて放たれたのは、ビッグヴァーダーの主砲に匹敵する、光子ビームだった。

 

「うわっ!」「づっ⋯ 何よそれ⋯ !」

アメリアスはステラの服を掴み、強引に横合いへと回避する。

『連射は出来ない様です! 今のうちに接近を!!』

「ステラ立てる!?」「ごめん姉ちゃん、私は大丈夫!」

 

ステラを見つつ、すぐに全周を確認する。

幸い、直撃を受けた仲間はいないようだ。

「ゾンビがいっぱいでてるぞ!!」

「させるかよ! ゾンディール!!」

タキによって展開される、特殊重力場。

「行きますっ!」

そこへ飛び込んだジェネが、ダブルセイバーと共に舞う。

 

「ミリオンストームっ!!」

「アクション! サリィプロード!!」

不意にロードローラーの集団へ、光弾と爆発が襲いかかった。

「おおっと!?」

クラリスクレイスが顔をあげると、1組のデューマンが走ってくる。

 

「よし、センパイもいた!」

「加勢する! 頼んだよエリザベート!」

魔術師の様なペット⋯ サリィ種がその手の杖を振るう。

放たれたフォトンが創り出すのは、敵を捕らえる重力場。

「行くぞっ!」

そしてイオの一太刀で、幻創種がまとめて斬り裂かれた。

 

「マイフレンド!そっちは大丈夫だったかい!?」

「は、はい! でも、これで11人⋯ ?」

『正確にはモア君を除いて10人ですね。ご安心を、右舷側に14人居ますよ』

「あ、ありがとうございます⋯ 」

 

違和感を振り払い、アメリアスは大和の方を見る。

最早、行く手を遮る物はない。

気づけば、鋼鉄の巨躯は目前にまで迫っていた。

 

『再度主砲に高エネルギー反応!!』

「直線上より退避!一気に距離を詰めます!」

ビームを掻い潜り、ついにアメリアス達は、大和直下へ到達する。

 

『⋯ そろそろ、お引き取り願おうかッ!!』

再び現れる、翠玉の光。

エメラルド・タブレットが、二機の戦車を引き連れて具現する。

「こっちの台詞だ! 行くぞ皆っ!!」

「⋯ ! ゼノさん!!」

息巻くゼノを、アメリアスは肩を掴んで引き止めた。

 

『また主砲が⋯ いいえ、これは!!?』

前甲板の三連装砲が、()()()()

放たれた光線は⋯ 上空で収束し、巨大な光球を造りだした。

 

『あれが落ちたら⋯ !』

「こいつ⋯ ! 私達を諸共潰すつもりか!」

怒号を上げ、クラリスクレイスが創世器を振りかざす。

「クーちゃん、何を!?」

「性質がフォトンと類似しているなら⋯ !あいつを直接破壊する!」

 

光球を灼く爆炎。

氷原を融かす法撃を受けても、光球は歪む事なく、じりじりと地面へ落ちて行く。

「貴女1人じゃ⋯ くっ!」

「アネットさん! ⋯ っあっ!!」

加勢しようとしたジェネとアネットに、大和、戦車の砲撃が襲いかかる。

 

「クソっ⋯ だああああああっ!!!」

クラリスクレイスは1人、爆炎を放ち続ける。

前線が⋯ 仲間が砲撃を引きつけているうちに、何とかして破壊しなければ。

「ここで⋯ 終われるかあああああ!!」

輝きを増す、黒紫の長杖。

模倣創世器「灰錫クラリッサII」。

 

⋯ 分かっている。

自分の命は造られたもの。自分の力は造られたもの。

そしてその力だって、三英雄(クラリスクレイス)を名乗るには値しないということも。

 

それでも。

クラリスクレイスは、信じたかった。

 

例え、自分が弱い存在でも。

自分の意思で、何かを成し遂げられると。

クラリスクレイスという少女は、今ここに生きていると。

だから⋯

ここで、止まれない⋯ !

 

「跳べえええええええええええっ!!!」

一陣の追い風が、赤い髪を撫でた。

「アメリアスっ!?」

「クーちゃん合わせてっ!!」

光球に肉薄したアメリアスが、輝きを放ちながら滞空する。

 

「あ、ああ! ⋯ イル・フォイエ!!」

「ヴィント⋯ ジーカー!!」

折り重なる、突風と爆炎。

二つの必殺が、光球をかき消した。

 

「「やった!!」」

『高エネルギー消滅! 残りの幻創種の撃破を!!』

「よし、持ち場崩すな! 確実に片付けるぞ!」

残った戦車、そしてエメラルド・タブレットに、集中攻撃が降り注ぐ。

 

『ば、馬鹿な⋯ ! 想定を超えている⋯ !』

瞠目するエメラルド・タブレットの前に、3人の少女が降り立つ。

「⋯ クーちゃん、あんまり気を張っちゃだめだよ?」

「貴様こそ。あ、それとクーちゃん言い過ぎだ」

「すいません、聞かん坊は姉の悪い癖で⋯ ほら姉ちゃん、さっさと済ませるよ」

 

長杖。魔装脚。飛翔剣。

輝ける各々の刃が、切り札を撃ち放つ。

「フォメルギオン!!」

「ヴィントジーカー!!」

「ケストレルランページ!!」

『ぐ⋯ うああああああああああっ!!!』

エメラルド・タブレットは、あっけなく光球に戻り、艦橋へと飛んで行った。

 

『幻創種の反応消滅! さあ皆さん、殴り込みお願いします!!』

「「「了解っ!!!!」」」

氷原に敷設されるカタパルト。

そこから24人のアークスが乗り込む光景は、圧巻としか表せないだろう。

 

嘗て300機以上の戦闘機と、数えきれない魚雷によって、海の底へ沈められた大和。

それが今、24人の歩兵によって、陥されようとしている。

 

「あの主砲行きます! どおりゃああ!!」

アメリアスの連撃が、砲塔に光の軌跡を描く。

『アメリアスさん! 後ろっ!!』

「⋯ なっ!?」

砲塔を叩き壊すと同時に、アメリアスは身を翻した。

 

「エメラルド・タブレット⋯ ! こいつしつこいっ!!」

三度現れた虚像へ、ミサイルを弾き飛ばしながら飛びかかる。

「邪魔だっ!!」

繰り出される蹴撃。

しかしその全てを、エメラルド・タブレットは意に介さない。

 

『エメラルド・タブレットは、大和と接続しているようです! 今はダメージを与えられないので、大和の消耗を!』

「⋯ 了解!」

光弾をかわし、次の砲門へ走る。

 

「わっ⋯ !」

後部からも、爆風が立ち上る。

「ほああああああああああっ!!!」

視界に意識を向けると、剣を振るう少年の姿が僅かに映った。

「⋯ 負けてらんないね!!」

 

艦砲が、次々とひしゃげ、壊されて行く。

24人の猛攻を前に、大和の艦砲が全滅するのに、さほど時間はかからなかった。

「これで最後っ!!」

大型機銃を破壊したアメリアスの横に、後部甲板からイツキとリナが走ってくる。

 

「アメリアスさん!」

「イツキ君にリナさん! じゃあ後方も⋯ !」

「ええ、全て破壊したわ! これでこのデカブツを無力化できたはず⋯ !」

笑顔を浮かべるリナ。

 

『A.I.S、再起動完了! これで一網打尽に⋯ !』

シエラの声も、明るく上ずり⋯

 

『⋯ !! 待って下さい! 大和の反応に異常を感知!!』

急にその声は、危急を伝える物へと変わった。

 

「それってどういう⋯ うわっ!!」

振動が、甲板のアークスを襲う。

『こちら揚陸艇! 甲板上のアークスを回収する!!』

『皆さん、乗ってくださいっ!!』

「わ、わかった!!」

急行した揚陸艇へ、次々と飛び乗るアークス達。

 

「うわあっ⋯ !」

「うわ危っ⋯ !!」

アメリアスも、ステラと揚陸艇の甲板へ避難する。

「なっ⋯ あれは!!?」

不意に、タキが驚愕の声を上げた。

 

大和の艦橋が、緑色に輝く。

同時に鳴動する氷原に、白い(ヒビ)が入って行く。

「ま、まさか⋯ !!」

 

轟音が轟く。

砕かれた氷をはねのけ、大和の巨躯は進み出した。

 

嘗て駆けていた、凍りついた海原では無く。

ずっと見上げていた、青い空へと。




5/21
今週は後半を書くのが限界でした⋯


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phase:4 「savior of song:I」

そういえば、強化大和のお知らせがありましたね。
波動砲⋯ は、無いようでしたが。


AD2028:4/1 12:00

惑星地球上空:第1揚陸艇

 

甲板から格納庫へ転送されたアメリアスは、すぐに出撃ゲートへ駆け寄った。

「っつ⋯ ! 何よあれ⋯ !!」

近くのポールに掴まり、強風の吹き込むゲートの外へ顔を向ける。

 

大海原の中央。

大戦艦は、その航路を空へと変え、日本列島へ進んでいた。

『幻創戦艦大和の速度、急激に上昇! 残り30分で、日本本土に到達します!!』

ゲートが閉じていく中、シエラの声が響き渡る。

 

『認識偽装は試みますが、領域隔離は完全に不可能です! 都市部へ接近される前に、A.I.Sで追撃、撃破を!!』

無茶苦茶だ。素直な感想が、アメリアスの胸の内に湧いた。

 

告げられた作戦だけではない。

ここまで見せつけられてきた、幻創種の異常性。ずっと我慢していた感情が、ここへ来て容赦無く押し寄せた。

だが⋯ だからどうした。

 

アメリアスは「彼ら」に視界を移す。

A.I.Sへ駆け寄る11人。その誰1人として、表情に翳りなどない。

彼らは知っていた。

⋯ というよりは、思い知っていた。

 

⋯ 相手が無茶苦茶なら、それを超える無茶でねじ伏せる。

嘗て一人の少女は、そうやって宇宙を救ってみせた。

アークスの⋯ 人の可能性を、見せつけた。

 

だから、この程度で立ち止まってなどいられない。

その希望に、追いつくために。

その輝光を、追い越すために。

俺たちは、前に進むんだ⋯ と。

 

「ほら姉ちゃん、早く!!」

「おおっとごめん!!」

尤も。

当の本人は、それに全く気がついていないわけだが。

 

『全機の搭乗を確認! ミッション開始まで、5、4⋯ 』

コクピットに飛び込んだアメリアスは、ふと首のバンドに手を触れる。

『3、2、1⋯ 出撃、お願いします!!』

「⋯ 了解! 『守護輝士』、アメリアス! 行きます!!」

 

24機のA.I.Sが、次々と大空へ飛び出していく。

「目標へ接近します! ハイブースト⋯ 起動っ!!」

スラスターが蒼光を放ち、A.I.Sが急加速する。

 

空間戦闘用推進システム、ハイブースト。

2年前の「禍津(マガツ)」との戦いを参考に開発された、前方へのブーストシステム。

A.I.Sは空を翔け、大和へと猛追する。

 

『目標こちらを捕捉! 来ます!!』

そして大和は急回頭し、艦首をアークスへと向けた。

 

『さあ、平伏したまえ! 懺悔の時間だ!!』

「上等⋯ !! 亡霊は亡霊らしく、海の底へ還りなさい!!」

 

啖呵を切ったアメリアスの前で、大和の艦底が青く輝いた。

瞬時に形成されるのは、巨大なレーザーブレード。

凶悪な刃はゆっくりと回転し、周囲のA.I.Sへと迫っていく。

 

「危っ⋯ ! って、ステラ!!?」

「主砲止めてブラスターでブチ抜く!」

各機が散開する中、ステラはブーストを駆使して、単独で大和の直上へ躍り出る。

「こいつで⋯ !!」

射出される冷凍弾(フォトンブリザード)

すかさずフォトンブラスターを展開し、主砲を一網打尽に⋯⋯⋯ !

 

「⋯ っ!?」

ステラは目を疑った。

主砲へ真っ直ぐに飛んだフォトンブリザードは、障壁のようなものに阻まれ搔き消えた。

『大和甲板にバリア⋯ 隔離領域レベルの障壁を確認! ⋯ っステラさん!!』

 

直上のステラに向けられる、三連装主砲。

「不味っ⋯ !!」

「させるかっての!!」

蜂の巣にされるその瞬間、アメリアスのA.I.Sが突撃をかけ、ステラ機を掴んで退避する。

 

「馬鹿馬鹿馬鹿!! 単騎で突っ込むなっての!!」

「だ、だって砲塔先に狙った方が!!」

「喧嘩してる場合かお前ら!!」

ゼノの声に、2人は戦場に引き戻される。

他のA.I.Sは左右弦に分散し、レーザーを掻い潜りながら交戦を続けていた。

 

「左右に発生装置が付いてる! レーザーには気をつけてくれ、センパイ!」

「⋯ OK!!」

アメリアスはすぐにハイブーストをかけ、大和の艦底、海面スレスレまで滑り込む。

「いよ⋯ っと!!」

そのままオーバーブーストに移行し、左舷の発生装置前へ飛び出す。

 

「そうかその手が⋯ !」

「こういうのには、死角が付き物ってね!」

他A.I.Sが攻撃できるよう、アメリアスはグレネードを乱射しつつ後退。

射線を取りつつ、周囲が射撃に移行したのを見た途端突撃、フォトンセイバーを振り下ろす。

 

ステラは遠方から、姉の手並みに感嘆していた。

「姉ちゃん、A.I.Sは苦手って聞いてたけど⋯ 」

彼女を助けているのは、ひとえにこの状況だろう。

 

敵の一体一体は弱くとも、多数を相手取り、それぞれの行動を捌かなければならない乱戦に対し、相手が強大だろうと、単体であればできる事は限られる。

そしてアメリアスの「目」をもってすれば、大和の動きを見切ることなど容易い⋯ !

 

「斜線開ける!イツキ君!!」

「了解っ!!!」

イツキのA.I.Sが、フォトンセイバーを構え突進する。

クリーンヒットしたフォトンラッシュは、大和左舷の発生装置を破壊した。

 

「いよっし!」

「包囲は崩さないで! 動かさない事が最優先!!」

「アメリアス!」

叫んだアメリアスへ、右舷のタキが通信を入れる。

「ブラスター撃ち込むっす! 正面を押さえて⋯ 」

ブラスターを展開し、大和の右舷へと向けるタキ。

 

左舷の破壊時間、そして右舷の攻撃頻度を考えれば、後はフォトンブラスター一撃で破壊できる。

「動くなよ⋯っ!!」

タキは小さく呟いて、砲口を発生装置へ向けた。

 

 

「⋯ 素晴らしい。よもや此処までやってくれるとは」

空を往く鋼鉄の災禍に、称賛の声をかける。

彼の描いた幻創は、あれだけの数の騎兵を相手して尚、その圧倒的な力を示し続けている。

 

「確かにいい抵抗だが⋯ バックヤードを過信するのは、愚策にも程があるよ、アークス?」

トラ・トラ・トラ(我、奇襲ニ成功セリ)』。有名な暗号を思い出し、ほくそ笑む。

彼らは知らない。すでに、最後の一手も指されているという事を。

「さあ、これで⋯ 終わりだ」

自らの軍勢の勝利を、確たるものとする為に。

この瞬間、悪魔の一手が放たれた。

 

 

「動くなよ⋯ っ!!」

砲口に閃光が走る。

幻創を打ち砕く、必殺の光条は。

 

A.I.Sの光と共に、掻き消えた。

「⋯ !!?」

驚愕したタキは、すぐにA.I.Sの異常に気づく。

動かない。ロックですら無く、完全にシステムがシャットダウンされている!

 

「おいタキっ! どうした!!」

「え、A.I.Sが停止しました! フォトンによる装甲強化も行えません!!」

直接通信を開いたクラリスクレイスへ叫ぶ。

「第二班は軒並み止められてる! ⋯ まさかハッキング!!?」

「ンなことあるか! 直ぐに脱出しろ! このままじゃ死ぬぞ!!」

 

緊急脱出装置を立ち上げると、揚陸艇へのコネクトが始まる。

「でも、どうして⋯ !?」

呟いたタキの体は、直後揚陸艇へ飛ばされる。

 

光を失ったA.I.Sと、それを守るA.I.S、それを狙う大和の砲門。

戦場は、混沌に支配されつつあった。

 

A.P241:4/1 12:10

アークスシップ:艦橋

 

「だ、第二班のA.I.Sが停止!!?」

艦橋のシエラは、コンソールを埋めつくすエラーに驚愕した。

あり得ない。ネットワークに不備は無く、オラクルのネットワークをハッキングするなど、其れこそシャオと同等の処理能力が無ければ不可能だ。

 

瞬時にA.I.Sのネットワークを浚ったシエラは、目を見開いた。

「瞬間的なハッキングプログラム⋯ 発信元は⋯ え、A.I.S!!?」

シエラは動揺を飲み込み、コンソールの操作に移る。

「と、兎に角アークスのサルベージを⋯ ! でも、A.I.S自体との接続を切られたら⋯ !!」

 

クラウド式のネットワークを無力化されている以上、A.I.Sへの干渉自体不可能。

復旧を始めようとしたシエラは、ウインドウの表示を見つけ、表情を変えた。

「⋯ 第一班の皆さん! 冷静に聞いてください!! 第二班のA.I.Sに⋯ 」

言いかけたシエラの声を遮ったのは、ウインドウの一つに表示されたビーコンだった。

 

太平洋のレーダーマップに映る、A.I.Sを示すアイコン。

その一つが、凄まじい勢いで動き出す。

「アメリアスさん⋯ っ!」

シエラは唇を噛み締め、敢然とコンソールに向き直った。

 

「行動可能機、動けないA.I.Sを援護し包囲の維持を! 第二班のアークスは、強制脱出を試みて⋯ 」

半数のA.I.S反応が消滅した、レーダーマップの、その中で。

アメリアスの物を示すアイコンが、13個目のアイコンへ突撃していた。

 

AD2028:4/1 12:13

地球:日本近海

 

「アメリアスさん!?」

「アメリアス!?」

「姉ちゃん!!?」

それは、混乱の中の一瞬だった。

 

アメリアスの駆るA.I.Sが、突如大和から離れ出したのだ。

「逃すか⋯ !!」

停止したA.I.Sの間を抜け、大和と反対側へ疾走する。

 

まだ確証はない。が、全てが繋がった。

朝から続いた悪寒、先日感じた違和感。

それと結びついたのは⋯ 幻創種特有の、不快感。

 

そして今、

その繋がりを裏付けるものは、彼女の目の前にあった。

「はああああああああっ!!!」

戦場から逃げるように背を向けた、一機のA.I.S。

動かないはずのそれに、アメリアスは全力で体当たりをかました。

 

「ぐああああっ!!!」

吹き飛ぶA.I.Sから聞こえる、青年の声。

その声に、アメリアスは確信した。

「やっぱり⋯ !!」

 

地球からの、オラクルへの干渉。

それを可能にしていた、マザー・クラスタ。

そして、この災禍を引き起こした張本人。

 

「亜贄⋯ 萩斗ォォォッ!!!」

蒼光が迸る。

2つのフォトンセイバーが、蒼穹の中でぶつかり合った。

 




社長はphase1でこう言いましたよね。
「私達の戦争」と。


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phase:4 「savior of song:II」

正直言って、大和は簡単なので、ネタが尽きかけてるのです。


AD2028:4/1 12:13

地球:日本近海

 

「第二班、離脱に成功した!!」

「了解⋯ シエラ! こいつはどうなってる!!」

大和の砲撃をかわしながら、ゼノはシエラへと怒鳴る。

停止したA.I.Sを乗り捨て、脱出させることには成功したものの、12機が一度に離脱した事で、戦況は大きく相手側に傾いている。

 

『A.I.S自体からのネットワークへの干渉です! システムが落とされただけなので、直ぐに復旧出来るかと!』

「⋯ 分かった! 何とか持ちこたえる!」

通信を切り、鋼鉄の巨躯を睨む。

「よくわからんが⋯ 頼んだぜ、アメリアス⋯ !」

赤色のA.I.Sは、再び蒼光を引いて飛び出した。

 

 

大和から離れた、大海の中央。

二機のA.I.Sが、海上で向かい合っていた。

『私に構っていて良いのかい? 仲間達がだいぶ苦戦しているようだが?』

「バレると呆気ないと思ったら、それも込みの一手か⋯ 私の仲間を、余り舐めないで欲しいな」

 

アメリアスの駆る黒いA.I.Sが、躊躇なくフォトンセイバーを抜き放つ。

「取っ捕まえて問い詰めたい所だけど⋯ 今は! さっさと消えてもらう!!」

「フッ⋯ 良いだろう、勝負だ!!」

 

再び、二機のA.I.Sが舞い上がる。

フォトンセイバーでは拮抗するだけと判断したのか、ハギトは距離を取り、グレネードを乱射する。

アメリアスはそれを引きつけ、着弾寸前でブーストし、回避。

その勢いのまま、フォトンセイバーをハギトへ突き出す。

 

「クッ⋯ !」

突進を紙一重でかわし、後退するハギト。

両機の内部フォトンが枯渇し、戦闘はソリッドバルカンによる銃撃戦に変わった。

 

互いに、決め手が決まらない。

こうなってしまえば、都合がいいのはハギトの方だ。こうしている間にも、主戦力である大和が、雑魚を蹴散らしてくれる。

 

『どうしたお嬢さん? このままでは仲間の方へも行けないが?』

「⋯ 言ってろ!!」

アメリアスは弾幕の消えた一瞬で、再びハギトへと突進する。

 

それは焦りもあった。

『かかった!』

アメリアスは気付けなかった。

A.I.Sに突撃をかけるには、その距離は無謀すぎた事に。

「⋯⋯ !!」

撃ち出された誘導弾。

その全てが、アメリアスのA.I.Sに命中した。

 

「が⋯ ッ!!」

余りの衝撃に、体がコクピットに叩きつけられる。

修復装置を起動しようとするも、揺れた視界が定まらない。

「この⋯ っ!!」

体勢を立て直そうと、半ば強引にブーストをかける。

しかしスタビライザーがやられたのか、機体は立ち直る事なく空を掻いた。

 

「不味⋯ っ!!」

『終わりだ!!』

ハギトは好機を逃すまいと、フォトンブラスターを展開する。

『ゲームオーバーだよ、お嬢さんッ!!』

閃光を湛えた砲口は、無慈悲に少女へと向けられた。

 

AD2028:4/1 12:20

地球:日本近海

 

『やばっ⋯ ぐあああああっ!!』

イツキの隣で、僚機が吹き飛ばされる。

「コア⋯ ! クソっ、あの野郎⋯ !!」

発射される榴弾、レーザー、三式弾。

幻創戦艦大和の弾幕は、完全に空間を制圧していた。

 

「このままじゃ⋯ でも、どうすれば⋯ !」

足並みを崩され、接近できないA.I.S。

こうしている間にも、大和は少しずつではあるが、本土へ接近している。

「畜生! こんなのまるで地獄じゃないか!!」

飛来する零戦を撃ち落とし、後退するイツキのA.I.S。

 

⋯ 駄目だ。

このままでは、勝てない。

「だ⋯ 誰か⋯ !」

何か、無ければ。

この状況を打破する、何かが無ければ⋯ !

 

『射線空けろおおおおおおおおお!!!』

 

その時、

イツキのA.I.Sの隣を、青い光線がかすめた。

「!!」

射程ギリギリからのフォトンブラスター、それに率いられる様に飛来した機装の戦士が、次々とグレネードを発射する。

 

「これって⋯ !!」

光線が消える。

大和の側面のバリア発生装置が、周辺の装甲ごとえぐり抜かれた。

 

『⋯ 成る程、確かに、この状況は地獄だろうさ』

響き渡る、少女の声。

10機のA.I.Sが並ぶ間を、1機の真紅のA.I.Sが進む。

『しかし、なぜこの程度で立ち止まる? 我々は知っている筈だ。これを超えた地獄の光景を、凡そ人が挑めるはずもない、絶望の果てを!』

 

その声は、何よりも気高く、力強く。

 

『ならばこそ思い知らせろ! あの絶望を気取る鋼鉄に! 為すべきことはただ1つ⋯ 地獄を作れぇッ!!!』

 

闇を払い、絶望を討つ英雄が、そこにいた。

 

『お待たせして申し訳ありません!!再起動(リブート)、成功しました!』

『後は本丸を陥とすだけだ! 行くぞ!!』

焔の如く、クラリスクレイスのA.I.Sが疾走する。

 

「行くっすよ、ゼノさん!!」

「上等じゃねえか⋯ !!」

狂った戦艦を取り囲むのは、再び集結した22機の戦士。

『全武装⋯ 禁圧解除!!』

それに呼応する様に、大和の艦体が翠光を放つ。

 

『幻創戦艦大和、全砲門を展開! 来ます!!』

それは、あの地獄の海の再演の如く。

解き放たれし鋼鉄の威信は、巨砲の先を空へと向けた。

 

 

『ゲームオーバーだよ、お嬢さんッ!』

敗北を告げる光条が放たれようとした、その時。

一瞬、ハギトのA.I.Sから、光が消えた。

 

『何っ⋯ !?』

瞠目するハギト。

自分が行ったのとまさに同じ、瞬間的なシャットダウン。フォトンブラスターも、異常を検知しキャンセルされた。

 

「今のは⋯ ?」

困惑するアメリアスの視界に、ノーマルチャットが映り込む。

『危ないところだったね、アメリアス』

「ヨハン⋯ !?」

『シエラさんがやってくれたよ。ま、僕もちょっとは手伝ったけど』

 

アメリアスははっとして、レーダーを確認する。

20個以上のアイコンが、空を示す正方形の画面を駆け抜けていた。

 

『はい、そのシエラさんです! こっちはもう大丈夫なので、思いっきりやっちゃって下さい、アメリアスさん!』

「⋯ そうですね。こんな奴に、いつまでもかまけてる訳にはいきませんし」

アメリアスの紺碧の瞳が、眼前の敵に向けられる。

 

「じゃあ⋯ 終わらせてくるね、シエラ!!」

『⋯ はい! ご武運を!!』

アメリアスのA.I.Sが、再び光を散らす。

そして、

 

『クッ⋯ !!?』

次の瞬間には、反射的に出されたハギトのフォトンセイバーと斬り結んでいた。

「はあああああっ!!」

繰り出される乱撃(ラッシュ)。スタビライザーが折られているにも関わらず、ハギトはその動きに全く追随できない。

 

そして、ハギトのフォトンセイバーがはじかれた、その瞬間。

グレネードの弾頭が、ハギトのA.I.Sに突き出される。

「喰らえ…っ!」

『この⋯ ッ!』

しかしハギトはその胴体を蹴り飛ばし、強引に離脱した。

体勢は少し崩れるが、グレネードで牽制すれば、立て直す時間は稼げる⋯ その筈だった。

 

『グレネード⋯ 何っ!?』

ハギトの駆るA.I.Sの、さらに上。

蒼穹に、青白い閃光が迸る。

 

まさか。

ありえない。

「こいつで⋯ 」

上空で、しかもA.I.Sに、

「どうだあああああああああっ!!!!」

生身で、強襲をかけるなど⋯⋯⋯ !!!

 

「「ーーーーー!!」」

A.I.Sに突き刺さる、緑光を放つ大剣。

「A.I.Sは暴走に備え、浄化属性を持ったフォトンへの耐性が低くなっている⋯ 甘かったね」

アメリアスはコートエッジを引き抜き、自分のA.I.Sへと舞い戻る。

 

『何故だ⋯ 何故、及ばなかった⋯ 』

「貴方達にとってはゲームでも、私達は命賭けてるの。それだけの、簡単なこと」

『⋯ そうか、忘れていたよ。強大な兵器達は、それを駆る兵士の勇気があってこそ、輝いていた事を⋯ 』

 

停止するA.I.Sから、燐光が逃げる様に飛び去っていく。

「さて⋯ 後はあいつか」

アメリアスはA.I.Sに再び乗り込み、空を往く大和へと翔けた。

 

AD2028:4/1 12:25

地球:日本近海

 

「幻創戦艦大和、全砲門を展開! 来ます!」

『これで最後だ! 気張れ皆!!』

上空からブーストをかけ、甲板上へ乗り込むA.I.S。

「今度こそ⋯ !」

ステラの放ったフォトンブリザードが、後甲板の主砲を凍結させる。

 

「ナイス!」「行きますよ、リナ先輩!」

吹き荒れる、号砲と剣閃。

蹂躙するA.I.Sに対し、大和も次々と新たな砲門を具現させ、応戦する。

 

「これ、効いてるんすかね!?」

『最初から具現していた砲塔の破壊であれば有効です! ですがこれだけ大型となると、形態を構成する核を狙わなければ⋯ 』

「シエラ、それってこれ!?」

急降下したアメリアスのA.I.Sが、艦尾にフォトンセイバーを叩きつける。

そこにあったのは、青い光を立ち昇らせる、光の柱。

 

『はい! 艦首にも同等の反応があります!』

「了解した! 皆! 両端にある柱だ!」

クラリスクレイスの声に応じ、A.I.Sが拡散する。

甲板への密集を防ぎ、何機かは遠方からグレネードで射撃。甲板上には、定期的にフォトンブリザードを撒く仕事人(サポーター)の姿もある。

的確な連携は、幻創戦艦を追い詰めつつあった。

 

「これでっ⋯ 」「どうだ!!」

紅と黒、2機のA.I.Sが突進する。

具現した副砲塔諸共、両端のコアは砕かれた。

「いよっし!」

『大和の反応、大幅減衰! これなら⋯ !!』

 

己を構成する核を砕かれた大和、その巨躯が一瞬、霞む。

すると大和は、ぴたりと砲撃を止め、

「⋯ っ! 前甲板!!」

青い燐光を漏らしながら、海へと飛び込んだ。

 

「潜水!?」

「不味い、何機か巻き込まれた!」

巻き込まれたA.I.Sが辛うじて浮上する中、海が青く輝き出す。

『大和の反応が急速に収束⋯ 自身を削ってでも、此処で仕留める気です!!』

 

無数のレーザー砲塔を具現させ、浮上する大和。

そしてその甲板から、ロケットと見紛う大型ミサイルが打ち上げられる。

『殲滅シークエンスへと移行! 一瞬で塵にしてくれる!!』

ハギトの声が、戦場へ響き渡る。

 

打ち上げられたミサイルから、閃光が迸る。

「わっ⋯ !!」

立ち込める黒雲。そしてその中から、12発のミサイルが現れた。

 

『こいつが⋯ !』

『ミサイルに超高エネルギーを探知!すぐに破壊を!』

散開し、ミサイルへ翔ぶA.I.S。

凄まじいレーザーの弾幕に、何機か堕とされていく中、それでもミサイルの数は減っていく。

 

「後一つ!」

近くにあるミサイルを破壊するべく、ブーストを起動するアメリアス。

しかし、彼女は忘れていた。

「⋯ うわあっ!!」

無理なブーストで故障部が動かず、アメリアスのA.I.Sは派手に転がる。

 

『アメリアスっ!!』

畳み掛けるように、アメリアスを狙うレーザー。

「っああああ!!」

吹き飛ばされたアメリアスのA.I.Sは、完全に停止した。

 

「嘘っ!!?」

動かないA.I.Sのカメラに、海へと迫るミサイルが映る。

位置が悪く、味方は遠い⋯ !

「このままじゃ⋯ っ!!」

唇を噛み締めた、その時、

 

『はあああああああああっ!!!』

「!!」

光の軌跡と共に、ミサイルへ猛追するA.I.S。

その紅い刃が、最後のミサイルを斬り裂いた。

 

『馬鹿な⋯ これ程の力⋯ ありえない⋯ !』

大和は力尽きたように光を失い、海へと落下する。

『よっしゃあああ! 終わらせるぞお前らああああああ!!!』

ゼノを先頭に、動きを止めた大和へ群がるA.I.S。

 

何本もの光条がその巨躯を穿ち、ついに、

『馬鹿なっ⋯ この(ふね)が⋯ !!!』

捕らえきれなくなったエーテルの燐光を撒き散らして、鋼鉄の戦艦は消滅した。

 

『目標、完全消滅を確認! お見事です!』

『よし撤収! 地球の人にバレる前に逃げるぞ!』

領域隔離も限界が近く、余り余韻に浸るわけにもいかない。

A.I.Sが次々と帰還する中、アメリアスの機体のそばへ、クラリスクレイスのA.I.Sが飛んできた。

 

『やっぱり動きそうにないな⋯ 』

「うん⋯ ごめんね、手間かけて」

アメリアスのA.I.Sを掴み、曳航する様に引っ張っていく。

 

「あ、そうだクーちゃん」

『だからクーちゃん言うな⋯ どうした?』

「さっきはありがとね。最後の一本、クーちゃんがいなかったら⋯ 」

アメリアスが、そこまで言ったところで、

 

『? いや、私も追いかけたが⋯ 私は間に合わなかったぞ?』

「え?」

素っ頓狂な声を上げるアメリアス。

しかし、確かにあの時飛来したA.I.Sは、クラリスクレイスのものと同じカラーリングだった。

 

『それに⋯ 私の機体は隊長機だっただろ? あのハッキングのせいで、あれは使えなくてな⋯ 私だけ違う機体に乗り換えさせられたんだ』

おかげで使いづらかった、と愚痴る様に結ぶクラリスクレイス。

 

「あ、六芒は専用チューンになってるんだっけね⋯ お疲れ様」

アメリアスも何と言うこともなく返したが、小さな疑問は残ったままだった。

 




やるしかないと思った。今は反省している←クーちゃんの演説


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phase:5「帰還」

何とか間に合った⋯ (間に合ってない)


「オペレーション・コンプリート⋯ っと」

シエラは眼鏡を外すと、ワークチェアの上でうーんっと伸びをした。

「とは言え、ネットワークのチェックもしなければ⋯ 全く、どこからあんな事態に⋯ 」

またぶつぶつと呟きながら、コンソールを叩く。

 

すると小さな音とともに、ゲートが開いた。

「おっと⋯ お疲れ様です。あの、大丈夫でしたか?」

「⋯ 何とか。えっと⋯ 無理言って、ごめんなさい」

「いえいえ。これが決め手になったようなものですから、アメリアスさんも許してくださると思いますし!」

 

頭を下げた少女に、シエラは笑みを返す。

「それよりも、アルくんが心配そうにしてましたよ。早く行ってあげては?」

「⋯ ああそうだった! ありがとうシエラ!」

慌てて艦橋を出て行く姿を眺めてから、シエラはコンソールに向き直った。

 

A.P241:4/1 13:00

アークスシップ:情報部

 

「室長ー、戻ったっすー」

『お⋯ お帰り、タキ。お疲れさん』

オフィスに戻って来た部下を、ヨハネスは片手を振って出迎えた。

『中々大変だったみたいだね』

「全くっす。A.I.Sが止まるとか、今でも信じられないっすよ」

 

若干語調を強めるタキ。

余程、今回の事故に参っているようだ。

『ハッキングか⋯ 僕も、油断してたかな⋯ 』

ヨハネスも、悔しげに頭を押さえた。

隙が出来た原因はまだ連絡が来ないが⋯ 臨戦区域ネットワーク管理室にしてみれば、失敗以外の何者でもない。

 

『まあ、君が無事で良かった。カスラ司令には、何とかうまく言っとくよ』

ヨハネスはそう綴って、コンソールを叩く。

先程カスラから、緊急の回線チェックを申し渡された為だ。

 

タキはそれを何も言わずに眺め⋯ 自分もデスクに向かい、端末を弄り始めた。

 

A.P241:4/1 13:05

アークスシップ:ドミトリーエリア

 

「ただーいまー」

ステラが自室に戻ると、サポートパートナーのフェオが待っていた。

 

「お疲れ様です、マスター。任務は無事完了ですか?」

「無事に⋯ なのかなー。アクシデントもあったし⋯ 」

ぼふっとベッドに座り、天井を見上げる。

 

⋯ 正直、死を覚悟した。

アークスになって間もないステラにとって、超大型目標の撃退という任務だけでも厳しいのに、さらにそこにA.I.S停止というアクシデント⋯ 諦めが頭をよぎった瞬間もあった。

 

「⋯ でも、みんな諦めなかった」

思い出す。姉と、その仲間達の姿。

逆境にも挫けず、己のすべき事、出来ることを全うし、最後には勝利を収めた⋯

 

「まだまだだなぁ、私⋯ 」

ため息が漏れる。

あの背中に追いつけるのは、いつになるのか⋯

 

「ふああぁ⋯ 姉ちゃんじゃ無いけど眠いや」

ころんと、ベッドに横になる。

「ん⋯ おやすみ⋯ 」

程なくして聞こえてくる、小さな寝息。

 

「⋯ お疲れ様でした。マスター」

フェオはその顔を見て、ふっと顔を綻ばせた。

 

 

A.P241:4/1 13:10

アークスシップ:フランカ'sカフェ

 

昼下がりのカフェの奥。

光が差すテラス席に、数人のアークスの姿があった。

 

「お疲れ様、イツキ君!」

「じ、冗談抜きで死ぬかと思いました⋯ 」

「はは、激戦だったみてーだな!!」

談笑する彼らは、地球出身のアークス達。

イツキの提案で、カフェに集まった様だ。

 

「⋯ お、主賓が来たみたいだぜ」

カウボーイハットを被った少年が、イツキに呼び掛ける。

イツキが振り向くと、銀髪の少女がぱたぱたと走ってくるところだった。

 

「すいません! 報告で遅くなっちゃいました!!」

「お疲れー! ほら、ここ座って!」

リナに促されるまま、リナの隣に腰掛けるアメリアス。

 

緊急任務を終え、シップへ帰還している最中、「ちゃんと顔合わせをしたいので、カフェに集まりませんか?」という連絡を受けていた。

シエラの連絡を艦橋で受け、そのままカフェへやって来たというわけだ。

 

「えっと⋯ 」

イツキやリナだけではない。紅い装甲のキャストや、カウボーイハットの少年に、ピンク色のリリーパの着ぐるみ⋯ 先日の戦闘で、援護射撃に駆けつけた面々が集まっている。

 

「⋯ この人が例の?」「らしいぜ⋯ パッとしねぇ顔だが」「おいユ⋯ ムサシ!」

こそこそと飛び交う声。

視線が集まる中、アメリアスは口を開いた。

 

「あの⋯ 先日は、ありがとうございました。それと⋯ 」

デューマン特有の色白い顔が、俯く。

「ほ⋯ 本当に、良かったのですか? 皆さんこんな戦いとは、全く関係ない方々なのに⋯ 」

 

それはずっと、気にかかっていた事だった。

地球の協力者⋯ イツキとリナは、フォトンを操る適性を持ち、生身でこちらへ駆けつけた。

それに対し、ここにいるそれ以外の人々⋯ イツキのフレンド達⋯ は、あくまで「PSO2」を通して、つまり「マザー・クラスタ」がもたらした技術を使って来ているのだ。

 

彼らの身に危険が起きないとは言い切れない上⋯ アイカが語ったように、オラクルはどうしたって、疑ってかからなければならなくなる。

 

「⋯ 何言ってんだ」

それに異を唱えたのは、カウボーイハットの少年だった。

「俺たちだって覚悟決めて来てんだよ。あのステラとか言うチビに全部聞かされてな」

 

アメリアスははっとして、ここにいない妹を思い出した。

「そうだぜ、アークスのお嬢さん。あんまり世知辛い事言いなさんな」

「みんな、首を突っ込まずにはいられない。困ったちゃん」

紅と白のキャストのペアも、同意を返す。

 

「ま、半年前からキナ臭いとは思ってたからさ。こうなりゃ、最後までついてってやるぜ!」

耳付きのフードを被った少年も、そう言って笑ってみせた。

 

「皆さん⋯ 」

「⋯ 援護を提案したとはいえ、一応、反対はしたんだがな」

不意に、カフェの端から射す声。

全員がそちらを向くと、アイカがラッピーを連れて座っていた。

 

「イツキとカスラ司令に押されて、気づけばステラが派遣されていた。全く、地球の人々はお人好しと言うべきか⋯ 」

「でも鈴来さん、言ってたじゃない。彼らは信頼に値する⋯ って」

ため息をつくアイカに、笑いかけるリナ。

 

アメリアスに語ったのと、同じ言葉。

彼女だって、結局信じていたのだ。

アメリアスも顔を綻ばせて⋯ ふと思い出した。

 

「⋯ ああそうだ。さっきのシャットダウン、原因がわかりました」

「えっ!!?」「く、詳しく!!」

参加していた面々が、一斉に身を乗り出す。

 

「えっと⋯ 失敗は、『時差』だったみたいです」

「「「「「時差??」」」」」

首を捻る一同。

 

先程艦橋で伝えられた、ハッキングの理由。

オラクル世界の「新光暦」と、地球世界の「西暦」⋯ 正確には、日本の標準時⋯ には、30分ほどの時差があった。

 

そして地球に転移した8番艦「wyn」は、それに合わせて時間を30分早めたのだが⋯

「シエラ⋯ シップ管理官は毎日、日付が変わる30分前に、メンテナンスを行うそうで」

「⋯ それが、ズレたせいで抜けちゃってた、って事ですか?」

「⋯ そう言う事です。シエラ、滅茶苦茶落ち込んでました」

 

何でもワークチェアにうずくまり、機械が止まったように項垂れていたらしい。

「それでもオラクルのネットワークって⋯ なんて言うか、めっちゃ堅いんだろ?」

「そこなんですよね⋯ 隙が出来ていたのは確かなんですが、それでもどうして介入を許してしまったのか⋯ 」

「それはカスラ司令も疑問に思っているそうだ。向こうに余程の演算能力が無ければ⋯ 」

 

一同が考え込みかけた、その時。

「すまないイツキッ!! 遅くなってしまったッ!!!」

アメリアスと同じ様な台詞と共に、デューマンの少年が駆け込んで来た。

 

「コア! もうみんな集まってるぞ!!」

「すまない、あの巨災の残滓を鑑定するのに手間取って⋯ ああっ!!」

話していた少年は、片隅のアメリアスに気づき声を上げる。

「あ、貴女は⋯ 先の戦で俺を助けてくれた⋯ 光翼の戦乙女(ワルキューレ)ッ!!」

「あ⋯ そういえばさっき!」

 

あっけに取られていたアメリアスも、思い出した。

氷上での戦闘で、確かにこの少年を襲っていたロードローラーを、片手間に吹き飛ばしたような。

 

「あ、会えてよかった⋯ ッ! 麗しき戦乙女(ワルキューレ)よ! どうか、どうか俺と盟友の契りをッ!!」

膝をつき、ぐっと手を差し出す少年。

 

「そ、それは良いですけど⋯ コアさん、でしたっけ? 雑魚相手ならジャスティスクロウ乱射より、シュライク撃った方が良いですよ?」

「ぐふっ!!?」

 

戦乙女(ワルキューレ)(?)からの駄目出しに、がくっとくずおれるコア。

「ちょ、初対面でナチュラルに駄目出しって!」

「す、すいません! サポパにデュアルブレード教え込んだ時のクセでつい⋯ !」

「コア! 戻ってこい、コアーーー!!」

 

親友を揺さぶる少年と、生暖かい目でそれを見守るそのフレンド達。

⋯ 何はともあれ、それは帰還を果たしたアークス達の、穏やかな一幕だった。

 




コアの喋り方、何処まで痛くすれば良いものか⋯
大和緊急はここまでです。段々とヘビーになっていくストーリー、頑張って書いていきたいと思います。


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3章 世界変革の声〜CHANGE THE WORLD!!〜
SB3-0.5「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています」


いいんだ、このタイトルでいいんだ⋯⋯ !

それと今日はリオちゃん回。


A.P241:4/1 15:00

惑星地球:東京

 

隔離された東京の街に、咆哮が響き渡る。

無人の公園を闊歩するのは、巨大な爬虫類型の獣。

人々の恐怖、負の感情をエーテルが拾い上げ、形を与えた存在⋯⋯ 「幻創種」。

 

気の向くままに暴れていた怪物は、正面から駆け寄る影に気づく。

それは1mにも満たない、妙に小さな少女。

その手には、鋼色の刃が握られている。

 

「見つけた⋯⋯ !」

瞬間。

少女は軽く跳躍し、両手の剣を振るう。

すると楔の様な光の刃が飛び出し、怪物の巨躯に突き刺さる。

 

突然の奇襲に混乱し、長い尾を振り回す怪物。

しかし少女は矮躯を翻し、その懐に潜り込む。

 

「はああああ⋯⋯⋯ っ!!」

斬撃。

光の刃と共に繰り出された斬り上げが、怪物を打ち上げる。

 

無数の刃を突き刺され、巨躯が沈む。

怪物の、爬虫類に似た細長い瞳は、

「PBF⋯ これで⋯⋯ !」

最期に、迫り来る巨大な光刃を映していた。

 

 

「終わり⋯⋯ 」

公園に現れたT-REXを斬り伏せ、リオはふう、と息をついた。

 

きょろきょろと辺りを見回し、地面に落ちていた物体⋯⋯ T-REXの残留物を拾い上げる。

舞い込んだ幻創種の素材回収依頼——またカフェが目をつけたようだ——の手伝いをマスター(アメリアス)に頼まれ、リオはこうして地球へ赴いていた。

 

(まったく、フランカさんは何を考えているんだか⋯⋯ )

ため息をつきながら、公園の沿道を歩く。

辺りには誰もいない。認識偽装と空間隔離が行われているのだから、当然ではあるのだが。

 

それでも普段臨戦区域から出ないリオにとって、市街地の景色は新鮮だった。

「⋯⋯⋯ はっ、そうだ任務」

いつの間にか散歩になってしまっていた。

集中しようと背のデュアルブレードを抜き、哨戒に戻る。

 

「⋯⋯ おや? そこに居るのは誰だい?」

と、その矢先。

街角から出てきたピエトロが、リオに声をかけた。

「えっと、君は⋯⋯ 」

「リオ⋯⋯ ピエトロさんも、任務⋯⋯ ?」

「リオ、リオ⋯ ああ、マイフレンドのサポートパートナーか! そう、僕も任務でね。カトリーヌと一緒に、街を探索していたところさ」

 

上機嫌に喋るピエトロを見て、リオは小さく首を傾げた。

⋯⋯ その割には、いない。

いつも彼が連れているはずの、ピンク色の毛が気持ちよさそうなあの子が、いない。

 

「⋯⋯ そのカトリーヌは?」

「⋯⋯ それが、はぐれてしまったんだ⋯ さっきブラウンベアの群れを蹴散らした時に、そのままぴゅーっと」

東京の街が気になったのか、もしかして先程の緊急任務に連れて行かなかったから怒っているのだろうか⋯ と、悶々と考えだすピエトロ。

 

リオはため息をついて、

「⋯⋯ どっちにしろ、探さなきゃ」

「そうだね。カトリーヌも困ってるだろうし」

2人になったパーティで、探索任務を続ける事にした。

 

「⋯⋯ っ! 敵⋯ !!」

路地に具現したクロウファムトの群れへと、リオは単身で突撃する。

ピエトロが戦えない以上、瞬間制圧で行くしかないと考えてだったのだが、

「唸れ⋯ イル・ザン!!」

それよりも先に、風の法撃が疾走(はし)った。

 

「えっ⋯⋯ !?」

直線上に吸い寄せられ、斬り刻まれるクロウファムト。

間違いなく、背後のピエトロが放ったものだ。

 

(今の出力⋯⋯ 法撃職並み!?)

続けて放たれた鎌鼬が、クロウファムトにとどめを刺す。

「あれは一見弱そうだが、包囲攻撃はかなり痛い⋯⋯ 尤も、君の場合はあちらが動く前に殲滅してしまうだろうけど」

「⋯⋯ ちょっとびっくりした。ペット頼りかと思ってたけど⋯ 」

 

何を言うんだと言うように、ピエトロは首を振る。

「こう見えて、僕の最高適性はフォースでね。それに、使役する側が戦えないんじゃ話にならないだろう?」

そしてふとリオを見ると、

「⋯⋯ 意外と喋れるんだね、君」

「⋯⋯ 定期的に調整してもらってるから」

 

ぷいっとピエトロから視線を外し、足早に先を行く。

確かにリオは口下手だが、それは性格(ソフト)ではなく素体(ハード)の問題だ。

今でこそこうして、サポートパートナーとして戦っているが、アメリアスのパートナーとなる前は⋯⋯

 

「それに、君は何処となく他と違う感じがする。なんと言うか⋯⋯ 人間臭い、のかな、雰囲気が」

するとピエトロが、そう続けた。

 

「⋯⋯ ホントに、他と違うから」

リオは立ち止まり、ポツリと呟く。

「? いや僕は何と無く⋯⋯ 」

駆け寄ったピエトロの前で、リオはカチャカチャと何かを外し、差し出した。

 

「ミッションパック⋯⋯ ?」

ミッションパック⋯ アークスの必須装備の一つである、フォトン制御のための戦略OSを組み込んだ端末だ。

大抵戦闘服のどこかに収納されているのだが、サポートパートナーは直接プログラムをインストール出来るため、本来であれば不要の筈である。

 

「じゃあ、君は⋯⋯ ?」

「⋯⋯ 『プロトマシナリー・typeA』」

「⋯⋯ !」

ピエトロは目を丸くした。

 

アークスの体制移行に伴い、開示された情報——主に「虚空機関(ヴォイド)」の秘匿研究について——の中に記されていた、その単語。

「オートマシナリー・type『Assault 』。

サポートパートナーの、量産兵器化に関する研究である。

 

「知ってるんだ⋯⋯ ペット以外はどうでもいい人かと思ってた」

「それについては否定はしないよ。でも一端のアークスである以上、知っておく必要はあると思っただけさ」

瞑目し、腕を組むピエトロ。

 

「確かにアレには、ミッションパックを使う予定だったらしい⋯⋯ 差し詰め、君は試作機と言うところか」

こくっと、リオは頷いた。

「量産性と出力に全振りして、個性を切った量産機⋯⋯ その試作1号機であったボクは、いくつかの実験の後に処分される予定だった」

 

リオは顔を落として、続ける。

「でも当時のプロジェクトリーダーの手で、こっそりサポートパートナーに登録されて、」

アメリアス(マイフレンド)と出会って、今に至る⋯ か」

 

またカチャカチャとミッションパックをしまうリオの脇で、ピエトロはぼんやりと空を見上げた。

「しかし、良くサポートパートナーにできたね」

「私は実際、素体(ハード)の試作機だったから⋯⋯ 初めから、ぽいっと捨てる気は無かったんだと思う」

 

ピエトロはそうか、と呟くと、

「⋯⋯ うん、面白い話を聞かせてもらったよ! さて、カトリーヌ探しに戻ろうか!」

「えっ⋯⋯ !?」

ころっと態度が変わったピエトロに、リオは戸惑って聞き返す。

 

「この領域も、延々隔離しておける訳じゃないからね。そうだろう?」

「そ、それは、まあ⋯⋯ 」

端末を確認するリオ。確かに、隔離可能時間も押してきている。思った以上に長話になっていた様だ。

 

さあ行こう! と言って、ピエトロは駆け出す。

「⋯⋯ ああ、一つだけ忘れてた」

追いかけようとしたリオの前で、ピエトロは振り返り、

「気にすることは無いよ。僕は君の事が好きだし、マイフレンドだって⋯⋯ 君が大好きだろうさ」

そう言って、小さく笑った。

 

「⋯⋯ はいはい」

リオはため息をついて、歩き出す。

(⋯⋯ 全く、マスターの周りには、変な人しか集まらないんだから⋯⋯ )

気づけば、フッと笑顔が漏れていた。

 

A.P241:4/1 17:30

アークスシップ:ゲートエリア

 

「⋯⋯ くたくた」

スペースゲート近くのベンチに、リオはとすっと座り込んだ。

無事カトリーヌを見つけ、探索任務も終わった矢先、急に発生した幻創種を近くにいたアークスと殲滅して⋯⋯ 今に至る。

 

「ん⋯⋯ マスターに連絡しなきゃ⋯⋯ 」

サポートパートナー用の端末を立ち上げ、アメリアスにメールを送る。

「『集まった』⋯ 終わり」

送信を済ませると、リオはそのままベンチに寝転ぶ。

(⋯⋯ 駄目だ⋯⋯ ぶっ通しで動いたから、止まるぅ⋯⋯ )

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ ふぁ」

一瞬、意識が飛んだ。

むくっと起き上がり、時計を見ると、1時間ほど進んでいる。

「⋯⋯⋯ うわぁ」

頭を押さえて立ち上がる。

マスターに似てしまったのか⋯⋯ リオは長時間動き続けると、時々オートメンテナンスを問答無用で行ってしまう⋯⋯ 要は「居眠り」してしまう事がある。

 

原因は、彼女に搭載されたAIだ。

サポートパートナーになる時に、とある人物によって弄ら(調整さ)れた事で、彼女のAIは「人間を模倣すること」に特化している。

口下手なのも元を正せば、素体に出来る発声の限界と学習した会話のレベルに、差が生まれてきてしまっているから。

 

「⋯⋯⋯ 」

「ん、リオちゃんだ。こんちゃー」

憮然とベンチに座っていると、この様にアークスに声をかけられることも多い。

この2年間で微妙に顔が知られたのと⋯⋯ 妙に「人間臭い」所も影響している様だ。

 

「⋯⋯ っと、もう帰ってるかな」

しかし、そろそろアメリアスも帰ってくる時間である。

ぱたぱたとゲートエリアを横断し、ブロック移動用のテレポーターにアクセスした。

 

部屋側のテレポーターに転移し、そのまま部屋のドアへ駆け寄る。

「ただいま⋯⋯ 」

「ん、お帰り。お疲れ様」

ドアが開くと、そこには彼女のマスターと、

 

「あ、リオ。お帰りなさい」

「お帰りー!」

「ん? 姉ちゃんサポパに探索させてたの?」

ヒツギとアル、ステラの姿もあった。

 

「⋯⋯ なんでみんな⋯⋯ ?」

アメリアスに尋ねるリオ。

「いやね、ヒツギさんがさっきの緊急任務の話が聞きたいって言い出して⋯ どうせならって調査端末から映像落として、みんなで見てたの」

「はぁ⋯⋯⋯ 」

 

頷くと、リオはヒツギの方を見た。

少し長くシップを外していたが、特に2人には何もなかった様だ。

「⋯⋯⋯ ? リオ?」

「あ、な、何でも⋯⋯ 」

リオは自分用の椅子に腰掛け、端末を弄り出す。

 

「そういえば姉ちゃん、見慣れないジェットブーツ履いてなかった?」

「あ、そういえばハギトとやりあった時のあのブーツ、あたしも見た事ない」

「ああ、『レイ』のこと? 量産用武器の次世代型モデルらしくて、各武器1人づつモニターしてんの。まさか超大型相手に渡り合えるレベルとは思わなかったけど⋯⋯ 」

しばらくステラ達と話していたアメリアスが、ふとリオの方を見ると、

 

「⋯⋯⋯ すぅ」

リオはぺたんと、机に突っ伏していた。

「あらら、寝オチしちゃってる⋯ 」

アメリアスは苦笑して、リオの頭をぺんぺんと叩く。

「ふぁ⋯⋯⋯ 」

「ほら起きて。ヒツギさん達そろそろ帰るって」

 

リオはむくっと立ち上がると、少し目をこすって、

「ん⋯⋯⋯ じゃあ行こ」

「うん。お邪魔しましたー」

「またあしたー!」

ヒツギとアルを連れ、部屋から出ていった。

 

「⋯ 大丈夫なの?」

「サポパは寝ぼけたりはしないから、大丈夫じゃない?」

アメリアスは答えると、小さく伸びをした。

「んーっ⋯⋯ 今日は色々あったなぁ⋯ 」

「今日は、っていうか、今日もじゃない?」

 

それもそうだね、と頷いて、アメリアスは窓の外を見る。

広がる宇宙の中に浮かぶ、青い惑星。

「⋯⋯ 全く、なんだかんだ大事になり始めてるんだよなぁ⋯⋯ 」

「仕方ないじゃん。アメリアスのある所に事件ありってね」

「それじゃあ私が疫病神みたいじゃん!」

 

はぁ、とため息が出る。

「ま、姉ちゃん1人じゃないんだしさ。適当に頑張れば良いんじゃない?」

「⋯⋯ そうかもね」

イオやらサガやら、仲間達に言われたことを思い出す。

 

(いつでも頼ってくれ⋯⋯⋯⋯⋯ か)

少し、難しいかも知れない。

でも、自分が皆を信頼していること。

それは、確かなことだ。

 

「⋯ おおっと、カトリさんに特訓頼んでるんだった! じゃあね!」

「カトリさんにねぇ⋯⋯ ま、頑張って来なさいな」

部屋を飛び出すステラを見送り、ソファに寄りかかる。

⋯⋯ 昼の顔見せの後に少し休んだのだが、眠くなってきた。

 

「んっ⋯⋯⋯ 」

一瞬、意識が薄らいで、

「⋯⋯⋯ あ痛ッ!!?」

ヒールが滑った拍子に、アメリアスはソファからずり落ちた。

 




「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています」
今日は何が待っているのか、期待して開けるドア。

※戦略OSは「PAやテクニックのディスクをインストールする装備」という没設定(と言うよりイノセントクラスタの絵師さんが考えた設定)らしいのですが、便利なので使わせていただきました。


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SB3-1「カミサマネジマキ」

豆知識:プレイヤーのシップの名前は、ルーン文字からとられている。


A.P241:4/2 9:00

アークスシップ:艦橋

 

幻創戦艦大和との激戦から、一夜明けて。

「あ、アメリアスさん! おはようございます!」

「んー、おはようシエラ」

情報整理がようやく終わったという連絡を受け、私は艦橋に顔を出した。

 

「おお⋯⋯ なんか良いですねぇ、ため口」

「そ、そう⋯⋯ ?」

目を(物理的にも)輝かせるシエラに戸惑っていると、また艦橋のゲートが開く。

「ごめん、お待たせ!」「おはよー」

そして、アル君を連れたヒツギさんと、

 

「シエラ、ネットワークの再整備は完了したか?」

「おはようございます⋯⋯ ん、姉ちゃんがいる。おはよー」

ステラを連れたアイカさんが入ってきた。

 

「そっちはばっちりですよー。ヨハネスさん達も頑張ってくださいましたし⋯⋯ さて」

シエラさんはにこっと笑うと、顔の横で指を鳴らす。

するとコンソールに、ざざっとウインドウが現れた。

 

「お楽しみの情報共有タイムと行きましょう! これからの指針を決める、大事な作業です!」

「き、器用だなぁ⋯⋯⋯ 」

正直な感想を漏らしてから、ふと気づく。

「⋯⋯ そういえば、なんでステラまで?」

 

私が問いかけると、ステラはふふん、と笑って、

「幾ら何でも、アークスで動けるのが『守護輝士(ガーディアン)だけってのも無理があったでしょ? でも、アークスも地球の問題について本格的に調査を開始するから⋯ 」

「アークスという『組織』の代表⋯⋯ 地球専門の実働員の1人として、彼女が選ばれた」

アイカさんに言われ、思い出した。

 

そもそもなんでしばらく私1人で動いていたのかといえば、情報部が仕事しないからなんとかしてくれという、ウルク総司令からの依頼だった訳で。

「地球の調査も開始された今、ついにアークス総出で、この問題に取り掛かれるようになった⋯⋯ ってところ?」

「そーゆーこと!宜しくね姉ちゃん!」

 

ない胸を張って笑う妹に、私はついため息をついてしまった。

「⋯⋯ シエラ、こんなんで大丈夫なの?」

「⋯⋯ まあ、もう1人の守護輝士であるマトイさんが動けるようになるまでの中継ぎのようなものなので⋯⋯ 」

「半年前の一件があったとはいえ、もうすぐマトイ様も復帰するはずだ。別部署の私が言うのも何だが⋯⋯ よろしく頼む」

 

申し訳なさそうに言う2人。

するとそこで、ヒツギさんが口を開いた。

「ち、ちょっと待って!? 半年前にも何かあったの!?」

「ヒツギさん!? ⋯⋯⋯ あ」

そのヒツギさんの声で、思い出す。

今出てきた「半年前の一件」⋯⋯ 私が眠っている間に、地球とオラクルの間で起こった事件。

リナさんから話を聞こうと思ったら、大和が現れたのだった。

 

「確かに⋯⋯ アイカさん、その半年前の事件というのは? 清雅学園の方も話してましたが⋯ 」

「あ⋯⋯⋯ 貴女は知らないのだったな。そうだな⋯⋯ シエラ」

「そうですね。ヒツギさんにも関係するかもしれませんし、先にそっちから振り返っておきましょう」

 

ウインドウが何枚か切り替わる。

「事の起こりは、A.P240⋯⋯ 西暦2027年の9月に遡ります。ちなみに情報部はこのころにはもう、別世界の干渉を把握していたそうです」

「⋯⋯ 今更何も言う気は無いぞ。そしてこのころ情報部は、ダーカーの不審な動きに気がついた」

 

私は嫌な予感がして、そろりと手を挙げた。

「⋯⋯⋯ ダーカーが、地球に忍び込んでいた?」

「鋭いですね⋯⋯ 実際はそれどころではなく、地球人の誘拐(アブダクション)も試みていたようです」

「ちなみに地球に忍び込んでいたダーカーは、全て昆虫型だ。となれば、考えられる目的など一つだろう」

 

「⋯⋯⋯ 彼らの親玉、ダークファルスの一体『若人(アプレンティス)』。その依代たる人間を拐おうとしていた、ですよね」

そこで声をあげたのは、ステラだった。

 

「へ⋯⋯ ? どういうことなの? 妹さん」

「『若人』は2年前、依代を失った状態で、リリーパに封印されました⋯⋯⋯ 時々採掘基地にダーカーが襲来するのは、その封印を破壊するためです」

ヒツギさんの質問にステラが答え、シエラさんも頷く。

 

ダーカー(部下)が助けに行っても追い払われるので、ダークファルス(上司)に本来の力を取り戻してもらうつもりだったのでしょうか⋯⋯ 結局、ダーカーのアブダクションは実を結んでしまいました」

「地球のとある少女を依代に、『若人』は幼体(ジア)ではない、完全な姿で復活した。ステラなら、記憶に新しいだろう」

「⋯⋯ 何も出来なくて悔しがってのが懐かしいです」

 

俯いて答えるステラ。

アイカさんはそれを一瞥すると、話を進める。

「⋯⋯⋯ そしてその時『若人』の依代にさせられたのが、泉澄リナだ」

「り、リナさんが⋯⋯ !?」

その言葉に、私は耳を疑った。

 

ダークファルスの依代になって、元の人間に

戻った者など、存在しない。

1人例外はいるが⋯ 彼女の場合は正確には「自分がダークファルスだと思い込んでいて、その力も少しだけ使えていたアークス」であって、そもそも正確にはダークファルスでは無い。

 

「でも、現にリナさんはああして⋯⋯ 」

「助け出された、という事だ。地球の人々⋯⋯ イツキ達の手によって」

そう言うと、アイカさんはふいに目を逸らした。

「アイカさん?」

「あ、いや⋯ この時、マトイ様も緊急出撃し、その影響でコールドスリープが伸びている⋯⋯ 半年前の事件はこんな所だ」

 

アイカさんはそう言うと、ゲートの方へ歩き始める。

「あれ、帰られるんですか?」

「私はステラを連れてきただけだ。後の情報は全て、こちらも把握していることだからな」

シエラが引き留めるのも聞かずに、アイカさんは出て行ってしまった。

 

「行っちゃった⋯⋯ でも、あのリナさんが⋯⋯ 」

「⋯⋯ この間PSO2のことを調べた時に、プレイヤーの失踪事件についてのニュースがあったわ。あと⋯ 半年前の清雅の学園祭で、会長さんが消えていたって噂も聞いた」

頷いたヒツギさんが、こちらを見る。

 

「まあ、1番びっくりしたのは、あの2人が戦っていた、って事だけど」

「先日のヒツギさんと同じ、ですね。いいタイミングですから、あの武器についての情報を説明しておきますね」

そう言って、シエラはこちらに向き直った。

 

「マザー・クラスタに習って、『具現武装』と呼称させてもらいます。あれはエーテルが形を持ったもの⋯⋯ サモナー能力の、地球人バージョンとも呼べるものです」

「サモナー⋯⋯ ?」

首をひねるステラ。

「そうですね⋯⋯ ヒツギさん、この場であの剣、創れます?」

 

ヒツギさんは一瞬、あっけにとられると、

「や、やって見る⋯⋯ 」

右手を伸ばし、瞑目するヒツギさん。

「⋯⋯⋯ 『天羽々斬(アメノハバキリ)』」

 

その声とともに、あの時と同じ、黒いカタナが具現した。

「「わあ⋯⋯⋯ !!」」

テンションを上げるちっこいの2人。

「えっと、これでいいの?」

「はい。ありがとうございます」

 

シエラは頷くと、コンソールに指を走らせる。

「今、ヒツギさんのコマンドをトリガーにフォトンが一気に凝縮、カタナを形成しました。言ってしまえば、ペットと同じです」

 

「成る程⋯⋯ 」

思わず、感嘆の呟きが漏れた。

アークスシップには、フォトン干渉に反応して無効化する、リミッターが仕掛けられている。それでも、ペットや「オービット」のフォトンリングなど、ある程度の操作は受け付けるようになっているが。

それと同様に、武器そのものの形を取らせた、と言うことか。

 

⋯⋯⋯⋯⋯ って、ちょっと待て!

「今、フォトンが、って言わなかった!? って事はやっぱり⋯⋯ !!」

「はい。すでにお気づきかとは思いますが、エーテルとフォトンはほぼ同様の性質を有する、という事も判明しました」

 

やっぱりか。

初めて地球に迷い込んだ時、フォトンアーツが普通に使えたことから考えても、何と無く勘付いてはいたのだが⋯⋯

「ですが、いささか変質があるようですね。エーテルはエネルギーは小さいですが、情報伝達能力に特化しています。これを利用しているのが、『エーテルインフラ』のようです」

 

『ソフトの割にハードの技術がローテク過ぎる』

前にシエラが話していた事が、何と無くわかった。

「その応用が、イメージをそのまま具現すること。できる人は限られるようですが⋯⋯ 字にするとなかなか滅茶苦茶ですね」

 

こうして考えると、リナやイツキの見慣れない武器も、その具現の賜物なのだろう。

「じゃあ、ヒツギさんのカタナも⋯ 」

と、

後ろからステラが尋ねようとした、その時。

 

『緊急事態発生! アークスシップ13番艦『アンサズ』市街地に、大量のダーカーが襲来!!』

緊急警報と共に、エネミー襲来の報が響き渡る。

 

「マジか⋯⋯⋯ っ姉ちゃん!!」

「ごめん、ちょっと行ってくるね、ヒツギさん!!」

中央コンソールに背を向け、私達は艦橋を飛び出した。

 

A.P241:4/2 11:00

アークスシップ13番艦:市街地

 

市街地の街並みは、雨と炎に彩られていた。

襲撃するダーカーを迎え撃つのは、各シップから駆けつけたアークス達。

 

長時間に及ぶ戦闘の末、彼らはダーカーを追い詰めつつあった。

そして、市街の一角。

スフィアアリーナの中では、大型ダーカー、「ダーク・ラグネ」との戦闘が続いていた。

 

「沈めた! 後は頼む!!」

「任せてください!!」

巨軀を取り囲むアークスの中から、黒い戦闘服を纏った少女が飛び出す。

その手に握られているのは、紫紺に染まった鎌状のパルチザン。

 

「姉ちゃん行けぇっ!!」

ダーク・ラグネ直上に舞い上がったアメリアスが、背中のコアに狙いを定める。

「これで⋯⋯⋯ !」

打ち出される光の楔。

コアに突き刺さったその標へ、容赦なくパルチザンの切っ先が突き刺さる。

 

「終わりだあああああああっ!!!」

繰り出される乱撃。輝く刃が、楔と共に弱点を抉り抜き、

「爆ぜろ!!」

爆発する楔に、ダーク・ラグネはアリーナに沈んだ。

 

「よっし⋯⋯⋯ 」

「付近一帯のダーカーは殲滅。哨戒に戻るぞ!」

散らばっていくアークス達。

尤も統率種であるダーク・ラグネが倒された以上、直ぐに残りも鎮圧されるだろう。

 

アメリアスはきょろきょろと辺りを見回すと、残っていたアークスに気がついた。

「あ⋯⋯⋯ アイカさん」

「終わったな。いいフィニッシュだったぞ」

アメリアスの握るパルチザン、「ノクスロザン」を見て微笑むアイカ。

 

「しかし、バウンサーなら飛翔剣があるぞ?」

「これでも元々ハンターなので。使い慣れてる方が良いんですよ」

アメリアスはそう返して、物言いたげな顔に変わる。

 

「⋯⋯⋯ 時にアイカさん」

「何だ?」

「まだ⋯⋯ なんか隠してません?」

そう言って、アメリアスはアイカの髪を見た。

 

長い金髪の下の方へかかった、紫のグラデーション。

その髪色に、アメリアスは覚えがあった。

「⋯⋯ 流石に気づくか」

「そしてあなたの言動から考えれば、おおよその察しはつきます⋯⋯ 」

 

声が震える。

「自分もろとも、『若人』を封じ込めようとした⋯⋯ 違いますか?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ その通り。完全なダークファルスの闇は、ただ封印するだけでは足りなかったんだ」

 

アイカは瞑目して、語る。

「⋯⋯ しかし私程度では、『若人』の闇は持って行けなかった。その時⋯⋯ マトイ様が割り込んで、自分が封印しようとしたんだ」

「⋯⋯ っ! あの馬鹿⋯ っ!!」

 

マトイの真似をするアイカもアイカだが、同じ失敗をしかけるマトイもマトイだ。

そんなことをしようものなら、2年前の悲劇を繰り返しかねない⋯⋯⋯

 

「でも、どうして貴女も生き残れたんですか?」

「私がマトイ様もろとも侵されかけた時、現れたんだ⋯⋯⋯ 『ディーオ・ヒューナル』が」

 

アメリアスは絶句した。

ディーオ・ヒューナル。2年前から姿を現わすようになった、復活した『深遠なる闇』の人間体。

「奴は『若人』の残滓を吸収し、そのまま去っていった⋯⋯ 欠けていた『若人』の力を、持ち去ったのだろう⋯⋯ 」

「⋯⋯⋯ 多分、それだけじゃない」

 

思わず、声が出る。

「⋯⋯⋯ ?」

「⋯⋯ いや、何でもないです。哨戒に戻りますね」

首を振り、アメリアスはてくてくと歩いていく。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ 」

アイカは暫く、その後ろ姿を見つめていた。

 




「カミサマネジマキ」
機械仕掛けの希望に願う。
ああ、世界の餌になる前に———


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SB3-2「ドーナツホール」

1日遅れてしまいました⋯⋯
それはそうとEP5で「マジック」という単語が明言されましたが、wikiの用語集で「PSO2では使われてない」みたいな事が書いてあって「?」となりましたね。
どちらかといえば出てきてくれて安心しましたが。


A.P241:4/2 13:48

アークスシップ:艦橋

 

「「帰投しましたー」」

無事撃退作戦を終了し、アメリアスが妹を連れ艦橋に戻ると、シエラ達が待っていた。

「お帰りなさい。お疲れ様でした」

シエラは言うと、すぐにコンソールに向き直る。

 

「えーっと、アンサズのシエラタイプからの連絡は⋯⋯ 」

「アメリアス、大丈夫だった?」

「大丈夫大丈夫。ダーカーなんて一捻りだよ、ヒツギさん」

「ひとひねり?」

「簡単に倒しちゃうよ、ってこと。実際姉ちゃん無双だったからなぁ⋯⋯ 」

 

パルチザン片手に暴れ回る、姉の姿を思い出す。

他職の武器も使って見るものかもしれないと、ステラは思った。

 

「はい、共有完了、っと⋯⋯ それでは、午前中の続きにしますか?」

頷く一同。

シエラはそれを確認して、ウインドウを追加展開する。

 

「⋯⋯ あそうだ。今更感はあるんだけど」

するとそこで、ヒツギが声をあげた。

「何でしょう?」

ヒツギは顔を上げ、窓に映る惑星⋯⋯ 地球を見る。

「今このシップは、あたしたちの世界に来てるわけよね⋯⋯ 何でわざわざ?」

「一言で言えば⋯⋯ さっさと駆けつけるため、かな」

 

それに答えたのは、アメリアスだった。

「もともとあの時⋯⋯ 私が強制転移して、成り行きでヒツギさんを助けた時に、ヒツギさんの座標を拾うことができたの」

「それ以降しばらくは、ヒツギさんとアメリアスさんの繋がりを頼りに、惑星間転移の応用で調査を試みていました」

 

シエラは言葉を続けると、不意に大きなため息をついた。

「これがなっかなか難しくて⋯⋯ 転移のための安定化含め、移動に1時間近くかかっていたんです」

しかもそのへんは殆ど自分に任されてました、と、ふてぶてしく呟くシエラ。

 

と、その時。

「それでいて、手に入る情報は持ち帰れる範囲だからな。アークスとしても割に合わないというわけだ」

凛とした少女の声が、入口から聞こえて来た。

 

「⋯⋯ こらレイ。なんであんたまで来る」

入って来た車椅子の少女⋯⋯ レイツェルに、アメリアスは怪訝な視線を送る。

「引き継ぎ、完了しました。よろしくお願いします、シエラ管理官」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね、レイツェルさん」

 

それを全く意に介さず、シエラと話すレイツェル。

「⋯⋯ お姉さん、だれ?」

「君は⋯⋯ ああ、例の地球の少年か」

アルに尋ねられ、レイツェルはそちらに体を向ける。

「アークスシップ8番艦市街地、環境管制室のレイツェルだ。今日付けで、情報部の特別職員として勤務することになった。宜しく」

 

一礼したレイツェルは、ステラの方を向き、

「それはそうと⋯⋯ 久しぶり、なのかな。ステラ」

「⋯⋯ そうなるのかな。元気そうでよかった」

言うと、ステラはさりげなく視線を外し、

「⋯⋯ それで、アークスシップの転移の話ですよ、シエラさん」

「そ、そうですね。そんな理由もありまして、こちらへ直接転移する準備はしていたのですが⋯⋯ 」

 

ウインドウに、校舎にひしめく幻創種の映像が映る。

「その矢先に、これです。ヒツギさんの元へ駆けつけるために、緊急転移を敢行しました」

「エラーコード・『OLYMPIA』⋯⋯ 」

ヒツギはあの時、PCに映った文字を思い出した。

 

「あの時⋯⋯ ヒツギさんたちの強制送還のみならず、こちらが収集したデータを抜こうとした形跡も確認しています。今までの偽装アバターによる潜入のレベルではない、積極的な干渉です」

「それはヨハンからも聞きました。まさかこっちもハッキングを喰らっていたとは思わなかったと⋯⋯ 」

「ともかく、それによって地球にも敵性存在がいると断定し、こうしてやって来たというわけです」

 

すると不意に、アルが手をあげた。

「はいっ。これ、ばれてないの?」

「もちろん、認識偽装はしてますよ。衛星の通らない軌道に調整しましたので、地球側にバレることは⋯⋯ 」

シエラが答えた、その時。

前方の大窓、離れたところを、白い人工衛星が横切っていった。

 

「⋯⋯ 無いはずです」

「こ、国際宇宙ステーション⋯⋯ 」

「本当に大丈夫なんだろうなこれ⋯⋯ 」

怪訝な顔をする一同。

「だ、大丈夫ですって! 次行きますよ、次!」

シエラはぷいっと、コンソールのの方を向く。

 

「えーと、次は⋯⋯ そう、幻創種ですね」

「幻創⋯⋯ ? あたし達を襲った、バケモノのこと?」

「はい。ここで問題です! ヒツギさん、あのバケモノの共通点、お気づきになられました?」

「共通点?」

 

唐突に尋ねられ、ヒツギは腕を組んで考える。

「なんだろう⋯⋯ うーん⋯⋯ 」

あの時、校舎に現れたバケモノ。

 

青いゾンビ。太古の恐竜。

ネズミとカラス。正直うざったい動物。

戦車にヘリコプター。ちょっと違うけど巨大戦艦。

 

「⋯⋯ 程度はあれ、マイナスイメージのあるもの⋯⋯ かしら」

「大正解です。エーテルがそういったイメージを形どり、襲ってきているようですね。もっとも、エーテルを扱えない人々に影響はないようですが⋯⋯ 」

「ヒツギさんみたいなターゲットを狩るには、絶好の下僕、ってわけか⋯⋯ あれ、ちょっと待ってください?」

 

ステラは頷きかけて、異議を唱えた。

「この間の東京探索の時、普通に幻創種が一般人襲ってたんですけど⋯⋯ 」

「幻創種は具現後、大気のエーテルを吸収し、純度を増します。そしてある程度まで行くと、現実に干渉が可能になるようです」

 

シエラはそれに付け加えて、まだ当時は探知が弱く、作戦範囲外の異常を察知しきれなかった、と話した。

「蛇足ですが⋯⋯ そうして現実に表出した幻創種は、地球人に天使や悪魔、果ては魑魅魍魎として認知されていたとか」

 

驚いたヒツギの横で、ふむふむとアメリアスが頷く。

「となるとやっぱり⋯⋯ エーテルはグラールのフォトンのように、別世界の類似性を持った物質と考えるべきなの?」

「その可能性は高いですね。おかげで私達も、隔離領域や認識偽装といった対応が取れていますし」

幻創種はこんなところですねと言って、シエラはウインドウを切り替えた。

 

「最後に、マザー・クラスタについてですが⋯⋯ かの情報部も、これに関してはあまり詳細を掴めていないようです。ヒツギさんの情報が頼り、といったところでしょうか」

シエラの言葉に、首を振るヒツギ。

「ごめん⋯⋯ あたしも、殆ど知らないんだ」

「はい⋯ ? だって、ヒツギさんはマザー・クラスタに所属していたんですよね?」

ステラが、戸惑いを含んだ声で尋ねる。

 

「そもそも、マザー・クラスタに入ったのも、ある日いきなり会員制のSNSに招待されただけ。私が知ってた他のメンバーも、コオリとか生徒会の人間だけだった」

 

学校での戦闘の際、ハギトはヒツギのことを末端と呼んでいた。

実際『esc-a』の調査を行なっているようなメンバーには、マザー・クラスタの正確な規模や「使徒」の存在も伝わっていなかったのだろう。

 

「確かに、最初は半信半疑だったけど、マザーの言うことはいつも正しくて、偽装アバターでPSO2に入るのだって、本当にできて⋯⋯ 気づいたら、全部信じ込んでた。すごい、なんでも知ってるんだ⋯⋯ って」

「ヒツギさん⋯⋯⋯ 」

「⋯⋯ あたしは、知ったつもりになってた⋯⋯ 」

 

マザーに「君には素質がある」と選ばれて。

誰も知らない「秘密」に足を踏み入れて。

何も変わっていないのに、特別になった気になっていた。

 

「⋯⋯ ある意味、思い知らされた。結局、あたしは何でもなかったんだって」

何も得ていないのに、何かを得たつもりになっていた。

 

「お姉ちゃん」

その時。アルが、口を開いた。

「アル⋯⋯⋯ ?」

「わからないことがあるのって、いけないことなの⋯⋯ ?」

俯いて、声を絞り出すアル。

「だったら、僕が1番悪い。自分のことだって、わからないから⋯⋯ 」

「アル⋯⋯ !」

 

泣き出しそうなアルを、ヒツギは思わず抱きしめた。

「⋯⋯ そんなこと言わないで。あんたは⋯⋯ あんたは何も⋯⋯ !」

「⋯⋯ 大丈夫だよ、アルくん」

アメリアスも歩み寄り、その肩に手を置く。

 

「ある人の、受け売りなんだけどさ。知らないことがあるのは、楽しいことなんだって」

「そうなの⋯⋯ ?」

「私もそう思いますよ、アル君」

シエラも、笑顔で肯定した。

 

「⋯⋯ あー、ちょっといいか」

そそくさと、レイツェルがアル達の方へ車椅子を滑らせる。

「ヒツギ、君はさっき、自分は何も知らなかった、と言ったが⋯⋯ 」

そこで言葉を区切ると、ヒツギの前で微笑んで、

 

「⋯⋯ だけど今は、違うだろう?」

「レイツェルさん⋯⋯ ?」

「欺瞞の中に生きていた、君はその事に気づけた。そして、それと戦う決意を抱いた。あの剣は、その証左の筈だ」

 

ヒツギは、何も握っていない右手を見る。

『天羽々斬』。

ヒツギの意思が形を成した、戦うための力。

「なら、やって見せろ。君がその剣に託した願いを、果たして見せろ」

「⋯⋯ そうね。進まなくちゃ。アルのためにも」

 

ヒツギは頷いて、シエラの方を見る。

「それで、今後はどうするの?」

「はい。現状、私達が取れる行動は⋯⋯ 」

「行動は⋯⋯⋯ ?」

 

シエラはじっと、ヒツギを見つめ返して、

「⋯⋯⋯ 向こうの出方待ちです」

「⋯⋯⋯ え?」

ヒツギは思わず、素っ頓狂な声を上げた。




「ドーナツホール」
無垢な少女のままでいるのが。
何も知らないままでいるのが、あなたを傷つけてはしないか。


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SB3-3「白ノ娘」

会話シーンに多人数登場させるのはよくないと学びました。


A.P241:4/2 14:20

アークスシップ:艦橋

 

「向こうの出方待ちです」

「い、いいの? そんな悠長に構えてて⋯⋯ 」

シエラの答えに、そう尋ねたヒツギさん。

シエラはあっさりと頷いて、

「今の所判明している向こうの目的は、アル君を確保することのみ。とりあえずはアル君を保護しつつ様子見です」

「今回の相手は同じ人間⋯⋯ 下手に動くのは良くないからな」

レイもそんな事を言って、シエラを肯定した。

 

「なのでヒツギさん。今のうちに、したい事を済ませておいたほうがいいですよ。事態が動き始めたら、そんな余裕ないでしょうし」

「やりたい事、ね⋯⋯⋯ 」

 

腕を組み、少し考えるヒツギさん。

「ん⋯⋯ すみません通信が⋯⋯ 」

と、

不意にステラがそそくさと、端の方へ歩いて行った。

「どしたのいきなり⋯⋯ え? ストっちバウンサーに手出すの? いやいやハンターで十分でしょ⋯⋯ 」

同期だろうか、やたら親しげに話している。

 

そんな妹から視線をヒツギさんに移すと、どうやら結論が出たようだった。

「えっと⋯⋯ 兄さんに連絡取りたい、かな」

「お兄さん? ああ、この間話してた」

先日ヒツギさんの部屋にお邪魔した時に話してたような。確か、唯一の肉親なんだっけ。

 

「兄さんには迷惑かけたくないし⋯⋯ まあ、もう遅いかもだけど⋯⋯ とにかく、どうにかして話をしたいけど⋯⋯ 」

また考え込むヒツギさんに、シエラさんはそれならと声をかけて、

「だったら、直接会いに行ってはどうですか? ね、アメリアスさん」

「まあ、それが1番だろうし」

 

私が頷くと、ヒツギさんは少し驚いた顔になった。

「えでも、待機って⋯⋯ 」

「それはあくまでアークスの方針です。ヒツギさんの行動を止める訳ではありません」

「先の幻創戦艦の撃退以降、マザー・クラスタに動きはない。行くなら今のうちだと思うぞ?」

「そうですよ、遠慮する事ないと思います」

 

口々に言われ、ヒツギさんは小さく頷いた。

「うん⋯⋯ ありがとう」

「勿論、しっかりサポートさせていただきますよ。アメリアスさん、準備お願いします」

「了解。とりあえずこの場は解散かな」

まだ用が少しあるらしいレイを残し、ヒツギさんとアル君を連れて艦橋を出る。

 

「ステラ、どうせならあんたも⋯⋯ あ、これからメディカルチェックだっけ」

「うん。ヒツギさんは姉ちゃんに任せるよ。それではヒツギさん、失礼します」

「あ、うん。じゃあね」「またねー!」

ゲートエリアに戻ってすぐ、メディカルセンターに走って行くステラ。

それを見送って、3人で区画移動用テレポーターへ向かった。

 

A.P241:4/2 15:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

「⋯⋯ ん? ごめんちょっと待って、ブーツの金具が⋯⋯ 」

ゲートエリアの下層に降りた直後、アメリアスは脚に違和感を感じてしゃがみ込んだ。

 

「え? 大丈夫?」

「うん、いつも装備状態にしてるとたまにね⋯⋯ 」

ブーツの調整の為に、近くのベンチに座るアメリアス。

 

ヒツギがそれを待っていると、

「あら? あら、あらあらあらあ!!」

「うぇ?⋯⋯⋯ うわあっ!!」

後ろから唐突に声をかけられ、ヒツギはビクッとして飛び退いた。

 

「ふふふ、そんなにびっくりしなくても良いじゃないですかあ!」

そこに立っていたのは、、ライフルを背負ったキャストの少女。

「い、いやいや! 突然背後に立たれたら、誰だってびっくりするでしょ!!」

「リサだったら問答無用で撃ちますねえ」

「びっくりとかそういうレベル越えてるッ!!!」

物騒な物言いに慄くヒツギ。

 

アメリアスはため息をついて、そのキャストに声をかけた。

「リサさん、余りからかわないでください」

「おやおや、アメリアスさん! ではこの人は、貴女の新しいお友達ですかあ?」

「まあそんなところです⋯⋯ 全く、相変わらずですね」

「リサはなーんにも変わらないですよ。人間簡単には変われないものですしねえ」

 

またため息をついたアメリアスの肘を、ヒツギが小突く。

「だ、誰?」

「リサさん。私と同じアークスだよ」

「はい! リサはふつーのアークスですよお! ところで、お嬢さんはどちら様?」

リサに尋ねられ、たどたどしく答えるヒツギ。

 

「えっと、あたしはヒツギ。こっちの小さいのはアルっていって⋯⋯ 」

「名前じゃありませんよお、ど・ち・ら・さ・ま・なんですかあ?」

するとリサはヒツギの言葉を遮り、問いを重ねた。

「え、あの⋯⋯ その⋯⋯⋯ 」

言葉に詰まる。

目の前にしたリサの赤い瞳が、覗き込むようにこちらを見つめている。

 

「⋯⋯ だから。トルネードキックの一発でも喰らいたいですか?」

背後からの声。

気づけばアメリアスが立ち上がり、ヒツギの傍らで

 

「むう、それは洒落にならないので遠慮しておきます。アメリアスさんのお友達なら、どちら様でもまあいいでしょう」

そう言って、すごすごと引き下がった。

 

「あ、そ、そうですか⋯⋯⋯ 」

「それよりどうです、ヒツギさん。お近づきの印にリサと撃ち合うというのは!!」

「撃ち合う⋯⋯⋯ って、は!? いや、あたしはそんな趣味ないし⋯⋯ !!」

「そうですかあ。撃った時の感触、アークスとは違うでしょうから、試してみたかったんですけどねえ。残念です」

いつもの調子に戻ったリサに、また困惑させられるヒツギ。

 

「ったく⋯⋯ 対人訓練なら幾らでもお付き合いしますが?」

呆れたアメリアスが口を挟むと、

「アメリアスさんとだと面白くありません。アメリアスさん、銃撃っても当たらないじゃないですかあ」

リサはしれっと、そう答えた。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ 」

「アメリアス?」

突然固まったアメリアスに、声をかけるヒツギ。

最初こそ首をひねっていたが、数秒でリサの発言を理解した。

「え、もしかして『当たらない』って⋯⋯ 」

「そうですねえ。どちらの意味でもありますよお」

 

まあ、つまりそういうことのようだ。

「ま、マジですか⋯⋯⋯ 」

「まあ、その話は本人からでいいと思います。ヒツギさんも気が向いたら、いつでも声をかけてくださいねえ!」

それではと、スペースゲートの方へ歩き出すリサ。

 

「尤も、言われなくても撃つかもしれませんけどねえ! うふふふ、うふふふふふふ!!」

最後に物騒なセリフを残して、リサは去っていった。

 

「こう言っちゃ悪いけど、アークスって割と変な人多いわね⋯⋯ って、アメリアスー?」

固まったまま動かないアメリアスの顔に、手をかざす。

「⋯⋯⋯ はっ!? だ、大丈夫大丈夫!! 別に卒倒しかけた訳じゃなくて!」

「⋯⋯ とりあえず、さっきのは聞かなかったことにしとくわ。行きましょ?」

 

歩き出したところで、ヒツギはふと気づいた。

「でもあの人、なんと言うか⋯⋯ 私達のこと見透かしてるようで、ちょっと怖かったかも⋯⋯ ねぇ、アル?」

「ぼくは怖くなかったよ? なんだか楽しそうな人だった。ね、アリスお姉ちゃん」

首を振り、アメリアスの方へ振り向くアル。

 

「ったく、今度一発突き返し蹴りでも⋯⋯ あ、そ、そうかもね! アル君にはそう見えるかも⋯ 」

ぶつぶつと呟いていたアメリアスは、こめかみをかいて答える。

「⋯⋯ なんか物騒なこと口走らなかった?」

意外とこの守護輝士(ガーディアン)も、変わった所があるのかもしれない。

 

ヒツギがため息をついて歩き出すと、

「いたいた! アメリアスさーん!!」

「八坂さーん!!」

中央テレポーターから出てきたイツキとリナが、3人の前にやってきた。

 

「橘さんに泉澄会長⋯⋯ ! どうしたんですか?」

ヒツギが尋ねると、イツキは「それが⋯ 」とバツの悪い顔をして、

「そろそろ僕達、地球に戻るんですけど⋯ 」

「直接来れる私と橘君はともかく、他のフレンド⋯⋯ PSO2を介して来てる人たちは、情報漏洩を防ぐためにしばらく協力できないらしくて⋯⋯ 」

 

ヒツギははっとして気づいた。

PSO2を⋯⋯ エーテルインフラを介してのログインは、言ってしまえばマザー・クラスタの管理下で干渉しているということ。

その情報は、マザー・クラスタに見られていてもおかしくない。

 

「そう、ですよね⋯⋯ 」

俯くヒツギの肩に、リナの手が乗せられる。

「⋯⋯ 大丈夫よ。私達もやれることはやるし、アメリアスさんだっている。だから⋯⋯ 負けないで」

「⋯⋯ はい」

ヒツギは頷いて、笑顔を見せた。

 

「お兄ちゃんたち、もう会えないの?」

「心配すんな! 君がピンチになったら、助けに来るからさ!」

アルの頭をわしわしと撫でるイツキをよそに、リナはアメリアスの方を向く。

 

「アメリアスも、頑張りなさいよ?」

「無論です。彼女を守るのが、今の私の使命ですから」

アメリアスは分かっていた。

ヒツギにとって、マザー・クラスタという敵は強大。だからこそ、自分が支える必要がある。

2年前、同じ様な戦いを助けてくれた、シオンやシャオの様に。

 

「それでは、また」

「ええ。元気でね」

スペースゲートへ走る2人。見れば、アイカがゲートの下で待っている。

「⋯⋯ じゃ、行こうか。私達も」

アメリアスが言う。

「⋯ うん」

ヒツギはアルの手を握り、頷いた。

 




「白の娘」
たとえ世界の全ての人が、私を蔑み笑っても 。
私は前に進む、求められる限り。


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SB3-4「無気力クーデター」

べトール登場です。
ただのルー語も面白く無いので、ちょっとアレンジしてみました。


A.P241:4/2 16:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「ん⋯⋯⋯ 時間か」

端末のアラームを止め、ベッドから起き上がる。

少し準備に時間がかかるという事だったので、私は小一時間ほど、自室で休んでいた。

 

おかげで市街地防衛の疲労もすっかり回復、ヒツギさんの護衛も問題なくできるだろう。

装備の最終確認も済ませ、部屋を出ようとした時、不意に通信が入った。

「リオ? どうしたの突然⋯⋯ 」

首をひねりつつ、応対する。

 

『え、っと⋯⋯ お願いがあるの。ヒツギさんの護衛⋯⋯ ボクも、行きたい』

「はあ⋯⋯⋯ は?」

一瞬、耳を疑った。

「どうしたの急に⋯⋯ 」

『えっと⋯⋯ 自分でもわかんないんだけど⋯⋯ なんだか、どうしても、心配なの』

 

声を出すのは苦手なのに、リオはどうにかして意思を伝えようとしている。

そういえば、普段人付き合いのいいわけでもないリオが、ヒツギさんとは仲良くしていたっけ。

私は頷いて、

「⋯⋯ いいよ、シエラさんにお願いしてみる」

『ほんと⋯⋯⋯ !?』

 

端末越しの声が、一気に明るくなった。

「私も正直、流石に1人は不安だから。ステラが動けない以上、いちばん確かなのはリオだもんね」

『ありがと⋯⋯ じゃあ、後でね!』

「っと⋯ 切れちゃった」

よほど安心したのだろうか。まあこちらとしても、相棒が喜んでくれたなら良いのだが。

ともかく艦橋へ向かおう。リオのことも、頼む必要がある。

 

AD2028:4/2 16:57

地球:天星学院高校学生寮

 

「部屋には異常なし、か⋯⋯ 」

部屋のドアを閉めながら、ヒツギは呟いた。

最大の懸念材料であった、学校側の認識。

玄関でも咎められなかった上、部屋も誰かが入った形跡はなかった。

 

都合は良いが、違和感はある。

それでも、兄に会いにいくことが先決だ。

ヒツギは施錠だけしておくと、部屋の前に停められたものを見た。

 

「⋯⋯⋯ 」

大きな段ボール箱の載せられた、荷物運搬用の荷台。

ヒツギはそれを押して、廊下を歩いて行く。

「あら⋯⋯ 八坂さん?」

すると、反対側から歩いて来た女教師が、ヒツギを呼び止めた。

 

「げっ、寮長⋯⋯ 」

「⋯⋯ 言葉が荒いですよ八坂さん。それはそうと、その荷物は⋯⋯ ああ、生徒会の備品か何かですか?」

「え? ⋯ あ、はい、そんな所です⋯⋯ でもどうして⋯⋯ ?」

「どうしてと言われましても⋯⋯ 生徒会の用事でしばらく外出すると聞いていたので」

 

ヒツギの問いに、寮長はそう答えた。

「生徒会の用事⋯⋯ ? 誰からですか?」

「鷲宮さんですよ。一緒では無いのですか?」

「コオリが⋯ ?」

「しかし、困りましたね⋯⋯ 先程お兄さんが来たのですが、外出中だと伝えてしまいました」

 

その知らせに、ヒツギはさらに驚くことになった。

「兄が来ていたんですか!?」

「ええ。八坂さんの行方を聞いて来たので、そう答えたのですが⋯ お兄さんは、男子寮に戻ると言って帰って行きました」

「そ、そうですか⋯⋯ ありがとうございます」

「では私はこれで。荷台、使ったら返しておいてくださいね?」

 

そう言い残し、寮長は廊下を歩いて行った。

「⋯⋯ はーい」

わだかまった感情のまま、返事を投げる。

兄が無事だったのは幸いだが、なぜコオリが話をつけていたのか。

訝しみながらも、ヒツギは荷台を押していった。

 

「連絡は済ませたし、後は共用エリアに運んで行けば⋯⋯ 」

廊下の一角にあるエレベーターの前に着き、ボタンを押した、直後。

「⋯⋯⋯⋯⋯ っ!!!?」

突如爆発音が鳴り響き、建物が揺れた。

 

思わずうずくまったヒツギは、すぐに立ち上がり、窓へ駆け寄る。

窓から見える男子寮の一室から、煙が上がっていた。

「リオ!!」

段ボール箱に叫ぶヒツギ。

すると段ボール箱がひとりでに切り裂かれ、中から小さな少女が飛び出した。

 

「爆発⋯⋯ !?」

「うん、男子寮が⋯⋯ っ!?」

もう一度建物を見上げたヒツギは、そこで言葉を失った。

「ヒツギ?」

「あの部屋⋯⋯⋯ 兄さんの部屋だ⋯ !!」

「そんな⋯⋯ !」

 

リオもその感情に乏しい顔を、その時は驚愕に変えた。

「⋯ ちょっとごめん!」

「え? きゃあっ!」

リオはヒツギの体を抱え上げ、窓へとガンスラッシュを投げつける。

 

「行くよ!」

「うん、って、うわあああ!!」

驚くヒツギを意に介さず、リオはヒビの入った窓を蹴破り、夜空へと躍り出た。

 

AD2028:4/2 17:00

地球:天星学院高校

 

同刻。

「もしもしステラ!? 仕掛けて来た! アル君の安全確保!!」

「わかった!!」

アルの面倒を見させていたステラに緊急通信を送り、アメリアスは校庭に着地する。

 

「マスター!!!」

「リオ!?」

そしてその横に、ヒツギを抱えたリオが飛んで来た。

「ヒツギさん! 怪我とかは⋯⋯ 」

「あたしは大丈夫! でも、兄さんが⋯ !」

「あの部屋、ヒツギのお兄さんの部屋だって⋯ !!」

 

アメリアスは歯噛みした。

関係者への攻撃⋯⋯ 十分想定しうる事態ではあったが、ここまで露骨な手段に出るとは思ってもいなかったのだ。

「シエラ!! すぐにエーテルの反応をサーチッ!!」

『してます⋯⋯ っ! 校庭に異常集積反応! 具現武装と同値ですっ!!』

 

「——— Cool! What's crazy explosion! It must be very spectacle!! 」

その時。

メガホン越しの声が、校庭にこだました。

「誰だっ!!」

アメリアスの抜き放ったガンスラッシュが、校庭のスピーチ台に向けられる。

 

そこには、スーツ姿にアフロヘアの男が、メガホンを持って座っていた。

「Opposing the mother leads to catastrophe!! Isn't it? Girls?」

「何言って⋯⋯ 」

『地球では複数言語が用いられていると報告にありました。日本以外の言語も、出来るだけフィードバックしてみます』

 

アメリアスは小さく頷いて、ガンスラッシュを構えたまま前進する。

「⋯⋯ この爆発は、貴方が?」

「Hum...成る程、You()が例のアークスか。つまらない事を訊くもんじゃないZE? 日本ではこういう事を『一目瞭然』というそうじゃないか」

耐えきれなくなったヒツギは、アメリアスを押しのけた。

「⋯ っ! じゃああんたが兄さんを⋯ !!」

 

涙を散らして叫んだヒツギを、男は嘲笑の目で見る。

「ヒツギさん⋯⋯ !」

「なら、こう答えておこうか⋯⋯ その通りだよヒツギガール! エンガボーイを吹き飛ばしたのはこの俺! べトール・ゼラズニィさ! You()brother(兄貴)は⋯⋯ 俺の目の前で! 綺麗さっぱりexplosion(爆発)してくれたZE!!」

 

愉悦に満ちた声で、男は高らかに告げる。

その声は、ヒツギの感情も爆発させた。

「天⋯⋯ 羽々斬!!!」

蒼光が形を作るのを待たず、ヒツギは両腕を振り上げる。

その起動は剣波(ハトウリンドウ)を描き、数十メートル先のスピーチ台を斬り裂いた。

 

「ハハハ! いいね、生の表情だ!!」

男の声は、ヒツギの背後に移る。

いつの間にか、男は3人を挟んで反対側に置かれた折り畳み椅子に座っていた。

「怒りと後悔に打ちひしがれる顔なんて、滅多に撮れるもんじゃないYO!」

 

男はまた愉悦に満ちた声を投げると、ヒツギの足元を指差し、

「しかし、足元がお留守だ。そこはちょっと君にはアツイ場所だと思うぜ、ヒツギガール?」

瞬間、アメリアスは動いていた。

「危ないっ!!」

咄嗟にヒツギの肩を掴み、自分の体で背後へ突き飛ばす。

 

「え⋯⋯ きゃあっ!!」

直後、3人がいた場所に置かれた爆弾が起爆した。

「爆弾⋯⋯ !!?」

「NONONO! cut(カット)だヒツギガール! そんな簡単に挑発に乗ってしまったら、単調なbook(脚本)と思われるじゃないか!!」

 

アメリアスは立ち上がり、金に染まった瞳で男を睨みつける。

「HaHa、いい顔だ! お前たちは俺のfilm(作品)を盛り上げるための待望のactor (演者)なんだから、もっともっとexcite(ハラハラ)move(演技)を頼むYO!!」

「⋯⋯ こいつ!!」

 

その時不意に、リオは声をあげた。

「知ってるの、リオ!?」

「うん、東京の、映画のポスターに顔が⋯ !」

「⋯⋯ そうだ思い出した、特撮技術で有名だった、ハリウッドの映画監督⋯⋯ !」

 

その名声を、ヒツギははっきりと覚えていた。

かつて「ハリウッドの鬼才」と呼ばれ、一度はその名を忘れられたものの、最近になって復権した映画監督。

「そう! 全米をexcite(興奮)させる歴代最高の映画監督! それがこの俺、べトール・ゼラズニィ! 又の名を⋯⋯ マザー・クラスタ『木の使徒』さ!」

 

男⋯ べトールの前に現れる、萌葱色のエンブレム。

それと同時に、べトールの姿はハギトと同じ、白の礼装に変わった。

「マザーから、来日すればexciting(今までに無いよう)film(作品)が撮れると聞いてね!その日のうちにcome here(飛んで来たの)さ! ハハハァッ!!」

 

べトールの周りに、カメラとクラッパーボードが具現する。

そのカメラが捉えているのは、兄を亡くした悲劇のヒロイン。

「だからヒツギガール! もっと俺をburning (熱く)させるmove(演技)を!もっと俺をcharm(魅了)するact(絶望)を! PREASE!!」

 

自ら生み出した最高のシチュエーションに、べトールは酔いしれる。

⋯⋯ だから、見える筈もなかった。

数分前からずっと、自分を狙う銃口に。

「⋯ OUCH!?」

数発の光弾が、べトールを掠めていく。

 

「⋯ 言いたい事はそれだけか」

射殺すような視線のまま、アメリアスはブーツに換装する。

そして、その瞬間。

「!?」

「警告です⋯⋯ 今直ぐ消えてください」

アメリアスの姿は、べトールの眼前にあった。

 

「チッ⋯ !」

2人の間に光球が具現する。

バックステップを取ったアメリアスの前で、次々と幻創種が現れる。

「全く、面白く無いactor(演者)だ! まあ良い、敵は多い方が、coolな画になるからNE!」

「リオ、戦闘態勢。やるよ」

 

リオは頷き、アメリアスの横で双刀を構える。

「ヒツギさん。ここは任せといて」

「⋯ ううん、心配しなくても大丈夫。貴女のおかげで、今はこいつを叩きのめすのが先だって気づけたから」

太刀を構え、やや強張った肩がアメリアスに並ぶ。

 

べトールは満足そうに頷くと、メガホンに向かって叫んだ。

「actor...standby...!」

3人への悪意を迸らせ、幻創種が動き出す。

「scene...!」

「あたしは⋯⋯ !」

「...ACTION!!」

「やってみせるんだ!」

再び放たれたハトウリンドウが、迫り来る幻創種を斬り裂いた。

 




「無気力クーデター」
誰も去っていかないように、戦い続けよう。
その思いすらも、紅蓮が吞みこむ。

———————
*ベトールの未翻訳部分(原作台詞)

ひとつめ→「クゥゥル!いいねいいね、キレイに吹っ飛んでくれたNE!これはスペクタクルな映像が撮れてそうだよ!!」

ふたつめ→「マザーに仇なす者には、滅びがカァムヒィア!そうだろ、ヒツギガール?」


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SB3-5 「ロストワンの号哭」

バスタークエスト意外と面白いですね。


—————腹が立つ。

突進してきたラットファムトをデュアルブレードで斬り裂き、アメリアスは正面を睨みつけた。

「GOOOOOD!! いいmove(動き)だ!それじゃあNext sceneの撮影といこうじゃないか!!」

 

エーテルによる強制障壁の向こうで、クラッパーボードが打ち鳴らされる。

アメリアス達の戦闘に干渉できないところから、べトールは上機嫌にカメラを向けていた。

 

らしくもなく舌打ちして、アメリアスは新たな敵に剣を振るう。

アメリアスに飛び掛かろうとしたクロウファムトは、飛来したフォトンブレードに貫かれ、容易く霧散する。

 

以前のハギトの軍隊に比べ⋯⋯ 明らかに、弱い。

今ここにいる幻創種は、こちらに襲いかかりはするものの、エメラルド・タブレットのように統制はされていないのだろう。相手が障壁を張っているのも、幻創種を制御できていないからと考えれば頷ける。

 

(⋯⋯ リオ)

アメリアスは、隣に着地したリオに囁いた。

(突撃陣形。ヒツギさんが保ってるうちに終わらせる)

(⋯ 了解!)

二人の用心棒(バウンサー)、4本の剣が光を放つ。

 

最大出力で放たれたフォトンブレードが、幻創種を纏めて斬り裂いた。

「Ha!後ろがお留守だぜ、アークス!」

さらに打ち鳴らされるクラッパーボード。

クロウファムトの群れは⋯ アメリアスの、背後に具現した。

 

「アメリアス!」

「マスターっ!!」

光を纏った嘴が、アメリアスを狙って飛翔する。

アメリアスは歯を食い縛ると、デュアルブレードを放り投げた。

 

「この⋯⋯⋯ っ!!」

身を捻るアメリアスの手の中で、風が渦巻く。

そして、クロウファムトが迫るその瞬間、

「吹き飛べええええええええええ!!」

アメリアスは右腕を、全力で振り抜いた。

 

風が、吹き荒れた。

アメリアスを中心に広がった風の刃が、クロウファムトの群れをことごとく薙ぎ払う。

「零式ナ・ザン⋯⋯ !?」

「ってレベルの出力じゃないわよ、あれ!」

そして、それだけではなかった。

 

「⋯⋯⋯ !?」

ヒツギは瞠目した。

右手に握った天羽々斬が、ほんの一瞬、形を霞ませたのだ。

『周囲エーテル急低下⋯ 今のテクニックで、フォトンが周囲に充満しています!!』

「ってことは⋯⋯ !」

 

リオの目の前で、べトールの前に張られていたエーテル障壁が搔き消える。

「あ⋯⋯ unbelievable (あり得ない)...!! 」

「⋯ 後は、タイマン張ってもらうしかなさそうね! 映画監督さん!!」

 

ヒツギは天羽々斬を突き付け、べトールに言い放った。

「チッ⋯⋯ !! 覚えておくぜアメリアス! 君ほど手のかかるactor(演者)は初めてだ!!」

「何、逃げる気!?」

「今日の撮影は此処までだ!もっとお前達に相応しいplace(場所)extra(エキストラ)が用意できてから⋯ 本番といこうじゃないか!!」

 

クラッパーボードの音が響くと同時に、べトールのいた場所が爆発する。

その爆風が消えると、べトールの姿はかき消えていた。

 

「逃げられた⋯ 」

『やはり向こうの方が、エーテルの扱いは上ですね⋯⋯ って、アメリアスさん!!?』

呟いたシエラが、突然悲鳴を上げた。

ヒツギが驚いて振り返ると、アメリアスの身体が校庭に崩れ落ちていた。

「アメリアス!?」「マスター!」

 

二人に抱え上げられ、アメリアスはため息をつく。

「はぁ⋯ ごめん、ちょっと無茶しちゃった⋯⋯ 」

『無茶なんてレベルじゃないですよ⋯ とにかく、すぐに帰還してください』

「了解⋯⋯ マスター、とっとと立つ」

 

けしけしと膝を入れ、アメリアスを立たせるリオ。

「痛い、痛いって⋯⋯ そうだ、ヒツギさんこそ大丈夫?」

「う、うん⋯⋯ でも、兄さんが⋯⋯ 」

頷きつつも、ヒツギは肩を震わせる。

また、涙がこぼれた。

 

A.P241:4/2 19:30

アークスシップ:艦橋

 

「⋯⋯ 報告は、以上」

アメリアスの代理で艦橋に来たリオの報告を聞いて、シエラとヨハネスは揃って頭を押さえた。

『アメリアス、無茶しやがって⋯⋯⋯ 』

「取り敢えずアメリアスさんには、メディカルチェックを受けてもらっています。ヒツギさんは⋯⋯ 」

「ステラとアル君と一緒に、部屋にいる⋯ 」

 

リオはそこまで言って、俯いた。

「マスター、きっと落ち込んでる⋯⋯ どうしよう⋯⋯ 」

垂れ下がった金髪の間から、震えた声が漏れる。

 

ヨハネスはそれを見ると、ゆっくりとリオに近づき、

『⋯⋯ だったら、なおさらリオがしっかりしなきゃ』

リオの小さな頭を、くしゃっと撫でた。

『あいつ、メンタル弱いからさ。1番付き合いの長い君が、寄り添ってくれないかな』

「そうですよ。リオさんは、アメリアスさんの相棒(パートナー)なんですから」

 

「パート、ナー⋯⋯ 」

不意に、リオは思い出した。

『命令はひとつだけ。ずっと、一緒にいてほしいな』

彼女のマスターが、彼女に最初に言った、つまらない命令を。

 

「⋯⋯⋯ うん」

でもその命令は、リオにとっていつまでも、最優先事項である事に変わりはなかった。

『よしよし。しっかり頼むね』

「うん⋯⋯ じゃあ、失礼します」

頷いて、てくてくとゲートへ戻る。

 

リオがゲートの前に立った、ちょうどその時。

「シエラー、入るわよー」

ゲートが急に開き、リオは入って来た少女と正面衝突した。

「あだっ⋯⋯ !」

「あっ、ごめんなさい!!⋯⋯ って、なんだリオか」

 

正確には、少女が走って来たのと体格差で、軽く吹っ飛ばされたのであったが。

リオは頭をさすって、こちらを屈んだ姿勢で覗き込んでいる少女を見上げた。

 

戦闘部次席、クラリスクレイスと同型の黒い戦闘服を来た、黒髪のヒューマン。

「ごめんごめん。ちっこいから弾きとばしちゃった」

「ちっこい言うな、サラ」

リオはむくれて、少女⋯ 総務部次席、サラに言い返した。

 

「あれ、アメリアスは?」

「メディカルチェックに放り込まれた⋯ マスターに用事?」

「いいえ、別に。シエラに報告があっただけだから」

サラは立ち上がって、シエラの方へ歩いていく。

リオもぷいっとゲートを向いて、艦橋を出た。

 

A.P241:4/2 20:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

ステラは気づけば、ぼんやりとゲートエリアのベンチに座っていた。

憔悴しきった様子のヒツギが帰って来て、1人部屋を出てから、ずっとここにいた事になる。

 

ステラはずっと、考えていた。

もしも、姉がいなくなったら。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯ 」

血の繋がった姉妹ではあるものの、つい3年前まで昏睡状態であったステラにとって、アメリアスという少女(えいゆう)はそこまで繋がりの深い人間ではない⋯⋯ そう、思っていた。

しかし数週間前、ショップエリアで再会を果たした時、その考えは変わった。

 

彼女は、アークスの英雄で。

でも、確かに自分の姉なのだと。

実験の影響で朧げになってしまった記憶の中に、アメリアスは確かにいたのだ。

 

だからこそ、決めた。

彼女に追いつき、そばに居続けようと。

「⋯⋯ そうだよ。私は姉ちゃんが大好きだ。離れ離れになんか、なりたくない」

自分に言い聞かせるように呟いて、立ち上がる。

 

「⋯⋯ そうだよ。ヒツギさんだって同じのはずだ⋯⋯⋯ 」

そこで、ステラは再び考え込む事になった。

「⋯ 何か、してあげられないかな」

今のヒツギには、何かしらのケアが必要だ。

しかし⋯⋯ 幼い自分に何が出来る?

 

「うわー⋯⋯⋯⋯⋯ 」

思いつかない。

そのまま頭を抱えそうになった、その時。

「マスター?」

キャストの声が、ステラの耳に入った。

 

「ん、フェオ。お疲れ様」

「いえ⋯ 如何されたのですか? 普段はもう部屋にいらっしゃるのに⋯⋯ 」

「⋯⋯ なんでもない。じゃ、行こっか」

首を傾げるサポートパートナーの手を引いて、足早にテレポーターへと向かう。

 

難しい事は、寝てから考えよう。

ステラにとって、それが今の最適解だった。




「ロストワンの号哭」
この心を黒く染めたのは———
少女の号哭も、世界には届かない。


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SB3-6「ドクハク」

今回からPCでの投稿になります。
少し勝手が違うので、読みづらい点等あったら感想などで教えていただければと思います。
あと1週間遅れてすいませんでした…


A.P241:4/3 9:00

アークスシップ:艦橋

 

翌日。

アメリアスが艦橋に向かうと、既にリオとステラ、アイカの姿があった。

「あ…おはようございます、アメリアスさん」

「うん…… ヒツギさんは…」

「先ほどメールが来まして…申し訳無いけど、ちょっと来れない、という事でした」

「……無理もない」

 

シエラの返答に、肩を落とすリオ。

「……私達は出来ることをしましょう。先日の状況から、いくつかわかった事もあります」

シエラはそう言って、コンソールを操作する。

 

まず映し出されたのは、昨日ヒツギを襲った使徒の姿だった。

「マザー・クラスタ『木の使徒』、べトール・ゼラズニィ。ヒツギさんの言っていた通り、地球はアメリカで名を馳せる映画監督です」

「こちらでも一通り調べたが……大した情報は無かったな。何でも、一度没落した後に復権を果たしたそうだ」

「その辺は、ヒツギさんの言ってたことと同じか……」

 

アメリアスは、昨日の戦闘を思い出した。

「しっかし、武器が爆薬ってのはね……」

「それも問題点ですが…もう一つ、厄介な点があります」

シエラはそう言うと、アメリアスの持ち帰った戦闘データを開く。

「交戦映像を見るに、あの幻創種はベトールの意のままに召喚されていました。向こうは何らかの方法で、自由に幻創種を呼び出せると思われます」

「エメラルド・タブレットだけの特権というわけじゃ、なかったのか…」

 

アイカの声を最後に、艦橋に沈黙が下りる。

もともと幻創種がマザー・クラスタの支配下だったのかはわからないが、どちらにしろ相手の戦力が大きいことに変わりはない。

「ともかく…相手のほうが確実に、エーテルの扱いは上手です…解析を急ぐ必要がありますね」

「現状、相手が動かないことには、こちらはどうすることもできない…地球の調査も、今のうちに進めていく必要があるな」

「うん…」

頷いたリオは、ステラがずっと黙っていることに気づいた。

 

「ステラ…?」

「へ、り、リオさん?どうしました?」

「……ううん、なんでも…」

見上げた視線を戻すリオ。

 

アメリアスはそれをぼんやりと見つめて、

「………は?」

突然、変な声を出した。

「ど、どうしたの姉ちゃん、いきなり変な声出して」

「いや、だってあんた今リオさんって……」

ステラは、なんだ、という顔で、

「ああ…姉ちゃん知らないんだ。研修の時に、ちょっとリオさんにお世話になって……」

「世話になった……?」

 

首をかしげるアメリアス。

すると、急に二人が焦りだした。

「あ…そ、その話はまたあとで!」「マスター、ちょっとそれは、あの……」

「え、え?あ、うん…」

どういう意味かは分からなかったが、適当に相槌を打つ。

「あのー。次いっていいですか?」

「あっ…ごめん、次行こ次」

シエラはウインドウを切り替え、東京のレーダーマップを表示する。

 

「目下、東京に不審な反応はありませんが…幻創種はいかんせん出現が突発的なので、警戒は怠らないように……」

シエラが説明を続けようとした、その時。

「…そら来たっ!東京都心にエーテルの異常集積発生!!」

今まで平穏だったレーダーマップに、敵の出現を示すビーコンが次々と現れた。

「輪をかけていきなりだな…アメリアス、出るぞ!!」

「はい!じゃ、ちょっと行ってくるね!!」

艦橋を飛び出していく、アイカとアメリアス。

 

ステラはそれを見送ると、シエラのほうを見てため息をついた。

「まったく、私もアークスだっての…じゃあ、私も行ってきますね」

「はい。無理はなさらずに」

頷いて、ステラも艦橋から走り去る。

シエラはそれも見送ると、残されたリオのほうを見た。

「リオさんリオさん。ちょっといいですか?」

「……はい?」

「さっきの件、ステラさんの研修中に何があったんですか?」

 

リオはん、と少し考えると、

「……ひみつ」

小声で答えてから、ふふっと笑った。

「へぇ、リオさんにも秘密なんてあるんですね。」

「どーいう意味……まいっか。僕もゲートで待機してる」

「はーい。では、またあとで」

 

リオも去っていき、艦橋にはシエラだけが残った。

「…リオさんは、やっぱりすごいですね。何処までも人間らしくて……」

コンソールに向き直り、一人ぼやく。

「っと、こうしちゃいられません!オペレートの準備をしなくては!!」

地球に向かったアークスのオペレートのため、コンソールに素早く指を走らせる。

「……私も、出来ることはあるんだから」

誰にともなく、シエラは呟いた。

 

AD2028:4/3 10:00

地球:東京

 

昼の東京に、剣戟の音が響き渡る。

『追加出現、北です!』

「私が行く!姉妹はこっちを抑えててくれ!」

「「了解!!」」

駆けていくアイカとすれ違い、ステラは目の前のゾンビへと斬りかかる。

「撃つよ、イル・ザン!!」

「やっちゃえ姉ちゃん!」

消耗した幻創種が鎌鼬に巻き込まれ、まとめて霧散する。

一帯の幻創種を掃討すると、アメリアスはふうっと息をついた。

 

「姉ちゃん!こっちも出た!!」

「今日に限って次々と…!」

反応の減らないレーダーを見て、顔をしかめる。

「いた…!守護輝士(ガーディアン)!!」

「師匠!!」「先輩!!」

ステラのほうへ飛び出しかけたアメリアスは、ふいにかけられた声に立ち止まる。

見ればテレポーターの置かれた方向から、3人ほどのアークスが走ってきていた。

内二人は見慣れた後輩なのだが、その横には見慣れないキャストの少女が並走している。

「ロッティにルベルト…!と、そっちは?」

「情報部臨戦区域ネットワーク管理室所属、クリスです!これより戦闘に入ります!」

 

武器を構える3人。

「わかった、私とステラはアイカさんの援護に向かう!こっちは任せます!!」

「押忍!任されました!!」

交戦を始める3人を背に、アメリアスとステラは路地を駆け出した。

「…?姉ちゃん、なんか…」

「うん、音が変……?急ぐよ!」

反応の集中している、ビル街の中央へ滑り込む。

 

そこで飛び込んだ景色に、アメリアスは目を疑った。

「…な、何よこれ…!」

 

ビルが、燃えている。

ビルだけではない。街路樹はなぎ倒され、道路のアスファルトはところどころ砕かれている。

そのボロボロの街の中を、幻創種が跋扈していた。

「アイカさん!!」

「アメリアス!っあっ!」

振り向いたアイカが、直後T-REXの尾に吹き飛ばされる。

「クソッ…!姉ちゃん、撃退が先っ!!」

「う、うん!!」

ステラの声に引っ張られるように、アメリアスは駆けだした。

 

「大丈夫ですか、アイカさん!」

アイカの横合いに飛び込み、ブーツからレスタを発動する。

「なんとかな…しかし、この幻創種の挙動は妙だ…!」

「妙って……!?」

もう一度、暴れる幻創種に目を向ける。

街路樹へ向かって尾をふるうT-REX、アスファルトを砕くロードローラー、

行動は様々だが幻創種はアークスを攻撃するというよりも、

「町を、壊してる……!?」

「隔離領域を張っていれば、ある程度のことは『なかったこと』にできる…が、さすがにこれ以上被害が広がると…!」

「わかりました。素早く片付けましょう!」

 

飛び掛かったゾンビにブーツの刃を突き刺し、そのままロードローラーに叩きつける。

「ステラ!建物を襲ってるヤツから叩いて!!」

「任せて!」

ステラの握る飛翔剣…新調した「スターフリサ」の細い刀身が、ラットファムトを斬り裂く。

「アイカさん!」「ああ、蹴散らすぞ!!」『キュー!』

ジェットブーツを躍らせるアメリアスの横で、ラッピーが舞う。

次々と霧散する幻創種。レーダーの反応も、少しづつ減少していた。

 

「これで、最後っ!!」

戦車の裏に飛び込んだアメリアスから、輝くフォトンが迸る。

「だりゃあっ!!」

ヴィントジーカーで吹き飛ばされた戦車型が、そのまま沈黙した。

『異常反応鎮静化!この一帯は大丈夫です!』

『師匠!こっちも終わりました!!』

「終わった…はぁ~」

制圧完了を伝えるルベルトの通信を聞いて、アメリアスは思わず道路にへたり込んだ。

 

 

「姉ちゃん大丈夫?」

「う、うん…帰ろっか」

ステラにつつかれ、ゆっくりと立ち上がるアメリアス。

その拍子に、道路に落ちていた1枚の紙が目に入った。

(これって……)

鉄道のような怪獣が暴れまわる、映画のポスターだった。

 

「………」

「姉ちゃん?」

「あ、ごめんぼーっとしてた…」

ステラに声を掛けられ、我に返る。

頭に浮かんだことを放り、アメリアスはテレポーターへと歩き出した。

 

A.P241:4/3 13:00

アークスシップ:艦橋

 

「南西エリア、反応減少!冷静に鎮圧を続けてください!!」

無数のウインドウを相手に、オペレートを続けるシエラ。

幻創種発生から3時間、ようやく、東京の異常反応も収まりを見せていた。

 

そして、慌ただしい状態が続いたシエラは、艦橋に戻ってきていたアイカのことなど歯牙にもかけていなかった。

「……こちらで確認しているデータは以上です。現在のところ、想定と大きな相違はありません」

艦橋の隅で、アイカはひとり呟く。

「…そうですね。ただ、フォトンにせよエーテルにせよ、感情の影響を強く受けます」

それに応える声。しかし、艦橋にはシエラとアイカ以外の姿はない。

 

「交流を続けるにしても、注意深く、必要な情報の収集を心がけてください」

「…了解しました」

誰もいない空間へ頷き、アイカが踵を返した、その時。

「……?なんだかおもしろい組み合わせですね」

デッキの上部から、少女の声と、バトルブーツの固い足音が降ってきた。

 

「アメリアス……?妙なことを、この通り、ここには私しか…」

首をかしげるアイカを見て、アメリアスはふーんと腕を組む。

「アイカさん、私の『目』のことは知ってますよね?あれはテクニックのような芸当で、フォトンに直接干渉することで効果を発揮してます」

「…っ。つまり……」

顔を強張らせるアイカ。

「最初から見えてますよ。ね、()()()?」

アメリアスはそう言って、アイカの横の空間を見た。

 

「…それは多少の誇張を含んでいますね、守護輝士(ガーディアン)

声とともに、何もない空間が揺らぐ。

「別にその力を使わなくても、貴女程のフォトン感受能力があれば知覚できるでしょうに」

次の瞬間、そこには青髪の少女が表れていた。

「…まあ、そうだけどさ」

「次席……!」

「大丈夫ですよ、アイカ。彼女は私のことも把握しています」

少女…クーナは、警戒するアイカを諫める。

 

「そうなのですか…?ですが、次席の姿が見えるなんて」

「…なんだか懐かしいですね。彼女と初対面の時は、私もそんな反応をしていた気がします」

「……相変わらず、そっちの時は堅苦しいよね」

アメリアスの嘆息に、クーナは仕事ですから、と答えた。

 

歌姫クーナ。

オラクルで絶大的な人気を誇るアイドルは、あくまで彼女の表の顔に過ぎない。

今ここにいる姿…アークスの闇を断つ「始末屋」としての姿が、クーナというアークスの本当の顔だった。

「そういえばこの間聞いたんだけど…今地球の調査で使ってる認識偽装、クーナの創世器を応用したんだってね」

「はい。この『透刃マイ』の先天能力(インヒーレント)を汎用化したものです…最初は複雑でしたが、役に立っているのならよかった」

 

当たり前のように話す2人の横で、アイカは小さくため息をつく

「…次席、そういった情報は事前にこちらにも回していただきたいのですが」

「私にだって秘密の一つくらいありますので。アイカにだってあるでしょう?」

答えたクーナは、少し意地悪な笑みをこぼすと、

「…地球潜入中のこと、とか」

「イツキやリナのことでしたら、秘密というほどのことでもありません」

「なにやら…その活動中に、ウェイトレス姿に扮したときの画像も回ってきているのですが」

その、クーナの一言で、

 

普段崩れることのないアイカのポーカーフェイスが、瞬間、完全に狼狽の色に染まった。

「……!?そ、そんなものを何処から…!!」

「勝手に回ってきましたよ…カスラから」

にべもなく答えるクーナ。

「……ッ!!急用ができました。失礼します……!!」

アイカはクーナに会釈すると、すさまじい勢いで艦橋から走り去った。

 

「ふう、やっと一息…あれ、アイカさん?アイカさーん!?」

シエラの困惑した声が、下部デッキに降ってくる。

「…お騒がせしました、アメリアスさん」

それをよそに、クーナはアメリアスに言う。

「彼女は地球への思い入れが強く、頑張りすぎていたのが気になっていたんです」

「…さっきの緊急出撃の時も、一人で突っ走ってた。私が言うのもなんだけど、確かにちょっと無理してたかな」

「まったく貴女も人のことを言えませんがね。まあ、アイカにはちょうどいい息抜きにはなるでしょう」

苦笑したクーナは、次にはため息をついて、

「…ついでにあの陰険メガネも糾弾されるなら、重ねて都合がいいですからね……アメリアスさん?」

ぼそっと呟いたクーナの前で、アメリアスはふいに踵を返した。

 

「ちょっと……私も急用が」

「…ダメですからね。足は絶対にダメですからね。貴女の場合洒落になりませんから」

「えー…」

不満げに戻ってくるアメリアス。

クーナはそれを見て、ふと笑った。

「…ふふっ」

「ん、何がおかしいの」

「いえいえ……やっぱり、アリスは変わんないなあって」

「へ?」

 

アメリアスが一瞬あっけにとられると、クーナの姿は消えていた。

「あ、逃げた…ったくもう」

「あれ、アメリアスさんもいつの間に?」

あきれ口調で呟いたアメリアスに、シエラが声をかける。

「さっきからいましたよ。鎮圧の報告、いいですか?」

「はい!全然オッケーですよ!」

アメリアスは頷いて、デッキの階段を昇っていった。

 




「ドクハク」
僅かに愛せよ。
明日明後日が誰かに奪われる前に。


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SB3-7「ヘッドフォンアクター」

まずい、全然筆が乗らない…


A.P241:4/4 11:00

アークスシップ:艦橋

 

翌日。

「…あれ?アメリアスさん、どうされました?」

シエラは驚いた顔で、艦橋にやって来た私を見た。

「突然すいません。個人的に話したいことがあって」

座りなおすシエラの脇へ移動し、切り出す。

 

「あの…先日の幻創種発生、シエラはどう思った?」

「…いくつか報告は来ています。幻創種が、町を破壊しているようだったと…」

コンソールをしまいながら、シエラは頷いた。

「こんな挙動、今まで見られていませんでした…」

「現場も混乱してる。こっちに目もくれず、ビルを壊しに行ってた幻創種もいたらしくて…」

 

同時に、ため息が漏れる。

その時。沈んだ空気に追い打ちをかけるように、コンソールがアラート音を発した。

「…っ!幻創種の反応…大きいです!大型種と思われます!!」

「急行します!ステラにも連絡を!!」

踵を返し、ゲートへと駆け戻る。

開いたゲートに飛び込もうとした、その瞬間。

 

「「のわあああ危なああああああっ!!」」

目の前に現れた影と同時に叫び、そのまま正面衝突した。

「いったた…」

「ひ、ヒツギさん!?どうしたの!?」

「ステラさんと一緒にいたら、ステラさんの端末に警報が来て…それを見て走ってきたの」

ヒツギさんは頭をさすりながら立ち上がると、こちらを見据えて、

「お願い…あたしも行かせて」

「ヒツギさん…だ、大丈夫なんですか?」

心配そうにヒツギさんを見るシエラ。

 

「…お願い」

ヒツギさんはうつむきがちになりながらも、もう一度そう言った。

「…もたもたしてられない。いいよね、シエラ」

「わかりました…お気をつけて」

頷くシエラから、ヒツギさんに目を移す。

「アメリアス…ありがとう」

「無理はしないでね…行こう」

ヒツギさんとともに、私は再びゲートへと急いだ。

 

AD2028:4/4 11:30

地球:東京

 

「……What?」

ふと感じた違和感に、男は足を止めた。

四六時中人の行き交いに満ちているはずの駅前広場が、気づけばひっそりとした静寂に包まれている。

「なるほど…嗅ぎつけられたか」

男はつぶやくと、一人ほくそ笑んだ。

「HaHa…ちょうどいいPlace(場所)を用意してくれるとは、アークスもなかなか気が利くじゃないか」

その声と同時に、男の姿が変わる。

何処にでもいるありふれた影は、一瞬のエーテルの輝きののちに、白い礼装へと変わっていた。

 

男は一人、広場の中央へと歩く。

するとどこからともなく折り畳み椅子が現れ、男はそれに腰掛ける。

「さーて。Casting(配役)は終わってるとはいえ、Actor(演者)の力量は確認しておかないと…Film(作品)Quality()にかかわるからNE!」

折り畳み椅子が浮き上がり、男の横にカメラとクラッパーボードが具現する。

 

ハリウッドの鬼才、ベトール・ゼラズニィ。

様々な逸話を持つこの男は、「本物の恐怖」を作るための「あること」で有名だった。

「順番は前後してしまったが…Audition(オーディション)と行こうじゃないか!ヒツギガールに、アメリアス!」

曰く…彼のオーディションは、気がふれているとしか思えない演技を要求されると。

 

「Welcome…!Come here! THE LINER!!!」

打ち鳴らされるクラッパーボード。

メガホンの声に呼ばれるように、エーテルが空に軌跡を描く。

そしてその「線路」に乗って…恐怖を生み出すための、災厄が到着した。

 

AD2028:4/4 12:00

地球:東京

 

「到着っ!!」

飛び降りた私とヒツギさんは、目の前の景色を見て瞠目した。

「ひどい…街がボロボロじゃない!!」

「かなりやられてる…シエラ!反応は!!」

『そのまま前方、駅前です!!』

 

端末に送られた反応へ、全力疾走する。

「姉ちゃん!いた!!」

並走するステラが、駅前の広場を指さす。

そこでは、先日現れたトレイン・ギドランが暴れていた。

『反応が大きい…迅速な討伐を!!』

「はい!!行くよステラ、ヒツギさん!!」

「よーーーーっし!!」

 

ステラが先行して、トレイン・ギドランへ接近する。

(ステラ、前はお願い)

(うん、ヒツギさんは任せるね、姉ちゃん)

ウィスパーで連絡しあい、ヒツギさんの側につく。

「ヒツギさん!しっかり動きを見て!」

「う、うん!」

ヒツギさんにも指示を飛ばし、ブーツにテクニックをチャージする。

 

「さっさと終わらせる!!」

イル・ザンを連続で叩き込むと、トレイン・ギドランが混乱したように動きを止めた。

「ミラージュ入った!」「よし!」

首の弱点へ、一気に肉薄する。

「喰らっとけ!」

ヴィントジーカーをぶつけ、着地と同時にイル・ザンも叩き込む。

我に返ったトレイン・ギドランは、眼に青い炎を迸らせて激昂した。

 

「こっからだ…みんな回避に集ちゅ…!?」

距離をとった直後、私は目を見開いた。

「やあああああああっ!!」

起き上がったギドランの足元へ、ヒツギさんが突っ込んでいる!

「ちょ、今突っ込んじゃ…!!」

最悪のタイミングで、ギドランの赤い首が垂れ下がる。

近ければ横合いへ逃げられるが、あの距離じゃ…!

 

「嘘…!」「ヒツギさん!!」

吸い寄せられるヒツギさんへ距離を詰め、首に激突する寸前で突き飛ばす。

「うわあっ…!!」「姉ちゃん!」

視界が高速で回転する。

ヒツギさんはギリギリすり抜けたものの、私は大きく吹き飛ばされた。

 

とはいえ、こういう吹き飛ばしには慣れている。

「アメリアス!!」

「私は大丈夫!!それより首見て!!」

エアリバーサルで起き上がり、ヒツギさんに向かって叫ぶ。

削岩機状になって振り下ろされた首に気づき、ヒツギさんはかろうじて回避した。

 

(予想外にヒツギさんが消耗してる…!)

幻創種の特性も考えると、このまま長期戦にはできない。

私は、交戦中のステラのほうを見た。

「足狙って!一気に追い詰める!!」

「了解!」

ステラはデュアルブレードを振るい、前足へ斬撃を集中させる。

 

「こいつで…!」

私も足元へ滑り込み、前足を蹴りつける。

するとギドランは体勢を崩し、倒れこんだ。

『今のうちに!』

「言われるまでもなく!!」

現れた弱点に、一斉に突撃する。

「これで…倒れてっ!!」

ヒツギさんの放った一閃がとどめとなり、トレイン・ギドランの巨躯は霧散した。

 

『反応消失。お見事です!』

「よし…なんとか手短に片づけられた」

思わず、安堵の声が漏れる。

少し危ないところはあったものの、ヒツギさんもけがはないようだ。

「ヒツギさん、大丈夫?」

「うん…ごめん」

ヒツギさんは答えると、力が抜けたように俯いた。

 

「ヒツギさん?」

「……ダメだ、あたし…何もできてない…」

すぐそばの私にも気づかずに、震えた声で呟くヒツギさん。

私が何も言えないでいると、ふと後ろからの視線に気づいた。

「ステラ…?」

少し目に意識を集中し、背後の映像をとらえる。

背後に立つステラは、悲しそうな顔でヒツギさんを見つめていた。

 

 

 




「ヘッドフォンアクター」
ただすべきことを、演じるしかない演者達。
心と心の合間から、「ごめんね」と声がした。


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SB3-8「はやくそれになりたい!!」

ちょっと遅れました。申し訳ありません。


A.P241:4/4 15:00

 

アークスシップ:ゲートエリア

 

あの後、ステラは戦闘部の同期の要請で、別の調査エリアの援護に向かった。

というわけでヒツギさんとシップに帰還した私は、

「あ!アメリアス!ヒツギ!おーい!!」

ゲートに来て早々、私達を呼ぶ大声を聞いた。

見れば、テレポーターのそばにクーちゃ…クラリスクレイスとサラさんの姿がある。

「ああクーちゃん…って、サラさん!?お、お久しぶりです…」

「久しぶり。ヒツギ…よね?あなたも無事そうね」

答えたサラさんは、自分の背後に目をやって、

「ほら、戻ってきたわよ」

そう、呼びかけるように言ったとたん。

 

「お姉ちゃん!」

サラさんの背中から、アル君が飛び出した。

「わっ…あ、アル!?」

「アメリアスのサポパ…リオちゃんだっけ?緊急出撃に連れてかれちゃったから、あたしたちがアル君を預かってたの」

「貴様らが帰ってきたと聞いて、迎えに行きたいと言い出してな。こうして連れてきたんだ」

「そ、そうだったんだ…」

納得した様子のヒツギさんに、アル君が抱きつく。

 

「お姉ちゃん、大丈夫だった!?」

「大丈夫よ。アメリアスが助けてくれたから…迎えに来てくれて、ありがとね」

よしよしと、アル君をなでるヒツギさん。

そして、ヒツギさんは私のほうを見ると、

「報告とかは、任せていいのよね?じゃあ、先に部屋に戻ってていい?」

「あ、うん。ゆっくり休んで」

アル君を連れ、ヒツギさんはテレポーターへと歩いていく。

 

すると、サラさんがぽつっと呟いた。

「…行ったわね。」

「え?」

私が反応するよりも早く、クラリスクレイスが私の腕を引く。

「少し来い。話したいことがある」

「え、え?」

思いのほか強い力で引っ張られ、抵抗する間もなく引っ張られてしまう。

 

あれよあれよという間に、私は階段裏まで連れてこられた。

「え、あの…?」

「いきなりごめん。こっち見て」

顔を上げると、サラさんの顔が目に入る。

サラさんは暗い顔で、私を見ていた。

「……さっき、アル君から聞いたわ。ヒツギのお兄さんが、マザー・クラスタに…爆殺されたって」

「………」

何も言えずに俯く私を見て、サラさんは続ける。

「あの子、今かなり無理してるわよ。不安と戸惑いを必死に押し殺してる…わかるでしょ?」

 

答えることは、できなかった。

そんなことわかっている。彼女がつらいのは。彼女が苦しんでいるのは。

だけど。でも。

「…どうすればいいのか、わからないのか?」

クラリスクレイスの問いに、私はやっと頷いた。

 

今になって、悟った。

私は取り戻すことはしても、失うことをしなかった。

だから…今のヒツギさんのために、何ができるのか。

何をしてあげられるのか…わからない。

 

「…なんだ。そんなことか」

「まったく。あんたはその辺が固いというか……」

2人がそろってため息をつく。

気づかないうちに、心中を呟いてしまっていたらしい。

「誰にだって、大切な人がいる。私だったらマトイ(先代)とかだな。先代がいなくなることなど考えたら、胸がきゅっとするぞ」

「…うん。クーちゃんにとって、マトイは本当に大切な人だもんね」

「こら、いい話してる時にクーちゃん言うな」

いつものツッコミの後に、今日は苦笑がついてきた。

 

「……まあ要するに、あんたが今までやってきたことと変わんないのよ」

微笑んで、サラさんは言う。

「ほら、あんた昔(はな)してたじゃない。自分がなんのために戦っているかって話」

2年前にした、些細な会話…私が戦う理由のことを。

「まだ終わったわけじゃない。あの子の…ヒツギのために」

サラさんは敢然と、私を見た。

「そうね…最強の剣と盾に、なって見せなさい」

「剣と…盾…」

 

守るべきもののために…一人孤独に戦っていた、少女のために戦え。

それが今、私ができること—————

 

「…ありがとうございます。ちょっと、先が見えました」

私が頷くと、二人は安堵した様子で笑った。

「いろいろ気にしすぎなのよ、アメリアスは」

「そうだぞー。もやもやした時は、どーんと爆破してしまえばいい!!」

「あんたはもっと頭を使いなさい」

「なんだとー!」

…さっきまでいいこと言ってたのに。この二人は相変わらずだ。

 

だけど、なんだろう。

こんなしょうもない光景を見ると、なんでかとても安心できた。

「よーしアメリアス!落ち着いたなら出撃するぞ!」

「は、はい!?」

クラリスクレイスが私をつかみ、スペースゲートへと走り出す。

「ちょ、ちょっと待ってよクーちゃん!!」

「クーちゃん言うな!デスクワークばっかで退屈なんだ!気晴らしに付き合えー!!」

「なぁ!?あんたもまだやること残ってるでしょうがこの馬鹿ぁ!」

 

捕まえようとするサラさんをすり抜け、私を引っ張っていくクラリスクレイス。

あれよあれよという間に、私はスペースゲートに逆戻りしていった。

 

A.P241:4/4 16:00

 

アークスシップ:フランカ'sカフェ

 

夕方。

「はぁ~~~~」

比較的すいているカフェの一角で、情報部・臨戦区域内部ネットワーク管理室長は机にへたり込んでいた。

(だーれも戻ってこないから、カフェで書類作ろうと思ったものの…)

不覚だった。

人が行きかっているうちはともかく、こうして落ち着いてしまうと…このカフェの環境は、かなり眠気を誘う。

一度うとうとし始めてから、もう2回ほど落ちかけてしまった。

 

(もう、帰ろうかな)

あまりオフィスを空けるわけにもいかない。

それにこの時間になれば、さすがに誰か帰っているだろう。

手早くテーブルを片付け、立ち上がったその時だった。

「……!?」

突然肩をつつかれ、ぎょっとして振り向くヨハネス。

銀髪の少女が、おどおどとした緑色の瞳を向けていた。

 

『君は…ステラ?どうしたんだい突然…』

『カフェに来たら、ヨハネスさんがいたので……』

普段あんなに元気なステラは、しょんぼりとチャットを返す。

『あの、ちょっと、話しつぃことが…』「あ、間違えた…」

『…わかった。じゃあ、そこ座って』

近くのテーブルに座り、ステラと向かい合う。

 

『とりあえずこれ。調査端末に入れてもらえば、こっちで声を文字に変換できるから』

会話用のアプリケーションを送りながら、ステラの顔を伺う。

2年前にアメリアスがコールドスリープに入ってから、ヨハネスは時折研修中のステラに会っていた。

彼女はいつも明るい調子で、アメリアスが起きてからもそれは変わらなかったが…こんな落ち込んだ様子のステラは見たことがなかった。

 

『それで、何があったの?』

「その……」

ぽつぽつと、ステラは話し出す。

 

『…報告はあったよ。天星学院高校が爆破されたって…」

「はい…それから、2人とも少しふさぎ込んでて…」

 

「さっきの戦闘で、むちゃな突撃かけたんです。たぶん、不安と焦燥感で…」

『だろうね…』(この子、意外と他人のこと見れるんだな…)

 

「でも、姉ちゃんも姉ちゃんですよ…一番力になれるのに、ああやってなんでもない態度で…」

『…まあ、それがアメリアスの悪い癖というか、彼女は他人の心を推し量るのが苦手だから…』

 

「ぶっちゃけ、あんなのに姉ちゃんが遅れとってほしくないというか…もっとしっかりしてほしいというか…」

『う、うん……』(ん?流れ変わってない?)

 

「私は弱いから…姉ちゃんにちゃんと引っ張ってほしいんですよぉ……」

「ヨハネスさん?」

反応がなくなったのに、首をかしげるステラ。

見ればヨハネスは、くつくつと小さく笑っていた。

 

「よ、ヨハネスさん!」

『あ  ごめんごめん。なんか可笑しくなっちゃって』

ヨハネスはバツの悪い笑顔を浮かべると、そのままステラのほうへ少し乗り出す。

『相変わらず、アメリアスのことが好きなんだね…あいつ、いい妹もって…』

「あ、あのー?」

『だってさっきまでしょげてた割に、元気そうに見えるけど?』

 

ステラははっとした。

『はは、相談すればすっきりすることもあるんだよ。あと、さっき話してくれたことだけど…』

そう綴ると、ヨハネスは眼鏡をテーブルに置く。

『大丈夫。アメリアスはあれでも、やるときはやるんだよ?』

「やるときはやる…ですか」

その言葉を反芻し、ステラは少し考えた。

 

「…そうですね。考えてみれば、こうやって不安がることもなかったかもです」

苦笑して、ステラは立ち上がる。

「もう大丈夫だと思います。お時間取らせてしまって、申し訳ありませんでした」

『ううん、僕も暇だから。むしろ誰かと話せてすっきりしたよ』

ヨハネスも頷いて、それに続いた。

 

「じゃあ失礼します。ヨハネスさん」

『うん…あ、ちょっと待った』

踵を返しかけたステラに、ヨハネスはふっと笑いかけて、

『ヨハネスさんじゃなくて…昔みたいにヨハ兄、でもいいんだよ?』

 

目に入った文字に、ステラは一瞬驚いて、

「…ちょっと待ったちょっと待った!昔のことなんて覚えてないでしょう!?」

『あ、ばれた?』「うー、からかわないでくださいよー!」

そそくさと、ヨハネスはカフェを去っていく。

「むー……………はぁ」

一人残されたステラは、ため息をついて歩きだした。

 

 

ちなみに2人とも、テーブルに置き忘れられた眼鏡には気づかなかった。




「はやくそれになりたい!!」
I wanna be.
早く、彼女を支えられる存在に。


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SB3-9「とんとんまーえ!」

だいぶ遅れてしまい、申し訳ありません…
稲刈りごったくで投稿する暇もなかったもので……

そういえばいつの間にか投稿1年でした。
やばい…これ投稿中にEP5終わるぞ…


A.P241:4/5 9:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

朝のゲートエリアに、ぱたぱたと走り回る影が一つ。

「うぅ…マスター……?」

「あれ、リオちゃん?どうしたの?」

クエストカウンターの職員に声を掛けられ、振り向いたリオは、珍しく狼狽の表情を浮かべていた。

「あ、レベッカさん…さっき、マスターへの定期通信に失敗して…」

「え!?パートナーと通信ができないって…ちょっと待って」

レベッカは驚いた様子で、カウンターの端末に指を走らせる。

しばらくすると、レベッカははぁ…という呟きとともに、リオのほうを向いた。

「なるほどね…リオちゃん、これ見て?」

レベッカから手渡されたファイルに目を通し、リオは唖然とした。

 

「えぇ……」

「そういうことで、通信ができなかったんだと思う。マスターさんも連絡しておけばいいのにね」

「…わかった。お騒がせして、ごめんなさい」

ぺこっと一礼してから、カウンターを離れるリオ。

「……ヒツギの様子見に行こ」

区画移動用テレポーターのほうへ戻りかけた、その時だった。

 

「おーい!どこへ行ったんだー!!」

ゲートエリアに、ばたばたと走り回る影が、もう一つ。

「ピエトロさん…?」

「ん?おや、マイフレンドのパートナーじゃないか!」

リオに気づいたデューマンの青年は、そのままばたばたと走り寄ってきた。

「おはよう。ばたばたしていてすまないね…ときに君、ジョセフィーヌを見なかったかい?」

「ジョセフィーヌ…?」

 

首をかしげるリオ。

「…そうか、君と行動していた時は連れていなかったね。トリム種のペットなんだが…」

「それ、どんな子……?」

「青い羽毛の鳥型の子さ。目を離したすきに、どこかへ行ってしまって…!」

心配だなぁと呟くピエトロを無視して、考える。

 

…そこで何が起こったのかは、わからない。

ただ、彼女に搭載されたCPUは、

「…壊世ナベリウスで見た。どーんってビーム撃ってた」

「…それヴォモスプロドシスだね。ジョセフィーヌと違うね!」

気づけば、そんなボケを披露していた。

 

「ばれたか…」

「しかし、どこへ行ってしまったんだ…シップの外へは出ていないはずだが…!」

リオをスルーして、ピエトロは悶々と思案する。

「ああ、愛しのジョセフィーヌ…君は一体いずこへ……ハッ!?」

何かに気づいたように、顔を上げるピエトロ。

 

「そうか、これは……僕の愛への挑戦だね!ジョセフィーヌッ!!」

「へ?」

「僕を試しているのか…ならば、追いついて見せようじゃないか!!」

 

一瞬でついていけなくなったリオを置き去り、ピエトロは決意に満ちた目を空へ向ける。

「リオ君!それでは、また!!」

きょとんとしたままのリオの前で、愛に目を輝かせた青年は去っていった。

「……だめだ、意味わからん」

走り去るピエトロの背を見て、リオはぼそっと呟く。

勝手に語って勝手にいなくなってしまったが、一つだけ気になったことがあった。

 

「ボクの名前、覚えててくれた…」

ふっと苦笑して、また歩き出す。

「あ、リオちゃん」

すると、もう聞きなれた声が、リオを呼び止めた。

 

「ヒツギ……おはよう」

「おはよ……ごめんね、朝から騒がしくて…」

「ううん……昨日の戦闘、ケガとかしてない?」

ヒツギは首を振って、

「大丈夫よ…エーテル適性があれば、メイトですぐに回復できる程度だったから」

「そっか…」

 

答える声を聞きながら、リオは歩いてくるヒツギを見た。

…少し、足に力が入っていない。声にも力がない。

明らかに、兄の一件を引きずっている。

「………っ」

「リオちゃん?」

躊躇している場合ではない。

アメリアスのいない今、自分が、何か手を差し伸べなければ…

「えっと、ヒツギ、あのね……」

鈍い唇から、必死に言葉を紡ぎだそうとした―――その時だった。

 

「―――あら?あらあらあらぁ!」

エコーのかかった、甲高い声。

「ヒツギさんじゃありませんかあ。こんな朝から、どうされました?」

歩いてきたのは、キャストの少女…リサだった。

 

「あ、えっと………リサさん……だっけ?」

「はいはいリサです、ごきげんよう。どうされました、リサに撃たれる覚悟が出来たりしましたかあ?」

「えっと、ちょっと、いろいろあって……」

「いろいろあって、撃たれる覚悟ができました?」

 

勝手に言葉を振るリサに、戸惑うヒツギ。

リオは我慢できなくなり、二人の間に割って入った。

「……何のつもり?」」

「何のつもりというわけでも…ただ、答えが要領を得ないものですから」

リオに睨まれても、まったく調子を変えないリサ。

 

「リサはそういう心の機微というやつが、全然さっぱりこれっぽっちもわからないので。自分からはっきり言うほうが好きですねえ」

「……………チッ」

(え?今舌打ちした?リオちゃん舌打ちしたよね!?)

ヒツギの驚きも露知らず、リオの語調は強まっていく。

「少しは、ヒツギのことも考えられないの…」

「いつも思うのですがねえ?他人の心なんてどうやって察するのでしょうねえ?」

「いい加減にして…!」

「お、落ち着いてリオちゃん!」

 

ヒツギはとんとんと小さな頭をなで、リオをなだめた。

「…そんなにムキにならないで。話せばいいんでしょ」

小さくため息をつき、天星での事件を話し出すヒツギ。

「…そうですかあ、お兄さんが」

リサは話している間こそおとなしかったものの、

「……それで、どうなっていたんですかあ?爆破されたということですが、やっぱりぺしゃんことかだったんですかねぇ!」

 

この態度には、さすがにヒツギもカチンときた。

「っ、何言って……」

言い返そうとして、ふと言葉に詰まる。

(待って、そういえば…でも、そんなことって……)

しばしの逡巡の後、ヒツギは眼下のリオに問いかけた。

 

「リオ、この間言ってたわよね?『地球調査担当の人の端末は、向こうのネットワークにつなげられる』って」

「え……?う、うん…」

「それ、アークスシップ(ここ)からでも出来たりする?」

やってみる、と言って、ウインドウを操作するリオ。

「でもここ月軌道くらい離れて…あれ、できた?」

首をひねるリオから渡されたウインドウに指を走らせ、地球のインターネットに接続する。

しばらくウインドウを見つめていたヒツギは、ニュース記事のページで目を見開いた。

「……はは、なんで気づけなかったんだろう」

思わず、苦笑が漏れる。

幾つかのサイトを経由して、ヒツギの気づきは確信に変わった。

 

ヒツギは端末をリオに返し、リサに向き直る。

「ありがと、リサさん。でもそんなに遠回しに言わなくたってよかったじゃない」

「あれあれ、なんのことですかあ?リサはただ後学のために、被害の状況を聞いてみたかっただけですよお?」

しれっととぼけるリサ。

しかしリオには、その能面のように張り付けられた笑顔が、若干喜びに綻んだように見えた。

「じゃあ、リサはもう行きますねえ………今度からは、ちゃんと見に行くことをお勧めしますよ?」

 

謎のつぶやきを残して、スペースゲートに歩いていくリサ。

ヒツギはそれを見送ると、下から送られてくる視線に気づいた。

「えっと…ヒツギ?どういうこと……?」

「これ見て。天星の爆発事故はニュースになってるけど、それだけ。被害者の情報は一切ないの」

地球のニュースサイトを見せられ、リオもすぐにその意味に気づく。

 

「じゃあ……」

「うん、もしかしたら…」

ヒツギが言葉を続けようとした、その時。

「あ、いた!!お姉ちゃんっ!!」

「え!?……ぐえっ!!」

飛び込んできたアルはリオの回避により、ヒツギの腹に激突した。

 

「うわっ…ご、ごめん!」

「大丈夫…って、あんたいつの間に起きてたの?」

すっかり忘れていた。

今朝部屋を出た時、アルはまだ眠っていたため、部屋に置いてきてしまっていた。

「おきたらお姉ちゃんいなくて…さっきまでショップエリア探してた」

ぐったりとヒツギに抱き着くアル。

 

「すっかり忘れてたわ…ごめんね、アル」

「ん……あれ?アリスおねえちゃんは?」

アルに言われて、気づく。

フレンドリストを見ると、出撃中とあった。

「もう出撃?早いわね」

「出撃、というか……」

何か知ってるだろうとリオに尋ねてみると、言葉を濁して答えられる。

 

「え、違うの?」

リオはうーん、とうなった後、控えめに答えた。

「えっと……潜入、捜査?」

 

AD2028:4/5 10:00

地球:東京

 

「ったく。こっちは新入生歓迎の準備で忙しいってのに…」

橘イツキは、憮然とした顔で呟いた。

「午前中で終わる用だって。ちょっとだけ付き合ってくれよ、な?」

「それはいいけど…空手部に頼んだ書類、まだ来てないみたいだけど」

隣には、イツキと同年代の少年が二人、並んで歩いている。

 

「おおっとすまん、忘れてた!」

頭をかく茶髪の少年は、茅野コウタ。

「ったく、ただでさえイツキ君、生徒会長ぶん投げられて忙しいんだから…」

ため息交じりに言った黒髪の少年は、佐々木ユタカ。

二人はイツキの同級生で、リアルでもPSO2でも友人(フレンド)の仲だ。

 

「で、結局用事って何なんだ?」

歩きながら訪ねるイツキ。

「ああ…今朝のニュース、見たか?」

するとコウタは、そんな話題を振ってきた。

「今朝のニュース?特に変わったことは…」

イツキは首をひねって、記憶をたどる。

 

わからないまま歩いていると、ふいにコウタが足を止めた。

「ん、ここだここだ」

指をさした先には、何の変哲もないビルが建っている。

……上階の窓が吹き飛ばされ、立ち入り禁止の措置が取られていることを、除けば。

「…そういえば…!」

イツキは思い出した。

今朝のニュースで、都心での爆発事故が報じられていた。

 

「こんな近くだったのか……」

「意外と、気づかないものだね…」

イツキのつぶやきに、同意を返すユタカ。

「だけど、このビルがどうしたんだ?」

「ああ、些細なことなんだけどよ…」

コウタは小さくため息をつくと、言った。

 

「なんかさ。こんなところでの爆発のわりに、報道が少ないと思わなかったか?」

「少ない…まあ、言われてみれば」

「詳細は調査中で、まとめられちゃってたような」

頷く二人に、コウタは話を続ける。

「そして…この間、同じようなことがあったよな」

そこで、2人はコウタの言いたいことを悟った。

 

「「天星の爆発事故……!」」

「ああ…例の連中…マザー・クラスタと関係がないとも、言い切れないと思う」

そこまで言って、コウタは口を閉ざす。

イツキは、彼がここに連れて来た目的を悟った。

 

イツキとリナは、具現武装が扱える人間として、マザー・クラスタに顔が知られている。

今渦中にいる天星学院高校の後輩のみならず、イツキ達にも何かあるかもしれない。

 

「俺たちはPSO2越しじゃないとログインできないから、この件には関われない。だからせめて、イツキには伝えておこうと思ってさ」

「それで俺を……」

イツキは声を漏らすと、そのまま俯いた。

 

「…だけど、ごめん。俺に何か出来るかどうか……」

「いいっていいって。お前に何か無ければそれで十分だっての」

「そうそう。イツキ君には生徒会の方に集中して貰わないと」

 

少し落ち込んだイツキを見て、2人がそう言って笑いかける。

「…さってと! 用事も済んだし帰るか!」

「「うん、帰ろ帰ろ」」

「……急に冷めたなお前ら…」

ビルに背を向け、来た道を戻り出す3人。

 

イツキは何の気もなく、すぐそこの交差点に目をやり………

「この辺にバス停あ………!?」

直後、言葉を失った。

 

交差点の向こう。

明らかに見覚えのある少女が、てくてくと青信号を渡ってくる。

何故かメガネをかけ、目立たない格好ではあったものの、一度目を止めてしまえばそれまでだった。

 

「どうしたんだ、イツキ?」

「あ、いや……なんでもない」

コウタの問いに答えつつも、視線を少女に奪われる。

(あれ……どう見てもアメリアスさんだよな)

青い瞳に、腰まで伸びた長髪。

それも銀ベースに若干ベージュが混ざったような、なんとも形容しがたい髪色…他人の空似とも考えがたい。

 

(何やってんだあの人…アイカみたいに潜入調査か……?)

「イツキー?」

「あ、ごめ! 行こう行こう!」

半年前の二の舞にはなりたくないし、きっと怪しむ程のことでもないのだろう。

気にはなったものの、イツキはそう考えて、大人しく帰ることにした。




「とんとんまーえ!」
とんとんまーえ、とんとんまーえ。
また、前に進みたいから。


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SB3-10「DAYBREAK FRONTLINE」

投稿が遅れた分、今回はちょっと長め。
…もう全部これくらいの量にしたほうがいいとは、思うのですが。


A.P241:4/5 13:00

アークスシップ:ショップエリア

 

「うぅ……」

リオは肩を落として、ショップエリアを歩いていた。

(マスターに渡されてたぶん、あっという間に溶けた……)

アメリアスにもらった資金とニレンオロチを抱え、アイテムラボに入った、10分後。

アイテムラボを去ったあと、抱えた飛翔剣の強化値は、まったく変わっていなかった。

 

「…?」

傷心のまま歩いていたリオは、ふと足を止める。

ショップエリアの一角、休憩用の長椅子のそばに、数人の見知った人影があった。

(ヒツギとアルと…よく見えないけど、イオ?)

ぱたぱたと走りよると、足音に気づいたヒツギが振り向く。

 

「あ、リオちゃんちょうどいいところに。ほら、見てこの子」

ヒツギはにこにこと笑って、イオの横を指さす。

そこには、青い羽毛の鳥のような生き物が浮いていた。

「ん?ああ、リオちゃんか。なんかこいつ、さっきぴゅーって飛んできてさ…」

 

リオに気づいて、イオは少し困ったように言う。

「この子、サモナーのペットだよな?おーいお前ー、主をほっぽってていいのかー?」

頭をなでるイオの手に、鳥型ペットは嬉しそうにすり寄っている。

「結構人懐っこいのね。そうだ、アルもなでてみたら?」

「うーん、ちょっとこわいけど…」

アルが近寄ると、すすっと高度を下げ、アルにも頭を垂れた。

「おお…!さらさらで気持ちいいね、この子!」

「よしよし、いい子いい子…ん、どうしたんだリオちゃん?」

 

ふとリオを見やったイオの目に、じっと鳥型ペットを凝視するリオが映る。

「トリム種で…青い羽毛で、独りぼっち……もしかして……」

果たして、リオの抱いた疑念は。

「ジ……ジョセフィイイイイイイイイイイイイヌウウウウウウウウウウウッッッ!!!」

ショップエリアに響き渡った青年の叫びで、現実であることが示された。

 

「あの人って…っていうか、こっち突っ込んできてるけど!!?」

「まずい、全然おれ達に気づいてない!!」

愛する子だけを捉えた突進が、イオたちに迫る…!

「…っ!」

その時、リオが動いた。

小さな体を相手とこちらの間に滑り込ませ、腕をつかみながらさらに体を入れ、

「……えいっ!!」

そのまま重心を崩し、ごろっと青年を転ばせた。

 

「のわあああっ!!」

「「おお……!!」」

周りから、どよめきと拍手が起こる。ちなみに、誰も青年は見向きもしない。

「サモナーの人…どうしたの…?」

「や、やあリオ君…なかなかに見事な投げだったよ……」

青年…ピエトロはふらつきながら立ち上がると、すぐに浮遊するトリムに視線を移す。

 

 

「そ、そんなことより…!こんなところにいたんだね、ジョセフィーヌ!」

「ああ、ピエトロさんのペットだったのか…」

「朝、話してた…ジョセフィーヌがいなくなったって……」

見つかってよかった、とリオは顔をほころばせた。

 

「まったく、心配かけさせて…さあ!帰ろうじゃないかジョセフィーヌ!!」

ピエトロはジョセフィーヌを抱きかかえ、すたすたと去っていく。

「もう君のことを離さないよ!大好きだよジョセフィーヌ……!!」

「…絶対、あれが家出の原因だろ…」「「「うんうん」」」

ピエトロの腕の中でもがくジョセフィーヌを見て、一同は眉をひそめた。

 

「まあ、一応主のところに戻れてよかったな。主といえば…リオちゃんはセンパイのとこにいなくていいのか?」

「マスターは出払ってるし…ボクは基本的に、ほっとかれてるから」

「…それでいいのかセンパイ」

苦笑いするイオの横で、リオはふとヒツギのほうを向く。

 

「…ヒツギ」

「リオちゃん?どうしたの?」

リオは少し、言いにくそうに口をつぐむと、

「マスター、東京に調査に行ってる」

「それは聞いたけど……」

「あと…昨日、東京で…爆破事故があったって」

「………!?」

 

ヒツギの顔が強張る。

「一応、伝えたから……」

リオはそう言うと、ダッとゲートエリアへ駆けて行った。

「ち、ちょっとリオちゃん!?」

「爆発事故…東京で……!?」

戸惑うイオの横で、ヒツギは震えた声で呟く。

「お姉ちゃん…?」

「……ごめん、大丈夫よ、アル。部屋…戻ろっか」

 

アルの手を引き、歩き出しかけて、やめる。

「………」

オラクル用の端末を取り出し、メールを開いてから、

「…おっと、今は意味ないか……」

何かに気づいて端末をしまい、また歩き出した。

 

A.P241:4/5 17:00

アークスシップ:艦橋

 

いやはや。

東京で起こった爆破事故の調査のはずだったが、結局帰還が夕方になってしまった。

「帰還しましたー」

「あ、お疲れ様です」

すいっと艦橋に入ると、シエラさんがこちらへ振り向く。

「姉ちゃんおかえりー」

「お疲れ。さっきアイカも戻ってきたそうだ」

さらに艦橋には、ステラやヨハンその他、地球担当のメンバーが集まっていた。

 

まあその目的は…言うまでもないだろう。

「データは一通り送ってあるから。表示できる?」

シエラさんが頷いて、コンソールを操作する。

ウインドウに現れるのは、爆破されたビルの写真や、その周囲の地形データ。

「これが問題のビル。思ってたより、規模は小さかったけど…」

『まあ、あえて控えめにしたんだろう』

「あそこで大爆発なんて起こったら、大変なことになるし」

うんうんと、ステラとヨハンが頷く。

 

「えっと、皆さんいいですか?」

シエラは皆に声をかけると、一つのウインドウを指し示した。

「アメリアスさんが調査している間、エーテルの流れをリアルタイムで解析しました。そして…」

シエラの声が、少し険しくなる。

「残留したと思しきエーテルの反応が、正午近くまでビル周囲にありました」

「…えっと、それはつまり?」

 

首をかしげるステラ。

「爆発が…エーテルによって、行われた?」

「はい、アメリアスさん。その可能性は高いと思われます」

それを聞いたレイツェルとヨハンが、納得したようにうなずく。

「エーテルによる具現…『この程度の被害』なんて条件にも応えられ、証拠も残りづらい」

情報部(こっち)の調査でも、爆薬の種類などの情報はなかった…』

 

二人の声を聴いて、思わず私はため息を漏らした。

「こんなことする奴は1人しかいないとは思うけど…何のために?」

頭に浮かんだ男の顔を払いのけながら、呟く。

「……規模が小さいのを見るに、まだデモンストレーションだろう。きっと本命はこれからだ」

「で、でも、これ以上被害が出始めたら…!」

ステラが不安そうな声を漏らす。

「ステラさんの不安はもっともですが…直接『使徒』を補足することは、現状不可能です」

「出来るとしたら、爆破の直後くらい、か…」

 

後手に回ることしかできない歯がゆさに、唇をかみしめる。

「…それでも、止めないと」

そう口にしたのは、シエラだった。

「シエラ……」

「逆を言えば、規模が小さいうちがチャンスです。全力で反応を追跡し、ベトールの居場所を補足して見せます」

シエラは宣言するように言って、こちらを見る。

「…私にできるのは、そのくらいですから」

「勿論、シエラだけじゃないぞ」

 

隣から、レイツェルも口をはさむ。

『探知補助なり、シエラさんのネットワーク管理補助なり…こっちも、やれることはやるさ』

「出来る限りのバックアップはして見せよう。だから、君は君ができることをしてくれ」

私は頷いた。

「…わかった。ありがとう、皆」

……と、

 

礼を言ったところで、思い出したかのように疲れが押し寄せてきた。

「はあ…報告はこんなところかな。ちょっと、休んでていい?」

「はい。今日はお疲れさまでした」

「おつかれー、あーあ、私も東京行きたかったなー」

シエラのねぎらいとステラの愚痴を背に、私は艦橋を出た。

 

―――――

 

「……さて」

数分後。

情報部の二人も部署に戻り、艦橋にはステラとシエラだけが残っている。

「リオさん、出てきていいですよ」

シエラが呟くと、ブリッジ下からてくてくと、小さな影が出てきた。

「あ、リオさん。ずっと下に隠れてたんですか?」

「あそこなら…マスターにも、ばれないから……」

目を丸くするステラに答えると、リオはくりんとオッドアイをシエラに向けた。

 

「揃った?」

「いえ、もう一人」

シエラの返答とほぼ同時に、艦橋のドアが開く。

現れたのは、青い装甲のキャスト型サポートパートナーだった。

「お、フェオだ。おつかれさん」

「指示通り、担当者全員の退室を確認しました」

「ありがとうございます。それでは…」

シエラは頷いて、3人を見る。

「『私たち』も、動きますか……!」

4人は顔を突き合わせ、ニヤッと笑った。                

 

A.P241:4/5 20:00

アークスシップ:ドミトリーエリア

 

「……」

ドアの前で、ヒツギは無言で立ち尽くしていた。

いつの間にか戻ってきていたアメリアスに、夜に顔を出すと連絡したのが、1時間ほど前。

そしてさっきフレンドリスト(少し前に登録してもらっていた)で在室を確認し、部屋の前までやってきて、今に至る。

 

「アメリアスー?」

呼び鈴(?)を鳴らしてみても、反応がない。

(もしかして、もう寝ちゃったとか…?)

8番艦の眠り姫、などと呼ばれている彼女のことだ。連絡を忘れて寝ている可能性もなくはない。

どうしたものかと首をひねった。その時だった。

 

『う、うわあっ!!』

壁越しに、少女の悲鳴が聞こえてきたのは。

「アメリアス!?」

それなりに防音もなされている部屋越しに聞こえるほどの、悲鳴。

ヒツギは反射的にドアスイッチを叩き、中へ飛び込んだ。

 

「いったいどうし………」

ヒツギに反応してすっと開いた、小さなドアの向こう。

アメリアスの私室なのだろう、小さめのスペースに置かれたベッドに、彼女はこちらを向いて座っていた。

「………?」

何者かが部屋に飛び込んだというのに、反応がない。

見ればアメリアスは食い入るように、自分の前に置かれたウインドウを見つめていた。

 

ヒツギは何か言いかけて、思わず口をつぐむ。

ウインドウを見つめる視線は、まるで敵を見据えているかのように鋭く、真剣だった。

(な、何見てるの…?)

そそっと、横に回り込む。これだけ動いても、気づく様子はない。

ヒツギはウインドウをのぞき込んで、

 

「へ?」

おもわず、間抜けた声を上げた。

アメリアスが見ていたのは…なんと、地球の映画。

「あ、あのー?」

つんつんと、肩をつついてみる。

「?…うわああああああっ!!ひ、ヒツギさん!!?」

するとようやく気付いたようで、アメリアスは盛大に驚愕して振り向いた。

 

「あ、えっと、呼び鈴鳴らしても反応なくて、なんか悲鳴まで聞こえてきたから…」

「呼び鈴…?ああ、そういえばメールもらってたんだった…」

案の定、メールは失念していたらしい。

しょんぼりと肩を落とすアメリアスを見て、ヒツギはふと、違和感に気づいた。

「あれ、どうしたのよその恰好?」

 

今のアメリアスの服装は、ラッピーをあしらったグレーのパーカーとスウェット。

ふと感じた既視感に、ヒツギはそれが以前、アルを連れて行った店にあったものだったことを思い出す。

「え、えっと…ちょっと地球に、調査で。これはついでに」

「はあ……」

日中出払っていたのは、それが理由だったらしい。

「で、その今見てたのは?」

成り行きで質問を重ねると、アメリアスは急に様子を変えた。

 

「あ…!?えっと、これは、その…」

狼狽の色に塗り替わる少女を見て、ヒツギは思わずため息を漏らす。

何を見ていたかなど、ヒツギにはわかりきっていた。

アメリアスの体越しに見えるのは、三つ首の巨獣に蹂躙される街。

「…いいよ、CM見て知ってるから。『THE LINER』…ベトールの映画でしょ?」

ヒツギがそう問うと、アメリアスは観念したようにうなずいた。

 

…きっと、気を使ってくれていたのだろう。

「別に気にしなくてもいいのに…でも、なんでそんなの見てたの?」

「うーん…なんとなく、気になって」

アメリアスは答えると、そそくさと端末を片付ける。

「えーっと、それで、どうしたの?」

「あ、その……」

 

アメリアスに尋ねられ、ヒツギは思わず口をつぐんだ。

「ヒツギさん?」

少し間を開けて、口を開く。

「……今日の、調査ってさ。昨日の爆破事故のこと?」

「…うん」

「……やっぱり、ベトールの仕業なの?」

「……その可能性は、高いって」

 

ヒツギは、右手を握りしめた。

「多分、目的はあたし。こうやって事件を起こして、あたしを引きずりだそうとしてる……」

「そんな…」

言いかけて、アメリアスも口をつぐむ。

考えてみれば、そうとしか思えない。ベトールはアルと、ヒツギを狙っているのだから。

彼の言う、「本当の恐怖」を撮るために。

 

「あいつとは、あたしがケリをつけなきゃいけない…だけど…」

ヒツギの声が、震える。

「だけど…あたしだけじゃ……!」

「…いいよ、ヒツギさん」

固く握られた手を、アメリアスはそっと、両手で包み込んだ。

 

始まりの時と、同じように。

アメリアスは、ヒツギに手を差し伸べた。

「アメリアス…」

「私も、戦うよ。それが、私にできることだから」

澄み切った碧い瞳が、力強くヒツギを見上げる。

 

「だから、大丈夫だよ。ヒツギさんは、一人じゃないよ」

だけどその声は、何よりも優しく、暖かかった。

「…ありがとう。あなたにそう言ってもらえて、安心した」

ヒツギは笑って、アメリアスの隣にぽすっと座る。

 

「なんかごめん。こんな話につき合わせちゃって」

「ううん、全然。あんな映画見てるよりはね」

「あんな映画って…」

苦笑するヒツギ。

話を聞くに、アメリアスはパニック映画の類は苦手らしい。

 

アメリアスははあ、と息をつくと、ふと思い出したように

「あ、そうだヒツギさん」

「ん、何?」

「前に具現武装の話になったとき、ヒツギさんのカタナの由来、聞けてなかった」

ヒツギはああ、と相槌を打った。

 

「でも、聞きたいの?」

「うんうん。何か由来があるんでしょ?」

「まあ、あるっちゃあるけど…」

若干気恥ずかしそうに、ヒツギは右手を軽く振る。

 

天羽々斬(アメノハバキリ)…日本神話に出てくる、ヤマタノオロチっていう怪物を倒すために使われた剣…要するに、物語の剣ね」

「へえ…なんか、格好いいね」

ヒツギの右手に現れたカタナを見ながら、アメリアスが呟く。

するとヒツギは、少し意外そうな目でアメリアスを見た。

 

「そ、そう?ちょっと恥ずかしいかなとも思うんだけど…」

「全然。ヒツギさんって、そういう物語とかが好きなの?」

ヒツギは頷いて、

「うん。英雄譚とかが好きかな…何かつらいことがあっても、物語を読んでる間は、救われたような気になれる」

 

そう言ったところで、ヒツギは少し顔を赤くした。

「…って、何話してんだあたしは!ま、まあそんなところ。そういう憧れが、エーテルで形になったみたい」

「へぇ…空想の具現、か……」

するとアメリアスは、ずいっとヒツギに寄ってきた。

 

「そういう武器って、他にもあるの?」

「え、そりゃまあたくさん…グングニルとかロンギヌスとかエクスカリバーとかデュランダルとか天叢雲剣とか…」

なぜか食いついたアメリアスに、戸惑いながら説明する。

「じゃあじゃあ、靴は?」

「く、つ……?」

 

ヒツギの目が、点になった。

「靴…?靴ね……」

額に手を当て、考えるヒツギ。

(靴…!?えっと、何かあったような…)

ちらっと右を見ると、きらきらと期待の目を向ける、少女の姿。

 

(く、靴、靴ぅ……!)

やがて、その視線に耐えられなくなり、

「ご、ごめん!ちょっと調べてからね!!」

そう言い残して、部屋を飛び出した。

「ひ、ヒツギさんっ!?」

引き留める間もなく、廊下に消えていく。

「あー、行っちゃった…」

一人残ったアメリアスは、ぱたっとベッドに寝そべる。

 

「靴…無いのかなぁ……」

ころんと横になると、そのまますぐに眠ってしまった。

 

 




「DAYBREAK FRONTLINE」
私も、みんなも一緒に。
止まらないさ、きっと光の待つほうへ。


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SB3-11「レイワイテロリズム」

……えー、その。

しばらく投稿が開いてしまい、申し訳ありませんでした。
ちょっと忙しくなった拍子に生活サイクルから執筆が外れてしまい、気が付けば御覧のとおりです。

今回からまたペースを戻せればと思っております。
それでは引き続き、いつの間にか完結して半年になってしまった、「再生」の物語をお楽しみください。


A.P241:4/7 19:00

アークスシップ:艦橋

 

「それでねそれでね!大きな光の剣がどーーーーんって!!」

「なんですかそれぇぇぇ!!?」

オーバーに話すアルに、目を輝かせるシエラ。

ノリノリで話している二人を見て、ヒツギは大きなため息をついた。

 

「シエラさん…なんでそんな食いついてるんですか……」

「地球の文化を知るいい機会ですから!…というか、ヒツギさん男の子向けのアニメなんか見るんですね」

「あ、アルが話してるのは作業用ついでに流してただけで…」

もどかしそうに頭をかいて、ヒツギはシエラの後ろにあるウインドウを見た。

「こんなことしてる場合なの?まだベトールは見つからないのに……」

 

艦橋に漏れたため息は、今度は呆れではなく不安を帯びていた。

最初の爆発があってから、今日で丸二日。あれからも、東京では小規模な爆発事故が頻発していた。

そのたびに待機していたアークスが現場に急行したが、いたのは数体の幻創種。

ベトールと思しき反応は、一度も確認されなかった。

 

「だけど具現武装を使えば、すぐにわかるんでしょ?」

ヒツギは以前聞いていたことを思い返す。具現武装は反応が独特で、探知も容易なはずだ。

「それが具現武装…仕込まれた爆発物の反応が、エーテルインフラに紛れてしまっているようです……」

シエラが言うには、規模が小さい分、隠密性が高められているらしい。

設置さえ露呈しなければ、あとは好きなタイミングで起爆するだけ。遠隔からの起爆なら、オラクル側はまず捕捉できないのだ。

 

それを説明すると、シエラは思い出したように首を傾げた。

「ですが、なぜ見つかるリスクを冒してまで、こんなことを……?」

「え、今見つけられないって……?」

「事実はそうですが、そう想定するのは危険というものです。破壊が目的なら、短時間で一気に行うのが上策のはずです」

ヒツギは何とも言えずに、シエラを見た。

 

アメリアスにも言ったが、彼の目的はただの破壊活動ではない。

「でも、ベトールの目的は分かるわ」

「え?」

「多分……狙いはあたし。あいつ、言ってたでしょ」

最高の作品のための、最高のシチュエーションを用意する。

しかし何よりも作品に必要なのは、本物の演技(恐怖)を見せる主役(ヒロイン)に他ならない。

 

要は、ベトールはヒツギを挑発しているのだ。

「だったら……」

貴女が行くべきではない、と、

シエラが言い切る前に、ヒツギは首を横に振る。

「ううん。だからこそ、あたしが行かなきゃ…あたしが、ケリをつけなきゃならない」

これは、自分が蒔いた種なのだから、と。

ヒツギははっきりと、シエラに告げた。

 

「………」

何も言えずに、黙り込むシエラ。

「……お姉ちゃん」

代わって、アルが口を開く。

 

「ひとつだけ、約束してほしいの…」

「アル……」

「ぼく…お姉ちゃんに居なくなってほしくない…またひとりぼっちになんて、なりたくないよ……!」

震える声で呟いたアルを、ヒツギはそっと抱きしめる。

「何言ってんの。あたしはいなくなったりしないわよ」

「本当に…?」

ヒツギは頷いて、アルの頭をなでる。

 

「アメリアスも、リオもいる。あたしは、一人じゃないから」

「……うん」

アルは顔を上げて、ヒツギを見て笑った。

「…そういえば、アリスお姉ちゃんは?」

ふとシエラのほうを向き、尋ねるアル。

 

ヒツギも、今日は彼女が艦橋に顔を出していないことを思い出した。

「アメリアス、また地球調査?」

「いえ、昨日の夜から今日の昼まで、東京の待機班を指揮しまして」

シエラは言いながら、メールサーバーを開く。

「えっと…お昼に『シフト終わったので寝ます。起きれれば夜に伺います』と連絡が……」

「…来ると思う?」「ないですね」

 

その発言が、いわゆる『フラグ』というやつだったのかは、別として。

シエラが即答するのと、それはほとんど同時に起こった。

 

突然、けたたましいアラートが、艦橋に鳴り響いた。

「な、何!?」

「地球待機班からの緊急警報です!!」

シエラはコンソールへ駆け寄り、立ったまま指を走らせる。

「東京中央部、仕掛けてきた……っ、これって!?」

シエラの目の前で、ウインドウに映るアラートが、次々と増えていく。

「異常集積像、急激に増加!?」

すかさずコンソールを叩き、東京に仕掛けられた調査機の映像を拾い上げる。

追加されたウインドウに夜の街が映し出された、次の瞬間。

 

3人の目の前で、景色は爆炎に染まった。

 

「な……っ!!?」

ヒツギは、言葉を失った。

数刻凍り付いていたシエラは、弾かれるようにワークチェアに飛び込む。

「爆発、さらに広範囲に発生…さらに幻創種出現、多数…!!」

ウインドウには次々と、爆破されるビルの映像が映し出される。

「現在地球で待機中のアークス各員!領域隔離と同時に迎撃を!!守護輝士(ガーディアン)を出します!!」

矢継ぎ早に通達を出し、シエラはさらに通信をつなげる。

 

アドレスはアメリアス。表示された場所情報は、案の定自室。

シエラは恐らく2年の生涯で初めて、眉根を釣り上げた。

「起きてくださいアメリアスさ……!!」

強制的に回線を接続し、思いっきり怒鳴って、

『…了解』

「…ひいっ!!?」

帰ってきた氷点下の応答を聞いて、ぎょっとコンソールから飛びのいた。

 

「シエラ!?」『え、え?』

両側から困惑した声を掛けられ、シエラは我に返る。

「い、いえ…スペースゲートで合流を!」

『直行します。ヒツギさんもすぐに!!』

駆けだすような物音と同時に、通信が切れる。

「う、うん!じゃあ行ってくるね、アル!!」

「うんっ!!」

一度アルの肩に手をのせて、ヒツギは艦橋を飛び出した

 

AD2028:4/7 19:20

 

「出撃どうぞ!!」

「はいっ!行くよヒツギさん!!」「うんっ!!」

アメリアスはヒツギの手を取り、東京に着地する。

「……っ!何よ、これ…!!」

目の前に広がった景色を見て、二人は瞠目した。

 

東京が、炎上している。

いくつもの高層ビルが爆破され、燃え上がる街を幻創種が闊歩している。

「こんなの…ただのテロじゃない…!!」

ヒツギは唇を噛み締めた。

これが、あの男の望んだ景色なのか。

ただ己の欲求を満たすために日常を奪い去るのが、彼の騙る「本物の恐怖」だというのか……!

 

「…ヒツギさんッ!!」「え…きゃあっ!!」

突然アメリアスに突き飛ばされ、ヒツギは横合いへ転がる。

直後ヒツギがいたすぐ近くに、爆破されたビルのがれきが落下した。

「大丈夫!?気を抜かないで!!」

「う、うんっ……!」

伸ばされた手をつかみ、立ち上がる。

 

「シエラ!ベトールの座標は…!!」

『反応解析…掴まえた!ビーコン出します!』

レーダーに、ビーコンが輝く。

シエラの能力の結晶たる光を見て、アメリアスはふっと顔を綻ばせた。

「ありがとう、シエラ…ヒツギさん!」

蒼光を迸らせ、アメリアスの魔装脚が地を蹴る。

「ええ…『天羽々斬』!!」

次いで走り出したヒツギの右手で、エーテルが太刀の形を成す。

 

「エネミーが…っ、多い…!」

『ダッシュパネルを展開します!強行突破を!!』

躊躇なくフォトンリングに飛び込み、幻創種の群れへ突進する。

「やあああああっ!!」

スライディングで幻創種を蹴散らし、そのまま燃える街を駆け抜ける。

 

雑魚の相手をする必要はない。

「危っ…!!」

落下する瓦礫。燃え盛る町は、さらに被害を広げていく。

とにかく早くベトールを見つけ、この凶行を止めさせなければ…!

 

『対象座標に、多数の幻創種を捕捉!!』

「ヒツギさん、突っ込むよ!」

「上等!!」

ダッシュパネルで再び加速し、スクランブル交差点に滑り込む。

幻創種の群れを吹き飛ばし、二人はすぐに得物を構えた。

 

「ざっと…20体くらい?」

「天羽々斬」を握った手が、わずかに震える。

「行ける?」

「……大丈夫」

ヒツギは答えて、アメリアスの背に立つ。

「あたしのことは気にせずに、思いっきりやって!」

「…じゃあ、そうさせてもらおうかな!!」

二人の足が、反対方向に路地を蹴った。

 

レイJブーツが翠緑に煌めき、アメリアスの周囲に風が舞う。

「サ・ザン!」

大気制御によって生み出された旋風が、幻創種を巻き上げる。

もう、こうなってしまえば敵ではない。

「モーメントゲイルっ!!」

左右に蹴り抜け、霧散する光の中を着地する。

 

「こいつも!」

残ったゾンビを巻き込んで、奥のT-REXにイル・ザンが疾走(はし)る。

「もってけ!!」

かき集められた幻創種もろとも、ヴィントジーカーの衝撃波が吹き飛ばした。

「でぇいっ!!」

着地したアメリアスの髪を、コンバットフィニッシュの衝撃波がなびかせる。

 

直後アメリアスの隣に、納刀したヒツギが滑り込んだ。

「はあっ、はあっ……!」

息を切らすヒツギの前で、青い燐光が消える。

(なっ…向こうにいた幻創種、こんなに早く…!?)

 

碧眼を見開き、アメリアスはヒツギを見つめた。

「…って、大丈夫?」

「う、うん…ふぅ」

立ち上がり、汗をぬぐうヒツギ。

「ていうか、ここがベトールがいる位置なのよね!?」

「そ、そうだ……!」

 

アメリアスは慌てて、レーダーを開く。

「し、シエラ!とりあえず再解析を…!」

シエラへ通信を入れようとした、その矢先。

レーダーにノイズが入り、突然すべての反応が掻き消えた。

 

「え……!?」

再展開しても、現れるのは地形データと「jamming」の文字のみ。

「アメリアス!?」

「なんで、ジャミングなんて……」

当惑していたアメリアスは、はっとレーダーから顔を上げた。

 

本来フォトン解析によって機能するそれが、今は何を頼りに動いているのか。

そして、それを事実上支配しているのは誰なのか。

空を仰ぎ、さらに気づく。

今までずっと鳴り響いていた爆発音が、嘘のように止んでいる。

「まさか……!!」

アメリアスが呟いた、その時。

 

静まり返った街に、乾いた拍手(クラップ)の音が響いた。

「「……っ!!」」

二人は同時に、拍手のしたほうを見た。

 

「HAHA!!グッドだガールズ!!想像以上の演技だぜ!!」

高架の上から、投げかけられる嘲笑。

この災禍の全てを引き起こした男が、そこにいた。

 

 

 

 

 




「レイワイテロリズム」

正当な罪は、未来を見出す。
それが無価値と断じられた、夢徒歩な男の賭け札だった。


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SB3-12「Call of Justice」

昨日は忙しくて投稿できませんでした。ゴメンナサイ

アメリアスにキレ芸をしてほしかった(ユニーク5並感)


AD2028:4/7 19:37

地球:東京

 

「ベトール・ゼラズニィ…!!」

「…だが、それだけでは足りない!俺が君たちに、君たちのようなアクターに期待しているのは、それだけじゃない」

漸く現れた演者たちに、ベトールは告げる。

 

彼女たちに求めるのはただ一つ。

本当の恐怖に、絶望に染まりかけたナマの表情(カオ)

そのために、ベトール・ゼラズニィは力を振るう。

「…COME ON!!」

鳴らされるクラッパーボード。

同時に、二者の間に爆発が巻き起こる。

 

「このっ………!?」

爆風に顔を庇ったヒツギは、直後現れたものを見て瞠目する。

砂埃の奥、ベトールに付き従うように現れたのは、2体のブラウンベアだった。

「これって……っ!!」

再びの爆風。さらに数体のラットファムトが、アメリアスの前に具現する。

 

「爆発から、幻創種を…!!」

「どうして…!?あんたの具現武装は、爆弾なんじゃ!!」

「ノーノーノーノーノーォウ!!大きな間違いだぜガールズ!!」

驚愕する2人に、ベトールは揚々と告げた。

「俺の能力はSFX(Special Effect)!!火薬爆発だけじゃない、電飾偽装、フィジカルエフェクト、なんでもできる!何もないところからバッと現れるなんて、特撮なら定番も定番だろう!?」

 

SFX。

映像作品において古くから試みられていた「ありえない光景」の追求。

今こそ動画を撮影後に処理するCG技術が発達しているが、かつては火薬や電飾といった撮影中の特殊効果がそれを担っていた。

 

「……また、古風な能力じゃない」

「ハ、言うと思ったぜ……確かにこいつは、ロートルと馬鹿にされ続けた技術だ…だが!!」

閃光、旋風。様々な演出に合わせ、次々と幻創種が具現していく。

「俺の力で、俺のこの手で!今の世に復活した、最高最大のフィルムテクニックだ!!!」

高らかに両腕を掲げるベトール。

 

それと同時に、3人のいる交差点以外の電灯が消える。

闇の中に、演者たちが光を受ける。

「フィルムをよりエキサイティングに!クレイジーに!センセーショナルに仕上げるのが俺の役目!エーテルとは願いをカタチにするもの……これが俺の、エーテルの使い方さ!!!」

「ふざけんじゃないわよ!!そんなことのためにいろいろなものを巻き込んで……!あんた、何様のつもりよ!!!」

 

ヒツギは、吼えた。

この男だけは許せない。純粋な怒りが、少女の中で渦巻く。

「八坂火継、ユーもマザー・クラスタに入る時に言われたはずだ。俺たちは選ばれた、力を持つ存在なんだと!」

そして、男は嗤った。

「その力を以て、己の望みを果たす!己の欲望を満たす!『CHANGE THE WORLD(世界は、俺たちのこの手で変わる)!!』それこそが、俺たちのロール!!!」

自らの力の意味を、与えられたものの意味を理解できない、愚かな少女を笑った。

 

――しかし、男は気づいていなかった。

「話はそこまで?」

金色の双眸が、ずっとこちらを見つめていたことに。

「アークス…ユーのカオはいまいちだな。強がりはカッコ悪いz…」

「――いい加減にしろ、ド三流!」

 

ベトールの声を遮り、アメリアスは言い放った。

「なんだと……!!」

「下らない御託をべらべらと…貴方は手段と目的をはき違えて、過去の栄光にすがっているだけだ!!」

稲妻のような眼を向けたまま、白刃のガンスラッシュを突きつける。

「アメリアス…!」

「貴方のふざけた欲望と……ヒツギの願いを一緒にするな!!!」

「黙れェ!!俺の希望を理解できない雌豚共がぁ!!!」

 

激昂したベトールが、クラッパーボードを打ち鳴らす。

その音に呼応して、ゾンビ型やT-REXが嘶く。

「いいだろう、ラストシーンだ…!!恐怖に溺れて惨めに死ねェ!!」

「いい加減にしろ、クソ監督!!」

ヒツギは飛び出し、「天羽々斬」を振り上げる。

「この力は、自分のためだけに使うものじゃない!この剣は…大切なものを守るためのものだ!!」

ヒツギが叫んだ、その時。

 

「よく言った!八坂ヒツギ!!」

 

街灯の消えた闇の中から、透き通るような声がこだました。

「え?」「は?」

二人の声が重なる。

次の瞬間―――両側にいたT-REXが、十文字に斬り裂かれた。

 

「「「なっ……!!?」」」

その場にいた全員が、目を見開く。

街の光が戻り、飛び込んできた影を照らし出す。

「決まったぁ!どうだ姉ちゃん!!」

現れたのは、スターフリサをかざした守護輝士の妹と、

「突入成功…シエラ、作戦をフェイズ2に!」

消え行くT-REXの上で通信を送る、守護輝士の従者だった。

 

「ステラに、リオ……!?」

アメリアスはレーダーに目をやる。表示はジャミングされたまま。

「馬鹿な…!なぜ俺達の座標を!!」

ステラは不敵に笑って、交差点を横切りだす。

「レーダーをジャミングして、援軍を封じる…悪い発想じゃありませんでしたけど」

ステラは反対側で立ち止まると、リオの頭をとんとんと撫でた。

 

「ボクとマスターの通信を、逆探知した……!」

「レーダーが使えないように『見せかける』ことはできても、視界どころか意識にもないところは誤魔化せなかったみたいですね、監督さん!!」

ステラはリオを連れ、アメリアスの元へ駆け寄る。

「もう、何やってるのさ姉ちゃん。こんなやつ早くぶっ飛ばしちゃえばいいのに」

「わけのわからない登場した上に、なかなか無茶言ってくれるなこの愚妹は…!」

 

アメリアスは思わずため息を漏らして、軽く辺りを視る。

こちらを取り囲む幻創種。この交差点の外にだって、まだ相当な数がたむろしているのだ。

「そうだアークス!二人増えたところで何ができる…!」

「はぁ……わかってないなぁ」

ステラは姉の真似のようにため息をついて、二者の間に立つ。

 

そして両腕を広げ、高らかに叫んだ。

「今宵語るは夜霧の幻、嵐雲を衝く悪魔の猟団!!」

 

街のあちこちから、銃声と砲声が轟く。

 

「街を覆うは百鬼夜行、闇を翔けるはワイルドハント!!」

 

通信端末が鳴り、アメリアスははっとしてオペレーターに繋げる。

『アメリアスさん、ヒツギさん!ご無事ですか!?』

「シエラ…!!いったい何なのこれ!!」

『それはですね…もう一回レーダーを見てください!』

シエラの指示通り、三度レーダーを立ち上げる。

いつの間にか解析は復帰し、表示された情報には、

「これって…!」

アークスでも幻創種でもない、大量の具現武装反応があった。

 

『[アースガイド]よりアークスへ!シブヤ区一帯の制圧完了!!』

『了解、ご協力感謝します!引き続きフェイズ3の遂行を!!』

第三勢力の反応が動くたびに、次々と、幻創種の反応が減少していく。

「『アースガイド』…!!?」

『はい!地球に存在した、マザー・クラスタへの対抗組織です!!』

問い詰めるアメリアスに。歓喜の声で答えるシエラ。

 

するとアメリアスの端末に、個人通信(ウィスパーチャット)が入った。

『守護輝士…アメリアス、って言ったか。今日までの対応、感謝する』

「……っその声…!?」

驚愕する。

端末から聞こえてきた青年の声に、アメリアスは聞き覚えがあった。

『バカな妹が迷惑をかけた。ちょっとばかり、埋め合わせをさせてくれ』

 

通信が終わる。

それとほぼ同時に、アメリアスたちの後方にいた幻創種が軒並み吹き飛ぶ。

「そして、幻創の猟団を率いるは………!!」

驚いて振り向くアメリアスとヒツギをよそに、ステラは踊るように後方を示す。

「霊界より至りし、嵐の王に他ならない!!」

 

そこに、立っていたのは。

「よ。元気そうだな、バカ妹」

「兄、さん……!!!」

ツインマシンガンを携えた、赤髪の青年だった。

 

「ヒツギのお兄さん……!?あのとき爆死したはずじゃ…!」

「あんな見え見えの罠引っかかるか。ちょっとしたトリックだよ」

エンガはアメリアスに笑いかけ、ベトールに銃口を向ける。

 

「HOLY SHIIIIIIIIIIIIIIIIIT!!!俺の舞台が、俺の作り上げたステージが……!!」

ベトールが吼える。

その怒りの律動に応じるかのように、残った幻創種が輝きを増す。

「ここで纏めて…消してやる!それでエンディングだ!!」

「オイオイ、今日びそんな脚本で許されるかよ…いいや、こんな三文芝居にはお似合いかもな!」

 

エンガは愉悦たっぷりに笑って、アメリアスたちを見た。

「というわけで…長かった撮影も大詰めらしい。あと少し、力を貸してくれるか?」

「…愚問ですよ、エンガさん。こんなくだらない妄執、見てられません」

風が流れる。

アメリアスを先頭に、星の護り手たちが得物を構える。

 

「お前はどうする、ヒツギ?ちょっと休んでるか?」

「ばっ…馬鹿言わないで!戦うわよ、あたしも!」

ヒツギも「天羽々斬」を携え、そこに並ぶ。

「……何度でも言うわ。この剣はあたしの願いそのもの…守るためにあたしに応じてくれた、希望!」

 

雄叫びを上げ、幻創種が襲い掛かる。

「この願いで、あたしは!勝つ!!」

振り下ろされた願いの刃は、襲い来る敵を斬り裂いた。

 

 

 

 

 




「Call of Justice」

さあ、武器を翳せ。
研ぎ澄ました瞳の奥。守り抜く、鋼の意思を宿した。


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SB3-13「ダンスアクターズダンス」

大晦日ですが更新です。
本来あとがきに書くべきかもしれませんが…よいお年を。


AD2028:4/7 19:50

地球:東京

 

「遅れんなよヒツギ!」

「兄さんこそ!!」

エーテルの形どる武器を操り、兄妹は幻創の怪物を迎え撃つ。

「ステラ、2秒後に3時方向に突撃……!」

「いよっしゃあ!…って、さらりと予測とかしてるよこの人!?」

それを助けるように、星の護り手も街を舞う。

 

そして、彼らの先に立つ少女は。

交差点の中央で、堕ちた鬼才と対峙していた。

「よーやく1対1か…みんながへばる前に終わらせないと」

まるでデイリーワーク(普通の仕事)でもするかのような口ぶりで、アメリアスはブーツで路地を突く。

ベトールは何も言わずに、ずっと座っていた折り畳み椅子から立ち上がる。

 

「……俺としたことが、一つ、聞き忘れていた。肝心のアクターの名前を、な」

「………アメリアス」

「Ameliace…ありがとよ。最後までアークスと呼ぶのも、味気がないからな」

クラッパーボードを側に浮かせ、ベトールは軽く両手を振るう。

すると小さな光球が灯り、それは小ぶりな二丁拳銃へと転じた。

 

「…マザー・クラスタ『木の使徒』!ベトール・ゼラズニィ!!最高のFILM(作品)を撮らせてもらうZE!!」

ベトールの声と共に、アメリアスの周囲に撮影用カメラが具現する。

「っ!」

カメラから飛ぶビームを身をひねってかわし、アメリアスはベトールへと突撃する。

 

「CUT!!」

突如横殴りの暴風が吹き、アメリアスの体を押し飛ばす。

アメリアスがそちらを見やると、数台の巨大なファンが具現していた。

「こりゃまた、豪勢な舞台装置で……!」

続けざまに放たれる銃弾をかいくぐり、毒づく。

 

(前も見えないとか、勘弁してよ……!)

実際、銃撃を躱すことは難しくない……発射さえ確認できれば。

しかしこの強風、そしてカメラによるオールレンジ攻撃のせいで、ベトールを捕捉することすらままならない。

 

(こうなったら……あんたを信じるよ、レイ!)

アメリアスは意を決し、ブーツのリミッターを切った。

限界ぎりぎりまでフォトンをチャージし、無理やり前を見る。

「過剰圧縮完了…吹き飛べ!!」

新たな風が渦巻く。

殆ど暴発に等しいイル・ザンが、ベトールへ向け驀進する。

 

「そいつはmiss takeだぜ!!」

しかし周りのファンがイル・ザンのエネルギーを拡散させ、法撃はベトールに届くことなく掻き消える。

フッと笑ったベトールは――直後、刮目した。

「それは…どうかな!!」

膨大なエネルギーによって、一瞬発生した、凪。

 

その隙間を突っ走り、アメリアスはベトールへ肉薄する。

「喰らえええっ!」

完璧な位置から、最大出力の蹴撃を解き放つ。

迫る一撃を前に……ベトールは、笑った。

 

「……You’re fool」「がっ………!!?」

アメリアスの視界が、焔に染まる。

接近の瞬間に置かれた指向性爆薬が、間髪入れずに炸裂したのだ。

「ハッハー!無様に爆散して……何!!?」

 

―――しかし。

(あんたがなりなさい――あの子を守る、剣と盾に)

「舐める、な……!!!」

守護者の光は、消えない。

 

爆風を払い、長い髪が金紗のように躍る。

妄執に囚われた男の望んだ、絶望の炎を掻き消し。

希望の輝煌が、流星のごとく降り注ぐ……!

 

「はあああああああっ!!!」

直撃。

ノンチャージ、しかし渾身の力で放たれたヴィントジーカーが、ベトールの体を吹き飛ばす。

「ぐはあっ!!!」

ベトールは地面に叩きつけられ、そのまま昏倒してしまった。

 

「……一丁上がり、と」

少し離れたところに着地し、倒れたベトールを見やる。

フォトンによる防護機構のおかげで、お互い大きなけがは無いようだ。

「…っ。でもちょっと火傷したかな」

バータでも当てて冷やそうかなと、いい加減なことを考えていると、

「姉ちゃん!」「アメリアス!!」

 

制圧が終わったようで、四方の路地からヒツギ達が集まってきた。

「ベトールは……」

「あそこで伸びてます、ほら……」

エンガの問いに、アメリアスが白い指をベトールのほうに向けると、

 

「ぐふっ……俺の、ステージが……!!」

ベトールは、ふらふらと起き上がっていた。

「あれま、意外と復帰が早い」

「ハアッ…だが、Goodだactors……お前たちが監督を上回ってこそ、最高のフィルムになる……!」

 

エンガはふうっとため息をつき、銃口をベトールに向ける。

「この期に及んで、まだ映画の心配かよ」

「それしか、うぐっ、の、能のない、男だからな……だが……」

ベトールはおぼつかない足取りで立ち上がると、アメリアスを指さした。

「最高のactressへ、一つアドバイスだ……守るのは勝手だが、その意味を見失うなよ……?」

「…?何を言って……」

アメリアスが聞き返した、その時。

 

「マスター!!」

滅多なことでは声すら上げないリオの、叫び声が、交差点にこだました。

「リオ!!?」

全員が振り向き、瞠目する。

先ほどまでリオが交戦していた、大通りの中央に。

空中に浮いた光のパネルに立つ、5つの人影が現れていた。

「マザー・クラスタ………!?」

その全員が纏う白い礼装に、アメリアスは金の瞳を細める。

 

「全員でっていうから、50%くらい期待したけど…どいつもこいつも70%くらい弱そう。今ここでやっちゃおうよ、フル」

「…もう、駄目だよオークゥ。私たちはあいさつに来ただけなんだから」

 

アメリアスと同年代に見える、紫髪と蒼髪の少女。

 

「ほほ。フルの言う通りじゃよオークゥ。此度のわしらの目的は、彼奴(きゃつ)らではない」

 

禿げ上がった頭の、大柄な老爺。

 

「……無様な負け姿だな。ベトール」

 

そして、侮蔑に満ちた目でベトールを見下ろす、壮年の男。

 

「反応感知、数5!!何時からあそこに……!?」

「おいおい、奴さん勢ぞろいかよ…!!」

驚愕するシエラ。エンガも、苦々しく呟く。

「………?」

そんな中で、アメリアスは。

 

「………」

老爺の横で沈黙を貫く、フードを目深にかぶった人影を見つめていた。

(あの人、何処かで……?)

「――こちらの言葉に従わないから、そうなる」

 

背後から聞こえた声に、驚いて振り向く。

一瞬のうちに、中央の男はベトールの目の前に転移していた。

「ハ……そんなことを言いに来たわけじゃあないだろう、オフィエル?」

「ああ………マザーが、粛清を決められた」

オフィエルと呼ばれた男が、左腕をベトールに向ける。

するとベトールの周りに、無数のメスが具現する。

 

「「「!!!」」」

その場にいた全員が、何か言う間もなく、

「が…………っ!!!?」

ベトールの体は、瞬く間に串刺しになった。

 

「ならば私は……その意思に従うまでだ」

地面に落ちたクラッパーボードを踏みつぶし、男…オフィエルは動かなくなったベトールに近寄る。

そしてその体に軽く触れると、ベトールの体が光に包まれ、消え去った。

「――世界の病巣よ。今一度、宣告しよう」

声と共に、オフィエルが再び、先ほどの位置に転移する。

 

「我々マザー・クラスタの目的は、そちらにいるアルという少年の身柄のみ。引き渡せば、地球人の身は保証する」

ヒツギ達を見下ろし、オフィエルは告げる。

「…それ、まるで私たちアークスの身は保証しない、と受け取れますが?」

「私はマザーの言葉を伝えるのみ。引き渡さなければ、全ての病巣を取り除くだけだ」

 

食って掛かったステラに、オフィエルは冷酷に言葉を続ける。

直後5人の周囲が瞬き、その姿は消えた。

『……反応、完全にロスト』

シエラのやるせない声が、通信端末から漏れる。

 

「「……………」」

全員が黙り込み、残り火の燃える音だけが響く。

(アルを、引き渡せ……)

亜贄萩斗にも告げられた、マザー・クラスタの要求。

ヒツギには、その真意は全く掴めなかった。

 

AP241:4/7 21:00

アークスシップ:艦橋

 

あの後。私たちの撤退とほとんど入れ違いで、警察や消防が到着した。

無論一連の交戦は隔離領域内のことなどで影響はないが、それ以上前の被害は衆目にさらされている。

都心での大規模な爆発事故……テロと思われてもおかしくないレベルだが、どうなるのだろうか。

 

地球側のことも気になったが、とりあえずエンガさんから話があるということで、私たちは艦橋に集まっていた。

「改めて…アースガイド極東支部所属、八坂炎雅(エンガ)だ。こちらの援護依頼への対応、感謝する」

そう言って、「アースガイド」の職員証を見せるエンガさん。

 

ふと気になった…援護要請なんて、あっただろうか?

「シエラ、援護要請なんて、私聞いてないんだけど……」

「ん、まあ姉ちゃんには知らせてなかったからね」

口をはさんだのはステラ。し、知らせてなかった?

 

戸惑う私の服のソデを、リオがつんつんと引いた。

「えっと……マスターが、東京にいってる時……連絡があって……

「すぐにお伝えしようとしたところ、マスターに止められました。どうせならもっと面白くいこうと」

「うわああああフェオ君いつの間に!!?ってまさか、さっきのあれって……!」

 

そういうこと、と言って、嬉しそうに胸を張るステラ。

「姉ちゃんとリオさんの通信で座標を掴んで、一気に全戦力で制圧する…名付けて『オペレーション・ワイルドハント』!」

「霊界から来る猟団とは、洒落た名前を思いついたもんだ」

「すいません……ステラさんにごり押しされてつい協力を……」

 

口々に言う皆の様子に、プルプルと震えていた右腕も収まってしまっていた。

「はぁ………まあいいや。結局うまくいったわけだし」

大きく溜息を吐いて、軽く手を上げる。

「ところでお願いなんですけど……今日はもうクタクタで。また明日集まりませんか?」

「えー、アメリアス午後いっぱい寝てたって聞いたわよ?」

「うるさいよヒツギ。疲れたものは疲れたの。貴女だって、アル君サラに預けっぱなしでしょ」

 

そんなやり取りをしていると、エンガさんがフッと笑った。

「……いつの間にか、随分仲良くなってんな。俺は明日でも構わないぜ」

「眠いアメリアスさんに何言っても伝わらないでしょうし、そうですね。情報交換は明日にしましょう」

……なんか引っかかる言い方されたな、今。

 

ともかく、今日はお開き。

エンガさんとヒツギはアル君を迎えに行くそうで、2人とはドミトリーエリアに入ったところで別れた。

「お疲れさま、リオ」

「うん、マスターも……」

 

リオと部屋に入るなり、私はベッドに飛び込んだ。

「んじゃあリオ、おやすみ……」

「早…まあ、おやすみ……」

眼を閉じると、私はあっという間に眠り込んでしまった。

 

AP241:4/7 21:15

アークスシップ:ドミトリーエリア

 

「お姉ちゃんの…お兄ちゃん?」

突如現れた青年を、アルはきょとんと見つめていた。

「ま、そういうことになるのか。はは」

笑いながら、アルの頭をなでるエンガ。

「えへへ……お兄ちゃん」

アルはそれを気に入ったようで、エンガにぴとっと抱き着いた。

 

「むぅ……」

そしてそれを、微妙な視線で見つめる少女がひとり。

「おーよしよし……何だヒツギ、妬いてんのか?」

「るっさい!別に妬いてなんかないわよ!っていうか、アルと顔合わせたなら帰った帰った!」

「オイオイそこまで邪険にすることないだろー?兄貴が生きてたんだぜ?」

 

エンガはそう言うと、ふと思い出したようにヒツギに尋ねた。

「……の割には、大分落ち着いて戦ってたが」

「ふん…兄さん以上に頼りになる人が、此処にはいっぱいいたってことよ」

「ほう?そりゃあ顔を見ておきたいもんだが……」

エンガが嘯いた、その時。

 

「失礼、します……」

おもむろにドアが開き、リオが姿を見せた。

「あれ、マスターのとこにいなくていいのか?」

「もう、寝ちゃった……」

「……そりゃまた、健康的なことで……」

 

呆れるエンガの横から、アルがとてとてと走り寄る。

「リオ、その…ありがとう。お姉ちゃんたちを、たすけてくれて」

「お礼なら、マスターに……うん、伝えておくね」

「うん!!」

嬉しそうにほほ笑むアル。

 

「……なるほど。確かに俺がいなくても、何とかなってたみたいだな」

エンガも感心したような目で、リオを見る。

ヒツギは、その様子を眺めながら、

(……まあ今は、アルが無事だったのを喜んでおこう)

複雑な心の中で、そう、思った。

 

I never say “change the world”.

All I want is to save you.

 




Up slide down slide Up and down

踊れ、讃え、願いの舞。
紡げ、歌え、生という名の人間賛歌。


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おまけ:オリジナルキャラクター紹介

本作オリジナルのキャラクターを、シエラが作成したアーカイブからご紹介します。


[主要人物]

「アメリアス」

 

age:18

birthday:2/27

high:158

class:バウンサー

weapon:リンドブルム→レイJブーツ/ニレンオロチ/インヴェイドバスター

 

overview

本作のオラクル側の主人公。

AP239にコールドスリープによる集中浄化に入り、2年後に復帰。

その際、単独行動権を持つ特務称号「守護輝士(ガーディアン)」に任命された。

また、最新鋭の量産型武装「レイシリーズ」のジェットブーツ試験運用も務めている。

 

種族はデューマンであるが、両目とも青いのが特徴的。

正義感が強いが、真面目な性格が災いし空回ることも。

好きなものは「昼寝」。嫌いなものは「全知」。

特技はベッドメイクだそうで、時折知り合いに掃除を頼まれることもあるとか。

 

「何か一言」

「え?えっと⋯⋯ 睡眠は大切ですよ、はい」

 

postscript:1

アメリアスのヒューマンに寄った外見は、彼女が虚空機関の行った実験によって、ヒューマンからデューマンに変異した存在である事が原因。

この実験によって、彼女は独自のフォトン操作能力(マジックに近い)を獲得し、水平視程の許す限り、全方向からの視覚情報を感覚、処理することが出来る。

また実験の影響で、ダーカー因子を取り込まない状態が続くと、狂化を引き起こす障害を負っている。

 

 

「ステラ」

 

age:16

birthday:4/26

high:151

class:バウンサー

weapon:アルバDブレード→スターフリサ/アルバJビースオート

 

overview

守護輝士アメリアスの実妹。

虚空機関の実験が原因で長らく昏睡状態に陥っていたが、アメリアスがアークスになったのと同時期に覚醒。

リハビリの後に研修に入り、AP241に正式にアークスとなった。座学の成績はあまり良くなかったが、AISの操縦においては高い適性を示している。

 

クラスは姉と同様バウンサー。姉に対抗してデュアルブレードを使っている。

 

「何か一言」

「あ、背が低いのは特に気にしてないので。姉も大概ですし」

 

postscript

彼女の昏睡の原因は「転生計画」によるものである。

姉のアメリアスよりも変異の完成度が低く、四肢にはヒューマンの肌色が色濃く残っている。

 

 

「リオ」

 

operation period:AP238 3/1〜

high:98

class:バウンサー

weapon:ニレンオロチ

 

overview

アメリアスのサポートパートナー。

主人によって様々な修羅場に連れ歩かれた結果、アークスにも匹敵する戦闘能力を誇っている。

アメリアスがコールドスリープに入っている期間は、本人の意向で「フリー」として活動しており、そのおかげで8番艦では顔が知れている。

非常に口下手なので、会話の際は留意されたし。

 

「何か一言」

「ニロチザンバ⋯⋯⋯ おすすめ」

 

postscript

彼女は虚空機関によって開発が進められていた兵器「オートマシナリー」の試作第1号である。

彼女のハード、ソフトは、本来は通常の機体よりも大幅に戦闘に特化しており(口下手なのもこれが理由である)、とある人物の手によって追加プラグインを施されたことでサポートパートナーとして活動できている。

なお虚空機関壊滅までに、彼女の後継機が計七体開発されており、現在は全機が開発室でアシスタントを務めている。

 

 

「ヨハネス」

 

age:20

birthday:9/15

high:167

assign:情報部(特別職員)

 

overview

アークス情報部:臨戦区域内部ネットワーク管理室室長。中性的な容姿が特徴のデューマンの青年。愛称はヨハン。

 

「転生計画」によってニューマンから変異した際、フォトンの操作能力と聴覚を喪失。そのため、会話は自作デバイスとアプリケーションで行なっている。

 

2年前はカスラの諜報活動の助手をしており、ルーサーの計画阻止の一助を担った。

新体制になってからはシップの一般職員になるつもりだったが、カスラに引き止められたらしく、非アークスでありながら特例として情報部に配属されている。

 

「何か一言」

『仕事をください』

 

 

「レイツェル」

 

age:17

birthday:12/12

high:161

assign:市街地職員(環境管制室)

 

overview

市街地の居住性を維持する、環境管制室の職員である少女。愛称はレイ。

 

ヨハネスと同じく実験でニューマンからデューマンに変異し、フォトンの操作能力と両足の自由を失っている。

しかし普段はそれを全く感じさせないフットワーク(車椅子である)で市街地を駆け回っており、割と顔が知れ渡っているらしい。

 

「何か一言」

「そうだな⋯⋯ 襲撃の時の市街地の防衛、感謝している」

 

[オリジナルアークス]

「タキ」

 

age:20

birthday:10:/31

high:173

class:テクター

weapon:エイトライオービット/メタルブラン

 

Overview

アークス情報部:臨戦区域内部ネットワーク管理室職員。非アークスである室長の補助をしている。

2年前に開発されたフォトンリング機構搭載武器「オービット」シリーズの試験運用担当者であり、ウォンド「エイトライオービット」を使用している。

基本的には補助寄りの戦闘方針だが、得意分野は俗に「殴りテクター」と呼ばれる打撃偏重型。

 

「何か一言」

「なんかみんなしょうもないことしか言ってないっすね⋯⋯ 今後も物語は続いていくので、気が向いたら見てって欲しいっす」




「シエラ管理官、なんか書き方雑になってないっすか?」

「あれぐらいでいいんですよ。っていうか、タキさんのあれはどなたへのメッセージなんですか?」

「秘密っす」


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4章「哀しき再会~WHY ARE YOU THERE~」
SB4-1「神様のいたずら」


エルサー中にPSO2が落ちたので投稿。
なんか最近多いんですよね。


――人によって作られたものには、それぞれの「有用性」が与えられる。

それはそのままものの「価値」となり、有用性を…価値を失ったものは「処分」される。

…それは理性と野生が混ざり合い、弱肉強食の先に生み出したルール。

霊長の頂点に立った人類が、己が生み出すものに課した理だった。

 

A.P241:4/8 8:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「ん……ん~」

だいたい3回目くらいのアラームの音に、私は我慢できなくなって起き上がった。

「朝かぁ……ふぁあ」

ぺったりと、力なくベッドに突っ伏す。

 

「……いかんいかん、起きろ私…」

顔を上げ…またぺったりと、力なくベッドに突っ伏す。

「……いかんいかん、起きろ私…」

顔を上げ…またぺったりと、力なくベッドに突っ伏す。

「……だから起きろって私……!!」

またぺったりと、力なくベッドに突っ伏…慌てて起き上がる。危ない危ない、無限ループに入るところだった。

 

そう……私の天敵は、朝である。

「ん……そういえば、昨日シャワーとか浴びてない……」

眠い目をこすりながら部屋着を脱ぎ捨て、小さいシャワー室に入、

「わたっ!!?」

脱ぎ切れてなかったスウェットパンツで転びかけ、改めてふらふらとシャワー室に入る。

 

(おっかしーなー、昨日はさっさと寝たんだけどなぁ……)

長い金髪とデューマン特有の白い肌にお湯が流れるのを眺めながら、ぼうっと考える。

しばらく熱いお湯を浴びていると、ようやく意識がはっきりとしてきた。

(とりあえず今日は、艦橋に行って…)

体を乾かしながら、思案する。

 

1時間ほど前に目を覚ました時、ヒツギさんからメールが来ていた。

エンガさんから色々話があるので、9時ごろに艦橋に集まりたいということだ。

「とりあえず着替え……」

シャワー室を出て、いつものマギアセイヴァーに装いを変える。

「やけどは、治ってるか……んうっ」

着替えを済ませて一度伸びをしたころには、なんとかちゃんと目が覚めていた。

 

「っと、カフェでモーニングでも食べてこよっかな」

確かフランカさんのカフェは、結構早いうちからやっていたはず。

そう思って私は、背後の時計に視界を飛ばし……

「え……?」

 

その、『8:50』という表示に、凍り付いた。

 

まずい…まずいまずいまずい!!

まさかさっき、無意識のうちに本当に無限ループに入ってた!?いつもは2,3回で終わるのに!!

「あーもう!なんで今日に限って……!!」

モーニングは諦め、アイテムパックのレーションをひっつかむ。

口に放り込んだその欠片に、口の中の水分を持っていかれる感覚に涙目になりながら、私はマイルームを飛び出した。

 

A.P241:4/8 9:00

アークスシップ:艦橋

 

「おはようございますっ!すいませんちょっと遅れて…」

「あ、アリスお姉ちゃん!おはよー!」

艦橋に飛び込んだアメリアスは、アルの元気な声に迎えられた。

「よーしよし、おはようアル君。今日も元気そうで何より…ん?」

ふとアメリアスは腰を落とし、アルの首にかかっているものを見る。

 

どこか見覚えのある緑の宝石がはめ込まれた、ペンダント。

「アル君、それって……」

「この間もらった森林エメラルドを、ペンダントにしてもらったのよ」

アメリアスが尋ねると、奥に立っていたヒツギが答えた。

 

「あ、ヒツギおはよう」

「おはよ…って、なんか肌赤くない?大丈夫?」

「あ、えっと大丈夫、さっきちょっぴり全力疾走してきただけだから……」

ヒツギの問いに、しどろもどろに説明する。正直今は、デューマンという自分の種族が本気で恨めしい…

 

「全力疾走…?まあいいか。えーっと、よくショップエリアにいる黒いキャストのおじさん…なんてったっけ」

「ジグさん?刀匠の?」

「そうその人…アルがいつの間にか仲良くなってて、加工してもらってたんだって」

いつ話したんだろう…と、一人首をひねるヒツギ。

 

「へぇ……よかったねアル君」「うん!」

アメリアスはちょんちょんと、アルの頭を撫でる。

「でも……気難しそうなジグさんが、珍しいですよね」

すると会話を聞いていたらしいシエラが、ワークチェアをヒツギ達に向けて言った。

「アル君を気に入ったんじゃない?可愛いし素直だし。ねー」

「……アメリアスもすっかり魅了されてるわね」

ヒツギが呆れて呟いていると、

 

「―――すまん。ちょっと遅れちまった」

ゲートが開き、エンガが姿を見せた。

「大丈夫よ兄さん。遅刻はこっちも一緒だから」

「不可抗力です。睡眠は人間の生理的欲求です」

くいっとこちらを指したヒツギに、むすっとした顔で答えるアメリアス。

 

「まあいいか。シエラさん、こちらから提出したデータは……」

「はい、全てチェックできています」

シエラの答えに、エンガは目を見開いた。

「あの量を一晩でかよ……本当にとんでもねぇな、オラクルってとこは」

 

感服した様子で、エンガは艦橋を見渡す。

「このアークスシップも、地球とは段違いのテクノロジーだ……地球も、行く行くはこのくらいまで進歩できるのかねぇ」

「……とはいってもシエラ、この技術力だって、元をただせばフォトナーがシオンにフォトンの扱いを教えてもらったからでしょ?

「そうですね……将来的に、地球の皆さんがシオンのような存在に接触できれば、あるいはそのようになるかもしれませんね」

 

語り合いだす3人に、ヒツギはこほん、と小さく咳払いした。

「兄さん、その話は後でいいでしょ」

「そうでもない、俺達地球の導き手(アースガイド)としては、地球の未来を考えることは大切なんだよ」

「だから、そのアースガイドってなんなのよ」

 

むっとして言い返したヒツギに、エンガは困った顔で、

「なんなのよって言われてもなぁ…マザー・クラスタの敵でアークスの味方。それ以上の説明いるか?」

「それじゃ全然わかんないわよ!マザーの敵って……」

「はいはい落ち着け。ったく、ちょっと考えればわかることだっての…」

 

半分呆れたような顔で、エンガは説明を始めた。

「まず……マザー・クラスタは、エーテルインフラを管理…もっと言えば掌握している。ここ数十年で急速に発達した情報化社会の、根幹になるものを支配してるってことだ。当然、何処の国も手を出せねえ」

それが、何を意味するか。

横で聞いていたアメリアスには、痛いほどわかっていた。

 

2年半前…アークスはそれで潰されかけたのだから。

「仮に奴らが地球を潰したいなら、核ミサイルの制御でも弄ればいい…世界中の情報インフラを掌握してるっていうのは、裏を返せばそういうことだって簡単にできちまうんだ」

「その状況を良しとしないのが、アースガイド、と」

「そういうことだ。アークスのお嬢さん」

 

頷いたエンガに、シエラが言葉を続ける。

「マザー・クラスタへの対抗組織として、アースガイドは比較的早い段階からアークスとコンタクトをとっていました。例えば、アイカさんの地球潜入での便宜をはかってもらったりとか、ですね」

「あの頃はまだ大っぴらに動けたが、ここ最近で目を付けられちまってな」

先日の反攻戦も、アークスの協力があったから出来たんだと、エンガは語った。

 

「じゃあ、兄さんの部屋が吹っ飛ばされたのはアースガイドにいるのがばれたから?……なんだ、自業自得じゃない」

「アホ。お前がマザー・クラスタから寝返ったせいで、俺の経歴まで洗われたからバレたんだよ。元をただせばお前のせいだっつの」

まあ元々隠す気も無かったがと、溜息交じりに続ける。

 

「結局、そのおかげで奴さんを釣れたんだから結果オーライだ。――ああやって連中が表に出てき始めた以上、アースガイドも動かなきゃいけねぇ。その連絡役として、俺が来た」

エンガは笑って、というわけだからしばらくここに居させてもらうぜ、と締めた。

 

「良かったねヒツギ。お兄さんもいてくれるって」

「よかない」「えー……」

アメリアスの何気ない発言に、憮然とした声で返事をするヒツギ。

「遠慮するなよヒツギ、唯一の肉親だろ?ほれほれ、お兄ちゃんが抱きしめてやろうかー?」

「だが断るッ!!ったくもう、あたしちょっと散歩してくるから!行こ、アル!!」

「ふぇ?え、ええっ……?」

ぽけっとエンガの話を聞いていたアルの腕を引き、ヒツギはスタスタと艦橋を出ていく。

 

残されたエンガは、相変わらず冗談通じねぇなと苦笑した。

「ま、こっからはあいつがいなくてもいい話だし丁度いいか……一先ず、今後についてなんだが」

エンガは言って、シエラとアメリアスのほうへ向き直る。

「昨日連絡が来たんだが、近々アークスとアースガイドで会談の場を持ちたいということだ。こっちの準備もあるから、すぐにとはいかないが……」

「こちらも状況整理や情報共有があるので、その方が助かります」

答えたシエラに、エンガは頷いた。

 

「助かる。それともう一つ……ええっと、なんて言ったっけか、お前さん」

「あ、はい……アークスシップ8番艦所属、守護輝士(ガーディアン)、アメリアスです……」

いきなり呼ばれ、あたふたと自己紹介するアメリアスに、

「アメリアス…改めて、礼を言わせてくれ。ヒツギを助けてくれて、ありがとう」

先ほどまでの な態度とは打って変わって、誠実な面持ちでエンガは言った。

 

「エンガさん……」

「あんな無鉄砲でどうしようもないバカでも……俺の妹だからな」

「……私にも妹がいるので、何となくわかります。なんだかんだ、大切に思っちゃうんですよね」

アメリアスの言葉に、エンガはそうだなと苦笑する。

 

「さて…俺から出来る話はこんなところだ。後は地球からの連絡待ちだな」

「そうですか。じゃあ……」

アメリアスは頷くと、

「…射撃練習があるので、失礼します」

やや気恥ずかし気に言ったアメリアスに、2人は思わず笑ってしまった。

 

 

A.P241:4/8 10:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

「おや、おやおやおや?アメリアスさんではないですかあ」

エンガさんと一緒に艦橋を出た私を、キャストの少女の声が呼び止めた。

「あ、リサさん……」

「それにそちらは…またまたへんてこな感じの人がいらっしゃったみたいですねえ」

エンガさんを見て、リサさんはにやりと笑う。

 

「はあまったく、アメリアスさんはどんどん素敵で不思議なお友達が増えていて羨ましいですねえ」

「は、はぁ……」

「リサにも少し分けてくれませんかあ?素敵で不思議な感触がしそうなので……ぜひぜひ撃ってみたいんですよお」

こ、この人出会い頭にぶっこんできた……!

 

「…あのですね。アークスの印象が歪みかねないので」

務めて冷静に答える…一瞬右足が下がったが。

「あいかわらずおっかないですねえ……」

「お、おいアメリアス?この人は一体……?」

 

剣呑な雰囲気を見かねてか、エンガさんが尋ねてきた。

「リサはリサ、ですよお。よろしくお願いしますねえ」

リサさんはエンガさんを見上げ(この人かなり身長低いのだ)、右手を伸ばす。

「あ、ああ。エンガだ、よろしくな」

エンガさんはおそるおそる、その手を取った。

 

「ふふふ、警戒されてますねえ。大丈夫です。リサは何もしませんよお」

すると鉄仮面のような笑顔のまま、リサさんはエンガさんを見つめ、

「ところで……あなた、銃を撃つひとですよねえ?それもスナイパーよりの、ねえ?」

その言葉に、エンガさんは目を見開いた。

 

「…何で、そう思うんだよ」

「リサを警戒して一瞬強張ったときに、一番最初に力が入ったのが足でしたよお?距離を取ろうとしたんですねえ」

リサさんはさらに、エンガさんの右手を指さして、

「ですが、腕の動きは特になし…ということは、持っている銃を構えるひとではなく、銃を生み出すようなひと、ですかねえ?」

「………っ。ちょっと握手しただけで、そこまでバレるものなのか?」

 

そうですねえと、リサさんは笑う。

「スナイパーに必要なのは観察眼です。違和感をつかまえるのは、戦場で最も重要な能力ですからねえ、ふふふ」

「いやはや、すげぇ人に出会ったもんだ」

感心した様子でエンガさんが呟いた、その時。

 

私とリサさんの調査端末が、甲高いアラート音を発した。

「東京で異常反応……これはスクランブルっぽいですね」

十中八九、幻創種の発生予兆だ。

「おやおや、すぐに出撃要請がきましたよお……いいですねえ、地球の不思議な幻創種を、いっぱいいーっぱい撃ち殺せますねえ!」

 

お先に行きますよおと、リサさんは移動用カタパルトへ歩いていく。

「あのふわふわした感じが違和感すごくて、気持ち悪くて気持ちいいんですよねえ!!アメリアスさんもお早く―!!」

慢性的にハイなテンションをさらに上げ、リサさんはクエストカウンターの方へと飛び去った。

 

「……あー、その、なんだ」

残されたエンガさんが、言いにくそうに口を開く。

「アークスって、変な奴のほうが強かったりするのか?」

「あ、あはは……」

私は、ひきつった愛想笑いしか出来なかった……

 




「神様のいたずら」
……どうしてどうして。いつもいつもいつも。
二度寝しちゃうのおおおおおお!!?

―――――――――――
(あとがきに何も書かないのに耐えられなかった)
while(1)
{puts("「……いかんいかん、起きろ私…」");}

実は2コ前の章でも、こっそり二度寝してたり……?


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SB4-2「キミノヨゾラ哨戒班」

祝!

イオとクラリスクレイス(の中の人)、今期覇権(おそらく)アニメに出演!!




A.P241:4/8 13:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

アラートから、数時間後。

「つ、疲れた……」

へろへろになりながら、私はシップに戻ってきた。

いやその、鎮圧任務自体はものの1時間ほどで終わったのだ…だけど、その後。

私が射撃訓練にVR訓練エリアに行くのをリサさんに見つかってしまい、「お手伝いしますよお!!」と嬉々として言われ……

 

率直に言う。死ぬかと思った。

「やばい、ここ2時間の記憶がもう朧気……」

へとへとの体を何とか動かし、私はカフェまでやってきた。

「あ、アメリアスだ!こんちはー!!」

「あーはい、こんにちはフランカさん…えーと、どうしようかな…」

 

適当に注文し、厨房近くの4人掛け席に座る。

「……あれ?センパイ?」

……と。

そのまま寝落ちしかけた直前、聞きなれた声が私を呼んだ。

 

「イオ?…それに、ヒツギとアル君も」

「なかなか帰ってこないから、先に戻ってたイオとお昼でもってなって…」

「アリスお姉ちゃん、大丈夫?」

「ま、まあ大丈夫かな……」

アル君の問いかけに、苦笑いで答える。

 

そのままどうせなら一緒にということになり、3人が残りの席に座った。

「お姉ちゃん、オムライス!」

「あーはいはい、っていうかあるの?……うわあった……」

「結構いろいろあるよー。フランカさん、地球のレシピとかも調べてるらしくて」

ぺたっと伏せたまま、2人の会話に混ざる。

「……センパイ、ほんとに大丈夫なのか?」

「お昼食べたら、ちょっと休もうかな……この後の任務にも響きそうだし…」

 

心配そうに尋ねるイオに返していると、

「……あそうだ、さっきイオと話になったんだけど」

注文を終えたらしいヒツギが、こっちの顔を見て、

「アメリアスって……結局何歳なの?」

突拍子もなく、そんなことを聞いてきた。

 

「へ?」

「センパイの話に先輩を巻き込むのか…恐れ知らずだな……」

ぽかんと口を開ける私の横で、眉間をおさえるイオ。

「いやね、そういえば聞いてなかったなー、って」

「センパイはコールドスリープに入ってたから、結局何歳なんだろうなって、ヒツギと話してたんだ……」

「は、はぁ……」

 

何歳なの、と聞かれても。

「だって、私の誕生日223の2月だし…18歳でいいんじゃないの?」

「ま、そうなるよな」

うんうんと頷くイオの横で、ヒツギが少し驚いたような声を出した。

 

「え…アメリアス、あたしより年上だったんだ」

「お姉ちゃん、16さいだっけ。このあいだおおきな声でいってたもんね」

「シーッ!!っていうかあれ聞いてたのあんた!?」

あれとは……そうか、前に断片情報拾ったときに、叫んでるのを見たような。

 

すると、一連の会話を聞いていたイオが口を開いた。

「じゃあ、年齢問題にケリがついたところで…結局、ヒツギはセンパイのこと呼び捨てのままでいいのか?」

「うーん、確かに最初の頃はシエラ含めさん付けしてたと思ったけど……」

「?」

 

なんか本題に入ったっぽいが、いまいち、話についていけない。

「センパイの呼び方だよ。一応年上だし、命の恩人だろ?」

イオに言われて初めて、いつの間にか呼び捨てで呼ばれていたことに気づいた。

言われてみれば、最初は…いや、最初から呼び捨てだったような……?

「多分叫んだ拍子とかで取れちゃって、そのままだったのかな……」

「あのさ……まあいいや。別に呼び捨てでいいよ、特に気にしないし」

呆れて答えた後、ふと思いつく。

 

「そうじゃなかったら……イオみたいに『センパイ』とか」

「先輩かぁ……ん、なぜだかわからないけどしっくりくる」

あれ。冗談のつもりだったんだけど、ヒツギ的にはアリなんだ。

「えー……」

すると今度はなぜか、イオが苦い顔をした。

 

「なんでえーなのさ、ヒツギも後輩なんだからいいじゃん」

「んー、なんだかなぁ……」

そんな話を続けていると、

「アメリアス―、ほれ、サンドイッチ出来たよー」

フランカさんの声と同時に、カウンターからパックが飛んできた。

 

フライングサンドイッチを、すぽっと胸の前で受け止める。

「おっと、ありがとうフランカさん」

「いや雑でしょ…」「いいのいいの」

受け取ったサンドイッチを手に、立ち上がる。

「あれ、食べていかないのかセンパイ?」

「そうしたいんだけどねぇ。ちょっとやんなきゃいけない事があって、テイクアウトにさせてもらった」

それじゃあねと3人に言って、私はカフェを去った。

 

 

それじゃあねと言い残して、アメリアスはカフェを去っていった。

「…アメリアスって、結構忙しかったりするの?」

「新惑星の調査だからな。マザー・クラスタだっけ?の追跡もあるから、センパイは尚更だろうな……」

答えたイオは、ふと考え込むように口元に手を当てる。

 

「イオ?」

「いや、なんかさっきのセンパイに違和感が……あ」

はっとした顔で、イオはヒツギを見た。

「センパイ、さらっとお前を呼び捨てにしてたぞ」

「ああ確かに…でも、それはあたしが年下だってわかったからじゃ?」

そうでもないんだと、イオは言う。

 

「センパイ、その、何て言えばいいんだろうな…いつも何処かよそよそしいんだよ。よっぽど慣れた相手じゃないと、呼び捨てで呼んだりしないんだ」

実際おれも一時さん付けで呼ばれてたんだと、イオは懐かしそうにもらす。

「へぇ…でも、なんであたしはあっさり?」

「さあ、何かは知らないけど、センパイのお眼鏡にかなったんじゃないか?」

 

どういうことよと、苦笑するヒツギ。

「イオ―、3人分お待たせ―!」

するとフランカの声が、イオたちを呼ぶ。

「わーい!オムライス!」

「こらはしゃぐな!」

大喜びのアルをどやしつけ、ヒツギはイオとカウンターに向かった。

 

A.P241:4/8 14:20

アークスシップ:ショップエリア

 

昼下がりの、ショップエリア。

「あれ、リオさん」

「ん…ステラ……?」

アイテムラボの前に居たリオを、フェオを連れたステラが呼び止めた。

 

「武器の強化ですか?」

「……マスターからもらった分、全部放り込んで……プラマイゼロ」

あー…、と、察したような顔をするステラ。

「おとなしく、新式の武器に切り替えては?」

ステラが提案すると、リオはぷんぷん、と小さな首を振る。

「マスターからのプレゼントだから…これだけは、譲れない」

すっとステラを見上げた拍子に、リオはあっと声を上げた。

 

ステラの肩越しに、見覚えのある背中が見えたのだ。

「リオさん?」「ステラ、うしろうしろ」

くるっと後ろを向いたステラも、あれっと声を上げる。

「エンガさん?」

「お?ステラじゃねえか。いいところに」

現れたエンガは、やや困った顔で辺りを見回している。

 

「どうされました?」

「いや、ちょいと人と待ち合わせてるんだが…あいつ、ええと何だったかな……」

しどろもどろに言うエンガ。

「……アイカ、だ」

するとテレポーターの方から、ニューマンの少女が歩いてきた。

 

「おお、そうだったそうだった。『久しぶり』だな、アイカ」

「そうだな。まさかアークスシップで再開することになるとは思いもしなかったが…」

驚いたのはリオ達である。

「え、え?お二人は面識が……?」

「ん?ああ、昨日言ったろ。アイカの地球潜入は、俺達アースガイドが取り持ったんだぜ?」

 

ステラは思い出した。

以前イツキとリナのフレンドに協力を要請しに訪れた、清雅学園。あの学校と八坂兄妹のいる天星学院高校は姉妹校で、距離もそこまで離れていなかった。

「俺はその時の連絡員だったのさ…いやはや、顔見知りと会えて助かったぜ」

「こちらこそ、あの時は本当に世話になった。また、よろしく頼む」

 

頷いて、アイカはふとフェオを見た。

「ん……?そのサポートパートナーは……」

「自分の相棒です。フェオ、っていいます」

ぺこりと、フェオはアイカへ一礼する。

 

アイカはその顔を見つめ、ああ、と呟き、

「まだ稼働間もないといったところか」

「はい…一緒に、高めあってるってところです」

答えたステラに、アイカは満足そうに微笑みを返した。

 

「そうか…色々、教えてやるといい。様々な体験が出来れば、彼は大きく成長する」

私のようになと、アイカは続ける。

「半年前…あの地球潜入は、私にとってかけがえのない経験だ。ただの調査じゃない…多くのことを学ぶことができた」

私はあの時、大きく成長した、と。

アイカは懐かしそうな瞳で、フェオの頭を撫でた。

 

「……尤も、経験豊富過ぎて変わり者になってしまった者もいるが」

ちらっと、アイカがリオを見て言う。

その言葉に、

「……どーいう意味」

滅多に表情を変えないリオが、むすっと不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「そんなこと言わないでくださいよアイカさん。リオさんは普通にいい人ですよ」

「分かっているさ。ただの冗談だ」

笑い飛ばすアイカ。

するとその横で、エンガが不意に携帯を開く。

 

「ん……?お、よし」

エンガはうんうんと頷きながら携帯をしまい、ステラ達のほうを見た。

「連絡が来たか」

「ああ。すまんステラ、ちょいとお姉さんに連絡をしてもらえるか?」

「姉に…?なんですか?」

エンガは頷いて、言った。

「『アースガイド』との会談の日取りが決まった。知らせたいから、また艦橋に来てくれってな」

 

A.P241:4/8 15:00

アークスシップ:艦橋

 

「お…来たな」

ヒツギとアルを連れて艦橋に顔を出したアメリアスに、エンガは軽く手を振った。

「あれ、妹さんに言伝頼んだんだが……来てないのか?」

「それが、ステラは特訓があるとかで…」

「ステラ、まだ新人さんなんだもんね」

 

エンガはそうか、と頷いて、話を始める。

「妹さんから聞いてるとは思うが……さっき、うちのトップから連絡が来た。アークスの代表として、お前さんにアースガイド本部に来てほしい」

「え、会談ってまさか直接ですか?」

「重要な話ってのは、顔を突き合わせて話した方がスムーズに進むんだ。大体そんなもんだろ?」

 

ふむふむと頷く、ヒツギとアメリアス。あと後ろのシエラ。

「ふぅん…で兄さん、何処に行くの?」

「本部があるのは、アメリカのラスベガスだ。シエラさん、位置情報なんかは……」

「日本国外はあまりデータがありませんでしたが、ここしばらくの調査で何とか確保できました。地球はとにかく都市が多くて……」

 

そう話すシエラの横で、アメリアスはなぜかそわそわと後ろ手を組む。

するとシエラは、アメリアスの心配事を見透かしたように、

「ああアメリアスさん、言語については心配ないですよ。アースガイドからの情報提供もあって、主要言語は大体の翻訳が済んでいますから」

「そ、それはよかったです…またベトールみたいにカオスなことになるんじゃって思って…」

 

アメリアスはほっと、胸をなでおろした。

「ラスベガスかぁ…やっぱり、アースガイドも世界規模なのね」

「そうじゃなきゃ何のためのアースガイドだよ。……あとヒツギ」

溜息交じりに言ったエンガは、ふとヒツギに目を向ける。

 

そして一言、告げた。

「言っとくが、お前は留守番だ。ここに残ってもらうからな」

 




「キミノヨゾラ哨戒班」

君と僕もさ、また明日へ向かっていこう
未来を少しでも 君と創りたいから


―――――――
ちょっと短いんで、ここは書き足すかもしれません。
1/21追記:書き足しました。

冒頭ですが、一応、VRで色々訓練してそうだな…という妄想。
ちなみに自分(作者)は射撃系下手というレベルではなく、ジェットブーツ以外まともに使えません…(泣)


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SB4-3「イドラのサーカス」

レポートは犠牲になったのだ…
スムーズな次話投稿の犠牲にな……

*前話に加筆しました。
(ボード079C、エンガの「言っとくが、お前は留守番だぞ」まで)
元のムービー中の会話と流れはほとんど変えていないので、まあ飛ばしていただいても問題ないと思います。


A.P241:4/8 15:20

アークスシップ:艦橋

 

「なっ……留守番ってどういうことよ!」

唐突に告げられた指示に、ヒツギは思わずエンガにかみついた。

「どういうったって、お前マザー・クラスタだろ」

「もう抜けたわよ!それどころか今じゃ追われてる身だし…!!」

「だったらなおさらだろうが。ここで匿ってもらっていた方が安全だ」

 

さもありなんといった体で答えるエンガ。

「で、でも…あたしだって戦えるんだし……!」

「出来る出来ないの話じゃねぇ。もっと根本的な問題だ」

エンガはヒツギの発言を両断し、一つの問いを投げかけた。

 

「―――だったら聞くが。お前が戦う目的はなんだ?」

「え………?」

「お前は、何のためにその力を使う。その力で何をする?」

 

ヒツギは言い淀んだ。

それはあの時、ベトールにも問われたことだった。限られたものしか扱えないこの力を、何を果たすために振るうのか。

「あ、あたしは、ただ……」

「ただ?」

「あたしはただ、何が起ころうとしてるのか知りたくて……それで……!」

 

ヒツギがそう答えた時。

アルの横でずっと成り行きを見守っていたアメリアスは、答えを聞いたエンガの眉根が、ごくわずかに吊り上がるのを確かに見た。

 

「……自覚しろヒツギ。自分がやりたいから、じゃねえ…今のお前は、周りに合わせて動いてるだけだ」

「そ…そんなことないわよ!あたしは、あたしの意思でここに来て、みんなと一緒に……!」

「みんなと一緒に、か。そうやって周りについていくだけだと、マザー・クラスタにいた頃と何も変わりゃしねぇぞ」

ヒツギの態度を蔑むかのように、エンガは言う。

 

「単刀直入に訊くぞヒツギ。テメェは本当に、アルを助けたいって思ってんのか?」

「っ!?どういう意味よ兄さん!」

「テメェにとって、アルは本当に守り通したい存在なのかって訊いてんだ……!」

エンガの語気が強まる。

 

「あ、あたしは……!」

「お、お兄ちゃん!もうやめてよ……!!」「黙ってろアル!!」

思わず声を上げたアルを、エンガは怒鳴りつける。

「俺にはな…絶対に守り抜きたいものがあるんだよ!ハンパな覚悟で場に流されてるテメェと違ってな!!!」

「―――――!!」

 

エンガの怒声に気圧され、ヒツギは後ずさる。

「な、によ……」

放たれた茨のような言葉に、耐えられなくて。

「あたしだって、あたしだって……っ!!」

ヒツギはダッと、艦橋を飛び出した。

 

「お姉ちゃん……!!」

ゲートの向こうに消えていくヒツギに、アルが叫ぶ。

「エンガ、さん……」

シエラは何も言えずに、エンガを見つめる。

 

その中で、アメリアスはうつむいていた頭を上げ、

「……エンガさん、話があります」

射貫くような金色の視線と共に、口を開いた。

 

 

A.P241:4/8 15:54

アークスシップ:ショップエリア

 

艦橋での、会話の後。

「バカバカバーカ、兄さんのバーカ!!何よあたしの気も知らないで!!」

ショップエリアの一角で、ヒツギは盛大にぶうたれていた。

 

分かっている。自分に、戦う理由がないことなど。

「でもそんなの、動きながら決めるもんでしょ…!!)

ひとりになって我慢できなくなり、つい愚痴をこぼす。

ヒツギはそれでも我慢できずに、

「だーもうっ!頭冷やすほど腹立ってきた!!兄さんのバー――カ!!!」

立ち上がり、ショップエリアの巨大モニターに向けて思いっきり叫んだ。

「………」

しかし、何が変わるわけでもない。

はあっと大きなため息をついて、ヒツギがまたベンチに座り込んだ――その時だった。

 

「―――ふふっ。楽しそうだね?」

――吹き抜けるような笑い声。

「え………?」

ヒツギはふと、その声がした方を見る。

 

目の前に立っていたのは、ヒューマンの女性だった。白髪をループテールにまとめ、白地に赤の入った戦闘服を身に纏っている。アークス…なのだろう。

「あっ…ご、ごめんなさい。騒がしかった、ですよね……」

「ううん、気にしないで。わたしも知り合いを探してたら、たまたまここに来ちゃっただけだから」

紅い瞳をヒツギに向け、その女性は朗らかに言う。

 

ヒツギはその姿に、妙な錯覚を覚えていた。

まるで太陽のような…もっといえば、照り付ける日差しではなく、暖かな陽光のような、そんな光。

それが、彼女から発せられるように感じたのだ。

 

「そしたらたまたま、面白いことを叫んでる人がいて、目が離せなくなっちゃって……あ、続けていいよ?」

「へ…?あのいや、別に叫びたかったわけじゃなくて……」

我に返って、わたわたと答えるヒツギ。

先ほどまでの雰囲気とは一転した、どこかとぼけたような言い草…彼女は、いったい何者なのだろう。

 

「あの、アークス、なんですよね……?」

「うん。わたし、マトイっていうの」

マトイ。

どこか記憶に引っかかる―PSO2の調査中に出てきたような―名前だったが、思い出せずにそのまま流す。

 

「あまり見ない顔だけど、あなたたちは?」

「あ…あたし、ヒツギっていいます。ちょっと訳ありでここに来てて…」

「ふふっ、そんな改まらなくていいよ、ヒツギちゃん」

優し気に微笑むマトイ。

その表情に、ヒツギは何となく、心が落ち着くのを感じた。

 

「それでヒツギちゃん、大丈夫?何か悩み事がある感じがしたよ?」

マトイの瞳が、心配そうにヒツギをのぞきこむ。

「あ、え……?」

「さっき叫んでたのだって、いろいろと我慢できなくなっちゃったんでしょ?わたしでも、話し相手くらいにはなれるよ」

 

我慢せずに話してみてと、マトイはヒツギを諭す。

ヒツギ自身、今の気持ちを誰かに話したい気はあった。しかし…

「……どうして、初対面のあたしにそこまで?」

「わたしもため込んじゃう人だから、よく怒られるんだ。だからなんとなく、気持ちがわかるの」

ヒツギは小さく、頷いた。

「じゃあ…話したいことがあるんだけど、いい?」

 

 

マトイの雰囲気に、いつの間にか心を許していたのか。

気づけばヒツギは、自分の悩みをほぼほぼ打ち明けていた。

「戦う目的、かぁ……」

ヒツギの隣に座ったマトイが、考え込むように口元に手を当てる。

 

ヒツギは俯いて、

「……やっぱり、おかしいよね」

「ううん。今のあなた、昔のわたしとそっくりだなぁって」

「え……?」

ヒツギは驚いて、マトイを見つめる。

 

「わたしもね、そうだったんだ……指示を受けて動いて、指示通りにやって、ずっと……目的なんてないまま、動いてた」

そう、それはまさに、今までのヒツギと同じだった。

実際、それは楽だったから。

自分では何も、考えずにいた。

 

「……でも重要なのは、自分が何をしたいのか、だよ」

「何をしたいのか…それが、はっきりとわかれば苦労しないのに……」

溜息をついたヒツギの手に、何かが当たる。

はっとして見下ろすと、それはマトイの手だった。

 

マトイは瞑目し、少しの間をおいて、告げる。

「……例えば、誰かを守りたいって思うんだったら、それはれっきとした、ヒツギちゃんの意思だよ」

「誰かを、守りたい……」

蝋燭に火が灯るように、忘れていた願いが頭をめぐる。

 

そう。

全ての始まりのとき。あの剣を手に取ったとき。

自分は一体、何を願っていたのか。

「……ありがとう。いつの間にか、大切なことを忘れちゃってたみたい」

ヒツギは苦笑して、マトイに言った。

 

「あと…ごめんマトイ。一つやらなきゃいけない事があった。もう行かなきゃ」

「うん。そういえばわたしも、ちょっと用事が残ってるんだった。じゃあ、また今度ね」

テレポーターへ走るヒツギ。

マトイはそれを見送って、小さく欠伸をした。

 

「ふぁあ……なんかまだ眠いよぉ……」

目をこすって、立ち上がったその時。

(ん……?)

ショップエリアの上層をとてとてと歩く、背の低い少年の姿を見とめた。

 

マトイは、困惑した。

あの金髪の少年に、見覚えはないはずなのに。

 

どこかその姿に、冷たい記憶を引きずり出されるような、違和感を覚えた。

 

A.P241:4/9 16:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

少し、時は戻る。

 

「……本当に、あれでよかったんですか?」

応接間のスツールに座り、私は入り口近くに立つエンガさんに問いかけた。

 

あの後……私はエンガさんを、あえて自室に呼んだ。

あの激昂の意味、彼の真意を聞き出すために。

「ったく……男一人容赦なく連れ込むとか、お前さんも肝が据わってるっつうか何というか……」

「ちゃんと話してください…なんで、あんな突き放すような真似をしたんですか」

エンガさんを見つめ、改めて問いただす。

珍しく、私は本気で怒っていた。単純にエンガさんがきつい対応をしたからだけではない。あれでは、アル君だって傷つきかねなかったからだ。

 

エンガさんは溜息をつくと、

「……あいつはまだ、迷ってる。どちらにつくか決めあぐねてやがる。お前さんだってわかってんだろ」

私は頷いた。

「何が起こってるのか、知りたい」。その言葉の裏には、まだ迷いがある。今までの日常と、暴かれた真実の間で、彼女はまだ揺れている。

 

「具現武装…エーテルの真髄は、本当に大きな力だ。そしてその力を使うためには、同じくらい強い『意志』がいる……まだ、あいつにはそれがない」

だから連れて行くわけにはいかないんだと、エンガさんは言った。

「だったら…ちゃんとそう言えば良かったじゃないですか。あんな言い方しなくたって」

「それについては俺も反省してる。だが…あいつにはああ言うしかなかったんだ」

 

エンガさんの声が、慚愧の念を帯びる。

「値踏みするのだって仕方ねぇ。あいつはずっと『どれだけ他人に必要とされるか』で生きてきたんだ」

…その呟きに、私は何も返せなかった。

だって、それはまるで……

 

「…アメリアス?」

「あ、いえあのっ……」

一度はあっと息を吐いて、エンガさんの方を向く。

「やっぱり……幼少期の事故で」

「……ヒツギから聞いてたか。まあ、そんなところだ」

 

エンガさんの目が、無機質な天井を向く。

「俺たちが両親を失ったあの事故は、結構な規模だった。デパート丸々の崩落…生き残ったのは、命と引き換えに両親に救い出された、俺達だけだった」

「………」

「その時、俺は親父とお袋に約束したんだ…絶対に、ヒツギを守るって」

 

私は目を見開いた。

彼に…八坂炎雅にとって、「誰かを守り抜く」という誓いの重さは、それだけのものだったのだ。安易にアルを助けると言ったヒツギを、突き放してしまうほどの。

「そこで俺は具現武装が発露し、後からアースガイドにスカウトされた。大した身寄りのない俺たちに、必要な援助もしてくれた」

おかげで楽させてもらったぜと、エンガさんは笑った。

 

「んで、俺はマザー・クラスタの調査のために、天星に入ったんだが…次の年に大問題が発生した」

「ああ…馬鹿な妹が追っかけてきて、あろうことかマザー・クラスタに入ってしまった」

「あの時は、さすがに肝を冷やしたぜ……」

そりゃあ、そうだろう……

 

さらにエンガさんが言うには、自分がもっと力を付けたら、強引にでもマザー・クラスタから引き離すつもりだったらしい。その点では、今回の件は結果オーライだったそうだ。

「ここに居る限りは、安全だろうしな」

ずっと、心配していたのだろう。そう言ったエンガさんは、どこか安心した口調だった。

 

「……そこに、頼りになるナイトだっているしな」

「頼りになるって…別に私はそんなたいしたものじゃ」

「何処がだよ、ベトールと戦ってた時なんか、どういう絡繰りだったんだありゃ」

本当に不思議そうに問いかけるエンガさん。そういえば、この人は私の出自を知らないんだった。

 

「まあ、たいしたことじゃないんですけど……」

かいつまんで説明すると、エンガさんは顔を驚愕に染めた。

「十分たいしたことあるっての…道理で、無茶苦茶強かったわけだ」

納得した様子のエンガさん。

ふと時計を見ると、いつの間にか1時間近く経っていた。

 

「あ……!すいません、長々と引き留めてしまって!」

「いいんだいいんだ。誤解も解けたし、そろそろヒツギも頭を冷やした頃だろうしな」

適当に探してくるぜと言って、エンガさんはドアの方へ歩いていく。

「……エンガさん。最後に、一つだけ」

部屋を出ようとしたエンガさんを、私はもう一度だけ引き留める。

 

「……残念ながら私には、親の愛というものがわかりません…家族だって、ついこの間会ったばかりのような妹しかいません」

だけど。私は顔を上げ、エンガさんを見つめ、

「だけど……貴方と同じくらい、守りたい、大切なものはあります」

はっきりと、そう告げた。

 

「……そうか。なら、お互い頑張ろうぜ」

「……はい!」

エンガさんは笑って、部屋を出ていく。

私は軽く手を振って、それを見送った。

 




「イドラのサーカス」

I know I know 君の本性
また綺麗事並べて 君はきっとピエロがお似合いさ

―――――――

かなり思い切ってエンガ兄さんキレさせてみました。
彼がヒツギを守りたいという意思は、ヒツギのアルに対するそれとは(今のところ)明らかにレベルが違うので、これくらいは言わせてやってもいいかなと思ったんです。



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SB4-4「無気力クーデター」

昨日完全に投稿忘れてました。申し訳ありません…


A.P241:4/10 13:00

地球

 

蒼穹の空を衝く、無機質なビルと豪奢なタワー。

その下には広い大通りが走り、街路樹や人工池が、雄大な都市に花を添える。

「黄金の都」、ラスベガス。

「アースガイド」の本部が置かれる、米国有数の大都市である。

 

そして、大通りを行く人の中に。

「ひゅーっ、あっという間にラスベガスだ。1時間足らずで到着たぁ、改めてアークスの技術はすげぇな」

「ちょ、声が大きいですよエンガさん……」

金髪の少女と、スーツを着た赤毛の青年の姿があった。

 

「おっと、すまんすまん。それよりもほれ、なかなかの景色だろう?」

「それは、そうですね……文化差による景観の違いはハルコタンで経験していますが、こういうのはまた……」

金の瞳で辺りを見回し(能力の無駄遣いをし)ながら、アメリアスは圧倒された様子で答えた。

 

アメリカという国は、日本より何倍も大きいと聞く。

建物は似ていても、使えるスペースの差だろうか。こちらの方が何倍も、町がのびのびとして見える。

「ま、日本はいろいろと詰め込みすぎだよな」

アメリアスの考察を見越してか、そんなことを呟くエンガ。

 

アメリアスは「私たち(オラクル)も大概ですけどね」と苦笑すると、

「ところでエンガさん…気づいてますよね?」

ふと、そんなことを呟いた。

「……これでも色々訓練してるからな。3分前くらいから気づいてるぜ」

なぜかため息交じりに答えるエンガ。

 

アメリアスも、どこか呆れたような表情を浮かべると。

「別出てきていいよ?ヒツギ」

「うぇ!?」

背後から突然、ばたばたと足音が鳴る。

その瞬間、アメリアスはぐっと膝を曲げ、

「ほっと!」

背後へ大きく跳躍し、車の側にいた少女の肩をがしっと掴んだ。

 

「はい確保」

「うぅ……」

なぜか周囲の人に歓声を貰いながら、少女…ヒツギをぐいぐいとエンガの方へ連れていく。

「何やってんだバカ妹。っていうかどうやって……」

エンガは何かに気づいた顔をして、オラクル側との通信回線を開く。

 

「……おい。シエラさん」

「すいません…頼まれたら断れないのが性分でして……」

通信からは、シエラの観念した声が聞こえてきた。

「はぁ……言ったよな。お前を連れてくるわけにはいかないって」

「ごめん……だけど、あたしにも譲れないものはある。あのままただ突き返されて、あたしがおとなしくしてると思う?」

 

険しい表情で言うエンガに、ヒツギは強気に返す。

「…そうか。じゃあ好きにしろ…っと、俺達からは離れるなよ」

エンガは意外にも、すんなりと折れた。

(……やっぱり、思うところはあったのかな)

アメリアスはそれを、ほっとした様子で見つめる。

やはり昨日の言動には、エンガも後ろめたいところがあったらしい。

 

「よかったね、ヒツギさん」

「う、うん」

ヒツギを加え、3人で通りを歩く。

「それにしても、本当にあっという間に着いちゃったわね」

「俺も驚いた。地球の技術じゃ、こんなことはまだ夢のまた夢だからな」

 

ヒツギに返しながら、エンガは内心、あることを疑問に思っていた。

地球には、アークスのような転送技術は存在しない。

だがあの時。ベトールが殺されたとき。

「水の使徒」…オフィエル・ハーバートは、空間転移の様なことをやってのけた。

 

(ありゃあ一体…具現武装と考えるのが自然だが……)

「兄さん?」

「?どうしました?」

考え込むエンガを見て、右側から2人が声を掛ける。

「ああいや、別に……ああそうだ、アメリアス」

エンガは誤魔化すように、アメリアスに尋ね返す。

 

「はい?」

「さっきスペースゲートで合流したときから気になってたんだが…その服は?」

 

ふぇ?と首を傾げ、自分の着ているものを見回すアメリアス。

下は黒いズボンに、上は小さくラッピーが描かれた白いシャツと、黒系のパーカー。先日地球に潜入したときにも、この服装だった。

「ど、どこかおかしいですか?」

きょとんとするアメリアスに、二人はもどかしい視線を送る。

「いや、なんというか……」

「もうちょっと、あたしの制服みたいな服ないの?」

 

ヒツギの指摘に、アメリアスはあっ、と声を上げた。

「とりあえず違和感ないようにって、地球で買ったのを着てたんだけど…ごめん、後で着替えるね」

「そのほうがいいかな…しかし、なかなか似合ってるじゃない」

「えへへ……よかった。ありがと」

 

気を取り直して、エンガを先頭に歩みを進める。

「それにしても、人が多いなぁ......」

都市の中心に近づき、道にも人が増えていく。

(......ん、なんだろあの人)

アメリアスはふと、向こうから歩いてきた1人の女性に目を止めた。

 

少々場所にそぐわない、美しい黒いドレス。

淑やかに歩く姿も、どこか周りと浮いて見える。

(カジノとかあるらしいし......結構いい身分の人もいたりするんだろうな)

一瞬エンガを見失いそうになり、慌てて視線を女性から外す。

 

そしてそのまま前進し、何気なくすれ違った......その時だった。

「—————!!」

アメリアスの足が止まる。

金に染まった瞳が捉える。アメリアスの背後で、さっきの女性も足を止めた。

 

間断なく往来を繰り返す人混みの中、その一箇所だけが沈黙する。

「......貴女、は」

声が震える。

アメリアスが振り向こうとした、その時だった。

 

「............アメリアス!!そこから離れろッ!!!」

鼓膜を掠った銃声に、アメリアスは現実に引き戻される。

エンガが撃ったのだ。周囲を完全に無視し、女性を狙って。

 

『ちょ、何してんですか———!!』

シエラの悲鳴とともに、辺りから人が消える。とっさに空間を隔離したのだ。

「何......!」

アメリアスは振り向き、

「———————っ!!?」

突然腹に強打を喰らい、数メートル先のエンガ達の前まで吹き飛ばされた。

 

「アメリアス!!?」

「———あら、申し訳ありません。反射的に打ってしまいました」

妙齢の女性の声が、先ほどまで居た場所から降りかかる。

「げほっ...!っ......!」

痛みが響く腹を押さえ、アメリアスは顔を上げ、

 

「こちらですよ?」

転移と見紛うスピードで背後に回った、女性の姿を視た。

「させるかよ!!」

背後のエンガが幻銃を放つ。

一瞬の間でアメリアスは起き上がり、振り下ろされんとしていた手刀を避ける。

 

瞬間、手刀が紅光に染まり、

「っ!!」

アメリアスのすぐ横のアスファルトが、一直線に焼き砕かれた。

「……なかなかの反応ですね」

女性はまた一瞬のうちに、3人の前へ転移する。

 

「それでこそ、ここへ来た甲斐があります」

「い、今の何……っていうか、あの人何者……!?」

「……よりにもよって、此処でお前に出会っちまうのかよ」

戦慄するヒツギの横で、エンガは恨めしく女性を睨む。

 

「マザー・クラスタ『火の使徒』…ファレグ・アイヴズっ!!」

緋色(あけいろ)の紋章が輝く。

『火の使徒』は静かに、立ち上がった守護輝士(ガーディアン)を見つめる。

「ファレグ・アイヴズ……」

「そう邪険にされましても。私はただ、強そうな方の気配に惹かれてやって来ただけですので」

 

細められた瞳からは、うまく視線を伺えない。

しかし、アメリアスには分かっていた。

「マザーから伺いました…とても、お強い方がいると」

その瞳が射る先は、この金色の輝光だと。

 

「もとより私は、マザー・クラスタの在り方に賛同している訳でもありません。ただ個人的に、アースガイドの皆さんとお相手しているだけですよ」

「……そりゃあまた、はた迷惑なお心がけですね」

毒を返したアメリアスの白い肌を、一筋の汗が伝う。

 

暑い。

この場所が、ではない。

「先ほども申し上げたように、私の目的は一つ。ただ純粋な、人として当たり前の欲求に従っているだけ……」

このファレグという女の闘気が、言いようのない熱を放っている。

そこに善も悪もない。

混じりけのなさすぎる戦闘欲求が、アメリアスに襲い掛かろうとしていた。

 

「……強い方と、戦いたいだけですから」

風が唸り、ファレグの姿が消える。

アメリアスはレイJブーツを展開しながら、真正面に蹴りを出す。

 

「「——————————!!!」」

 

ジェットブーツに臨界寸前まで蓄積されたエネルギーが、風の号砲になって迸る。

しかしそれと同時に、機械がひしゃげる甲高い音が響く。

後方へ飛びのいたアメリアスの、左足のジェットブーツが粉々に砕けていた。

 

「嘘だろ……!?」

刮目するエンガの前で、互いが元の位置に着地する。

「出力は限界域だった、のに……!」

「その程度の武器では、私には追い付けませんよ?」

アークス最新鋭の武器を容易く破壊し、ファレグはまたアスファルトを蹴る。

 

「せめて、死なないでくださいね—————!」

「っ、あああああああああああ!!!」

滅茶苦茶にニレンオロチを抜き、追撃を受け止めにかかる。

「これで、如何ですか?」

肉薄したファレグの右手が、また炎のように輝く。

 

二人の間が、爆裂する。

「がっ………!!」

アメリアスは吹き飛ばされ、電灯に叩きつけられた。

「アメリアス!!?」

「クソッ……!!」

エンガは咄嗟に飛び出し、ファレグへ銃を向ける。

 

そしてヒツギも、天羽々斬(アメノハバキリ)を手にそこに並ぶ。

「馬鹿、テメェは逃げろ!シエラさん、こいつらだけでも転送を……!」

「嫌だ!ここで逃げたら、あたしは……!!」

刀を抜き、ファレグに突きつけるヒツギ。

 

ファレグはヒツギの手を見ると、フッと笑みを浮かべた。

「………逃がしませんよ?」

「何……がぁッ!!」

一瞬でエンガの前に詰め寄ったファレグが、エンガの体を空高く蹴り上げる。

 

「兄さん!!?」

エンガはアスファルトに落下し、そのまま動かなくなった。

「気を失われただけですよ。元々、あなた方と戦う気はありませんでしたが」

「化物…!あ……あんた、本当に何なのよ……!!?」

「ひどい言い方ですね……私は人間ですよ。皆さん勘違いされてますが、人間にだってこのくらいはできちゃうんです」

ファレグは言って、ふと空を見る。

 

フォトンによる隔離の影響で、僅かに屈折して見える空。

「アースガイドもオラクルも、皆さんこうして、結界で隠した中で小競り合い……本当に、くだらない」

こそこそと動くつまらない人ばかりと、ファレグは吐き捨てる。

「人間には、このくらいのことだって出来ますと…私達が示さずに、誰が示すというのです?」

 

細目の微笑を崩さないまま、魔人は告げる。

「だったら……!!」

見せてやる。

その意思に答えるかのように、刀身が鈍く輝く。

カタナコンバットを具現し、ヒツギはファレグの懐に飛び込んだ。

 

「やああああああっ!!!」

「……遅いですね」

振り上げられた刀を軽くいなし、ファレグの手が空を切る。

「………っ!!」

しかし、

ヒツギは反射的に身を捻り、致命の一撃を躱しきった。

 

ファレグはわずかに驚いた顔を浮かべ、己の右手からヒツギに視線を移す。

「…少し、驚きましたね。咄嗟のことで手加減もできませんでしたが」

「はあっ、はあっ……!!」

一秒前の恐怖が頭をよぎり、思わずヒツギは路面に倒れこんだ。

 

「ですが……意志が弱い。戦うという覚悟が、致命的に足りていません」

軽蔑よりか、どこか口惜しげな声が降りかかる。

するとファレグは、徐に少し後ろへ下がると、

「ではこうしましょう。———一度、好きに斬らせて差し上げます」

両腕を開き、そう、ヒツギに告げた。

「は—————?」

立ち上がったヒツギの口から、戸惑いの声が漏れ出る。

しかし、ヒツギは一度ファレグを見ると、

「な、舐めないで……!」

静かに、天羽々斬をファレグに向けた。

 

「本当に、斬るわよ………」

「はいどうぞ、遠慮する必要はありません」

薄く輝く刀身を前に、ファレグは顔色一つ変えずに答える。

そして、

「当たり所次第では———そのまま私を殺せるかもしれませんね?」

「—————!」

 

そう告げられた瞬間、ヒツギの時間が止まった。

殺せる、と。

この手が誰かの命を奪えると、目の前の魔人は告げた。

「あたし、が………?」

腕にこもっていた力が抜ける。

刀身の輝きが消え、輪郭さえもぼやけていく。

 

「う、あ………」

立っていられなくなり、膝をつく。

ただ嗚咽を漏らすしかなかった、その時。

 

その嗚咽を掻き消す、暴風が吹き荒れた。

「「な——————!!?」」

二人の驚愕が重なる。

頽れたヒツギとファレグの間に割り込んだのは、倒されたはずの少女だったのだから。

 

「———っ!!」

ファレグはたまらず、右腕を突き出す。

「はあああああああああっ!!!」

「うわああっ!!」

ヒツギの体を吹き飛ばすほどのエネルギーが、二人の間で炸裂する。

 

数メートル弾き飛ばされたファレグは、そこで初めて、紅色の(まなこ)を見開いた。

「これは………」

立ちふさがる少女は傷だらけ。

しかしボロボロの体でも、血走った金の瞳だけが、こちらを突き刺すように睨みつけている。

 

ファレグはゆっくりと目を細め、溜息を吐く。

「……そうですか。では、今日はここでやめにしておきましょう。貴女がそれを望むなら」

立ち続ける少女に、何を思ったのか。

その一言と共に、ファレグの姿は消えた。

 

「アメリア、ス……?」

残されたヒツギは、ふらふらとアメリアスに歩み寄る。

「ヒツギ、っ……」

アメリアスは振り返った途端、足からガクンと崩れ落ちる。

ヒツギは慌てて腕を伸ばし、辛うじて少女の体を受け止めた。

 

「…………」

ヒツギも立っていられなくなり、そのまま膝をつく。

「ううっ……!!?大丈夫か、2人とも!!」

目を覚ましたエンガが、蹲った2人に駆け寄っていた。

 

 




「無気力クーデター」

ほらこんなに上手に溶け込んで
実際問題騙ってだって 必要とされたい

—————
ファレグさん一回戦はサクッと終わらせるつもりでしたが、案外文字数が増えてしまいましたね。
なおアメリアスの服装ですが、スパダン2の狛枝の服と同じ感じと思っていただければ。


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SB4-5「砂の惑星」

……学年末試験死にました(しょうもない自分語り)


A.P241:4/10 14:50

地球:ラスベガス

 

その後。

私が目を覚ましたのは、1時間ほど後だった。

「すいません、私が至らないばかりに……」

「何言ってんだ。アイツとまともにやりあうだけで十分すぎる——つっ」

何とか起き上がった私の前で、エンガさんが顔をしかめる。

やはり、火の使徒にやられたのが響いているようだ。

 

「あ、アメリアスは大丈夫なの?」

「メイト飲んだからとりあえずは。もっとも……」

ヒツギの問いかけに答えて、顔を落とす。

「あれだけ手加減されれば、ね」

「て、手加減?」

 

やはりというか、ヒツギは気づいていなかったようだ。

先の戦闘。火の使徒———ファレグ・アイヴズの攻撃に感じていた違和感。否、正常故の異常というべきか。

「シエラ、さっきの戦闘なんだけど」

『———アメリアスさんのお考えのとおりです。火の使徒の一連の行動の中で、エーテル、ないしフォトンに干渉した形跡は一切ありませんでした』

 

その答えに、ヒツギが目を丸くした。

「じゃあ、ファレグは……」

「『生身のまま』、私達3人を一蹴したってこと……エンガさんの言った通り、『魔人』だよ。あれは」

ため息すら出ない。

おそらくギグル・グンネガムくらいは吹っ飛ばせたであろうエネルギーを受け止めるとか、そんなことができる人間が存在していいのか、とまで思えてくる。

 

「落ち着いたか?」

と、

エンガさんが改めて、そう尋ねてきた。

「本部に連絡は入れておいたが……ケガは」

「大丈夫です。それより会談の方は……」

「向こうに連絡は入れた。流石に、洒落にならない状況になったからな……」

 

そうですか、と頷いて、立ち上がる。

歩き出しかけてふと自分の体を見ると、着ていたパーカーはボロボロになってしまっていた。

「はぁ……割といい値段したのに」

さすがに、この格好で出歩くわけにもいかない……そういえば、着替えるならちゃんと脱がないといけないのか。

エンガさんも着替えたいということだったので、一度近くのトイレに移動することにした。

 

 

A.P241:4/10 15:30

地球:ラスベガス

 

「……これ、どこまで降りるんですか?」

エレベーターがゆっくりと下へ移動するのを感じながら、私はエンガさんに問いかけた。

「もう着くぞ。ほれ」

エンガさんが答えるのとほぼ同時に、エレベーターが止まり、ドアが開く。

 

「「………おわぁ」」

目の前に広がった景色に、思わず、ヒツギと二人で感嘆の声を上げた。

シンプルかつ豪奢な調度の、広い部屋。オラクルにはない雰囲気の装飾だ。

さらに私たち側から見て正面の壁はガラス張りになっており、直下には管制室のようなスペースが広がっていた。

 

「奇麗……ベガスの地下にこんなの作ってるなんて、アースガイドはどんな組織力してんのよ……」

『個人的意見ですが場所に驚きです。ラスベガスのカジノから地下へ、長い廊下とエレベーターの乗り換えが2回……居場所を特定されないよう、相当な注意を払っていますね』

シエラの声に、エンガさんはまあな、と苦笑する。

「このご時世、どこまで効果があるか分からんが。念のためってやつだ」

そうか、エーテルインフラ…これだけやっても、隠蔽は難しいのかもしれない。

 

「でも、本当に凄いですよここ。あの管制室なんて、まるでアークスシップみたいです」

『アメリアスさん、オペレーティングエリアを見たことが?』

「まあ、研修中に見学で」

肯定を返すと、ヒツギさんがへぇ、と声を上げる。

「いいなぁ、あたしもバックヤード覗いてみたい」

「……マイペースだな、お嬢さん方……」

 

ついつい盛り上がってしまった私たちを見て、エンガさんがため息を吐いた、その時だった。

「———ははっ。ずいぶんと賑やかだね、エンガ」

ボディーガードと思しき男性二人を引き連れ、白いスーツを着た青年が入ってきた。

 

「だから言ったろ、騒がしくなるって。それでも連れていこといったのはお前だぜ、王子様?」

「構わないさ。僕もこういう雰囲気のほうが好きだからね」

そちらに気づいて言ったエンガさんに、青年が微笑みを返す。

 

そして青年は、私たちの方を見て、

「初めまして、アメリアスさん。アースガイド代表、アーデム・セークリッドと申します」

「あ、はい……初めまして」

伸ばされた右手を、私は恐る恐る握り返した。

 

「そちらがエンガの妹さん……八坂ヒツギさんですね?お会いできてよかった」

「あ、ご丁寧にどうも……」

(緊張しすぎですよアメリアスさん)

(うるさい)

ヒツギさんとも握手を済ませたアーデムさんは、またこちらに向き直る。

 

「こんな所までご足労をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。お噂をかねがね伺っていたので、どうしてもお会いしたいと思ってしまって……」

「あ、いえ……」

お噂をかねがね……?アースガイドも調査をしていたのだろうか。

 

「それに、アメリアスさん達は次元の隔てた宇宙よりいらっしゃったと考えると…この邂逅は一地球人として、とても感慨深いです」

「……全然気にしてなかったけど、何気とんでもない状況よね兄さん」

「……まあ、宇宙関係の研究してる学者なんかは、目を回してひっくり返るレベルだろうな」

 

するとエンガさんが、横から口を開いた。

「ところでアーデム、警戒態勢の伝達は」

「ああ、ラスベガスエリアの全員に通達した。君たちが『火の使徒』と交戦したと聞いたときは、気が気でなかったよ。本当に無事でよかった」

「……まあ、そこの規格外さんのおかげでな」

「え、それ私のことですか」

 

「たりめーだ」と、あきれた様子で答えるエンガさん。

「さっきも言ったろ、アイツと少しでもまともに戦えた奴なんていねえんだよ」

「エンガからの連絡が『事後報告』だったものだから、本当に驚いたよ」

と、アーデムさんも頷く。

規格外って、私も結局ぶっ飛ばされたんですが……まあいいか。

 

「彼女のことも気にかかりますが…今は僕たちがすべきことをしましょう。オラクルの方々に、地球の現状を話さないといけない」

アーデムさんはそう言って、向かい側の大きな机の前に座った。

「マザー・クラスタの活動がオラクル側で表面化し始めたのは、こちらも把握しています。そして地球側でも、彼らのアースガイドへの攻撃が激化しているんです」

「今まではにらみ合いの状況が続いていたが、ここへ来てかなり強引にこちらを潰しに来ている……正直、旗色は悪い」

 

お二人の話を聞きながら、少し思案する。

もともとマザー・クラスタはPSO2というゲームを介し、こちら側のことを探っていた。

それが直接行動に出たということは、何かトリガーになるものが見つかったか、はたまた発生したのか。

 

今のところ、心当たりは一つしかない。

(やっぱり、アル君か……)

「……結局、マザー・クラスタは何がしたいの?地球制服……とか?」

「それは違うんじゃないかな。それだけだったら、オラクルへの介入や、アル君を狙うことへの理由にならないでしょ?」

オラクル側を狙う、明確な理由があるのは間違いないのだ。

 

「元マザー・クラスタのバカ妹、その辺はどうなんだ?」

「いちいちトゲのある言い方しないでよ!でも、マザーの目的と言われても……」

考え込むヒツギ。

そう、ある意味これが、この状況を挽回しにくい原因だ。

ヒツギが知らされていたマザー・クラスタの活動内容は、「esc-a」の監視と保全。彼女がずっと混乱し続けているのは、何も知らされていない末端だったからに他ならない。

 

やはりヒツギの知っている限りの情報から、何か糸口が見つかればいいのだが。

「ヒツギ、その『マザー』っていうのから、何か言われたこととかないの?」

「と言われても、そもそも加入したのもだいぶ前だし……その時もただ『素質があるから』の一言で誘われたの」

「素質……PSO2を介して、オラクル側に入る能力だな。要するに、エーテル適性のある人間を集めてるってことか」

エーテルへの適性。これも、たびたび出てくる言葉だ。

 

「フォトンへの干渉操作に適性があるみたいに、エーテルを何処まで扱えるかも個人差があるんですね」

「はい。ですがエーテル能力の習得は、技術の習得と同じ。仕組みを理解し、正しい研鑽を積めば成長することもあります」

「え……?あそうか、ヒツギが……」

 

思わず聞き返したが、考えてみればその成長を、私は目の前で見ていたのだった。

「イメージとしては、エーテルの適性が上がるごとに、出来ることが増えていく、といったところでしょうか。例えば適性のない人でも、PSO2を介してアバターを投入し、遠隔から操作することはできます」

「……尤も、それでこちらの情報が漏れてしまってるみたいなんですけどね」

「はい、PSO2をマザーが情報源にしているのは、間違いないでしょう……そしてある程度の適性があれば、アバターを通じてPSO2に直接ダイブすることができるようになります」

 

それはヒツギが自分のアバター…現アル君の体を通じて、ずっとやって来たことだ。

「じゃあ、マザー・クラスタに選ばれる条件は…」

「その水準…仮にレベル1としておきましょう。レベル1の適性を持っていること、と考えられます」

「……そして、次の段階になると」

 

呟いたヒツギに、アーデムさんは頷きを返した。

「PSO2を使って、生身で直接オラクルにダイブできるようになります。それともう一つ」

「……具現化能力。自分で直接エーテルに干渉し、思い通りの形を取らせることができるようになる、ってことか」

エンガさんが何かを持ち上げるように、軽く腕を動かす。

すると小さな光が散り、その手の中に、一丁のハンドガンが現れた。

「はい。そしてそこまで至った人々が、マザー・クラスタの中核を担う存在となり、世界への影響力を強めていく」

 

マザーに協力する代わりに技術的援助を受け、「時代の寵児」と称えられた亜贄萩斗。

その能力と信念をマザーに認められ、復権を成した鬼才、ベトール・ゼラズニィ。

 

「さらにマザー・クラスタの中核において際立った能力を持つ7人は、『使徒』と呼ばれ、マザーの側近のような立場にあるようです」

そう、彼らだけではない。

ベトールの粛清に現れた4人の「使徒」…あの後アースガイドからの情報含め色々調べたのだが、なんと全員、こちらでは世界的に名の知られた著名人だったのだ。

「火の使徒」、ファレグ・アイヴズは例外のようだが、彼女の発言からするに、完全に組織の一人として動いているのではないのだろう。

 

「………よく、そんなのに気づけたわね」

ぽろっと漏れ出たヒツギの声に、アーデムさんは苦笑する。

「まあ…僕達もそれなりに、社会的影響力は備えていますから」

「そーだぜヒツギ。何やったかは知らないけど、こいつなんかナイトだナイト。サー・アーデムだぜ?意味不明だろ」

「……そのせいで、彼には時々『王子様』なんておちょくられますが」

 

アーデムさんは小さく咳払いすると、それに、と言って、

「ある程度の社会的地位がないと、アースガイドの活動は成り立ちませんから」

「んぇ……?」

アーデムさんのその発言に、私が首を傾げた、その時だった。

 

「—————!?」

突然、背後の指令室にアラートが鳴り響いた。

「どうした!?」

『報告します!本部付近にて大規模なエーテルの過剰反応を確認!!』

直ぐに通信をつないだアーデムさんの下に、構成員からの緊急連絡が届けられる。

 

『アメリアスさん!!』

「おっとシエラ!なんか黙ってたから忘れてた…!!」

『ひどいです空気読んで大人しくしてたのに!というか!!幻創種の固有反応が大量に……!!』

シエラの声を掻き消すように、爆発の揺れが一帯を襲う。

 

「随分早いご到着だな……アーデム、どうする?」

エンガさんの問いかけに、アーデムさんは毅然と答えた。

「———アースガイドの意思を、見せる時が来たんだよ」

「真っ向から迎え撃つってワケか。まったく、俺たち働き者だな、おい?」

ちらっとこちらを向いたエンガさんに、小さく肩をすくめて見せる。

 

何にせよ、私たちのすべきことは変わらない。

敵性存在を排除し、出会った星を護る。それが星の護り手(アークス)の仕事だから。

すると顔を上げた私の前で、アーデムさんが机の端末を手に取った。

「皆、ついにこの時が来た。僕達の、地球の導き手(アースガイド)の役目を果たす時が」

 

アーデムさんの声が、宣戦布告を伝える。

「———アースガイド本部、全エージェントへ通達。我々はアークスと共に、かの組織を…マザー・クラスタを打倒する!」

響き渡ったその声は、確かな「意思」そのものだった。

 




「砂の惑星」
こんな具合でまたすり減る運命 しょうもない音でかすれた生命
立ち入り禁止の札で満ちた 砂の惑星さ

—————
↑歌詞の順番はわざと変えていますのでお気になさらず。
そういえばオラクルサイドは、PSO2としてやってきている一般プレイヤーについてはどうしていたんでしょうね?


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SB4-6「残響」

久々の戦闘シーンでちょっと感覚を忘れていました。
今回はちょっとグダグダかもです……


AD2028:4/10 16:43

地球:ラスベガス

 

ラスベガスが「黄金の都」と呼ばれる所以は、日没から後にある。

無数の街灯とネオンサインは、闇を斬り裂き、街を煌々と照らし上げるのだ。

 

そして、輝きが顔を出し始める夕暮れに。

人の消えた黄金の都は、砲火の吹き荒れる戦場と化していた。

「本部に近づけるな!出てきた先から殲滅しろ!」

「最低でも二人一組(ツーマンセル)を維持!包囲されないように気を付けて!!」

アースガイドのエージェント達が、それぞれの手に具現した武器を握る。

 

それらが向けられる先にあるのは、新たなる幻創の徒。

チェーンソーを振り回し、爆弾を玩ぶ道化師(ピエロ)

サイドカーを乗り回す、首無しの暴走族(デュラハン)

ラスベガスの幻創種が、次々と姿を現していた。

 

そして、アースガイド本部があるカジノのすぐ側。

「俺から離れるなよ、ヒツギ!」「うん!!」

本部直衛班の中で、幻創を駆る兄妹も、迫る敵と応戦する。

エンガの背でピエロ型を斬り伏せたヒツギの前で、エーテルが無数のハゲタカ(バルチャー)を形どった。

 

「っ……!」「どりゃあっ!!」

咄嗟にカタナコンバットを構えたヒツギの前に、暴風を纏ったアメリアスが着弾する。

「モーメントゲイルッ!!」

「よし!アメリアスは好きなだけ暴れてくれ!!」

「了解-!!」

バルチャーの群れを蹴散らし、アメリアスはすぐさま飛翔する。

 

(うわ、凄い———!)

空中から地上戦を見下ろし、思わず目を見開く。

銃、剣、弓、はたまた杖。

各々の意思が形を得て、幻創種を迎え撃っていた。

 

「うわあっ!!?」

「———危ないっ!」

拡張した視界に襲われるエージェントの姿を捉え、すかさずそこへ飛び込む。

「大丈夫ですか!?」「すいません、感謝します!!」

飛び掛かってきたピエロをテクニックで吹き飛ばし、再び飛翔。

それはあたかも、全てを飲み込む竜巻の様に。

たった一人の遊撃隊として、アメリアスは一帯を駆け巡る。

 

「おらあっ!…しっかし、規格外だなアイツは」

ピエロの乗った馬車型の幻創種を撃ち抜き、エンガは呟く。

アメリアスに与えられた全周視。それを最大限に発揮した、的確な支援と遊撃。

何より圧倒的な猛攻が、次々と幻創種を屠っていく。

 

エンガは確信した。

あの守護輝士(ガーディアン)は、やはり一流の戦士だと。

「っ———!兄さん!!」

首無しライダーを切り払ったヒツギが、エンガの横で悲鳴を上げる。

レーダーマップに映る反応が、急激に増加したのだ。

 

「なんだこりゃ…!数もそうだが、なんでこんな広範囲に……!!」

「まずいぞヤサカ!こんな四方から攻め込まれたら……!!」

愕然とする本部直衛班の目の前にも、次々と新たな幻創種が具現する。

「クソっ!落ち着け!陣形だけは崩すな———」

エンガが叫んだ、その時。

 

「捉えた——!行け!!」

どこからか飛来した光の矢が、幻創種の群れの一体に突き刺さる。

するとそこから力場が生まれ、周りの幻創種を一か所に吸い寄せた。

「グラヴィティポイント!?いったいどこから……」

「いーーくーーぞーーー!!」

瞠目したヒツギの耳に、聞き覚えのある少女の声が飛び込む。

 

直後無数の光の刃が殺到し、幻創種の群れを纏めて駆逐した。

「大丈夫かヒツギ!」「すいません、遅くなりました!!」

唖然とするヒツギ達の前に、二人の少女が着地する。

「イオに……ステラ!?」

『お待たせしました、アースガイドの皆さん!!』 

 

シエラの声と同時に、レーダーマップに友軍反応が現れる。

『アークス増援部隊、これよりアースガイドの援護に入ります!!』

それは、あの東京での戦いの再演のように。

星の護り手(アークス)は、新たな惑星のために舞い降りた。

 

「ステラ!?来てくれたの!?」

一周回って戻ってきたアメリアスが、ステラを見て金の瞳を見開く。

「いぐざくとりー!あと、こんなのも連れてきたよ!!」

ステラは笑顔で答え、右手で後ろを指す。

そこにはカタパルトのようなパネルが設置され、小さな乗り物が繋留されていた。

 

「これって…『ライドロイド』!!」

『はい!広大なラスベガスで、満を持して実戦投入です!!』

ライドロイド。

広域調査を効率よく行うため、AISの技術を転用して開発した、高速飛行特化モジュールである。

 

「直衛はおれとステラが就く、センパイはエネミーの集中地帯に突っ込んでくれ!」

「ありがと、じゃあそっちは任せるね!!」

戦線に加わるステラ達と交錯し、アメリアスはライドロイドに飛び乗る。

「ちゃんと動いてよ…うわあっ!!」

アメリアスを乗せたライドロイドは急上昇し、ビルの間を駆け抜けて飛び去っていく。

 

「……大丈夫なのかあれ」

「まあ飛ぶだけですし…私たちはこちらの防衛に集中しましょう!」

ヒツギとステラが斬り込みをかけ、エンガとイオが援護射撃に入る。

ラスベガスの日は、とうに落ちていた。

 

 

AD2028:4/10 17:30

地球:ラスベガス

 

「いよい、っしょお!」

ライドロイドを強引に乗り捨て、私はカジノから北のビル街へ飛び降りた。

アースガイドの人たちはこちらまで来ていないが、増援のアークスが交戦を開始している。

「アメリアスさん!」「タキさん!援軍ありがとうございます!!」

ニューマンの青年は「なんの!」と言って、眼前のピエロを殴り倒す。

 

「この辺が一番敵が多いみたいですね……」

「何か起点みたいなのがあるんすかね。とにかく殲滅するっす!!」

ブーツを再装備した私の前に、円盤のようなエネミーが現れる。

「な、何!?」

円盤の周囲には不気味な小人のような影が現れ、こちらへと光線銃を向ける。

 

「っ!!」

いつものイル・ザンを浴びせ、怯んだところにグランヴェイヴを叩きこむ。

「よっと…なんか、変なのがたくさん出てくるなここ」

墜落する円盤に合わせて着地し、私はふうっと溜息を吐いた。

 

とはいえ、東京に出現した幻創種と弱点は同じ。

数で攻めてくるのであれば、まとめて薙ぎ払えばいいだけだ。

「ちゃんと受けてくださいよ!シフタストライク!」

「ありがとうございます!一気に行きますよ!」

疲れてきたのでデュアルブレードに持ち替え、フォトンブレードを展開する。

 

「ディスパースシュライク!……相変わらず有能すぎるでしょコレ」

円盤を纏めて串刺しにし、反転。背後の首無しライダーにフォトンブレードを叩きこむ。

フォトンブレード・フィーバー。一時的だがデュアルブレードのリミッターを外し、展開できるブレードの数を倍増させる。

そしてフォトンブレードには、フォトンの回収機能もある。つまりどういうことか。

 

「これが強いんだよね……行けえっ!」

無限ループって、怖くないですか?

ディスパースシュライクとフォトンブレードの乱打で、周りの幻創種はあっという間に一掃された。

 

更に着地した私の背後で、法撃爆発が吹き荒れる。

「こっちも片付いたっす!」

「早いですね…!流石です!」

タキさんと合流し、レーダーの反応を見る。

アークスの加勢から数十分で、広域に広がった幻創種は粗方片付いていた。

 

「だいぶ減りましたね……うわっ!」

「おっと、すまん!!」

気を抜いた私の目の前を、ライドロイドに乗ったアークスが掠めていく。

「……まあこれなら、早く終わりますよね」

「なかなかどうして、便利な乗り物っすよね、あれ」

 

私のつぶやきに、タキさんが頷きを返す。

そのまま一息つきかけたところで、レーダーに大型の反応が現れた。

「大…いや中型種…ここ!?」

『アメリアスさん、タキさん!大きいのが来ますよ!!』

身構えた私たちの前に、巨大なエーテルの光球が顕れる。

 

光が形どるのは、長い車体に幾つかの乗用車を格納した大型車両。

「トレーラー……なんでトレーラー!?」

「わかんないっすけど…こいつが親玉みたいっすね!」

タキさんの支援テクニックを受け、私はトレーラーに突進する。

 

それに応じたトレーラーは、キャリアーから自動車をミサイルのように飛ばしてきた。

「うわあっ!そ、そういうことしてくる!?」

慌てて側面に移動し、フロントに突進蹴りをかける。

するとクラクションで攻撃してきたり、タックルしてきたり…やっぱり、動きが現実離れすぎる!

 

「真正面からは厳しいっすね……」

「何か弱点を…車……車なら……!」

何となく思いつく…けど、これでは近寄ることすら難しい。

「っ……!」

私が後退し、トレーラーを睨んだ、その時。

 

「イル・ザン!!」

「……エンドアトラクト」

頭上を掠める、風弾と光弾。

援護射撃はは車輪を撃ち抜き、トレーラーはもんどりうつように横転した。

 

守護輝士(ガーディアン)、生きてるかーー!」

「当たり前……」

聞こえてきた声に、驚いて背後を見る。

タキさんのパーティ、だろうか。3人のアークスが、援護に駆け付けたのだ。

 

「クリスとディオは動きを見て後方支援、ジョシュアさんはアメリアスさんと一緒に接近戦を!」

「頼むぜ守護輝士(ガーディアン)!」「はい!突貫します!!」

キャストのペアがライフルを手に散開し、私はヒューマンの先輩と共に、横転したトレーラーへ斬り込みをかける。

 

「今なら!」

正面に現れたマーカーへ突撃し、ジェットブーツの出力を上げる。

「ヴィントジーカー!」

「では俺も…!ノヴァストライク!」

痛撃を打ち込んだところで、足元にロックオンマーカーが現れる。

 

「射線開けてくださいーー!!」「サテライトカノン……発射!」

レンジャーのとっておき、必殺の砲撃が突き刺さる。

トレーラーは先頭車両をひしゃげさせ、そのまま掻き消えた。

 

「よっしゃあ!」

「撃破完了っす!」

私とジョシュアさんの側に、後方支援していたタキさん達が駆け寄る。

「ふぅ……すいません、協力感謝します」

「なんの。普段通りの仕事をしたまでだ」

 

しゃべっていると、全員の端末に通信が入る。

『通達します!ラスベガスに出現した幻創種、全滅を確認!』

終わった。

それを伝えたシエラの通信に、どっと安堵がこみ上げる。

 

「終わった、みたいっすね」

「すぐに帰還準備も整うと思います。私は、もうしばらくこちらにいることになりますが…」

「そうっすね。室長に『元気そうだった』って伝えておくっす」

私は苦笑して、お願いします、と答えた。

 

『——もしもし、アメリアス!?』

「おおっとヒツギ!?そっちは大丈夫!?」

忘れかけていた。あっちはステラとイオが行ってたはずだけど……

『優秀なアークスの皆さんのおかげで。アースガイドの人たち、戦いながらずっと驚いてたわ』

嬉しそうに言うヒツギの横から、エンガさんの声が割って入る。

『いやはや、本当に助かった。こっちも作戦終了の通達が来たから、またカジノの近くまで戻って来てくれ』

 

了解、と返し、通信を終える。

「じゃあ、自分たちはこれで」

「はい。お疲れさまでした」

帰還ポイントへ戻るタキさんたちと別れ、本部の方へ戻る。

 

「—————?」

と、

何か視線のようなものを感じ、私は思わず立ち止まった。

「何……?」

全方位に視界を飛ばすも、気を抜いて反応が遅れてしまった。周りに誰かいる様子はない。

 

「………まあ、いっか」

私は一応周りを警戒しながら、再び歩き出した。

 




「残響」
嗚呼 今 繰り返す名を
赤い華も踊る 夜に哮る その残響を
さあ 今 語られる名を
泡沫の命と今名付けようか

―――――
ちょっとのんびりしすぎたので駆け足モード。
ライドロイド出したのもそういうことです。


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SB4-7「人造エネミー」

この次、4章はこの次からが本番なんだ……!
だから諦めるなメガネ……!!


AD2028:4/11 13:00

地球:ラスベガス

 

「幻創種反応、消滅!」

「よっしお疲れ!帰投帰投!!」

「隔離切るぞーー!火器類しまえーー!」

曇り空のラスベガスに、アースガイドの声が飛び交う。

 

再び発生した幻創種の鎮圧を終わらせ、解散するところだ。

そして、その中に、

「お疲れ様、今日も大活躍だったわね」

「そうかな?いつも通りやっただけなんだけど…」

戦闘服から制服に戻るアメリアスと、共闘していたヒツギの姿もあった。

 

「おーい、大丈夫か…って聞くのも野暮か」

駆け寄ってきたエンガが、アメリアスを見て苦笑する。

「ええ、あたしの出番なんか、全然なかったわ」

「一応、私はこれが本業ですから。ヒツギに無茶させるわけにもいきませんし」

「全くだ。いいブレーキになってくれてて、そっちの意味でも助かってるぜ」

 

なによそれー!と、ヒツギが兄に不満げな声を投げる。

しかし幾ら具現武装が使えたところで、結局ヒツギは一般人だ。

彼女にまた無茶をさせるわけにはいかない。それが、ひとまずのアメリアスの方針だった。

「じゃあ戻るか。アーデムからも話があるってよ」

隔離領域が消え、景色が日常に塗り替わる。

今起こっていることを知らない無辜の市民に混ざり、アメリアス達はアースガイド本部へ帰還した。

 

「さて、中から執務室に入るならここっと」

「に。兄さん、そんな軽いノリで入っていいの?」

「いいんだよ別に。おーいアーデム?」

執務室をのぞき込んだところで、エンガはふと足を止める。

 

「——はい、わかりました。それでは今度、僕が直接お伺いして事情を……」

執務室のアーデムは、誰かと通話している様子だった。

(何話してるのかしら…それにあれ、随分古い型の携帯よ……?)

(そうなの?)

「……お気になさらず。そちらの問題も放ってはおけませんから……では、また」

 

通話を終えたアーデムは顔を上げ、エンガ達を手招きした。

「お疲れ様、エンガ」

「そっちもな。また例の紛争地帯か?」

入ってきたエンガに、アーデムは頷く。

 

「首長がお互いに無理難題を言い合ってるので、仲裁をお願いできないか、だそうだ」

「中東の話は込み合ってるからなぁ。頑張ってくれよ、王子様」

さも当然のように話す2人の横で、ヒツギがえっと声を上げる。

「中東の紛争地帯って…よくニュースにもなるあれ?アースガイドって、あれにも関わってるんですか?」

「むしろそっちがメインなんだよヒツギ。マザー・クラスタが出しゃばってくるまでは、俺たちの活動は紛争解決や和平調停の手助けが主だったんだ」

 

むしろマザー・クラスタなんかと戦争状態な今の方が異常なんだと、溜息をもらすエンガ。

「……尤もアースガイドとしての歴史を見れば、その各国の折衝や調停すら異常なのでしょうが」

アーデムも、どこかやるせない様子で同調した。

 

「……あの、今の話を聞いて、思ったんですけれど」

すると少し後ろで話を聞いていたアメリアスが、前に出て口を開いた。

「結局、アースガイドは…本来、どういった組織なのですか?」

エンガは少しアメリアスを見て、難しそうに腕を組む。

「話せるには話せるが…オラクル出身のお前さんにはピンとこないかもな」

「ふむ……ではあえて、ヒツギさんに少し尋ねてみますか」

 

アーデムは言うと、ヒツギの方を見て、

「ヒツギさんは、『魔法』という言葉を聞いたことがありますよね」

「え、それは、まあ……」

「では、具現武装を見てこう思いませんでしたか?『まるで魔法のようだ』……と」

少女二人は、同時に目を見開いた。

 

「そう、魔法…創作の世界に出てくるような超常的な現象は、実在するものです。こちらではオラクルのように、それが普遍的な技術になることはありませんでしたが」

オラクルは、フォトナーは全知存在(シオン)により、フォトンを制御する知識を与えられた。

しかし、地球にはそれがなかった。

だからこの世界では、エーテルを使うことは、常識からの逸脱として扱われている。

そしてその逸脱が、「魔法」なんて名前をつけられて、架空のものとして扱われてきたのだ。

 

「先天的にその素質があった者、あるいはエーテルを見つけ出し、己が力とした者……そんな能力者が集い、アースガイドは生まれたのです。同じくエーテルによって引き起こされる、不可思議な事件や事象の解決を目的として」

「エクソシストだの魔術師(ウィザード)だの、日本だったら陰陽師なんてよばれるアレ。ああいうのが集まった組織さ」

 

『恐怖とは、信じていた常識が脅かされることで生まれるもの』…ヒツギはふと、国語の教科書に載っていた一文を思い出した。

エーテルが生み出す、人間の常識の外にあるもの。それに対抗するために生まれたのが、その「非常識」を得た人々…アースガイド。

 

「この星に出現する幻創種は、人々の無意識に抱く感情が形になったものだと伺いました。そしてそれらも『悪魔』や『妖怪』といった名で呼ばれ、一般には架空のものとして扱われていると」

アメリアスの言葉に、アーデムが頷く。

「十分な餌を得て、一般人でも知覚できるようになった個体ですね。本来あのような力を経た個体は、出現することすら稀でした。だからこそ世界から隠匿し、アースガイドが対処することができていたのです」

 

できていた。

この過去形の意味も、アメリアスにはもう分かっていた。

「……これだけ大々的にエーテルが使われれば、エーテルによる自然具現も増えるというものですよね」

「アメリアスさんのご想像のとおりです。エーテルが発見され、情報通信という形で発展していくにつれ、そういった現象も急激に増加しました」

「おまけに、能力に目覚める人間も増えた。俺やヒツギのようにな」

 

幻想をカタチにし続け、アースガイドによって隠され続けてきたエーテル。

それはマザー・クラスタの手によって暴かれ、エーテルインフラとして人々の前に現れた。

技術の革新と、恐怖の具現。

そして、その全てを束ねる魔法を連れて。

 

「そもそもアースガイドがエーテルを隠匿し続けたのは、その存在が発見され、自然に普遍化すれば、混乱も騒乱も起こらない、と考えたからです。エーテルが見つかった当初は、その目的は果たせたと思っていましたが……」

「マザー・クラスタが現れ、エーテルを掌握してしまった…」

アメリアスの呟きに、アーデムは頷く。

 

「……最初にお話しした通り、僕達の活動は本来、表舞台に立つものではありません。人々が相争うようになり、僕達の相手はいつの間にか、星から人へと変わっていった」

青年は語る。

人間同士が争うのは、醜いことだと。

そしてエーテルが、その為の新しい「力」になってはいけないと。

 

「エーテルはクラスタ(一集団)が独占するものではなく、未来を創るガイド(導き)にならなければいけない。それが…僕の、僕達の戦いで」

アーデムが言いかけた、その時、

『シーザーズパレス付近にてエーテルの異常反応!幻創種の出現予兆です!!』

「また話してる時に……!速やかに領域を隔離、待機しているエージェントに急行させてくれ!」

 

端末にに指示を飛ばし、アーデムはそのままエンガ達の方を向く。

「……えっと」

「任せろ。行くぞお嬢さん方!」

「「了解!!」」

エンガ達はその頃には、執務室を飛び出していた。

 

執務室が急に、静かになる。

「……大した規模じゃないから、巡回してたエージェントだけで事足りるよって、言おうとしたんだけどな」

残されたアーデムは、ぽつっと呟いた。

 

AD2028:4/11 16:00

地球:ラスベガス

 

アーデムの悪い予感は、おおむね当たった。

ヒツギ達が目的のリゾート施設に到着する頃には、大体の戦闘が終わっていた。

「あーあ、戦わなくて済んだのはよかったけど、ちょっと損した気分」

「まあまあ、あのコロシアムっていうの?綺麗だったし見れて良かったよ」

 

ため息をつくヒツギの横で、満更もなさそうに言うアメリアス。

エンガには先に戻ってもらい、2人は少し、ラスベガスの街を歩き回っていた。

「そろそろ戻ったほうがいいかもね。エンガさん心配してるだろうし」

「……そうでもないかも。兄さん、貴女を信頼しきってるもの」

 

苦笑するヒツギ。

「みんなびっくりしてたわ。流石、アークスは違うって」

「ステラやイオも無双してたからね……ラスベガスへの位相も確定したし、いざとなったらいつでも駆け付けられるよ」

「なら、アースガイドの人たちも安心しきりでしょうね……」

 

そこまで言って、ヒツギはふと口をつぐんだ。

「ヒツギ?」

「……あのさ、変なこと聞いていい?」

俯きがちのまま、ヒツギはアメリアスの碧眼を見つめる。

「アメリアスの……貴女の戦う理由って、何?」

 

その問いに、アメリアスは一瞬瞠目した。

しかしその意味を理解したのか、ふうっと息をつく。

「……そっか。話しておいた方がいいかもね。まあ単純に私の居場所を守りたい、それだけだよ」

「…?じゃあ、どうしてあたしたちまで」

うーんとねぇ、と、細い腕を組むアメリアス。

 

「何て言えばいいんだろう……伝わらなかったら、ごめんね」

そう断った上で、アメリアスは告げた。

「私が居る場所、じゃなくて……私が居られる場所を守りたい。そういうことなんだよね」

「………?」

はじめその言葉の意味が分からず、ヒツギは首をかしげた。

 

「へ、変な話しちゃったね!帰ろう帰ろう!」

困惑するヒツギを見て、誤魔化すように歩みを早めるアメリアス。

ヒツギは歩きながら、少し考えこむ。

 

居る場所ではなく、居られる場所。

その言い回しの、小さな、だけど確かな違和感。

「—————ん?」

ヒツギは何かに気づいて、ふと立ち止まり、

「—————!!」

気づくと同時に、凄まじい悪寒を覚えた。

 

(アメリアス、貴女———!)

すたすたと遠のいていく、少女の後ろ姿。

先ほどまで、頼もしく見えていたそれは。

今は何故か、酷く歪んで見えた。

 

 




「人造エネミー」

「ああ素晴らしいね。」と手を叩いてみても
全部嘘で外はゴミだらけ
ねえ、苦しいほどそれに埋もれた君が———

———————
なおヒツギが思い返していた一文ですが、実際に昔国語の授業でこんな文章を習ったんです。
「なるほどなぁ」と思いましたね。


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SB4-8「茶番カプリシオ」

定時投稿できなくてすみません。
さてさて、ついにあの方のご登場となります。


AD2028:4/12 10:00

地球:ラスベガス

 

「……そういえば」

ヒツギがぽつっと呟いたのは、アメリアスとアーデムが情報交換のために話していた矢先だった。

「ん?どうしたヒツギ」

「前々から気になってたんだけど、マザー・クラスタは幻創種を使った襲撃はしてくる割に、此処を直接襲ったり、破壊活動とかは全然しないな、って」

 

ヒツギの意見に、エンガは「何言ってんだ」と眉をひそめる。

「この間、東京でテロ起こしたばかりだろうが」

「あれはベトールが勝手にやってたんじゃない。あれ以外で考えて、よ」

「……興味深いですね。その傾向については、僕も気になっている所でした」

 

否定を返したヒツギに、アーデムが同意した。

「確かに幻創種がアースガイドを襲う事は多々ありますが、建造物や自然…地球に直接被害が及びかねない攻撃は避けている傾向があります」

「言われてみれば……そうですね」

口元を押さえ、アメリアスも小さく頷く。

 

「後はまあ、この地下施設の正確な座標が掴み切れていない、といったところでしょうか」

「ちょくちょく暴れて俺たちを引きずり出してるあたり、そんなところだろうな。もっともこれだけ返り討ちにされてるんだから、奴さん痺れを切らしてもいい頃なんだが……」

(やっぱり大活躍ね、アメリアス)

(は、はあ……)

ヒツギに囁かれ、アメリアスが苦笑した……その時。

 

「———っと!また襲撃か!!」

また鳴り響いたアラートに、エンガが舌打ちする。

「まあまあ、ささっと片付けちゃいましょう。シエラ、ポイントは?」

対してアメリアスは慣れた様子で、シエラに通信を繋ぐ。

『あ、はい……っ、これは簡単にはいかないかもです』

しかし通信越しのシエラの声は、普段よりも明らかに深刻だった。

 

「シエラ?」

『本部周辺B区…幻創種だけではなく、具現武装及び人間の生体反応を確認しました』

その通達を聞いた時の反応は、それぞれ全く違っていた。

どうやら同様の連絡を受けていたらしいアーデムは、座ったまま何も言わずに瞑目し。

エンガは腕を組み、ぽつりと、「来なさったか……」と呟き。

アメリアスは腰に手を当て、ふうっとため息を吐き。

 

そしてその碧眼が見つめる先で、ヒツギは顔を強張らせていた。

「……まあいい、来なさったなら迎え撃つだけだ。行くぞアメリアス」

「任せてください、エンガさん」

「エンガ。君に言っても無意味かもしれないけど……気を付けて」

アーデムに頷きを返し、エンガは踵を返す。

 

「兄さん、私も………」

「……お前は此処に居ろ。今回は人が相手だ」

背後からのヒツギの声に、エンガは振り向かずに言い放った。

「っ………」

「お前にその覚悟があるのか?大人しくしておいた方がいいんじゃないのか」

 

エンガの言葉に、ヒツギは唇を噛む。

彼の本心に気づかないほど、ヒツギは馬鹿ではない。

この兄は、自分をこの領域から……戦いから遠ざけたいだけなのだ。

「……あのさ、ヒツギ。貴女はそんな無理しなくたって」

そして、アメリアスが不用意に放った一言が。

 

ヒツギの心の、撃鉄を引いた。

「……五月蠅いっ!!何よ貴女まで……あたしを馬鹿にしないで!!」

叫ぶと同時に、ヒツギは「天羽々斬」を握りしめる。

「ヒツギ……!?」

そして次の一瞬で、ヒツギは執務室の扉を斬り飛ばし、外へと飛び出した。

 

「なっ……!?あの馬鹿!!」

目を剥くエンガ。

「す、すぐ追いましょう!!」

アメリアスは慌てて、ヒツギを追って走り出した。

 

 

AD2028:4/12 10:30

地球:ラスベガス

 

白昼のラスベガスに、砲火が鳴り響く。

「こちらβ隊!幻創種の反応、減少しています!!」

「わかった、だが気をつけろ!この近くには『使徒』がいる!!」

 

具現武装の特異反応に続き、Bエリアに出現した幻創種。

いつ現れるか知れない「使徒」......マザー・クラスタの最大戦力に警戒しつつ、その迎撃を続けるアースガイド達。

 

そして、それら全てを見下ろすビルの上で。

「......つまんない、100%つまんない!あいつら全然出てこないじゃない!!」

紫の体毛に覆われた巨躯......異形の幻創種に乗った少女が、不満の声を上げていた。

 

「こんな10%火力じゃなくてさあ!どかんと一気にやっちゃおうよ!!」

「......オークゥ、弁えろ。此度の我々の目的を忘れるな」

その声に、少女の隣に立つ男が、不愉快そうに喉を唸らせる。

 

双方とも、纏うのは純白の礼装。

あの時東京に現れた、5人の「使徒」のうちの2人だった。

「ハイハイわかってまーす、100%わかってまーす!!ったく、こんなのあたしとフルがいれば100%問題ないってのに......」

「フルにも今後の準備がある。それもわかっているはずだ」

 

オークゥと呼ばれた少女は、ぶぅ、とふてくされてしゃがみ込む。

「フン......お前は何時もその調子だな。緊張のかけらもない」

言うと、男は何かに気づいたように顔を上げた。

 

「......『彼女』の準備が終わったようだ。私もそちらへ向かう」

踵を返す男に、少女は振り向かずに尋ねる。

「......大丈夫なの、あいつ」

「作戦前は緊張しているようだったが、今は覚悟も決まっているだろう。ここは任せたぞ、オークゥ」

 

男は答えると、音もなくその場から消え去った。

「............そういうことじゃないんだっての。あの70%おじさんめ」

どこか慚愧を含んだ声で呟き、少女は立ち上がる。

 

「仕方ないわね......じゃ、こっちはこっちの仕事をしちゃおっか、『ラプラス』」

少女が何かに呼びかけるように言った、その時。

 

「—————っ!!」

激しい光が、少女の視界を覆った。

「ラプラスっ!!」

咄嗟に飛び降りた少女の声に、巨大な幻創種が庇うように飛び出す。

直後数発の弾丸が、幻創種の眼前に飛び散った。

 

「このっ、いきなり不意打ちとか、100%卑怯よ卑怯!!」

少女は声を荒げて、再び幻創種の上に飛び移る。

 

その、見下ろした視線の先には。

「......あいにく、こっちは育ちが悪いんでな。これくらいは当然の事だ」

銃を携えた赤毛の青年と、銀髪の少女の姿があった。

 

 

「ようやくのご登場ですか、オークゥ・ミラー」

異形の幻創種の上に立つ少女は、私の声に目を丸くした。

「……ふぅん。あんたが例のアークス?あたしのこと知ってるんだ」

「ちょっと調べたらすぐ出てきましたよ、稀代の天才数学者さん?」

 

オークゥ・ミラー。

弱冠18歳にして博士(ドクター)の称号を得、すでに学会でも名が知られているらしい天才数学者。

そして……マザー・クラスタの「使徒」の一人。

 

「そう。こっちもアンタのこと、マザーから聞いたわ。アークスでもとびきり、200%危ないヤツだって」

少女…オークゥは言って、幻創種から飛び降りる。

「だからあたしが来てあげたのよ。この、オークゥ・ミラーがね!」

 

オークゥの声に呼応するように、背後の幻創種がうなりを上げる。

「来い………!」

私がブーツを展開した、その時。

「待て……!!ヒツギはどうした!!」

そのエンガさんの声で、私は気づいた。

 

ヒツギがいない。

具現武装の反応を追ってきたはずの少女の姿が、ない。

「何で……っ!!?」

急いでレーダーを確認し、私は瞠目した。

 

このビルから少し離れた、地上に。

もう一つの、具現武装の反応があった。

「反応は一つだけだったはず……!」

「よーっし引っかかったー!!さっすがオフィエル、エーテルの流れまで隔離しちゃうなんて!」

愕然とする私の前で、オークゥは満足げに笑う。

 

「ふざけろ!!」

瞬間、エンガさんが双銃を携え飛び出した。

「よそ見してる場合かしら、60%色男さん!!」

「……っ!?ぐあっ!!」

オークゥの横を突破しようとした疾走は、横からぶつかってきた何かに阻まれる。

それは巨大な幻創種と同じ色合いの、目玉に翼がついたような個体だった。

 

「エンガさんっ!」

反射的にブーツを起動し、イル・ザンをけしかける。

目玉を巻き込んだそれは、一直線に大型種へ進み、

「!!」

大型種に当たる寸前で、バリアのようなものに掻き消された。

 

(今のは……!?)

「あーあ、マクスウェル一匹無駄にしちゃったじゃない」

オークゥの周りに、数匹の同じ目玉が飛来する。

「何のためにアンタたちを分断したと思ってんのよ。アンタたちの相手は、あたしたち」

主を守るように立つ巨躯と、それに従うように舞う翼。

二騎の従者と共に、「使徒」は私たちに対峙する。

 

「さあ行け、『ラプラス』『マクスウェル』!舞台は整い、因果は紡がれた!100%、あたしたちが勝つ戦いよ!!」

幻創の徒が嘶く。

私にはそれが臨戦の雄叫びではなく、何故か勝利を祝う鬨の声に聞こえた。

 

 

AD2028:4/12 10:41

地球:ラスベガス

 

「ふっ………!!」

ヒツギはビルから飛び出し、地上に着地した。

『あの、ヒツギさ……はやく………!!』

(さっきから通信が悪い…?静かなのは助かるけど……)

途切れ途切れのシエラの声を無視し、路地を駆ける。

 

幸いレーダーは生きており、具現武装の反応をしっかりと示している。

「あたしだって…あたしだって!!」

もう、心など決まっている。

たとえ何が相手しようと関係ない。自分にだって戦う力がある。

何処からか湧いてくる理由のない自信が、ヒツギを突き動かしていた。

 

そして、住宅街の一角、小さな広場に飛び込んだ先に。

「—————!!」

白い正装にフードを被った、小さな後ろ姿があった。

 

......忘れはしない。

端でずっと俯いていた、東京に現れた使徒の1人———!

「見つけた......!!」

敵との距離は10m弱。

ヒツギは一気に、手にした刀に力を込める。

 

夢想するのは、ブレイバーの技の一つ。その名の通り、鉄をも斬り裂く絶技。

「......グレンテッセン!!」

エーテルの奔流が、ヒツギを呑む。

 

直後、ヒツギの体は光のように飛んだ。

「はあああああああああっ!!!」

その咆哮に気づいた敵が、振り返る。

しかし既に、その眼前にヒツギの姿はなく。

「そこっ———!!」

「天羽々斬」は、敵の背後へと躍り掛かっていた。

 

グレンテッセン。

このアーツは瞬時に間合いを詰めた後、敵の背後より断ち切る技。

......即ち、裏の裏。

敵がヒツギに対して正面を向けば、ヒツギはその背後を取れる。

 

「取った!!」

鈍色の刃が、煌いた。

完全な死角、常人には対応できない一閃は、

「————っ!!?」

鋼を叩き割るような音と共に、弾かれていた。

 

エーテルの余波が突風のように走り、白いフードが吹き飛ぶ。

その向こう、露わになった敵の姿を見て。

 

「な——————!!?」

ヒツギの思考は、全て停止した。

 

こぼれ出る、艶やかな長い黒髪。

危うさの欠片もない、無垢な光を湛えた紅い瞳。

目の前に現れたそれは、紛いもなく———

 

「コオ、リ............!?」

少女の、唯一無二の親友だった。

 




「茶番カプリシオ」

揺らぐ天秤 乱れた脚本 罪に汚れた器達
各々の歌を勝手に奏でる 不協和音の狂想曲

-----
オッフィーの診察(?)をカットしちゃいましたが、「ヒツギ・???」と「エンガ・安藤・オークゥ」を分断して進行してみました。
いまいち兄妹の仲違いが弱い気がしたので、その辺もはっきりと。


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SB4-9「境界性ラインアート」

気づけば当小説、累計1万UAとなりました。
ちょこっとでも目を通してくださった方々、ありがとうございます。
EP4は此処からが本番です。
拙い文ですが頑張りますので、よろしくお願いいたします。


AD2028:4/12 10:41

地球:ラスベガス

 

「な—————!?」

目の前に現れた姿を、ヒツギは信じることが出来なかった。

ラスベガスに現れた「使徒」……それは、彼女の親友だった。

 

「コオリ……!どうしてあいつ等と一緒になんか!?」

「天羽々斬」を投げ捨て、ヒツギは問いかける。

「………」

鷲宮氷荊は答えない。

ただその紅い瞳が、静かにヒツギを見つめている。

 

「……っ!何か言ってよ!何のつもりなのよあんた!!」

当惑と疑心にかられ、ヒツギの語気が強まる。

「…………めろ」

「え……?」

そして、少女の返答は、

 

「……やめろ!ヒツギちゃんみたいなことを言うなっ!!」

叫びと共に放たれた、数発の氷柱(ギ・バータ)だった。

「っ!?」

咄嗟に刀を具現し、迫る氷柱を切り払うヒツギ。

 

「ヒツギちゃん、待っててねヒツギちゃん。すぐにわたしが元に戻してあげるからね、ヒツギちゃんを解放してあげるからね」

瞠目する親友に、コオリは語りかける。

「ヒツギちゃんは操られてるだけだから、わたしが助けてあげなくちゃ……いけないの。マザーも、そう言ってたから……」

「コオリ……!?何を言ってるの、コオリ…!!」

叫びかけたヒツギは、思わず喉を引きつらせた。

 

彼女は目の前の親友を、八坂火継を見ていない。

ではコオリが見つめているのは……彼女の前にいる少女(じぶん)は、何だ?

「いいんだよヒツギちゃん。わたしはヒツギちゃんを助けたいだけだから。気にしなくていいんだよヒツギちゃん」

コオリの周囲。

青い粒子が集い、凍てつく闇がコオリを覆う。

「だってヒツギちゃんはわたしを守ってくれた。ひとりぼっちだったわたしと一緒にいてくれて……わたしを救ってくれた!!」

 

収束する闇の中で、コオリの纏う正装が変異する。

開かれたアウターコートは下部が格子状に引き裂かれ、ボンテージドレスのようなベースウェアが露になる。

そしてその右手には、禍々しい紫色の大剣が握られていた。

 

「具現武装……!?」

変貌したコオリの姿に、ヒツギは言葉を失った。

エーテルが成すのは意思の具現。

その姿が想起させるのは、逸脱した狂気そのもの。

 

「これはね、ヒツギちゃんを助けるための力なの。ヒツギちゃんを、救うためにもらった力なの」

誇るように、見せつけるように、手の大剣を玩ぶコオリ。

掻き撫でたように顔を覆う前髪の間から、光のない紅瞳がヒツギを見る。

 

「コオリ……!」

「いつも、わたしはヒツギちゃんに守ってもらってた。ヒツギちゃんに救ってもらってた。だから今度は私が……ヒツギちゃんを守るの!救うの!!」

認めたくない事実に、ヒツギはようやく気付いた。

今の鷲宮氷荊にとって、目の前の少女は唯一無二の親友ではない。

 

「ヒツギちゃんはだまされてるだけなんだから……ヒツギちゃんは操られてるだけなんだから……わたしが、ヒツギちゃんを、助け出すの!」

そう。

その瞳の先にあるのは、邪魔をする敵の姿だけだった。

 

 

 

「こ、の野郎!」

幻創の双銃から飛ぶ銃撃が、飛行する目玉を弾き飛ばす。

「こっちを落としたところでキリがねぇぞ…!」

背後から、エンガさんが叫ぶ声が響く。

 

私はその声を背に疾走する。

「でやあああああああっ!!」

大型種へ叩き込んだ蹴撃が、またも逸らされる。

私は宙返りして着地し、大型種……「ラプラスの悪魔」を睨みつけた。

 

数分の交戦で確信した。この幻創種は、ただ攻撃を弾いているのではない。

「100%無駄よ。ラプラスにはどんな攻撃も通らない」

「本当に『何でもあり』か……驚くを通り越して呆れますよ」

頭上のオークゥを見上げ、吐き捨てる。

……「外れている」のだ。どれだけ的確な攻撃でも、ヒットするその瞬間に。

 

言うまでもなく、これではキリがない。ヒツギさんの下へ急がないといけないのに……!

「ぐあっ!」「エンガさん!?」

「マクスウェル」の放つフォイエのような炎弾を受け、背後のエンガさんが体勢を崩す。

「こいつっ!」

私は背後へと飛び、そのままマクスウェルを蹴り抜いた。

 

「エンガさん、落ち着いて……っ!?」

声を掛けた直後、視界を焼く閃光。

叩き落としたマクスウェルが、一瞬の後に爆散する。

「うわあっ!?」

その時、私の眼は全周囲を捕捉していた。

否が応でも視界を埋め尽くす光に、思わず動きが止まる。

 

「アメリアスっ!!」

その一瞬で、「ラプラス」が目の前に現れる。

「っ————!!」

振り上げられる、巨大な爪。

咄嗟にデュアルブレードで受け止めるも、私は大きく吹き飛ばされた。

 

「こんのっ……」

「意外と大したことないのね、『守護輝士(ガーディアン)』!」

起き上がった私に、嘲笑の声が降り注ぐ。

込み上がる怒りを、私はコンクリートを踏みつけて抑え込んだ。

 

悪いが、おいそれと負けを認めはしない。

例えエーテルが生み出す幻想が相手でも、その元は人間。絶対に穴がある。

『アメリアスさん!ヒツギさんとの通信が……!』

……と。

そのシエラの声に、私ははっと閃いた。

 

『座標は掴めてるのですが、急に通信だけ途切れて…』

「シエラ、悪いけど彼女は後!私がこれから言うワードを検索して、リアルタイムでデータを送って!」

手短に指示し、エンガさんの方を振り向く。

 

「エンガさん…マクスウェルの方は任せます!」

「……ああ、わかった!!」

双銃を振り上げるエンガさんを背に、私はラプラスの眼前へと躍り上がった。

「ふっ、はあっ!!」

悉く弾かれる蹴撃。

振り回される両腕を躱しながら、私はラプラスへ攻撃を続ける。

 

流石にあの図体、威力は高くても攻撃のスピード自体は緩い。回避自体は容易だ。

「ちょこまかと……!マクスウェル!!」

「させるかよ!!」

私に迫るマクスウェルは、エンガさんが的確に撃ち落としてくれる。

そして私が一度着地したとき、シエラから検索結果が帰ってきた。

 

『テキストデータ送ります!』

「ナイスタイミング!」

すかさず端末のウインドウを背中側に展開。ラプラスを引きつけつつ、送られてきたデータを流し読む。

 

「ラプラスの悪魔」。地球で提唱された因果律理論の究極であり、宇宙の法則(ルール)全てを知ると仮定された存在。

「マクスウェルの悪魔」。熱力学第二法則を否定し、地球物理学の根幹を揺るがし得る存在。

……成る程。ラプラスのトリックは大方読めた。

具体的な数字と数式が与えられてしまえば、人間だって物理法則を理解することができる。全ての自然法則を理解するような存在であれば、どんな攻撃だって躱せてしまうだろう。

 

しかし、「マクスウェルの悪魔」の性質が引っかかる。

(常識を……既存の法則を否定?)

エンガさんが応戦している目玉と、自分が引き付けている巨躯を、もう一度見比べて、

「………そうか!」

思ったより簡単に、私は見つけ出した。

 

この2体の弱点。

人の意志から生まれた存在であるゆえに持ちうる、決定的な矛盾を。

私はラプラスの足元へ着地し、エンガさんの方へと飛び退いた。

「アメリアス……?」

「突破口が見つかりました。ちょっと見ててください…!」

 

言って、行動を開始する。

「ふっ、何をしたって100%無駄よ!」

オークゥの声に応じ、此方を狙うマクスウェル。

私は瞬間、思いっきり飛び出した。

 

「はああああっ!!」

大きな目玉と睨みあう間もなく、ブーツの爪先を叩きこむ。

吹っ飛びながらも自爆の兆候を見せるマクスウェル。しかし。

その吹き飛んでいく先には、ラプラスの悪魔がいた。

「っ!」

迸る閃光から目を覆い、直ぐに前方を再確認する。

 

マクスウェルの姿が消え、そこには。

もんどりうって倒れる、紫色の巨体があった。

「通った……!」

「なっ……マジかよ!?」

安堵の息を漏らした私の横で、エンガさんが瞠目する。

 

そしてその驚きは、此方だけではなく。

「な、なんでよ……!?」

オークゥさえも、その光景に驚愕していた。

 

そして私は躊躇なく、ラプラスの下へ突進する。

「に、200%あり得ない!!因果律を超えるなんて……!!」

起き上がるラプラスの、緩慢に振るわれた腕を縫い、

「何が、何が起こってるのよ!!」

フォトンの光が迸る。

「喰らええええっ!!!」

ラプラスの丸い腹に、私は全力のヴィントジーカーを叩きこんだ。

 

「うわああっ!!?」

オークゥの横を掠め、ラプラスの悪魔が転がっていく。

そして私はそれを追い、

「……私の勝ちだ。オークゥ・ミラー」

持ち替えた銃剣(ガンスラッシュ)を、起き上がろうとしたオークゥに突きつけた。

 

「な……何よ!まだラプラスは……!!」

顔を上げるオークゥ。

その視線の先には、ビルの縁で起き上がろうとするラプラス。そして、それに銃口を向けるエンガさんがいる。

「悪いが終わりだ、数学者サン」

ライフルが火を噴く。

因果を奪われた悪魔は、ビルの下へと落ちていった。

 

それを見たオークゥが、諦めたように項垂れる。

『ラプラス、落下の衝撃による消滅を確認しました』

「……どうやら年貢の納め時だな。使徒サンよ」

同時に消滅したマクスウェルの残滓を払い、エンガさんが歩いてくる。

 

「しかしアメリアス、何であのデカブツに攻撃が通ったんだ?」

「ネタばらしをしている時間はありません。エンガさん、彼女の確保をお願いできますか」

仮説の説明はするべきなのだろうが、今は時間が惜しい。

エンガさんもそれを悟り、オークゥを見る。

「……そうだな、地球のことは地球人がケリをつける。お前はヒツギの方に急いでくれ」

私は頷いて、ビルを飛び降りた。

 

 

AD2028:4/12 11:02

地球:ラスベガス

 

 

「がっ………!!」

吹き飛ばされたヒツギの体が、タイル敷きの地面に叩きつけられる。

「やめて……!やめてよ、コオリっ!!」

大剣を引きずり迫るコオリへ、ヒツギは掠れた声で叫ぶ。

「ふふ……やっぱりそうだ。アナタは迷ってる。迷ってるんだ」

黒髪に遮られた奥で、コオリが嗤った。

 

「迷って、る……?」

「そうだよ。わたしは自分の意思でここにいる。わたしがヒツギちゃんと一緒にいたいと思ったから。でもアナタは違う。その意思はニセモノ」

振り下ろされる刃。

重力に従順な剣を身を捻って躱し、ヒツギは首を振る。

 

「違う、あたしは迷ってなんかいない……!」

「わたし、前にも言ったよね?何事にも迷わず突き進んでいくのがヒツギちゃんだって。そんな迷ってるヒツギちゃん、ヒツギちゃんじゃない」

コオリの握る大剣が、黒く光る。

瞬間、コオリの体は弾丸の如く驀進した。

 

(ギルティブレイク———!?)

一瞬のうちに迫った刃を、ヒツギは真正面から受け止める。

「ぐうっ———!!」

「ヒツギちゃん、ねぇヒツギちゃん?どうしてヒツギちゃんはそっちにいるの?」

淀んだ紅が、交錯する剣の向こうから問いかける。

 

「その場所に迷ってまで———なんでわたしと違うところにいるの?」

「………っ!?」

その時何を思ったのか、ヒツギは覚えていない。

コオリの言動に恐怖したのか。

はたまた、その言葉に動揺したのか。

 

ただ、気づいた時には。

目の前に翳した「天羽々斬」が、粉々に砕け。

「がっ……ああああっ!!!」

コオリの振り下ろした刃が、ヒツギの左肩を深々と斬り裂いていた。

 

肩口から鮮血が噴き出し、ヒツギは地面に倒れ込む。

「う、ぐあっ……!?痛い、いた、い、っ……!!」

溢れ出で、タイルに広がる血の上で、ヒツギの刀は形を失い消えていく。

そして、

「ほら……嘘でできた武器はぺらぺら。こんなに簡単に折れちゃったよ」

床に倒れた少女の姿に、コオリは嘲笑うように言い放った。

 

「待っててねヒツギちゃん、わたしがすぐにこの……偽物を殺してあげる」

何もない虚空へ呼びかけながら、コオリはふらふらとヒツギの下へ歩み寄る。

「やだ……コオリ……!!」

「こんなヒツギちゃんはいらない……わたしが大好きなヒツギちゃんは、ここにはいないから……」

黒い魔剣が、ゆっくりと振り上げられる。

 

「やめ、て………!!」

「大丈夫だよ、すぐに終わるから……そうしたら、マザーが光に戻してくれるから……!」

霞む目の前に、コオリの向けた刃が迫る。

「やめて……!!来ないで………っ!!!」

「——————————ヒツギっ!!!!」

 

何処からか聞こえた少女の声に、意識を向ける間も与えられるまま。

「……ヒツギちゃんはそんなこと言わないよ」

———冷たい刃が、ヒツギの胸を刺し貫いた。

 

 




「境界性ラインアート」
ものくろの善悪に塗れて無我夢中で踊るだけ
我儘な君なんて要らない
意図辿って愛頂戴頂戴

—————
すまねぇコオリちゃん……!
君の心を映すには、自分のボキャではこれが限界なんだ……!!


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SB4-10「キリハギロール」

なんかもう一章10話が板についてきた今日この頃。


AD2028:4/12 10:58

地球:ラスベガス

 

ビルの下に消える少女を見送り、エンガは目の前の敵に向き直った。

「……さて。もう逃げられないぜ、オークゥ・ミラー」

座り込む使徒……己と年の変わらない少女に、エンガはライフルを突きつける。

すると少女は、見下ろすエンガの瞳を見て、

「……躊躇ないのね、アンタ」

「今更、命乞いのつもりか?」

 

見上げる顔に、エンガは容赦なく言い放った。

「俺はヒツギを守るためにこの銃を取った。躊躇いなんて、瓦礫の下に置いてきたさ」

エンガの言葉に、オークゥはふっと笑う。

「そう……いいわよ、さっさと撃ったらどう?アンタが守りたいってヤツ、本当に大丈夫なのかしら」

「何……!?」

エンガが聞き返した、その時。

ぱっと光がオークゥを覆い、その姿が消え失せた。

 

「消えた……!?クソっ、どこ行きやがった!!」

辺りを見回すエンガの頭上で、また青光が散る。

オークゥは、空に浮いた紋章に立ち、

「……相手を侮るから、そうなる。想定外の事態に対応できんようでは学者とはいえんぞ、オークゥ」

その傍らには、東京でベトールにとどめを刺した、あの使徒が立っていた。

 

「……やっぱりこいつはテメェの芸当か、『オフィエル・ハーバート』!」

エンガは男を睨みつけた。

「水の使徒」……オフィエル・ハーバート。

一般には天才外科医として周知されている、使徒のひとりである。

 

「べ、別に助けろなんて言ってないじゃない!」

「……助けたわけではない。時が来た、それだけのことだ」

ムキになって言い返すオークゥに、オフィエルはため息交じりに右手を振る。

すると空に浮く紋章から光が広がり、一瞬で使徒たちの姿が掻き消えた。

 

「時……?まさか、ヒツギが!?」

『え……エンガさん!!』

はっとビルの端へ駆け寄るエンガの耳に、シエラの通信が突き刺さる。

それはエンガが聞いたことのないほどの、逼迫した声だった。

 

『ひ、ヒツギさんが、ヒツギさんが……!!』

冷静にオペレートできないほど、動揺した声。

それで、エンガは最悪の状況を悟る。

「落ち着けシエラさん!……っ!!」

ふらついた体を叩き、エンガはビルの下へと飛び降りた。

 

 

AD2028:4/12 11:02

地球:ラスベガス

 

「コオ、リ………」

血の海の中、事切れる少女。

「……やったよヒツギちゃん。わたし、ちゃんとできたよ………!」

その骸を見ることもせず、虚空に歓喜の声を送る使徒。

 

そして、その全てを目に焼き付けた守護輝士(ガーディアン)は。

「っ………あああアアアアアア————!!!!」

人のものとは思えない慟哭を上げ、駆け出した。

 

「な———!?」

尋常ならざる咆哮に振り向いたコオリの目に、血走った黄金の瞳が映る。

迫るジェットブーツの刃を、コオリは咄嗟に己が握る剣で受け止めた。

「「—————っ!!!」」

迸る閃光。

暴発したフォトンが急激に発散し、コオリの視界を覆い尽くす。

 

「こ、の……っ!」

前が見えないまま、コオリは剣の腹を眼前へと叩きつける。

「が———っ!!」

スタンコンサイドと同質の打撃をもろに受け、アメリアスはよろめき、その場に蹲った。

 

……一人立つ使徒は、緩慢に踵を返す。

「はあ、はあっ……ふふっ」

黒髪の下で、笑顔を形どる。

「は、ははっ、あははははははははははっ!!!」

狂気に満ちた笑いが、蒼穹に吸い込まれていく。

 

「—————お姉ちゃん」

———その時。

コオリの前に、青白い光線が集った。

「え………?」

球状に走る光の帯から、小さな影が現れる。

「アル、君………?」

それは、彼女のよく知る少年だった。

 

 

「ヒツギ—————っ!!?」

広場に飛び込んだエンガは、目の前の光景に絶句した。

倒れた妹と、その傍らで蹲るアメリアス。

そして剣を握るコオリ……それだけではない。

まるでコオリからヒツギを守るかのように、アルが間に立っている。

 

「アル……!しかし、あの格好は……?」

今のアルの姿は、ヒツギが着せていた服ではない。

黒と青を基調にした礼装……全く見たことない筈なのに、エンガはそれに妙な既視感を抱いた。

 

「………泣かないで、お姉ちゃん」

ヒツギの方へ振り向き、しゃがみ込むアル。

「お姉ちゃんたちが、ぼくを真っ暗闇の中から助け出してくれた……ひとりぼっちがいやなのは、ぼくも一緒だから……!」

ヒツギの胸に翳される、アルの小さな手。

瞬間、そこから光の奔流があふれ出した。

 

「うわあっ!」「っ———!!」

立ち上る極光が、コオリの体を弾き飛ばす。

「だから今度は……ぼくが助ける!絶対に、死なせたりしない!!」

『そんな、こんな事って……!』

瞠目するエンガの端末から、シエラの驚嘆の声が漏れ出る。

 

「シエラさん、あれは……!!」

『ヒツギさんのバイタルが回復しています!いえ、これは復元……!?あのフォトンが、ヒツギさんを再構成して……!!』

言いかけたシエラの声を遮り、端末のアラートが鳴る。

 

エンガの対岸、コオリがいる更に向こう側に、

「オフィエル、何よあれ!あんなの100%聞いてない!!」

「案ずるなオークゥ……私も知らん」

先ほど戦闘から離脱した二人の使徒が、いつの間にか立っていた。

 

「だがこれなら、我々が出向いたのにも合点がいく……!」

「彼奴ら……!」

走り出すエンガ。

抜き放たれた双銃に、起き上がったコオリが反応する。

 

「させるか…」「邪魔なんだよ!!」

エンガは躊躇しなかった。

怒声と共に叩き込まれる銃撃が、コオリを吹き飛ばす。

「きゃあッ!!」

「くッ……!オークゥ、出るぞ!」「オーケイ!!」

 

飛び降りるオークゥの背後で、伸ばされるオフィエルの右手。同時に、エンガの目の前からコオリが消える。

「な、何だ……!?」

「隔離術式開始……目標を確保する……!」

立ち止まったエンガの背後。

 

「……もう、大丈夫だよ。お姉ちゃん」

光が少しづつ弱まり、傷が癒えたヒツギの姿が露になる。

「だから、泣かないで………」

直後、収束する光の中にいたアルを、直方体状の領域が覆う。

 

「しまっ……!!」

エンガが目を見開いたその時、アルが叫んだ。

「……っ!アリスお姉ちゃん!!」

「—————!!」

瞬間、輝光が蘇る。

音もなく驀進したアメリアスが、アルを覆う領域を叩き割った。

 

「何っ!!?」「……っあ!!」

勢いを殺しきれず、アメリアスがそのまま倒れ込む。

「隔離領域を割っただと……!ならば!」

オフィエルの手が、気を失ったヒツギに向けられる。

「クソっ!!」

エンガがライフルを向ける間もなく、ヒツギの姿は掻き消えた。

 

「最良叶わず…だが、次善要項は果たした。……ここまでか」

「この…!待ちやがれ……!?」

叫んだエンガの横を、風が通り抜ける。

「はああああああああああっ!!」

「まだ動けるの!?マ、マクスウェル!!」

 

飛翔しようとしたアメリアスを、マクスウェルの悪魔が牽制する。

「きゃっ———!」

そして2人の動きが止まった、その瞬間、

「オフィエル、早く!」「問題ない……!」

2人の使徒は、光と共に虚空に消えた。

 

『………使徒の反応、完全にロスト、しました……』

消え入りそうなシエラの声に、アメリアスが糸が切れたように座り込む。

「ヒツ、ギ………」

呆然と空を見上げたエンガは、沈黙するアメリアスに気づいた。

 

「はっ……お、おい…アメリアス……?」

俯いたままの後ろ姿へ、そろりと歩み寄る。

そして、八坂炎雅は気づいた。

「……っ、ううっ……!!」

嘗て大切な人を救い、星の護り手と称えられた少女は。

守護輝士は、泣いていた。

 

———————————————

 

———その時。

「……成る程」

彼らの知らぬ所で、彼らを傍観する存在があった。

「この力、このフォトン………やはりか。やはり、そうなのだな」

 

他に聞く者のいない場所で、それは呟く。

「待っていたぞ、その力を……」

少年が剣を弾き、少女が隔絶を叩き割る最中に、

「その目覚めを、私は待ち侘びていた……!」

たったそれだけの言葉を残し、それは戦場から立ち去った。

 

I promised never to lose anyone.

I promised never to lose anything.

This was my only oath. And my only identity…

 




「キリハギロール」———「モザイクロール」

殺したっていいじゃないか アタシが嫌うキミなんて
殺したっていいじゃないか アタシが嫌うアタシなんて
—————
………


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5章「覚悟~THAT'S WHY I AM HERE~」
SB5-1「最後のリボルバー」


えー。
ばたばたと忙しくしてるうちに一か月たってました。申し訳ありません。

この辺から本格的に原作介入が始まります。
ぼちぼち頑張りますので、気が向いたらまた見てってください。


A.P241:4/13 10:00

アークスシップ:艦橋

 

ラスベガスでの戦闘から、一夜が明け。

「……っあーーーーもう!あの人は何をしてるんですか!!」

朝方の艦橋に、シエラの声がこだました。

『……シエラさん、気持ちはわかるが』

シエラの目の前に展開されたウィンドウの向こうで、困り顔を浮かべるエンガ。

 

あの後緊急出撃したステラ達の手で、アルとアメリアスは一度シップに回収され、メディカルチェックに回された。

エンガはアースガイドへの報告の為ラスベガスに残り、今こうしてシエラと通信している。

の、だが。

「す、すいません。ただアメリアスさんの行動が、あまりにも予想外だったもので」

メディカルチェックを終えて早々、アメリアスが出払ってしまったのだ。

 

一先ず、管理官権限で出撃状況を確認する。

凍土に取り残されたアークスの回収任務に、サポートパートナーと同行しているようだ。

(現状については文書で伝えてあるから、大丈夫だと思うけど……)

念のためメディカルセンターのバイタルチェッカー(アメリアスがつけているチョーカーからデータが送られている)にアクセスしてから、シエラはエンガの方に向き直った。

 

「ヒツギさんの座標は、随時捜索しています……先日の戦闘以降、兆候は見られませんが」

報告を聞いたエンガの顔が、少し曇る。

『……わざわざありがとな、シエラさん』

「いえ…的確なサポートが出来なかった、私達にも責任はあります」

言って、シエラは俯いた。

突然の情報遮断……ベトールのときに続き、二度も後れを取ってしまった。シエラにしてみれば、負い目以外の何物でもない。

 

『貴女の責任じゃない。全部あのバカ妹が突っ走ったのが悪いんだ。あいつ、アルにまで手間かけさせやがって……そうだ、アルもそこにいるよな?』

シエラの後ろから、「あっ……」と声が漏れる。

背後に隠れていたアルは、おずおずとウインドウに顔を出した。

 

「……ごめんなさい。僕の代わりに、お姉ちゃんが」

『馬鹿、お前が謝る必要なんて微塵もねぇよ。むしろお前のおかげでヒツギの命が助かったんだ、礼を言っても足りないくらいさ』

「あ……そうだ、そのことなんですけれど」

 

シエラははっと思い出し、2人の会話に割って入った。

「確かにあの時一度、ヒツギさんのバイタルは完全に停止しました。アル君の蘇生でデッドラインからは回復しましたが……こちらで捕捉できたのは、そこまでです」

『やっぱりオフィエル……「水の使徒」の具現武装か。オークゥも通信を隔離したなんて口走ってやがったからな……』

 

得体のしれない具現武装に、見失ったヒツギとの繋がり。

行動を起こすには、とにかく情報が不足している。

シエラがため息を吐いた、その時だった。

 

『シエラ!聞こえるか!!』

別の通信が繋がり、青年の大声が響き渡った。

「うわっ……!えっと、ヒューイさん?そんなに大声でなくても聞こえますよ」

通信先を確認し、シエラは苦笑して返答する。

 

相手は「六芒の六」こと、戦闘部指令ヒューイ。いつもうるさいことで有名な「偶数番(イーブンナンバー)」の一人だ。

いつもの調子だと思っていたシエラは、しかし次には驚愕することになった。

『緊急事態だ!共同任務にあたっていたアメリアスが、スノウバンサーにやられた!』

「はいいっ!!?」

ヒューイが伝えた内容は、紛れもない緊急事態だった。

 

 

A.P241:4/13 09:00

惑星ナベリウス:凍土

 

「リオ君、そっちに一体!!」

「———っ!!」

小さな体を脇に滑り込ませ、振り下ろされたグウォンダの小剣を躱す。

 

「このっ……!」

「ラ・グランツ!!」

反撃に転じようとしたところで、リオの頭を掠め、グウォンダを光の槍が貫いた。

「っわ……」

思わず伏せた頭を上げる。

グウォンダを射抜いた彼女の主は、既に黙々と歩きだしている。

 

「大丈夫かい、リオ君」

立ち上がったリオに、上から青年の声が降ってきた。

「ピエトロさん……うん、大丈夫……」

ぱたぱたと、アメリアスの下へ駆け寄る。

 

「………」

特に反応を返すことなく、歩き続けるアメリアス。

何時もなら眼下のリオヘッドに何か言ってくるところだが、一瞥もくれずにただ雪原に足跡を増やしている。

時折、先ほどのようにエネミーが現れても、

「邪魔ッ!」

すかさず魔装脚の刃で叩き割り、何事もなかったかのように指定の座標へ向かう。その繰り返し。

 

それはどう考えても、アメリアスというアークスに似つかわしくない様子だった。

「……っと。マイフレンド、この辺りで第二パーティと合流だよ」

「……ああ、そうでしたっけ」

ピエトロに声を掛けられ、アメリアスの足が止まる。

 

リオも足を止め、端末を確認した、その時。

「はーっはっはー!待たせたな、第一班!!」

青年の大声に間髪入れず、リオの背後の雪壁が爆発した。

「うわああああああああああっ!!!!?」

「おや、驚かせてしまったみたいだな!すまんすまん!!」

悪気のかけらもない謝罪と共に現れたのは、格闘戦用の戦闘服を纏った大柄な青年。

 

彼こそが六芒均衡の「六」、現戦闘部指令ヒューイである。

「何やってるんですか指令!リオさん吹っ飛ぶところでしたよ!?」

後ろからひょこりと、ステラ、もう一人のパーティメンバーらしい少女も顔を出す。

「流石指令!いつでも全力ですね!」

「あんたは一体のサポパの命運よりそっちなのかストっち!」

 

少女にツッコミを入れ、ステラは姉の方を見た。

「あ、姉ちゃん。そっち大丈夫だった?」

「うん、別に」

行きましょうとそっけなく返し、アメリアスはまた歩き出す。

 

「………どうしたんだ、今日に限って」

(……今日に限って、というか)

(ああいう人に塩対応は、マスターの常套手段……)

きょとんとするヒューイの横で、囁きあうリオとステラ。

「まあいいか!急ぐぞ、助けを求めるアークスがいるんだからな!」

少し怪訝な表情を浮かべたヒューイだったが、すぐに気を取り直して歩き出した。

 

 

数分後。クレバス地帯の奥で、無事通信途絶していたアークスが発見された。

「ふははは!俺達が来たからもう安心だぞ!!」

「座標送信完了。すぐにキャンプシップが来るって」

救援要請を終え、リオはヒューイの方を向いた。

「……相変わらず、気持ち悪いくらい元気」

「愚問だなリオ!……逆に俺が元気なかったら、それこそ気持ち悪いだろう?」

ご尤も、と苦笑を返す。

 

その後少し、リオはヒューイの世間話に付き合わされた。

本格的に地球での調査が始まり、六芒均衡といったエースが地球へ向かうことも増えた。

それでも彼は基本的に、オラクル側での任務に就いているという。

「若干、こちら側の対応が手薄になってしまっているからな。『深遠なる闇』の再封印は成功したとはいえ、ダーカーへの対処という問題は消えたわけじゃない」

 

適材適所というやつだと、ヒューイは笑う。

「オレ達がこちら、君たちがあちら。必要に応じて互いに協力するんだ。仲間とはそういうものだろう?」

リオはこくっと頷いて、視線を上げる。

「………」

彼女の主はどこかぼうっとした様子で、青空を見上げている。

 

「……で、そっちはどうなんだ?地球側の来訪者という人は元気なのか?」

え、とリオは声を上げた。

どうやら彼は本当に、地球側での事情を知らないらしい。

「………その」

しぶしぶ、先日の一件を話す。

 

「……そうか」

ヒツギが攫われたという事実に対する、ヒューイの返事はそれだけだった。

「そうか、って………それだけ……?」

「……そちらの事情を知らない俺に、何ができるという訳でもない。だからな」

ヒューイの手が、リオの頭に伸びる。

 

ぽんっと、小さな頭に手が置かれる。

「君たちに任す!君達なら、どうとでもなるだろうしな!」

そうだろアメリアスと、ヒューイは顔を上げ———

 

———そのまま、目を見開いた。

「アメリアスっ!!!」

雪を蹴り潰し、飛び出す。

何事かと振り向いたアメリアスは、直後迫るものに目を剥いた。

 

「な————っ!!」

身を捻り、肉薄した爪を回避する。

現れたのは、白い毛に覆われた狼型の原生種。

「スノウバンシー!?よりにもよってこのタイミングで!」

タクトを構えたピエトロに、アメリアスの声が突き刺さった。

 

「ストップ!ピエトロさん達は周囲警戒を、つがいが近くにいる可能性があります!!」

スノウバンシーは、ほとんど一体で狩りをするということはない。

つがいの種……「スノウバンサー」が、必ず近くにいる。

「だが君一人で……!!」

ピエトロの声を無視し、アメリアスはスノウバンシーへと突進した。

 

『———!!』

風を裂く爪を飛び越え、背中をジェットブーツで抉り抜く。

スノウバンシーは苦しげに呻くも、直ぐにアメリアスを振り払う。

「っ!」

落下したアメリアスに飛び掛からんとした、その刹那。

「目覚めろ、ワルフラーン!!」

そのどてっ腹に、燃える拳が突き刺さった。

 

「ヒューイさん……!」

「相変わらず危なっかしいな君は……っと!」

すかさず真正面、鼻面に正拳。

「止まったぞ!」「わかってます!!」

もんどりうったスノウバンシーに向かって、アメリアスが飛翔する。

 

「でやああああっ!!」

叩き込まれた渾身の一撃に、スノウバンシーは雪原に倒れた。

「………ふぅ、一丁上がりです」

「何が一丁上がりだ。パンサー種に真正面から突っ込むなんて」

息を吐いたアメリアスに、ヒューイが珍しく叱責を飛ばす。

 

「……この中で一番機動性があるのはブーツマンの私です。救護対象がいる以上時間もかけられませんし」

「む……それは、そうだが……」

言い淀んだヒューイは、どこか心配そうにアメリアスを見つめ、

「それでも無茶は………っ!」

 

瞬間、ヒューイとアメリアスの時間が止まった。

上空から飛び降りたスノウバンサーが、アメリアスの右手に着地し。

すぐに気づくはずの巨躯への、アメリアスの反応はわずかに遅れた。

「「—————!!」」

アメリアスの瞳が驚愕に染まる。

ヒューイが身を挺して割り込む間もなく、スノウバンサーの爪は少女に迫り。

 

「ま……マスターっ!!」

刹那、鮮血が雪原を紅く染めた。

 




「最後のリボルバー」

お願い 悪いのは全て私なんだから
そんな優しい顔をしないで

—————
スノウ夫妻大っ嫌いです。


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SB5-2「かなしみのなみにおぼれる」

ご無沙汰してます。
すいません、本気でスランプ気味になってました。



AP241;4/13 13:00

アークスシップ:メディカルセンター

 

「……しぬかとおもいました」

様子を見に来たヒューイの前で、しおれた声でアメリアスは呟いた。

スノウバンサーに負わされた傷は思いの外深く、すぐには治りそうにない状態だった。マギアセイヴァーの肩口からは、滅多に使われない保護シートが覗いている。

更にはフィリアに二日連続でこっぴどく叱られる憂き目にあい、守護輝士(ガーディアン)の少女はすっかりしょげかえっていた。

 

「すいませんでした、ヒューイさん……」

「なに、無事なら問題ない。しかし……さっきはどうしたんだ?」

首を振ったヒューイは、アメリアスに問いかける。

 

ヒューイが気にしていたのは、任務中の彼女の行動だった。

何度か共闘しているから知っている。彼女は確かに単騎突撃に走る傾向はあるが、それでも仲間を無視して突っ込むようなことはしない。

 

「た、単純な話ですよ…一番動けて殴れるのが私だったってだけで」

「ふむ…確かにそれもそうだがなぁ」

じぃっと、アメリアスの顔を覗き込む。

「な、なんですか……っ」

不躾な視線に声を上げたアメリアスは、すぐに肩を押さえてうずくまった。

 

「おわわ、ほ、本当に大丈夫なのか?」

「ち、ちょっと痛んだだけですから……」

たじろぐヒューイを宥めていると、不意にさっと視界に影が入った。

「アメリアスさん」

「フィ、フィリアさん……」

 

つい数分前に大目玉を喰らったので、意識しないまま背筋が伸びる。

フィリアはアメリアスを見下ろしたまま、

「すいません、さっき言い忘れてたのですが……怪我の程度から見て、2日間は出撃停止と判断しました。総務部には伝えてありますので……」

淡々と、そう伝えた。

「……!?ちょ、ちょっと待ってください!!」

肩口の痛みも忘れ、アメリアスは立ち上がった。

 

「ヒツギが…地球の事案における要保護対象が攫われたんですよ!?そんな悠長なこと言ってる場合じゃ」

「待て、アメリアス」

言い返したアメリアスの肩を、ヒューイが抑える。

「まだ彼女の行方すら掴めていないんだ、今は自分のことを考えたほうがいい」

「っ……」

正論だ。ヒツギが見つからない限り、手が打てるわけではない。

 

アメリアスは力なく、ベンチに座り込む。

「とにかく、今は安静にしててください。いいですね?」

「………はい」

完全に戦意を失った少女を、ヒューイはただ見つめるしかなかった。

 

AP241;4/13 14:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

「二日間の出撃停止措置、だって」

メディカルセンターから出てきたステラは、待っていたアルにそう伝えた。

「?」「ああ、出撃停止ってのは……」

姉の状態を説明すると、アルの顔が曇る。

 

「アリスお姉ちゃん、大丈夫なの……?」

「……まあちゃんと治療もしてもらったし、すぐに復帰できると思う」

ステラはそれよりも、と続けて、

「問題はヒツギさんの行方だよ。助けに行こうにも、目途もないんじゃ……」

端末を覗き込み、ため息をついた。

 

これに関しては、自分たちに出来ることがない。シエラの解析を待つだけだ。

「お姉ちゃん……」

「つらいよね……何もしてあげられなくて、ごめん」

小さな背中を無力感が苛む。

悲しげな少年の顔を見るたびに、その思いは強まるばかりだった。

 

(……っけど、そんなことばっかも言ってらんない!)

自らを奮い立たせんと、ぱしぱしっと頬を叩く。

ずっとへこんでるワケにもいかない。自分だって、アークスだ。

「アル君!」

「え、う、うん……?」

 

アルの肩に手を乗せ、ずいっと顔を寄せる。

「約束する。ヒツギさんは絶対に助ける!姉ちゃんが駄目でも、私が!」

じっとアルの瞳を見つめ、ステラは宣言した。

 

「………」

ぽかんと口を開くアル。

その薄いリアクションに、ステラの白い肌がぽふんと赤くなった。

(……な、何言ってんだ私………!?)

色白なデューマンならではの見事な発色で、気恥ずかしさに俯くステラ。

 

その、矢先だった。

「あれ?ステラちゃん?」

自分を呼ぶ声に、ステラは振り向き。

そこに立っていた白髪のアークスを見て、こちらもぽかんと口を開けた。

「ま……ママママママトイさん!?いつの間に復帰なさってたんですか!?」

「う、うんついこの間……あ、アル君もこんにちはー」

 

視線を合わせたマトイに、アルは「こんにちはー!」と元気よく挨拶を返す。

「あれ、ステラもこのひとのこと知ってるの?」

「当たり前でしょ……!『守護輝士(ガーディアン)』の一人、創世器を携える、アークスの最終兵器(リーサルウェポン)!」

「ちょ、その紹介の仕方はちょっと……!」

 

もう、とため息をついたマトイは、メディカルセンターに目を向ける。

「もしかして、アメリアスのお見舞い?」

「はい……あの、姉の措置は」

「聞いてるよ。しばらく出れないって」

悔しそうに、マトイは答えた。

 

「わたしも予定を前倒しにして、地球事案のチームに加わることになったから。向こうの任務で一緒になることも多くなると思う」

「そうなんですか……!マトイさんが同行してくださるなら安心です!」

ぱぁっと目を輝かせるステラ。

「……でも、また好きに動けなくなる。守護輝士(ガーディアン)なのに」

「あー……」

憮然と付け足したマトイに、苦笑いを浮かべた時だった。

 

「あ、すいませんエンガさんから通信が……」

少し離れたベンチに座り、応答するステラ。

「エンガ……って、ヒツギのお兄さんだよね?今いないの?」

「えっと、あの……なんだかいそがしいみたい」

アルがたどたどしく答えている間に、ステラは通信を終えたらしく戻ってきた。

 

「すいません、ちょっとすぐに艦橋に行かなきゃなんですけど……」

言って、ステラはアルを見る。

「……あ、あの。アル君を部屋まで送っていただけないでしょうか」

「えっと、そんなに畏まらなくても……わかった。じゃあ一緒に行こうか、アル君」

お願いしますと言い残して、ステラはカタパルトに突っ走っていく。

 

残されたマトイは、ステラがテレポーターに消えるのを見送ると、

「……よし。アル君、ちょっといいかな」

さっと、アルの前にしゃがみ込んだ。

「?」

「さっきさ、何かステラちゃんに言おうとして言えてなかったでしょ?」

首をかしげるアルに、マトイは問いかける。

 

実はマトイが2人に気づいたのは、声を掛ける直前ではない。

最初は普通に通り過ぎようとしていたのだが、アルの態度に違和感を感じて、声を掛けた。

「ステラちゃんに、何て伝えようとしてたの?あ、言えないようなことだったら無理に……」

「……あの、アリスお姉ちゃんのことで」

ビンゴ。マトイの予想通りだった。

 

「ぼく、きのう一日中メディカルセンターにいたの。アリスお姉ちゃんといっしょに」

「そっか、2人ともメディカルチェック受けてたんだね。それで?」

頷いたマトイに、アルは少し逡巡した後に続ける。

「えっと、その……そのときに、アリスお姉ちゃんがなんか……」

「………!」

 

アルが伝えたアメリアスの「言葉」に、マトイは目を見開いた。

「……ありがとう、アル君」

そっと、アルの頭に手を乗せる。

「教えてもらってよかった。彼女のことは、わたしに任せて」

「う……うん」

 

きらりとこちらを見つめた瞳に、アルはおずおずと頷く。

「っとと、それじゃあ部屋に戻ろっか。どこか寄ってく?」

「ううん。一人でいるときはあんまり遠くにいかないでって言われたから」

アルはすくっと立ち上がって、ぱたぱたとテレポーターに走っていく。

 

マトイはそれを追って歩き出しながら、通信端末を耳に近づけた。

「もしもし……クーナさん?」

『はい、どうしたのマトイ……アリスのこと?』

通信に出た相手は、情報部次席、クーナ。

 

「そのことなんだけど……」

歩きながら一言二言話し、すぐに通話を終える。

その内容に頭がいっぱいで、アルのことは忘れてしまっていた。

「よし……あ、アル君!待って~~!」

いつの間にかテレポーターに入ろうとしていたアルの方へ、マトイは大慌てで走り出した。

 

 




「かなしみのなみにおぼれる」

不器用な自分を愛するのは 止めにすると決めたんだ

僕は 

—————
復帰早々申し訳ありませんが、定期テストが近いので次の更新は2週間後になります。


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SB5-3「ゴーストルール」

お待たせしました。

今回は後でちょっと書き足すかもです。



AP241:4/15 19:00

アークスシップ:ゲートエリア

 

「………」

ゲートエリアは、その名の通りスペースゲートのある区域。

「…………」

出撃、あるいは帰還するアークスの流れは、一日中止まることはない。

 

しかし、その行きかう人の中で。

リオはぽつんと、端のモニターの側に佇んでいた。

「定期通信、終了……」

義体に専用端末を格納し、はぁ、とため息を吐く。

 

アメリアスに出撃停止措置が取られて、丸2日。

別にサポートパートナーにもその措置が適用されるわけではないが、マスターからの指示がなければ出撃できないのも変わらない。

そしてそんな出撃指示が出るはずもなく、リオはずっと退屈な時間を過ごしていた。

 

「おや、リオ君じゃないか」

そんなリオに声を掛けたのは、任務を終えたばかりらしいピエトロだった。

今日連れているペットは、丸くて茶色いからだが特徴のマロン種。確か名前は「ヘンゼル」といっただろうか。

「ピエトロさん……任務?」

「ついさっき終わったところさ。そういえば、しばらく君の姿を見ていないような……?」

 

こちらの姿を見て、何か察したらしい。

出撃できずにいることを伝えると、ピエトロはそういうことか、と相槌をうった。

「でもなんでゲートエリアに?マイフレンドの側に居なくていいのかい?」

ピエトロの指摘に、リオはしゅんと肩を落とす。

リオだって、そうするつもりだった。しかし。

 

「………ルームから」

「ルームから?」

「………しめだされた」

リオは悔しそうに、そう答えた。

パートナーコンソール……マイルームに設置できるサポートパートナー用端末には、席を外させる機能もある。

滅多に使わない機能だが、リオはそれで、部屋に戻ることすらできない状況だった。

 

「ステラも、シエラも……」

「ん?」

「みんな、今出来ることを頑張ってる………でも、ボクは……」

うつむくリオ。

結局、自分はマスターの指示なしでは何もできない。

今までほとんど考えていなかった事実が、今は悔しくて仕方なかった。

 

と。

「うっ、ううっ………!」

「?」

不意に聞こえた呻くような声に、リオは顔を上げた。

 

彼女の頭上で、何故かピエトロは泣いていた。

「あれ………?」

「その主を思う心……!まるで僕の愛する子たちのようだ!なんていい子なんだ、君はあいたっ!?」

むせび泣くピエトロを、突然のヘンゼルによるツッコミが襲う。

 

「こらヘンゼル!マロン種の癖にやんちゃだな君は!」

それを気にする様子もなく、ペットと戯れるピエトロ。

「あの、ピエトロさん……」

「……おっと、すまないねリオ君。けど気にすることはないよ」

ピエトロはしゃがみ込んで、リオの小さな頭に手を乗せる。

 

「サポートパートナーだろうと、何だろうと。君は君の戦いをすればいいのさ」

「ボクの戦い……」

そうさと言って、ピエトロは立ち上がる。

「これは僕の予想に過ぎないが……君はあの守護輝士(ガーディアン)のサポートパートナーだ。きっとどこかで、君の運命を変えるような戦いをしなければいけなくなる」

 

そう。

この宇宙と、1人の少女を救うために命を懸けた、アメリアスという少女のように。

「だからその時に、全てを賭ける。その時が、君が本当に戦わなきゃいけない時だ」

今は任せておけばいいんだよと、ピエトロは笑った。

 

リオはその顔を見て、呆れたように瞑目する。

「……やっぱり変な人」

「なっ………」

「ふだんはあんなに自由なのに……こんな時だけ、かっこよくて」

「は、はぁ……」

 

当惑するピエトロの前で、リオは踵を返した。

「……ありがと。ボク、もうちょっと待ってみるよ」

そう言い残して、小さな少女はてくてくと歩いていく。

残されたピエトロは、ふと背後のヘンゼルに語り掛けた

 

「……リオ君も変わってると思うけどなぁ。サポートパートナーが、あんなことを悩むなんて」

だからこそ自分は、愛する子の次に、彼女のことを気にかけてしまうのだろう。

———人に近い心を持っている、彼女のことを。

言葉では茶化しながらも、ピエトロはそう思った。

 

 

AP241:4/15 19:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

……静かに、星が流れていく。

「……」

私はベッドに座って、窓に映る星空を眺めていた。

尤も、本当に星空が見えている訳じゃない。シップから観測しているこちらの宇宙を、ルームに投影してもらっているだけだ。

 

———スノウバンサーのあんちくしょうに襲われて、丸2日。

とりあえず怪我は動ける程度まで回復したものの、シエラからの連絡もなければ出撃停止措置も解けない。まだ、ヒツギは見つかっていないのだろう。

「………はぁ」

いつもなら状況を聞きに艦橋に押しかけたりするのだが、今はそんな気も起きない。

……一度止まった足は、そう簡単には動いてくれない。

 

「……アメリアス?」

だから、インターホンから聞こえた声も。

「……ああ、マトイ?ちょっと待ってね」

特に、驚いたという感情は浮かばなかった。

 

ロックを外し、ドアの前に立つ。

ドアが開き、見知った紅い瞳と目が合った。

「もう、ちょっとはリアクションしてくれたっていいのに」

「とは言われても……私にしてみれば、せいぜい2週間会えなかった程度だし」

「あ、そっか……」

 

とぼけたような返答に、思わず苦笑が漏れる。

彼女は……マトイは、やっぱり不思議な存在だ。

こうして話すだけで、自然と心が安らぐような気がする。

 

中に案内すると、マトイはさっそく、地球で起きていることについて訊き始めた。

「シエラから色々説明はしてもらったんだけど、なんだか難しくって」

「それでいいのか守護輝士(ガーディアン)2号……」

そんなことだろうとは思っていたが。やっぱり、この辺も相変わらずだ。

私は調査端末やデータベースの記録も見せながら、この一か月のことをざっと話した。

 

ヒツギさんとの出会い。

東京での戦い。

太平洋での、幻創戦艦との決戦。

そして。ラスベガスでの戦いと、その結末。

 

一通り話し終えると、マトイは小さくため息を吐いて、

「そっか……やっぱり、ヒツギちゃんじゃ届かなかったんだ」

ぽつりと、そうこぼした。

「え、や、やっぱりって……!?」

「あのね、あなたがラスベガスに行く直前に、わたし、ヒツギちゃんと話したの」

 

初耳だった。

艦橋を飛び出した後、ヒツギはマトイに会っていたのだそうだ。

そして彼女は……マトイにある問いを投げかけた。

マトイが、「戦う理由」を。

「それで、マトイはなんて答えたの?」

「うーん……あなたが『やりたいこと』を考えてみて、って」

 

自分の持つ力で、「成すべきこと」ではなく「成したいこと」。

「義務」ではなく「権利」で考えろ。それが、マトイの答えだった。

「……マトイらしい答えだね」

「そ、そうかな?ほとんど、前にあなたに言われたことの受け売りなんだけど……」

ちょっぴり、顔を赤らめるマトイ。

 

前に……とは、まだ彼女が「マトイ」ではなく「クラリスクレイス」だった時のことだ。

クーちゃんが「先代」と呼んでいるのは、彼女のこと。マトイはもともとシオンに作りだされた、対ダーカー用の殲滅兵器(リーサルウェポン)だった。

その時のマトイと私が接触するまでの経緯は、まあなんやかんや色々あったのだけれど……今のマトイの価値観にあの時の私が一枚噛んでるのは、間違いないのかもしれない。

 

「こうして考えると……ヒツギって、マトイに似てたのかな」

何気なく、私が呟いた———その時だった。

「———ううん、違うよ」

「え………?」

その声と共に、マトイの手が、私の腕をつかんだ。

 

「ま、マトイ?」

困惑して、マトイの方を見る。

「ヒツギちゃんと同じなのは……あなたなんだよ、アメリアス」

どこか悲しげな声で、マトイは言った。

 

……その時私は、マトイの言葉の意味に気づいていた。

「わ、私とヒツギが同じって……どゆこと?」

でも、敢えて私はそう答えた。

なんでマトイが「それ」に気づいてしまったのか、知りたかったんだ。

 

「この間、アル君に聞いた。メディカルセンターで、あなたが気づかないまま残した言葉を」

マトイはそう答えて、瞑目する。

「『私のせいだ。私が止めなきゃいけなかった』」

「マトイ……」

碧い目を見開く。

ああ、覚えている。思い出したとも。

 

「……『これじゃあ、私が居る意味がない』」

「それは………」

それは、私が抱いていた鎖だ。

私自身を縛り付け……私をここに縛り付けるための。

 

ふと、動けない私の首元に、手が伸びた。

マトイは白い手で、私のチョーカーを外した。

「………これ、なんでしょう?」

……色味の違う、首筋の肌が露になった。

 

そして、マトイは。

私がずっと隠し続けてきた、本当の解を告げた。

「『転生(ジェネレート)計画』。『創られた存在』だってことが、あなたを苦しめていたんだ」

 




「ゴーストルール」
どうだっていい言を 嘘って吐いて戻れない
時効なんてやってこない 奪ったように奪われて

—————
ピエトロさんがだんだん別キャラになっていく……


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SB5-4「伸ばしたその手は」

*謝罪

投稿が大変遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
ここ1か月ほど忙しかったのもありますが、1番の理由は自分のモチベが下がってしまったことです。
オリジナルパートを作ったは良いものの、自分で作った背景にどう肉付けすればいいのかわからず、悩んでいるうちに時間だけが経ってしまいました。


現状、ひとまず自分の中で書きたいストーリーはまとまりました。
更新も内容もgdgdになるかもしれませんが、こんなアークスの三文小説でも宜しければ、付き合ってください。


『———これは、あなたにしか出来ないことだ』

全知存在(アカシックレコード)の言葉に、私は惹かれた。

こんな私にも何かを成せると、あの人は言ったから。

 

『———貴様(わたし)の力では……彼女は救えない!』

絶望が振るった刃に、私は抗った。

彼女も救済を願っていると、私は知っていたから。

 

『———あたしは、守ってみせるんだ!!』

剣を取った少女に、私は手を差し伸べた。

それが、私のすべき事だと、当たり前のように考えた。

 

———そうしないと、私は生きていてはいけないと。

当たり前のように、考えていた。

 

AP241:4/15 20:00

アークスシップ:アメリアスのマイルーム

 

「……マトイの言う通りだよ」

マトイは答えない。

ただ「全てを語れ」と、その瞳が存外に告げている。

「……何度も、忘れようとした。別段、気にするようなことでもないと思ってたから」

 

だけど、どうしても。

私の過去は、私の心を縛り続けた。

きっと呼び水になったのは、二年半前の「再誕の日」。「虚空機関(ヴォイド)」の悪行が白日の下にさらされる中で、埋もれていた生い立ちへの慚愧も膨れ上がっていた。

もともと弱気な性質(タチ)だったのもあって、「私はここに居てはいけないのではないか」と何日も悩んだのを、よく覚えている。

 

そしてある日、私は決めた。

「アメリアスというニンゲンの、有用性を証明し続けよう」と。

過去から逃れるために、自分の存在意義を、「有用性」に定義したのだ。

実際、それでかなり楽になった。進むべき道はシャオ君のマターボードが示してくれたし、ちょっと特別な「目」も、私を助けてくれた。

 

「———ただ、あなたが居なくなったときは、正直どうしようかと思った」

マトイが『双子』の策略で『深遠なる闇』になった時……あの人の思いを知らなければ、私はマトイを救おうと決意できなかっただろう。

結局私は、誰かの為という大義名分がなければ、何もできなかったという訳だ。

 

「……じゃあ、ナベリウスであんな戦い方をしたのは」

「……私なりの巻き返しだと思ってた。誰よりも強いところを見せなきゃ、って」

マトイの方を見れなくなって、俯く。

もう、言葉が続かなかった。

 

「……アメリアス」

不意に、何かが……マトイの手が肩に乗った。

「マトイ……」

恐る恐る、顔をマトイの方へ向ける。

こちらを見つめるマトイは、何故か

 

「………恥ずかしいの?」

「………は??」

その言葉に、目が点になった。

 

「え、えっと?一体どうすれば今までの文脈からその結論に?」

「文脈というか、顔………?あ、ううん、今話してくれたことを言い訳だと思ってるんじゃなくて……」

たどたどしい返答を聞いていると、何となく私もわかった。

段々マトイの方を見れなくなったり、言葉が続かなかったり。

それは結局、話していて恥ずかしかったのだ。

 

いやでも、それとこれとは関係ない……いや。

「……そうかもね。昔貴女に散々言っといて、同じようなことで悩んでたなんて言いづらいもの」

「うーん、それはちょっと違うかな」

え?と首をかしげると、マトイは胸に手を当てて、

「わたしは、わたしの役割しか知らなかった。ダーカーを倒すっていう義務以外に何も持ってなかったけど」

 

その手が、私を指さす。

「あなたは、自分がしたいことを考えられた。だからこそ逆に、それを脅かすものが怖くて仕方なかったんじゃないかな」

ぐうの音も出ないほどに図星だった。

生という「自由」を知っていたからこそ、「過去」を恐れた。

それこそ、自分で自分に呪いをかけてしまうほどに。

 

「誰かのために戦うあなたは好き。だけどわたしが信じたあなたは……それに、縛られるような人じゃない」

マトイは言う。

その言葉は、否定でも後悔でもなかった。

それは祈り。

自分が信じた少女に、過去に囚われていてほしくないという、純粋な祈りだった。

 

「それでも、あなたが誰かに認めてもらえないと生きていけないのなら」

マトイの手が、私の手を握る。

「………わたしは、あなたを信じ続ける。あなたは、わたしを救ってくれたひとだから」

「………何を、言うのやら」

握り返した手に、涙が伝う。

私は、顔を上げた。

 

マトイの紅い瞳は、変わらない柔らかさで私を見ていた。

「あんたに世話焼かれるほど、私は弱くありませんっ」

「ふふっ………よかった」

マトイは笑う。

いつだって……違う。いつも私は、この笑顔に救われていた。

 

これから、私に何ができるかは分からない。だけど、今は。

「……ありがとう。マトイ」

マトイの想いに応えるために、私も思いっきり笑った。

 

 

「———了解。急行します」

「……見つかった?」

立ち上がったアメリアスに、マトイが声を掛ける。

「うん………行ってくる」

歩き出そうとしたアメリアスを、マトイは「ちょっと待って」と引き留めた。

 

アメリアスは振り返らないまま、右手を背後へ向ける。

マトイが投げ渡したのは、一本のメモリだった。

「クーナさんから。解析、終わったって」

「なんなら直接渡せばいいのに……了解。確認しとく」

 

メモリをしまったアメリアスの背中に、マトイは呼びかける。

「………気を付けて」

「何を言いますことやら。心配せず寝ててもらっていいよー」

「いや、寝るなら自分の部屋で寝るからね」

そんな会話を残して、部屋を出る。

 

区画移動用テレポーターの前には、見飽きた顔が揃って待っていた。

「あ、姉ちゃん来た」

——生意気な実妹。

「漸く引きこもりが出てきたか」

『こら、言い方ってものがあるだろう?』

——義兄妹とも言える、同じ過去を背負った2人。

 

「心配かけてごめんね。ちゃちゃっとヒツギ取り返してくるから」

「前々から思っていたが、アリスはトークのセンスが壊滅的だな。そこは『囚われのお姫様を助けてくる』くらい言っておくものだろう?」

「姉ちゃんリアリストだから……」『これリアリストって言うのかな?』

私が出てきたというのに、好き勝手喋り出すステラ達。

 

「……これでも緊張してるんだけど。何があるか分からないし」

私がため息を吐くと、ステラが「何言ってんのさ」と笑う。

「姉ちゃんなら大丈夫だよ!アークスの『守護輝士(ガーディアン)』だもん!」

後ろで頷く2人。

変わらない3人を見ていると、なんだかひとりで悩んでいたのが馬鹿らしくなってきた。

 

「……じゃあ、期待に応えるとしようかな」

「うん……行ってらっしゃい、姉ちゃん」

3人と別れ、テレポーターに乗る。

背後に視えたステラの顔は、見えなくなる瞬間まで笑っていた。

 

 

AP241:4/15 21:00

アークスシップ:艦橋

 

 

艦橋のゲートが開く。

シエラとアル、エンガが一斉に振り向くと、そこには守護輝士(ガーディアン)の少女がいた。

「アリスお姉ちゃん……!」

「………見つかったみたいだね、ヒツギ」

「はい。アースガイドの協力で」

頷いたシエラは、意地悪く笑って続ける。

 

「ああそうだ、聞いてくださいよアメリアスさん、エンガさん、1人で連れ戻しに行くとか言い出したんですよ?」

「なっ……そりゃあ、馬鹿妹の不始末は家長がケリをつけるべきだと思っただけで」

バツの悪い顔で言い返すエンガを見て、アメリアスは苦笑した。

「エンガさん、そんな水臭いこと言わないでください。尻拭いであれば、私も共犯ですから」

 

歩み寄りながら、アメリアスは想起した。

ヒツギを守り切れなかったのは、彼女のことを理解してあげられなかったから。

似たような歪みを抱えていながら、それに手を差し伸べてあげられなかったから。

 

———ならば、今度こそ。

自らの意思を武器に変えた彼女のように、自らの誓いを証明してみせる。

「彼女を……ヒツギさんを取り戻す。それが今、私がすべきことなんですから」

過去から逃げるためではなく。

今を確かに、生きるために。

 

エンガも、シエラも気づいていた。

今のアメリアスは、昨日までとは違う方向を向いていると。

「……世話かけて、すまん」

「だから、謝らなくていいですって」

かつん、と、戦闘服(マギアセイヴァー)のヒールが床を鳴らす。

 

「それで、作戦要綱は?」

「はい、先ほど申し上げた通り、アースガイドからの情報提供により、ヒツギさんがいるであろう座標を捕捉しました」

『……それに関しては、僕から説明願えるでしょうか』

不意に通信……アーデムの声が割り込む。

 

『実はアースガイドでは、マザー・クラスタの本拠地についての情報をある程度掴んでいたんです。アークス側の技術によって解析したところ、そのエリアに特異なエーテルの反応……八坂ヒツギさんの具現武装と同値の反応が確認されました』

ふとアメリアスは、足元が一瞬揺れるのを感じた。

 

『……それは古より存在し、人の近くに在りしもの』

アークスシップが回頭する。

正面ウィンドウの景色が、地球を離れて、異世界の星の海を映し出す。

『しかしそれでいて、人を狂気に引き込むと言われ、忌避されていたもの』

 

再び、シップが僅かに揺れる。

船首が指し示したのは、この惑星(ほし)に最も近い衛星(ほし)

『即ち………地球がただ一つ従える衛星、月です』

 




「伸ばしたその手は届かない」

痛みは消えないけれど 今貴女がここにいる
それだけでいい
言葉にできずにいるけど 守りたい

—————

……いいや。
伸ばしたその手は、きっと届く。届けて見せる。


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SB5-5「カゲロウデイズ」

シナリオからお察しいたたけるかと思われますがエンドレスエイト回です。
だって他にどういう方法があるというんですか...




AD2028:4/16 00:00

地球周辺宙域:キャンプシップ

 

「……それにしても、意外と殺風景な星なんですね、月って」

窓の外を見て呟くアメリアスに、エンガは苦笑いで答えた。

「そりゃまあ、結局はただの岩石の塊だからなぁ」

『もう少しで突入予定地点になります。お二人とも、準備は良いですか?』

 

シエラの声に、エンガは肯定を返す。

「ああ。……アルの為にも、さっさと終わらせないとな」

出撃前に、ゲートまでついてきたアルの顔を思い出す。

「ぼくも行く!」とまで言い張った少年の顔は、あの日からずっと曇ったまま。

純粋無垢な少年は、ずっと苦しんでいる。

 

「……なぁ、アメリアス」

振り返ったエンガは、そのまま動きを止めた。

さっきまで窓の外を見ていたアメリアスが、険しい目で端末を見つめている。

———あまり、彼女らしくない表情だ。

「アメリアス?」

控えめに声を掛けると、小さな肩がびくっと震えた。

「あっ……は、はいっ!行けます、何時でも!」

いそいそと端末をしまい込み、テレプールの前へ駆け寄るアメリアス。

 

何をしていたかの興味からはひとまず目をそらし、エンガもその横に立つ。

「……あ、あの、エンガさん」

と。

アメリアスが恐る恐るといった様子で、エンガを見上げた。

「ん、どうした?」

「その……謝れていなかったので。こんな事態にしたのは、私のせいでもありますし……」

ごめんなさい、と言って、銀髪の頭が下がる。

 

エンガはすぐには、言葉を返せなかった。

実のところ、アメリアスの心情には薄々気づいていた。妹と似たような境遇、似たような価値観で戦っていたのだから。

ただ一つ、違ったことは。

彼女にはエンガが思っていた以上に、彼女を支えてくれる人がいたこと。

 

だから今、アメリアスは「救う側」としてここにいる。

今更かける言葉など、特に思いつかなかった。

「……一昔前流行った歌に、こんなのがあるんだが」

「?」

「……Let it go, Let it go. (これでいいの、ありのままで。)The perfect girl is gone(おりこうさんの少女なんてもういない)、ってな」

 

少女はそれを聞いて、ふふっと笑った。

「……それ、ヒツギにも聞かせてやりたいですね」

「……全くだ」

エンガもつられて、笑みを漏らす。

 

そこでタイミングよく、シエラの通信が割り込んだ。

『……見えました。あれです!』

いつの間にか、キャンプシップは月面に近づいていた。

ただ薄灰色の岩原が続く、無機質な地表。

そこに網目状に張り付くようにして、巨大な人工の建造物が広がっている。

 

アメリアスが目を剥く。

「な、なんですかあれ……?」

「アーデムの話じゃ、昔エーテル散布の為に使われていた施設らしい」

『現状使用するはずのない施設なのですが、ずっと用途不明の物資搬入が続いていたそうです』

キャンプシップはゆっくりと建造物へ近付き、ほどなく停止した。

 

『……対象、内部スキャン完了。テレプールの転移座標、確定。出撃、いつでもどうぞ!』

シエラの声に頷きを返し、エンガはアメリアスを見る。

「了解。行くぜ、アメリアス!」

「はい……!」

囚われた少女を救うため、二人は敵地へと飛び込んだ。

 

 

AD2028:4/16 00:22

月:廃棄施設

 

「ったくあいつら、月にとんでもねぇもん作りやがって…!」

「空気はもとより、重力制御まで完璧とは思いませんでしたね…!」

2人が走る音が、広い回廊に反響する。

アメリアスが視線を上に飛ばせば、見えるのはガラス張りの天井越しに広がる星空。

 

この巨大な月面施設には、さしものアメリアスも内心驚嘆していた。

地球調査で見てきた建造物に比べて、技術のレベルが違いすぎる。

(まるで、オラクルの施設みたい……)

否、あるいは。

12年前から行われてきたマザー・クラスタによる干渉は、オラクル側の技術を盗み取る意味合いもあったのだろうか。

 

「っと、それよりも今はヒツギだ。シエラさん———」

通信端末に手をかけたエンガが、立ち止まる。

「エンガさん?」

「……クソっ、通信が妨害されてやがる」

 

エンガが見せた端末には、「jamming」の文字。

「またですか……?」

アメリアスは眉をひそめた。

たびたび起こってきた通信妨害だが、そもそも、こうも簡単に妨害されることが異常なのだ。

フォトンの扱いなら、アークスの方が一日の長があるはずなのだから。

 

「やっぱりこちらのフォトンが『エーテル』として変質してるから……?」

「分からん。だけど通信させたくないってことは、奥に何か隠してるのは間違いないだろ」

行くぞ、と走り出すエンガ。

アメリアスもそれに続こうとして———揺らぎのような光を感じた。

「———っ、エンガさん!」

前方に滑り込むようにして、エンガを止める。

 

その青い瞳が見つめる先で、次々と青い光球が灯った。

「チッ、奴さんも気づいたか……!」

巨大な爬獣、首無しのライダー、歪に肥大したヒトガタの怪物。

幻創の獣が、二人の前に立ちはだかる。

 

「突破します。援護を!」

「任せろ!」

エンガが放つ牽制弾を追い、疾走を開始する。

静まった空気を、吹きすさぶフォトンが薙いだ。

 

「はっ———!」

エンガの弾丸に面食らった瞬間を衝き、アメリアスは敵中へ飛び込む。

銃撃、光線、あらゆる迎撃を、黄金の瞳に導かれるままに回避する。

そしてその足は、その刃は、次々と幻創種を斬り裂いていく。

 

「っと!」

着地したアメリアスに、一斉にゾンビ型の銃口が向けられる。

しかしジェットブーツには、すでに紅蓮の如き紅光がチャージされていた。

「行けえっ!」

光はたちまち回転する業火を形どり、幻創種を焼き尽くした。

 

「エンガさん!」「おうよッ!」

新たに幻創種が現れると同時に、エンガがアメリアスのすぐ横に飛び込む。

すかさずチャージするのはザンバース。風の領域が二人を包み、エンガの銃弾に刃を乗せる。

「今ですっ!」「ブチ抜く!」

風を乗せたシフトピリオドは、一瞬で幻創種を蹴散らした。

 

「一丁上がり!急ぐぞ!!」

「はいっ!!」

消えゆく燐光を背に、二人は再び駆け出す。

広大な回廊は、暫くは一本道だ。

 

「シエラさん……クソっ、通信が妨害されてやがる」

「………?」

眉をひそめたアメリアスの視界に、一瞬揺らぎのような光が映った。

「———っ、エンガさん!」

前方に滑り込むようにして、エンガを止める。

 

その青い瞳が見つめる先で、次々と青い光球が灯った。

「チッ、奴さんも気づいたか……!」

巨大な爬獣、首無しのライダー、歪に肥大したヒトガタの怪物。

幻創の獣が、二人の前に立ちはだかる。

 

「突破します。援護を!」

「任せろ!」

エンガが放つ牽制弾を追い、疾走を開始する。

静まった空気を、吹きすさぶフォトンが薙いだ。

 

「はっ———!」

エンガの弾丸に面食らった瞬間を衝き、アメリアスは敵中へ飛び込む。

銃撃、光線、あらゆる迎撃を、黄金の瞳に導かれるままに回避する。

そしてその足は、その刃は、次々と幻創種を斬り裂いていく。

 

「っと!」

着地したアメリアスに、一斉にゾンビ型の銃口が向けられる。

しかしジェットブーツには、すでに紅蓮の如き紅光がチャージされていた。

「行けえっ!」

光はたちまち回転する業火を形どり、幻創種を焼き尽くした。

 

「エンガさん!」「おうよッ!」

新たに幻創種が現れると同時に、エンガがアメリアスのすぐ横に飛び込む。

すかさずチャージするのはザンバース。風の領域が二人を包み、エンガの銃弾に刃を乗せる。

「今ですっ!」「ブチ抜く!」

風を乗せたシフトピリオドは、一瞬で幻創種を蹴散らした。

 

「一丁上がり!急ぐぞ!!」

「はいっ!!」

消えゆく燐光を背に、二人は再び駆け出す。

広大な回廊は、暫くは一本道だ。

 

「シエラさん……クソっ、通信が妨害されてやがる」

「………?」

眉をひそめたアメリアスの視界に、一瞬揺らぎのような光が映った。

「———っ、エンガさん!」

前方に滑り込むようにして、エンガを止める。

 

その青い瞳が見つめる先で、次々と青い光球が灯った。

「チッ、奴さんも気づいたか……!」

巨大な爬獣、首無しのライダー、歪に肥大したヒトガタの怪物。

幻創の獣が、二人の前に立ちはだかる。

 

「突破します。援護を!」

「任せろ!」

エンガが放つ牽制弾を追い、疾走を開始する。

静まった空気を、吹きすさぶフォトンが薙いだ。

 

「はっ———!」

エンガの弾丸に面食らった瞬間を衝き、アメリアスは敵中へ飛び込む。

銃撃、光線、あらゆる迎撃を、黄金の瞳に導かれるままに回避する。

そしてその足は、その刃は、次々と幻創種を斬り裂いていく。

 

「っと!」

着地したアメリアスに、一斉にゾンビ型の銃口が向けられる。

しかしジェットブーツには、すでに紅蓮の如き紅光がチャージされていた。

「行けえっ!」

光はたちまち回転する業火を形どり、幻創種を焼き尽くした。

 

「エンガさん!」「おうよッ!」

新たに幻創種が現れると同時に、エンガがアメリアスのすぐ横に飛び込む。

すかさずチャージするのはザンバース。風の領域が二人を包み、エンガの銃弾に刃を乗せる。

「今ですっ!」「ブチ抜く!」

風を乗せたシフトピリオドは、一瞬で幻創種を蹴散らした。

 

「一丁上がり!急ぐぞ!!」

「はいっ!!」

消えゆく燐光を背に、エンガは再び駆け出す。

アメリアスもそれに続こうとして———

 

「—————」

小さな違和感を感じ、立ち止まった。

 

——否、この感覚には覚えがある。

マターボードによる時間遡行。その時に必ず感じた、既視感(デジャヴ)———?

 

そしてアメリアスは、

「……クソっ、通信が妨害されてやがる」

()()()になる、その言葉を聞いた。

「止まって!!」

思わず、アメリアスは叫んでいた。

 

「なっ……ど、どうしたんだよいきなり」

エンガは振り向き、首をかしげる。

「———()()()()()会っ()()()いっ()()()()()

「……っ!!」

瞠目する。

その言葉で、確信した。

 

自分達は、敵地に飛び込んだのではなく。

敵が作った舞台で、踊らされていたのだと。

「……少し、離れててください」

エンガを押しのけ、アメリアスは正面に向かって手を伸ばす。

転送されたガンスラッシュが、その右手に握られる。

 

「おい、何して……」

エンガの声も聞かずに、アメリアスは引き金を引く。

瞬間。

 

世界に、何かが割れるようなエフェクトが走った。

 

「何っ………!!?」

瞠目するエンガをよそに、アメリアスはため息を吐く。

「具現武装……何でもありとは言え、これはやりすぎでしょう」

通信がつながらなかったのも、納得がいった。

「エーテルのせい」なんていう、安直な理由ではなかった。

 

——この空間がまるごと、敵の描いた物語の中だったのだから。

「いい加減出てきたらどうですか?もう、貴女方の物語は終わりです」

『……言ってくれるね、守護輝士(ガーディアン)

もう一度、世界にノイズが走る。

 

沈黙した回廊に、靴の鳴る音が響いた。

「そのまま気づかずに散歩してればよかったのに。70%もったいない」

そこには、ふてぶてしく呟くオークゥと。

「……もうバレちゃうなんてね。クゥから聞いてた通り、気持ち悪い人」

宙のような青い髪を揺らす、もう一人の使徒がいた。

 




「カゲロウデイズ」

文句ありげな陽炎に「ざまぁみろよ」って笑ったら
実によく在る夏の日のこと。 そんな何かがここで終わった。

—————
いやぁここで使わずにいつ使う(笑)

同じ文章繰り返しって禁止事項に該当しちゃうんですかね?
一応繰り返しを抜いても最低文字数を下回ることは無いんですけど。


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SB5-6「拝啓ドッペルゲンガー」

今回出てくる「ラプラスの悪魔のバリアを破る方法と理由」、自分なりに結構頑張って考察しました。



AD2028:4/16 1:16

月面:放棄施設

 

青髪の少女は、静かに私を睨みつけた。

「……この領域の構築、結構手間かかったんだけど。こんなに早く気づくなんて……ちょっと頭、おかしいと思う」

「……そりゃどうも」

返答を投げ返しながら、少女の手にあるものを見る。

 

フル=J(ジャニース)・ラスヴィッツ。

こちらの世界では名の知れた作家。オークゥと同じ、年若くして才を認められた人間だ。

そして作家というからには、操る具現武装はやはり、

(本、か……)

フルが抱えた本に、視線を向ける。今の幻術は、間違いなくあの具現武装の仕業だ。

 

「言いぶりから察するに、アンタが作った『物語』を具現する領域か…全く、アメリアスがいて助かったぜ」

「いえ、ただちょっと経験があったものですから」

眉をひそめるエンガさんを尻目に、オークゥへと視線を移す。

不機嫌そうにこちらを見つめる顔を見た途端、私は思わず、

「で、そっちの負け組さんは、そんなフルさんのサポートですか?」

すかさず、渾身の挑発を叩きこんだ。

「っ……!るっさいるっさい!!そもそもフルの物語に気づくなんて、100%どうかしてるわよアンタっ!!」

……思ったより食いついた。こういうのは苦手なんだけども。

 

辟易した顔のオークゥは、ハッ、と誤魔化すように笑う。

「別にこっちもわかってんのよ。アンタたちの目当ては、この子でしょ?」

パチンと、フルが指を鳴らす。

一瞬障壁が掻き消えるようなエフェクトが走り、二人の背後の風景が変わる。

「なっ………!!」

私は声を失った。

そこには、ストレッチャーのようなものに寝かされた、ヒツギの姿があった。

 

「ヒツギ……!」

「こらこら、落ち着いて」

駆け出そうとしたエンガさんの足元に、フルが具現武装から放った光弾が弾ける。

「くっ………!!」

「あんまり調子に乗らない方が身のためよ?さもないと……」

オークゥが嗤う。

「この子、どうなっても知らな」

 

いわよと、声が続くことは無かった。

イル・ザンがオークゥの手前で弾け、声を掻き消したからだ。

「彼女に手をかけてみろ……『使徒』だけじゃ済ませない」

「こっわ……ジョークよジョーク。こっちも言われてるのよ、アイツに手は出すなって」

氷点下を越えて絶対零度まで落ち切った私の声に、オークゥはやれやれと手を上げる。

「フル、一応匿っといてあげて」

「……流石に趣味悪いよ、クゥ」

フルが呆れた様子で腕を振るうと、ヒツギの姿は一瞬で消えた。

 

「返してもらうには……直接叩きのめすしかない、か」

焚きつけられる感情を抑え、眼前の敵を睨みつける。

「叩きのめす……?逆よ。あたしたちが直々に、100%叩きのめしてあげる」

「……貴女は、危険。絶対に、マザーの障壁になる……だから」

振り上げられたオークゥの腕に呼応し、巨大な光球が顕れる。

そこから生まれ落ちるのは二頭の悪魔。日の使徒が統べる眷属。

 

私は小さく息を吐いた。

思い出すのは、昨晩のマトイとの会話。

『わたしが信じたあなたは、それに縛られるような人じゃない』

(———じゃあ、ちょっとだけ)

自分のために——この誓いを通すために、戦おう。

 

「マザー・クラスタ『日の使徒』!オークゥ・ミラー!!」

「マザー・クラスタ『月の使徒』!フル=ジャニース・ラスヴィッツ!」

双人(ふたり)の使徒が、それぞれの武器を構える。

「……行きますよ、エンガさん」

「ああ……とっとと終わらせよう」

金に染まった瞳は、エンガさんの構える双機銃を捉える。

 

「100%じゃ足りないなら、200%で迎え撃つ!」

「この命もこの力も……全ては、マザーのために!」

ラプラスの悪魔の雄叫びが、開戦の口火を切った。

 

AP241:4/16 1:20

アークスシップ:艦橋

 

「うわあああああっ!!?」

突如艦橋を襲った揺れに、シエラはワークチェアから滑り落ちた。

「いったた……!あ、アル君にステラさん!大丈夫ですか!?」

「う、うん……」「大丈夫、だけど……」

咄嗟にアルを庇っていたステラは、ゆっくりと顔を上げる。

 

あり得ないほどの揺れだった。スペースデブリでも直撃したのか。

困惑するステラの視界に映ったのは、全く予想だにしていなかった景色だった。

「ちょ、ちょっと待ってくださいシエラさんこれって!?」

無数のアークスシップに囲まれる、光を放つ巨大な宇宙船———

「現在座標、マザーシップ周辺!?オラクル側の宇宙に戻された!?」

アークスシップ8番艦は、オラクル船団のど真ん中に転移していた。

 

「ど、どうなってるんですかこれ!」

「わ、分かりません!とにかく今は管制管理を……!」

起き上がって、コンソールの前に立つシエラ。

無数のエラーコードが並ぶウィンドウに向かって、とにかく今はマザーシップへの確認と手を動かしかけ……

「……っ!?通信できない!!?」

 

慌てて管制を確認する。

マザーシップとの通信、他シップのシエラタイプへの緊急連絡、ともに不能(ネガティブ)

「インタラプトコードも、エマージェンシーコードも、全部手を打たれてる……何よ、これ……!!」

思考停止しかけたシエラの前で、また新たなアラートが表示される。

「シエラさん、このアラート……!」

異常事態(フェイタルエラー)、不正ID探知。

アークスシップへの、侵入者の警報だった。

 

 

—————

並び立つ使徒と巨獣を前に、アメリアスは。

「上等———!!」

何の躊躇もなく、先制した。

光に弾かれるように飛び上がり、身構える使徒の目の前に——着弾する。

「こいつ……っ!」

「そういえば、答え合わせがまだでしたね!」

息を呑むオークゥに告げ、アメリアスはその眼前を蹴り上げる。

ブーツの切っ先は、オークゥの脇にいたマクスウェルの悪魔に突き刺さった。

 

「そう、貴女の失敗はこいつに他ならない……!」

見上げる先のオークゥの顔が、苦く歪む。

あの時、シエラからの報告を読んで感付いていた。

オークゥがラプラスの悪魔と呼ぶあの幻創種は、「物理法則の全てを知る」という役割(ロール)を与えられた存在。

同じようにマクスウェルの悪魔は……「既存の物理法則を否定する」存在。

 

元より矛盾する存在が、一斉にその力を使えばどうなるか。

「ただ『役割』しか与えられない、貴女の具現武装の限界だ……!」

アメリアスは手を伸ばし、光を放つマクスウェルを掴む。

そして全力で———投擲。

 

マクスウェルの悪魔の断末魔は、ラプラスの目の前で炸裂。

視界を覆った光に、アメリアスは有効打を確信し———

「………えっ!?」

眼前に振り下ろされる、ラプラスの頭を見た。

「っああ…!!」「アメリアス!!?」

巨体から繰り出される頭突きをもろに喰らい、エンガの横まで吹き飛ばされる。

 

「な、んで……!」

「……アンタの言う通りよアークス。あたしの考え方は、100%足りてなかった」

オークゥはため息を吐き、ラプラスの悪魔を撫でる。

「でもね、それならこの子を完璧にしてあげればいい……100%じゃなくても、マクスウェルと矛盾しない程度にはね」

ふっと微笑んだオークゥの発言を、二人はすぐに理解できなかった。

 

「何言ってんだテメェ……!?熱力学第二法則の否定は、まだ誰も……!」

「簡単よ。解はマザーが『教えてくれた』」

『マザー』が、教えてくれた。

アメリアスはその瞬間、全てがつながるのを感じた。

 

(マザーに教えてもらえばいいんだよ!)

という、コオリの信頼も。

(少し、いびつな感じがします……)

という、シエラの疑念も。

(この命もこの力も……全ては、マザーのために!)

という、彼女たちの信仰も……!

 

「まさか、マザーは地球の……!?」

思い至った可能性に、愕然としていたアメリアスは。

「……その答えは必要ない!」

フルが伸ばした腕の先に広がった、紫紺の結界を見切れなかった。

 

「アメリアス———!」

弾かれたように、エンガは走り出す。

「『グリモア・メルヒェン』……しばらく、消えてッ!!」

フルの叫びと同時に、結界が輝く。

「エンガ、さん……っ!!」

そしてエンガの目の前で、アメリアスは姿を消した。

 

エンガの足元で、エーテルの残滓が散る。

「テメェら……!!」

「よーっしフル、ナイス!」

満足げに頷くオークゥの横で、フルは冷徹に告げる。

「……今書き上げたのは、隔絶の脚本(シナリオ)。筋書きも何もなく、ただ孤独と虚無があるだけの空間…どうあがいても、彼女は戻ってこれない」

 

その声音は、言外に宣言していた。

これでチェックメイト。お前たちの手は、もう無いと。

「ふざ、けろ……!」

ギリ……と、奥歯を噛む。

もう何だっていい。とにかく早くこいつらをぶっ飛ばして、二人を助け出す……!

 

「ああそうだ、もう一ついいこと教えてあげるわ。70%色男」

その反応が心底楽しいとでも言いたげに、オークゥは笑う。

「アークスの最大戦力であるアイツをこうやって隔離した意味……PSO2の正体を知ってるアンタなら、わかるんじゃない?」

「……クゥ、あんまり余計なことを言わない方が」

 

エンガに、フルの声は聞こえなかった。

アースガイドの、そしてオラクルの最大の懸念……最悪のシナリオ。

それはすぐ目の前で起こっていると、エンガは悟った。

 

 

—————

緊急アラートの鳴り響くショップエリアに、二つの光柱が灯る。

通常の転送……あるいは「PSO2」の侵入(ログイン)とも違うその光から現れたのは、白い正装を纏った『使徒』だった。

「PSO2を介してなら幾たびか来たが……こうして直接来るのは、初めてじゃな」

白い髭を蓄えた老爺が、飄々と呟く。

 

「ふむ、未知の素材や技術ばかり……あちらこちらに目移りしてしまうのう」

「翁、我々の目的をお忘れなきよう」

傍らの男……オフィエルは、憮然とした声で老爺を制した。

「無論じゃよ、オフィエル。オークゥとフルのおかげで、こちらから仕掛けられるんじゃからのう」

「八坂火継につられて、奴らが月に来てくれたからこそです。座標さえつかめば、私の能力での転移は容易」

「後はマザーの計画通りに、か。さてと……」

 

老爺は辺りを見渡し、首をかしげる。

「……何じゃ、一人も挑んでくる者がおらぬのう」

警報が鳴り続けるショップエリアに、人影は殆どない。

数人のアークスは残っているが、武器を抜くことなく、こちらを見ている。

オフィエルは少し左手を持ち上げ、ふむ、と頷いた。

 

「エーテルの集合に、やや抵抗のようなものが生じているか……恐らく、フォトンに対するリミッターのようなものでしょう」

「この場では、アークスは戦えぬという事か。些かつまらぬのう……」

 

老爺は一歩前に出て、大きく両腕を広げた。

「………遠からん者は音に聞け!!近くば寄って、目にも見よッ!!!」

フォトンで構成されたモニュメントが揺らぐほどの大音響が、ロビーに響き渡る。

「我が名は、『アラトロン=トルストイ』!!マザー・クラスタが『土の使徒』!!!」

老爺……アラトロンが振り上げた右腕に、光が集まる。

「この『トール・ハンマー』を、破壊を恐れぬならば!いざ参られい!!!」

振り下ろしと同時に顕れた巨鎚が、周囲を砕き、揺らした。

 

「……む?翁っ!」

オフィエルが声を上げる。

瞬間、飛来した無数の光弾が、舞い上がった瓦礫を吹き飛ばした。

「何っ……!?」

続けざまに放たれた光の槍を受け止め、アラトロンは後ろに引き下がる。

 

「———今のは警告。このまま、帰ってもらえないかな」

吹き飛ばされた塵を払い、舞い降りるのは純白の錫杖。

マトイは握りなおしたクラリッサを、使徒へと突きつけた。

 

 

—————

「……ダメよシエラ、思考停止してはダメ」

ぱちんと、シエラは自らの頬を打った。

今は何よりもこの場を解決するのが先決———そのために、シエラタイプはアークスシップを任されているのだから。

 

一度タスクを切り、再演算を開始する。

事実を否定せず、与えられた情報から、この状況を作り出した元凶を探る———

「———っ!?管制に、マスターキーでの侵入形跡……!!」

導き出された足跡は、予想だにしないものだった。

「マスターキー……?それって、シャオ管理官でもないと持ってないんじゃ……」

震え声のステラの問いは正解だ。シエラより上位の権限を持っているのは、オラクルそのものを管制するシャオのみのはず。

 

「データ解析……!これ、シャオに似てるけどシャオじゃない……!!」

その時、シエラが想起した人物は一人だった。

ハイ・キャストを生み出したシャオを生み出した、シエラタイプの祖母とも言える人物。

人間にフォトンの力を伝えた、正真正銘の「全知存在(アカシックレコード)」———!

 

「—————シオン!!?」

シエラの声と同時に、ゲートが爆ぜた。

「っ!?シエラさん!!!」

アルを庇って、ステラはゲートを前に身構える。

 

「———正解だ、私の同胞。いや……姪孫と言うべきか」

魔剣を握る少女を従え、それは現れる。

深い青髪の少女の姿を取った———しかし、人間のそれとは明らかに違うもの。

ステラも、アルも、その異質さを感じ取っていた。

 

「やっと合点がいきました……!かつてのフォトナーが生み出し、制御しきれずに亜空間に投棄した、シオンの模倣体……!!」

「それが、『(マザー)』……!?」

使徒を統べる聖母は、静かに「いかにも」と告げた。

 




「拝啓ドッペルゲンガー」
拝啓ドッペルゲンガー それはそれは僕
蝕まれた存在に世界が気付こうが
もう鳴り止まない 醒め止まない 奇跡の輪廻が
狂った正解を染め上げるさ


—————
ここすき(シエラがマザーの正体を看破するところ)


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